<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[28698] リミットブレイク・オンライン(現実→MMO)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2012/04/08 21:22
小説家になろうでも掲載しています。
最近次から次へとネタが湧いて困ります。
ネタが浮かんだら吐きださずにいられない性質だから余計に。
4月8日、改定しました。
















「ん、ようやくここまで来たか!」

私は上機嫌で転生画面を見た。
私がやっているのは、MMOリミットブレイク・オンライン。
このMMOの目玉は、転生と限界突破アイテムによるNPC強化だ。
転生の際は、一からキャラメイク出来て、更に色々と特典がつく。
これで転生は十回目となる。本当はもっと早くできたのだけど、三キャラ同時育成していたので、時間が掛かってしまった。
限界突破アイテムとは、本来一定のレベルまでしか成長しないNPCに、イベントを介してアイテムを与えることで、急成長させる事である。
この限界突破アイテムを使う事で、色々と国家の力が変わったりするのだ。
普通にNPCがレベル上げをやっている風景が見れるのもこのゲームならではである。
十回目の転生には、さらに特典が付き、限界突破アイテムを作れるようになるのだ。
これを神化という。
私は鼻歌を歌いながら、転生体に対するキャラメイクをしていく。
記念すべき神化記念だ。黒髪黒眼の女の子にして、ステータスはとりあえず放置だ。
今回の神化では、あえて職業無しで1000レベル目指すつもり。というか、他の二キャラも、神化の為のラスト1000レベルは職業無しで目指すつもりだ。
それに大事なのは、限界突破アイテムによるNPC強化である。
成長ポイントは、後で必要になったら振ればいい。
早速私は転生をクリックした。出現場所は、お気に入りの場所、王都ファランシア。
途端、目の前に広がる草原。
ぐるぐると唸る狼。
冷たく感じるほどに強い風。

「……え?」

 困惑して、あげる声。
 周囲を見回す。そして、ゆっくりと狼に視線を合わせた。
 …………どういう、事?
 狼が飛びかかってきて、体が自然と避けた。
 私は、悲鳴を上げる。

「きゃあああああ!! 助けて! 誰か助けて!」

 必死で走る。走るという選択が出来たのは奇跡だと思う。
 走っている内に、数人の騎士らしき人を見かけた。コスプレ? 何でもいい。
 あの人達は剣を持ってる。きっと防衛手段を持っているはずだ。

「助けて! 助けて!」

 必死で言い募ると、若い騎士が止められながらも走って来る。
 狼に切りかかった時、血しぶきが飛び、私は悲鳴をあげてしゃがみ込んだ。
 狼が騎士を攻撃すれば、当然騎士も怪我をする。
 騎士はボロボロになりつつも狼を綺麗に退治し、私の所に来た。
 狼は、何か皮のような物に変わっていた。

「大丈夫かい? 君」

 異国の言葉なのに理解できる。けれど、そんな違和感どうだって良かった。怖かった。怖かった。怖かったっっっ!

「う……うわぁぁぁぁぁぁん!!」

 怪我をしているのに、優しく掛けられた声。私は、思わず泣きじゃくっていた。
 
「君、新米の冒険者かな?」

「ぼうけん、しゃ? なんですか、それ。ここ、どこですか」

「ここはジルグラド平原だよ。王都ファランシアから来たんじゃないのか?」

私は目を見開いた。
 ファランシア。ここはリミットブレイク・オンラインの世界なの? 私は、その時初めて自分が鞄をぶら下げている事に気付いた。
何かないか。私はそれを漁り、確信を深めた。
 それは転生直後に持たされる、初心者セットだった。よく見れば、体の装備も導きセットに似ている。
そこで私は赤い液体が入った瓶に気付き、おずおずと騎士に差し出した。
赤は体力回復の薬のはずである。ここがゲームの中ならば。

「これ……使って下さい。た、体力回復薬ですよね、これ」

 消え入るような声で差し出すと、騎士は驚いて聞く。

「こんな高価なもの、いいのかい?」

「使って下さい! お願いします」

 騎士が飲み干すと、傷が消えて行く。私はほおっと息を吐いた。

「あの、ありがとうございます。ありがとうございます。あの、私、私……」

 再度、涙が出てくる。

「おい、もう良いだろう。団体行動を乱すなよ」

 他の騎士がいい、若い騎士が立ち上がる。

「置いて行かないでください! 助けて下さい、助けて下さい」

 騎士は困惑して、他の騎士達に告げた。

「隊長、すみません。この子を王都に送ってきます。君、身分証明書は持っているかな?」

「み、身分証明書ってなんですか?」

 私は必死に鞄を漁るが、それらしい物はない。
 目が潤んで来る。

「発行する為にはお金がいるんだけど……」

「お、お金?」

 困惑した様子の私を見て、騎士はため息をついた。
 
「いいよ、私が払おう」

 そうして騎士は立ちあがる。私は、他の騎士にぺこりと頭を下げ、おずおずと騎士について行った。そうしながら、めまぐるしく考える。
 歩きながらも、鞄の中を漁る。
 ゲームの可愛らしいイラストと、実際の持ちものを必死で照合する。
 思い出そうとすると、知りもしないはずの知識が頭になだれ込んできた。
 頭が痛い。
 私は泣きそうになりながら、それでも騎士に遅れないようについて行った。
 そして、鞄の中にある物を見つける。
 それは魔法のドアノブと魔法の鍵セットだった。魔法のドアノブは、プレイヤーハウスへの直通のドアを作るアイテム。魔法の鍵は、箱に取りつけると大量のアイテムを入れられるようになる物である。魔法の鍵は十個セットであり、これを友人に渡す事で、アイテムを共有できる。ちなみに、プレイヤーハウスとキャラクターハウスはまた違うし、キャラクターハウスは転生時には処分せねばならない。
 転生時には、転生セットと魔法のドアノブ、魔法の鍵だけが持ち込みできる。私が友人に渡したはずの魔法の鍵は、何故か揃っていた。
 大きな城壁を見上げていると、騎士様は何事か城門の人と話し、私を手招きした。
 私に手を差し出させると、男の人が私の手を握り、そして離した。
 そのわずかな間に、男の人の手に小さな冊子が出て来ていた。
 その冊子を開くと、私の顔とキャラクターネーム、レベルが出ていた。
 他は全くの白紙だ。
 私は騎士様と城門の人にお礼を言い、そしてお茶を貰った。

「一応、事情を聞かせてもらおうか。サクラ」

「あ、あの……。私、山奥でおじいさんと住んでいて……おじいさんが死んだので、遺言に従って転移スクロールってのを使ったらこんな場所に……」

 するりと、嘘が出てくる。騎士は、その言葉に眉を潜めた。

「と言う事は、何も知らない?」

 私は必死に頷く。

「あ、あの。お願いします! 私に、ここで生きる方法を教えてください! お、お礼はなんとかしますから……! えと、えと、この装備、おじいちゃんが凄く良い品だって言ってました!二十レベルになったら自動的に外れちゃうけど、凄く良い装備だって。育てる事に特化した物だって。これをあげます! ですから、ですから……! じ、実際に着て戦ってみれば、良さがわかると思います。あ、鑑定に掛けても構いません」

 実際、導きの装備セットは転生時に手に入る物凄く良い装備である。
 転生時の弱い状態から一足飛びに戦える状態になるまでサポートする物で、上級者が下級者を育てるのにも使う。
 相手の苦手属性で攻撃、攻撃力と防御力は制限なしの装備としては異様に高く、全て装備すれば経験値十倍と言う恐ろしいまでの効果。
 更に、二十レベルまで限界突破の効果を秘めているので、NPCにプレゼントすれば、それで人材を育てていると判定され、国力自体が僅かに上がる。
 欠点と言えば、初心者の為の装備にしか見えない事だ。
 騎士の反論を許さない内に、私は急いで装備を脱ぎ始めた。

