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[29066] 【チラ裏から】伝説のレギオスの伝説 (鋼殻のレギオス×伝説の勇者の伝説)
Name: 星数◆57d51dc7 ID:b4d7348d
Date: 2012/12/04 21:33
 男はひとり、廊下を歩いていた。
 壁には窓の類がついておらず、蛍光灯の灯りだけが男を照らしている。

 やがて男は廊下の突き当たりにある扉の前にたどり着く。
 男が扉を開けると、真っ白な髭をたくわえた老人が椅子に深々と座っていた。

 「なんのようだよ、先生」

 男は老人を見るなり、すぐ話を切り出した。
 
 「貴様、エスタブールとの戦争が終わることを知っておるよな」
 「知らない」

 男が即答すると、老人は怒りで顔を真っ赤に染める。

 「貴様! なめているのか!」
 「そんなことないって」

 男が言った瞬間、老人は卓上にあった灰皿を投げつけた。それが男の頬をかすめ、血が流れる。

 「なんだそれは? 赤い血を流すのか? 人間の真似か、化け物のくせに」

 化け物のくせに。呪われた化けの物のくせに。
 そう言われて続けて男は育った。
 もう今は、言われてもなにも感じない。
 ただ、だるいだけだ。

 「あれって言うか、なんかちょっと痛いぞ」
 「貴様! 儂を馬鹿にしてるのか!?」

 老人はその言葉を聞いてまた怒鳴る。
 頭から血が出ているんだから当たり前だろ! という突っ込みでもすればいいのに、と男は思った。

 「馬鹿にしてるのはあんただろ。俺は馬鹿にされる側だよ、いっつも。で? さっさと用件を言ってくれよ。俺は昼寝で忙しいんだから」

 ゆるんだ表情のままの男の口調の言葉に、さらに老人はなにかを言おうとしたが、あきらめたのか再び冷静さを取り戻した。

 「まあ、いい。今日ここに貴様を呼んだのは、貴様のこれからやってもらう任務についてだ。先に言ったとおりエスタブールとの戦争が終わった。そこで貴様に任務を与える」

 老人は一拍、間をおく。

 「ライナ・リュート、貴様は学園都市ツェルニにいき、ニルフィリアを抹殺せよ」
 「ニルフィリアって誰なんだよ」

 男……ライナはあまり興味がなさそうに言った。

 「やつを殺すことはわれらの悲願よ。長年やつのことを調べてきたが、ついに居場所を探しだした。
 やつがいなければ、我らの悲願であるイグナシス様の計画は成功したものの。
 もっとも月にいるアイレインやグレンダンにいるサヤに較べれば、それほどではないがな。ともかく、細かい情報は後で指令書をわたす」

 今までになく興奮気味の老人をライナは眺めていた。

 「あ、そう。で、俺はどうすればいいわけ」
 「貴様はこれからツェルニに行き、入学してもらう」

 ライナは心底いやそうに顔をゆがめた。

 「げぇ、なんでだよ。すこし潜入するだけでいいじゃん」
 「やつがツェルニにいるとわかったものの、詳しい場所がわからぬ以上、長くなることを考えなくてはならん。それがいやなら、槍殻都市グレンダンにいるサヤでも女王でも天剣授受者でもいいからを暗殺させに行かせる」

 グレンダン、という名前を聞いて、ライナは顔をゆがめた。

 サリンバン教導傭兵団のようなバトルジャンキーがたくさんいるところにいかなきゃならないんだよ。ツェルニよりもっとめんどくさい」

 かつてライナは任務で都市を出たとき、サリンバン教導傭兵団と闘ったことがあった。
 そのときはライナは身体のあちこちに怪我を作った。今の医療技術なら、怪我ぐらいすぐに治るが。

 「グレンダンに行くのがいやならば、ツェルニに行け。まあわかっているだろうが、貴様が入学試験に落ちたら、グレンダンにひとりで行ってもらうことになる」
 「わかったよ」

 ライナは投げやりに言う。

 「それとわかっておろうが、目標を殺すとき以外、ローランド式化錬剄の使用を禁止する」

 常人をはるかに上回る身体能力と、生命活動の余波によって生まれる力……剄と呼ばれる強力なエネルギーをを使うことができる者を武芸者と呼ばれ、汚染獣と呼ばれる巨大な生物が世界を闊歩するなか、自律型移動都市(レギオス)――意思を持ち、自らの足で大地を闊歩する都市――の人々からとても重宝されていた。

 剄には二種類ある。
 剄によって肉体を直接強化する内力系活剄。
 剄を衝撃波に変えて外部に放つ外力系衝剄。
 これらを変化させることで、武芸者はさまざまな剄技を繰り出すことができる。

 またふたつの剄を応用することによって、剄を炎や風といったものに変化することができる。それを化錬剄と呼ばれ、ローランドでは他の都市にはない独特な化錬剄の体系が存在している。それをローランド式化錬剄と呼ばれ、ローランドの強さの源になっていた。

 もしローランド式化錬剄が、他の都市の人に見られることで分析され、使われることになったり、無効化されたりすれば、ローランドにとって大きな痛手となる。
 そういうことから、他の都市での任務では、基本的に命令以外でのローランド式化錬剄の使用を禁じていた。
 もし見つかることになれば、目撃者を始末しなければならなくなり、今後の任務の支障になる可能性が出てくる。

 「わかってるよ」
 「そうか、ならここにツェルニのパンフレットがある。これを持ってさっさと部屋から出て行け!」

 ライナは机の上にあるパンフレットを手に取ると、足早に部屋から出て行った。



 ライナは今回の任務について、言われたときから違和感を覚えていた。

 ライナは今まで一度も、暗殺の任務に成功したことがない。
 それにもかかわらず、わざわざ都市を出してまで暗殺させようというのは、人選を間違えているとしか思えない。
 おそらくこの任務は本当の任務ではなく、別に任務があるのだろう。
 これと同じようなことが前にもあったことを思い出して、ライナは顔をしかめた。



 五年ほど前のことだ。ライナの家に家政婦がやってきた。
 名をビオ・メンテといい、肩まで伸ばした赤い髪が似合っていた少女だった。最初に会ったときに、ライナを様付け呼んできていやだったから、ちょっとからかったりもした。
 晩飯に手作りの料理が出てきて、すこし感動した。そのころは露店で買い込んだ干しいもしか食べていなかったのだ。ライナがその晩飯をほめると、うれしそうに感謝の言葉を口にした。

 だが、彼女はライナを殺すために派遣された暗殺者だった。
 派遣されたその日の夜に、ビオはライナの部屋にやってきたが、ライナはあっさりビオを取りおさえた。
 ライナの元にもビオの暗殺の指令が下っていたのだ。ローランド最高の暗殺者であるビオに狙われても殺すことができるかどうか。
 この人の命をもてあそぶようなやり方に、ライナはあきれをとおり越して、感心するほどだった。

 とりあえずライナは、ビオを国外に逃がして新しい人生を送らせる、と言ったらビオはきょとんとしていた。
 ライナは、面倒だったのだ。誰かを殺したという事実をこれ以上背負うことが。
 ビオも人を殺すことに、一目会ったときから苦しんでいることがわかっていた。
 だから、ビオを都市外に逃がそうと思った。

 それが会話を続けていくうちに、ライナも都市を出ることになったのは、正直わけわからなかった。唐突にビオがライナのことを好きだと言い出し、ライナも一緒に都市を出るのだと、ビオは言って聞かなかったからだ。
 

 そうして、ライナたちは放浪バス停に行った。夜も遅かったため、見張りもあくび交じりで、警戒心はあまりみられなかったため、無力化は難しくははなかった。

 あっさり、放浪バスの前にまで行くことができた。
 だから、銃声が鳴ったとき。そしてビオのわき腹にできた赤黒いしみを見たとき、ライナは一瞬状況を理解できなかった。
 状況を理解すると、すぐにビオのもとに駆け寄り、状態の確認を取る。何とか、致命傷ではなかったようだった。

 そこに、三十人を超える武器を持った男たちが現れた。その先頭に、孤児院の先生がいた。

 ――ここまでのライナたちの行動は、すべて予想どおり。

 と先生は言う。そしてこの任務の本当の目的は、ライナとビオが仲良くなってから、ビオを殺すことにより、ライナの眼、アルファスティグマを暴走させることで、アルファ・スティグマの実験をすることなのだと言った。

 アルファ・スティグマは、保持者の感情が極度に高まると、暴走しやすい。特に、親しくしているものが、殺されたり、虐待されることでなるのだといわれている。

 ライナは、怒りで歯を食いしばる。
 ひさしぶりに、本気で闘おうと思った。せめて、ビオが放浪バスに乗り込むまでは、ここで抑える。そう思い、体を低く構えた。

 そのとき、バスにむかったはずにビオが語りかけてきた。
 そんなひまじゃないと、ライナはビオをバスにむかわせようと言葉を発する。
 だが、ビオは、言葉を続けた。
 ライナはいやな予感がして、ビオのほうを振りむく。
 そのまま、ライナはビオに抱きつかれた。
 そのあいだも、ライナに語りかけてくる。その声も、徐々に弱まっていく。

 突然のビオの行動におどろきながら、ライナは何とかしようと思い、ビオを見ると、胸に刺さっているナイフに気づいた。

 ――どうして、こんなことになったんだ。

 ライナは、そう思わずにはいられなかった。
 どうにかしようと、ビオに言葉をかけたが、ナイフの傷はあきらかに致命傷。ライナには手の施しようが、なかった。
 やがて、言葉は途絶え、ビオは動かなくなった。



 ビオ・メンテが、ライナのことを好きだと言ってくれた彼女が死んで、もう四年も経つのかと、ライナは思う。
 四年もたつのに、今でも時々彼女が死んだときの夢を見る。
 もうあと一年でビオと同じ年になる。もうすぐ、ビオが生きなかった時間をライナは生きていくことになるのだ。そのことが、すこしさびしかった。

 彼女が死んでからの四年間、いろいろなことがあった。
 当時、ローランド最高の化錬剄使いと呼ばれていたクヲント・クオを倒し、かわりにライナがローランド最高の化錬剄使いと呼ばれたり。
 やたらとその称号を欲してか、ライナに挑むものが大勢やってきて、全員返り討ちにしたり。
 その延長であの娘あの娘と連呼するいかにももてなさそうな奴がやってきて殴りあったり、と色々あった。

 汚染獣がローランドを襲ってきたこともあって、そのときはライナひとりで戦った。化け物同士が闘うとどちらが勝つか、そんなくだらない理由からだ。弱い雄性体だったから、倒すのもそれほど苦労はしなかったが。

 そして戦争がある年は、移動しているとき以外は毎日のように戦争をしていた。
 戦争がない年や移動期は、誘拐任務、脅迫任務、殲滅任務。あいかわらず反吐が出そうな任務ばかりがライナの元に来ていた。
 ライナはそのすべてをわざと失敗したり、放棄したり、情報を漏洩したりと徹底的に反抗した。
 そのたびにさまざまな屈辱や拷問と間違えるほどの罰を何度も受けたが、今ではもうなれた。

 最近ではもうあまり任務が来なくなった。ライナに任務を与えしてもあまり意味がない、と判断したからだろう。だからこそ、今回の任務は何度考えても怪しかった。

 気づけば、ライナは自分の家についていた。

 「はぁ、考えごとしてたら、眠くなってきた。明後日の朝まで寝よう。それにしても、今度こそ、あの傭兵団に会わないようにしなきゃ。めんどくさくなるし」

 ライナが独り言を言うと、扉を開け、家のなかに入っていった。



 一年後、ライナは都市間放浪バスの停留所前で立ちながら眠っていた。自律型移動都市(レギオス)が大地を踏みつけ、蹴りだす音が耳に痛いほど聞こえているが、ライナは何事もないように目を閉じていた。
 見送りに来る者はただの見張りが五人ほどいる程度。ライナと親しい者は、ひとりも来なかった。そもそもライナと親しいものは、ローランドにはいない。
 
 見張りもそわそわしているのが、ライナにはわかる。
 ライナが、こわいのだ。
 ローランド最高の化錬剄使いであり、アルファ・スティグマの化け物の、ライナ・リュートがこわいのだ。

 実際ライナが本気を出せば、この程度の数なら一分もかからずに突破できる。
 しかしこの近くに、体から出ている剄を押さえることで気配を消す殺剄で気配を隠している者が、放浪バスの停留所の近くに百人ぐらいいてもおかしくない。五年前のあの時と同じように。

 バスの到着を知らせる甲高い笛の音が鳴り響く。

 「おい、時間だ」

 見張りのひとりがライナに声をかけてくる。

 「……ふわぁ。何、昼飯?」
 「ちがう。放浪バスが来たから、さっさと乗り込め」

 見張りがせかしてくるので、ライナは仕方なく気だるげにまぶたを上げる。

 バスがあるのを確認すると、都市を出るにはあまりに小さい鞄をひとつ持って、バスの中に吸い込まれるように入っていった。






 世界を彷徨う自律型移動都市にはさまざまな形態がある。

 単純に人が生活するためのすべての機能を備えた表準型から、それぞれ個別の機能の重きを置いたものまで。
 その中のひとつに学園都市がある。

 ツェルニ。学園都市ツェルニ。

 中央にある校舎群の周辺には、それぞれ各学科のために必要な施設が用意されている。
 その中のひとつ、全校生徒が集合する大講堂に大勢の生徒がむかっていた。

 着崩れした学生服で友人と談笑しながら歩く一般教養科の生徒たち。
 久ぶりに着た学生服になじめず、それに苦笑する農業科と機械科の生徒たち。
 学生服の上から薄汚れた白衣を着た、錬金科と医療科の生徒たち。
 他の生徒とは一線を画して毅然とした姿勢で歩く武芸科の生徒たち。

 さまざまな生徒たちの姿が大講堂の中にはいっていく。

 学生たちによる学生のための完全な自治が為されたその都市で、今日、新たな学生を迎える式典が行われようとしていた。

 そんなめでたい行事がはじまるとき、ライナは武芸科の新入生、三人に絡まれていた。

 その武芸科の生徒たちは二年前にローランドと戦争していたエスタブール出身で、その戦争で知り合いを失ったらしい。生徒名簿から調べたのかわからないが、ライナがローランド出身であることを知り、ライナに喧嘩を吹っかけてきたのだ。

 ライナが何を言っても三人の武芸科の生徒たちは言うことを聞かず、ついにそのひとりが拳を振るってきた。

 ライナは拳があたると痛いんだろうな、と思いつつも避けるのがめんどくさいので、特に避けようともせず、ただその拳が当たるのを待っていた。

 その拳がライナの頬に当たると、ライナはそのまま吹っ飛ぶ。
 痛みそのものは打点をずらし、自らうしろに跳ぶことでなくしたので、それほど痛くはなかったが。

 ライナはそのまま、壁にでもぶつかるんだろうなと思っていると、ささえられるように動きが止まった。

 ライナがうしろをふりむくと、寮で同じ室の一般教養科の生徒がライナを受け止めていた。

 一般教養科の生徒は何も言わずライナを脇に置くと、そのまま殴ってきた生徒のほうに駆け出していった。
 そしてあっという間に三人を倒した。

 乱入した一般教養科の生徒はまわりを見て、自分が注目を集めていることに気づいたのかあわてて入り口のほうに走り去っていった。

 ライナはそれを他人事のように、だるそうにながめているだけだった。



 三十分後、ライナは殴りかかってきた生徒三人とともに生徒会室に入り、執務机の前に並んだ。
 三人はライナをにらめつけているが、ライナは気にすることなくたたずんでいた。

 「きみたちが、今回の騒動の発端だね」

 執務机を前にして座っている男、おそらく生徒会長が言葉を発する。大人びた雰囲気を身に纏い、秀麗な顔からはどこか貫禄のようなものが感じられた。

 「だ、だいたいローランドのような都市からくるやつがいるなんて、おかしいだろ。この都市のせいで俺たちの家族は死んだんだ」

 三人のうちのひとりが叫んだ。

 戦争をすれば人が死ぬ。そんなことは当たり前だ。それでも彼の言いたいことはライナには分かった。



 破壊都市ローランド。ライナの住んでいた都市はそう呼ばれた。
 都市はセルニウムと呼ばれる物質を使うことによって動くが、動かすためのセルニウムは多量に必要なため、セルニウムが取れる鉱山が最低ひとつ都市になければ、その都市はすこしづつ、しかし確実に滅びにむかうことになる。

 普通の都市は、セルニウム鉱山を中心とした一定の範囲を周回している。
 しかし二年ごとに他の都市と、セルニウム鉱山を巡り争いが起こる。
 これを戦争といい、勝てば相手の都市から鉱山をひとつ手に入れ、負ければ鉱山をひとつ失う。
 負け続ければセルニウム鉱山は失われつづけ、必然的に都市は滅ぶ。

 戦争は本来、二年ごとに行われる。
 とはいえ、普通の都市は戦争期にいつでも戦っているわけではないし、学園都市なら学園都市同士など、同じ種類の都市同士としか戦わない。
 しかしローランドは戦争期になると、たとえ学園都市であろうが、ほかの都市と出会うごとにおこない、都市を破壊していく。だからローランドは、破壊都市と呼ばれになった。
 そういうこともあり、より破壊規模の大きく、より威力の強いローランド式化錬剄が開発されることにもなる。

 それはともあれそういったこともあり、ローランドは他の都市にとって、汚染獣と同様の扱いを受けているようだった。

 「君たちは学生規則を読まなかったのかい」

 生徒会長がそういうと、三人は顔をしかめた。

 「そういう理由で、学生規則を破っていいと思ったのかな。そう思ったのなら心外だよ」

 三人は悔しげに下をむく。

 「なにか言いたいことはないかい。寝ている君」
 「……寝てないよ。ただ目を閉じていただけだよ」
 「それを寝ている、と人は言うのだよ」

 生徒会長は、あまりにふてぶてしいライナの態度に、あきれているように首を振った。

 「まあ、いい。君はなにかいうことはないのか」
 「う~ん。ここにベットがあれば……」
 「ない。言いたいことがなければ、君たちの処分を告げよう」

 生徒会長は一拍おき、口を開く。

 「ライナ君以外の三人は、即刻退学してもらおう」

 三人はライナも含めて全員退学になると思っていたらしく、狼狽した様子でライナを指差した。

 「な、なんでこいつが退学処分にならないんだ」
 「私が聞いた話では、君たち三人が一方的に絡んでいったそうじゃないか。
 そしてライナ君は一方的に殴られた。
 それでライナ君が退学となるなんて、あまりに非情だと思わないかい」

 ライナとしては別に退学になってもかまわなかったのだが、口に出すのがめんどくさいので黙っておいた。
 その上、ローランドに行くバスは基本的には通っておらず、最悪、汚染された大地にライナひとり置き去りにされるかもしれない。
 ローランドから迎えにくるのは、どんなに速くとも二年後だと出発前に先生から説明を受けていた。

 「まあ、君たちのために自主退学という形にしておこう」

 三人は納得をしていない様子だったが、生徒会長が手を二度叩くと、扉から屈強な男たちが現れ、三人をどこかへ連れて行かれる。
 しばらくの間はわめき声が聞こえたが、だんだん消えていった。



 生徒会室にはライナと生徒会長、それと秘書らしき女性が残った。

 「かといって君だけ罰を科さないわけにもいかない。さて、ライナ君には……そうだね。しばらくの間、生徒会の雑用をやってもらおうか」
 「え~めんどいなあ。ほかにないの、たとえば寝てればいいのとか」
 「それでは罰にならないだろう。……ほかに、というと、機関部の掃除を一週間ぐらいやってもらおうか。清掃時間は深夜から早朝までだが、やるかい」

 生徒会長がそう言うと、ライナは顔に心底いやな表情を浮かべる。

 「そ、それをやるぐらいだったら、生徒会の雑用をするよ……はぁ、昼寝ばっかりして過ごすという最高の計画が、パァになった」

 ライナはそう言い、頭を抱えた。

 ライナはせっかく学園都市に来たのだから、一日ぐらい行ってみようと思い、学校に来たのだが、始業式に行くと変なやつらに絡まれるわ、生徒会の雑用をさせられるわで、ライナにとって災難な一日となった。やる気を出すとろくなことがない。

 「そうだ、ずっと寮で寝てればいいんだ。そうすれば生徒会の雑用なんかしなくてもすむ」

 急に真面目な顔をして言うライナ。

 「君はいったい何のためにこの都市に来たんだね」
 「なんかしらないけど、俺がこんなんだから、性格を直すために入れられたらしいよ」

 ライナが他人事のように言うと、生徒会長がため息をつく。

 「まあ、君の相部屋の人に、君を登校させるように頼むからいいとしよう」
 「え、まじかよ。じゃあさっきの、そう、機関部の掃除のほうがいいや」
 「残念だけど、同室の人は機関部の掃除もやってるから、結果は変わらないよ。それでもいいなら、やってくれるかい」
 「うぅ……俺やっぱり生徒会の手伝いにするわ」
 「そうか。そういえば名乗ってなかったね。私はカリアン・ロスという。六年だ」

 ツェルニは六年生であるため、カリアンは最上級生となる。もっともライナには興味がないことだが。

 「今日はこれで終わりだ。生徒会の仕事は明日からにするとしよう」
 「あ~やっと終わった。寝よう」

 ライナはあくびをしながら言い、生徒会室から出て行った。




 「彼を本当に、生徒会を手伝わせるんですか?」

 ライナたちが生徒会室に入ってから出るまで、一言も言わなかった秘書が口を開いた。

 「ああそうだが、君は不満かい」
 「そうではないですが」

 言いにくそうに口ごもる秘書に、カリアンは諭すように言う。

 「確かに、ライナ君はあんな性格だ。だが本当のことを言うと、私は彼に会うまで、機関部の掃除を頼もうかと思っていたよ。だけど彼に会って気が変わった」
 「それはいったいどういう意味ですか?」
 「疑問に思わないかい。なぜ彼ほどのやる気のなさそうに見える人間が、わざわざ鎖国しているローランドから、はるばる遠くの学園都市であるツェルニに来る必要がある?」
 「それは……さっき彼が言ったじゃありませんか」
 「そんなの本当だと思うかい。君だって彼の履歴書を見たはずだ」
 「それは、見ましたが……」

 カリアンは机の引き出しを開き、一枚の書類を取り出す。

 「ライナ・リュート。Aランク奨学生。剄は、外力系衝剄、内力系活剄ともに使え、かつ奨学金試験で高得点を出し、Aランクの奨学生になったのだが、このことに君はなにか思わないかい」

 ここまでの成績を出せる人は普通、簡単には都市の外には出してはもらえないはずだ。
 ましてや、鎖国をしているも同然で、かつ破壊都市とまで言われるほど戦争をするローランドが、貴重な武芸者を何の理由もなく外に出すとは考えにくい。

 「まさか不正があったと」

 カリアンが考えていたものとは、別の考えが秘書から返ってきた。自分の考えもいまのところ何の根拠もないので仕方がないと、自分の考えを心にしまった。

 「さあ。だが証拠がない上に、わざわざ不正をしても、彼があんなにやる気がないなら、そこまでして遠くの学園都市に入れないといけない理由が、今のところ私には思いつかない。何にしても、彼を近くに置いたほうが、彼が何をするにもはやく手が打てるからね」

 そこまで言って、カリアンはひとつ、ライナがツェルニに来る理由も思いついた。



 この学校にはかつて、ガーディアン計画というものが発案された。
 武芸者の力及ばず汚染獣が都市内に侵入したとき、たとえその後に撃墜できたしても都市には甚大な被害が残る。
 また、都市に汚染獣が侵入したときには、その後の都市防衛に重大な危機を迎えるほど武芸者が死傷することは、難民たちから得た情報でわかっていた。
 そこで汚染獣に対して武芸者だけではない防衛方法が考えられた。それが守護獣計画だ。

 錬金科生物部門によって遺伝子操作された怪物を作ったのだ。
 致死性のある寄生虫をベースに作られたそれは、都市内部に侵入した汚染獣にあえて食わせることによって体内に進入し、柔らかいであろう内臓を食い荒らし破壊する。一種の自爆兵器としてそれは完成するはずだった。
 だが、問題が存在する。
 どうやって汚染獣にのみその凶暴な性質を発現させるか、という問題だ。
 そしてその問題は、ついに解決されなかった。

 そのデータをローランドが欲しているなら、話はわからないでもない。
 だが、遺伝子操作などの技術はローランドは他の都市の一歩先をいっているといわれ、事実かどうか不明だが、遺伝子を改造したり、人工的に剄を生み出す剄脈を植えつけた人間を創ったりしているという、都市伝説もあるぐらいだ。
 そのすべてが事実でないにしろ、火種のないところに煙は立たないだろうから、事実のものもあるのだろう。
 ならば今更、学園都市の何十年も前の技術を欲しているとは考えにくい。
 仮に何かの理由で欲しているとしたら、ひそかに進入し、データの入手をするか偽装学生になって入り込むなど考えられる。

 問題は、場所がわかっていないときだ。
 この場合なら、怪しいところを片っ端から捜すにしても、ツェルニはすこし広い。
 そうなると入学するというのは、確かに考えられるひとつの手ではある。
 守護獣計画を知っているのは、歴代の生徒会長や武芸長、それに使われれ廃棄された施設を見回る可能性が高い怪奇愛好会の会長だが、漏れるとしたらそこからだろう。
 それなら守護獣計画が行われた場所などもわかるはずなのだが、とカリアンは思う。

 「そこまでするのでしたら、騒動の責任を取らす形で退学させておけばよかったのでは?」 
 「そんなことをするぐらいなら、彼を合格なんかさせなかったよ」

 ローランド出身者が入学届けを出してきたことは、入学試験委員会でも大きい議題として取りあげられた。
 あのローランドがわざわざこんな学園都市に送ってくるなんて、何か陰謀が隠されているにちがいない、という考え方をする委員が多かったが、最後はカリアンの判断で合格させることに決めたのだ。

 「それにもしも、彼がただのやる気がない学生だったら、どうする?」

 秘書はそのことを聞くと、ライナの態度からそうかもしれないという気持ちと、疑問に思う気持ちが混ざったような表情を浮かべた。

 「彼の気持ちはどうか知らないが、少なくともこの学校に来ている以上、できるかぎりここで学ぶべきだ、と私は思うが」

 とはいえ、彼に見張りをつけないわけにもいかない。彼はあまりにも、怪しすぎる。

 レイフォン君にはさらに頼むことが増えたと、カリアンは思ったとき、生徒会室のドアが叩かれた。

 「入りたまえ」

 カリアンはあせる気持ち抑え、冷静に保とうとした。予定外の出来事があったとはいえ、ついにツェルニの救世主が来ると思うだけで心臓が暴れそうになりながらもいつもの冷静な顔に戻す。
 そして扉は開かれ、ついにツェルニの救世主、レイフォンはカリアンの前に現れた。





[29066] 伝説のレギオスの伝説2
Name: 星数◆57d51dc7 ID:dbf71226
Date: 2011/10/26 17:30
 ライナは自分のベットの中で心地よく眠っていた。
 枕やベットが、ライナの身体を優しくささえ、ふとんが身体をあたたかく包みこむ。

 まさに天国。人類が作った偉大な発明品だ。錬金術師(アルケミスト)がつくったといわれる、レギオスなんかよりずっと素晴らしい。
 はじめに考え出し、作った人を、心の底からたたえたい。

 都市も、汚染獣も、人も、みんな惰眠をむさぼっていればいいのに。
 そうすれば、戦争なんかおこりはしない。汚染獣が都市を襲うこともない。だれも悲しむ人もいない。

 ――ずっと、このままでいられればいいのに。

 ライナは願う。それがたとえかなわないとしても。

 眠っているライナを何者かが、身体を揺らしてきた。
 ライナが起きないと、身体を徐々に揺らす速度が速くなり、大きくなってきた。

 「ライナ、はやくに起きなよ! 遅刻するよ」

 男の声だ。
 確か、同じ部屋に暮らしている、レイフォン・アルセルフだと思う。
 入学式の時に、ライナに絡んでいた男達をあっという間に倒した男だ。

 「……うっさいなぁ」

 ライナは眼を半分開けて、レイフォンのほうを見る。レイフォンは、藍色の瞳でライナのことを、不安そうに見ている。
 ライナとしては、まだまだ寝たりない。あと二十時間ぐらいは、寝たい。
 
 「というわけで、おやすみ~」

 ライナは眼を閉じた。

 え、え~! いうレイフォンの叫び声を聞き流し、ライナは再び眠りにつこうとした。
 レイフォンは、またライナの身体を揺らしてきたが、ライナは目を開けなかった。

 「どうしよう。このままおいてってもいいのかな。でも、あの生徒会長、僕の秘密知ってるし……だぁあああ、なんで僕がこんなことしないといけないんだ。だんだんイライラしてきた」

 レイフォンがぶつぶつとつぶやいているが、ライナは眼を閉じ続けた。はやくレイフォンが学校に行ってくれるのを、今か今かとライナは待ち望んだ。
 ところが、レイフォンが学校のほうに足をすすめる様子は感じられなかった。
 
 「ライナ。このまま学校に行かないと、今夜、機関部の掃除をしてもらうって生徒会長が言ってたから。それに、それのレポート十枚以上書き終わったら、そのまま授業に出てもらう、とも言ってたよ」
 「はぁああああああ!」

 それを聞いて、ライナは飛び起きた。
 機関部の掃除といえば、いちばん寝ていなければいけない夜中から、早朝にかけてやる仕事だとカリアンは言っていた。
 さらに、レポート十枚も書け、なんて寝る暇がない。

 ――悪魔だ。

 ライナは思った。
 ライナを、寝不足にして殺そうとしている。

 「ふっざけんなよ! 俺は虚弱体質で、医者から一日三十時間寝ないといけないんだ」
 「一日は二十四時間だよ! というか寝過ぎだし、診察した医者はどんな医者だよ!」
 「そんなことないって。その気になれば俺は、百八時間ずっと寝れる」
 「無理だね! そんなの絶対に無理だよね!」
 「いいや、俺はできるね。じゃ、今から実演するから」
 「って、寝るなぁあああ!」
 
 そう言って、ライナがベットの中に潜りこもうとするのを、レイフォンは止めた。

 「遊んでる場合じゃないよ、ライナ。早く着替えないと」

 ライナが時計を見ると、すでに遅刻寸前の時間を表示していた。

 「遊んでたわけじゃないんだけどな……」

 レイフォンに急かされつつ、ライナがトイレで着替え終わると、食事をするひまもなく、寮を出た。
 ライナたちは、結局遅刻した。



 『武芸科一年、ライナ・リュート君、武芸科一年、ライナ・リュート君。ショートホームルームが終わり次第、生徒会室まで来てください。繰り返します――』

 どこか子供びた女性の声の放送で、ライナは伏していた机からすこし顔を上げる。しかしすぐに机に顔をうずめた。

 ライナはこの日、教室についた途端に、机に伏した。
 授業がはじまっても、先生が注意しても、なぜか同じクラスで隣の席で武芸科の制服に着替えていたレイフォンが起こそうとしても、ライナは起きなかった。

 さすがに食事のときには起きたが、適当に食べ物を買って食べたら、すぐに元に戻った。そしてその日は、放課後まで起きることはなかった。
 ライナとしては、図書室に行きたかったが、とても眠くて、ここから動く気力すら湧かない。
 まったく、人生とはままならないものだと、ライナは思った。

 教室から人の気配がしなくなって、しばらくするとドアが開いた音が聞こえた。
 ライナは今頃誰だろうと思ったが、めんどくさくて顔をあげなかった。
 そう思ったすぐあとに、どこか幼さを感じさせる声で怒鳴ってきた。
 
 「あ~君なにしてるの! 放送しても来ないから探しにきてみれば、こんなところで寝てるなんて! さっさと生徒会室に行くよ!」

 ライナはしかなく顔を上げた。
 女子生徒がひとり立っていた。

 おそらく上級生だろうが、小柄で丸顔や大きくはっきりとした瞳、それに髪の両側をリボンで結んでいるせいか、同級生と同じかより幼く見えた。

 「なんだよ。人がせっかく昼寝を満喫してるのに」
 「昼寝を満喫してるのに……じゃない! 放送で呼んでいるのに、なんでこないのよ!」
 「だって、今日は朝早かったし」
 「いつ起きたのよ」
 「えっと……八時半」
 「遅刻寸前じゃないの!」

 今まででいちばんの怒号に、ライナは鼓膜が破れそうになった。
 
 「さあ行くよ」

 女子生徒はそう言うと、小さな手でライナの手首をつかんで引っ張った。
 ライナはその手に逆らわずついていく。

 「そういえば、自己紹介してなかったよね。わたし、サミラヤ・ミルケ。ライナ君、よろしくね」
 「んあ」

 二人は教室を出ていった。



 「サミラヤ・ミルケ、ただいま帰ってきました」

 ライナはサミラヤの手に引かれたまま、生徒会室にやってきた。
 生徒会室の入ると、カリアンが中央にある社長が座りそうな立派な椅子に座って秘書と何かを話していたが、サミラヤとライナに気づくと、微笑を浮かべながらライナたちのほうに顔をむけた。

 「サミラヤ君、ごくろう。それでライナ君、なぜ君は放送を流したのにもかかわらず、来るのが遅れたのかね」

 ライナが口をひらこうとする前に、隣にいるサミラヤが先に口をだした。
 
 「生徒会長。わたしがライナ君の教室に着いたときには、ライナ君は気持よさそうに寝ていました」

 カリアンが微笑を保ったまま、目が細くなる。

 「へえ。ライナ君、サミラヤ君の言ったことは本当かい」

 ライナがそうだけど、と言うとカリアンの目はさらに細くなっていった。

 「なぜ寝ていたんだい?」

 またライナが声を発そうとする前に、サミラヤが言葉を発した。

 「ライナ君が言うには、今日は朝早く起きたから寝ていたそうです。ただし、今日朝起きたのは八時半だったそうですけどね」

 カリアンの目がどんどん細くなっていく。

 「それで、ライナ君はきのうはいつ寝たのかな?」

 ライナはきのうのことを思い出すように、頭に手をあてた。
 
 「きのうねぇ……俺が部屋に帰ってすぐにベットに入ったから……四時半かな」

 「寝すぎだろう!」
 「寝すぎでしょう!」
 「寝すぎだよ!」

 カリアンやサミラヤだけでなく、秘書も一緒に声が重なった。

 「いやいや、俺は医者に、君は病弱だから一日三十時間は寝てなさいって言われてるんだよね」

 「どこの医者だね!」
 「どこの医者ですか!」
 「どこの医者よ!」

 朝、レイフォンに言ったことをライナが繰りかえすと、三人はまた重なる。

 「突っ込みどころがありすぎるよ!」

 サミラヤが頭を抱えて叫ぶ。

 「レイフォン君には苦労をかけそうだ」

 カリアンは大げさに天を仰いで言う。

 「はあ……」

 秘書はため息しか出ないようだった。

 「それはともかくとして、君には今日からサミラヤ君が仕事を教えてくれるようになっている。困ったら、聞くといい。ところで自己紹介は済んだかね」
 「はい、終わりました。生徒会の名にかけて、ライナ君、いえライナの性格の矯正に全力を尽くしていきます」

 サミラヤは手を握り締め言った。サミラヤの身体の背後に、炎が燃え上がっている幻が見えた。

 「いや、仕事のほうなんだが……まあ、いいか」

 カリアンはライナのほうをむいた。

 「というわけだけど、ライナ君、なにか質問はあるかい」
 「昼寝の時間とかあんの?」
 「そんなものはない」
 「ていうか、今も寝む……ぐ~」
 「寝るなー!」

 三人の叫び声が生徒会室に響き渡った。



 ライナはやたら書類の多い部屋に連れて行かされた。
 ライナに与えられた仕事は、生徒会の書類の整理だった。
 整理といっても、ファイルのにまとめたりするわけではなく、紙で記された書類を端末に記録させるだけの簡単な作業だ。
 整理そのものは、書類に記された記号によって端末内で自動的に行われ、保存される。

 ただ、端末に接続されたスキャナーに書類を通すだけなのだが、書類の数が膨大ともなればそんな単純作業だと、疲れてきて、眠くなってきて、目蓋がだんだん落ちてきて……。

 「ぐぅ」

 眠りに落ちる。その瞬間、頭の後ろに軽い衝撃をうけ、さらに額を机に打つ鈍い音が部屋に響いた。

 「痛ってーな! なんなんだよ」

 ライナはうしろを振りむくと、サミラヤが不敵な笑みを浮かべていた。右手には薄い冊子がある。

 「ライナ、わたしがいながら寝ようなんて、そうはいかないわよ。わたしが絶対、あなたのその眠り癖を治すんだから」

 はじめのうちは、仕事を教えながら作業をしていたサミラヤだったが、眼を離すとライナが眠ってしまうため、今はライナの見張りになっていた。やや教え方がぎこちなかったが。

 「ぐぅ」
 「言ってるそばから寝るな!」

 再び同じ衝撃がきた。

 「痛ったいな。俺は昼寝を邪魔されるのがいちばんいやなことなんだよ」
 「昼寝なら、仕事が終わってからしてよ。今は仕事の時間だよ」
 「え~」
 「え~、じゃない。ほらさっさと働く」

 ライナはまた書類の山にむかった。
 いくらやっても減らない書類の山にうんざりしつつ、作業を進めた。



 結局、下校時間を知らせるチャイムがなったころには、サミラヤは疲れ果てているようだった。ライナは頭が痛かった。
 あのあとも、しばしばライナが寝そうになるたびに、サミラヤが起こす、ということを限りなく繰りかえしていったのだった。

 「ライナ、あなたねぇ、どれだけ、寝たいのよ?」
 「眠れるだけ」
 「どれだけ、寝たいのよ」

 疲れているせいか、サミラヤの突っこみの切れも悪い。

 「あなた、どうして、そんなに、寝たいのよ」
 「眠いから」
 「答えになってない!」

 サミラヤは叫んでから、少し冷静になったからか呼吸を整える。

 「あらためて決めた。わたし、あなたの眠り癖を絶対に直して見せる」
 「え~」

 ライナはこれだけすれば、さすがにサミラヤもやる気をなくすだろうと思ったが、逆に相手のやる気を引きだしただけになったようだ。

 とてもめんどくさいことになった。ライナは思った。



 仕事が終ると、カリアンのところに報告に行き、終えるとライナは寮に帰り、サミラヤだけが残った。

 「あの会長ほんとうにわたしでよかったんでしょうか」

 もともとはまじめな性格だけがとりえで、クラス委員をやっていた。
 生徒会に入ったのも、クラス委員の知り合いに誘われたからだった。それもほんの二、三ヶ月前のことである。

 「ああ、君以外にはいない。君にしか頼めない」

 はっきりカリアンにそう言ってもらえるのは嬉しいのだが、すこし釈然としない。最初にそう言われて、反射的に請けてしまった仕事だが。

 「ライナ君の印象はどうだね」

 ――印象。

 そう聞かれて、サミラヤは今日会ってからのことを思い返す。
 はじめて会ったときは、ふざけているのかと思った。いや、それは今も変わってはいない。だけど……。

 「ライナは、悪い人じゃないと思います」
 「なぜ、だい」

 笑っている顔は変わらないが、カリアンの眼の色が真剣になった。
 
 「んー何と言いますか……なんとなくです」

 ほんとうに、なんとなくだ。ほかに言いようがない。
 ただ、サミラヤがなぐっても、なぐり返してこなかった。それがライナを起こす理由であっても、逆恨みでなぐり返してくるかもしれない。
 それを、しなかった。ライナにとって、一番いやなことだと言っていたことなのに。

 曲りなりに、ライナは武芸科の生徒だ。もしなぐり返されていたら、自分はひどい怪我をしていた可能性さえある、とサミラヤは思う。
 ましてや、ライナはローランド出身だ。ローランドに対する恐怖がなかった、と言うと嘘になる。

 そういったことをカリアンに伝えると、カリアンは考えこむようにすこしうな る。そしてカリアンの笑みが消え、まじめな顔になった。

 「なぜ、君はそうなることがわかりながら、ライナ君をなぐったんだね?」
 「それは……やっぱり、わざわざ遠くのローランドからせっかくツェルニに来たんだから、すこしでも有意義に生きて欲しい、からです」

 ――自分は、有意義に生きているだろうか。

 サミラヤは自問する。正直、そう思えない。生徒会もなんとなく入ったのだ。そんな自分にライナを重ねたのだろう。

 カリアンがふっと、いつもの笑みに戻った。
 
 「やはり、君に頼んでよかった」

 この言葉を聞いて、サミラヤはもっとがんばろう、と思った。



[29066] 伝説のレギオスの伝説3
Name: 星数◆57d51dc7 ID:dbf71226
Date: 2011/10/26 17:38
 こぶしが唸りをあげて、ライナに迫ってくる。あったら痛そうだとライナは思った。
 だがライナは避けようともしなかった。こぶしが頬にめり込み、勢いのまま壁のほうまで殴り飛ばされる。
 壁の近くまで飛ばされて、ライナの身体は痙攣を起こしはじめた。

 今は格闘技の授業中である。ライナとしてはサボりたかったが、レイフォンに無理やりつれてこられた。

 闘技場が授業の熱気に包まれる。肉体がぶつかり合う音や、床にたたきつけられる音。さまざまな音が闘技場に溢れていた。

 「そんなわざとらしく痙攣などする奴がいるか!」

 ナルキ・ゲルニが闘技場の音に負けないように叫ぶように大声を出す。
 赤い髪を短く整え、黒い肌が髪をさらに引きたてる。端正な顔立ちと長くまっすぐ伸びた身体から、かわいさよりもかっこいいというふうに見てとれた。
 ライナはこの授業も寝ていようとしたら、レイフォンとナルキに一緒に組み手をやろうと誘われた。
 ライナも最初のうちは嫌がっていたが、ほかにライナと組もうとする人がおらず、結局三人でやることになったのだ。
 それでこのありさまだが。

「ここにいるじゃん」

 にべもなく言うライナに、ナルキはさらに声量を上げ、声のとげとげしさも増していく。

 「だから、なんで貴様は、そんなにやる気がないんだ!」
 「眠いから」

 即答するライナにナルキは絶句したが、再び起動する。

 「眠いから、じゃない! さあ立て、ライナ。その甘ったれた精神を修正してやる!」 
 「まあまあ、そこまでしなくても」

 そんなナルキをレイフォンがなだめる。

 一見、弱腰に見えるレイフォンに、ライナのほうにむけられていた怒りの矛先がレイフォンにむけられた。

 「まあまあ、だと。じゃあなんだ。ライナがこれでいいと思うのか、レイとん。先生から注意されても直らないから腫れ物のような扱いをされてもいいのか? クラスから孤立してもいいと思うのか?」

 ナルキはレイフォンのことをレイとんという。どういう経緯でそういうあだ名になったのかは、ライナとしては別に知りたくもないが。
 余計なお世話だ、自分はひとりになりたいのだとライナは思っているのだ。
 できれば今のクラスの状況がいちばんいい。どうしてこうも自分をかまおうとする人が次々と現れるのだろう。

 ――自分のことなんかほっておいてほしい。

 そうライナは切に願っているのに。

 「う……」

 レイフォンはなにもいうことが思いあたらなかったのか、うつむいた。頼みの綱のレイフォンもこのありさまでは、ナルキを止めるのは難しい。こうなれば最後の手段。

 「というわけだ、ライナ。さあ立て……って寝るな!!」

 必殺、寝たふり、のふりをした熟睡。
 次の瞬間、ライナの頭に激痛が走る。

 「って、痛たたたたたた。ちょ、ギブ、ギブ!」

 おそらく活剄を使ってのアイアンクローだ。恐ろしく痛い。
 ライナは自分の頭に伸びた腕にたたいて、降参の意を表す。

 「さあ、私はやさしいから、立たせてあげたぞ」

 どこがやさしいんだ! とライナは全力で突っこみたかったが、へたに言うと、ライナの頭が潰れた赤い果実のようになりかねない。

 「じゃあ、はじめようか」

 ナルキはこぶしを構えた。ライナはナルキの頭に角が生えている幻想が見える。
 この時間はライナはひたすらナルキにぼこぼこにされただけで終わった。



 すでに格闘技の授業は終わって、昼休憩になっていた。
 ライナはあのあとぶらりとどこかへ行ったきり、帰ってこない。おそらく、昼食を食べに行ったのだろう。寝ているかもしれないが。

 レイフォンはナルキとその幼馴染のミィフィ・ロッテンとメイシェン・トリンデンの四人で昼食をとっていた。
 明るく行動力のあるミィフィとおとなしく料理の得意なメイシェンとまじめで正義感の強いナルキのトリオは、かなり絶妙なバランスで成り立っているのだとレイフォンは感心していた。
 そしてその三人と友だちであるのはレイフォンはとても楽しいと思った。

 レイフォンがこの三人と友達になれたのも、実はライナが関わっている。
 ライナが入学式のときに殴られ吹っ飛ばされた先にいたのが、メイシェンだったのだ。
 それを偶然レイフォンが助けたことから、三人との交流が始まったのだ。
 武芸を捨てて普通に生きようとしたレイフォンとしては、皮肉でもあったが。

 「へえ、ナッキもよくライナとかかわろうとしたよね」

 ミィフィはパックの牛乳を飲みながら言った。ミィフィをはじめナルキの幼馴染はナルキのことをナッキと呼んでいる。
 ニックネームをつけたのはミィフィだ。ほかにもメイシェンのことはメイっち、ミィフィのことはミィと呼ばれている。
 レイとんというあだ名をつけたのも彼女だ。

 ミィフィの言いたいことはレイフォンにもわかった。
 ライナは授業中は寝てばかりいてやる気がない。しかも破壊都市ローランド出身だ。
 レイフォン自身は、別の意味で狂っているといわれる槍殻都市グレンダン出身だからそこまで気にしないし、それにグレンダンにすんでいた頃はローランドから来た犯罪者を聞いたことがないため実感しにくいが、学生の中にはあからさまに気にしている人もいた。
 実際、入学式当日に事件が起こっている。あのときも、なんでライナを退学させないんだ、という意見があちらこちらで起こっていると、ミィフィが教えてくれた。
 今は生徒会が責任を持って管理しているらしいが、ライナは特に何も言っていなかった。

 「ああ、でもあたしは我慢ならなかったんだ。ああいうやつがいると、クラスの治安が悪くなりかねない。だから一刻も早くあいつを更生したかったんだ」

 ナルキはパンを握りしめながら言う。この潰れたパンは元に戻るのだろうかと、我ながら意味がわからないことをレイフォンは考えていた。

 「ナッキの気持はわかるけど……」

 メイシェンがそう言ったあとにサンドウィッチを小動物のように食べた。

 「だけど、結局あの時間だけじゃ直せなかった。もっとがんばらないと」
 「そういえばさ、なんでライナって、ツェルニにきたのかな」

 ミィフィが今までの会話の流れを変えた。

 「ローランドってツェルニから遠いうえに鎖国してるはずだよね。レイとん知ってる?」

 レイフォンはまさか自分に話が来るとは思っていなかったため、むせて手を口元に当てた。

 「いや、ライナは寮に帰ったら、ベットでずっと寝てるから話をする機会がないし」
 「何! あいつは帰ってからも寝てるのかレイフォン!」

 いきなり大声を出したナルキにレイフォンは肩がびくっとなった。

 まわりを見ると、クラス中から視線を集めていることに気づき、ナルキが謝罪の言葉を口にした。

 「レイとんって、ライナと同じ部屋だったの」

 メイシェンは驚いたように言った。

 「あ……うん。毎日家に帰ったらベットで寝てるよライナは。朝も毎日遅刻ぎりぎりに僕が起こしてるし」
 「まったく、あいつはどれほど寝れば気が済むんだ」

 ナルキはたいへんご立腹なようだった。

 「前起こしたときに一日三十時間寝ないといけないとか、その気になればは百八時間寝られるとか、そんなことを言っていた」
 「あいつときたら……」

 ナルキは頭を抱え、ミィフィは口に手も押さえずに馬鹿笑いしている。メイシェンは顔を青くした。レイフォンはもうまわりを見る気にはなれなかった。

 「ほんとうにライナって、シオン戦記の昼寝王国の野望篇に出てきそうよね」
 「なに、それ?」

 レイフォンは、その怪しげな題名に耳を疑った。特に、昼寝王国の野望篇って、作者は何がやりたいんだろう。

 「何、って知らないの、レイとん。近頃話題になってる映画だよ」

 ミィフィが意外そうな眼でレイフォンを見る。

 ミィフィいわく、王の子として生まれながら、下賤の犬として捨てられた主人公のシオンが、いろいろあって王になっていく物語、だと言う。

 「でもなんで、それが昼寝王国と関係があるの? わけがわからないよ」
 「まあ、いろいろあってね。それにそれいうとネタばれになっちゃうし」

 そう言ったとき、ミィフィは何かを思い出したような顔をした。
 
 「今思い出したんだけどさ、前見た映画で、ローランドが舞台のやつあったよね。たしか……」

 ミィフィが続けようとしたとき、メイシェンが口を挟む。

 「ローランドの朝日に愛をこめて……だったよね」
 「そうそう。題名のセンスがまるでないの。それにストーリーもなんか超展開だったし」

 ナルキがその映画の内容を思い出すようにうなった。

 「たしか、なんでかわからないけど、暴走すると破壊を撒き散らすといわれているアルファ・スティグマを持つ少女と普通の少年とのラブストーリーだったな」
 「そうそう。で、最後はヒロインをかばおうとした少年が殺されて、ヒロインのアルファ・スティグマが暴走して終わり。いやあ、すごかったよね。わたしあの後しばらく夢に見たもん」

 私も、とメイシェンもうなずく。

 「そんなことはともかく、これからは私たちがライナを更生させよう、レイフォン」

 ナルキがレイフォンに手をのばしてくる。レイフォンはなんとなくその手をとった。
 メイシェンの顔がなぜかさらに青くなっていく。
 そんなメイシェンをなだめるため、ナルキは手を放しメイシェンのほうに顔をむけ、ミィフィはレイフォンを理不尽に追い払う。

 追い払われたレイフォンは、ライナのことで疑惑をおぼえていた。
 ライナには授業中ずっとナルキに攻撃されていたはずなのに、顔にひとつのあざも見られなかったのだ。
 疑問に思ってライナの動きを注意深く観察していると、驚くべきことに気づいた。

 ライナは打撃を受けるときに、打点をずらし、当たったと同時に後ろに跳んで、さらに受身までとっていたのだ。
 しかも天剣授受者と呼ばれるグレンダンで、もっとも強い十二人に選ばれていたレイフォンですら、注意深く観察しなければ、そのことに気付かないほどに巧妙に動いた。
 おそらく闘っていたナルキですら、このことに気づいていないのだろう。気づいていたら、怒っているはずだ。

 ある程度強い武芸者ならできるであろう剄息を日常で使っている。剄の量はかなりの量がある。しかしそれも使っているふうにも見えないが。

 だが、それでも違和感があった。

 ライナの日常の動きに武芸を習った形跡がないのだ。まったくといいほど素人の動きをしている。

 そういったことがさらにレイフォンを惑わせる。
 レイフォンが見ていたことは全部間違っていて、たまたま偶然そうなったのかもしれない。しかし、偶然がそう何度も起こることなのか。
 だが、もし仮に、日常のライナの動きこそが演技で、授業中のものが意図的にやったとするのなら。

 「もしかすると、ライナは天剣授受者クラスなのかもしれない」

 レイフォンのつぶやきは、教室の誰の耳にも届かずに、ただ騒がしい教室の中に消えていった。








[29066] 伝説のレギオスの伝説4
Name: 星数◆57d51dc7 ID:dbf71226
Date: 2011/12/19 23:12
 「はぁ、なんで俺こんなことやってんだろ」

 ライナの呟きは機関部の稼動音にかき消された。
 あたりには耳鳴りを起こしそうなほどの激しい金属音が響き、機会油と触媒液の混じりあったなんともいえない匂いが、ライナの気分をわるくさせる。
 照明が最小限であるからか、感覚が鋭くなっているような気がした。
 それにしてもいつにもなく眠い。夜中だから仕方がない、とライナは思った。

 「口に動かす暇があるなら、手を動かせ!」

 ライナのなにげない独り言が聞こえたのか、前でブラシで床をこすっていた女性、ニーナ・アントークが機械音に負けないように大声をだした。

 今日の仕事の監視役だそうだ。彼女の動きに目立った隙がすくない。
 おそらく武芸者だどライナは思った。口調もナルキに似ていてどこか固い。

 ライナは、へーい、と間の抜けた声を出すと、手に持っていたブラシで床をせっせとこすりはじめた。

 なんでこんなことをしているのだろうと、ライナは思う。これもすべてあの悪魔、カリアン・ロスの仕業だ。
 ライナを生徒会室に呼んだと思えば、何が今日は機関部の掃除をしてみないか、というより機関部の掃除をしなさい、だ。それをことわれば、今度は定期的に機関部掃除を入れるから、なんてほざきやがる。
 こっちの意見も聞かずに強制的にしやがって、あとでおぼえていろとライナは思った。

 「ほらライナ、手が止まってるよ」

 うしろから、レイフォンが注意してくる。彼もまた、監視役だという。
 というよりライナが今夜、ベットで寝ていたら、レイフォンにたたき起こされ、ここにつれてこられた。最近、レイフォンの起こし方が雑になってきた気がする。

 前門のニーナ、後門のレイフォン。ライナは前後を挟まれていた。何度も寝ようと思ったが、すべて失敗している。厄介なことこの上ない。
 バケツに張った洗剤にブラシを浸し、ただ無心にひたすら床を擦る。あまりに単調な作業だったが、思った以上のかなりの重労働で、ライナはくたくたになった。

 「もうそろそろ、休憩するか」

 ニーナの一言でライナは床に腰をおろした。
 一時間ぐらい機関部の掃除をしただろうか。眠くて眠くてたまらない。ライナは今すぐにでも死んだように寝れると確信した。

 「もう、寝てもいいだろ。というよりもう寝……ぐぅ~」

 ライナは眼を閉じた。
 しばらくすると、ライナは頭上から誰かがどなる声が聞こえた。ライナが気にせず寝ていると、何かをライナの顔にぶつけられた。
 眼を開けると、そこにはニーナが何かを持っていることに気づいた。どうやら弁当箱のようだ。

 「ライナ、まったくおまえときたら、レイフォンひとりに後始末をまかせおって。最後まできちんとやれ」

 ニーナはそう言うと、ライナに弁当箱を渡した。ニーナはレイフォンにも弁当箱を渡していた。
 ライナが弁当箱をあけると、そこにはサンドウィッチが入っていた。鶏肉と野菜の色の組み合わせ方が、なんとも睡眠欲を活性化させそうだ。

 「そんなところで食べずに、こっちにこい」

 ニーナが急かしてくる。ライナは仕方なく、ニーナがいるほうにむかい、ニーナとレイフォンと並んで少し低いパイプ椅子に座った。
 ライナはサンドウィッチを食べた。鶏肉と野菜の辛味のあるソースがいい具合にライナの舌を刺激する。
 そこにレイフォンが持ってきた紅茶を口に流しこむ。紅茶の甘さが身体に染み渡っていく。

 「まったく、レイフォンから話は聞いていたが、ここまでやる気がないとは。学生なのだから、もっとやる気を出せ、ライナ。……おまえ、話を聞いているのか!」 

 ライナは眠っていた。頬に平手打ち。凄く痛かった。

 「痛いなあ。大体こんな時間にやる気があるわけないだろ。今は寝る時間だ」
 「じゃあライナは、いつやる気が出すの? 朝は?」

 レイフォンがサンドウィッチを食べながら言った。

 「朝は寝起きだから、普通に眠い」
 「昼は?」
 「昼は昼寝の時間」
 「夕方は?」
 「夕方はもう今日も一日終わりだ、というわけで眠い」
 「おまえはいつやる気を出すんだ!」

 ずっと話を聞いていたニーナが大きな声をライナの耳元で怒鳴った。レイフォンは笑みが引きつっていた。

 「うーん、すこしもないかも?」
 「まったく、おまえというやつは」

 ニーナはあきれるようにため息をつく。

 「どうして、おまえはツェルニに来たのだ? ローランドはただでさえ遠いうえに、鎖国しているではないか」
 「なんだか知らないけど、俺がこんなんだから送られてきたらしいよ」

 ライナはカリアンに言ったことを似たようなことを言った。まさか本当のことを言うわけにはいかない。本当のことを忘れつつあるのは誰にも秘密だが。

 「ほんとうか?」
 「さあ。俺にはよくわからんし、それにどうでもいいし」
 「どうでもいい、だと」

 ニーナの声が、どこか汚染獣が来る前の静けさのように小さくなった。

 「おまえの人生だろう。そんなことでどうする!」

 今日一日でいちばんの大声だった。レイフォンも耳を塞いでいる。

 ――俺の人生とはなんだろう。

 ライナは思い浮かべる。ろくなものがない。それに何かを変えるなんて、考えたこともないし、それにめんどくさい。どうせ世界は、死で溢れているんだから。

 「だって俺、惰眠さえむさぼれればそれでいいし。というか、今すぐ寝たい」
 「おまえというやつは……」

 ニーナの肩が怒りで震えているようだった。レイフォンがニーナをなだめる。レイフォンのなだめが成功したからか、ニーナが淡々と話しはじめた。

 「レギオスに生かされているわたしたちは、そのほとんどがひとつの都市で一生を終える。外には怖い汚染獣がいるからと、自分から外に出られない檻の中の鳥みたいに……しかし、一方で都市間を放浪バスで旅する者たちもいる。
 彼らは、ほかの人たちがひとつしか見ない世界をたくさん見ている。わたしにはそれがうらやましかった」

 ニーナは怒りを無理やり静めるように息を吐く。ニーナはライナの方をむいた。起きているのを確認するためだろう。

 「旅行者になることはできないだろうが、それでも、少なくともあそこ以外の世界を見てみたかった。それで、わたしは学園都市に来ることを決めた。合理的な判断だと思ったんだが、両親にはえらく反対されてしまったがな」

 ニーナは少し自嘲的に言った。

 「これがわたしがツェルニに来た理由だ。ライナ、少なくともツェルニにいる間に、何かひとつでいいから、おまえはおまえ自身の目標を見つけろ。それがわたしからの宿題だ」

 そう言ったきり、ニーナは食事中に話をしてこなかった。

 食事を終えると、ライナたちはブラシを持って洗剤を入れたバケツに浸した。
 ニーナがさあ、はじめるぞ、と言ったときに、通路を走る足音が近づいた。足音の主だった男がライナたちを見かけると一直線にライナたちの方に来た。

 「おい、このあたりで見なかったか?」
 「またですか?」

 レイフォンがそう言うが、ニーナが気にするようなそぶりを見せずに、すぐに声を出す。

 「またか?」
 「まただ、悪いな! 頼む!」

 大声で男が出すと、そのまま走りだした。

 「先輩、またツェルニが逃げ出したんですね」

 レイフォンがため息混じりに言う。

 ツェルニが逃げ出した? ツェルニとはこの都市のことのはずだ。なのに逃げ出すとはどういうことだろう。

 「やれやれ」

 ニーナはあきれたふうに言うが、その口元が緩んでいるのが見えた。

 「というわけだ、ライナ。今日はもう仕事はいいはずだ」
 「なあ、さっきからあんたらが言ってる意味がわかんないんだけど」
 「そうだよね。僕も最初はわかんなかったしね」

 レイフォンが自己完結しているようで、ひとりうなずく。

 「都市の意識が逃げ出したのさ」

 ニーナは楽しそうに笑みを浮かべた。
 都市の意識について知識としては知らなかったわけではないが、それが逃げ出すという状況がライナにはわからなかった。

 「まあいいから、ついてこい、ライナ」

 歩き出したニーナとレイフォンの後をライナもついていった。
 歯車の回る機械音に、無数の足が鉄板の通路を蹴りだす音が不規則に混じる。
 作業員が忙しそうにあちこち動き回る中をニーナは平然と進んだ。レイフォンは恐る恐るまわりを見ながら進んだ。ライナは寝ながら進む。

 ライナは分かれ道に気づかず、壁にぶつかった。
 ニーナとレイフォンが慌ててライナの方にもどってきた。

 「おまえはなにをやっているんだ、ライナ」

 ニーナはあきれ果てているようだった。レイフォンだけは大丈夫、と心配してくれた。

 「寝ながら歩いてたら、壁にぶつかってしまった。次はもっと気をつけて寝ながら歩こう」
 「寝ながら歩くな!」

 真面目な顔をして言うライナに、怒鳴るニーナ。レイフォンは、それはそれで凄いと思う、と言った。
 それはともあれ、再び歩き出したニーナたちが通路に歩いているとき、唐突にニーナが口を開いた。

 「都市の意識というものはな、好奇心が旺盛らしい。だからこそ動き回るのだそうだ。汚染獣から逃げるという役割もあるのだろうが、それ以上に、世界とはなにかという好奇心を止めることができずに、動き回る……これは前にレイフォンにも言ったな」

 そういうニーナに、レイフォンが黙って頷く。
 ニーナが足を止めた。落下防止の鉄柵が眼の前にそびえ立つ。そこから見下ろせる下層には、山のようなこんもりとしたプレートに包まれた機械が、駆動音で空気を揺らしている。
 その天辺に、ライナは黄色い発光した何かいるのに気づいた。

 「だからこそ、自らのうちにある新しいものにも興味が寄せられてしまう。いまならば、新入生だな。ライナ、おまえとか」

 ツェルニ、と天辺にむかってニーナが呼ぶと、発光体は飛びあがり、天辺の上で円を何度も描くように飛んだ。

 「整備士たちが慌てていたぞ」

 もう一度ニーナが声をかけると、発光体はまっすぐこちらに飛んできた。そのまま発光体はニーナの胸に飛び込んだ。

 「はは、相変わらず元気なやつだ」

 ニーナはその光る謎の物体を抱きかかえる。光る物体は足の先まで届きそうな髪をした少女の姿をしていて、ふたりはどこか若い親子のように感じられた。

 「で、何それ」
 「この都市の電子精霊だ」
 「……うそだぁ~」
 「なぜ、わたしがおまえにうそをつく必要があるんだ、ライナ」

 正直、ライナは電子精霊がこんな姿をしているとは信じられなかった。
 本などでは、確かに、電子精霊は動物などのさまざまな形をしていると書かれてあったが、現物を見るのはライナもはじめてだ。
 そんなライナを電子精霊はくりくりした大きなひとみで興味深そうに見つめてくる。

 そしてニーナから離れた電子精霊は、ライナのほうに飛んできた。しかし、もうすこしで触れそうな距離に近づくと、またニーナのほうにもどっていく。それを二、三度繰り返した。

 「珍しい動きをするな、ツェルニ。紹介しよう。ライナだ。ライナ・リュート。まあ、なんというか、うん、やる気はまるで感じられないが、悪いやつではないと思うぞ」

 ニーナの話が終わると、ニーナの方をむいていた電子精霊がライナの目を見つめてきた。
 無垢なひとみで見つめてくる電子精霊に、ライナは眼をそらした。

 「ほら、ライナ、自己紹介は」
 「えーっと、じゃあ、俺はライナ・リュート。よろしく?」
 
 ライナは左手を差し出す。それを見たツェルニは、二ーナとレイフォンのほうを二、三度見回ると、ライナの左手にツェルニの左手を重ねた。生物ではないはずなのに、どこか人肌のようなやわらかい感触にライナは驚いた。

 「ふむ、どうも嫌われなかったようだな、ライナ」

 ニーナは声を殺して笑う。

 「はい?」
 「気に入らない相手には触らせてもくれないのがツェルニだ。ハーレイが……ああ、ハーレイというのは、わたしの幼馴染のことだが、それが言うには、電子精霊の磁装結合とやらいう状態であるらしい。触れることはできるのだが、結束を緩めるとその子の体を構成している雷性因子が相手の体を貫く。人に落雷するのと似たようなことになるそうだ」
 「これが、ねえ」

 そうライナは言い、ツェルニを見おろした。とても、これが人を傷つけるようには、ライナには思えなかった。でも何かのきっかけがあったとしたら、これもまた変わるかもしれない。都市の意思なのだから。

 「整備士の連中が慌てていたのは、機関が不調になるからではなく、そういう理由もあるようだな。だが、わたしはこのお人好しが、誰かに危害を加えるなど信じられないものだがな」

 ニーナはそう言い、ツェルニの頭をやさしくなでる。少女は目を細めているその姿は、どこか世界で一番安心できるところにいるように見えた。

 「さて、もう十分に見たか? ならばそろそろ元の場所に戻ってくれよ。おまえだって、不調なわけでもないのに整備士たちにいじられるのは嫌だろう」

 そうツェルニに言い聞かせるように話しながら歩いていくニーナの背中を、ライナとレイフォンはついて行く。

 「ライナ、おまえは今週末までに、今日の機関部掃除のレポートをまとめるように、会長から話を聞いているな。そういうわけだから、きちんとレポートを出せよ」

 がんばってレポートのことを考えなかったのに。そうライナは思うが、現実は、なんとも残酷で、ライナはため息をつかずにはいられなかった。


 








[29066] 伝説のレギオスの伝説5
Name: 星数◆57d51dc7 ID:dbf71226
Date: 2012/01/20 12:15
 「ほらライナ、はやくしなさい!」

 サミラヤが野戦グランドの入り口で、手をおおきく振っていた。
 それでもライナの足取りが重いと見るや、サミラヤはライナのところまで来てライナの右手首をサミラヤの小さな手がつかむと、前へ前へとぐいぐい引きずるように進んだ。

 今日は、何でも武芸科の試合があるらしく、そこでの賭け試合の実態についての調査という名目で来たのだ。
 しかしまわりには、男女問わず人が溢れかえっていて、誰が賭け試合をしているのか、ライナはよくわからなかった。興味もなかった。

 ――どうして人は、戦が好きなんだろう。

 とライナは思う。戦いなんてめんどいだけで、何も産まない。惰眠をむさぼっていたほうがずっと健康的だ。

 野戦グランドの細い入り口を抜け階段を登ると、視界が開け、野戦グランドの全貌があきらかになった。
 むこう側の席に座って人間が、粒に見えるほどの広さで、その気になれば、都市の人全員を入れることができるのではないかと、ライナは錯覚するほどの広さだった。

 試合会場になる内側は、木があちこちに生い茂っていたり、荒野が広がっていたり、さまざまな姿をしていた。また奥のほうには客席よりも高い塔のようなものの上に、何か旗のようなものが揺れている。

 「何ぼっとしてるの? さっさと行くよ!」

 サミラヤがなおも急かす。
 通路を歩いていると、赤い髪に褐色の肌と、どこかで見た顔がこちらに歩いてくるのを見つけた。むこうも気づいたらしく、声をかけてきた。

 「おい、ライナじゃないか。まさかおまえがこんなところに来ているとは思わなかったぞ。その上、デートとは……」
 「別にデートじゃないし。それに俺だってこんなところなんて来たくなかったさ。でもあの悪魔が、この仕事に行かないとまた機関部の掃除に行かす、とか言いやがるからきたんだよ」
 「こら、ライナ。生徒会長に対して、悪魔はないでしょ! 悪魔は」

 ため息混じりに言うライナに、サミラヤが怒鳴る。

 「はじめまして、わたしはサミラヤ・ミルケ。今日はちょっとした用事でライナと来ただけで、別にライナとデートしてるわけじゃないよ」
 「ちがうの! これはスキャンダルだと思ったのに!」

 ナルキの隣にいた蜜柑色の髪をふたつにまとめた少女ががっかりしたように、肩を落とした。この人誰だろうと、ライナは思った。

 ナルキが少女の頭にこぶしを落とす。少女は痛そうに頭を抑えた。

 「自己紹介が遅れました。わたしはナルキ・ゲルニ。それのいま変なことをほざいたのが、ミィフィ・ロッテン」

 それに、とナルキが横に隠れるようにいた、長いつややかな黒髪を腰あたりまで伸ばしている少女のほうを手をさした。垂れ気味の目が、どこかか弱さを感じさせる。その手にはバスケットが握られていた。

 「こちらに隠れているのが、メイシェン・トリンデンです」

 メイシェンがつぶやくように、よろしくおねがいしますと言った。

 「まあ、ライナは同じクラスだからもちろんおぼえているよな」
 「知らない」

 即答するライナに、ナルキは怒るのも飽きたのか、ため息をつく。

 「まったく、ライナ同じクラスメイトの名前ぐらい憶えておけ」
 「それで、生徒会の仕事はどうなのよ。ライナ?」
 「えっ、ライナ君って、生徒会に入ってたの?」

 メイシェンが驚きの声をあげる。

 「あ、ああ。あの悪魔が入学式のときの罰だけなんだかで。やらないと機関部の掃除を一週間もやらされるからしかたなくなんだけどな」

 でもね、とサミラヤがライナに割り込んで言う。

 「一日目から、放送の呼び出しをしても教室で寝てたり、仕事中も寝まくったりして、まったく仕事がはかどらなかったのよ」
 「そうなんですか。こちらは授業中でも平気で寝ている上に、前に武芸科の授業のときも……」

 サミラヤとナルキが、このままライナに対する苦労話に花を咲かせはじめた。そこにミィフィが二人に言葉をかける。

 「まあ、話はそのぐらいにして、まずは座席に座らない」
 「まあ、そうだな。サラミヤさんも一緒にどうですか。ミィとメイっちはどうだ」

 ナルキが言うと、ミィフィとメイシェンは考えこむ。

 「……わたしは……その……どちら、でもいいよ」
 「わたしは……うん、いいよ」

 やけに大所帯になったな、とライナは思った。




 何とか、五人で座れる席を見つけることができた。
 席に座ると、ナルキがジュースを買ってこようか、と言ったので、サミラヤもついていくことになった。
 やっとのんびり寝れる、とライナは思ったが、強制的にサミラヤに連れて行かされた。
 売店の前には、多くの人が並んでいて、十分ほど並ぶことになった。

 買い終えて座席にもどると、ミィフィがどこかふてくされた顔で、野戦グラウンドを見ていた。

 「意外に人がいるな。並ばされたぞ……どうした?」
 「……なんでもない」

 ミィフィは自分のジュースとスナックを受け取ると、グランドのほうをむいた。

 「そろそろはじまるなかな? レイとんの試合はいつだ?」
 「レイとんって誰?」

 ナルキの言葉に、サミラヤが疑問の言葉を投げかけた。

 「レイとんって言うのは、同じクラスのレイフォン・アルセルフなんですよ。ほら、入学式でライナを助けた……」

 「ああ、三人を一瞬で倒したっていう、彼?」
 「そうですそうです」
 「それで、レイフォン君は何試合目なの?」

 サミラヤが三人に聞くと、ミィフィが答えた。

 「今日の三試合目です」
 「今日は四試合あるから、最後のほうになるのかな。そういえば、第十七小隊ってはじめて聞くけど、第十六小隊も強いって聞くし……」
 「そうなんですよ! 機動力を売りにしている第十六小隊に、実力未知数の第十七小隊がどう対抗するか? みんなの興味はそこだけど、賭けになるとみんな手堅いよね。レイとんたちは大穴扱い」

 ミィフィがここぞとばかりにまくし立てるが、サミラヤは賭け、という言葉を聞くと、目をきらりと光らせた。

 「ねえ、その話、くわしく聞かせてくれない?」
 「あ、はい、いいですけど」

 賭博について話すミィフィにメモ帳片手に聞くサミラヤ。その様子に疑問を持ったのか、ナルキがライナに顔を近づけ小声で話かけてきた。

 「なあ、なんでサミラヤさんは、こんなにミィの話を聞くんだ?」
 「てか、今日ここに来たのは、武芸大会の賭博の状況を知るためだし」

 髪を掻きながら言うライナに、ミィフィは絶句した。どうやら、ライナとナルキの会話が聞こえたようだ。

 「逃がさないわよ、ミィフィさん。知ってることは全部話してもらうんだから」

 そしてミィフィが全部話し終えた頃には、体中の力が抜けたようにまっ白に燃え尽きていた。

 「まったく、この世界で生きるために送られた大切な贈り物である剄をそんなことに使おうとするから悪いんだ」

 ナルキはうなずきながら言う。ただの娯楽じゃん、とミィフィがつぶやくと、ナルキが説教をはじめた。説教が終わったときには、ミィフィはかわいそうに思えるほどやつれていた。

 「それでナルキさんから見たレイフォン君はどれぐらい強いの?」

 ミィフィのことは見なかったことにしたらしいサミラヤがナルキにたずねると、ナルキはしばらく唸ったあと、そうですね、とつぶやいてあごを撫でた。

 「レイとんの仲間のことまでは知りませんが、レイとん自身は強いと思います。ですが……」
 「なに?」

 言い渋るナルキに、メイシェンも目をむける。ナルキは難しい顔をしながら、言いづらそうに口を開いた。

 「あたしは内力系しか修めてませんが、レイトンは外力系もいけると思います。そういう剄の動きをしているので、見ていればわかります。ですが、どうにも……本人にやる気が感じられないので」
 「まったく、ライナといい、どうして近頃の一年生はやる気がないのかしら。……ごめんね、あなたたちも一年だったわよね」

 いえ、と苦笑いしながら言うナルキとメイシェン。

 「……レイとん、怪我とかしないかな?」

 メイシェンが不安そうに眉を寄せながら言う。ナルキは軽く笑って見せ、首を振った。

 「何、刃引きしてある武器だからな。怪我のほうは心配ないんじゃないのか?」
 「ちなみに、毎年の武芸科のけが人の数は平均三百人。これは他の科の三倍ね。しかもその多くは訓練か試合」

 復活したミィフィの言葉で、メイシェンが本当に泣きそうな顔になる。
 ナルキは黙って、再びミィフィの頭に拳を落とした。





 「いやーさっきの試合すごかったね」

 ついさっき、第二試合が終わった。ライナは寝ていたので試合内容はわからなかったが、やたらサミラヤとミィフィが興奮しているのがわかった。早く寮に帰ってベットに入りたい。
 いまはグラウンドの整備で何人か入っているが、それほど時間がかからないことは、前の試合で証明されている。

 「次はいよいよ、レイとんたちの試合だし、こっちまで緊張してきたー」

 ミィフィが両手を握り締めて言う。

 「レイとん、がんばって」

 メイシェンもどこか緊張しているように見える。

 「参考になる」

 そうナルキがつぶやくと、アナウンスが第三試合の開始五分前を告げる。ややこしいことこのうえない。

 「でも、さっきの試合の第五小隊の隊長のゴルネオって、出身があのグレンダンだって知ってた? だから強いのかな?」

 サミラヤが、いま思い出したんだけど、という感じで言った。それを聞いたナルキたち三人はおどろいていた。

 「え、そうなんですか! レイとんもグレンダン出身なんですよ!」

 それを聞くとサミラヤもおどろく。

 「すごい偶然。グレンダンってけっこう遠かったはずだし、それにほぼ鎖国してなかったっけ?」

 頭にはてなマークを浮かべるサミラヤに、三人は苦笑いをしていた。
 その時、試合開始のサイレンが鳴り響いた。
 それとともに、攻撃側のベンチから、二人がとび出してくる。

 レイフォンとニーナだ。二人は障害物も気にせず、まっすぐ敵陣に向かって進む。
 ニーナの剄の輝きにくらべ、明らかにレイフォンのほうが剄の量は多いはずだが、レイフォンの剄の濁りが気になった。

 「キャー、レイとんだー」

 ミィフィが騒ぎはじめる。サミラヤが、どれっ、と言ったので、ナルキが茶髪のほうと答えた。

 二人は罠らしい罠にあわずに突き進んでいた。

 「うーん、おかしいわね。まったく罠がないなんて」
 「そうですね。一試合目も二試合目も、守備側は両方ひとつやふたつの罠は仕掛けていたなのに、今回の守備側は罠を仕掛けてないなんて、何かいやな予感がします」

 そのナルキのいやな予感があたったのか、レイフォンたちが樹木の隙間からとび出すと、守備側から土煙がレイフォンたちを覆った。
 おそらく衝剄を飛ばしたのだろう、とライナは思った。
 土煙が収まると、戦闘の様子が見てきた。レイフォンとニーナは相手の高速攻撃を受け続けている。

 旋剄と呼ばれるもので、脚力を剄の力で増強することにより、目に止まらぬほどの高速移動を可能にするものだ。
 レイフォンの状態が悪い。倒されてはまた立ち上がるが、一方的にやられている。ニーナはなんとか防いでいるようであったが、それもいつまで持つかわからない。

 「レイとんが……レイとんが……」

 メイシェンがうわごとのようにつぶやく。

 「大丈夫だ、大丈夫」

 ナルキがメイシェンの手を握る。その手は震えていた。

 あ、とサミラヤがつぶやく。敵の攻撃に今まで耐えていたニーナが、ついに片ひざをついたのだ。
 その時、レイフォンの様子が一変する。まるでいままで、枷をつけて闘っていたのが外されたように、剄の輝きが急激に増した。

 レイフォンはひとりの旋剄を身体をすこしずらす。
 旋剄を使った人は、レイフォンのいる場所から大きくそれていってしまった。旋剄の欠点は、まっすぐにしか動けない。そこを突いた、いい手だとライナは思った。

 レイフォンはその男に目もむけず、ニーナのほうをむき、剣を持ち上げそのまま振り抜く。
 剣身にこもった剄が塊になって、ニーナと闘っていた第十六小隊のアタッカーにむかった。

 ――外力系衝剄の変化、針剄。

 その名のとおり、大きな針のようになった剄は、第十六小隊のアタッカーのひとりに当たると、吹き飛んだ。
 次の瞬間、レイフォンは旋剄でニーナのところに移動するとほぼ同時に、もうひとりのアタッカーを吹き飛ばす。
 レイフォンはそのままニーナのまわりを警戒しているようだ。
 そこにニーナが何か言ったのか、レイフォンは首を傾げた。

