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[29266] クララ一直線・セカンド (レギオス 再構成) 【完結】
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2013/07/10 16:04
今まで本編(フォンフォン一直線)でおまけとしてた作品を、本格的にスレッド立ててやってみたいと思います。
月一での更新が目標です。1巻完結辺りまでがんばります。
やはり本編に関係ない話をおまけとして書くのはどうかと思い、今回このような形を取らせていただきました。
とある作家の一方通行にしましても、新しい更新分ができたらスレを立て、本編から消したいと思います。
これでも真剣(マジ)でSSは書いているので、応援してくださると嬉しいです。

※ 完結しました。そしてにじファンにも投稿させていただきました。そちらの方もよろしくお願いします。

※ 完結したはずが続きました。

※ 手違いで一度消してしまいました。今まで感想を下さった方々、本当に申し訳ありません。



[29266] プロローグ 始まり
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/11/01 08:50
雄性一期。
幼生体からの成り立てであり、比較的弱い部類に入る汚染獣。
だからとは言えその1体を1人で相手にするのは難しい。本来なら数人の武芸者でかかり、安全確実に倒すのが最良の手段だ。
だが、それがグレンダンなら、汚染獣を逆に襲うように遭遇する都市ならば、その基準は違ってくる。
グレンダンにとって、雄性一期は若い武芸者の初陣の相手としてはちょうど良いのだ。
そして例に漏れず、グレンダンの王家、ロンスマイアの少女が初陣として戦場に立つ。グレンダンでは初陣の際に熟練の武芸者が後見として見守る決まりごとのようなものがあった。
だが今回の後見人は、少女とはひとつしか違わない少年。当時11歳だった少女に対し、彼は12歳だった。
だけどこの少年は史上最年少で天剣授受者となった天才、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。
それ故にレイフォンの実力は噂で聞き、自分と歳もそれほど変わらない事からどこか意識していた。
幼くして天剣となった少年。そう言った憧れと共に、自分でも不可能ではないと思う若い武芸者はいくらだっているのだ。少女だってその1人だ。
だからこそ、突如少女の後見人となったレイフォンに驚きはしたものの、その内心は高揚し、戦意が駆り立てられた。
レイフォンの前で無様な姿は曝せないと意気込むと共に、彼を後見人に指名した祖父のティグリス・ノイエラン・ロンスマイアに感謝する。
少女の名はクラリーベル・ロンスマイア。
天剣授受者、不動の天剣ことティグリスの孫だ。



「っ……」

汚染獣の巨大な尻尾が振り下ろされ、それをクラリーベルがかわす。
相手は雄性一期。
トカゲのような体躯のそれは、昆虫のような翅を羽ばたかせて上空にいる。
かわしたクラリーベルは活剄の密度を上げ、跳躍する。
空を飛ぶ汚染獣。故に狙いはその昆虫のような翅を切り、地に落とす。

武芸者の汚染獣に対するアドバンテージは速度。
仮にも人間である武芸者が、体力や力で人外である汚染獣に敵うはずがない。そんな事ができるのは、それこそ膨大な剄を持つ天剣授受者くらいだ。
故にその速度を生かし、鈍重な汚染獣の翅を瞬く間に切り裂く。
翅を切られた汚染獣はなすすべなく地に落ち、体をうねらせていた。
これにより相手の制空権を奪う。だが、油断はできない。
地に落ちたとは言え、巨大なのはそれだけで武器だ。汚染獣の体躯はそれだけで脅威なのだ。
周囲に渦巻くのは汚染物質。都市外装備に身を包んでいなければ肺が5分で腐る死の世界。
そんな場所でかすり傷ひとつでも負ってしまえば、そこから肌を焼かれる。時間制限を突きつけられ、全力では戦えなくなってしまう。
だからこそ汚染獣の攻撃を受けないようににクラリーベルは避け続ける。かわし、隙をついて反撃する。
次に厄介なのが、汚染獣の防御力、生命力だ。
半端な一撃は通らず、そのあまりにも硬い甲殻によって守られている。
如何に相手が雄性一期とはいえ、その甲殻、鱗は新人武芸者にそう簡単に破れるものではない。
かわし、少しずつ切り刻んで行く、削り取って行く。
そして甲殻を剥ぎ、そこに大技を叩き込む。

「……まだ生きてますか」

削り取った汚染獣の鱗に衝剄を放つも、未だに汚染獣は生きている。痛みに身を悶えさせ、飢餓と怒りをクラリーベルに向けてきた。
その視線に怯むことなく、胡蝶炎翅剣(こちょうえんしけん)と名づけられた、クラリーベル考案の紅玉錬金鋼製の奇双剣が振られる。
この錬金鋼が紅玉錬金鋼製と言う事からもわかるが、クラリーベルは化錬剄を得意とする武芸者だ。
天剣授受者であるトロイアット・キャバネスト・フィランディンに師事し、その技を学んだ。
錬金鋼に剄を通し、クラリーベルはその化錬剄により汚染獣に止めを刺そうとするが……

「あら……?」

体が言う事を聞かない。
錬金鋼を持った腕がだらりと下がり、猛烈な気だるさがクラリーベルを襲う。

(うそ……嘘!?)

体に動けと命じるが動かない。
これには流石に慌てて、クラリーベルは冷や汗を流す。
原因はわかっている、剄脈疲労だ。意外に汚染獣との戦闘が長引いてしまい、スタミナ配分を間違えてしまったのだ。
この程度、普段の鍛練や試合などではまだまだ大丈夫と思っていたのだろうが、実際に汚染獣の前に立って戦うのと試合は違う。
傷ひとつついたら終わりの状況で神経をすり減らしつつ戦うのは、鍛練や試合なんかとは比べ物にならないほど消費するのだ。

(まずい……)

これでは戦えない。ならば生き残るために逃げようとするが、それすらも体が言う事を聞かずに地に倒れてしまう。
いくら戦闘中だったとは言え、ここまで消耗していた事に気づかなかった自分を罵倒する。
大丈夫だとは思っていたのだが、考えではまだ行けたのだが、思考に体がついていけずに倒れてしまった。
このままではまずい、非常にまずい。目の前には止めを刺し切れていない汚染獣。
クラリーベルの運命など、その汚染獣の餌となる以外道はない。そう、ここにクラリーベル以外の人物がいなければの話だが。

「………あ」

その光景は、あまりにも鮮烈だった。
いや、鮮烈だどうとか言う以前に何が起こったのかすら理解できなかった。
ただ気がつけば、自分の目の前にいた汚染獣の首が飛び、辺りには汚染獣の体液が飛び散っている。
それをやった人物が誰かなんて、そんなことは考えるまでもない。
天剣を復元させた後見人、レイフォン以外にありえないのだから。

「ご苦労様です、レイフォンさん」

「はい」

蝶のような念威端子から老婆の声が聞こえる。
天剣授受者唯一の念威繰者、デルボネ・キュアンティス・ミューラの声だ。
その念威越しの会話にうなずき、レイフォンは天剣を剣帯に仕舞った。

「惜しかったですね、クラリーベルさん。ですが、初めてにしては筋がよかったですよ。次はきっとうまくいきます」

「はい……」

デルボネに慰められるが、クラリーベルの心ここに在らずと言った感じで、呆然としたように言葉に覇気が無い。

「大丈夫ですか? クラリーベル様」

「あ、大丈夫です、レイフォン様……」

レイフォンにとって、クラリーベルはグレンダン王家の跡取り。
クラリーベルにとって、レイフォンは天剣授受者。
故に互いに敬語を使いながら、クラリーベルはレイフォンによって差し出された手をつかんで立ち上がろうとする。

「あ……」

だが立ち上がれない、体に力が入らない。
あまりの気だるさに体が言う事を聞かず、筋肉痛のような痛みが鈍く走る。
これではとてもグレンダンまで戻ると言う事は出来なさそうだった。

「少し失礼しますよ?」

「え……って、きゃあ!?」

それに気づいたレイフォンは一言クラリーベルに謝罪し、クラリーベル自身も自分でも驚くほどに甲高い悲鳴のような声を上げる。
レイフォンがクラリーベルの背と足に手を回し、抱え上げたのだ。
これは俗に言う、お姫様抱っこである。

「あらあら」

その光景を念威越しに見て、デルボネの微笑ましい声が聞こえる。
都市外装備をしているために顔は見えないが、クラリーベルは赤面していた。
だが、それをまったく意に介さずにレイフォンはクラリーベルをランドローラーのサイドカーに乗せる。
自分はそのまま、何事も無かったかのようにランドローラーにまたがり、クラリーベルに言った。

「それじゃ、帰りましょうか」

これが、レイフォンとクラリーベルの出会い。
彼女にとって忘れることのできない、思い出深い一戦。
自分にはあのようなことが出来るのか?
今は出来なくとも、将来できるようになるのか?
たった一太刀で、一撃で汚染獣を倒すことが出来るようになるのか?

たまらない。その日から、レイフォンの事ばかりを考えるようになってしまった。
一日たりともレイフォンの事を忘れることが出来なくなってしまった。
クララは、彼女は天才の部類に入る。挫折や力不足を今まで知らなかった才ある者だ。
だからこそ、自分の未熟さを実感する切っ掛けとなった戦場にいたレイフォンを意識するようになる。
自分を救ってくれた、圧倒的力を持つ異性に興味を持つ。

だからこそ、レイフォンのことをもっと知りたくなった。
レイフォンと話がしたくなった。
レイフォンと戦いたくなった。
レイフォンに自分のことを知って欲しくなった。
レイフォンに自分の力を認めて欲しかった。

何時しかクラリーベル・ロンスマイアは、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフに夢中になっていた。


































「レイフォン様、お手合わせ願います」

「お断りします」

清々しいほどの笑顔でお願いされ、レイフォンはそれをすっぱりと断る。
最近では当然のようになってきた日常。
何時ものようにクラリーベルに付き纏われ、レイフォンはそれらを断り、あるいは逃げていた。

「いいじゃないですか、手合わせぐらい」

「手合わせならこの間やったばかりじゃないですか?」

「私としては毎日やりたいくらいです。強くなるために」

「こちらもいろいろと忙しい身なんですけど……?」

真正面から訪ねてくるクラリーベルにため息を付きつつ、レイフォンは呆れてしまう。
あれからだ。先日、クラリーベルの危機を救ってからこのように付き纏われているのだ。

「それでは、お話でもしませんか? 武芸についてお話を聞きたいと思っていました。天剣授受者からアドバイスを貰うだけでずいぶん勉強になりますからね。何か食べにでも行きませんか? 料金なら私が出しますよ」

「聞いてませんね……」

仮にも天剣授受者であり、孤児院の手伝いなどをしなければならないレイフォンはいろいろと忙しい。
天剣授受者はただ強くあることだから鍛錬は欠かせないし、汚染獣が攻めて来たら当然出向かなくてはならない。遭遇率の高いグレンダンでは、そのために英気を養うことも必要だ。
更に孤児院では、夕食の下ごしらえや掃除洗濯、幼い兄弟達の面倒を見なければならない。
もっとも、鍛錬ならばクラリーベルクラスの武芸者と手合わせできるのならプラスにはなるだろうが。

「あ、またレイフォン兄(にい)の『コイビト』が来てる」

「なっ!?」

その思考とは関係なく、孤児院の幼い兄弟の1人、アンリが無邪気な笑顔を浮かべて言う。

「恋人って……なに言ってるのアンリ!?」

「違うの? だって、ここのところ毎日レイフォン兄を訪ねて来てるし、トビー兄が『やべぇ、あんな美人が相手だとリーリン姉(ねえ)、勝ち目なし』なんて言ってたし」

「うぉい! 俺の所為にすんなよ!」

「えー、だって、ホントに言ったもん」

「うっ……言ったけど、言ったけどよ」

愛称トビーこと、トビエが困ったように視線を逸らす。
ここは好奇心の強い子供達がたくさんいる孤児院であり、そこにクラリーベルが頻繁に訪れるのだからそう誤解されてもおかしくはない。
レイフォンはため息を吐きつつ、兄弟達の誤解を訂正した。

「あのね、アンリ、トビー。この人はクラリーベル・ロンスマイア様。グレンダンの王家の一人で、別に恋人とかじゃないから」

「ええー、違うの?」

「そうですね、私とレイフォン様は恋人ではありません」

クラリーベルも違うと、アンリに宣言した。

「ですが、なってみるのも面白いかもしれませんね。私としてもレイフォン様は嫌いではありませんし、むしろ興味があります。何よりそうすればいつでも手合わせをしてくれそうですし」

「ちょ、クラリーベル様!?」

「その時は気軽にクララと呼んでください。むしろ、今からでもいいですね。親しい人達はそう呼びますし、そもそも、私の名前は発音的に妙な引っ掛かりがあると思いませんか?」

「さ、さあ、どうなんでしょう?」

「ですから私のことは、これからクララでお願いします」

「ですから、クラリーベル様?」

「クララです」

「……クララ様」

「様もいりません」

「………クララ?」

「はい」

自分のペースに巻き込むような語りに流され、レイフォンはたらりと汗を掻きながらクララと呼ぶのを強要されてしまう。
レイフォンが愛称で自分を呼んでくれたことに、クララはどことなく嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「やばい……これ、マジでリーリン姉に勝ち目ねぇ……」

「トビー、誰に勝ち目がないって?」

「げっ、リーリン姉!?」

その光景を見てつぶやくトビエだったが、背後に立つ存在に背筋を震わせる。
この孤児院で絶対に逆らってはならない存在、姉のリーリン・マーフェスである。

「レイフォン……夕飯の下ごしらえは終わったの?」

「あ、いや……今からやろうかな、なんて……」

「そう……早くしないと晩御飯抜きだからね」

「はいっ!」

リーリンの怖いほど爽やかな笑みに圧迫され、レイフォンはすぐさまキッチンへと駆けて行く。
その様子を見ていたクララは、口元に手を当てて小さく笑っていた。

「どうかしましたか?」

「いえ、楽しそうだな、と思いまして」

「楽し、そう……?」

「ええ。あんなレイフォン様初めて見ましたし、あなたは……えっと?」

「リーリンです。リーリン・マーフェス」

「リーリンですね、覚えました。私は気軽にクララとお呼びください。それでリーリン、あなたはレイフォン様にとって特別な存在のようですね。いえ、『あなた』がと言うより、この孤児院が、でしょうか?」

レイフォンの育った孤児院。
今まで何度か訪問したこともあり、その度に感じていたこと。
クラリーベルが育った王家とは当然違うのだが、皆笑っており、とても楽しそうだった。
孤児院の兄弟達の仲がよく、その存在を、家族をレイフォンは大事にしている。
そんなものも想いも、今のところクラリーベルにはないから羨ましくも思えた。
心のよりどころとなるもの、支えとなる存在。

「前にサヴァリス様が言ってたんですよ。天剣授受者とは言うまでもなくグレンダンでの最高位の武芸者集団ですが、言い換えてしまえば異常者の集まりらしいんですよ。『天剣授受者はただ強くあればいい』、そんな女王の言葉に従い、強さと言うものの究極を何を捨ててでも得たいと思っている人がほとんどなんだそうです。ただ、レイフォン様はその例外に入るとか」

レイフォンは強い。それは自分でも感じた結論だが、同じ天剣授受者であるサヴァリスも認めるほどに。
そもそも女王に実力を認められなければ、天剣授受者にはなれはしないのだ。

「あの人には護りたいものがある。大切なものがある。だからこそ、あんなに強いのかもしれませんね」

天剣授受者となり、その報酬の全てをつぎ込んででも護りたいと言う存在。
自分1人贅沢な暮らしをしようと思えばできるのだが、そうはせずに大切なもののために使う。
むしろ、だからこそレイフォンは強いのではないか?
誰かが言った言葉だが、人は大切な人を護りたいと思った時に一番強くなれるとか。
天剣授受者の面々が聞いたら一笑しそうなものだが、クラリーベルとしては案外そうなのかもしれないと思っていた。

「ですからレイフォン様が羨ましいですし、楽しそうだと思いました。私にはそういうものがありませんから」

だからこそレイフォンに興味を持ったのかもしれない、惹かれたのかもしれない。

「さて、今日は帰ります。レイフォン様によろしく言っておいてください」

「あ……はい」

レイフォンはキッチンに行ってしまったし、ならば今日は帰るかとクラリーベルは立ち上がる。
その言葉を聞き、一度は頷くリーリンだったが……

「あの……ちょっといいですか?」

「はい?」

クラリーベルを、思わず呼び止めてしまう。

「さっき言っていたことって……本気、なんですか?」

「さっき……?ああ、レイフォン様の恋人になるって話ですか?」

「……はい」

先ほどクラリーベルが言った言葉。
レイフォンの恋人になるのも面白いと言う話だ。
これがもし彼女の面白半分な台詞だったとしても、それはリーリンにとって見過ごせる内容ではない。
何故なら、彼女にとってレイフォンは……

「そうですね……面白そうとおもったのは本気ですし、そうなったらいいなとも思いました。さっきも言いましたが、別にレイフォン様の事は嫌いじゃないんですよ。むしろ憧れを抱いています」

リーリンの思考を遮るように告げられたクラリーベルの言葉は、本人にとってはあまり面白いものではなかった。
話の内容もそうだったが、レイフォンを語っている時のクラリーベルがとても楽しそうで、輝くような笑顔を浮かべているからだ。
その姿がまるで恋する乙女のように見えて、リーリンとしてはまったくもって面白くない。

「では、これで失礼します」

そう言って、今度こそクラリーベルは去っていくのだった。




































あれから2年の月日が流れた。クラリーベルが13歳で、レイフォンが14歳。
2年経っても変わらずに、クラリーベルはレイフォンを追いかけ、勝負を挑んだりしている。
呆れられて、何度か渋々と手合わせを受けてもらったが、それでも一度たりともレイフォンに勝てたことがない。相手は天剣授受者だ、それも当然だろう。
だが、だからこそクラリーベルはレイフォンに惹かれる。
歳はそう変わらないのに、尊敬する祖父と同じ領域にいる少年。自分を助けてくれて、孤児院の子供達、兄弟を大切にする優しい少年。
そんな彼と、彼が大切にする兄弟達が大好きで、クラリーベルは幾度となく孤児院に足を運んだりした。
ただ、それを見ているだけで嬉しくなってくる。レイフォンが強い理由と、子供達と触れ合う時に見せる、戦闘の時とは別の顔。
クラリーベルはその瞬間が大好きだった。



「だが、貴公との明日の試合次第では、私はこの事を忘れる」

だからこそ、その大好きな瞬間を壊そうとする無粋な輩が気に食わなかった。
クラリーベルはいつものように、夜だと言うのにも構わずレイフォンに勝負を挑もうと彼の元を訪ねていた。この時の彼女はご機嫌だった。
レイフォンに先客がなく、この話を聞いていなければ。

「……では、明日の試合で」

先客の名はガハルド・バレーン。
明日の天剣争奪戦のレイフォンの対戦相手、ルッケンスの武門の者である。
これが試合前に健闘を称え合い、明日はよろしくと言った類ならばよい。クラリーベルもこんなに不機嫌にはならなかった。
だが実際は、そんな類とは程遠い。ガハルドはレイフォンが闇試合に出ていた証拠を突き出し、明日の試合にわざと負けろと脅してきたのだ。

レイフォンが闇試合に参加しているのは知っていた。
自立型移動都市(レギオス)とは、汚染物質によって隔絶された空間である。そのレギオスを移動する唯一と言ってもいい方法、放浪バスがグレンダンを訪れる回数はかなり少ない。
つまりはそれでだけ人の出入りが少なく、この隔絶された空間で闇試合と言う行為が行われ、それが商売として成り立っているのだ。
知ろうと思えばその事実は簡単に探れるし、クラリーベルは何度もレイフォンにちょっかいをかけていたので知っている。
レイフォンには言っていないが、彼がキョロキョロと辺りを警戒しながらどこかへ行っていたので、殺剄をして後を付けたことがあるのだ。
何度かばれそうになったが、その時にレイフォンが闇試合に出ていることを知った。

だが、それがどうした?
確かに武芸者たるもの、神聖な武芸でそういった金儲けをするのを好まない者もいる。
だけどグレンダンではそんな行為が半ば黙認で行われ、しかもレイフォンはそれで得た稼ぎを自分のために使っているのではない。
孤児のため、兄弟達やそういった仲間達のために使っているのだ。
天剣授受者の報奨金はそこまで多くもないが、自分1人が贅沢な暮らしをするには十分な額である。それなのにレイフォンはそういったことをせずに、孤児のためだけにその稼ぎを使っている。
そんなレイフォンに対してガハルドは脅迫し、天剣を実力もないのに手に入れようとしているのだ。
あんな輩が、祖父と同じ立場を得ようとしている。正直それが、気に入らなかった。

「こんばんは」

「あなたは!?……クラリーベル様?」

レイフォンと別れたガハルドの後を付け、ある程度レイフォンとはなれたところでクラリーベルは姿を現す。
突然の彼女の出現に、ガハルドは自身のやましいところもあり驚いていたようだ。
そんなガハルドに向け、クラリーベルは表面上爽やかな笑みを浮かべて空を見上げた。

「綺麗な月ですね」

「え……ああ、そうですね」

今夜は満月だ。
闇夜を照らす月明かりが、これから狩るべき相手の姿をハッキリと映していた。
万が一にも、仕損じることはないだろう。

「ですが、気に入りませんね」

「は?」

「あなたが、実力もないのに天剣を手に入れようとしていることがですよ」

「何を……」

クラリーベルの言葉に警戒心をあらわにし、ガハルドが身構える。
先ほどの会話を聞かれたと判断したのだろう。
一瞬打倒すべきか、説得を試みるか迷った。今の会話を聞かれていたのなら、それが知れ渡ると脅していた側である自分もまずい。
それに、せっかくの計画が台無しになってしまう。
ガハルドは迷った。だからこそ反応が遅れ、いや、反応すること自体が出来なかった。

「ほら、こんなにもあなたは弱い」

「なっ……」

クラリーベルは真正面にいて、ガハルドと話をしていた。
だと言うのに何故、クラリーベルがガハルドの背後にもいる?
何故錬金鋼を、彼女考案の胡蝶炎翅剣を構えている? クラリーベルは今も変わらず、正面にもいると言うのに?
それは化錬剄による残像。よく見ればクラリーベルの姿は陽炎の様に揺らいでおり、周囲にはクラリーベルの気配がいくつも存在していた。
戸惑うガハルドに向け、クラリーベルは胡蝶炎翅剣を振り下ろす。ガハルドの腕はそのまま切り落とされた。

「この程度の奇襲に気づけないなんて、あなたに天剣を手にする資格はないんですよ」

「うわああああああああっ!?俺の、俺の腕があああああああああ!!」

正面にいたクラリーベルの姿が消え、背後にいるクラリーベルがガハルドに語りかける。
化錬剄だ。天剣授受者、トロイアットに師事して学んだ技だ。
この程度の奇襲に気づかないなんて、天剣授受者になっても汚染獣戦で死ぬだけだ。
天剣授受者が戦うのは老生体二期以降。この程度では老生体一期どころか、雄性体三期以降も1人で倒せるかどうか怪しい。
天剣授受者と言うのは、有り余る剄を持って天剣を使いこなし、老生体と1対1で戦えてこそなのだ。

「私が目指す天剣を、その程度の実力で汚さないでください」

「うわああああああっ!?あああ……」

腕を切り落とされたガハルドは絶叫する。
彼の右腕から大量に血を流し、蹲るガハルドにクラリーベルは冷酷に言い放った。
ガハルドに天剣を手にする資格も、実力もないのだから。

「このくらいで勘弁してあげます。ですが、次にあんなことをしたら、今度はその命を貰いますよ?」

腕の治療は、汚染獣との遭遇が多く、発展したグレンダンの医療機関ならなんら問題ないだろう。
そう思い、クラリーベルは地に倒れるガハルドを放ってその場を後にした。
だが、彼女は思いもよらなかった。まさか、あんなことになるだなんて。




































「クララ……とんでもないことをしたわねぇ」

「……………」

翌日、クラリーベルはグレンダンの女王であるアルシェイラ・アルモニスに呼び出され、お叱りを受けていた。
その前にも祖父に怒られ、既に耳たこである。
だけど相手は、従姉とは言えグレンダン最強の女王。
多少は反省したそぶりを見せ、黙って話を聞いていた。

「ガハルド・バレーンは右腕を切り落とされ、剄脈に異常をきたした。ルッケンスの武門が黙っちゃいないわよ」

昨夜、クラリーベルがガハルドの腕を切り落とし、ガハルドは重傷を負った。
犯人がクラリーベルであることを告発したものの、そこで意識が途切れて今は植物状態となっているらしい。
天剣になる実力や資格はなかったとはいえ、今日の天剣争奪の試合に出るほどの腕を持ち、ルッケンスで期待されていた武芸者だ。それだけに例え相手が王家の者だとしても、ただで済ます気はないだろう。

「一体どうしちゃったのよ?あんたがこんなことするなんて珍しいわね」

「別に……少し手合わせを願い出て、やり過ぎてしまっただけです」

「ふーん……あ、もう行っていいわよ。処分は追々下すから」

「では、失礼します」

アルシェイラが、クラリーベルの言葉に適当な相槌を打つ。
まるで信用している様子はない。だが、それで別に構わないと言うようにアルシェイラは退室を促した。

「で、デルボネ。実際はどうなの?」

「そうですね……恋、でしょうか」

「恋?」

グレンダンの事情をほぼ把握している天剣授受者、デルボネにアルシェイラは問いかける。
彼女の念威は常時この都市を覆っている。
だからこそこの都市に起こるあらゆることで、彼女の知らないことが存在するはずがない。
そんな訳で昨日の揉め事も、デルボネは念威で監視していたのだ。
そういった経緯を、そうなった原因をデルボネは語る。

「なるほどね、あのクララがね……」

「それでどうします?一応名目上、クラリーベルさんには処分を下さないといけませんが」

「そうねぇ……まぁ、そこまで重くはならないでしょう。ティグじいが話をつけるって言ってたし、あれでもルッケンスのボンボンのサヴァリスがまったく気にしていなかったし。あいつ、むしろクララにやられるなんて情けないって言ってたのよ」

「それはまぁ、サヴァリスさんらしいですね」

そう言った会話を交わしつつ、アルシェイラはデルボネへと告げた。

「そうそう、デルボネ、後でレイフォンも呼んで」

「はい、レイフォンさんですね……あら?今はちょうど、クラリーベルさんのところにいるようですね?」

「え、どういうこと? 中継お願い」

「はいはい」

デルボネは苦笑しつつ、自分も興味があるのでクラリーベルとレイフォンの会話を、念威によって中継した。





王宮の廊下。
ちょうど人が少なく、辺りには他人の目がない。
そこでクラリーベルと鉢合わせたレイフォンは、戸惑った表情で彼女に問いかける。

「クラリーベル様……どうして?」

「クララと呼んでくださいって言ったのに、残念です」

「ふざけないでください。どうしてですか?」

「どうして、とは?」

「惚けないでください。一体、どうしてあんなことを?」

レイフォンが戸惑っているのは、クラリーベルがガハルドを襲った理由だ。
脅され、本来なら今頃天剣を懸けて戦うはずだった相手。
天剣を失うわけには行かなかったレイフォンは、本来なら試合中に事故を装ってガハルドを殺すはずだった。
だけどそれはできなかった。クラリーベルがガハルドを襲い、ガハルドは今、重傷で植物状態となっている。
結果的には口を塞げる形となったが、何で彼女がこのような行動を取ったのかわからない。

「そうですね、気に入らなかったから、でしょうか?」

「え?」

「だってそうでしょう? ガハルドと言う人物は実力もないのに天剣を手に入れようとした。天剣の名を汚そうとした。だから私は気に入りませんでした。そんなことで私が憧れるおじい様やレイフォン様を汚されたくなかったから」

クラリーベルは淡々と、レイフォンの問いに答える。
別に今更後悔はしていない。ガハルドに重傷を負わせたのを、もしくは武芸者としての彼を殺したのを、別に悪いとは思っていない。

「そして何より、一番気に入らなかったのは、あの人は私の大好きなものを壊そうとした。あなたが孤児院の兄弟達と触れ合う時間、私が大好きな瞬間を」

「え……?」

レイフォンが言葉を失う。それはつまり、彼女も闇試合のことを知っていたのではないか?
だけどそんなレイフォンの疑問に構わず、クラリーベルは一気に続けた。

「レイフォン様、あなたは強いです。その実力はおじい様もサヴァリス様も、他の天剣の皆様も認めています。そして、私は思うんですよ。あなたは誰かを守る時が、そのために戦う時が一番強い。そんなあなたに憧れて、そんな存在があるあなたが羨ましかった」

レイフォンが強い理由、クラリーベルが憧れた理由。
孤児院の兄弟達と楽しそうに過ごすレイフォンの姿が好きで、いつか自分もその輪の中に入りたいと思ったこともあった。
恋人だとかからかっていた孤児院の子供もいたが、もしそうならどんなにいいだろうなと思ったこともあった。

「ああ、そうなんですか、そうなんでしょうね。なんだかんだで今まで気づきませんでした。迂闊です」

「……………」

「レイフォン様」

驚きで言葉を失っていたレイフォンに対し、理解したクラリーベルは更なる驚きの言葉を告る。

「私はだからこそ、つまらないことであなたを脅して天剣を手に入れようとするガハルドが許せなかった。大好きなあなたを汚そうとするガハルドが。私は、レイフォン様のことが大好きなんです、愛しています。一人の女性として。だから、あんなことをしたのでしょう」

「……………………は?」

言葉を失ったレイフォンは、今度は呆けた。
突然の告白、自分を好きだと言う言葉に、頭の中が真っ白になる。

「もちろん、冗談とかではありませんよ。私の本心です。クラリーベル・ロンスマイアはレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフに恋をしていた。だからこそあんなことをしてたのでしょう。合理的で、納得の行く理由です」

「え、ええ?そ、そうなんですか!?」

もはやわけがわからない。
自分1人で納得するクラリーベルにレイフォンは付いていけず、戸惑っていた。
だけど彼女は冗談を言っているようには見えず、その分性質が悪い。

「ですから、あなたは気にしないでください。これは私が勝手にしたことですから」

「ですが……」

「いいですから」

そして一方的に会話を切ろうとする。
言いたいことだけを言って、レイフォンの意見は聞こうとはしない。

「あなたはそのままでいいんです。私は、そんなあなたのことが好きになったんですから」

そう言い残して、クラリーベルは去っていった。
レイフォンが呼び止めようとするが、それにはお構いなしだ。
どうしてこうなった?
一体、自分はどうすればいい?
クラリーベルの言葉と告白に戸惑いながら、レイフォンは頭を抱える。
そんな彼を女王、アルシェイラが念威で呼び出し、玉座に座っていた彼女は、とてもニヤニヤとした笑みを浮かべているのだった。








「あ~う~……」

翌日、クラリーベルは今更になって自室で、ベッドで悶えていた。
思い出すのは、昨日のレイフォンとの会話。

「私は何をしているのでしょうか? 何を言っているのでしょうか? 何であの時はあんなことを……」

レイフォンの前ではああもズバズバと言ったが、今更になって恥ずかしくなってきた。
まるで自分の幼いころの失態が、周りの人達に知れ渡ってしまったような気分だ。
しかし、これは昨日の出来事。しかも本人を前にして言ってしまったので、もはや取り返しがつかない。
レイフォンの抑止を振り切って去って行ったのだって、冷静になって恥ずかしくなったからだ。
あそこまでハッキリと言いつつ、クラリーベルに男性との付き合いの免疫なんてもちろんない。
これまで十三年間、ずっと武芸一筋だったのだ。自分のことだが、あそこまで積極的になれたのが意外である。

「あ~……」

どうすればいいのかわからない。
なんて顔でレイフォンに会えばいいのかわからない。
クラリーベルがそんな風に悩んでいると、念威端子越しにアルシェイラから連絡が入り、自分の処分を告げられることとなった。



「あんた、武芸ばかりやってて一般常識が不足しているから、学園都市に留学して学んできなさい」

「え……?」

その処分に対し、クラリーベルは耳を疑った。

「学園都市だから六年ね。建て前としては期間限定の追放処分よ。そんなに重いものじゃないでしょう?」

確かに、そんなに重くはない。
人一人を再起不能にしつつ、その程度の処分で済むのは王家とはいえ破格だろう。
クラリーベルには戦闘狂の素質があり、それが原因で暴走してしまうことがあるのは周知の事実だ。
本人達は否定するだろうが、サヴァリスに通じるところがある。
その性格を直すために学園都市に送ると言うのは、案外いい考えかもしれない。

「で、ですが……」

「言っとくけど、これは決定事項。拒否は認めないわよ」

不満を言おうとするクラリーベルだが、王家とはいえ女王本人に逆らえるわけがない。

「あ、それからあんた一応王家だし、護衛をつけるから。文句ないわよね?あるわけないわよね?」

「別に護衛なんて……」

「入って来なさい」

アルシェイラはアルシェイラで、クラリーベル以上に人の話を聞かず、話を勝手に進めていく。
そのまま部屋の外に控えていた、護衛の人物を呼び出した。

「えっと……失礼します」

「え……?」

その人物に、クラリーベルは驚きを上げる。
なぜならその人物とは……

「レイフォンが護衛だから。あんたとも歳が近いし、学園都市に何の問題もなく入れるでしょう。有余は一年。そんな訳で、試験勉強がんばりなさい」

レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。
グレンダン最強の一角、天剣授受者を護衛に付けられ、クラリーベルの学生生活が始まろうとしていた。



[29266] 第1話 学園生活
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/08/11 09:04
「ここが学園都市ですか……グレンダンとは全然違うのですね」

「そうですね」

グレンダンのような無骨な街並みではなく、様々な都市から入ってきた光景が混ざったような華やかな街並みを、クラリーベルとレイフォンは眺める。

ここは学園都市ツェルニ。
クラリーベルは留学と言う建て前で、レイフォンはその護衛として、今日からこの都市で6年間の学生生活を行うこととなった。
期間限定の追放処分。そういった事情でクラリーベルはここにいる。
彼女は気にするなと言ってくれたが、その原因を作ってしまったレイフォンはやはり申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

レイフォンが闇試合に出ていたことは、既に王宮側も周知の事実だった。デルボネ相手に隠し事をするのは不可能である。
そして何もお咎めなしと言う訳にはいかなかったが、ある程度の罰金を取られてレイフォンの罪は、闇試合関係者の咎は終わった。
確かに武芸者として、神聖な武芸で賭け事をしていたのは許されないのだろう。だが、グレンダンでは別にそこまで重い罪ではないのだ。
だが、その闇試合で得た金を孤児のために使っていたレイフォンは困る。
罰金でこそ罪は償われたが、闇試合のことが知れ渡ってしまったためにもうその試合は行われない。つまり、孤児達を養うための金を稼ぐ方法がなくなってしまったのだ。
そのことに悩むレイフォンだったが、そこは王宮側がなんとかしてくれた。そもそも孤児院と言うのは都市の施設であり、補助金などが出て当然なのだ。
グレンダンは財政的余裕があまりないのもあるが、そのトップである女王がいい加減なこともあり、ティグリスやカナリスに促されて『めんどくさい』と言いながら女王が補助金を工面してくれたりした。
だからこそ、レイフォンがもう孤児のために金を稼ぐ必要はなく、任務として、クラリーベルの護衛として都市の外に出てもなんら問題はないのだ。

だからこそ、レイフォンは決意した。
任務だと言うこともあるが、何があってもクラリーベルを、彼女を護ると。
付き纏われ、ところ構わず勝負を挑まれ、当初はどこか苦手としていたレイフォンだが、彼女との付き合いは早3年と結構長い。
それに、グレンダンの王宮の廊下で言われたあの言葉。レイフォンに好意を持っていると言う告白。
鈍感と言われるレイフォンだが、あそこまでストレートに言われて無関心でいられるレイフォンではない。
嘘を付いているとは到底思えないし、付く意味もないだろう。それに、クラリーベルは言うまでもなく美人だ。
多少、戦闘狂な部分がマイナスかもしれないが、やはりレイフォンも男であり、可愛らしい少女に好きだと言われて嬉しくないわけがない。
グレンダン最強の一角、天剣授受者の1人とはいえレイフォンはまだ10代の子供であり、恋愛や恋人などに興味がある真っ只中のお年頃。
可愛い女の子に好きだと言われたのなら、それは嫌でも意識してしまう。

そんなわけで命じられるがままに、流されるがままに、レイフォンはクラリーベルと共にツェルニに留学することとなった。
それが決まった日、何故かリーリンには殺意のこもったような視線で睨まれ、命の危険すら感じた。
孤児院の弟や妹達には冷やかされ、思う存分からかわれた。
女王であるアルシェイラにはニヤニヤと、デルボネには微笑ましそうに見送られ、ティグリスには孫娘を泣かせたら殺すと脅された。
別に泣かすつもりなんてないが、あの時だけは本気で死を覚悟した。威圧感ならば、リーリンにすら匹敵する。むしろ、天剣授受者に匹敵するほどの威圧感を出したリーリンが凄いと思ってしまった。その理由までもは理解できないが。
そしてクラリーベルの師であるトロイアットには、親指を立てて『頑張れよ』と言われた。
餞別として渡された小包。それを開けると……中に入っていたのは避妊具。コンドームと呼ばれるものであり、そのひとつひとつにはご丁寧に針で穴が開けられている。それをレイフォンは、無言でゴミ箱へと投げ捨てた。

そんなこんなで知り合い達に見送られ、レイフォンはクラリーベルと共にここに、ツェルニにいる。
戦闘狂で一般常識に難のあるサヴァリスが、『その都市には弟がいるから、何か困ったことがあるなら頼りなよ』なんて、唯一餞別と取れる言葉を思い出しながら、これから6年間暮らすこととなる寮へと向かった。
ここは学園都市。『学園』でもあるが、生活するための『都市』でもある。そのための住む家。
グレンダンの王家が手続きをしてくれ、渡された地図に従ってその場所へと向かう。その寮を見て、レイフォンはぽかんと口を開けた。

「ここ……ですか?」

「はい、地図には間違いありませんね」

クラリーベルが地図を確認し、そう言う。
自分の少ない荷物と、クラリーベルの荷物を持っていたレイフォンはそれを思わず落としそうにしながらも、自分達がこれから住むことになる寮を見上げた。

それはもはや、マンションだった。
とても立派な建物であり、王宮育ちのクラリーベルならともかく、孤児院育ちのレイフォンには間違いなく場違いな建物。
暫し呆けるレイフォンだったが、呆けていても始まらないので、戸惑いながらもクラリーベルについていく形でレイフォンは建物の中に入る。その中も、外見に劣らずとても豪華だった。
ガラス張りの瀟洒なロビーを抜け、螺旋状の階段の踊り場にはソファーまで置かれていた。
部屋は2階であり、受付で渡された鍵で意匠の凝らされた扉を開ける。そこには、広い玄関が広がっていた。
真っ直ぐに廊下が伸び、その先にはまたも広いリビングへと繋がっている。そこから更に扉があり、各部屋に繋がっているらしい。

豪華だ……
レイフォンは呆気に取られ、自分にはもったいなさすぎる部屋を見渡す。共用ではなく、トイレや風呂なども個室に備え付けてあった。
更には広い、豪華なキッチン。リーリンが喜びそうだなと思いながら、孤児院とは比べ物にならない部屋を見渡す。家具は既に備え付けてあり、豪華なものが並んでいた。
学年が変わると共に部屋を移動する者が多い学園都市では、こういったしっかりとした造りの家具は運搬にも移動にも手間がかかるから好まれないが、これから6年暮らすつもりなのだからそんな心配はない。
むしろこの部屋に合わせ、仮にも王家出身であるクラリーベルの為にグレンダンの者が用意したのだろう。
自分も天剣授受者と言う地位にいるが、贅沢な暮らしを好まなかったレイフォンにはそういった認識はない。

未だに豪華な部屋に戸惑いながら、レイフォンは荷物を整理する。
そこまで量は多くないので、すぐに終わるだろう。そう確信した。

「えっと……僕の部屋は?」

ほぼマンションとはいえ、この寮の部屋はかなりの部屋数がある。
キッチン、リビング、寝室、様々な部屋の扉を開けて中の構造を理解するが、レイフォンはひとつだけ疑問を抱いた。

「良い部屋ですね……」

「ええ、そうですね」

「あの……クララ?」

「なんですか?」

最近、やっと呼び慣れ始めたクラリーベルの愛称を呼びながらレイフォンは尋ねる。
その問いに、クラリーベルは問い返した。

「僕の任務は護衛ですから、同じ部屋と言うのはいいんですよ。部屋数もたくさんありますし、十分広いですから」

「そうですね」

「ですが……ひとつ聞いていいですか?」

「なんですか?」

「なんでベットがひとつしかないんですか!?」

レイフォンは心の底から疑問を抱く。
護衛が任務故に、部屋が一緒になる可能性は理解していた。住んでいる場所が別々だと、護衛の意味がないからだ。
当初こそこの部屋の豪華さには驚いたが、これほど部屋の数があるのなら2人で済むには十分すぎる。プライベートや寝室など、そういった区切りを設けることは簡単だった。
だが肝心の寝室、ベットがひとつしかない。これは一体、どういうことだろうか?

「このベット、大きいですね。ダブルベットでしょうか?」

「いや、そう言う事じゃなくてですね……」

ベットはひとつしかない。だが、それはあまりにも大きかった。
そう、『2人で寝て』も十分すぎるほどに。

「……とりあえず、僕はソファーで寝ます」

「私は気にしませんよ」

このベットの真意に気づかないように言うレイフォンだったが、クラリーベルはそれを理解しながらもそんなことを言う。
その発言に、レイフォンは思わず噴出してしまう。

「少しは気にしてください!これでも僕、男なんですから」

「そういえば、先生が言ってました。男は獣だって」

「そう言う事です。だからあんまり無防備でいると、酷い目に遭いますよ」

自分が獣のようだと言われるのは侵害で、勢いや理性に任せてクラリーベルを襲うなんてことはないと思うが、ひとつ屋根の下、その上同じベット。
こんな状況では、何か間違いが起こってしまうかもしれない。
状況に流されやすいレイフォンだが、こればかりは流されるわけにはいかなかった。

「ですが、先生はこうも言ってました。『男に無駄に溜めさせるな』と」

「あなたは師事する人を間違えたんじゃないんですか!?」

ここにはいないトロイアットに憎悪を抱きつつ、グレンダンに戻ったらどうしてくれようと考えるレイフォン。
暫し思考したが、今はそんなことよりもこれからのことについて考えるほうが先決である。
寝床はこの際どうでも良い。いや、良くはないがとりあえず置いておく。
今はそれよりも優先すべきことがあった。

「お腹……空きましたね」

「そうですね。材料があれば何か作りますけど……冷蔵庫は空ですからね。何か食べに行きましょうか?」

それは空腹。ツェルニに着いてから直行でこの寮に向かったため、空きっ腹に何か入れる暇はなかった。
リーリンほどではないが、レイフォンは料理ができる。だが、今日この場所に訪れたので、食材が買い置きされているわけがなかった。
だから、どこかレストランにでも食べに行こうと提案するのだが……

「はーい?」

玄関から呼び出しの鈴がなり、レイフォンはそれに対応する。
今日引っ越してきたばかりなのに、誰が訪ねてきたのかと疑問を抱いて扉を開けると、そこには食材の入った袋を持つ大男が立っていた。
短く刈り込んだ銀髪に、鍛え上げられている肉体。厳つい顔をしているが、その中に収まった目や鼻にはどこか甘い雰囲気の片鱗も見え隠れして、それが愛嬌にも取れる。
そんな彼の後ろには、赤毛の小さな少女が立っていた。

「しゃああああああああっ!!」

「え……?」

その少女が、いきなりレイフォンに向けて威嚇してくる。

「やめろシャンテ!」

それを大男が制し、深々と頭を下げた。

「いきなり申し訳ありません。それから、初めましてヴォルフシュテイン卿。自分はゴルネオ・ルッケンス。天剣授受者、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンスの弟です」

「あなたが……」

話に聞いていた、サヴァリスの弟。
だが、その容姿は似ても似つかず、性格もサヴァリスとは違い礼儀正しそうだ。
あんな兄の元、よくこんな弟が育ったなと思いながら、レイフォンは未だに自分を威嚇してくる少女へと視線を向ける。
彼女はまるで獣のように唸り声を上げながら、レイフォンを睨んでいた。

「すいません、こいつはシャンテ・ライテ。育ちが少々特殊で、獣みたいな奴なんです。人見知りをしているだけですから気にしないでください」

「はぁ……」

相槌を打ったレイフォンに向け、ゴルネオは持っていた食材の袋を差し出した。

「自分は、ヴォルフシュテイン卿とクラリーベル様の手助けをするように申し付かりました。先ほど着いたと話を聞きましたので、食材の買出しに。何か足りないものがあるなら言ってください。追加で買ってきますので」

「あ、いえ、そんな……ありがとうございます」

「自分は武芸科の5年生です。ツェルニには小隊と言う制度がありまして、その第五小隊の隊長を僭越ながら務めさせて頂いてます。ですので、何か困ったことがあればいつでもいらしてください」

「どうも……小隊?」

「小隊と言うのはですね……」

ゴルネオに、小隊に付いて詳しく教えてもらった。
要は武芸科のエリート集団であり、都市戦や汚染獣戦などで中枢となる存在らしい。
最も汚染獣との遭遇はグレンダンとは比べ物にならないほど少なく、ゴルネオの在学中には一度もなかったそうだ。
グレンダンの外の都市は平和だと聞いてはいたが、まさかそこまでだとは思わなかった。

「それでは、自分はこれで失礼します」

「はい、ありがとうございました」

会話も終わり、用事も済んだのかゴルネオは恭しく頭を下げて去っていく。
未だに威嚇していたシャンテの首根っこをつかみ、引きずるようにしてだ。
そんな後姿を眺めながら、レイフォンはとあることを思い出した。確か、ゴルネオはガハルドの弟弟子だったはずだ。
ならば、結果的にはガハルドを再起不能にしたクラリーベルのことを恨んでいるのではないかと言う一抹の不安を抱く。
だが、レイフォンのように疚しい事を、闇試合に出ると言う武芸者にあるまじき行いをしていた者が口封じのためにしたのではなく、クラリーベルのように何も疚しい事がない者がやったのとでは話が変わってくる。
それに、このことは王宮の情報操作で、一般には手合わせ中の事故として片付けられているはずだ。
だから、そのことについてゴルネオがクラリーベルを恨んでいる可能性は低いだろうと考えながら、レイフォンは扉を閉めて食材をキッチンへと運んだ。

「どなたでしたか?」

「ゴルネオ・ルッケンス。サヴァリスさんの弟さんですね」

「あら、それならちゃんとお会いしておくべきでしたね」

「また機会がありますよ。それよりも、食材を届けてくれたんで何か作りますね。食べたいものありますか?」

「それでは……」

その食材を使用し、早速料理を作るレイフォンだった。






「で……どうしてこんなこと?」

食事も取り、やることは大方やったので、この日はもう寝ることにした。
明日は入学式だ。だから早く寝て、それに備えようと言うわけだ。
で、結局男女が同じベットで寝るわけにはいかず、レイフォンは当初の予定通りソファーで寝た。近いうち、家具屋でベットを購入しようと思いながら。
毛布をかぶり、レイフォンは目をつぶる。
だが、寝ようと思ってもなかなか寝れない。明日は入学式であり、レイフォンにとっては初めての経験だ。
それが楽しみであり、柄にもなくドキドキと緊張し、眠れないでいた。
まさか天剣授受者である自分が、学校に入学するとは思わなかっただけにその緊張も相当のものである。
同年代の者達と机を並べて勉強をする。そんなものとは、一生縁がないとばかりに思っていた。
胸の高鳴りを抑えきれずに、未だに寝付けなかったレイフォン。だからこそ気づいた。

「あれ?」

人の気配。廊下を誰かが歩いている。
一瞬不審に思ったが、すぐにその思考を破棄した。何故ならそれはクラリーベルのものだったからだ。

(トイレかな?)

レイフォンの疑問のとおり、クラリーベルの気配はトイレへと向かい、少しして水洗トイレの水の流れる音が響いた。
ならば気にする必要はなく、早く寝てしまおうと思ったレイフォンだが……

「……え?」

その気配は段々と近づいてきて、クラリーベルに与えられた寝室ではなく、レイフォンの寝ているロビーのソファーへと近づいてきた。

「クララ……?」

「んっ……」

「って、ちょっとぉぉ!!」

「うん……」

そして、レイフォンの毛布にもぐりこんでくる。
咄嗟のことで反応が遅れてしまい、いきなりの出来事にレイフォンは大慌てだ。
狭いソファー。故に、クラリーベルはレイフォンに抱きつくように擦り寄ってくる。
声を荒らげて呼びかけるレイフォンだが、クラリーベルは寝惚けているのか聞いている様子はない。

「あの……もしもし?」

「んっ……」

「起きてくださーい」

「く~っ……」

「本当にお願いします!」

「……………」

クラリーベルが起きる気配はまったくない。
抱きつくほどに密着しているため、彼女の体温がレイフォンにダイレクトに伝わる。とても温かかった。
女性特有の柔らかさ。小さくはあるが、彼女の胸がレイフォンに押し当てられる。
寝息が顔に当たり、ドキンドキンと心臓は激しく脈打つ。
黒髪と、癖のある一筋の白い髪。この髪は彼女の生まれつきだそうだが、それからするシャンプーの良い香り。
放浪バスの生活が長かったために、そう言えば寝る前に風呂に入っていたなと思い出す。
こんな状況で、レイフォンは眠れるわけがなかった。
この夜、レイフォンは一睡もできぬまま、理性で誘惑を抑え込みながら入学式を迎えることになるのだった。



[29266] 第2話 入学式
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/05/22 07:12
さて、どうしてこうなったのだろうか?
レイフォンは入学式初日にして生徒会長室へ呼び出され、その原因を考える。
レイフォンの正面にはこの都市の長である生徒会長、カリアン・ロスがいる。
彼は大きな執務机を前に腰掛けており、レイフォンに感謝の言葉を伝えた。
今日は入学式当日。だが、その入学式はある騒ぎによって中止となってしまった。そのことについて、レイフォンは呼び出されたのだ。

「君のおかげで新入生達に怪我人が出ることはなかったよ」

騒ぎを起こしたのは武芸科の新入生達だ。レイフォンも武芸科の生徒ではあるが、彼は別にその騒ぎに関係はしていない。むしろそれを治めたのだ。
どうにも敵対都市同士の生徒達が鉢合わせしたらしく、軽い視線のやり取りが舌戦に替わり、それが更に悪化して乱闘へと替わったのだ。
武芸科とは、超人的な力を持つ武芸者によって構成された学科だ。もし武芸者同士が本気でぶつかり合えば、最悪、一般生徒に死傷者が出たことだろう。
カリアンはそれを止めてくれたレイフォンに、純粋な感謝の気持ちを抱いていた。

「新入生の帯剣許可を入学半年後にしているのは、こういう、自分がどこにいるかをまだ理解できていない生徒がいるためなのだけど……やれやれ、毎年の事ながら苦労させられるよ」

「はぁ……」

苦笑するカリアンだが、その表情はとても爽やかだった。
何を考えているのかわからない笑顔。その顔を見て、レイフォンは気の抜けた相槌を打つ。

「それにしても、新入生とはいえ武芸者2人をああも簡単にあしらうとは、なかなか腕が立つようだね」

「確かに腕にはそこそこ自信がありますが……僕は新入生ですし」

「ふむ……」

カリアンは沈黙し、何かを考え込んでいるようだ。
レイフォンの言葉は謙遜だ。そこそこの腕前で、グレンダン最強の一角になれるはずがない。
だが、ここはグレンダンではなく学園都市ツェルニだ。自分の身分を、そして実力をそうまでしてひけらかすつもりはない。

「それはそうと、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ君、話は変わるけどいいかな?」

「……………」

だが、カリアンはレイフォンのことを、身分を、実力を知っていたようだ。
その事実に、レイフォンは思わず息を呑む。

「僕のことを……天剣授受者を知っているんですか?」

「君も、当然放浪バスを経由してこの都市に来たんだろう?その時私は、槍殻都市グレンダンに寄る機会があってね。偶然、天剣授受者を決定する試合を観戦したんだよ」

つまり、それがレイフォンの試合だった。
5年前、10歳のころにレイフォンが戦った試合。10歳になるかどうかの子供が、武芸の盛んなグレンダンで他者を、大人達を圧倒する姿をカリアンは目撃したのだ。

「それで、一体僕に何の用なんですか?」

そんなカリアンは、一体レイフォンにどんな話があるのだろう?

「単刀直入に言うよ。君には小隊に入って欲しい」

「小隊?」

レイフォンは顔を顰め、ゴルネオに聞いた話を思い出す。
確か、小隊とは武芸科のエリート集団だったはずだ。

「僕は新入生ですよ?」

そのエリート集団に、1年生であるレイフォンに入れと言うのだ。

「君の実力なら十分だと思うけど?」

「……………」

別に驕るつもりはないが、レイフォンは自分のことを天才であり、それ相応の実力があると理解している。
そうでなければ天剣授受者になどなれないし、他者の力量以前に、自分の実力を把握することは武芸者にとって大切なことだ。

「名誉はもちろん、小隊員と言うだけでそれ相応の報奨金なども出るし、決して悪い話ではないと思うけどね」

メリットは確かにある。だが、それらはレイフォンにとって興味のないものだった。
名誉や地位が欲しくて天剣授受者になったのではなく、効率よく金を稼ぐ手段として天剣授受者になったのだ。
その金に関しても、孤児院の心配をしなくてもいい現在では大して興味はない。
生活費に関しては、グレンダン王家からの仕送りで十分に足りている。

「どうして、そうまでして僕を小隊に入れたいんですか?」

興味はないが、気にはなる。どうしてそこまで、カリアンがレイフォンを小隊に入れたがっているのか?

「君は、学園都市対抗の武芸大会を知っているかな?」

「……いえ」

問いかけにレイフォンは首を振る。初めて聞いた言葉だ。
そんな返答にカリアンは失望する様子もなく、武芸大会について説明した。

「簡単に言えば、2年ごとに訪れるアレだよ」

つまりはレギオスによる縄張り争いだ。
都市の動力源、セルニウムを懸けた戦争。武芸大会と銘打っているだけあり、学園都市同士の戦争では学生らしく健全な戦いを目指している。
出来るだけ死人が出ないように配慮されているのだ。だが、それでも都市が敗北すれば失うものは同じだ。
失われるのは都市の命。動力源を失ったレギオスには、滅びしか待っていない。

「ツェルニが保有していた鉱山は、私が入学した当初は三つだった。それが今ではたった一つだよ」

そして瀬戸際。ツェルニは現在追い詰められており、滅びの一歩手前だということだ。
三つあった鉱山が一つに……それはツェルニが負け続け、近隣の学園都市と比べてレベルが低いと言うことだ。

「つまり、次で負ければ後はないと?」

「そう言う事だよ。今季の武芸大会で一体何戦することになるのかは都市しだいだが、1戦もしないと言うのはありえない」

「それで僕に……」

つまり、ツェルニが生き残るには勝つしかない。
近隣の学園都市よりレベルが低いと言うのなら、その分のレベルを、戦力を補充すればいい。
武芸者として圧倒的力を持つレイフォンを加入し、この都市を救おうと言うのがカリアンの企みなのだろう。

「……………」

レイフォンは暫し考え込む。
話は分かった。カリアンはレイフォンにこの都市を救って欲しいのだろう。
確かにレイフォンの実力からすれば造作もなく、容易いことだ。
別に戦うことは構わない。この都市、ツェルニを勝利に導くことも簡単だ。
レイフォンが単身で敵地に乗り込み、存分に暴れれば良いのだから。

「分かりました。この都市が生き残れるよう、協力させていただきます」

結論は出た。その旨をレイフォンはカリアンに伝える。
レイフォンの言葉に、カリアンは笑みを零す。

「ですが、小隊入りの件はお断りさせていただきます」

だが、全てが思惑通りには行かず、カリアンの当初の提案である小隊入りを、レイフォンは断った。

「……理由を聞いてもいいかな?」

「はい。別に武芸大会に参加することも、ツェルニを勝利に導くことも構わないんですよ。僕自身も、せっかく学園都市に入学したのに、そこが無くなると困りますから。ですが、僕にはそれと同時に役目がありまして……」

「役目?」

レイフォンの役目。それは王命である。
天剣授受者として、レイフォンは女王直々にある役割を与えられた。
それはクラリーベルの、ロンスマイア家の跡取りである少女の護衛。そのために天剣の所持を許され、わざわざこの学園都市までやってきたのだ。
その使命を忘れ、小隊などに所属する余裕はレイフォンにない。

「なるほど……君ほどの実力者が何で学園都市に来ているのか疑問ではあったが、そういう理由があったのか」

カリアンはこくりと頷く。いくらグレンダンとはいえ、レイフォンほどの武芸者を手放したのには疑問があった。
何か訳ありならともかく、入学前に少しだけレイフォンのことを調べたが、そんなことはまったくなかった。
だが、王家の護衛ならば納得も行く。建て前上留学となっている少女を護衛するため、レイフォンは学園都市に付いて来たのだ。
その事実に、幸運に、カリアンは思わず感謝した。

「そういう事情なら仕方がないね」

「すいません……」

「なに、君が気にすることではないよ」

感謝はしたが、そういう事情ならば小隊に所属してもらうのは諦めるしかない。
レイフォンはツェルニの学生ではあるが、それ以前に天剣授受者でグレンダンの臣下だ。
女王直々に与えられた命に逆らえるはずがなく、カリアンにしてもこれ以上無理を言うつもりはない。
武芸大会に、レイフォンと言う心強い戦力を補強できただけでよしとしよう。

「それから、このことはくれぐれも内密に」

「わかっているよ。このことは君と私だけの秘密だ」

最後にレイフォンは釘をさす。クラリーベルが王家の娘、つまりは王女であることを隠すためにだ。
都市の最高権力者であるカリアンには小隊入りを断るために事実を伝えたが、その事実を広められるのはあまりよろしくない。
カリアンもそのことを承知してか、素直に頷いてくれた。

「さて、手を貸してくれると言うのなら鍛錬のためにも錬金鋼はあった方がいいだろう。さっきも言ったけど、新入生の帯剣は入学して半年後になっていてね……特別な処置となるが、君には錬金鋼の所持を許可しよう」

「ありがとうございます」

「何、これくらい気にしないでくれ」

言いながら、カリアンはなにやら許可証の様なものを書いている。
それをレイフォンへと手渡し、それなりに有意義な対談が出来たようで、カリアンはにこやかにレイフォンを生徒会室から送り出すのだった。







































レイフォンが生徒会長室に呼ばれたため、その間クラリーベルには教室で待っていてもらっていた。
今日は入学式だけで、その入学式も中止になってしまったために校舎に人影はない。そんな場所に、護衛である自分が彼女を1人で待たせてしまっているのだ。
仕方がないとはいえ、クラリーベルを待たせたことを申し訳なく思いつつ、レイフォンは教室へと急いだ。

「あ、レイフォン様!」

「お、噂のナイト君がやっと来たね、待ちくたびれたよ」

レイフォンが教室に入ると、クラリーベルがどこか嬉しそうに出迎えてくれた。
だが、その続けられた声に、その言葉を発した人物にレイフォンは首をかしげる。
教室にはクラリーベルのほかに、3人の少女達がいた。レイフォンに声をかけてきたのはその中の1人で、明るい栗色の髪をした、ツインテールの少女だ。

「えっと……これは一体どういうことですか?」

いきなりの展開にレイフォンは戸惑う。
面識のない人物にいきなり声をかけられれば、驚くのも無理はない。

「先ほど知り合って、少しお話をしていました。ミィことミィフィ、ナッキことナルキ、メイっちことメイシェンですね」

呆気に取られているレイフォンに対し、クラリーベルは彼女達を紹介する。
先ほど、レイフォンのことをナイトと呼んだのがミィフィであり、赤毛で長身の少女がナルキ、その後ろに隠れている小柄な黒髪の少女がメイシェンなのだろう。
ミィフィとメイシェンは一般教養科の制服を着ており、ナルキはレイフォンやクラリーベルと同じ武芸科の制服を着ていた。

「ども、ご紹介に与ったミィちゃんことミィフィです!よろしくねレイとん」

「ちょっと待って、話に付いていけない。ってか、レイとんって何!?」

この状況にレイフォンは付いていけなかった。
ここにクラリーベル以外の少女達がいることもそうだが、その少女が何故自分に話しかけてくる?
それ以前に、レイとんとなんのことだろうか?

