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[29045] 【チラ裏から移動】そして科学者は笑う【未来人転生】
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:46
終わりが見えた気がした……ので多分続かない一話だけの短編集より分離です。








プロローグ

 巨大な宇宙船の中。二人の科学者が話していた。その周りでは、多くのロボットが働いている。

「私の手がけたレスキューロボがデザイン部門で一位になった? あの、システム含め全て日本制にしろだの、車から変形させろだの、忍びの服を着せろだの、さんざん手こずらされた案件か。まあ、研究用に惑星一つ貰ったのだから報酬は十分だったが」

 初老の科学者が、若い女性の科学者に、眉を寄せて問い返す。

「それを本当にやり遂げてしまうのがドクターですよね。お陰で純日本制の、日本らしいレスキューロボが出来たと大変な喜びようでした。アニメ化も決まったとかで……写真見ますか?」

 若い科学者が写真を差し出す。

「見せてみろ。……どこの国の科学者も、苦労しているな」

 そこにあったのはロボットのコスプレだった。ヒーローの格好をしたアメリカのレスキューロボ、ドクターの格好をしたドイツのレスキューロボ。その横に、ずらりと機能一覧が並んでいる。無駄に高性能だった。

「安心して下さい。レスキューロボに服を着せたのはその三国だけです」

「そう願う。まあ、気分転換にはなったな。残りの案件を片付けてしまうぞ」

 研究所を無人惑星に移した際、様々な事が許可された。まず、居住惑星では決して許されない危険な研究が七割、違法研究が五割も許可される。そして、守秘義務を守る事と引き換えに、各種企業の商品の製法の六割が開示・使用の許可を受けられる。
 地球と遠く離れ、なおかつ地球と同じような生活をする為だ。
 日本政府が、その研究所に大きな信頼を与えている証拠であり、研究所に全てを自分で何とかしろと言っている証拠でもあった。
 その為研究員達は、その知識や技術を覚えるのに躍起になっていた。
 ちなみに、この宇宙船では、その居住惑星では決して許されない危険な物質を乗せているので、万一があった時の為に乗員はその科学者二人だけだった。

「ドクター。その『研究者の食事』って商品、確か一年三六五日、一日五食、計一八二五食ありますよね。製法を全部覚える気ですか?」

「当たり前だろう。『研究者の食事』なくしてワシは生きていけんぞ。積み荷分の三年以内に完成させなくては。最優先事項だ」

「老体にはそろそろきついですよ。半分劇薬じゃないですか。私の手料理じゃ駄目なんですか」

「そこが良いんだ。君の料理はうまいのだがね。人間たまにはジャンクフードを食べたくなるものなのだよ」

 三六五日、五食はちっとも「たまに」ではない。この老科学者は、間食する事はあっても、一食たりとも「科学者の食事」を食べ逃す事は無かった。若い科学者はため息をついて、農作物の作り方に目を落とした。
 トップである老科学者が我が道を行く以上、補佐の自分が率先して生活できるようにしていかねばならない。健全な食生活に導いて見せると決意して。
 若い女性科学者は、年の離れたその科学者が好きだった。
 今も、女性の担当する危険な物質を運ぶのに同行してくれている。最高責任者として当然の事だと老科学者は言うが、とても出来る事ではない。
 せっかく二人きりなのだし、思い切って告白してしまおうか。
 若い女性科学者が口を開いたその瞬間、光が宇宙船を覆う。
 二人の科学者は、光を認識したその瞬間に命を失った。

















 受付で、若い女性が困ったように眉を顰める。その向かいには、精一杯背を伸ばした男の子が大きな紙束を抱えていた。

「ぼく、えーと……何て読むのかな? あ、その紙は貰うね」

 女性が、大きな紙束を受け取った。男の子はほっとした様子で答える。

「かぐら、まお」

「神楽、真老くんね」

 受付の若い女性が、書類を確認する。全て、整っている。

「真老くん、特許の申請はともかく、審査にはお金がいっぱいかかるんだけど、大丈夫?」

「なんとか足りたので心配はいらない。母にも話してある。国際出願でお願いする」

 そう言った真老に、受付の女性は困ったように頷いた。子供が特許申請する事は、稀にある。しかし、この内容は些か難しすぎやしないか。この内容は本当なのか?
 ……それも、調査すればわかる事だ。とにかく、受付の女性はルール通りにその書類を受け付けた。
 大手製薬会社が真老にコンタクトを取って来たのは、その二年後だった。
 恰幅のいい礼儀正しそうな男が、大きな書類カバンを持って真老の家を訪ねてきたのだ。

「真老くんはいますか?」

 いかにもどこにでもいる感じの女性……真老の母が、怪訝そうに答えた。

「もうすぐ学校から帰ってきますが……」

 そこへ、ランドセルを背負った真老が学校から帰って来て、恰幅のいい男性を見上げた。

「ああ、ようやく来たか。契約金は一億千二百六十万だ」

 その言葉に、二人は目を丸くした。

「一億はちょっと多すぎないかな、真老くん」

「ちょ、ちょっと、どういう事なのかしら?」

 恰幅のいい男が宥めるように言い、母は真老を問い詰めた。
 真老は全く動じない。靴を脱ぎながら、何事も無いように言った。

「特許申請が五百六十二件あるからな。パソコンも一台欲しい。それと、出願手続きが終わったら、作ってもらいたい物がある。ただし、この契約に限っては売上からのマージンには目を瞑ろう」

「五百六十二! あ、あれと同じようなものが後五百六十二件と言う事かい?」

「母よ、お茶を出してくれたまえ。さあ、上がりたまえ。話をしよう」

 スタスタと中に入る真老。それを、真老の母は慌てて追いかけた。
 ほどなく、お茶の用意は整った。

「私は、『科学者の食事』と言う商品の開発を目指していてね。それは一日五食、三六五日、計一五七五食分となるのだよ。それに使われる特許が計五六三件と言うわけだ。しかし、この国の特許システムは面倒だね。特許を申請するとインターネットで公開されるから、特許を気にしない者達には盗まれ放題。特許を申請しないでいると、他の者が開発した時に権利を奪い取られてしまう。それどころか、既存の技術でも特許申請するとその者に独占されてしまうのだからね。でも、私はどうしても『科学者の食事』を、完全な形で食べたい。だから、苦労をして資料を調べ、洗い出したよ。その数が五六二と言うわけだ」

 ずず、とお茶を飲み、落ち着いた様子で真老は説明した。

「まさか、これを君が考えたのかい? その『科学者の食事』、見せてもらえるかな?」

「冗談だろう。まだ特許出願もしていない物の資料をどうして人に見せられると言うんだね。それを見せるのは、特許出願の手続きを終えてからだ。それで、契約するのかね。しないのかね」

 恰幅のいい男は、頭に計算を張り巡らせた。

「一つ聞くけど、契約を結べばその後の特許の契約も結んでもらえるのかな?」

「その後の契約金は売上から貰おうではないか。初期投資が特許料だけなのだから、安い投資だと思わんかね」

「わかった。今、契約書を書こう」

 男は鞄を開け、サラサラと契約書を書く。

「ひ、い、一億……」

「母よ、話を聞いていたか。使い道が全て決まっているお金だ。無いのと同じだ」

 真老は湯呑を置いて言い聞かせる。

「でも、真老ちゃん、一億、一億よ!?」

「母よ。それは私のお金だ。貴方のお金ではない」

 言い含めると、母はおろおろとする。

「君、母がお金を使いこみそうなので、その契約金に経費と但し書きをつけてくれないかね」

「いいのかい?」

「無論だ。家にお金を入れる気はないではないが、最低限の研究費は確保しなくては話にならん。特許料とパソコンは必要だからね」

「わかったよ。パソコンの領収書は我が社に送ってくれれば、代金を口座に払うから。特許審査料については、出願が終わったら連絡してくれれば我が社が払おう」

「うむ。明日には連絡できると思う。日曜に技術者を連れて来てくれんかね。技術的な相談がしたい」

 製薬会社の男は足早に出ていき、母はそれをおろおろと見送った。
 真老は、早速立ちあがり、父のパソコンを立ち上げた。

「真老ちゃん? 何を申請したか、見せてくれない?」

「後にしてくれたまえ」

 母は一所懸命に後ろから伺うが、息子の添付するファイル名だけでも既に難しそうだった。
 真老はその日いっぱいかかって、全てのデータを送信。
 スキャナでデータをプリントアウトし始めた。
 無論、真老の母にはそのデータの意味はわからない。ただ、何かレシピのような物が混じっているのは理解できた。
 土曜日、真老はパソコンを買いに行って、父のパソコンから全てのデータを移動した。
 日曜。真老の両親は、揃って製薬会社の技術者を待った。

「ごめんください、栄登誓約のものです」

「ごめんくださーい」

 小さくはないが、決して大きくもない真老の座敷は、五人ものお客で一杯になった。

「私、栄登誓約の開発研究チーム主任の木田と申します。これ、名刺です」

「は、はぁ……」

 両親は名刺をしげしげと眺める。

「早速話を始めよう。諸君には、『科学者の食事』一日五食を三六五日分毎年私の家に届けて欲しい。これがそのレシピだ。市販する者は調合を変えてもいいが、私の食事だけはそのレシピ通りにしろ。特許出願は既に終えてある。こちらの書類が出願した特許だ。よければ諸君も、特許の取りこぼしがないか確認して欲しい。それで得た利益は6%ほどくれればそれでいい。1%が父の口座、5%が私の口座だ」

 木田は書類を手に取り、驚きながらもそれを辿っていった。

「これは……子供が、こんな事を思いつけるはずがない……」

「そ、そんなに凄いんですか」

 父が恐る恐る問いかける。

「全く新しい調合ですよ!」

「ああ、夢で見たのだ。夢で見たもので儲けるのは申し訳ないが、それでも私は『科学者の食事』を食べたくてね。研究費も欲しいし」

 真老はにっこりと笑う。そう、前世という泡沫の夢で。真老は生まれ変わった事を理解していた。あの船で運んでいた危険物質が爆発してしまったのだろう。生まれ変わった先が遥か古代の地球だと言う事にも驚いた。しかし、すぐにそれはどうでも良くなっていた。
 「科学者の食事」。それを食べなければ、真老の一日は始まらず、終わらない。
 これが無ければ研究も手に着かない。まずは、「科学者の食事」を用意する。その為に歴史が変わろうが、構うものか。そしてそれで資金を稼ぎ、研究環境を整えるのだ。
 真老は、そう決めていた。
 真老が考え込んでいると、その思考が木田の声で中断される。

「夢? まさか……。いや、どこかで見たとしても、その時は審査に引っ掛かるか。しかし、これは子供には刺激が強すぎるんじゃないかな? 我が社で売ってる栄養ドリンクに匹敵……いや。その上を行くかも……」

「構わない」

「真老ちゃん、一日五食って、ご飯はどーするの?」

「わからんかね?」

 それを聞き、母は口を尖らせた。

「駄目よ、真老ちゃん!」

「お上品な食事など、もう真っ平なのだよ! 私は今すぐにでも『科学者の食事』に切り替えたいぐらいなのだ。食事ぐらい好きにさせてくれたまえ」

 真老が生まれて初めて荒げた声に、母は目を丸くする。

「わかった。とにかく契約は契約だからね。この通り作ってみよう。ただし、販売は早くて一年後だよ? 国の安全審査も受けないといけない物があるしね。最悪三年掛かるかも」

「私の所に届くのは」

「半年後には、用意しよう。じゃあ、契約成立だね」

 そして木田は真老と握手し、父と母への説明に移った。
 木田の部下が真老に説明するので、答える。
 半年後、真老の元にようやく科学者の食事が届くようになり、真老は大いに安堵するのだった。



[29045] 2話 再会
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:15
 学校で真老が「科学者の食事」を食べていると、隣のクラスの三田武美が駆けこんできた。
 三田は小学生にしては大人っぽい子で、背も高く、一年生に関わらず既にふっくらと胸の膨らんでいる、活発な子だ。宇宙飛行士になるのだと公言していて、周囲に無関心な真老でも知っている程目立つ子だった。

「ドクター! やっぱりドクターなんですか!?」

「武美くん? どうしたね」

「貴方のもう一つの名は、鉄太と言うのでは?」

「麗美くんか!」

 武美は大きな瞳からぽろぽろと涙を流し、真老に抱きついた。

「ドクター! すみません、私のせいで、私のせいで……!」

「あの事故は誰のせいでもないよ。危険は承知の上だった」

 柔らかく、暖かい体を感じながら真老は答える。
 武美の事は気になっていたから、再会できて何よりだったと真老は思う。

「今度こそ、手料理ご馳走しますね」

 笑顔になって武美が言う。

「それは勘弁してくれたまえ」

 真老は苦笑する。武美と会えたのは嬉しいが、「科学者の食事」から七年間離れて、しみじみ思ったのだ。もう「科学者の食事」以外の物を食べるのはごめんだと。

「もう。こんな小さいうちからそれ食べると、体に悪いですよ?」

「これを食べないで生きるなら、今死んだ方がマシだね」

 真老と武美は笑いあう。死んだ方がマシと言ったのが悪かったのだろうか。その時、地震が起きた。校舎の裏山が、音を立てて崩れ、校舎が覆われる。真老は気を失った。

「ドクター……、ドクター」

「武美くん! あれからどれ位たった? 無事かね?」

「わかりません……。私も気絶していたから」

 武美が背を押さえて言った。ガラスで怪我をしている。

「愚かな事を……! 私を庇ったのだね?」

 真老は、何かないかと周囲を見回し、呻いた。
 子供達が、倒れていた。
 給食の時間だったから、皆が校舎内にいたのは幸いだった。グラウンドにいたら命が無かっただろう。校舎が予想外に頑丈だったのも重畳。ただ、それでもガラスを突き破って入って来た土砂が子供達の命を奪い、傷つけるのは容易い。

「武美くん、頑張れるね? 怪我人の応急処置をせねばならない。まずは武美くんだが」

「はい、ドクター」

 そして真老と武美は必死で子供達を教室から連れ出し、廊下へとならべた。
 すぐに担任の女教師、笠木が血相を変えてやってくる。

「真老くん! 武美ちゃん! 武美ちゃん、大丈夫なの!? 透君、酷い……!」

 笠木はぼろぼろと涙を流しては、懸命に拭って、必死に教師になる時に学んだ子供が怪我をした時の対処法を思い出そうとした。

「笠木先生。ちょうどいい、彼らを見ていてくれんかね。保健室に行って、包帯を取って来なくては。すぐに縫合しなければならない子もいる。家庭科室に行って針と糸も調達しないとな。お湯は使えるだろうか?」

「縫合って、縫合って……!」

「やらねばならん」

「ドクター、お気をつけて」

 真老は走って、保健室へと向かった。
 保険の堀田先生が、泣きそうになりながら治療道具をひっくり返していた。

「落ち着くがいい、堀田先生。私も応急処置を心得ている。包帯を少し分けてくれ」

「お、応急処置を心得てるって、あのね、真老くん……。ううん、真老くんが頑張ろうとしてるんだから、私がしっかりしなきゃ。そうね、包帯巻くぐらいは出来るわね。酷い怪我の子がいたら、先生を呼んで。先生、二年生の治療に行ってるから。酷いけがをしている子がいて……」

「今から家庭科室に行って糸と針を煮沸消毒しにいくのだが、先生も行くか?」

 堀田先生は、驚愕に顔色を染めた。

「駄目……駄目よ、真老くん! でも、確かにあれは縫わないと……わ、私……」

 真老は目的の包帯は得た為、返答を聞かずに家庭科室へと向かった。
 一番土砂から遠い場所で、鍋に火を沸かす。
 幸い、火も水も出た。地震があった直後に火を沸かす怖さはわかっているが、緊急事態だ。
 糸と針を沸煮沸消毒して手を洗い、それとは別にお湯とタオルを用意。準備を整えると、ちょうどその時堀田先生が扉を開けて入って来た。

「は、針と糸は用意したのね? だ、大丈夫。こんな時の為に先生がいるんだから」

 堀田先生は震えている。

「が、頑張るから。先生、頑張るから」

「堀田先生。私は本当に応急処置を心得ているのだ。私も急いでいるのだが、仕方ない。一緒に大けがをしている子の所に行こう」

 堀田先生にお湯を運んでもらい、移動する。二年生の子供は、確かに腕に酷い裂傷を負って泣いていた。

「ごめんね、ごめんね、透くん、痛いよね。先生が今助けるからね」

 教師が透に集中している間に、真老はせっせと他の傷が深い子の治療を勧める。
 そして、透の治療を終えた堀田先生に真老は呼びかけた。

「ほら、私も治療できるだろう。この子は縫った。この子は骨折の処理をした」

 その言葉に、堀田先生は目を丸くする。

「真老くん、なんて事するの! 待って、でも……駄目。駄目よ。でも……」

「迷っている暇はない。武美くんが怪我をしていてね。他にも深い傷の子がいる。治療できる人間は一人でも多い方が良い。武美くんも怪我を治療すれば、一通りの応急処置は出来る」

 堀田先生は、唇をギュッと噛んだ。

「いいわ! 責任は私が取る。手伝って頂戴。まずは一年生よ」

 そして、堀田先生は一年生の教室に走る。廊下に整然と傷の深さ順に並べられた子供達。堀田先生は息を飲んだが、一歩を踏み出した。

「武美くん、待たせた。医師のような事は出来ないが、今治療しよう」

「ドクター、お願いします」

 真老が武美の治療を手早く終えた頃。教師達が駆けてくる。

「堀田先生! ここにいましたか。うちの子が、うちの子が……」

「堀田先生、三年生の教室が半分埋まっちゃって、なんとか下敷きになった子供を救いだしたんですけど、足が……」

「先生達は何とか外に出れる場所を探して下さい! 真老くん、武美ちゃん、行って!」

「はい!」

「了解した」

 真老と武美は走る。
 何とか懸命に治療を終えると、先生達は子供達を宥めるのに大わらわだった。
 電波も通じない。水は手に入るが、食料は給食の残りがあるだけだ。
 いつ救出されるかわからない。怪我をした子供達はそれまで持つのか。
 教師達はそれでも、あるいは笑顔で子供達を宥め続け、あるいは被害の少なかった裏山の反対方向の廊下の窓の土砂を取り除く作業を始めた。
 一方、真老と武美は、武美のいつも持ち歩いていた工具と科学者としての矜持を持って、テレビと携帯とラジオとパソコンを使った強力な電波の増幅装置を作り上げていた。
 その甲斐あって、インターネットにつなぐ事は可能となった。
 しかしネットは電話ではない。相手が確認しなければ、意味をなさない。
 さすがに土砂は厚く、とぎれとぎれにしか電波を送れなかった為、電話タイプは出来なかったのだ。
 僅かに迷った後、武美が某巨大掲示板に書き込んだ。

『こちら夢追小学校。裏山が崩れてネット以外と連絡できず。パソコンでの災害連絡はどうすればいいですか? それか、誰か救助隊に状況を連絡願います。パソコンのバッテリーがあるので長い間は通信できないです。中は大方無事なので、子供一人通れる穴さえ一つ開けてもらえれば大多数が助かります。欲しい物リストは……。怪我人のリストは……』

 真偽を問う書きこみが並び、災害掲示板に誘導される。
 夢追小学校の上空から見た写真が他から投稿され、スレは加速した。
 真老はそれを見て安堵の息を吐く。

「なんだ、この程度の土砂ならすぐに助かるな。レスキューロボならどんな旧型でも一時間で済む作業だ」

「ドクター、駄目です。この時代にレスキューロボは……」

 武美の沈痛な表情に、真老は唇を噛みしめた。
 その後、笠木先生に外部との連絡口の報告をする。
 教師達は争ってパソコンに触れ、誘導先である災害掲示板に書き込みをする。
 特に怪我人への対処の仕方のやり取りや救助の日程がやり取りされ、救出作業が始まったと聞いて教師達は安堵した。

「ほんとにほんとに頑張ったわね、真老くん、武美ちゃん」

 笠木先生が二人を抱きしめて褒める。
 三日後、真老達が動く気力すら無くなった頃、ようやくレスキュー隊が土砂の一部を取り除く事に成功し、真老達は助け出される。大地震だった。
 栄登製薬も援助に駆けつけており、被災者に栄養ドリンクや認可のされた分の『科学者の食事』を配っていた。
 子供達の応急処置をした事は医師に大いに怒られ、そして褒められた。
 そして、改造されたパソコンが見つかり、真老と武美の活躍は報道された。

『これが、土砂の中でも電波が届くように改造されたパソコンですか……』

『一年生の子が煮沸消毒までやって傷口縫ったんでしょう? ぞっとするし、先生が許した事は許し難いけど、凄いよ。結局医師が適切な処置だったって言ったんでしょ?』

『これ、特許取ろうと思えば取れるんでしょ?』

『特許と言えば、真老くんがですね。特許を既に取ってるらしいんですよ。栄登製薬と契約していて、今から二年半後にですね。『科学者の食事』という栄養食品が栄登製薬から出るそうです。被災地でも配られたそうですが、一個一個味が違うとかで……そのアイデアと技術の一つをですね、提供したと。その契約金がなんと一億以上!』

『天才っているんですねぇ。将来は何に?』

『武美ちゃんの夢は宇宙飛行士らしいですよ』

『へぇー。すごいなぁ』

 テレビを消して真老はため息をついた。取材を拒否したのに、これだ。せめて実名報道はやめてもらいたかったのだが。まあいい。特許庁に登録する時点で、いずれは表に出なければならない事はわかっていた。
 既に電波増幅装置の特許申し込みも来ている。多少の資金稼ぎにはなるだろう。
 これから、予算が必要になるから。
 真老は、インターネットにサイトを立ち上げる。

『レスキューロボ、開発計画。一口一万円から。完成した暁には、最も寄付金額の多かった一名様に、一時間の操作を許可します。また、寄付をして下さった方に対するイベントも企画していますので、振込用紙の控えは大切に保管して下さい。なお、完成した最初の機体は機密保持の契約を交わしたうえで自衛隊のレスキュー隊に寄付予定です』

 そして、完成デザイン案を乗せる。
 デザイン部門で上位を取った物の方が良かろうと思い、真老は最終目標として日本、アメリカ、ドイツのレスキューロボを描き、機体の第一号として、旧型プロトタイプを描いた。いきなり自分の開発したレスキューロボを作らないのは、特許との兼ね合いもあるし、技術の関係もある。正直、古代の日本人に自分の開発したレスキューロボを作る環境があるとは思えなかった。
完全に秘密保持出来る環境があるなら特許を取らない方法がベストだが、真老にはそんな環境はないし、自衛隊に譲渡して機密保持してもらえる保証もない。
だから、プロトタイプ……特許を取る事で、世界に製法が広まってもまあ構わないと思えるものを最初に作り、ついでにどこが情報を盗みに来るか見に来ようと思ったのだ。どうせ、レスキューロボ自体は広めるつもりだ。助けられるはずの人々が助けられないというのは、悲しい事だから。
そして、真老は町工場の調査に入った。
 町工場の見学をしていると、木田が訪れた。

「やあやあ。大地震の時は大変だったね。我が栄登製薬も、経営が苦しい中援助を頑張ったよ。なにせ、君の特許出願料は非常に高かったからね。でも、ようやく製品の第一弾が出来て、発売してみた所だ。売り上げが楽しみだな。ところで、今は何を?」

 木田は興味深そうに町工場を覗いた。

「大地震があったろう。あれをなんとか出来るよう、レスキューロボを開発する事にした」

 真老は町工場から視線を動かさずに答える。

「レスキューロボ?」

「補助AIのついた、人が乗って操作する機械だ。巨大な人型で、人の救出を助ける為の様々な機能を有している」

「はぁー。予算はどうするんだい?」

「寄付を募っている」

「栄登製薬も、経営に余裕が出来たら寄付をしてもいいかい?」

「歓迎する」

 木田は真老を見つめた。この不思議な子供に、木田は個人としてとても興味が出て来ていた。木田は、既にこの子供が歴史に名を残すであろう事を確信していた。
 そのまま、二人で町工場をいつまでも見つめていた。



[29045] 3話 レスキュー守
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:16


三年後、ついに「科学者の食事」は発売された。
CMでは、科学者が分厚いカタログをめくっている所が写される。

『我が栄登製薬が自信を持ってお届けするこの食事は、戦う科学者を想定して作られたものです。朝食、昼食、おやつ、夕食、夜食の五食を三六五日、一八二五食を、通販でお届けします。食事と栄養ドリンクの要素の合わさったこれは、頭脳労働をする科学者に最適な内容となっております。飲めるゼリー状の物や特殊加工した食品のみで形成されており、宇宙食にしても問題が無いほど、周囲も汚れません。なお、刺激が強い為、幼児やご老人の服用はご遠慮ください。また、他の栄養ドリンク、薬との併用は事前に医師にご相談ください』

 場面が変わり、ずらりと並べられた一八二五食が写される。

『当社の誇る小さな科学者、真老くんの愛用の一品です。当社は、真老くんの推進するレスキューロボ開発を応援し、売り上げの1%を真老くんに寄付します』

 それは話題を呼んだ。栄登製薬は同時にいくつもの商品を開発しており、社運を掛けた大攻勢へと転じていた。
 それは某掲示板で有名となっていた。

『真老って誰?』

『ほら、三年前に手術をしやがった天才一年生だよ。大地震で……』

『ああ、あれね』

『科学者の食事食べた事あるよ。被災地で配ってたし。美味かったけど……一日五食、三六五日って。種類の多さが半端ねー』

『カタログ分厚すぎ。頼んだけど』

『頼んだのかよ』

『一年通販して食べてみるサイトを立ち上げてみた。俺が全部の味をレポしてやんよ』

『なんという勇者』

『真老のサイトみっけた。寄付募ってるけど、デザイン案がありえねーよ』

『小学生三年生なんだから、それは許してやれ』

『栄登製薬のものだけど、お前ら真老様甘く見過ぎ。あいつマジ天才。化けもの。栄登製薬との最初の契約金、一億。あれパソコン代を除いて全部特許料に消えてるんだぜ。嘘だと思うなら資料取り寄せてみろよ。我が社じゃ真老様が愛用しているって理由で、それにあやかる意味で我が社の研究員の食事全部それなの。そしたら作業効率20%も上がったし、『科学者の食事』の名前は伊達じゃねー』

『マジで? 食うだけで成績上がるの?』

『少なくとも記憶力は上がる。マジで。一か月だけでも通販試してみろよ。店は駄目。種類が多すぎて、一週間分とか一月分セットで買ってもらってるから、同じ日付の食事は一箱につき一個しか入ってない』

『俺、買いたくなってきた』

『寂しい一人暮らしには良いかもなー。メニュー考えなくてもいいし』

 こんな様子で話題性が出て、初めの売れ行きはまずまずだった。
 一番商品を買ったのは、他の製薬会社だろう。何せ、千以上もの新商品が発売され、それを研究しなければならないのだから。
 次に医師だ。なにせ、CMで医師に相談しろと言われてしまったのだ。医師は仕方なくカタログを取り寄せた。
 そして、驚愕の結果が出た。
 本当に頭脳労働の効率が上がるのだ。はっきりと数値への影響が断言できるほどの効果がある栄養ドリンクは非常に少ない。
 しかも、栄登製薬は真老と独占契約を結んでいた。
 頭を抱えた各種製薬会社に、栄登製薬は囁いた。
 共同開発したいなーと。正直、莫大な開発資金の投資で、栄登製薬は売り上げをゆっくり待つ事が出来ないほど経営難に陥っていた。しかし、栄登製薬は動じなかった。
 独占契約をして真老の了解も得ているし、栄登製薬は真老への食事の提供だけを考えればいい。後は、技術使用料だけで収益を上げるなりなんなりしても構わないと言うわけだ。
 殺到する申し込み。噂を聞いたNASAからの接触もあり、種類の多さが買われて本当に宇宙食にもなり、栄登製薬は嬉しい悲鳴をあげた。
 そして、特許の元々の開発者の真老のサイトにも、製薬会社からの寄付が相次いだ。
 その寄付を利用し、真老はいくつかの特許を申請し、町工場に依頼をし、栄登製薬から警備付きの倉庫を借りた。
 さすがに古代の技術レベルは低く、真老は加工方法や素材開発の内容も思い出し、特許申請せねばならなかった。幸い、それは武美が良く知っていたので、特許申請を武美に任せ、その製法を使って町工場で作業をしてもらう事を依頼する。
 町工場の人は大いに戸惑ったが、それでもお金を払ったら協力してくれた。
 この時点で、木田は会社のお金で、二人にボディガードをつけるのだった。
 二年がたった。「科学者の食事」レポートを書きあげたブログが話題になり、美味しさランキング五位までの食事が売り上げを伸ばした。
 その頃には、確かな効果で「科学者の食事」は安定した売り上げを見せており、研究費は順調に増えていった。
 真老が武美と倉庫で町工場の人に手伝ってもらいながら作業をしている時、大人が訪ねてきた。

「すみません、真老くんと武美ちゃんはいらっしゃいますか」

「何の用かね」

 二人が出迎えると、黒服にサングラスの金髪の男が微笑んでいた。
 無言で二人のボディーガードが前に出る。

「私は怪しいものではありません。テレビで見ませんでしたか? 元宇宙飛行士のアレクセイです」

「NASAの者かね。話を聞こう」

「ありがとう」

 お茶を出すと、アレクセイはゆっくりとお茶を啜って言った。

「この前公開された特許ですが、あれは素晴らしい物でした。早速宇宙服の素材として試してみると、五割増しの強度を得た」

「ほぅ……! あれをもう衣服に転用したのかね。いや、どこに頼めばいいやらと思ってね。まだ服については用意できていないのだよ」

「特許について契約をして頂ければ、NASAで作りますよ」

「あら。それは契約内容によりますわ」

 武美がお茶を注ぎ足しながら言った。
 アレクセイはすっと契約書を差し出す。真老はそれに目を通す。真老はもちろん英語が得意だ。ただし、それは未来の英語である。古典を読み解くにも似た感覚に、真老はため息をついた。

「出来れば日本語の書類が良かったのだがね。若干読みにくい……。なんだ。衣服の特許だけではなく、これから開発する全ての特許となっておるではないか。それに報酬がこれだけ? 駄目に決まっているだろう」

 武美が横から覗きこみ、ため息をついた。

「あら、アレクセイさん。これでは詐欺ですわ」

「真老くん、武美ちゃん。君達の知識は素晴らしい。それは広く役立てなきゃ駄目だよ。NASAは、将来君達を迎えるつもりだ」

 力強く言ったアレクセイの言葉に、真老は首を振った。

「悪いが、私は義務教育が終わり次第、自分の研究所を立ち上げるつもりでね。誰の下にも着くつもりはないよ」

「私も、ドクターがいる以上、ドクターの下で働きたいと思っています。でも、NASAの皆さんとは、うまくやっていけたらと思います」

「うむ。そうだ。服以外にも、シートとかどこに頼んでいいやらと言うものがいくつかあってね。特許申請はした後だし、これを私の望むだけ作ってもらいたい。それを特許使用料の代わりとしようじゃないか」

「駄目です、ドクター。それじゃあんまり安すぎます。現物支給および、独占契約なしで特許使用料一千万でお願いします」

「武美くん、あの程度の品でそれは高くないかね。あれはどうせ広まっても惜しくないようなものなのだし、服をタダで譲ってもらえる事を考えたら……」

 武美は腰に手を当てて、プリプリとした。

「ドクターは浮世離れしすぎです!」

「いいでしょう。信用してもらえたら、広まったら惜しいような物も紹介して欲しいですが……今は、これで」

「そうだな、そちらが守秘義務を守ってくれると言うなら、委託したい作業があるのだがね」

「ドクター! ドクターはすぐ人を信用しすぎます!」

 武美を宥め、真老は苦笑した。

「まあ、今はこれを頼む」

 差し出された設計図を受け取り、アレクセイはざっと目を通す。

「衝撃吸収スーツだ。レスキューロボを使用する際に必要となる」

「あの特許はこう使うのですか! なるほど、なるほど。確かに預かりました」

 そして、アレクセイは運転練習装置を見上げる。

「あれが、開発中のレスキューロボですか?」

「いや。レスキューロボを操作する為の訓練装置とスーパーコンピュータを先に作っている。技術を持った工場を探すのが難しくてね。中々進まないが……。まあ、一ヶ月後には完成するだろう。操作方法は既に武美くんがレスキューロボのサイトに乗せている。衝撃吸収スーツが出来次第、第一回のイベントを開催しようと思っている。運転練習装置の試乗イベントをな」

「私も乗ってみても?」

「一万円寄付してくれたまえ」

 アレクセイは苦笑し、一万円を渡した。
 そして、写真を取って帰っていった。
 三ヶ月後、スーツが届き、サイトで試乗運転イベントを告知した。
 栄登製薬もCMで告知した。
 NASAもスーツの実験の場として告知した。
結果、多くの寄付が舞い込み、振込用紙の控えを握りしめた多くの人達が倉庫へと押し寄せた。
その上、同級生達が、社会見学に訪れた。
 思った以上に大規模になってしまったそれに、真老と武美は若干緊張する。
 幸い、町工場の職人たちの奥方達がもてなしを一手に引き受けてくれた。
 まず、アレクセイが危なげなく運転する。
 さすが、元宇宙飛行士。軽やかに、テキパキと人命救助ミッションをやり遂げて見せた。
 次に、寄付額の一番多い栄登製薬の重役が。こちらは無難に、障害物のある中を要救助地に辿りつくミッションをクリアした。
 それから先は、スーツを早く着れた者勝ちだ。
 アレクセイは簡単にやってのけたが、他の者は散々だった。
 うまく歩けない、要救助者を踏みつぶしてしまう、などなど。
 特に細かい操作に移るモードが上手く扱えないようだった。それらを見て、改善すべき所を見つけていく。
 試乗会は夜の十二時まで続いた。
 その内容はNASAや栄登製薬で広報され、ゲーム会社が設計図丸ごと買い取りの打診をしてくる。真老は、万が一にも事故が起きないよう、指定する町工場に製作を任せ、プログラムを改変する場合は指定するプログラム会社と協力する事を打診し、最後にプログラムチェックをさせる事を条件に承諾する。
 それと同時に本格的なレスキューロボの開発に移り、真老は自衛隊に外見図を送ってペイント案を考えてくれるよう打診した。
 すぐに、推薦したプログラム会社からお礼と指導を頼む手紙が来て、倉庫にプログラマ達が、そして、自衛隊からはペイントの為の要員が来た。

