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[28583] 「魔法少女になりませんか?」 [まどか☆マギカ 女オリ主] ※12章追加
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2014/12/21 16:51
はじめに。
初めて投稿させていただく「からわら」です。
この作品は「魔法少女まどか☆マギカ」の世界でオリ主である鳴海霞(なるみ かすみ)が自分勝手に動き回る作品です。
SS初心者なもので拙い文章、更新速度もマチマチかもしれませんが感想など頂けると幸いです。
※設定の独自解釈、変な場面などがあります。あまりに変だと思いましたらご指摘お願いいたします。

時間軸。
話を始める前に既存のキャラの皆さんの現状設定を。
・おりこマギカに似たような時間軸。
①マミさんシャルロット戦にて生還。
②おりこ・キリカがいない。
③おりこがいないのでキュゥベェがゆまに目をつけていない。
④杏子にゆま(魔法少女になっていない)が付いている。そのため性格が温和?
⑤おりこの時間軸に懲りて(?)ほむらが他の魔法少女にも関わる。
7/10追記
⑥まどか、さやかの環境はアニメ本編遵守。マミさんに付いている。

かなりほむらにとって理想に近いものです。魔法少女が敵じゃないしみんながキュゥベェを嫌っているパターン。

話のあらすじはまとまっていますが長くなるかわかりませんがお付き合いしてください。

----------------------------------------------------------------
7/12 2章を完結。
7/13 誤字修正。
8/10 3章更新。
8/14 4章更新。
8/16 5章更新。
8/21 6章A更新。
8/27 6章B更新。
9/3 6章C更新。
9/24 6章C改定・加筆。
10/1 7章更新。
10/2 8章更新。
10/8 9章更新。
10/15 10章更新。
10/16 番外1更新。
10/27 11章更新。
11/24 番外2更新。
2014/12/21 12章追加。番外を削除。

遅筆で申し訳ありません。
3年オーバーの放置でしたが、読んでいただけると幸いです。


追記:2万PVありがとうございます。



[28583] プロローグ1
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/07/13 00:13
※プロローグは主人公を性格を書く為に一人称で書いております。
 以降は三人称を予定。




 いつも通りの帰り道。
 なんも変わりなく授業を終えて、暇暇で仕方ない放課後になった。
 部活でもやるべきだったのだろうけど団体行動が苦手……というか私にはきつい話。
 とりあえず授業後に集会所よろしく教室の数人でクエストをした後、いつものメンツは部活に行った。
 そんなわけで文化部でもない自分はシャカシャカ音を鳴らしつつ夕暮れの下校を楽しんでいます。


 嘘です。楽しんでません。
 ついでに言えば下校ですらないことをしています。
 
「もう……どうしようかなぁ」

 私の前には1人の女の子が歩いている。
 女の子は後ろを付かず離れず歩く私に気付くことなく歩き続けている。
 彼女との距離は30mちょい。話が聞こえる距離だ。
 ……はい。ストーカーです。正真正銘の。
 知り合いじゃない。というか話したことすらない。
 同じ中学には見えないし、私より年下に見える。
 何故私がそんな見ず知らずの人間を追いかけているか。
 それの理由はただ一つ。

『楽しそうだから』
 
 それだけだ。 
 変質者?いいえ違います探偵です。
 彼女を発見したのは数日前。
 学校を帰り道に何も考えずに遠回りをしてみたら見つけただけだ。
 それなのに私が彼女を追いかけているのは、

「もう、そうなの?キュゥベえ」

 と、『一人』で勝手に話し続ける光景を見つけたからだ。
 最初は今流行のエア友達とやらかと思ったが彼女の視線は明らかにそこにいる何かを見て話していた。
 塀の上を見ているあたりネコか何かかと思ったものの、そういったものは見えない。
 いやネコ相手に相槌うつのもどうかと思うけど。
 話しかければいいのだけど、ホントにエア友達持ちの電波さんかもしれないし違ったら違ったで今後この下校ルートを使用できなくなる可能性がある。
 でもその謎の会話を聞いているのは個人的に楽しいので付いていく。
 いや、ほんと変人じゃないよ?
 とりあえず会話の内容から聞こえてくる、
『契約』
『魔法』
『キュゥベえ』
『魔女』
 なんて言葉から、脳内では電波ちゃんの可能性が8割を占めているのですけどね。
 魔法とか契約とか、どこぞの魔法少女を思い出す。
 まさかのリアルさんかしら?
 いやいや……まさかね?

「え? 後ろ?」

 女の子が振り向いた。咄嗟に路地裏に逃げ込む。
 バレた? しかも彼女の妄想(?)に見つかったらしい。
 しばらく身を潜めて、こっそり前を覗き込むと彼女は走ったのか姿を消してしまっていた。
 警察を呼んでないことを祈るばかりだ。
 バレてしまったなら仕方ない。今日は帰ろうかな。
 しかしバレる当り本物さんなのだろうか。
 霊感とかそういうものか、リアルな邪気眼さんか。
 とりあえずまた考えることが増えた。
 これが良いことでも正しいことでもないのはわかってるけど、楽しいからよし。
 今こう考えたり、尾行してるのが楽しいからいいのだ。
 『霞っていつか逮捕されそうだよね』と言われているが、良いことにしておこう。
 この時から薄々と心の底で私の感情は蠢いていた。
 多分、面白い方向に。



 





 
 そして私のいつも通りは終わりを告げて、ここから私は『僕』になる。










「決めたわ、キュゥベえ。私の願いは……」
 
 何故、私はこんな光景を見てるんだろう。
 本当に偶然だった。
 いつも通りの下校ルートに戻り歩いていたら、
 いつもならこの辺にはいないはずのあの女の子を発見した。
 私の前を血相を変えた顔で走りぬけた彼女を見て私は彼女を追いかけた。
 幸いこの辺は知った道だったのでバレないように走り回るのには慣れたもの。 子供の頃のかくれんぼの賜物である。
 彼女はそのままどんどん町外れに走っていき、建設中のビルに忍び込んだ。
 電波ちゃんがついにやらかしたかと思ったがあの顔は嘘や妄想には見えず、私は建設現場の入り口でこっそりと様子を伺っていた。
 そして、そこまではよかったのだ。

「出てきてキュウベえ! お願い!」

 と叫ぶと、私の上から

「なんだい? 願いは決まったのかい?」

 と声がした。
 急に聞こえてきた声に私が驚いて上を見ると、建築現場の塀の上に何か変な生き物が乗っていた。
 白い、ネコ? ネズミにも見えるけどでかすぎる。
 変な生き物……キュウベえは私を無視したままストンと地面に降りると、彼女の前に座り、

「君の願いを言ってごらん。僕がそれを叶えてあげる。だから」

 私からは少ししかその光景は見えない。だけど、あの生き物は、キュゥベえは。
 私を一瞬目を配り、ニッコリと彼女に笑いかけた。

「僕と契約して魔法少女になってよ」
「……うん。わかったよキュゥベえ。私は……」

 そして冒頭に映る。
 女の子はキュゥベえに向かって悲痛な声で叫んだ。

「私のお母さんを助けて! 重い病気で死んじゃうの!」
「『母親の病を治す』。それが君の願いかい?」
「えぇ! だから私と契約を!」

 突如目がくらむような閃光が輝き、私は目を逸らした。
 一体何が、と考えている間に視界が開けると先ほどまで女の子が立っていた場所に。
 フリフリのゴスロリ服を着た少女が立っていた。
 誰かと思ったがすぐさまそれが先ほどの女の子だったことに気付く。
 私は呆けて女の子と白い生き物の会話も聞かず突っ立っていた。
 女の子は白い生き物といくつか話すと反対側の出口から建築現場を後にした。
 ……手品? なわけない。あんな切羽詰った顔で走った後に変身マジックなんてやるはずがない。
 CG?3D? いやいや、そこまで科学は進歩してないよ。
 なら。なら、もしかして本当に。

「やぁ。さっきからの視線は君かい?」

 そうそう、こんな声の生き物も本当で、魔法も全部本当なの?
 目の前いるやつみたいな、白くて紅い目の。

「さっきから僕らを付けていただろう? 君は何者だい?」
「……夢ではないよね。全部」
「君は数日前から彼女を追跡していた。最初は君も魔法少女かと思ったが魔力は感じられない。なら君は何故彼女を追いかけていたんだい?」
「……なんとなく?」

 目の前の奇妙な現実に困惑しつつ、流れで対応してしまう。
 それと同時に私の心の底で感情が沸き始めていた。
 それは、純粋でわかりやすい一つの感情。
 これがもし本当に現実であるのなら。

「そんな曖昧な理由で僕の存在を見つけるなんて、君にも才能があるようだ」
「才能?」
「あぁ、君にもあるんだろう。願いが。思いが。それが君に力をくれる」

 この生き物がこれを現実にしてくれるなら。
 私は、私の人生は。

「僕と契約して魔法少女にならないかい?」

 最高に、楽しくなる。
 困惑を吹き飛ばし、謎への疑問を消し去って、歓喜が私の心を埋めた。
 あぁ、あぁこの思いは歓喜だ。
 つまらないとは言わないけど何もない日常と。
 平々凡々な私の世界を。
 見事に壊す巨大なハンマーだった。
 最悪この生き物が幻でもいい。幻覚でもいい。
 見たくても見れなかった幻覚を見れたなら本望だ。
 ただ、ただ自分は今確実に『異常』の中にいる。
 マンガやゲームの主人公のように。
 全てを捨てても得たいものだ。私はそれを今見ている。
 
「僕の名前は」
「キュゥベえ、でしょ? あの子が言ってたもの」
「なら契約の話も聞いていたのかい?」
「いーや、私があなたが見えたのはついさっきからだしね。そこから説明をお願いしようかな」
「随分態度が変わったね。今さっきまで状況に戸惑っていたように見えたのに」
「困惑はしてるけど、それよりも何よりも大事なことができたしね」
「状況の理解より優先すべき何かがあるのかい?」
「うん。『面白そう』ってのは世界一大事なことだよ」
「そうかい。君はやはり変わっているようだね」






「なるほど、願いを叶える代わりに魔法少女になって魔女とやらと戦い続ければいいのね」
「その通り。魔女を倒すことでソウルジェムを浄化するグリーフシードが手に入る」
「なるほど」

 建設現場にいつまでもいるわけにもいかず、私は後ろにキュゥベえを歩かせて自宅に戻っていた。
 お茶を入れて落ち着いたところで改めて話を聞いていたところだった。
 願いを叶えるという魅力的な条件。
 魔法なんていう心躍るフレーズ。
 わかりやすい魔女という敵。
 願いと呪いという対立する思い。
 だが私はそれよりも気になったのは目の前のキュゥベえというこの生き物だった。
 
「ねぇキュゥベえ。聞きたいんだけど」
「なんだい鳴海霞」

 自己紹介もしてないのにさっきからフルネームで呼ばれ続けている。
 胡散臭いというよりは何か隠しているような感じのするこの生き物に私は問いを投げかける。

「私が何かを聞いたとしたらあなたは全てを教えてくれる?」
「答えられる限りであればね。全てを話すとなれば一日二日ではとても話しきれないね」

 無表情で話すキュゥベえの言葉に私は胸に潜む感情を抑えながら言葉を続ける。
 
「なら、教えて。私には魔法少女になる才能があるの?」
「なければ僕が見えることがない。それに君に才能があるからこそ僕は君に話しかけた」
「魔法少女は他の人には見えるの? 私にはあの子は見えてたけど」
「魔法少女は普通の人間にも見えるよ。魔女もね」
「そっかー。なら最後の質問」
「なんだい?」

 キュゥベえは私の顔を見つめ、質問を待っている。
 私はその顔を見つめ、

「『あなたがいなくなりますように』って願いはできる?」
「もちろん。君の魔力の程度によるだろうけどね」

 ……脅しは通じない、と。
 まぁ当たり前だよね。こんな契約を結ぶなんて普通じゃないし。
 なら願いは一つだ。
 少しでもこの状況を、世界を、人生を楽しくするためには。
 この願いが一番面白い。

「決めたよ」
「もうかい? 普通の子は特別なことでもない限りじっくり考えるものだけど」
「明日になって夢でした、じゃ笑い事にならないしねぇ。頬を抓ったら痛いけど夢かもしれないし」
「まぁいいさ。僕としては早く契約してくれることに反対はしない。それほど強い願いなのかもしれないしね」
「いや、みんながみんな一度は考える願いだと思うわよ?」

 そう。私の願いは誰しもが一度は考えること。
 それでも願わずにやめるもの。
 
 
  





「私を『あなた』にして頂戴? キュゥベえ」


 契約者に、私はなりたい。




[28583] プロローグ2
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/07/13 00:19
※一部一人称がございます。ご了承ください。
 ●:一人称部分 ○:三人称部分

 ○
 鳴海霞、という人物について彼女を知っている人間に話を聞くと。
 9割の人間が同じ答えを返す。
 変人・奇人。
 そう言われるような人間。
 彼女が変人だと言われる理由、それは彼女の最大の特徴にしてあまりにも純粋で原始的な行動理論故である。

『楽しそうだから』

 小学生のようなこの行動理論の下に鳴海霞という少女は行動する。
 だが、その幼稚な行動理論とは裏腹に、彼女はそれを達成できる力があった。
 自身が興味を持ったことに関して息を忘れるほどに集中し、それを達成する。
 それは勉強であったり、スポーツであったり、はたまたゲームであったり。
 友情であったり、恋愛であったり。
 彼女はその全てを『楽しそうだから』という理由でやってのけた。
 学業に及んだ時は満点どころか教師を退け。
 スポーツに及べば現役選手をなぎ倒し。
 ゲームであればランキングを占領した。 
 クラスの全てを団結させ、優勝へ導き。
 愛する男のために全てを尽くした。
 だが彼女はそれを終えるとその全てを放棄してきた。
 テストを破り捨て、スポーツを汚し、ゲームを壊して、人を傷つけ、人を捨てた。
 それゆえに彼女に好き好んで何をやらせるような人間はいなかった。
 だが、彼女はある日とあることに興味を持つ。

『盗聴って面白そうだ』

 それが犯罪だとわかっていながら、いやそれだからこそ。
 彼女はそれを『楽しそうだ』と思い、
 クラス・職員室に盗聴器を仕込み、その内容を放送で流した。
 当時小学生だった彼女はこっぴどく叱られ盗聴をやめた。
 だがその後彼女の『それ』はエスカレートを続ける。
 万引き。恐喝。いじめ操作。ストーキング。不法侵入。
 その全てを彼女はただ一つの理由から行い続けた。
 そして周りの人間は結論付ける。
 彼女には何か『エサ』が必要だ。『鎮静剤』が必要だ。
 頭のネジが外れている彼女には何を与えなければならない。
 犯罪をなんとも思わない彼女が、もし。もし。

 道を間違えてしまったら。
 本当に壊れてしまったら。














「僕になりたい?」
「えぇ。それが私の願い」

 静寂の中、窓の外を車が走り抜ける音が部屋を響かせる。
 白い生き物の前に立つ少女はニヤリと笑って、

「あぁ、あなたの見た目になりたいってわけじゃないよ? 私は契約する側になりたいの」
「それが君の願いなのかい?」
「みんなが一度は考えることでしょ? 最初は『魔法少女のことを全て教えて』って言おうとしてたんだけど、それよりもこの願いのほうが面白そうだもの」

 少女の目には何の迷いも見えず、変わらない強い意志が見えた。
 その顔を見てキュゥベえは疑問に満ちた声で、

「契約する側になって君は何がしたいんだい?」
「何も? ただ魔法少女ってものを作る側になりたかった。それに最初の願いもあなたになればわかること……でしょ?」
「なるほどね。確かに理には叶っている。そうなると君は僕でありながら魔法少女になる。それはわかっているね」
「えぇもちろん。そのほうが」
「面白そう、かい?」

 先に言われたか、と少女は笑う。
 その顔はあまりに無邪気な笑顔。
 
「わかったよ。君の願いは僕ら『インキュベーターになりたい』でいいんだね」
「インキュベーター? そんな名前だったんだ。まぁいいけどね」

 彼女は大きく頷く。
 その願いを最上と信じて。ただ一つの理由をもって。
 


「楽しそうだから」







 キュゥベえが霞の胸元に手のような耳を伸ばすと。
 床に大量の魔方陣は発生し暗い部屋を照らし出し。
 光が少女を包んだ。
 

  
「契約完了だよ。鳴海霞。今から君は魔法少女だ」

 光が消え、少女はドサリと床に倒れる。
 その後カチンと音を立てて丸い物体が床に落ちた。
 
「終わったの? んで……これが私の……ソウ…ル……?」

 霞はソウルジェムに手を伸ばそうとして、突然体を震わせた。
 そして

「あああああああああああああああああああああ!うわああああああああああ!」

 と叫びを上げた。









 
 

 ●
 ドサリ。
 痛た、力が抜けちゃったよ。
 あっというまに終わったけど、これで契約終了なのかな?
 魔法っぽかったのは最初の魔方陣だけでなんともなかったような。
 って、ソウルジェムを拾わなきゃ。大事なものらしいしね。
 
「終わったの?」『キュゥベえ?』
 
 ん?『私の願いは』
 とりあえ『ありがとう!』ずソウルジェムを拾わなきゃ。
 あった、これ『どういうことなの!?』が……?
 なん『助けてよキュゥベえ!』だこの『嫌だ!死にたくない!』声。
 耳から『願いって何さ?』じゃな『騙してたんだなこの悪魔!』い、もっ『助かったわ!』と奥から『許さない!』聞こえてくる。
 え?な『私の願いは彼を』にこの記『痛いよぉぉぉ!』憶。他の魔法『なんでも叶えるって?』少女の?
 違『呪ってやる!お前なんか!』う、これ『神よ……』キュゥベ『助けて!助けてよ!』えの記憶だ! キ『もうヤダよ!』ュゥベ『私らを何だと』えのいままでの!
 こん『死にたくな『私の願いは』い!』な、こんなの違う!『ありがと『死ねぇ』う!』 私じゃな『そんなの嘘だよ!』い。それをや『キュゥベえ?変な名『さよなら』前』ったのは私じゃない。
 嫌『いやああああああ!』だ見『腕が!腕が!』たくない。こん『魔法少『魔女って』女』なの見せないでよ!
 思い『もう殺してよぉ!』出した『契約します』くないのにな『命が惜しい』んで思い『武士に二『死にたくない!』言はない!』出すのさ。
 やめ『胡散臭いやつ』てや『うわぁぁっぁあ!』めてや『もういやだぁ』めて!『痛い痛い痛い』 そん『何であな『私の願いは』たが』な悲し『そう『死にたいよ』いうこ『許さない……』とだったのか』い顔で苦しい顔『ぐわぁぁぁ!』で傷つい『必殺技?』た顔で私を見るな!
 嫌『よかった確『もう駄目だ』か』だ嫌だ『契約なんて嘘』嫌『このバケモノめ!』だ痛『私が何を!』い痛い『願いを』痛い。私『真実なんて』はそん『人はゴミじゃねぇ』なことしてない!
 苦『暗いよ『寒いよ』』しい。苦し『こんなのやだ!』いよ。助『これであの人が』けて助『どうして失敗』けてキュゥベえ『もう嫌だ!』!
 やめ『裏切り者!』て、も『嘘!助けてよ!』ういい『私は何を……』よ!わかっ『馬鹿野郎!』たか『キュゥベェっていうの?』ら、わかったから!
 エントロピーも魔女の秘密も魔法少女の末路も全部わかったから!
 お願『痛い痛い痛い』い止『化けて出てやる』めて!
 いや『糞ぉぉぉ!』だ『何でよ!』いやだ『あぁ『うわぁぁぁ!』ぁぁぁ』いやいだ『なりたくないよぉ!』い『クハハハハ!』やだい『もう全てが嫌だ!』たいいたいいたい。
 あ『『『『』』ああ『あ』あああ』』』』あ『あああ』あ』あ』『あ』ああ』ああああ『ああ『ああああ『あああ『』あああ『あ』ああ『あああ』あ』あ!











 ○
 少女は声にならない悲鳴を上げ続けている。
 その姿を無表情のままキュゥベえ、インキュベーターは見つめ、口を開いた。

「君は僕になりたいと言った。それはつまり一個体として力を得るのではなく、僕ら自体になることだ」

 その言葉はもちろん彼女には聞こえていない。

「だから君が有史前からの僕らの記憶を得るのは必然だ。いや、君自身もそれを望んでいたはずだろ?」
「っ! あがぁ! かほっ!」
「僕らが契約してきたその歴史を無理やり君は今全てその脳に入れ込んだんだ。精々150年程度の記憶しか持てない脳にね。今はダウンロード中ってところかな?」
「苦しいかい。何百、何千、何万という魔法少女の希望と絶望と苦しみを一度に見せられるのは。でもそれは君が望んだことだよ?」

 絶望に、苦しみに、彼女のソウルジェムが黒く染まっていく。
 
「恐らく脳の容量を超えたこの記憶を全て記憶できたとしても、君は壊れてしまうだろうね。脳数百個分の記憶を全て記憶なんてしたら脳は普通なら耐えられない」
「だが君は今魔法少女だ。もしかしたらそれに耐えることができるかもしれない。それでも君は君でなくなるだろう」
「獣になるか、狂気に染まるか。それはわからないけど……僕としてはそんなに早くに魔女になられても困るんだけどね」

 インキュベーターの声は少女には届かない。
 今彼女の脳内では数千という怨嗟と絶望、希望からの転落が流れ続けている。
 瞳孔は開いたまま、跳ねるように体を震わせ、口からは涎を垂れ流しにして。 端から見れば麻薬中毒者のように。
 ただただ苦しみ続ける。
 彼女の願い通りに。全ての真実を纏って。
 










 どれくらい時間がたったろうか。
 インキュベーターが見つめる中、彼女の震えが止まった。
 ソウルジェムはもうグリーフシードに見間違えるほどに黒く染まっている。
 ただソウルジェムには罅ひとつ入っていない。
 それはつまり彼女が魔女になることによって苦痛から開放されたのではなく。
 時間によってその苦痛の時間に耐え切ったことを意味していた。
 
「気分はどうだい? 鳴海霞」

 インキュベーターは変わらないトーンで倒れる少女に話しかけた。
 すると少女はまた倒れたまま体を震わせる。
 まだ続いていたかと思われたがそれの震えは別のものだった。

「フフフ……アハハハハハハハハハハ!」

 奇妙なイントネーションの笑いを上げて彼女はゆらりと立ち上がった。
 そしてゆっくりとインキュベーターを見つめた。
 その目は契約前の目とは対照的にドロリとした死んだような目。
 なのにその顔は笑顔で不気味さしか感じない。

「すごいねキュゥベえ……神様じゃん」
「神様?」
「だって俺らの文明を進化させたのはあなたなのでしょう?」

 奇妙な口調。奇妙な声で、目の前の白い生き物に話しかける少女。
 その姿は嬉々としているにも関わらず恐怖しか感じない。

「僕がそんな存在になれたのです。私は最高の気分だ」

 一人称も口調も全てが滅茶苦茶になっている会話。
 狂気しか感じないその姿にインキュベーターは無表情で、

「君はやはり変わっているみたいだね。ここまで人間性を失ってるのに魔女になっていない」
「どうして? 私は魔女にはならないぞ? ここから本番ですのに。 私は俺は僕は……やっと楽しくなってきたのに」
「そうかい。まぁここからは君の自由だ。君のやりたいことをするといい」
「えぇ! ありがとうキュゥベえ!」




 笑顔で鈍く目を輝かせ、狂気の顔で歓喜を振りまき。
 身を壊し、心を壊し、人間であることすら壊しきって。
 その日一人の魔法少女が生まれた。


 壊れてしまった人形が生まれてしまった。



[28583] プロローグ2:一人称が読みづらかった方へ
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/06/28 01:50
 一人称部分の霞の文章が読めなかった方へ
 心の中が滅茶苦茶にされる表現をしたいためにああいった文章で書かせていただきました。

 霞の心情部分のみを読みたい方のためにここに書いておきます。

 ○
ん?
 とりあえずソウルジェムを拾わなきゃ。
 あった、これが……?
 なんだこの声。
 耳からじゃない、もっと奥から聞こえてくる。
 え?なにこの記憶。他の魔法少女の?
 違う、これキュゥベェの記憶だ! キュゥベェのいままでの。
 こんな、こんなの違う! 私じゃない。それをやったのは私じゃない。
 嫌だ見たくない。こんなの見せないでよ!
 思い出したくないのになんで思い出すのさ。
 やめてやめてやめて! そんな悲い顔で苦しい顔で傷ついた顔で私を見るな!
 嫌だ嫌だ嫌だ痛い痛い痛い。私はそんなことしてない!
 苦しい。苦しいよ。助けて助けてキュゥベェ!
 やめて、もういいよ!わかったから、わかったから!
 エントロピーも魔女の秘密も魔法少女の末路も全部わかったから!
 お願い止めて!
 いやだいやだいやいだいやだいたいいたいいたい。
 ああああああああああああああああああああああああああああ!



 以上です。読みづらく感じましたら申し訳ありませんでした。



[28583] 1章:銀色少女は願いを笑う
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/08/05 12:34
 ぐにゃりとした景色。
 極彩色の空。蠢く大地。
 ゆらゆら揺れる建造物。
 そこに立っているだけで気分が悪くなるような、そんな空間。
 そんな空間を一人の少女が歩いていた。
 紺色に統一された制服を着た少女、鳴海 霞は手のひらで光る球体を見ながらどことも知らない道を行く。
 
「もう少しで魔女に会えるのかい? キュゥベえ」
「あぁ、近くにいるよ。それほど大きな魔女じゃないから捜索が難しいんだ」
「戦闘は初めてですもの。スライムレベルを祈るかねぇ」

 霞の言葉は軽快だが、口調に統一性が全くない。
 口調によってイントネーションまで変わるため、非常にわかりづらいチグハグな印象を感じる。
 そんなことに動じることなく、霞の前方を歩くキュゥベえは無表情に言葉を続ける。

「初めてとは言ったけど魔法のことは粗方把握しているんだろう?」
「そりゃそうだけど……実践できるのだろうかね」
「それは全て経験だ。今後積み重ねるしかないだろうね」
「魔法というものは大変ですわね。まるで理解ができねぇし」

 と霞はぼやく。するとキュゥベえがピタリと立ち止まり、彼女の後ろに下がった。
 その行動に彼女は身構え、そして手のひらの球体、ソウルジェムを掲げた。
 彼女を中心に眩い白い閃光が発生した。
 数秒その光は点滅を続け、光が消えた時少女の姿は先ほどとは全く別のものに変わっていいた。
 
「これが僕の変身ですの……?」

 その姿は先ほどまでの紺色とは違い、銀色と灰色を基調とした服。
 頭の奇術師を思わせる低めの小さな黒いシルクハットと足を包むロングスカートが奇妙な姿を作り。
 手の袖にはインキュベーターと同様に金色の輪が浮いている。
 全体的に魔法少女というよりは手品師と言った方が通じるような服装だった。
 手のひらにあったソウルジェムは消え、その姿は見えない。
 自分の姿をまじまじと見続ける彼女に向かってキュゥベえは言い放つ。

「来るよ。魔女だ」
「待ってました!」

 目を輝かせてキュゥベえの視線の先を見つめる。
 その先の地面が急に蠢いた。
 流動的に動いていた地面に罅が入り、そこから無数の蔓がワラワラと沸き。
 空が歪み、その空に極彩色の花が咲いた。
 菊のような花だが花弁の一つ一つが赤、青、黄色ときつい原色で塗りたくられ気色悪い印象を与える。
 その原色の花弁の一つ一つに様々な顔が書かれており、人の感情をむりやり花に押し込めたような姿の魔女だった。
 
「気持ち悪いわね。なんとかならねぇのか」

 その声に反応したのか花の花弁の一つが口を開け叫びを上げる。
 それに呼応するように彼女の背後で蠢いていた蔓が彼女に襲い掛かった。
 更に他の花弁が叫び、蔓が飛ぶ。
 少女はその攻撃を避けながらポケットに手を突っ込んで、

「危ないですね。 さて、参ろうかね」

 飛んだ。
















 無数の叫びと轟音が響き続けていた空間に静寂が訪れる。
 その中心には銀色の少女が立っている。
 その周りには。

「これで終わり? 調子が狂いますわ」
「まだとどめを刺していないじゃないか。それにこの魔女はそこまで強い魔女じゃない」
 
 大量の蔓が地面に『打ち付けられて』、叫びを上げていた花弁は全て同様に地面に『縫い付けられて』いた。
 静寂の空間には空に浮かぶ花弁を失った花と少女が立っている。

「まぁそうだろうね。さて、とりあえず死んでねおチビさん!」

 霞は手に持っている『ソレ』を魔女に向けてかざすと、真っ直ぐ飛んで行き花を貫いた。
 すると花の茎、魔女の本体が悲痛な叫びを上げて砕け散る。
 それと同時に蠢いていた地面は止まり、空間の歪みが消えると。
 そのまま目の前の世界は揺らぎ、ごく平凡な住宅街に戻った。 
 住宅街のど真ん中で奇抜な格好の少女はため息を吐きながら呟く。

「まさか『杭』が武器なんて。使いにくいにもほどがありますでしょうに」
「こればっかりは君が決められることじゃないからね。諦めて受け入れることだ」
「数で攻めれるが、それだけでしょう? で、このあとどうすればいいんだ?」
「グリーフシードが落ちてるだろう? それを拾って穢れを回復すればいい」

 霞は目の前に転がっている黒い球体、グリーフシードを拾うと自分のソウルジェムに貼り付ける。
 すると真っ黒だった彼女のソウルジェムの黒ずみが吸い込まれ、彼女のソウルジェムの本来の色を取り戻した。
 その色は鮮やかな銀。

「こんな色だったのか、僕のソウルジェム」
「僕としてはあそこまで穢れを溜めていたのに魔女になっていない君に驚きなんだけどね」

 霞は嬉々としてソウルジェムを覗いていた。
 その姿からは契約した時の不気味さはまるで感じられない。
 不可解な口調は残っているもののそれを除いても彼女はあまりに普通だった。
 何もなかったかのように。
 ごく普通の魔法少女のように。
 霞は変身を解きながら手のひらでグリーフシードを弄び、キュゥベえに声をかける。

「なぁキュゥベえ。このグリーフシードってもらっていいのかな?」
「使い終わった物は僕に渡すのが筋なんだが、君は僕だしね。でもどうしてだい?」
「これを持つ理由?」

 少女はごく普通の女の子のように。
 好きなキーホルダーを自慢するように。
 にこやかな笑顔を貼り付けて。










「あんな残念賞な子のソウルジェムだもの。記念になりそうだしね」

 と笑った。



















 魔女退治を終え、夕暮れの道を歩く霞に背後から声がかかった。
 そこは人気のない裏道で話しかけてきた人物もそれを待っていたようだった。
 
「待ちなさいキュゥベえ!」

 霞が振り返るとそこには見覚えのある少女が息を切らして立っていた。
 その顔は暗く、怒りに染まっているのがわかる。

「……あぁ、僕の前に契約した人か」
「何よあなた。あなたも魔法少女?」
「えぇ、そうですわ。以後よろしくな先輩さんよ」
「? 何その話し方。わざと?」
「無意識ですね。うぜぇなら揃えるけどどうしましょう?」
「どうでもいいわ。私が話があるのはキュゥベえの方よ!」

 霞の肩に乗るキュゥベえを指差し、詰め寄ってくる。
 キュゥベえは肩から降りると詰め寄る少女に向かって声をかける。

「何かしたかい、ゆうこ。君の願いは確かに叶ったはずだよ?」
「ふざけないで! お母さんの病が再発してまた危険な状態になってるのに!」
「君の願いは間違いなく叶っただろう? 君の願いは『母の病を治す』ことだ。病は間違いなく治ったじゃないか」
「治ってないわ。何も解決しなかった。……この詐欺師!」

 ゆうこと呼ばれた少女は霞が最後に見た時とはまるで違う荒々しい表情でキュゥベぇを睨む。
 そして体を光らせ変身すると、手に持つ剣をキュゥベえに突きつける。
 その顔には憎しみと裏切られたことによる絶望が映っており、彼女の右手のソウルジェムはそれに呼応するように黒く染まり始めていた。
 
 




「くふ」








 少女とキュゥベえが不毛な会話を続ける中、蚊帳の外にされていた霞が小さく笑った。
 嘲るように、小さく。

「何さ。あんただってこいつに騙されて」
「何を言ってますの? 私はあなたに笑ってるわけじゃねぇよ?」
「じゃあ、何さ。ならなんでそんな顔で」

 ニヤリと顔を歪ませて、霞はソウルジェムを掲げ変身すると目の前でキュゥベえに剣を向ける魔法少女に笑いかける。

「だってそんなこと、見飽きたもの。そんな願いも、問いも、絶望も、全部全部見飽きたわ? 教えてあげる。そんな絶望はあなたで―――」



 ――――人目よ?、と霞が笑う。
 その顔は先ほどまでの少女の顔つきではない。
 口の両端を吊り上げ、目を大きく開き、それでも瞳は全く輝いていない。
 
「何を言って……」
「『病を治して』なんてありがちだもの。仕方ない。そう言ったら御仕舞だ。だがね、それではつまりませんわ? もっと、もっと、もっと! 気づいてしまったならそれなりに面白くなってくださいな」
「面白く!? こっちは真剣に言ってるの! 人の、お母さんの命がかかってるのよ!」
「だからつまんねぇって言ってるんだ。それなら医者脅すでもなんでもやってみやがれってんだ。どうせお金なのでしょう? リアルに不治の病なんてあるわけないからねぇ」

 その言葉に口を閉ざす少女。
つまらないと言いながら、荒れる少女を嘲って。
 銀の少女はケラケラ笑う。
 少女の思いを踏み躙り。ただただ一点を成す為に。

「願いは一つ。気が動転して急いじまって。失敗したら僕のせい? それはあんまりではないかしら?」
「うるさい。うるさいのよ部外者!」
「あらら、酷いですねぇ部外者なんて。『お母さんの病気を治して』なんて願ったゆうこさん」

 この言葉にハッと霞を見る少女。
 その反応に銀の少女は体を震わせる。
 何かを堪える様に。

「なんでそれを!」
「何でって……」

 銀の少女はニヤリと笑い、キュゥベえの耳に酷似した両手を前に突き出して言い放つ。



「僕もキュゥベえだからさ」



 それを聞いた少女は呆気に取られたようにポカンと口を開け、目の前の魔法少女を見つめる。
 真実を言えば契約前から彼女が契約の瞬間を見ていたからなのだが、彼女はそれを言わずに言葉を紡ぐ。

「あの悲痛な顔から希望に満ち溢れた顔になった時はよかったね。心が洗われるようでした。あまつさえ『この恩は一生忘れないわ!』なんて。見事にお礼参りに来たけどな」
「……っ!」
「契約前も色々話してたっけ。そうだ思い出したなぁ。お母さんはガンでしたのね? どうせ転移してるとかを考えずに治したんでしょ?」
「……黙りなさいよ」
「そんな結局治ったのに実は転移してました、で再発? ハハハ、笑えねぇ話だなぁ。お前よりも母親に同情したいね」
「そのイラつく口調も、口も閉じなさいよ!」
「さっきはどうでもいいなんて言っていた癖に。まぁいいや、なら……アーアー」

 剣を持つ手を震わせて、少女は声を張り上げる。
 いつの間にか彼女の矛先は憎いはずのキュゥベぇから霞へと移っている。
 体を怒りに震わせながら剣も霞の方を向け、脅すように突きつける。
 そんなことも気にも止めずに、銀の少女は彼女の心の決定打ともなる言葉を吐いた。



「君の母親に言ってあげたいね。『ぬか喜びさせてごめんなさい』って僕の口からさ」



 彼女が憎むインキュベーターと同じ口調で、声まで似せて。
 その顔はインキュベーターには絶対にない圧倒的な感情を乗せて。
 とてもとても楽しそうに銀の少女は笑った。

「……あぁぁぁぁ!」
「わけがわからないな。僕は真実を言っただけだろう?」
「うるさいうるさい! 黙れぇぇぇぇ!」

 剣を構え、突進する。目の前の魔法少女の心臓を貫かんと。
 対する魔法少女は笑いながら大きく手を開いている。
 ノーガードで。
 
「駄目だね君は。魔法少女同士が戦う時に真っ先にそこを狙うのはだめだ」
「何よ……なんで平気なのよ!」
「魔法少女はソウルジェムがある限り死なない。それは基本だろう?」

 剣が霞の心臓部を貫き背を貫通していた。
 狼狽する魔法少女を余所にピンチであるはずの魔法少女は笑いながら腕を振った。
 その顔はさきほどよりも輝いて、それでいて全く顔に明るさは感じず。
 狂気を思わせる悪夢に出てくるような顔。
 
「残念ながら僕のソウルジェムはそこじゃない。敵の弱点は把握すべきだ」

 そう言いながら、深く刺さった剣を抜こうとする少女を無視しながら笑う。
 ほんと数センチ前に立つ少女に向けて笑い続ける。その声は心臓に剣が刺さっているためにほとんど声にはなっていない。
 しかし擦れて聞こえる声に重ねて、シャットダウンできないテレパシーで嘲る笑い声が少女の耳に入り続ける。

「君は本当に馬鹿だね。剣なんて刺したままでいいじゃないか」

 その言葉を聞いて大きく後ろへ飛ぶと魔法で更に一本剣を生み出す。
 そしてまた彼女は銀の魔法少女に飛び掛る。
 後ろには傍観する憎き相手がいるのに。
 それを無視して飛び掛る。
 霞は抜けかけた剣を無理矢理引き抜くと手を掲げる。
 その胸からは大量の血が流れ、銀色の服から光を奪っていく。
 残り2メートルほどに迫った時、

「さぁ僕も行こうか」
 
 突進していた彼女の体が、霞の横を通ってそのまま壁に激突した。
 その後ゴロンと大きな金属音を立てて、彼女の背に当たったドラムカンが転がる。
 そのドラムカンの側面には大量の銀の杭が刺さっていた。
 
「できるものだね。物体に大量に杭を刺して擬似的に操作する。まぁ一つの杭じゃなんて大した力じゃないから非効率的だけど」

 その言葉に返す言葉は来ない。
 急な攻撃と背中と顔面の強打で剣を取り落とし、動かないでいる。

「そういえば君も契約してまだ2日だったね。経験値も耐久力もないわけだ」
「それを言えば君はまだ24時間も経っていないんだけどね、霞」
「僕は君の記憶があるからね。少しばかり心得はあるさ」

 口を閉じていたキュゥベえが離れた場所から話しかける。
 霞も声を真似ているため、同じ相手が話しているように聞こえる。
 
「馬鹿に、しないで。何が経験値よ」
「起きたかい? 不意打ちだったことは謝るよ。でもそうでもしないと僕じゃ君には勝てないからね」
「……!」

 隙だらけの姿を晒す銀の少女に剣を構えながら、少女は目を光らせた。
 その瞬間霞の周囲の空間に異変が起こる。

「それが君の力かい?」
「えぇ。気分はどう? 最悪でしょう?」
「君こそきつそうだね。ジェムが真っ黒だ」
「うるさい!」

 まるで空気が泥のように重くなり、うまく体が動かせない。
 その中でまったく影響を受けない俊敏な動きで剣を振るう少女。
 腕を裂き、足を斬り、動きを封じる。
 そのままソウルジェムを探そうと動かない霞の体を探ろうとする。
 その手には剣を持ち、怒りと共に愉楽の顔を貼り付けて。
 だが、澱みで口すらまともに動かない中狂気の顔を貼り付けた少女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
 一文字一文字呟いて、その動きを、言葉を剣を持つ少女は気付かない。
 そして口を閉じた時、剣の動きが止まった時、彼女にテレパシーで言葉が届いた。



『残念賞♪』



 背中に大量の杭が刺さった。
 それは先ほどまでドラムカンに刺さっていた物。
 ドラムカンに無理矢理刺したせいか捩れたり、先が折れていたりしている凶器が無残に少女の背に刺さっている。
 引き抜くことは愚か、触ることすら避けたくなる凄惨な背中。
 その痛みに耐え切れず力が抜け、魔法を力も弱くなってしまう。
 そして開放された霞は倒れる少女を見下して笑う。





「逆恨みも失敗して、八つ当たりも失敗して。今どんな気分だい? 逆に楽しくなってきたかな?」
「……さない」
「なんだい、言ってごらん?」
「許さない。お前は、お前らは絶対に許さない!」
「それも聞き飽きたセリフだね」

