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[30263] サガフロンティア2 レーテ侯伝
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/13 21:50
これは旧スクウェア(現スクエニから発売されたSaGa Frontier2の二次創作です。
内政・作成を主軸に置いており、主人公の能力がアッパー気味ですが、基本的に戦闘するシナリオが無いので問題ないと思います。

本作はサガフロンティア2ならびにアルティマニア、サンダイル年代記をベースに設定を作っておりますが矛盾が発生した場合こっちで正しいと思った記述を引用します。

基本的に年代順に進んでいきますが状況によって前の年代ものが出てくることがあります。

10/24 第1話初稿投稿

10/26 第2話初稿投稿

10/31 第3話初稿投稿

11/7  閑話1初稿投稿

11/11 第4話初稿投稿

11/21 第5話初稿投稿、第4話改訂

12/2  第6話初稿投稿

1/8  第7話初稿投稿

1/17  閑話3初稿投稿

1/31  第8話初稿投稿

3/12  第9話初稿投稿、誤字、脱字などの修正

3/13  閑話4初稿投稿



[30263] 1226年 アニマ至上主義に対する一見解
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2011/10/26 15:27
サンダイル暦1220年
フィニー王ギュスターヴ12世とノール侯ソフィーとの間に二人の息子が生まれる。

オート侯との決戦に勝利と共に生まれた子達はこれからのメルシュマン統一に於ける兆しであろうと認識した。

「先に生まれたのは」

「この子ですわ陛下」

産後間もない双子の左の子を指さす母ソフィーは、若干疲れていたが意識もはっきりしている。

「よし、兄は父祖を継ぐギュスターヴ、弟はジャンと名付けよう」

時代の革命児たる二人の父親として歴史に名を残すギュスターヴ12世は、史書に於いて権謀の人だと言われる。しかし、この時はこの瞬間だけは自分の跡を継いでくれる息子の誕生を喜んでいた。


ジャン殿下は幼少時より視点が違う人物であった。ギュスターヴ殿下は利発な子どもだったが、ジャン殿下は子どもの皮を被った大人のようであった ある書記官の手記より

サンダイル暦1226年
『鋼のギュスターヴ』の双子の弟というのは遺伝子的にはどうなのだろうかというのが生まれ落ちた時のジャンの感想だった。死ぬまでの記憶を持ったまま異世界に生まれ落ちるというのは中々体験できるものでは無いのだが、時折テレビ番組などで前世の記憶を持っていたという人が出ているのだから皆無ではないのだろうと結論づけた。

自分はかつて日本という島国で生まれ育った人間である。術やらモンスターのいる世界とは無縁であったことを思いだすと同時に、ギュスターヴという人名とファイアブランドという言葉は、四半世紀前にやっていた懐かしいゲームの世界であることに気付いたのだ。

有り体にいってしまえば地球という星で国内の平均寿命と比較するとやや短いながらも人生を大過なく終えた自分は、サンダイルなる世界に飛ばされたということになる。もっとも、譫妄状態の自分が見ている夢であることも否定できないが。

「しかし、ギュスターヴの弟とはな」

術不能者から当代を代表する人物と成った鋼のギュスターヴ。その最期はどこか織田信長に似ているのにだが、とりあえず今の関心事と言えば自分に術の適正があるか否かである。

鏡に映る兄に似た容姿を訝しむジャンは現在、6歳。術という現象の発露を扱ったことはないものの、意識すれば自分の体にアニマが巡っているのも「視える」。そう視えるのである。

「どうしたんだジャン、シルマール先生がいらっしゃるぞ」

勢いよく部屋に兄であるギュスターヴが入ってきた。自分が病弱とは思っていないが、兄ほど体を動かす才能が無いことも理解している。

(術不能者の方が肉体的に強い? それともギュスターヴだけの遺伝的特質か。これは調査した方がいいか)

「もうそんな時間か。分かった」

嬉しそうにシルマール師の元へ向かうギュスターヴを視る。白い靄のようなものが世界に満ちあふれており、これが大気に溢れるアニマであるとジャンは認識している。普通の人はアニマを吸って、呼気と共に吸った量より少ないながらも靄を吐き出している。だがギュスターヴはアニマを吸っているが靄が出ることはない。

人間もそうだが、生き物は酸素を吸って二酸化炭素を出すように大気中のアニマを吸い排出する。しかしギュスターヴはアニマを吸い込んでも出すことはない。これは生物的には歪である。

自分たちの師として招かれているシルマールはアニマを大量に吸い込んで排出する量は少ない。これはアニマコントロールが優れている証拠なのだろう。しかし、ギュスターヴはアニマを全然出さない。しかし「目」を凝らせばギュスターヴの中には生まれて時から蓄え続けられ濃縮されているアニマが存在していることが分かる。

当代最高の術士であるシルマールは、それを強いアニマと評した。それは黒い箱の中に入っているダイヤモンドを見つけるようなものであり、通常の人間ができるわけがない。もはや超感覚と言ってもいいだろう。

「絶縁体みたいなものか」

「絶縁体?」

目の前にいる30代の男性こそ兄弟の教師であり、当代随一の術士と謳われるシルマール先生だ。穏和そうではあるが、中身は結構熱い人物であることをジャンは識っている。

「すみませんシルマール先生、別のことを考えてました」

「ギュスターヴ君は真剣に勉強しますけどジャン君は・・・」

「申し訳ありません」

自分が術を使えることは理解していたので、今の関心は術で何ができるのかということだ。そういった点でシルマールの術に対する視野の広さは勉強になっていた。

「ギュスターヴ君は先に戻って結構です、ジャン君は少しお話しましょうか」

「きっちり絞られろよジャン。シルマール先生失礼します」

ギュスターヴが出ていくとシルマールはため息をついた。

「かつて我が師であるルナストル先生が私を見つけた時の話を冗談だと思っていましたが、その時の気持ちが良く分かります。ジャン君のアニマは同じ頃の私よりも多い」

確かクヴェルと勘違いしただったかな。確かにあれだけ濃厚なアニマを蓄える先生はクヴェルに匹敵するだろう。

「アニマの濃さならギュスターヴの方が上ですよ。ただ」

「ただ?」

「俺も先生も含めた普通の人間はアニマを術という形で発現できますが、もしアニマがあっても術が使えないのなら何が原因だと思いますか?」

「難しい質問ですね。術不能者が術を使えないのはアニマを蓄える能力に欠けているからですという見解が一般的です」
「では、術者と一般人、術不能者を比較した場合の健康的な傾向は。アニマが生命の源であるならば術士は統計的に長生きの可能性は高いと思いますが、一般人と術不能者は大して違わない。その辺はどうなんでしょう」

「その視点はいいと思います。アニマを生命の力と仮定するならば術不能者は若くして命を失うことになるでしょう。しかし現実的に術不能者の寿命が短いのは生活環境にあると思います。これは社会的な問題であって、生物的な問題ではありません」

「先生、俺はアニマを扱う才能があると思います。ですがそれは力を誇示するためでもなく、社会の問題や軋轢を少しでも少なくするために使うべきではないでしょうか。計算するのにアニマは不要ですし、芸術にアニマは不要です」

差別を無くすことはできないが、相対的に差別を少なくすることはできる。それが貴種に生まれてしまった自分の成すべきことだとジャンは思っている。兄は鉄を使い、自分は術を使って世界を変える。だが、これからの運命は知らないシルマールは嬉しいような悲しいような表情でジャンを見据えた。

「ジャン君、君の考えは尊いと思います。ですが、メルシュマンという土地は良く言えば伝統的、悪くいえば頭が固い人たちの集まりです。将来君はノール侯になる身。おそらく配下達が付いてこないでしょう」

「では、もし俺がフィニーを離れたのなら先生は協力してくれますか」

「それは私の弟子になりたいということでしょうか?  そんなことはあるはずもないですが、その時は君を私の弟子することにしましょう」

この時、シルマールは想像もしなかっただろう。フィニー王家の後継者であるギュスターヴがファイアブランドの継承に失敗して追放され、ジャンも出奔して共にグリューゲルに連れて行く運命を。



サガフロンティア2ファンの方はじめまして。
同じくチラ裏でバルドスカイのSSを書いています。
まあ他にも3つくらい書いて投げ捨てたのがありますが気にしないでください。

はい、よくある主役の兄弟に生まれたチートキャラが色々やらかすタイプの話ですが、相対的にギュス様の方にも設定的なプラス補正が加えてあります。
はーれむ? どんかん? 何それおいしいの? 貴族に恋愛の自由なんてあると思うの?

サガフロ2オリキャラものそれなりに増えて欲しいと思うんですけど中々無いんですよね。年代別に色々できるからやりやすいと個人的には思うのですが。つまるところはどうやってエッグをフルボッコにするかというのが課題になります。設定語りしてもウザイのでこれだけいきましょう。


ギュスレスは正義、浮気は認めない。
相愛なんだからさっさとガキ作っちゃえよ


目標は1週間に1回更新でメインストーリーは年内完結でしょうか。進めばサブシナリオを埋め込むことにもなるでしょうがそんな感じです。



[30263] 1227年 ジャン出奔
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2011/10/31 15:29
私はレーテ侯が幼少のみぎりにお仕えしたが、あの方は堂々と城を抜け出してしまう。夕方頃には戻ってくるのだが、侯にどうやって我々を撒いたのですかと訪ねると、『君達はアニマを信頼しすぎている』という答えしか返ってこなかった。当時の私には侯の仰ることが理解できていなかった。ただ私だけではなく、王城の近衛も侯を見つけることができなかったので特別な叱責を受けることはなかった。 ノール年代記より抜粋



1227年


写真など無い時代、貴族や商人など裕福な家では記念として絵を残すことが習わしだった。ここサンダイルでもそれに変わりはない。

今日は先月生まれたマリーの出産を記念して、フィニー王家は朝から休みを取りながら家族6人でモデルになっていた。

「記念とはいえ、これだけの人数を描かなければならないとは画家の人も大変だ」

ギュスターヴ12世にとって4番目にして初の女子であるソフィーの誕生は公人としても私人としても大いに彼を喜ばせた。長男であるギュスターヴがフィニー王家、次男であるジャンがノール侯家を継ぐのがほぼ確定しているが、三男のフィリップは国内に領地を与えるか、どこかに養子、または婿養子として送り込まなければならない。その点娘であるマリーは条件の良いところに嫁がせればいいという気分的には些か楽な立場だった。そして将来母親であるソフィー似であろうと期待できるのであれば父親としても鼻が高い。

「ところで、ジャン。お前はまた城を抜け出したというが警備に問題があるということか」

「秘密です。それに危険な場所だと思ったらきちんとジョルジュに同伴してもらいます」

ジャンの護衛であるジョルジュは、将来のノール侯であるジャンのためにノールから派遣されてきた騎士の一人だ。護衛団の中では17と一番若いが腕は確かなのでジャンが外出する際は同伴することが多い。

「そうか・・・お前が街を見て平民の暮らしがどのようであるかを知る機会があることはいいことだと私は思う。ジョルジュには苦労をかけるがな」

「確かに色々と困る方ではございますが、仕え甲斐のある方ですので」

フィニー王であるギュスターヴ12世とノール侯ソフィーの婚姻によって息子であるギュスターヴ13世を両方の統治者にすることも考えたが、双子であった為にギュスターヴにフィニー王家を継がせるべく譜代の家臣を、ジャンにはノール侯国から来た家臣を付けていた。ノールの家臣団は同君連合となった形式的には妻であるソフィーの配下だと思われている。譜代の家臣と外様の家臣をフィニーをという一つの枠に入れるのは息子たちの世代の課題になるだろう。できれば自分が生きている間にオートを降し、その圧力を持ってシュッドを降したいものだが息子が初陣を飾る頃までは内政に務めるべきだろうと考えていた。



「ジャン君、君が才能があるのは分かりますがあまり悪用して欲しくないのですが」

「ちょっとしたイタズラですよ。アニマをコントロールをしてちょっと認識をずらす程度のかわいいものじゃないですか」

サンダイルの人間は他者を見るとき、目で視認しているとともに、アニマで相手を確認している。ここでいうアニマは気配みたいなものだが、サンダイルの人間はアニマをもって他者を識別することが常識であり、術不能者でもアニマは持っているので人は術不能者を認識できるが、逆に術不能者は一般人を目視でしか認識をすることができない。これは日常生活はともかく、戦場などでは致命的であり、盾ぐらいにしか使えないといわれる所以だった。

では、ジャンがどうやって王城から抜け出しているかというと、アニマを周囲に溶け込まして認識しないレベルまで気薄にしているのである。ジャンの知識にあるサソリの技術の真似事だが、相性が良かったのかサソリもどき程度には使えるようになっていた。もちろん分かる人間には分かるもので、教師であるシルマールには認識されていたし、かくれんぼをしても兄であるギュスターヴには簡単に見つかってしまう。

「それで、ジャン君は何をしてるんですか?」

「今お店ではどんなものを扱っているのかとか、各地からの特産品の値段とかですね。そういえばツールって大抵がナ国からの輸入なんですが、どうして自国で大々的に開発しないのでしょうか?」

「確かに制作に簡単なものは自国で開発していると思いますが、機構が複雑なものは技術先進国であるナが圧倒的だからです。実物から解析しようとしても難しいですからね。ツール職人が徒弟制であることも大きいでしょう。ラウツホルプや夜の街では独自のツール制作技術も高いことは高いですが、生産量や地理的条件などで大量には捌けません。国土の4割が砂漠であるナ国にとって、ツールは国家事業でもあるのです」

「なるほど、ではフィニーからは麦などを輸出しているのですね」

「干物なども人気ですね。国土が広いので生魚を食べられる地域はそれほど多くありませんから」

「術で凍らせて運んだらどうですか?」

「南大陸は熱いところは本当に熱いので、それ専用のツールでも考えない限りコスト的に無理ですね。加えて街道の整備なども考えなければならないでしょう」

ここで交わされた話は当時のシルマールにとっては雑談程度の話だったが、ジャンにとっては金にも等しい情報だった。兄は鉄という技術で根を張るなら自分はツールという技術で根を張る。ジャンと兄の直接的な関わりは7年しかないが、おそらく自分が同じ場所にいれば疎まれるだろう。正直、シルマールの弟子という立場ならどこでも生きられるが、ギュスターヴと対立、あるいは彼の覇業に巻き込まれれば破滅しかない。ギュスターヴは王ではあるが政治ができない、義弟予定のケルヴィンは平時なら名君でいられるが、彼が本格的に政治の表舞台に立つのは非常時であり、生まれ持っての政治家であるカンタールに勝てるわけがない。おそらくフィリップは政治家になれると思うが、救えるのかどうか。

このように考えれば自分はナ国で力を蓄えて北方開発に向かうのがベストだろう。

「来月はファイアブランドの儀式大丈夫でしょうか」

「ギュスターヴ君ほどのアニマの持ち主なら大丈夫でしょう」

シルマールはギュスターヴが内包するアニマの巨大さを超感覚で認識していた。ジャンもそれを認めていたが、それは絶対に空けられない箱に入っているものだと諦念していた。前者は儀式が失敗するなど思っていなかったが、後者は失敗することを前提に今後に想いを馳せるのだった。



ファイアブランド継承の失敗はその場にいた者を通じて翌日にはテルム全域に広がっていた。ギュスターヴと生母であるソフィーが王城から去ったのはそれから3日後のことである。まだ5歳のフィリップは突然の出来事に混乱していたが、ギュスターヴの双子の弟であるジャンは平静を保っていた。もっとも、ここ一ヶ月間は「外出」を控えていたが。

「お呼びでしょうか父上」

父であるギュスターヴ12世、そして先日継承に失敗したギュスターヴの弟であるジャンの2人だけが、虚空に浮かぶファイアブランドを納めた継承の間にいる。いつもは疲れなどを顔に見せない父王が、心労か心なし顔色が良くないとジャンは思った。

「私が言いたいことは分かるな」

「嫌です。剣は2年後にフィリップに継がせてください。私が成功すれば母上は戻ってこられますが、ギュスはどうするのです」

「命令だ」

「剣が拒絶しますよ。クヴェルに意志があるのか知りませんが破壊されたくないでしょう」

ジャンは笑いながら、ダムで調整していた水量を一気に解放するように、自分の中に抑えていたアニマを絞り出す。術法も使っていないにも関わらず空気が振動した。過剰なアニマに反応したのかファイアブランドが赤く輝き炎を吹き出す。それは容量以上に水を注がれた皮袋が破裂する光景に似ていた。

「止めよ!」

父親の声を聞くと同時にアニマの奔流は収まり、ファイアブランドは通常の状態に戻っていく。やがて継承の間は静けさを取り戻した。

「ジャン・・・お前は」

「私も母上とギュスターヴに付いていくとしましょう。そうですね母恋しさに出奔したとでもしてください。フィリップがフィニー王になるのなら、私はノール侯として戻りましょう」

ギュスターヴ12世が脳裏に浮かんだのは、ノールに支配されるメルシュマンという自分が望んでいない構図だった。

「・・・ギュスターヴに済まないと」

「分かりました」

ジャンは継承の間を後にすると、その場にはフィニー王の象徴であるクヴェルとその主だけが残された。ギュスターヴ12世は歴史に取り残される自分を幻視し、それを否定するように首を振った。



「フィリップ」

今日も大好きな母と兄は帰ってこない。何かあったのだろうと心配する日々のフィリップの部屋をもう一人の兄であるジャンが訪れたのは夕暮れ時だった。

「ジャン兄様」

「いいかフィリップ、俺とギュス、母上はちょっと遠くの国に行かなければならなくなった。兄としてマリーのことを守ってやれよ」

「どうしてですか? ぼくも連れて行ってください」

「ダメだ。お前は跡取りとして立派に勉強しなさい。そうすればいつか母上やギュスと会えるから」

「本当に?」

「フィリップ、俺ができないことを言ったことがあったか?」

フィリップにとってギュスターヴはいつも遊んでくれる兄でるが、ジャンはどこか掴みようのない人だった。それでも街に遊びにいってきた帰りにはおみやげをくれるし、何でも知っている子どもながらに自慢できる兄だった。だからジャンの言うことは信じられる。しかし彼と兄が再会するまで10年を費やすことをこの時のフィリップは予想もしなかった。

この約束はフィリップの人格形成に影響を与えると共に、ジャンにしてみれば生きている内に弟達と母を合わせなければならない――歴史の流れを変えるきっかけでもあった。フィリップの部屋を出て自分の部屋に向かうと扉の前にジョルジュが正装で立っていた。3年くらいの主従であってもお互いに言いたいことぐらいはわかる。

「ジョルジュ、色々迷惑をかけて済まなかった。これからはフィリップを支えてくれ」

「畏まりました。我が君」

「俺は忠誠に値しないと思うよ」

「ですが、約束は守る方ですから。できるのであれば剣を交わすことがないように祈っております」

そしてジャンは用意していた鞄を部屋から持ち出し、部屋を後にした。騎士は全てを捨ててでも幼き主に仕えたいという願望を抑え、主が見えなくなってもなおその場から動かず、頭を垂れ続けた。

彼こそ主命に従って騎士としてノール侯フィリップ1世ならびにフィニー王フィリップ2世を仕え、メルシュマン史における歴史的一級資料として知られるノール年代記を残すサンド伯ジョルジュである。



予想よりコメントを頂きまして恐縮です。感想返しは掲示板の方で変えさせて頂きます。

後ほどはじめにの方に追加で書きたいと思いますが、本作では一般術を「術」と戦闘などで使う術を「術法」を分けております。というのは石の包丁の力を引き出して切るというのも術に当たるとサンダイル年代記に書いてある為です。普通に戦闘用の術の授業をするとギュスターヴに才能が無いのが分かってしまうため、習慣として「10歳前後まではアニマの安定性などを考慮して才能があると分かっていても術法を教えない」という設定をねつ造しました。

あと主人公の話し方が大人じみていると思うかもしれませんが、中世において、7歳にもなれば親の手伝いあるいは徒弟として社会に組み込むわけですから、小さな大人として扱うべきと考えました。当然大人達もそれを前提にして話しています。サンダイル1200年代は歴史区分でいう中世から近世への過渡期くらいの認識です。

以降は舞台を南大陸に移しますが、ちょっと悩んでいる点が一つ。ウイルの嫁問題。具体的には彼女を潜入させるべきか否か。ベエンダーとの絡みなのでメイン筋ではないのですが、年代的にはまだ時間があるのでそれまでに考えます。




[30263] 1232年 ジャン12歳
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2011/11/11 10:16
グリューゲル
南大陸 ナ国の首都

ここに移り住んだギュスターヴ母子は、ナのスイ王から屋敷を与えられた。
それから5年、ギュスターヴはすっかり乱暴な子供として有名になっていた。
術不能者であり、追放された身であるという事実は、年を追い、成長を重ねるに従い、彼の心をねじ曲げていった。
一方、ジャンはフィニー時代より膨大な本と、シルマールに術とツール製作技術を教えてもらえるという環境に満足していた。



1232年

「モンスター化した個体のことは分かりませんが、一般的な植物が花を咲かせるのは日光と水でエネルギーを作り出しているからです。鳥が空を飛ぶという行為は上がるまではかなりのエネルギーを使いますが、後は位置エネルギーの問題です。エネルギーという点ではアニマを使っていますが、本能的に術を使っている可能性は否定できません。それとこのモンスターという外敵が多い世界で、個体的な強さはともかく、最大の勢力圏を人間が作り上げた理由は、術の力もそうですが、組織化できたことが大きいと思います。多数でぶん殴るのが一番負担が少ないですからね。少数派を排斥する要因でもありますが」

術不能者の兄の行動と、それを諫める母の言葉に対しての弟の反応は同情でも優越感でも無く、学術的な分析だった。

「ジャン君はギュスターヴ君が嫌いなのですか?」

「俺はギュスを無能だと思ったことはありません。あいつが台頭したとき、今あいつをバカにしていた連中は後悔するでしょう。特に手のひらを返したように見捨てた家臣達のことを忘れませんよあいつは」

それは予言というより確信だった。保身の意味もあったのだろうが術が使えないと分かった途端、ギュスターヴに付けられていた家臣達の態度は冷たかった。この仕打ちを7歳のギュスターヴは忘れなかった。事実バケットヒルの戦いでもっとも鋼鉄兵団が投入されたのはかつてギュスターヴに付けられていた家臣の家であり、代替わりして当主になっていた家臣達は殺され、領地は没収されるという悲惨な目にあっている。

余談だが、ギュスターヴ13世に精神的な圧迫を与え続けた男は、鋼鉄兵に対して以下のような戦術を考案していた。

「術不能者と鋼鉄の武具の組み合わせは術に対して驚異的な耐性を持つが、呼吸器官が強いわけではない。またその性質上、移動速度が遅い上、こちらの射程は1.5倍ほどある。鋼のギュスターヴは強靱であり、直属の鋼鉄兵団は攻勢においては世界最強かもしれないが、地形的な条件で嵌める手段はいくらでもある。酸欠と脱水症状を起こさせるのが一番楽かな」

