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[30271] 【東方紅魔館】 悪魔のような吸血鬼
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2011/10/25 15:30
「どうやら成功したみたいですね」

「うわー!!家の前に大きな湖があるよ!!ねねっ、お姉様も見て見て!!」

「はいはい、フラン落ち着きなさい。スカーレット家として恥ずかしくない佇まいを常に心掛ける事。お姉様との約束でしょ?」

「まぁまぁレミリア様。フラン様も悪気があって言ってるんじゃ無いんですから」

 窓の方から楽しく話を弾ませている妹達に美鈴と咲夜さんの声が聞こえて来る。ごめんなさい。お兄ちゃんはちょっと……この席から立てそうにありません。え?何あの揺れ?地震ってレベルじゃなかったよ。身体がフワッと浮いたね。というかここ謁見室だから俺以外の椅子が無くて皆立っていたのに、どうして平然としてるの?妹達や妖怪である美鈴はまだ分かるけど、咲夜さんって人間だった筈じゃ……。恐ろしい、これが選ばれし者達の力か。

「お兄様も早く早くー!!」

「あぁ。少し落ち着いてから見させて貰うよ。」

 ごめんねフラン。今お兄ちゃん嘘付きました。見たくても見れません。せめて風景だけでもと思い、首を動かすも20度くらいが限度だったね。うん、動かないね。生命の危機に身体が反応しちゃったんだね。仕方ないね。

 それにしてもガッチガチだな。せめて立てるくらいにはならないと。幾らなんでも腰が抜けた等と妹達にバレる訳にはいかない。吸血鬼とはプライドの塊のような生き物なのだ。万が一、妹達にバレようものなら何をされるか分かった物では無い。最悪お兄ちゃんという存在自体が無かった事にすらなりかねん。クッ!!立て!!立つんだ俺ぇぇーー!!

「フラン、お客様よ。ご挨拶なさい」

「えっ?……あ、うん。行こう、お姉様」

 え?何?突然妹達と従者二人が俺の側に帰って来たかと思いきや、俺の両隣のやや後ろに控える様にして立ちましたよ?いつもながらの謁見スタイル。客?何処に居るの?

 気が付いたら部屋の真ん中に傘を差した女の人が居ました。いやいやいや、おかしいし。さっきまでこんな人居なかったじゃん。何?咲夜さん並のチート能力の持ち主ですか。となると早く挨拶した方が良いな。少しでも機嫌を損ねたら俺の命が持たん。

「ようこそ、紅魔館へ」

「あら、無断で侵入して来た私を歓迎して下さいますの?初めまして吸血鬼さん。私は八雲紫と申しますわ。一応これでもここの管理をしておりますの」

 良し、これで今回の危機も乗り切った。後は適当に威厳っぽい台詞を並べておけば大丈夫だな。にしても管理人……?あぁ、なるほど。ここの土地の所有者か。そうと分かれば話は早いな。

「これはどうもご親切に。私の名前はアルフォンツ・スカーレット。ここの当主をさせて貰っている。……にしても申し訳無い。ここに来る前に土地の持ち主を探したのだが見付からなくてね。やむなく無断で来させて貰った。一応結界魔法で封鎖してから来たので人的な被害は無い筈だが……ここの土地の借用金は幾らかね?」

「お金だなんてそんな物は必要ありません。幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ」

 え?無料で良いの?やったー!!いい人ってのは居るもんだね。

「ただ……一つルールというか守って頂きたいお願いが御座いまして」

「お願い?」

「スペルカード……人によっては弾幕ごっこと呼ぶ者もおりますが、それを守って頂きたい」

 その後、ツラツラとスペルカードなる物の概要を説明してもらったが、簡単に纏めてしまうと、非殺傷モードの戦いで楽しみましょうというような物だった。

 ……素晴らしい!!!!まさに平和の為に産み出されたようなこの概念!!力無き者でも力有る者に勝利出来る可能性があるシステム!!勝っても負けても遺恨を残さない後腐れの無さ!!何処を取っても俺に損は無いぞ!!

 生まれてこの方、吸血鬼なのに魔力の魔の字も無く、唯一の希望であった能力は「吸血鬼である程度の能力」って何じゃそりゃ!!能力に後押しされないと俺は吸血鬼ですら無いのか!!恥ずかしくて誰にも言えんわ!!唯一の取柄は力がちょっと強いという事くらいだが、吸血鬼なら誰でも力強いんだよね。俺の力っていうか種族の力でした。しかも権威を重視する吸血鬼は、安易に種族の力で他を圧倒するのではなく、自分の力でもって華麗に敵を迎撃すべし、みたいな気心を持っているようで俺がちょっとでも力を使う度に「うわっ、個の優劣じゃなくて種族の優劣に頼ってるよ。ダサーイ」みたいな感じで苦笑されちゃうんだよね。おまけに能力のせいか吸血鬼以上に吸血鬼ならしく、弱点が物凄いです。人の三倍はダメージ受けます。十字架とか触れなくても翳(かざ)されただけで気分が悪くなる始末。こんな八方塞がりな中で一体どうしろってんだ……

 そして俺の自慢の可愛い妹二人は「運命を操る程度の能力」と「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」ですよ。何そのイカサマ能力。とても同じ血族とは思えない……。そんな中毎日毎日吸血鬼としての外聞を守りつつ、お兄ちゃんは強いんですよ~頑張ってますよ~と周りからの信頼に答え、尚且つ危なくなったら自分は直接手を下さず守ってもらうというサーカス団もビックリな綱渡り生活を送り続けて来たのだ。このチャンス、逃がす訳には行かない……ッ!!

 しかし……問題が有るとすれば俺の後ろに控えている人達だな。まぁこれが一番の問題なのだが。先程も言った通り吸血鬼とはプライドの塊のような生き物なのだ。力無き者が力有る者に勝利するというこのルール、言うなれば力有る者が、力無き者のレベルにまで下がってやるとも言い換えられる。「この選ばれし吸血鬼である気高きスカーレット家に属する私達が何でそんな面倒くさい事をしなくちゃいけないの?ヘタレなお兄様なんて死んじゃえ(きゅっ)」なんて可能性も全然考えられるのだ。……説得せねばなるまい。養生のつもりで来た東方の地だったが、まさかこんな桃源郷だったとは。俺はたった今この地を永住の地とする事に決めた。

 つまりアレだな。こちらとしてはどちらでも良いが、心優しき我々は慈愛の精神をもってそちらの条件を飲んでやる。感謝するが良い。という方向性に持って行けば良いのだ。これならばスペルカードというのを取り入れつつ、吸血鬼としての誇りは失われない。むしろ相手は涙を流して感謝してもおかしくないのだ。尊厳は十分に保たれるだろう。となれば話は早い。最初は渋りつつ、頃合いを見て譲歩するという形で行くしかないな。あくまでも最初は拒否では無く渋り。いきなり拒否して「じゃぁ良いです」なんて言われても困るし。良し、じゃぁお兄ちゃんは頑張るよ!!

「…………ふむ。色々考えてはみたのだが……我々にそれを守るメリットは無いように感じるが……」

 椅子の肘掛けに肘を置き、頬を乗せて脚もついでに組んでリラックスムード。あくまでもこちらが上で相手は下なのだという事を周りにアピールしておかないと後が怖いからな。管理人さんは相変わらずニコニコしているが、良く考えたらさっき俺が考えている間もずっと立ちっぱなしで待っててくれたんだな。良い人だ。

「……そうですか。それはそれは大変残念なお返事ですわ。私としましても今回のお話は―――」

 そう言いながら両手で持っていた傘から片手を離し、服の中へ手を入れようとする管理人さん。良く考えたらこの人室内なのに傘差してるんだよな。まぁ服装も西洋風のドレスに人民服の前掛け?の様な物を着込んでいる人なので、余り気にしない方が良いのかもしれない。まぁ似合ってるけどさ。……って、おぉ!!服の中へ手を入れた事によって、服がズレて胸の形が!!ハッキリと!!

 と思った所で部屋の周りに並べてあった彫像の一つが崩れ去りました。ていうか音で意識が戻ったけど、おっぱいのせいで俺少し前のめりになってるじゃねぇか。流石に椅子から立ち上がってる程では無かったが。良く見たら管理人さんもちょっと引いてるね。ていうか、うっ、後ろからの視線が痛い。何してんだこのエロ当主、ブチ殺すぞという無言の圧力がビシビシと伝わって来るよ。更に客人を招いてる中で彫像が崩れ去るというアクシデント。常に優雅で華麗で美しくのスカーレット家においてこれは拙かったかもしれん。いやでも彫像は俺のせいじゃないよね?さっきの地震みたいなワープのせいだよ。きっとそうだよ。

 と思っても口には出せないのがお兄ちゃんの悲しさか。館内でのヒエラルキーの低さが如実に現れてますね。ここは下手に口を挟むよりも、全責任を全て被った方が結果的に被害が少なくなる事を、俺は長年の経験から知っているのだ。

「咲夜、後片付けを頼む」

「はい、ご主人様」

 と聞こえた時には彫刻の残骸は綺麗サッパリ無くなりました。やはりチート。今俺瞬きしなかったんだぜ?管理人さんの方に顔を戻すと、ビクッと身体を震わせて一歩後退されました。はいオワター。管理人さんの中で俺の地位がヘンタイエロエロ当主野郎になったようです。クソッ!!これもおっぱいが……おっぱいが悪いんや!!この紅魔館には慎ましやかな女性が多いから、つい見てしまったんや!!悪気は無いんや!!と言った所で時既に遅し。むしろ逆にこんな事を言おう物なら未だに後ろから物凄いプレッシャーを掛けて来る人達に襲われてしまう……俺はアレはアレで有りだと思うんだけどなぁ。まぁ今目を奪われてしまった俺が何を言っても説得力は無いんですけどね。

 と、とりあえず管理人さんをどうするか……まずは敵意が無い事を証明する為に笑い掛けてみるか。

 ニ、ニコッ

 駄目だ。笑い掛けた瞬間、身体こそ動かなかった物の、更に警戒された気がしたので即座に止めました。弱ったな。俺の桃源郷計画が初っ端から頓挫したぞ。ここは一度時間を開ける事が肝要だな。今は何を言っても無駄な気がする。紅茶だ。紅茶とケーキを食してリラックスした所で会話を再開するんだ。そうと決まればさっそく客室へと…………し、しまったぁぁぁぁーー!!!俺は今腰が抜けているんだった!!いやもしかしたら、もう治っているのかもしれないが、先程のおっぱいも前のめりになるだけで立ち上がっては居なかったからな。どうなるか分からん。「客室へご案内しましょう」立てない。「死んじゃえ」の黄金パターンが完成する可能性がある以上、先に提案を出すのでは無く、立ち上がって安全を確認してから語り出した方が懸命だ。良し……気合を入れて……行くぞ。1……2の……3ッ!!

 漫画ならガバァ!!という擬音が付いててもおかしくないような勢いで立ち上がってしまいました。うん、思いっきり治ってたね。しかも腰が抜けてても大丈夫な様にと脚に無理やり力を入れていたお陰で、何か凄い不自然な立ち上がりになりました。上体がブレずにそのまま立ち上がったというか……。まぁ過ぎた事は仕方が無い。とりあえず管理人さんを客室へとご案内するか。

「どうですか、八雲さんという大事な賓客をここで立ちっ放しというのもスカーレット家としての名折れ。もしよろしければご一緒に軽い茶会でも如何でしょう?」

 そう言いながら管理人さんをエスコートする為にスッ、スッと近付いて行く。しかし急がずあくまで優雅にゆったりと。博識そうな客人である管理人さんが、こちらの好意を無駄にする事は多分まず無いと思ったので、特に返事も聞かずに近付いて行く。あ、でも俺が近付いてしまって良かったかな。今一応警戒されている訳だし。エスコートは美鈴にでも任せた方が良かったかもしれないな、と思っていた所で突然視界がブレました。

 気付いたら地面とキスをしている俺。何も無い所でコケた。前を見る。目の前には管理人さんの脚。上を見る。破れた服の間から覗く綺麗なおっぱいが二つ。自分の手を見る。破れた服の切れ端。つまりアレか……俺がコケる。倒れた時に無意識で手が当たった管理人さんの服を掴む。ビリビリ。という訳ですね、分かります。謝らないと、と思った時には管理人さんは目の前から消えていました。終わったな……

 静まり返った室内。後ろに控えている筈の四人が何も言って来ないのが逆に怖いです。これが嵐の前の静けさという物なのか。ゆっくりと後ろに振り向く俺。全員がこっちをガン見です。当然だよね。引越し早々、土地の管理者を相手に失礼な態度を二回も取った挙句、相手を怒らせて帰らせてしまうという許されぬ失態。あれ?俺死ぬの?ここで死ぬの?一人でも勝てないのに四人に囲まれたこの状況。儚い人生だった……と思いを寄せていたがいつまで経っても、きゅっ、ってならない。全員がこっちを見てるだけ。ギリ……セーフか?結局この後、皆の気が変わらない内に自室に戻ろうと思って「てへ♪失敗失敗☆」みたいな事を言って急いで部屋を出ました。余りにも慌てていたのか威厳モードも忘れていたよ。ついでに部屋を出た瞬間、館をワープする為に地下の魔方陣へと行っていたパチュリーと小悪魔も居ました。彼女達も何も言わずにこちらをガン見です。パッチェさんなら魔法か何かで先程のシーンを見ていてもおかしくはない。これで紅魔館内での俺の仲間は居なくなったのか……と肩を落としながら部屋に帰って不貞寝しました。明日からどうしよう。



[30271] 01-1
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2011/10/26 14:01
 私はスキマから紅い悪趣味な館を見て大きく溜息を付いていた。別に中を探らなくても分かる。アレは吸血鬼の館だ。どうして吸血鬼はあんなにも自己顕示欲が強いのだろう。常に禍禍しい魔力を放出させ続けている。前回の吸血鬼は馬鹿だったが有益だった。やっと、やっと今幻想郷が上手く行こうとしている所へ一体何しに来たのか。本来なら放置しても良い所だが、今はマズい。いきなりの大ボスが登場なんてのは私の好みでは無いが、行かなければならないだろう。私は一度スキマを閉じて館の一番魔力が集中している場所へとスキマを新たに開いた。

 息が止まるかと思った。

 覗き込んだ瞬間、こちらを覗いている物があった。しかもそれは偶然こちらを見ているのでは無い。強い意思を宿した目をしてこちらを見ていた。私はその時、動けなかった。五秒か、十秒か、それとももっとか。気付いたら今まで騒いでいた少女達も私の方を向いて待っているようだ。逆に彼は私に興味を無くしたのか視線は何時の間にか外されている。

 行くな……と私の本能が告げていた。ここは悪魔の巣だ。何の下準備も無しに乗り込むべき場所では無い。だが、立場としては行かなければならなかった。スキマとは私の代名詞だ。私以外にスキマを使う妖怪が何処に居る。そして幻想郷は今、過渡期に移り変わろうとしている。今私が逃げる訳には行かない。幻想郷の長として、母として命を懸けて戦おう。私は震える手でお茶を一口飲み、一度身体に力を入れ直すと新たなスキマを作り出した。

 部屋の真ん中に降り立った私を、当然の事ながら誰も驚きはしなかった。

「ようこそ、紅魔館へ」

「あら、無断で侵入して来た私を歓迎して下さいますの?初めまして吸血鬼さん。私は八雲紫と申しますわ。一応これでもここの管理をしておりますの」

 この部屋の中でただ一人座っている男。彼の視線に耐えながら私は何とか口から声を出す。……少し早口になっているような気がする。落ち着かなければ。

「これはどうもご親切に。私の名前はアルフォンツ・スカーレット。ここの当主をさせて貰っている。……にしても申し訳無い。ここに来る前に土地の持ち主を探したのだが見付からなくてね。やむなく無断で来させて貰った。一応結界魔法で封鎖してから来たので人的な被害は無い筈だが……ここの土地の借用金は幾らかね?」

「お金だなんてそんな物は必要ありません。幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ」

 彼の目的は何だ?力の強い者ほど直接的な言動は避ける物だが、彼はいささか腰が低過ぎる。吸血鬼の第一声が「申し訳無い」などとは恐れ入った。しかも後ろの少女達の反応を見るに、これは何時もの対応とさほど変わらないようだ。誰も顔を歪めないし、気にもしない。そもそも人間が居るではないか。吸血鬼にとって家畜同然の人間が。……彼の性格を見極める必要性がある……。少し早いが本題に入ろう。スペルカードを受け入れるかどうかで彼の本質を測る。我々が練りに練った戦闘方式なのだ。これを否定するというのであれば、やはり彼は吸血鬼という事になるのだろう。

 彼の実力は未知数過ぎる。私のスキマに気が付く存在など今までに居なかった。出来れば味方に引き入れたいが、時がそれを許さない。時代は変わろうとしているのだ。今スペルカードルールに従わない強者を認めるという事は絶対に出来ない。それを認めてしまえば、今まで幻想郷の為に人間を我慢して襲わなかった者に対して面目が立たないし、力さえあれば何をしても許されるという過去の無法地帯に戻ってしまう。スペルカードは一度走り出してさえしまえば最高の法となる自信は有る!!私が千年以上も頑張って来たのはこれを目指しての事だ。それをたった一人の吸血鬼の為にご破算にする訳には行かない。

 せめてスペルカードが世間に浸透してから来てくれれば、もう少しやり様は有ったのだが……無い物ねだりね。

「ただ……一つルールというか守って頂きたいお願いが御座いまして」

「お願い?」

「スペルカード……人によっては弾幕ごっこと呼ぶ者もおりますが、それを守って頂きたい」

 私が内容を説明している間、彼は黙って私の話を聞いていてくれた。強者にしては珍しく他人を尊重するという点に置いては好感が持てるが、それだけだ。もし彼がこれを受け入れないと言うのであれば私はこの場で彼を殺す。

 一分……二分と時が過ぎる中、やっと彼が口を開く。

「…………ふむ。色々考えてはみたのだが……我々にそれを守るメリットは無いように感じるが……」

 そう言いながら突然彼は態勢を崩し、こちらを見やる。言葉尻では議論の余地が有るという雰囲気を醸し出しているが、これが完全に彼の遊びである事は直ぐに分かった。吸血鬼は完全なる縦社会の独裁階級だ。上の命令は絶対厳守。その吸血鬼の当主ともあろう者が、そう簡単に部下の前で意見を二転三転させる事など有り得ない。身分には責任が伴う。発言には更にだ。彼は受け入れないと言った。つまりそれはもう確定事項なのだ。後はもう全て遊び。彼は私の目的を見抜いている。まぁしかし考えれば誰でも気が付く事だ。来た瞬間にその場のトップがやって来てお願いをする。どれほどこちらが切にそれを願っているか、分からないという方がおかしい。まさか覗いていたのがこちらのトップであるとは、流石に思わなかっただろうが。

「……そうですか。それはそれは大変残念なお返事ですわ。私としましても今回のお話は―――」

 この時私は彼の殺害を決意した。吸血鬼は完全なる縦社会の独裁階級。逆に言えば上がやられれば後は烏合の衆と成り果てる。結果的には後ろの少女のどちらかが当主の座を引き継ぐだろうが、こちらは時間さえ稼げればそれで良いのだ。数年は故郷に帰っていて貰おう。私はもう何百回と繰り返して来た動作をもう一度行う事にした。

 まず両手で持っていた傘から片手を離し、服の中に入っている扇子を取る振りをしてスキマを開く。その中に手を入れて敵の視覚外から攻撃。単純だが、それゆえに簡単な動作だ。余りの単調さに殺気も出やしない。私の必殺技。これでもう何百人もの妖怪達を討ち滅ぼして来た。この戦法を知る者は居ない。見た者は必ず全員死ぬからだ。まぁもっとも文字通りに見た者が居ないのだが。

 手の平から撃ち出された弾丸は、一寸の狂いも無く男の頭へと吸い込まれて行く……筈だった。

 私が弾丸を撃ち出した瞬間、彼は上半身だけを前にズラし、私の弾を避けた。不意打ちに重きを置いていたのと、殺傷性を高める為に下手な小細工はせず直線的な弾道にしたのが間違いだったのか。避けられた私の弾は部屋の周りに設置されていた彫像の一つに当たり、その役目を果たしていた。

 瞬時に私を包み込む十二個の目。八個は目の前に居る少女達。残りの四個は廊下に居る者達の目だ。見ているだけなのは、上司の命令を待っているから。意外な彼の統率力の大きさに改めて驚かされた。無論全員に襲われたとしても負けない自信は有る。だが自信だけでは駄目だ。万に一つでも、億に一つでも負けてはいけないのだ。だからこそ今私は暗殺などという手段に打って出たのではないか。

 男はこちらに興味が無いかの様に、壊れた彫像を見続けている。……お気に入りだったのかしら?

「咲夜、後片付けを頼む」

「はい、ご主人様」

 少女の声が聞こえたと同時に私の目の前に数本のナイフが現れる。私は動く事も無くスキマを開いてナイフだけを収納する。と同時に彼が私の方に向き直った。……何ていう目なの……。その目には何も表しては居なかった。私に対する殺意も攻撃された怒気も、私の殺戮命令を下す事への哀愁も何一つとして無かった。自分は殺され掛けたのだ。胡散臭いと良く言われる私でも少しくらいは怒気を表したりはするだろう。なのにまるで何も無かったかの様にこちらを見詰めて来る彼に寒気が走った。何を考えているのかまるで分からない……

 ニコッ

 こちらの思考を読み取ったかの如く、突然笑顔を浮かべたが数秒もしない内に元の顔に戻った。あえて感情を表したの……?いえ、全ては彼の遊び。深い意味など無いのかもしれない。その後また彼は黙り通した。視線こそ私と合っている物の、私を見ていない。考え事をしているのか。彼は右手を少し上げて下げるだけで良い。後は全て彼女達がやってくれる事だろう。命を懸けて。彼は適当なタイミングを見計らって遠くから攻撃するだけで構わない。実に吸血鬼らしい戦い方だ。反面、私は退く事が出来ない。暗殺に失敗して敵前逃亡なぞ出来る筈も無い。もしそんな事が幻想郷に広がれば私は終わりだ。少なくとも数人は殺してからにしなければ。そんな事を考えている瞬間、彼が突然動いた。

 ガバァ!!という音が聞こえて来てもおかしくないくらいの勢いで彼が突然立ち上がった。上体が全くブレていないという奇妙な立ち方だったので、こちらにそのまま突っ込んで来るのかと身を固くしてしまった程だ。

「どうですか、八雲さんという大事な賓客をここで立ちっ放しというのもスカーレット家としての名折れ。もしよろしければご一緒に軽い茶会でも如何でしょう?」

 そう言いながら彼はこちらに近付いて来る。一歩一歩慎重に、確かめる様に。

 何……だ?何だこれは。何をしている。何故彼が単独で近付いて来る。意味が分からない。茶会だと?嘘も大概にしろ。今ここで私が撃てば更なる口実を相手に与えてしまう。かと言ってこのまま見ていれば身の破滅。どちらに転んでも彼に損は無い。私が至近距離から撃ったとしても避けられるという自信が有るからこそ出来る作戦だ。舐めやがって……

 十歩はあった距離が七歩になっている。早くしなければ。彼がその気になればこんな距離など有って無いような物だが、私にとっては大事な七歩だ。頭に撃つか?否、先程も避けられたし、何より吸血鬼の弱点と言えば頭くらいしか無いので幾らなんでも直球過ぎる。身体を狙うか?否、体積がデカい分当たり易いが、その分効果が狙えない。心臓ならばまだマシだろうが、これも頭と同じ理由でバレバレ過ぎる。足を狙うか?否、足を吹き飛ばした所で空を飛ばれてしまえばそれで終わりだ。ダメージ的な意味でも旨味は無い。……が、まだ先の二点よりかはマシかもしれない。頭身体と来て足は読まれている可能性が高いが、それでも一番守りたいのは頭だ。これを最重要視して動いて来るだろう。後四歩しかない。迷っている時間は無さそうだ。

 彼は相変わらず隙だらけで私の方に近付いて来る。一応少しでも確立を上げる為にスキマを開いてその中に弾丸を撃ち込んだ。ここまで堂々と歩いて来る彼の事だ。恐らく優雅さを重視して避けて来るだろう。私を殺したいのなら全員で襲い掛かって来れば済む話なのだから。彼がしたいのはあくまでも遊び。私に絶望を味合わせたいのか。吸血鬼が好きそうな事ね。十秒後もそう思えていれば良いのだけれど。

 もし横に避けたら一度後ろに下がって距離を取ろう。上に跳んだらそのまま撃ち続けよう。横なら下がる、上なら撃つ。一瞬でも素早く行動する為に私は心の中で自分の行動を反復する。横なら下がる、上なら撃……え?コケ……た?