「ロボットにはセンサーが取り付けられていて、わかりやすく言えば痛みを共有する。繊細な操作の為には、必要な動作だ。だが、加減を誤ると……わかるな? この部分は絶対に間違ってはならない所だ」

「なるほど、適用範囲はどれくらい……?」

「三十だ。これが絶対ライン。これ以上の痛みだと、集中力を削いで作業すら出来なくなる。これを、触れている時、押している時、破損している時など、段階分けして数値配分する」

「真老さん。こちらを見てくれないか」

「ドクター、ここがちょっと……」

 レスキューロボを手掛けている町工場の者に呼ばれて、真老は移動した。武美もスーパーコンピュータの所で真老を呼ぶ。忙しい事この上なかった。
 サイトのアクセス者数も順調に増えている。
 本当に作れるらしいとう話が伝わり、レスキューロボ自体を自身の会社で作らせて欲しいと言う申し込みが殺到したが、第一弾は自分で作りたいからと断る。
 小学校の卒業式にどうにか間に合わせ、真老と武美は試乗会を行った。
 さすがに本物はほいほい乗せるわけにはいかないから、最初の決まり通り一番寄付金が多かった者だけだ。
 栄登製薬かと思ったが、某大会社の社長がその権利を勝ち取った。
 倉庫には招待者が入りきらない為、公園を借り切ってお披露目をする。
 また、人を雇って、写真やデザイン案のパンフレット、お礼の手紙を寄付者全員に送付した。そして、完成に伴って第一次の寄付を打ち切る。
 公園には人が押し寄せ、次々とカメラでレスキューロボを撮った。
 カメラマン集団を連れてきた大会社の社長は、存分に操作を楽しんだ。
 それが終わると、全員で洗い、真老がサプライズ兼最後の仕上げとして、起動を施した。レスキュー隊がロボットの前に並ぶ。

「レスキューロボ零号、ただいまレスキュー隊に配属しました! ドクターを救って頂いた恩に応え、粉骨砕身したいと思います!」

 びしっと敬礼して答えるロボに、真老と武美以外の全員が驚いた。
 さすがに隊長は即座に気を取り直し、敬礼を返す。

「レスキューロボ零号、歓迎する。諸君の奮闘を祈る」

 真老が、そこで頷いて分厚い書類を渡した。

「レスキューロボの整備方法と備品の作り方はそこに書いてある通りだが、ブラックボックスには絶対に触らない様に。初めはプロトタイプとして広がっても問題のない知識だけで作ろうとしたのだがね。やはり、レスキューロボが人命を救えなくては意味が無い。どんな所でも強行出来るよう、飛行装置とバリア装置を。地中に埋まった人を発見できるよう、スーパーセンサーを……という具合に、最低限の装備は外せなかった。そこはまだ特許申請していないから、守秘義務の徹底をお願いするよ。それと、レスキューの為に使う場合に限り、備品作成の際の特許料を免除しよう」

「了解しました!」

「第一次の寄付の余りもついでに寄付させてもらおう。レスキューロボの維持には金が掛かるからね。今後も素早いレスキューを頼む。レスキューロボ01がもしも役に立ったなら、将来私が会社を立ち上げた時に次の機体を買ってくれたまえ」

「ありがとうございます!」

 町工場の職人たちが、たまらず走り出した。

「頑張れよー! 零号!」

「俺達はいつだって見守っているからな―!」

 零号は手を振ってそれに答える。
 その後、零号はレスキュー守と名付けられ、あちこちの災害で、また自衛隊の広報で活躍する事になる。



[29045] 4話 ロボロボ
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:17
「おっととと。流れが強いな」
「機能05、スパイクを使って下さい」
「ああ、そうだった。ありがとう守」
 大雨による洪水。試しに飛ばしてみた所、全く何の問題も無く飛行した事から、レスキュー守のみ先行して出撃する事となっていた。
 レスキュー守が来て以来、自治体が隙あらば自衛隊を呼ぼうとした為、今までよりも遥かに迅速な救助が可能となっていた。最も、救助に向かうのが早すぎて、自衛隊自身も被災する事もないではなかったが。
 災害が今まさに起こっている状況での救助。レスキュー守は、遺憾なくその威力を発揮した。
 発揮しすぎて困る位だ。スーパーサーチを使うと、窮地に陥っているだろう幾人もの生命反応が検知される。
 しかし、その全てを助ける事など出来ないのだ。
 誰を優先的に救うのか。
 なるほど、守が超高性能AIを持っていて尚、乗り手を必要とする理由がわかる。
 守に乗っていた伊藤一士は、河と化した道路を渡り、車の上に避難していた親子をしっかりと捕まえた。
「今、安全な避難所へ連れて行きますので、しっかり捕まっていて下さい」
 母親は、ぶるぶると震えて声も出せないようだ。危険な兆候だ。
 レスキュー守は背に背負ったランドセルにしか見えない物から防水毛布と食料を射出した。防水毛布とは、水をはじき、水に触れても温かさを保つ毛布で、レスキュー守の装備として渡された設計図に記されたものの一つだった。
「『科学者の食事』一二月二十日夕食分です。体が温まる成分と高い栄養価があります。飲んで下さい。飲み終わったら移動します」
 母親は震えて頷き、まず子供の口にそれを押し付けた。
 蒼褪めていた子供の頬が、ほんのりと赤くなっていく。
 「科学者の食事」十二月二十日夕食分は特にきつく、もはや薬と言っても差し支えない食事だった。医者が処方する事もあるほどであるし、被災者にとりあえず食べさせる物として、これが特に選ばれレスキュー守の装備パックに配備されていた。これを普段の食事にする真老の気がしれないと伊藤一士は思う。
「科学者の食事」を常食する事は、薬漬けの体になる事に等しい。
親子がとりあえず栄養補給を終えると、防水毛布で包んで運んだ。
けっして落とす事の無いよう、潰す事のないよう、手の方は超高性能AIである守に制御してもらって、伊藤一士はとにかく転ばぬように歩く。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
「お子さんの体調に気をつけて下さい。熱があるようだ」
 喋れるようになった母親が何度も礼を言う。レスキュー守は何パックか十二月二十日分夕食を渡し、次の被災者を救助しに行った。
 その後、レスキュー守に無線が入る。
『雨が弱まった。そちらの映像は受け取っている。被害が拡大しているから、救助を強行する。なに、ブラックボックスを開けるなとは言っていたが、使うなとは言っていなかった。こんな事もあろうかと、預かっている守のバリア発生装置の予備を、ヘリに組み込んでおいた』
 バリア発生装置は、主に風雨を防ぐ為の者だ。これを作動させればそれを設置させた飛行装置が風雨の影響を受けずに飛行できる。航空会社垂涎の一品だ。
「スーパーサーチもどうせカメラに組み込んじゃったんでしょ? 早いとこ手伝いに来て下さいよ」
『まあな。使えるものは使わせてもらわないと』
「ドクターの発明品が役だっているならいいですが、将来ちゃんと弟達を買って下さいよ」
『もちろんだ、守』
 ヘリの音が近づく。
 風雨を円状に完全に防いで、ヘリが降りて来ていた。人々が、歓声を上げる。
 自衛隊はただちに散開し、救助を始めた。
 

「守は上手くやっているようだな」
 次々と舞い込んでくる依頼のメールを眺め、真老は呟いた。
「まあ、あれだけ装備をつけてやれば当然だと思いますわ、ドクター」
 武美がお茶を注ぐ。中学生となり、ますます女らしさに磨きが掛かってきていた。
「救助に、広報に、官僚の接待か。AIにストレスが掛かり過ぎていないか心配だが、今の所変わりないようだな」
 依頼で一番多いのは、レスキューロボ部隊の買い取りだ。
 バリア発生装置の注文も多い。
 中には寄付しろと言うふざけた話もあったが、無論却下した。
倉庫に直接、レスキューロボに助けられた人達からのレスキューロボの似顔絵やお礼の手紙なども届いていた。
レスキューロボ01は、更に三台追加して製作している事には製作していた。真老としては、作り溜めておいて、起業した時に自衛隊に売り渡すつもりだったのだが。
「まだこの子達の行く末を決めていないなら、作りたいものがあるのですが……」
「何かね、武美くん」
 武美は無言でサイトを指差した。そこにあったのは、三台のロボット。コスプレトリオだ。
「……それを作るには、まだ職人たちの腕前が足りんぞ」
 職人たちが、はっと振り返ったので、真老は咳払いをした。
「別に、機能一覧を乗せていたわけではありませんわ。この研究所所属にして、マスコットキャラとして、どうかなーと。各国に配るだけの生産力が無いなら、派遣すればいいのですわ」
「うーむ。まあ、いいか。武美くんが望むならそうしよう。しかし、マスコットキャラにするのならそれなりの機能はつけてやらないとな」
「真老さん、もっと繊細な物を作れと言うなら、やれますぜ」
「うむ、期待している」
 こうして、知的なドイツ型ロボットエルウィン、ヒーローなアメリカ型ロボットアレックス、引っ込み思案な忍者型ロボット半蔵が出来あがった。ちなみに、半蔵には車の変身能力もつけた。
 車については詳しくなかったので、某大手車の製作会社の力を借りて、公道を走る手続きも終えた。
 エルウィンには、自由度と知識を与えてあるし、アレックスには格闘能力を付け加える。
 三体のグラビアな画像を載せた所、大反響が起きた。
 キャンペーンとして、ドイツ政府、アメリカ政府、日本政府の順に六カ月ほど貸し出す事にする。それが終わるころ、中学校を卒業して、真老と武美は起業するのでちょうど良かった。
 特許もあったし、製薬会社は、第一次寄付を終えてもなお寄付を続けてくれていたので、起業の予算はある。また、その一年半の間に、更に三体のプロトタイプの製造に成功した。
 出先でも大変な人気だったようで、エルウィンとアレックスがホームシックならぬ職場シックになったので、真老は仕方なくドイツとアメリカへの無償貸与の延長を決めた。
 会社の起業をして、まずやった事がその三体のプロトタイプの自衛隊への売却だった。
 まずまずの利益を出して、真老と武美は各種技術系学校の大学院へと出向いた。
「おお、真老さん! お噂はかねがね聞いていますよ。今日は何の用事で?」
 教師が、にこやかにほほ笑んだ。
「来年開催する就職説明会のチラシを置きに来た。後、どのような学生がいるのか見学に」
「そうですか! いや、研究室の中には、真老さんの特許を中心に学んでいる子がいるのですよ。きっと喜びます」
「そうかね。興味があるなら、いつでも来るといい。ここの学生証を提示すれば入れてあげよう。今ちょうど、半蔵が退屈そうにしているから、話相手になってやってくれ」
「本当ですか! いやいや、そんな事を言って、毎日押しかけられても知りませんよ。何しろ彼は半蔵の熱烈なファンで……」
 話している間に、研究室前に到着する。扉を開けると、若々しい青年が驚いて叫んだ。
「真老さん! まさか飛び級でこの学校に入るとか!? うっわどうしよう!」
「いや、従業員を探していてね」
「レスキューロボの販売会社ですっけ」
 真老は、首を振った。
「それは他に任せようと思っている。私がやり遂げたいのは、研究所の設立。それも無人惑星を研究所に仕立て上げる事だよ」
「無人惑星を……!?」
 学生の一人が立ちあがった。
「まずは、それを補佐する為のロボット達と宇宙船を作っていきたいと思っている。アメリカに助けを借りる事になるだろうね。あそこは資源が多いから」
「宇宙船を……!?」
 また一人、学生が立ちあがった。
「私が求めるのは、何よりも口が堅い人間だ。特許を勝手に売り飛ばしたり取得したりしない人間だね。この手の機関で一番怖いのはスパイだから。金の誘惑があるだろう。女の誘惑があるだろう。それを跳ねのける自信のあるものに、我が社に入って欲しいと思っている。ああ、恋人を作るなと言うんじゃないよ。ただ、恋人まで広げた身元調査をさせてもらう。そういう事だ」
「ドクターは危険と仕事に見合った十分な報酬を下さいます。ただ、基本的に終身雇用です。こちらでノウハウを取得して、あちらで高く買ってもらうというような事は認めません」
「終身雇用……!?」
 また一人、学生が立ちあがる。チラシを配って、真老は帰った。
 それを、真老と工場長が選んだ三十あまりの大学や工業高校で行う。
 学校巡りをした翌日には、既に半蔵と会話しようと学生達が学生証を握って倉庫へと出向いてきていた。
 警備員は、事前に見せられた学生証のリストを照合して学生を招き入れる。
 作りかけのレスキューロボ。重い荷物を運ぶ半蔵。運転訓練装置。
 学生たちはその全てに目を奪われた。
「おう、学生か! 話は聞いてるぜ、早速手伝え! 大丈夫、やらせるのは簡単な事だけだから」
「田中さん、この子達は町工場じゃ無く、ドクターのお客様だと思いますが……」
「大丈夫です、やれます!」
 職人たちに声を掛けられ、学生達は走った。実際にロボット作りの作業に携われるのだ、躊躇する理由など無い。
 そこに真老と工場長達が帰ってくる。
「おう! 早速生きのいいのが来てるじゃねーか?」
「働き者の学生のようで、何よりだ。ちょっと半蔵に乗っていくかね?」
「乗っていきます!」
 学生は元気よく答えた。真老は頷き、半蔵を呼ぶ。
 以後、学校が終わると倉庫に寄るのが学生達の日課となった。
 半年ほど様子を見て、真老はいくつかの技術を特許局に入れた。
 この頃には、バリア技術などを持たない、完全プロトタイプのレスキューロボが、発展途上国と一握りの先進国でちらほらと出始め、販売されていた。
 発展途上国で多く出たのは、単純に特許法を破ったからだ。プロトタイプの設計図は真老が特許庁に入れておいたから、検索すればすぐに出る。しかし、それは真老がつきあう国を決める為の罠だった。
 ……ここら辺が、潮時か。真老は先進国の各国と自衛隊に備品を提供している会社に、レスキューロボとスーパーサーチ、飛行装置の特許契約とブラックボックス化したバリア発生装置と高性能AIの貸与を申し出た。コア部分だけ特許登録していた発明品の、いくつかの設計図も貸与する。
 これも更なる罠だったりする。もちろん守秘義務は結んであるから、ブラックボックスを触れずに守ってくれるか? 機密情報を他へ漏らさずにいてくれるか? その辺りを確かめたかったのだ。ちなみに、AIについては純粋に、下手な作り方をしたら危険な事故が起きかねないからである。真老の経験に裏打ちされた絶妙なAIのさじ加減は、簡単に説明する事が出来るものではなく、レベルの低いAIに関しては真老の眼中になかったのだ。
 それが終わると、就職説明会だ。
 真老が倉庫で行った就職説明会には、エルウィンとアレックスも駆け付けた。
「ドクターの素晴らしい研究の中でも、最も素晴らしいのは私の開発です。私はロボットでありながら、研究開発を得意としており、ドクターの研究と重ならない様に気をつけながらですが、研究機関の手伝いも……」
「俺はヒーローなんだぜ! この間は消防士の手伝いをしたんだ。こう、燃え盛る火の中から的確に生命反応を検知して……」
「ひ、人がいっぱい……拙者、ここで忍んでいるでござる」
 全く役に立たないマスコット達だった。
 仕方なく真老は自ら全員にパンフレットを配る。
「地上稼働型レスキューロボに関しては、各国と特許契約を結び、広めていこうと思っている。バリア発生装置とAIはこちらで作るがね。あれを広める事は、レスキューを容易くするという事で、非常に意味がある。諸君には就職試験に合格すれば、宇宙版レスキューロボ……作業用ロボを作ってもらう。それに、各種作業用ロボだ。信頼を得るごとに、より特許申請をできないような超高性能なロボットの製作に着手してもらう。最終的には宇宙船の開発に従事してもらう事になる。難しく、責任ある仕事だ。就職試験申し込み書はこちらだ。頑張ってくれたまえ。ああ、この倉庫は借りているものなので、今新たな研究所を建設している」
 頷いて、学生達……学生達? 明らかに年齢のいった大人や外国人が混じっている。
「年齢制限はありますか?」
「若ければ技術が多少拙くとも目を瞑るが、年の行った者には相応の技術を要求するぞ。後、当然ながら他国籍人はいずれは母国に帰って技術を還元しようというのが普通だから敷居は高い。代わりにその国のレスキューロボの特許契約を交わした会社を紹介させてもらう事になる」
「外国人差別だ!」
「我が社は終身雇用なのだ。他に帰る国のある外国人とは基本的に肌が合わん。その代り、特許契約を交わした会社を紹介すると言っているだろう」
「敷居が高いという事は、全く雇わないわけではないのでしょう?」
「当然だろう。外国との折衝等、未特許案件には触れさせないが、色々と任せたい仕事はある。高い技術知識のある事務と言った感じだが、それでもよければ……」
「開発には関われないのですか?」
「アイデアがあるなら、どんどん言うが良い。いいアイデアなら報奨金も出す。もとより、技術を完全に把握していなければ折衝など出来まい」
「未特許案件に触れさせない? ふざけているのか!」
 先ほど外国人差別だと言った男だった。真老は冷たい目で男を見る。
「未特許案件は決して情報を漏らす事を許されない。危険な仕事だ。やってみたいで出来る仕事ではないのだよ。どのみち、雇主となるかもしれない者にそのような横柄な態度を取るものをどうして雇うと言うのかね」
「ドクター、この人知っています。卒業研究の盗難疑惑のあった方ですわ」
「つまみだしたまえ」
 武美の言葉が決定打だった。
「さて、何人かスパイが混じっているようだが、諸君らにはもし機密情報を漏らしたら、罰金を払ってもらう。その金額、一兆だ。何、機密情報を漏らしさえしなければ関係の無い決まりだし、盗んだ研究を上手く売ればそれ位になる。これは妥当な金額だ」
 ざわざわと学生達は戸惑いの声を漏らす。
「諸君の仕事の重さがわかったかね? それでは解散だ。入社の際はよく考えて欲しい。缶詰など日常茶飯事だ。きつい仕事だから」
 そして、真老はせっせとコア技術を特許申請する。
 コア技術は特許を取っているので、本当は情報をとられても問題ない。
 反重力航行装置も、まあ仕方ない。
 本当に重要なのは、絶対に渡してはならないのは、ワープエンジン、ゲート、ゲートエンジンの作り方だ。
 ワープエンジンは空間を捻じ曲げて遠くまで航行する方法、ゲートエンジンは設置したゲート間をワープ飛行する技だ。二つの決定的な違いは、ワープエンジンは好きな所に行けるが隕石一つ着地地点にあるだけで大事故となる事、ゲートエンジンは出入り口を管理する事で安全に出入りできるがゲート間でしか航行できない事である。
 手順としては、無人でワープエンジンを目的の場所に飛ばし、簡易ゲートを設営し、ゲートを通って小型艇を帰還させ、その後ゲートエンジンで人間が目的地に着き、本格的なゲートを作成するというものである。
 電波も、ゲートを起動させている間しか通らないので、情報を常にやり取りするのは難しい。
 これはコア技術ですら特許申請できない。
 これがないと、他惑星にそもそも移動できない。
 つまりこれを独占している者が、惑星を独占できるのだ。
 電波すらめったに通らない僻地。ゲートの向こう側で何が行われていようと、うかがい知る事は出来ない。治安維持の為にも、下手な者をメンバーに加えるわけにはいかない。
 全ての罠は、この技術を安心して預ける事の出来る人材を見つける為である。
 真老は、厳選した百人の部下に早速それぞれ、違う設計図を渡した。
 そして、真老と武美は目的の物の部品を作れる工場をリストアップ。
 また、コア部分とAIは真老と武美が直に作る事にした。
 そして、レスキューロボの寄付の領収書を切符に、定期的にロボット展を開く事を決める。これは部下達の尻を叩くのに大いに役に立った。
 レスキューロボの領収書は、裏で高値で取引されるようになった。
 真老は必ず国内の工場を使っていた為、度重なるロボット開発は、着実に日本の技術力を引きあげていった。



[29045] 5話 惑星開拓
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:18
 三年後、社員は減ったり増えたりしながら、三百人を数えていた。
 最もその中で信頼に足るとされたのは十人程である。もはやこの十人は、外へ出る事すら許されなかった。家族もボディーガード付きである。
 この頃には、信頼できる国、起業のリストアップも出来ている。
 しかし、惑星開発には莫大な金がいる。とてもではないが今の資金では足りない。
 まず一つ目の惑星開拓事業で資金を用意し、本命の惑星開発に本腰を入れるのが得策と言えた。全く一からの入植は真老も初めてであるし、練習が必要でもあった。
 しかし、全てはゲートを作ってからの話だ。
 まずは、地球ゲートの設営を。
 その為の作業船がもうすぐできあがるという時だった。

「宇宙飛行士の免許が要求される? 操作方法が従来と全く違う事は伝えたのかね」

「はぁ……」

「いくら宇宙飛行士でも、この作業船に関しては素人同然だ。操作方法が全く違うのだから当然だ。あれは私自らが操縦するぞ。何とかしたまえ」

 アメリカ人マネージャーのロビンはため息をついた。

「反重力の特許協力って、出来ませんか? なんなら、共同開発と言う形でも構わない、守秘義務は守るそうです。その情報を寄こすなら、私の母国が免許に関してはどうにかしよう、と」

「そちらの宇宙飛行士を寄こすというオチじゃなかろうな」

「う……ありえますね」

「バリア発生装置に関しては融通したろう? さすがにこの程度の事で反重力の技術を渡すつもりはないぞ。あれは機密レベルAだ」

「監督として、NASA直選の宇宙飛行士が行くという事でどうですか?」

「機密レベル特S級の物を組み立てに行くのだがね」

「向こうも、単なる飛行とは思ってませんよ。惑星開拓するって言っちゃってますし、天文台の協力を得て惑星の座標を得ているわけですし、準備が大規模すぎます。そもそも会社の名前が惑星研究所ですよ? もう惑星移住するものだと思って、興味しんしんなんですよ。何か大きな餌が必要です。宇宙作業ロボはどうですか? 宇宙ステーションの作業がぐっと進みます」

「そしてゲートに仕掛けをする技術力も得るというわけかね」

「ミサイルでも撃ちこまれたらどうにもなりませんよ。それは防備と自爆装置を強化する方向で、としか」

 真老は腕組みをして考えた。

「……特許協力と現物供与。02、05、07、08、15、17、79の七台でどうだ」

「十分かと。早速その方向で。それと、信頼できるゲート監視員を」

「あー、いつもの警備会社の者で構わんよ。重力装置はつけてあるのだし、何人ものAIが補佐するから、さほど技術はいらんのだ。大事なのはさぼらずたゆまず裏切らずに仕事を完遂してくれる事。すべてクリア。素晴らしいじゃないか。危険手当は一層支払わねばならんがな」

「はぁ……。そんなものですか。こっちが外国籍ってだけでこれだけ苦労してるってのに、日本人の警備員はあっさり採用ですか。ちょっと腹が立ちますね。私だって宇宙に行きたいのに」

「行ってくれるのかね? 丁度入植地の折衝に有能で信頼できるのが欲しいと思っていたのだが。しかし、君を使うのは些かもったいないな」

 ロビンは、口をぱっくり開けて驚いた。

「行きますとも! いいんですか!?」

「少なくとも40%の割合で未知の病気に掛かって死ぬだろうが、それでも構わなければな」

「構いません!」

「なら、早いとこ信頼できる後進を育てたまえ。特S級技術を渡す事は出来なくとも、特S級技術の内容を教える事が出来るぐらいには、君を信頼しているのだよ。君の権力は、君の思った物より大きい。恐らく、向こうに降り立ったら、全ての采配を君に頼む事になるだろう。準備は整えて置きたまえ。君がレディに移住資料を頼めば、出してくれるはずだ。……難儀なものだ。惑星開拓とは、優秀な一握りの駒を、使い潰して行く作業なのだからな」

 レディとは、真老の助手ロボットだ。真老がレディへの通信機を使わずに許可を出したという事は、元からその資料へのアクセス権がロビンにあった事を示していた。
 ロビンは、喜びに震えた。本命の惑星は別にある事は理解していたが、ロビンにとっては研究専用のひっそりとした惑星よりも、開拓用の惑星を切り盛りする方が魅力的だった。自分では日蔭者だと思っていたのが、ロビンの考える最も重大な、名誉な役割に任命しようと言ったのである。嬉しくないはずがない。

「は! ありがとうございます、ミスター真老。まず最初に降り立ったら、アメリカの旗は立てていいですか?」

「監督官が一番最初に降りるつもりかね? 危険は病気だけではないのだぞ。それは諦めたまえ。それと、アメリカの旗は立ててもいいが、アメリカ領と間違えられない様に」

「わかりました、我が社の旗も立てます!」

 ロビンは、走ってレディの所へ向かった。

「本当にわかっておるのかね……」

 真老は見送った後、その件について忘れた。
 その一ヶ月後、航行テストを宇宙飛行士立会いの下でクリアしたら、以後新しい免許システムを認めるという議決が降りた。ロビンの巧みな外交の成果だった。
 そして、なんなく航行テストをクリアする。
 日本中がお祝いムードとなり、あちこちから贈られる祝辞を軽く交わし、真老の会社はさっさとゲートの建設に移った。
 と言っても、人間はほとんど必要なかった。大船団を宇宙に打ち上げ、後はロボットが作業をするのを見守り、要所要所で指示をするだけだ。その要所要所での指示が、非常に難しい作業だった。
 真老、武美、そして選ばれた十人のみが宇宙船に乗り、ゲート設営の手順を確認して行く。
 そして、先行して超高性能AI「通」を乗せた船がワープする。

「いい? 私はドクターに向こうのゲートの設営をさせるつもりはないわ。絶対によ! となると、貴方達の誰かが命がけで行う事になる。惑星開拓の要、ここが駄目なら全て駄目なのよ。しっかり覚えて」

「了解しました!」

 科学者たちは真剣な瞳で真老の作業を見守る。質問には武美が答えた。
 高校を卒業するぐらいの年の子が、このような作業をしているのである。科学者たちは畏怖に震えた。
 もちろん、ゲート設営の様子は各国が注視していた。
 ゲート建設には三カ月ほど掛かった。さらに二ヶ月後。
 ゲートランプが点滅して、小型船を通した。

「ゲート開通! ゲート開通!」

 AIが高らかに歌い上げ、さすがの真老も歓声をあげる。
 小型船のデータを見るに、仮ゲートはまずまずの位置だ。少し惑星から遠いが、許容範囲内だし、周囲に本当に何もないのが良い。着陸に良さそうな平らな土地もある。

「三田くん、後は頼んだよ。こちらは既に監視員を二駅分連れてくるからね。失敗は無いものと考えているよ」

「はい! お任せ下さい!」

 科学者の一人が、敬礼をした。遺言は既に書いてある。
 家族と一時間の通信を済ませ、彼は旅立った。
 帰ると、真老の会社の抱えるたくさんの社員が出迎えた。
 期待と不安の入り混じった表情。社員のほとんどは、ゲートの事も、宇宙で何をやっているかも知らなかった。ただ、ロビンがうきうきとどう考えても移民としか思えない準備をしていたり、必死に後輩を教育をしているのを見つめるのみである。
 そう、知らされていないだけで、彼らとて知っていた。
 後は、成功したか否かである。
 真老は、笑った。

「ゲートを開通した。今、三田くんが向こうのゲートを作っている。……誰か、我が社のサイトに星の名前の公募を乗せたまえ。写真はこれだ」

 真老が、新たなる星、美しい星の写真を掲げる。
 轟音。真老はこれほどの歓声を聞いた事が無かった。
 真老は、手をあげてそれを黙らせる。

「早速説明会を行おう。ロビンが説明会の手はずを整えてくれているはずだ」

「はいはい! 無茶振りにもしっかりとお答えしますよ、何せ私はミスター真老の腹心の部下ですからね! いつもの第一次寄付者とお得意様の国、企業、惑星開拓に必要そうな関連企業、研究所、仕事を探していらっしゃる身元の確かな方、ついでに娼婦、それと我が社は日本企業ですから、自衛隊の方にも招待状を書いてあります。私としてはアメリカ軍の方が頼りになっていいと思うのですがね。ご命令があればすぐに日付を入れて郵送するだけです。予定日は二週間後! もちろん、寄付者以外の怪しげな企業人物真老様の嫌いそうな奴などは全てシャットダウンしてあります。移民船については開発に後二か月必要ですが、まあ移民する方々も準備に一ヶ月半は必要でしょう? 作業船の改装点検補給を急ピッチでやってもそれくらいは掛かりますし」

 ロビンが自信を持って言う。

「パーフェクトだ。ロビン。ゲートの設置には順調に行って三カ月掛かるから、一月余裕がある位だ。着実に進めていこう。小型船の持ってきたデータを渡すから、確認して移民のメンバーについてシュミレートしておいてくれ。実際に移民メンバーが決まったら、その後私も加わって細かい所を詰めていこう。初めに行っておくが、初期移民は捨て石となる。お前も含めてな」

「わかっていますとも! でも、役職名はちゃんと決めて下さいね。私の名前をばっちり教科書に載せる為に!」

「約束しよう」

 社員達の嫉妬の視線を一身に受け、ロビンは幸福に輝いていた。
 二週間後。貸し切りにした大きな公園で、真老は巨大なスクリーンに小型船の持ち帰ったデータを次々と写させた。

「我が社は、ゲートの開設に成功しました。これがあれば、惑星エデンに自由に……とは行きませんが、行き気が出来ます。電波は一日の内限られた時間しか流す事が出来ず、隔離された僻地となりますが……我が社はここに実験都市を設立したいと考えています。しかし、資金、人員ともに足りない。そこで、皆さまのお力をお借りしたいのです。今、一番我が社が求めているのは第一次入植者です。要するに惑星にどんな危険や病があるか、その身をもって調べる人々です。治安を乱さなくて、働く気があって、そこそこ健康なら、誰でも構いません。対策を立てるのは第二次入植者がやります。はっきり言いましょう。第一次入植者は捨て石です。もちろん、ロボの補助はあります」

 「生き延びるだけの簡単なお仕事」と書かれた看板を、エルウィンが掲げた。

「第二次入植者には、宇宙船内で待機してもらい、第一次入植者へ起きた危険への対策を練ってもらいます。医師等がこれに当たります」

「対策する大変なお仕事」と書かれた看板をアレックスが掲げた。

「第三次入植者は、第二次入植者が全ての対処を終えた後、本格的に都市建設に入ります。この時期まで生き延びた方には、未知の病気への対策が出来た場合に限り帰還を許可します。また、エデンの土地とエデンにいる間に限り全面的な生活のサポートをします。第一次入植者第一世代に限り、生き延びた功績をたたえ、働かなくても援助します」

「開拓する魅力的なお仕事(ただし待つ必要あり)」と書かれた看板を半蔵が掲げた。

「では、それぞれのロボットの前に並んで、申込用紙を受け取って明日中に郵送してください。簡単な審査の後、二週間後に切符を発行します。以上!」

 真老が話終わると、群衆からそう突っ込みが入った。

「待ちたまえ! それでは第一次入植者は見殺しにする気かね!」

「未知の病気についてはもう仕方ないので、誰かが犠牲にならねばならんのだよ。もちろん、ロボット、宇宙船に控えた第二次入植者など、手厚い看護はするつもりだ」

「惑星一個を私物化するつもりかね!? 手順がずさんすぎる、開拓には国が出るべきだ!」

「はて? あの惑星に行けるのが我が社だけな以上、所有権を主張してもなんら問題は無いかと思うが」

「惑星一個だぞ!」

「心配せずとも、アメリカにはよくしてもらっているからな。入植者とは別に、輸送枠は確保してある。土地だって十分にある。そちらこそ、本来は見ているしかなかっただけの惑星の全部を物にしようなどと思っていないだろうね? 盛大な我が社への、そして我が事業への援助を期待してもいいかね?」

 アメリカ大使はぐっと唇を噛んだ。
 真老の言う事ももっともだ。真老の技術を持ってしてしか、エデンには辿りつけないし、無条件で輸送枠を確保、土地だって十分にあるという発言から分け与える気はあると推測できる。
 一度深呼吸して、そしてゆったりと真老に聞いた。

「国連に掛けて国連主導で開拓する気はないのか」

「無料で提供した揚句、星は国連に提供なんて言う慣例を作れと? 我が社のメリットが0だな、それは。我が社は資金の全てを投げ出してゲートを作成したんだ。名目上でもなんでも、我が社主導で開拓を行わないと今後の活動に差しさわりがある。輸送に土地の提供にと、事細かく料金を定めてもいい所を、無条件で提供する代わりに「寄付」でいいと言っているのだ。これだって悪しき慣例になりかねないほどのかなりの譲歩なのだがね。それにもう既にロビンを監督官にすると約束していてね」

「まあまあ、ミスター真老の言う通りだ。彼がゲートとやらを開発するまで、こちらは見てるしかなかったんだし、無条件で分け前を与えられる事の何が不満なんだね? わがドイツは、貴方の会社を援助させてもらうよ」

「礼を言う。ドイツ駐日大使殿」

「うちだって、援助をしないとは言っていない。功績は称えるべきだとも思う。だが、君は……手順をふまなすぎだ。惑星開拓は、もっと大規模に、盛大に祝うべきだ」

 真老は微笑んだ。

「礼を言う、アメリカ駐日大使。移民団の出発の日は盛大に宴を開くから、それで我慢してくれたまえ」

 その後、真老の元に申し込み書が殺到する事になる。
 ロビンは嬉々としてそれを仕分け、移民団を編成するのだった。
 真老は輸送料を取らない代わりに給料も払わなかったが、それはロビンが日本政府と交渉して、日本人移住者には支度金が用意された。
 もちろん、各国も同じように支度金を用意した。そして、移民である。



[29045] 5話 IF こんな宇宙生命体との出会いもいいよね!
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:39
 三年後、社員は減ったり増えたりしながら、三百人を数えていた。
 最もその中で信頼に足るとされたのは十人程である。もはやこの十人は、外へ出る事すら許されなかった。家族もボディーガード付きである。
 この頃には、信頼できる国、起業のリストアップも出来ている。
 しかし、惑星開発には莫大な金がいる。とてもではないが今の資金では足りない。
 まず一つ目の惑星開拓事業で資金を用意し、本命の惑星開発に本腰を入れるのが得策と言えた。
 しかし、全てはゲートを作ってからの話だ。
 まずは、地球ゲートの設営を。
 その為の作業船がもうすぐできあがるという時だった。