 少女の右手のソウルジェムが黒く黒く染まり、罅が入る。
 そして罅から染み出た黒い影はドンドン少女を包んでいく。
 
「ごめんねお母さん。でも私は……」

 黒黒黒黒。魔法少女だったモノはもはやただの黒になった。
 それにあわせるようにソウルジェムが音を立てて割れた。
 その瞬間。

「魔女になる……うああぁぁぁぁぁ!」

 黒が断末魔の叫びを上げたと同時に、銀色の少女に衝撃が訪れる。
 それは契約時の苦しみの衝撃ではない。
 


 快感、だった。



 快感という言葉では表せぬほどの充足感。
 全身が何かに満たされるような。幾千の快感を同時に受けたような。
 視界が見えぬほどに、耳が音を聞くことを放棄するほどに、全身がその快感を味わい続けている。
 言葉も出ず、ただ嗚咽を吐くしか出来ぬほどの圧倒的な衝撃。
 人間という範疇を越えてさえまだ理解できぬほどの何かが全身を駆け巡り続けた。
 
「ゆうこが魔女になったことで僕らはエネルギーを回収できた。彼女は決して優秀な魔法少女でもなければ才能があったわけでもない。でも魔女になる寸前の呪いの力が他の魔法少女よりも強かったのだろうね」
「これが希望から絶望へのエネルギーなのかい?」
「あぁ。僕らはこの力を使って宇宙の寿命を延ばさないといけないんだ。わかるだろう鳴海霞」
「……アハハ、アハハハハハハハハ!」

 銀の少女はまた笑う。その身を自分の血と返り血で染めて。
 そして歪む世界の真ん中でクルクル回りながら叫ぶ。

「すごい。これが魔法の力なの!? あぁ、素晴らしいですわこの充足感! 満たされる、満たされるよ全部が! あの子のことも面白かったけどこの気持ちはどうすればいいのだろうか!」
 
 口調も声もコロコロ変えて、少女はクルクル回り続ける。
 歪む大地はまるで彼女の舞台のように。
 歪む空は演出のように。
 狂い回る少女を照らし出す。

「どう表現すればいいの!? 言葉になんてできないわ! これに比べたら全てが全てが全てが全てが全てが劣ってしまう! あぁ記憶で感じた感覚とは違う! これが、これが、これが!」

 一人だけが踊る舞台。
 オルゴールの人形のように彼女が回る。
 そして影から現れた魔女を見ると、ピタリ回転を止めて。
 狂気の笑顔でにっこりと笑い、

「あなたも感じてくださいなゆうこさん。お前で、表現させてください?」

 『灰色』の杭を飛ばした。
 
 














「……ふぅ」
「落ち着いたかい?」
「あぁ。落ち着いたぜ。でもこの気持ちは止まらないわ」
「そうかい。僕にはただのエネルギー回収作業でしかないんだけどね」

 空間が直り、またなんでもない路地裏に戻る。
 そこには動かない死体とキュゥベえ、それに。



 灰色の魔法少女が立っていた。



 ソウルジェムは輝きを失い、服も銀から光を失った灰色に染まっている。
 手に回る金の輪も光を失っている。
 まるで何かが浸食したように。 少女の力が腐るように。
 その変化した姿を見て、キュゥベえは言葉を紡ぐ。

「やはり君は何か特別なようだ。君は決して魔法少女としての力は強くない。だが君の魔法には特別な何かが宿っているようだね」
「どういうことだい?」
「君の杭は力も弱ければ防御力もない。だが、その代わり魔法を一切受け付けないようだ。だからさっき、君はゆうこを倒すことができた」
「どういうこと? 魔法を受けないってやつは」
「単純に君の杭は君以外の魔法の影響を受けないということさ。別に防御ができないとか絶対に壊れないというわけじゃない。ただ命令を変更できないというだけ」

 つまり、彼女は杭は霞の出した命令を、霞が命令を出した状態を保持して動く。
 例え『空気の粘度が高い空間』であっても命令を出された『通常の空間』での状態を保持して進むのだ。
 決して相手の魔法を無効にしているわけではない。
 周囲の魔法的な物理現象を無視して彼女の命令を遂行する杭。

「でも普通に戦う分には意味のない効果だな。武器で攻撃されたら意味がないし」
「まぁそうだろうね。基本的には無意味な能力だ」
「この見た目の理由は? 灰色になってるけど」
「僕の考えが正しければ、君の心の侵食を表してるんじゃないかな」
「ふーん。心が穢れてますよーってか?」
「さぁ、そこまではわからないね」

 少女は先ほどとは打って変って残念そうな顔をすると何か閃いたように、いや何かを思い出したように目を見開いた。
 そして変身を解き、頭を抱えた後小さくため息を吐いた。

「どうしたんだい?」
「近くに魔法少女になれる子がいないか探してみたけど……いないね」
「仕方がないね。この辺りは比較的平和だったから」
「なるほどね……ん?」

 と、少女は何かを見つけたような顔をする、そして大きく歩き出した。
 それに追従してキュゥベえが歩く。

「どこへ行く気だい?」
「ん~ちょっと『思い出して』ね」
「何か気になる子でもいたのかい?」
「えぇとびっきり気になる子がね」

 狂気を孕んだ少女は歩く。
 街の外へ。別の街へ。
 記憶に見つけたそれを見に。
 ただ一つの理由のため。














「会いに行くよ。暁美ほむらちゃん」

 楽しく、楽しくしてあげるからね。



[28583] 2章A:灰は赤に忍び寄る
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/07/13 00:30
※はじめに:霞の強さについて
 1章において描写的に平然と魔女2体&魔法少女を圧倒しているような書き方を致しましたが、霞の力は魔法少女としては平均以下の強さの設定です。
 近距離戦での戦闘力はほぼ皆無。1章での戦いも相手が逆上していた+未熟だったから勝てた程度です。魔女戦は単純に元の魔法少女が弱かっただけです。
 近距離に迫られるとさやかにも勝てず、条件さえ揃えば杏子やマミさんレベルに届くか届かないか、の強さです。

 長々と申し訳ありませんでした。本編をどうぞ。











 人が残酷な場面、人の苦しむ場面を見るとどういう思いを持つか。
 目を逸らし、画面を見ないで、はたまた画面を凝視して。
 何を思う?
 恐怖、絶望、苦しみ、悲しみ、そして怒り。
 事故現場にしろ天災の光景にしろ、感じる思いはそれぞれだ。
 だがその中がそれを客観的に見ているからこそ感じるある思いがある。
 それは全ての人の心にほんの少しだけある感情。
 恐怖に震え、絶望しながらも心の片隅で思い続ける思い。
 

 優越感。


 自分がその状況を受けた人間でないこと。
 それを見ることが出来ている人間であること。 
 そして自分が安全な場所からそれを見ているということ。
 人間は確実にその時、苦しむ人間に対して優越感を覚えている。
 どんなに涙を流したとて、どんなに善意の言葉を振りまいたとしても。
 安全な場所で、全くの被害も受けず、ただその場面を感じた人間は皆。
 その思いを、持っている。












 ガタンゴトン……ガタンゴトン……
 快晴の空の下を電車が走る。
 真昼間の鈍行電車には人がほとんど居らず、電車の音だけが聞こえていた。

「もうすぐ会えますのね……あの子に」
「暁美ほむらかい?」
「あぁ。だってあの子と契約した時の記憶だけがないんですもの。そんな不思議な子、興味を持たないわけないだろ?」
「確かに彼女はとびきりのイレギュラーだからね。僕らにも理解ができないよ」

 鈍行の座席に座る少女。
 紺色の制服をやめ、柔らかい暖色系の服を着込む彼女の膝には白い獣が乗っている。
 だが周りにちらほらといる乗客はまったくそれに気付いてはいない。
 というより独り言を話す少女を避けるように離れてチラチラと視線を送り続けていた。
 
「う~ん。やっぱりこの話し方は目立ちますかな?」
「それ以前の問題だと僕は思うけどね。他の人間に僕の姿は見えないんだよ?」
「いやいや、私には見えてるからな。きっと問題ないはずさね」

 答えになっていない返答を返して、少女は窓の外を見る。
 窓の外には見たこともない街の風景。
 流れていく町並み、看板、道も全て彼女が見ていないもの。
 だが彼女には奇妙な既視感があった。

「記憶越しに見たことがあるせいで新鮮味がないぜ」
「仕方がないだろう。 ここに来たのも僕の記憶を辿ってなんだから」
「まぁいいけどね。行動しやすくて万々歳よ」

 周りのことなど気にもせずに少女は会話を続ける。
 少女が目の前にいる何かにぺちゃくちゃと話続ける。
 それは端から見れば奇人にしか見えず、救急車でも呼ばれそうな光景。
 その空気を破るように電車が止まり、何も知らない人間達が電車の中に入ってくる。

「さて、そろそろ真面目でいましょうか」
「どういうことだい?」
「これから仲良くなろうって時、口が悪けりゃ最悪ですからね」
「友好を結ぶつもりのようだけど、君は一応僕なんだよ?」
「あら、私はあなただけどあなたは私じゃねぇよ」
「……君が何をしようとしているかはわからないね」

 キュゥベえは不思議そうに少女を見る。
 少女は猫を撫でるようにキュゥベえの背を撫でると。

「何って、わかりきっているじゃない?」

 灰色のソウルジェムを光らせて、少女は笑うと。
 キュゥベえに向けて言う。

「まぁ、とりあえずは……猫を被ろうかってお話ですわ」

 顔の奥の感情を全て奥に閉じ込めて。
















 


 紅い異空間を赤い影が走る。
 影が向かう先には紅色の四角い泡のような物体がフワフワと浮いている。
 影、赤色の魔法少女は四角い泡を見ながら大きくため息を吐いた。

「まためんどくさそうな奴」

 魔法少女は手に持つ槍を構え、力を込める。
 その気配に気づいたのか、泡はボコボコと音を立てて膨らみ、その角を増やす。
 シャボン玉のようでありながらウニのように大量の針を生やすと、その針を更に伸ばし魔法少女に襲いかかった。
 少女が針の一本を避けると針は地面にめり込み、崩れた石の欠片を飲み込む。
 するとシャボン玉の中に入った石は音を立てて砂のように崩れていった。
 赤の魔法少女は針を避けながら針の一本を切り裂こうと槍を振るう。
 だが切り裂かれそうになる寸前針は中心から分離し、槍の攻撃を受け針一本のみがパチンと破裂した。
 それを見て、赤色の魔法少女は大きな技を出すために力を込め、

「杏子~! がんばって!」

 それを打ち破るような気の抜けた応援が響いた。
 その声を聞いて赤色の魔法少女、佐倉杏子も力が抜け、声のする方向に目を向ける。

「ゆま、お腹空いた!」
「今それどころじゃないんだよ! 隠れてろゆま!」

 杏子の視線の先には奇妙な形の木の裏に隠れ応援を送る女の子、千歳ゆまの姿がある。
 魔女はそれに気づいていないようで杏子にのみ敵意を向けていた。

「危ない杏子!」
「お前の方が危ねぇよ! いいから隠れてろ!」

 襲い来る泡を避け、杏子は槍を構えシャボン玉の中心へ飛び込む。
 針のような泡を避けながら球体のままのシャボン玉に槍を突き刺して。
 巨大なウニのシャボン玉は大きな音を立てて破裂した。

「お疲れ杏子!」

 魔女が消えたのを見計らい、ゆまが木の後ろから出てくるとトテトテと歩いて杏子に抱きつく。

「やっぱ雑魚だったな。まぁ弱いに越したことはないんだけど」
「グリーフシードも手に入ったしね」

 足元に落ちたグリーフシードを拾い、空間が元に戻ったことを確認、杏子は変身を解いた。
 空き地には先ほどまでの異空間など感じさせない閑散とした空気が流れている。
 空は夕焼けに染まっており、そろそろ夕飯時といったところだった。

「さぁご飯食べに行こうよ!」
「あのなぁゆま。今の今まで魔女と戦ってた私に何か」
「ゆま、お疲れって言ったよ?」
「そうだけどな……まぁいいや。そろそろ行かないとな」
「うん! 急がないと人が増えてきちゃうしね!」
「……段々慣れてきたなぁゆま」

 杏子はゆまの成長(?)に大きくため息は吐いた。
 魔法少女、佐倉杏子の主な収入源は盗みだ。
 それは決して良いことでもなければ正義があってのことではない。
 だが、魔法少女になったことで戸籍や家族、生活すら失われた彼女に選択の余地はない。
 隙を見て、食べ物を盗み。魔法でATMを破壊したり。
 前者は良くも悪くも物品が後に残らないのが利点だが、その場しのぎ。
 後者は魔法を使うために物は残らないのが利点だが、カメラなどの危険も多く金を所持し続けるのはまずい。
 そんな生活を続けるのにも慣れ、街を転々と移動しながら生きていた。
 そんな時、この見滝原で偶然魔女に襲われた少女を救出した。
 それが彼女に寄り添う少女、千歳ゆまだ。
 両親を魔女に食われた彼女は杏子同様行く当てなど無く、気付けば杏子に懐いて傍を歩くようになっていた。
 自分が魔法少女であること、魔女と戦うために危険であることなどを再三説明したが文字通り死んでも着いていくと首を縦に振らず、杏子はゆまの保護者のような人間になっていた。
 そして杏子は変わらずに盗みを行っていたのだが、それにゆまも加わることで成功率は上がっている。
 幼い子供を連れているだけで店員の警戒心はグッと減るし、ゆまを利用することで店員の目を逸らすこともできた。
 しかし杏子は内心、ゆまが自分のせいで犯罪の道を進んでいることに罪悪感を感じていた。
 何故ならゆまは魔法少女ではない。つまり養護施設にでも出せばすぐさま社会復帰もできるからだ。
 杏子はゆまが自分から離れると言うまで、そして自分の整理が付くまでと自身の中で条件を付け共に生活をしていた。
 今日は普通に買い物だ、とゆまに話すとゆまはルンルンとスキップをしながら杏子の先へ進んでいく。
 その姿は可愛らしく、愛くるしい。
 助けたばかりのころは暗い顔も見えたが今は笑顔が増えてきている。
 ずっと一人で行動してきた杏子はその背中を見て、小さく笑う。

「杏子? どうしたの、パン屋さん閉まっちゃうよ?」
「何でもない。さっさと貰いに行くぞパンの耳」
「ゆまはあんパンがいい!」
「贅沢言うな。もう金がないんだよ」

 うー、と頬を膨らませるゆま。
 杏子はそのゆまに追いつき、隣に並ぶ。
 そして自然にゆまの手をとり夕焼けの道を歩いた。
 その姿は姉妹のそれに近いものだった。

 



 

「いっぱい貰えたね杏子。しかもジャムもツナも付いてるよ!」

 パン屋から格安で大量のパンの耳を買い、両手に袋を持ってゆまは笑う。
 杏子も袋からパンの耳を取っては食べながら走るゆまに付いていく。
 
「歩きながら食べるのは良くないんだよ杏子」
「魔女と戦って腹減ってるんだ。少しくらいいいだろ?」
「ならゆまも食べるもん! ジャムいっぱい付いたやつだけ食べるもん!」

 と言って1つの袋を脇に挟んで、もう一方の袋からパンの耳を取り出すゆま。

「その両手の袋、明日の朝食分もだからな。今ジャム付き食べたら明日なんもないぞ?」
「うー。なら杏子のがほしい! ごまがまぶしてるやつ!」

 とゆまが杏子に近寄った途端、杏子が目を尖らせて後ろを向いた。
 その様子にゆまがビクリと体を震わせて杏子を見る。
 杏子は体を動かし、ゆまを自分の後ろに送る。ゆまもそれを察したのが杏子に隠れるように後ろへ下がり、その場から離れた。
 杏子の見つめる先はなんでもない商店街。
 だがそこの一角、そこにいる一人を杏子は睨みつけた。
 弁当屋で弁当を買う暖色系の服を着た黒髪の少女。
 なんでもない一般人に見える。しかし杏子はその少女に注意を向けた。
 何故なら目線の先の少女の肩には。
 猫ともネズミとも言えぬ白い獣が乗っていたからだ。

「キュゥベえがなんでここに居やがる。つーかあいつは……」
「キュゥベえ?」

 魔法少女としての才能を見抜かれていないゆまにキュゥベえは目視できない。
 ゆまには杏子は視線の先の少女を睨みつけているようにしか見えないのである。
 視線の先の少女は杏子達の視線に気付いたのかこちらを見ると、周りのことなど気にもせずにキュゥベえを見ると口を動かし、店員に何かを話しかけた。
 するとキュゥベえが彼女の方から降り、どこかへ走り去っていく。
 そして店員から袋を貰うと、少女は杏子の下へ歩いてきた。
 
「こんにちは。あなたが佐倉杏子さん?」
「なんであたしの名前を知ってる。お前も魔法少女か?」
「あら、魔法少女だなんて変なことを言うね?」
「あぁ?」

 喧嘩腰に話しかける杏子の姿に離れたゆまがまた体を震わせた。
 すると杏子の耳に声が届く。魔法少女同士しか使えぬテレパシーで。

『こんな市街地でそのワードはNGですよ。もっと人気のない場所で話しません?』
『やっぱり魔法少女か。私は話すことなんてない』
『私が聞きたいことがあるんです。お時間いただけませんか』

 少女は商店街の外を指差す。
 その顔には悪意は感じられなかった。
 杏子は小さく頷くと少女の後を付いて行く。
 その動きを見て、ゆまも後ろからチョコチョコと杏子に付いていく。
 すると少女は何かに気付いたのかクルリと振り向き、杏子の方を見てこちらに駆け出した。
 杏子は身構え、変身の準備をする。しかし。
 少女は構える杏子の横をすり抜けて。




「かわいい~!」



 後ろを歩くゆまを思い切り抱きしめた。
 杏子は呆気に取られてポカンとその姿を見つめ。
 抱きしめられたゆまは訳もわからず目を白黒させている。
 そんなことも気にもせず、少女は強くゆまを抱きしめ頬ずりをする。
 
「かわいいかわいいかわいいわ!この永久保存したくなるような子誰!? 杏子ちゃんの妹さん!?」
「えっと、えっと、杏子?」
「純朴そうで、素直そうで、それなのに儚い感じ! そう!守ってあげたくなるような! あぁかわいい! 永久保存決定だわ!」

 商店街のど真ん中で子供を抱きしめ撫で回す少女の姿に周りの人間がドン引きしながら離れていく。
 その姿からは倒錯的な愛情しか感じないからだろう。
 杏子もその姿に微妙な気持ち悪さを感じながらゆまから離れない少女を引き剥がしにかかった。




  










「で、話ってのはなんだ」

 商店街から離れた人気のない公園。
 そのベンチに座りながら杏子は目の前の少女に聞いた。
 少女はその姿に小さく笑うと、

「それよりも、お弁当食べませんか? キュゥベえが帰っちゃったから余っちゃって」

 と弁当の袋を杏子に渡す。彼女の手には一つの弁当があり、袋の中には弁当が2つ入っていた。
 つまり杏子だけでなくゆまの分もある。
 杏子はパンの耳を食べることをやめ、弁当に手を伸ばす。
 弁当は買ったばかりのため温かく、手に熱が伝わった。
 杏子は目の前の少女を睨み、冷ややかな声で問う。

「なんのつもりだ?」
「そんな怖い顔しないでよ。本当に余ったんだって。私と、キュゥベえと、あなた。そしたらキュゥベぇが帰った。ほら、3つじゃない?」
「食べ物を粗末にする気はないし一応礼は言っておく、ありがとう」
「いえいえ、そんな。だからあの子を……ね?」

 杏子は袋から焼肉弁当を取り出し開けながら考える。
 杏子は目の前の少女に不信感を持ちながらも拍子抜けしていた。
 街中で会った事もない魔法少女にあった時点で外からの流れ者だろうと踏んでいた(まぁ自分もその一人ではあるが)。
 それ故に縄張り狙いでの戦いでも挑まれるのだろうかと警戒していたのだ。
 だが、会ってみれば一緒の夕食に誘われ、弁当までもらっている。
 油断させるつもりなのかとも考えたが、目の前の少女には敵意が感じられなかった。そう、敵意は。
 杏子は大きなため息を吐くと後ろを向いて声をかける。
 
「ゆま、もういい。こいつが弁当をくれたから食べよう」
「お弁当!?」

 先ほどから公園の木に隠れていたゆまが杏子の声を聞き出てくる。
 そして杏子を見るよりも先に杏子の手元の袋を奪い、袋の中の鮭弁当を取り出す。

「いただきまーす!……けほっ!」
「おいゆま! そんな急いで食うな!」
「だってお弁当久しぶりだし。 鮭おいしい!」

 行儀悪く弁当を咳き込みながら掻き込むゆま。
 その姿にため息を吐きながら杏子は自分の弁当を食べる。
 そして少し食べたところで、目の前の少女が口を開いた。

「自己紹介がまだでしたね。私は鳴海。鳴海霞。ご存知のように魔法少女です」
「あたしは佐倉杏子。こいつは」
「……ゴクン。千歳ゆま!」
「魔女から助けてから懐かれちまってな」
「へぇ、そうですか」

 霞と名乗った少女は紹介を聞くと何かを感じたような顔をして答えた。
 そしてゆまの方を見ながら笑って問いかける。

「ゆまちゃんは、魔法少女じゃないみたいだね」
「……わかるもんか?」
「えぇ、まぁなんとなくですけど」
「ごちそうさま!」

 弁当を散らかしながら掻き込んで食べ終えたゆまは満面の笑みで弁当を持ち上げる。
 とてとてと走りながら弁当をゴミ箱に捨て、杏子の下へ戻ろうとして霞にまた抱きつかれた。
 杏子は先ほどの考えと、感じている違和感を持ちながら目の前の少女を見る。
 
「ゆま、悪いがちょっと離れてろ。こいつと話すことがあるから」
「ゆまは聞いてちゃ駄目なの?」
「あぁ、魔法少女じゃなきゃわからない話だからな」














「うぅ、ゆまちゃん行っちゃいました」
「おい」
「なんですか? もうちょっとゆまちゃんのこと」
「おい、鳴海って言ったか?」

 残念そうな顔でわざとらしくしょぼくれる目の前の少女。
 杏子は少女に向かって冷ややかな声を出し、槍を突きつけた。
 変身せず無防備な少女の首筋に鋭い槍の先端が触れかかる。

「いい加減猫被るのはやめねぇか?」

 杏子の冷たい声。
 その声を聞いて、目の前の少女は驚いた顔をした後、とても嬉しそうな顔で笑い変身をする。
 黒いシルクハットが目印の、灰色の魔法少女。
 杏子は槍を突き付けながら目の前の少女の武器を確認する。
 しかし彼女の手にも周りにも武器らしいものは見えない。
 警戒する杏子を余所に霞は笑いながら答える。

「……あら? おわかりになったんだ? いや、露骨だったもんなぁ」

 先ほどまでの丁寧なで優しい口調とは裏腹に、丁寧ながら何か黒い物を感じる声だった。
 槍を握る力を強めながら杏子は目の前の魔法少女に問いかける。

「話ってのはなんだ、なんでこの街に来たんだ? 何が目的であたしに近づいたんだ?」
「いっぺんに聞かれても困りますわ。まぁゆっくり話し合おうか? ……いや、あのガキがいるからちょいちょい巻いて話すかい?」

 品のあるような口調、老獪な口調、男勝りな言葉。
 それらがぐちゃぐちゃに混ざり合った奇怪な言葉で霞は話す。
 
「まぁ早い話が人探し兼お仕事なんですよー。ワタクシの記憶にないあの魔法少女に会いたくてな。佐倉杏子、君に会いに来たのはそのついでさ」
「記憶? なんのことだ? どうして私の名前を知ってたんだ?」
「記憶ってのは『僕』の記憶。そんでお仕事ってのは……とその前に」

 突きつけられた槍を気にもせずに霞はスカートのポケットを弄る。
 杏子は武器が来るかと構え、槍をそのまま突き出そうと力をこめた。
 しかしポケットから出てきたのは。

「グリーフシード?」
「えぇ。これがまた」

 目の前の少女は。
 槍の構える杏子の目の前で。
 黒く染まる使い切ったグリーフシードを口に入れた。
 
「おいしいんですよ?」
「っ!? なんなんだお前!?」

 ガリガリと音を立てて口の中のグリーフシードを噛み砕く霞。
 魔法少女から見ればその姿は気持ち悪さしか感じない。
 いや、普通の人間から見ても、金属製を思わせるあの物体を口に入れるのは正気の沙汰ではない。
 ゴクン、と音を立てて噛み砕いたグリーフシードを飲み込んだ霞は笑いながら言葉を紡ぐ。

「最初はなんとなくだったのですけど、意外にいけるもんなんだよ。まぁ私だけだろうけどね」
「てめぇは何もんだ?」

 震える声を出す杏子を見ながら少女はあっけらかんと言い放つ。



「僕は鳴海霞。魔法少女兼インキュベーター。キュゥベえって言ったほうがいいね?」


 声をキュゥベえに似せて、キュゥベえの口調で。
 
「僕はそういう願いをした。『あなたになりたい』ってね」
「正気の願いだとは思えねぇな」
「えぇそうですわ。実際『色々』と面倒なことなったからの。まぁ今はすることがあるから問題ねぇですけどね」

 杏子は軽快に語る霞の声を聞きながら槍を構え直す。
 そして霞の言葉を聞き、気付いた。
 彼女がキュゥベえなら。『お仕事』ってのは。
 
「お前を知ってたのはキュゥベえだから。魔法少女ってのはホント多いのな。それでお話というのは」
「契約をするなら余所でやれ。そうしないならここで殺すぞ」

 殺意を込めた冷たい声で、槍を首筋に当てる。
 杏子の目には目の前の少女が敵にしか見えていない。
 そして杏子は思い出す。
 この感覚は確かにキュゥベえと同じ感覚だ。
 敵意はない。ないが、敵意とは違うドロドロとしたもの。
 
「私のお仕事の邪魔を? 俺はまだ契約なんざしてないのですけどね。まぁわからないでもないがね」

 と槍と杏子の向こう、木々の向こうのベンチに座るゆまを見る。
 その目は面白そうな物を見つけたような目。
 まるで、新しいおもちゃを見つけたような。
 しかしその目には輝きは一切ない。

「ご安心を。ゆま様には手出しはしねぇ。だからお約束しましょう?」
「約束……?」

 霞はすぐ右で光る槍を右手で掴みながら、左手から杭を一本出した。
 杏子は身構えるが、霞はその杭を杏子の後ろに投げた。
 ゆまの方向に。
 杏子は杭が自分に向けてではないことを確認し、槍に力を込める。

「僕のすることの邪魔をしない。そうすればあのガキには一切手を出しませんわ? 契約もしないし、危険な目にも合わせない。素敵でしょう?」
「随分勝手なことを言いやがるな。今ここで殺してやろうか?」
「あらあら物騒な。そんなことしたら」

 霞は左手からもう一本杭を出す。
 そしてフワリと浮かせ、その杭を霞の後ろにあったゴミ箱に操作して突き刺す。
 その動作自体は何の意味もない。
 だが、杏子はハッとして後ろを振り向く。
 





「手がすべっちゃいますわ?」

 そこにはゆまの真上にプカプカと浮かぶ灰色の杭があった。
 ゆまが気付いていないだけで、杭はすぐ真上に浮かんでいた。
 もし杏子が霞を殺したとしても確実に死ぬまでの間に杭はゆまを貫ける。
 つまりは、脅しだ。

「テメェ……!」
「いやいや、いきなり槍を突きつけた君が言えることかい? まぁワタクシが悪役に見えるのだろうね。まぁ否定は致しませんけど」
「本当だな? お前の邪魔をしなければゆまには手を出さないんだな?」
「えぇ。あの子が魔女と戦うなんて可哀想だろ? 僕は嘘は付かないさ。それに俺が傍にいればゆまちゃんにはキュゥベえは近寄らない。あれは僕だからね」
「騙すようなことがあったら……殺す程度じゃすまさねぇぞ」
「あぁもちろん。良好な関係を築きましょう?」

 










「ところで」
 
 互いに変身を解き、ゆまが杏子の後ろにひっついた時、霞が口を開いた。
 空はもう月が上っており、これから夜が更けていくのがわかる。
 霞の口調はゆまが戻ってきたことで元の丁寧な口調に戻っていた。
 杏子は目の前の少女に警戒しながら返答を返す。

「佐倉さんは暁美ほむらって魔法少女を知ってる?」
「暁美? あぁあの生意気なやつか」
「あの子はどういう子なのかな?」
「私だってよくわからねぇ。知りたきゃマミのやつに当たりな」
「マミって、巴マミさんのことかしら?」
「……そうか、知ってるんだな。あいつが同じ学校に行ってるはずだ」
「そう、ありがとう! じゃぁゆまちゃん、また今度ね!」

 大した問答もせずに、霞は背を向けて歩き出す。
 ゆまはその姿に小さく手を振っていた。
 ほとんどゆまの警戒心は解けてしまっている。
 つまりは簡単に霞はゆまに取り入れるということ。
 今槍を突いてしまえば。
 そう杏子は考えた。
 しかし、ただでさえキュゥベえに会わぬようにしてきたのだ。
 霞が傍にいることでキュゥベえがゆまの傍に来ないのなら。
 霞と手を組んだ方が安全なはずだ。
 訳のわからない生き物よりも人間の方が警戒もしやすいはずだ。
 杏子は心の中でそう言い聞かす。
 自分の選択が正しいものであると、言い聞かす。















 キュゥベえには存在しない、人間の悪意を考えずに。


 





[28583] 2章B:黄は灰に蝕まれ
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/07/12 02:36


「さぁて、次は巴さんですわ」

 深夜の街を少女が歩く。
 楽しそうにルンルンと足を浮かせて、光のない街を歩く。
 その後ろにはひょこひょこと白い獣が追従する。
 周りには人が居らず、暗い街には彼女一人だけがいるのような感覚に陥る。

「何度目の言葉かわからないが、君は何がしたいんだい?」
「あぁ? 契約相手である魔法少女と友好を深めるってのは大事なことだろう?」
「それは否定はしない。だが非効率的だ。それに君は暁美ほむらに会いに来たんだろう? 学校に通っていることくらい知っているじゃないか」
「あらあら、キュゥべえにはわからないみたいですね。友達は大事だってこと」
「佐倉杏子との関係は最低だと思うけどね。口約束を結んだだけじゃないか」

 実際、約束をしたものの杏子が霞を警戒、敵視していることは霞も理解していた。
 だがそれを理解した上で少女はまだケラケラと笑いスキップを続ける。

「まぁあのアマは警戒心が強かったですもの。あぁいった子は猫被りを嫌うだろうさ」
「そうかい。僕は君がどうしようと止めはしないけどね」
「なら口出し無用だ。でも、ワタクシの我侭は聞いてくれるね?」
「我侭? 願いはたった一つのはずだろう?」

 少女は獣に笑いながら話す。
 自分のやりたいことを、自慢するように。
 白い獣はそれを聞きながら、無表情に付いていく。

「どうせ、君が付いて来てるのは監視のためだろ? 俺一人に一個体付けるなんて」
「君の願いは非常に希少なケースだからね。僕らとしてもサンプルは多いに越したことはない」
「でも皆皆頭が壊れちゃったんでしょう。そんなモノに興味がおあり?」
「どんな願いがどんな結果を招き、どれほどのエネルギーを生み出すかは未知数だ。僕らはより効率的にエネルギーを得るための手段を常に考えなければならない」

 相手も自身の記憶を持つからか、他の魔法少女には見せない顔を見せるキュゥべぇ。
 キュゥベぇは霞に何かを隠す必要性はない。
 その全てを知る霞には、契約を進めようとする霞には、考えを協調させる必要がある。

「安心しなよ。僕は君とは違う。でも俺はお前だ。ですから私は貴方様と同じですわ」
「ならどうして佐倉杏子や巴マミにも会うんだい? 効率を考えるなら」
「あら、そこがテメェと違うとこです。ワタクシは効率より何より大事なことがあるもん」

 少女は笑う。キュゥベえも、魔法少女も、魔女も全て。
 等しく等しく見つめながら。
 ただ全てを自身にとって楽しく、面白くするために。



















「じゃあね、巴さーん!」
「ええ、さよなら」

 マミがクラスメイトとの会話を終え、教室から出ると。
 いつもどおりのテレパシーが頭に響いた。

『マミさん、今日もお願いできますか?』
『さぁがんばって行きましょうマミさん!』

 控えめな声と陽気な声が響く。
 その声は魔法少女の候補である二人の少女。
 鹿目まどか、美樹さやかの声だった。
 ある時偶然に使い魔に襲われているところを救出しキュゥベぇに才能があると言われ、魔法少女の戦いを観戦している二人。
 マミはその二人を未来の後輩として大事に大事に守りながら魔女退治をしていた。

『先に校門に行っているわね。連絡するから鹿目さん達もその後に』
『はーい!』

 さやかの軽快な声を聞いて微笑みながら、マミは廊下を歩く。
 一人孤独に戦ってきた自分に後輩となるかもしれない二人の少女の命が懸かっている。
 しかしそれは重みではなかった。むしろ心地いい重圧。
 自分の命が自分だけの物ではないことを実感できる存在。
 その存在は自分を更に強くしてくれている。
 もう自分は一人ではない。そう、考えて魔女を狩っている。
 そう考えながら階段を下りていると下級生の階に見慣れた少女の姿を見つけ声をかけた。

「あら、暁美さん。今日は大丈夫なの?」
「えぇ。近くに強い魔女の気配はないし、あなた一人でも大丈夫なはずよ」
「そう。でもいざとなったらよろしくね」

 彼女は暁美ほむら。同じ魔法少女であり、鹿目まどかの友人だ。
 転校生として来た彼女は何故かまどかを魔法少女にすることを拒んでいる。
 しかしまどかの魔法少女の戦いへの興味を無くすことはできずマミに付いて行ったため、渋々その行動に了承をしているようだった。
 マミとしてはまどかが魔法少女になることは好ましいことなのだが、一度まどかの居ない場所でのほむらの真剣な顔を見てマミはまどかを魔法少女にすることをやや否定的に考えていた。
 というのも謎だらけであるはずのほむらが何故かまどかに執着し、まどかを守るマミすらも助けるほどに必死であったからだ。
 本人の意思を尊重する、という形で二人には接しているもののほむらが語らない『何か』がマミの背中を引っ張っている。
 マミは現状自称『魔法少女体験コース』を行いながら、まどかとさやかをキュゥベえから離していた。
 マミにとってキュゥベえも友人ではあったが、自分を慕う少女二人とそれを守る魔法少女には自分が味方でありたかった。
 ほむらがキュゥベえを避けろというのであれば、自分は魔法少女のことを教えながら二人を守り抜こう。そう考えている。
 事実そう行動してから、ほむらとも友好的とは言えないもののそれなりの関係にはなっているし、佐倉杏子とも比較的友好な関係を築けている。
 佐倉杏子もキュゥベえには何かを感じていたようだったからだ。
 相変わらず先輩を先輩とも思わないほむらの態度に小さく微笑み、階段を下りる。
 きっとこっそり付いてくるに違いない。
 まどかを守るため、そして魔法少女として戦うために。
 







 靴を履き、正面玄関を出て二人に連絡をしようとしたマミに声がかかった。

「こ~んにちは♪」

 マミが校門の前を見ると校門の向かいの電柱に年下と思われる少女が腰を預けていた。
 服はどこかの制服と思われる地味目の紺色の征服。
 マミは見覚えのないその顔を見て、魔法少女だと判断し、

『ごめんなさい、鹿目さん美樹さん。ちょっと急用が入ったわ』
『えー! 魔女を探さなくていいんですか!?』
『今日は暁美さんにお願いしておくわ。だから、ごめんね?』
『そんな! いいですよ。私達が勝手に付いて行ってるんですし』

 その後少しの会話の後、渋々といった形で諦めたさやかと謝り続けたまどかとの通信を終え、目の前の少女に向き直る。
 目の前の少女はテレパシーをしていたマミをニコニコと笑いながら見つめていた。

「あなたも……魔法少女なの?」
「あらら、この街の皆さんはこのワードに驚かないのかしら? 一応ここは下校時間の校門ですけど」
「どうしてここに来たの?」
「まぁご挨拶に。後は、いろいろと」

 少女の笑顔は年齢相応の柔らかい笑顔。
 マミは少女を誘い、そのまま下校の道を歩いていった。
 そして歩きながら彼女を見る。
 両手を組んで頭に乗せながら欠伸をする少女はあまり隙だらけだった。
 少なくとも勝負を挑んできたようには見えない。あまりに無防備だ。
 マミはその顔からまだ新人かもしれないと判断し、テレパシーを送る。
 送信先はまだ校舎にいるであろう暁美ほむらへ。

『暁美さん、今日の見回りをお願いできないかしら?』
『構わないわ。まどかを巻き込まないで済むもの。毎日でもいいくらい』
『それはあの子達のやる気を逆に刺激しちゃうわよ? 美樹さんなんて特にね。負けず嫌いだもの』
『そうね。……何か用ができたのかしら?』
『えぇ、新しい魔法少女が来てるわ。それも他校の制服を着てる』

 その言葉にテレパシーの向こうのほむらから息を呑んだような音がした。
 驚いているような、いや、そういった緊張感ではない。
 何か恐れていたものが現れたような。

『暁美さん?』
『その魔法少女のソウルジェムは……黒か白かしら』

 マミは目の前の少女に目配せをしてソウルジェムを探す。
 隣を歩く少女の手にはソウルジェムはなく、色の判別はできない。
 少女もテレパシーをしていることを知って知らずか空気を呼んで口笛を吹きながら歩いている。
 そしてマミがソウルジェムを探して少女の姿をジロジロ見ていることに気付くと、マミの方を向いて。

「なんですか巴さん。私に何か質問が?」
「なんで私の名前を……。あなたが本当に魔法少女なのか気になって」
「信じません? こんなこと嘘ついても仕方ないと思うけどなぁ」
「ごめんなさい。すぐ近くに魔法少女見習いの子がいるものだから」

 魔法少女か、と問えば証拠になるソウルジェムを見せるはずだ。
 それがマミの狙いだった。
 そして案の定少女は制服のポケットから無造作にソウルジェムを取り出してマミに見せた。
 その色は灰色。黒でも白でもない。

「これが証拠になりませんか?」
「え、えぇ。やっぱり魔法少女なのねあなた」

 お返しに、と自分の黄色のソウルジェムを見せると少女はその色を見て目をキラキラとさせた。
 自己紹介が遅れた、と言いながら少女は自身の名前と契約の時期を教えてくれた。
 霞と名乗った少女はまだ契約して3日ほどだという。
 当然まだ他の魔法少女には会っておらずその時にキュゥベえにマミのことを聞いた、と話していた。
 そしてその旨をテレパシーでほむらに話すと、口調も態度もそのままに少し安心したような印象を持つ声で返答きた。

『取り越し苦労だったみたい。見回りはやっておくから後はお願いするわ』
『何か心当たりがあるの? 黒と白の魔法少女って』
『あなたが気にする必要はないわ。切るわね』

 と一方的にテレパシーを切られる。
 少し不快感を覚えながらマミは改めて目の前の少女を見た。
 見る限りは普通の新人魔法少女。
 コレといった何かは見えず、まだ魔法少女の戦いのつらさも知らないような。
 だが、何かが突っかかる。そうマミは感じた。

「ねぇ鳴海さん? あなた学校はどうしたのかしら?」
「そういえば行ってないですね。隣町なんですけど、魔法少女になってからは一度も」
「学校生活も大事よ? 魔法少女になっても私達は学生なんだから」
「はは、そうですね」

 そう、突っかかる何か。
 それは、彼女があまりに『わかり安すぎる』ことだ。
 テンプレートのような新人魔法少女。
 わかりやすく困り、わかりやすく行動している。
 会話の内容もまるでハンコで貼り付けたような典型的な質問だった。
 決してマミは魔法少女を何人も見てきたわけではない。
 だがその違和感は確実にマミの心を蝕む。
 そしてある程度歩き、会話を続け、人気のない道に出るとマミは彼女に用件を切り出す。

「そういえば挨拶以外に何か話があるようなことを言ってなかった?」
「えぇ、ちょっとお願いがありまして」

 霞は頭を掻きながらマミに苦笑いをしながら前を向く。
 そして霞は光を纏うと紺色から灰色に姿を変えた。
 その姿は魔法少女らしくなく、頭のシルクハットと不恰好なロングスカートの歪な調和のせいで手品師のように見える。
 変身した姿で苦笑いのまま少女は言う。