 メイシェンやナルキはおろか、さっきまで騒いでいたサミラヤやミィフィ、そして会場中が静寂に包まれていた。実況ですら、言う言葉を忘れたのか、静寂を壊さなかった。いや、壊せない、といったほうが正しいか。

 これほどのものを見せ付けられては、何もいえるわけがない。そしておそらく、レイフォンの強さはこんなものじゃないだろう。
 ライナとしては、珍しく寝ないでいてよかったと思った。
 レイフォンは、もし何かの拍子でライナの任務がばれて、追われたときに戦うであろう相手だ。おそらくこの都市でライナと戦えるのはレイフォンだけだろう。

 静寂を打ち破ったのは、はげしいサイレンの音だった。第十七小隊の狙撃手がフラッグを撃ったのをライナは見ていた。そしてそれは、レイフォンたち第十七小隊の勝利した証だった。

 「フラッグ破壊! 勝者、第十七小隊!」

 視界のアナウンスが興奮を抑えられずに叫び、観客もどっと沸く。まわりの四人も、それは変わらなかった。
 そしてレイフォンは、首を傾げたまま倒れた。



 レイフォンが倒れると、会場は十七小隊が勝利したときよりどよめきはじめる。
 すぐにナルキたち三人は席を立ち、急いで会場内にある保健室にむかう。
 サミラヤも何も言わずにライナの手首をつかむと、ライナを引きずって三人のあとについていかされた。

 選手以外立ち入り禁止のところを生徒会権限で無理やりとおり保健室につくと、レイフォンがベットの上で眠っていた。頭には多くのこぶができている。

 「レイとんは大丈夫なんですか!?」

 そこにいた第十七小隊の隊員らしき人に聞いた。金髪を伸ばした軽薄そうな男だ。

 「え、君たち、レイフォンの何?」
 「クラスメイトと、その保護者です」

 サミラヤが言った。もちろんライナのことであるのはわかっているが、保護者とはべつの言い方があるだろう。

 「レイフォンめ、野郎がひとりいることはおいといて、こんなにかわいい子達と知り合いになってるとは……」

 と男は目をつぶりうなずいていたが、男は前を見ると言葉を続けた。

 「俺はシャーニッド・エリプトン。狙撃手だ。さっきの試合で勝利を決めたのは俺なんだぜ」

 とかっこつけて言ったが、へーそうなんですか、とミィフィが淡々と言うだけで、その反応がシャーニッドを傷つけたように肩を落とした。

 「なんだよ。フラッグ壊したの俺だぜ」

 あーいえ、とミィフィは言い、両手を振った。

 「いえ、あまりにレイフォンが凄かったので……」
 「それ、ここに来るまでにあった人全員に言われたよ。俺はレイフォンが何をしたか見てないけど、俺がせっかく華麗にフラッグを壊したのに、みんなにレイフォンレイフォンって言われると、さすがに落ち込むぜ」
 「あ、あの……シャーニッドさんも凄かったと思いますよ」

 メイシェンがナルキのうしろから顔を出して言うと、シャーニッドは顔をあげ、メイシェンのほうにむけた。

 「いやーわかってくれるのは嬢ちゃんだけだよ。今夜一緒にバーでも行かない?」

 シャーニッドが近づくと、メイシェンは小動物のように震えはじめ、ナルキのうしろに隠れる。

 「いえ、お断りします」
 
 メイシェンに変わって、ナルキがシャーニッドにむかって毅然とした態度で断った。その態度にシャーニッドは気分を損ねている様子はない。

 「冗談冗談。それはおいといて、今夜、今日の打ち上げやるんだけど、どうだい。べつに部外者でも関係ないし、それにこういうのは人が多いほうが盛り上がるだろう」

 これを聞くと、ミィフィがいの一番に、行きます、と言う。
 つづいてナルキとメイシェンも行くと言った。ライナはめんどいから行かない、と言ったが、サミラヤにライナ更生計画の一環だと言うことで強制的に行かされることになった。サミラヤはライナについてくるらしい。

 シャーニッドがうなずく。

 「よーしわかった。詳しい日時と場所はあとで改めて連絡するから楽しみにしておけよ。それじゃ、おれは帰るからあとはよろしく!」

 そう言い残し、本当にシャーニッドは保健室を出て行く。残ったものは、とりあえず荷物を長椅子に置くことにした。

 「しかし驚いたね。まさか打ち上げに誘ってもらえるなんてね」
 「うんうん、そうだね。それにしてものど渇いたよ」

 わたしも、とナルキたち三人が続いた。

 「でも、さすがに全員はだめだよね、なにかあったらまずいし」

 サミラヤがライナのほうを見て言うと、三人がうなずいた。

 「はいはい。俺が見てりゃいいんだろ」
 「いいの~ありがとう。何か飲みたいものある?」
 「何でもいいって」

 ライナは投げやりに言う。
 じゃ、なにか持ってくるね、と言うとサミラヤは廊下に出ていく。三人も口々にライナに感謝の言葉を言うと、サミラヤのあとについていった。

 保健室にはライナと気絶しているレイフォンしかいなくなり、ライナは適当においてある椅子をレイフォンの寝ているベットの近くまで持ってきて座り、ライナは目を閉じた。



 「やらかしたぁ……」

 ライナが寝てからしばらくすると、ベットからレイフォンの声が聞こえた。そしてレイフォンは、っつう、と痛そうにうめき声を出す。

 「あれ、何でライナがここにいるの?」

 ライナはレイフォンに声をかけられてはじめて目を開けた。

 「ん~何でだろう? レイフォン知ってる?」

 いや、僕に聞かれても、と困ったようにレイフォンは顔をしかめる。
 そこにどやどやとした話し声が廊下から近づいてきて、保健室のドアを開いた。

 「あ、レイとん起きてる」

 手に紙コップを持ったミィフィが大きな声をあげた。その隣にはサミラヤと並んで、そのうしろにはナルキとメイシェンもいる。

 「どうどう? 大丈夫? てか、すごいじゃんレイとん。びっくりしたよう」

 興奮ぎみのミィフィに、レイフォンは苦笑しながらも、隣にいるサミラヤのことをたずねた。

 「サミラヤ・ミルケ。ライナの世話係をやってるの、よろしくね。でも君、ホントにすごいよ! すごい!」

 顔を近づけて言うサミラヤに、レイフォンは身体をそらす。

 「いえ、そんなことは……」
 「いや、十分すごいぞ。あたしも、あそこまで強いとは思わなかったな」

 ナルキに言われレイフォンの苦笑はさらに深まった。

 「……大丈夫?」

 メイシェンがそう言うと、レイフォンにその手に持っていたジュースの入っている紙コップを渡した。レイフォンはコップを受け取ると、口に流しこむ。

 「ありがとう。落ち着いたよ」

 一息つくと、レイフォンは礼を言った。メイシェンは頬を赤く染めると、あわてて長椅子に小走りでむかう。

 「……あ、あの、お腹空いてるんなら、お弁当作ってるけど……」
 「あ、ありがとう」

 レイフォンは長椅子にむかい、広げられたバスケットの中をのぞいた。

 「ちょうどお腹が空いていたんだ」

 レイフォンはそう言うと、サンドイッチをひとつつかむと口に運ぶ。二口で食べきると、ジュースを飲んだ。

 「美味しい」

 緊張しているようだったメイシェンも安心したように顔を和らいだ。
 えーと、とレイフォンは言いながらも、ためらうように手を宙にとどめる。

 「あたしらがまだいいから、全部食べても問題ないぞ」
 「そそ、全部食べちゃって」
 「わたしのことなんか気にしないで食べて」

 メイシェンはこくこくとうなずき、ほかの三人も口々に言う。ライナは食べるのがめんどうだった。まだお腹はすいていない。

 「さて、ちょっとジュースをお代わりしてくる」
 「む、あたしもいくぞ」
 「わたしも行く。ライナも一緒に行こ」

 ナルキとミィフィ、そしてサミラヤがライナを引っ張って立つと、メイシェンの顔色が明らかに変わった。

 「……み、みんな」
 「心配しなくても、ちゃんとおまえらのも買ってきてやる」

 あわあわと手を振るメイシェンに、ナルキは平然と言う。

 「ああ、そうそう。隊の人が打ち上げをやるとか言っていたぞ。あたしたちも誘われた」

 レイフォンはそれを聞くと、顔をすこし暗くした。

 「あ、うん。わかった」

 それを聞くと、レイフォンとメイシェンを置いて四人は保健室を出た。



 「そういえばさ、何で三人はレイフォンと仲良くなったの?」

 サミラヤが自動販売機に行く途中でまわりに聞いた。ミィフィとナルキは苦笑いしていた。

 「それはですね、サミさん。ライナに関係があるんですよ」

 ミィフィがそう言うと、サミラヤはライナに顔をむける。いつのまにか、サミラヤにもあだ名らしきものがついている。

 「ねえ、ライナ、何したの?」
 「……ん、俺なんかやったっけ?」

 ライナは何度考えてもメイシェンにあった記憶がなかった。今日あったのがはじめてだと思う。同じクラスメイトだけど。

 「ライナは知らないかもしれんな」

 ナルキがうなずきながら言い、そしてつづけた。

 「始業式のときの乱闘騒ぎのとき、並んでいた人の列がいきなり崩れ、たくさんの人がおしよせてメイッちを押しつぶそうとした、そのときです。どこからともなくあらわれたレイフォンが助けてくれたんですよ」
 「ふうん、そうだったの。ライナもたまには役に立つじゃない。でもなんで、そのときライナ、殴られたの?」
 「なんだかよく知らないけど、適当に言ってたら、殴られた」
 「駄目じゃないライナ。ちゃんとあいての話し聞かなきゃ」

 そんな話をしていると、ライナたちは自動販売機についた。
 ライナはカードをポケットから取り出し、自動販売機のカード入れに差しこむと、適当にボタンを押した。そしてコップの中に水が落ちてくる音が終わると、蓋をあけ、中のコップをとった。
 ひとくち飲む。苦い。ブラックコーヒーのようだ。

 「ライナ、コーヒー飲んでるなんて、ちゃんとライナなりに寝ないように考えてるんだね」

 オレンジ色の飲み物が入ったコップを持ってサミラヤが話しかけてきた。

 「いや、適当に押したらでた」
 「もう。ほめて損した」
 「なんでライナ。おまえはそんなにいつも寝てるんだ」

 ナルキが今更な質問をしてきた。

 「うーん。気づいてたら、こうなってた」

 ライナは思いかえす。
 子どものころ、ジェルメ・クレイスロール訓練施設に送りこまれ、毎日が死ぬかと思うほど、闘う技術を叩きこまれた。
 そして休憩時間が一日に十五分という一日に一度は死を覚悟するような生活を一ヶ月もしていくうちに、ライナはいつのまにか、いつでもどこでもどれほどでも眠れるようになっていた。というよりそうしなければ死んでいた。

 ただ、そんな生活でも、不思議と嫌いではなかった。
 苦しいときも哀しいときも、ぼろぼろになったときも、先生のジェルメが失恋してストレス解消でいじめられたときも、ここでは心の底から笑えた。何よりも化け物扱いされなかった。

 今では、みんなどこにいるのかも、そもそも生きているかもわからない。とても死ぬ連中だとは思ってはいないが。

 「……まったく、すこしがんばれないか?」
 「だって、がんばろうとか、俺のキャラじゃないし」
 「おまえというやつは」

 苛立ちを隠さず言うナルキを、ミィフィはなだめる。

 「まあまあ、もうそろそろ戻ろうよ」
 「うん。そうだね戻ろっか」

 そうサミラヤが言い、歩き出すと、ライナたちも続いた。
 このあとレイフォンたちの会話を聞いて、打ち上げまでナルキたちと別行動というわけでレイフォンと寮に帰った。何でも、もう怪我は気にしないでもいいと、レイフォンは言っていた。

 打ち上げではみんなが酒を飲んでいるわけでもないが騒いでいた。特にミィフィとサミラヤが盛り上げていた。
 ライナは眠たかったが、そんなみんなをながめていた。
 しあわせそうに、うれしそうに。ライナはこんな雰囲気は嫌いではなかった。

 ――できれば、ずっとつづきますように。

 ライナはそう願った。









[29066] 伝説のレギオスの伝説6
Name: 星数◆57d51dc7 ID:03f273a9
Date: 2012/05/20 07:29
 「もしも……もしも死なないで大人になれたら、私と結婚してくれる?」

 亜麻色の髪をした少女の眼から、涙が溢れて止まらなかった。
 少年は答えない。答える資格など少年にはないと思っていた。それでも少女は問いかけてくる。

 「もしも死なないで大人になれたら……生き残れたら……私と……」

 それでも少年は答えなかった。
 今にも散りそうな花のように儚いようなその少女の言葉に、何も言えなかったのだ。

 「生き残れたら……私と……」
 
 少女は続けようとするが、その言葉は突然現れた初老の男の出現で遮られた。
 初老の男は小さな少女の肩をつかむと引き寄せる。

 「時間だ。泣くのはここで終わりにしろ。おまえにはもう、弱さという感情は必要はない。弱ければ死ぬ。それだけだ」

 男は少女に言い聞かせるように言う。

 少女は、今まで少年といた三○七号特殊施設から、貴族に買われるのだ。
 それからどうなるかはわからない。虐待と言ったほうがいいほどの鍛錬を受けて、貴族の名誉のためという名目で戦争に出されるのか、それともごみのように殺されるのか。
 考えつくものにはろくなものがない。このまま三○七号特殊施設にいても、たいした差はないが。

 「…………はい」

 少女は一瞬おびえた表情をして言った。その顔に涙はない。
 そして、少年の顔をのぞきこんでくる。少女の顔には絶望が浮かんでいた。
 もう少女は笑うことはないのかもしれない。

 「行くぞ」

 男にうながせれて、少女は歩きだした。
 少女の感情は、無くなっていくんだろう。
 でも、この少女には子どものような無邪気な笑顔が似合う。だから、そんなにふうになってほしくない。
 少年ははじめて口を開いた。

 「おい」

 できるだけいつもと同じように覇気の欠ける声で言った。このほうが彼女の心に届くと信じて。

 「おまえさ、泣きすぎ。死ぬとか言うなよ。おまえならいけるって。しぶといし。俺もさ、死ぬつもりはないからさ。だから……」

 少女は少年のほうに振りむいた。その顔には感情を取り戻したためか、涙が溢れていた。
 うれしい、と少年は思ったが、それをできるだけ表に出さないようにしようとすこし頬に力を入れた。

 「だからおまえも死ぬな」
 「……うん!」

 少女は大きくうなずいた。
 そこでライナの体に大きな揺れが襲った。




 「んん……なんだぁ」

 ライナはベットからとりあえず、体を起こしてみる。今だ揺れは収まらない。

 普通の地震か、それともレギオスの足が穴に落ちたのか。
 さまざまな状況が頭によぎるが、情報がないから以上、今のライナには判断のしようがない。
 最悪の場合なら、汚染獣の格好の餌だ。こうしているうちに、都市は汚染獣に取りつかれるだろう。

 やがてサイレンが鳴り響く。このサイレンの音からして、どうも、最悪な事態らしい。

 それはとにかく、やけになつかしい夢を見た。
 もう彼女と別れてから七年も経っていた。
 彼女は生きているだろうか。たぶん大丈夫だろうが、すこし不安になった。
 だが、自分が生きているからには、今も生きているのだろうとライナは信じるほかなかった。
 だから、彼女のためにも自分もここで死ぬわけにはいかない。
 そして、ここにはサミラヤや、ナルキ、レイフォン、カリアン、そしてほかにも多くの人が住んでいる。

 「それにやらなかったらあの悪魔にばれたとき、一ヶ月ぐらい続けて機関部の掃除をさせられるかもしれないしな。でもめんどいなー。レイフォンに任せられないかなぁ」

 そうライナがつぶやいたとき、寮の扉が開いた。
 扉からあらわれたレイフォンの顔は真っ青で、とても生きている人の顔とは思えなかった。

 「ライナ、まだここにいたの! はやく避難しないと!」

 レイフォンがあわてて、ライナのところにやってくる。

 「なんだ、レイフォン。俺、寝てる途中なんだけど」
 「そんなことしてる場合じゃないよ。汚染獣が来るんだよ。わかってる?」
 「で、おまえはどうするわけ、レイフォン?」

 ライナがそう言うと、レイフォンは顔をそらした。

 「僕は……」

 レイフォンはそうつぶやくと、黙り込んでしまった。

 ――こりゃ駄目だ

 ライナは思った。こんな状態では、とても汚染獣と闘えるとは到底思えない。やっぱり戦えるのは自分しかいないのか。

 そう思うとライナは、がんばろう、とかやってやるぜ、とか俺のキャラじゃないのに、とため息をつきながら立ち上がり、ベットのすぐ近くにおいてあるバックを持つと、ドアにむかった。

 「……ああ、そうだ。レイフォン、おまえに手紙が来てたぞ」

 ライナはそう言い残すと、部屋を出ていった。



 ナルキは都市警の先輩たちとともに、汚染獣と戦っていた。
 空に浮かぶ赤黒い汚染獣の幼生のカーテンに絶望しかけながら、それでもナルキは進んでおとり役を買って出た。

 ナルキがおとりをやり、二人の先輩が攻撃にかかる。そして二人のどちらかにむかおうとする幼生にむかって気をそらさせる。
 そうやってすでに何体かは倒している。しかし、それも焼け石に水にしかないことにくじけそうになる。

 はっきり言ってこわかった。今すぐにでも、逃げ出したいほどに。
 でもナルキは逃げることはできなかった。この都市には守りたい人たちがいるから。

 そこで気がかりなことを思い出し、ナルキは顔をしかめる。
 いまだにライナがシェルターに入っていない、ということだ。

 ときどき、シェルターに連絡を入れて確認しているが、まだシェルターに入っていないようで、サミラヤがライナを捜しに行くといって聞かないらしい。
 ほかの武芸科の一年は錬金鋼は持っていないため、ライナはシェルターに入るしかない。ナルキは都市警に入っていたため錬金鋼を持っていた。都市警で使う打棒限定ではあるが。
 しかし、この情況では外に出ることはできず、悶々としているとサミラヤ本人が言っていた。

 ――しかし。

 とナルキは思う。いったいライナは何者なのだろうと。
 はじめ興味を持ったのは、入学式であれほどの事件を起こしているのに、退学することもなく学校に来ていたことと、ライナの出身都市があのローランド、だということだ。

 生徒会長が何か弱みを握られているために、退学にできないかとも思って、ずっと監視してきたが、その様子どころか、授業をまともに受けてさえいない。というよりずっと寝ている。
 先生すら、お手上げという感じで、今ではライナを無視した形で授業を進めている。
 おそらくレイフォンがつれてこなかったら、出席さえしていないだろう。
 そんな様子にたまりかねて、ついライナに声をかけてしまったのだ。それからときどき自分から声をかけるまでになってしまっていた。

 いつもやる気がなく、寝ているライナを何とかしようとする人が、ナルキ以外にもすでに何人かいることは、ライナの人徳ではないのはたしかだ。
 ナルキも含めて、ライナの親兄弟といった気分なのかもしれない。
 しかしナルキには気がかりなことがあった。

 ――なんでライナ。おまえはそんなにいつも寝てるんだ。

 そうナルキが言ったときのライナの瞳。その瞳はナルキが生きて出会ってきた誰よりも空虚だった。
 それはナルキとしてはなんでもない言葉だった。でもライナには深い言葉だったのだろうか。

 その瞳を見たとき、ナルキの中で、これに関わるな、という警告が鳴った。これに関わったら、引き返せないと、そういうふう聞こえた。
 でも、あんな瞳はどんな風に生きればなれるだろうか。だが同時にそれを知りたい、という衝動も起こった。

 そんなことを考えていたから、目の前に幼生が来ていることに気づかなかった。

 間に合わない。

 二人の先輩も助けようとするが、汚染獣の動きに追いつかない。
 
 ああ、自分はこんなところであっさりと死ぬのか、とナルキは思った。残されるミィや、メイっち、レイとん、それにライナに謝りつつ、ナルキは眼を閉じた。

 しかし、いつまでたっても、衝撃は来なかった。
 ナルキは恐る恐る目をあける。

 姿は、よく見えなかった。
 そこに誰かいることがわかるのは、逆手に持った左手のナイフの刀身が青白く光っているからだ。それがなかったら、そこに人がいるかどうかさえわからなかったかもしれない。

 幼生はその者の近くでふたつに分かれていた。
 そしてその者は動き出したかと思うと、幼生の群れの中に突っこんでいく。その者が左手でふるうたびに幼生は何の抵抗もなく、斬られていく。
 大丈夫、と先輩たちが慰めに来るが、ナルキはその者のほうを呆然と見ていた。




 ――数が多すぎる。

 ライナが幼生の群れに突っこんでから思った。

 斬っても斬っても、数が減る兆しが見えない。
 斬るだけなら今、ライナが使っている鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)に化錬剄で電流に変えた剄を流してやるだけで、幼生ぐらいは難なく斬れる。
 しかしそうこうしているうちにも、幼生はどんどんライナのうしろの生徒たちに襲いかかっていく。

 こうなるんだったら、紅玉錬金鋼(ルビーダイト)を持ってくるんだった、とライナは舌打ちした。紅玉錬金鋼を持ってこなかったのは、ここへ送ってきたローランドに対する反抗の意味があったのだが、それが凶と出た。

 化錬剄ならなんの苦もなく幼生たちを殲滅できた。ローランド式化錬剄がなくとも、対処の方法はあるのだ。

 しかし今使っているのは鋼鉄錬金鋼。大規模に攻撃できる化錬剄を使えば、まず、一発で錬金鋼が耐え切れずに爆発して使えものにならなくなるだろう。

 錬金鋼とは武芸者や念威繰者が使う武器に使われている素材で、元の素材の含有量によって色が異なり、それに伴って性質も異なってくる。
 紅玉錬金鋼は剄を変化させやすい性質を持つ錬金鋼で、化錬剄を使うことに優れている。
 それに対して鋼鉄錬金鋼は斬撃武器として使われやすいが、剄を用いた技に不むきで、とても大がかりな化錬剄を使うことは困難だ。

 ローランド式化錬剄ならば、錬金鋼を使用しなくても使えるが、うかつに使うと、忌破り追撃部隊がやってきかねない。

 忌破り追撃部隊は、基本的にローランド式化錬剄を使える者が、都市外に逃亡したときや、都市外の任務で任務以外の理由でローランド式化錬剄を使用したのにも関わらず、ローランドに戻らず、その都市にい続けた者を抹殺する部隊である。

 どうやって、ローランド式化錬剄を使用したのがわかるのか、ライナは知らないが、ライナの友達の中にも、忌破り追撃部隊に入っている者がいて、実際に行ってきたという話を聞いたことがある。

 そうなれば、眠りにくいことこの上ないので、できればあまり使いたくなかった。

 ――しかし、間に合ってよかった。

 とライナは思った。もうすこしでナルキが幼生の攻撃を受けるところだった。
 いつもライナを見張っていた念威端子が今はなく、思いのほか楽に動けたことが幸いだった。
 おそらくライナに構っていられなくなったのだろうと思ったが、あまり気にしないことにした。

 ライナは視線を感じた。おそらく念威端子だろう。
 だが、いつもライナを見張っていたものとは、すこし違うような気がした。ライナは、自分の顔が念威端子に映らないようにしながら戦う。

 ふと横を見ると、ニーナに幼生が襲いかかっていた。ニーナはすでに肩を負傷しており、動くことができない。その上、まわりの武芸者も、自分のところに来る幼生をたおすことで手一杯のようだった。

 旋剄を使ってもライナも間に合いそうにもない距離だった。さらにニーナとの間には、幼生がたくさんいる。
 それでもライナはたちふさがる幼生を斬りふせながら、ニーナの元に突き進む。今までより速く駆ける。それでも間に合わない。

 とっさに化錬剄を発動しようとした。これで、鋼鉄錬金鋼は使い物にならなくなるが、仕方がない。

 しかし、そのとき、幼生は体が二つに分かれ内臓が切れた先から飛び散った。特にライナが何かしたわけでもない。そしてそのまわりの幼生も次々と二つに分かれていく。

 ライナは不審に思い、眼を発動させ、視界が赤く染まる。その視界に細い糸のようなものが無数に枝分かれしているものが光り輝いていた。

 ――鋼糸だ。

 鋼糸に剄を流し、それで幼生を斬っているのだ。それも、このあたり一帯に張り巡らせてある。
 それを見たライナは、すぐにその場から旋剄で高速で離脱した。そんなもので斬られたらたまらない。見つかるとややこしいから殺剄も用いて姿をくらませた。

 すぐさま図書館の近くに出た。頭上からカリアンの声と思われるものがカウントダウンをはじめた。

 ――間違いなく、レイフォンの仕業だ。

 とライナは思った。あんな器用に鋼糸を扱える者が最初からいたら、こんなに苦戦はしない。

 「だったら、最初から使っとけよな、レイフォン。がんばって損した」

 そうつぶやいたが、レイフォンは今にも死にそうな状態から、よく戦えるようになった、とライナは思った。あの手紙がそうさせたのだろうか。
 とりあえずロープとナイフは遠くの林に隠したので、ライナは横になることにした。

 「疲れた。寝よう」

 そのままライナは眼を閉じた。



 やがて朝日が登りはじめ、ライナを照らしはじめた。今までの戦がうそだったように小鳥が鳴く声が聞こえる。
 それとともにライナのほうに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 「ライナ、なんでこんなところで寝てるのよ!」

 サミラヤだった。しかしライナは気づかないふりをして寝たふりをした。というより、今は寝ていたい。
 足音がライナのところまで来ると、腹に衝撃が走った。

 「ぐぇ……いったいなぁ。何するんだよ」

 そこでライナははじめて眼を開ける。そこには眼に涙を浮かべたサミラヤがライナの腹に乗っかっていた。すぐそばには念威端子が浮かんでいる。

 「ライナ……わたしがどれだけ心配したか知ってる? わたしだけじゃない。会長もミィもメイちゃんもみんな、みんな心配してたんだよ。わかる。それなのに、なんでシェルターに来なかったの?」

 サミラヤは顔を怒りで赤く染め、ライナに言ってくる。その姿に罪悪感でライナの心が締めつけられるが、それをライナはおさえた。

 「だって、シェルターだと人が多い上に、騒がしいから寝にくいし」

 そうライナが言ったとたん、サミラヤがライナの頬をはたいた。

 「そんな理由で来なかったの! バカじゃないの! ライナのバカバカバカバカバカバカ! でも、よかった、ライナが生きてて……」

 サミラヤが言い終わると、ためていた涙があふれだしていた。そしてライナの胸に顔を押し付けると、サミラヤが大声で泣きはじめた。

 ライナは、わるい、と言うと、サミラヤを優しく抱きしめようと手を途中まであげたが、そのままおろした。
 












[29066] 伝説のレギオスの伝説7
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/06/14 09:57
 汚染獣の襲来からあっという間に一週間が過ぎた。
 あのあと、ライナは膨大な量の反省文を書かされた。眠いことこの上なかったが、ライナは逆らうこともできず、ただやるしかなった。

 だが、結局、黒い男との関連を聞かれることはなかった。

 ライナとしては、聞かれるだろうとばかり思っていただけに、すこし肩透かしだったが、聞かれないことに越したことはない。
 もし聞かれたとしても、なんとでも言い逃れはできるし、証拠もあがらないようにちゃんと隠してきたし、指紋も残っていないので、そこからはライナにつながらないはずだ。

 そしてライナは今、生徒会室にむけて歩いていた。何でも、カリアンが話があるということだ。
 もしかすると、証拠の黒いロープが見つかったか、ともライナは思ったが、それは生徒会室に着いてからじゃないとわからない。
 ライナは生徒会室の前にたどり着くと、ノックを二度する。

 「入りたまえ」

 そうカリアンの声が聞くと、ライナは生徒会室に入った。
 中で待っていたのは、カリアンだけでなく、ニーナ・アントークもいた。
 汚染獣との戦で負った傷もすでに癒えていて、傷を塞ぐようなものは見当たらなかった。

 「それで、俺に何のようだよ、カリアン」

 生徒会室の机で待っていたカリアンは、いつもと同じように微笑して待っていた。

 「待っていたよ、ライナ君。それで話とはほかでもない。ライナ君、君に第十七小隊の特別隊員になってほしいんだ」
 「はぁ?」

 ライナは自分の耳を疑った。意味がわからない。

 「今回の汚染獣の襲来で、より一層の武芸科との連携が重要だとわかったのはいいのだが、正直、武芸科長だけでは武芸科の連携は難しくてね。
 そこで誰かが、武芸科に行くことによって連携を図りやすくなる、と踏んだわけだ。そこで、いろいろなことを検討した結果、ライナ君、君がいちばん適していると考えたんだ」
 「ですが、会長。わたしの隊はそのような余裕はありません。ほかの隊にしてもらえないでしょうか?」

 ニーナが懇願する。だが、カリアンは首を振った。

 「残念だが、それはできない。ほかの隊はほとんどが定員が余っていない。それに、ライナ君のことを考えたら、同じ一年生であるレイフォン君がいる十七小隊がもっとも楽にできるだろう。武芸隊長の許可も取ってある。
 それに、ただ、というわけではない。特別手当というわけで、補助金をふやそう。それに、優先的に野戦グラウンドの許可も取らせよう。
 それに、ライナ君は毎日行くわけではない。週に二日行ければそれでいい。それに試合に出す必要もない。そして私は君の力量を信じている。君ならできる」
 「ですが……」
 「大丈夫だよ、ニーナ君。君はすこしレポートを書くだけでいい。そしてライナ君がただ、日々の練習内容だとか、隊の雰囲気などをレポートに書かせれば、それでいいから」
 「え~なにそれ、すげぇめんどくさい」

 ライナがめんどくさそうに言う。

 「ライナ君。君に、拒否権はないよ」

 カリアンはすこしまじめな顔をしてライナのほうをむいた。

 「君は、汚染獣の襲撃のときにシェルターに来ず、サミラヤ君をはじめ、多くの人に迷惑をかけた。君はまだ償いをしていないからね」
 「それはないって、カリアン。前に反省文を書いたんだし。あれかなり大変だったんだぞ」
 「あれは反省をさせるためであって、それ以外のなにものでもない。さあどうする、ライナ君。十七小隊の特別隊員になるか、それとも一ヶ月、機関部掃除をするかい?」
 「うぅ……じゃあ、特別隊員になるよ」

 それ言うしかなかった。とても一ヶ月も機関部の掃除なんて、終わる前に死んでしまう。

 「それはうれしいよ、ライナ君。ではニーナ君、あらためて聞くが、この件をお願いできるかな」
 「……わかりました、会長。善処はしたいと思います」

 ニーナはそう言うとライナのほうをむく。

 「では、あらためて自己紹介をしよう。ニーナ・アントークだ。十七小隊の隊長をしている」
 「ライナ・リュート。これからよろしく? お願いします?」
 「なぜ疑問形なのだ」
 「ん~なんとなく」

 ライナも自己紹介を終えると、ニーナとともに退室しようとするが、カリアンがライナを引き止めた。

 「あと、ライナ君。さっき言ったレポートの提出だが、一回忘れるごとに機関部の掃除を、一週間続けてやってもらうつもりだから、そのつもりでいるように」
 「まじかよっ! ……くそっ、生徒会長は秘書たちに欲情してるってうわさ流して殺してやるからな。おぼえとけよ」

 ライナはそう言い残すと、生徒会室を出た。



 ライナは一年校舎よりもさらに奥まった場所にある少し古びた会館にニーナにつれられて来られた。
 中に入り、ある一室の前にたどり着くと、ニーナがライナのほうをむいた。

 「ここが私たちの訓練場だ。錬武館と言って、基本的にここで訓練をやるのだが、野戦グラウンドでやるときもあるので、そのときは事前に連絡しておく」

 ニーナの堅い口調がどこかナルキの面影があるとライナは思った。おなじ武芸科の女子だからだろうか。
 それに金髪を短く整えているところや、鋭くつりあがった瞳も同じ理由かもしれない。

 扉を開けると、壁で仕切らているからか、ライナは思った以上に狭く感じた。壁には、さまざまな種類の武器が並べられている。

 「あれ、何でライナ、ここにいるの?」

 ライナに真っ先に気づいたレイフォンが声をかけてきた。

 「みんなに報告がある」

 ライナが言葉を発する前に、ニーナが会場一帯に聞こえる声で言った。

 「生徒会から派遣されてきた、ライナ・リュートだ。今日から、十七小隊の特別隊員になる。みんなも知っているだろうが、自己紹介をしろ、ライナ」
 「ライナ・リュート。これから、よろしく?」
 「って、特別隊員ってなんだよ、ニーナ」

 先ほどまで転がっていたシャーニッドがニーナに質問をする。

 ニーナが特別隊員の説明をすると、シャーニッドは顔をしかめた。

 「胡散くせえ匂いがぷんぷんするぜ。ニーナよお、どうしてことわってこなかったんだ。うちの隊には、そんな余裕ありゃしないぞ」
 「う……そ、それは……」

 さすがに、金につられて受け入れてしまったと言えないのか、ニーナは口ごもる。

 「まあ、決まったことならいいけどさ」

 シャーニッドはそう言うとライナのほうをむいた。

 「まあ、自己紹介は前にもやってるけど、俺の名前はシャーニッド・エリプトン。四年だ。ここでは狙撃手を担当している」
 「どうも」

 シャーニッドはまた横になるとそのまま動かなくなった。

 「おどろいたよ、ライナ」

 レイフォンがライナの近くに来て言う。

 「ああ、あの悪魔のせいだけどな。ただでさえ、睡眠不足だっていうのによ」

 あくびしながら言うライナに、レイフォンは苦笑いを浮かべた。

 「不潔です」

 ライナは声のした方向をむくと、そこには綺麗な少女がライナを睨みつけていた。白銀の髪を腰元にまで伸ばしている。
 彫刻を思わせるほど整った容姿をしており、透き通るほどに肌が白い。

 「フェリ、何を言うんだ」

 ニーナが注意するが、銀髪の少女……フェリは何も言わなかった。

 「すまなかったな、ライナ。フェリは気難しいやつだが、悪いやつではない。そしてもうひとりいるが、今はすこし用事があって出ている」

 まあ、すぐ戻ってくるだろう、とニーナは言い、剣帯に吊るされている二つの棒を抜き取り、両手で構え、右手でライナのほうに突き出す。

 「そして、今から、貴様がわが隊においてどのポジションがふさわしいか、その試験を行う」

 レイフォンの苦笑いがなお深まった。

 「えぇ! 俺べつに、大会に出なくていいんじゃなかったっけ?」
 「別に出さなくていい、というだけで、出すな、と言われてはない。
 会長も言っていたが、わが十七小隊は人数の上限に達してない。そこでだ、ライナ。貴様にも、何かポジションについてもらうことにする」
 「えぇー、まじかよ、そんなの聞いてないって。俺はただ、めんどくさいけど、レポートさえ書いておけばいいって話しじゃないのかよ」
 「ごたごた言うな。さあ、好きな武器を取れ」

 問答無用なニーナにライナは仕方なく、壁に立てられている武器から適当に手にとる。
 刀だった。刃の長さが、ライナの体の半分ぐらいあり、ライナの猫背ぐらい反りかえっている。

 レイフォンの視線が鋭くなったような気がしたが、ライナは気にしないことにした。
 持ってみると、見た目より軽く感じた。両手で持って適当に振る。

 「体は温まったかな?」
 「まだ」

 そしてしばらくして、ニーナがまたおなじ質問をするが、ライナもおなじことを言う。
 そんなことを二、三度繰り返した。

 「貴様はいつまで、素振りを続けるつもりだ、ライナ!」

 しかし、ライナは反応しない。

 「素振りしながら寝るな! この莫迦者」

 ライナの左の頬に衝撃が走り、ライナは吹き飛ばされる。床を二、三度転がり、ようやく止まった。
 ニーナは無理やりライナを立たせ、ニーナ自身は間を取る。

 レストレーション、とニーナは小さくつぶやく。瞬間、ニーナの持っていた棒がふくらみを増し、光を吸い尽くすようなつや消しの黒が天井の光をはね返すようになった。
 握り部分がニーナの手にあわせて最適化される。打撃部分に環状のふくらみがいくつも生まれた。
 ニーナの両腕がだらりと下がる。音声による、錬金鋼の記憶復元による形質変化に、さらに重量までも復元させるのだ。

 錬金鋼の色からして、黒鋼錬金鋼だとライナは思った。
 黒鋼錬金鋼はほかの錬金鋼より頑丈なことがとりえで、叩き潰す類の武器に適している。

 ニーナの使っているのは鉄鞭と呼ばれる武器で、その質量で敵を打ちのめす武器だ。剣や刀のように刃こぼれを気にする必要がなく、折れる心配もない。
 自由に振りまわらせることもでき、受け止めることだってできる。
 この使いやすさから、都市警察などにもよく使われていて、ライナも三○七号特殊施設にいたころ、都市警察を想定敵にして、よく鉄鞭を持った相手と闘っていたものだ。

 「わたしは本気で行くぞ」

 ニーナはそう言うと、右手の鉄鞭をふるった。鉄鞭の先をライナの額にむけて突き出してくる。
 ライナが適当にうなずき、刀を構えると、いきなり間の取り合いもなくニーナが飛びこんできた。

 右手の鉄鞭がそのままに突き出される。胸をねらった一撃をライナはすこし体を横にずらし、無抵抗に受け、そのままうしろに吹き飛ばされ、五回転ほど転がってから止まった。そして、ライナの体がぴくぴくと震えだし、やがて止まる。

 「お、おい、大丈夫か、ライナ!」

 ニーナがあわててライナの元に走ってくる。

 「ニーナ、おまえ、まさか」

 さっきまで寝転がっていたシャーニッドが言う。

 「い、いや、ちがうぞ、先輩。わたしだって、入ったと思ったときは弱めたし、だいいち非殺傷設定だ」
 「でもよ、ライナの吹き飛びよう、ただごとじゃなかったぞ、こりゃ、死んだか」
 「縁起でもないこと言うな」

 二人がごちゃごちゃ言いあっているところに、べつのほうから歩いて来る地面から振動があった。

 「ライナ、いつまで寝てるの?」

 レイフォンだった。

 「寝てないよ。死んでるよ」
 「死体が話すか!」

 ニーナがライナのもとに来て言う。そのとき、ライナがいやな予感がして転がると、はげしい音が振動ともにライナを襲った。
 ライナが目を開けてると、さっきまでライナの腹があったところに、鉄鞭が突き刺さっていた。危うく、本当にあの世にいくところだった。

 見上げると、怒りで顔を赤くしたニーナが立っていた。

 「まじめにしないか、ライナ」
 「え~めんどい」
 「めんどい、じゃない。さあ立てライナ、続きだ」

 ――こんなところもナルキにそっくりだ。

 とライナは思った。

 「さっき負けたじゃん、俺」
 「まだ、できるだろう、ライナ。わたしの攻撃を受けて死んだふりができるぐらいならな。あとおまえがどれぐらい私の攻撃を受けて動けるというものも知りたいしな」

 ライナの死んだふりが、ニーナの怒りに火をつけてしまったようだった。

 「まあ、待て、ニーナ。落ち着け」
 「いや、落ち着いている、先輩。ただこの莫迦者の能力を調べるためだ」
 「それじゃ、こいつが死ぬぞ。それよりもだ」

 シャーニッドはライナのほうをむいた。

 「おまえさ、ローランド式化錬剄って、使えるか?」

 シャーニッドの言葉にライナはおどろいた。ローランド式化錬剄のことは、他の都市には秘中の秘であるはずなのだが。

 「使えないよ。というより、ローランド式化錬剄って、何?」

 ライナは動揺を隠し、知らないふりをするしかなかった。

 「……そうか、悪い。聞かなかったことにしてくれ」
 「ローランド式化錬剄、ってなんですか?」

 レイフォンが会話に加わってくる。

 「何でも、ローランドに伝わる強力な化錬剄だそうだ。昔、聞いたことがあってよ。ローランド出身のやつが来てるんだから、ついでに聞いておこうと思ってな」

 シャーニッドの話をレイフォンは頷きながら聞いていた。

 「具体的に、どういうものなんですか?」
 「ああ、何でも、空間に指先で剄を流して発動させるとか言ってたけど、よくは知らん」
 「かなり面倒なことをするんですね」
 「そういえば、レイフォン。おまえって、化錬剄って使えたっけ?」
 「使えますけど、正直あまり得意じゃないです。僕は基本的に技の剄の流れを読み取って使いますが、化錬剄はそれだけじゃできませんから。
 僕は化錬剄の基本を習っていないのがその原因ですけど。それに無駄な体力も使いますし」

 ライナはふと、ニーナのほうを見ると、ニーナの顔が先ほどより赤くなっていた。今にも血管がぶちぎれそうだ。

 「先輩、ほかに何もないのだったら、模擬戦の続きをやるので、口を閉じろ。レイフォン、おまえもだ」

 地響きがおこりそうなほどのニーナの迫力に、シャーニッドとレイフォンはそそくさとわきにどいた。

 そこで、訓練場の扉が開く。

 「遅れてごめん。あれ、何やってるの? って、ライナ君! 新人? 武器も身の丈に合ってるけど、どこか構えがぎこちないし、もっと合ってる武器があるんじゃないの? ちがう武器でやらない?」

 ツナギを着た少年が現れ、矢継ぎ早に言う。

 ニーナの体が震えだした。

 「ハーレイ。すこし、だまれ」

 ニーナの迫力に圧されたのか、ツナギを着た男、ハーレイはレイフォンたちの元に走ってむかった。
 ニーナはライナのほうをむいた。その顔には笑顔がありながらもあちこちに青筋が立ち、眼が笑っていなかった。

 「さあ、続きをやろう。それと、次、死んだふりなどしたら、ただではすまさんぞ」

 そう言いながら、右手の鉄鞭をライナのほうにむける。ライナはため息をつきながら、刀を構えた。

 「では、行くぞ」

 ニーナはそう言うと、間合いを計らず右の鉄鞭をライナの胸に突き出した。

 さっきと同じ攻撃だ。このまま受けてもいいか、とライナは思った。しかしこの様子だと、倒れたところを押しつぶしてきそうだ。
 さすがにそれは痛いし、このままだと何度もやらないといけなくなりそうで、それはかなりめんどくさい。でも攻撃するのもめんどい。

 ライナは右に体をそらして避けた。ニーナはそれを見るや、突きを払いに変える。ライナは地面を蹴り、後退して避けた。

 「二回目といえ、ニーナの攻撃を避けるとは、あいつなかなかやるな」

 シャーニッドが口笛を吹きながら、何か言っているのが聞こえた。こっちは眠くて仕方がないというのに。

 ニーナは今度は間合いを取る。ライナは今度は左で攻撃してくるのかと思ったが、そうしなかった。
 きっと同じように避けられるのだろうと、ニーナが思ったからだろう。そしてライナの隙を作るためか、ニーナはすこしずつ位置を変える。

 ニーナの突きの鋭さ、ライナに避けられたときに瞬時に払いに変える瞬発力、そして今度は慎重に間合いを計ろうとする判断力。
 ニーナはそこそこの腕前だとライナは思った。だが、それだけだ。

 再びニーナが突撃して距離を詰めている。
 そしてニーナは左の鉄鞭を振り下ろしたものを、ライナは同じように左に避ける。ニーナは振り下ろした左の鉄鞭を身体を捻り払いにかえる。それを見てふたたびライナは退がる。
 そこを、ニーナが右の鉄鞭で突いてくる。ライナはあわてたふうを装い前に転がりながら、突きを避け、ニーナのうしろに転がりこんだ。
 ライナが頭を掻きながら立ち上がり、刀を構えると、ニーナが間合いを取っていた。

 「ライナ、なぜおまえは転がったときに、攻撃しなかった? それで、おまえの勝ちだったはずだ」
 「えぇ、そうだったの? 俺、攻撃が来たからとっさにやったんだけど」

 ――しくじった。

 釈然としない様子のニーナを見て、ライナは思った。
 前に転がらず後退しておけば、勢いをつけたニーナの鉄鞭が、そのままライナを突いて、それでライナの負けになっていたはずだったのに。
 しかし、終わってしまったからには、どうしようがない。何とかして、ライナが負けても不思議ではない状況に作らなければならなかった。

 「それでは、おまえから攻撃してこい」

 ライナが、えーめんどいなあ、と言うと、ニーナが顔を赤くした。

 「めんどい、ではない。貴様、なぜ武芸科に入ったのだ」
 「ん~俺って、こんなんだから入れられたらしいよ」
 「嘘をつくな! 貴様は、奨学金試験でAクラスを取っていて、さらに内力系活剄と外力系衝剄の両方修めているのだろう。そんな人間が、そんな適当な理由であるはずがない」

 え、とつぶやくレイフォンの声が聞こえた。

 ――やっぱりやりすぎだったな。

 とライナは思った。
 さすがに、グレンダンに行きたくなかったというのがあったにせよ、ついつい書き込んでしまったは反省すべきだ。やっぱりがんばったら、ろくなことがない。

 「ホントだって。その試験だって、テキトーにやったらそうなっただけだし、武芸は、ローランドだと剄脈のあるやつは全員強制だし」
 「てきとうにやって、奨学金試験でAクラス取れてたまるか!」

 ニーナがそう言うと、レイフォンが頷いていた。

 「いやいや、ホントだって」
 「もういい。貴様のその腐った性根を正してやる」

 受けきれよ、と気難しそうな顔のニーナ言うと、気づけば間近に来ていた。
 そして、ライナはあっけなく吹き飛ばされたのだった。


 
 そのあと、気絶したライナをレイフォンに任せることにした。
 ニーナは部隊の練習を終わらせ、生徒会室にむかった。
 時間もかなり経っていたし、生徒会長にもいろいろ言いたいことがあったからだ。

 気づけば、ニーナは生徒会室の前にたどり着いていた。
 扉を激しくノックすると、部屋の中から、入りたまえと言うカリアンの声が聞こえた。
 すぐにニーナは中に入る。

 部屋には、執務机には笑みを浮かべているカリアンだけがいた。
 今日は秘書もいないようだ。それだけ確認して、ニーナは執務机の前まで進み、そして執務机にこぶしを叩きつけた。

 「会長、特別隊員の件のことですが、下ろさせてください!」
 「いきなり机をたたきつけて、なんのようだね」

 微笑の揺るがないカリアンに、ニーナは苛立ちがおさまらない。

 「ライナの、やる気のなさ、です。確かに、以前機関部の掃除をしたときにもライナに会いましたが、それは機関部の仕事は夜遅くですし、疲れる作業なのだから仕方ないと思いました。
 しかし、今日もそのときと同じような態度。とても、わたしの手におえるものではありません」
 「それでも君以外に、十七小隊以外にライナ君を扱える部隊はないのだから」
 「ですが……そもそも、なぜライナなのですか。ほかに人はいないのですか」

 ふと疑問に思ったことだ。ライナのやる気のなさは、カリアンだって知っていたはずだ。それをあえて、特別隊員などというものに選んだのか。
 ニーナが怒鳴るように言うと、さすがのカリアンもすこしまじめな顔になった。

 「なぜ、ライナ君を特別隊員に選んだといえば、上級生だったら、ツェルニ内の武芸科独特の感覚が根づいている可能性があって、それでは特別隊員の意味があまりない。
 かといって、下級生も、そもそも武芸科で生徒会に入っているものが、それほどいない。いることはいるが、下手をすると、自分は優れているからえらばれたんだ、だとか、これで小隊に入りやすくなった、と勘違いを起こす輩がでかねない。
 それに対して君も知っているとおり、ライナ君はあのとおり、やる気がない。だから、そのような勘違いを起こさないであろうライナ君が、もっとも的確だと思ったのだよ。
 やる気のないライナ君でも、とりあえず機関部の掃除で交渉すれば、ある程度仕事はやってくれるからね。
 でもそうなると、彼だとやる気がなさ過ぎて、隊のメンバーと軋轢を生みかねない。
 そこで同じ一年生がいて、かつライナ君が入って軋轢を起こしにくいであろう隊を考えた結果、十七小隊になった、というわけだ」
 「ですが……」

 ニーナは、カリアンの言葉にどこか穴があるように感じたが、どこが間違っているか、すぐに指摘することができなかった。

 「それはさておき、正直なところ、ニーナ君はライナ君の実力をどう思ったのかな」

 カリアンがいきなり話を変えてきて、ニーナはあわてる。しかし、ニーナはすこし考え、口を開いた。

 「正直なところ、わたしはわかりませんでした。ただ、ライナは攻撃を受け慣れていると思います」
 「それは、なぜだね」
 「彼は、一度わたしの攻撃を受けながら、それほどダメージを受けているように見えませんでした。
 そのあとも、わたしの攻撃をほとんど避けていました。ただ、ライナは一度も攻撃してこなかったため、その点についてはわかりません。
 剄の量もそれなりにあるので、鍛えれば隊長クラスになると思うのですが」
 「やる気がない、と」

 カリアンの言葉に、ニーナは、はい、と言った。

 改めて、ニーナはライナのことを考えると、不思議なことが多いと思った。
 それに、レイフォンは、なぜライナが最初に倒されたときに、ライナが倒れたふりをしたのがわかったのだろう。
 レイフォンとライナは同じクラスだから、授業で一緒になったときにも倒れたふりをしているのだろうか。
 しかし、ニーナはそれも不自然だと思ったが、それはあとで、レイフォンに聞くことにしようと、ニーナは思った。

 「あと、ライナはほんとうに、奨学金試験でAクラスを取ったのでしょうか。わたしにはとても信じられません」
 「私もそこは気になっていてね。調査をしているが、今のところ、不正をおこなった形跡はない。これからも、もうすこしの期間、この件について調べるつもりだけどね」
 「そうですか……」

 ――もしかすると、ライナは実力を隠しているのではないか。

 そんな可能性に、ニーナは気づいた。そのとき、ニーナはひとつの可能性に思い当たる。

 「会長、もしかして、ライナは汚染獣が襲ってきたときに表れた、黒い人なのですか?」

 今までにも、レイフォンという前例がある以上、力を隠していることありえることだ。
 それにその日、ライナはシェルターに入っておらず、見つかったのは図書館の外だとレイフォンから聞いた。

 あのとき、小隊はおろか、ほとんどの武芸科の生徒は戦っていた。
 その中で、黒い人は現れるのだ。小隊のメンバーではないだろう。だが、小隊のメンバーですら苦戦していた汚染獣を難なく倒し、汚染獣の群れに特攻できて、なお戦える人が、小隊に入っていないはずがない。

 ニーナの言葉を聞いたカリアンは、顔を無表情にした。

 「それは、可能性のひとつだよ、ニーナ君」

 汚染獣との戦いに突如現れた黒い人をわれわれは、黒旋風、と呼んでいる、とカリアンは前置きした。

 「そして確かに、ライナ君は状況証拠なら、黒旋風だよ。
 だがね、物的証拠がない。肝心の黒い服が見つかっていないのだよ。それに武器のナイフも。
 それに、念威端子にもその顔は映っていない。つまり、黒旋風は、念威端子に顔を映さないように戦った、というわけだ」

 念威端子に顔を映さないように闘ったことに、ニーナは驚きを隠せない。

 「ですが、念威端子にライナの眠っている姿が映っているのではないですか」
 「確かに映ってはいる。それに画面に現れたのは、黒旋風が消えたあとだ。だが、それも状況証拠にはなっても、物的証拠にはならない。
 それまでどこにいたのかたずねたとしても、教室にいた、と言われれば、それまでだ。確かに彼にはアリバイがないから、ライナ君に特定されるだろうが、私は確実にライナ君が黒旋風であるいう物的証拠がほしい。
 私はライナ君がツェルニに来た理由を知りたいのでね。そしてライナ君の気分を害さないように隊に入れたい」
 「だから、わたしの隊にライナを入れたのですか」

 カリアンはにやりと笑った。

 「先に言ったことも、もちろん入っているが、ほんとうの目的はニーナ君、君が思っているとおりだよ」

 つまり、ライナを都市対抗の武芸大会に出そう、ということだ。実際は武芸大会というよりは、戦争なのだが。

 確かにニーナたち、隊長クラスでさえ苦戦した汚染獣を圧倒した黒旋風を武芸大会に使いたい、というカリアンの気持ちはニーナにもわかる。
 ツェルニの保有しているセルニウム鉱山は、あとひとつしかない状況ならなおさらだろう。

 ――でも、そんな怪しい者を使って大丈夫だろか。

 ともニーナは考える。
 それに、ローランドから来て、それほどの力を持っているのなら、誘拐などの犯罪をするのではないのか。

 「君の考えていることは大体わかる。つまり、ライナ君が犯罪を犯すのではないか、というのだろう。それとも、ライナ君の裏の顔についてかな」

 ニーナは背筋が震えた。ニーナは、カリアンに心をのぞかれているか、と錯覚しそうになる。

 「だから、彼の目的を知らなければならない。そのための特別隊員だ」

 そして、カリアンの顔が微笑に変わった。

 「それにライナ君の目的は、それほど重い犯罪ではないと、私は思う」

 カリアンの予想外の言葉に、ニーナは間のぬけた声を出した。

 「それは、なぜですか」
 「その理由は、二つある」

 カリアンはそう言い、指を二本立てた。

 「ひとつは、彼が黒旋風、として出てきた可能性が高いことだ。そのことによって、自分の正体がばれてしまう可能性のほうが高い。
 その危険性を考えれば、よほどのことがないかぎり、出てくることはしない。シェルターに隠れていればよかったはずだ」

 カリアンは、そこで言葉を切り、そしてすぐに、カリアンは口を開く。

 「もうひとつは、ライナ君のあの、やる気のない性格だ。あんな性格であの試験結果なら、人から怪しい、と言ってくれというようなものだ。
 ただでさえ、ローランド出身だと言うだけで怪しまれるのに、これ以上の怪しまれるような要素を入れるというのは、自分が動きにくくなるだけだ。本来、あの成績だとするなら、まじめな性格にしたほうが怪しまれにくくなる」
 「ですが、ライナはいまの、特別隊員になるためなのではないでしょうか?」

 ニーナは自分が言ってから、自分の発言がすこしおかしいのではないかと思った。

 「もしかしたら、そうかもしれないが、それならば何のために特別隊員になろうとする理由が、今のところわからない。
 それに特別隊員という発想が出たのは、汚染獣が襲ってこなければなかっただろう。彼に汚染獣を操る力があるのなら、話は別だが。
 それより、はじめから普通に小隊に入ろうとすればいい。汚染獣を相手に互角以上に戦える力があるのなら、そのほうがはるかに早い。
 ある程度力を抑えても、ほとんど問題はないだろう。レイフォン君みたいに」

 それもそうだ、とニーナは思った。

 「ですが、ライナがわたしたちが考えていることを想定しての判断だとしたら、どうですか」
 「ニーナ君、それは考えすぎだろう。それにそこまで考えたらきりがない。まあ、君がそこまで考えるのも、無理はないが」

 都市間犯罪、特に武芸者の誘拐、データコピーによる不正の持ち出しなどの犯罪で、全体の三割以上がローランドが関わっている、と言われている。
 その情報が、反ローランド同盟と呼ばれている組織からの情報なので、どこまで信頼できるかわからないが。

 しかし似たようなことが教科書に書かれていることもあったり、犯罪者を捕まえてみれば、ローランドから来た人だった、と言う話を同級生などから多くの話を聞いた。
 ツェルニに来る前からいろいろな人の話を聞いて、ローランドの悪事をたくさん聞いていたり、と偏見もまじっているだろうが、ニーナはローランドという都市にあまりいい印象を抱けなかった。

 ――しかし、あのライナがほんとうに犯罪行為をするのだろうか。

 先ほどは不審に思っていた。しかし今思えば、とてもそんなことをするようには見えない。それも演技だというのだろうか。
 だが、カリアンもそれほど大きな犯罪に関ってはいないだろうと言う。それが事実なら、ライナのことを気にする必要はない。
 それどころか十七小隊の戦力強化になり、最強の小隊にできるかもしれない。あるいは都市対抗の武芸大会でも有利に闘えるのかもできるかもしれない。
 とはいえ、カリアンの言うことも、どこまで信用していいのだろうか。

 ニーナは思考の迷路に迷いこんでしまった。



[29066] 伝説のレギオスの伝説8
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/01/13 17:29
 「おい、ライナ。まじめにしろっ!」

 ニーナの怒号が、野戦グラウンドにこだまする。
 十七小隊はこの日野戦グラウンドでの練習であった。週末に予定されている十四小隊との試合を想定したものだと、訓練前にニーナが言っていた。

 今回、十七小隊は守備側にまわることになっている。勝つためには敵司令官の撃破、または制限時間までフラッグを守り抜くしかない。

 そこでニーナの考えた作戦はライナとニーナが敵の前線と戦い、それを抜けて来た相手をレイフォンとシャーニッドが食い止める、というものだった。
 しかし開始早々ライナは訓練用の自動機械の攻撃をあっさり受け、吹き飛ばされた。
 そんなライナを怒鳴ったニーナにライナの闘っていた自動機械がむかっていく。
 睡眠の邪魔者がいなくなったライナは、地面に転がったまま眼を閉じた。



 「今日は、なかなかよかったと思う。実際に今回は制限時間まで旗を守りきれたこと。何より敵を全滅させることに成功した。
 だが、ライナ、貴様は何もしないどころか、あっけなく自動機械に倒されおって。せめておととい私と闘ったときぐらいに自動機械の攻撃を避けろ!」

 野戦グラウンドのすぐ近くにあるロッカールームで、ミーティングがおこなわれていた。

 ニーナが他のメンバーたちの前に立ち、ライナたちを見下ろす。ニーナは相変わらず怒っていた。ライナは腰かけに寝転がっている。

 「疲れるから、やだ」

 ライナがそう言うと、ニーナの額に青筋が浮かんだ。

 「なんだと、貴様ふざけているのか! 大体貴様は武芸をなんだと思っているのだ。いつもいつも疲れるだの、眠いだの、めんどいだの。
 それでおまえはいったい何のために、武芸科に入ったのだ」
 「だぁから無理やり入れられたって何度も言ってるだろ。俺だってずっと寝ていたいのにさ」
 「そんなことで、貴様はどうやって生きていくつもりだ! 自分の都市に戻ったらどうするのだ。そんなことでは野垂れ死にするぞ」
 「どうせそんなこと考えたって、何の意味もないし。何よりめんどくさい」
  
 どうせ、ローランドに戻っても同じように任務を受け失敗し続けるだけだ。とはいっても最近は任務の量も減り、のんびりとした生活を送っていたのだが。

 「何の意味もない、だと。貴様!」

 ニーナの血管が今にも切れそうなほど、顔が赤くなっていた。
 
 「ま、まあまあ、ニーナ先輩おちついて。今日だっていきなりのことだったし、ライナもなれていないだけですよ」

 レイフォンがなんとかニーナをなだめようとするが、かえって火に油を注いだようにニーナはさらに顔が赤くなる。

 「落ち着いていられるか、レイフォン。コイツは、自分の人生を、なんだと思っているのだ! 誰のものでもない。自分のものだぞ。それをこんなにてきとうに言うやつを相手に、落ち着けるわけがないだろう!」
 「いや、先輩。前にも同じような会話をしたような気がするんですが」

 ニーナの剄がはげしく、そして美しく輝きだす。

 一般的に剄の輝きは戦闘能力に関係ないとされている。だが剄がはげしく輝いている人のだいたいが、強く、美しい人だとライナは見ていた。ニーナしかり、ビオ・メンテしかり、あの少女しかり。

 ライナは剄の輝きの強い人をうらやましく思う。確かに自分の剄を見ることはできないが、自分の剄はおそらくそれほど輝いてはいないだろう。

 そのとき、ハーレイがノックもせずに入ってきた。

 「なんだ?」
 「あ、ああ。ライナ君の錬金鋼の調節にね」

 ハーレイはニーナに、にらまれながら答える。

 今日ライナが使っていた錬金鋼は、鋼鉄錬金鋼のナイフだった。

 ライナが特別隊員になった次の日、ニーナがライナの教室にやって来て、「装備管理部」という看板がかかった部屋につれてこられた。
 ニーナは中にいたハーレイに、鋼鉄錬金鋼のナイフをライナの武器にするように指示した。
 ハーレイは不思議がっていたが、結局ニーナは無理やり自分の意見を押し切った。

 ライナはカリアンの仕業だと予想した。とはいえ、もう汚染獣と闘うこともないだろうから、もらっても意味がないだろうけど。

 「あんま意味無いと思うぜ」

 ライナと同じように腰かけに寝転がっていたシャーニッドが言う。

 「へ、なんで」
 「だってこいつ、それ使ってないし」
 
 シャーニッドの言葉をハーレイは、理解できないのか首を傾けていた。

 「ごめん。意味がわからないんだけど」
 「だから、言った意味そのまんま。コイツ錬金鋼使う前に、戦闘不能判定受けたんだって」
 「え、ライナ君に一体何があったの?」
 「だから、言った通りだって」

 ハーレイはライナのほうをむいた。

 「何でそんなに簡単に倒されたの? 確かに自動機械はそんなに弱くはないと思うけど、ニーナの攻撃をあれだけ避けられたなら自動機械の攻撃でもすぐに負けるはずないはずだよ」
 「避け続けるなんて、ダメダメ。すげー疲れるじゃん」
 「ならなぜ、わたしと闘ったときは避け続けたのだ」
 「だって、うかつに当たると追撃してくるじゃん、あんた。俺、痛いのやだ」
 「それじゃ攻撃すればいいんじゃない」

 レイフォンがそう言うと、ライナは手を顔の前に振った。

 「それ、もっとムリムリ。避けるよりめんどいし。だって、どういう風に攻撃をしよう、って考えるだけでマジでメンドッ、ってなる」
 「ふざけるな!」

 そんなニーナをレイフォンがなだめるようにニーナの前に出た。

 「ま、まあまあ。ライナの話はあとにして、ほかの人に対する感想はないんですか?」

 レイフォンがそう言うと、ニーナは息を吐き出した。

 「む……レイフォンがそう言うなら、ライナのことはあとだ。レイフォンは、すぐライナの倒れて空いた穴を埋めてくれた。
 何よりも、おまえひとりで六体いるうちの五体の自動機械をたおすとは、さすがだな」
 「あ、はい」

 ニーナの言葉に、レイフォンは苦笑い浮かべていた。

 「それに、シャーニッドはうまくわたしたちの呼吸が合ってきたのか、最初のときよりはうまく援護できていた」
 「うっす」

 シャーニッドは相変わらず、腰かけに寝転がっている。

 「フェリは、もうすこしはやく情報をくれないか」
 「あれ以上は、無理です」

 腰かけに座っていた念威繰者のフェリは素っ気なく言うと立ち上がる。

 「それでは、失礼します」
 「おい、待てフェリ!」

 ニーナの制止の声も聞かず、フェリは自分の鞄を持つと、ロッカールームを出て行った。
 
 「相変わらず、フェリちゃんは愛想がないな」
 「でも、なんだかいつもと違ったような気がします」

 笑いながら言うシャーニッドに、レイフォンは何かをフェリの様子を怪しんでいるようだった。

 「フェリにはあとで言っておく。それより、これで今日の訓練は終わりだが、残って習練をしたいのなら、錬武館が空いているからそこでやれ。解散」

 「じゃ、俺はシャワー浴びてくるわ。夜にはデートもあるしね」

 ニーナが言い終わると、まずシャーニッドが部屋を出た。

 「じゃ、俺もめんどいけど、レポートやっちゃおうかな」

 ライナはのろのろと立ち上がり、ロッカールームを出た。






 「レイフォン、終わりましたか」

 レイフォンはニーナとともに、錬武館で連携の練習を終えて、シャワーを浴びて帰ろうと外に出ると、先に帰ったはずのフェリが待っていた。
 ニーナは何でもライナに関するレポートを書かねばならないらしく、生徒会校舎にむかって行った。

 「終わりましたが……」
 「なら、いっしょに帰りましょう」

 レイフォンが言い終わる前に、フェリは遮りレイフォンに背をむけ歩き出した。レイフォンはそのあとを、あわてて追った。

 レイフォンはすぐにフェリに追いつき、肩を並べて歩きはじめた。帰る方向が同じことは、レイフォンは前にフェリといっしょに帰ったことがあったのでおぼえていた。

 フェリはレイフォンより学年がひとつ上なのだが、見た目はレイフォンより六歳ぐらい年下にさえ見えるだろうと、レイフォンはそう思ったら笑いたくなった。

 「何か、失礼なことを考えていますね、レイフォン」
 「い、いえ、ソンナコトハナイデス、ハイ」

 フェリには心を読む能力でもあるのかと思った。

 フェリは横目でレイフォンをにらんでいたが、ため息をつくと視線を前にもどした。

 「ところでレイフォンは、ライナのことをどう思っているのですか?」

 余計な追求がなくてほっとしたレイフォンだが、フェリの言葉にすこし驚いた。

 「僕、ですか……そうですね。親近感があります。ライナはどこか、僕に似ている気がします」

 レイフォンは、ツェルニに来る前にある事件を起こしていた。
 そのため武芸をやめようとは思っていたのだが、なぜかカリアンがレイフォンのことを知っていて、武芸科に半ば無理やり転科させられたのだ。
 それがもともと計画されていたことだったのは、武芸科の制服を着たときに気づいた。レイフォンは右の腕が左よりすこし長いのに、レイフォンの体形にぴったりだったのだ。

 そのためはじめのうちはレイフォンはライナを恨んでいたが、だんだんそれもないのかな、とレイフォンは思いはじめていた。

 そもそも同じ部屋にしてレイフォンを観察するなら、もっといい人がいるはずだろう。
 それをあえてレイフォンが武芸科に転科させられる事件を起こした張本人にさせる必要はどこにあるのか、とレイフォンは考えた。

 そう考えると、ライナはたまたま巻き込まれたのだろうと考えたほうが自然だ。 ミィフィの話からもローランドという都市は他都市からの反感が強いと言っていたから、それをカリアンに利用されたのではないかと、レイフォンは考えた。
 そう考えるとレイフォンは、自分と同じように、カリアンの策略に踊らされたであろうライナに、すこし親近感が湧いてきていた。

 「そうですか」

 フェリの言葉はどこか、レイフォンの言葉にがっかりしたように聞こえた。

 「わたしは、あの人が嫌いです」

 意表を突かれて、レイフォンは開いた口がふさがらなかった。

 「何で、ですか」

 レイフォンは、何とか言葉を出す。
 
 「わたしは、あの眼が嫌いです。あのすべてをあきらめている眼が。
 彼に昔何があったのかはわたしにはわかりません。ですが、わたしはあきらめたくない。念威繰者をやめることを」 
 
 フェリがそう言うと、フェリの銀色の髪が念威の光が燐光を放ちはじめた。

 制御が甘くなった、とかつてフェリが言っていたが、何度見てもレイフォンはすごいと思った。
 髪の一部が念威で光ることはレイフォンも見たことはあるが、長い髪の先まで念威を光をこぼすのはグレンダンでも見たことがなかった。

 できるとしたら、天剣授受者のひとりであるデルボネ・キュアンティス・ミューラぐらいだろう。
 しかしデルボネは高齢のため、日頃は寝ていて、レイフォンは生身を見たことがない。
 だが彼女の念威は都市中に散らばれていて、都市の人にはプライバシーというものがない、といっても過言ではない。
 
 それはともあれ、そんな天剣授受者に匹敵するであろうフェリだったが、ツェルニに来たときには一般教養科に所属していた。

 彼女はその絶大な才能のせいで念威繰者になる将来しか見なかったのだが、あるときそんな自分に疑いを持ちはじめ、別の道がないかと探しにツェルニにやってきた。
 しかしフェリの兄である生徒会長がレイフォンがツェルニに来ると知ると、フェリを無理やり武芸科に転属させたのだ。
 だから兄であるカリアンのことが嫌いだと、フェリは言っていた。

 都市鉱山があとひとつしかないというツェルニの状況が、彼女の力をほっておくことができないことは、彼女にとってもレイフォン自身にとっても不幸であっただろうが。
  
 「でも、ライナはそんな悪い人だと思えないのですが」
 「だから、そんなことは関係ないと言っていますが」
 「あはは……」

 レイフォンは苦笑いをするしかなかった。

 「レイフォン、あなたはなぜそこまでライナをかばおうとするのですか。もしかしてあなたはライナが好きなんですか。きもちわるいです」

 フェリの思わぬ言葉で、レイフォンはずっこけた。
 
 「そんなわけないじゃないですか!! 何で同性愛者にしたがるんですか!」
 「ちがうのですか、ゲイフォン」
 「ゲイフォン、なんて本当にやめてください、フェリ先輩おねがいします」

 レイフォンは土下座したくなった。
 ツェルニに来てからずっと大変なことが多いと思ったが、考えて見ると半分近くがライナが関わっていることに気づいてレイフォンは唖然とした。正直、胃薬がほしい。まあ、活剄を使えば直るのだが。

 「じょうだんですよ、ゲイフォン」
 「だから、ゲイフォンは止めてください」

 レイフォンは肩を落とした。もうこれ以上突っこむことができそうにないほどに疲れきった。

 「だから僕は、普通に女の子が好きですよ」
 「では、今好きな人はいますか?」

 フェリの思わぬ質問にレイフォンはせきこむ。フェリも、どことなく緊張しているように見える気がした。

 レイフォンはフェリの言葉を聞いて、自分の好きな人ということを思い返してみた。

 幼馴染のリーリンは、なんというか恋愛対象になるのだろうか、とレイフォンは考える。ずっと一緒に孤児院で生活してきたため、どちらかというと姉弟のようなものだと思う。

 ニーナはどうだろう。ニーナのことはもちろん尊敬しているし、彼女がいるから、レイフォン自身、闘えていると思っている。
 ニーナのことをを考えると、頭がもやもやするが、これが恋愛感情かと言われると正直わからない。まあニーナのほうはレイフォンのことを弟のように見ているふしがあるので、レイフォンがどう思うともあまり関係ないと思うが。

 メイシェンとミィフィとナルキの三人娘は一緒にいるのはとても楽しい。
 メイシェンは小動物みたいでとても保護欲にかられそうになるが、それは恋愛感情とすこし違う気がする。
 ミィフィはとても元気でレイフォンも一緒にいると明るくなるが、これも恋愛感情とは違う気がした。
 ナルキは姉御肌で責任感も強いけどそれが恋愛感情になるわけではない。

 サミラヤはミィフィとすこし似ていて表情豊かで明るくていい人だけど、会うことそのものがほとんどなかった。

 最後に残ったのは眼の前にいるフェリだが、レイフォン自身彼女はすごく綺麗で、しかもレイフォンと同じようにちがう道を探す仲間だとは思うが、それが恋愛感情だろうかわからない。

 というより出会ってからの時間がリーリンをのぞいて全員短すぎて、断定することが今のレイフォンにはできない。

 「……今のところ、いないの、かな?」

 首を傾けながらレイフォンは言った。

 「へたれですね……まあ、今日のところは、それでいいです」

 それから、しばらく言葉を交わさず二人は歩いた。



 

 小隊対抗戦の日は、あっという間にやってきた。

 会場は前回よりも、熱気があるようにニーナは思った。
 まあ前回あれだけ十七小隊が見事な逆転勝ちをすれば、注目されてもおかしくはないと思う。レイフォンのおかげだが。
 
 相手の十四小隊は、かつてニーナが所属していた小隊だ。
 隊長のシン・カイハーンは二年以上小隊に所属しているベテランで、ニーナが十四小隊に所属していたときは、隊長ではなかったけど、よく面倒を見てもらっていた。

 互いに性格をある程度知っているために、やりにくい相手だが負けるわけにはいかない。
 
 こちらには前回圧倒的な力で十七小隊の勝利に貢献し、さらにニーナやほかの隊長ですら苦戦した汚染獣をあっという間に屠ったレイフォンがいる。
 まあ同じように汚染獣を屠っていたはずのライナは相変わらずやる気がないので、念威繰者であるフェリの護衛にするしかなかったが。
 そのときフェリは顔には出ていないようだったが、すごくいやそうな雰囲気だった。
 この二人には何があるのかもしれないのだが、フェリは何をニーナが言っても言わないのと、ライナはそんなことどうでもよいのかいいかげんな反応だった。

 ――まったく、ライナという男は、一体何を考えているのだ。

 とニーナは思う。

 ニーナの見るかぎりやる気のかけらも見当たらない。いつも寝癖を直していない黒髪と、あのいつも眠たげな黒い眼、それにだらけきった顔、生力のかけらも見えない曲った猫背。 
 それに口を開けばめんどうだの眠いだの疲れるだの、とうしろむきな言葉ばかり言っている。

 だが隊長であるニーナですら苦戦した幼生を、黒旋風と思われるライナはいちど斬りつけるだけで幼生を真っ二つにしていた。

 ライナと闘ったあとレイフォンに話を聞いたところ、ニーナの攻撃を打点をずらしうしろに跳ぶことで威力を弱めていたらしい。それも旋剄のときでさえも。

 レイフォンの話を聞いて、ニーナは頭に血が上っていくを止めることはできなかった。
 それと同時にやはりライナは黒旋風なのだと確信した。

 だがレイフォンはさらにおどろくべきことをニーナに告げた。

 ――黒旋風が使っていた鋼鉄錬金鋼のナイフの刀身に青白く輝いていたものは、化錬剄で作った電流。

 なのだと言う。

 さらにレイフォンが言うには、鋼鉄錬金鋼に化錬剄で変化させた剄を電流にして流し込むことで斬れ味をよくし、さらに電琉の量をふやすことで斬れる面積を増やす意味もあったらしい。

 ニーナはそんなわけがあるはずない、と言った。最も適正が高い紅玉錬金鋼ですら、習得が難しい化錬剄を鋼鉄錬金鋼で使えるわけがない。
 しかしレイフォンは、無言で首を振る。

 つまりライナは本来の実力が使えなかった、いうことになのだ。紅玉錬金鋼と鋼鉄錬金鋼では化錬剄の使いやすさでは天と地の差ほどある。
 それでも幼生体では相手にならなかったことに、ニーナは戦慄を覚えた。

 化錬剄、という言葉にニーナはシャーニッドの言っていたローランド式化錬剄という言葉を思い出した。

 それをレイフォンに言うと、レイフォンもきっとライナは黒旋風なのだろう、と言った。しかしそんなに悪いことをするとは思えない、と言葉を続ける。

 ライナが悪いことをしようと思うなら、わざわざ汚染獣と戦おうとはしないだろうし、もっとも得意であろう化錬剄にむいている紅玉錬金鋼を使わないはずがない。
 紅玉錬金鋼を使わなかったのは、おそらく紅玉錬金鋼を持っていなかったのではないか、とレイフォンは推測した。
 持ってきていたとしたら使わない理由がないし、何かしらの理由があったとしても、代わりに持ってくるのが、鋼鉄錬金鋼よりは使いやすい青石錬金鋼(サファイアダイト)や碧宝錬金鋼(エメラルドダイト)ではないのか。わざわざ鋼鉄錬金鋼をもってくる理由がよくわからない。
 ということは、別にライナは特に何かしらの任務を持っていないのではないか、とレイフォンは言った。

 レイフォンの言葉にすこし安堵しながらも、あまりにも武芸をなめているとしか思えないライナに自分のしている武芸を穢されていると、ニーナは怒りすら超えていた。
 レイフォンがはじめてその実力の一端を出した前回の小隊戦のときもレイフォンに苛立ちを覚えていたが、ライナにはそのとき以上の苛立ちがある。二度目だからレイフォンのときよりはなんとか自分を抑えていると、ニーナは自負していたが。

 だがあれほどライナはぐうたらとしているのに、日々鍛錬を重ねているニーナが苦戦した幼生体をものともしないのだから、これほどに理不尽なことはない。
 レイフォンの話を聞いた日の夜、ニーナはベットの中で何度無力感に浸ったことか。

 しかしどんな教育をすればあんなふうにライナのようにやる気のかけらもないようになるのか、ニーナはわからなかった。一度ライナの親の顔が見てみたいと、ニーナは思った。

 スタートの合図がするとにニーナはレイフォンとともに、陣の前線で敵が来るのを待っていた。

 敵はおそらく前衛が囮となりニーナたちをおびき出して狙撃手がフラッグを落とすのだろと、ニーナは考えていた。十四小隊にいたころによく使っていた戦術だったのをニーナはおぼえている。

 だからニーナは事前にレイフォンにあまり敵の誘いに乗るな、と言ってはある。レイフォンのことだからニーナは心配していないが。

 「フェリ、敵の位置はつかめたか?」
 「わかりません」

 ニーナはフェリの淡々とした口調に心の中で舌打ちをする。

 レイフォンはすこしはやる気になったのはいいが、ほかの隊員が相変わらずやる気がない。
 フェリはまるで協調性がないし、シャーニッドは相変わらず無断欠勤する。
 そういう状況がライナを十七小隊の特別隊員に選ばれる原因になったことを考えると、あらためてこの状況を何とかしよう、とニーナは誓った。

 だが仮にライナが黒旋風だったら、ライナが今のレイフォン程度やる気を出せば間違いなく十七小隊はほかの全小隊を圧倒して最優秀小隊に選ばれるだろうと、ニーナは想像できる。無論武芸科科長のヴァンゼが率いる現小隊最強名高い一番小隊も含めて。
 だがそこにニーナの姿は必要ない。レイフォンとライナ、この二人だけで充分だ。それに適当な念威繰者さえいれば問題ない。