それを聞いたワイド時代から参加している古参の将軍は、一瞬自分の手を汚してでも主君の障害を排除すべきか迷ったが、おそらく死ぬのは自分であり、それを口実に戦いをするという未来を思い浮かべて実行に移せなかった。将軍と同じ席でその話を聞いていた師は、弟子の術法の恐ろしさを考えれば、兵を使って戦争をするという行為そのものが枷をつけるようなものであり、本来は一人で戦った方がコスト的にも人的被害を考えた上でも無駄がないにも関わらず敢えて普通の手段を取っていることを知っていた。



さて、現在のジャンの立場だが、正式にシルマールの弟子になると共に、同年代の貴族の子女と同様に様々なことを学んでいた。ことに宮廷儀礼や法律に関する知識は同年代の誰よりも優れている。ジャンは自分が変わり者であることを理解しているが、同時に容姿と生活態度さえきちんとしていれば阻害されないことを経験から知っていた。

それでも、母や兄のことを侮辱されようものならやり込める程度のことはしていたので、積極的に友誼を結ぼうとする人間はいなかったが、ギュスターヴのように腫れ物のように扱われることもなかった。そして異国の地でも以前と変わらず自分のスペースを確保できる弟の存在はギュスターヴにとって自分の心に突き刺さるとげのように思えた。頼んでもいないのに付いてきた弟、術不能者である自分に対する悪意に敢然と立ち向かう弟、大人達と混ざっても対等に話せる弟。そして、世界最高の術士ジャンへの向けようもない苛立ちを自分より弱い存在に向ける問題が解決するのは、彼が月夜の夜に出会った幽鬼の剣に魅入られ、兄弟が再開するもう少し未来の話だ。

「ジャン君は将来ノール候を継ぐ、場合によってはフィニー王家に戻るのですからあまりこの国に深入りしない方が良いと思うのですが」

ジャンは自分たちの亡命を受け入れてくれたナ国の現国王であるスイ王に気に入れられており、近い内にグリューゲルとは離れた飛び地になっている領地をもらえそうだった。その話は母親であるソフィーにも伝えられており、現時点では若すぎると保留しているが、ジャンは意外と領地経営に前向きだった。

「父上がシュッドから後添えを迎えて弟が生まれた以上はフィリップがノールの跡継ぎです。ならば自分の生活費を稼ぐ方法は考えないとダメですからね。商人でも術士でもヴィジランツでも生きていけますけど、政治的に問題がありそうな親子を抱えてもらっている恩もありますので、返せるなら返したいと思うんですよね。母は反対するでしょうけど、割と居心地がいいからここに定住してもいいかなと思っていますし、将来的には北大陸の開拓団に行ってもいいですね」

ジャンほどの強大なアニマの使い手であれば、どの分野に進んでもある程度の成功は見込めるとシルマールも思っていた。だが、世界でも屈指の術士になれる才能を政治に携わることで無駄に費やすのは勿体ないと思うのは自分が術士の立場で考えた答えであり、貴族である彼の役割は支配者であることも理解している。

正式に弟子入りしたジャンの希望は術を極めることではなく、ツール職人の家に生まれた自分の持つツールの製作技術であり、教え初めて4年になるが、将来的に既存のツール職人の仕事を無くしそうな新理論を用いたツールは、戦争の有り様も変えてしまうことも想像できた。それが社会に出るならば管理あるいは最低限意見できる立場にならなくてはならない。ならば彼は自分の発言力を高めるためにも領地経営を成功させるしかない。

「ですがジャン君、君はあんなものを作って世界を征服したいのですか?」

「術不能者が戦場に駆り出されれば盾程度の役割しか与えられません。しかし、私が今考えているツールならアニマの強弱は術士以外にはほとんど意味を持たなくなる」

弟子の発言の意図を理解したとき、シルマールは空恐ろしくなった。

「多分、兵器として使われるのは一回か二回であり、後は抑止力として機能させますよ。あれを制作できるのは私が今後経営する領地か商会の工場、保有するのは私とナ国の王家だけ。ナを中心とした緩やかな国家体制から経済、軍事的な一大強国とその影響下にある周辺国という枠組へ組み替える必要があります。ツールのことは陛下には話していませんが、陛下も私の案には前向きです」

「そこまで話しているのですか、ですがこの事をソフィー様は?」

「母上に要らぬ心労を増やす必要はないでしょう」

将来的にナ国の力が減退することをジャンは知っていたし、スイ王もその傾向があることを理解していた。同じ王でもフィニー王はハン帝国の公爵位が相当であり、現在のフィニー王家であるユジーヌ家はハン帝国の直系の子孫ではない。それに対してナ国はハン帝国の王族が築いた王国であり、叙爵の権利がある世界最高の権威を誇る。だが南大陸の外に目を向ければ、ナ国に並ぶ歴史を誇るラウツホルプ公国やシュッド侯国から姫を迎えたことでメルシュマン統一が目前になったフィニー王国。また大陸内でも伸長著しいワイド侯国などがあり、このままでは権威だけの国に成り果ててしまう。ジャン・ユジーヌはそれを理解した上で、スイ王に自分の考えを告げた。

「国力の増大は一朝一夕では敵いませんが、第一に飛び地になっている王家の直轄地の整理をしなければなりません。そして派遣されている代官が悪政を敷いているのならば正さなければならないでしょう。私のような若年のものが派遣されれば代官も油断するはずです。かなりの税を懐に入れて、娘などを味見するようなあくどい人物、これは殺してしまいましょう。本人は白を切るつもりでしょうが、自白させます。これをもって一罰百戒とし、後の代官に関しては領民にたいして5年ほどの税の減免、これは代官の持ち分から搾り取ればいいはずです」

おそらく10代でこれほど政治を語れる存在は稀だろう。今年で20になる息子のショウでは対抗することもできないと痛感したと共に、ギュスターヴ12世という男は息子にどのような教育を施したのか興味を覚えた。だが今重要なのは、緩やかに衰退の時を迎えるか、隆盛を取り戻すべく動くかの選択を迫られたことだ。

(この子どもは劇薬だ。自分なら統御できるかもしれないが、ショウとは相性が悪い)

スイ王は正道を歩むように嫡男であるショウを育ててきた。ナ国の王に求められる資質は調停者であり、謀略ではない。10年後はまだ生きているつもりだが、国政に関しては王太子であるショウに大半を委ねるだろう。ナでも少なくない血が流れる、それは仕方ない。だが既得権益を脅かされた者がショウを唆してジャンと敵対するようなら、負けるのではないかという不安が脳裏をかすめる。

「ジャン・ユジーヌよ。お主は何故余にこのようなことを告げた?」

「兄はいずれ国を取り戻すでしょうが、私と分けるには小さすぎます。ならば自分の足場は自分で作らなければなりません。できれば北方開発で切り取りたいんですけど」

「つまり余とお主との間で盟を結びたいと言うことか」

「子どもの世迷い言と一笑に付さない辺りが統治者としての条件だとするならば私には無理ですね。陛下が生きている限り私と陛下は共犯者であり、身罷った後も理不尽な事態に陥らない限りは私はナ国の為に尽くしましょう」



ナ国の王スイは幼いジャン・ユジーヌの才を認めて、13歳の彼にケッセルの地を与える。前任者である悪代官の不正を暴いたことと、領地経営の巧みさを評価したスイ王は、ジャン・ユジーヌを信任して王領の飛び地の監視ならびに、領邦国家への調査権を持つ監察官に任官した。ジャン・ユジーヌは監察官の仕事をレーテ侯爵に就任するまで続け、ナ国の中興の祖であるスイ王の忠臣として後世の歴史家からは高い評価を、同時代の庶民からは敬意を、同時代の権力者にとっては恐怖を持って次のように呼ばれることとなる。

すなわち「王の目のジャン」と



地名はナ国なのですが、国家体制は地名などを見るとドイツなので基本的に原作に登場しない地名はドイツ圏またはオランダ、スイス辺りから取ります。

王の目に関しては古代メディア王国やアケメネス朝ペルシアのサトラップ制度に対抗する王の目という監察官の制度から取っています。まあ領邦国家に対しては、収支決済や保有兵数などを監視できる権利があるわけではなく、領民から訴えがあれば調査する権限を有するだけです。ぶっちゃけるとスパイというより架空の水戸中納言さん的な役割ですね。

次回は1235年をお送りします。

あとジャンの言葉が受け入れやすい理由は次回にでも詳しく書きますが、エッグやミスティさんがやっていることと大差ありません。

捻くれたガキと生意気なガキ相手にちゃんと対応できるシルマール先生が人格者すぎて困る。メルル(岸田メル先生)くらいはっちゃけたシルマール先生がいてもいいと思うのに。



[30263] 閑話1 アニマにまつわる師と弟子の会話
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/12 20:08
アニマの感応作用についての一考察というレポートが弟子から手渡されたのは彼が11歳になった時だった。内容の趣旨としてはアニマを感じることに慣れすぎた現在の人々はアニマのふれ合いをもって好悪を決める傾向にあり、術力がある一定ライン以上あるいは以下ではない限り特にその傾向が強くなる。ここで言う一定ライン以上とは術士、一定ライン以下というのは術不能者のこと。

大人顔負けの文章を書けるこの子の才能には驚かされるばっかりだが、内容を読み進んでいく内に主旨の危険性を理解した私は読み終わるとため息をついた。

「これは公開できませんね」

強い怒りによってアニマが暴走すると言われるように、アニマと感情が結びついていることに関しては古来より言われてきた。原始社会に於いてはアニマを薬などを使って暴走させることで自然と一体化を図ろうとした宗教もあったそうだ。英雄のカリスマなどもこの理論で行けば証明できるだろう。ここまではいい。問題は他者の感情を意図的にコントロールする、あるいは記憶を読む術の方だ。

「好悪を弄る程度ならほぼ一瞬で、特定の命令を聞かせるなら多少時間はかかるが実現可能。ただしあまり複雑な命令は無理」

これが本当であるならば、戦場で敵の将軍を殺すなど大抵の犯罪が可能になってしまう。

「ジャン君はこれを犯罪に使ったことは」

「危害を加える目的で使ったことはありません。術不能者に効かないことはギュスターヴとフリンで実証しました。一般の方々に関しては商売でちょっとオマケして貰った程度です。プラス方面に使ったことはありますが、マイナス方面に使ったことはないので理論上はできるという感じです。モンスターに対する魔除けの周波数も研究中ですが何分外に出る機会がありませんので」

「魔除けに関してはツール化できれば公開してもいいですね。しかし、魅了(チャーム)と催眠(ヒュプノ)、読心(リーディング)に関しては私とあなただけの秘密とします」

「一門の秘伝として残さないのですか?」

「一門の跡取りに君を据えることはできません。そしてこの技術は悪用される可能性が高い以上、当事者である君と師である私が墓まで持っていくべきです。一門の秘伝には精神攻撃に対する防御方法を残します」

自分の後継者がこの術を使って暴走などしたら、師であるルナストル先生にいい訳が立たないし、そもそもここまで精緻なアニマコントロールができる人間が今後現れる可能性も少ないが万が一のことはある。ならば別の理由を付けて対策だけを伝えればいい。

「私たちはアニマを盲信しすぎですね」

アニマを前提とした行動原理と社会構造。

「だから、俺はギュスターヴを畏れ、敬うのです。アレはアニマを見ないで人を見る。ナルセスさんのアニマを用いた人相見は見事ですけど、惑わされない術不能者の信を得るのは本当に難しい。彼らは俺達とは違う見方で世界を見ている」

彼に関わった全ての者が一度は思うだろう。彼がもし『ギュスターヴ』だったならと。その夢想が実現したならば恐らく1230年代にメルシュマンは統一されていたであろう。だが現実はギュスターヴは術が使えない兄が名乗っており、弟は自分の弟子として術を学んでいる。だが自分にとってはそれで良かったかもしれないと思う。もし彼が王になっていたのならば、ここまで濃密な関係では無かっただろう。彼にとって政治の師は父であり、この国の王であるスイ王であるが、いずれ越えていくとしても、今の彼に術の理を教えることができる特権を享受できるのは自分だけだ。

『私は君という弟子を得ました。子どもの君を見つけた時は正直嫉妬しましたが、同時に育てたいという欲望が生まれました。自分の得た技術を全てたたき込める存在がいるというのは幸せです。君にもそういう存在が現れるといいですね』
ルナストル先生は晩年ふと自分と出会った頃の話をはじめたことを思い出した。それはまだ私がテルムに行く前の話だ。ジャン・ユジーヌという人物の成長を見続けてようやく師の言葉の意味を理解したが、同時に最低でももう一人、術士としての一門の技術を教える必要があるだろう。天才を枠の中に組み込むことはできても、規格外を枠の中に組み込むことはできない。

「ジャン君の見える世界はあるいは古代文明の人々に近いのかもしれませんね。君ならいずれクヴェルを作ることもできるかもしれません」

この子はとにかく目がいい。アニマの強弱や流れを感じることは術士の必須条件だが、それは一般人がアニマを感じるという行為の延長線上である。しかし弟子であるジャン君はそのレベルを超えている。以前、どうして見えると思うか聞いたことがあるが、逆に何故感じられることに違和感を覚えないかと問い返された。常識だからと言ってしまうのは簡単だが、自分とて学究の徒である。答えはまだ保留しているが、私と彼が生きている内に出したい宿題の一つだ。

「俺がもう少し成長して、ツールやクヴェルについて詳しくなった時、先生に相談したいことがあります」

「そうですか、君から出される宿題はいつも困難ですからほどほどにお願いしますよ」


後世に於いてシルマールの名は、ジャン・ユジーヌの師であると共に、近代ツール技術史における尤も重要な理論の発案者としても残ることになる。

アニマの干渉作用による増幅回路―通称シルマール回路の考案者である彼は、弟子であるジャン・ユジーヌの発明するツールの基礎になったことから、後世では技術者として位置づける場合もあるが、政治家・術士・発明家・商人・教育者など様々な顔を持つ弟子に対し、生涯術士という肩書きを使い続けた。術一辺倒の時代から鉄やツールの時代に変わると、利便さを享受しながらも過去を懐かしむ人たちによって、「最後の術士」ヴァン・アーブルと共に、「最高の術士」と称され重要な歴史のキーパーソンとして史書や物語に登場することとなる。

1230年代前半の彼は、破天荒な弟子から出される宿題を解くという楽しみもあって割と充実していた。だが、30年代半ばに起こる様々な出来事は自分や教え子達の環境を大きく変えるものだった。



サガフロ2のギュスターヴ編は歴史物であり、レーテ侯伝も三人称で進めています。それに対して閑話は基本的に一人称で進行します。ナイツ編だと一人称の方がいいかなと思いますけどね。

アニマの強さが人に影響を与える点に関しては、ミスティの企みで彼女がやっています。エッグはさらに所持者の記憶を読んでいるわけですが。

魅了(チャーム)→周囲の人間の感情のパラメーターを変化させる。

催眠(ヒュプノ)→ある条件下で行動をする。『3回連続で大きい音がしたらまっすぐに走れ』みたいなことに使える。『本陣を術で吹き飛ばせ』とかも可能だが『自殺しろ』は不可能。

読心(リーディング)→接触して質問をして思い浮かべた情報を読み取る。全ての記憶を瞬時に奪えるような器用なものでは無い。

設定は出したものの、実際に使用する描写があるかというとそんなに無いのですが、潜在的に術者の方が危険すぎて迫害されかねないという説明の為に閑話として置かせて頂きました。

本当は1235年が次のはずだったのですが、そっちは今週中にアップします。



[30263] 1233年 少年統治者
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2011/11/21 14:15
今ではツール分野における世界的なシェアを持っているユジーヌ商会だが、同商会がツールを一般に販売するのは1240年代に入ってからのことであり、発足時に扱っていたものといえば彼が領地として賜ったケッセルのブドウから作り出したワインだった。その当時、ワインの生産地としてはメルシュマンやラウプホルツが有名で、特に年間50本ほどしか作れない『ラウツホルプの雫』という特別なブドウを使ったワインは、非常に高価で王侯や大商人しか飲むことができない人気の商品だった。対して、南大陸のワインはそれほど評価が高くなく、売るというより村の内部で消費してしまうことが多かった。


1233年


約150名の人が住まうケッセルという地が13歳になったばかりのジャン・ユジーヌに下賜される際、彼が最初に求めたのは自分を補佐してくれる人物の紹介ではなく、過去5年間のケッセルの税収と、その周辺の領地の大まかな税収、そして天候状況だった。

5年前というとジャンはすでにグリューゲルにいたので、不作だったか豊作だったかなどの大まかな情報は持っていたができるだけ正確なデータが欲しかったのだ。

「税制報告書は探せばあるが、グリューゲルなどの大都市ならともかく、ケッセルの周辺地域の天候状況はわからないと思うが」

「できるだけ事前に調査しておくと手間が省けますから」

そう、彼の役割は領主としての役割もあるが、求められていたのは綱紀の粛正だった。そこで目を付けたのは、村の戸籍調査と税の納入額、そしてグリューゲルにある報告書の比較だった。

任命されてから一ヶ月で必要な資料を全て揃えた彼はケッセルに赴くが余り歓迎されたものでは無かった。13歳の少年が供も付けずに領主としてやって来ても、信用されるわけがないのはジャンも理解していたし、麦と野菜、葡萄、そしてささやかな畜産という農村を農業という分野で急激に発展させる術を知らない以上、余計な口出してもしょうがないと思っていた。自分の知恵が役立つとするなら秋の収穫まで待つ必要があるだろう。ならば、秋になるまでに本業の方を片づけるべきだ。そのような結論に達したジャンの動きは速く、戸籍の調査と取られた税金について確認した。


村を治める村長とは別に、王家の直轄地には代官と呼ばれる領地の監督と税収を集める役割を担う者が派遣される。普段彼らは王都に住んでいて、定期的に担当の村々を訪れるのだが、彼らは基本的に領地の持たない次男や三男の貴族であり、国からの給金で生計を立てていた。

極端な話、彼らの仕事は村から集めた税金をそのまま、王政府に渡すだけなのだが、不正というのは行われる。1割~2割程度のごまかしなら誰でもやっているか5割増しの税金は無茶苦茶だ。

「・・・いくら本業でなくてもこれだけあからさまだと気付くよな」

前世では会計士を使ってはいたが、それでも数字の間違いや不正が行われないように目を通していた経験から、誤魔化す際の方法というのはパターンがある。シンプルなものとしては、収益を低く報告するか、納税者の数を操作するか。ジャンの前任者である男は、この両方を併用して王都に報告していた。

「宮廷の税務にまつわる書類まで改ざんされているのなら問題でしたが、その辺はザルだったようで助かりました。もっとも周辺の領地の収支報告書なんて代官の権限では見ることができないので当然ですけど」

もちろん、周辺の領地に関してはジャンでは無く他の人物が派遣されたのだが、各地の領主達も全体の収益ならともかく王領に隣接する村落の収支だけなので包み隠さず報告した。

かくして現地の報告から周辺の領地に比べて異常に高い税金を納めたはずなのに、グリューゲルに納められた金額は減少しているという不可思議な状況が明らかになったので、ジャンは諸々を揃えてスイ王に提出した。

「その有能さをもっと別なところに使っていれば処断せずに済んだものを」

ため息を吐くスイ王だが、そもそも不正などしようと思えばいくらでもできる仕組みに問題があると両者は理解していた。非難することは簡単だが、それが何十年もまかり通ってきたのだからとすぐに改善できるとは思っていない。まずは領民が自発的に働きたいと思える環境の整備が自分に与えられた役割だろうとジャンは思っている。とにかく今は自分がやるにせよ、将来的には人材育成の必要があるだろう。

「財産の没収に加えて、売られた娘を買い戻さなければなりません。不正が原因とはいえ、一度売買契約が成り立った以上、代金のやり取りもなく陛下が指示されれば不要な軋轢が起こるでしょう」

代官や税務官の税金の意図的なごまかしに関して死罪は免れないし、財産は没収、家族も追放というのが当時の決まりだった。今回の場合さらに問題があり、税金の不足分代わりに子どもが昨年と一昨年一人ずつ売られている。これは不正を見逃していた統治側の責任なのでジャンとしてもできる限りの事をしなければならない。

私腹を肥やすのも人身売買も犯罪であることに変わりは無いが前者はともかく後者は人倫の道に背く。かくして、ジャンはそれをやらかした前任者に対して容赦しなかった。

「残念ながら、あなたの処刑は確定しています。財産は没収しますし、あなたが売った子ども達を買い戻せないあるいは、死んでいた場合は、あなたのご家族に同じ境遇をしてもらうことになるでしょう。田舎の娘より没落した貴族の娘の方が教養がある分高く売れるでしょうから」

呼ばれたケッセルの前代官であるドミニクは登城したところを捕らえられ、取調室に連行された。そこで待っていたのは確かジャン・ユジーヌという彼の後任だった。

「お、俺だけじゃない。代官なんて甘い汁を吸っていて当然じゃないか。何で貴族である俺がこんな恥辱を受けなければならないのだ!」

読み上げられる不正の正確さに蒼白になっていくドミニクはジャンに対してわめき散らしたが、ジャンは怯えることなく切り返した。

「私が賜った領地を以前監督していたのがあなたで、人身売買まで手を出していたとなるとこちらも容赦する必要性を感じ無かったといったところでしょうか。それとあなたは既に本家から縁を切られていますので、貴族の身分なのか怪しい状態ですね」

ドミニクは既に自分が助かる可能性が全くないどころか、妻や娘達の未来も絶望的だということを理解した。だから、彼の提案は暗闇につつまれた己を照らす。光に思えたのだ。

「もっとも、あなたの不正はあなた個人の罪であり、財産はともかく、ご家族を売るのは私としても心苦しい。どうでしょう、あなたが知っている同僚の秘密を教えて頂ければ、ご家族の安全は私と陛下の名において保障いたしましょう」

相手を絶望状態にし、救いの手を差し伸べる。更に感情を操作することで親近感を抱かせることに成功したジャンは、欲しかった情報―他の代官達の運命を握るカードを手に入れたのだ。

「拷問吏でもここまで鮮やかに自白はさせない。あの飲み物に何か効果があるのか」

「別に自白させる効果はありません。子どもである私のバック―陛下ですね。私が赴任して2ヶ月でこれだけの資料を集めるのは不可能だ。ならば陛下に誰かが密告をしたのではないかと疑心暗鬼に陥った。どうせ自分が死ぬなら道連れにしてでも家族の安全を買いたいという心理は人間らしいと思いませんか」

一緒に調書作りをしていた書記官と騎士は、目の前の少年が術不能者として蔑まれるギュスターヴの弟であると共に、フィニー王ギュスターヴ12世の子であることを思い出した。ジャンはテルムとグリューゲルで政治を学ぶと共に、市井に混じりながら人の動かし方を学んでいた。それが今花開こうとしている。

今は少年領主として笑っていられるかもしれないが、少年も5年、10年経てば青年になる。その時、ナ国にとって良いことなのか悪いことなのか。今の彼らには想像することはできなかった。

ドミニクの不正について、本人は処刑、財産は没収、家族は追放という処分が下された時、他の代官は震え上がった。これらの犯罪に手を染めていない者は一握りしかいなかったからである。

