<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[30610] 【習作】ZガンダムにニュータイプLv9の元一般人を放りこんでみる
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆14555f86 ID:38d43f61
Date: 2011/11/21 17:15
ある日、俺は死んだ。で、生き返った。
いやまぁ……頭の悪い物言いだが、他に言いようが無いのだから仕方ない。
22歳・学生。死因はトラックとの交通事故……ではなく急性アル中だ。
馬鹿な友人たちと盛り上がりに盛り上がった飲み会。お酒は程々にしましょう、マジで。
親の脛を齧りながらダラダラと学生を続けながら、毎日趣味のガンプラ作りやゲーセン通いに没頭してきた俺。
自分の事ながらトコトン終わっている。
どうせ何時かは社会人にならなきゃいけないから、親父と御袋への恩返しはそん時でいいやぁなんて甘く考えていた結果がこれである。

で、俺は死んだ訳なんだが……どういう訳だかまだ生きてる。
なんか、水槽だかシリンダーだかみたいな入れ物に入れられて。
水だか培養液だかみたいなアレがボコボコいっている。なんぞコレ。

「NT-007、意識が覚醒しました。各神経に異常ありません」
「成功か…!」

培養液から出されると、そこにいた白衣の連中がワラワラと集まって来る。
ここは、研究所か何かだろうか?なんか凄そうな機器やらパソコンっぽいコンピューターやらがズラリと並んでいる。
白衣の人たちも、なんだか青白な理系っぽい感じだし。
とりあえず、嬉々としている一番偉いっぽいオッサンに何か聞こうと話しかける。

「……だれ?」
「……っ!?もう会話が出来るのか、流石だな」

…なんだこれ。「えーと、誰すか?」みたいな感じで聞こうとしたのに、何故か言葉が出ず、妙な感じになってしまう。
しかもなんか声がスゲェ高いし、自分の声とは思えない。
というか、なんかオッサンがやたら大きく見える。…寧ろ周りの物全部が大きく見える。

「私はここの所長だ。君は自分が誰か解るか?」
「……ううん」

いや、知らんがな。なんの所長だよ。
そう言おうとして、また言葉出ない。というか、勝手に変換されているような感覚。
ホントになんなんだ。いや、一回死んでる時点でもうなんでも有りなんだろうが。

「君は被研体NT-007。人類の革新……最高のニュータイプとして私たちが生み出した存在だよ」

Why?
いや、ちょ、ニュータイプって……
ガンダムかよ!?
混乱の中、ふと先程まで自分が入っていたシリンダーに目をやる。
鏡の様に磨き上げられたソレに写っていたのは、白い髪に赤い目、アルビノの少女。
……な、なんじゃこりゃあああ!!??





「ティターンズ出資の秘密研究所が見つかった?」
『はい、クワトロ大尉。詳細までは分かりませんが、かなり非人道的な研究を行うニュータイプ研究組織の様です』

通信機越しの報告に、クワトロ・バジーナは眉を顰めた。
ニュータイプ。人類の革新、人間の可能性。
嘗ての彼にとっての希望であったそれは、戦時に置いて非常に有用な兵器として未だ軍に利用され続けている。

「ムラサメ研究所の様な強化人間を研究している所とは違うのか」
『…それがどうも、研究者たちが旧公国のフラナガン機関の生き残りらしいのです」

フラナガン、と聞いたクワトロの顔に驚愕が浮かぶ。
フラナガン機関。ジオン公国、キシリア・ザビが設立したNT研究の始祖ともいえる場所だ。
クワトロ――否、シャア・アズナブルにとって最も深い傷として残っている少女。ララァ・スン。
恐らく後にも先にも現れる事の無い、最高の素質をもったニュータイプ。彼女がその適正を発揮したのもフラナガン機関だ。

「分かった、私が出よう。アポリーとロベルトも同行させる」
『よろしいのですか?時期が時期だけに、アーガマもあまり大っぴらな戦闘は難しいとは思うのですが…』
「構わん。地球に降り前に、後顧の憂いは絶っておくに越した事はない。それに――」

フラナガン機関、ザビ家の遺物が未だ世に残っているというのなら、それを潰すのは自分の役目だ。
公国軍のシャア・アズナブルとして、ザビ家への復讐者キャスバル・レム・ダイクンとして。
キシリア・ザビの妄念など、この世に一片たりとも残して置く気などない。

『大尉?』
「――いや。なんでもない、任務には関係のない事だ」

かつて夢見た、ニュータイプの世界。
自分の理想そのものだったララァは死に、可能性を感じたアムロはその類稀なる才能故に最悪の敵となった。
夢は所詮、夢でしかない。
父ジオンの掲げた思想はザビ家によって地に堕ちた。
そのザビ家の亡霊であるデラーズは歴史を繰り返し、再び地球にコロニーを落とした。
あるいは真のスペースノイドの国になりえるかと思ったアクシズも、所詮はザビ家の怨念に囚われた愚物たちの巣窟だった。
そしてコロニーの支配者たるダイクンの名を継ぐべき自分は、流れ流れて地球連邦の犬になる始末だ。

「…ままならない物だ」

だが、その一方でまだ諦めきれない自分がいた。
かつてララァの居たフラナガンの残骸に、自分の理解者となる者が居るのではないか。
らしくもない考えが、頭を過った。









廃コロニーに偽装された、それの中にある研究所。
資料の中に在った物と一致している。

「あれだ。アポリー、解っているな!」
『ロベルトが施設を制圧するまでの時間稼ぎ。解ってますよ、大尉!」

黒いリックディアスのパイロット、アポリーが答える。
リックディアスは、エゥーゴの主力機体として採用された機体である。
高コスト故に高級士官用の少数生産の機体に留まってはいるが、その性能は折り紙付きだ。

『っ大尉!MS反応1、施設から出てきました!』
「防衛部隊…いや、一機だけということは研究用のサンプルか?」

コロニーの地表に降り立った二機のディアスの前に現れたのは黒いジム、ジム・クゥエル。
ティターンズ結成当初に象徴的モビルスーツとして開発された経緯を持つそれは、既に一線を退いた機体だ。
それは旧式となったからなのもそうだが、何よりジム・クゥエルの設計思想に問題があったからである。
ゲリラ鎮圧を想定したクゥエルは、コロニー内での戦闘を主眼に置いているために、出力が抑えられている。
それは宇宙戦を始めとした空間戦闘での不利を意味し、ひいては対MS戦闘での不振という致命的な結果をもたらした。
それは並みのパイロット同士ならば、勝負の行方を左右する要因としては微々たるものだ。
だが、今このジム・クゥエルが相対しているのは百戦錬磨の熟練兵と、あの"赤い彗星"だ。

『喰らえっ!』

アポリーのディアスの頭部から、55mmバルカンが吐きだされる。
コロニー崩壊の危険があるためビームピストルの使用は不可能だが、ジムの装甲なら55mm弾でも十分な脅威の筈だ。
クゥエルは、その射撃をふらふらと危なげに避けると、後ろに下がりながら廃墟となった建物の影に隠れる。

「新兵か…?アポリー、一気に畳み掛けるぞ」
『了解!』

二機のクレイバズーカがビルを爆砕する。
火を上げて倒壊するビルから、たまらず跳び去ったクゥエル。
それは、数多の戦場を駆けた二人が捉えるには、十分な隙だった。

『貰ったぁ!』

クワトロ機より前に出ていたアポリーが、ビームサーベルを抜き放ち、ジム・クゥエルに肉薄する。
体勢を整えていないジムはコックピットごと真っ二つになる。そうアポリーは確信しての一撃。
だが……

(―――!?)

次の瞬間に、撃墜されるだろう敵機から、クワトロは強烈なプレッシャーを感じた。
本能が危険を知らせる。この感覚には憶えがある。そうだ、これはア・バオア・クーの…

「罠だッ、アポリー!!」
『え――?っなぁ!?』

アポリーのディアスのサーベルが、ジムをすり抜けた。
否。すり抜けたのではなく、そう見える程の直前のタイミングでジムのパイロットはその機体をズラし、回避したのだ。
必中、その筈だった。それをジムのパイロットは超常的ともいえる反応速度で回避してみせたのだ。
ジム・クゥエルが、サーベルを抜いた。

『うわぁ!!』

放たれた一撃がリックディアスの右腕を肩から切り落とす。
バックパックを僅かに掠め、マウントしていたビームピストルが誘爆し、アポリーのディアスは地面に叩きつけられた。

「無事か、アポリー!」
『ぐっ、すいません、大尉…!』
「完全にしてやられたか…!」

こちらを睨みつけるジムからは、先程までの危なげで稚拙な様子はない。
クワトロの頭にチリチリとした重々しい感覚が断続的に続く。
間違いない、ニュータイプだ。しかもアムロやララァに匹敵する程の――!!

「下がっていろ、ヤツの相手は私にしか出来ん!」
『ッ大尉!』
「どの道その機体では無理だ、ロベルトの援護に回れ――行け!」





「ちぃっ…!」

ジムを正面に捉え、サーベルからの攻撃を次々と放つ。
ジムの動きは決して洗練れた物とは言えない。
むしろ操縦技術そのものは自分より下、それどころか並みの兵以下の新兵といったところだ。
だが、倒せない。自分が、この"赤い彗星"が、ただの一度も有効打を与えられずにいる。

「っ…またか!」

次の行動に入ろうとした時に、ジムそれを予知したかのような絶妙なタイミングで懐に入り込んでくる。
辛うじてジム・クゥエルの一撃をサーベルで切り払うものの、依然として戦況は膠着している。
バルカンを放つ、それをジムは見越していたように、危なげなく避ける。

「私は一体、何を相手にしているというのだ…!?」

強烈なプレッシャー、ニュータイプなのは確かだ。
だが、アムロではない。ララァであるはずがない。じゃあ、誰だ。

「だがっ…!」

いずれにせよ、倒さねばならん。目の前のパイロットは危険過ぎる。
先程の動きを見る限り、奴はこの戦いの中に置いても成長している。
奴は反応速度でこちらを上回る、ならば!
スラスターの出力を限界まで引き上げ、目の前のジムに組みつく。

「いくらレスポンスが高かろうと、パワーの差まで覆せまい!」

重モビルスーツであるリックディアスの利点を、最大限に利用する。
相手が如何な化物といえども、これなら…!

『……こ、のっ!』
「子供、なのか…?」

直接触れ合った機体から、相手のパイロットの声が伝わる。
まだ幼い、少女の声。馬鹿な。
一瞬思考に意識を向けたのが拙かったの、ジムが上へとスラスターを吹かして逃げる。
しまった、と思った時にはもう遅い。
跳躍したジムは、ライフルの照準を定め、此方に向かい引き金を引こうとしていた。

終わった、そう思った瞬間。
ジムの後方で、研究施設が爆発した。
それに気を取られたジムの動きが、一瞬止まる。

「おおおお!!!」

武器を構えている暇などない。
ディアスの脚部で、ジムのコックピットを直接蹴り上げた。
ジムが吹き飛ぶ、パイロットが意識を失ったらしく、起きあがる様子はなかった。

『大尉、御無事ですか!?』
「ロベルトか!」

通信機から、待ちに待った声が聞こえる。
施設からは黒い煙が立ち上っていた。






いやぁ、負けたよ。頭がぐわんぐわんする。
あの二度目の誕生から、間もなく俺は良く解らん検査やらなんやらを山のようにやらされた。
中にはMSのシミュレーター訓練とかもあった訳だ。
まあ人体改造とかされてる訳じゃないし、飯も三食ちゃんと喰わしてくれるから、ほいほい言う事きいてたけどさ。
まさかホントに出撃させられるなんて思わないだろう?

「非道な人体実験、違法薬物の使用、ティターンズめ…!」

目の前でなにやら怒りを押し殺しているのはクワトロ・バジーナその人。
なんか赤い馬鹿強いモビルスーツがいるから、まさかなぁとは思ったが、本当に赤い彗星かよ…
この身体になってから妙に物覚えがいいから、もしかしたら勝てるかもーなんてやってたらボコボコにされた。

「くそっ、貴様ら!一体何の権限があってこんな真似を!」

なにやら喚く所長。
いや、まぁ真っ当な処じゃあないとは解ってたけどさ。
往生際が悪いのはどうよ。

「人類の革新、人類の未来、その為に私たちがどれだけの事をやって来たと思う!?」

ああ、所長…怒るのはいいけど、目の前のこわーい軍人さんがそろそろプッツンしそうなんだが…

「貴様らエゥーゴの御大層な大義も、結局は私たちのやって来た事とかわらんだろう!?この、殺し屋どもが!!」
「貴様っ!」

とうとう我慢の限界だったのか髭面の軍人、ロベルトが銃を抜く。
いや、ちょっ目の前で流血騒ぎはマジで勘弁!というか一応三食の恩がある相手が死ぬのは目覚めが悪過ぎる。
こ、ころさないで!

「撃つなっロベルト!」
「しかし、大尉!」
「目的は果たした…退くぞ」

俺の必死の思いが通じたのか、金髪グラサンのナイスメンであるクワトロがロベルトを止めてくれた。
流石だ…これがニュータイプの思いを伝える力か…(違
まぁなんにせよ、血の惨劇を見ないで済んで良かった。

「一緒に来るか?」

クワトロをマジマジと見ていると、その視線に気が付いたのかクワトロがそっと手を差し伸べて来た。
クサいにも程がある仕草だが、イケメンがやると絵になるものだからやってられないものである。
選択肢もなさそうなので、仕方なくクワトロの手を取る。
まぁ、なるようにならあね!!(ヤケ







――ころさないで!

「撃つなっロベルト!」

発狂する研究員の言葉に激昂したロベルトへ、半ば反射的に制止を掛ける。
頭に響いたのは、先程ジムのコックピットから降ろしたアルビノの少女の物。
自らの身体を弄んだ研究者たちの命を懇願する無垢な心。
こんな少女を戦わせるなどと、人は何時までこんな事を繰り返すのだ……!

「しかし、大尉!」
「目的は果たした…退くぞ」

ロベルトの不服そうな声を黙殺し、アルビノの少女に手を差し伸べる。

「一緒に来るか?」

私の顔をじっと見つめる少女に、まるで心のなかを見透かされる様な感覚を受ける。
ララァへの未練。強力なニュータイプを利用しようという打算。
この純粋な少女に見せるには、あまりに汚い自分の内面に嫌気すらさすが、顔にはださない。
一瞬彼女が、自分の手を払いのけるかと思った。かつてのアムロのように。
だが、少女は手を取った。
荒みきった心の何処に、暖かいものが芽吹いた気がした。






「アーガマに帰還するぞ」
『了解!』
『了解!』

クワトロのリックディアスに乗せられ、数日過ごした研究所を後にする。
いや、しかしまぁ…おかしな事になってきたものだ。
アーガマときたら、多分これから起こるであろうグリプス戦役の前線も前線、真正面で戦う船だ。
このまま戦いに巻き込まれたりとか……ま、まさかね……

「そう言えば、名前を聞いていなかったな」

クワトロがそんな事を聞いて来る。
名前…名前?前の本名なんぞ使えないし、この身体の名前は研究者たちが言ってたアレしかない。
NT-007とかいうあれだ。しかし007か…7ねぇ…

「……ナナ」
「ナナか。良い名前だ」

7ばかり考えていたら、勝手に口から声がでていた。
言いたい事が言えないのに、いざ喋れたと思ったら変な感じに変換される謎の言語機能はどうにかならんもんか。

「私はクワトロ・バジーナだ。よろしくな、ナナ」
「…よろしく、シャア!」
「―――ああ」

よろしく、クワトロ大尉!と言おうとしてまた勝手に別の言葉に変わりおった。
なんか地雷を踏んだ気がするがまぁ気にしない。
そんな事よりも、先程からずっと疑問に思ってたが、なぜこの大尉は俺を膝に乗せているのだ。
これはアレか?貞操の危機か!?この人そういえばロリコンが半公式だったよな…!?