「あーっと……わかったから落ち着いて。君を放りだす事はしないから。私の名前はラークスだ。君さえよければ、家に置いてやってもいいが。……しかし、装備を売ってしまっていいのか?」

「ありがとうございます! わ、私、戦いなんてとても無理です。この町で暮らしていく事が出来るなら、それで十分です。どうか、この装備をお納めください。二十レベルになるまで使って、その後は売るなり騎士団に寄付するなり、なんなりお好きなようになさってください。お願いします」

 ラークスは、私の装備を見て苦笑する。

「それには及ばないよ」

「いえ! 私の気がすみません。あ、戦う時は必ず予備の装備をお持ち下さい。二十レベルで予告なく外れてしまうので。一度これで魔物を倒せば、効果が実感できるはずです。お願いします。お願いします」

 私は必死に頭を下げる。逃げた私に言える事ではないが、ファランシアの狼に苦戦するようなら、十レベル以下。ならば、一度これで戦えば、必ず効果が実感できる。というより、レベルが一回の戦闘でアップするはずだ。
 騎士はため息をつき、告げた。

「わかった。じゃあ、明日、一度だけ試させてもらうよ。その後、この装備より弱いようなら売ってお金に変える。いいね?」

「ありがとうございます!」

 私は何度も頭を下げ、そして騎士に町を案内してもらった。
 文字が何故か読めた。知らないはずの知識。目眩がする。
 それでも、ファランシアの主要な店などを教えてもらった。
 ここはいよいよリミットブレイク・オンラインの世界のようだ。
 ただ、道具は全体的に高価と見られているようだった。
 必死で物価を叩きこむ。特に重要なのは貨幣だ。
 私は鞄を漁り、金色の硬貨を発見した。転生セットの一部、初期資金だ。
 それで私は理解した。リミットブレイクの通常使われるお金は金貨なのだ。
 だから、リミットブレイクのゲームをしている時は安いと思われた物も、実際に来てみると高いんだ。
 その他にも、売っている物は同じでも、物価はかなり違っているようだ。
 武器防具店も見せてもらい、そこでは普通に金貨が使われている事に安堵した。
 最後に回った店は、武器と防具が混合で売っていた。そして、店売りますと張り紙が書かれていた。その値段、1000金貨。
 細かい条件が書いてあって、鍛冶場や裁縫道具、材料も全てセットだと書いてあった。
 ただし、今売っている武具は別だという。
 ラークスは寂しげに立派な剣を見た。それもまた1000金貨だった。
 そして、転生セットの初期資金は2000金貨だ。運命だと思った。

「この武器、子供の頃から憧れていたんだ。けれど、店主がもう年でね。店仕舞いしてしまうなら、仕方ないな……」
 
「あ、あの。金貨ってもしかしてこれですか? 私、払えるかもしれません」

 そう言って、私は金貨を差し出す。

「サクラ!? お金を持っていないんじゃ……」

「私、お金使うの初めてなんです。今、これがお金だって知りました。これで全財産です。このお店と剣、買います。鍛冶はおじいちゃんから習ってますし。その代り、ラークス様。私に色々教えて、お店が軌道に乗るまで養って下さい。お願いします」
 
 私はぺこりと頭を下げる。

「しかし、こんな高価な物……」

「私みたいな小娘が大金持ってたって、スリにあったり騙されたりが精々です。命を掛けて助けてくれたラークス様と、そのラークス様が懇意にしてらっしゃるお店の人なら信じられます。あ、おじいちゃんがくれた薬とかもお渡しします。どうか、私がこの町で暮らせるようになるまで、面倒を見て下さい」

 ラークスは、しばらく戸惑った後、問うた。

「お店をやるのは凄く大変だよ? 出来るのかい?」

「やります!」

「おお、この店を買ってくれるのかい。ありがとうよ。お店を営むのは初めてかい?」

「はい」

「じゃあ、おまけだ。店を営む上でのノウハウを教えてやろうかの」

「ありがとうございます!」

 私は深く頭を下げた。
 その日、私はラークスの家に泊めてもらった。
 小さな家で、少し意外だった。
 私はそこで、ラークスに料理も教えてもらう事にした。
 昼、ラークスが仕事に出かける時は武器防具屋のおじいさんの家で勉強、夕方からはラークスに色々教えてもらう事を決めた。
 ラークスが鎧を脱いだ時、そのあまりの美形っぷりに驚く。
 どうなる事かと思ったけど、とりあえずは何とかなりそうだ。
 家に帰る方法も探したいけど、最も知が栄えているのは隣国の王都、ガイデスブルク。
 そんな所まで行くなんて、無理無理無理無理無理。
 色々考える事はあるけど、今は地に足をつけた生活をしたかった。




[28698] 2話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2012/04/08 21:23
 翌日、お願い通り、ラークスは装備一式を鞄に入れ、私の装備を着て行ってくれた。どうやら重さや大きさ無視の鞄は騎士の備品の一つらしく、装備一式は余裕で入っていた。
 こんなにいい人で、生きていけるんだろうか。それに頼って生活しているとはいえ、心配になる。
 とにかく私はラークスを見送って、しばらくすると壁に魔法のドアノブを使った。
 ドアが現れ、果してそこには私のプレイヤーハウスがあった。
 倉庫には、ちゃんとアイテムがあるのを確認して、私はガッツポーズをとった。
 魔法の鍵のアイテムもちゃんとあった。
 友達の魔法の鍵がごっそり消えているが、これは諦める。
 色々試してみた所、ステータス画面が開けた。
 そこにキャラ切り替えボタンがあり、試してみるとサブキャラのクスノキに姿が変わった。
 私は安堵の余りしゃがみ込んでしまう。その状態で、キャラをサクラに戻す。
 ハウスの薬草を世話して、軽く掃除をして深呼吸。
 大丈夫。私はここで生きていける。後は、ここの常識を学ぶだけだ。
 私は、ハウスから戻り、ラークスから貰ったお小遣いを握りしめ、武器防具店へと走ったのだった。
 おじいちゃんは鍛冶スキル、おばあちゃんは裁縫スキルを持っていて、二人で店を営んでいたようだ。私は二人から帳簿の付け方や提出方法、暗黙のルールなど、色々な事を学んだ。
 驚いたのが、多方面にお金を出さないといけない事だ。
 国への税金はもちろん、役人、兵士、騎士、ギルド、裏の人にも差し出さないといけないらしい。
 そんなので良く利益が出る物だ。値段が高くなるわけだと思った。
 それに、先輩のお店や周辺の皆さんにも挨拶をした方が良いようだ。
 ラークスは百金貨の予算をくれたので、これは何とかなると思う。
 へとへとになって帰ると、ラークスが戻っていた。
 ラークスは、導きの装備セットを机の上に置き、深刻な顔で言った。

「サクラ。これは、物凄く貴重な物だ。君のおじいさんは、君の為を思ってこれをくれたのだと思う。私はこれを受け取れない」

「え、でも……。役に立ちませんか?」

「立つさ。けれど、これにはおじいさんが君に一人前になってほしいという想いが籠っていると思う。その為に、こんな貴重な物を用意したんだと思う。私はそれを無碍にできない。少なくとも、君が二十レベルになるか、成長限界まで行くまでは。魔物が怖いなら、私が協力する。君は、二十レベルになるべきだ」