同時に『計算違いで報告した場合も考えられるので、その場合は速やかに報告し、差額に一割を加えた金額を納めれば良い』という布告は彼らを救うこととなる。期間は過去10年間、もっと遡ることもできたのだが、これ以上の追求は、宮中の官吏を過労死させる可能性もあったので却下された。綱紀の粛正としてはこれで十分だからだ。



一年前に12歳のミレイユを連れて行った男の後任者―新しい領主といわれた少年に貴族らしい傲慢さは無く、理不尽に対する怒りの表情が見て取れた。そしてできる限りの手段を尽くして取り戻すと約束した。

それから3ヶ月後、少年はミレイユと一昨年売られたジーゴのところのアンナを連れて戻って来た。そして村の主立った者を集めてこういったのだ。

「今後5年間の税を引き下げます。これはスイ王陛下の勅命なので少なくとも陛下が取り消さない限りは有効です。また、取りすぎた税は一部でありますが返還します」

「ほ、本当でございますか」

「もちろん、天候によっては皆さんに苦労をかけることもありますが、家族を売らない、餓えで人を出さない努力はしていきます」

この言葉を聞いてある者は涙し、ある者は平伏した。この方は今までのような代官とは違うと思った。子どもの理想論でいずれ汚いことをいうだろうと警戒している者も一部はいたが、とりあえず民の心を掴むという意味では成功したと言っていいだろう。



娼館に売られたミレイユはまだ客を取らずに先輩達の世話をしていたが、来年には客を取るんだろうなと幼いながらに思っていた。涙する父と母の姿は忘れることができない。

「ミレイユ、お前にお客さんだ。ああ違う違う、お前を買い戻しに来たという方だ」

綺麗な金髪でいい服を着ているので貴族様だと思った。

「こんにちわミレイユ。目立つ傷とかも無いようだし、ケッセルのご両親に無事に戻せるね。いい所に売られたおかげで次期が遅れたというのは皮肉だけど」

「お坊ちゃまに言うのも何ですが、うちが売るのは肉体的な快楽だけじゃないですからね。もう少し大きくなったらぜひお立寄りください」

「考えておくよ。待っているから準備ができたら来なさい」

ミレイユは自分が村に帰れることをようやく理解し、自分の部屋へ駆け込んでいった。それを見た娼館のオーナーはため息を付く。

「もう少し磨けば光ると思ってたのに恨みますぜ」

「払った金額の3倍で買い戻したんだから納得して欲しい」

「しかし、代官騒動で売られた子を買い戻されたのはケッセルのアンナとミレイユだけ。彼女達は本当に運がいい」

ドミニクと似たようなことをした代官は他にもいたが、買い戻すか否かは他の村落の長に委ねられた。ジャンの行動はお人好しにも見えるが、情報集めと尋問しただけで費用はそれほど掛かっていない。対して村々は今後のことを考えると蓄えておけるのなら蓄えておきたいと思うだろう。ジャンはその選択を責めることはできないし、人間の価値が安いのは仕方ないと思った。

「人は住みやすい場所に移住するからね。これも一つの投資だよ」

オーナーは多分目の前の少年領主は善意もあっただろうが、それ以上に計算した部分が大きかったのだろうと行動を理解した。農民は作物を作り、商人は金を作る。では貴族は何を作るかというと、名声を作ることができる。そして名声や評判は時として金以上の力を持つ事をオーナーは知っていた。そして、その価値をまだ13の子どもが知っていることが末恐ろしかった。

「坊ちゃまは貴族にしておくのは惜しいですな。商人になったなら大成できたでしょうに」

「まあ領主だから収益を上げるとなると目玉となる商品が必要だが・・・時に主人、化粧水や香水はどこから仕入れてるんだ」

「シュッドのレオニダス商会でさあ。どうしてもあっちの方が品質がいいんでね」

「つまり、そっちでも需要はあるということか」

「当たれば大きいですがね。何せそういうのは初期投資が必要で外れると悲惨」

「知っているよ。とりあえずは本業を考えるさ」

「まあ、私もこれで結構目が利くつもりですので、何かいい商品ができたら見てあげますよ」

やがて、少ないながらも私物を纏めたミレイユを連れて少年領主は去っていった。それから一年後の秋に、送られてきた『ケッセルの悪戯』というラベルが付いた1233年産のワインは、かのラウプホルツの雫にも匹敵するような甘口のワインで、送られた内の一本は空けずに取っておくことにした。あの少年領主がもう少し大きくなってここを訪れた空けてやろうと考えたのだ。余談であるが商品としては50本のみ市場に出荷された1233年ものは、ケッセルがワインの一大生産地になったきっかけでもあり、またユジーヌ商会の最初の製品ということもあって非常にプレミアが付くことになる。



1233年秋

今年のケッセルの住人の表情は明るい。

新しい領主がどういう手を使ったかは分からないが、余計に取っていた税金がわずかながら戻って来たし、今年の税金の減免をすることを約束した。何より売らざるをえなかった娘達が戻って来たことが嬉しかった。

「しかし、こんなことして本当にうまいワインができるんですかねえ」

「ラウツホルプは寒いから天然でできるらしいけど、ここで糖度を上げるとなるとこの手段が妥当かなって。まあ一年目だし半分は従来通りの仕込み方でいいだろう」

ジャンがケッセルの住人に提案した新しい事業としてワイン作りがあった。それも大量に作るというよりは高級路線を狙ったものだ。

「ブドウの中の水分と果汁の中に含まれるエキスが凍る温度は微妙に異なる。この水分を取り除くことができればより糖度の高いワインが作れる」

いわゆるクリオ・エクストラクションという技法だが、既に他の果実をジュースにして実験しているので失敗はしないだろうとジャンと師であるシルマールは確信していた。後は味がどうなるかの問題である。今年度は間に合わないが、場合によっては実家であるメルシュマンのブドウの苗を調達してもいいだろう。

「ジャン様、ご苦労様です」

屋敷付きのミレイユが汗だくになったジャンにタオルを差し出す。

「ありがとうミレイユ。それとせっかくの収穫祭なんだ。君も友達と遊んでくるといい」

「いえ、ミレイユはジャン様の侍女ですので」

ミレイユは曲がりなりにも色々な作法を学んでいたので、ケッセルのジャンの屋敷を管理する侍女の一人として雇われていた。ジャンに救われたという意識が強いミレイユは、誠心誠意ジャンに仕えているが、彼女の考えているご領主様のイメージと、実際の自分のイメージとの乖離が著しいのではと最近ジャンは思うようになっていた。さらに言えば都会に言って洗練されたミレイユは、同年代の異性から非常に人気があり、独占しているとかあらぬ噂を立てられるとジャンとしても困るのである。

ともあれ、それは今後の課題として領地の経営に目を向ければ、麦などの収穫も上々であり、流行病が原因でない限りは無事に冬を越せそうなのがジャンや住人にとって幸いだった。



1233年はギュスターヴも鉄の剣を造り始めたので、きっかけの年とも言えますね。

酒の強くない人でもおいしく飲めるデザートワインというのは、女性向け。そして貴族や富裕層向けです。今年仕込んだワインですが、評価は一年待ちです。その為に1333年で切りました。次回は1234年~1235年です。

ツールがあればワインセラーとかは容易に作れるのがサガフロ2の利点だと思っています。

あと残念ながらミレイユさんはヒロインじゃないです。



[30263] 1234年 ケッセルの悪戯
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/12 20:30
「君達は政治に関わるのであまり役に立つことではないが、組織の収益を増やすという意味では商売を常に意識しなければならない。常に考えなければならないのは重要と供給、量と質である。同じ分野で商売をしたいなら、場所を考えるか、質を高めて高く売るか、大量に生産して生産コストを抑えるかを考えなければならないだろう」
ジャン・ユジーヌ記念講堂での特別講演にて



1234年

サンダイルの暦は地方によって多少の違いはあるが、ハン帝国が成立した頃の暦が基本的に流用されている。それは太陽の運行を基本にしたもので、一年を12の月で区分し、1月は30日、一週間は6日と制定されている。新年は地球で言う所の春分なのだが、祝日というのは戦勝記念だとか、初代国王の即位した日など地域によって異なる。例えば、フィニー王家ではファイアブランドを手に入れた日やフィニー王国成立の日が祝日となっていた。

1月7日、新年の祝いから一週間経つと、ナ国の各地の領主も新年の年賀としてグリューゲルに集まっていた。新年の前からグリューゲルの公邸に滞在する貴族も多いが、ジャンは新年の祝いをケッセルの住民と祝った後に、領内の警備隊長であるアランと侍女であるミレイユの二人を伴ってグリューゲルに向かうこととなった。本当はスイ王から、新年はグリューゲルで過ごさないかと誘われたのだが、赴任して一年目という事もあり、辞退したのだ。

「テルムも立派でしたが、やっぱりナ国の規模は違いますね」

と感心するのはノール出身の軍人で、今はケッセルの警備隊長に就任したアランだ。ジャンは予算や物資を調達する、あるいは戦略レベルで物事を把握するのは自分の仕事だと思っていたが、警備や軍隊の指揮に関するノウハウがない。そこで、メルシュマンから離れて6年近く経つが、未だにノールに対して影響力の強い母ソフィーと、定期的に手紙のやり取りをしているジョルジュに相談して、教練ができてかつ独身の人材の紹介を頼んだところ、サンド伯の領地で兵隊長をやっていた24歳のアランという人物が派遣された。ジャンはアランと話して使えると判断し、給金などの交渉を行って採用した。現在10名からなる警備隊の教練をしている金髪の美男子は、独身女性の注目を集めているのだが、彼はあくまで出向扱いであり、ここに骨を埋める覚悟が無ければ女遊びはしないようにと釘を刺して置いた。女性問題でほとぼりが冷めないとまずいので最低5年は使ってやってくださいというジョルジュからの手紙にあったように特段口説いているわけではないのにもてるのだ。気になったのでちょっと「視た」ところ、女性が心地良くなるアニマを発していることを発見した。

(これ原理解明したら惚れ薬作れる可能性があるのか・・・考えないようにしよう)

感情に影響を与えるアニマについては、空いた時間を使って地道に研究を重ねているものの、それほど成果がでるものでは無いので、新しいツール研究の方に力を注いでいた。感情のパラメーターにしても個体差があるため、今回の発見も一応記録には残しておくものの、今すぐどうするかという気にはなれなかった。惚れ薬を作って世界に混乱をさせたなんて汚名を甘受する気にはなれなかった。マッドな気があるとしても進んで不特定多数の人を不幸にする気はないジャンだった。



参内したジャンがスイ王に謁見したのは宮中で2時間後くらい後の事だった。王妃であるアンナ、王太子であり23歳になるショウ王子、17歳のキョウ王子と既に嫁いでいる王女以外の王家の面々が揃っている。

「昨年は見事であった」

「臣は陛下の仰せのままに動いただけです。マリオネットは操る糸がなければ動けませんから」

「ならばそういう事にしておくとするか。今年も励むよい」

「畏まりました」

「しばらくこちらに留まるのか?」

「いえ、ファウエンハイムの母に挨拶してからケッセルに戻ります。グリューゲルに滞在するのは来月の下旬頃になるかと」

宮中で要職についている貴族は信頼する家臣や息子に領地経営を委ねるが、若輩のジャンにはその両方ともいないため、何かと慌ただしくグリューゲルとケッセルを往復するという生活をしていた。

「ならば良い、また細かいことを頼むやもしれぬがよろしく頼むぞ」

「御意」

ジャンが玉座の間を立ち去るとショウが父王に対して口を開いた。

「兄の方もそうですが、兄弟揃って領地を与えるとは父上も気まぐれですね」

「シャルンホスト公は気に召さないようだが、弟は投資のつもりで、兄はそのオマケだ。前年の綱紀粛正のおかげでナ国の権威は保たれた。世間では余があれを影で操っているように見えて、実はあやつが余を操っておる。惜しむらくは既に嫁に出せる娘は出してしまったことだな」

父王が手放しで人を褒めるのは珍しいというかほぼ皆無だと思っていたショウは衝撃を受けた。そして先ほど退出したジャン・ユジーヌを思い浮かべる。亡命した当時は7歳だった少年は、同年代の子ども達と交流せずに世界でも有数の術士であるシルマールの下で修行している以外は、書庫にこもって歴史や政治などを学んでいた。

そんな姿をバカにした同年代の貴族は少なからずいたが、言葉には言葉で、暴力には暴力で撃退した。兄のように乱暴では無かったが、弟は敵に回した人間を容赦しない。当時のショウは一度ジャンをたしなめた事があるが、彼は意に介せずに次のように話した。

「ここで学んでいる貴族の子弟は、やがて領民を統治する、あるいは嫁ぎ先の夫を支えなければなりません。自分が我慢することで弱者を虐げることに暗い喜びを覚えるようになったら、将来彼の下に付く人達に対して申し訳が立ちません。ですから、世の中にはままならないことを教え込むのです。これだけは大人になってからでは身につきませんが故」

あの時は、小生意気な子どもだと思ったが、7年が経過して着実に力を付けている。それが災いにならなければ良いがとショウは不安を隠せなかった。

「アレはナにとって役に立つのでしょうか」

「余が生きている間、領分を侵さない限りはジャン・ユジーヌは結果的にナに利益を与えるだろう。だが10年後はまだ生きているつもりだが、20年後には既に余も現世に足を留めること敵わないだろう。その時、お前がアレとどういう関わりを持つのか。扱いきれぬと思うなら未開の北大陸に追いやればよい。あやつは嬉々として出ていくだろう」

その言葉には、どんな手段を使っても殺すのは不可能だという意味が込められていたが、ショウは父の意図を捉え損なっていた。その言葉の真意に気付くのは、バケットヒルの戦いで見せた彼の軍隊の精強さを目の当たりにした観戦武官の報告を聞いた後のことだ。



「ジャン君もケッセルで新しいワインを考案したとか」

新年の挨拶を終えたジャンは、母と兄が暮らすファウエンハイムに向かうことにしたのだが、その前に兄の後見人であり、ヤーデ伯爵家公邸に滞在するトマス卿に挨拶したところ、同道しないかと誘われたので、お言葉に甘えることになったのだ。その道中、ケッセルの領地経営の経過を話している中で仕込んだワインの話になったのである。南大陸ににおける最大シェアを誇るヤーデ伯家としては若輩ながらもあのシルマールから天才と手放しで賞賛されるジャンが考案したワインが気になったのだろう。

「ワインの一大生産地であるヤーデと価格競争をしたら勝てるわけが無いですからね。高級路線で売り出したいと思います。今年の秋には市場に出せると思うのですが、それなりに売れると思います」

「しかし、熟練した術士が作った物で無ければ一年目はそれほど高い評価を受けられないと思うが」

「その辺は秋までに考えます。それに現在のケッセルの人口と土地の使用方法だとワイン作りが一番効率良く稼げそうだから推進していますが、人が増えればできる事は増えますからね。土地の使用具合を考えれば現在の5倍くらいは人が欲しいと思っていますが、その前に家臣団の形成をしなければなりませんからね」

息子と一つしか離れていない少年が語るのは野心ではなく計画だ。確かにケッセルの地は切り拓けばまだまだ人が住めるとは思うが、土地が痩せているのでその辺はどう考えているのだろうか。

「少なくとも5年くらいは掛けなければならない問題です。ケッセルはグリューゲルまでほぼ一週間の距離ですが、大都市の経由地ではないので人の行き来が少ない。ならばケッセルそのものが商人にとって訪れる価値がある場所と認識されなければなりません」

「君とは仲良くしていきたいと思うよ」

「私もトマス卿とは懇意にしたいと思います。何かに付けて兄がらみでご迷惑をかけるやもしれませんし」

未来を覚えているジャンは、トマス卿が東大陸にのめり込む息子と、王国との間で心労を重ねることを知っていたので、なるべくフォローした方がいいと思っていた。もっとも一番いいのはまだ生まれていないフィリップ2世が無事にフィニー王になってくれることで、妹のマリーとて三人目であるフィリップ3世を生まなければ少なくとも10年以上は長生きできるはずだと思った。そしてギュスターヴ13世の版図に関してはそこまで面倒を見るつもりが無かった。強いていうならあまり遊ばないで子どもを作ればいいと思うくらいだ。

ジャンにとってこの話は社交辞令を兼ねた話だったので早々に忘れてしまったのだが、トマスは後年、この時の会話を思い出すことになる。順調に功績を重ねたジャンはトマス卿とは親しかったが、同年代である息子とは付き合いが良くなかった。そしてまだグランツ子爵を名乗っていた彼は、心から自分の身を案じて「少しケルヴィンを東大陸から引き戻すべきでは」と忠告するのだ。年を追うごとに注がれ続ける疑惑という名の水がナという杯から零れないようにと。



1234年夏

ケッセルの住民は前年に仕込んだワイン樽を一つ空け、芳醇かつまろやかな甘さに舌鼓を打った。

「まあ、1年目だしこんなもんかな」

とは新米領主のジャン・ユジーヌの言だ。今でもそれなりに売れるだろうが2年ほど樽の中で熟成させた方がいいかもしれない。

「こんなもんだなじゃありませんよご領主様。俺は20年以上もワインに携わっていましたが、あんな手段でワインを作るとこんなにまろやかな味になるなんて」

「手間かける分、仕込める量が少なくなるのが難点だけどね。エミール殿、どれくらい詰められますかな」

村の顔役であるエミールは樽の数を数える。前年は領主であるジャンの提案に半信半疑だったために

「250本ですな。今年は領主様の言いつけでブドウ畑を広げましたのでもう少し作れると思いますが」

「では200本は詰めて、50本分はもう一年寝かそう。50本は村用に取っておいて、50本は贈答と宣伝用に、100本は販売する」

「本当に私たちがこんなに取っといていいんですか? もっと売り物にしたら」

エミールの言葉に他の住人も頷く。今まで飲んだ事のない上質なワインだ。さぞ高く売れるだろう。自分たちで飲むのがもったいないとケッセルの住人は思ったのだ。

「売れるかどうかは私の営業次第。なるべく高く売れるようにするさ」



グリューゲルを訪れたジャンは宮中に参内し、自分の上司であるスイ王にワインを献上した。

「この白ワインの甘さはかのラウプホルツの雫に通じる物があるが、まさか奇跡のブドウで作ったのか」

「ブドウはケッセルのブドウ農家が作ったものです。作り方は秘伝が故、どうでしょう陛下、いかほどの値段を付けますか」

「ふむ・・・では50本ほど買おうか。値段はお主が付ける市場に出す価格の7割で。後は財務卿と話すが良い。なんじゃ不満か」

「いえ、金持ちは違うなと。それはそうと、このワインにはまだ銘が無い故、よろしければ陛下に名付けて欲しいのですが」

「では、『ケッセルの悪戯』とでも名付けるか。悪戯小僧が作り出したワインと分かり易いだろう」

良い名を頂いたと感謝して、宮中を辞したジャンが向かったのは、豪商として知られるベーリング家だった。

ベーリング商会の当主であるヨゼフはジャンの訪問を歓迎した。昨年の綱紀粛正の立役者である少年であるジャンに興味があったのだ

「君の名前は商人の間でも有名だよ『王の目』殿」

「王の目ですか? 何か怖そうなあだ名ですね」

「君が不正を暴いたことを揶揄して付けられたあだ名だそうだが、元々娘から噂は聞いていたよ。それで私に商談との事だが」

ジャンは先ほど名の決まったワインを差し出した。

「ケッセルの悪戯という名前のケッセルの新しいワインです。これを扱って欲しいのですが」

瓶から注がれる黄金のワインを口に含むと、それは一度味わったラウプホルツの雫に似ていたが、それよりは軽い。熟成度が足りないか、材料に問題があるのか分からないが、それでもこれが南大陸で作られると言うことに意義があるようにヨセフには思えた。

「君はこれをいくらで売りたいのかね」

「当たり年ハズレ年はありますがラウプホルツの雫は平均価格が3万クラウン(CR)です。現地なら3割ほど安いかもしれませんがそれでも2万前後。うちも高級路線を狙いますが、メインターゲット層は大貴族ではなく、年に一回特別な日に空けられるくらいの裕福な層が飲める価格にしなければなりません。ですので市場価格1万5000クラウンくらいが妥当ではないでしょうか」

「初年度のワインにそれだけの価格が付くとは思えないが、うちでは5000クラウンしか出せないな」

「うちとしては8000クラウンくらい付けて欲しいですね」

「将来性はあると思うのだが今は出せない」

「分かりました、今は諦めます」

ジャンはあっさりと引き下がることにした。ジャンも評価されていないワインに5000付けたベーリング氏の心意気に感じる物があったが、それでは困るのである。

「それはそうと、レスリー嬢はお元気ですか」

「少しお転婆すぎて困っているよ。来年辺りにどこかの家に行儀見習いに出そうかと思っているのだが」

「ならばヤーデ伯家はどうでしょうか、トマス卿なら快く受け入れてくれると思います。何なら私からもお願いしますか」

「そうだな・・・ヤーデ伯家なら取引相手でもあるし。まあ契約には至らなかったがいい時間を持てた。また機会があったら話そう」

ジャンが去った後、ヨセフは娘の嫁ぎ先としてあの若者もいいかなと将来の婿候補に加えることとなる。もっとも、後年ジャンが婚約したことで諦めると共に、当の娘はジャンの兄に付いて東大陸に渡ってしまうのだが。



「と言うわけで便宜的ではありますがユジーヌ商会を作ることにしました。商税二割納めてもこっちの方が安いですしね」

ジャンはファウエンハイムにいるソフィーとギュスターヴが暮らす館を訪れると、母に自分で商会を作った理由を述べた。

「でも、領主の仕事の他に商売までして大丈夫なのジャン?」

ソフィーも短いながら領地経営の経験があるため、二着の衣を着て働く息子に不安を覚えたのだ。

「複数の品目を大量に売るなら価格や在庫管理などに問題がありますが、今現在はワインしか扱っていませんから。どっちにせよ優秀な事務員とかは欲しいですけど」

納入されたワインをスイ王が秋の園遊会で振る舞ったところ、大変評価がいい。何より王室御用達の記章が記されている。これに注目した商人達は生産者の領主であるジャンに売ってくれるように頼んだのだが、窓口が無い。そこでケッセルを本拠地に商会を作り、グリューゲルの商人ギルドに商税を一割納めて営業できるようにしたのだ。

そして販売されたケッセルの雫は初年度1万5000の値を付けた。ユジーヌ商会から買い付けた商人がいくらで売るのかは分からないが、来年度は販売量も増えるので少し落ち着くと共に、2年物はもう少し高めになるかなとジャン予想していた。

将来的にツールを製造・販売する商会を作ることにしたのだが、結果としてワインを販売することがユジーヌ商会の出発点となる。

「それよりギュスの製鉄はうまくいきそうですか?」

「ええ、あなたが成功したのを見て、自分も負けてられないと意気込んでいるのよ」

「俺は俺、ギュスはギュスですから、それより母上、体調の方ですが大丈夫ですか?」

「ジャンは心配性ね。私なら大丈夫よ」

気丈に振る舞う母だが少なからず疲れが目に見えたが今の段階ではアニマは普通だとジャンは見て、次の話題に移った。

ジャンが定期的にファウエンハイムを訪れる理由の一つとして、ソフィーの病状を観察することがあった。ソフィーは1239年に亡くなる。治癒が可能な病気なら癒せるが、師であるシルマールが匙を投げた病気であるなら普通の病気である可能性は低い。