「私が考えた呼び名。呼びやすいでしょ?」

ミィフィは楽しそうに言う。
ナルキは呆れたようにため息を吐き、レイフォンをフォローするように声をかけた。

「すまないな、ミィは人の呼び名を考えるのが趣味なんだ。さっき、クララが言った呼び名も、全部ミィが考えた」

「はぁ……」

レイフォンは返答に困ったように頷く。
実際に困っており、なんと言えばいいのかわからないのだ。
それにいい加減、この状況を説明して欲しい。クラリーベルと仲良くなった少女達のようだが、一体レイフォンに何の用なのだろうか?

「それはそうと、メイ、ほら」

ナルキに促され、おずおずと小柄な黒髪の少女、メイシェンが出てくる。
先ほどからおとなしく、今にでも泣きそうな瞳をしていた。上目遣いで、頬をかすかに赤めながら口を開く。

「あの、ありがとう……ございました」

その開かれた口も、たったこれだけの言葉を発することしか出来なかった。
メイシェンは顔を真っ赤にして、ナルキの背中へと隠れてしまった。

「悪いね、こいつは昔から人見知りが激しいんだ」

「それでも、入学式で助けてくれたからお礼をしたいって。ねぇ」

ナルキとミィフィの言葉に、メイシェンは小さく縮こまる。
レイフォンにはまったく覚えがないが、入学式のあの騒ぎが原因で周囲はざわついていた。
並んでいた列になだれ込もうとした人の波を掻き分けて騒ぎの中心へと行ったので、たぶんその時に助けたのだろう。その程度のことしか思い出せない。

「別にそんなつもりで助けたわけじゃないし……そもそも、ああしなかったらクララが暴走してたから」

「レイフォン様、私のことを戦闘狂かなにかだと思ってません?」

「違うんですか?」

実は、入学式で起こった武芸科新入生達の乱闘は、他の科の新入生達にも伝播しようとしていた。
ツェルニには様々な都市から生徒達がやってくる。乱闘の中心となっていた生徒達以外にも、気に入らない都市出身の人達がいたのだろう。
険悪な空気が武芸科を中心に広がり、それは他の科の生徒達にも移ろうとしていたのだ。
逃げ出そうとした人達がぶつかり合い、それが血の気の多い男子生徒達に火を点けようとしていた。
武芸科の新入生の誰もが乱闘の空気に呑まれており、自分達も暴れたそうにしていたのだ。そうなれば最悪だ、誰にも止めることは出来ない。
それを治めたのがレイフォンである。あっと言う間に騒ぎを起こした原因の2人を押さえつけ、混乱の中心を鎮圧することでこれ以上の伝播を防ぐ。
それと同時に、あえて派手に演出したことによって既に伝播していた者達を威嚇したのだ。
血の気が多く、暴れだしそうだったクラリーベルに釘を刺すついでに。

「それはそうと立ち話もなんですし、お腹が空きましたから何か食べに行きませんか?」

「無視ですか?都合の悪い記憶を忘却ですか?」

話題をコロッと変えたクラリーベルに、レイフォンは深いため息を付く。

「まぁ、腹が減ったのは確かだしな。レイとんもそれでいいか?」

「いや……食べに行くのは別に構わないんだけど、その呼び名って決定なんだ?」

「まぁな」

呼び名をレイとんと不本意なものに決められて、レイフォンはもう一度ため息を付く。

「あ、でもいいの?彼女、メイシェンって人見知りするって言ってたし」

「……大丈夫です」

人見知りする少女がいるのに、自分のような他人がいてもよいのかと思うレイフォンだったが、当の本人がそう言うのなら大丈夫なのだろう。

「はい、決まり」

レイフォンはミィフィ達に連れられ、少し遅めの昼食を摂ることになった。





場所は変わり、喫茶店。ぎりぎりランチタイムに間に合うことは出来たが、それももう終わりだったために客は少ない。
既に注文は終え、今は料理が来るのを待っている。

「レイとんにクララもグレンダンの出身なんだよね。なるほど、だからレイとんはあんなに強かったんだ」

「別にグレンダン出身だとか、そんなことは関係ないと思いますよ。確かにグレンダンは武芸のレベルは全体的に高いですが、レイフォン様はその中でも別格でしたから」

「へぇ、そうなんだ?」

その間に交わされる会話は、やはりレイフォンのこと。
あの騒動を一瞬で治めたレイフォンの実力がかなりのものだと知られ、それに誇らしげに同意するクラリーベル。

「ひょっとしてクララもそんなに強いの?」

「そうですね……一応グレンダンでも上位の実力だと自負はしていますが、まだまだレイフォン様の足元にも及びません」

「そんなことはないと思うけど……」

ミィフィの問いかけに、クラリーベルは謙遜して答える。
だが、レイフォンとしては彼女の実力を認めていた。
確かに剄量ならばレイフォンの足元にも及ばないだろう。だが、その技、技量に関してはレイフォンにも匹敵するはずだ。
経験などを総合するとまだレイフォンの方が高みにいるだろうが、クラリーベルならばいつかその高みに、領域に登ってくると思っている。

「そんなに強いなら、どうして都市を出たんだ? わざわざ学園都市に来なくても勉強は出来るだろう?」

ナルキが不意に、そんな質問を投げかけてきた。だが、もっともな疑問だろう。
あらゆるものから都市を護るのが武芸者なのだ。それ故に、都市は実力のある武芸者を外に出したがらない。
それは武芸の本場と呼ばれているグレンダンでも同じはずだ。なのに、レイフォンとクラリーベルは都市の外に出ている。

「う~ん……なんて言えばいいのかわからないけど、グレンダンはレベルが高いから僕達がいなくても大丈夫なんだよね」

レイフォン達が都市の外に出れた理由だが、都市の防衛のための戦力は何の問題もなかった。
武芸者のレベルが全体的に高いのはもちろん、レイフォンを除いても11人の天剣授受者がいる。
更にその上には、最強無敵の女王が存在している。レイフォンやクラリーベルが抜けたからと言って、グレンダンの戦力が薄くなると言うことはありえないのだ。
狂った都市と呼ばれ、なのにどこよりも安全な都市と言われるグレンダンは健在なのである。

「なんかよくわかんないけど、やっぱり凄いんだね、グレンダンって」

「そうだな」

料理も来たので、とりあえずこの話題はこれで打ち切る。
ミィフィとナルキが相槌を打ちながら、運ばれてきた料理を受け取っていた。
ここは学園都市であり、この喫茶店を経営するのも学生だ。なのに予想よりもしっかりとした料理が出てきて、レイフォン達は驚く。

「学園都市って言うぐらいだから、来るまで学生食堂しかないかもって心配してたけど、そんなことなくてよかった」

味も満足のいくものであり、ミィフィは美味しそうに頬張っている。
レイフォン達も料理を平らげて行き、今はデザートを食していた。

「マップの作り甲斐がありそう」

「お前はここでもマップを作るつもりか?」

「当たり前じゃない。美味しいものマップ、オシャレマップ、勢力マップ……作れるものは何でも作るわよ。6年もあるんだから、作らなきゃ損じゃないの。あ、情報集めが私の趣味だから。なんか知らないことがあったら私に聞いてね。わかんなくても、絶対に調べてきてあげるから」

ミィフィの言葉に適当な返答を返しつつ、レイフォンはジュースを口に含む。
その隣では、クラリーベルが美味しそうにケーキを食べていた。そんな彼女は、ミィフィの話を聞いて興味深げに尋ねる。

「それでは、武芸科について聞きたいですね。ツェルニで一番強いのはどなたなんですか?」

「お、クララは武芸者なだけあって、やっぱり気になるんだ。オーケー、しっかり調べておくよ」

好戦的な性格のためクラリーベルが暴走しないか心配するレイフォンだが、そんな時は自分がフォローすればいいだろうと自己完結する。
そもそも自分がうまく立ち回れるのかと言う不安もあるが、レイフォンの使命はクラリーベルの護衛だ。
王命云々以前に自分のために汚名を被ってくれ、自分のことを好きだと言ってくれたクラリーベル。そんな彼女を護るためだったら、レイフォンはどんな苦労でもしよう。
それがせめてもの恩返し、罪滅ぼしになるはずだから。

(まぁ……正直、必要ないかもしれないけどね)

そう決意はしたが、内心で苦々しい笑みを浮かべる。
すぐにナルキ達と仲良くなった順応力、そしてレイフォン達天剣授受者に及ばなくとも、グレンダンでも上位の実力を持つクラリーベルが、何らかの事柄でレイフォンを頼る機会はないかもしれない。
それを少しだけ、寂しく思う。

「それはそうと、学生のみの都市運営ってどんなものかと思ってたが、しっかりとしてるんだな」

レイフォンの心境はさておき、ナルキが感心したようにつぶやいた。
彼女の言うとおり、学生により成り立つ都市、学園都市だが、都市の運営などはしっかりしていた。
都市は都市でも学園と言うだけあり、授業時間中には開店していない店が殆どのようだが、それでも店はたくさん並んでおり、授業時間を過ぎれば活気に満ち溢れる。
商業科の生徒達が各店舗を統括し、そこに他の学生達が店員として働く形で成り立っているようだ。
学園都市とはいえ自給自足が出来なければ都市は成り立たないので、それも当然だろう。この料理にしたって、調理関係に進路を定めた上級生がコックを務め、作ったらしい。

要するに学園都市と言うのは学習するための都市だ。
学費や生活費を稼ぐために就労する場合もあるが、将来の予行練習として実際にその仕事を体験してみたり、企業を立ち上げることも出来るのだ。
あらゆる可能性を秘めた若者達の都市、それが学園都市である。

「警察機関も、裁判所もあるみたいだしな。そうだな、警察に就労届けを出してみようかな?」

「ナッキは警官になるのが夢だもんねぇ」

「ああ」

ナルキもまた、夢を追いかける若者である。
いや、それは彼女達もだろう。

「私は、新聞社かなぁ。出版関係もあるみたいだから、情報系の雑誌作ってるところ探してみようかな?メイっちはどうする?」

「……お菓子、作ってるとこ」

ミィフィやメイシェンだって夢を持っている。
自分の目標へ向け少しずつ歩み、前に進もうとしている。

「やっぱり?じゃあ、美味しいところ探さないとねぇ。あ~、でもお菓子食べ歩き……太らないように気をつけないと」

「お前は体温高いから大丈夫だろ」

「え、そうなんですか?どれどれ?うわ、本当に温かいです」

「ちょ、クララ!?」

ナルキの言葉に、悪乗りしたクラリーベルがミィフィをぎゅっと抱きしめ、体温を確認していた。
あの短い時間でよくここまで順応したと思いながら、レイフォンはその様子を眺めている。
ミィフィは僅かに顔を赤くしながらも、この原因を作ったナルキに向けて嫌味を含んで言い返した。

「なによそれ。ナッキだっていっつも運動しまくってるから汗かきまくりじゃん。汗くさ~」

「ふん、これが青春の匂いだ」

「うわ、わけわかんない」

開き直るナルキに向け、ミィフィは呆れたようにため息を吐く。
女子4人の会話に疎外感を感じるレイフォンだったが、その様子は見ているだけで楽しい。
ちびちびとジュースを飲みながら眺めていると、今度はレイフォンへと主旨が向いたようだ。

「レイとんは就労するの?」

「レイとん……」

先ほど決定した呼び名に戸惑いつつ、レイフォンは言いにくそうに返答する。

「いや……就労はしないんだ」

「え、そうなの?」

「そんなのでやっていけるのか?」

学園都市には奨学金と言う制度があるが、それは学費がある程度免除されるくらいのものだ。
レイフォンの奨学金はAランク。レイフォンの実力からすれば当然である。
だが、それでも学費が全額免除になる程度であり、必要最低限の生活費を稼ぐ必要がある。
その他にも趣味や娯楽などでお金は必要なので、仕送りがあったとしてもやはりある程度の就労は必要だ。

「特に趣味とかないし、仕送りもあるから十分にやっていけるよ」

だが、レイフォンの場合はグレンダンの天剣授受者と言う地位にあり、クラリーベルと一緒に住んでいる。
王家からの仕送りは十分すぎる額であり、就労してお金を稼ぐ必要がない。
もともとレイフォンの仕事、使命がクラリーベルの護衛なのだから、就労をしてそちらをおろそかにするわけには行かないのだ。

(まぁ……必要ないかもしれないけど)

さっきも思ったが、本当にそこまでしてクラリーベルを護る必要があるのかと思わなくもない。
入学式のように暴走しそうになったら止める必要はあるだろうが、そんなことは滅多にないだろう。

「なんか駄目人間っぽいね。そんなんで大丈夫なの?」

「レイとんに夢とかはないのか?」

ミィフィの容赦のない言葉と、ナルキのどこか心配したような言葉。
単にレイフォンの将来を思ってのことなのだろうが、その視線が痛々しい。
このままでは親の脛を齧る駄目人間になるのではないかと心配されているようで、レイフォンは居た堪れない気持ちだった。
もっとも、レイフォンに脛を齧るような本当の親はいないし、孤児院の園長である養父相手にそんなことをするつもりもない。
そもそも天剣授受者という地位に、職に就いているのだから、将来の心配をする必要はまるでないのだ。

「夢も何も、グレンダンに戻ればすぐに職場復帰だし……今更進路を決める必要はないんだよね……」

「レイとんって何をしてるんだ?と言うか、何で学園都市に来た?」

クラリーベルの護衛云々のことを明かすことが出来ない以上、要領の得ない説明になってしまう。
それにナルキはため息を吐き、今度はクラリーベルへと視線が集まる。

「で、クララは就労するの?将来の夢とかは?」

「私は就労しますよ。ウェイトレスとかやってみたいですね。夢は……」

この先をレイフォンは予想する。
やはり、天剣授受者だろう。これは彼女の憧れであり、目標だ。まさに夢。だが、夢では終わらない。必ず成し遂げようという野心でもある。
それを口にするだろうと思っていたレイフォンは、残りのジュースをすべて口に含み……

「レイフォン様の妻です」

「ぶっ……!?」

盛大に噴出した。

「うわっ、汚い……って、クララ。それって本気!?」

飛んでくるジュースの飛沫に表情を歪めるミィフィだったが、クラリーベルの言葉を理解して問い質してくる。
メイシェンは今にも泣き出してしまいそうな表情を浮かべ、ナルキは意外そうな顔をしていた。

「はい、本気ですよ。レイフォン様にちゃんと好きだって告白もしました。なのに、未だに返事ももらってないんです」

クラリーベルのそっけない言葉に、ミィフィとナルキの視線がレイフォンへと向く。
ジロリと、どこか軽蔑したような視線だ。

「ちょ、ちょっと待ってください!いきなり何を言ってるんですか!?」

「あら、私は何時でも本気ですよ、レイフォン様」

「あのですね……」

「不満があるとしたらそうですね……私は、私を押し倒せる器量のある人が好みなんですけど、昨夜はわざわざ潜り込んだのに、まったくレイフォン様が相手にしてくださなかったことかしら?レイフォン様、私って魅力ありませんか?」

「わざとだったんですね?やっぱりあれってわざとだったんですね!?確信犯だったんですね!?」

「話を逸らさないでください」

「嘘、僕が悪いの!?」

レイフォンは思わず声を荒らげ、顔を真っ赤に染める。
クラリーベルはどこか責めるように言っているが、そんな彼女の顔は絶えず笑顔だ。
レイフォンを玩具にして楽しんでいるのだろう。

「あ~、なんだ、元気を出せメイ」

「そうだよ、傷は浅いって。男なんて他にいくらでもいるし、メイっちならきっといい人が見つかるよ」

言い合う2人を眺めながら、ナルキとミィフィはメイシェンを慰める。
いうならば一目惚れなのだろう。レイフォンに助けられたことによって、メイシェンは彼に好意を抱いた。
だが、レイフォンには既にクラリーベルと言う存在がいる。まだ恋人ではないようだが、そのような関係になるのは時間の問題のようにも見えた。
それほどまでに2人の距離は近く、付け入る隙がまったくない。
幸いだったのが、まだ会って間もないと言うことだ。確かに一目惚れではあった。
だが、メイシェンはレイフォンのことをまだよく知らない。どんな人物か分かっていない。
そこまで深く関わらなかったために、少しだけ悲しくはあるけどすんなりと諦めることが出来る。
残念ではあるが、失恋で傷つかないだけマシだろう。

「ふふ、大好きですよ、レイフォン様」

悪戯っぽく笑うクラリーベル。
そんな彼女の笑顔を前にし、レイフォンは深いため息を吐くのだった。



[29266] 外伝 とある夜
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/09/30 10:15
その日、クラリーベルはちょっとやさぐれていた。
と言うか、かなりやさぐれていた。
試験に落ちたのだ。

「むう。やってられますかってんだ!」

叫んで、グビグビとやって、ドカンとカウンターに瓶を置く。
そこは夜の大人達の店、酒場だ。だけどクラリーベルの持つ瓶とジョッキに入っているものは炭酸ジュースである。
それも当然だろう。彼女はまだ飲酒できる年齢に達していないし、そもそも酒が飲みたいわけではないのだから。
試験も、その結果発表も今日行われたもので、クラリーベルはその結果に愕然とし、家に帰りたくなかったから今ここにいる。

「まったく、なんで私が、こんなことに……」

ぶつぶつとつぶやき、大ジョッキの注がれた炭酸ジュースを煽る。大人の時間である夜遅く、大人の店で炭酸ジュースを煽る12歳くらいの子供。
クラリーベルにとってマスターの困り顔など知ったことではない。マスターも困ってはいるが、彼女に注意をしたり、声をかけたりすることはないだろう。
その理由は、クラリーベルの隣にいる同年代くらいの少年が原因である。

「何で僕が……」

「聞いてるんですか?レイフォン様!」

「聞いてますよ。と言うか、酔ってます?何で炭酸ジュースで酔えるんですか?」

「そんなことはどうでもいいんです」

クラリーベルの隣にいたのは、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。
若干10歳で、史上最年少の天剣授受者となった天才少年。現在は13歳とまだまだ子供ではあるが、そんな人物にどうこう言えるのは同じ天剣授受者か、彼らを統べるべき立場である女王陛下くらいなものだ。

「あぁ……帰ったらリーリンに怒られる」

「やっぱり聞いてませんね?」

訂正。レイフォン限定だが、それには幼馴染も付け加えられる。それと彼の隣にいる少女、クラリーベルもだ。
頭を抱えて唸るレイフォンを咎めつつ、クラリーベルはもう一度炭酸ジュースを煽る。
彼女がやさぐれている原因である試験とは、化錬剄の試験のことだ。
クラリーベルは化錬剄を学ぶためにナイン武門に入門しているのだが、この武門ではいくつかの段階に分かれ、試験によって次の段階に進めるかが決められている。
その試験にクラリーベルは落ちたのだ。しかもその試験は、クラリーベルにとってかなり重要な試験だった。

「これが終われば……だったのに」

「……クラリーベル様」

ぼそりとクラリーベルがつぶやく。涙目になっていることに気づいて、カウンターに突っ伏した。泣き顔をレイフォンには見られたくないのだ。でも、涙が止まらない。
この試験が合格していれば、晴れてトロイアットに弟子入りできていたのだ。
ティグリスに弓から別の武器に変えるように言われ、クラリーベルは化錬剄を学ぶことを選んだ。そしてうまくトロイアットに接触できて弟子入りの話を受けてもらえたのだが、条件を出されてしまった。
それが、彼の出身武門でもあるナイン武門に入門し、提示された段階まで合格するというものだった。
もちろん、その段階は普通の武芸者が修行すれば10年はかかりそうな段階だ。しかしクラリーベルはその提案を受け、そして僅か1年ほどでその試験にまで辿り着いた。
その時点で驚愕すべきことではある。

「でも、そんなの天剣になるような人なら当然です」

事実、トロイアットは僅か半年で全ての試験を突破していると言う話だ。
隣にいるレイフォンも、おそらくは半年で試験を突破することが可能だろう。いや、レイフォンには相手の剄の動きを見て、それを真似、自分のものにするという反則技がある。
器用さだけなら天剣一だと言う噂を聞き、もしかしたら数ヶ月、とんでもない話だと1日で試験を突破してしまうかもしれない。

「化錬剄は剄の流れを見るだけでは出来ない技が多いんですよ。トロイアットさんの技は殆ど盗めませんし。効率化も出来ないから、使いたくもないですよ」

「でも、ルッケンスの秘奥である咆剄殺と千人衝が使えるじゃないですか」

「あの二つは化錬剄の基本思想に、それほど忠実ではないですよ。化錬剄よりも格闘の部分に重きを置いているから習得できたんです」

「どちらにしたって、レイフォン様が凄いと言うことじゃないですか」

クラリーベルは拗ね、ジョッキに残っていた炭酸ジュースを一気に飲み干した。

「ううぅぅぅぅぅ、もうちょっとだったのに……………」

とにかく悔しい。簡単だと思っていただけに不合格になったのは悔しい。
しかも、試験官が嘘を言っているとか、そういう邪推をする余地もないぐらい、自分でもわかる失敗をしてしまっているので反論の余地もない。
本当に、初歩的な失敗をしてしまったのだ。

「うぅぅぅぅぅぅ……………」

悔しくて唸るしか出来ない。

「今日は帰りたくないです……」

「………朝まで付き合いますよ」

リーリンに大目玉確定だと思いながら、レイフォンは注文した料理を口にする。
自分が何が出来るかはわからない。だけど友人が落ち込んでいるのだから、それを慰めるのは当然である。
傍にいることしか出来ないが、クラリーベルはおそらくそれを望んでいるのだろう。

「おい、お姫さん」

そんな時に、クラリーベルがいきなり呼びかけられた。

「は?」

しかもそれが、クラリーベルに対して悪意のある声だったと言うのが、このタイミングでは最悪だった。
クラリーベルが振り返り、レイフォンも釣られて振り返った。
レイフォンは知らないが、クラリーベルはどこかで見た顔だと思った。
たぶん、リヴァネス武門の誰かだろう。王家亜流の集まりだから、良く知らないが見たことあるかもしれない顔がたくさんいる。
言葉の雰囲気通りににやついた顔だった。

「こんなところでロンスマイア家のお嬢さんが……へぶっ!!」

「クラリーベル様!?」

男の背後に仲間らしき連中がいたが気にしない。と言うか気にしている暇はなかった。
もう、拳は出ているのだから。

「てめっ………」

「うるさい。空気を読みなさい」

問答無用。喧嘩を売ったのは向こうですと決めつけて、更にもう一発。

「へごっ!」

今度は手加減していない。拳を顎に受けた男は反論すらできず、その場に崩れ落ちた。

「私はー落ち込んでるのよ!」

「おまっ、それっ!落ち込んでるってっっっ!ふぇぶろっ!!」

慌てる後ろの連中にも突っ込んでいく。
叩きのめす。
ぶん殴る。
薙ぎ払う。

「弱い!弱い弱い弱いですよ、あなた達!」

「うるさいわっ!」

「落ち着いてください!!」

レイフォンの抑止の声すらクラリーベルには届かない。
リヴァネス武門の連中かと思ったが、もしかしたら違うかもしれない。あまりにもお粗末で、弱すぎる。
だが、もう知ったことではない。むしゃくしゃした気分の時に、しかもクラリーベルの主観でレイフォンと良い雰囲気だった時に如何にも『喧嘩売ります』と言う看板下げて話しかけた方が悪いのだ。

「おいどうした?」

「席空いてたのかよ?」

ドアから更に男達が顔を覗かせた。仲間がまだいた。
だが、クラリーベルは止まらない。

「へぶろっ!」

頬に一発喰らわせた男がドアに飛んでいく。

「うおっ!」

「なんだなんだ!?乱闘か?」

「よしきたっ、相手は誰だ?」

「小娘っ!?マジか!」

「バカお前ら、あのガキ……」

「え?ちょっと待て!それならあの隣にいるガキも……」

「ガタガタうるさいわーっ!!」

バタバタと店内に入ってくる男共に、クラリーベルは拳を振るう。
既に他の客は逃げ出し、いるのはクラリーベルと喧嘩相手、それとレイフォンだけだ。

「囲めっ!」

「今日は朝まで喧嘩祭だ!」

「おらやったるどぉ!」

新たにやってきた連中は変なテンションだった。

「ああもうっ!いいわよ!やってやろうじゃない!」

「何でこんなことになるんですか!?」

こうなればこちらも自棄だ。
レイフォンはどうしてこうなったのだろうと後悔する。
後悔はしても、レイフォンにはまったく落ち度はないのだが。

「とりあえず、殴って殴って殴ってすっきりさせなさい!!」

クラリーベルが叫び、泥沼の喧嘩が始まろうとした、その時。

「ちょっと待ちな」

声がかけられた。その声がかけられるまで、クラリーベルはその人物がここにいることに気がつかなかった。

「何だお前?」

向こうも同じようだ。何より、彼らの仲間ではないらしい。
いや……

「ここで何をしているんですか?」

「ここは大人の店だ。むしろお前達みたいなガキがここで何をしてたんだ?もっとも、とても楽しそうなことだったみたいだがな」

「え?……嘘」

レイフォンは何事もなかったようにその人物に声をかける。
嘲笑混じりの返答を聞き、クラリーベルは驚愕した。
最初に声を聞いた時に気づくべきだった。その人物はカウンターの端に座り、こちらに殆ど背を向けている格好だった。

「どうしてここに?」

そこにいることに気づかなかったのは仕方なくとも、声はすぐにわかるべきだった
みっともないところを見られたと、クラリーベルは顔を赤面させてしまう。

「お前ら、喧嘩はもっと派手に、そしてかっこよくやるべきだぜ!」

こちらを振り向き、その人物……トロイアットは高々と宣言した。

「なに言ってんだ、お前?」

だが、トロイアットの言葉は男達には通じなかったようだ。
レイフォンにも通じていなかったようで、彼は頭を押さえてため息を吐いている。

「おおっと、お前ら、言葉が通じないのか?だからお前らはやられ役なんだ」

「う、うるせぇ!」

「あっ……」

やられ役という言葉でクラリーベルは思い出した。
何時だったかナイン武門と交流試合をして散々に負けて帰って行った、なんとかと言う小さな武門の連中だ。

「あの時の弱々さん達ですか」

「弱々言うな!!」

過敏に反応する男達からクラリーベルに向け、殺気が放たれる。
クラリーベルが気づき、不用意な言葉を言ってしまったため、ただの喧嘩だったものに少し殺伐とした空気が混ざってしまった。
しかし、それで怯むトロイアットであるはずがない。レイフォンはもう一度、大きなため息を吐く。

「やられ役達。お前達がやられ役でいたいってんなら、こっちにも考えがあるぜ」

「なんだ?」

男達が怪訝な顔をする。
いきなり場の主導権を握られ、クラリーベルも呆然とトロイアットが何をするのか見ているしかない。

「お前達がやられ役なら、俺達はかっこよくヒーローになるってこった!」

いきなりの宣言にクラリーベルだけでなく、男達もぽかんとした。
レイフォンは三度目の、深いため息を吐く。

「……え?」

「こういうことだ!」

ぽかんとした空気を切り裂いて、トロイアットが動く。


威・風・堂・々!!


トロイアットが叫ぶ。
風が吠える。
男達が吹き飛ぶ。
何かがクラリーベルの全身を走って、背筋がゾクゾクした。
レイフォンは四度目のため息を吐く。

「つまりは必殺技を使わせろ、叫ばせろ、綺麗に吹っ飛べってことだ!」

ビシリッ!と、音を立てて親指を突き上げたトロイアットが振り返る。
店内には彼の必殺技で吹き飛ばされて、天井で頭を打って落下した男達が床で伸びている。
つまり、トロイアットを見ているのはクラリーベルとレイフォンしかいないということだ。

「わかったか、クララ!レイフォン!?」

「ほへっ?ええ?」

「……………」

「つまりだ、俺が言いたいことは一つだ!」

「は、はい!」

「……………」

トロイアットの気迫と勢いに、クラリーベルは思わずその場で直立する。
レイフォンは脱力し、実に五度目のため息を吐いた。

「どうせ戦うならかっこよくやれ!」

「は……」

何を言っているのか、一瞬、わからなかった。
だが、すぐにわかって、理解したらさっきよりももっと凄いゾクゾクが背筋を揺さぶった。

「はい!」

叫ぶように答える。そして色々と吹っ切れた。
ちょっと転げたぐらいでぐだぐだしていても前には進めない。気持ちを信じて突き進むのだ。

「絶対に、あなたを先生と呼べるようになります」

「よし、がんばれ」

トロイアットはにやりと笑う。
そして今度はレイフォンに、そのにやついた視線を向けた。

「悪かったな、お前の役目を横取りして」

「別に気にしてはいませんけど」

レイフォンの肩に腕を回し、クラリーベルには聞こえないようにひそひそと会話をする。
レイフォンは鬱陶しそうに表情を顰めるが、トロイアットはとても楽しそうだった。

「お詫びってわけじゃないが、これは餞別だ。吹っ切れたみたいだが、今夜はこれを使ってしっかりとクララを慰めてやりな」

そう言ってトロイアットがレイフォンに渡したのは……避妊具、コンドームだった。
それを受け取り、レイフォンは頭の中が真っ白になった。

「もちろん、穴は開けといた。それで思う存分クララを……」

話の途中だと言うのに、レイフォンの拳が伸びる。
トロイアットのにやけた面に吸い込まれ、着弾する。
トロイアットは笑った。にやけた笑みは吹き飛び、渇き、底冷えするような笑いだ。
トロイアットの手が錬金鋼へと伸びた。それと同時に、レイフォンの手も錬金鋼へと伸びる。
天剣授受者VS天剣授受者。
ド派手な戦闘が始まり、今夜の喧嘩祭はこれからのようだった。




一ヵ月後、ナイン武門の試験に合格し、クラリーベルは晴れてトロイアットに弟子入りすることになるのだった。

「……弟子入りする人を間違ったんじゃないんですか?」

「え?」



[29266] 第3話 第十八小隊
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/08/11 09:17
「私が何を言いたいのか……言わなくとも分かるね?」

「すいません、すいません……」

生徒会長室で、レイフォンはこの部屋の主であるカリアンに深々と頭を下げる。
そんな彼の隣では、この原因を作った少女がふくれっ面で視線を逸らしていた。

「私は悪くないです」

「紛う事無くあなたが原因です。反省してください、クララ」

意地を張るクラリーベルにレイフォンはため息を付き、もう一度カリアンに頭を下げる。
カリアンは何を考えているのかわからない笑みを浮かべ、困ったように口を開いた。

「君の事はレイフォン君から聞いてるよ。グレンダン王家、ロンスマイア家のクラリーベル・ロンスマイア君。だから流石と言うべきなのかな?君はその若さで、かなりの武芸の才を持っているようだね」

「いえ、それほどでも……」

「褒められていませんからね?あなたが何をしたのか良く考えて、この言葉が何を意味しているのか理解してください!」

カリアンの言葉に照れた反応を示すクラリーベルに、レイフォンはため息交じりの否定をする。
確かにカリアンの言葉だけを聞けば褒められているように聞こえるが、今回呼び出された原因はその真逆だ。

「才能ある武芸者が来てくれると言うのは、現在のツェルニからしたらとても喜ばしいことだ。私個人の意見だが、今年の武芸大会では君の活躍を期待しているよ」

「はい、任せてください」

「だがね……入学してはしゃぐ気持ちはわかるのだけど、もう少し大人しく学園生活を送ってもらえないだろうか?」

「私、何かしましたっけ?」

カリアンの問いかけに、素でそんな風に返せるクラリーベルを、レイフォンは凄いと思った。
だが、この場面でその受け答えは最悪だ。カリアンの頬がひくひくと引き攣っており、彼の笑みは今にも崩壊してしまいそうだった。

「すいません、本当にすいません……」

レイフォンの腰は更に低くなり、胃にキリキリした痛みが走った。
クラリーベルを何事からも護り、彼女の力となることを決意しているレイフォンだったが、まさかこのような心労をかかえることになるとは思わなかった。
いや、それが彼女らしいと言えば彼女らしい。だが、心労を受ける側からすればたまった話ではなかった。

「私のような一般人には理解できないことだが、武芸者と言うのはやはり強さに興味があるんだろうね。向上心があるのは良いことだし、君の積極性は将来ツェルニにも良い影響を及ぼすだろう。ただ、ね……エリートである小隊員を、小隊員でもないただの1年生が倒したと言うのは色々不味いんだよ」

「そう言えば、第十七小隊隊長と名乗る方がレイフォン様をスカウトしたいとおっしゃってきたので、レイフォン様に代わって私がお相手をしたことがありました」

「それだけじゃないだろう?仮にもツェルニ最強である第一小隊を、君が1人で壊滅させたそうじゃないか」

「ああ、そのことですか」

「すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、
すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、
すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、
すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません、すいません」

もはや土下座だ。レイフォンは額を床に擦り付け、カリアンに謝罪を続けていた。
事の発端は昨日。ミィフィの情報でツェルニ最強の武芸者が第一小隊隊長、ヴァンゼ・ハルディだと言う事を知ったクラリーベルは、ツェルニ最強がどんなものか知るために単身で第一小隊の元に乗り込んだ。
彼女の護衛を務め、常に一緒にいることを心がけているレイフォンだったが、その時は運悪く、第十七小隊隊長であるニーナ・アントークに捕まり熱烈なラブコール(スカウト)を受けていたため、クラリーベルと行動を共にすることができなかった。
その後、クラリーベルは道場破りの様なやり方でヴァンゼどころか、第一小隊の面々を全滅させてしまった。
だけど暴れることは出来たのだが、彼女の主観では手応えをまったく感じることが出来ず、肩透かしを喰らって不完全燃焼のままクラリーベルはレイフォンの元へと戻る。
そこでは未だにレイフォンがニーナから勧誘を受けており、クラリーベルの瞳が怪しく光った。
レイフォンはニーナに、クラリーベルが王家の出身であることは隠し、とある良家のお嬢様で自分はその護衛なので、小隊に入ることは出来ないと説明していた。
それでもしつこく、まったく引き下がる気配のないニーナに、クラリーベルは満面の笑みを浮かべて宣言した。

『では、私も第十七小隊に入れば何も問題がないのでは?」

クラリーベルが小隊に入れば、常に行動を共にし、傍にいなければならないレイフォンは必然的に彼女と同じ小隊に入る必要がある。それで問題は解決かと思われたが、ニーナ曰く、小隊には誰でも入れるものではないらしい。
レイフォンの場合は入学式のことがあり、ニーナはその時から目をつけていた。だが、クラリーベルのことをまったく知らないニーナは、彼女の実力を見るためにテストを行うと言う。

『ええ、構いませんよ』

それが全て、クラリーベルの思惑通りであることをニーナは知らなかった。
レイフォンは頭を抱えるが、やる気満々の2人を止める術など、レイフォンは持ち合わせていない。
その結果、開始5秒で決着が付き、またも肩透かしを喰らったクラリーベルは気絶したニーナを放って、第十七小隊に入隊することもせずにレイフォンを連れ、彼女の元から去って行った。
それが、昨日あった出来事の全てだ。

「誰がやったかまでは明らかになってないけど、この事は既に都市中に広がっていてね」

ツェルニ最強、第一小隊の壊滅と、まだ小隊らしい活動はしていないが、第十七小隊の隊長で名の知れているニーナの敗北。話題性満載のこの話はすぐさま都市中に広がり、誰がやったのか噂になっていた。
小隊に所属していない変わり者の上級生、都市に立ち寄った凄腕の傭兵、何らかの理由で都市を追われてツェルニに入学した新入生等など、娯楽に飢えた学生達は面白おかしく話を誇張する。
そう言えばクラスでもその事が話題になっていたなと、クラリーベルは他人事のように思い出した。

「レイフォン君、顔を上げてもらっても構わないよ。別に君がそこまで謝る必要はないからね」

「本当にすいません……」

カリアンの言葉に対し、最後にもう一度だけ謝罪してレイフォンは立ち上がる。
効果は薄いが、いくらクラリーベルを責めても意味はない。済んでしまった事をねちねち言っても、事態は好転しない。

「でだ、やはり小隊員と言うのは特別な存在であり、このような形となったからには小隊に所属してもらいたいのだけど、いいかな?」

「喜んで!」

カリアンの言葉に、クラリーベルは即答した。
当初は護衛のために小隊に入ることを拒んでいたレイフォンだが、こうなってしまえば断ることは出来ない。
落ち度はこちら側(クラリーベル)にあると考え、レイフォンは渋々と首を縦に振った。

「話が早くて助かるよ。それで、君達が所属してもらう小隊なんだけど……」

明らかに何かを企んでいるという様な笑顔を浮かべ、カリアンはレイフォン達の所属する小隊について説明した。




































「何故、このような事に……」

「あなたがフェリさんですね?よろしくお願いします」

いまいち状況を把握できていない少女、フェリ・ロス。
生徒会長の妹で、優秀な念威繰者であるらしい彼女に向け、クラリーベルは元気よく挨拶をする。

「はぁ……よろしくお願いします」

そのテンションの高さに、若干引き気味になるフェリだったが、クラリーベルはそんなことお構いなしだ。
レイフォンはどうしてこうなったのだろうと考えながら、フェリに恭しく頭を下げる。
クラリーベルと共に入ることになった小隊、それは『第十八小隊』と言う、ツェルニの新たな小隊だった。
セルニウム鉱山が後ひとつと言う崖っぷちの現状を打破するため、生徒会長であるカリアンがあの手この手を使ってスカウトしてきたエリート新入生と言う体裁を取っている。
レイフォンとクラリーベルは武芸の本場と呼ばれている、あの槍殻都市グレンダンの出身だと言うことも明かされ、注目の的となっていた。
それに加えて第十七小隊に所属していた念威繰者、フェリの加入。ミス・ツェルニと言う顔を持ち、熱狂的な親衛隊(ファン)を持つ彼女の移籍は、第一小隊の壊滅やニーナの敗北を塗り潰すほどまでに話題を独占していた。

「私の移籍に関して隊長が……ああ、元ですね。元隊長が騒いでましたよ」

「そうなんですか……生徒会長、かなり無茶をしているようですね」

感情を感じさせないフェリの言葉に、レイフォンは冷や汗を掻く。
カリアンのやり方はあまりにも強引で、反対意見が多数出ているらしい。レイフォンをスカウトに来た第十七小隊隊長のニーナもその1人だ。
彼女の場合は自分の小隊から念威繰者を引き抜かれたため、その反応も当然だろう。
強引なやり方に下級生のみで構成された小隊と言う事もあり、ハッキリ言って上級生からの風当たりが強い。奇異の視線で見られ、良く思われてないのが現状だ。
そのことを考え、またも胃に痛みが走るレイフォンだったが、クラリーベルとフェリはそんな心配とは無縁のようだった。彼女達には、そんなこと興味がないと言ってしまえばそれまでだが。

「待て、本当に待ってくれ。何でこんなことになってるんだ?あたしに小隊員なんて本当に務まるのか!?」

「大丈夫だって、ナッキなら出来るよ」

「あぅ……頑張って」

そしてフェリ以上に、この状況がまったく理解できていないナルキ。
小隊は最低4人から成る組織であり、数合わせとしてクラリーベルに無理やり引き入れられてしまった。
幼馴染であるミィフィとメイシェンに応援されるも、彼女の不安が払拭されることはなかった。

「あたしは都市警に入るつもりだったんだが……小隊との両立なんて無理だぞ」

「数合わせですからそこは心配しなくていいですよ。ただ試合に出てくれればいいだけで、訓練なんかは自由参加です」

「それじゃ駄目だろ?」

ナルキにフォローを入れるクラリーベルだったが、それはとてもフォローと呼べる代物ではなかった。
正直、小隊員を舐めているとしか取れない台詞にナルキは渋い表情をする。だが、第十七小隊の隊員だったフェリには意外にも好感触だったようだ。

「それは本当ですか?では、訓練には殆ど参加しなくっていいんですね?」

「はい、私とレイフォン様がいれば十分ですから。ですよね?」

「えっと……まぁ、無理強いはしません」

傲慢としか取れない台詞。だけど、そんな台詞を言えるだけの実力がレイフォンとクラリーベルにはある。
成り行きで第十八小隊を結成することになってしまったが、クラリーベルはともかく、レイフォンにやる気なんてものは微塵も存在しない。
だが、そんな小隊だからこそ、レイフォン以上にやる気の存在しないフェリは都合が良いと思っていた。

「なるほど、第十七小隊とは違ってずいぶん居心地がよさそうです。これからよろしくお願いします、隊長」

「あ、いえ、こちらこそ……隊長?」

フェリのお辞儀にレイフォンもお辞儀で応えるが、彼女の言った単語、『隊長』と言う言葉にレイフォンは首を傾げる。
そんなレイフォンに向け、フェリは当然のように言う。

「あなたの事に決まっているじゃないですか。他に誰がいるんですか?」

初耳だ。小隊に所属することは同意したが、まさか新入生である自分が隊長をやらされるとは思ってもいなかった。

「ええっ、僕が隊長なんですか!?普通、こう言う事は先輩が……」

「嫌です、めんどくさい」

「……………」

即答で斬って捨てられ、レイフォンは言葉を失う。
天剣授受者と言う地位に付いている彼だが、指揮官などを務めたことはおろか、その勉強すらやったことがない。
習う前、10歳の若さで天剣授受者になってしまったからだ。

「別にいいんじゃないんですか?これも経験ですよ」

「気軽に言ってくれますね、クララ……」

レイフォンにはクラリーベルのように前向きに捕らえることはできず、これからの先行きに大きな不安を覚える。
自分に隊長が、指揮官が務まるとは到底思えない。
だが、何度目かのため息を付いたレイフォンに向け、優しい声がかけられる。

「大丈夫だって、レイとんならさ」

「あ、あの……頑張って」

「あたしだって同じようなもんだ。小隊員が本当に務まるのか不安だが、なるようになるさ」

ミィフィ、メイシェン、ナルキの言葉。
根拠も何もなく、沈んでいるレイフォンをただ無責任に励ますだけの言葉。
だけどそんな言葉がレイフォンの心を僅かでも軽くし、背中を押してくれたのは事実だ。
不安は完全に消えない、消えるわけがない。だけどレイフォンは、少しだけ頑張ってみようという気持ちになった。そう思った直後、第十八小隊に当てられた訓練室のドアがガチャリと音を立てて開いた。

「全員揃っているな?」

不機嫌そうな声と共に、車椅子に乗った目付きの悪い青年が入ってくる。
美形で、線が細い顔立ちをしており、不健康そうな白い肌をしている青年だ。
顔は良く、不健康そうに白いとは言っても見事な美白に女性からの人気が高そうだが、あの目付きの悪さがそれを台無しにしてしまっている。
青年は車椅子のタイヤを回しながら中央に移動し、目付き同様に不機嫌そうな声で口を開いた。

「キリク・セロンだ。生徒会長に頼まれ、第十八小隊のバックアップを担当することになった」

「つまり、ダイトメカニックの方ですか?これからよろしくお願いします」

そんな不機嫌そうな相手にも、いつもどおり気軽に話しかけられるクラリーベルは流石だった。
キリクと名乗った青年も不快には感じていないようで、あの不機嫌そうな喋り方は元から、彼の自然体なのかもしれない。

「ん、何だそのダイトメカニックと言うのは?」

「グレンダンでの整備士の通称ですよ。錬金鋼のメカニックを担当するからダイトメカニックですね」

「なるほど、わかりやすいな……まぁ、つまりそう言う事だ。この隊の錬金鋼は俺が見ることになった。小隊員と言うからには自分専用の錬金鋼が必要だからな。何か要望があるなら言え」

「あ、それじゃひとついいですか?」

キリクの言葉に、早速クラリーベルが錬金鋼の要求を言う。
グレンダン出身のクラリーベルの話を、キリクは頷きながら興味深そうに聞いていた。
なんにせよ、これで念威繰者を含めた4人の隊員、そしてダイトメカニック。必要最低限ではあるが、第十八小隊はこうして動き出した。








「さて、カリアン。話をしよう」

「やあ、ヴァンゼ。例の件で怪我をしたって聞いたけど、大丈夫なのかい?」

「……茶化すな」

生徒会長室で執務をしていたカリアンに向け、武芸長のヴァンゼが真剣な表情で話しかける。

「俺が言いたいことはわかるな?第十八小隊についてだ」

「ああ、そのことかい?」

「そのことかい、じゃないだろう」

第十八小隊の設立。それは武芸長のヴァンゼにも話を通さず、カリアンの独断で強引に成されたことだ。
幾らカリアンが生徒会長とは言え、文句の一つや二つあってもおかしくないことだ。
しかも、その第十八小隊にヴァンゼ達第一小隊を圧倒したクラリーベルと言う少女がいるなら尚更だ。

「今のツェルニには余裕がない、それは君も知っているだろう?なら、貴重な戦力を遊ばせるわけには行かない」

「それでもやり方があるだろ。第十七小隊の時もそうだったが、お前は小隊を何だと思っている!?」

「まぁ、とりあえず落ち着いたらどうだい、ヴァンゼ君。別に小隊を玩具のように思っているわけじゃない。私なりの考えがあっての事だよ」

「ほう……ならその考えと言うのを話してもらおうか」

とりあえず話を聞いてくれるようだが、ヴァンゼの声音から明らかな苛立ちを感じることが出来る。今回の件にかなりご立腹な様子だ。
カリアンはそれとは対照的な笑みを浮かべ、つまりはいつもどおりの自然体で口を開いた。

「話は第十七小隊の設立から始まるけど、あの時はニーナ君の熱意もあったけど、私が最終的に設立を許可したのはある人物を小隊に入れてもらうためだ」

「……ある人物?」

「そう、槍殻都市グレンダンで最も優れた武芸者12人に授けられる称号、天剣授受者。その1人であるレイフォン君を受け入れてもらうためにね」

「なっ……!?」

カリアンの言葉に、ヴァンゼの表情が驚愕に染まる。
グレンダンの名はもちろんヴァンゼも知っている。武芸の本場と呼ばれており、あのサリンバン教導傭兵団を輩出した都市だ。
その都市で最強を名乗るにふさわしい実力を持った武芸者が、何故このような学園都市に来たのだろうか?

「君だから言うけど、これはくれぐれも内密にね。私もグレンダンを敵に回したくはない」

そう前置きして、カリアンは疑問に思っているヴァンゼにクラリーベルがグレンダンの王家の者だと話した。
留学としてやって来た彼女を護衛するために、天剣授受者であるレイフォンがついてきたわけだ。
王命だと言うのなら、レイフォンが学園都市に来た理由も納得できる。実力があるとはいえ、万が一お姫様に何かあっては不味いからだ。

「なるほど、そう言うことか……グレンダンの姫君。ならばあの実力も納得だ。それにレイフォンがこの都市に来た訳も……おい?ちょっと待て、カリアン」

「なんだい?」

レイフォンとクラリーベルがこの都市に来た理由は理解した。だが、さっきカリアンはなんと言った?

「つまりお前は、レイフォンを入れるために第十七小隊の設立を許可したのか?」

「そうだよ。あの時期に小隊を設立すれば、どう考えても錬度は不完全だろうからね。もっともそんな土壌だからこそ、レイフォン君を招き入れるのにちょうどいいと思ったわけだ。何しろ彼は強すぎる。既に形の定まった小隊ではやりにくいだろうし、これから発展する場所の方が彼を迎え入れた反応に、柔軟性を期待できると思ったからね」

カリアンの言葉に、ヴァンゼは表情を引き攣らせる。
5年以上に及ぶ長い付き合いでカリアンのことを把握していたつもりだったが、この腹黒な生徒会長を完全に理解することは不可能だと悟った。
おそらく、カリアンはこう考えている。もし柔軟性が持てず、不完全な小隊が駄目になったとしても、せっかく錬度の高い小隊が駄目になるよりも痛手が軽微で済むだろうと。

「待て待て、ならば何故第十八小隊を設立した?普通に第十七小隊に入れればいいだろう?レイフォンに護衛の役目があると言うのならクラリーベルも一緒に……」

「うまく行くと思うかい?ニーナ君も君達同様、彼女に敗れているんだよ」

「……………」

最後に残った疑問についても、カリアンによって諭されてしまった。
戦闘狂の気質があり、第一小隊を全滅させ、第十七小隊の隊長であるニーナすらをも叩き伏せたクラリーベル。
そんな彼女がニーナと同じ小隊に所属できるわけがなく、また、ニーナがクラリーベルを御しきれるわけがない。

「クラリーベル君を抑えきれるのは、実力的に上回るレイフォンくらいかと思ってね。どうせなら小隊長をやらせてみるのも面白いと思ったわけだよ」

「完全に抑えきることが出来ていれば、今回のようなことは起こらなかったと思うが?」

「そんなに気にしているのかい?やれやれ、男の嫉妬と言うものは見苦しいものだね」

カリアンの言葉に意を唱えるヴァンゼだったが、こう返されては黙るしかない。
確かにクラリーベルがやったことは色々と問題があるが、これでは1年生にいいようにやられた自分達があまりにも情けなさすぎる。
カリアンは何も言い返せないヴァンゼに不敵な笑みを向け、今日の夕飯を何にするかという感じで尋ねてきた。

「ところでヴァンゼ、対抗試合のことなんだけど……第十八小隊の初戦の相手が第五小隊と言うのはどうだろう?」





































あとがき
クララ一直線です。今までフォンフォン一直線でたまに、おまけとして書いてましたが、今回からチラシ裏で正式に連載して行きたいと思います。
注意されて思ったんですが、やはり本編に関連性ないものをおまけで書くのはどうかと思ったわけで……
とある作家の一方通行に関しても、次回の更新分が出来たら移行したいと思います。

それはそうと本編ですが、クララ暴走です。
サヴァリスとまでは言いませんが、戦闘狂の気質があるクラリーベル。やはり自重できませんでした。
第一小隊とニーナが敗北し、そして第十八小隊設立と言う新しい展開……第十七小隊には入らないと言うことで話を進めてみました。
それに伴ってフェリの移籍とナルキの加入……第十七小隊はいったいどうなるのでしょう(汗
そこはまぁ、なるようになるとしかいえませんが……

更新頑張りますので、応援していただけると嬉しいです。では



[29266] 第4話 眩しい日常
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/08/11 09:07
「……酷い。みんな」

「いいじゃん。可愛かったんだから」

恨めしそうに見詰めるメイシェンに対し、ミィフィは平然と言う。

「ええ、本当に良く似合ってましたよ」

純粋にそう思い、屈託のない笑顔を浮かべているクラリーベルの言葉に、メイシェンは顔を赤くしていた。
訓練が終わり、親睦を深めようと言うことで、ミィフィの提案で夕飯を一緒に取ることとなった。
ついでに、人見知りの激しいあのメイシェンがバイトでウェイトレスをしているらしいので、それを冷やかしに行こうということになった。
レイフォンたちが喫茶店に入ると、メイシェンはあからさまに顔を青くさせ、硬直してしまった。
しかも、運良くなのか悪くなのか、閉店前の店にはメイシェン以外ウェイトレスがおらず、注文を取るのは必然的に彼女になってしまった。
まるで小動物のように震えながら注文を取りに来るメイシェンに、レイフォンは申し訳ない気分だったが、ミィフィ達は楽しそうにちょっかいをかけていた。

「あ、この鶏肉美味しい」

そして現在、喫茶店ではたいした食事が出ないし、喫茶店も閉店間近だったことからメイシェンのバイトが終わるのを待ち、場所を移して第十八小隊の面々と、その友人達は共に夕食を取っていた。

「でも、メイっちは本当に可愛かったよね?レイとん」

「うあ?」

いきなり話を振られ、串に刺さった鶏肉を頬張っていたレイフォンは慌てながらも喫茶店でのメイシェンの姿を思い出す。
正直な話、濃い目の紺地の、メイド風な地味な衣装そのものを可愛いとは思わなかった。
だけど、トレイに顔を隠すようにして注文を取りに来たメイシェンが小動物っぽく、微笑ましく、可愛らしいと思ったのは確かだ。
それを素直に話すと、メイシェンの顔は更に赤く染まり、下を向いてしまう。

「おお、レイとん。なかなかやるな。この女たらし~」

「なんで?」

「うむ、衣装を合わせた上で褒めるとはなかなかの高等テクニックだな」

「メイっちどうする~?高感度アップだよ」

「……ミィちゃん、ナッキ。怒るよ」

三者三様勝手に騒ぎ出し、レイフォンはため息を付いた。

「!?」

その次の瞬間、足に走った痛みにレイフォンは表情を歪める。そんなレイフォンの隣では、クラリーベルが笑顔を浮かべながら問い質してきた。

「どうしました?レイフォン様」

「よく言いますね……」

「なんのことでしょう?」

足を踏まれたような痛み。その犯人であろうクラリーベルに恨めしい視線を向けるレイフォンだったが、彼女はそっけない態度で白を切る。
もう一度ため息を付いたレイフォンは、隣に座っているフェリに視線を向けた。
対面の席にはナルキ、メイシェン、ミィフィが並んで座っており、レイフォンはフェリとクラリーベルに挟まれているような位置に座っている。
レイフォンの視線の先では、フェリは黙々と串に刺さった鶏肉を食べていた。
話に加わろうと言うつもりはないようで、食べ終えた串を皿の上に置くと、次はどれにするか、まるで難問に挑戦する数学者のような目で皿を見詰めている。

(こっちはこっちで、小動物っぽいなぁ)

フェリの外見的な幼さもあり、食べるのに一生懸命なこの様子はとても可愛らしい。

「っ!?」

そんなことを思っていると、今度は背中に鋭い痛みが走った。
クラリーベルの方を見てみると、彼女はレイフォンから顔を背けてジュースを飲んでいる。
レイフォンは三度目のため息を付き、クラリーベルに抓られた背中を摩った。

「まあ、メイっちをいじるのはこれぐらいにして。あそこのケーキ、ほんとに美味しかったね」

「……でしょ」

向こうでは話題が変わり、ミィフィの『いじる』と言う発言に不服そうな顔を浮かべるメイシェンだったが、ケーキの味については素直に同意する。

「うん、嫌味のない甘さだった。メイっちが惚れ込むのもわかるな。で、どうなんだ?教えてくれそうなのか?」

「……わかんないけど、そのうち教えてくれるみたい。本当はずっと厨房にいたいけど」

「まあ、あの可愛さっぷりを見せられたら接客の方に回されちゃうよねぇ」

「……ミィちゃん」

「はいはい。ま、私の調べたところだと、どこの店でも厨房に回されるのはやっぱり調理実習で単位を取った生徒が優先っぽいね」

「まぁ、妥当なところではあるな。単位の修得が、そのままある程度の実力の保障になるわけだからな」

「でも、単位取るんなら、最低でも半年はかかるわけだけどね」

「……うう、半年」

「作りたがりのメイっちに、半年もウェイトレスだけで我慢できるのかな~」

「……いいもん、味盗むから」

「おお、だいたん発言」

「……私より、2人はどうなの?」

「へっへ~、私は即決だったよ」

「例の雑誌社か?」

「そそ、しかもナッキやレイとんと知り合いってことで、第十八小隊の専属記者にされたの。そんなわけでこれからバンバン取材するからね」

「……勘弁してくれ。あたしは都市警が決まりそうだな。武芸科の志願者が多いから、まだ油断は出来ないが」

「またまたぁ、ナッキは小隊に所属してんだから楽勝だよ。都市警側からすれ喉から手が出るほど欲しがるって」

「確かに小隊には所属しているが、あたし自身の実力はまだまだ未熟だ」

「ナッキは謙遜家だねぇ」

忙しなく、互いの夢について語り合う3人。それをレイフォンは、串に刺さった野菜を齧りながら聞いていた。
3人の会話は眩しく、自分には遠い話だと感じてしまう。
レイフォンには夢なんて存在しない。天剣授受者になったのだって、お金を稼ぐ手段のひとつだった。孤児院を救うために就いたこの地位に特別な想いもなければ、こだわりも存在しない。
だからこそ、レイフォンにはあの3人が眩しかった。純粋に夢を追いかけられる3人が羨ましかった。
それは、自分にはないものだったから。





何時までも続きそうだったおしゃべりも、寮の門限が近づいてお開きとなった。
学生寮は都市のあちらこちらに分散している。
方角の違うメイシェンたちと別れて、気づくとレイフォンとクラリーベルは、フェリと3人で同じ方角に向かっていた。

「フェリさんもこちらの方向だったんですね」

「そうです。奇遇ですね」

クラリーベルの問いかけにフェリが答え、3人は揃って帰路を歩む。
その道中で、レイフォンは先ほどの反省点を述べる。

「なんか、話に入れませんでしたね。すいません、僕も気が利かなくって」

結局、レイフォンはあの3人の会話に加われず、時間だけが過ぎていった。
何時もは会話に混ざり、順応するクラリーベルだが、彼女はずっと拗ねたままで会話に混ざろうともしなかった。
そのため、レイフォンとフェリはあの場の雰囲気に取り残され、どうにも気まずい時間をすごしていた。
だが、頭を下げるレイフォンに、フェリは小さく首を振って言う。

「いいです。楽しかったですから」

「そうですか。ならいいんですけど」

だが、無表情なフェリを見ていると本当に楽しかったのかどうか、確認するのが難しい。
普段ならムードメーカーとして活躍するクラリーベルも、先ほどから拗ねたままで期待できそうにない。
会話がないままに夜道を歩くのは気まずく、何時もなら気にならない足音がやけに大きく聞こえた。

「私が喋らないのは、別に不満があったからではないですよ」

「あ、そうなんですか?」

「あまり友達と言うものが出来たことがないので、なにを話せば良いのか、わからないんです」

こう言っては失礼だが、確かにフェリはそういったことが苦手そうだ。
容姿には文句の付け所がないのだが、口数の少なさと無表情がそれを台無しにしている。
そんなことを考えながら、レイフォンはフェリを見てみる。しかし、薄闇の中に沈んでいる彼女の表情を確認することは出来なかった。
レイフォンはそのまま、フェリから視線を逸らそうとした。だが、目を引く出来事が起こり、視線を逸らすのを中断し、思わずフェリを凝視してしまう。

「先……輩?」

フェリの銀の髪が薄闇をはね散らし、燐光のようなものを発していた。
その光景にはレイフォンだけでなく、クラリーベルも驚愕する。

「あ、すいません。少し、制御が甘くなってました」

フェリは腰まで届く長い銀髪を手で押さえる。彼女の髪は青い燐光を纏い、ほのかな光を辺りに振りまいていた。
熱も何もなく、ただ波動のような微細な空気の揺れが、傍にいるレイフォンへと伝わっていた。
念威だ。外力系衝剄でもあり、内力系衝剄でもあり、同時にその二つとはまったく異なる。
同じく人の体内に流れる剄を利用しながら、訓練だけでは会得できない、本当に選ばれた限定的才能、それが念威だ。
レイフォンは絶句したまま、髪を押さえるフェリを見詰めた。。良く見れば彼女の眉毛や睫も燐光を放っている。
髪は剄や念威にとって優秀な導体となる。レイフォンは髪で編んだ鞭に剄を走らせて使う武芸者を知っている。

(制御が甘くなった?)