 ビリィッ!!という音が私の胸から聞こえて来る。気付いたら私の服は胸の部分が破かれているようだ。……彼がその気なら私は致命傷を喰らっていた。しかし……避けるでも耐えるでも無く流石にコケるとは……。胸を見下ろしていると彼との視線が合った。その目に宿る光は困惑。殺意でも闘争を楽しむ狂気でも無かった。何……もう。何なのよ……。意味が分からないわ。ハタから見たらさぞ滑稽でしょうね。大事な賓客として持て成されている私が勝手に焦って勝手に自爆した。事実だけを並べるとしたらそうなってしまう。

 もう駄目だわ。私の精神が折れてしまった。彼の事が何一つとして予測出来ない。何が何だか分からなくなった時は直ぐに逃げる。これこそが私の人生で見付けた教訓の一つだ。本能的にスキマを開けその中に身を投じる。

 家に着いた私は冷め切ったお茶を一口啜ると、そのまま布団の中へと入って行った。仕事から帰って来て料理を作ってくれた藍の誘いを無視し、心配して起こしに来てくれた橙の事も無視して寝続けた。今頃はきっと彼等が面白おかしく脚色して幻想郷中に広めている事だろう。元が真実なだけに私も全ては否定出来ない。それだけは出来ない。今まで築き上げて来た私のイメージが崩れて行くさまを想像して、私は無意識に身体を丸めて眠りに付いた。明日からどうしよう。



[30271] 01-2
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2011/10/28 13:24
「どうやら成功したみたいですね」

「うわー!!家の前に大きな湖があるよ!!ねねっ、お姉様も見て見て!!」

 妹のフランが大きな声を上げて窓から外を見下ろしている。気持ちは分かるが、やはりまだまだ子供ね。ここはスカーレット家の一員として手本を見せなければならない。

「はいはい、フラン落ち着きなさい。スカーレット家として恥ずかしくない佇まいを常に心掛ける事。お姉様との約束でしょ?」

「まぁまぁレミリア様。フラン様も悪気があって言ってるんじゃ無いんですから」

 相変わらず美鈴はフランに甘いわね。まぁ私も咲夜には良くして貰っているし、仕方の無い事なのかもしれないが。

「お兄様も早く早くー!!」

「あぁ。少し落ち着いてから見させて貰うよ。」

 私も咲夜も美鈴もフランの後に続いて窓に向かっていたから気付かなかったが、後ろを見ればお兄様だけはまだ椅子に座って前を見ている。ワープ酔いでもした?……有り得ないわね。咲夜でさえも平然としていた先程の揺れ如きでお兄様がどうこうされる筈も無い。お兄様の行動には必ず何か意味があるのだ。一見不可解な行動を取っている時でも、結果から見れば最良の選択をしているのは何時もの事。一々驚いていたら、こちらの身が持たない。

 お兄様は西洋でも……いえ、世界でも一番の吸血鬼であると私は信じている。まさに吸血鬼の中の吸血鬼、それがお兄様だ。類稀なる身体能力と、他の追随を許さないカリスマ性。能力だけは私にもフランにも教えてくれないが、私は今でもたまに「何でも出来る程度の能力」ではないかと疑ってしまう時がある。何手先まで見通しているのか不明な程の先見性、例え自分の身に災厄が降り掛かろうとも突き進む事が出来る決断力、そして弱者の意見すらも汲み上げる公平性。お兄様に出来ない事などこの世に有るのだろうか?少なくとも私は今までにお兄様が頭を抱えて唸っているシーンなど見た事が無い。

 そのお兄様が席を立たないのだ。これはただ事では無いのが直ぐに分かった。お兄様は少しだけ首を動かして一点のみを集中して見ている。……スキマ?と言って良いのかどうかは分からないが、スキマの様な物からこちらを覗き見ている者が居た。……良く見付けたと思う。私はお兄様が見ていたからこそ分かったが、有ると分かって見ている今でさえ、私の見間違えでは無いかと思ってしまう程に存在感が無いのだ。お兄様はこれが開いた瞬間に気付いたのか?少なくともフランが声を掛ける前までに見付けていたのは間違いないだろう。お兄様は黙ってそのスキマを見ている。声を掛けるでも、立ち上がって近付くでも無く、ただ見ている。私達を待ってくれているのだ。お兄様はこの来訪者に対して、個人としてでは無く、スカーレット家として対面しようとしている。それが堪らなく嬉しかった。

 お兄様は私達を自分と同格として扱ってくれているのだ。私達を呼ばないのは、相手は卑劣にもこちらを無断で覗き見している変態野郎だ。アポイントも無い上にフランは外の様子を見るのに夢中、私達も外の様子を見に行こうとしている。相手が失礼なのだから、こちらも少しくらい待たせるという失礼な行為をしても構わない、という事なのだろう。

 正直に言うと私だって外を見たい。見たいが、しかし今は仮面を被る時だ。スカーレット家としての仮面を。

「フラン、お客様よ。ご挨拶なさい」

「えっ?……あ、うん。行こう、お姉様」

 私が声を掛けるとフランも直ぐに気付いたのか小走りで戻って来てくれた。凄く可愛いが、駄目よフラン。お客人の前で走るなんてハシタないわ。後でまたお勉強ね……

 私とフランがお兄様の両隣りのやや後ろに立つと、何時もの通り咲夜が私のすぐ斜め後ろに、フランには美鈴が寄り添っている。……しばらく無言の時間が流れたが、観念したのか突然スキマが開き、その中から傘を差した女性の姿が現れた。

「ようこそ、紅魔館へ」

「あら、無断で侵入して来た私を歓迎して下さいますの?初めまして吸血鬼さん。私は八雲紫と申しますわ。一応これでもここの管理をしておりますの」

 招かれざる客は驚いた事に幻想郷の管理をしていると言って来た。正気か?この女。確かに能力は応用が利きそうだが、やはり東方の地ね。いきなり覗きとは品が知れる。

「これはどうもご親切に。私の名前はアルフォンツ・スカーレット。ここの当主をさせて貰っている。……にしても申し訳無い。ここに来る前に土地の持ち主を探したのだが見付からなくてね。やむなく無断で来させて貰った。一応結界魔法で封鎖してから来たので人的な被害は無い筈だが……ここの土地の借用金は幾らかね?」

「お金だなんてそんな物は必要ありません。幻想郷は全てを受け入れる。それはそれは残酷な話ですわ」

 お兄様は紳士的に話そうとしているのに、相手の女は何処か飄々として胡散臭い。吸血鬼に対して口調が軽過ぎる。こちらを挑発しようとしているのか。お兄様相手に無駄な事をする。

「ただ……一つルールというか守って頂きたいお願いが御座いまして」

「お願い?」

「スペルカード……人によっては弾幕ごっこと呼ぶ者もおりますが、それを守って頂きたい」

 内容を簡単に纏めると、本気の戦闘をする遊びといった所だった。なる程……悪くない案ね。擬似的に命を懸けた戦いが出来、同時に持ち得る力を衰えさせない為の訓練ともなる。平和に身を落とした連中には良い刺激となるだろう。本来ならば我々がこれに従う義理も道理も何も無いのだが、今回の旅行はあくまでも養生が目的。……まぁそれはあくまでも建て前なのだが、一時の戯れとしてこの提案を受け入れるのも悪くないとは思う。私達は別に侵略に来た訳でも戦争を吹っ掛けに来た訳でも無いのだから。

 というかお兄様は元々権力欲が少ない人だ。その気になれば世界を治める事だって出来るかもしれないのに、お兄様が望むのは私やフラン達が幸せに暮らして行ける程度の物しか欲しない。お兄様の平和に暮らしたいだけの、その行動が更にスカーレット家を神格化たらしめているとは皮肉ね。戦争は既に何度も経験したが、そのほとんどが恐怖に駆られた相手が突っ込んで来て自滅するという結果だった。お兄様が味方である私達だからこそ、こんなにも頼もしく見えるが、確かに敵側から見ればお兄様ほど不気味な存在も無いのだ。

 きっと、お兄様はこの提案を受け入れるだろう。吸血鬼としては駄目かもしれない。しかしお兄様はそんな事は気にしない。良い物は次々と採用して行くその柔軟性こそが、ここまでスカーレット家を大きくしたのだ。そもそも当主の妹の側近が人間なのだ。今更常識に囚われろという方が無理なのかもしれない。

「…………ふむ。色々考えてはみたのだが……我々にそれを守るメリットは無いように感じるが……」

 えっ!?間違いなくその瞬間、部屋の中の空気は一変した。お兄様は先程までの紳士的な対応が嘘のように、態度を崩し憮然とした対応を取っている。フランや咲夜、美鈴でさえも今の対応は予測していなかったのか、少し慌てているのが伝わって来る。

「……そうですか。それはそれは大変残念なお返事ですわ。私としましても今回のお話は―――」

 どうして?と私が考える間も無く話は先に進んで行く。確かにあの女の対応は我々を持て成すのには不適格な態度だったが、それくらいでお兄様が怒る筈も無い。お兄様には何か考えがあるのだろうか?と私が少し意識を頭の中に持っていったその瞬間、私の目の前数センチを物凄い勢いの弾丸が通過して行った。「お兄様!?」と声を上げる暇も、そちらを向く刹那さえ無かった。気付いたらお兄様は上半身だけを前にズラし、弾丸は部屋の周りに並べてあった彫像の一つを壊していた。

 その瞬間私の中に有った疑問や疑念といった感情は全て失われ、一つの感情だけが私を支配した。殺意。この女は今自分が誰に手を出したのか分かっているのか?恐らく分かっては居まい。西洋でスカーレット家と言えば子供ですら裸足で逃げ出すのだ。その当主を会談の場で暗殺しようなどとは一体どういう了見だ。殺すだけでは飽き足らない。この女の一番嫌がる未来を見付けてやろう。家族を目の前で殺す事だろうか?それとも純粋に自分が甚振(いたぶ)られる事だろうか?今から楽しみで仕方が無い。隣りではフランの腕の筋肉が少し動いているのが分かる。恐らくあの女の目を捜しているのだ。ちゃんとお姉様の分も残しおいてくれるかしら。

「咲夜、後片付けを頼む」

「はい、ご主人様」

 今か今かと待ち望んでいた私達に、一番最初に声が掛かったのは咲夜だった。咲夜は言われた通りに彫像の後片付けをし、ナイフも数本女の目の前に投げ付けていた。なる程。「後片付け」だけでは彫像に対してなのか、出来の悪い妖怪に対してなのかが分からなかったので両方にやりましたと言い訳するつもりね。ズルいわよ咲夜。自分だけ先に動いちゃうなんて。お兄様も当然それに気付いている筈だが、特に咲夜を責めはしなかった。

 その後、お兄様は意外な事に黙り通した。視線こそ女に向けている物の、会話をするでも無く、私達に指示するでも無く、ただ黙って女を見詰めていた。今お兄様は何を考えているのだろう?普通に考えれば、この女はこの場で処刑だ。まぁそれはあくまでも建て前で実際には地下に連れて行くが、どちらにしろこの女は終わりなのだ。部屋の外ではパチェも既に臨戦態勢に入っている。間違いなく勝てる布陣だ。何を思い悩む必要性が有るのか。

 ガバァ!!と音が聞こえてもおかしくないくらいの勢いでお兄様が突然立ち上がった。上体が全くブレていないという奇妙な立ち方だったので一瞬私はお兄様がそのまま女に突っ込むのではないかと思った程だ。

「どうですか、八雲さんという大事な賓客をここで立ちっ放しというのもスカーレット家としての名折れ。もしよろしければご一緒に軽い茶会でも如何でしょう?」

 そう言いながらお兄様は女に対して近付いて行く。一歩一歩優雅に、華麗に。それはここが戦場に有ると忘れさせる程に完璧な身のこなし方だった。

 瞬時に女の顔から血の気が引いて行くのが分かる。それはそうだろう。もし私があの立場に居たら無様に声を上げながら逃げ出すに違いない。自分の必殺の技が、手も無くあっさりと避けられたのだ。既に実力の違いはハッキリとしている。お兄様が何故ご自分の手であの女を殺す事に決めたのかは分からないが、これでもう勝敗は決した。本来なら私もやりたかったが、お兄様がするのなら仕方が無い。黙って女の最後を見届ける事にしよう。さようなら管理人さん。安心して死になさい。幻想郷の事は心配しなくても大丈夫よ。お兄様がきっと数倍……いえ、数十倍は良くして下さるでしょうから。

 女は諦めきれないのか、お兄様の足に向かって弾丸を発射する。無駄な事を。私は咲夜にでも紅茶を頼もうかと思った次の瞬間、お兄様は地面に倒れこんだ。何が起こった?女は呆然として立っている。いや先程とは変わっている部分がある。服だ。服の胸元が大きく破かれている。そして無くなった部分はお兄様が持っている。状況から見てお兄様が破ったのには違いないが、私はその意味が分からなかった。女が急いでスキマを開いたので私が代わりに殺そうかとも思ったが、お兄様が殺らなかったのだ。状況が分からない中で勝手な行動を取る訳には行かない。女は這這(ほうほう)の体で逃げ出していった。





 ……………………





 女が居なくなった後、沈黙がその場を支配する。お兄様は何故か女が消えた後も、スキマが有った場所を黙って見続けている。誰も言葉を発しない。発せないのだ。しばらくするとお兄様はゆっくりとだが、こちらに向き直る。私達はお兄様からの声を貰う為に全員が黙っている。お兄様はこちらを見渡した後、何故かしばらく目を瞑り何かを考えていた。が、またゆっくりと目を開くと右手を握り頭に当て「てへ♪失敗失敗☆」と言い出した。

 瞬間、部屋の中は固まった。何が起きているのか分からなかった。質問がしたいが完全に頭の中がパニックになってしまっている。何て言えば良いのか分からないのだ。気付けばお兄様が足早に部屋を出て行かれる瞬間だった。扉を開けるとパチェと小悪魔が居た。お兄様は一瞬だけパチェと視線を合わせると、やはり直ぐさまその場を後にした。

「え……と、今のは一体何だったんですかね……?」

 美鈴が何とか声を上げるが、そんなのは私が知りたいくらいだ。結局誰も返事する事は出来なかった。その後パチェと小悪魔が部屋に入って来たが、パチェの話によると、廊下を歩いて行くお兄様は随分と肩を落としている様子だったらしい。失敗、帰り際に肩を落とす、そして先程のお兄様の不可解な態度。この三つから導き出せる答えは少なかったので、落ち着いて考えてみれば直ぐに分かった。

 まず失敗だ。これはお兄様が肩を落としていた事についても繋がってくるのだが、当然失敗とは先の会談の件についてだろう。結果から見れば、相手がお兄様を暗殺しようとして失敗し、更にお兄様にビビッて逃げ出したという事だが、これがお兄様にとって失敗だったという事だ。また皆の意見を聞いてみた所、やはりあのスペルカードという提案を蹴ったのは誰も予想だにしていなかったらしい。確かに余り良い気はしないが、別に遊びに来たんだし、一時の戯れとしてなら良っか。それに平和主義的なお兄様なら喜びそうな意見だよね!!というのが大方の予想であった。

 空気が一変したのはこの提案をお兄様が蹴ってからだ。そしてその結果起こった一連の事態が失敗だとすると、お兄様はやはりこの意見を受け入れたかったのだろうと思う。では何故蹴ったのか。その答えはお兄様の態度に有った。あの提案を蹴った時、お兄様は突然態度を崩された。お兄様が公式の場で態度を露わにするのは本当に珍しい。勿論そんな事はあの女は知らなかっただろうが、結果として女は交渉を諦め暗殺という手段に打って出て来た。普段のお兄様を知っている私達だからこそ分かる。あれは女を挑発していたのだ。わざわざ態勢を崩して肘を付き頭を乗せ、足を組んでみせる。無意識にあの女はこう思っただろう。やるなら今がチャンスだと。

 そして放たれた必殺の一撃。しかしそれはお兄様の予想を遥かに下回る攻撃だったに違いない。お兄様は落胆した。お兄様は間違いなく、あのスペルカードという概念に興味を覚えた筈だ。それは間違いない。だからこそ、あの女の実力を試したかったのだ。西洋で戦争の日々に明け暮れていた私達だからこそ言える事が有る。力無き正義に名分無し。正義とは力有る者が振りかざす事によって初めてその価値が出る。例えどんなに正しい事を言っていたとしても、悪がちょっとやって来ただけで殺されるようでは話にもならないのだ。だからこそお兄様はあえてこの提案を蹴った。自分が悪と仮定する為に。

 その結果がこれだ。最初の一撃はあっさりと躱(かわ)され、二撃目は撃つのが遅過ぎた。それを分からせる為にわざと服を破いたのだろう。私がその気なら今頃お前は死んでいたのだぞ、と言う為に。しかし女は有ろう事か恐怖に駆られ逃げ出すという行動に出てしまった。勿論逃げ出すという選択は間違いではない。意味も分からず突っ込んで行くよりかは何倍も良い。だからこそお兄様も追撃せずに見逃したのだろう。

 しかしそれはお兄様の望む物では無かった。彼女もまた、今まで見て来たような力無き正義で有った。だからこそ落胆した。悲しくなった。そしてちょっとやり過ぎてしまったと思ったのかもしれない。確かにお兄様は強過ぎるので、加減してやったとしてもこれだ。女の方からしてみれば、本当に恐怖以外の何物でも無かったであろう。命の危険すら感じたかもしれない。だからこその失敗だった。やり過ぎてしまった自分への。

 そしてここで更に自分への失敗に気付いてしまったのだ。今回の旅の目的はあくまでも養生。少なくともお兄様はそう思っている。だからこそいきなりの戦闘行為にしまったと思ったのだろう。ついやってしまったが、指標となるべき当主である自分がいきなりの違反。とは言え既に手遅れだ。やってしまった事は元には戻せない。そこでお兄様は考えた。そして出て来たのが最後の行動だ。

 私達の目的は養生でも何でも無いので、特に戦闘行為に対しても何も気に止めていなかったが、もしそれに対して不満を持っていたとしても、あんな行動を取られてみろ。大丈夫ですか!?と最初に声を掛けてしまっていた事だろう。全ての感情が一回頭から抜け落ちてしまっていた。まさにお兄様の目論見通り。しかし流石に恥ずかしくなったのか足早に部屋を出るも、また先程の女に対する失望と自分への反省で肩を落としたのだ。これなら一応ながら辻褄が合うし、お兄様の性格にも一致する。流石に最後の行動はお兄様も思い切ったと思うが。

 下手に尾を引くと拙いかもしれないという事で、今日のお兄様の最後の行動は皆で見なかった事にする事に決めた。それにしてもあの女が標準なのだろうか。それだけが私の気掛かりだ。



[30271] 01-5
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2012/03/09 11:18
「レミリア、手を上げていないのは既に君だけなのだが?」

 男の声が私の鼓膜を震わせる。しかし私は顔を上げる事が出来ない。クズどもが私の顔を見ているのが分かっているからだ。

「君も理解しているだろう。アレは危険過ぎる。我々の手に負える物では無い」

 分かっている。そんな事は分かっている。アレは確かに危険だ。フランのあの能力は。

 事の発端はフランが妖精メイドを一人惨殺した事から始まった。元から情緒不安定だったが、遂にキレたかと誰もが思い特に気にしなかった。殺された妖精メイドは恐怖の余り紅魔館から逃げ出した。

 次に就けた妖精メイドも一週間と持たずに殺された。殺された妖精メイドは恐怖の余り紅魔館から逃げ出した。

 次の妖精メイドも、次の次の妖精メイドも紅魔館から逃げ出した。そんな事を続ける内に、遂には妖精メイド達はフランに就きたがらなくなった。腐ってもスカーレット家直系の娘だ。流石に御付きのメイドが一人も居ないというのは拙い。困っていたお父様の前に、手を上げた吸血鬼が一人居た。恐らくこれを足掛かりにしてフランに取り入ろうと思った馬鹿なのだろう。

 ソイツも一週間と持たずに半身を吹っ飛ばされた。事件はここから始まった。次の日になってもソイツの身体は戻らなかった。次の次の日になってもソイツの半身は戻らなかった。一週間経っても戻らなかった。館は騒然とした。

 調べた結果、フランの能力は「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」である事が判明した。ありとあらゆるもの、これが吸血鬼としての身体すらも破壊していたのだ。もっと厳密に言うと、まず吸血鬼としての機能自体を破壊、その後半身を吹き飛ばしていた。つまり人間の半身を吹っ飛ばしていたのと同義なのだ。人間の身体では、元には戻らない。館に住んでいる全員が愕然とした。

 更に調査を進める事で、新たな事実も判明した。逃げ出したと思われていた妖精は、実は全員が死んでいた事が分かった。どうせ妖精の気まぐれだと大した捜査もせず上に報告を上げていた馬鹿のせいで事態がややこしくなったのだ。周りとしてはどちらにしろ姿が見えないので、出て行ったと言われればそうなのだろうと思うしかなかった。

 これに一番焦ったのはお父様だった。元から情緒不安定気味だったフランに対して余り良い印象を抱いていなかったのだ。心情は態度に表れる。フランとお父様は余り仲が良くなかった。何時自分を殺しに来るか分からない者が同じ館に住んでいるのだ。お父様は直ぐにフランを幽閉する事に決めた。

 しかしここで問題が起こった。どうやってフランを幽閉するのかだ。結界自体はスカーレット家に属するメイジが全員でやれば作れるかもしれないが、どうやってそれをフランに掛けるのかで完全に頓挫した。フランの能力はどれほどの速度で連射が出来るのか?有効射程は?疲れは出るのか?などの情報が何一つ無かった。百人で掛かれば流石に大丈夫じゃないのか?しかし誰もが死ぬと分かっている作戦に、名乗りを上げる者は居なかった。

 お父様は門番の美鈴に取り押さえるように命令したが、美鈴はそれを拒否した。お父様は怒り狂ったがお兄様が出て来ると直ぐに館に戻った。お父様はお兄様が怖いのだ。フランのように情緒不安定でも無く、好戦的でも無いが、あれは一介の吸血鬼には無い程の戦闘性を秘めている。お兄様がその気になればスカーレット家を牛耳る事なんて容易いのだろう。だからお父様はなるべくお兄様を政治の場に出す事はせず、空気のように放置していた。お兄様もそれに文句を言わず、それに従っていた。

 お兄様の一の側近で有り右腕でも有る美鈴が断った事で、事態は完全にスカーレット家だけで治められる問題では無くなっていた。私は内心、最近お兄様から聞いた二の側近「パチュリー・ノーレッジ」に頼れば良いのではないかと思ったが、黙っていた。私は別にお兄様の事が嫌いではないからだ。パチュリーという新人に付いては全くと言って良い程、良い噂を聞かないが、お兄様が「ヤツは凄いぞ」と言っていたので恐らく凄いのだろう。美鈴という前例を見れば分かる。

 困ったお父様は仕方なく他家に協力を求めた。吸血鬼の危機に他家の連中も直ぐに集まって来た。そして今日、会議をしている。

「さぁ早く手を上げてくれないか?事態は急を要するのだ」

 今私に声を掛けている議長は、ここら辺一体で一番の勢力を誇る吸血鬼だ。何度かパーティで顔を合わせた事が有る。そして今採決しているのはフランの生死を問わず封印する事についての賛同だ。