1237年にソフィーは病を発症し、ジャンの対策によって余命は一年近く延びたものの、アニマは大地に還ることとなる。そして、この病気は娘であるマリーにも受け継がれ彼女の生を蝕んだ。別名ソフィー・マリー症候群と後に呼ばれることとなるアニマ不全症候群はまだ母に牙を剥いていなかった。



1234年は基本的に領主のお仕事のターンでした。
北半球だと冬が新年ですが、ハン帝国が亜熱帯に近い地域なので太陽基準かなと思って春分が新年に。
時計に関しては1時間ごとに鐘がなるとでも考えてください。その辺に関する記述が見つからなかったので。
CRは多分クラウンの略なのでクラウン表記で。

代替の効かないクヴェル1個が100万とかするらしいから1万5000のワインだって当然高級なはずということでこの価格に。まあよく取れるホットストーンは1万ですけどね。

次回は1235年で、閑話(ウィル編)が1236年で多分今月は終わりの予定です。




[30263] 1235年 ジャン15歳
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/12 20:35
ツール史に於いて、1240年代以前と以降では技術体系において全く違うというのが今日の研究者の主たる意見である。南大陸でツールが発明されてから1240年代に至るまでそれはクヴェルの代用品であり消耗品だった。しかし、それ以降のツールとは、アニマ理論に基づいて作られた高度な道具であり、耐久品とアニマ電池の組み合わせによって本体そのものは耐久品へと変化した。グランツ子爵、レーテ侯爵の時代を通じて発揮した政治的手腕は評価するが、学問の徒として彼の最大の功績はアニマ研究であったといわざるを得ない。そして、彼が死んで40年、彼の後継者であり、義娘でありグランツ子爵夫人である『魔女』が死んで7年経ったサンダイル暦1350年に未公開の資料が発表される。願わくは、我々が生きる現在が約半世紀の前の人間の研究に追いつき、追い越していることを証明したい。そして私は一研究者としてその場に立ち会える幸運に感謝する。
エルンスト・シュトラウスの手記より



1235年
この年のジャン・ユジーヌには監察官という新しい仕事が加わった。とは言ってもやっていることは、代官が派遣されている土地を訪れて不正が行われていないか調査する程度のことなのだが、あの大掃除を行った人物が自分の担当するところに来ると知った代官達は震え上がった。二度目は無いことを知っていたからだ。

反対に領民達はジャンを歓迎した。何しろ彼がケッセルを拝領してから目に見えて横柄な行いをする代官がいなくなったからだ。同時に二年目で膨大な富を築き上げたケッセルの人間を羨んだ。もし、自分達のところの領主になったなら、良かったのにと。

仕事で他領を回って住民と酒を飲み交わしていく内に、そんな意見を言われたことがあったが、ジャンがいくつかの候補地からケッセルを望んだ理由は、ケッセルは未開な部分が残っていたからで、発展性があったからだ。ジャンの目的は権力を手に入れることではなく、権力から身を守る手段の構築である。その理由が師であるシルマールと共同で研究しているアニマの効率的な運用方法だった。

「ツールは壊れるが、クヴェルは壊れない。ツールは材料が蓄えたアニマが消失すればチップになり、ツール制作の際の繋ぎなどに使われる」

ジャンは屋敷の敷地内に新たに作った工房でサガフロンティア2の情報を再確認していた。

目の前には耐久回数を超えたツールがあるが、越えた瞬間バラバラになるというわけではなく、死んだ物質となる。正確に言えばアニマを持たない物質になる。ジャンは死んだ物質にアニマを意識して注ぐが、やがて霧散した。アニマを留めておけないのだ。だがアニマを注げば一時的にでもため込めるのであるなら。

「シルマール先生が思いついたのは、ツール内のアニマを消費せずに自分のアニマを使う手段ですね」

「その通りです。クヴェルは周囲のアニマを取り込んでいるのですが、私の作るツールでは自分のアニマを供給して壊れないようにすることが限度でした」

アニマは一定の流れがある。ツールが術という現象を発する際にアニマが零れるが、それは他のアニマで補填されることはない。クヴェルが特別なのは、周囲のアニマで性質を維持できるからだ。シルマールが考えたのは、自分のアニマで補填するという方法である。それは作る時点でツール内に自分のアニマを注ぐことで、注がれるアニマはツール自身のアニマと錯覚させる。

「でも一般の人にそれできないですよね。価格面の問題もありますし」

シルマールの発案は画期的であるが、それはワン・オフ作品という意味であり、手間やコストがかかりすぎる。それはジャンの求めるツールではない。

「いっそのこと電池にして全体のエネルギーのロスを抑えるか」

「どういうことですか?」

「現状のツールだと、素材の持つアニマを消費して術の媒体にしていますよね。術が使えなければツールの力を引き出せない。要は俺たちは火種なんですよ。もし術不能者が術という火種を使わずにツールの力を使えるならば」

術を使える人間は全体の8割、術の使えない人間が2割。術が使える人間の中で術法が使える人間は全体の3割、さらに術法の専門家である術士レベルの人間が1割。つまり8割の人間がツールの恩恵を受けることができるが、2割は受けることができない。それは術、そしてツールの使用を前提としている現代のサンダイルでは致命的だった。術不能者であるというだけで、彼らはまともな職業に就けない。統治者にとっては使えない存在。それが術不能者だった。そして彼らは貧民であり、貧民街は犯罪の温床になりうる場所である。

ジャンの母であるソフィーは、王妃時代にテルムの貧民街で炊き出しなどをして緩和に努めたが、それは対症療法、あるいは場当たり的なもので、政治的な解決を意味していない。ジャンはサンダイルに貴族として生まれ落ちてからずっと考えてきた。確かにギュスターヴによる鉄の再発見、あるいは鋼鉄革命は画期的であるが、鉄を愛用したのはヴィジランツや傭兵達であり、社会には浸透しなかった。何故ならそれでもツールを利用した方が楽だからだ。ギュスターヴに実子がいて、鉄を重視した政策を維持できたのであれば話は変わったのだが、フィリップ3世は術の象徴であるファイアブランドとフィニー王家の後継者であり、シンボルとしては弱かった。何より鋼鉄兵の強さを再び印象づけたのはエッグに乗っ取られた偽のギュスターヴであり、継承者を自認するチャールズを敗死させたのだから笑えない。

そこでジャンが考えたのは、術不能者が使えるツールを作ればいいということだった。術不能者はツールを使えないのは常識である。そこで思考停止がおこって数百年が経過した。そろそろ社会の有り様も変えなければならないだろう。幸い、ジャンの師匠はツールに関しては本職に引けを取らないシルマールだ。

「押すでも引くでもいいからアクションを起こしてしまうんです。俺たちは自分達の意識でオンオフをしていますが、それは全部機構に押しつけます」

「言いたいことは何となく分かりました。そこで私の考えた回路が生きてくるわけですね」

「はい。アニマを注ぐという部分を人ではなく別の物質に置き換えます。できれば特定の属性に依らない純エネルギーを」

本当ならグールの塔にあるアニマ結晶体を見たいところだが、あれは人のアニマを抽出し、さらに塔周辺のアニマを実害がないレベルで補填して作られたものだ。年数が掛かるし、それでは意味が無い。

「チップを加工してできないかと考えているのですが第一に形状、第二に耐久性、第三に価格、そして最後に流通の問題があります」

普及させなければならないので基本的に大量生産しなければならない。その為には規格を統一しなければならない。材料はどこでも取れる物で無くてはならない。この要件を満たす素材はチップだった。

「どうしました先生?」

「いえ、ジャン君は幼い頃から変わらないなと思いまして」

未知や不可能とされてきた行為に挑戦するのは若い者の特権だとシルマールは考えている。思えば7年前に一人で砂漠を越えようとした青年も若さ故の無謀だったのだろう。そして、そう思えるのは自分が年を取ったからだろうと気がついたのだ。

「普通の家庭に生まれたなら、自分は術だけを追求したと思います。ですが、貴族に生まれたのならば、自分の力は社会に還元しなくてはなりません。どれだけ強力な術でもそれは個人の資質に過ぎません。ですが、ツールならば一度作ってしまえばより広く使えますから。


「君はフィニー王になりたくなかったのですか?」

シルマールもフィニーを訪れる前に様々な政治家を見てきたが、ジャンには優秀な為政者になれる資質がある。ファイアブランドの行使とて、アニマの出力をコントロールできる弟子なら今からでも問題無いだろう。そして、ジャンの術があれば支配することはたやすいのだ。野心を焚きつける気は全くなかったし、彼の母親であるソフィーとも何度かこの話題について相談したことがある。メルシュマン程度なら過不足なく統治できる人間をこんなところで燻らせて良いのかと。

「ギュスターヴが先に生まれたのは天命であり、俺がフィニーの玉座を欲しないのは好きなことに割く時間が無いからです。基本的にナルセスさんと似たタイプですからね」

弟子はまず苦笑し、そして次に真剣な面持ちで師の問いに答えた。この答えにシルマールは安堵した。場合によっては多くのアニマが失われる可能性があったからだ。

「ナルセス殿ですか、私は先ほどネーベルスタン君を思い出していましたよ。ネーベルスタン君は故郷に戻ってお父上の跡を継いだと手紙で聞きましたが、ナルセス殿は何をしているのやら」

「口悪いけど面倒見はいい人だから何だかんだ言いながら世話焼いている気がしますが」

もし自分にシルマールとの縁がなければ、ナルセスの弟子になりたいとジャンは思っていた。あのアニマに対する造詣の深さは賞賛に値する。そしてあのクヴェルに触れる機会が多いということだ。

学術的な興味として古代文明は何故滅んだかについてはとても興味があり、できれば彼と『対話』を望んでいた。だがそのような機会は多分どの立場であっても得られることはないだろう。そして、現実的に彼は領地持ちの貴族になった以上、領民と主君に対して責任があり、もし介入するタイミングがあるとするならば二度しかない。そしてどちらの時期に挑むにせよ、あのクヴェルを切り裂けるほどの強靱な剣と、それをなす事ができる純粋な剣士が必要だった。

そしてジャンが知る限り、このサンダイルでそんな奇跡を起こせるような存在は、自分の血縁者と人の業で鍛え上げられた剣を振るう幽鬼くらいなものだ。

「ところでジャン君、領主としての仕事は如何ですか」

「あと一つくらい領地を抱えてもいいだろうといわれてはいますが、ケッセルの開発と中央の書類仕事に追われて無理だと断っています。何よりケッセルはまだ開発可能ですからね。将来的には今のケッセルの他に街を作ってそちらを中心に発展させます。10年くらいかかると思いますけど」

「テルムに戻る気もないようですね」

「スイ王陛下に仕えることで仕事は増えましたが、陛下が私を権力という壁で守って下さっているから私は好き勝手ができるのです。自分でその手間を省くことを考えれば、国家についてお茶しながら話したり、与えられた領地の収益を増やすなんて気楽なもんですよ。ダメなら一人でどこかに逃亡すればいいですし」

愛弟子の言葉にシルマールは頭が痛くなった。世の文官が聞けば殺意を覚えるような発言だが、ジャンに言わせれば政治とはまず生産であり、自分達の領域で自己完結してしまえるなら問題無い。足りない場合は対外との交渉が必要だから経済と軍事が必要になる。集団が小さければ軍事活動が経済活動を優先するが、現在のサンダイルでは経済が優先されていることに加えて、南大陸で軍事活動と言えば基本的にモンスターや盗賊・山賊の対処であって、野心でも無い限りは大仰な兵力は必要無かった。収益が増えたというがあれは個人ができるレベルでやってしまったことで、逆に言えば過剰な戦力は周囲を刺激する。

「メルシュマンを統一するだけなら俺の力は必要ありません。オート侯がいくら精強でもシュッドやノールと連合しているフィニーが負けるはずがない。それこそ今の段階で父上が死なない限りは」

今父であるギュスターヴ12世が死ぬようなことがあれば、ジャンは兄であるギュスターヴを連れて、ダメなら単身でもフィニーに戻り対策を立てなければならないが、幸いなことに死ぬとしても10年も先の話だ。その頃にはフィリップがそれに耐えうるというか耐えうるように成長していることだろう。

「極端な話、幼年期に私に仕えてくれたノールの貴族やテルムの庶民が困らないといいなあと思いますけど、フィニー王国には愛着湧きませんからね。陛下なんてシルマール先生と母の伝がありましたし色々と思惑もあったでしょうが、政治のカードに使えるかどうか分からない7歳の子ども二人に高等教育施したんですよ。もっともギュスターヴはグレましたけど」

そして兄がグレた原因の一つは間違いなく、天才で行動がぶっ飛んだ弟にあるのだが、母親であるソフィーは具体的な対策ができなかった。ギュスターヴに関しては生んだ自分に問題があったのではと思いつつ、だからこそ人間としてはまともに育てなければならないと奮起した。幸いフリンという子分ができたことで、やりきれない怒りを暴走させることはあったが孤立はしなくなった。そしてジャンは水を得た魚のように術を積極的に学び、優秀な官僚から政治を学び、王宮では習い事を学んでいた。ただ同年代の貴族の子弟からソフィーやギュスターヴのことを乏しめるようなことがあれば、言葉で反論し、激昂して術や殴りかかってきたら許容範囲で撃退した。結果彼は同世代から孤立したのだが、ジャン曰く、

「別に彼らが自分の生活費を出しているわけじゃありません。陛下が止めろと言うのなら止めますが。許容されるということはそれは陛下に益があるからですよ」

諸侯の力が強まるとナ王家に対する侮りがどうしても親から子に伝染する。その意識を放置しておけばやがてはナを中心とした冊封体制からの離脱を試みるだろう。現にヤーデに隣接するワイドではその傾向がある。

「先生、術が使えなくても人間でいられますけど、1万の人間を虐殺できる術士は人間でいられるのでしょうか」

ジャンの研究は、物事の根源の事象をしるアニマを扱うということは、人間を容易に支配できるということであり、殺すことができるということだ。

「君が研究している武器は、自分の力を隠すために」

「強力な術法が使えるならツールは必要ありませんからね。そして陛下が私の壁である限り私は陛下に尽くすのです」

自分の力が異常かどうかは周囲が判断する。だがジャンはその生まれ故に自分の存在が異常であることに気付いていた。自分の持つ力が異常はオマケだ。つまり最初からどう足掻いても立ち回らなければならないことを覚悟していた。父親の元にいるということは兄と、あの鋼鉄兵と戦うことを意味するので最初から選択肢になく、母親には後ろ盾がない。師であるシルマールは人間的には尊敬できるが、自分を庇いきれるかというと疑問が残る、善人であるヤーデ伯トマスは息子を制御できない。だからスイ王を頼る。自分にできる範囲で協力しながら守って貰うために。

「まあ難しい話はちょっと抜きにして作りたいツールがあるんです」

「なんですか?」

「アニマが枯渇した人間の命をつなぎ止めるためのツールです」

ジャン・ユジーヌの開発したツールの中で一番の発明はと尋ねたとき候補に挙がるのは、音のツールである通信機、風のツールである飛空挺、火の兵器であるフレイムボルトの三つが上がるが、彼の弟子達は知っていた。

限定的ではあるが死を止める指輪をはじめとした根源に作用する秘宝だと。



1235年というとギュスターヴは鋼鉄剣を完成させ、ウィリアム・ナイツはディガーとして華々しいデビューを飾るわけですがジャンは書類仕事をする傍ら色々と準備をしている。異常に異常が重なったところで異常であることに違いはない。言うなればジャン・ユジーヌは社会の中で暮らしたいといったところ。靜かに暮らすのはまず無理。

術の進捗度だとようやくアニマを意識して取り込むことができる程度です。まだ人間止めてません。

次回は閑話2でようやくナイツ編のある人が主役です。殺すか殺さないかで結構迷いました。

予想より語りが長かったのでムダに時間がかかりました。




[30263] 閑話2 天命を知る
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/12 20:39
「ナイフで水袋を裂けば穴が空き、瞬間的に通常より多くの水を使うことができます。しかし、一度それをしてしまった水袋はもう使えません。水袋ならそれでもいいですが、あなたならその意味を理解してますよね。最初に行使したときは奇跡・・・いや子どもを作れない体になったか。もう一度言いますあなたの術力でその術法を使うのは自殺行為です。それでもあなたは命を賭けるのですか」

私は甥であるウィルと同じ年だという少年の言葉を聞いて絶句した。それは兄が死んだ原因を求めてグリューゲルを訪れた時の話だった。



1236年

ハンの廃墟で3つのクヴェルを見つけたというウィルの才能は確かだった。そしてウィルは真相を知りたがっている。私は危険だと思った。タイクーンを輩出したと言ってもディガーは当たり外れのある商売で、アウトローな仕事であることに変わりはない。兄の忘れ形見、子どもが生めないあたしにとっては子ども同然のウィルとかつての仲間であるアレクセイ・ゼルゲンを対峙させるのはまだ早い。才能があっても運や状況に左右されて死んでいったディガーの何と多いことか。

「ならニーナも一緒に行けばいい」

私たちの会話に口を挟まなかった夫のポールの提案は渡りに船だった。

「正直クヴェルが全くないと言われる南大陸でヘンリー義兄さんがあそこで何を見つけてきたのかについては私も興味がある。ハンの廃墟に同行した人たちにもできるなら協力して貰いなさい。それくらいのお金は私も協力しよう」

「ありがとうございますおじさん」

嬉しそうに夫に謝意を告げるウィルに夕食の食材を買ってきて欲しいと外に追い出すと私はポールに詰め寄った。

「どういうつもりだい」

「ニーナ、僕たちは若かった。まあ僕なんかは早々に自分の才能を見切っていたけど、君や君のお兄さんは若い頃から優れたディガーだったね。それでも、先輩のディガーや熟練のヴィジランツから学ぶ事が多かったはずだ。親から教えられるものは確かにあるけど、他者との交わりで得ることも多い。正直僕もウィルを心配していた。ウィルは基本的に善人でこういう業界は良い奴ほど先に死んでいく。でもウィルと一緒に遺跡に潜った人たちは多分生涯の付き合いになる。何となくそんな気がする。その人達を巻き込むのは心苦しいけど」

夫は、ポールは確かにディガーとしてはダメで、この人は私が引っ張ってあげないとダメなんだといつも思っている。だけど本当は私が彼に支えられているのだ。

「生きて帰ってきて欲しいとはいつでも思っている。できれば老衰で死ねれば幸せだ。でも」

場合によってはウィルの為に死のう。それが養い親である自分達の役割だ。

「ただいまー、マーサさんがオマケしてくれたよ」

「なら今日は牛の煮込みだね」



「南大陸か・・・」

「ナルセスさんは南大陸に行ったことがあるんですか?」

「ああ、あの時は・・・そう言えばお前もナイツだったな。ならフォーゲラングの日記にあったヘンリー・ナイツってのはお前の親父さんか何かか」

「そうです! どうしてナルセスさんは父のことを」

「いや、私はフォーゲラングへは知己のある方と一緒に向かっただけなのだが、一緒について来たガキが何故かフォーゲラングの宿帳を見て、あとその時の状況について詳しく聞いていたな。ウィルやニーナ殿はテルムで暮らしているから知っていると思うが現地では放浪王子と呼ばれていたらしいな」

私とウィルは彼の言っていることの意味を理解するまで多少の時間を必要とした。

「ジャン・ユジーヌ。今は領地を与えられて領主をしているらしいが・・・まあ運が良ければ会えるだろう」



ナルセス(呼び捨てでいいと言われた)の案内で、訪れた家は彼の知己であり、かつてフィニー王家の家庭教師をしていたシルマール師は私たちを快く迎えてくれた。

「ジャン君ですか。今ここに来ていますよ」

一度応接間に戻ったシルマール師が連れて来た少年は直接話したことはないものの10年近く前に何度か見た子どもの面影を残していた。

「お久しぶりですナルセスさん。それと、以前何度か感じたアニマですが、テルム出身の方ですか?」

「相変わらずアニマには聡いなお前は。紹介するジャン、ウィリアム・ナイツだ。お前ほどひねていないがそれなりに優秀なディガーだ。ウィル、こいつは性格は捻くれているが長じれば世界最高の術士になる男だ」

「そんな大それた名は要りません。ナ国スイ王陛下からケッセルの地を預かっておりますジャン・ユジーヌと申します。皆様がもしまだ宿を取っていないのでしたら、私の家にご滞在してはいかがでしようか。秘蔵のワインを空けましょう」

「よし、こいつの家でご相伴に預かろう」

旅立つ前にこの子・・・いやジャン殿から聞きたいこともあったので私たちは提案に乗り、郊外の屋敷に向かった。本来は彼の母の物らしいが、ジャン殿が管理しているらしい。

「ケッセルの悪戯・・・お前のところが作っていたのか」

最近東大陸でも売り出された高級ワインが10本近く並んでいる。

「東大陸でどれだけの値が付いているか知りませんが、高いといってもラウツホルプの白よりは安い価格ですよ。今年の秋から仕込み方法が変わるので今詰めているのが最終ロットですね」

「ほ、本当に私たちこんなにもてなしを受けてもいいの?」

ごく普通の村娘であるコーデリアには何もかも新鮮なのだろう。それほど高級なものでは無いが、雰囲気が高級な飲食店などとは違うのだ。

「あのナルセスさんと付き合える貴重な方達ですからね。きちんともてなさないと。まあ正直言いますと領地の酒場で領民とワイワイやっているのも好きなんですけど。ここでやる場合はある程度の格式が必要でして」

旨い酒というのはどんどん入っていくもので、タイラーは黙々と飲み、コーデリアはウィルに絡み、ナルセスはシルマール師と色々話し込んでいた。

「ちょっと抜け出しませんか」

「こんなおばさんを誘ってかい。あのかわいい侍女に睨まれるよ」

若い頃はよく誘われた物だが、家庭を持って年を取った今、こんなセリフを言われるのは何年ぶりだろうか。

「ウィリアム・ナイツには聞かせられない。あのクヴェルについてです」

今までの陽気というか悪戯好きな口調ではなく、冷徹な音が私の脳裏を揺さぶる。私は頷くと、彼に連れられて別室に連れられた。そこはツール職人の工房に似ていたが、見慣れないものがいくつかある。ジャン殿は水差しに水を注ぎ私に手渡した。いくら水温をある程度調節できるとはいえ、ここまで冷たくするのはかなりのアニマコントロールが必要だ。短い旅の中でも気むずかしいと理解できるナルセスが世界最高の術士という理由が分かる気がする。

「あのクヴェルの性質は第一にアニマの増幅、第二に所持者の意識に入り込み、記憶を読み取り、そして支配します。そして一度手にしてしまうと手放そうとしない点が厄介です」