だが、だからと言ってこの状況が信じられない。意識したのではなく、制御が甘くなった。ただそれだけのことで、フェリの長い髪全てが光を発している。
それは彼女の念威の量が、尋常ではないことを示していた。

「先輩……」

「……これが、兄が私を武芸科に入れた理由です」

既に光を失った髪を押さえたまま、フェリはつぶやいた。
小隊長を務める上で、レイフォンはある程度隊員達のことを把握していた。もちろん、フェリのことについても。
彼女の兄であるカリアン、生徒会長自身によって聞かされている。
武芸大会のために一般教養科だったフェリを武芸科に転科させたと。そしてフェリは類稀なる念威の才能を持ち、きっと役に立つだろうと言っていた。
物扱いしたようなその言い方にどうかとは思ったが、念威の才能と言うのは今のでよく理解できた。

「私の念威は通常ではありえない量だそうです」

「でしょうね」

念威によって髪が光ると言う現象はレイフォンも見たことがある。だが、それは精々、髪の一部だ。
フェリのように無意識で、しかも髪の全てを輝かせるなんて状態は見たことがない。

「これのせいで、私は幼い時から念威専門の訓練を受けて気ました。家族の誰もが、私が念威操者になる将来を疑う事はありませんでした。私も、最初は疑ってませんでした。でも……」

無表情だが一瞬、フェリの感情が、瞳が揺らいだのを感じ取った。それをレイフォンとクラリーベルは黙って見ていた。彼女の話を聞いていた。

「みんな、将来は決まっているのだと思ってた。みんな、自分がなにになるのか知っているのだと思ってた。でも、違うんですよね。当たり前の話です。自分が犯罪者になるしかないなんて知っている人がいるわけないです」

フェリがジョークを言う。だが、そのジョークに笑うこともなく淡々と続けた。もしかしたらジョークではなかったかもしれない。判断に迷い、レイフォンは笑わなかった。それはクラリーベルも同じだ。

「それに気づいた時、私は念威操者にならない自分を想像してみました。誰もが自分の将来を知らないのに、自分だけは小さな時からなるものが決まっている。そんな状況に耐えられなくなったんです。だから私は、ここ(ツェルニ)に来ました」

外の都市を見てみたいと言うフェリに、親が最大限の譲歩として行くことを許してくれた都市が、兄が生徒会長として在学しているツェルニだったと言う。
だが、フェリはそれでもよかった。念威繰者以外の道を探すため、ここで頑張ろうと決意する。

「両親は、私が6年間念威の訓練から離れたとしても、たいした問題にはならないと思ってくれたようです。その間に、私はもう1人の自分を、念威繰者になることのない、別の自分を見つけられるのではないか、そう思ってました」

だけどそれは出来なかった。カリアンにより武芸科に入れられ、念威操者としての道を歩まされる。
レイフォンとクラリーベルは、一切フェリの言葉に口を挟まずに聞いている。だからこそ理解できた。淡々とした声と言葉なのに、それには軋むような悲しみが込められている気がした。

「私は、兄を恨みます。私に念威操者の道しか示せない兄を恨みます。そして、念威操者にしかなれない自分が嫌いです」

絶大な才能を持つが故に、決まってしまった将来から逃げられない少女はそうつぶやいた。

「あの人達、眩しかったです……」

フェリの言葉に、レイフォンは無言で頷く。
理由は違えど、レイフォンもメイシェン達を眩しいと感じてしまったからだ。

「……今更ですが、私は何を言っているのでしょう?」

フェリがふと、そんなことを言う。夜の闇に目が慣れ、月明りで十分に彼女の表情を確認することが出来た。
感情を感じさせないフェリの表情だったが、その顔に僅かながら赤みが帯びている気がする。

「いけませんね、柄にもなくセンチメンタルになってしまいました」

照れくさそうに言う彼女が、妙に色っぽい。
レイフォンは思わず息を呑み、フェリの次の言葉を待った。

「気が緩んでしまうほどに居心地がいいんでしょうね、ここ(第十八小隊)が……訓練は強制されませんし、皆さん楽しそうですし」

第十八小隊の訓練は基本的に自由参加だ。訓練内容も殆どが自主練習であり、自分のやりたいようにやることが出来る。
それは、裏を返せば訓練に参加しなくともよく、訓練をサボってもよいと言うことだ。
その理由としては隊長であるレイフォンがあまり熱心ではなく、また、ナルキが都市警と小隊を掛け持ちするための配慮だが、それが念威繰者以外の道を探しているフェリからすれば居心地が良い理由なのだろう。
楽しそうと言うことに関してだが、第十八小隊にはナルキの付き添いで毎回ミィフィやメイシェンが訪れる。
差し入れを持って来てくれたり、訓練が終わればこうやって皆でご飯を食べたり、たわいのない会話。その全てが楽しそうで、友達付き合いの経験が皆無なフェリには羨ましく、眩しい光景だった。
だから、その輪の中に自分も入りたい、一緒に居たいと思い、自然と口が軽くなってしまったのかもしれない。

「ですので、これからもよろしくお願いします、隊長」

念威繰者として歩むのは嫌だ。だがここに居たいと、第十八小隊の面々と共に居たいと思う自分が居る。
矛盾するその気持ちに戸惑いつつも、フェリは自分の正直な気持ちを吐露していた。
その言葉に、レイフォンは無言で頷いた。











「で……これも凄く今更でしたが、お隣だったんですね」

「そうだったんですね……まったく気が付きませんでした」

あの会話を最後に無言のまま帰宅していたレイフォン達だが、何時まで経ってもレイフォン達は別れず、結局最後まで一緒に帰ってしまった。
それもそのはずだ。レイフォンとクラリーベル、そしてフェリが使用している寮は同じであり、それもお隣同士だったのだから。
流石は生徒会長の妹だと思いながら、レイフォンは未だに慣れない豪華な内装の寮を見渡す。
何度でも思うが、ここはやはり寮と言うよりマンションと言う呼称の方が相応しい。螺旋状の階段を上りきり、部屋の前で再びフェリと向かい合った。

「それでは、お休みなさい。また明日」

「はい」

短い別れの挨拶を交わし、フェリは扉を開けて部屋の中へと入っていく。
お隣なので微妙な気分になりながらも、レイフォンも扉を開け、クラリーベルと共に部屋の中に入った。

「レイフォン様」

「はい?」

電気を付け、ソファーに座ったところでクラリーベルに背後から声をかけられた。

「……え、ちょ、ええっ!?」

その直後に、レイフォンは後ろからクラリーベルに抱きしめられる。
一瞬、何が起こったのか理解できなかったレイフォンだが、背中に押し付けられる慎ましやかな存在に気が付き、レイフォンの顔は真っ赤に染まった。

「な、何をしているんですか!?」

「何度も言いましたよね?私は、レイフォン様のことが好きですって」

戸惑うレイフォンに向け、クラリーベルは拗ねたように言う。
そう言えば今日は彼女の様子がおかしかったことに気づくが、レイフォンはそれとこれとの関連性がまったく理解出来なかった。

「なのに私以外の女性を褒めたり、眺めたりされると面白くありません。私じゃ、駄目なんですか?」

「駄目って、なにがですか?」

「私に魅力はありませんか?私じゃ、レイフォン様に相応しくありませんか?」

クラリーベルの言葉を聞き、鈍感なレイフォンでも流石に理解する。これは焼餅を焼いているのだろう。
確かに好きな異性が、自分ではない別の異性を見ているのは面白くないかもしれない。
そう思うとクラリーベルのことが無性に可愛らしく思えてくるのだが、女性に対する免疫がほぼ皆無のレイフォンは背中にぐいぐいと押し付けられてくる感触に、顔を真っ赤にしたままうろたえていた。

「当たってます!当たってますから!!」

「当ててるんです。こうすると男の人は喜ぶって、先生が言ってました」

「またトロイアットさんの入れ知恵ですか!?クララは絶対に弟子入りする人を間違っています!」

レイフォンはグレンダンに帰ったら、絶対にトロイアットを殴ろうと決意する。だが、今はこの状況を何とかすることの方が先決だった。
打開策を必死に考えるレイフォンに向け、クラリーベルは耳に息が吹きかかるように言葉を紡いだ。

「レイフォン様、嬉しくないですか?」

「嬉しいとか、嬉しくない以前に……」

「そうなんですか……やっぱり、メイシェンのように大きい方が好きなんですね?」

「ぶっ!?」

クラリーベルの言葉に、レイフォンは思わず噴出してしまった。
これもトロイアットの影響なのかと思い、更に憎悪が膨れ上がる。

「いいんです、陛下にも不合格って言われましたし……武芸には胸なんて関係ありませんし……」

(何してるんですか陛下!?)

だが、違った。どうやら陛下(アルシェイラ)の影響らしい。
ここには居ないアルシェイラに無言で突っ込みつつ、どうやら本気で落ち込んでいるらしいクラリーベルに向け、レイフォンは精一杯のフォローを入れる。

「別に大きいのが好きってわけじゃ……それに、クララにはクララなりの魅力があると思いますよ」

「本当ですか!?」

その言葉にクラリーベルは嬉しそうな反応を示し、レイフォンを抱きしめる力が強くなった気がした。
現金なものだと思いながら、レイフォンは苦笑いを浮かべる。

「ええ、ですからそろそろ放してくれませんか?いい加減、恥ずかしいです」

「いいじゃないですか、2人っきりなんですから」

「それでも、です」

「むぅ~」

頬を膨らませてむくれるクラリーベルを引き離し、レイフォンはソファーから立ち上がった。

「お風呂沸かしますんで、先に入っちゃってください」

「一緒に入りません?」

「入りません!」

クラリーベルの言葉を一刀両断し、風呂を沸かすためにレイフォンは浴室へと向かった。
こうやって、この日の夜は更けていく。
第十八小隊の初陣、対抗試合はすぐそこ。






































あとがき
今回、本当は対抗試合の内容を書きたかったんですけど、今回はここまでです。
クララ一直線ですが、今回はなんだかフェリがヒロインぽかった気がしますw
それにしてもレイフォンはヘタレだと思うんですよ。フォンフォン一直線では媚薬盛ってたのに、ここのレイフォンは堅い……もう性的に喰っちゃえば色々と楽になると思うんですが、無駄に紳士なので話が進まない……
美少女と2人暮らしで、しかも好感度はMAX。これはやっちゃっても誰も文句は言わないと思うんですけどねw

予定より更新日が遅れてしまった件についてはすいません……
ゲームに嵌り、更新をおろそかにしてしまいました(汗
なんにしても、次回はいよいよ久しぶりにフォンフォン一直線の方を更新したいと思います。
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします。

ちなみに、次回のクララ一直線は皆さんお待ちかねの対抗試合。
原作では武芸長にもなったあの人が、レイフォンにクララと言う過剰戦力にどう振り回されるのか……お楽しみにw

PS それはそうと、兄とは仲が良く、大好きなんですが、本当に兄に惚れてしまいそうなイベントがありました(爆
今までネカフェとかで更新していたSSですが、なんと兄がネット環境の備わっているパソコンを購入。これで自宅からの更新が可能になりました!!
なんでもイーモバイルと言う奴らしく、面倒な接続とかしなくてもUSBメモリーみたいな奴を挿してるだけでネットにつなげるらしいです。便利ですねぇ。
ただ、メアドとかそういう機能がないらしいので、ウェブサイトの無料サービス?みたいなのを利用しろと店員さんに言われたそうです。それってどうやるんでしょうか?
なんにせよ、憧れのネット環境に狂喜乱舞している武芸者でしたw



[29266] 第5話 第十八小隊の初陣
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/08/11 09:08
「よぉ、ニーナ」

「シャーニッドか」

対抗試合当日。一般人からすれば武芸者同士の試合は閉鎖された都市の中では極上の娯楽であり、ここ、野戦グラウンドの観客席にはたくさんの人が集まっていた。
その中に、第十七小隊隊長のニーナ・アントークと、第十七小隊狙撃手のシャーニッド・エリプトンの姿があった。

「結局、新人も入んなかったし、フェリちゃんも抜けちまったから対抗試合に間に合わなかったな」

「……ああ」

シャーニッドの言葉に、ニーナは苦々しい表情で頷く。
本来なら、自分達がこの野戦グラウンドの中心に立つはずだった。自分の率いた小隊で対抗試合を勝ち進んでいくはずだった。
なのに、野戦グランドには自分達第十七小隊ではなく、第十八小隊が立っている。
隊長は1年生のレイフォン・アルセイフ。その他の隊員のクラリーベル・ロンスマイアとナルキ・ゲルニも1年生であり、第十七小隊を抜け、第十八小隊に加入した念威繰者のフェリが唯一の2年生だ。
下級生のみで構成された小隊とあってか、第十八小隊は上級生からの風当たりが強かった。その主な理由が妬み。上級生が1人もおらず、また1年生が隊長を務めていることから嫉妬の視線が強かった。
だが、それはエリート意識が高い武芸科だけの話であり、一般人からすればこれ以上面白い小隊はない。
全員下級生と言うだけでも話題性があり、その上華がある。フェリは非公式のファンクラブを持つほどに人気が高く、またクラリーベルにしても美人と言うより可愛らしい容姿のためか男受けが良い。ナルキは姉御肌のかっこいい系の美人であり、男受けよりもどちらかと言うと女受けの方が良かった。
そして第十八小隊唯一の男であるレイフォンも、どこに出しても恥ずかしくないほどの美形だ。
そのために一般人からは男女ともに高い人気を持っており、武芸科連中からは余計に嫉妬深い視線を向けられる破目になってしまった。
見た目に武芸の実力は関係ないと思っているニーナだが、彼女も第十八小隊の設立を面白く思っていない者の1人である。
自身の隊の念威繰者を引き抜かれてしまったため、当然と言えば当然の反応だった。

「だが、時間はまだあるんだ。対抗試合には間に合わなかったが、期日までには隊員を集めてみせる!」

第十七小隊は現在、仮認可中だ。期日までに人数を揃えられなければ認可は取り消しとなってしまうが、逆に期日までに隊員を揃えられれば存続は可能だと言うことだ。
その期日が、入学式から一ヵ月後。あまり余裕はないが、それでも時間はまだある。

「で、お前さんのお眼鏡にかなう新入生はいたのか?」

「それは……」

意気込むニーナだったが、シャーニッドの言葉に沈黙してしまう。
ただ、人数を揃えればいいというわけではない。小隊員に誰でもなれるというわけではないのだ。
選ばれたエリート集団、それが小隊員。もし仮に人数合わせで適当な武芸科生徒を充ててしまえば、小隊員(エリート)に簡単になれるという既成事実ができてしまう。
そうなればツェルニの武芸者達の士気に関わってしまうため、そのような選択はできない。
ならば実力に見合った隊員を補充すればいい話だが、第十八小隊ほどではなくとも、ニーナの率いる第十七小隊は上級生達からの受けが悪い。
小隊員になれるほどの実力を持つのは殆どが上級生であり、誰も下級生のニーナの下に就きたがらないというのが主な理由だ。
ならば1.2年生から小隊員を見繕うしかないわけだが、小隊員に成れるほどの実力者は既に他の隊に所属しており、目ぼしい者は殆どいなかった。
入学式の騒動でレイフォンに目を付けたニーナだが、彼は今、第十八小隊の隊長を務めているために却下。
ニーナを叩きのめしたクラリーベルの実力は十分だったが、彼女も第十八小隊に所属しているために当然却下だ。
まさにお手上げ状態であり、第十七小隊は存続の危機を迎えていた。

「一応身の振り方も考えとけよ。なに、第十七小隊がつぶれても、お前さんならどこの隊でもやっていけるさ」

「そんなことにはならん!」

シャーニッドは向きになって怒鳴るニーナに肩をすくめ、視線を野戦グランドにさ迷わせた。
そこでは準備を終えた第十八小隊と第五小隊が向かい合い、試合が始まろうとしている。
期待の新星、第十八小隊。ツェルニ最強、第一小隊に匹敵する第五小隊との対決。
第十八小隊の隊員であるクラリーベルは、第一小隊を1人で全滅させたと言う噂が立っている。だが、それはあくまで噂であり、下馬評としては第五小隊が有利とされていた。
噂には尾ひれが付くものであり、仮にクラリーベルの実力が抜きん出ていたとしても連携、チームワークの差で第五小隊が勝つだろうと言うのが大半の予想だ。
また、生徒会から殆ど黙認で行われている賭けでもこの予想が反映されており、第十八小隊のオッズは10倍と大穴扱いだった。
だけど彼等は知らない、第十八小隊のとんでもなさを。この隊はあまりにも強すぎ、たかがツェルニ最強程度では足元にも及ばないと言うことを。
それは試合が始まるまで、そして終わるまで、一部の者を除いて誰も予想することができなかった。




































『一体……誰がこのような展開を予想したでしょうか?』

野戦グランドは騒然とした雰囲気に包まれていた。司会者である少年の声が震え、未だに現状を理解できていないようでもある。

『あの第五小隊が……ツェルニ最強の第一小隊に匹敵する強豪が、新星第十八小隊の手によって全滅……強すぎる、強すぎるぞ第十八小隊!』

だが、これは当然の結果だった。一部のものが予想した、当たり前の出来事。
興奮する司会だったが、第十八小隊からすれば、特にクラリーベルからすれば拍子抜けもいいところだった。
天剣授受者であるサヴァリスの弟、ゴルネオ率いる第五小隊。もう少し楽しめると思ったのだが、あまりにも期待はずれすぎる結果に終わってしまった。

『試合時間、僅か10分……まさに圧倒的です。生徒会長が今年の武芸大会のためにスカウトしたエリート中のエリート集団、第十八小隊。これは武芸大会が楽しみになってきました!』

司会が熱くなる。鉱山の数が残りひとつとなったツェルニからすれば、第十八小隊はまさに新星、希望であり、注目されるのも当然だった。
観客席からも熱い声援が送られ、熱気に包まれる野戦グランド。その野戦グランド内の特別席で、生徒会長のカリアンと武芸長のヴァンゼはある会話を交わしていた。

「……圧倒的すぎるだろ」

「そうだね……まさか私も、ここまでバランスが崩壊するとは思わなかったよ。もはや笑うしかないね」

「笑い事じゃないだろ!」

驚愕しているようだが、いつもどおりの笑顔で暢気に笑うカリアンに向け、ヴァンゼは鋭い突込みを入れた。
学園都市の小隊は、切磋琢磨と言う理論を掲げているためにある程度の均衡が取られていた。ツェルニ最強は第一小隊ではあるが、下位との戦力はそこまで離れていない。
だが、それを容易に打ち崩す存在、第十八小隊。第一小隊に匹敵する第五小隊を10分で全滅させた彼等は、小隊の均衡を崩すバランスブレイクもいいところだった。

「まぁ、落ち着きたまえヴァンゼ君。確かに小隊の均衡が崩れ、対抗試合の意味を失ってしまうかもしれない。だけど、これほどの戦力が補強できたのなら武芸大会は安泰だと思わないかい?」

それなのにカリアンは笑い続ける。今更均衡など知らぬと言うように、余裕のある笑みを浮かべていた。
そもそも、このような結果など分かりきっていたことだ。クラリーベル個人だけで第一小隊を圧倒する力を持っている。それに加えて第十八小隊にはレイフォンもいるのだ。
間違いなく彼等、第十八小隊がツェルニ最強であり、第一小隊は最強の看板を撤回しなければならないだろう。
小隊の均衡が崩れるのは良くない。だが、その代わりにツェルニは、第一小隊を大きく上回る戦力を補強できたのだ。あまり贅沢を言っては罰が当たると言うものだ。

「ここは学園都市だ。学生達の成長を促し、見守るのは確かに大切なことだよ。けどね、それは都市が存続し続けなければ意味がない。ツェルニには既に後がないんだ。だから私は、ツェルニを救うためにはなんだってするよ」

「ぐっ……」

カリアンの言葉に、ヴァンゼは何も言い返せない。
都市を護るのが武芸者の役目であり、武芸者は社会的に保証を得る見返りとして汚染獣から、そして戦争から都市と市民達を護るのが役目である。
だが、ツェルニの武芸者達はそれを成しえなかった。前回の武芸大会では連敗し、ツェルニを崖っぷちにまで追い込んでしまった。
守護者たりえない武芸者など、社会にとって不要な存在だ。まさにゴミ以下である。
カリアンがそう思っているとは思えない。だが、現状の戦力で武芸大会に勝てるのか不安を持ち、戦力を補強すると言うのは当然だろう。
ツェルニの命運は、ある意味第十八小隊に懸かっていると言っても過言ではなかった。

「でも、まぁ……次回からは対抗試合では手加減して欲しいかな」

野戦グラウンドを眺め、カリアンはポツリとつぶやく。
眼下には、地形を止めないほどに破壊された野戦グラウンドの光景が広がっていた。
クラリーベルの使う化錬剄によって地面は焼け焦げ、抉れ、まるで汚染された大地のように荒れ果てていた。
グラウンドに埋められた樹木、人工的な林は罠などを仕掛けているのに適していたが、それはレイフォンが罠を破壊すると同時に全てを切断していた。
切断したのは鋼糸と呼ばれる武器だ。レイフォンの剣の剣身が幾多にも分裂し、糸のように伸びる。それらが樹木を伐採し、大量の切り株を作り出した。

「とりあえず、鋼糸と言う武器は封印してもらわないとね。あの武器では安全設定も意味を成さないだろうし、危険すぎる。それから野戦グラウンドの修繕費用なんだけど……」

被害状況を確認し、修繕にかかるであろう費用を予想し、カリアンは微笑を浮かべながら頭を抱えた。

「野戦グラウンドが使えないから、暫くの間対抗試合は中止だね。ヴァンゼ、認可のサインを頼むよ」

「ああ」

野戦グラウンドの担当員が、武芸科の試合が好きなのは小隊の間では有名な話だ。当然、カリアンもそのことを知っている。
彼等は常に試合を観戦し、試合の間に大体の計算をして、修繕計画を立ててしまう。今回の試合に関しても、既に修繕計画が立てられていることだろう。
カリアンは小さなため息を吐き、脳内で予算の見積もりを始めた。




































「私の歌を聴けぇ!」

そのころ、カリアンの気苦労など知らずに第十八小隊は、特にクラリーベルは騒いでいた。
第五小隊に勝利したことを祝う祝勝会。ミィフィ経由でとある飲食店を貸し切りにし、主にクラスメートなどを招いて盛大に祝っていた。
どこから持ってきたのかカラオケセットを使い、クラリーベルはミィフィと共にとても楽しそうに歌っていた。

「フェリ先輩はどうしたんだ?」

「こういう雰囲気は苦手だって、すぐに帰っちゃったよ」

ナルキの問いにジュースを飲んでいたレイフォンが答え、クラリーベルとミィフィの歌に聴き入っていた。
どちらも感心するほどに歌が上手かった。デュエットをしているのだが、クラリーベルとミィフィの息はまるで姉妹のようにぴったりだ。
ナルキの話ではミィフィはカラオケが趣味らしく、一度マイクを握ったらなかなか放さないようだ。だからだろう、プロと比べるのは酷かも知れないがかなりの歌唱力を持っていた。
そしてクラリーベル。彼女の甲高く、透き通るような歌声が店内に響く。まさに美声。歌唱力も高く、クラスメイトの男子の殆どがクラリーベルを見入っていた。
実際、クラリーベルは可愛かった。メイシェンと並び、凌駕するほどの美少女であり、男子からの人気は高い。その上小隊員だ。故に目立ち、注目を浴びるのも仕方のないことだった。
それに高い武芸の才を持っているクラリーベルだが、まさか歌に関してもこれほどの才能を持っているとは知らなかった。レイフォンは感心しながらジュースを飲み干す。

「それにしてもレイとん達は本当に強いな……第五小隊のルッケンス先輩もグレンダンの出身だって聞いたけど、まるで相手になってなかったぞ」

「ああ、うん……アレは見ててかわいそうだったよ。クララがまったく手加減しなかったから」

「いや、レイとんも大概だったぞ。第五小隊が本当に気の毒だった……」

ナルキの言葉に、レイフォンは引き攣った表情で頬を掻いた。
手も足も出ずに蹂躙される第五小隊。アレは到底対抗『試合』なんて呼べるものではなかった。
対抗試合は攻守を分け、フラッグを奪い合うことによって勝敗を決める。
攻撃側がフラッグを奪えば勝利であり、守備側が制限時間内フラッグを守り切るか、相手の指揮官(隊長)を討ち取れば勝利となる。
結果として第十八小隊はフラッグを奪えなかった。いや、奪わなかった。だけど第五小隊が敗北し、第十八小隊が勝利した。
実は攻撃側にはもうひとつ勝利条件があり、第十八小隊はそれを実行したに過ぎない。それは相手を、第五小隊の隊員を全滅させると言うことだ。
本来ならフラッグを奪った方が遥かに楽であり、制限時間もあることから滅多に取られない戦法だ。なのに第十八小隊はその戦法を、わざわざ相手を全滅させると言うめんどくさい方法で勝利をつかんだ。
理由は、戦闘をクラリーベルが楽しみたかったからだ。早々にフラッグだけを奪うなんてもったいない。サヴァリスの弟であるゴルネオがいるのだ。好戦的な彼女の性格なら勝負を挑みたいと思うのは当然のことだろう。
もっともそれは期待はずれに終わり、第五小隊はトラウマものの大敗を喫した。

「楽しんでますか?レイフォン様ぁ~」

「うわ、ちょっと!?何をしてるんですか!」

その憂さを晴らすように、クラリーベルは祝勝会を存分に楽しんでいる。
歌を歌い終わったクラリーベルは、ナルキと談笑をしていたレイフォンに後ろから抱きつく。
それに戸惑うレイフォンだったが、美少女に後ろから抱きつかれるなんてシチュエーションは男達からすれば羨ましすぎる状況だった。
祝勝会には大勢のクラスメート達が参加しており、レイフォンはクラリーベルに興味を抱いているクラスメートの男子達から殺気立った視線を向けられる。
その居心地の悪さに胃に痛みを感じつつ、レイフォンはクラリーベルを引き剥がそうとした。

「こんなところで抱きつかないでください!」

「あら、だったらこんなところじゃなかったら抱きついてもいいんですか?」

「そういうわけじゃありません!って、当たってる!また当たってるんですけど!!」

「だから当ててるんですよ、いい加減察してください。誘ってるんです、誘惑してるんです。どうですか?発情してきましたか?ムラムラしてきましたか?」

「だああっ!トロイアットさん殺す!!グレンダンに帰ったら絶対に殺してやる!」

だが引き剥がせず、レイフォンは顔を真っ赤に染めながら決意を固める。
ここにはいないトロイアットに殺意を抱き、レイフォンは悲鳴のような絶叫を上げた。
それでも背中に押し付けられる柔らかい感触に嫌悪感を覚えないのは、重度の鈍感でもレイフォンが男だと言う証しだろう。あまり大きくはないが、背中に当たるそれはとても柔らかく、そして心地よかった。

「あの、クララ……これでも僕、一応男なんですけど。あまり無防備だとそのうち痛い目に遭いますよ、本当に」

顔を赤くしたまま、レイフォンは精一杯の虚勢を張った。
今のところクラリーベルに手を出すつもりはないが、レイフォンだって年頃の男子だ。鈍くともそれ相応の性欲は持ち合わせているし、異性にも多少ながら興味がある。故に間違いが起こってしまう可能性も十分にあった。
また、クラリーベルは美少女であると同時に告白までされた間柄なので、嫌でも意識してしまうのだ。
だと言うのに無防備に迫ってくるクラリーベル。人目すら憚らずに、彼女は熱烈なアタックを仕掛けてくる。
これでは、そのうち本当に手を出してしまいそうだ。

「いいですよ、別に。むしろ存分に私を壊してください」

「ぶっ!?」

なのにクラリーベルは、あっけらかんととんでもないことを言い放った。
レイフォンの耳元に口を寄せ、その続きを囁く。

「前にも言いましたよね?私は、私を押し倒せる器量のある人が好みですって。もしそうなるのなら、むしろ願ったり叶ったりです」

ドクンと胸が高鳴る。早鐘の如く鼓動する心臓に戸惑いつつ、レイフォンは冷静になろうと深く呼吸をする。

「ですから欲望に正直になってください。存分に吐き出してください。全部、私が受け止めてみせますから」

だけど、それは意味を成さない。次から次へと湧き出てくる動揺。
今まで何度も命がけの戦場を乗り越えてきたが、それとは比べ物にならないほどの修羅場。
耳元にかかるクラリーベルの吐息が熱く、意識が正常に働かない。
ぎゅっとレイフォンを抱きしめるクラリーベルの力が強くなった。それに対し、レイフォンの鼓動は更に速くなる。

「それとも、私では不服ですか?私には私の魅力があると言ってくれたのは嘘なんですか?」

「いや、その……そんなことは……」

小動物のような瞳で見上げてくるクラリーベルの姿に、レイフォンは反則だと思った。可愛い、素直にそう思う。
だけど問われた言葉に、レイフォンはなんと返答すればいいのか分からなかった。
別にクラリーベルを不服とは思っていない。むしろ自分にはもったいないくらいに可愛いと思っているし、意識もしている。
前回、確かにクラリーベルにはクラリーベルの魅力があると言ったが、アレはあの場を誤魔化すために咄嗟に出た言葉だった。だけどクラリーベルに魅力がないと言うわけではなく、レイフォンは彼女に靡きかけているほどに魅了されている。
この少女を、自分のものにできるのだったらしたい。それは男として正常な判断だろう。
グレンダンでも上位の実力を持つクラリーベルだが、歳相応に美しい彼女の肢体を抱きしめたい。鮮やかな朱色をした柔らかそうな唇を貪りたい。欲望に忠実となり、クラリーベルの全てを手に入れたい。侵し、壊し、一色に染め上げたい。
男ならそう思ってもおかしくはない。何より、クラリーベル自身がそう望んでいる。侵されたがっている。壊されたがっている。一色に染め上げられたがっている。
だけど、レイフォンにはそれができなかった。理性が邪魔をする。溢れ出てくる僅かな欲望に強烈なブレーキがかかる。良く言えば草食系男子、悪く言えばヘタレ。

「えっと、その……」

レイフォンはなんと返答すればいいのか、必死になって言葉を探していた。

「はい、そこまでだ。いちゃいちゃするのは別にいいが、場所を考えような」

「え?……あ」

不意に聞こえてきたナルキの言葉でレイフォンは正気に戻る。ここは祝勝会を行っていた店内であり、周りには大勢のクラスメート達がいた。
つまり、今までのレイフォンとクラリーベルのやり取りはクラスメート達に存分に見られていたと言うことだ。
忠告をしたナルキの顔は赤く、反応に困っているようだった。

「レイフォンの野郎……殺す、殺してやる」

「モテは滅びろ、全滅しろ」

「くそ、くそっ……」

周囲からは殺気染みた男子生徒の視線が集まっていた。
その視線に晒されるレイフォンは強烈な胃痛に晒されつつ、未だに抱きついているクラリーベルの楽しそうな声をしっかりと聞いた。

「これで私とレイフォン様の関係は周知の事実ですね。レイフォン様はもてますから、これで無闇に手を出す人はいないでしょう」

確信犯のように言うクラリーベルに、レイフォンは先ほどの想いが引いていくのを感じた。
まさか計画的犯行で、先ほどの言葉は嘘なのだろうと思ってしまう。それを感じ取ったのか、クラリーベルはレイフォンに抱きついたまま、もう一度耳元で囁いた。

「言っておきますけど、さっきの言葉に偽りは一切ありません」

「……そうですか」

疲れたようにレイフォンは相槌を打った。クラスメート達には嫉妬や好奇の視線を向けられ、冷やかされ、またはからかわれる。
ミィフィは記事にしようと写真を撮り、レイフォンとクラリーベルに取材を求めていた。
興味本位でそれに対応するクラリーベルだったが、レイフォンは深いため息を付く。
まるでお祭りのような騒々しさであり、対抗試合以上の疲れを感じ虚脱感に襲われる。
だけどそれもまた、悪くないと思っていた。若くして天剣授受者となり、レイフォンは学校に通ったことなどなかった。それはクラリーベルも同じだろう。彼女の場合は王家であり、しかもかなりの才を持つ武芸者だ。
一般人と共に机を並べることはなく、同年代の少年少女とこのように楽しそうな会話を交わすことはなかったはずだ。
だからそんな光景を見て、レイフォンは思う。ツェルニに来てよかった、クラリーベルの楽しそうな笑顔を見れてよかったと。
今まで経験したことのない出来事。これから先もツェルニで、様々な出来事をクラリーベルと共に体験していくことになるのだろう。レイフォンはそう確信した。

「さて、今度はレイとんの番だよ!ナイスなコメント期待してるからね」

ミィフィが今度はレイフォンに発言を求める。レイフォンはどう答えるべきなのか迷いながら、今夜はまだまだ騒がしくなりそうだと確信する。
そのレイフォンの予想は、見事に的中した。そして変化は、すぐさま現れる。



「えっ?」

「ちょ、なにこれ!?」

「都震だ!」

店内が揺れる。視界がぶれ、テーブルの上に置かれたコップやボトルが倒れる。
都震。要は自律型移動都市(レギオス)独自の地震だ。地盤でも踏み抜いたか、谷にでも足を踏み外したのだろう。
移動する都市故の地震。そのことにパニックになる店内だったが、揺れは思ったより早く収まった。

「どうやら、怪我人は出なかったようですね」

クラリーベルがレイフォンの腕の中でつぶやく。揺れは激しかったが、店内にいるクラスメート達が怪我を負った様子はない。
コップやボトルだけではなく、テーブルや椅子、インテリアなども倒れているが、今の揺れで誰も負傷していないと言うのはある意味奇跡だった。

「そうですね……ひとまずは安心でしょうか?」

レイフォンも安堵したように息を吐く。揺れるのと同時に、レイフォンは咄嗟の判断でクラリーベルを庇うように抱きしめた。
激しくとも大した揺れではなかったので大事には至らなかったが、グレンダンでの経験からかレイフォンの感覚に嫌な予感が走る。
それはクラリーベルも同じなようで、レイフォンの腕の中にいると言うのに何時ものような態度は見せず、引き締まった表情で何かを考えていた。
そしてレイフォンの予感が、クラリーベルの予感が現実となる。

悲鳴のようなサイレンが鳴り響く。空気を切り裂くように喧しい音だ。
その音が何を意味するのか、ここにいる者達の殆どが理解できなかった。ただ2人、レイフォンとクラリーベルを除いて。
汚染獣。腹を空かせた人類の敵が、ツェルニに迫っていた。



































あとがき
クララ一直線、更新です!
そしてまずはごめんなさい。皆さんご期待の第五小隊戦ですが、描写をカットしました。
いや、だって、いじめにしかなんないですもん。ゴルネオとシャンテ程度じゃレイフォンとクラリーベルにどう抗っても勝てないどころか、善戦すらできるわけがありません。
学生の実力からすれば反則過ぎるんですよこの2人。ゴルネオ、トラウマになってないだろうかと少しだけ心配です。

そしてレイフォンは、本当にヘタレなんだと思う。なかなかにレイフォンとクラリーベルの間が進展しないので、作者自身である自分がイライラしてきました。
なんでだ?フォンフォン一直線ではあんなに欲望(フェリ)に忠実なレイフォンなのに、なんでここではこんな感じなんだ!?
本当に自分の作品なんだろうかと時々疑問を持ってしまいました。

そして、フォンフォン一直線の元となった作品、漫画版レギオス、通称フェリ同人。
アレの最新巻を購入したのですが、もう展開がですね……原作よりぶっ飛んだないようには驚愕しましたが、フェリへの愛を感じるので自分は好きです。
そしてカバー裏にあるおまけ漫画も好き。フリーシーかわいいよw
そういえば、フォンフォン一直線の最初の方にもフリーシー出てるんですけど、最近出てないですね。果たして彼の再登場はあるのか!?
カリアンに関してはもはや腹黒なんて展開ではありませんね。どうしたああなってしまったんでしょう、会長……モロに悪人だ。
そしてニーナなんですけど、ネ……漫画版は漫画版で『えぇ……』ってな内容なんですよ。正直、殺意湧くほどでした。もう隊長なんてやめちまえと本気で思う始末。いや、漫画版のレギオスだと隊長云々以前の問題ですが。

なんにせよ、フェリ同人は次の巻で最終巻だとか。今まで読み続けてきた自分としては寂しいですね。
ですが始まりがあれば必然的に終わりもあるので、それは仕方のないことだと思います。永遠なんてものはないんですよ。もしそれがあると言うのなら、俺はそれを狂信するでしょうね。
さて、そんなわけで次回が1巻編のラスト、クライマックスの汚染獣戦です。レイフォンとクラリーベルの無双、始まりますよ~!
そして当初予定していたクララ一直線のラストでもあります。いや、そもそもフォンフォン一直線を連載している身ですし、クララ一直線は書くなら1巻終了時までと考えていたので。
なんにせよ、ここまで付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございます。次回も更新頑張りますので、応援よろしくお願いします。



[29266] 第6話 汚染獣
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/08/11 09:16
「状況は?」

カリアンを筆頭とした生徒会役員幹部、そして武芸科を取り仕切る武芸長のヴァンゼが会議室に集まり、真剣な表情で論議を交わしていた。
その内容は現在、ツェルニに起こっている異変についてだ。

「ツェルニは陥没した地面に足の三割を取られて、身動きが不可能な状態です」

「脱出は?」

「ええ……通常時ならば独力での脱出は可能ですが、現在は……その、取り付かれていますので」

都市が身動きの出来ないこの状況。それを狙ったかのように取り付くもの、汚染獣。
絶望的な状況の中、カリアンはヴァンゼに視線を向ける。

「生徒の避難は?」

「都市警を中心にシェルターへの誘導を行っているが、混乱している」

「仕方ないでしょう。実戦の経験者など、殆どいない」

学園都市なんて言うが、この都市は学生故に未熟者の集まりなのだ。武芸者とは言え汚染獣との戦闘を経験したことがある者はほとんど存在しない。
そもそも汚染獣との遭遇は非常に稀であり、しかもツェルニには備えがない。このパニックも当然のことだった。

「全武芸科生徒の錬金鋼の安全装置の解除を。各小隊の隊員をすぐに集めてきてください。彼らには中心になってもらわねば」

カリアンの指示に、武芸長のヴァンゼは頷く。頷くが……やや青ざめた表情で、カリアンに問いかけた。

「できると思うか?」

「できなければ死ぬだけです」

その言葉に、カリアンは冷たく言い放つ。だけど、覆しようの無い真実。

「ツェルニで生きる私達全員が、全ての人の……いや、自分自身の未来のために、自らの立場に沿った行動を取ってください」

カリアンの冷たく迫力のある言葉に、その場にいる全員が黙って頷いた。




































「いましたか?」

「いませんねぇ。一体、どこにいるんでしょう?」

レイフォンとクラリーベルは夜の街並みを疾走し、ある人物を探していた。その人物とは第十八小隊隊員のフェリ・ロスだ。
汚染獣の襲撃という危機。そのために小隊員が招集されることになったが、念威繰者である彼女が姿を現さない。
そのために現在、レイフォンとクラリーベルはフェリを捜し回っていた。

「フェリさんが念威繰者としての道に疑問を持ってるのはわかりますが、今回は状況が状況ですからね」

「そうですね。犠牲者も出さずに、1匹残らず汚染獣を殲滅するならフェリ先輩の協力が不可欠です」

汚染獣を倒すだけなら、レイフォンとクラリーベルだけで十分だった。
特にレイフォンはクラリーベル(王家)の護衛と言うことで天剣の持ち出しを許可されており、そのために老生体だって倒す自信がある。だが、今回の状況は目の前の汚染獣をただ倒せばいいというわけではない。
襲ってきたのは汚染獣は幼生体。数は多いが、汚染獣としては最も弱い部類に入る雑魚だ。
天剣授受者、リンテンスによって鋼糸の技を教わったレイフォンなら、例え万の数がいようと容易に殲滅できる相手だ。ならそうすればいいと思うが、そういうわけにはいかない理由がある。相手が幼生体と言うことは近くに母体、雌性体の汚染獣がいるということだ。その母体である汚染獣が非常に厄介である。
出産のために瀕死となった母体に危険はないが、子供である幼生体の汚染獣を全て殺すと母体が救援を呼ぶのだ。天剣授受者であり、老生体すら屠る自信のあるレイフォンだが、避けれる戦いは避けたかった。
そのためにフェリの協力が必要だった。幼生体を1匹残らず殲滅し、母体を発見するために念威繰者としてのフェリの探査能力が必要なのだ。
レイフォンは跳躍し、高い建物の上に立つ。内力系活剄で視力を強化し、辺りを見渡した。
すると闇に染まる街並みでも目立つ、1人の少女を発見した。白銀の髪、雪のように白い肌をした美少女。捜し人であるフェリ・ロスだ。

「見つけました」

地上にいたクラリーベルに一言告げ、レイフォンはフェリの元へ向かう。
武芸者の跳躍で一飛びの場所にフェリはおり、レイフォンはフェリの前に着地した。僅かに遅れてクラリーベルも到着する。

「隊長とクララですか。どうしたんですか……って、聞くだけ野暮な話ですね」

緊急事態だというのにフェリは慌てず、何も感じていないような無表情でベンチに腰掛けていた。
だが、彼女が何を考え、何を想っているのかはありありと伺えた。それは嫌悪。レイフォン達が自分の前に現れた理由を理解し、内心では明らかな拒絶を感じている。

「私に……念威を使えって言うんですね?」

だからだろう、フェリの言葉はどこか刺々しかった。

「さっき、兄にも言われました。緊急事態だから念威を使えって……何故ですか?何故、私に念威を使わせようとするんですか?」

第十八小隊のことを居心地が良いと思った。第十七小隊のように訓練を強制されることはない。だが、それでも念威を使うことが嫌だった。
念威繰者としての道を歩むのが嫌だ。緊急事態とはいえ、その念威の才能を利用されるのが嫌だ。我侭を言い、子供のように駄々をこねている場合ではないということはわかっている。
だが、それでもフェリは念威を使うことを戸惑ってしまう。

「私はこんな才能なんていらなかった……誰かが欲しいのならあげたいくらいです。そんなものを私に使わせたいんですか?」

「でも、使わないと誰かが死にます。正直、幼生体は何千体、何万体来ようとどうとでもなる相手です。倒すだけなら、殲滅するだけなら簡単なんです。ですが数が多すぎます。僕とクララじゃ念威のサポートがなければ手が足りないほどに。被害を出さずに汚染獣を殲滅するには、どうしてもフェリ先輩の協力が必要なんです」

「……私だって、我侭言えない状況なことくらいはわかっています。それでも、利用されるのは嫌なんです。どうしても嫌なんです」

フェリは頑なに拒み続け、決して首を縦に振ろうとはしなかった。
そんな彼女に向け、レイフォンは深々と頭を下げる。天剣授受者と呼ばれ、圧倒的な実力を持つレイフォンだったが、フェリを動かすためにできることはそれだけだった。

「誰も死なせたくないんです。この都市で知り合ったみんなを、メイシェンやナルキ、ミィフィ達を危険な目に遭わせたくないんです。護りたいんです。だから……力を貸してください」

独自の夢を持ち、学園都市を訪れた少女達。彼女達と接し、仲良くなったことでレイフォンには護りたいと言う気持ちが芽生えていた。
彼女達の輝かしい未来を、こんなところで潰えさせたりはしたくなかった。
素直に護りたいと思う。天剣授受者だから、武芸者だからと言う理由を抜きにして、レイフォンはこの都市でできた大切な人達を護りたかった。

「絶対に護ってみせます。この都市を、メイシェン達を、そしてフェリ先輩も護ってみせます。だから……」

それには当然フェリも含まれる。仲良くなった者達、大切な空間、居場所。第十八小隊と言う存在。
生徒会長、カリアンの陰謀によって結成された第十八小隊。当初は嫌々と隊長を務めていたレイフォンだが、それが今ではかけがえのない存在になっている気がする。
エリートなんて名詞は要らない。ただ、友人達と他愛のない話ができる場所を手に入れられたことで十分だった。
クラリーベルの暴走に振り回されながらも、共に腕を磨いていく。
ナルキの愚痴を聞き、それに相槌を打ちながら苦笑を浮かべる
先輩であるフェリとの接し方に戸惑いながらも、それでも少しずつ仲良くなっていく。
騒動を持ち込むミィフィに呆れながらも、それを楽しいとすら思っていた。
メイシェンは訓練後、毎日のようにお菓子の差し入れをしてくれた。
その日常が大切だった。そんな毎日を失いたくなかった。だから護りたい。汚染獣を退け、変わらぬ日々を過ごしたかった。

「お願いします」

「……あなたはどうしようもないお人好しです」

頭を下げたままのレイフォンに、フェリは呆れたように言う。
ため息の音が聞こえ、そして次にそれとは異なる音が聞こえた。フェリの錬金鋼が起動される音だ。
それを聞き、レイフォンは顔を上げる。

「私は何をすればいいんですか?」

淡々と問いかけてくるフェリに、レイフォンはもう一度頭を下げた。
フェリは恥ずかしそうにそっぽを向き、頬を赤く染めていた。














「まさか、天剣授受者であるレイフォン様が頭を下げるとは思いませんでした」

「軽蔑しましたか?」

「いいえ、むしろ惚れ直してしまいそうな勢いです」

フェリと別れたレイフォンとクラリーベルは、ある場所を目指して再び疾走していた。
並みの武芸者では到底追いつけない速度で走っているというのに、レイフォンとクラリーベルには談笑する余裕すらあった。

「天剣授受者の方々は我が強いと言いますか、プライドが高い方が多いので、少し意外だとは思いましたけど」

「まぁ、それは確かに……」

確かに一部の者を除き、他の天剣授受者だったらレイフォンのように頭を下げてお願いをするなんてことはできなかっただろう。
安っぽいプライドや地位に興味を持たないレイフォンだからこその選択と言える。

「ですが、現状では最善の手だったと思います」

「そうですね」

『無駄話をしている暇があったらもっと急いでください。既に兄に話を通して、必要なものは準備させています』

何より優秀な念威繰者、フェリの協力を取り付けることができた。この場に彼女の姿がなくとも、レイフォン達の周囲をあるものが飛び回っている。念威繰者の扱う探査子だ。これによって周囲の情報を解析し、または通信機として使うことができる。
今回もそのような使い方、通信機として扱われており、レイフォン達にはフェリの声が届けられた。

「すいません、急ぎます」

『早くしてください。前線では既に戦闘が始まっています』

フェリに急かされ、レイフォンとクラリーベルは更に速度を上げる。
向かうのはこの都市の長、カリアンの待つ生徒会棟。その正面入り口では、フェリによって連絡を受けていたナルキが待ち受けていた。

「レイとん!クララ!」

「遅くなってごめん」

まずは謝罪。フェリを捜していたとはいえ、隊長である自分が隊員を待たせてしまった。フェリの話では既に戦闘が始まっており、小隊が中心となって戦っていると言う話だ。明らかに出遅れてしまっている。
だが、ナルキはそのことについてはまったく怒っていなかった。いや、むしろそんな余裕などないというのが正しい。
ナルキは震えていた。恐怖に表情を歪ませ、心細そうにレイフォンに問いかけてくる。そんな彼女からは、いつものように姉御肌的な気質を感じ取ることはできなかった。

「……あたし達、大丈夫なのか?本当にこの都市を護れるのか?」

汚染獣という脅威。ナルキはそれと、小隊員という立場で戦わなくてはならない。
人類の共通の敵である汚染獣。今までに戦った経験はないが、その名を聞くだけで身の毛がよだつほどに恐ろしい。
それなのに自分は、小隊員として戦えるのか?
それ以前に武芸者として都市民を、親友達を護れるのか?
ナルキは不安を感じていた。

「メイやミィを死なせたくない……戦わなくちゃいけないと言う事はわかっている……だけど、怖いんだ……体の震えが止まらない……なぁ、レイと……」

「大丈夫」

彼女は辛そうに心境を吐露していく。だが、それ以上は言わせない。聞きたくなかったし、何よりそんなことを言う必要はなかった。
レイフォンは微笑み、ナルキに言い聞かせるように言う。

「メイシェンやミィフィを絶対に死なせたりはしない。もちろん、ナルキだって。僕が護ってみせる。クララやフェリ先輩と一緒に。だから大丈夫」

「レイ、とん……」

優しく、どこまでも力強い言葉。その言葉を向けられ、ナルキは僅かに安堵の表情を浮かべていた。しかし、同時に孤独感を感じてしまう。
レイフォンとクラリーベル、そしてフェリ。この3人はナルキを除いた第十八小隊のメンバーだ。それはつまり、第十八小隊の隊員であるナルキは戦力として数えられていないと言うことだ。
レイフォンとクラリーベルの実力がずば抜けていることは知っていた。同じ隊で、共に訓練してきたナルキだからこそ嫌と言うほどに理解している。まさに次元が違うのだ。
そしてフェリ。彼女の念威がどれほどのものなのかは知らないが、ナルキの遥か高みにいるレイフォンとクラリーベルがこうも太鼓判を押すのだ。普通であるはずがない。
1人だけ戦力になれないうことに疎外感を覚え、無力な自分に腹が立つ。悔しさのあまり、ナルキは奥歯を噛み締めた。
だが、それを決して表に出すことはなく、ナルキは別の感情で悔しさを塗り潰し、レイフォンに懇願した。

「頼む……メイ達を護ってくれ」

「もちろん」

レイフォンは頷く。しかし、彼にはナルキの心の奥底を、彼女の悔しさに気づくことはできなかった。









ほとんどの者が初めて経験する汚染獣戦。相手は最弱の存在、幼生体だったがそれでも未熟者の武芸者達にとっては強敵だった。
単身ではそれほどの脅威はない。あの巨体と硬い甲殻は厄介だが、それでも何とか打破することができた。
問題なのは数だ。数百、または千を越える汚染獣の大群。今までにそれなりの数の汚染獣を倒したはずだが、数が減っているようにはまったく見えない。
次第に数に押され、津波のように迫ってくる汚染獣の脅威。その脅威に心折られ、絶望する学生武芸者達。己の無力さを知り、都市を護る力すらないことに憤怒する。だが、どれだけ無力さを知ろうと、憤怒しようと、彼らにできることは何もなかった。
彼らでは都市を護れない。彼らでは人を護ることができない。誰もが諦めていた、絶望していた。この都市は滅ぶだろうと悟り、護れなかったことに後悔の念を抱く。
だが、この都市にはいるのだ。都市を護れる者が、圧倒的な実力を持つ武芸者が、あの槍殻都市グレンダンで最強の一角となった少年と、同都市で上位の実力を持つ少女。その2人が、優秀な念威繰者のサポートを受けて戦場に立つ。

「は……?」

誰かが間の抜けたような声を上げた。軍隊のように進軍してくる汚染獣を襲った異変。その光景が信じられず、思わず声が上がっていた。
数多もの汚染獣が足を止め、その場を動かなくなる。一体何が起こったのだろうと理解する暇もなく、汚染獣が倒されていく。
汚染獣の体がズレ、斜めに崩れ落ちていく。不可視の刃らしきものが汚染獣を切り裂き、粉砕していく。
飛び散る汚染獣の体液と臓物。その光景に顔を顰める学生武芸者達だったが、それよりも、今まで自分達が苦戦していた相手がこうもあっさりと倒されていく光景の方が気になった。

「一体、誰が……」

既に汚染獣の群れの一角が狩り尽くされ、一部分だけ空白地帯が生まれる。まるでそれを待っていたかのように、周囲を飛び回る念威端子から声が響いた。

『これより、汚染獣駆逐の最終作戦に入ります。全武芸科生徒の諸君、私の合図と共に防衛柵の後方に退避』

声はこの都市の長、生徒会長カリアンのものだった。
そしてこの合図は、絶望的だった戦局が一変し、汚染獣との戦闘が終結する合図でもあった。












「さすがだね、レイフォン君。私では無理だったのだけど、まさか君がフェリを説得するとは」

「その話は後で。今は汚染獣を殲滅します」

レイフォンの姿は生徒会棟の天辺にあった。この都市で一番高く、ツェルニの都市旗が高々と掲げられている場所。そこで念異端子越しでの会話を打ち切り、レイフォンは錬金鋼の操作に集中する。
レイフォンの振るう武器、それは天剣。王家の護衛を務めることで例外的に持ち出すのを許されたグレンダン最高の錬金鋼。
レイフォンの天剣はその名の通り剣の形状をしていたが、今は先の部分が、剣身がなかった。
いや、実際にはある。ただ、それがあまりにも細すぎて見えないだけだ。

鋼糸。それがレイフォンの使っている武器の名前。
剄の設定を二つ作り、状況によって使い分けるのがレイフォンの戦闘スタイルだ。鋼糸とはレイフォンのそのスタイルのひとつであり、剣身となる部分を幾多にも分裂させ、細く、長い、糸のような形状へと変化する。
それらを操り、都市の中心から隅々にいる汚染獣を切り裂いていたのだ。レイフォンの技量、そして優秀な念威繰者であるフェリのサポートがあってこその芸当。
レイフォンは都市の中心にいながら、実際に自分の目で見えているかのように汚染獣を殲滅していく。汚染獣は急速に数を減らしていた。

「フェリ先輩、クララの方はどうですか?」

『……え、あ、ああ、すいません。少しボーっとしてました』

「それは構いませんので、クララはどうしていますか?」

片手間で汚染獣を駆逐しつつ、レイフォンはフェリに問いかけた。
問われたフェリはレイフォンの巻き起こす衝撃的な光景に唖然としていたが、すぐに我に返ってレイフォンの問いに答えた。

『母体の居場所は既にわかっています。クラリーベル・ロンスマイアは予定通り、母体の元へと向かっています。この様子だと到着まで後3分、何の問題もありません』

「そうですか。なら、幼生体は全て倒してしまっても構いませんね」

フェリの言葉に頷き、レイフォンの鋼糸が更に舞い踊る。殺戮を生み出す脅威の乱舞。
汚染獣の数は既に三桁を切り、二桁となっていた。
99,87,72……驚異的スピードで汚染獣は数を減らし、ついには二桁をも切る。こうなってしまえば、後は時間の問題だった。

「うまくやってくださいよ、クララ……」

心配するだけ無駄だとは思った。だが、それでもレイフォンは彼女の身を案じてしまう。
今は戦闘中だとその思考を飛散させると共に、最後の汚染獣がレイフォンの鋼糸によって散っていった。









「どうにかなりませんか?この装備」

『我慢してください』

「う~……」

クラリーベルはフェリの念威端子に先行され、母体の元へと向かっていた。
その身には都市外装備を纏っているが、クラリーベルはどうにもこれが不満らしい。

「通気性が最悪ですね。それに動きにくいです。ああ、グレンダンのものが懐かしい……」

『文句を垂れてないで早く母体の元へ向かってください。レイフォンは既に幼生体を全滅させました』

「さすがですね、レイフォン様は」

フェリの報告に憂鬱だった気持ちが少しだけ軽くなり、クラリーベルは足を速める。
母体は幼生体が全滅してから30分ほどで増援を呼ぶのだ。それまでに倒してしまう自信はあるが、急ぐに越したことはない。

『そこを曲がれば、すぐです』

既に母体の近くに来ていたようだ。クラリーベルはフェリの指示に従って横穴に入り、ついに見つけた。
千を越える幼生体を生み出した汚染獣、母体の姿を。体の三分の二を構成している腹は裂け、円錐のような胴体には殻に守られていない翅が生えている。
幼生に比べればはるかに大きな頭部と複眼が特徴だった。

「レストレーション」

クラリーベルは錬金鋼を復元させ、汚染獣へと歩み寄った。

「生きたいと思う気持ちは一緒でしょうね。死にたくないという気持ちも一緒かもしれません。でも、人間と言うものは贅沢で、それだけでは満足できないんですよ」

汚染獣が人語を理解するとは思えないが、クラリーベルは独り言のように語り掛けた。
それはほんの戯れ。気まぐれとも言う。クラリーベルは意味のないことを汚染獣に言い聞かせるようにポツリポツリとつぶやいていった。

「私はこの都市が気に入っているんです。だからそれを踏み躙られるのが嫌なんです」

汚染された大地に適応し、生きる汚染獣達。本来ならこの世界の王者は、彼等なのだろう。その昔、人間が頂点に立ち、世界そのものの主として振る舞っていたかのように。だが、そんなものなどクラリーベルは知らない、関係がない。自分は自分の生きたいように生き、やりたいようにやる。ただそれだけだ。

「そんなわけなので詫びるつもりはありません。許して欲しいとも言いません。別に恨んでくれても構いません」

更に一歩歩み寄る。クラリーベルの錬金鋼、胡蝶炎翅剣が紅く輝き、地下の暗闇を照らす。
振り上げられたそれは、次の彼女の言葉と共に振り下ろされる。

「さようなら」

鈴の音のように響く美しい声。それと同時に、汚染獣の断末魔が地下に響き渡った。




































「ご苦労様です、クララ」

「はい、お疲れ様です、レイフォン様」

一仕事を終え、レイフォンとクララは互いに互いを労い合う。
今頃学生達は、何故汚染獣が全滅したのか疑問に思っていることだろう。
だが、同時に歓喜しているはずだ。生き残れたことに喜びを感じている者が多数いた。その騒ぎが、レイフォン達にも聞こえてくる。

「それにしても、たかだか幼生体の襲撃でこの騒ぎとは、ツェルニはこんなにもレベルが低いんですね」

「それは違いますよ。ここは学園都市です。きっと、これが普通なんですよ」

「そういうものですかね?」

グレンダンとのレベルの違いを改めて実感し、クラリーベルは小さなため息をついた。
ツェルニのことを気に入ってはいるが、やはりこの都市で満足の行く戦いをすることは難しいようだ。
ツェルニのことは気に入っているが、そのことが非常に残念だった。

「うぅ、それよりも蒸し暑かったです……ツェルニの都市外装備は着心地が最悪ですね。汗ばんでいるのでお風呂に入りたいです」

「入ればいいじゃないですか」

「冷たいですね。そこは一緒に入るとか、背中を流すとか言って欲しかったです」

「1人で入ってください」

健全な男子なら泣いて喜びそうなことを突っぱね、レイフォンは大きなため息をつく。
クラリーベルに振り回される騒々しい学園生活は、まだまだ続きそうだった。




































あとがき
はい、これで一応クララ一直線の完結です。フォンフォン一直線、ありえないIFの物語と合わせて1巻のラスト部分を書くのは3度目ですが、どうにも難しい。
戦闘中心になりますし、基本無双ですので。いっそのこと母体に救援を呼ばせ、VS老生体戦も考えてみましたが、この回で終わらせたかったのでそこはカットしました。
一番不満なのは今回、クララの積極性をあまり出せなかったところですね。汚染獣戦が中心だったのと、フェリの協力が必要不可欠だったのでその場面のイベントを入れたのが原因かもしれません。
ぐだぐだですが、なんにせよこれでクララ一直線を完結できます。本編の片手間やオリジナルの合間に書いてたので、まさかここまでやっていけるとは思いませんでした。応援していただいた皆様方には本当に感謝です。
今後ともSSの執筆は続けていきたいと思ってますので、変わらずに応援していただけると嬉しいです。



[29266] 第7話 波乱の後に……
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/05/22 07:10
「んっ……む……」

アラームの電子音による目覚め。レイフォンは呻き声を上げ、未だにはっきりとしない意識を覚醒させていく。
朝の布団の心地よさは強敵だ。その未練を断ち切ることができなければ寝過ごしてしまうほどに。
未練を断ち切り、起き上がろうとしたレイフォンは気づく。それは頭部に感じる違和感。

「んむっ……え?」

起き上がろうとしたところで、頭部が固定されていることに気づく。続いて顔面を包み込むような柔らかい感触。
それは布団や安眠枕とは比べ物にならないほど心地よく、心なしか良い匂いがした。