そんなこんなで、この宇宙世紀に言葉が異常に不自由な俺は降り立った。
一体どうなる!?
俺の思いに答えてくれる人間は何処にもいなかった。








MS戦闘と勘違い物の練習。……勘違い?
キワモノ揃いのティターンズ機体ですが、クゥエルとジムスナⅢはガチだと思います。

あと、タイトルの間違いは釣りじゃなくてガチだった……



[30610] 2話
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆a9b17cc5 ID:c60a23d6
Date: 2012/02/24 23:53
白亜の戦艦、アーガマ。
エゥーゴの旗艦として建造されたそれは、ホワイトベースⅡの異名も持つ。
言ってしまえば、曰く付きなのである。
反地球連邦政府運動の中心人物であるブレックス・フォーラ。
アナハイム・エレクトロニクス会長メラニー・ヒュー・カーバイン。
ある意味、地球圏屈指の鼻摘み者といえる彼らが、一年戦争の英雄艦を再現しようというのだ。
反ティターンズという現在の活動目的も含め、地球圏を巻き込む大戦争が起こるまでは既に秒読み段階であった。





「――で、わざわざ連れて帰ってきたのか?」
「仕方がないだろう、キャプテン。彼女をあそこに放り出してきたところで、何になると言うのだ」

アーガマの艦橋。
任務から戻ったクワトロからの報告に、渋い顔をするのはアーガマの艦長であるヘンケン・ベッケナー。
クワトロの持ち帰った研究施設の資料に目を通す彼は表情を顰めた。
彼らの話題に上がっているのは、クワトロが連れて帰って来た少女、ナナの事だ。

「詳細不明の研究被験者。出自も身元も解らん上に、原因不明の白皮症ときている。専門の施設に預けるのが筋だと思うが」
「連邦政府の息の掛かった施設にか?幾つか検査を受けさせられた後に、オーガスタかムラサメ辺りに送られて記録上では死亡、というのがオチだろうな」
「そういう事を言ってるんじゃあない。話を逸らすな、クワトロ大尉」

飄々とした態度のクワトロに、ヘンケンは次第に苛立ちを隠せなくなる。
年齢にして10歳前後にしか見えない外見の少女。
これから戦闘行動を行うアーガマに、そんな子供を乗せること事態に、ヘンケンは嫌悪感を感じていた。
その少女ついて一つだけ解るのは、彼女が希有な素質を持ったニュータイプだと言う事だ。

「まさかとは思いたいが、大尉が持ち帰ったジム……あれに彼女を乗せようだなんて考えてはいないだろうな?」
「勿論だ。私とて年端もいかぬ娘が、その手を血で汚すような真似をさせたくはない」

ただ――とクワトロは続けた。
ニヤリと、口元に笑みを浮かべるクワトロ。そぉら来たと、ヘンケンは内心毒づいた。
クワトロが悪人とは思わないが、この男がこういった皮肉な態度を取る時は、大抵ロクでもない事を言う時だとヘンケンは知っていた。

「先の戦闘で、リックディアスを一機失った。次の戦闘までに補給のアテが無い以上、どこかで代わりを用意する必要はあるだろう」
「その戦闘のログは見させて貰った。その上で言おう、冗談ではないとな」

ヘンケンも、ナナが実戦で十分通用するレベルの兵士である事は理解している。だが、だからこその危険性もある。
エゥーゴは今でこそブレックス准将によって一つに纏められているが、元々はスペースノイドが自治権を獲得するために集まり、自然発生した組織なのだ。
勝つ為ならば何を利用しても良い。などという無法の集団と化してしまえば、本来味方であるはずのスペースノイドですらエゥーゴを悪と見なすだろう。
第一、当の本人の意思を無視して戦場に出す算段を立てている時点で有り得ない事だ。
彼女は、民間人なのだから。

ヘンケンは、先程からクワトロの後ろでに、静かに佇む少女を見た。
感情の起伏の見られない表情から、まるで人形のようだ、と思った。
ナナが、口を開いた。

「……いいよ」
「なんだと?」
「――ほう」

始めて発した少女らしい幼い声。
それにヘンケンは盛大に顔を歪めた。








「それは、私たちエゥーゴの為に戦ってくれると言っているのか?ナナ」
「うん」

始めからその積もりで連れて来ただろうクワトロ大尉は、これでもかと言う程のドヤ顔を決める。
引っ叩くぞこのロリコンめ。
…だがまぁ、仕方ないと言えばそうなのだ。時は戦乱の時代。そう、戦争なのだ。
ブレックス准将とかこのヘンケン艦長みたいなお人よし集団のエゥーゴなら、もしかしたら平和に過ごせるかなーと思ったが、んな訳なかった。
これから起こるグリプス戦役。
地球にいようが宇宙にいようが安全な処など一つもない、おまけに後の方になってくればアクシズが参戦して泥沼だ。
地上へのコロニー落しやら、コロニー支配やらに巻き込まれるぐらいなら、まだアーガマに乗ってた方がマシである。
幸いな事に、今世での俺にはこの最高のニュータイプだかなんだかのチートボディがある。
子供である事を理由に後方支援とかに徹すれば、なんとか……なるかしら?(汗

「おい、大尉!」
「事態は急を要する。ティターンズのニューガンダムが現にグリーン・ノアにある今、足踏みをしている暇などないさ」

強面の艦長であるヘンケンさん。
予想以上にマトモである。ヤクザ顔とか思って御免よ…

「ふん、ホワイトベースⅡに新型のガンダム。ついでにアムロ・レイの代わりもでっち上げようってか?」
「それも悪くはあるまい?ナナにはその素質がある」

ねぇよッ!ふざけんな、あんな時代も世界も超越した歴代ガンダム最強パイロットと一緒にするなよ!?
そんなホラばっか吹いてるから、最終的に隕石にめり込まされたまま蒸発するハメになるんだよ!!
……なんて言えたらどれだけスッキリするのか。
思う様に喋れないこの身体が憎い。いや、言えても言わないけどね!

「シャアが言うと、説得力があるね」

精一杯の皮肉である…というか、例の如く考えてたたら何時の間にか声に出ていた。

「シャア?」
「――ニックネームさ。赤い機体に乗っているからな」

訝しげな顔をするヘンケン艦長に、クワトロ大尉が言い訳じみた事を言う。
ネタバレもはなただしいが、気付く人は気付いてると思うんだがなぁ。
まぁ、それは言わぬが花か。





ナナをレコアに預け、クワトロは改めてヘンケンと向き合う。
クワトロを見るヘンケンの目は厳しい。しかしそれも当然である。いくら才能があるといってもまだ子供。
そんなナナを戦争に巻き込もうとなどと、人情家であるヘンケンが快く思う筈がない。

「納得がいかないか?キャプテン」
「当たり前だ、あんな子供を。正気の沙汰ではない!」
「だが、彼女にはエゥーゴに加わるしか生きる道はない」

研究所の一つが襲撃を受けた事は既にティターンズは察知しているだろう。
その研究の成功例であるナナが、今後平和に暮らせる場所などない。
良くてジャブローに軟禁。最悪どこかの研究施設で生きたまま標本にされるぐらいの物だ。
ヘンケンもそれは解ってはいるのだ。だからこうして反対しながらも、ナナのエゥーゴへの参加そのものは拒否出来ないでいる。
そしてそれを建前に、クワトロがナナを本物のニュータイプに仕立て上げようとしている事も。

「俺はあんたが何処の誰で、昔何をやってたかなんてどうでもいい」
「………」
「だが、あんな少女を戦場に放りこんで何かあってみろ。俺はこの船の艦長として、一人の人間として、アンタを許さん」
「…何れにせよ、次の作戦が終わればブレックス准将も一度アーガマに戻る。最終的な決定はその時でもいいだろう」

人の情ゆえに憤るヘンケンから逃れるようにクワトロは言い放った。
戦争で家族を失ったブレックスは渋りこそするだろうが、彼は激情家である反面、極度のリアリストだ。
ニュータイプが戦場においてこそ、その真価を発揮する事を理解すれば恐らく反対はしないだろう。
そう高を括っての発言であった。

(人類の革新。朽ちた夢かとも思ったが、ジオン・ズム・ダイクン代わる新たな指導者が現れれば、或いは…
ララァ。私はつくづく救いのない人間だな……)











サイド7・1バンチコロニー、通称『グリーンノア1』。
現在ティターンズの軍施設が置かれているこのコロニーは、民生用でありながら過去に一度壊滅的な被害を受けている。
一年戦争中期、当時ジオン公国軍中将ドズル・ザビの配下であったシャア・アズナブルが率いる部隊によって攻撃を受けたのだ。
だがそれも仕方のない事だろう。
なにせ、このコロニーこそが後の戦争の命運を変える事となった連邦軍の一大作戦である『V作戦』が進められていた場所なのだから。
その後ティターンズの軍事拠点の一つとして修復されるなど、何かと連邦軍とは縁があるのだ、このコロニーは。

「……はぁ」

グリーンノアの市街地を歩くレコア・ロンドは深い溜息を付いた。
彼女の目の前には、街のあちこちを物珍しげに眺める白髪赤目の少女がいた。
着の身着のままアーガマに乗り込んだ彼女の身の回りの物を用立てるために街へと出たものの、彼女本人を連れてくる必要はあったのだろうかとレコアは頭を抱えた。

「ちょっとナナ、あまりチョロチョロしないで頂戴。唯でさえ貴女は目立つんだから」

まだ10歳かそこらであろう少女に大人しくしろと咎めるのは気が進まないが、そうも言っていられない。
何せ、ついこの間にエゥーゴの機動部隊によって強襲を受けたティターンズの研究施設からエゥーゴによって奪取された
存在なのだ。
レコア自身エゥーゴのメインスタッフの一員だということもあり、駐留しているティターンズに絡まれでもしたらと考えると気が気ではない。
それに加えて、だ。

「レコア少尉、あまり神経質になるものではない。普段通りでいいさ」
「大尉はもう少し気を使ってください」

眩しいまでのブロンドヘアーにサングラスという悪目立ちの権化の様な男が隣にいる。
この三人での買い物を計画したのも、何を隠そうこのクワトロだ。

「なにもティターンズの実働部隊が駐留している今に買い物なんてしないでもいいでしょう…」
「仕方がないだろう?例の作戦の後になれば、それこそ気軽なショッピングなど夢のまた夢だ」

だとしても自分を巻きこまないで欲しい。と思った所でレコアは、このサングラスの男と10歳の少女が連れ添って歩いているのを想像した。
どう考えても不審者である。クワトロ大尉が。
ティターンズどころか、普通の警官がまず黙っていないだろう。
一応この大尉もその辺りは理解しているのか、とレコアはクワトロに生暖かい視線を送った。

「…何か誤解があるようだから言っておくが、これは次の作戦の為の下調べも兼ねているのだからな」
「以前に、このコロニーに来たことがお有りにあるのではありませんでしたか?」

当然そんな話などない。
エゥーゴの中で、もはや暗黙の了解として噂される、彼の正体を聞いた上のカマ掛けだ。
そんなレコアの問いかけに、苦笑するようにクワトロは答えた。

「私はクワトロ・バジーナだよ、少尉。少し前までルナツーで燻っていただけの、しがない下士官でしかない」

自嘲するようなクワトロの物言いに、狡い男だ、とレコアは反発的に感じた。
つい睨めつけるような視線を送ってしまうレコアを意に介さず、クワトロは「それよりも」と呟く。

「ナナはどこに行った?」
「………え?」







アーガマから所変わってグリーンノア1。
スゲェ……まさかこのガンオタの聖地に足を踏み入れる日がこようとは……
何せこの場所こそが、一年戦争に続く最悪の戦役であるグリプス戦争開戦のきっかけとなった場所なのだから。
ついでに此処はガンダムシリーズ最高レベルのキチg……げふんげふん、ニュータイプであるカミーユ・ビダンが暮らす土地。
ガンダムといえば宇宙世紀な俺としては既にテンションMAX。
あちこちとキョロキョロしている様は、前世の見た目だったら一発で職質されること間違いなし。
いやぁ幼女でほんっと良かった!

「ちょっとナナ。余りチョロチョロしないで頂戴。唯でさえ貴方は目立つんだから」

サーセンwwwと内心で謝っておく。
俺の面倒を押し付けられたこの人はレコア・ロンド。
着の身着のままで戦艦に乗り込むハメになった俺の身の回りの物を揃える為にこうしてやって来た訳だが…

「レコア少尉、あまり神経質になるものではない。普段通りでいいさ」

何やら後ろの方で大尉がレコアさんとイチャイチャしてるが、今の俺には関係なし!
前に居た研究所で着てた、入院患者の服みたいな服ともオサラバ出来たし、気分は上々。
やたらフリフリとしてるのはアレだが……
ま、まぁコスプレみたいなモノだと思えばね?なんたって今の俺は幼女だし!
前世の見た目のままだったら、社会的にも精神的にも終わっていただろう。
幼女でなければ、即死だった…

そんな感じで調子に乗っていたのが、悪かったらしい。
ふと気がつくと、後ろに居たら筈の大尉とレコアさんが居ない。
横と前も見る、居ない。ついでに上も見てみる…居ないよね、うん。
つまりなんだ、これは―――
はぐれた(笑)
ってことなんだろう。




えええぇぇぇぇーーーー!!??
いや、ちょ、ええ!?
(笑)とか言ってる場合じゃねぇよ!
今の俺は、幼女の身ひとつ。この超情報社会で市民カードどころか戸籍すら持ってない不審人物。
迷子になりましたー、なんて行って警察的なとこに行った所で逆にヤバイ。
家への帰り道を教えて下さいなんて言って、ドッグベイへの道なんぞ聞いたら、妙な勘ぐりを受ける事間違いなし。
ていうか、実際ここティターンズの基地だし。俺も俺の保護者もエゥーゴだからね。
迷子になっている今の状況も相当アレだが、ティターンズ軍人とエンカウントしたら超ヤバイ。
レコアさんも言ってた気がするけど、今の俺って目立つし。さっきから道行く人の視線もビシビシ感じるよ!

この身体では、間違って軍人に尋問などされれば、逃げる事すら出来ないだろう。
そういえば…と思い、今の今まで意識から外れていた自分の片手を見る。
なんの気紛れか、大尉が買ってくれたアイスなんぞが握られてた。
ふっざけんな、あのロリコン!余計に親とはぐれた、いたいけな幼女を演出してどうすんだよ!?
喜んで食ってた俺も俺だけど!
どうせならアニメでアムロが持ってたビームガン的なあれでも貸してくれればいいものを…いや、あったところで意味ないけどさ。


滅茶苦茶テンパる俺。だがそれで周りへの配慮が疎かになっていたのか、人とぶつかってしまった。
ドンっと強い衝撃で後ろに転び、ぶつかった相手を見上げる形になる。
「あ、スンマセン」と謝ろうと思ったが、それよりも先に相手の特徴的な服装に目を奪われた。
全身濃紺のパリっとした軍服。いかにもエリート然としたその佇まいはティターンズそのものである。
や、やっちまった…!ヤバイと思った先にこれだ。
内心顔面蒼白な状態でつつーっと相手の顔に視線を移してみる。
も、もしかしたら怒ってないかもしれないしね?

見上げた先に居たのは、しかめっ面をした金髪の男。
妙に盛った特徴的なヘアースタイルは見覚えがある。いや、ちょ、この人って…

「――おい」

ジェ、ジェリド・メサだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??
しかも、持ってたアイスがズボンにべっとりついてるし。お、オワタ……








その日ジェリドは、軍の休暇を利用して街へと繰り出していた。
新型機体のガンダムMK-Ⅱのテストに追われ、忙殺されていた中で久々の休みだ。
同僚が休暇を取る中、率先して居残りを引き受けるエマ・シーン中尉には頭が下がるが、まあそれはそれである。
そんな訳で、相棒のカクリコンと共に、市街地を歩いていた時だった。
ドンっと軽い何かが足にぶつかったのを感じるのと同時に、冷たい感触が伝わってくる。
見ると、ティターンズの制服のズボンにべっとりとアイスが付いている。

「おい」

一体どこのクソガキだ。場合によっちゃあ拳骨の一つでもくれてやろうと、地べたに座り込む小さな人影を睨みつけた。

(―――っ)

そこで、ジェリドは思わず息を飲んだ。
白だ。真っ白い髪に、真っ白い肌。
雪のように触れれば溶けて消えてしまいそうな風貌の中で、二つの赤い瞳だけが確りとジェリドを捉えていた。
精巧な人形の様なその容姿に、幼女趣味など断じてないジェリドだが、思わず引き込まれる様に少女に見入ってしまった。
が、はっと正気に戻り舌打ちする。こんな子供に見とれている所など同僚に見られたら、それこそ明日から基地中の笑いものだ。

「ちっ、立てよ。何時まで座り込んでる気だ」

呆けた様にジェリドを見つめたままの少女の手を引いて起こしてやる。
感情の起伏の見られない少女の表情にイライラとしながら、らしくないと思いながらも服についた埃を払ってやる。

「次からはちゃんと前を見て歩け。ほら、これで新しいのを買え」

ポケットにあった小銭を無理やり少女に握らせ、追い払うように背中を押した。
全くもって、調子が狂う。
何度かこちらを振り返りながら去っていく少女の背中が人ごみに消えた頃、遅れてカクリコンがやってきた。

「なんだ、柄にもなく優しいじゃねえか。子供好きだったのか?」
「ハッ、なわけないだろ。ガキ相手にムキになっても仕方がないっての」

俺はお前があのガキ蹴り飛ばすんじゃないかとヒヤヒヤしたがね、とカクリコン。
相棒の事を何だと思ってるんだこの男は、とジェリドは思った。
だが、自分の普段の横柄な態度を思い出して、思わず顔をしかめた。
確かに、さっきのは余りに自分のキャラではなかった。
見ると、面白いものを見るようにニヤニヤと生暖かい視線をカクリコンが送ってくる。

「くそっ、気分悪ィ…!おい、さっさと来ないと置いてくぞ」
「おいおい、怒るなよ」

イライラと歩調を早めながら、ふとジェリドは気づいた。

(そういや結局あのガキの声、一度も聞かなかったな)