義姉から兄さんが人が変わったようだと言われた理由。この子の話を聞けば納得が行く。だが疑問が残る。

「どうしてあんたは、いえジャン殿はそんなことを知っているんだい」

「実はあなたたちが今年、南大陸に渡るのを知っていたというのはどうでしょうか? 私はヘンリー・ナイツという人物は知りませんが、アレクセイ・ゼルゲンは知っています。そして彼は今、夜の街を根城にしています。そして対決するときに使った術法のせいであなたは命を落とす」

「どうして私の術の事を」

「ナイフで水袋を裂けば穴が空き、瞬間的に通常より多くの水を使うことができます。しかし、一度それをしてしまった水袋はもう使えません。水袋ならそれでもいいですが、あなたならその意味を理解してますよね。最初に行使したときは奇跡・・・いや子どもを作れない体になったか。もう一度言いますあなたの術力でその術法を使うのは自殺行為です。それでもあなたは命を賭けるのですか」

先ほどの食事の最中に作られた天才術士で善良な為政者というイメージを彼に抱くことはできない。経験の中で培った勘が警鐘を鳴らす。そう彼は私たちでは理解できない何か(みち)だ。

「口で説明するのは難しいですね」

彼が手を伸ばし、私の頭に触れようとする。本能的に逃げようとするが、体が石になったように動かない。

「うがぁ・・・!」

彼のアニマが私の中に侵食してくる。砂漠の荒野を越えてフォーゲラングにたどり着く私たち、砂漠のメガリスで空の棺を発見する私達、コーデリアが、あの子がアレクセイ一味によって嬲られ殺され、ウィルが号泣する。そしてモンスターからウィルを守るために私は・・・。

「大丈夫ですか?」

彼が心配そうに水を差しだした。恐る恐る水を口に含み、乱れたアニマを整える。

「これは未来かい?」

「いえ、限りなく未来に近い予測です。別にコーデリアさんをアレクセイ一味に潜入させる必要はありませんし、あなたが死ぬ必要もありません。いや、正確には戦わないという選択肢もあるのです。確実なのはあなたがあの術を使えば死ぬということ」

「私が死ねば、もうウィルはエッグに振り回される事は無いのかい」

確認したいのはそこだった。やがてタイクーンにもなれるだけの素質を秘めた甥をこんなところで潰すわけにはいかない。だが、ジャン殿は首を横に振った。

「谷底に落としても無駄です。エッグのもっとも厄介な点はため込んだアニマを消費して空間を渡れる点です。あれを倒すためにはクヴェルを術的アプローチで壊すか、強固な殻を物理的な手段で砕くか、あるいはアニマの浸透をほぼ完全に防ぐ鉛の箱に閉じ込めるか。

残念ながら一回目は手伝えません。二回目も無理です。ですが三回目、今から約40年後に問題を解決することをお約束します。これを」

差し出された一通の手紙。

「あなたからでもポールさんから構いません。ウィリアム・ナイツに息子が10歳になったら開封しろと渡してください」

「その前に開封したらどうするんだい」

「ニーナさん、この手紙空けたいと思いますか?」

中身は気になるのに開封する気にはなれない。

「一種の暗示です。その時期になったら、彼はあなたたちが渡した手紙の存在を思い出すでしょう。アニマの研究を突き詰めていけば、エッグと同じようなことはできます。もちろん、あなたはこの事を誰にも話せないように暗示を掛けました。万が一エッグに触れられた場合、読み取られる前に死にますし、旦那さんにもウィリアム・ナイツにも話そうと言う気にはなりません」

術やアニマは術不能者を除けば普通のものだ。獣や音の術法の中には、精神に作用するものもあるが恒常的に効果を発揮させることは難しい。これから対峙するエッグは、これ以上の事ができる。ゆっくり、静かに社会に浸透する事ができる。

「それで、あたしはどうしたらいいんだい」

「この指輪を」

差し出された赤い宝石、水と火、獣のアニマを感じる。

「その術を使っても運が良ければ即死を免れます。肌身離さず見に付けておけば、1年くらいは生きる事ができるかもしれません。後はあなたに任せます」

この子はナルセスでもウィルに会うためでもなく、私に会うためにグリューゲルに滞在していたのだ。

「あの子は長く生きられるのかい」

「多分80年以上は。多くのアニマが流れないために、三回目で止めなければならないのです。人間は愚かで殺し合いもしますが、訳の分からない古代の亡霊に踊らされるために生きているわけではないはずですから」

あの実験の失敗で引退せざるを得なかった。だけど研究は続けたことに意味はあった。やはり母親として自分が成すことはウィルの為に死ぬことだ。


1239年

「ウィル、この指輪をお守りとして持っていなさい。そうだね、女用だからコーデリアに渡してもいい。まだ残っているはずだ」

「はい」

指輪を身につけていたおかげでテルムの家に帰る事ができた。だけど、指輪の力を全て使い切る前にこれから様々な困難が待ち受けているであろう甥・・・いや息子達に。

「ポールに預けてあるが、お前に息子ができて、その子が10くらいになったらその手紙を開けな。何が書いてあっても怒るんじゃないよ」

「はい」

「後は・・・今まで生きてくれてありがとう。お前はナイツのいや私達の自慢だよ」

ポールには既に言いたいことは全て言った。後は危ないことはせずに綺麗な嫁さんを貰って・・・無理だね。ナイツは秘密やら不思議やら未知に弱い一族だから。

「ちょっと疲れたよ」

元気でね最愛の旦那と最愛の子。

「母さん!」

さて、先に逝った義姉さんに自慢をしてやろう。私達の息子は人知れず兄さんと世界を救うんだと。



ウィルの次回の登場はウィル対エッグがある1257年でちょいと出ますが出番としては1270年代に入ってからです。ニーナに子どもがいなかったの件については件の術の副作用であるという設定。鋼の錬金術師の師匠の設定に似てますが、女性の場合、アニマへの影響は子宮に来ると考えています。何故なら子どもという異物との接触が出てくる器官だからです。この設定はソフィーやマリーの病気にも関わる事です。本筋的にはあまり重要ではないのですが。

ジャンが秘密をペラペラ話したのはニーナが死ぬ定めだからです。それでもウィルの為に死を受け入れたのは親だからとしか言いようがありません。親子関係はこのシリーズで後何回か出てきます。親は子に何を残すのか。

あとコーデリア生存しました。本筋じゃないからどっちでも良かったのですが、別に彼女が生存してもラベールに軍配が上がる可能性もありますし嫁が二人でも問題無いんですけど、その辺は本当に本筋じゃないので。

ジャンの渡した手紙は、よくファンタジーで使われる強制と契約の概念を含む証文(ギアス・スクロール)の一種で、ナ王家とジャン系ユジーヌ家は1240年代からこれを使用しはじめます。もちろん、触れただけでコントロールするほど強制力のあるものではありませんが、国内や対外での条約などに恐ろしく効果を発揮します。まあ、①同意する②署名するの二つの記述が無い限り問題はないです。

と言うわけで次回から世界規模での歴史改変です。ある意味ここまでがプレリュードでした。




[30263] 1237年 叙爵
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/01/09 13:37
ジャン・ユジーヌがグランツ子爵になったのは彼が18歳の時である。特に領地が増えたわけでは無いため、授けた側も受けた側もこの叙爵は箔付けの意味合いしか持たなかった。それでも彼がレーテ侯になるまでの17年間は、グランツ子爵であり続けた。この爵位が箔以上の意味を持つのは、彼の息子の一人が本拠地を北大陸に移し、グランツ子爵家として独立した後のことである。


スイ王は報告書を財務大臣から渡された書類に目を通しため息をついた。

「ケッセルの伸びが著しいな」

「何せ現時点で就任以前の2倍ですからね。納税の減免は本年度分までなので、来年はもっと税が増える予定ですが」

大掃除の後、代官が治めている王家の直轄地は若干伸びた。ただこれは誤差の範囲内であり、ケッセルのように余剰金を投資して何か新しいことをしているわけではないので今後も横ばいになるだろうというのが予測だった。

「街道の整備や増えた人口を収めるための新しい街を計画している。人の流れが変わるな」

1233年から3年が経ち、本年度からケッセルからグリューゲルに繋がる街道の整備を発案したジャンは、グリューゲルで貧民層に募集を掛け、100人ほど雇いたい旨を伝えた。

「しかし、術力の弱い人間が役に立つのか」

街道の整備などは国家事業でもある。ジャンが計画案と予算案を提出した際にスイ王の疑問は当然のもので、土木工事をするにしても、石のツールを使うのだから術力の無い者達を雇えば時間がかかってしまう。

「使えないものを使うようにするのが政治家の仕事だと思いますが、予算に関しては、王宮から少し捻出して頂きたいのですが」

「貧民街の予算から少し出すとしよう」

スイ王としても農村部から流れて来て仕事にありつけなかったものや、術不能者として親に捨てられた子ども達が集まる貧民街には少なからずの予算を掛けている。これは慈善ではなく、弱者ではあるが少数でもない彼らが暴走しないための警備などの予算だ。それが仕事として出るのであれば歓迎できる。モデルケースとして有効ならば、これは他の地域でもできるし、その際にはジャンに任せればいい。

それが昨年の夏の事である。ジャンはそれから街道整備ができる人間を100人ほど募集したところ、200人ほどの応募があった。ジャンは彼らを面接して犯罪に手を染めていないか調査し、当初の予定より多いが130人を採用した。

結果から言えばジャンの計画は成功した。ケッセルから中央グリューゲル街道に繋がる道は見違えるように整備され、流通も若干ながら向上した。何より完成するまでの期間が従来より4割ほど短縮され、予算的に余裕があったことも大きい。その報告を官吏から受けたスイ王は、正式に報告が終わったジャンに確認した。

「どのような術を使った?」

「何てことはありません。正攻法で整地しただけです。道具に関しては鉄の土木用具を使いました。これなら術力を必要としません。それと作業員を複数のグループに分けて早く正確に終わらせたグループには賞金を出しました。そうすれば効率が上がります。後、必要とされるのは嬉しいですよね」

「つまりこの方式は別に道路に限ったことではなく」

「その通りです。最終的には兵力に仕立て上げたいところですが、まあまだ色々準備が必要です」

史書などではギュスターヴの躍進が始まる1240年代半ばより早くその重要性が高まった言われるが、ナ国の術不能者政策が変わったのはこの瞬間だと言われている。有り体に言ってしまえば、無駄飯食らいが犯罪に手を染める可能性が低くなった程度の認識だ。ジャンは術不能者を人間と扱ったが、それはギュスターヴが術不能者だったからというわけではなく、彼にしてみれば術士と術士以外、あるいは自分とその他の区分けをしているだけであって、傲慢な考え方をすれば人間が足下の虫に注意して歩いて居るわけではない。益虫なら保護して、害虫なら駆除する。それはスイ王も同じであり、だからこそ二人は君臣、年齢の差を超えて盟友となれたといえるだろう。

「・・・ところでジャン。これは質問だが、好みの女性は」

だが、少年が青年になろうとすればジャンの後見を自認している者として気になる部分はあった。これほど有為な人材をつなぎ止めて置くには婚姻関係を結ぶこと一番だった。諜報員によると同年代の侍女が同行しているらしいが、男と女の関係ではないようだ。

「唐突ですね。健康で分を弁えるなら大して気にしませんよ」

美人などいくらでもいる。それができる人間がどれだけ希少なのか。

「まあ良い、相手は探しておくが、ジャン・ユジーヌ、これまでの功を讃え、汝をグランツ子爵に命ずる」

「グランツ子爵でございますか?」

「既に家名が途絶えてしまった家の一つだ曲がりなりにも国家に多大な貢献をした貴族に爵位を与えない訳にはいかないだろう。子爵辺りまでなら絶えてしまった家名を与えればよい。領地は現在のケッセルに加えてオーファンの地を与える」

オーファンはケッセルから馬で2日ほど離れた場所だ。だが、脳裏でその地のデータを思い起こすと頭を振った。

「爵位はありがたく受けますが、今はケッセルだけで充分でございます。彼の地の開発が終わっていない状況で新しい土地を与えられても」

「ダメか」

「ケッセルなら拡張しても臣とこれから作りあげていく家臣団で対応ができますが、オーファンもとなると予定が狂います。何より兄とは別に領地を頂いている身となれば余計な軋轢を産むでしょう」

「普通ならオーファンを与えられると言えば喜ぶのだがな・・・」

発展中のケッセルほどではないが、オーファンの地は小麦がよく取れるので、それほど労無くして収益に預かれる土地だった。

ジャン・ユジーヌは生まれこそ貴種だが、多くの物を与えられることを良しとしない一面がある。前世の経験もあって、機会は利用するが、力は自分の努力で手に入れることに価値を見出すタイプの人間であった。それをスイ王も理解していたが、今後の恩賞を考えれば頭が痛くもなる。土地を与えとけば勝手に収益を増やして結果として国家に貢献するが、恩賞として金品や利権で賄うと財政が最終的に厳しくなる予感がするのだ。

「来年の春に叙爵式を行う、特に準備は要らないが、フィニー王家には」

その言葉を聞いたジャンは一瞬戸惑ったが、意を決して主君に望みを告げた。

「陛下、お願いがございます。一度テルムに戻ってもよろしいでしょうか。ノール侯家の引き継ぎしなければなりません」

「・・・ソフィー殿の病は重いと聞くが」

噂によると以前罹った流行病が緒を引いているとの話を聞いたが、事実は別の病らしい。

「詳しくは説明できませんが、アニマのバランスがおかしい・・・何と言いますか体内のアニマ同士がケンカしていると申しますか。それに伴って体力が消耗します」

「子爵とシルマール殿が無理というならば延命はできても治すことは無理なのだろう。それは聞いても無理ということだ」

シルマールは世界最高の術士と言われているが、これはアニマに関するエキスパートという意味であり、それは弟子であるジャンにも同様の評価が与えられつつあった。だが、シルマールの術士の叡智、あるいはジャンが前世から持ち出した知識を持ってしても無理なことは無理なのだ。

さらにジャンの場合、既に統治者として母親より領民を優先しなければならない。また母にもその点は強く言われている以上、母の面倒はギュスターヴ側に任せるしかない。だからこそ、ジャンは母に対して自分ができることをしようと思ったのだ。



グリューゲルを出たジャンは御者と共にファウエンハイムへ向かう。季節ごとに家族に会うために馬車に揺られながらこの道を進んだが、それもいつまで続くことか。

ファウエンハイムの母と兄が暮らす邸宅に入ると、中には顔見知りの少女がジャンを出迎えた。

「やあレスリー、母上は元気かい」

今年で15になるレスリーは幼さを残しつつ、少女から女性に羽化しようとしていた。あるいは思春期らしく恋をする女性はキレイになるということだろうか。

「・・・ジャン、ソフィー様は元気よ。一時的に体調を崩しているだけの勘違いじゃないの?」

「それだったら嬉しいのだけどな。ギュスは?」

「ギュスターヴなら外に出ているわ。ヤーデの森に咲くレニアの蜜から作ったハチミツが滋養にいいからとフリンとね」

「そうか・・・ならちょっと母上と話してくる。これはノール侯爵家に関わる事だから他の人は入れないように」

「ギュスターヴが戻って来ても?」

「そうだ」

レスリーにしてみれば仲間外れのように感じたのだが、貴族の家というのが色々大変なことも知っているので強くは言えなかった。

ジャンがソフィーの私室に入ると母は刺繍をしていた。遠目で見ると花と鳥だろうか。「花が咲くのに術が必要か、鳥が飛ぶのに術が必要か」と兄を諭した話を思い出す。

「どうしたのジャン、いつもなら事前に使いを寄越してから来ていたのに」

「俺だって連絡無しに伺いますよ。これおみやげです。みんなで食べてください」

ジャンが差し出したのは、最近ケッセルで流行り始めたアップルパイだった。地元ではカスタードも入れるが、これは販売用の商品で主力ではないがそれなりに捌けている。

「ありがとう、でもジャン。あなた嘘を付くとき下唇の右側がちょっと歪むの。為政者なら治した方がいいわ」

それは前世で妻から言われた事がある自分の癖だ。意識して治したと思っていたがいつの間にか再発していたらしい。

「母上には敵いませんね。叙爵は来年ですが、グランツ子爵位を頂くことになりました。今まで宙に浮いていた形ではありますが、正式にフィリップを後継者として指名してください。私達がフィニー王家の出自であろうとも、フィニー王の指名でフィリップが継承すれば、ノール諸侯としてもメンツを潰されます」

「ジャンはそれでいいの?」

「フィリップがフィニー王家を継ぐのであれば私が戻っても良かったですが、それが無理な以上、私の骨はここに埋めます」

「・・・分かったわ、あなたが決めたのなら私はもう何も言いません。手紙を書くから外で待っていて頂戴」

了解して部屋から出ると、ギュスターヴが立っていた。服の所々が汚れているのは野山を駆け巡った結果なのだろう。

「ギュス、お前にも用事があった。レスリー、フリン悪いけどちょっと外で話してくる」

「また内緒の話し合い? 私達ってそんなに信用されていないの?」

「今度はフィニー王家としての話し合いだ。まあこっちは割といい話だよ」

そして、庭に出たジャンはギュスターヴに先ほどソフィーとの会話のあらましを語った。

「・・・国に帰るか」

「引き継ぎの為に時期ノール侯を連れてくるという仕事だよ。ついでにマリーも連れてくる」

「できるのか?」

「断るなら俺はオート侯に付くと脅してやるさ」

ギュスターヴはアニマを感じることは出来ないが、人の意志は理解できる。弟は必要なら人を殺すのを厭わない。恩を受けたノール諸侯の為なら父親の首くらい平気で取れる。加えて既に亡くなっているが、オート侯妃アマーリエはフィニー王家から輿入れしたという形ではあるが、実はソフィーの妹であり、今年で10歳になる次期オート侯カンタールは自分にとっては従弟に当たるので弟が動くとなればメルシュマンの勢力図はまた変わることとなるだろう。

何故弟が自分達に付いてきたのかギュスターヴは知らない。弟も失敗したのかと思えば、グリューゲルに来た途端、類い希なる術の才能を見せつけた。捨てられたのではなく捨てた。そして今完全に捨てようとしている。

「俺達のご先祖様である8世はフィニー島に居ると言われる火竜と戦ってファイアブランドを獲得した。前者は怪しいところだが後者は事実だ。だが、偉いのは8世であり、ファイアブランドは戦場で使われることのないただ象徴に過ぎない。あの剣がお前が作っている、作ろうと思う剣に劣っているとは俺には思えない。別に国さえ纏められるなら術は必要無い」

ギュスターヴに取ってジャンは変わった弟だった。幼少の頃は自分が勤勉だったので周囲の期待は自分に向けられた。だから自分が失敗したあの日に人から向けられた視線をギュスターヴは忘れられない。勝手に期待して勝手に失望する。だから人に関わるのが怖くなった。今なら気付く、自分は与えられた環境に満足し、弟は与えられた環境に満足せずに飛び出したのだと。

「お前はいつだってそうだ。好き勝手やっているのに人の努力を軽く飛び越えていって」

「俺もお前も受け継ぐには向いていないのさ。そして俺達の功績は残すことはできても意志は次代に遺すことができない。そういうのはフィリップに任せればいい」

ギュスターヴは弟の言葉を自分の中で入れ得心する。自分が異常ならば弟もまた異常なのだと。術不能者の自分もやがて父となるかもしれない。ジャンもまた父となるだろう。普通の親なら自分が成功しているなら模倣させるだろう。失敗しているなら間違わないように正すだろう。

「一番不幸なのは父様なのかもしれないな」

王として、何より父として自分に期待してくれていたのだ。普通の父親なら庇うことができたかもしれないが、王である以上、フィニー王家がファイアブランドという象徴を中心に構成されている国家である以上、捨てなければならない。自分も決断をしなければならない時が来るのか。ギュスターヴは父親を恨んではいるが、殺したいわけでは無い。

「それは後世の歴史家か吟遊詩人にでも評価させればいいさ。何か伝えたいことがあれば言っておくが」

「いや特にない。もし聞かれたらあなたとは相容れないかもしれないが、自分なりの道を歩んでいると伝えてくれ」

超克する相手としてファイアブランドとフィニー王は偉大な敵手であって欲しい。それは物語の英雄に憧れる少年みたいな感情だと思いつつも、それが今の出発点である以上改める気はなった。

自分達の兄弟についてジャンは次のように話した記録が残っている

「ギュスターヴは豪放磊落に見えて神経質なところがあった。これは父上によく似ている。フィリップの生真面目と優しさ、そして為政者としての厳しさ母上と父上の良い所を取ったのだろう。マリーは母上に似ているが故に一抹の不安がある。ギュスターヴ14世という人はタイミングが悪かった。父上が後5年いや3年でも長く生きていれば連合王国の王子としての器もできただろうが・・・実権を握った祖父に政治のセンスが無かったのが災いした。優秀なら放置したが暴君の欠片を見た以上取り除いた方が良いと思った」

余談だが、鋼のギュスターヴの弟への人物評は以下の通りである。

「万能の人と言っても差し支え無いが、ある意味傲慢であり怠惰である。もっとも働き過ぎの場合が多いのでメリハリが付いていると言えばそこまでなのだが、金を貯め込んで必要なときに派手に散財するタイプと言っても良い」




1月も既に9日がたちまちしたが、新年のご挨拶をば。
年末に上がってはいたのですが、また文章が長すぎて二つにわける作業とかしていたら、年明けしてしまった。自分が抱えている仕事がピークになるので週末に閑話3(1237年前後)が入る予定ですが、2月半ばまではペースが2週間に1回くらいになるかもしれません。間違いの指摘とかもありますが、それも週末に一気にします。

次回の閑話はフィニー王家の方々です。まあ貴族って大変だよねって話。



[30263] 閑話3 メルシュマン事情
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/01/17 20:06
今回は一人称で視点が変わるためside表記をしております



sideギュスターヴ12世


「お久しぶりです父上」

私が執務を終えて自室に戻るとどこか見覚えが金髪の男がまるで我が家のようにソファーにくつろいで座り、茶を飲んでいた。一瞬絶句し、そして心を落ち着かせて言葉を紡ぐ。

「お前はどうやって・・・ああ昔と同じようにやったのか、隠密向きだなジャン」

7歳の時に出奔しギュスターヴの双子の弟。そして間違いなくユジーヌ家の歴史を紐解いても最強の術士と呼んで良いであろう我が息子。ギュスターヴになり損ねた男。ジャン・ユジーヌとはそんな男だった。

「本当に得意なのは広域への術のぶっ放しなんですが、でもそれしちゃうと人間止めているみたいで嫌じゃないですか。まあ話は置いておきますが、本日はノール侯からの使者として参りました。正式なルート使うと色々と面倒なのでこういう手段をしましたが、これおみやげです」

息子から手渡されたのは一本のワインだった。ラベルを見てため息をついた。

「ソフィーの雫か。ケッセルの領主として色々とやっているのは聞いておるが、この酒は聞いたことがない」

ジャンが領主をしているケッセルではケッセルの悪戯というワインが有名で、高級品だが手が出せないほどではないと近年需要が高まっていた。

「来年から売り出す予定の新しいブランドです。まあ寝酒代わりにでも飲んでください。改めましてノール侯からの親書です」

ノール侯(ソフィー)からの手紙には自分が長く無いこと、その前にフィリップに形式的ではあるが引き継ぎをしたいこと、諸条件などはジャンに任せることが書いてあった。

「・・・ソフィーは長く無いのか」

「原因は分かるのですが、根本的な治療法が確立していません。食料でいうと節約すれば何日かは延ばせますが、最終的に餓死するのは変わらないでしょう? それで里帰りのついでにちょっと調べたいことがありまして」