「早い話、見逃してくれませんか?」
「見逃す?」

 マミはキョトンとして霞を見る。
 霞はその反応に少し驚き、その後嬉しそうに笑うと言葉を続けた。

「ここでやりたいことがあって、しばらく見滝原に滞在しようと思うんです。だからこの街で魔女を倒す許可をいただきたいなって」
「許可? 私にそんな権限ないわよ?」
「この辺りはマミさんの縄張りだと聞きましたから。グリーフシードの取り合いにはなりたくないですからね」

 マミはその言葉に少し違和感を持ちながら了承した。
 別に縄張りなどと考えたこともなかったし、それを否定する気もない。
 事実杏子もほむらも見滝原で魔女を狩り、グリーフシードを得ている。
 だが使い魔をわざと見過ごすような相手を認める気はなかった。
 その点杏子は当初持っていたその思想をゆまと行動することで撤回している。 目の前の少女はまだ魔法少女に成り立てだ。
 そのような狡賢い行動はしないだろう。

「街を護る人が増えて助かるわ。ありがとう」
「いえいえそんな! 私はただの新人ですから」
「それでも嬉しいわ。大事な後輩になりそうだしね」

 マミが微笑むと霞はその顔を見て笑った。
 その顔は年頃の少女らしい笑顔で。
 マミは自分が彼女のような笑顔を最近していないことを思い出した。
 そしてそのまま夕暮れの道を歩いていると霞が話を切り出す。

「さっきテレパシーで会話をしていた相手って誰なんです? 杏子ちゃんかな?」
「あら、佐倉さんにあったのね。でも相手は違うわ。暁美ほむらって子よ」
「……へぇ」

 ほむらの名前を聞いて少女は顔をまた変えた。
 それは笑顔、笑顔だが先ほどまでの笑顔とはまるで違う。
 おもちゃを見つけた子供のような。
 無邪気で純粋で、残酷な笑顔。
 マミはその顔に気付かず話を続ける。

「あの子はあなたと同じ歳じゃないかしら。ちょっと人見知りが強い子だけど魔法少女としてものすごく強いのよ?」
「そうなんですか! 会ってみたいなぁ」
「そう? なら連絡してみましょうか」

 マミはまたほむらにテレパシーを送る。
 少女の顔に気付かずに。少女の真意に気付かずに。
 隣の少女の笑顔が仮面のような貼り付けたものになっていることに気付かずに。

『何かしら』
『さっき話した子があなたに会いたがってるの。会ってあげてくれない?』
『今日の見回りはどうするの?』
『あなたが会うとなれば私が行くわ。鹿目さん達は参加できないでしょうけどね』

 マミの言葉にほむらは少し考え、会うことに了承した。
 不可思議な彼女でも新しい魔法少女には興味があるに違いない。 
 それにさっき話していた『白と黒の魔法少女』のこともあるのかもしれない。
 隣を歩く魔法少女を見ながらマミは思う。
 この違和感、暁美さんも感じるはずだわ。暁美さんの意見も聞きたいし、無理矢理にでもと考えていたのだけど。
 今度二人きりで会う約束を取り付けねばと思いながらマミは霞にほむらに会う時間を教えた。
 霞はいたく喜んでマミの手をとり感謝の意を示してくれた。

「ありがとうございます、巴さん!」
「マミでいいわよ。同じ魔法少女ですもの、仲良くしましょう?」
「はい! マミさん!」

魔法少女の後輩(?)ができたことにマミは喜びつつも不信感を隠して笑顔で対応した。
 目の前の少女には敵意は見えない。
 そして霞はマミに別れを告げ、どこかへ走っていった。
 その姿を見送ってマミは大きく背伸びをして、

「さて、迷惑かけた分がんばらなくちゃね!」

 魔女狩りに向かった。
 いつもどおりに。
 自身の正義を通すために。
 そして生きるために。
 希望の少女は町を駆ける。

 















 
「さすがだねぇ。あの子は」

 月が昇り始めた夕暮れを少女は歩く。
 周りを歩く人は独り言を話す彼女を避けながら歩いている。
 だが、今回は前と違いキュゥベえはいない。
 
「普通に接しても良さそうだったけど……でも」
「秘密にするもの面白いしな!」
「そうそう、そうですわ。あの方は『正義』な方ですもの」
「あぁその通り、あの子は魔法少女を信じてらっしゃる」
「僕も理解できるね。あの人は信じてるから強いんだ」

 一人で様々な口調、声、イントネーションで話す少女。
 彼女は決して多重人格者などではない。
 ただ思いつくままに話し、言葉をつなげているだけ。

「でもやはりそれならいつかはバレますでしょうね」
「ふふふ、楽しみだわ」
「どんな反応するかなぁ。真実を知ったら」
「あんな願いだもんね」
「あぁ、楽しくなってくる。でもここからよ。ほむらちゃんに会って。それからなのだわ」
 
 少女は人目もくれずその場で回る。
 そして回り、回り、廻ってそして笑う。
 
「全部全部楽しくしよう。契約も、魔女も、魔法少女も。全部だ。そして欲しいものを集めよう。そうだそうだよね!」

 少女は笑う。キュゥベえも、魔法少女も、魔女も。
 等しく等しく見つめながら。
 ただ全てを自身にとって、楽しくするために。










 あとがき:
 既存キャラとの遭遇その2。
 マミさん、こんなポジですみません。真意に気付けない子になってしまった。
 そして扱いが短くなってしまった。
 次回、本命ほむらとの接触です。



[28583] 2章C:紫に灰と狂気を混ぜて
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/07/13 00:32
 深夜の公園に一人の少女が佇む。
 黒と紫を基調とした服に右手には盾のようなものを付けて。
 一人険しい顔をしながら立ち続けていた。
 彼女は暁美ほむら。魔法少女であり、他の魔法少女とは違う事情を持つ少女。
 時間遡行の能力を持ちある理由から鹿目まどかを守護し、そして時を繰り返す存在。
 ほむらは今日巴マミに会いに来たという魔法少女について考えていた。
 繰り返したループの中で、そのすべてが同じというわけではない。
 魔法少女の契約タイミング、魔女の発生頻度、種類、人々の言動も。
 そしてイレギュラーとなる魔法少女が現れることも。
 幾度と無く体験してきたことだった。
 だが、繰り返してきた世界の中には魔法少女が人間に危害を加えるケースがいくつかあった。
 ほむらがマミに話した『白と黒』に関してもそう。
 ほむらが守護する鹿目まどかを敵視し、殺された結末を迎えた世界を思い出して、ほむらは唇を噛んだ。
 あの世界では他の魔法少女との連携がなかったことが失敗だった。
 そして必要以上にまどかやさやかを魔法から遠ざけたことが問題だったのかも知れない。
 この世界では他の魔法少女とも中々の関係を築けていると思ってる。
 巴マミもまどかを通じることである程度の交流が出来ているし、佐倉杏子も千歳ゆまが傍にいるおかげで友好的な態度を取っている。
 イレギュラーさえ起こらなければこの現状はベストと言っていい。
 ワルプルギスの夜までに力を蓄えるだけでいいからだ。
 だからこそ、今日現れたイレギュラーに会う必要がある。
 もしこの現状に邪魔をするような存在であるなら。
 盾の中に手を入れ、中の鉄の感触を確かめる。
 




 と、公園の入り口に一人の人影が見えた。
 その少女は灰色の服に黒のシルクハットを被って靴をわざとらしく音を鳴らして歩いてきた。
 少女は目の前のほむらを見てニヤリと笑い、開口一番言い放つ。











「お待たせ様。鹿目さんは元気?」

 ほむらはその言葉を聞いた瞬間、世界の時間を止めた。
 目の前の少女も、周りの世界も全てが静止する。
 静止する世界の中でほむらは盾から拳銃を取り出して考える。
 目の前の魔法少女に出会った記憶はない。繰り返した世界の中でも。
 ならば問い詰めればいいのかもしれないが、敵であれば今後邪魔になる。
 それにこの魔法少女はまどかを知っている。その上自分が守っていることも。
 ほむらは少女の背後に回りこみ後頭部に銃を突きつける。
 日の浅い魔法少女であれば頭に銃を突きつけられれば大人しく全てを話すだろう、そう決めての行動だった。
 しかし、時間を動かそうと銃を向けたまま力を抜きかけた時。









 シュコン。










 と突きつけていた銃に何かが刺さった。
 ほむらは再び力を込めて時間を静止させ、状況を確認する。
 何が起こったのか。
 ほむら停止した時間の中で銃に刺さったそれを確認する。
 それは灰色の杭。ところどころが少し黒ずんで見える。
 杭は銃身に刺さり、もう銃として使うことはできそうもない。
 そしてほむらが確認をしていると、上から低い空気を切る音が聞こえ、ほむらの真上に数十本の杭が落ちてきた。
 大きいもので15センチほど、小さいものでは釘のようなものがほむらの上に降り注ぐ。
 時間を止めているはずの世界でほむらは後方に大きく跳び、杭の雨を避けるがその数本が急に方向を変えほむらに飛び掛る。
 その数本を盾でガードしたが、釘のように小さい杭がほむらの足に突き刺さった。
 そして局地的に大量に降った杭は金属音を立てて散らばり、一部は地面に刺さり公園に奇妙な模様を作った。






 杭に気をとられた為に停止を解け、目の前の魔法少女が周りを見渡す。
 自分の目の前にいたはずのほむらが自分の遥か後方で足を押さえていた。
 周りの杭が大量に地面に刺さる現状を見て、少女は顎に人差し指を置いて。

「やっぱりソレでしたのね」

 と、笑った。
 そして手を上げると地面に刺さっていた杭や散らばっていた杭が全て抜けて宙に浮かぶ。
 ほむらに刺さっていた杭もズブリと肉の音を鳴らして抜けると血を付けたまま宙に浮く。
 
「キュゥベえから聞いてたけど、瞬間移動ではなかったようだねぇ。僕としては時間停止はある意味大穴だったんだけどビンゴだとは」
「ふざけないで。会話をしに来たはずよ」

 宙に浮く杭を手を振って消し、少女はケラケラ笑う。
 ほむらが取り落とした拳銃を拾い、その重みを感じながらほむらを見て、

「こんな銃を出しておいてよく言うねぇ。御宅、冗談が好きなんですの?」

 銃は大量の杭によって穴だらけでもう形を成していない。
 その銃を手で遊びながら口調も顔もコロコロ変えて少女は言葉を繋げる。
 一方ほむらはまだ現状の理解が追いついておらず、少女の言葉を聞きながら状況の整理を行っていた。
 何故停止した時間の中で杭が飛んできたのか。
 この魔法少女の目的はなんなのか。
 そして、どうすればこの魔法少女を駆除できるのか。

「そんな険しい顔すんなよ。ワタクシも正当防衛だろ? 君はキュゥベえを襲撃しているのでね。警戒くらいはするに決まっているじゃないか」
「何故それを知っているの。それになんでまどかのことも!」
「ん、話すのはメンドイ。あれだ。『カクカクシカジカ』ではダメかな?」
「ふざけないで」

 盾から別の拳銃を取り出し少女に突きつけるほむら。
 少女はわかりやすく慌てふためき、両手を挙げた。
 しかしその顔には童話のチェシャー猫のようにニヤニヤと笑っている。
 怒るほむらを嘲笑うような顔でニヤニヤと楽しそうに笑う。

「話なさい。あなたは何。何故見滝原に来たの」
「その銃を降ろしてくれれば喜んで話すわよ?」
「話なさい。撃たれたくなければ」
「……頭が固いです。何か急いでいるの? 朝まで語らおうじゃないか。互いに互いを思えばなんとか!」

 タン、という音と共に少女の胸に穴が開いた。
 ほむらの拳銃からは硝煙が漏れ、ほむらの目は冷たい目になっている。
 銃で撃たれた少女は体を震わせながら頭から落ちたシルクハットを拾うと深めに被り、変わらぬ顔でほむらに笑う。

「銃で撃たれたのは初めてですねぇ。痛いのはわかってましたけどこんな感じだとは。……あぁ頭がクラクラする。出血多量で死亡かな?」

 あくまでわざとらしく、演技じみた対応の少女にほむらは気持ち悪さを感じながらもう一度問う。
 すると少女は大きくため息を吐いて、ほむらに自分のことを話し始めた。
 自分が先日契約したこと。自身の現状。
 契約の内容。キュゥベえとの関係。
 見滝原に来てからの行動。
 そして何故ほむらに会いに来たのか。

「まぁそんなわけであなたに会いに来たんだが?暁美様」

 ほむらはそれを聞いて、目の前の少女に狂気を感じた。
 目の前の少女は平然と、陽気に自分のことを語っている。
 しかしそれは到底人間の考えとは思えなかった。
 数千年分の絶望と苦しみを味わって、それでも死ぬことすら許されず。
 だと言うのにそれを平然と受け入れ、その絶望の記憶を探り、ほむらを見つけたというのだから。
 それも単なる『興味』で。
 人の死が自然に、流れ作業のように起こる魔法少女の歴史を見て。
 苦しみと絶望の連鎖を無限に続く映画のように見せられて。
 それでも、その中の一人の契約者に興味を持って近づいて来ている。
 絶望の未来しかないとわかっていても。
 繰り返される悲劇を1ページだとわかっていても。
 自分もその悲劇の世界の一端だとわかっていても。
 ただの興味でほむらに近づいている。
 それはもはや普通の人間が持つ興味とは違う。
 それは狂った人間の思考だ。
 もしくは感情を無くし、インキュベーターとしてのほむらへの興味。
 

「あなたはどうしてそんな願いをしたの。何かを願おうとは思わなかったの?」
「魔法使いを作る側なんて、絶対に成れるものではない。だがそれを叶えるチャンスが来たんですもの。しないはずがないでしょう?」
「それならあなたは記憶を見てキュゥベえの行動に悪意を、恨みを感じないの!? 私達はあいつらに騙されて、踊らされているのに!」

 ほむらが考えたのはその点。
 契約する前はなんとも思わなかったにしても、契約してキュゥベえのしてきたことを全て見たのなら。
 その行動に、悪意に批判的な意見を持たないはずがない。
 もしキュゥベえに対して敵意を感じているのなら、仲間に引き入れるのも悪くはないのだ。
 この魔法少女がインキュベーターなのだと言うのなら、他の世界で出来なかったことを実行できる。
 だが、目の前の魔法少女はほむらの狙いを嘲笑うかのようにどこまでも陽気に軽快に狂気の顔で言葉を紡ぐ。
 
「少女よ、何を恨む? あいつも言ったでしょう、願いは叶えたんだぜ? 恨むのは御門違いってやつです。まぁ怒りたくなるのはわかるがね」
「全てを知っていたら誰一人契約はしないわ。それが騙すということでしょう」
「あらあら、ならテメェは全部話されたならその力を持たなかったのかい? それは嘘ってもんだ。思い返してください。契約した時、あなたは全てを知っていたなら」

 ほむらは思い出して唇を噛む。
 確かにあの時、全てを知っていたとして、契約をしなかったわけはない。
 まどかのために。その身を犠牲にしていたはずだ。
 
「まぁ貴方様がどう契約したのかは何故か俺の記憶にないからなんとも言えないけど……全部そうだよ。人間は結局目先の御褒美には勝てません」
「ならあなたは今どうして契約をしようとしているの。一人でも苦しむ人間を減らそうとは思わないの?」

 目の前のインキュベーターはいままでの相手とは違う。
 何故なら人間であるが故に感情がある。
 悲しみも苦しみも、その全てを理解できるはずなのだ。
 契約をしないインキュベーターに成れるはずなのだ。
 なのに少女は自ら契約を進めようとしている。
 その姿がほむらには理解できない。
 














 理解できるはずはない。
 何故なら霞の考えは、その理由は


「だって、楽しそうじゃない?」


 ただこれだけだからだ。
 その言葉にほむらは一瞬何を言っているのか理解できなかった。
 楽しい? 楽しいとはなんだ。
 魔法少女を生むことが。人々を絶望に貶めることが。
 自分すらもその絶望に落とすことが。
 楽しい。
 
「俺は別に自分だけ助かれば~なんて思ってないわ? アレよ。ただ『普通』が大嫌いなだけさ。いや違うなぁ……そう、私はただ」

 少女は目を濁らせたまま輝かしい笑顔で、

「やりたいことをしたいだけよ」

 まるで子供のような結論を吐いた。
 その顔には嘘は全く見受けられず、本気でそう言っているのがわかる。
 それと同時にほむらは目の前の魔法少女に憤りを覚えていた。
 まどかを第一に考えて動く自分のことを除いたとしても。
 真実を知ってなお、自分の個人的な行動をして。
 悲劇を、苦しみを増やそうとしている目の前の少女に。
 銃を持つ両手を怒りで震わせながらほむらは問う。
 目の前の少女に。狂気を纏う灰色にむけて。

「なら聞くわ。あなたは何がしたいの?」
「それを言ったら面白くないんじゃないかな?」
「残念だけど私は娯楽なんて求めてないわ。答えて」
「そうかい? なら簡単に言いましょうかねぇ」

 少女はその場でクルリと回り、ほむらを笑うようにニヤリと笑うと目を鈍く光らせる。
 そして何本も杭を出現させると、
 
「僕は君で遊びたいんだよ。暁美ほむら」

 杭を浮かばせて空中でクルクルと旋回させる。
 『君と』ではなく、『君で』。
 ごく自然に、当たり前のように、人間をおもちゃのように。
 少女は光の無い目をギョロリと回しながら宙を廻る杭を見る。

「君はインキュベーターの記憶にないイレギュラーで時を架ける少女なんでしょう? それなのになんでもない一人の美少女を守るナイト様だもん。そんな面白そうなモノに興味を持たないなんてクズだろうが」
「なら、私がこの街を出てばあなたも出ていくの?」
「いいや? ここでやりたいこともできたもんでね。ソレを済ませてからになりましょうか?」

 杭は円を書いて回転し、その速度を速めていく。
 彼女のテンションに呼応するように。
 そして少女は廻る杭を見ながらほむらに語る。
 自分の、目的を。『約束』を。

「暁美さん。あなたは私にお願いしたいことはありません?」
「出て行って」
「おやおや。違いますでしょう? テメェは私みたいなヤツにあった時に考えていたたことがあるのではなくて?」
「……何のことかしら」












「感情を持つインキュベーター。それに『まどかの契約をやめろ』って言いたかったんでしょう?」

 少女はほむらの心を見透かすように、いや塗りつぶすようにその狂った声で言い放つ。
 ほむらが一瞬顔を変えたのを見て、霞はニヤリと笑い言葉を続ける。
 その言葉は、口調は何故か狂気に溢れているのに統一されていて。
 統一されているが故に逆に恐怖を感じる。
 空からは杭が空を裂く音がヒュンヒュンと聞こえ、何かの呻き声のような輪唱を響かせる。

「そうだよね。なんだかんだでキュゥベえを乱獲したって意味が無いんだもん。『楽な手』に逃げたいよね。嫌だよね。不毛なのは、苦しいのは、メンドウなのは!」
「そんなこと、考えたことはないわ」

 その言葉を話した瞬間、狂気の声が響く。




「嘘。そう言いたい。言うべきなのよ。そう、そうなんだ! でもさ、疲れたでしょ? 怖かったんでしょ? あの子が死んで、泣いて、苦しんで死んで、喚いて、喜んで、悲しんで、死にたくなって、死ねなくて、仲間が死んで、痛みを感じて、泣き言ほざいて、泣きついて。それでも救えなくて、苦しんで、死んで死んで死んで、魔女になって、絶望して、嘆いて、叫んで、恨んで、憎んで、裏切られて、狂って、殺して、殺してあげて、殺されかけて、庇って、痛んで、それでもダメで。何度も何度も何度も何度も何度だって繰り返して来たんでしょう?」




 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ霞の言葉にほむらは絶句する。
 何故、繰り返していることを知っている。
 何故。まどかのことをそこまで知っている。
 それよりも、何よりも。
 何故私の苦しみを知っているのだ。
 それを無視するかのように、いや気付いていないかのように。
 霞は言葉を続ける。
 
「あなたもそう。結局無理だったからここにいる。無理無理無理よ。イレギュラー? 白と黒の魔法少女? まどかが死んだ? 違う違う違うわよ。結局一人じゃ無理なのさ。もし全ての魔女を殺しても、殺しても。今度は魔法少女があの子を殺す。契約しちゃう。魔女になる。何度見てたの? あの子の悪夢を、絶望を、悲鳴を、苦しみを、希望を、全部全部全部!」
「……やめて!」
「繰り返して繰り返して繰り返して繰り返して、結局あの子の契約と絶望しか見てないんでしょう? そんなのあなたに可哀想。可哀想だ。あなたがMなら悦べるだろうけど。違うかな? ドSなのかな? 愛する人の悲鳴も痛みも全部糧にしてここにいるんだもんねぇ!」
「違う!」
「違うの? 違うならどうしたいの? 魔法少女を殺す? 魔女も殺す? なんならインキュベーターも抹殺だ! どこの狂人だよそんなこと。ないないないわ。ナンセンスだもの。だから必死でゴールを探して。それでも辿り着けなくて。疲れないのほむらちゃん?」

 ケラケラケラケラと笑いながらほむらに問い続ける霞。
 その顔は人の顔には思えない狂気しか感じない顔。
 目はドロリと輝きが無く、それなのに口の両端は吊上がり。
 ホラー人形を思わせる姿で笑い続ける。
 灰色はジクジクと音を立てて侵食を始め、その色は大よそ魔法少女には思えない色に染まり始める。
 少女が壊れた証のように。
 灰色は浅黒い『鉄色』に染まり始める。
 その狂気の魔法少女にほむらは飲まれ始めていた。
 目の前の少女はいままでの魔法少女とは違う。
 イレギュラーというレベルじゃない。
 完全に壊れている。
 何故魔女にならないのか疑問に思えるほどに。
 
「教えてあげようかな? ほむらちゃんが感じてるのは『優越感』なんだ! 結局あの時も、2人で魔女になるはずだったのにあの子のおかげで助かって。心の隅の隅で思ったはずだよね?『魔女にならずにすんでよかった。生きれて良かった』ってさ? 大事な大事なまどかちゃんを踏み台にしたんだよね?」
「ふざけないで! あなたに何がわかる……どうしてこの世界じゃないことを知ってるの! 答えなさい!」
「いいんだよ? 私は全部知ってるから。ほむらちゃんの愚痴も苦しみも希望も卑しさも全部受け止めてあげる。巴マミが食われても、美樹さやかが魔女になっても、佐倉杏子が死んじゃっても。『まどかじゃなくてよかった。私じゃなくてよかった』って額縁の外から笑ってるんだよ? 巴マミが血迷った時も、最初に撃たれたのが佐倉杏子でよかったって安心してた。自分が苦しみを受けた相手じゃないって安心してた。周りが苦しんで失敗しても、自分はループできるからって馬鹿にしてたんだ」
「黙りなさい!」

 拳銃の引き金を引き、狂った人形にまた穴が開く。
 1つ、2つ、3つ。穴からは鮮血が噴出すが目の前の人形は止まらない。
 自分の血で服が赤く染まろうとも。
 輝きを失い、鉄と血に染まった服でケラケラと。
 そして少女は口に出す。
 狂ったままで、杭の舞う空の下で。
 彼女が考えるほむらが望む世界を。






「それは普通のことなんだよ? だから私は助けてあげる。あなたが私と仲良くするなら、理想の世界にしてあげる? 『魔法少女が仲が良くて』、『魔女が弱くて』、『グリーフシードがいっぱい手に入って』、しかも『インキュベーターが居ない世界』を!」




 杭はその言葉を終えた瞬間にピタリと止まり、重力に従って落下する。
 チャリンチャリンと音を立てて地面に散らばり、その音に合わせて少女も動きを止めて頭を下げる。
 そして頭を上げると、先ほどまでの狂気を感じさせない爽やかな笑顔で、ほむらに向けて手を差し出す。

「ね?」

 その手はなんでもない綺麗な少女の手。
 だがその手が悪魔の手にしか見えない。
 
「あなたが私の邪魔をしないなら。まどかちゃんには手を出さない。キュゥベえもいない。そんな平和な見滝原を手に入れられるよ? ほむらちゃんが喉から手が出るほどに欲しかった世界が手に入るよ?」
「インキュベーターがいないなんてことはありえないわ。絶対に」

 ギリギリそれだけを言い放ち、目の前の魔法少女から顔を逸らす。
 顔を見たくない。その狂気を見たくない。
 少女はまた口調を引っ掻き回して軽快に語る。
 
「何を言ってるんだい?簡単なことよ? なんでこの見滝原にだけインキュベーターが多いと思う? アンタとあのガキのせいだ。他に候補なんて片手ほどしかいないのですわ。それなら」
「どうしようというの?」
「私がここの担当になればいいんですよ。見滝原の契約を全て請け負えばいいんです!」

 鉄色の少女は大輪の笑顔でほむらに提案した。
 ほむらは考える。
 この狂気の少女を信じていいものか。
 いいわけがない。信じれるはずがない。
 しかし霞の提案は確かにほむらにとって理想のもの。
 この世界では魔法少女は争わず、仲がよく。
 まどかも契約する様子も無い。
 ワルプルギスを前に強力な魔女が出てくるわけでもないし。
 グリーフシードにも余裕がある。
 目の前の少女以外は全く問題が無い。
 目の前の少女以外は。
 
















「どういうことだい?」
「話した通りだ。見滝原の契約を私に一任してくださいませ。キュゥベえちゃん」
「それは君の意見なのかい? 突拍子もない上に僕らに利点が見えないんだが」

 丑の刻の公園に2人の少女の姿と白い獣の影が見える。
 キュゥベえは霞の提案に無表情のまま疑問を飛ばす。
 それに対して霞は微笑みながら言葉を返す。
 ほむらはその後ろで言葉を聞いていた。

「僕ならまどかちゃんにもゆまちゃんにも近づけると思うんだ。君は大層嫌われてるじゃないか。それなら僕一人で行動した方が正しいと思う」
「その意見は理解しがたいね。確かに好意を持たれてはいないが、それは契約を行う上でなら願いを叶えることで意見は合致するはずだ。元々関係性は必要ないだろう?」
「あら、なら何故あんなにも関係を深めるのです? わざわざ助けを求めて」
「彼女らには契約以前に、僕らを認識するためにある程度の関係を構築する必要があった。ただそれだけのことだよ」

 インキュベーターの言葉を聞いて霞は言葉を返す。
 待っていた言葉を、狙い通りの言葉を。

「大丈夫。その点私は人間で、魔法少女だモノ。どんな人間にも見えるテメェってのはアドバンテージではないかの?」
「なるほど。君は僕らにはできない方法を取ろうとしているようだね」

 会話は続く。
 インキュベーターは霞の言葉を聞きながらも後方のほむらに興味を持ちながら言葉を紡ぐ。
 そして一つ一つを話し終えていき、インキュベーターは言った。

「君は魔法少女の手助けをしたいのかい?」
「いいえ? そんなわけないじゃない」
「ならどうしてこんな提案をしたんだい?」
「だって……お前は邪魔だもの。僕のやりたいことに、君はいらない」

 笑いながら少女は杭を突きつける。

「また、同じ理由なのかい?」
「あぁ、もちろんだとも。だから……ね?」

 この言葉にインキュベーターは小さくため息を吐いて、

「……いいだろう。ここは君に任せてみるとしようかな。もし君が行動を起さないというのならすぐに来ればいい話だ」
「まぁ大丈夫よ? やりたいことはあるもの。僕にしかできないことがね」

 







 


「まだいなくなってなかったの?」
「まさか君は暁美ほむらと友好を結べるとは思えなかったよ」
「あぁいう野郎は猫被るより隠さず話したほうがいいんですよ?」

 ほむらが帰った公園に白い獣が入ってきた。
 キュゥベえは霞の前に座るとその無表情のままに疑問を投げかけた。

「さて、君は見滝原の魔法少女と友好を結んだ。次は何をするつもりだい?」
「何を言ってるのかなぁ。ここからが本番ですのに」

 ニコニコと笑いながら少女は語る。
 ただ自分の思いを吐き出すように。

「やっと『舞台』が完成したのに、そのまま放置してたまるかよ。あとは『役者様』がどう動くかですわね」
「君は暁美ほむらの記憶を見て、何か浮かんだのかな?」
「いいえ? これは最初からやりたかったこと。……記憶?」

 頭に疑問符を浮かべキュゥベえを見る少女。
 その顔を見て、キュゥベえは説明するように言葉を吐く。

「無意識だったようだね。君の目から見ていたけれど、君は君の願いに準じた力を扱っているんだ。それは『知識欲』の力。『インキュベーター』という存在の記憶を得るという願いをした君はその願いが生んだ『記憶を読む』という力を扱ったんだ」

 癒しの願いがキズの治りを早めるように。
 庇護の願いが治癒の魔法を生むように。
 洗脳の願いが幻覚の魔法を生むように。
 記憶を得たいという願いは知識を盗み見る魔法を発現させた。
 しかしその魔法は通常ではまったく使えないはずの魔法だ。
 何故なら記憶を読むということはその記憶を得るということ。
 つまり一人の人生を記憶するための脳に二人分、いやそれ以上の人間の記憶を叩き込むということだからだ。
 それは人の脳を容易く破壊する魔法だ。
 しかし霞は数千年分の記憶を脳を入れ、とうにその脳は壊れ、魔法の力で維持されている。
 それゆえにたかが一人の少女の記憶程度では脳はダメージを受けない。
 とはいっても確実に記憶の混濁や精神の異常は起こるのだが。

「なるほどねぇ。まぁ使うかもしれないけど、いらないわ」
「『知識欲』の力は魔女との戦闘では役に立たない。むしろ他者の記憶を見るわけだからその間他の魔法なんて使えるはずも無い。つまり」
「役立たずってことだね。戦闘で使えない、普段使っても得はなしじゃクズじゃんよ」
「それは君が願った結果だ。受け入れることだね」

 少女は大きくため息を吐いて、キュゥベえを見る。
 白い猫か兎かネズミかわからない生き物。
 宇宙からの使者。
 
「まぁ後は私に任せてよ。見滝原は私が面白くしてあげる」
「僕としてはエネルギーの回収ノルマをクリアできればいいんだけどね」
「大丈夫よ? エネルギーなら大丈夫」

 何か含んだような言い方をする霞を見た後、キュウベえは少女に背を向け公園を出て行く。
 それを霞は手を振って見送り。
 その場には鉄色の少女だけが残った。
 
 そして少女は笑う。
 舞台を回すために。世界を回すために。
 役者を、コマを、おもちゃを動かすために。
 ケラケラと、ニヤニヤと、爽やかに、大声を上げて。
 声も、口調も、笑い方も全て変えながら。
 クルクル廻って笑い続ける。
 魔法少女も、魔女、インキュベーターも。
 自分も、相手も、運命さえも。
 全てを嘲笑うかのように。













 この日を境に見滝原にインキュベーターは姿を消した。





※あとがき
 ほむら編終了です。狂った表現とかバトル表現が難しいです。
 途中で書いていた魔法についてはわかるかと思いますが、
 さやか、ゆま、杏子のつもりです。ゆまの願いはわかりませんが。
 次からやっと行動開始。
 霞がやろうとしていることはなんなのか。
 魔法少女兼インキュベーターしかできないこととは何か?
 



[28583] 3章:心を火薬と共に詰め、撃鉄は上がる
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/08/11 15:05
 


暁美ほむらは朝の通学路を歩きながら考えていた。
 昨日の夜、灰色の、いや鉄色の魔法少女とした約束のこと。

 私の邪魔をするな。
 しなければこの街からキュゥべえは消え、まどかが助かる。

 あの魔法少女はインキュベーターの力を、つまり契約の力を持っている。
 つまり邪魔をするな、というのは契約の邪魔をするなということだ。
 だがまどかには手を出さないと約束はした。
 それなら解決しているのだろうか?
 この世界での他の魔法少女との関わりを考えればまどかだけ、と切り捨てるわけには行かない。
 佐倉杏子も巴マミもワルプルギスの夜と戦う上では大事な戦力になるはずだ。
 それならばどうすればいいのか。
 早い話はあの魔法少女を見滝原から排除してしまうこと。
 殺すにしろ退散させるにしろ方法はいくらでもある。
 しかしあの魔法少女はあまりにイレギュラーだ。
 悪意を感じず、ただ純粋にしたいことをしている魔法少女。
 そして魔法についても理解ができていない。
 それならばいっそ仲間に引き入れればいいのだろうか。
 今まで例外となる魔法少女とは決していい関係を築いてはいなかった。
 だからこそこの世界ではそういった関係を築くべきなのだろうか。
 だがそれはあまりに危険なものだ。
 あの魔法少女のことは理解できない。行動の予測もつかない。
 そんな相手を引き入れていいはずが無い。
 やはり今は現状を維持するのが一番かもしれない。
 約束を結びはしたが敵意を持っているのは事実だ。
現状を維持してあの魔法少女のことを探り、弱点を見つけて。
 そして排除する。それが一番だ。

「おはよー! ほむらちゃん!」
「おはよう転校生!」
「……おはよう。まどか。さやか」
「聞いてよ転校生!昨日マミさんたら私らに内緒で魔女探しをしてたんだよ!」
「さやかちゃん、しょうがないよ。危険だったのかもしれないし……」
「ごめんなさい。私が頼まれたのにまた変わってもらったのよ」

 思索していた真剣な顔を緩めて、長閑な二人の会話にあわせる。
 二人は魔法少女のつらさは何一つ理解していない。
 恐怖も絶望も。ただ日常の中のわずかな希望を楽しんで生きている。
 それが普通で、平凡で、当たり前なのだ。
 だからこそ魔法少女の世界に巻き込みたくはない。

「ほむらちゃんが謝らなくていいよ!」
「そうそう! マミさんにお詫びとしてケーキを貰う予定なんだから!」
「さ、さやかちゃん!」

 目の前の日常はほむらにはあまりにも遠い。
 遠すぎる日常の希望にほむらは目を背けた。













「さぁて! 今日も張り切っていきましょうか!」
「そうね。昨日は結局魔女はいなかったけど注意しないとね」
「さやかちゃん、マミさんに付いていかないと!」

 夕暮れに三人の少女が歩く。
 先頭には黄色のソウルジェムを光らせて巴マミが。
 その後ろに美樹さやかと鹿目まどかが追従する。
 魔女を探すため、魔法少女の使命を全うするために。
 まるで普通の魔法少女のように、希望に溢れた冒険劇。
 ありふれた漫画のようなファンタジーと信じて。
 真実を知らない少女達は舞台を歩く。
 その舞台がどれだけの悪夢を重ねて作られているかも知らずに。
 人気の無い道には三人の足音と遠くから聞こえる車の走行音だけが響く。
 すると前を歩いていたマミが足を止め、二人に声をかける。
 
「反応があるわね……美樹さん、鹿目さん。気をつけて」
「「はい!」」

 三人は廃屋へと足を進め、その先にいるであろう魔女に身構える。
 そしてそのまま進んでいると。
 急に発光していた黄色のソウルジェムはその輝きを小さくした。
 それはつまり魔女の反応が消えたことを意味する。
 マミはその光を見て、怪訝な顔をしながら更に奥へ進んでいった。
 後ろの二人は発光を終えてもまだ奥へ進む先輩を見て不思議そうな顔をしながら付いて行く。
 暁美さんか佐倉さんかしら? それとも、
 








「すみません、お先いただきましたよ?」

 ……この子か。
 廃屋の一番奥にはグリーフシードを手のひらで弄ぶ少女がいた。
 変身は解いているようで紺色の制服が見滝原の住人ではないことを確認させる。
 
「いいのよ。魔女を倒すのは魔法少女のお仕事だものね」
「そう? せっかく来たのに無駄足させてしまいましたね。連絡でもするべきかしら?」
「先に倒した者勝ち。それでいいんじゃないかしら?」
「マミさん……この人は?」

 平然と見知らぬ少女と話す先輩を見て、戸惑いを隠せないさやかがマミと目の前の少女に問う。
 すると少女もマミの後ろの二人に気付いたようでマミの横から覗き込むように後ろを見ると、

「あらら。お話してた見習いさんってこの子達ですか?」
「そうよ。今は魔法少女の現場を見学中、ってところかな」
「なるほどぉ? えっとお名前は?」

 やけに親しげに話しかける少女に少し気圧されながら二人は前に出て、目の前の少女を見る。
 服の色と自分たちの制服とは違うロングスカートのせいかやや落ち着いたような印象を受ける少女。
 しかし口調は丁寧ながらも軽快で、敬語だというのに敬意はあまり感じられない。
 年齢は恐らく自分たちと同じだろうと判断できる。
 しかし何故か妙な違和感を感じる少女。

「さやか、美樹さやか。あんたは?」
「私は鳴海って言います。一応魔法少女ですよ?」
「それじゃ先輩なんだ。私は鹿目まどか。まどかでいいよ」

 すると少女、霞は自己紹介をしたまどかを無視してその隣のさやかに近づき、顔を覗き込む。
 さやかはその突然の行動に体を引きながらわざとらしい敬語で、
 
「な、なんでしょう」
「いやぁあなたがさやかちゃんかぁ、と思って」
「さやかちゃんのこと知ってるの?」
「暁美さんから少し話を聞いただけよ? あなたのこともね」
「ほむらちゃんが?」
「転校生が私のことを?」

 霞は明るく話を進め、後ろで腕を組んで待つマミを見て小さく謝りながら会話を続ける。
 まだ契約して短い少女の言葉は二人にとっては興味があるようで、その話を嬉々として聞いている。
 しかし霞は何故かまどかよりもさやかに対して話を続け、まるでまどかに興味がないかのように話し続ける。
 まどかもそれに薄々気付いているのか一歩下がった位置で会話を聞いていた。
 マミもそれに気付いたようで三人の間に入り、会話の端を折った。

「ここで話すのもいいけど、一応立ち入り禁止って書かれてるから。外に出ましょう」
「あら残念。もうちょっとお話したかったんだけど」
「ウチでケーキを食べていかない? お話はその場ですればいいと思うけど」

 マミの提案に丁寧にお辞儀をして霞はニコリと笑って、

「残念ながらこの後行くところがあるんです。だから今日のところはこれでお終いです」
「そうなの? なら無理強いはしないけど」
「今度お邪魔しますね。では」

 笑顔のまま廃屋から出て行った。
 そして残念そうな顔をする二人を見ながらマミは思う。
 やはりあの子は怪しい。
 何か直感的なものだが、霞は何かを隠しているような感じがするのだ。
 あのわざとらしい態度もそう。わかりやすい『後輩像』。
 さやかとまどかの二人と話す時もわかりやすい『先輩像』を見せびらかして二人に深い質問をさせないようにしていた。
 それゆえに怪しい、というよりは胡散臭いようなイメージを持つのだ。
 まるで何か仮面を被っているような、内心を感じさせない笑顔。
 ごく平凡なイメージを持つ服装。
 敬意を感じさせない敬語。
 そのすべてが、奇妙な『らしさ』がマミの心を軽く引く。
 だが話す限りには敵意も感じない。悪意も感じない。
 つまり敵ではない、と思われる。なのに何故か自分自身の決定を信じられない。
 マミは少女の背を見ながら警戒を強め、

「美樹さん、鹿目さん。あの子をどう思う?」

 二人に聞いた。二人は去った霞を思い返して口々に答えはじめる。
 
「鳴海ちゃん、優しく話してくれてたけど……」
「なんか胡散臭かったよね。あと何かまどかのこと無視してたし」
「さやかちゃんに興味がありそうな感じだったよね、もしかして」
「いやいや、そんなことないでしょ!」
「マミさんはどう思います?」

 和やかに話す二人の問いにマミは心配かけまいと微笑みながら

「あの子は何か変な感じがするけど、魔法少女としてはしっかりやってるんじゃないかしら? 私も何か言えるような立場じゃないけどね」
「マミさんってば謙遜はよくないですよー?」
「立派にこの町を守ってるじゃないですか!」
「今は暁美さんもいるし佐倉さんもがんばってるもの。私だけじゃないわ」
「転校生はともかくあの赤いのもそんな褒めなくてもいいんじゃない? この前まであんな酷いこと言ってたのに」
「杏子ちゃんも大変だったんだよ。そんなに怒らないで」
「だってさー。今さら虫が良すぎるというか」

 受け売りの正義を語りながら魔法少女を語るさやかと、
 それを宥めながらも自身の正義を語るまどか。
 その二人はマミから見ても魔法少女になってほしいと思える人材だ。
 さやかは自分の目指す魔法少女になるために尽力するだろうし。
 まどかは自分の正義と優しい心が魔法少女としての力になる。
 だが、マミがほむらから与えられた魔法少女への不信感が頭をチラつく。
 キュゥベえに聞けばいいのだろうが、もしほむらがあれほどまでに隠しまどかを魔法少女にしまいと行動する『何か』を知ってしまったら。
 もしそれほどまでの真実を知ったのなら。
 自分すらその真実に耐え切れないかもしれない。
 だからこそその真実がわからないとしても、この二人をこの戦いの世界に巻き込むわけにはいかない。
 この二人を苦しめたくない。
 







 ならどうして私はこんなことをしているのだろう?