 私は正直今まで何処か現実離れしているというか、一連の事も小説の中のお話であるように感じて居た。フランが監禁されるという事についても「へー、そうなんだ。可哀想だけれど仕方ないわよね」くらいにしか感じていなかった。しかしここに来て事態が変わった。議長がこの採決を取り始めた瞬間、私の中に音声と色が戻った。

 皆……お父様ですら即座に手を上げている。上げていないのは私だけ。皆の視線が私に突き刺さる。ここで私が手を上げてしまったらフランは間違いなく幽閉されるだろう。生涯に渡って。確かに私とフランは会う事自体滅多に無かった。しかし会えば必ずフランは私の事をお姉様と呼び、笑顔で腕に縋り付いて来た。そのフランを私は今殺そうとしているのだ。その責任の重さが私の背中に乗り掛かった。

 こんな物はもう分かっている。結果有りきでやっている事なのだ。私が手を上げようが上げまいが、彼等はフランを幽閉する。ただその責任を分散したいだけなのだ。あの時君も賛同したじゃないか、と。私が上げなくても会議は進行する。それが分かっていながらも私は手を上げたくなかった。自分の手を汚したくなかった。

 私は膝の上で両手をぎゅっと握り、視線を下にするしかなかった。まるで子供の駄々だな、と我ながら思った。手は上げたくない。上げたくないが、他にどうすれば良いのか分からない。きっとお兄様ならこういう時にでも、私の想像も付かないような意見を述べて場を震撼させるのだろうなと現実逃避にも似た事を考えていた。周りではまた何か吸血鬼どもが私に話し掛けているようだ。聞きたくなかった。それが正論で有るのが分かっているだけに。

 だからこそ、妖精メイドが部屋の中に飛び込んで来た時には助かったと思ってしまった程だ。ただその言葉だけは絶対に聞きたくない言葉だったが。

 お兄様の左上半身がフランに吹き飛ばされた。



―――――――――――――――――――――――――――



「お兄様!!」

 私の声に反応して、こちらに向き直ったお兄様の左上半身が爆ぜる。ミンチになったお兄様の肉片が辺りに飛び散り、お兄様がゆっくりと後ろに倒れて行くのがスローモーションで見えた。

 お兄様とお姉様だけが私と仲良くしてくれた。最近ではお姉様は忙しい事が多く、お兄様と会う事が多くなっていた。そのお兄様が今、目の前で倒れて行く。私の手によって。いや違う。私がこんな事をする筈が無い。だって私はこんなにもお兄様の事が好きではないか。だから私がこんな事をする筈が無い。こんなのは私じゃないこんなのは私じゃないこんなのは私じゃないこんなのは私じゃないこんなのは私じゃないこんなのは私じゃないこんなのはワタシジャナイコンナノハ

 突然頭を掴まれたかと思うと、引き摺り込まれた。お兄様の胸が私の目の前に有った。頭を掴んだのはお兄様の右腕だったのだ。

「どうしたフラン。何か有ったのか?」

 お兄様はまるで偶然廊下で会った時のように、自然体で話し掛けて来た。何か有った、のでは無い。今、現に有ったではないか。お兄様の左腕どころか、肩口すらも胸元まで完全に吹き飛んでいる。血が止まらず、噴出している血が私の顔に降り注ぐ。私は必死に傷口を抑えて血を止めようと試みたが無駄だった。

「どうしたフラン。何か悩みが有るならお兄ちゃんに言ってみると良い」

 私が血だらけになりながらも苦心している横で、お兄様は変わらず普段通りの声を上げている。

「お兄様……死んじゃうの?」

 私は一向に血が止まらないお兄様を見て怖くなった。

「これくらいでお兄ちゃんが死ぬ訳無いだろ」

「でも血が……それに腕だって……肩口も」

「これくらい一晩寝れば治るさ。フランだって吸血鬼なんだから、それくらい知っているだろう?」

 嘘……私は知っている。前に廊下で私の陰口を利いている人達の話を聞いてしまった。私は吸血鬼の概念すらも破壊してしまうらしい。私に壊された人はもう戻らない。私には難しい事は分からないが、それでも確かに破壊する直前に、更に何かを破壊しているのは直感的に分かっていた。だからそれが真実であると私は理解した。お兄様は嘘を付いている。私を安心させる為の優しい嘘を。

 途端に私の中に悲しみが宿った。周りはお兄様の事を悪く言うけれど、私はお兄様が大好きだった。お兄様こそが真の吸血鬼だと信じているし、何時の日か「私のお兄様はこんなにも凄いんだ!!」とソイツ等の前で、胸を張って言ってやる事を想像するのすら楽しみだった。しかしその日はもう二度と来ないだろう。片手を失った吸血鬼に何が出来る。私がその可能性を摘んだのだ。それが本当に悔しかった。

「どうしたフラン。泣いているだけでは分からないぞ」

 気が付けば私は声を押し殺し、お兄様の胸の中で泣いていた。しかし私はお兄様の問いに答える術を持ち合わせては居なかった。ただただ子供のように、駄々っ子のようにお兄様の服を濡らし続けた。

 しばらくして……落ち着きを取り戻した私はポツリ、ポツリとお兄様と会話をし始めた。自分が壊れている事、時々自分が自分で無くなる事、お兄様は私が話している間、ずっと私を抱きしめて黙って話を聞いていてくれた。何故かこの時は素直になれた。今まで誰にも話した事が無かったそれは、何度も練習したかのように口から自然と出て来てくれた。とても不思議な感覚だった。

 私が全ての話を終えると、お兄様は明日紹介したい人物が居ると言って来た。だから今夜は部屋に戻ってぐっすり眠ると良い、とも言われた。お兄様は右腕だけで器用に私を抱え上げると、そのまま部屋まで連れて行ってくれた。お兄様は何処までも紳士だった。部屋の中で私を下ろすと、お兄様は「また明日」と言って部屋を出ようとした。私も「また明日」と返事をしたが、多分私に明日は来ない。お父様が今日他の吸血鬼達と集まって何かをしている。あれは恐らく私に対しての事なのだろう。お兄様すらをも壊してしまった今、私は多分殺される。だから私に明日は来ないのだ。でも、何故だろう……全くそれが嫌な気がしない。私は最後にお兄様に無理を言って、もう一度だけ抱きしめて貰った。暖かかった。私はお兄様の感触を忘れない内にベッドに入り部屋の明かりを消した。さようならお兄様。また、明日。



―――――――――――――――――――――――――――



 妖精メイドの報告を受けた時、部屋の中を支配したのは恐怖でも、驚愕でも無く、安堵だった。誰もがお兄様の破滅を喜んだ。お父様ですら椅子に深く腰掛け直し、背もたれに体重を預け、大きく息を吐いていた。私は彼等と同じ空気を吸う事に対して途端に険悪感を感じた。私は直ぐさまその部屋を飛び出すとお兄様の部屋へと向かった。

「お兄様!!入ります!!」

 相手の了承も得ずに私は部屋の扉を開く。お兄様は左肩口に痛々しいまでもの包帯を巻いていて、棺桶の蓋を外している最中だった。包帯は既にその機能を果たしておらず、真っ赤だった。

「おぉ、レミリア。良い所に来てくれた。悪いがフランの事を頼めないか?俺もこの腕が治ったらもう一度行くつもりだが、少しフランの様子が変でな。アイツは変な所を思い詰めたりするからなぁ。まぁ危険だと思ったら逃げてくれて構わないよ。今しがた、それが気になってね。誰かにお願いしに行こうかとも思ったんだが、流石に意識そろそろ……な。まぁ明朝には行けるだろうから頼むよ」

 お兄様は大怪我を負っているとは思えない程の軽い口調で私にそんな事を言って来た。そしてお兄様は今ベッドではなく、棺桶に手を掛けている。棺桶など何時の時代だとツッコんだ事が有ったが、お兄様曰く「俺は棺桶の方が良いんだ」との事だった。お兄様がフランの能力の事を知らない筈が無い。だからこそ、お兄様の意気込みが伝わって来た。お兄様は本気でこの腕を治すつもりなのだ。

「そう、分かったわ。フランの事は私に任せてちょうだい」

 私がそう言うとお兄様は「悪いな」と一言だけ言って棺桶の蓋を閉じた。私は直ぐさまフランの部屋へと足を運んだ。

「フラン、私よ。入るわね」

 フランの部屋の中は真っ暗だった。廊下から差し込む光だけが、ベッドの布団の中から覗くフランの顔を明るく映し出していた。その目はまたしても真っ赤だった。

「お姉様、私……死ぬの?」

 そう聞いて来るフランは、とても吸血鬼とは、何時もの天真爛漫としたフランだとはとても思えない程に弱弱しかった。息をすれば消えていってしまうのではないかと私に錯覚させる程に。

 守りたい。純粋にそう思った。兄が妹を気遣い、妹は自分の死を覚悟している時に、姉の私は何をしていた?恥ずかしかった。これで同じ姉妹だと、同じ血が流れているのだと、とても言えなかった。しかしまだチャンスは有る!私も腹を決めなければならない。あのお兄様がやると言った。妹はまだ生きている。ならば次は私だ。お兄様が頼むと言った。私は任せてと言った。ならばする事は一つだ。私はフランが消えてしまわないように、ゆっくりと扉を閉じると慎重にフランに近付いて行った。

「大丈夫よフラン。貴方は私が守ってあげる。安心して眠りなさい」

「でも……私……お兄様を壊しちゃったよ?」

「お兄様を壊したから貴方は死ぬの?」

「そうじゃないけど……でも私が生きていると色々な物を壊してしまうから」

「フラン、これだけは覚えておいて。壊すという事は決して悪い事では無いの。悪いのは必要な物まで壊す、その無知よ。そして貴方は学習出来る頭を持っている。諦めるのには早いのじゃなくて?」

「でも……でも……」

 フランは頭が混乱しているのか目に涙を溜めながら必死に言葉を探している。

「でも……お兄様に怪我を負わせてしまった罪を償いたい?お兄様は今、必死に貴方から受けた傷を治そうとしているわ。私も多分……あれは治らないと思う。じゃぁ今お兄様がしている事は無駄なのかしら?貴方の為を思ってしているその行為は無駄なの?」

「そんな事無い!!!」

 少しフランに覇気が戻った。

「そうね。無駄では無いわね。どんな結果になろうとも、貴方の為にやっているその行為は無駄では無い。でも貴方がお兄様の為にする行動は無駄だと言うのね」

「そ……それは……違うよ。私が言いたいのはそんな事じゃない」

「お兄様に会わせる顔が無い……どうせそんな所でしょ?」

 私がそう言うとフランは黙って俯(うつむ)いてしまった。一分、二分と時間だけが流れて行く。でも私は話さない。これはフランが自分で解決しなければならない問題だからだ。

「だって……だって……お兄様は絶対凄い吸血鬼になる筈だったのに。私が、私さえ居なければお兄様は絶対歴史に名を残してた。私が……私さえ居なければ……」

「お兄様は怒ったの?何て事をしてくれたんだ!って」

 私の問いにフランは泣きながら首を左右に振る事で返事をする。

「だと思ったわ。そんな事を言うくらいなら、腕を治そうなんて馬鹿な発想出て来る筈がないもの。もう一つ私の問いに答えてちょうだい。お兄様は腕さえあれば歴史に名を残していたのね?」

「うん……」

 それを聞いた私は更にフランに近付き、遂にはベッドの中に潜り込むとフランを胸に抱き寄せた。

「だったら貴方がお兄様の腕になりなさい。どうせ死ぬのだったら、生きる意思を捨てると言うのだったら、同じく意思を捨ててお兄様の手となりなさい。貴方は私が守ってあげる。だから貴方は生涯を掛けてお兄様に尽くしなさい。だから死のうなどと馬鹿な考えは今ここで捨てるのよ。貴方にそれが出来る?」

「でも……でも……きっとお兄様怒ってる。フランの手なんて欲しくないって言うに決まってる」

「それは貴方が決める事なの?自分の腕をどうするか決めるのはお兄様よ。もし自分の腕を斬ると言うのであれば……諦めなさい。その時は私も一緒に死んであげるわ」

 そう言いつつも、私はそんな可能性が微塵も有るとは思っていなかった。意識が無くなりそうになる、その瞬間まで妹の事を考えていたあの人だ。断る筈が無い。そこでフランを殺すと言うのであれば、あそこでフランを気遣ったりはしない。翌日起きて来て死んでいるのを見てビックリすれば良いだけだ。

「さぁ、もう夜も深いわ。そろそろフランも寝ないと駄目ね。それともお兄様に寝不足の顔を見せるのかしら?」

 フランはまだ少しグズッて居たが、やはり疲れていたのかしばらくすると浅い寝息を立てて眠りに付いた。やっぱり悪魔の妹なんて言われていても寝顔だけは歳相応なのね。フランがぎゅっと私の身体に縋(すが)り付いて来る。私は何時までも飽きる事無くフランの頭を優しく撫で続けた。



―――――――――――――――――――――――――――



 朝、ふと目を覚ますと、目の前にお姉様が居た。

 ……そうだった。昨日はお姉様の胸に抱き寄せられて、そのまま眠ってしまったんだった。その時頭から何かが離された。お姉様の柔らかい手だった。

「おはようフラン。よく眠れたかしら?」

「あ……止めないで」

 無意識にそんな言葉を言ってしまった。お姉様の目が点になっている。お姉様でもこんな顔するんだ……

「あらあら、フランはもう甘えん坊さんになってしまったの?」

「良いの。今まで甘えれなかったんだから、今甘える」

 お姉様はヤレヤレと溜め息を付きながらも、また私の頭を撫でてくれた。凄く……幸せだ。私はまたうつらうつらと夢の世界へと旅立ってしまった。



―――――――――――――――――――――――――――



 私はフランの頭を撫で続ける。もし昨日の自分と会う事があれば言ってやりたい。お前は間違っているぞ!!と。例えどんな理由があろうとも、こんなにも可愛い妹を殺して良い筈が無いのだ。結局私は一睡も出来なかった。フランを守る。その使命感が私を熱く燃やしていた。

 フランの部屋に向かって、幾つもの大きな気配が近付いて来るのが分かる。時が来たのだ。私は美鈴を呼ばなかった。お兄様の望みだと、願いだと言えば美鈴は恐らく来てくれただろう。だがそれでは駄目だ。私が、これは私がしなければならない。これは私の試練だ。誰の助けも借りる事は出来ない。そうしなければ、私は一生この二人の隣りに立つ事は出来ないだろう。それが何よりも怖かった。お兄様は明朝には来ると言っていた。ならば私は勝たなくても良い。時間を稼ぐのだ。場合によっては能力も使わざるを得ないかもしれない。

「お姉様、怖い顔してる」

 気が付くとフランも目を覚ましていた。きっとこの子も気配に気付いているのね。賢い子だわ。

「お姉様、約束して。お姉様は私と一緒に死んでくれるって言ってくれたけど、お姉様が死んでも私は死ぬよ。だから絶対に死なないで」

 この一瞬で私の覚悟を見透かされたか……。私はフランをぎゅっと抱きしめると目を瞑った。

「大丈夫よ、フラン。私も貴方とお兄様の行く末を見てみたい。死ねるもんですか」

 部屋の扉が乱暴に叩かれる。さぁここからは吸血鬼の本分で有る闘争の時間だ。お兄様が来れば私の勝ち。間に合わなければ私の負け……。お兄様が来るという事は、美鈴も来る。フランも居る。お父様達如きに負ける筈が無い。私はもう一度だけフランを強く抱きしめるとベッドを後にした。

 私が部屋の中央に立つのと同時に、扉も開かれた。部屋の中にゾロゾロと吸血鬼達が入って来る。部屋の中には昨日見た議長や、お父様達の姿が有った。

「レ、レミリア!?こんな所で何をしているんだ。さぁ早くこちらに来なさい!」

「申し訳ありませんお父様。私……そちらでは無く、こちらに付く事にしましたの」

 私はそう言いながら少しスカートの裾を持ち上げお辞儀をしてみせる。……今までで一番完璧な礼だったかもしれない。

「何を馬鹿な事を言う!!お前はスカーレット家の跡取りだぞ!!それを棒に振るつもりか!!」

「今まで育てて貰った恩、大変感謝しております。ですが私は気付いてしまったのです。最も大切な物を見付けてしまったのです」

 馬鹿が!とお父様が吐き捨てる。これでもう戻れない。お父様だけならまだ誤魔化せた。しかしこれだけの吸血鬼の前ではもう不可能だ。彼等は嬉々として私を殺すだろう。これはスカーレット家を潰すチャンスだ。

「お嬢さん。一つだけ確認したいのですが、貴方は本当にそちらに付くという事で宜しいのですね?」

 議長だった男がニヤニヤと表情を隠そうともせず、そう聞いて来る。「嘘でした」と言える物なら言ってみろ、と、そう思いながら聞いて来る。

「くどいわよ、下郎。フランに手を出すと言うのなら、このレミリア・スカーレットが全力でお相手するわ!!」

「ふーむ……では仕方がありませんな。議会で決められた事は絶対。邪魔立てをする者は誰であれ排除しなくてはなりません。皆さん、宜しいですか?」

 男がそう言うや否や、空気が変わった。来る!!と思った次の瞬間、一人の声が場を切り裂いた。

「おや?これは皆さん、お揃いで。私の妹に何か御用でしょうか?」

 その声は私が望む声で有ったのと同時に、拍子抜けもした。お兄様は何時ものお兄様だった。偶然廊下を通り掛かったかのような、ドアが開いていたので何気なしに覗いてみたというような自然体の声だった。そこには緊張のかけらも無かった。

 私は全身の力が抜けて行くのと同時に、少し不満にも感じていた。確かに私ではどれくらい持っていたのか分からないが、それでも少しくらいは妹に姉としての良い所を見せたかった。タイミングが良過ぎたのだ。きっとお兄様は私の覚悟を試す為に、少し遅れて来たに違いない。酷い人だ。

 しかしそれと同時に嬉しくもあった。私ではどれくらい持っていたのか分からない。もしかしたら数分も持たなかったかもしれない。もしかしたら最初の一撃で落ちていたかもしれない。だからこそ、今このタイミングで入って来たのだ。万が一の事を考えて。少し不満だが、今回は許そう。だってそれはお兄様が私を認めてくれたという事だから。

 しかし……お兄様の姿が何かおかしい。何か違和感を感じる。そしてそれが何なのかは直ぐに分かった。

「お、お前!!その腕はどうしたのだ!!」

 その通り。お兄様は何時もと変わらない服装を着て、入り口に立っていた。それがおかしいのだ。だって昨日はあんなにも悲惨な状態だったではないか。

「腕?あぁ昨日の怪我の事ですか。何を言っているんです?あれくらいの怪我なら一晩寝れば治りますよ」

 意味が分からなかった。だって、あれはフランの能力でやられた物だったし、フランもそれは認めていた。治る筈が無いのだ。

「あぁ、なる程。皆さん、それでフランにお説教しに来て頂けたのですか。ありがとう御座います。でもご安心下さい。後は私が引き継ぎます。妹には私の方からキツく言っておきますので、今回はどうかご容赦を」

 そう言うとお兄様は吸血鬼達に礼をした。とても美しい礼だった。

 これに慌てたのは吸血鬼達の方だった。お兄様は美鈴を連れていなかった。それが逆にお兄様の完全復活を意味していた。自分一人でどうとでもなるのだぞ、と彼等に知らしめていた。お兄様は引き継ぐと言ったのだ。これでもまだ残ると言うのであれば、それはお兄様に対して弓を引くという事になる。

 結論から言うと吸血鬼達は逃げた。適当な言い訳を言い繕ってはいたが、彼等はお兄様と争う事を避けたのだ。今ここには私も居る、フランも居る。戦闘が長引けば美鈴も駆け付けて来るだろう。とても勝ち目は無かった。私の後ろから走り寄って来る足音が聞こえる。

「お姉様!!」

 振り返った私を襲ったのは妹の飛び付きだった。

「こらこら……はしたないわよ、フラン。スカーレット家として恥ずかしくない佇まいを常に心掛ける事。お姉様との約束よ?」

「うん!!」

 満開の笑顔の妹が、そこには居た。



―――――――――――――――――――――――――――



 今日も今日とて美鈴に媚びを売りに行ったら、既にお父様が来ていて何か喋ってるんだよ。んで俺が近付いて行くとお父様帰るの。挨拶も無し。既に見切られてんのかなー……。まぁ実際実力も無いし、仕方の無い事とは言え寂しいね。美鈴に何話してたの?って聞いても「たわい無い話です」としか教えてくれないし。何だろ、俺の事でも言われてたのかな。美鈴は優しいから気を利かせてくれているのかもしれない。

 数日後、今度はパチュリーに媚びを売りに行こうと思って廊下を歩いていると、いきなり後ろから呼ばれたんだ。「お兄様!」って。振り返ってビビッたね。妹のフランが何かしたと思ったら、俺の左上半身弾けてた。マジで何をされたのか分からなかった。気付いたらブッ倒れてた。超痛ぇの。

 んでフランの方を見たら両手で頭を抱えて、地面に蹲(うずくま)り何か呻いてるのよ。意味が分からなかった。俺に怒りをぶつけて来ない所を見ると、どうやら俺が何かしたという訳では無いようだ。それに何か雰囲気的に後悔してるっぽい。これはアレか。ついカッとなって八つ当たりをしてしまったけれど、その後自己嫌悪に陥っているのか。これはお兄ちゃんとして点数を稼ぐチャンス!!

 まぁ別に妹達は可愛いから何時でも力になって上げたいとは思ってるけど。俺は痛む身体を必死に起こすとフランに近付き、そっと頭を抱えて胸元に引き寄せた。

「どうしたフラン。何か有ったのか?」

 やっぱりフランは良い子だったね。俺の身体の事を心配してくれました。吸血鬼なんだから、これくらい大丈夫に決まってるのに。まぁちょっと血が止まらないのは心配だけど、多分それは俺の実力が足らないからだな。他の人なら一瞬で止まるのだろう。だからフランもちょっと焦ったのかもしれない。

 その内フランは泣き出してしまったので俺は慌てたが、どうして泣いているのかまでは教えてくれなかった。クソッ!!誰だ!!フランにこんな悲しい思いをさせている奴は!!マジ俺がブッ殺してやる!!権力的に!!とか思っていると、フランから驚くべき告白をされました。

 何かフランが狂気に呑まれそうになっているらしいです。マジで!?と思ったが、何と今された攻撃も狂気の自分がやってしまったらしい。ギリギリで何とか意識を取り戻し、中心から逸らした結果、左上半身だけで済んだらしいです。これには流石の俺も焦った。多分フランは魔弾か何かブチ込んで来たんだろうと思うが、弾が全く見えなかったんだよね。まぁ元々フラン強かったしなぁ……レミリアも大概だけど。

 つまり今回は偶然助かったけど、何時またこんな目に遭うか分からないという事だ。これはマズいよね。未だに血がちょっと出ちゃってるし。中心ならまだしも、もしこれが頭に来ていたらと思うとゾッとする。流石の俺も頭が無くなったら死ぬなー……。何とか手を打たないと……と思ったが、ギリギリ吸血鬼のラインに居る俺に出来る事など何も無い。狂気を抑える方法ねぇ……。あー、そう言えば美鈴の能力が「気を使う程度の能力」だと前に聞いた事が有ったな。この場合の気は多分違うんだろうけど、何もしないで居ると俺の命が危ない。明日美鈴に掛け合ってみるか。と思いフランに明日空けといてもらうように頼むと、そのまま抱え上げて部屋まで送って上げました。帰ろうとするとフランが「もう一度抱っこして」とかお願いして来た。もう妹超可愛いーー!!シスコン自重しろと思いながらギュッと抱き締めると俺はスキップでその場を後にした。

 医務室で包帯を巻いてもらった後、とりあえず意識がフラついて来たので、これはマズいと虎の子である棺桶の用意をしているとレミリアが突然やって来ました。これ幸いとフランの事を頼みます。一応危なくなったら逃げるように伝えているし、多分狂気モードになっても大丈夫だろ。レミリアも超強いし、俺みたいなドジは踏むまい。レミリアは直ぐに了承してくれて、俺は良い妹達を持ったものだと思いつつ棺桶の蓋を閉じた。

 翌朝起きて腕のチェック。綺麗サッパリ治ってます。やっぱり吸血鬼はチートだな。そんな事を思いながら服を着替えてフランの部屋に向かってみると、何故かお父様と知らない吸血鬼さん達が沢山居ます。状況が把握出来なかったので声を掛けてみる事に。

「おや?これは皆さん、お揃いで。私の妹に何か御用でしょうか?」

 俺が声を掛けると全員がギョッとした顔付きでこちらに振り返ります。

「お、お前!!その腕はどうしたのだ!!」

 見た事の無い吸血鬼さんが大きな声で聞いて来ます。何言ってんだ?コイツ。

「腕?あぁ昨日の怪我の事ですか。何を言っているんです?あれくらいの怪我なら一晩寝れば治りますよ」

 そんな当然な言葉を述べただけなのに、やたらと場の空気が重いです。何か露骨に私から視線を逸らす人も居ます。何だ?俺に見付かると何か拙いのか……?フランはベッドの中から顔だけ出してこちらを見ています。レミリアはフランを庇うように部屋の真ん中に立ち塞がってます。……ははぁん。なる程。分かったぞ。

「あぁ、なる程。皆さん、それでフランにお説教しに来て頂けたのですか。ありがとう御座います。でもご安心下さい。後は私が引き継ぎます。妹には私の方からキツく言っておきますので、今回はどうかご容赦を」

 つまりはそう言う事か。確かに狂気に犯されているとは言え、他人を傷付けるのは良くない事だからな。皆で叱りに来たのだろう。でもそれを当事者である俺に見付かったので少しバツが悪くなったのだ。俺の為を思って動いてくれたのは嬉しいが、今はフランを治す事こそが第一なのだ。下手にここでストレスを与えて再度八つ当たりされては堪らない。それに幾らフランが強いからって、これはちょっと人数が多過ぎるぞ。フランは賢い子なんだから話せばちゃんと分かるのに。

 結局俺の予想通りだったようで、恥ずかしくなった皆は適当な言い訳をして帰って行った。フランは怖い吸血鬼さん達から守ってくれたレミリアに対して感謝しているのか飛び付いていた。お兄ちゃんにも飛び付いて良いんだよ?