「って、ええええええええ!?」

それがなんなのか、理解した瞬間にレイフォンは飛び起きる。レイフォンの頭部を固定していたもの、少女の腕を振り払い、素っ頓狂な声を上げた。包み込むような柔らかい感触の正体は彼女の胸だった。
完全に眠気は吹き飛んでしまい、一気に意識が覚醒する。

「む~……うるさいです、レイフォン様……」

「あ、すいません……じゃなくて!」

レイフォンの頭部を固定していた人物、クラリーベルは重たい瞼を擦りながら抗議する。
それに素直に謝ってしまうレイフォンだったが、すぐさま我に返って逆に抗議した。

「これは僕のベットですよね?なんでクララがいるんですか?」

「昨日は肌寒かったので、つい……それに、1人で眠るのは寂しいじゃないですか」

レイフォンが寝ていたのは先日、新たに購入した自分のベットだ。
この部屋には王家が用意した備え付けの家具が置かれており、当然ベットもあったのだが、置かれていたのはダブルベットひとつだけだった。
年頃の男女が一緒に寝るのは流石にまずいと思ったレイフォンは、そんなわけで新たにベットを購入する。幸い部屋はあまっていたので置き場所に困ることもなく、これで安心して眠れると思っていたのだが、その矢先にこの騒動である。
レイフォンは呆れたようにため息をつく。

「何度も言ってますけど、僕も男ですからね。本当にそのうち痛い目を見ますよ」

「レイフォン様は口ばかりで、そんなことは絶対にしないじゃないですか。そのうち、そのうちと言いますけど、それは一体何時ですか?」

「……………」

「もっとも、私からすれば大歓迎なんですけどね」

既に何度も行われた問答。それでもまったく進展しないこの関係を見るに、レイフォンがよっぽどのヘタレなのだと理解できる。
そのことを当に理解しているクラリーベルは、今日も今日とてそんなレイフォンを落とそうと積極的に行動していた。

「まさか女性に興味がないとは言いませんよね?なにせ、朝からそんなに元気なんですから」

「ちょ、どこを見ているんですか!?これは男だったら当然の生理現象で……」

その言動からからかっているようにも見えるが、彼女は何時だって真面目だ。
レイフォンに詰め寄り、妖艶な笑みを浮かべる。寝起きのためにクラリーベルは寝巻き姿であり、それがはだけていたのでかなり色っぽい。
思わず息を呑んだレイフォンは、顔を真っ赤にしながら視線を逸らした。

「レイフォン様」

「……………」

クラリーベルが更に近づいてくる。のしかかるようにレイフォンを押さえつけ、退路を奪う。
レイフォンの顔を手で固定し、無理やりこちらを向かせた。

「あ、あう、あうあ……」

レイフォンは真っ赤な顔のまま口をパクパクさせる。そんな彼の反応などお構いなしに、クラリーベルは顔をレイフォンに近づけた。
接近する唇と唇。もう少しで接触するというところで、限界を迎えたレイフォンは奇声を上げる。

「うわあああああああああああっ!」

「きゃっ!?」

クラリーベルを突き飛ばすように振り払い、すぐさま起き上がって距離を取る。
冷や汗をダラダラ流しながら、この状況を誤魔化すために口を開いた。

「お腹空きましたね、お腹空きましたよね?もう朝なので朝ごはんの支度をしないと!」

そう言ってレイフォンの姿はキッチンへと消えていき、部屋に取り残されたクラリーベルは頬を膨らませて悪態をつく。

「……レイフォン様の馬鹿」

進展しない関係。そのことを不満に思いつつ、クラリーベルは小さなため息を吐いた。










「と言うわけなんですよ、どう思います?ミィちゃん」

「ヘタレだね、その一言に尽きるよ」

「ですよねぇ……」

「あの、そういう話は僕のいないところでやってくれますか?」

場所は移り変わり教室。
朝食を終え、その後登校。朝のホームルーム前の教室で、クラリーベルはミィフィに今朝あった出来事を包み隠さず報告していた。レイフォンが側にいるのに構わずだ。
自分の失態を間近で暴露され、ヘタレ呼ばわりされたレイフォンは机の上で頭を抱えて蹲った。

「そもそもレイとんはさ、なにが不満なの?クララ可愛いじゃん。そんな子に毎日アタックされてんだから受け入れてもいいんじゃない?それともなに、他に好きな子でもいるの?」

「いや、いないけど、いないけどさ……」

「はっきりしませんね。もっと自分に正直になってください、レイフォン様」

「あなたの場合は自分に正直すぎだと思うんですけど?」

大きなため息を吐いて、レイフォンはクラリーベルに突っ込みを入れる。
その様子を見て、ナルキが苦笑しつつ話題を変えた。

「そういえば、そろそろ対抗試合が再開するらしいな。やっと野戦グラウンドの修復が終わったとか」

「そうなんだ。今度は壊さないように気をつけないと……」

先日の試合で盛大に破壊されてしまった野戦グラウンド。
その原因はレイフォンとクラリーベルの2人にあり、次の試合はからは手加減し、野戦グラウンドを破壊しないようにとお達しを受けていた。

「次の試合はどこの隊かな?」

「はいはい、そういうことならミィちゃんにお任せ!ちゃんと情報を仕入れてるよ」

レイフォンの疑問に、週刊ルックンの記者であるミィフィが挙手して答える。
対抗試合、小隊関連の情報は学生達の注目の的であるため、そのことに関しての情報収集に余念はない。

「次のレイとん達の相手は第十四小隊。シン・カイハーンって人が隊長ね。技術が高く、対抗試合じゃ上位に入ること間違いなしと予想されてる強敵だね。なんでも点破って剄技を得意としているとか。第十七小隊隊長のニーナ・アントークは元第十四小隊出身だから、なにかと気をかけてるみたい」

「凄いね……」

よく調べてあるとレイフォンは感心し、ミィフィの収集力を素直に褒める。
更にはルックンの伝手で先日の第十四小隊のビデオを入手しようかと申し出てくれたミィフィだが、それは丁重に断った。
先入観が邪魔をするため、レイフォンは試合前にあまり敵の情報を知りたがらない。次の対戦相手を知っただけで十分であり、後はなるようになると思っているだけだ。

「試合に備えて気を引き締めないとな。レイとん、あたしに訓練を付けてくれないか?」

「別にいいけど……思ってたよりやる気だね、ナッキ」

「まぁ、な……先日のこともあるし、都市警になるにしても武芸者は実力がものを言うからな」

「うん、わかった」

気になるのはナルキの積極性。当初は小隊入りに乗り気ではなかった彼女だが、最近では積極的に訓練に参加するようになっていた。
彼女の言うとおり先日、汚染獣戦で何か思うところがあったのだろう。武芸者なら鍛錬を積むのも納得のいく話だ。

「おんやぁ、なんかナッキからラブ臭(しゅう)がする~」

「なにを言ってるんだお前は!?」

だが、それだけではない気がする。少なくともミィフィはそう感じ取った。

「ナッキ、まさかそうなの?私としては応援するけど、クララは強敵だよ」

「だからそんなんじゃない!どうしてそうなるんだ!?」

「もう、隠さなくってもいいのに」

ニヤニヤとした笑みを浮かべるミィフィと、何故か向きになっているナルキ。
レイフォンにはどういうことなのか、まったく理解できない。

「ナッキ、負けませんからね」

「クララ、お前もか……だから違うと言っている。それに、あたしが勝てるわけないだろ」

クラリーベルとナルキの会話の意図すら理解できずに、レイフォンは首をかしげることしかできなかった。







































またも場所が移り変わり、今度は放課後の生徒会室。

「えっと、その、あの……またクララが何かしたんですか?」

レイフォンは冷や汗をダラダラと掻き、この部屋の主である生徒会長、カリアンと対面していた。

「心配しなくてもいい、今回の件はまったくの別件だよ」

「そうですか……」

爽やかな笑顔を浮かべているカリアンに、レイフォンは心の底から安堵した。
生徒会長に呼ばれ、どんなお咎めを受けるかと思っていただけに一安心する。
だが、落ち着いてばかりもいられない。何を考えているのかわからない腹黒生徒会長。彼が呼び出したのだから、絶対に何か裏があるはずだ。

「それで今回の件なんだが、レイフォン君の隊、第十八小隊には1人、新たな隊員を加入して欲しくってね」

「え……?」

案の定そうだった。眼鏡の裏に思惑を隠し、カリアンは簡潔に用件を伝える。

「加入して欲しい人物の名はシャーニッド・エリプトン。元第十七小隊所属の4年生だ。彼のポジションは狙撃手で、ツェルニでも屈指の腕前を持っているよ。ちょうどレイフォン君の隊に狙撃手はいなかったから、悪い話じゃないだろう?」

「いいんですか?自分で言うのもなんですけど、今の第十八小隊はかなりの過剰戦力ですよ」

「だからと言って、有能な戦力を遊ばせておくほどツェルニに余裕はないんだよ。それに小隊のバランスなんて前回のことで見事に崩れ去ってしまったから、こうなったらいっそのこと開き直ってしまおうと思ってね」

「そう、なんですか……あ、それともうひとついいですか?」

「なんだい?」

「元第十七小隊と言うことですけど、元って……?」

「ああ、そのことか」

レイフォンの問いかけに意味深めな笑みを浮かべ、カリアンは答えた。

「実は第十七小隊は小隊としての歴史は新しく、人数もそろっていないから仮認可中だったんだ。期日までに小隊員を集めることができたら正式に認可すると言うことだったんだけど、未だに小隊員を補充する目処が立っていないようでね。そんなわけで現在、第十七小隊は取り潰しということで話が進んでいるんだよ」

「それで、有能な戦力であるシャーニッドと言う先輩を僕達、第十八小隊に入れればいいんですね?それは別にいいんですけど……何で人数すらそろっていない小隊に仮認可を出したんですか?」

「そこは大人の事情と言う奴だよ、レイフォン君」

「はぁ……」

その事情がなんなのか、考えたくもなかった。
レイフォンには相手の思惑や思考を読むよりも、やはり戦っている方が性に合っている。

「さて、実はシャーニッド君には近くの部屋で控えてもらっていてね。今呼ぶから待っててもらえるかな?」

そう言ってカリアンは内線を取り出し、一言二言何かしゃべっていた。
それから少しすると生徒会室の扉が開き、生徒会の役員らしき人物が1人の軽そうな青年を連れてきた。おそらく彼がシャーニッドなのだろう。

「よう、お前がレイフォンか?それとも隊長と呼ぶべきかな?話はカリアンの旦那に聞いてるだろ。俺が第十七小隊のスター、シャーニッドだ」

得意げに自画自賛をするシャーニッドからトロイアットと同じような臭いを感じるレイフォンだったが、穴の開いた避妊具を渡したりしないだけマシだろうと自己完結する。
とりあえず名乗られたので、こちらも自己紹介をすることにした。

「第十八小隊のレイフォン・アルセイフです。一応隊長と言う役職に就いていますが、学年はシャーニッド先輩が上なので好きに呼んでください」

「そうか、ならレイフォンだな。これからよろしく頼む」

「よろしくおねがいします」

自己紹介を終えた2人に向かい、カリアンが締めの言葉を投げかける。

「なにも問題はないようだね。では、これからシャーニッド君は第十八小隊の隊員だ。君達には期待しているよ」

陰謀犇めくカリアンの微笑みが新たな小隊員の加入を祝福する。
その笑みに、背中に薄ら寒いものを感じるレイフォンだった。




































第十八小隊に新たな隊員の加入。別に少数精鋭を気取るつもりはないし、拒む理由がないのでシャーニッドの加入は他の隊員達にも恙無く受け入れられた。
シャーニッドは自分のことをスターと言っていたが、それは事実でファンクラブもあるらしい。軽そうな印象を受けるが顔は良く、女性による人気が高い。
故にミィフィはシャーニッドの加入が大スクープだと騒ぎ、取材を申し出ていた。
クラリーベルやナルキはそこまで騒がなかったが、シャーニッドの加入を認めてはいるようだ。
フェリは拒みこそしなかったものの、元第十七小隊出身同士としてシャーニッドの性格を知っており、シャーニッドの軽い性格を知っているためかあまり良い顔をしていなかった。
それでも別に嫌っているわけではなく、実力も理解しているので反対はしなかった。
こうして第十八小隊に新たな仲間が加わり、着々と前に進もうとしていた。

次の試合、第十四小隊戦へ向けての訓練も行い、ナルキの自主トレにも付き合い、レイフォンは重たい足を引きずって寮へと帰還する。
クラリーベルは訓練が終わると同時に一足先に帰ってしまい、護衛対象としてどうなのだろうかと思わなくもないが、この学園都市に彼女をどうこうすることができる人物はおらず、それに今更と言う理由で特に気にはしていなかった。
だからレイフォンは油断した。朝の件も含めて肉体的にも、精神的にも疲れた体を引きずり、玄関の扉を開ける。
そこは寮と言うよりもマンションと言う方が正しく、豪華絢爛な内装をしていた。
またキッチンやトイレ、風呂なども個別に完備されており、暮らしにはなにも不自由しない。そう、風呂が、浴室が完備されているのだ。
そしてクラリーベルはレイフォンより先に帰宅しており、そんな彼女がなにをしていたかと言うと……

「レイフォン様、今戻られたんですか?」

「うわあああああああっ!?」

「なにをそんなに驚いているんです?」

シャワーを浴びていた。
だが、別にそれだけならば良い。なにも問題はない。問題なのはクラリーベルの姿、格好である。
彼女はシャワーを浴び終えたばかりで、その身にはバスタオル1枚しか纏っていなかった。
濡れた髪が色っぽく、惜しげもなく晒された肌は白くてとても綺麗だった。
だけど、それをじっくりと眺める余裕なんてレイフォンにあるはずもなく、顔を真っ赤に赤面させてあたふたすることしかできなかった。

「ふ、ふく……服を着てください!そもそもそんな格好で部屋の中を歩き回らないでください!!」

「ああ、着替えを用意していませんでしたので、ついこの格好で……ですが、レイフォン様しかいませんからなにも問題は……」

「あります!問題があります!僕がいますから、男ですから!!」

「ですからなにも問題はないんですよ。将来的には夫婦になるんですから、こんな格好の一つや二つくらい見られてもなにも問題はありません」

「嘘、僕の将来が決まってる!?しかも逆玉!わ~い、やったー……なわけないでしょう!!」

「見事なノリ突っ込みですね」

取り乱すレイフォンと、くすくすと笑いを浮かべるクラリーベル。
この関係は、暫くは変わりそうになかった。




































あとがき
前回は終わり方が似たり寄ったりでしたので、リベンジを兼ねてこれが正式の最終回、クララ一直線です!
幼生体戦のその後、レイフォンにアタックするクララと羨ましいと思えるレイフォン、それを目指して書きました。
そのはずなのになぜかナルキにフラグが立ち気味?クララ一直線ですが、もし続けるならフェリにもフラグは立てたいなと思っていたのですが、何だその展開、羨ましすぎるだろw
やっぱり一回、レイフォンは爆発するかもげたらいいと思いました。
今回は最終回なのでおまけをひとつ。IFですが要望がありましたので、陥落するレイフォン。
上記の続きです。短いですがどうぞ。







「あ……」

それは事故だった。誰がなんと言おうと事故だった。
クラリーベルを纏った1枚のバスタオル。それがずり落ちてしまい、彼女の一糸纏わぬ姿が晒された。

「……………」

白さではフェリには劣るが、それでも十分に白く、綺麗な肌。小さくとも形が良く、張りのある胸。
予想外の出来事に何時もの余裕のありそうな態度は消え失せ、クラリーベルは顔を真っ赤にして戸惑っていた。
ごくりと喉が鳴る。今まで何度もクラリーベルの誘惑に耐えてきたレイフォンだが、この出来事を境に大事な何かがぶつりと千切れたような音が聞こえた。

「えっ、あ、その、えっと……」

クラリーベルはこんなつもりではなかった。
確かに煮え切らないレイフォンに耐えかね、熱烈なアピールや誘惑を何度もしてきた。体を許す覚悟だってあったし、そうなることを望んでいた。
なのに予想外の出来事に困惑し、動揺を隠すことができない。今更ながらに裸を見られたことによる羞恥心が湧き上がり、クラリーベルからは悲鳴が上がろうとしていた。

「きゃ……う……」

だが、悲鳴を上げられない、上げることができなかった。
クラリーベルが悲鳴を上げるよりも早く彼女の体は拘束され、口をふさがれてしまったからだ。
誰に?そんなもの、考えるまでもない。この部屋には彼女の他にレイフォンしかいないのだから。

「ん、んむっ、んん!?」

体を押さえつけられ、強引に唇を塞がれる。塞いでいるのはレイフォンの唇であり、それが自分のファーストキスだと曖昧に理解する。
いきなりの出来事に驚き、強引に唇をふさがれたために少し息苦しかったが、柔らかい唇の感触にクラリーベルの瞳はとろけきっていた。
レイフォンの唇が離れ、それを少しだけ残念に思う。それでもクラリーベルの体は押さえつけられたままであり、これから先のことを想像して胸が高鳴った。

「クララが悪いんですよ。僕は何度も言いましたからね、そのうち痛い目を見るって。もう……歯止めが利きません」

「うわぁ、うわぁ……むしろこの展開をどれほど待ち望んでいたか……ええ、レイフォン様、遠慮は要りません。私を存分に壊してください」

緊張によりガチガチとなった表情で宣言するレイフォンと、戸惑いつつも嬉しそうに受け入れるクラリーベル。
レイフォンの理性は完全に決壊し、そのまま勢いに任せてクラリーベルに襲い掛かった。



















あとがき2
短いですがおまけでした。
陥落と言うか、もはや暴走ですねw
でも、仕方がないと思う。レイフォンはむしろ良く耐えた方だと思います。まぁ、なんだかんだで彼も男の子だったんですよw
もっともこれはおまけ、IFの話なんで本当にレイフォンがクララを食べたわけではないのですが。
なんにせよこれで完了、終了です。クララ一直線を今まで応援してくださり、本当にありがとうございました。



[29266] 第8話 セカンド
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/08/11 22:19
「完敗だ……手も足も出なかった」

「いえ、いい試合でしたよ」

「後輩にそんなことを言われると、先輩としての面子が立たないだろうが」

「ははは……」

対抗試合、第二戦目。第十八小隊と第十四小隊の試合。危なげない試合運びで第十八小隊が第十四小隊を圧倒し、見事に勝利をつかんだ。
レイフォンは地べたに座り込んだ第十四小隊隊長のシン・カイハーンと握手を交わし、互いの労をねぎらい合う。

「悔しいが、お前達みたいな後輩が出てきてくれることはツェルニにとってはプラスだ。これからの活躍に期待しているぞ」

「はい」

シンは部下の肩を借り、ふらふらの足取りでレイフォンに背を向けて去って行った。
それを黙って見送るレイフォンだったが、不意に肩にのしかかってきた重みに表情を歪める。

「レイフォン様、勝ちましたね! 私の活躍見てくださいましたか!?」

「クララ……重いです」

「む~、女性に対してその発言はどうかと思うんですが」

重みの正体はクラリーベル・ロンスマイア。レイフォンに抱きつくようにのしかかっているため、重くはなくとも動きにくかった。邪魔であり、正直うっとうしい。
けれども決して邪険には扱わず、レイフォンは苦笑を浮かべてながら優しくクラリーベルを引き剥がす。

「ええ、見てましたよ。相手の狙撃手を仕留めたのは見事でした」

「ですよね、ですよね。レイフォン様も流石でしたよ。相手の小隊長を一騎打ちで撃破! やっぱりレイフォン様は最高です」

互いに互いを褒め合うが、この二人にとって対抗試合などお遊戯に等しかった。武芸科のエリートである小隊員が必死で戦ったところで、この二人の実力には遠く及ばない。
二人がその気になれば都市を、それも学園都市を制圧することは造作もないことだろう。もっとも、そんなことはやらないが。ただ、それほどまでに二人の実力が突出しているということだ。
あまりにも強すぎる力を持つレイフォンとクラリーベル。手の届かないはるか高みの存在。それに当てられ、劣等感を抱く一人の少女がいた。

(相変わらず凄いな、レイとんとクララは)

その人物とはナルキ・ゲルニ。元は小隊に所属するつもりのなかった彼女だが、数合わせということで無理やり第十八小隊に入れられてしまった。
一年生の中ではずば抜けた実力を持ち、活剄に目を見張るものがあるものの、小隊員としてやっていくには少々実力不足だろう。もっともまだ一年生なので、これからの伸び代に期待することはできるが。それでも、即戦力というには実力不足が否めなかった。
ナルキは好きで小隊に入った訳ではない。レイフォンとクラリーベルの知り合いだったという理由で第十八小隊に入れられた。とはいえ訓練は強制されず、基本的には自由参加。ただ試合に出ればよいだけ。所詮は『数合わせ』だった。
都市警察への就労を目的としていたため、その点に関しては感謝していた。仕事の妨げにならないし、なにより都市警察に所属する際に小隊所属という肩書きはとても有利なものだった。大した試験や面接も受けず、ほぼ即決。自覚がないままに都市警察の一員となった。

(遠いな……)

まさに万々歳。良いこと尽くめなのだろう。だが、ナルキにだって意地がある。プライドがあり、対抗心があった。自分が第十八小隊のお荷物だというのはごめんだった。
小隊に所属しているのは本位ではない。だが、ナルキ・ゲルニはそれでも列記とした第十八小隊の一員だ。友人達の足を引っ張りたくないという気持ちもある。
今回の試合、勝ちはしたもののナルキが活躍する場面はなかった。クラリーベルは狙撃手を倒し、レイフォンは敵の隊長を討った。シャーニッドはツェルニ屈指の狙撃手なだけに見事な立ち回りを演じ、今回の勝利に貢献している。フェリは念威繰者だから除外するが、ナルキはなにもできなかったのだ。それが悔しい。

(レイとん達の足は引っ張りたくない)

だから証明するのだ。自分は第十八小隊の足手まといではないと。
そして認めて欲しかった。周囲に、なによりレイフォンとクラリーベルに。ナルキ・ゲルニの実力をしかとその目に焼き付けて欲しかった。


†††


「ところで、これ……なんです?」

「確認だ。天剣とやらを対抗試合で使うわけにはいかないんだろ? お前の錬金鋼の調整と、それにちょっとした実験だ」

「はぁ……」

放課後の錬武館にて、レイフォンはキリクの言葉に曖昧に頷く。
ここは第十八小隊に割り当てられた訓練室だ。現在はレイフォンとキリクの他にはクラリーベルがいた。

「よし、剄を送れ」

「はい」

車椅子に座っていながらも器用に作業を進めるキリクに感心しながら、レイフォンは錬金鋼、剣に剄を送る。
この剣にはケーブルやコードなどが付いており、キリクの目の前にある計器につながっていた。

「剄の収束が馬鹿げている。ふん、それだけに遣り甲斐がある。おい、白金錬金鋼の方を試してみるか? あっちの方が伝導率は上だからな」

「そうなんですか?」

不機嫌そうな顔だが、どこか楽しそうに言うキリクにレイフォンは尋ねる。

「錬金鋼のことくらいちゃんと把握しておけ。これも白金錬金鋼なんだろう」

キリクは呆れたように、整備していた天剣を指して言った。
十二本しか存在しないグレンダンの秘宝である錬金鋼。王家の娘であるクラリーベルの護衛のために特別に持ち出しを許可されたものだ。

「まさかこんな錬金鋼が存在するとはな。脅威の伝導率と白金錬金鋼とは思えない強度。しかも紅玉錬金鋼の要素を、いや、全ての錬金鋼の良いとこ取りをしているような性能。本当に白金錬金鋼なのか?」

「さあ? 僕は技術者じゃありませんし」

最高峰の性能を誇る錬金鋼に、技術者であるキリクの興味は尽きない。問われたレイフォンだが、その疑問に対する答えは持ち合わせていなかった。
その代わりにクラリーベルはふふんと鼻を鳴らし、まるで自分のことのように誇らしげに言う。

「天剣とはそういうものなんですよ」

「これがあと十一本もあるのか。槍殻都市グレンダン……狂った都市と呼ばれているが、一度行ってみたいな」

そうつぶやき、作業を続行するキリク。計器をいじり、最終確認をする。

「終了だ。もういいぞ」

レイフォンはその言葉と共に剄を止めた。だが、錬金鋼はそのままだ。復元した状態のまま、構えを取る。
剄をあれだけ流すと、どうしても動きたくなってしまう。熱った体を静めるように、ただ無心に、上段から剣を振り下ろす。剣に残っていた剄が、青石錬金鋼の色を周囲に散らし、掻き消えていく。振る動作から体の調子を確認し、調整。納得する動きへと持っていく。そして、次第に集中していく。今まで細かいところを、それこそ神経の1本1本まで気にしていたが、それが気にならなくなった。まるで、自分がただ剣を振る機械にでもなったかのような感覚。自分が完全に虚になったような感覚の中、意識の白さに無自覚になると、大気には色がついたような気がした。その色を、斬る。剣先が形のない大気に傷をつける。それを何度も繰り返した。だが、大気は傷つけられてもすぐにその空隙を埋めてしまう。それでもレイフォンは、大気を斬り続ける。そしていつの間にかそれが追いつかず、空気中に真空のような存在が出来た気がした。これはすぐには修復しない。徐々に、ゆっくりと戻っていった。それを確認すると、レイフォンは剣を止めて息を吐いた。既に体の熱りは十分に治まっていた。

「はは、たいしたもんだ」

パチパチと、あまり熱心ではない拍手が響く。シャーニッドだ。いつの間にか彼が出入り口付近に立っていた。

「斬られたこともわかんないままに、死んでしまいそうだな」

「いや、さすがにそこまでは……」

「そこまでのものですよ。最初は剣を振ったあとに風が動いてましたが、最後の一振り、あれは本当に見事でした。風の流れがピタッと止まりましたよ。空間を切るとは、流石です、レイフォン様」

シャーニッドの言葉に謙遜するレイフォンだが、クラリーベルの褒め言葉に気恥ずかしさを感じてしまう。
無邪気な笑みで、純粋にレイフォンを絶賛する彼女の表情はとても眩しかった。それを真っ直ぐ向けられ、今度はレイフォンの表情が変化した。赤みを帯び、照れくさそうにこめかみを掻く。心臓が早鐘のごとく鼓動を打っていた。シャーニッドからはニヤニヤした視線が向けられる。

「いい雰囲気じゃねえか」

「そうか? それはそうと、頼まれているものならできてるぞ」

「お前さん、もっちと空気を読むか、話に便乗してもいいんじゃねえか?」

「ふん」

キリクに話を振るシャーニッドだったが、彼からはそっけない返答が返ってくる。

「これかい?」

シャーニッドにキリクが渡したのは二本の錬金鋼。それは復元前で、炭素棒のような形をしていた。放出系と呼ばれる、外力系衝剄が得意なシャーニッドだ。彼が使う錬金鋼となると……

「シャーニッドさん、それって銃ですか?」

錬金鋼を見たクラリーベルが、興味深そうに顔を覗かせてくる。

「その通り。第十八小隊は好調だが、何事にも保険は大事だからな。これからは狙撃だけってわけにもいかないだろうしな」

説明しながら、シャーニッドは錬金鋼を復元させる。その形状を見てレイフォンがつぶやいた。

「ごついですね」

普段、シャーニッドの使う軽金錬金鋼の銃とは違い、撃つよりも打つことに重点を置いた作り。銃だが鈍器のようにぶっとく、強度に定評のある黒鋼錬金鋼で作られていた。

「注文どおり黒鋼錬金鋼製だ。わかってると思うが、剄の伝導率が悪いから射程は落ちるぞ」

「かまわね。これで狙撃する気なんてまるきりないしな。周囲10メルの敵に外れさえしなければ問題ない」

キリクの言葉を軽く流し、シャーニッドは手になじませるように銃爪に指をかけ、くるくると回す。

「銃衝術ですか?」

「へぇ……さすがはグレンダン。よく知ってんな」

なんとなく尋ねたレイフォンの言葉に、シャーニッドが口笛を吹いて返す。

「銃衝術?」

首を捻るキリクに、レイフォンは説明をする。要は銃を使った格闘術だ。銃は遠距離なら便利なものだが、剣やナイフを使った近接ならば不利になる。それを克服するための技が銃衝術ということだ。

「シャーニッドさんは銃衝術が使えるんですか? 私は達人を一人存じてますが、大変難しいと聞きますし」

「ま、こんなの使うのは格好つけたがりの馬鹿か、相当な達人のどっちかだろうけどな……ちなみに俺は馬鹿の方だけどな」

クラリーベルの問いにそう答えて、シャーニッドはニヤリと笑う。クラリーベルもにやりと笑い返した。そう言う人物ほど実力を隠しているものだ。シャーニッドはツェルニ屈指の狙撃手であり、クラリーベルも前々から目を付けていた。
これは是非とも試してみたいと、クラリーベルの悪い癖が出てきた。

「シャーニッドさん、私と手合わせしませんか?」

「俺に死ねってのか?」

「大袈裟ですねぇ」

「絶対にやだね」

シャーニッドに手合わせを申し出るクラリーベルだったが、即答で断られてしまった。
無理もないだろう。クラリーベルの武勇伝は既に都市中に広まっており、しかもシャーニッドは第十七小隊に所属していたのだ。それは無残にも敗北したニーナの姿を目撃していることを意味し、クラリーベルの恐ろしさは誰よりも理解しているつもりだった。
勢いで第一小隊を壊滅させる少女を、誰も好き好んで相手にしたくはないだろう。

「ちぇっ……」

「見た目は可愛いんだけどな」

「それには同意します。見た目だけはいいんですけどね……」

唇を尖らせて拗ねるクラリーベルを見て、シャーニッドとレイフォンは共通の認識を抱いた。

「さて、それじゃあそろそろ訓練を始めましょうか」

「おう。だからって手合わせは勘弁だけどな」

おそらくはこれで全員だろう。フェリはほとんど訓練には参加しないし、ナルキには都市警察の仕事がある。シャーニッドは遅刻をすることはあっても、なんだかんだで毎回訓練には参加していた。
キリクの実験も終わったので、そろそろ訓練を始めようとレイフォンが宣言したところで、訓練室の扉が慌しく開く。

「すまない、遅くなった」

入ってきたのはナルキだった。彼女の登場にレイフォンは軽く驚く。

「ナッキ? 都市警の方はいいの」

「ああ、そっちの方はなにも問題ない。今追ってる事件はまだ調査段階だし、上司にたまには小隊の訓練に顔を出せとも言われてるからな」

「そう」

ナルキの話ではなにも問題はないらしい。それにレイフォンは頷き、今度こそ訓練を始める。
やるのは徹底した基礎訓練。第十八小隊の戦績は好調だが、隊員のほとんどが新人である。そして寄せ集めの集団だ。故に連携に課題が残るし、どれほど良い素材を持っていても基礎ができていないと宝の持ち腐れとなる。
レイフォンが養父であるデルクに教わった基礎訓練を導入し、フェリを除く第十八小隊の面々は清々しい汗を流した。


†††


「それでレイフォン君。その写真を見て、どう思うかな?」

訓練も終わり、時間帯は夜。夕食の用意をしようと買い物を済ませ、寮に戻ったところでお隣のカリアンに声をかけられた。
生徒会長であり、フェリの兄である彼曰く、夕食を一緒にしないかとのことだった。生徒会長直々の誘いを断ることもできず、クラリーベルも乗り気だったことからレイフォンはその誘いに乗った。
カリアンとレイフォン、クラリーベル。それにフェリを加えた四人で近場のレストランへ行き、食事を終えるとカリアンは一枚の写真を差し出してきた。レストランとはいっても料亭のような個室が用意されており、この話が外部に漏れる心配はないだろう。

「ご懸念の通りではないかと」

レイフォンはカリアンにとって、最悪の事実をあっさりと告げた。
この写真は前回の汚染獣戦の時に教訓を得て、都市外の警戒をするために飛ばした無人探査機が送ってきた写真だった。
大気中に広がる汚染物質の所為で画質は最悪で、全てがぼやけていた。ハッキリ写っているものはなにもない。そんな写真でも、レイフォンはそれを見て異常を察する。

「なんですか、これは?」

写真を理解できないフェリが問いかけてくる。それに答えたのはクラリーベルだった。
とても楽しそうな、歪んだ笑みを浮かべて彼女は言う。

「汚染獣ですよ。それも、この間のものとは比べ物にならないくらい強力な個体です」

フェリの目が驚愕で見開かれる。クラリーベルの言葉に流石のカリアンも頬が引き攣っていた。
ツェルニの武芸者はレイフォンとクラリーベルを除き、幼生体の襲撃に手も足もでなかったのだ。それよりもさらに強力な個体だと言われ、絶望の底に叩き落されたような気分だった。

「おそらくは雄性体でしょう。何期の雄性体かはわかりませんけど、この山と比較する分には一期や二期というわけではなさそうだ」

レイフォンが説明をする。汚染獣には生まれ付いての雌雄の別はなく、母体から生まれた幼生はまず、一度目の脱皮で雄性となり、汚染物質を吸収しながらそれ以外の餌……人間を求めて地上を飛び回る。その脱皮の数を一期、二期と数え、脱皮するほどに汚染獣は強力なものへとなっていくのだ。その上で繁殖期を向かえた雄性体は次の脱皮で雌性体へと変わり、腹に卵を抱えて地下へと潜り、孵化まで眠り続ける。前回の汚染獣戦は、その雌性体を刺激したために起こってしまった。

「あいにくと、私の生まれた都市も汚染獣との交戦記録は長い間なかった。だから、強さを感覚的に理解していないのだけど、どうなのかな?」

「一期や二期ならそれほど恐れることはないと思いますよ。被害を恐れないのであれば、ですけどね」

「ふむ……」

汚染獣には遭遇すること自体が稀だ。グレンダンは例外中の例外だが、通常の都市では数年に一度遭遇するかしないかだ。中には何十年も汚染獣に遭遇しない平和な都市もあるとか。
だが、それはこれからも襲われないというわけではない。これからも平和が約束されるというわけではない。それは前回の汚染獣戦で痛感し、今回の写真の件でも実感した。汚染獣と遭遇すれば被害は免れず、それでも恐れることではない相手と言い切るレイフォンに僅かな安堵を浮かべた。流石はグレンダンの誇る武芸者、天剣授受者と言うべきか。
だが、続けられた言葉にカリアンの安堵は容易に吹き飛ぶ。

「それにほとんどの汚染獣は、三期から五期の間に繁殖期を迎えます。本当に怖いのは、繁殖することを放棄した老性体です。これは歳を経るごとに強くなっていく」

「倒したことがあるのかい? その、老性体というものを?」

「3人がかりで。あの時は死ぬかと思いましたね」

レイフォンクラスの武芸者が三人いなければ倒せない相手、老生体の汚染獣。そんな化け物とは遭遇したくないとカリアンは切実に願った。隣ではフェリもなんともいえない表情を浮かべている。

「ベヘモトですね。あの時はレイフォン様の他にサヴァリス様とリンテンス様が出撃なされたとか。その戦い、間近で見たかったです」

「都市に汚染獣が迫っているというのに、あなたの反応は相変わらずですね」

そんな二人をものともしないクラリーベルの発言に、レイフォンはため息を吐いた。グレンダンは狂った都市だが、それと同程度に狂っているのではないかと思わせるクラリーベル。
グレンダンの都市民はグレンダンを世界一安全な都市だと思っている。それはグレンダンにはレイフォンが抜けても十一人の天剣授受者が存在し、それを束ねる絶対無敵の存在、女王陛下がいるからだ。だが、ここはグレンダンではない。学園都市ツェルニであり、天剣授受者はレイフォン一人しか存在しないのだ。

「それで、この件に関してはどう対応するのかな? 私にできることならどんなことだってしよう。戦力はどれほど調えればいい?」

「いえ、その必要はありません」

レイフォンはカリアンの申し出を短く切り捨てる。確かに汚染獣戦は命懸けだ。レイフォンも死を覚悟したことは一度や二度ではない。
それでも自信を持ち、他者からすれば狂っているのではないかということを堂々と宣言した。

「僕一人で十分です」

天剣授受者。それはグレンダンの王から天剣を授けられ、老生体二期以降と一対一で戦い、打破する常軌を逸した武芸者だった。

























あとがき
クララ一直線セカンドです!
いや、オリジナル書いてた気晴らしに……というかもう無理! 夏の締め切りに間に合わね……。
夏はバイト先の飲食店が書き入れ時で仕事が大変なんですよ。毎日くたくたでオリジナル書く時間が取れない。諦めたら試合終了といいますが、これはもう諦めるしかないだろうってな現状……
俺の夏はどうやらここまでのようです(汗

クララ一直線と言いつつ、今回はナルキにスポットが当たっているような……ニーナポジションに彼女がいます。

それはそうと、前にGmailを収得しようとして失敗して諦めていたんですけど、兄がメアドを収得してくれました。それでにじファンの方にも登録。ピクシブも利用できるようになり万々歳です。俺のやり方が悪かったんですねw
これでニコ動とかも見れるようになったのかな? そうなると心躍りますw

にじファンの方もどうかよろしくお願いします。それでは、武芸者でした。



[29266] 第9話 都市警
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/09/30 13:50
「やあ、君達が新生第十八小隊のダブルエースか。噂はかねがね聞いている。今日の授業でも大暴れだったそうじゃないか」

「全然暴れたりませんでしたが。多少年上というだけで、実力自体は大したことありませんでした」

「あなたは本当に黙っていてください、クララ……」

あっけらかんと言うクラリーベルに、レイフォンは腹部を押さえて蹲る。胃に痛みが走ったからだ。
ここは都市警の部署。レイフォンとクラリーベルはナルキの紹介によって、養殖科の五年、フォーメッド・ガレンと対面していた。彼は都市警で課長を務めており、ナルキの上司だ。

「伸された三年生達の立場がないな。もっとも、ツェルニからすれば強力な戦力の加入は歓迎するべきことだし、そんな君らの協力を得られることはこちらとしても頼もしい限りだ」

フォーメッドが言っているのはクラリーベルが仕出かした騒動について。武芸科では一年生と三年生合同の格闘技の授業が行われ、その際にクラリーベルがまたも問題を起こしてしまった。
一年生が小隊に所属し、また小隊長を務めることを面白く思わない三年生数名がクラリーベルとレイフォンに因縁を付けてきたのだ。
だが、別にそれはよかった。その程度なら何の問題にもなかった。レイフォンもグレンダンでは若くして天剣授受者という地位にあることから嫉妬や妬みを向けられることは慣れている。その際は多少乱暴だが、実力を見せ付けるというのは有効な対抗手段だ。
けれど、流石に今回の騒動は想定外だった。クラリーベルが煽り、因縁を付けてきた数名の三年生だけではなく、その場にいた三年生ほぼ全員と乱闘をする羽目になることなど誰が予想するだろうか?
武芸者とはプライドの高い生き物だ。故に騒動は雪達磨式で大きくなり、このような大乱闘が起こってしまった。
レイフォンは止めようとした。元第十七小隊の隊長、ニーナもこの授業には参加しており、彼女も止めようとした。だが、止まらなかった。火に油を注がれた三年生達は烈火の如く燃え上がり、クラリーベルと泥沼の乱闘を繰り広げる。それにレイフォンも巻き込まれ、最終的に立っていたのはクラリーベルとレイフォンの二人だけだった。三年生はニーナを除き全滅。そのほとんどが医務室送りにされてしまった。それを唖然と見詰める一年生達。ナルキの呆れたような表情が印象的だった。
その後レイフォンはカリアンに呼び出され、ねちねちと小言を言われたのは言うまでもない。既にレイフォンの胃は限界だった。

「さて、君達を呼んだわけなんだが……」

そんな騒動をまったく気にした様子もなく、フォーメッドはレイフォン達を呼んだわけを言う。
要は都市警への助っ人だった。武芸科には都市警への臨時出動員枠というものがあり、現在はその出動員が定員を欠いているらしい。そういった理由でナルキの知り合いであり、小隊に所属しているレイフォンとクラリーベルに声がかかり、クラリーベルは面白そうだと二つ返事で承諾した。そうなると必然的にレイフォンも付いていくこととなり、現状に至るわけだ。
そして、今回レイフォンとクラリーベルが担当する事件は情報の盗難について。隔絶された都市では情報が何よりも重要であり、こういった犯罪がたびたび行われる。
都市外から訪れるキャラバンや旅人達が寝泊りするビルに宿泊する流通企業、ヴィネスレイフ社に属するキャラバンの一団がいた。碧壇都市ルルグライフに所属する彼らは、取り決められた商業データの取引、都市を潤すための外貨の流入をしていた。だが、そこでの取引は正当には終わらなかった。不法な手段によるデータの強奪、今だ未発表の新作作物の遺伝子配列表の窃盗。連盟法に違反する犯罪行為。ヴィネスレイフ社のキャラバンにはその疑いがかかっていた。そして、証拠もちゃんとある。監視システムを沈黙させはしたみたいだが、目撃者と言う間抜けなドジを踏んでいた。故に交渉人が交渉に向かうが、最悪のタイミングで放浪バスが来た。犯罪者が異邦人の場合、たいていは都市警の指示に従う。無駄な抵抗をして死刑や、都市外への強制退去……すなわち、剥き出しの地面に投げ出されるよりははるかにいいからだ。それに、二度とその都市に近づかなければ、罪は消えてなくなるも同然である。だけど退路があるならば、向こうも当然逃げ出そうとする。穏便に済むのならそれに越したことはないが、十中八九相手は強攻策に出るだろう。それに対抗するための戦力としてレイフォン達が呼ばれたのだ。

「期待させてもらうぞ」

フォーメッドがポンとレイフォンの肩に手を置く。それに曖昧に頷きながら、レイフォンは来るべき時に備えて準備を始めた。


†††


「すまん」

「え、なにがですか?」

キャラバン達の潜む宿泊施設の周囲には都市警の機動部隊が配置され、レイフォン達もそれに混じって待機している。レイフォンがクラリーベルとナルキと共にいるのは宿泊施設側のビルの上だ。屋上から出入り口を見下ろしていた。
その際にナルキが唐突に謝罪をしてくる。その謝罪に対する意味を、クラリーベルが問い質す。

「こんなことを、2人に頼んだことだ」

「別にいいですよ。この程度のこと、ナッキのお願いならいくらでも聞きますから」

「そうだよナルキ」

クラリーベルはなんともないことのように言い、レイフォンもそれに同乗する。
だけどナルキの表情は晴れず、自分を責めるように言ってきた。

「いや、だって……これは卑怯な交渉だ。あたしと言う知人を使って……」

「そんなことを気にしているんですか? 確かにこの話はナルキが持ってきたものですが、結局は私達自身が賛同したわけですし。それに武芸者が都市のために戦うのは当然でしょう」

「違う。レイとんやクララは知らないだろうが、小隊員(エリート)は都市警の臨時出動員なんて受けないんだ。小隊員がやる仕事じゃないって」

その言葉を聞き、何故都市警察がナルキを通してこのような話をレイフォンとクララに持ってきたのか理解した。小隊長とその隊に所属する隊員である2人だが、まだ1年生のためにそういったことは知らず、色々と扱いやすいと考えたのだろう。だけど、2人からすればそれはどうでもいいことだった。

「それを言うならナッキも小隊員じゃないですか」

「それに、力は必要な時に必要な場所で使われるべきだよ。小隊員の力がここで必要なのなら、小隊員はここで力を使うべきだ」

「グレンダンではそうでしたしね」

レイフォンとクラリーベルは笑いながら言う。グレンダンでは治安維持のために天剣授受者が借り出されることが多々あり、レイフォンも捜査に協力したことがあった。
むしろ、小隊員の様な権力に組する武芸者が力の使いどころの好き嫌いを語るのがおかしいのだ。

「レイとん、クララ……」

「それに、ちゃんと給料も出てるんだから、ナルキがこれ以上気にすることじゃないよ」

「私としては、都市外の武芸者とやりあえる機会があるというのは嬉しいですし」

「そうか……わかったが、思わず犯人に同情してしまうな……」

「……………」

クラリーベルの言葉にナルキは呆れ、レイフォンはまたも腹部を押さえた。胃に穴が開いたのではないかと思うほどの激痛が走る。ここ最近、現在進行形でレイフォンの気苦労が耐える日はなっかた。

「あ、始まったみたいですよ」

響く轟音。クラリーベルの言葉にレイフォンとナルキは表情を引き締め、宿泊施設の出入り口に視線を向ける。
ドアが吹き飛び、その破片に紛れて二人の交渉人が転がり出てくる。交渉人からは血が流れ、負傷をしているようだが、命に関わるような怪我ではないだろう。吹き飛んだドアから出てきたのは五人、全員男だった。一人が古びたトランクケースを持っているので、おそらくはあの中にデータチップが収められているのだろう。

「五人とも武芸者だ。しかも、結構な手足れ」

レイフォンの目は五人の体の中で走る剄を確認し、全員が武芸者だと確信する。それなりに腕が立ちそうなのは、走る姿勢や活剄の密度で理解できる。

「まずいな」

ナルキも目を凝らして相手の実力を計ろうとしたが、それは出来なかった。だけど、レイフォンの言葉を微塵も疑ってはいない。

「施設を囲んでいる機動隊員で、武芸者は五人。数は同じだが……」

「うん、急いだ方がいい」

話している間に施設の周りでは機動隊員達が警防を構え、キャラバンの五人を囲んでいた。

「抵抗するな!」

隊長らしい生徒が叫びつつ、武芸者の五人を前に出す。対してキャラバンの者達は、囲まれているというのに悠然とした様子で機動隊員達を眺めていた。
キャラバンの者達が錬金鋼を取り出す。

「先に行くよ」

「私も行きます」

「頼む」

ナルキに声をかけ、レイフォンとクラリーベルがほぼ同時に飛び出した。屋上から地上への落下。その僅かな間にキャラバンの者達が動く。
錬金鋼に剄が走り、復元された。剣に槍に曲刃など、五人全員が近接戦の武器ばかりだ。それを目にし、機動隊員達の間に動揺が走る。キャラバンの者達はそれに畳み掛けるように襲ってきた。
それは、武芸者にとって特別速いという動きではなかった。だが、キャラバンの者達が持つ錬金鋼は肉を切り、骨を断つことの出来る刃が付いている。一方、相対する機動隊員達の装備は打棒だった。打棒とはいえそれはちゃんとした錬金鋼なのだが、ツェルニの錬金鋼には殺傷能力を抑えるために安全装置が取り付けられている。刃のある武器なら刃引きがされ、打棒のような打撃武器なら剄の通りを悪くして威力を抑える。人死にの出ない戦い。それは学園都市の健全性を保つ上で欠かせないものだ。
だが、このような状況ではそれが裏と出る。そもそも、キャラバンの者達と機動隊員達では戦闘に対する意識が違った。安全性を考慮されての試合しかしたことのない学生武芸者と、自分の命の懸かった戦いを経験してきたキャラバンの武芸者とでは動きが違う。

「うわっ!」

刃に対する恐怖。身を守ることに意識が向かい、動きが硬くなる。動きが硬くなると身を守ることすら困難となり、その隙を突かれて白刃が機動隊員を切り裂く。機動隊員達は悲鳴を上げて地面に転がり、血を流していた。
レイフォンとクラリーベルが着地するまでに、機動隊員の五人はキャラバンの者達の手によって全滅する。着地したクラリーベルはその光景を見て、ポツリと言葉を漏らした。

「なんというか……本当にだらしがないですね。もはや未熟以前の問題です」

「仕方がないですよ。ここは学園都市だから、きっとこれが普通なんです」

武器を怖がり、あまりにも無様な姿を晒す学生武芸者に流石のクラリーベルも失笑を禁じえなかった。レイフォンは錬金鋼を復元してキャラバンの者達の前に立ちはだかり、あまりフォローになっていないフォローを入れる。やはり、この有様に何かしら思うところがあるのだろう。だが、今はそんなことを考えるよりも一刻も早くキャラバンの者達を打破するべきだった。レイフォンは復元した錬金鋼をキャラバンの者達に向ける。
機動隊員を倒した勢いのままに放浪バスの停留所まで走るつもりだったキャラバンの者達は、レイフォンとクラリーベルの参戦に目を見張り、警戒を示した。だが、走ることを止めない。この勢いのままに逃げ切るつもりなのだろう。けれどレイフォンとクラリーベルを前にして、思惑通りに事が進むはずがなかった。

「へぶっ!?」

「……………は?」

キャラバンの者達の一人が情けない声を上げて吹き飛ぶ。何が起こったのかわからない残りの四人は固まり、唖然として足を止めてしまった。
やったのはレイフォンであり、ただ、剣の腹の部分でキャラバンの一人をぶっ叩いただけだ。それがあまりの速さで、キャラバンの者達には見えなかっただけのこと。レイフォンはもう一度剣を振りかぶり、二撃目を放った。

「どふっ!?」

二人目が吹き飛ぶ。翅のない人が空を飛べるのだと非現実的なことを思いながら、残ったキャラバンの者達三人は目を見開いた。

「な、なんだこいつ……」

「な、なんでこいつみたいなのが、こんな学園都市なんかに……」

「に、逃げろ!」

勝てない、一瞬でそう悟った。命のやり取りを経験してきただけに、そう判断した男達の行動は早かった。三人が三人ともばらばらに逃げ、攪乱しようと試みる。如何にレイフォンが強くとも一人では限界がある。三人同時に仕留めることなど不可能だ。その間に誰か一人でも逃げ切れればいいという判断だったのだろう。もっとも、それはレイフォンが一人だった場合のみ有効だが。

「あら、どこに逃げるんですか?」

キャラバンのリーダー格らしき男の耳元で少女の声が聞こえた。その次の瞬間、リーダー格の男の意識が闇に沈む。
クラリーベルだ。彼女が錬金鋼を復元し、逃げようとした男を背後から叩きのめす。その間にレイフォンも一人仕留めており、残ったのは一人。トランクケースを持った男だけ。

「ひっ!?」

「泥棒は感心しない」

「逃がしません」

活剄で身体を強化したレイフォンが圧倒的な速さで男を抜き去り、前方に立ちはだかる。背後にはクラリーベル。挟み撃ちとされ、男の表情が引き攣った。

「は、はは……」

男は錬金鋼を投げ捨て、地面にトランクケースを置いた。そして高々と両手を上げる。降伏。あまりにも呆気ない事態の収拾にクラリーベルは拍子抜けし、深いため息を吐いた。


「よくやってくれたっ!」

大物取りは既に終わり、周囲が唖然とする中、沈黙を打ち破るようにフォーメッドが口を開いた。その声で我に返り、機動隊員達は自分の仕事に取り掛かっていく。
トランクケースの中身を確認しながら、フォーメッドは指示を飛ばした。

「持ち物は全て没収だ。服もな。水と食料以外は全てだっ! 徹底しろ。囚人服を着せて罪科印を付けたら、すぐに放浪バスに押し込んでしまえ」

フォーメッドの指示で、部下は捕縛縄の上からキャラバンの者達の服をナイフで切り裂く。衣服そのものに用があるのではなく、その服にデーターチップが隠されてないか調べるためなので一切の遠慮がない。
服は細切れとなり、キャラバンの者達は夜空の下で真っ裸にされるという屈辱を味わっていた。
キャラバンの者達は全員が男なので、その光景にナルキは思わず視線を逸らす。クラリーベルは平然としていたので、ナルキはぼそぼそと尋ねてみた。

「クララは平気なのか?」

「はい。私はレイフォン様以外の異性に興味がありませんので」

あまりにもあっさりとした回答。ナルキは呆け、レイフォンはそれを聞かなかったことにした。

「それにしてもナッキは初心ですね。小さい時にお父さんとかと一緒にお風呂に入りませんでしたか? その時に見たでしょう?」

「いや、入ったし見た覚えはあるが……肉親以外の異性となると流石に、な……」

「まぁ、確かに赤の他人となると抵抗を覚えるかもしれませんね。私にとってはレイフォン様以外の殿方は全て同じに見えますが」

「その認識はどうかと思うぞ……」

レイフォンはクラリーベルとナルキの会話を聞き流しつつ、確認作業をしているフォーメッドを背後から覗き込む。トランクケースの中には保護ケースに入れられたデーターチップがびっしりと詰まっていた。明らかにツェルニで盗まれたものより数が多い。

「ありましたか?」

「さてな。全部確認してみないとわからないが、まぁ、間違いないだろう」

レイフォンの問いにそう答えて、フォーメッドはニヤリと笑った。

「これだけのデータチップ、はたしてどれだけの値が付くかな?」

その言葉に、レイフォンは目を見張る。とても警察関連の職に付く者の言葉には思えないからだ。

「なんだその目は? これをあいつらが商売で手に入れたのか、それとも盗んで集めたのかは知らないが、どちらにしても元の持ち主への返却なんて不可能だからな。ならばせいぜい、ツェルニの利益に貢献してもらうのが正しい形だと言うものだろう?」

この言葉は正しく、もっともだとは思う。この閉ざされた都市では、それが最良の手段なのだろう。感心すると同時に、そういうことを臆面もなく言ってのけるフォーメッドに、レイフォンは呆れていた。

「富なんていくらあっても足りないぞ。このツェルニにいる学生達を食わせていくことを考えたらな」

「はぁ……」

「ま、アルセイフ君も今日はお手柄だからな。報酬に多少は色をつけさせてもらうぞ」

そう言うと、フォーメッドは切れ端となった服を調べている部下達の中に入っていく。取り残されたレイフォンの肩を、ポンとナルキが叩いた。

「すまんな、ああいう人なんだ」

「いや……うん。悪い人ではないと思うよ」

レイフォンはそういうが、ナルキは顔をしかめていた。

「そうなんだが……あの、金へのこだわり方と言うか、それを隠さない態度と言うのは、良い事なのか悪い事なのか、いまいち決めにくい」

「どうなんだろうね」

なんとなく、フォーメッドの気持ちがわかるレイフォンは苦笑した。あれは潔さなのだろう。開き直りだとも取れるが、フォーメッドはあのような行為を卑しいとは思っていない。いや、実際は卑しく取られていても、気にはしていないのだろう。それが事実なのだと言い切る自信があり、悪い事だとは思っていない。規模は違うが、孤児院のためへと金儲けに走ったレイフォンに似ている。

「なに暗いことを考えてるんですか?」

「うわっ!?」

思考を巡らせていたレイフォンに、クラリーベルが背後から抱きついてきた。レイフォンの背中にのしかかるように胸を押し付けているため、かなり気恥ずかしい。密着しているためにその感触をダイレクトに味わい、クラリーベルが女だということを嫌でも認識させられてしまう。

「ちょ、クララ! は、離れてください!」

レイフォンは顔を真っ赤にし、クラリーベルに降りるように抗議する。だが、それを聞く気などクラリーベルにはさらさらなかった。

「もう少し胸を張ってください。レイフォン様は、何も間違ったことはしていないんですから」

「……………」

レイフォンの耳元で声を潜め、ナルキには聞こえない声量でクラリーベルは言う。その言葉を聞き、レイフォンは敵わないなと肩を落とした。
レイフォンの罪を被り、その背後では全てを見通したように微笑むクラリーベル。彼女のおかげでレイフォンは天剣を剥奪されることなく、今、ここで学生という身分を謳歌している。一体レイフォンは、クラリーベルにどれほど救われたことだろうか?