 魔法少女にしたくないのなら突き放せばいいのに。
 着いてくるなと、二度と関わるなと。
 そうでなくても二人は戦いの危険性を知っている。
 諭して納得しないような聞き分けの無い二人ではない。
 さやかは叶えたい願いがあるようだけど、その願いの問題も指摘してある。
 きっとわかってくれるだろう。
 それに『魔法少女』という関わりを無くしてもこの二人とは友人で居られる。
 無理に気を張る必要もない普通の友人でありながら、魔法少女の戦いを気にかけてくれるような理想的な友人に。
 それにほむらもまどかが手を引けば喜ぶだろうし、杏子も競争相手が少ないことに喜ぶはずだ。
 私がこの二人と共にいるのは、
 友達だから。先輩だから。魔法少女だから。
 魔法少女になってくれそうな人だから。
 孤独な戦いをしてきたから。
 だが、今は違う。
 この二人以外にもまどかを通じてほむらとも仲良くなれた。杏子とも共闘関係にある。そしてあの霞という魔法少女との仲良くなれそうで。
 つまり私はとうに孤独じゃない。
 なら、どうして?
 どうして私は普通の中学生を巻き込んでいるのだろうか。
 この命懸けの戦いの中に。

「……マミさん?」
「え?」
「もう、そろそろ行こうかって話してたんですよ?」
「そ、そうね。ごめんなさい。ちょっと考え事をしてて。行きましょうか」

 心を燻らせながらマミは帰路に着いた。
 



 




「まぁ興味があるのは否定しないけどね。そっちの意味じゃないけど」

 廃墟の影で少女は壁に背を預けつぶやく。
 出て行く振りをして裏から話を聞いていたのだ。
 廃墟はひびだらけで外からも容易に中を覗くことができる。
 加えて声も壁1枚挟んでも丸聞こえである。

「救いの無い子か。面白いなぁ」

 少女の呟きは誰の耳にも届かない。



 





「杏子~今日は魔女探さないの?」
「この辺は今マミのやつが動いてたからな。魔女なんていねぇだろ。それよりいつも通りやるぞ」
「わかった!」

 なんとも間の抜けた返事を返し、店の奥へ走っていくゆま。
 このあと泣くなり質問するなりして店員の目を引いて、そのうちに杏子が盗みを働くつもりだ。
 見滝原に来てから最初に目をつけたこの店は監視カメラも無ければ店員も時間帯によってはレジに一人しかいない。
 その一人をゆまが引きつけてしまえば杏子はやりたい放題だ。
 そしてゆまが店の奥に立ち、わざとらしく高く詰まれたカップラーメンの山から低い位置のラーメンに手を伸ばす。
 間違った振りでもしてカップラーメンの山を崩そうという魂胆だった。
 だが、

「ゆまちゃん、カップ麺買うの?」
「あ……えっと?」
「これでしょ? ほら」

 横から出てきた人影がひょいとカップラーメンを1つ取りゆまに手渡ししてしまう。
 影から見ていた杏子がその人影を確認する。
 それは前にあったときとは違う紺色の制服を着た少女。
 だが、その顔は見覚えがないはずがない。

「うん、ありがと……鮭の人」
「あはは、お弁当で覚えたのかな? でも覚えててくれたのね?」

 ゆまはおぼろげながらに覚えていたらしくオドオドとした対応ととっていた。
 杏子はそれがゆまに刃を向けた少女だと気づき、飛び出す。
 そしてそのまま感情に任せ、少女の胸倉をつかんだ。

「おい、何のつもりだ?」
「あら佐倉さん。もしかしてお邪魔だったかね?」
「お、お客様! 店内で暴力沙汰は困ります!」

 杏子の行動を見て店員がレジから飛び出してくる。
 それを見て、杏子は舌打ちをして店から出る。
 ゆまはそれを眺めつつ、店員がため息をつきながらレジに戻るのを確認してから店を出た。
 霞は二人と店員の姿を見届けた後ゆまが落としたカップラーメンを手に取りレジへ持っていく。
 
「お湯はどうやって確保する気だったのかね? まぁいいや」

 




「やぁ」
「やぁ、じゃねぇ。何で追ってきてるんだよ」

 夕暮れの公園で夕飯を取っていた杏子とゆまに霞が陽気に声を掛ける。
 杏子はあからさまに不機嫌な顔をして霞を睨むと手に持ったおにぎりを齧る。
 その後ろでは霞に気付いて少し逃げたゆまが隠れるようにサンドイッチをほおばっていた。
 
「お夕飯を一緒に食べないかな、と思って」
「家はどうした。どうせ家族だっているはずだ」
「あらあら、心配してくれてるの? 残念ながら両親は多忙なのよ」
「遠回しに『帰れ』って言ってることに気付けよ」

 杏子が座るベンチにドカリと隣に座り先ほどゆまが落としていったカップカーメンを啜る霞。
 しかし杏子達を探していたせいで時間が経ったのか麺はスープを吸って伸びきっている。
 その味に顔を歪めながらモソモソと麺を食べる彼女は杏子はおにぎりの袋を纏めていることに気付くと傍らに置いた袋を杏子差し出した。

「どうぞ」
「……ありがとよ」

 警戒していても食べ物を無下に断ったりはしない。
 杏子は袋の中に入っていたコンビニ製のプリンを1つゆまに投げて、自分の分を取り出し袋を霞に返す。

「ゆまちゃん来ないかなぁ……」
「ゆまも気付いてる。お前が猫被ってることくらいな」
「そうなの? 案外バレないものかと思ってたけど」
「どう聞いて違和感しか感じねぇよ」
「結構自然体なのになぁ。契約前の私はこんなもんよ?」

 だとしたら契約前からこんなだったのか、と杏子は顔を顰める。
 正直に言えば目の前の少女は役に嵌りすぎているからだ。
 自然とか、普通とか、そういった中間の状態が見えない。
 もしかしたら『これ』が普通なのかもしれないが、自然さが全く感じられない。
 すると霞は急に漫画のワンシーンのように空を見上げて

「帰るべきかなぁ。家」
「帰ればいいんじゃねぇか?」

 突拍子もないわざとらしいセリフに杏子が全く無反応でドライな反応を返す。
 というよりは霞の行動もセリフも突拍子がないせいで反応しづらいのもある。
 杏子は演技染みた顔をする目の前の少女に話題を変えるように話しかけた。

「そういやあんた、何かしようとしてあの黒いのに近づいたんだろ? どうだったんだ?」
「ほむらちゃんね。あの子怖いわー。ホント怖い。いきなり銃で撃たれちゃって。私が魔法少女でなければ即死だった」

 手で銃の形を取り、自分の頭に人差し指を突け発砲する真似を取る。
 
「まぁ目的は果たせたしいいけどね。どうせ治るし」
「どうせあんたが喧嘩吹っかけたんだろ? それとも私の時みたいに脅したか?」
「そんな非道な真似するわけないじゃない? ただ条件を話して、お約束しただけよ?」
「条件?」

 杏子はゆまを人質に取ったことを忘れたようなことを話す霞に苛立ちを覚えながら話を聞く。
 そうでなければ会話が続かない。それに暁美ほむらのことは杏子にも興味があることだった。
 杏子は霞が意気揚々と話すほむらとかわした約束を聞いた。
 それは自分が霞とした約束と同じ、一人の人間を守るための約束。
 インキュベーターに契約を結ばせないための契約。
 
「あなたとほむらちゃんなら仲良くなれるかもね?」
「あいつは気に入らないんだよ。透かした顔しやがって」
「あら、なら私とは仲良くできるかな?」
「論外だ」

 うぅ、と涙ぐむ霞。
 芝居がかっているが、その目に嘘は見えない。
 自分と友好を結ぼうとしているのは確かのようだった。
 その胡散臭さと奇怪な行動を除けば意外と単純なやつなのかもしれない。
 杏子は目の前の少女を見ながらそう考えた。
 霞という少女と話したのはこれでまだ2度目だがこうして行動と会話を聞いていると、霞は単純に『やりたいこと』、『言いたいこと』を言っているだけなように見える。
 だから会話が成立しない、突拍子もない攻撃や脅しをかけて来る。
 そう考えれば逆に御しやすい。あのキュゥベえに比べればずっとだ。
 それならやれることもある。

「ゆま、ちょっと来い」
「なにかしたの?杏子~」

 離れた場所で空を眺めていたゆまが杏子の呼びかけにテクテクと歩いてくる。
 そして霞から離れるように杏子の隣、霞の反対側のベンチに座る。

「こいつはしばらく私達の周りをウロチョロするらしいから覚えておけ」
「敵なの? 魔法少女なんだよね?」
「あー、グリーフシードの取り合いって意味じゃ敵かもなぁ」

 それを聞くとゆまはベンチを降り、反対側へ走ると勢いに乗せて霞の脛を思い切り蹴飛ばした。
 
「痛っ! な、何で?」
「杏子の邪魔はさせないもん! 杏子の敵は私の敵だもん!」
「何もしてないのに……これからする予定だけど」
「ゆま落ち着け。今の意味ならマミのやつも敵になるからな。最後まで聞け」
「ならマミも蹴っ飛ばす!」

 子供らしい声で物騒なことを言いながら足を振りかぶるゆま。
 その足の向こうには先ほど蹴られた霞の足がある。
 霞は瞬時に足を上げて蹴りを回避し、大きくため息を吐いた。
 杏子もゆまの態度に小さくため息を吐きながら言葉を続ける。

「こいつが居れば助かることもあるんだ。敵の敵は味方ってやつだな」
「私は敵そのものな気がするけどねぇ」
「お前は黙ってろ。ゆま、とりあえずこいつのこと覚えておけ。1人の時にわかるようにな」
「わかった。杏子がそうゆうならそうする」

 ゆまは霞をジロジロと上から下まで覗くとそのまま歩いて杏子の下へ戻り、杏子に向かって満面の笑みで。

「覚えた!」
「絶対覚えてないでしょ……名前すら聞かれてないし」
「ゆま、こいつも魔法少女なんだ。覚えておいて損はないぞ」
「……『おねーちゃん、お名前なーに?』」
「すごい嫌々に、しかもテンプレのごとく質問したね。そんなに嫌?」
 
 悲しい顔をしながらも嬉しそうにゆまと話す霞。
 出会いの時に言っていたように霞はゆまのことを気に入っているんだろう。
 なら引き離すよりは仲良くさせた方がいいはずだ。
 万が一裏切りられてもゆまを魔法少女にするようなことをしないように。
 絶望だけしかない戦いに巻き込まないように。
 それに霞を監視しておく意味でもゆまとの行動をさせておいたほうがいい。
 杏子はそう考えながら目の前で嬉々と話を続ける霞と、嫌々話を聞くゆまの会話を聞いていた。






 子供と単純な少女の会話は続き、なんとか会話が終わったころにはもう月が昇り始めていた。
 杏子とゆまはそろそろ宿を探さねばと言って別れようとした。
 すると霞は杏子だけを止めて、話を切り出した。
 ゆまは一歩先に公園を出てコンビニに入っていった。

「ねぇ杏子ちゃん?」
「なんだよ? まだ何かあるのか?」
「俺が契約を勧めることに反対かね?」

 杏子はその言葉を聞いて霞を見た。
 口調が変化している。つまり猫を被ってない自然体。
 その状態での目の前の魔法少女、いやキュウベえの質問。

「反対だ。奪い合いがメンドウになるだけだしな」
「そうかい? ほむらちゃんに聞いたんでしょ? ワルプルギスの夜のこと」
「聞いたさ。手を組んだからってそれまで仲良くやりましょう、なんて柄じゃないからね」
「そうですわね。奪い合いとか兼ね合いもあるからなぁ。でもあの子は魔法少女にしてあげたいけど」
「あの子?」

 霞は紺色の制服を揺らめかせて今日会った少女を思いだす。
 覗いた記憶の中で救われずに絶望し続けていた少女。
 杏子は見滝原にいる魔法少女の候補を思いだしながら、先ほどの約束を思いだす。
 その約束から外れ、かつ魔法少女になっていないのは誰か。

「さやか、か。あのマミにくっついてるウザいやつか」
「そうそう! さやかってんだなあのガキ。あの子は見込みがありそうですわぁ」
「魔法少女としてか? マミのやつは期待してたけど」
「いや? 別に魔法少女であることなんて関係無いっての。あの子は……」

 面白そう、と呟いた後クスリと笑う。
 杏子には「関係無い」の部分までしか聞こえず、追求を続ける。

「ならどうしてだ? あいつが魔法少女になると何かあるのか?」
「だって可哀想でしょう!? まどかちゃんのためにキュゥべえを退けてるせいで魔法少女になれる子がなれないなんて!」

 狂言めいた声で語る霞を見て杏子はため息を吐き、

「約束した以上邪魔はしないさ。でもあいつが魔法少女になるのは反対だよ」
「そう、まぁその辺はあの子本人に任せますわ」

 そして霞は、そうそう、と言葉を付け足して不思議な質問をした。










「魔女が増えるのは賛成?」










「なんだそりゃ? どういうことだ?」
「そのままの意味。魔女が多いのは賛成なのかい?」

 その質問に杏子は少し考えた後目の前の少女に答えを投げた。

「賛成……だな。グリーフシードが集まるって意味じゃ万々歳だしな。そりゃ数にもよるけど」
「そっか。了解しました。質問はこれだけだ、ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げ、杏子に背を向ける少女。
 その背に杏子は疑問を投げかける。
 質問の意義、そして少女の意図を。

「何をする気だ?」
「単純なことだろ?」

 投げかけられた質問に少女は軽く答えを返して振り向く。
 振り向く間に変身を終え、ロングスカートを棚引かせて。
 目を爛々に輝かせて鉄色の奇術師は笑う。

「楽しいこと。ですよ」
 














「今日もはずれかぁ。それが一番なんだろうけどさ……」

 月も沈み始めた深夜。美樹さやかは電気の消えた暗い自室で呟いた。
 魔法少女である巴マミとのお茶会の後、友人のまどかと別れて自宅へ帰り、いつも通りに宿題をこなした後のことだった。
 偶然にも魔女の空間でマミに救われることで生き延び、魔法少女の才能をキュゥべえに見出された時、さやかは1つの願いを持った。
 それは自らが恋をしている人の治療。
 現代医学では治すことのできない腕の負傷を魔法ならば治すことができるはずだ。
 だがその願いはマミによって否定され、赤い魔法少女にも否定された。
 しかしさやかはその願いを持ったまま過ごし、マミによる魔法少女の生活を目の当たりにして思う。

 命懸けの戦いに自分は身を投じれるのだろうか。
 恭介のために。自分が好きな人のために。

 できるはずだ。そう考えた。
 考えをまとめ、次にキュゥべえに会ったらこっそり契約をしようかと考えていた時思わぬことが起こった。
 ほぼ毎日のように現れては契約を急かしていたキュゥべえに全く会えなくなったのだ。
 お茶会をしている時も、魔女を探している時も、自室にいる時でさえ。
 あの白い獣は自分の前に姿を現さなくなった。

「才能ないって見切られちゃったかなぁ、アタシ」

 と天井を見上げながらため息をつく。
 ある時から自分たちの周りに出てくるようになった転校生、暁美ほむらは執拗に自分たちを魔法少女にしないように行動している。
 それもあるのだろうか、と考えながらさやかは周囲のことを思い出す。

 キュゥべえも暁美ほむらも、対等に見える巴マミだって。
 心配してるのは『二人』であって『私』じゃなくて。
 『まどかの友人』であって『私』じゃない。

 前者の二人は顕著だ。まどかにどれほどの才能があるのかは知らない。
 けど明らかに自分よりもまどかを気にかけていた。
 マミに関してはその二人に感化されたのか、無意識程度ではあるがまどかを優先しているように見えた。
 自分はおまけのような気がした。そこにいる必要のない存在のように。
 赤い魔法少女、杏子はそうではなかった。
 自分の願いを真正面から全面否定された時は苛立ちを覚えた。
 使い魔に人間を食べさせるなんて言葉を聞いた時は怒鳴り散らしたりもした。
 だが、杏子は自分を自分として見てくれていた。
 それはただ互いに知らな過ぎるだけだと思う。
 けど、それが自然であるはずなのに嬉しかった。
 
「そういえば……今日会ったのは……」

 今日会った魔法少女。
 何故かまどかではなく自分に執拗に話しかけてきた魔法少女。
 確か名前は。

『入っていいかい?』

 その声を聞いた時、一瞬キュゥべえかと思った。
 しかし声、いやテレパシーは真似てはいるもののその声はあの白い獣とは違う。
 窓から顔を出し、玄関を覗くと

『やっほー』

 黒いシルクハットをクルクル指で回す見たこともない姿の少女がいた。
 手にはジャグリングで使われそうな錆びた金色のリングが浮いており、少女の黒めの金属色と灰色の服装からは非常に浮いていた。
 さやかは深夜の暗い外に立つ少女を目を凝らして見つめる。
 するとその顔は確かに今日初めて会った少女の顔だった。

「何の用?」
『ちょっとお話をね。あと1つばかりお願いを』
「それって魔女関連のことなの? それともキュウべえのこと?」
『いやいや、何を言っているのさ。君のことだよ?……えっと、美樹さん』

 さやかはその言葉を聞いて少しの高揚感を覚えた。
 この魔法少女は自分のことを気にかけている。
 まどかではない、自分をだ。
 さやかは少女に入るように促した。
 
「『ありがとう』……ね。おぉういい部屋だ」
「窓から入ってこないでよ」
「玄関から入るのは面白くないし。それに魔法少女じゃなきゃこんなことできないもの。色々試したいじゃない?」
「はぁ。帰りは普通に出て行ってね」
「了解~」

 窓から飛び込むように入ってきた少女は陽気な声でさやかに笑いかける。
 その顔は子供っぽく、そして単純な楽しそうな笑顔。
 だが、その顔に反して目が怪しく光る。
 入るなり自分のことやくだらないことをペラペラと話す少女に軽く相槌を打つ。

「大変だよねぇ。学生しながら魔法少女の練習なんてさ」
「マミさんの方が大変でしょ。魔女を探して戦ってさ」
「何言ってるのさ。あの人にとってあれは『当たり前』だよ? 疲れるわけないじゃない。だってやらなきゃ死ぬかも知れないんだよ? 練習なんてくだらないことしてる方がよっぽど疲れるよ」

 くだらない、という言葉にカチンと来ながらもさやかは目の前の少女を見て思う。
 この子はマミさんとは絶対違う魔法少女だ。
 いや、杏子ともほむらとも違う。
 魔法少女を楽しんでいる。

「あんたもなの?」

 その質問に少女は何も考える素振りもなく、平然と答える。

「そんなわけないじゃない? 契約してたかだか3日ですよ?」

 ケラケラと笑う。魔法少女を小馬鹿にするように軽く笑い飛ばす。
 さやかはその姿にイライラとしながら正直この短い会話でもこの少女が好きになれないことを理解した。
 そしてさっさと本題だけ聞いてしまおうと考えた。
 矢継ぎ早にくだらないことを話し続ける霞に話を無理やり切り出す。

「で、用事って何?」
「用事? 用事……あぁ! そうそうそうだった!」

 本当に忘れていたかのように慌てふためいた少女はさやかの方へ向き直ると。
 窓からの月光を背に立ち、ニッコリと気味が悪いくらいの貼り付けた仮面の笑顔をして。

「ねぇさやかさん」
「な、なに?」

 急な態度の変貌に戸惑いを隠せないさやか。
 そのさやかの態度を見ながら少女は仮面の笑顔のまま笑い、話す。

「可哀想なあなたに、希望に満ち溢れたあなたに、救いを求めたあなたに。私が私なりの救いをあげたいと思って」
「どういうこと?」
「キュゥベえに会えなくて困ってるのでしょ?」

 的を射られたようにドキリと体を震わせる。
 その姿を見て、目を怪しく輝かせながら奇術師は笑う。

「そんなあなたのための、私のお願い。聞いてくれるかな?」

 何故心が読まれたのかわからず困惑するさやかに少女はさやかの前に歩み寄る。
 さやかからは電気の消えた暗い部屋では細かい表情がわからず、ただ『笑っている』ことは理解できた。
 その笑顔がどんな意味はあるのかは理解できないが。
 霞は小さく間を開けて、言葉を1つ1つを確認するように。
 右手をさやかに差し出してこう言った。









「魔法少女になりませんか?」







 今、物語の役は揃い撃鉄が上がり、タイトルコールが鳴り響く。







あとがき
本編開始書いたもののさして進まず、2章のその後程度の話になってしまいました。とりあえず既存キャラ全員の現在の環境での心境を書かせていただきました。
今度こそ……霞の行動が開始されます。多分。



[28583] 4章A:鉄色の契約者
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/08/14 04:44



「どういうこと?」

 目の前の魔法少女の言葉にさやかは疑問の言葉を投げる。
 魔法少女にならないか、という単純な質問。
 だがそれは現状では叶わないことだからだ。
 何故なら契約の獣はめっきり顔を出さず、自分の願いは周りに否定されている。

「あら、反応薄い。もうちょい歓喜してもいいんじゃない? もしかしてキュゥベえがいないとか、そういうことを言いたいの?」
「あんたキュゥベえが出てこない理由を知ってるの?」
「えぇ。だってこの街にキュゥベえはいないもの」
「何で!? 私やまどかのことあんなに契約を迫ってたのに!」

 さやかが霞に詰め寄る。
 そんな姿を見ながら仮面のような笑顔のままで少女は困惑した顔のさやかに平然と自分の正体をばらした。
 契約のできる魔法少女であること。そして見滝原にきた理由。
 それを聞いたさやかはまだ困惑した顔で

「だからってどうしてキュゥベえがいなくなるのさ」
「だって約束しちゃったんですもの。私とね、大事なお約束」

 魔法少女になっていない少女に全てを話す。
 それは確かに魔法少女達から見れば正しい選択だが。
 契約を望むものからすれば悪意しか感じない約束だ。
 更に言うならばこの約束に彼女が慕う巴マミが関与していない。

「どういうことよそれ……勝手にそんな約束取り決めて、キュゥベえを追い出したってこと!?」
「そういうことになるわね。でも仕方ないのよ。二人も考えもわかるでしょう?」

 わからないわけではない。
 魔女との戦いは命懸けであるし、日常が破綻することも知っている。
 そんな危険を大切な人にさせたくないという気持ちは痛いほどわかる。
 だが、何も知らないさやかから見ればキュゥベえは被害者にしか見えないのだ。
 目の前の契約を行える魔法少女と別の魔法少女によって排除された存在。
 そしてこの約束はもう一つ決定的な絶望をさやかに与える。

「杏子ちゃんもほむらちゃんも。マミさんだって、大事な人を守りたいのよ。それはわかる? 杏子ちゃんはゆまちゃんを。ほむらちゃんはまどかちゃんをね」

 さやかは霞の言葉を聞きながら黙っている。
 その約束を反芻しながら考えている、いや考えてしまっているのだ。
 大事な人。周りの状況。まどか。巴マミ。
 そして……自分。
 
「マミさんもほむらちゃんから何か聞いてるみたいなのよねぇ。だから『まどかちゃんを』必死で守ってるじゃない?」

 なら自分は。

「キュゥベえに聞いたし、私もわかるけど……『まどかちゃんの』才能はすごいわ。多分文字通り最強になれるんじゃないかしら?」

 ……自分は?

「そうそう。杏子ちゃんをこっそり覗いたららいいお姉ちゃんになっててさ。ほんと『ゆまちゃんが』好きなのよねぇ。あんな約束するのもわかるわ」

 暗い顔で俯くさやかを見ながら霞はわざとらしく言葉を続ける。
 人名を強調して。言葉1つ1つをさやかに突き刺すように。

「本当にこの街の魔法少女はすごいわよねぇ。皆仲良しなんだもの。ね? さやかさん」
「私は……?」

 さやかは震える声で目の前の少女に問う。
 霞は最初に会った時、自分のことをほむらから聞いたと言っていた。
 それなら少しでも、少しでも自分をどう思っているのか聞いているはずだ。
 そう考えての問い。
 縋るように。
 だが、その問いの返答は甘くない。

「知らない。あなたのこと『なんて』みんな知らないわよ?」
「転校生から聞いたって」
「あれは嘘。だって知らない人に名前を呼ばれたらびっくりするじゃない?」
「じゃあどうして私の名前を」
「だって私はキュゥベえだもの。あなたの名前なんて知ってて当然じゃない? 別に調べなくてもね」
 
 さやかは目の前の少女の言葉をひとつひとつ拾い、そして思う。
 本当に蚊帳の外じゃないか。私は。
 私はマミさんに憧れて、恭介を救いたくて。
 魔法少女に、なりたいのに。マミさん達の力になりたいのに。
 周りはみんな魔法少女になる意志も見えないまどかばかりに目を向けて。
 
「そのとばっちりで好きな人も救えない」

 心を読んだように言葉を続ける霞。
 そして奇術師は仮面を取り去り、口の両端をつり上げて、本当に楽しそうに。









「可哀想なさやかちゃん」









 目を怪しく光らせて言葉を閉じる。
 その言葉を聞いてさやかは自分で自分を抱くように体を押さえる。
 
「あなたが魔法少女になろうとなるまいと、周りは何にも変わらない。恭介君は助かるけど……あなたはそれだけでいいのかな?」

 いいと思った……はずだ。
 なのになんで、なんでこんな単純な現実で体を震わせているのか。
 魔法少女になれば、なれれば。
 契約さえできれば。

「あなたは変わるのかな? 正義の使者で、素敵な魔法少女で。それであなたは満足かな?」
 
 戦うことなんて怖くない。
 私はマミさんのような強い魔法少女に。

「想いがあるなら、願いがあるなら、希望があるなら。それでいいじゃない? 私はそれを否定したりしないわ?」

 どんな願いもね、と楽しそうに笑う。
 その顔は悪魔の笑顔だ。
 インキュベーターとは違う。
 結果を知りながら語る悪意の笑顔。
 だがそんなこと、何も知らない少女にはわかるはずもない。
 
「大丈夫。怖がらなくていい。あなたには才能があるもの。キュゥベえが見えて。魔法のことも学んでさ。素晴らしいじゃない」

 霞はその笑顔のままでうって変わってさやかに手をさしのべる。
 契約者の言葉が、さやかの心を蝕んでいく。
 彼女にはもう、目の前の魔法少女が契約を、現状からの救いをくれる唯一の存在でしかない。

「確かにあなたは今じゃひとりぼっちかもしれない。でも叶えてごらんなさいな。恭介君と仲良くなれて、マミさんやほむらちゃんとまどかちゃんを守ればいい」

 ほら、ひとりぼっちじゃない。
 その言葉は打ちのめされたさやかには天啓に聞こえた。
 だがその言葉は何の意味もない。
 恭介を助けることは契約の対価で。
 マミと共に魔法少女でない人を守り抜くことはずっと昔から考えていたことだ。
 それがただ他者から、救いの言葉のように投げかけられているだけで。
 
「さぁ、願いをどうぞ。素敵な魔法少女になれるわ?」
「……私は、私の願いは……」

 その言葉は異常なまでの力を持つ。
 青い光が、深夜の住宅街の空を照らした。








「そうだ。お願いがあるのよ」
「お願い?」

 契約を終え、倒れていたさやかが落ち着いたところで霞が話を持ちかけた。
 さやかは手のひらの青いソウルジェムを弄びながら霞を見る。

「マミさんには私がキュゥベえだって内緒にしてくれない?」
「……? どうして? 別に問題ないんじゃ」
「マミさんはまどかちゃんをキュゥベえに会わせたくないみたいなのよねぇ。私がそうだって知ったら嫌われちゃうじゃない?」

 さやかは契約の後目の前の魔法少女への警戒心が薄れていた。
 遠く考えれば恭介を助けた恩人でもある上に、自分の状況を打破させてくれた存在だからだ。
 その魔法少女の言葉にさやかは明るく言葉を返す。

「いいよ。内緒にしておいてあげる」
「ありがとう。約束ね!」

 張り付いた笑顔ではなく、気味の悪い笑顔でもなく、年相応の可愛らしい笑顔での返答にさやかも小さく微笑む。
 すると霞は手を前に出して小指を立て、さやかの方へ向ける。
 なんのつもりか、と考えた後さやかは気づいて小指を立てた。
 霞はニコリと笑い、小指を小指に絡ませて。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲~ます」

 と歌い、その指を離した。

「明日から一旦家に戻りますってマミさんに伝えておいて」
「え? あぁわかった!」

 伝言を言うと窓に足を掛け、窓から飛び降りた。











「さって……なんでしょうかね?」

 暗い夜道を一人で歩く霞が突然後ろを振り向いて声をかける。
 そこには盾から拳銃を取り出して構える暁美ほむらの姿があった。

「理由はわかっているでしょう?」
「何のことだろう? オレが何かしましたかね?」

 飄々と語る霞にほむらは苛立ちを覚えながら距離を詰める。
 霞は変身していない紺色の制服のままで、両手を挙げている。

「どうして美樹さやかを魔法少女にしたの」
「あら、バレましたの? 目ざといやつじゃねぇ。しっかしだからってここまで来るとは」
「前置きも余計な言い訳もいらない。もう一度聞くわ。どうして美樹さやかと契約したの?」

 真剣な顔のほむらに霞は変わらぬ透かし笑顔で平然と言葉を返す。

「さやかちゃんは約束の内容には入ってねぇけど?」
「私はインキュベーターのいない見滝原を願ったはずだけど」
「あらあら、ワタクシをそれに巻き込むのはどうかと思うね」
「魔法少女としてあなたがここにいる事は許してるんだから感謝してほしいものね」
「ふむ、なるほどの。君の見解はそういう意味かね。まぁ僕はそんなの考えちゃいないけど」

 霞はまだ変身していない。
 ほむらはここで撃ち殺してしまおうかと拳銃の指に力を込める。
 だが、ほむらに霞のソウルジェムの場所はわからない。
 射撃をした後に仕留められなければ時間停止のしない杭が飛んでくる。
 あの時、目の前の少女は確かに時間停止をしていた。
 だが、それは相手が自分の能力を時間停止と知らなかったからだ。
 もし攻撃が時間停止をしないのなら彼女自身も時間停止を逃れられる可能性がある。
 もしそうなら停止空間での戦いはあまりに不利だ。
 何故ならほむらの時間停止は基本攻撃の準備でしかない。
 放たれた銃弾はほむらの停止回避の範囲を超えれば停止していまい、停止空間では武器としての能力はない。
 時間停止による回避も同じだ。相手の攻撃が停止していることが前提の回避行動であり、停止空間でも動く攻撃に関しては時間を止める必要性はない。
 もし相手自体も停止空間で動けるのであれば、それは停止空間と現実に変わり無いことになる。
 むしろ相手が攻撃し放題なのに対し、自分は全く攻撃できない。
 つまり目の前の少女を排除するにはソウルジェムの位置を特定して1発で仕留めるしかない。
 あまりに分が悪いが、それしか勝つ方法がない。

「もしかして私を殺そうとしてません?」
「あなたはインキュベーターだもの。当たり前じゃない」
「隠さずに言われるといっそ清清しいですよ。全く、ここの魔法少女は物騒だ」

 霞が喧嘩を売っているからなのだが。
 ほむらが拳銃を下ろすと目の前の少女は安心したようにため息をついて、ほむらに問う。

「でもどうしてさやかちゃんを魔法少女にしたくないんだい? 大事なお友達の願いを無碍にするなんて酷いわ!?」

 芝居がかったヒステリックな声を上げる霞にほむらは苛立ちながらも

「美樹さやかはどの時間軸でも魔女になってしまう。それはわかっているでしょう?」

 理由は不明でも霞はほむらが時間を繰り返していることを知っている。
 だからこその言葉だ。
 すると霞はその言葉を待っていたかのように変身し咳払いをすると。
 
「美樹さやかが魔女になることに何か問題があるの?」
「……っ!?」

 ほむらの口調に似せて、ほむらに似せた声で声を返す。
 どういった方法なのか、はたまた魔法なのか。
 その声は非常に似ている。
 
「美樹さやかが魔女になった所でまどかは魔法少女にはならないわ。いえなれはしない。この街にキュゥベえはいないんだもの。そのための約束よ」
「……あなたが裏切るかもしれない。キュゥベえが来ないとも限らないわ」
「過ぎた警戒は状況把握の邪魔になるわよ。それにこれは私の望んだこと」

 ほむらの口調に合わせた冷静な口調で言葉を続ける霞。
 
「美樹さやかが魔女になれば、それを知れば。巴マミが混乱する可能性がある。そう考えたのよね。でもそれすらも考慮の内。全ては霞に押し付けてしまえばいい。そうでしょう?」

 まるで自分が暁美ほむらだと言う様に言葉を紡ぐ霞。
 その顔はその声とは裏腹に虚ろで表情が見えない。

「どうせあのころとは違う。いざとなれば巴マミも、佐倉杏子も『始末』してしまえばいい。キュゥベえがいないならそれだけでまどかを守ることができる」
「あなたの言葉を私の声で語らないで」
「ワルプルギスの夜との戦いには戦力が必要だわ。だけどまどかを、いや『私』を。私を傷つけられるわけには行かないもの。まどかを『次の時間軸』でも守るために」
「黙りなさい」

 ほむらが拳銃を霞の足元へ発砲する。
 それを霞は足を上げて回避し、一歩下がる。
 回避した後、顔を上げた霞は表情を笑顔に変えてほむらを見る。

「……ふぅん。揺さぶりは無駄ね。成長したわね?」
「何のつもりが知らないけど、あなたの言葉に耳を貸す道理もないもの」
「あら、それにしては驚いていたのではなくて?」

 クスクスと笑う霞をほむらは睨みながら拳銃をしまう。 
 目の前の少女には拳銃が脅しにならない。
 何故なら魔法少女の全てを知っているから。
 ソウルジェムさえ攻撃されなければ死なないことを知っているから。
 頭を撃たれようと、四肢を分断されようと。
 目の前の狂った少女には何の脅迫にもなりはしない。
 
「美樹さやかの件は今更どうこう言っても無駄のようね。さっさと消えなさい」
「ありがと。んじゃ私はしばらくここを去るとしようかな。一旦身辺整理をしてこなきゃ」

 霞はほむらに背を向けると手を上げてパチンと指は弾く。
 するとそれに合わせて上から20本余りの杭が落ちてきて、地面で金属音を立てる。
 ほむらの声で話している間に隠して出していたのか、もし時間を停止させたのならまた出会いの時のように杭が強襲してきたのだろう。
 ほむらは誰も居なくなった路地で小さく舌打ちをした。


 






○あとがき:
おりこ時空なら杏子は一人じゃないから実際さやかを構うことはしなさそう。
そう考えるとマミさん以上に状況的なぼっちになりそうなのはさやかな気がする。
書きながらそう思いました。



[28583] 4章B:少女は衝動のままに魔法を生む
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/08/14 05:32
※今回の話は別の街の話になります。本編キャラが出ないことをお許しください。




 朝方の町に少女が歩く。
 見滝原とは違う自然の少ないごちゃごちゃとした住宅街が広がる。

「いやぁ……終電過ぎてたからって歩いてみたけどしんどい……」

 全身をダラダラとさせながら黒髪の少女が歩く。
 紺色の制服から清楚がイメージを感じさせるが、その態度からそういったイメージは全く感じない。
 だが家の付近だからか、口調は意識して普通に保っている。
 そんなダラけた少女に後ろから声がかかる。


「鳴海!? 鳴海じゃない!」

 声を掛けたのは活発そうな茶髪の少女で霞と同じ紺色の制服を着ていた。
 霞はその声をするほうへのろのろと振り向き少女を見る。
 そしてその顔を見てから少し考えるように頭を抱え、

「誰?」
「アンタの数少ない親友を忘れるとはどういうことか」
「……あぁ、由美か。久しぶり」
「久しぶり、じゃないわよ! 4日も学校無断欠席してる上に家にも帰ってないらしいじゃん。お母さんから電話来てたんだよ?」
「帰って来てたのか……めんどいことに」
「何かあったの? もしかしてまた?」

 また、とは霞の奇行のこと。
 目の前にいる少女は霞を長い間見てきた幼馴染であり、両親が常に仕事で家を開ける彼女の実質の保護者である。
 独自の行動理論で動く彼女の行動を理解できる数少ない理解者(?)である。

「またって言うか巻き込まれてそのままというか」
「あんたが自分以外のことをするなんて珍しいわね。何に興味を持ったわけ? こんな長く居なくなったってことは登山かなんか?」
「さすがにこの格好で登山はないなぁ」

 疲れた顔の霞を覗き込むように見て笑う。
 平凡な少女のようだが犯罪に手を染めかけたこともある霞に平然と接する彼女も少々異常者である。
 
「今日は学校来るのよね?」
「いや、鞄ないし。やることもあるからねぇ。今日はサボりかな」
「お叱りが来るわよ? 主に私に」
「なら身代わりよろしくね。私は知らないし」
「ちょ、ちょっと!」

 霞は駆け出し数十メートルの距離を開けると、後ろを振り向き叫ぶ。

「ねぇ、由美。あなた願い事ってあるー?」
「願い事? あんたがもうちょっと落ち着くことよ!」

 そして少女は願いを聞くなり逃げるように駆け出した。








「まっずいなぁ……由美を忘れてるなんて」

 通学ラッシュの終わった通学路を逆走しながら霞は頭を抱えていた。
 見滝原にいた時に比べ落ち着いていた彼女は自分の異変に気付いた。
 というよりは気付かざるを得なかった。


 記憶がない。


 数日前に会った由美は何度か話したことで思い出せたが、数ヶ月会えていない両親の顔など欠片も思い出せなかった。
 もし出会ってもきっとわからない上に会話もできないだろう。
 それどころか、自宅の場所がわからない。
 脳内に残っている学校の名前を頼りに標識をみて通学路に入っていたが正直学校の場所もわからない。
 当たり前と言えば当たり前なのだ。
 インキュベーターになる際数千年分の契約の記憶を受け、その上何十回と同じ時を繰り返すほむらの記憶を覗き込んでいる。
 そんな大量の記憶の中にたかだか十数年の人間の記憶は簡単に埋もれてしまう。
 口調がおかしいのも混濁する記憶の中から出会ってきた魔法少女やその周辺の口調を真似ているからだ。
 無意識で行っているとはいえ、それはギリギリの綱渡りのような物でしかない。
 やりたいことをしたいという衝動の元動いてる状態では全く気にしていなかったが、こうして契約前の場所、相手と話すとその違和感は感じざるを得なかった。
 なのに妙に地理に詳しいのは恐らく無意識でキュゥベえの記憶からこの街にいたであろう別の魔法少女の記憶を得ているからだろう。

「さて、行きますか」

 虚ろな記憶から彼女は歩く。
 記憶の端にいたある少女の下へ。







「霞、君は自分から見滝原の契約を請け負ったんじゃなかったかい?」
「あぁキュゥベえかい。ちょっとした帰省くらいいいじゃないですの。これが最後ですわ?」

 ふらふらと街中を歩く霞に背後から声がかかる。
 白い獣、インキュベーターは霞の後ろに座っていた。
 霞は何故かキュゥベえのほうへ向かずそのまま歩き始める。
 キュゥベえはその姿に追従しながら問いを続ける。

「君はどうしてここに戻ってきたんだい? ここには魔法少女の才能がある少女はいないよ?」
「わかってるよぉ。ならなんでてめぇがここにいやがるんだ」
「僕は君が見滝原を出ることを確認したから接触しに来ただけだ。君が見滝原での契約を諦めたのならばすぐにでも出向けるようにね」
「全く、もうちょっとゆっくりできないのかな? これじゃ僕は自由に動けないじゃないか」
「君の目論見や感情に僕らが振り回されるわけには行かないからね。見滝原の件だって本来なら許されることじゃない」
「ならどうしてかな? オレ様にあの場所を預けたのは」