「宇宙飛行士の免許が要求される? 操作方法が従来と全く違う事は伝えたのかね」

「はぁ……」

「いくら宇宙飛行士でも、この作業船に関しては素人同然だ。操作方法が全く違うのだから当然だ。あれは私自らが操縦するぞ。何とかしたまえ」

 アメリカ人マネージャーのロビンはため息をついた。

「反重力の特許協力って、出来ませんか? なんなら、共同開発と言う形でも構わない、守秘義務は守るそうです。その情報を寄こすなら、私の母国が免許に関してはどうにかしよう、と」

「そちらの宇宙飛行士を寄こすというオチじゃなかろうな」

「う……ありえますね」

「バリア発生装置に関しては融通したろう? さすがにこの程度の事で反重力の技術を渡すつもりはないぞ。あれは機密レベルAだ」

「監督として、NASA直選の宇宙飛行士が行くという事でどうですか?」

「機密レベル特S級の物を組み立てに行くのだがね」

「向こうも、単なる飛行とは思ってませんよ。惑星開拓するって言っちゃってますし、天文台の協力を得て惑星の座標を得ているわけですし、準備が大規模すぎます。そもそも会社の名前が惑星研究所ですよ? もう惑星移住するものだと思って、興味しんしんなんですよ。何か大きな餌が必要です。宇宙作業ロボはどうですか? 宇宙ステーションの作業がぐっと進みます」

「そしてゲートに仕掛けをする技術力も得るというわけかね」

「ミサイルでも撃ちこまれたらどうにもなりませんよ。それは防備と自爆装置を強化する方向で、としか」

 真老は腕組みをして考えた。

「……特許協力と現物供与。02、05、07、08、15、17、79の七台でどうだ」

「十分かと。早速その方向で。それと、信頼できるゲート監視員を」

「あー、いつもの警備会社の者で構わんよ。重力装置はつけてあるのだし、何人ものAIが補佐するから、さほど技術はいらんのだ。大事なのはさぼらずたゆまず裏切らずに仕事を完遂してくれる事。すべてクリア。素晴らしいじゃないか。危険手当は一層支払わねばならんがな」

「はぁ……。そんなものですか。こっちが外国籍ってだけでこれだけ苦労してるってのに、日本人の警備員はあっさり採用ですか。ちょっと腹が立ちますね。私だって宇宙に行きたいのに」

「嫌だと言っても連れて行くに決まっているだろう。まともな折衝が出来るのは君だけなのだから」

 ロビンは、口をぱっくり開けて驚いた。

「はい……?」

「早いとこ信頼できる後進を育てたまえ。今のままでは、どう考えても君が二人は必要だ。惑星開発担当と、惑星研究担当と。アビゲイルくんもノーマンくんも、野田くんも、とてもじゃないが君の代わりは務まらん。惑星開発担当の方は外部から探して来てもいいが、星の乗っ取りが怖くてね」

「す、すぐに三人を鍛えます! ですから、私を惑星担当にして下さい!」

「そう願う。ゲートが出来次第、視察に行くから準備をしておいてくれたまえ。レディに聞けば、開発計画を説明してくれるから」

 レディとは真老の助手型ロボットである。もちろん、特S級の技術が使われている。

「ミスター真老。まず最初に降り立ったら、アメリカの旗は立てていいですか?」

「ついでに一番最初に降り立ちたいんじゃないかね? それはいいが、アメリカ領と間違えられんようにな」

「わかりました、我が社の旗も立てます!」

 ロビンは、走ってレディの所へ向かった。

「本当にわかっておるのかね……」

 真老は見送った後、その件について忘れた。
 その一ヶ月後、航行テストを宇宙飛行士立会いの下でクリアしたら、以後新しい免許システムを認めるという議決が降りた。ロビンの巧みな外交の成果だった。
 そして、なんなく航行テストをクリアする。
 関係各所のあちこちから贈られる祝辞を軽く交わし、真老の会社はさっさとゲートの建設に移った。
 と言っても、人間はほとんど必要なかった。大船団を宇宙に打ち上げ、後はロボットが作業をするのを見守り、要所要所で指示をするだけだ。その要所要所での指示が、非常に難しい作業だった。
 真老、武美、そして選ばれた十人のみが宇宙船に乗り、ゲート設営の手順を確認して行く。
 そして、先行して超高性能AI「通」を乗せた船がワープする。

「いい? 私はドクターに向こうのゲートの設営をさせるつもりはないわ。絶対によ! となると、貴方達の誰かが命がけで行う事になる。惑星開拓の要、ここが駄目なら全て駄目なのよ。しっかり覚えて」

「了解しました!」

 科学者たちは真剣な瞳で真老の作業を見守る。質問には武美が答えた。
 高校を卒業するぐらいの年の子が、このような作業をしているのである。科学者たちは畏怖に震えた。
 もちろん、ゲート設営の様子は各国が注視していた。
 ゲート建設には三カ月ほど掛かった。さらに二ヶ月後。
 ゲートランプが点滅して、小型船を通した。

「ゲート開通! ゲート開通!」

 AIが高らかに歌い上げ、さすがの真老も歓声をあげる。
 小型船のデータを見るに、仮ゲートはまずまずの位置だ。少し惑星から遠いが、許容範囲内だし、周囲に本当に何もないのが良い。着陸に良さそうな平らな土地もある。

「三田くん、後は頼んだよ。こちらは既に監視員を二駅分連れてくるからね。失敗は無いものと考えているよ」

「はい! お任せ下さい!」

 科学者の一人が、敬礼をした。遺言は既に書いてある。
 家族と一時間の通信を済ませ、彼は旅立った。
 帰ると、真老の会社の抱えるたくさんの社員が出迎えた。
 期待と不安の入り混じった表情。社員のほとんどは、ゲートの事も、宇宙で何をやっているかも知らなかった。ただ、ロビンがうきうきとどう考えても移民としか思えない準備をしていたり、必死に後輩を教育をしているのを見つめるのみである。
 そう、知らされていないだけで、彼らとて知っていた。
 後は、成功したか否かである。
 真老は、笑った。

「ゲートを開通した。今、三田くんが向こうのゲートを作っている。……誰か、我が社のサイトに星の名前の公募を乗せたまえ。それと、一口十万円の寄付を募るように。報酬は写真にしよう。惑星の写真はこれだ」

 真老が、新たなる星、美しい星の写真を掲げる。
 轟音。真老はこれほどの歓声を聞いた事が無かった。
 真老は、手をあげてそれを黙らせる。

「三田くんがゲートを建設して戻って着次第、視察に向かう。その後、惑星研究所支部を二つ設立する。後で建てる特S級機密を管理する日本人のみの研究惑星と、各国研究所を招致して建てる実験都市惑星だ。どちらかに転勤してくれる者は一週間以内にレディに名乗り出たまえ。その中から視察メンバーを決めて連れて行く。三ヶ月後になるだろう」

 またも、轟音。その後すぐに、レディの前には、長蛇の列が並んだ。
 三ヶ月後、惑星の名はエデンに決まった。
三田を労うのもそこそこに、警備員と視察メンバーを連れて、真老はエデンへと向かった。

「空気の状態、オッケーです」

「では、降りようか。ああそうだ、ロビンくん、ビデオを取っていてあげるから一番最初に降りたまえ」

「は、はい!」

 ロビンはアメリカと惑星研究所の旗を持ち、降り立って旗を立てた。
 感激に手を振っていると、宇宙船のAIが警報音を鳴らす。
 護衛用ロボットがロビンを取り囲んだ。
 馬ぐらいの大きさの獣が、ロビンを見つめていた。

「い、生き物……」

 知的生命体かもしれない。自分が初めて、エイリアンに会ったのだ!
 ロビンは感動に目を潤ませた。そっと手を伸ばす。
 ジュッ
 馬ぐらいの大きさの生き物はどさっと倒れた。武美がエイリアンを撃ったのだ。

「ドクター、久しぶりに手料理をご馳走します」

「うむ」

 同じく感激に目を潤ませていた研究員達が止まる。
 目の前で起こった信じられない事態に目を丸くして、何も言えないでいると、大きな影が差した。馬ぐらいの生き物を目の前で食らう。近くにいたロビンの服が血に染まった。
 真老が、ビデオを一旦止める。

「あー……そういえばあったね。その美味ゆえに乱獲されて絶滅した恐竜もどき。そういえばこの時代はまだ生き残っているのだったね」

「ドクター。私、一度でいいから恐竜もどきを食べてみたかったんですの」

「食べたまえ食べたまえ。差し当たって、ロビンを助けてくれたまえ」

 幸いと言うべきか、この会話を聞いた者は誰もいなかった。衝撃が強すぎて、それどころではなかったのだ。
 武美はレーザーで恐竜もどきの首を切り落とし、全員が血濡れになった。ロボットがどどんと倒れた恐竜もどきに潰されないよう、ロビンを運んだ。

「しかし、実験都市を立てるには少し厳しい条件ではないかね」

「猟を許可すればすぐに一掃されますわよ。観光産業にもなりますわ。でも、そうですわね。提携する研究所には予め情報開示しておいた方がいいでしょう」

「狩人を入れたら、狩る相手が科学者にならんかね? 私としては、ここは研究所だけにしたいのだが」

「いけませんわ。採算が取れません。方向性としては、アメリカ第7惑星ラボタウンを目指すとよろしいかと。それでも十分研究は進められますし、科学者たちも同惑星で息抜きが出来ますわ。ここで資金を稼いで、「賢狼」の研究資金にしましょう」

「ふむ。仕方あるまい」

 真老と武美はテキパキと恐竜もどきの死体を搬入し、十分に視察をして、我に却って騒ぐ研究員達を宥め、宇宙船は地球に戻った。
 地球に戻ると、開口一番、真老は言った。

「食肉業者を呼びたまえ」

 呼ばれた食肉業者は、度肝を抜かれた。しかし、仕事は仕事である。
 肉はバラバラに解体され、希望した社員に配られた。希望した社員は、真老以外全員だった。
 某巨大掲示板では、こんな会話が交わされていた。

『僻地で自爆装置のついた装置の警備と交通整理って事で嫌々行ったら、宇宙船に乗せられた。何を言ってるかわからないと思うが、俺も(ry その後、エイリアンの肉をおすそ分けされた。美味かった。ちなみに今も宇宙にいます』

『何それ。僻地って月とか? 火星?』

『惑星研究所で作ったゲート。惑星エデンまで行く事が出来る』

『惑星見つけたって本当なの?』

『マジ。サイトで研究員がアメリカと惑星研究所の旗を立ててるのが載ってるよ。その後エイリアンをぶっ殺してる』

『見た見たwファーストコンタクト台無しw知的生命体だったらどうするんだよ』

『おい、サイトで狩場の提供を申し出てるぞ。基本料金一千万円で宇宙船二週間貸し切り、スリルあふれる狩へとご招待します。秘密厳守。命の安全は保証しません。ただし獲物の持ち帰りは五トンまで。身元調査あります。荷物の持ち込み不可。猟友会と食肉業者の募集もしてる。秘密厳守。命の保証はしません。報酬高っ』

『さすがに嘘だろw』

『俺食肉業者。解体作業呼ばれたからわかる。マジ。各国の研究所を集めた実験都市が建てらんないから、全滅するまで狩ってほしいって言ってた。これ画像。グロ注意』

『マwジwデwwww』

『おいおい、嘘だろ……』

『恐竜可哀想』

『全滅するまでってw真老様マジ容赦ねぇwww』

『このサイト、建設業者に大型肉食獣がいる環境での都市作りの業者を公募してるぜ……』

『惑星開拓してんのに窓口はこのちっぽけなサイトだけなのかよwww』

『いつの間にか栄登製薬の応援対象が惑星都市に変わってるw』

 もちろんこのサイトは監視されていた。
 狩の枠は、一瞬で埋まった。
 各国が、正規の方法でどういう事か聞こうともした。しかし、後で正式に発表するのでお待ち下さいとしか返されないのである。
 当然、猟師の予約はスパイで埋まった。
 一方、各国研究所、および企業に招待状が届けられていた。
 研究都市を作らないかという誘いである。珍しい料理をお出しするともあるし、研究の話をしようともあったし、切符も同封してあった。予算が苦しい所は出来るだけどうにかする、とさえある。
 少し調べれば、レスキューロボを作った会社だという事もわかる。
 科学者たちは、重い腰をあげて日本に向かった。
 惑星研究所に着くと、大きな宇宙船が聳え立っていた。

「おお、来たかね。入ってくれたまえ」

 真老の言葉に、科学者たちはまさかと思って、恐る恐る宇宙船に入って席に座った。
 その後から、屈強な男達が入ってくる。科学者たちが不安に震える中、宇宙船は、発射した。
 窓から見える、大きな鉄の輪。光の奔流。変わる景色。目の前に、地球ではない青い星。
 科学者たちはもはや呆然とするしかなかった。
 船が着地して、モニターに真老が映る。

「私が真老だ。……ふむ、猟友会……? の割には外国人が多いね」

「各国軍人が応募して来て下さってます。全員、身元調査は通ってます」

 真老の後ろに控えたロビンが補足する。

「なるほど。まあ、軍人の方が手慣れていて良かろうよ。諸君の任務は、この地の人間以外の大型動物のせん滅と、技術者の護衛だ。ロボットに言えば、当社で作成した武器を貸与する。諸君の健闘を祈る」

 そして入口が開く。
 猟友会(?)一行は、恐る恐る降り立った。
 好奇心の強い科学者は宇宙船から出て見るが、他の者は恐る恐る窓から外を覗く。
 真老とロビンと武美がロボットに守られて、降り立った。

「それではみなさん、この地をご案内しよう。アビゲイルがお茶の用意をしてくれているというのでね」

 そこに、イギリス首相がやってきた。

「いや、正しくエデン。美しい星だ。心からお祝いを言わせてもらうよ、ミスター真老。君の作った武器もいい具合だ。我が軍の精鋭の狩った獲物を見てくれ。素晴らしいじゃないか」

 イギリス首相が指差した先には、大きな恐竜もどきが横たわっていた。

「気にいったかね。君がオプションをたくさん選択してくれたから、無事差し当たっての開発費用が出来た。礼を言おう」

「それとは別に、イギリスの研究所設立の為の資金と惑星研究所への寄付を出させてもらうよ。もちろん、我がイギリスも招待する予定なのだろう? イギリスは全面的なサポートを約束する。猛獣の駆逐を一手に請け負ってもいい。早い所、開発計画の草案を送ってくれたまえ」

「それは助かる。イギリス人が猟を好むのも良かったのだろうね。国の後ろ盾があると心強いよ。ロビンくん、開発計画の草案を。条件については後ほど話そう」

「ここに」

 イギリス首相は、草案をざっと見る。

「ここに日用品の特許の開放とあるが、その企業が支社を作るのではいかんかね。守秘義務を全員に守らせるより確実と思うが。それに、研究所の種類が少なすぎる」

「辺境に日用品販売の企業が来るものかね? どう考えても赤字になってしまうぞ」

「来る。その為の援助もしよう」

「そうかね。では、惑星に来る事を希望する企業と研究所をリストアップしてくれたまえ。こちらで選定作業を行おう」

「イギリスに一任させてはもらえんのかね?」

「惑星でテロが起こされたらどうにもできん。ゲート一つ隔てた僻地なのだからね。例外なく、厳しいチェックをさせてもらう」

 そこで、猟友会……いや、アメリカ人兵士が言った。

「アメリカを除者にするつもりか? イギリス首相は呼んだのか」

 それをイギリス首相は否定する。

「いや、私はアビゲイルから話を聞いていたし、毎日惑星研究所のサイトを見ていたのでね。後は申込フォームが表示されてから正当に競争し、ポケットマネーを払ってここへ来た。後で国から予算が降りると思うがね。除者にされたのはアメリカではなく君らではないかね? NASAが来ているよ。そちらの大臣がNASAの局員と話しているのも見た。彼らもロビンから聞いていたそうだ。ロシアでは高官が大統領に独断で宇宙旅行をプレゼントしたらしくてね。日本からは栄登製薬御一行、ドイツ首相はノーマンのおごりで来ている。これも予算は降りると思うがね。そちらは何かと大変だろうが、頑張ってくれたまえ。私はNASAチームの分も獲物を狩る約束をしていてね。忙しいんだ。では、これで。ミスター真老。今日の晩さん会で会おう」

 そこへ、アメリカの外務大臣が駆けてくる。

「来ましたか。いや、猟師募集の経由で来ると聞いていましたし、席が無かったのでね。食事の時間にでも話しましょう。代表者は誰ですか? ああ、ミスター真老。イギリス首相に渡した資料を私にもくれますか。これから少し話す時間を貰っても?」

「悪いが、これからお茶会だ。そちらも軍部と話し合いが必要だろうし、晩さん会で話さんかね」

「それは残念だ。晩さん会が待ち遠しいですよ。ああ、もちろんアメリカを入れないという選択肢は許しませんよ?」

「これから作るのは研究都市だ。NASAは入れんとはじまらんだろう」

 その言葉に、外務大臣は満足そうに頷いて、去っていく。

「待たせたね。では、来たまえ」

 向こうの方で、イギリス首相が自ら指揮をして、兵士達が光学兵器を振るっていた。狙う獲物は十メートルを超していた。
 珈琲と、机の上には大きな地図。全員が席に着くと、真老は笑った。

「ここに、私は大きな研究都市を作ろうと思っている。研究費は恐竜もどきを売ったお金で稼ぐ。猛獣のいる地域なのは申し訳ないが、直、一掃しよう。協力をしてはくれないかね? ああ、危険のある研究所は十分に離れた位置に設立して欲しい。セキュリティについては、自己責任で頼む。出来る限り変なのは入れないつもりだがね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ここは地球以外の惑星なのか?」

「あの鉄の輪が移動装置なのか?」

「研究の話とは、あの鉄の輪なのか?」

「イエス・イエス・ノーだ。ゲートの研究については我が研究所で独占させてもらう。しかし、いくつか研究を解放しようと思う。例えば、この惑星では新しいエネルギー発電所を設立しようと思っている。それに、身を守る為の武器も提供しよう。ロビン」

「それでは、それぞれの研究所の希望場所とこの惑星に対する希望をそれぞれ述べて下さい。出来るだけご希望に沿うようにします」

「じゃあ、私の企業の工場はこの河の近くで……。生産に綺麗な水が必要なのでね」

 上がりかけた抗議と困惑の声を制すような形で、栄登製薬が言った。
 そうなると、皆よさそうな場所をとりあえず確保しようとする。
 そのまま流れるように研究の話に飛び火し、喧々囂々と議論を交わした。
 その後、昼には果物を食べ、色々視察した。
 NASAは調査班が来ており、植物の採取など、惑星探査らしい事をやっていた。
 栄登製薬は、製薬会社の重役達を連れて、完全な観光である。
 イギリスとロシアは植物採集よりむしろ狩りに夢中になっており、まだ狩りに慣れていない猟友会(?)に指導してやったりしていた。
 ドイツはその中間で、狩りをしたり植物採集をしたり、立地条件を確認したり、観光をしていた。
 そして晩さん会である。
 晩さん会には、恐竜もどきの肉が並べられた。
 早速、ロシア大統領が口火を切った。

「猛獣の排除に関しては、我が国に任せてほしい。恐竜もどきを全滅させないよう保護しつつ、研究都市を守って見せよう」

「それはありがたいが、後で科学者まで排除されそうなのだがね」

「場合によってはあるかもしれんな」

「イギリスも軍を駐留させてもらう。複数の軍が駐留すればパワーバランスも保たれよう。この際、軍の武器はミズ・武美の作った光学兵器で統一しないかね? あれだと対光学兵器用のスーツを着ていれば誤射も問題ない事だし」

「もちろん、アメリカも軍を駐留させましょう」

「ドイツは軍事方面より、都市の建設方面で援助をしよう。都市の工事の全ては、ドイツに任せてほしい」

「いやいやいやいや、それはないでしょう。大量の働き口が生まれる仕事ですよ? 一番うまみのある仕事ではないですか」

「なんでもいいが、研究都市だという事を覚えておいてくれんかね。ロビンくん、これだけ協賛国家・企業・研究所が集まれば十分だろう。サイトで応募を掛けたまえ。一週間で締め切って、一ヶ月後に皆で集まって都市計画を練ろう。フェーズ3までの国家に手紙を出すように。采配は任せる。予算が予想以上に集まったから、私は違うプロジェクトの方に着手するのでね」

「フェーズとは?」

「惑星研究所の5段階の国家評価ですよ。ようするに研究を盗もうとしないか、一緒に研究できるかどうかです。フェーズ5になったら取引完全停止で復帰できません」

「ああ、そういえば、特許制度を無視するなら惑星開拓に参加させないと言っていたな。4も駄目なのかね。イギリスはフェーズいくつかな?」

「1だ。この中でフェーズ0なのはドイツだけになるかな? 惑星研究所は、君達と末長く仲良くやっていきたいと思っている。外国人科学者も何人か働いているしね。君達がフェーズ5にならない事を祈っている」

「気をつけよう」

 そして、晩さん会を終えると、科学者達は小型艇で送られ、病気に感染していない事が確認されてから地球へと降ろされた。
 その後、惑星研究所では新しく食品部門にも展開するようになった。
 商品は、無論恐竜もどきの肉である。
 それと同時に、惑星研究所は職業斡旋所にいくつもの募集を掛けた。
 三ヶ月後、某掲示板には、こんなスレが立つ事になるのだった。

『いきなり僻地(エデン)に飛ばされた奴3人目』

『と言う事でこちら建築業。僻地としか言われないから不安に思いながら移動したら、移動した先が惑星研究所で宇宙船が。心の準備も無く宇宙旅行しちまったぜ。毎日恐竜に食われないか怯えながら作業してる。恐竜も怖いが軍人マジこえーよ。何よりネットできるのがゲート解放されてる一時間ってのが耐えられない』

『もう三スレ目かよwww被害者多すぎ』

『こちら清掃サービス業者。惑星研究所が仕事先だなんて聞いてねーよ! エイリアンの肉なんて食いたくねーんだよ! 飛び散ったエイリアンの血を掃除する仕事なんざもううんざりだ』

『お前ら宇宙飛行士志望の奴に呪い殺されるぞw』

『技術者として皆来てるから問題ないよ。エデン開拓事業を知ってる人に限定されるけど』

『未だに告知がちっぽけなサイトだけだもんなぁ……真老様のマスコミ嫌いもいい加減にしてほしいもんだ』

『海外じゃ凄い報道されてるよ。マスコミはエデンに入れなくても、エデン入りが許された人がビデオを撮影するのはいいわけだし。真老様、魔王様扱いされてるw ゲート機能作ったのは凄いけど、真老様の許可が無いとエデンに入れないもんな。まさに魔王様』

『お前らいいな。俺、宇宙飛行士希望だったけど、ママンがフェーズ5だから一生行けないorz』

『元気出せ。惑星都市が大きくなったら入管も緩む……はず?』

『そうそう。いずれは一万人単位で出入りするようになるはずだし、そうしたらフェーズ5でも行けるようになるって』

『無理。ママンの国、よりによって懐柔の為に、栄登製薬の人を買収して、特産品を真老様のお食事に黙って混ぜて出したのな。せめて事前にこんな物がありますって紹介するだけなら良かったのに……』

『げ。もしかして科学者の食事に手を加えちゃったの? 真老様が研究以外に唯一拘ってる食事に?』

『手引きした栄登製薬の奴、首になってさあ。真老様が怒るわ怒るわ。危うく栄登製薬まで切られかけたらしくてさ。フェーズ4がフェーズ5になった瞬間でした』

『えー! フェーズ4なら特許料払えば3まで戻して貰えたかもしれないのに!』

『ちょっと可哀想だな……。担当者は良かれと思ってしたんだろうが、食い物の恨みは怖いぞ』

『アメリカやロシアが物凄い勢いで惑星探索しているのを見ていると、日本はのんびり建物建ててる場合なのかと疑問に思う』

『自衛隊も来てないしな―。協賛国家で日本だけだぜ。自衛隊来てないの』

『ほら、日本はフェーズ3だから……仕方ないんじゃね?』

『お前ら、真老様は次の惑星に着手なさってるぞ。建築業者だけど、エデンじゃない惑星に連れてかれた』

『マジで?』

 掲示板内では、様々な噂が飛び交っていた。しかし、未だ日本のニュースではやらず、日本の多くの者は惑星が見つかった事さえ知らないのだった。



[29045] 6話 ロビン号>超えられない壁>ステーキ>人質
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:20

 某巨大掲示板。

『真老様パネェ』

『前触れ無く惑星開拓準備完了ww報告はいつも通りちっぽけなサイトww』

『どれだけの人間が知っているんだろうなw特殊企業とネットぐらいじゃねwww』

『いやいや、政府が告知するだろwww』

『ちょwww第一入植者選考受かったwww当方ごく普通のニートwww生き残るだけの簡単なお仕事wwwマジ簡単な健康診断だけだった』

『俺もw切符来た時我が目を疑ったww親への説明どうしよう……orz』

『俺は身元調査入ったよ。ハロワから招待された人は身元調査済みだったんだってさ』

『第二次寄付始まってるな。一口十万に跳ねあがってる。報酬は向こうの写真か。イベントへの招待ももちろんあるんだろうな。ちょっと高いけど、レスキューロボの領収書がぼろくなってたから助かる』

『栄登製薬の者だけど、真老様直々に寄付のお願いと今までの協力のお礼に来たw製薬会社重役集めて、惑星開発説明会やったんだけど、多分説明を受けるのは俺らが初。特別乗員枠いっぱい貰ったし、安全な宇宙船の中からお前らを見守らせてもらうぜ! 何か質問あるー? あ、守秘義務はないから安心して』

『kwsk』

『kwsk』

『包み隠さず全部話せ』

『まず、サバイバルや農業の勉強は必須。生き延びたいと思うんならな。事前申請すれば、荷物も持ち込めるし、惑星の食べ物の成分調査も二次入植者に依頼できるし、ある程度の物資はロビン監督官に言えば融通してくれる。漫画とかの娯楽物もオッケー。ただし、申請は出発前にやらないといけない。真老様による入植者説明会は第一次入植者に対しては三回。この時やる事は、物資申込用紙の配布と回収、結果の配布だから、一回も欠席しちゃ駄目。一人が持てる物資に限りはあるから、公式とは別に何度もオフ会開いて、荷物の分担をしたり要求する事を事前に決めないと駄目。第二次入植者の職種決定権は第一次入植者にもあるから、向こうで漫画とか読みたいなら申請必須。支度金は少し残しとけ。補給頼む時に使う。それと、マジで一次入植者の仕事は病気にかかって生き延びて、できた免疫なりなんなりを提供するだけ。他にも危険を把握する仕事があるけど、メインはこれ。もちろん、手柄を立てるのは自由。お前らでも新種の動植物見つけたり、現地で体張って食べられる物見つけるくらいは出来るだろ? それだけで、土地の優先権や命名権を貰えたりする。第二次入植者には学者もついてって、歴史書が作成されるから名前が残るかもしれない。他にも、地形を調べたりとか仕事は多いぜ。素人なりの活動でいいって言ってるけど、真老様マジ使い潰すつもり』

『決定権は意外とあるんだな。つーか思ってたよりかなり待遇良くね? 俺らでも歴史に名を残すとかできるんじゃね?』

『出来る出来る。命掛かってますからー。第二次入植者のミーティングは五回な。こっちはそれとは別に公式に職種ごとに会議がある。第三次は各国で様子を見ながら数年スパンで計画するってさ』

『俺、領収書なくて発表会いけなかったんだけど、申込書手に入る?』

『残念ながら、選ばれた企業と国家は全部招待されてる。皆危険は承知の上で第一次入植者として出発をしたがってるから、予約はいっぱいの状態。後は国に選ばれるしかない。真老様が第一次入植者は捨て石だし、第三次でたっぷり移民枠を取るからあんまり優秀な人は入れないでほしいって言ってるし、チャンスはあるかも。今の所学者とかが凄い勢いでコネ使って第一次入植者に滑りこんでるからわからないけど。第二次入植者って、宇宙船から降りる事は許されないんだよ』

『え、じゃあ他の人達精鋭ばっかり? 俺ら思いっきり役立たずじゃね?』

『本来、真老様が行かせたがってるのはおまえらみたいのだから大丈夫』

『久々にアメリカの本気が見れるな……』

『アメリカはマジ精鋭突っ込んでくる。真老様が人材がもったいないから絶対真似するなって言ってた』

『つーかアメリカがゲート技術の独占許さないんじゃね?』

『うーん。どうだろう。真老様、特許泥棒されても裁判とか起こさない、一見超緩々体勢だけど、その代わり、真老様の特許泥棒した企業や国に関しては全面的に取引禁止、話題にする事すら禁止なんだよな。惑星研究所では国の評価は6段階に分かれてて、フェーズ5に入ると、その国出身の従業員も首にされて二度と復帰不可。どれぐらいやらかしてるかの確認はするけど。フェーズ5に入ると、国の命令でも駄目。以前国際協力って事で無理やりフェーズ5の奴らと交流会やらされてたけど、そん時の社員全部その国の特許盗んだ会社からの委託社員。後はロビンの口八丁手八丁で逃げ切り。今回ももちろん招待なし。意外と研究に対する意思は固いんじゃないかと思ってる。特許泥棒にしても、わざと盗みやすい状態にして、盗むかどうか見てる節があるし……。そんな真老様が、あっさり屈するかな。それに、監督官のロビンは生粋のアメリカ人だし、我が祖国アメリカの旗を立てるーとか言ってる状況だぜ? 黙ってても主導権は握れる状況で、真老様と一戦やらかすばくちをするかな。真老様死ぬと、完全にゲート技術が失われる可能性もあるし』

『真老様は主導権をアメリカに渡してもいいの?』

『ロビンは真老様の信頼を得ているし、アメリカはフェーズ1だしなー。リークしちゃうけど、ロビンがフェーズ0のドイツ人だったら、あるいはドイツ人社員のノーマンがロビンくらい折衝ができたら国に管理委託しても良かったんだが、って真老様言ってた。あ、ノーマンって次の監督官候補の一人な。真老様が惑星研究所の戦力減を嫌がっているのもあって、なんか複雑みたいだけど。ちなみに日本はフェーズ3だから、管理委託どころか主導権譲渡もありえない』

『日本3なのかよwww』

『母国w』

『そういや日本政府担当枠少なかったなw色々条件付けられてたし』

『フェーズ0のドイツがお願いしたらゲート技術は貰えるの?』

『さあ? そこまではわからん。俺惑星研究所の社員じゃないし。ただ、真老様が完全ブラックボックス化した船の製作に入ったってノーマンが浮足立ってたから、ドイツが船を売ってもらえる事はありうるのかも。わからんが。まあ、今回の第一次入植でフェーズが1にならなきゃだけど。真老様、これでどう動くか見るって言ってたから。あ、色々条件付けた日本は試すまでもなく駄目ってことな。ロビンもノーマンも、母国が無理やり船強奪とか星乗っ取りとかやらかしたら間違いなくフェーズ5行きだって事で、内心びくびくものだろうな。外国人社員はそこが大変だよな』

『そしたらロビン首なの? 監督官になれるほどなのに?』

『クビ。一応、同業他社の紹介まで面倒みるけど。フェーズ5に対しては真老様めちゃくちゃ厳しいから』

 この書き込みは、瞬く間にコピペされて広まった。
 それは、説明会一日目に物資申込書を配られて加速した。
 オフ会が何度も開かれ、ロビンの元に質問が殺到する。
 ロビンはその能力を遺憾なく発揮し、取りまとめていった。
 出発が迫ったある日、ロビンの元に面会人が訪れた。

「これはこれは、防衛大臣殿ではないですか! 第一次入植者枠に軍人を半分ほど用意するとかで、ありがとうございます。ミスター真老は捨て石と切り捨ててましたが、内心心配だったんですよ。猛獣に襲われたりしたら、もう……。当然、移住先では優遇させてもらいますよ」

「ミスター真老はまだお若いからな。ロビン博士。貴方も、お守りに苦労してらっしゃるでしょう。もう、悩まれる心配はありません」

「……どういう事だ」

「貴方は、NASAでも有数の科学者だったはずだ。それが事務員など、才能の損失だと思いませんか。貴方なら、ゲート知識に接触できるはずです。……そういえば、お母上は元気かな?」

 ロビンは、がっくりと項垂れた。

「……ざけるな」

「なんですと?」

「ふざけるなぁぁぁ! 惑星一個で何が不満なんだ何が! フェーズ3で済むか? 無理か? フェーズ4だと監督官から外されてしまう……!」

「貴方ならわかるでしょう。ゲート知識さえあれば、いくつもの惑星を……」

「よし、こうしよう。アメリカにはとびきり譲歩をしましょう。だから、今言った事は無かった。いいですね? 惑星なんていくつも手に入る。差し上げましょう。だから、技術情報を真老様から奪うなんて必要はない。この交渉は無かった。ほんの少し、欲が出てしまっただけ。いいですね?」

「ロビン博士。悔しくはないのですか? NASAは常に先を行っていなくては……」

「悔しかったさ! 今までずっとな! 俺は小さい頃から宇宙飛行士に憧れて来て、でもそれほど強靭な肉体じゃなくて、宇宙飛行士にはなれなくて。ずっと宇宙船を作って来た。そこに現れたのがミスター真老だ。ミスター真老の話す惑星開拓に惹かれて、私は思い切って移籍した。でもな、そこでミスター真老に気にいられて出世するにはどうすればいいと思う? ミスター真老は女になびかず、金になびかず、食事を人と食べる事をせず、ジョークをたしなまず、ミスター真老を笑わせるには有益な研究についてだけだ! 今まで作って来た宇宙船よりも遥かに凄い技術がそこにあるのに、外国人って理由だけで触れられない。誘惑に負けないか試された事だけは何度もあった! で、覚えるのは専門外のロボット技術だ。これを完璧に覚えないと折衝は出来ない。それだけじゃない。ミスター真老に会うたびに、その改良点を話して聞かせなきゃいけない。食事だってこの三年、ステーキを一度も食べていない。なんでかわかるか? 真老様が『科学者の食事』しか食されないからだ! 女を抱いていない、なんでかわかるか? 真老様が女で身を持ち崩す者を嫌っているからだ! 真老様の要求は多い、人を怒らせる事もよくある。それも真老様の顔を立てつつ、宥めなきゃいけない。真老様は命じてから行動するという事を許されない。命じる前にお膳立てを整えて、真老様の意思でやるかやらないか決める所まで常にセッティング出来ていないといけない。今まで生きてきた経験を、知識を、コネを、毎日のようにフルに使って、休みなんか無くて、いつ母国が真老様と火花を散らすか怯えて、外国人だから宇宙にいけないだろうかと悩んで……。それが、監督官だ。私が想像する事の出来る中で、最も誇り高い仕事だ! どんなに私が嬉しかったかわかるか!? 貴様、惑星開拓の仕事を舐めてるのか!? ああ、俺のステーキ! 三年間もステーキを食べてないんだぞ、この野郎! 俺のステーキ三年分を返せぇぇぇ!」