 その後レミリアとフランを連れて美鈴の所へ行ってお願いしました。美鈴はかなり渋っていたが、俺が拝み倒すと最後には折れてくれた。流石美鈴さんカッケー。美鈴が言うにはフランの気の流れがおかしい所が数箇所あるみたいなので、まずはそれを治しましょうという事だった。んで気付いたら俺も一緒に訓練する事になってた。盾として。

 フランちゃんが危ない!!→俺が爆破される→スッキリ!!という流れらしい。どういう事?まるで意味が分からない。直ぐに断ろうと思ったが、フランがものすっごい潤んだ目で「お兄様……」とか言いつつこっち見てるんだよね。い、今、俺は妹に期待されている!!そんな捨てられた子犬のような目で見られればお兄ちゃんだけで無く、世の男どもはイチコロじゃねぇか。流石フラン……自慢の妹なだけは有る。俺は気付いたらGOサインを出していた。こ、これが狂気。自分が自分で無くなる感覚か。

 訓練は熾烈を極めた。その後俺がベッドで眠れる日は数十年単位で無かったね。まぁそりゃ美鈴は妖怪だから吸血鬼である俺がダメージ喰らった方が回復は早いんだろうけど、酷い話だったね。その甲斐有ってか、何とか狂気を乗り越え逞しく成長しましたよ。得た能力は「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」らしい。強過ぎる。俺はもう一生妹達には頭が上がらないなと、この時悟った。






 ネタバレ
 Q:「どうしてお兄ちゃんは腕が復活したの?」
 A:「フランの能力で人間の腕になる→破壊される→フランの能力下から離れる→お兄ちゃんの能力発動→吸血鬼としての活動再開」



[30271] 02
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2011/11/26 11:53
 翌日起きた俺は嫌々ながらも服を着替えて、食堂へと向かった。食堂へ着いた俺を出迎えたのは、予想に反して何時も通りのメンバーに何時も通りの雰囲気だった。……あれ?昨日あんだけガン見だったから何かしらのアクションは来ると思っていたのだが……。あれは皆の中では無かった事にしてくれてるのかな?凄い気になるが「昨日アレどうだった?」なんて聞ける筈も無く、俺は黙って黙々と出された食事を食べるしかなかった。あ、咲夜さんこれ美味しいです。パチュリーは朝サラダだけというのは健康に良く無いと思います。美鈴は逆に野菜も食べて下さい。フランはお口の周りを拭くからジッとして!……ていうか昨日コケた時にうったスネが滅茶苦茶痛ぇ……
 
 その後日課である朝の太極拳運動を皆でして、ちょっと一休みと、紅茶を妹達二人と一緒に飲んでいると、門番隊所属の妖精がやって来て正門に客人が来ていると教えてくれました。管理人さん来た!!これで終わる!!と思ったのも束の間、来たのはチルノと名乗る妖精だという事だった。誰?妖精?

 詳しく話を聞いてみると、どうやらその妖精は正門に来るや否や「ここの主人を出せ!!」と大声を上げ続けているらしく、本来ならば美鈴が即座にブチ殺すのだが一応引っ越しての初日だったので「殺っても大丈夫?」という確認作業だった。

 なる程な。美鈴さん……良く確認してくれた!!何時もなら「別に好きにしたら?」って話なのだが、ここは平和的に行くしかない。そもそもスペルカードに肯定的な俺が殺戮に許可を出す訳には行かぬ。美鈴的には初日だし一応聞いとくか。くらいの思いだったのだろうがナイスでしたよ!!

 しかしそうなると俺が正門に行かねばならないのか。妖精に呼び出される吸血鬼ってどうよ(笑)。いや流石に俺も妖精如きには負けないけどさ。んーー、しかしまぁ行かなきゃ駄目か。基本イエスかノーかで答えねばならない所が当主の辛い所だな。ノーと答えた以上、尻拭いは俺がしなければならない。俺は仕方なく席を立って正門へと向かう事にした。

 はい、正門に着きました。見ると二人の少女が美鈴によって足止めされています。いや、実際に止められているのは一人だけなのだが。

「アンタがここのボスね!!アタイと勝負しなさい!!」

 小さな青い女の子が俺の姿を見るなり凄い剣幕で騒いでます。おぉ元気に飛び跳ねちゃって。

 これはアレだな。若い時に良く有る万能感だな。幾ら何でも妖精が吸血鬼に敵う訳ねーじゃん。普通に考えれば分かる筈なのに、こうまで自信満々に言えるとは。その証拠に隣りの緑の女の子は必死になってこちらに謝って来ています。きっと俺が気分を害して青い女の子を殺してしまう事を恐れているんだな。顔で分かる。しかし緑の子が頭を下げる度に、納得がいかないのか青い子が更に大きな声を上げています。すると美鈴がそっと近付いて来て、彼女達は紅魔館の直ぐ前に有る湖で暮らしている妖精達だと教えてくれました。ご近所さんという訳か。じゃぁ仕方が無いな。お兄さんが一つ助けてやるとするか。

「フフフ。元気なのは良い事だが、もっと周りを見なければ駄目だな。私でなければ今頃君は死んでいたぞ」

「フン!!口だけなら何とでも言えるわね。本当はアタイにビビってるんでしょ!!」

 なる程。これは重症だ。

「いやいや、考えてもみたまえ。君は妖精。私は吸血鬼。種族が違うのだから、これは仕方の無い事なのだ。決して君が弱いという事を言っているのではない」

「大丈夫。アタイ最強だから」

「いや……だから」

「吸血鬼の癖にグダグダうるさーい!!アタイはアンタを倒して最強っていうのを皆に認めてもらうんだから!!」

 最強なのに最強なのを認めてもらうというのは、一体どういう事なんだ?と俺が不思議がっていると女の子は突然ポケットから紙切れを取り出し、こちらに見せ付けた。

「これがアタイのカードよ!!アンタも早くカードを出しなさい!!」

「カード?何の話だ?」

「何って……スペルカードよ。スペルカード。アタイは三枚だからアンタも早く三枚出しなさい!!」

 ほぉ~。これがスペルカードか。……唯の紙切れにしか見えんな……。俺が興味深そうに見ていると、青い女の子も段々不思議な顔付きになって来ました。

「アンタ……まさかスペルカード持ってないの?」

「この付近に住んでいるのなら知っているとは思うが、昨日ここへ来たばかりでね。初めましてお嬢さん。私の名前はアルフォンツ・スカーレット。ここの当主をさせて貰っている」

 俺が恭(うやうや)しく礼をすると、青い女の子の顔がキョトンとなってます。元気一杯なのも良いけど、こうして歳相応を顔付きを見るのもまた良いね。しかし直ぐに我を取り戻したのか、また身体全体でボディランゲージを表現し始めます。

「ズ、ズルい!!アタイが最強になるのを邪魔する気なんだ!!イジワルしてるんだ!!」

「いや、そういうつもりでは」

「じゃぁ今作って。アタイ待っててあげるから」

「と言われてもなぁ……」

 昨日は概要を聞いただけで、実際どういう物なのかは検討も付いていない。まぁ魔力の弾を飛ばしまくって、見た目と機能性を両立させつつ、相手を殺さない的な事を言われていたが、そもそも魔力の魔の字も無い俺では弾幕どころか弾を数発撃つ事すらままならないのだ。一応念の為に美鈴の方に顔を向けてみると、少しだけ首を振り返された。流石の美鈴も昨日の今日では作ってないか。というか結局スペルカードに与するのかどうかは公式的には発表してないや。昨日のはグダグダで終わったから無かった事になってるみたいだし。

「ははぁん。アンタまさかカードが作れないのね?」

 ギックゥ!!突然女の子がそんな事を大きな声で言い始めた。ヤ、ヤバイ。俺が魔力を持っていないのがバレたか?いやそんな馬鹿な。今までずっと誤魔化し続けて来たんだ。こんな短時間でバレる筈が無い!!落ち着け。クールになるんだ。

「ははは、何を馬鹿な。ただ……そう、昨日聞いたばかりだろ?概念自体はそれなりに理解してるつもりなんだが、結局どういう物なのかが良く分かっていなくてね。流石に引越し二日目で使う事になるとは思わなかったし」

 ナイス俺!!咄嗟に口が回りましたよ!!

「へー……あ、じゃぁアタイが教えてあげる!!」

 何……だと?マ、マズいぞ!!教えてもらう → 出来なくて死。教えてもらわない → 今直ぐ作って。となり、どちらにしろ俺に逃げ道は無い。い、一体どうすれば……

 ん?いや待てよ。発想を変えるんだ。妖精が使う弾幕なんてたかが知れてるんじゃないか?妖精なら魔力もそんなに無い筈だし、頑張れば俺でも再現出来るかもしれない。俺はスペルカードがしたいんじゃなくて、スペルカードルールに従いたいだけなんだ。負け続けるのは問題だが、極論すれば勝ち負け等どうでも良い俺にとって、ここでカードを作っておくのはあながち間違いでは無いかもしれん。「最初に教えてもらったカードだからさ」とか何とか言っておけば、それを使い続けても文句は出にくそうだし。うん、意外と悪く無い考えかもしれないな。

「そう……だな。ではお願い出来るかな?」

「良いわよ!!その代わり今日からアンタはアタイの派閥だからね!!アタイに着いて来なさい!!」

 そう言うと物凄いスピードで館の中庭へと飛んでいく女の子。派閥……?町内会的な事か何かか?妖精達が政争をしているとも思えんし。ま、きっとその内他の妖精に「これがアタイの弟子の吸血鬼よ!!」とでも紹介する気かもしれんが、まぁ別に良いか。子供の遊びにいちいち目くじらを立てる事も無い。

「あー、美鈴。お茶とケーキの用意を頼む。後ついでだ。全員集めるか」

 せっかくだし、このまま「弾幕ごっこ……良いんじゃない?計画」も始めるか。本当ならちょっとずつにそういう空気にして行くつもりだったが、やってくれるってんなら全員集めるか。もしかしたら誰かが気に入ってくれるかもしれないし。

 美鈴に言付けした後、ゆっくりと緑の女の子と中庭へ向けて歩いて行く俺。名前は大妖精と言うらしい。「チルノちゃんがすいませんでした」的な事を言って来てくれたが、こちらとしても渡りに船だったので特に問題は無かった。それよりもゆっくりと徒歩で歩いている俺に文句言わずに着いて来てくれる方が嬉しかった。俺も飛べる事は飛べるんだけど、魔力が弱いせいかスゲー遅いんだよね。さっきのチルノちゃんクラスのスピードで飛ばれたら俺は多分追い付けんぞ……

 ちなみにチルノちゃんは腕を組み、中庭で仁王立ちして俺達を待っていました。漢だな……。とりあえず妖精メイド達が運んで来てくれた紅茶等を飲みながら待っていると、ポツポツとメンバーが揃い始めて来たので始める事にしました。パチュリー等からは「妖精に教わる事なんてあるの?」と疑問の声を上げていたが、俺が「基礎は大事」という事で何とか納得させました。

「ふっふーん!!最強であるアタイがカードを見せてあげるから、その目をカッポじって良く見ている事ね!!アイシクルフォールEasy!!」

 その瞬間、俺の目玉は本当に取れるかと思った。チルノがカードを提示し、その名前を宣言する事で突然両サイドに弾が発射されたかと思うと、有ろう事かその弾がいきなり九十度近くも方向転換をして、チルノの前方を襲い掛かるように密集し始めたのだ。更に恐ろしい事に密集している最中にも新しい弾をチルノさんは次々と発射して行く。マジかよ。弾数凄ぇぞ!!

 もし俺があの中へ居たとすると……まず右手に弾を喰らいながら空いている前方へと移動するだろ?そしたらまた左右から迫ってくるから、また左肩に喰らいながら前へ行くだろ?そうするとまた左右から来るから~…………ん、あれ?いや、おかしいおかしい。チルノさんがそんなミスする訳ないよな。しかし……どう見てもアレは目の前が安全というか、弾が来ないような気がするんだが……

「どうか……しましたか?」

「あ、いや、少し……気になる事があってね。チルノの弾幕だが……あれは彼女の正面に届いていないのではないか?」

 大ちゃんが話し掛けて来てくれたので、これ幸いと思った事を聞いてみる俺。

「やっぱり……気付きますよね」

 と、少し悲しそうな顔をしながら答えてくれる大ちゃん。彼女はそれだけを答えるとまたチルノさんの方へと視線を戻し、その後に続く言葉は無かった。え?いや意味が分からん。何でそんな顔をしたの?少なくとも俺の質問が原因なのは間違いないだろうが……。あれか……?俺が変な質問をしたから失望でもしたのか?いやでも、どう見てもチルノさんの正面は安置というか、弾が来ないよな。しかし俺でさえ気が付く事に、これだけの実力を持つチルノさんが気付かないなんて事無いような気がする。大ちゃんも「やっぱり気付きますよね」なんて言ってたし、少なくとも大ちゃん経由で聞かされるよな。となると分かってやっている……

 ハッ!!!

「い、一応聞いておくが、君もスペルカードを?」

 俺はなるべく声が震えないよう、細心の注意を払って大ちゃんに聞いてみた。

「いえ、その……私はまだスペルカードを作れる程の実力が無くって……」

「で、では、普通の魔力の弾なら撃てると?」

「え?えぇまぁそうですね。同じ方向で直線なら何とか十五発くらいでしたら連続で撃てますけども……」

 や……やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!なる程。それならば先程の大ちゃんの言動にも納得が出来る。む、無敵じゃねぇか……やはり最強。

「え?今……何て?」

 む?思わず声に漏れていたか。危ない危ない。心の声が表に出ないように常に注意を払っていたが、それだけ俺の中の衝撃がデカかったという訳か。

「いや……流石最強だな。と思っただけだ。言うだけの事はある」

「えっ……と……それってどういう意味でしょうか?」

 ふふん。なる程。先程のお返しという訳か。俺が最初に言った事をまだ少し怒ってるんだな。まぁそれはそうだ。これ程の実力者を相手にして、少しでも弱いと疑いを掛けてしまった俺が悪いのだから。だからこれは仕方が無い。テストの採点と行こう。

「フフ、やられたよ。もし先程君達と戦えば私は負けていたかもしれないね。私の先程の言葉に謝罪を。そして君達に敬意を表しよう。君達は最強だ。文武共にね」

「え?あの……言っている意味が良く……」

 何処までも白(しら)を切るらしい。恐らく聡い彼女達の事だ。俺が適当な事を言って誤魔化しているのかもしれない、と疑っているのだろう。まぁ確かに吸血鬼の中には虚勢を張るのが大好きな奴も居るからな。しょうがない。一から説明するか。

「そのままの意味さ。私もまんまと騙されてしまったよ。君達の策略にね。妖精だから、小さな女の子だから、と慢心している上位種族に対抗する為に考え出されたのかな?大変良く練られた案だ。素晴らしい。誰もが気付くその場所が、誰もが沈む死の罠へと早変わりする……初見ではまず見抜けまい。戦闘中ともなればもっと、ね。スペルカード戦という名前に目を奪われ過ぎていたようだ。本命はチルノではなく、大ちゃん……君だったとは。周りを取り囲んでおいての一点集中。お見事だった」

 その通り。まさに天晴れな軍略だった。あの状況では誰もがチルノを倒そうと躍起になるだろう。そして見付けた一本の光明。誰でも油断して潜り込む。そこが蟻地獄とは知らずに……。気付いた時にはもう遅い。周りを見ればチルノの弾幕、正面には大ちゃんの連続魔弾。今になって思えばチルノの挑発的な態度も、なる程と言える。血気盛んな者ほど、あそこに飛び込むだろうな。自分の勝ちを確信して。憂さ晴らしをする為に……

 スペルカードは同時には一枚しか使えないが、人数は特に決められていない。流石に一人を百人で囲んで等になれば非難も出るだろうが、彼女はか弱き妖精であり、自身もスペルカードが使えないとされる小さな女の子だ。その小さな女の子が一人加入した所で誰が責められよう。おまけにスペルカードを使っている少女も同じ妖精なのだ。下級妖怪だからこそ許される盲点。戦略の穴。もしチルノの誘いに乗っていたかと思うとゾッとする。

 そんな事を大ちゃんと話し続けていると、突然横から声を掛けられた。

「今の話……ホント?」

 チルノだった。どうやら俺は思っていたよりも長く大ちゃんと話し込んでいたみたいだな。チルノは少し疲れているのか覇気が無い。

「ん?あぁ聞いていたのか。嘘も何も事実だろう?全く、してやられたよ。一吸血鬼として賛辞を贈らせてくれ。君達は最強だ」

「アタイ……最強なの?」

「俺もその言葉に騙されたよ。てっきり君が実力最強なのかと思った。上手く騙したね。支援最強さん!」

 確かに彼女は最強としか言わなかった。何に対して最強なのかは一切言わなかったのだ。彼女は嘘は付いていない。こちらで勝手に判断して動いただけなのだから、彼女は嘘吐きでも何でも無い。素直に賞賛の声だけが俺の心の中に残った。

 気付けば周りではじっと此方を見ている派と、思い思いに弾幕を練習している派に分かれているようだった。ていうかフランの弾幕がちょっとおかしい。弾数さっきのチルノより既に多くねぇか?見間違いか?

 結局その後は自主練習という形になった。というかした。全員で合同練習とかになると、一発で俺の駄目さ具合が分かるからな。予定ではチルノにスペルカードを教えてもらう筈だったが、最強に最弱は教えられん。という事で急遽俺は大ちゃんに弾幕を教えて貰った。……連続で弾を発射する方法とか。まぁ元々俺は魔力関係は苦手っていう設定を作っておいたから何とか皆にも誤魔化せた。力だけは種族並にあって本当に良かったわ。これで力も無かったら俺終わってたね。力だけは有るから、魔力も「へー、そうなんだー」くらいで済ませられてる。

 チルノと大ちゃんも紅魔館を気に入ってくれたのか、帰り際には「また来るね!!」と言ってくれた。最強が懇意にしてくれるのは、俺としてもありがたいので勿論了承した。まぁ多分ケーキが目的なのだろうが……。今度来たら咲夜さんの紅茶も飲ませてみるか。あれは絶品だからな。



[30271] 02-1
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2011/11/26 11:54
「アタイちょっと行って来る」

「駄目だってチルノちゃん。殺されちゃうよ?」

 私は今必死になって親友を止めている。私の親友、チルノちゃんは今から吸血鬼の館に乗り込もうとしているのだ。前にもこんな事があった。しかしあの時は吸血鬼が何処に居るのか分からなかった。分からないまま探していたら、何時の間にか吸血鬼は最も強大な力を持った妖怪によって退治されていた。しかし今回は違う。私達の目の前に吸血鬼が現れてしまったのだ。

 チルノちゃんは当然これに飛び付いた。彼女は強い。途方も無く。しかしそれは妖精内のカテゴリーに於(おい)てのみの話だ。妖怪全体で見たらそのランクは一気に下降する。彼女は強者で有り、弱者でも有った。その矛盾が彼女の性格を歪めてしまったのだ。妖精内で見れば彼女は神のような存在だ。とても恐ろしく、無慈悲なまでに強い。彼女に敵うどころか、対等に持ち込める妖精すら本当に数える程しか居ないのであろう。だからこそ彼女は疎外された。自分と違い過ぎる存在は時として恐怖感しか相手に与えない。彼女にとって何気ない動作の一つが、相手にとっては致命傷にすらなり得るのだ。彼女は直ぐに孤立した。誰も彼女に近付こうとせず、また近付かれた場合は逃げた。妖精とは自然から生まれた物のせいか、人の心の機微に敏感な事が多い。だからそれがイタズラやイジワルでやっている物では無く、本当に本心からやられている物で有る事にチルノちゃんも多分気付いたのだろう。彼女は妖精の中にコミュニティを築く事を諦めた。

 彼女は外の世界に出会いを求めた。しかし妖怪の世界で彼女を待っていたのは好意でも拒絶でもなく、無視だった。妖怪にとって妖精など取るに足らない存在だったのだ。妖怪は実力主義を取る事が多い。彼女はその中でも最下層に位置するくらいの力しか持っていなかったのだ。誰も彼女に見向きもしなかった。チルノちゃんは悩んだ。妖精の中で自分の地位を築く事はほぼ不可能だ。力の差が有り過ぎる。ならば妖怪の中で自分の力を見せ付けるしかない。この事が、彼女が常に力を求めるようになった原点だった。しかし彼女はあくまでも妖精だった。生まれ持った種族の壁は大きく、彼女の努力はほとんど実らなかった。焦りが不安を生み、孤独が彼女を変えた。何時しか彼女には嘘吐きのレッテルが貼られた。何時でも大口を叩き、出来もしない事を言う。そんなレッテルだ。夢の中だけでも良いから、彼女は強者になりたかったのかもしれない。私とチルノちゃんが出会ったのはそんな時だった。

 私も妖精から大妖精へと変わり、周りから疎外されつつあった為、チルノちゃんとの出会いは幸運だった。毎日一緒に遊んでいる内に彼女の大口は減って行ったが、それでも力を求める事に関してだけは貪欲だった。彼女の中では力さえあれば、周りはちゃんと自分の事を認めてくれるという、確固とした信念が出来上がっているのだ。だから彼女は何か揉め事があれば直ぐに飛んで行き、そして邪魔者扱いされていた。

 そんな中、前回の吸血鬼騒ぎはチルノちゃんにとってまさに天恵だった。毎日必死に探したが、結局は見付からずに終わってしまった。彼女は地団駄を踏んで悔しがっていたが、私としては内心ホッとしていた。彼女では吸血鬼には到底勝てない。幾ら妖精が死なないと言っても、逆に死なないからこそ出来る苦痛というのも有るのだ。そして今日、彼女は吸血鬼の館へと乗り込む事を決めた。彼女はやると言ったらやる女だ。それは長年の付き合いで分かる。だからこそ私も行かなければならない。親友の命を救わなければ。頭を下げろと言われたら地面に頭を擦り付けよう。靴を舐めろと言われれば口に含んで舐め取ろう。チルノちゃんが私を助けてくれたように、今度は私がチルノちゃんを助ける番だ。