「何だ?」

「母上の家系の死因です。母上特有の原因なのか、母上の家系に原因なのか」

「お前はどう思う?」

「おそらく女系にだけかかる病気でしょう。子どもを体に宿す際、アニマのコントロールが上手くできない状態になります。一年も経てば以前と同じ状態になりますが、出産を繰り返したり、難産だったり、産後にストレスを抱えた状態になるとそれがうまく出来なくなると。すぐにコントロール不能になるわけではなく、徐々に蝕んでいく。術力の強い人間の方が意識的にコントロールしなければならないので庶民とかだと問題無いのですが・・・。ほらお祖母さまはアマーリエ叔母上産んで体調崩して一年で亡くなってますし、そのアマーリエ叔母上もカンタールでしたっけ? 従弟を産んで2年くらいで亡くなってます。まあ叔母上は運が悪かった可能性は否定できませんが」

ここで初めて、ジャンの言いたいことが分かった。

「マリーも可能性は高いと」

「一度や二度の出産なら問題ありませんが・・・まあ頑強な家系じゃありませんしね。産後の肥立ちが悪いってこれのことだと思うので、その内研究機関でも作れないかと思いますが母上の場合間に合いません」

ジャンは捻くれているが、人の死を茶化すような男ではない。幼少の頃息子に仕えたノールの子弟達を中心に支持者が多いだからこそ未だにノールの人間は息子によって統御されている。そうソフィーとギュスターヴを追放したにもかかわらず反乱が起きない理由は、当時7歳の息子が‘お願い’したからだ。そして、反乱を起こすとなれば必ず息子が陣頭に立つだろう。

「ここからはお願いですが、フィリップとマリーを留学という形で一度ファウエンハイムに寄越してください。フィリップは正式にノール侯になるので出立から2ヶ月くらいで戻しますが、マリーはなるべく長く」

ここからグリューゲルまでの航路を考えれば実質2週間前後か。

「・・・いいだろう。どうせ断れば余計な血が流れるのだ」

こいつはナ国のスイ王の腹心という立場と、ノール侯の使者という立場で断ることは許されない状況に追い込んだ。力を持ちながら政治的プロセスを重視するスタイルは政治家向きだが統治者としてムラがあるのが難点だ。自分でも分かっていたからこそ、フィリップが王に向いていると言ったのだろうが、当時の私にそんな精神的余裕はなかった。

「スイ王は良くしてくれるのか」

「平民でも才能があればある程度出世できるのでここよりは暮らしやすいですよ。爵位も頂きましたし、敵対しないようにどこぞの令嬢と結婚させるくらいの予定は立てられていますが、嫌になったら逃げられるのは魅力的です。まあ問題が起きるとしたら陛下が身罷った後ですが」

「お前が王位を継いでくれたらな」

だが息子は私の言葉に苦笑しながら両手を挙げて首を振った。

「フィリップが王位継承者なら喜んで帰国しましたが、次のギュスターヴは違いますからね。それとギュスターヴからの伝言です。価値観は違えども、自分なりの道を歩んでいると。そして私からの忠告です。次のギュスターヴが統治者として問題があるなら私はギュスターヴをけしかけるでしょう。まあ何にせよギュスターヴか私か、フィニー王家の内一つは残りますよ」

それも一つの手かと素直に息子の考えに同意することにした。シルマール殿はギュスターヴの中の何かを感じ、ジャンもそれを前提に動いている。超常に踏み込んだ二人が才能を認めるならギュスターヴは違う分野で才能があるのだろう。保険は多ければ多いほど良いに決まっている。何より、目の前の息子は執着をしない。クヴェルを壊す程の強大なアニマという力があるから執着する必要が無い。そういう人間は王の補佐はできても象徴には向かない。

「まあいい、私は生きている間フィニーの為に尽くそう。私の死後は好きにすればいい」

結局、この子は私の手に負えないし、ソフィーの手にも負えなかったのだろう。シルマール殿がかろうじて理解した。多分人の身でありながら人の力を越えた何かであり、人の中で暮らす為にそれを抑えている。自分の領域を荒らさなければ問題が無い。

「フィリップの部屋は以前と変わらずに」

「ああ・・・」

「後日改めてナ国の使者として表敬致しますのでよろしくお願いします」

子どもの頃のような悪戯っぽい顔でジャンは会釈すると部屋から出て行った。

そして開けられた扉の前にはギュスターヴがいた。息子は腹違いの兄から発せられたアニマを前に震え、下半身が濡れていた。



sideフィリップ


「ここはフィリップ様のお部屋でフィリップ様は不在です。はぁ? 待たせてくれって・・・というかあなた誰ですか?」

私が書庫から自室に戻ろうとすると部屋を警護している兵士の声が聞こえてくる。何事かと思い早足で現場に向かうと、私の良く知るアニマを感じた。

「あっ! フィリップ様、この男がフィリップ様の部屋に入ろうと」

「ジャ、ジャン兄様!?」

10年前と比較にならないほど背が伸びた私の兄の一人が部屋の前に立っていた。私に気付いたのか大きな手で頭を撫でてくる。

「まあ何というか元気そうで何よりだフィリップ。ところで部屋に入れてもらえませんか王子殿?」

「も、もちろんです。お入り下さい」

「あの・・・フィリップ様この男は誰なのでしょうか?」

私の兄だと伝えようとしたが、ジャン兄様は目で言うなと伝えるような仕草をする。

「私にとって大恩ある方だ。どうぞ」

部屋に入った兄様は部屋を見渡すと一枚の絵画に目を向けた。

「あの時の絵か。みんな小さかったな。10年は短いようで長かったな」

「私は昨日のように思えます。ですが兄様、どうしてテルムへ」

ギュス兄様と違い、ジャン兄様は出奔したという形になっている為、戻ってくることは可能だ。とはいえ、ジャン兄様が目的もなくこちらに戻ってくる可能性は少ない。

「お前とマリーをナへ連れて行く為だ。保留していたがお前が正式にノール侯になる。随員はジョルジュとアンリとカルロくらいでいいか」

「ですが、次のノール侯は兄様だと父上が」

「お前が次のフィニー王ならノールに戻ったが、継がせないみたいだから、ナで暮らすことにした。それより多分お前が母上に会うのは最後になると思うのでよく話しておけ。滞在期間はそんなに長く無い。マリーはせめて最期まで一緒に居させてやりたいが」

兄の言葉を理解したとき、私は自分の血の気が引くのを実感した。声に出そうと思っても声が出ない。

「落ち着け・・・別に後3ヶ月で死ぬという病気じゃない。ただ確実に死ぬという病気で手の施しようがないというだけだ」

「ジャン兄様の師であるシルマール殿は世界最高の術士でジャン兄様も優れた術士だと思いますが、それでも無理ですか」

「医療に関しては、天才が治療法を確立することきはできても、症例の積み重ねが前提だ。最低でも4、5人のデータが欲しい。だが、残念ながら私はそれに時間を掛けている余裕がない。だがお前やマリーを連れて行くことができる」

ジャン兄様は天才だ。だが天才でも奇跡を起こせるわけでは無い。

「お前とマリーには本当に申し訳ないと思っている。再会させることが次善であると思っていながら、また別れさせなければならないと思うと」

「ジャン兄様が悪いわけではありません、悪いのは」

だが私はそれ以上の言葉を出すことができなかった。ジャン兄様が首を振る。

「ギュスターヴはフィニーという社会では認められない。王様なんてものは無能は困るが成すべきことなせる人間であればいい。これは次代以降の課題だな」

自分も政治というものに関わってきてようやく分かってきたが、兄様は自分達とは見ている先が違う。貧民は明日を、平民は一週間後を、商人は1年先を見るという。為政者はもっと長い間隔で先を予測するがジャン兄様は10年以上先を見て生きている。だから聞きたくなる。兄はジャン・ユジーヌは今日のことを予測していたのかと。

「まあいい、俺はちょっと出掛けてくる。一週間後には戻ってくるのでマリーには内緒にして置いてくれ」

「どちらに行かれるんですか?」

「ちょっと従弟殿に会いに」



side カンタール

僕があの方にあったのは9歳の時の話だ。

「アマーリエ叔母の墓参りに。刺客? ご冗談を。伯父上を殺すくらいなら父上を殺しますよ」

僕が幼い頃に無くなった、何となく優しかった肖像画でしか見る事ができない母様によく似た男の人。

「フィニーの王になり損ねた放浪王子。私も噂は色々聞いている。君が王太子だったなら今頃メルシュマンは統一されていただろう」

「さてどうでしょう? ところでそこに隠れている従弟殿を紹介してもらえますか?」

「カンタール、出てきなさい」

父様はお客様を凝視して、その後呆れたように僕に声を掛けた。

「はじめまして従弟殿。グランツ子爵ジャン・ユジーヌだ。君のお母さんのお姉さんの子どもだから私達は従兄弟の間柄になる」

「は、はじめまして! オート侯アッバースが長子カンタールです」

「いい目をしている。これからも精進しなさい」

「はい!」

それからジャン殿は2日ほど滞在して色々な話をした。南大陸の流行や大陸を渡るのに船でどれくらい揺られていたなど。おみやげとして貰ったお酒を飲むというか舐めさせて貰ったがとても甘くておいしかった。後で父様から聞いた話だとあれ一本で平民の収入の半年分くらいするらしい。

「フィニーとオートは対立関係にあるが、私は基本的にナの人間なので、もし相談できると思ったらいつでも相談しなさい。それと話せる時にきちんと親子で話をしなさい。死んだ相手には話すことはできないのだから」

ジャン殿は跡継ぎとしか接してくれない周りと違って兄のような存在だった。そして僕だけに教えてくれた。僕の叔母に当たるジャン殿のお母様も体が弱いらしい。

「私の弟達、特に妹は生まれてすぐに母から引き離された。政治とはいえ色々とね」

その表情を僕は、私は生涯忘れないだろう。

オートは負け、父を殺した男の娘を押しつけられる。だが、考えて見れば彼女と結婚すればあの方と義理とは言え兄弟になれると思えばそれほど苦痛ではない。



サンダイル1200年代の後半というのはヤーデ伯とオート侯の争いですが、原因ってやっぱりマリーだと思っています。というか乳母か侍女辺りに育児任せっきりだったと予想される父親の養育方針が悪いと思うのですが。まあ一番の問題は公式に跡継ぎを残さなかったギュスターヴなんですけど、その辺は1240年代以降の問題だしいいや。

次が1238年でようやくヒロイン登場です。

ショウ王の生年を確認する・・・・・・あれ? 年下? まあ主人公より5歳ぐらい早く生まれてもいいやと思った。どうせほぼモブだし。



[30263] 1238年 恋模様雨のち晴れ
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/01/31 12:54
貴族の女性が10代半ばで嫁に行くことはよくある話であり、商家の娘などは行儀見習いが終われば嫁に行く準備が整ったと考えられていた。ディガーやヴィジランツになると30代前後もザラであるが、彼女らを娶るのは大抵同業者であり、子どもができたので腰を落ち着けることになったという理由で結婚した夫婦も結構多い。しかしエレーヌ恩賜病院付属研究所の研究が進むにつれ、子どもを産むのに適した年頃が分かると自然とその範囲内に落ち着いていった。

また当時の結婚と言えば集団の長が承認することが必要であり、承認の対価として何かしらの謝礼(主に金銭)を必要とした。もっとも謝礼を受けた側がお祝いを渡すことも慣例となっていた。既婚者の証明として何かを身につけるという習慣は地方ごとに様々な特色があるが、守り石と呼ばれる宝石を付けた指輪を交換する習慣をはじめたのは、グランツ子爵であるジャン・ユジーヌとレーテ侯フランツの娘アリアとの婚姻が始まりである。
結婚史より抜粋


1238年という年はジャンにとって慌ただしい一年であった。新春早々グランツ子爵に叙任された。王族という出自ではあるが大掃除事件、ケッセルの開拓による税収の増加、街道の整備、盗賊やモンスターの討伐など実質数多くの功績を持って爵位を手に入れたといえるが、それでも彼は諸侯にとってジャンはスイ王お気に入りの成り上がりであった。あるいは次代の宮廷の一翼を担う人物である彼と彼の主君であるスイ王が何をはじめるか薄々気づきはじめていたということもあるだろう。

「汝ジャン・カミーユ・ド・ユジーヌ、ナ国への功績を讃えここにグランツ子爵の爵位を与える。今後とも励め」

「臣が臣で居られる限り陛下と国家に対し尽くしましょう」

ハン帝国崩壊後、ナが国家として形成される際に、南大陸に逃げた貴族が再興した家と、豪族としてその地を治めナの支配下に入った家いた二つの勢力がある。概して後者の方が発言力は強い。そして新興の家というのは国というより自分を推してくれた人物への忠誠を誓う場合が多かった。そしてジャンの忠誠心とはフリーハンドを与えてくれるスイ王に捧げられるものであり、ナという国はその延長線上でしかない。そもそも今回の叙勲も今後の仕事に役立つという合意の元与えられたに過ぎない。

だが、このやり取りに不安を持った人間が居た。スイ王の長子であり、おそらく後十数年で父王の跡を継ぐことになるであろうショウだ。ショウはジャンの政治的な素質については疑っていない。小規模なワイン製造くらいしか産業が無かったケッセルをたった四年で著しく発展させる手腕は評価できるし、人を効率良く働かせる才能に長けていることは分かる。だがその人となりはよく分からない。父に言わず密かに調査させたところ、治安は良く、食べ物に困ることも無い。食料の備蓄は『冷蔵庫』なるツールを設置した部屋に保管しているので、安い間に他領から買い取った食料をそこに貯め込んでいるようだ。兵力は自警団規模でまだ50人ほどだが、モンスターや盗賊などの対処を見る限りでは悪く無い。

(何より当主であるジャン・ユジーヌが強い)

報告ではあのガルムを一人で殺したという報告を受けて冷や汗が止まらなかった。ガルムは熟練の冒険者やヴィジランツが集団で戦えば勝てない相手ではないが、少なくとも単独で戦えるような相手ではない。強いアニマの持ち主であることは知っていたが、どちらかというと知謀を得意とするタイプだとショウは思っていた。だが普通に前線指揮もこなすとなれば兵力差で押し切るしかない。

そこでふと自分が何を考えたか理解したショウは苦笑した。彼は条件さえ合えばおそらく敵に回らない。ならば敵対する必要は無い。ショウはいずれ腹を割って話す必要があるだろう。果たして父はあの天才少年にどれだけの条件を付けたのやら。



1月の叙勲式が終わり、2月に入るとジャンは宮廷に招かれた。ただ今回の場合は、財務の仕事でもなく、スイ王との謀でもない。個人的な話でありつつ、政治的な色を帯びている内容だった。

「グランツ子爵も存じておると思うがレーテ侯爵フランツだ。そして彼女が娘のアリア」

レーテ侯爵家は王家に連なる家系であり、本拠地ザルツブルグは海に面しては居ないものの、川を使った水運によって栄えている。諸侯の中では王党派といっていい立場でありスイ王からの覚えも良かったが、フランツの立場としては寄りすぎず離れすぎずの立場を維持したかった。レーテ侯領とケッセルは隣接しているため何度か会談をしており、知らぬ仲では無い。

「アリア・ルイズ・ソフィア・フォン・レーテと申します」

ただ、フランツの子どもは長男であるリオンが早世したため、娘のアリアに婿を取って跡を継がせなければならなくなる。しかし国内でも有数の大貴族であるレーテ家を任せられる人物を見つけるとなると頭が痛い問題だった。身内で適齢者はおらず、他家から婿にすれば従来の路線を踏襲できるか疑問が残る。

そこで主君であるスイ王に相談したところ、今回の縁談を紹介されたのだ。

「ジャン・カミーユ・ド・ユジーヌと申します。いやレーテ侯が自慢していたのがよく分かります」

アリアはジャンより二つ年下で、ゆるめにウェーブがかかったアッシュブロンドが印象的な少女だ。

「ジャン様のこともよく伺っております」

「どうせ陛下の腰巾着とか碌な噂ではないでしょう。同世代に対しては結構やっちゃいましたし」

「ですが、ケッセルの住民は貧困から解放されたという話も聞きます。全ての人に好かれるのは不可能なのですから何を優先させるかを考えるのも貴族の務めではないかと」

ジャンは目の前の女性の評価を上方修正した。どうやら可愛いだけのお嬢さんではないようだ。

そもそも、これはスイ王が斡旋した縁談なので、密通しているなどという理由が無い限りは破談になる可能性は低い。それでも彼女の人となりはジャンにしてみれば心地良いものだったし、アニマの色もいい。

アリアにしてもジャンの良い噂も悪い噂も聞いていたので不安だったが、話してみると知的な青年であり、民衆が豊かになれば無理に税を上げなくても儲かるなど貴族としても商人としても見識豊かである彼に好感を持った。どうせ自分は婿を取らなければならないのだ。それなら家にとっても何より自分にとって良い選択をした方がいい。

こうしてジャンとアリアの交際は始まった訳だが、二つの問題があった。一つはジャンの母であるソフィーのことであり、二つ目はジャンの妹で、勉強という名目でここに来ているマリーのことだった。アリアも父からソフィーが病気で長くないことを知っていたが、将来の義母になる女性なので折を見て見舞いに行きたいと思っていた。もう一つはジャンの妹であるマリーのことで、一度テルムのグランツ子爵公邸で鉢合わせになったのだが、何故かマリーは子猫みたいにアリアを威嚇した。

「あの、私妹さんに何か悪いことをしたかしら?」

「思春期ですから色々思うところはあるようですが、2つ年下のフィリップは実感として弟なんですけど、マリーは赤ん坊の時に別れたので頭の中では妹と認識してますが扱いが難しい」

「ジャン様でも困難なことがあるんですね」

「俺は自分が術の分野に於いて天才だと思ってますが、他者との関わり合いは常に試行錯誤ですよ。経験ではどうしても大人に負けますしね」

まだ出会って数回だが、ジャンはアリアに対して話し方こそ丁寧だが大分フランクになってきた。そして言葉の端々から意外と大雑把な性格だと分かると親近感が抱いた。ジャンの側からしても頭の回転が速い女性との語らいは好きだったので秋になると正式な婚姻が結ばれることとなった。

婚約披露のパーティはテルムのレーテ公邸で行われることが決定したが、その前に二人はファウエンハイムのソフィーの元を訪れた。

「良かったわねジャン。いい方がお嫁さんになってくださって」

ソフィーは以前ほど体調が優れなかった。体調のいい日き庭に出ることはできるし、普通に食事を取ることもできる。だが視ることができるものからすればじわじわとアニマが欠乏しているのが分かる。

「俺としてはギュスターヴの方に先に結婚して欲しいと思っていますが」

この場にギュスターヴは居ないがソフィーに付いているレスリーに視線を向けると、彼女も気付いたのか顔を赤くする。

「そうね、そればかりはなるようになるしかないわね。私達の結婚はどうしても政治が絡むけどそれを実りのあるものにするのは夫婦の努力の結果なのよ」

「母上は父上との結婚を後悔したことは?」

ジャンは多分、この話を聞けるタイミングは今しかないと思った。ソフィーは息子の問いわずかな時間目を瞑り、そして首を横に振る。

「無いわ。政治的な思惑で結ばれた婚姻だけど、陛下は陛下なりに良き夫であり父親であろうと努力したの。あなたが遊び回ってるから私は相談したのよ。でも、それがあなたの為になるからと。跡継ぎでないならできるだけ多くの選択肢があった方が良いって。あまり多くを語らない人だけど子ども達のことを思っているのよ」

母の話を聞いてレスリーは泣いていた。アリアも泣いていた。そしてジャンも自分の目から涙がこぼれていることに気がついた。どうしても自分が異物・異端であることに引け目を感じていた。死の定めは覆すことはできないが感謝しよう。そしていずれ生まれて来る子に伝えよう。自分の祖父母のことを。

「ギュスターヴは前しか見られない子だからあなたにお願いするけど、みんなのことをお願い」

「はい」

「ジャン、レスリー、ちょっとアリアさんと二人だけで話したいことがあるから出ていてもらえる」

「分かりました」

部屋から出るとギュスターヴが待っていた。

「どうしたんだ二人とも・・・泣いているのか?」

自分の弟が泣いたことなど見たことが無いギュスターヴは困惑したが、ジャンはレスリーをギュスターヴの方に押し出し。目で合図した「抱きしめてやれと」。ギュスターヴは困惑したままレスリーを抱きしめた。幼馴染みといっていい少女の体つきはすっかりと大人になっていた。




まあ将来的な脅威に対して対策立てないといけない王太子とかようやく出てきた結婚相手とか色々ありますが、レスリーヒロイン化計画は着実に進んでいます。

ジャンは基本的にジャン・ユジーヌを名乗っていますが、公文書とかではジャン・カミーユ・ド・ユジーヌと記載しています。ジャン・カミーユはギュスターヴ12世の母方の曾祖父から取っているという設定です。現在はグランツ子爵ですのでジャン・カミーユ・ユジーヌ・フォン・グランツが正式名称。婿入りすればジャン・カミーユ・ユジーヌ・フォン・レーテになりますが、商売とかの決済などではジャン・ユジーヌ表記しています。これはグランツ子爵位とレーテ侯位を兼任するからなのですがまあ別に深く考えなくてもいい設定ですね。

ギュスターヴはギュスターヴ・ド・ユジーヌ、正式にはギュスターヴ・ド・フィニーなんですが、今後ギュスターヴ・ユジーヌ・フォン・ワイド、戦争後はどうしようか。多分日本語訳すると新ハン帝国ユジーヌ朝に収まるので、多分称号としてアウグストゥス系を名乗ると思うのですが、まだ10年以上も先の話ですね。

地名がドイツ語で、名前が英語系だったりするヤーデをベースにすると貴族号は『フォン』なのか『オブ』なのか迷うわけですが、多分メルシュマンは『ド』でいける。南大陸はフォンでいいやと決めました。別に名前と姓だけでも問題無いと思うのですが、雰囲気だそうと思うとそれなりに考えなければならない点なので、名前に関してはこうした方がいいと御意見は承ります。




[30263] 1239年 幼年期の終わり
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/13 16:56
ソフィー・ド・ノールが亡くなったのは1240年を迎える3週間前の春のことだった。息子と共に国を追われ異国の地で終わりを迎えた彼女の生涯は幸福とは言い難いものであったと語る人間は当時も今も存在している。ただ歴史家にとって重要なのは彼女の血を引く子どもたちのその後の行動だった。術不能者と蔑まれたギュスターヴ13世の歴史はここから始まり、すでに独立した存在だったジャン・ユジーヌの雌伏はこの時点を持って終わりを告げたと言える。当時の人々はこう振り返る「激動の1240年代は彼女の死から始まった」と。