「落ち着きたまえ!」

 完全に錯乱して言い募るロビンを、大臣は宥める。

「私は監督官になるからな! 誰にも邪魔はさせない! 地獄に落ちようが、この仕事は誰にも渡さないぞ!」

 なおも錯乱して、ロビンは大臣に掴みかかる。しかし大臣は強かった。ロビンに手をあげようとする。

「やめたまえ。それはうちの社員だ」

 大臣の手が止まる。応接間のテレビモニタに、真老が映っていた。
 ロビンは青ざめた。

「ミスター真老……」

「安心したまえ。今更監督官から外すつもりはない。例えアメリカのフェーズが5になってもな。これより、アメリカはフェーズ2に移動する。ただ、ロビン。すまないが、ロビンに渡す予定の宇宙船は保留にさせてもらう。君に問題はなくても、君の乗組員に問題があるようだ」

「宇宙飛行士の夢が……! ロビン号が……! 惑星を飛び回る夢が……!」

 ロビンががっくりと肩を落とす。

「ゲート技術は、惑星は、二十にもならん若造に預けていい代物ではない!」

「預ける? 開発したのは君ではなく私だと思ったが。それに、人の物を横取りしようとするような人間には、絶対にゲート技術は渡せんよ。まあ、そちらの出方はわかった。ゲート情報を力ずくで奪う。それがアメリカの意思なのだね?」

「そうだ! 絶対に手に入れてやる!」

「貴方は何を言っているのですか」

 震える声がして、大臣は真老の後ろに視線をやった。蒼白な顔をした外務大臣だった。
 外務大臣は、フェーズを上げない様に圧力を掛ける事に苦心していた最中だった。その甲斐あって、外務大臣は多くの技術を得る事に成功していた。
 今回も、某掲示板の書き込みを見て、噂の裏を取り、宇宙船のレンタルまではしてみせると、意気込んで乗り込んできていたのである。
 宇宙船のレンタルは出来なかったが、喜ばしい事にドイツ用ではなくロビン用だった。
 非常時の為の中型規模の船だったのである。
ロビンはアメリカの言う事を大体聞いてくれるから、アメリカの船も同じだ。むしろ経費が掛からなくていい。後は船の拡大、自由な運航とゲートの自由な行き来を交渉していた所だった。その結果、事前申請をすれば航行も可能と言う答えを得ていた。つまり、目標達成間近であった。
 どの道、惑星一つ開発するのに途方もない時間が掛かる。途方もなく広い宇宙の探索に出るのは、それから……つまり、ゲート技術は数十年後で良かったし、それだけあれば自前で開発するなり、共同開発に持ちこむなりいくらでも出来た。首にされると血相を変えてロビンが相談してくるまで、フェーズの事を知らず、0から1にしてしまったのは大きな失敗だったが、迅速に動いたおかげでフェーズ1に抑えられた。そしてフェーズ0なら未特許技術の共同開発、フェーズ1なら未特許技術公開を求められる事を知って、有効活用して来た。アメリカはドイツよりフェーズが高いが、ドイツよりもずっと惑星研究所から技術を得ていた。そして、大臣はその事に自負をしていた。特S級機密である事と、真老の気質を知ってなお、自分の腕なら、十年でブラックボックス貸与、二十年で技術公開だなと思っていた。真老はそれなりに老獪だが所詮学者。ちょろいもんよと思っていた。それがフェーズ2。特許技術の共同開発レベルである。惑星開発の主導権譲渡も、無くなってしまうだろう。

「私はたった今、正規の方法でアメリカに技術を渡すよう交渉して、まずまずの成果を得ていた所だったのですがね。もちろんこの事は、大統領にしっかりと報告させてもらいます」

 外務大臣の後ろに、青白い炎が燃え盛っていた。
 錯乱していたはずのロビンが怯える。
 最後に、真老が話を逸らすように言った。

「ああ、ロビン。ステーキが食べたいなら食べたまえ。食生活の我慢は体に毒だ」

 結局、防衛大臣が錯乱していたという事になり、フェーズは1のまま据え置きになったのだった。



[29045] 7話 勇気を出して踏み出した一歩X4=命を賭けた大爆走
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:23


 遠山博は孤児で、オタクだった。取り柄もなく、友達もなく、ゲームと漫画だけが友達。
 そんなある日、テレビで真老の事を知った。自分とは大違いの天才。
 そして、サイトを見つけた。ロボットの寄付金を募るサイト。
 遠山博は、なけなしの一万円を寄付した。そうする事で、もしも真老がロボットを完成させたら、ささやかな自慢をするのだ。
 些細な妄想だった。
 その妄想は、あっという間に現実になった。
 まず、訓練装置。次に、ロボット本体。
 その後も、ロボット展覧会など、真老の世界はどんどん広がって言った。
 博は貧乏だったし、領収書には高値がついたが、彼は決してそれを売らなかった。
 そして、転機は訪れる。惑星開拓だ。毎日サイトに寄っていた博は、どうにか情報を見逃さずに済んだ。
 領収書を握りしめ、指定された公園に行く。

「生き延びるだけの簡単なお仕事……」

 説明を聞き、博はふらりとエルウィンの列に並び、申込用紙を手に取った。

「お待ちしていますよ、スポンサー」

 エルウィンに直接言葉を掛けられ、博は言葉を失う。ただただ、何度も頷いた。
 その日のうちに、郵送する。すぐに、健康診断の案内と身元調査が入った。
 そうして、届いた切符。それは博の写真がはりつけられた、領収書のように小さな切符だった。恋人も審査が通れば可、と書いてあった。
 それを追う様に日本政府から支度金が振り込まれる。
 遠山博は、しばし考えた後、のったりと辞表を書きだした。
 そして、翌日職場に提出する。

「辞表!? なんでやめるんだ。お前に行くあてなんてないだろう」

 博は、ぼそぼそと答える。

「ボランティアで、働きに行くんで……」

「ボランティア!?」

 博は、切符を出した。

「惑星開拓ぅ!? なんだそりゃ。騙されてるんじゃないか?」

 そこで、若い職員がガタッと立ちあがる。

「うそ! 遠山さん、エデンに行くんですか!」

「受かったから……」

「ありえねぇぇぇ! めちゃくちゃ危険って聞いてますよ? 大丈夫なんですか!?」

「多分。ロボいるし、風邪は引かない方だし」

 嘘だった。遠山は季節の変わり目に必ず風邪を引いた。

「何、何? どういう事?」

「惑星研究所が、惑星エデンへのゲートを開発したんスよ。それで、開拓者を募集してるんス」

「全然分かんない。他の星へ移住するって事? まさかぁ。ニュースでやって無いじゃん!」

「海外ニュースを見れば毎日やってるっすよ。ほら、自衛隊のレスキューロボを開発した会社です」

 博が話題の中心になる事など、初めてだった。

「でも遠山さん、準備資金あるんですか?」

「日本政府から支度金を貰った。それでサバイバルの本とか、携帯ゲーム機とか、買う」

「駄目駄目! 携帯ゲーム機なんて買ってる余裕ないでしょ。本当に大丈夫っすか、遠山さん」

「俺みたいのいっぱいいるし……説明会とオフ会出ながら選ぶから、大丈夫」

「えー……。本当かなぁ。頑張って下さいよ。写真、送ってください」

 遠山はこくりと頷き、職場を出た。そして、町で一番大きな本屋に行って、店員に聞く。

「惑星開拓のノウハウ本ってどこですか」

「はぁ? ありませんよ、そんなの」

 男の店員がうざったそうに答える。
 そこで博は腕を引かれた。年のいった、知的な男だった。

「貴方も移住者ですか? 一次? 二次?」

「一次、です」

「いいなぁ、私は二次なんですよ! 神楽さんが優秀な医師を一次にするのは好ましくないって、一次に応募してたのに二次になってしまって。一緒に応募した後輩はまんまと一次になったんですよ。悔しいやら羨ましいやら……失礼、惑星開拓のノウハウ本ですね。こちらのサバイバル本なんていいんじゃないかな。もしかして、寄付組ですか?」

「ええ、まあ」

「素晴らしい! それじゃ、予定はまだ決まっていないと? 私の研究を手伝ってもらえはしませんか? いろんな食べられそうな物を私の所に持ってきて、成分検査の後に食べるお仕事です。大丈夫、まずマウスで試しますから、即死はないと思います」

「別に、構いませんが……」

 男は、博の手を勢い良く振る。

「いや、ありがとう、ありがとう! 私は本当に運が言い! 私は坂峰透です。どうぞよろしく。全面的にサポートさせてもらいますよ! あ、食料の成分調査を坂峰透に申し込みますと明後日配られる申込書に忘れず記入してくださいね。これ、名刺です」

 そして博と透は名刺交換をした。
 博は本屋からの帰り道、考える。医師の知り合いが出来るなんて初めての経験だ。もしかして、自分も、何か別のものに変われるのだろうか。ちっぽけな自分から、何かとてつもない自分へと。
 その翌々日、博が時間に余裕を持って開拓説明会に行くと、そのビルには人だかりが出来ていた。
 人々が、それぞれ違うチラシを配っている。

「研究にご協力お願いしまーす!」

「恋人枠持ってる方、お願いですから連れて行って下さい」

 透の手にもチラシが配られる。
 それで、博は理解した。
 坂峰と同じだ。二次入植者は自ら動けないから、自分の手足となって動いてくれる一次入植者を探しているのだ。
 博は、ビルの中に入った。周りの人間には明確に2グループあって、何か目的をもって自信たっぷりに歩いている人と、それを不安そうに見て、辺りをきょろきょろ見回す、博のような人間だった。

「おや、貴方も一次に! 二次にいるとばかり思っていましたよ」

 スーツを着た男性が、同じくスーツ姿の男性に話しかける。

「考え直すように打診は来ましたがね、熱意を話したらわかってもらえましたよ。いや、幸い私は二流ですからね。一部の者のように、神楽社長に二次に締め出されはしませんでした」

「当然ですな。せっかくエデンに行って、降りれないなど考えられません。しかし、一発で一次に入れる裏技があるのですよ。ご存知ですか?」

「なんと! それは一体?」

「恋人枠、親子枠は一流科学者でも許可が下りるのですよ。家族がエデンに行くのなら、仕方ないですからな。独身者もいっぱい選ばれているから、皆さん恋人枠を手に入れようと躍起になってます」

「ははぁ……」

 それを聞いて、博はなるほどと頷いた。そういえば、チラシはぱっとしない者に多く配られていた。
 会議室に入り、博は隅の席に座った。
 しばらくして開始時間が訪れると、博は目を疑った。真老が、わざわざ説明会に出ていたのだ。

「ここにいるのは全員、寄付枠となる。皆、我が社への協力に感謝をする。さて、開拓を行うに当たって、エデンでは日本とは違う法律を適用する。法律以外にも、あまりやらかすと、他国の軍に抹殺されかねん。気をつけるように」

 そう言って、紙を配る。紙に書いてあったのは、簡単なルールだった。
 盗みは駄目、乱暴は駄目、危険物の報告は必須。ロビン監督官の言う事は聞きましょう。出来るだけ助けあいましょう。

「簡単なルールで安心したかね? しかし、極限状態ではそれが難しい。肝に銘じて置きたまえ」

 ざわざわと会場がざわめく。専門家は難しい顔で頷いたし、全くの寄付組は戸惑った。

「それと諸君にいくつかアドバイスがある。寄付経由の諸君は、唯一のフリーだ。各国、各企業の特別枠保持者は無論任務を抱えているし、ハローワーク経由の者も、報酬と引き換えにロビンから任務を受けているからね。人出が限られている中、諸君の手を借りたいと思う専門家は大勢いる。恋人枠を使いたいと思う者も大勢いる。諸君は、強く求められる事になるだろう。しかし、忘れないでほしい。諸君は、王様でもないし、奴隷でもない。恋人枠を盾に無理を言えばそれは、潜在的な敵を作るという事だ。その相手だけではない。その者がそう言った事をしたという事実はどこからか必ず漏れる。そうすれば諸君を信頼する者はいなくなるだろう。また、強硬にリーダーシップを取ろうとする者も、必ずいる。しかし、諸君の上司は本来、ロビンただ一人だし、諸君は他者を危険にさらさない範囲での自由行動を認められている。諸君に私が求める事は、生きる事だけだ。ただし、手柄を立てる事もまた、諸君の権利だ。二次入植者には高度な機械の持ち込みを許可しているし、諸君の要望で二次入植者の職種を増やしてもいい。ロボのバックアップもある。二次入植者とチームを組んでもいいだろう。必要だと思うものは何でも、申込用紙に書いてみたまえ。求めるなら、最善を尽くそう。求めなくば、何もなく……食糧すらなく船外に放り出される事になるぞ」

 その言葉に、一旦静まったざわめきは大きくなった。博も驚いていた。それでは、何の知識も持たない博は確実に野垂れ死にだ。食料だけあればいいというはずはないし、食料だってどれくらい用意すればいいのかわからないのだから。

「十分な事前準備があれば、諸君が歴史に名を残す事は十分に可能だ。例え諸君が今、何も資格を持っていないとしてもな。最後に、専門家のバックアップを全く持たない君達だから、私が考える惑星開拓の必要最低限の物を書いた申込用紙の見本を配ろう。参考にしたまえ」

 それに目を通して、博は不安に思った。飲み物や薬、器具類や事細かな二次入植者への要望、数々のロボットの協力要請は、ここまで必要なのかと思えるぐらいだったし、意味のわからないものも多かったのでそのまま書いた。食料の成分調査は坂峰に頼みますとも書いた。ただ、一点に目を止めて、博は笑った。「科学者の食事」二年分。目につく食料品はこれだけである。真老の「科学者の食事」好きは有名だったが、これほどとは。
 博はそれもそのまま書き写し、欲しい食べ物の名前を書き連ねていった。

「真老社長! 何考えているんですか、これは社外秘の製品じゃないですか!」

 スーツ姿の男が叫ぶ。男は惑星研究所の社員だった。基本的に惑星研究所のメンバーは第二次、第三次入植者には簡単になれるが、一次入植者は難しい。大切な社員なのだから、当然である。そこで辞表を叩きつけ、寄付枠で無理やり第一次入植者として入った男である。

「ああ、決定したのは君が辞めた後だからな。明日サイトを更新するが、各企業から惑星開拓者への物資の提供があるのだ。レスキューロボは五体までだから、こちらで人選させてもらうがな。連絡は以上。サイトを注視したまえ」

「レスキューロボまで……!」

 博は、速攻でエルウィン、アレックス、半蔵と書いた。
 真老が帰り、早速一人が声を上げた。

「私は植物学者です。私の手伝いをしてくれませんか?」

「俺、なんも知識ないけど、農場作ろうと思ってる。同じように何も知識が無い奴集まれ―」

「向こうで一緒に行動してくれる人いませんかー?」

 博は、人との交流が苦手だったため、鞄を抱え、足早にビルを出た。
 ビルを出ようとした博を、そばかすの女の子が捕まえる。可愛い服装だったが、全く着こなせていない。お洒落になれていない事がうかがえた。

「あ、あの! 恋人枠、空いてますか!?」

「あ、空いてるけど……」

「お願いします! 私、赤城小枝子です。動物学者なんです。どうしてもどうしてもエデンに行きたいんです! あたしを恋人にして下さい! なんでも、何でもしますから……!」

「い、いいけど……。別に、何もしてくれなくていいし……」

 勢いに押されて、言ってしまったのが運のつき。

「嘘、本当!? ありがとうございます! 早速申請しましょう。今すぐ行きましょう!」

 赤城に惑星研究所まで引っ張られ、博は登録をさせられた。

「ああ、赤城博士じゃないですか。本当にいいんですか? 博士なら、三次で入れるって真老様言ってらっしゃいますよ?」

「めぼしい生き物は皆研究し終わった後にね! ライバルたちは皆一次枠に滑りこんでるのよ。あたしだけ留守番? そんなのはごめんよ。命がけの仕事? 上等じゃない!」

「気持ちはよくわかりますよ。はい、切符と申込用紙」

「ありがとう!」

 赤城は勝ち誇った笑顔を見せる。赤城は決して美人ではなかったが、その笑みを美しいと博は感じた。

「あ、あの。これ。真老様の申し込み書の見本」

 しかし、連絡先を聞けないのが博である。博はぼそぼそと呟いて、見本だけ渡してそこを出た。
 後日、真老が書いた見本とハローワーク組が渡された物資リストは広くネットで広まる事になる。



[29045] 8話 準備
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:24

 博は、家に帰って早速ネットを見た。
 サイトは既に更新されており、多くの商品が載せられていた。
 そういえば、写真を取ってほしいと言われていた。
 博は、カメラの名を申込用紙に書く。
 色々見て回っている内に、すっかり夜になってしまった。
そこで電話が鳴った。電話番号に見覚えはないが、とにかく出てみる。

「もしもし、坂峰です。今話せますか?」

「話せますけど……」

「今日、二次入植者の会があって、開拓の手順が公開されたんです。その後オフ会になだれ込んで、こんな時間になってしまって。それで、回収前に一度打ち合わせをしたいんですが、いいですか?」

「はぁ……」

「良かった。明日なんてどうです? 上手い飯、奢りますよ」

 告げられたレストランの名前は、高級なものだった。

「俺、マナ―なんて知りませんけど」

「奥の席を頼むから問題ないです。私もノート使ったりするし。地球を離れる前に、やりたい事、皆やっておいた方がいいですよ。もう戻れないんですから。あ、ノート持ってきて下さいね」

「はぁ……。ありがとうございます」

 博は電話を切って、サバイバルの本を見ながら眠りに落ちた。
 翌日、博は恐竜に追いかけられる夢を見て飛び起きた。風呂に入って、身支度を整え、ノートを鞄に入れて出かける。
 レストランの前で待っていると、坂峰が駆けてきた。坂峰は、目にはっきりとクマを作っていた。

「遠山さん! いや、昨日は結局寝ないで過ごしちゃいましたよ。話してくれてもいいじゃないですか、寄付型入植者には真老様特製の備品リストが配られるって。シュミレーションしなおしたらこんな時間になってしまいました」

「はぁ……」

「さ、入りましょう」

 食事はとても美味しかったが、純粋に楽しめなかった。

「これ、全部目を通して下さいね。後、最初に書いておいたリストを申込書に書いといて下さい」

 そういって渡されたノート、十冊。サバイバルの本より分厚かった。

「いや、競争率が高くてね。結局、遠山さん以外では協力者が見つからなかったんですよ。ま、私は遠山さんがいるから、まだマシな方なんですけどね。あ、この肉、どんな味ですか?」

「えーと、美味しいです」

「駄目ですよ。肉汁がたっぷりあるとか、肉厚が凄いとか、柔らかいとか、色々あるでしょう? これから毎日色んな食事ご馳走しますから、全部の食材の味とレポート方法覚えて下さい」

「えっと……」

「お願いします」

 坂峰さんは、深々と頭を下げる。医師に頭を下げられると、博風情は何も言えなくなる。
 まあ、タダで色々食えるのだし、と博は自分を納得させた。
 食事が終わって別れると、博はゲームセンターに行ってレスキューロボのシュミレーションゲームを財布のお金全部使って楽しんだ。人を選ぶと言っていたから、博がレスキューロボを得られるとは思わない。しかし、夢を見るだけなら自由である。どうせもう戻って来ないのだし、ならば地球のお金など、意味は無いではないか? そうだ、アパートも引き払わなくては。
 それから一週間、博がレポート作成に慣れ、レスキューロボの操作方法も上手くなってきた頃。
 二回目の会合が開かれた。この日は恋人枠の締切日でもある。人数は無論、大分増えていた。そして、分厚いテキストが配られる。

「第一回開拓手順案だ。目を通しておくように」

 真老からの言葉はそれだけだった。
ぱらっとテキストを見るが、それは坂峰に既に教えてもらっていたものだった。
 そして博は申込用紙を提出する。
 その頃には、既に皆グループになっていた。未だに一人なのは博も含めた数人程。
 赤城が周囲を見回しているのを見て、博はなんとなく気後れして、逃げるように退出した。女の子と話すのは苦手だった。
 そして、二週間後。結果と第二次開拓案が配布された。二次入植者に、漫画家や音楽家、肉屋などが増えていた。

「申請及び持ちこみが許された物資は以上だ。それとは別に、常識的範囲の手荷物を持ってきても構わない。ただし、新たな生物の持ち込みは許されない。手荷物は出発一週間前には惑星研究所に送っておくように。二週間後、立食パーティを行い、その後そのまま宇宙船に乗りこむ」

 博は頷いた。
 荷物をせっせと整理し、一週間前には財布と着ている服、着替えが二着ばかりの状態となる。
 漫画喫茶で残りの一週間を過ごし、博はパーティに出席した。
 

 じゅうじゅうとなる肉。ナイフがすっと入り、肉汁がじわっと広がる。
 それを思い切り噛みしめ、ロビンは至福に包まれた。

「ステーキ……夢にまでみたステーキ……」

「満足かね。ああいい、聞かないでもわかる。しかし、後十分たったら重い腰をあげて監督官として働きたまえ」

 一通りの要人の演説が終わり、立食会が始まっていた。
 本当はロビンも、監督官としてあちこちの要人に挨拶せねばならない身だったりする。
 真老はいつも通り「科学者の食事」だ。

「三田くん、君は本当によくやった。データを見た限りでは、パーフェクトだ。研究所に帰り、家族とゆっくり羽を休めてくれたまえ」

「有難き幸せ……。しかし、人恋しくて大変でした」

「初めの頃はそうだろうね。さあ、もっと食べたまえ」

 真老の横をノーマンとアビゲイルが固めていた。ロビンの代わりに、真老の交渉を補佐するのだ。
 早速、要人がやってくる。

「ミスター真老! ゲート航行宇宙船ですが、ブラックボックスでいいからドイツにお譲り頂きたい」

 ドイツのリーダーの、思い切った要求に、注目が集まる。

「ふむ? まあ、確かにちょうど今、一台宙に浮いてはいるのだがね。アレに関しては本当に機密なのだ。何しろ、エデンは僻地だから何かあっても助けを求める事は出来ん。万一にでも、テロリストの侵入を許すわけにはいかんのだ」

「もちろん、厳重な管理をするとお約束します。そちらの社員のノーマンが操縦するという形でもいい」

「アメリカも同じ事を言っていたが、ゲート技術は奪う気満々だったがね。ノーマン。君はどうかね。運転は出来るかね?」

「は、人並みに」

「私、出来ますわ! ドイツは移民が多いですけど、中にはフェーズ5の人もいるとか。入植枠の中にですわよ! それを信頼するというのは些か難しいですわ。あの宇宙船は緊急用。真老様、もしもの時に備える軍人を探しておられるのでしょう。ならば、イギリスの軍人は精鋭で……」

「アビゲイル」

 アビゲイルがはきはきと答えるのを、真老が遮った。

「君がドイツへの警告を握りつぶした事も、アメリカ防衛大臣を煽った事も知っているよ。後者はいいが、前者は些か許し難い」

「申し訳ありません……」

 アビゲイルは途端に小さくなって謝罪した。

「フェーズ5、ですか。しかし、移民をした以上、皆、ドイツ国民です。差別をするわけにはいきません」

 ドイツのリーダーが言う。真老はそれに頷いた。

「そうだな。フェーズ5の人間が問題を起こさなければ、な。全く、誰もかれも、そんなにも一次入植者になりたいのかね? 外部からの恫喝はまだいいが、我が惑星研究所でも、枠の取り合いで足の引っ張り合いが起きて困るよ。アビゲイルがそうだし、辞表を出した者までいてね」

「それは、なりたいでしょう。当然のことです。フェーズ5の国家はさぞ無念でしょう。一大事業なのだし、惑星は途方もなく大きい。今回の事業への参加はお許しになったらいかがですか?」

「私は、そう簡単にフェーズ5にはしないのだよ。何度も警告を発して来た。惑星開発計画に参加させないぞ、と。それを鼻で笑って踏みにじって来た者達だよ。散々特許を盗み、小馬鹿にし、こちらを舐め切って、今回も招待されて当然、少し脅せば言う事を聞くと考える者達、隙あらば我が社員を浚おうとする輩だ。まあ、最近は少し焦っているようだがね」

「既に圧力を?」

「まあね。しかし、先ほども言ったが、エデンにテロリストを入れるわけにはいかんのだ。この二カ月、各国の枠の人間の身元調査に忙しくてね。さすがに危険人物と判断されたら、宇宙船に載せる事は出来ないからね。本来はフェーズ5の人間もそういう扱いをする所だったのだが……」

 真老は軽くアビゲイルを睨み、アビゲイルは小さくなった。

「アビゲイル、君が自分の出世と惑星開拓自体の成功を天秤にかけられるとは思いもしなかったよ。今回は目を瞑るが、次はそうはいかないよ。ノーマン、君も防げなかったのかね。母国のフェーズが上がれば出世の道は閉ざされるのだぞ。私は君達のどちらかに次の監督官を頼むかもしれないと入ったが、両方不適格なら外部から探す」

「申し訳ありません……」

「は。申し訳ありません」

 真老はため息をついた。これだから、ノーマンとアビゲイルでは不安があるのだ。腹心の部下として使うにも、監督官として出向させるにも。やはり右腕として、監督官としてロビン以上の適任者はいない。

「しかし、人格的に優れた者ばかりを選んでいます。問題はありません」

「そうだといいがね。警告がいかなかったのだから今回は受け入れるし、ドイツのフェーズは据え置くが、次の航行ではフェーズ5の人間は許さない。他の国はそうしてもらっているし、フェーズ5まで行くにはそれなりに理由があるのだ。それと、今回の入植者に限ってフェーズ2の扱いをさせてもらうよ。トップに関しては今まで通りフェーズ0で対応するが、その情報の流れは見させてもらう。まあ、宇宙船についてはひとまず私の指揮下に置こう。では、私はこれで」

 フェーズ2。重要な情報は渡さないという事である。一足飛びのそれに、ドイツのリーダーは息を飲んだ。
そして真老は、次の要人と話に向かった。

「日本のフェーズ3は些か高すぎませんか?」

「最近はフェーズ3でも低すぎるのではと思っているよ。そちらには散々注意が言ったのに、フェーズ5の人間、それも要注意人物をねじ込みおって。乗組員の公募すらしなかったな。選定基準もめちゃくちゃだ。わいろで決めたろう、わいろで。今日、30人程乗船拒否させてもらうぞ」

「めちゃくちゃだ!」

「めちゃくちゃなのは君だ。日本は限りなくフェーズ4に近い3だ。4になったら政府枠作らないから、肝に銘じて置きたまえ」

「やあやあやあ、本日は誠にめでたい。ところで、三十人も空いたら席が開きますね。アメリカはいつでも三十人を投入できます」

「外務大臣。それは我が社も同じだ。今回の増員の補充は……」

「まあまあ、真老さん。惑星開拓にはNASAの協力が必要不可欠でしょう?」

 アメリカの外務大臣は、巧みに圧力を掛けながら譲歩を引きずり出して行く。
 その技術はさすが外務大臣と言えた。
 ロビンが横にいないと、いまいち劣勢になってしまう。
 真老がロビンを見ると、まだステーキをほおばっていた。
 そんな真老の様子を見て、外務大臣は隙を見つけたりと攻勢を掛けていく。
 そこにロシアの人間もやって来た。

「十人はロシアから出す。いいね」

 はっきりきっぱり言われたそれに、真老は苦笑した。

「まあ、その強引さは嫌いではないよ。十人ずつ、ただし身元調査がすぐに済む者だ。いいね」

 しばらくすると、ロビンもステーキを食べ終わり、交渉の輪に入る。
 さすがにロビンは交渉が巧みで、笑顔で交渉を巻き返し、真老が見返りなしで結んだ協定に寄付や向こうでの活動などの条件を次々とつけていく。
 その頃博は、一人黙々と食事を食べていた。
 そこに、坂峰と赤城が歩み寄る。

「やっと見つけた! えっと、あの時はすみません。名前も聞かずに。困った事があったら、なんでも言って下さい。私が出来る事だったら、出来る限りの便宜を図りますから。名前、聞いてもいいですか?」

「遠山、博です」

「遠山さん、よろしくお願いします。あの、向こうでも会ってくれますか? 普通の人の視点の話も聞きたいですし」

「別に、いいですけど……」

「遠山さん、この人と調査契約を交わしたんじゃないでしょうね? 天才動物学者で有名な赤城博士じゃないですか」

「別に、恋人枠に入りたいって言うから入れただけで……」

「ならいいのですが……」

「修羅場かね」

 唐突に横から入った声に、二人はばっと、博はのたのたと振りむいた。

「神楽社長! 酷いですよ、一次から締め出しなんて」

「そうですよ、恋人枠で入れたからいいものの……」

 赤城と坂峰は立て続けに文句を言う。

「もしも君らが死んだら、それは世界の損失だ。躊躇するのは当たり前だと思わんかね」

「世界なんて、知った事じゃありませんよ」

「そうですよ。研究が第一です」

 真老は肩を竦めた。しかし、研究の為に命の危険を冒す気持ちはよくわかったので、話はそこまでにして、遠山に視線を移した。

「遠山くん、握手させてくれたまえ」

 遠山は急いで手を服になすりつけ、どぎまぎしながら握手をした。

「当然のことだが、我が研究所は、君に非常に注目している。君の活動こそ、我が研究所が望んだ事だ。それで、君に頼みがあるのだが」

「は、はい」

「君には活動報告をお願いしたいのだが、いいかね? 何、毎日日記を書いて写真を取り、送ってくれるだけでいい。基本的な記録はロボットがしてくれるからね。我が社のサイトの、メインコンテンツとなる話も出ている。頑張ってくれたまえ」

「俺、日記書いた事ないけど……」

「心配する必要はないよ、向こうでは色々君に手助けを頼む事もあると思うが、お願い出来るかい?」

 ロビンが安心させるような笑顔で言った。遠山は、外人に気後れして、でも真老との接点を失いたくなくて、遠山なりの玉虫色の回答をした。

「あの、坂峰さんの仕事を邪魔しない範囲でなら」

 半端な断り方に、しかし真老とロビンは満足そうに頷いた。それに勇気づけられ、遠山はぼそぼそと訴えた。

「あの。写真、取っていいですか」

「構わんよ。すぐにサイトに載せよう」

「ありがとうございます」

 坂峰医師、赤城博士、神楽真老、ロビン・ケートス、層々たるメンバーに囲まれて写真に写っていたのは、冴えない、無名の男だった。
 出発前に写されたこの写真は、出発直後の地球の話題をさらう事になる。
 写真を取って、真老達が参加者を激励して回る。
 それが終わると、続々と切符の番号が呼ばれ、一人一人乗船して行った。

「百二十五番、飯塚咲様ですね。生年月日と一番好きな色を教えてください」

「え……? あ、私、度忘れしちゃって……」

「では、右へ。歯のデータを照合して、ご本人様かどうか確かめますので」

「わ、私、飯塚咲です! 本人です! 質問されるなんて聞いてない! 歯のデータって、プライバシーの保護が……」

「はいはい。警察来てるんで、本人じゃなかったら本人がどこにいるかしっかり聞かせてもらう事になりますよ」

「次、百二十六番」

 整形して、あるいはそのままで入れ替わっている者が何人かいた。
 すったもんだのあげく、乗船が終わり、船は出発する。
 ゲートには既に警備員が配置してあり、宇宙上でまず開通式を行った。
 三田が持ってきたデータを元に、より詳しい着地地点と散開の仕方を専門家たちは議論するが、当然ながら一次寄付組には関係なかった。
 そもそも、寄付組は柔らかいマットとベルトと捕まり紐を用意した即席の大部屋(元は食堂らしい)に雑魚寝である。電気節約の為、重力装置も切ってあったので、寄付組は荷物をしっかりと抱えて浮いていなくてはならなかった。大気圏離脱の時は死ぬかと思った。

「なあ、お前、どうして真老様に直接期待のお言葉頂いていたの? 向こうで何すんの?」

 高校生ぐらいの少年に聞かれ、赤城もこくこくと頷いた。

「私も気になります。坂峰さんの研究協力をするみたいだけど、二次入植者と協力するのは皆同じだし。坂峰さんを褒めてるわけではなかったし」

「坂峰さんに成分調査してもらった物を、食べます」

「食べるの!? 危ないんじゃね?」

「危ないですよ! 死ぬかもしれないんですよ!?」

「はぁ……。でも、マウスで実験してからって話だし」

 少年と赤城はため息をついた。

「そっかぁ……。でも、俺らに求められてんのって、そんな感じなんだろな。うーわー。めっちゃ捨て石くせー」

「確かに、大切な仕事です。こういっては失礼だけど、遠山さんみたいな一般人を神楽社長がお褒めになった理由がわかります」

「別に、真老様初めから捨て石って言ってるし……。それと、赤城さん、敬語いりませんよ」

「そうだけどさぁ」

「うーん、私、ちょっと遠山の事舐めてたわ。これからは一緒の専門家として、仲良くしてくれない?」

 女の子に初めて仲良くして欲しいと言われ、博はどぎまぎと頷いた。
 その時、モニタにエデンが映り、一次入植者たちは歓声を上げた。

「間もなく着陸する。着陸地点はここだ。全員ベルトを閉めてくれ」

 河の近くの、平地。近くには森もある。その超拡大画面に確かに小さな動く者が映り、赤城は目を皿のようにした。
 皆がいそいそとベルトを閉め、荷物を固定し、衝撃に備える。
 着陸すると、またモニタがつき、緊張した顔のロビンがアメリカと社の旗を持って外に出る様子が映し出された。宇宙服は、来ていない。ロビンは息苦しそうにしていたが、じき慣れたようで、旗を突き立て、演説をした。
 宇宙船内で様子を見ていた真老が、ガタッと立ちあがった。

「やりおった、ロビンの馬鹿が……! リーダーが危険な場所に行ってどうする!」

 次に、各国代表が降り立ち、旗を立てていく。
 その後、ロボットが散開し、軍が展開。
 さしあたり危険が無いのを確認して、荷物を運び出しにかかった。
 そして、そろそろと各国選抜枠、企業枠、ハローワーク枠、そして最後に寄付組が降り立つ。
 赤城は弓で引き絞られた矢のように飛び出して、動物を探しに行った。
 その他の学者も同じだ。
 その後を、慌ててロボットが追いかけていく。