 私は、狼を思い出して青ざめる。その一方で、ラークスの清廉な心に驚愕していた。私は、彼が狂喜乱舞して受け取ると思っていたのだ。思いあがった私を恥ずかしく思った。

「私が二十レベルになったら、この装備を受け取ってくれますか?」

 ラークスは頷いた。

「もし貰えるなら、騎士団で大切に使わせてもらうが……本当にいいのか?」

「ラークス様……ありがとうございます。魔物は怖いけど、私、頑張ります。この装備も、私一人の役に立つより、貴方様のような気高い騎士達の糧となる事を喜ぶと思います」

 私は深々と頭を下げた。

「じゃあ、早速行こう。準備はしてある。一週間の休暇も取った。後はロイス爺にしばらく休む事を告げるだけだ」

「え、ええ!? 今からですか!?」

 ラークスに手を引かれて、私はラークスの手が震えているのに気付いた。

「いや、すまない。こんな貴重品を前にして、ドキドキしている。騎士団に預けられる物なら、早く預けてしまいたい」

 私は、笑った。なんだ。ラークスも同じだ。

「わかりました、ラークス様」

 私は頷き、装備を着こんでラークスと共に町の外に出た。
 魔物はとても恐ろしかった。
 けれど。ラークスがサポートしてくれた。
 一時間後、私は泣きじゃくりながらも狼を倒す事が出来た。
 一気に二つレベルが上がる。
他にも、ラークスは、冒険者として大事な事を教えてくれた。
 野宿の仕方。魔物を倒すときのコツ。心構え。
 クスクス森の方まで遠出して、魔物を狩った。
 熊を狩った時、導きセットは弾け飛んだ。

「どうした!?」

「あ、二十レベルになったみたいです。まだ時間あるし、装備取り変えましょう」

 ラークスは絶句する。信じられないという目で私を見た。

「二十レベル……本当に? 二十レベルまで行けるなんて、凄い才能だな」

「あ、この装備、誰でも二十レベルまで行けます」

 正確に言えば、レベル二十になるまでに引っかかったレベル限界を全てリミットブレイクする。その事により、最低でも二十一レベル以上になれるようになるのだ。
 ラークスに装備を差し出すと、ラークスは後ずさった。
 私は、にっこりと笑う。

「ラークス様、さっさと二十レベルになって、この装備騎士団に押し付けちゃいましょう。私、ラークス様が二十レベルになるまで、断固として譲りませんよ」

 六日後、ラークスは装備を持って出かけていった。
 集めた素材は山分けした。ぴったり半分に分けてくれるラークスが、しかもその分ける作業を私に任せてくれるラークスが、たまらなく好きになっていた。
 ラークスはこれで肩の荷が下りたからと、御馳走を作ってくれた。
 楽しい夜だった。
 翌日、おじいさんの講習を受けて戻ると、ラークスが蒼い顔をしていた。

「サクラ、本当に本当に良かったのか!? あの装備を鑑定してもらったんだが……値段がつかないと出たぞ」

 そんなバカな。ゲームでは導きセットは値崩れしまくっていたので、今一実感がわかない。何せ、転生すれば必ず貰える上に、二十レベルになったら不要なのだ。1000レベル中の20レベルである。

「ええっ!? そんな物持ち歩くなんてぞっとしちゃいますよ。しかも装備出来ないのに」

「そ、そうか」

「あれはどんどん使っちゃってください。その方が装備も喜びます。でも、私が全財産使っちゃったこと、ちゃんと言って下さいね。盗賊に襲われたら嫌です」

「わ、わかった」

 私は、ラークスを上目遣いに見る。

「売りたかったですか?」

「とんでもない! そんな大金、ぞっとする」

 ラークスの言葉に、私は笑った。やっぱり、私はラークスが好きだ。
 そして、昼はロイスさんに、夕方からラークスさんに学んで一か月。
 その間、ラークスさんは目まぐるしく表情を変えて帰って来た。
 曰く、レベル二十になり次第、騎士団から抜ける者が大量に出た。
 曰く、大量の入団希望者が現れた。
 曰く、導きセットが欲しいという打診が相次いでいる。
 曰く、研修者という名目で外部の者が導きセットを使いに来た。なんと、王子様までいらっしゃって参った。
 など、色々と教えてくれる。
 手放して本当に良かったと思う。
 しかし、レベル二十になったら冒険者に鞍替えするとは、薄情である。
 騎士って普通、冒険者よりも良い職業だと思うのだけど。
 その間にも、お店を開く準備は着々と進んでいた。
 花をあしらった、「サクラの装備屋」という看板もできた。
 ロイス夫妻も、ちょうどいい引っ越し先を見つけ、引っ越しの準備をしている時だった。
 ラークスが、困った顔で私に相談を持ちかけた。

「すまない、サクラ。陛下が、サクラの祖父殿の住んでいた場所を知りたいと仰せだ」

「……何でですか?」

「すまない。導きの装備以外にも、良い装備があるはずだというのだ……。それを眠らせておくのはもったいないと」

「だって、それは陛下の物ではないじゃないですか」

「私もそう思う。本当に悪いと思う……ただ、こう言う話が出た以上、なんとかして特定しないとサクラが狙われると思う……」

 私は唇を噛みしめた。

「なんとか、思いだしてみます」

 翌日、ラークスが出かけた後。私は、ハウスの物を真剣に吟味していた。
 もちろん、魔法の鍵に入れる為である。
 下手な装備は入れられない。導きの装備を孫に渡してしまえる祖父が持っている物だからだ。一つだけと言う事も無いだろう。特に武器は予備を持っていて当然である。
 しかし、良すぎるというのも何が起こるかわからなくて怖い気がする。
 レベル制限90とかの品は入れない方が良いだろう。
 でも、レベル制限二十の奴だと寄こせと言われるかもしれない。
 ここはレベル制限三十を置いておこう。
 ああ、森の中で暮らしていたのだから、結界維持の道具も必要だ。
 それに、鍛冶を教えていたという言葉に真実味を出す為に、祖父が作ったという設定のそこそこ優秀な武具防具と、私が作ったという設定のへぼい武具防具、素材を入れる事も重要だろう。生活感を出す為に、色んな物が入っていなくてはならない。
 回復アイテムも、もちろん入っているはずだ。もちろん、お金も。
 昨日一晩考えて構想は練っていたが、やはり実物を前にすると迷う。
 ラークスやロイス夫妻に、色々なお店に連れ回して貰ったり、色々教えてもらったりして本当に良かったと思う。
 吟味に吟味を重ね、なるべく雑然とした感じに魔法の鍵をつけた箱に入れ、そして魔法の鍵を取り外した。
 そして、ラークスの部屋の適当な箱に魔法の鍵をつけ、改めてそこで整理する。
 店に並べる物、ラークスに渡す物、自分で使う物……。
 そして、祖父が使っていたという設定の装備を店に並べるか、ラークスに渡すかで悩む。
 今更な気がするが、あまり何でもかんでも渡すと思われても困るのだ。
 そこに、ラークスが戻ってきた。

「これは……?」

「祖父が困った時に使いなさいといっていた鍵があったのを思い出して、それを使ってみたら、向こうの道具入れに入れていた物が出てきました。道理で、大事な物は皆そこに入れろと言っていたなと。これで問題は解決、ですね。お金に関しては、セキュリティに継ぎこんで、必要な分だけ取って後は騎士団に寄付しようかと思います。あと、いくつか私には必要のない道具もあげますね。装備も寄付しようかとも思いましたが、さすがにそれはカモみたいに思われるかなと」
 