 大きな大きな館の正面玄関に到着すると、そこにはメイド服を着た妖精達と楽しそうに談笑している女の人の姿が見えた。が、彼女等は直ぐこちらに気が付くと、瞬時に顔を正して油断無くこちらを凝視していた。

「ここに居る吸血鬼に会わせなさい!!」

「失礼ですが、ここをスカーレット家の館と知っての事でしょうか?また本日は御来客の方がお越しになるとは聞いておりません。貴方のお名前を伺っても宜しいですか?」

 いきなり大きな声で話し掛けたチルノちゃんとは対極で、あくまでも理知的に、冷静に話を始めた女の人。顔は微笑みを浮かべているが目が全く笑っていない。

「アタイの名前はチルノよ!!あの湖のチルノと言えば、この辺りじゃ有名なんだから!!アタイの目の前に現れるだけじゃ飽き足らず、アタイの住家まで見下ろすなんて良い度胸じゃない!!アタイがじきじきにギッタンギッタンにしてあげるわ!!」

 チルノちゃんが大きな声でそう宣言するや否や、正面玄関横にあった建物から突然十人近くのメイド服を着た妖精達が飛び出して来た。

「なる程。つまり貴方がたはお客様では無く、侵入者……という事で宜しいのですね?」

 私はこの時点で既に怖くなった。目の前の女性は勿論の事だが、何だこの妖精達の目は。自由が本質の妖精とはかけ離れている程に真剣な目だった。これは唯の妖精ではない。恐らく私と同じ自立した意思を持つ大妖精クラス。それが今ここに十数人も居るのだ。異常だった。これだけ集めた方も集めた方だが、集まった方も集まった方だ。大妖精は普通の妖精とは違い、物やお金で釣られる事はほとんど無い。基本不死で有るので物欲という概念が極限にまで薄れているのだ。つまり彼女達は今ここに物理的なものでは無く、精神的なものによって仕えているという事になる。私でさえ私以外の大妖精なんて数回くらいしか見た事が無いが、それがいきなり十数人も固まって、しかも一箇所に仕えているのだ。私の中でそれは考えられもしない事だった。

「最強のアタイとやろうって言うのね!?いいわ!ちょっと待ってなさい、今アタイの」

 カードを、と言おうとしたのだろう。チルノちゃんが自分のポケットに目を落とし、手を入れて弄(まさぐ)り始めた時には、既にチルノちゃんの髪の毛は空を舞っていた。

 何がどうなったのか全く分からなかった。確かに私は今チルノちゃんの方に少し目線を動かしていたが、それでも横目では女の人の姿を捉えていた筈だ。が、気付いたら女の人は腰を落とし、半身になりながら拳を前に突き出していた。チルノちゃんの顔の目の前まで。

「ひゃぁ!!」

 髪が風で舞った為に気付いたチルノちゃんが、素っ頓狂な声を上げて数歩引き下がる。あれは誰でもビビるだろう。気付いたら目の前に拳が迫っているのだから。それが動いている拳か、止まっている拳か等は関係が無い。

「今のは警告です。直ちにここから立ち去りなさい。次はありません」

 女の人はそう言うと姿勢を正し、元の場所までまた下がった。圧倒的な実力差。それが戦うまでもなく分かった。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!宣言もしないで攻撃して来るなんてルール違反じゃない!!卑怯よ!!」

「ルール違反……?もしかしてスペルカード戦の事を言っているのか?」

「そ、そう!!それよ!!知ってるんならそれを守って行動してよね!!」

「そうか……もう来てしまうとはな……」

 女の人は少し考え、横に居た妖精メイドの耳元で何かを囁くと、その妖精は館へと向かって飛んで行った。

「しばらくここでお待ち頂こう。貴様等は運が良い。本来ならばこれは有り得ん事だぞ」

 そう言うと彼女はそのまま後ろ手で腕を組み、門番の業務へと戻った。意味が分からなかった私とチルノちゃんは顔を見合わせたが、連絡を取ってくれると言うので有ればありがたい。ただチルノちゃんはどうしても上から目線なのが気に入らなかったのか何度か通り抜けようとして、その度に女の人に圧力を掛けられていた。

 その後先程の妖精を連れた男の人が現れたが、いつもの通りチルノちゃんがその人に食って掛かったり、私が謝ったり、それを見てチルノちゃんが更に怒ったりとてんてこ舞いだった。しかし男の人はチルノちゃんの態度を見ても怒る事無く、誠実に対応して来た。更に驚いた事に、彼はチルノちゃんからスペルカードを教わる事についてまで了承した。

 そして私の驚きはこれだけに留まらなかった。先に行ってしまったチルノちゃんを追いかける為に私と男の人は歩いて中庭を進んでいたが、門だけかと思われていた大妖精は館の内部でもそこら中に居た。館の中で荷物を運んでいる者、庭の草木の世話をしている者、掃き掃除をしている者まで大妖精だった。ここは一体何処だ?幻想卿中の大妖精を集めても、これ程の数にはなるまい。無論館内の全員が大妖精という訳では無かったが、既に普通の妖精よりも圧倒的に数が多く、残りの数少ない妖精達も近い内に大妖精になるであろうと私に直感させた。

 これ程の組織を従えていながら、今も私を退屈させないようにと気を使って優しく話し掛けて来てくれている、この男の人の本質が私には見抜けなかった。きっと実力も物凄いに違いない彼からすれば、私やチルノちゃんでさえ路傍の石と変わらない存在の筈だ。なのに何故彼はこんなにも紳士的なのだろう。私がそんな疑問を抱えている中、チルノちゃんの演武が始まった。

 そしてそこで初めて彼の本質を見抜く事が出来た。チルノちゃんが一番最初に考え、一番好きなスペルカード、アイシクルフォールEasy。しかしこれには大変重大な欠点が有った。チルノちゃんの前方が完全にガラ空きなのだ。私は何度も彼女に伝えたが、その度に彼女は「アタイは最強だから大丈夫!!」と応じてくれなかった。……きっと彼女も本心では分かっていたに違いない。しかしスペルカードを作るに当たって、自身の全身全霊を篭めて作った第一弾が欠陥品で有った等と彼女は認めたくなかったのだ。そこを認めてしまえば自分を支えていた大事な一本が折れてしまう。故に彼女は愚直なまでにこれを使い続けた。自身の理論は正しかったのだと証明する為に。

 当然彼はそれに直ぐに気付いた。妖精の私達でさえ気付くのだ。吸血鬼の彼ならば一瞬で見抜いた事だろう。私は酷く気分が重くなった。きっとまた馬鹿にされるのだ。所詮は妖精だと、取るに足らない存在だったのだと追い出されるのだ。何時もの事だ。そう思う事でこれまでやり過ごして来た。だから私がまた心を閉ざそうとしている時に聞こえて来た言葉に私は耳を疑った。

 最強だと、彼はそう言った。始めは私達を馬鹿にしているのだと思った。しかしそうでは無かった。彼の話を聞いて行く内に、私は彼の話に惹き込まれた。敵の動きを誘導する。何故そんな簡単な事に今まで気付かなかったのだろう。いや違う。私が、誰でも無い私が見切っていたのだ。妖精が作る弾幕では高が知れていると。だから弱点が有っても仕方無い事だと思っていたのだ。しかし彼は違った。弱点が有るならそれを活用しようと。次を考えたのだ。今なら分かる。何故この館に大妖精がこんなにも多いのか。彼は妖精を妖精として見ていない。一人の人として見ている。妖精だから弱い、吸血鬼だから強いという常識は捨てているのだ。だからこそ素直に妖精の私達に対して敗北宣言をして来た。対等の地位として接しているからこそ、そこに恥は無い。だってそこに居るのは切磋琢磨して行くべきライバルなのだから。

「今の話……ホント?」

 気付かなかった。何時から彼女はこの話を聞いていたのだろう。喜怒哀楽を常に表現している彼女の姿はそこに無く、私は初めて彼女の素顔を見た。

「ん?あぁ聞いていたのか。嘘も何も事実だろう?全く、してやられたよ。一吸血鬼として賛辞を贈らせてくれ。君達は最強だ」

「アタイ……最強なの?」

「俺もその言葉に騙されたよ。てっきり君が実力最強なのかと思った。上手く騙したね。支援最強さん!」

 彼はそう言うと辺りを見渡し、弾幕練習を始めている人達の方へと移動してしまったが、私とチルノちゃんはそこを動く事が出来なかった。

「大ちゃん……アタイ、最強になったみたい」

 彼女は冷静を装っているみたいだが、その声は少し震えていた。

「うん、チルノちゃんは昔から最強だもんね。当然だよ」

 私の声も少し震えているだろう。

「少しだけ……大ちゃんの胸を借りても良い?」

「良いよ。少しだけじゃなくて、今まで生きて来た分だけずっと良いよ」

 チルノちゃんを胸に抱きながら私は彼の背中をずっと見ていた。あれが吸血鬼。自分の想像とは全然違ったが、なる程とも思った。カリスマの具現。この館に居る大妖精もほとんど彼が育てた結果だろう。私が数十年掛けても出来なかった事を、彼は僅か数十分にも満たない間にやって見せた。チルノちゃんは今日から初めて生きて行けるのかもしれない。そこに悔しさが無いと言えば嘘になるが、それでも私の心には彼に対する感謝だけが残った。

 その後今度は紅魔館の人達の練習タイムになったが、彼の一言で自主練習タイムとなった。私は最初その意味が分からなかったが、彼は驚いた事に私に師事を求めて来た。彼の言い分では「自分は魔力関係が苦手なので弾の連続発射の方法を教えて欲しい」そうだ。とても信じられない。が、周りの人達が数人ニヤニヤしているのを見て直ぐに分かった。これは私に気を使っているのだ。事実練習中にチルノちゃんはアッチコッチに呼ばれていたが、私が呼ばれた事は一度として無かった。それはそうだろう。スペルカードの練習に、カードを持っていない私など何の役にも立たないのだ。彼はそこまで読んでいたのか。しかも自身を蔑んでまで、私の事を思って行動してくれたのだ。彼は私が妖精だから気付か無いと思ったのかもしれないが、幾ら私でもそれくらいは分かる。しかも嘘がバレないようにと彼は本当に弾が撃てないかのように芝居までしてくれた。チルノちゃんなら騙されたかもしれないな……と私は思いつつ、彼の中に王としての器を見た気がした。

 練習が終わり、皆で食べたケーキは絶品だった。チルノちゃんは「また来る!!」と大はしゃぎだ。彼も何時でも来て良いと言ってくれた。日も落ちかけた夕闇の中、私とチルノちゃんが空を飛び湖へと帰って行く。

「アタイったら最強ね!!」

 チルノちゃんはこの時初めて胸を張ってこの台詞を発する事が出来た。






ネタバレ
Q:美鈴が取り次いだ訳
A:お兄ちゃん的には昨日の事自体が無かった事にされていると思って居ますが、皆的には最後の「失敗失敗♪」の部分だけが無い事になっています。だからスペルカードは蹴っている物だとしていますが、多分本心では受けたいのだろうと思っているので、それを確認する為に殺して良いですか?と連絡を取った。殺せ→泣かして返す。殺すな→やっぱり平和路線で行くんだ。と確認するため。一緒に紅茶を飲んでいたレミリア、フランもこれに気付いて居ます。ちなみに普段は確認を取らない事を突っ込まれたら、引越し初日だったので、という言い訳をしようと思っていました。



[30271] 02-5
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2011/12/06 14:37
「「「「「「先生!!本日もご指導、ありがとう御座いました!!」」」」」」

 皆がそう言いながら私の前で深々と頭を下げている。これを合図として私達は日常へと戻るのだ。

「ご主人様、タオルをご用意しております」

「お、ありがとう咲夜」

 汗をかいているご主人様にタオルを差し出す咲夜さん。

「メェリーン!!遊ぼーー!!」

「こらフラン!!これからお姉様とお勉強でしょ!!」

 私に飛び付いて来ようとしたフラン様の襟元を、レミリア様がガッチリと抑えている。

「さぁ行くわよこあ。今日は110番から115番の棚の整理ね」

「はい!!」

 パチュリー様も出会った当初と比べれば、大分体力が付いて来ているようだ。

 私は今日は非番だ。久々に昼寝でもたっぷりしようか、等と考えながら廊下を歩いていると、突然目の前に妖精が一人立ち塞がった。誰だ?リボンの色を見るに、咲夜さんのメイド隊のようだが見ない顔だ。新人か?

「あ、あの!!何時も応援してます!!こ、これ、タオルです!!使って下さい!!」

 彼女はそう言うと、私にタオルを押し付けて全速力でその場を飛び去った。妖精が曲がって行った廊下の角の向こうでは「話しちゃった!!話しちゃった!!」と数人で騒いでいる声が聞こえて来る。見た事の無い顔だと思ったのだが……。もし何処かで会った事が有るのなら悪い事をしたな。そう思いつつも嫌な気分はしない。私はふわふわのタオルを首に掛けると、その場を後にした。

 歩きながら、ふと思う。昔はこんな事は無かったな、と。

 私は前当主に仕えていた時間の方が長いのだが、その時の記憶はほとんど無い。いや記憶自体は有る。ただその記憶の八割は襲い掛かって来る化け物どもを殺している記憶だ。内容が無かった。

 昔の紅魔館にはもっと沢山の吸血鬼が居た。三百は越えていただろう。だろうと言うのは、私はほとんど館の中に入らなかったからだ。むしろ入れなかったと言っても過言では無い。もし廊下で吸血鬼と擦れ違いでもしよう物なら、彼等は露骨に嫌な顔をした。彼等にとって私は妖怪で門番。それ以上でもそれ以下でも無かった。そんな下賎な者が吸血鬼の館を歩く、それだけで彼等は虫唾が走ったらしい。当主から出た命令は「館内を歩く際は吸血鬼が居ない道を通れ」だった。まぁ私の能力を使えば、それは造作も無い事だったのだが。

 当時の私は武者修行の真っ最中で、この館に勤めたのも給金がとても良かったからだ。更に仕事内容と私の目的の利害が一致しているのもデカかった。私はお金を稼ぎつつ、腕を磨く事が出来た。毎日飽きもせずに侵入しようとする刺客や暗殺者、討伐者等を殺し続けた。そんな生活を数百年続けていて、流石にもう飽きて後五十年もしたら他の場所へ移ろうかなと思っている時だった。彼と出会ったのは。

 初めて彼を見たのは仕事中だった。普段通りに仕事をしている私を影から見ている者が居た。それが彼だと私は直ぐに分かったが、彼は当主の息子だ。館内に居るのは別におかしい事では無い。私は特に何も注意せずにそのまま仕事を続けた。次の日も彼は覗き続けた。次の日もやって来た。その次の日も。そんな事が何日も続いて行く内に、彼は私の目の前にやって来た。

「初めまして美鈴さん。今日から俺が貴方の指揮を取る事になりました」

 彼の第一声はそれだった。私としては戦えさえすればそれで良かったので、正直どうでも良かった。

 彼はそれからも毎日来た。隠れて見る事は無くなったが、毎日来て適当に喋っては帰って行った。その頃の私は無口だったので、特に会話が盛り上がる事は無かったのだが、それでも彼は毎日来た。そんな事が数十年経った頃だろうか、彼は突然椅子を持ってやって来た。そして私に座れと言って来たのだ。意味が分からない私はそれを拒否したのだが、彼が言うには戦闘の時に足が疲れていては困るので座れ、と初めて隊長権限を使って命令して来た。仕方が無いので私は座った。

 それからも彼は毎日来た。また数十年経った頃だろうか、今度は彼が机と屋根を持ってやって来た。彼が言うにはご飯を食べる時に机が無いと不便。腹が減っては戦は出来ぬ、という事だった。意味が分からない私は断ろうとしたのだが、またしても彼が隊長権限をチラ付かせて来たので、仕方無く机でご飯を食べた。屋根は雨の日用らしい。

 それからも彼は毎日来た。また数十年経った頃だろうか、今度は彼が突然建物を作り始めた。聞けば警備小屋にするらしい。彼が言うには毎日の厳しい戦闘に勝ち残るには体力を温存しておかねばならぬ。その為に雨風や紫外線から守れる場所が必要との事だった。どうせ拒否しても無駄だと思った私は、それを受け入れた。椅子や机は中に放り込まれていた。

 それからも彼は毎日来た。また数十年経った頃だろうか、今度は彼が多数の妖精達を連れて来た。聞けば武闘派な妖精達を集めて来たので、これを使って門番隊を作るそうだ。その上で妖精達が働く日は私を非番にすると言って来た。戦う事が目的でここに居る私は「それは困る」と文句を言ったが、彼はもし妖精ではどうしようも無い程の化け物が来た場合には門番隊全員に支給している笛を吹かせるので、それを聞いてから門に駆け付けたら良いと言った。強い奴と戦えるのなら問題は無かったので私はそれを認めた。

 その後も彼は何かしら改革を行っていった。そして気が付けば私は変わっていた。毎日の食事が楽しみになり、休憩時間に昼寝を取る事が幸せとなった。雨の中で一人立ちながら固くなったパンを食べていた頃を思い出すと少しおかしくなってしまう。あの頃の私は確かに強くはなっていただろうが、代わりに人としての何かを失って行っていたのかもしれない。あのまま進んでいた私と今の私が戦えば、どちらが強いのかは分からないが、きっと昔のままの私なら機械のような物になっていた気がする。



―――――――――――――――――――――――――――



 俺は今作戦を決行していた。その名も「自分が駄目なら、他人に守って貰えば良いじゃない作戦」だ。この二百年で俺は努力しても駄目な物は有るのだと教えられた。そんな訳で俺はスカーレット家でも名の有る吸血鬼達に片っ端から声を掛けて行った。彼等は喜んで自分達の武勇伝を聞かせてくれたが、そのどれもが敵対組織と戦った時に自分がどれだけ活躍したかという内容だった。しかしそれは俺の望むべき物では無かった。彼等が強いのは理解したが、俺が今欲しいのは個人としての力だ。大規模戦の能力では無い。俺は兵士が欲しいのでは無く、ボディガードが欲しいのだ。しかし彼等に幾ら聞いても出て来るのは戦争時の話ばかり。何故彼等が一人で戦った事が無いのかを詳しく調べて行くと、その原因は直ぐに判明した。

 秘密が漏れないように極力人ごみを避けていた俺は知らなかったのだが、我がスカーレット家は攻め込んだ事しかないのだ。こちらから時間と隊列を決めて敵にブチ当たる作戦ばかりを、ここ数百年続けていて連戦連勝らしい。無論我がスカーレット家にも奇襲を掛けて来る愚か者達は居る。しかし紅魔館は完璧な防護陣に囲まれていて、通れる場所は正門ただ一つしかない。そしてその場所を突破された事はここ数百年で一度も無いそうだ。

 守っている門番の名前は紅美鈴。皆の話によるとただの妖怪で大した力も無いらしいのだが、今や個人戦を行っているのは彼女だけなので、俺はそれに縋(すが)るしかなかった。

 そして彼女の実力を知る為に、コッソリと覗いて俺は腰が抜けるかと思った。毎日毎日迫り来る敵をチギッては殺しチギッては殺しの繰り返しだった。何がただの妖怪だ。滅茶苦茶強いじゃねーか!!しかしそれも仕方の無い事。吸血鬼みたいな偏屈の塊にとって、相手が吸血鬼で無いというだけで侮蔑の対象になるだろうし、そもそも門が突破された事が無いのだから、普段彼女がどれ程の実力者を殺しているのかも知る由が無いのだ。

 数日間彼女を覗き続けて、その実力が本物であると確信した俺は、お父様に彼女を俺の直参にして貰えるよう頼みに行った。初めは意味が分からないという風だったお父様も、俺が組織運営の勉強の為と伝えると、しぶしぶながらそれを認めてくれた。

 それからは大変な日々だった。毎日毎日お茶菓子を持って彼女のご機嫌伺いをし、二十四時間立ちっ放しだったのでまずは椅子を贈呈。次に机と屋根をプレゼントし、雨の日でも大丈夫なようにする。ついでに壁も作って警備小屋にしました。というか二十四時間とか労働基準法的にヤバいじゃんという事で妖精達も導入。門番隊全員に笛を支給し、何かあった場合全員で笛を吹くという規律を作って、自分が居ない間でも安心という精神的ケア。ちなみに一気にすると露骨過ぎるかと思い、全部数十年単位で行いました。最初はボソボソとしか返事をしてくれなかった美鈴も、最後の方では笑顔を見せてくれるまでに気心を許してくれたのでお兄ちゃんとしても安心です。これはそろそろ次の作戦に移っても良いかもしれないな。



―――――――――――――――――――――――――――



「美鈴、俺に拳法を教えてくれないか」

 彼が突然そんな事を言い出したので、私は固まってしまった。何を言っているんだ?吸血鬼が拳法?確かに私は武術には少し自信が有るが、吸血鬼にそんな物は必要無いだろう。そんな小手先の技術など必要の無いくらいに吸血鬼とは絶対的な物なのだ。無論私も吸血鬼に勝てる自信は有る。吸血鬼の敵は吸血鬼という事も有るのだ。吸血鬼の一人や二人倒せないようでは門番は勤まらない。だがそれはそこら辺一般の吸血鬼という前振りが付く。彼の力はこの間見せて貰った。彼は余り自分の実力をひけらかさないが、あれを見た後では私では到底敵う相手であるとは思えなかった。

 その日、私は慢心していた。相手が弱者であると思い込み、迂闊にも攻めに転じてしまった。門番である私は基本的に門前から動かずのカウンターを主としている。彼等は弱者であったが、精神は強者であった。彼等はスカーレット家と敵対している妖怪達だった。どうせ滅ぼされるならと一矢を報いる為にやって来たのだ。背後の壁を失った私は即座に囲まれた。一対一ならば片腕でも勝てる相手。しかし彼等は元より勝つ気が無い。一矢を報いる為にやって来たのだ。ただスカーレット家を攻めたのだと、その事実を残して死ぬ為にやって来たのだ。直ぐに死体の山が築かれた。血が地面を泥濘(ぬか)るませ、肉が土を隠した。それでも彼等は退かなかった。ある者は私の足を掴み、ある者は目隠しとなる為に私の前で両手を広げた。私の居場所はどんどんと狭められて行った。私の背後に死が近付いて来るのが分かった。そんな時だ。私に飛び掛かろうとしていた者が巨大な岩によって挽き肉に変えられた。岩は更に数人を巻き込みながら遠くへと転がって行った。

「美鈴!!今、助太刀するぞ!!」

 彼の声だった。次の瞬間、巨木が飛んで来た。それはまた数人を巻き込みながら転がって行った。次から次へと巨木が飛んで来た。彼が投げているのだ。片手で抜いて投げている間に、反対の手で違う木を抜いていた。とんでもない力だ。私でも出来ない事は無いが、片手であれだけの数となると無理だ。一分も経たない内に私の周りにスペースが出来た。木は敵だけではなく、死体も巻き込んで転がって行っていたのだ。私の背後から近付こうとする者は彼によって殺された。彼に狙いを変えた者も至近距離から発射されるそれに反応出来ずに殺された。数分も持たずに彼等は死んだ。

 その彼が今私の目の前で頭を下げている。その事実が信じられなかった。あれだけの力を有しているのだ。その魔力も相当な物だろう。しかも彼はアレが終わった後でも息を切らしては居なかった。つまりアレが彼の本気では無いのだ。その彼が拳法を知りたいなどと……冗談でも笑えなかった。一体それに何の意味があるのか。私はそれが知りたくなった。

 彼は型では無く、実践的な組み手が知りたいとの事だったので、一度模擬戦をしてみる事にした。私が構えると彼も構える。……実に隙だらけの構え方だ。素人と言うのは本当なのか。彼が私に近付いて来て拳を振り上げる。腰こそ入っている物の大振り過ぎる。私は自分の頭を軌道上から少しだけズラして拳を躱(かわ)す事にした。

 ブォン!!