「さて、荷物降ろしの手伝いもせずに出て行った薄情者がいるが、もう僕達は宇宙船の隔離エリアまでしか戻れない。宇宙船の大半は明日の朝地球へと戻るし、病原菌を持っている可能性があるからね。最優先は、荷物を降ろして、今日寝る家を立てる事だ。これは枠の区別なく、全員が手伝ってもらうよ」

 開拓手順にも書いてあったことだ。博は頷き、迷える羊のようにロビンにつき従った。

「ロビン監督官! 実際に降り立ってみた感想だが、この川とその周囲の様子から言って増水の心配はあまりなさそうだ。もう少し川に寄りたいのだが」

「よし、全員、家を建てるエリアを再度確認しよう。この惑星に一等キャンプ地が一つだけなんて事は無いんだから、喧嘩は無い用に頼むよ。キャンプ地の移動にも応じるが、早いとこ移動したい場所を決めてくれ。悪いが、寄付組のキャンプ地は僕が決めさせてもらう。移住する際は申請してくれ」

 ロビンが大きな上空写真を広げ、マジックの蓋を取った。
 各リーダーが、周囲の様子を見ながらああでもない、こうでもないと話しあう。
 ロビンはテキパキと采配し、難問を三十分で片づけた。
 大体の土地を決めてしまうと、ロビンは自分の管轄下のハローワーク組や寄付組に次々と家の場所を指示した。
 博の貰った土地はずいぶんと隅っこの方だった。土地は貰ったが、それから後がわからない。
 博はともかく、手荷物から引っ張り出した申込用紙の結果票を見つめた。この中に、資材があるはずだ。しかし、やっぱりわからない。その票の下の方に、ロボットを借りたい時は作業船のAIに申請するように書いてあったので、博は作業船の方に向かった。
 既に、各国の人間が長蛇の列を作っていた。
 一時間ほど並んで、ようやく博の番が来た。

「あの、エルウィンと、アレックスと、半蔵出して下さい」

「申請は受けています。外でお待ち下さい」

 ぼそぼそと言った言葉に、周囲の人間が一斉に冴えない男である博を凄い目で見た。

「ようやく到着ですか」

「このエデンで、俺はヒーローになる!」

「人がいっぱい……拙者、車になっているでござる」

 エルウィンが、しばらく周囲を見て博を見る。

「で、スポンサー。博と呼んでいいですか? これからどうします?」

「どうすればいいか、わかんなくて。家が建てたいんだけど」

 そして博は申込書を渡す。
 それを見て、エルウィンは頷いた。

「二次入植者に相談をすればいいんですよ。その為に万全なサポート体制を敷いているのですからね。全てのロボットは、二次入植者との通話装置を内蔵されています。ロボットの名前の後ろに二次入植者と通話、と付け加えればそのロボットの回線が開きます。困った時はなんでも相談すれば、最適な人へ回してくれます。まあ、今回は私が采配しましょう。土地はどこですか?」

 当然エルウィンは注目を受けていた為、それを多くの入植者が聞いた。
 途端に、ロボットを呼ぶ声と、二次入植者と通話、という声が満ちる。
 そしてエルウィンは、次々とロボットの貸与申請を出し、あっという間に資材を組み立てて家を建てた。

「運び出す必要のある荷物をリストアップしますから、持ってきて下さい」

 エルウィンに言われ、博はせっせと荷物を家に運ぶ。
 一息ついて思いだして、写真をパチリパチリと撮った。
 そして、報告用に貰ったパソコンに日記を入力し、送信する。
 家は、様々だった。各国は各国の技術を結集して簡易の家を立てていたし、企業は自社製品だったり、惑星研究所製の家だったりした。ハローワーク組は惑星研究所製のもので統一されており、寄付組はバラバラだった。テントもあるし、未だに途方に暮れている者もいる。ロビンはその者達を順番に回り、相談に乗っていった。
 家を建てた先から、炊き出しの準備が行われていく。
 博は炊き出しを共にする人間がいない。
「科学者の食事」を食べようかと考えたが、博が考えもなく頼んだ食料には賞味期限が近いものが多い。冷蔵庫が無いから尚更だ。悩んでいると、二人の外国人が駆けてきた。

『来たようだね。裏切り者が』

『裏切り者だなんて! どういう事なんだ、なんでエルウィンがここに?』

『むしろ私が貴方に聞きたい。私を置いて、私に無断でエデンに向かって、申込用紙に私の名前も書かず、貴方は本当に私のパートナーだったか非常に疑わしい』

『お……怒っているのか?』

『当然です。私の名を書いたのが博一人って、馬鹿にしてるんですか。そんなに私は役立たずですか』

『そんな事! そうだ、エルウィン。今からでも一緒に……』

『遅いですよバーカ!』

『お前も何しに来たんだよ、ジョージ。俺だって怒ってるんだぞ』

『アレックスを連れていけるなんて、思いもしなかったんだ! アレックスは俺の大事なパートナーだ、ほんとだ!』

『じゃあなんでドクターに要請しなかったんだよ! 一緒にあらゆる困難を乗り越えていこうってあれ、嘘だったんだと良くわかった』

 修羅場だった。

「遠山さん。俺ら、炊き出しするんだけど、一緒に食べねぇ? 俺ら、ロボットと一緒にご飯食べたいし。なんか食料提供してくれれば嬉しいけど。さすがに最初の食事からエデンの物食べたりはしないだろ?」

 宇宙船で話した、若い男だった。

「これ……」

 博は箱をずず、と押した。惑星研究所は、律儀に賞味期限別に箱を分けてくれていた。
 その箱は、かなり大きかった。初日で賞味期限がつきる箱、五箱。移動時間や積み込みの時間がある為、賞味期限の近い食品は到着時に既に賞味期限を迎えていた。さすがに、賞味期限を過ぎている者は無いが。賞味期限の事を忘れ、卵一年分とか書いちゃった博は無論馬鹿である。

「うわ、すげぇ! 肉とか卵とかあるじゃん!」

「冷蔵庫無いから、腐らない内に食べないと。この箱、今日賞味期限で」

 ぼそぼそと言うと、若い男は大声で言う。

「遠山さんが、今日賞味期限の食料全部分けてくれるってー! 卵あるよ、卵! それもいっぱい!」

「あの、俺、カップラーメンだから、卵欲しいんですが。いいですか?」

 正しく博のような男が寄ってくる。

「まさか食料全部カップラーメンじゃないよな? 水とか濾過装置持ってきてんの?」

 男は首を振った。

「しゃーないなー。真老様のリストにあったじゃん」

「そうなんですか? それは「科学者の食事」以外全部書き写しましたけど」

「じゃ、後で皆で組み立てようぜ。初日ぐらい体力つけるもの食べようよ。ご馳走するからさ」

 それを皮切りに、何人かが遠山の出した箱に寄ってくる。

「えー。うそー。お団子があるー。食べたいな―」

「別に、いいですけど」

 正直、その団子は博が食べたかったが、お団子を食べたいと言った女の子が可愛かったので博は告げた。

「本当? 遠山さん、ありがとっ」

 女の子は嬉しそうにお団子を持っていく。
 その後、博は念の為、自分の食べたいものを取り出した。更に念の為、赤城達学者の為におにぎりを何個も取り出す。
 ぶっちゃけ、賞味期限が近い物を持ってくるなどと言う暴挙は、博と宇宙船の冷蔵庫の使用を許されているロビンと真老の三人だけだった。
 そのロビンにしても、最初の数日間は精の付く物を食べた方がいいという真老の助言を得てのものだ。
 ロビンも、せっせと惑星研究所組やハローワーク組を指揮して炊き出しの準備をしていた。

『卵? 卵があるのか?』

「卵配ってるって本当ですか?」

 アメリカ人や日本人は、卵料理が好きである。
 灯りに吸い寄せられる虫のようにやって来た。中には、他国のチームの料理長や軍人もいる。

「今日、賞味期限なんで。食べないと、もったいないし」

 ぼそぼそと博が言い、箱を覗くと確かに大量の卵。これを一人で食べるのは絶対に無理だ。

「これは確かに大量ですね。一日くらい賞味期限過ぎても大丈夫でしょう。明日目玉焼きしたいんで、十ダースほど貰って言っていいですか?」

『スクランブルエッグが食べたい。これ、良い肉じゃないか!』

 彼らは目ざとく、博の隣の食料の山に目をつけた。

「それが今日食べる分?」

「あ、はい。赤城さん達、あ、僕の恋人枠で、着き次第森の中に行っちゃった人達の分、一応取っておこうと思って」

 ぼそぼそと博が言うと、料理長は手をすり合わせた。

「じゃあ、後全部いらないんだ。遠慮なく貰って行くよ。これとこれとこれと……おーい! 運ぶの手伝ってくれ!」

「ありがとう。もし赤城さん達とやらの食料が足りなかったらアメリカのキャンプ地に来るといい。余り物で良かったら分けてあげるよ」

「おい、一人でそんなに持っていくなよ。んー。さすがにトマトとかアボガドは無いか」

 イタリア系の男が箱の中身を漁って言った。

「持ってきてますけど……」

「持ってきてるのか!? ちょ、ちょっと貰って言っていいか?」

「あげるって言ったのは賞味期限が今日の物ですけど」

 すると、笑顔だった男がしゅんとする。一般人相手とはいえ、さすがにアボガドサラダの為に初日から問題を起こす事は出来ない。そして、博はそんなしゅんとした顔を前に押しきれるほど気が強くなかった。

「俺が食べる分、残してくれたらいいですけど」

 ぼそぼそと答えると、男はぱっと笑顔になり、博の気が変わらない内にとトマトとアボガドをいくつも抱え込んだ。

「ありがとう! パスタが欲しかったら、いつでも言ってくれ!」

 それを見た者達が、ぱっと箱についた内容物の紙を見る。

「さしみ!」

「「「さしみ!?」」」

 日本人の目の色が変わった。

「これの賞味期限はどう考えても今日だろう。なのに三日もあるじゃないか。ちょっと開けてみても?」

「別に、いいですけど……」

 箱の中身は水槽で、そこにぎゅうぎゅうに魚が詰め込んであった。

「俺、魚捌けないんだけど」

 途方に暮れた博の言葉に、日本人の料理長が良い笑顔で言った。

「どんな魚料理も作ってやる。その代り、三十匹ほど分けてくれ」

 そこにロビンがやってきて、手を叩いた。

「はいはい。皆、それは遠山の物資なのだから、遠山の分を残す事は忘れるなよ。早い所、料理を作ってしまおう。やる事はたくさんあるし、後三時間で日が落ちる。逸る気持ちはわかるし、既に二次入植者にせっつかれてる作業員もいるようだが、探索は明日まで我慢だ。夜は何があるかわからないからね。ロボットと軍人が護衛するから、心配はいらない。ぐっすり眠って、英気を養ってくれ。日が昇るのは今から十時間後だ。覚えておいてくれ。今、科学者たちにも戻るように言ってる」

 最もな言葉に、全員が頷いた。
 その日の博の夕食は、豪勢なものだった。
 焼き魚を一匹丸々食べ、その後、宇宙船で会った若い男……田中悟に連れられて、カレー鍋を持ってあちこちのグループに顔を出し、食料を交換した。一口ずつ、各国の料理を食べられて、博は非常に満足した。
 夕食を食べた後は、皆で濾過装置を作った。
 河の水をろ過にかけ、煮沸して、コップに入れる。
 全員に緊張が走り、博は非常に喉が渇いていたので一番に飲んだ。

「遠山さん、勇気あるじゃん! そうだよな、俺らなんも取りえないし、これ位しか出来なよな」

 田中悟が博の肩を叩き、自分も飲む。
 その後、たき火を囲み、博は赤城を待った。日が落ちると、どんどん冷え込んでくる。
 テントに泊まっていたものは、ロビンの計らいで翌日、資材を余分に申し込んだ者から分けてもらう事になり、その日は他の家に泊まる事になった。
 夜も更けた頃、ロボット達に追い立てられて、学者達が文句を言いながら、期待と興奮に目を輝かせて帰って来た。赤城は、戦利品として奇妙な生き物を抱えている。

「あら、遠山! まだ眠って無かったの」

「これ、おにぎり。良ければどうぞ」

 赤城は目を見開き、ついで喜びに顔を輝かせた。

「私、すっごくお腹減っている事に気付いたわ! 皆! 遠山が、食料分けてくれるって」

 学者達がわいわいとやってくる。
 今日が賞味期限の物が全部なくなったのは良かったが、明らかに量が足りなかったので、博はアメリカのキャンプ地に向かった。
 銃で警戒する軍人の間を通るのは、すごく怖かった。

「あの、赤城さん達が帰ってきて。ちょっと暖かいもの分けてもらえますか?」

「構わんよ。今温める。しかし、今からじゃ家を建てられんだろう」

「はぁ……。なんとかします」

「やれやれ、学者達と言うのは時に自己中で困るね。冒険初日から凍死するつもりとしか思えん」

 鍋を温めると、赤城達はぺろりと平らげてしまい、博は平謝りする事になる。
 その後、田中悟のグループに頭を下げ、皆を各自の家に泊めてもらう事になった。
 もちろん、博の家でも何人か居候して雑魚寝をする事になる。


 翌日、博は身動きする音で目を覚ました。学者達が、探索の準備を開始していた。

「駄目です。まずは家を立てて下さい。俺、次から泊めないし……」

「しかし、こうしている間にもだね……」

「だ、駄目です」

 博は引っ込み思案だったが、今回ばかりは頑張った。
 その後、学者たちはロビンに直々に怒られ、家を建てたり荷物を出したりする作業に入った。もちろん、病原菌をもっているかもしれない奇妙な生き物はキャンプ地の外に隔離された。学者たちは、隅に家を建てる事となった。
 遠山がさて何を食べようかと箱を見ると、既に何人も並んでいた。

「おお。遠山スーパーがようやく開店か。レタス分けてくれたまえ」

「肉が欲しい、肉が」

 遠山は食料を分け与え、その間に田中達のグループはシチューを作った。
 もちろん、遠山も食事に呼ばれる。
 物凄く物欲しそうな顔をしていた赤城達も食事に呼ばれる事になった。

「全く、あんた達専門家なんだから、準備しっかりしろよな。食料は持って来たの?」

「『科学者の食事』を持ってきているわ。それに、缶詰とか、携帯食料とか、色々。でも、こういう食事に比べたら味気ないわよね」

「これ、俺らの食料が使われてるんだけど。俺らあんたらの食事係じゃねーし。ギブアンドテイクって知ってる?」

「ごめーん。本当に感謝してるわ。ありがとう。ロビン監督官にも言われてるし、もちまわりで貴方の作る農場を監督するわ。それでいい?」

「なら、いいけど……。今日は俺達、鶏小屋と牛小屋の柵を作るんだ。ミミズとかもばら撒いて、こっちで畑が作れるかやってみるつもり。こっちの草を牛が食べれるといいんだけど。遠山さんは?」

「食べられそうな物を探しに、森に」

 ぼそぼそと博が答える。

「大丈夫? 気をつけろよ」

 博は頷く。
 食事を済ませると、ロボット達を引き連れ、リュックを持って遠山は植物採集に向かった。
 途中で、例の外国人達と目が合う。
 アレックスとエルウィンが、気にしているのがわかる。
「アレックス、エルウィン、向こうを手伝ってもらえるかな。俺、半蔵がいれば大丈夫だし」

『ひ、博の依頼なら仕方ありませんね』

『ジョージが困っていてどうしてもっていうならな』

『エルウィン!』

『どうしてもだ、お前がいないと土木工事が全然進まない』

 なにやらよくわからない英語とドイツ語のやり取りの後、エルウィンとアレックスは去っていく。
 博は森の中で見つけた、植物っぽくて、採取が出来て、柔らかいものを皆採取してみた。
 一度、植物としか思えない者に噛まれて驚く。その植物をしっかりと掴み、博はロボットに半蔵の運転席に押し込まれ、キャンプ地に戻った。
 その頃キャンプ地では、ロボットが坂峰に報告をしていた。

「遠山博が怪我をしました。担当医はすぐに治療の準備をして下さい」

 送られた写真は、明らかに噛み傷だった。

「わかった。すぐに治療の準備をする。レベル4の防護服を準備してくれ」

 坂峰は緊張した様子で、隔離室へと向かって待機した。
 それは噂となってすぐにキャンプ地に広がった。

「遠山さん、怪我したって本当ですか」

 車バージョンとなった半蔵の運転席から、博が転げ降りてくる。
 それに田中は駆け寄った。

「うっわ、酷い怪我じゃないですか!」

 ロボットが博を運び、メイン宇宙船の中に連れて行くのを、田中は心配そうな顔で見守った。

「遠山さん、どうされました?」

「この植物に噛まれました。後これ、取って来た植物です」

 痛みをこらえながら博が言う。坂峰医師は頷き、博の治療を行った。

「指は動くから大丈夫ですよ。後は、病気にかからないか気をつけていて下さい。様子がおかしいと思ったら、すぐに連絡をしてください」

 博を噛んだ植物は、博が第一発見者だった。

「博さん、ロビンさんが、今名前を決めるようにと」

「食人果でいいです」

 食人果の情報はすぐに配布された。

「じゃあ、もらった植物はテストしておきますね。明日の朝食はこれですから、朝来て下さい。今日と明日は何が起こってもいいように、探索はやめて下さいね」

 博は頷く。
 その報告は、すぐに真老まで行った。

「ベアラズベリーが発見されたそうだよ、武美くん」

「ああ、そういうのがいましたね。この星が原産地でしたっけ。美味しいんですよね、あれ」

 それに真老は頷き、連絡をした。

「坂峰くん、食人果の食料テストもしたまえ。あれに興味がある」

「神楽社長。それは構いませんが……。神楽社長も、結構な性格ですね」

 博が宇宙船を出ると、アメリカ人兵士に抱えあげられる。

「お手柄じゃないか、このタフガイめ!」

「あ、あの……。俺は何もしてないし……」

「謙遜するなよ。今日、作業船が地球へ帰る。早いとこ英雄譚を書いて、写真を取るんだな。サイトにお前の活躍を載せるそうだ。アメリカでもあの植物の件は流す」

「は、はい」

 博はせっせと日記と写真を用意し、送信した。
 その後、恒例になりつつある食料の譲渡を行い、博はトン汁をほおばった。

「遠山さん、すごいじゃんか! 食人果は真老様も注目してるってさ。でも俺らも頑張ったぜ。皆手伝ってくれてさ、もう農場が完成したんだ! これもサイトに載せてくれるって。鶏もひよこも今は元気が無いけど、健康状態はいいからその内慣れると思うって赤城博士が」

「今日明日、坂峰さんが探索するなって。暇だから、俺も手伝う」

「マジで!? さっすが遠山さん! こまごました荷物運びがあるんだ。片手でも出来るから」

 博でも出来る仕事は、新しい惑星ではそれこそ山ほどあるのだ。



[29045] 9話 エデンと地球、それぞれの戦い
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:25
 博はパソコンに日記をつづり、送信。
 その後、作業船から田中の荷物を運び出すのを手伝った。
 博の怪我の責任を感じた半蔵がせっせと手伝ってくれる。
 その後、真老から直接話があった。モニター越しの会話である。
「次に補給船が戻ってくるのは1年後の予定だ。それまで、しっかり生き延びたまえ。一日に一時間だけゲートを利用してネットをつなげるから、外部と連絡を取りたければその時にするように。ネット機能のついたパソコンについては、ロボットに言えば貸与される」
 それに、田中がガッツポーズを取る。
 第一次入植者が得たたくさんの情報を抱えて、作業船が去っていく。
 それを、博は寂しく思いながら見つめた。
 さてその頃、アップを終えた各国の探索隊が次々と出発した。巨大な拠点を作るチームも動き出した。
 アメリカ軍人がにこりと笑って博に手を振ると、真剣な顔をして大勢で森へと入っていく。
 赤城達と違って、きちんと準備をしていた学者組も探索隊と連携しながら動き出す。
 お遊びの準備期間は終わり、本格的なサバイバルが始まるのだ。
 ロビンは緊張に手を握りしめ、兵士達を見送った。
 あわよくば惑星の実効支配をも目論む各国と違い、日本は呑気なものだった。
 そもそも、一つの調査隊としてまとまっている各国と違い、惑星に来たい人、コネのある人が集まったという感じである。
 寄付組は素人が多く、ハローワーク組に真老が課した宿題も、これから生きていく為の基盤を築けというものだ。これは誰ともなしに田中の農場を手伝う事でスタートした。ようするに、着陸地点でまったりやるのが日本側の行動だった。
 アメリカを初めとする各国が大冒険をしているあいだ、博達はまったりのんびりと作業を行った。博は本物の鶏を見るのは初めてだったが、餌を啄ばむ姿は可愛いものである。
 田中は用意のいい事に、よく訓練された牧羊犬も頼んでおり、休憩時間に犬と遊ぶのは楽しかった。
 一方その頃、アメリカの探検隊は緊張の中、大冒険を楽しんでいた。
 いい場所を見つけたらそこに建物を建てていいよ、と真老から言われているので、できるだけ広い場所を探索し、立地条件のいい場所を探さなくてはならない。地形情報はどこまでもついてくる監視兼補助ロボットに記録されるので独占は出来ないが、ロボットは誰が最初に見つけたかも記録してくれる。いい場所を見つけて、ここの土地を使いたいとその場で言えば、それは記録され最優先の権利が与えられる。それゆえ、各国は放射状に立地条件の良い場所を探しに行っていた。
 ロボットが警告音を発し、彼らは一時止まって、緊張しながら周囲を見回した。
「どうした」
「隊長、ロボットが前方に危険があると……」
 斥候兵が報告する。隊長は前の方に出て、呻く。
 巨大な果物が、行く手を塞いでいた他は、何もなかった。
 隊長が前に出ようとすると、ロボットが立ち塞がる。
「危険です。これ以上進む事を禁止します。前方に食人果の疑いのある植物があります」
「食人果……!? 日本人を噛んだというあれか! しかし、大きさも色も違うじゃないか」
「これは、人が丸々入りますね……」
「隊長、あそこの小さい実が食人果そっくりです。同じ蔦に繋がっているように見えます」
「おい、試しに肉を投げつけてみろ」
 隊員の一人が肉を投げた。それは弧を描いてぺちゃっと巨大な果物に触れる。
 巨大な果物がぱっくり割れ、肉を食べた。
 恐怖だった。知らず、隊員達はじりじりと下がる。
「この地区は一等危険地区に登録されました。食人果の差分登録完了。食人果の中心部にいる事を確認。撤退を要求します」
「よよよ、よし。慎重に周囲を確認して撤退だ」
 その時、何かぷちっと切れる音がして、大きな食人果が転がって来た。
 狙い撃ちしたように、「上り坂」を隊員達の方向に昇っていく。
 ぷち、ぷち、と小さな音があちこちで聞こえる。一定の大きさを越した巨大な果物ばかりが、向かってきていた。
「捕食行動を確認! に、逃げるぞ! 周囲に気をつけろ」
 恐怖に駆られた者が銃を撃った。果物の回るスピードはますます加速する。
 護衛していたロボットが飛び込み、そのロボットを食らった果物は止まった。
 ロボットの犠牲を生みながら、アメリカ探検隊は命からがら危険地帯から抜けだした。
「ここまでくれば大丈夫だな……。小型食人果を採取しろ。火で燃えるか、除草剤が聞くか確かめるんだ。それに、大型生物に注意しろ。必ず食人果に匹敵する大きさの生き物がいるはずだ」
 アメリカは、決して植物ごときで立ち止る事は無いのだ。隊長はただちに指示を出した。
 夜。通信兵だけが帰ってくる。ネットが繋がる為、中間報告を政府にするのだ。
 各国の通信兵達が報告書の送信に忙しい中、日本はやはり呑気だった。
 しかし、それも通信が始まるまでの間となる。
田中は某巨大掲示板にこんなスレを立てた。
『今、エデンだけど何か質問ある? 一日一時間しか質問に答えられないけど』
 後に書籍化される伝説のスレの誕生である。
 博はここで初めて2chを知った。
 そして、大事件が告げられた。
『今、研究所が大変な事になっているぞ』
『テロがあった後、政府の立ち入り検査が入ったって。真老様の残したロボットのレディが、研究所内のデータ全消去、残してた小型船で全資料とロボットを宇宙に逃がしたって。科学者たちは全員事情聴取。ただ、何人かはテロリストに浚われたって』
『フェーズ5の国の連中だろうって噂だけど……巨額の身代金とゲート技術を要求してる』
『真老様、もう出発したんだろ? 戻ってくるまで後三日ぐらいか。この事知ってんのかな』
『研究所からの日報を送ってたはずだし、今は送れないだろうから、おかしいとは思うはず』
 博は不安に倒れそうになるのを感じた。
 何も連絡する必要など無い、とばかりにゆったりと見守っていたロビンが、ロボットからの呼び出し音を聞いて顔色を変え、急いでメイン宇宙船に転げこんで行った。
 田中も顔色を青くする。
 その頃、真老は宇宙船内でモニター越しにロビンに指示を出していた。
「ロビン。こうなっては仕方ない。惑星開拓は中止になる可能性もある。既に未知の惑星に降りて、病原菌に感染しているかもしれないお前達を、今、国に帰すわけにはいかん。超極秘データを送る。困った時はこれを見たまえ。出来うる限り、一年後に会いに行こう」
「ミスター真老……。私は、いつか、何百年、何千年先でエデンが再発見された時、地球人と違わぬ文明が栄えている事をお約束します」
「すまんな。それでも、ゲート技術はむやみに渡すわけにはいかんのだ」
「ご武運を」
「君もな、ロビンくん」
 そして、真老は地球の警察に回線をつないだ。
「あー。悪いが、研究員を返してくれんかね」
「神楽さんですね。それは出来ませんよ。今返すのは危険です。それよりも、神楽さんにも事情聴取しなくてはなりません。お帰りになったら警察署に寄って下さい」
「君達が危険にしたのだろう? 私の部下達をテロリストに引き渡しおったな」
「そんな事は……」
「私のロボットがテロリストの侵入を許すはずが無いのだよ。君達が立ち入り検査で研究所を無防備化した後に、テロリストが襲った。そうだね? 私は今回の件について法廷で争うつもりなのだがね」
 応対する警官の声に緊張が混じる。
「……立ち入り検査に対して、無防備化とやらを行ったのは貴方方です。第一、捜査に対し隠ぺいを行うのは違法です」
「ロボットの離脱に伴い、警備員は増員されていたはずだ。彼らはどうしたね?」
「証拠品として惑星研究所の護衛武器を押収、三分の一程は捜査の邪魔をしたので公務執行妨害で逮捕しました。残っていた警備員はテロリストに……お悔やみ申し上げます」
「日本政府をフェーズ5に移行……だね。さすがに日本人を閉めだすわけにはいかんが」
 真老は小さく呟き、そして最も重要な事を聞いた。
「国会で、ゲート技術の世界への解放が議決されたので技術を渡すように通告したら、拒否されたので、立ち入り検査をする事になったのです」
「それでは、立ち入り検査が決まる前にロボットの離脱が起きたはずなのだがね。彼らは大人しく立ち入り検査を受け入れたはずだ。何が公務執行妨害なのだね」
「捜査員を騙ってアビゲイル博士とノーマン博士を浚った者がいたのです。お前達も偽物かもしれない、神楽さんが戻るまで呼び出しに応じる事は出来ないと……」
 真老は、頭が痛くなるのを感じた。
「それで、武器を奪って公務執行妨害で逮捕かね。その後にテロが起きた、と」
「はい」
「状況を整理しよう。ゲート技術を渡せと議決、ロボット達の離脱、アビゲイル達の誘拐、立ち入り検査による無力化、テロと流れるように研究所への攻撃が行われているわけだが、これでテロリストと無関係だと言い張るつもりなのかね。どう考えても、少なくとも情報は漏れていたと考えざるを得ないが。まあいい。立ち入り検査で連れていかれて事情聴取をされるのは間違いなく幹部だから、幹部はそこにいるのだろうね。三田くんを出したまえ」
「10名の博士はテロリストに捕縛されました」
 真老はため息をつき、電話を切った。
「ドクター……」
「まずはドイツに入国する。武美くん、手続きを取ってくれたまえ」
 なんとしても、部下達を助けねばならなかった。



[29045] 10話 決着
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:26
 真老がドイツ入りをするとすぐに、ドイツ首相は神楽真老博士の亡命を受け入れると声明を出した。
 これには各国に衝撃が走った。日本はその頃、アイドルの特集を放映していた。
 また、ドイツは一企業に無理な技術提供を迫り、テロを誘発させ、不当に科学者達を拘束しているとして、ただちに解放する事を求め、科学者達はドイツが責任を持って受け入れ、国の予算で真老をトップとする研究機関を作る事を告げた。
 また、ドイツはこうも告げた。研究所がこんな事になってしまい、残念だ。結果的に遭難者になってしまったエデンの者達はドイツが救うと。
 当のドイツを含め、誰も真老の亡命など考えていなかった。スカウトはいくつもあったが、けんもほろろに断っていたし、真老と自衛隊の繋がりは強かったからだ。
 そして、ドイツの強気も予想できなかった。
 しかし、考えてみれば、真老を手中にする事は、エデンを手中にするのも同じ事。それはつまり、エデンの各国の粋を集めた科学者の命もまた、握っているのと同じ事。
 彼らは、ようやく真老に多くの人質を取られている事に気付いたのだ。
 マスコミ嫌いのはずの真老が、ドイツのマスコミ陣営の前でにこやかにドイツ首相と握手している映像は全世界に流れた。その後の真老の宣言は、世界を震撼させた。
 その頃日本では海外旅行の特集をやっていた。
 そして、真老は演説する。経緯を淡々と説明し、最後にこう結んだ。

「今回のテロは、明らかに政府と共謀している。警察は浚われたノーマンくんとアビゲイルくんの捜索を捨て置き、政府からの正式な使いだと調べる為の猶予を求めた警備員を不当に拘束し、武器を奪い、テロリストの侵入の為の下準備を行った。殺害された警備員と部下の為に、私は日本政府とテロリスト達と断固として戦う。エデンにいる者達に安全に補給が出来るその日まで。なお、宇宙船は降りた後に宇宙に戻してある。私のAIが安全を確認するまで、宇宙船は永遠に戻って来ないだろう。私を脅して安全と宣言させても、私のAIは騙されんぞ」

 決定的な、エデンを人質に取るという宣言である。
 その頃日本では、子狐の特集をニュースでやっていた。
 慌てたのが日本の大臣である。

「あんな大規模なテロをやるなんて! 話は聞いていたが、2,3人誘拐するだけだって言っていたじゃないか!」

 頭を抱えた所に、各国から電話が掛かってくる。それは大臣の予想を超えたものだった。

「真老を宥めろ、科学者を人質にとって日本に戻るように言うんだ。ドイツでは手が出せん」

「どういう事だね! 私はさりげなく圧力を掛けろと言ったんだ! こんなあからさまに技術を寄こせという議決をするなんて! 第一、ゲート技術を世界に広めるとは、正気かね? いや、テロリストを呼びこむぐらいだから、正気ではないのだろうね。日本が馬鹿をやって自滅する分にはいいが、エデンに行った我が国の探検隊はどうなるんだね! NASAから半分も出かけているし、あそこには私の息子も行っているんだぞ!」

「日本が我が国の探検隊を故意に危険に晒すというなら、こちらにも考えがある」

「前首相がエデンに行っていましてね。宣戦布告も辞さない構えです」

「科学者を解放したまえ。探検隊の身の安全が心配なら、ミスター真老のご心労を速やかに取り除いて差し上げる事だ」

 宣戦布告と、はっきりと言う国が1カ国。それに準ずる言葉を述べた国が三カ国。
 それ以外にも、エデン探検隊参加国全ての国から抗議が届いた。
 20歳にもならない子供がなんだというのか。大臣は混乱した。
 ちなみにその頃のテレビの特集は美味しい海外料理だった。
 もちろん、日本にも海外ニュースを見る者はいる。
 国会中継を見る者もいる。
その者達は真っ青である。
 真老の海外の知名度は高い。惑星開拓したのだから、当然である。
 エデンに行った者達の知名度も高い。惑星開拓なのだから、当然である。
 真老の研究所の科学者達も有名人ぞろいだったりする。
 特にアメリカ人は、ロビンが監督官に選ばれていた為、真老への好感度が高かった。
 つまり、諸外国の国民達は割と真剣に武力行使もやむなしと思えるほど、怒ったのである。
 海外ニュースを見ている者達はそれを肌で感じていたし、国会中継を見ている者達は、野党の戦争になるぞ! との叫びに度肝を抜かれた。
 そして、ドイツは名だたる日本人科学者と職人達に事態の経緯説明と招待状を出した。
 彼らは続々とドイツへと向かっていく。
 ここに至って、戦争に反対する必死のデモ運動が広がった。
 その日のテレビの主なニュースは芸能人の離婚疑惑だった。
 その一方、各国からの激しい圧力に、耐えられる日本ではなかった。
 それゆえ、アドバイス道理にとりあえず真老の陥落に向かう事にする。
 早速、日本から外交官がドイツへと向かった。
 予想外だったのが、真老への面会すら許されなかった事だった。
 屈強な警備員が、真老の代わりに交渉の場に立つ。
 外交官が言った。

「神楽さんにお伝え下さい。お母様と部下の皆さんが、悲しんでいらっしゃると。どうぞ、日本へお帰り下さい」

「ミスター真老を脅しに来たとしか思えんな。……ところで、知っていたかね? ゲートには自爆装置が付いているんだ。あまりミスター真老を怒らせない方が得策だと思うがね。ミスター真老は、既に親しい部下を何人も失っている。自暴自棄になってもおかしくない」

 逆に脅されて帰って来た。
 この話は即座に伝わり、各国が日本政府の行動に釘を刺した。
 真老は天才科学者だが、まだ若い。やけになるという事も十分に考えられるのだ。
 その時だった、テロリスト達が、声明と共に10枚一組の設計図を出した。