 ラークスはふらふらと鎧に引き寄せられた。

「その鎧が欲しいんですか?」

「いや、こんな高価な鎧、貰えない。セキュリティを掛けるなら、急いだ方が良い」

 だからラークスは好きだ。
 品物を作る必要が無くなった為、開店は大分早まった。
 腕の良い魔術師に強力なセキュリティを掛けてもらい、サクラの装備屋はオープンした。
 店をオープンした途端、明らかにやんごとなき人達が入ってきて、私は盛大に頬を引き攣らせた。
 ……やっぱり、装備プレゼントしちゃえば良かったかも。









[28698] 3話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2012/04/08 21:24
「そなたがサクラか。祖父殿の装備というのはどれだ?」

「ご案内します」

 そして私は装備を順に案内する。偉い人っぽい人に、鍛冶士っぽい人が小声で説明していた。それを聞き、偉い人は大いに驚いたり、感嘆の声をあげたりした。

「これはいくらで売るのだ」

「値段はまだ決めていませんが、祖父の装備はこの装備に認められた騎士様か、ギルドの保証を受けた冒険者にお売りしようと思っています。万一盗賊などの手に渡れば大変ですから」

 陛下は重々しく頷いた。

「そなたは騎士団に様々な寄付をしているとか」

「ラークス様に命を助けられましたから。ただ、私の物は全て騎士団の物と思われるのも困ります。既に導きの装備セットはお渡ししてありますし。それゆえ祖父の装備は手元に置きました」

 やんわりと牽制すると、陛下は少し考えた振りをする。

「このような高価な装備、一介の騎士に買えるものかな?」

「騎士様には貴族が多いと聞きますが、それに、繰り返しますが、導きの装備セットをお渡ししました」

 やだな、徴収するつもりだろうか。あげるのはいいが、奪われるのは好きではない。
 そこで私は、魔術師っぽい人が杖を凝視しているのに気付いた。戦士系の武具ばかりではあれだろうと、二十五レベル制限の杖を置いておいたのだ。

「もちろん、騎士様だけでなく、城勤めの魔術師様や兵士様にもお売りしますよ。レベル制限は超えておられますか?」

 私が聞くと、魔術師は頷く。

「持ってみますか?」

 再度魔術師は頷き、私はセキュリティを外して杖を魔術師に渡した。

「……手に馴染む」

「城に仕えている事を証明する書類をお願いします」

 私の言葉に、魔術師が出した身分証明のカード。そこには確かに宮廷魔術師と書いてあった。レベルは二十六か。でも成長限界を迎えているんだな。
 
「値段はいくらだ? このクラスになると、冒険者にしか手が出せない金額となるだろうな」

「三千金貨になります」

 魔術師が目を見開き、陛下もまた驚いた様子だった。

「今日は開店日なので、特別です。でも、王都を守って頂く代金も込みですからね。冒険者が見向きもしないような魔物も、一般人には脅威です。どうせ祖父の物ですから、元手はゼロですし」

 魔術師は、慌てて代金を支払う。
 そして杖を腰にさした。
 
「う、うむ。良き心がけである」

「ありがとうございます」

 その後、陛下は色々と装備を見て回ったが、陛下が連れて来た人に、他にレベル制限をクリアした人はいなかった。陛下は一つため息をつくと、帰って行った。
 次に、威圧感のある怖い人達が入って来る。
 肌でわかった。冒険者って、本当にレベルが桁違いなんだ……。
 まあ、このゲーム、限界一万レベルなんだけどね。
 プレイヤーのリミットは千レベル、NPCの最大リミットは百レベル。
 ただし、神化すると、更なるリミットブレイクのクエストを受けられるようになるのだ。そうすると、一万レベルまでレベルをあげられるようになる。と言っても、神化の後のリミットブレイクは完全にネタ……のはずだった。ネタなので、メーカーは調子に乗って、リミットブレイク時と千レベル突破ごとに、俺の考えた職業、俺の考えた流派、俺の考えたNPCの発生等、お願いを一つ聞いてあげますよ、とまで言ってしまった。何せ、神化で十回も転生しないといけない上、転生には限界の千レベルまであげないといけないのだ。メーカーは完全にプレイヤーを舐めており、絶対に食い付けない餌として用意していたはずだった。しかし、オタを舐めてはいけない。メーカーの予想をぶっちぎる速度でレベルアップを繰り返し、私の知る限り、最大レベルは7782レベルにまでなっていた。当然プレイヤーは一万レベルになったらなんらかの商品を期待しており、メーカーが戦々恐々としていたのを覚えている。あ、2000レベルまでならゴロゴロいました。このゲームは転生がメインの為、レベルあげは比較的楽だとはいえ、オタって怖いね……。ふふふ。
 ただ、私は実際に戦闘をしたわけではなくて、せいぜいマウスとキーボードを操作していただけだし、レベルの高い魔物は当然怖い。レベルの低い魔物だって、ラークスが傍にいてくれたから倒せたのだ。
 レベルあげする気は、今の所ないかな。万一強い敵が現れたら、980レベル、九回転生のクスノキがいるし。

「この鎧が欲しい」

 考えていると、いかつい冒険者が鎧を指差した。30レベル制限の鎧だ。

「身分証明をお預かりします」

 渡された身分証明を見て、レベルとギルドのランク、任務歴を確認する。

「王都周辺の魔物討伐に定期的に参加しているんですか。ギルドの信頼ランクもSですね。今日は開店記念ですし、そういう方が強くなって下さるのは有難い事なので、五千金貨でお譲りします」

「マジでか!? この五倍でもおどろかねーぞ!」

「やー。適正価格はこの十倍かなー。今日だけ特別ですよ」

 その言葉に、急いで冒険者達が身分証明を確認しだした。
 
「この剣を頼む。俺は王都防衛戦に参加した事があるぞ」

「王都への貢献はその一回だけですか? そうなると、お値段は……」

 はい、一日で祖父の装備と設定した物が全部売れちゃいました。
 けれど、宣伝効果はあったようで、祖父が作ったという設定のちょっと優秀な武器が適正価格に関わらず、沢山売れた。
 売り上げは生活費等を残して全部買い物に継ぎこみ、上質な魔法の鞄も一つ買った。
ラークスにばれたくない物は、こっちに入れよう。今の所、そんな物はないけれど。
後は物資を魔法の鍵の中にしまい、困った事があったら使ってと鍵を一つラークスに渡した。
それぐらいにはラークスを信じているのだ。
 けれど、残るのは安めに設定したとはいえ、粗悪な武器防具ばかり。
 しばらく閑古鳥が鳴きそうだ。
 まあ、しばらく分の生活費はあるし、他の装備屋さんと競合したくない。
 面白武器、面白防具を作る事に専念しようかな。





[28698] 4話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2012/04/08 21:25
『ちゃらっちゃちゃらっちゃらったった』