 私の耳元を彼の拳が通り過ぎた。……何だ今の音は。彼が拳を振り上げたと思ったら殴られていた。私が直ぐに躱したから良かったような物の、もしギリギリで避けようと思っていたら今頃私の頭は無くなっていた事だろう。拳を振り上げる速度と振り下げる速度が違い過ぎる。彼がまた拳を振り上げる。私は慌てて彼から距離を取った。

 私が居た場所に彼の拳が空を切る。彼の目的が今分かった。これは彼の訓練では無い。私の訓練だ。私は最初何を考えていた?彼が素人だと、労せずに倒せる相手だと油断していた。この間の事をもう忘れてしまったのか。彼は私の心を鍛えに来ている。

 それからの戦いは地獄だった。彼の攻撃は単調だったが、一度でもミスをすれば私は二度と戦いの場に身を置ける身体にはならないだろう。その異常な緊張感が私を疲労させた。柔よく剛を制す。これが私の戦い方だ。動作が大振りの彼は、私が一番得意とする相手の筈だった。いや違う。恐らく彼がワザとそうしてくれているのだ。彼が本気を出せば私など一瞬で殺せる。しかし彼は私を壊したいのでは無く、訓練をしてくれているのだ。私は強くなった。強くなったが、心が弱くなった。一目見て相手の実力が分かるようになり、そしてそれを間違えた事も無かった。自信を付けた私はますます弱くなった。その自分を、今殺さなければならない。思えばここまで真剣に戦った事が有っただろうか。相手の攻撃一つ避ける為にここまで全力を注いだ事が有っただろうか。それからの数日間は私にとって百年にも勝る日々だった。



―――――――――――――――――――――――――――



 美鈴に拳法を教えて貰える事になりました。魔力が全く無い俺では、もはや種族の力に頼るしかないのだ。この間も美鈴を助ける為に種族の力を使ったのだが、やはり美鈴も吸血鬼の門番という事なのか、俺の戦いを見て苦笑いしていた。もっと吸血鬼らしく瀟洒にならないと駄目か……。まぁ助けた事に関してはお礼を言われたので好感度はアップしているようだ。ていうかあの時の美鈴は凄かった。絶対勝てないわ。

 その後美鈴と模擬戦をしたのだが、結局俺のパンチが彼女に届く事は無かった。逆に彼女のパンチは俺の顔面に何度もクリーンヒットした。遊ばれてるんですね、分かります。ムキになって更に突撃すると今度は鼻に一発貰って俺は泣いた。

 数日後、突然美鈴に「ご指導ありがとう御座いました」とか言われて模擬戦は打ち切りとなった。え?どういう事?もう俺弱過ぎて見込み無いから諦めろって事なのかな?美鈴は凄い良い顔をして門番の仕事に戻ってしまったので、今更「え?どういう事なの?」とか無茶苦茶聞き辛いです。というか聞いて、俺の予想通りの言葉を言われてしまったら俺は立ち直れません。自分で想像するのと、実際に言われるのとでは重さが違うのです。俺は数分間彼女の横顔を眺めていたのだが、結局すごすごと自室へと帰って寝た。翌日目を覚ましてみると枕が少し濡れていました。



―――――――――――――――――――――――――――



「ほら咲夜さん。少し腰が浮いていますよ」

「はい!すみません先生!!」

 今日も私は皆に太極拳を教えている。初めはフラン様の精神修行の為にしていた事なのだが、偶然通り掛かったご主人様が参加されるようになり、レミリア様も参加され、パチュリー様もご主人様が健康に良さそうだからと連れて来て、気が付けば小悪魔さんや咲夜さんも参加する一大行事となっていた。

 私が皆の演舞を見ていると、ふと視線を感じた。その視線の先には、館の窓からこちらを見る妖精の姿が有った。あの子はこの間私にタオルを渡してくれた子だ。なる程、通りで会った記憶が無い訳だ。私は一方的に見られていただけなのだから。その子は私と目が合うと、ペコリとお辞儀をして仕事へとまた戻って行った。

 ……今、分かった。フラン様のお誘いが有ったとはいえ、何故ご主人様がこれに参加されるようになったのか未だに不明だったのだ。彼の精神は既に高みへと昇っている。こんな訓練に毎日参加して彼が得られる物は何も無い。

 本来門番などという一般的に閑職とされる私が、何故新人達の間でも一目置かれる存在になったのか。それは紅魔館の主要メンバーが、その当主すらもが私を先生と仰ぎ、頭を下げているからだろう。彼はたったそれだけの為に参加してくれているのだ。やはり私の目に狂いは無かった。彼は私とフラン様の為だけに、この訓練に参加してくれている。自分の時間を削ってまで。

 改めてここに忠誠を誓おう。そして感謝を。私と彼とを出会わせてくれた神とやらに。



―――――――――――――――――――――――――――



 ある日庭を歩いているとフランと美鈴が何か不思議な踊りをしています。聞くと何やら修行らしい。修行だと!?あの美鈴が教えていて、受けているのもあのフランだ。一見すると不思議な踊りだったが、これは常人には理解出来ない高度な鍛錬である事は直ぐに分かった。何とかして俺も受けれないだろうか……。そう思い、俺が何とか話を引き伸ばしているとフランが「お兄様も一緒にしない?」と言って来た。ナイス、フラーーン!!!美鈴の方を向くと、別にどっちでも良いですよ、みたいなスタンスだ。勝ちゲー来たコレ!!俺はさっそくその日から修行を共にさせて貰った。

 その後レミリアも参加し、俺がパチュリーの不健康さを気にして連れ出し、小悪魔や咲夜さんも参加する一大イベントとなった。しかし俺の何処が強くなったのか未だに分からん。だが教えているのはあの美鈴だ。だから俺は今日も必死に鍛錬する。何時か美鈴のように無双出来るその日を信じて!!



[30271] 03
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2012/01/18 11:29
「さ、そろそろ行きましょう。ずっと同じ場所に居続けると持ち主さんに悪いわ」

 そう言って私と妹は長らく使われていないであろう物置小屋の扉を開けた。中とは違い、清んだ空気が私の肺を刺激する。時季は春となった。その内夏が来て、秋が来るだろう。本当に楽しみだ。私は次の居場所を何処にするか考えながら外へと出て行った。

「秋静葉様と秋穣子様ですね?」

 外に出て背伸びをし、さぁ歩き出そうとした所で突然後ろから声を掛けられた。私達が振り返ると、そこにはメイド服を着込んだ妖精が一人立っていた。

「そうだけど……貴方は誰?」

「失礼しました。私はアルフォンツ・スカーレット様に仕えている、ただのメイドです。当主様の命により、お二方を探しておりました」

 そう言うと妖精はその場で方膝を付き、こちらに頭を下げて来た。……意味が分からない。私と穣子が顔を見合わせていると、妖精は立ち上がり、しばらくここで待っていて欲しいと言って来た。妖精は少し私達から離れると服の中から筒状の物を取り出し、地面にそれを設置し始めた。そして妖精がそれに何かをすると、ポシュッ!という小さな音と共に光の弾が空へと舞い上がった。光の弾は一定の高さまで上昇すると、その場に滞空し、光を放ち続けた。

 その数分後、私達の周りには五十人以上のメイド服を着た妖精達が集まって居た。初めは一人二人と増えて行くだけだったが、時間が経つに連れて次々と妖精達の来るペースが上がった。そして最後に彼等がやって来た。

 日傘を差して降りて来る三つの影。それは多数の妖精を待たせているにも関わらず、早くも無く遅くも無い、実に優雅なスピードで降りて来た。妖精達は自分達の真ん中を空け、跪いてそれを出迎える。彼等は地面に降り立つと、真ん中に立っていた男が私達に一礼し、近付いて来た。

「お初にお目に掛かります。私はアルフォンツ・スカーレット。吸血鬼です」

 吸血鬼!!それを聞いた瞬間、私は自分の顔が強張るのを自覚した。吸血鬼といえば悪魔でも上位に入る種族。落ちぶれた三流神とはいえ、私も神の一人だ。悪魔相手に退く訳には行かなかった。私が妹の前に立ち塞がるように動くと、穣子は後ろからそっと私の服の裾を少しだけ掴んでくれた。この子だけでも絶対に守らないといけない。

「これはご丁寧にどうも。ただ誰かと勘違いしてるんじゃない?名前を聞き間違えているとか」

 一番に考えられる理由としてはそれだ。そもそも私達に用がある吸血鬼などを想像する事が出来ない。

「紅葉を司る神、秋静葉様と、豊穣を司る神、秋穣子様と聞いております」

 私の希望は一瞬で灰となった。間違いなく私達だ。つまり彼は本当に私達に用が有って、これだけの労力を使って捜し出して来たという事になる。彼は妖精に当主と言われていた。そしてその妖精達だって異常な程に統率が取れている。一目で彼が強大な組織を従えているのが見て取れた。私の頬に一筋の汗が流れる。吸血鬼三人と妖精達の視線が私の鼓動を速くした。

「そう。それで一体何の用なの?吸血鬼に睨まれるような覚えは余り無いのだけれど」

「本日は、我等スカーレット家がお二方を信仰する事を許して貰いに参りました」

 …………は?

「え?いやいや……え?信仰?」

 彼はその場で方膝を地面に付け跪き、私達に対して臣下の礼を取って来た。それに続いて後ろに控えていた吸血鬼二人と妖精達も同じように跪いた。異常な空間だった。私はその間少し息が止まっていたと思う。吸血鬼が三人も。しかも当主が、私達の前で頭を下げている。その状況が信じられなかった。

「えっと……いや、貴方本気?別に私達を信仰しても宝玉とかは手に入らないわよ?」

「我等の信仰を許して頂ける。それだけで望外の極みです」

 彼は頭を下げたまま、そう言って来た。どうやら本気のようだ。私の疑問はますます深まるだけだったが。

「はぁ……まぁ信仰は個人の自由だし、私達が決める事でもないんだけど、もしそれでもしてくれると言うのなら嬉しいわ」

「ありがたきお言葉、感謝致します。僭越では御座いますが、奉納品を持参して参りました。御受け取り下さい」

 彼がそう言うと、後ろに居た妖精達が幾つかの箱を持って来た。随分と手際の良い事だこと。……しかし吸血鬼の奉納品か。ありがたいが、中身が全部血液とかだったらどうしようかしら。そんな事を思いながら私が箱を見ていると、妖精達が箱の蓋を開けた。

 目が眩むとはこの事なのか。箱の中に入っていたのは金銀財宝は元より、余り工芸品に詳しくない私でも分かる程に洗練された一品達も入っていた。多数の妖怪を従える一級神に献上してもおかしくない代物だ。これを私達に捧げると言うのか?道理がまるで分からない。

「こ、これを私達に?全部?」

 信じられなかった私は改めて口に出して聞いてしまった。だって幾ら考えても分からない。私達を信仰しても彼のメリットなど何処にも無いのだ。私は完全に混乱していた。

「はい。何分急を要した事ですので、今回の分はあくまでも手付です。また後日改めて正式な献上品を持参して参りますので、今日の所は何卒これにてご容赦下さい。勿論、その後の定期的な奉納もさせて頂きますのでご安心を」

 頭を下げて言う彼の言葉の意味がまるで分からなかった。これで手付?一体これだけの財を手に入れるのに私達では何十年と掛かる事だろう。私の頭の中は真っ白となった。

「え、ちょっと待って、ちょっと待って!!……もう一度聞くわ。私達を信仰しても宝は手に入らないし、貴方達の加護も出来ない。強い妖怪も別に従えてないし、私達自身も強くない。そんな私達なのに、これをくれると言うの?」

「そうです」

「まさか実験体か何かにしようとかしてる?」

「とんでもない」

 もう何がなんだか分からない。出来る事なら頭を両手で抱えて唸りながら、地面をゴロゴロと転がり回りたかった。

「あぁ、言い忘れておりました。お二人の社(やしろ)が無いと聞き及びましたので、人里の隣りに本社の方を作っております。勿論人間の許可は取り付けてあるのでご心配無く。多分もう出来上がる頃でしょう」

 私は地面を転がった。



―――――――――――――――――――――――――――



 引っ越して来て三日目。今度は人里へと挨拶に行きました。何でも今日行く人里は、幻想卿内で唯一の人里らしいです。こりゃ本気で気合入れてかないとな。人間マジ怖い。妖怪は一度殺せば終わるんだけど、人間の場合一人殺すと次の日には数十人は来るからな。どういう精神構造をしているのかまるで分からん。ほんの十年近く放っといただけで、人口爆発的に増えるし。実際俺の周りの吸血鬼達も、妖怪に殺されるのと、人間に殺されるの半々くらいでした。だから俺は遠くの奴はまだしも、近場の人間達とは友好関係を築くのがモットーだった。仲良くしておくと凄腕のハンターが来た時とかに、チラッと教えてくれたりするし。

 そんな訳で何時も通りの土下座外交を行った結果、何とか友好関係を築く事に成功しました。それにしても里の守護者は怖かった。最初物凄い睨まれて泣きそうになったよ。まぁ最終的には警戒しつつも受け入れてくれたので大丈夫だろう。別に里なんて荒らす気無いし。

 その数日後、里の中を買出しの為にダラダラと歩いていると、人間達がとんでもない話をしているのを聞いてしまった。

 何でもこの幻想卿には紅葉を司る神と、豊穣を司る神が居るらしい。何それ?それって居るだけで補給線の心配が無くなるって事?マジやべぇ。チートって所の話じゃねぇぞ。俺はさっそく館へと帰って緊急会議を開いた。

 全員を集めた会議の中で、俺はこの二人の神を自陣営に引き込む事を発表した。悪魔が神を仲間に入れるなど前代未聞だとレミリアとパチェリーが反対したが、俺が補給線ヤベェみたいな事を話すと、二人は顔を近付けてボソボソと何かを話し始めた。

 何とかしてこの二人の了承は取り付けないとな。何と言ってもこの二人こそが、この紅魔館の財政運営担当大臣にして仕分け人だからだ。俺なんて当主なのに小遣い制なんだぜ?あー、早く当主の座をレミリアかフランに譲りてぇー。まぁその作戦は着々と進行しているのだが。むしろその為に美鈴と咲夜さんを二人に就けたと言っても過言では無い。

 結局この日は情報が少な過ぎるという事で解散になってしまった。しかし俺は諦めるつもりは毛頭無い。数日後、情報が集まった我々は再度会議を開いた。

「それでお兄様。二人を引き込むと仰られましたが、具体的にはどうするおつもりなのですか?」

 うん、会議っていうか異端審問だったね。さっきからずっと俺への質問攻めしか行われてないの。

「相手は神だ。無論信仰するという形になるだろう」

「それは屈服するという風に捉えても宜しいのですか?」

「そうでは無い。協調歩行を取るという事だ」

「しかし信仰という事は頭を下げるという事では?」

 ヤバいな。レミリアめっちゃ怒ってるよ。殺されちゃう。しかしここで折れる訳には行かない。妹の豊穣は勿論それだけでチートだが、姉の紅葉も更にヤバい。食欲の秋とは良く言った物だが、この二人が姉妹ってのも良く出来ている物だな。紅葉とは秋の事。秋は実りの季節だが、その秋を姉が支配している。つまりこの二人がその気になれば冬の間でも強制的に秋にして、そこに実りを作る事が出来るという訳だ。ウチの姉妹も大概だが、彼女等は一人でも強いが、くっつくと更に強くなるというタイプだな。

 文明が進歩したせいで、今や宿無しの生活となってしまったみたいだが、そのポテンシャルは計り知れない物が有る。大体どんなに文明が進歩して、天気の見方や農薬が分かるようになったと言っても、予想外の出来事も有るのだ。そんな時に彼女達の力はとても頼りになるだろう。

 まぁレミリアとしては何(いず)れ西洋に戻るつもりだから要らないと言ってるんだろうが、俺としてはここに永住するつもりなので彼女達の力は絶対に得たい。幻想郷は何か知らないけど、物凄い文明が古いのだ。電子機器とか全然無い。というか何でこの時代なのに、この二人が敬われてないのかまるで意味が分からん。俺なら土下座して住んで貰うけどな。

 後は単純に神に対して頭を下げるってのが嫌なんだろうな。レミリア自身もこの二人の能力に関しては先程認めていた。つまり俺がしなければならないのは、この二人の凄さを伝えるのでは無く、何とかしてレミリアの心に折り合いを付けて貰えるように話を進めれば良いのだ。

「確かに私とて神は好かん。しかし今回の神はあの十字架では無い。更に聞く所に寄ると東方の神は八百万も居るらしい。一神教の奴等が聞いたら何と言うかな。今回はその八百万分の二に歩み寄るだけだ。その二人だけ。他の奴等は捨て置け。それとも我が妹は四百万分の一の誤差すら我慢出来ない完璧主義者だったのかな?」

「……吸血鬼とは常に完璧で有るべきです」

「吸血鬼が完璧と言うのなら、何故頭を吹っ飛ばされたくらいで死ぬのかね?」

「……我々は悪魔です。私は天地創造の頃からのライバルに膝を折るような真似はしたくない」

「ハッ!あの神が一週間で世界を作ったという与太話か。神がそれ程の力を持っているのなら、今頃私達は土の中だな」

 すまんレミリア。お兄ちゃんは今心を鬼にしてます。後でケーキを一杯食べさせてあげるから簡便しておくれ。しかし流石のレミリアもこの「秘技!論点ズラシ作戦!!」には成す術が無いようだな。長年口先だけで戦って来た俺だからこそ使える技。一見関連性が有るが、実は全く関係無い事を言っているので、相手からすれば一々答える言葉を一から考えねばならず、無駄に時間を食って何だか負けているような気分になるのだ。

「話が随分とズレてしまっているようだから、私の方からも質問したいんだけど大丈夫?」

 パチュリーが手を上げてそう言って来る。マズいな……パッチェさんにこの方法は通じない。下手をすると俺の質問には答えてくれず、自分の質問だけを延々として来る「キャッチボール否定型」を取って来る可能性すら有るのだ。気合を入れないと……。俺が発言を促すと、彼女は椅子から立ち上がり発言を始めた。

「話を元に戻すけど……結局私達が、この二人に頭を下げると言う事よね?」

 そう言いつつ彼女は秋姉妹の写真を指差している。

「心情的には違うが……まぁ傍から見ればそうなる」

「他の人からすれば、それが大事なんじゃない?」

「それをする価値は無いと?」

「ハッキリ言ってしまえば。ご主人様はそれをする価値が有ると考えているのかしら?」

「勿論有る」

 俺がそう答えると、パチュリーはまたしてもレミリアに近付いて何かをボソボソと喋り合っている。俺は仕方なく紅茶を飲んで周りを見渡すと、フランや美鈴、咲夜さんに小悪魔といったメンツは、最早普通にリラックスしていた。用意されていたケーキを突付いて遊んだり、紅茶の香りを楽しんだりしている。まぁ基本的にこのメンバー達は余程の事が無い限り、決められた事には反対しませんよっていうスタンスが多いので、この風景も何時もの事なのだが。

「それで?頭を下げた後は一体どうするの?」

 何時の間にか話し終えていたパチュリーがまた会話を再開する。

「……彼女達は宿が無いそうだ。無論神社と言った本拠地もな。だからこそ、それをこちらで建ててやろうと思う。人里の隣りに。無論管理もこちらで行う。当面の間は妖精メイドを交代で派遣する。人里には既に私の方から許可を取り付けておいた。後はこれにサインさえしてくれれば、直ぐにでも計画に移る事が出来るだろう」

 俺はそう言いつつパチュリーに見積書を渡した。

 パラパラとパチュリーが書類の中に目を通して行く。レミリアも後ろから覗き込んでいるようだ。この書類は絶対に通したい計画だ。何と言っても俺はレミリアかフランを後継者にして、紅魔館が幻想郷から去った後もここに残るつもりなのだから。その時に彼女達の住まいが無いでは困るのだ。建てるだけでは無くて、早々の内に専門のメイド部隊も作ってしまいたい。無論金銭的な援助は恒久的に行って貰わなければならないだろうが、もし本国で何か有った場合に援助するという風にしておけば、保険的な意味合いで許されるだろう。俺が心の中で祈りながら待っていると、パチュリーが最後の紙を見終わった。

「驚いたわ。随分細かい事まで考えているようね」

 当然だ。この数日間徹夜して作った力作だからな。

「それにしても……フフッ、なる程。やっぱりそういう事なのね。ご主人様も悪い人。良いわ。パチュリー・ノーレッジの名において、この計画を許可します」

 そう言うとパチュリーはその場でその書類にサインした。ん?何?何がどうした?意味が分からんが、まぁサインしてくれたのならそれで良いか。気が変わらない内にさっさと済ませよう。俺は直ぐに妖精メイドを呼び、計画の実行を命令した。俺がそれを行っている間もレミリアとパチュリーは二人でボソボソと何かを囁き合っている。結局あれは何だったんだろう。……ま、良いか。良ぉーし!!これでまたお兄ちゃん隠居計画が一歩前に進んだぜ!!



[30271] 04
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2012/02/10 12:36
「大ちゃん!!早く早く!!」

 私は大ちゃんの腕を掴みながら、低空ギリギリを最大戦速で飛んでいる。木々達が目の前に現れては消えて行った。このルートは既に何度も通った道だ。例え目を瞑っていたとしても、木にブツからずに目的地にまで辿り着く事が出来るだろう。しかしアイツ等は違う。少しスピードを落として飛ばなければならない筈だ。そこだけが、今私達に残されたアドバンテージだった。私が少しだけ身体を右にズラすと、その場所をカミソリのように固くなった御札が通過して木に突き刺さる。本来スペルカード戦での追撃は厳禁だが、それは殺す事が駄目としか明言されていない。奴は事故を装っているのか。もしくは妖精ならば死ぬ事は無いと屁理屈をこねる気だろうか。……まぁどっちでも良い。付いて来い愚か者どもめ。直ぐに本当の恐怖がどんな物かを味合わせてやる。



―――――――――――――――――――――――――――



 あー、良く寝た。俺はベッドの上で上体を起こし、背伸びをする。……目の前に紅い霧が有った。俺は窓からそっと外を覗いてみる。外では美鈴が門番をし、咲夜さんが庭を掃いていた。妖精達も皆普通に仕事をしている。誰も霧を気にしていないようだった。というより、むしろ霧なんて無い感じで動いてるな。まぁこんだけ室内や外が霧で覆われまくっていたら、本来ならば直ぐに異常事態が発生しました!!と報告が上がって来る筈。それが無いって事は、これは俺だけに見えているという事になる。やっぱり一日では治ってなかったか。

 馬鹿な事するんじゃなかったなー。「文々。新聞」に「遂に来るか!?幻想郷でも日食発生!!」という記事が載り、どうしても見たくなった俺は日食グラスを五枚重ねにして太陽を直視してしまった。見た瞬間に俺の目は燃えたね。日食グラスくらいじゃ駄目かー……。あ、ちなみに「文々。新聞」は正式に我が家でも取る事にしました。幻想郷にはテレビが無いので、情報を得る為には新聞しかないんだよね。何処のを取るかなーと思っていると、幻想郷最速を名乗る人がわざわざ取材に来てくれたので、最速とかカッコ良いしそこで良いや。という事になりました。主要メンバーには当然一部ずつ必要だし、妖精達もテレビのように同時に見る訳にはいかないから、休憩室ごとに五部ずつくらいは必要で、秋様達のも考えると、やっぱり百五十部くらいは必要だよね。神社には多めに置いといて参拝客には無料で読めるという風にしていたら、人里で新聞を取っていない人達も参拝してくれるようになるかもしれないし。

 記者さんにそれを伝えると「あやややや、百五十部!?い、印刷間に合うかしら……」と言われていたので、迷惑料として少し高めに買う事にしました。そしてその結果起きた事がコレという訳。流石に太陽は格が違った。吸血鬼の力を持ってしても一日では治らぬか。

 目が覚めたのでとりあえず服を着替えた物の、まだ若干朝食の時間には早いな。もう少し横になるか。と、服にシワが付かないように注意しながらウトウトしていると、突然の爆音によって引き起こされました。な、何だぁ!?