「ゲート技術を独占するのは誠に許し難い事である。我らはゲート技術を解放する」

 非常に難しい設計図だったが、日本はそれに飛び付いた。

「ゲート技術は解放された。卑怯にも神楽真老容疑者が人質に取った探検隊は日本が必ず助け出す」

 そう声明を出した。真老はそれを冷めた目で見ていた。
 ある装置を作っている真央と武美に、首相は話しかける。

「あのゲート技術は偽物でしょう?」

 真老は、嫣然と微笑んだ。

「ドイツ首相。特殊救出部隊を編成して頂けますか」

「毒を食らわば皿までですよ。最初からそのつもりです。あのゲートの設計図は、発信器でしょうか」

「さすがは首相。そうです、あれは物凄く厄介に作った光の膜の投影装置兼発信器に過ぎません」

 武美もくすくすと笑って言った。

「冷静になれば馬鹿でもわかる事ですよ。ミスター真老のゲート技術は、ゲートと宇宙船のセットだったはずですからね。第一、ゲートを地球上で作っていいはずが無い。空気が吸い出されてしまいますから」

 真老は、頷いた。これだからドイツはフェーズ0なのだ。
 武美は装置を指し示して言った。

「私の作った半径5キロにわたる無力化専用の武器です。どうぞ使って下さい」

「これ、ドイツでも配備して良いでしょうか?」

「必要な時はお貸ししましょう」

 ドイツの首相もまた、にっこりと笑った。
 救出作戦は、一日で終わった。それはフェーズ5の国と、日本の両方に向かって行われた。
 ついに日本は、テロ国家として他国の武力介入を受けたのである。
 日本はアメリカに助けを求めたが、逆にアメリカは不当に科学者達を監禁していた事を責め、真老に謝るように諭した。
 自暴自棄になった日本は、真老を国家反逆罪として指名手配し、各局は極悪人として真老の特集を組んだ。事ここに至って、大多数の国民は思った。
 さらっと言ってた、エデンの惑星開拓ってなんだろう、と。
 大多数の国民は、ここで惑星開拓を世界を上げてやっていた事をようやく知ったのである。
 一方、真老は三人もの幹部の死や、アビゲイルやノーマン、子飼いの部下に対する手ひどい扱いを知り、怒り狂っていた。
 作業船に命じ、警備員を帰国させるように手を打つ。爆破の準備だった。
 もはや国会での野党の野次は、真老を何とかしろの一色だった。
 そんな時に都合よく、真老の父親が誘拐され、ゲート技術を寄こすように声明が出されたが、これはアメリカが救出した。
 日本の大臣は、わけがわからなかった。ゲート技術さえ、手に入ればどうにかなるはずだったのに。何故アメリカがそれを邪魔するのか。
 ネット上では、エデンの探検隊と地球に取り残された家族の今生の別れを惜しむ声で溢れた。折悪しく、エデンでは疫病が流行り始めており、その悲惨な症状はネットで即座に広まった。物資がもうすぐ無くなってしまうという話を聞いては、なおさらだった。
 大切な国民を危機に晒されたいくつかの国からミサイルをロックオンされ、ようやく日本国首相が動いた。
 日本国首相は、威風堂々と真老の元に向かう。真老は、ようやく面会を許した。
 日本国首相は、きっぱりと頭を下げた。

「ごめんなさい!」

「ごめんで殺された部下達が戻ってくるのかね」

 全然駄目だった。

「真老様、全ての警備員が退避完了いたしました」

「では、爆破の準備を」

「爆破をやめる条件を! お金ならいくらでも……」

「私の研究所の絶対的な保護と解散総選挙をするなら、爆破を思いとどまってもいいし、その後の政権によって日本に戻ってもいいのだがね」

 真老がつきだした条件に、首相はぐっと言葉に詰まった。
 そして、国元に帰って言った。

「神楽真老容疑者は一切の妥協を拒否した! 戦争になるかもしれないが、それは全て真老容疑者の陰謀である!」

 しかし、首相と真老の会談はカメラに撮られて世界配信されていた。
 そして、惑星開拓が報道されなかった件で不審に思った国民は情報網をネットへと伸ばしていたのである。
 ついに、日本で暴動が起きた。
 暴動は許されざる事だ。許されざる事だが、ほっとくと日本が滅びるのである。死者こそ出なかったが、議員達は怒った民衆に腐った卵を投げつけられた。
 これ以上何かをやれば、腐った卵以外の者を投げつけられるのは明らかだった。
 科学者至上主義と報道の健全化を掲げた政権の樹立を持って、ゲート戦争未遂事件は終わった。テロが起きて一年後の事だった。

「騒がせてしまって悪かったね」

「いやいや、いいのですよ。それより、反重力航行船技術、本当に頂いても?」

「構わんよ。部下の命に比べたら、安いものだ。どうせ父を救助してくれたアメリカにも同じ物を渡す羽目になるはずだしね」

「しかし、本物のバリア装置を貰う事が出来るのは我が国だけ。ですよね?」

「秘密はしっかり守ってくれたまえよ」

「もちろんです」

 反重力航行船技術、「ミサイルも防ぐ」バリア装置のブラックボックス、未知の武器の貸与。そして真老への大きな貸し。これだけもらえれば十分である。各国に脅威に思われてしまった事を除いても、ドイツはホクホク顔だった。冒険した甲斐があるというものである。
 そして、真老は自ら補給船を率いてエデンへと向かった。
 ロビンが倒れたとの、知らせが届いていた。



[29045] 11話  誓いよりも覚悟よりも事実よりも財宝が僕らを勇気づける
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:29
 真老がドイツへの降下を決めた頃、ロビンは皆を集めて演説をしていた。

「ミスター真老は決してゲート技術を渡さないだろう。それは私達の為でもあるし、未来の為でもある。私達は、壮大な駆け引きのチップにされるだろう。このような情勢になった以上、一ヶ月後にフェーズ5の国の宇宙船が来るかもしれないし、約束通り一年後にミスター真老の船が来るかもしれないし、もしかして数百年、数千年後に再発見されるまで来ないかもしれない。しかし、私達は決して負けはしない。この地に文明を築いて見せる! ネットが繋がっている以上、この場では言えないが、ミスター真老は奥の手も用意して下さっている。私達は、決して諦めない!」

 演説に、各国の人々が鬨の声を上げた。
 各国の精鋭である。もとより、もはや地球には戻れないと説明を受けていた。
 それに、奥の手である。それはメイン宇宙船の航行法である可能性は高かった。
 理解していないのが日本勢である。
 各国が頑張って士気を上げようとしている間、日本勢はおたおたとしていた。日本勢には、指導者すらいなかった。
 田中が必死に盛り上げようとするが、女は泣き、男は喚き散らしている。

「赤城さん、あんたプロだろ? どうにかなんないの?」

「わ、私は……」

 遠山は、必死に考えて、言った。

「み、皆さん、聞いて下さい。俺達は、この星に住む為にここに来ました。地球には、元から戻れません。それに、ネットは繋がってます。み、皆さん。地球とは、ちゃんと繋がってます。一年もすればテロリストだって捕まると思うし、人質も解放されると思うし、三年もあれば真老様はきっと惑星研究所を再建してくれます。ここには、色んな国の人がいます。全部の政府が、助けようとしてくれるはずです。補給が遅れるだけです。頑張りましょう」

 その言葉に、完全に納得したわけではないが、日本人達は考えだした。
 その後、ロビンと気を利かせてくれたアメリカの大統領の息子が、名演説をして日本人を落ち着かせる。それは、遅れて戻って来たアレックスとエルウィンの言葉で決定的になった。

「ドクターが俺の事を見捨てるはずがねーじゃん。ドクターが一年後に来るって言ったら来るんだよ」

「駄目ですよ、アレックス。ドクターは私達をチップに駆け引きをしているのですから、嘘でも見捨てられる可能性がある振りをしないと」

 真老が自ら手掛けたAIがそういうのである。日本人は、ロボット達の言う事を信じた。
 そして、探索よりも、安全に都市を建設する方向に方針を変更する事が各国間で合意された。こうなれば、食べ物を手に入れるのも急務である。
 その日のうちに、坂峰を中心とした医師団に食料の調査の指示が行われた。
 音楽家が、ゆったりとした音楽をメイン宇宙船から流し出す。
 人々は、早めに休む事にして、互いに元気づけ合い、食料を消費して豪勢な食事を作った。遠山の食料は、ふんだんに使われた。
 田中も、進んで遠山の持ってきたスナック菓子を配る。
 ロビンは、第一次入植者、第二次入植者と各国代表と会議を行い、メイン宇宙船の隔離室へと向かった。一番大変なのが、船から降りて苦楽を共にする事を主張する第二次入植者を宥める事だった。
 しかし、第二次入植者の医師が倒れては目も当てられない。
 そして、ロビンは真老の寄こした超極秘データを閲覧した。困った時に見ろと言われて困った時に見るようでは、遅いのである。真老の言葉は面倒事が起きる事を予見しており、その対策を示している。面倒事が起きてからでは遅いのだ。
 ロビンは驚愕した。武器の隠し場所はまだいい。操縦方法も想定の範囲内だ。だがそこには、エデンの大まかな資源の在り処や、主だった病気とその治療法、動植物の一覧、その対処法が載せられていたのだ。惑星移住の際の手引もある。そして、帰還に対する条件として、青班病と火傷病の免疫の採取が上げられていた。エデンでは、これだけは犠牲を出さないと治療方法が確立できないからという注意書きをつけて。

「ミスター真老は、一体……一体、何者だ?」

「そろそろ就寝の時間です」

 ロボットがロビンを追いたてる。そこで、ようやくロビンは恐ろしいものを見る目でAIを見た。そうだ、真老の技術力は最初からずば抜けていた。
 その一端が、この人間らし過ぎるAIだ。
 神の使い? まさか。エイリアン? 身元はしっかりしている。予知能力者? それも、凄く強力な? ならばなぜ、テロを予見できなかった? 技術に関連した予知能力者だとか? 真老を問い詰めたい。問い詰めるのが怖い。
 ロビンは一番最後の、食人果の項目を見る。これは後から急いで付け加えた事が伺えた。そこに、驚愕の一言が添えられていた。「ベアラズベリーは大抵の惑星で育つから、特産品として有益」。この一言は、いくつもの惑星で食人果を育てた経験がないと書けないものだ。そして、つい出てしまったとい感じのベアラズベリーと言う名前。それは、未来情報としか思えなかった。
 ロビンは寝室に入るが、一睡もできなかった。
 翌朝、ロビンは決断を下した。改めて発見する用誘導する事や三田が事前に調べましたという事も考えたが、予め知っていないと危険な事が多すぎたし、三田が調べたというなら、どうして今まで食人果の情報を開示しなかったという話になる。
 各国のリーダーと特別に選抜した二次入植者を呼び出し、ロビンは言った。

「秘密を守れない者、私の指示に従うと誓えない者は去れ。不用意に口を滑らせた者には、死刑も考えている」

 各国のリーダーは当然文句を言いかけたが、ロビンの真剣な、何かに怯えているような顔を見て黙った。

「秘密の内容は」

「ミスター真老からの超極秘通信だ」

 その言葉に、各リーダーは襟元を正した。
 この状況下において、真老からの極秘通信。重要な内容である事は伺えた。
 助けが来ないのか。敵性勢力がやってきているのか。
 去る者は一人もいなかった。しかし、それでもロビンはまだ迷っていた。
「ミスターロビン。私達は、ミスター真老からの厳しい選抜をくぐりぬけてきた者達だ。私達はもう、信頼できる仲間ではないかね」

「ロビンくん。アメリカを信じたまえ。例えここに置き去りにされたとしても、新たな文明を築き上げればいいだけの話だ」

 ロビンは、ロボットに指示を出した。

「さすらいの一匹オオカミ君。データを皆さんにお見せしろ」

 そして、流されるエデンのデータ。
 それに目を通して、人々は驚愕した。

「これは一体!?」

「見ての通りだ。皆さんには、これらの発見をする振りをしてもらう。会議の後、すぐ探索に出かけてくれ」

 ロシア代表は、エレガントに言った。
「なら、このダイヤモンド鉱山は私が発見する事にする。いいね?」

「ああ、いいだろう」

「ちょっと待ってくれ。そんな事が許されるのかね。我が国はこの金山を貰う」

「いやいや、そんな事を決めている場合では……ところで、レアメタルはこの辺だったかな」

「とりあえず、惑星研究所特製の武器を分けてもらおうじゃないか。恐竜もどきと出会う前にね」

 それを皮切りに、とりあえず探索後に話し合う事にして、今は探索に出る事が決められる。
 ちなみに日本の一次入植者はリーダーがいないので呼ばれていなかったりする。
 ロビンが深刻な顔をしてリーダー達を呼び出したので、不安そうに待っていた各国の部下達だが、リーダーがやるき満々で帰って来たので安心した。

「さあ、探索に行くぞ! 他国に後れを取るな。ほら、新しい武器だ!」

「え、でも基地の補強は……」

「後だ後! アレックスを呼べ、急ぐぞ!」

 行け行けどんどんモードとなったリーダー達。
 それを取り巻いて見ていた日本人達も、自然浮足立った。

「なんか皆張り切ってるし、こっそり救出計画が練られてるんじゃね? 頑張ろうぜ、生き抜こう!」

 田中が元気づけ、日本勢はロビンに頼まれて基地の補強をする者と学者以外は自然と農場を手伝った。
 そして、博は坂峰に呼び出され、隔離室で食人果の実のサイコロステーキ差し出されていた。

「寄生虫に関しては注意して探してあるのし、火も通してあるので、問題ありません。味のレポートと食べた後の体調を教えてください」

「あの、これ、俺の指食った奴だと思うんだけど」

 もそもそと博が言うが、坂峰は命じた。ベアラズベリーは、この惑星を生き延びる上で、主な蛋白源にされる事が決定している。

「食べなさい」

 強く言われると、博は弱い。ベアラズベリーの欠片を、口に入れて食べる。
 途端に広がる、濃厚な肉の味わいと果汁。肉のような果物のような、不思議な味だった。

「お、美味しいです。肉汁がたっぷり出て、甘くて、さっぱりしてます」

「よろしい。何か異常があったら、すぐに知らせるように」

 博はサイコロステーキを残さず食べ、田中の農場へと向かった。

「あ! 遠山さん。今日は何食ったの?」

「食人果」

 ぼそぼそと言った言葉に、田中は吹いた。

「嘘、マジで!? 大丈夫なん? 共食いにならない!?」

「わかんない。火で炙ったものを食べた。美味かった」

「えー! ちょっと待て、もしかして俺達も食べなきゃいけないの? 食料が尽きたら」

 博はコックリ頷いた。

「カロリーメイトだけで生きてけると思えないし……食料が尽きる前におかずとして出ると思う。この農場が失敗したら、の話だけど」

 それを聞いた日本人は、より一層働いた。
 さて、その日から一週間の発見は凄かった。強行軍の末に次々と色々な資源が発見され、入植者達は喜びに沸いた。
 博は、毎日のように不思議な動植物を食べ、それは次々と食料行きにされていた。
 一週間後の朝、ついに体調を崩して卵を産まなかった鶏が卵を産んだ。次々と撒かれた種が芽吹き、子牛の出産もあり、農場は喜びに沸いた。生食品は尽きていたから、これは一層喜ばれた。
 喜びに沸いた一日の夕方、アレックスが、鼻歌を歌って巨大な何かを引きずって来た。

「なー! 俺も食用にできそうな動物を見つけたぜ! 俺様ってなーんてヒーロー! 褒めてくれよ! ジョージ、俺の褒められる用意は万全だぜ?」

 そうしてアレックスが差しだしたものは、どう見ても肉食恐竜にしか見えないものだった。しかも、引きずってきた際にくっついたのか、あちこちに食人果が噛みついている。

「アレックス……あの……お前が手柄を立ててくれて本当に嬉しい。しかし、一つ聞きたい。この化け物は、どこにいた?」

「あっち。食人果の森を抜けた所。ちゃーんと金山も見つけたぜ。なんかいっぱいいたから、食料に関しては心配なくなったな」

 入植者達は戦慄し、リーダー達は予め知っていたものの、やはり驚愕を禁じ得なかった。
 博も恐竜を見て驚くが、その後せっせと食人果や恐竜にナイフを突き立て始めた。

「と、遠山さん? 何やってんの?」

 田中が恐る恐る聞く。

「だって、食べれるかどうか調べないと……。それに、生食品無くなったし、卵だけじゃ足りないから、今日のおかずは食人果にしないと」

 一週間の生活で、逞しくなった博だった。
 人々から、驚愕の声が漏れる。

「えー。やだよ。だったら鶏食べようぜ」

「ふざけんなよ。これだけの人数が食べたら一回でなくなるし、鶏は重要な食料だろ。卵も産んでくれるし、増えるんだから」

「鶏、誰が捌くんだ? 羽毟ったりするんだろ?」

 その言葉で、日本人達は固まった。

「俺が出来るぞ。まず鶏の頭を切り落としてだな……」

 料理長が言う。手塩にかけて育てた可愛い鶏の首を切り落として羽をむしる?
 田中が、すたすたと歩いて、食人果にナイフを突き立て始める。

「鶏解体するより、食人果食べる方が楽だし。つーか鶏食べたくないし。つーかそっちの方が客観的に見ても不利益だし! 皆、今日は食人果のスープだ!」

「えー!」

「だって食人果だぜ?」

 そこへ、アメリカの首相の息子がやってくる。

「手伝うよ、遠山くん。君の言う事は最もだ。しかし、食人果と言う名は食べ物の名前としてはあまりにもハードルが高い。ベアラズベリーと言うのはどうだね。熊肉は美味しいんだぞ?」

「じゃ、そうします」

 ぼそぼそと博が言う。
 ロボットが通信機から告げた。

「二次入植者も食べるんで、私達の分もお願いします」

 博は頷く。
 そろそろと、恐竜の死体に人が集まり始めた。

「じゃー、張り切って解剖するわよ。皆、手伝って!」

 赤城が動物学者組を率いて、人海戦術で解体をする。
 惑星移住組は、逞しく生きようとしていた。



[29045] 12話 エデンは今日も頑張って生き延びてます。
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:34

 ベアラズベリーがあるいは火に炙られ、あるいは鍋に入れられる。それは美味しそうな匂いを周囲へと撒き散らした。

「匂いはいいな」

 田中が、炙ったベアラズベリーに塩を振った物の匂いを嗅いだ。
 その横で、博はベアラズベリーに噛みついていた。赤い果汁が博の口から滴り落ちる。

「うーわー。まるで生肉食ってるみたいに見える。すげーワイルド……って、贅沢言っている場合じゃねーか」

 田中も、がぶっとベアラズベリーを噛んだ。

「あつっ甘っうまっ」

「まあ、補給が無いんだから、缶詰が嫌ならこれ食べるしかないわよね」

 赤城も小さな実をふうふうと冷まし始める。
 博は次に、スープを食べてみた。料理長が苦心して作ったスープだ。
 南国風の冷ましたそれは、少し生ぬるかったが、デザートにちょうど良かった。
 人々は恐る恐る口にして、その味にほっと息を吐いた。変わった味だが、美味い。食べられる。
 もちろん、全ての人が勇気を出せたわけではない。そんな人達は、缶詰を出して来て食べた。
 今の所、全員の食料の消費は少なめだったし、持ってきた食料は平均二年分強だった。食事が保存食ばかりで味気ない事を我慢すれば、希望は十分にあった。
 ベアラズベリーのステーキと、卵焼きの物凄く小さな一切れ、缶詰を一つ、白米、ベアラズベリーのスープ。
 これが、今日の、そしてずっと続くであろう食事だった。
 指導者達は、早速食事を持ってロビンの下に集まった。探索を終えて国の利益は確保した。後はゆったりと食事をしながら会議である。

「私の方針としては、このまま誰かが見つけたという形を装いつつ、惑星開拓を進めていこうと思う」

「賛成だ。エイリアンか、未来人か、預言者か……ミスター真老とは、一度じっくり話したいものだ。しかし、それはまず生き残ってからだ。口封じされてはたまらんから、補給船が来るまでは保留した方がいいだろう」

「私は最初からミスター真老はただ物ではないと思っていた!」

「ミスター真老がなんにしろ、我々の想像以上の情報を持っている事になる。その情報を得る事は必須だな」

 そこで、ロビンはきっぱりと言った。

「惑星研究所として、ミスター真老への敵対は許さない。ウィンウィンの関係で行こう。貴方達はミスター真老に敬意を払う、惑星研究所はその技術を世界へ還元する。元々、このエデンが開拓された暁には、真老様がいくつか情報を開示する事になっている」

 リーダー達は、腹の内がどうなっているかはともかく、頷いた。

「それも、日本がミスター真老の怒りを解く事が出来ればの話ですな。ドイツがミスター真老を受け入れたとか。マスコミに姿を現すとか、ミスター真老のお怒りは相当でしょう」

 ロビンは、切ない笑みを浮かべて言った。

「ノーマンとアビゲイル、真老様の後継者の全員が浚われてしまいましたからね……。実質、惑星研究所の幹部全てが浚われた事になります。野田はまだ見習いでしたし。私も、彼らが心配で仕方ない。もしも彼らが戻らなかったら、惑星研究所は壊滅的な打撃を受ける」

 ドイツの事を口に出したリーダーが小突かれる。ロビンにこれ以上の心労を掛けるのは好ましくない。今、ロビンに折れてもらっては困るのだ。

「今は、エデンの事が重要だ。地球の情勢がどうであろうと、私達にはどうにも出来ないし、なんとしても生き延びねばならない。そういえば、塩の調達は出来たと言ったね?」

「塩を分泌する植物を見つけました。葉を鍋で煮込んで塩を取り出すそうです」

「なんと不思議な植物がいたものだ……」

「そういえば、日本だけ資源が無いがいいのかね?」

 今度はやや強い力で小突かれる。それはロビンに気付いてほしくない事だった。

「エデンで課す税で惑星研究所の資源調達をするので、惑星研究所については問題ありません。それに、日本政府はフェーズ5ですから。ミスター真老の母国ゆえ、特別にフェーズ5から復活する事はあるかもしれませんが、今すぐではないでしょう」

「税を課すのかね!」

「資源についてはそりゃ課しますよ。基本的にエデンは惑星研究所の物ですし。集めた資源は各研究所の資源、エデンや他の惑星開発の資材として還元されます。その代り、ミスター真老の気にいられた研究所は援助されます。手引きに書いてあったはずです。他にも知識の共有とか。まあ、これは開発が本格的に進んでから協議する事ですが」

「その事に関してはじっくり協議しないといけないね」

「この新しい特許共有システムは、非常に扱いが難しい。フェーズ3以上の人間とは言え、魔が差す時はある。ミスター真老の知識は欲しいが、私は反対だ」

「まあ、それは地球と連絡が取れてからにしましょう。今は、より早く文明化をする事が重要です」

 リーダー達は頷きあった。
 会議はそこで終わり、手近な鉱山で鉄や銅を採掘する事になった。
 各国が採掘、狩猟をしている間、日本は採取と農場の管理を一手に請け負った。
 特に、ベアラズベリーを育て始めたのだ。
 不味くて食べられなかった恐竜もどきをベアラズベリーに食べさせる事によって。
 発案したのは遠山だった。

「これ、不味くて食べられないし、埋められないし、このままだと衛生上問題ありませんか? ベアラズベリーに食べさせれば、処分してくれるんじゃないかな……」

 奇しくも、それは栄養価の高いベアラズベリーを育てる方法だった。
 会議に参加して資料を見ていた坂峰はゴーサインを出し、ベアラズベリーの育成が始まった。半蔵に小さいベアラズベリーの蔦を抜いてきてもらい、恐竜もどきに乗せて見る。
 思惑通り、ベアラズベリーは枯れる事無く、恐竜もどきを食べ始めた。
 足手まといを自覚していた日本は、各国の雑用を良く手伝い、留守を守る日本を各国軍は良く守った。なんとか、協力し合って生きていた。
 ある日、それは起きた。
 初めは、風邪だと思った。それは速やかに広がっていった。遠山もその病にかかった。
全身が赤くなり、体が焼けるように熱い。火傷病の発症である。
 病気は瞬く間に広がり、ロボットは隔離に躍起になった。
 遠山は坂峰に診察を受ける。血液検査をして、坂峰は眉を上げた。

「遠山さん、貴方の血はもう少し検査する必要があります。なんとしても、せめて結果が出る時までは生き延びていて下さい」

「悪い病気なんですか」

 もそもそと遠山が言う。坂峰は頷いた。

「そうです。しかし、信じ難い事に、貴方の体は戦っている。もしも、それに勝てたなら、貴方の体から作った抗体を皆に注射できる。生き延びて下さい、遠山さん。貴方の大切な人達を救う為に」

「俺だけ治るかもしれないって事ですか」

 坂峰は頷いた。

「この病気は恐ろしい病気です。感染力は高いのに潜伏期間は長く、じわじわと焼き殺されるかのように、長い時間を掛けて死へと向かっていく。治癒の可能性はごくごく低いものです。栄養のあるものを食べて、ゆっくり体を休めて下さい。これは、病気との戦争なのです」

 戦争は大げさだと、遠山は思った。悪い病気だと言われたのは怖かったが、治るともいっていた。どちらにせよ遠山には、安静にしているしか術が無い。
 遠山は家に帰り、科学者の食事を食べては寝るという事を繰り返した。
 科学者の食事は、ロボットに言って病にかかった皆に分けた。とてもではないが、料理できる状態ではなかったからである。
 三日後、ようやく熱が下がった頃に、坂峰から呼び出されて遠山は宇宙船に向かった。
 遠山は驚いた。農園の世話をしているのが、外国人だったからだ。しかも、皆防護服を来ている。
 赤城の連れてきた動物、蜜が繋がれていた場所に墓が立っていた。

「蜜! なんで……」

「遠山、良かった! 随分と元気そうじゃないか」

 アメリカ人が、遠山に笑いかける。しかし、慎重に距離を取っている事に遠山は気付いた。

「蜜、死んじゃったんですか?」

「その動物が感染源だったんだよ。始末するのは仕方のない事だった。日本人は総出で可愛がっていたから、ほぼ全滅だ。それより遠山、かなり悪い病気だと聞いていたが、回復したなんて凄いじゃないか! 希望が出てきたよ。俺も最近熱っぽい気がして怖かったんだ」

 遠山はショックでしばらく動けなかったが、ロボットに促されて呆然と進んだ。
 坂峰に会いに行くと、坂峰は注射器を持って興奮していた。

「遠山さん、凄い、不完全だけど抗体がちゃんと出来ている。これを抽出して注射すれば助かる人が出る。設備もある。悪いけど、死なない程度に血を抜かせてもらう」

 遠山ははぁ、と頷いた。
 密かに、遠山はこの惑星で死ぬと決めて来た。
 怖かったけど、死なない程度と言っているし、人の役に立てるなど以前の遠山に無かった事である。
 遠山は、目を閉じた。血を取られるのを見るのが怖かったから。









 長い潜伏期間と一次段階の長さが幸いした。
 未来で、数多くの命を奪った火傷病は、一人の犠牲者を生む事も無く、敗北したのだった。
 その頃、ゲート技術の解放が囁かれていたので、彼らは尚更安心した。これで地球に火傷病をばら撒く事は無い。フェーズ5の人間がエデンに乗りこんできて、先住民である自分達がどうなるかは別として。
 もちろん、ロビンはゲートの設計図が偽物であると看破していたが、それを言うわけにはいかなかったのだ。エデンと世界はネットで繋がっているのだから。
 なお、田中が鶏がアメリカ人が世話している間に5匹も減ったとぷりぷり怒っていたのと、不届き者達がチキンのディナーの引き換えに謝罪と結構な資源を引き渡す羽目になったのは完全なる余談である。遠山は、交渉面でも強かになりつつあった。



[29045] 13話 ベアラズベリーは見ていた
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:36

「この病気にはリアセプトン……? 駄目だ、これは発見されたばかりの新薬で、在庫が少ししかない。とても全員分は……」

「ありますよ」

 悩む坂峰に、にこやかに木田は告げる。

「科学者の食事の冬と季節の変わり目にふんだんに含まれています。これとこれとこの病気に効く成分も入っていますね。私なら科学者の食事から薬を抽出する事も可能です。注射した方が効きが早い」

「神楽社長は毎日何を食べているんだか……。じゃあ、抽出をお願いします」

 坂峰は苦笑いする。どう考えても科学者の食事は薬の集大成である。
 そして、坂峰は宇宙船に保存してある科学者の食事を持って患者の所に向かった。

「遠山さん! これを食べて下さい。薬が含まれていますから」

「科学者の食事……これ、そんな薬がいっぱい入ってたんですか」

「ええ、これは薬剤の集大成です。少しきついですが、効果は高い」

 遠山はもそもそと食事を食べる。
 エデンに遠山達がなじんだ頃、星もまた遠山達になじんだとでも言うのか、病気と言う悪戯を尽く仕掛けて来ていた。
 火傷病を除けば、一番最初に掛かるのは、必ず遠山だった。
 いつしか、遠山は病気が流行る目印にされていた。
 そして、遠山の体を調べて、坂峰が治療法を見つけるのである。
 坂峰も治療を頑張るのだが、遠山は一番最初に病気にかかるのに、治るのは遅かった。
 坂峰は、どこか違和感を覚え始めていた。
 そんな時だった。
 エデン放棄の噂が入った。次々と入ってくる同僚の死。ロビンの心労は想像を絶するものだった。
 病気が流行っていた事もあり、動揺した人々は家に閉じこもり、不安を囁き合った。
 ロビンとリーダー達は毎日話し合いをしている。
 博は、それでも畑の世話をしていた。

「博。博はどうしてそんなに、頑張るんでござるか? 博の個人情報データ、見せてもらったでござる。博は普通の一般人で、なのにいっぱい功績を上げているでござる」

 博は、鶏を世話しながら、ぼそぼそと言った。

「運以外の何物でもないよ。でも、俺が動かなきゃそんな幸運、絶対にありつけなかった。神様って、いるんだと思う」

「神様?」

「俺、神様の教義、少しだけ知ってる。神は自らを助く者を助くって。俺はエデンに来るまで、努力とか、助けるとか、無縁だったから……逆に良く覚えてる。そんな俺が初めて頑張ったから、神様は微笑んでくれたんじゃないかな」

「拙者も頑張れば、神様は微笑んでくれるでござろうかアレックスやエルウィンは、パートナーを見つけて役だっているでござる。役立たずは拙者だけでござる」

 博は、しばし考えて言った。

「収穫がもうすぐなんだ。だから、神社を作ろうか。それで、神様に作物を捧げて、ご馳走を食べて、酒を飲むんだ」

「いい考えでござる。神社を立てれば、神様も喜んで拙者に微笑んでくれるかもしれないでござる」

 鶏に餌をやり終え、博は立ち上がって半蔵に手を伸ばした。
 半蔵は、ようやく、パートナーを見つけたのだ。
 エルウィンに助力を乞い、彼の知識とネットの知識を使って神社と酒蔵を作り始めると、そろそろと顔を出した人達が、博に問うた。

「何をしてるんだ?」

「収穫祭の準備。神社と、酒を作らないと。材料に酵母っていうのが必要らしいんだけど、誰か持ってるかな……」

「ドクターが必要になったら使いなさいって持ってきた荷物が一式あるでござる。その中にあったはずでござる。半年経ったら公開しなさいって言っていたし、ちょうどいい時期でござる」

「半年なんてとっくに過ぎてるよ。リスト見ていい?」

「これでござる」

 人々は寄ってきて、喜びに沸いた。そこにあったのは、真老からのささやかなプレゼント、一回分のご馳走の材料と、エデンに住みつく上で必要なあれこれだった。特に肉の存在が人々を喜ばせた。
 早速料理をして皆に振舞おうという田中を博は止める。

「収穫祭……」

「あ、そうか。そうだな。もうすぐ収穫祭だもんな。よーし、皆。収穫の準備をしよう。確か、鉄を確保していたのはアメリカだったな。鐘を作ってもらって、除夜の鐘もつくろーぜ。もうすぐ地球じゃ年越しだし、正月の準備をしないと。誰かネットで神主さんに連絡とって、儀式のやり方教えてもらって」

 田中が中心となり、日本人がせかせかと動き出すと、つられて各国の人々も動き出した。

「教会を作っていないなんて、なんて俺らは不信心だったんだ。日本の神社より大きい教会を作るぞ!」

 そういうわけで、収穫が終わると、小さな神社と大きな教会を中心に、祭りが行われた。
 音楽家が作曲した音楽に合わせ、皆が歌い踊る。
 多くの病人達も出席した。
 食事を思う存分取り、人々はこの地で生きていく覚悟を固めた。
 それと同時に、ついに真老が解散総選挙をしなければゲートを爆破するとの報道が出た。
 それと共に、警備員の帰還と、第二次入植者の帰還許可の打診が出る。それを、二次入植者達は突っぱねた。そして、確固たる意思と覚悟の元に、収穫祭のその日、彼らは惑星エデンに降り立った。
 そして、地球にそれぞれ通知する。
 ……病気が流行っている。補給物資だって尽きかけてる。それでも、自分達は生き延びて見せる。文明を気付いて見せる。願わくば、孫子の代には再発見して欲しい……。その言葉は、各国首脳部の胸を深く打った。
 そんな事とは知らず、博が真新しい服で、大いに食べ、飲んでいると、半蔵が呼んだ。

「博。共に、冒険に出てほしいでござる。日本はこのままだと資源貧乏でござる。拙者も、何か手柄を立てるでござる」

 博はぼそぼそと喋った。

「ここら辺の大体の植物は坂峰さんに渡したし……遠出もいいかな」

「約束でござるよ! 明日、待っているでござる!」

 そうとなっては、遠出の準備をしなくてはいけない。
 博は、食べるのもそこそこに家に帰り、せっせと荷物の整理を始めた。
 そこに、赤城が訪ねてくる。

「遠山、ここにいたんだ。どうしたの?」

「日本、資源ないから、半蔵と探しに行く」

 ぼそぼそと博が呟く。
 それに赤城は、目を見開いた。

「そっか……。凄いね、遠山……。気をつけてね。ね、帰ったら、大事な話があるんだけど、いいかな……」

 博は、頷いた。
 そして博は、翌日、半蔵に乗って出かけた。
 一ヶ月後、半蔵は青班を体中につけた博を連れて戻ってくる事になる。
 青班病の流行の始まりだった。
 ただちに博は隔離され、科学者の食事が投与されたが、博は悪くなる一方だった。
 その病気はあっという間に広がった。
 同僚の死を知って、落ち込んでいたロビンは真っ先に病気にかかった。
 坂峰は遠山を診察し、強くテーブルを叩く。
 遠山はもはや、虫の息だった。

「考えろ! 火傷病でおかしい事は二つ。遠山さんが一番に病気にかかっていない事。遠山さんが免疫を持っていた事。このエデンのどこかに病気の特効薬があるはずだ! 神楽社長も知らない何かが! ロボット! 遠山さんの様子を、火傷病が来るまで映し出せ! 遠山さん、何か変わった事はありませんでしたか? エデンに来てから火傷病にかかるまで、なんでもいい」

 遠山は、魘されながら言う。

「この惑星に来て、全部が変わった事だった……。半蔵達に会って……赤城さんが夜中に帰ってきて、……蜜に会って、撫でて……蜜、天国で待ってる……。初めて人に意見を言ったなぁ、赤城さんが翌日出かけるって言ってた時……その後植物探索に出かけて……。ベアラズベリーに指を食われて……坂峰さん、それを食べろとか……ほんとに、変わった事ばかりだった……。俺、この一年、今までの人生で一番生きてた……」

 坂峰は、それで気付く。

「ベアラズベリー……? ベアラズベリーか! 遠山さん、蜜に触って一晩経って、「発症してから」ベアラズベリーに食べられて、それを食べましたね! このままではどうせ死ぬ。無茶な仮説ですが……!」

 そして、博はあれよあれよと言う間に片足の膝から下を切除され、口にベアラズベリーを詰め込まれた。
 坂峰は、遠山の結果が出るまで待ちはしなかった。

「責任は私が取る! 赤ちゃんベアラズベリーと重病患者を私の所へ!」

 坂峰の戦いが、始まった。







 アビゲイルが、ノーマンが、10幹部がロビンを置いて去っていく。それを、ロビンは必死で追いかけていた。

「皆どこへ行く? 待ってくれ、待ってくれ! 俺も、連れて行ってくれ」

 ついた先は美しい川だった。三人程が、船に乗る。何故だかロビンも、その船に乗らなければならない気がした。
 アビゲイルも共に船に乗ろうとする。それを、必死で皆が引きとめる。
 何故、邪魔をするんだ! 私は、ゲートの秘密を三人から聞きだすんだ!