いやぁ、危なかった。
突然の事に頭が真っ白になって、ぼんやりしてたけど。ジェリドが思いの良い人で助かった。
カミーユみたいにパンチされたらどうしようかと思ったね。いや、男だったら普通に殴られてたのかもしれないけど。
にしても、相変わらず迷子なことには変わりがない。
大尉に見つけてもらえるように、毒電波でも送ってみようか。ニュータイプ的に。

「ここに居たのか、ナナ」

毒電波毒電波―と念を送っていると、後ろから肩を掴まれたビクっとなる。
振り向くと、ほっとしたように表情を緩めるクワトロ大尉。

「さあ、アーガマに戻ろう。街は楽しかったか?」
「うん、シャア」
「君もか…私はクワトロだよ。それ以上でも、以下でもない――」

なにやら苦笑いをしながら、名言っぽいことを言う大尉。
いやまぁ、時代が許さないっつーか……
自分すら騙せない、騙す気のない嘘で、他人に納得して貰うのは無理があるんじゃないかなぁ。
しかし、「クワトロ大尉」って言おうとすると「シャア」になる言語機能はどうにかならんのか。ならないんだろうなぁ…






その頃。

―――ん――く――ぱ―――――ど―――

「……誰だ。呼んでいる、のか?」
「どうしたの、カミーユ?」

一人の少年が、静かに可能性の芽を紡ぎ出していた。」








書きたくない病が収まったので、恥ずかしながら戻って来ました。
これからは週一更新……できたらいいなぁ(汗



[30610] 3話
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆a9b17cc5 ID:c60a23d6
Date: 2012/02/25 00:39
作戦前のアーガマの格納庫では、整備兵たちが慌ただしく準備を進めていた。
整備班長であるアストナージは周囲へ鋭く指示を飛ばしていた。

「順調か、アストナージ」
「はい、クワトロ大尉」

整備の手を休めながら、珍しく格納庫まで足を運んだクワトロへ向き直る。
正規軍でないアーガマであるので敬礼はしないが、普段あまり顔を合わせない上官に、アストナージは落ち着かない気分で答えた。
緊張するアストナージを気にするでなく、クワトロは格納庫の一角をするジム・クゥエルを見上げた。
濃紺のティターンズカラーから、白を基調とした色に再塗装されたそれは、パイロットを交えながら、現在急ピッチで調整が進められていた。

「…こう言っちゃなんですが、酷い機体です。無理矢理上げた追従性に、フレームの方が悲鳴をあげてます。下手したら後数回の戦闘で使い物にならなくなるかもしれません」
「だろうな。一度この機体と戦ったが、とてもジムが耐えられる動きには見えなかった」

クワトロには、このジム・クゥエルがアポリーのディアスを片腕を切り落とした時の機動が、まだ鮮明に思い出せた。
敵の攻撃に対する、まるで未来予知のような反応。更にそこから超常的な速度をもって次の行動を起こす反射神経。
パイロットとして非凡な物を持つクワトロを持ってしても、あの動きを見たときは背中にナイフを突き付けられた様な怖気を覚えた。
クワトロ自身が拾った少女、ナナのモビルスーツに対する常識を越えたセンス。
それこそがアムロ・レイと同じ、ニュータイプとしての才能の証明に他ならなかった。

「しかし、本当に機体はどうにもならないのか?予備のディアスを彼女専用に回しても構わないが」
「無茶言わんで下さい!ディアスの出力でそんな超機動やらせたら、下半身がどっかに吹っ飛んでいきますよ!」

クワトロの提案に、アストナージは悲鳴を上げるように抗議した。

ナナの出撃が決まった時、整備班でも彼女をジムで出撃させる事に疑問の声を上げる者が多くいた。
装甲の剛性の事もそうだが、なによりクゥエルではパワーが無い。
ならば、艦にある他のモビルスーツを使えばいいという考えに行き着くのは当然の流れだった。
…しかし、そんな話し合いの最中に、電卓片手に顔を青ざめさせていた整備兵がいた。
嫌な予感をひしひしと感じながら、アストナージがその整備兵の手元を覗き込んだ時、彼は自分の目を疑った。
常識外の追従性と、そこから導き出される狂気染みた機動。今のエゥーゴに、彼女が乗れる機体は存在しなかった。

ナナの最初の機体がクゥエルだったのは幸運だったと言えるだろう。
これがジム・カスタム、それもクワトロ達との戦闘が宇宙戦だったのなら、機体が分解していても不思議ではなかった。

「マグネット・コーティングの基礎理論は前大戦中に完成されてますから、追従性の方はどうとでもなります。
 ただ、現在のMSの規格ではどうやってもフレームの剛性が足りません」
「訓練期間の短さ故の、セオリー外れの操縦が仇になったな。機体に負荷を掛けない操縦技術を憶えさせようにも、そんな時間はあるはずもないか…」
「噂のムーバブル・フレーム搭載機でもあれば話は変わってくるんでしょうが……結局は無い物強請りですからね」
「ムーバブル・フレーム、か」

連邦軍の最新技術であるムーバブル・フレーム。
MSに人の動きを再現させる事すら可能にするとされる内骨格システムで、現在グリーン・ノアで開発が進められている、ガンダムMk-Ⅱに採用されるなど、
今後のMS開発に多大な影響を与えると予想されている技術である。

「ガンダム鹵獲――これはいよいよ失敗出来なくなったな……」






ジム・クゥエルのシートに座ること、既に数時間。そろそろダレてきた俺です。
作戦直前だっていうから機体整備なんてとっくに終わってるもんかと思ったら、とんでもなかった。
ジムの周りであーでもない、こーでもないと唸る整備兵の人たち。
俺の内心が顔に出てたら普通に怒られそうである。この体になってからやたら無表情になったけど、こんな形で役に立つとは。
アーガマのカタパルトですっ飛んでくのにワクワクしてる場合じゃなかったです、マジで。

「よっ、もう少しで終わるからな。疲れたか?」

なにやら深刻そうな顔で大尉と話してた、アストナージさんがコックピットまでやってきた。
最初見た時、地味過ぎて原作登場キャラだと気付かなかったよ。……いや、気の良い人なんだけどさ。ゴメンね!
名前で呼ばれているのを横から聞いた時、すぐに「ああ、サラダの人か!」なんて思い出した俺はそろそろ殴られても仕方無い気がしてきた。
死亡フラグの人とか酷過ぎるだろう、常識的に考えて……

「ジムの操縦系は殆ど弄ってないから、動かす分には前と変わらないはずだ。ま、だからって余り無茶はさせるなよ?」
「うん。ありがとう、アストナージ」

甲斐甲斐しく面倒を見てくれるアストナージさんに、言葉だけだがお礼を言っておく。
最近練習を始めた笑顔の作り方も、実践を兼ねてやってみるが……か、顔の筋肉が動かん……
少し前まで、まったく変わらない自分の表情に危機感を覚えて頑張ってみたものの、結果は芳しくない。
ひ、引きつった笑いになってたらどうしよう。
と思ったが、アストナージさんは一瞬面食らったような顔をしただけで、にっと笑いかえしてくれた。

「礼なんていいって。機体とお前さんが無事で帰ってくれば、他に俺たちは何にもいらないさ」

男臭い笑みを浮かべるアストナージさん。ちょっとカッコイイと思ったのは内緒である。
しかし、態々塗りなおしてまでジム・クゥエルで出撃する事になるとは思わなかったよ……
あわよくばリック・ディアスに乗れるかなぁ、なんて思ったが、よく考えたら初めての機体なんかで出撃しないよな。
まぁ、僚艦のモンブランに積んであるらしいジムⅡじゃなかっただけラッキーか……やられメカの筆頭だもんな、アレ。
大尉なら「ナナ用に一機ディアスを回そう」とか言い出しそうとか思ったけど、流石に自重したのかしら?
あの重そうな機体を乗りこなす自信もないし、このジムもなんだかんだで気に入ってるから良かったんだろうけど。




『ナナ、聞こえるか』
「あ――ヘンケン」
『そうだ、ヘンケンだ。だが、名前の後に「艦長」か「キャプテン」を付けろ』

ヘンケン艦長越しに渋面を浮かべるヘンケン艦長。えらいスンマセン。
最近マシになってきたとはいえ、例の言語フィルターは今日も絶好調なのである。

『間もなく発進シークエンスが掛かる。どうだ、本当に行けるのか?』

言外に「今ならまだ止められるぞ」と言ってくれているヘンケン艦長。
俺の出撃に、最後の最後まで渋ってたのがこの人だからなぁ……本音で言えば、戦場に子供なんかを絶対出したくないんだろう。
俺自身の操縦がアーガマのシミュレータで結構いい成績出ちゃったのと、いつも通りのクワトロ大尉からの強烈なマンセーで押し通されちゃったけどさ。

「ヘンケン、大丈夫だよ」

戦いは正直勘弁だけど、ティターンズを放っといたら相当ヤバイってのは、俺も分かるからなぁ。
ここ暫くの間に、俺も随分アーガマの人たちには世話になった。
俺が居なくても何とかなりそうな気もするけど、俺が出て少しでもエゥーゴの戦力が温存されれば意味はありそうだ。
そうすれば、ネオジオン抗争時代の泥沼っぷりも少しは良くなるハズ……
ていうか、このまま行けば間違いなくその泥沼に巻き込まれるからね!
後の死亡フラグを折るために、現在進行形で死の危険にさらされてるとか、本末転倒もいいとこである。
まあ、アーガマに乗せられて時から諦めてはいたけどさ!(泣

『…分かった。ただし、絶対に無茶だけはするな。絶対に生きて帰ってこい』
「うん」
『でないと、ある男が俺にサングラスを叩き割られるハメになるからな』

ニヤリと笑うヘンケン艦長に、俺も笑い返す。内心的にだけど。
本当にカッコいい人達である。いつか俺もあんなシブい男になってみたいものである。
もう幼女になっちゃてるから無理な話なんだけどね……いや、マジでどうしてこうなった。
…まぁ過ぎたことを気にしても仕方がないから、ささっとお勤めの方を済ましてしまおう。

各部位チェック、オールグリーン。
全兵装及び各システムに異常なし。
核融合エンジン出力安定。推進剤も問題なし…と。

「カタパルト・スタンバイ、ジム・クゥエル発進よろし。ナナ、行けるか!?」
「うん。ジム、出るよ」

伝統に沿って「アムロ、いきまーす!」的なヤツをやりたかったけど、流石に自重する。
ネタに走って整備班の人たちの空気を和ませすぎるのもアレだし。
今の俺は、空気の読める幼女なのである。

「無事に帰ってこい!お前が戻る頃に、俺が取っておきの――」
「アストナージ、サラダはいらない」
「サラ――ええ!?」

あっぶねぇ!いきなりド級の死亡フラグ建てようとしやがったよこの人!?どんだけ好きなんだサラダ。
でも、これでフラグが一個折れたよな?よし、なかなか良い出だしじゃないか。
カタパルトから射出される際の強烈なGを感じながら、俺の白いクゥエルは宇宙へ飛び出す。
『漆黒の宇宙空間』なんて表現をよく聞くけど―――

―――実際の宇宙は『蒼い』のか、なんて妙な感慨を受ける。






「行っちまったな、あのガキ」
「ああ、そうだな……」

少女の乗るジムを見送ったアストナージに、一人の整備兵が声をかける。
後悔している様にも見えるその整備兵の気持が、アストナージにはよく分かった。

「ホントに良かったのかね、これで。俺ぁ自分がとんでもない罪を犯した気がして仕方がねぇよ、アストナージ」
「とは言っても、艦長とクワトロ大尉が決めた事なんだ。今更俺達が口出しなんてできなかっただろ?」
「……そうだけどよ」

整備班の中には、あの少女ほどの歳の子供を持つ人間もいる。
作戦に彼女が参加する聞いた時、整備班の大多数が疑問や反対の声を上げた。
実際、彼女のジムに残された戦闘データと、彼女に機体を壊され予備のディアスで出撃することになったアポリーの証言が
なければ、ストライキにも近い形で彼女の出撃自体を整備班ぐるみで妨害していたかもしれない。
そうはならなかったのは、偏にエゥーゴという組織が軍隊であるという事によるものだ。
上からの命令は絶対である。その意味を理解しているからこそ、彼らは疑問を抱きながらも少女のモビルスーツを準備したのだ。

「今更後悔したってしょうがないだろ。それに、案外大丈夫な気がするんだよな」

――アストナージ、サラダはいらない。
去り際のナナの言葉が、アストナージの耳に焼き付いていた。
会って間もない彼女に、自分が密かに得意としている料理など教えた筈もない。
心を見透かされでもしたような不思議な感覚は、不快ではないが狐につままれた様な気分にはさせられた。

(あれがニュータイプってヤツなのかね…)

根っからの技術畑の人間であるアストナージには、一昔前にブームになったニュータイプ論など半信半疑がいいところである。
それでも、あの白い少女のミステリアスな雰囲気は、オカルト染みたそれに多少なりとも真実味を持たせてくれる気がしないでもなかった。
それに――

「俺たちは最高の仕事をして、最高の状態の機体でパイロットを見送った。そうだろ?」
「…お前さんは整備士の鏡だよ、アストナージ」

ありがとう。アストナージにそう言ったナナの、薄く笑った笑顔。
あの無機質だがどこか人間臭い笑みを浮かべる彼女が生きて帰ってくるというなら、オカルトだって信じてみるのもいい。
そう思いながらアストナージは同僚の肩を叩き、自分たちの仕事場へと戻っていった。










とりあえず、施設でやってた訓練通りにスラスターを吹かす。
宇宙での操縦は初めてなんだけど、妙に馴染む。

『ナナ、私は先行してグリーン・ノアへ入る。この後はアポリーとロベルトの指示で行動をしろ。出来るな?』
「うん。シャア、気をつけて」
『フッ――そうだな、気をつけよう』

今更だと言うように笑うクワトロ大尉。白兵戦もお手の物なこの人ならではの余裕だよなぁ。
伊達にド派手な機体に乗っている訳ではないのである。
宇宙空間でも視認性抜群の機体とか、この人の腕じゃなかったら完全にギャグだよな…
などと三機のリック・ディアスの後ろを追いかけながら思う。

『よう。緊張してないか?』
「アポリー」
『はは、大丈夫そうだな。まぁ危なくなったら俺達がフォローしてやるさ。この前やられた手前、あんまり偉そうに言えないけどな』

気の良さそうな感じで、話しかけてくるアポリー。
この前のは運というかアレだ。某エクストリームのオンでこっちの勝率が50%以下で相手が油断している所を
ガチャプレイで無理矢理押し込んだとか、そういう感じのやつなのである。
だから、間違っても俺の実力だとは思わないでほしいのだ。
なんてったって、俺の目標はアーガマの後方支援専門だからね!!


――――――――。

不意に感じる頭に響くような、重々しい感覚。
なんぞコレ。ゆんゆん来てる、毒電波か?

『この感覚、アムロ・レイ?違うか……ナナ、何か感じないか?』

俺の感じるこの変な電波を、どうやらクワトロ大尉も感じているらしい。
幼女になった事で、とうとう頭の方に致命的な不具合が出てきたのかハラハラしてたよ。
しかし電波飛ばすとか、そんな超能力みたいな事できるのは俺の知る限り、あのコロニーには一人しかいないよなぁ。

「……カミーユ」
『カミーユ?この感触の持ち主の名前なのか……?』

しまった。うっかり口が滑りおった。
ネタバレも程々にしないとなぁ、唯でさえ不思議系キャラが定着しつつあるのに、おまけに電波扱いとかされたら堪らん。
不思議系で幼女で電波持ちとか、属性がインフレおこして大変である。手遅れな気がして仕方がないが。



なんだかアーガマの中より、MSの方が宇宙を間近で感じられるな。
などとまるでニュータイプみたいな事を考えながら、宇宙に浮かぶコロニーを目指し、ジムを飛ばした。










週一は無理ゲーでした。えらい申し訳ない…

ムーバブルフレーム説とモノコック説とで割れるリックディアスですが、正直ムバフレ説をまともに信じると
とてもSSなんて書けないのでこのSSではモノコック機構を採用している、ということで…

Z計画の停滞がMK-Ⅱのムバフレで打開されたのに、プロトディアスの時点でムバフレ採用とかどういうことなの…


※修正しました。誤字報告感謝です。



[30610] 4話
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆a9b17cc5 ID:59a343e1
Date: 2012/03/22 02:04
―――――――――。

「……まただ、また聞こえる。何処から――誰なんだ?」

声が聞こえる。どこか、とても遠くから。
漠然として、それが本当に人の声なのかも不確かな物である。
しかしそれは不快ではなく、もっとよく聞かなければ、と引き込まれる様な不思議な響きだ。
カミーユ・ビダンは、数日ほど前から時折覚えるようになったこの奇妙な感覚を、今この瞬間に感じていた。

「カミーユ、なにをブツブツ言ってるの?」

エレカのハンドルを握るカミーユの横から、幼馴染のファ・ユイリィが胡散な視線を送ってくる。
"声"を聞くのを邪魔されて、カミーユは態とファの話が聞こえないフリをした。
この幼馴染のお節介には辟易しているのだ、前からずっと。

「一人で喋って、気持ち悪いわよ」
「うるさいな。だったら初めから付いてこなければいいんだ」

今日は、元ホワイトベース艦長ブライト・ノアの乗艦であるテンプテーションがグリーン・ノアに着く日なのである。
それを事前から知っていたカミーユは、彼に会おうとわざわざ部活の練習をサボってまでドックベイへと向かっているのだ。
それを目ざとく見付けたファが、半ば強引に付いてきて今に至る。

「ちょっと、やめなさいよ。その癖」

イライラと爪を噛むカミーユに、ファが叱責した。
自分が苛立っている原因は、ファのその喧しさだと何故分からないのか、とカミーユは思った。
さっきだってそうだ。あと少しで、あの声がどんなものか解ったかもしれないのに。

カミーユ達の乗るエレカは住宅街を通り過ぎ、林を抜けながらリニア・カーの乗車口に辿り着いた。
入り口にエレカを停めたカミーユは、入り口から続くエスカレーターを駆け下りながらリニア・カーへと跳び乗った。

「急いで港まで!」
「たった30秒の事じゃないの」

『カウントダウンを省略します』という電子音声と共に、ファが呆れたように言い放った。
そんな煩わしい遣り取りよりも、発信したリニア・カーの窓から見える宇宙空間の方がカミーユにとっては重要な事だった。
コロニーの外側を走るリニア・カーのサンバイザー越しに、星々が猛烈な勢いで通り過ぎていく。
カミーユは、昔からこの景色が堪らなく好きだった。

宇宙ソラか―――ん?)