子爵となったジャンは、ケッセル郊外に作る予定の新市街の都市計画を立案していたが、自分が住む屋敷も新市街に移転してはどうだという提案をグランツ領警備隊長であるアランから受けていた。特に不便を感じていなかったジャンが理由について尋ねると、アランは警備に関する問題を告げる。

「ジャン様を不意をつけるような刺客がいるとは思えませんが、将来の奥方様やお子様達は常識の範囲内で警備が必要になります。現在の館は守るには適していないのです」

ケッセルの代官が使い、その後ジャンが継続して使用していた屋敷は、それなりに豪勢で貴族の屋敷としては問題無かったが、爵位持ちの屋敷としては格の問題がある。それに今後、国王の行幸などがある場合、宿泊させるには些か手狭だ。ジャンも仕事が増えるに従って増えた文官や武官などが効率良く働ける環境を必要と感じていた。以前は自分が文官としての役務も兼任し、警備などはアラン、普段の生活などは村の顔役のエミールの3人で回していたのだが、予想以上の経済規模の成長と道路拡張事業でそのまま居着いてしまった人間を中心として新市街の建設。加えて婚約者が婚姻後はこっちに住むとなると最低でも10人以上の家臣団を召し抱えなければならず、加えて自宅警備などに兵や侍女などを雇わなければならない

この話を聞いたトマス卿は笑って次のように評した

「ジャン君は人の使い方は上手いが何でも一人でできてしまうのが難点だな」

これはある一面で正しく、不足は自分の能力で補ってしまうジャンは余り他人を必要としなかった。軍事的な分野など自分が及ばない範囲は他人に任せる、あるいは数が必要な分野なら必要数を完全に把握してスケジュールを進行させる。今まではそれでも良かったが、爵位持ちの貴族となればそれなりに格式が必要となる。

「適当に基盤確保したら後は研究生活で過ごすつもりだったんだがな」

未だ本人は術士が本職だと思っているが、周囲から見れば商売が上手い貴族という評価を受けているジャンだった。どちらにせよ有能かどうかは別として信頼のおける家臣を欲したので未来の養父になるフランツやスイ王から文官や武官を紹介してもらい、調査して10人ほどを採用した。これは将来的に増えることはあっても、減ることはない。加えて自分の家を管理する人員も必要だった。

「私の世話に関してはミレイユだけで事足りるんだけど、割と面倒だな」

ジャンが連れ戻したミレイユだが、向こうでかなり仕込まれていた。彼女が学んだことで実践していないのは夜伽くらいなもので、識字をはじめ、一般的なマナー、料理、裁縫、洗濯など私生活において彼女1人いれば事足りるという状態だった。ジャンはケッセルからグリューゲルに移動する際も基本的に彼女を伴っていたが、今後のことも考えればそういう訳にもいかないだろう。

「というわけで誰かいい人材居ませんかオルトさん」

「ジャン、いや子爵殿の頼みとあらば聞いてやりたいが、お前より料理の旨い奴となると副料理長のミシェルか、サードのウーゼルしかいないんだよ。最低でもミレイユの嬢ちゃんより腕が無くちゃメンツ丸つぶれだろうし」

ナ国の宮廷料理人に料理人の紹介を頼む男なんてそういないだろうが、初期のユジーヌ商会の取引品目が食品や嗜好品ということもあって料理にはうるさかった。一番の趣味の術開発やツール開発は仕事の要素を含んでいるが、食事に関しては純然たる趣味の領域だ。それに加えて舌がいいのか、2、3回食べれば再現してしまう為、客としては金払いもいいので歓迎したいのだが、雇い主としては勘弁して欲しいところだ。

「俺が後3人位いれば一人は術研究に力を注いで、一人は商売で生活費を確保して、最後の一人が仕事をするんだが、中々世の中は上手く行かないものだ」

このようにジャンが呟くのを聞いたミレイユはお茶の準備をしながら思うのだ。

(ジャン様お一人でも世の中を騒がすのだからお二人もいたら世界が混乱してしまうに違いないわ。でもお二人居るなら・・・)

この当時のミレイユはどちらかと言えばジャンの側にいる時間よりもジャンの母であるソフィーの為にファウエンハイムの邸宅に通い詰めていることが多かった。世話という点ではヤーデ伯の元へ行儀見習いとして来ているレスリーがほとんどやってくれているので問題がないが、ミレイユは万が一の時の連絡要員として派遣されていた。その連絡方法については主人であるジャンと警備隊長のアラン、そして自分しか知らない機密である。主からの信頼が厚いことはうれしく思うが、主の母であるソフィーを見舞いに来る彼の婚約者のアリアを見ると、胸が切なくなるのを自覚していた。だがそれを表に出してはいけないと自制している。

だがそんな彼女の心境に気がついている人間がいた。ジャンの母であるソフィーだ。既に起き上がることもあまり無く、咳き込むようになってはいたがミレイユが見ても彼女は美しかった。

「ジャンはハラハラさせることが多かったけど、全然手の掛からない子で、フィリップの面倒も見てくれたしとても助かったわ。でもあの子はギュスターヴとは違う意味で他の人と違うの」

ミレイユはソフィーの発言の意図を理解していた。ジャンは貴族や平民、術士と一般人のような枠組を気にしないが、自分達とは全然違う世界に生きている。

「結局あの子を育てたのは私でも陛下でもなく、シルマール先生とスイ王様で私は親として失格なのよ。あの子は何でもできる、人を救うのと同じように簡単に人を破滅させる」

そんなことはないとミレイユは言いたかったが、多才であり、人当たりも悪く無いがが、それが全てではないことを彼女を数年間の付き合いで理解していた。彼は自分の領域を大切にする人間で、何かに没頭する時間を確保できないならば、現在の生活を捨ててしまっても良いと考えるタイプだ。ミレイユが客を取る生活をしないで済んだのは、自分がケッセルの出身という望外の幸運に過ぎなかったことに他ならない。そして、あの当時助かるチャンスはあったが結果的に今も花街に埋もれている人間はかなりいるだろう。

「だからねミレイユ、あなただけはジャンを理解してあげて。これは私にはできなかったし、アリアさんには無理なことだから」

「大奥様、私はジャン様のものです。ジャン様と奥様・・・アリア様が良いと言ってくださるならば私は・・・」

世の中には色々な親子の関係がある。口減らしの為に売られた自分は家族の為の納得はしていたが、戻ってきた家は何となく居心地が悪かった。ジャンの薦めに従って住み込みで働くこととなった。当初は囲われると思っていたが、手を出さないので不能なのかと疑ったこともある。

「俺は領主の義務として領民の君を連れ戻しただけだ。世間では天才とか色々と言われてはいるし、酒場に繰り出して騒ぐこともするが、家にいる間は静かに暮らしたい。ミレイユは家事全般を一人でできる能力があるからちょうど良かったのさ。手を出す? 確かに君は可愛くて魅力的だと思うけど、そっちについてはあまり興味が無い。今は酷いことを言う同年代の男達もその内手を返したように君を口説くようになるさ」

事実、蝶が羽化したかのように美しくなっていくミレイユは、村の男達の注目の的だったが、彼女の心は既に決まっている。

「おそらく私は幸せなんだと思います」

餓えを心配せず、モンスターの被害に怯えることなく暮らすことができる、主君手ずからの商品の試作品を食べることができ、意見を採り上げもらえる。かつての友人達と同じ生き方をすることは多分もうできない。そして主君が結婚すればそのような機会は自ずと減るだろう。それでも自分の心は彼に囚われてしまったのだ。

馬車に揺られる時間や本を読む主と同じ部屋で編み物をして過ごす時間は自分にとって宝石に等しい価値がある。

「私はそういう経験が無いから分からないけど、女として辛いと思うわ」

政略結婚であっても夫婦仲は良かったし、その関係が維持されていた間は愛人や側室などをギュスターヴ12世は持たなかった。あるいは持っていたのかもしれないが多分無いのだろう。そしてジャンは恋愛関係で遊ぶようなタイプには思えないので、余程のことが無い限りミレイユには手を出さないだろう。それでもミレイユは笑う。

「私はこういう生き方しかできない不器用な女です。迷うことはあっても後悔することはありません」

ソフィーはミレイユが貴族ではないとしても、レスリーのように商人の娘であれば迷うことなく嫁がせることができたのにと残念に思った。アリアも悪く無いが、根性の据わっているミレイユは、息子の問題がある部分を補えるタイプだと感じた。ジャンはギュスターヴのことを誰かが重しを乗せておかないと風に吹き飛ばされて飛んでいく紙に例えた。だがソフィーにしてみればジャンの方にこそ重しが必要なのだと思っている。あの日、貧民街から感じることができた制御を解かれたアニマの奔流。それを行った人物が誰なのか母親であるソフィーは分かっていた。

無いとは思うが壊れたら最後、世界を滅ぼしかねないほどの危険な子どもを人間に留めて置くための保険。多分それがミレイユなのだとソフィーは死が近くなるにつれ鋭くなる勘で何となく感じていた。

「ジャンは近くも遠くも見え過ぎるけど、足下を見ない悪い癖がある。だからあなたがいつも見ていて欲しい。これが私からあなたへの遺言」

ソフィーは息子から死が避けられないことを告げられてから色々なことを考えていた。ここにいないフィリップに伝えるべきことは伝えた。ギュスターヴとマリーにはもう少し後でいいだろう。年は越せないだろうとジャンは伝えた。逆に言えば不慮の事態が起きない限り、それまでは確実に生きられるという保障をした。そしてソフィーの病状はシルマールによってできるだけ詳しく記録されている。それは未来に繋がることだとジャンから説明された時、ソフィーは自分の運命を受け入れた。願わくば娘に自分と同じ境遇にならないとの願いを込めて。

これがソフィーが亡くなる一ヶ月前、ソフィーと魔女の義母となる女性の語らいだった。



新年祭の一月前というのは何かと忙しい。で例年なら宮廷に出仕し、税収の計算などを本職さながらのスピードで処理していくジャンだが、彼にしては珍しく仕事が進んでいなかった。間違いなく後一週間が限度だろうとシルマールから連絡を受けたのが原因なのだが、それでも動かなかった。あるいは仕事をして現実逃避をしたいだけなのかもしれない。それでも通常の官吏と同じ程度の処理能力を維持しているのだから周囲としては頭が上がらなかった。この当時ジャンはグランツ子爵としてケッセルの運営をすると共に、公式な身分として王領の監査を行う監察官と、国王の顧問官としての地位に付いていた。私的な役職としてはユジーヌ商会の会頭もしているが常人ならまず無理と思われる仕事量をこなしていても平気なのだから恐れ入ると官僚達にしてみれば休んではと声を掛けることはできない。

「ジャン、もう仕事はしないでよい」

そんなジャンの行為を止めたのは彼の主君である。スイ王はあのジャンですら親の死の前には動揺するのかとどこか安心する側面があった。

「勅命だ。この文をヤーデ伯に至急届けよ。それに財務卿でも財務官僚でもないお前に任せればいいと考えるようになったら統治機構に問題が生じる。いや既に出始めているか」

ジャンは国家レベルでの経済活動を理解できる人材であり、書類仕事も確かな貴重な人材だが、今後はケッセルの開発並び、入り婿するであろあレーテの仕事に専念しなければならない。そうなったとき、下級官吏達で仕事が追いつくかという懸念がスイ王の中にはあった。ジャンにしても術力の多寡や家柄で採用されている現在の統治機構では人が足りない。術不能者だろうが平民出だろうが、ある程度のことはして欲しいと思い、領地に政経塾でも作ろうかと思うのだが、それが実現するのはスイ王無き後、ショウ王の御代のことである。

「・・・御意にございます」

ジャンを頭を垂れて宮廷から出ていった。公邸に戻ったジャンはいつでも移動できるように準備していたアランに告げた

「アラン、陛下より至急ヤーデ伯への文を頼まれた。悪いが一人で行ってくる」

「・・・本気ですか?」

「馬で走るより、一度飛んだ方が早い」

アランは主君が何をするのか把握していた為に、それを見られて良いのかと問うたが、ジャンの意志を変えることはできなかった。

ジャンは工房に戻ると専用のツールを両腕に身につけ外套を羽織る。そして万が一の為に必要な道具を鞄に入れるとアランを伴い、グリューゲル郊外の小高い丘に向かった。

「心配は無いと思いますがくれぐれも人目に付きませんように」

ジャンが認識を阻害できることを知っているアランとしては漏洩の可能性は皆無だと思うが、それでも忠言は必要だ。

ジャンは部下の言葉に頷くと意識を集中しはじめる。

風が吹く。樹のアニマに風の属性が備わっているのはいかなる理由なのかジャンは分からない。おそらく風は見えないから燃焼を助ける樹の属性を同じく火を燃やすのにシンボルに含ませたのか。風に揺られる木々や花粉など植物にその力があると信じられたのか。あるいは巨木が風が吹く空に近かったからなのか。

だが、ジャンはアニマが見える。アニマの色が見える。火は赤、水は青のように、空を見ればそこに集まったアニマは白く見えた。後はそれを集めればいい。

風が渦巻くのを確認する共にアニマをコントロールして自分の重さを調整する。やがて浮き上がったジャンは翼持つ物の領域に飛び上がった。高度が上がるにつれ、寒さを感じるようになったジャンはエアスクリーンを唱え、気圧と冷気を遮断する。

「この感覚だけは慣れないな」

苦笑するジャンはツールの効果で風を操りヤーデ方向に飛行する。

翼を持つ生き物以外で初めて空を飛んだのは1269年に飛行船を開発したレーテ侯ジャンとその一団が初めてと言われているが、それは船のように人が乗れることを前提とし、動かし方を覚えれば誰でもではるというものだ。ジャンが最初に飛行をしたのは1237年である。空は翼ある物たちの聖域だった。そして人間が空を飛べるというのは夢想だったが、ジャンは術の力で空を飛んだ。完全に術の力を用いずに空を飛ぶにはジャンの発表から約100年後の1300年代後期に発明される動力機関の登場を待たなければならない。

人間が単身で空を飛べることは物語の話であり、それを容易にできる人間は規格外としか言いようがない。そしてそんなことができる希有な存在は、ジャンか彼の弟子の『魔女』の二人くらいだとジャンの弟子であり魔女の同僚であったグレインは身近な人間に話している。



結果的に昼前に出発し、日が暮れる前にヤーデまで到着したジャンは着地しやすい場所に着陸すると、身なりを整えトマス卿に面会を求めた。

「ジャン君いやグランツ子爵、どうしてここに?」

ファウエンハイムにいるなら理解できるがヤーデにいる理由を考えられなかったトマス卿がジャンに問いただすと、手紙を差し出す。

「陛下よりこれをヤーデ伯に渡すように勅を拝命致しました。お改めください」

トマスはスイ王がジャンがこちらに来るための名目を作ったのは悟った。同時に残されたギュスターヴについてどうするのか意見を伺いたいという旨の内容も記されている。何にせよこれらの行動を見ればソフィーの死は避けられないと今更ながらトマスは現状を受け止めざるを得なかった。

「トマス卿、ギュスターヴに関しましては今しばらくファウエンハイムに置かせてください。いずれは東大陸に帰還する身でございますが、その前に功績を立てなければなりません」

「君のように領地を開発するというわけではないんだろうね。君が陛下と何をしようと思っているかは知らないが、貴族の先達として警告しておこう。貴族には妥協して付き合える敵と叩きつぶすしかない敵しかいない。それの見極めだけは誤らないように」

やはり家を維持してきた大貴族というのは違うとジャンは感心していたが、彼からどうやったらケルヴィンのような性格の息子ができるのかと首を傾げる思いだった。

トマス卿は基本的には王家寄りであり、貴族としても人間としても尊敬していたジャンは、生涯に渡って良好な関係を築いた。また、トマス卿の跡を継いだリチャードは叔父であるジャンを信頼していた。ジャンも孫の教育を終えて宮廷から退く際にリチャードを後任に指名するなど二人の関係は良好だったが、結果としてヤーデ伯家を継げなかったケルヴィンとは親戚付き合いはしていたが終ぞ友情を築くことはなかった。



ソフィーのアニマが還った日はここ数日の寒さが嘘のように暖かい一日だった。人々は泣きながら別れを惜しんだが、ジャンは涙を流すことはなかった。それを気丈と考える人はいても情が無いと責める人間がいなかったのは幸いだっただろう。ジャンにしてみれば、苦悩も悲しみも通り過ぎてしまったもので、怒濤の展開と言っても差し支え無いこれからについて思いを馳せなければならなかったのだ。母との誓いを果たしつつ自分の目的に沿うように動かなければならないとジャンは心の中で呟くが、自分と同じ顔を持つ兄を見ると「お疲れ様」と声を掛ける。

「ジャン・・・俺は母様を死なせてしまった」

「そうかもしれない。だが、親が子の責任を取ることはあっても、子が親の責任を取るというのはどこかおかしいと俺は思う。大切なのはこれからだよ。その為にもお前は、ギュスターヴ13世は示さなければならない」

ジャンに責められれば幾分罪悪感は薄れたのかもしれないが、ジャンがこの件について責めたことは一度もない。むしろ、ジャンにしてみれば兄弟に対して後ろめたい感情を抱いていた。おそらくはるかに苦しむだろうが命を引き延ばす方法はあった。母は拒んだので助かったが、もし実現されていたらギュスターヴは本当の意味で不能者になっていたのではないかと苦悩したものだ。

「俺にそんな大それたことができるのか」

「お前が腰に帯びている剣と術は関係ないだろう。俺は俺に、お前にはお前に相応しいやり方がある」

サンダイルという世界の成長は停滞していると言っていい。術の発見と、クヴェル・メガリスの発掘、ツールの発明によって文明は豊かになったが、いつ資源が枯渇するか分からない。これから始まる北大陸に開拓で一息付くだろうが、パラダイムシフトが必要だった。その為には製鉄技術という革命的技術と共に、術の在り方を変えなければならない。そしてこれは術不能者でありながら高度な教育を受けたギュスターヴしかできないことだった。

「そろそろ俺も陛下とお約束した掃除に手を付けなければならない。それに協力してもらえれば、独立した領主として認められる。ヤーデ伯や俺の力を利用してもいいが、お前が画策して、お前が実行し、お前が奪い取れ」

ナに反抗的な領主を経済的、あるいは陰謀を持って弱体化する。第一段階として直轄地の経済力を高めることは、徐々に効果を上げていた。1240年代の目標は技術革命及び軍事革命で人や物の流れを変えていまうというものだ。困窮すれば従うか暴発するしかない。最初の目に見える生贄をスイ王もジャンも欲していた。

「まあ候補地は色々あるが、今は価値の無い鉄鉱山と石炭、材木、港とお前に必要なものが全て揃っているここが良いだろう」

ジャンは屋敷に張っている地図を指し示した土地の名はワイド。ジャンにとって旧知の人物であり、将軍として高名なネーベルスタンが仕えている領地であった。



後世においてギュスターヴ12世の名はメルシュマンを統治した王として歴史の教科書に残ることになるが、鋼鉄王ギュスターヴや悲劇王フィリップ、『王の目のジャン』『術の革命家ジャン』といったユジーヌ家の全盛期を担う息子や孫たちが戯曲や物語の主人公に取り上げられたことに比べれば扱い的には大きくない。一つにバケットヒルの戦いにおけるギュスターヴ14世の負け方が戦争史を紐解いても無いくらい圧倒的な負け方を喫したためである。それをお膳立てしたのは1230年代から地道に暗躍を続けたジャンなのだが、追放した術不能者とファイアブランドの継承者が戦って負けたとなれば、父親に問題があったと言われても仕方無い。

対して彼の妃でありギュスターヴ達の母であるソフィーの名は医学史と技術史に名を残すことになる。前者は女性のみに掛かる正体不明な病気の治療方法を確立したフランソワ博士の祖母と母の名を付けた『ソフィー・マリー症候群』、そして世界初の飛行船に冠された「ソフィー・ド・ノール」。もっとも、ケッセルのブランドでありソフィーの名が最初に冠されたソフィーの雫こそ重要だと主張する歴史研究家も多い。



第一部完




閑話4がありますがギュスターヴ編枠としては一応第一部完です。後世の情報の中に致命的な未来バレがある気がしますが気にしないでください。あと作中で天才術士と言われ続けていますが、まともに術法使ったのって今回が最初ですね。五行思想に基づいて樹(木)が風なのは分かるのですが何となく納得いかない。まあ本筋じゃないのでいいですね。後当初ミレイユさんはどうでもいいキャラだったんですが、むしろ彼女がヒロインなんじゃねと思いました。まあ妻妾が仲良くできるならそれに越したことはないのですが。詳しくは2部の後半となりますが、相続問題って貴族的に重要じゃないですか。というかサガフロ2のギュスターヴ編の大半は相続問題で、あの冒険活劇っぽいギュスターヴと海賊ですら交易権の継承で揉めてます。


次回は閑話4です。と言っても9割できているので土曜には出せそうですが。タイトルはイェーガー夜を征く、つまりあの方との話です。



[30263] 閑話4 イェーガー夜を征く
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/13 21:49
それは人が春と呼ぶ季節のこと。私は私の中の彼女の提案に従い以前訪れた大陸にあるメガリスを目指すことにした。以前は特に気にしなかったが、彼の地にはクヴェルは無いが彼女の知識からメガリスがあるとしりこの不可解な状況は興味を引く物だ。師より与えられた使命を果たすためにも一度はそのメガリスを観察する必要があるだろうと感じた私は着の身着のまま船に乗った。

グリューゲルの港に到着した私は荒野を越えメガリスを目指す。確かに人間であるならば厳しいだろうが、私に取ってはアニマを確保するための狩り場に過ぎない。

3昼夜を休み無く進んでたどり着いたメガリスは、確かに異様であった。何も無い、正確には開け放たれた棺桶のような箱。アニマの気配はここにないが、ではここを作った目的は何なのだろうか。

師や高弟達は偉大な術士であり、人を超越しているが本質的には人だ。『永遠の思索にふける』という師の目指すもの、そしてその為に築かれた塔の役割も理解できるが、メガリスには作った意図がよく分からないものが多い。ハン帝国という国が東大陸を統べていた頃、人はクヴェルをエネルギー源として利用していたようだが、新しいクヴェルを造り出した物は終ぞ現れなかったという。つまり我が師も含めて人間は私達とは違う知性体が世界に存在し、高度な文明を築いていたが、ある時期を境に影も形も見えなくなった。それに関しての研究書は私もいくつか目を通したが結局何も分かっていないということだ。彼女の記憶を見る限り、人間が最初に発見したメガリスの危険度が低かったのは幸いだった。例えばアニマを暴走させることを目的としたメガリスなら凶暴化したモンスターによって文明は崩壊していただろう。

結局分かったのは、これが何の為に作られたのか分からないと言うことだけ。ならぱ彼女の意志に従って、何か知ってそうな人物を探した方が良いだろうか。

ただ、私というか私の中の彼女も彼の本拠地を知らないため、急がず、とはいってもギンガーに騎乗したくらいの速度にて移動する。集落を訪れてはケッセルと呼ばれる場所を探す日々。気がつけば季節は春を迎えていた。