「どこへ行こうというのかね。右腕にいなくなられては私が困る」

 落ち着いた声。彼にとって、もっとも忠誠を誓うべき人の声。
 ロビンは、はっと目を覚まし、あまりの痛みに悲鳴を上げた。

「無理をするな。良く頑張った」

「ミスター真老……」

 年に似合わぬ、落ち着いた瞳。老成した声。真老が、そこにいた。

「ミスター真老! いけません、病気が!」

「安静にしたまえ。君達は治療法を見つけたのだ。既に抗体は注射してある。問題は無い。すまなかったね。ベアラズベリーを使った治療法は、あまりにも忌むべき行為だという事で、遥か昔に禁止されていた為、忘れていた。しかし、その法案が出来たのは、その治療法で作ることのできる抗体の全てが作り出された後だったのだよ。未来では病死死体を媒体として使っていてね。今回の発見は素晴らしいものだ。自分の肉を食ったベアラズベリーが最もよく効くなど、未来でも知られていなかった」

「ミスター真老……。貴方はやはり……」

「それでも、ロビンくん。君は私の右腕でいてくれるかね?」

「はい! 当然です、私は……!」

「よかった。それでは、早速地球に戻ってくれ。君がいないと、立ち行かんのだよ。君さえいれば、そもそもテロ自体うまくかわせていただろう。今、惑星研究所はボロボロの状態だ。君が必要なのだ」

「しかし、エデンは……」

「本当に君が二人欲しいと切に願っているのだがね。アビゲイルくんとノーマンくんは、リハビリが必要だ。二人とも、エデンに来たいと言っている。特にアビゲイルくんは憔悴していてね。願いを叶えてやりたい。むしろこれからだというのに、君にはすまないと思うが……」

 ロビンは、さすがに戸惑った。

「惑星研究所の方が落ち着いたら、エデンに戻ることもできますか?」

「惑星監督官の地位は、君が死ぬかやめるまで君の物だ。アビゲイルとノーマンは監督補佐官としよう」

 その言葉に、ロビンは安心して目を閉じた。
 疲れきっていた。
 一方その頃、博はかろうじて一命を取り留めていた。
 博が目覚めると、先に全快した赤城がその手を握っていた。
 赤城は、博が目覚めると、ぽろぽろと涙をこぼした。
 博は、どぎまぎしながら話を逸らすしかなかった。恐らく、赤城は博が足を失った事を悲しんでいるのだと推測できた。優しい人である。

「赤城さん、そういえば、話って……」

「遠山、あたしを、本当の彼女にして下さい」

 博は驚いた。博にとって赤城とは少々困った人ではあるが、有名な学者だし、なにより女の子だからだ。女の子。博から最も遠い人種で、それだけでもう高根の花で、女神である。

「お、俺なんかで良かったら……じゃない、あの……。赤城さん、好きです。俺の彼女になって下さい」

 どぎまぎしながら、博は赤城を抱きしめる。赤城がその背に手を伸ばした。
 こうして、子供を作って、子供はエデンで駆け廻って、同じような子と知り合って、エデンに根を張っていくのだ。
 そう思うと、博は途方も無い感動と興奮に、さらに赤城の体の柔らかさにくらくらした。
 博の元に、無粋なレポーターが突撃してくる五分前の出来事である。
 そう、真老は珍しく、船に各国のマスコミを載せていた。
 エデンでの生活を、余さず記録しておくためである。
 それと同時に、リーダー達から地図が集められ、都市が設計される。
 もはや病気を恐れる必要はない。本腰を入れて開発が始まる事になっており、その第一陣を真老が連れて来たのである。
 沈んだ顔もどこへやら、アビゲイルが輝く笑顔でそれを指揮していた。ノーマンも、どことなく嬉しそうである。
 それを目覚めたロビンは、物凄く羨ましそうな顔で見つめた。

「帰ったら君への独占インタビューが待っているから、安心したまえ。早速君の偉業が来年のアメリカの大学の教科書に載るそうだ。映画化もされるそうだ」

「本当ですか!?」

「主人公は何故かTOYAMAだがね。何か、アメリカ人とのハーフで忍者の末裔で君の右腕という設定らしい。後、私は世界征服をたくらむ悪人だそうだ」

「えええええ」

 ロビンはがっくりと落ち込んだ。監督官としてロビンも頑張っていたのだが、監督官はどうしても前に出るわけにはいかない。それでも主人公になれなかったのは悔しかった。

「まあ、完成を楽しみに待ちたまえ。それと、エデンが落ち着いたら「賢狼」計画……日本人だけの研究施設なのだがね。そこに君も顔を出して研究に参加するかね? エデンの監督官があるから、長期間は無理だろうが」

 あまりにも想定外の言葉に、ロビンは口をパクパクさせた。

「君はエデンに来てからも、研究を続けていたね。それを見させてもらったよ。それに、思い出したんだ。宇宙船技術が活発化する先駆け……反重力航行船の基礎の基礎の理論を仮説として出したのは、君だ。私は君が研究面で教科書に載る機会を潰してしまった償いをするべきだ。同時に、君を心から尊敬するよ」

 ロビンの目から、ついに涙が零れおちた。潰された栄光の未来。真老からの尊敬するという言葉。「賢狼」計画への参加。それらの言葉がぐるぐると頭をめぐる。

「ミスター真老……。貴方は、一体何年先の未来人なのですか……」

「今より七千六百年ほど先になるかな」

 真老は笑い、ロビンの肩を叩く。

「病み上がりで悪いが、君がばらした超極秘データについて客人方が色々と聞きたがっていてね。早速頼むよ。それと、もうすぐ私の誕生日でね。誕生日と同時に武美くんと結婚をする事になった。手配をしてくれたまえ」

「尊敬する歴史に名を残す科学者に、結婚式の手配をさせるんですか、ミスター真老」

 ロビンがさすがに恨めしげな顔をすると、真老は苦笑した。

「最先端技術を良く理解し、事務仕事が出来る人間と言うのはめったにいるものではないのだよ。使わぬ手は無いだろう」

 ロビンは一息つき、それで全てに折り合いをつけると、交渉の場へと向かうのだった。



[29045] 14話 そして歴史書にはTOYAMAは日系人じゃったと書かれる
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:41
「ヘイ、半蔵! どうしたんだ、元気が無いじゃないか」
「TOYAMA。拙者、エデンに行く事になったのでござる。でも、一人じゃ寂しいでござる」
「オイオイ、俺達親友だろ? もちろん俺も行くさ!」
「本当でござるか、TOYAMA!」
―機械との友好を深め……。
「べ、別に貴方なんて好きじゃないんだから! ただ、エデンに行きたいから……」
「TOYAMA、私を助けに来てくれたの……?」
「TOYAMA! 私も戦うわ!」
―美人動物学者と出会い……。
「貴方はモルモットなのよ」
「さあ、これを食べなさい。何なら、私が食べさせてあげてもいいわよ?」
「命令よ。生き延びなさい!」
―謎の女医と知り合い……。
「来たぞ、恐竜もどきだ!」
「TOYAMA、助けてくれ!」
「うわぁぁぁ、人間大の木の実が襲ってくる!」
―襲い来る恐竜や、ベアラズベリーと忍法を駆使して戦い……。
「おらは農場を作るだよ」
「TOYAMA,ここらで飯でもくわねぇか?」
「こらーっ鶏泥棒!」
―田中と友情を育み……。
―TOYAMAは今日もエデンで生きていく。
「くくく……あははははははははは!」
 哄笑する謎の科学者、真老の企みとは? 絡み行く各国の思惑の行方は?
 エデン~偽りの楽園~乞うご期待!


「……まあ、それで楽しんでるなら構わんがね」

「凄く楽しいです!」

「そうかね」

 予告編を皆に見せてはしゃいでいる監督の言葉に、真老は重々しく頷き、他のテーブルへと向かった。
 合同結婚式の披露宴である。場所はエデン。
 神父がいたり牧師がいたり神主がいたり、白無垢や様々なウェディングドレス姿の女性が闊歩していてカオスである。
 真老は、次にロビンの所に向かった。

「義足の具合はどうかね」

「はい、大分いいです。ドクター、今日はいい日ですね」

 ロビンは少し顔を赤くして、笑顔で答えた。その横には美しい女性がロビンに酌をしている。ロビンに春が来るのはいいことだ。身元調査は必須だが。

「神楽社長!」

 ウェディングドレスの赤城が、遠山と共に真老を呼びとめる。

「赤城君。今はもう、遠山君か。この度は結婚、おめでとう。よく似合う。遠山博君、君は期待以上の事を成し遂げてくれたな。君の申請が最も優れていたから、まあ予想できたことだが。義足の調子はどうかね?」

「あの。ありがとうございます、真老様。歩きやすくて、びっくりしました」

「それは良かった」

「あ、あの、真老様。半蔵と出かけて、こんな物を見つけたんですが」

 勇気を出して取り出した緑の石に、真老は目を見開いた。

「これは……まさか緑薪石か?」

 遠山小枝子の言葉に、真老はその石を弄びながら言った。

「エネルギー燃料だ。緑薪石という。過去の……そうだな、石炭のような物だ。一瞬これが主流になった事もあったが、枯渇してね。他の燃料に切り替えられた。私も写真でしか見た事がない。そう……そうだな。確かにエデンは緑薪石の産地だった」

「そうですか、過去の……」

 がっくりと肩を落とす博の肩を小突き、小枝子は微笑む。

「博、真老様にとっては過去でも、私達にとっては未来よ。これから主流となる鉱石なんだわ。そうでしょ、真老様」

 真老は苦笑して頷く。

「これは比較的低い技術でも扱えるのがメリットでね。さすがに詳しい使い方までは覚えていないが、すぐに再発見できるだろう。量に関しても、惑星三つ分ならすぐに枯渇する事はあるまいよ。ここは他の燃料も取れるが、緑薪石には及ばない。後でロビンに連絡をしておく。武美くんも喜ぶ。そうか、緑薪石の産地だったか……。君は本当に期待以上の結果を出すね、遠山くん。半蔵も褒めておこう」

「あ、ありがとうございます」

「構わんよ」

「ドクター、緑薪石と聞こえましたが……」

 ウェディングドレスの武美が、少し息を切らせていていた。

「ああ、これだ。まだ検査をしていないから何とも言えないが……」

「これが科学者の夢とまで言われた緑薪石ですか。何か、感動です」

「そ、そんなに凄いものなんですか?」

「これ一個で航行が一回出来るはずだ」

 博の質問に答え、真老が名残惜しげにそれを返そうとすると、博はそれを押し返した。

「あ、あの。それ、差し上げます」

「そうかね。礼を言っておこう。採掘等の手続き、権利書の手続きに関してはロビンに聞くといい」

 真老はそれを武美に渡し、武美が顔を輝かせた。

「ドクター。私達、今日からお酒の飲める年ですし、こんな良い日にお酒を飲まないなんて嘘ですわ。お酌します」

「いい考えだ」

 そして楽しい夜は更けて行くのだ。




[29045] 15話 宴のあと
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:42
「遠山くん、君の採掘を任せるのに必要な企業リストだ。希望があれば聞くけど、知識も無いと思うしこっちで主導して良いかな? 費用については心配しなくていいよ。これは君の財産であると共にエデンの財産だからね。こちらが出させてもらう」

 ロビンがテキパキと指示を出して行く。遠山はそれに頷きながら、企業リストを目で追った。そこに、遠山がかつて勤めていた職種があった。そういえば、会社は仕事を求めていつだって必死だった。

「あの……以前勤めていた会社に、頼みたいんですけど……」

「ああ、それは心強いよね。いいよ。社名は?」

 その名を告げると、ロビンはさっとデータを洗い出し、頷いた。

「小さいけど、真っ当な会社のようだね。じゃあ、それ以外はこちらで決めさせてもらうよ。後から色々挨拶に来る人がいると思うけど、交渉は事前に惑星研究所に相談して欲しい。僕に相談して欲しいといいたい所だけど、僕は真老様に戻るように言われているし、賢狼の面倒も見ないといけないからね。アビゲイルよりはノーマンに頼んだ方がいいよ」

「は、はい。お手数、お掛けします」

「これが僕の仕事だから、気にしないで。より多くの利益を自国に持っていこうとする国家と交渉するよりはやりやすいしね」

 遠山はぺこりと頭を下げた。
 それでも、ロビンが遠山の良いように骨を折ってくれているのを、遠山は知っていた。
 監督官と作業員という信頼関係は、ここ一年の間に強固な物になっている。
 あまりに速い一年であるし、あまりに長い一年でもあった。
 真老の計画では、初めのキャンプ地は全て潰して新しい都市を立てる予定だったが、遠山達の功績を称えたいという事で、それはそのまま、自然の発展に任せる事となった。
 森はどんどん開拓され、町となって行く。
 アビゲイルとノーマンは、喜びに輝いていた。
 そして、ロビンの言葉通り、遠山の元には遠山が雇った事になる会社の重役達や、研究所の研究員達がやってきていた。
 
「いや、遠山さん、お会いできて光栄です」

「あ、この度はよろしくお願いします」

「どうぞ、大船に乗ったつもりでお任せ下さい。惑星開拓は初めてですが、我が社の技術力は世界一を自負しています」

「緑薪石ですが、ぜひ私の研究所に配分を……」

「あ、あの。交渉は惑星研究所にお願いします、えと、ノーマンさんに」

 そうやって来客を捌いていると、遠山の目に、大企業の重役や学者に挟まれて小さくなっているかつての社長と同僚と目があった。

「と、遠山くん。今回は、おめでとう」

「ありがとうございます。今回の件、お受けして貰って嬉しいです。よろしくお願いします」

 それに勇気づけられ、同僚は遠山の手を握る。

「凄いっすよ、遠山さん! エデンの日記、毎日見てました。緑薪石って凄い鉱石まで見つけたんでしょう?」

「これ。半蔵と少し発掘して来た。一人一つずつ、お土産にどうかと思って」

 遠山が箱を開けると、小さな緑色に輝く石がいっぱい詰まっていた。

「良いんですか!?」

 まず、研究者が一番大きな物を奪い取る。

「ほお……これは有難い。いや、実の所友人にぜひ手に入れて来いと言われてましてな」

 重役達も一つずつ取る。社長と同僚は小さい石を最後に取った。

「遠山くん、君が我が社に在籍してくれていて本当に良かった。君を誇りに思う」

 その言葉に、遠山は首を振った。

「俺は、運が良かっただけだと思うから。俺がやった事で凄い事って、惑星開拓に参加したって事だけだと思う。このエデンは、怖い所もあるけど、チャンスと恵みに溢れてる」

「ぜひとも、私達もそのチャンスと恵みを頂かなくては」

 そこで小枝子が酒を持ってきて、そこは小さな宴会場に変わった。
 それは、エデンではどこにでもある光景だった。
 成功と、これからの希望に胸を熱くする人々。
 遠山経由で、日本も資源を得られる事になり、政府高官たちは体面を保て、息をつくのであった。
 さて、博は成功者である。成果を出しているし、そもそも生き残ったと言う事だけでエデンでの衣食住を保証されている。それゆえ、緑薪石や映像権の出す利益の他に、エデンでの様々な権益を持っていた。
 ぶっちゃけ何もしなくても、ある程度裕福な生活は出来るのだが、妻の小枝子は仕事で忙しく、博としても何もしないでいるのは手持無沙汰である。
 といって、冒険は既に博の出る幕ではない事を理解していた。
 第三次入植者で、その道のプロが来ているのである。本当に、第一次入植者は露払いでしか無かったのだ。
 権益の一つに、広域見学許可証というのがあった事を思い出した博は、この際ツアーガイドをする事を思いつき、アビゲイルに相談した。
 何の事はない、一人で行くのが気後れするので、他の人間も巻き込もうと思っただけである。アビゲイルに頼んだ理由は、女性の方が面倒見が良さそうだから。それだけである。
 アビゲイルは、その提案に大いに喜んだ。

「ツアーの対象は未来ある子供達であるべきだわ! フェイズ5の国々も抑えきれなくなってきた頃だし、更なるテロを防ぐ為にも、子供の見学と言うだけなら突破口にちょうどいいんじゃないかしら」

 テロと言った時、アビゲイルが僅かに震えたのを、博は見なかった事にした。アビゲイルは、今力強く過去を乗り越えようとしているのである。
 成り行き上だが、どうせ暇なのである。博はアビゲイルのツアー作戦に全面的に協力する事にしたのだった。

「ふむ。フェイズ5を含めた各国の子供達の招待、か。しかし……そんな事をすれば、子供達の将来にもチャンスをあげなくてはならなくなるぞ」

 アビゲイルに連れられて行くと、書類を見ていた真老がこちらを一瞥した。

「フェイズ5といっても、各国かなり強い力を持った国家である事は変わりませんわ。民間が強く流れ込んで来ている以上、研究所としてのみエデンが機能する事はないでしょう。第一、研究所としてのみ使うのに、この星は広すぎる……。そうは思いませんか? 賢狼は、真老様の手の内にあるのです。この星は、もっとオープンにすべきでは」

「……他はどう言っているのかね」

「開放派一色ですわ、正直に言って。もちろん、研究を最優先すると言う事で一致していますが」

 真老はしばし考える。

「……ふむ。実を言うと、賢狼の方も計画の変更の願い出が相次いでいるのだよ。要するに、日本国籍の条件項目からの排除だね。本社のある国とはいえ、フェーズ5である事が問題視されたのだよ。例のテロで、人材に余裕も無くなった。もちろん賢狼のメンバーは掃除婦に至るまで厳選するが、一段階ずつ開放する事になるね。日本の研究所と言うより、世界から独立した、一個の研究所、ゆくゆくは他と合流して世界の頭脳としたいというのが多数の意見としてある。それこそがエデンの構想なのだが」

 そこまで言って、真老はため息をついた。

「私はどうも根っからの科学者でいかんね。自分の研究所を持ちたいと思うあまり、世間一般の需要を忘れていたのだよ。確かに、世界全体でまず一つの惑星を開拓し、国ごとに惑星を持ち、研究所の寄り集まった惑星が出来、最後に一つの惑星が一つの研究所となるのが順序と言う物だ。それを逆から行って、上手く行くはずがない。実を言うと、武美君からも、一つの小さな研究所の長でいるよりも、全ての科学者の長でいるべきなのではと言われていてね。そう言った役割はロビン君やノーマン君、アビゲイル君に任せたかったのだが」

「では……」

「ただし! ただし、飽くまでもこれは研究所が主導で始めた事だ。だから、エデンにも賢狼にもそれなりの品格を求めたい。わかっているね?」

「いいえ、選民意識を削ぐ為、エデンは誰でも行ける場所となるべきですわ」

その言葉は、アビゲイルにとってもかなり勇気がある事だと知れた。博は、援護せんと声を振り絞る。

「あ、あの……。賢狼計画、素晴らしいです。けれど、夢は誰の手にも届く所でないと、あまりにも悲しすぎます。テロを起こした人たちも、苦しくて自棄を起こしてしまったのだと思います。きっと、真老様はいっぱいの星を知っているんだと思います。真老様の星に必死にしがみつかなくても夢を手にいられるようにするのが、真老様の星にとっての一番の近道だとおもいます」

 博の言葉に、真老は目を閉じて思考した。

「……確かに、そうかもしれないな。それで、詳しい計画は出来ているのだろうね?」

「もちろんですわ! 選出方法から何から何まで、きっちりと考えてありますわ! 後は根回しするだけです。これはロビンの力を借りたいと思います。後はツアー内容ですが、それは遠山さんにお任せすれば問題ないですし。何せ、広域見学許可証とエデンの通貨を持っているのですから」

 その言葉に、博は大いに驚いた。エデンでのツアーの代金は遠山持ちであるとアビゲイルが宣言したに等しいからだ。しかし、考えてみれば特に大金の使い道も無い。

「日本ではあまりなじみがないかもしれないですけど、持てる者が公共の福祉を助けるのは、当然の義務ですわ。それは惑星開拓でも同じ。皆が皆を助けあう精神を持たなくては」

「小枝子に、相談してから……」

 ようやく、博はそれだけを言った。小枝子は喜んで賛成してくれ、博はツアーの内容に頭を悩ませるのだった。



[29045] 16話 【喜ばそうと思ったら】楽しいエデンツアー【泣かれたお】
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:44
 遠山博個人は、瑣末な人間である。
 それは、事実である。しかし、遠山博が振り絞った勇気と努力は、瑣末でない人間とのコネを作りあげていた。
 この場合、それは田中悟であり、軍人であり、コックであった。田中悟は掲示板のやり取りを纏めた大ベストセラー、『今、エデンだけど何か質問ある?』シリーズのスレ立て人であり、エデンの小さな、しかし初の農場を経営する男である。
 気さくな彼は、遠山の願いを聞き入れ、彼にとって当然の選択をした。
 某巨大掲示板のスレで、問うたのである。
 即座に帰って来るレスポンス。
 
「よし、俺が意見纏めておくから、遠山さんは何か見せたい物があるか、各国の人に聞いてきなよ」

 なるほど、何を見たいか、何を見せたいかを聞いてそれのすり合わせをすれば、双方が幸せになるはずである。博は田中の提案に頷き、増えた知り合いのつてを辿る事とした。
 それは、エデンに夢いっぱいの子供達がやって来ると言う知らせの広がりをも意味した。
 博はまず、アメリカの気の良い軍人に会いに行った。
 
「ああ、じゃあ軍事演習を見せてやるよ」

 次に、イタリア、日本の料理長の所に行った。

「ちょうどレパートリーが増えて来た所だったんだ」

 次に、妻の所に行った。

「ええ、色んな動植物を紹介してあげる」

 これで、博の交友関係は打ち止めである。
 ただし、彼らの情報網はここから伸びて行くのだ。
 彼らの上司、同僚、部下、交友関係、取引関係などを伝って、すぐさま情報は伝わっていく。
 そもそも、子供達に自分の偉業を見せる事に微笑ましさを感じない人間は少ない。
 直に、博の元に子供達を快く招待するという手紙が届き、最後にフランスが自分を呼ばないとはなどと言ってぷりぷり怒って招待状を置いていった。
 博は初め戸惑ったが、選択肢が大いに越した事はない。素直にお礼の手紙を書き、招待状の山を田中に見せる。
 田中の方も、箇条書きに纏めたそれを見せてくれた。
 二人でそれを覗きこむ。

「やっぱり子供達は恐竜を見たいみたいだね」

「危なくね?」

「一応、小枝子、小型の恐竜飼ってるから……」

「すげぇ! 後は料理だな。ベアラズベリーだけは食いたくないってのもあるぜ」

 そんなこんなで、見学客の要望を満たす事はすぐにできた。
 問題は、ホストの側の要求を満たす事である。
 とりあえず、一つ一つ招待状を開いていく。
 しかし、エデンは元々科学者たちの楽園。
 専門的用語の並ぶそれに、何を見せたいのかすらわからないのであった。
 その上、何を見せたいのかはわからないのに子供達カモン! と熱意あふれる手紙である。そこで、まずは博が見学に行く事になった。
 曲がりなりにも大人である博にわからなければ、子供達にわからないと言うわけである。
 早速、博は一軒一軒出かける事とした。半蔵も一緒である。
 さて、博は未だにエデンでの日記をアップし続けている。
 ツアーの準備の様子は、エデンの日記で紹介され、注目を浴びた。
 マスコットのレスキューロボと、悠々自適な最先端科学の見学の旅である。
 それは冴えない博を出来る男と見せるのに十分だった。
 広域見学許可証は、実を言うと第三入植者よりも権限が高く、様々な人に便宜を図ってもらえる。もちろん、機密や特許に関わる部分は見せてもらえないが、例えるなら創り方は見せてもらえずとも、使い方は存分に見せてもらえるのがこの許可証である。
 博の他には、各国の探検隊が持っているが、それもほとんどが第一次入植者、それも成果をあげた者である。
 エデンには、他にも食事券とか入場優先券など、各国共通で使える物がいくつか実験的に用意してある。ちなみに、博は第一次入植者が持てる類の物ならそのほとんどを持っている。
 程なく、広いの元に、第三次入植者からもツアーの要請が入った。
 第三次入植者が普通行けない所も、博と一緒ならいけるのである。
 もちろん、第二次入植者や第三次入植者にしか入れない機密エリアというのもある。
 しかしそれは、自分のテリトリー内だけ、いわば狭く深くであり、あらゆる分野の場所を見学させてもらえる第一次入植者と言うのは、やはりある意味では別格なのだ。許可なく未探索地域に行けるのも、第一次入植者である。
 え、こんな所まで入って大丈夫なのか。博の日記を見た第三次、第二次入植者は、カルチャーショックを覚えたとすら言って良かった。
 博としても、子供達の前に言う事を聞いてくれる大人で練習できるのは有難い(実際は未探索地域に一歩入った途端飛び出して行ってしまった困った大人もいたが)。
 それに、ガイドをする以上は、博もある程度様々な研究分野を説明できる必要があった。
 久々の勉強。それを博は、楽しいと思った。生まれて初めて、勉強を楽しいと思った。
 それが、瑣末で矮小な人間である博の、遅すぎた才能の開花への第一歩であった。







 国ごとのやり方で選抜された子供達と教師、翻訳者は迫りくる惑星に歓声をあげた。
 選抜方法はさまざまである。ある国はくじで当たったクラスを、ある国はテストで好成績を叩きだした子を、ある国は要人の子供を選びだし、送り出した。
 様々な国の思い、特にフェーズ5の国家の重圧を背負った子供達の目は、初めて見る地球以外の惑星を必死に目に焼き付けていた。

「ここでは、探検家の遠山博さんに案内してもらいます。皆、ちゃんといい子にしてるのよ?」

 すぐに帰って来る良い子の返事。親元から数日離れる事を耐えられる程度には大人で、何かを企むには、幼すぎる子供達である。
 子供達は、一週間の長きにわたってエデンに滞在する。
 宇宙船から降りた子供達がその大きな瞳に収めたのは、よれよれの服を着た義足の男だった。よれよれの服も、義足も、大変な冒険を連想させて、子供達は目を輝かせた。

「ええと……じゃあ、疲れたでしょうから、初めは農場に行こうかと思います。そこで、何か飲み物をくれるはずです。その後、荷物を置きます。滞在場所は、田中悟さんと言う人の農園です」

 子供達はおっかなびくりエデンに降り立ち、遠山について行く。

「あー! ロボットー!」

「はんぞー!」

「拙者恥ずかしいから車になるでござる」

 子供達は作業用ロボットや半蔵を見て、すぐにテンションをあげた。
 そして、農場についた時、テンションを底辺までダウンさせた。
 具体的には泣きだした。
 恐竜の死骸の山を、ベアラズベリーが獰猛に食らっていたのである。
 とっさに子供達を庇う教師。

「こ、これがベアラズベリーです。薬になる、とても大切な栄養源です。エデンでは、これを食べられるようにならなくてはいけません。俺は、重い病気に掛かった時に、ベアラズベリーに足を食わせてから食べました。おかげで、死なずにすみました」

 子供達は厳しすぎる大自然にドン引きである。父母を呼んで泣きだす子供達、ツアーは、いきなり失敗しかけていた。翻訳者ですら泣きそうである。
 
「おいおいおいおい、俺の料理を食わせる前になんてもんを見せてんだよ」

 そう悪態をついたのは、イタリアのコックである。
 コックが用意したベアラズベリーのシェイクは美味しそうであった。

「泣くな泣くな、このエデンじゃ弱い奴は食われるしかないんだ。だから、お前らは食う側に回れ。ほら、あんな怖いベアラズベリーもシェイクにしたらこんなに美味しそうだろう?」

 ちゅー、と吸って満足する子供達。彼らなりに折り合いをつけると、田中に案内されて荷物を置きに行った。
 遠山は次に、愛する妻の仕事場にお邪魔した。
 様々な生物に、子供達は目を丸くする。その後、懸命に写真を撮り始めた。ベアラズベリーを撮ろうとする者は皆無であった。
 
「かわいーねー。ねー。とーやま博士―。さわらせてー」

 群がる子供達に、小枝子は苦笑する。

「ごめんね。この子、病気を持っているから、触っちゃ駄目なの。ベアラズベリーのシェイクを飲んだから、君達は大丈夫かもしれないけど、君達が帰った時にお父さんやお母さんに移ると困るでしょ?」

 そう説明しながら、色々な動物を見せて行く小枝子。
 子供達はようやく笑顔を見せた。
 元気を取り戻した子供達は、研究所で緑薪石を眺め、発掘現場を見学して帰宅した。
 疲れきった子供達は、科学者の食事を食べた。健康の維持を考慮しての事である。
 それから毎晩、子供達は夕食と夜食だけ、科学者の食事を食べる事となる。
 その後はお勉強の時間である。
子供達は自分達の思う緑薪石の画期的な使い方のレポートを出したり、動物の絵を描いたりして、科学者の食事の夜食を食べ、自由時間に追いかけっこやお喋りを満喫した。
翌朝になると、本格的な現地の食事である。
豪勢なステーキやサラダを食べ、しょっぱい葉っぱを飴代わりにしゃぶる。
 その日は軍人さんと料理人さんのお仕事見学ツアーとなった。
 小さな探検家となって、護衛の元現地の植物を採集し、料理する。
 次の日からは研究漬け。様々な研究室を巡る。
 博は、一所懸命に説明した。
 子供達が帰って行った時、博は思わずしゃがみ込んでしまった。
 しかし、その甲斐はあったらしい。
子供達がエデンについての発表会の為に描いたスケッチブックには、博の顔が一番大きく書いてあった。
そして、真老もまた、遠山の仕事ぶりを見守っていたのである。



[29045] 17話 真老にとっての捨て石=花形のお仕事
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:46
遠山博に対する真老の評価は、不思議に思われがちだ。しかし、遠山は正しく真老の求める人材であり続けた。事実、専門家達を交えてなお、持ち物リストで満点、いやそれ以上を貰ったのは遠山一人だったのである。
真老がざっと持ち物リストの束を流し見た時、一際量の多い文字に、真老は手を止めた。
きちんと、無知なりに丁寧に真老のあげた物を全てリストアップしていた。
これだけなら、(無論、これだけの事すら出来ない者は何人もいた)他にも沢山いた。特に科学者の食事を甘く見ている物が多かった。
そのリストの優れていた所はそれだけではなかった。
マスコットロボ三体の要請。レスキューロボも可と言っていたにも拘らず、これを要請したのは遠山一人だった。要請が無ければ連れて行かないつもりだったので、そしてパートナーがエデンの第一次入植者に選ばれていたので、エルウィンとアレックスは喜ぶだろう。そう思いつつ、目を滑らせていく。
食品の羅列。もちろん、真老が書いたのは最低限の物で、他にも娯楽、体力対策双方の意味で食事は重要だ。遠山ほど沢山の食料を注文した物はいなかった。それどころか、卵などの生食を頼んだ者は皆無だった。しかし、大量の食料は、交流するうえでも非常に大切だ。見知らぬ土地で、いきなり食事までがらりと非常食に変えて、体が持つはずがないのだ。
止めとして、食料の成分調査依頼。既に相手先も指定しており、坂峰は部下の中でも特に有能だった。
そもそも、第一次入植者に求めるのは、食料の成分調査や積極的に病気に掛かり、なおかつ抗体を得て生還する事である。
失っても惜しくない存在と言うのも、プラス要素である。
だから、第一次入植者としては遠山はあらゆる意味で優等生だと真老に判断されたのは当たり前の事だった。
自然、その後も真老は遠山の様子を確認する程度には興味を置いていた。
遠山は現地に着くとまず、エルウィンに教えを乞うた。
これも、遠山にできる最善の方法である。
その後も、真っ先に現地の水を飲み、他者を手伝い、探索と現地の物の採取・摂取をした。
病に欠かさず掛かってくれるのも、必ず生還するのも高ポイントである。
真老が遠山と会った時握手を求めたのは、間違いなく遠山はエデンの礎となって死ぬと思ったからだ。しかし、彼は見事生還した。
そんな遠山だから、広域見学許可証を与えたのは当然の事だった。
遠山は、用無しとなった後も、エデンの為に何が出来るか考え続けたようだ。
それに、未だにコツコツとエデンの日記も書いている。
初めは幼子の日記並に拙かった日記も、今は立派にエデンの生活を写しだしている。
エデンについて纏めた資料は、第三次入植者も一通り読んでから現地入りしているし、役立っていると評判だった。
植物の見分け方に精通しているのも知っていた。
植物を見分けるのは以外に難しく、全部同じ草に見えるという者もいるので、これは才能と言える。
ツアー企画を持って来て、今一ふっきれなかったアビゲイルにテロを乗り越える手助けをさせた。
アビゲイルに関しては皆遠慮気味で、それがまた塞ぎこむのに一役買っていたので、アビゲイルは遠山に頼られて嬉しかったのだ。
もちろん、フェーズ5を呼びこむからにはエデンで犯罪はさせないと、意気込んでいる。
それを真老は好ましく感じていた。
遠山に注視していた真老だから、研究所の者達が、遠山さんは頑張って勉強しているようですと言う言葉も流さず、遠山を呼びだしていた。

「あの、真老様、何のご用ですか」

「君は科学に興味が出て来たそうだね。勉強は進んでいるかね」

 遠山は顔を赤らめた。

「あまり、進んではいないです。その、わからない事ばかりで……」

その言葉に頷き、真老は続ける。

「ツアーに関してだが、自分もやりたいと言う申し出が沢山出ている。正直、君以外でもこの事業は上手く進んでいくだろう。そこで、君しか出来ないとは言わないが、限られた者にしか出来ない事を頼みたいと思うのだが」

「限られた事、ですか?」

「賢狼にスタッフの第一陣として行くつもりはないかね? 仕事は雑用が主だが、存分に色々見る事が出来るだろう。経験ある君がスタッフにいる事で、士気も上がる。他の候補者は、エデンのお守りで手いっぱいなのだよ」

 エデンはもはや遠山を必要としない。それは痛いほどわかっていた。しかし、全く手のつけられていない賢狼、それも人を選ぶと言うその場所ならば、確かに遠山のやる事は山ほどあるだろう。
 しかし、遠山は眉を顰めた。

「不満かね?」

「いえ、その……賢狼に行っても、またいつか用無しになるのかな……なんて。あの、俺、自分が無能な事はわかってますから」

「君はエデンの永住権を得ているし、これから賢狼の正式なスタッフになろうとしている。しかし、確かに君の言う通り、後進の者達は君を追い越して行くだろうね。……ならば、常に先駆者であり続ければいい。追い越される前に次に行くのだ」

「え?」

 真老は、笑った。

「斥候という職業がある。率先して危険な場所に行き、色々と調べてくる大切な仕事だ。君が志願するのなら、惑星入植の第一陣に常に君を配そう。いずれ、積み上げられたノウハウは、君を誰にも追い付けない希代の冒険家とするだろう。そうだな、惑星調査官という役職名はどうかね? ……君を正式に雇いたいと言っているのだが。もちろん、賢狼での正式なスタッフとして働くと言う選択肢もある。勉強と雑用の日々になるだろうが、それもまた必要な仕事だ」

 博は、信じられない目で真老を見つめた。口は、勝手に返答していた。

「やり、ます。俺を雇って下さい、真老様! 惑星調査官として雇って下さい」

「危険な仕事だ。捨て石だ。そう、私は君を有能な捨て石として採用しようと言うのだよ。それでもいいのかね?」

 実感が博の胸に湧き上がってくる。捨て石としながらも、真老がその仕事に敬意を払っている事は口調から感じ取れた。

「やります!」

 真老から書類を渡される。
 賢狼に行く為の物ではない。
 「あらゆる移民宇宙船に飛び乗る為」の書類であり、惑星研究所への物資の申請の仕方を記した物である。

「今後、惑星研究所で企画する全ての惑星開拓は企画段階で最優先で君に連絡が行く。また君は、我が研究所が提供する実験中の物を含むあらゆる薬、義手義足、装置などの優先的な使用権を得る。……宇宙船も、その一つだ。もちろん、色々と制限はつくがね」

 博は信じられなかった。宇宙船。真老は宇宙船と言った!
 