 その問いにキュゥベえはテコテコと歩きながら表情を変えずに語る。
 口調を変えながら表情もコロコロ変える霞とは同じ契約者でも大きな差を感じる。

「君のような願いをした魔法少女のほとんど思考が壊れてすぐ魔女になるか自暴自棄になっていた。その中でも数少ないまともであった魔法少女は僕らの契約に賛同してくれはしなかったからね」
「まぁ正論だわ。皆怖いものね……まぁそんなんは私には関係あるまい」
「君の行動は未知数ではあるがその行動には何かしらの理由が見える。それを信用してみることにしただけだよ」
「あら、『信用』だなんて貴方様が絶対に言わない言葉かと思ってたわね」
「僕と同一個体の君の五感は僕も認識することができる。だからこそだよ」
「監視カメラいらずってか? ならなんでいちいち個体を送りつけるのやら」

 ため息を吐きながら少女は標識を見る。
 そこにはこの街で最も大きな病院の名前が記載されていた。
 霞はそれを確認し、標識の指す方向へ歩き出す。
 その先には微弱にソウルジェムが反応していた。
 だが、彼女はそれを全く気付いていないように歩いている。

「病院に行ってどうするつもりだい?」
「なぁに。試したいことがあるだけさ。……さて」

 小さく息を整えると、人気が無いことを確認し霞はキュゥベえの方へ向き直る。
 歩みを止めたことに合わせて足を止めたキュゥベえに霞は笑いかける。
 綺麗な笑顔、だがどこまでも冷たい仮面のような笑顔。

「こっからは邪魔だ。お得意の『監視カメラ』とやらから覗いてくださいませ?」

 晴天の通学路に鮮血が舞った。
 だがそれが見える人間はこの街にはいない。













 病院の一室に少女は寝ている。
 白いベッドの傍らには使い古したことがわかる車椅子が1つあり、それ以外はお見舞い品があるだけで何も無い。
 少女は寝ながら窓の外から見える晴天を覗いていた。
 するとガラガラと音を立てて扉が開き、

「やっほ」

 入り口からの声に少女が振り向く。
 そこには紺色の制服を着た少女が立っている。
 ベッドに寝ている少女も着るはずだった制服だ。

「鳴海……だっけ。どうしたの」
「いやぁ、お見舞いなんて最後に来たのはいつだったかな? 最後に来たときはその髪、まだショートだったよね?」
「切るのが面倒になっただけよ」
「ふぅん。相変わらず『人生つまんない』って顔してるのね」

 その言葉に少女は身を起しベッドの前に立つ少女に詰め寄ろうとする。
 だが体はうまく動かず、そのままバランスを崩しベッドから落ちそうになる。
 それを霞はニヤニヤと笑いながら支え、元に戻す。

「あんたに何がわかるってのさ。海外に飛んでまで手術したのに直らなくてここに閉じ込められて何年経つと思ってるの!」
「知らない。興味ないし。私がここにお見舞いに来てたのは単なる興味だし」

 霞の前に居る少女はとある事故により下半身不随になった少女だ。
 元々全くの無関係だったのだが霞が『手術』に興味を持った時偶然彼女を海外の手術を受けさせるための募金が行われ、その募金に参加したことがきっかけだった。
 自身の衝動から霞は募金活動の一環という名目でこの少女に接触し交流を行った。
 そこそこ友好を深めたのだが、彼女が海外で手術を受け帰って来た時には霞はそのことに興味を無くし一切の交流をしなくなってしまったのだ。
 霞は脳の隅にあったこの出来事をさやかの記憶を覗いた際に思い出していた。
 
「それで? 興味がないはずのあんたは何でここに来たのさ。というか部屋も変わってるしわからないと思ったんだけど」
「そりゃぁ仮にも一時期毎日のように通ってたからね。ここに長年勤めてる人とは知り合いだもの、聞けば一発よ」
「本当に仮にも、よね。で? 何の用よ」

 機嫌悪そうに睨みつける少女に霞はニヤリと笑ったまま。





「私がソレ、治してあげようか?」





 バシン!
 音の無い部屋に大きな破裂音が鳴る。
 それは少女が霞を張り手で叩いた音。霞は大きくのけぞり2,3歩下がる。

「痛ぁ……酷いなぁ。救世主様なのに」
「馬鹿にしないで!」

 霞は怒髪天を衝く勢いの少女を見ながらも叩かれた頬を押さえ笑顔をやめない。
 気味が悪いを通り越してそれがデフォルトなのではと思わせるような張り付いた笑顔。
 
「しゃぁねぇ。論より証拠だ」

 霞は何でもない一般人の前で鉄色のソウルジェムを取り出すと、閃光を発して変身する。
 ベッドに座る少女はその姿をみて唖然として目を瞬かせる。
 紺色の制服から鉄と灰色の奇妙な格好に変化した元友人を見て彼女は口を開けたまま動かない。

「面白い顔」
「何ソレ……手品?」
「いや? 本物、純粋、混じりけ無しの超常現象だよ」

 霞は何も知らぬ少女にペラペラと魔法少女を語る。
 それはある意味恐怖の内容だった。
 得体の知れないバケモノとの戦い。
 維持しなければ自身もそのバケモノになるという恐怖。
 そして何よりも1度自分自身が死ぬと同義になってしまうこと。
 ちっぽけな宝石1つが命そのものになってしまうこと。
 だが、彼女にとってはそんなことは一切関係ない。
 ただ1つ、願いによって全てが救われることが彼女の心を支配する。
 

「さて、ここまで話してどう?」
「契約すれば助かるのよね?」
「えぇ。それ『だけ』は保障してあげる」

 ソウルジェムが発光している。
 霞はそれを気にせず会話を続ける。

「ならお願い! 私を、私の体を治して!」
「おぉう。見事な手のひら返し。まぁいいけどね」

 うって変って目を希望で輝かせる彼女を見ながら霞はニヤニヤと笑う。
 その目は決して人を見る目ではない。だが希望に満ち溢れている彼女にはそんなことは気付きはしない。
 そして鉄色の魔法少女は願いの少女に問う。

「先に言っておくけど、どうなっても知らないよ?」
「ここで寝てるよりはよっぽどマシよ」

 死なないほうがマシだと思うけど、と呟く霞を少女は急かす。
 無音の空間に奇怪な少女が手を掲げ。
 大量の魔方陣が病室を包んだ。
 






 













「やっぱこの程度かぁ……」

 歪む空間で鉄色の少女は呟いた。
 絵の具をひっくり返したような滅茶苦茶な床と空。
 そこに佇む一人の無傷の少女と。

「あ……あぁ……」

 血塗れで倒れる少女が一人。
 両足が吹き飛び、左腕は奇妙な方向へ折れ、腹が半分無くなっている。
 か細くとも話せているのが奇跡のレベルの姿だった。

「好戦的だったとは言え……使い魔にここまでとは。才能って怖いねぇ」

 空には死んだ使い魔が振り回していた曲刀が今もなおクルクルと廻っており、おもちゃで遊ぶように細い棒のようなものを切り刻んでいた。
 それは切り刻まれるたびに赤黒い液体を吐き出しながら小さくなっていく。
 倒れた少女は奇跡的に無事な右腕を動かして落ちてくる肌色を必死でかき集める。
 全く意味がないことを理解しながら、必死で。

「あ、あぁぁ。私の…・・・私の……」
「あーあ、気持ち悪い」

 ため息を吐く霞に少女は虚ろな目で手を伸ばす。
 縋るように、救いを願って。
 体を修復しようとしているのかソウルジェムはすごい勢いでその色を黒くしていく。

「こりゃぁ死ぬのが先かな? 魔女になるのが先かな? 個人的には後者がオススメだけど」
「嫌……死に……たく……な……」
「いやいや、それを今言うのはないわ。ついさっき言ったじゃない」

 霞は空間にもこの状況にも全く似合わぬ爽やかな笑顔で。






「死なないほうがマシだってさ」





 




 歪んだ空間が直るとそこには少女が一人だけ佇んでいる。
 そこには別の人影はなく。まるで最初から一人だったかのように。
 その手にはグリーフシードが1つ握られている。

「見事って感じ。魔女になってでも死にたくないなんてさー。まぁすぐ終わりましたけど」

 誰もいない病院の裏で鉄色の魔法少女は呟く。
 その顔は笑顔だった。とてもとても楽しそうな笑顔。
 だがその瞳はドロリとして、口の両端は吊上がり、
 青白くなった肌が更なる気味の悪さを感じさせる。
 子供が見たら泣き出しそうな笑顔で。
 
「エネルギーは少ねぇけど十分許容内。万々歳だな!」
 
 少女は笑う。笑う笑う。
 友人の死を呼び込んで。希望から絶望に叩き落して。
 才能の無い少女を魔法の世界へ引きずりこんで。
 その全てが遊びであったように。
 楽しそうに楽しそうに笑った。

「さて……あとはどう転がるかだなぁ……」








 どう転がるか。
 それは彼女自身も知らなかった。
 だが彼女のその行動は呆気なく進む。
 具体的には。

 翌日のトップニュースのレベルで。










『昨日未明。鷹縞市立鷹縞第二中学校で原因不明の大量殺人事件が発生しました。生徒・教員約450名の内121名分の死体が確認され、他329名の行方も判らず捜索願が出されています。事件があったのは……』
『全校集会が行われていたらしい体育館には今だ進入禁止のためのテープが張られ、中の様子は伺えません。関係者の話では遺体はまるで巨大な刃物で切り裂かれたような傷や動物に噛まれたような傷が……』
『行方不明になっている生徒の大半が女子生徒であり、女子生徒の遺体はわずかしか見つかっておりません。その線から警察は……』
『たった今情報は入りました。警察の調べで体育館の鍵が施錠された後破壊されていたことが判明しました。しかし体育館にはそれ以外にどこの損傷もなく……』
『近隣住民がこの惨劇に気付かなかったのはどうしてなのか、近隣住民によれば事件発生時間と思われる時間帯にはすでに体育館からは何の音もしなかったらしく……』
『平成の七不思議などと、空想の実現だと世間では早くも言われていますが、それは違う! これには明確な殺意と……』







 狂気は広がる。
 笑顔の契約者は狂気を希望に乗せて振りまく。
 彼女自身はただやりたいという願望のままに希望を振りまいているだけ。
 ただそれが狂気を纏い、先に絶望しかないだけで。








あとがき:
魔法少女が人間に見えて、契約ができるなら望む者全てと誰にでも契約ができるんじゃないか、という考えのこの話。
最初に確認してたのはこのためです。
この話の中ではキュゥべえが見えることが魔法少女の強さとしての最低ライン、というイメージで書いております。見えない人間では絶望に居ようが魔法少女になった時非常に弱くなってしまうということです。
逆にまどかのように才能があれば絶望が薄くても強いということ。
才能ってのを協調するわけではありませんが、本編キャラは選ばれた人間だろうと。



[28583] 5章:奇術師は陽気なままに魔女を生む
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/08/16 11:04
 謎の大量殺人、そして行方不明事件。
 犯人どころか事件の痕跡は一切無く、遺体の惨状は様々。
 事件発生時の目撃者どころか事件が発生していたことを近隣住民が知らない。
 発見したのは学校の警備員が交代に訪れた時だという。
 その警備員も現場を見たショックで精神に異常を起し詳しいことを話していない。
 この事件はなんでもない地方の一つの町の事件のレベルには収まらず、全国ネットのTVが挙って調査に乗り出した。
 ネットでは現代の神隠し、もしくは世界の終わりだとまで言われその熱は冷める気配はない。
 様々な憶測が飛び交う中、ほんの一部の人間だけがその状況の正体に感づいていた。
 それは共通した一つの項目を持つもの。
 一般人に言えば鼻で笑われるような嘘のような存在。
 魔法少女には、それの真実が確かに見えていた。












 暁美ほむらは土曜なのを利用して事件が起こった隣町へ来ていた。
 その傍らには。

「なんで私まで……」

 大きく欠伸をする佐倉杏子の姿があった。
 千歳ゆまの姿は見えず、久々に手持ち無沙汰な手を杏子は少々寂しげに見る。

「ゆまはマミのやつに預けてきたから大丈夫だと思うけど、電車賃だって馬鹿にならないんだよ」
「それでも素直に来ている辺り、あなたも丸くなったものね」
「うるさい。どうせあのニュースのことなんだろ? どう考えても魔女の仕業だ。それもドでかいな」
「そうかもしれないけど……私がここに来た理由はそれだけじゃないわ」

 確実にあの事件は魔女の仕業だろう。
 それはほむらも理解できていた。
 魔女の結界の中で死亡すれば遺体は結界の中に残り行方不明扱いになるし。
 死体が広がる結界の魔女を狩ればその魔女の結界は消え、そこにある死体も持ち帰ることができる。
 その理論ならば確かに今回の事件に漠然とした結論は出る。
 しかし、それには問題があった。
 何故なら行方不明になった人間、つまり魔女の結界内で死んだ人間と。
 魔女が死んだことでその空間に出ることが出来た死体。
 その2種類が同時に、それも大量に発生しているからだ。
 それが示す真実は1つ。
 魔女は一体発生したわけではないということ。
 同時に同じ場所に二体の全く別の魔女の出現したということだ。
 それは通常ではあり得ないことだ。
 だが杏子が知らず、ほむらが知る魔法少女の真実を考えればそれは簡単に実現ができる。
 ほむらは警戒心を強めながら後ろの杏子に声を掛ける。

「あなた、鳴海霞と会ったそうね」
「てめぇもな。お友達を守るために無理くりキュゥベえを排除したって話じゃないか」
「あなたも変わりないでしょうに。私が言いたいのはそれじゃないわ。この事件に彼女が関わっている可能性がある」
「霞がか? あいつは魔法少女とキュゥベえだろ? 魔女と何の関係があるってのさ」

 佐倉杏子は知らない。
 魔法少女の末路、魔法少女が魔女になるということ。
 もし魔女が同時に二体発生する可能性があるとすれば、それは魔女との戦いの最中に魔法少女が魔女になるケースだ。
 あの気味の悪い魔法少女が絶望の元に魔女になることは想像しづらいが、ここに別の魔法少女、いや霞が新たに契約した魔法少女が居ても不思議ではない。
 だとすれば、不本意ではあるがあの魔法少女から話を聞くのがベストだ。
 もし彼女が主犯で全ての元凶であるならば、杏子との挟撃で始末してしまえばいい。
 見た限り彼女の武器は杭しかない。杏子の槍には歯が立たないはずだ。

「あいつと会うだけ気分が悪いけど……しゃーねぇか。当てはあるのか?」
「あの魔法少女は家に帰ると言っていたわ。それに」

 ほむらが前方を指差す。
 指差した先にはローカルTVが放送されているテレビがあり、そこには変わらず事件の謎を語るニュースが続いている。
 その映像に映る遺体が見つかった少女の写真。
 その少女はあの魔法少女と同じ紺色の制服を着て笑顔で校門に立っていた。
 杏子はその映像を見てなるほどね、と息を吐き。

「嘘吐いてるって線は?」
「アレは胡散臭いけど、行動に嘘はないわ。言動は嘘だらけだけどね」

 その言葉を聞いて杏子も納得した。
 あの魔法少女、鳴海霞は信用ならない上に真意が見えない。
 しかしその行動理論はあまりに単調で素直だ。
 歪な感情とそれに行動が直結することが彼女の危険性であり問題なのだから。
 だからこそ自分で言った脅迫染みた約束に嘘は吐かないし、自らが他人に言った言葉を撤回したりはしない。
 それはある意味インキュベーターとは真逆の思想だった。
 
「んじゃ適当に探すか? どうせ行くとこなんざ事件現場しかねぇだろ」
「えぇそうね。学校に行っているような姿はなかったし」

 二人は事件現場へ走り出した。
 凄惨な事件の起きた事件現場へ。
 いるであろう魔女を滅ぼさんがために。
















 そこそこ広い体育館で少女は眠る。
 そこからは大量の声が聞こえるが、中には彼女しか人の姿はなく静かな空間になっている。
 スースーと音を立てて眠る彼女は、夢の中で昨日起こった事件を思い出す。
 大量の光、悲鳴、怒号、赤い血、肌色のカケラ、そして大量の黒。
 身を震わせるような快感と倦怠感。

 













「入れない……か」

 事件現場についたもののそこにテレビカメラや雑誌記者などが溢れるようにごった返しており、立ち入り禁止テープの前で雄弁に事件の惨状を語っている。
 体育館の中を覗くことなどできそうもない状況だ。
 警察は一時的にその場を開けており、体育館には破壊された鍵の代わりに立派な南京錠が施錠されていた。
 遠目から見る限り体育館やその周りは至って普通でそんな惨劇が起こったとは思えない。
 だが、二人の持つソウルジェムは眩しいほどにその光を点滅させている。
 
「魔女がいるのは間違いないわね。でも今は活動していないみたいだけど」
「結界に逃げこんでるんだろ? 恐らくあの体育館の中に結界の入り口があるはずだ。でも……これ全部押しのけるわけにはいかねぇだろ」
「でも、使い魔や魔女の力でここにいる人を巻き込む可能性があるわ。早々に対処しなきゃ。警察がいない今がチャンスよ」

 魔女のくちづけでここにいる人間に被害が出ることを考えれば状況を進めなければならない。 
 だが人目に付くのはまずい。
 杏子がどうするか、と頭を抱えているとほむらが路地裏へと走り杏子を手招きする。
 路地裏に入るとそこには一転人の姿は見えなかった。
 住宅には人がいるような気配はするのだが、皆々その扉を閉め引き篭もっている。
 自分の家のすぐ近くでこんな大きな事件が起きたのだから当たり前の対応だった。
 ほむらは人気の無い民家の影で変身を済ませ、杏子にもそれを促す。
 ほむらの真意がわからない杏子が渋々変身をすると、ほむらが杏子に手を伸ばした。

「手を掴んで。体育館に潜入するわよ」
「ちょっと待てよ。あの人だかりを吹き飛ばす気か?」

 ほむらが爆発物を使用することは杏子も知っている。
 その物騒な発想にため息を吐きながら、ほむらは無理矢理杏子の手を取って意識を集中させた。
 そして世界の時間が静止する。
 
「行くわよ」
「おい! どういうことだこれ!」

 動揺を隠せない杏子を無視して手を引いて路地を出るほむら。
 路地の日陰から出ると炎天下の日差しが降り注ぐ中、大量のカメラやキャスターが学校にいるのがわかる。
 そしてその全てが静止して、全く音を立てていない。
 
「これがお前の魔法なのか?」
「そうよ。手を離したらあなたも止まってしまうから離さないで。行くわよ」

 石のように動かない人々の間をすり抜け、体育館の前に立つ二人。
 二人のソウルジェムはその先の空間に対して警告を送り続けている。
 杏子が南京錠を破壊しようとしてほむらがそれを制止する。
 錠が破壊されれば時間が動いた時に問題になるだろう。
 ほむらが手を引いて体育館の裏、更衣室を確認する。
 裏にも大勢の報道陣がいたが前ほどではなく運よく更衣室の窓が開いていた。
 ほむらはそのまま魔法少女の強化された脚力を駆使して窓の桟に手を掛け窓から中に侵入した。
 上る際に手を離したせいで固まっている杏子を綱で無理矢理中へ引きずり込み、ほむらは時間停止を解く。

「てめぇ! なんてことしやがる!」
「仕方が無いじゃない。こうでもしないと潜入できなかったわ」

 杏子は舌打ちをして更衣室を見渡す。
 更衣室は実に普通で殺人事件が起こったようには到底見えない。
 窓の外からは相変わらずカメラのフラッシュとアナウンサーの言葉が響いてくる。
 入り口の鍵は開いており、出ようとすれば簡単に体育館の中へ入ることができる。
 ほむらは杏子に目配せをして確認する。
 この扉の向こうにはこの事件を引き起こした魔女がいる。
 数百人を一度に殺せる魔女が。
 二人は息を呑んで、更衣室のドアを開けた。
 そこには。












「なんか来たかと思えば……ほむらちゃんに杏子ちゃんじゃん」

 鉄色の魔法少女が呑気に手を振っていた。
 その顔は年相応の可愛らしい綺麗な笑顔。
 全く警戒心も無く、まるで友人を家に出迎える時のような。
 杏子はすぐさま槍を構え、目の前の少女に突き出そうとして……気付いた。
 ほむらはとっくに気付いたのか顔を青ざめさせて体を震わせている。
 それは目の前の魔法少女のことではない。
 それは外からは普通だった体育館。
 ソウルジェムが強く明滅していた意味。
 それは。

















 大量の、あまりに大量の『扉』だった。














 壁という壁。天井どころか床にも大量の扉があるのだ。
 それどころか宙に浮いている扉すらある。
 入ってきた時踏まなかったことが奇跡とも言えるほどに大量に。
 入った来たドアの裏にも丸いくりぬいたような穴が開いている。
 襖。ドア。マンホール。バケモノの口のような穴に渦潮のような穴。
 紋章の書かれた優美な門に。両開きの豪奢な扉。
 隠し扉のような板がクルクル廻っている扉すらある。
 その数は軽く見積もっても百を越えている。
 そしてその全てが魔女の結界への入り口を意味する。
 そしてその全てが違うということは。


 この大量の扉の1つ1つに魔女がいるということだ。
 
 
 扉はほむらと杏子を招くようにその口を開け閉めしている。
 気持ちの悪い輪唱のように。
 木のドアが軋む音、金属ドアの蝶番の音。
 コンビニの入店音、ドアに付いたカウベル。
 襖が乱暴に開け閉めされ、マンホールがクルクル廻り。
 回転ドアが機械音を立て、化け物の口が歯を噛み合わせる。
 魔女が結界に引き篭もって逃げているからこその結界の扉なのに。
 まるで入って来いと言わんばかりに、殺してくれと言わんばかりに扉は音をかなで続ける。
 聞きたくも無い扉の開閉音による重奏がほむらと杏子に恐怖を植えつける。
 魔女なんて見慣れたものだったはずの二人が目の前の光景を信じられず閉口している。
 そんな二人に奇術師は笑いかける。

「驚いた?」

 サプライズプレゼントを渡したような無邪気な笑顔で少女は問う。
 とても楽しそうな顔で、目の前の恐怖を笑う。
 
「何を……したの……?」

 震える声でそれだけ口にしたほむら。
 確かに何度もループしてきた中でイレギュラーはあった。
 だが、これは想定外だ。想定できるはずも無い。
 もしこれが一斉に結界から出たら、この街はどうなる?
 それだけじゃない、この街は見滝原から電車で一駅ほどしかない距離なのだ。
 考えたくも無い想像が頭を過ぎる。
 そんな絶望の顔をしたほむらを見て霞は、

「ごめん、やりすぎちゃった」

 てへ、と舌を出して可愛らしく謝る。
 何も知らない人間がここでない場所でその顔を見たら、かわいいと思うだろう。
 だが、この異常な空間で何一つ変わらずにするその仕草からは恐怖しか感じられない。
 
「でも、約束は守ったでしょ?」

 アハハ、笑いながらほむらを見る。
 約束? 約束とはなんだ。
 こんなに大量の魔女を、どうやって生み出したのだ。
 そもそも何故ここにいるのか。
 大量に浮かぶ疑問を投げかけようにもその口は動かない。
 杏子は体を堅くしながらも霞を行動を監視している。
 少なからず状況には慣れたようだった。
 その姿を見て霞は微笑むとロングスカートの裾を摘み社交界の挨拶のように礼をする。
 すると

 ジャラジャラジャラジャラ……
 
 と大量のグリーフシードがスカートの中から出てきた、
 その数はざっと見ても三十はある。
 その光景にギョッした杏子を見ながらほむらは大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
 今なら、今なら大丈夫だ。
 まだ魔女は結界の中にいる。つまり危険性は薄い。
 今のうちに各個撃破してしまえば。
 時間を止められるほむらに夜まで、という時間制限は存在しない。
 ほむらが目を凝らし、力を込めようとした瞬間。
 顔の横を20センチ近くの長さの太い杭が通り過ぎた。

「無粋なことはするもんじゃねぇな。もう少しお話を致しませんこと?」

 杭は真っ直ぐほむら達の後ろ、つまり更衣室の裏にあった穴に入り込む。
 そして数秒の沈黙の後、布を引き裂くような音と同時に穴が消滅した。
 それはつまり、魔女が死に結界が消えたということ。
 そして何も無い空間に罅が入り、先ほど穴に入った杭が飛び出してくる。
 その杭には黒い針のようなグリーフシードが刺さっていた。
 
「大成功ですわ。こんな弱い魔女、初めて見ただろう?」

 杭は霞が手を振ると消滅しグリーフシードだけが霞の手にすっぽりと入る。
 ソウルジェムを取り出し、グリーフシードに穢れを吸わせた彼女は杏子とほむらに背を向けて笑いながら言う。

「出来損ないから生まれるものは出来損ないってね。予想通りだけどここまでうまく廻るとは思なかったぜ」
「出来損ないだと?」
「そう、弱くて、脆くて、割れやすい。そんな出来損ないの魔法少女」
「あなた一体何を」

 理解ができない二人を嘲笑うようにケラケラと笑いながら少女は振り向いた。
 その顔は先ほどまでの年相応の少女のような笑顔ではない。
 輝きの無い、作られた人形のような気味の悪い笑顔。
 光の無いその眼に全てが吸い込まれそうで、吊り上る口からは狂気の音が聞こえそうで。
 目の前の少女が人間に見えない。
 そんな狂気の顔で少女は真実を語る。
 この大量殺人事件だったものの真実を。







「早い話がこの中学校の人間は、み~んな『契約』しちゃったのさ」






 さも当然のように語る彼女にほむらは問う。
 
「キュゥベえは才能の無い人間とは契約しない、いやできないはずよ」
「それはキュゥベえが才能の無い人間には見えないからさ。まさか僕が普通の人間には見えないとでも思ってたのかい?」
「おい、ちょっと待て。つまりお前は何でもない一般人とも契約ができるってことか?」
「その通り。願いさえあればワタクシは全てのモノと契約ができんだ。素敵だろう?」

 だが、それだけではこんな状況にはならない。
 魔法少女が魔女になる。その事実を知っていても、この状況はあり得ない。
 全校生徒全員が魔法少女になることを望み、その上で魔女にやられることなどありえるはずもない。
 その質問に答えるように霞は思い出すように話す。

「このことを知ったあとはとりあえず少しずつ契約していこうと思った。だってどんな人の願いも叶えることが出来るなんて最高ではないか。だから僕は困った人を、願いを求める人を探したんだ。だが、『予想外』の事が起こったんだ。いやあり得る願いだったから予想内だったかもしれませんね」
 
 霞は人形のような笑顔でその願いを話した。
 それは願えるのなら願うものも居そうな願いだ。

「ある苛められっ子女の子がね、『学校の皆が私の手下になるように』って願ったのさ。それを願ったのが昨日の昼。その瞬間全校生徒が彼女の言葉しか聞かない人形になっちまってな。そして彼女は体育館に全員を集めてこう言った」

『何でもいいから契約して私のために戦いなさい』
 そう言って霞を指差した。
 
「そしたら全員がつまらない願いをして契約しちゃったのさ。大半が『――をお守りしたい』だったけど、中には『ブランドのバッグがほしい』とか『運がよくなりますように』なんてのも居たねぇ。あれはお笑い種でしたわ」

 クスクスと思い出し笑いをする霞。
 その声はまるで世間話をするように軽い。
 だが、ほむらと杏子は笑いどころか怒りや恐怖すら浮かばない。
 ただ唖然として目の前の少女が語る事件の顛末を聞き続けている。
 目の前の少女がこの事件の元凶だ。
 それはわかるのに何故か足は動かない。
 扉の音が気付けば止んでいる。
 全てのドアが閉まり、まるで霞の言葉に耳をすませるように沈黙している。

「そしたら『偶然』魔女が入り込んでなぁ。元凶の魔法少女が食われちゃったのよね。そしたら『私の言うこと~』って願いの『私』が死んだから洗脳が解けてしまいました。その結果……」

 霞は周りを見渡して、


「こうなっちゃった」


 ニコニコ笑う少女の眼には生気が感じられない。
 なのにその表情からは歓喜の感情が伺える。
 そしてとても楽しそうに起こってしまった『惨劇』を語る。
 
「無理矢理で意味の無い願いのせいで、才能どころか変身の仕方も知らない魔法少女が魔女の前に400人も鎮座してるんだぜ? RPGで『たたかう』のコマンドがない状態だからな。魔女や使い魔から見れば格好の餌だったのさ。使い魔は魔法少女を喰って魔女に変化した。皆逃げ惑ってたけど結界からは出られるわけもない。そしたらどうなったと思います?」

 逃げられず、戦うことなどできるはずも無く。
 異形の化物に囲まれた人間に起こる感情とは何か。
 単純な答えだ。それはただ1つ。

「皆絶望しちゃったのさ。『ここで死ぬしかないんだ』『もう助からないんだ』ってね。そんなことしたらソウルジェムが濁るのは当たり前で、今度は出来損ないが魔女になっちまった。無論あとは阿鼻叫喚しかないの。誰かが魔女になる度にその周りで悲鳴が沸いて、ただでさえ絶望に塗れていたのに『自分もああなるんだ』って絶望が更に魔女化が早くさせて……」

 こうなったのよ、と明るく話を終えた。
 それは笑い話を話すようであり、とても面白かった映画を話すときのようであり、自慢話のようであった。
 ほむらは改めて周囲を見渡す。
 眼前に広がる大量の扉。
 それが全て昨日までごく普通に学生生活を行ってきたごく平凡な少女達であったこと。
 そしてそれが一瞬にして希望すら与えられず奪われ絶望の底へ叩き落されたこと。
 彼女達は何を思っていたのか。
 再び鳴り始めた扉の重奏に吐き気を覚えながら隣を見る。
 杏子は信じられない、と言った顔で霞を見ていた。
 そう、杏子は魔法少女が魔女になることを知らなかった。
 信じたくない真実、だが目の前の状況が否応無しにその真実を杏子に叩きつける。

「嘘だろ……?」
「嘘を言ってどうするのさ。全部真実。キミには刺激が強すぎたかね?」

 クスクスと笑う鉄色の魔法少女。
 目の前の魔法少女はそれはそれは楽しそうに話している。
 その少女に震える声でほむらは問う。
 当然のように考えることを。
 
「あなたは……彼女達を助ける気はなかったの?」
 
 そう、いくら魔女が出たとはいえ霞はキュゥベえに才能を見抜かれた魔法少女だ。
 魔女を退治して事態を収拾することなど造作もないはずだ。
 その問いを投げながら彼女は内心に思う。
 恐らく今思っているソレは正しい。だがその問いは胸にしまっておく。
 霞は周囲の大量の扉を見ながら、平然と答えを返す。
 







「あるわけないじゃないか。だってエネルギー回収の大チャンスだぜ? あなたもそうするでしょう?……ねぇ杏子ちゃん」







 急に話を振られた杏子は見渡していた目を霞を方へ戻し、口を紡ぐ。
 使い魔を放って置いて魔女へと進化させ、グリーフシードを集める。
 その考えを持って最近まで生きてきた彼女。
 
「酷い、だとか、狂ってる、だとか。そう考えているんでしょう? でもやってることは同じですわ。ただ、『ちょっと』規模が違うだけ」

 ちょっと、という規模の差ではない。
 だがそんなことを言い返す気力も無く杏子は唇を噛む。

「むしろ願いを叶えているだけ良心的だとは思いません?」

 その願いは強制的な意味の無い願いだったが。
 普段ならばほむらも杏子もこんなことに動揺はしない。
 だが最初にこの光景を見た時点でもう完全に二人は飲まれてしまっていた。
 目の前の、鉄色の奇術師の狂気に。
 
「出来損ないの魔法少女が生むエネルギーは才能のある魔法少女のソレに比べりゃずっと少ないんじゃ。だがチリも積もればと言うだろう? 恐らくこいつら全員合わせりゃ……魔法少女四人分くらいにはなるんじゃないかな?」

 400人を犠牲にして手に入るエネルギーがたった四人分。
 100:1というあまりに非情な差。
 恐らく契約をしないままならばその比重は更に加速するだろう。
 それを強制的に嘘っぱちの魔法で塗り固めてその価値を上げただけ。
 金の絵の具を塗った小石でダイヤモンドを交換しようとするような行為だ。

「どうせ本当の魔法少女になれない人間を使ってこんなことができているんだ。ステキなことじゃない? 『私達』魔法少女にとってもインキュベーターにとってもね」

 インキュベーターは才能の無い人間を使ってエネルギー回収ができる。
 魔法少女は出来損ないから生まれた魔女を狩ることで安全にグリーフシードを得られる。
 人間はどんな人でも願いさえすれば希望を得ることができる。
 それは表面を見れば実に公平で魅力的だ。
 だがそれはキュゥベえが作り出した魔法少女のシステムよりも非情で残酷なシステム。
 魔法少女の資格、つまりインキュベーターの見えない者は家畜以下の末路を辿ることになる狂気のシステムだ。
 目の前の魔法少女はそれを遂行できる能力がある。
 それは絶対に阻止しなければならない。
 その結論にほむらも杏子も至ったのか、飲み込まれていた意識を戻し臨戦態勢を取る。
 銃を構え、槍を構え、魔力を全身に湧き上がらせて。
 霞は合わせる様にニコニコ笑いながら杭を大量に召喚する。

「あらあら、なんで敵意は私に向いてるのかしら?」
「あなたを止めなければ事態は収拾しないからよ」
「そうかい。でもいいの?」

 霞が天井を指差す。
 ほむらが天井を見るとそこには変わらず大量の扉がある。
 だがほむらが天井を見る中、空中に浮かぶ襖の一つが消えた。
 それに合わせる様にまた一つ天井に張り付いていた門が消える。
 一体どういうことだ。
 
「この魔女達はみんな怖がりだからなぁ。そんな魔力を見せびらかしたら逃げちまうわよ?」

 その言葉の通りに次々に開閉していたはずの扉が音を立てて閉まり、その姿を消していく。
 逃げることの無い扉の方が格段にその数は多いが、それでも消えていく扉は絶えない。
 ほむらはその状況の危険性に気付く。
 恐らくこの街に魔法少女はいなかったのだろう。
 だからこの状況になっても他の魔法少女が現れていないのだ。
 だとすれば今、この街には魔法少女が急に三人もやってきたことになる。
 もしその状況で魔女が別の街へ逃げだすとしたら。
 それはここよりも魔法少女の少ない、そして強い魔法少女のいない場所。
 つまり、見滝原に魔女が流れていくことになる。
 今見滝原には巴マミと魔法少女に成り立ての美樹さやかしかいない。
 マミは強く、恐らく出来こそないの魔女など物ともしないはずだ。
 だが、数が違いすぎる。
 十、二十という数ではないのだ。
 その数の魔女が同時に一人の魔法少女に襲い掛かったらどうなるか。
 それは眼に見えている。
 もし自分たちがここにいる数百の魔女を相手にしている間に巴マミが数十の魔女に囲まれやられてしまったら。
 まどかは、いや見滝原はワルプルギスの夜よりも前に確実に崩壊する。
 何故なら魔女がどんなに弱かろうと人間では勝つことはできない。
 しかも自分が霞とした約束のせいで見滝原にキュゥベえはいない。
 つまり新しい魔法少女は生まれないのだ。
 それは魔女の大群に勝つ術が無くなることを意味する。
 それならばやることは一つだ。
 時間を止め、ここにいる魔女を一掃すること。
 だが、これ見よがしに霞が時間停止しない杭をプカプカと浮かべている。
 接触した時ともさやかの件で詰め寄った時とも違う。
 隠す必要の無い凶器がほむらを射抜こうと構えている。
 
「見滝原に行かなくていいの?」

 陽気な声でニヤニヤと笑う狂気。
 杏子は槍を握ったまま様子を伺っている。
 ほむらも足を動かせずにいた。
 すると鉄色の少女は体育館の入り口があるであろう場所を指差して。

「それにそろそろ警察が来てしまうよ?」
「それはてめぇも同じだろ?」
「いいえ? 私は見つかったってこの学校の生徒の唯一の生存者、なんて言われて確保されるだけ。でも貴方達は違いますわ? 不法侵入に現場荒らし。交番のお世話になることは確定じゃろ? その間にまどかちゃんやゆまちゃんはどうなってしまうのかな?」

 報道では全校生徒が行方不明になっているとされている。
 つまり霞もその全校生徒の中の一人だ。
 一日遅れで発見されても、それはそれで神隠しなどと騒がれるこの事件には引っ掛かるはずだ。
 警察の中でも犯人が学生である線は否定されてしまっている。
 何故なら個人レベルでで300名もの人間を近隣の住民にバレることなく輸送することは不可能であると当たり前の結論が出ているからだ。
 杏子は舌打ちをして槍を下げる。
 
「安心して? 体育館の魔女は私が狩っておくわ」
「……本当だろうな?」
「僕だって魔法少女だよ? グリーフシードが余るほど欲しいね。なんなら今ワタクシが持っているグリーフシード。提供していいぜ?」

 そういって床に広がるグリーフシードから距離をおく霞。
 そして杭を横にしたまま操作してグリーフシードを杏子とほむらの方へ転がす。
 床に広がる扉はグリーフシードを避けるように端に逃げ、宙に浮く。
 杏子が足元に転がってきたグリーフシードを確認する。
 それが何の仕掛けも無いことを確認してポケットに入れた。
 それに合わせてほむらも盾のグリーフシードを入れる。
 そして杏子は槍を再度霞に突きつけ冷たい声で、

「次会った時は容赦なく殺すぞ」
「あら、約束を違えるつもり? それなら僕も行動を変えなきゃいけないわ。ほむらちゃんも?」
「私達は結果的にあなたの邪魔はしていないはずよ。それなら約束は守られているはずだけど」
「口先は廻るんだな。まぁ確かにそうですわね……ではワンペナってことで! 今度私がグレーゾーンなことをやっても一回だけ許してもらうわ!」

 口調をコロコロ変える少女は笑顔だけは変えずに宣言する。
 勝手に意味のわからないペナルティを。

「勝手に言ってなさい。私は容赦しないわ」

 ほむらは霞に背を向ける。
 本当ならすぐにでもこの危険な存在は消してしまいたい。
 だが、現状は構っている暇は無い。
 確かに二人で攻撃すれば目の前の魔法少女は倒せるだろう。
 だが時間停止による高速決着ができない以上、ある程度の時間の消費を考えなければならない。
 ほむらは入ってきた更衣室の入り口の手前で立ち止まり、体育館のど真ん中に佇む少女を睨む。
 そして笑顔で手を振る鉄色の少女に小さく問いを投げかけた。
 胸の奥にしまっていた問いを。

「洗脳の願い。魔女の発生。全部仕組んだことではないの?」

 そう。それがほむらが考えた、いや誰しも考えること。
 全部があまりにタイミングが良すぎる。
 苛められていた少女。魔女の発生。そして今回のタイミング。
 その全てが仕組まれたような違和感がある。
 その問いを聞いた霞は貼り付けていた仮面のような笑顔をキョトンとしか顔にした後。
 光の無い眼で言い放つ。
 心の底から楽しそうに、人間の悪意たっぷりな笑顔で。

「昔あの子のいじめを操作してたのは私。私はインキュベーター。グリーフシードは余ってた。さぁ、どう思う?」

 ほむらは見たくもない気味の悪い笑顔をする彼女に踵を返し、唯一の脱出路である更衣室へ戻った。
 
















 扉だらけの空間で少女は呟く。
 その声を聞くものはいない。

「ちゃんと数えなきゃダメだよねぇ」

 手を振った先に大小様々な杭が現れる。
 その全てが別々の方向の扉を目指すように先を向けている。
 
「いやぁ、でも危なかったなぁ。あの二人相手じゃ10秒持たなかったかもしれないぞ?」

 そう、彼女の魔法少女としての力は至極弱い。
 もしあのままほむらが時間停止をしたまま杏子と共に攻撃してきたら為す術もなく彼女のソウルジェムは破壊されていただろう。
 だがほむらはそれをしなかった、いやできなかった。
 それは単純な思い込みだ。
 時間停止を無視するという能力がほむらにとってはイレギュラー過ぎるために普段以上に警戒してしまっている。
 彼女自身も一対一では分が悪いことは気付いているのだろう。
 だが出会いがしらの強襲もそのあとの杭を配置も、単なる脅しでしかない。
 どうせただの杭なのだ。魔法少女はソウルジェムが貫かれぬ限り死ぬことはない。
 無視して突撃してしまえば霞には何もすることはできない。
 だが、先ほど杭一本で魔女を一体倒したことがほむらに更なる警戒心を持たせた。
 倒された魔女は体育館の中の魔女でも最弱とも言えるものだったのに。
 杏子も自分より強い、それもついさっき時間停止という反則紛いの能力だとわかったほむらが攻撃を躊躇っているだけで攻撃を躊躇っている。
 杏子なら小細工なしの霞相手にはかすり傷一つ無く勝てるはずなのに。
 ただ杭を操れるだけの能力に一つの条件が付くだけでここまでの抑止力になってしまっているのだ。
 