「そういえば、先ほどナルキとあんな話をしたのでお風呂に入りたくなりました」

「なんでそれを僕に言うんですか?」

「一緒に入りませんか?」

「入りません」

そう考えれば、クラリーベルに振り回されるこの日常も決して悪くない気がした。
グレンダンでは味わえなかった新鮮な日々。家族に会えない寂しさはあるものの、それはツェルニを卒業すれば解消される問題だ。ならば今は、この時を存分に楽しもうとレイフォンは決意した。
本来なら味わえなかった学生生活。それを護るために、迫り来る脅威を打破しなければならない。脅威(汚染獣)はすぐそこにまで迫っていた。






























あとがき
いろいろはしょってる部分ありますが、どうも二巻編はクララの影が薄い気がする……
まぁ、クララに関しては三巻編が山場になる予定なのでそこは開き直りたいと思いますw
天剣ありのレイフォンだから錬金鋼の心配はないんですよね。だから複合錬金鋼とかなにそれ、ですよ。
次回は冒頭にナルキ云々のイベントをちょっとやって、汚染獣を瞬殺して二巻編終了の予定。老生一期とか天剣ありのレイフォンの敵じゃないんですよね。
二巻では都市外で戦闘してましたが、あれは天剣がなく長期戦になり、都市に被害が出るかもとのことだったんでしょうが、この作品では……
速く三巻編が書きたいですね。そこではメイシェンの代わりにレイフォンとデートするクララとか、廃都市でのイベントとか、いろいろ書きたいことがありますので。誰か二巻編のラスト書いてくれないかな(汗
しかし、ニーナがいないとレギオスってこんなにも話がスムーズに進むんですね。
さて、では最後におまけを。













おまけ

「ふう……」

一仕事を終えての帰宅。レイフォンとクラリーベルの住む寮の部屋には備え付けの浴槽があり、レイフォンは湯船にゆっくりと浸かっていた。
特に疲れていなかったが、やはり風呂はいいものだ。汚れと共にその日感じたストレスを洗い流してくれる気がする。

「レイフォン様、湯加減の方はどうですか?」

「いい湯加減ですよ。って、沸かしたのは僕ですよね?」

「そうですね」

浴室の仕切り越しにクラリーベルの声が聞こえる。彼女はくすくすと笑っていた。

「着替えはここに置いておきますね」

「ありがとうございます」

どうやら、クラリーベルはレイフォンの着替えを持ってきてくれたらしい。だが、レイフォンは完全に失念していた。あのクラリーベルが、それだけで引き下がるはずがないということを。

「それと、お背中を流ししますね」

「へ?」

レイフォンから間の抜けた声が発せられる。クラリーベルはレイフォンの返答を待たず、ガラリと浴室の仕切りを開けた。
そこにはバスタオルを一枚だけ巻き、髪を下ろしたクラリーベルがいた。その姿を確認し、レイフォンの顔は一瞬で真っ赤に染まる。

「ちょっ、クララ!?」

「私、結構うまいんですよ。昔、おじい様と一緒にお風呂に入って背中を流してました」

「そんなこと聞いてませんから!」

レイフォンの抗議などものともせず、クラリーベルは風呂桶に手に取る。
相も変わらず、レイフォンはヘタレだった。








あとがき2
ヒロインとのお風呂イベントっていいですよねぇ。もげちまえ、レイフォン。
ここのレイフォンはヘタレだから何かきっかけがないと全然進展しない。そこはまぁ、3巻編で考えてますけど……
なんにせよ、更新がんばります。



[29266] 第10話 一蹴
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/09/30 13:26
「はあっ!!」

呼気音と共に打棒を振るう。鋭く、重そうな一撃だった。
だが、これでは足りない。この程度では全然駄目だ。ナルキの遥か前を行く二人の背中はまったく見えない。
レイフォンとクラリーベル。武芸の本場と呼ばれ、あのサリンバン教導傭兵団を輩出した槍殻都市グレンダン出身の武芸者だ。
二人ともその肩書きに恥じない実力を持っており、自分達の所属する第十八小隊は連勝街道まっしぐらだった。
けれど、それだけではない。ナルキは知っている。先日ツェルニを襲った脅威、汚染獣を撃退したのがこの二人であることを。大半の武芸者が手も足も出なかった汚染獣を、レイフォンとクラリーベルはたった二人で圧倒した。更には先日の盗難事件。レイフォンとクラリーベルは見事な手際でキャラバン達を無力化した。
流石はグレンダン出身の武芸者だと感心する反面、それと同等、もしくはそれ以上の劣等感を感じてしまう。ナルキには到底出来ないことだ。それが悔しかった。
ツェルニの全小隊の中でもずば抜けた実力を持つ第十八小隊。最近ではダブルエースなどと呼ばれているレイフォンとクラリーベル。
ツェルニ屈指の狙撃手であるシャーニッド・エリプトン。
生徒会長の妹であり、ミス・ツェルニとしての顔を持ち、華がある念威繰者のフェリ・ロス。この中でナルキは、自分だけが浮いていると感じていた。
レイフォンとクラリーベルの実力に関しては今更語る必要がない。シャーニッドもナルキ達がツェルニに入学する前から小隊員として活躍しており、実績は十分だ。あまり実力が定かではないフェリだが、レイフォンとクラリーベルの話ではかなりの念威の才を持っているらしい。先の汚染獣戦ではその才能が存分に発揮されたのだとか。
そんな中でナルキは、名声も実績も持っていない。一年生で小隊入りという快挙をやってのけたが、それは所謂数合わせだ。つまり、誰でも良かったということだ。たまたまレイフォン達と知り合い、親しく、武芸者だったという理由だけで第十八小隊に入隊した。
現在は第十八小隊にシャーニッドが加入したため、第十八小隊のメンバーは五人。だから思ってしまう。考えてしまう。果たして、自分が第十八小隊にいていいのだろうかと。
小隊とは四~七人の人数で構成される。つまり、必要最低限である四人が揃い、数合わせとして入隊した自分が必要にされているのか不安だった。
不安で、悔しくって、ただただ、がむしゃらに打棒を振るう。少しでも強くなり、自分を認めてもらいたいがために。
最初は小隊なんてどうでもよかった。自分では小隊員なんて務まらないだろうと思い、都市警の仕事に専念することだけを考えていた。
だけど今は違う。これは意地だ。自分のプライドの問題だ。このままでは終われない、終われるわけがなかった。
強くなり、レイフォンとクラリーベルに自分の実力を認めて欲しかった。だから、ナルキは今日もがむしゃらに打棒を振るう。



「その心意気は買いますが、体を壊しては意味がないですよ、ナッキ」

「すまない……」

クラリーベルの言葉に、ナルキはしゅんと項垂れる。
ここは病室。ナルキは鍛錬での無茶がたたり、剄脈疲労を起こして入院していた。
小隊の訓練にはいつもどおり参加し、それに加えて都市警の仕事。更には自主練習と学生の本分である勉学。そんな生活をして休む暇などあるはずがなく、こうなるのはもはや必然的だった。
クラリーベルはナイフで果物の皮を剥きつつ、言葉を続ける。

「ミィとメイっちも心配していましたよ。確かに活剄で一時的に疲れを忘れることは出来ますが、それを続けて体にいいわけがありません。これは教科書にも載っている、武芸者には基本的なことですよ」

武芸者は活剄を用い、数日を不眠不休で戦い続けることが出来る。レイフォンも老生六期の汚染獣とは天剣授受者三人で三日三晩戦い続け、その他にも一週間ほど戦い続けたことがあった。
だが、そのようなことをすると反動が恐ろしく、しばらく寝込むことになってしまう。活剄とは万能なものではないのだ。

「本当にすまない……」

ナルキの謝罪を聞きつつ、クラリーベルは剥き終わった果物をカットし、一口サイズになったそれを自分の口に運ぶ。

「とはいえ、こういった青春臭いのは嫌いじゃないんですけどね。倒れるまで鍛錬って、なんかカッコいいじゃないですか」

「いや……クララの好みは知らないが、その果物ってあたしのために剥いてくれたんじゃないのか?」

「あれ、ナッキも食べたいんですか?」

「というかその果物は、あたしのお見舞いの品だ」

「まぁまぁ、小さいことは気にしないでください」

そう言いながら、クラリーベルはカットした果物にフォークを刺す。それをナルキの口元まで運んだ。

「はい、あ~ん」

「ん……あ~ん」

少し戸惑いこそしたが、同姓であるために深く考えず、差し出された果物を口にするナルキ。
クラリーベルはフォークを引くと、もう一度果物に刺してナルキに差し出した。

「要するに私が言いたいのは、武芸者なら強くなりたいと思うのは当然ですから、これからも頑張ってくださいということです。とはいえ、無茶をしすぎて倒れられては困りますけど」

「ん……すまない、反省する」

「ナッキって、さっきから謝ってばかりですね。もう三回目ですよ」

「すまない」

「四回目」

くすくすとクラリーベルが笑う。それを気にしてか、ナルキは差し出された果物を口にはしなかった。なので、クラリーベルは自分の口に運ぶ。

「まぁ、無理もないですけどね。レイフォン様はお強いですから、その強さに憧れるというのも」

「あたしからすればクララ、お前も十分に強いぞ」

「私なんてまだまだですよ。レイフォン様には遠く及びません」

そう語るクラリーベルの表情はどこか寂しそうだったが、その瞳は野心で燃えていた。確かに現状ではレイフォンには遠く及ばない。だけど、いつか越えてやるという決意を胸に、常に前を向いている。

「ですから、私はこれからもっと強くなります。強くならなければならないんです。そうすれば、レイフォン様も私のことを認めてくださるでしょうから」

「クララ?」

「だからナッキ、一緒に強くなりましょう。私達は同じ第十八小隊の仲間なんですから」

強くなりたいという志は同じだ。それにここは学園都市。同じ志を持つものが切磋琢磨するのは決して間違ったことではない。むしろそれが向上心を生み、互いをより高みへと導くことだろう。

「気持ちは嬉しいが、あたしなんかではクララの練習相手にもならないぞ」

「そうですか? 私の見解ではナルキは良いものを持っていると思いますけど」

「そんなのは気のせいだ」

クラリーベルは口元を緩め、ナルキに対して微笑むように言った。

「そういえばナッキ、明後日は暇ですか?」

「ん? 一応入院をしている身だが、別に怪我をしているわけじゃないし、無茶をしないのなら……」

「なら良かったです。ちょっと、見学をしようかなと思っただけなので」

「見学?」

「はい。ですので明後日は、時間を作ってくださいね」

「それは別に構わないが……一体なにがあるんだ?」

「それは後のお楽しみですよ」

微笑むクラリーベルの表情は、何故だかとても意地が悪そうだった。


†††


「今更だが……対抗試合は中止になったんだな」

「ええ、そんなことをやってる状況ではありませんから」

「なに?」

明後日、ナルキはクラリーベルに連れられて外縁部へと来ていた。未だに剄脈疲労の疲れは取れず、本調子ではない。筋肉痛によるだるさと痛みを引きずりつつ、クラリーベルの言葉に訝しげな表情を浮かべる。

「なにせ、汚染獣が都市に接近しているのですから。対抗試合をやっている場合ではありません」

「どういうことだ!?」

続いて、ナルキの表情が苦々しいものへと変化した。当然だ。また汚染獣が都市を襲うかもしれないのだ。あの脅威が、幼生体との戦いの記憶がよみがえってくる。
だけど今回の脅威は、あの時の比ではない。

「例外を除き、通常の都市は汚染獣を避けるように動きます。これは今更言うまでもなく、当たり前のことですね。ですが、今回の汚染獣は脱皮のために休眠していました。だからツェルニは気づかず、または気づいていても死体があるとしか思わなかったのでしょう。早朝、急激な方向転換をして離脱を試みたようですが、もう間に合いません」

言われてみれば早朝、都市が僅かに揺れた。その時はさほど気にしなかったが、まさかこんなことになっているなど思いもしなかった。

「この間の幼生体とは比べ物にならないほどの強敵です。通常の都市が半壊を覚悟して勝てるかもしれない存在、老生体です」

「……………」

老生体。そんな言葉は初めて聞いた。言葉を失うナルキに対し、クラリーベルが淡々と説明を続けていく。
老生体とは繁殖を放棄して力を得た、強力な汚染獣の総称。脱皮するごとに強力な個体となり、一回の脱皮ごとに一期、二期と数えていく。
老生一期程度なら恐れるに足りない相手らしいが、それでも通常の都市では半壊を覚悟しなければ勝てない。だが、本当に恐ろしいのは老生二期からの汚染獣だ。姿が一定ではなくなり、単純な暴力で襲ってこない場合もあるとか。幸か不幸か、今回の相手は老生一期だった。

「一体……ツェルニはどうなるんだ?」

不安に駆られるナルキを見て、クラリーベルはにっこりと笑った。

「大丈夫ですよ」

クラリーベルの言葉。それと同時に念威端子が宙を舞い、感情を感じさせない音声を発した。

『そろそろ接触しますよ』

フェリの声だ。それを聞き、クラリーベルは頷く。

「そうですか。それならフェリさん、映像をつなげてください。ナッキでも活剄を使えばギリギリ見えると思いますが、今はまだ本調子ではないので、あった方がいいでしょう?」

フェリの念威端子がモニターとなり、映像を映し出す。一体何が映るのか? ナルキが首を傾げると、どうやらそれは都市外の光景らしい。放浪バスで移動した時に嫌というほど見た、荒れ果てた大地が広がっている。

「なんだ……あれは?」

そして映像の中心に捕らえられた存在、汚染獣。あれが老生一期なのだろう。モニター越しだというのに、それはナルキの予想をはるかに超えるほど強大な存在に見えた。
汚染物質の中でも生きていける、現在の生命体の頂点。彼らを前に都市が滅ぶこともざらであり、その恐ろしさは先日身を持って体験した。
その中でもレア中のレアな存在、老生体。その名に偽りのない汚染獣の王者を前にし、ナルキの体が震える。
蛇のような体躯、背中に翅を生やした汚染獣は空を飛び、ツェルニへと接近していた。その進路を遮るように、荒れ果てた大地に一人の人間が佇んでいた。

「……誰だ?」

ナルキの疑問がこぼれる。既に汚染獣は活剄の使えないナルキでも肉眼で捉えられる距離にまで近づいていた。だが、巨躯を持つ汚染獣とは違い、そこに佇んでいる人間までは小さすぎて捉えることは出来ない。なのでナルキは、食い入るようにモニターで佇む人物を見ていた。
ナルキは考える。どうしてこの人物は汚染獣の進路を塞ぐように佇んでいるのか?
考え、その答えを導き出し、思わず叫んだ。

「まさか、こいつ一人で汚染獣を迎え撃つつもりなのか!? 無理だ! あんなのを相手に、一人で勝てるはずがない!!」

「それができるんですよ。あの人なら、そう、レイフォン様なら」

「レイとん!?」

佇む人物が自分達の隊長、レイフォンだということを告げられる。確かにレイフォンは強い。だが、それでも無茶だと思った。
クラリーベルの話では、老生体は都市の半壊を覚悟しなければ勝てない相手だ。それなのにレイフォンはたった一人で汚染獣を迎え撃とうとしている。それがどんなことなのか、汚染獣戦の知識に乏しいナルキでも十分に理解できた。自殺行為だ。一対一で汚染獣と戦うなど、愚か者の所業でしかない。

「黙って見ていてください。すぐに終わりますから」

だというのにクラリーベルは冷静で、ナルキを落ち着ける余裕すらあった。まったく慌てず、くいっと顎でモニターを指す。それに従い、ハラハラした心境でナルキはモニターに視線を向ける。

「……………はっ」

そして、心底間の抜けた声がこぼれた。

「えっ……ちょ、まっ……一体何が起こった!?」

モニターの汚染獣は首を落とされ、バタバタと大地をのた打ち回っている。体液が乾いた大地を濡らし、水溜りが出来上がっていた。
その内、激しかった動きも弱々しくなっていく。当たり前だ。いくら汚染獣とはいえ、首を落とされて生きていられるはずがない。最も蛇のような体躯なので、どこが首かは分からないが。

『生命活動の停止を確認しました』

フェリが念威端子から淡々と事実を告げる。ツェルニの脅威は去った。

「レイフォン様は鋼糸を使って汚染獣の背中に乗り、そこから首を一刀両断しました。やはり天剣授受者は違いますね。天剣という錬金鋼が凄いことに変わりはありませんが、それでもレイフォン様の剄量がやはり異常ということですね。老生体の甲殻を易々と切り裂くあの攻撃力は私にはないものです」

「天剣……授受者?」

捲くし立てるようにレイフォンを褒め称えるクラリーベル。その発せられた言葉の中で、ナルキは気になる単語を抜き出した。

「はい、天剣授受者というのはグレンダン最強の称号です。まぁ、例外中の例外がいますが、それは置いておきましょう。なんにせよ、天剣授受者というのはグレンダン最強の十二人に与えられる称号で、レイフォン様は史上最年少、十歳でその地位に就きました。その実力には天剣授受者最強と称されるリンテンス様も目を付けられ、自身の鋼糸の技をご教授するほどなんですよ。レイフォン様もレイフォン様で、鋼糸の技術はリンテンス様に劣られるのですが、それでも操弦曲を習得してみせたんですよ。グレンダンでこの剄技を使えるのはリンテンス様とレイフォン様の二人だけなんです!」

興奮し、子供が親の自慢をするように言うクラリーベル。ナルキはリンテンスという人物が誰なのか知らないので、『はぁ』と曖昧な返事を返すことしか出来なかった。
それでも、なんとなく凄い武芸者なのだろうということは理解できる。

「あっ……」

クラリーベルが顔を引き攣らせる。先ほどからナルキを前にし、重要な単語を連発していたからだ。

「すいません、ナッキ。さっきのことは忘れてください」

クラリーベルはてへっと舌を出し、誤魔化すように笑った。




















あとがき
こんな感じで原作二巻編完結です。老生一期は瞬殺で退場しました。ってか今回、レイフォン一言も台詞なし。
まぁ、タイトルどおりこの作品の主人公でヒロインはクララですから別にいいですけど、原作主人公の立場としてどうなんでしょうか?
今回は登場人物がかなり少なかったなと思いました。クララとナルキ、そして念威端子でフェリが少しだけ……台詞があるのは僅か三名です。
レイフォンは老生体瞬殺しましたが、ハッキリいって目立たなかったですね……
まぁ、なんにせよ次回から三巻編です。前々から構成練ってましたが、クララ一直線は三巻編からが本番なんですよ。構成(妄想)が頭の中で渦巻き、ちょっと大変なことになってますw
なんにせよ、次回も更新がんばりますのでよろしくお願いします。次回は史上最強の弟子イチカを更新しようかと。
では、それまでさようなら。

PS にじファンにてついに開幕、ハイア死亡ルート。このサイトのフォンフォン一直線では生き残ったハイアですが、にじファンでは異なるルートということでハイアが死亡します。興味のある方は是非ともいらしてください。



[29266] 第11話 一時の平穏
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2011/11/06 21:28
「いやはや、正直これは予想外でしたね」

サヴァリスはポツリと、少しだけ残念そうに呟く。

「まさか餌場(都市)を前にして汚染獣が去っていくとは。ガハルドを取り込んだからここの恐ろしさを理解したというのかな? まさかね」

果たして、汚染獣に恐怖心などあるのだろうか?
戦わずして勝てないと理解し、自ら退いたのだろうか?
あまりにも現実的ではないことを考え、サヴァリスからは失笑が漏れる。

「それにしてもガハルドはどうするべきかな? 死体が残っていたら葬儀でも上げればいいけど、この場合は行方不明ということになるのかな? まぁ、僕がこんなことを考えなくとも親父殿がなんとかしてくれるだろうけどね」

ガハルド・バレーン。クラリーベルの手によって負傷し、植物状態となって眠り続けていたルッケンスの武門の者。彼は汚染獣、老生体の変種に取り憑かれて豹変した。
この汚染獣は一月ほど前にグレンダンに侵入した。幼生体の群れにまぎれ、隙を突くようにだ。
侵入には即座に気づき、天剣授受者が追いかけたのだが、この汚染獣は人間に寄生して内部から養分を吸い取るという奇怪な変性を遂げており、そうなってしまえば天剣授受者であり、グレンダン一の、いや、世界でも最高の念威繰者であるデルボネでも発見するのは困難だった。
そこで、捜索の任務を請け負ったサヴァリスは一計を案じた。
これまでに数度の追跡で、汚染獣は養分を吸いきる前に宿主に新しい宿主を襲わせて移動すること、移動の瞬間には念威繰者が発見できること、そして寄生された人間は元来の性格に行動の影響を受けることがわかっていた。
そこでサヴァリスは、念威繰者を大量に動員して次の犠牲者が教われる瞬間を待って襲撃。更に取り逃がした時のために、行動を予測しやすい人物を囮として用意した。それがガハルドだ。

「一度、同門同士で戦ってみたかったんだけど、それが出来なかったのは残念だね」

あと一歩のところで取り逃がしたが、サヴァリスの思惑通り汚染獣はガハルドに寄生する。このことからガハルドに寄生した汚染獣は、ガハルド自身が憎悪を向けるレイフォンの関係者、またはクラリーベルの関係者にその矛先を向けるかと思われた。
だが、最後の最後で汚染獣の、ガハルドの行動はサヴァリスの予想を覆した。汚染獣はガハルドに寄生したまま、グレンダンを出て行ってしまったのだ。

「済んでしまったことは仕方ないか」

それでもサヴァリスは他人事のように、どうでもよさそうに言った。
サヴァリスは本当にどうでもいいと思っているのだろうが、それでもひとつだけ気がかりなことがあった。
グレンダンから姿を消した汚染獣、いやガハルドは、一体どこに行ったのだろう?


†††


第十八小隊は連勝による連勝で、現在対抗試合の首位を独走していた。
そんな第十八小隊を引っ張るのはレイフォンとクラリーベル。二人は第十八小隊のダブルエースと呼ばれ、圧倒的な実力で相手を下すことからその地位を不動なものへとしていた。
まさに敵なし。絶好調で対抗試合を駆け抜ける第十八小隊。昨日の試合でも第十六小隊を破り、勝ち星をまたひとつ伸ばしていた。
試合の翌日、つまりは休日。今日は試合がなく、訓練もない。おまけに授業もない、完全にフリーな一日。

「たまにはこういうのもいいですね、レイフォン様」

「そうですね」

そんなわけでクラリーベルは休日を堪能し、護衛の役目を担っているレイフォンはそんな彼女に付き従う。
本日の目的は思う存分に遊ぶこと。これもまた学生の特権なのだろう。

「クララ、映画どうでした?」

「よくわかりませんでした」

「……普通の恋愛映画じゃありませんでしたっけ?」

「レイフォン様だって途中から寝てたじゃないですか」

「そうでしたっけ?」

とりあえず映画を観た。ミィフィが面白いからと進めてきたそれだが、クラリーベルの好みからは外れていたようで、レイフォンは途中から眠ってしまった。
見事に映画代を無駄にし、それでも気にしたそぶりを見せずに、二人はツェルニの町並みを歩いていく。

「これからどうしますか?」

「それでは、洋服を見て、洋服を見て、洋服を見るというのはどうでしょう?」

「洋服を見てばかりですね」

「買ってもらって、プレゼントされて、奢ってもらえれば尚嬉しいです」

「僕が払えってことですか? いや、別にグレンダンからの仕送りは十分なので構いませんけど」

「どんな服がいいのか、レイフォン様が選んでくれませんか?」

「僕に女性ものの服の良し悪しなんてわかりませんよ」

「そんなものはどうだっていいです。ただ、レイフォン様が選んでくださったという事実が大事なんです」

「いまいちわかりません」

会話を交え、次は服を観に行くことが決定した。だが、その前に小腹が空く。
映画を観たため、時刻は既に昼過ぎ。服を見るのはいいが、それはこの空きっ腹をどうにかしてからでいいだろうとレイフォンは口を開いた。

「クララ。お腹空きませんか?」

「そういえばそろそろ良い時間ですね。お昼にしましょうか」

「はい。どこのお店がいいですかね?」

「実はですね、レイフォン様」

照れ臭そうに、だけどどこか誇らしげにクラリーベルは笑う。にこやかな微笑を浮かべ、バックを差し出した。

「お弁当を作ってきたんです」

「え?」

そういえば今日は、朝早くからクラリーベルが台所で何かをしていたことを思い出す。それがまさか、弁当を作っていたとは思わなかった。そもそも、クラリーベルは料理が出来たのだろうか? 出来たとしても、あまり得意ではないはずだ。
ツェルニに来てから、家事は全てレイフォンがやっている。クラリーベルは王家のお嬢様、それも有能な武芸者なので家事とは無縁の生活を送っていたはずだ。正直、ちゃんと食べられるのか不安だった。
それでも、せっかく作ってくれたものを無下に断るのは悪い気がする。それと少しだけだが、本当に僅かだがレイフォンは嬉しかった。クラリーベルが弁当を作ったという事実に。

「そうなんですか。それじゃあ、場所を探して食べましょうか」

「ええ。味の方も期待してください。簡単なものばかりですが、メイっちに教わったので自信がありますよ」

好意を寄せてくれている女性が作った弁当。それを出されて喜ばない男などいない。
確か錬金科の近くに良い公園があったことを思い出し、クラリーベルとそちらに向かった。



「へえ……本当に美味しいですね」

「たくさん作ってきましたので、どんどん食べてください」

公園のベンチに腰掛け、レイフォンはクラリーベルの作った弁当を口にする。
弁当の中身はサンドイッチだった。材料を切り、それをパンに挟むだけ。火も使わないので誰でも簡単に作ることが出来る。
それが大量にあった。とはいえレイフォンもクラリーベルも武芸者なので、この程度の量ならぺろりと平らげてしまうだろう。

「そういえば今日は、第三小隊の試合をやっているそうですね。第十七小隊にいらっしゃったニーナさんのいる」

「そうでしたっけ? 他の小隊にはあまり興味がありませんので」

クラリーベルの振ってきた話題に、レイフォンは微妙な表情を浮かべて答える。
言葉どおりの意味で、第十八小隊以外の小隊にあまり興味はない。第十八小隊と比べれば、他の小隊の戦力などまるで塵芥も同然だった。勝負にならず、脅威になりえない。
だから他小隊のことなど、正直どうでもいい。

「第十七小隊が解散したので、ニーナさんは第三小隊に移ったんですよ。古巣の第十四小隊に戻るという話もあったんですが、自分の都合で小隊を抜けてそれは出来ないという理由で、結局は第三小隊になったそうです。ミィちゃんが言ってました」

「へぇ……最後のサンドイッチ貰いますね」

「あ、ずるいです!」

クラリーベルが得意気に説明している隙に、レイフォンは最後のハムサンドを取る。クラリーベルの不満を受け流し、口に頬張った。

「おいしかったですよ」

「ずるいです。私が狙ってたのに……」

「あはは、すいません」

頬を膨らませて拗ねるクラリーベルを、レイフォンは笑って誤魔化した。
平和で穏やかな、休日の一時。最近は対抗試合やら汚染獣のことやらでドタバタしていたので、このような一時は本当に貴重だった。
休日の開放感がレイフォンにも心の余裕を持たせ、大らかな気持ちになってくる。

「もう怒りました。頭にきました。レイフォン様、デザートを奢ってください。ほら、あそこ。あそこにアイスの屋台がありますから!」

「別にいいですけどね」

偶然公園にあったアイスの屋台をびしっと指差し、クラリーベルはレイフォンに奢らせようとする。それを承諾したレイフォンは、財布を取り出して屋台へと向かった。

「クララ、何がいいですか?」

「私はチョコとバニラとストロベリーのトリプルで」

「太りますよ?」

「いいんですよ、その分運動すれば」

「それじゃあ僕は……ヨーグルトにしようかな?」

クララの要望を聞き、レイフォンは自分の分も選ぶ。甘いものが苦手なので、なるべく甘くなさそうなものを選んだ。
屋台の主人は注文を聞き入れ、すぐにアイスを差し出してくれた。

「では、いただきます」

トリプルアイスを手に取ったクラリーベルは、満面の笑みを浮かべてアイスを口にする。レイフォンもヨーグルトアイスを口にした。

「あ、これ美味しいですね。バニラが絶品です」

「そうですか」

「レイフォン様も食べますか?」

「いえ、僕は甘いものが苦手なので」

「そうですか」

どうやらクラリーベルは大満足のようだ。レイフォン自身も満足している。
ヨーグルトのアイスは甘すぎず、酸味が程よく利いてとても美味しかった。

「レイフォン様、レイフォン様」

「はい?」

クラリーベルが声をかけ、レイフォンは一瞬だけアイスから視線を逸らす。

「隙ありです」

「あ」

その隙を突いて、クラリーベルがレイフォンのアイスにかぶりついた。

「ヨーグルトも美味しいですね」

「自分のがあるじゃないですか」

「レイフォン様のが食べたかったので」

「あ~あ、もう……アイスクリームがほっぺに付いてますよ」

レイフォンは呆れ、ポケットから取り出したハンカチでクラリーベルのほっぺを拭う。
じっとしてされるがままとなっていたクラリーベルだが、どこか不満そうだ。

「む~、どうせなら舐めて取ってくれるとよかったんですけど」

「ぶっ……そんなことできるわけないじゃないですか!」

レイフォンは顔を赤くし、視線を逸らしてクラリーベルの要望を跳ね除ける。そしてアイスを再び口にしたところで、またもクラリーベルが声をかけてきた。

「レイフォン様、レイフォン様」

「今度はなんですか?」

「間接キスですね」

「……………」

レイフォンが食べたアイスをクラリーベルが食べ、それを再びレイフォンが食べた。見事な間接キスであり、それをクラリーベルが嬉しそうに指摘する。

「……そうですか」

レイフォンは暫し言葉を失っていたが、気を取り直して生返事を返した。

「素っ気無い反応ですね」

「もう疲れました」

せっかくの休日なのに、どうしてこのように疲れなければならないのだろう?
レイフォンは小さなため息を吐いて視線をさ迷わせていると、公園内に見知った顔があることに気がついた。

「あ……」

「キリクさんですね」

クラリーベルも気づいたようだ。人は二人組みであり、一人は車椅子に座っていたキリクだ。もう一人が誰なのかわからない。けれど、どこかで見たような気がする。

「キリクさん!」

「ん、お前達か」

クラリーベルの呼びかけに、キリクがめんどくさそうで不機嫌そうな声で答える。とはいえ彼の場合はこれが自然体で、別に機嫌が悪いというわけではない。

「え、なに? キリクの知り合い? って、君達は第十八小隊の」

もう一人の人物は、ツナギの少年だった。おそらくはキリクと同学年で、気難しそうな彼と親しそうに話している。
そして、自分達のことをどうやら知っていたようだ。とはいえ、第十八小隊の者はツェルニでは有名なので、別に知っていても不思議ではないが。

「やあ、話はキリクに聞いてるよ。実際にこうやって話すのは初めてだけど、前に一度会っているよね? 僕はハーレイ・サットン。元第十七小隊のバックアップを担当していたんだ」

言われて、レイフォンは気づいた。ニーナと共にいた少年だ。第十七小隊のスカウトを受けた時、ちらりと見た気がする。

「どうも。僕は……」

「レイフォンとクラリーベルだよね。さっきも言ったけど話はキリクに聞いてたし、君達はツェルニじゃ有名だからね」

自己紹介をしようとしたが、ハーレイが笑ってそれを制する。けれど、レイフォンは笑えなかった。
第十八小隊は良い意味で、そして悪い意味でも有名だ。その悪い部分は主にクラリーベルが原因なわけで、クラリーベルの暴走の被害を受けた第十七小隊の人を前に笑える余裕なんてなかった。

「もしかしてあの時のことを気にしてる? まぁ、確かにあの時はニーナが荒れて大変だったけど、君達が悪いわけじゃないし」

「いえ、明らかにこちらが悪かったです。本当にすいませんでした」

「よくわからないけど、苦労しているんだね……」

深々と頭を下げるレイフォンに、ハーレイは悟ったように接してくれる。
いまいち理由を理解していないだろうが、向けられる気遣いはとても暖かかった。

「それはそうと、これもキリクに聞いた話なんだけど天剣っていう凄い錬金鋼を持ってるんだって? 今度見せてくれないかな?」

「え?」

「いや、実は僕達、まったく新しい錬金鋼の開発をやっててね。その参考になればってことなんだけど……時間は取らせないからさ、機会があれば見せてくれないかな?」

「すまんな。こいつは研究馬鹿なんだ」

「馬鹿は酷いな、キリク。ってか、それは君も人のこと言えないだろ」

「否定はしないが、それでもお前は……」

「それを言うならキリクだって。大体キリクの作ったものは……」

唐突に話題が変わって戸惑うレイフォンだが、ハーレイとキリクはそんなレイフォンを更に置き去りにする。
専門的な用語、おそらくは錬金鋼に関する会話が交わされている。その内容をレイフォンは微塵も理解することが出来ず、ポカーンと口を開けて聞いていた。

「レイフォン様、アイス溶けますよ」

「えっ、あ、うん……」

クラリーベルの指摘を受け、溶け始めたアイスを慌てて舐める。溶けかけているが、それでもこのアイスはとても美味しかった。

「どうやら話に夢中になっているようですし、私達は行きましょう」

「え、いいのかな? 放っておいて」

「いいんですよ。それに、こうしている間にも時間は流れているんですから。休日があっという間に終わってしまいますよ」

「それもそうですね」

「レイフォン様には服を選んでいただきませんと」

「そうでしたね。それじゃあ、行きますか」

2人はハーレイ達をその場に残し、公園を後にした。


†††


「いえ、確かに服を選ぶといいましたし、グレンダンからの仕送りに余裕もありますけど、それでも買いすぎじゃないですか?」

「少し調子に乗りすぎました。ですがレイフォン様、女性というものはおしゃれに気を使うものなんですよ」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ」

休日ももうすぐ終わりを迎える。夜、既に寮の中に入り、レイフォンとクラリーベルは自室へと向かっていた。
レイフォンの両手には大量の紙袋。その中には購入した服が入っていた。

「今日は一日ありがとうございます。とても楽しかったです」

「そうですか……クララが喜んでくれたのなら、悪い気はしません」

今の今まで買い物に付き合わされたのは大変だったが、それでもクラリーベルが喜んでくれたのなら悪い気はしない。
なんだかんだで今日は、レイフォンも楽しかった。

「また付き合ってもらえますか?」

「ええ、いいですよ」

「ありがとうございます。今日は私の我侭を聞いてもらったので、次の機会にはレイフォン様の行きたいところに行こうと思います」

「僕の行きたいところですか? う~ん、特にないですね」

「駄目です、ちゃんと考えてください」

また今度、一緒に遊びに行こうと約束を交わす。そんな会話をしているうちに、自室の扉の前に到着した。

「クララ、夕飯は何がいいですか?」

「レイフォン様にお任せします」

「冷蔵庫には何が残っていたかな?」

扉を開け、中に入ろうとする。ちょうどその時、レイフォンとクラリーベルに声がかけられた。

「やあ、レイフォン君にクラリーベル君。今戻ったのかい? 君達に大事な話があったので、ちょうど良かったよ」

声の主はこの都市の長、生徒会長のカリアン・ロス。
休日が終わり、新たな戦場がレイフォンとクラリーベルを待っていた。


















あとがき
メイシェンフラグが見事に折れてるので、クララとのデートです。もう付き合っちゃえよ、お前ら。
それはさておき、原作ではあまり料理が得意じゃないクララ。それでもサンドイッチ程度の簡単なものなら作れるのではと思っています。あれは材料切って挟むだけですからね。
そういえば深遊さんのレギオス漫画でニーナが……いやはや、レウにも言われてましたが彼女は料理しない方がいいですねw
作中、何気に語られたニーナの近況。つまりはそういうことで、現在彼女は第三小隊でがんばってます。
さて、次回から廃都市編。廃貴族の存在を知っているクララがいるため、原作とは異なる展開になります。それと事実を隠されているとはいえゴルネオは嫌悪感を抱いてませんので、かなり腰の低いゴルネオが見れるかとw
当初は第三小隊(ニーナ)を行かせるかとも考えましたが、ここはやはりゴルネオでしょう!

さて、最後に今回も少しだけおまけを。短いですがもう少しだけお付き合いください。






「……………」

夕飯の準備をしようとして、レイフォンは台所の惨状に言葉を失う。

「………てへっ」

「てへっ、じゃないですよ」

クラリーベルはおどけて見せるが、それで誤魔化されるレイフォンではない。
そこは台所ではなく、もはや戦場の跡地だった。

「クララ、もう二度と料理はしないでください」

「はい……」

散乱した食材の残りかす。散らばった料理器具。どんな風に調理をすればこのような光景が作られるのだろう?

「とりあえず今日は、どこかに食べに行きましょうか」

これは後片付けが大変だと思い、レイフォンは深いため息を吐いた。







あとがき2
なんかクララって、片づけが苦手そうですよね。
さて、そんな訳で今回はこれで。次回もよろしくお願いします。



[29266] 第12話 廃都
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/02/02 09:21
「うわぁ、人一人いませんね」

「廃都だから当然ですよ。でも、おかしいですね。あまりにも綺麗過ぎる」

クラリーベルがこの光景を見た感想を述べ、レイフォンが疑問を口にする。
ここはツェルニではない。ツェルニの進路上にある都市だった。
けれど、この都市には人がいない。建物もいくつか崩壊しており、まるで廃墟のようだった。
それもそのはずだ。ここは廃都。滅びた都市。おそらくは汚染獣に襲われたのだろう。そんな光景を前にしても、クラリーベルとレイフォンは冷静に思考を巡らせる。

「生徒会長の推測では、汚染獣に襲われてここまで逃げてきたらしいですけど……」

「その推測で間違いはないでしょう。けれど、そうだとするのなら、レイフォン様の疑問どおり、汚染獣の食べ残しが見当たらないのはおかしな話ですね」

昨夜のカリアンの用件はこのことであり、今回、レイフォン達はこの都市を調査するために訪れた。
現在、ツェルニは最後の一つとなったセルニウム鉱山に接近している。それはつまり、都市が補給を求めているということだ。
けれど、今回はその補給にイレギュラーが存在した。ツェルニの進路上にあるこの都市だ。
通常、都市は自身の保有するセルニウム鉱山を基点に領域を築いている。故に他所の都市が所有しているセルニウム鉱山には近づかないはずだった。
だが、何事にも例外はつきものであり、今回のこれもその例外だろうというのがカリアンの予測だ。
おそらく、この都市は汚染獣から逃れるために領域、普段進むべきルートを外れてしまった。その上セルニウムが不足し、補給しようとしても領域を外れているためにそれも叶わず、仕方なく近くのセルニウム鉱山に行こうとしたのだろう。それがここ、ツェルニの保有する鉱山だった。
とはいえ途中で力尽き、もし辿り着けたとしても都市は、そこに住む人々は既に滅びてしまっている。この廃都を見詰め、レイフォンは切なく思った。

「幼生体にでも襲われたのでしょうか? もしそうなら、あの数ですから食べ残しも残らないでしょうし」

「それなら、都市の壊れ方がおかしいですよ。見る限り、ほとんどの建物が上から潰される感じで壊されています。これは汚染獣が空からやってきたということで、まず間違いなく雄性体以上の汚染獣だったんでしょう。クララも知っているでしょうが、幼生体の大群なら建物は横から押し倒す感じで壊されているはずです」

「そうですよね。それに、もしそうならこの都市は幼生体相手に滅びるほどに弱い都市ということになります」

更に思考を巡らせる。この都市はおかしかった。何故なら人がいないのだ。
廃都だから当然なのかもしれない。だが、それだけではこの疑問は解決しない。何故なら、死体すら残っていないのだ。

「それにしても、酷い臭いですね」

「腐臭……それと血の臭いもします」

この現状を見れば、この都市が汚染獣に襲われたということは明らかだった。所々に戦いの跡が見られ、その壮絶さを物語っているようだ。
汚染獣が襲来し、武芸者が都市を護るために必死に戦った。そして敗れた。地面には黒く変色した血の染みが残っている。辺りを漂う腐臭からも、この惨劇がつい最近のことだと理解できた。
だが、それならばなぜ死体が残っていない?
この都市の規模を見るに、かなりの大きさだ。使える使えないは別にしても、武芸者の数は十分に揃っていただろう。こうして、戦った跡も見受けられる。なのに骨はおろか、肉片すら落ちていない。
腐敗しきって骨すら残さなくなるほどの時が経った? そんなはずはない。辺りに残る臭いからしてそれはありえない。それに、都市のエアフィルターはまだ生きていた。

「誰かが片付けたのでしょうか?」

「誰かって誰です?」

既に人の気配が絶えた都市。そんな場所で、一体誰が死体を片付けたというのだろうか?
疑問を浮かべるレイフォンに対し、クラリーベルはポツリと自分の予測を述べた。

「電子精霊でしょうか?」

「電子精霊?」

レイフォンは思わず聞き返してしまった。電子精霊とは都市の意思だ。レイフォンはその電子精霊を直接見たことはないが、そんなものがわざわざ死体を片付けるとは考えられなかった。

「えっと、レイフォン様。廃貴族とかご存知ありませんか?」

「廃貴族?」

またも聞き返す。レイフォンは聴いたことのない単語に首をかしげ、クラリーベルはそれを知らないレイフォンに意外そうな顔をした。

「ご存じないんですか? あれ、これって秘密でしたっけ? でも、天剣授受者の中には知ってらっしゃる方もいますし。まぁ、大方陛下が伝え忘れてるだけなのでしょうが」

思考を巡らせ、一人うんうんと頷いて完結するクラリーベル。彼女の言葉にレイフォンは更に首をかしげ、わけがわからないといった表情をした。

「廃貴族とは、壊れた都市が生む狂える力なんですよ」

「はい?」

「元々は電子精霊なんですけどね。汚染獣の襲撃で都市が滅びたりすると、その憎悪を糧に狂う電子精霊がいるんですよ。それが廃貴族です」

クラリーベルの言葉に、レイフォンは『はぁ』と曖昧な返事をすることしか出来なかった。
こんな話、やはりそう簡単には信じられない。クラリーベルが嘘を言っているとは思えないが、それでも疑問を感じずにはいられない。まるで現実味を感じることが出来なかった。

「ひょっとしたら、この都市には廃貴族がいるかもしれません」

「嬉しそうですね、クララ」

「はい! だって廃貴族ですよ。グレンダンがサリンバン教導傭兵団を創設してまでも捜し求めている」

「え?」

「あれ、レイフォン様。これもご存じなかったんですか? サリンバン教導傭兵団の現団長はサイハーデンの武門の者と聞き及びましたが」

「ええっ!?」

満面の笑みで続けられるクラリーベルの言葉に、レイフォンはまたも素っ頓狂な叫びを上げた。これも初耳であり、先ほどから驚いてばかりだ。
これはレイフォンが知る、知らされていない以前に、ただ無知であるだけかもしれない。現在は訳あって刀を使っていないが、それでもレイフォンはサイハーデン刀争術を修めた者だ。同じ武門に属する者を知らなかったでは済まされない。

「まぁ、こう言ってはなんですが……レイフォン様はその、あまり賢明な方ではありませんから」

「放って置いてください」

クラリーベルの遠回しな言い方にレイフォンは少しだけ傷つき、がっくりと肩を落とした。

「それはそうと……なんでグレンダンはそうまでして廃貴族を求めるんですか?」

「それはですね」

サリンバン教導傭兵団。それはグレンダンの名を他の都市まで知らしめ、武芸の本場と称させるほどの最強の傭兵集団。
グレンダンはそんな傭兵団を創設してまで、どうして廃貴族を求めるのだろうか?

「込み入った話はそれくらいにしてください。興味もないですし。それで、これからどうするんですか?」

クラリーベルがレイフォンの問いに答えようとしたところで、フェリの待ったがかかる。
彼女は不機嫌そうな表情で二人を見渡し、めんどくさそうに、いやいやながら指示を仰いだ。

「え、ああ、そうですね。ええっと、僕達の任務はこの都市の安全調査でしたね」

ツェルニの進路上にあるこの廃都。探査機などの調査で周辺に汚染獣の姿はないが、この都市が汚染獣に襲われたのは明らかだった。
だが、汚染獣の生態は未だに解明されておらず、ひょっとしたら次なる獲物を求めて汚染獣が潜んでいるかもしれない。それを確認するために、レイフォンは小隊を率いてここを訪れた。

「都市の半分ぐらいなら一時間ほどで、この都市全てなら二時間ぐらいあれば私の念威で調べられますが」

第十八小隊の念威繰者であるフェリ。彼女は自身の才能を毛嫌いし、念威繰者という生き方に疑問を持っているが、今回ばかりは念威を使うのを拒まなかった。
何故ならめんどくさいからだ。わざわざ歩いて都市を隅々まで調査するより、念威を使った方が手っ取り早く、楽だからだ。

「そうですか。それじゃあ……」

「ちょっと待ってください」

レイフォンはフェリの念威の才を知っている。その能力に疑いはなく、あっさりとフェリの案を受け入れようとした。
だが、そこで今回の調査に同行していたゴルネオから抑止の声がかかる。

「確かにそちらの方が早いでしょうが、それだけでは納得しない者もいますので。どの道、直接見て回る必要があります」

「そうなんですか」

ゴルネオの言葉に、レイフォンは素直に頷いた。武芸者としての能力はレイフォンが遥かに上だが、やはりこういった経験では上級生のゴルネオが勝っている。
この調査にはレイフォン達第十八小隊だけではなく、ゴルネオ達第五小隊までもが参加していた。とはいえ、たった二小隊でこの広い都市を見て回るとなると骨が折れるだろう。
めんどくさい。そう思って、フェリはゴルネオに不機嫌そうな視線を向ける。

「しゃーっ!」

その視線にはゴルネオではなくシャンテが反応した。フェリに視線を向け、威嚇するような叫びを上げる。

「……なんですか、この猿は」

「こら、やめろシャンテ!」

フェリの冷ややかな視線と、ゴルネオの抑止の声。シャンテは未だにいきり立っていたが、それでひとまずは大人しくなる。

「それでは、二手に別れて調査を始めたいと思います。いないとは思いますが、汚染獣には気をつけて。もし現れたら即逃げてください。僕とクララが倒しますので」

「はい」

レイフォンの提案に今度はゴルネオが素直に頷いた。こんなに広い都市なのだ。隅から隅まで調べるのなら二手に分かれた方が効率がいい。
戦闘に関しても、この場でレイフォンとクララの右に出るものはいない。第十八小隊と第五小隊はこの場で別れ、それぞれ調査へと向かった。


†††


「成果はなし、ですか……」

「はい」

時刻は現在夕刻。暗くなってきたので本日の調査は打ち切り、続きは明日ということになった。
レイフォンはゴルネオとこれまでの調査について話し合っていたが、成果はまったくなかった。

「まぁ、何も問題がない方が安全ってことですけどね」

「そうですね。明日にはツェルニがこちらに来ますので、それまで何事もないのが一番です」

何もないのが一番いい。そう結論付け、レイフォンとゴルネオは互いに頷き合った。

「しかし、廃貴族ですか。確かにその可能性もありますね。てっきり与太話の類だと思っていたのですが」

「あ、ゴルネオ先輩は廃貴族についてご存知だったんですか」

「はい、一応は」

「うぅ……僕って勉強が足りないのかな?」

レイフォンは落ち込んだ。彼に唯一弱点があるとすればそれは勉強だ。
他を寄せ付けぬほどの武芸の才があり、家事万能、おまけにルックスもよし。そんなレイフォンでもこればかりは大の苦手だった。
がっくりと肩を落とすレイフォンに対し、ゴルネオは慌ててフォローを入れる。

「し、しかし、先ほども言いましたがこれは真偽が定かではない話ですので。自分も与太話と思っていましたし、そうそう知れ渡っている話でもありません。むしろ知らない者の方が多いかと。ですからヴォルフシュテイン卿が気にする必要はありません」

「そう、ですか……」

「ええ、ですから……」

「ゴル、見て見て~!」

ゴルネオが更に言葉を続けようとする。だが、そこで陽気なシャンテの声が響いてきた。

「ん?」

ゴルネオは声のした方に視線を向ける。

「獲ってきた!」

「ぶっ!?」

そこでは槍の錬金鋼を復元したシャンテが、獲物を前にしてにかっと笑っていた。獲物とはシャンテの足元に転がっている豚である。
この都市には生存者はいなかった。そのほとんどが汚染獣に襲われてしまったのだろう。
けれど、いくつかの生体反応はあった。それは養殖湖の中の魚だったり、生き残った家畜だったり。シャンテが獲ってきたのはその生き残りの家畜だった。

「凄いですね。そろそろ夕食時ですし、今夜は豪華な食事になりそうです」

「あたしは丸焼きがいい!」

「確かにそれが手軽かな? 香辛料とかがあればいいけど」

ゴルネオの話では、シャンテの育ちは少々特殊で、獣みたいな奴らしい。
森海都市エルパ出身で、なんでも獣に育てられたとか。その影響か、シャンテは狩猟本能を持っている。
家畜の生き残りを見つけたシャンテはその狩猟本能を刺激され、豚を狩ってきてしまったのだ。
だが、それは別に悪いことではない。頭を痛めるゴルネオを他所に、レイフォンは今日のおかずが一品増えたと喜んでいた。

「やっぱり、携帯食料よりもあったかいものを食べたいですよね」

「おう!」

意気投合するレイフォンとシャンテ。任務の話はこれで終わり、夕食の準備に取り掛かることにした。



「うまそうだが……なんつう豪快な料理だ」

シャーニッドは引き攣った表情で食卓に並んだ料理を見る。別に料理自体に不満はないのだが、この光景には目を見張ってしまう。
食卓の中央にでんと載ったメインディッシュ、豚の丸焼き。シャンテは瞳を輝かせ、ゴルネオは頭痛を耐えるように頭を押さえていた。

「実際に美味しいと思いますよ。味付けもバッチリです」

レイフォンは食料品店の廃墟から香辛料を見つけ出し、それをふんだんに使用した。
こんな料理など滅多に食べられないだろうから、味には拘ったのだ。

「ちなみに私が焼きました。こう、化錬剄で一気に」

「武芸の才の無駄遣いだな」

誇らしげに言うクラリーベルに、シャーニッドは呆れたように呟く。
習得が難しく、その分使いこなせれば強力な化錬剄だが、それを料理に使うだなんてどれほど技術の無駄遣いなのだろうか?
ナルキもシャーニッドと同じ気持ちらしく、うんうんと頷いていた。

「養殖湖には魚がいたので、そちらも獲ってきました。鋼糸を編んで網みたいにして。大量ですよ」

「焼き魚ですか。そっちも美味しそうですね」

だから技術の無駄遣いだと突っ込みたかったシャーニッドだが、食卓に漂う匂いに胃袋を刺激された。腹が鳴り、空腹を訴える。

「ゴル、もう食べていい? 食べていい!?」

「まだ待て」

それはシャンテも同じようで、むしろ今までよく耐えていたと言うべきか。よだれをダラダラと垂らし、ゴルネオに窘められている。

「もういいですよ。たくさんあるので、いっぱい食べてくださいね」

「やったー!」

「……すいません」

レイフォンは苦笑しながら許可を出す。
シャンテは料理に飛びつき、ゴルネオは申し訳なさそうに謝罪した。

「構いませんよ。それよりお腹も空きましたし、早く食べちゃいましょう。おかわりもありますから」

皆で食卓を囲む。一部の者がわいわいと騒いだ。
シャンテは食べまくり、シャーニッドはなんだかんだで順応する。クラリーベルは始終笑顔で、レイフォンやナルキに話題を振っていた。
レイフォンとナルキはクラリーベルの話に相槌を打ち、ゴルネオはシャンテが暴走をしないように見張っている。他の第五小隊の面々も楽しそうで、ただ一人だけ、この空気についていけないフェリが不機嫌そうな表情を浮かべていた。
それに気づいたクラリーベルが今度はフェリに話題を振るも、フェリはめんどくさそうに、迷惑そうに表情を歪めていた。
こうして夜は更けていく。今日一日ではこの都市の調査はなんの成果も上げられず、明日に持ち越されることとなった。


†††

「まったく、ツェルニじゃ見なかったのに、まさかこんなところで出てきましたか」

都市の調査では何の成果も出なかった。だから、続きは明日になるはずだった。

「久しぶりですね。ここ最近会えなかったので、少しだけ寂しかったんですよ」

それなのにクラリーベルはここにいた。たった一人で、誰もいない空間に佇んでいた。
いや、その言葉には御幣が合った。誰もいないわけがない。誰かがいる。人ではない、何かがここにいた。

「狼面衆」

それは集団だった。人ではない。だけどいくつもの人の姿をした存在がクラリーベルを囲んでいる。
それぞれが武器を手にし、クラリーベルを打倒しようとしていた。

「それじゃあ、遊びましょうか」

それをクラリーベルは正面から迎え撃つ。けれど、これは戦いではない。遊びだ。そう感じられるほどまでにクラリーベルと狼面衆と呼ばれた集団には実力差があった。
まるで大人と子供の喧嘩。たとえ狼面衆がどれだけいようと、彼らではクラリーベルに傷一つ負わせることすら叶わない。

「少しは抵抗してくださいね。じゃないと、遊びにもなりませんから」

胡蝶炎翅剣が振るわれる。一薙ぎごとに狼面衆が切り裂かれ、倒れていく。倒れた狼面衆は飛散し、まるで霧のように消えていった。
振るう、薙ぎ払う、斬る。その動作はまるで舞のようであり、クラリーベルは誰もいない戦場で優雅に舞っていた。

「弱い、本当に弱いですね、あなた達は。一体何のために現れたんですか?」

クラリーベルの問いかけに、狼面衆達は答えない。無言で、ただクラリーベルに切り裂かれて還っていくだけ。
既にほとんどの狼面衆が還され、いつの間にか残りは一人だけとなっていた。

「はい、これでお終いです」

その一人もクラリーベルの手によってあっさりと還された。未だ誰もいない、気配すら感じられない不思議な空間。そこでクラリーベルは、短いため息を吐いた。

「まぁ、こんなものでしょう。それにしてもレイフォン様はこちら側の存在ではなかったということでしょうか? いや、これに係わるのは血筋的なものですからね。私の王家としての血がこの存在を教えてくれる。だから、そう決め付けるのはいささか早計かもしれません。しかし、廃貴族の存在を今までご存知なかったみたいですし……」

ぶつぶつと呟く。思考を巡らし、憶測を立て、想像する。そんなクラリーベルの元に、今度は狼面衆ではない別の存在が現れた。

「あら?」

「汝がそうか?」

それは山羊だった。黄金の牡山羊。幻想的で、見るものを圧倒する威圧感を持った存在。牡山羊は大きく、あまりにも立派な角は無数に枝分かれし、夜の闇を黄金色の光が照らしていた。足から角までの高さでクラリーベルの身長を超えている。その存在を前にし、クラリーベルは驚いたように口を開いた。

「初めて見ました……これが、廃貴族なんですね」

「汝、炎を望む者か? 資格を持つ者か? 我が身は既に朽ち果て、もはやその用を成さず。魂である我は狂おしき憎悪により変革し炎とならん。新たなる我は新たなる用を為さしめんがための主を求める。汝、我の主となれ。さすれば我、イグナシスの塵を払う剣となりて、主が敵の悉くを灰に変えん」

牡山羊の声。事情を知らない者が聞けば混乱しそうだが、幸いにもクラリーベルは事情を知っている。
事情を知り、その上でクラリーベルは廃貴族に興味を持った。

「いいでしょう、その話乗りました」

廃貴族とは、壊れた都市が生む狂える力。
電子精霊だったそれは、本来なら都市を動かすために使う力を宿主となった者に使う。その御礼を受けた者は強大な力を持つとか。クラリーベルはそう聞き及んでいた。
だから興味があった。廃貴族の御礼、強大な力に。その力があれば天剣授受者にも匹敵するのではないか?
武芸者なら誰もが力を求める。強くなろうとするのが武芸者の本質であり、クラリーベルもまた例外ではない。だから求めた。廃貴族という存在を。

「汝、我を受け入れよ!」

「はい」

互いに互いを受け入れる。双方の利のために、目的のために。
レイフォンの知らないところで、事態は大きく変化していった。


†††

「れいふぉ……あるせい……くら……る・ろんすまいあ……」

夜、廃都で怪しい人影がうろついていた。襤褸切れのような服を身に纏い、空ろな瞳でさ迷う怪しい人影。
ぶつぶつと、ぼそぼそと人影は呟き続ける。

「てんけ……んけん……」

それはまるで亡霊。過去に囚われ、自由を奪われ、野望を奪われた抜け殻。
人を捨てた、または捨てざるを得なかった存在は、放心したように廃都をさ迷い続けていた。


















あとがき
大変お待たせしました。クララ一直線更新です。
しかし、今回はレイフォンとクララの絡みが少ない……そこはまぁ、次回辺りやりたいと思っていますが。
かなり良好な関係のゴルネオとレイフォン。まぁ、ガハルドの件に関しては隠蔽されてますんで、当然といえば当然かな?
ちなみに原作読んでて思ったんですが、狼面衆って汚染獣を操れる、または操れなくとも誘導などはできる存在なのではと思ってます。原作9巻ではそんな感じでサヴァリスに取引を持ちかけてましたしね。
そんなわけで次回は……

最近バイトとかが忙しくってSSの更新が進みません。ですががんばりますよ。
次回は史上最強の弟子イチカだ。更新がんばります。



[29266] 第13話 ガハルド
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/05/23 20:58
「これは……」

「痛ましいですね……」

夜が明け、都市の調査はなおも続いていた。第十八小隊と第五小隊は共に探索し、あるものを発見する。
それは墓だった。生産区の巨大な農場に立ち並ぶいくつもの墓。とはいえ、それはとても貧相な作りのものだった。せいぜい、穴を掘って死体を埋め、それに土をかぶせただけのもの。
もっとも、滅んでいく都市だったらこれが限界だったのかもしれない。

「獣にでもやられたのか? ひでーもんだ」

いつも軽口を叩くシャーニッドですら表情を歪ませた。誰が作ったのかは知らないが、こんな貧相な墓でも墓は墓。死者の魂を慰めようと、この墓を作った人物は必死だったのだろう。
それなのに墓はあらかた掘り起こされており、辺りには喰い散らかされた肉片が転がっている。これらは、都市の住民だった者達のものだろう。

「まだ、この都市には家畜などの反応が残っています。おそらくはその中の獣の仕業だと思いますが……」

「そうですか」

フェリの説明にレイフォンは相槌を打つ。いつも素っ気無く、無表情でクールな佇まいをしているフェリだが、それでもこの光景を見て平気なわけが無かった。わかりにくいが、僅かに表情を歪めている。
それも当然だろう。むしろ、こんな光景を見て平然としていられることの方が希少だ。掘り返された墓を眺め、レイフォンは僅かに心が痛んだ。

「悲しいですね。どれだけ鍛えようと、どれだけ強くなろうと、人はこうやって死ぬんですね。死んだらただの肉の塊。この死体も、私達も対して変わらないんですね」

「クララ……」

レイフォンの隣では、クラリーベルが柄にもなくセンチメンタリズムなことを言っていた。それが意外で、レイフォンは思わず眉根を寄せる。

「ですから私は、いつ死んでもいいように、後悔しないようにその日その日を精一杯生きてるんです。その方が人生も楽しいですから」

クラリーベルは笑う。笑いながらもその場にしゃがみ、目を閉じた。墓はもはや墓の役割を果たしていなかったが、それでもクラリーベルは手を合わせて死者達に祈った。

「……………」

レイフォンも無言でクラリーベルの横にしゃがみ、手を合わせて目を閉じる。自分達がこの都市の者達にしてやれることは、こうして祈ることくらいしかなかった。
クラリーベルとレイフォンを真似るように、ゴルネオも手を合わせた。ゴルネオがやればシャンテもやる。とはいえ、彼女の場合は意味がよくわかっておらず、ゴルネオのやることをただ真似ただけのことだが。
続いてフェリ、ナルキ、第五小隊の面々、そしてシャーニッドまでもが手を合わせる。死者達の魂を少しでも慰めるために、皆は一心に祈った。

「これからどうしましょうか?」

祈りが終わり、レイフォンがこれからについて問う。都市の探索は既にほとんど終わっていた。
生産区、住宅街、工業区、中心部にシェルターなどなど、大抵の場所は調べ終わったはずだ。あとは、ツェルニがこちらに来るまで待機するくらいしかやることがない。

「待ってください! これは……生体反応!? それも人のものです」

それに待ったをかけるフェリの声。念威繰者であり、表情を変化させることが苦手なフェリの顔が驚きに満ちていた。
この都市には僅かに家畜や養殖湖の魚などの生体反応が残っていたが、昨日の調べでは人の反応はまったく残っていなかった。この都市にはもはや生き残りはいない。それがレイフォン達の出した結論だった。
だが違った。生き残りが、人がいた。もっとも、考えてみれば当然だ。こうして墓がある以上、墓を作った誰かがいるということだ。ならば、その人物と接触して、事情を聞くなり、保護するなりしなければならない。

「フェリ先輩、その人はどこに?」

「待ってください。今、呼びかけています」

フェリが念威越しに相手に呼びかけているようだ。レイフォンは言われたとおり、フェリの返答を待った。

「あ……」

フェリから漏れた声。その声と共に、フェリの表情が不機嫌そうに変化した。

「端子を確認するなり逃げられました。どうやら、機関部の方に向かったようです。まったく、面倒なことを」

無表情だが、それ故に不機嫌そうに見える。仏頂面で、イライラを募らせているようだった。

「放って置くわけには行きませんよね」

「そうですね。この都市唯一の生存者です。聞きたいことは山ほどあります」

ゴルネオの返答を聞き、ならばとレイフォン達はフェリの案内で機関部へと向かった。
それは都市の中心部付近にあった。この都市のほとんどを探索はしたが、さすがに機関部はまだだった。

「その人はこの中に入っていったんですね?」

「ええ、確かにここに入っていきました。しかし、どういった理由で逃げ出したのでしょう?」

レイフォンの問いかけに、余計な手間を増やされたフェリはめんどくさそうに言う。その言葉に考えさせられ、レイフォンは顎に手を当て、ポツリと呟いた。

「罠……でしょうか?」

「そんなに深く考えないでも、直接行ってみればいいじゃないですか。罠だったらその時はその時です」

「クララ……」

楽観的なクラリーベルの言葉に呆れたように、レイフォンは引き攣った表情を浮かべる。確かに生存者に合う必要があるのだが、ここはもっと慎重に動くべきだと思うのがレイフォンの意見だ。

「フェリさん、その人は機関部のどこにいるかわかりますか?」

「いえ、それが地下は念威が通りにくく、申し訳ありませんが一旦見失ってしまいました」

「なら、人海戦術がいいですね。いくつかに別れて探しに行きましょう」

フェリが生存者を見失ったのは、確かに地下だと念威が通りにくいと言う理由もあるだろう。だが、フェリの場合は少し違う。彼女は地下でも苦にならないほどの念威を使えるだろう。
だが、フェリは念威繰者としてのあり方を苦痛に思っており、念威をあまり積極的には使いたがらない。なので、対抗試合のように今は念威の手を抜いていたのかもしれない。なので生存者を見失った。
とはいえ、見失ったのは生存者が逃げ出したことが原因だし、このような余計な手間が増えてしまったためにクラリーベルはフェリに特に何も言わず、話を進めていった。

「フェリさんと第五小隊の念威繰者はここに残ってください。シャーニッド先輩とナルキ、それから第五小隊からも一名、えっと……クルーゼさんでしたっけ? あなたにはここでフェリさんたちの護衛をしていただきたいと思います。あとは私とレイフォン様が個人で、ゴルネオさんはシャンテさんと、あとは残りの方々というように四つに別れるのはいかがですか?」

「ちょ、クララ」

機関部の探索をするというのには賛成だ。フェリの念威は優秀だが、それだけで納得する者もいないため、結局は直接入って調べる必要がある。
何手かに別れるのも、意外にも広い機関部を探索するのには有効な手段だろう。だが、レイフォンが心配しているのはクラリーベルが一人になると言う点についてだった。