 そんな状態にニーナは苛立ちを募らせる。ニーナは自らの手でツェルニを救いたいのだ、という想いがつよくある。
 それははじめてツェルニにあったときから願いつづけてきたことだ。その想いから下級生である三年で小隊を立ち上げたのだが、このままでは自分はレイフォンの足手まといにしかならないのではないか、という懸念がレイフォンの話を聞いてから頭をはなれない。

 だが当のライナは今やる気がない状態だ。そのことにニーナは複雑な思いを抱いた。

 「敵が前方三十メルに三人います」

 ついに来た、と思ったときには三人が目の前に現れていた。
 シンとほか二人だ。

 「レイフォンは二人と闘え、私はシン先輩と闘う」

 ニーナはレイフォンの答えを聞く前にシンの前に出た。

 シンはいつもの軽薄ではなく真剣な顔を浮かべ、速度を重視した碧宝錬金鋼でできた細身の剣を下段に構えている。
 発生した剄がシンの剣に吸収されていく。ニーナには周囲の風が剣に流れ込んでいるような錯覚を覚えた。

 碧宝錬金鋼はほかの錬金鋼に比べ、剄の収束率という点で優れている。

 シンが下段に構えていた剣を持ち上げ、切っ先をニーナにむけてきた。
 ニーナはその構えから来る技をよく知っている。やはり一気に勝負を仕掛けてくる気だ、とニーナは思った。

 体の内側に腕を引き、柄を抱きしめるようにした独特の突きの構え。そこから繰り出されるのは強力な一撃。

 ――外力系衝剄の変化、点破。

 切っ先に収束した衝剄が突きの動作に従って高速で撃ち出された。

 はやい。だがその攻撃をニーナは右に動いて避ける。そして右の鉄鞭をシンにむけて振り下ろすが、シンはすこし後退すると、再び点破の構えに入り、点破が撃ち出された。

 今度はニーナはなんとかいなすが、そのするどい突きに防いだニーナの左手に痺れが走った。
 それでもニーナは後退せず、痺れていない右手でシンを打つ。

 ――守りは粘り強く、そして攻撃は恐れ知らずに。

 ツェルニに来る前から変わることのない自らの信条だ。

 シンは後退して、ニーナの攻撃を避けた。そのシンにニーナはいまだに痺れている左の鉄鞭を振り下ろす。

 とてもレイフォンの様子は見れる余裕は今のニーナにはなかった。もっともレイフォンが負けることなど、考えられないことだが。

 そのとき騒々しくサイレンの音が野戦グラウンド全体に聞こえるように鳴り響いた。

 それはひとつの結果が確定した瞬間だ。もう変わることはない。

 ニーナの耳に当てた念威端子の通信機から聞こえるシャーニッドの間の抜けた声。フェリのか細いため息。ライナの寝言。通信機に混じる雑音。そのほとんどが十七小隊の敗北の結果を示していた。

 ニーナは呆然と鳴り響くサイレンの音が張り詰めていたものを奪っていくのをなすべもなく受け入れるしかなかった。

 「お、お、お……おっーと!! これは、これは、これは~~~~~~!!」

 我にかえった司会の興奮した声が、野戦グラウンド内をやかましいほど響き渡った。それが観客のざわつきをさらに盛り上げているようだった。
 ニーナは音の洪水に飲まれそうになるのも忘れて、その場に立ち尽くした。











[29066] 伝説のレギオスの伝説9
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2011/10/22 17:02
 あの敗戦から、二日。ライナはいつものようにレイフォンにつれられ、錬武館にやってきていた。
 今錬武館に来ているのは、ライナとレイフォン、それにハーレイだけで、シャーニッドやフェリはともかく、いまだにニーナが来ていないことに、ライナはすこしおどろきながらも、今がチャンスと床に転がった。
 ほかの部屋から聞こえる訓練のはげしい音がうるさくて、眠りにくいことこの上ない。

 レイフォンとハーレイが何かを調査しているようだった。計器とコードにつながれた青石錬金鋼をレイフォンがにぎっている。
 どうやら錬金鋼に剄を流しこんでいるようだった。ハーレイがその計器を見ながら、レイフォンと会話をしていた。
 ライナとしてはもうすこし静かにしてほしいと思ったが、めんどくさいので口にしなかった。

 やがて、空気がはげしくうねりはじめた。レイフォンの錬金鋼だ、とライナは思った。うねりはすぐに元に戻ろうとするが、そのたびにレイフォンは剣の錬金鋼を振り下ろし、再びうねる。それを幾度と繰り返し、やがて空気があきらめたようにうねりが収まった。

 あまり、熱心ではない拍手が起こった。

 「はは、たいしたもんだ」

 ショーニッドの声が聞こえてきた。いつのまにか来ていたらしい。

 「斬られたこともわかんないまま死んでしまいそうだな」
 「いや、さすがにそこまでは……」
 「すごかったよ! 最初は剣を振ったあとに、風がすごく動いてた。その時間差もすごかったけど、最後のひと降りで、その風の流れがピタッと止まったんだ。もう……びっくりするしかないよ」

 やたら興奮していたハーレイが、謙遜気味のレイフォンの言葉をかぶせてきた。

 「ハーレイ。あれ、頼んだ奴できてるか?」

 ハーレイの興奮を気にしないようにシャーニッドが言った。

 「ああ……はいはい、できてますよ」

 ケースが開けられる音が聞こえた。

 「銃ですか?」

 レイフォンがそのケースの中身を見たのか、すこしおどろいているようだった。
 確かに、シャーニッドは狙撃が中心であるため、主要武器はライフルである。

 「こんだけ人数がすくなかったら、狙撃だけってわけにもいかないからな。まぁ、保険みたいなもんだな」
 「ごついですね」

 いつのまにかシャーニッドが錬金鋼を復元しているようだった。

 「ご注文どおりに黒鋼錬金鋼にしましたけど、剄の伝達率がやっぱり悪いから射程は落ちますよ」

 レイフォンとハーレイの言葉に、ライナは何かひっかかるものを覚えた。

 「かまわね。これで狙撃する気なんでまるきしないしな。周囲十メルの敵にはずれさえしなくりゃ、問題ない」
 「銃衝術ですか?」

 銃衝術、という言葉にライナは聞き覚えがあった。

 銃衝術とは、銃を使った格闘術の総称である。
 銃型の射撃武器は、遠距離ならほかの武器と比べると圧倒的に有利に闘えるのだが、接近戦だとどうしても、ナイフなどの短い武器に、取りまわしなどの問題から、一歩二歩遅れを取ってしまう。

 そこで考案されたのが、銃を用いた格闘術、つまりそれが銃衝術だ。
 ただ、習得するには難易度が高く、わざわざそんなことをおぼえるより、チームを組んで護衛をつけてもらったり、殺剄を磨いたほうが圧倒的に楽なこともあって、ライナは銃衝術の使い手にあったことが一度、それもエスタブールと戦争したときに闘っただけであった。

 「へぇ……さすがはグレンダン。よく知ってんな」
 「や、グレンダンでも知っている人はすくないと思いますけど……」

 感嘆と言ってくるシャーニッドに、レイフォンはそれを否定するように言った。

 ハーレイが、銃衝術ってなんだい、と聞くと、レイフォンは大体ライナの知っているのと同じようなことを言った。

 「へぇ……そんなのシャーニッド先輩が使えるんですか?」
 「ま。こんなの使うのは、かっこつけたがりの莫迦か、相当な達人かのどちらかだろうけどな。……ちなみに俺は莫迦のほうだけどな」
 「……遅れました」

 フェリの透き通るような、か細い声がライナの耳に入ってきた。

 「よっ、フェリちゃん。今日もかわいいねぇ」
 「それはどうも……」
 「さて、来てないのはニーナだけか」
 「おや、そういえば、ニーナが最後ってのは珍しいな」
 「そういえば、そうですね」

 十七小隊の小隊員が口々に、ニーナの不在に疑問を口にした。

 ライナとすれば、ずっとニーナが来なければ、眠り続けられるが、それだとレポートのほうに支障が出るのはまずかった。
 書くことがないと、何かにつけて機関部掃除に行かされるかもしれない。それはさすがにめんどくさい。

 そういえば昨日、ニーナがライナを人気のない場所に連れ込まれたのを思い出した。

 そこでニーナはライナに、せめて二度目ぐらいにニーナと闘ったぐらい本気でもいいから出してくれ、と頼まれたが、ライナはめんどいことを理由に断った。

 するとニーナは、人任せはやはり駄目か、と言い残しその場を去っていった。

 「何か、用があるとか言ってたけど……」
 「な~んか、ニーナがいねぇとしまらねぇな」

 シャーニッドがそう言いながらあくびしたようだった。

 しばらく、生温い空気の中、あいかわらずライナは寝ていた。

 「訓練ないのなら、帰ってもいいですか?」

 真っ先に、フェリが言った。

 「まあ、もうすこし待ってみようよ」

 そんなフェリをハーレイはなだめる。

 「すまん、待たせたな」

 そのとき、出入口のほうから、ニーナの声が聞こえた。

 「遅いぜニーナ、何してたんだ? 寝そうだったぜ。ライナはとっくに寝てるがな」

 あくびをしながらシャーニッドは言った。

 「調べ物をしていたら、時間がかかってしまった」

 そうニーナは言いながら、歩く音が聞こえる。振動と足音から察するに、訓練所の真ん中に行くようだ。
 そして音と振動が止まった。

 「遅くなったので、今日は訓練はもういい」
 「は?」

 ニーナの言葉に誰となくそう言った。

 ライナはニーナと知り合って、それほど長くはないが、十七小隊の中でも、誰よりも訓練に熱心であることぐらいはわかった。
 彼女に何がそこまでさせるのかはライナにはわからないが。

 「そりゃ、また、どうして?」

 シャーニッドがこの場にいる者の代表として言った。

 「訓練メニューの変更を考えていてな、悪いが今日はそれを詰めたい」
 「へぇ……」
 「個人訓練をする分には自由だ、好きにしてくれ。では、今日は解散」

 ニーナがそう言うと、自ら訓練場のほうに動きはじめ、そのまま出ていった。





 「で、今日は、特に何もせずに終わった、と言うことかい、ライナ君」

 ライナは生徒会室で、カリアンにレポートを提出して、カリアンはそうつぶやいた。今日はカリアンひとりで、秘書はいなかった。

 カリアンは、ライナが出したレポートをとりあえずひと通り読んで、一言何か言うことが習慣になっていた。
 最悪、レポートの書き直しを命じられたことが何度かあって、そのたびにライナは殺意を覚えたが、カリアンに機関部掃除という切り札を持っていられては、ライナにはどうすることもできなかった。

 「しょーがないだろ。隊長のニーナがいないと、どうしようもないんだからさ」

 ライナがそう言うと、カリアンはしばらく考えているようにうなった。

 「……まあ、今日はこれでいいことにしよう」
 「よっしゃー! これで、寮に帰って好きなだけ寝られるぜ」

 イヤッホ、と意気揚々とライナは部屋を出ようとしてドアノブに手をかけた。

 「このあと何か用事はあるかい」

 カリアンがライナのうしろから聞いてきた。

 「このあと、明日の朝まで熟睡するという重大な任務が待ってるから、すげぇいそがしい」
 「それなら別にいい。それで、ここではできない話があるから、私の住んでいる寮に行こう」

 ライナは、いやな予感がした。

 「ま、まさか、カリアンおまえ……きゃー! 誰か助けて、生徒会長にお~か~さ~れ~る~!」
 「君は一体、何を勘違いしているのかな」
 
 ライナが振り返ると、カリアンが頭に手を当てていた。

 「だって、あんた、俺を部屋に連れ込んで、変なことをしようとしてたんじゃないの? だから、そんなことされる前に助けを呼ぼうと思って」

 ライナがそう言うと、カリアンはため息をついた。

 「……とりあえず安心したまえ。呼んでいるのは、君だけではないから」
 「ふ~ん。あ、そう。じゃ、俺、帰るから」
 
 ライナはそう言い、ドアのほうに振りかえると、再びドアノブに手をかけた。

 「では、レポートのやり直しをするかい、ライナ君。今ならもれなく、機関部掃除一週間もついてくるよ」
 「ぐはっ」

 ライナはドアに崩れかかる。

 「それで、君はどうしたいんだね」
 「……わかりました。話を聞かせてください、生徒会長様」

 ライナはカリアンに屈するしかなかった。






 ライナは、カリアンに従っていくと、いつも寮に帰る途中で別の道を進む。
 すぐ無駄にきれいで立派な寮が見え、その中にカリアンは入っていった。
 ライナはすこしおどろきつつも、カリアンのあとについて入る。

 中に入ると、ライナが見たことのないようなガラス張りのロビーを抜け、螺旋階段を二階上がるとカリアンの部屋にたどり着いた。

 「おや、もう来ているようだね」

 カリアンはドアに鍵がかかっていないことに気づくとそう言った。
 中に入ると、広い玄関からまっすぐ伸びた廊下の先に、広いリビングへとつながっている。そこからさらに扉があり、さまざまな部屋にもつながっているようだった。

 ライナたちがリビングまで来ると、リビングの隣にあるキッチンからは、何かを煮こむ音が聞こえてくるとともに、おいしそうな匂いが漂ってきた。そしてなぜかレイフォンがキッチンから顔をのぞかせてきた。

 「あ、お邪魔しています、会長。それに何でライナもいるの?」
 「って、おまえこそ、何でいんの……ま、まさか、おまえら、そんな関係なの?」

 ライナがそう言うと、レイフォンとカリアンはこけた。

 「そんなわけあるわけないよ!! 僕は会長に呼ばれただけだよ」
 「い、いや何も言わなくていいよ、レイフォン。おまえらのことは誰にも言わないから、俺も邪魔するのもわるいし、それじゃ」
 「こらこら、勝手に帰るな」

 振りかえって足を進めようとしたライナを、カリアンは肩に手をかけて止めた。 ライナは舌打ちした。

 「これは……」

 レイフォンがそこまで言ったとき、リビングに通じるふたつあるうちのひとつの扉が開いた。

 「しずかにしてくれませんか」

 なぜか、フェリがその扉から現れ、そう言い残すと扉を閉めた。

 「だから、私がフェリに、レイフォン君を呼ぶように言ったんだよ。まさか、料理を作ってくれているとは思わなかったけどね」

 カリアンがため息混じりに言った。

 「ということは……まさか、秘書もいるのに、べつの女に手を出しているとは。よし、生徒会長は彼女がいるのに、別の女性と同棲してるってうわさ流そう」
 「流すな。それにフェリは、私の妹だ」
 「……マジ」
 「本当だよ、ライナ。それに同じ部隊の仲間だし。それぐらい知ってようよ」

 ライナの疑問にレイフォンが答えた。

 「ちぇ、つまんないの。まあいいや、生徒会長は妹に欲情してるってうわさ流すから」
 「だから、流すなと言っているだろう。それでレイフォン君、どこまで調理は終わったのかな」
 「ああ、そういえば焼いている途中でした」

 レイフォンはそう言うとキッチンに引っこむ。

 「では、ライナ君。話は食事後にしようか。私は皿を準備しよう。レイフォン君だけに任せるのはさすがに悪いからね」

 そう言うと、カリアンはキッチンにむかった。ライナは適当に椅子に座り、机に伏した。

 そしてしばらくの間、と皿が並ばれるときの皿同士がぶつかる音や、バターを焼いた香ばしい香りがライナの睡眠を邪魔するが、それでもライナは負けなかった。
 やがて、香ばしい香りがライナのすぐ近くにまでやってくる。

 「ライナ、起きて。起きないと、そこに料理が置けないよ」

 レイフォンの声がその香りとともに聞こえてきた。
  
 「今、寝てるから無理」
 「困ったなぁ」
 「では、今すぐ起きないと、一週間、機関部掃除に行かすよ、ライナ君」

 頭上から聞こえたカリアンの声が聞こえてくる。ライナは飛びおきた。すぐさまレイフォンはライナの前の机に料理をおくと、キッチンに戻っていった。
 
 「ふざけるなよ、カリアン。何でそんなことで機関部掃除なんていかなきゃならないんだよ!」
 「そうでも言わないと、君は起きないだろう。それはともかく、君も手伝ってはどうかね。レイフォン君に任せてばかりで、悪いとは思わないのか」
 「だって、めんどいし」

 ライナがあくびしながら言うと、カリアンはため息をついた。

 「まあ、いいが」

 カリアンはそう言い残すと、先ほどフェリが出てきた部屋にむかった。

 そうこうするうちに、食事の準備は進んでいき、あっという間においしそうな料理がライナの前に並んだ。

 「ふむ……これは、おいしいねぇ」

 カリアンが芋と鶏肉を赤い、きっとトマトソースで煮込んだものを口にして満足そうに言った。

 ライナも黙々食べる。
 ライナは日ごろ、干し肉やらコッペパンやら、ろくなものを食べていない。こういった手作りの料理はかなりひさしぶりだ。そう、六年ぶりぐらいに味わう。
 予想以上のレイフォンの作った料理のおいしさにライナはおどろいた。
 しかしやけに芋を使った料理が多い。しかしライナは気にしないことにした。

 そしてレイフォンはなぜかフェリの様子を気にしているようだった。食べはじめてから、何度もレイフォンはフェリのほうを見ていることに、ライナは気づく。

 フェリは不機嫌な顔で食べていた。そしてレイフォンと小声で、何かやり取りしている。活剄を使えば聞こえるのだろうが、めんどくさい。

 「いやいや、近くのレストランで、一緒に夕食をと思っていたのだけれど……実は、手料理というものにはとんとご無沙汰でね。ありがたいよ」

 カリアンはとても満足そうな顔で食べていた。

 「ははは……まぁ、男の作ったものですけどね」
 「作れるというだけで尊敬するよ。君は、料理が好きなのかい?」
 「いえ……僕の育った孤児院では、料理はみんなで作るものでしたから」

 孤児院、という言葉に、ライナは人に気づかれない程度に反応した。だが、レイフォンには気づかれたかもしれない。

 「料理ができるというのはうらやましいね。私もここにきてからはおぼえようと思ったけど、どうにも手が出ない。無精者だということなのだろうけどね」
 「で、話というのは?」
 「そうだ、カリアン。俺だってはやく帰って寝たいんだから、さっさと話を終わらせようぜ」

 レイフォンに追随してライナも言うが、カリアンはあわてたようには見えなかった。

 「まぁ、それはこのあとで、食事は楽しみたいのでね」
 「はぁ……」
 「めんどいな~」

 ライナはさっさと話を終わらせるため、黙々と食事を進めた。
 食事が終わり、さすがにこれは客にやらせるわけにはいかないと、フェリが皿を片付けると、リビングに移ったライナたちにお茶を運んできた。
 ふと、何でフェリは料理しなかったんだろうと、ライナは思った。

 お茶の芳醇な香りが漂ってくる。ライナはお茶の香りなどよくわからないが、それでもこのお茶がいいお茶なのはなんとなくわかった。

 「さて、レイフォン君に見せたいものというのは、これなんだけど」

 食事が終わると、カリアンはすぐに用件を切り出した。カリアンは傍らにおいていた書類入れから、一枚の写真を取り出す。

 「この間の汚染獣の襲撃から、遅まきながらも都市外の警戒に、予算を割かなければはけない、と思い知らされてね」
 「いいことだと思います」

 そんなことに、今まで気がつかなかったのは、それだけツェルニが汚染獣の脅威から無縁でいられた、ということなのだろう。

 「ありがとう。それで、これは試験的に飛ばした無人探査機が、送ってよこした映像なんだが……」

 ライナが見た写真は、すべてがぼやけていて、とてもこれで何かわかるのか、と思うほどだ。

 これは、大気中にある汚染物質のためだ。
 無線的なものは、ほぼすべて汚染物質によって阻害されてしまい、短距離でしか使えない。
 唯一といっていいかもしれないが、長距離でもなんとかなるのは、念威繰者による探査子による通信だが、とても都市同士を繋げるのは無理がある。

 この映像から、写真を撮った無人探査機は、念威繰者が関わっていないことは、ライナは一目でわかった。

 「わかりづらいが、これはツェルニの進行方向五百キルメルほどのところにある山だ」

 カリアンはその山を指でなぞると、なんとなくライナもそう見えるような気がした。

 「気になるのは、山のこの部分」

 カリアンはそう言って、その部分を指で丸を書いて囲む。

 「どう思う?」

 カリアンはこれ以上、何も言わなかった。レイフォンに無用な先入観を抱かせないためだろう。
 レイフォンもそれ以上は何も質問せず、写真から離れて見たり、目を細めて見たりして何度も確認していた。

 やがて、写真をテーブルに戻したレイフォンは、疲れた眼をほぐしていた。
 邪魔をしないようにして隣に控えていたフェリが、写真をのぞきこむ。

 「どうだね?」
 「ご懸念のとおりではないかと」
 「ふむ……」

 レイフォンの答えに、カリアンは難しい顔で、ソファの背もたれに身体を預けた。

 「何なのですか、これは?」

 しばらく写真を見ていたフェリが聞いた。

 「汚染獣ですよ」

 レイフォンがそう言うと、フェリは眼を丸くさせる。だが、すぐにカリアンをにらみつけた。

 「兄さんは、また彼を利用するつもりですか?」
 「実際、彼に頼るしか生き延びる方法がないのでね」

 詰るフェリにカリアンは淡々を答えた。

 「何のための武芸科ですか!」
 「その武芸科の実力は、フェリ……君もこの間の一件で、どれくらいのものかわかったはずだよ」
 「なら、そのときに現れた黒い人にさせればいいのではありませんか……と言うことは、このライナ・リュートがそうなのですか?」

 ライナを指さし、フェリが言った。

 「別に、俺じゃないって……」

 ライナが言うと、カリアンが首を振った。

 「まだその黒い人が誰だかわからない。だから、なぜ先日の汚染獣が襲ってきたときに出てきたのかわからないと、どうしようもなくてね。
 今回ライナ君をここに呼んだのは、写真に写っているのが汚染獣の場合、レイフォン君が行動が変わるだろう。そのサポートをライナ君にやってもらおうと思ってね。
 それに、その黒い人が、どこまで強いかわからない以上、あてにしていいかわからないのもあるがね」
 「ですが……」
 「私だって、できれば彼には武芸大会のことだけ考えてほしいけれどね、状況がそれを許さないのであれば、あきらめるしかない」

 で、どう思う、と言いながらカリアンの指が汚染獣らしき影を押さえる。フェリはどこか、釈然としないものがあるように見えた。

 「おそらく雄性体でしょう。何期の雄性体かわかりませんけど、この山と比較する分には、一期や二期というわけではなさそうだ」

 汚染獣には生まれついての雌雄のべつはない。
 母体から生まれた幼生は、まず一度目の脱皮で雄性となり、汚染物質を吸収しながら、それ以外の餌……つまり人間を求めて地上を飛びまわる。脱皮するほどに雄性体は強力になる。

 繁殖期を迎えた雄性体は、次の脱皮で雌性体へと変わり、そのときにはすでに腹には、無数の卵を抱え、孵化のときまで地下にひそみ、眠り続ける。

 「一期や二期ならば、それほど恐れることはないと思いますよ。被害をおそれなければ、ですけどね」
 「ふむ……」
 「それに、ほとんどの汚染獣は三期から五期の間には繁殖期を迎えます。本当に怖いのは、繁殖することを放棄した老性体です。これは、年を経るごとに強くなっていく」
 「倒したことがあるのかい? その、老性体というものを?」
 「三人がかりで。あのときは死ぬかと思いましたね」

 レイフォンの言葉に、カリアンとフェリは息を呑んでいるのを、ライナはあくび交じりに見ていた。




[29066] 伝説のレギオスの伝説10
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/01/11 22:04
 今日は昼には授業が終わり、日の当たる机の上で心地よく寝ていたライナのところに、サミラヤがたたき起こしにやってきた。そしてそのまま生徒会塔にある一室につれてこられる。

 ライナが部屋にはいると、サミラヤは持ってきた資料をふたつの机に置いた。
 サミラヤはライナに資料を置いた机のひとつに座るように言い、サミラヤ自身はもうひとつの机に座る。

 ライナはこの日、部隊の修練ではなく、今度の生徒会の会議で必要になる資料作りを手伝わされていた。

 あいかわらず、仕事の途中でライナは眠りはじめ、それをサミラヤがたたき起こすというサイクルをくり返すのにもライナは飽き飽きしていたが、がんばる気もなかった。

 ようやく作業もひと段落つき、サミラヤが入れてきたコーヒーを片手に雑談をはじめた。

 「ねぇライナ、ちゃんと小隊の練習がんばってる?」
 「大丈夫だって。俺ってば、優秀だし」
 「そんなんだから、不安なのよ。あなたまさか、ミーティング中に寝てるってこと、ないわよね?」

 ライナはサミラヤの言葉に驚きを隠せなかった。

 「な、何で、しってんの? ま、まさか……超能力者?」
 「ライナを見てれば誰でもわかるよ! だから、隊長さんに迷惑かけないように、って言ってるでしょう!」
 「だって眠いし」

 あくびしながら言うライナを、サミラヤはあきれたような眼差しでライナを見ていた。

 「あなたいっつもでしょう。どうしたら、ライナはやる気になってくれるの?」

 ライナは唸り、頭にいくつか選択肢が浮かぶ。

 「そりゃ、最高級の枕でもあったら、やる気出るんだけどなぁ」
 「それホント? じゃ、わたし買ってくる……って、寝る気満々じゃないのよ!」
 「ちっ、ばれたか」
 「まったく、あなたときたら。授業中とかも寝てるっていうし……そういえば、前の三年生との合同授業で、あのレイフォン君が、三年生三人と戦ってあっという間に倒した、ってホント?」

 サミラヤがいきなり話を変えてきたことにライナはすこし戸惑いながら、そんなことあったかな、と頭をめぐらした。

 「うーん。あったような、なかったような」

 はっきりしなさいよ、とサミラヤは急かしてくる。

 「あんまよくしんないけど、そんなこともあったような気もする」
 「ライナ、あなたそのとき、何してたのよ」
 「たぶん、三年にぼこぼこにされてた」

 その日は、三年に一方的にやられていたはずだ。無論、打点はずらしていたが。
 その三年生はやたら、ライナに突っかかってきた。確か、その人はライナが特別隊員であることをやたら気にしていたようだった。

 ライナはただ、カリアンのせいだと言うと、その人はなおさら怒り狂ったように、攻撃して繰り出してきた。
 そこで、ニーナがその人を止め、そこでその話は終わった。三年生のほうはどうなったのかは知らないが。

 サミラヤはあきれたようにため息をついた。

 「まったく。ライナは睡眠にかける想いの一割でもやる気につなげられたら、もうすこしはましになるのに」
 「だって、昼寝は人生だし」

 まじめな顔でライナは言った。

 「意味わかんないわよ」

 そう言ったサミラヤは、壁についている時計を見上げた。

 「あ、もう休憩が三十分も経ってるじゃない。休憩終わり。それじゃ、後半戦もがんばろうよ」
 「ぐぅ」
 「寝るな!」

 ライナの頭に衝撃が走った。






 それから一時間ほどして、サミラヤの手伝いは終わり、ライナはサミラヤに引き連れられ、生徒会室にむかった。
 生徒会室のドアを開け、サミラヤはカリアンに挨拶をすると、机の端にある日誌に今日の仕事内容を書いた。

 サミラヤが生徒会室を出るのにライナも続こうとしたとき、カリアンに呼び止められた。

 「ライナ君は残ってくれないか。このあとすこし用事あるのでね」
 「え~めんどい。でも、俺が断ると、カリアンおまえはまた、機関部掃除を一週間させる、とか言うんだろ」
 「ほう、よくわかったね」

 カリアンがたのしそうに言うと、ライナはため息をついた。

 「え、ライナひとりでいいんですか?」
 「ああ、彼にすこしついてきてほしいところがあるのでね」

 ライナはいやな予感が頭をよぎる。

 「ライナ、会長に迷惑をかけないようにするんだよ」

 サミラヤはそう言うと、生徒会室を出ていった。

 「それで、俺をどこに連れて行く気だよ。できれば、ベットがあるところがいいんだけど」
 「そんなものよりもっといいものがあるから、たのしみにしていてくれ」

 カリアンの怪しげな笑みが、ライナの不安をさらにふえていくことを、あきらめの境地の中で感じていた。




 
 ライナは秘書にその場を任せたカリアンに伴なわれ、生徒会塔の外へ出た。

 日はすでに落ち、あたりに人の気配は感じられなかった。灯となっているのは、せいぜい空に浮かぶ月と点在する電灯ぐらいだ。ところどころから虫の声が鳴り響き、ライナの睡眠を邪魔してくる。

 「で、今どこむかってんの?」

 ライナの質問に、来ればわかる、とカリアンは口元をつりあげて言った。
 ライナはどこかで見たことがある道をたどっていくと、見覚えのある場所に着いた。

 「って、ここ、野戦グラウンドじゃん。しかも電気すらついてないし」

 ライナの言葉をカリアンは聞こえなかったのか、何も返事をせず、そのまま野戦グラウンドの中に入っていった。

 ライナはそのあとについていくと、フェリとハーレイの姿が月明かりでかすかに見えた。そして野戦グラウンドの中には、レイフォンがその体と同じぐらいの大きな剣らしきものを握っている。
 闇夜で見えにくいが、木製の刀身に何か巻きつけられているのがわかった。

 カリアンは二人の人影のほうにむかうあとにつられて、ライナも進んだ。

 「あれ、何でこんなところに、ライナ君がいるの?」

 階段を降りていくと、ライナたちに気づいたハーレイが声をかけてくる。

 「レイフォン君の同室の人だから、ライナ君にも協力してもうことになったんだよ。そのほうがレイフォン君も動きやすくなるからね」
 「へぇ、そうなんだ」

 カリアンの言葉に、ハーレイは納得したようにうなずく。
 フェリはライナたちを一瞥すると、すぐにレイフォンのほうに視線を戻した。
 ライナは、そのままハーレイたちの近くにならぶ。
 
 「ふっ」

 呼気をひとつし、レイフォンは動いた。

 正眼に構えての上段からの振り下ろし。風のなかった野戦グラウンドに強風が吹き荒れる。
 剣の重さがレイフォンの重心を揺さぶっているようだが、それに合わせて重心の位置を修正していく。

 やがて、レイフォンはその場にとどまらず、グラウンドを移動しながら剣を振りつづけた。
 はじめのうちはまばらだった移動も、やがてまっすぐにすすんでいく。そのころには、剣を振りはじめたときと変わっていた。

 剣を振ると同時に地面から足が離れ、体を浮かし、宙で体を回転させる。
 そして剣の重さを利用して次の一撃を放つ。その一撃で起きる力の流れをすぐに次の一撃のための流れに変えた。

 それをくり返していくうちに、レイフォンの足はほとんど地面についていることはなかった。
 地面に剣を叩きつけたのち、レイフォンの動きが止まった。くだかれた地面が土砂を降らせる中、レイフォンは真上に跳躍した。

 ――内力活剄の変化、旋剄。

 宙に舞い上がったレイフォンは、さらに剣を振り、剣が起こす力の流れが、レイフォンの体を振り子のように移動しながら落下する。
 着地すると同時に跳躍。それをくり返すうちに、滑空時間が少しずつだか延びていく。
 十数回目の着地で、レイフォンは跳ぶのをやめる。

 それを合図にしたかのように、野戦グラウンドの照明が点った。

 「なんかもう……なんてコメントすればいいのか、わからないね」

 レイフォンのほうにむかったハーレイがつぶやいた。
 ハーレイに並んで、カリアンとフェリとライナもレイフォンのほうに近づいた。

 どうだい、感触は? とハーレイが聞くと、レイフォンは率直な意見を口にした。それをハーレイはうなずきながらメモを取っていく。

 「開発のほうはうまくいっているのかな?」

 ハーレイが会話を一端終えると、カリアンが口を出す。

 「そっちはまったく問題ないですよ。
 もともと、基本の理論はあいつが入学したときからできてたんだし。あとは実際に作ったうえでの不具合の有無。まぁ、微調整だけです」

 こんなものを使える人間がそうそういるなんてはずないから、作れる機会があるとは思ってなかったんですけどね、とハーレイは顔を曇らせて言う。

 「これも、都市の運命だと、あきらめてもらうしかないな」
 「……そうですね、来てほしくない運命ですけど」

 ため息をひとつつき、ハーレイは顔色の曇りを払う。

 「そういえば、基本理論を作ったという彼は、見に来なくてよかったのかな?」
 「あいつは変わり者なんで。鍛治師としての腕と知識はすごいですけど、極度のひと嫌いですからね」
 「職人気質、というやつなのかな?」
 「そういうものなんですかね? 変なやつで十分だと思いますけど」
 「ははは、ひどい言い方だ」
 「会えば、きっとそう思いますよ」

 グラウンドを出る途中、ライナはカリアンが施錠するために一緒にむかった。
 はじめは、カリアンはひとりでいい、と言っていたのだが、カリアンは何かを察知したのか、突然ライナと一緒に行こうと言い出したのだ。

 ライナは嫌がったが、結局カリアンの意見を押し切られ、半ば強制的に連れて行かされた。

 「今日のレイフォン君の鍛錬を見てどう思ったのかな?」

 かすかに点る電灯と空の月だけが光を放つ夜道の途中で、カリアンは無表情で言った。

 「え、俺……うーん、すごかったんじゃない」

 ――たしかに、すごかった。

 あれほどの動きをできる人間は、ライナの知るかぎり五人といない。
 おそらく、今の幼馴染の二人ならできても不思議ではないが、ライナがいたころは見たことがなかった。
 かつて戦った、ローランド最高の化錬剄使いと呼ばれたクヲント・クオも、かなりの体術の使い手でもあったが、ここまでの実力はなかったと思う。

 ライナが言うと、カリアンは何度かうなずく。

 「そうだね。私もかつて見たことがあったけど、何度見ても彼の技は凄まじい。
 しかしそれでも、老性体と闘ったときは死にかけたそうだから、あらためて汚染獣の恐ろしさを思い知らされるよ」

 そう、レイフォンは老性体と闘ったとき、死にかけた、と言っていた。
 これほどの使い手ですら苦戦するということは、ライナの予想以上に汚染獣が手強い、ということにほかならない。そのことがライナにはすこし気がかりだった。

 ライナは、カリアンの言葉を無視すると、それから二人の間に会話は生まれなかった。






 カリアンは、施錠を終えて引き返してくると、フェリとレイフォンが待っているのに気づいた。フェリたちに駆け寄っていく。

 「いや、待たせたね。というよりも待っているとは思わなかったよ」
 「待たなくともいい、とも言われてませんでしたけど? そもそもあなたは弱いんですし、ライナは足手まといにしかなりませんから、夜道は危険です」
 「ははは、ひどい言われ方だ。だが、待っていてもらって悪いけど、実は片付けなくてはならないことがあってね、これから生徒会のほうに戻らなければいけないんだ。
 君たちだけで帰ってくれ。ライナ君も含めてね」

 フェリの雰囲気がすこし変わった。

 「……そういうことは先に言ってください」

 ほかの人にはわかりにくだろうが、カリアンにはフェリのかすかにうかぶ表情の変化がわかる。

 ここひと月、わずかであるがフェリの雰囲気が明るくなってきている。おそらくレイフォンが原因であろうことは簡単にわかった。

 比較的似ている境遇であろう二人ではあると思っていたが、レイフォンがこの短期間でここまでフェリの心を開くことができるとは、カリアンにも予想できなかった。
 妹であるフェリの変化に、カリアンは寂しさもあったが、うれしくもあった。

 「え、俺も帰っていいの?」
 「ああ、この仕事はひとりでもできるのと、ライナ君も疲れているだろうから ね」
 「よっしゃっ! 今日は家に帰って寝れるだけ寝るぞ!」

 いつになく浮かれた様子のライナを、冷ややかな目で見ているフェリと、苦笑いしているレイフォンたちだった。

 「ライナはとにかく、そういうことは先に言ってください、兄さん」
 「まったく、これは私の不注意だったな。すまない」

 カリアンはそこまで言って、いま思いついたかのように、言葉を続ける。

 「そうだ、レイフォン君は運動して腹が減っているのではないかな? 
 それにライナ君もわざわざこんな時間までつき合わせたのはこっちの都合だ。フェリ、どこかうまい店につれてやってくれ」

 カリアンはそう言うと、財布から何枚か紙幣を取り出しフェリに渡し、学校にむかい歩き出した。



 カリアンは生徒会室に戻り執務席に着くと、一番下の鍵のかかった引き出しを開け、そこに入っているノートを取り出し中をひらく。そしてそのノートの続きを書きこみはじめた。

 ライナが生徒会に入って以来、ライナについての情報をずっと書きこんで、すでにノートの半分を埋めている。そしてこれからも増えていくことは容易に想像できた。

 カリアンは今日のものを書き終わると、今まで書いた文を読み返した。
 今までの物を読み返しても、今日のものとあまり変わりないことにすこし焦りを感じながら、落ち着こうとため息を吐いた。

 ニーナには、ライナが誘拐などの重大事件に関わってはいないだろうとは言ったが、カリアン自身はそこまで楽観的には考えていなかった。

 ――鎖国しているはずのローランドが、なぜわざわざ遠くの学園都市に生徒を送る必要があるのか。

 勉強がしたい、とか武芸の腕を磨きたいということなら、話はすこしだけ違う。
 しかし、ライナは入学試験でも高得点をたたき出し、活剄衝剄とも使えるのだ。そんな人材を遠くの学園都市に行かすことなど、何の理由なしに考えられるのだろうか。
 もし仮に、学園都市で学びたいことがある、というのならまだ百歩譲って認めよう。しかしライナはまるでやる気のかけらさえ見えない。

 そのあたりの事情を探るのは、サミラヤに賭けているところがある。

 ライナを探る人を選ぶ上でカリアンが重視したことは、まずは表裏がないことだ。腹の探りあいなら、カリアンがやればいい。
 それに、人見知りしないこと、積極的であること。それに、逆に生徒会のことを探られないために、生徒会に入って日が短いことが条件だった。

 そのすべてに該当するのが、サミラヤだったのである。
 今のところ、カリアンの企てはそこそこうまくいっているように見えるが、それも今は行き詰まりを見せている。そのための特別隊員でもあったが。

 ひっかかっていることは、なぜライナが先日の汚染獣との戦いのときに現れたのか、ということだ。

 どう考えても、なにかの任務をライナが負っているとするなら、あそこで表に出ることでのメリットが思いつかない。
 誘拐にしても、調査にしても、表に出ればライナ自身が危険におちいるだけだ。考えられるとすれば、誘拐対象が武芸科ならば、わからないこともない。

 だが、それでも表に出てしまえば警戒されるだろう。そのなかで、任務を成功するのは厳しくなるのは簡単に想像できる。
 そうなるより、任務を諦めたほうが利点が大きい。その上、誘拐するだけの価値のある武芸者など、ツェルニには、身代金目的でカリアンの妹のフェリぐらいしかいないはずだ。
 それにしたって、フェリは念威操者なのだから、普通に誘拐すればいいだけのことである。

 ロス家は情報貿易に特化した流易都市サントブルクの中でも、増大な利益を上げている情報交易会社の経営者である。
 そういうわけで、わざとフェリが所属している十七小隊に入隊させたり、カリアン自ら囮になったり、とさまざまな手でライナの様子を探ってはいるが、まったく動こうとしない。
 無論、もしものときに備えて、一番隊の念威繰者に頼んで見張らせてはいるが。

 シュナイバルの名門武芸の一族のニーナや、グレンダンの名門ルッケンス家のゴルネオなどもいるが、ライナがそういった人びとに探りをいれているという報告はない。
 それはローランドで充分に情報を入れている可能性が高いので、あまりあてにはならないが。

 それとも、彼にはそういった任務などはじめからなく、ただそのときの気分で出たということなのだろうか。
 それでも警戒されることなど予想ぐらいできそうだし、はげしい追及だって、カリアンじゃなかったらされていただろう。そうすればさらにツェルニに居づらくなることは、簡単に想像できた。
 まあ、ライナはそういったことはあまり考えないのかもしれないが。それでも最悪、死刑同然の都市外追放もありえたかもしれない。

 それならば、やはりライナは彼自身の言っているとおりに、やる気がない性格を直すためにツェルニに来たのだろうか。

 しかし、彼が黒旋風なら、幼生とはいえ、汚染獣と戦いながら念威端子に顔を見せないように闘うほどの人を出す余力がローランドにはあるということなのか。

 それにニーナからの報告書どおりに、ライナが化錬剄使いであるのなら、なぜライナは紅玉錬金鋼を持ってきていなかった、もしくは紅玉錬金鋼を使わなかったのはなぜだろう。それとも彼は、黒旋風ではないのか。

 あの黒い人の名前を黒旋風なんて恥ずかしい名前にしたのは、もしかすると、恥ずかしい名前にすれば言われ続けるのが恥ずかしくて、自分から名乗り出るかもしれないとかすかな望みもあったが、意味はなかった。

 誘拐などであるのならわざわざ学生などにならずに、ひそかに潜入したほうがはるかに効率的ではあるはずだ。
 それを学生としてツェルニに来るというのは、何度考えてもわからない。
 ツェルニの近辺にローランドの放浪バスがあると思って、念威操者に捜索を頼んだのだが、その影はないようだ。
 手紙などが合図なのかと思ったが、ライナは誰かにそういった類のものを出している様子はない。これでは、ある日突然手紙を出せば、怪しいと思われて当然である。

 カリアンは思考の迷路に迷いこんでいる頭を戻すため、生徒会室に来る前に買ったコーヒーを口にふくむ。

 ――情報不足だろうか。

 ふとそんな考えに行き着く。

 「駄目だ。こんなことでは……」

 そう言うとカリアンは再びコーヒーを口にふくむ。

 今一番可能性が高いとして考えられるのは、ライナが誰かの護衛に来ている、かつ護衛される人にも気づかれないようにしている、という可能性だ。

 それならば、表に出てきた理由にはなる。それにライナみたいなやる気のないものを護衛にすれば、今回の汚染獣襲来のような大きな事件でもなければ、ライナが護衛だとばれることもないだろう。それにツェルニに入学してきたのもわかる。

 これが今まで得たの情報で考えつくもっとも可能性が高い案なのだ。

 そのために、今回あまり言う必要のない、汚染獣の情報をわざわざライナに教えたのだ。
 これなら、ライナが汚染獣のところにむかってもおかしくはない。

 問題は誰を護衛しているのだが、今のところ、なんともいえない。

 なにはともあれ、ライナが汚染獣のところへむかって行ってくれるのかは、賭けに近い。もしこれでライナが、汚染獣の元にむかわなければ、ライナの目的の予測が成り立たなくなる。

 「ライナ君、頼んだよ」

 カリアンはそう言うと、再び机に置いてるコーヒーを口に運んだ。



[29066] 伝説のレギオスの伝説11
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2013/11/12 20:32
 昼休憩。なぜかライナは、校舎の屋上でレイフォンとナルキたち三人娘たちと一緒に昼食をとっていた。

 昼休憩前の最後の授業が終わり、ライナはいつもと同じように昼食を求め彷徨おうと思って立ち上がろうとしたとき、うしろからナルキに呼び止められた。

 ――昼食を一緒に食べないか。

 と誘ってきたのだ。
 ライナとしては、わざわざ遠くに行かずに昼食にありつけてうれしいが、なぜ今のタイミングで誘ったのかライナには不思議に思って、それをナルキにたずねると、クラスメイトでもうすこし親交を深めたいだからと言った。

 あまり理由になっていないとライナは思ったが、これ以上追求するのが面倒になり、ナルキたちと一緒に昼食をとることにした。

 レイフォンたちと合流すると、廊下を出た。そして階段をのぼっていき、やがて鉄柵の囲まれた屋上にたどり着く。
 なんでも屋上は、生徒たちに開放されているそうで、ライナたちが着いたころには、生徒たちがベンチで昼食を取っていた。すでにベンチは半分以上埋まっていて、ナルキたちは空いているベンチにむけて歩き出した。

 ライナたちは空いている席に座ると、メイシェンが両手で持っていた弁当箱を恐る恐る机に置き、それぞれにくばった。
 中にはサンドイッチが隙間もなくつめこまれていた。具が卵であったり、ハムであったり、トマトであったりと、実にカラフルに仕上がっている。

 「な~んか、ここ最近忙しげ? レイとん」

 弁当が全員にいきわたったあと、ミィフィがたずねた。

 「え? そうかな?」
 「だよ」
 「……うん」

 ミィフィにつづいてメイシェンがうなずくと、レイフォンは頭をかいた。

 「訓練終わったあとに遊びに誘おうと思っても、レイフォンいなかったりするもん。バイトのシフトがないときねらってるのに」
 「次の対抗試合が近づいているからな。忙しいんだろう? なあ、ライナ」
 「……わかんないけど、そんなでもなかったと思うよ? 最初に入ったときと、それほど練習が終わるの、遅くなってないし」
 「え~それだったら、おかしいって。だって誘いに行ったの、訓練外だし」

 この会話は、まるでレイフォンの退路を断つようにおこなわれているのが、ライナにはなんとなくわかった。このために呼ばれたんだろう。

 「で、なんで?」

 ミィフィの切りこんだ言葉に、レイフォンは唸る。

 「……機密事項?」
 「どうして疑問形なのよ?」
 「さあ、なんでだろうね?」
 「ふざけてる」
 「ふざけてないよ、まじめだって」
 「ふうん」

 しばし、ねめつけるミィフィ。そんなミィフィから逃げるようにレイフォンはメイシェンが用意した弁当に視線を落とした。平静を装っているようだが、眼には動揺の色が浮かんでいる。

 「女ができた?」
 「……なんで、そういう結論?」
 「そういえばここ最近、ロス先輩と一緒にいるところ、よく目撃されるみたいじゃない? そういうことなの? 先輩目立つからね、隠しても無駄よん」
 「いや、違うから」

 レイフォンはそう言い、手を振る。

 「先輩とは、帰る方向が一緒だから」
 「ただ帰る方向が一緒なだけで、頻繁に夕飯一緒の店で済ませちゃうわけ?」
 「……なんで、そんなことまでしってんの?」

 レイフォンの顔が青くなる。

 ライナはあの野戦グラウンド以来、一回もレイフォンの鍛錬を見に行っていないため、レイフォンたちと一緒に食べる機会がなかった。
 あのときも、ライナは先に帰っていたため、フェリとは一緒に食べてはいない。

 「ミィちゃんの情報網を舐めないでよね」
 「いや、本当に、ただの偶然だから」
 「本当にそれだけ? だって、あんなにきれいでかわいいんだよ。二人っきりになったとたんに、なんかこう……無駄に若さが迸ったりしないわけ? 
 むらむらっとして、若さですべてが許されるとか勘違いして無起動な青い性を解放してみたりとかしたくならないわけ?」
 「……微妙に理解がおっつかないんだけど?」
 「つまり、押し倒したりとかしてないわけ?」
 「そういうダイレクトな言葉に置き換えてほしかったわけでもなかったんだけど……」
 「じゃ、なにしているわけ?」

 ミィフィの問い詰める言葉にレイフォンは言葉が出ないようだった。

 「ふうん……言えないことなわけなんだ?」
 「そう言われてる」
 「なあ、ライナは何か知ってるか……って寝るな!」

 ライナの頭に強い衝撃が走る。その衝撃でライナは目覚めた。
 痛ったいなぁ、とライナは頭をさすりながらナルキに抗議したが、ナルキはあまり誠意のこもっていない謝罪しかしてこなかった。

 とはいえ、このことはカリアンにできるだけ内密に、と言われている。
 この間の幼生のときですら、都市の中でも最強クラスであるはずの小隊長がほとんど成果を上げられなかったのだから、強力な汚染獣が都市の進路上にいるということは、ツェルニの生徒たちにとっては、かなりの脅威であろうことは簡単に想像できる。

 そう考えると、誰も知らないうちに、レイフォンひとりで片付けたほうが手っ取りばやい。

 「何で俺が知ってるんだよ。別に同じ寮の部屋で暮らしてるってことと、同じ小隊にいるってこと、あと同じクラスってことぐらいしか共通点がないぞ」
 「それだけ共通点があるなら、何か知っててもおかしくないと思うが」
 「ないない。って言うか、俺、寮の部屋に帰ったら、すぐベットに入るし」
 「つ~まんない」

 じっとライナたちを見ていたミィフィが、あきらめたようにつぶやくと、弁当を左手に持って立ち上がる。

 「ミィ……?」
 「つ~まんないから、わたしはひとりで食べます。んじゃっ!」

 ビッと右手を突き出すと、ミィフィはそのまま入り口をくぐって屋外から去っていった。
 
 「まったく……子どもっぽくむくれなくてもよかろうに」
  
 あきれたようにナルキは立ち上がる。

 「悪いな、気を悪くしないでくれよ」
 「いや、きっと僕が悪いんだよ」
 「そうだな……おそらくそうなんだが、それはきっと無理を言ってるんだろうな」

 ナルキは肩をすくめると、落ち着かない様子のメイシェンを見る。

 「あたしはミィについてるから、メイを頼むよ、レイフォン」

 ナルキはそう言うと、自分用の弁当とともに、ライナの右手首をつかむ。

 「って、俺も行くのかよ!」
 「おまえがいないほうがメイが話しやすいからな」
 「なら、俺を呼ぶなよ!」
 「冗談だ。ほら、はやく行かないとミィを見逃してしまうではないか」
 「結局俺も行くのかよ。はぁ、めんどくさいなぁ」
 
 ライナはそう言い、しぶしぶ立ち上がる。そしてナルキに引きずられるままに校舎に続く扉へむかい歩き出した。






 ライナたちは、階段を降りていくミィフィを見つけた。そしてあわててミィフィの元に駆け降りた。すぐに追いつき、並ぶ。

 「別についてこなくても……」
 「そういうわけにもいかないだろう。それに、二人にさせられたしな」
 「そうだね」

 ミィフィがそう言うと、ライナを一瞥する。

 「それじゃ、てきとうに近くの空教室に行こっか」

 ミィフィはそう言うと、廊下に出て、使われていない教室を見つけ、その中に入った。ライナたちは遅れにないようについていく。

 ミィフィが座っているまわりに二人して座る。

 「で、ホントのところはどう?」

 ミィフィが弁当箱を机に並べると言った。ライナはなんのことと思い返すと、すぐに思い当たる。

 「そんなこと、俺が知ってるわけないじゃん。それに、知ってたとしても、レイフォンが言わないなら、俺が言うわけにはいかないし」
 「ま、まあ、そうなんだけどさ……」
 「じゃあ……いや、この話はここまでにしないか」
 
 そう言って、ナルキは別の話題にしようか、と言葉を続ける。
 
 「そういえばライナはあたしたちと昼を一緒にとったことはなかったな。いつもどういうのを食べているんだ?」

 唐突に話を変えてくるナルキにおどろくも、ライナはあわてずに考える。

 「俺? うーんと、校内てきとうにうろついて、なんか買ってる。金もそんなにないし」
 「どんなのが好きなんだ? べつに好き嫌いのひとつやふたつあるだろう」
 「べつに好き嫌いなんてないけど。最近は、購買の売れ残りのコッペパンとかよく食うな。それとか、校舎前の屋台のソースそばパンのソースそば抜きとか」
 「コッペパンと変わらないよね!」

 ミィフィが突っこむ。

 「屋台に着いたときには、いつもソースそばがなくなってるし」
 「朝とか夜は?」
 「朝は、いつも遅刻ぎりぎりだから食ってないし、最近は寝る前に、干しいもとかパンを焼いたりとか簡単なものばかり食べてる」
 「ほかに食べるものはないのか! サミラヤさんが泣いているぞ」

 ナルキはそう言うと、ため息をついた。

 「そう言ったって、何食うか考えるのめんどいし」
 「やっぱり明日からも、昼を誘ったほうがよさそうだな。メイに聞いておこう」
 「まあ、今日はうまいもん食えてうれしかったけど……」

 善は急げだ、とナルキが言うと、急いでサンドイッチを食べ終え、包んだ弁当箱を右手に持ち立ち上がる。左手には、ライナの手首を握っていた。

 「まさか、もう一回屋上に行くのかよ!」
 「そうそう。ちゃんと今日のお礼も言わないとね」

 ミィフィはそう言うと、ナルキにつづいて食べ終えて空になった弁当箱を包んで、右手に持って立つ。
 さっきと同じことが合ったような気がしながら、ライナもとうに食べ終えてある弁当箱を持ち、のろのろ立った。

 ナルキに引っ張られてライナは屋上にむかった。







 屋上に行く前にミィフィが突然飲み物がほしい、と言い出して売店に行ってミルクを買った。
 屋上につき屋外に出るための扉を開けると、メイシェンが顔を青くして、今にも泣きそうに震えていた。

 それをいじめたと思ったナルキたちに対して、レイフォンは弁解のため午後の授業をひとつ使うことになり、結果的にサボることになり、ライナは、サボれてラッキーだった。
 レイフォンは疲れた顔をしながら、なぜこうなったのか、語りはじめた。

 ――ここ最近、ニーナの様子がおかしい。

 この学園が好きで、どうにかしようとして小隊を設立したのにも関わらず、自ら訓練の中止を言い出した。
 それに一年との合同訓練のときに、心ここにあらずだったり、訓練のあとにいつもやっていたレイフォンとの連携訓練も中止にしたり、ついには機関部掃除もべつの生徒と組まされていて、別々の区画にわけられてしまっていた。
 そういったことが気がかりなんだとレイフォンは言った。

 「ふうん、隊長さんが、なんだか様子が変と……」
 
 ふんふんとうなずきながら、ミィフィは空になったミルクの紙パックを手の中でもてあそぶ。

 「レイとんはそれが気になってるんだ?」

 レイフォンは、そう、と言ってうなずいた。

 「それで、なんとかしてあげたいと?」
 「できるなら」

 レイフォンは、淡々とうなずく。

 「ライナから見て、隊長さんはどうなんだ?」
 「俺、実は…………訓練中、寝てるんだ」

 瞬間、両方のこめかみがはげしく痛み、ライナの眼の前は手のひらで見えなくなる。

 「痛たったたたたたたっ! アイアンクローはマジ痛いって!」
 「おまえがまじめに答えないからだ」
 「わかったから! ちゃんと言うから! だから、お願い手を離して!」

 ナルキが、しょうがないな、と言うとライナの頭の痛みはなくなり、目の前の手のひらも遠ざかっていった。ライナはため息をつく。

 「といっても、俺が十七小隊に入ったのは、ここ最近だし、くわしいことはわかんないけどさ。
 最初のころは、やる気が有り余ってるみたいで、俺が寝てればたたき起こしてくるし。
 でもここ最近、前の試合が終わってぐらいからは、そんなにたたき起こされることはなくなったかな」
 「まったく、おまえときたら……」

 言葉を続けようとするナルキをミィフィがなだめる。

 「ライナの説教はあとでもできるでしょ。そんなことより、なんで、レイとん?」
 「なんでって……」

 こうかえしてくるのは思っていなかったのか、レイフォンの眼がすこしだけひらく。そしてベンチの背もたれに預けていた身体を戻して、ミィフィを見る。

 ミィフィも隣のナルキもまっすぐにレイフォンを見ていた。

 「おんなじ十七小隊だから? レイとんは対抗試合とかの小隊のことなんてやる気がないんでしょ? だったら隊長さんの様子が変でも、別に問題ないんじゃない?」
 「ミィ……」

 メイシェンがおどおどしてミィフィとナルキを見るが、すぐに諦めたように首を振った。
 レイフォンは、すこし遠くのほうを見て、そうしてまた、ミィフィのほうをむいた。

 「それは、そんなに難しい問いが必要なことなのかな?」
 「難しいかどうかなんて、レイとんがどういう答えを出すか、じゃないか?」

 ナルキが答える。

 「かもしれない」

 レイフォンはそう言い、うなずく。そして何かを考えるように黙りこみ、しばらくして、口を開く。

 「今だって、別に対抗試合とかはどうでもいいんだ。これは、本当」

 自分の中の想いか何かを、ゆっくりと言葉を紡ぎだそうとしているようにライナには思えた。

 「ただ、すこしだけ考えが変わったのも本当。次の武芸大会が終わるまでは、小隊にい続けようとは思ってる」
 「ふうん。それって、正義に目覚めちゃったって奴? ツェルニがけっこうきつい状況だってちょっと調べればわかることだよ。三年より上の先輩ならみんな知ってることだし」

 ツェルニのセルニウム鉱山は、あとひとつしかない。そう事前にライナは資料を読んで知っていた。だからどうという話ではないが。
 しかし、ローランドの迎えが来るのは、最低でも来年のはじめである。
 だから、ライナとしても、ツェルニが戦争で負けてもらっては困るのだ。そのあたりはレイフォンに任せておくが。

 「そんなにいいもんじゃないよ」
 「じゃ、何?」

 ミィフィの抑揚のない話し方は、レイフォンを責めるように聞こえる。

 「ここがなくなるのは、困るんだ。グレンダンには帰れない。
 この六年でなにかの技術なり何なり身につけて卒業しないと、よその都市に移って食べていけない。卒業してまで武芸を続ける気はないんだから」
 「グレンダンに帰らないの?」

 メイシェンの問いに、レイフォンは首を振った。

 「……もう気づいてるかもしれないけど、僕の武芸の技は片手間じゃない」
 「そんなことはわかっているさ」

 ナルキは肩をすくめる。

 「あんな技を片手間で覚えられたら、ほかの武芸者たちの立つ瀬がない。グレンダンで本格的にやっていたのだろう? それこそ、こんな学園都市でならうことなんて何もないくらいに。
 あたしが気になっているのはそんなことではなくて、そんな奴が武芸を捨てるつもりだってことだ」

 どこかナルキたちの視線が強くなったように見えた。よっぽどレイフォンの過去が気になるようだ。
 ナルキが口を開こうとするのを、ライナがため息をして牽制する。

 「おまえらだってさ、話たくないことのひとつやふたつはあるだろうが。あんま聞いてやるなって」
 「それは……でも、ライナは気にならないの? レイとんの過去」
 「つうか、人の身の上話なんかめんどいだけだから聞きたくない」
 「……それが、おまえの本音か、ライナ」

 ナルキがライナをにらみつけて言う。

 「……もういいでしょ?」

 流れを断ち切るように、メイシェンが言った。

 「メイ……?」
 「……今は、レイとんのそういうことを聞きたいんじゃないでしょ?」
 「それは、そうだけど……」
 「でも、な……」
 「……なら、いいでしょ?」

 メイシェンは、渋る二人を押さえ込むように繰り返し、黙らせた。そしてレイフォンを見る。

 「……ごめんね。二人とも……わたしも、レイフォンのことがもっと知りたかったから」
 「いや……」

 レイフォンはそれ以上何も言えず、黙りこむ。その顔には、どこか安心している色があった。

 「……けっこう、気に入ってるんだ、小隊の連中のこと。だから、何かあるんだったら手伝いたいと思ってる。……ライナも何かあったら、言ってほしい」
 「だったら、朝起こさず、サボらせてくれ。おまえのおかげで、俺、最近寝不足なんだぞ」
 「ライナはいつも夜は僕が帰ったら寝てるし、朝はいつも遅刻寸前じゃないか! 僕だって眠いんだけど……」
 「ま、まあまあ」

 ミィフィがふたりが口げんかになりそうになるのをとめる。

 「そういうのなら、別に文句はないんだけど」
 
 そして、何かひっかかりがあるような口ぶりで言うミィフィ。

 「まぁ、あたしは最初から手伝えることがあるならするつもりだったがな。渋ってるのは、ミィひとりだ」
 「うわっ、ナッキずっこい!」
 「私は、すこしも疑っていないからな」
 「うっそだぁ! ナッキだって気にしてたじゃん」
 「あたしが気にしていることと、ミィが気にしていることは違うよ」

 二人の会話が長くなりそうだったので、ライナは眼を閉じた。

 「一緒だよ」
 「違うな」
 「一緒!」
 「違う」
 「いいや、ナッキだって、そっちは絶対気にしてたね。絶対、絶対の絶対、レイとんがある隊長さんとかフェリ先輩とかあの手紙の……」
 「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっっ!!」

 いきなりメイシェンが大声で叫び、ライナは驚いて目を開ける。その顔は真っ赤になっていて、レイフォンもナルキもミィフィも眼を丸くしていた。そしてメイシェンの身体が動かなくなる。

 「メ、メイ……」
 「……っ!」

 我に返った二人の見守る中でメイシェンは口を押さえたまま、眼にいっぱいの涙をためこんだ。







[29066] 伝説のレギオスの伝説12
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/02/11 21:03
 ライナが寮の部屋のチャイムを何度も押されて起こされたとき、部屋の中は暗かった。まだ夜は明けてなかった。

 うるさいなあ、と思いながらも、ベットから出るのがめんどいからほっておくと、さらにチャイムの連打が激しくなった。
 さすがのライナも我慢できなくなって、しぶしぶドアのほうにむかう。

 ドアを開けると、暗がりの中でナルキたち三人娘が立っていたのがわかった。なぜか、ほかの二人が一般的な私服だったのに対して、ミィフィはサングラスとロングコートを着ていて、すごくあやしい人に見える。

 「何だよ、俺がせっかく気持ちよく寝てたのに。てか、近所迷惑だって」
 「何って、昨日約束したじゃん。一緒に、ニーナ先輩の様子を観察するって。それに、ちゃんと事前に謝ってるから、大丈夫」

 何が大丈夫なのか、何ひとつわからない。

 「いや、俺そんなこと約束してないし。だから俺もう寝ていい? 日が昇るまで、まだ時間あるし」

 ライナは外の景色を見て言う。まだ空には丸い月がうかんでいる。

 「ライナおまえは、自分の隊の隊長のことが気にならないのか?」
 「うん、ぜんぜん」
 「まったく、おまえは……」

 明かりにようやく眼がなれたライナの眼に、額に手を置いているナルキの様子が映った。

 「だって、俺は別にどうでもいいし。そんなことより今すっげえ眠い」

 ライナは大きなあくびをする。

 「……それなら、仕方ない、ミィ」
 「あいよっ!」

 やっと行ってくれるのか、ライナが安心してドアを閉めようとしたとき、ドアがすこし閉じづらくなったのに気づく。
 ドアのほうを見ると、ミィフィがドアの取っ手に手をかけていた。
 ライナがすこし強く閉めようとしたとき、気づけば全身が何かに締めつけられる。よく見ると、ナルキの手に持っている縄が、ライナ身体に巻きつけられていた。

 「……なんで巻きつけられてるの? 俺」
 「おまえを更生させるためには、人と関わらせることが必要だということにあたしは気づいたんだ」
 「いや、意味わかんねえよ!」
 「わたしは……なんとなくかな」
 「なんとなくって何だよなんとなくって!」

 ライナはなんとか縄から抜け出そうとするが、なかなか抜けない。がんばれば抜けそうだが、めんどくさい。
 ライナは助けを求めるように、一度も言葉を発していないメイシェンに助けの視線をむけるが、メイシェンは震えてナルキのうしろに隠れてしまった。

 そして部屋の中からから引きずられて、転んで顔から落ちる。
 鼻に痛みを感じるが、ナルキはそんなことに気にもせず、ライナを引きずって外にむかう。

 「痛い、痛いって、マジで! わかった、行く、行くから、頼む縄はずして!」
 「最初からそうしていればいいんだ」

 ナルキが言うと、縄が解かれる。ライナはしぶしぶ立ち上がり、埃を落とすように身体を軽くはたいた。

 「まったく、めんどくさいなぁ」
 「まあ、言うな。これも、おまえを更正させるためだ」
 「別に、更正する気なんかないんだけど」
 「そんなことより、はやくレイとんと合流しようよ」

 そう言うと、ミィフィは先頭を歩き出しライナたちはそのあとをついて行った。



 寮の外に出て、いつか通った道を歩きはじめた。
 街灯もまばらで、月はもうすぐ地平線に沈みそうだ。

 ――最低でも、あと二時間寝てたかった。

 ライナは思った。

 「あ……」

 ミィフィは、かすかにつぶやいた。静寂に包まれた場所でも、ライナの耳元にわずかに届くぐらいの声量だった。

 「そいやさ、まだライナのあだ名ってつけてないよね」
 「ああ、そういえばそうだな」

 ナルキがうなずいた。

 「え~べつにそんなんいいって」
 「だめだめ。ん~っと、何がいいかな」

 ミィフィがそう言うと、何かをぶつぶつとつぶやきはじめる。ちょっとこわかった。
 しばらくその調子で歩いていると、ミィフィは、よし、と言った。

 「じゃ、ラッりゅに、決定」

 ライナは、思わずこけそうになった。

 「……あのさ……ちょっと聞いていい」
 「ん、何」
 「なにそれ」
 「だから、ライナのあだ名」

 ライナはため息をついた。

 「だから、何で、ラッりゅなの?」
 「ライナ・リュートの略。ちょっとかわいいじゃん」

 小動物みたいで、とミィフィは言葉を続けた。

 抗議するのも疲れる。かすかな期待をこめ、発言していない二人を見た。

 「あたしは、まあいいんじゃないか」
 「わたしも、ちょっとかわいいと思う」

 味方なんて、はじめからいなかった。

 「……まあ、いいけどさ」

 ライナがそうつぶやいたとき、機関部の入り口が見えてきた。
 機関部の入り口に着き、三十分ぐらいすると、レイフォンが入り口のほうから現れた。

 「さて、任務を説明する」
 「いや、任務もくそもないぞ?」

 探偵気分のミィフィにナルキが冷静に突っこむ。

 「って、それよりもライナがここにいることが驚きだよ。どうしたの? こんな真夜中に来るなんて……」

 驚きを隠さないレイフォンに、ライナは大きなあくびをしたい衝動を抑え切れなかった。

 「俺だって来たくなかったけど、どうしてもってむりやり……」

 レイフォンが苦笑いしていると、ライナに中に入っている紙コップをメイシェンから受け取った。
 コップを持った手が暖かい。湯気が出ているコップをあおった。中はお茶だったようで、温かいお茶がからだに染み渡る。

 「隊長さんは?」
 「班長に呼ばれてたから、まだ中にいるはず」
 「よしよし……じゃあ、待ってからあとをつけてみよ」

 紙コップを両手で握り、湯気でサングラスを曇らせているミィフィが口元をつりあげる。その様子に、ライナはため息をついた。

 「普通に帰って寝ると思うけど……」
 「ん~にゃ、訓練が終ってから様子を見てるけど、バイトに行くまで訓練してただけだから、何かあるんならこのあとだよ」

 レイフォンは眼を見開く。

 「え? 訓練してた?」
 「うん。ばっしばしに気合の入ったのをしてたよ」
 「確かに鬼気迫る、という奴だった」

 ナルキがそう言うと、レイフォンは何か考えるように視線を下ろした。しかしすぐ頭を上げる。

 「ああ、やっぱり」
 「ん? なんだ?」
 「いや、なんでもないよ」

 レイフォンは、ニーナの一連の行動の理由がわかったのか、どこか視線を遠くする。

 あ、というメイシェンのつぶやく。なんとなくライナは機関部の入り口に眼をむけると、ニーナが出ていた。

 夜明け前で、吐く息も白い。だが、武芸科の制服の上には何も羽織ってはいなかった。
 ということは、寮にもどらず、そのまま来たということなのか。だが、小隊の練習のあとからでは、すこし時間がはやい。

 足取りはなんとかごまかせてはいるが、それでも街頭のわずかな光がてらされたニーナの顔は、疲労を隠しきれない。
 本当に、この人に何がそこまでさせるのか、ライナにはまったくわからない。

 紙コップに入っていたお茶を飲み干し、それを近くのゴミ箱に入れてから、ライナたち五人は距離をとり、ニーナのあとをついていった。
 双方の距離はレイフォンとナルキが決める。本来なら武芸者相手に、ミィフィとメイシェンでは気づかれてしまうだろうし、ライナはそもそもやる気がない。

 だが、今のニーナなら、ミィフィたち二人でも気づかれそうにないほど、隙がありすぎる。

 「疲れているな」

 ナルキが小声でつぶやく。

 「……どこに行くんだろう?」
 「だね」

 メイシェンとミィフィが首を傾げあう。

 ニーナはずっと、都市の外側にむかって歩いていった。都市の外側は、汚染獣が来たときや戦争をするときなど、いざというときにもっとも危険になりやすい。
 そのため、だいたいの都市では居住を目的とした建物や重要な施設をつくることは、あまりない。だが、こういうところにある物件は家賃が安いため、あえてこういうところに住んでいる人もいる。

 ローランドは、貧富の格差がはげしく、こんなところにしか家を借りることができない人もすくなくはない。 

 そこに戦争を行うときに、あえて相手の都市の接近の警報をあえて鳴らさず、そこにいる人を足止めにすることが、何年か一度行われる。
 そして出てきた孤児のうち、剄脈がある者は、三○七特殊施設などの特別な孤児院に入れられ、ない者は人体実験に使われる。

 だが、危ないとわかっていても、都市の外側しか暮らすことができない人があとを絶えない。それが、ローランドの実情だった。

 ニーナは、建物がいっさいない外縁部にたどり着いた。
 都市の脚部の金属のきしむ音が、はげしくライナの身体を攻撃してくるような錯覚を覚える。

 ライナたちが風除け用の樹木の隠れるように影に潜む。そこから先は身を隠せるものはない。
 放浪バスの停留所も遠く、見えるのは不可視のエアフィルターのむこう、汚染物質をふくむ砂嵐だけだ。

 ニーナは段の少ない階段を降り、広場になっている空地の真ん中まで行くと、肩のスポーツバックをおろす。

 剣帯に下げてある錬金鋼をつかんだ。
 ニーナの口が、かすかに動く。
 鉄鞭の姿になった錬金鋼を握りしめ、構える。深呼吸。

 ニーナは左右の鉄鞭を振るい、たたきおろし、薙ぐ。そして防ぐ。
 そのつど、ニーナの身体は左右に動き回る。かと思えば、同じ場所に留まる。そして、前進。
 さまざまな型、さまざまな攻め。さまざまな守り。ニーナが体得しているのであろう動きを、すばやく、正確に成す。
 その動きに遅滞はない。動きひとつひとつを取ってみれば、確かに無駄がある。 だが、鬼気迫っていた。

 レイフォン以外の三人は、息を呑んでいるようだ。
 メイシェンたちはすでに夕方に、ニーナの鍛錬を見ているはずだが、それでも驚きを隠しきれていない。

 ライナはレイフォンを横目で見る。その眼には、喜びと悲しみと、ほかに何か別の感情が混ざり合っている複雑な表情を浮かんでいた。ライナは、またニーナのほうをむく。

 ニーナの剄の輝きが、前に見たときより、かすかににごって見える。前に見たときは、眩しくて直視できないほどだったのに。それがライナには、すこし残念に思えた。

 「むちゃくちゃだ」

 レイフォンがつぶやいた。
 ナルキたちは、おどろいたようにレイフォンを見る。

 「……レイとん?」
 「え? でも、すごいと思うよ? ねぇ……?」
 
 ミィフィが言い、メイシェンとそろってナルキを見る。ナルキも、レイフォンの言葉の意味がわからないらしく、当惑の表情を浮かべていた。

 「何が、問題なんだ?」
 「剄の練り方に問題があるわけじゃない。動きに問題があるわけじゃない……」

 ――いや、動きに問題がないわけじゃない。

 ライナは思う。活剄による肉体強化部位を全体にするのではなく、動きにあわせて変化させることで、動きはさらにはやく、鋭くなる。
 またそれが、旋剄などの爆発的強化を起こす活剄の変化を瞬時に発動させる練習にもなる。さらに、活剄を動きにあわせて変化させるときに、筋繊維ひとつひとつに意識を行かすことができれば、さらに効率的になる。

 だが、レイフォンが言いたいことは、そういうことではないはずだ。

 「隠れて訓練してることが、問題なんじゃない。武芸者は、いつだってひとりだ。
 どれだけあがいたって強くなるためには、自分自身とむかい合うことになるんだ。それは誰にも助けられない、助けてもらうことじゃないんだ。だけど……」

 そこまで言って、レイフォンは首を振った。どう言えばいいか、わからないようだった。

 「……ありゃ、無理が、ありすぎる」

 ライナは独り言のようにつぶやいた。

 ニーナの身体から活剄の残滓が、空にむかって漂っていく。それがライナから見て、ニーナの身体に活剄の残滓が巻きついているようだった。
 まるで、おぼれているときに、服が水をすって重くなることで、自分ではどうしようもなく沈んでいくように見える。

 「こんな鍛錬してたら、そう遠くないときに身体壊すぞ」

 レイフォンは、ライナの顔を見てうなずく。

 「それは、そうだな」

 はっと気づいたように、ナルキはうなずく。

 学校に行き、授業と武芸科の訓練、そして放課後に小隊の訓練、訓練後に個人鍛錬、学校が終れば機関掃除があり、そのあと、さらに個人訓練。
 ニーナは睡眠時間は? 身体を休めているのか? 見るかぎり、機関掃除がない日も個人練習に使っているのだろう。
 かといって、くそがつくほど真面目なニーナのことだ。ライナみたいに隙間時間を見つけては休んでいるわけでもなさそうだ。学生でもあるのだから、勉強もしていると思う。

 確かに、ライナはかつて休憩時間がわずか十五分しかなかったこともあった。
 それでも、常に身体を動かしていただけでなく、本を読む時間もあったし、移動時間もあった。
 そのときにできるだけ歩きながらや本を読みながらではあったが、睡眠時間や食事時間などとっていた。
 師匠であるジュルメも、今から考えれば、ライナの身体を壊さないように闘ってくれたし、活剄の技術を真っ先に鍛えてくれた。それでも、毎日死に掛けていたが。

 何よりまだニーナの活剄には、無駄が多すぎる。このスケジュールで鍛錬すれば、そう遠くない日に倒れるのが眼に見えている。

 「……止めないと」

 メイシェンが言う。だが、レイフォンは無言だった。そして首を振る。

 「……レイとん?」

 いぶがしげに言うメイシェン。

 「あたしたちでは、なにもできないか?」

 ナルキの問いに、レイフォンはまた首を振る。

 「たぶん……いや、わからない。今の訓練が無茶だって伝えることはできるんだ。近いうちに身体を壊すって言うことはできる。
 でも、それに意味はあるのかな? 隊長があそこまでしてやってることの手伝いができないのなら、それは結局、無意味なような気がするんだ」

 レイフォンは無力感にさいなまれた顔で言った。

 「どうして今になって、あそこまで無茶をするのか……」
 「負けたから?」
 「そうなのかな?」

 反射的に言うミィフィに、レイフォンは疑問でかえす。

 「……すこしだけ、わかるような気がする」

 ナルキが言うと、ライナ以外が注目する。

 「この間、手伝ってもらって思った。レイとんが強すぎるんだ。だがら、肩を並べて闘うなんて、あたしなんかには到底無理だと感じたな。
 感じさせられたというか、それ以外にどう思え、というぐらいだ。刷りこまれたって言ってもいい。
 そのことをさびしく感じたし、くやしくも感じたし……正直、嫉妬もした。その力に頼ってしまうことしかできないのは、同じ武芸者としてつらいんだと思う。
 同じ小隊でやらないといけない隊長さんは、あたしなんかよりも、強くそう感じたんじゃないかな?」

 ――みんな、まじめだよな。昼寝してりゃ、それなりに幸せなのに。

 ライナは思った。

 「それじゃあ、さらに僕は何も言えない……」

 夜の暗闇の中でも、レイフォンの顔が青くなっているのがわかった。

 「……どうして?」

 メイシェンが口を挟んだ。え? と、レイフォンが聞き返す。

 レイフォンに見つめられ、メイシェンは言葉を濁らせたが、すぐに唇を開いた。

 「隊長さんが強くなりたいのはわかったけど、どうしてレイとんは何もできないの? どうして、レイとんだけで何かしないといけないの?」

 レイフォンはメイシェンの言っている意味がわかっていないように、眼を見開いた。

 「……隊長さんは、勝ちたいから強くなりたいんでしょう? 小隊で強くなりたいんでしょう? だったら、レイとんだけでなく、みんなで……」

 最後の言葉は、メイシェンの口からは出てこなかった。
 強くなればいい。それとも、協力すればいい。
 どちらかだとは思うが、大差はない。

 「協力?」

 レイフォンが確認すると、メイシェンは顔を真っ赤に染め、うつむくようにうなずいた。

 「協力……か」
 「何か変?」

 ミィフィが怪訝そうに言うと、レイフォンは首を振る。

 「そうだな、それが普通か……」

 ナルキがあごに手をやってしみじみと言った。

 「俺はめんどいから、パス」

 ライナがそう言うと、ナルキにデコピンをくらった。額が結構痛い。

 「おまえというやつは……」

 ナルキが怒りながら声を小さくそう言ったとき、ニーナが倒れた。



 レイフォンが倒れたニーナを抱え上げると、迷いなくすごい速さで中心部にむけて走り出した。
 どこに病院があるのか、レイフォンはわかっているのだろうかとライナはすこし心配した。
 だが、すでにレイフォンは二回も入院していることをライナは思い出す。今さらだった。