『らんらんらんらんほーやーっほー』

 意味不明な歌を歌いながら、私、クスノキを含む数人のプレイヤーキャラが冒険者ギルドに侵入する。
 冒険者ギルドでは、可哀想なNPCが、呑気に受付に並んでいたり、掲示板を見たり、会話を楽しんでいた。
 冒険者ギルド……そこは絶好の狩場である。騎士や兵士の詰め所では、監視が厳しくなって来たので最近はいつもここで狩っている。
 私達は、この日の為に三日も費やした。
 スカウトスキルによって素質や能力限界、現在のレベルを調べ、有望なNPCをリストアップ。NPCに聞きこみをし、友情を取り持つ類のおつかいイベントをこなして、既に友好関係を調査・イベントによって強化している。後は収穫を待つのみなのだ。
 もちろん、私達は変装スキルを使用している。既に私達は指名手配されていた。これはもう、転生しない限り解ける事はない。
 あるプレイヤーが神化した後、1001レベル記念にメーカーに提出した、俺の考えたかっこいい職業、訓練士。別名、人攫い。大人気の職業である。私達は、その職業に転職していたのだ。
 ちなみにメーカーはNPCのAI総書き換えなこの職業に涙を流したという。
 キャラクター達には、視線の向きと言う物が設定されている。
 ターゲット全員の注意がそれたその一瞬、私達は一斉に動いた。
 訓練士達が袋を掲げ、NPCに覆いかぶせて担ぎあげる!
 混乱するNPC達。ガードマンや熟練冒険者のNPCとの戦闘が起き、私達は片手使用不可というハンデを負いながらも戦いつつ、ワープポータルへと入る。
 すると、修行の間と言う、魔法陣が書かれた丸い闘技場のような物がいくつもある場所にワープされるのだ。
 魔法陣の中央に行くと、自動で袋を置くので、その後魔法陣の外に出る。
 袋がもぞもぞと動いて、解放されるNPC達。

「なんだなんだ!?」

「人攫い!」

「マリー、私が守る!」
 
「どうしてこんな所に連れてこられたんですか、なんでみんな見てるんですか」

『初々しいのうw 初々しいのぅw』

『か・わ・い・いwww』

『全て爺達に任すんじゃ』

『レベル1は警戒心が無いから浚いやすいなw』

 そうやってはやし立てている間に、魔法陣に結界完成。NPCは閉じ込められる。
 ワープポータルを作動させた訓練士のみ、ここで選択肢が現れる。
 装備とアイテムを所定の物に変えるかどうかだ。
 これは、事前に数を揃えて設定しておかなくてはならない。しかも、浚った人数ごとにだ。しかも、装備は個別には変えられない為、全員一緒の物となる。
 装備プレゼントという方法もあるが、狙ったNPCが装備を着てくれるとは限らない上、訓練後に戻ってこないという問題があるので、よっぽどの事がない限り、しない。
 今回は、全員導きの装備セットを装備してもらった。ふふふ。
 さらに、結界の上部にカウントが現れる。
 私達訓練士は、すぐさま魔物召喚スキルを使った。
 魔物召喚スキルは、訓練士が捕えた魔物を魔法陣内に放流できるスキルだ。適当な数を選択して放流する。
 魔法陣の中に召喚される魔物。
 NPC達は急いで戦闘準備に入る。
 
『ちょwwwビギナーちゃんにオークヒドスwww』

『狼で魔法陣埋まってるwww』

 魔物が10秒間結界内にいない状態になると、NPCは元いた場所に戻される。
 また、NPCのHPが一割切ってもHPを回復した状態で戻される。
 ただし、NPCが死んでしまったら、そのNPCは永遠に失われ、私達はデスペナルティ以上の大きなペナルティを受ける。具体的には、NPCに止めを刺した訓練士の二四時間取得経験値半分、レベルに応じた経験値マイナス、それに加えて死んだNPCの魔法陣内で受けた総ダメージを受けるのだ。総ダメージと言うのが肝で、下手するとどんな高レベルでも一撃で死にかねない。
 だから、はしゃいでいても、私達は真剣だ。
 魔物を出すと、訓練士である私達は、次にNPCへの強化スキルを次々と繰り出し、アイテムを使用する。
 強化に強化をされたNPC達は、圧倒的な敵に対して錯乱状態になりながら(レベルと敵の数を特殊な計算方法で算出した数値が、味方数とレベルの数を特殊な計算方法で算出した数値に一定以上の割合で上回ると錯乱状態になる)も、必死で生きぬかんと抗う。
 その上導きの装備つきだ。自然、どんどんレベルが上がっていく。
 その上今回は、レベル上限が21の子を混ぜてある。この子がメインターゲットだ。
 導きの装備が弾け飛んで裸になっても、三レベル位は上がってもらうつもりである。
 次々と装備が弾け飛び、インナー姿になる冒険者達。
 装備が無くなったので、ここで少し敵のレベルを落とす。
 そして、絶対に殺さないように、じわじわとHPを削っていく。
 メインターゲットの妹、マリーのHPが三割を切った。

「マリー! マリー! 私は、マリーを守ると誓ったんだ。うおおおおおおおお」

 メインターゲットが発光する。その時、素早く限界突破アイテムを使う。
 リミットブレイク。美しいグラフィックと共に、限界突破を起こしてメインターゲットのレベルが上がる。

『ご馳走さま―。じゃあ、撤収しましょうか―』

『了解でーす』

『姉妹愛……美しい……』

 その言葉と共に、一層NPCを強化すると共に、魔物を入れるのをやめる。
 全ての魔物が駆逐され、10秒たつとNPC達は送り返され、「○○、○○、○○はワシが育てた」とログが流れ、訓練士達の足元に波のエフェクトが現れ、それと同時に訓練士達の元に膨大な経験値が転がり込む。
 この経験値は、NPC達の元のレベルの高さや素質、上がったレベル、上がったスキル、リミットブレイクした回数から産出される。
 特にこのリミットブレイクの経験値がべらぼうに美味い。
 1000レベル越えの、通称神(神化しただけの1000レベル未満のキャラは神子と呼ばれる)ですらNPC狩りをする程に美味い。
 更に、NPCを強化する事で、国力も大幅に上がって様々な特典が増えるのだ。
 例えば、ダンジョン内の拠点の設置や維持、雑魚敵の排除等は全てNPCが行っている。
 NPCのレベルに合わせて、売られる武器防具、道具が変動する。
 だから、NPCが強ければ強い程、何かと便利になるのだ。
 NPCの強化はこのゲームの根幹であるが、強い魔物と戦うのをNPCが好まない為(稀に強い魔物と戦うのが好きなNPCもいるが、目を離すとすぐに死ぬので使えない)、手っ取り早く強化するのは難しい。
 もちろん、NPCのレベルをあげる方法は他にもある。訓練士でなくても、普通にクエストでNPCとパーティを組めるものもあるし、訓練士には他にも師事する為の様々なスキルがある。
 しかし、好感度をあげて一次的にパーティに編入させるクエストを起こしても、強敵と戦わせれば一気に好感度が下がって次のクエストが発生しなくなる。
 それゆえ、手っ取り早く浚ってくる方法が良く利用された。
指名手配されるけど。
 変装なしには町に入れないけど。
 プレイヤーが考案した職業でありながら、既に訓練士はリミットブレイクの看板職業になりつつあった。
 外道オンラインの名も定着しつつある。
 そして、私はそんなリミットブレイク・オンラインが大好きだった。
 次々と新たな物が発掘されて、本当に飽きないのである。
 特に訓練士。私のサブキャラは、リミットブレイク・オンラインでの訓練実績第一位だった。一度も加減を誤って殺した事が無いし、何人もリミットブレイクさせてきた。
 鬼教官のクスノキが二つ名である。
 けれど、それはゲームだからであり、現実じゃないからだ。
 私はあの日のゲームの夢を見て、飛び起きる。
 汗でパジャマがびしょぬれだ。
 今の私は、異様なまでに高い素質を持っている。訓練士の絶好の餌だ。