「僕はあなたの護衛なんですよ」

「ああ、そういえばそうでしたね。すっかり忘れていました」

「忘れないでください」

「ふふっ、でもレイフォン様。私がただの人に遅れをとると思いますか?」

「それは……」

クラリーベルの護衛として、あまり彼女を一人にするのはよろしくない。だが、同時にクラリーベルには護衛をする必要はないだろうとも思っている。
彼女を相手に同行できる人物など、それこそ天剣授受者のような存在だけだ。グレンダンでも上位の戦闘力を持っているだけに、レイフォンにはクラリーベルが危機に遭う姿がまったく想像できなかった。
ツェルニで、レイフォンがクラリーベルに対してしていることは彼女の暴走を止めるくらいなものだ。

「自分は、ヴォルフシュテイン卿とクラリーベル様がよいのであれば問題はありません」

「だ、そうですよ。いいですよね、レイフォン様」

「う~ん……」

クラリーベルも、今回のような任務ならばそんなに暴走はしないだろう。ゴルネオもこう言っているし、正直分かれた方が効率的に探索も出来る。

「わかりました、それで行きましょう。けどクララ、くれぐれも無茶をしないでくださいね」

「は~い」

なのでレイフォンは、少しだけ渋ったが結局は許可を出す。
けれどこれが間違いだった。まさかあのようなことになるなど、この時のレイフォンは微塵も思わなかった。
そして後悔する。クラリーベルを一人で行かせてしまったことを。


†††


「油臭いな」

「ったく、なんでこんな場所を探索しないといけないんだよ」

「そういうな。それに、腐敗臭がしないだけ上よりマシだろ」

オイルと触媒液の混ざった臭いに顔をしかめる第五小隊の面々。
三年生のランディと、同じく三年生のセロン。そしてこの中では最年長、四年生のバッセは一組となって機関部内を探索していた。

「機関部掃除をやってるやつらはご苦労なことだ。よく、こんなところで働けますね」

「それが仕事なんだろ。その分、給料もいいはずだし」

「とはいえ、いくら高い給料をもらっても、俺はこんなところを掃除するのはゴメンですけど」

この都市の電源はいくつか生きていたが、流石にこの機関部までは生きていなかったようだ。真っ暗な闇に覆われ、薄暗く狭い空間を彼らは歩いていく。
けれど、視界は念威繰者の補助により良好。雑談をしながらも辺りをしっかりと見渡し、先へと進んでいく。

「あ~あ、しかしやってらんねえ。なんでこんな場所をむさい男三人で行かなきゃいけないんですか」

「おい、誰がむさいんだ、誰が」

「あいて!」

ぶつくさと文句を言うランディの背中を、バッセが軽く蹴飛ばした。
ランディは背中をなで、たははと苦笑しながら弁解をする。

「い、いやぁ……男っ気ばかりで、女っ気がまったく無いから寂しいなぁ、なんて思いまして」

「確かにこんな暗い場所で、一緒に歩くならかわいい女のこの方がいいな」

「お、だろ、だろ。さすがセロン。話がわかるな」

「お前ら馬鹿だろ」

あまりにも馬鹿馬鹿しい会話をする後輩二人に、バッセはとても冷ややかな視線を向けていた。

「そういいますけどバッセさん、想像してみてください。こんな薄暗い空間をかわいい子と二人で歩く自分の姿を」

「そんなものを想像してなんになる?」

「いや、いいですから、とりあえずしてみてください。何か思うところはありませんか?」

「特にないな」

「かーっ、バッセさんはどうしてこう枯れてるのかな!? うちの小隊ではシャンテ先輩の次に人気があるのにもったいない」

素っ気無いバッセの反応に、頭をがーっと掻き毟るランディ。
実際、彼の言うとおりバッセは人気があった。小隊員はエリート、一般人にとっては憧れの存在であり、その上バッセは容姿もそれなりに整っている。第五小隊の主力であり、腕は確か。勉学にいたっても優秀。むしろもてない理由がなかった。
第五小隊ではシャンテがその容姿、獣や愛玩動物のようなかわいらしさで女生徒に一番人気があるが、バッセはそれに次ぐほどの人気者である。

「いいですか、バッセさん。なんの面白味のない探索ですけど、これがかわいい子と一緒だったらテンションはもう右肩上がりで上昇します」

「馬鹿の理屈だな」

「馬鹿馬鹿って、男なら当然でしょうが」

「男がいつもそんなことばかり考えていると思うなよ、この馬鹿め」

「俺はいつもこんなことばかり考えています!」

「……………」

バッセは冷ややかな視線を浴びせ、無視することを心に決めたが、それにも構わずランディは話し続けた。

「とりあえず、これが女の子と二人っきりだったら親密な関係に発展しないかな、してくれるといいな、なんて思ってるわけですよ」

「……………」

「なのにむさい男が三人。これ、なんて罰ゲーム? 可憐な美少女と一緒に歩きたいです!」

「……………」

「わかりやすく言うと彼女が欲しい。この一言に尽き……あいたっ!?」

この馬鹿話がまったく終わる兆しをみせないので、バッセはもう一度ランディの背中を蹴飛ばした。今度は結構本気で蹴ったために、ランディは痛そうに地面を転げまわっている。

「いつまでも馬鹿な話をしてんじゃねえよ、この馬鹿。今は任務中だろうが」

「相変わらずランディに容赦ないですね、バッセさん」

「この馬鹿が悪いんだよ」

「ぐぇっ……」

馬鹿馬鹿と連呼し、バッセは転げまわっているランディをわざと踏みつけてから先へと進む。
もう、入り口からかなりの距離を歩いたはずだ。第十八小隊と第五小隊の皆で広範囲を探索しているため、そろそろ見つかってもいい頃合だ。

「あいてて……ひでーっすよ、バッセさん」

ランディから抗議の声が上がる。けれどバッセはそれも無視し、息を潜めた。
何故なら、非常に嫌な予感がしたからだ。

「バッセ先輩、生存者を発見しました」

「お、ついに見つかったのか? たっく、余計な手間をかけさせやがって」

第五小隊の念威繰者から連絡が入る。その連絡に、ランディはめんどくさそうに頭を掻きあげた。
バッセは息を呑む。這いよってくる奇妙な感覚。何故か唐突に不安に駆られ、これが嫌な予感の正体なんだと確信する。

「すぐ近くにいます。もう、そちらでも視認できる距離ですよ。接触を図ってみてください」

「お、あいつか。お~い、あんた……」

そんな中、発見した、この機関部に逃げ込んだ生存者の姿を。その人物は、この暗闇の中明かりもともさずに、ただその場に突っ立っていた。
ドクンと、バッセの心臓が一際大きく脈打った。

「下がれ、ランディ!!」

「へっ?」

思わず叫ぶ。ランディはバッセの声に呆気に取られ、思わずそちらを振り向いてしまった。生存者に無防備な背中を晒し、バッセに間の抜けた表情を向ける。

「あ……」

「ランディ!!」

次の瞬間、ランディの胸元が鋭いもので貫かれた。それは爪だった。獣のような、巨大な爪。それが背中からランディの胸を貫き、ポタポタと血が地面に落ちていく。

「そんな!? 馬鹿なっ!!」

念威繰者が焦りに満ちた声で叫ぶ。脳内で様々な情報を統制するため、感情の変化が乏しくなりがちな念威繰者だったが、それを感じられないほどに今の彼は慌てていた。

「確かに人の反応でした。自分と第十八小隊の念威繰者も、この生体反応を確かに人間のものだと認識していました」

アレが人間なものか。ランディの胸元を貫いた存在とは、あの生存者。右腕を異形のものへと変貌させ、その右腕でランディを殺した。

「う、うぇ……ごほっ!!」

セロンがその場に蹲り、胃液をぶちまけた。何故ならランディを殺したものは、そのままランディを引きちぎり、肉片となった彼を食し始める。
ばりぼりと、骨の砕ける音がこの機関部に響いた。

「けど違います。アレは……あの反応は、汚染獣のものです!!」

念威繰者から伝えられた真実、それはまさに絶望。
生存者、汚染獣はランディだったものを食い散らかすと、今度はその視線をバッセ達へと向けた。

「ぐるる……」

唸りを上げる。それは正真正銘、飢えた獣が獲物を前にした時にする反応だった。
バッセ達は餌とみなされ、汚染獣に睨まれる。

「う、うわぁ……」

「待てセロン!」

セロンは背を向け、一目散に駆け出した。それにバッセも続く。
そうなれば当然、汚染獣は獲物を追う。つかまれば即死亡、死の鬼ごっこが始まった。


†††


「くそっ、汚染獣だと!?」

「隊長、急いでください! ランディが、ランディが……」

「くそっ、くそ、くそ!! 急ぐぞシャンテ!」

「うん!!」

第五小隊隊長、ゴルネオは焦っていた。事情は念威越しの会話でしか知らないが、それでもとんでもないことが起こっているのは間違いない。
ゴルネオはシャンテと共に至急現場へと向かう。だが、そんな彼らに待ったをかける声があった。

「待ってください、ゴルネオさん。相手は汚染獣です! 一人で行かないでください」

「しかし、それではランディ達が……」

「大丈夫! 一人じゃない。ゴルにはあたしがついてるから!」

「そういう問題じゃありません」

その声の主はレイフォンだった。念威端子を介し、ゴルネオ達に抑止をかける。

「いいですか? 最初は間違いなく人の反応だったんです。その正体は汚染獣だった。これからわかることは、その汚染獣は人に寄生するタイプだったと言うこと。前にデルボネさんに聞いたんですが、汚染獣の中には人の体内に侵入する極少のものまで存在するとのことです。そんな奇奇怪怪な変貌を遂げる汚染獣は……」

「レイフォン様、ここから現場には私が一番近いので先行しますね」

「ちょ、クララ!?」

レイフォンが続けようとした言葉を遮り、クラリーベルは現場へと急行した。何度か呼びかけてみるが、既にクラリーベルからの返答はない。
レイフォンは頭を掻き毟り、とりあえずゴルネオ達に指示を出した。

「いいですか、絶対に現場には近づかないでください。むしろ、即刻ここから避難してください」

「ですが……」

「これは命令です。ツェルニの小隊長としてではなく、天剣授受者としてゴルネオ・ルッケンス、あなたに命令します」

「……わかりました」

レイフォンはツェルニで一番実戦経験が豊富だ。これはゴルネオも認めており、カリアンにはもしもの事態に面したら総指揮を取る許可をもらっている。
また、グレンダン出身のゴルネオがレイフォンにこのようなことを言われたら、それに逆らえるわけがなかった。

「クララ……無理はしないでくださいね」

クラリーベルの身を案じ、レイフォンも現場へと急行した。


†††


「嫌だ……嫌だ嫌だ! 死にたくない、死にたくない!!」

セロンは逃げる。背後を振り返らず、全力で力の限り走った。
前方を気にする様子すらなく、何度か体を壁にぶつけたりもしている。

「あぐっ……」

機関部の通路、曲がり角で再び壁に体を衝突させた。セロンはもんどりうってその場に倒れこみ、苦痛に満ちた表情を作る。

「ランディ、バッセ先輩……」

それでもセロンは、床を這うようにしてその場からの撤退を試みる。もう、生き残りは自分しかいない。ランディが死に、バッセも追いつかれて殺され、三人の中で残されたのはセロン一人だけだった。

「た、助け……助けてください、隊長!」

背後から足をとが聞こえる。ガンガンと、床を踏みつけるような足音。人の姿をした汚染獣は、走ってすぐそこまで迫っていた。

「あ、あぁ……」

汚染獣がセロンの背中を踏みつける。これではもう逃げることも出来ない。
セロンは背中を圧迫され、床を見詰めながら自身の最期を予見した。

「いや、だ……いやだ……」

泣こうが、叫ぼうがもはやどうにもならない。汚染獣の右腕が振り下ろされる。セロンは目尻に涙を溜めて、ぎゅっと瞳を閉じた。
汚染獣の右腕が切り飛ばされる。そのまま追撃の蹴りが入り、汚染獣は吹き飛んだ。セロンの予見した瞬間はやってこなかった。

「……え?」

「まさに間一髪ですね」

セロンを救った者、汚染獣の右腕を切り、蹴り飛ばした人物、それはクラリーベルだった。
胡蝶炎翅剣を携え、セロンを見下ろすように佇んでいた。

「まさか老生体でしたか。予感はしていたんですけどね、あの墓の惨状を見た時からこの都市に汚染獣がいるってことは」

クラリーベルはポツリと呟く。未だに事情を理解できていないセロンは、呆けながらクラリーベルを見上げることしか出来なかった。

「なにをしているんですか? 早く逃げてください。ここは私が引き受けますから」

「え、で、でも……」

「あなたは戦えるんですか? それにいられても、正直邪魔ですからとっとと消えてください。ほら」

クラリーベルは未だに地面に這いつくばっていたセロンの尻を蹴飛ばす。セロンは慌てて起き上がると、クラリーベルの言葉どおりに一目散に逃げ出した。

「さてと」

クラリーベルは通路の先へと視線を向ける。先ほど蹴り飛ばした汚染獣も起き上がり、こちらへと迫ってきた。

「うがあっ!!」

汚染獣は残った左腕でクラリーベルに突きを放つ。クラリーベルはその突きをかわし、汚染獣の耳元で囁くように言った。

「まさか、またあなたの右腕を切り落とすことになるとは思いませんでした、ガハルド・バレーン」

人の姿をした汚染獣、その正体とはグレンダンにいるはずのガハルドだった。この男の顔を、クラリーベルが見間違えるはずがない。
だが、どうしてクラリーベルに右腕を切り飛ばされ、植物状態となったこの男がここにいる?

「まぁ、あなたがここにいる理由なんて、正直どうでもいいんですけどね」

理由はわからない。だが、今、クラリーベルの目の前にいるのは汚染獣だ。ならば武芸者としてやることはひとつだけ。駆逐するのみ。

「ちょうど、廃貴族の力を試してみたいと思っていましたし。相手が老生体だというのもむしろ望むところです。それに、さっきから廃貴族、メルニスクと言う名前らしいんですけど、彼もたいそうご立腹なようでして」

クラリーベルの体から膨大な剄が溢れ出していた。それが廃貴族の御礼、グレンダンが欲しがっている力。
今のクラリーベルの剄量は天剣授受者に匹敵している。

「あなたですね、墓を荒らして死体をあさったのは」

墓を掘り起こし、前の汚染獣の食べ残しだった死体をあさったのはおそらくこのガハルドだ。汚染獣に寄生されたためか、あの体だと非常に燃費が悪いのだろう。死体をあさり、ランディとバッセを食したがそれでも足りないようだった。
そのためか、メルニスクは非常に怒っている。都市を汚染銃に滅ぼされたために、汚染獣に対する憎しみを抱いていたが、それ以上にこの都市の民が眠る墓を荒らしたガハルドに怒りを向けていた。

「そんなわけですので、行きますよ、ガハルド・バレーン」

両者共に、戦う理由は十分だった。クラリーベルは武芸者としての勤め、またメルニスクの怒りを背負い、ガハルドを敵と認識する。
ガハルドは汚染獣としての本能、飢餓によってクラリーベルを餌と認識した。または私怨。汚染獣に寄生されてもクラリーベルに対する憎悪は収まらず、わざわざここまで追いかけてきたほどの執念。
それらを糧に、クラリーベルとガハルドの命を駆けた戦いが始まった。





「くっ!?」

轟音、爆発。爆風と鼓膜を突き破るような音にレイフォンは姿勢を崩し。引き攣った表情を浮かべた。
幸いにも爆発した場所は遠かったのか、来たのは音と爆風だけ。それと共に周囲の気温が上昇しだし、異変を感じ取るのは容易だった。

「フェリ先輩、一体何が!?」

「クラリーベルが汚染獣と交戦を始めました。その際に彼女の化錬剄の炎がパイプ内に残留していた液化セルニウムに引火し、この爆発が……」

「あの馬鹿!!」

思わず口調が荒らぐ。クラリーベルを罵倒し、さらに急いで現場へと向かう。

「くれぐれもパイプには触らないでください。内部はかなりの熱を持っています」

だからこのように気温が上昇したのだろう。だが、そんなことなど今のレイフォンにはどうでもよかった。

「それよりも、クララは無事なんですか!?」

「……………」

「フェリ先輩!?」

「わかりません。先ほどの爆発で念威端子が破損しました。今、爆発地点を中心に捜索しています」

「くそっ!」

駆ける。もはや限界以上の速度で走っているが、それよりも急ごうとレイフォンは全力で走った。

「パイプの熱が機関部と液化セルニウムのタンクに辿り着けば、さらに激しい爆発が起きます。ここはいったん退避を」

「却下です!」

フェリの抑止を跳ね除け、レイフォンはそのまま現場へと向かう。

「クララ……」

クラリーベルの無事を願って……





「やってしまいました……」

爆発に巻き込まれ、クラリーベルは気まずそうに少しだけ後悔した。
こんなところで化錬剄を使うべきではなかった。おかげで汚染物質遮断スーツは破れ、体のいたるところに軽いやけどを負った。その上、セットの時間のかけた髪の毛もめちゃくちゃ。こんな姿を正直レイフォンには見られたくないと思いながらも、クラリーベルは未だに燃え盛る爆発の中心部から視線を外さない。

「やはりあの程度では死にませんか。仮にも老生体ですからね、それも当然です」

爆発の直撃を受けたガハルドは無傷。だが、彼にはもう人としての面影はなかった。
顔こそは人、ガハルドのものだが、その体躯は異形のものへと完全に変化していた。なくなった右腕が生え、人の三倍ほどはありそうな巨体。赤黒い肉が膨張し、肌はひび割れている。
巨大な翼が背中に生え、全身を鱗のような外皮が覆っていた。あの巨体だからか、機関部の通路ではかなり動きづらそうだった。

「なんですかそれ? 確かに変身して少しは強そうになりましたが、それだとここでは動きにくくないですか?」

クラリーベルの見下したような忠告を聞かずに、ガハルドは生えたばかりの腕をクラリーベルに向ける。
爪が鋭い刃となり、通路を切り裂いた。けれど、クラリーベルはすでにその場所にはいない。

「へぇ、思ったより俊敏な動きをするじゃないですか。けど、それでもまだ遅いですよ」

続いて一閃。再びガハルドの腕が飛ぶ。

「ぐあっ!」

今度は左手を振るったが、クラリーベルはそれをひらりとかわしてガハルドの背中に回った。そして再び一閃。
今度はガハルドの翼が切り裂かれる。

「これが老生体ですか!? 天剣授受者でないと勝てない怪物ですか? あはは、まったくの期待はずれですね」

老生体とはいっても、その強さは千差万別だ。このような奇奇怪怪な変貌を遂げるのは間違いなく老生体二期以降。通常は汚染獣は脱皮を繰り返す度に強くなっていくが、老生体の二期以降は必ずそうなるとは限らない。中には特質的な変貌を遂げ、小型化したりして甲殻による防御力が低下したり、生命力が低下する汚染獣もいる。ガハルドの場合はまさにそれだった。
人に寄生する特質的な能力。人の三倍はある巨体とはいえ、通常の汚染獣よりも遥かに小さい。その分甲殻の強度も低下し、通常の錬金鋼でも致命的なダメージを与えることは可能だった。

「ぐああああああっ!!」

「おっと……再生速度だけは目を見張るものがありますね」

ただ、再生速度。それだけは目を見張るものがあった。クラリーベルが切り飛ばした右腕も翼も、もう既に再生している。
ガハルドはその右腕を使い、クラリーベルを振り払った。

「当たりませんよ!」

クラリーベルの表情が緩む。その表情は、半ば勝利を確信しているようだった。

「へ?」

そのクラリーベルの表情が驚愕に彩られる。クラリーベルの耳にはくぐもったような声が聞こえ、それが次第に大きくなっていたからだ。
ガハルドは現在、口を閉じている。食いしばるように閉じられた唇から、腹の底から出されたような唸り声が聞こえた。次の瞬間、ガハルドの口が開いた。

「咆剄殺!?」

「かぁぁぁぁっ!!」

振動がクラリーベルを襲い、全身が震えた。振動波がクラリーベルに直撃し、体が吹き飛ぶ。
あまりの轟音に一瞬だけ何も聞こえなくなり、鼓膜が破れたのかと思ったほどだ。けれどクラリーベルは衝剄でいくらか咆剄殺を無効化し、すぐさま体制を立て直してガハルドに襲い掛かった。

「まさか初代ルッケンスの奥義を、あなたごときが使えるとは思いませんでした」

胡蝶炎翅剣に剄を込める。ガハルドの並外れた再生速度。それを凌駕するため、一撃でガハルドを屠るための剄を、胡蝶炎翅剣に注ぎ込んだ。

「ですが、これで終わりです!!」

クラリーベルは胡蝶炎翅剣を振りかぶる。化錬剄による炎を纏い、きらめく斬撃。
その斬撃がガハルドを襲う前に、クラリーベルの持つ胡蝶炎翅剣の剣身が消失した。

「きゃう!?」

爆発。胡蝶炎翅剣に注がれた剄があまりにも多すぎ、許容量を凌駕してしまった。それに耐え切れず自壊。
すぐさま胡蝶炎翅剣を手放したクラリーベルだが、その爆風に成す術もなく吹き飛ばされてしまう。

「しまっ……」

錬金鋼を失った。体勢を崩し、無防備な姿をガハルドに晒してしまった。
ガハルドは今度は左腕を、刃物のように鋭い爪を向けてくる。クラリーベルにそれを防ぐ術はなかった。

「ごふっ……」

爪がクラリーベルの腹部を貫いた。背中まで貫通し、血が大量に流れる。
咳き込み、口からは血液が吐き出された。内臓がいったようだ。

「クララ!」

レイフォンの声が聞こえた。一瞬幻聴かと思ったが、その声は確かに聞こえた。
そして気づく。ガハルドの咆剄殺によってやられた聴覚が、いつの間にか回復していたことに。
だけど、そんなことクラリーベルにはどうでもよかった。

「れいふぉん……さま……」

そんなことを気にしている余裕などない。ガハルドが爪を引き抜き、クラリーベルはがくりとその場に膝を付いた。

「クララ!!」

レイフォンはすぐさまクラリーベルの元へ駆け寄り、彼女を支えた。
ガハルドは今度は右腕を伸ばし、レイフォンごとクラリーベルに止めを刺そうとする。

「……邪魔だ!」

その叫びと共に、レイフォンは天剣を振るった。ガハルドは咄嗟に顔の前で両腕を交差することで受け止めようとする。
だが、そんなものレイフォンの前では何の役にも立たない。両腕は切り落とされ、衝撃はそのままにガハルドの巨体が背後に物凄い勢いで飛んでいった。

「クララ! クララ!!」

そんなガハルドには微塵も視線を向けず、レイフォンはクラリーベルを呼びかけ続ける。
留まることを知らない血液。明らかに致死量だ。このまま流れ続ければ、クラリーベルの命はない。けれど、今のレイフォンに治療器具の持ち合わせはない。そもそも、この怪我は応急処置なんかでどうにかなるものではなかった。

「れいふぉんさま……」

それでも、クラリーベルは未だに意識を保っていた。とても弱々しい声でレイフォンの名を呼ぶ。

「あ、あはは……油断しちゃいました」

「あなたは馬鹿です! あれほど無茶をするなって言ったじゃないですか……なんでこんなことを?」

「すいません。少し試したいことがありまして……錬金鋼が壊れて失敗しちゃいました」

「錬金鋼が壊れた!?」

言われて、レイフォンは辺りを見渡した。クラリーベルの周囲には、彼女の錬金鋼である胡蝶炎翅剣の残骸がこれがっていた。だが、これは汚染獣の力によってへし折られたのではなく、強度による不具合でも、ましてや老朽化などによる破損でもない。これは明らかに爆散している。
それはつまり、錬金鋼はクラリーベルの剄量に耐えられずに爆発したと言うことだ。だが、レイフォンの知るクラリーベルにはそんな剄量などないはずだった。

「クララ、あなたは……」

「力を手に入れて、それを試してみたくなって、調子に乗って……結局、私は弱いままでしたね」

レイフォンは今まで、こんなクラリーベルの表情など見たことがなかった。とても儚く、弱々しい表情。
大量の血を失ったためか、顔色も病的なまでに青白い。

「れいふぉんさま……私、死ぬんですか?」

その問いかけに、レイフォンは何も答えられなかった。だが、このまま放っておけば間違いなくクラリーベルは死ぬ。それだけは理解できる。

「れいふぉんさま……覚えていますか? 私とれいふぉんさまが初めて会ったあの日、初陣の時のことを……」

「はい……」

「あの時もこんな風に失敗しちゃって、自分の無力さを思い知らされたんですよ……だから強くなりたかった。れいふぉんさまのように強くなって……あなたに認めて欲しかった」

「クララ……」

「れいふぉんさまに恋して、孤児院の子供達と遊んで、たまに戦ってもらったり……ツェルニに来てからも、ナッキやメイにミィちゃんと出会って、小隊にも入ったり……」

クララの表情が緩んだ。それとは対照的にレイフォンの表情が強張っていく。涙腺が緩み、目尻からは涙が溢れていた。

「そういえば、この間はデートにも連れて行ってくれましたね……あの時はとっても楽しかったんですよ、れいふぉんさま」

「なら、また行きましょう! もっともっと、楽しいことを一緒にしましょう」

「いいですね……また一緒に行きたいです」

クラリーベルは笑っていた。儚げな柄も、とてもいい笑顔を浮かべている。だけど、その瞳からは涙が流れていた。
クラリーベルは、笑いながらも泣いていた。

「いやだ……いやです。死にたくない、死にたくないですよ……れいふぉんさま」

ぎゅっとクラリーベルの手がレイフォンの服の胸元をつかむ。けれどその力はとても弱く、今にも離れてしまいそうだった。

「もっとれいふぉんさまと手合わせをしたかったです……もっとれいふぉんさまと一緒にいたかった……もっとれいふぉんさまと遊びに行きたかった……れいふぉんさまに、わたしのことを認めて欲しかった……」

一際ぎゅっと、クラリーベルがレイフォンの服を強くつかんだ。この都市の者達が眠る墓の前ではああ言ったが、今のクラリーベルには後悔と未練ばかりが渦巻いている。

「れいふぉんさま……大好きです」

だが、それが最後だった。その言葉を最後に、クラリーベルの手が離れる。目を瞑り、言葉を発することができなくなってしまった。

「クララ! クララ!?」

レイフォンはクラリーベルの体を揺するが、反応がなかった、レイフォンの呼びかけに、クラリーベルは答えてくれない。

「ぐるる……」

ガハルドが両腕を再生させ、再び襲い掛かろうとする。レイフォンは視線をクラリーベルに向けたままで、ガハルドの方を見てはいなかった。
ガハルドがレイフォンの背後に歩み寄る。

「があああああああああ!!」

ガハルドが咆哮を上げた。右腕を振り上げ、そのまま勢いよく振り下ろした。




















あとがき
次回、廃都市編完結。それと同時に違法酒編に突入します。
それにしても、自分の描くレギオスSSでハッキリ人死にが出たのはこれが初かな?
今までぼかしてたり、誤魔化したりしてましたが、今回は第五小隊のオリキャラを作って殺してみました。やってて思ったことですが、なれないことはするべきじゃないかなと思ってもみたり。とりあえず、次回は出来るだけ早く更新したいですね。
もう構想は練ってますので、あとはそれを文にするだけです。



[29266] 第14話 けじめ
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:d980e6b9
Date: 2012/06/12 06:49
「お前がいたから……」

ガハルドの右腕がまたも飛ぶ。レイフォンは振り向きもせずに天剣を一閃させ、ガハルドの右腕を切り飛ばした。

「ガハルド・バレーン、お前がいたから!!」

もしもガハルドがいなければ?
ガハルドがレイフォンを闇試合のことで脅し、不正で天剣を手に入れようとしなければ?
ガハルドが自身の右腕を切り落としたクラリーベルのことを告発しなければ?
そうすればクラリーベルはグレンダンを出る必要はなかった。このようにクラリーベルが傷つく必要はなかった。
ガハルドがいたからクラリーベルは傷ついた。そう考えたが、レイフォンは内心で首を振ってそれを否定する。

「お前は僕が殺すべきだったんだ。あの時、あの場所で! そうすればクララが罪を背負う必要なんてなかった!! クララが傷つく必要もなかった!!」

殺すべきだった。ガハルド・バレーンを。クラリーベルがガハルドと遭遇する前に、レイフォンの手で始末するべきだった。
そうすれば、このように彼女が傷つく必要などなかったのだから。

「がるる……」

「死ねよ」

獣のような唸りを上げるガハルドに向け、レイフォンは再び天剣を一閃させた。その一撃はガハルドの上半身と下半身を分断させる。

「うぐお! ぐおが!!」

臓物をまき散らし、体液を吹き出すガハルド。だが、ガハルドはそれでも生きており、這うようにしてレイフォンに迫ってきた。

「なまじ生命力が強いから余計な苦痛を受ける。好都合だね。もがき苦しんでから、最終的に死ね」

「ぐ、ぐおお……」

天剣の剣身が鋼糸へと変化する。鋼糸はガハルドの体に体中に突き刺さり、動きを封じた。

「うぐっ、あぐああ、おぐおうああああ!!」

加熱。レイフォンは鋼糸から剄による熱を放出し、ガハルドを内部から焼いた。
これは昨日の夕飯、豚の丸焼きを作った時の応用だ。表面はクラリーベルが化錬剄で焼いたが、内部はレイフォンの手によってしっかりと焼かれていた。体中のいたるところに鋼糸を通し、そこから熱を出して全体を焼く。
ガハルドの肉が内から焦げ、体液が沸騰していく。レイフォンの宣言通りもがき苦しむガハルドだったが、全身を鋼糸で押さえつけられているためにのた打ち回ることさえできない。

「ぐるがぶ、はぶべ……」

鋼糸から放たれる熱はさらに高くなり、最終的には発火した。ガハルドは全身を炎に包まれて燃えていく。あれならばどれほどの生命力を持っていても、再生能力を有していようと、間違いなく死んだだろう。

「クララ!」

それよりもレイフォンが気になるのはクラリーベルの方だった。既にガハルドのことなど眼中にはなかった。

「クララ……」

傷ついたクラリーベルを今一度見て、レイフォンの表情が真っ青になる。
深い傷口。腹部と背中を貫通し、そこからは大量に血が流れて衣服は真っ赤に染まっていた。
まだかすかに呼吸はしているようだが、このままなら間違いなく死んでしまう。

「勝手なことばかり言って……いつも自分勝手で、こっちの苦労を知ろうともしない。無茶をしないでくださいって、言ったじゃないですか」

そんなことは許せない。許せるわけがない。こんなところでクラリーベルを死なせるわけにはいかなかった。

「死なせませんよ、絶対に」

ガハルドに回していた鋼糸の先端を髪よりも細くし、それで傷口を縫う。同時に剄の熱で傷口を焼き、止血も行う。
何も鋼糸は戦闘だけに使うものではない。使い方によって移動や探索の手助けになったり、このように少々荒っぽいが治療など、応急処置を施すことが出来る。
レイフォンの師であるリンテンスは、人の体内に入った異物を鋼糸で取り除いたとの話だ。

「ぐおお」

「大人しくしていろ」

「ぐげっ!?」

死んだと思った。くたばったと思った。なのにガハルドは全身が焼けただれ、上半身しかないにもかかわらずレイフォンに襲い掛かってくる。だが、レイフォンはクラリーベルの治療をしながらも冷静に対処する。
幾多もの鋼糸を新たに生み出し、針のように伸ばして、昆虫採集に用いられる虫のようにガハルドを串刺しにして背後の壁に拘束した。これならばいくら再生しようと、身動きをとることができない。

「ぐっ……」

クラリーベルの治療をしつつ、ガハルドを鋼糸で拘束する。その力加減、剄量の強弱についてレイフォンは細心の注意を払った。治療の際に用いる剄が多ければクラリーベルに苦痛を与えてしまう。だからと言って拘束に用いる剄を減らせばガハルドは抜け出し、レイフォンの邪魔をすることだろう。
剄の配分をしつつ、尚且つ鋼糸で傷口を縫うという細かい作業にレイフォンは全神経を集中させた。これがリンテンスならば鼻歌交じりで済ませてしまうかもしれない。だが、レイフォンにはそこまでの技量はない。

「あぐっ……」

頭痛が走った。神経が焼けついたように痛い。それでも中断することなどできやしない。
頭を押さえつつも、細心の注意を払ってクラリーベルの治療とガハルドの拘束を続けていく。

「うぐっ、あ……」

奥歯を噛み締める。高熱に襲われたように頭がくらくらする。眩暈がし、視界が一瞬だけ真っ暗になった。
それでも、それでもレイフォンはクラリーベルの治療をやり遂げた。傷口を完全に塞ぎ、思わず安堵の息が漏れる。

「ふぅ……」

多少跡が残ってしまったが、この程度ならば現代の医療技術をもってすれば傷跡など残さずに完治するだろう。とはいえ、それは治療が間に合えばの話だ。
傷口は塞いだが、それでもクラリーベルは多くの血を流しすぎた。内臓にも損傷を負っているはずだ。一刻も早く医者に見せ、治療を施さなければならない。
だが、ここはツェルニではなく廃都市。こんな場所に医者がいるわけがなく、ましてや病院などあるはずがない。病院があったとしても、それは廃墟と化している。

「いたっ!?」

さらに状況は悪くなる。レイフォンは顔に痛みを感じ、そこに触れた。
裂傷が走っている。これは汚染物質によるものだ。どうやら先ほどクラリーベルが起こした爆発でエア・フィルターに穴が開き、そこから汚染物質が侵入してきたのだろう。ならば、この機関部にいるのは危ない。さらなる爆発の可能性もあるので、クラリーベルを連れてすぐさま脱出するべきだ。

「うぐおおおお!!」

レイフォンの気が緩み、様々な思考で気が削がれたためか、ガハルドが抜け出しまたもレイフォンに襲い掛かってくる。

[いい加減、しつこいんだよ!!」

再生するなら、それが出来ないように消滅させる。天剣にこれでもかと言うほど剄を注ぎ込み、衝剄と共に一閃させる。
それに名前はない。技ではないただの一閃。けれど注がれた剄とレイフォンの研ぎ澄まされた剣技が揃えばまさに必殺。この一撃によって、ガハルドの体は肉の一欠けらも残さずに消滅した。

「汝、力を持つものか?」

「はあ!?」

不意に、声が聞こえた。今まで気配を感じることはなく、レイフォンの背後から唐突に声がかけられる。
これまでの出来事で憤怒が募ったレイフォンは荒々しい言葉を発し、声のしたほうへと振り向く。
するとそこには、黄金に輝く牡山羊がいた。

「お前は……なんだ?」

牡山羊を見て、レイフォンの頭が急速に冷える。いきなり現れたもの。正体不明の存在。それから放たれる言いようのないプレッシャーのようなもの。
一体、どこから現れた? その上、この牡山羊は言葉を発した。明らかにただの牡山羊ではない。
様々な思考を巡らせながらもレイフォンは、クラリーベルを護るように牡山羊との間に陣取る。

「良い目をしている」

「……………」

牡山羊の低い声が空気を震わせる。それでも、レイフォンはまったく揺らがなかった。クラリーベルの前から微動だにせず、犬歯を剥き出しそうなほどに鋭い表情で牡山羊を睨み続けていた。
その際に、ふと思う。この時になってこの廃都市でクラリーベルが言っていたことを思い出した。もしかしたらこれが、この牡山羊こそが廃貴族なのかもしれないと。
だが、もし廃貴族だったとしてもレイフォンのやることは変わらない。クラリーベルの障害になるもの、危害を加えるものだった場合は容赦なく潰す。それだけは確かだった。

「その者は我を持つ器たりえなかった。故に我は望む、代わりの器を。汝、我を求めよ。我を受け止めよ」

「な……に?」

そして、この牡山羊は今、なんと言った?
その者とはクラリーベルのことか? それが使い物にならず、今度はレイフォンを求めようとしている。
同時に思い出す。クラリーベルの錬金鋼が爆散していたことに。本来なら、クラリーベルにはそれほどの剄は存在しない。だが、もし本当に廃貴族が武芸者に力を与えるなら?
それも、天剣並みに強大な剄を与えるのだとしたら?
だとすれば、クラリーベルが負傷した一端はこの廃貴族にある。

「お前が……」

「汝……」

「お前がああああああっ!!」

怒りに身を任せ、レイフォンは力の限りに天剣を振るった。先ほどガハルドを屠った時とは比べ物にならないほどの威力。
あの時はこの機関部を破壊しないためにある程度手加減していたが、今度ばかりはそういう余裕はなかった。荒れ狂う衝剄がパイプに直撃し、引火する。爆発が起き、崩壊の音が辺りから聞こえる。
レイフォンはクラリーベルを抱え、すぐにその場から脱出を図った。
そんなレイフォンの背中を、牡山羊は満足そうに見詰めていた。レイフォンの一撃を受けても、この爆発に巻き込まれても、牡山羊は変わらずにそこに存在し続けていた。

「時を見、再び合間見えよう。その時は……」

そう言い残し、そこにあった存在感、牡山羊は姿を消していく。まるで空気に溶けるかのように、最初からそこに存在しなかったかのように、静かに消えていった。

†††


「クララ……」

「……………」

廃都市での一件は終わった。あれから数日が経ち、現在、レイフォンは病院の一室にいた。
そこでは静かにクラリーベルが眠り続ける。当然、彼女はレイフォンの呟きに答えてはくれない。一命は取り留めたが、それでも予断が許されない状況だった。

あの後、機関部から脱出したレイフォンはフェリに頼んでツェルニと連絡を取り、すぐさまクラリーベルの治療を行える環境を作ってもらった。
カリアンが尽力してくれたこともあり、それ自体はスムーズに進む。だが問題もあり、ツェルニがこの地を、廃都市の近くの鉱山に来るのはおそらく夕方ごろ。それでは間に合わない。
なのでレイフォンは都市外スーツを纏い、クラリーベルを抱えた状態で直接ツェルニへと向かった。ラウンドローラーを使うことも考えたが、あの時は一刻も時間が惜しかった。レイフォンならば人を抱えた状態でもラウンドローラーより早く走ることが出来る。鋼糸を移動の補助に使えばなおさらだ。
幸い、クラリーベルは武芸者だ。傷口もしっかり塞いだし、多少乱暴に運んだところで問題はないだろう。それでもできるだけ、慎重に運びはしたが。
そんな経緯があって、クラリーベルはツェルニで最高の治療を受けることが出来、今こうして眠っている。そのこと自体にレイフォンは安堵の息を吐くが、それと共に深いため息も漏れてしまった。
クラリーベルは未だに目を覚まさない。それほどに傷が深く、多くの血を失い、内蔵を損傷させたのも原因だろう。だが、一番の原因は彼女を蝕んだ汚染物質。
あの時、機関部に入ってきた汚染物質がクラリーベルの傷口から侵入し、それが原因で身体に大きなダメージを負った。
また、戦闘の際に普段使わないような膨大な剄を使ったためか、剄脈も疲労を起こしているらしい。それについてはたいしたことがなかったとの話だが、今は傷ついて抵抗力の落ちているクラリーベルでは致命的になりかねない。
医師の話では治療はうまくいき、体内の汚染物質も除去したとのことだが、それでもいつ目を覚ますかはわからないとのことだった。

「クララ……」

「……………」

レイフォンはまたもクラリーベルに声を投げかける。けれど、クラリーベルは何も答えてはくれない。
それでも構わずに、レイフォンは言葉を続けた。

「あなたには言いたいことがたくさんあります。伝えたいことがたくさんあります。ですから、早く目を覚ましてください」

レイフォンは眠り続けるクラリーベルの頬に触れ、囁くように呟く。絶対に護ると誓った。なのに護れなかった。
ならば今度こそ護る。この人を、愛しい人を。自分のために泥を被った、とても優しい少女。
彼女とこれまで過ごしてきた日々は、大変だったがレイフォンも楽しかった。
クラリーベルはレイフォンに自分のことを認めてほしかったといっていたが、当にレイフォンはクラリーベルのことを認めていた。だからこそ言う。

「僕もあなたのことが大好きです、クララ」

勇気を振り絞った、レイフォンの告白。けれど、その告白に対しても、クラリーベルは答えを返してはくれなかった。



















あとがき
前回、四巻編までいくとか言ってた気がしますが、行かなかった!!
短かったですが、切りが良かったので今回はこの辺で。四巻編やハイア登場は次回、じっくりやりたいと思います。
それにしても前回亡くなった第五小隊の面々。今回はまったく触れられませんでした。じ、次回は……
そういえばどうでもいい話ですが、このガハルドってサヴァリスと戦った時より強化されてるんですよね。具体的に再生力。まぁ、それだけですが。
これに関してはグレンダンを出て、死体をあさってる間に脱皮してさらに特異な変化をしたってことで片付けてください。そもそも汚染獣って、十四巻で出たカリバーンだったかな? まぁ、あれはマザー的存在でしたが、再生力がハンパないですからね。



[29266] 第十五話 目覚めぬ姫
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:2a03c4f9
Date: 2012/11/01 08:21
「だぁ~っ!」

ナルキ・ゲルニは唐突に頭を掻き毟る。このところ何をやってもうまくいかずに、また、必要以上に頭を使ったために思考回路がショートしてしまったのだ。
溜まったイライラとストレスを吐き出すように、ナルキは叫んだ。

「ナッキ、うるさい」

そんなナルキに、クラスメイトで親友のミィフィから至極当然の突っ込みが入る。

「う、すまない。だがな……」

「だがなもなにもないって。ここは図書館。ならば静かにする」

「ぐうっ……」

いつもなら騒ぐのはミィフィで、こういった注意はナルキの役目だった。だが、今回ばかりはミィフィの言っていることが正しいので、ナルキは言い返すことが出来ずにそのまま押し黙った。
現在、ツェルニはセルニウム鉱山で燃料となるセルニウムを発掘しているために学校全体が休校となっている。
その間は移動都市(レギオス)の脚が止まり、工業科の生徒と肉体派の有志によって一週間ほどその作業が行われる。
他の科の生徒達も様々な面で作業をする彼らを支援するため、この期間は下級生の授業を行う上級生の数が足りなくなるのだ。なので休校。そして出される、山のような課題。現在ナルキ達は、図書館でその課題と格闘していた。

「あ~……」

「ったく、そんなに昨日のことが気になるの?」

今度は叫びこそしなかったが、それでもナルキは小さく唸り続ける。課題にまったく手がついていない友人を見て、ミィフィは呆れ気味に尋ねた。

「まぁな……自分の力不足で犯人を捕り逃したかと思うと、どうにもやりきれなくてな」

ナルキは都市警に所属している。そのために昨夜は捕り物に参加したのだが、その際に犯人を取り逃がしてしまった。
一端の署員であるナルキに責任があるわけではないが、そこは生真面目な彼女のこと。犯人を捕り逃したのは自分の力不足が原因だと気に病んでいた。
そうでなくとも最近は自身の力不足を痛感する出来事が立て続けに起こっており、正直かなりへこんでいた。

「はぁ……やっぱりあたしに小隊員なんて無理なのかな?」

「ナッキ……」

そんなナルキを心配する、もう一人の友人メイシェン。少々引っ込み思案で弱気なメイシェンだが、それでも思い悩む友人をほっとけない優しさを持ち合わせている。
とはいえ、何か気の利いた言葉をかけれるというわけではなく、なんと言って慰めればいいのかわからずに、あわあわと戸惑っていた。

「うじうじしてナッキらしくない。ナッキはさ、なんにも考えないで思ったように突っ走った方がナッキらしいよ」

「おい、いつあたしがなんにも考えないで突っ走った?」

それに対してミィフィは、遠慮などが一切ない。慰めるどころか刺激するようなことを口にし、ナルキをからかっていた。

「そんだけ元気があれば大丈夫。ナッキはこれまでちゃんと都市警と小隊員を両立してきたんだからさ、これからもがんばってよ」

「ミィフィ……」

それでも、締めるところは締める。ナルキを慰めて話をまとめ、課題の調べ物のために取ってきた本を開く。

「それはそうとさ、レイとんは課題大丈夫なの?」

「ああ、レイとんは生徒会から特別に課題を免除されているからな」

「そっか……」

ちょっとだけずるいと思うミィフィだったが、その言葉は決して口に出さずに飲み込む。
何故なら今のレイフォンは、とても課題を出来る状況ではなかった。そしてナルキも、気丈に振舞ってこそいるがこのことを非常に気にしている。自身の力不足を悔いていたのは、この一件も関係しているからだ。

「クララ、大丈夫かな……?」

「「……………」」

メイシェンの呟きに、二人は何にも答えられない。
先日行われた廃都の調査。その際にクラリーベルは負傷し、今もなお病室で眠り続けている。
レイフォンはその間一時もクラリーベルの側を離れず、病院に住み込みのような形で看病をしていた。メイシェン達も何度かお見舞いに行ったが、クラリーベルの容態が改善する兆しはまったく見えない。
看病を続けるレイフォンもあまり寝ていないようで、日に日にやつれていた。そんな友人達に対し、何も出来ないこの元嬢が非常に悔しい。

「とりあえずさ、この課題が終わったらまたお見舞いに行こう。たぶん、レイとんは満足にご飯食べてないだろうからさ、メイっちが料理を作って持ってたら喜ぶんじゃない?」

「うん……」

「そうだな」

レイフォンを案じ、提案するミィフィ。それをメイシェン達は受け入れ、ならば早く課題を終わらせようと手を進めた。


†††


「ヴォルフシュテイン卿、その話は……」

「ええ、本当です。嘘だと思うなら本国に手紙でも書いて、確かめてみたらどうですか?」

クラリーベルの眠る病室。そこでは看病をするレイフォンと、シャンテを連れずに一人で来たゴルネオの姿があった。
そして、レイフォンはゴルネオに全て話したのだ。グレンダンであった出来事。レイフォンが闇試合に参加し、それをネタにゴルネオの兄弟子であるガハルドが脅迫し、不当に天剣を手に入れようとしたこと。
それにクラリーベルが腹を立て、ガハルドに再起不能の重傷を負わせたこと。その結果クラリーベルは期間限定でグレンダンを追放され、レイフォンはその護衛のためにツェルニに付いて来たこと。
どういった経緯かは知らないが、汚染獣に寄生されたガハルドがここまでやってきて、クラリーベルを襲ったこと。
そのガハルドは、レイフォンが跡形もなく葬り去ったこと。その全てを、一切の偽りや誇張もなくゴルネオに告げた。
その真実を受け、ゴルネオの肩はぶるぶると震えていた。

「それで、どうするんですか?」

「え……」

レイフォンは問う。話を聞き、未だに戸惑いを隠せないゴルネオに対し、威圧を含んだ声で尋ねた。

「事実を知って、どうするんですか? あなたは確か、ガハルド・バレーンの弟弟子でしたね。ならば敵をとりますか?」

レイフォンの視線がゴルネオに向く。その視線を向けられたゴルネオはぞわりと寒気を感じた。

「ガハルド・バレーンを殺したのは僕です。僕が闇試合に出ていたから、彼に付け入る隙を与えてしまいました。それであなたが僕を恨むというのなら、まぁ、殺されるつもりはありませんが、いつでも相手になります。けれどもし……」

人という存在を超越したもの、天剣授受者の殺意を浴び、ゴルネオの膝はがくがくと笑っていた。
怖い、寒い。レイフォンを前にし、既にガハルドのことなど頭から吹き飛んでいた。

「クララに危害を加えるというのなら、その時は容赦しませんよ」

確かにクラリーベルはガハルドを再起不能にした。武芸者としてのガハルドを殺したと言ってもいいだろう。
だが、その原因はレイフォンが作った。最終的にガハルドを殺したのもレイフォンだ。そのことでゴルネオがレイフォンを恨むことは許容できる。だが、クラリーベルは駄目だ。クラリーベルは何も悪くない。
それなのにもし、ゴルネオがクラリーベルに危害を加えると言うのなら、その時はゴルネオは死ぬ。レイフォンの手によって完膚なきまでに叩かれ、ガハルドの後を追うことになるだろう。

「い、いえ……そんなつもりはありません」

だが、ゴルネオにはクラリーベルに危害を加えるつもりなど毛頭なかった。
未だに現状を整理できてはいないが、それでもガハルドのやったことが正しいことではないとわかる。
再起不能にされたり、殺されたりと同情的な部分はあるが、それでもわざわざ敵を討とうとは思えない。
相手は天剣授受者とグレンダンの王家。如何にゴルネオがグレンダンの名家、ルッケンスの子息だとしてもうかつに手を出せる相手ではない。
そもそも実力が違いすぎる。天剣授受者に喧嘩を売るなど、自殺志願のなにものでもない。

「そうですか。ならいいんです」

「……………」

レイフォンからの殺気が抜ける。それと共にゴルネオからは安堵の息が吐かれたが、すぐに顔を引き締めて直立不動で立ち続けた。
天剣授受者を前にし、情けない姿は見せられない。如何にレイフォンがガハルドの死に係わっているとはいえ、天剣授受者はゴルネオにとって遥か高みの存在だった。

「話は終わりです。それとも、まだ僕に聞きたいことがありますか?」

「いえ……」

「それなら、申し訳ありませんけど、今日は帰っていただけますか? クララと二人だけでいたいので」

「わかりました」

ゴルネオは頷き、深々と頭を下げて病室を後にした。
去っていくゴルネオには目をくれず、レイフォンは眠り続けるクラリーベルに視線を移す。

「クララ、いつまで寝ているつもりなんですか? 早く、目を覚ましてください」

語りかけつつ、今度は過敏へと視線を向けた。レイフォンの脇にはお見舞いの花束があり、それに手をかける。

「この花、良い匂いですよ。生徒会長が譲ってくれたんです。僕も気に入りました。だから、飾っておきますね」

花瓶を取り、流しに行って水と花を替える。その際に僅か数十秒ほど病室から出ていた。その数十秒後、レイフォンが病室に戻ると見ない少年が中にいた。

「やあ、邪魔するさ~」

「お前は……」

少年の歳はレイフォンとそんなに変わらないだろう。如何にも生意気そうな表情。その顔には左半面を覆うほどの刺青がしてあり、その刺青が初対面の少年を誰なのか教えていた。
グレンダンの者なら、いや、どこの都市だろうと知らない者はいないほどの有名人だ。

「サリンバン教導傭兵団か?」

「そうさ。三代目さ~」

サリンバン教導傭兵団。
グレンダン出身の武芸者によって構成された傭兵集団。専用の放浪バスで都市間を移動する彼らは、行く先々の都市で雇われ汚染獣と戦い、また都市同士の戦争に参加する。時にはその都市の武芸者達を鍛える役目、教導なども行ったりする。
天剣授受者と言うグレンダンで最上位の名声、それはあくまでも都市内でのものだ。その力は、噂は、隔絶されたレギオスでは外に流れては行かない。故に、槍殻都市グレンダンの名をもっとも有名にしたのが、都市間を放浪するサリンバン教導傭兵団だ。

「初めまして、ヴォルフシュテイン。俺っちがサリンバン教導傭兵団の団長、ハイア・サリンバン・ライアさ」

「そういった前置きはいい。一体、サリンバン教導傭兵団が、団長自らなんの用だ?」

何故、サリンバン教導傭兵団がここにおり、レイフォンを尋ねてきたのか?
そこまで考え、レイフォンは廃都でクラリーベルの話していた言葉を思い出した。廃貴族。あれが目的だとすれば、ここに彼らがいるのも納得できる。

「用も何も、俺っちがやることと言ったら商売(教導や傭兵)の他にひとつしかないさ。廃貴族さ~」

「やはりか……」

結果は予想通りであり、レイフォンから漏れた言葉にハイアはおっと瞳を輝かせる。

「その反応はひょっとしなくっても知ってる?」

「ああ、廃貴族は確かに存在したよ。隣の都市で実際に会った」

「そかそか、やっぱり間違いなかったさ~」

隣の都市とは例の廃都のことだ。元々がツェルニのセルニウム鉱山付近にあったため、セルニウム補給中の現在はツェルニの隣にある。
そこを探索していた傭兵団だが、見つからず、おそらくはこちらに来たのではないかと踏んでいる。

「そんなわけでヴォルフシュテイン、あんたには廃貴族の探索の協力をして欲しいさ~」

「断る」

「あり?」

協力を求めたハイアだが、レイフォンの即答に首をかしげる。
確かに廃貴族の探索は傭兵団が請け負った任務だ。だが、これはグレンダンの前王からの王命であり、しいてはグレンダンの現女王、アルシェイラの命令。
天剣授受者とはいえ、いや、天剣授受者だからこそこの申し出は受け入れてくれるだろうと踏んでいたのだが、予想外の答えにハイアは戸惑う。

「それはお前の仕事だろ」

「そうだけど、こっちはなんでもいいから情報が欲しいさ~。この都市の情報はこの都市に住んでいる者が詳しい。当然のことさ~」

「なら、僕じゃなくってゴルネオさんに聞け。グレンダンの者ならルッケンスを知っているだろ? ゴルネオさんはそこのご子息だ。まだこの都市に住んで日の浅い僕よりは詳しいし、この間の廃都の調査の時にも同行した」

「ルッケンスねぇ……まぁ、そんな良いとこの坊ちゃんなら廃貴族のことも知ってるだろ」

ボリボリと頭を掻き、ハイアはめんどくさそうに呟いた。

「それはそうとヴォルフシュテイン、そこで寝ているのが、かのクラリーベル・ロンスマイア嬢かい?」

「……そうだ」

頭を掻きながら、ハイアがレイフォンに尋ねる。その問いにレイフォンは重々しくだが、しかと頷いた。

「確かあんた、彼女の護衛のためにグレンダンを出たんだろ? なのにこのざまはなんさ?」

「……………」

何も言い返せない。ハイアの言っていることはもっともであり、現にレイフォンはクラリーベルを守ることは出来なかった。
どんなに悔いて、後悔しようとこの事実は変わらない

「まったく、これで同じサイハーデン刀争術の使い手と思うと情けなくなるさ~。あ、知ってるか? あんたにサイハーデンを教えたデルクと、俺っちの師であるリュホウは兄弟弟子なのさ~」

このことも廃都でクラリーベルが言っていた気がした。だが、そんなことなどどうでもいい。挑発的なハイアの発言に、次第にレイフォンは苛立ってきた。
明らかな挑発。けれど、今回の件で心身的に参ったレイフォンにとって、その挑発を受け流せるような心の余裕は存在しなかった。

「俺っちならこんな失態はまずしないだろーな。ヴォルフシュテイン、どうやらあんたは噂ほどではないようさ」

「なら、試してみるか?」

「うおっ!?」

レイフォンは窓を開け、ハイアの襟首をつかんでから外に放り投げる。
いきなりの事態に驚きの声を上げるハイアだったが、空中で体勢を立て直し、外の建物の屋根の上に着地する。

「サリンバン教導傭兵団の団長なら、多少なりとも腕に覚えがあるんだろ? それを僕に見せてみろ」

ハイアの後を追って窓から飛び出してきたレイフォンに対し、ハイアは口元を吊り上がらせた笑みを浮かべる。

「上等。ヴォルフシュテイン、あんたに俺っちの力を見せてやるさ」

それを待っていたとばかりにハイアが錬金鋼を復元させ、サイハーデンの証である刀を手に飛び掛る。左右、正面、攻撃的な気配のみがレイフォンに襲い掛かった。

「疾影か」

内力系活剄の変化 疾影

サイハーデンの基本とも呼べる足技。気配のみを飛ばし、相手にどこから攻撃が来るのかを錯覚させる。
だが、この剄技を知っているレイフォンは何も戸惑うことはなく、天剣を復元させて右から来る気配に向けて剣を振るった。

「さすが、読まれる」

ハイアの刀とレイフォンの剣が激突する。耳を劈くような金属音が辺りに響き、ハイアは感心と共にさらに表情を歪めた。
そして攻める。手数でレイフォンを圧倒し、次々と攻撃を仕掛ける。レイフォンはレイフォンでそれを冷静にかわし、または剣で受け止めた。そして合間を縫って、反撃の一撃を入れる。

「ぐっ!?」

レイフォンの足がハイアの腹に食い込む。蹴りを放ったのだ。だが、流石は傭兵団の団長といったところか。ハイアは蹴りに合わせて後ろに飛び、ダメージを最小限に抑える。
ハイアはすぐに体勢を立て直そうとするが、それまでレイフォンがのんきに待っているわけがなかった。
先ほどハイアが使った剄技、疾影を使って攻める。

「このっ!」

ハイアもレイフォンと同等、攻撃が来る方向を読んで刀を振り切る。
その時、ハイアの笑みがさらに深くなった。

外力系衝剄の変化 蝕壊

武器破壊の剄技だ。自身の剄を相手の錬金鋼に送り込み、破壊する。
これはサイハーデンのみではなく、多くの武門に取り入れられている剄技。そのために防御法や対処法は数多く存在するが、それでも隙を突けばこれほど相手を無力化するのに有効な技はない。
そしてハイアは、見事レイフォンの隙を突いた。蝕壊は見事に炸裂した。

「へ?」

だが、レイフォンの錬金鋼は壊れなかった。天剣は未だ健在で、ハイアに襲い掛かる。

「ぐほおっ!?」

天剣はハイアの刀をへし折り、そのままハイアを吹き飛ばす。ハイアはゴロゴロと屋根の上を転がり、そのまま地面まで落ちた。

「はぶっ、ごふっ……い、いったい、何が……」

「蝕壊か。ひょっとして壊そうとしたの? 天剣を。壊れるわけないじゃないか」

「て、天剣……それがか?」

レイフォンは地に落ちたハイアの後を追い、こつこつと歩み寄ってくる。
状況を理解できなかったハイアはレイフォンの使っている錬金鋼が天剣だと聞かされ、苦々しい表情を浮かべた。

天剣。それは言わずと知れた槍殻都市グレンダン王家の秘奥の錬金鋼で、天剣授受者に与えられる至高の錬金鋼。
どのような形状、重量も再現できる破格の性能を持ち、通常の錬金鋼ならば耐えられない天剣授受者の剄も存分に受け止めることが出来る。また、耐久力も通常の錬金鋼とは比べ物にならない。少なくとも蝕壊などで破壊されるなどありえない。

「勝ったからっていい気になるなよ、ヴォルフシュテイン。俺っちが負けたのは、要するに武器の差さ」

「言い訳? 男らしくないね」

負け惜しみを言うハイアに、レイフォンは冷ややかな視線を向ける。
武器の差というが、天剣を存分に扱えるのは天剣授受者だけだ。並みの剄量しか持たないのなら、いくら天剣を持っても宝の持ち腐れ。ハイアには天剣を満足に使えるほどの剄がない。
もしレイフォンとハイアが天剣を持って対峙したとしても、この勝敗は動かなかっただろう。
互いに通常の錬金鋼だった場合は、レイフォンに制限がかかるために、万が一ハイアに勝敗が傾いたかもしれないが。
そんなものは所詮仮定。もしかしたらの結果論。戦いの場で口に出すのは馬鹿げている。

「なあ、ヴォルフシュテイン。ひとつ聞いていいか?」

「質問によるけどね」

地面にねっころがったまま、ハイアハレイフォンに問いかけた。

「なんで、刀を使わない?」

「答える義務はない」

「それはないだろ……」

レイフォンはハイアと同じサイハーデンの出身だ。だというのに何故本来の武器である刀を使わない?
そのことを尋ねたハイアだったが、レイフォンにあっさりと拒否されてしまう。

「話は以上だね? なら、とっとと帰ってくれないかな? いや、もう僕が去るから付いて来ないでくれる」

「おい、待てよヴォルフ……どふっ!?」

レイフォンはそう言って、そのまま立ち去ろうとした。その後を追おうとするハイア。
だが、ハイアの体は爆発によって吹き飛んだ。

『この大馬鹿者がァァ!!』

いつの間にか周囲には念威端子が漂っていた。その端子が爆発し、いわゆる念威爆雷が使われたのだ。
爆発力を抑え、限界まで殺傷力を削ってはいたようだが、既にレイフォンにボコられてボロボロだったハイアはさらにボロボロになる。