カミーユの目に、漆黒の宇宙空間に浮かぶ四つの光が映った。
目視できる距離では到底なかったが、カミーユにはそれが直感的にモビルスーツではないかと思えた。

―――――ユ。

「まただ……!」

声が聞こえる。今度は前より近く、鮮明に。
何を言っているかはまるで解らない。だが、微かに聞こえたそれは、間違いなく少女のそれであった。
カミーユは四つの光が見えなくなるまで、食入いるようにそれを目で追い続けた。






ジェリド・メサはその日、後から着く同僚を出迎えに空港へと訪れていた。
ハッチから降りてくるティターンズのメンバーに、素っ気なくない程度に挨拶を交わすジェリドの意識は、明後日の方に向かっていた。
休暇に街に出た時に出会った、あの少女のことがどうしても頭から離れない。
ジェリド自身どうかしていると思わずにいられないが、それでもふと気づくとあの真っ白い少女の姿を思い出している自分がいた。

「カミーユっ、会えやしないわよ!」
「うるさいな!」

リニア・カーの乗降口から、なにやら姦しい声が聞こえてくる。

(……カミーユ、ね)

リニア・カーから降りてきたらしい乗客の名前に、つい意識が傾く。
なるほど、あの端正な容姿の少女に、さも似合いそうな名前だ。
ジェリドが声の方向に目を向けると、そこには一組の男女が出口から出てくる所だった。
カミーユ、と呼んでいたのは女の方だ、つまりは。

「なんだ、男か」

なんの悪気があった訳ではない、無意識に零れ落ちた言葉だった。
不用意だったか、と少しバツが悪い気分になる。とはいえ向こうは所詮、民間人だ。
何もなかった様に視線を少年から離し、先程から物資の搬入をチェックするエマ中尉の方へと向かおうとした時であった。

「いけませんかっ!カミーユが男の名前では」
「いや、美しい少年だったものだから…」

なにやら剣呑な視線を送りながら近づいて来る少年に、鬱陶しいと思いながらも弁解をする。
まさかティターンズの制服を着ている自分に絡んでくるとは思わなかったが、自分にも非があったとジェリドは自分を抑えた。
見れば相手はハイスクールに通っていそうな年頃だ。
ここは自分が大人の対応をとって、お引取り願おう。そう思った次の瞬間だった。

「なめるなっ、俺は男だよ!!」

少年の拳が、ジェリドの顎先へと鋭く突き刺さった。










『行くぞ、ガンダムMK-Ⅱを捕獲する!』

あれからしばらくして、偵察から戻ってきたクワトロ大尉とコロニーへと侵入する。
ロベルトのリックディアスが構えるバズーカから吐き出された砲弾がコロニーの壁に穴をあけ、そこから中に進む。
なんていうか……やってることが押し入り強盗のそれな気がして仕方ないんだけど。
市街地でMSの飛行訓練なんてやっちゃうティターンズも相当アレなんだろうけど。一般市民は大迷惑だよな、これ……

『各員、コロニーへの損害を考慮に入れて戦闘を行え。この作戦の目的があくまでMK-Ⅱを手に入れる事だということを忘るな』

大尉からの通信に、待機中に緩みきった神経を締め直す。
そ、そういや俺ってばまともな戦闘って大尉にぶっとばされたアレしかやってないんだよな、今更だけど。
なるべく考えないようにしてたけど、今になってちょっと緊張してきやがった。
うおお!敵はどこだ!!(錯乱
などどアホな事を考えていると、前方から何か近づいて来るのが感じられた。

「敵機っ、シャア!」
『なに―――っ、こちらでも確認した。ええい、ガンダムの所在を掴まんうちに!』

反射的に叫ぶ俺に、遅れてレーダーが連邦軍の機体を補足する。
しかし、今のは一体何なのやら。殺気というか、敵意みたいなものが機体の装甲の向こう側から襲ってきたのだ。
シックスセンス的な感覚というかなんというか……な、何か本当に人外染みてきてないか俺?
施設で寝てる間に改造とかされてたんだろうか。やめろショッカー!

接近するジムⅡの部隊を視界にいれながら、グリップを強く握る。
そういやカミーユって今頃どうしてるんだったか…?







ジムの部隊から放たれるビームの射線から逃れながら、クワトロはリックディアスにビームピストルを構えさせる。
無闇矢鱈と発砲されるそれを掻い潜りながら、リックディアスが放った閃光に一機のジムが貫かれ、火をあげながら墜落した。
しかし、数で勝る連邦部隊は落ちた機体の穴を埋める様に密集し、再びクワトロの機体へと火線を集中する。
コロニーへの被害などまるで考えないその戦い方に、クワトロは舌打ちをした。

「連邦軍は、何時になったら此処が地球と地続きでないことが解るのだ!」

不用意な機動をとるジムⅡへと向けて放ったビームが機体の頭部を撃ち抜き、また一機が落ちる。
全天周囲モニターの後方に映る、二機のディアスと並行するようにしながら戦う白いジム・クゥエルを見る。

「……なるほど、いい動きだ」

ナナの操縦には、アポリーやロベルトのような実戦での経験に裏打ちされた巧みな技術はない。
しかし自分の機体の背後や上空。パイロットの死角になりうる場所にいる敵機を、逃すことなく照準に収めている。
先程の敵の存在を逸早く確認する感覚といい、あの少女はクワトロの想定するよりも遥かに早くニュータイプとしての能力を開花させている。

「まるでガンダム、だな」

クワトロ―――否。シャアは誰に知られることもない、複雑な心境を口に漏らした。
拙さこそあれど、背中に目がついてるとでも表現できそうなあの動きは、シャアの脳裏に一年戦争でのRX-78の存在をちらつかせる。
アムロ・レイの代わり。ヘンケンを黙らせる方便に利用したそれが、事実となって自分の業を責め立てている様な気分になる。
ナナの成長した先がアムロと同じなのならば、やはり自分とは袂を分かつ事になるのか。
ララァを失った時のあの損失感。あれを再び味わうというのならば、それはシャアにとって耐え難い苦痛になるだろう。

「考えても詮のない事なのだろうな――――なにっ!?」

驚愕するクワトロが見たのは、バーニアから黒い煙を上げながら地に落ちていくジム・クェエルの姿だった。








前に後ろにとワラワラと敵が沸いてくる。
アポリー、ロベルトも難なく敵機を落としてるんだが、いかんせん数が多い。
前から飛んでくる敵の撃ち漏らしが、上に後ろにと展開し、容赦なく責め立ててくる。

『編隊を崩すなよ、正面にでなけりゃ、そうそう当たるもんじゃない!』

通信機からロベルトの忠告が聞こえてくるが、こっちはそれどころじゃない。
いや、なんか俺のとこだけやたら攻撃が集中してる気がするんですけど!?
アレか、リックディアスなんて新型のなかに一機だけジムが紛れ込んでるからカモだと思われたのか!?
間違ってないけどね!!

「鬱陶、しい――!」

小刻みにスラスターを吹かしながら、ビームの火線を最小限の動きで躱す。
大尉のディアスに追従しながらの機動戦。足を止める訳にもいかないから飛びながら攻撃するしかない。
機体が軽い分、小回りが効くクゥエルを360°回転させながら敵のジムⅡに照準を合わせる。
流石に無茶な動きのせいで、撃ったビームはジムの足やら腕やらとしょっぱい当たり方しかしないが、とりあえず戦果はでている。
ビームを潜りながらの機動。イメージするのはラフレシアの触手を避けるF91。
うおおお、燃えろ俺の小宇宙!今の俺はシーブックだ!イメージの中では!!なんとぉぉぉぉぉぉ!!!
―――――ボンッ!

「………ぼん?」

とりあえずモチベーションだけはMAXの俺の耳に、なにやら不穏な音が届いた。
もはや超感覚といっても過言ではない俺の感覚が警報をならしている。
最高に嫌な予感を感じながら自分の機体を確認すると、背中のバーニアが黒い煙を吐いていた。
……うん。調子に乗りすぎて吹かしすぎたんだな、これ。
俺の乗るジムは、虚しくこの仮初の大地へと堕ちて行くのであった。







「俺のハイザックが出せない!?どういうことだ!」
『で、ですから中尉の機体はまだ組立が終わってないんですよ!」

顎の痛みを堪えながら、ジェリドは基地施設の通信機に向かって怒鳴りつけた。
ガンダムMK-Ⅱの飛行訓練中に、機体を基地に墜落させるという大ポカをやらかして冷や汗を掻くジェリドは、突如鳴り響く警報に我に返った。
通信で整備班に自分の愛機を用意するように連絡するも、帰ってきた返事は「否」の言葉だけだった。

「このクソ忙しい時に……お前ら何やってたんだ!」
『後続部隊が就いた後、アレキサンドリアの搭載機は全部オーバーホールに回されてたじゃないですか!中尉だって一緒に調整してたでしょう!?』

通信越しとはいえ、上官に詰め寄られ狼狽する哀れな整備兵の言葉に、ジェリドは舌打ちした。
確かに昨日、一昨日と機体のマッチングに付き合わされて、格納庫に缶詰にされたのを思い出したのだ。
仲間たちが調整を終えて戻っていく中、ジェリドの機体だけはなかなか作業が進まず、最終的にこのままでは出港に間に合わないと整備兵に泣き付かれてやっと終わらせたのだ。
作業が遅れた理由は、例のごとくあの少女の事で上の空の気分になっていたからである。
つまり自分の身から出た錆、完全に自業自得であった。

「仕方ない、MK-Ⅱで出るしかないか…!」

大切な試作機であるMK-Ⅱを戦闘で壊しでもすれば相当拙いが、このまま追撃に参加出来ない方が状況は更に悪い。
ジェリドは踵を返し、自分が墜落させた機体に乗り込むために駆け出した。
建物にめり込むように墜落したが、動かす分には問題ない筈だ。でなければ軍用モビルスーツなど務まる筈がない。
ハッチに足をかけ、リニアシートに飛び込む。
発進する為に、外していたヘルメットを被ろうとしたその時だった。

「動かないで」

ガツリ、とジェリドの後頭部に硬い何かが押し付けられた。瞬間、ジェリドの額からどっと脂汗が滲み出す。
後ろを振り返って確認するまでもない、自分の頭に突き付けられているのが銃なのは直ぐ解った。
抵抗など出来るはずもなく、ジェリドはゆっくりと両手を上げた。

「機体から降りて。撃たれたくないなら、素直に言う事を聞いて」
「……分かった、降参だ」

ここで死ぬくらいならと、ジェリドはシートを降り、機体のハッチへと立った。
せめて、自分にこんな不様な真似をさせて怨敵の顔を見ようと、手を上げたまま振り返った。
そこにいた人物の顔を見た時、ジェリドは思わず自分の目を疑った。

「お前―――!!」

白だ。真っ白い髪、真っ白い肌。
この数日、ジェリドの脳裏に焼き付いて離れない少女が、銃を手にしながらジェリドの目の前にいた。
まだ十代前半であろう幼い体躯。なるほど、シートの裏に見を潜めていたのかとジェリドは納得した。

「珍しい風貌のガキだと思ったら、このコロニーの人間じゃなかったってか。しかもエゥーゴとは、俺もヤキが回ったな」

エゥーゴの黄色のパイロットスーツを着た少女は、自嘲混じりの皮肉に、銃をジェリドの胸元に押し付ける事で答えた。
次は殺す、という意味だろう。全く、見た目に騙されたとはこの事だとジェリドは内心毒づいた。

「…分かったよ、降りるさ。抵抗なんてしないぜ」

相手は幼い少女。銃を持っているとはいえ、組み合いに持ち込めば圧倒的にジェリドが有利だ。
だが、分の悪い賭けで死ぬのは御免だった。
それに、ジェリドは自分でも不思議なほどにこの少女へ抵抗する気にはなれなかった。

(この状況で機体を取られまいとすれば、俺が生きるにはこのガキを殺すしかない)

銃を突きつける、目の前の敵兵の命を奪うのが嫌などと、軍人としては話しにならない事だとは思う。
だが、目の前の少女を何の感慨もなく殺める事が出来る程、ジェリドは軍人としてスレてはいなかった。
どうせ基地に機体を落とした時点で謹慎か営倉入りかは決定事項だったのだ。運がなかったとジェリドは諦めた。
両手を上げたまま、倒壊した建物を伝って地上へと降りる。

「………ごめんね、ジェリド」

ふいに聞こえた声に、ジェリドはハっと顔を上げた。
ジェリドが見た時には、もうMK-Ⅱのハッチが閉まり、機体が起き上がろうと動きだす所だった。

「待てッ!お前の名前は――――」

ジェリドのその問いに応える事なく、ガンダムMK-Ⅱはコロニーの空へと飛び立っていった。







いやぁ、危なかった。まさかジェリドが戻って来るとは思わんかったしなぁ。
ジムが墜落して、ヤバイと思ってさっさと機体から逃げ出した後、当てもなくフラフラと隠れる場所を探していた。
適当に歩いてたらなんか軍施設的な所に入り込んじゃって拙いかなーと思ったところで、基地にめり込んでるMk-Ⅱの3号機を見付けたのである。
確かあれに乗ってたジェリドってば、さっさとMk-Ⅱを乗り捨ててハイザックで出撃してたんだよな。
なら連邦軍が回収に来る前に俺が貰ってしまおうと乗り込んだはいいが、まさか『この銃』を使うハメになるとは。
コックピットの中で、先程ジェリドに突きつけていた銃を上に向け、引き金を引く。
すると、パンッという軽い音と一緒に国旗やらなにやらが飛び出してくる。
……うん、玩具なんだ。
咄嗟にシートの裏に隠れて、後に引けない状況だったもんだからついやってしまったのだ。
ガワだけ変にリアルで、街に出た時クワトロ大尉に買ってもらったんだよな、これ。
まさか、これで本当にジェリドが騙されるとは思わなかったけど。
ごめんね!と謝っといたけど、次会ったら『ぶっ殺してやるぁぁぁ!!!』って感じで襲ってきそうだよな……もう会わない事を祈ろう。


しかし、カミーユには悪いことしたよなぁ。確か、今頃ティターンズの基地から逃げてる頃だっけ?
カミーユが奪う筈だった3号機は俺が乗ってきちゃったし、これが終わったらまた軍に拘束されるんだろうか。
とはいえこっちも命が掛かっているのである。運が悪かったと思って諦めて貰うしかないよな…

……ところで、さっきから飛ばしているこのMk-Ⅱなんだが、なんだか様子がおかしい。
いや、動くには動くんだが、反応がスッゲェ鈍い。
さっきジムでシーブックに成りきろうとして墜落させた俺では、正直いつ事故らせるか解らない程に言う事を効かない。
俺のジムが特別高レスポンスだったんだろうか?他のモビルスーツなんて乗ったことないから解らないんだよな……
などと考えている、機体が大きくフラつく。とうとう機体の制御に失敗したらしく、高度が下がる。
ゲェェ!?どの操作が問題なのかは解るんだけど、対処しようとすればするほど機体が言う事を聞かずどんどん大変な事になってくんですけど!?
ていうか流石に反応遅すぎんだろ、MEタソかよ!!!