 ピィーー!!と館の中や庭などから、門番隊による警戒警報の笛の音が鳴り響きます。今の音は外から聞こえたようだが……。窓から外の様子を確認してみると、驚いた事に正門の姿が綺麗サッパリに無くなっていました。そして正門が有った場所には美鈴が一人で立っています。いや違う。三人だ。美鈴の後ろには庇われるようにしてチルノと大ちゃんの姿が見える。美鈴の視線の先には、手に何かを持ち、こちらに向けているエプロン姿の金髪少女が居た。

「ご主人様。侵入者の模様です」

 ノックの音と共に咲夜さんが俺の部屋の中へと入って来る。さっきまで庭を掃いていた訳だから、時間を止めてここまでやって来たという訳か。

「確認している。随分と荒っぽい奴だな。侵入者は一人か?」

「現在判明しているのは二名です。詳細は不明。今は美鈴が対応しています」

 咲夜さんの報告の通り、窓の外では金髪の少女に、巫女服を着た女の子も参戦して美鈴に攻撃を加えている。美鈴はチルノと大ちゃんを背後に庇いつつ、ジリジリと館の方向に後退して来ている。

「二人で一人を撃つとは随分な奴等だな。咲夜、直ぐに援護を」

「はい」

 そう声が聞こえたと思った次の瞬間には窓が開け放たれ、戦線に乱入している咲夜さんの姿が有った。時間を止めて窓から出て行ったのか。開け放たれた窓を見て、俺は思う。あの咲夜さんが窓を開けっ放しで出て行く事は有り得ない。つまりこれはわざと開けっ放しにして行ったという事になる。少しでも能力を使う時間を短くしたかったか。普段口では何かと言っているが、やっぱり美鈴の事が心配なんだな。うんうん。良きかな良きかな。

 と、俺もこうして何時までも見ている訳にはいかないな。恐らくレミリアやフラン、パチュリー達も直ぐに迎撃に出て来る事だろう。その時にお兄ちゃんは自室に篭ってブルブルと震えていましたでは、後で何をされるか分かった物では無い。怖いが二人ならば、俺は後ろで応援してるだけで終わるだろうし、そこら辺だけは安心かな。俺は鏡の前で少しだけ身だしなみを整えると、ドアの方へと向けて足を進ませた。

「そんなにお急ぎになって、何処に行こうと言うのかしら?」

 突然後ろから声を掛けられました。振り返ってみると、何時の間にか部屋の中に管理人さんが立っています。流石咲夜さん並のチート能力を誇る人だ。神出鬼没にも程が有る。

 結局あの後、俺は管理人さんに謝ろうと思って地元の人たちに管理人さんの事を聞いて回ったのだが、誰も管理人さんの住所を知らなかった。しかし聞く人聞く人全員が「あぁ、あのスキマ妖怪?」みたいな反応を示していた事から、恐らく余程の商才が有る人なのだろう。確かにこんな森の中の土地を所有している人だ。きっと俺には思いも付かないような凄いスキマ産業を思い付いていたに違いない。俺はさっそく彼女に謝る事にした。

「これは管理人さん。この間の事はどうも「この間の事はどうでも良いわ」」

 すいませんでした。と言おうとしたらバッサリ斬り捨てられました。ヤッベー、こりゃ相当怒ってるかも分からんね。しかしこの間の事がどうでも良いと言うのならば、一体今日は何しに来たんだ?てっきり土下座でもしろ!!とでも言いに来たのかと思ったが。

「そうですか……。では一体今日は何のご用件で?」

「貴方の邪魔をしに。それと会話も出来れば嬉しいわ」

 管理人さんはニッコリと微笑むと、そう言った。

 何か話が突飛し過ぎて意味が分からん。邪魔と会話がどうすれば結びつくんだよ。

「邪魔……と言うと、私が今からレミリア達と合流しようとしている事に対してかな?」

「そうね。そう思って貰って構わないわ」

 うわー、これはまた地味な嫌がらせに来たな。なる程。確かに彼女の能力は分からんが、咲夜さんのように時間を弄れる系統で有った場合、やり様は幾らでも有る。ドアノブを捻ろうとすると鍵が掛かっているとか、気付いたら足が紐で縛られているとか。

 彼女はどちらかと言うと内政寄りな人なのだろう。皆にスキマ妖怪と呼ばれるようになる程の頭脳派なのだ。だからこそ吸血鬼で有る俺と直接戦うような馬鹿な真似はせず、吸血鬼の始末は吸血鬼にさせようという訳か。今俺がこの部屋に足止めされたらどうなるか。何でお兄様来てくれなかったの?→管理人さんに捕まって出られなかった?→管理人さんなんて何処にも居ないよ。嘘吐きは死んじゃえ or そんな妖怪一人も倒せないようなヘタレなお兄様なんて要らない。死んじゃえ。のどちらかになってしまうのは想像に容易い。今回一回きりとかならまだしも、今後もこんな事を続けられては即、死に繋がってしまう事だろう。これはマズいぞ。一体どうすれば……

「ふむ。それはつまり私と敵対するという風に受け止めて宜しいのかな?私としては管理人さんとは良き仲で居たかったし、今後もそう有りたいと思っていたのだが……」

 困った俺は「秘儀!飴と鞭作戦!!」を発動させた。管理人さんが直接俺を襲って来ない所を見ると、どうやら管理人さんは俺が結構強めの吸血鬼で有ると思い込んでいる可能性が高い。そこで「今私と敵対したら襲い掛かりますよ?それでも良いんですか?」と軽く鞭を一発放った後に、「こっちとしては仲良くやって行きたい」という飴をチラつかせます。

 更に管理人さんのイメージの中では、俺はきっと「強い、当主、金持ち」みたいな感じだと思うので、「今後も仲良くやって行きましょうよ」と商売人の面でのアピールも忘れません。きっと商才有る彼女の事だ。スカーレット家としての今後とは、当然「投資としての金銭的なやり取りも有る」と気が付く事でしょう。

 まぁ実際には敵対され襲い掛かった所で、余裕で返り討ちだろうし、金銭的なやり取りも俺には全く決定権は無い訳なのだが、それは彼女の知る所では無い。最悪ケーキを持ってレミリアとパチュリーに頭を下げに行かねばならんな。まぁあれだけ皆が知っている商売人だったんだから、多分損する事は無いだろうけど。

「……貴方はこの異変に付いてどう思っているの?」

 管理人さんは少し考え、神妙な顔付きになると、突然そんな事を聞いて来た。

「異変?当然解決するつもりだが、それが何か?」

 そりゃ当然攻め込まれてるんだから解決するよ。何でわざわざ異変などという、カッコイイ言い方にするのかは分からないが。まぁ異変って言えば異変だけど。

「……なら教えておくわ。今回の異変はスペルカードルールが用いられている。けれど貴方はまだカードを持っていないでしょう?今貴方が行っても事態をややこしくするだけ。だから私が止めに来たの」

 マジで?管理人さんの耳早過ぎるだろ。流石は天才商売人。情報戦で彼女に勝てる者は居ないのか。咲夜さんですら詳細は不明とか言っていたのに。

「その情報は確かか?」

「勿論」

 マジかー。となると、確かに俺が今行くのはマズいかもしれないな。お兄様来た!これで勝つる!!→え?まだカード作ってないの?みたいな事になったら、俺は恥ずかし過ぎて死んでしまう。ありがとう管理人さん。恩に着ます。

 しかし今日はここで管理人さんと喋るにしても、流石に毎回毎回喋ってばかりだと絶対に怒られるしなぁ。とは言え管理人さんがその気になれば、俺の邪魔をする事なんて楽勝だろうし……。うーん、と俺が頭を捻っている間も管理人さんはずっとニコニコとして立っています。怒っているのか、怒っていないのかが良く分からんな。少し探りを入れてみるとするか。

「ふむ。貴方が私の邪魔をしに来た理由は良く分かった。出来れば会話をしたい部分に付いても聞かせて貰えれば嬉しいのだが」

「そのままの意味よ。一度貴方とはじっくり話してみたいと思っていたの。丁度今は館の機能も止まっているみたいだし、時間も余っているんじゃない?」

 うーん。話してみたいというのは、どうやら本当のようだな。となればあの方法を使ってみるか。

「なる程。大体の所は理解したよ。貴方の気持ちもね。……しかし私としても当主としてのメンツが有る。侵入者に門を破られているのに、「はい、そうですか」と言う訳にも行かないのだ。とは言え、私としても貴方との仲は大切にして行きたいと思っている。……どうだろう。ここは一つ共に折れて、今までの事は水に流し、無かった事にしては貰えないだろうか?そうして貰えるのならば今回は貴方の言う通り、話し合いに応じる事を約束しよう」

 こっちとしては、どっちでも良いんだけど貴方の為を思って今回は従うよ!!でもその代わり今までの事は許してね!!という流れで行く事にしました。正直こっちとしては残るの一択なのですが、別に俺は行っても良いんだぜ?というニュアンスを醸し出し事で、前回の失態をチャラにして貰います。かなり都合の良い態度だが、管理人さんは俺の事を強い吸血鬼と思っているようだし、資金的な面でも余り邪険には扱いたく無い筈。俺としてもこれで許されれば、次からは状況を見て現場に向かうかどうかを決められてハッピーハッピーです。頼む!!なるべくパチュリーにお金出して貰うようにするから、これで簡便してくれ!!

「……良いわ。今までの事は無かった事とし、貴方とは初対面のつもりで接する事を約束しましょう」

 いよぉっしゃぁぁ!!!!最大関門突破!!心の中でガッツポーズを取った俺は、そそくさと管理人さんの座る椅子を引いて促し、机のボタンを押して俺専属の妖精メイドに紅茶とケーキを持って来て貰う事にした。数人の妖精メイドが直ぐにやって来て、テキパキと用意をすると、また一礼して帰って行った。

「それで?どのような事から話しましょうか」

「……貴方の目から見て幻想郷はどうかしら?」

 またいきなり随分とアバウトな質問が来たな。

「まだ見て回ってない方が多いので何とも言えないのですが……まぁ悪くないと思いますよ。私個人の意見としては大変気に入っている」

 ていうか正直に言うと永住する気です。しかしこれを今バラしてしまうとレミリアやフランに殺されるかもしれんからな。あくまでも跡目を継いでから発表しよう。

「今後幻想郷はどうなって行くと思う?」

「どうなるかは分からんが、当然良くして行きたいとは思っている。先程も言った通り、私は幻想郷が気に入っているからな」

 これも当たり前の答えですね。永住する気なんだから、当然治安は良い方が良いし、経済も活性化している方が好ましいです。

「貴方の妹達や部下の皆さんはカードを作っているようだけど、どうして貴方はカードを作らないの?」

「私としてもカードを作りたいのだが、何分私は魔力関係が苦手でね。まだ作れる程の実力が無いのだよ。恥ずかしい事だがね」

 適当に言い繕っても良かったのですが、管理人さんとはこれからも長い付き合いになる可能性が有るからな。ここは正直に話して置いた方が良いだろう。レミリア達にもこれで通してあるし。

 しかし何かさっきから変な質問ばっかりが多いなぁ。その後も「どうすれば幻想郷は良くなって行くと思う?」とか「幻想郷の駄目な所を教えて」とかの運営者の視点から見てどう思う?みたいなのばかりが聞かれた。俺がスカーレット家の当主だから、聞いて来ているのかな?実際に運営しているのはレミリアとパチュリーなのだが、それを言うのも恥ずかしいので適当に「経済を活性化すれば良いんじゃないですか?」とか「文明が古過ぎてヤバい」とかを伝えておいた。せめて電気くらいは欲しいよね。

 管理人さんはその間も真剣な顔付きで、俺の話を聞いていてくれた。きっとまたスキマ産業の発想を得ているのだろう。新参者だからこそ気付く事も有るのだ。管理人さんはここに住んで長いみたいだし、そういう他者の視点を欲しているのかもしれないな。

 しばらくそうやって話し込んでいると突然辺りを漂っていた紅い霧が晴れ、見慣れた部屋の情景が戻って来た。おぉ、やっと目が回復したのか。おのれ太陽め。やはり手強い敵であった。

「そろそろ時間のようね。今日はありがとう。お茶も美味しかったし、色々と考えさせられたわ。何時かまた私の家にも来て頂戴」

 そう言うと管理人さんは立ち上がり、こちらに一礼して来た。女性だけを立たせる訳にはいかないので俺も急いで立ち上がったが、気付いたら管理人さんは居なくなっていた。来るのも突然なら、帰るのも突然だなー。っと、こうしちゃ居られない。もう遅いかもしれないが、一応今からでもレミリア達の下へと向かってみるとするか。俺はそう思うと妖精メイド達に後片付けをお願いしてからドアを開け、廊下へと歩みを進めた。



[30271] 04-1
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2012/02/10 12:37
「恋符!マスタースパーク!!」

 巨大な白い光が門を包み込み、その姿を見えなくする。私はお茶を啜りながら、その光景をスキマを通じて覗いていた。どうやら私が一番危惧していた事は起きなかったようだ。紅魔館の門番はごく当たり前で有るかのようにスペルカード戦を受け入れ、試合は開始された。部下で有る門番が上の判断も仰がずに決断したという事は、今回の異変を起こした首謀者で有るレミリア・スカーレットが、つまりそうしろと言明していたという事になる。私は人知れずホッと胸を撫で下ろしていた。

 結局彼等はあの日の事を公表しなかった。私の尊厳は保たれたが、私のプライドは殺された。それはつまり私など何時でも同じ目に合わせる事が出来ると、わざわざ自慢する程の事でも無いと、暗にそう言われたのと同じ事だからだ。私は自身が使える全精力を使って彼等を調べ上げた。

 調べて行くに連れて私の顔色は悪くなった。当主が変わってからというもの、僅か百年にも満たない間で彼等は瞬く間に成長し、今や西洋に置けるパワーバランスの一端を担っている。妖怪悪魔は元より、神の僕(しもべ)である教会ですら迂闊に手出し出来ない組織、それがスカーレット家だった。しかもこれは当主が和平理論に基づいて動いているからこうなっているだけなので有って、彼が一度でも軍国主義に傾いてしまったらどうなるかは想像をするまでも無い。最早ほとんどの勢力が彼の顔色を窺い、招待では無く出向いて行くという手段を取っている。まさに絶頂期と言える物だろう。だからこそ私には理解が出来なかった。

 私が最初にこの幻想郷を作った目的は、妖怪が最後に行き着く所、安心出来る場所、笑って暮らせる故郷を目指して作られた。お陰で多数の妖怪が住み着き、妖怪の為を思って作られたシステムは彼等の好評を受けて、今でも新規参入者は数多く居る。妖怪の勢力が脅かされそうなら結界を張り、気力が無くなりそうなら新しい構想を作り出した。自分で言うのも何だが、かなりの物が出来ていると自負している。しかしたまに、ふと、思うのだ。本当にこれで良かったのだろうかと。

 確かに彼等にとってここは天国になっただろう。その噂を聞き付けて新たにやって来る者も多数居る。そして彼等は皆笑顔で暮らせている。私の望んでいた物がそこには有った。しかし多分……いや、きっともう彼等は外の世界では生きては行けないだろう。人は神を信仰しなくなり、妖怪も迷信として誰も信じなくなった。存在を否定され、困った彼等は新たな場所を探した。そして彼等はここへとやって来た。恐らく大半の者がこれに当てはまる。もっとハッキリと言ってしまえば、今や幻想郷は負け組の集まりなのだ。外では存在する事すら出来ずに慌てて逃げ出して来た者達の吹き溜り。それは隠しようも無い、幻想郷のもう一つの真実の姿だった。

 だからこそ、そんな場所へと彼等が好き好んでやって来る必要性が私には分からなかったのだ。天狗の新聞には「養生の為」と書かれていたが、とても信じられない。仮に養生の為だとしても彼等はこんな裏の世界へとやって来なくても良い。一声掛ければ西洋ならほぼ全ての者が跪き、東洋で休みたいとしても、やはり彼が一声掛ければ屋敷の一つや二つ用意する組織は幾らでも居るだろう。……彼の真意を調べなくては……。私はさっそく行動に移す事にした。

 紅魔館の上空へとスキマを移し、意識を集中して気配を探った。他の者ならまだしも、彼を直接スキマで見るのは危険過ぎる。あの後も何度か試してみたのだが、どんなに慎重に、どんなに丁寧に開けたとしても彼は直ぐにこちらに気付き振り返ってみせるので、結局私は慌ててスキマを閉じるしか無かったのだ。彼の部屋の中に人間の気配を感じる。しばらくそのまま話し込んでいるようだったが、その人間は直ぐに戦闘へと参加しに行った。残った彼の気配は少しすると、ドアの方向へと足を進めているのが分かった。きっと彼も参加する気なのだろう。私は一つ大きなスキマを開くとその中へと身を委ねた。

「そんなにお急ぎになって、何処に行こうと言うのかしら?」

 私が突然後ろから声を掛けたというのに彼は別段驚いた風も無く、ゆっくりとこちらに振り返った。

「これは管理人さん。この間の事はどうも「この間の事はどうでも良いわ」」

 私の顔を見るや否や直ぐに前回の話を蒸し返してくる彼。私の心を揺さぶろうとしているのか。それとも私の器を調べているのか……。しかし私は過去の話をしに来たのでは無い。未来の話をしに来たのだ。私は即座に彼の話を打ち切った。

「そうですか……。では一体今日は何のご用件で?」

「貴方の邪魔をしに。それと会話も出来れば嬉しいわ」

 不躾な私の対応に特に文句を言うでも無く、彼はそのまま会話を続けて来る。やはり彼としても先程の話は真意では無かったか。少し癇に障ったので皮肉を込めて答えてやった。まぁ彼に対しては無駄な事でしょうけど。

「邪魔……と言うと、私が今からレミリア達と合流しようとしている事に対してかな?」

「そうね。そう思って貰って構わないわ」

 やはり彼も参加する気だったか。止めに来て本当に良かった。彼の行動には不審な点が多過ぎる。まだ海の物とも山の物とも判断が付かないような物を、彼女と会わせる訳には行かないのだ。今会えば必ず戦闘が発生するだろう。それは博麗の巫女として仕方の無い事。しかし多分彼女ではまだ勝てない。経験が違い過ぎるのだ。

 更に言ってしまえば、私は彼と敵対する事だけは避けたかった。彼の動きには不審な点が多い。幻想郷を奪おうとしていると言われれば確かにそうなのかもしれない。しかし私にはどうしても分からないのだ。奪う為だとしても何故こんなにもまどろっこしいやり方をしているのか。西洋で一声掛けて、全力で攻め上がって来れば良いのだ。それが一番簡単だし、確実なやり方だ。少なくともわざわざ単身で乗り込んで来るよりはずっと良い。だからこそ、私は彼と話をしなければならなかった。彼をここで行かせる訳にはいかない。

「ふむ。それはつまり私と敵対するという風に受け止めて宜しいのかな?私としては管理人さんとは良き仲で居たかったし、今後もそう有りたいと思っていたのだが……」

 私の心を知ってか知らずか、彼はそんな事を言って来た。言葉通りに受け取るのだとしたら、彼は私との友好関係を望んでいるという事になるが……果たしてそんな美味い話が有るのだろうか?

「……貴方はこの異変に付いてどう思っているの?」

 私はあえて答えを言及せず、彼の資質を測る事にした。幾ら彼が私との友好関係を望んでいたとしても、彼の意向が幻想郷に害しか齎(もたら)さないので有れば私は彼を排除しなければならないからだ。

「異変?当然解決するつもりだが、それが何か?」

 一瞬の迷いも無く彼はそう断言した。本気で言っているのだろうか……。異変を解決するという事は、つまり妹達を敵に回すという事だ。確かにこれは彼女達の独断で行われた事だが、それを彼は止めると言うのか。彼の言う事が本当なら、先程彼が部屋から出て行こうとして居たのは妹達を止める為で有り、更にそれを邪魔しに来た私とも敵対する事を辞さないという事になる。身内の恥は身内で片付けるつもりか。

 勿論彼の言葉が嘘という可能性も有る。しかし多分それは無いだろう。彼は西洋を代表する当主の一人で、私はここの管理人。この二人が話すという事は外交手段にも等しいという事になる。誰にも見られていない非公式な会談だが、ここで嘘を付くというのは自分で自分の顔に泥を塗るのと同じ行為だ。そんな事をすれば二度と私の信用は得られない。嘘を付くにしても、もっと大事な場面で、ここが決まれば勝てるという局面でしか無いだろう。こんな最初の最初で付いて良い物では無い。それなのにそう断言した彼に私は驚いた。

「……なら教えておくわ。今回の異変はスペルカードルールが用いられている。けれど貴方はまだカードを持っていないでしょう?今貴方が行っても事態をややこしくするだけ。だから私が止めに来たの」

 少し迷ったが、私は彼に真実を教えてあげた。それに今回の異変でスペルカードルールが使われているのには、私としても少なからず利益が出る。恐らく今回の異変後、天狗の新聞によって大きくスペルカード戦が取り上げられる事になるだろう。今でも一部の者によって好まれているが、これによって大多数の者がその存在を知る事となる。そうなれば必ずこのスペルカード戦は大流行する自信が私には有った。

「その情報は確かか?」

「勿論」

 彼はそう私に確認を取って来ると、しばらく考え事をし始めた。彼がスペルカードを作っていない事は知っている。その理由は分からないが、確かにカードを持っていない自分が今行っても役には立たないと思っているのかもしれない。

「ふむ。貴方が私の邪魔をしに来た理由は良く分かった。出来れば会話をしたい部分に付いても聞かせて貰えれば嬉しいのだが」

「そのままの意味よ。一度貴方とはじっくり話してみたいと思っていたの。丁度今は館の機能も止まっているみたいだし、時間も余っているんじゃない?」

 彼は私の言葉に納得したのか、今度は会話をしたい理由を聞いて来た。別にそれに付いては裏も何も無いのだが……怪しまれているのかしら?まぁ胡散臭いとは良く言われるけども。仕方が無いので私は思った事をそのまま言った。

「なる程。大体の所は理解したよ。貴方の気持ちもね。……しかし私としても当主としてのメンツが有る。侵入者に門を破られているのに、「はい、そうですか」と言う訳にも行かないのだ。とは言え、私としても貴方との仲は大切にして行きたいと思っている。……どうだろう。ここは一つ共に折れて、今までの事は水に流し、無かった事にしては貰えないだろうか?そうして貰えるのならば今回は貴方の言う通り、話し合いに応じる事を約束しよう」

 その言葉は私にとって衝撃だった。前半はまだ分かる。確かに自分がスペルカードを持っていないせいとは言え、自分の館に堂々と侵入者が現れ、その者達が異変を解決しようとしているのだ。身内の恥を晒されるばかりか紅魔館としての威厳も損なわれる、まさに踏んだり蹴ったりと言った物だろう。しかし後半の意味が私には分からなかった。

 今までの事は水に流し、無かった事にして欲しい。私との仲は大切にして行きたいと思っている。彼は本気で言っているのか。更にこれを認めて貰えるのならば今回の話し合いに応じるとまで言って来た。普通に考えるのならばこれは罠だ。彼にとって何一つ得の無いこの選択肢を選ぶ筈が無いのだから、これは嘘という事になる。しかし私にはそうは思えなかった。彼が余りにもあっけらかんとした態度でこれを発言した事も有るが、異変自体も私が来なければ彼が止めるつもりだったのだ。