「そうだ……忘れてた。調べる事、まだまだいっぱいあるや……」

 それでも私は、あくまでも万一の為の用心という意識を拭えなかった。
 私なんかが、知るはずも無かった。不穏な噂も、徐々に魔物が増えているという事も……。
 この世界に、私は呼べれるべくして呼ばれたのだという事も。




[28698] 5話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2012/04/08 21:25
 朝、サクラの装備屋で装備の整理をしていると、鍛冶ギルドの人がやってきた。

「どうかされましたか?」

「どうかじゃないよ、困るよ、あんな良質の装備をたたき売られちゃ」

「駄目なんですか?」

 小首を傾げると、鍛冶ギルドの人はため息をつく。

「まあ、あんたは山奥で暮らしていたって言うからね。困るんだよ、ああいう事をされちゃ。装備は適正値で売ってくれ。あんたは元手が0だからいいだろうがね。こっちは高い金払って仕入れているんだ。ああいう商売で客を取られちゃ困るんだよ」

「ごめんなさい……あっでも! 投げ売りしていたのは数点だけですし、おじいちゃんの装備、全部売れちゃったから大丈夫です」

「どこが大丈夫なのかね……。まあいい。今度から気をつけてくれないと、除名だよ」

「はい……。あっ、お金を全部素材に変えちゃいたいので、素材買ってもいいですか?」

「……本当に反省しているのかね」

「ごめんなさい」

 頭を下げる。失敗しちゃったなぁ。
 さて、気を取り直して装備を作りますか。
 ここで、職業について説明せねばならないだろう。
 職業に就くと、レベルに応じた職業ポイントが配布される。この職業ポイントを消費すると、その職業に適したステータス加算がされ、それに応じたスキルツリーが出現する。
 これを、レベルアップと転生で得られるスキルポイントを消費して習得するのだ。
 更に、手に入れたスキルを何度も使うと、次のスキルが出現する。
 スキルポイント自体は転生を繰り返すたびに大量に加算されていくので問題はない。
 一度手に入れたスキルは、スキルツリーの順序さえ守ればいつでも、格安で再習得できるしね。
 そして、実は鍛冶スキル、裁縫スキル、木工スキル等は、職業には関係ない。が。プレイヤーが作った職業、鍛冶師、裁縫師、木工師、建築士、技術者などの職業はあるのである。
 私はそれらを全てカンストさせてあるので、どんな装備も思いのままである。
 神化までの道全てを内職系職業につぎ込み、あげく二キャラに訓練士入れないと言った時は阿呆かと言われたものだが……いいじゃない! いいじゃない! 完全な色分けって素敵!
 私は鍛冶スキルと裁縫スキル、木工スキルを発動させると、ナイフとフォーク、肉球、扇、お盆、モップ、手裏剣。他様々な面白武器と、面白武器に見合う服や鎧を作りあげて行った。
 一週間かけて商品を補充する。値段は少し高め。
 その一週間、予想通りと言うかなんというか、お客さんは来てもお買い上げは無かった。
 まあ良い。ここから私の伝説が始まる……っ
 なんて事はなく。
 閑古鳥が鳴く中、ラークスが苦笑して教えてくれた。その手には、私が頼んだ職業についての本がある。

「珍しい流派を知っているね。けど、それらは人気が無いんだ」

「なんで!?」

「使い勝手が悪くてね。メイド職とか執事職は、一般人の中には使っている人もいるけど、戦闘には使わないね。……そういえば、君は鍛冶と裁縫、木工をしているみたいだけど……」

「ええ。それがどうかしましたか?」

「3つ同時だと、育てるのも大変だし、極められないよ? 職業だって、鍛冶師や裁縫師、木工師じゃないんだろう?」

「んー。極められる人なんて、いるんでしょうか?」

 レベル二十でどうこう言っている人達である。いっちゃ悪いが、無理なんじゃないか?

「まあ、それはそうなんだけど」

 一度覚えた職業は切り替え可能なのである。ただ、覚えたスキルをリセット出来るわけではない為、普通ならスキルポイントが足りなくて行き詰るのは確かだ。

「あー。極めるつもりはないですし」

 私は適当にごまかしつつ、職業についての本を開く。
 それを見て、泣いた。
 
「くぅっなんて悲劇的ストーリー!」

「教科書なんだけどね……」

「メイドさんや執事さんや訓練士さん、忍者さん、お姫様、幼女、妖精さん、サムライの迫害のストーリー……悲しすぎる!」

 ラークスが苦笑いする。そう、それらプレイヤーの考案した素晴らしい職業や武具や装備の数々は、ことごとくこれはやめとけと書いてあったのだ。
 というか全滅じゃない。クスノキの職業全滅じゃない。9回もの転生人生を否定するというのっっ!?
 信じられない。私達が血と汗と涙を流して手に入れた至高の職業及び装備が、こちらではゴミ扱い。ありえない。私のキャラ、サクラとクスノキは全部プレイヤー職業で埋めてあるんだぞ。ヤナギはメーカー職で固めてあるけど。
 剣士の何がそんなに偉いのか。使えるの剣だけのへぼい職業じゃない。
 訓練士ほど人気ある職業はないんだぞ。リミットブレイク・オンラインの頂点なんだぞ。なによ、一瞬転職だけするのが良いって。レベルスカウターが偵察に使われるだけって。

「おじいちゃん言っていたもん。この世で最も素晴らしい職は、訓練士だって……」
 
 プレイヤーの作った職業とはいえ、それはゲームの顔であった。
 
「訓練士って、訳の分からないスキルばかりじゃないか?」

「そんな!」

 何故この猛るリビドーがわからないのか。
 酷い、酷過ぎるよー!
 いや、本当ですよ? これらのメンバーでエリアボス倒しに行った事もあるんですよ?
 メーカー職業で作ったヤナギより、クスノキのほうが強いんですよ?
私は落ち込んでしまった。
 酷過ぎるよ、いと高き運命の壁が私に立ちはだかるよ……。
 私はがっくりと肩を落とす。
 あーあ。あーあーあーあ。
 がっかりする私を慰めてくれるラークス。
 そんな風に和やかに談笑していると、ラークスは他の騎士に呼ばれて行った。
 
「どうしたの?」

「最近、狼が多く出ているんだ。サクラなら大丈夫かと思うが、決して町の外に出ないでくれ」

 私は頷いた。危険な事なんか、ごめんだ。
 けれど、危険な事は向こうから近付いてくるのだ。
 更に一週間後。街中が、騒がしくなった。
 なんなのかな、と不審に思って外に出たら、目の前を王都のエリアボスである王狼が駆け抜けた。
 え。なんなの。あれ、王狼、だよね。
 信じられない思いで固まる私の目の前を、騎士達が追いかけて行く。
 ……ありえない。町の中になんてもの入れてるの。
 私はその場でぺたりと座りこみ、少しして我に返った。
 あいつを追い出さなきゃ。
 エリアボスの中じゃあ最弱の部類だけど、それでも適正値六十レベルである。
 確か騎士達は二十レベル付近だったはずだ。数を頼みにしているとはいえ、三倍だ。
 ……クスノキ。クスノキになれば。
 私はよろりとよろめいて、魔法のドアノブを使った。
 足が震えるほど怖かったけど、死にたくはなかった。
 クスノキに変わり、私は思い切り頬を叩いた。