激しい衝撃と轟音を立てて、俺の乗るガンダムMK-Ⅱは再び地上へと落ちた。
ち、ちくしょう。俺にも主人公補正が欲しい……これがカミーユだったならこんな目には遭わんだろうに……
衝撃で朦朧とする頭。するとプシュ、とコックピットのハッチが開く音がする。
お、追手!?随分早すぎんじゃないか!?とテンパる俺。
しかし、開いたハッチの向こうに居たのは厳つい連邦軍人ではく―――

「君は―――?」

カミーユ・ビダン。先ほどまで俺が思い浮かべていた人物がそこにいた。
やっぱ主人公補正半端ねぇな。







「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

カミーユは走っていた。
ティターンズのジェリド・メサ中尉を殴った事で軍に拘束され、尋問を受けていたのだ。
しかし、拘束されていた軍施設の上に突如としてガンダムMK-Ⅱが墜落し、その隙に逃げ出したのだ。

「なにやってるんだ、俺――」

カミーユは後悔した。コンプレックスを刺激されたとはいえ、ティターンズに暴力を振ってしまった事を。
さっきもそうだ。高圧的な尋問官に、腹がたってつい殴りかかってしまった。
この避難警報の中、あれさえなければ今頃は迎えに来た母と一緒に避難できていたのだろうに。
後先考えずに行動をしてしまうのは、カミーユの悪癖であった。

―――――。

「また、あの感覚だ……近いぞ」

カミーユの無意識に語りかける声が聞こえる。
カミーユは、声の出所を探そうと辺りを見回した。
頼れる物が何一つないこの状況で、自分を呼ぶ誰かに縋る様な気持ちになったのだ。

「あっちだ―――軍の施設の方か……?」

施設の方に忍び寄り、フェンス越しに中を確認する。
すると先ほどまでいた施設に墜落し、仰向けに倒れていたガンダムMK-Ⅱが飛び立つ所だった。
カミーユは引き返し、逃げる時に軍から盗んだジープに乗り込み、MK-Ⅱを追いかけるためにエンジンを掛けた。

「間違いない、あの機体からだ。でも、どうして?」

ペダルを一気に踏み込み、速度をギリギリまで上げる。でなければMK-Ⅱを見失ってしまう。
上空を行くMK-Ⅱは危なげにフラフラと飛びながら進んでいく。
誰が乗っているのか分からないが、酷い有様だ。今にも落ちそうだ。
そう思った矢先、MK-Ⅱがガクンと高度を落とした。

「ッ落ちたか!」

走るジープの前方の建物に、MK-Ⅱは派手な轟音を立てて墜落した。
カミーユはジープをMK-Ⅱの近くに寄せる。

―――――ユ。

「やっぱり……呼んでいるのか、俺を?」

倒れるガンダムの装甲をよじ登り、コックピットまで這い上がって行く。
父フランクリンが設計したこの機体のことは、カミーユはよく知っていた。
緊急用のハッチ開放スイッチを探し当て、押し込む。
プシュッと空気の抜ける音と共に開くハッチ。そこにいたのは―――

「君は―――?」

真っ白い髪に、真っ白い肌。中に居たのは、まるで雪のような少女だった。
カミーユよりもずっと幼い、着ているパイロットスーツが違和感しか与えないような、とてもMSの操縦などするようにはみえない容姿だ。
まるで人形のような少女は、少し虚ろな目でカミーユを見上げた。

「………カミー、ユ?」
「っ!?なんで、俺の名前を――?」

突然呼ばれた自分の名に、動揺する。
しかし、目の前の少女の声は、間違いなく数日前から自分が聞いていた物に間違いない。
何故そうなのかは解らない。それでも、カミーユにはその確信があった。
カミーユは口を開き、少女に問いかけようとした時だった。

『あそこだ、MK-Ⅱが落ちたぞ!』

軍人らしき男の声。
間違いない、連邦軍の軍人がMK-Ⅱの周りに集まって来ているのだ。

「乗って!」

はっと我に返った少女が鋭く声を上げ、カミーユは反射的にシートに滑りこんだ。
目の前に少女はどうみても連邦の人間ではない。この機体も本来のパイロットも彼女ではないだろう。
だが、どうせカミーユもこのままではまた軍に捕まる人間なのだ。
今は、このままこの少女と逃げるしかないと腹を括った。

「退いてくれ、俺が動かす!」

半ば強引に少女をシートから降ろし、操縦桿を握る。
コンソールを叩き、機体の状況を確認。設定を最善の物へと変えて行く。

「親父のコンピューターからデータを盗み出したのが、役に立つなんて」

今だけは研究にしか興味がなく、ずさんな情報の管理しかしない父親に感謝した。
カミーユの乗るMK-Ⅱが地上へと立ち上がった次の瞬間。
二機の黒いモビルスーツ。ガンダムMK-Ⅱの2号機。そして一際異彩を放つ赤い機体が直ぐ側へと降り立ってきた。








「アポリー、まだナナとは連絡がつかんのか!?」
『何度も呼び掛けてはいるんですが、こうも応答が無いのなら機体を捨てたとしか……』
「ちぃ、アストナージめ。何が後数回だ…!」

お門違いだと分かりながらも、クワトロはあのジムを用意した整備班長に悪態を付かずにはいられなかった。
黒煙上げながら地に落ちて行くジム。被弾をした様子は見られなかった、ならばマシントラブルしか理由はない。
言ってしまえば、これはクワトロのミスだった。
クワトロはナナの技術を買いかぶり、その才能を過小評価していた。
まさか、ナナが一度にあれ程の広域の敵の存在を知覚でき、それに対しての戦闘で機体の限界を見誤るなど思ってもみなかったのだ。。
少女の才能は、それを支える技術が追いつく前に敵を討つ領域にまで昇華されていた。
その代償が、自身の機体を敵地の中に落とすという最悪の形で現れてしまった。

「今は無事でいてくれるのを祈り、せめてMK-Ⅱだけでも持ち帰るしかないか……」

この任務さえ終われば、もう一度ここに戻り、ナナを探すことは可能だ。
クワトロは気持ちを切り替え、眼前を飛ぶ黒いガンダムを睨みつけた。
三機のリックディアスに追い立てられ、2号機は基地へと逃げ込んだ。

『大尉、もう一機います!』
「なんだと?」

見ると基地の中には、静かに佇むモビルスーツが一機。
それもクワトロたちが追うガンダムMK-Ⅱ、その3号機だ。

『ジェリド援護してくれっ、奴らは2号機を生け捕りにする気だ!』

3号機へと外部のスピーカーで応援を頼む2号機のパイロットに、クワトロは舌打ちした。
自分たちの目的は、あくまでガンダムを手に入れる事だ。
今までの連邦の機体は邪魔ならば撃破すればよかったが、迂闊に攻撃できない相手が二機ともなれば勝手が変わってくる。
どちらか一機に的を絞ることも出来るが、出来れば両方共手に入れたいという欲が、思いの外に足枷となる。

『おい、ジェリド!聞いてるのかっ!?』

動く様子を見せない3号機に、しびれを切らせた2号機のパイロットが声を上げた時だった。
沈黙を貫いていた3号機が、突如としてバーニアを吹かせ、2号機へと組み付いたのだ。

『なっ、ジェリド!?』
『エゥーゴ、僕は貴方たちの敵じゃあない!今、証拠を見せてやる!!」
「なんだ――?アポリー、ロベルト、手を出すな!」

混乱する2号機のパイロットが体勢を立て直す前に、3号機はコックピットへと手を掛けた。

『コックピットから出るんだ。さもないと、このまま握りつぶすぞ!!』

怒涛の展開に、2号機のパイロットは観念したようにハッチを開いた。
良い手際だ。クワトロは3号機のパイロットの操縦をそう評価した。
しかし、まだ相手の真意が掴めない。一体どんな思惑があってこちらに味方をするのかが全く不明だ。
最善の選択を選ぶ為に思案するクワトロの耳に、目の前の3号機からの先程のパイロットとは別の声が聞こえてくる。

『シャア、私だよ!』
「………!?ナナか!」

先ほどまで無事かどうかも分からなかった少女の声。クワトロは歓喜と安堵に震えた。
運がこちらに向いてきている。確かにそう確信できた瞬間だった。
そうとなれば、此処に長居する理由などない。クワトロは意を決し、MK-Ⅱへと声を飛ばした。

「MK-Ⅱのパイロット、こちらと一緒に逃げてくれるという事でいいのだな?」
『はい。ティターンズは許せませんし、帰る場所も在りませんから……』
「そうか、なら必死でついて来い。行くぞ!」

まだ年若い少年の声。
どんな理由があるにしろ、あの少女が機体を預けている人間なのだ。信じてみる価値はある。
ペダルを踏み込み、コロニー・グリーンノアから飛び立つ。
四機のモビルスーツが去ったあとに残るのは、平和の影などどこにもない戦いの爪痕の残るグリーンノア1だった。




[30610] 5話
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆a9b17cc5 ID:f5fa12d2
Date: 2012/05/10 05:57
漆黒の宇宙空間を進みながら、カミーユは必死で赤いモビルスーツ、リックディアスの後を追っていた。
連邦軍の機体からの追撃を躱すために、複雑な慣性軌道をとるMSは、気を抜けばあっという間にカミーユの視界から消えてしまう。
戦場に漂う濃厚な死の気配。火線に乗って飛び交う、敵パイロットの敵意が、カミーユの神経をすり減らす。
Jr.モビルスーツ大会優勝という経歴からくるカミーユの自信などは、今この場においては何の役にも立たちはしなかった。
状況に流されるまま、命の遣り取りをする場へと身を投げ出したカミーユが取り乱さずいるのは、Mk-2のコックピットに乗っているのが自分だけではないからに他ならなかった。
ガンダムMk-Ⅱのシートの脇に座り込む、真っ白い少女。
カミーユは自分を呼んだこの少女を、名前どころか顔さえ今日初めて知ったという事実を、今更ながら奇妙な事だと感じていた。

「どうして、君は俺を呼んでいたんだ?何故、俺の名前を知っていんだい?」
「…………」

カミーユの問いかけに、少女は答えなかった。
不思議な少女だ。カミーユは率直にそう感じた。けれどそれは、彼女の不可解な行動がそうなのではない。
まるで引き込まれる様な感覚。コロニーの人工的な重力とは違う、人を吸い寄せる力。
人類が宇宙に出てなお人を惹き付けて止まない地球の引力。そんな力を、カミーユは少女に感じていた。

『MK-Ⅱ、大丈夫か?』
「あ、はいっ……どのくらいで落ち着けますか?」
『そうだな、あと30分といったところだな』

少女に気を取られていたカミーユは、赤いリックディアスの突然の通信に驚いた。
リックディアスのパイロットの金髪の軍人。確か、白い少女からはシャアと呼ばれていた気がする。
確かに赤い機体に乗っているが、まさかこの人があの『赤い彗星』なんて事は無いだろう。
シャア・アズナブルは一年戦争の最期、ア・バオア・クー戦に出撃し死亡……というのが公式記録である。
少し軍に興味のある人間なら知っていることだ。

『一つ聞きたいが、ナナは――君と一緒にいる少女の様子はどうだ』
「ナナ……この子のことですよね?」
『ああ。やはり、知らなかったのか?』
「はい。無口な子みたいですから……」

白い少女――ナナは、カミーユとクワトロの会話を気にするでもなく、全天周囲モニターに映る宇宙をじっと見つめていた。
人見知りをしている、という印象は受けなかった。
寧ろ初めて会った筈のカミーユを信頼している為に、こちらの様子など気にしていない様にも見える。

『彼女は大切な娘だ。大変だろうが、気にしてやってくれ』
「……分かりました」

大切ならば、何故あんな戦場の真っ只中で、連邦の機体に乗っていたのか、とも思った。
大体こんな歳の女の子がエゥーゴで、しかもモビルスーツに乗っているなんて事自体が普通でないのだ。
そう考えて、ふと思った。普通でないというのなら、カミーユ自身も普通ではない。
遠くはなれた場所からこの少女の声が聴こえて、状況のせいとはいえ、ティターンズとMSで戦うことになった。

「どうして、俺だったんだ?俺でなくちゃならない理由が、あったのか?」
「……カミーユが、カミーユだからだよ」

返事を期待してはいなかった問いに、ナナをぽつりと答えた。
意味は解らなかったが、カミーユが聞いても、ナナはそれ以上の事は教えてくれない気がした。

(ファは大丈夫かな……親父とお袋は、どうなったんだろう。無事にいるのか……?)

カミーユの不安は口にされることなく、宇宙の闇へと溶けて消えた。











ようやく戻ってきたアーガマの居住区の一室。いやぁ帰ってこれて本当に良かった。
ジムが墜落したときはどうしようかと思ったが、結果的にMK-Ⅱもカミーユもエゥーゴに来た訳だから大成功じゃないか?俺的には。
しかしカミーユときたら予想通り、安定のでんp……じゃなかった、ニュータイプっぷりだよな。
「どうして俺を呼んだんだ……」なんて聞かれたから、俺も思わず「君が……カミーユだからさ(迫真)」なんて厨全開に返してしまった。
呼ばれたとか言われても身に憶えがないしなぁ。クワトロ大尉が電波でも飛ばしたんだろうか。

「ニュータイプのアムロ・レイの事はアングラの出版物で知っています。以前から、よく話題に上がる人でしたから」
「グリーン・オアシスでアングラか?軍事コロニーだってのに」
「初めからそうだった訳じゃないですよ」

くだけた態度でカミーユへ世間話を振るヘンケン艦長。
クワトロ大尉、ヘンケン中佐、ブレックス准将とエゥーゴ実働部隊のトップ三人が揃うのを見るのは初めてだ。
…けど、なんで俺もここに居るのか。専用のジムもおしゃかで傷心の俺は部屋に帰りたいのだが。絶対に場違いだよコレ。
呑気にコーヒーを啜る大尉と、ブレックス准将の顔をすげぇ髭だとガン見する俺を余所に、准将は快活に笑った。

「ともかく、君のおかげで二機ものモビルスーツが手に入った。これは普通では出来ない事だ」
「……偶然が重なっただけです。それに、ナナに呼ばれていなければ、僕は今ここにはいませんよ」
「ほう……」

カミーユの言葉で、俺へと興味深げに視線を移すブレックス准将。
なんだ、こっちみんな。と念を送ろうとしたところで、ヘンケン艦長がカチャンと俺の前へとカップを置いた。
なにかと思ったら、コーヒーだ。しかもミルクと砂糖たっぷりのカフェオレ。見ただけで胸焼けしそうだ。
「飲めよ」と良い笑顔でウィンクするヘンケン艦長。見た目と仕草のギャップが凶悪だ。
大尉といい、どうしてここの大人は俺へと甘い物を薦めるのか。見た目か。

「呼ばれた、というのはどういう事かね?この子が君に助けを求めたのか」
「いいえ。直接声を掛けられた訳ではなくて、無意識に語りかけられるような……クワトロ大尉には解るんじゃないですか?」
「何故、そう思うのかね」
「その……なんとなく、そうじゃないかと感じただけです」

カミーユに興味深々な大人たちを尻目に、俺はヘンケンからの贈り物と格闘中である。
あっま!!美味い不味いって話じゃねぇぞコレ、飲めんわ!
腹いせに大尉のカップとこっそりすり替えてやろうかと思ったが、大尉はテーブルの向こうなので届かない。

「…カミーユ、交換して」
「え?あ、ああ。いいよ」

仕方ないので隣にいるカミーユの、まだ手を付けていないカップと交換して貰う。
ずぞぞ…と一口啜る。うん、やっぱりブラックが良い。
如何にも自販機な薄いインスタントっぽい味なのはまあ仕方ないか。俺はコーヒーにはうるさいのだ。
味気ないコーヒーを啜っていると、テーブルの通信機から電子音が鳴る。

「クワトロ大尉だ――――解った、直ぐに行く」
「出てきたか?」
「恐らくは」

受話器を置き、さっと立ち上がる大尉たち。
連邦軍からの追撃だろうか?……ってそれ以外ないだろうけど。

「レコア少尉。二人を頼む」
「はい、ブレックス准将」

さっと身を翻し、去っていく准将は、歴戦の軍人といった感じである。
あれ?カミーユと一緒にレコアさんに預けられるって事は、俺ってば今回は留守番なのか?
いやまぁいいけどさ。なんか次かその次で凄い大変なイベントがあった気がするけど……なんだったか。
ガンダム自体、結構昔に見たっきりだからそんな都合よく憶えてないんだよな。

「気に入らなかったか?」
「……おいしくないよ、ヘンケン」

立ち上がりながら、そういうヘンケン。
女の子は身体が砂糖で出来ているとか聞いた事があるが、あいにく俺は中身が男だ。
おもむろに俺のカップを持ち上げたクワトロ大尉が一口だけ口に含み、盛大に顔を顰めた。

「これは、酷いな」
「そうか……難しいもんだな」

なにやら神妙な顔で頷く男たち。
シュールにもほどがあった。なんだこれ、シリアスはどこにいった。









「私の期待し過ぎかな。彼をニュータイプと思いたいのは」

艦橋へと続くエレベーターの中でブレックスが呟いた。
カミーユ・ビダン。偶然といえる運命のなかで、ガンダムを駆りアーガマへとやってきた少年。
クワトロにも、ブレックスの気持ちは分からないでもなかった。