「まぁラッキーですわね。それに……」

 霞は周りを見渡す。見渡す限りの扉という扉。
 それをさらりと全体を見て彼女は笑う。

「誰もここに魔女が全員いるなんて言ってませんのに」

 扉は消えた物を含めても二百程度しかない。
 そもそも事件がこの場で起こったからと言ってこの場に魔女が全て集まるわけはないのだ。
 先ほど逃げたように、魔女は一定の間隔、及び危険を察知して移動する。
 それが事件発生から約24時間。一度も行われなかったはずはない。
 彼女が約束したのは『体育館の中の魔女』。
 外に逃げ出した百匹近い魔女は今だこの街に居づいている。
 考えればそれは単純なものだが、それを気付くには話の規模が大き過ぎた。
 そもそも魔女はこのように大量発生するものじゃない。
 
「さぁ、お仕事を続けようか。まずはお掃除からだな」

 手を振り、大量の杭を一度に扉へくぐらせる。
 一定時間が経つ度にその扉は消え、何もない空間から杭が帰ってくる。
 それを何度か繰り返し、微弱な力を発していた魔女を一掃した霞は、小さくため息を吐いた。

「こっからが本番ですわね。まぁゆっくり行きましょうか」

 ケラケラと笑いながら足元の結界に足を踏み入れた。
 
 













 ガラララ……
 入り口の南京錠が開けられ、中に警察が入ってくる。
 体育館には誰一人人影はない。
 気付くはずはない。
 彼らは、一般人は。得体の知れないバケモノのことも。
 それを倒す魔法少女のことも。
 入りさえすれば人には認識できない結界があるということも。
 何一つ知らないのだから。
 何も知らない一般人は、何一つ知ることはできない。
 魔法少女のことも魔女のことも。絶望の底も知ることはできない。

 
 できない、はずだった。













 あとがき:
 事件の顛末を話させてたら杏子もほむらもほとんど喋ってない……。
 でも実際一対一、もしくは一対多で倒すのがセオリーの魔女が群生してたら冷静な判断はできないはず。
 パーティー組んで一体を倒すはずのボスが一人頭数十頭いるようなものですからね。
 まぁこの見た目ボスな魔女の性能は弱ければスライム以下なのですが、判らなければ警戒はしますよね。
 次回は場所を戻って見滝原。体育館から逃げた+元々逃げていた魔女の軍団の一部がやってきます。



[28583] 6章A:そして狂気は分散する
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/08/21 08:46
 暁美ほむらと佐倉杏子が隣町へ調査に行っている頃。
 巴マミは目の前の状況に頭を抱えていた。
 
「マミ~杏子は?」
「佐倉さんは今隣町に行ってるの。それは佐倉さんに聞かなかったの?」
「そうじゃない! いつ来るの!」
「私にはわからないなぁ」
「マミ、役立たずー!」

 マミの部屋の中で千歳ゆまが機嫌悪そうに寝転んでいる。
 早朝いきなり家にやってきてゆまを預けていった二人には少し不快感を持ったが、途切れることなく流れ続けるニュースに興味がなかったと言えば嘘になる。
 自分から見てもあの事件は魔女によるものだとわかるし、その危険性もわかる。
 それなら自分も連れていればいいのに、と寂しさを感じながらマミはゆまのためにケーキを取り出す。
 見滝原の平和を守ることを頼まれたと考えれば嬉しい限りだ。
 ケーキを取り出すとゆまは眼を輝かせてマミに体当たりしてきた。
 
「ケーキ!」
「はいはい、もうちょっと待っててね。紅茶を入れるから」

 ケーキが落ちないようにテーブルに置き、足にしがみつくゆまを宥めて再び台所へ。
 ティーセットを持って居間へ向かうとワクワクさせた顔でゆまがテーブルに座っていた。
 こういう時はいい子なのよね。
 そう小さくため息を吐きながらケーキの横にティーセットを置き、自分もゆまの前に座る。
 輝いた目でケーキと自分を目配せするゆま。

「いいわよ。食べても」
「いただきます!」

 行儀悪くバクバクと食べるゆまを微笑みながら見ていると呼び鈴が響いた。
 
『マミさーん! 居ますかー?』
『美樹さん、鹿目さん。どうぞ上がって』
「お邪魔しまーす!」

 ガチャリという音と主に明るい大きな声が部屋に響き、美樹さやかと鹿目まどかが入ってくる。
 入ったきた二人をゆまはジロリ見て紅茶を一気飲みする。
 そのまま熱さに驚きながらむせて咳を数回、テーブルから離れる。

「あれ、マミさんこの子は?」
「佐倉さんに頼まれちゃってね。会うのは初めてだったかしら?」
「杏子ちゃんと一緒にいるのは見たことあるけど……」

 ゆまは二人から離れるように、且つマミの後ろに隠れるように移動していた。
 二人が佐倉杏子とまともに会話したのはゆまと会う前。
 その後マミとの魔法少女見学の際に共に行動しているのを確認はしていたが杏子と共に居ないゆまと会うのは初めてだった。
 怯えるというよりも警戒しているゆまにまどかが優しく声を掛ける。

「こんにちは。私は鹿目まどかって言うの。あなたは?」
「……千歳ゆま」
「そっか。ゆまちゃん、杏子ちゃんとは一緒じゃないの?」

 その言葉にゆまはビクリと体を震わせて後ろへ下がる。
 下がったもののすぐ後ろに壁があり、そのまま頭をぶつけて頭を抱えるゆまを見てまどかが駆け寄る。

「だ、大丈夫?」
「大丈夫。杏子を知ってるの?」
「マミさんと同じ魔法少女だしね。それに杏子ちゃんかっこいいから」
「うん! 杏子はかっこいい!」

 まどかが杏子のことを褒めると呼応するように杏子の良いところを上げ始めるゆま。
 それをまどかは一つ一つうんうんと頷いて聞き続ける。
 幼い子供の対応はゆまより幼いとは言え弟を持つまどかには最適だった。
 笑顔で頷くまどかに気を許したのか警戒心を解いたゆまはトテトテと歩きマミの前に立つとまどかを指さして、

「マミ! まどかにもケーキあげて!」
「そうね、またお茶を入れ直しましょうか」
「ゆまにもケーキ!」
「さっきも食べたでしょう? ……そんな顔しないの、ちゃんとあるからね」

 注意するやとても悲しそうな顔をするゆまを見てまた小さくため息を吐きながら冷蔵庫からケーキのホールを用意するマミ。
 嫌な予感がしてたのよね、買っておいて正解だったわ。
 自分の感は信じるものだと自分を褒めながら新しいお湯をティーポットに入れる。
 慣れた手つきで紅茶を入れながらゆまを諭す姿を見てさやかはクスリと笑う。

「マミさんお母さんみたいですね」
「美樹さん、私一つしか違わないはずなんだけど」
「マミ早くー!」
「はいはい、もうちょっと待っててね」

 



「そういえば美樹さん、魔法少女になったんですって?」
「そうなんですよー」

 全員でテーブルを囲んでお茶会を楽しんでいる中話題はさやかが契約したことになった。
 マミはほむらからそのことを聞いていたが詳細は聞けずじまいだった。
 その質問にさやかは恥ずかしそうに頭を搔いて笑う。

「ほら、マミさんも最近大変じゃないですか。だから私も力になりたいなーなんて」
「それは嬉しいけど……美樹さんキュゥベえに会ったの?」
「え? あー……はい。家にわざわざ来ました」
「きゅーべー?」

 曖昧な答えを返すさやかと、キュゥベえが見えないゆま。
 さやかの反応を見て怪訝に思いながらもマミは考える。
 ほむらから聞いたキュゥベえが見滝原から消えたという報告。
 それとさやかの契約は矛盾している。
 事実自分の周りにもまどかの周りにもキュゥベえが現れることはなかった。
 美樹さんとの契約を優先したってことなのかしら?
 あそこまで二人、いやまどかの契約に執着していたキュゥベえ。
 確かにさやかにターゲットを変えることはありえる。
 だが、言い方は悪いが他の魔法少女との関係を悪化させてでもさやかと契約するメリットが見えないのだ。
 それに昨日パトロールした際も全く姿を見せなかったキュゥベえが一体どうしてさやかの前にだけ現れたのだろうか。
 和やかに進むお茶会の中でマミは一人思案をめぐらせる。

「恭介君のところには行ったの?」
「うん、腕も治ってご機嫌だった。ホント……よかった」
「さやかちゃん、目が潤んでるよ?」
「う、嘘!?」

 潤んだ目元を拭うさやかには喜びと希望の顔が見える。
 魔法少女の苦しみを前にしていると知りながら彼女は今、希望に満ちている。
 それが絶望に叩き落される前であることを知るものはこの部屋にはいない。
 知る者がいたとしても、それを伝えることはないだろう。
 マミはさやかを見つめ、今後どうするかを考えた。
 すると玄関の入り口、鍵をかけたはずの場所から彼女にとって聞きなれた声が聞こえた。
 
『やぁ、マミ。久しぶりだね』

 白き契約の獣の声。
















 
「さぁ、あらかた片付いたぞ?」

 事件現場の体育館。
 ほむら達が見滝原に帰って数時間が経過したところだった。
 外は夕暮れになり始めており、そろそろ魔女達が結界から出てくる頃合の時間。
 体育館にあった魔女の扉は半数以上が破壊され、数もまばらになっていた。
 とはいっても、倒したもの以外にも結界に入っている間に逃げられた物もあるのだが。
 鉄色の魔法少女は床に大量に散らばるグリーフシードから1つを拾いソウルジェムの穢れを吸わせる。
 すると体育館の入り口、閉まっているはずの場所から少女にとって聞きなれた声が聞こえた。

「やぁ霞。魔法少女冥利に尽きるといった顔だね」
「あら、キュゥベえじゃない。何か用? もしかして一体殺したこと怒ってんのかい?」
「いいや、あの時の君の行動は正しくはないが間違ってはいない。病院の彼女に僕が見えたら困るからなんだろう?」
「まぁ才能がないのはわかりきってましたけどね。万が一ってのがあるからの」

 話しながら暇そうにグリーフシードでお手玉をしながら器用に足でリフィングをする霞。
 その姿はすごいというより奇怪で滑稽。
 手品師というよりはピエロに見える。
 キュゥベえは魔女の結界を見渡しながら目の前で遊ぶ魔法少女を見る。
 
「まさかこんな大規模なことをするとはね」
「エネルギー確保はできたでしょ。嘘は吐いてないですわ」
「確かに僕らでは確保することのできないエネルギー源だ。だが、無駄な消費とも言える」
「まぁ否定はせんよ。彼女らだって後々の人生で絶望したかもしれないからなぁ」

 絶望に落ち、因果の繫がりによって形成される魔法少女の才能は言ってしまえばいつ発生するかわからない。
 元々運に見放された絶望に満ちた人生だったとしても、それが人に与える何かが無ければ才能は起こらない。
 逆に平凡平和な人生であっても、その人生が多くの人間に影響を与えるのならその才能は素晴らしいものになる。
 だが願いによる強さ、つまり絶望から希望へと上昇した時に得られる魔法少女としての力は前者のほうが確実に大きい。
 後者の場合、どうしても契約をしたとしても才能はあるのに願いの力が弱いために生み出されるはずの魔法少女が弱く生まれる可能性があるのだ。
 だからこそキュゥベえはある程度の条件を満たしたものにしか見えることはない。
 鹿目まどかのような才能が突飛している場合は完全に例外ではあるが。

「君はこのあとどうするつもりだい? このままこの街の魔女を狩りつくしてグリーフシードを大量に得て。その後は何かあるのかな?」
「あらあら、こんなにも生産的な方法を見つけ出したインキュベーター様はここで終わりだと思ってるのかね?」

 輝きの無い目のままニヤニヤと笑い、少女は使い終わったグリーフシードを上に投げた。
 それはクルクル廻りながら彼女の上に落ちてきて、彼女は上を向いて口を開ける。
 グリーフシードは全て口の中に入り、バリバリと彼女は噛み続ける。
 
「君はこの状況から更にエネルギーを搾取するつもりかい?」
「えぇ……その……つもりですわ。そのためには……あなたの力が……ひつ、ガフッ」

 ガリガリと食べながら途切れ途切れに話し、喉に詰まったのか咳き込む霞。
 周囲はいまだ魔女の結界だらけで通常通りに行動するその姿は不気味さを感じる。
 その行動にも声色も表情も変えずに白い獣は少女を静観する。

「まぁまぁ聞いて下さいな。僕はインキュベーターだ。それなら普通にできることさね。だけどやり方がわからんのよ」

 感情豊かすぎる狂った契約者と。
 感情無き変わらぬ契約者。
 2つの異分子は異空間で人類を弄ぶ。
 それを知る人間はこの場にも、どこにもいない。
 知る者が居てもそれを誰かに伝えることなどできしない。
 荒唐無稽な魔法など、誰も信じはしないから。
 少なくとも今は。

















『話があるんだ』

 会ったのは二週ぶり、二人だけで会った時はそれよりも前。
 さやかにこっそり部屋の守りを頼みマミは自室の外に出て白い契約者の前に立った。
 変わらぬ無表情でアパートの桟に立つキュゥベえを見てマミは開口一番問う。

「久しぶりねキュゥベえ。何の用?」
「君も随分僕に警戒するようになったんだね。暁美ほむらの影響かい?」
「いいえ、暁美さんは何も言っていないわ。けれどあなたが何かを隠しているのはわかる」
「それを僕に問おうとは思わないのかな?」
「……今は鹿目さん達の保護が大事だもの。私のことは後回し」
「その『保護』には契約を防ぐことも含まれているようだけどね」

 友人だと思っていた相手との会話なのにその会話は何か突っかかりを覚える。
 マミは内心喜びを覚えてながらその微妙な空気の会話を続けていた。
 つい数週間前まで平然と友人として接してきた。
 目の前の白い契約者は彼女の支えだった。
 魔法少女の仲間もおらず、魔女と孤独に戦ってきた彼女。
 その傍らに居続けたキュゥベえは彼女の弱さも強さも知る唯一の存在だった。
 例えその感情が無くとも、言動に救いが無くとも。
 それだけは変わらぬ事実だ。
 新しくできた友人に。新しくできた仲間と共に。
 かつての支えを排他したことを、マミは後悔してはいない。
 していない、はずだ。
 
「君に大事な話がある。落ち着いて聴いてくれるかい?」
「えぇ。それを言いにここまで来たんでしょう? 暁美さんの約束を破ってまで」

 幾つかの話を済ませた後、キュゥベえが本題となる話題を持ちかける。
 それは巴マミにとってあまりに衝撃的なことだった。

「恐らく今日の夜、大量の魔女が見滝原を襲うことになる。君にはこの街の守護を改めて頼みたいんだ」
「大量の? 魔女を狩るのはいつも通りのことじゃない」
「その数が問題なんだ。十、二十じゃきかない。もしかしたら百に迫るかもしれない数だ」
「百……ですって?」

 そんな数は聞いたこともない。
 だが、驚愕しながらも理解する。
 世間を騒がしているニュース。その原因がコレに違いない。
 その答えは間違ってはいない。ただ彼女達は被害者ではない。
 被害者でありながら実行犯でもある。
 変わらぬ無表情で言葉を続けるキュゥベえからは緊迫感は感じられない。

「一体一体の強さは決して強くない、むしろ使い魔より少し強い程度だ。だが魔女としての性質は持っている」
「弱くても使い魔はいるし結界もあるってことね。だとしたら一般人に被害が出る可能性があるわけね」

 強くはないとすれば問題はその数。
 多勢に無勢と言う様に物量で押し潰されかねないということ。
 事実複数の魔女を同時に相手にしたことないし、あるわけがないと思っていた。
 もし百の魔女が同時に強襲してきたらどうなるか。
 答えは明白だ、勝てるはずが無い。
 逆に街全体に拡散する可能性もある。
 その場合は各個撃破することで危険無く魔女を狩れるだろう。
 だが、見滝原の住民の被害が深刻なことになる。
 一体の魔女を相手にしている間に99の魔女が人間を襲っている可能性があるからだ。
 本来なら暁美ほむらや佐倉杏子と協力することで被害を最小限にしたいところだが、その相談をしようにも見滝原に二人はいない。
 だとすれば今街を守れるのは自分とさやかだけだ。
 もし自分達が魔女の前に倒れることがあればキュゥベえは間違いなくまどかに契約を迫るだろう。
 現状魔法少女になれる才能があるのは鹿目まどかだけだ。
 だがそれは止めなければならない。ほむらが拒んでいたことだ。
 それよりも気になること。

「どうしてそんなに大量の魔女が生まれたの?」

 その問いに白い契約者は残念そうな声で答えを返す。

「使い魔が成長することで魔女になることは知っているだろう?」
「えぇ。それを利用する魔法少女も見てきたわ。許せることではないけどね」
「最近奇妙な魔法少女が増えてきてね。それを使い魔が喰らうことで魔女へと成長しているんだ。魔法少女の方が一般人を喰らうよりも成長のエネルギーは大きいからね」
「奇妙な魔法少女?」
「あぁ、魔法少女としての力を全く持たない、魔女や使い魔への対抗策が全く無い魔法少女だ。彼女達は元々魔法少女としての才能は無い」
「どういうことなのキュゥベえ。才能が無いって」
「彼女達には僕が見えない。それどころか魔法少女になることを希望してもいない。まるで無作為に選ばれたように魔法少女になり死んでいるんだ」

 なるべきではない人間が魔法少女になっている。
 そのことをあの二人は聞いたのだろうか。
 マミは部屋でまた談笑をしているであろうゆまを考える。
 杏子は気が気でないだろうと思いながら当然の疑問に辿り着く。
 そう、何故目の前のキュゥベえは他人事のように話しているのか。
 契約を司り、魔法少女を生めるのはキュゥベえだけのはずだ。
 その問いに対して白い契約者は

「僕以外に魔法少女を生む存在がいる。それは確かだよ」

 嘘でも何でもないことを言った。
 そう、嘘は言っていない。
 使い魔が出来損ないを喰らって魔女になったことも。
 それがキュゥベえの管轄外であることも。
 出来損ないが魔女になったことと。
 その存在がキュゥベえそのものだということを隠して。

 















「でーきた」

 一方体育館では鉄色の魔法少女がやり遂げたように大きく息を吐いた。
 その場に居たはずの白い獣は姿を消している。
 その代わり、人影がもう1つ増えている。

「楽しくなってきたぞぉ。さぁ始めましょうか」
「えぇ。楽しもうぜ?」

 同じ声、同じ動きで二人は歩く。
 鉄色の魔法少女と、……鉄色の魔法少女。
 全く同じ姿の少女は同じ歩幅で歩き出す。
 体育館居た結界は一つも無く、日が沈もうとしていた。
 つまりは魔女の時間。
 体育館の外へ出ると早速空間が歪み、世界がぶれる。
 それを肌で感じながら少女は、いや少女達は笑う。
 ケラケラと、ワハハハと、クスクスと。
 楽しそうに、嬉しそうに、面白そうに。
 街に狂気を落とすために。

















「というわけなの。わかった?」

 キュゥベえとの会話の後、マミは自室にいた三人に状況を説明した。
 大量の魔女が襲ってくるという事態。
 それ聞いて青ざめるまどか。
 杏子なら、と驚きながらも陽気に答えるゆま。
 そして、

「私はどうすればいいですか! マミさん!」

 一番早く反応したのはさやかだった。
 真剣な顔でマミの顔を見つめるさやかを見て、マミは微笑む。

「そんな堅い顔しちゃダメよ。一大事だからこそ落ち着かなきゃ」
「でも!」
「美樹さんはまだ魔女と戦ったことはないのよね? それなら私と一緒に行動しましょう」
「二人で分かれて戦ったほうがいいんじゃないですか?」
「美樹さんが初心者ってこと以外にも、今回魔女は複数いるわ。複数の魔女に囲まれた時のために一緒に行動するのがベストだと思うの」
「……そうですね」

 冷静なマミの言葉に落ち着くさやか。
 どう行動するかを考えている最中脇から声がかかる。

「マミさん。私達はどうすれば……」
「鹿目さん達はここに居てもらえるかしら。暁美さん達が今こっちに向かっているらしいから、一度この家に来る手はずになっているわ」

 正直言えば連絡など取れてはいない。
 二人が行ったのは事件現場、つまりこの魔女達がいた震源地だ。
 見滝原に来る魔女よりも多くの魔女がいたとしても不思議ではない。
 元々何もなかったとしてもマミの家に来る話にはなっていた。
 恐らくあの二人ならゆまとまどかを心配してここに来るはずだ。
 
「キュゥベえの話だと今回の魔女は比較的大きな食事を狙うらしいわ」
「大きな食事?」
「えぇ。早い話が一般人よりも魔法少女を狙う傾向にあるみたい。周囲に魔法少女がいない場合は容赦なく一般人を襲う、ということみたいだけど」
「だとしたら尚更分かれた方がいいんじゃ?」
「いいえ、二人で固まったほうが魔女も私達を見つけやすいはず。私達が囮になるのよ。少しでも私達に引き付けて時間を稼ぐの」
 
 百の魔女を全て自分一人で倒せるなどと思ってはいない。
 だからこそ二人で、時間を稼いで四人で。
 見滝原を守らなければならない。
 はい、と大きな返事をしたさやかを見てマミは内心感動していた。
 仲間と協力して魔女を倒す、という選択肢が取れること。
 それがこれほど嬉しいことだとは。
 窓の外から見える日は沈もうとしている。
 もうすぐ魔女が結界から出て、周囲を結界に巻き込み始めるだろう。
 
「そろそろ行きましょう。ソウルジェムが一番反応している場所へ」
「はい!」
「気をつけてねー!」
「頑張ってさやかちゃん! マミさん!」

 黄色と青の魔法少女は魔女の下へ行く。
 見滝原を守るために。自らの希望を守るために。
 とても綺麗な魔法少女の物語のように。
 自分が主人公だと、平和を守ると、ただその一心で。
 絶望の道を歩く。
















 高台に一人の契約者が立っている。
 白いシルクハットを深めに被り、鉄色のロングスカートを風に揺らめかせて街を見る。

「絶景かな絶景かなっての」

 街はもはや街の形を成していなかった。
 球体状に広がる魔女の結界が大量に広がり、元の街が見える場所の方が少ない。
 完全に虫食いだらけの魔女の街。
 それを見ながら鉄色の契約者、霞はニヤニヤ笑い、告げる。
 魔女に襲われ、使い魔に追われ、絶望と苦しみに苛まれる全ての人へ。
 強制的に作られた魔法への因果と希望からの落下を拾うため。

『救いを求める皆さん。願いを仰ってください。その願いを叶え、力を差し上げます』

 恐怖の底に落ちた人間にとって。
 化物に追われる人間にとって。
 そのテレパシーは神が与えたような救いの言葉だ。
 例え漠然とした『力』なんていう信じがたいものだとしても。
 絶望に満ちた人間は藁をも掴む。
 その言葉を吐く存在の顔はあまりに狂気に満ちて、悪魔の如き笑顔を浮かべているが。
 鉄色の魔法少女と対の色をした全く同じ姿の少女は両手を掲げ契約を語る。
 
「アハ、キャハハ、ウフフ、ギャハハハ!!!」

 笑う、笑う、笑う。
 虫食いの街に大量の閃光が光った。
 

















「なに……これ……」
「話通りではあるけど……目の前にすると洒落にならないわね」

 隣町で魔女が行動を始めた数分前。
 さやかとマミはソウルジェムの反応を元に魔女の群れを発見した。
 そこは先日魔女を狩ったはかりの廃屋だった。
 見渡す限りの大量の扉、門に気圧されながらも変身を済ませる。
 
「来るわよ美樹さん。初めての戦いからキツくなりそうだけど我慢してね」
「……はい!」

 マミは自分の周りに大量のマスケットを呼び出し構える。
 さやかも剣を取り出し構える。その足は震えていた。
 
「大丈夫よ。あなたは私が守って見せるわ」
「いえ、大丈夫です。がんばれます!」

 その言葉が強がりであることはわかっていた。
 声も震えて、怯えているのがわかる。
 
「そうじゃないわ。一人で頑張ろうとしないで?」
「大丈夫です。足手まといにはなりませんから」
「違うわ。足手まといなんかじゃない。私があなたを守る。だから」

 マミはこの緊迫した状況でニコリと優しく微笑んで。

「あなたが私を守ってちょうだい。美樹さん」
「……はい!」

 マミの言葉に嬉しそうに剣を構えるさやか。
 足の震えは、止まっていた。
 支えを求めた少女は今友の支えになれている。
 居場所を求めた彼女は支えを見つけて意志を固めた。
 
 木がきしむ音、金属の擦れる音、鈴の音、カウベル。

 ドアというドア、門という門が全て開く。
 そして一瞬にして扉以外の全ての空間が歪み、廃屋は視界から消えた。
 扉からは人の手、蟲の足、草の蔓、魚の尻尾、獣の爪等様々な物が出て来る。
 それが全て魔女の一部であることはわかる。
 空間は奇妙に混ざり合い、どこがどこだかわからない歪な異空間と化した。
 水辺だと思えば業炎に変わり、床かと思えば断崖絶壁に変わる。
 マミたちの居るおおよそ2メートルほどの円周だけが変わらず床であり続けているのが救いだった。
 この場所にいるのは見える限りでざっと二十。
 しかしまだ結界から出てこないもの、結界の中にまた結界を作り紛れ込んでいるものもいる。
 実際の数は把握できない。
 マミは手にしたマスケットを一番近い魔女に向け、

「行きましょう美樹さん。この街を守れるのは……私達よ」
「絶対守りましょうねマミさん!」

 撃ち放つ。
 







 こうして見滝原の魔女掃討は始まった。
 二人は知らない。
 今隣町で何が起こっているのかを。
 今、隣町に魔法少女が何人いるかを。
 そして隣町に魔女が何体いるのかを。
 知らない。知ることは無い。
 もし知ってしまったら。
 銃を取り落とし、剣を投げ捨ててしまいたくなるほどに。
 

 事態は悪化している。






 あとがき:
 前回、今回ともに魔法少女の契約及び才能、強さについて独自の解釈がありました。曲解であるなどと思いましたらご連絡ください。
 ついにある種禁じ手のようなことをやらせてしまいました。まぁインキュベーターだから簡単にできるでしょう。
 詳細は次の章で。
 テレパシーは確かに遠距離でできるけど広範囲に同時に契約ってのは自分でも少々無理があるとは思っていますが、そちらの方が話が盛り上がるのでこの行動にしてしまいました。
 



[28583] 6章B:鉄色は希望に寄り添う
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/08/27 13:55
 異空間に銃声と金属音が響く。
 人影はたった二つ、黄色い影と青い影。
 黄色い影はその場で動かずに轟音を鳴らしながら四方八方へ光の線を描き。
 青い影は金属音と空気を裂く音と共に自身が青い線となって飛び回る。
 その周りには得体の知れない異形の化物が群集し、二人を囲んでいる。

「マミさん! こっちを!」
「わかってるわ。逃がさない!」

 巴マミも美樹さやかも異空間で声を掛け合って戦っている。
 二人の足元には何も無く、二人は宙に浮くようにして戦っている。
 それどころか上下も左右もわからず、常に変わり続ける景色が距離感すらも奪い取る。
 二人が理解できているのはお互いの位置だけ。
 マミは銃が当たらぬように、さやかはマミの邪魔をしないように。
 互いの背後を確かめながら戦い続ける。
 周囲には大量のグリーフシードが浮遊しており、逐一二人はそれで穢れを浄化していく。
 
「埒が明かないわね……」
「でも聞いてた通り、そこまで強くはないみたいですけど」

 息を荒くしながらさやかの方を見て、マミは考えていた。
 魔女は自分が思うよりもずっと弱く銃を撃てば、剣を振るえばいとも簡単に体に深い傷が付く。
 魔女に追従する使い魔に至ってはマスケットで殴りつけるだけで粉々に砕け散った。
 その上グリーフシードを落とすために魔力を出し惜しみする必要が無い。
 そのため自分でも行ったこともないような全力全開を出し続ける大規模な戦闘になっている。
 さやかにとっても初めての魔女戦の魔女がここまで弱いのは救いだった。
 少しずつ魔法の使い方を理解し敵の掃討速度を上げてきている。
 だが、それでも二人の精神は磨り減っていた。
 何故ならこの戦いに終わりが見えないからだ。
 時間などもうわかりはせず、敵は減る気配がない。
 歪む世界に昼夜など関係無く、太陽が昇りながら月が出ている時もある。
 刻々と変化し続ける空間で魔女を狩る度に空間を作る存在が減ることで更に空間が変化する。
 急に地面が現れたり、重力の向きが変わったり、自分の位置が瞬間移動したり。
 何もかもがわからない空間でただただ魔女と戦い続ける。
 それは苦行そのものだった。
 確かにソウルジェムはグリーフシードで穢れを浄化できる。
 だが全力で戦い続けた体は、心は全く回復しない。
 ソウルジェムによって体も治癒され、心の鏡となるソウリジェムが浄化されたということは心の疲れも浄化されるはずなのに。
 言いようの無い体の重みと倦怠感が全身を包む。
 だが魔女は際限なく、止まることなく沸き続け、放っておけば使い魔を増殖させる。
 少しでも早く、魔女を狩り終えなければ。

「大分数は減ってるはずよ……ここに全部の魔女が来るわけがないもの」
「そうですよね。だとすればもうすぐなのに……」

 さやかも疲れたような顔で周りを見渡している。
 周りには魔女。生き物にも見えない化物。
 見ているだけで不安定になりそうな世界で、隣に居る魔法少女と来るであろう二人の魔法少女を信じて。
 二人の魔法少女は戦い続ける。
 














「予想通りだな……急がねぇとマミのやつやられちまうぞ」
「そんなことを言ってる暇があったら走りなさい」

 隣町に行っていた二人も見滝原付近にまで到着していた。
 しかし見滝原に魔女が向かったという事はその途中にも魔女がいることになる。
 案の定魔女が大量に居りほむらと杏子は見滝原へ向かう途中道中の魔女を足止めを受けた。
 マミ達が戦っている相手に比べれば魔女の数は疎らで倒すのは楽だ。
 しかし魔女がいることで結界の中に引きずり込まれれば見滝原に向かうことも困難になる。
 最初は無視して結界から出る選択肢を取っていたが、見滝原に近づくにつれその数は増え、まともに進めなくなったのだ。
 そのため、魔女を倒しつつも前へ進むという急がなければならないのに非効率的な手段を取らざるを得なくなった。

「お前の魔法で一気に行けないのかよ!」
「時間に限りがあるもの、無駄遣いはできないわ」

 時間停止をしろと言う杏子にほむらは魔女へ手榴弾を投げながら言う。
 確かに時間停止をしてこの場の魔女を吹き飛ばせば先には進める。
 しかし見滝原へはまだ距離がある、その内に何度結界に入るかわからない。
 その度に逐一時間を止めて敵を倒して行くのは確かに時間はかからない。
 だが、ほむらの時間停止には停止できる時間の総量がある。
 ワルプルギスの夜のために温存しなければならず、その上見滝原には現在ここにいる魔女とは比較にならない数の魔女が犇いている可能性があるのだ。
 それを見滝原での被害を最小限に抑えて倒しきるには時間停止で一気に倒すしかない。
 そのために消費する時間は膨大になるだろう。こんな所で使うわけにはいかないのだ。
 
「畜生、あともうちょっとだってのに! あの事件で魔女になったのは300人くらいだろ? あの体育館に居た奴が半分だったとしても計算が合わなくないか!?」
「どんなに弱かろうと魔女は使い魔を産むわ。恐らく見滝原に向かう途中で一般人を襲って成長したんじゃないかしら」

 そう、問題は魔女だけではない。
 使い魔も掃討しなければ使い魔は人間を食べて魔女へと変化する。
 普段ならば使い魔一体程度放置しても問題がないのだが、今回は別だ。
 沸くように出てくる魔女達が大量の使い魔を生み、その使い魔が人を襲い魔女になる。
 更に言うならばその使い魔達は弱い魔女から生まれたモノ。
 魔女になるために必要なエネルギーが少ない。代わりに成長した魔女も弱いのだが魔女は爆発的に増えていく。
 数というあまりに判りやすい力が魔法少女達に降り注ぐ。

「まどかとゆまは大丈夫なのか? マミのやつもさすがに一緒に行動はさせないだろうが……」
「……さっさと倒すわよ」

 口からこぼれた不安をかき消すように槍を振り回す。銃声を響かせる。
 足場も儘ならない空間で先にいる魔法少女二人と力無き少女二人の無事を信じて。
 魔法少女二人は戦い続ける。



















「クヒヒ、ニャハハハ、ヒヒヒヒ!」

 白いシルクハットを被った少女は高台で笑い続けていた。
 壊れたおもちゃの人形のように、ガクガクと体を震わせて。
 周囲のことなどわからんと言った具合で自分だけの世界で笑い続ける。
 何故か彼女は魔女に襲われずに高台で笑い続けている。
 彼女を包むのは快感、そして極度の愉楽感。
 窮地の人間が契約し、絶望のままに魔女になる度に彼女にエネルギーが送られる。
 魔法少女が魔女になっているのか、死んでいるのか。
 その数は街を見るだけでわかる。 
 もはや、街なんてものは欠片も見えなかった。
 結界同士がくっ付きあい混ざり合い、巨大な結界になっている。
 その中に魔女がどれほどいるのか、想像したくもない。
 この状況で契約をしないものはいない。
 だが契約の願いは皆々あまりに弱いのだ。
『この場を救う力をください』『私を助けてください』『あの化物を消し去って』
『あの人を守って』『俺を殺してくれ』『夢なら醒ましてくれ』
 願いを言えば力を得られるのに『力が欲しい』と願い。
 魔女の数がわからないから『目の前の化物を消して』と願い。
 助けてくれ、守ってくれという願いも才能の無い人間の力ではあまりに弱く。
 殺せ、夢ならばなんて願いは狂った末の無駄でしかない。
 その弱い願いのせいで只でさえ弱い魔法少女の力が更に弱くなる。
 つまり今霞は、インキュベーターは『叶える意味の無い』願いでエネルギーを得ていることになる。
 その上、契約したとしても契約した者達はその『力』の使い方は知らない。
 ただ得るだけで、使えない。ただ、エネルギーの変化量を増やしただけだ。
 
「あぁ、なんて素敵なことでしょう! このまま全てを奪ってしまおうかしら? いいえ、それではつまらない! 決めたじゃないか、全てを全てを全てを全てを平等に面白くするってさぁ!」

 止め処なく流れてくるエネルギーと絶望。
 それを嘲笑いながら霞は踊る。
 踊りとは言えない廻るだけの演舞。

「人間だけじゃダメ。魔女だけもダメよ。魔法少女も愛さなきゃ! インキュベーターは私。私が俺を愛さないわけないだろう!」

 壊れた少女の服が、音を立てて変化する。
 腐るように、侵食するように。
 彼女は壊れていく。
 
「『私』は今何をしてるのかなぁ? もしかして魔法少女として正義のヒーローでもしてるのかな? かっこいいなぁ! 羨ましいなぁ!」

 白い契約者は笑い続ける。
 壊れた世界で壊れた顔で壊れた笑いを繰り返す。
 














「マミさん達大丈夫かな……」
「杏子まだかなぁ……」

 巴マミの家で鹿目まどかと千歳ゆまは窓の外を覗いていた。
 窓の外からは巨大な魔女の結界の集合が見える。
 時刻は既に12時。既に戦いが始まって5時間以上が経過している。
 しかし魔女の結界は数を散らしてはくっついて巨大化することを続け、一向に変わる気配はない。
 いつもなら眠そうな顔をしているゆまもさすがの非常事態に目を開いて外を見ている。
 
「こっちに来ないかな?」
「マミさん達が引き付けてくれてるから大丈夫だよ。ゆまちゃん」

 まどかが優しくゆまの頭を撫でる。
 自分でもそう言ってはいるものの内心はそれを恐れていた。
 もし魔女の一体でもこちらに来たら自分達に為す術はない。
 ただ魔女か使い魔に食われて更に魔女を増やす一因になってしまう。

 本当なら契約して自分も戦いたい、窓の外を見ながら何度も考えた。

 だが契約したいと願ったその時にキュゥベえはいない。
 自分には才能があるらしい。みんなを守れる力があるらしい。
 なのにこんな時に限って自分は何もできない。
 まどかはできるだけ笑顔で、ゆまを心配させないようにと取り繕いながら内心で心を震わせていた。

 こっちに魔女が来ませんように。

 この願いは最低だってわかっている。
 自分の下に魔女が来ないということは別の場所では魔法を知らない一般人が魔女に襲われているということだから。
 それでも彼女は祈り続ける。自分の無事を、周りの無事を。
 やけに大きく聞こえる時計の音に下がらない心拍数。
 心配そうに自分の手を握るゆま。

「大丈夫、大丈夫だから」
「杏子……まだ?」

 










 どこかもわからない魔女の結界の中で二人は一つの扉の前に立った。
 周囲にいた大量にいた魔女達を掃討し、更に魔女を捜索していた矢先。
 いつまで続くかわからない戦いに一区切りが付いたことで少し落ち着きを取り戻したさやかは周囲の空間を見渡して言う。

「本当に滅茶苦茶ですね。さっきまで気味悪い森を歩いてた気がしたんですけど」
「それを言ったらその前は空を飛んでたし、海の中にもいたわよ? 何故か息ができたけどね」

 一息吐けたのはいいが今だ魔女の数はわからない。
 手元には大量のグリーフシードがある。
 ざっと見ても三十個近い。使ってしまった物を含めれば六十に迫る量だ。
 キュゥベえの話によれば魔女の数は百と言っていたがこの状況を見るにそれ以上。
 恐らくは自分達には呼びきれなかった、相手仕切れなかった魔女が生んだ使い魔が魔女になったのだろう。
 見滝原の住民を襲って。
 何も知らない一般人が食われていく所を想像しマミは顔を顰める。
 その顔を見てさやかは怪訝な顔をしてマミを見る。

「結界から出たらまどか達に連絡取りましょう、きっと心配してます」
「そ、そうね。暁美さんと佐倉さんとも会えるかもしれないし」

 さやかが剣を持ったまま、左手でドアノブに手をかける。
 マミは魔女が出てきてもいいようにマスケット構え、合図を送る。
 さやかが頷きドアを開けると、普通の住宅街が広がっていた。
 見た限りでは廃ビルからは数キロ以上先にあるはずのアパート群。
 歪んだ結界で戦う内にそれほど移動してきたのだと気付かされる。
 二人はドアの向こうを見て、オアシスを見つけたように顔を輝かせて結界から出た。
 だが、そこに広がっていたのはオアシスなどではない。

「……酷いですね」
「見ないように、とは言わないわ。とりあえず鹿目さん達と連絡を」

 確かに結界の外の住宅は普通だった。
 しかしそのおよそ数メートル先の空間にまた大きな穴があり、穴の手前には。
 大人物と思われる靴が三足転がっていた。その全てが別々の靴だ。
 結界に引きずり込まれたのだろう、あがいたのか近くの電柱に血の跡が付いていた。
 周囲の建物からは深夜ということを除いても全くの音がしない。
 建物に住んでいた人はどうしたのか、考えなくてもわかることだ。
 さやかはその光景に目を背け、まどかに連絡を入れようとして……目の前の光景に目を奪われた。
 呆然と前を見つめるさやかに後ろからマミが声をかける。
 