「大丈夫、私は鬼教官のクスノキ! 相手はたったの六十レベル、いける!」

 そして私は店の外へと出た。
 執事スキル、「お出迎えの準備」により、周囲の敵の位置と名前、レベルを把握する。
 装備は今回は、ショタ執事猫セットだ。強さ、愛らしさ共に最強と呼ばれるセットである。
 位置とレベル、名前を把握した後は、お姫様スキル「ワタクシが呼んでいてよ」を使う。
 これは、位置、レベル、名前を把握した敵を呼びよせる術だ。
 実際の判定は、名前をキーボードで打つ事、レベルが格下な事、モンスターをマウスでクリックする事だ。発動するかは不安だったが、問題なく出来た。
 目の前に現れた王狼に、私はごくりと唾を飲み込んだが、妖精スキルの「お花畑」を作動させる。
 周囲に花が咲き、王狼がかく乱される。幻影を見せて大人しくさせる術だ。
 そして、訓練士のスキル「俺はモンスターでも食っちまうんだぜ」で敵をロックオン。
 後は倒すだけで、魔物が捕獲できる。
 私は、きっと王狼を睨んだ。大丈夫、私なら行けるって!
 私は震えながらも、メイドスキル「おもてなしのこころ」で敵のステータスを解析と同時に、弱点の部位を把握。
 更に、サムライの「俺が考えた格好良い戦い方」でもっとも高い熟練度を持つ武器……すなわち肉球の攻撃力を50%アップして、幼女スキルの「うわようじょつよい」を放った。
 私は瞬時にちいちゃくなり、凄まじい速さで肉球グローブを振り抜く。
 狼はぶっ飛ばされ、消えた。ちなみに、ドロップアイテムはない。捕獲しただけだから。
 「お出迎えの準備」→「ワタクシが呼んでいてよ」→「お花畑」→「俺はモンスターでも食っちまうんだぜ」→「おもてなしのこころ」→「俺が考えた格好良い戦い方」→「うわようじょつよい」のコンボに加えて、忍者スキルの「忍びより」はモンスター捕獲やボス攻略に非常に有用とされる。更にプレイヤー職業、結界師の「結界」が揃うと、もれなくネタ廃人と呼ばれる。もちろん、私は廃人ではないので、全部揃えてはいない。だって結界師はサクラが取ってるしね!
 ふう、とため息をつき、家に隠れた人々が顔を出さない内に私も部屋へと戻り、サクラに戻った。
 そして、今更ながらに背筋が走る。
 王狼は、王狼ですら、六十レベル基準なのだ。
 なのに、騎士が導き装備を得てなお二十レベル平均? 嘘でしょ?
 今まで、どうやって身を守ってきたのよ。冒険者がよほど強いのだろうか?
 いや、ラークスに聞いている。ここは王都だから、80レベルに及ぶ冒険者も滞在しているのだと、自慢げに。
 八十レベル? 足りない。絶対に足りない。
 魔物にはもっと凶悪な物が沢山いる。
 王狼と戦った時、足がすくんだ。怖かった。でも、あんなのは序の口だと知っている。
 ……だから。だから。
 守りを固めよう。その為に、仲間を。訓練士を。
 私の頭は保身のため、目まぐるしく計算していた。
 大丈夫。私はサクラとクスノキ、ヤナギと三人いる。変装スキルもある。
 ――指名手配されても、大丈夫。




[28698] 6話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2012/04/08 21:26
 私はクスノキにキャラクターチェンジすると、変装して冒険者ギルドへと向かっていた。
 望むのは、レベル1の幼気な少年少女たちである。
 仲間に出来れば、なおいい。
 
「フィナちゃん……本当にやるの?」

 強そうな少女に縋りつく、腰が引け気味の少女。

「あったりまえよ! 良い教師に成るヒント、それは訓練士に秘められているのに違いないわ」

 その意気や良し!
 どうやら、年頃のレベル一の少年少女達が授業の一環で職業登録に来たらしい。
 なんというグットタイミング。
 私は一気に縄を振り回し、少女ら含む十数人を捕獲すると同時に、ワープポータルに入る!

「え、え、ええ!?」

「うわあああ!」

「きゃああ!」

 悲鳴を上げ、騒然とする子供達。先生が凄い表情で攻撃してきたのを、蹴り一つで黙らせる。訓練士の技の一つ、殺さずである。
 そして、ワープポータルに引っ張り込んだ。
 闘技場の中央に行き、縛った子供達を置いてから闘技場を出る。
 同時に展開されるバリアと解放される子供達。

「貴方、何なのよ!」

「ファナちゃん、やばいよ! この人、怖い……!」

 騒然とする子供達。私は素早く、導きセットと回復アイテムを選択。
 カウントが始まるのを確認した。
 子供達は装備が変わったことに驚いた。
 これからが、本番だ。私は、あえて鬼となった。ここは、外道オンラインの世界だ。
 だから、きっと外道の方がうまくいく。短時間でいう事を聴かせるなら、これしか無い。
 
「えーと。これから君達には、職業を登録してもらいまーす。職業はー、訓練士でーす。パチパチパチパチー。死にたくなければとっととアイテム使え」

「えっえ!?」

「訓練士の心得……何が目的よ、あんた?」

「それを知る必要は無いんじゃないかな?」

 職業を選択してしまえば、自動で職業ポイントはその職業に振られる。
 アイテムを使わせさえすれば、訓練士が出来るというわけだ。

「く……仕方ないわ。皆、生き延びる事だけを考えるわよ!」

 ファナと呼ばれた少女が、訓練士のアイテムを使う。
 全員がアイテムを使う間、ファナは手早くアイテムを確認していた。
 頭のいい子だ。

「全員装備したね。じゃあ、行っきまーす!」

 カウントが終わるギリギリに、現れ出る狼の群れ。
 私は息をつく。もっと台詞回しを上手くしなければ、間に合わない。

「きゃああ!」

「なんで! 言う事聞いたじゃねーか!」

 悲鳴を上げながらも、なんとか応戦する子供。逃げ惑う子供。守ろうとする子供。

「ほらほら! 戦わない奴から殺しちゃうよ!」

「くっ外道!」

 必死で応戦する子供達。回復や補助呪文を掛けながら、慎重に全ての子供達に目を配る。
 やはり、ゲーム通りとは言えない。子供達の中には、怯えて逃げ惑うだけの子達もいる。

「そこで丸まってる子。ファナとか言う子が、庇ってるの、気づいてるかな? 君の為に、ファナは噛み付かれる。君の為に、ファナは死ぬ。男なら、立って戦え!」

「よく言ったわ、外道!」

 ファナが全力で結界を殴るが、それは何の意味もなさない。

「ファナちゃん、パリス様が!」

「ちっ覚えてなさいよ!」

 そう言って、必死で蹲る男の子を守る女の子。おーおー、モテるな少年。どっか偉い人の子なのかな。
 必死で罪悪感を抑える。私も必死なのだ。
 そして、悲劇が訪れる。
 ファナ達、頑張って戦っていた組みの装備がはじけ飛んだのだ。

「いやあああああ!」

「きゃあああ!」

「ああああ!」

「さーてどうする、負け犬諸君。君達が頑張らないと、皆死んじゃうみたいだよ? 君達がレベルを上げて装備を弾けさせたら、新たな装備をあげよう。生き残るに足る物をね」

「ひ……っ ぼ、僕は、僕は……」

「大丈夫だよ、パリス様。私が守る。だって、私が訓練士になりたいって言ったから……。だから、私が守らなきゃ! ああああああ!」

 素手で殴りかかるファナ。反撃されて悲鳴を上げるファナ。
 パリスは、涙を流しながら、震えながら、それでも剣を持って、へっぴり腰で狼へと斬りかかった!