 ライナはナルキに腕をつかまれ、レイフォンが移動している方向に引きづられてむかった。
 病院にたどり着くと、レイフォンが電話の受話器を下ろしていた。

 「それで、隊長さんの様子はどうなんだ」

 息をあらくしているミィフィとメイシェンを横目に、ナルキが言う。

 「今、点滴の準備中。その間に、僕はハーレイ先輩に連絡してきたところ。詳しいことは、まだわからない」

 ハーレイはニーナの幼馴染だと、機関掃除のときにニーナ本人が言っていたのを、ライナは思い出した。

 「そうか……じゃあ、あたしたちはここで待ってるから」
 「俺もここで寝てるから、あとはよろしく~」

 ライナがだるそうに手をふって言う。

 「おまえも、行くんだ」

 ナルキがライナの正面にむかい合って言った。

 「え~なんで俺も行かなきゃいけないんだよ。こんなにすげえ、眠いのに」
 「おまえも、十七小隊の隊員だろうが」

 すごく怖い顔をしているナルキに、ライナはため息をつく。
 ライナが言おうと口を開く前に、背中を押しだされて、レイフォンのほうにむかった。レイフォンは、苦笑いをしていた。

 ナルキたちに見送られ、ライナはレイフォンとふたり、並んで人気のほとんどない病院の廊下を歩く。
 ライナが寝ながら歩いていたため、ニーナの病室を過ぎてこともあったが、なんとかニーナの病室にたどりついた。

 ベットの上にうつぶせになっているニーナは、制服を脱がされ、背中の開いた緑色の病院着を着ていた。

 その背中に、医者は眠そうな眼で見ながら、針を埋め込んでいく。ライナからではあまりよく見えないが、鍼が刺さっている部分は、剄の流れをよくするつぼだったと思う。

 「剄の専門医よ」

 看護師は説明するように言った。

 「三年のニーナ・アントークだよな?」

 医者はライナたちのほうにふり返ると、不機嫌そうに言った。こんな時間に起こされたら、誰だって機嫌は悪くなるだろう。

 レイフォンは黙ってうなずく。

 「まさか武芸科の三年がこんな初歩的な倒れ方をするとは思わなかったぞ」
 「あの……重症ですか?」

 レイフォンが恐る恐るたずねる。

 「各種内臓器官の低下、栄養失調、重度の筋肉痛……全部まとめてあらゆるものが衰弱している。理由は簡単だ。剄脈の過労」

 そうだろうな、とライナは思った。
 
 「活剄はあらゆる身体機能を強化するし治癒効果も増進させるが、そもそも剄の根本は人間の中にある生命活動の流れ、そのものだ。
 武芸者は剄を発生させる独自の機関をもちゃいるが、その根本まで変わったわけじゃない。いや、武芸者にとっては弱点が増えたも同然だ。壊れれば死ぬしかない器官だからな」

 医者は言いながら、新たな鍼をゆっくり刺しこむ。腰のすこし上に流れている剄脈に一本、また一本刺しこんでいき、そのうち全身に広げていく。その鍼の列は何か図形を描いているようだった。

 「脳は壊れても植物状態で生きていられることはある。心臓も処置が早ければ人工心臓に換えられる。だがこいつだけは、代替不可能だ。壊れたらおしまい。大事にしろって、俺は授業でそう言ったはずなんだけどな」

 医者は言いながらも、滞りなく、鍼は埋められていく。学生しかいない学園都市といっても、なめたもんじゃないな、とライナは医師の技量に舌を巻いた。

 「治りますか?」

 レイフォンが声を絞り出した。

 「致命的じゃない。今、鍼で剄の流れを補強しているところだ」

 医師がそう言うと、レイフォンは安堵のため息をつく。

 「だが、しばらくは動けないな。次の対抗試合は、無理だ」
 「……ですか」
 「ふーん」
 「ん? あまり驚かないな?」
 「そっちは、僕にとってはどうでもいいことです」
 「そんなことより、今すげぇ眠い」
 「十七小隊のルーキーたちは変わり者って噂は本当だな」

 俺だって眠いさ、と医者は笑みを浮かべて言葉を続けた。そうこうしているうちに、鍼が手の甲、そして足のかかとにまで達していた。
 左のかかとに鍼を差し込むと、医者は自分の右肩をもむ。

 「あとは、一時間ほど待って鍼を抜く。それで普通の患者になる。明日からは、俺の患者じゃない」

 そう言い残すと、医者はレイフォンとライナの肩をぽんと叩いて出て行った。
 看護師たちも部屋の温度を調節すると、ライナたちを残して出て行く。

 ライナはベットにいるニーナを見た。倒れた直後は息が荒かったが、今は落ち着いている。

 「あ、ナルキたちが廊下で待ってるから、行かないと」

 レイフォンは今思い出したように言うと、ドアのほうに歩いていき、ドアのところでライナのほうをふり返る。

 「ライナは、来ないの?」
 「俺は、ここで隊長さん見とくわ。二人で行っても、あんま意味無いだろうし」

 そう、と言って病室を出て行くレイフォンを見送ると、ライナは椅子に座り、眼を閉じた。

 レイフォンがナルキたちに報告してハーレイをつれて病室に帰ってきてしばらくすると、フェリが封筒を持って病室にやってきた。
 探査子が持って帰った写真だ。そこには岩山の稜線に張りつくようにしている汚染獣の姿がはっきりと写っていた。

 都市は、回避することなく、汚染獣のほうにすすんでいるようだった。このまま行けば、二日後の日曜には汚染獣の察知される。どの道、対抗戦は棄権するしかなかったのだ。

 それを聞いたレイフォンは、なんともいえないため息をついた。




[29066] 伝説のレギオスの伝説13
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2013/09/03 22:58
 ニーナが倒れた翌日。

 午後から生徒会の仕事をする予定だったのだが、ニーナが倒れたことをサミラヤはどこからか聞いていたらしく、ニーナの看病をしろ、とライナに言ってきた。
 ライナは嫌がったが、サミラヤはそれを生徒会の仕事にすると言ってきかず、生徒会室に行き、カリアンに相談をした。
 結局、カリアンまでもがサミラヤの意見に賛成したため、ライナはニーナの看病をすることになってしまったが。

 ライナがニーナの病室に着くと、すでにレイフォンが椅子に座っていた。ライナが来たことにおどろいているようだった。
 ライナが看病に来た理由をレイフォンに言ったあと、レイフォンは木でできた机の上にある花瓶を、じっと見つめていた。

 しばらくニーナはおきそうにない。それを確かめると、ライナは眼を閉じた。



 ライナの眼に赤い光が差しこんでくるのを我慢しきれず、ライナは眼を開けた。中途半端な時間に起きたので、まだ眠い。
 気づくと、いつのまにか日が傾いていた。

 「ここは……」

 ベットのほうから、呆然としたニーナの声が聞こえてくると、レイフォンは花瓶から眼を離し、照明をつける。影が白く染まった。
 照明の明かりがまぶしいのか、ニーナは眼を細めて、ライナとレイフォンのほうを見る。

 「病院ですよ」
 「病院……?」

 レイフォンの言葉に、ニーナはどこか現状を理解できていないのか、そうつぶやいた。

 「そ、病院。あんた、昨日のことおぼえてないの?」
 「……いや……」

 白い天井を見て、ニーナはゆっくりと首を振り、こまかいため息が続く。

 「そうか、倒れたんだな」
 「活剄の使いすぎです」
 「ずっと、見ていたのか?」
 「俺たちが見てたのは、あんたが機関掃除が終ってからだし」

 ライナが口を挟む。レイフォンがとめようとしたようだが、おそい。
 そこからか、とニーナがつぶやいた。

 「無様だと、笑うか?」
 「笑いませんよ」
 「わたしは、わたしを笑いたいよ」

 シーツが揺れる。

 「無様だ……」
 「そんなもんで、無様、なんて言わねえよ」
 「……」

 ニーナの視線が鋭くなったように感じた。それでも、ライナは訂正するつもりなどなかった。

 「あんたのはただ、今のあんた自身の限界に達して倒れただけだ。
 武芸者だったら、生きてるうちに何度かなるって。そんなもんでいちいち無様、なんて言ってたら、これからあんたは、武芸者なんかやってられないさ」

 本当に無様なのは、自分のことを好きだと、愛していると言ってくれた人を、見殺し同然にした、ライナ自身だ。

 「ライナ、貴様に何がわかる。貴様のように何も考えないで気楽なやつに、いったい何がわかるんだっ!」

 ニーナは体を起こそうとしたのだが、筋肉痛で痛むのか、顔を歪ませベットに横たわった。

 「隊長! ライナも、すこし言いすぎだよ」

 レイフォンがニーナに駆け寄る。
 ライナは息を吐き出すと、病室で出た。





 「何やってんだろ、俺」

 ライナは、勝手に帰るとあとが面倒になりそうだったので、病院の屋上で夕日を見ていた。沈む夕日とともに、ライナの気分も沈んでいく。

 ――自分らしくなかった。

 いつものライナなら、あんなふうに口を挟まず、ただ見ていただろうに。

 だが、それでも口を挟みたくなったのだ。
 あんなことぐらいで、いちいち無様だと言うニーナに。あれぐらいのことで無様だと言っていたら、子どものころ、毎日のように倒れていたライナはどうなるんだろう。
 別に、あんなふうになるのは、武芸者ならよくあることだ。

 だが、本当は理由は別にある。
 正直なところ、ライナはニーナのことがまったく理解できなかった。あんなふうに、一生懸命がんばって、都市を守ろうとすることが。

 ライナにとって、都市と言うものは、化物だった。
 何の躊躇もなく、人を殺していく。大切な人も物も思い出も、何もかも破壊していく。もうライナに残っているものは、何もない。

 「ライナ、よかった。まだ帰ってなくて」

 うしろから、レイフォンの声が聞こえてきた。そして、ライナの隣に並ぶ。

 「おどろいたよ。ライナがいきなり、あんなこと言い出すから」
 「わるかったよ、レイフォン。俺も、すこしらしくなかったし」
 「隊長もちょっと言い過ぎてたって、後悔してたって言ってたよ」
 「そんなことより、おまえ今から行くんだろ。こんなところであそんでていいのかよ」

 ライナが言うと、レイフォンは首を振る。

 「まだ、すこし時間があるし、ライナに聞いておきたいこともあったから」

 そう言って、レイフォンはライナのほうをむく。

 「ねえライナ……いや、やっぱり聞かない」
 「そこまで言って、聞かないのかよ」
 「……うん、こういうのは、時間があるときに聞くよ」
 「それじゃ、いいだろ。そんなことより、おまえ、これから汚染獣と闘うんだろ。そっちのほうは大丈夫なのか?」

 夕日が枯れた大地に沈んでいく。もう、今日も終わりだな、とライナは思った。

 「そっちは、大丈夫だと思う。戦闘着が完成したのが、今日だからよくわかんないけど。ハーレイ先輩から渡された複合錬金鋼(アダマンダイト)は大きいけど、ちょうどいい重さだし、汚染獣とは闘いなれてるから」

 複合錬金鋼は、三種類の異なる錬金鋼をさらに合成することによって、それぞれ異なる錬金鋼の特性を使うことができるという錬金鋼だと言っていた。

 ただ、三本の錬金鋼の持つ復元状態での基礎密度と重量を減らすことができなかったため、振り回すには重過ぎるのが欠点だと、ハーレイは言った。だが、レイフォンにとっては、欠点も欠点ではないようだ。

 「わかったわかった。それよりも、もうそろそろ行かないと、マジやばいんじゃないか。カリアンの奴、怒るぞ」
 「そんなことは……でも、さすがにもう行かないと」

 レイフォンはそう言って立ち去ろうと振りかえるが、何かを思い出したのか、またライナのほうをむいた。

 「話は変わるけど、ひとつ約束してほしいんだ」
 「なんだよ」

 レイフォンは、真剣なまなざしでライナを見ている。

 「隊長に、無茶させないでね」

 ライナには、その言葉が遺言のように聞こえた。レイフォンはそう言いのこすと、扉のほうに走っていった。

 「俺そんなこと約束しない、ってかもういないし」

 ライナはため息をついた。だいぶ夕闇が広がってきて、世界を黒く染めはじめている。これ以上ここにいたら、すこし寒くなるだろう。

 「じゃ、隊長さんの病室に行こうかな。行かないと、あとでサミラヤとかにちくられるとめんどくさそうだし」

 そうひとりつぶやく、ライナは扉にむかった。





 「すまん! 言い過ぎた」

 ライナがニーナの病室に入ると、ニーナがベットに入ったまま言った。
 すこしおどろきつつも、ライナはあわてないように、椅子に座る。

 「俺のほうも、らしくなかったし、別に気にしなくていいって」
 「……おまえに、聞いてほしい。わたしが、なぜこんなふうになるまで、自己鍛錬したのかを」
 「いや、そんな話聞きたくないんだけど……」

 しかし、ニーナはライナの話を聞かず、語りはじめた。
 
 「……最初は、わたしの力が次の武芸大会で勝利するための一助になればいいと思っていた」

 淡々と、ニーナは言う。

 「だが、すこしだけ欲が出た。レイフォンが強かったからだ。
 レイフォンの強さを見て、最初は怖かった。本当に人間なのかと思った。だが、レイフォンもやっぱり人間なんだと感じたとき、欲が出た。
 単なる助けでなく、勝利するための核になれると思った。何の確証もなく、十七小隊が強くなったと思ってしまったんだ」

 そう言うと、ニーナは口をかすかにゆがめ、天井をむいた。

 「だが、負けてしまった。当たり前の話だし、負けて逆にありがたいと思った。
 わたしの間違いを、あの試合は正してくれた。だが、その次でわたしは止まった。……なら、勝つためにどうすればいい、と」

 ニーナがそこまで言うと、ライナのほうをむく。

 「はじめは、お前がレイフォンぐらいでいいから、やる気になってくれればいいと思った。おまえがわたしと闘ったときぐらいあれば、それだけでも充分、隊は強くなるはずだと」
 「で、あんたは試合の終わった次の日に、俺に本気を出せって言ったのか」

 それで、いきなりニーナがあんなことを言い出したのかわかった。

 「おまえに断られてから、わたしは、わたしが強くなればいいと思った。
 レイフォンと肩を並べることができなくても、せめて足手まといには強くならないぐらいにはと思った。だから……」

 ――だから、個人練習の時間を増やしたのか。

 とライナは思った。

 やっぱり、めんどくさい人だ、とライナは確信した。
 この無意味な世界で、ひたすら真っ直ぐにがんばるニーナをライナは理解できないが、そのあり方に直視できないほどの眩さを感じた。
 ライナはため息をつく。

 「これはさ、本で読んだことなんだけど」
 「ん?」
 「あんたの技は形だけならすこしはできてるけど、あんなんじゃ、ある程度強い奴には通用しない」
 「ライナ……?」

 ライナはこう言ったら、ニーナは怒り出すと思ったがそうでもなかった。急に話が変わったから、ライナの話について来れてないだけだろうか。

 「いかに剄を効率的に攻撃に結びつけるか、なんだ。それができなきゃ、どんなに型を身につけたって、簡単に防がれちゃうし」
 「それは、いったい……?」

 つまりだ、とライナは前置きする。

 「身体の部分がすこし違うだけで、武芸者だって人間だ。活剄で身体を強化するのだって、必要な部分だけ強化すればいい。むしろ、変なところ強化したって、剄の無駄だし、むしろ動きの邪魔になる場所だってあるし」
 「そんなことは、あたりまえじゃないのか?」

 ニーナが半信半疑のまなざしで、ライナを見てくる。

 「そういう意味で言ったんじゃないけど……」

 ライナはため息をつく。

 「たとえば、走るとき、蹴り出すときと踏みしめるときに使う筋肉やら、なにやらの場所は違うじゃん。
 だから走るときに足全体を強化するんじゃなくて、使う場所を重点的に活剄で強化すれば、使う剄は減るし、意識してやるだけ、自分の身体のことがよくわかっ て、普通に淡々と活剄をするより活剄の練習になる」

 人の剄の総量は、基本的に同じである。剄息などで多少増えたり、稀にとあるきっかけで大幅に増える人はいるが、そうめったにあることで起こることではない。
 だからこそ、いかに剄を効率的に使うことができるのか。それは剄の量がそれほど多くない者にとって、重要なことではある。

 最終的に、内力系活剄を化錬変化で電流にかえて、闘うときに必要な筋肉にだけ流すことで、その部分だけ筋力を増やすことができれば、文句はない。
 普通にからだを動かすより、この方法で鍛えたほうが、はるかに効率的に鍛えて、無駄な筋力をつけないですむ。

 筋力を鍛えておけば、活剄はさらに強力になるし、ある程度、剄を流す量を低く調節できる。
 あまった剄を、より強力な衝剄のほうにまわすことができる。そうできれば、万々歳である。
 しかしライナとしては、そこまで教えるのはめんどいのでやらないが。

 「そんなことが、できるのか?」
 「できるから言ったんだけどね」

 ライナは首を振った。

 「まあ、いきなりやれ、って言ったってできないから、そういうのは専門書を読むか、誰か教えてくれる人でもさがせばいいし。まあ、俺に言えることは今のところはこれぐらいかな」

 ライナがそこまで言ったところで、ニーナがふっと笑った。

 「レイフォンが言ったことと違うな」
 「ん? 違うの?」

 ああ、とニーナはうなずく。

 「レイフォンは、武芸者として生きるのだったら人間をやめろ、と言っていた。だが、おまえは武芸者だって人間だ、と言った」

 ライナは頭を掻いた。

 「それで?」
 「思考する剄という名の気体になれ、と」
 「……確かに、そっちも正しいし」

 レイフォンが剄息のことを言っていると当たりをつけていたが、正解であったようだ。

 そこまで言って、ライナは病室の外を見る。すでに夕日は沈んで、暗闇が病院を覆っていた。考えてみれば、今日は十時間しか寝ていないことに、ライナは気づいた。

 武芸者は、普通の人間にはない、剄脈と呼ばれる臓器が存在している。それは普通の人間にはない臓器だ。
 ならば、普通の人間と同じように考えるほうが間違っている。

 「でも、剄の量ってだいたい人によって決まってるからさ、剄息で剄の量を増やしたって、増える量はたいした量じゃないんだよね」

 すくないより多いほうがいいけど、とライナはつけくわえる。

 「レイフォンぐらいの剄の量があれば、あまり気にする必要はないんだけどね。
 でも、あんたはそうじゃない。それだったら、人間の延長だ、って考えたほうがいいし」

 暗に、レイフォンは化け物だ、と言っているようで、ライナはあまりこういう言い方は好きではない。
 しかし、あえてニーナにもわかりやすくするためにあえてそう言った。

 「人間の延長か、そういう考えかたもあるのか」

 そうニーナはうなずく。

 「だが、おまえは教えてくれないのか? その、活剄のやり方は」
 「へ? なんで?」
 「なんで、って。おまえが言ったんだろう?」
 「だから、俺が言ったのは、本に書いてたことなんだって。それにめんどいし」
 「おまえという奴は……せっかく今日は一度もめんどい、と言わなかったのに。ここに来て言うか!」

 顔を真っ赤にしてニーナは言う。やはり、ニーナはこのほうが彼女らしい、とライナは思う。

 「それと、おまえも十七小隊の隊員のひとりなんだから、それなりにがんばってもらうぞ」
 「え~なにそれすげぇめんどくさい」
 「何を言ってるのだ。これからわたしたち十七小隊は、チームで強くなるんだ。 レイフォンにも約束したんだから、だからおまえもせめて、わたしと闘ったときぐらいは力を出せ」

 眼をきらきら輝かさせて、ニーナは言う。

 「めんどいな~。そういうのは隊長さんかレイフォンの役割だろ? 俺は、やってやるぜ、とかがんばるぜ、とかそういうキャラじゃないって」
 「そういうキャラとか、関係ない。おまえもこの学園の生徒で武芸科の学生で、何よりわたしの部下だ。これから、びしびしいくからな」

 すごくめんどくさいことになった、とライナは思った。だけど、すこしだけ自分の口元が緩んでいるのが、ライナにはわかった。

 「それじゃ、俺帰るから」

 そう言って、ライナは振りかえり、ドアのほうにすすむ。

 「待て、ライナ」
 「ん? なに?」
 
 ライナはニーナのほうに顔だけ振りかえる。

 「助かった。ありがとう」
 「俺は、別になんもしてないって」

 そう言いのこし、ライナは前をむくと、もううしろを振りむかず、廊下へ出ていった。








[29066] 伝説のレギオスの伝説14
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2011/10/22 17:36
 ――せっかくの休みの日だというのに。

 そう思いながら、ライナはニーナの病室で椅子に座って寝ていた。ニーナは、武芸の教科書を読んでいる。
 休日ということで、一日中ベットの中で寝てやるぜ! と意気揚々と自分の部屋で寝ていたら、たたき起こされた。サミラヤだった。

 何で今日も、とライナが言うが、サミラヤはライナの意見を黙殺すると、ニーナの病院まで連れてきた。
 サミラヤも一緒にニーナを見るのかと思えば、なにやら用事があるらしく、ニーナに挨拶すると、すぐに帰った。
 そういえば、今日は武芸大会があることを、ライナは思い出す。関係ないかもしれないが。
 そしてサミラヤが帰ると、ライナは椅子に座りこみ、寝はじめた。

 ドアがあいた音でライナは眼がさめた。

 「よ、ニーナ。元気?」

 軽薄な笑みを浮かべるシャーニッドが、ドアのわずかな隙間から顔をのぞかせる。

 「病人にたずねる質問ではないと思うが?」
 「まったくおっしゃるとおり。ってそれになんでライナまでいるんだ?」

 シャーニッドは病室に入ると、すこしおどろいたふうに言った。そのうしろには、どこか浮かない顔をしたハーレイがいる。

「俺も、今日一日ずっとベットの上で熟睡するっていう壮大な計画を立ててたのに、朝、サミラヤが寮に来て、いきなりニーナの看病しろって言われて」
 
 あくびをしながら言うライナを、ニーナは手に持った本を傍らに置くと、怪訝なまなざしをむける。

 「おまえはさっきまで、そこでずっと寝てただろうが」

 ライナはわかっていないな、と右手の人差し指を左右に振る。

 「ぜんぜん違うって。ベットの上で一日中寝てるのと、椅子の上で一日中寝てるのじゃ、眠たって感じが変わってくるし。
 そういえば、あんたずっとベットで寝てるよな。一日中寝られるし、食事は三食つくし、いいな~、俺も病人になりたいな~」
 「おいおい、病人の前でそんなこと言うなよ」

 シャーニッドの軽薄な顔が苦笑に変わっていた。そしてカーテンを閉める。

 「それより何読んでんだ? って、教科書かよ。しかも『武芸教本Ⅰ』って……なんでんなもんをいまさら?」
 「覚えておさなくてはいけないことがあったからな」

 何かを吹っ切ったように晴れやかな顔でニーナは言う。
 はは、ぶっ倒れてもまじめだねぇ、とシャーニッドはあきれたふうに肩をすくめた。

 「それよりも、今日は試合だろう? 見に行かなくていいのか?」
 「気になるんなら、あとでディスクを調達してやるよ。こっちはいきなりの休みで、デートの予定もなくて暇なんだ」

 ハーレイがどこか無理のある苦笑を浮かべている。その様子を見たニーナは首を傾げていた。

 「しっかし、過労でぶっ倒れるとはね。しかも倒れてなお、まじめさをくずさんときたもんだ。まったくもってわれらの隊長殿には頭が下がる」
 「……すまないと思っている」

 皮肉めいた口調に、うなだれようとするニーナを、シャーニッドはいやいやと言う。

 「いまさら反省なんざしてもらおうとは思ってねぇって。そんなもんはもう、さんざんにしてるだろうしな」

 そこまで言って、シャーニッドの雰囲気はどこか冷たいものに変わった。

 「それにな、今日は別の話があってきたわけ。悪いけど、見舞いは二の次なのよ」

 別の話? とニーナはシャーニッドが何を言いだすのかわからず、戸惑っている。

 シャーニッドは腰についている錬金鋼をふたつ抜きだす。

 「一度は小隊から追っ払われた俺が言うのもなんなんだけどな……」

 手に余るサイズの錬金鋼を両手であそびながら、シャーニッドは続ける。

 「隠しごとってのは、誰にでもあるもんだが、どうでもいいと感じる隠しごととそうじゃないってのがあるんだわ。
 どうでもいいほうなら本当にどうでもいいんだが、そうでもないほうだと……な」

 比較的はやい速度で戦闘状態に復元させた錬金鋼を、二丁の銃の片方をシャーニッドの背後にいるハーレイ、もう片方を椅子に座っているライナにむけた。

 「シャーニッド!」

 ニーナは叫んだ。シャーニッドに銃を突きつけられたハーレイは突然のことに固まっている。ライナは眠かった。

 「そんなもんを持ってる奴が仲間だと、こっちも満足に動けやしない。背中からやられるんじゃないかと思っちまう。
 たとえば今だと、こいつらが爆発するんじゃないか……とかな」

 シャーニッドの眼はライナのほうにむけられている。

 馬鹿な、とニーナははきすてるように言う。

 「ハーレイはわたしの幼馴染だ。こいつがわたしを裏切るようなことをするはずがない。ライナは……すくなくても、いきなり裏切るような奴ではない、と思う」
 「俺だって、ハーレイの腕を疑ってるわけじゃない。ライナはとにかくな。それはそれとして、だ。たぶん、仲間はずれなのは、俺たちだけなんだぜ」

 何? とニーナはハーレイを見た。ハーレイのこわばった顔から、このままだとレイフォンのことを言うだろう、とライナは思った。

 「ハーレイ?」
 「……ごめん」
 「おまえがこの間からセコセコと作ってた武器、あれはレイフォン用なんだろ? あんなばかでかい武器、何のために使う? 
 ばかっ強いレイフォンにあんな武器を持たせてなにやらかすつもりだ? 
 だいたいの予想はついてるし、だからこそフェリちゃんやライナもそっち側だって決めつけてんだんだが、できることなら、おまえの口から言ってほしいな」

 めんどいから、別にライナは口に出したくなかったが、ばれてしまうと、カリアンに一週間、機関部掃除をさせられそうになりそうな気がする。ライナはため息をついた。

 「で、知ってどうすんの?」
 「あ?」

 シャーニッドの声に苛立ちの色が感じた。

 「だから、知ってどうすんの? 別に知ったってあんたらにできることなんて、何もないし、めんどいだけだって。
 な、だからこの話はここら辺にして、みんなで昼寝すりゃいいじゃん」

 シャーニッドの眼が鋭くなる。さっきまでの軽薄な顔が消え、無表情になった。

 「だいたいライナ。てめぇはいったい何者だ?」

 ハーレイにむけられていた左手の銃もライナにむけ、ライナのほうに近寄ってくる。ハーレイの顔がすこし安心したように息を吐いた。
 
 「おまえの入隊試験の日、ニーナの一撃を受けても、たいしたダメージを受けてねえのが気になって、おまえの様子を注意して観察してたんだが……」

 そして二丁の拳銃をライナの頭に突きつけた。

 「さすがにおどろいたぜ。まさか、ニーナの攻撃を避けるどころか、旋剄に対応して打点をずらすなんてな。
 その上、注意してなけりゃ、攻撃した本人すら気づかないぐらいの動きまでしやがって」

 シャーニッドははきすてるように言う。

 「そこで、俺もいろいろさぐってみても、ほとんど何も出てこなかったんだけどな……そこでひとつ思い出したことがあったんだ」

 昨日見た医者もそうだが、学園都市といえど、できる奴はいるんだな、とライナは思った。
 まあ、レイフォンみたいなのがいる時点で、予想できなかったわけではないが。

 「汚染獣が襲ってきたときに、どこからか出てきた黒装束の男。それ、おまえだろう」
 「は?」

 ライナが紛らせようとする前に、シャーニッドが口を開く。

 「おっと、とぼけるのは、なしだぜ。おまえ以外にアリバイがあるのは調査済みだ。
 だいたい、鋼鉄錬金鋼に電流を流した時点で、ローランド出身のおまえだって気づくべきだったんだが、おまえのいつもの動きを見るかぎり、そんなわけもねえ、って思わされちまった」

 なかなか厄介なのにひっかかったなと、ライナは心底めんどくさくなった。

 「まあ、そんなまねができる奴相手に正直、俺がこうやって銃を突きつけてても、あんま意味がないかも知れねえけど。
 それに、銃を突きつけても、ぴくりともしねえし。まあ、それでもあえて言わせてもらうが」

 一瞬、シャーニッドは間を置く。

 「てめぇ、いったいツェルニに何しに来た?」
 「シャーニッド!」
 「おっと、隊長も今は黙っていてくれ」

 ニーナが叫ぶが、シャーニッドはそんなニーナを制すように叫ぶ。

 「そんなことより、今はレイフォンのことを聞きたいんじゃないの?」

 話をそらそうとするライナを、シャーニッドは鼻で笑った。

 「たしかにな。だけどおまえも言ったように、俺たちが聞いたって意味がないかも知れねえ。だから、今はおまえの正体のほうが大切だ」

 まさか、ライナの発言を利用してくるとは。ライナが思っていた以上にこの人は厄介なのだと、確信した。

 「だいいち別に俺ぐらいの奴なんて、ローランドには掃いて捨てるぐらいいるって」
 「そいつもウソ、だな」

 ライナは心の中で眉をひそめた。

 「俺はわけあって、ローランドの奴と何人か会ってるが、おまえのように自然に打点をずらしたりできる技量を持った奴を見たことがねえ。
 前もって言っておくけど、偶然なんかでニーナの旋剄の打点をずらすなんてできねえし、自動機械と闘ったときとか何度も打点をずらしてる時点で、偶然なんかじゃねえ」
 「あれぐらい、慣れれば誰でもできるし」
 「あんなもん、慣れでできれば、おれたちは苦労しねえよ」

 ジュルメ・クレイスロール訓練学校では、他の二人は、もともとそれなりに訓練をつんでいたのでそれなりにやれていたようだ。
 しかしライナはまったく武芸の類などしたことがあるどころか、記憶すらほとんどないまっさらな状態でいれられてきたため、ライナは他の二人よりずっと長い時間調練をさせられていたものだ。
 ジュルメの攻撃を避けることすらできない中で、ライナにできたのは打点をずらすことだけだった。あの環境で、打点をずらすことができなければ死ぬだけだ。

 「それにおまえ、剄すら隠してるだろう。今のおまえの剄でも、ぶっちゃけ隊長クラスはあるんだけどな。
 だけど、おまえをうしろから見てるかぎり、もっと剄があるようにしか思えないんだよな。ま、これはあくまで、俺の勘でしかないけどな」

 どうやってシャーニッドをかわそうか、ふだん使ってないライナの頭で考える。

 「でも俺はその、汚染獣のときに出てきた奴じゃないって言うけど」
 「ここまで言っても、おまえは違うって言うのかよ。まあ、そこは正直あんま問題じゃないんだよな。
 問題なのは、おまえが何者で、何のためにツェルニに来たのかってことだけだ」

 まだ、シャーニッドはライナが怪しい、というだけで何か具体的な証拠の類はないようだ。
 それだけなら、なんとかなるだろう。そもそも、ライナは任務をやる気なんか、ツェルニに来る前からない。
 ライナはため息をつく。

 「俺がここに来たのは、俺がこんな性格だからそれを直させようって来たんだって」
 「おまえぐらいの奴が、そんな理由でローランドから離れてるツェルニに来るわけないだろ」
 「じゃ、あんたは俺が何のためにツェルニに来たと思ってるの?」
 「それがわかんねえから、直接聞いてるんだだけどな」

 予想どおり、とライナはあくびしたくなった。

 「仮に、俺が何かするために来たんなら、汚染獣が来たときにその任務を済まして、さっさとツェルニを出るだろうし」
 「そいつは、そんなときにゃ、監視なんか厳しくなるから無理だろ」

 ここで、いつもライナの近くに、念威端子が見張っていることを言わないようにするのに気をつける。
 ただ、今は念威端子はカーテンのむこうにいるから、気にする必要はあまりないが。

 「まあ、たしかにそうなんだけどさ。でもあんたが言ってるみたいに、俺がすげぇ強かったら、別に監視の眼なんか意味ないんじゃないの?」

 シャーニッドの眼に焦りの色は見えない。だがもうひと息、だとライナは思った。

 「まあ、たしかにそうだ。ましてや、おまえがあんとき出てきたらな、おまえがここに来た理由がさらに限られてくる」

 淡々とシャーニッドは言う。

 「だけどだな、おまえが仮にあんとき出てきた奴だと仮定するとだ。なぜおまえは鋼鉄錬金鋼しか持ってこなかった、ということが鍵になるって俺は思うわけよ。
 つまり、襲うときにそれほど手間取らない相手、まあ武芸者じゃない一般人」

 ライナは、シャーニッドが何を言おうとしているのか、なんとなくわかった。

 「つまり、汚染獣の襲来のときに襲いにくくて、さらに暗殺や誘拐する価値がある一般人、つまりライナ、おまえの目的は」
 「カリアンの暗殺もしくは誘拐、って言うんじゃないよね」

 ライナがシャーニッドの言葉を遮るように言うと、シャーニッドは黙ってうなずく。
 ライナは、大きくため息をついた。

 「あんたの話はそれで終わりかよ。聞いて損した」
 「そりゃ悪い」

 シャーニッドはまったく悪びれた様子もない。シャーニッド自身も、この答えはおかしいことに気づいているのであろう。
 ということは、これはべつの話につなげるための餌。これ以上、シャーニッドと話すのもめんどいから、餌に食いつくのもいいのかもしれない。
 でも、機関部掃除一週間はさすがにめんどいから、あとでハーレイにでも、罪をなすりつけようかと、ライナは思った。

 それにしても、シャーニッドもやたらに遠まわりに話を進めたものだ。たぶん、ここでライナのことを知ることができれば、それでいいし、知れなければ、それでもいい。
 ライナとの会話で何も証拠が出なかったら、もうシャーニッドにライナの正体を探ることはそうはないだろう。
 ただ、ライナを牽制するぐらいにはなる、と考えているはずだ。

 「だいたい、もし俺の任務がカリアンの誘拐やら暗殺だったら、正直、入学式の終ったあとに呼び出された時点で、やるはずだし。
 そもそも、入学なんかまどろっこしいことなんかしないって。
 それにわざわざ遅らせるなんて、ばれる可能性が高まるじゃん。それにカリアンをやる機会をうかがってるんだったら、今日、俺がここにいるわけないし」

 そこで、シャーニッドはにんまりと笑みを浮かべる。

 「なんで、今日おまえがここにいないんだ?」
 「そりゃ、レイフォンが今都市にいないから……ってやべぇ、口が滑っちまった」

 ライナは右手で頭を押さえる。すこしわざとらしかったかな、とライナは思ったが、まわりを見るかぎり、ばれなかったと思う。

 「それは、どういうことだ!」

 さっきまで黙っていたニーナがベットに身を乗り出さん勢いでライナの話に食いつく。ハーレイがそわそわしはじめた。

 「まあ、これ以上はここでは話せないって」
 「じゃあ、ここじゃなかったら、いいんだな」

 シャーニッドがすぐにライナの言葉の裏を拾ってくる。

 「ラ、ライナ」

 ハーレイがおちつかないように言う。

 「さっきも言ったけど、あんたらが知ったところで、意味なんてないと思うし、知らないほうが楽だと思うんだよな。
 世の中知らないほうがいいことだって、たくさんあるし、それにこれだって、俺なりの親切心だし。それでも、知りたいの?」
 「能書きはいいから、さっさと今レイフォンに何が起きてるのか、教えろ!」

 たぶん、ニーナはこれを聞いたら、絶対にレイフォンのところに行くだろうな、とライナは思った。しかし、自分の発言がすごく上から目線なのが、なんともいえない。
 でも、ここまできたら、ライナが話すまで聞き続けてくるのはなんとなく予想できる。きっと、レイフォンはこうなることをなんとなく予想していたのではないか、と昨日の言葉から推測した。
 ライナは壁にかかっている時計を横目で見た。十一時も半ばをすぎていた。

 「そこまで言うんだったら……でも俺が言うのめんどいし」

 ライナが言うと、シャーニッドは安心している様子のハーレイに左手の拳銃をむけ、ハーレイのほうにすこし近づいく。ハーレイの弛緩していた身体が、また硬直する。

 「つーわけで、ハーレイ、おまえの口から言ってもらおうか」

 ハーレイの顔がみるみる青くなっていく。そして肩をおとした。

 「ごめん」

 とハーレイはつぶやく。

 「レイフォンは、ひとりで汚染獣と闘いに行ったんだ」
 「なん、だと」

 ニーナは驚き、そう口から洩れる。シャーニッドは予想通りなのか、あまり驚いてないのか、相変わらず銃口をライナとハーレイにむけていた。

 「それは、どういういことだ! どうしてそんな大切なことをわたしに隠していたのだ!」

 ニーナの怒号にハーレイを首を振った。

 「彼なら、大丈夫。そう思ってた……新しい錬金鋼の開発に熱中していて考えが足りなかったのは認めるよ。
 だけど、大丈夫だって思ってたのも本当なんだ。だけど、あの姿を見て、間違っているのかもしれないと思った。
 当たり前だよね、そんなことは。汚染獣と闘うんだ、ひとりで……そんなことは当たり前なんだけど、でも、それだけじゃないような気がした」

 ニーナは歯を噛みしめ、ライナのほうをむく。

 「こんなところで、ゆっくりしてる場合じゃない。今から、会長のところに行くぞ」

 ライナの予想どおりすぎて、めんどくさいことになってきた。

 「でも、今のあんたは全身筋肉痛で、何もできないかもしんないのに、どうしてレイフォンのところに行こうと思うんだ。めんどいだけなのに」
 「おまえは、レイフォンのことが気にならないのか。たったひとりで汚染獣と闘うんだぞ」
 「ぜんぜん」

 間を置かずライナは言う。ニーナは愕然とした表情を浮かべていた。

 「だって俺は、落ちこぼれコースを万進してるのに、レイフォンは今じゃツェルニ最強のアタッカー……なんて言われてるぐらいなんだぜ。俺が心配したって無駄じゃん」
 「同じ部屋で暮らしている奴が生きるか死ぬかの中にいるのだぞ。おまえはそれでも、それでも気にならないのか!」
 「それよりあんたを無茶させるな、って、レイフォンから言われてるし。ここであんたを通すと、あいつに毎朝はやく起こされそうだしな」

 ライナはそう言うと、ライナにむけられていたシャーニッドの右手の関節を極め、音を立てないように投げ倒す。そして、両手の銃を叩き落とした。
 おそらくシャーニッドには、何が起こったのか、把握できなかったにちがいない。

 「ってなわけで、ものすごくめんどくさいけど、あんたをここから出させるわけにはいかないよ」

 ニーナの顔が一瞬おどろいたようになったが、すぐに真剣な顔になり、ベットの近くにあったかばんの中から、錬金鋼を取り出した。

 「おい、やめろニーナ。今のおまえじゃ、絶対勝てねえ。いや、万全のおまえと俺のふたりがかりでかやったって、どうやっても絶対勝てねえ」

 ライナに床に押さえこまれ、顔を青ざめたシャーニッドが言う。今のやり取りの中で、実力差は感じたはずだ。

 「それでも、わたしは行くぞ。おまえと戦ってぼろぼろになっても、腕がなくなろうとも、足がなくなろうとも、わたしの命がある限り、必ず、レイフォンの元にむかっていって見せる」

 ニーナの体が、輝く剄の光に包まれる。まだ筋肉痛の影響が残ってるのか、ニーナは顔をゆがめる。それでも、個人練習をしていたときより、ずっとまばゆく輝いていた。

 「何で、あんたはそこまで、レイフォンのことが気になるんだ?」
 
 ――恐れというものをしらないのだろうか、ニーナは。

 そうライナが思うほどに、ニーナの顔には恐怖の色が見えなかった。ライナとニーナの力の差は、明らかにあることなんて、わかっているはずなのに。

 「レイフォンは、このツェルニで暮らし、武芸科の生徒で、十七小隊の仲間で、何よりわたしの部下だっ! 
 なのに隊長のわたしが、ここにいていいわけないだろうっ! 闘うことはできなくとも、むかいに行くことぐらいはできるはずだ!」

 やっぱり、この人はめんどくさい。何で俺は、こんな人とこんなところでやりあっているのだろうか、とライナは自分自身にあきれた。

 シャーニッドから離れると、さっきまで座っていた椅子に戻る。
 シャーニッドは、拳銃を拾うと、ニーナの傍に行き、両手の拳銃をライナのほうにむけた。

 「あ~やめやめ。てか、なにマジになってんの俺。すげぇはずかしいんだけど」

 テレを隠すように、あくびをしながら、ライナは口に手をあてた。

 「それじゃ、行きたければ行けばいいし、好きにすればいいよ。ってかそれは俺が言うことじゃないしな」

 ライナの急激な態度の変化に対応できないのか、ニーナは呆然としていたが、うなずくとベットから体を起こし、ベットから出た。
 そしてかばんの中に入っている制服を取り出すと、病院着の上から羽織った。そして病室を出て行く。シャーニッドも続く。

 今日はこのまま帰ってベットに入って、昼寝でもしようとライナは思った。
 しかしもしこのままニーナがレイフォンの元にむかい、何かニーナの身に危険なことが起きたら、寝心地が悪くなりそうだな、と思う。
 それにレイフォンに徹底的に朝はやく起こされそうだし。

 ライナはため息をついて、ハーレイをのこして病室を出て行った。







[29066] 伝説のレギオスの伝説15
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2013/04/04 20:54
 ニーナたちが生徒会室から出て行くのを、廊下から見送った。殺剄を使っているので、ニーナたちは気づかなかったはずだ。

 ニーナたちが見えなくなったところで殺剄を解き、ノックをして生徒会室に入る。
 カリアンはうしろめたさなど微塵も感じさせない笑みを浮かべ、執務机でなにか仕事をしていた。

 「やあ、ライナ君。ニーナ君たちがさっきまでいたけど、君はいま何をしているのかな?」
 「別に、ニーナに事情を話したのは、俺じゃないからね」

 ささやかに、ハーレイに罪を着せる。

 「それはどうでもいいことだけど、君は今日、ニーナ君の看病をさせておくと、サミラヤ君から報告があったんだけど。君はどうして、ニーナ君と一緒にいないのかな?」
 「てか、何で休日なのに、俺が生徒会の仕事させられるんだよ。おかしいだろ絶対」
 「君のことは、サミラヤ君に一任させてるからね」

 さらりとライナの抗議は流される。

 「それより、君は何の用かな。私も仕事が忙しいからね、手短にお願いするよ」
 「う~んと。正直めんどいけど、ニーナに何かあると、あとでレイフォンにひどいことされそうだからさ、俺もさ、行っていい?」

 ライナが言うと、カリアンはすこし笑みを深める。

 「君は行ってどうするんだい?」

 疑問符を疑問符でかえされる。

 「行って、レイフォンと汚染獣の戦いを見とく。めったに見れるもんじゃないしね。それに、ニーナたちが行き過ぎたら、引きずって帰ってくるよ」

 ライナが言うと、カリアンはすこし考えるように右手をあごに乗せると黙りこむ。

 「……ふむ、そうだね。まあ、いいだろう。ニーナ君だけに許可出しておいて、君だけを残しておくのも違う気がするしね」

 ふつうはただの一年に許可なんか出さないはずなのに。カリアンが何を考えているかはだいたいわかるが、あえてそれに触れるはめんどい。

 「ところで君は、ランドローラーに乗れるのかい? まだ一年は実習を組んでいないはずだが」
 「それぐらいなら、ローランドでやってるから、たぶん何とかなると思うけど」
 「そうなのかい。まあ、マニュアルはちゃんとあるから読んでおくように。誘導のほうは妹に任せよう」
 「それじゃ、行ってくるわ」
 「ただし、生きて帰りたまえ。無理だと思ったら逃げたまえ」
 「わかってるって。俺だって死ぬのはいやだし」

 ライナはそう言うとふり返り、ドアのほうに歩き出した。





 ライナは乾ききった荒野をごてごてしたスーツを身に纏い、ランドローラーで汚染獣のほうへすすんでいた。
 どこまで走っても、景色に変化はない。ただ、乾いた大地がそこにあるだけだ。ほかに見えるものなど、天にのぼっていく竜巻ぐらいしかない。

 ――いつ、地上がこんな枯れてしまったのか。

 いや原因はわかっている。ぞくに、汚染物質と呼ばれているものだ。
 なぜ、汚染物質が世界を覆ってしまったのか。

 はるか昔にあった戦争の影響だとか、環境破壊がひどくなったからなのか。さまざまな説があるが、いまだによくわかっていない。

 ライナはそんなことをふと思う。やることがない上、おちおち寝ることすらできない。
 こんなくだらないことを考えることぐらいしかないことに、ライナは疲れた。はやく帰ってベットの上で寝たい。

 それはともかく、ただわかっているのは、今のこの大地の覇者は人間ではなく、汚染獣であることだけだ。人間は、せいぜい自律移動都市の中にいることしかできない。

 そして今、その汚染獣にひとりで立ちむかっている者がいる。

 ――レイフォン・アルセイフ。

 ライナと同じ寮の同じ部屋でともに暮らし、同じ学年、クラスで、同じ武芸科で、同じ小隊のメンバー。
 そして武芸の本場と名高い槍殻都市グレンダンの出身。はるかむかし、ローランドはグレンダンと戦争をして負けた、という話を聞いたことがあった。

 何か、すこしできすぎているような気がライナはしていた。はかりしれない意志の力が動いているような錯覚。

 任務的に、ひとり部屋のほうがいいはずなのに、そういった工作がなされなかったのか、レイフォンと相部屋になっている。
 入学式の騒動が起き、生徒会の雑用をさせられ、汚染獣がツェルニに襲来して、挙句はレイフォンがいる十七小隊への特別隊員になり、そしてツェルニの移動先にいる汚染獣。

 ふつう、汚染獣と闘うなんて、十年に一度もあれば多いほうだ。一生に一度もない人さえいる。

 だが、このぶんだと、これから先まだまだ何かありそうな気がして、ライナはうんざりした。そのうちツェルニにサリンバン教導傭兵団が来る、という最悪の状況も考えられる。

 ――めんどいの、好きじゃないのにな。

 ライナは心の中でつぶやく。
 せっかく、サリンバン教導傭兵団のようなバトルジャンキーから逃げようと平和なはずの学園都市にやってきたのに、立て続けに起こる事件。ライナはただ、平和に昼寝さえできればいいのに、と思っているだけなのに。

 「……じきに着きます」

 フェリの無愛想な声が、ライナの耳元から聞こえてきた。

 活剄で強化した眼に、遠くに黒い粒が見える。
 おそらくランドローラーに乗っているニーナたち。距離は十キルメルほどだ。
 ライナが思った以上に追いつくのに時間がかかったが、あと一時間もしないうちに追いつく。

 そしてランドローラーを走らせるにつれ、ニーナたちの姿も大きくなっていくが、それ以外に、長細い何かが砂煙の中から見えてくる。だがその大きさは、ニーナたちより三倍以上は、優にある。

 ――あれが汚染獣。

 ライナは思った。

 ライナも一度闘っているとはいえ、その汚染獣はあそこまで大きくはなかった。
 ここから見て、あれほどの大きさで見えるということは、近くに行けば、かなりの角度で見あげなければならないだろう。見あげていられる余裕があればの話だが。

 そのまわりで動いている羽虫のような小さい黒い影のように見えるものは、おそらくレイフォンだろう。

 ニーナたちの姿が、だいぶはっきりと見えてきた。
 だが、ニーナたちも汚染獣に近づいている。はやく追いつかなければ、と思いライナはアクセルを吹かした。

 汚染獣のほうから飛んできた岩がニーナたちに降ってきている。
 ニーナたちはそれをランドローラーをうまく操縦して避けた。もともとそれほど多くの岩が降ってきているわけではないのが、幸いしたようだ。

 汚染獣の姿がはっきりしてきた。

 どこかは虫類に似た、長く飛び出している顎に口から見える鋭い牙。だが、体のあちことには斬り傷。左目は潰れている。

 ニーナたちまで、あと三キルメルほどに近づいたとき、見えなくなったレイフォンをさがすように身をもだけていた汚染獣が、ライナのいるの方向にむきを変え、這うようにして動き出した。
 シャーニッドがライフルを汚染獣にむけて撃っているが、汚染獣の速度に、変化はない。

 レイフォンはすぐに現れる。そしてニーナたちの横か駆け抜けると、汚染獣の前に出て、身体を跳ね上げる。
 宙に舞い上がって、回転して振り下ろす。斬撃はかすかに汚染獣の額を割り、血を噴き出した。地響きが起こっていると勘違いさえする汚染獣の咆哮。

 レイフォンの体が再び舞い上がり、走り続けているニーナたちのランドローラーの上に飛び乗った。ライナも、もだえている汚染獣を横目に通りすぎる。

 「おい、聞いているか?」

 ニーナの声が聞こえてくる。

 「いえ……それよりもはやく逃げてください」
 「聞けっ! おまえのランドローラーは壊れた。移動手段はこれしかない」

 ライナはやっと、ニーナたちに並んだ。

 「まあ、俺も一応いるけど」

 ライナがいるのに気づいたのか、ニーナたちはライナのほうを振りむく。シャーニッドは銃口をライナのほうにむける。

 「ライナ……」

 誰ともなくつぶやいた。

 「そんなぼぉってしてる暇ないと思うよ。はやくしないと、汚染獣こっちに気づくし」
 「ライナ、おれたちを口封じにでも来たか」

 シャーニッドは敵愾心を隠さずに言う。

 「あんたらに何かあったら、俺の寝心地が悪くなるから見にきた」
 「それを、おれに信じろっていうか」
 「シャーニッド! 今はそんなことを言っている場合ではないだろう」

 ニーナが言うと、シャーニッドは舌打ちして銃をおろした。

 「レイフォン、おまえは倒せるのか?」
 「……」
 「その武器は、もう限界だろう? そんなもので、本当にあの汚染獣を倒せるのか?」

 レイフォンの手元にある錬金鋼には、ひびが入っている。あと一、二撃できればいいほうだろう。

 「もう汚染獣が動き出してます。もう行かないと」

 その瞬間に、シャーニッドがレイフォンの襟首をつかむ。

 「まあ、待てよ」
 「放してください」
 「話を聞けって、隊長のありがたい話だぜ?」
 「無理やり行きますよ?」
 「俺の腕が引きちぎれてもいいんならな」

 このまま飛び出して剄を使えば、そうなることは簡単に予想できる。そうしなくても、ランドローラーはバランスを崩して転倒するのは眼に見える。

 「ここまで来て、やることもなく帰るってのはかっこがつかんよな。
 ライナはとにかく、俺もそうだけど、満足に動けないのに来た隊長もだ。十七小隊は隊長に恥をかかせるようなとこじゃねぇぞ」
 「聞いたことないですよ」
 「だろうな。今決めたから」

 さっきのライナの態度とは違って、飄々として受け流すシャーニッド。

 「作戦はあるのか? あと一撃で倒せる勝算はあるのか?」
 「……あります。さっきつけた額の傷、あそこにもう一撃できれば」
 「そこに確実に一撃を加える算段はあるのか?」

 レイフォンはそこに至る方法がないのか黙りこむ。そんな様子のレイフォンに、ニーナはよし、とうなずくように言った。

 「なら、勝率を上げるぞ」

 レイフォンはそのニーナの言葉が思いがけなかったのか、え? とかすかにつぶやいた。

 「フェリ、聞いているな。この周囲にわたしの言う条件を満たす場所を探せ。いそげよ」

 いくつかニーナは条件をあげていく。

 「すぐそばにあります。南西に二十キルメルほど行ってください」
 「シャーニッド」
 「了解、隊長」

 ニーナたちのランドローラーが方向を転じたのを、ライナもあわてずに同じように転じた。

 「レイフォン。汚染獣がわたしたちから離れるということはないな?」
 「え? ……ないでしょう。あいつはランドローラーよりもはやいですから」
 「なら、二十キルメル分の時間を稼げ、武器を壊すなよ」
 「おっと、そいつはライナにやらせろ」

 ニーナとレイフォンの会話に、シャーニッドが入る。

 「おれは、まだこいつを信じてねぇ。そんな奴が何もしないってのは、怖くてしかないぜ」
 「ってか、俺にあの汚染獣を抑えられるのかよ」

 ライナはいやいや言う。このままなら、ライナは何もせずにすむと思っていたのに。

 「ああ、おまえならできるさ。おれはよくわかってる」

 うしろから、ライナたちのほうにすすんでくる地響きが聞こえる。

 「しなかったら、どうするのさ」
 「おまえのランドローラーに体当たりして、おまえを囮にする」

 シャーニッドは悪びれる様子もなく言った。

 「シャーニッド!」

 ニーナはシャーニッドを咎めるように言うが、シャーニッドは気にとめないように話を続ける。

 「おれはおまえが時間稼ぎをしてくれれば、おまえがおれたちを攻撃してこないやつって認めてやる。それに病院であったことも誰にもいわねえ」
 
 地響きは近づいてきている。もうそんなに遠くはない。

 これ以上時間をかけてしまえば、二十キルメルなど、とても間に合わなくなる。
 レイフォンに任せるにしても、武器がそんなに持たない。それに確実に汚染獣を倒してもらわなければ困る。
 ニーナはとても闘える状態ではないし、シャーニッドでは汚染獣を防ぐには、力不足だ。

 「それじゃさ、あたらしい枕買ってくれる? 最近、枕が合わなくなってきて、眠りにくくなってるんだよね」

 ライナがそう言うと、シャーニッドは笑い出した。

 「ああ、いいぜ。好きなやつ、何でも買ってやるよ」
 「お、ちょっとだけやる気になってきた。じゃ、そういうことで」

 ライナはそう言うと、速度をすこしおとす。徐々にニーナたちが遠くなっていく。レイフォンから、心配そうな視線を感じた。

 「ま、めんどいけど。枕がかかってるんじゃ、しょうがないよね」

 ライナはつぶやき、うしろを見る。とはいえ、紅玉錬金鋼なしで、うしろの汚染獣を抑えるのは、すこし無理がある。
 こうなれば、ローランド式化錬剄を使うしかないのだろうか。しかし使えば、忌破り追撃部隊に追われかねない。

 汚染獣があと二キルメル後方にいた。こうしている間にも、距離は縮まってきている。
 こうなれば、忌破り追撃部隊のことなどか考えてもしかたがない。その前にライナは汚染獣の腹の中に入ってしまう。

 汚染獣はライナを標的に定めたように、片方失った眼でライナをにらみつける。
 ライナを獲物を見るような眼で見ていた。それだけでも、ライナの体から、汗が噴出してくる。

 ――レイフォンはこんな中で、一日近く闘っていたのか。

 ライナは、舌を巻かずにはいられない。とても、迷っている暇はなさそうである。

 ライナはとりあえず、鋼鉄錬金鋼を復元させる。本来、ローランド式化錬剄に、錬金鋼は必要ない。
 ただ、錬金鋼がなければ使えないと思わせるためだ。紅玉錬金鋼があれば発動速度が上がり、威力も強くなるが。

 左手だけをランドローラーのハンドルに手をかけて、身体をうしろにいる汚染獣のほうにむけ、錬金鋼を持った右手を汚染獣のほうに突き出す。
 そして、人差し指をたて、模様を書くようにして指先を躍らせながら、指先から空中に剄を流しこむ。完成。

 ――ローランド式化錬剄。外力系衝剄の化錬変化、稲光(いづち)。

 空間に浮かんだ化錬陣と呼ばれる模様の中心から現れた光源が、雷鳴のような烈しい轟音とともに放たれ、汚染獣の頭に命中。汚染獣は頭を揺らしながら、動きを止める。

 はるかむかし、ローランドにいた剄の研究者が、空間に剄を流しこむことで、錬金鋼なしでも化錬剄が発動する方法を発見した。
 それがローランド式化錬剄の原型となり、今ではローランドの力の源になっている。

 空間に化錬陣を書かなければならないため、剄技の発動に若干の時間のロスはある。
 しかし、威力の高さや錬金鋼を使わずに発動可能なため、戦争のときに、威力を最大限発揮する。

 さっき発動した稲光は、七割ぐらいの威力。発動速度も、若干ゆっくりだ。
 汚染獣は一度は止まったものの、すぐにライナのほうを見る。その眼は、すでにライナを獲物ではなく、敵と認識したように鋭くなっていた。
 汚染獣はふたたび動き出す。

 次は八割ほどの威力の稲光を発動。直撃。汚染獣は一瞬倒れるが、すぐ立ち上がり動き出す。
 さすがに、レイフォンが一日駆けて倒せない相手だ。相当、強い。しかし、連続の電撃からか、動きが鈍い。今なら、ランドローラーのほうが、はやい。

 そう思ったライナは、ランドローラーの速度を上げて、レイフォンたちのほうにむかった。





 ライナが走っていると、渓谷のようなものが見えてくる。本当にこれが渓谷だったものなのか、岩ばかりが目立ち、よくわからなかった。ただ傾斜の中に、川が流れていたあとがあるだけだ。

 ニーナの作戦は、移動中に聞いている。確かにこの作戦なら、確実に一撃を入れることができる、とライナは思った。
 ライナはまだ、ニーナたちに追いついていないが、それでも、フェリの念威端子のおかげで聞くことができる。

 「奴が追いつくのに、どれくらいかかる? ライナ、おまえはここに来るまで、どれくらいかかる?」

 ニーナの言葉を受け、ライナは汚染獣のほうを振りむく。ライナの見るところ、汚染獣は十キルメルほど離れた場所にいる。

 「たぶん十分ぐらいじゃないか。俺は三分もしないうちに、そっちに着くと思うよ」

 ライナがそう言うと、ニーナはうなずいた。

 「では、わたしたちは斜面のふもとでライナが来るまで待機する。そのあとで、私とレイフォンはそこで降りる。
 ランドローラーをこれ以上奥に行かせるのは無理だからな。シャーニッド、ライナをつれて、ランドローラーで射撃ポイントに行け。レイフォン、わたしを運べ」

 地形の説明をフェリが言い、ニーナはそれにいくつか質問をしていた。それだけで地形は完全に把握したのか、迷いなくライナたちに指示を出していく。

 ライナがニーナたちに合流すると、レイフォンはニーナをかかえてランドローラーから降りて、渓谷の奥にむかう。
 シャーニッドはレイフォンたちが降りると、射撃ポイントのあるほうへむかうため、ランドローラーを走らせはじめた。ライナはシャーニッドについていく。

 ――ニーナも、無茶をする。

 ライナは思った。ニーナが考えた策は、腹を減らした汚染獣をニーナ自身を囮にして誘い出し、シャーニッドが狙撃した岩が崩れ落ちることで汚染獣を埋め、そこにレイフォンが一撃を加える、というものだ。

 レイフォンも最初は、ニーナが囮になることに反対だったが、ニーナの強い意志に負けたようだった。

 ライナたちはニーナたちとは、反対の方向、渓谷の高いところに止まった。
 そこでシャーニッドと一緒に、ランドローラーから降りて、所定のポイントで射撃の準備に入った。
 とはいっても、まだ汚染獣が来る様子はない。それに、ライナの役割は終っている。だから寝てもいい? とニーナに聞いたが速攻で却下された。

 「なあ、ライナ」

 錬金鋼の点検をしているシャーニッドがつぶやくように言った。

 「ん?」
 「おまえ、あの汚染獣を倒せただろ?」
 「そんなの無理だって」

 あれほど弱っている汚染獣ならば、たとえ老生体であろうと、光の槍を放つ光燐(くうり)や、いくつもの炎弾を放つ紅蓮(くれない)を駆使すれば、それほど苦労せず屠れたはずだ。
 めんどいからやらなかったが。

 「嘘だろ、それ。あんぐらいの化錬剄が使えたら、楽勝で倒せただろ」
 「ホントだって。それにニーナに頼まれたの、汚染獣の足止めだけだったし」
 「そんくらい、自分で考えろって」
 「何より、めんどくさいし」

 ライナは大きなあくびをした。今日は一時間も寝ていない。ライナの記憶の中で、これほど眠っていないのは、子どものころ以来だ。

 「……俺はおまえのことがよくわかんねぇよ」

 シャーニッドはそう言うと、静かに錬金鋼の調節に入った。

 ライナは、遠くにいる汚染獣のほうを見る。

 体中は傷だらけで、ところどころ火傷の痕もある。
 だが、その瞳はいまだに鋭くかがやいていた。まだ、自分はまだ生きているのだ、と汚染獣が主張しているようにさえライナには思えた。
 すでに汚染獣は、ニーナまで三キルメル先にまで近づいている。

 ライナは、ニーナのほうを見た。

 ニーナの顔は窺うことはできない。だが、その顔は青ざめているのは、簡単に想像できた。それでも、恐怖に耐えじっと同じ場所で待機している。

 徐々に、地響きも大きくなってきている。汚染獣はもうニーナまで一分もかからずに食らうことができる距離。
 作戦が失敗したとき、すぐにでもライナは動けるように準備はしている。成功はして欲しいが。

 シャーニッドが銃を構え、引き金を引いた。瞬間、岩肌が崩れだし、岩と土砂が汚染獣にふりそそぐ。
 汚染獣の咆哮がライナの耳まで届いた。

 ニーナの身体にも、大量の土砂が襲いかかろうとした瞬間、ニーナの身体が宙に浮いた。レイフォンの鋼糸がかすかにニーナの身体に巻きつけられている。

 ニーナの身体が浮き上がるのと反比例に、レイフォンの身体は汚染獣のほうに降りていく。
 そして、レイフォンはぼろぼろになった剣を、動けなくなった汚染獣の額に振り下ろした。






[29066] 伝説のレギオスの伝説16
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2013/04/04 23:24
 汚染獣を倒すことができた帰りも、ランドローラーが故障したりしたが、それでもライナたちは何とか無事にツェルニに戻ってくることができた。

 レイフォンは入院。退院するまで二日かかった。

 ライナはレイフォンが入院している間、寮で寝ほうだいだぜイヤッホォォォッ、と喜んでいたが、ツェルニに帰った次の日の朝、サミラヤにたたき起こされ、学校に連れて行かされた。夢は儚かった。その上、レイフォンの看病に行かされた。
 そして、レイフォンが退院した次の日、ライナを含めた十七小隊のメンバーが鍛錬を終えてライナが帰ろうとするとき、レイフォンがみんなに話がある、と言った。

 なんだぁ、と思ってライナはレイフォンに見る。他のメンバーも全員レイフォンのほうを注目していた。

 「なんだよ、レイフォン。急にかしこまって」

 シャーニッドが言う。
 レイフォンはニーナのほうを見ると、ニーナは黙ってうなずく。

 「僕が、グレンダンにいたときにした罪をみんなに言いたい」

 その場にいたライナ以外全員の顔が引き締まる。

 「いや俺、人の身の上話なんか聞きたくないんだけど」

 ライナがだるそうな口調で言う。

 「え……」

 レイフォンが意表を突かれたような顔をした。

 これで変な話をされないで済むと思って、ライナが部屋を出ようと立ち上がろうとする。
 いつのまにか、念威端子がまわりに四、五体ライナのすぐ近くで浮いていた。シャーニッドも錬金鋼を復元してライナの頭に銃口を突きつけている。

 「まあ、そう言うなって、ライナ。レイフォンだって、こうやって勇気を振り絞って言ってくれるんだから、聞いてやらないと、悪いだろ。
 それに、こんな機会で、おれもおまえに聞きたいこともあったしな」
 「今日ばかりは、シャーニッド先輩の言うとおりです。ライナの話なんかに興味はこれっぽちもありませんが」

 フェリとシャーニッドの見事な連携プレイ。すでに、連携の鍛錬の必要はなさそうだ。

 「わかったわかったって。聞けばいいんだろ、聞けば」

 ライナはため息をついて、長いすに腰かける。
 すぐにシャーニッドは錬金鋼を下ろしたが、相変わらずライナの近くには念威端子が浮いている。信用がないんだな、とライナは思った。いまさらだが。

 「レイフォン、はじめていいぞ」

 ニーナがうなずく。
 レイフォンは一度咳きこむ。

 「……僕は、孤児でした。別にそれがつらかったわけじゃなかったですし、それはそれでたのしかったです」

 淡々と語るレイフォンだが、それでもどこかレイフォンの顔に影があるように、ライナは見えた。

 「孤児院の先生が武芸を教えていて、僕も習っていました。
 そして、僕には武芸の才能があった。そして僕は強くなっていくうちに、これで稼いでいこう、と決めました」

 レイフォンはどこか遠くを見るように、視線を上げる。

 「先生は、いわゆる清貧、というふうでしたので、孤児院にはお金がありませんでした。
 そして僕は、賞金目当てに汚染獣と闘うときに志願したり、さまざまな大会に出場して勝ち続け、ついに天剣授受者となったんです。十歳のときでした」

 天剣授受者とは、武芸の本場名高いグレンダンにおいて最強の十二人に与える最強の錬金鋼とでもいえる天剣を使うことが認められた人だと、レイフォンは言った。

 「天剣授受者は普通の武芸者よりも収入は多かったんです。それでも、僕には足りませんでした。
 孤児院にいるほかの子供の学費や食費、それらを賄うのにもぜんぜん足りません」

 レイフォンはため息をつく。

 「そしてあるとき、僕はグレンダンで禁止されていた賭け試合を知り、それに出場していました」
 「それで、どうなった」

 シャーニッドが乾いた声で言う。

 「ばれました。それで天剣を剥奪されて都市外退去を命じられました。
 猶予期間をくれたり、財産を没収されなかったのは陛下の慈悲。おかげで、園にお金を残すことができました」
 「……それで、ここに」

 フェリもシャーニッドと同じような乾いた声を出す。

 「そう」

 レイフォンが言い終ると、無言が場を支配する。

 ――――レイフォンも、めんどうな生き方をしているな。

 とライナは思った。

 「なあレイフォン。何で闇試合に出てたことばれたんだ?」

 ライナが言うと、レイフォンはライナのほうをむく。

 「それは……脅されたんだ。次の天剣授受者を決める試合の前日、対戦相手が次の試合で負けないと、おまえが闇試合に出てるのをばらすって。
 それで次の日、その人を一撃で倒して、その人が告発した」
 「で、そいつは殺してないの?」

 ライナがなにげなく言うと、気温が五度ぐらい低くなった。

 「え、うん。腕一本斬りおとしたぐらいだよ」
 「ま、それぐらいなら、大丈夫じゃない」

 それを聞いたレイフォンが眼を丸くする。まわりの人も同じ反応。

 「何が、大丈夫なのだ……」

 ニーナが言った。

 「何って、まだ化け物じゃないってこと」

 空気が冷えていく。

 「おまえは、圧倒的に相手より強かったのに、そいつを殺さなかった。なら、まだ大丈夫だって」
 「違うッ! 僕は、化け物だ」

 レイフォンは叫んだ。

 「天剣授受者になれるぐらいのやつは、剄も才能も普通の武芸者なんか比べ物にならないぐらい化け物じみてる」

 そこまで言って、レイフォンは自嘲するように笑みを浮かべる。

 「そもそも本当の問題は、闇試合に出てたことじゃない」
 「なに……」

 ニーナが意外そうに言う。

 「武芸者は武芸者でしか対処できない。それなのに、天剣授受者はほかの武芸者さえ軽く凌駕する。そんな天剣授受者が律から外れてるなんて、都市の人たちに知られちゃいけなかったんだ」

 ――――僕は、化け物だ……。

 ふたたび、レイフォンは言った。その言葉に、ライナはため息をついた。

 「おまえさ、それは人間離れしてるって言うんだ、レイフォン」
 「え……」

 レイフォンはかすかに声をあげる。

 「化け物ってのはな、人を殺すんだ。戦争は化け物。都市も化け物。欲も化け物」

 そして、俺も。

 「でも……」
 「それにさ、おまえはがんばったよ。やり方はちょっとミスったかもしんないけど。
 でも孤児院の子どもたちのために精一杯がんばったおかげで、学校とか行ってる奴もいるんだろ。なら胸張れって」
 「だけど! 僕は、孤児院のみんなの期待を裏切った!」

 レイフォンは叫んだ。

 「闇試合のことがばれたあと、孤児院のみんなは、昨日まで、英雄ってふうに見ていた眼が、僕を、犯罪者を見るような眼で見ていた。
 それでも、胸を張れって言うのか! 君は何も知らないのに!」

 ライナにも、その気持ちはわかる。
 ライナがはじめて、アルファ・スティグマを使ったときのまわりの視線と言葉。 化け物を見るような眼で化け物と罵られた。昨日まで仲良くしてきた友達も大人も関係なく。

 「おまえが天剣授受者ってのになんも興味ないのは、おまえの話を聞いてればわかるし、他の連中が、おまえのことを犯罪者のような目で見てくるほうがずっとつらいってのもわかる。
 でもさ、俺は他の連中がどうであれ、おまえを認めてやるし、今頃、その犯罪者で見るような目で見た奴らも、きっと後悔してると思うぞ」
 「なんで、ライナにそんなことがわかるんだっ!」
 「なんでって、そりゃ、俺も孤児だったから」

 レイフォンは眼を見開く。

 「俺がおまえのとこの孤児だったら、どう思うか考えると、やっぱそのことが胸にひっかかってるって、絶対。
 だからさ、そいつらと会う機会があったら、ちゃんと話してやれよ」

 ライナが諭すように言うと、レイフォンは呆然とライナのほうを見ていた。

 「……ねぇ、ライナ。僕は、胸を張っていいかな」
 「いいって言ってんだろ。てかだいたい、何で俺が男なんか慰めてんだ。そんな趣味なんかないってのに……」

 レイフォンはライナの肩に顔を押してた。肩と顔の隙間からすすり泣きが聞こえてくる。そんなレイフォンの背中をライナは優しく撫でた。頑張ったな、とかよくやったなと言いながら。

 しばらくしてレイフォンは泣き止むと、肩から顔を離す。レイフォンの目のまわりは赤くなっていた。

 ごめん、ライナと言ってレイフォンは鼻をすする。ニーナがハンカチを渡した。

 「胸を張れって言われたのは、ライナがはじめてだったんだ。認めるというのはあったけど、それでもそんなふうに言ってくれてうれしかった。ありがとう」

 レイフォンに言われて、ライナは頭をかきながら、ドアのほうをむいた。

 「別に……そんなの気にしなくたっていいって。めんどくさいし」

 レイフォンは涙で濡れた眼や頬をハンカチでふく。

 「ま、ライナの話のあとじゃ、何だけどな。終ったことなんだし、おまえがへんなことをする奴じゃないってわかってるしな」
 「わたしは、レイフォンのことを信じているので」
 
 シャーニッドとフェリが次々に言った。
 
 「では、こんどはライナの番だな」
 「へ?」

 ライナは予想外のことでニーナに聞き返す。

 「おまえが、病院で言った、無様だと思ったことだ」
 「そんなの別にないし。それじゃ、帰るわ」

 そう言ってライナは立ち上がろうとしたが、念威端子がまわりに浮かんでいることを思い出して、思いとどまった。シャーニッドも、また銃口をライナのほうにむけている。

 「俺ももいろいろ聞きたいことがあるんだわ。どこで、そんなに強くなったのか、とかな」
 「あんた、もうその話はしないんじゃなかったっけ?」
 「俺が言ったのは、おまえが何の目的でツェルニに来たか、ってことだけだぜ。このことは別に含めてないしな」

 屁理屈にもひどいものがあると、ライナは思った。
 だが、逃げ出そうとしても、これだけ念威地雷が浮かんでいると、動かそうとした瞬間に、爆発でもさせそうだ。
 しかも、レイフォンが隙も見逃さずに見ていられると、ここから逃げ出すのはかなり厳しい。

 「ていうか、別に俺の話なんて、何もないけど」
 「では、おまえはどこで武芸を習ったんだ。それぐらいは、言えないのか?」

 ニーナが言った。

 「だから、ローランドだと剄脈のある奴は強制的に武芸を習わされるって言ったろ」

 ライナは適当にとぼけた。

 「そういう意味ではなくてだな。具体的にどこで武術を習ったんだ? とても普通に生きてたら、汚染獣相手にあそこまで戦えるとは思えないんだが」

 さすがに、こんな誤魔化しかたでは無理があるか。

 「何でそんなに俺のこと気になるの? ……はっ、ま、まさか、あんた俺のこと好きなの?」

 ライナが戸惑ったふうに言うと、ニーナの顔が赤くなる。

 「そ、そんなわけないだろうがっ!!」
 「いや~もてる男はつらいなぁ」
 「ふざけるなライナっ!」
 「って、隊長。ライナの誘導にあっさりひっかかるなよなぁ」

 ライナは心のなかで舌打ちをする。
 ニーナは照れ隠しのためか咳きこむ。

 「すまない、シャーニッド。それで、どうなんだ」

 話を横にずらそうとしても、シャーニッドに戻される。逃げることすらままならない。こうなれば、奥の手を使うしかない……。

 「って、寝た振りするなよ、ライナ」

 そう思ったときに、シャーニッドが先回りしてくる。ライナは大きくため息をした。

 「……俺の過去なんて、別に面白くも何にもないって」

 ――――それに、とても人には言えないような記憶が多すぎる。

 とライナは思う。それに人に知らせたくない記憶も。
 正直、興味半分で言えるものでもないし、かといってどうやって言い逃れるか、考えるのもだるい。まったくもって、めんどくさい。

 「なら、僕は聞かないよ」

 レイフォンの言葉に、ライナ以外がレイフォンのほうをむいた。

 「ライナが過去を言いたくない気持ち、僕はよくわかってるし」
 「けどさレイフォン、おまえはライナの過去が気にならないか?」

 シャーニッドにたずねられるとレイフォンは、苦笑いをしながら頭をかいた。

 「気になるけど……でも、やっぱり、言いたくないなら、僕は無理して聞かないよ。無理やり聞かれるのは、いやだろうから」
 「レイフォンが聞かないなら、私も聞きません。別にわたしはこの人の過去なんて興味ありませんので」

 フェリはそう言うと、立ち上がる。
 フェ、フェリちゃん、とシャーニッドは留めるように言うが、フェリは気にも留めないように錬武館を立ち去っていく。

 「まあ、こうなってしまったら、ライナのことは、別の機会にしよう、シャーニッド」

 ニーナがシャーニッドの肩に手を乗せる。

 「あ~~ったくしょうがねえ。いつか聞かせてもらうからな」
 「機会があればね」

 たぶんないと思うけど。
 じゃあ、と言って、ライナは錬武館を出た。





 その日の夜、ライナはレイフォンに、天剣って呼べば飛んでくるの? と尋ねたら、レイフォンは苦笑いをしていた。






[29066] 伝説のレギオスの伝説17
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2011/10/22 17:49
 レイフォンの告白から、すでに二週間が過ぎた。とくに騒動があるわけもなく、ただ一切は過ぎていく。そんな日々が、ライナにはうれしかった。
 とはいえ、借り切った店中に鳴り響くミィフィのハイテンションな歌声や、ライナの隣にいて絡んでくるサミラヤとかは、正直何とかしてほしかった。

 「ねぇ、ライナ。あなた、試合に出たのに、何でなんにもしないのよっ!」

 サミラヤが顔を赤くしてライナの耳元で怒鳴ってくる。
 サミラヤの持っているコップの中には、気泡が漂う澄んだ濃い褐色の液体が入っている。まあ、ただのジンジャエールだが。

 先日、十七小隊は第三小隊と闘い、勝利した。この日は十七小隊の祝勝会が行われた。
 ライナはいつものように、フェリの護衛という形で、のんびり寝ていただけだったが。

 「だって、メンドイし。っていうか、だいたい俺が試合に出るってこと自体がおかしいんだって。そもそも俺、試合に出なくていいって言うから十七小隊に入ったっていうのに……」

 レイフォンの告白から一週間は、ニーナからライナの前線の配置すると言っていたが、何とかそれは駄々こねることで、阻止することができたと、ライナは胸をなでおろしていた。

 「でも、試合に出てるんだから、ひとつぐらい見せ場ってもんがあっていいでしょう?」
 「え~~」
 「え~~じゃないっ! そんなんじゃ、これからもず~~っと念威操者の護衛で学生生活終わるわよ」
 「むしろ、来い」
 「それじゃだめでしょうっ!」

 サミラヤはため息をついた。そこに、まじめそうな女性徒ばかりの集団から抜け出してきたナルキが、サミラヤの席の隣に座った。うしろにはメイシェンもいる。

 「ライナと何の話をされているんですか、サミラヤさん」

 いい援軍が来たとばかりに、サミラヤは眼を輝かせる。

 「ねえ、聞いてよ。前の試合、ライナってばなんにも活躍してなかったじゃない。せっかく小隊に入ってるんだから、小隊員のひとりでもいいからたおすとか、しなきゃいけないよね」
 「え、ええ、まあ……」

 ナルキは顔を引きつらせる。一瞬ライナのほうをむいて、すぐにサミラヤのほうに視線をもどした。

 「ですが、普通の一年では、小隊員をたおすのは、難しいんじゃないかと……特にライナじゃ、なおさらですよ」
 「だってライナは、普通じゃないわよ」
 「そういう意味の普通ではないんですが……」

 サミラヤはほほを膨らませた。

 「だってせっかくの機会なのに、目立たないともったいないじゃない」
 「確かにそうですが……」
 「だからライナ、次はちゃんと……って寝るなっ!」

 ライナの左のほほに、冷たく硬いものが押しつけられる。
 ライナが眼を覚ますと、サミラヤはほほに押しつけていたコップを元の机にもどした。
 しぶしぶライナは頭を起こすと、左ほほについていた水滴を手でふき取り、背筋を伸ばした。

 「だいたいさ、俺がどうしようとあんたには関係ないじゃん。何度も言ってるけど」
 「関係あるにきまってるよっ!」

 突然のサミラヤの大声に、ナルキは肩を小刻みに震わせていた。まわりには聞こえていなかったらしく、こちらのほうには体をむけてこなかった。

 「だってわたし、あなたの上司よ。上司が部下のことを気にするのって、当たり前じゃない。
 これも何度も言ってるわよ。それにライナがそんなことを言うたびに、わたしは言いつづけるよ、絶対」