「あ」
「美樹さん?」
「あ、あぁ……あぁああぁぁ!」
「ちょっと! 美樹さん!?」

 さやかはマミの制止も聞かず走り出した。
 高い金属音を立てて彼女が持っていたグリーフシードが地面に転がる。
 魔法少女の、それも移動速度の速いタイプであるためその姿はすぐ小さくなった。
 マミはさやか向いていた方向を見る。
 その目線の先には結界が幾つか街に虫食いのように点在している。
 やはり、魔女の群れの本体は真後ろの塊のようだと理解した。
 だが、それが意味するのは点在する結界は人間を襲っているということだ。
 つまり直接的に見滝原の住民に危害を加える魔女達はあちらの点在する魔女達だ。
 そしてさやかが走っていた方向、点在する結界の中でも比較的大きな、恐らく何体もの魔女の結界の塊だと思われる結界が飲み込んでいるのは。

 見滝原で最も大きな病院だった。

 美樹さやかの愛するバイオリニストが入院している、高層ビルのような病院。
 その建物の3分の1が魔女の結界に食われている。
 つまり今の病院では魔女と使い魔による襲撃が始まっている。
 それをさやかが見過ごせるはずがないのだ。

「美樹さん……。仕方ないわね。まずは連絡を取らないと」

 さやかを止めようとテレパシーを送っているものの、逆上して気付いていないのか返答は返ってこない。
 さやかの戦闘能力はこの無限に続くかと思われていた戦いの中で飛躍的に上がっていた。
 後半に至っては完全にマミを守りながら獅子奮迅の活躍をしているのだ。
 だが、あの逆上した状態で戦うことはできるのだろうか。
 マミは病院に行くべきか考える。
 確かに共に行けばさやかは助かるだろう。
 だが、背後に広がる巨大な結界は魔法少女を追うようにして移動を続けている。
 事実少しずつ背後の結界は自分に迫ってきているのだ。
 もし病院へ向かえば結界は病院へ追従してくるだろう。
 そうすれば結果的に病院での救出が困難になるだけではない。
 ここから病院への、直線距離にして10kmに魔女の結界が通ることになる。
 ましてや病院の場所は市街地のど真ん中。
 人の多い繁華街へ魔女の群れをわざわざ運ぶわけにはいかない。
 だとすればやれることは1つ。
 
『鹿目さん、聞こえる?』

 遠くで待つ友人にテレパシーを送る。
 すると耳元で安心したようなため息が聞こえ、返答がすぐ返ってきた。

『マミさん、マミさんなんですか!?』
『えぇ、私は大丈夫よ。それより鹿目さん、あなたは大丈夫?』
『……はい、魔女には会ってません』
『そう、よかった……。暁美さん達には会えた?』
『杏子来ないー!』
『まだ来てないです』

 ゆまの苛立ち気味な言葉と残念そうなまどかの声を聞いてマミは一安心した。
 二人に危険が及んでいないことが確認できただけでも一度結界を出た意味はある。
 
『さやかちゃんは?』
『美樹さんは病院の方の魔女を狩りに行ったわ。大丈夫よ』
『そっか、恭介君のこと……マミさんも行ってあげてください!』
『そうしたいんだけど、まだ大きな魔女の群れを倒せていないの。そっちを倒さなきゃ被害は増える一方だわ』
『そんな!』
『安心して。美樹さんは強い。魔女なんかにやられたりはしないわ』

 安心させるようにまどかに言い聞かせる。
 この言葉は自分に向けた言葉でもある。
 
『マミは杏子に会えた?』
『いえ、残念だけど……。でも急に魔女の勢いが減ったから恐らく見滝原に到着したとは思うけど』

 同じ二人の魔法少女でも悔しいがあの二人のほうが自分とさやかの二人よりは強い。
 もし魔女が強いエネルギーに吸い寄せられるならあちらに寄っていくのはわかることだ。
 だが、それを理由に魔女の引き寄せをやめることはない。
 マミは大きく深呼吸をして、結界へ向き直る。
 結界にはどこからでも入れとばかりに大量の穴と扉が犇いている。
 
『また結界に入るわ。鹿目さんも気をつけて』
『マミさんも頑張ってください!』
『頑張れマミ!』

 二人の声援にクスリと微笑んで一歩踏み出す。
 負ける気がしない。そう考えた。
 希望に満ちた彼女は街の闇を無くすために結界へ飛び込む。
 希望を振りまく魔法少女のように。



 だが、マミは単純なことに気付かない。
 才能が無いはずのゆまがどうしてテレパシーを使えたのかを。
 何故こんな状況で子供のゆまが余裕があったのかを。
 この数の魔女が1匹も来ないことなどあるはずがないことを。
 そして、その危険をどうやって切り抜けたかを。
 





 




 走る走る走る。
 ただ一直線に、家の屋根を飛び、橋を超えて全速力で。
 市街地は魔女の結界があまり無く、結界の範囲から運よく逃げた一般人が避難していた。
 人々は空を翔るさやかを見て魔女だと思い悲鳴を上げたり、携帯で写真を撮ろうとしてる。
 青い線が周囲の目も気にせずに飛び回る。
 急がなきゃ、恭介が死んでしまう。
 せっかく腕を治してこれからなのに、未来を奪われてしまう。
 そんなことダメだ。
 もっと、もっと速く。
















 マミがまどかに連絡を取る30分前。
 まどかとゆまは変わらず窓の外を見ていた。
 しかしそれは先ほどまでの魔法少女を心配してのものではない。
 窓の外、目視できる距離の民家が結界によって覆われたのだ。
 この距離ならば次は自分達に来てもおかしくはない。
 そう考えながらも口には出さず、まどかはゆまの手を握る。

「大丈夫だよね? あの魔女来ないよね」
「大丈夫、大丈夫だから」

 大丈夫、と何度言っただろう。
 祈り続けて、怖くなっても弱さを隠していた。
 泣きたかった。逃げたかった。
 でも自分の隣にはゆまがいる。自分よりずっと子供で力の無い少女が。
 守られてばかりの自分が今できることはコレくらいだから。
 まどかは強い意志を持って窓の外を見つめ続ける。
 民家に人はいたのだろうか。
 居たとしたら、どうなってしまうのか。
 考えたくも無い。
 
「お願い……来ないで……」
「杏子……」

 こういった願いというものは往々にして叶えられない。
 案の定魔女の結界はドロドロの液体のように民家を飲み込んで移動する。
 自分達がいるアパートへ。少しずつ侵攻する。
 ヒッ、と声が漏れ一歩下がって後ろを見る。
 出口のドアは真後ろだ。だが出たところでどうにかなるものではない。
 ゆまが心配そうにまどかを見る。
 ゆまはまだ場所もわからない杏子が来ることを信じている。
 怖いという感情も、泣きたい思いも、全て杏子が来ることを信じて、それを支えにして心を保っている。
 魔女はジワジワとアパートに近づき、その身を消す。
 そして数秒の沈黙を開けて、マミの部屋が歪む。
 それは結界へ閉じ込められたことの証。
 二人ではどうしようもない絶望だった。

「……まどか、大丈夫だよね! 杏子来るよね!?」

 ゆまも結界に入った途端狼狽してまどかにしがみつく。
 まどかはその言葉に言葉を返せない。
 自分だって恐ろしいのだ。
 死にたくない。当たり前だ。
 才能があるのに、戦えるのに。
 何故こんな時にキュゥベえはいないのか。
 何故自分は魔法少女じゃないのか。
 魔法少女だったら、こんな状況簡単になんとかできるのに。
 ドロドロと床から何かが染み出てくる。
 黒いタールのようなそれは小さな赤い宝石を中心にして丸くその身を作る。
 それが魔女であることは判りきっていた。
 そしてそれが自分達を襲うということを。
 魔法少女なら、魔法少女になっていたら。
 そう考え続けて体を震わせ目をつぶる。恐怖を隠すことなどできなかった。
 魔女が窓に張り付くように下がった二人に詰め寄った時、
 


 金属音と共に魔女が入り口まで吹っ飛んだ。


「判りやすい弱点だなぁ。もうちょい捻りがほしいよね」

 液体のような魔女は大量の杭によって赤い宝石と共に結界の壁に撃ち付けられる。
 まどかが目を開けるとそこには。
 黒いシルクハットを被った魔法少女が立っていた。

「鳴海……さん?」
「ベストタイミングってやつだね。ちゃっちゃとやっつけちゃうから話はその後で」

 まるで過去に自分達を助けてくれた魔法少女二人のように。
 ピンチに颯爽と現れて。
 鉄色の魔法少女は、いとも容易く二人の魔法少女の希望に接触した。
 まどかもゆまも知りはしない。
 目の前の自分を救った恩人がこの事件の元凶であること。
 自分を守る魔法少女が目の前の少女に殺意を向けていること。
 そしてあまりにもタイミングのいいこの出現に、意図が隠されていることを。





「あ、ありがとうございます」
「ありがとう霞ー!」

 結界が消えたマミの部屋で二人は急に現れた魔法少女に礼を言う。
 難を逃れたためか疲れた顔で笑うまどかと霞に笑いかけるゆまを見て、霞は笑いながら答える。

「結界から出れたと思ったらちょうどよくここに来たからね。ラッキーだよお二人とも」

 人懐っこい笑顔で部屋の壁に寄りかかる。
 その顔には少し疲労が見えたが、まどかは指摘しなかった。
 彼女も見滝原の平和のために魔女を狩っていたはずだから。
 そんな考えでのことだったが、真相は違う。
 だがそんなことをまどかが知るはずも無い。

「それにしても酷い状況だねぇ。まぁ搔き入れ時って考えればいいのかな?」
「そんな言い方って!」
「いやいや、まどかちゃんには悪いけど私は別にそこまで見滝原のために~ってタイプじゃないから。元々私は隣町の人間だしね」

 どこまでも他人事のように当事者は語る。
 まどかは隣町、と聞いて彼女の紺色の制服を思い出してハッとする。

「っ! ……ごめんなさい」
「何で謝るのさー。別に私はあの件で何も被害は受けてないよ?」
「でも、お友達とか居たんじゃ……」
「居たねぇ。でも別に魔法少女になってから学校には行ってなかったし……」

 嘘はついていない。
 彼女は元凶なだけで被害は受けていないし、学校にも行っていない。
 だが、言葉の裏で彼女が考えていることにまどかは気付かない。
 笑顔の奥の狂気も。

『鹿目さん、聞こえる?』
 
「マミさん、マミさんなんですか!?」

 突然頭に届いた声にまどかは安心したようにホッと息を吐く。
 ゆまもその声にパァっと顔を華やがせる。
 すると霞がゆまの方へ行き、何かを耳打ちする。

『えぇ、私は大丈夫よ。それより鹿目さん、あなたは大丈夫?』

 魔女に襲われたけど、と言おうとして口を開けた時、霞が人差し指を立てて口に当てるジェスチャーをした。
 言うな、ということだが、まどかはすこしキョトンとした後、

「……はい、魔女には会っていません」
 
 まどかがそう言うとマミは安心したように一息ついた。

『そう、よかった……。暁美さん達には会えた?』
 
 その言葉を聞いた時、目線の先のゆまが何かを念じているような顔をしていた。
 そしてマミの言葉を聞いたのか、パッとした笑顔になる。
 
「杏子来ないー!」

 その言葉を話した瞬間、霞の笑顔は貼り付けた笑顔からとても感情の篭った笑顔になった。
 楽しそうな、面白いものを見つけた時のような。
 口の両端を吊り上げた満面の笑み。
 だが、二人はそれに気付かずにマミとの会話を続けている。
 
「マミさんも頑張ってください!」
「頑張れマミ!」

 テレパシーを終え、幾分落ち着いた顔のまどかが霞に問う。

「どうして魔女のこと、黙ってなきゃいけないんですか?」
「マミさんは今こっちに来られないのよ? 例え私が居るって話したって不安になるじゃない。魔女の群れが来たらって考えたら怖いもの」
「でも、いつ来るかわからないって不安もあると思うんだけど……」
「そうかもしれないけどね。それでも一度でも魔女は来たのに自分が行けないってのが一番不安だと思うねぇ、私は」

 笑顔のまま喜怒哀楽を表現するようにコロコロと顔を変える。
 まどかは目の前の助けに来た少女を見て思う。
 この人は何故魔法少女なんだろうか?
 自分が言えたことではないが、魔法少女は皆々何か心に暗いものを持っているように見えた。
 巴マミも、佐倉杏子も、親友の美樹さやかだって。
 なのに目の前の少女は何もないように見える。
 
「その不思議な顔、何か聞きたいことあるのかな?」
「え、えっと……鳴海さんはどうして魔法少女に?」
「面白そうだから」

 即答だった。間髪入れず、考えることもなく、まどかの言葉に被せるように。
 
「面白そう?」
「そう。だって魔法よ? 魔女よ?」
「でも、怖いって思わなかったんですか? 死ぬかも知れないって」

 わかってないなぁ、と呟きながら霞はまどかに近寄る。
 その顔はさきほどまでの愛想を振りまく笑顔ではない。
 感情を全面に出した楽しそうな笑顔。

「そんなの関係ない。『楽しそう』ってのは人生で一番大事なの。それ以外は『何も』いらない」
「霞は楽しいことがすきなの?」
「楽しいことが嫌いな人がいる? いるわけないよね? まどかちゃん。私はねあなたの知る魔法少女とは違う。自分がなりたいからなったの。それに後悔はないわ?」

 感情たっぷりに楽しそうに話す霞。
 まどかはその笑顔を見て、少し心を安心させる。
 この人は本当にこう思ってる。
 マミさんとも、ほむらちゃんとも違う。
 この人は魔法少女をイイモノだって思って、楽しいものだと思ってるんだ。
 魔法少女を娯楽の一つにしているんだ。

「でも確かに素敵……ですよね」
「そうよね! まぁ予想以上に大変だけど、つまらないわけじゃない。それにかっこいいじゃない?」
「杏子のほうがかっこいいもん!」
「杏子ちゃんには敵わないなぁ。でもゆまちゃんも魔法少女になればかっこいいと思うよ?」
「ゆまが?」
「ええ。とっても素敵な魔法少女になれるわ? もちろんまどかちゃんも」
「私なんて、そんな……」

 感情を出した笑顔での褒め言葉にまどかも恥ずかしそうに笑う。
 先ほどまでの暗い空気はいつの間にか消えていた。
 だが、そんな空気を捻じ曲げるように柔らかい表情をしている二人に向けて鉄色の魔法少女は問う。



「二人とも、魔法少女になる気はない?」



 両手を二人に向けて伸ばして、優しい笑顔での問い。 

「私は歓迎するよ? この状況を打破するには一人でも魔法少女が必要だもの」
「で、でも私は……」
「願いが無いとか? 確かにそれは残念だなぁ。『魔法少女になりたい』って願いはどうなるんだろうね」

 霞はインキュベーターとしてのまどかとの接触の記憶がある。
 だからこそのこの言葉だった。
 
「ゆまは……ゆまは」
「ゆまちゃんも魔法少女になってほしいけど、ゆまちゃんには杏子ちゃんがいるものね。杏子ちゃんに止めてって言われてるんでしょう?」
「杏子はならなくていいって言ってた」

 そっかぁ、と呟いて霞は二人に背を向けた。
 そのまま出口のほうへ歩いていく。

「霞、いなくなるの?」
「えぇ。まぁこの辺うろついてるから魔女は来ないと思う。安心してここにいてね」
「どうしてここにいないの?」
「そりゃ、ほむらちゃんと杏子ちゃんのためさ。二人を最初に護るヒーローはあの二人であるべきでしょう? だから、私が来たことは内緒、ね?」
「わかった!」

 柔らかい笑顔で別れを告げて、手を振りながら部屋を出て行った。
 二人はその魔法少女への不信感を打ち消してしまった。
 自分を窮地から助けてくれた恩人。
 自分の考えを賛同する人。
 そして、他の魔法少女とは違う明るい姿。
 鉄色の魔法少女はいとも容易く二つの希望に侵食を始める。
 二人は気付いていない。気付くはずもない。
 鉄色の少女が持つ笑顔の下の悪意など。











 上条恭介は事態を把握できないでいた。
 医者という医者から奇跡だと言われた右腕の完治。
 そしてあっというまに進む自分の周り。
 幼い頃からの付き合いであるさやかが言った言葉を思い出しながら周囲を見渡す。
 
「奇跡も魔法も……か」

 視界に広がるのは見たこともない綺麗な景色。
 花々が咲き乱れ、水のせせらぎが聞こえる。
 ここは自分の病室だったはずだ。
 だが、病室らしいものは何も無く、どこまでも草原が広がっている。
 本当ならこの状況、パニックにでもなるのが普通なのだろうが、つい先日起った奇跡の後のこと。
 彼は何が起っても不思議ではないと考えていた。
 だが、だからといってこの状況に納得できるはずもない。
 下手に動くわけにもいかず、恭介はその場に立ち続けていた。
 松葉杖をついて安静にしていろと医者には言われていたが、自分には全くの違和感が無く、こうして立っていても問題はない。
 
「どうしようか……ん?」

 視界の端で何かが動いた。
 それは小さな兎のような白い獣。
 すぐにどこかへ駆け抜けていったそれに恭介はまるで引き寄せられるように歩き出す。
 草原の奥、魔女の結界の深部へ。





あとがき:
 場面描写と語彙をなんとかしたい今日この頃です。
 せっかくの戦闘場面なのに戦闘場面を書く技量が無いという現実。
 おそらく魔法少女達は無双シリーズのような勢いで戦闘をしていると思います。



[28583] 6章C:希望は絶望に寄り添う
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/10/03 02:35

「数が減ってきた……もうすぐ!」

 マスケットを大量に召喚しながらマミは叫ぶ。
 どこかもわからない結界の中で、次々現れる異形に銃弾を撃ち込んでいく。
 銃弾が当たる度魔女達は大きく仰け反りその身を揺らす。
 その確かな手ごたえを感じながら汗を拭い、周囲を確認すると大量にあった魔女の影は数を減らしており、まばらになってきていた。
 つまりそれは自分の周辺にいた魔女を掃討しかけているということだ。
 だが、恐らくこれらが魔女の全てではない。
 ほむらと杏子が大多数の魔女を引き受けているのだろう。
 この場を片付けて暁美さん達と合流しなきゃね。
 そう考えながら眼前に現れた魔女をマスケットで殴りつけ周りを見渡す。
 周囲にいた魔女は離れるようにマミから距離を取っている。
 その魔女達に銃弾を撃ち放ちつつ、マミは目線の先にある大きな扉を見つけた。
 立派な造型の扉だが、何故かポップな文字で何か書かれている。

「何かしらあの扉……っ!」

 扉の向こうからの強力な魔力を感じる。
 自分と同じ、それ以上かも知れない魔力。
 マミは襲い掛からない魔女を無視してその扉に神経を集中させる。
 ガチャリ、という音と共に扉が少し開くの見て、マミは大きな銃を発生させて。

 先手必勝……!

 正義の魔法少女は希望を信じて轟音を鳴らす。

 


 






「いい加減弾切れっぽいな!」
「えぇ、魔女の出現の速度が遅くなってるもの」

 見滝原に到着した佐倉杏子と暁美ほむらの二人。
 結界の途切れ目を見つけ一旦外へ出たのはいいがマミともまどかとも連絡が取れず、再度魔女の掃討を行っていた。
 時間停止を行えるほむらがいるおかげで魔女を倒す速度はマミやさやかの比ではない。
 だが、停止時間に限りがある以上そこまで停止を連発するわけにもいかず、杏子が槍を振り回し魔女を蹴散らしていく。
 魔女は結界が破れてはそれを埋めるようにワラワラと沸き続け二人の周囲を包む。
 その沸きが弱くなってきたのがつい先ほど。
 魔女はその数を減らし、攻撃の頻度も下がってきている。
 
「さっさとマミのやつを見つけて合流しようぜ。この様子なら無事だろうけどさ」
「それよりもまどかの方が心配だわ。さっき見た段階では魔女はあの方向にはいなかったけど」

 結界のせいで現在時刻も現在位置もわからないため、連絡の取りようがない現状。
 魔女を蹴散らしながら二人は縦横無尽に駆け回る。
 グリーフシードも途中から拾うことをやめていた。
 それほどに魔女の数が飽和していることが伺える。
 何度目かわからない魔女の出現の停滞に合間に杏子は穢れを浄化しながらほむらに問いかける。

「こいつら、元々は人間だったんだよな……」
「今は魔女よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「お前、前から知ってたみたいだな。何とも思わないのかよ」
「思わないわけないじゃない。でもどうしようもないことだもの」

 杏子は舌打ちをして使い終えたグリーフシードを投げ捨てる。
 グリーフシードが重力に沿って落ちながらも変則的な軌道を描いてどこかへ消えた。
 今だ周囲の環境が歪んでいる証拠である。
 その動きを見ながらほむらは周囲を見渡し、大きな扉を見つける。
 荘厳な雰囲気が伺える西洋風の扉。
 そこには見た目にそぐわないポップな文字で『EXIT』と書いている。

「『出口』……? どういうことだありゃ。 結界の外なのか?」
「罠かもしれないわ。気をつけて」
「あぁ? 罠って言ってもこいつら程度の魔女の罠なんて……」

 杏子がドアノブに手を掛け、ガチャリを扉を開ける。
 その瞬間、ほむらは扉の無効の強力な魔力を感じた。
 そして魔女達からは感じなかった明確な殺意も。
 だが、杏子は気付いていないのか揚々と扉を開ける。
 



 杏子に巨大な黄色い光弾が襲い掛かった。


 
 














 魔女の空間とは思えない美しい草原を上条恭介は歩いていた。
 彼には魔女だの奇跡だのということはわからないが、異常な事態であることが痛いほどに理解している。
 なのに自室であった場所を放棄してどことも知れない草原を歩いている。
 自分でもそれがわからなかった。
 何か白い影を見たような気がして引き寄せられるように歩いてきたが自分が何故そんな暴挙に出たのかがわからないのだ。
 何かに呼び寄せられているような、不思議な感覚。
 どこまでも広がる草原を自分は無意識にある一方向へのみ歩き続けている。
 その先に何かがあることがわかるように。






 美しい草原を青い光が猛スピードで駆けていく。
 ソウルジェムは彼女の見たこともない強い色で光っている。
 それは魔女が近くにいるということ。
 だが一向に魔女は現れず、むしろ同じ場所をグルグルと廻り続けている。
 魔女の結界に弄ばれているのが痛いほどにわかる。
 だが、頭に血が昇ったさやかは考えることなく一心不乱に走り続ける。
 さやかは気付いていない。
 この結界がまだ一度も変化してないことを。
 そしてそれが表すことの意味を。
 どこまでも走り続け、ソウルジェムは焦燥と絶望で徐々に色を濁らせていく。

「恭介、恭介、恭介! お願い無事でいて……!」

 涙か、汗か、顔を濡らしながら少女は走る。






「ん?」

 誰かに呼ばれたような気がして歩みを止める。
 だが周りにはどこまでも続く草原だけ、見える地平線の向こうにも人影はない。
 気のせい、なのだろうか。
 上条恭介は周りを見渡して考える。
 どうすればいいのかはわからない。
 だが、このまま進まないわけには行かない気がする。
 恭介はまた歩き出す。ただ真っ直ぐ草原を。
 
 全く同じ花が、全く同じ場所に、全く同じ形で咲いていることに気付きながら。

 麻痺した心で歩み続ける。
 彼はもう、魔女の手のひらの上。
















 轟音を聞きながらほむらは大きくため息を吐いた。
 扉を開けた瞬間飛んできた攻撃を時間停止によって杏子を動かして避け、停止した時間の中でその扉を見る。
 ポップな文字で書かれた『EXIT』。そして感じる魔力。
 だが、この攻撃には見覚えがある。

「あぶねぇな……。ありがとうよ」
「礼ならいらないわ。この状況だもの。協力しましょう」

 停止を解き、攻撃が止んだのを見計らい扉の向こうを見る。
 扉の向こうも歪みに歪んだ結界で、気味が悪い。
 だがそれよりも二人が目に入ったのは。
 撃ち終えた巨大なマスケットを消しながらこちらを見つめる黄色い魔法少女。

「マミ!」
「暁美さんに佐倉さん!?」

 マミは心底驚いたような顔をして、二人を見た。
 扉の向こうから感じたのは魔女の魔力のはずだった。
 なのにその向こうから仲間の魔法少女が出てきたのだから驚くのも無理は無い。

「無事だったのね!」
「……今死ぬかと思ったけどな。思いっきりぶっ放しやがって」
「だって今のは……」
「あの扉。使い魔だったわ」

 ほむらの言葉に二人はギョッとして扉を見る。
 いつの間に撃ち込んだのか銃弾で穴だらけになった扉は、不快な笑い声を上げて霧散した。
 それは扉が使い魔である証拠。
 この歪んだ結界の中で扉が魔女の結界の出入り口であった中での奇襲だったのだ。
 ほむらもマミも扉の向こうの相手を魔女と勘違いした。
 杏子に至っては扉の向こうのマミの魔力に気付くことすらなかった。
 恐らくはそういう使い魔なのだろう。
 同士討ちを誘うために、魔力を誤認させ、扉を開けた人間には魔力を感じさせない力。
 魔法少女が一人で行動している時は何でもないが、複数名で行動している時はこれほど厄介な使い魔はいない。
 
「こんな使い魔いるのかよ……面倒臭ぇな」
「確かにね。でもわかってよかったわ。同士討ちでやられるなんて困るもの」
「だから、今やりかけただろ?」
「もう! 仕方ないじゃない!」
「問題はそこじゃないわ。なんであんな使い魔がいるのか、ということよ」

 そう、こんな個性のある使い魔が現れたのはこの戦いでは初めてだった。
 何故ならこの出来損ないから生まれた魔女が生んだ使い魔は総じて個性がなかった。
 単純に魔女の力がないせいか、使い魔は皆々似たり寄ったりの姿をしていたのだ。
 だからこその戦いの中でも対処しやすく、魔女本体への攻撃に専念できた。
 ならどうしてこんな使い魔がいるのか。
 それは単純な答え。

















 草原が枯れていく。
 どこまでも広がっていた草原が音を立てて枯れ始め世界を暗くしていく。
 上条恭介はその状況に恐怖を覚えながら、足元を見る。
 すると草原だったはずの足元は無機質な鉄になり、それにあわせ周囲も変化していく。
 高かった空は消え、鉄の天井に、
 広大だった空間はあっという間に半径1メートルほどしかなくなり鉄格子が貼られる。
 気付けばそこは狭苦しい檻の中。
 しかもその檻は空中にあり、下を見るとグニャグニャと揺れる大地が見える。
 そして何か気配を感じ、後ろを振り向くと。

 恐ろしい顔を貼り付けた巨大な樹木が不気味にその口を開けていた。
 
 幹の太さはどれほどかわからないほどに大きく、人の顔でいう瞳の部分が喜怒哀楽様々な顔をした顔がぎっしりと埋め尽くされており、目の中の瞳がギョロギョロと動くたびに瞳の中の大量の顔も目をギョロギョロと動かす。
 そして目の下には巨大な空洞のような大きな口があり、その中は暗くて見えない。
 改めて辺りを見渡すと樹木から伸びる大量の枝一つ一つに自分が入っているような檻があり、その多くに人が入っている。
 その姿が心ここにあらずという顔でどこかを見つめ、三者三様の行動をしていた。
 上を見れば自分の折も枝の一つに吊るされている。
 樹木型の魔女は大きく咆哮をして、恭介をジロリと見る。
 瞳の中の数百の瞳が更に恭介を睨む。 
 そして、怯える恭介に何の前触れも無く。
 檻を繋いでいた枝が折れ、檻が自由落下を始めた。
 高さはわからない。ただ高いことはわかる。
 声など出なかった。出るはずもなかった。

 だが檻はガクン、という音を響かせた後、金属音を立てて目の前が切り開かれる。
 恭介の目の前には。






 どこかもわからない草原のど真ん中でさやかは立ち止まる。
 微かに変化した魔力を感じ、周りを見渡す。
 何も変わりない草原。だが、ほんの少し感覚が違う。
 さやかは自分の勘を信じて剣を地面に思い切り突き刺した。
 すると剣を刺した場所から草原が腐り始め、大きな音を立てて足元が崩壊する。
 重力に従っての自由落下。その外の空間は魔女の結界らしい奇怪な世界。
 その中で巨大な魔女にも、檻に囚われた人々にも目も暮れず少女は青い線となって空中を駆け、自分の檻と同様に自由落下を続ける檻に飛び込んだ。
 鈍い金属音を立てて檻が切り裂かれ、さやかは無我夢中で中にいた人間を助ける。
 歪んだ地面で大きな音を立てて粉々に砕けた檻を確認し、地面に着地する。

「ありがとう……君は?」

 その声は彼女にとって希望だったのか、絶望だったのか。
 九死に一生を得た恭介は剣を持ち、自分を助けた青髪の少女に問いかける。
 地面に降ろされ、少女の顔を見て恭介は言葉を失う。
 いつ怪我をしたのか、白と青を基調とした服装に大量の傷をつけ、血を貼り付けた少女は。

「さやか……なのかい」
「…………」

 少女は答えない。
 少女は恭介に背を向け、目の前の樹木に剣をむける。
 魔女はその姿を見て怒ったように怒号を響かせ、空間を震わせる。
 それにあわせて枝がゆれ、虚ろな人々が鉄格子に叩きつけられる。
 だが、誰一人それに反応し苦しむ人はいない。

「さやかなんだろ? どうして、そんな格好しているのさ」
 
 答えずに剣を構えなおす。
 チャキリと金属音を立てて姿勢を落とし、飛び掛らんと魔女を睨む。
 恭介は目の前の少女から発せられる威圧感に感じながらも言葉を続ける。
 目の前の少女は自分の良く知る幼馴染なはずだ。
 だが、その纏う雰囲気はいつもとまるで違う。

「剣なんて……さやかには似合わない。それにさっきのは……もしかして『魔法』なのかい?」
「っ!」

 飛び出そうとしていた体がその言葉で震わせる。
 病室でさやかが言っていたこと。
 奇跡も魔法もある、という妄言でしかなかった言葉。
 だが、今のこの状況なら理解ができる。
 更なる追求をしようとした瞬間、魔女が吼え、枝を一本を思い切り少女に向けて振付ける。
 無論その枝には人の入った鉄の檻が着いている。
 


 轟音を鳴らして枝とそれに付いた檻が少女に激突した。


 
 壮絶な金属音が鳴り響き、反射的に瞑った目を開けると、そこには檻を剣で受け止めた少女の姿がある。
 枝も受け止めたおかげか恭介の横20センチほどで停止している。
 もし目の前の少女が止めていなかったら、自分は吹き飛ばされていただろう。
 枝に付いていた檻の中の人間は虚ろな目で頭から血の流しながら笑い続けている。

「下がって」

 目の前の少女から聞こえた低い声。
 その声は聞き覚えのある声だったが、その込められた感情は感じたことのないもの。
 殺意。その正体がそれであることを恭介は気付かない。
 虚ろな声で目の前の少女、さやかは恭介に目を向けずに。

「恭介は、私が護る。私が絶対に護ってみせるから、下がってて」
「……うん、わかった」

 震える声を響かせる。
 その声は悲しみか、恐怖か。
 恭介は魔女から逃げるように離れ、距離を取る。
 幸い魔女はさやかにのみ目を向けたようで簡単に離れることができた。
 そして離れたことを確認して自分の手足を見る。
 怪我の無い、健康な肉体。
 医者から奇跡と言われた怪我の完治。
 目の前の魔法という状況。
 そして血塗れで戦う幼馴染の姿。

 奇跡も魔法もあるんだよ。

 そう言ってくれたさやかを。目の前で化物と戦うさやかを。
 自分に降りかかった奇跡と。目の前で起る魔法という恐怖。
 
「僕のせい……なのか」

 今さやかが戦っているのは。
 さやかがこんなにも苦しんでいるのは。
 全て自分の腕のためなのか。

「違う」
「さやか?」
「私の願いだから。恭介のバイオリンがもう一度聞きたくて。恭介の喜ぶ顔が見たくて。恭介のもう一度ちゃんと生きて欲しくて。全部全部私の願いだから」
「どうして、そんな! 僕にそこまでする理由なんて!」

 血を流しながら。
 さやかは樹木の攻撃を弾き、枝を一本切り落として。
 恭介に振り向いて笑う。
 とても綺麗な可愛らしい笑顔で。

 バカだなぁ、恭介は。
 そんなの決まってるじゃんか。
 私は、ただ、恭介が。





















 魔女の結界が混ざり合う中で轟音が鳴り響く。
 爆発音に銃撃音、物を切り裂く斬撃音に何かが砕ける音。
 縦横無尽に、凄まじい勢いで魔女が掃討されていく。
 その空間の真ん中には三人の魔法少女の影があった。

「これで終わりか!?」
「この結界の中の魔女はこれで最後よ!」
「終わらせましょう」

 交じり合っていた結界が一色に統一される。
 それはつまり魔女がついに残り一体になったことを表す。
 三人の前には咆哮をあげ続ける獣のような魔女がいる。
 その周りには何対倒したかわからないスライムのような使い魔が浮いていた。
 だが暁美ほむらが拳銃を撃ち放ち、使い魔がいとも容易く霧散し、その隙間に杏子が飛び込む。
 魔女が大きな爪を振り上げた瞬間、杏子は槍を振り上げその手を切り落とし、回転された流れに沿って魔女の腹を貫く。
 魔女が吹き飛ばされ距離が離れた時、マミが巨大な銃を生み出し。

「ティロ・フィナーレ!」

 巨大な砲撃を発射。砲弾は魔女に吸い込まれるように飛び直撃すると。
 爆発音を立てて魔女が結界ごと吹き飛んだ。
 何時間いたかもわからない歪んだ空間が元に戻り、ストンと重力に沿って地面に着地する。
 その後カチンと金属音を立てて一つ目のグリーフシードが落ちたかと思うと。
 結果内に放置していた大量のグリーフシードが大量の金属音を立てて地面に転がった。

「やっと終わったわね」
「まだよ。市街地にいる魔女達を狩らないとまた魔女が増えるもの」
「それよりもだ。なぁマミ。あの鹿目まどかってやつに連絡を取ってくれよ。ゆまが気になる」
「そうね。前に話したときは平気だって言ってたけど……心配だものね」

 マミとほむらは周囲を見渡す。
 位置はなんとか市街地には届いていない辺り。
 恐らく人の数に気付いて徐々に繁華街へ向かい始めていたのだろう。
 マミのアパートは見えないがここからなら話せるはずだ。

「鹿目さん、無事?」
『無事だったんですねマミさん!』

 マミの言葉にすぐさま返答が帰ってくる。
 その声は元気なように取り繕っていたが明らかに疲れが見える声だ。
 そのテレパシーを二人も聞いていたらしく二人も安堵のため息を吐く。
 だが、その安堵も予想外の方向に裏切られる。

「ゆまは元気か?」
『杏子ちゃんなの? 大丈夫。ゆまちゃんも無事だよ』
『杏子ー! ゆまは大丈夫ー!』
「ゆま……なのか?」
『そうだよ? どうして?』
「い、いやなんでもない。無事でよかった」

 何故ゆまがテレパシーを使えるのだ。
 杏子とほむらはマミと会話をする二人のテレパシーを聞きながら考える。
 ゆまは確かに魔法に関わり、杏子と行動を共にしていた。
 だが、それでもキュゥベえが見えることは無かったしテレパシーなど使えなかった。
 魔法少女としての才能が欠如していたからだ。
 だが、今ゆまはテレパシーに平然と参加している。
 魔法少女とその才能のある人間のみができるはずのテレパシーにだ。
 それはつまりゆまが今回の魔女の増殖のせいで魔法少女の才能を得てしまったということ。
 インキュベーターが見えるようになってしまったということ。
 契約を迫られる可能性が出てきたということだ。
 それを許容するわけには行かない。
 ゆまを、魔法少女にはさせない。絶対に。
 杏子は陽気に話すゆまのテレパシーを聞きながら拳を握る。

「今、一旦そっちへ向かうわね」

 マミがわざと安心させるようにまどかに優しく言いながらほむらに目配せする。
 誰かがまどかの下へ行き、残りの二人が魔女を掃討する。
 その考えが互いにあるのか、マミの目配せにほむらが頷く。
 だが、その意志を打ち砕くようにマミにまどかの悲鳴のような声が響いた。

『来なくても大丈夫ですから……さやかちゃんを助けてあげてください!』
「美樹さん?」

 三人はまどかの声を聞いてさやかが走っていった方向、病院を見る。
 そこには変わらずに病院を包む巨大な結界がある。
 マミがさやかが走っていったのを見たのは正確にはわからないが少なくとも1、2時間前。
 その魔女の空間に一人で戦い続けているということ。
 繁華街で広がるまばらな結界は皆々小さいのに対して病院を包む結界だけが異様に巨大だった。

『病院にいる魔女だけさっきから全く動いていないんです!』
「動いてない?」
『よくわからないんですけど……他の魔女は離れたりくっついたりしてるのに』

 その言葉に三人は気付く。
 巨大な結界で、動かず分裂をしない結界。
 つまり、病院にいる魔女は先ほどまでの魔女とは違う。
 出来損ないから生まれた弱い魔女ではない。
















 ガシャンガシャンと大きな金属音が魔女の結界に響き渡る。
 さやかに対して大量の枝が、それについて檻が分銅のように振り回される。
 そのひとつひとつを剣で弾き、時には恭介に向かわぬように体で受け止め、攻撃を捌き続ける。
 その体は自分の血と振り回される檻から流れる血で真っ赤に染まっている。
 檻の中にいた人『だったもの』は色んな場所を奇妙に曲げて血を噴出す。
 大量に揺れる檻からの血がまるで雨のように結界に降り注ぐ。

「なんで、こんな……!」

 さやかは舌打ちをしながら攻撃を避ける。
 何故こんなにこの魔女は強いのか。
 正確にはその問いは違う。
 目の前の魔女は確かに強い。だが、それはあくまで通常の魔女のレベルで考えてだ。
 今までの魔女が規格外に弱かっただけに過ぎない。
 だが初めての魔女との戦いが今回であり、今までマミの観戦しかしてこなかった彼女にそんなことはわかるはずもない。 
 その上、病院へ急いだ際にグリーフシードを落としてきてしまっている。
 つまり先ほどまでやっていた魔法の乱用によるごり押しはできない。
 だが攻撃を捌いているうちに溜まっていくダメージをソウルジェムは回復させ、確実に魔力を消費していく。
 それなのに魔女の攻撃の手が早過ぎるせいで魔女に決定的な攻撃ができていない。
 
「うわぁぁぁぁぁぁ!」

 飛んできた枝を避けながら切り落とし、その枝の上を走り特攻する。
 斬られた枝は大きな音を立てて地面に激突し、付いていた檻が砕け中身が出てくる。
 その速度は集中しているのか凄まじく速い。
 魔女はさやかの乗っている枝を振り回しさやかを吹き飛ばす。
 さやかはそれを見越して振り落とされる前に跳び青い光の線となってウネウネと蠢く枝を大量に切り落とし、魔女の顔へ飛び込もうとする。
 だが、青い光が魔女の顔へ届かんとする瞬間。


 地面から巨大な根がそそり立ち壁のように立ち塞がった。
 その根の壁にさやかは驚きと共に一瞬の足を止め。
 止まったさやかに十数にも及ぶ鉄檻付きの枝が激突した。


 











 見滝原のどこかで少女が呟く。

「そういや、なんか前に感じた魔力があったなぁ……」

 異空間。そうとしか言えない場所で少女は呟く。

「そうそう。あの時の魔女だよ。面白そうだから放って置いたやつだ」

 虚ろな人々が並ぶ体育館。
 その人々に命令する少女。
 そしてそれを見る自分と。
 少女を狙う巨大な根。

「あれは……多分私じゃ無理だなぁ。強そうで」

 呑気に少女は笑いながら異空間を歩く。















「さやか!」

 遠巻きに見つめていた恭介が悲痛な声を上げる。
 目の前で戦うさやかはもうボロボロだった。
 フラフラする体に鞭を打って剣を構えギリギリで攻撃をいなしている。
 だが、どんな血を流そうとも傷が出来ようとも発生した魔法陣がその傷を消していく。
 まるで戦い続けろと何かに突き動かされているように。
 見ていることも憚れるような悲惨な光景。
 だがさやかは自分を護るために一歩も引かずに戦っているのだ。
 それなのに自分は何もできないなんて。 
 自分のためのに奇跡を使って、自分のために戦われて。
 なのに自分はなにも返せないなんて。
 それどころか自分は目の前の光景に畏怖し動くことすらできない。
 飛び散る血が、揺れる鉄檻が、さやか襲う度に心の奥底では『自分もこうなってしまうのか』という思いが心を濁す。