木々に囲まれた屋敷から漂う芳醇なアニマの匂いと死の気配。私を維持するだけなら草木のアニマで事足りるが私に取って人間のアニマは甘露と言っていいだろう。別に殺してまで採りたいは思わないが、得ることができならそれに越したことはない。

だが、屋敷の方から私を見る視線。人に見えない我が身を確実に捉える二人の人間がいた。青年が壮年達した男と話し、私に告げる。

「申しわけありませんが母のアニマを差し上げることはできません。アニマが必要でしたら私が用意しますので明日にでもあそこの家まで起こしいただけないでしょうか」

青年が指し示したのは少し離れた家だった。

私の中のニーナな騒ぐ、なるほど彼が●●か。私達は結果として彼を見つけることに成功したようだ。



「お初にお目に掛かります。造られし方。私はジャン・ユジーヌと申します。あなたに俗世の肩書きなど不要かと存じますが、この国にて子爵の地位を頂いております。こちらは我が師であるシルマールです」

ジャンと名乗った青年は、ニーナの記憶とは違い、かなり背が伸び怜悧な面構えをしていた。

「私はあなたと話したいことは多々ありますが、まずご確認したいことは、あなたがこの地を訪れたのが偶然であるのか、あなたの中に誰がいるのかということです」

どうやらニーナの言うとおり、彼は多くを知っているようだ。

「私の中いるのはニーナという壮年の女のアニマだ。それに導かれて私は砂漠のメガリスに赴いた後、手がかりとして君を捜していた。この地で君に会えたのは偶然としか言いようがない」

「そうですか、では先に過日お約束したアニマをお渡ししましょう。あなたが生まれた場所にある物と比較してしまえばまだまだかと思いますが」

差し出された指輪を手に取り身につける。

「私と師はソウルクリスタルと呼んでおります。本来は使い切りですが、時間を置けば周囲のアニマを吸収する機構を付けました」

「いや十分だ。今蓄えられているアニマは君の物だな」

これだけ膨大なアニマなら2、3年狩りをすることなく生きていける。何よりアニマの純度が高い。

「その通りです。ようやくここまで追いつきました。しかしこれでは足りません」

おそらく彼は我が師を上回る天才だということは理解したが、彼が目指すものは真理ではないと何となく思えた。

「エッグを壊します。彼らがどういった理由で地上の王たる権利を放棄したかは知りませんが、今更出てこられても困ります。残った技術利用して現代社会あるのは理解しているんですが、我々は我々なりに対抗策を出さなければならないでしょう」

「ジャン君、エッグとは何ですか?」

「以前出会ったウィリアム・ナイツが探しているクヴェルの名前です。意志を持つクヴェルで、先住種族の復活を目論んでいます。保持者のアニマを効率良く運用するので強力な術が使えます。現在考えている討伐手段は術抵抗を0にする鋼鉄剣で切り裂くか、クヴェルを術式によって解体するかです」

「そんな存在が・・・ですがジャン君、何故君はそんなことを知っているのですか」

「これこそ以前先生とお話したかったことなのです」

彼は語りはじめた。彼がかつてこの世界を観測することができる世界で生き、病を得て死に、この世界で生を受けたこと。故にエッグと呼ばれるクヴェルがもたらす惨禍に対抗すべく動いていること。

「終末思想かぶれや誇大妄想だったら良かったのですが、ギュスターヴがファイアブランド継承に失敗し、フォーゲラングでエッグというクヴェルの足跡を確認したときからナイツの系譜とフィニー王家はアレと関わらざるを得ないのです」

「それで、君がこれほど詳しいならば私は何故ここに招かれたのか教えて欲しいのだが」

つまり彼は私のことも知っていたということとなる。

「予定がずれなければ1277年に私とウィル・ナイツはエッグに戦いを挑みます。ですが剣士が足りません。予定ではギュスターヴを使う予定ですが、万が一兄が死んでいた場合加勢を求めたい」

「君が死んでいた場合は?」

「その時は私の知識を誰かに受け継がせて舞台を整えます」

それはいかなる手段なのか。彼やニーナの言うエッグと同じではないのか。私の視線に気付いたのか彼は頷いた。瞳が燭台の火に映し出す。

「アニマを介して人を操る手段は確立しています。問題はどれだけの情報を転写できるかです」

これは言うなれば世界の命運を左右させる陰謀だ。彼の言葉に私は心をざわめつかせる。ニーナの知識から引き出すに、どうやらそれは興奮という感情らしい。

「先生、俺はこういう人間です。自分は天才だと思いますが、俺の技術は特殊過ぎて触れることはできても使う事はできないでしょう。独立をお許しください」

「既に独立しているつもりでしたが、そうですね良い区切りでしょう。君達を子どもとして扱っていたソフィー様は亡くなりました。君は母上を悲しませないためにもっとも得意な手段を使わなかったのでしょうが、ここからは時間との勝負ということですね」

「はい、どこでも構わないのですが伯爵か侯爵レベルのナに反抗的な領地をギュスターヴに乗っ取らせます。そして力を蓄えさせてフィニー王位を奪還します」

「良いでしょう、私も微力ながら力を貸しましょう」

彼らは朽ち果てる定めから逃れることができない存在だ。だからこそ全力をかけて今を生きる。私もそうだが師や高弟達は永遠を生きるが故に別に今しなくてもいいと考えている。この出会いは私に取って実りのあるものであった。彼への興味は尽きないが今はウィリアム・ナイツを優先しよう。

彼らに別れを告げ、私は再び闇夜に消えた。







この話を作るに当たってベエンダーを出したいと思うけど、その為にはコーディが死ななければならない。そしてコーディを生かした場合ベエンダーが登場しない。なら死してなお息子を思うニーナのアニマを取り込めば良いのではと考えた結果です。とはいいつつ実際は今後の陰謀(裏)の話。やっとチートっぽいことができる。次回はワイド侯乗っ取り事件の難易度が弟のせいで上がっているギュス様奮闘記です。


追記
うん、仕事が入りすぎて土曜投稿できるか分からなかったので連日の投稿なんだ。次回の投稿予定は来週か再来週です。



[30263] 1240年 暗中飛躍
Name: 水城◆8f419842 ID:517a53cf
Date: 2012/03/27 10:33
1228年秋

ネーベルスタンは若かりし頃、自分の力を過信し武者修行として荒野を旅したことがある。その行為は無謀だと今なら思えるが、帰り道に同行した子どもによって自分の自信は粉々に打ち砕かれた。

天空の王と呼ばれるグリフォンの翼を見たこともない術法で切り取り、墜落して尚戦う意志を見せるそれを火の術法で焼いた。

「グリフォンの肉って食べられるのでしょうか?」

そういって、石のナイフで丸焼けになったグリフォンを解体しはじめた若干8歳の少年はネーベルスタンにとって異常だった。そして彼と共にあった大人達がそれを異常と思わないこくとこそ異常だと気付いたのはグリューゲルに付いた後のことだ。少年を家に送り届けた後、シルマールの家で杯を傾けながら自分と同年代の術士は問うた。

「シルマール殿、あなたはジャンをどういう風に育てるつもりですか」

少年の保護者であり、ナ国でもその名を馳せる知者でもあるシルマールでも、ナルセス問いに対しては苦笑するしかなかった。既に彼の術士のとしての力量は一般の術士を凌駕しており、子どもだからこそできる自由な発想で組まれた術法は他者に見せてはいないものの非常に強力である。

「ツール職人の弟子としてはきちんと仕込みますが、術士としての彼の師である私の役割は、彼がやり過ぎないように助言するだけです」

乾いた土がいくらでも水を吸い込むように、技術を学んでいく弟子に新たな刺激を受けているシルマールは、口ではそういうものの、術という概念が生まれてから数百年たった現代に於いて、ジャンがその在り方を変えることができる存在になるのではと期待していた。

「フィニーの王様はきっとアイツを扱いきれなかった愚王とでも書かれるんでしょうね」

「私にできるのは彼が誤らないように導くだけですよ。世界を征服したいとか分かり易い夢の方が師として楽なんですけど」

会話の中で、彼が巷で噂のフィニーの王子の片割れであることをネーベルスタンは知った。ネーベルスタン23歳、ジャン8歳のことである。



1240年晩秋

「お久しぶりですネーベルスタン将軍、お噂はかねがね」

自分の屋敷を訪れた旧知の人物。出世を重ねて子爵位を得た青年が応接間で出された茶を飲みながら親しげに挨拶をする。

「君の功績は色々と耳にしているよグランツ子爵。君のお兄さんが我が主君に言った言葉を諳んじてあげようか」

「まあ本心半分、演技半分というところでしょうか。どうでしたか、我が兄の道化っぷりは」

プライドの高いギュスターヴが他者を褒め称える様というのは、中々見物だったのではないかとジャンは思うが、若きワイド侯にしてみれば心地良かったのだろう。先代からの家臣は自分を軽んじていると鬱屈した中に現れた術不能者は、油断させるのにピッタリの存在だったはずだ。

もちろんそんな新参者を危険視した人間は多く、ネーベルスタンもその一人だった。

「私は危険だと忠言したが我が君は聞き入れてくれなかった。そして勘気に触れて出仕を停止されている間に行われた電撃的な占領だ。私も君のお兄さんの無能だという噂と実際に術不能者であるという事実の前に警戒心が緩んでいたいたことは認めよう。それで我が君の処遇はどうなるんだ。まさか処刑ということはあるまい」

そのようなことになれば、ネーベルスタンは死にものぐるいで主君を奪還しようとするか、反乱を起こすだろう。そもそもジャンも、スイ王も、ギュスターヴもそこまでは望んでいない。

「グリューゲルで軟禁生活です。先代からの証拠等も抑えていますし、お仲間の家もじわじわと締め上げる予定ですよ。以前私がやった王領の綱紀粛正の二番煎じになってしまうのは否めませんが」

代官粛正事件のことは将軍職を継いだばかりのネーベルスタンもおぼえていたが、あれは王家が主体となってやったものであり、お気に入りの少年の箔付けに利用されたものだと当時は認識していた。だが、真実は当時は少年だった目の前の青年が調べ上げ、陥れ、一網打尽にしたようだ。

「君はシルマール先生と同じような道に進むと思っていたよ」

師と同様に偉大な術士として名を馳せる。誰からも掣肘されずにそれを成せるならどれほど楽だったかとジャン自身も思うのだが、受けた恩は返さなければならない。そしてギュスターヴの存在が世界をかき回すのであれば、自分はその反動を統御しなければならず、故に世俗の力も必要だった。

「兄に仕えるのが嫌なら私の元で働きませんか。人口がどんどん増加するに伴ってうちの警備団長も警備と練兵を兼ねるのが難しくなったんですよね」

アランは優れた平均以上に有能ではあるが、人材は多い方がいい。ならばダメ元で誘うのも悪く無いとジャンは思っていたが、ネーベルスタンはジャンに諾とも否とも言わず、一つ質問をした。

「何故ワイドが最初のターゲットだったのですか。ナ国にとって目障りな家はいくらでもあったでしょう」

ナは領邦国家であり、力の強い領国はいくらでもいる。フォーゲラングとシャルンホストを直轄地として抑えているナは強大であったが、他の有力諸侯が連携して戦えば勝てない相手ではない。海洋交易が可能なワイドはナの経済的にも軍事的にも独立してやっていける国家だった。

『王家の直轄地に近いわけではないので優先度としてはそれ程高くない』

これが先代ワイド侯とムートン、ネーベルスタンをはじめとした家臣団の共通認識であり、できるだけナの影響力を排して次世代くらいに完全な独立を果たすことを目標とした長期的なプランだ。事実、当代のワイド侯が常識的な範囲の勤勉さと器量を持っていたならば達成されていただろう。

「先代は有能な敵だったと陛下は言われました。財政はムートン殿、軍務はあなたが担うことで治安も良く、経済も回っていました。その頃のワイドは強大で独立する可能性はありましたが、それは機を見てという条件があったが故に敵としてはやりやすかったのです」

だが無能な領主が力をもてあまして暴発すれば、何をしでかすかわからない。故にナ国としては陰謀の花が咲く前に、つぼみを摘み取ることを決意したのだ。

「もう一つはギュスターヴに必要な要素が全て揃っていたことです。豊富な鉱物資源と石炭、何より軍船が数隻止められるだけの良港がある」

軍船と聞いて、はじめは海賊船対策かと思ったが、新しいワイドの主と目の前の青年の出身地を思い出して呟く。

「・・・フィニー王国」

この件に関してナ国、ヤーデ伯、そして実行者であるギュスターヴが絡んでいることはわかっていた。ナ国にとってワイドは潜在的な敵国であり、もし戦争になればヤーデ伯が矢面に立つ。そこでソフィーが死んで持て余し気味のギュスターヴをけしかけた。そしてその功としてギュスターヴはワイドを拝領する。これがワイド侯事件における公式の顛末となるだろう。しかしその裏では大陸全土を巻き込む陰謀が進行している事実をネーベルスタンは知ってしまった。何より、それを半年で成し遂げてしまうギュスターヴと後押ししたであろうジャンが空恐ろしかった。

「自分で誘っておいて何ですが、私が持つ軍の性質は内乱を効率良く潰すというもので、武人である将軍には物足りないものかもしれませんね。ですがギュスターヴに仕えたなら苦労はするでしょうが、戦う相手には事欠きません」

ジャンの言葉は甘い果実だとネーベルスタンは思う。武人として磨いた武を腐らせて老いていくことへの不安と、戦乱が止むことがないメルシュマンの兵と戦うことへの興奮。後にネーベルスタンはジャンの為人について『人をその気にさせる天才』と評した。だが、ジャンにしてみれば長い間政治の世界で暗闘を繰り返してきた宮廷のお偉方や、彼らを相手にしてきたやり手の商人と交渉するならまだしも、基本的に武人のネーベルスタンを転がすなど造作も無いことだ。

ジャンはネーベルスタンのように実直な武人が嫌いではなかったが、清濁併せ呑むというより暗闘が主となるうちのやり方に反発を覚えるだろう。その点、下級貴族の出身で、臨機応変に物事の解決を図れるアランのような人材は、ジャンにとって貴重だった。そしてこの頃ジャンとアランは、ようやくグランツ子爵家の持つ軍隊の雛形を描くことに着手しはじめている。試算をしてもギュスターヴが後に作る鋼鉄兵団の2倍近い予算が必要になるが、抑止力を重視するジャンとしてはそれで問題無いと判断していた。

「わかりました。私も無聊をかこう日々を送りたいとは思いません。後日、新しいワイド侯と交渉したいと思います」

ジャンも後はギュスターヴに丸投げする気だった。数刻の歓談の後、ネーベルスタン邸を辞去した彼は、その足でギュスターヴの元に向かった。机に書類と共に張り付いている兄をいたのだが、当然のごとくそれを手伝っているヤーデ伯家の人間を見ると頭を抱えたい気分だった。

「ケルヴィン、君が兄を手伝ってくれるのは弟としては嬉しいと思うが、トマス卿は了解しているのか」

「友人が困っているなら助けるのが務めだろう。父上もひいてはヤーデの利益になると認めてくれている」

確かにワイドがギュスターヴの手に渡ったことで、軍備に掛かる費用が抑制されると共に、嗜好品や海産物などの交易品が以前より安く手に入るとなればヤーデにも益はあるだろう。そして余剰分を領内につぎ込めば回り回って経済も上向きになる。それがギュスターヴと新しい主に鞍替えしたムートンを筆頭とする家臣団の決定によって成されているのなら問題は無い。しかし、ケルヴィンが意図してそれをやっているのなら相当な策士だとジャンは思ったが、そもそもそんなことができるなら彼はギュスターヴの後継者として彼の版図を継ぐことができただろうと思い頭を切り換えた。

ジャンは前世で暮らしていた国の政治を鑑みた経験から、無能や愚かな人間の暴走も危険だが、善人の善意も似たようなものであるという認識をしている。今は上手く回っているが将来的にはわからない。もっともこれは杞憂に過ぎないと自分を言い聞かせた。

(マリーとカンタールが上手く行けば彼は良き同盟者で終わるだろう)

これがギュスターヴにとっても、ケルヴィンにとっても、ナ国にとっても、何よりトマス卿の精神の安定上でもベストだろうとジャンは考えている。そもそもフィリップの息子が大過なく儀式を成功させて即位すれば、マリーの子どもの価値は自然と制限されるのだ。未来の流れを大まかにおぼえているジャンにしてみれば、決断すれば後はすんなりいくギュスターヴはともかく、ケルヴィンもそろそろ家にとってベストな相手と身を固めればいいのにと翌年春に結婚を控えているジャンは思っていた。

後年、ジャンはマリーを南大陸に連れてきたことを非常に後悔することになる。ケルヴィンがソフィーのことを思慕していることは知っていたが、シルマールのそれと違うことを頭の中では理解していた。だから10歳のマリーと数年過ごさせれば帰郷したときに再会しても人生を狂わせることはないと思っていたのだ。その結末に関しては知っている話よりこんがらがり、その対策に四苦八苦した結果、最終的に『支配圏の細分化による相互監視』通称『ユジーヌ・プラン』という南大陸、メルシュマン、ロードレスラント、北大陸を巻き込んだ世界構築案を実行せざるを得ない状況に追い込まれることとなる。



ケッセル新市街の建造が進む中、シルマールとジャンが新市街の心臓部になる施設について相談していた。

「つまり全ての作業を一人に身につけさせるのではなく、それぞれの工程に特化した人を大量に抱える訳ですか」

「職人の技量と徒弟制を前提としたツール制作では、月産体制が整いませんし、何より模倣されると困りますからね。メリットとしては全ての工程を覚えるのは一部の人間だけでよく、下の人間は自分の工程だけを学べばいいというところでしょうか。軍隊でいう将と兵の関係をアレンジしてみました」

「今更隠す必要はありません。ジャン君でもこれだけの規模の計画を思いつきでやるはずがないでしょう。それで私に相談したいこととは?」

ジャンは既に自分の生い立ちを師に説明している。シルマールは別の世界にはそういうシステムがあるのだろうと納得した上で自分ができることを聞いたのだ。

「先生の伝手でツール職人を呼んで欲しいのです。あっち方面は私が監督しなければなりませんが、民生品に関してはアイデアが必要です。とりあえず需要がありそうなのは冷蔵するツールですけど」

ツールの欠点はツールに蓄えられたアニマが失われれば使えなくなることで、全取っ替えしなければならないことだった。それをしなくても良いからこそクヴェルは貴重なのであるが、シルマールは自らのアニマで補填する機構を作った。これは革新的な技術であるが費用対効果に問題がある。弟子であるジャンはそれを更に発展させ、ツールの一部分だけ壊れる機構、『電池』を考案した。これは、電池がツールの回路に無属性のアニマを流す、ことで効果を発揮し、電池のアニマが切れれば電池だけが壊れる。

「最初はうちが全てをやりますが、最終的には特許を払えば他の職人なり、商会が作っても問題無いようにします。うちとしては電池だけを抑えておけばいいわけですし」

意匠に関しては知識人の間で認識されているが、特許という概念はまだ広がっていない。まずはそれを認知させなければならないのだが、そもそも模倣できても解析できるとは限らないのでおそらく最短でも10年もしくは20年は独占的に利益を確保できるだろうとジャンは踏んでいる。

「しかし、ツールを術を使わずに使うシステムができるとは・・・私も実際に見ましたが本当に垣根はなくなりそうですね」

ジャンは術不能者を試験的に雇用してある訓練を実施している。その際にツールを使ってもらっているのだが術不能者と呼ばれる彼らも普通にジャンの作ったツールは使用できた。

「術士は相対的に低くなりますが、結果的に強いアニマを持つ人たちは変わりません。ですが、術力が術不能者より高いだけの人にとっては難しい社会になるかもしれません。母ではありませんが、計算をすることにアニマは必要ありません。少なくともケッセルではその点に於いて差別しません」

自分より身分的に下の人間がいることに暗い喜びと安心を持つ性(サガ)をジャンは知っている。それを否定されたとき、最下級に落ちるかもしれない人たちは前向きに生きられるかというと、そうではない。

「術士はアニマを重要視しますが、それを至上と考えたい人間は案外ギリギリのラインに立っている人間なのかもしれませんね」

彼らにとって鉄というアニマを全否定する存在は憎悪の対象なのかもしれないが、術力がない人間でも使えるツールはどうなのだろうか。

「君もギュスターヴ君も多くを救うかもしれませんが、反発も多そうですね」

「鉄を使うのもツールを使うのも個人の自由だと俺は思いますけど・・・それを認めたくない人間もいるのでしょう」

本当に不幸なのは時流に乗ることができないごくごく普通のツール職人なのかもしれませんけどね、とジャンは心の中で付け加えた。更に言うなら術士が大火力として戦場で戦わなくなる時代もそう遅くないうちに到来しようとしている。

1247年のバケットヒルの戦いは戦史において様々な方面から語られることになるが、術が使えるだけの軍隊は既に意味を成さないということを世に知らしめることとなるが、未だに鉄の担い手であるギュスターヴもツールの革命家であるジャンも力を蓄えている段階である。

「何はともあれ、今まで稼いだ資金の大半をつぎ込むことになりますし、陛下や養父にも個人として出資してもらいましょう」

ユジーヌ商会にとって食品部門は領地の有効活用と趣味の負うところが大であったが、様々な条件をクリアしてようやく本来の業種に殴り込みを掛ける準備が整った。

「ツールの力をもって陛下との約定であったナの中央集権化を果たしましょう」

グランツ子爵ジャン・ユジーヌは十万の軍を容易に壊滅させる才を持ちながら、戦場でその才を遺憾なく発揮したことはグラン・ヴァレの橋を文字通り灰燼に帰した一回のみである。あるいは彼は誰よりも臆病だったのかもしれない。自分が敵として憎まれることは許容できても、化け物として恐れられることを非常に嫌がった。だからこそ自分の異常を理解してくれる者に対してジャンは労力を惜しまなかった。

つまり自分を受け入れてくれたスイ王死後もナに尽くすのは当然であり、自分の死後、子孫が余計な野心を抱かないように対処するのもまた当然だと思うからこそ、北大陸を本拠地にしたグランツ家に危険なものを全て移転させ、レーテ侯家には純粋な富以上の物を残さなかった。だが彼の権力に対する対処の正しさは、彼にとって正しいだけであり、自分の嫡孫と術士であるジャン・ユジーヌの継承者であり、義理の娘である魔女が彼の死後に対立することになるのは必然だったと言えよう。もっとも肉体が死んでアニマが還ったジャン自身がこの問題に対処できるはずが無いのだが、実は彼の死は偽装で、その後も暗躍しているという伝説もあるが、『南の砦で死んだギュスターヴ公が実は生きていた』と同じ類のものとして一笑に付されている。




ギュスターヴのワイド攻略が史実より困難すると書いたが、それが描かれるとは言って無い(駄

閑話でやるほどの話が膨らませなかったというか、むしろ地下の骸骨剣士とジャンを対話させた方が面白かった気がしますが、

ネーベルスタン将軍が早期にギュスターヴの麾下に入ったことによりバケットヒルの戦いが早まります。

次回は1241年、結婚式とまともな領地経営の話。


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