 ライナはため息をついた。

 「まったく、めんどいなぁ~」
 「めんどいのは、わたしのほうよ。ライナがちゃんとすれば、わたしもこんなこと言わずにすむんだから」

 ライナはサミラヤとにらみ合うが、ライナはすぐ視線をそむける。

 「そ、それはとにかく、今日の試合もすごかったですね、レイフォン」

 ナルキが何とか雰囲気をよくしようとするためか、話題を変える。

 「だよねっ! レイフォン君ひとりで、第五小番隊の隊長さんとコンビのシャンテさんをまとめて倒しちゃうんだもん。ライナも、これぐらいしてくれればいいのに……」
 「さすがにそれは……」

 ナルキは苦笑いしていた。

 「……わたしもね、ライナにそんなこと、できるわけもないってことぐらいわかるよ。
 でもね、ほかの学生ががんばっても試合に出れないのにライナは出られるんだから、その人たちのぶんは、がんばってほしいのよ」

 そう言うサミラヤの顔は、さっきまでの不機嫌は感じられず、穏やかな表情になっていた。

 「そんなもん押しつけられても、俺は困るんだけど」
 「だからね、ライナ……」
 「すいませんが、夜も遅いようなので、失礼します」

 そう言うとナルキは、席を立った。
 サミラヤはナルキに軽く一瞥すると、すぐにライナの説教をはじめる。そのとき、ミィフィの歌が終った。
 
 「歌終ったけど、歌いに行かないの?」
 「まだ話は終ってないよ。……でも、歌いたい……」

 そう言うと、サミラヤはうなりはじめる。決心したのか、表情が引き締まった。

 「じゃ、わたし歌ってくるからね。ライナ寝ないで聞いておいてよ」
 「はいはいわかったから」

 ライナがそう言うと、サミラヤは立ってステージのほうにむかって行った。
 そして、ミィフィからマイクを受取ると、ハイテンションに歌いはじめる。さらに盛り上がっているようだった。
 それを確認すると、ライナは机に頭を乗せた。

 「ねえ、ライナ、ちょっといい」

 ライナがしぶしぶ顔を声のしたほうにむける。レイフォンと、小柄のいかつい顔をした男が立っていた。その眼は、ライナを物色しているように見えた。

 「何だよレイフォン。せっかくサミラヤもいなくなってぐっすり寝られると思ったのに」
 「ごめん。けど、君に会いたいって人がいるから……」
 「君が、ライナ・リュート君か」

 男が、はじめて口を開いた。

 「俺は、フォーメッド・ガレン。ナルキの上司をやっている」

 都市警の人間か。ということは、ライナの偵察にでも来たのだろう。

 「ナルキがいつも、いつも君の話をしていて、ちょっと興味を持ったのでな。すこし話がしたい」

 そう言って、フォーメッドはライナの隣のいすに座った。レイフォンもフォーメッドとはちがうライナの隣のいすに座る。

 「でだ、君から見てナルキの様子はどうだ」
 「どう、って言われても、俺が寝てるとアイアンクローで起こしてくるぐらいだし。
 てかあんたがナルキの上司ならさ、あのアイアンクロー止めさせてくれない。あれスゲー痛いんだよ」
 「それはライナがちゃんとすればいいだけのことじゃないかな」
 「昼寝したいから、無理」

 ライナがそう言うと、フォーメッドは笑い出した。

 「ナルキから聞いていたとおりだな」

 ちゃんと授業を受けとけよ、とフォーメッドは言葉を続ける。

 「てかさ、ナルキあっちにいるから、そっち行きゃいいんじゃない」

 ライナは、視線でニーナたちと一緒にいるナルキをさした。

 「今日は、以前世話になったエースの祝いに来たのでな」

 レイフォンが都市警の仕事を手伝っていると、どこかで聞いたような気がする。

 「さっきも言いましたけど、そういう言い方は。止めてくださいよ」
 「そう言うな。名誉なことじゃないか」

 笑いながら言うフォーメッド。

 「話も終ったんだったら、さっさと行ってくれない。俺寝たいんだけど」
 「まあ、そう邪険にするなよ。……と言いたいところだが、今日のところは、ここでお暇させてもらおうか」

 そう言うと、フォーメッドは立ち上がる。軽くライナを会釈すると、カウンターのほうにむかって行った。
 あとでね、とレイフォンも言ってフォーメッドを追っていく。

 「ね、ライナ、わたしの歌どうだった?」

 しばらく経ってサミラヤは帰ってきてすぐに言った。

 「よかったんじゃない」
 「ホント! よかった~。でもライナも歌えばいいのに……」
 「そんな暇があったら、寝てたいし」
 「もう、寝てばかりじゃ身体に悪いよ」
 「だって、リュート家の家訓は、寝る子は育つ、だし」
 「大体ライナはね……」

 サミラヤとの口論は、祝勝会が終わるまで続いた。





 次の日、ライナはニーナとシャーニッドに連れられて、野戦グラウンドの観客席につれてこられた。
 前に来たときと同じように、野戦グラウンドの観客席には人があふれていて、移動するのもままならない。

 ――――まったく、めんどうだな。

 ライナは思った。

 「で、今日はなにすんの?」                                          
 ライナは前に歩いているニーナに話しかけた。

 「今日は武芸科科長のヴァンゼ率いるツェルニ最強といわれる第一小隊が、前に闘ったときにわたしたちが負けた第十四小隊と試合がある。その試合の見学だ」

 ニーナはライナのほうを振りむいて言う。

 休日であるにもかかわらず、ニーナは制服を着ている。
 一緒に来ているシャーニッドは私服だった。レイフォンにフェリはなぜかここには来ていない。
 何でも、レイフォンは事前情報があると油断するとかで。フェリはなぜかは知らないが、事情があって来れないという話だ。
 ライナも、じゃ、俺も油断するから行かない、と言ってベットで寝ようとしたが、ニーナにひきづられて結局来てしまった。
 用事がある、と言っておけばよかったが、あとの祭りだった。

 「で、なんで俺はこんなに荷物運ばされてるんだ?」

 ライナは、右肩にかけている黒いかばんを見る。長方形のかばんは、ずしりとライナの肩に重くのしかかってくる。

 「そりゃ、一番下っ端が荷物を持つのは、当たり前だろ」

 ライナのうしろで歩いているシャーニッドが言う。

 「でもさ、俺、十七小隊に正式に入ってるわけじゃないんだし、別にいいじゃん」
 「それでもだ。おまえは十七小隊の隊員で、わたしの部下なんだ」
 「それに、おまえを休日ひとりにさせるなんて、マジで不安なんでな」

 そう深刻そうに口調を低く言ってからシャーニッドは、すぐに冗談冗談といつもの軽薄な声で言った。

 シャーニッドの言葉が本音であることは、ライナにはすぐにわかった。
 あのときはレイフォンのおかげで過去のことを言わずにすんだのはライナにとっては幸運だったが、ほかの人にとっては不安材料を取り除けなかったに間違いない。

 ニーナが三つ並んで空いている席を見つけると、ニーナの身体を滑り込ませるように座る。
 ライナはしぶしぶニーナの隣に座り、シャーニッドもライナの隣に座った。

 「ほら、はやく録画機取り出せって、ライナ」

 シャーニッドに言われ、ライナはしぶしぶ黒いかばんの中から録画機を取り出した。
 手のひらにあまる録画機なので、これで高速での戦闘もあるのに録画なんかできるのか? とライナは思った。
 ライナの座っている席は外縁部のほうなので、まあがんばれば撮れるかもしれない、とも思う。どうでもいいことだが。

 そのカメラをシャーニッドに渡し、ライナは眼をつぶった。





 ライナが目覚めたのは、歓声が野戦グラウンドを覆ったときだった。

 ふと、ライナは野戦グラウンドを見渡すと、前に戦った十四番隊の隊長がうつ伏せで倒れているのに気づいた。
 その近くには、ひときわ目立つ大柄の男と銀髪を短く剃ったの男の二人が、倒れている十四番隊の隊長を見下ろしている。

 タンカーを運んできた男たちが倒れている十四番隊の隊長を乗せると、出口のほうにむかって行って、扉のむこうに消えていった。

 「さすがに強いな、一番隊は。攻めあがってきたシンさんを孤立させ、複数人で囲いこみ、シンさんの背後にまわっていた狙撃主が狙い打つ。見事、と言うしかないな」

 ニーナはうなずきながら言った。シャーニッドは無言で録画機をまわしている。

 「なあ、ライナ。おまえはやっぱり、試合では闘ってくれないのか?」

 唐突なニーナ言葉にすこし驚きながらも、ライナは野戦グラウンドを見ていた。
 野戦グラウンドはまだ整備中のため、次の試合がはじまるまでにはしばらく時間がかかりそうだ。

 「前にも言ったじゃん。めんどいから俺は闘わないって」

 あくび混じりに言うライナ。

 「おまえがめんどくさいと思っているのは、わたしもわかっているつもりだ。
 だが、汚染獣を食い止めるほどの腕前なのに、その力を有効に活用しないのは、武芸者として怠慢ではないか? あのレイフォンだって、それなりに手加減しながらだが闘っている」
 「別に俺だって、好きこのんで強くなったわけじゃないし」

 そう。別に好きで強くなったわけじゃないのだ。
 本当は、普通の人のように暮らしたい、という気持ちが強かった。それもこの眼があるかぎり、かなうことはないとわかってはいたが。

 「……まあ、いい。その気になったら、わたしに言ってくれ」

 そう言ったきり、今日の試合が終わるまでニーナは口を開かなかった。







 「おいライナ、ちょっとつきあえ」

 すべての試合が終わり、空が徐々に赤みがかってきたとき、シャーニッドが言った。

 「え~、俺これから寝たいんだけど」
 「まあそう言うなって」

 そう言いながら、シャニッドは、ライナの肩に手を回してくる。

 「じゃあニーナ。俺はこいつといって来るわ」
 「遅くならないでくださいよ、先輩。ライナもな」

 そう言うと、ニーナは立ち去った。

 「じゃ、行くか」

 そう言って連れてこられたのは、繁華街の一角にある店だった。
 肌を露出させて、化粧のにおいがきつい女性たちがライナにいろいろ語りかけてきた。
 はじめのうちは、ライナのことを警戒していたが、すこしずつ警戒を緩めていった。

 ライナは面倒なので、適当なことを言っていると、母性本能に直撃するわ~とか、この駄目人間オーラは本物、とか、う、うそ、わたしのダメンズスカウターの値が六十三万を超えてさらに上昇しているなんて……、とか、駄神よ、ここに神が生まれたんだわ~、とかいろいろ言ってきて、とても怖かった。

 ライナが店から出るときには、疲れきっていた。もう二度とくるか、とライナは思った。

 「なあ、楽しかったか」

 寮への帰り道、夜の繁華街を歩きながらシャーニッドが言った。

 「まじで疲れたし。はやく帰ってベットに入りたい」
 「そうか」

 わるかったな、とシャーニッドは言葉を続けた。

 「わかったんだったら、もうこんなとこにつれてくるなよな」
 「いやそうじゃなくてだな。だからな、おまえにいろいろ言ったことだよ」

 そう聞いて、老生体のときのことか、とライナは気づいた。

 「別に、気にしなくたっていいけどね」

 あれぐらいのことは、ローランドにいたころは日常茶飯事だ。
 もっと理不尽ことを言われたことなんて、いくらでもある。そんなことといちいち気にしていたら、身が持たない。

 「老生体と闘い終わったあとですこし考えたけどな、俺はやっぱし、おまえのことを危険人物だと思ってる」

 でもな、とシャーニッドは言葉を続ける。

 「ちゃんとおまえ自身を見なきゃいけねえとも思ったわけよ。ローランド出身であることを気にしないでな」
 「ふーん」
 「ま、だからさ、これから覚悟しとけよ」

 それっきり、会話はうまれなかった。








[29066] 伝説のレギオスの伝説18
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/02/02 22:19
 ニーナたちに野戦グラウンドに連れて行かれた次の日、レイフォンたちは特別任務とやらがあるらしく、ライナは特別隊員の仕事に行かなくてもよくなった。
 何でも、近くに無残な姿を残した都市があるらしく、そこに調査に行くらしい。

 ライナは、もともと正式な隊員ではない上に、汚染物質遮断スーツの数が足りないため、ライナはツェルニに残ることになった。
 むろん、サミラヤが毎朝起こしに来るため、ライナの生活はあまり変化はなかったが。

 レイフォンたちがツェルニに帰ってきたのは、二日後だった。
 相も変わらず、レイフォンは身体をぼろぼろになっていて入院した。看病に行かされるこっちの身にもなって欲しいと、ライナは思う。退院するのに、三日とかからなかったが。



 そして現在、ツェルニはツェルニが所有しているセルニウム鉱山にたどり着き、セルニウムの採掘作業を行なっていて、授業がない。
 採掘作業が終わるのは、はやくて一週間ぐらいかかるとカリアンは言っていた。

 採掘作業には、重機を扱える工業科の生徒に、体力に自信のある有志たちによって行なわれるのだが、ほかの科の生徒も、彼らの支援にまわる者もいるため、下級生たちの授業の数が足りなくなる。
 そういうわけで、休みだ。

 やったぁぁぁああああああっっっっっっ、これで昼寝し放題だぜっ!! イヤッホォォォオオオッッッッ!! と、場所も考えずに歓んだライナではあったが、そんなことはなかった。



 料理用の刀のみねで筋を切った肉を軽く小刻みに叩く。ある程度やわらかくなったかな、と思ったら、肉を挟むパンにあわせるように切る。
 そして肉の両面に、くしゃみが出そうになるのを我慢しながら香辛料をふりかけた。しばらく香辛料が肉に馴染むのをまって、キッチンペーパーで水気を取る。

 水気を取った肉に小麦粉のまんべんなくつけ、溶いた卵の入ったボウルに肉を浸す。そしてパン粉をまぶして熱した油一杯のなべに肉を投入。
 跳びはねてくる油に気をつけながら、肉の様子を確かめる。油の中の肉が浮き上がってきたら、火を強くする。

 中までこんがり焼けたら、肉を油の中から取り出し、キッチンペーパーに載せ冷やす。
 冷やしている間にトーストした食パンの表面にバターを塗り、刻んだ葉物野菜を載せる。

 肉がすこし冷えたかな、と思ったら、葉物野菜を載せた食パンの上に載せ、さらにもう一枚トーストした食パンで肉に被せ、四等分に切って、ばらばらにならないように爪楊枝で固定すれば、はい、カツサンドのできあがり。

 「って、何で俺はこんなんやってるんだ」

 ライナは、黒っぽい色したエプロンを着て、ため息をついた。

 カリアンに休みのことを聞いたときに、同時に告げられたのだ。

 ――――工業科とその支援にまわる者の食べるものを調理してくれ。

 と。そう言われてむろんライナは抗議したが、結局覆ることはなかった。
 最近、カリアンの考えていることが、わからなくなってきている。おそらく、ライナのことを調べるためではあろうが。

 しかしこの作業も、いい加減にあきた。何十回作ったのだろう。数えるのもやめたため、もはやわからない。

 「こら、手を休めない」

 かわいい小動物の顔のイラストが書いてあるエプロンを着たサミラヤが、横から口を出してきた。ツインテールの上にピンクの三角巾を頭にかぶっている。

 「なあ、サミラヤ。これ、いつまでつづけりゃいいの?」
 「もうすこしだから、がんばろうよ」
 「てかさ、こういうのって、得意なやつがやることだろ。俺別にこんなの得意じゃないし」

 とはいえ、もうたくさん作ったため、得意になってきているのも事実だった。

 「わたしもいい加減に疲れたけど、こうしてる間も工業科のみんなはがんばってるんだから、わたしたちもがんばろうよ」
 「え~、めんどいなぁ」
 「サミも、思ったよりちゃんとがんばってるんだね」

 前のほうから、別の女の声が聞こえてきた。

 「えっへん。わたしだって、やるときはちゃんとやるんだよ、レウ」

 レウと呼ばれた髪を短く整え、めがねをかけた少女、レウに、サミラヤは胸を張って答えた。

 「あ、ちょっとサミ、カツが焦げてる、焦げてる」
 「へ、ほ、ほんとうだ。ちょっ、ちょっと、ど、どうしよう」
 「まったくしかたないね」

 そう言いながら、レウはカツを油から取り出し、急いでキッチンペーパーの上におく。サミラヤは額を右手でぬぐい安堵のため息をついた。

 「まったく、すこしほめるとこうだから」

 今回は、レウもライナと同じ仕事をやることになったらしい。
 というより、ライナの指導の役で、サミラヤと一緒にみっちりカツサンドのレシピを頭に叩きこまれたのだ。
 どうも、サミラヤとレウは知り合いだったようで、親しそうに話していた。

 「でもサミに聞いてたとおり、ライナ君は隙があると寝ようとするわね」
 「だってさ、こんなん昼寝しながらでもしなきゃ、やってられるかよ」
 「いや、昼寝しながらじゃできないからね」

 律儀にライナに突っこむレウ。

 「頼むから、寝ながら作らないでよ。火事になったら、かなりまずいから」
 「大丈夫だって、寝てれば火事になっても気づかないし」
 「どこが大丈夫なのよっ!」

 今度は、サミラヤが突っこんだ。

 「でも、噂とは、ぜんぜん違うわね」
 「ほら言ったよね。あんなの、ぜんぜんでたらめだって」
 「ん、噂って」
 「ライナ・リュートはツェルニ最強の不良って」
 「なんだ、そりゃ」

 ライナは耳を疑った。
 レウの話を要約すると、こうだ。

 ライナ・リュートは、ツェルニ最悪の不良だ。
 入学式に三人の生徒を、気にくわないという理由で殴りたおした。
 そして、以前から握っていた生徒会長の秘密を盾に退学の免れ、生徒会に入ってやりたい放題をやる。
 それにも飽きたらず、今度は生徒会長を脅して特別隊員などという制度を作りだし、今注目の十七小隊に入隊して自分の内申を上げようとしている、と言った具合だ。

 それを聞いたサミラヤは、頬を膨らませていた。

 「こんなわけないのに、まったくみんなライナのことわかってないんだから」

 たしかにライナは不良と言えば不良だが、レウの話はあまりにも荒唐無稽すぎる。
 まあこういった類いのものは、ローランド最強の化錬剄使いと呼ばれたときにいやでも慣らされた。

 「それはしょうがないわよ。みんなライナ君のこと、名前しか知らないもの」
 「そういう噂を聞くたびに、いちいち注意しにいくのも大変なのよ」

 レウの瞳が、大きくなった。

 「サミ、あんた、何やってるの……?」
 「え、なんで」

 サミラヤがそう言うと、レウは大きくため息をついた。

 「サミ、あなた何か嫌がらせ受けてない?」
 「? ぜんぜん。それにちゃんと注意すると、謝ってくれるし。そんなこと、二度と言わないよ」
 「……さらに聞くけど、サミ、あなた、みんなに無視されてない?」
 「なんで? みんな普通に挨拶してくれるよ」
 「サミ、あなたいったい何者なの……」

 レウは、愕然とした表情で言った。
 それをサミラヤはレウの言っている意味がよくわからないのか、首をかしげていた。






 次の日は、小隊練習だった。
 しかしレイフォンは先日、都市警の仕事のときに錬金鋼を壊してしまったらしく、その錬金鋼を作ってもらうために、ハーレイの研究所の元にむかった。
 ということで今日は、誰もライナを錬武館に連れていく者はいない。ということで、休みも同然だ。

 今日こそ昼寝王国の建国だ、イヤッホオオオォォォオオオッッッ。そう歓んだのも、つかの間だけだった。レイフォンが昼にやってきて、連れ出された。
 今日の小隊練習は、昼からだった。

 錬武館にやってきたライナは、そこですこし意外な人がいるのに気づいた。

 ――――ナルキ・ゲルニ。

 まさか小隊練習にまで、ライナにアイアンクローを決めるために来たのかと戦慄した。 
 ニーナいわく、違法酒が巷で流れていてその潜入調査のために、十七小隊に仮入隊したのだという。そう聞いて、ライナはすこし安心した。

 遺伝子合成されたある果実を発酵させて酒にすると、剄脈に異常脈動を起こすという作用があることが発見されたのは、ライナたちが生まれる前のことだ。
 武芸者や念威操者がそれを飲むことによって剄や念威の発生量が爆発的に増大するという効果は、ローランドでも研究され、その違法酒がローランドの資金源のひとつになっている。

 この酒には副作用があり、剄脈に悪性腫瘍ができる確率が八割を超えている。
 そのため始末するのに厄介な隠成師に施すことで、簡単に処分する方法が現在では確立されていた。

 隠成師はライナがいた組織で、性格が破綻した者や異常な能力を持っている者のなかで戦闘能力が高いものを集めて、裏でさまざまな工作を行なう者たちのことである。

 それはともあれ、この日は基礎訓練に重点を当てた練習をすることになった。最近はずっとやっているような気がするが。





 手のひらにおさまるぐらいの大きさのボールを床にばら撒いて、その上に立つ訓練だった。
 バランスを取る練習になるだけでなく、バランスを取ろうとするための活剄の練習や、今日はやらないらしいが、ボールの上に乗ったまま飛んできたボールを打つ合うことで衝剄の練習にもなる。よく考えられた訓練だった。

 ナルキは何度も転んだ。

 「うー、何でライナはできるのに、あたしはできないんだ」
 「練習すれば、誰だってできるようになるって」

 うなるナルキの前を、ライナはすいすいとボールに乗りながら歩く。

 転んだらニーナの鞭が胸にむかって突いてくるのだ。いやでもできるようになる。
 倒れたときにすこし寝ただけだというのに。ニーナの短気にはほとほと疲れる。
 今では、ボールの上に立ったまま眠ることぐらい簡単だ。そうすると、ニーナになぐられるが。

 「くそっ! ライナにできるだったら、あたしにだってできるはずだ」

 ナルキはそう言ってボールの上に立とうとするがすぐに転ぶ。見かねたレイフォンがナルキに駆け寄る。

 大丈夫、とレイフォンはナルキにむかって手をさし延ばすと、ナルキはその手をつかみ立ち上がる。そしてすぐナルキはボールに乗り、転ぶ。

 ナルキの様子に、レイフォンは何度も丁寧にコツを教えていく。
 その結果、二時間ほどで室内を早歩きで歩きまわるぐらいはできるようになった。

 「ははっどうだ、ライナ。あたしはすぐにおまえに追いつくぞ」

 どや顔でそう言ってくるナルキを、ライナはボーっと眺める。

 そのあとボールの上に立ったまま、組み打ちをやる。
 ゆっくりとした動作で型どおりに動いていくのだが、ナルキは何度も転んだ。それでも、何とか最後までやり遂げることができたようが。

 ニーナが終わりを告げたとき、ナルキは髪まで汗で濡れていて、疲れて動けないようだった。

 ライナはその様子をすこしだけ横目で見て立ち去ろうとしたとき、ナルキが声をかけてきた。

 「……ライナ、おまえはいつも、こんなのしてるのか?」
 「まあ、そうかな。つっても、訓練してるのが週に二、三日ぐらいだから」
 「どれくらい前に、この訓練を、はじめたんだ?」
 「う~ん。二週間と、ちょっと前ぐらいかな」

 確か、レイフォンが老生体と闘ってからしばらくしてからだったはずだ。
 ある日ライナが錬武館につれてこられたら、同じような大きさのボールがたくさん転がっていた。
 何ごとかとシャーニッドたちがニーナにたずねると、レイフォンの提案で買ったらしい。
 今ではほとんどこの練習ばかりやるようになっただけでなく、ボールの打ち合いで夕食のおごりを賭けた訓練が地獄絵図になりつつあるのは、ナルキには言わないが。

 それを聞いて、ナルキは目を見開く。

 「と言うことは、おまえはこの訓練を二、三回しかやってない、のか」
 「まあ、そうなるのかな。そんなこと考えたこともなかったけど」

 ライナが頭をかきながら言うと、ナルキは悔しそうにうつむく。しかしすぐに顔をあげ、ライナのほうを見る。

 「すぐに追いつくからな、ライナ」
 「べつにいいけどさ」

 そう言って、ライナは錬武館を立ち去った。






 カリアンに呼び出されたのは、昼食を食べている途中だった。
 食べるのはむろん、カツサンドだ。それにも、もう飽きた。

 それはともかく、ライナはサミラヤたちに出かけることを告げ、しぶしぶ調理室を出る。
 今日はめずらしく会議室に呼び出された。

 その途中で、レイフォンたちと出会った。
 何でも違法酒を使っているのが、隊長を中心にしているためそれが都市警とかにばれると、いろいろと困ることが多いためカリアンに直談判しに行くと言うのだ。

 ――――まためんどいことになってるな。

 とライナは思う。

 会議室にたどり着いてしばらくすると、カリアンが会議室に入ってくる。

 「やぁ、待たせてすまない。それで、話というのは?」
 「実は……」

 ニーナが事情を話すのを、カリアンは黙って聞いていた。不祥事が起きているのに、カリアンは眉をかすかに動かす程度に留まっている。

 「それで、私にどうして欲しいのかな?」

 作り笑顔のままカリアンは聞いてくる。

 「この時期に問題を起こしたくないのは会長も同じはずだ。できれば、内密に処理を願いたい」

 シャーニッドが答えた。

 「内密に、ね。警察庁からまだ話は来ていないが、まぁ、事実関係はあちらにたしかめればいいことだろう」

 事実だとして、とカリアンは言葉を続ける。

 「確かに、この時期にそういう問題はいただけない。かといって厳重注意程度ではすまない話でもある。
 上級生たちからの突き上げや、ヴァンゼの罷免なんてのもそうだ。かといって彼らを見過ごし、このまま放置したとして、一番の問題はになるのは武芸大会で使用してしまった場合、だ。
 その事実を学連にでも押さえられれば、来期からの援助金の問題になる。最悪、打ち切られでもしたら……援助金のほうはどうでもなるとして、学園都市の主要収入源である研究データの販売網を失うことにもつながるからね」

 今後の展開、それも最悪の状況を予想の展開をしていくにつれ、カリアンの顔色も険しいものに変わっていく。

 「では、どうするか? という話だね?」

 確認するように、ニーナのほうをむく。

 そうです、とニーナがうなずくのを見て、カリアンはなにか悪いことを考えている笑みになった。

 「なら、話は簡単だ。警察長には私から話を通して、捜査を打ち切らせる」
 「しかし、それだけでは……」
 「もちろん、それだけではないさ。君たちにも働いてもらう。むしろ、君たちの働きがもっとも重要になる」

 それを聞いたニーナはいぶかしげな表情を浮かべる。

 「……何をしろ、と?」
 「もうじき、対抗試合だろう? 君たちと第十小隊との。そこで君たちに勝ってもらう」
 「試合で全力を尽くすのは、当たり前です」
 「君はそうだね。だが、そうではない生徒がひとりはいるだろう」

 その瞬間、視線がレイフォンとライナに集まった。

 「殺せ、とでも言うんですか?」

 レイフォンが言った瞬間、ニーナの表情がこわばった。
 確かに、手段のひとつではある、とライナは考える。頼まれても、やらないが。

 「会長、それは……」
 「いやいや、そんなことをしたら、今度は君のほうが問題になる。
 試合中の事故による死亡というのは、ツェルニの歴史の中でも前例があるし、そのあとの一般生徒の動揺は問題ではあるけれど、ひとりぐらいなら不問に付すのは簡単だよ。
 だが、隊員全員というのは、どうやったって事故でかたつけられるものじゃない」

 カリアンは、手を振って否定した。ライナは心の中で安堵のため息をついた。

 「では……」
 「ようは、彼らが小隊を維持できないほどの怪我を負ってくれればいい。足の一本、手の一本……全員でなくてもいい。
 第十番隊の戦力の要である人物が今年一杯、すくなくとも半年は本調子になれないだけの怪我を負えば、第十小隊は小隊としての維持が不可能になる。
 そうすれば、会長権限で小隊の解散を命じることも可能だ」
 「それはつまり、ディンとダルシャナを壊せってことか?」

 シャーニッドは言った。

 ライナには、ツェルニの医学技術がどれほどのものかは知らないが、すくなくとも、骨折程度では、第十番小隊を潰すことはできないだろう。
 と言うことは、治療に時間がかかる神経系の破壊か、精神を破壊するしかない。

 しかし両者ともに難しいと、ライナは予想する。
 神経系は、経路と呼ばれる剄脈から流れる剄を通す部位に近い場所に存在している。そのため、神経は経路によって自然に守られていて、生半可な攻撃では通らない。

 精神への攻撃はかなり器用にならないと、そのまま廃人になってしまいかねない。それに、精神を直接攻撃する手段は、それほど多くはない。

 ということは必然的に、神経系を破壊するほうを選択するしかない。

 「頭とかを撃って半身不随にするか? それだってあからさまだ」

 シャーニッドが怒りに任せて言う。

 「だが、それをやってもらわなければ困る。そうでないのなら、冤罪でも押しつけて彼らを都市外に追い出すしかないわけだが……退学、都市外退去に値するような罪なら充分に不祥事だよ。
 それに、ディンという人物は、そんな状況になってまで生徒会の決定に従うと思うかい?」
 「無理だね。こうと決めたら、目的のために手段をえらばないのが、ディンだ。地下に潜伏して有志を募って革命……ぐらいのことはやりそうだ」

 よくそんなにがんばれるな、とライナはあきれた。ニーナと同じか、それ以上だ。

 「そうだろうね。
 実際のところ、私の次に会長になるのは、彼かもしれないと思っていた。
 頭も切れる、行動力もある。そして思い切りもいい。よい指導者になれるかもしれない。
 使命感が強すぎるところが、問題かもしれないとは思っていたけど。副隊長のダルシャナには華があり、人望もある。
 彼女のサポートがあれば……あるいは、彼女を会長に押し立て、実権を彼が握るという方向が最善かもしれないと考えていた」

 残念でならないよ、とカリアンはつぶやいた。

 「ああ……あいつらなら似合いそうだな」

 シャーニッドはやるせないようにそう言葉をこぼした。

 「その中に君がいれば、もっとよかったのだけれどね」
 「おれには生徒会とかは無理だね」
 「そうかな? 彼らにできないことが、君にはできる。それは、彼らにとってとても大切なことだと思うけど? それに、ライナ君でも、やればできるのだよ」
 「そんなのないね」

 シャーニッドはそう言うと、顔を背けた。

 「てか、俺はお前にやらされてるから、やってるだけだって」

 ライナはカリアンに抗議した。しかし無視された。

 「まぁ、そのことを言ったところで、どうにもならないわけだけど。話を戻そうか。
 問題はレイフォン君、君にそれができるかどうか……という問題だけれど、できるかい?」
 「…………」
 「神経系に半年は治療しなければならないほどのダメージを、与えることができるかい?」
 「……レイフォン」

 レイフォンは、黙っていた。答えようが、ないのだろう。

 「レイフォン、できないのなら、できないと言え」

 ニーナの言葉は、そういって欲しいと言っているようにライナは聞こえた。
 確かにできる、と言っては欲しくはないのだろう。レイフォンとはいえ、一学生が背負うには、重いものだ。

 「できるさ~」

 レイフォンの口元が動く瞬間、ドアの外から、聞いたことのある声が聞こえた。
 その声を聞くと、レイフォンは錬金鋼に手をかける。ライナは、ため息をつきたくなった。

 「立ち聞きとは、趣味がよくない」

 レイフォンを押さえ、カリアンは言った。

 「ん~それはわるかったさ~。だけど、気になっちまったもんは仕方がない。おれっちも、そこの人に話があったし、会いたかった人もいるしさ~」

 扉が開き、入ってきた男の顔を見て、ライナはため息をついた。








[29066] 伝説のレギオスの伝説19
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2011/10/26 21:35
 ――――ハイア・サリンバン・ライア。

 かつてライナが闘ったことのある、サリンバン教導傭兵団の団長である。
 まさか、という思いと、やっぱり、という二つの思いが同時に発生した。これが、あきらめの境地、というものだろうか。

 「ハイア……」

 レイフォンがつぶやく。いつの間に出会ったのだろうか、とライナは思った。
 レイフォンの武器が壊れたと言っていたのを思い出し、おそらくハイアと出会って闘ったときに壊したのだろう。
 気を抜いている状態でハイアと闘ったとしたら、レイフォンとはいえ武器を壊してもおかしくはない。

 「フェリ……先輩?」

 ハイアのうしろについて、フェリも入ってくるのを見て、レイフォンが言った。

 「貴様……何者だ?」

 ニーナが警戒しながら言う。

 「おれっちはハイア・サリンバン・ライア。サリンバン教導傭兵団の団長……って言えば、わかってくれると思うけど、どうさ~」
 「なんだって?」

 ニーナは戸惑うように言った。ニーナも、サリンバン教導傭兵団のことは知っていたようだ。

 「そんなことより、ライナ、ひさしぶりさ~」

 ハイアが、ぼさぼさしている赤髪、そして左目もまわりを覆う入れ墨をかすかにゆがめ、にたにた笑いながらライナにむかって手を振ってくる。
 まわりの人たちはそれを見て、ライナのほうにも視線をむけてきた。

 「ライナ君、知り合いかい?」

 カリアンが、無表情で問いかけてくる。

 「いや、ぜんぜん」

 ライナは、知らないふりをした。かかわるだけ、めんどうだ。

 「それはひどいさ~。かの名高いローランド最高の化錬剄使い様にとっては、傭兵団の団長のことなんか、おぼえてる必要がないほど、どうでもいい存在なんてと思われてるなんて、おれっちは悲しいさ~」

 それを聞いたハイアは、芝居がかったように大げさに言う。
 なっ、と誰ともなく、そう言葉をこぼした。

 ライナは、心の中で舌打ちした。
 サリンバン教導傭兵団と闘ったとき、仲間のひとりがそう言ったのが、ハイアの耳にも届いていたようだ。これは、めんどいことになってきた。

 「どういうことだね、ライナ君」

 この場にいる者たちの代表して、カリアンが言った。

 「どうにもこうにも、こいつが言ってるのって、同姓同名で、顔の似てるやつだって、きっと」

 かなり、無理のありすぎるいい訳だ。しかし、こう言うしかない。

 「それで、ローランド出身で、化錬剄使い、何よりもそんなやる気のないオーラにあふれてるやつなんて、世界に二人といるわけがないさ~」

 やっぱり、無理があった。

 「まあ、この話はあとにして、本題に入ろうか」

 ――――強制都市外追放。

 そんなキーワードがライナの頭をよぎる。ライナはまだ、死にたくはない。
 しかしローランド最高の化錬剄使い、という言葉を聞いた以上、ライナがいくら言ったところで、なにかの任務でツェルニに来ているとしか思われないだろうし、ここで否定し切れても、疑いは晴れることはない。
 事実そうではある。しかし、そんなものをやる気なんか、最初からない。

 だがそんなことは、ほかの人たちには、わからないだろう。危険人物としか思われない。
 それだけならライナは大丈夫だが、なにかの汚名をかぶせられて強制都市外追放、という最悪の状況も大いにありえる。

 都市から逃げるのは、めんどいがレイフォンがいても何とかなる、と思う。しかしとんでもなくめんどい。
 それにできることなら、こんな理由でレイフォンたちと戦いたくはなかった。

 ライナが任務を失敗し続けている証拠は、一応ないわけではないが、それを見せるのはあまり気持ちが乗らない。
 見せたって、気分のいいものではないし、へんに突っこまれると、いらないことまでが出てきかねない。

 「どうして、レイフォン君ならできると思うのかな?」
 
 カリアンがため息をこぼして言った。

 「サイハーデンの対人技には、そういうのがあるって話さ~。
 徹し剄って知ってるかい? 衝剄の結構難易度の高い技だけど、どの武門にだって名前を変えて伝わっているようなポピュラーな技さ~」
 「それは……知っている」

 ハイアの登場や、ライナのことで驚きを隠せない様子のニーナがつぶやいた。

 「だが、あれは内臓全般へダメージを与える技だ。あれでは……」
 「そっ、頭部にでもぶちこめば、それだけで面白いことになるような技さ~」
 「それでは、死んでしまう」

 カリアンは、顔をしかめる。それを見て、ハイアはさらに笑みを深めた。

 「まぁね、それに徹し剄ってのは、それだけ広範囲に伝わってる分、防御策も充実しちまってるさ~。
 まぁ、ヴォルフシュテインが徹し剄を使って、防げる奴なんて、ライナぐらいしかここにいるとは思えないけどさ~」
 「何が、言いたいんだね」

 カリアンは若干苛立ちをこめたように言う。

 「おれっちとヴォルフシュテイン……まぁ、元さ~、は、サイハーデンの技を覚えている。
 おれっちが使える技を、ヴォルフシュテインが使えないなんてわけがない」

 何しろ、天剣授受者だ、と言葉を続ける。

 「天剣授受者こそ今まで生れなかったけど、だからこそ闘うことに創意工夫してきたサイハーデンの技は人に汚染獣に、普通の武芸者が戦って勝利し、生き残るにはどうすればいいかを、真剣に考えてきた武門さ~。
 だからこそ、サイハーデンの技を使う連中がうちの奴らには多い」

 ハイアが、レイフォンを見た。その視線に、レイフォンは顔を背けた。

 「あんたは、おれっちの師匠の兄弟弟子、グレンダンに残ってサイハーデンの名を継いだ人物からすべての技を伝えられているはずだ。
 使えないなんてわけがない。使えるだろう? 封心突さ~」
 「封心突とは、どのような技なのかな?」
 
 カリアンがたずねる。

 「簡単に言えば、経路に針状にまで凝縮した衝剄を打ちこむ技さ~。そうすることで、経路を氾濫させ、周囲の肉体、神経にまで影響を与える。
 武芸者専門の鍼を使うのさ~。あれを医術ではなく、武術として使うのが封心突さ~」

 レイフォンは、何も言わなかった。

 「だけど……」

 ハイアがそう言葉を続けようとしたとき、レイフォンの目は見開き、口もかすかに動いたが、言葉にはならなかった。

 「だけど、剣なんか使ってるあんたに、封心突がうまく使えるかは心配さ~。
 サイハーデンの技は刀の技だ。剣なんか使ってるあんたが十分に使える技じゃない。せいぜい、この間の疾剄みたいな足技がせいぜいさ~」
 「それなら、刀を握ってもらえれば解決……なのかな」

 レイフォンはうつむいて黙ったままだ。

 「すまないが……」

 ニーナがゆっくりと手をあげる。

 「こちらから申し出たのにすまないが、時間が欲しい」
 「……いいのかね」
 「かまわない。そうだな? シャーニッド」
 「……だな」
 「君たちがそう言うのなら、待とう。
 だが、試合前には返事が欲しいね。都市警にはとりあえず逮捕はとどまるように言っておくが、長くとどめておけるものでもないぞ」
 「わかりました」
 「では、次の話に移ろうか」

 カリアンはそう言い、ライナのほうをむいた。それとともに、この場にいる者全員がライナのほうをむく。ハイアのにたにた笑いが、癪にさわる。

 「ライナ君、君はいったい何者なのだね」

 いつになく真剣な表情をうかべているカリアンを、ライナはついに来たか、と思いながら見た。

 「何者って言われても、俺は俺としか答えられないし」
 「では言い方を変えよう。何のためにツェルニに来たんだ、ローランド最高の化錬剄使い君」

 俺がこんな性格だから、といういい訳が、ローランド最高の化錬剄使い、という言葉のせいでとても胡散臭く聞こえてしまう。

 「てか、そのローランド最高のって奴辞めてくんない、マジで。それにいい思い出なんか、ひとつもないし」

 とりあえず、ローランド最高の化錬剄使いというものは肯定しておく。もはや、否定できない。
 すでに、十七小隊の連中はライナの化錬剄を見ているし、おそらく、カリアンも知っているのだろう。
 それでも確かに、ハイアの言うことなど信用できない、とも言えた。だが、その言葉は結局、ライナ自身にも帰ってくる。そうなったら、もう強制都市外追放も目の前だ。

 大体、何でこんなにめんどうなことになったのだろう。ライナがただ、惰眠をむさぼれればいいのに。
 こんなに頭を働かせているのは、いつ以来だろう。

 「それはわるかったね、ライナ君。では言わないから、君の来た理由をはやく言ってくれないか」

 話をそらそうとライナは言ったが、カリアンにあっさり流された。どうしたものか、とライナは考える。

 「だからさ、俺がこんな性格だから、こっちに来たんだって」

 胡散臭く聞こえたって、こう言うしかない。

 「なぜ変える必要があるのだね。もはや、ローランド最高、なのだろう」
 「だって、俺ってば、任務失敗しまくるからさ、先生とかにいっつも怒られてるんだよね」

 カリアンはすこし予想がはずれた言葉がライナから発せられたせいなのか、まゆをひそめる。

 「任務に失敗してばかりいる君が、なぜローランド最高、などと呼ばれているんだね?」
 「だからさ、あれは事故みたいなもんなんだって」

 ライナはそう言って、ため息をついた。

 「二年ぐらい前に、そんときのローランド最高の化錬剄使いと一緒の任務をやったんだよ。
 そこでいろいろあって、そのローランド最高の化錬剄使いと、何でかわかんないけど闘うことになって、ぎりぎり勝った。それだけなんだって」
 「ちょっと待て、ライナ。おまえはいつから、その、任務をやっているのだ」

 ニーナが乾いた声で言った。

 「うーんと、孤児院を出たときからだから……六年ぐらい前、だったかな」
 「九歳のときから、だと」

 ニーナは愕然としたように、言葉を搾り出した。

 「俺が前、孤児院に入ったことは言ったよね。そこがさ、ちょっと特殊な孤児院でさ。
 まあ、闘いかたとかいろいろなことを学んだよね」
 「どんな任務を、していたんですか?」

 フェリが顔を若干青ざめて言った。

 「暗殺とか誘拐とか、もうホント反吐が出そうな任務ばっかりだったよ」
 「何て、こと……」

 フェリが、驚きの声をあげた。

 「では、その証拠はどこにあるのだね。その任務を失敗し続けていると言う証拠は?」

 カリアンは真剣な顔をして言った。
 とはいえこの質問は、カリアン自身、ライナが答えてくるとはあまり思ってはいないだろう。普通なら、証拠の出しようがないからだ。
 そして信じる、という形で、ライナに恩をかぶせて、さまざまなことにこき使おう、という腹だろう。そうだったら、強制都市外追放よりはましなはずだ。

 しかしそうなるとめんどいので、ならばあえて、物的証拠を見せるべきなのかもしれない。
 しかし、こんなものをほかの人に見せても大丈夫だろうか。変なトラウマとかにならないだろうか、とすこし心配にはなる。

 ライナはすこし考えたあと、渋い顔を作った。

 「……見たいの? でもさ、見ないほうがいいと思うんだけどね。気分が悪くなると思うから。だからさ、俺を信じてくれると、嬉しいかな」

 ――――必殺、他人任せ。

 カリアンの顔色がかすかに動き、戻る。やはり、ライナが証拠を持っているとは思っていなかったようだ。

 「見せろ、ライナ」

 ニーナが言った。

 「ホントに見るの? 見たら、トラウマになるかもしんないよ」
 「あたりまえだ。お前は、わたしの部下だ。それがなんであれ、部下のことを知っておく義務が、わたしにはある」

 まったく、ニーナの真っ直ぐな思いには疲れる。ライナはため息をついた。こんなふうなことは言うと思っていたけど。

 「はぁ、忠告はしたからね」

 そう言うとライナはおもむろに、服を脱ぎはじめた。

 「な、何をやっているのだ、ライナッ!」

 ニーナは顔を真っ赤にして叫んだ。

 「何って、証拠見せようとしてるんじゃん。やっぱ、見ないほうがいい?」
 「い、いや、見せてくれ」

 落ち着こうとしてか、ニーナは大きく深呼吸した。それでも、顔色は戻らない。
 ライナは、再び服を脱ぎはじめた。
 シャツまで脱いだとき、誰かが息を呑む音が聞こえた。

 「おまえ、その身体は……」

 ニーナが、尋ねてくる。

 「この傷、さ。俺が任務に失敗するたびに増えていくんだよね」

 ニーナの顔は、青ざめた。いや、まわりのほぼすべての人間の顔が青ざめている。青ざめていないのは、レイフォンとハイアぐらいだ。

 ――――それもそうだろう。

 とライナは思った。
 切り傷のあとや刺し傷のあと。
 それだけならとにかく、棒や鞭でたたかれた傷のあとや円状にできた火傷のあと。
 そういったものが、身体のあちこちにできているのを、見ているのだから。

 普通、ある程度の傷なら、今の医療技術で直すことができる。
 ライナの傷あとだって、簡単に消せるものがほとんどである。
 それでも残しているのは、この傷たちが、拷問でつけられたものだからなのだということに気づいたはずだ。
 とはいえ、任務に関係なくたって、増えていたのだが。

 「ねえ、もういい。俺、恥ずかしいしさ」
 「あ、ああ、もういいだろう」

 いつになく、動揺しているカリアンを横目で見ながら、ライナは服を着ていく。
 服を着替え終えると、ライナはカリアンのほうを見た。

 「で、あんたは俺をどうするの、カリアン」
 「その前に、もうひとつ質問させてくれないか。なぜ、そんなにも失敗しているのなら、ライナ君をそのままにしておくのだ」

 カリアンの言いたいことは、つまりなぜライナを上が処分しないのか、と言うことだろう。
 ライナ自身、処分されない理由を知っているが、これだけはほかの誰かに知られてはならない。

 「さぁ、なんでだろうね。俺には、上の考えることなんかわかんないし」

 カリアンからは疑いの視線をむけられるが、ライナは知らないふりをした。
 カリアンは、あきらめたのか、ため息をついた。

 「何でライナは、任務を失敗し続けたの? そんな身体になっても」

 レイフォンは言った。

 「めんどいじゃん。任務こなすの」
 「めんどいって……」
 「だってさ、任務うまくこなしたらさ、さらに任務が増えて、寝る時間減るじゃん。それに、殺したりするのってさ、めんどーなんだよね」
 「面倒……それだけの理由で、おまえは自分が殺されるかもしれないのに、やらなかったのか」

 当たり前じゃん、とライナは即答した。ニーナの愕然とした顔が、ライナにはちょっと面白く感じられる。

 「だって、人殺したらさ、それを背負っていって後味悪くなったり、幽霊になってでてきそうで怖いし。
 誘拐したら、誘拐した奴の親とか知り合いが俺を襲ってきそうで怖いし。それにある程度慣れれば、何とかなるしさ」
 「そういう問題なのか……」
 「そういう問題だって」
 「そんなわけが、あるかっ!」

 ニーナの怒鳴り声に、ライナはすこしおどろいた。

 「子供のころから、そんな生活をしていて、ライナ、おまえは苦しかっただろう。しかしやめる、という選択肢はなかったのか?」
 「そんなの、あるわけないじゃん」

 やめるということは、死、あるのみだ。逃げるのも、めんどくさいし。

 「しかし、ローランドは、どれだけふざけた都市なのだ。守るべき子供を、そんな理不尽目にあわせるなんて……」
 「ちがうよ、ニーナ」

 ニーナの気持ちは、すこし嬉しかった。でも、ひとつ勘違いをしている。

 「人はさ、誰だって、何かしらの理不尽を抱えて生きてると思うんだよ、俺は」

 孤児院を出たあの子だったり、ビオだったり。今までライナがあった人たちは、それぞれが何かの理不尽を背負っていた人が多かった。
 ライナ以上の理不尽を背負っている人が、この世界のどこかにはいるのかもしれない。
 レイフォンだって、ある一面からすれば、ライナ以上の過去を持っていた。

 「ま、だからさ、特別なことじゃないからさ、あんま気にすんな」

 ライナがそう言うと、会議室は静寂に包まれる。

 「それで、やはり君が、黒旋風なのか」

 カリアンが言った。
 ここは、そう認めておくべきであろう。そのほうが、自分の実力を示しているし、都市外追放もされにくくなるはずだ。
 逆に都市外追放されやすくなるかもしれないが、いまさら隠したってあまり意味がない。

 「それも、すっげぇ恥ずかしいから、やめてくんない」
 「まあ、それはこれからの君の働き次第だね」

 ぎこちなく笑いながら言うカリアンに、ライナは疲れた。

 「なぜ、君は、わざわざあの夜に現れたのだね」
 「そりゃ、もしも俺の力がばれたときに、あんたに機関部掃除を一週間ぐらいさせられそうじゃん」
 「むしろ、でてこなければばれないと考えるべきではないか」
 「そんな発想はでなかった」

 カリアンは、疑わしむような視線をむけてくる。

 「で、結局、俺はどうなるの?」

 ライナがそう言うと、カリアンは考えこむように眼を閉じた。しばらくして眼を開ける。

 「とりあえず、やって欲しいことがあったら君を呼ぼう。それまでは、とりあえず、いつもどおりでよい」

 とりあえず、都市外追放だけは免れたようだ。そういう方向に持っていこうとしていただけに、ライナはすこしほっとした。
 それに、今回の違法酒の事件にも巻きこまれそうにもない。死ぬ覚悟で任務を失敗しまくっているように見せかければ、カリアンがライナに頼むことはないだろう。

 「じゃ、この話し終わり? はやく行かないと、サミラヤの奴が怒るし、それじゃ」

 そう言ってライナは立ち上がり、会議室を出て行った。








[29066] 伝説のレギオスの伝説20
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/05/09 22:28
 小隊練習も終わり、ライナは生徒会室のほうにむかったあとに残されたレイフォンたちは、錬武館で立ち尽くしていた。

 ライナの過去の話を聞いてから、一日が経った。

 ディンのことも重大なことではあった。
 しかしそれを忘れてしまいそうにほどのライナの過去に、レイフォンはローランドに対する怒りを覚えた。
 それと同時に、ライナに対するシンパシーを深く覚える。

 若くして名誉な称号を得ていることや、孤児であるなど、ライナとレイフォンには、共通するものが多いのだ。

 「はぁ……」

 誰ともなく、ため息をついた。

 「私は、なんというふざけたことをライナに言っていたのだ。
 なにが、生きる意味、だ。武芸者の怠慢、だ。
 わたしは、ライナの苦しみを何ひとつも知らずにそんなことを言っていたのが、すごく恥ずかしい」

 ニーナが頭をかかえて言う。

 「あの傷は、擬似的に作ったもん、だとか言いたかったけどよ、ああもはっきりとした傷じゃ、そんなこと言えねえよ」

 そんなことする意味ねえし調べればわかるしな、とシャーニッドがニーナに続けて言う。
 フェリは、黙ったままだ。

 「なあ、レイフォン。わたしは、これからどうライナと接すればいいのだ」

 ニーナの言葉に、ほかの二人もうなずく。

 「今までと同じようにすればいいと思います」

 レイフォンがそう言うと、三人は眼を丸くした。

 「みんなに過去のことを言ったときに僕が怖かったのは、みんながよそよそしくなることだったから」

 レイフォンはそう思う。レイフォンだってニーナがいなければ、十七小隊のメンバーに過去を話したかわからない。

 ライナはひとりの理解者もなしに、自分の過去を言わなければいけなかった。
 その恐怖は相当なものだったことが、レイフォンには簡単にわかる。

 だからこそレイフォンは、自分だけはライナに対する接しかたを変えてはいけないと思った。
 そうすることが、何よりもライナのためになると信じていた。

 「だから、みんなも今までどおりにライナと接してください。
 大変だと思います。でも、変化があるのなら内にしまってください」

 お願いします、とレイフォンは頭を下げた。
 しばらく、誰もしゃべらなかった。一分ぐらいして、ニーナが口を開く。

 「……わかった。できるだけ、がんばろう」

 そのニーナの言葉に、ほかの二人もかすかにうなずいた。

 「ですが、やけにレイフォンはライナの肩を持ちますね。
 やっぱりそのけがあるんですか」

 フェリが無表情な顔で、手の甲を顎のほうにして、顔の線に沿って腕をそらした。

 「やっぱりそうなのか?」

 ニーナも聞いてくる。
 レイフォンは身体の力が抜けそうになった。

 「やっぱりってなんですかやっぱりって」

 レイフォンはため息をついた。

 「だから、僕はライナにそんな感情はありませんよっ!」
 「そんな必死こいて否定するとこも、なおさら怪しいな」

 シャーニッドがはやし立てるように言った。

 「だから、ちがいますって」

 レイフォンがそう言うと、ニーナとシャーニッドに笑いを起こった。フェリもすこし顔を緩めているように見える。

 レイフォンはすこし怒りをおぼえながらも、みんなに笑顔がもどったことに喜んだ。







 大会の日になった。
 その間、ライナは小隊練習を重視するよう手配されたため、あのハイアが来た以来、一度しか生徒会の雑用に回されることはなかった。
 そのことにサミラヤはぼやきもせず、ただライナに声援を送るだけだった。

 セルニウムの補給もすでに終わり、今は撤収作業に移っていて、あと二、三日もすればツェルニの移動がはじまるだろう、とカリアンが言っていた。
 そのあとで、打ち上げがあるそうだ。どうせ、サミラヤに強制的に参加させられるのだと思うと眠たくなってくる。

 ライナが告白した次の日、ハーレイから紅玉錬金鋼を受け取った。
 カリアンからの手はずらしく、その紅玉錬金鋼には、自爆装置がついていた。
 さらに遠隔操作で自爆装置が起動するようになっている。
 かといって自爆装置を無理にはずそうとすると、爆発するように仕組まれていて、今だにライナに心を許していないことがわかる。無理もないが。
 べつに、それでいいのだ。都市外追放さえされなければ。

 ハイアはなんだかよくわからないが、何かたくらんでいるようだ。
 レイフォンから詳しいことを聞かなかったが、あるものを受取るかわりに一年間、ツェルニの汚染獣の脅威からサリンバン教導傭兵団が守るそうだ。
 胡散臭いにおいしかしないのだが、ライナにはとくに関係はない。

 それより、あのハイアが、このままライナに何か仕掛けてこないだろうか。いや、くる可能性は充分にありえる。あのバトルジャンキーなら、なおさらだ。





 ハイアとあったのは、ライナがローランド最高の化錬剄使いと呼ばれるようになって、しばらく経ったころだ。

 ――――サリンバン教導傭兵団の内情を探れ、できれば壊滅させろ。

 という指令が上から出た。

 集められた仲間と共に、サリンバン教導傭兵団がいるという都市に潜入したライナたちだった。
 そこで司令官役の男に、地元の人のふりをしてサリンバン教導傭兵団に潜入しろと、ライナに言ってきたのだ。
 めんどい、とライナは言ったが、無理やりその役割を押しつけられた。

 しぶしぶ、ライナはその都市の内情を調べてから、サリンバン教導傭兵団の中に入りこんだ。
 はじめは適当に言って帰ろうとしたが、それが返って気に入ったのかハイアがライナを傭兵団の中に入れた。

 しばらくは、ハイアの元で武術の鍛錬を受けさせられた。
 ものすごく愉しそうに刀を振るハイアを、ライナはできるだけ遠くから見ようと思ったが、それはかなわなかった。

 そんなある日、ライナは一応報告のために、仲間たちと打ち合わせ場所にむかった。
 とくに報告することもなかったので、適当に言うと、指令役の男は頭をかかえた。

 そこにライナたちがいる建物がサリンバン教導傭兵団に囲まれている、という報告が入ってきた。
 ライナをえさにして、一網打尽の作戦をしていたようだった。

 そこで指令役の男は、ライナにしんがりを任せると言ってきた。
 しぶしぶライナはその提案を受け、ハイアたちと闘ったのだ。

 あのときは、もう死ぬかと思った。さすがに四十人を足止めするのは、骨が折れる。二度としたくない、と思った。
 その追ってきたときのハイアの顔が、今でも忘れられない。

 ハイアに再会した日の夜に、むこうからライナに会いにきた。
 闘うときが楽しみさ~と、その夜はそれだけ言って帰っていった。二度と来るな、とハイアの背中に言ってやったが。






 「なあ、ライナ。ここ最近、みんなの様子がおかしくないか?」

 野戦グラウンドの控え室で、仏頂面のナルキがライナに尋ねてきた。
 緊張しているのか、ナルキの雰囲気が硬く感じた。ライナに話しかけてきているのも、気を紛らわせようということなのだろう。

 それにしても野戦グラウンドの熱気がこちらまで伝わってきて、ここにいるだけで疲れてきそうな気がしてくる。

 「気のせいなんじゃない」

 それにあれ以来小隊内では、ライナを避けているように感じた。というより距離の取りかたがわからないらしい。
 そうレイフォンが言っていたが、もうすぐで戻るから、とも言った。
 ニーナですら、若干のぎこちなさを感じる。
 その中で、レイフォンだけが変らずにライナと接してくる。
 そのことにほっとしていることに、ライナは戸惑った。
 ライナ自身が思っている以上に、十七小隊のことを気に入っているということなのか。

 「気のせいじゃない。というより、ライナが何かしたようにしか思えないんだが」
 「じゃあさ、俺が何したっていうんだよ」
 「わからないから、聞いてるじゃないか。何か知らないか、レイフォン」

 そうナルキはレイフォンに呼びかけるが、気がつかないのか、視線をナルキのほうをむけようとしない。
 もう一度呼びかけて、ようやくレイフォンはナルキのほうをむいた。

 「えっ、なにかな」
 「だから、ここ最近、十七小隊内の雰囲気がすこしおかしい、って言ったんだ」
 「そ、そうかな」

 レイフォンはぎこちなく苦笑いをうかべた。ナルキは、ああ、とうなずいて言った。

 「だからレイフォン。今、十七小隊で何が起こってるんだ?」
 「ま、それはあんま気にすんな」

 シャーニッドが会話に混じってくる。

 「先輩……」
 「そのうち、何とかなるだろうよ」

 そう言うと、シャニッドはライナを横目ですこし見ると、元にいた場所に戻り、眼を閉じた。

 「レイフォン、おまえはどう思うんだ」
 「さ、さあ」
 「それでいいのか」
 「ま、まあそれはとにかく、気分をどう?」

 何とか話を変えようとレイフォンがそう言うと、ナルキは吐息をついた。肩もすこし下りた。

 「……あまり、大丈夫じゃないな。けっこう緊張している。こういうのは大丈夫だと思っていたんだが……」
 「なれりゃ大丈夫だって、こんなの。俺なんて、昼寝するぐらい余裕があるし」
 「おまえはいつも寝てるだろうが」

 ナルキはいつになく低いテンションで突っこんだ。緊張をごまかす余裕さえないようだった。顔も暗い。
 レイフォンも、表情の暗さを隠せていなかった。

 結局、レイフォンがディンを斬ることを決めたようで、ライナに報告してきた。
 しかし未だに刀を使うことを躊躇しているようで、昨晩はライナに語りかけてきていた。

 レイフォンは天剣授受者になるときに、もともと使っていた刀ではなく剣にしたのだ。
 これからどんなことをしてでも稼ぐ。そう思ってのことだ。しかし師匠からは慢心している、と思われていたらしいが。
 ライナには、レイフォンの話を聞くことしか、できなかった。

 係りの生徒が、移動するように伝えてきた。
 ライナがぼけっとしていると、ナルキがやってきて、アイアンクロー決められ、野戦グラウンドのほうにむかった。





 司会の女性との声を合図に、ライナは地面に寝そべった。

 今日の試合は十七小隊が防御側なので、もしかすると念威操者であるフェリのところに敵がやってくる可能性がすこし高いが、しばらくは暇である。
 ましてやレイフォンがいる以上、ここに敵がやってくることもそんなにあるとは思えない。ということは、ずっと俺の惰眠のターンである。

 とはいえ、今日の地面の振動は一段とうるさい。
 確か第十小隊は、ダルシェナとかいう人が突撃槍で突っこんでくるのをまわりの人間がサポートするのだと、ニーナが言っていた。
 違法酒を使っている疑いがあるのは、ダルシェナのそのうしろでワイヤーを使って罠を壊している隊長であるディンと、ほかの第十小隊の隊員であるらしい。
 特に中心人物と疑われているディンは、故郷が未だに違法酒を作っている数すくない都市のひとつである、彩薬都市ケルネス出身だという話だ。
 自分の身体を壊してまで、なぜ都市のためにがんばれるのだろうと、何度もライナは思う。

 徐々に地響きが近づいてくる。そして地面が爆発した。
 すこしライナは眼を開けると、まわり一帯に砂煙が巻き上げられていた。眼に入ると痛いので、再び眼を閉じた。

 この仕掛けを施すのに、ライナもかりだされた。
 前日の練習が終ったあとで十七小隊総出で爆発物を埋め、巻き上げられやすくするため、乾燥した砂をまいたのだ。
 これで観客にこれからおこることを見せなくてすむ。

 地響きが止まった。
 とりあえずここまでは、計画通りにシャーニッドがダルシェナを足止めしているのだろう。
 あとはこのまま、レイフォンがディンを封心突で半年ほど動けないような身体にすればいい。
 剄脈に悪性腫瘍ができて死ぬよりましだと、ライナは思いこむ。
 しかしほかにディンを助ける方法はなかったのか、とも思う。

 ――――剄が、変わった。

 そう思ってライナは活剄で強化した眼を開け、視線を変わったほうをむくと、レイフォンが刀を握り、ディンの身体に振り下ろされたままにされていた。
 ディンの身体から、剄の流れが止まっていく。これならばたしかに半年ぐらい動けなくすることもできるはずだ。

 ――――これで、今日も終わりだ。

 姿が見えないハイアのことが気にかかりながらも、ライナはそう思った。
 これで寝心地がいいベットで寝られる。それだけが、ライナの楽しみだった。

 そう思ったとき、突如ディンのうしろに黄金の牡山羊が現れた。封心突が破られたためか、レイフォンは距離をとった。

 なんだありゃ、と思ってライナはアルファ・スティグマを発動する。
 視界が赤くなる。解析できない。ただその牡山羊とディンとが、半分重なっていた。

 ライナはおどろいた。
 今までアルファ・スティグマで剄に関する類で解析できなかった経験はなかったのだ。すこし、寒気をおぼえる。

 アルファ・スティグマは、剄技を見るだけでその構成や性質を解析、理解することができる魔眼である。
 それゆえに一目でも剄技を見れば、その剄技を使うことができるようになるのだ。
 
 地面に落ちていたワイヤーが一斉に波打ち、レイフォンを襲った。
 剄をめぐらせ、身体の一部のように使いこなすワイヤーは、レイフォンの鋼糸と遜色ないほどだ。
 何とか避けることができたが、レイフォンの額には汗が浮かんでいた。

 ――――こりゃ、まずいかもしれない。

 レイフォンだけなら大丈夫だと思うが、あそこにはニーナやナルキがいる。あんなものに襲われたらひとたまりもない。
 今はレイフォンに襲い掛かっているため、すぐには襲われないとは思うが。

 そう思いライナは起き上がると、レイフォンたちのほうに駆け出した。

 「それはおれっちたちの獲物さ~」

 活剄で強化した耳が、ハイアの放った言葉を聞き取った。
 それと共に四方から気配が現れる。そして無数の鎖がディンの元をむかい、ディンの身体に巻きついた。

 「ハイアッ!」
 「廃貴族はおれっちたちがもらう。そういう約束さ~」

 ライナはナルキたちを助けられるぎりぎりの場所で止まり、様子を窺う。
 廃貴族。約束。この二つの言葉で、なんとなくハイアたちとカリアンたちとの約束の内容がわかった。
 しかし廃貴族、とは。めずらしい言葉を聞いた。

 廃貴族は汚染獣に襲われ都市を失った電子精霊である。
 そのため汚染獣に強い恨みを持ち、都市を守ろうとする強い意思を持った者に強大な力を与えるという。

 本で呼んだことはあるが、実際に見たのははじめてである。そもそも普通の電子精霊を見たのだってほんの二ヶ月ほどなのだから、仕方ないが。

 予想するに一年間都市を守ってもらうために、廃貴族を捕獲する、とでも言ったのだろう。

 「どういうことだ?」
 「どういうことも何も、廃貴族を捕まえたのさ~」
 「それは、あそこにいる奴だろう?」

 レイフォンは、黄金の牡山羊に視線をむけた。

 「あれはいくらおれっちでも捕まえられないさ~。いや、元天剣授受者のレイフォン君にだって無理さ。我らが陛下にだってきっと無理にちがいないさ~」
 
 それもそうだろう。あれは極論を言えば、ただの強大なエネルギーを濃縮した空気のようなものだ。
 空気は空気のまま持ち帰ることはできない。何か、入れ物に入れないかぎりは。

 「なんだと?」
 「だけど、宿主を見つけたのなら話は別さ~。その宿主を捕らえれちまえば、廃貴族は何もできない。汚染獣に都市を好きに荒らされちまっても、何もできないのと同じさ~」
 「……こいつは何を言っている」
 
 ナルキが口をはさむが、レイフォンはハイアを見ていた。ハイアもナルキのほうを見てはいない。

 「学園都市に来てくれたのは幸いだったさ~。志が高くとも実力が伴わない半端者ばかり。
 廃貴族の最高の恩恵をもてあまして使い切れないのが、関の山。本当ならおれっちたちなんて近づけもしないだろうに、このざまさ~」
 「グレンダンに連れていって、どうする気なんだ?」
 「そんなことグレンダンに戻れないレイフォン君には、関係ないさ~」

 得意げに笑うハイア。その様子をレイフォンはじっと見ていた。
 ライナは、徐々に怒りがこみ上げてきた。理由は、わかっている。

 ――――ビオのときに、似ている。

 話を偽り、自分の思い通りにしようとしているところが、腹が立って仕方がない。

 「まぁ、ヒントぐらいいいかもさ~。グレンダンがどうしてあんな危なっかしい場所にい続けてるか? それの答えと同じところにあるさ~」
 「どうして……?」

 ハイアの言葉を聞いて、ライナはひとつの可能性にいたる。
 同時にまさか、とも思った。

 グレンダンの電子精霊が、廃貴族である可能性。
 レイフォンからは、すでにグレンダンが汚染獣と常に闘っている、とは聞いた。
 たしかにそれなら、グレンダンがそんな危ない場所にい続ける理由にはなる。だからといって、ライナには関係ないが。

 「じゃ、もらっていくさ」

 ハイアが、一方的に会話をきった。動かないレイフォンのうしろで、ニーナが動いた。

 「待てっ」

 ニーナが叫んだ。ライナは、ため息をつきたくなった。

 「ディン・ディーを連れて行かせないぞ」
 「はっ、たかが一生徒の言葉なんてきかないさ~」
 「貴様ら……ディンをグレンダンに連れて行って、どうする気だ」
 「さあね」

 レイフォンと同じ言葉に、ハイアは薄笑いをうかべる。

 「ディンは、たしかに間違ったことをした。だが、それでも同じ学び舎の仲間であることには、ちがいない。
 貴様らに、彼の運命を任せるなど、わたしが許さない」

 相変わらず、ニーナは自分の実力以上の相手にすら、噛みついていける。命知らずというか、なんというか、めんどい人だ。

 「ディン・ディーを放せ」

 ハイアにむけ、ニーナは鉄鞭を構えて言う。

 「……未熟者は、口だけは達者だから困るさ~。
 放さなかったら、どうするつもりさ? やりあうつもりか? おれっちたちと? ここにいる本物の武芸者たちと? 宿泊施設に待機しているのもあわせて四十三名。サリンバン教導傭兵団を敵に回すって?」

 ライナも一度闘っているため、傭兵団の実力は知っている。
 正直、今のニーナではまともに戦えないだろう。それでも、ニーナは闘うにちがいない。
 短いつきあいだが、ニーナ・アントークならそうするだろう、とライナはわかっていた。
 めんどいが、ニーナのことをほっておいたら今以上にレイフォンに朝はやく起こされるにちがいない。
 さすがにそれはめんどい。それにさっさと終らせて、寝たい。

 「じゃあさ、その半分と俺が闘うよ。めんどいけど。で、あと半分をレイフォンが押さえれば、何とかなるだろうし」

 ライナは、旋剄を使ってレイフォンの隣にならび、言った。
 突然現れたライナにニーナとナルキはおどろいているようだった。レイフォンはあまり顔色を変えず、ハイアは笑みを深めた。

 「大体さ、ハイア、おまえ邪魔。
 せっかく、今日もスーパーレイフォンタイムで試合が終ったのに、しゃしゃり出やがって。
 俺のベットに入る時間が減るだろ。まったく」
 「スーパーレイフォンタイムって……」

 レイフォンはあきれたように言う。

 「ようやく出てきたな、ライナ。ずっと楽しみにしてたさ~」

 本当に嬉しそうに言うハイア。正直めんどい。
 しかしこれでニーナやナルキたちに被害が出る可能性は減っているはずだ。
 いくらサリンバン教導傭兵団とはいえ、レイフォンとライナ相手に、ほかの奴を狙う余力はないはずだ。

 レイフォンひとりでこいつらと闘うのは、きびしかったはずだ。ライナひとりでもきびしいにちがいない。

 ――――二人なら、何とかなる。

 そうライナは思っていた。

 傭兵団のほうからからざわめきが起こる。あきらかに、動揺していた。

 「ライナ、おまえは何を言ってるんだ。おまえが、あのサリンバン教導傭兵団と闘えるわけがないだろうっ!」

 ナルキがレイフォンのうしろから怒鳴ってくる。ライナは無視した。
 ライナは紅玉錬金鋼を展開する。
 こいつら相手では、あまり力の加減はできない。ローランド式化錬剄を使えないので、あまり気にしなくてもいいかもしれないが。

 ライナのうしろのほうで、ニーナたちが何か話している。おそらく、ディンを助ける方法だろう。はやくして欲しい、とライナは思った。

 時間稼ぎならば、殺気を出して相手の動きを止める方法もあるのだが、それをすると、ニーナたちにも影響がある。

 レイフォンが、剣帯から錬金鋼を抜き出した。
 青石錬金鋼。前に壊したという錬金鋼だ。
 剣。それを見たハイアは、笑みを消した。

 「人を莫迦にするのが、上手さ~」

 軽薄な言葉には、怒りがこめられていた。
 ハイアもサイハーデン刀術を習っている。いわば、レイフォンとは兄弟弟子に当たるのだ。
 そう知っている以上、レイフォンが剣を使うことは、侮辱に等しいのだろう。
 そしてハイアが怒ることを見越して、レイフォンは剣を取り出したにちがいない。

 「いいさ、おまえをぶっ倒してグレンダンに帰れば、あまった天剣を授けてもらえることにもなるかもしれないしさ~。ライナはデザートに回すさ~」

 そう言うと、ハイアはレイフォンににらみつけた。照準を定めたのだろう。
 つまりライナがハイア以外の傭兵団全員と闘わなければいけないというのか。なにその罰ゲーム。

 というのは冗談ではあるが、作戦としてはまちがっていない。
 ハイアさえ倒せば、あとはそれほど強くはない。
 ハイアと二、三人まとめて襲ってこられたら、ライナでもかなり苦戦を強いられるだろう。
 それを一対一の状況で闘えれば、勝てる可能性が高まる。ほかの傭兵団員が動けないように、ライナは周囲に意識をむけた。

 それにしても、レイフォンからの闘志とでも言うのだろうか。それがライナを押し潰そうと思わせるほどのしてくる。
 まあ、傭兵団にも同じぐらいの圧力が来ているはずだが。

 レイフォンとハイアの距離は、十歩ほど。活剄を走らせた状態なら、一瞬で埋まる距離。
 しかし、互いに動かない。いや、動けない。そう思わせる緊張感がある。

 ――――終わる、一撃で。

 そうライナは思った。
 しかし、決着がつくまでには、まだ時間がかかりそうだ。
 その間に、ニーナたちがディンを助け出すだけだ。そういうことをレイフォンは考えているのだろう。

 「……どうして、刀をおさめたさ?」

 不意に、ハイアが口にした。

 「刀は、おまえの本領さ。それを、どうして捨てるさ~」
 「代償だよ」

 レイフォンは言い切る。

 「裏切ったのに何も失わないのは、おかしいじゃないか」

 その言葉の裏には、どれほどの苦悩があるのだろうか。ライナには、よくわからない。
 それでも、レイフォンの気持ちは伝わってくる。

 「そんな都合のいい話は、ない」
 「お前は、莫迦さ」
 
 ハイアはレイフォンの言葉を切り捨てた。

 「戦いで生き残るのに、一番のものを使わないでどうするさ? 戦場を舐めきってる愚か者の吐く言葉さ」

 レイフォンにだって、ハイアの言いたいことは、わかっているはずだ。そのほうがいいことだって、わかっているはずだ。
 それでも、レイフォンは首を振る。

 「そうすると決めたから、そうする。信念っていうのは、そういうもののはずだ」
 「……ライナは、どう思うさ」

 突然ライナに言葉をむけられたため、すこし驚いたが、すこしハイアのほうに視線をむける。

 「まぁ、それで今でやって来れたんだろ。それってある意味すげーじゃん。尊敬するよ」
 「ライナ……」
 「……まあ、いいさ」

 ハイアが言葉をとめた。沈黙。両者、動かない。
 動きがない。その中で、二人は闘っているのだ。

 どちらが有利か。ライナは、互角と見る。
 ハイアもさすがに強いが、レイフォンだって、老生体相手に、一日闘い続けられるほどの男だ。そう簡単に隙は見せないだろう。

 背後で、気配が動く。二つ。ディンのほうへ駆ける。
 ハイアの視線が一瞬、そちらにむく。レイフォンが前に出る。刹那遅れ、ハイアも前へ。

 接近して二人は、それぞれの獲物を振るう。剣と刀。
 ハイアが刀を振り下ろし、レイフォンが剣を斜めに振り上げる。

 火花を散らし、二人は行きすぎる。位置を逆転。
 レイフォンが、ゆっくり剣をおろす。レイフォンの顔面に無数の斬り傷。血が噴出した。

 「くそぅ……」

 ハイアがうめく。刀は、崩れていた。

 ――――外力系衝剄、蝕壊。

 レイフォンの剣は、その技を使ったあと、ハイアの胴体にうちこんでいた。

 ハイアは倒れた。息はある。レイフォンの剣は、安全装置がかかっているため、斬れはしない。
 しかし、ハイアはしばらく動けないだろう。

 威圧のためのライナは傭兵団にむけて殺気を放つ。横目で、ディンのいるほうを見る。
 シャーニッドとダルシェナ。その二人の援護のために、ニーナもむかっていた。

 「ライナ、ここは僕がいるから、先輩たちをお願い」
 「いいの」
 「ここはひとりでも大丈夫だから」

 サリンバン教導傭兵団相手にそんな大言を言える人は、世界中探したってそれほど多くはいないだろう。
 ライナはめんどいな~、と言いながらうなずき、ディンのほうへむかった。





 シャーニッドとダルシェナが、ディンの元へむかっている途中に、弓矢の迎撃を受けている。
 しかし射手の、威力命中率射程フェイクの技術、なによりも殺剄の精密さが足りない。

 それを確認すると、別に俺いらなくね、と思ってライナはひと眠りしようかと思ったが、あとでレイフォンがこわいので、おとなしくその射手の元にむかう。

 矢。衝剄で打ち落とす。何度矢を放ったって、同じことだ。
 長細い大きなめがねをかけた射手のおどろいている顔が見える。そしてたどり着く。

 「なあ、ミュンファさ」

 ライナが声をかけると、射手……ミュンファは、弓をこちらにむけて構えてきた。鋭い視線だが、どこか愛らしく思えてくる。

 「ここら辺で終わりにしない。俺も眠いしさ」
 「ライナ君の言うことでも、聞けない」

 ミュンファは、ライナがサリンバン教導傭兵団にいたとき、いろいろ世話をしてもらっていた。
 そういうこともあって、ライナ個人としては、あまり戦いたくはない。

 「ハイアちゃんから任された任務だもん。やめるわけには、いかないよ」

 ライナはため息をつく。その隙を突いたつもりか、ミュンファはシャーニッドたちのほうに矢を放つ。ライナは衝剄で打ち落とす。

 「そのハイアも倒れてるし、逃げたって誰も文句は言わないよ」

 ミュンファの泣きそうな顔を見ていると、弱いものいじめをしているようで、気分が悪くなる。
 こんなことをやって、誰が喜ぶのか。みんな寝てりゃいいじゃん、とライナは思った。

 「でも、それでも。わたしは、ここから逃げない」

 みんなまじめすぎる。ミュンファにしても、そもそもの原因であるディンにしても。ハイアだってレイフォンだって。

 ――――そんなにがんばって、愉しいのか。

 そうライナは思った。

 ライナは、殺気をミュンファにむけて放つ。徐々にミュンファの顔青くなって行き、身体が震えはじめる。それでも、眼の輝きは変わらない。

 どうしようか、と考えているうちに、異様な剄の気配が消えた。
 それを感じ取ったライナは、じゃあ、と言ってミュンファの前から立ち去る。
 今夜は、早目にベットに入ろうと、ライナは思った。









[29066] 伝説のレギオスの伝説21
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/03/11 23:04
 廃貴族が消えたあと、傭兵団はハイアをつれて去った。
 あれぐらいの怪我なら、一週間もしないうちに回復すると思うが、できれば、もう二度と来ないで欲しい。

 それから三日後、ライナはため息をついた。
 暗闇の野戦グラウンド。その中にいるレイフォン。
 いつか見た光景だが、ちがいがある。あの日見ていた野戦グランドの中に、ライナは入っていた。