「アムロ・レイの再来ですか。クワトロ大尉はどう思う?」
「意地が悪いな、キャプテン」
「他意はない。第一、自業自得だ」

暗にナナの事を責めている様に感じられるのは、仕方のない事だった。
クワトロ自身それなりの後ろめたさも在り、ヘンケンもまだクワトロを許した訳ではない。

「ニュータイプの少女か……どれ程の物かね」
「彼女は本物です。少なくとも、MSの操縦やカミーユ君の証言は、あの子の才能の証明になります」
「准将、私は反対です。あんな子供を……大体、ニュータイプだなんだと言って、早速ジムが一台おじゃんだ」

あくまでもナナの兵士としての才覚を認めるクワトロに対し、ヘンケンは猛烈に反対した。
クワトロが半ば強行したナナの同行は、結果を見れば確かに惨憺たる物だろう。
機体を失い、幸運に恵まれなければ、少女はそのまま敵地で果てていた。
だが、それでも。まだクワトロは、アーガマからナナを引き離される訳にはいかないと思っていた。
呼ばれたというカミーユ。それは嘗て自分がした、ララァとの運命的な出会いを思い出させる。
カミーユとナナ。この二人が同じ時、同じ場所に存在しているは偶然などではないと、クワトロは確信していた。

「カミーユ君にはセンスがあります。彼がナナに惹かれてエゥーゴへとやってきたのなら、そばに置いてやるのは必ず良い結果に繋がると思いますが」
「詭弁だぞ、大尉」

今度はカミーユを引き合いに出すクワトロに、ヘンケンが噛み付く。
歳を経て、皺を重ねた顔を顰めたブレックスは、「ふぅむ」と重々しく頷いた。

「よかろう。二人の子供に関しては大尉に任せよう」
「ですが、准将」
「中佐の言い分はもっともだ。しかし、あの子らに本当に素質があるというのならば、我々がその力を必要とする時は必ず来る。戦争の世は、何時であっても英雄を求める物だ」

不服さを隠そうともせず、ヘンケンは鼻を鳴らした。
要約すれば「必要ならば使え」という准将のお墨付きだ。
ヘンケンには悪いが、このブレックスの冷徹ともとれる現実的な考え方は、クワトロにとって有り難かった。
ニュータイプが世を治める時代。それがそう遠くない物ではないか。
クワトロは誰にも知られることなく、胸中でくすぶり続ける理想に思いを馳せた。







「カミーユ君、少しいいか」
「クワトロ大尉?なにか」

ノーマルスーツを取りに、レコアさんと一緒にロッカーへ行く途中で大尉に呼び止められる。
艦内は戦闘配置で慌ただしさを増している。
俺ときたらパイロットなのに、格納庫にもいないけど……機体がないんだもんなあ。

「グリプスで戦艦が建造されている、という話は聞いたことがあるか」
「グリーン・ノア2で、ですか?話しだけなら……内容は全然」

だろうな。と頷くクワトロ大尉。
グリプスの戦艦……ドゴス・ギアだったっけ?なんかデカくて赤くて強いヤツ。
NT補正が凶悪だった初代G○ェネの悪夢のような強さのせいで、中の某輪っかの人のイメージしかない。
戦艦なのにMSの攻撃をギュンギュン避けるとか絶対何か間違ってると思うんだが。

「話は変わるが、MK-Ⅱの装甲は昔の物と一致するとデータが出たが、本当か」
「はい、母はそう言っていました。母は材料工学が専門でしたから」
「MK-Ⅱは所詮、MK-Ⅱだと言う事か……」

落胆した素振りもなく、淡々と事実を確認する大尉。
ガンダムMK-Ⅱは、ティターンズが自軍の新たな象徴として『ガンダム』の名前を持ったMSを作ろうとしたのが始まりだったか。
ジオン残党討伐を掲げるティターンズの意向もあって、純粋な連邦系の技術のみで開発されたおかげで、部分的に旧式な所も多々あったとか。
結局一番の難点は大尉が言ったように、装甲がジムと同じチタン合金セラミック複合材な事なんだろうけど。

「モビルスーツの性能の差が、戦力の決定的差じゃないんだよ」
「あら。良い事を言うじゃないの、ナナ」

大尉がしたり顔で話すもんだから、つい言ってやりたくなったのである。
意味が分かってないだろうレコアさんが合いの手を入れてくると、大尉が僅かに顔を引き攣らせた。

「……ともかくだ。カミーユ君はナナと一緒にいてやれ、ナナも今回はいい。次までにはMK-Ⅱが使えるようにアストナージがなんとかするだろう」

誤魔化すような態度の大尉――ってちょっと待て。
MK-Ⅱってまさか、俺を乗せる気じゃあるまいな……!
愛機クゥエルが殉職してお役目御免……とは思ってなかったけど、なぜにMKーⅡ!?
普通そこはジムⅡ――は勘弁して欲しいけど、リック・ディアスとかさ?もうちょっとすればネモも完成する筈だし。
俺の理想はアーガマの後方支援なのに、ガンダムなんぞ乗ったら目立って仕方ないのは目に見えてる。
狙い撃ちとか冗談じゃないぞ。自分がド派手な機体だからって俺に趣味を押し付けないで欲しい。

「追ってきているのはルナ2の部隊だ、間違いなく第二波が来る。準備だけはしておけよ」

そう言ってさっさと行ってしまう大尉。
さ、流石にMK-Ⅱはないよな?だってカミーユが乗る筈だし、他の人だって反対するだろう……するよな?
でも、そういやMK-Ⅱって三機あるんだよな。バラすヤツとアナハイムに送るヤツとで。
もし俺の知っている通りに話が進むと、無理してバラさなきゃ機体が一機余るわけで……い、嫌な予感が。
此方に来てから、俺の嫌な予感って外れた試しがないんだけど……まあ……なんとかならぁね!!(ヤケ

俺の哀しみを余所に、アーガマの艦内には、第一種戦闘配置の指令が下された。



[30610] 6話
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆a9b17cc5 ID:f5fa12d2
Date: 2012/05/26 06:30
「つまり、MK-Ⅱを盗んだのはフランクリンの息子だと言うのだな?」

グリーン・ノア、ティターンズ基地の司令室。
ティターンズ総指揮官、バスク・オム大佐は副官であるジャマイカンの報告に眉をひそめた。
エゥーゴによるグリーン・ノア強襲、及びガンダムMK-Ⅱ強奪事件。
バスクが事態を正確に把握したのは、つい先程。全ての事が終わってからだ。

「はい。カミーユ・ビダンが施設のカメラに映った時刻と、ジェリドが3号機を奪われた時刻とがほぼ一致します」

余りにも鮮やかな一連の流れに、バスクがまず最初に考えたのは内通者の存在だ。
コロニーの警備を掻い潜り、テスト中の機体をパイロットに気付かれずに盗み出すなど、普通では考えられない事だ。
そんな時に、ジェリド・メサが機体を不時着させた建物から一人の少年が走り去るのを、監視カメラが捉えていた。
反地球連邦という目的を掲げながら、不特定多数のスペースノイドから支持によってその存在が隠され、力を蓄えてきたのが現在のエゥーゴだ。
グリーン・ノアが連邦軍の基地だとはいっても、そこに住む人間は地球での居住権を持たない宇宙移民者――すなわちスペースノイドである。
民間人の中に潜在的なエゥーゴへの賛同者が存在し、今回の事によって決起したというのは解らない話ではなかった。

「加えて、奪われたMK-Ⅱが墜落した場所に、カミーユ・ビダンの市民カードが落ちているのが発見されました。少々出来過ぎかとは思いますが……まぁ、所詮は学生の犯行だと言うことでしょうな」
「その学生が、パイロットが降りた隙にモビルスーツを盗んでいったというのだからな。ジェリドの間抜けさを嘆くべきか、その手際を褒めてやるべきか……」
「なんにせよ、これでエゥーゴを叩く絶好の口実を得たということですが」

ジャマイカンの言葉に、バスクは隠し切れない喜悦の色を滲ませながら酷薄に笑った。
これまでも散発的な行動によってエゥーゴは度々ティターンズへの妨害工作を行なってきた。
だが、それがエゥーゴによる攻撃だという決定的な証拠はなく、同じ連邦軍内の派閥であるという理由から表立った制圧作戦を行うことが出来ないのが実情であった。
しかしそれも昨日までの話だろう。此度の一件は、エゥーゴからの宣戦布告と同義だ。
エゥーゴが何を考えて事を起こしたかは知らないが、向かってくるのならこちらの圧倒的な戦力をもって叩き潰すだけの事だ。

「……念のため、フランクリン大尉を拘束しておくべきかもしれませんな。あれが裏で糸を引いたという可能性も無くは無いでしょう」
「それには及ばんよ。あの男はそんな気概や野心と言ったものとは無縁だ」

連邦軍技術士官、フランクリン・ビダン大尉はティターンズ新型MS開発計画の主任を任せられた男だ。
フランクリンは優秀な技術者であるがその反面、研究や開発といった自分にとっての興味の対象にしか執着しない傾向があった。
アースノイド至上を謳うティターンズの主義や、ティターンズが持つ強力な権力から得られる恩恵。
そういった物に惹かれて組織を籍を置く人間が多い中、フランクリンの様な人間は一見して『変わり者』と捉えられるのは常であった。
その変わり者の肉親が、現在のティターンズの最もたる敵であるエゥーゴに味方したという事実に、フランクリンに疑心を抱くジャマイカンの反応は至極当然の物だ。
しかし、フランクリンの人間的な部分を知っているバスクはフランクリンに二心が無い事を理解していた。
即物的で自己中心的。フランクリンのような男にエゥーゴが言う宇宙移民者の自治権など興味の範疇外だろう。
今のフランクリン自身の環境が、彼の欲求を満たしてくれているのだ。それを捨てて他人に手を貸してやる理由などあるはずもない。

「ビダン夫妻に関しては、前に伝えた通りに。二人をアレキサンドリに迎え入れろ……丁重に、な」
「了解しました。では、例の作戦を?」
「ああ。フフ……ブレックスが一体どんな反応を見せてくれるか、楽しみだ」










「迂闊だったか、くそっ」

サラミス改級ボスニア所属のガルバルディ部隊を指揮するライラ・ミラ・ライラは舌打ちした。
グリーン・ノアから逃げてきたというエゥーゴの戦艦と接触したライラの隊は、その部隊となし崩し的に戦闘を開始した。
敵機体の中で異彩を放つ赤い機体。恐らくは隊長機であろうその機体は、戦場を縦横無尽と駆け巡り、ガルバルディへ肉薄する。
宇宙というフィールドを思いのままに支配するその様は、歴戦のライラをして見事と思わずにいられない腕前であった。

「まさか、赤い彗星という訳でもあるまいにッ!!」

迫りくる火線を掻い潜りながら、何が何でも赤い機体から目を離すまいと捕捉する。
宇宙を走る、一筋の赤い閃光。その様はさながら彗星だ。
本物の赤い彗星かはともかく、あれが旧公国軍エースクラスと同等のパイロットなのは最早疑いようがない。

「しかし、母艦を落としてやれば……!」

勢いに呑まれてはいけない。ライラの経験から来る判断が、赤い機体との対決を避けさせた。
赤い彗星か真紅の稲妻かは知らないが、相手もモビルスーツである以上、母艦を沈められてはどうにもならないはずだ。
このまま続ければ、此方の被害も増える一方だろう。
ライラはガルバルディの舵を敵艦の方向へ一気に傾けた。
エゥーゴの白亜の船。どことなくペガサス級に通じる意匠の外観は、まるでかつてのホワイトベースだ。

「戦艦がMSに勝てると思うなよ、落ちろ!」

ざっと見た感じからして、白亜の船は巡洋艦クラスにしても対空砲の数は多くはない。
ならば一度取り付いてしまい、後はMSの機動力で撹乱してやれば良いだけのことだ。
相手が如何な敏腕だろうと、MSの数という物理的な戦力差は早々埋まる物ではない。
現実的な戦術性に加え、女の身で在りながら感情に流されない判断力。
それらこそが、ライラ・ミラ・ライラを唯の兵士とは一線を画す"戦士"としての存在足らしめる要因であった。

ライラのガルバルディが敵艦へと接近し、更に攻勢を強めようとした時であった。
ガルバルディ隊の後方、ボスニアの方角から一筋の閃光が放たれた。
炸裂する光を連鎖的に放ちながら駆ける閃光は、ボスニアからライラたちへと送られる撤退命令に他ならなかった。

「何故だ!これからという時にっ……!」

強い拒否感を覚えながらも、撤退の体制に入るライラの機体に、部下の操縦するガルバルディが近づいて来る。

「……メーデーが、やられました」
「分かっている。私に見えなかったと思うのか」

部下の声を震わせながらの報告に、ライラやり切れない苛立ちを感じずにはいられなかった。
戦端を開いた自分の判断が、間違っていたとは思わなかった。
だが、予想外の実力を見せたあの赤い機体への対抗心が、ライラ本来の慎重さを鈍らせていたのが事実であることは否めない。
撤退は不服だが、これ以上不用意な行動で損害を受けては、亡くした部下に顔向けが出来ない。
グリップを握る力を強めながら、ライラはボスニア向けバーニアの出力を目一杯まで引き上げた。







「休戦?この期に及んでか」
「間違いありません、白旗を上げています」

ルナツーの部隊が撤退して間もなく、先程の部隊とは別の方角からMSが接近してくる。
クワトロはノーマルスーツのまま、アーガマのカタパルトからティターンズのMS部隊を視認しようとした。
発光信号を出しながらアーガマへと着艦しようとするのは黒い機体、ガンダムMK-Ⅱだ。
クワトロたちが奪ったMK-Ⅱ。ティターンズに残る、その最後の一機がアーガマへと降り立った。
ハッチを開け、コックピットからティターンズのスーツを着たパイロットが降りてくる。
シルエットから、その人物が女性兵士であることが一目で伺えた。

「アレキサンドリア所属、エマ・シーン中尉であります。バスク・オム大佐からの親書をお持ちしました、取次を」

生真面目な、硬質な女性の声色。
勇敢だ。クワトロはらしくもなく、敵兵のその第一印象に、胸中で賞賛の念を送った。




「バスク大佐の親書への返答は、即答でお願いします」
「厳しいな」

アーガマの艦長室に迎え入れたブレックスらに物怖じすることもないエマに、ブレックスは苦笑した。
が、しかし。ブレックスの笑みは親書を開くとみるみる消え失せていった。
文字を目が追っていくと同時に、わなわなと激憤に身体が戦慄く様子に、エマだけでなくクワトロやヘンケンまでもが只ならぬ事態を察して身を構えた。

「何と書いてあるのですか、准将」
「読んでみろ」

押し付けるように手紙を渡されたヘンケンは、嫌な予感を感じながらも内容を確認する。
そして驚愕した。ブレックスの怒りの意味を理解したヘンケンは、手紙を破り裂きたくなる衝動を抑えながらそれをクワトロへと渡した。

「なんと、破廉恥な……!中尉はこの手紙の内容を知らんな?だからそうも涼しい顔をしていられる!!」
「何を―――」
「カミーユ・ビダンと共にガンダムMK-Ⅱを返さなければ、カミーユの両親を殺す―――そう書いてある」

クワトロから渡された親書を、信じられないという思いで見たエマは絶句した。
カミーユの両親であるビダン夫妻を人質にとった。ガンダムとカミーユを引き渡さねば両名の命は保証しない、と。
ガンダム強奪の犯人がカミーユとされる証拠もこじつけのような物だったが、何より、よりにもよってそれがバスクの直筆で書かれているのだ。
到底まともな軍人、それも一軍の指揮官がやるとは思えぬ蛮行であった。

「そんな、バスク大佐がこんな……」
「バスクならやる。私は奴のことをよく知っている」
「ですが、これは軍隊のやることではありませんっ!!」

冷酷にして残忍。蹂躙することに快楽を感じ、敵の悲鳴に喜悦を覚える。
征服欲の塊。それがバスクの人間性に対するブレックスの抱く認識であった。
認め難い事実に狼狽するエマが声を上げようも、ブレックスの怒りの眼光は揺るぎもしなかった。
事実としてカミーユはアーガマに存在し、MK-Ⅱが此方側にある。
バスクは自分にとって都合が良いその事実を確認し、利用した。そして、カミーユ・ビダンが本当に事件に関わっていたか、などというのは最早どうでもいい事なのだろう。

「今更の事だ。元よりティターンズは軍隊ではない、私兵だよ」
「撤回して下さい!私は、バスクの私兵になった憶えなどありません……!」
「バスクなどではない。もっと大きな―――言うならば、地球の重力に魂を縛られた人々の私兵なのだよ、ティターンズは」

対外的にはバスク・オムを指導者と据えるティターンズだが、それを影から支配するのがジャミトフ・ハイマン准将であることは周知の事実だ。
だがブレックスの発言は、ティターンズがジャミトフの野心を満たすだけのものではないと暗喩していた。
一年戦争が終結し、戦勝によって増長した連邦は、更にコロニーへの締め付けを強めた。
スペースノイドへ勝利という事実を、地球の大地へと齧り付く人間たちはコロニーへの搾取をよしとすることと歪曲した。
ジャミトフがティターンズが維持しているのではない。
地球を汚染し、宇宙の事など知ったことではないと惰性ままに暮らす人々の怠慢が、強権を振りかざすティターンズの横暴を許しているのだ。

「しかし、これは単なる脅しかもしれません」
「いいや、奴ならばやる。でなければ、態々バスク本人が戦場に出張る訳がない」

クワトロの推測を、ブレックスはにべもなく切り捨てた。
これから起こるであろう事態に、ブレックスは歯噛みしせずにはいられなかった。
そして、通信機からの電子音が鳴り響くのと同時に、ブレックスら全員の不安が的中される事となるのであった。

『正体不明のカプセルを発見しました!中に、人がいます!!」
「なんだと!?映像を回せ!!」

ディスプレイの映ったのは、今にも宇宙の闇に飲まれて消えてしまいそうな小さなカプセル。
たった一枚のガラスで隔てられた空間。その中に、一人の女性が閉じ込められていた。






アーガマの艦内がなにやら騒がしい。
ナナと一緒に艦内を散策していたカミーユは、周りの空気が変わったことに、言いようのない不安を感じた。
ひそひそと聞こえてくるクルー同士の会話に聞き耳を立てると、なにやら「人質」や「カプセル」といった言葉が耳に入る。
そんな時であった、格納庫へと続く通路から出てきた兵士同士の会話が、はっきりと聞こえたしまったのは。

「おい、聞いたか。ガキの両親が人質に取らたって」
「あのカミーユって奴のか?ティターンズめ、よくやるよ!」

その瞬間、カミーユの身体が飛び跳ねた。全てを聞かずとも、カミーユは理解してしまったのだ。
カミーユは自分がエゥーゴへ来た事で、自身に関係する人間がどうなるか考えなかった訳ではない。でも、その事実からずっと逃げていた。
そして、そのツケが今になって回ってきた事を悟った今。
カミーユの身体は自分の意志も定かでないままに、無我夢中で格納庫のMSデッキへと向かっていった。

「待って、カミーユ!」

発作的に走りだしたカミーユの背後から、ナナの悲鳴にも似た声が聞こえるも、今のカミーユはそれに構っている事など出来なかった。
格納庫へ走る途中でも、「女性」や「カミーユの母親」といった声が聞こえる。
最悪だ。恐れていた中でも、最悪の予想が現実になりつつあるのをカミーユは感じていた。

(どうしてだ、お袋……!なんで人質なんて……逃げられなかったのか?親父は、何をしてたんだ!?)