 もし今私が「やっぱり話し合いは良いので異変を止めて来て下さい」と言えばどうするのか。多分本当に止めてしまうのだろう。何の確証も無いがそんな気がする。そもそも暗殺されそうになっても怒らなかった人物なのだ。私の経験から彼の性格を判断しようとするのは止めた方が良いのかもしれない。そして流石の私も、ここまでお膳立てされて疑う程落ちぶれてはいない。彼は暗殺されても怒らず、身内が異変を起こせば自分で解決し、更に私が起こした行動を許すと言うのだ。

 もっと言うならば私を許すのでは無く、無かった事にしたいとまで言って来ている。これは私に対する気遣いだ。許すのでは無く、忘れる事によって私との関係を一度リセットしようとしている。つまりこれは今後も彼はそれに対して文句を言う事は絶対に無いと公言したのと同じ事だからだ。なので貴方もそれに気にする事無く、対等な関係で接して欲しいという事も含まれているのだろう。器がデカいと言うか、底が抜けている。もしこれが計算の上でやっているのだとすれば、それは最早バカの領域に入ってしまう事だろう。一生懸命私の弱みを握っておいて、その全てを捨てると言うのだから。

「……良いわ。今までの事は無かった事とし、貴方とは初対面のつもりで接する事を約束しましょう」

 私がそう答えると彼は本当に嬉しそうな顔付きで私を椅子までエスコートした。もしこれが演技だとすれば表彰状を上げたいくらいね。彼がボタンを押して紅茶とケーキを持って来て貰うように伝言すると、直ぐに妖精メイド達がやって来た。用意が済むと彼女達は一礼をして部屋から出て行った。

「それで?どのような事から話しましょうか」

 彼は紅茶を一口飲むと、そう話を振って来た。

「……貴方の目から見て幻想郷はどうかしら?」

「まだ見て回ってない方が多いので何とも言えないのですが……まぁ悪くないと思いますよ。私個人の意見としては大変気に入っている」

 悪くないというのは紅魔館としての総意。個人としては気に入っているか。

「今後幻想郷はどうなって行くと思う?」

「どうなるかは分からんが、当然良くして行きたいとは思っている。先程も言った通り、私は幻想郷が気に入っているからな」

 何故かは分からないが、彼は随分と幻想郷を御気に召しているようだ。この時点で私としては彼の言葉を疑う気は余り無くなっていた。分からない物を考えても無駄だからだ。それにここまでの度量を見せ付けられたのだ。信頼はまだ出来ないが、信用くらいはしても良いだろう。しかしそうなるとどうしても分からない事が一つだけ有った。

「貴方の妹達や部下の皆さんはカードを作っているようだけど、どうして貴方はカードを作らないの?」

 これだ。彼は最初の場ではスペルカードに興味を示していなかった。しかし結果としてはスペルカード戦を良しとし、今回の異変にも使われていた。当然これは当主で有る彼が全面的にスペルカードを押していたせいも有るが、当の本人は未だに一枚も作っていなかったのだ。これだけが私の中に残る最後の疑念だった。

「私としてもカードを作りたいのだが、何分私は魔力関係が苦手でね。まだ作れる程の実力が無いのだよ。恥ずかしい事だがね」

 彼は何の悪びれも無くそう言って来た。余りの自然さに一瞬だけだが信じてしまいそうにすらなった。そんな事が有る筈が無いのだ。吸血鬼の、西洋でも有数の当主が、妖精ですら作れるスペルカードが一枚も作れないと言って誰が信じる。私は彼の目を覗き見たが、彼は相変わらず自然体でこちらを見ている。何の後ろめたさも感じていないようだった。

 これは嘘だ。嘘だがその理由が分からない。しかし嘘を付くにしてももっとマシな理由が有るだろう。魔力の質が合わないからとか、空気が乾燥しているからとか……。彼としてもまだ私を信頼する所までは行っていないという事か。こんなにも分かり易い嘘を付いて来たのだ。本気で私と敵対するつもりならもう少しくらいは頭を捻ってくれる事だろう。あくまでも教えてくれないだけで、私に対してどうこうしようとする訳じゃないという事ね。彼がまだ教えるべきではないと判断したのなら、今回は信用して引きましょう。彼ならば何時の日かきっと教えてくれるでしょうから。

 その後も幻想郷の今後についてや、今有る駄目な所について話し合った。外の世界で有数の組織で有る当主と話す機会など滅多に無いのだ。私としては最善を尽くしているつもりで有ったが、やはり彼の目から見ると幾つかは駄目な点が有るようだった。しかも彼は短いながらも具体案を上げながら返答してくれたので、私の中でもついついヒートアップしてしまった。

 気が付くと目の前を漂っていた紅い霧は晴れていた。随分と長い間話し込んでいたようだ。彼を見ると少しソワソワして辺りを見回しているようだった。なる程。霧が晴れたという事は妹達が負けたという事になる。兄として心配するのは当然の事ね。そろそろ御暇(おいとま)するべきだろう。

「そろそろ時間のようね。今日はありがとう。お茶も美味しかったし、色々と考えさせられたわ。何時かまた私の家にも来て頂戴」

 私は椅子から立ち上がり、一礼するとそのままスキマを開いてその場を後にした。家に帰ったら先程彼と話した事を纏めよう。幾つか極論も有ったが、それでも一理くらいは有った。参考には値するだろう。幻想郷には余り運営に意見をくれる者は居ないのだ。久々に感じる知識欲を心地良く思いながら私はスキマの中を飛翔した。



[30271] 04-2
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2012/02/15 14:29
「むきゅー、負けたわ……」

 そう言いながらパチェと小悪魔が部屋の中へと入って来る。私とフランは椅子に座ったまま机の上に置かれた紅茶を飲んでいると、彼女もこちらに近付いて来て椅子に座った。直ぐに咲夜の紅茶がパチェの前にも置かれる。これで今この部屋の中には、お兄様を除く紅魔館の主要メンバーが全員揃っている事になった。咲夜と美鈴、小悪魔は皆それぞれ私達の斜め後ろに付いて立っている。

「お兄様はどうかしら?」

「変わらずね。まだ部屋の中であの女とのお喋りを続けているみたい」

 そう……、と呟きながら私は少し後悔していた。やはりお兄様に言わずに独断で動いたのは拙かったかもしれない。きっとお兄様は私を叱るだろう。フランは自分にも責が有ると言ってくれたが、それでも最後に決断したのは私だ。私が責任を取らなくてはならない。

 お兄様は幻想郷を乗っ取ろうとしている。その為の下準備も着々と進行し、その大方にも目処が付いた。もはや何時でも行動に移す事が出来るだろう。しかしその準備にも一つだけ足りない物がまだ有った。名前だ。幾らお兄様が優れた吸血鬼で有ろうとも、幻想郷においては新入りとなってしまう事だけはどうしようも無かった。元々お兄様は表舞台に出て、どうのこうのしようとするタイプでも無い事がこれにより拍車を掛けた。恐らく未だにお兄様の名前すら知らない妖怪も居るのではないだろうか。

 いざ行動に移った際に名声値というのは予想以上に大事だ。ポッと出の新人がするよりも「あのスカーレット家が!!」となった方が、より民衆に対してのインパクトが出せる。私はその手伝いがしたかった。

 幻想郷で有名になるのは簡単だ。武力を行使すれば良いのだ。しかしお兄様はそれを望まないだろう。だからこそ、こんなにも回りくどいやり方でやっているのだ。平和的に世間に名を広めつつ、更にスカーレット家の威厳も見せ付けなければならない。外の世界なら難しいそんな事も、この世界にとっては簡単な事だった。

 では何故独断で動かねばならなかったのか。それはこのスペルカードルールに付いての問題が有る。見て分かる通り、既に我が家が誇る門番、メイド、魔法使い、司書が負けている。これは普通に考えれば有り得ない事だった。直ぐにでも私とフランとお兄様が共同で動かなければならないレベルの出来事だろう。しかしこうなる事は既に異変前から予測出来ていた。

 力有る者が力無き者のレベルにまで下がってあげる。こう言えば聞こえは良いが、ハッキリ言ってこれは力無き者が圧倒的に有利なシステムだった。無論私達が本気を出せば人間など直ぐに殺せる。しかしスペルカードを使う以上、相手にも回避出来る猶予を与えなければならない。更に言えば相手が避けられるであろうと思われる程度の弾幕しか、こちらは張る事が出来ないのだ。避ける猶予は有るが、ほんの一ミリしか有りません。と言って誰が納得するのか。そんな事をすれば大人気無いと馬鹿にされるだろう。しかしじゃぁ一体どれくらいの隙間を開けたら良いのだ。二ミリなら良いのか?三ミリなら許されるのか。そういった細かい部分が何一つ決められていないのだ。こちらは相手の事を気遣いながら勝負をしているのに、向こうは全力全開で攻め込んで来る。これで対等な関係を示しつつ、僅差で勝つというのは至難の業だ。だからこそ私はお兄様に何も伝えなかった。

 お兄様に伝えれば、きっとお兄様が主導として動いてくれた事だろう。しかしそれでは駄目なのだ。お兄様の名前がこんな事で傷を受けるのは私自身が我慢ならなかった。きっとそれはこの部屋に居る者全員がそう思ってくれている事だろう。だからこそお兄様に対して独断で動く事を皆に伝えた時にも、誰も反対しなかった。

 フランが力を放出し、私がそれを操作した。きっと幻想郷中に私達の代名詞が届ききっている事だろう。人間の里だけはパチェに結界魔法を施してもらった。明日の新聞が楽しみだ。スペルカードを用いた異変第一号となるこの出来事は、きっと大きく報じられる事になるに違いない。私は少し含み笑いをしながら紅茶の味を楽しんだ。

 遠くから弾幕を放つ音が聞こえて来る。思った以上に進撃が速いようだ。フランを見るとカップを両手で支えて一気に紅茶を飲み干していた。緊張していないのは良い事だが、もう少し上品に飲んでくれると更に嬉しいのだけれど……でもやっぱり可愛いわね。私がそう余韻に浸っている中、扉が乱暴に開かれた。



[30271] 05
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2012/03/09 11:23
 私は一人居間で座り考え事をしていた。妖怪の山は制圧出来た。奴等は単純に私達が怖いだけだろうが、それでも跪く事を認めたのだ。本心からでは無い信仰だが、それでも幾分かの信仰は取り戻せるだろう。力を取り戻した私達は直ぐに本分で有る人間の信仰心へと着手をし始めたのだが、ここで驚くべく事態と遭遇してしまった。

 既に人間の里には確固とした信仰心が確立されてしまっていたのだ。そこに新規参入の入り込む余地は無く、私達は完全に二の足を踏む事となってしまった。博麗の巫女と秋姉妹を中心とした信仰。これが今現在、人間の里を支配している二大信仰だった。

 無論私達も馬鹿では無い。引越しをするにあたって前もって幻想郷の事は調べておいた。私が調べた時には間違いなくこんな信仰は行われていなかった筈なのだ。確かに移るにしても色々と準備が必要だったので大分時間は経ってしまったが、それでもまさかここまで状況が変わっているとは思いもしなかった。

 そしてこんなにも状況を変えてしまった勢力こそがスカーレット家だった。彼等は幻想郷にやって来たかと思えば、瞬く間に変革を実施した。結果こそ時間が掛かったが、準備期間だけで見れば僅か二週間にも満たない間に全てやってしまっていたのである。腑抜けきっていた幻想郷の住民では誰もそれを止める事が出来なかった。いや、それに気付きすらしなかったのだろう。今や幻想郷を衰退させるも繁栄させるも彼等の思いのままとなっていた。

 何故妖怪の理想とされる幻想郷に人間が入り込んでいるのか。それは妖怪や神にとって人間という存在は必要不可欠な物だからだ。神は当然信仰が必要で、妖怪も自分を恐れてくれる人間が居なければ存在する意義を失ってしまう。だからこそ、幻想郷の管理者である八雲紫も人間に対しては人一倍気を使っているし、わざわざ殺してはならないという不文律まで作ってしまっている。そしてその妖怪や神にとって一番必要とされる人間を完全に掌握しているのが彼等だった。

 彼等はまず財力で人間の里に侵攻した。館一つで乗り込んで来た自分達には物資が何も無いので、余り物で構わないから食料等を売って欲しいと取引を持ち掛けたのだ。今まで内需しかなかった里は当然これに喜んで飛び付いた。蔵や倉庫で眠っていた物がキチンとした適正な値段で買われるのだ。誰も彼もが喜んで彼等に物を売った。

 彼等は次に秋姉妹を祭った神社を里の横に作らせて欲しいとお願いして来た。元々農民達の間では信仰されていた神で有ったし、費用も維持費も全て彼等持ちだったので里は普通に許可を出した。彼等は惜しげも無く金を使い、立派な神社を築き上げた。秋姉妹がそこに就任すると、彼等は直ぐに食料品を買い漁った。勿論人間の里にとっては余剰品となっている物をだ。農民の蔵は次々と空になった。そして気が付くと、農民は里で一番のお金持ちとなっていた。農民バブルが里に巻き起こった。何せ幾ら作っても彼等が買い占めてくれるのだ。農業に興味が無かった者も農業を始め、また同時に人々は毎日のように秋姉妹の下へと通い詰めた。そこに偽りの信仰心はまるで無く、誰しもが本気で豊穣を願い、神に頭を下げていた。

 これに並行して彼等は自分達の館の中に分社を築き上げた。当然分社を築いてからも、彼等の秋姉妹信仰の態度は変わらなかった。むしろ内勤の妖精メイド達も参加し始めた事で更に信仰心が増える事となった。

 この騒動に一番驚いたのは秋姉妹だった。毎日毎日使い切れない程の信仰心が自分の中に流れ込んで来る上に、朝も昼も夜も上げ膳据え膳、多数の教育の行き届いた妖精メイドが跪き、人間達も自分達を本気で信仰している。吸血鬼からは金銀きらびやかな宝飾品を贈られて、着ている服装もそれに見合った肌触りの良い一級品をめかし込んでいる。こんな事をされればどんな三流神だろうとも神としての自尊心を取り戻す事だろう。だからこそ彼女達はもはや彼等を裏切る事は出来なくなってしまった。一度味わってしまえば、その快楽は麻薬。またあの吹きだめに戻る生活なんて選択出来ない。主従の関係が何時の間にか逆転してしまった事に彼女達は気付いているのだろうか。最近ではスカーレット家に取り入ろうとする妖怪達までもが秋姉妹を信仰し始めているらしい。今や秋姉妹は幻想郷内でも最も信仰を集めている神かもしれない。

 次に彼等は大衆情報を支配した。幻想郷内における情報は天狗による新聞か、口コミでの広まりぐらいしかなかった。更に天狗は基本的に内輪でしか新聞のやり取りをせず、新聞を作る事は自己満足での意味の方が大きかった。しかし中には変わり者の天狗も少数だが居た。その中でも変わり者の筆頭で有った射命丸文を彼等は抱き込んだのだ。私も一度会ってみたが、なる程と思った。真面目で融通が利かず、更には口では何だかんだ言いつつも、本当に裏が取れないネタは書かないというポリシーを持っている彼女はまさに理想的な人物で有ったであろう。彼等は彼女以外の取材は一切受け付けない物とし、事実上彼女を専属の記者とした。これにより彼等の動向が知りたい者は全員彼女の新聞に乗り換える事となった。また彼等は彼女の新聞を高値で購入し、人間の里にもバラ撒いた。その結果彼女の知名度は向上し、他の取材もしやすくなった。

 そこに利が有れば、人は必ず付いて来る。稀に金にも力にも屈服しない変人が居るが、それですら自分にとっての信念だとか理念だとかいう曲げられない物が有るからそうしているだけなのであって、自分はどっちでも良いと思っていて、更に自分にとっては得となって帰って来るにも関わらず、わざわざそれを潰すような馬鹿などは存在しない。彼女にとっては新聞を書く事。そしてそれを人に読んで貰う事こそが生きがいなのだ。高値の購読料のお陰で、彼女は今金銭的な事を気にせずに号外を作り続けられている。彼等が大量の新聞を買い続けている間は、彼女も裏の顔を書くような事はしないだろう。彼等も当然彼女の前では裏の顔を出さないし、そういう噂も流れない。彼女もわざわざ彼等の粗を探したりはしない筈だ。

 最後に彼等は里の守護にも乗り出した。人間達がバブルを謳歌している熱気に当てられて、考え無しの弱小妖怪達が里周辺に集まり出したのだ。これを好機と捉えた彼等は直ぐに自警団を設立。里の警護へと乗り出した。人を驚かせたり、軽症を負わせたりするくらいならば見逃したが、殺したり、手足をもぎ取ってしまう等の重症の場合には彼等は絶対にそれを許さなかった。例えどんなに弱小な妖怪相手だとしても彼等は草の根分けて捜し出し、それに制裁を加えた。しかし逆に里の外での出来事に関しては、彼等は一切関知しなかった。ただし彼等は博麗神社に頼る事を積極的に推奨したのだ。農業をする為にはどうしても里の外へと出なければならない人間達は博麗の巫女を頼った。これにより人里の内部は紅魔館が、外は博麗神社が抑えているという状況になったのだ。

 当然人間達は博麗神社への賽銭と言う名の寄付金には色を付けた。誰しもが自分達の畑を一番に守って貰いたいからだ。博麗の巫女は特に生活には困っていなかったが、それでも賽銭だと言われれば、それを受け取らざるを得なかった。彼女は立場上中立を保たねばならなかったが、彼女は人間だ。お腹だって減るし、眠くもなる。博麗の巫女は何事にも動じない強い精神力を有しているというのは有名な話だが、次々と目の前に金が積み上げられた時、果たして彼女は本当に何も感じなかっただろうか?それは私には分からないが、とにかく彼女も動いた。彼女も彼等と同じく「幻想郷のルールを逸脱した妖怪は許せない」として、度が過ぎる者達に対して制裁を加えた。

 ちなみに博麗の巫女が動き出したのを確認すると、彼等は博麗神社までの道のりを全て無償で石畳の道路へと改修した。これにより更に博麗神社への寄贈品は増える事となった。

 今や人間の里は紅魔館に依存していると言っても良い。情報、経済、宗教、軍事とその全てが彼等の庇護下だった。彼等が少しでも手を捻れば人間は右へ左へ右往左往する事になるだろう。つまりは幻想郷の根本を握っているのと同じ事だ。何処の組織も彼等に手を出せなくなった。

 私はチラリと壁に掛けてある時計の針を見た。今頃は恐らく早苗が吸血鬼達を相手に、如何に自分達が素晴らしい神なのかを声高にして説法をしている頃だろう。それを頼んだのは私だが、私はそれが実際に上手く行くとは思ってはいなかった。早苗にはもう数日はそれを繰り返してもらうが、あくまでもそれは顔繋ぎの意味が大きく、私達の存在を知らしめる為だけの行動だ。それが終わったら次は私が行く番だろう。

 私は必ず彼等を跪かせてみせるつもりだ。人は平等で有って平等では無い。数千の凡人を跪かせるよりも、たった一人の天才を跪かせた方が遥かに大きい信仰心を得る事が出来るのだ。西洋だけでは飽き足らず、東方の地まで足を伸ばして来た吸血鬼の当主を跪かせたら一体どれ程の信仰心が自分の中に流れ込んで来るのだろう。秋姉妹ではその余りある力を活かす事も出来ずに、未だに小さな範囲で種を蒔いてから数日で実を付けるといった程度の事しか起こせていないらしい。そんな軟弱な神などに彼等の力は勿体無い。私が彼等を手に入れた暁には、山をも動かせる未曾有の大災害すら片手間で出来るようになるだろう。本当に楽しみだ。私は無意識に口角が釣り上がるのを我慢出来なかった。



[30271] 05-1
Name: 豆腐◆4185b71f ID:e7b10c20
Date: 2012/03/13 13:24
 博麗神社怖い。何が楽園の素敵な巫女さんだよ。勘弁してくれ。結局あの後俺が見た物はボロボロになった館と、疲れ切っていた皆の姿だった。慌てて俺が駆け寄ると突然レミリアが頭を下げて謝って来るわ、それをフランや皆が「私にも責任が~~」みたいな事を言って庇おうとするわで、てんてこ舞いでした。いや別に俺怒ってないけど……。きっと侵入者相手に戦って負けた事を恥じてるんだな。まぁ負けたと言ってもスペルカード戦でだし、そもそもここで怒って「じゃぁ次は当主がお手本をお願いします」みたいな流れになっても困るので、普通に宥めて穏便に終わらせました。

 後日会議において、先日の侵入者が博麗神社の巫女とその友人で有る魔法使いと聞いた時には流石の俺も椅子ごとぶっ倒れそうになった。何処の敵対組織だと思っていたら、巫女さんでしたとかマジ幻想郷は化け物揃い。まぁ管理人さんですら既にヤバいもんな。巫女さんがチート能力でも、あながち嘘では無いかもしれん。そのまま博麗神社に付いての報告も上がって来たが、どうやら神社とは名ばかりの行政機関のようだった。暴れる妖怪有れば即出動。有無を言わさずにボコボコにするらしい。行政機関っていうか、ただのヤクザだな。しかしその報告を聞いて俺は直ぐに納得した。

 なる程なー。何もしてない俺達が何で襲われたのかと思っていたが、きっと彼女は新しく神社を作った俺達を危険視しているに違いない。聞けば今現在唯一の神社という事で、予想するまでも無くその利権は凄まじい物となるだろう。何でも酷い時には幻想郷の管理者の方から依頼が有り、迷惑を被っている人間からも有り、更には退治した妖怪からも金銭を掠め取っている事も有るらしい。夢の三重取りである。そんな所にホイホイと新しい神社がやって来たのだ。「ちょっとお前調子乗んなよ?自分の役割分かってるよな?」と殴り込みを掛けて来ても何ら不思議では無い。

 咲夜さんが報告を終えると「それで一体どうするの?」といった雰囲気になって来た。皆少し意見を言ってはチラリと俺の方を見て来る。まぁ結局の所「御礼参りするのかどうか」に付いてを、当主の俺が決めねばならんという事か。うーん、どうすっかなー。確かに俺の可愛い妹達を傷物にされたのは腹が立つが、事実スペルカード戦においては既に全員が負けるという失態を犯している。ここで乗り込んでも二の舞になるだけに違いないが、だからと言って武力行使っていうのも何だか違う気がする。というかこの幻想郷においてはスペルカード戦での強さはある意味で正義となるのだ。それに下手に巫女を倒してしまうと、その主である幻想郷の管理者という人が怒って出て来る可能性も多いに有る。ただの商売人で有る管理人さんや、神社の巫女がこれ程までに強い所を見るに、その管理者ともなれば絶大な力を持っているに違いない。そんな奴とあんまり敵対するような行動は取りたくないよなー……。という事で「次に何か言われ無き侵略を受けた場合はブチ殺す」という先延ばし結論で幕が下りた。

 その後館の修繕に力を注いでいると、秋姉妹を祭っている神社から「妖怪が何か周辺に集まって来ててヤバい」みたいな報告が届きました。一応そういう荒事に関しては博麗神社が受け持つ事になっているのだが、半敵対中のアイツならワザと動かないんじゃないの?と思ったので神社防衛隊を設立し向かわせました。ある程度の自由権は与えていたので、どうやら里の防衛も一緒にやっちゃうみたいです。すると何か里の方から「里の外も守ってくれ!!」みたいな意見が寄せられました。気持ちとしては守ってやりたいが、流石にそれはマズいんじゃないの?今ですら神社防衛を建て前にして無理して動いてる訳だし。下手に行動範囲を拡大し過ぎると、またあの神社との抗争に発展しかねん。というかそもそもこっちは本当に文字通りの神社をやっているだけなのであって、別に向こうのシマを取ろうとかは思っていないのだが……。まぁそれは向こうがそう思わなければ意味が無いので、里には悪いが博麗神社に頼ってもらう事にしておいた。

 一応その後博麗神社が動き出したので「俺達に敵意は有りませんよー」という事を示す為に、神社と人里を結ぶ獣道を石畳に舗装してやった。ここまでしてまだ敵対行動をして来るなら、もう知らん。

 その後も本国の方で起こっている事に付いての書類に目を通していると、妖怪の山から守矢神社の巫女さんを名乗る人がやって来ました。え?また神社増えたの?


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