「ふぇ、フェルマウス……」

『この馬鹿者が。大馬鹿者が! お前は何を考えている!? よりによってヴォルフシュテイン卿に喧嘩を売るとは何事だ!?』

念威端子から聞こえてくる機械的な音声が捲くし立てるようにハイアを責める。
ハイアハ悪戯の発覚した子供のように居心地の悪そうな表情を浮かべ、気まずそうに項垂れていた。

『本来なら協力を仰ぐべき相手だろ。それなのに刺激するようなことを言って、どういうつもりなんだ!?』

「け、けど、協力は断られたし……」

『だからと言って喧嘩を売る必要がどこにある!?』

なにやら向こうは取り込み中のようだ。ならばこちらは帰ろうと背を向ける。が、そんなレイフォンの背に、先ほどまでハイアを責め立てていた機械的な音声がかけられる。

『お待ちください、ヴォルフシュテイン卿。此度はうちの団長が多大な迷惑をかけたことを、ここにお詫びいたします』

「あなたは?」

『私はフェルマウスと申します。僭越ながら、サリンバン教導傭兵団の参謀を勤めさせていただいている者です』

「そうですか。それで、一体なんの用なんです?」

『まずは謝罪を。そして今一度協力を仰げないか、お聞きしてもよろしいでしょうか?』

フェルマウスと名乗った念威繰者は、ハイアとは違い礼儀は持ち合わせているようだ。
それでも協力という言葉に、レイフォンはあまり良い顔をしない。

「すいませんが、お断りさせていただきます」

『そうですか。ヴォルフシュテイン卿がそうおっしゃるなら、こちらも無理強いはしません。誠に申し訳ありませんでした』

機械的な音声で感情は読み取れないが、それでも声音にはどこか残念そうな想いが宿っていた。
念威端子は謝罪と共にもう一度ハイアを叱りつけ、その後はハイアを引き連れて去っていく。
あとに残されたレイフォンはこれまでのやり取りと心労に疲れを見せ、ため息を吐きながらクラリーベルの病室へと戻っていった。
だがこの数日後、レイフォンは生徒会長に呼び出され、ハイア達と再会することとなる。




















あとがき
久しぶりのクララ一直線更新です。話が思ったように進まなかった(汗
構成は出来ているんですが、ヒロインが床に伏せってますので動かせない、無駄に重くなってしまう……
次回は第十正体の面々を出して対抗試合をやる予定ですので、シリアス気味になってしまうんですよね。
作者の自分が言うのもおかしいですが、早くクララには目覚めて欲しいです。じゃないと、レイフォンが変な方向に行っちゃいそうで……
なんにせよ、次回も更新がんばります。



[29266] 第十六話 病
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:2a03c4f9
Date: 2013/01/19 00:22
「つまり、全員殺せばいいんですか?」

レイフォンは、静かに言葉を発する。とても小さな声だったが、とてもよく響き、この部屋にいる者全員にハッキリと聞こえる声。
その言葉に、この部屋の主はゆっくりと首を振った。

「いやいや、そんなことをしたら今度はレイフォン君の方が問題になる。試合中の事故による死亡と言うのは、ツェルニの歴史の中でも前例があるし、その後の一般生徒の動揺は問題ではあるけれど、一人ぐらいなら不問にするのは簡単だよ。だが、隊員全員と言うのはどうやったって事故で片付けられるものじゃない」

「では、どうすればいいんですか?」

この部屋の主、カリアンにレイフォンは答えを求める。
ここは生徒会室。いつものようにクラリーベルの病室にいたレイフォンは、カリアンの呼び出しによってここを訪れていた。

「要は、彼らが小隊を維持できないほどの怪我を負ってくれればいい。足の一本、手の一本……全員でなくてもいい。第十小隊の戦力の要である人物が今年いっぱい、少なくとも半年は本調子になれないだけの怪我を負えば、第十小隊は小隊としての維持が不可能になる。そうすれば会長権限で小隊の解散を命じることも可能だ」

「ああ、つまり壊せばいいんですね?」

カリアンの言葉を、自分でも驚くほど簡単に肯定するレイフォン。いや、肯定するというよりも、今は気に留める余裕がないと言った方が正しいのかもしれない。
カリアンの言い分はこうだ。なんでも、ツェルニの小隊のひとつ、第十小隊が小隊ぐるみで違法酒を使っているのだとか。
違法酒とは、別名『剄脈加速薬』。今回、彼らが使っていたものは『ディジー』と呼ばれるものだ。
剄脈加速薬はその名のとおり、剄脈の動きを加速させる力を持っている。つまり、剄や念威の発生量を爆発的に増大させるという効果がある。だが、良く効く薬に副作用があるのは当然のこと。違法酒を使用すれば剄脈に悪性腫瘍が発生する確率が八十パーセントを超え、服用し続ければ廃人となってしまうこともある。レイフォンはかつて、闇試合で違法酒を使用し、廃人となってしまった武芸者をたくさん見てきた。そんな効果がある薬だ。剄脈の活性化という効果は得られても、その末に廃人となって都市の防衛の要となる武芸者を失うのは避けたい。故にほとんどの都市で製造、輸入が禁止されたのは当然のことだった。
当たり前だが、学園都市での使用も厳禁。その違法酒を、第十小隊は使用しているのだ。これが公になると、当然ながら色々とまずい。
もはや厳重注意では済まない問題だ。もしも武芸大会で違法酒を使用し、その事実が学園都市を管理する学生連盟にでも知られてしまったら?
そうなれば来期からの援助金は最悪打ち切られ、学園都市の主要収入源である研究データの販売網を失うことになりかねない。
もはやこれは第十小隊だけの、ましてや武芸科だけの問題ではない。ツェルニ全体の問題なのだ。
だからカリアンとしては、この件は内密に処理したい。

「ふざけんなよ!」

カリアンとレイフォンの間に、シャーニッドの怒声が混じった。
なぜだか知らないが、シャーニッドはここにいた。レイフォンが生徒会室に来る前からここにおり、生徒会長となにかを話していた。けれど、レイフォンはその内容にも興味をもてない。

「頭とか打って半身不随にするか? それだってあからさまだ」

この件は決して公には出せない。違法酒の件を追っている都市警はカリアンの権力で抑えられるが、一番最悪なのは学生連盟にばれてしまうことだ。その芽は摘んでしまった方がいいに決まってる。
要するにカリアンは、第十小隊との試合中、事故に見せかけて隊長のディン・ディーと、主戦力であるダルシェナ・シェ・マテルナを始末しろと言っている。
なにも殺さなくてもいいが、しばらくは復帰できないほどの大怪我を負わせろとのことだ。
だが、骨折くらいならば、ツェルニの医療技術をもってすればわずか一週間で完治してしまう。ならば、治療に時間のかかる神経系の破壊を行うべきか?
それだと命の危険が出て来る。なにせ、武芸者にとって神経は剄脈から流れる剄を通す道、すなわち剄路と呼ばれるものの近くにあるのだから。
大抵の怪我や病気は治る現代の医学だが、脳と剄脈が破壊されれば、もはやどうしようもない。

「だが、それをやってもらわなければ困る。そうでないのなら、冤罪でも押し付けて彼らを都市外に追い出すしかないわけだが……退学、都市外退去に値するような罪なら十分に不祥事だよ。それに、ディンと言う人物は、そんな状況になってまで生徒会の決定に従うと思うかい?」

「無理だね。こうと決めたら目的のために手段を選ばないのがディンだ。地下に潜伏して有志を募って革命……ぐらいのことはやりそうだ」

シャーニッドの態度、カリアンとの会話から察するに、第十小隊の面々とシャーニッドは知り合いなのだろう。それが、シャーニッドがここにいる理由。
でも、それでも、レイフォンには特別な感情が芽生えなかった。

「そうだろうね。実際のところ、私の次に会長になるのは彼かもしれないと思っていた。頭も切れる、行動力もある。そして思い切りもいい。良い指導者になれるかもしれない。使命感が強すぎるところが問題かもしれないとは思っていたけど、副隊長のダルシェナには華があり、人望もある。彼女のサポートがあれば……あるいは彼女を会長に押し立て、実権を彼が握ると言う方法が最善かもしれないと考えていた。残念でならないよ」

「ああ……あいつらなら似合いそうだな」

「その中に君がいれば、もっと良かったのだけれどね」

「俺に生徒会とかは無理だね」

「そうかな? 彼らに出来ないことが、君には出来る。それは、彼らにとってとても大切なことだと思うけど?」

「そんなのはないね」

心底どうでもよかった。こんな茶番を聞きに、わざわざ生徒会室にまで来たのではない。カリアンとシャーニッドの会話がひどく耳障りで、レイフォンを苛立たせる。

「まぁ、そのことを今言ったところで、どうにもならない訳だけれど、話を戻そうか。問題なのはレイフォン君、君にそれが出来るかどうか……と言う問題だけれど、出来るのかい?」

「……………」

やっと話が戻った。これまでに、何時間も待たされた気分だ。実際はそれほどたっていないだろうが、レイフォンにはそれほどまでに長く感じられた。

「神経系に、半年は治療しなければならないほどのダメージを与えることができるかい?」

さて、どうこたえるべきなのか?
結論的にはできる。だけど、今それをやることはできない。いや、出来ることは出来るのだが、それはそれで精度に不安が出る。もしかしたら、万が一で失敗してしまうかもしれない。
矛盾し、説明するのがめんどくさいと思うレイフォンだったが、それは別の者が代弁してくれた。

「出来るさ~」

突然生徒会室のドアが開き、聞こえてきた声。その声を聞き、相手が誰なのか思い出した。

「誰だ?」

「俺っちはハイア・サリンバン・ライア。サリンバン教導傭兵団の団長……って言えばわかってくれると思うけど、どうさ~?」

「なんだって!?」

グレンダンの名を数多くの都市に広めた最強の傭兵。その登場にシャーニッドは驚愕で目を見開いたが、カリアンは特に驚きもせずに話を進めた。
この都市の長だけのことはあり、既に彼らのことは知っていたのだろう。

「どうして、出来ると思うのかな?」

「サイハーデンの対人技にはそう言うのもあるって話さ~。徹し剄って知ってるかい? 衝剄のけっこう難易度の高い技だけど、どの武門にだって名前を変えて伝わっているようなポピュラーな技さ~」

「知っているが、あれは内臓全般にダメージを与える技だろ。あんな技じゃ……」

本職は狙撃手だが、それでも武芸者であるシャーニッドはその技を知っていた。
その上で、あれではカリアンの要望どおりには出来ないと指摘する。その指摘に対し、ハイアはにやりと笑った。

「そっ、頭部にでもぶち込めば、それだけで面白いことになるような技さ~」

「それでは死んでしまう」

カリアンが顔をしかめる。ハイアはカリアンを宥めつつ、話を続けた。

「まぁね、それに徹し剄ってのはそれだけ広範囲に広がってる分、防御策も充実しちまってるさ~。まぁ、かのヴォルフシュテイン卿が徹し剄を使って、防げる奴がここにいるとは思えないけどさ~」

「何が言いたいんだね?」

「さっきも言ったが、俺っちとヴォルフシュテイン卿はサイハーデンの技を修めている。俺っちが使える技を、ヴォルフシュテイン卿が使えないはずないさ。戦うことに創意工夫してきた技は人に汚染獣に、普通の武芸者が戦って勝利し、生き残るにはどうすればいいかを、真剣に考えた武門さ~。だからこそ、サイハーデンの技を使う連中がうちの奴らには多い」

ハイアがレイフォンを見る。その視線に対しても、レイフォンは特別な興味を抱けなかった。
すべてがどうでもいい。今はただ、すぐにでもこの場を立ち去りたかった。

「あんたは、俺っちの師匠の兄弟弟子、グレンダンに残ってサイハーデンの名を継いだ人物から全ての技を伝えられているはずだ。使えないなんてわけがない。使えるだろう?封心突(ほうしんとつ)さ~」

「封心突とは、どのような技なのかな?」

カリアンが問う。ハイアは得意気に説明を続けてくれた。

「簡単に言えば、剄路に針状にまで凝縮した衝剄を打ち込む技さ~。そうすることで剄路を氾濫させ、周囲の肉体、神経に影響を与える。武芸者専門の医師が鍼(針)を使うさ~。あれを医術ではなく武術として使うのが封心突さ~」

ハイアの言葉にレイフォンは内心で頷く。正しい、ハイアの説明は間違いではない。
だけどめんどくさい。なにも、そんなに回りくどい方法をとらなくてもいいではないか。

「だけど、剣なんか使ってるあんたに、封心突がうまく使えるかは心配さ~。サイハーデンの技は刀の技だ。剣なんか使ってるあんたが、十分に使える技じゃない。せいぜい、この間の疾剄みたいな足技がせいぜいさ~」

「それなら、刀を握ってもらえば解決……なのかな?」

レイフォンは試合では剣を使う。それはカリアンも何度も見てきた。
だが、サイハーデンを修めたレイフォンの本来の武器は刀だ。本来の力を、全力を発揮できる武器は刀だ。それなのに今まで、レイフォンは刀を使ってこなかった。それはなぜか?

「ああ、話は終わりましたか?」

「レイフォン……くん?」

今まで、ハイアの話が終わるのを大人しく待っていたレイフォンは、欠伸交じりの返答を返す。
その雰囲気とものぐささ。はたから見ればだらしないのだが、何故だかカリアンは背筋に悪寒を感じる。

「ええ、できますよ。刀を使えば簡単です。つまり、そうすればいいんですね?」

「ああ、やってくれるのならこちらとしては嬉しい限りなんだけど……いいのかい? 君が刀を使わないのは、何かの理由があったんじゃ……」

「確かに理由はあります。けれど、それは取るに足らない問題ですよ。今はもう、解決しました。何の問題もありません」

「そ、そうかい……」

レイフォンがそう言うのなら、カリアンにはもう何も言うことはない。レイフォンが渋るのではないかと思ったハイアだが、意外にもあっさりとかたがついてしまった。
突然の部外者の乱入に眉をひそめるシャーニッドだったが、彼はレイフォンの言ったことに苦々しい表情を作る。
その後、ハイアとカリアンがなにやら話していた。シャーニッドだけを退室させ、レイフォンも交えて会話をしていたが、その内容を覚えてはいない。
どうでもいいことだった。だからどうでもよさそうに聞き流し、話が終わるとすぐさま生徒会室を後にする。向かうのは、未だに目が覚めないクラリーベルの病室。
彼女が再び目覚め、またいつもの日常生活が送れるというのなら、それ以外はレイフォンに対してどうでもいいことだった。


†††


「よう、悪いな」

試合の前日。レイフォンはシャーニッドに呼び出しを受け、視聴覚室に来ていた。練武館にはいくつかこのような部屋がある。用途は勿論、試合や訓練などで撮った映像をここで視聴し、試合や作戦の参考とするためだ。
だが、レイフォンはこの部屋の存在は知ってはいたが、入っるのは初めてだった。レイフォンを始めとし、第十八小隊の面々は今まで相手の小隊の戦いを見て、分析しようとは思わなかったからだ。
実戦で、戦場で会う相手のほとんどは初見。だから下手に見て、知って、その感覚で慢心や油断をしないようにと言うのが一応の理由だ。
グレンダンのような訓練が出来ないツェルニでの、レイフォンなりの戦闘意識の維持の仕方である。クララもこれに習ってか、映像を見るようなことをしなかった。彼女の場合は、余計な前知識がない方が、より試合を楽しめると思ったのだろう。
シャーニッドとナルキはどうなのかは知らないが。フェリの場合は論外だ。念威の才能を嫌がっている彼女が、このような労力を割くとは思えない。
そんなわけで、始めてみるこの部屋。視聴覚室はそれほど広くもない。
大きめのモニターと機材、他にはホワイトボードとパイプ椅子がある程度だ。その部屋でシャーニッドはパイプ椅子を二つ並べ、寝そべってモニターを見ていた。モニターには、第十小隊の試合が流れている。誰が撮ったのだろう? 誰にしても、撮影のプロではないらしい。画面が何度も揺れ、ぶれている。明らかに素人丸出しな撮り方だ。
だが、それでも第十小隊のエース、ダルシェナの姿だけはよく撮れていた。画面の中央で、アップで写っている。
武芸者の全力の速度に一般人では目が追いつかない。目で追いかけることができ、ビデオに収めることができたということから、これを撮ったのはおそらく武芸者なのだろう。

「シャーニッド先輩が撮ってきたんですか?」

「ああ、こういうのは俺のキャラじゃねえんだけどな」

ぼりぼりと頭を掻いているものの、シャーニッドの視線は画面に釘付けだった。食い入るように画面を、ダルシェナを見ている。
しばしの沈黙が流れた。

「ああ、やっぱりだ」

その沈黙を破ったのはシャーニッドだった。レイフォンはどうでもよさそうに、と肉何もすることがないので画面を見ていた。

「シェーナは、やっちゃいないな」

「はい?」

「違法酒だよ」

「そうなんですか」

シェーナとは一瞬、誰のことだと思ったレイフォンだが、会話の流れと画面の映像からダルシェナの愛称だと予測する。
それだけを考え、再びどうでもよさそうに押し黙る。

「確かにシェーナはやっちゃいない。けど、知らねぇってことはないはずだ。俺が気づいたんだ。俺よりディンの近くにいるこいつが、それに気づかないなんてはずがねえ」

「……………」

どうでもいい。早く帰りたい。早くクラリーベルの元へ行きたい。未だに目覚めぬクラリーベルだが、その寝顔を眺めている瞬間こそが、今のレイフォンをもっとも落ち着かせてくれる。

「まったくお人好しだ。公正無私がモットーだ、イアハイムの騎士とはそういうものだとか偉そうなことを言ってるくせに仲間の不正には二の足を踏んでこの様だ。調べるつもりで無駄に歩き回って、それで調べたつもりになって済ます。情けねぇ弱虫だ」

シャーニッドは舌打ちを打ち、明らかに不機嫌そうだった。レイフォンもとても機嫌が良いと言える状況ではなく、むしろ悪い。
それでもシャーニッドは鬱憤を吐き出すように、そのまま続けた。

「聞いてくれよ。俺達はよ、一年の時に知り合った。クラスは別だったが、武芸科の授業で班別対抗戦をやって同じチームになった。そん時からの仲だ。馬鹿みたいに気が合った。そん時に目をかけてくれたのが前の第十小隊の隊長だ。いい人だったよ。俺達はあの人のためにがんばろうなんて、青春染みたことを考えていたさ」

昔話が始まった。それがどうしたと叫びたい。そもそも、ここにレイフォンを呼び出した理由は何だ?
遠回しなシャーニッドの言い回しに、レイフォンの苛立ちが積もっていく。

「……武芸大会で負けた時、あの人は悲しんだ。自分の大好きな場所のために何も出来ないまま卒業していくのが悔しくて泣いていた。その姿を見て、俺達は誓い合ったんだ。俺達の手でツェルニを護るってな」

シャーニッドはため息を吐き、切なそうに続けた。吐きたいのは、レイフォンの方だというのに。

「だけどな、そう誓い合ってた頃にはよ。もう、俺達の仲は壊れかけてたんだよ」

乾いた笑いがシャーニッドから漏れる。レイフォンも笑いたかった。爆笑したかった。それがどうしたと。

「簡単な話さ。ディンは隊長さんを、シェーナはディンを、そして俺はシェーナを……ねずみが尻尾を食い合っているみたいなくだらねぇ恋愛模様だ。ディンは隊長のために、シェーナはディンのために、俺はシェーナのためにそう誓い合った。俺はその時にはもう、俺達の関係がどんなもんなのかを知っていた。それでも何とかなるだろうと思っていた。自分達の感情を誤魔化し合ってたのさ」

少しだけ眠くなる。そういえばここ最近、眠っていなかった。レイフォンは気づいていないが、目元には濃いくまができている。

「押し殺して誓いで蓋をして、そうやって自分らの感情を騙してやってきた。3年になって第十小隊に入って、対抗試合にも出た。うまく動いていたさ。それぞれがそれぞれのために動いていたんだから、そりゃ、うまくいくさ。だけどな、俺は狙撃手なんだよ。戦場を遠くから見ちまう。客観的に今の状況を考えて、結局いつかは崩れるだろうって予感していた。誰かが我慢できなくなる。ここにはいない人間のことを考えているディンはまだマシだったかもしれねぇが、俺とシェーナはそうはいかない」

レイフォンは欠伸を必死で噛み殺す。目元には涙が滲んだ。シャーニッドはそれに気づかず、語り続けていた。

「……これは、あいつ自身がずるずると先延ばしにした弱さが招いた結末だ。そして、俺が半端に壊しちまったせいでもある。俺達はもっと派手に壊れないといけなかった。修復不能なぐらいに、それが出来なかったのがあの時の俺の失敗だ」

失敗。その言葉にだけ、レイフォンが反応した。
レイフォンは失敗をした。してしまった。クラリーベルを守れなかった。自分の所為で、クラリーベルをあんな目に遭わせてしまった。
あの時、あの場所でガハルドを殺していればこんなことにはならなかった。クラリーベルが責任を負う必要はなかった。ツェルニに来る必要はなかった。
全て、自分が悪い。自分が甘かったから、ああなってしまった。

「なぁ、レイフォン」

だから、もう失敗しない。甘さは必要ない。そんなもの、切り刻んで犬の餌にでもしてしまえばいい。

「……シェーナは俺に任せてくんねぇかな」

「寝言は寝て言ってください」

だから、レイフォンはシャーニッドの甘さも見過ごすことができなかった。

「僕はもう、失敗しないって決めたんです! 僕が甘かったから、クララがあんなことに……だから、甘さは捨てることにしたんですよ。そんなものは要らない、必要ないんだ!!」

レイフォンは叫ぶ。目が見開き、目元のくまが強調される。その表情は笑っているようにも見えるが、それはとても嬉しそうには見えなかった。嬉しいとか、楽しいとかいった感情とはまったく逆のものだった。

「シャーニッド先輩、僕はね、一度刀を捨てたんですよ。お金が欲しくて、賭け試合に参加していた。武芸者としてこれは許される行為じゃないんでしょうね。僕自身、正しいとは思っていません。これは武芸を汚す行為、間違ったことです。それをわかっていてやってました。だからその負い目からか、養父さんに習った刀技(とうぎ)をせめて汚さないようにと、自ら封印したんです。刀じゃなくて、剣だからと自分に言い訳をするように」

狂っていた。レイフォンは笑いながら、狂っていた。シャーニッドが先ほどまで鬱憤を吐き出していたように、いや、それよりも激しくなにかを吐き出すように、狂いながらも笑う。

「だけど、それがどうした!? そういうところが甘いんですよ、僕は! 本当に甘すぎて、虫歯になってしまいそうです。そんなもの、必要ないというのに。だから、シャーニッド先輩……」

レイフォンの視線が、シャーニッドに向けられる。その目を、瞳を正面から見たシャーニッドは気づいた。
レイフォンの目は、死んだ魚のようによどんでいた。とても正気だとは思えない。もっとも、それは狂ったように笑っている時点で一目瞭然かもしれないが。

「その甘さを断ち切れないって言うのなら、僕が断ち切ってあげますよ」

「余計なお世話なんだよ、後輩」

「やだなぁ、遠慮しなくてもいいのに」

レイフォンには任せられない。任せちゃいけない。止めなければならない。

「どういう結末になっても、生徒会長が処理してくれますよ。言ってたじゃないですか、試合中の事故での死なら、不問にするのは簡単だって」

「ああ、一人だけはな。一人だけはな!」

「一人も二人も、全員もそんなに変わらないと思うんですけどね」

レイフォンを止める。だが、どうやって止めればいい?
今のレイフォンが、素直に説得を聞き入れるとは到底思えない。

「なら、ダルシェナさんを殺しましょう。それで他の隊員は再起不能なまでに叩き潰します。それでいいでしょう?」

「いいわけねぇだろ……」

やるしかない。レイフォンを力で押さえつけるしかない。

「なんにせよ、明日です。さすがに殺すというのは冗談ですが、もう二度と武芸をすることはできないかもしれませんね」

レイフォンは背を向け、視聴覚室を出ようとしていた。
やるなら未だ。正面から遣り合って勝てるとは思っていない。ならば不意打ち。あの無防備な背中に攻撃を叩き込めれば、万が一にもシャーニッドに勝ち目がある。

「レストレーション……」

ぼそりと、レイフォンに聞こえないように小さく起動鍵語を唱える。シャーニッドは使い慣れた銃をレイフォンの背に向けた。
弾丸は試合でも使われる麻痺弾だ。これを喰らえば、いくらレイフォンでもしばらくは動けない。そうなれば、少しは頭を冷やすだろう。
何の迷いも待たずに、シャーニッドは自分でも驚くほどあっさりと引き金を引いた。

「っ!?」

弾丸は、そのまま真っ直ぐ飛んでいった。レイフォンのいた場所を通り過ぎ、視聴覚室のドアに風穴を開ける。
レイフォンがいない。シャーニッドが消えたレイフォンの姿を探そうとするが、その視界は一瞬で暗転した。

「がっ……」

脇腹に激痛が走る。そのまま吹き飛ばされ、パイプいすやホワイトボードを巻き込みながらシャーニッドは横転した。
パイプ椅子とホワイトボードの下敷きとなり、シャーニッドは何事もなかったかのように去っていくレイフォンの背中を見詰めた。

「ま、待てよ……」

声はレイフォンに届かない。脇腹の痛みが尋常ではなく、ごろごろとみっともなく床を転がった。痛みに堪えながら脇腹を確認してみると、そこは骨が陥没してくっきりと足跡がついていた。ここをレイフォンに蹴られたのだろう。
痛みで、息がまともにできない。

「か、かひゅ……待て、待ってくれ……」

あのまま、レイフォンを行かせてはならない。けれど、シャーニッドにレイフォンを止める術はない。
痛みと、呼吸が困難なために、シャーニッドの意識はここで途絶えた。





















あとがき
ホントならそろそろ四巻編を終わらせたかったんですけどねぇ。クララもそろそろ目覚めてもらおうと思ってましたが、なんかレイフォンが病み始めてこうなった(汗
なんでだ、なんでこうなってしまった!? クララ一直線は連載当初、フォンフォンとは違う路線で行こうと思っていたのに……
俺の書くレイフォンは何故だか病んでしまいます。しかもこの病み方、フォンフォンよりやばいと思うのは俺の気のせいでしょうか!?
なんにせよ、四巻編もいよいよ架橋。次回こそはクララ復活……なるのか?



[29266] 第十七話 狂気
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:2a03c4f9
Date: 2013/02/17 08:02
「レイとん! これはいったいどういうことなんだ!?」

「何が?」

第十八小隊と第十小隊試合当日の日。レイフォンはナルキの問いかけに対し、とてもうっとうしそうに、そしてどうでもよさそうに返した。

「なんでシャーニッド先輩がいないんだ? こいつらはいったい……」

「シャーニッド先輩がいないのは、不幸な事故で怪我をして入院したから。今頃病院のベットの上で寝てるんじゃないかな? で、この人達はシャーニッド先輩の代わり。このガトマンって人は生徒会長から紹介されたんだ」

第十八小隊の隊員は五名。小隊として存続するための最低人数の四人を上回ってはいるが、今回はクラリーベルが未だ入院中なので、ギリギリの四人しかいない。それに加えて、不幸な事故によるシャーニッドの入院。
本来なら、第十八小隊は戦う前に不戦勝という形で敗北しているところだった。だが、それだといろいろとまずい事情があるため、生徒会長のカリアンは代役という苦肉の策に出た。
本来なら小隊員としての実力がない者を小隊に入れることはできない。それだと、エリートである小隊員に誰でもなれるという風潮が起きてしまうからだ。それを覆してまでの今回の起用。それほどまでにこの試合は重要で、決して中止にはできないということだった。

「ガトマンって……いいのか、レイとん。その、正直この人のいい噂を聞かないぞ……」

いきなり現れた代役に困惑するナルキだったが、彼女がもっとも警戒するのは武芸科五年に在籍するガトマン・グレアー。武芸者としての技量は高く、小隊員となれるほどの実力を持っているらしいが、素行が悪くてどこの小隊からも敬遠されているという。
わかりやすく言えば不良。または荒くれ者。そんな人物がいくら小隊長とはいえ、下級生、それも一年生であるレイフォンの言うことを素直に聞くとは思えない。
第十八小隊は、とんでもない人物を小隊に入れてしまったのではないかと不安に思う。

「別に心配しなくていいよ。ね、ガトマンさん」

「はい、アルセイフさんの言うとおりです! この私、ガトマン・グレアーは心を入れ替え、ツェルニのために戦おうと思っています」

「……なにがあった?」

そんな人物なのだが、ナルキの前に立つガトマン・グレアーというその人。彼は噂とはぜんぜん違い、とても礼儀正しそうに宣言した。

「最初は自分を小隊長にしろとか絡んできたけど、少しだけボコったらすぐに言う事を聞いてくれたよ。やっぱり、人って自分の身の程を知ることが大切なんだね」

「私は今まで間違っていました。世の中にはアルセイフさんみたいな方がいらっしゃるんですね……正直、死を覚悟しました」

「おおげさですね」

神妙な顔つきで過去の自分を振り返るガトマンと、それをそっけなく流すレイフォン。
ナルキはそれをなんともいえない表情で眺めながら、ちらりと視線をずらす。

「で、こっちは誰だ?」

「あ、あの、僕は……」

視線をずらした先には、小動物のようにおろおろした、とても気の弱そうな少年がいた。

「僕達とクラスは違うけど、同じ一年生のレオ・プロセシオ君。同じ武芸科で、練武館のそばにいたから連れて来た。つまり数合わせ」

「……それでいいのか?」

包み隠さずいうレイフォンの言葉に、ナルキには言いようのない不安が芽生えていた。
相次ぐ故障者で試合すらできない第十八小隊。その代役が元不良と、戦力にはなりえない一年生ともなれば、不安も出てくるというものだ。正直な話、ナルキ自身も戦力になるとは言いがたい。少なくとも、自分では足手まといではないかと思ってしまう。

「だからさ、ナッキは別に無理して試合に出なくてもいいよ」

「なに?」

そんなナルキに対し、畳み掛けるようなレイフォンの言葉。険悪そうに眉を寄せるナルキとは裏腹に、レイフォンは済ました顔で平然と言い放つ。

「だからさ、もう第十八小隊は必要最低限の人数を満たしているんだよ。四人いれば試合はできる。僕とガトマンさん、そしてレオ君とフェリ先輩。それで試合はできるんだ。そもそも、シャーニッド先輩が入ってきた時点で抜けてもよかったんだ。だからさ、ナッキ。君は無理して試合に出なくてもいいんだよ」

それは言い聞かせるような言葉だったが、レイフォンにはナルキを気遣うつもりなど微塵もない。とても事務的で、とてもめんどくさそうに、ただ淡々と言葉を続けるだけ。

「本気で言ってるのか? レイとん」

「まぁ……嘘ではないね。ただ、そう思っただけ。どうでもいいと思っているから、本気じゃないかも。けど、本心だよ」

レイフォンの目は、とても友人を見ているようなそれではなかった。いや、レイフォンの目はあの日、あの時、クラリーベルを守れなかった時からずっと死んでいる。
瞳からは光が消え失せ、生気は微塵も感じられずに、まるで動く屍のような佇まいをしていた。

「……無理をしているのは、あたしじゃなくてレイとんじゃないのか?」

「僕が無理をしている? そうなのかな? けどね、僕は一番無理をしなきゃいけない時に無理ができなかったんだ」

「レイとん……」

「それで、どうするのナッキ?」

レイフォンは、未だにクラリーベルのことを気に病んでいる。ナルキとて、あの廃都ではなにもできなかった。友人の力になることができなかった。悔しいという思いがある。
だから、レイフォンの言葉には負けず、真っ向から言い返す。

「そんなのはごめんだ!」

本来なら、第十小隊の違法酒騒ぎの事件は都市警が追っているものだった。それが突如、上からの指示で捜査の打ち切り。下っ端のナルキは納得がいかないまま、一方的に打ち切られた捜査に憤りを感じていたが、そんなこととは関係なく思った。
確かに始めは、せめてこの事件の結末を見届けようとこの試合に出るつもりだった。だが、今は違う。それ以上に友人を、レイフォンを放っておけないと思ったからだ。

「そう……ナッキがいいのなら、どうでもいいけど」

だけど、そんな想いも言葉も、結局はレイフォンには届かない。相変わらずの無関心で、ナルキに背を向け、もうすぐ始まる試合に向けて錬金鋼の手入れを始めた。
この試合で使われる重要なもの、刀の形状をした錬金鋼だった。


†††


「っ……」

目が覚めた。最初に視界に飛び込んできたのは、見慣れない白い天井。
未だにはっきりしない意識のためにしばらくぼーっとするシャーニッドだったが、すぐに意識は覚醒し、がばっと起き上がった。

「今なん……あがっ!?」

布団とシーツを跳ね除け、時間を確認しようとする。だが、腹部に走った痛みによってその行動は中止された。腰を曲げて丸まり、ベットの上でじたばたと悶える。

「くそっ、レイフォンの野郎……」

レイフォンに返り討ちにあい、シャーニッドの意識はそこで途切れた。あれからどれほどの時間が経ったのだろう?
今更ながらにここは病院だ。あの後、シャーニッドはここに運ばれて治療を受けたのだろう。本来なら絶対安静。動いてはいけないはずだ。事実、痛みで動けそうにない。
ベットの上で悶え続けながら、激痛で目には涙がにじむ。深く深呼吸をし、少しでも痛みを誤魔化そうとした。
はぁはぁと息を吐き、悶えるシャーニッドに向け、とてものんきな声が聞こえた。

「苦しそうですね。大丈夫ですか? シャーニッド先輩」

「やっばい……俺、もう駄目かもしんない」

「そんなこと言わないで。ほら、背中をさすってあげますね」

「ああ、わりぃ……」

声の主はシャーニッドの背中をさすり、彼の痛みを少しでも和らげようとしてくれた。
シャーニッドはその行為に感謝しつつ、少しずつ痛みが和らいできたことによって正常な判断ができるようになる。

「ん?」

この声を、どこかで聞いた気がした。

「もういいですか?」

「あ、ああ……」

「ところで、シャーニッド先輩がどうして入院しているんですか?」

声の主はシャーニッドの背中をさするのをやめ、どこからかパンを取り出す。袋を開け、それを口にくわえた。

「ちょっとレイフォンにボコられてな」

「レイフォン様にですか?」

「ああ……今度はこっちが聞きたいんだが、お前はいつ起きたんだ?」

「ふぁっきです(さっきです)……んぐんぐっ、ぷはっ……目が覚めると同時にお腹が空いて、売店に行って来ました」

もぐもぐとパンを食しながら、声の主は笑い話のように言う。だが、シャーニッドからすればまったく笑えない。

「ぉぃ……」

「なんですか? シャーニッド先輩もお腹が空いたんですか? 食べます?」

声の主は食べかけのパンをシャーニッドに差し出す。だが、シャーニッドが必要としているのはそんなものではない。

「頼みがあるんだ。お前にしかできないことだ!」

「へっ?」

それは救済。シャーニッドではレイフォンを止めることはできなかった。そんなレイフォンを止められる、唯一の可能性。
痛みで悶えるのも忘れ、シャーニッドは声の主の肩をがっしりとつかんで言う。

「レイフォンを止めてくれ……クラリーベル」

「いったい、私が寝ている間に何があったんですか?」


†††


試合が始まった。第十小隊が攻撃で、第十八小隊が防御を行う。だが、今回の試合がただの旗取り合戦で済むわけがない。

(シャーニッドがいない……だが、そんなの関係があるか。勝つのは俺達だ!!)

そんなことは露知らず、第十小隊を率いるディンは得意のフォーメーションで勝負に出る。
突撃槍(ランス)の形をした錬金鋼を持ったダルシェナが先頭を走って突撃し、その後にディンが続く。ディンはまるでダルシェナの影のように付き従い、手には幾本ものワイヤーを持ってダルシェナの進路を確保する。
先に錘のついたワイヤーをダルシェナの進路方向に先行させ、罠などがあれば先にそれに引っかかる仕組みだ。なのでダルシェナは何の気兼ねなく突っ込むことができ、最高のパフォーマンスを披露することができる。
さらにはディンの後ろには四人の隊員達。総勢六名の、ダルシェナを援護するためのフォーメーション。この鉄壁の守りは、そのまま最強の矛へとなりえた。対抗試合が始まって、未だ一度たりともこのフォーメーションは破られていない。
このままフラッグへと向かい、奪い取るか破壊すれば第十小隊の勝ちだ。

(見たかっ!)

ディンはここにはいない人物に向け、勝ち誇った笑みを浮かべる。試合中であり、まだフラッグまで野戦グラウンドの半分ほどの距離があるというのに、緩む頬を抑えきれない。

(お前がいなくとも、俺達はやれるんだ!)

第十小隊を捨て、去っていった裏切り者。このことを、ディンは一刻たりとも忘れたことはない。
未だ根に持ち、ここにはいないシャーニッドを内心で嘲笑する。

(所詮、お前ははんぱ者だったということだ)

第十小隊を裏切り、その後第十七小隊へ。だが、第十七小隊は一度も活動することなく解散。その後、第十七小隊より更に新参の第十八小隊に入ったらしいが、それでもこの試合にシャーニッドの姿がない。彼は自分達に臆し、逃げ出したのだろうと憶測する。そう思うと、更にディンの表情がにやけた。

「シェーナっ! このまま突きつぶすぞ」

第十小隊は無敵だ。違法酒まで使用したこの隊に死角はない。確かに第十八小隊は手強い。第五小隊を圧倒的な力で破ったことは記憶に新しい。
ダブルエースと呼ばれるレイフォンとクラリーベルは厄介だ。この二人は、ゴルネオとシャンテを超える名コンビと言ってもいいかもしれない。
だが、そのコンビの片割れが今はいない。その上、シャーニッドの不在と、その穴を埋める新参者の存在。これで連携などまともに取れるはずがなく、まさに烏合の衆。
如何にここまで快進撃を続けてきた第十八小隊でも、今回ばかりは勝ち目がない。これが大半の者の予想で、ディンもそう思っていた。この時までは。

ディンは知る。第十八小隊の本当の恐怖を。クラリーベルがいなくなったことにより、歯止めの利かなくなった怪物の存在を、ディンは否応なく知ることとなった。

「なんだっ!?」

ディン達の正面、この強固なフォーメーションの前に一人の少年が姿を現す。そう、たった一人だ。たった一人、レイフォンが進路上に立ちはだかり、彼らを迎え撃とうとしていた。

「一人でなにができる!!」

侮られたことに対する憤りはない。ディンは鼻で笑い、あまりにも無謀なレイフォンをそのまま潰そうと考えた。
ダルシェナも他の隊員も、誰もレイフォンが障害になるとは思っていない。内心では舐めていた。一人で何ができると。
そして、一人で老生体を駆逐できる怪物が牙を剥く。

「なに!?」

レイフォンは刀を一振りした。たった、それだけのこと。膨大な剄を込め、大規模な衝剄を放つ。だが、狙いはディン達ではなくその後方、野戦グラウンド全体に向け。
これにより障害物の林は薙ぎ倒され、地面は抉れ、土煙が舞う。

「何なんだいったい!?」

この土煙がやけに舞う。一瞬にして視界を埋め尽くし、もうもうと野戦グラウンドに立ち込める。つまり、大規模な煙幕だ。
これによって観客席からは戦場が隠され、念威で操作された中継用のカメラも役に立たなくなる。
だが、これはあくまで中継用であり、念威繰者の端子を完全に無効化するほどの効果はない。念威による視界や聴覚の補助を受ける武芸者にとって、これにどれほどの意味があるというのだ?
ディンは不審に思いながらも、突撃の速度は緩めない。狙撃はないと確信していたからだ。
狙撃の技術とは一朝一夕で身につくものではない。シャーニッドがいればその警戒もしたかもしれないが、シャーニッドがいない今、第十八小隊に狙撃ができるような人物はいない。
まずは目先の敵、レイフォンを始末しようとダルシェナを突っ込ませる。

「………」

レイフォンは無言だった。無言のまま、もう一度刀を一振りする。

「しぇー……な?」

その一振りで、ディンの表情は凍りついた。

「よわっ」

吐き出されたレイフォンの言葉。とても小さな声だったが、それがはっきりとディンの耳を打つ。
ダルシェナの突撃槍は一撃で破壊され、それでも止まらなかったレイフォンの刀はそのままダルシェナに襲い掛かった。
刀はダルシェナの腕の骨を砕き、そのまま腹に食い込む。肋骨までもへし折り、ダルシェナの体は宙を舞った。
幾房も螺旋を巻いた豊かな金髪を風に乗せ、ダルシェナの体は地面に叩きつけられる。戦闘不能。とても戦いが続けられる状況ではない。それは、誰が見ても明らかな光景だった。

「まだ終わっていませんよ」

「おい、お前っ!!」

けれど、それでもレイフォンは終わらない。倒れたダルシェナの髪を無造作につかみ、頭を上げさせる。ダルシェナは先ほどの一撃で見事に気絶しており、意識がない。

「生徒会長に言われて、あなた方を徹底的に痛めつけることになりましたから。この程度じゃね」

「シェーナを離せ!」

ディンがレイフォンの元へ向かう。他の隊員達も、憤りながらレイフォンに立ち向かった。それを、レイフォンはあざ笑う。

「無駄なことを」

またも刀を一振り。それは風圧だけで第十小隊の彼らを吹き飛ばし、地面を無様に転げさせる。

「そこで大人しく待っていてください。次はあなた達なんですから」

「ま、待て……」

待たない。レイフォンは無様なディン達を放って、ダルシェナを始末しようとする。
レイフォンの持つ刀の刀身に剄が集まる。その剄が弾け、衝剄の針となってダルシェナの各所に突き刺さった。

外力系衝剄の変化、封心突。

これがハイアの言っていた技だ。衝剄の針が剄脈を流れる剄を阻害し、四肢に剄が行かないようにした。
このまま数分ほど経てば、半年は剄の流れが不自由になるはずだ。なので、まずは一人。あとは念威繰者も合わせ、六人の隊員にこれを叩き込めばいい。最低でもディンにこの技を放てば、それでレイフォンの仕事は終わりだ。

「シェーナ!!」

「待てない男は嫌われますよ」

そのディンが、再びレイフォンに立ち向かってくる。殺気立った雰囲気で、後の四人がそれに続く。
ダルシェナがやられても、まだ五対一。勝ち目があると思っているのだろう。それが幻想とは知らずに。

「な、なんだお前は……?」

「なんでもいいじゃないですか」

一瞬でディン以外の四人が倒される。何が起こったのかなんて、ディンにはまったく理解できなかった。
ディン以外の四人はズタボロとなり、ボロ雑巾のように地面に横たわっていた。

「あなたも、同じようになるんですから」

「はやっ……」

速い。ディンの目では、レイフォンの動きを捉えられない。
気がつけばレイフォンはディンの背中にいて、先ほどダルシェナに放ったのと同じ技を放つ。

外力系衝剄の変化、封心突。

「ぬぅ、ぅぅぅぅぅ」

ディンがうめきながら地面に膝を突く。ワイヤーの先も地面に落ち、全身の力が抜けたような、いやな虚脱感に襲われる。
痛みはそれほど激しくはない。けれど、このままではまずいと直感で理解する。体を無理にでも動かそうとするが、動かない。剄を満足に走らせることができない。

「無理をしたら、剄脈が完全に壊れますよ」

「そんなこと知るかっ!!」

レイフォンの忠告に一切の聞く耳を持たず、ディンは激情して叫んだ。そしてなおも立ち上がろうとする。

「お前にはわからんだろう。己の未熟を知りながら、それでも、なおやらねばならぬと突き動かされる気持ちは、お前にはわからん」

「はっ?」

レイフォンの眉がぴくりと動く。わかったように口を開くディンに対し、わずかながらも殺意が芽生えた。

「お前に何がわかる、このタコ。確かに僕はお前達と比べれば強いかもしれないけど、それでもたくさん失敗した。してしまったんだ……」

ディンの襟首をつかみ、耳元でわめくように、レイフォンは叫ぶ。

「お前も失敗したんだよ。なにもできずに、無様な失敗をした! それでも、僕に比べたらこれはマシな失敗だ!!」

「……それは、誰が決めた?」

「は?」

「俺の失敗を、結末を誰が決めた? シャーニッドか? 生徒会長か? お前か? 俺の失敗や結末を他人には決めさせはしない。俺の意思はそこまで弱くはない……」

ディンは立ち上がった。封心突の影響があるにもかかわらず、立ち上がってレイフォンの腕をつかんだ。ギリギリとレイフォンをにらみつけ、堂々と言い放つ。だが、それでどうにかなるわけではない。

「口だけは達者ですね」

「がっ……」

そのままローキック。レイフォンの足がディンの足を刈るように蹴る。
天剣授受者となるほどの剄を宿し、高い身体能力を持つレイフォンだ。その蹴りはもはや凶器。ディンの左足をへし折り、再び膝を突くディンの毛のない頭をつかみ、無理やり正面を向かせる。

「なら、答えてあげます。僕が決めました。あなたの失敗を、結末を今ここで、僕が決めます。それで文句ないですか?」

「あ、あがっ……」

「本当に口だけですね。違法酒を使ってもこの程度。弱くないと言ってましたが、あなたはこんなにも弱い。まさか、強さがあれば何でもうまくいくって思っていたんですか? 強くて、全てうまくいけば……どんなにいいことなんでしょうね?」

レイフォンは問いかける。だが、足をへし折られ、なおも頭をつかまれ、頭蓋骨を圧迫されているディンに答える余裕なんてない。
レイフォンもレイフォンで、別にディンに答えを求めているわけではない。ただ独り言を、淡々と続けていく。

「それとも、強さが足りないだけなのかな? 僕はまだ、弱いんですかね? 天剣授受者と呼ばれていても、リンテンスさんに比べればまだまだですし、陛下には勝てる気すらしない。そうか、そうだったんですね。僕は弱かった……だから、クララを守れなかった。僕が弱いばかりに……」

もはや、自分でも何を言っているのかわからない。正気を保てない。まるで、白昼夢でも見ているようだった。いや、それだったらどんなにマシだっただろう。

「力……力があれば……陛下にも負けないほどの力があれば……」

どこからともなくそれは現れた。黄金の牡山羊。力を与える存在。

「力を……よこせ」

『心得た』

それは、現時点では最悪の組み合わせだった。


†††


「え、いや……なんでさ!?」

「ハイア君……あれが廃貴族なのかい?」

「あ、ああ、そうなんだけど……ええ、どうしてこうなったさ!?」

ハイアは焦っていた。状況は最悪。まさかこんなことになるだなんて、微塵も思っていなかった。

「おい、生徒会長。とっとと観客を避難させるさ! このままじゃまずい!!」

「どういうことだい!?」

この試合を観戦し、いつでも出れるように待機していたハイアを始めとするサリンバン教導傭兵団だったが、この事態に場は騒然となる。
ハイアはすぐさまカリアンに指示を出すが、いくら聡明なカリアンでも、ハイアのこの豹変ぶりをすぐに理解することはできなかった。

「いいから早くしろ! ヴォルフシュテインが暴れだしたら俺っちでも抑えきれるかどうか……」

「レイフォン君が暴れる? どういうことだい」

「ああもうっ!!」

説明する時間すらもどかしい。正直、契約やら何やらをすべて投げ出して、一刻も早くここから逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
あの時は不覚を取ったとはいえ、それでも並外れた実力を持つレイフォンだ。天剣授受者という名は伊達ではない。そんなレイフォンに廃貴族が取り憑いた。そんなものを抑えきる自信なんて、ハイアにはなかった。

「言っただろ? 廃貴族は本当に危険なもんなんだ。滅びを振り撒く存在さ。それがよりによって最悪な奴の手に渡っちまった!」

「だから、いったいどういう……」

カリアンの言葉は、野戦グラウンドを文字通り粉砕する轟音によって途切れた。
地面が割れ、林が薙ぎ倒され、先ほどの煙幕とは比べ物にならない土煙が上がる。野戦グラウンドは観客席も含め土煙で覆われ、観客達もこの異変にパニックに陥っている。
あれはどう見ても試合で起こる現象ではない。この場にいる誰もが異変に気づきつつあった。

「もう、ヴォルフシュテインは正気じゃない。奴は……廃貴族に呑まれちまったさ」

「レイフォン君が!? いったい、どうすれば……いや、まずは観客の避難が先だね。すぐに役員に誘導させよう」

「それが賢明さ。ったく、こっちはとんだ貧乏くじだ!」

先日、傭兵団はツェルニにある契約を持ちかけてきた。それは、この都市に侵入したであろう廃棄族の捕縛。ツェルニはそれのサポート、手伝いをすること。それが成されれば、傭兵団は報酬として暫しツェルニの護衛を引き受ける。汚染獣などのありとあらゆる脅威からツェルニを守ると、そう契約した。
この契約と、グレンダンの王家から受けた廃貴族の捕縛。これがサリンバン教導傭兵団を退くことのできない戦いにいざなう。
当初はこの試合を利用し、実力のない学生武芸者にでも廃貴族を取り憑かせ、その学生武芸者ごと廃貴族を持ち出そうと考えていた。だが、何の因果か廃貴族はグレンダン出身のレイフォンに取り憑いてしまい、無理に持ち出さなくてもいい状況になった。
けれど、だからといってハイア達が戦わなくていいということにはならない。ああなってしまったレイフォンを止められそうなのは、傭兵団だけだ。ツェルニの戦力ではレイフォンを止めることなど不可能だろう。
また、レイフォンから逃げることはハイアのプライドが許さないし、傭兵団の者達だって納得しないだろう。
ハイアは単に意地。傭兵団の者達は長い間探してきた目的、廃貴族が目の前にいるのだ。何もせずに逃げる打なんて選択肢は存在しない。
また、傭兵団が如何にグレンダンの出身とはいえ、グレンダンを出て長い間幾多もの都市を放浪してきた。長い時間が経ってしまった。だから、天剣授受社の本当の実力を知るのは、ほとんど前線を退けかけた老人達しかいない。傭兵団には放浪の最中で生まれたり、他所の都市で仲間になった若い武芸者もいるが、そんな彼らは老人達の話す天剣授受者のことを誇張された懐古話としか思っていなかった。
だから、天剣授受者の本当の実力。それがさらに強化され、暴走した時の恐ろしさを理解することができなかった。

「お前ら下がれ!」

ハイアが、野戦グラウンドに残った第十八小隊の者達に一括する。第十小隊の者達は既に全滅。ディンやダルシェナを始めとする六人は既にレイフォンに倒されており、残る念威繰者もガトマンの手によって倒されていた。
なので、倒れて動けない第十小隊の者達を運ばせ、第十八小隊の面々にはすぐにここから離脱してもらう。正直、いても戦力にはならないし、守りながら戦うというのも難しい。だから、一秒でもここから遠くに避難して欲しい。そう思うハイアだったが、状況は思ったようには進まない。

「ちょっと待て! いきなり現れたお前達は何者なんだ!?」

ナルキが警戒心をあらわにしてハイアにたずねる。レイフォンの豹変と、この騒動。さらには正体不明の集団の乱入。むしろ、この状況では冷静に対処しろというのが不可能な話だ。
言いたいことも気持ちもわかるが、余裕がないのはハイアも同じこと。

「俺っち達はサリンバン教導傭兵団だ! いいから寝ている奴らを連れてとっとと下がれ! ここは戦場になるさ……」

「サリンバン……教導傭兵団!?」

傭兵団の名を聞き、ナルキの表情が固まった。グレンダンの名を数多くの都市に知らしめた高名な傭兵団。それがサリンバン教導傭兵団なのだ。この名にはとてつもないネームバリューがある。
けれど、今はその名がかすんでしまいそうな存在が目の前にいる。何度も言うが、本当に余裕がないのだ。

「呆けるな! いいから下がれ。じゃないと……」

ハイアの言葉の途中で、レイフォンが動いた。刀を一振りする。風圧と衝剄。たったそれだけで大規模な破壊が行われる。
再び地面が割れた。いや、もはや砕けた。ハイア達は直撃こそ受けなかったが、風圧と爆風によって体が吹き飛ばされそうになる。

「冗談じゃねえ……前やりあった時よりも、何倍もやばくなってやがる!」

「レイとん……」

「まだいたのか!? いいからとっとと逃げるさ! 死にたいのか!!」

唖然とするナルキを怒鳴りつけ、それでもハイアは冷静に観察する。
レイフォンの武器は刀。前やりあった時は剣だったが、その時と今感じる威圧感は段違いだ。対峙するだけでやばさが伝わってくる。あれとだけはやりあってはいけないと、本能が警告する。
だが、それと同時にハイアはある異変に気づいた。

(ん……?)

レイフォンの刀が、錬金鋼が赤く変色していた。元は試合用に調整した鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)製の刀が赤くなっている。レイフォンとの距離は三十メートル以上離れているが、そこからでも熱気が伝わってくるほどだ。

(まさか……)

ハイアの思考と共に、レイフォンはもう一度刀を振るった。それと同時に爆発が起こる。レイフォンの刀が、鋼鉄錬金鋼が爆発した。

「やっぱりか!」

思考は確信となる。
天剣授受者となるものの剄はあまりにも強大で、通常の錬金鋼ではとても耐え切れないのだとか。無理に剄を流せば錬金鋼が耐えられず、自壊して爆発する。今のレイフォンはまさにそれ。
元から天剣として膨大な剄を持っていたが、それに加えて廃貴族の憑依。細かな剄のコントロールが利かずに、錬金鋼が耐えられずに爆発した。
話には聞いたことがあるが、こんな光景を目撃するのは当然ながら初めてのことだ。どれだけレイフォンが化け物なのか思い知らされる。だが、それと同時にチャンスでもあった。

「今だ!」

レイフォンは武器を失った。ハイアはすぐさま合図を出す。周囲にいた傭兵達が無数の鎖を投擲。錬金鋼の爆発で体制を崩したレイフォンにすばやく巻きつき、がんじがらめに拘束する。

「は、ははっ、やったさ!」

汚染獣でも千切れない錬金鋼製の鎖だ。それで拘束され、何人もの傭兵達が押さえつけている。
いくら天剣授受者とはいえ、こうなってしまえばもはや籠の中の鳥だ。ハイアは勝利を確信し、表情がにやける。が、すぐさまその表情は凍りついた。

「は?」

レイフォンは、いともたやすく鎖を引きちぎった。拘束を解き、千切れた鎖をつかんで、その先にいた傭兵達を振り回す。
傭兵が鎖から手を離すまでの間に、二、三度地面に叩きつけるように振り回した。

「冗談だろ!?」

傭兵達が鎖を手放し、地面に転がる。レイフォンは千切れた鎖を投げ捨て、今度はハイアに向かった。武器を持たず、一直線にハイアに向かう。

「速っ!!」

ハイアはすぐさま刀を構え、レイフォンを迎え撃とうとした。レイフォンが蹴りを放つ。速い。避けるのは間に合わない。
仕方なく、ハイアは刀でレイフォンの蹴りを受けようとした。

「嘘だろ!?」

だが、ハイアの刀はレイフォンの蹴りによって小枝のようにへし折られる。そのまま蹴りはハイアに突き刺さり、吹き飛ばされた。

「ぐふっ……おぼえ!?」

地面を何度も転がり、薙ぎ倒された林の山に突っ込んでようやく止まる。

「ぐえっ……かはっ……ちっくしょう、冗談じゃないさ! あんなもん、マジで相手にできるか!」

正攻法では無理だ。だからといって、すぐに搦め手を思いつくはずがない。
ハイアは肋骨が何本かいったが、それでも起き上がってレイフォンを見つめた。

「え……おいおい、嘘だろ? 冗談だろ!?」

ハイアの表情が完全に凍りついた。それは絶望。もはや意地とか契約とか、そんなものは全て放り出してここから逃げたい。
レイフォンはあるものを取り出し、それを構えていた。鋼鉄錬金鋼ではない、新たな錬金鋼。レイフォンの膨大な剄に耐えられるもの。
それは最初にハイアとやりあった時とは違い、刀の形状をしていた。だが、白金錬金鋼のような輝き。特徴的な装飾。そして錬金鋼から感じる特別ななにか。これがあの時と同じ天剣だということに疑問は感じなかった。
何かがあったらしく、刀を使うことに迷いを持たなくなったレイフォンは天剣をも刀の形状にしていたらしい。まさに最悪の状況。

「違約金払って帰りたいさ」

ハイアがぼやく。レイフォンが動く。

「くそったれが!!」

水鏡渡(みかがみわた)り。旋剄を超えた瞬間的な移動を可能とするサイハーデンの足技。本来ならその圧倒的な速度で相手を翻弄し、強襲したりなどの攻めに使う技だが、ハイアはあえて逃げに使った。レイフォンから距離を取るために、全力で水鏡渡りを使う。
真っ向からぶつかって、力勝負で勝てるわけがない。だが、逃げたからといって事態が好転するわけではないのも事実。それどころか、事態は逆に悪化してしまった。

「なんでもありかよ!?」

元から高かったレイフォンの身体能力は、廃貴族の恩恵を受けて反則な域にまで上がっている。それは、ハイアが全力で行った水鏡渡りに対し、同じ水鏡渡りや旋剄などをまったく使わずに、ただ純粋な速度で、身体能力でハイアの速さを凌駕した。
ハイアの後ろに回り込み、その無防備な背中をレイフォンの一撃が襲う。

(あ、これ死んだ……)

膨大な剄、それに耐えられる天剣という錬金鋼。この一撃を受け、無事でいられるイメージなんて沸いてこない。
走馬灯なんて見る余裕もなく、ハイアは本気で己の死を覚悟した。

「へ……お熱っ!!」

そんなハイアに炎が襲い掛かる。いや、ハイアにではない。この炎はレイフォンに向けられたものだ。
ハイアが受けたのはその余波。それでも火の粉がハイアの方に飛んできたのは事実で、その熱さに表情を歪める。

「いったい何さ!?」

レイフォンは炎に呑まれ、その場で動きが止まっていた。これ幸いと、ハイアはすぐさまレイフォンから距離を取る。
結果的には助かったが、あの炎はいったい何なのか? あれを放ったのはいったい誰なのか?
それを確認するために、ハイアはキョロキョロとあたりを見渡した。そして、炎の使い手はすぐに見つかる。

「流石キリクさん。急ごしらえの錬金鋼でも素晴らしい出来です。私の愛用の錬金鋼は、この間の調査で壊しちゃいましたし」

紅玉錬金鋼(ルビーダイト)で出来た剣を構え、不適に笑う少女。彼女はおそらく武芸者なのだろうが、妙な格好をしていた。
まるで、病院から抜け出してきたかのような就寝着を着ている。

「さて、その程度じゃ終わりませんよね、レイフォン様。終わるわけがない。ましてや、廃貴族が取り憑いたあなたがこの程度なはずありません」

少女はとても楽しそうに、とても嬉しそうに言う。それに答えるためかどうかは知らないが、レイフォンは自分を包むように燃えていた炎を飛散させた。おそらく、全身から衝剄を発して炎を吹き飛ばしたのだろう。
戦闘衣に焦げ目こそあるが、肝心のレイフォンは無傷。目立った外相は見当たらない。それどころか、髪すら焦げていなかった。

「そうこなくっちゃ!」

少女がさらに歓喜する。その笑みは年相応の少女らしく無邪気で、同時に美しいとさえ感じられた。
とても活き活きとした少女を見て、ハイアはぽつりとつぶやく。

「あんた……ロンスマイアの嬢ちゃんか?」

ハイアはこの少女を知っていた。というか、前に一度見ている。グレンダン三王家、ロンスマイアの姫、クラリーベル・ロンスマイア。
あの時は病室で眠っている姿を見ただけだが、今は楽しそうにはしゃぐクラリーベルを見て、呆れと失笑が出てくる。その失笑と言葉を聞かれたのか、クラリーベルはくるっとハイアに視線を向ける。

「へ……あなたは誰ですか? あ、ちょっと待ってください。その顔の刺青……まさか、サリンバン教導傭兵団ですか!?」

「そのとおりさ~」

「へ~、凄いですね。是非とも一度、お手合わせ願いたいです」

「第一声がそれかよ? とんだじゃじゃ馬姫さ」

「よく言われます」

クラリーベルはにこりと笑って、ハイアから視線をそらした。もう一度レイフォンへと視線を向ける。
今度は一切そらさない。今はレイフォンだけを見ている。

「けど、少しだけ待っていてください。今はレイフォン様の方を優先します。ああ、とっても楽しみです」

この言葉を最後に、視線の他すべてをレイフォンに向ける。
目は、レイフォンの動きを一切見落とさない。
耳は、レイフォンが出すであろう音は足音でも拾う。
鼻は、レイフォンの匂いを、戦場の匂いを少しでも感じ取ろうとする。
肌は、この場の空気を、ぴりぴりとしたこの雰囲気をびんびんに感じていた。
乾いた唇を舐め、クラリーベルはレイフォンに向けて一歩を踏み出した。

「行きますよ、レイフォン様!!」

クラリーベル・ロンスマイア。戦場に帰還する。

















あとがき
だんだんと終わりが見えてきました。意外とあっさりしちゃいましたが、なんにせよクララ復活です。
シャーニッドやディン達が思った以上に噛ませになってしまい困惑しています。ダルシェナは台詞すらない……
本来はディンの葛藤、ダルシェナの心境、ナルキの想いやら、いろいろ描写したいことがたくさんあったんですけど、無駄に長くなってしまい、だらだらと何を言っているのかわからなくなってしまい、大幅にカットしてしまいました。
この障害は、当初フェリをクララのライバル的立場に設定してたのに、出番を大幅にカットしたことからも伺えます。それにフェリは、メインヒロイン張ってるフォンフォン一直線を既に執筆していますし……
それから、クララやシャーニッドの代役で登場したガトマンとレオ。彼らはレギオスの漫画版に出てくるキャラクターです。まぁ、ガトマンはフォンフォンの最初の方で噛ませとして出てきましたし。レオも少し登場してましたよね。

まぁ、何はともあれ、いよいよ物語は佳境、クライマックスへと向かっています。最初はフォンフォンの番外編で始まった作品が、ここまで長くなるとは思っていませんでした。ぶっちゃけ、作者である俺が一番驚いています。
次回の更新でクララ一直線を一段楽させたいと思っています。
ここまで応援ありがとうございました。次回ももうひとがん張りします。



PS 次はフォンフォン一直線を更新したいと思います。というか、テンションが上がることがあったので、しばらくフォンフォン祭りに入ります!
ラブラブなレイフォンとフェリを書くぞぉぉ!!
その理由というのも、ピクシブである絵師さんにリクエストをしたんですよ。レイフォンとフェリのセットで、ウェディングドレスという感じで。そしたら予想よりもはるかに素晴らしい絵を描いていただき、テンション上がりました!
見たい人は『レイフォンとフェリ』で検索し、右上の方にあるタグのタイトル・キャプションをクリックすれば見れると思います。または普通に、『レイフォン フェリ』とかで検索してください。



[29266] 第十八話 天剣授受者と姫 (完結)
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:981b079b
Date: 2013/07/11 10:07
「いったい何が起こってやがる……」

怪我を押して野戦グランドへと向かったシャーニッド。未だに傷が痛むが、泣き言を言ってられる常態ではない。
クラリーベルが先に現場へと向かったが、それで安心というわけにはいかない。案の定、野戦グランドは大混乱に陥っていた。

「くそっ……」

グランドどころか、観客席すら覆う土煙。あれではグランドの様子などわかったものではない。
同時に、土煙の中からは轟音が聞こえる。破壊の音だ。グランドは荒れ果て、時には爆発のような音まで聞こえてくる。いったい、あの土煙の中で何が起こっているのだろう?