 そもそもの発端はシャーニッドが、ライナとレイフォン、どちらが強いんだ、という些細な発言からだ。
 そこから、ライナとレイフォン以外の十七小隊全員、特にニーナが、その話にのめりこんでいき、気づけばライナはレイフォンと闘うことになっていた。
 さらにカリアンにも話を通して、野戦グラウンドを借りられることになった。

 当然ライナとレイフォンは抵抗する。しかし、ニーナの暴走と暗黒生徒会長の交渉術の前に、二人はなすすべはなかった。

 とはいえ、ライナの実力を誤認させるのにも都合がいいし。
 だいぶ強制都市外追放には遠くなってはいるが、その危険は、依然ある。

 それにレイフォンに勝てれば、三日間休みをもらえることもあって、すこしだけやる気になっている。でも、めんどい。

 「なあレイフォン。俺疲れたから、帰っていい?」
 「僕も帰りたいよ。でもね、ライナ。世の中には、抵抗できないことがあるんだよ」

 何か悟ったようにレイフォンは言う。
 二人で、ため息をついた。

 「さあ、二人ともがんばりたまえ」

 カリアンが、前来たときと同じ席に座って言った。
 カリアンも野戦グラウンドに来ている。やはり、興味はあるのだろう。

 ライナとレイフォンは、ため息をついた。二人とも、幸福なんか、もう残ってはいない。

 仕方なく、ライナは錬金鋼を復元した。ほぼ同じタイミングでレイフォンも錬金鋼を復元している。
 ライナは紅玉錬金鋼のナイフ。レイフォンは青石錬金鋼の剣。
 距離は、二十歩ほど。

 ライナは、とりあえずどうしようか考える。
 普通なら簡単に負けるところだが、今回簡単に負ければ、今まで以上に訓練が増やされることになっている。
 それは、さすがにめんどい。かといってレイフォンに勝つのも大変だ。

 ここでローランド式化錬剄を使うわけにはいかないしな、と考える。
 勝つ方法は、決めてある。しかし、そのためにはレイフォンの隙を作らなければならない。
 さらに接近した状態でむかい合い、レイフォンの動きが止まっているというのもつけ加えなければならない。
 とりあえずレイフォンの攻撃を受けないことを重視しようという結論に至った。 それが、一番難しいことだろうが。

 レイフォンは、ライナの様子を窺っている。
 このままなら何もせずにすむ、という考えは、さすがに虫が良すぎるか。

 レイフォンが動く。二十歩の距離をすぐに埋めて、剣をライナに振りおろしてくる。
 斬られる。残像。ライナはまわりこみ、レイフォンのうしろから斬りつけようとした。
 レイフォンは、旋剄で距離をあけた。すぐにライナのほうをむき、剣を構える。レイフォンは、無表情になっていた。

 ――――ただの、ウォーミングアップ。

 レイフォンは、そういう考えだったのだろう。
 でなければ、変幻自在である化錬剄使い相手に、無用心に突っこんでくるわけがない。
 レイフォンだって、化錬剄使いと今まで闘ったことはあるはずだ。

 なら、レイフォンはどういう攻撃をしてくるのか。
 普通、化錬剄使い相手ならば、遠距離からの衝剄が有効であろう。
 これならば、いくらライナが質量のある残像で的を絞らせないようにしても、関係ない。
 しかしレイフォンは、ライナの化錬剄を見ている。ローランド式化錬剄を使えな くとも、遠距離を攻撃する化錬剄がライナに使えてもおかしくないと思っているはずだ。

 レイフォンは、ライナの隙を窺うように剣先を微妙にずらしながら対峙している。
 距離は十五歩。最初よりは近づいている。しかし、動こうとはしていなかった。
 ライナもまた、動けなかった。
 うかつに動けば、斬られる。
 そう思うほど、レイフォンの視線は鋭い。にらみ合う。
 眼を離すことなど、できない。離したら、斬られる。

 ――――正直、接近戦でレイフォンには勝てない。

 そうライナは思っていた。ライナもある程度接近戦をこなせるが、基本は化錬剄である。
 ならば、剣を基本に闘うレイフォンに勝てる道理など、どこにもない。
 剄の量もレイフォンのほうが上。ライナが勝っているとすれば、化錬剄の使いかたぐらいだろう。
 ローランド式化錬剄やアルファ・スティグマを使えれば、話はちがうと思うが。

 だから、レイフォンに勝つためには、短期決戦あるのみだとわかっているが、動くに動けないし、動くのもめんどい。
 とはいえ、このままではどうしようもないのも事実ではある。

 ライナは心の中でため息をつくと、化錬剄で五十を超える残像を作り出す。
 レイフォンも、ひとりから二人、二人から四人、四年から八人と増えていって、最終的にはライナと同じだけの残像を作り出していった。
 しかもレイフォンの残像は、ライナが使った質量のある残像ではない。

 ――――活剄衝剄混合変化、千斬閃。

 うっそ~ん、とライナは心の中で叫ぶ。
 レイフォンの残像は、一体一体がオリジナルに引けを取らないほどの力を持っていることが、ライナにはわかった。

 ライナの残像が、次々に狩られていく。気づけば、半分以下になっていた。

 さすがに、困ったことになってきた。このままでは、物量戦で負ける。
 どれが本物のレイフォンかわからない。
 アルファ・スティグマを使えばわかるが、ここはできない振りをしたほうが、いいような気がする。

 とはいえこのまま負けたら、睡眠時間が減らされるだろう。それはさすがに、困る。

 ライナは殺剄で気配を隠す。
 ライナの残像がすべて消えたときに、レイフォンも千斬閃を解いた。
 ライナはアルファ・スティグマで見ているため、どんな技か、すべてわかった。
 剄の消費を減らすためだろう。
 レイフォンの剄の量がどれほど多くたって、あの技の剄の消費量を考えると、技を解くのが正しいはずだ。

 レイフォンは、駆け出した。
 同じ場所に留まったら危険だろうと思っただろう。見失わないように、ライナは気をつける。
 レイフォンは、気配を四方に飛ばしたり、旋剄を使ったりしてくるが、ライナは眼を離さない。

 「ライナ君。このまま隠れたままでは、敗北とみなすよ」

 カリアンが拡声器で何か言っているが、気にしている余裕はない。ライナは、レイフォンの隙を窺う。

 レイフォンはライナが来ないと見るや、衝剄をあたりにばら撒きはじめた。

 ――――ここが、勝負どころ。

 ライナは思った。右のポケットにちゃんと切り札があることを確認する。

 衝剄のひとつが、ライナのいる場所の近くに直撃。回避。殺剄が解ける。
 ライナが跳び出すと、ライナのほうにレイフォンが衝剄を放ってきた。

 旋剄を使うことでかわす。
 そして刀身にためてあった化錬剄で剄を変化させた空気の塊を、レイフォンの足もとにむけてナイフを振りかぶって放つ。
 放たれた空気の塊を、レイフォンはステップをふむことで避けた。
 しかしもといた場所の地面に当たったことで、爆音と共に土煙が舞い上がる。

 ライナは残像を再び三体作り出し、分散させてレイフォンのところにむかわせる。
 ライナ自身は殺剄を使って気配を消す。レイフォンを見た。

 千斬閃を使う必要がないと判断したからか、レイフォンは三体の残像のほうに駆け出した。すぐに残像三体を斬り伏せる。
 ライナは、レイフォンのうしろに回りこんだ。
 そこに気配で気づいたのか、レイフォンは身体を回転させて剣を振りまわす。後退。
 そして、レイフォンはライナの正面をむいた。

 ――――賭けには、勝った。

 ライナはナイフを投げ、避けられる。否、避けさせる。レイフォンは体勢を崩した。わずかな隙。
 すぐにポケットに入っていた閃光弾をレイフォンめがけて投げつけた。ライナは眼を閉じる。
 耳栓は、隠れているときにつけている。

 レイフォンはかすかに口が動く。
 そのあとにきた烈しい輝きは、ライナのまぶたの裏からでも感じられた。
 すぐにライナは目を開け、目を閉じているレイフォンの左手をつかみ、関節を極め地面にたたきつけた。





 「あ~もうだりぃ。今日は疲れた。もう寝たい」

 ライナはあくびをしながら言った。
 しかし、持っててよかった閃光弾。ローランドからもってきた数すくない持ち物のひとつだった。
 レイフォンと闘うことになったとき、持ってこようか考えに考えた結果、ここで閃光弾を使うのもありだと判断した。

 たしかにここで閃光弾を使えば、切り札のひとつを見せることになる。
 しかし閃光弾の偽物も持ってきているため、偽物をフェイクとして使うことができる。一瞬の違いは、かなり大きいものだ。
 閃光弾は、あとひとつ。偽物が二つ。

 それはさておき、この勝ちかたは、間違っていないはずだ。レイフォンは、実力で負けたわけではない。
 あきらかに、レイフォンのほうが強かった。
 また同じ条件で闘ったら、ライナは勝てないと思っている。まわりの連中も、そう思っているにちがいない。
 ならば、カリアンにもこれ以上警戒されないだろうし、閃光弾は対処のしようがあるとかんがえるだろう。

 しかし、若干レイフォンが落ちこんでいる。まあ、こんな負けかたでは、納得がいかないはずだ。

 「まさか、レイフォンが負けるとは……」

 近くにやってきたニーナは動揺したように言った。十七小隊の隊員たちは、一同に動揺していた。

 「で、やったああああああぁぁぁぁぁぁっっっっっっ! 三日間休みだぜ、イヤッホオオオォォォォォォッッッッッッ!」

 ライナは喜びを隠さず叫んだ。

 「じゃ、そういうことで」

 そう言い残すと、ライナは野戦グラウンドから立ち去った。








 ――――天剣授受者や女王以外に、負けた。

 レイフォンは、ひさしぶりのことに動揺していた。
 うぬぼれていたのだろうか。天剣授受者ということで調子に乗っていたのか。世界は広いということなのか。

 「今日のは、たまたまです。次に闘ったら、絶対にレイフォンが勝ちます」

 フェリが言った。

 たしかにライナは、閃光弾という奇策を用いてきた。
 ということは、この条件で勝つ手段は、かぎられていることなのだろう。
 しかしそんなこと関係なく、強かった。
 特に、殺剄の精密さには舌を巻いた。天剣授受者と比べても、遜色ないほどだ。
 どこかにいることはわかっても、どこにいるかは、わからなかった。
 すぐ近くにまで近寄られなければ、レイフォンですら気づけない。
 しかたなく衝剄を放って探すしかなかった。

 しかし何よりも、勝ち筋の作りかたがうまかった。
 完全にライナの手のひらの上で踊らされていたことに、悔しさをおぼえる。
 レイフォンは、とにかくライナが殺剄を使ってうしろに回りこんだところを斬る、ということを考えた。それが、甘かった。

 「でも負けは、負けですよ」

 レイフォンは、錬金鋼を元に戻した。

 それに、ライナはローランド式化錬剄を使っていない。
 それどころか、ほとんど化錬剄を使ってこなかった。
 せいぜい、圧縮された空気の塊を飛ばしてきたぐらいか。

 だから、ライナはもっと強いはずだ。
 もしライナがローランド式化錬剄を使ってきたら、レイフォンが鋼糸や刀を使って闘っても、かなり厳しい戦いになるはずだと、レイフォンは思っている。

 「レイフォン、精進あるのみだな」

 ニーナがレイフォンの肩を叩く。はい、とレイフォンはうなずいた。

 「しかし、本当に野戦グラウンドをここまで破壊するとは……」

 近づいてきたカリアンが言う。レイフォンは、いやな予感がした。
 グラウンドのあちこちに穴が開いていたり、壁が削り取られていたりと、どう見ても修繕費が高そうだ。

 「最初に言ったとおり、とりあえずは、修繕費は生徒会から出すことになっているので、安心して欲しい」
 「ありがとうございます」

 もともと、生徒会が修繕費は出してくれると言ったのでレイフォンは衝剄を周囲にばら撒いたのだ。
 しかしこの惨状を見るに、もしかするとレイフォンが修繕費をはらわなければないかとすこし思ったので、安心した。
 ああ、それと、とカリアンが言うと、真っ白な紙袋を持ってきてレイフォンを差し出した。

 「これをライナ君に渡してくれないか」
 「なんですか、これ?」
 「なに。ただの休み中の宿題だよ。できれば、今日中に渡してくれないか」

 レイフォンがそう言うと、カリアンは笑みを深める。その笑みに、レイフォンは寒気がした。

 今日はこれで解散して、レイフォンは野戦グラウンドを後にする。
 寮に帰ると、ライナはベットの中に入って気持ちよさそうに眠っていた。

 「ねえ、ライナおきて」

 しばらく揺らしていると、何だよレイフォン、という声を共に、ライナは眼を開ける。

 「これ、会長から」

 そう言って、ライナに紙袋を渡す。ライナはめんどくさそうに身体を起こし、目を擦りながら紙袋を受け取る。
 そして一枚の紙を取り出すと、ライナは見開き、身体が震えはじめた。

 「あ、あの……悪魔王がっ!」

 ライナは感情のままに叫んだ。そして持っていた紙を丸めて、レイフォンに投げつける。
 レイフォンは受け取ると、紙を広げて内容を見た。
 その紙には、こんなことが書かれてあった。

 ライナ君、おめでとう。まさかレイフォン君に勝てるとは思っていなかったよ。
 それで休日の三日間なのだが、さすがに何もやることがないと暇で大変だと思うので、宿題を与えます。
 なに、ただ今回の戦いで使った野戦グラウンドの修繕費の見積もりをやってもらうだけだから。
 やりかたは、同じ紙袋の中に入っている資料に載っている。それでもわからないことがあったら、生徒会室に来るといい。
 それでは、頼んだよ。

 P.S.ちゃんとやらなかったら、機関部掃除一週間させるから、そのつもりで。

 レイフォンは読み終わると、ライナをかわいそうな眼で見た。

 それから三日間、ライナがひいひい言いながら作業しているのを見て、レイフォンは、ライナにエールを送っていた。









[29066] 伝説のレギオスの伝説22
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/08/29 19:19
 「闘いのときは近いわよ、メイちゃん」

 サミラヤは言った。額にはレイとんラブと書かれた鉢巻をつけている。
 ライナはナルキたちの部屋にいた。
 なぜ自分がいる必要があるのか、ライナにはわからなかった。
 この日の生徒会の仕事が終わると、サミラヤに行こ、と言って無理やりつれてこられた場所が、ナルキたちの部屋だった。

 3LDKの部屋と、なかなか広い。
 ライナもこんな部屋で寝られたら、どんなにいいだろうと思った。
 ただ家具にピンク色とか多く使われていたりするのは、すこし気になるが。

 ナルキたち三人も、苦笑いしている。

 「闘いときってなんだよ」
 「闘いは闘いよ。だってバンアレン・デイまであと三日なのよ」

 ライナの言葉に、サミラヤは平然と言った。

 「だって、レイフォン君にお菓子あげないといけないんだよ、わかってる?」

 サミラヤが言うと、メイシェンが顔を真っ赤にしてナルキとミィフィのほうを見た。二人は首を振った。

 「そ、そんなこと……」
 「だってメイちゃん、レイフォン君のこと好きなんでしょ? 見てれば、誰でもわかるよ」
 「あうあうあうあうあうあうあうあう」

 さらに、メイシェンの顔が赤くなる。

 「せっかくの機会なんだから、あげないともったいないよ」
 「というか、サミラヤ。そもそもバンアレン・デイってなんだよ」

 ライナが言うと、サミラヤが驚きの顔をしてライナを見た。
 知らないの? とサミラヤが言うと、ライナは知らないと言ったため、仕方ないなぁといって説明しはじめた。

 バンアレン・デイとは、気になる異性にお菓子を贈ることで自分の気持ちを示す特別な日である。

 もともとは、ほかの都市の習慣なのだという。
 それがツェルニに入ってきたのが、去年かららしいのだが、今年はさらに爆発的に広がっているのだそうだ。

 そこまで聞いて、ライナはやたら最近へんなポスターが張ってあったこと思い出した。
 だからといって、ライナには関係ないはずなのだが。

 「で、何で俺がここに来る意味があるの?」
 「この機会にメイちゃんにレイフォン君の心をぎっちりキャッチさせたいわけよ。
 ライナって、レイフォン君と同じ部屋なんでしょう? 
 やっぱり異性同士じゃ言えないことも、男同士なら聞きやすいこともあるでしょ」
 「え~めんどいな~」

 ライナはため息をつく。

 「それにさ、本人の意思も無視してやるのってちがうと思うよ」
 
 その言葉を聞くと、はっとしたようにサミラヤはメイシェンを見た。

 「そうよね。ごめんね、勝手にやってごめんね」

 そう言ってサミラヤは頭を下げた。

 「い、いえ、いいです」
 「……やっぱり、今日は帰ろっか」

 そう言ってサミラヤは、鉢巻をとろうとするのを、ミィフィはまあまあと言ってなだめる。

 「サミさんがメイっちのためにがんばろうとしてくれたの、わかりますので。
 それに、これもいい機会ですよ。せっかくバンアレン・デイなんだから、メイっちもがんばらなくちゃ」

 ライバル多いし、とミィフィはつづけた。

 「で、でも……」 
 「そうだぞ、メイっち。ここはサミラヤさんの言うことに乗ってみるのも、いいんじゃないか」
 「うぅ……」
 
 メイシェンはうなった。そしてしばらく考えてあとで、うなずく。
 
 「いいの?」
 「はい。わたしも、レイとんのこと知りたいから」
 
 メイシェンがそう言うと、サミラヤは表情をあかるくしてライナを見た。

 「じゃ、ライナがんばってね」
 「まじでやんの?」
 「あたりまえよ。せっかくメイちゃんもやる気になったんだから。できない、なんてのはなしよ」

 それに、と言葉を続けて、平らな胸を強調するようにしてライナを魅了? するようなポーズをとった。

 「それに、ライナが協力してくれたら、わたしのお菓子・ア・ゲ・ル」
 「え、いらねえや」

 ライナがそう言うと、サミラヤは頬を膨らした。

 「なんでよ。わたしのお菓子いらないって言うの」
 「だってさ、そんなもんやってまで菓子なんか貰いたくないし」
 「あたしからもお願いする、ライナ」
 「お願いライナ」
 「お願いラッりゅ」

 ほかの三人もお願いしてくる。ライナはため息をついた。
 ものすごくめんどい。けど、ここでことわると、あとがめんどくなりそうだし、アイアンクローとかもしてきそうだし。

 「まあ、メイシェンには、いっつも食いもんくれてるし、しかたないからやるよ」

 ため息をつきながら言うライナを、ナルキたちは感謝の言葉を口々にした。

 「で、具体的に何すればいいの?」

 ライナがそう言うと、サミラヤはポケットから紙を取り出しライナに見せた。

 「ここに書いてあることをレイフォン君に質問してくれればいいの」

 ライナは紙を受け取って、すこし内容を読む。
 女性の好みとか、胸の大きさはどれぐらいの大きさが好きか、とか怪しげな内容だった。

 「で、これを聞いてくればいいの?」
 「ライナがんばって~。あなただけが頼りよ」

 ライナはサミラヤたちに見送られながら、部屋を出ていった。






 ライナが自分の寮に帰ると、レイフォンは唸りながら机にむかっていた。
 筆記用具をノートの上まで持っていくものの、ノートに書きこむまでいかない。
 どうすればいいのかわからないのか、頭を激しく掻いていた。

 「なあ、レイフォン。おまえなにしてんの?」

 ライナが言うと、レイフォンがライナのほうに振りむいた。その顔には、疲労の色が隠せない。

 「なにって、明日数学の小テストあるよね。だから、その勉強をしてるんだけど」
 「そんなんあったっけ」
 「ライナは寝てるから知らないだけだよ。この小テスト落とすと補習が待ってるからがんばらないと」
 「まじで」
 「ほんとうだよ」

 そんな話は、初耳だった。

 ――――補習か……。

 勉強するのもめんどいけど、だからといって補習を受けるのもめんどい。どうしたものかな、とライナは考えた。

 「だからさ、ライナ。一緒に勉強しない? ひとりより二人でやったほうがいいと思うんだ」
 「え~めんどいな~」
 「それに、ライナは特待生のAクラスで入学したんでしょ。ちゃんと勉強すれば、いい点取れるんじゃない?」
 「あれだって、偶然だし」
 「偶然なんかじゃ、そこまで行かないよ」

 レイフォンの言葉には、すこし怒りをこめられているような気がした。

 「だってさ、ツェルニに入学できなかったら、グレンダンに行かされるところだったんだぞ」

 そうライナが言ったら、レイフォンは眼を丸くした。

 「ハイアのようなバトルジャンキーがたくさんいるところなんかいけるか、ってがんばったら、なんかしんないけいど、いつのまにかそうなってた」
 「何で、グレンダンに?」
 「確か、天剣授受者の誰でもいいから殺せって言われた」

 え、っという言葉がレイフォンの口からこぼれる。

 「ほんとう?」
 「マジマジ。ま、もしもグレンダンに行ったって、任務なんかやる気なかったけど」

 そう、と言うレイフォンの顔には、安堵の色があった。

 「よかった。ライナがツェルニに来てくれて」
 「といっても、汚染獣がやたら襲ってきたり、結局ハイアたちも来たし、どっこいどっこいなような気がする」
 「でも、こうやってライナがツェルニに来たから、僕も仲良くなれたんだし」

 レイフォンは、恥ずかしそうに言った。

 「しかしこうやって勉強なんかしなきゃいけないとはねぇ」
 「それにやらなくったって、補習があってめんどいんだよ。それだったらさ、今がんばって補修受けないほうがいいと思うよ」

 レイフォンは諭すように言った。
 そういう考えもありといえばありである。
 それにこのあと、サミラヤとの約束を果たす機会でもあった。

 「しかたないな~」

 そう言ってライナは、教科書とノートをレイフォンの机の隣の机にもってきて、適当に広げた。




 試験範囲の内容自体は、それほど難しくはない。
 教科書とレイフォンに見せてもらったノートで、ある程度はライナでも理解できる。
 この分だと、補習しなくてもいいはずぐらいの点数をたたき出すことは、さほど難しくはない。ライナがテスト中に寝なければ、だが。
 はじめのうちは、ライナは教えてもらうことも多かったが、徐々に立場が逆転していった。

 ひと段落ついたところで、二人は夕食にすることにした。
 とはいえ、ここ最近ずっと肉を煮詰めたシチューである。
 味は文句なしなのだが、なんでもレイフォンは分量を調節するのが苦手らしく、一度作ると、一週間同じ食事になることがときどきある。
 今回のシチューも、すでに三日目であるが、食べさせてもらっている立場である以上、文句は言わない。

 食事を終えて、すこし消化するのを待つ。
 その間に、ライナはサミラヤから預かったメモをもとに、レイフォンに質問しはじめた。

 「なあレイフォン。おまえさ、好きな人っているか?」

 すると、レイフォンの顔はおどろいた表情になっていく。

 「え、いや、何で、そんなこと聞くの?」
 「いや、別にこれぐらい雑談の範囲だって」
 「そ、そうかな……」

 レイフォンは頭をかいた。

 「あまり、男同士でこんな話しないから、わからないんだよね」
 「孤児院にいたんだろ。同じ年頃の男とかいなかったのか?」

 レイフォンはうなずいた。

 「そうだね。それにずっとリーリンと一緒にいたから」

 リーリンって、とライナがたずねると、同じような時期に拾われた女の子、とレイフォンは言った。
 
 「ライナはどうだったの?」
 「俺? 俺は……」

 二人の会話は徐々に弾んでいく。
 はじめのうちは幼馴染の話だった。
 しかしそのうちにカリアンの悪口になったり、ローランド最高の化錬剄使いになったあとの面倒な事柄を語ったり、食糧危機のことなど、さまざまなことを語り合った。
 気づけば、時計の針は日付が変わる一時間前を指していた。

 「ってか、もうこんな時間かよ」
 「……勉強、どうしようか」
 「そんなの無理に決まってるだろ。こんな時間まで起きてたのはいつ以来だよ」

 ライナは大きなあくびを隠さずに言った。
 活剄を使えば、二日や三日寝なくたって大丈夫だが、めんどくさい。

 「……そうだね」

 そう言ってレイフォンは、机の上を片付けはじめた。

 「でも、こんなに話したのは、けっこう久し振りだったかもしれない」
 「そういや、俺もこんなに話したのは、そんなにない気がする」
 「だってライナ、いつも寝てるしね」

 レイフォンが笑いながら言う。

 「でも、僕は楽しかったよ。ライナと話せて」

 ローランド最高の化錬剄使いと呼ばれるようになってからのまわりからの反応とか、普通の人にはわからないことでも、レイフォンはすこしだけでも理解してくれた。
 それは、レイフォンもまた、わずか十歳のときに、歴代最年少で天剣授受者になったことがあるからだろう。
 彼もまた、ライナと同じように、侮りや嫉妬をまわりから受けていた。
 こういったことをわかちあうことは、容易なことではない。
 だからこそ、ライナはうれしかった。

 「そうだ、俺はもう寝る」

 ライナは、すぐさまベットの入りこんだ。
 おやすみ、というレイフォンの言葉をかすかに聞きながら。



 二日後、レイフォンからツェルニにローランドの手の者が来ているかもしれないと聞いたり、それでレイフォンに警察署に連れて行かされたり、その果てに第五小隊の隊長が痴情のもつれに発展したりしていたが、まあ、よくあることだろうと、ライナは気にしないことにした。






 ナルキ・ゲルニは、ライナに眼が離せなかった。

 はじめに違和感を持ったのは、十七小隊の練習に参加したときだ。ナルキが立てなかったボールの上に、ライナは簡単に立っていたことからだった。
 そのときは、そういうこともあるのかもしれない、と思っていたが、小隊戦の日、疑いに変わった。

 ハイアがディンを連れ去ろうとしたときに突如現れたライナ。どこから来たのか、ナルキにはわからなかった。
 そしてサリンバン教導傭兵団の半分を相手にすると言った。
 ライナがそう言ったとき、ナルキはライナの頭がおかしくなったのだと思った。

 多くの戦場をわたり、多くの汚染獣をほふり、多くの人とも戦ってきているのだから、どう考えたって、ライナなんかが闘っても、瞬殺されるのは目に見えていた。

 しかしハイアと呼ばれた少年が、ライナを見てうれしそうに笑ったのだ。そして楽しみにしてたさ~とも言ったのだ。

 それを聞いたとき、ナルキはパニックを起こしそうになった。
 なぜ、ライナとサリンバン教導傭兵団が知り合いであるのか。そしてうれしそうに笑うのか、まったくわからなかった。

 ナルキは、ライナにとがめるように叫んだが、こちらのほうは見むきもせずに錬金鋼を展開していた。紅玉錬金鋼。
 ナルキは、難易度の高い化錬剄など、ライナが使えるわけがないと思った。

 ナルキが何とかライナを逃がそうと動いたとき、ニーナにとめられた。レイフォンとライナにまかせろ、と。

 ナルキはニーナに抗議したが、ただニーナは、レイフォンとライナは大丈夫だ、と言うばかりだった。
 ナルキは納得できなかったが、黙って見るしかなかった。

 この場はなんとか、レイフォンがハイアに勝利して、廃貴族が消えたことで何とかなった。

 レイフォンがハイアに勝利することはナルキにとっておどろくべきことだった。
 しかしそれ以上に、ライナのことが気になった。

 ライナは、レイフォンがハイアを倒したあと、すさまじい速さでシャーニッドたちを狙っていた射手のところにいき、簡単に無効化した。
 ナルキにも、見せたことのない速さだった。
 そのうしろ姿を、ナルキはどこかで見たことがあるような気がした。

 このことをレイフォンとライナに聞いたが、はぐらかされただけだった。
 十七小隊のメンバーにも聞いたが、教えてくれなかった。
 前に、十七小隊に天剣授受者のことを聞いたときと同じだと、ナルキは思った。
 そのことが悔しかった。

 そうして、ライナを観察しているが、たいしたことはわからない。
 気づけばいつもの授業中に寝ているライナだ。そしてアイアンクローを極めて起こす。
 痛い痛いと言っているライナ。
 本当に、そう思っているのか、ナルキにはわからなかった。






 「ねえ、ナッキってさ~、ラッりゅのこと好きなの?」
 
 風呂に入ったあとで髪を乾かしているときにミィフィにそう言われて、ナルキはおどろいてミィフィのほうをむいた。

 「そうなの?」

 メイシェンはおどろいたように言う。

 「そ、そんなわけないだろうっ!」

 ナルキは、自分の頬が熱くなるのを感じた。

 「ライナはあたしの好きなタイプとはぜんぜん違うぞ」
 「それは知ってるけど……だってさ~最近ずっとラッりゅ見てるじゃん、ナッキ。特に第十小隊の試合のあとから」
 「そ、それは、その……」

 第十小隊の試合のことは、ミィフィたちにはくわしいことは伝えていないのだ。 言ってはいけないことだと思うし、どう言えばいいかわからない。
 
 「で、どうなの」

 ミィフィは、まっすぐナルキを見つめてくる。ナルキは、息を吐いた。

 「……ただ、すこし知りたいことがあるだけだ」

 ライナのことを知りたいのだ。それを知るためには、十七小隊に正式に加入しなければならないだろう。

 第十小隊の試合以降、ナルキは小隊練習に行ったことはない。
 もともと違法酒の調査で十七小隊に入ったのだ。もう違法酒の事件も終った以上、十七小隊にい続ける意味はない。
 確かに、小隊練習はとてもいい経験にもなったし、たくさんの知らないことも学べた。
 しかしナルキとしては、都市警のこともがんばりたいのだ。都市警に入ることが、ナルキの夢なのだから。

 ナルキの実家は武芸者の家系であり、当然ナルキもまた武芸者として育てられた。
 しかし成長していくにつれ、ナルキは戦争というものに違和感を覚えはじめた。
 それを親に言うとツェルニに留学するように進められたのだ。
 
 そういう経緯があり都市警の仕事をがんばっていきたいと思っている。
 しかし同時に、ライナのことを知りたいという欲求も強い。

 「何を知りたいの、ナッキは?」
 「…………」
 「それも言えないの?」
 「すまん」

 ナルキは謝った。ミィフィはため息をついた。

 「だったらさ、直接聞けばいいじゃん。それとも、聞けないことなの?」
 「いや、聞いたけど、教えてくれなかった」

 ナルキがそう言うと、ミィフィは何か考えるようにうなった。

 「そうなると、やっぱりサミさんに聞くしかないんじゃない?」
 「そうするしかないか……でもな」

 ライナに一番接しているのは、まちがいなくサミラヤだ。
 とはいえ、武芸者としてのライナを知っているとは思えない。
 そうなると、やはりナルキが十七小隊に正式に入隊するしかないのか。

 「わたしは、応援してるよ」

 メイシェンの応援を聞きながら、ナルキはどうしようか考えた。






 しばらくライナを観察したが、結局何も出てこなかった。

 ――――完全に行き詰った。

 そうナルキは感じていた。
 ミィフィたちに言われてサミラヤに話を聞こうとも思ったが、やめておいた。
 ライナがもしかしたら、とんでもなく強くて、危険な存在かもしれないなんて、サミラヤに知らせたくなかった。
 サミラヤが、ライナをとても大切にしていることは、ナルキにはわかった。

 ライナのことを知るためには十七小隊に入るしかない、という結論になったことに、ナルキは都市警の仕事中にもかかわらず、ため息をついた。

 「大丈夫か? ため息してると、幸運が逃げるぞ」

 フォーメッドがからかうように言った。
 今日は、先日起こったハトシアの実の盗難に関する事件の報告書などの書類を処理していた。
 そのときも、なぜかライナがいたのだが、つれてきたレイフォンは、重要参考人とだけ言い、フォーメッドに認めさせた。
 それもまた、ライナに対する疑問でもあった。

 ふと、ナルキはいつもいろいろなことを教えてくれるフォーメッドなら、何かいいアドバイスをもらえるのかもしれない、と思った。
 幸いなことに、今はほかに人はいない。ほかの人は、仮眠室で寝ている。
 ナルキはフォーメッドの机の横に行き、すこしいいですか、とナルキは前置きして言った。

 「……知りたいことをあるために、自分のやりたいことを曲げないといけないのですが、どうすればいいのでしょうか?」

 フォーメッドは書類作業をやめて、顔をあげてナルキのほうをむいた。

 「どちらも同じぐらいに重要なことなんです。それは、わがままなんでしょうか」

 ライナに尋ねたとき、適当に話をそらすだけだった。
 レイフォンやほかの十七小隊にたずねても、誰も答えてくれなかった。
 どうして、誰も教えてくれないのか、ナルキは不安だったのだ。

 「警察官としてなら……」
 「え?」
 「警察官としてなら、それが事件を解くために必要ならどんな手段を使ってでも聞き出す。
 まあ当然、ある程度の法令の類は守らきゃならないわな」

 はい、とナルキはうなずく。

 「おまえの質問は、簡単に答えられるが、そうだからこそ難しい」

 簡単ではあることは、ナルキにだってわかっている。
 ただ、ライナのことをあきらめるか、都市警を遠回りにするか、だ。

 「まあ、俺はあえて答えないが……」

 そう言って、フォーメッドは視線を鋭くする。

 「おまえの知りたいことは、ライナ・リュートのことか」

 ナルキは、心臓をわしづかみされたような衝撃をおぼえた。

 「……はい」

 ナルキがそう言うと、フォーメッドはしばらくうなった。
 そして首を振ると、ため息をついた。

 「興味本位で知りたいと思うのだったら、やめとけ」

 フォーメッドの言葉に、驚きを覚えた。

 「おれがリュート君と会ったのは二度しかないが、彼の底の深さは、あのアルセイフ君以上かもしれん。
 アルセイフ君を見て、その底の深さが知れるといいと思うが、リュート君は別だ」

 フォーメッドは言い切った。

 「ですが……」
 「リュート君の底の深さは、機関部よりも深く複雑だろう。そして知ろうとすれば、もしかするとそのなかで迷うかもしれん。
 そうなれば、そこから出て行くことは困難になる」

 思わぬフォーメッドの言葉に、ナルキは驚きを隠しきれなかった。

 「それでも、おまえはライナのことを知りたいか?」

 ナルキは、息を呑んだ。
 しかし答えは、サミラヤのことを考えたときに、出ている。

 「あたしは、ライナのことを信用したいんです」

 ――――難しく考える必要など、どこにもなかったのだ。

 そう、ナルキは悟った。
 はじめは、ただ怠け者のライナを更生させたいと思って近づいた。
 とはいえ、何度アイアンクローをしても、更生する気はまるで感じられないし、一緒に昼食をとっているときも寝そうになるし。
 ライナと一緒にいると、ライナの姉になったような気さえする。
 
 それでも本当にライナのことを嫌いだったら、一緒に食事をとったりなどしない。
 いつもメイシェンが作った料理をうまいうまい言いながら食べるライナを、ほほえましくさえ思っているのだ。

 しかし、ナルキが尋ねたときにした空虚な瞳や、この間の対抗戦で見せたライナの行動など、疑問に思うことが増えていった。
 それでも、ライナのいつもやる気がない姿の裏に不穏なことを考えているとは、ナルキは思いたくないのだ。

 「あたしは、ライナを友達だと思ってるんです。だから、悪い奴じゃないんだって思いたいから、ライナを知りたいんです」

 それがもしかすると、あまいことなのかもしれないが。

 ナルキがそう言うと、フォーメッドはため息をついた。しかしその口もとは、かすかに緩んでいる。

 「そこまで言うのだったら、答えは決まっているのだろう?」
 「……はい」

 答えは、出ていた。
 これも、フォーメッド課長のおかげだと、感謝した。

 「でも、だ。リュート君のことを知ったら、はいさようなら、ってわけもいかない。
 そこでだ。あきらかに強くなった、と隊長さんにお墨付きを貰ってくるまで、小隊を離れることはおれが許さん」

 それでもいいか、とフォーメッドが尋ねた。
 はい、とナルキはうなずく。
 ナルキの言葉を聞いたフォーメッドは、いかつい表情を緩ませた。

 「なら、がんばってこい。応援しているぞ」
 「ありがとうございましたっ!」

 ナルキはそう言い頭を下げると、自分の机に戻った。
 明日、十七小隊の訓練室に行くことを思いながら。









[29066] 伝説のレギオスの伝説23
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/01/30 23:30
 果樹園を抜けると、平野だった。広大な大地に、ライナは感嘆とした声をあげそうになる。
 十七小隊の合宿のためにやってきたのだが、思いがけない情景に、ライナはおどろきをかくせない。
 平野の中にぽつりと建っている一軒家が見えてくる。あれが合宿所だろう。

 そもそも合宿は、セルニウム鉱山を採掘しているときに行なわれるはずだったのだが、第十小隊のこともあり、中止されていたのだ。

 それから一月ほど経って、もうすぐ山場となる第一小隊との試合が近づいてきたために、合宿をしようとニーナが提案したのだ。
 隊員たちは全員賛成したために、実施されることになった。
 ライナとしても、授業をサボれるだけにあまり文句はない。

 しかし二泊三日とはいえ、休日を二日はさんでいるので、あまりやる気が出ないのもたしかだ。

 「うわっ……」

 レイフォンが、声をあげた。その肩からさげられたスポーツバッグは宿泊用の衣類やそのほかの荷物で、いっぱいに膨れている。
 ライナもまた、レイフォンと同じようにスポーツバッグを肩にさげていた。

 ――――しかし……。

 そのとなりに並んでいる何も持っていないナルキを、ライナはいまだに驚きをおぼえていた。

 第十小隊との戦いのあと、しばらく来なかったナルキだったが、先日、なにを思ったのか、十七小隊に入隊したい、とナルキは訓練場にやってきて言い出したのだ。

 ナルキがなにを考えているのかわからないが、結局ニーナが試験をして、認められ入隊した。

 「広い、ね……」
 
 メイシェンが言った。
 彼女は食事を作れる人がレイフォンしかいないため、ナルキが呼んだそうだ。
 授業のほうは、ニーナのほうが話をつけているらしい。
 買ってきた食糧は、メイシェンたちと買いに行ったものだ。
 ライナとしても、メイシェンの料理はうまいことを知っているので、歓迎している。

 「ねえライナ。すっごく広いね。ここ」

 そう目を輝かしながら言うサミラヤを、ライナはため息をつきながら見た。

 ライナが合宿の話を聞いた二、三日たったあとに、どこからかサミラヤはその話を聞いてきたらしく、自分もたまにはライナの小隊練習を見たい、と言い出したのだ。
 いたって、どうしようもないじゃん、とライナが言っても、なら料理する、とサミラヤは言い出し、ついにはニーナに許可を貰ったのである。

 料理できるのか、とライナが聞いたら、カツサンドならできる、とサミラヤは言った。
 まさか、カリアンがサミラヤならこうするだろうと思ったから、あの仕事を課したのか、とライナは若干戦慄を覚えた。

 それはともあれ、ライナたちがしばらく歩いていくと、合宿所が大きくなっていき、目の前に立つと、かなりの大きさだった。

 「来たな」

 入口で出迎えたニーナが言った。そしてライナたちの食材を受け取ると、サミラヤとメイシェンに料理を担当してくれたことを感謝した。
 メイシェンは萎縮しかすかな声で返事をして、サミラヤは胸を張って言う。

 「大きいですね」

 メイシェンをフォローするためか、レイフォンは建物を見上げて言った。
 ニーナも一緒に見上げた。ライナも一緒に見上げる。

 「ああ。ここは農業科の人たちが泊りこむときに使う場所だからな、広くもなるさ。こういう施設は生産区のあちこちにある。……こっちだ」

 ニーナの案内でキッチンにむかい、そこで買ってきた食材を冷蔵庫に収めていく。
 そして、ライナたちは割り当てられた部屋を教えられ、各自荷物を置きに行くことになったり、ライナは、レイフォンと同じ部屋になっていた。

 「今日は、もう移動やら準備やらで何もできないだろうから、明日からは覚悟しておけよ」

 ニーナはそう言うと、ナルキとメイシェンとサミラヤの三人を案内していく。

 「じゃ、いこっか」

 そう言って歩き出すレイフォンのあとを、ライナはついていった。






 ライナは部屋にはいると、思った以上に広くておどろいた。
 ベットが三つあっても、十分に家具の類が置けるスペースがある。

 レイフォンは手に持っていた物をじゃまにならない場所に置くと、カーテンを開ける。
 その背中は、どこか哀愁を漂わせているような気がした。

 「どうした、レイフォン?」

 ライナもとりあえず荷物を置くと、レイフォンに言った。

 「ううん。ちょっとね」
 「ふーん」

 レイフォンは、窓から外を見ている。

 「ただ、ちょっとなつかしくなっていうか。
 この部屋の広さって、僕がいた孤児院の寝室と同じぐらいの広さなんだ。だからね」

 横目でライナを見ると、レイフォンはすぐに窓のほうを見た。
 レイフォンのじゃまをするのも悪いかな、と思ってライナはベットに入った。
 寝心地は、最高。いつものベットよりも、ずっと気持ちがいい。

 しかし、そんな幸せの時間も、ニーナの呼び出しで終わりを告げた。







 今日の訓練は、あっさりと終わった。
 そもそも、ここには錬武館のような訓練室などないので、必然的に野外での訓練になる。
 日が沈めば、明かりとなるものは建物から零れる電灯のかすかな光と、天にのぼる月ぐらいなものだ。
 ライナは、いつものようにニーナにぼこぼこにされて今日の訓練は終わった。

 相変わらず、メイシェンの料理はおいしかった。
 できれば、レイフォンとの関係を今のまま続けて欲しい、とライナは思う。

 そしてしばらく、ライナたちは大広間で思い思い何かやっていた。
 ニーナとシャーニッドは指揮官ゲームという、戦術思考の育成のために武芸科が開発したというゲームをしている。
 メイシェンとナルキは二人で会話し、フェリは隅のほうで本を読んでいる。
 そしてライナはレイフォンと共に、サミラヤとトランプをやっていた。

 ライナとしては、さっさと部屋にもどってベットに入りたかったが、サミラヤがそれをゆるさなかった。
 そして今、レイフォンひとりが上がり、ライナとサミラヤだけが、手札をかかえていた。
 それも、終盤でライナは一枚、サミラヤは二枚。
 サミラヤの手にジョーカーがあることだけは確かだった。
 ライナの手元にあるのは、ダイヤのキング。

 「さあ、勝負よっ!」

 そう言って、適当にシャッフルし立て札をライナに見せるサミラヤ。
 右のカードだけが、やけに飛び出ていた。

 ためしに、ライナは右のほうに手を伸ばしてみる。
 すると、サミラヤの口元が大きくゆがんでいく。
 途中でやめて左のほうに変えると、サミラヤの顔が青ざめていく。

 ライナは心の中でため息をすると、そのまま左のカードに手をかける。
 だが、重くてとりづらい。力を入れているらしかった。

 「ほらっ、右のほうがいいと思うよ」

 サミラヤが何とか右のカードを引き抜かせようと誘導しようとしているのが、あきらかだった。
 めんどいから、もう右でもいいかな、と思った。
 しかしそれはそれで、あとで何かとうるさいし、でも勝ったら勝ったでめんどいので、どうしようかライナは迷った。

 とりあえず、左のカードの手の力を抜く。
 すると、サミラヤの左の力が抜けるのがわかった。
 その隙をついてライナはカードを引き抜く。
 ダイヤのキングだった。

 ああもう、と言って頬を膨らましたサミラヤはライナを見た。

 「あと、ちょっとだったのに……」
 「だいたいさ、サミラヤ。顔に出すぎなんだって」

 ライナはため息をしながら言った。
 レイフォンは、相変わらず苦笑いしていた。

 「もう一回よ、もう一回」

 そう言ってライナたちは三回ババ抜きをやったが、結局サミラヤは一度も勝つことはなかった。
 もうあきた、と言ってサミラヤはトランプを片づけはじめる。

 「でもね、思ったより十七小隊のみんなと馴染んでるんだね、ライナは」
 「んん?」

 唐突なサミラヤの言葉に、ライナはサミラヤのほうに視線をむけた。

 「まあ、そうですね……。みんなも馴れたっていうか、そんな感じですね」

 レイフォンは言った。

 こうなったのは、レイフォンのおかげだ、とライナは思っていた。
 ライナが過去のことを言ったあとで、レイフォンがフォローをしてくれたのは、ニーナから聞いていたのだ。
 自分のことはとにかく、部隊の雰囲気が悪くならなかったことには、感謝している。
 そうなったら、とてもめんどい。
 あとでサミラヤに何を言われるかわからないし、こんなことで雰囲気が悪くなったら、訓練中寝づらいことこの上ないからだ。

 「ずっと心配だったけどね、なかなか見に行ける機会もなかったし、それなりに忙しかったりもしたし。
 だからね、この合宿に参加できたことね、わたしうれしかったよ」

 本当にうれしそうに言うサミラヤを、ライナは目を細めてみた。

 「あっ」

 そう思い出すよう言ってサミラヤはまたトランプを取り出す。

 「ねえ、スピードやって見せてよ。前から、武芸者同士がスピードやったら、どうなるか見てみたかったのよね」

 スピードってなに? とレイフォンがライナに聞いてきたので、ライナも知らなかったので、サミラヤが説明する。

 とりあえず、ルールを聞いて何回かすると、なんとなくやりかたがわかってくる。
 すると、レイフォンは手の残像が残るほどの速さでカードを重ねていく。
 ライナは、適当にやっているうちに、レイフォンの手札はなくなっている。
 その姿に、サミラヤは興奮したように感嘆の声をあげた。

 「や、やっぱりすごいね。でもね、ライナもちゃんとやらないと、おもしろくないじゃない」
 「ていっても眠いし」
 「ちゃんとやりなさいっ! ほら」

 サミラヤがせかしてくるので、しぶしぶライナはある程度本気を出す。
 ニーナが風呂の話を話題に出すまで、ライナはずっとスピードをやっていた。






 次の日、朝食を終えると、訓練になった。
 二泊三日の内、初日はほとんど訓練できなかった。明日も、それほど訓練に割ける時間はすくないだろう。
 そうなると、今日一日でどれほど成果をあげるかが重要になってくる。

 入念にストレッチをすることで、身体をほぐしたあと、ニーナが集合をかけた。

 「今日は、試合形式で行なう」

 ニーナの手に、二つのフラッグがにぎられている。

 「つうことは、三対三でやるのか? 
 でもほんとのところ二対二になるけど、それでいいんか?」

 シャーニッドが何気なく言うと、ニーナは首を振った。

 「いや、ちがう。レイフォン」
 「はい?」
 「おまえひとりと、そして残りだ」
 「はぁ……」
 「ちょっと待ってください」

 ナルキが声をあげた。

 「そんなので本当にいいんですか?」

 とても、五対一では話にならない、というのだろうか。
 ライナはやる気がないからまともに戦わないとして、正直、ほかの四人がかりでは勝てるはずがない、とレイフォンと闘ったことのあるライナは思う。

 「まぁ、やってみればわかるさ」

 わかっているだろうニーナがナルキに言うと、レイフォンに左手のほうにフラッグを投げよこす。
 各個人が黙々準備を始める中、ナルキは不満がありげな顔をしながら、剣帯から錬金鋼を取り出した。

 最初は、レイフォンが防御側になった。
 ニーナが指定した位置にフラッグを差し、こちらの準備が終わるのを待っている。
 レイフォンが移動しようとしたとき、ニーナは呼び止め、何か耳打ちした。
 レイフォンは、かすかに顔をしかめたが、すぐにうなずく。

 そのあと、ライナたちは集められた。

 「さて、どう攻める?」

 ニーナはたのしそうに言った。

 「ねえ、俺寝てていい?」
 「いいわけないだろうっ!」
 「ああ、いいぞ」

 ニーナが普通に言うと、ナルキはおどろいた顔をした。

 「いいんですか?」
 「まあ、条件はあるがな」

 そう言うと、ニーナはポケットから、いつも訓練に使っているボールを取り出した。

 「これの上に乗ったままなら、寝ててもいいぞ」

 ニーナはボールをライナに投げよこす。ライナは受け取ると、適当に移動して、ボールを地面に転がすとその上に乗った。
 そして眼を閉じた。






 ――――結局、一度も勝てなかった。

 ナルキは、メイシェンから貰ったスポーツドリンクをかかえて夕日に浴びながら、地面に横たわっていた。
 日が暮れるまでずっと同じ訓練をしていたが、結局レイフォンには手も足も出なかった。

 いまだにライナ以外の部員は、何かしらの自己訓練をしていて、ナルキひとりが地面に寝そべっている状態だ。

 まさか、これほどまでに力の差があるなどとは、思っていなかった。
 たしかにレイフォンは、あのサリンバン教導傭兵団の団長にすら勝ってしまうほどだが、四人相手に錬金鋼すら抜かずに子供のようにあしらわれてしまうとは。

 「よし、ライナ起きろ」

 そう言って、ニーナはライナを起こすと、ライナをつれてレイフォンの元にむかった。
 なにをするのだろう、と思って、すこし身体を起こし、レイフォンのほうに顔をむける。

 「さあ、レイフォン。あのときのリベンジを果たすときがきたぞ」
 「え? ああ、なるほど」

 そうレイフォンはうなずく。

 「え~マジでやるの? 前とかすげえめんどかったし、終わったあととか、大変だったんだぞ」
 「だが、おまえもなにもしないわけにはいかないだろう。
 サミラヤ先輩には、あとで訓練をさせる、ということで見逃してくれたのだからな」
 「う……」

 昼食のときにメイシェンと一緒にやってきたサミラヤは、ライナがひとり訓練に参加していないことに腹を立てていた。
 ニーナが仲裁に入り、あとで訓練させることを条件にその場は見逃してくれたのだ。

 「ここでやらなければ、一週間ずっと機関部掃除を命じられるかもしれないな」

 どこか楽しそうに言うニーナに対してライナは難しそうな顔で唸っている。

 「……レイフォンはどうなんだよ」
 「僕? 僕もやっぱり負けっぱなしはいやだしね」

 うれしそうなレイフォンをライナは絶望した顔で見た。

 「第一さ、ここでやってもいいのかよ」

 そう言って、一瞬ライナがナルキを見て、すぐにニーナのほうに顔をむける。

 「同じ隊にいるのだ。いつまでもかくし続けるの難しいだろう」

 いい機会だ、とニーナは言葉を続けた。

 「お、またやるのか」
 「飽きないものですね」 
 
 自主訓練していたメンバーが続々集まってくる。

 「今回はどうなるかな。フェリちゃんはどう思う?」
 「そんなの、レイフォンの勝利に決まっています。
 あのとき負けたのは、単なる偶然です」
 「いやいやわかんないぜ。なんだかんだいって、またライナが勝つかもしれないだろ」
 「そんなの見てればわかります。
 ライナが勝利する要素はありません」

 ――――みんなは何を言っているのだろう。

 そうナルキは思った。
 みんな透明な壁があるのような錯覚を覚える。

 しかしそここそ、ナルキがずっと知りたかったライナのことの入口になるような気がした。
 同時に今になって若干の不安が芽生えてくるのも感じる。

 「今日勝ったら、この合宿でずっと寝てていいぞ」
 「え、マジで」
 「ああ、ほんとうだ」

 嘘は言わない、とニーナは言った。

 「で、でもだまされちゃだめだ、だまされちゃだめだ、だまされちゃだめだ」
 「だますつもりなどない。
 ここには会長もいないうえに、会長から、今度は別の人にさせるという言質もとってある」

 だから安心しろ、とニーナが言うと、ライナは何か考えるように唸った。

 「うぅ……ずっと寝られるのは魅力的……でも、また修繕費の見積もりなんかやったらくそ大変だし……でもやらないと、一週間の機関部掃除……」

 いろいろ呟くとライナはため息をついた。

 「しかたないな~やればいいんだろ、やれば」
 「ああ。だが、手を抜くなよ。それにレイフォンもあまり衝剄を使いすぎるなよ」

 そしてニーナは、ライナとレイフォンに注意の言葉をかけると、ナルキのほうに歩いてきた。

 「これから見るものは、できればほかの人には知られたくはないのだが、ナルキ、君には黙って見ていて欲しい」
 「……レイフォンがライナに負けたってのは、ほんとうなんですか?」

 ニーナは黙ってうなずく。

 「まあ、見ていればわかる」

 そう言うとニーナはライナたちのほうをむいた。
 ナルキも黙って同じほうをむくと、すでに二人は錬金鋼を復元させてにらみ合っていた。二十歩ほどの距離。

 互いに動かない。なぜだか、ナルキのほうまでその緊張感が覆ってきているような錯覚を覚える。
 誰もが口を閉じたまま、二人を見ていた。

 レイフォンはすぐに距離を詰めて、青石錬金鋼の剣を振り下ろす。
 そのとんでもない速さにナルキは、レイフォンの勝利を確信した。
 しかし、斬られたはずのライナがいない。
 まわりを見渡すが、どこにもライナらしき人影は見当たらなかった。

 「あれは、化錬剄で作った残像だな。
 ライナ本体は、殺剄で身を隠して、機をうかがっているのだ」

 ニーナが説明してくる。

 「でもレイフォンなら、ライナの殺剄ぐらい、見破れるんじゃないですか?」
 「レイフォンが言うには、ライナの殺剄は、すぐそばまで近づかないとわからないそうだ」

 ナルキは、ニーナの言葉に衝撃を受ける。

 ナルキたちが会話している間も、状況は動いていく。
 レイフォンはライナの残像を斬ったあと、すぐに移動する。
 ナルキたちと戦っていたときよりもはるかに速い速度で移動しつづけるレイフォンを見逃さないようにするのが、ナルキの限界だった。
 突然レイフォンが四つに分裂したかの錯覚を覚えると、もうナルキにはレイフォンの居場所がわからなくなった。

 あとに聞こえてくるのは、何かがぶつかった衝撃音や、刃がぶつかり合う音。
 ときどきレイフォンやライナの姿を見ることができても、すぐに見えなくなった。

 夕闇がほんとうの暗闇になったころ、レイフォンとライナはニーナたちのもとに帰ってきた。

 「あ~もうほんとに疲れた。はやくベットに入って寝たい」
 「僕も、疲れたよ」

 ライナとレイフォンは口々に言った。

 「やっぱ、何度見てもすげえな」
 「……そうですね。ですが、レイフォンは鋼糸さえ使えれば、ライナには簡単に勝てます」

 フェリとシャーニッドも賞賛の声を二人にかける。
 ナルキは、呆気にとられていた。
 確かに、ライナはサリンバン教導傭兵団の狙撃主をあっさり無効化できるのだ。
 ある程度強いだろうとは思っていたが、ライナの強さはそんなものではなかったことにナルキはおどろく。

 あの、サリンバン教導傭兵団の団長と闘って勝利したレイフォンと、互角に闘えているのだ。
 何度も自分の眼を疑った。しかし、事実が変わることはない。
 ライナは何者なのだ、という思いがさらに強くなっていくのをナルキは感じていた。

 「よし、これで今日の訓練は終わりだ」

 ニーナの一声で、この日の訓練は終わった。






 ライナたちがキッチンに入ったとき、おいしそうなにおいがあたりに充満していた。
 そのにおいに釣られて腹も鳴った。

 「たまんねぇな、こりゃ」

 シャーニッドはのどを鳴らしながら言った。

 「……た、たくさん作りましたから」
 「お、そりゃありがたいね。たくさんいただくことにしよう」

 シャーニッドはすぐさま席に座った。
 そのあとをおうようにニーナたちも座った。
 ライナも座ろうとしたが、レイフォンにとめられ、ナルキたちと一緒に配膳を手伝うことになった。
 手伝おうとしたニーナをやんわりとレイフォンがとめた。

 「わたしもちゃんとがんばったんだよ、ライナ」

 そう言って、サミラヤはライナの隣に並んだ。

 肉と野菜をじっくり煮こんだシチューに、サラダと鶏肉の香草蒸し。それに、カツサンド。
 メイシェンたちの料理は、文句なしにうまかった。

 メイシェンたちの料理に舌鼓を打ったあと、昨日と同じようにライナはサミラヤとレイフォンと共にトランプをしていると、ナルキがやってきた。

 「レイとん、ちょっといいか?」

 そうナルキは言うと、サミラヤにも確認を取った。
 そのときに、ナルキはすこしライナを横目で見ると、すぐにサミラヤに視線をもどした。

 いいわよ、とサミラヤの許可を得ると、レイフォンはナルキのあとについていって広間のほうに行った。

 「なんなのかしらね」

 サミラヤが首を傾げて言うと、ライナも適当にあいづちをうった。

 ついに、ナルキたちにレイフォンの過去を言うときが来た、ということなのだろう。
 ニーナからはレイフォンの過去を言う気はないらしい、というのは感じ取っていた。
 ということは、今度はライナの過去を言わなければならないのだろうか。すごくめんどい。

 それはともかく、レイフォンは大丈夫だろうか。
 メイシェンはとにかく、ナルキはかなり正義感が強い。もしかすると、レイフォンからはなれてしまう可能性だってあるのだ。
 そうなると、あとでめんどくなりそうだ。

 だが、たぶん大丈夫だろう、と思って、ベットにいこうとして、サミラヤにとめられた。

 しばらくライナはサミラヤと一緒にトランプをしていた。
 しかし二人でできるトランプなどほとんどないことに気づいて、結局ニーナたちの指揮官ゲームを見ていることになった。





 しばらくして、ライナたちをはげしい揺れが襲ってきたあと、すぐにナルキが帰ってきた。

 ――――地面に大きな穴ができてレイフォンと、メイシェンが落ちた。

 と顔を青ざめさせながら言った。
 すぐにフェリがレイフォンたちの居場所を見つけて小隊員全員でむかった。

 そこにいたのは、泣き喚いているメイシェンと血で赤く染まったレイフォンだった。








[29066] 伝説のレギオスの伝説24
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/02/24 18:26
 もう、合宿をやっている場合ではなくなった。
 フェリがすでに連絡していたこともあって、レイフォンは大急ぎで病院に運ばれることになり、その場で合宿は解散になった。

 ライナは寮に帰ると、いつものようにレイフォンの入院する準備を整え、荷物を持ってレイフォンの病院にむかった。

 ――――いまだにレイフォンは眼を覚まさない。

 そう聞いてはいたものの、実際に眼の前にすると、なんとも言えなくなる。
 とりあえず命には別状がない、ということなので、ライナはあまり心配してはいないが。

 レイフォンの眼が覚めてからくわしい検査をするらしく、それまでは安静にしておくそうだ。

 病室には、十七小隊のメンバー全員とサミラヤの姿があった。
 ナルキとメイシェンはすこし怪我をしていて、医者に怪我を見てもらっているらしい。
 それほど深い傷ではないので、すぐにでもこっちに来れるそうだが、メイシェンがかなり落ちこんでいるため、そのまま自分の寮に帰るそうだ。

 「大丈夫かな。メイちゃん」

 サミラヤが声をかけてきた。その顔には、疲労の色が浮かんでいる。

 「とりあえず、レイフォンが起きるまで待つしかねえんじゃないの」

 それから先は、メイシェンとレイフォンの問題だ。
 そこにほかの人が入りこむ場所はほとんどない。

 「でもね、わたしにも何かしてあげられないかな?」
 「レイフォンが目覚めるの待つしかないと思うよ」

 ライナがそう言うと、サミラヤはため息をつく。
 結局この日は、レイフォンが目覚めることはなく、次の日の休日も、ライナはずっとレイフォンの病室で寝ているだけで終わった。
 レイフォンが目覚めるまでは、授業が終わったらレイフォンの病室で寝る日々。
 まあ、訓練にも行かないし生徒会の仕事もしないので、別にいやではなかったが。
 かといって、ベットに入れないのはつらいものがある。
 ライナははやくレイフォンが目覚めることを祈った。





 レイフォンが目覚めたのは、穴に落ちて三日経った日の午後。
 ライナは授業中に病院から連絡を受けて、病院に行くことになった。
 別にライナはずっと教室で寝ていたかったが、先生も病院にいくことを進められたし、サミラヤにばれたら面倒なことになりそうなので、しぶしぶ病院にいくことに。

 レイフォンの病室に着くとすでにニーナがやってきていて、レイフォンの談笑をしている。
 おじゃまかな、と思ってライナは回れ右してどこか行こうとしたが、レイフォンがライナを見つけたようで、声をかけてきた。
 ライナはため息しながら、レイフォンの病室に入った。
 
 「レイフォン、元気か~」
 「入院しているのに、元気なわけがあるか」 

 ニーナにつっこまれながら、ライナは椅子を取り出し、座る。レイフォンは苦笑いしている。
 思った以上にレイフォンが元気そうで、ライナはすこし安心した。

 「では、わたしはこれで帰ろう」

 そうニーナは言うと椅子を立ち上がり、病室を出て行った。

 「で、どうなんだよ、身体のほうは」
 「手術することになったよ」
 
 怪我は、額からこめかみにかけてと、右肩、背中の裂傷。
 ほかにも怪我はあるが、気絶するまでの出血をしたのは、この三つだった。
 特にひどいのが、背中の傷らしく、手術するまでにすこしかかるそうだ、とレイフォンは言う。

 「ま、大事にならなくてよかったな」

 どこか淋しそうにレイフォンはうなずいた。

 「次の試合に出れないのが、やっぱり悔しいけどね」
 「次の試合? 次の試合って棄権するんじゃない?」

 そうライナが言うと、レイフォンは眼を丸くする。

 「え? 隊長から聞いてない。次の第一小隊との試合は棄権しないって」
 「マジで?」
 「本当だよ」

 おまえから教えてもらった訓練法は無駄じゃない。わたしたちだって強くなった。  
 このまま試合を投げるには惜しいぐらいにな。ほかの連中とも話し合って、試合は棄権しないことにした、とニーナが言ったのだという。

 「知らなかったの?」
 「最近ずっと訓練にでてなかったし」
 「……ごめん」
 「別にいいって。どうせ俺はフェリの護衛だから、あまり関係ないしな」

 何か言いたそうにしてしたレイフォンだが、首を振る。
 おそらく、レイフォンはライナに闘って欲しいのだろう。
 しかし、ライナの過去を気にしてそれを言えない、といったところだろうとライナは思った。

 「で、ナルキたちに言ったのか?」
 「……うん」
 「それで?」

 レイフォンは、首を振った。

 「返事を聞く前に、落ちちゃったから」

 わからない、とレイフォンは言葉を続ける。

 「そっか」
 
 ライナには、それしか言えなかった。
 
 「……それでライナ、君はナルキから過去のこと聞かれてないの?」

 レイフォンの言葉に、ライナはおどろきはない。
 ナルキが十七小隊に入隊してきたときから、いつか聞かれるかもしれないと思ってはいるのだ。
 そのことを覚悟してライナはナルキの前で闘ったし、それがなくてもサリンバン教導傭兵団と闘ったときも多少本気を出したこともある。

 「いまのとこは聞かれてないけど、ま、そのうち聞かれるかもしれない」

 そう言って、ライナはため息をつく。

 「でもさ、何で人の過去なんか知りたくなるんだろ。
 知ったって、そいつを理解するなんて無理なのに……」

 たしかにライナは、レイフォンの過去の一部を知っている。
 しかしだからといって、そのときにレイフォンの気持ちなんか完全にはわからない。
 せいぜい、レイフォンが賭け試合にばれたときに受けた孤児からの批判とかを受けた気持ちぐらいだろうか。
 おそらくそれだけでも難しいのだろう、とライナは思う。

 「きっと、そんなことは関係ないと思うんだよ、僕は。
 相手のことを知りたいって思うことは自然なことなんだ。それが根本的な解決にならないとしても」
 「そんなもんかな~」
 「ライナだって僕のことを知りたかったから、僕といろいろ話したんだよね」

 笑いながら言うレイフォン。

 「……まあ、いいけど」
 「僕も、もっとライナのこと知りたいし」
 「何を言っているんですか、このゲイフォンは」

 病室の入口にフェリが立っていた。
 それを見たレイフォンは顔を真っ赤になる。

 「ち、ちがうよ、ライナは友達なだけだから」
 「ほんとうですか……すごく怪しいです」

 そう言って、フェリはライナを見る。

 「いや、俺、そんなのないから」

 ライナはとりあえず首を振って否定しておく。そしてライナは立ち上がる。

 「ラ、ライナ。そ、そんなけは僕にはないんだよ。ほんとだよ」
 「はいはい、そういうことにしておくよ、じゃ、俺(は貞操の危険を感じるから)帰るわ」
 「さようなら」
 「ほんとだってば~」

 レイフォンの言葉を背に、ライナは病室を出て行った。






 次の日、ライナが教室にやってくると、ナルキとミィフィに囲まれた。
 レイフォンが目覚めたと聞いて、ライナにいろいろ質問してくる。
 ライナが知っていることを言い終わると、丁度授業のチャイムが鳴った。
 
 そして放課後。今日もレイフォンの見舞いに席から立ったとき、ナルキが声をかけてきた。
 
 「なあ、ライナ。このあとちょっといいか」
 「ん? 俺これからレイフォンの見舞いに行かなきゃらないんだけど」
 「大丈夫、時間はとらせない」

 ついにこのときが来た、ということか。
 めんどいことこの上ないのだが、どうせここでことわったとしても、ずっとつきまとわれるに決まっているのだ。

 「わかったよ。で、どこに行けばいいの」
 「あたしについてもきて」

 そう言って歩き出すナルキを、ライナはあとをついていく。
 廊下を出て、いつも錬武館に行く道を歩いている。
 このまま錬武館に行くのかな、とライナが思ったとき、道をそれて進んだ。
 そして誰もいない空き地のような場所につくと、ナルキはライナのほうをむく。

 「本当なら、もっと早く聞きたいと思っていたんだが、レイとんのこともあって遅くなった。
 それでライナ、あたしはおまえのことをもっと知りたいと思ってる」
 「で」

 ライナは続きを促すように言う。
 ナルキはしばらく沈黙した。

 「……ただの好奇心じゃないことだけは承知して欲しい。
 ライナと出会いはいろいろあったけど出会ってからの半年は、それでもうまくやれているほうだと思う。
 最初のおまえに対する印象を考えると、驚きを覚えるが、それでもおまえと一緒にいることはいやじゃなかった。
 だから、もうすこしおまえのことが知りたい。だから、ひとつ聞いていいか?」

 ――――ライナ、おまえは何でこの都市に来たんだ。

 ナルキは言った。
 第十小隊との闘いに出て来たライナ。そして、レイフォンと闘ったライナ。
 そして、なんでライナ、おまえはそんなにいつも寝てるんだ、と言ったときのライナの空虚な瞳。
 それらが疑問に感じさせると、ナルキは言う。

 最初の二つはとにかく、最後のひとつはよく観察してるな、ライナは感心する。
 正直なところ、ライナは過去を話すことを躊躇していた。
 もしかすると、彼女の人生を狂わせるかもしれないのだ。そこまでする意味があるのだろうか、とライナは自分に問いかける。
 レイフォンたちの前で暴露させられたときとちがって、今回は撒こうと思えば撒けるだろう。
 いつものライナなら、きっと撒こうとしたはずだ。しかし――――

 ――――相手のことを知りたいって思うことは自然なことなんだ。それが根本的な解決にならないとしても。
 
 そんなレイフォンの言葉が何度も頭の中で再生される。

 「なあ、もしもそのことを聞いたことで後悔するかもしれないよ。それでも、聞くの?」

 ナルキは黙ってうなずいた。
 ライナはため息をつく。
 そしてライナは語りだす。レイフォンたちに言ったことと同じことを。

 ライナが孤児出身であることや、暮らしてきた孤児院がすこし特殊であること。
そしてそこを出て、特殊な部隊に配属されたこと。
 その部隊の任務が暗殺や誘拐などの重大な犯罪行為を主な任務にする部隊であること。
 そしてそこでライナは任務を失敗しまくったこと。
 そのたびに拷問を受け、体中にそのときできた傷が今でも残っていること。
 任務中に味方だったローランド最高の化錬剄使いを倒して、自分がローランド最高の化錬剄使いと呼ばれだしたこと。
 ライナがこの性格を直すためにツェルニに来たこと。

 ライナが最後に言うとナルキは、口を半開きにして聞いていた。
 すこし言いすぎたかな、とライナは思う。
 別にローランド最高の化錬剄使いのことなど言わなくてもいいはずだ。
 それでも言ってしまったのは、ナルキにこのことを知ってほしかったかも知れない。
 言ってしまったことを考えても、仕方がないが。

 ナルキはしばらく黙りこむ。ライナは、ナルキを待った。

 「……おまえは」
 「ん?」
 「おまえはどうして生きてられるんだ? とてもあたしはライナのような境遇になったら、生きていける気がしない」
 「だって、死んだら痛そうだろ」

 ナルキは見開く。

 「それにさ、俺が死にたい、って思うときにかぎって、生きてって言ってくるやつが現れるんだぜ。それで死んだらさ、あの世で怒られそうじゃんその人に」

 笑いながらナルキに語りかける。

 「だからさ、俺は死ぬに死ねないんだよ」

まったくめんどいのにな~と大きくあくびをしながら言った。

 「おまえは、おまえは……」
 
 そう言ってナルキは涙をこぼしだした。
 おどろいたライナはまわりを見渡し、誰かいないか確認する。
 いないことを確認して安心するライナだったが、根本的に解決していないことに絶望した。

 ナルキは泣き終わると、眼のまわりを赤くして潤んだ瞳をライナのほうにむけてくる。

 「……もしかして、汚染獣と闘ったときにあたしを助けてくれたのは、ライナ、おまえなのか?」
 「……そうだと思うよ」
 「助けてくれて、ありがとう」

 笑顔で言うナルキに、ライナはすこし鼓動が高鳴った。

 「……別に、いいし」

 ライナは顔をそむけて頭を掻く。かすかに顔が熱いことに気づいた。

 「……いや待って。あのときそもそも汚染獣の攻撃を受けたのは、おまえがシェルターに入っていなかったからじゃないか」
 「ええ~」
 「だから、借りはなしだな」

 そんなこと言われても、とライナは思ったが、気にしないことにする。

 「あたしは、おまえの過去を知ってしまった。
 だが、そんな重い過去を教えてくれて、嬉しかった」

 あたしは信頼されてるんだな、と楽しそうに言う。

 「おまえがどんな過去を持っていたって、あたしの知ってるライナだ。
 これからもおまえが寝てたら、起こすからな」

 わかったか、と言うナルキをライナはめんどいな~と答えた。






 そのあとレイフォンの病室に行くと、僕はそっちのけはないからね、といってきて、正直ちょっとうざかった。









[29066] 伝説のレギオスの伝説25
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Date: 2012/02/24 18:23
 ライナはレイフォンが入院している間、その間の二日に一度はレイフォンの見舞いにいき、見舞いに行かない日は小隊練習にいく、という日々を繰り返していた。
 とはいえ、会話の話題などそんなにあるわけではないので、その日受けた授業の内容をレイフォンに教えていた。
 ライナはそんなことをやる気はまったくなかったのだが、レイフォンがどうしても、と言うので教えはじめたのだが、最近、レイフォンに勉強を教えるのがたのしくなってきていることに、ライナ自身おどろいていた。
 むろん、ライナは授業なんか聞いていないので、ノートはナルキに借りていたが。

 そんなこんなでレイフォンが意識を取りもどしてから一週間近く経った今日も、ナルキからノートを借りてレイフォンの病室に行こうとしたとき、ナルキがライナを呼び止めた。

 「なあライナ、今日はあたしも一緒にレイフォンの病室に行ってもいいか?」
 「ん? まあ、いいよ」

 あのライナの告白以来、すこしだけナルキはやさしくなったような気がしている。
 確かに、今でもライナが寝てたらアイアンクローをしてくるし、小言を言ってくることはある。
 それでもその表情は、すこしだけやわらかいことに気づいていた。

 「そうか、ありがとう」
 「……べつにいいけどさ」

 そう言いながら、二人は並んで歩き出した。
 校舎を抜け、病院のほうに続く道をライナたちは進む。
 まだ放課後になって間もないためか、道を行く人影もまばらで、へんな足止めを食うことなく歩いていた。

 「なあライナ。おまえは、サミラヤさんには言わないつもりか?」

 突然、ナルキは口を開く。
 なんとことかとライナはすこし頭をめぐらすと、すぐに思い当たった。

 「なんで、言わないといけないの?」
 「だけど、おまえを一番心配してるのは、間違いなくサミラヤさんだぞ」

 ナルキの言葉を聞くと、ライナはかすかに口元を吊り上げる。

 「あいつはさ、あのままでいいんだよ」
 「え……」
 「だからさ、俺の過去なんか知らなくてもいいだって。
 あいつはさ、ただ怒って俺をなぐってればいい。楽しく歌ってればいい。
 カツを焦がしてればいいんだ」

 サミラヤは、ライナの憧れそのものの生き方をしている。
 気の合う友達と遊び、血なまぐさいことを知らずにたのしんで、充実した日々を送る。
 そんな彼女は、ライナの過去なんか知らなくたっていい。
 サミラヤには、笑っていて欲しいのだ。いつも怒らせているのはライナ自身ではあるが。

 「それにちゃんと説明するのだって、めんどいしね」
 「……なら、何であたしには話したんだ?」
 「ん~と、なんとなく」
 「……まったくおまえときたら……」

 すこしだけ、ナルキの顔が緩んだような気がする。

 「だが、サミラヤさんのことも考えてあげなよ」
 「へ~い」

 返事ぐらいちゃんとしろ、とナルキはしかる。

 「それに、おまえからつらい過去のことを聞けて、あたしはうれしかったんだ。
 きっとサミラヤさんだって、おまえの過去を聞いても同情はしても、へんに遠慮するとは思えない。
 それよりも、もっとおまえを信じようと思ってくれるさ」
 「……ま、考えとくよ」

 気づけば、病院の前にまで来ていた。
 ナルキは真剣な表情をして、ライナのほうをむく。

 「わるいけど、すこしだけあたしをレイフォンの二人にしてくれないか。
 レイとんと二人で話したいことがあるんだ」
 「別にいいけどさ、その間俺なにしとけばいいんだよ?」
 「そんなに時間はかからないはずだから、廊下にいて欲しい」

 それじゃ、俺別にここにいなくていいじゃん、ときびすを返して寮に帰ろうとしたが、ナルキにひきづられてライナは病院に入っていった。

 ライナはナルキがレイフォンの病室に入るのを確認すると、病室の扉の外で眼を閉じて眠った。
 廊下を通る看護師や患者の視線を受けながら、あまり気にせず眠る。
扉が開く音を聞いて、ライナは目をあけた。

 「ありがとうな、ライナ。じゃ、あたしは帰るから」

 そう言ってナルキは帰っていくのを見届けると、ライナはレイフォンの病室に入った。

 「あ、ライナ。いらっしゃい」

 ベットに横たわっているレイフォンが笑みをうかべて言った。
 いまだにレイフォンはベットから動くことができない。
 怪我はほとんど治っているが、背骨の損傷だけが放置されている。
 脊髄に挟まった破片を取り除く手術は慎重にしなければならず、いまはまだ手術をするチームが会議をしているそうだ。
 それが終われば手術して、無事終わればすぐ退院になるとのことだ。

 ライナはその近くに置いてある椅子に座る。

 「でもよかったよ。ナッキが僕から距離をとらなくて」

 ナルキがひとりで入っていったときに、レイフォンの過去について自分の考えを語ったのだという。

 「よかったじゃん」
 「うん、そうだね」

 そう言ったレイフォンの顔には、どこか影がある。

 「で、また悩みごとがあんの?」
 「……そんな、ことは……」

 徐々に言葉が弱くなっていくレイフォン。そしてしばらく黙りこみ、首を振る口を開く。
 別の罪悪感から解き放れてもいいんじゃないいか、とナルキは言ったのだという。

 「僕は……いまでも刀を握ることに、抵抗があるんだ」

 このことは、レイフォンの心の奥に深く根づいているものだ。おそらくライナが何を言っても、意味はないのだろう。

 「おまえってさ、ホント真面目だよな、レイフォン」
 「……かもしれない。でもこれが、僕だから」

 頭を掻きながら言うレイフォン。ライナは、ため息をついた。





 小隊対抗戦も次の日に迫ってきたが、相変わらずライナはレイフォンの病室で看病をしていた。
 レイフォンは来なくても別にいいのに、と遠慮したような口調で言ったのだが、丁度病室に行く日だったのと、小隊訓練がめんどいので、ライナは病室にいた。

 レイフォンの手術の日取りもきまったのだが、たまたま小隊対抗戦とかぶってしまったので、ライナはレイフォンの手術を見る、という正当な理由で小隊対抗戦を休むことができる。

 いつものように勉強を教えていると、ドアを二度叩く音がした。けして大きくはないが、はっきりとした音。ライナは、いやな予感がする。
 病室に入ってきたのは、カリアンだった。

 「身体の調子はどうだね、レイフォン君」

 見舞いの品を机の上に置くと、カリアンは儀礼的な挨拶をする。

 「ていうかさ、何でおまえがこんなとこにいるんだよ、カリアン」
 「私だって知り合いの見舞いぐらい行くさ。それに今日は二人に話したいことがあるんだ」

 いつになく真剣な眼つきをしているカリアンを、ライナはめんどいことに巻きこまれるだろうな、と悟った。
 
 「それで、話っていうのは……」

 レイフォンがたずねると、カリアンは一度咳きこむ。

 「実は、都市に異常が起きている」
 「異常?」
 「傭兵団からもたらされた情報だが……」
 
 カリアンの言葉に、ライナは顔をしかめた。
 いまだに傭兵団はツェルニにいるのだろうな、とは思っていたが、実際に聞かされると、ため息のひとつでもつきたくなる。
 レイフォンのほうを横目で見ると、レイフォンもいやそうな表情になっていた。