「でも……でも、賢狼とエデンでしばらくは惑星開拓はしないのでは?」

「大規模開拓はこの二惑星だけだがね。ベアラズベリーや緑薪石のように、有用な物の採集の為の小規模開拓を考えているのだよ。君が考えている通り、私の知っている惑星は二つだけではない。だが私は忙しくてね。手助けが必要だ」

「はい……はい」

 博は何度も頷うた。何故か涙が出て来た。
 遠山博。
 彼は、未来で、「誰だって、踏み出す勇気さえあれば「主人公」になれる」そんなキャッチフレーズと共に誰もが知る様になる、歴史上の人物となる。
 そして、その事をうすうすながらに、真老はもちろん、博自身ですら予感していた。
 もちろん、生き残れたらの話であるが、遠山はやり遂げるだろう。
 彼は既にエデンで生き延びたのだから。



[29045] 18話 賢狼
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/27 20:49
 真老は忙しい。エデンの実務はノーマンとアビゲイル、惑星研究所の実務はロビンと野田がやっているが、最終確認は当然、真老の所に来るからだ。
 実務の他にも、真老はいくつも研究プロジェクトを指揮している。
 しかし、それでも時間を取ろうとしていた。

「集中講義、ですか?」

「未来人である事は公開されてしまったのだからね。もはや隠し通す事は出来んだろう。ならば、惑星開拓のノウハウについて教えても構うまい。期間は一か月を四回の四ヶ月だ。アビゲイルくん、ノーマンくん、ロビンくん、野田君達にも順番に出てもらうよ。それに、そろそろ定期便だけではなく、出張の為の小型宇宙船がいくつか必要だ。そう思わないかね? それと、私の後継の十幹部の欠員3は、アビゲイル君、ノーマン君、ロビン君を採用し、以後十仙とする。学んでほしい事が数多くある。いいかね? ああ、本社は賢狼の開拓が終わり次第移転するから、その準備も頼む」

「はい!」

 ロビンは、意を悟って顔を輝かせた。
 ロビン号の夢再びである。それに、十幹部、いや十仙は真老から直接、様々な研究を託される立場だ。
 身が引き締まる思いに、ロビンは襟元を正した。
 その一方で、地球の本社が支社になる事に悲しみを感じていた。

「集中講義の第一陣が終わったら、賢狼まで出立する。君も来てくれたまえ。会わせたい方がいる」

「会わせたい方?」

「分類としては準知的生命体だが、扱いは高位生命体だ。神犬族と呼ばれていてね。長は予知とテレパスを司る。彼らは犬のような生態でね。優れた知能は持っていても、それを発展させる手が無かったのだ。日本では神犬族の神託を得る事が博士号を取った物の義務でね。我が社でもその風習は引き継ぎたいと思う。いや、これから創るのかな? それで、まずロビン君、君を会わせたい。といっても、こちらでは私も初対面なのだがね。レディから言葉を学んでおいてくれ」

 ひらひらと手を振って見せる真老。
 
「知的生命体! 初交渉!」

 アビゲイルとノーマンが思いのほか上手くやっている為に、惑星監督官としての実務を奪われそうだと言う悲しみは一瞬にして吹き飛んだ。実を言うと、最も難しい交渉事はやはり地球に集中し、しかも研究はエデンや賢狼に移転する事が決定しつつあり、ロビンは地球支社に釘付けにされそうだったので、危機感を感じていた。
 優秀であると言う事は、惑星研究所では最低限の条件だが、不利になる要素でもあるのだ。何故なら、優秀であると言う事は替えが効かないと言う事。つまり、惑星研究所の溢れ出る魅力的な仕事の中の一つを押し付けられ、他のより魅力的な仕事に行けないと言う事を意味するのだから!
 贅沢過ぎる悩みだが、本人達は真剣である。
 いっそ外部からネゴシエイターを引っ張ってきたいぐらいなのだが、例え事務でも科学に精通しないとやっていけないのが惑星研究所である。
 そうなると、やはり高い頭脳と専門知識、そつのない交渉術を持つロビン以上の人材はいないのだ。
 アビゲイル、ノーマン、野田。ぶっちゃけ、誰にも自分の後釜に据えられる人間はいないだろうというのがロビンの予測であった。
 実際、テロを許すと言う最大の不手際を起こしている。涙涙で諦めかけていた所にこれだ。
 もちろん、知的生命体との初交渉と神秘的な予知は歴史に残る出来事である。
 地球からは長く離れられないだろうが、これはそれに匹敵する大きなプレゼントであった。
 ロビンは早速せっせと準備を行うのだった。




 その一週間後、博は賢狼の第一次開拓計画書と講義の申込用紙とにらめっこしていた。
 行くか迷っているのではない。何を準備すればいいのかで迷っているのだ。
 講義と言うからには、勉強だ。真老自ら教鞭をとる講義で、失敗は許されない事は痛いほどわかっていた。
 応用方法を知るには、まず基礎から知らねばならないのである。
 しかし、博はまともに教育を受けてはいなかった。そもそも、彼は中卒である。
 付随のテキストを開くが、比喩でなく、一文字だって読めなかった。いや、それがアルファベットであり、漢字であり、数値である事は理解できた。しかし、それまでだったのである。
 しばしにらめっこを続けると、博はおもむろに立ちあがり、半蔵の所へと向かった。
 難しげなことはロボットが知っていると言う浅はかな思いつきであった。

「どうしたでござる、博?」

「講義を教えてもらう事になったんだけど……どんな事やるのかな? 予習して行った方が、良いと思うんだ」
 
 ぼそぼそと遠山が言うと、半蔵は少し静止した後、事も無げに告げた。

「今テキストの内容をダウンロードしたから、一緒に勉強するでござるよ!」

 博はほっと息をついた。
 それから講義までの一か月、博は懸命に勉強した。
 律儀な博は、エデンの日記にこう書いた。

「半蔵に、惑星開拓の講習の予習を教えてもらってます。凄く難しいけど、なんとか一月の間に覚えられそうです。賢狼に行く為に頑張ります」

 その日記から、エルウィンやアレックス、半蔵の所に分厚いテキストを持った人間が多数参上する事となったのであった。
 何の事はない、皆テキストの内容に戸惑っていたのである。
 目を丸くする博と半蔵の元にも、はにかんだアビゲイルとノーマンが現れたのだった。
 そして一ヶ月後。ついに、講義が始まった。
 講義はエデンで行われ、なんと監督官のロビンが隣の席だった。
 遠山は気を引き締めて、真老の顔を見ようとしたが、どうしても視線は横へと向かった。
 それも仕方ないかもしれない。ロビンですら、横にずらりと並んだ番号の書かれた大小の宇宙船やロボット群に目が釘づけだったのだから。
 机の上には同じく番号が書かれており、遠山の視線が3と描かれた宇宙船に行くのは仕方のない事だった。
 
「では、惑星開拓講習を開始する。」

 真老が口を開いた。
 講義は非常に厳しかった。予習が当たり前で、真老が口に出すのはテキストの補足事項ばかりだったからだ。
 テキストはすぐに補足の追加で真っ黒になった。
 そして、ついに武美と真老がそれぞれ生徒達を連れて宇宙船へと入って行った。
 宇宙船には五種類ほどタイプがあり、生徒達は自分の宇宙船の操縦の講義のみを受けた。
 と言っても、AIによる自動操縦が主で、決して手動に切り替えない事、手動で動かしたい場合はまた別の専門講習を受ける事を念押しされた。
 博は、その講習の申込用紙をその場で書いた。書かない者はいなかった。
 博に与えられた宇宙船は、三番なので博はサードと名付けた。そのまんまである。
 それは十人+レスキューロボ一体乗りで、博を除いて三人までの操縦登録権と二十人までのクルー登録権を貰った。もちろん、死んだり休んだりと言う交代は十分あり得るので、すぐに全員分の登録を済ませるのは愚かだと博にもわかった。講習などの関係上、ある程度は先に決めてしまわないといけないのもわかった。半蔵が運転出来るから、しばらくは一人でもいいのだが、実習も兼ねて賢狼にはこの宇宙船で行くようにと告げられてしまったから、博はクルーを限度いっぱい連れて行く事に決めた。一人では何も出来ない事を知っていたのである。幸い、正社員となった博には予算も降りると言ってくれた。
 講義が終わると、博は妻の小枝子と田中に別れを告げ、賢狼に出発する為に地球へと舞い戻った。
 そして、惑星研究所の保有するホテルで一泊すると、ハローワークへと向かった。
『賢狼開拓のクルー。仕事。雑用、毒見、宇宙船の運転。命の危険あり。報酬、衣食住プラス月五万円のお小遣い。詳しくはマーズホテル205号室まで』
 ……遠山は、自分では何も出来ない事を知っていたが、人の雇い方は知らなかった。
 



[29045] 19話 【生き延びるって】厳しいクルー試験【難しい】
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/28 12:56

「面会希望のお客様がいらっしゃっています」

 そんな電話を受けて、博はのそのそと着替えをし、ロビーへと向かった。
 ロビーでは、若い男が博を待っていた。

「遠山博さんだと!? すげー勢いで本物じゃん! 嘘だろ!?」

「あ、はい。遠山博です。賢狼の開拓志望の方ですか?」

 男は急いで手をズボンにすりつけ、手を伸ばした。

「俺は葛城浩太です。えっと、ハロワに妙な募集があったし、職見つかんないしで掲示板に良いネタあげられないかなって、いや、えと……あ、俺、ブログには自信あります! 科学者の食事、一年レポートやってのけました!」

「す、凄いですね。俺も見てました。で、条件を確認したいんですけど」

 博はもそもそと書類を出した。その中のエデン食事券を見て、葛城は声をあげる。

「ええ!? 衣食住ってエデンのですか!?」

「惑星研究所のホテルも利用できる」

「よかったぁ……。しかし、ホテル利用出来るなんて凄いっすね」

 そう言いながら、書類を見る。
 博は内心ドキドキしていた。仕事の契約なんぞ、博にはわからない。
 だから、やるかもしれない事、やる事をあげて、例として実際にやった事を羅列してみたのだ。
 
「ちょっと待って下さい、賢狼って惑星以外にも行くんすか!?」

「真老様のお使いがあるから……。無人惑星を放浪する事になると思う」

 もそもそと博は言う。
 葛城は、こんなのんびりした人にも出来るんだから俺だって! と思いかけ、首を振った。
 まず、地球とはお別れをしなくてはいけない環境である。葛城はネットが大好きだった。
 そして、忘れてはいけない事。
 遠山の右足の膝から下は作りものである。左手にも、大きな縫い跡があった。
 何の苦労もせずに栄光を得たわけでは決してないのだ。
 葛城は、考えさせて下さいと言った。
 決してノリ半分で出来る仕事ではないのである。

「えと、二週間後に手続き、三週間後に出発なので、一週間で決めて下さい」

「二週間後!?」

 葛城は思わず声を出す。
 そして、悩んだ末に、その場で断った。
 そんなすぐに地球を出なくてはならない、そう考えてしまうこと自体が適性が無いと考えたのである。
 しかし、いいネタを得た。葛城はもちろん、そんな面接の一部始終を、超有名なブログで公開したのである。
 翌日、博は驚いた。
 ロビーに呼ばれて行ったら人が溢れていたのである。
 いきなりカメラのフラッシュが焚かれて、遠山は目を眩ませた。

「賢狼計画とはどういう事ですか!」

「操縦士募集と言う事ですが……」

「面接に来たのですが」

「sdgfhtじlこ;p」

 マスコミや面接官、良くわからない外人と、遠山は戸惑った。

「えと、一人ずつお願いします」

 博が椅子に座ると、目の前にインタビュアーが陣取り、博は困惑した。

「惑星調査官という仕事に就任されたそうですが、初仕事に対して意気込みを教えてください」

「面接の方以外は、ちょっと」

「今テレビ局で、芸能人から宇宙飛行士を! という企画をですね……」

「専業で出来ない方は、ちょっと。機密に触れる事もあるかもしれませんし」

 博は控え目に言うのだが、それでマスコミが下がるはずがない。
 最も、賢狼に行くことや惑星調査官と言う職自体が機密とまではいかないものの、出来れば秘密にしたい事だったのだが、暗黙の了解を博が読みとれるはずはなかった。
 仕方なく、インタビューから片付ける事にした。
 ようやく面接へとこぎつけ博は困惑した。外国人が大挙していたからである。
 それはフェーズ5の者達なのだが、博は知る故も無い。

「日本語を喋れる方のみの募集とさせていただきます」

「外国人差別!」

 マスコミが騒ぎたてるが、博はぼそぼそと説明する。

「エデンでも賢狼でも公共語は日本語です……。創始者が日本人ですし。エデンにいた皆が、日本語で普通に話せました。とっさの時でも日本語で話せないと、意志疎通が出来なくて危ないです」

 ぼそぼそと博が言う。

「私は日本語が話せますが、フェーズ5の人間です。私でも出来るでしょうか」

「すみません、無理です。でも、エデンではこれからフェーズ5も受け入れていくって話でした。俺なんかのクルーになるより、エデンの募集を待った方が良いと思います」

「それは本当ですか! ありがとうございます!」

 男が笑顔になる。

「あ、アビゲイルさんは、テロにあって怖い思いをしたけど、それでもフェーズ5でも受け入れて行こうって頑張ってくれたんです。台無しにしないよう、頑張ってください」

「祖国が自棄を起こさない事を祈ります。こればかりはどうにも出来ませんからね」

「テロの勝利だ!」

 ある外国人が腕を振りあげた。

「………………」

「…………」

「でも、警備はしっかりするように真老様に進言しておきます。後、今回のクルーでも調査でフェーズ5は落とされると思います」

 ぼそぼそと遠山は言う。正直に言って、フェーズ5というのを甘く見ていた。
 腕を振りあげた人が、同じ国の者らしい外国人に連れていかれた。
 国には、様々な人間がいる。たまたまトップの一握りの人間が真老を重視出来なかったが為に、フェーズ5になってしまい、実力があるのにエデンに行けなかった誠実な人間も、沢山いるのだ。
 その最たる例が日本と言えよう。最も、日本は真老の出身国だから助かったのだが。
 しかし、博は困ってしまった。
 面接の対象者があまりにも沢山いるのだ。
 そこで、惑星研究所のロビンに手助けを乞い、試験を行う事とした。

「多すぎて決められないので、明後日、惑星研究所をお借りして、テストを行いたいと思います。明後日の朝十時に、惑星研究所本社の受付に履歴書を持ってサード乗組員のテストに来ましたと告げてください」

 博はハローワークの募集事項もそのように変えた。
 二日後、今度は惑星研究所に人が大挙して押し寄せた。
 レディがそれを検索し、ちゃっかり他の研究者がそれを着服する。もちろん、博に許可を取ってだし、彼らも博の為にテストの準備をしたがゆえに人材の存在を知っていたのだが。
 公に公開して人員募集する事に躊躇していた宇宙船を貰った研究者には、渡りに船だったのだ! しかも条件が破格であり、この程度なら一発で予算が降りる。
 ちなみにロビンは、NASAに直接ロビン号の乗組員を手配してもらっていた。
 そして、履歴書でこれはと思う者は研究者に順に配分されていき、彼らは他の研究者の面接場に連れていかれ、最後の余りの人間が遠山の試験会場に通された。
 
「で、では、これから言う事を良く聞いて下さい」

 遠山は、頑張って複雑な指示をした。ロボットの操作が入っているから、間違いなく複雑な指示である。
 また、必要な道具を初めだけ選ばせてやった。
 質問にも、その時限りと言う事で受け付けた。
 内容は、難しい所はロボットや道具を操りつつ、怪我をしないように上手に植物採集する事である。
 ベアラズベリーもあるから、非常に難しい試験だ。
 怪我人が出たが、即座に治療された。
 その後、持ってきた植物に対して、博は言った。

「では、それを、直感に従って食べられそうな物と食べられそうに無い物に分けて下さい」

 異星の植物である。それこそ判断が難しい。
 それらを採点して、博は上位十名を……。

「おお、面白い事をやっているね。ちょうど捨て石にする人数が足りなかった所でね。ふむ。初見で植物の毒のあるなしを百発百中で的中とは凄いな。知識にしろ、直感にしろ有能と言える。遠山君、人材を少し譲ってもらえるかね? ああ、フェーズ5の人間の流入に即した対応はアビゲイル君にお願いしておいたから安心したまえ」

 真老が通りかかり、上位十二名を浚って言ったので、その次の十名を採用した。
 何かを得れば何かを失う、世知辛い世の中なのである。
 最も、遠山は最初、やってきた十名をよほど問題が無ければ最初の十人だけ取るつもりでいたので、全く問題なかったのだが。
 ちなみに、エデンの交易船にフェーズ5の国家の搭乗枠が出来、彼らは喜びに沸いた。
 しかし、同時にアビゲイル主導でエデンに法律が制定され、内容自体は緩やかな代わりに、かなり厳しい罰則が課せられたので、国民の手綱を取る事に躍起になったのだった。



[29045] 20話 わんわんお!
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/28 22:28
 手続き過程で、問題が起きた。三人、会社の調査に引っかかってしまったのである。補充するか考えた博だったが、部屋の配分を決めている段階で、自分を入れて10人乗りであるから元から一人多かった事に気付いた。
 更に言えば、荷物が多くて、一つの部屋が丸々荷物置き場となってしまい、最後に葛城が転がり込んできたため、博は大いに安堵した。
 危ない所だった。
 ちょっと汗を掻きながら、出発の準備をする。
 申請すればくれるが、申請しないとくれない。
 これは真老の一貫したスタンスである。
 だから、賢狼にも様々な事態に備えて準備をしないといけないのだ。
 半蔵に運転の監修を任せ、出発した博達。

「と言う事で賢狼にやってきますた。絵画のように綺麗な星だお。わんわんお! わんわんお!」

 ちなみに葛城が土下座してまで帰って来た理由は、賢狼に行くスタッフに配られた制服である。犬耳キャップ、尻尾ズボン。しかも意志に連動して動く!
 真老が日本政府から学んだ、神犬族とのコンタクトの必需品である。未来の日本政府にはお茶目な所があり、ぶっちぎりで嘘なのだが、真老は珍しくそんな政府の嘘を信じ切っていたが故の悲劇である。
惑星探検<命の危機<わんわんおグッズ。それが葛城のジャスティス!
 そして今、熱くブログに書く記事を更新していた。
 
『賢狼ではないでござるよ。この星は神犬族の聖地でござるよ』

「え。なにそれ」

『サプライズでござる。拙者、ちゃんとパートナーにも秘密にできたでござる』

 誇らしげな半蔵。

「パートナー決めたんだ。 凄いな、半蔵」

 ぼそぼそと称える博。
 ガクブルする半蔵と揺れる宇宙船。
 色々とすったもんだがあったが、なんとか船は着陸した。
 その間色々と真老から指示があったが、全員聞いちゃいなかった。
 とにかく、大きな広場に降り立った博達。
 ざわざわと話しながら降りて来た他のクルー達が、全員座って祈りを捧げ始めたので、博達も形だけ真似した。
 博はとりあえず、半蔵が機嫌を直しますようにと祈る事にした。
 スピーカーから未知の言語が流されていく。
 三十分ほどして、そろそろ祈っている振りもつかれて来たと博が考え始めた頃、茂みが揺れて見上げるほど大きな三つ目の狼が現れた。背の高さだけで、大人の1.5倍の大きさはある。
 半数のクルーの耳と尻尾は真上、あるいは真横にピコンと動いた。
 残り半数は、耳と尻尾をぺたりとさせた。
 さて、見知らぬ「意志」を感じて自らやってきた長は、最も強く単純な意志を読み取った。

『わんわんお!』

 葛城の意志である。

「わんわんお」

 心の声の感触から、どうやら褒め言葉らしいと感じ取り、重々しく長が返す。

「わんわんお……」

「わんわんお……」

「わんわんお!」

 ざわざわとクルー達はざわめき、とりあえずわんわんおと返してみる。

「誰だね、下らん事を考えていた者は」

 珍しい真老の叱責に、その瞬間、何人かの耳がぺたっとなった為、何とか葛城はそれに紛れる事が出来た。
 ロビンが進み出て、自己紹介と友好と助言を求める言葉を吐く。
 長は、ロビンの言葉に鷹揚に頷き、わからない事を質問し、驚きつつも冷静にクルー達の様子を観察して行った。
 人の頭の中を見ても、それはしょせん母国語で思考が行われている為、異星人でも即座に意志疎通が出来ると言うわけではない。だが、映像や音や「気持ち」を読み取る事は出来る。それと心の声を照らしわせて、言葉の意味を測るのだ。

『わんわんお!』

『わんわんお?』

『わんわんお……』

『わんわんお!』

『解剖したい!』

『わんわんお!』

 わんわんおのクルーに与えたインパクトは大きく、大した事は読みとれなかった。
 敵視すればいいのか、味方と見ていいのか、今一判断がしかねる。
 目の前で交渉する男は、夢いっぱい、希望いっぱいでこちらに強い好意を寄せているのがわかる。
 その後ろの最も偉そうな男女は、心の会話に慣れているとでもいうように、尊敬と友好の念だけを送って来る。
 危険思想の者もいるようだが、大勢いればその様な者が紛れこむのは当然の事である。
 話を一旦中断し、クルー達を睥睨した長。
 博は、とりあえずお菓子を差し出してみた。

「わ、わんわんお?(挨拶のつもり)」

 恐る恐る差し出された、「友達になってくれますか?」の意に、長は近くの木の実を一房口で千切り取り、博の足元へと投げた。
 それを華麗に受け取ってロビンが食べる。

「真老様、この方はビーフジャーキーは食べられるでしょうか」

『交渉相手は俺ですから。歴史に残るのは俺ですから―!』

 真老の許可を得て、差し出されたビーフジャーキーとやら。
 ロビンの横取りをしながらどこか微笑ましさを感じる感情に、長はとりあえず、クルー達を味方よりの中立に配し、長い話を聞き、神託を与える事にした。
 彼らの魂を見る事は、彼らの判断材料にもなる。稀に未来が見える事もある。
 長は、クルー達を順に見て、気が向いた者に神託を与えて行く。
 
『ロビン。そなたの魂は希望と喜びに輝いている。困難があろうと、それに打ち勝っていく強さがある。思う通りに動きなさい(意訳・送信側)』

「俺の魂は偉大で美しい……と? 世界を救えるヒーロー! いずれは惑星研究所の社長!?(意訳・受信側) ああ神よ! 俺は予言を信じる! 俺はやるぞー!」

何か大きな勘違いに生暖かくロビンを見ていたその長の瞳が、博を捕えた。
 好奇心を宿した瞳。

『君は、道を間違えているね。いいや、違う。その選択肢が存在しなかった』

「……」

 博の頭に、何一つ選択肢が無く、一人丸まっていた子供の頃の記憶が思い浮かぶ。
 
『全てが、あまりにも遅すぎた。だから、君はゴールにたどり着けない』

 何が遅すぎたと言うのか。博には心当たりがあり過ぎた。何かを手にいれられないだろうというイメージに、手からすり抜けて行くイメージに、博は顔を伏せた。

『けれど、それでも学び続けなさい。歩き続けなさい。志を継ぐ者は現れるだろう。大丈夫。辿りつけなくても、道は作る事が出来る』

 それは漠然とした無数の未来。ロビンのように、あるいは真老のように、完成されても信念を持ってもいないからこそ、博の前に敷かれた道は無限に近かった。興味を引いたのは、それだけではない。未来へと繋がる道の中に、神犬族の仲間の影を見たのだ。
 博は顔をあげる。こんな自分でも、次世代に何かを引き継げるのだろうか。
 真老のように。真老のように。そうだ、博は羨ましかったのだ。様々な研究を見て、羨ましかったのだ。
 博は自らの目の前に、無数の道が開かれたビジョンを見て、慄いた。
 道を作る事は出来る。今、博の選択肢は無限にある。
 ゴールには辿りつけないけど、それは孫子が歩いて行くだろう。
 その未来の道の一つに座った、神犬族が一匹、博を呼んだ。呼んだとわかった。

『未来の彼方から、同族が呼んでいる。そして、我が一族には強い旅立ちの色を持った仲間がいる。きっと、彼は望むだろう』

 茂みがザザッと揺れ、全長が大人ほどの三つ目の狼が、息を切らせていた。

『旅立ちの誘いが来た。イザール、彼はいずれ、お前と友になろう。もしも同じ道を歩くのなら』

 ゆっくりとイザールは博に歩み寄る。

『……初めまして。999の他人、1の親友よ(1000の未来の中の、999は君と他人である。けれど、ただ一つ、君と親友となる未来が転がっている。それは何者にも替え難い)。名前を教えてほしい』

 博は、名前を告げた。
 語り継ぐに足る、邂逅であった。
 ちなみに、イメージの受け取りの精度がロビンと博で誤差があったのは、ひとえにロビンの強さゆえである。歩くと決めた道筋が決まっている以上、イメージがそれに寄ってしまうのだ。それは真老や武美も同様である。
 とにかく、神犬族への挨拶を済ませた一行は、賢狼での開拓に向かうのだった。
 ちなみに、疑似的な犬耳尻尾をつけずとも、直接心を読めるからそんな装置要らないんだよという言葉は、心優しい長はそっと心に閉まっておいた。






[29045] 21話 思い出
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/07/29 13:01
 せっせと博は植物を確認して行く。
 真老に見つけるよう指示されていた物と同じ特徴を持つ木の実を見つけ、博は顔を緩ませ、クルーに合図した。
 人の顔大の大きさもあるそれを、場所をメモしたうえでせっせと運ぶ。
 これは賢狼での主な食料となるのである。場所情報も重要だとの話だった。
 
「ああ、見つけたか。確かに探索の実だ。これは場所によって味が違っていてね。しかも、果実ごとに地面の味の好みがあって、気にいった場所でしか育たない。そしてそこまで自力で転がって行くのだ。生物とするかどうか、議論が紛糾した果実でもある。これを丸々一つ食べて、一年の吉兆を占うのが日本国首相の恒例行事でね。まずい果実に当たった時はそれはもうお通夜ムードで黙々と……」

 真老が懐かしそうに実を撫でる。
 大空翼。歴代の日本国首相の中でも、特に強引な首相であった。

『辛い。探索の実が超辛い。これはもう拷問の域。日本国の皆さん、日本は風雪の時代を迎える事になるようです……。しかし、私はどんな事があろうとも、しっかりとこの日本を守っていこうと並々ならぬ決意を固め、その第一歩としてこの探索の実を丸々一つ食べたいと思います。辛い。辛い。超辛い。うっうっうっ』

 食べている時に早くも株価が下降し、危機を感じた秘書が味改善の調味料を振りかけ、首相が打って変って喜んで食べ始めると、株価は元の値に戻ったものである。
 自分には良くわからないが、占いは重要な物であったし、首相はいつも国民と共にあった。

『てっちゃんドクター! アメリカに馬鹿にされた! これはもうレスキューロボのコンテストで一位を取るべき! 日本独自の技術のみで! 特許を華麗に迂回して! 時代は忍びだ! これ予算だから! アメリカに勝てたら惑星もあげちゃうから!』

『てっちゃん! ドクター就任おめでとう! さて、神犬族の神託を得るにあたって、重要な物が一つある。犬耳尻尾! これだ! 出ないとボディランゲージが出来ないからね!』

『都庁ロボの完成はまだか! 私の任期中にやるのだ!』

『歌って踊れば学者試験も合格できる、語呂合わせの歌(ダンス込み)を作らせてみた! 小学校の運動会に早速取り入れる!』

 きっと自分が死んだ後も、首相はぽろぽろと涙を流してしょげて見せるのだろう。それで株価が下落して、秘書が新たな人材を用意して、首相が新たな日本の宝に乾杯などと言って笑顔になって、株価は再上昇するのだ。(実際には、未来では真老の記憶を植えこんだクローンを作るという暴挙を成し遂げていたのだが、真老がそれを知る機会は存在しない)
 ぽつぽつとそんな事を真老が話す。ロビンや博達は食事の準備をしながらも、話に聞き入った。もちろん、探索の実を食べるのは博達捨て石組である。
 博がナイフで硬い殻を切り、実を半分に切ってスプーンを突き刺した。
 一口食べる。甘かった。当たりである。
 真紫のそれを躊躇なく食べる博に尊敬の念を送りながら、クルー達も目を瞑って実を口に入れた。

「愉快な首相だったんですね」

「優れた首相だった」

 ええー……と全員が思う。

「遊びにお金を使っていて、大丈夫だったんですか?」

 その質問に、武美が微笑んだ。

「ある程度富が行きわたってしまうと、ね。未来では、貧困の代わりに停滞が問題となっていたわ。例えば、ロボット工学。既に発見されている事を理解するだけで、並の科学者は生を終えてしまうの。科学に限界は無くとも、人が学べる量に限界があったと言う事ね。新発見をするのは非常に難しかったわ。今までの科学を全て封印して、再出発をする国もあって、日本でも活性化の為にその議題は出た。その時の、時の首相の演説、それは歴史に残る事となったわ。その日から、日本が生まれ変わったの。私の時代では、翼首相は典型的な、でも優れた首相だったわ」

『国の金でロボット作ります! どーんと百兆円注ぎ込みます! 意味は特にない! 敷いて言うなら宇宙怪獣を倒せる巨大ロボを目指す!』

『宇宙怪獣ってなんですか。そんな物宇宙にいませんよ』

『いる! 絶対いる! この広い世界にはきっといる。いなけりゃ作る! 大丈夫、何も捨てる必要なんかない。日本にはこの無限の想像力がある。道の終わりに辿りついてしまったなら、新たな道を作ればいい。想像上だけの物だった物を全部作ろう。誰かを泣かせる事以外でやりたい事、全部やろう。意味なんて無くていい。大切なのは、楽しく生きる事だ。歩く事だ。私達は恵まれている。資源に。資金に。知識に。あらゆる物に。それでも満たされないのは、きっと失ってしまった物があるからだ。今、それを取り戻そう。私達はまだ生き尽くしていない。未来はまだ、私達のこの手の内にある! 私は今ここに誓う。日本の全力でロボを作ると!』

「これが人型レスキューロボの始まりでしたの。ま、結局アメリカ企業が一京円相当の金額だしてあっという間に完成させちゃったんですけどね。他にも、魔法少女的武器とか、ビームソードとか……。私達の時代では、日本が思いつき、アメリカが完成させ、ドイツが記録してイギリスが批評し、フランスでお披露目をする、なんて言われています。だから、私達の時代では、無理難題の夢物語を押し付けて、日本に生きる目的と娯楽を与えてくれる首相こそが良い首相なんです」

「今とは大分違うんですね」

「時代が変われば、必要とされる人材も変わる。互いの政治家を入れ代えても、上手くはいかんだろうな」

 懐かしそうに、真老は告げる。
 博達は、遥か遠い、もはや決して辿りつかないだろう未来に思いを馳せた。

「大分、無駄話をしてしまったな。さあ、作業を続行しなくては」

「真老様! 本社ロボを作りましょう!」

「真老様! 本社ではイザール祭りましょう!」

「真老様! わんわんおセットは制服として正式採用すべきです」

「ミスター真老、今はここが貴方の生きる場所です。ここに、新たな故郷を作りましょう。ミスター真老の見ていた世界を、私も見たい」

 ロビンが言う。にわかに活気だち、食事を終えた彼らは精力的に動き出したのだった。


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