「無事でいろよ……シェーナ、ディン」

この異常事態に慌てて観客達が避難する中、シャーニッドにできるのは友人の無事を祈ることだけだった。


†††


「あは、あははは! 凄い、凄いですよレイフォン様!!」

野戦グランドの破壊だが、そのほとんどは彼女の所為だった。
病み上がりというのをまったく感じさせないほどに激しく、とても楽しそうに戦う彼女。グレンラン三王家の姫、クラリーベル・ロンスマイアだ。
その様はまるで舞のようだった。状況が違っていたなら魅入っていた者もいただろう。それほどまでに美しい。
流れるような剣撃。激しく、熱く、眩い炎。人の命などたやすく奪ってしまえそうなほどに殺人的な美しさ。だが、その美しさをものともせずに渡り合える者がいた。それがレイフォンだ。

「……………」

レイフォンは無言だった。無表情だった。それでも剣撃を回避し、化錬剄による炎は衝剄などで振り払う。
変わらずそこに立ち続け、視線はクラリーベルだけを見ていた。



「なに呆けてるんだ! さっさと第十小隊のやつらを拾って逃げるぞ!」

「ガトマン先輩……」

この光景に見入っていたナルキに、ガトマンからの怒声が飛ぶ。彼はディンとダルシェナの二人を肩に担ぎ、ナルキを鋭い視線でにらんでいた。

「呆けている暇はないだろ。それに、傭兵団のやつらも言ってただろ、逃げろって」

「で、ですが、レイとん……いや、レイフォンが……」

「だからそういうのは放っておけって! むしろレイフォンのやつが一番危険なんだよ!」

試合開始前までの謙虚なガトマンは影を潜め、今は乱暴な物言いでナルキを叱責する。それほどまでに余裕がないのだろう。
確か、ガトマンはレイフォンにボコられたそうだ。つまり、レイフォンの実力を肌で感じた。その経験ゆえに、レイフォンのことを誰よりも恐れている。

「いいから早く逃げるぞ! 巻き添えなんてごめんだからな」

「ちょ、いたっ……蹴らないでくださいよ」

「だったらさっさと行け!」

尻込みしようとするナルキの背中をせっつき、一刻も早くここから離れようとするガトマン。
レイフォンに対する心配をぬぐえないナルキだったが、先ほどは傭兵団の団長にもここを放れるように言われ、先輩であるガトマンにこうもせっつかれたら逆らうわけにはいかない。

「待ってくださいよ」

「急げレオ! ぐずぐずすんじゃねぇ! おい、傭兵団。そっちに手はいらねぇか!?」

レオも引き連れ、第十八小隊と第十小隊の面々はすぐさまここを離脱しようとする。とはいえ、第十小隊はすでに全滅してしまったため、無事な第十八小隊の面々が連れ出すしかないのだが。
また、レイフォンの手によって傭兵団の者達も何名かやられたようだ。そんな彼らに救いの手は必要ないかとたずねるガトマンだったが、団長であるハイアは緊張感を欠く間延びした声で答えた。

「あ~、こっちはいいさ。お心遣い、感謝するさ~」

実際、傭兵団のすべてがやられたわけではない。無事な傭兵達も存在する。既に無事な傭兵達が負傷した傭兵を運び出していた。

「しかし、とんだ災難だったさ~」

「ハイアちゃん、私達も離れた方が……」

先ほどの焦りはどこへやら、緊張感を捨て去ったハイアに、金髪と眼鏡の少女が心配そうに声をかける。歳はハイアと同じくらいだろうか。

「その必要はないさ、ミュンファ。ちょうどいい機会だし、あの茶番でものんびり見ているさ」

「茶番?」

少女の名はミュンファというらしい。ミュンファは、ハイアの言う『茶番』という言葉に首をかしげた。

「見てわかんないか? さっきから攻撃してんのはロンスマイアの嬢ちゃんだけ。ヴォルフシュテインの野郎は手を出していないさ」

「あ……」

言われてから気づいた。確かに、レイフォンは回避のために衝剄で炎を振り払ってこそいるが、クラリーベル本人を狙うような攻撃は一切行われていない。

「だから茶番さ。野郎、ひょっとしたら最初から暴走なんてしていなかったかもしれない。最初に攻撃を仕掛けてきたのが、廃貴族という新しい力を試すためだとしたら……」

よくよく思い出してみれば、廃貴族が取り憑いてからレイフォンが攻撃したのは傭兵団だけだ。無差別に周囲を攻撃するようなこと、学生武芸者や観客を襲うことなどなかった。
もしも最初から暴走などしておらず、憂さ晴らしや、新たな力を試すために傭兵団を襲ったのだとしたら……

「本当に気に入らない野郎さ……」

ハイアは苦々しくつぶやいた。


†††



「だんまりですか? 何か言ってくださいよ、レイフォン様。さっきから天剣も使ってませんし。それとも、私には天剣を使う価値もないと言いたいんですか?」

レイフォンと相対していたクラリーベルも異変に気づく。自分は相手になどされていなかったのだ。
レイフォンは始終無言。天剣を復元こそしているが、それはクラリーベルの攻撃を捌くためにしか使用されていない。
有り余る剄と、それに耐えられる至高の錬金鋼。だというのにそれが一切クラリーベルに向けられない。舐められていると思わずにはいられなかった。

「さすがは天剣授受者様ですね。私など、全力を出す相手足り得ないと言いたいのでしょうか ? けど、これを見ても同じ態度ができますか!?」

仕掛けは万全だった。今までの戦闘の、この野戦グラウンドには化錬剄の奥義である伏剄が仕込まれている。剄をあえて化錬させず、未化錬のまま留めて、剄の網としたものだ。それが周囲にいくつもある。
そして、クラリーベルの動作とともにそれが一気に化錬した。

力系衝剄の化錬変化、紅蓮波濤(ぐれんはとう)

クラリーベルの持つ錬金鋼を中心に、紅の炎が広がっていく。炎は爆発的に広がって野戦グラウンドを埋め尽くし、捕食するかのようにレイフォンに向かっていく。まるで紅の獣だった。

「おぃおぃ、嘘だろ!?」

クラリーベルのこの剄技に、周囲の考慮なんてものはまるでなかった。高みの見物をしようとしていたハイアは腰を上げ、すぐさまここから離れようとする。
負傷した傭兵、第十小隊の面々も、まだ完全には避難が完了していない。このままではクラリーベルの大技に巻き込まれかねなかった。

「あのおてんば姫が……」

ハイアは刀を手に取る。やれるかどうかはわからないが、あの剄技を、紅蓮波濤を斬ろうとしたのだ。完全に斬れなくともよい。衝剄などで吹き飛ばし、活路を見出せればいい。
炎の熱気と緊張で唇と喉が渇く。距離があるというのに、肌が焼けるように痛い。
剄を走らせ、構えを取る。サイハーデン刀争術奥義、焔切り(ほむらぎり)を放とうとした。だが、その必要はなかった。

「「は(え)?」」

クラリーベルとハイアの声が重なった。その声は驚きの声だったが、ありえなさ過ぎる光景によって気が抜けたものへとなってしまった。
クラリーベルの剄技が、紅の炎が消失する。突如突風が吹き、炎を掻き消したのだ。
野戦グランドの林が折れ、薙ぎ払われる。突風はクラリーベルやハイアにも届き、体勢を崩した。気を抜けば林と一緒に吹き飛ばされてしまいそうな風だ。
もっとも、驚くべきことはそんなことではない。この突風、風は剄技で生み出されたものではないのだ。正体は風圧。
レイフォンが目の前で正拳突きをひとつ。その風圧は槍のように突き進み、クラリーベルの剄技を貫いた。

「ちょ、なんですかそれ!? そんなのアリなんですか!?」

むちゃくちゃなレイフォンに、クラリーベルは抗議めいた視線を向けようとする。だが、その先にレイフォンはいなかった。
クラリーベルが風圧で体勢を崩し、わずかに視線をそらしてしまった隙にレイフォンは移動していた。

「……え?」

「………」

いつの間にか、レイフォンはクラリーベルの目の前にいた。正面にいるというのに、クラリーベルは今の今まで気づかなかった。
迎撃行動を取ろうとする。だが、あまりにも遅い。それよりも早く、レイフォンの手が伸びた。

「へ……?」

抱きしめられた。わけがわからない。クラリーベルはレイフォンに抱きしめられ、先ほどよりも気の抜けた表情と声を出してしまう。

「れ、レイフォン様……え、痛い!? いた、いたたたっ……ちょ、痛いですレイフォン様!!」

「………」

その直後、レイフォンはクラリーベルを抱きしめる力を強くした。洒落にならないほど強く、洒落にならないほどに痛い。大蛇に巻きつかれた方がマシではないかと思えるほどにだ。もっとも、そんな経験などクラリーベルにはないが。

「骨がギシギシいってます! 出る、出ちゃいます内臓! 痛い、本当に痛いですレイフォン様!!」

「………」

クラリーベルが喚き散らすが、レイフォンは相変わらずの無言と無表情。こんな状態で錬金鋼など持っていられるはずがなく、クラリーベルは錬金鋼を下に落としていた。
なので、完全なる無防備。抵抗しようにも、ただでさえ膨大な剄を持っており、廃貴族というブースとで強化されたレイフォンの活剄、身体能力を上回ることは不可能。
ゆえに脱出不能。痛みに耐えかねたクラリーベルは、本気で泣いてしまいそうだった。

「っ……の……カ」

「……はい?」

無言だったレイフォンが、この時初めて言葉を発した。だが、声があまりにも小さくて聞き取れない。だから、クラリーベルは当然聞き返した。

「このバカって言ったんですよ!! バカ!」

「ぎゃんっ!?」

叫びとともに、さらに抱きしめる力が強くなる。圧迫感が増したクラリーベルは、もはや涙目だった。
だが、レイフォンはそんなクラリーベルをフォローする余裕などなかった。彼女には、言いたいことがたくさんありすぎる。

「あなたは本当に自分勝手で、落ち着きがなくって、好戦的で……本当にお姫さまなのかって思ったことも一度や二度じゃありません」

「痛い~……ごめんなさい、ホントごめんなさいレイフォン様~!!」

「あなた、自分の立場がわかっているんですか!? 僕がどれだけ心配したと思ってるんですか! やりたいことをやって、言いたいように言う。それが悪いとは言いませんけど、僕にだって言いたいことがあるんです!」

「ひうっ……」

レイフォンは激昂していた。完全に怒っていた。
突っ込みや注意を促されることには慣れているクラリーベルだが、真剣に怒っているレイフォンを見るのは初めてのことだ。及び腰になってしまい、涙目のままレイフォンを見ていた。

「僕は………なんですよ」

「へ?」

力が弱まる。そして、レイフォンから吐き出された言葉。けれど、肝心なところが小さくて聞こえない。

「クララ……」

レイフォンはクラリーベルを手放す。圧迫から開放し、正面からクラリーベルの瞳を見据えた。
優しい声音で、今度はしっかりと発音する。

「僕はあなたが好きです。だからあまり心配をかけないでください。クララが傷ついて、自分のこと以上に辛かったんですから」

「へ……え、うぇ……ええええええええええ!?」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。真っ白となった頭で、言われたことを理解するのに五秒ほどの時を要した。その五秒後には、驚愕の声を上げる。

「ちょ、レイフォン様……いきなり何を言って……」

「前に、クララが言ってくれたじゃないですか。僕のことが好きだって。クララが傷ついてから、僕なりに真剣に考えてみたんです。あなたは、僕のそばにいるのが当然でした。だから、これからもずっと、僕のそばにいてください」

「レイフォン……さま……」

「あなたみたいなおてんばは、目の届くところに置いておかないと心配ですしね」

「う~……」

好きだといわれたのは嬉しいが、最後に言われたことに渋い顔をするクラリーベル。
自覚はあり、自分がおしとやかとは程遠い性格をしているのは理解しているものの、レイフォンに言われると結構ショックだった。
だから、その嬉しさを素直に喜ぶことができず、微妙な表情をしてしまっても仕方のないことだろう。
この様子を見ていたハイアは、とても迷惑そうで、力の抜けた表情でポツリとつぶやく。

「本当に、とんだ茶番さ」

「ねぇ、ハイアちゃん……廃貴族はどうするの?」

ミュンファが問いかける。廃貴族がレイフォンの中にいるのは確かだ。傭兵団の目的は廃貴族の捕縛。なので、場合によってはレイフォンと戦う可能性が出てくる。
けれど、ハイアはとても嫌そうで、めんどくさそうな顔で言った。

「どうもしないさ。そもそも、ヴォルフシュテインはグレンダンの武芸者、天剣授受者様さ~。無理にグレンダンに連れて行く理由がなければ、敵対する理由もない。だから、グレンダンに報告の手紙を書いて、返事が届くまで待機ってところだろ」

ボリボリと頭を掻き、ハイアはため息じみた声を上げる。

「はぁ……それにさ、ヴォルフシュテインの野郎を敵に回すのはマジでごめんさ。ただでさえ俺っちと同じくらいの技量を持っているのに、それに廃きぞ貴族が憑いたらとても手に負えないさ~。ほら言うだろ。触らぬ神に祟りなし、って」

「うん……それはそうだけど、ハイアちゃんと同じくらいって……フェルマウスさんの話だと、ハイアちゃんボロ負けしてなかったけ?」

「そんな生意気なことを言うのはこの口かさ~?」

「いひゃい! いひゃいよ、ハイアふぁん!」

「さっきから言いたかったけど、ハイアちゃん言うなさ。それに、俺っちが負けたのは武器の差さ~。条件が同じなら絶対に負けないさ」

生意気なことを言う幼馴染に、ハイアはほっぺを引張りながら言い訳を述べる。
何はともあれ、今現在、傭兵団にはレイフォンと敵対する理由はなかった。今後の方針は本国(グレンダン)に相談し、指示を待つこととなるだろう。


†††


ディン・ディーと、ダルシェナ・シェ・マテルナの離脱。二人は試合での負傷で剄脈に異常をきたし、半年ほどの入院を強いられた。今期の武芸大会はまさに絶望的となる。
主力を失い、小隊として存続できなくなった第十小隊は取り潰しとなり、カリアンの思惑通りとなっていた。これによって、違法酒がらみの騒動は完全に揉み消された。
試合中のトラブルに関しては、野戦グラウンドの老朽化や、システムの不具合などと適当に理由を付け、そちらも揉み消した。レイフォンやクラリーベルの暴走、傭兵団の乱入などがこれに該当する。
彼らとは今後とも友好的な関係を続けたいというのがカリアンの願いだった。
一番の問題なのは、レイフォンに憑いた廃貴族。今回の騒動の一因を担った不確定な存在。本来ならそんなわけのわからないものは、傭兵団が持ち帰ってくれれば万々歳。けれど、レイフォンに取り憑いて引き離せないためにそうはいかない。
武芸大会を前にレイフォンがいなくなるのは困る。ツェルニ最大級の戦力を失うわけにはいかない。とはいえ、今のところ傭兵団に敵対する意思はないようだし、試合中の騒動にしても、精神的に参っていたレイフォンが少々暴走しただけのこと。クラリーベルが復帰し、レイフォンも平常心を取り戻したことから、完璧にとはいえないが、その心配は必要ないかもしれない。
なんにせよ、問題は保留、現状維持が妥当な判断か。釈然とはしないが、それでもある程度の問題が片付いたのは喜ばしい。
カリアンは執務机で書類をまとめ、一息吐いてコーヒーを口にした。

「ひとまずはこれで安心かな。それにしても、ツェルニは呪われているとしか思えないほどにトラブル続きだ。胃に穴が開きそうだよ」

カリアンは苦笑いを浮かべながら願う。どうか、これ以上問題が起きないようにと。だが、そんなカリアンの願いとは裏腹に、これからもツェルニにはさまざまな災厄が降り注ぐのだった。


†††


「釈然としねぇ……」

事が終わり、シャーニッドは病院へと戻っていた。自室のベットの上で天井を眺め、ぶつぶつと文句をたらす。
クラリーベルの復活により、レイフォンは正気を取り戻した。が、それはあまりにも遅すぎた。既にディンとダルシェナはやられており、今期の武芸大会が絶望的なのだからしゃれにならない。
やけっぱちになったレイフォンの心境を理解することはできるが、友が犠牲になったとあらば、そう簡単に納得することはできない。

「す、すいません……」

そのレイフォンが、現在シャーニッドの病室に見舞いに来ていた。とても居心地が悪そうな顔でシャーニッドに謝罪する。
冷静でいられる状況ではなかったとはいえ、シャーニッドを病院送りにしたのだ。かなりの負い目がある。

「お前さんもいろいろあって、いっぱいいっぱいだったんだろ? 別に死者が出たわけじゃねえんだ、気にすんな。この傷の恨みは忘れねぇけどな」

シャーニッドの軽口に引きつった表情をするレイフォン。今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

「ま、とにかくだ。本当に死者が出なくてよかったな。冗談抜きで」

「そうですね……クララが無事で、本当によかったです」

シャーニッドはディン達や傭兵団を含めた全てについて話していたが、レイフォンはただ、クラリーベルのことについてのみ語っていた。
それほどまでにレイフォンにとって、クラリーベルの存在が特別なのだろう。悪く取れば、クラリーベル以外はどうなってもいいと思っているのかもしれない。
そう思えるほどに、想像できてしまうほどに、以前のレイフォンは狂気に囚われていた。

「クララちゃんは今、検査の真っ最中か?」

「はい。僕を止めるために、シャーニッド先輩がけしかけましたから。それで先生に怒られて、今は精密検査の真っ最中です。そのことについては、僕もすごく怒ってます」

「じゃあ、お前はどうやったら止まんだよ?」

先ほどのお返しとばかりにシャーニッドを睨むレイフォンだったが、シャーニッドからすれば的外れもいいところだ。というか、他に方法がなかった。狂気に染まったレイフォンを止められるのは、クラリーベルを置いて他にはいない。
そのあたりはレイフォンも理解しているし、そもそも暴れた自分が悪いので、素直に引き下がった。

「あ~あ、ホントに俺は大変なやつの部下になっちまったな」

「なら、第十八小隊をやめますか?」

自嘲気味に言うシャーニッドに、レイフォンは引き止めるそぶりを一切見せずに言った。
元から小隊に対するこだわりはない。また、小隊として最低限の人数は足りている。シャーニッドが小隊を抜けようとも、痛くも痒くもなかった。

「さすがになぁ……第十小隊から逃げ出して、今度は第十八小隊から逃げ出すってのは、かなりイメージが悪いよな」

「なら、残るんですか?」

「だな。もう少しの間よろしく頼むぜ、隊長さん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

どちらにも誠意を感じられない、形だけの会話が交わされる。少なくとも、レイフォンには言葉どおりのよろしくという気持ちはこれっぽっちもなかった。
邪魔にならなければどうでもいいとしか思っていない。シャーニッドが小隊を出ようが、残ろうがどうでもいいのだ。

「じゃあ、僕はクララのところにいきますので」

「おう、お姫様によろしくな」

レイフォンにはクラリーベルがそばにいれば、後はどうでもいいことだった。


†††


「ひゃうっ!?」

「どうかしたんですか、クララ」

久しぶりの我が家。クラリーベルは今まで入院中。レイフォンはそんなクラリーベルに付きっ切りで、半ば住み込みで看病をしていたので、自室の寮に帰るのはずいぶん久しぶりのことだった。

「あ、あの……レイフォン様……」

「いやですか?」

「いえ、その、そういうわけでは……」

入院中の荷物を持って家に帰った。クラリーベルは先の怪我で内臓にもダメージを負っていたため、しばらく夕食は消化のよいものにするようにと医者に言われた。
クラリーベルからすれば物足りない夕食だったが、それでも夕食が済んで、シャワーを浴びた。
レイフォンに廃都でのことについて少しだけ説教を受け、そのあとは趣味などでちょっとだけ時間をつぶして、後は寝ることとなった。
クラリーベルは先の説教の意趣返しも含めてか、いつものようにレイフォンのベットにもぐりこんだ。いつものように顔を赤くし、慌てふためくレイフォンの姿を予想して。
だが、この日のレイフォンはクラリーベルの思い通りにはならなかった。

「う~……レイフォン様、生意気です」

「生意気なのはクララの方ですよ」

ベットの中にもぐりこんだクラリーベルは、レイフォンに抱きしめられていた。
殺剄まで使って気配を殺し、レイフォンに近づいたクラリーベルだったが、相手は仮にも天剣授受者。ばればれで、起きており、待ち伏せされたかのようにつかまってしまった。

「クララの髪、本当にきれいですね」

「はう……」

ベットの中で、レイフォンがクララの髪を触る。一部分が白髪の特徴的なクララの髪はさらさらで、とても良い手触りをしていた。

「いい匂いですね。シャンプーかな?」

「やぁ……匂い、かがないでください」

「クララが自分からベットに入ってきたんじゃないですか」

「あうぁ……」

いつものレイフォンとは明らかに違う。野戦グラウンドでの言葉も思い出し、今日は逆にクラリーベルの顔が赤く染まっていた。

「今日は、そろそろ寝ましょうか」

「へ……?」

不意に、レイフォンがそんなことを言った。クラリーベルを抱きしめる力も弱くなる。
気恥ずかしくはあったが、いろいろと期待してたクラリーベルは内心で拍子抜けしていた。

「寝ちゃうん……ですか?」

「夜は寝るものじゃないですか」

「むぅ……」

それはそうだが……どこか納得行かないという顔で、クラリーベルは頬を膨らませた。

「え……?」

その頬に、柔らかい感触がした。それはレイフォンの唇だった。
クラリーベルの頬にキスをしたレイフォンは、優しい笑顔でクラリーベルに語りかけた。

「大好きですよ、クララ」

「……………」

野戦グラウンドのような場所ではなく、二人っきりの寝室でハッキリとそう言われた。クラリーベルの中には野戦グラウンドで感じたものとは別の嬉しさが込み上げ、レイフォンの腕から抜け出す。

「えっ……!?」

レイフォンの上に載り、そのまま顔を近づけた。寝室で、横になっていたことからレイフォンも油断しており、反応が遅れた。
気がつけばクラリーベルの唇が、レイフォンの唇に触れていた。

「ん、んんっ!?」

クラリーベルはレイフォンの首筋に手を回し、そのまま舌を入れてくる。危害を加えるのならレイフォンも抵抗しただろうが、このようなことで抵抗する気にはなれなかった。無意識のうちに、レイフォンも受け入れていた。
舌がレイフォンの口内に入る。口の中をまさぐり、舌と舌が絡んだ。よく、キスは果実の味がすると例えられる。だが、レイフォンのしたこのキスは、生々しい唾液の味がした。クラリーベルの唾液の味だった。

「っ……その……そういうことを言って、キスをするんでしたら、ほっぺではなく唇にして欲しかったな、なんて……」

濃厚な口付けが終わり、クラリーベルは唇を離し、いまさらながらにいじらしく、言い訳染みたことを言う。
先ほどの強引なキスが嘘だったと感じられるほどの恥じらいだった。

「あ、れい……」

だから、今度はレイフォンからした。下になったまま、上にいたクラリーベルの首筋に手を回し、そのまま唇に押し付ける。
またも舌と舌が絡み、濃厚な唾液の味がした。

「ん……んん、むっ……」

クラリーベルも、そのままレイフォンを抱きしめる。唇の感触と、レイフォンの体温。これらを感じ、満たされた気持ちが広がっていく。

「ぷはっ……」

唇が離れ、空気を求めて息を吸った。体が熱を持つほどに熱く、心地よく、ずっとしていたいと思えるほどだったが、こればかりはどうにもならない。

「じゃ、今度こそ寝ましょうか」

「え、寝ちゃうんですか!?」

むしろこれからだろうというのに、レイフォンは素でこう言うのだから性質が悪い。

「まだ何かあるんですか?」

「はぁ……もういいです。レイフォン様がここまでしてくれたんですから、今日はこれで許してあげます。けど、もう逃げられるなんて思わないでくださいね」

クラリーベルは呆れつつ、レイフォンの上から横に移動した。レイフォンの腕を枕にし、ぎゅっと抱きつく。

「おやすみなさい、レイフォン様」

「おやすみなさい、クララ」

こうして夜は更けていった。





















あとがき
久しぶりにクララ一直線更新。最近、なかなか思うように更新できません(汗
それでも各SSの完結を目指したいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。

さて、今回のクララ一直線ですが、何だろう、思ったよりあっさりと終わってしまいました。
レイフォンに廃貴族が憑いて、暴走したのはあくまでクララの喪失から来るもの。つまりヤンデレ化です。
でも、そのクララが復活して目の前に現れたら、もう暴れる理由はなくなってしまうわけで……こんな感じとなってしまいました。
ディンとダルシェナの件も間に合わず、シャーニッドが道化となってしまいました。けど、ここのハイアは死亡フラグを立てることなく、無事に生き残ることができそうです。
最後は自分の気持ちを自覚したレイフォンと、クララのいちゃいちゃした場面を書きたかったんですが、あんまりガツガツしてるのもどうだろうなってことで、こうなってしまいました。
まぁ、これはこれで気に入ってるからいいですかね。

それはそうと、ついにレギオスが最終回を迎えました。まだ後日談とか、未収録の短編などでもう一巻やるらしいですけど、とりあえず完結です。
ニーナに関してはもうアンチ並みに言いたいこと、突っ込みどころが満載だったので割合しますけど、あえて一言いえるとするのなら……


イヤッホオォオオオォウ、最高だぜええぇぇええぇぇえええ!!

フェリ勝利、大勝利!!
作中でなんか、相変わらずレイフォンがニーナに依存してるようだったり、前巻ではフェリの気持ちに気づいたのに、フェリの問いかけに口を濁したりと、レイフォンにも言いたいことたっぷりでしたが、最後の最後でやってくれました。
これでもし、ニーナやリーリンがヒロインになってた日には、レギオス全巻ブックオフ行きでした。ぶっちゃけ、今後レギオスSSを書くモチベーションが保てたかもわかりません。
まぁ、最後の最後になんか新キャラが出て、レイフォンがその護衛をやることになったくだりとかにいろいろ突っ込みたかったりしたのですが。そこはそこでおいておきましょう。

さて、レギオスが完結しました。そして、クララ一直線も切がいいので完結させたいと思います。
おまけネタで今後の七巻部分まで、ダイジェスト?でいきますので、もう少しだけお付き合いください。










おまけ 五巻編

「いかがなさいますか?」

グレンダンの王宮。そこでは女王、アルシェイラが手紙を広げ、めんどくさそうに頬杖を付きながら読んでいた。
その隣で控え、問いかけたのはアルシェイラと同じ容姿をした女性、天剣授受者兼影武者のカナリスだ。とはいえ、自由翻弄の女王であるアルシェイラに影武者が必要なのかと聞かれれば、ほとほと疑問ではあるのだが。

「いかがするもなにも、放置でいいんじゃないの? 仮にも天剣であるレイフォンなら廃貴族をうまく扱えるでしょうし、グレンダンに呼び戻せば廃貴族もセットでついてくるじゃない」

アルシェイラが読んでいた手紙は、サリンバン教導傭兵団からの報告書だった。
レイフォンとクラリーベルの向かった学園都市、ツェルニで廃貴族を発見したとの報。けれど、廃貴族はレイフォンに取り憑いたので、どうすればいいかと王家に指示を仰いできたのだ。

「陛下がそうお決めになったのなら、私はそれに従います」

「ん、それでよし。じゃ、私の代わりに傭兵団宛に手紙書いてね」

「……はい」

レイフォンがグレンダンの武芸者である以上、そしてアルシェイラの決定である以上、カナリスに逆らう理由はない。
政治に関しては相変わらずいい加減だが、それに関しては今に始まったことではないので、多少渋りながらも頷く。
方針が決まり、さっそく手紙を一筆認めようとしたが、そんな時に彼が現れた。

「アルシェイラぁぁぁぁぁ!!」

「ティグじい?」

アルシェイラの祖父であり、ロンスマイア家党首、不動の天剣ことティグリス。
彼は普段の落ち着きある様子からは程遠い雰囲気で、手紙を片手に王宮へと駆け込んできた。
そして孫娘を前にし、懇願するように言った。

「頼むぅぅぅ! わしを、わしをツェルニに行かせてくれぇ!!」

「ちょ、ちょっと、どうしたのよティグじい?」

さすがのアルシェイラでも、実の祖父を邪険にあしらうことはできなかった。というか、そういった雰囲気ではない。
武芸者としての実力は女王のアルシェイラが圧倒的に上なのだろうが、自分よりもはるかに年上で、小さいころの自分をよく知る人物が、恥も外聞もなく、必死でアルシェイラにお願いしてきているのだ。明らかに何かがあったのだろう。

「これを、これを読め!」

「え……?」

ティグリスの差し出した手紙。それは、レイフォンからの報告書だった。
アルシェイラ宛にも同じものが届いていたのだが、その手紙は現在、アルシェイラのめったに使われない執務机の上で、他の書類や手紙と一緒にまぎれていた。後にカナリスが発見することとなる。
それはともかく、レイフォンから送られてきた手紙の内容はツェルニでの任務、廃都で起こったこと。
そこでは汚染獣との交戦。その際に、クラリーベルが負傷してしまったことが書かれていた。
これを読めば、もう一人の孫娘、クラリーベルを溺愛しているティグリスが取り乱すのも理解できる。アルシェイラ自身も、いくら胸は不合格でも、従妹となる少女を捨て置くのは気が引ける。
さらには手紙に書かれた汚染獣、先日グレンダンから逃亡した老生体、ガハルドの憑依体となると思うところがあった。

「わかったわ。ティグじい、あなたにツェルニへの使者を命じます」

「おお!」

孫娘の配慮に、ティグリスは年甲斐もなく瞳を輝かせた。

「けれど、いくつか条件があるわ。ひとつ、こちらからの手紙をレイフォンと傭兵団に届けること。ひとつ、これらのことはあくまでおまけ。ティグじいがツェルニに行く本題は、ある少女の護衛のため」

「護衛……じゃと?」

アルシェイラの言葉に、ティグリスだけではなくカナリスも首をかしげていた。

「そう、護衛よ。手紙よりも、何よりも最優先すること。傷ひとつ負わすんじゃないわよ」

不可解なアルシェイラの言葉。それ以上に。その護衛の人物がティグリスを不可解な心境にさせた。
護衛する人物の名は、リーリン・マーフェス。レイフォンと同じ孤児院で育った少女だが、ティグリスとこの少女には、浅からぬ因縁があるのだった。


†††


「ちょ、ま、待ってください、クララ……」

「言ったじゃないですか、もう逃げられませんよって。責任、取ってもらいますからね」

「いや、でも、あのクララ……そんなことをしたら、子供ができちゃうかもしれませんし……」

「私は、レイフォン様との子供なら欲しいですが……レイフォン様はいやですか?」

「ぐ、うぅ……」

レイフォンはあれよこれよといろいろな搦め手を使われ、ついにはクラリーベルの前に完全に敗北しようとしていた。
この敗北が後に、レイフォンとツェルニを更なる騒動に巻き込むことを、今はまだ誰も知らなかった。









あとがき2
廃貴族はレイフォンの中で大人しくしてますので、騒動は一切起こりません。そもそもこの第十八小隊なら合宿する必要もありませんし、事故も起こりそうにありませんしね。
そんなわけで、次は六巻編です。










おまけ 六巻編

「く、来るな……来るなぁぁ!!」

学園都市マイアス。そこでは狼面衆なる者達が暗躍し、都市が脚を止めていた。
この騒動の原因は、マイアスの電子精霊の失踪。電子精霊が都市の機関部からいなくなってしまったため、脚が止まってしまったのだ。
その原因を作った、狼面集の一員であり、マイアスの都市警察に所属する青年、ロイ。彼は現在、大ピンチを迎えていた。

「わしの邪魔をするな!」

孫馬鹿全開おじいちゃん、ティグリスの手によって完膚なきまでに叩きのめされていた。

「誰にも邪魔はさせん。ツェルニに行く邪魔を、誰にもさせん!!」

「そ、その、ごめんなさい。ホントごめんなさい。ツェルニへでも、どこへでも行かれていいので、ホント勘弁してください」

もはや恥も外聞もない。ロイは必死で命乞いをし、ティグリスに許しを請うていた。
ちょうど、そんな時だった。脚を止めたマイアスに近づく危機。移動しなくなった都市など、汚染獣からすればかっこうの獲物だった。
接近してくる汚染獣は、雄性体の成り立て、一期だろう。グレンダンなら完全に雑魚扱いだが、学園都市からすれば十分な脅威。
とはいえ、グレンダン最強の一人であるティグリスがいる以上、やっぱり雑魚だった。

「邪魔じゃああ!!」

天剣を復元。本来なら今回の騒動が原因で、マイアスを訪れた旅人達は宿泊施設に監禁され、錬金鋼などの危険物は没収されているのだが、そこはティグリスだからと納得するしかない。
彼ならば監視から楽に抜け出し、錬金鋼を取り戻すことなど朝飯前だろう。
ティグリスの天剣は弓。剄を矢の形に構え、空を飛ぶ汚染獣に一射を放った。

「あ、あぁ……」

汚染獣を一撃で、塵すら残さずに消滅させるティグリス。その圧倒的な力を目の前にし、ロイには更なる命乞いをするしか選択肢がなかった。


†††


「レイフォン様……」

「最初に誘ったのは、クララじゃないですか」

「そうですけど……そう、なんですけど……」

ツェルニでは、これまでの騒動がうそのような平和が続いていた。
だが、確かに新たな騒動がツェルニに近づいている。そんなことはまだ知らぬとばかりに、レイフォンはクラリーベルの存在に溺れていった。

「そういえば、もうすぐ武芸大会が始まるそうですね」

「ええ、もう結構近づいてるとか。確か、名前はマイアスって言ったかな?」

学園都市マイアス。ティグリスがツェルニを訪れるまで、あと少し。






あとがき3
サヴァリスとは違い、ティグじいならロイに容赦はしないだろうなと思いました。
完全にサヴァリス遊んでましたしね。ロイはもう、命乞い意外に生き残る道がありません。
そういえばマイアスとツェルニが戦ったのって、ツェルニが都市の暴走で本来の進路を外れたから、その関係か何かで本来なら遠い場所にあるマイアスと戦ったとか。
この話ではツェルニは暴走してませんけど、そこはまぁ、ご都合主義ということでひとつ。
最後に七巻編です。








おまけ 七巻編

「勝ちましたね、レイフォン様」

「こう言ったらマイアスの方達には悪いですけど、所詮は学生武芸者レベルでしたからね」

ツェルニ対マイアスの都市戦。結果は、ツェルニの勝利で幕を閉じた。
とはいえ、これは当然の結果だった。マイアスも決して弱くはなかったが、あくまで学生レベルの話。
グレンダンで最強の一人だったレイフォンと、天剣に次ぐほどの実力を持ったクラリーベル。この二人がいて、負ける理由などなかった。

「今日は祝勝会ですね。都市中お祭り騒ぎですよ」

「確かに、これで鉱山が二つになりましたからね」

ツェルニはセルニウム鉱山の残りがひとつと、危機的状況にあった。そんななかの勝利だ。まだ油断はできないが、とりあえず目先の危機は去った。
ならば今日くらい、この勝利を噛み締め、大いに騒いでも決して悪いことではないだろう。

「クララぁぁ!!」

「え……?」

勝利の余韻に浸っていた。そんな時、マイアスの方からクラリーベルの名を呼ぶ声が聞こえる。
その声の主は老人だった。老人は少女を小脇に抱え、とても老人とは主ぬ速度でこちらへと向かってきた。

「うそ……おじい様?」

「リーリン……?」

老人の招待はティグリス。ティグリスの小脇に抱えられた少女は、レイフォンの幼馴染であるリーリン。
そんな二人の登場に、レイフォンとクラリーベルは唖然と口を広げていた。

「クララぁ、無事だったか! 怪我をしたと聞いて、心配だったぞ!」

「え、ええ!?」

「あ、その、グレンダンにはあの時のことを手紙で報告してまして……」

クラリーベルの姿を見るなり、リーリンをおろしてクラリーベルに抱きつくティグリス。
孫娘を本当に心配していたようで、涙ながらにクラリーベルを抱きしめていた。

「レイフォン……」

「リーリン。どうして、君がここに?」

「う、うん、あのね……」

ティグリスがクラリーベルにかまっていたので、レイフォンはリーリンに事情を聞こうとしていた。だが、そんなレイフォンに、ティグリスの視線が向けられる。

「レイフォン」

「へ?」

クラリーベルから手を離し、ティグリスはレイフォンに近づいた。そして、レイフォンの襟首を持ち上げる。

「貴様はクララの護衛ということでツェルニに向かったな。なのに、この様はなんじゃ!?」

「あ、その、そのことについては……」

老人とは思えない力だ。ティグリスは齢八十を超えているというのに、背筋はしゃんと伸び、力強い眼光をレイフォンに向けてくる。
また、ティグリスの言うとおり、レイフォンには肝心な時にクラリーベルを守れなかったという負い目があるため、強く出ることはできなかった。
幼馴染が歴戦の戦士であり、グレンダン三王家の党首に胸倉をつかまれている様子を見て、リーリンはどうすればいいのかと戸惑いを隠せずにいた。そんな中、ティグリスを戒められるのはクラリーベルしかいなかった。

「おじい様、レイフォン様にあまり酷いことをしないでください。それに怪我をしたのは私の不注意、油断が原因です。レイフォン様は何も悪くありません」

「クララ……しかしな……」

ティグリスといえども、孫娘には甘いようだった。クラリーベルにそういわれ、レイフォンの襟首をつかむ力が弱くなる。

「それはそうとおじい様。どうしておじい様がこちらに?」

「む……ああ、廃貴族のことに関する王宮からの決定を伝えるために、レイフォンと傭兵団に用があってな。まぁ、そっちはおまけじゃ。一番肝心な用件は、クララの様子を見に来ることじゃった」

「そうなんですか。私もちょうど、おじい様とレイフォン様に伝えたいことがあったのでよかったです」

「なに?」

「え、僕にもですか?」

ティグリスはともかく、いつも一緒にいるレイフォンにも伝えたいこととはなんだろう?
疑問に思う二人に向け、クラリーベルは平然と爆弾発言をかました。

「実は私……できちゃいました」

「なぬっ?」

「は……?」

ティグリスは一瞬、クラリーベルが何を言ったのか理解できなかった。けれど、心当たりのありすぎるレイフォンは次の瞬間、大慌てだった。

「ちょ、クララ! 初耳なんですけど!?」

「初めて言いましたから。実は先日、体調を崩したので病院に行ったんですが、二ヶ月と診断されました。おかしいですよね。先生にもらった避妊具はちゃんと使っていたんですけど」

「ちょ、よりによってトロイアットさんにもらったものを!? というかクララ、そんな体で今日の試合に出るってどういう頭してるんですか!?」

「いえ……結局、今日の試合はレイフォン様大活躍でしたし、私はそんなに激しく動きませんでしたから」

「だからって……ああ、もう!」

言いたいことがいろいろありすぎて、レイフォンは取り乱しっぱなしだった。
とにかく、一番言いたいこと、思ったことはトロイアットを信用するなということだった。彼はレイフォン達がツェルニへ行く時、選別として穴の開いた避妊具を渡す最低の男だ。
レイフォンはすぐさまゴミ箱に捨てたのだが、事情を知らないクラリーベルがそれを使って、見事にできてしまったというわけだ。レイフォンは頭を抱え、グレンダンに戻ったらトロイアットを殺そうと固く決意する。
だが、トロイアットの殺害よりも、今はレイフォンが生き残れるかどうかの方が重要だった。

「れいふぉぉぉぉぉん!!」

ティグリスマジ切れ。再び強烈な力でレイフォンの胸倉をつかみ、ぶんぶんと上下に揺さぶっていた。

「貴様、貴様ァァ!! よくもクララを傷物に……」

その怒りはもっともだった。レイフォンにも負い目はありすぎる。殺されたって文句は言えないかもしれない。

「レイフォン……」

さらに、レイフォンを強烈な寒気が襲った。この騒動で今の今まで忘れていたが、リーリンだった。
彼女はとても冷え切った瞳で、レイフォンを見ていた。瞳は冷えているが、その中では激しく燃えてもいた。
嫉妬の炎だろうか。氷のように冷たく、灼熱よりも熱い瞳。リーリンは一般人だというのに、歴戦の武芸者であるレイフォンが本気で死を覚悟するほどだった。

「レイフォン様」

背後からは、愛しいクラリーベルの声が聞こえる。

「私、子供ができて早々、未亡人とかいやですので死なないでくださいね」

まるで他人事のようにそういってのけた。どうやら、止める気はないらしい。
レイフォンを、学園都市ツェルニを、ここ最近、最大級の災難が襲おうとしていた。









あとがき4
これでラストです。傭兵団に敵対する理由がない以上、誘拐騒動なんて起こりません。というか、クララを誘拐するのは本当に大変でしょう。フェリには直接の戦闘力はありませんでしたが。
まぁ、それはさておき、クララ一直線初期でレイフォンに穴あきコンドームを渡してたトロイアット。当然クララにも渡されており、こうなりました。
ティグじい大暴れ。リーリン狂化です。もげちまえ、レイフォン。

なんにせよ、これでクララ一直線・セカンドはひと段落、完結です。
レギオスの原作も完結しましたし、フォンフォンやイチカの方にも専念したいですし、ちょうどよいころあいかなと思いました。
ここまで付き合ってくださった読者の皆様には、本当に感謝です。
落ち着いたら、いつの日かサードだったり、おまけの短編を書けるといいなと思っています。
レギオスは終わってしまいましたけど、武芸者(おれ)のレギオスはまだまだこれからです。今後ともよろしくお願いします。



[29266] クララ一直線・サード!?
Name: 武芸者◆8a2ce1c4 ID:724dfd96
Date: 2015/08/04 17:25
「んっ……またか」

目が覚めると、レイフォンの隣ではクラリーベルが寝ていた。もうすっかり慣れてしまった光景だった。

「ん、むにゃ……」

とても幸せそうな顔で、規則正しい寝息を立てるクラリーベル。愛しい女性であり、肌を重ねるまでに至った仲だ。一昔前のレイフォンなら取り乱しただろうが、今のレイフォンが驚くことはない。
むしろ微笑ましいというか、嬉しいというか、かわいらしいというか、とにかく先ほどから、レイフォンの口元はにやけっぱなしだった。

「まったく、自分のベットもあるのに」

手を伸ばし、レイフォンはクラリーベルの頭に触れる。そして、髪を触りながら撫でた。
クラリーベルの特徴的な黒髪と、一筋の白髪。人目を引く髪であり、レイフォンも贔屓目なしに綺麗だと思っていた。その上手触りも良い。このように撫でているだけで、なぜだか幸せな気分になってくる。

「それにしても久しぶりだなぁ。クララが僕のベットに入ってくるのって、いつ以来だっけ?」

一時期は一緒に寝たりもしていたが、ある日を境にレイフォンとクラリーベルは別々に寝ることとなった。別に仲違いをしたわけではないのだが、事情によってクラリーベルがベットにもぐりこむことも少なくなったのである。
その事情というのが……

「いつまで寝ておる!」

「うわっ!?」

ティグリス・ノイエラン・ロンスマイア 。クラリーベルの祖父であり、レイフォンと同じく現役の天剣授受者。彼との同居が原因で、レイフォンとクラリーベルは今までのようにいちゃつけなくなっていた。

「レイフォン、貴様ァァ! またクララと!!」

「ちょ、ちょっと待ってください。僕は何もしていないですって。クララが勝手に……」

「やかましい! 既にクララに毒牙をかけた者が。いまさらなにを言っとるか!!」

早朝、レイフォンの寝室に乗り込むなり怒りのままに喚き散らすティグリス。彼にとってクラリーベルは可愛い孫娘であり、そんな孫娘に手を出して、子まで身ごもらせたレイフォンは憎むべき敵である。
目の敵とされ、時には殺意すら向けられるレイフォン。クラリーベルと一緒に寝るためにこれでは、いちいち身が持たない。

「す~……むにゃ」

当のクラリーベルは、レイフォンとティグリスが言い合っている最中も睡眠を継続していた。我関せずとばかりに、幸せそうな顔で睡眠を貪っている。

「今日という今日こそ貴様をォォ!!」

「いいでしょう。決着を付けましょうか! あなたを倒してクララを貰います!!」

「ん~、れいふぉんしゃま……えへへ」

結局クラリーベルの惰眠は、レイフォンが朝食を準備するまで続くのだった。


†††


「んー、やっぱりレイフォン様の作ってくださる朝ごはんはおいしいです。量もありますし、大満足です!」

「はは、お代わりはたくさんありますからね」

朝食の時間。この家で家事ができるのはレイフォンだけなため、キッチンに立つのももちろんレイフォンだ。
クラリーベルはレイフォンの料理に太鼓判を押し、満足そうに頬張る。女性とはいえ武芸者故に大食らいであり、質よりも量派ではあるものの、だからといっておいしい料理が嫌いなわけではない。

「ふん、味付けが濃い」

「なら食べなくていいですよ」

共に食卓を囲むティグリスは、先ほどからぶつぶつと文句を言っていた。これではまるで、どこゾノ小姑だ。ティグリスのこんな姿は、天剣授受者に憧れるグレンダンの民にはとても見せられないだろう。
どうにもこうにも大人気ない。レイフォンとクラリーベルの間に起こったことがショックだったかもしれないが、これはあまりにも情けない。デルボネ辺りが知ったら失笑を浮かべていたかもしれない。

「あ、そういえばレイフォン様、養殖湖に泳ぎに行くのは来週でしたよね?」

「え、ああ、はい。シャーニッド先輩が十八小隊のみんなで遊びに行こうって話しですよね」

クラリーベルが思い出したように言う。武芸大会初戦のマイアス戦が終わり、ティグリスが来てもう三ヶ月近くの月日が流れていた。
夏季が近くなり、長期休暇も予定され始まる暑い日々。こんな中訓練はやっていられないからと、シャーニッドは遊びに行くことを提案した。
もともと、第十八小隊の面々の訓練態度は決して良いものではない。隊長であるレイフォンが放任主義というか、隊員達に関して無関心なのだ。訓練をやるなら自分のやりたいように、好きにやれという形だ。
レイフォンとクラリーベルも個別に自主訓練はするものの、小隊の連携だとか、チームワークなんて気にしない。個人の能力に依存した小隊。だが圧倒的な強さを誇り、小隊の対抗試合では全勝優勝を掻っ攫っていた。
そんな小隊だからこそか、シャーニッドの誘いを断る者はいなかった。クラリーベルはノリノリで、クラリーベルが行くのならレイフォンも行く。ナルキは先輩の誘いを断りにくそうに、渋々と同意した。レオも似たような形だ。
ガトマンは断る理由もなく同意したが、フェリは微妙な表情で、ものすごく嫌そうな顔をしていた。もっともフェリの場合は遊びにいくのが嫌だというわけではなく、こういった集団行動が苦手なのだ。それとこれはうわさだが、彼女は泳げないらしい。
とはいえ、フェリは流されやすい性質をしており、なし崩しに参加させられる可能性もあるかもしれない。なんにせよ、第十八小隊の面々で養殖湖に行くのは来週のことだった。

「実は水着を買いに行こうと思ってまして。今までのは……あの、サイズが合わなくなっちゃったので」

「あ~……」

三ヶ月も経てば、クラリーベルにも変化が訪れていた。まだそこまで目立たないが、妊娠していることによってお腹が大きくなっていた。今まで着ていた服も着られなくなり、いろいろと困っている。服も問題だが、彼女が一番の問題としているのは満足に動けないことだ。
戦闘行為は一切禁止、激しい訓練も禁止。これは戦闘狂の毛があるクラリーベルからしたら発狂ものの待遇だった。母体に負荷をかけないための仕方がない処置とはいえ、これでは戦闘の感が鈍ってしまう。いまさらながらにちゃんと避妊をしておけばよかったと思うが、後の祭りである。
とはいえ、おろそうとは考えていない。レイフォンのことは好きだし、その間に子供ができたのも嬉しい。ただ存分に動けないことが不満なだけで、少し気が立っているのかもしれない。

「そんなわけでレイフォン様、今日はお買い物に付き合ってください。ついでにいくつか、普段着用の服も買いますから」

「そういうことでしたら、喜んでお付き合いしますよ」

その鬱憤を少しでも晴らすかのように、クラリーベルは買い物に行くことを提案した。むろん、水着にしろ、服にしろ、今のクラリーベルにとって必要なものだ。ならば、レイフォンが買い物についていくのもやぶさかではない。
むしろ、クラリーベル一人で買い物に活かせるのは何かと心配だし、お目付け役という意味もあるが、これはある意味デートでもある。
肌を重ね、愛し合ったもの同士、二人でのお出かけが嫌なわけなかった。

「ふむ、それではわしも一緒に行こうかの」

「……………」

二人でのお出かけは嫌なわけがなかった。だが、ティグリスのこの発言に、レイフォンはあからさまに嫌そうな顔をする。
まさにお邪魔虫とはこのことだった。デートに彼女の祖父同伴とか、嫌な顔の一つや二つしても許されるだろう。

「空気呼んでください、ティグリスさん。あと、ご自分の年を考えられるように。この暑い中外に出て、熱中症でぽっくり逝ったらどうするんですか?)

「ふん、わしはそこまでやわじゃないわ。それに、口ではそう言っておるが、お主に、わしを心配する気持ちなどさらさらないじゃろうに」

表面上は笑顔を浮かべているが、言葉でけん制しあう二人。
そんな二人を他所に、クラリーベルはとても華やかな笑みを浮かべて言った。

「おじいさまも来ていただけるんですか? それでしたら是非とも、一緒にお出かけしましょう」

「え?」

「いよっしゃああああああ!」

素っ頓狂な顔をするレイフォンと、あらん限りの喜びの声を上げるティグリス。
対照的な二人の反応に、クラリーベルはクスクスと微笑を浮かべていた。







「レイフォン様、おじいさま、次はこのお店ですよ。速く速く!」

「ぜぇ、ぜぇ……」

「ちょ、まってくださいクララ! ティグリスさんがさっきから死にかけてるんですけど!」

妊娠3ヶ月でも、元気に先頭を歩くクラリーベル。足早に次の店へと入っていたクラリーベルを追い、レイフォンとティグリスは両手いっぱいに荷物を持って歩いていた。

「今日はレイフォン様とおじいさまが来てくれて助かりました。おかげで気兼ねなく買い物ができます」

「いやいや、少しは気を使ってあげてください。ティグリスさん、そのうち倒れますよ!」

「……………」

クラリーベルはこれをデートではなく、純粋に買い物だと認識していた。そして荷物持ちは、レイフォン一人よりティグリスもいた方が効率がよいと判断したのだろう。
とはいえ、いくら年老いているとはいえ、熟練の武芸者であるティグリスがへばりそうなほどの買い物をするクラリーベルもクラリーベルだ。
荷物が単純に重いというのもあるかもしれない。だが、今は夏季が近い季節。気温も高い炎天下。荷物以上に、照りつける太陽がジリジリとティグリスの体力を奪っていく。
荷物のために両手がふさがっており、水分捕球すらままならない。

「も、も…駄目じゃ……」

「うわああ! ティグリスさんが倒れた!!」

不動の天剣、ティグリス。彼に膝を付かせたのは、孫娘の純粋で残酷な仕打ちと、夏の炎天下だった。
一旦買い物を中断し、クラリーベルとレイフォンは公園の木陰でティグリスを横にし、開放を施した。




† † †



「ひゃっほおおおお!!」

「うわああ!!」

養殖湖の浜辺を全力で走り、湖に飛び込むシャーニッド。その小脇にはレオが抱えられ、悲鳴を上げながらシャーニッドとともに激しい水柱を上げた。

「あ、これおいしいですね」

「クララ、泳ぐ前にそんなに食べるのか?」

「はい」

新しい水着を着たクラリーベルだが、まずは食い気。出店の焼きそばを頬張り、幸せそうな表情を浮かべていた。

「クララ、カキ氷とフランクフルトも買ってきましたよ!」

「わー、ありがとうございます、レイフォン様!」

そしてレイフォンが、さらに甘やかすかのように食べ物を買ってくる。
その様子に、ナルキは呆れたような視線を向けていた。

「なあ、せっかく養殖湖に来たんだ」

「そうですね」

そして移植の組合せ。ガトマンとフェリ。

「水着も着ているだろ。なのに何故泳がず、本を読んでいるんだ?」

「続きが気になってましたので。それに、人の多い場所は苦手です」

ガトマンに対し、返事は返すものの、フェリは本から一切視線を逸らさず、ページだけをめくっていた。

「……ひょっとしてだが、泳げないのか?」

「……人は水に浮きません」

だがこの言葉に、フェリのページをめくる手が止まった。どうやら図星らしい。

「……………」

「……………」

だが、それがどうしたというように、無言になる二人。
どうやらこの組み合わせは、あまり相性が良くないようだった。



「しっかし……クララのおじいさんは、ずいぶん元気なんだな」

「そうですか?」

ナルキの問いかけに、クラリーベルはかわいらしく小首を傾げてみせる。
だが、ナルキの言うことはもっともだろうという後継が目の前には広がっていた。
サングラスをかけ、手にはサーフボードを持ったティグリス。波が出るように施された養殖湖の沖合いで、文字通り波に乗っていた。
この間、熱中症で倒れたとは思えないほどに元気よく、年甲斐もなくはしゃいでいる。

「そうですよ。まったく、うちの義父さんより年上なんですから、少しは落ち着きを持てばいいのに」

クラリーベルの隣でアイスをかじり、そんなことを言うレイフォン。

「レイフォン様、そのアイスおいしそうですね」

そんなレイフォンの手元のアイスをじっと見て、クラリーベルは羨ましそうに言った。

「さっき、あれだけ食べてたじゃないですか」

「一口だけ、一口だけでいいですから!」

「まったく……一口だけですよ」

「わーい!」

レイフォンの許可を得て、アイスに大口を開けてかぶりつくクラリーベル。その一口で、アイスの半分以上を食いちぎった。

「ちょ、どれだけ食べてるんですか!」

「い、いひゃい、頭がいひゃい……」

「自業自得でしょう」

アイスを頬張ったことにより、頭痛を覚えるクラリーベル。レイフォンは呆れたように、残りのアイスをかじった。

「あたしもちょっと、泳いでくるかな」

ナチェラルにいちゃつく二人を他所に、ナルキも養殖湖で泳ぐことにした。
今日の気温は、この二人と同じくらい熱くなりそうだった。



























……生存報告という意味での更新です。
皆さん、本当にお久しぶりですね。感想への返信の余裕もありませんが、お許しください。
とりあえず私、武芸者はまだ生きています。ただ、ジョブチェンジの都合やらなんやらで、まったく更新できませんでしたが。
この状態は、まだ暫く続きそうです。レギオスは好きな作品なので、フォンフォン一直線を、いつかちゃんと完結させたいですね。
クララ一直線シリーズは自分の中では既に終わった作品なのですが、続編を望む声があって驚きました。まあ、それゆえに今回の生存報告でしたが。

そういえば今の時期、ゲートのアニメやってますね。こちらで連載してた、大先輩の方の作品だとか。まさに凄い、素晴らしいと賞賛の言葉しか出てきません。
けど、ラノベ読むのは自分、遅い方ですし、アニメも忙しくて観れてないですし、一応漫画版は最新7巻まで読みましたが。
ロゥリィが可愛すぎて辛いです。あと、主人公の声があの人なので、高笑い浮かべて龍に殴りかかる姿を想像したり。
まぁ、自分のかってな妄想ですけどね。


それではみなさん、またいつかお会いしましょう。今年中にはもう一回くらい、何かしら更新してみようかなと思います。
それでは、失礼します。


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