 「ああ、そんな顔をしないでくれたまえ。彼らにはまだ使い道がある」
 「どんな……ですか?」
 「対汚染獣の戦力として彼らの実力は捨てがたい。
 また、あの廃貴族とやらを処分してもらうためにも、彼らにはいてもらわなければならない。
 もちろん、前回のような手段以外で、だがね」

 カリアンの話を聞いてなお、レイフォンの表情はさえない。
 ライナ自身もいい気分をしていないため、レイフォンの気持ちはわかるが、確かに対汚染獣の戦力とすれば、彼らほど心強いものはそうはいないだろう。
 そうめったなことでは汚染獣に会わないはずだが、ツェルニはすでに二度汚染獣に遭遇している。
 これからだって襲われるかもしれない。そうなれば、いまのツェルニの戦力では心もとない。
 ライナやレイフォンがいるとはいえ、必ず守りきれるとはかぎらないことを思うと、幼生体相手に苦戦する学生の実力では、到底きびしいと思うほかない。

 「それで……」
 「ああ。彼らだが……彼らのところの念威操者が汚染獣を発見した。都市の進路上だ」
 「ちょっと待て、カリアン。おかしいだろそれ。普通なら汚染獣を避けるだろ、都市が」

 カリアンは、首を振る。レイフォンもまた、困惑した表情でカリアンを見ていた。

 「ライナ君の言うとおり、おかしな話だ。最初は疑ったよ。もちろん、察知した念威操者も疑ったようだ。
 ハイア君への報告を遅らせて、数日観察したようだからね」

 傭兵団の念威操者であるフェルマウスならそうするだろうと、ライナは思った。

 「しかし、都市は進路を変えなかった。依然、同じ方向にむかって進み、汚染獣もまたその場所から動いていない」
 「フェリ……妹さんに確認してもらったんですか?」
 「距離がずいぶんとあったからね。あれぐらいになると、念威端子を飛ばすよりも探査機をむかわせたほうがはやい。結果は昨日来た」

 そう言ってカリアンは鞄から封筒を取り出すと、ライナに差し出した。
 受け取り、中身を確認。レイフォンにも見せる。
 中に入っていたのは、前見たときと同じように写りが決してきれいとはいえない写真で、写されているのは、荒野の風景。

 ――――そして、荒野一帯に無数にいる、汚染獣の姿。

 ライナは予想以上の数におどろく。
 さすがのレイフォンも、表情を一変させていた。

 「これは、いったい……」
 「……私も、これが夢であって欲しいと何度も考えたよ。
 だがこれが現実である以上、対策を立てなければいけない」

 カリアンは一拍間をおく。

 「まずライナ君が明日傭兵団とともに、都市を出発。
 一番距離の近い汚染獣の群を撃退する。このとき、ライナ君はその半分を屠ってもらう」

 すべての汚染獣と闘ってもらうだけの金額を、ツェルニは支払うことができないらしい。
 交渉の結果、払えるだけの金額を払って動かせる傭兵の数をハイアが提示する。
 動員できる傭兵の数で対処できる数の汚染獣が決められ、残りをツェルニの戦力で対処する、ということになった。

 「……僕は、どうすればいいんですか」
 「レイフォン君は、とりあえず医者から許可が出てから出てもらうことになる。
しかしそれもライナ君の補佐としてだ」

 カリアンの話を聞き終わり、ライナは複雑な思いを抱く。
 いくら闘うのがめんどいとはいえ、この状況で闘わない、という選択肢はない。
都市が避けてくれればと思うが、まず無理だろうなとため息をつきたくなる。

 アルファ・スティグマで廃貴族を解析できたなら、ライナがなんとかできたかもしれないが、それもできないので考えてもしかたがない。
 となれば、都市の暴走を止められる可能性があるとするなら、電子精霊になつかれていたニーナぐらいしかないだろう。
 明日は小隊対抗戦があるので、それが終わったあとにニーナには機関部むかってもらうことを考えると、一番近くの汚染獣をツェルニの接近に気づかれる前にほふっておくべきだ。
 レイフォンが怪我をしている状態だ。正当な理由で対抗戦に出なくてもいいライナがうってつけと言えるだろう。

 そう思いライナが口を開こうとしたとき、うつむいていたレイフォンがカリアンのほうに顔をあげた。

 「あの……ライナのかわりに僕が汚染獣のところに行っては、だめですか?」

 予想外の言葉だったのか、カリアンは見開く。

 「しかし君は明日手術だろう、レイフォン君」
 「手術もそんなに時間がからないそうですし、すぐに退院してもいいと聞きました」
 「かわりの人間がいるのに、手術したばかりの人間を出せるわけないだろう」
 「……写真を見たかぎりでは、雄性体です。この程度なら、僕でもなんとかなります」

 一歩も退かないレイフォンに、ライナはいぶかしげな視線を送る。カリアンもまた、ライナと同じような視線を送っていた。

 「別に小隊対抗戦なんかどうでもいいって言ってただろ、おまえ。違ったか?」

 ニーナが倒れる前につけていたときにレイフォンがそんなことを言ったはずだ。
 ライナの言葉に、レイフォンは首を振る。

 「いまでもね、どうでもいいと思ってるんだよ、小隊対抗戦なんて」
 「だったらさ……」
 「でも、十七小隊のことは大切だと思ってるって、ライナにも言ったよね」

 ライナは顔が引きつるのを感じた。

 「今度の相手は、小隊最強って言われてる一番小隊。だからきっと隊長たちは苦戦すると思うんだ」

 そう言って、レイフォンは真剣な表情をうかべ、ライナのほうを見る。

 「だからライナ、今度の小隊対抗戦に出て、闘ってきて欲しい」






[29066] 伝説のレギオスの伝説26
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/06/14 18:19
 時間をくれ、とだけ言い、ライナは病室を抜け出した。ため息をつきながら、かすかに病院独特の匂いのする病院の廊下を歩いていく。

 闘うのはめんどいという怠惰。レイフォンの体調への心配。表に出ることへの不安。
 そしてレイフォンがたよってくれてうれしいという感情。
 さまざまな思いがライナの全身を駆けめぐっている。どこまで歩いていっても、その思いが収まりそうになかった。
 気づけば、屋上へ足を延ばしていた。
 まだ沈みそうにない太陽が、ライナを暖かく照らしてくる。あまりに心地よい温もりに、ライナは適当なところに寝そべり、眼を閉じた。

 「……イナ……起きろライナ」

 耳元からライナを呼ぶ声がする。低い女性の声。それを気にもせずにライナは眼を閉じていると、腹に強い衝撃を受け、ライナは思わず飛び起きた。

 「なんだよ、ニーナ」

 ライナは腹をさすりながら、声の聞こえてきたほうをむいて言った。夕陽に照らされているニーナはいつになくどこか儚げに見える。

 「まったく、おまえときたら……もうすぐ日が沈むぞ」

 ニーナに言われて、ライナはしぶしぶ腰をあげた。
 そのままドアのほうにむこうとライナは思ったが、夕陽に照らされている都市を眺めたくなって金網のほうまで歩いていった。

 「おい、ライナ?」

 ニーナが声をかけてきたが、ライナは気にすることなく夕陽で赤く染まる都市を見下ろした。
 会話がはずんでいる人たちがにぎわう大通りを歩いていたりする。ショーウィンドウのむこうにある物を食い入るように見ている人もいる。女性に声をかけている男の人もいる。

 病院の屋上から見下ろせば、ツェルニの学生の生活の様子が手にとるようにわかるのだ。ライナはこの光景が、好きだった。
 ニーナはため息をつくと、ライナの隣に来て、同じように見下ろした。

 「で、なんであんたここにいるわけ?」

 ライナは見下ろしたまま言った。

 「レイフォンの見舞いに来たに決まっているだろう。おまえこそ、どうしてこんなところで寝ていたのだ?」
 「いやだってさ、ここって日射しが気持ちいいじゃん。いつの間にか、日が暮れそうになってるけど」
 「まったくおまえときたら……」

 ニーナはそう言うと、ため息をつく。しばらくのあいだ、二人並んでまわりを見渡していた。

 夕闇にあたりが染まりはじめたころ、なあライナ、とニーナが口を開いた。

 「おまえ、何か悩みがないのか?」

 唐突なニーナの言葉に、ライナはニーナのほうをむいた。

 「そんなの別にないよ」
 「ほんとうか? ならわたしの顔を見ていってみろ」

 そう言うと、ニーナはライナを自分の正面にむかいあわさせるように身体を動かし、まっすぐライナを見た。
 ライナは、視線をそらす。

 「ほら、嘘ついているではないか。ちゃんとわたしに話してみろ」
 「いやちがうって」

 ライナは首を振った。

 「俺ってさ、眼と眼を合わせるって、苦手なんだよね」
 「それは……やはりむかし何かあったのか?」
 「いや、別に。ただ、なんとなく」
 
 見つめあうと、どうしてもアルファ・スティグマのことを意識してしまう。闘っているときは、さすがに相手の眼を見ていなければならないが。

 「気のせいだった、ということか」

 すまない、となぜか謝罪してきたので、別にいいけど、と言葉をかえす。

 「だがな、おまえも何か相談したいことがあったら、ちゃんと言うのだぞ」
 「はいはい」
 「こら、はいは一回だ」
 「はい」

 うん、それでいい、と満足そうにニーナは言った。

 「確かに、おまえはむかしひどいことをされていた。
 それも知らずに、わたしは変なことをいろいろ言ったと思う」

 すまなかった、とニーナは言った。

 「そんなこと気にしてないって、別に」
 「しかし……」

 ため息するライナ。

 「そう思ったんだったら、俺のことほっておいて欲しいけどさ」
 「……」
 
 ライナの言葉に、ニーナはうつむく。

 「……そう、レイフォンも思っているのだろうか?」
 「ん?」
 「あいつは、人生をやり直すためにここまで来た。だがそんなレイフォンを、わたしは引き止めているのだ」

 そう言うニーナの顔には、どことなく憔悴しているように見える。
 相変わらずめんどくさい人だ、とライナはため息した。

 「あんたさ、へんなところでまじめなんだって。そんなに肩肘張ってたら、身体とか心とか持たないよ」
 「だが……」
 「それに、レイフォンはいつもあんたに感謝しているよ」
 「それは、ほんとうか?」
 「マジマジ」

 そう言ってライナはニーナに笑いかける。

 「最近よくレイフォンと話すんだけど、あいつあんたが強くなってきた、ってたのしそうに言うんだ。
 それに機関部掃除とかでのあんたのこともよく言ってるし」
 「……そこまで言われるとさすがに恥ずかしいな」

 ニーナは照れたように頭を掻く。

 「それになんだかんだ言ったって、あんたはレイフォンのことを考えてるんだし、それもレイフォンにはわかってるはずだし」
 「だが……」
 「レイフォンだっていろいろ考えてるし、それに何もできない子供じゃないんだから、あとはあいつ自身の責任なんだって」
 「……」
 「だからさ、レイフォンが別の生き方を見つけられなくって、それはあいつが悪い。
 本当に別の生き方を見つけようと思ってるんだったら、あんたがどれほど縛ろうとしたってできるもんじゃない。
 もし縛られたんだったら、それほどあいつの意志が強くなかったってだけなんだし」
 「……わたしはそこまで割り切ることはできない」
 「あんただって言ってたじゃん。おまえの人生だろう、って」

 ライナがそう言うと、ニーナの顔が真っ赤に染まる。

 「も、もうそれを言わないでくれ、ライナ」

 夕陽で赤く染まった顔でもじもじしながら言うニーナが、すこしかわいいとライナは思ってしまった。
 そう言ったらなぐられるかもしれないので言わないが。

 「いい言葉じゃん」
 「もう言うなっ!」

 ニーナは思いっきり怒鳴り、ひとつせきこむ。

 「だが、おまえに話を聞いてもらって、すこしすっきりした」

 ありがとう、とニーナは言った。
 ライナは外のほうをむいて頭を掻く。気づけば、夕陽が半分以上大地に沈んでいた。

 「別に、いいって。それに、もうこんな時間なのかよ……」
 「それでおまえはどうする?」
 「まあ、もうちょっといよっかな」

 ライナがそう言うと、ニーナはではまたな、と言って、屋上から出て行った。
 ライナはまた、金網越しに外の風景を見わたした。口元がかすかにゆるんでいることを感じながら。





 小隊対抗戦の当日。ライナはいつもと同じように野戦グラウンドの控え室の壁にもたれながら眼をとじ、出番が来るのをまっていた。
 観客席からとどく歓声が、いつにも増して騒がしい。

 今日の試合が終われば、ほとんどの小隊がひととおり闘ったことになる。
 今日で戦績首位の小隊が決まるわけだが、だからといってどうというわけはない。ニーナが言うには、来るべき都市対抗の武芸大会での発言権などの小隊長の格が決まるらしいが。
 
 「しかしレイフォンの手術に行かなくて、本当によかったのか、ライナ」 
 
 いつも以上に緊張した面持ちのニーナが尋ねてくる。

 「まっ別にいいんじゃない」

 眼を開けて言ったライナにニーナはいぶかしげな視線を送ってくる。

 結局、レイフォンの提案を受け入れた形にはなったものの、本当に闘おうかライナは迷っていた。とりあえず、その場の雰囲気で考えることにしてはいるが。

 「だいたいさ、あいつが来なくていいって言ったんだし……」

 都市が汚染獣の群につっこんでいることをニーナたちに伏せていることはいつものことである。
 問題は今日の大会が終わったあとに、ニーナたちにそのことを打ち明けるかどうかだ。
 レイフォンには、試合が終わったあとで十七小隊全員にいまツェルニに起こっていることを話して欲しい、と言われているが、正直なところニーナはとにかくほかの小隊員に話したところで意味などないと思っている。
 レイフォンの元にむかって、だからなんだというのだ。

 「だが、レイフォンはひとりなのだぞ。こんなときは誰かに近くにいて欲しいものではないか」
 「前も言ったけどさ、あいつはもう子供じゃないって。命にかかわるような手術じゃないんだから、気にすることないし」

 ライナがニーナを安心させるように言っても、ニーナの顔色はどこか不安そうに見える。

 「それにさ、この日のためにわざわざ第十小隊のやつを十七小隊に入れたんだろ?」

 ライナはそう言って、金色のロールをまいた長髪の少女のほうに眼をやった。

 ダルシェナ・シェ・マテルナ。
 彼女はかつて第十小隊に所属していたが、シャーニッドの仲介を通して第十七小隊に入隊することになった。

 「それはあまり関係ないのだが」
 「だったとしても、あいつがいいって言ってんだし、気にするなって」

 そこまで言って、ニーナは不満がありそうな表情をうかべながらも、口を閉じた。







 サイレンの音が野戦グラウンドに鳴りひびく。
 それと同時にニーナはナルキをつれ、敵陣にむかって駆け出した。
 ライナはいつもどおり、フェリの近くに行き寝ころんだ。

 念威操者をはずせば、実際に野戦グラウンドを動き回れる戦力は、十七小隊が四人なのに対して、第一小隊は六人。
 十七小隊は数で負けていることになるが、旗を守る者がいることを考えると、ほとんど戦力差はないだろう、とニーナは事前のミーティングで言っていた。

 とはいえ、一年のナルキと入隊したばかりでろくに連携の取れないダルシェナ。
 それに、倒れたら即敗北となるニーナが前線に行かなければならないことを考えると、かなり厳しいというほかなかった。

 そう思いながらも、いまだにライナは横になっている。
 ここまできて、まだ踏ん切りがつかない。ここで行かなければ、あとでレイフォンにぼやかれるだろう。
 ニーナが帰ったあとで、レイフォンに小隊対抗戦に出ると伝えると、うれしそうに感謝の言葉を何度も言ってきた。

 ライナはいままで、自分から闘おう、と思ったことはなかった。
 闘わなければ死ぬから闘う。闘わないと誰かが死ぬから闘う。
 ライナにとって、闘いとはそういうものだった。
 だからこそライナは、どうすればいいのかわからなかった。

 ――――だが……。

 とライナは思う。

 ここで闘わなかったら、後悔するかもしれない。
 ビオのときのような、無力感や絶望をまた味わうと思うと、心臓が締めつけられるようだ。

 同時にめんどうだ、という思いもある。どうせがんばったとしても、なんの意味もないのだと。
 だけど、ニーナはがんばっているのだ。苦しみながらも、無力を感じながらも。
そんなニーナをライナはすごいと思うしかなかった。

 ふとライナは眼をあけ、身体を起こしてニーナたちのほうを見る。
 ナルキはなんとか小隊員をひとり縄で動きを止めているが、ニーナは二人と戦っていて、圧されているようだ。

 しかたない。めんどいけど、ここで行かなかったらきっとレイフォンにあれこれ言われるだろう。

 ライナはそう思うと、身体を起こす。

 「ちょっとトイレ行ってくるわ」
 「どうぞ。もう帰ってこなくてもいいですよ」

 フェリの返事を聞き終わると、ライナは頭をかきながら適当に歩き出した。







 「おまえの負けだ、ニーナ・アントーク」

 長い棍をニーナにむけながら、ヴァンゼは言った。そのするどい視線に、ニーナは心が折れそうになるのがいやでも感じられる。

 なんとかニーナたちの元に来た三人の内二人は戦闘不能にしたが、ニーナのうしろをついてきたナルキは倒れ、敵陣に突き進むはずのダルシェナは念威爆雷の光と音で無力にされた。
 残っている戦闘要員は、ニーナとシャニッド、それにライナぐらいだ。しかし動き回れるのは、ニーナだけだった。
 いままで通用してきたシャーニッドの銃衝術も、おそらく対策済みだろう。

 ――――ライナが闘ってくれれば……。

 そんな思いに駆られそうになるを、ニーナは歯を喰いしばって耐える。

 ライナならおそらく、この状況を打破することは可能だ。
 レイフォン並みかそれ以上の戦闘能力。それにヴァンゼの想定外であるだろうことを考えば、敵陣の中にあるフラッグを落とすことなど造作もない。

 しかしライナ自身は闘うことなど、望んではいない。
 そんなことぐらいニーナにだってわかる。
 それだけにライナにはたよれない。たとえこの野戦グラウンドにいるとしても。

 だがほかにこの状況を打開する方法を、ニーナは思いつかない。
 鉄鞭をにぎる手に、力が入らない。心が、折れそうになるのを止まらない。身体が震えてきた。

 ヴァンゼの棍が、振り下ろされる。
 ニーナは受けとめるため、両手に持った鉄鞭で防ごうと持ち上げる。

 そのとき、斜めうしろのほうでなにかが爆発。衝撃と爆音をかわすため、ニーナはとっさに横に転がる。また轟音。

 観客席が、静寂に包まれていた。
 なぜか、一番隊の狙撃主が戦闘不能の判定がくだったのだ。
 なにが起きているのか、ニーナにはわからなかった。ヴァンゼもまた、予想外のことなのか、眼を見開いている。

 「いったい、なにが起きたっ!?」

 ニーナは怒鳴るように言う。

 「……わかりません。ただ……」

 念威端子越しから聞こえてくるフェリの声ががいつになく動揺した口調で言った。

 「ただ、なんだっ!」
 「いま、ライナがわたしの近くにいません」
 「どういうことだっ!」

 いつになくニーナは怒気を強めて言う。

 「すみません。ライナがトイレに行くと言いだしたので……」

 確かにライナはほとんど闘うことはないだろう。しかし、せめてちゃんと連絡ぐらいして欲しい。
 だが、そんなことはいまどうでもいい。

 ――――まさか一番隊の狙撃主を倒したのは、ライナだというのか……。

 あまりにとっさのことで一瞬立ち尽くしてしまったが、まだ戦闘中であることを思い出し、ヴァンゼのほうに鉄鞭を構えた。

 「……眠っている汚染獣を起こしたか」

 ヴァンゼもまた、ニーナと同じ結論に至ったようだ。

 「まさかあれが出てくるのは予想外だったぞ」
 「そうですね……」

 ライナが闘ってくれるのか。そう思うだけで、ニーナの身体の震えはおさまった。
 ライナがなにを考えているのかわからないが、いまならヴァンゼにだって勝てるような気さえしてくる。

 ニーナはヴァンゼのほうへ足を踏み出し、懐に入るように旋剄。右の鞭を振るった。
 ヴァンゼは棍で防ぐが、態勢を崩す。すかさず、左の鞭で突く。
 勝った、と思ったが旋剄を使われ距離をとられた。

 ――――勝てる、勝てるぞ……。

 ニーナは思った。あれほど大きく見えたヴァンゼの身体が、いまでは小さく見える。

 しかしこのままでは勝つのは難しい、ということもニーナはわかっていた。
 実力の差は、闘っていてわかっている。だからこそ、ヴァンゼが動揺しているいましか好機はない。

 思い出すのは、バンアレン・デイの日に怪しい男から教えてもらった技だ。

 ディクセリオ・マスケインと名乗る男が使った旋剄にも似て非なる技。ニーナがはじめて見たときは、ディクセリオの脚の動きしか見て取れなかった。
 雷迅、と呼ばれるその技なら、ヴァンゼを倒せるかもしれない、とニーナは思う。

 とはいえ、いまのニーナには雷迅を実戦で使えるほどの技に達していない。
 教えてもらってから二週間を過ぎたいまでも、成功する確率は五分五分といったところだ。

 だが、いま使わないでいつ使う、とニーナは思った。
 己を信じるなら、迷いなくただ一歩を踏み、ただ一撃を加えるべし、とディクセリオも言っていたではないか。

 ニーナは、構えを変えた。
 閉じていた脇を開き、右腕を引く。左腕を前に出し、鉄鞭の交差部分を上げる。
 それとともに、剄を溜め、放つ。

 ――――活剄衝剄混合変化、雷迅。

 奔る。
 轟音と雷を撒き散らしながら、ニーナは一直線にヴァンゼのほうにむかった。そして鞭を振りおろす。
 ヴァンゼのおどろく顔が見えた。





 野戦グラウンドが、轟音と光に覆われたのをライナは敵陣の近くで感じ取っていた。

 ライナが轟音と光の発信源のほうを見ると、男が倒れている近くに、ニーナが呼吸を荒くして鞭を身体を支えるように地面に突き立てて立っていた。

 ――――あの技は……。

 ライナはおどろいた。

 ニーナの使った雷迅という技は、活剄で強化して高速移動しながら衝剄を放つことによって衝撃を発生させ、それによってあたりを破壊し、さらに移動と剄によって空気とが摩擦を起こし、雷をまき散らすという強力な剄技ではある。
 しかしこの技はライナが見ていたかぎり、いまのニーナに使える技だとは思っていなかった。

 雷迅は生半可な力で使っても、ただのはやいだけの攻撃にしかならず、せいぜい旋剄に毛がはえた程度のものでしかない。
 それでもこのタイミングで成功させるのは、さすがだと思う。剄に無駄があったり、動きに甘いところがあったりしていたが。

 それはとにかく、いまのニーナをこのままにしてはおけない。
 多分雷迅の閃光と轟音でだれも気づかないだろうとライナはため息をつきながら、旋剄を使ってニーナのところまで行き、抱きかかえた。

 「お、おいライナッ!」

 ニーナがなにか言っているが気にせず、その場から移動する。木が密集しているところまで行くと、ニーナをおろし、木の根元に寝かせた。

 「なにをしているのだっ!」

 顔を赤くしてニーナは言った。

 「なにって、あんたあのままじゃいい的だから動かしたんだけど」
 「もっとほかにいい運び方があっただろうっ!」
 「だってあの運び方のほうが手っ取りばやいし」

 わりとどうでもいいことでニーナは怒っているようだ。見たところ、このまま寝ていれば大丈夫だろう。
 それを確認するとライナは立ち上がり、ニーナを背にした。

 「おい」

 ニーナがうしろから声をかけてくる。ライナは振りむかずに動かなかった。

 「なぜ、闘っている?」
 「レイフォンに頼まれたから」

 ニーナの息をのむ音がした。気にせずライナは言葉を続ける。
 
 「あいつさ、俺に頼んでくるんだよね。試合に出て、あんたを助けてやってくれって。
 まったくめんどいのに……」
 「そうなのか……」
 「ま、細かいことはあとで話すからさ、とりあえずいまは休め」
 「莫迦者、わたしも出るぞ」

 うしろのほうでかすかに動く気配はしたが、立ち上がる気配はしない。ニーナは苦痛の声を洩らす。

 「あとはなんとかしとくからさ、あんたは寝とけって」
 「そうはいくか……とは言いたいが、すまない」
 「気にすんな」

 ライナはそう言うと、その場から駆け出した。







[29066] 伝説のレギオスの伝説27
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/03/16 10:34
 「……いったい、なにが起きたのだ?」

 ダルシェナは呆然とした様子で言った。

 試合はすでに終わり、ライナを含めた十七小隊のメンバーは控え室にもどっていた。いまだに野戦グラウンドの歓声がライナの耳に残っている。

 試合には、勝利した。
 ライナがかく乱し、シャーニッドがフラッグを打ち落とすという単純な戦法だったが、すでに指揮官がおらず念威操者もライナがたおしたため、相手としてもどうしようもなかったのだろう。

 「そりゃ、おれがフラッグを打ち落としたに決まってんだろ」

 シャーニッドが何気なくつぶやくと、ダルシェナはするどい視線を送った。

 「そうではないッ! 私が念威爆雷を受けたあとのことだッ!」

 ダルシェナは、声を荒げる。

 「とてもではないが、隊長ひとりではヴァンゼ隊長を倒せたとしても、ほかの隊員までは手を回せるわけがない」

 シャーニッドがいたとしてもだな、とダルシェナは断言した。
 確かにいまのニーナの体力では、ヴァンゼを倒せても次にむかう余力は残っていないことはまちがいない。事実、雷迅を使ったあと、すぐには動けなかった。

 「それは……」

 そう言うとニーナは、確認を取るようにライナのほうに視線をむけてくる。ライナもニーナの顔色を見る。

 顔色は木の根元に寝かせていたときよりよくなっている。身体も動いてもよろけてはいないようだ。
 すこし安堵のため息をついたライナは、いままでに感じたことがない感情が生まれていることに気づいた。

 胸が温まるような、燃えたぎるような。よくわからない感情にライナはおどろきながら、不思議といやではなかった。
 きっとレイフォンも、この感情をライナに味合わせたかったのかもしれない。
だからあえて小隊のメンバーに、サリンバン教導傭兵団と汚染獣と闘っているところを見せると言い出したのだろう。

 ――――まったくめんどうだな……。

 そう思いながらライナは口を開いた。

 「ま、そんな話はあとにしておいてさ、カリアンに話を聞いて、それから隊長には俺といっしょにツェルニにむかって欲しいんだよね」

 ライナがニーナとともに機関部に行くことは、レイフォンが提案してきた。
 ニーナは電子精霊と仲がいい。だからこの暴走を止められるとしたら、ニーナしかいない、というのがレイフォンの考えだった。
 カリアンはしばらく考えたのち、レイフォンの提案を採用した。
 しかし機関部にはなにが起きているのかわからない、と考えると、ニーナひとりに行かせることは危険すぎる。
 そこで、ライナがニーナの護衛に着くことになったのだ。

 なにを突然言い出すのかと、まわりにいた者は眼を見開く。ニーナだけが、ライナにするどい視線をむけた。

 「また大切なことをわたしたちに黙っていたのか、ライナッ!」

 怒鳴るニーナを見て、ナルキとダルシェナをのぞいてやれやれと苦笑いをうかべる。フェリの表情もよくわからないが。

 「カリアンには言うなって言われてたし」
 「べ、べつに僕は今回関係ないからね」

 あくびをしながら言うライナに、怒りが収まらない様子のニーナだったが、錬金鋼を整備していたハーレイのあわてた様子を見て、落ち着くように大きく息を吐いた。

 「……それで、わたしにツェルニのもとへむかえ、と言うのだな?」
 「うん」

 ライナが言うと、ナルキが割りこんでくる。

 「ツェルニのもとへむかえ、というのはどういうことなんだ、ライナ?」
 「細かい説明すんのめんどい」
 「ふざけるなライナッ!」

 耳元で怒鳴ってくるナルキに、ライナはため息をついた。

 「だってさ、俺も今日はめずらしくがんばったんだし、いますぐにでもベットに入りたいんだって」

 あくびしながら言うライナに、まわりは冷たい視線を送ってくる。

 「でも、言わないとカリアンに機関部掃除に行けって脅されてるからにはさ、やらないわけにはいけないじゃん」

 あ~、めんどくせえ、と言うとライナは立ち上がり、背筋を伸ばす。

 「で、ニーナはわかったのか? まぁ、意味はよくわかんねぇけど、情況だけはよくわかったけどな」
 「そんなの、あなたでなくともわかります」

 シャーニッドがやれやれと肩をすくめ、フェリがつめたい言葉をつぶやく。

 「お前たちは、いったいなにを言っているのだ?」
 「ま、そこらへんは見ればわかるさ」

 唖然としたように言うダルシェナに、シャーニッドが答えた。

 「時間がおしいので、端子を飛ばします」

 そう言いフェリが錬金鋼を展開させ、ニーナは一瞬ライナのほうへ視線を送ってくる。

 「……頼む。できるだけはやくレイフォンとの通信が可能になるようにしてくれ」
 「今朝手術をしたはずですから、そう遠くまでは行けないでしょう。充分追いかけられます」
 「そうだな、まったくッ!」

 ニーナはそう言い、ライナをにらみつけてきた。

 「で、おまえはどうするわけ?」

 シャーニッドの問いに、ニーナはふりむかずに答える。

 「ライナとともに心当たりの場所へむかう。おまえたちはすぐに動けるようにして待機しておいてくれ、指示はおって出す」

 了解、というシャーニッドの返事とともにニーナに引き連れられ、ライナは部屋を飛び出していった。







 「やあ、もう知ってしまったのかい?」
 「知ってしまったか……ではないッ!」

 屋根の上を走りながら、ニーナはどなった。いま念威端子越しにはカリアンがいる。ライナはため息をついた。
 そしてライナのほうへするどい視線を送り、すぐに前をむく。あとでニーナにいろいろ言われるんだろうな、とライナは思った。

 野戦グラウンドを出て方向を確認すると、ニーナは建物の屋根に飛びあがった。 ライナも遅れないように屋根の上に飛び上がると、ニーナはまっすぐに旋剄を使って駆け出す。
 たしかに地上で動くには人や障害物が多すぎて、走りづらいというのはちがいない。そのため屋根の上を走るというのは間違ってはいないはずだ。
 
 「どうして、レイフォンをそんな危険に巻きこむ?」
 「できるなら、私だって彼には武芸大会に集中しておいて欲しいと思っているよ」

 すこしだけライナの胸が痛んだ。本来ならば、汚染獣のもとにむかっているのはライナであるはずだ。だが、それはただの偽善でしかすぎない。

 「だが、状況がそれを許さない」
 「いったい今度は、なにが起こったって言うんです?」

 ニーナはカリアンの言葉の続きを待つためか、口を閉じた。

 「都市が暴走している」
 「なんですって?」
 「だから、都市が暴走しているんだよ」

 都市の暴走を知ってからある程度時間が経っているはずだが、カリアンの声には苛立ちの色が隠せていない。

 「汚染獣の群に自ら飛びこむようなまねをしている……そんなこと、簡単に誰かに明かせると思えるかい?」
 「しかし……」
 「もうひとつ……この間の幼生体との戦いで充分にしみたと思うのだけどね」

 そう言って、カリアンはため息をつく。

 「我々は、やはり未熟者の集まりなんだよ。幼生体との闘いでさえ、あんなにも苦戦した。いや、レイフォン君とライナ君がいなければ、彼らの餌となっていただろう」

 まあ、あのときは別にライナがいなくても大丈夫だっただろうが。

 「彼らでなければ解決できない。これは、動かしがたい事実だ」
 「くっ……」

 カリアンの言葉を聞くと、ニーナはライナのほうを見た。眼が合うと、ライナは視線をそらす。
 徐々にニーナの速度が落ちていく。まるで、カリアンの言葉に足をとられるように。

 「だが……」

 カリアンの言葉で、ニーナは足を止めた。ライナもほぼ同時に止める。

 「君たちがくることを望めば、行けるよう準備をしておいてくれ、と頼まれている」
 「え?」
 「どういうつもりなのかは、彼に直接聞いてくれたまえ」

 で、どうする? とカリアンは続けた。
 念威端子で聞いているはずだが、誰も口を開かない。

 ――――誰もがニーナの言葉を待っているのだ……。
 
 ライナは思った。

 「わたしは行かない」
 「ふむ……」

 ようやく口を開いたニーナに、カリアンはそう言葉を洩らす。

 「ライナ君をつけているとはいえ、あまり無理はしないでくれ。危険だと思ったら、すぐに逃げるんだ」

 カリアンの言葉に、ニーナは、はいと言ってうなずいた。

 「よう。おれたちはどうする? そっち、手伝えることあるか?」

 念威端子越しに、シャーニッドは尋ねた。

 「大丈夫だ。レイフォンのところへ行ってやってくれ」
 「了解……信じてるぜ?」
 「当たり前だ」
 「健闘を祈る」
 「好きにしていてくれ」

 とカリアンに言い、跳躍するニーナ。そのあとをライナは追う。そして建物の入口でニーナが足を止める。
 機関部への入口。ニーナとともにライナは職員専用と書かれたその中に入っていった。






 鈍く光る鉄柵で囲われた無骨なエレベーターで機関部に到達すると、ライナたちは中心にむかって走り出した。
 まだ日が高いからか、清掃員らしき人影は見あたらない。全力で駆け抜けられることに、ライナは安心した。

 「くそッ、いったいどうなってる?」

 ニーナが独り言のようにつぶやく。ニーナの気持ちも、わからないわけではない。

 ニーナにとってツェルニは大切な存在だということが、二人があっているときをたった一度しか見ていなくてもわかる。
 ライナも一度しかツェルニに会っていない。それでもなんの理由もなく汚染獣の群に突き進んでいくとは思えなかった。
 だからライナとしては、きっとツェルニは廃貴族の影響を受けていると考えた。そのほうが筋道が通っている。

 「ひとつ言っていい?」
 「……なんだ?」

 ニーナの走る速度がすこし落ちる。ライナもそれにあわせて落とした。

 「きっとさ、ツェルニは廃貴族の干渉を受けてると思う」
 「……なん……だと」
 「推測の範囲でしか過ぎないけどね」
 「それがほんとうなら、急がないと」
 「だからさ、危ないと思ったらすぐに逃げなよ」
 「なぜだッ! あの子はいま危険な状態にあるのだぞ。放っておけるか」

 ニーナはそう言うと、いままでより速度を上げ進んだ。

 ――――言うんじゃなかった。

 ライナは後悔した。ただ注意を促しただけだというのに。ため息をつきながら、ライナはニーナのあとを追う。思えば、カリアンも注意しているのだ。わざわざライナも注意する必要なんかなかった。

 そのまま進み、やや曲線をえがいた何枚ものプレートでできている小山のようなものが見えてきた。

 「あれが、中心部だ」

 ニーナが小山を指さして言う。

 中心部にたどりつくまで十歩もかからないところまで足を踏みいれたとき、なにかの境界線を踏んだような錯覚がした。

 ――――やばい……。

 そう思ったときには、すさまじい眠気が襲ってきた。耐えようと唇をかむも、眠気がなくなるどころかさらに強くなっていく。 
 耐えられない。ライナは片膝をつき、前のめりに倒れこむ。

 消えゆく意識の中で、ニーナの叫び声が聞こえた。






 ライナが眼を醒ますと、病院のベットの上だった。身体を起こしまわりを見回すと、十七小隊の隊員とカリアンが集まっているのがわかった。
 ひとりだけ、足りない。

 「ねえ、ライナ。隊長はどうしたの?」

 レイフォンが言った。いつになく疲れているように見える。
 ライナが黙っていると、レイフォンは表情に怒りを浮かべ、ライナの首もとをつかみかかってきた。

 「だから、隊長はどうしたって聞いてるんだよッ!」

 レイフォンのはげしい怒りにライナは眼をそらすしかない。
 この場に、ニーナの姿が見えないのだ。その事実に、ライナはうつむくしかなかった。

 あわてたようにシャーニッドとナルキがレイフォンを引き剥がし、ライナから距離をとった。
 レイフォンははじめのうちは激しく抵抗していたが、だんだん抵抗も弱くなっていく。

 「なんで、ライナ、君がいたのに、どうして……」

 徐々に小さくなっていくレイフォンの声がライナの胸に刺さる。

 カリアンが前に出てきて、現在の状況を話しはじめた。

 ライナが倒れたあとニーナがフェリにライナの助けを頼むと、そのまま奥にすすんでいき、そのあと突然に捕捉できなくなったのだという。

 急いでライナを救助しにむかった者たちにニーナの救出を頼んだが、ニーナの姿は見あたらなかった。
 いまも探しているのだが、入ってくる報告はどれも芳しくない。

 カリアンの話を聞いて、ニーナを機関部にむかわせたことを後悔した。





[29066] 伝説のレギオスの伝説28
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/04/25 22:26
 ライナはすこし人の往来のある機関部の廊下を歩いていた。
 しかし誰もライナの姿に気づくようすはない。足音をたてないように歩き、殺剄をつかっているから当たり前だ、とライナは思う。
 人のとなりいてさえ、気づかれないようにすることぐらいは簡単にできる。いままで死にそうになるほど鍛えられきたのだ。

 ――――それなのに……。

 ライナは歯軋りを起こしそうになることをなんとかおさえた。

 ニーナが行方知れずになってからすでに一週間がすぎている。都市警も動員して捜索にあたっているとカリアンが言っていたが、それでも見つかる気配さえしない。

 いつだってこうだ、とライナは自分自身への憤りを抑えられなかった。
 ビオを眼の前で失ったときだってそうだ。ニーナだって助けられたはずだ、とライナは思う。

 ライナが倒れたとしても、前もって対処する方法だってあったはずだ。
 廃貴族のことを言わないで危険だと思ったら逃げろ、とでも言っていれば、ライナが倒れた時点でライナをつれて帰ったかもしれない。ほかにもいろんな方法があったにちがいない。
 そもそもサリンバン教導傭兵団に助力を求めていたら、いまの状況にはなっていなかったかも知れないのだ。

 不幸中の幸いといえば、ライナがニーナが消えるところを見ていないことか。
 もしライナがいたとしてもニーナを助けられなかったら、アルファ・スティグマが暴走していたかもしれない。
 そうなれば、ツェルニは終わっていた。

 それはとにかく、いまだに都市の暴走は止まらず、ライナはレイフォンと交互に汚染獣のもとにむかっていた。いまはレイフォンが汚染獣のもとにむかっている。

 レイフォンのことを思いかえして、ライナは顔をしかめた。

 レイフォンがツェルニに帰ってから、一言も口を交わしていない。ライナを起こしてくれるが、乱暴に起こすだけで起こしたらライナのことを気にすることもなくレイフォンはすぐに学校にむかっていく。
 まあこれもライナがちゃんとしていれば大丈夫だっただけに、なにも言うことができない。それでも、胸が痛む。

 いまは休憩時間であるからライナとしては寝ていたいのだが、ニーナの探索ついでに気がかりなことがあって、ライナが倒れていた場所にむかっていた。

 ――――あのときの感覚は……。
 
 ライナはかつて同じような剄技を受けた覚えがあった。

 ローランドの剄技で神経を麻痺、もしくは弛緩させて強制的に眠りに落とすものだ。しかしあくまで医療用で、かけられた者が抵抗すればすぐに解けるようになっている。
 もともとは軍が強制的に敵を眠らせるように開発していたのだが、成功することはなかった。そもそも、神経のまわりには剄脈が覆っていて普通にかけるのにも苦労する上に、抵抗する相手に無理やり眠らそうとすれば死んでしまうのだ。
 殺そうとするのなら、もっと楽な方法だってほかもたくさんある。
 だから、結局この剄技は完成しなかった。

 ――――だが……。

 問題は、ライナにその剄技の類がかけられた可能性があることだ。そのことがどれだけ異常なことか。ライナにはよくわかる。

 しかし、なぜライナだけに影響があったのだろうか。
 どうせそんなすごい剄技を仕掛けるなら、ニーナだって寝ていなければおかしい。それよりも廃貴族のもとに来られないようにするなら、壁みたいなものを仕掛けておいたほうがいいに決まっている。

 気づけば、ライナが倒れていた場所にたどりついていた。
 立ち入り禁止の看板とテープが貼ってあったが、気にせずライナはアルファ・スティグマを発動しながらまわりを見渡していく。

 剄技の類が発動された気配がまるでない。かといって廃貴族がなにかした様子も見られなかった。
 中心部にたどり着き、まわりを歩く。ひとしきり確認したあと、ライナは考えこんだ。

 中心部の壁の一部に大きな穴が開いてある。おそらくここが中心部の内部に通じる場所なのだろう。
 きっとニーナはここへ入っていったはずだ。だがここに入ることは、基本的に禁じられている。
 機関部の中心部ゆえに、へたに動けば都市が壊れてしまいかねない。その危険性を考えると、内部へ足を踏み入れるのは、どうしても躊躇してしまう。
 もしもライナのせいでツェルニが壊れてしまったら、ニーナだって悲しむにちがいない。
 ライナは頭を振って、踵を返した。

 機関部の外に出て、ライナはため息をつくとともにまわりに人がいないことを確認して殺剄を解く。
 日はすでに落ち、暗闇が周囲を覆っている。月も、雲が空を覆っていて見ることができない。

 ライナは寮にむかって歩き出した。

 ライナの倒れている場所には、違和感ばかりがライナの胸に残っている。
 なぜなにか仕掛けを施した形跡がないのか。仕掛けられた跡を消す、などという器用なことが廃貴族にできるとはライナには到底思えなかった。
 それに消す理由もない。同じ技が効かなくなることを恐れているのだろうかとも思うが、都市側の人間が機関部の内部に入ることを恐れることぐらい、廃貴族も知っているはずである。
 ならば、そもそも変な仕掛けをすること自体、おかしいといわざるを得ない。

 なら、誰が仕掛けたのか、とライナは考える。
 思い当たる人がいない。
 もしかするとローランドの人間が動いたかもしれないが、ライナ相手に気づかれない上にライナだけに効果がある剄技の類を使える人間などひとりしか思いつかない。

 ――――ラッヘル・ミラー……。

 子供のころとはいえライナとその幼馴染二人、それに師であるジュルメが全力で戦っても十秒とも持たなかった相手だ。
 いまのライナとはいえ闘っても勝てないだろう、と思うほどの力量を持つ男。
 ミラーが相手ならば、ライナとはいえ気づけなかったとしてもしかたがない。

 ならば、ライナにだけに影響する仕掛けなどしてなんの意味があるのか。
 いまのこの状態になることがわかっていた。しかしこの状態にしてローランドに意味があるとは思えない。
 それに忌み破り追撃部隊としてツェルニに来るならわかるが、それならライナを殺すなりつれて帰ればいいだけだ。
 わざわざ待ち伏せなんてまわりくどいことなんかしなくてもいいし、こんな化け物じみた方法を使わなくてもほかにも方法があったはずだと思う。

 気づけば、寮が見えるところまで歩いてきた。それとともに寮の前に、人が立っているのも見えている。
 夜の闇の中でもかすかに見えるぼさぼさした赤い髪、それに左眼のまわりの入れ墨に皺を作るたにたとした笑みを浮かべた男。
 ライナはそれを確認すると、踵を返した。

 「って、ライナちょっと待つさ~」

 いつもの軽薄な声ではなくあわてたような声が聞こえてくてくる。そしてすぐさま声の主はライナの前にまわりこんできた。

 「なんだよ、ハイア。めんどくさいな」

 ハイアは額に汗を滲ませていた。

 「ライナひどいさ~。せっかくおれっちが会いに来たっていうのに」
 「別に俺はおまえと会いたくなかったんけど」
 「ほんとおまえは生意気さ~」

 ハイアの眼がすこしするどくなる。ライナは踵を返そうとすると、ハイアは言葉を続けた。

 「そんなことより、元ヴォルフシュテインと喧嘩してるって、ほんとうか」

 ライナは踵を返すのをやめ、ハイアを見た。寮の前にいたときより笑みが深くなっている。

 「どうもビンゴだったようさ~」

 わずかな表情の変化から気づかれるなんて。ライナが思っているよりも深くレイフォンたちのことを気にかけていることに、ライナはおどろいた。
 ヴォルフシュテインはレイフォンがつかっていた天剣であると、レイフォンから聞いていた。そして天剣を持つ者はその天剣の名で呼ばれることがあることも聞いている。

 「今日そのうわさを聞いて真っ先にライナのとこへむかったさ~。
 で、とりあえず寮に行ったけどいなかったからずっと待ってたっていうのさ。おれっちを見かけてすぐどっか行こうとするなんてひどいさ~」
 「で、それがどうしたって。それにさ、おまえ学生に教えてんじゃなかったの」

 いまツェルニが払える金で学生に鍛錬をつけているというのもカリアンから聞いていた。汚染獣と闘うよりは安全だから、という意味で値段がやすいかららしい。

 「それだったら、おれっち以外のやつががんばってるさ」
 「フェルマウスに怒られるぞ」
 「そいつは勘弁さ」

 ライナがそう言うと、ハイアは笑みがこわばった。
 フェルマウスはいわばハイアの親のような立ち位置にいる念威操者である。
 先代のころからサリンバン教導傭兵団にいたらしいという話だが、ライナも詳しくは知らない。

 フェルマウスは汚染獣のにおいを感じることができることと、汚染物質の中にいても死ぬことがないという二つの能力があり、しかも汚染獣のにおいをかぐためには素肌のままでなければ感じられないため体中がぼろぼろになっるらしい。
 そのため日ごろは肌の露出をなくすため、フードとマントを身にまとい、手袋や硬質の仮面を常にしているという徹底的である。

 ライナは一度だけ仮面をとった姿を見たことがあって、さすがのライナも驚きを隠せなかったことを覚えている。

 「そんなことより今日はライナにひとつ話があってきたのさ……」

 声はひそめている。しかし歓喜の色が抑えられない。そんな声だった。

 「おれっちたちと一緒に来ないか」
 「は……」
 「だから、サリンバン教導傭兵団に戻らないか、って聞いてるさ~」

 ハイアの予想外の言葉に、ライナは眼を大きく開いた。

 「意味がわかんないんだけど」
 「いつ終わるかわかんないけどさ~。もしこのままレイフォンとの喧嘩が終わらなかったら、ライナだってツェルニにいにくいはずさ~。
 それならおれっちたちと一緒にいたほうが楽だと思うしさ~」

 それに、とハイアは言葉をつづける。

 「強いやつはひとりでも多いほうがいいに決まってるしさ~」

 ハイアの意味不明な発言に、ライナはため息をついた。

 「いやだって俺はローランドの出だし、そもそもおまえたちを一回騙したんだから団員が認めるわけないだろ」
 「おれっちが認めさせてやるさ」

 そう言って笑みを消すハイア。

 「ライナは普通のローランドのやつらじゃないってことぐらいわかってるさ。おれっちもライナの傷を見たしな」

 そういえば、あの場にもハイアがいたことをライナは思い出す。

 「もしこのままここにいたら、遅くとも六年後にはローランドにもどることになる。そんなことは絶対に許せないさ」

 はじめて見るハイアの怒気に、ライナは驚きを隠せなかった。
 
 「なんで、そこまで……」
 「おれっちだって、孤児の出さ。ライナの過去を聞けば、ローランドが憎くもなるさ~」
 「たった、それだけか」

 ライナが言うと、ハイアは鼻で笑った。

 「それにおれっちはまだ、ライナを仲間だと思ってるしさ」
 「は……」

 ハイアの思いがけない言葉にライナはそう言葉を洩らす。

 「ライナと最初に会ったときだって、怪しいとしか思えなかったさ。
 それにローランドのやつらが都市に来てるって情報もあったし、おれっちたちもローランドのやつらを一網打尽にしたかったというのもあったらこそ、あからさまにあやしいおまえをうちの仲間に入れたさ~。
 まあ、なんでわざと怪しまれるようにしたっていうのは、ライナの過去を知ってわかってけどさ」
 「……」
 「でもって、ライナがおれっちたちから逃げようとしたとき、おれっちたちを殺そうとするどころか、怪我さえさせないようにしながら戦いやがる」

 そこまで言ったとき、ハイアは表情を険しくした。

 「腹たったさ。舐められた感じで腹立ったけどさ、それでもおれっちたちを傷つけないように闘ってくれたことはわかったさ~」

 そしていつものにたにたした笑みに戻るハイア。

 「だからおれっちはまだライナと仲間だと思ってるし、それにおれっちの大切な弟分のライナがローランドに戻って苦しめられるなんて許せないさ~」

 思いがけないハイアの告白に、ライナは言葉が出なかった。

 「ライナ……」

 ライナがどう返事をしようかと迷っていたとき、耳元からフェリの声が聞こえた。気づけばライナの近くに念威端子がうかんでいる。そのことに気づかなかった自分自身に、ライナは驚いた。

 「明日には、レイフォンが帰ってきます。それに、直線で四日ほどの距離に反応があります。ですので、明日にはツェルニから出発してもらいます」

 そういうことですので、とフェリは言うと、念威端子は去っていった。

 「まあ、いますぐには決める必要はないさ。おれっちたちもまだ当分の間ここにいることになると思うしさ~」

 ハイアはそう言うと踵を返し、夜の闇に消えていく。
 ライナはハイアのうしろ姿を見ていることしかできなかった。









[29066] 伝説のレギオスの伝説29
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/06/15 21:24
 ライナは都市の外へ出て、ランドローラーで汚染物質で汚染された荒野を駆けていた。
 すでにツェルニを出て一日以上はすぎている。それでもまだ汚染獣の姿は見えない。
 フェリの予想では半日後には汚染獣の姿が見えてくるそうだ。
 そんな中で、ライナはツェルニを出る前にハイアとした会話が忘れられなかった。
 
 ライナを仲間だとはっきりと言ってくれた人はいままでにもいなかったわけではない。しかし、それでもそのような言葉を聞くたびに心が動きそうになる。

 ビオのときもしかり、三○七号特殊施設を出て行ったあの少女もしかり。
 だが、同時に恐くなる。ライナのことを、アルファ・スティグマのことを知ったらどう思うだろう。否、それを知らなくたって、相手がライナのことをどう思っているのかわからない。
 ほんとうはライナのことを恐れてるのかもしれない。ライナのことをいらないと思っているのかもしれない。ライナのことを利用しようとしか考えていないかもしれない。
 なによりライナが好きな人が、ライナのことをどうでもいいと思っていたり、逆に嫌いだったりしたと考えるだけで、心が痛む。
 ハイアだけではない。レイフォンだって、サミラヤだって、十七小隊のほかの隊員だって、ほんとうはどう思っているかわからない。

 相手が思っていることを聞くのがこわい。だからライナは寝ていたいのだ。ベットの中で。

 ――――でも……。

 ライナは思う。
 心地よいのだ。ツェルニでおくる学園生活が。
 ローランドでは決して感じることができない経験がライナの心に満ちていく。
 なにかに一生懸命になって、純粋な思いでがんばっている人たち。やりたいことがわからないからこそ、やりたいことを探している人たち。

 気づけばライナは、そういった人たちを近くで見たいと思った。ついには汚染獣とか関係なしに闘ってしまったのだ。
 おそらくライナのことが闘ったことに気づかなかった人がほとんどだろう。それでも闘った、という事実はライナの記憶から消すことはできない。

 ライナはそこまで考えて、ため息をつく。
 汚染物質で汚染された大地を太陽がライナごと照らしてくる。それでも、遮断スーツは通気性がいいからか、そこまで汗をかくとはなかった。

 不意に、視界が見えにくくなった。ライナはランドローラーを止め、回復を待つ。なかなか、回復しない。

 やはりフェリが限界に達したのだろうと、ライナは思う。
 ニーナがいなくなってから、フェリには休む時間がほとんどなかった。ライナとレイフォンが休んでいるときも、汚染獣の偵察をやめるわけにはいかない。
 むしろその時間こそ最もフェリが働かなければならない、と言っても過言ではないはずだ。
 しかたがないことではある。しかし、そのことがライナにはつらかった。

 レイフォンはどうしているだろう、とふと思う。怪我も治りきっていないというのに、ライナ以上に汚染獣のもとにむかっていた。
 止めようとしても話のひとつも聞かない以上、ライナにはどうしようもない。
 レイフォンが倒れないことをねがって、ライナは眼をとじる。ニーナはいま、どうしているのだろうか。無事であってほしいが。

 しばらく時間が経ったころに、性別を感じさせない機械的な声が念威端子から聞こえてくる。ライナは眼を開けるとふたたび視界がもどっていることに気づいた。

 「いまから、私があなたのサポートに移る、ライナ」
 「フェルマウスか……」

 ライナの脳裏に、フードとマントで体中を覆った人の姿を思い浮かべた。

 「はい」
 「で、なんで俺を助けようとすんの?」
 「学生会長殿に依頼されたのだ。学園会長殿の妹さんが倒れたのでな」

 やっぱりか、とライナは思った。気分は重くなるが、そんな場合ではない。

 「それで、あとどれくらいで汚染獣とあたるの?」
 「あと二時間もしないうちに見えてくるはずだ」

 ライナの予想に狂いはない。それならこのあたりでいまある武器の確認をするかと思い、ライナはランドローラーを降りる。
 安全装置を解除された紅玉錬金鋼に、なにかあったら使うかもしれないと林に隠していた鋼鉄錬金鋼。それに爆薬と閃光弾など小道具もある。並みの汚染獣なら、 そこまで苦労せずに倒せるはずだ。しかし――――。

 「ライナは老生体と闘ったことはあるのか」

 フェルマウスの声を聞いて、ライナはかすかに自分の顔がこわばるのがわかった。

 ――――老生体……。

 汚染獣の中でもより強力な強さを誇る固体。
 その強さは、千になろうかという数の幼生体をあっという間にすべて屠るレイフォンでさえ苦戦するほどだ。ライナとて簡単に勝てる相手ではない。

 「ま、なんとかなるんじゃない」

 ライナは言った。
 なんとかなるんじゃなくて、なんとかしなければならないのだが。しょうじき、めんどい。さっさと終わらせてベットに入って寝る、とライナは心に決めた。

 再びライナはランドローラーを跨ぎ、エンジンをかける。エンジンの低い独特の音が鳴りはじめ、前へ進みだした。

 まわりを見れば丘のようなものもあるが、このあたりは基本的に凹凸が少ない。
 そういった地形の状態も見渡していく。汚染獣と闘うことにおいて、ライナはそれほど熟知しているわけではない。だからこそ、すこしでも多くの情報が欲しい。

 「ライナ、昨日はハイアが迷惑かけたな」

 突然、フェルマウスが声をかけてきた。

 「ハイアにはきつく言ったから、あまり気にはするな」

 そして、と言葉を続ける。

 「私はそのことについては、なにも言わない。おまえの自由だ」

 フェルマウスはそう言ったきり、一言も発しなかった。






 ランドローラーを走らせること二時間、ようやく汚染獣の全貌が見えてきた。

 レイフォンが闘っているものを見たときより大きい。
 長い胴体に、四つの翅で汚染物質で汚染された空を羽ばたいていた。蛇のような眼の先に鋭い角のようなものが上のほうに突き出している。ふと、その角にライナは違和感を覚えた。

 見たかぎり、老生体の一期か二期のようではある。しかし老生体の二期からは固体ごとにちがう変化をするとはいえ、角が生えた程度の変化というのはおかしいと思う。とはいえ、前に見た老生体一期より大きいということは、二期なのだろうか。
 よくはわからないが、ほかにもなにかちがうところがある可能性は充分に考えられた。

 もうしばらく走っていると、汚染獣がライナのほうを見下ろし、汚染獣の瞳がライナを捉える。汚染獣の鋭い視線に、身体が凍りつくかと思った。
 その場でライナはランドローラーを降り、岩陰に隠す。腰にぶらさげていた紅玉錬金鋼を取り出し展開させて汚染獣のほうへ駆け出す。

 ――――絶対に、ツェルニにはむかわせない。

 ライナは思った。

 汚染獣もライナのほうにまっすぐ突き進んでくる。
 まっすぐ、とライナは疑問を抱いた。普通食糧である人を狙いに来るのなら、都市のほうに行くはずだ。そう思ったときには、もうローランド式化錬剄の射程圏内に汚染獣が入っていた。
 ふと、忌み破り追撃部隊のことを思い出したが、気にしたって仕方がないことだ。

 気にしている暇はない、とライナは立ち止まり、指を汚染獣のほうに突き立て、高速で模様を描くように腕を動かす。
 
 ――――ローランド式化錬剄。外力系衝剄の化錬変化、光燐(くうり)。

 化錬陣から放たれた光の槍が、汚染獣にむかって大空を一直線に伸びていく。
 しかし、光の槍は汚染獣が巨体をかすかにそらしたことで虚空のかなたに消えていった。
 偶然か、と思い四、五回光燐を放つが、すべて避けられる。せいぜい、胴体にかするぐらいだ。それもすぐに元に戻る。
 フェイントをまぜながら続けるが、あまり効果はなかった。

 徐々に、汚染獣の羽ばたく翅の音が近づく。風とともに威圧感も強くなってきた。
 ライナは、指先の動きをかすかに変える。

 ――――ローランド式化錬剄。外力系衝剄の化錬変化、紅蓮。

 化錬陣から飛び出したいくつもの炎の弾が汚染獣を襲う。汚染獣は軽く身体を捻り、軽やかに炎の弾を避けていく。
 汚染獣は吼えた。この程度のものでは自分には勝てはしない。そうライナをあざ笑うかのように。

 ライナは、汚染獣のほうへ走り出した。
 いまのままでは、剄の無駄にしかならない。それよりも近づいたほうがあたりやすくなる。同時に、危険性は高まるが。

 旋剄。徐々に近づいてくる汚染獣を、ライナはまっすぐ見た。
 ついに、汚染獣がライナを攻撃範囲におさめる。ライナを飲みこもうと巨大な口をあけ、急降下。
 ライナは連続で光燐を放つ。
 一撃も当たらなかったが、汚染獣はかわすために急転回をしてライナと距離をとった。

 ――――これで、確信した。

 やはりこいつは、ローランド式化錬剄を見切っている。
 一キルメル以上あるならまだしも、百メルもない距離で避けられるのだから、ほかに考えられない。

 なぜ見切られているのか。
 仮説はふたつ。すでにこの汚染獣がローランド式化錬剄が使える者と闘ったことがあるか、もともとローランド式化錬剄を見切ることができるように進化したか。

 どちらもおかしい考えだ。
 ローランドから遠いはずのツェルニにローランドと闘った汚染獣が来るということも考えにくいし、ローランド式化錬剄を見切るなどというピンポイントな能力を身につけるというのはご都合主義にもほどがある。
 しかしどちらが可能性が高いかというと、後者のほうだ。

 この汚染獣は、闘いをはじめてからライナのうしろにあるツェルニにすこしも興味を示していないのだ。最初からライナを襲うことしか考えていなかったかのように。

 この汚染獣はローランドにまつわるものを倒すために作られた、というひとつの仮説にたどり着く。
 なぜそんなものがローランドにむかわずにこんなところにいるのか。そもそも、そんなふうに汚染獣を改造できるのか、といったさまざまな疑問が浮かぶが、ほかにこの汚染獣の存在がいることが思いつかない。

 仮にこの仮説が正しいのなら、つまりライナさえいなければ、ツェルニはこの汚染獣に襲われる心配はなかったのだ。

 このことにライナは胸が痛んだが、そんな余裕などない。いまだに汚染獣はライナの前にいるのだ。
 ライナは左手に持った紅玉錬金鋼を強くにぎりしめる。絶望的な状況に押しつぶされないために。





 汚染獣と闘いはじめて三日が過ぎていた。
 ライナは、かすかに息が上がっていることに気づく。腹はすでに鳴ることさえできず、咽も渇き、身体中に汗が出ている。わずかだが、身体の動きが鈍くなっていた。
 それもそうだと思いながら、いまだ闘志の衰える様子のない汚染獣をライナは見た。

 光燐や紅蓮だけでなく、稲光や化錬陣から水を勢いよく放つ崩雨といったほかのローランド式化錬剄を使ってみたが、あまり結果はよくなかった。

 いよいよライナも焦りが隠しきれなくなってくる。三日闘っておきながら、たいしたダメージを与えられていないのだ。
 いまはなんとか闘えているし、あと三、四日は闘い続けるぐらいの活剄を練ることができるが、それ以上持久戦になったらさすがに死ぬ。ここまで闘えるようにしてくれたジェルメに感謝の思いを抱きながらもどうしたものか、とライナは思った。
 レイフォンが来てくれたら、こんな汚染獣ぐらいどうとでもできるのだが。

 「ライナ、後退しながら闘ってください」

 念威端子から一日前に復帰したフェリの声が聞こえた。ライナは若干不審に思いながらも、フェリの言うとおりに闘う。

 しかし汚染獣を倒す方法がないわけではない。気はすすまないが。

 単純にローランド式化錬剄以外の方法で闘うか、避けきれないほどの火力で押すのか、という二択だ。
 前者は幼生体はとにかく、正直あの硬い鱗を突破する技をライナはほとんど知らない。
 せいぜい、錬金鋼に電流を流したりすればある程度のダメージを与えることができるが、かなりの危険が伴う。それにいまからこの汚染獣を倒せる剄技を作りだす余裕などあるわけもない。

 問題は後者のほうだ。
 すなわちレイフォンが使った千斬閃を応用して、千人近くいるライナが一斉に化錬剄を放てばいい。
 そうすればさすがの汚染獣も、すべてよけることはできないだろう。

 しかし、問題がないわけではない。
 もしこの技が成功したとして、汚染獣が倒しきれなかったらどうするか。
 ライナの計算では、この技を放った場合、間違いなくライナの身体は動かなくなる。あとは汚染獣にとって絶好の餌にしかならない。

 ――――それに……。

 もし千斬閃が原因でアルファ・スティグマのことがばれてしまうかもしれないしな、とライナは思った。

 千斬閃はもともと、天剣授受者を何人も輩出しているグレンダンでも有名な武門であるルッケンス家の秘奥である千人衝の応用だとレイフォンが言っていた。
 そんな技を突然ライナが使ったら、不審に思われてもしかたがない。
 似たような技がローランドにある、といういいわけもできないわけではないが、それなら、なぜレイフォンと闘ったときに使わなかったのか、と思われるだろう。
 千人衝を使って化錬剄を放つ剄技があるなら、千人衝そのものがあると考えたほうがおかしくない。

 最悪、そこからアルファ・スティグマのことがばれるかもしれないのだ。

 確かによく考えてみればそんなことでばれる可能性がほとんどないことぐらいライナだってわかっている。しかしそれでも、レイフォンたちにだけはアルファ・スティグマのことを知られたくない。

 レイフォンたちに白い眼で見られることを考えるだけで、ライナは心臓がつぶれそうになるし、化け物と呼ばれることを想像するだけで、耳を塞ぎたくなる。
 ライナのことを好きにならなくたってべつにいい。そんなことを望んだってしかたないし、どうしようもないことだ。

 贅沢なんて言わない。だがすこしでもライナにわがままが許されるのなら――――

 この狂った世界のなかでも輝くあいつらといっしょのときを過ごしたい。

 それがいつまで続くかわからない。
 いまこの場で汚染獣に喰い殺されるかもしれないし、卒業まで続くかもしれない。
 だからそんな日々をすこしでも長く続けるために、ライナは闘おうと決めた。望んだことのない力を使ってでも。

 ライナは大きく口をあけて突進してくる汚染獣を、うしろへ旋剄を使い回避。なお追いかけてくる汚染獣に紅蓮を放つ。
 汚染獣は、炎の連弾を身体に浴びながらもダメージを受けたことを感じさせずまっすぐ突き進んでくる。

 「ライナッ!」

 フェリが念威端子から叫ぶ声が聞こえる。

 ライナは汚染獣のいままでにない予想外の行動に、驚きを隠せなかった。
 ライナ自身も疲労が蓄積しているのと同じように、汚染獣もまた疲れはじめているのだろう。
 これ以上体力を失ったら、汚染物質では腹を満たすことができない。そこで、多少傷ついてもいいから、汚染獣は勝負に出た、ということだろうか。いや、特攻をしたせいでダメージを受けたら本末転倒でしかないので、これ以上汚染獣がライナと闘うのがめんどうになったからかもしれない。

 光燐を連射。汚染獣の身体を削るも、すぐに元に戻る。翅にも頭の先の角にさえ、掠りもしなかった。

 あの角こそ、おそらくローランド式化錬剄を察知するものにちがいない、とライナは思っていた。
 かつて見た老生体とこの老生体の違いといえば、この角だ。角がレーダーのような役割をしているにちがいない。根拠もないし、ほかにも眼に見えないところに違いがあるかもしれないが。

 旋剄でうしろにさがって回避するが、思いのほかさがりきれない。
 いつもならなんとかかわしきれるはずの距離だが、思いのほか疲労がたまっている、ということなのか。

 汚染獣の巨大な口がライナのすぐ近くまで迫る。
 しかたない。そう思って千斬閃を発動しようとしたとき、ふと、いままでツェルニで過ごしてきた日々の映像がうかんできた。その刹那のときに近い隙が、致命的だった。

 避けきれない。もはや、千斬閃から化錬剄を使う時間は残されていなかった。
 だがそれでもこの距離ならば、さすがに化錬剄の連射をすべてよけきることはできまい。せめて、相打ちまでにもっていってみせる。

 「旋剄を使ってさがってください、ライナッ!」

 フェリの叫ぶ声と同時に糸のようなものが腹まわりに巻きつく感覚。化錬陣を描くのをやめ、ライナはフェリの言うままに旋剄。
 さっきより、距離が伸びる。というより腹まわりに巻きつかれた糸のようなものに引き寄せられていた。

 「大丈夫、ライナ」

 荒野にうまく着地するとともに、念威端子から一週間近くぶりに聞こえる男の声。その声を聞いたとたん、ライナは心が落ちつくのがわかった。

 「レイフォン、おまえ……」

 声の主……レイフォンは鋼糸をうまく使って、汚染獣を食い止めている。

 「言いたいことは沢山あるけど、いまは汚染獣を倒す」

 手に刀身のない複合錬金鋼をにぎり、レイフォンは答えた。
 汚染獣は鋼糸の網に捕らわれ、引きちぎろうと大地を蠢いている。しかし、その姿に力強さはかんじられない。
 ライナとの三日間の戦闘は、ライナ自身が思っている以上に汚染獣の体力を奪っていたようだ。だからこその突進だったのだろう。

 「ライナ、まだ闘える?」
 「もう疲れたから寝る、って言いたいけどそう言ったらあとでカリアンがこわいし、それだったらさっさとこいつを倒してツェルニに帰って寝たほうがいいしな」

 ライナも疲れてはいたが、ここまできたら闘うしかない。レイフォンに任せるにしてもレイフォンも連戦の疲れが取れていないはずだ。

 「長い時間はかけられない。首を落とすよ」

 レイフォンは言うと、跳ぶ。ライナもほぼ同時に駆けだした。
 ライナは光燐を放つ。汚染獣は避けようとするが、鋼糸が邪魔して身動きが取れない。かろうじて、首を横にずらすことで直撃をまぬがれるので精一杯の様子だ。
首から噴出す赤い血。大地を揺らすほど、巨体が暴れだす。
 汚染獣の首の傷が徐々にふさがっていくが見えた。そのぐらいの体力はあるようだ。

 ――――しかし、その傷を再生させはしない。

 ライナが汚染獣の注意を引いている間に、レイフォンは汚染獣に接近。鋼糸を傷口に入りこませ、内部から汚染獣の身体を蹂躙していく。
 暴れる汚染獣を気にすることなく、ライナは汚染獣の首もとにむけ光燐を放ち、風穴を開けていった。

 もはや汚染獣は虫の息。大空を我が物顔で羽ばたいていた姿はどこにも見えない。ライナをにらみつけてくる瞳も、力強さを感じることはなかった。

 穴だらけでろくに傷が癒えることもできない首もとに、レイフォンは鋼糸を解き剣の状態にもどした複合錬金鋼を振りかぶる。

 汚染獣はレイフォンを追いはらおうと翅を動かそうとする。その翅を、ライナが光燐で打ち落としていく。

 そして汚染獣はただなすすべもなく、首を断ち斬られるしかなかった。






 汚染獣の首が大地に落ちたのは、その身体が倒れたのとほぼ同時だった。上がなくなった首もとから血が噴出し、大地を赤く染めはじめる。

 「ふぁ~~つかれた~~」

 ライナは錬金鋼をもとに戻すと、あくびをしながら背筋を伸ばした。
 しかし、三日三晩闘ってもたいしたダメージを与えられなかった汚染獣相手に、レイフォンが加わったとたん、こんなにあっさりと勝ててよかったのだろうか、とライナは思った。まあいいか、と思いライナはレイフォンを見た。

 「ライナ……」

 そう言いながらぎこちない動きでレイフォンがライナのほうに近づいてくる。一応喧嘩中だからだろうか。

 「助かったよ、レイフォン」
 「あの……その……ごめん、ライナッ!」

 腰から上を地面に平行になるまで、レイフォンは頭を下げた。
 ライナはレイフォンの唐突な行動にしばらく呆然とレイフォンを見た。

 「ほんとうに、あのとき僕はどうかしてた。ライナだって試合にだって出て闘ってくれたんだし、ちゃんと隊長のサポートだっていってくれた」
 「……」
 「僕は……ライナなら大丈夫だと思ったんだ。
 僕の苦しさをわかってくれたライナなら、僕と闘って勝ったライナなら大丈夫だって」

 そんなわけないのにね、とレイフォンはため息をついた。

 「僕はただ、なんの根拠もない理想をライナに押しつけてただけなんだ。それなのに……」

 ごめん、とレイフォンは繰りかえした。

 レイフォンにそこまで思われていたということに、ライナは驚いた。

 「べつにいいって。それにおまえの言うとおり、俺がちゃんとしてればなんとかなったはずだし」

 そうライナが言ったとき、レイフォンの身体が跳ね起き、ライナのほうを見た。

 「ちがうよッ! そもそも僕がこんな提案さえしなければよかったんだ」
 「それだって、俺も賛成したんだから同罪だって」
 「いや、ちゃんと廃貴族のことを知ってさえいれば」

 二人は遮断スーツごしににらみ合い、しばらくして同時に噴出す。

 「あ~~やめやめ。疲れるだけだし、さっさと寝たいし」
 「うん。そうだね」

 気づけば、大地は夕日で赤く染まりつつあった。ライナたちの影も長くのびている。

 「それで、ニーナは?」

 あえて聞こうとしなかった質問をレイフォンにぶつけた。やはり最悪の事態も想定できるゆえに、その答えを聞くことがこわかったのだが、いつまでもさけられることではない。

 「隊長は……」

 言葉に、ライナはわずかだが鼓動がはやくなる。
 レイフォンは無表情のまま言葉を口にした。

 「無事、帰ってきたよ」
 「そっか」
 「それに、ツェルニも汚染獣から逃げるようになったしね」

 ライナは安堵のため息をついた。不安が取り除かれると、さらに眠くなってくる。

 「なあレイフォン、もう寝てもいいだろ、ていうか寝る」

 そう言ったとたん、ライナは崩れ落ちる。もう、ライナの身体は限界に近かったのだ。

 活剄の強化には反動がある。
 どれほど武芸者が人間離れの力が出せるといっても、普通の人と肉体は同じだ。無理をすれば身体への負荷は相当なものになる。
 これもまた、ニーナに武芸者もまた人間だ、と言った理由であるが。

 そんなライナをレイフォンは抱きささえた。

 「おやすみ……」

 レイフォンの言葉を聞きながら、ライナは睡魔に身を任せた。ひとつの決断を決めて。






 ライナは都市に帰りニーナの姿を見て、三日ほど休息をとったあと、ハイアの元を訪れた。

 大きな丸い月は雲ひとつ隠すこともなく、傭兵団の放浪バスの前に出てきたライナたちを見下ろしている。

 「お、ライナ。おれっちたちのところに来てくれるか」

 うれしそうにハイアは声を弾ませた。まあ、あわてんなと、ライナは言い、言葉を続けた。

 「今日は、この前の返事を答えに来たんだ」

 ライナはそこで言葉を切り、ハイアを見た。いつものようににたにたした笑みでライナを見ている。言ったらどうこの顔が変わるかな、とライナは思った。

 「やっぱさ、俺はここに残るよ。ここだと寝やすいし」

 ライナは、そう決断した。もうしばらく、ライナはツェルニの人々の姿を見ていたい。それが許されるそのときまで。

 「そっか……」

 思ったより、ハイアは残念そうに見えなかった。そのことにライナは疑問を抱きつつも、ハイアは言葉を続けていく。

 「なんとなくライナの顔を見てたらそう言うと思ったさ。まったく、おれっちの誘うを断るなんて薄情なやつさ」

 ハイアはにたにたした笑みではなく、やさしい笑みを浮かべていた。

 「ま、おれっちたちはまだツェルニに残り続けるから、いつでも待ってるさ」

 そう言って、ハイアは背をむけ、放浪バスのなかへ入っていく。

 「おい」

 ライナがそんなハイアに声をかけると、ハイアの足が止まった。

 「ありがとな。誘ってくれて」

 ライナの言葉に振りむくことなく、ハイアは鼻を鳴らし放浪バスの中へ入っていった。








[29066] 伝説のレギオスの伝説30
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/08/29 21:02
 ツェルニの暴走がおさまって一週間とすこし経つ。そのあいだ、ツェルニは平和だった。
 できごとといえばせいぜい、隊長たちが集まって紅白戦が行なわれていたぐらいだ。ニーナは十四番隊の隊長には勝ったものの第五番隊の隊長に負けてしまったが。

 そんな日々のなか、ライナはレイフォンたちに伴われ、錬武館にやってきていた。
 
 「いいのか、ライナ?」

 一緒に伴ってきていたナルキが言った。
 対抗戦が終ったからなのかいつもよりは静かな錬武館ではあるが、それでも十分にうるさい。

 「べつにいいけどさ。まあ、さっさと終らせて寝ることにしよう」

 そう言ってライナは、錬武館の扉に手をかけるレイフォンを見た。

 本来なら今日は小隊練習も生徒会も休みなのだ。

 ニーナは各小隊の隊長たちが参加する練武会に出ていて、シャーニッドは砲撃部隊の編成に呼び出されていて小隊練習に出られない。
 フェリさえも、念威操者同士の役割がどうのこうので来れないらしいのだ。
 ダルシェナはどうしているかライナはしらない。

 生徒会は、ここ最近ライナはずっと生徒会に出ているため今日は出なくていい、とカリアンが言った。
 戦争が近いはずなのでいろいろやるはずなのだが、生徒会の合宿も近いし、まあいいか、とライナは気にしないことにする。
 サミラヤの複雑な感情のこもった視線が若干こわかったが。

 だから本来、今日ライナは授業が終わったあとずっとベットに入って朝までぐっすり寝ている予定だった。予定が変更になったのは昨日の夜。
 寝る前にレイフォンと話をしていて、小隊練習も生徒会もないぜいやっほぅ、と言っていたら、レイフォンからひとつの提案があったのだ。ナルキに化錬剄を教えてあげてくれと。

 なんでそんなことを考えたんだ、とライナが聞くと、なんでもナルキの入隊試験のときに化錬剄を身につけたらおもしろいだろう、と思ったそうだ。

 確かにナルキは長身でありながら身軽で、さらに武器は取り縄と打棒というさまざまな攻撃法のあるふたつの武器を使う。
 そこに化錬剄が加われば、攻撃の手段はより多彩になることが容易に想像できた。

 最初のうちはライナも気分が乗らなかったが、汚染獣との闘いのときに助けられた借りがあるわけもあって、首を振ることはできなかった。まあ、人になにかを教えることは嫌いではない。
 そういったことで、ライナはレイフォンの提案を受け入れたのだ。
 場所については、話を盗み聞きされにくいことや実際に化錬剄を使うことを考えて錬武館ですることになった。

 錬武館の中に進み、だれもいない部屋に入る。

 「じゃ、まずは基本知識からやろっかな」
 「そこからなのか?」

 はじめから化錬剄の練習に入ると思ったのか、ナルキは意外そうな表情を浮かべる。

 「これをわかってるのとわかってないんじゃ使うのにも影響が出てくるしね」

 アルファ・スティグマを持っていれば話はべつだが。

 納得したのか、ナルキとレイフォンは適当に座りこみ、ライナのほうを見た。
 まわりから聞こえてくる訓練音を背景曲にして、ライナは口を開く。

 「レイフォン、おまえも座るのかよッ!」

 正直、ハーレイのところにナルキの錬金鋼の製作を依頼しに行ったときに自分の錬金鋼を頼まなかったので、レイフォンは適当に練習するのかとライナは思っていた。そんなことはなかったようだが。

 「僕も化錬剄のことをもっと知りたかったからね」

 にこにこしながら言うレイフォンを見て、ライナはため息をつきたくなった。
 もしかしてレイフォンは、ローランド式化錬剄を使ってみたくなったとか。まさかな、と思いながらライナは話を続ける。

 「まあ、いいや。それじゃはじめるかなぁ」
 「お願いする、ライナ。いや先生」

 ナルキの送ってくるまっすぐな視線に、ライナはたじろぎそうになる。

 「……めんどくさいからさっさとはじめるよ。
 剄は大きくわけて、外力系衝剄と内力系活剄のふたつになるってのは、当然わかってるよね」
 「あたりまえだろう、あたしたちを莫迦にしてるのか、ライナは」