ぐるぐると回る思考を余所に、ドアを潜るなりカミーユは格納庫へと身を投げ出した。
ガンダムMK-Ⅱのコックピットめがけて床を蹴り、重力のない格納庫を慣性のままに進み、コックピットへ滑り込んだ。
機体の状態など確認する気にもなれなかった。
唯々、不安と恐怖で溺れそうになるこの苦しみをどうにかしたくて、カミーユは叫んだ。

「ガンダムMK-Ⅱ3号機、出ますッ!!」





「MK-Ⅱの3号機が動いた?カミーユがやってるのか!?」

アーガマのブリッジは混乱の極みにあった。
あの人質が本当にカミーユの母親か。それを確認させるべきか否か。
そんな議論の最中に、格納庫からカミーユがガンダムで発進しようとしていると知らせが入ったのだ。

「馬鹿野郎!!直ぐにやめさせろっ!!」

平時なら殆どのクルーが震え上がるであろうヘンケンの怒鳴り声も、この時にあっては無力だった。
通信越しに聞こえる整備班の制止の声と、MSのバーニアが吹き上がる轟音。
度重なる予想外の連続に、思わずヘンケンはパイロットシートの手すりを殴りつけずにはいられなかった。

「あのカプセルの中に居る人が誰か、分かってるんだわ……」

誰にともなくエマが呟いた。
それは、事態が最悪の結果で現実の物になったことを、その場に居た全員に理解させるものであった。
そして次の瞬間、更にヘンケンを動揺させる事態が飛び込んできた。
MSハッチからの通信。映像に出されたのは、ヘンケンのよく知る白い少女の姿だった。

『ヘンケン、私を出して!!』
「お前、なんでそんな所にいる!?」
『このままカミーユを行かせちゃ駄目!放っておいたら、取り返しの付かないことになる!』

本当に最低限の言葉しか発しない少女が、何時にないほど懸命に叫ぶ。
その姿は、これから起こる覆しようのない運命を嘆き、恐怖しているようにも見えた。
ふざけるな、そう怒鳴りつける暇もなくガンダムMK-Ⅱの2号機が発進態勢に入る。

「ええい、2号機を出してやれっ!クワトロ大尉はまだ出られんのか!?」









エゥーゴの白い戦艦。アーガマの付近でハイザックに搭乗しエマを待つジェリドは、命令書を確認していた。
エマの交渉の最中にエマのMK-Ⅱ1号機に何かあった場合、即時に攻撃を開始する事。
更には、交渉の材料としてアレキサンドリアから射出されたカプセルをエゥーゴがどうにかしようとした時、これを撃ち落とす事。
カプセルは強力な爆弾だと教えられたが、ジェリドにはいまいち腑に落ちなかった。
ともあれ、最高司令のバスクの命令ともあっては疑問を口に挟む余地など在ろう筈もなかったのだが。

「ガンダムMK-Ⅱが動いた、エマかっ!?」

不意に、アーガマのカタパルトから黒いガンダムが発進したのを確認したシェリドは、すぐにそれが異常事態だと気がついた。
ハイザックの脇を通る軌道を取ったMK-Ⅱは、速度を緩めることなく最大戦速で向かってくる。
更にその機体はエマの1号機ではなく、ジェリドが奪われた3号機だったのだ。

「エマじゃない……?まさか、あのガキか!?」

自分から機体を奪い、宇宙へと消えた白い少女。ジェリドは先の失態を、彼女の存在を隠してジャマイカンへ伝えた。
機体を奪われた時、自分は機体に乗っていなかった。相手の顔は見ていないと、嘘の報告をしたのだ。
何故そうしたかは、ジェリド自身にも分からない。それでも、ジェリドは自分の判断に後悔はしていなかった。
向かってくる3号機に、ジェリドは無理矢理ハイザックを組み付かせた。
衝突と同時に、3号機の勢いに巻き込まれた機体とジェリドの身体が嫌な軋み方をする。
だが、ジェリドは夢中でMK-Ⅱに向かって叫んだ。

「お前は誰だ、あの時のガキか!?」
『どけよっ!邪魔するな、俺はお袋を助けなきゃならないんだ!!』
「この声、あのガキじゃあない……!」

聞こえてくる少年の声に、ジェリドは憶えがあった。
空港でジェリドに絡み、さらに殴りかかってきたあの少年だ。
軍に連行された彼が、一体どんな巡り合わせで3号機に乗っているのかなど想像もつかない。
ジェリドがそんな疑問に考えを回らせる暇もなく、3号機はジェリドのハイザックを振り払い、カプセルへ向かい一直線に進んでいく。

「―――くっ、カプセルを奪おうってのか!?させるかよ!」

その手でカプセルを掴もうとするガンダムMK-Ⅱ3号機。
あのカプセルを奪われる訳にはいかない。これ以上の失態を犯せば、ジェリドの処罰は謹慎程度では済まないだろう。
何故か執着せずにはいられないあの少女でないというのなら、躊躇う理由などない。

「爆弾もろとも、消えて失くなれっ3号機!!」

ハイザックのライフルの照準をカプセルへ合わせる。
ジェリドは迷うことなく、そのトリガーを引いた。






滅茶苦茶にフットペダルを踏み込んだMK-Ⅱが、更に速度を上げる。
途中にハイザックがいたが、そんな事を気にしていられる余裕は、今のカミーユにはなかった。
カプセルが近づく、あと少しでMK-Ⅱがカプセルを掴める範囲に入る。

(何時もそうだ――――何時も、何時もっ――貴女は何時だって――!)

カプセルの中が、カミーユの肉眼にもはっきりと映った。
カミーユの母、ヒルダ・ビダンに相違ない。カミーユは、自分の母親を確かに認識した。
母は此方に向かって、何かを必死に叫んでいる。
聞こえない、何を言ってるんだ、そんな事してる場合じゃない、殺されるんだぞ、カミーユは激情で気が狂いそうだった。

(貴女は何時だって本当に大事なことをしないで、逃げて、誤魔化して―――!)

カミーユにとって、母は弱い人間だった。
父に愛人がいることを知っていながら、それを責めるでも問い詰めるでもなく、ただそれが事実だと諦め、仕事に逃げた。
反抗期であるカミーユを口では咎めながら、戒められないと諦め、親であることを中途半端に放棄した。
今だってそうだ。息子が軍に追われて自分も危なくなるなら、なにがなんでも逃げればよかったのだ。
家庭での自分、社会人としての自分。そんな今まで築いたものを失くすのを怖がって、しがらみに足をとられて、その結果がこれだ。

(なんで諦めるんだ、なんで逃げるんだ、なんで向きあってくれないんだっ―――!お袋はっ……母さんは、俺の母さんなのに!!)

MK-Ⅱの手がカプセルの近づく。
母はまだ叫び続けている。いい加減にしろ、やめてくれ、貴女が何を言いたいのか俺には分からないんだ。
カミーユのMK-Ⅱではなく、その後方を見ながら叫ぶ母の姿は、いっそ滑稽ですらあった。
なんで自分を見てくれないのか、なんでこんな事になったのか。
カミーユには分からなかった、救いが欲しかった、ナナなら解るのだろうか、この苦しみから解放される方法が。

「貴女は、何してるんだっ!!こんな所でぇっ!!!!!」

苦しみに喘ぐように、カミーユは母に吠えた。
MK-Ⅱの指がカプセルに近づく、あと数㎝で掴める。
―――その瞬間。

「あっ」

カプセルが、弾けた。
カミーユが、駆け抜けた光をMSの射撃だと理解する間もなく、カプセルはその光に貫かれたのだ。
最後にカミーユが見たのは、恐怖の表情を浮かべながら宇宙へと飲み込まれていく母の姿だった。








「どうした、なんでもないのか、MK-Ⅱの装甲は―――!?」

狙いに一寸の狂いもなくカプセルを狙撃したジェリドは困惑していた。
撃ち落としたカプセルは、爆発でMK-Ⅱを撃破するどころか、傷一つ付けてはいない。
エマも戻らない、MK-Ⅱも落ちていない。なら自分は撤退するべきなのか。
状況を判断しかねている時、不意にジェリドは未だかつて感じたことのない悪寒に襲われた。

「なんなんだ、この不愉快さは……!?あのMK-Ⅱのパイロットなのか、このプレッシャーは」

体中から汗が吹き出すのが止まらない。
動悸が激しくなり、息も荒くなる。握ったグリップから手が離れない。
ジェリドは、自分が越えてはならない一線を踏み越えてしまったのだと、理由も解らないままに理解した。
MK-Ⅱは動かない。死んでしまったように、カプセルを掴もうとした体勢のまま。









「うう、うああ、うああああ――――」

漆黒の宇宙空間を、ガンダムは漂う。
まるでその黒い装甲が、闇に消えて隠れてしまうように。

「うわああああああああああああああああっっっ!!!!!!!」

カミーユの叫びも、哀しみも。全て宇宙へと溶けて消えていった。
かつて数多の人の命が消え、宇宙へと還って逝ったのと同じように。














あとがき

シリアス展開につき中の人は冬眠中です。
原作のここ見直したら場面やら人やら入れ替わりまくりで死ぬかと思った。

一つ言い訳を……
感想で何人かの人に指摘頂いた、四話でMSが四機しかアーガマに行ってないのにブレックスが二機云々は完全に作者のミスです。申し訳ない……
実際にはMK-Ⅱは二機とも鹵獲されてます。
そのうち時間がある時に修正しますので、どうか生暖かい目で見てやって下さい。



[30610] 7話
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆a9b17cc5 ID:f5fa12d2
Date: 2012/06/07 06:44
「ヘンケン、私を出して!!」
『お前、なんでそんな所にいる!?』

とんでもない事になった。カミーユの両親がティターンズの人質になったのだ。
いや、「なーんか忘れてる気がするんだよな~」とは思ってたんだよ!?断じてわざと放ったらかしにしてたわけじゃあない。
しかし、これはヤバイ。相当ヤバイ。
艦内は大騒ぎだし、カミーユはMK-Ⅱに乗ってすっ飛んでいってしまうし。
というか、カミーユはどんだけテンパってるのか。人質に向かって全力突撃とか、交渉とか以前の問題だ。
カミーユがこのまま人質もろとも宇宙の塵に……なんて事になったら地球圏がヤバイ。ひいては俺が超ヤバイ。
……この後どうなるのか。そしてカミーユがどうするのか。大雑把とはいえ、俺はそれを知っているには知っている。
だからこれから何が起ころうと、大局に大事は無いだろうとタカを括る事も出来るのだが――――

――――逃げなさい、カミーユ!!早く、早く逃げなさい!!

出来るかボゲェェェェ!!!さっきから何か聞こえてくるんですけどォ!?
何なのこれ!?何なのこれ!?ニュータイプってこういうことなのか!?
さっきからずっと俺が聞こえている、カミーユの母親らしき女性の身を切るような必死の声。
大局がどうとか、そういう問題じゃない。こんな悲惨な思念を感じていながらじっとしているなんて、まともな人間の感性じゃ無理だ。

「このままカミーユを行かせちゃ駄目!放っておいたら、取り返しの付かないことになる!」

ヘンケン艦長が返事をするのも待たずにガンダムMK-Ⅱを発進態勢に入らせる。
このMSに乗るのは正直勘弁して欲しかったが、今は使える機体があるだけ御の字だ。
流石にティターンズの機体だけあって、操縦系はジム・クゥエルと殆ど変わらない。
本来どうなるんだったにせよ、カミーユを連れてきてしまったのは俺なのだ。
いい加減、覚悟を決めてカタパルトから飛び出そう。そう考えた時だった。



うわああああああああああああああああっっっ!!!!!!!



その声を聞いた瞬間に俺を襲う、命に関わりかねないんじゃないかという程の強烈な頭痛。
この一大事だというのに、俺の意識は一瞬で真っ白になって、消えた。







『どうした、ナナ!出るんなら早くしろ!』
「――――ごめんなさい、アストナージ。MK-Ⅱ2号機、出ます」

本当に久方ぶりの肉体の感覚に、少しぼんやりとしながらもアストナージへ生返事を返す。
"彼"の意識は眠りについてしまった、だがそれも仕方のない事なのだろう。この世界の誰よりも"彼"は、戦争とは無縁だった。
その彼が、カミーユの深い悲しみ、絶望。一瞬で心が壊れてしまってもおかしくはないそれを、鋭敏化した感覚でそのままに受け止めてしまったのだ。

「……カミーユ・ビダン」

彼の記憶の中にあった少年。ニュータイプと呼ばれる、私の同胞。
カミーユの事に関しては、彼がもう少し上手くやってくれていれば、という恨み言がないと言えば嘘になる。
でも、それを責める権利は私には無い。そもそも彼が私の中に現れなければ、私はあの冷たいシリンダーの中に入れられたまま処分されていただろう。
ほんの僅かな時間だとはいえ、こうして外の世界に干渉出来るのも全ては彼のおかげなのだ。
……その代償に、彼には日頃から少々不便な思いをさせているのは申し訳ないと感じてもいるが。

私に出来ることは、本当に些細なことしか無い。けれど、それでも何かしなければならない。
カミーユ、シャア、アムロ。世界を正しく導くことの出来る優しき同胞たち。
彼らを守らなければならない。本来、朽ちて消える事しかできなかった私が生き永らえる意味は、きっとそこに在るのだから。








「貴様だ、貴様が母さんをやったんだ!貴様がぁっ!!」
「なんだコイツは、母さんだと……!」

ジェリドのハイザックに、カミーユは怒りのままにMK-Ⅱを組み付かせた。
母を殺した敵兵を絶対に逃さないと、背面から押さえ込んだハイザックを武器さえ構えずに、MK-Ⅱの腕で殴りつける。
当然、そんな程度の事でモビルスーツがどうにかなる訳がない。
だが、それが意味の無い行動だったとしても、カミーユの激情はそれを止める事を許さなかった。

「ぐぅっ……こいつ、いい加減にしろ!」

殴られる度に揺れるコックピットの中で呻くジェリドは、機体のバーニアを全開にした。
背後に組み付くMK-Ⅱは尚も追いすがるが、至近距離でのバーニアの噴出を受け、後方に流される。
ジェリドが拘束を抜けた事に安堵したが、すぐにそれがつかの間の喜びだったことに気がついた。
ハイザックに振り払われたMK-Ⅱは、背部のバックパックからビームサーベルを抜き放ち、ハイザックへと肉薄した。