「血が! 血が!」

 悲鳴を上げながらも、ボロボロのファナを見て、ぐっと唇を噛み締めるパリス君。

「パリス様……あああああ!」

 リミットブレイクだ!
 私はすかさずアイテムを使う。
 すると、ファナの中央から光が弾け出て、リミットブレイクをした。
 しばらく戦わせて、ようやく全ての子達の装備が弾け飛ぶ。
 ふむ、折よく魔物も少なくなったな。
私はレベル制限20の中でも一層良い装備一式を惜しげもなく投げ与えた。
 訓練士の装備である。
 
「さて、ここからが本番だ! すぐに着替えてくれたまえ! 心配せずとも、全員50レベルになったら解放しよう」

「くっその言葉忘れんじゃないわよ!」

 彼らは手早く装備をした。
 訓練士は多彩な武器を装備できる。ぶっちゃけ全種。何が言いたいのかというと、早い者勝ちだ。
 意外にも彼らは争わず、パリス様とやらに一番使いやすい武器を渡した。
 一段高いレベルの魔物に、彼らは息を呑む。

「絶対に生きて帰るわよ! みんなぁ!」

「おう!」

「ファナちゃんは、私が守る!」

 お、リミットブレイクまた来た。
 私は慎重に魔物の出具合を調節し、結果三日ほど拉致った。
 私も疲れたが、彼らは三日三晩、寝ずに戦った事になる。
 まあ、交代で寝るなんて余裕与えなかったしね。
 最後の魔物を倒した時、私は祝の品をプレゼントした。
 もう一段上の装備と、アイテムである。
 約束を破ってまた一段階強い魔物を呼ぶつもりかと、信じられない面持ちで、けれど諦めずに、装備を替えて、アイテムを取った時だった。

「ゲームクリアー」

 私はパチパチと拍手をする。
 すると、ザッパーンと波が巻き上がり、頭の中にファナ、パリス、シータ…(略)……は、わしが育てた! という言葉が流れた。
 あ、これは異世界でも出るのね。
 三日三晩、リミットブレイクも何度かあり、レベル1を最低レベル50、最高レベル70にした甲斐あって、莫大な経験値が入った。
 つーか、カンストだね、これ……。
 転生しないなんて事はあり得ない。クスノキも神化かぁ。
 転生システムはどう変わっているかな。
 でも、凄く疲れたや。今は帰って寝よう……。



[28698] 7話
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2012/04/10 21:18

 変なお爺さん……ううん。声は若かったし、あれは女だ。変な女に拉致された私達は、いきなり冒険者ギルドに出現した。
 安心した途端、眠気が訪れる。
 倒れこむように眠った私達と争ってそれを保護する冒険者達。
 私達の救出に賞金が掛けられていたのだ。
 私達は、丸一日ぐっすり眠って、すごい勢いで食事をとった。
 そして、事情聴取が始まった。
 ご領主様自ら、事情を聞いてきた。

「そんな事が……? そんなスキル、聞いたことがない」

「多分、訓練士だと思います……いえ、訓練士です。モンスター捕獲呪文、使えますから」

「なるほど……。そういえば、これは君達が揃って持っていたカバンだが」

「見たことがありませんね……」

 私がカバンを開けると、中の物が散らばってカバンは消える。

「これは、もらった装備とアイテム……。最初に貰った装備は無いみたいね」

「素晴らしい武具だ。一流の冒険者のものと言っていい。……そして、君のレベルも既に一流だ。彼の目的は予想がつくかね?」

 領主が綺羅びやかに輝く装備を撫でる。その手はわずかに震えていた。

「愉快犯、だったとしか思えません……」

 沈黙が落ちる。
 得体のしれない何かに、怯えているのだ。

「……伝説の英雄に、100レベルを超えたものがいたという」

「人間の限界は百レベルです……。けれど、確かにあの時、アイテムを使われてむりやり限界を超えさせられた感じがしました。気が高ぶった時だったと思います。沸騰して圧力が最大になった瞬間に、蓋を開けられたみたいな……」

「……そうだ。これは一般に知られていない伝説だが、神は戯れに限界を超すアイテムを使い、試練を与えて英雄を作ったという。パリスも君達も、それにやられたのかもしれん……。しかし、50レベルか」

 そこで、領主様は苦笑した。

「泣き虫パリスが、一番レベルが高くなるとはな」

「パリス様は、必死に戦って下さいました」

「一番レベルは低いがな」

「でも、パリス様は、あのアイテムを使われていません。きっと、一番才能があったんです。それが私は悔しい。訓練士のレベル50になってしまえば、他の道は選べないから。パリス様の将来の芽を摘んだあいつが憎い」

 領主は目を見開き、そっと私を撫でた。
 事情聴取が終わると、パリス様が走ってきた。

「ファナ! 傷はないか!?」

「ええ、パリス様」

 パリス様は、すっと手を伸ばして、私の手を握られる。

「ファナ、一緒に教師になろう!」

「ええ!?」

「僕はもう、領主はできない。領主にふさわしい職業につけなかったから。けど、きっと弟が立派に継いでくれる。だから、一緒になろう」

「パ、パリス様、そんな、無理です……!」

 私は言い募るが、パリス様は領主としての奉仕の義務を果たすことと引換に、領主様の許可をとってくださった。奉仕の義務。モンスターを集めて、兵士達の訓練に使うこと。訓練士は、経験値の取得効率や回復率、上達速度、威力など、あらゆるものを強化できることが分かったのだ。
 まだまだ勉強は必要だけど。こうして私は、若くして教師になったのだった。






 さて、カンスト&転生である。
 転生の間へと転移して、転生をする。そうしていると、やっぱり考えてしまうことがある。
 ……サクラとヤナギを訓練士にしちゃおっかな~。
 これは、かなり切実な問題だ。一番レベル上げで美味しいのは訓練士だ。
 というか、神以降レベル上げをするなら、訓練士でないと無理だ。
 それほど、訓練士は突出しているのだ。
 転生の際に訓練士を挟むのは定石であるし、だからこそ私は二キャラに訓練士を入れないだけで廃扱いされた。私は廃じゃないのに。
 レベル上げに、知り合いの訓練士の力を借りているし。
 事実、クスノキは実は一番若く使っていないキャラなのである。一番使い勝手はいいが。
 私は少し考えた後、首を振った。ノーマルで1000レベル達成はなかなか美味しい特典があるし、コンボが崩れてしまう。何より、神上がりの際はやはり人でありたい。
 大体、神上がりを訓練士でするなら、訓練士を十回繰り返すぐらいでないと意味がない。
転生を決まった職業で達成するとコンボとなり、特典が発生するのだ。友達がやりとげたが、あれは美しいエフェクトだった……。
 うん、やっぱり人間だな。コンボ決めたい。訓練士は神化の後で。
 私は一人納得して、クスノキの外観を決める。
 やっぱり、メインのイメージは後進を育てる歴戦の戦士だよね。
 男も女もやってきたけど、やっぱり最後は中の人と同じ女だ。
 ボンキュッボンで緑色の瞳に、茶髪がいい。
 そしてポニーテール。
 サクラは桜の花のように淡く可愛らしいイメージだけど、クスノキは大樹のような格好いい感じの美女が良い。
 しばらく弱くなるけれど、まだヤナギがいるから大丈夫だよね。
 ヤナギが転生するほど育つ頃には、クスノキは神化しているだろう。実際、メーカー職と訓練士の成長速度の差は5倍なんてもんじゃないし。
 ありえるありえる。
 あーでも、ヤナギは男にしよっかなぁ。全部女ってあれだよねぇ。
 悩みながらも、私は転生を済ませたのだった。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.18389081954956