 はやくも怪しいものを見るような視線を送ってくるナルキに、ライナは早くも心が折れそうになった。軽くため息をつく。

 「はぁ……この二種類の剄を変化させることで化錬剄になるわけなんだけど、なんで化錬剄が難しいといわれてるのか、ナルキはわかる?」
 「え、えっとそれは……剄を変化させるからか」
 「それじゃ言葉が足りない。普通の衝剄や活剄だって多かれ少なかれ剄を変化させるよ」

 ライナがそう言うと、ナルキは唸りはじめた。

 「剄の性質を変化させてるから難しいんだ」

 レイフォンが言った。ナルキははっとしたように顔を上げる。

 「僕はその基本ができてないから苦手なんだよね」
 「てかそれであの千斬閃を使えるってどんだけだよ。あれも化錬剄だろ」

 ライナもアルファ・スティグマで解析しただけだが、かなり複雑な剄の流れをしていた。

 「あれはそこまで化錬剄の基本に忠実じゃないから」

 レイフォンはルッケンス格闘術を習ったことがないらしい。
 それでも習得できるのは、技を使うときに起こる剄の流れを再現できるからだ。
 そして再現していく内に自分の技にしていくとレイフォンが前に言っていたが、アルファ・スティグマなしでそこまでできることに驚いた。アルファ・スティグマが異常なだけだが。

 これでライナが化錬剄を教えたらレイフォンには死角がなくなりそうだ。末恐ろしいが、ライナは気にしないことにしようと思った。

 「まあいいや。レイフォンの言葉につけくわえるなら、普通の衝剄とかを発動するときとはまったく違う変化をくわえなきゃならないから難しいんだ」

 通常、衝剄にしろ活剄にしろ、発動したい剄技に必要な剄の量を使う部位に送りこみ、そして外に放つか肉体へ作用させる、というふたつの工程を行なうことで剄技が発動する。
 化錬剄はこれに剄の質を変化させる、という過程をくわえることで発動できる剄技だ。

 そこまでライナが言ったとき、ナルキはなるほど、とうなずいた。

 「それでどうやったら剄の質を変化させるんだ」
 「剄を流すときにこれから起こそうとする現象を強く思念、つまりイメージするのがコツかな。その現象の大きさなり感触なり、性質とかいろいろ」

 剄の量などにもかかわってくるが、強く思念できればできるほど化錬剄は強くなる。そここそが化錬剄を覚える上で要になる。

 ライナがそう言うと、ナルキは眼を丸くした。

 「そんなことでいいのか……」
 「そんなことだよ」

 そんなことが普通ならとても大変なことなのだが。
 じゃ、いまから実演するから、とライナは言って紅玉錬金鋼を展開する。
 錬金鋼をナルキたちに見えるように前に突き出し、剣先にこぶし大の火の玉を作った。

 「これが化錬剄を使う上で基本中の基本の剄技」

 ものめずらしそうにナルキは火の玉を見ている。
 そんなナルキを見て、ライナはひとつ気になることを見つけた。

 「ナルキってさ、どのくらい強くなりたいの?」

 ナルキはライナを見た。

 「それは……」

 ナルキはぽつりぽつり語りだした。
 戦争の制度に疑問を持ったこと。それを親に話したら学園都市へ進学することを勧められたこと。いまは警察の仕事に憧れを抱いていること。

 ライナはナルキのを話を聞いて、すこし回転させることになれた頭で思考する。すぐにある程度の計画を立てた。

 「じゃあさ、この技を覚えるよりはこっちの技のほうがいいかな」

 ライナは火の玉を消し、刃先に青白い光が走り出す。それを見た瞬間、ナルキの眼が鋭くなった。

 「これが武器に電流を流す剄技。見たことあるよね」
 「幼生体と闘ったときのやつか」

 ライナはうなずく。

 「だがこれでは斬り味がよすぎるんじゃないか?」
 「ちゃんと電流を流す量を調節すれば大丈夫だよ。それにこれを応用して敵に電流流せば大抵それで倒せるし」

 身体に電撃を与えることで殺さずに相手を無力化できる剄技を覚えることは、警察を目指すのなら覚えて損はないはずだ。
 ライナ自身も電撃系の化錬剄である稲光が得意だった。

 「じゃ、さっさとはじめようか」
 「ちょっと、僕は?」

 レイフォンがあわてたように言った。

 「ってか、おまえ紅玉錬金鋼ないだろ。鍛錬できないじゃん」
 「あるよ、ここに」

 そう言ってレイフォンは錬金鋼をひとつ取り出し、復元した。紅玉錬金鋼の剣。

 「こんなこともあると思って、ハーレイ先輩に前もって作ってもらってたんだ」

 ライナはため息をついた。だから今日錬金鋼を作ってもらわなかったのか。

 「おまえってさ、やけに準備いいよな」
 「……もしかして僕に教えるのいや?」
 「いや、って言うかさ。そんなんじゃないって言うかさ」

 淋しそうな表情を浮かべるレイフォンに、ライナは息を吐いた。

 「わかったわかった。教えるって」
 「ありがとう、ライナ」

 うれしそうに笑うレイフォン。ライナはふと視線を感じた。

 「なんというか、ライナとレイフォン、二人前より仲良くなってないか?」
 「そうかな」
 「俺はよくわかんないけど」

 老生体との闘いのあとから、レイフォンは積極的にライナに話しかけてくるようになった。
 ライナとしてはそれほどいやというわけではないからそこまで気にはならない。
 休みの日に外へ遊びに誘おうとさえしなければなおいいのだが。

 「それはとにかくさ、レイフォンはとりあえず火の玉を作る練習をすればいいんじゃないか。
 あれができるようになればレイフォンだったらほかの化錬剄もあっさりと覚えそうだし」
 「わかったよ」

 レイフォンはどこか残念そうに言い、剣をかまえた。
 千人衝が使えるぐらいなのだが、レイフォン自身が化錬剄の基礎ができていないと言っている以上、基本からはじめるべきだろう。

 「ナルキもさっさとはじめようぜ」

 不審感のこもった視線を気にせずライナは言った。しぶしぶナルキは錬金鋼を展開する。握り慣れていない複合錬金鋼を応用したという打棒を身体の前に持っていく。
 そのまましばらく、ナルキは同じ態勢を保ち続けた。しかしいっこうに電流が刀身を走るようすはない。
 先にレイフォンの剣先に火が灯る。

 「できたよ、ライナ。次はどうすればいい?」 
 「次はそのできた火を手で囲うぐらいの大きさまで大きくする。そこまでできたらライターと同じぐらい小さくする。それもできたら、火の色を変える。火は燃えるものや酸素の量とかによって色が違うからいろいろと変化させられるんだ」

 このさまざまな変化をできることこそが、化錬剄においてこの剄技をはじめにならう理由である。
 変化させることに馴れさせることでほかの化錬剄を覚えさせやすくなるのだ。

 ナルキに電流を流す化錬剄をはじめにさせた理由は、ナルキが覚えるべき化錬剄が少ないと思ったからだ。
 単純に考えて、ナルキが使う化錬剄は電撃系の化錬剄と化錬剄の残像や武器などを長くするぐらいなものだろう。わざわざ遠回りする必要もないはずだ。

 「わかったよ、ライナ」

 そう言ってレイフォンは剣先に集中した。
 十分ほどするとライナの眼にもわかるほど火の玉は大きくなっていく。

 ――――やはりレイフォンは器用だ。

 ライナは思った。
 火を灯すだけでもはやい人だと半日はかかるはずだ。それから大きくしたり小さくしたり、といったことをするのに三日。色まで変えるとなると、それ以上に時間がかかる。
 千斬閃を使えるぐらいだからあっさりとできるようになるとライナは思っていたが。

 「なあ、ライナ。ぜんぜんできないんだが」

 ナルキが渋い顔をして言った。打棒を持った腕も下りている。

 「そんな簡単にできたら、苦労しないって」

 正直なところ化錬剄で電流を流すのは、正直火を灯すよりは難しい。
 本来なら縄を長くしたりしたほうが簡単なのだが、いまからべつの技に変える、と言うもの中途半端になるだけだ。

 「まあ、それもそうなんだが……」

 そう言ってナルキはレイフォンのほうを横目で見る。レイフォンの火はすでに手で囲うぐらいの大きさになっていた。 
 
 「あれは反則だから」

 なぐさめるようにライナは言った。いろんな意味でレイフォンがおかしいのだ。

 「わかった」

 そう言ってナルキは錬金鋼を前に構えた。

 いきなりこの剄技は難しかったかな、とライナは思った。
 ライナはアルファ・スティグマがあるため化錬剄を覚えることができない、という感覚がよくわからない。
 とはいえ教えるとなれば、相手にとってはライナの都合などどうでもいいはずだ。ましてや、アルファ・スティグマのことを秘密にしているからには。次はちゃんと考えてやろうとライナは思った。

 「まあ、あわてなくていいって。ゆっくりすこしずつやればできると思うから」
 「そうだよ、ナッキ。あわてたらできるものもできないよ」

 レイフォンが言うと、ナルキはため息をついた。

 結局この日、ナルキは覚えることができないまま時間が過ぎていき、錬武館の閉館時間が刻一刻と近づいてきた。

 「なあ、もうそろそろ帰らない。さっさとベットに入ってすぐにでも寝たいんだけど」
 「まだだ、まだあたしはやれる」
 「でもさぁ……」

 思いのほかに強情なナルキにライナは頭をかかえたくなった。
 すでに炎の色を変える段階に入っているレイフォンに負けず嫌いがでてきたらしい。俺はぜんぜんナルキのことを知らないのだな、とライナは思った。

 「まあ、ライナ。もうすこし時間があるんだから」
 「はぁめんどいなぁ~~」

 ライナはナルキを見た。
 ナルキの表情には疲れの色が隠せない。ずっと剄を錬金鋼に流したままなのだから当然だが。
 しかしこれほどの時間ずっと鍛錬しているのだから、もうそろそろ変化のひとつあってもいい。

 そう思い、ライナはナルキたちに気づかれないように瞳に朱の五方星を浮かび上がらせ、錬金鋼に注目する。

 錬金鋼に剄が集まり、変化しよう動いていた。それをコントロールしようとナルキの腕に力が入る。

 思っていたより成長していることにライナは感心しているとき、ナルキが持っている錬金鋼に、一筋の青白い光が走った。

 「やった……」

 ナルキはそう言ったあと、気が抜けたのかそのまま崩れ落ちる。
 とっさにライナはナルキのそばに近寄って抱きかかえた。

 「ラ、ライナ」
 「まったく、これだからとめたのに……」
 「大丈夫、ナッキ」
 
 レイフォンが近寄ってくる。
 アルファ・スティグマを発動させていることを思い出し、あわててアルファ・スティグマを止めた。いまさらながら、こんなことでアルファ・スティグマを使うことになるとはライナ自身信じられない。
 ばれたらすべてが終ってしまう以上、もっと気をつけないと。

 「大丈夫だ。ちょっと疲れただけ」

 そう言ってライナの腕から離れようとするナルキをライナは抑えた。はずかしさからかナルキの褐色の頬が赤く染まる。

 「な、なななななな」
 「立つだけで限界だろ、無理するなって」

 慣れていないことを何時間も休むことなくやり続けていたのだ。
 たいして動いていないとはいえ、何時間も同じ態勢でいることもかなり体力を消耗するうえに相当な剄を使っている以上、身体を動かすのも難儀だろう。

 ライナはそう言うと、抱えているナルキを背負うかたちに変えた。背中で暴れるナルキだが、力が弱い。小さな二つのやわらかいものがライナの背中に密着しているのがすこし気になるが。

 「ちょ、ちょっと待てライナッ! なにやってるんだッ!」
 「はぁ……じゃあレイフォン。俺はナルキを寮に送ってくるから、先に帰ってくれないか」
 「いいの、ナッキを任せて」
 「だってさ、おまえがさっさと帰ってご飯作ってくれないと、俺困るし」
 「あたしの話を、聞け」

 背中から聞こえてくるナルキのあせった声。仕方なくライナはナルキのほうに意識をむけた。

 「だからなんでライナがあたしを背負って帰ることになっているんだ。あたしはひとりで立ってられる」
 「無理だって。それぐらい見ればわかるし」
 「むぅ……。だが、それなら保健室で休めばいいだろう。少しすれば歩いて帰れるぐらいにはなる」
 「いやだって俺さっさと帰ってベットに入りたいし」
 「そ、そうだ、あたし汗くさいだろ。シャワーを浴びないと」
 「そんなに動いてないから汗なんかかかないって」

 それにうしろから漂ってくるにおいは、そんなにわるいものではない。
 ナルキの反論を聞き流し、ライナは扉のほうに歩き出す。レイフォンも並び、外へ出た。

 「じゃあ、先に帰ってる。腕によりをかけて作るから、夜ご飯は楽しみにしてて」
 「あぁ、楽しみにしてるからなぁ」

 ライナが言うと、レイフォンは走りさっていった。ライナもナルキたちの寮のほうへ足をむけ、歩き出す。

 さっきから、一言もナルキは口を開かない。正直、ライナもやりづらいのだが、なにを言っていいのかわからなかった。
 錬武館を出るまで気にしなかった。しかしいまはナルキの身体と密着している部分が熱を帯びている気がする。背中でナルキの心臓の鼓動が、ライナの心臓をはやくしていく。
 武芸者だから鍛えていると思ったけど、女性特有のやわらかさというものは、けっして失われないものだな、とライナは思った。
 不思議な空気だ。はずかしいような、くすぐったいような。しかしけっしていやではない。
 そんなライナたちを、沈みかけた陽がやさしく照らしてくる。

 「ライナは……」

 このなんともいえない空気の中で、ようやくナルキは口を開いた。

 「ライナは恥ずかしくないのか。あたしを背負って帰ることに」

 ようやくナルキが背負われてかえることを嫌がっていた理由をライナはわかった。
 いままではナルキの体調のことばかり考えていただけに盲点だ、と思う。

 「いやか。いやだったら、いそいで帰るけど」
 「保健室に行くっていうことは思わないのかッ!」
 「だぁからそんなのめんどいって言ってるだろ」
 「それだったら、あたしを残して帰ればいいだろう」
 「それでナルキになにかあったら、あとでめんどいからなぁ」

 ミィフィたちに怒られて、レイフォンの飯が食えなくなるのが眼に見えている。 それに掃除や洗濯もしてもらえなくなると、すごくめんどい。

 「……まったく、おまえときたら」

 あきれたようにナルキはため息をつく。
 とはいえ、ライナが歩いているとおりはそれほど人通りが多いわけではない。

 「だったらさ、殺剄すればいいじゃん。そうすれば気づかれなくなるし」
 「むぅ……」

 恥ずかしそうに言うナルキにライナは、めんどくさいなぁ、と思いため息を洩らした。

 「じゃ、人がいない道をとおるかな」

 そう言って、ライナは気配を探った。
 ナルキの住んでいる寮はなんとなくわかっているし、あとは人がいない道を選んで進めばなんとかなるだろう。
 交差路に行き当たったところでいったん立ち止まり、ライナは人がいないだろうと思う右に折れた。

 「おいそっちは違うぞ」
 「大丈夫だって、場所がわかってるんだから、方向さえわかってればたどり着けるはず」
 「ほんとうか?」

 心配そうに聞いてくるナルキに、大丈夫大丈夫とライナは笑って語りかける。

 「それにいざとなったら、どこか高いところに行けばなんとかなるし」
 「そんな適当でいいわけあるかッ!」

 耳元で怒鳴らないでほしいとライナは思うのだった。

 「静かにしろって。人に気づかれるぞ」
 「す、すまない」

 ナルキは一度咳きこみ、呼吸を整える。
 
 「……ライナは殺剄が得意なのか?」
 「まあ、餓鬼のころに徹底的に鍛えられたからいやでもできるようになるよ」
 「ライナは……どんな風に鍛えてたんだ」
 「俺? そうだなぁ~~」

 そう言って、ライナは黒く染まっていく空を見た。

 「俺が孤児だったって話はしたよな。そこで死ぬかと思うぐらい鍛えれれたなぁ」
  
 そこで師であるジュルメと幼馴染ふたりにあったこと。そして自由時間が二時間しかなかったこと。いつの間にか歩きながら寝られるようになっていたこと。
 一月後の総当たり戦で幼馴染ふたりに瞬殺され自由時間が十五分に削られたこと。それからの一ヶ月間、一日一回は死を覚悟しなければならなかったこと。
 そして次の月で幼馴染ふたりになんとか勝てたものの、勝ち方がジュルメを振った男のようだというわけのわからない理由で自由時間が増えなかった、などという話を聞かせた。

 「そ、そうか、大変、だったんだな……」

 信じられないもの聞いた、というようにナルキは言った。

 「あいつら、いまいったいなにやってるんだろうなぁ」

 懐かしむようにライナは言った。夜風がライナをかすかになでる。心地いいものだと、ライナは思った。

 「……知らないのか。幼馴染たちのこと」
 「あぁ」
 「なにが、あったんだ?」
 「まぁ、いろいろあったんだよ」
 「それは、教えてくれないのか?」

 ナルキの問いをライナは答えずに前を見た。ここから先は知らなくてもいい。いや、ナルキならなおさら知らないほうがいいだろう。

 ライナがジェルメ・クレイスロール訓練施設にいたのが、たった一年だけだった。その一年の最後、ライナたち三人はひとりになるまで殺しあわされることになっていたのだ。
 ジェルメはそうさせないために三人を逃がす計画をたて、ライナたちに打ち明けてくれた。
 そのとき襲ってきたのだ。ラッヘン・ミラーが。
 そしてライナたちはミラーにあっという間に倒され、起きたらミラーが味方になっていた。

 ライナには意味がわからなかった。ミラーの話を聞くと、ライナたちを襲ってきた貴族をだましていたらしい。
 ミラーがなにを考えているかよくわからなかったが、とりあえずライナが勝ち残ったというようにして、幼馴染ふたりは都市の外へ出ることができたのだ。
 あとでライナを都市外に出ることになっていたし、誘いもあった。しかし、ライナはいろいろなことがありその提案を断ったのだ。

 「なあライナ……」

 ナルキが真剣そうに口を開いた。

 「隊長になにがあったんだ。おまえは知らないか」

 唐突なナルキな言葉。気になっていてもおかしくはないな、とライナは思う。聞きやすいように雑談から入ろうしたのだろう。

 「さあなぁ。俺が知ってるわけないだろ」
 「ほんとうか。あのとき最後に見たのはおまえだろう、ライナ」
 「だぁからあのとき俺は気絶してたんだからわかるわけないって」

 ライナが気絶したあと、ニーナが言うにはツェルニにいなかったらしい。
 らしい、というのはニーナがそのときのことを詳しく話してくれないからだ。カリアンにすら話していないことは、カリアン自身がライナに聞いてくるのだから間違いない。

 「あたしはあのとき隊長になにがあったか、知りたい。どうしても気になるんだ」
 「……べつに知らなくてもいいんじゃないか。ニーナがああ言うからには、きっとすげぇめんどいことがあるに決まってるし」
 
 あの頑固なニーナから隠しごとを聞きだすのは、かなり骨が折れるだろうことぐらいわかりきっている。

 「……そうかもしれないが」
 「誰にだってさ、知られたくないことはあるし。それに俺じゃどうすることもできないのは、間違いないことだからな」

 ニーナのことは心配だが、深く踏みこむのはまたべつの話だ。

 「それに、隊長のことだけじゃない。ライナ、おまえのことももっと知りたいんだ」
 「は……」
 「おまえがあたしに昔のことを教えてくれて、うれしかった。あれだけ重い過去を話してくれるんだから、信頼してくれているんだなって思えた。
でも幼馴染たちのことを教えてくれないのが、あたしは悔しい」
 「いや、そんなこと言われてもなぁ……」

 わけのわからないことを言い出したナルキにライナは戸惑った。

 「いますぐとは言わない。ライナが言わないのは、なにかあるんだと思う。
 でもいつかは聞きたいんだ、そのときおまえと幼馴染たちになにがあったのか。
 いやそれだけじゃない。いままでにもライナにはいろんなことがあったんだと思う。すべてとは言わないが、おまえのことをひとつでも多くあたしは知りたい」

 ナルキの思いに、ライナは眼が乾いていくのを感じた。
 気づけば、ナルキたちの寮が見えてきた。

 「ここで降ろしてくれ、ライナ」
 「いいのか? べつに部屋まで送ってもいいけど」
 「さすがにあの二人に見つかるのはまずい」

 そう言われて、ライナの脳裏にミィフィとメイシェンの顔が浮かぶ。メイシェンはとにかく、ミィフィにばれるとあとでめんどうなことになりそうだ。

 「それにしばらく休んだから、あたしの部屋まで歩いて帰れるぐらいの体力はもどった」

 すこし元気を取りもどしたような声でナルキは言った。
 寮も眼の前だし、へんなことにならないだろう、と思いナルキを降ろす。

 「今日は、ほんとうにありがとな、ライナ」
 「べつにいいって。そんなの」
 「じゃ、じゃあ、また明日だな」

 顔を真赤に染めて言うナルキ。

 「あぁ、また明日」

 ライナがそう言うと、ナルキはたどたどしい足どりで寮にむかった。ライナはナルキが寮に入るまでまっすぐ見ていた。
 ナルキが寮に入ったあと、ライナはため息をつく。

 ――――ナルキ・ゲルニをビオ・メンテの面影を重ねている。

 肌の色も口調も、なにより性格が違う。それでも短く整えられた赤い髪が、どうしてもビオを思い出させるのだ。

 もしもビオがなんのしがらみもなく学園都市に来れたら、ナルキみたいに友達と遊んだり、いろんなことをやれたかもしれない。やりたい仕事を見つけてそれにむかってまっすぐにその道に進めたかもしれない。

 そこまで考えて、ライナは首を振る。
 ただ、むなしいだけだ。それにこんなことを思っている時点で、ビオにもナルキにも悪い。

 ライナはため息をついて自分の寮へ足をむけ、歩き出す。今日の夕食を楽しみにしながら。






 ――――なんであんな恥ずかしいことを言ったんだ。
 
 ナルキは寮に帰りシャワーを浴びたあと、ミィフィに疲れたから休む、と言ったあとベットに顔を埋めながら思った。顔が熱い。おそらくナルキの顔は真っ赤になっているだろう。
 自分のことながら、かなりへんなことを言ったものだ、とナルキは思った。勢いのままライナに言ったが、もしかすると愛の告白のようなものだと思われたかもしれない。

 しかしライナのことをもっと知りたいと思ったことは、間違いなかった。

 レイフォンの見舞いに行ったあの日、ライナに聞いた過去、孤児となり特殊な孤児院に入れられ、へんな部隊に入り、任務を失敗してばかりいるライナは拷問を加えられ、やがてローランド最高の化錬剄使いと呼ばれるようになったこと。
 そのどれもが、ナルキがライナと同じ立場だったら二度と思い出したくないようなことばかりだ。

 そして今日聞いた孤児院時代の鍛錬という名の虐待行為。ナルキだったら、とても耐えられるものではなかったはずだ。
 それでもライナは孤児院時代を懐かしむようにナルキに語ったのだ。
 ライナは話していないことも含めれば、どれほどの凄惨な過去だったのだろうか。ナルキは想像さえできない。

 これが、フォーメッド課長の言っていたライナの闇なのか。まさしく底の見えない穴。終わりが見えない。どこまでも拡がっているような気さえナルキはした。
 課長は秘密を穴ぐらだとも言っていた。浅ければ穴をすこし覗けば見えるが、深ければその奥にあるものを見たければ穴に入るしかないと。
 ライナの過去も同じものである。それも底がうかがい知れないほどのものだ。むしろ底があるかどうかさえ怪しい。

 しかし知ってしまったのだ。ライナの過去の一部を。
 その一部でさえ、ナルキの想像さえしたことのない世界だった。あまりに重い過去に、ほかの人なら必死に忘れようとしたかもしれない。
 ライナもきっとそうしても別になにも言わないと思う。ライナは過去のことを話すときかなり慎重になっていたのだから。

 ライナの過去を聞いた日には、夢を見た。ナルキが孤児になって、変な孤児院に入れられる夢。そして死んだほうがましなほどの調練を毎日繰り返す。
 誰も助けてくれない。みんな自分のことで必死だった。次々に仲間が死んでいく。最後に、あっけなくナルキは死んだ。

 眼が醒めたとき、ナルキは体中が震えていた。夢のことを想像しただけで、気が狂いそうになった。

 それでもナルキは、聞かなかったことにすることなどできない。ライナだって、これ以上のつらい過去を持っているかもしれないのだ。ナルキだって、負けるわけにはいかない。

 そしてライナがツェルニにいる間は、幸せになって欲しい。
 もういいと思うのだ。ライナが苦しむのは。
 ほかの学生みたいにいろいろ遊んだり、友達と話したり、バイトしたりすればいいのだ。

 今度の休み、ライナを誘って遊びに行こうと、ナルキは思った。きっとライナは嫌がるかもしれない。
 でも、ライナに見て欲しい。この都市にはライナが知らないたくさん楽しいことがあるのだと。ナルキ自身も知らないことが沢山あるにちがいない。
 ライナと一緒に、ナルキもツェルニのことを知っていけたらそれはそれでいいとナルキは思った。

 一緒に遊びに行くとして、二人で行っていいのだろうか。
 こういった情報を多く知っているのはミィフィだが、大事になりそうですこし怖い。べつにデートというわけではないのだ。ただ、遊び行くだけ。

 「そう。べつにデートじゃないんだ。遊びに行くのはそもそも二人じゃなくたっていいんだ」

 自分に言い聞かせるようにナルキは言った。
 それにミィフィとメイシェンと一緒に行けば、結局いつもと同じように三人で話しこんでしまうかもしれない。
 ほかに一緒に行くとすれば、十七小隊のメンバーの誰か。ナルキが一番はじめに頭に思い浮かんだのは、レイフォンだった。

 レイフォンなら、ライナと一緒に遊んでもおかしいところはどこにもない。
 同じ寮の部屋で、一緒の教室。さらには一緒の部隊で今日二人の様子を見ていても仲はよさそうに見える。すこし前まで喧嘩していたとは思えないほどだ。
 しかしそれならナルキがいないほうが話がはずみそうな気がした。それかナルキとレイフォンばかり話してライナが退屈するか。

 ほかのニーナ、フェリ、シャーニッド、ダルシェナ、ハーレイと考えてみたが、どう考えてもあまりいい結果になりそうになかった。
 いちばんましそうなのはシャーニッドだったが、おそらくナルキとばかり喋るにちがいない。

 いっそのこと十七小隊全員で行くという手もある。
 そうなった場合おそらくニーナとフェリがレイフォンを取り合い、シャーニッドがダルシェナにちょっかいをかけるだろう。
 そうなれば必然的にライナはナルキが話しかけることになるはずだ。ハーレイは…………時々ニーナと話すと思う、きっと。
 案外いいのではないか、とナルキは思った。
 適当に映画を見に行くなり、食事に行くなり場所だっていくらでもあるし、一番隊に勝ったとか適当に理由もつけられる。

 ――――しかし、結局ライナと一緒に行動するのか。

 ナルキは思う。だからなんだというわけではないが。
 そもそもナルキの好みは、フォーメッド課長のように仕事に一途で、真剣にがんばっていている人だ。
 ライナにはまったく当てはまらない。いまこうやってがんばっているのも、あくまでライナの境遇に同情したからだ。それ以外のなにものでもない。

 でもライナの背中は大きかったな、とナルキは思う。
 幼生体との闘いのときに見たあの背中を触れることができたのだ。
 その大きな背中に、ナルキは子供のころにもどったような錯覚に陥った。まるで父親に背負われているような、大きな安心感。

 だからといってライナの評価に影響するわけもない、とナルキが思ったとき扉のむこうからメイシェンの夕ご飯を知らせる声が聞こえてきた。
 用意しなくてはと思ったとき、ふとひとつの考えが頭をよぎる。遊びに行ったとき、弁当でも作って渡せばライナはよろこぶのではないか。

 しかしライナはメイシェンがいつも昼食に弁当を渡してもらっているし、レイフォンの手料理を毎日のように食べているのだ。いまさらナルキの料理程度でよろこぶわけもないだろう。

 ため息をつき、ナルキはメイシェンたちのもとへむかった。








[29066] 伝説のレギオスの伝説31
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2013/09/03 21:42
 教室の倍近い広い会議室でライナもふくめ一、二年の雑用や学級委員が押しこまれ、生徒会の作業をしていた。
 作業そのものはそれほど難しくはない。ただ、非常用訓練のしおりのプリントをホッチキスでとめるだけである。それが一メルちかくにまで積みあがった紙が二五も六つもなければいなければの話だったが。
 はじめその光景を見たとき、ライナは徹夜を覚悟したものだ。

 これもいつものことだが、すべてカリアン・ロスっていう大悪魔生徒会長の仕業だ。

 サミラヤの話では二年に一度の恒例行事らしい。しかもこれだけの量に対して、人数はこの部屋にいるものだけでやるのだという。そのうえ使うのは電動ホッチキスではなく、普通のホッチキス。
 本来ならほかにもこの作業をする人がいるらしいのだが、今年は金がないためいつもなら夜食の料理など用意してもらうところに人数を割いていたりしているため、人がいないとのことだ。
 ライナはため息をつくしなかった。

 「ほら、手をとめない。あとが詰まってるんだからテキパキやる」

 うしろで待っているサミラヤが言う。いつものようにライナの目付け役だ。

 「まだぜんぜんあるじゃん。だからもう帰って寝てもいいよね」

 紙の塔は、いまだ半分にも到達していない。おそらく夕食後もやらないといけないのだろうと思うと、ライナはそれだけで眠くなってくる。

 「だからの使いかたがぜったい変だよ、ライナ」
 「そんなことはないって。サミラヤの気のせいだろ」
 「そんなのぜったいおかしいよッ!」
 「あの~~」

 サミラヤと言い争っていると、サミラヤのうしろから、低い男の声が聞こえてきた。

 「夫婦漫才はいいんで、はやく続きをやってもらえないでしょうか、サミラヤ先輩、ライナ君」
 「ごめんなさい。ほらライナ、さっさと続きをやりなさい……って、べつにわたしたちは夫婦なんかじゃないわよッ!」

 サミラヤののりつっこみが、会議室中に響きわたった。





 作業も一段落したところでサミラヤが昼ごはんの指示を出した。昼ごはんは経費削減のため、各自の持ちこみである。
 そしてライナはサミラヤとむかい合って弁当をひろげた。

 「まったく、夫婦ってなによ夫婦って」

 サミラヤは怒りを隠そうとせず、菓子パンの入ったビニールを乱暴に破り、菓子パンを口に運ぶ。

 「……まったく、もう……」

 ぼそぼそとなにか言うサミラヤを横目に、ライナは弁当箱を開けた。色鮮やかなサンドイッチである。どれも丁寧に弁当箱につめられていた。

 「どれどれ、ライナ君のは愛妻弁当なのかな」
 
 ライナの弁当をのぞきこむように女生徒が言った。彼女はライナのクラスのクラス委員である。とはいえ、いままで話したことがなかったので、ライナはすこし驚いた。
 かすかに腰まで伸びる蒼い色の髪がライナの頬を掠める。そこから甘い、いい匂いがただよってきた。

 「いや、これはレイフォンの作ったやつだけど」
 「えッ! これ、レイフォン君が作った弁当なのッ!?」

 女生徒の驚いた声に、周囲の眼がライナたちにむけられる。

 「そ~だけど」
 「え、確かにレイフォン君とライナ君は同じ部屋に住んでるって聞いてたし、昼も一緒に食べてるのを見てたけど、どうして弁当まで……」
 「合宿で昼めし持ちこみだって言ったら、作ってくれることになった」

 ま、夜はいつも作ってくれるけどな、とライナが言うと、女性とはさらに驚きの声を発した。

 「どれだけなのよ」
 「レイフォンの飯はうまいしな。でも同じもんがしばらく続くのは、ちょっとなぁ」
 「ちょっとなぁ、ってライナ君はどれだけ贅沢なのよッ!」

 顔を近づけてきた女学生に、ライナは背を反らせた。

 「あの十七小隊期待のエースにして武芸科最強のアタッカーのレイフォン君の手料理を毎日食べられるなんて、こんな幸運、ツェルニにはほかにないわよッ!」

 いつの間にかまわりに来ていた全員が大きくうなずく。

 「大体ね、レイフォン君はライナに甘すぎるのよ。もっとびしばしやらないと六年間ずっとこんな感じになるわよ、まったく」

 サミラヤはぶつぶつと言ってるばかりで、ライナを助けしようとしない。

 「と言ってもさ~~」
 「反省してるなら、ひとつわたしによこしなさい」

 そう言って女性とは弁当箱からサンドイッチひとつつかむと口に運んだ。

 「ほんとうにおいしい」

 女生徒がそう言ったのを境目に、ライナのまわりから腕が伸びていき、ライナの弁当箱があっという間になくなっていった。
 ライナが食べようとしたときにはすでに中は空になっている。

 「うぅ……俺の昼めし……」

 ライナは肩を落とした。女生徒にはあんなふうに言ったが、ライナはレイフォンの料理に不満はない。毎日楽しみにしているぐらいだ。

 「元気出してよライナ。これあげるからね」

 そう言ってサミラヤはライナにまだ手につけていないか菓子パンを渡してきた。
 さんきゅと言ってライナは受け取り、口に運ぶ。チョコのにがさと甘さのバランスがいい。パンのかすかな塩分が味を引き締めている。
 サミラヤのこういったやさしさは好きだ。これでサミラヤもライナのサンドイッチをとっていなければなおいいのだが。

 「あはは……ごめんね、ライナ君」

 さすがに不憫だと思ったのか、頭をかきながら女生徒は謝ってくる。ライナはため息をつく。

 「あはは、じゃないって、ホント」
 「ほんとごめんって。お詫びにわたしのもわけてあげるからさ」
 「お、いいのか」
 「いいっていいって。というよりそうしないとわたしも申しわけないし」
 「わたしのはないの?」

 サミラヤが会話に入ってくる。すでに持ってきたパンをすべて食べ終えたようだ。

 「いいですよ。自信の一品ですのでぜひ食べてください」
 「ホント? ありがとーーッ!」

 うれしそうに言うサミラヤを見て、女生徒はライナの隣に腰を降ろす。弁当のふたを開けると、そこには色とりどりの野菜で満ちていた。

 「って、野菜しかないじゃねぇかッ!」
 「わたしいまダイエット中でさぁ、昼は野菜しか食べないことにしてるんだ」
 「わ、わたしやっぱいい……」

 気落ちしたようにサミラヤは肩を落とす。

 「それで俺のサンドイッチ食ったのかよ」

 食べたのがよりにもよってもチーズやハムとか入っていたのだったし。

 「ノンノン。レイフォン君お手製のサンドイッチはべつ。それ食べる機会を逃しちゃったら、次がいつ来るかわかんないわよ」
 「そんなもんかねぇ……」
 「そんなもんだよ」

 そんなものなのか、とライナは納得するしかなかった。
 まあ、いいやとライナは女生徒の弁当箱の中の野菜へ手でつかみ、口にはこんだ。葉野菜のしゃきしゃきした歯ごたえとともに、野菜特有の優しい甘さが口全体に広がっていく。
 かすかに塩味がきいている程度の味つけだというのに。これが野菜本来の味だというのか、とライナは驚いた。

 「うまいな、これ」
 「でしょ。わたし料理だけは得意なんだ」

 適当な雑談をしながら、女生徒の作ったサラダを食べる。
 食べ終わり弁当箱を片づけた女生徒は落ちこむように視線を落とす。しかしすぐに視線をライナのほうにむけた。

 「……いままでごめんね、ライナ君。ずっと、腫れ物扱いしていて」

 かすかに潤んでいる女生徒の青い瞳からライナはすこし眼をそらした。

 「……なんだよ、突然」
 「いつか言おうと思っていて、けどあとになるともっと言いにくくなるから、いま言おうと思った」

 ――――ゴメン。

 再びそう言って、女生徒は頭を下げる。

 「いや、あのさ。言いたいことはいろいろあるけど、なんでいまさら」
 「それは……その……」

 そう言って女生徒はライナとサミラヤを交互に流し見る。

 「サミラヤさんとの二人のふ、いえ漫才を見てると莫迦みたいに思えてきて……」
 「え~~」

 女生徒のわけのわからない言葉にライナは肩の力が抜けた。

 「それで、これから教室で話しかけてもいいかな?」
 「昼寝の邪魔さえしなけりゃ、べつにいいけどさぁ」
 「じゃ、これからよろしくね」
 「……おぉ」

 なんだかよくわからないうちに話が進んでいく。ライナはなんとも言えない気分になった。

 「ライナ、よかったね」

 サミラヤがうれしそうにつぶやく。そのサミラヤを見て、ライナはかすかに笑みを浮かべた。

 「それはとにかく、もうそろそろ続きをやるよ。みんな~~午後もガンバローー 」

 そう言ってサミラヤは勢いよく立ち上がって部屋中に元気な声が響きわたった。






 そうこうしているうちに、合宿は終わりに近づいていき、二日目の夕食の席にライナはついていた。

 一日目を非常用訓練のしおりの作業に全部費やし、二日目でようやく非常用訓練の役割分担。そしてリハーサル。ライナは疲れた。
 とはいえ三日目は二日間使った施設の掃除や点検、それに昨日の復習および最終確認で終わるので、実質もう終わりである。
 だからもう寮に帰ってもいい、とサミラヤに言ったら怒られたが。

 そのサミラヤもレウたちのところへ行き、ライナはひとりで適当にとってきた料理に手をのばしていた。バイキング方式でならべられた料理は、どれも充分に満足できるものだった。

 「ここ、いいかい」

 唐突に声が聞こえてきたほうへ顔をむけると、ライナはため息をついた。

 「なんだよ、カリアン。あっち行け」

 しっし、とライナは追っ払う手振りをするが、カリアンは気にする様子もなく、ライナの前の席に座った。

 「っていうかさ、生徒会長がこんなところにいていいのかよ。ほかのやつと話すことがあるんじゃねえか」
 「それは問題ない。すでにそういった話さなければならないことや用事は済ませてきている」

 そう言ってカリアンは持ってきた黄色い卵の衣の上に鮮やかな紅色に染まったオムレツを軽やかに中へスプーンを進め、口に運ぶ。その姿が様になっているだけさすがだ、とライナは思った。

 「で、なにが目的なわけ。俺はさっさと部屋に帰って寝たいんだけど」

 合宿中は、生徒会棟にある休息室で休むことになっている。

 「そんなに身構えなくてもいい。ただライナ君と雑談がしたいだけだ」
 「ってそれだったら別に部屋でもできるじゃん。同じ部屋なんだし」
 「だが、私が帰ると君はいつも寝ているではないか」
 「だって夜なんだから寝てるにきまってるじゃん」

 当たり前のことをライナが言うと、あきれるようにカリアンはため息をつく。ライナとしても同じ部屋なので一日中ぐっすり寝ることさえできないのでおあいこだ、とライナは思った。

 「まあいい。それはとにかく、いまライナ君の新しい錬金鋼を製作を予定してる」

 ライナはカリアンの思いかげない話にまわりを見回す。誰もこちらのほうを見ている様子はない。胸をなでおろそうかと思ったが、そもそも気配や視線でわかるので、それほど気にすることもない。

 「って、そんな話しここでするなよ。誰かに聞かれたらどうするんだ」

 サミラヤさえ知らないのに、とライナは続る。

 「大丈夫だよ、ライナ君。君が隅のほうに座ってくれたおかげで、人がこちらのほうに近づけば私が気づく。武芸者が剄を使えば聞こえるかもしれないが、そうすれば君が気づくだろう?」
 「まぁ、そうだけどさ……」
 「なら、問題はないはずだ」

 話を続けよう、とカリアンは言った。

 「確かに君は強い。私も君とレイフォン君の戦いを見てそう思ったよ。だが今回の都市の暴走。
 そして老生体の襲来が重なり、本来ならレイフォン君が老生体へむかうべきだったが、レイフォン君の体力やローテーションの関係で君が出なければならなくなり、そして苦戦した」

 カリアンはカップに入った紅茶を一度口につけ、かすかに傾ける。

 「なんとかレイフォン君が間に合ったからいいものの、レイフォン君が間に合わなければ君はいまここにいなかったかもしれない。
 そういった事態を想定できなかった私のミスだ」

 すまない、と言って頭を下げた。

 「いや、べつにいいって、そんなの」
 「よくはない。だからこそ、君にも新しい武器が必要だと考えたのだよ。
 たとえレイフォン君が戦えない状況がきたとき、そして老生体とひとりで闘わなければならなくなったとき、それがまた来るかもしれないのだ」

 確かにカリアンの言うことにも一理ある。ライナがツェルニに入学してすでに汚染獣の襲来だけでもすでに三回に達している以上、確率の問題ではかたづけられない。
 そのふたたび汚染獣が襲ってきたときにライナがろくに闘えない、というのでは話にならない。
 それに錬金鋼の調整ならライナにもできるが、新しい錬金鋼は作れないのだ。

 「そこで君にはレイフォン君の使っている複合錬金鋼。それの化錬剄専用型を使ってもらおうかと思っている」
 「あんな重いもん使えんって、俺じゃ」

 ライナにあんな大きな武器を扱うすべなど知らない。
 ライナの戦闘術はあくまで対人戦を想定したものだ。汚染獣と闘うことを想定したものではない。

 「そこのところはレイフォン君に習ってもらうことになる。対汚染獣戦において彼がいちばんすぐれているからね」
 「え~~めんどいなぁ~~。でもやらないと機関部掃除させられるんだろ?」
 「いや、それはしないでいい」

 思いがけないカリアンの言葉。ライナは困惑した。

 「この件では強制はしない。いやだ、と言うのならやらなくてもいい」

 カリアンは淡々と言葉を吐き出す。
 カリアンはなにがしたいのだろう、とライナは思う。いままでの傾向なら間違いなく機関部掃除を交渉材料にしてきた。
 それをあえてやらず、それどころか強制にしない、と拒否さえ受け入れる。

 カリアンは一呼吸おき、ふたたび話しはじめた。

 「君は、このツェルニが好きか」

 その言葉に、ライナは心が揺さぶられた。なにを、言おうとしているのだ、カリアンは。

 「私は好きだ。この都市を守るためなら、手段を選ばないぐらいに」
 「レイフォンを武芸科に転入させたり、俺を生徒会でこき使ったりさせたりするもなのか」
 「ああ、だから私はそういうことで謝るつもりはないよ、君たちには」

 相変わらず、なにかを考えているのかわからない笑みを浮かべながらカリアンはライナを見ている。

 「で、俺を脅すと」

 ライナがやらない、と言ったら都市外追放にするのか、という意味を言外にこめる。

 「いや、そんな気は毛頭ないよ、ライナ君。先に言ったとおり、君がいやだといえば、この話はここで終わりだ」
 「……」

 一瞬意識が遠くなった。カリアンがなにを考えているのかよくわからない。

 まあカリアンがやりたくないのならやらないでいい、と言うのならやらなくてもいいではないか。
 そう思うものの、その言葉はライナの口からなかなか出ない。

 そのときスプーンを持っているカリアンの右腕がかすかに上がる。ライナは意味を察して、大きく息を吐いた。

 「会長、ライナとなに話してるんですか?」

 いつの間にか近づいてきていたサミラヤが、ライナの隣の席に座る。サミラヤひとりということは、もう食べ終えたのだろう。

 「ただの男同士の秘密の会話だよ、サミラヤ君」
 「どんな話なんですか、会長ッ! 教えてくださいよ」

 茶目っ気たっぷりに言うカリアンにサミラヤは食いつき、カリアンは悩ましそうに唸る。

 「そうだね、どうしようか。でもこれ言うとライナ君間違いなく怒るから、言わないほうがいいかな」
 「っておいカリアン、おまえなに言おうとしてるんだよ」
 「ライナは黙ってなさい。で、わたしに聞かれると困るってことは……まさかライナに好きな人ができたのッ! それとも誰かとつき合うことになったとかッ! 
 そういうことはちゃんといっちばん最初にわたしに話しなさいよね、ライナ」
 「いや違うからさ……」

 楽しそうにライナの肩を叩きながら言うサミラヤ。ライナは訂正する気力さえなく、ため息混じりに言うしかなかった。

 「そこまでばれてるとなると、隠すのは無理のようだね」
 「マジで言うのかよッ!」

 サミラヤだけには知られたくはない。しかし無常にもカリアンの口が止まることはなかった。

 「ライナ君の好みの女性が熟女だということを」

 いったいカリアンはなにをほざいているのだ。一瞬、時が止まったような錯覚をライナは感じた。

 「え、えええぇえぇぇぇえええ~~~~~~」

 サミラヤの叫び声が、部屋中に響きわたる。なにごとか、とまわりがライナたちのほうに注目する。

 「熟女好きってほんとライナッ! でもなるほど、それだったらまわりに可愛い子がたくさいいるのに、だれにもアタックしないわけだし、そもそもやる気が出ないわけだ。
 でもねライナ、ちゃんとやらないとお目当ての熟女も振りむいてもらえないよ。わたしも応援するから、いっしょにがんばろ」
 「って、ぜんぜん違うって。どこからつっこめばいいかわかんないけど、どっから俺が熟女好きだ、なんて話になったんだよ、カリアンッ!」
 「え、違うのかい?」

 きょとんとして言うカリアンにライナは頭が痛くなってくる。
 どうしてさっきまでまじめな話をしていたはずだというのにこんなことになっているのだろう。

 「子供のころの女の先生にあこがれてたんじゃないのか?」
 「俺の話を聞いてどうしてそんな発想になるんだよッ!」

 確かにカリアンにもぼかしながらもジュルメのことを含めた孤児院のことを話した。なぜこんなことを言い出したのかはわからないが。

 「え、なに。ライナはその女の先生が好きだったの?」
 「いやちげーし。だいたい男に振られたって八つ当たりしてくるやつ相手にそんな感情抱くわけねぇっての」
 「そう言いながらも、その先生を話すときは楽しそうだったような気がしたが」
 「そんなもん気のせいに決まってんだろ」

 ライナはため息をついた。せっかくとったカロリーを使い果たしたような気がするほど身体が重く感じる。

 「ライナ、そこんところくわしくわたしに教えなさいよ」
 「え~~」

 めんどいことになりそうな気がして、ライナはあくびをおさえきれない。

 「ライナ君、私はそろそろ失礼するよ。やらないといけないことがまだあるのでね」

 そう言ってカリアンは席を立つ。

 「おいちょっと待てカリアン。さっき言ってたこととちげーじゃねーか。それにちゃんと訂正してからいけよッ!」
 「ではお二人さん、ほどほどに」

 ライナの言葉も聞かず、笑みを浮かべたままカリアンは食べ終えたあとの食器を持って去っていく。

 「さあライナ。そこのところくわしく教えてもらおうかしら」

 これから強まるだろうサミラヤの追求に、ライナは頭を抱えたくなるのだった。








[29066] 伝説のレギオスの伝説32
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2012/08/29 21:30
 ライナは力を使い果たしたように机に伏した。
 眠い。とてつもなく眠い。ただでさえこの二泊三日の合宿でろくに寝ていないというのに、学校にきて早々非常用訓練のしおりなんて配らなきゃならないんだ、とライナは思う。

 「ライナ、大丈夫?」

 レイフォンが心配そうに声をかけてくる。ライナはわずかに顔を上げ、レイフォンのほうをむいた。

 「ありがとうな、レイフォン。……おまえだけだよ、俺を心配してくれるのは」

 ほかの連中といえば、怪しげな提案をしてきたり、そいつが言った戯言を真に受け、根掘り葉掘り聞いてくるやつとかばかりだ。

 「ていうか、ラッりゅってただしおりを配っただけじゃん」

 しかもほとんど委員ちょがやってたしと、言葉を続ける空気を読まないやつがまたひとり。

 「だぁから、なんで朝っぱらからそんな疲れることやんなくちゃいけないんだよ」

 ライナはミィフィのほうをむいて言った。

 「でもなんだかんだ言ってラッりゅ、委員ちょの手伝いしてるじゃん」
 「てか委員ちょってなんだよ、委員ちょって」
 「だって委員長っていう言葉の響きってさ、堅いと思わない。委員ちょだったら可愛いじゃん」
 「いや意味わかんないんだけど」
 「そういうものなの」

 ミィフィのわけのわからない言葉にライナはため息をつかずにはいられない。

 「で、さぁ。ラッりゅっていつの間に仲良くなったの、委員ちょと?」
 「普通に生徒会の仕事で話しただけだって」
 「ほんと? それ以外になんかない?」
 「あるわけねーだろ」
 「またまた~」

 いい加減ミィフィとの会話がめんどうになってくる。

 「はは~ん」

 しばらくライナが黙ってると、そう言ってミィフィはなにかたくらんでいるような笑みを浮かべる。

 「もしかして、惚れた?」
 「は……」

 ライナはさらなるミィフィのわけのわからない言葉に混乱した。なにか動いた物音が聞こえる。めんどいから気にしないが。

 「だってさ、めんどいめんどい、って言ってながら、なんだかんだで手伝ってるじゃん」

 ライナは大きくため息をついた。

 「だってさ手伝わなかったら、サミラヤにチクられるじゃん。そうするとあとですげぇめんどいし」
 「それにライナ、いつもそんな感じだよ」

 僕が入院したときもなんだかんだ来てくれるし、とレイフォンが口をはさんでくる。

 「たしかにいつもそうだな」

 ナルキもうなずきながら言った。
 ライナとしては昼寝さえできてればいいのだが、いろいろとめんどくさいことが次々とやってくるのだ。
 ライナが入学式に行かなければ、こんな日々を送ることはなかっただろう。それがいいのかどうか、いまのライナにはわからないが。

 「ということは、ライナはダルデレってことだね」
 「ダルデレ?」

 ミィフィがへんな単語を言うと、レイフォンが首をひねる。

 「いつもはだるいとかめんどいとか言ってるけど、なんだかんだで助けちゃうの」
 「あ~なるほど」

 そう言ってレイフォンとナルキは何度もうなずく。

 「いや、べつになんもなかったら寝てたいんだけど、俺」
 「はいはい、ダルデレダルデレ」

 適当に言うミィフィを無視してライナがしおりを開いたとき、廊下からけたたましく鳴るベルのを音が聞こえた。

 「ひゃっ」
 「はじまったねぇ~」

 耳に響く機械音に驚くメイシェンとのんびりと答えるミィフィ。
 非常訓練がはじまるのか、とライナは思った。
 教室は雑談などをしていた雰囲気から一変し、緊張感がみなぎる空気と変わる。 委員長が立ち上がり、生徒を廊下へ先導するため、声を上げた。

 「外縁部B区より都市接近を確認! 接触までの予測時間は一時間!」

 非常ベルとともに、スピーカーからそんな声が繰り返されている。
 今回は山岳地帯に邪魔されて発見が遅れたという設定だ。本来、視界が開けた場所ならもっと余裕を持って対処できるらしい。

 「がんばってね、ライナ君」
 「おう、そっちもがんばれよ」
 「ありがとね!」

 委員長がそう言うと、廊下へ消えていく。
 ライナはにやにやとした笑みを浮かべているミィフィなど見なかったことにした。

 「……じゃ、行ってくる」

 ナルキが立ち上がり、レイフォンもそれに釣られて立ち上がる。

 「気を、つけてね」
 「こっちはひとっ飛びだよ。メイシェンたちこそ気をつけて」
 「非常訓練で怪我なんてするわけないって」

 レイフォンの言葉に、ミィフィは笑いながら言う。

 「じゃ、がんばってきてね~」
 「ライナもこっちだよ」

 そう言ってレイフォンはライナの腕を取る。

 「ちょ、まッ!」

 ライナがそう言ったときには、窓から外に出ていた。

 ライナはあわてて態勢を立て直し、先に行っているナルキに追いつくためすこしだけ活剄を高める。
 ナルキは、はやい。小隊に入っていることあって、おなじようにまわりで跳んでいる武芸科の一年を続々と追い抜いていく。それでもレイフォンとライナには追いつかれるが。

 「フェリ先輩を拾ってくるよ」

 そう言ってレイフォンはライナの腕から手を離し、跳躍。二年生の校舎へむかっていった。

 「さっさと行くぞ、ライナ……って、寝るなッ!」

 そう言ってナルキはライナの頭を叩き、レイフォンからバトンを受け取るように腕を取った。そして、跳ぶ。

 「まったく、おまえときたら……」

 そう言ってあきれたようにナルキはため息をつく。

 「べつにいまさらじゃん、こんなの」
 「自覚してる分、もっとたちが悪い」

 ナルキは前をむきながら、言葉を続ける。

 「それはとにかく、おまえが合宿の間もおまえの言うとおり錬金鋼の電流を流す鍛錬をやったぞ。
 電流を流し続ける時間は連続で五秒が限界だったが」

 落胆ぎみにナルキは言った。
 ライナはまわりを見回し、こちらの会話に聞き耳を立てていないか気を配る。特にライナたちに注意をむけている様子はないことにライナは安堵をため息をついた。

 「べつにあわてることじゃないんじゃない。あわてたって、できるようになるわけじゃないし、それにはじめて一週間で五秒だったら、そんなに悪くないと思うし」
 「じゃあライナはどれぐらいでできたんだ、この剄技」

 ライナは心臓をにぎりしめられたような気がした。大丈夫だ、とライナは自分に言い聞かせる。この質問はただの雑談の類だ。

 「……まあ、そんなにかからなかったと思うけど」
 「むぅ」

 大丈夫か、とライナは思う。見たところ疑問に思っていそうな様子はない。

 「……ライナ、すこし相談があるんだが」
 「……ん?」

 ナルキは声を低くして尋ねてくる。そしてまわりが聞き耳を立てていないことを確認してナルキは口を開く。

 「あたしを、もっと強くしてくれないか?」
 「え~めんどい。それにそういうのは、レイフォンの役割だろ」
 「レイとんはただでさえここのところ訓練で忙しいし、それにライナの戦闘スタイルはあたしのと似てると思うから参考になるものが多い、と思う」

 ここのところ、レイフォンに個別訓練をつけてもらいたがってくる学生が増えてきた。
 はじめのうちはニーナが対応していたが、そのニーナがここのところ小隊長たちとの戦術研究などで忙しくなってきたため、ここしばらく直接レイフォンに頼みこむ生徒が増えてきたのだ。
 さすがのレイフォンも、そのつどいちいち場所を探すのが面倒なのか、三日に一度、自由参加で放課後の体育館で行なうことになった。
 ナルキの言う訓練は、それのことだろう。

 「で、なんでいまさらそんなこと思うようになったの?」
 「む……それはだな……おまえと鍛錬してて思ったんだ」

 ――――あたしは、弱い。

 そうナルキは言った。

 「それをいやでも認識させられた。いやわかってはいたんだ、そんなことは」

 そう言ってナルキはため息をつく。

 「あたしは、活剄には自信があった。
 こうやってほかの一年よりはできてるといまでも思ってるが、到底おまえやレイフォンには及ばない。
 おまえがレイフォンと互角に闘えているのも見ているし、老生体相手に三日も持たせるんだから差があるのは当然なんだ」

 徐々にナルキの声がなにかに怯えていくように震えてくる。

 「それでツェルニにいる六年間で、その差をどれだけつめれるのか。そう考えたとき、あたしは恐ろしいことに気づいた。
 もしも、あたしが都市警に入って犯罪者と退治したときに、犯罪者がおまえやレイフォンぐらいの強さだったらどうなるんだろう」
 「……」
 「答えは、すぐに出た。あたしはなにもできないで殺される。何度シミュレーションしても、答えは同じだった。
 ならミィやメイがそんなやつに襲われたらどうしようもない。
 そのことに気づいたとき、あたしは恐怖で心がおかしくなると思った。身体ががたがた震えてとまらなかった」

 そう言うナルキの腕から、ふるえがライナに伝わってきた。

 「可能性はかなりすくないと思う。でもグレンダンにはレイフォンクラスのやつがほかにもいて、おまえの幼馴染や先生だっておまえぐらい強いんだろう」

 めんどいことばかり考えている。そうライナは思った。しかしありえないわけではない、とも思う。

 少なくとも幼馴染たちはライナより強いし、あのこあのこ連呼するやつはライナと同じぐらい強かったし、ラッヘル・ミラーなんかはとんでもないほど強い。

 「だからあたしはもっと強くなりたい。おまえほどとは言わない。すくなくとも、おまえ相手でも十五分は持たせたいんだ。それぐらいもたせれば増援がくると思う」

 ナルキの思いが、痛いほど伝わってくる。
 だからこそどうすればいい、とライナは思う。これ以上近づいてもいいのだろうか。
 どうせまた裏切られるに決まっているのに。アルファ・スティグマのことを知ったら、化け物だと罵るだろうに。
 だいたいあの特殊施設の少女やビオがおかしいのだ。幼馴染たちやジュルメたちだっておかしいのだ。
 
 ――――ライナ・リュートは、化け物なのだから。
 
 教えなくたっていいじゃないか。適当になぐさめればナルキだって納得するはずだ、と思いつつも、ライナは心の中でため息をつかずにはいられなかった。

 「……すこし、考えさせてくれない」
 「わかった。無理とは言わないからな、ライナ」

 ナルキが安心させるように笑いながら言ったとき、レイフォンたちが合流してきた。その腕にはフェリを抱えている。
 思ったよりはやい。武芸者が本気の速さで動いたとき、念威操者は風圧や衝撃で大怪我を負いかねない。そのため念威操者を抱えて出せる速度など知れている。

 そしてすぐにBと割り振られた外縁部が見えてきた。
 ここに全生徒が集まるわけではないが、それでもある程度地面を埋めるぐらいはすでに集まっている。
 集まってくるのは前線部隊が大半で、編制が決まれば前線部隊とはべつの攻撃部隊も別の場所に集まるらしい。

 ニーナの姿を見つけたのは、外縁部に到着したとほぼ同時だった。

 「来たか」

 ニーナが言った。ニーナ自身も到着したのはライナたちとそれほど変わらないのか、かすかに顔が赤い。

 「ライナもいるようだな、よしよし」
 「僕がひっぱってこなかったら、そのまま教室で寝てたと思うけど」
 「だってさ避難訓練なんて眠いし疲れるしめんどいし。それだったら寝てるほうがはるかにいいしな」

 今日のやる気のなさはいつもの倍はある、と思ったときには、ライナは宙を舞っていた。真上に舞ったライナはそのまま同じ場所に落ちる。

 「まったく、もうすこしまじめにしないか、ライナ」
 「……そういうことは投げる前に言ってほしいんだけど、ナルキ」

 受身はとっていたのでそこまで痛くはないが、さすがに突然なことに驚く。そういえばさっきまでナルキの腕を取っていたことをいまさらだが思い出した。

 「お、やっぱおまえらか」

 そう声をかけてきたシャーニッドが近寄ってきた。

 「ライナが空を飛んでるのが見えたから来たんだが、正解だったな」
 「そうでしたら、ライナを投げたかいがありました」

 若干ひどい会話が行なわれているのを横目にライナは立ち上がり、ほこりを払う。
 ダルシェナもいるようだが、一度ライナを胡散臭そうに眼をむけると、すぐにニーナのほうに視線を移した。

 気づけば十七小隊が指揮する予定の武芸科生徒が集まっている。ときどきむけてくる視線はダルシェナのそれよりひややかだ。

 ――――戦争か……。

 ライナは整列した武芸科の生徒たちを見ながら思う。

 名目上は都市対抗の武芸大会となっているが、実質は戦争である。ただ、人死がでないだけだ。
 それが学生たちにとって幸運なことなのか、ライナはわからない。

 ただ一秒でもはやく戦争期が終って思う存分眠りたいな、とライナは思った。






[29066] 伝説のレギオスの伝説33
Name: 星数◆57d51dc7 ID:ef5599ed
Date: 2013/09/03 21:34
 ――――フェリが誘拐された。

 その話をライナが聞いたのは非常用訓練の次の日、都市接近の報が届いたというのに錬武館に姿を見せないフェリを探しに行ったレイフォンがしばらくして錬武館に帰ってきたときのことだ。

 前日、非常用訓練が終わったあとニーナたちが雑談中に突然フェリが怒り出した。
 武芸大会がらみだったため、ライナとしてもあまり言い気分はしなかったのだが、フェリが唐突に外へ出て行ったことにライナは眼が点になった。
 昨日が昨日なだけに錬武館に来にくいとは思っていた。しかしまさか誘拐されているとは思いもしない。

 「なんだと……」

 そのほうを聞いてニーナは気が抜けたように視線を宙に漂わせる。しかしすぐにこぶしを握りしめ、体中が震えだす。

 「痴れ者どもがッ!」

 言葉とともに発せられる剄は錬武館全体を揺らすほどのものだ。ここまで成長したものだな、とライナは感慨深いものを感じた。

 「目的は、隊長の中にいる廃貴族とかいうものでしょうか?」

 ナルキが言うと、レイフォンに視線が集まった。

 「わかりません」

 レイフォンは落ち着いた様子で首を振る。

 「ハイアはそのことに関してはなにも言いませんでした。ただ、僕との一騎打ちを望んでいると」
 「んじゃ、あんま廃貴族は関ってないっぽいな」

 今度はライナに視線が集中する。

 「フェリを誘拐するのはひとつの手としてはありだけど、廃貴族目当てなら廃貴族の居場所を聞くだろうし、居場所を知ってるんだったら直接ニーナのとこに行くはずだし。
 仮にこっちが廃貴族のことを知らなかったらどうするんだってことになる」
 「そうだとすると、ほんとうに一騎打ちだけが目的ということか?」

 ニーナの言葉にライナは首を振る。

 「多分レイフォンと一騎打ちをやりたいってのはホントだと思う。でも能天気そうに見えてハイアだって莫迦じゃないし、仲間のことを大切に思ってるから、マイナスにしかならないことをなんの理由もなしにやると俺には考えにくいんだよね」

 どう考えても、この一連のハイアの動きには傭兵団側にメリットはない。
 生徒会長の妹を誘拐した時点で傭兵団の信用は底に落ちる。そうなれば仕事を取ることさえ難しくなるだろう。
 それに天剣授受者が他の都市で知名度がない以上、ただの学生相手にそこまでして勝ったからといってなんの影響もない。負けたら論外だ。

 「じゃあ、なんのために……」
 「なんかまるで、傭兵団そのものを潰そうって感じがするな」

 なにげないシャーニッドの言葉を聞いたとたん、ニーナの険しい表情を浮かべる。

 「ま、まさか……」
 「どうした、隊長」

 ニーナは気持ちを落ち着かせるようにいったん大きく息を吐くと、仮定の話だが、と前置く。

 「考えてみれば、傭兵団は異様と思えるほど廃貴族に執着していた。まるで廃貴族を手に入れることが本来の目的であるかのように」
 「おいそれってッ!」

 バラバラだったものが、ニーナの言葉でひとつになっていく。その答えに気づいたとき、ライナは頭を鈍器でなぐられたような気がした。

 ニーナはライナのほうをむき、頷く。

 「もし仮にだ、仮にサリンバン教導傭兵団の本当の目的が廃貴族の発見、そして捕獲だったとしたら、そして捕獲が困難だとグレンダンのほうで判断されたとしたら……」

 ニーナの言いたいことに気づいたらしいレイフォンとシャーニッドとナルキは顔色を変える。ダルシェナはまわりの様子の異変に気づき、見回した。

 「おい、どうした」
 「……そうなると考えられることはいくつかあるが、もっとも起こりうる可能性があるのは、おそらく廃貴族を捕獲するために更なる強者の派遣ということになるだろう。そして傭兵団以上の者を派遣するとなれば選ばれる者はおそらく……」

 ――――天剣授受者だろう。

 ニーナの言葉に、小隊内が重い空気につつまれる。
 天剣授受者が来るのなら、たしかに傭兵団の仕事は終ったことになるかもしれない。そうなれば傭兵団は解散。あとはグレンダンに帰って報酬を受け取るだけになるだろう。それなら、どれだけ傭兵団の名声が落ちようと関係ない。

 「つまり、どういうことだ」
 「レイフォンレベルのやつがやってくるかもしんないんだよ、ツェルニに」
 「なんだとッ!」
 
 事態に気づいたのか、ダルシェナは叫んだ。

 「つまりハイアとの一騎打ちはフェイク。本当の目的はマイアスから来る天剣授受者をレイフォンの眼からそらすためってことだよな」

 ライナが言うと、ニーナは黙って頷く。

 「それでだレイフォン。天剣授受者が都市外に任務で出たことがあるのか?」
 「……僕が知るかぎりなかったと思います。でも百パーセントないかと聞かれると、ないとは言いきれません」
 「だがどうやって連絡を取りあうのだ? 特にマイアスにいる天剣授受者とやらから連絡を送る方法などそんなにあると思えない。手紙を送るわけにも行かないだろう」
 「……二、三日ぐらいの距離にある都市だったら、天剣授受者ぐらいになると石に紙を巻きつけ正確な場所に投げる、なんてことぐらいできます」

 レイフォンが言い終わると、息を呑む音が聞こえた。シャーニッドが重いため息をつく。

 「……ま、それでもむこうの考えがわかった時点でラッキーって思わなきゃな。それにこっちにも一応ライナがいるし」
 「それがですね、シャーニッド先輩。ライナは余計なことをするな、とハイアが」

 レイフォンの話を聞いたシャーニッドは顔をしかめる。
 それはそうだろうな、とライナは思った。レイフォンがハイアと闘わなければならない以上、ツェルニでハイアのたくらみを止めることができるのは、おそらく自分しかいないだろう、とライナは思う。
 その気になればスパイ映画みたいにしてフェリを助けることもできるはずだ。助けたあとが面倒になるのでやらないが。

 それに余計なことをするな、と抽象的に言っている以上、うかつな行動ができにくいのも面倒ではあるが、抽象的だけに抜け穴はいくつかある。あまりに具体的に言うと本当の目的がばれてしまうのもあるだろうが。とはいえ、そのためにはカリアンといくつか話をしなければならないのだが、正直めんどい。

 「ま、そこらへんはなんとかするからさ。気にしなくてもいいって」

 そう言うと、ライナは背筋を伸ばして大きくあくびした。

 「でもさすがにライナひとりでは厳しくないですか。レイとんと一緒に闘ったほうが……」
 「まぁそれが理想だけどさ、フェリも助けなきゃなんないし、そのためにハイアと闘ってすぐさまレイフォンクラスのやつと闘えるってのはさすがにハイアを舐めてるって」

 ナルキが渋い顔で言っている途中でライナが口を挟む。
 レイフォンが勝つにしろ、怪我ひとつなしに勝てるほどハイアは弱くない。最悪腕ひとつ使い物にならなくなるぐらいの可能性すら充分にありえる。

 「しっかしホントいろいろ考えてるよな、むこうさん」
 「感心してる場合かッ!」

 何度も頷くシャーニッドをどなるダルシャナ。

 「それでどうする? その天剣授受者とかいうやつが来るのも考えて、レイフォンに一騎打ちをさせるのか?」
 「させるしかないだろう……が、そのまえに生徒会長に報告しなければ。編制の問題がでてくるし、あの人はフェリの兄だ。秘密にしておくわけにもいくまい。その上天剣授受者までがツェルニにくるのだとすると、会長の耳に入れておかないとさすがにまずいだろう」
 「あの人は、なんて言うんでしょうね?」

 溜息交じりのレイフォンの言葉に、場の空気は重くなるばかりだった。





 「なんということだ」

 ニーナ・アントークの報告を受けてカリアンは天を仰いだ。
 会議中にもかかわらず会議室に入ってきたニーナたちを見たときはさすがのカリアンも驚いたが、事情を聞いてそれもしかたないと思うしかない。
 いまは会議室の隣の別室に場所を移している。ニーナのうしろで立っているライナとレイフォンも険しい表情を浮かべていた。

 「それで、どうしますか?」

 ニーナもまた険しい表情を浮かべて言った。

 「ふむ……」

 カリアンは思考をめぐらせる。
 ニーナが言った天剣授受者がフェリの誘拐と戦争のどさくさにまぎれてツェルニにやってくるという話は、正直なところあまりに信じがたい話だ、とカリアンは思う。ほかの人間なら生暖かい視線を送り、今日のところは寮に戻ってゆっくり休めとでも言いかねない。

 しかしニーナの話には論理の跳躍がないわけではないが、それだけでは切り捨てれないものも感じた。それに話しているとニーナはツェルニに天剣授受者が来ることを確信しているように思えてくる。

 そこまで考えたとき、カリアンは電話を使いヴァンゼを呼び出だした。

 「どうした?」

 いぶかしげな表情で別室に現れたヴァンゼはニーナたちを見たとたん、眉にしわを寄せる。

 「やっかいごとか」
 「さっき言ってた作戦だけどね、どうやら修正しないといけないようだ」
 
 カリアンは天剣授受者のことには触れないで事情を話した。

 「くそっ、やってくれる。教師面の裏でそんなことをやっていたとはな」
 「まぁ、彼らの正義について論じたところでしかたがない。先日までは彼らの協力がありがたがったが、明日からもそうとはかぎらない。金銭契約なんてそんなものだよ。
で、彼らの悪口に百万言費やしたところでなにか実りがあるわけでもないし、それほど暇でもない。作戦はそのまま行なうにしても、編制の見直しはしないといけないだろう」
 「ライナ・リュートは使えないのか」

 ヴァンゼの言葉にニーナがかすかに反応した。

 「すまないが、ライナ君には極秘任務を任せなければならなくなった」
 「それは、俺には教えてくれないのか?」

 じっとヴァンゼはカリアンを見る。ここでカリアンは天剣授受者のことを切り出した。
 カリアンの話を聞くにつれ顔色が悪くなっていく。

 「天剣授受者がやってこないならそれでいい。むしろ来ないほうがいいんだが、最悪の事態を想定するとどうしてもライナ君にはツェルニにいてもらわないと困る」

 そこまでカリアンは言うと、ライナのほうをむく。

 「それでライナ君、君には天剣授受者がツェルニに侵入したときに接触、そして都市に入る手続きを進めようとしない場合には捕縛してもらう、という危険な任務をやってもらいたい」
 「ちょっと待ってください、会長! ライナは余計なことをするなとハイアが……」

 ニーナがあわてたふうに言うと、カリアンが悪いことを思いついたように微笑を浮かべる。

 「つまり、『余計なこと』をしなければいいんだろう」
 「それはそうですが……」

 本当の目的がばれてしまうことを恐れて抽象的に言ってしまった。それがハイアの最大のミスだ。

 「つまり、俺にレイフォンたちが一騎打ちをして人質として役目を終えたフェリを迎えに行けってことだよな」
 「そうだよ、ライナ君」

 ライナが言うとカリアンの口角はつりあげ言った。
 フェリが傭兵団から解放されたときにはすでに敵がツェルニに侵入しているだろう。非戦闘地区が設定されているとはいえ、そんな危険な状況で念威操者が武器ひとつ持たずにツェルニ内を移動するなんてどう考えても危険だ。ライナがフェリを迎えに行くことは道理が通っている。

 できるか、とカリアンは続けた。
 ライナはため息をつき、口を開く。

 「めんどいな~でもやんないとヘンないやがらせでもされそうだし。しかたないなぁ」
 「それでは、頼む」
 「ライナ君、頼んだぞ。許可も得ずに乗りこんでくる不届き者を、しっかり成敗してくれ」

 ヴァンゼの言葉にニーナが頭を下げる。ライナがボーっと立っていると、ニーナはライナの頭に手を載せ、無理やり頭を下げさせた。

 「……それで、僕はハイアと一騎打ちをしてもいいですか?」
 「ああ、そのことか」

 カリアンたちはレイフォンのほうを見る。

 「すまない、急を要してたのでね、きみに話すのが遅くなった」
 「おまえときたら……」

 あきれるようにヴァンゼはため息をつく。そしてヴァンゼから激励の言葉を受け、レイフォンとニーナは頭を下げる。
 カリアンがレイフォンにフェリのことをお願いすると、部屋を出て行った。

 「ふぅ……」

 カリアンはため息をつき、力を抜いて椅子にもたれる。
 フェリにつけていた念威端子を見失ったことは朝の時点で気づいてはいたのだが、まさかこんな事態になっているとはカリアンは思っていなかった。
 ましてや武芸大会が行なわれるために念威端子での監視ができなくなってしまう。ライナの使っている紅玉錬金鋼のナイフに内蔵されている発信機しか当てにならないのだ。あとで錬金鋼に録音機能もつけておこう、とカリアンは思った。

 「まさか二人とも武芸大会に出られなくなるとはな。おまえのことだから、どちらかひとりは残すと思ったのだが」

 ヴァンゼは意外だというように言う。

 「私も肉親は可愛いものだ。それに天剣授受者が来る可能性がある以上、それに匹敵する人を残さずにはいられないさ」

 カリアンは、かつて天剣授受者の試合を見たことがある。正確には、天剣授受者を決める試合だったが、その試合をこの眼で見たのだ。試合に出ていたのは、若干十歳のレイフォン・アルセイフ。かれは圧倒的な力で、勝利を収めた。
 そんなレイフォンががたまたまツェルニに来たのは、奇跡と言ってもよかった。
 それはとにかく、実際に天剣授受者の試合を見ている以上、来るかもしれない天剣授受者に対して最大限の警戒をしておくべきだろう。

 「それはそうだろうさ。だがあのふたりは武芸大会のために引きこんだんだろう。これでよかったのか?」
 「それはそうだよ。だけど今年の武芸大会が明日の一戦で終わるとは思えない。それなら、彼らとの間に禍根を残すべきではない」

 それに、とカリアンは続ける。

 「レイフォン・アルセイフとライナ・リュートという武芸者は、武芸者の誇りでは闘わない。都市を守ること自体になんの矜持も抱かないだろう」

 このことを確認するため、合宿のときに新型の複合錬金鋼の使用をライナに打診したのだ。質問を終えたいま、これまでにライナが闘った理由の推測が、カリアンの中でほぼ固まった。

 「レイフォン・アルセイフは明確ななにかのためにしか闘わないし、ライナ・リュートは、自分の休息と命、それに誰かのためにしか闘えない。そんなかれらが誰かのために闘う以上、止めることなることなどできないさ」
 「やっかいな連中だな」
 「ライナ君はとにかく、レイフォン君は名前も知らない大衆が何人死んでも、心が痛むぐらいの気分にしかならないのかもしれないね」
 「危険か?」
 「さて……」

 カリアンはヴァンゼのレイフォンを危惧する言葉を流す。カリアンもまた、レイフォンのことに危惧を抱いている以上、なにも言えないのだ。

 自分の意思が希薄で自身の闘う理由がないレイフォンは、ニーナ・アントークという強烈な意志にひきづられて闘っているうちは大丈夫だろう。しかしほかにレイフォンを引きずるような意思を持つものが現れ、そしてその者がツェルニに害を与えるのならば、簡単に敵になるかもしれない。

 そのとき、ライナはどうするのか。

 カリアンが見たところ、ライナはレイフォンに似ているようでどこかちがう。そのきわめつけと言えるのは幼生体のときだ、とカリアンは考えた。

 あのときのレイフォンとライナのことをカリアンは詳しくは知らないが、汚染獣を巣に落ちたとき、レイフォンはニーナと一緒に機関部掃除をしており、ライナは自分の寮の部屋に帰るところを念威操者が確認している。おそらく部屋で寝ていたのだろう。
 さらにさまざまな所から聞いた情報から、レイフォンが一度寮に戻っていることをカリアンは知っている。そして先に表に現れたのは、ライナのほうだった。

 おそらくこの二人は寮の部屋で会っていたはず。そこでなにがあったのかカリアンにはわからないが、ライナの性格からして闘うのが面倒なのでレイフォンに汚染獣を闘うように言ったのだろう。しかしレイフォンが闘う気がない様子を見て、自分が闘うことを選んだと考えた。

 このときすでに、ライナには闘う理由があったのだ。このあとも、誰かの意志によって引きずられた形で闘うことはほとんどない。
 せいぜいカリアンが強制したレイフォンとの一戦かレイフォンに頼まれて闘った小隊対抗戦ぐらいなものだ。

 なら、ライナの闘う理由とはいったいなにか。

 任務のためかとはじめのころは考えていたが、いくら考えても幼生体戦のときに表に出てきた理由がわからない。
 それに任務のためにライナ自身になんの意味ももたない幼生体との戦闘に出てくるぐらいなら、体中に拷問で傷を作るようなことにはなっていないだろう。

 名誉やお金のためではない。そんなものがあるのなら普通の小隊員になり、成果をあげればいいし、幼生体襲来で最初から闘っているはずである。

 都市のためではないのは確かだ。ライナが受けてきた数々の拷問の類から都市を愛せ、などと言うのは無理な話しだし、ツェルニの学生にしてもいまだにライナに対する反感は無くなったわけではない。そのことをライナも知っているはずである。

 いつの間にかファンクラブができていることにはカリアンも驚いたが、その数も知れている。第一、ファンクラブができたのだって、老生体との闘いのあとのことだ。

 それならほかに考えられる理由は、ほかの誰かのために闘った、という可能性だ。
 普通なら真っ先に候補から外れる選択だが、これならばいままでのライナの行動をすべて説明できる。
 さまざまな危険があることをわかっていただろう。それでもライナは知り合ってわずかひと月もしない人たちのために闘ったのだ。こう考えるのが一番自然だと、カリアンは結論づけた。

 闘う理由がないレイフォンと闘う理由をもつライナ。
 ニーナほどではないが、レイフォンが徐々にライナへの依存がはじまっているのが、カリアンには気がかりだった。
 もしライナが敵に回ったとき、レイフォンはツェルニとライナのどちらにつくのだろうか、カリアンにはわからない。そんな事態が起こらないことを願うほかなかった。





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