「許すものかっ!お前だけは、母さんを殺した、お前だけはっ!!」
「何なんだ、コイツは……!?何故こうも感情のままに機体を動かせる、死ぬのが怖くないのか!?」

迫るMK-Ⅱにハイザックはライフルの照準を合わせるが、発砲には至らない。
焦りがジェリドを支配する。地球では感じた事のない、何か得体の知れない力がジェリドの邪魔をしている。
ジェリドは、この宇宙空間に自分が一人取り残されているという事実に、今初めて気がついたのだ。

「何だあれは。ティターンズ同士の内輪揉めか?」
『いえ、どうやら例の交渉が決裂したようです。ガンダムにエゥーゴの兵士が乗っているのは間違いないとの事です』

戦いとも呼べぬ粗雑な戦闘行為に、ライラは訝しむ気持ちを抑えられなかった。
部下の報告に誤りはないだろうが、あのガンダムMK-Ⅱに乗っているのがまっとうなパイロットだとは、とても思えなかったからだ。
しかし、これは先の戦闘での失態を取り戻すチャンスでもあった。

「……よし。ハイザックを援護し、ガンダムを叩く。遅れるな!」
『了解!』

部下たちと共に二機の戦闘に介入しようとしたライラは、反射的にガルバルディに回避行動を取らせる。
直後、ライラの機体が進む筈だった進路上にビームライフルの火線が走る。
見ればエゥーゴの艦船、アーガマから一機のMSが飛来してきていた。
ガンダムMK-Ⅱの2号機。エゥーゴに奪取されたもう一つの機体だ。

「アレキサンドリアのパイロットじゃないのか!?ええぃ、紛らわしいったらない!」

ライラの悪態は、次の瞬間に掻き消される事になる。
敵機を捕捉するための一瞬の思考の間に、ガルバルディの右腕に持つライフルを閃光が貫いた。
ライフルの残存エネルギーの爆発に巻き込まれるのを瞬時に躱したライラ。
その背中に冷たい物が走った。2号機に乗るパイロットが普通ではない事に気がついたのだ。

「この感じ、さっきの赤い機体のパイロットじゃない……!エゥーゴめ、次から次へと」
「どいてッ!」

MK-Ⅱは速度を緩めることなく、ライラの隊を摺り抜けるように通り過ぎた。
無視された事以上に、一瞬でも相手を畏怖した自分自身にライラは苛立ちを憶えた。
しかし、ライラのガルバルディがMK-Ⅱ2号機を追うことは叶わなかった。
アーガマからの後続部隊、ジオニック系統の意匠を残すMS、リックディアスが接近してきていたのだ。
そしてアーガマから来たもう一機、エマ・シーンのガンダムMK-Ⅱ1号機がガルバルディの前で停止した。

「ティターンズです。即刻戦闘を中止し、撤退してください。この場の指揮は私が預ります」
「冗談ではない!これ以上そちらの都合に振り回されてたまるか、既に戦端は開かれているんだぞ!」
「敵に考える時間を与える必要があると言っている!そちらにも言い分があるでしょうが、我々ティターンズがバスク大佐の命令でこの作戦を行なっている事実を理解して頂きたい!」

ライラは激昂しそうになる精神をかろうじて押し留めた。
ティターンズの横暴にも怒りを感じるが、何よりまたあの船を取り逃がす事になった。
あのホワトベースに似た船を、見えない力が守っているような感じさえする。
赤い彗星モドキに先程のガンダム。ライラは自分が戦場で意味もなくセンチメンタルを感じるような女ではなかったと思いたかった。
その直後だった。赤い機体から、宙域全体にまで届く停戦信号の光が放たれたのは。






「こいつ、落ちろよ!」

ジェリドのハイザックは3号機に対し防戦一方だった。
任務の性質から必要最低限の装備で来た事が災いし、頑なに距離を詰めようとする3号機に対応できないのだ。

「やられる、このままでは……!」

ビームサーベルを滅茶苦茶に振るう3号機の動きを押し留める度、ライフルの砲身がひしゃげていく。
ジェリドは恐怖していた。単純な死にではなく、自分を呑み込まんとする敵の存在そのものにだ。
己の錯覚か、3号機のカメラアイが灼熱の輝きさえ放っている気さえする。
しかしそんな時、3号機の動きをその後ろから抑えこむ機体が現れた。

「もう止めて、カミーユ!怒りを静めて、戦いはもう終わったんだよ」
「ナナなのか―――?離してくれ、あいつが殺したんだ!俺の目の前で、母さんを!!」

現れたガンダムMK-Ⅱに抑えられる3号機。
やっとエマが戻ってきたのかとジェリドは安堵するも、それが違うことに気がついた。
エマの機体は1号機だ。しかし、今3号機を抑えているのは2号機だったのだ。

「ジェリド中尉、下がって!3号機に乗っているのは子供なのよ!」
「1号機、エマか?ならあっちに乗っているのは、まさか―――」






「もうよせ、カミーユ!」
「クワトロ大尉か!?邪魔しないでくれ、あいつを!」
「停戦命令だ!君の怒りは解るが、そのために君が死んではならんと言っている!!」

クワトロのリックディアスが、2号機と一緒にカミーユの3号機を押さえつける。
母を殺された怒り、悲しみ。それはキャスバルと呼ばれた事もある男には、痛いほど解る感情であった。
親を殺めたティターンが憎いだろう、自分の手で仇を討たなければ気が済まないだろう。クワトロにはそれが理解できた。
しかし、かつて復讐に取り憑かれ、己の可能性の芽を摘み取った男と同じ道を、カミーユに歩ませてはならないのだ。

「エマ・シーン中尉、MK-Ⅱは渡す。部隊を引き上げさせて貰えるか」
「……はい、クワトロ大尉。ですが、よろしいのですか」
「准将の許可は得ている。でなければ初めから停戦信号など出さんよ」

クワトロはそのままシートに取り付けられていた携帯用のバーニアをスーツに取り付けると、ハッチの外へ出た。
3号機は抵抗を止めたが、中にいるカミーユが冷静になれたなどという希望的な考えなどは、到底抱けなかったのだ。
MSの装甲をつたって3号機のハッチへ辿り着くが、そこが開かれる様子はまるでなかった。

「開けろカミーユ、大丈夫か?」

クワトロの声への、カミーユからの返事はなかった。
ショックのあまりに自閉してしまったのなら無理なからぬ事だが、今それでは拙いのだ。
エマのお陰でMK-Ⅱの引渡しだけで事が済みそうな所が、このままではカミーユごと機体を返さなければならなくなる。
やむを得ないのか、という思考がクワトロによぎった時。その隣に小さな影が近づいた。

「シャア、代わって」
「ナナか――――?」

クワトロよりも二回り以上小さなノーマルスーツ。そんなものを着ているのはナナしかいない。
だが、クワトロは言いようのない違和感を感じていた。
少女の突拍子の無い行動は何時もの事だが、何故か目の前の少女がクワトロの知っているそれとは違っている気がしてならなかったのだ。

「開けて、カミーユ」

カミーユは返事を返さなかった。何時も通り、ナナは最低限の言葉で話す。
だが明らかに違うのは、その言葉に明確な意思の力が感じられるのだ。
うっすらとぼやけ、雲のように捉えどころがない。それがこの白い少女への印象だった筈だ。
クワトロはそんな筈がないと思いながらも、目の前の少女が別人なのではないかという疑念に駆られていた。

「……ごめんなさい、カミーユ」

反応の無いカミーユに向かい、ナナは独白のようにMK-Ⅱに向かい語りかけた。

「私がカミーユを連れてきたから、私のせいでこんな事になって……カミーユ、貴方からお母さんを奪ってしまって本当にごめんなさい。許されることではないけれど、それでも―――」
「――――ナナのせいじゃあ、ない」

軽い空気の抜ける音と共にハッチが開き、中からカミーユが出てきた。
弱々しい動きで、ヘルメット越しに覗ける顔色も、とても良いとは良いとはいえないだろう。
それでもカミーユはナナの声に応えたのだ。クワトロは安堵の息を漏らさずにはいられなかった。

「最初からこうなるって、分かってたんだ。でも母さんたちなら大丈夫だって勝手に思い込んで。母さん死なせたのはナナじゃない、俺なんだ」

カミーユの言うことも間違いではないだろう。
ビダン夫妻は軍の中でも有数の技術者であり、階級以上に相応の人脈を持っていた筈だ。
実際に逃げおおせたかはともかく、本気で逃亡しようとしたのなら、そうする伝手もあっただろう。
しかし、そうはせずアレキサンドリアに乗り込んだということは、やはりビダン夫妻も自身らに危害が及ばないとタカを括っていたのは間違いない。
事の原因がカミーユの行動なのは間違いないが、人質の死などという事に至ったのはやはりティターンズの非道さが大きな理由だといえよう。

「アーガマに戻ろう……いいな、カミーユ」
「……はい。ご迷惑をお掛けしました、クワトロ大尉」




「ジェリド中尉、撤退よ。いい加減になさい!」
「待ってくれ、エマ中尉。俺はまだ――!」

3号機に赤いスーツのパイロットと一緒に取り付く、もう一つの人物。
間違いないくジェリドから機体を奪ったあの白髪赤眼の少女に間違いはない。
ジェリドは確かめなくてはならなかった。何故あの少女は自分から機体を奪ったのか、なぜジェリドの名を知っていたのか。
そうしなければ前に進む事が出来ないと、ジェリド自身でも理解していたからだ。
初めて彼女とぶつかったあの瞬間から、一秒たりとも時を進める事ができないと、分かっていたからだ。

「アレキサンドリアからも帰艦命令が出ているでしょう!貴方の勝手で部隊そのものを危険にさらしていると自覚しなさい!」
「くそっ、目の前に居るってのに、むざむざと……」

手を伸ばせば届きそうな少女への未練がジェリドを支配する。
迎えに来た少女とエゥーゴの士官に連れられ機体を降りるパイロット。
確かカミーユといった筈だと、ジェリドは記憶を辿った。
ジェリドが感じる焦燥感は、少女と連れ添うカミーユへの嫉妬じみた敵愾心が混じっている事に、ジェリド本人すらも気がついていなかった。










作戦直後とあって、人気のないアーガマのフリースペース。
MK-Ⅱを引渡し、クワトロのリックディアスで戻ったカミーユは、今後の話し合いをするというヘンケンらからは離れて休ませて貰うことにした。
父フランクリンは未だ人質として囚われているが、それを考えている余裕は今のカミーユにはなかった。
こうなってしまった以上、悪いようにはしないと言ったクワトロたちの言葉を信じての事ではあるが。
全ての力を使い切ったのではないか、という程に疲れきったカミーユの隣にはナナがいた。

「ナナが居なかったら。俺は多分、機体から降りようともしなかっただろうな」

そのままティターンズの戦艦に乗り込んで、敵のパイロットを殴り倒してやろうとしたはずだ。
ついでとばかりに母を助けてやらなかった父に嫌味の一つも言ってやっただろう、とカミーユは自嘲した。
ナナが近くにいてくれるのは有難かった。でなければ、自分はみっともなく泣き喚いていたかもしれなかったからだ。

「本当に馬鹿だ、俺。母さんに、ちゃんと俺の気持ちを分かって欲しかっただけなのに。迎えにきた母さんを無視して、あんな怖い目に合わせて……最期に俺のこと見てくれなかったのも、当然だよ」

地球の引力のような、ナナの不思議な気配に身を委ねながら、カミーユは独りごちた。
この小さな少女の存在が、荒んだカミーユの心に平常心を与えてくれる。
カミーユはナナのこの気配が好きだった。
クワトロからも似た感覚を感じるが、彼はカミーユに自己を重ねている節があり、それが行動に現れるとどうしてもカミーユの反抗心を煽るのだ。

「そんな事ないんだよ、カミーユ」

ナナが、そっと口をひらいた。






結局、悲劇は回避されなかった。
私が"彼"の意識を押えてまでカミーユにしてやれたことは何一つなかったけど、後悔は無かった。
人は分かり合えるのだ。失敗しても、とりかえしが付かなくても、生きていればやり直せる。
カミーユはきっと大丈夫だろう。彼がいるのならきっと。私はそれが分かっただけで満足だ。

「カミーユのお母さん、最後までずっと叫んでた。逃げなさいカミーユ、早く逃げなさい――って」
「……聞こえたのか?ナナには、母さんの声が」
「うん。あの人はずっとカミーユを見てたんだよ……子供が大事じゃない親なんて、いないんだから」

いままで張り詰めていた物が切れてしまったように、カミーユは顔を手で覆った。
その手の隙間から、小さく押し殺されたカミーユの嗚咽が聞こえてくる。
私はカミーユの肩をそっと抱きしめた。これで、もうカミーユと会うことは当分ないだろうから。

「大丈夫。カミーユは私が守るから。だから、大丈夫」

そろそろ時間だ、後のことは彼にお願いしよう。きっと私なんかより、余程上手くやるだろう。
私では少しばかりカミーユに感情移入しすぎる。たったこれだけの時間でもそうなのだから。
彼はきっと驚くだろうが、それも楽しそうだ。気付いて貰えないのは少し寂しいけれど。
まどろむように目を閉じると、身体の奥底に意識が沈んでいく。
どうか彼と、私の同胞に幸福のあらん事を――――











………………おお?えーと、あれ?俺は何をしようとしてたんだっけ?
確かカミーユのお袋さんを、なんとかしなきゃいけないからMK-Ⅱに乗ったんだよな。
で、結局駄目で……あれ?何故にうろ覚えなんだ、俺がやったことだってのに。

「う、うう、かあさん……」

目の前には何やら俺にしがみついて泣くカミーユ。
な、何故にこんな状況に!?男とこんなに急接近とか気が狂ったのか俺は!?
い、いや待てよ?俺じゃなくてカミーユの方が迫った可能性もあるわけだ、自分で言うのもなんだが今の俺は美幼女だ。うん、言ってて死にたくなった。
とするとだ……俺はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。
ロリコンが確定(俺の中で)しているクワトロ大尉ばかり警戒していたが、カミーユにもその素質があったんじゃないだろうか。
そういやボンヤリとした記憶の中で、ジェリドのハイザックがやたら俺の方に迫って来ようとしてたし。
な、なんてこった。俺は自分でも気が付かない間に、こんなにも危険な状況に晒されていたのか…………!

……って、あれ?そういやここにカミーユがいるってことは、カミーユの親父さんってどうなるんだったか?












アレキサンドリアの独房の中で、フランクリン・ビダンは身を固くした。
妻がバスクに殺されたと聞いたのがつい先程。
自分がいる独房に近づく足音に、いよいよ自分の番かと覚悟を決めようとした時であった。

「フランクリン・ビダン大尉ですね?」
「……そうだ。一体、私に何の用かね。エマ・シーン中尉」

自分も知るティターンズのメインスタッフの来訪に、探る視線を送るフランクリンはその異変に気がついた。
看守の役目を命じられていた兵士が、気絶して宙を漂っている姿を目にしたのだ。

「私はエゥーゴに下ります。貴方にその気があるのなら、この場で返事を」
「……バスク大佐に逆らうのかね。ティターンズの君が」
「問答をしている時間はありません。イエスかノーで答えて」

その言葉に首を振る事など、今のフランクリンの状況が許す筈もなかった。
己の置かれた状況に戸惑いながらも、フランクリンはエマの提案に応える事しかできないのであった。



[30610] ※お知らせ※  10/23 別板移行
Name: ア、アッシマーがぁぁ!!◆996184ac ID:27acc7b5
Date: 2012/10/23 11:02
突然ですが、このSSをリメイクさせて頂きたいと思います。
具体的な変更点は以下。

・所謂、中の人と呼ばれる現代人を削除。
・それに伴いこのSSのギャグ要素をほぼゼロに。
・薄過ぎた描写の水増し、改変。
・ゴリ押ししてきた設定の間違いの修正(今後また間違いが出てくる可能性は大いにありますが……)





もともと習作として書き出し、「練習なら普段やらない事やろうぜ!」と何も考えずに勘違い物に手を出したのが運の尽き。
7話あたりで完全に話の展開が詰みました。作者の中では。
ストックの無いギャグ要素をひねり出すのもそろそろヤバいです、精神的に。
7話なんかヒドいですもんね。読んでくれていた方の殆どは分かってたと思いますがw

特に「中の人」は、今後の展開を考えれば考えるほどにその存在意義が薄れ、今回の事によってリストラせざるを得ませんでした。
ギャグないし軽いノリを期待してくれていた方には大変申し訳ありませんが、今後はシリアス一辺倒でいかせて貰おうと思います……


以前書いたものの改変で同一の部分も多々あるため、以前の物は消そうとも思ったのですが、もしまだ読みたいという人がいたらあれなので当分は残して置こうと思います。
消した方がいい。その上で別スレを作れといった声もあればそっちも考慮しようと思いますが。

内容的にもアレなのでしばらくはsage更新でひっそりやらせてもらうと思います。
そういう訳で、このZガンダムSSあらためRe.ZガンダムSS。
略してリ・ガズィSSをよろしくお願いします。


2012.10/23

書いていく内に余りにもジャンルがかけ離れてきたので、別板に移行します。お手数ですが、そちらもよろしくお願いします。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.017765998840332