「何を考えてるんだ僕は……」
 
 さやかは自分を護ると言ってくれたじゃないか。
 そのために今彼女は戦ってくれているんじゃないか。
 なのにその考えは、自分だけを考えた醜悪な考えだ。
 さやかは自問する恭介に気付くことなく果敢に魔女へ攻撃を仕掛けていく。

「ここだぁ!」

 ふらつく体を研ぎ澄まし、枝を切り落とす。
 その勢いで周囲の枝を切り落としながら本体へ突撃していく。
 だが、それを見越したように魔女はニヤリとその大きな顔を歪ませると。
 枝を大きく揺らし、枝に付いていた鉄檻を大量のさやかへ投げ飛ばす。
 
 鉄の塊の雨を避け続け本体へ残り数メートルで。
 さやかは見た。
 
 鉄檻の数個が後ろで離れていた恭介へ向かっている。
 しかもここからでは間に合わない距離で。

 ダメだ。ダメだよ。
 恭介が死ぬ。
 そんなの、ソンナノダメ。
 スローモーションで鉄檻が恭介に迫り、恭介の恐怖の顔がありありとさやかの目に映る。
 そして一瞬で轟音を響かせ鉄檻は地面へ叩きつけられた。












「鹿目さん?」

 巴マミは自分の部屋のドアを開け、中に入る。
 中にいるであろう少女にやんわりと声を掛けるが返答はない。
 まさか、魔女にやられたのか。いや周辺に結界はなかったはずだ。
 マミは恐る恐る部屋の奥へ進み、それを見る。

「あら? ……そっか仕方ないわよね」

 居間の真ん中で手を繋いで眠る二人の姿があった。
 テレパシーを聞けたからなのか安心した顔で、幸せそうに。
 マミは優しく微笑みソファへ腰掛ける。
 こっちは大丈夫だった。問題も全く見えない。
 ならあとはさやかだけだ。
 













「あぁぁぁっぁぁぁっぁぁ!!!!」

 さやかは剣を取り落とし頭を抱える。
 その顔は絶望に染まり、ソウルジェムが黒く染まり始める。
 その光景を見て魔女は甲高い笑い声を響かせて結界を揺らす。
 そして虚ろな顔をしたさやかに枝の一本が激突し、無抵抗のさやかが大きく吹き飛ばされる。
 吹き飛ばされたさやかは受身を取ることもせずにゴロゴロと転がり地面に突っ伏した。

「恭介……恭介……?」

 鉄檻の山を見つめる。
 底には血溜りが広がっており状況は伺えない。
 その血も檻の中の人々の血かも知れない。
 だが、さやかにはその血が、鉄檻の山から流れる血が、恭介のソレに見えて。
 倒れるさやかを更に突き上げるように地面から根が隆起し大きくさやかを吹き飛ばす。
 声は出なかった。
 感じていたはずの凄まじい痛みも感じなかった。
 心に強烈な虚無感と絶望感が支配し、何も感じない。
 なのに何かが重りのように全身を包んで体を動かせない。
 意識が遠のき変身が解け、ソウルジェムが転がる。
 虚ろな目の先のソウルジェムは自分の心を映すように黒く染まっていく。
 ソウルジェムが黒く染まったらどうなるのか、自分にはわからない。
 さやかは魔女が振り上げた枝と黒く染まり続けるソウルジェムを見て、意識を失った。









 魔女は甲高い声を上げてその大きな巨体を震わせ、倒れる魔法少女に止めを刺そうと枝を振り上げる。
 枝先の檻を無くした枝はその速度を速めてさやかに突撃する。
 だが、その枝はさやかに届くことなくどこかへ吹き飛んで行った。
 壁や地面にぶつかり轟音を立てる枝。その全てが鋭利な刃物によって切り落とされている。

「全く……間一髪ってやつか? 世話の焼けるやつだな」


 ストンと音を立てて歪んだ地面に足をつけたのは赤い魔法少女。
 槍をクルクル回してさやかを護るように魔女に向く。
 魔女は突如現れた存在を睨む。瞳の中の大量の顔も三者三様の顔で杏子を見る。
 威圧するような魔女の行動に杏子はため息を吐いておもむろに後ろを見る。

「で、終わったのか?」
「えぇ、恐らくは。死んでなかったら止めを」

 後ろには同じくいつの間にか現れた別の魔法少女が背を向けていた。
 足元には檻の下にいるはずの上条恭介がいる。
 魔女もほむらの存在に気付き、大きく咆哮して、



 咆哮を打ち消すような轟音を鳴り響き、魔女が大爆発を起した。










 魔女の全身が炎で焼け、吹き飛んだ枝がボトボトと地面へ広がる。
 そしてその全てが粉になって消えた時、周囲の光景が元に戻り、病院のロビーに変わった。
 だが、病院が閑散としており活気は無い。ただ服にこびり付いた火薬の匂いだけがする。
 ほむらは火薬の匂いを感じながら足元に転がる少年を睨んだ。
 恭介は何が起ったのかわからないと言った顔で唖然としている。
 魔法のことなど知らない人間の当たり前の反応だった。
 だが、ほむらはその表情が、行動に何故か苛立ちを覚えている。

「助けてくれてありがとう……」
「別にあなたのためじゃないわ。美樹さやかのためよ」
「さやかの?」

 腰が抜けたのか体を起き上がらせずにほむらに問う恭介。
 この男が美樹さやかの想い人。
 この男のせいで、何度も何度もどの世界でも美樹さやかは魔女になっている。
 この男のせいで。

「おい、どうしたんだ?」
「……いえ、なんでもないわ」
「嘘付け。すごい殺気立ってたじゃねぇか? こいつがどうかしたのかよ?」
「何でもないわ」
「……そうかよ」

 グリーフシードを回収してきた杏子が凄い形相をしていたほむらに問う。
 槍を消して改めて杏子は上条恭介に向き直る。
 二人に面識はない。ただ、さやかの願いに関わる相手であることだけは知っている。
 
「別にフツーだな。こんなやつのために契約したのか、アイツは」
「契約……?」
「テメェが知る必要はねぇよ。大人しく気絶でもしてりゃいいんだ。アイツみたいにな」
「あいつ……? さやか!」

 今頃気付いたのか、というよりはやっと周囲に気を配れるようになったのか、ハッと周りを見渡す。
 すると離れたところに見慣れた制服姿の青髪の少女が横たわっている。
 恭介は震える足を必死に動かして半ば這うようにさやかの元まで辿り着くと、

「酷い傷だ……なんとかならないのか?」

 血だらけで目を背けたくなるような大量の傷が目に入る。
 込み上げる嫌悪感を抑えてうつ伏せになっていたさやかを仰向けに治し顔を確認する。
 普通なら十中八九多量出血で死んでしまうような体。
 なのに服には傷一つ無く、全身から滲む傷で真っ赤に染まりかけている。
 特に腹の部分はもはや赤を通り越して黒く染まり始めていた。
 
「さやか……どうしてこんな……!」
「おい。そいつから離れな」
「何を言うんですか! さやかを早く病院に……」
「ここが病院だろうが。馬鹿じゃねぇのか? 私が言いたいのはそうじゃないよ」
「ならなんだって」
「……見たいのか、『気持ち悪いもの』」

 何を言っているんだ。そう恭介が考えた瞬間、『ソレ』は起った。
 さやかの全身に大量の楽譜のような円形が書かれたかと思うと、それは青く発光し。
 パァッと音を立てて、さやかの傷の治していく。
 そういえば、とても綺麗な光景だっただろう。
 だが、その光景の現実はそんな綺麗なものではない。
 一言で言うならば。

 人間解体ショーの逆再生。

 青い魔法陣と主にグジュリグジュリと音を立てて肉が脈動し、血が生き物のように蠢き。
 見えない手があるかのように肉片が彼女の体を這って元の肉に戻っていき。
 何か吸引機が付いているかのよう血が傷に吸い込まれ、服の染みが消えていく。
 服を着ていたから見ることが無かったが、特に出血の酷かった腹の逆再生を見たのなら常人では嘔吐することだろう。
 恭介は気持ち悪さを感じながらもその光景から目が離せず、ただその光景を傍観していた。
 傷が完全に治癒したのを見て、杏子がさやかを抱えて恭介を見る。

「おい、あんた。ここの患者なんだろ? あんたの病室はどこだ」
「え、えっと」
「こいつをあんたの病室に置いてくから、話はこいつとしてろ」

 恭介がなお震える声で病室の番号を言うと杏子は小さく頷きほむらに向き直る。

「私はこいつが目を醒ますまでこっちにいる。先にマミのとこに戻りな」
「あなたは行かなくていいの?」
「元々マミのやつには1日ゆまを預けてるんだ。大丈夫さ」





 さっさと行けと手を振る杏子に小さく礼を言ってからほむらは閑散とする病院を出る。
 時刻は既に5時を廻っており徐々に空が白んできていた。
 魔女の結界のない平和な街、そして上がり始めた朝日が戦いの終わりを示している。
 恐らく見滝原での犠牲者は3桁はくだらないだろう。
 マミが、さやかが、杏子が、そして自分が引き付けたおかげで被害は最小限に抑えたはずだ。
 だが、この事態は最大ではない。
 むしろ一部なのだ。
 隣町に巣食う魔女もまた近いうちにこちらへ来るだろう。
 そうなったらまた今回のような、いやそれ以上の事態になるはずだ。
 だからこそ今回の戦いには大きな意味があった。
 大量の犠牲を出したが魔法少女は団結し力を使い。
 今までのループでは有り得なかった連帯感を持っている。
 美樹さやかも巴マミと共に共闘することで自分達と連携がとれるはずだ。
 次にまた魔女の群れが現れたのなら更なる効率の向上が望めるはずだ。
 被害もグッと減るに違いない。
 ほむらは心に少し沸いた希望を胸に病院に背を向け歩き出す。
 まどかの下へ。護るべき人の下へ。
 














「見っけ♪」













 背後からのその声にほむらはハッと振り向こうとして。
 肩に触れた手の感触を感じる前に。
 ほむらの頭に強烈な痛みが走り。
 


 ほむらの意識は吹き飛び深い眠りについた。




 目を瞑る直前に見えた白いシルクハットだけを目に焼き付けて。














 病院の一室。
 ベッドには青髪の少女が寝ていた。
 その傍らには少年が心配そうな顔で顔を覗き込んでいる。
 その光景はいつもと真逆。
 
「さやか、僕は……」

 願いように、いや懺悔するように手を合わせる恭介。
 ベッドに眠るさやかには全く外傷が無い。
 むしろ椅子に座る恭介よりも健康に見える。
 あまりに静かな病室で少年は思う。
 自分の腕のために彼女はこうなった。
 自分が言った言葉が彼女をこうした。
 自分の行った行動が彼女に苦を負わせていた。
 そんなことは知りもしなかった。知れるはずもなかった。
 だが、こうして知った瞬間、恐ろしいほどの罪悪感が全身を包んでいる。
 知りたくなんて無かった。そうすれば、こうやって苦しむこともないのに。

「ごめん、ごめんよさやか……」

 こんな目にあわせた自分を。
 知ってもなお自分が恋しい自分を。
 
「……ここは……?」

 モゾモゾと動きながらさやかが身を起す。
 そこには祈るような格好の恭介がいた。
 自分は確か、魔女との戦いの最中だったはず。
 なのにここは魔女の結界の中であったはずの病室だ。

「魔女は!?」
「杏子さんと……黒髪の人が助けてくれたんだ。今はもう大丈夫だって」
「……杏子さん?」
「さっきまでここに居たから色々話をしてたんだよ」

 目を醒ましたのを見てパァッと顔を明るくしてさやかに答える恭介。
 一方さやかと言えばどうして助かって、何故こんな状況なのかが理解できない。
 ただ、自分が恭介が寝ているはずのベッドに寝て、恭介が椅子に座っていることだけを理解して、

「恭介寝てなきゃ駄目だよ! 今降りるから……」
「いいんだ、さやかのほうが疲れてる」
「恭介はまだ入院してるんだから……」
「いいんだよ。僕の体は君がくれた奇跡のおかげで健康なんだから」

 奇跡。恭介の口から出たその言葉にさやかは言葉を失う。
 魔女との戦いの最中、恭介がそれに気付いていたような節はあった。
 だが、ここまでしっかりその奇跡のせいだと何故わかるのか。

「言っただろ。『色々』話したって」
「恭介、私は!」
「何も知らなかったから、なんて言い訳はしない。この傷は僕の責任だ。そうだろ?」
「違うよ……私が勝手にやった事で恭介は何も気にしないでいいんだよ……?」
「違う。気にしなきゃいけないんだ。僕は助けてくれたさやかの分まで夢を叶えなきゃいけない」
「私……バケモノだよ? あんなに傷だらけになってもすぐ治っちゃうようなバケモノなんだよ?」
「怖いわけないだろ? だって君はさやかじゃないか。毎日のようにお見舞いにきてくれた」
「でも……」
「いいんだよ。だから言わせてくれないかな。僕の口から、まだ言ってなかったことを」

 その言葉にさやかがビクリと体を震わせる。
 魔女との戦いの最中サラリと言ってしまった自分の想い。
 さやかは身構えて恭介の行動を待つ。
 すると恭介はさやかの手を取った。奇跡によって治された体で。
 さやかの震える手を包むように。




「さやか……ありがとう」



 その言葉を聞いた瞬間、さやかの目から涙が流れた。
 何故だろう。
 魔法少女に成ったのは恭介に褒めて欲しかったからじゃない。
 自分の我侭で、自分の意志で、そう言い聞かせてきたのに。
 感情が決壊するかのように涙が溢れて声が出ない。
 
「本当にありがとう。さやか」

 欲しかった言葉はこれではないかも知れない。
 自分の想いを。言葉を。恭介は聞いているはずだ。
 恭介はそんなことをおくびにも出せずに自分の手を包んでいる。
 でも、さやかにはそれが嬉しくて。
 声も出せずに潤む視界の中で恭介を見つめた。

 病室には二人。
 静かに泣く少女と少女に笑いかける少年。
 彼氏や彼女には見えないけれど、そこには確かな『何か』がある。
 それを病院の扉越しに確認した赤髪の少女はクスリと笑ってその場から離れた。








 見滝原の病院を少女達は語る。
 どこから調達したのか、まどか達と同じ制服を着た少女と。
 紺色の制服を着た少女。
 その二人の姿はその服装以外が全く同じで。
 鏡写しのようだった。 

「そういや、ほむらちゃんに何をしたのさ?」
「えっとねぇ? 記憶再生人生やり直しコースですわ?」
「そういやそういう力もあったなぁ……」
「えぇ。今回はほむらちゃんの記憶を直接強制再生させてみたよ。無論オレの脚色つきでね」
「ふぅん。これでしばらく主役にはご退場いただけるわけだね」
「……1日か2日は眠り続けるんじゃないかなぁ? 濃縮したとはいえ全ループ完全見直しだから」 
「そっかぁ。ならばやることをやりましょうか。私は『アレ』を君は『ソレ』を」
「合点承知!」
「でも、暁美様が絶望で魔女になるなんてことは……?」
「ないない。そんなヘマするように見える?」
「自分だもんね。すると思っちゃったりするよ?」

 同じ姿の二人の少女は倒れる魔法少女を尻目にケラケラ笑う。
 物語を作るため。二人は世界を回し出す。
 誰も望まぬ絶望を、我が物顔で振り回す。
 白き契約者と黒の魔法少女は陽気踊り。
 世界に狂気を撒き散らす。


 とてもとても楽しそうに。








 翌日、全国紙の新聞の1面を飾ったのは、ある種衝撃的な紙面だった。

『鷹縞市を襲ったのは『魔女』? またも鷹縞市で集団失踪。生き残りはたったの15名』


 魔法というものが魔女というものが。
 陳腐な言葉に一般人は首を傾げながらも恐怖を覚え。
 社会は少しずつ染まり始める。
 







あとがき:
魔法少女にとっての希望の回。というかさやかが主人公の回でした。
魔女が強かろうが時間停止しちゃうと瞬殺できてしまうのが残念なところ。
さやか回と共に少し戦闘描写を書いてみたかった。救いがあってもいいじゃない。どうあがいてもこの後のほうが事態がヤバいもの。

次回からついに魔法少女達が霞を攻撃し始め、話は佳境へ。
どれくらいの長さになるかわかりませんが最後までお付き合いしてくだされば幸いです。

追記:展開の急っぷりが気に入らなかったので大幅加筆。
   恭介が魔法を知ったらこうなるんだろうか。



[28583] 7章:真実の元に銃声が鳴り響く
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/10/03 02:34
「しっかし驚いたよなぁ……」

病院を後にした杏子は先ほどのことを思い出していた。
 上条恭介の病室にさやかを寝かせ、病室の外にでも待っていようかと思っていた時のこと。
 少し話をしないかと持ちかけられ、多少の自己紹介の後下らない話をして、そろそろ帰ろうかと背を向けた時だった。


「……待ってください」
「あぁ? なんだよ。まさか心細いなんてキモいこと言わねぇだろうな」
「ち、違います! 教えてほしいんです」
「教えてほしいだ? 何をさ」

 恭介は真剣な眼差しで杏子を見据え、

「全て、です。さやかのこと。魔法のこと。全部」
「テメェ、何を言ってるかわかってるのか?」

 杏子が鋭く睨む。だが恭介は一歩も退かない。
 恐らくわざとだ。わざとこの話題を最後に持ってきたのだろう。
 どう転んでも、これが最後になるように。

「自分のために、さやかはこうなったんだと思うから。だから教え」




「だから言わねぇんだろうが!」



 杏子の怒号が響いた。
 その声はビリビリと病室を震わせる。
 だが、恭介は退くことなく杏子を見ている。
 その姿に杏子は苛立ちを覚え、槍を恭介に向ける。
 
「そいつがどうして隠してたかわからねぇのか」
「……わかってます」
「わかってたらその言葉は出ねぇ。出るとしたらテメェは朴念仁か屑だ。何にもわからないからじゃ済まされねぇぞ?」

 杏子の真剣な言葉に息を飲む恭介。
 だが、その目は一歩も退いていない。

「さやか……苦しそうだった。辛そうだった。それなのに、死ぬかもしれないのに、僕を守ってくれたんだ」
「だろうよ」
「僕には何もできない。だから教えてほしいんだ。……お願いだ杏子さん」

 その目には強い意志があった。
 そして小さく見える黒い感情。
 杏子はそれを睨みながら、小さくため息を吐いて口を開いた。
 魔法のこと、契約のこと、奇跡のこと。
 その言葉が黒い感情を増やすと知りながら。




















 朝方の見滝原を黒髪の少女が歩く。
 そのステップは軽快でとても楽しそうに見える。
 朝方だからか周囲に人は見えず閑散としている公園。
 閑散としているのは朝だからだけではないのかもしれないが。
 するとその少女に背後から、白い影が現れた。

「どういうつもりだい、鳴海霞」
「あらキュゥベえではないですの。どうだい調子は」
「君のせいで、世界に魔法と魔女が発見され始めている。近代その存在を隠してきた僕らには由々しき事態だ。それは君にだってわかるだろう?」
「僕のせい? いやいや違いましょうよ。鷹縞に生き残った15人のせいじゃろ? しっかしどうやって15名『も』生き延びたのやらねぇ」
「その点は僕らが把握している。だが君に教える必要性はないね」
「あらあら。テメェが露骨な秘密なんて珍しいですのね。まぁ今は見滝原のことを優先してるいいけどね~」

 白い影、インキュベーターは陽気に語る少女の前に立ち言葉を紡ぐ。
 その声は心なしか強さを感じる声だった。

「君の行動がこれ以上『僕ら』の邪魔になるのなら、僕らも強攻策を取らざるを得ない。わかるね」
「バラした15名の事実を知ってるってことはアンタの失敗でしょう? 失態押しつけてんじゃねぇぞクソが」
「本来僕らは契約し、観察し、回収するだけだ。魔法少女の一個体ごとの行動を操作する権利はない。君はその規格外を行っている。それはわかるだろう?」
「えぇもちろん。だがそれで十分なエネルギーが得られているのも確か。それにケチをつけるのはお門違いではありませんの?」

 インキュベーターに対して平然とケラケラと笑いながら話す少女。
 その姿にインキュベーターは小さく息を吐き、

「君の策は悪くないんだ。だが、今後の進展が見られない。事実見滝原に来た魔女は皆狩られてしまったじゃないか」
「そうですわねぇ。巴さんも美樹さんも、暁美さんも佐倉さんも。みんなみんな頑張っておったからの」
「つまり、ここからの進展はない。わかるだろう? 確かに出来損ないからエネルギーを集めるのは可能だ。だが、その全てが」
「本物には敵わない。そうだろ?」

 インキュベーターの言葉に被せるように答えを返す。
 
「多勢に無勢。そんな言葉が通用するにはまだまだ数が足りないわ。だが彼女たちも捨てがたいんだよねぇ」
「もう一度問う。君は何がしたいんだい? 半端に頓挫した計画で魔法少女と魔女を世間に知らしめたいのか、それとも単純にグリーフシードが欲しいのか」
「何度も言ってるじゃない」
「僕が求めているのはその答えじゃない。その答えから何がしたいのか、その一つだよ」

 その言葉に霞は驚いたようにキュゥベえを見て、大きく笑い出した。
 大声で、楽しそうに、腹を抱えて。
 




「わかってない、わかってないよ。あなたは何もわかってない」




 笑顔のままで。口調は1つに統一されて。

「私が『何か』しようなんてあなたに言った? あぁ猫を被るとはいったけどさぁ」

 ニコニコと。表情を変えずに。

「私の思いは1つだけ。『楽しいことをしたい』。それだけなの。それ以下もそれ以上もない。ただそれだけ。それだけでいいの。それしかいらないの」

変身して黒いシルクハット深めに被り、杭を呼び出し笑い続ける。

「魔法少女は楽しい。インキュベーターは楽しい。魔女も楽しい。みんなみんな面白いの」

 するとピタリと笑いを止め、少女は白い獣へ手を向けて言う。

「でもね」

 とても冷たい、氷のような声で指すように声を飛ばす。

「みーんなみーんな『……』が無くなったら……」

 杭が、白い獣を貫いた。




















「こんな程度だ。わかったか」

 杏子が一通りのことを言い終えると恭介は顔を暗くしてさやかを見た。
 その顔には杏子が思っていた通りの感情が見える。
 
「そんだけのことを言えば、お前がそう思うのはわかってた。だから言わなかったんだよそいつは」
「救えないんですか」
「救いは最初の願いだけだ。それ以降は地獄行き。それが魔法少女さ」

 暗い声でさやかの手を取る。
 その感情は、杏子にはわからない。
 確かに感じていた黒い感情が、確かに目の前の男にあることを理解しながら部屋を後にしようとし、思い出した。
 つい先日知った、魔法少女の本当の真実。

「最後に教えておいてやる。そいつ……さやかの手元の青いのあるだろ」
「……ソウルジェム、ですか」
「それが黒くなればさやかは魔女になる。あのテメェを、病院を滅茶苦茶にしたバケモノにな」
「……っ! なんでそんなことを最後に!」
「知らなくていいこと、だからだよ。お前にも、魔法少女にもな」





 杏子は恭介に背を向け病室を出た。
 そしてさやかが起きるまでこっそりと様子を見て、目を覚ましたのを確認して今に至る。
 テレパシーでゆまがマミの部屋で寝ていること、自分もさやかの容態が気になることから見舞いに行くと連絡を聞き、了承した。
 幸いマミのマンションまでは10分もかからない。
 足早にマミのいないマンションに向かう中、早朝だと言うのに幾つかの集団が見えた。
 その手にはマイクやカメラ。
 
「チッ、死ぬ気かよあいつらは」

 今日、または明日の夜には鷹縞市の住民の全てを巻き込んだ魔女の軍団がこの街へ流れ込んでくる。
 だとすればしなければならないのは避難だ。 
 だが、見た限りではほとんどの人間があのニュースを見ても避難をしようとはしていない。
 何故なら、わからないからだ。
 津波なら山へ逃げればいい。
 土砂崩れなら海に逃げればいい。
 台風なら防風の用意をすればいい。
 そういった対処法が全く浮かばないからだ。
 建物を一切傷つけずに住民だけが消えるなんてことに、誰が対処できようか。
 人々の脳裏には避難という文字はあるだろう。
 だが、あまりに非現実的すぎる事象が人々にわざとらしい日常をおくらせている。
 全ては自分の心の平定のために。
 更にニュースで飛び交う魔女という陳腐な言葉もその拍車をかける。
 そんな非現的な、あり得ないものが、自分に降りかかるはずはない。
 そんな奇妙な安心感が人々にはあった。


 そして1組の男女が杏子を見るなり、驚いた顔をして駆け寄ってきた。
 その手にはマイク。追従する人間にはハンディカメラ。

「あのーお聞きしたいことが」

 杏子は小さくため息を吐いた。


















コンコン。
 病室の入り口をノックする。
 どうぞ、と声が聞こえマミは病室に入った。
 
「マミさん! 来てくれたんですか?」
「美樹さんが大変だったって聞いたものだからね、今は大丈夫?」
「はい! もう元気バリバリですよ! 今日も頑張りましょう!」

 マミはその態度にフフッと笑い、お見舞いに持ってきたお菓子を開けようとして、

「あら、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。私は巴マミ。見滝原中の3年生よ。……あなたが上条君?」
「あ、はい。上条恭介です。……よく病室がわかりましたね」

 現在病院は大パニック状態である。
 あの魔女のせいで患者、医者ともに大半が死亡、もしくは大怪我を負って病院としての機能が完全に麻痺していた。
 生きてる患者を救おうにも医者がいない。
 医者を救おうにも誰も動けない。
 万が一に助かった人間も恐怖で動けず、まともに活動しているのはこの病室くらいなものだった。
 
「佐倉さんから聞いたのよ。少し来るまでが大変だったけど……」


 マミは二人の姿に安心にしたようにホッと息を吐いた。
 身を案じていたのは確かだが、ここまで明るく、そして前向きだとは思わなかった。
 二人は死にかけたような場所を進み、ここにいるのだから。

「二人とも元気でよかったわ。お菓子を持ってきてるの、一緒に食べましょう?」
「やったぁ! お腹すいてたんですよ!」
「ありがとうございます、巴さん」

 混乱の中、まるで切り離されたように。
 その病室は和やかな雰囲気に染まっていた。
 


 
 昨日の件を少し話し、多少の談笑をしたマミはさやかに本題を切り出した。

「美樹さん、少し聞きたいことがあるんだけど」
「えっと、なんですか?」

 クッキーを頬張りながら朗らかな顔でマミを見たさやかは真面目な顔をしたマミの目に驚いた。

「教えてほしいことがあるの。あなたの契約したことについて」

 目の前に無関係である恭介がいるにも関わらずマミはさやかに尋ねる。
 気がかりだった疑問。その内容を。

「私の……願いですか? 私の願いは恭介の……」
「違うわ。願いのことじゃないの」

 マミは言葉を一つ一つ確認するように。



「あなたは、誰と契約したの?」




 その言葉にさやかが一瞬体を止める。
 
「さやか? どうしたんだい?」
「な、なんでもないよ! やだなぁマミさんキュゥベえに決まって」
「本当にそうなの?」
「どうしてそんなこと聞くんですか?」
「お願い、本当のことを教えて。大事な、すごく大事なことなの」

 もし本当にキュウベえなら。
 キュウベえはほむらとの約束を無視して契約に来たことになる。
 その約束になんの拘束力があるかはわからないが、もしそうなら本格的にマミはキュゥベえが信用できなくなる。
 そして、もしキュゥベえじゃないのなら。
 それは、そいつは。

 さやかは真面目なマミの顔を見て、俯いて答えた。





「霞。鳴海霞です。契約する力があるからって」

 そいつは、今回の事件の元凶だ。





「隠しておいてくれって頼まれたんですけどね。マミさんにそんな睨まれちゃ隠せないよ」

 アハハ、と笑うさやかをマミは見ていない。
 マミは霞を思い出していた。

『ここでやりたいことがあって』

 やりたいこととはこれか。
 
『残念ながらこの後行くところがあるんです』

 もしあの後隣町に行ったのなら事件を起こせる。
 どうやって魔女を呼び寄せたのかはともかく、だ。
 
「巴さん? どうかしましたか?」
「マミさーん?」
「ご、ごめんなさい。少し考えごとをしていたものだから」

 不思議そうな顔をした二人にマミは隠すように笑う。
 美樹さんには言うべきかしら。
 いや、魔法で治癒を行っているとはいえまだ疲れが酷いはずだ。
 もしここで伝えれば直情的な美樹さんだと鳴海さんを倒しに行ってしまう。
 そこでもしやられるようなことがあれば……考えたくも無い。
 それなら。

「そろそろ帰るわね。お菓子、食べしまって頂戴」
「そんな、もう帰るんですか?」
「二人の仲の邪魔をしたくないものね」
「ち、違います! そんなものじゃ……」

 大慌てで否定するさやかをニコニコと笑いながら諭す恭介を見てマミも微笑んだ。
 そして病室から出て扉を閉め、顔を引き締める。
 














 魔女を探す要領で、ソウルジェムの反応を探す。
 ある程度離れた場所にある反応。これは恐らく杏子だ。
 すぐ近くの反応。これはさやかに違いない。
 ほむらの反応が見えないのは何故だろう。隣町にでも行っているのだろうか。
 
 そして……覚えの無いソウルジェムの反応を感じた。
 その距離はさして離れていない。その色は……何だろう。
 マミは反応のある方向へ駆け出した。
 









「嫌よ! もうこんな街いられない!」

 こういう考えの者も当たり前のようにいる。
 少女は何も持たずにどこかも知らず駆け出そうとする。
 無策に、無謀に、ただ一時の感情で。
 そんな少女に背後から声がかかった。

「こんにちはー」

 その少女は紺色の制服。
 走ろうとしていた少女はその制服を見て、

「あなた、鷹縞中の……」
「えぇ、そうです。大変でした」

 事件の全容が見えない少女にとって彼女の存在は僥倖だ。
 何が起ったのか。どうすればいいのかが簡単にわかる。
 だが、それはつまり。

「あの街で何が起きたのか教えて!」
「えぇ……教えてあげますよ。何でもね」

 彼女の言葉通りに少女は操られてしまうということ。
 謎の事件から逃げるため、自分が助かるために。






 その光景をマミは影から覗いていた。
 彼女の制服からあの事件の中学であることはわかっていた。
 だからもしかしたらあの事件に巻き込まれた可能性もあった。
 それを伝えることも可能だ。
 これは彼女へのマミの最後の信用。

 彼女は前日に隣町へ戻り、学校へ行って事件に巻き込まれた。
 魔法少女であることで必死に逃げて見滝原に帰ってきた。

 それが真実であると、信じたい。
 さやかの言葉は信じている。彼女が契約者だと。
 だが、事件を起こした契約者とは限らない。
 そう、そう信じている。
 霞は中学での事件をペラペラと話している。
 魔女。契約。その全てを。
 この時に語らなかったのは2つ。
 契約者が誰か。魔法少女が魔女になるということ。
 何故ならそれを語れば恐れる少女の霞への信用が薄らぐからだ。
 だからこそ、マミも肝心のことを聞けなかった。
 魔法少女が魔女になるという、決定的な絶望を。
 話を聞く少女は霞の話を恐れ、もう何も考えられずにいる。
 霞の言葉を神の言葉のように、次の言葉を、救いを求めている。
 壊滅した街の生き残りで、身滝原でも数百人が犠牲になっている事件の生き証人。
 そんな人間の言葉は困惑した人間には救世主のようなものだ。
 マミはそうやって洗脳されていく少女の悲しげに見る。
 そして遂に、

「生き残りたい?」

 紺色の制服を着た少女が笑顔で言う。
 
「もちろん! 教えて、どうしたらいいの!」
「生き残れる力を得ればいいのよ」

 笑顔のままで、言い放つ。

「魔法少女になりませんか?」

 それはマミにとっての引き金。
 
「体育館で契約をしたのも、私なんです」
「それじゃ、ダメじゃない!」
「いいえ、大丈夫。今のあなたなら……」





 銃声。



 
 霞と少女の間を離すように中間の地面に弾痕が空く。
 少女は悲鳴をあげて倒れる。
 対して霞は一歩下がり、茂みへ、マミが入る方向へ顔を向けた。

「そこまでよ。鳴海さん」
「あら、マミさん。どうかしたの? こんな所で発砲なんて危ないわ?」

 体を光らせ変身した霞。
 黒いシルクハットを目印に手に浮かぶ錆付いた金色の輪。
 長いロングスカートに手品師のような燕尾服の上着。
 チグハグで奇怪な魔法少女の色は前に見た鈍い鉄色と灰色。
 マミは倒れる少女を睨みながら声をかける。

「あなた」
「は、はい!」
「ここから逃げなさい。家に居れば大丈夫だから」
「な、何を言って」
「早く!」

 少女は逃げるように足をもたつかせて走っていた。
 その姿を残念そうに見る霞。

「あらら。せっかく契約できそうだったのに。どうして邪魔するんですか?」

 その顔は笑顔。だが何か含むような感情を込めた笑顔。

「あなたの話を聞いたからよ。隣町で起きた事件、あなたの行動。全部ね」
「盗み聞きですか? 性質が悪いですよマミさん」
「移動しましょう。ここだと人が来るわ」
「話を聞いてくださいよ。ま、ゆっくり話せそうですし。いいですよ」

 








 そこは二人が2度に会った時の廃屋だった。
 周囲に建物はなく、人影も無い。

「で、どこからお話しましょうか?」

 陽気にステップを踏んでクルリと廻り、マミへ向く霞。
 マミは真剣な顔で霞に問いかける。

「あなた、鷹縞中の事件の現場にいたのは本当なの?」
「えぇ、いました」
「学校生徒を契約したのも?」
「えぇ、そうです」
「みんなが使い魔に食われたのも?」
「いいえ、それは違います」
「……。なら、その時あなたは何をしてたの?」

 霞はマミのその顔にキョトンとした顔をしながら逆に聞いた。




「何でマミさんは怒ってるんですか?」




「何でって……今回の被害は」
「私は契約をしただけですよ? 魔女を生んだわけじゃない」
「でもそれは……あなたが契約させたからじゃない!」
「契約をしたら魔女は生まれるんですか?」

 魔法少女が魔女になる、その真実を知らなければ、霞の言葉は真実になる。
 彼女は契約をしただけだ。魔女を生んだわけでも、生徒を殺したわけでもない。

「というより、どうやって私がキュゥベえと同じだって知ったんですか?」
「美樹さんから聞いたわ。私には隠してって言っていたらしいけど」

 その言葉に、霞は顔を固めた。
 その後すぐに笑顔でマミへ、

「そうですか。わかりました」

 と固めた笑顔で返す。
 
「話は終わってないわ。あなたが生徒全員と契約したことで今回の事件を生んだのなら」
「生んだのなら?」
「街の壊滅も、あなたが関わっているんじゃないの?」
「どうしてそう思うんですか?」

 霞は仮面のような笑顔で感情が見えない。
 マミはそんな鉄色の魔法少女の顔を睨んで銃を呼び出す。

「あなたが来て、隣町へ行った。そして事件が起こった。タイミングが良過ぎるもの」

 その言葉を言った瞬間。
 霞が笑い出した。笑顔ではない。ゲラゲラと。楽しそうに。
 仮面を取り去って感情のままに。

「タイミングですって? どこの探偵様だよテメェ。ひっさびさに笑わせてもらいました」

 変化する口調、声。
 突然の変化にマミは戸惑いを隠せない。
 だが、感情を露にした彼女はそのまま全てを暴露する。

「探偵がいるなら言おう。ぜ~んぶ私のシ・ワ・ザ。ここは自供シーンなんだろう?」
「な、何を言って!」
「おいおいおいおい。ワタクシが全てを暴露っちゃおうとしてるのになんさそれ。まさか今更言うななんて言いませんわよね?」

 奇怪なハイテンションで口調も声も顔もコロコロ変えて霞はマミを馬鹿にする。
 マミはそれに追いつけない。
 今知った少女の本性に翻弄されてしまっている。

「契約も、魔女も、魔法少女も! あんたが考えてることと同じですよ? 魔女が増えたのも俺のせい。街の壊滅もじゃの」
「……何故そんなことをしたの」
「何故? 『楽しい』から。全部満喫したいから。魔女との戦いも、契約も」

 手を振り杭を呼び出して。

「魔法少女同士の戦いも……ね?」

 マミも呼び出した銃を向ける。

「さて、巴様? ここまで知ってどうするんだい?」

 ケラケラと笑う鉄色の魔法少女に黄色の魔法少女は対照的な顔で静かに。



「あなたを止める。止めて、もう契約はさせないわ」



 撃鉄が、降りた。










 あとがき:
 魔法少女同士の戦いが開始。
 あくまでマミさんは真実に届きません。
 この話だとマミさん以外は魔法少女のこと全部知ってますね。 
  



[28583] 8章:約束の元に舞台は動く
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/10/02 21:57

 銃声が、金属音が鳴り響く。
 人気の無い廃屋が轟音で震え、飛び交う何かが壁に突き刺さる。
 マミは目の前で武器を操る魔法少女相手に弾丸を飛ばしながら思った。



 この子……魔法少女として弱い?



 出現した杭を飛び出した銃で打ち貫き。
 飛来する杭を打ち終えた銃を振るって弾き飛ばし。
 そんなやり取りを続けるうちにマミはそう思い始めていた。
 マミは依然余裕の無傷、だが霞は銃弾を寸前で避け続け必死だ。
 
「霞さん。降参するつもりはない?」
「あると思うかい? あるわけねぇだろうが! アハハハハ!」

 笑ってはいるが形勢は完全にマミの優勢だ。
 考えてみれば当たり前のことなのだ。
 簡単に魔法少女の武器として近接武器と遠距離武器がある。
 前者は佐倉杏子や美樹さやか、後者はマミや霞だ。
 暁美ほむらについては例外と言えるだろう。
 前者の場合、生み出した一つの武器を使って戦う。
 大量に生み出し投げてもいい。
 だから戦う際に必要な時間は最初の武器を生み出す一度だけだ。
 だが、後者は違う。

「あなたじゃ私には勝てないわ。気付いてるでしょ?」

 後者は武器の種類によるが武器を、弾を生み出すタイムラグが常にある。
 巴マミなら銃を、鳴海霞なら杭をだ。
 だとすればマミと霞では勝負にならないのだ。
 もし同じ勢いで同じ数の武器を生めるなら。
 もし霞が少しでも多くの杭を生めたとしても。

 単純に武器の威力、もとい殺傷力が違い過ぎる。

 銃はその一発で人を殺す、もしくは大怪我を負わせ、状況を制圧できる。
 杭もその一本を刺せば人は怪我を負うだろう。だが大きさにもよるがそれは即死には至らない。心臓などに刺せば話は別だが。
 そんな武器同士で同数で勝負をしたのなら。
 霞に勝ち目などない。
 銃弾は杭程度で護ることなど到底出来ない上に速度も段違いで。
 こちらの杭は操る以上、一定の速度以上にはなれない。
 ほむらの時のような自動制御、という点もあるのだがそれも無駄だ。
 更に言えばマミの場合、撃ち終えた銃本体も鈍器として使用している。
 撃ち終えた銃で飛んできた杭を的確に弾いている。
 魔法少女としての経験、それでも彼女は霞を大きく上回っている点も大きな差である。
 
 マミは考えていた。
 全く手ごたえがない、とは言わないが彼女の攻撃には脅威が感じられない。
 自分との武器の相性というものもあるのだろうが、なんだろうか。

 殺意、というよりは倒す気が見えない。

 彼女はなんと言っていた?
 そうだ、もしかしたら。
 マミは銃で宙に浮く杭を全て撃ち落し、霞を睨みながら問う。

「あなた……私と戦う気あるの?」
「ありますよぉ。まさか俺様がやる気がないとでも思ってますの?」
「そう、それじゃこれがあなたの本気なのね」
「そうだよ? じゃぁ続けましょう? 楽しもう!」

 やっぱりか。
 この子は戦う気がないんじゃない。
 本気じゃないわけじゃない。
 殺す気がないわけでもない。
 楽しんでる。私との戦いを。
 私が、この事件を止めるために仕掛けた戦いを。
 つまり彼女には、全く罪の意識がない。
 この事件を起こし、人々を犠牲にした罪の意識が。
 そんなの、許せるわけない。
 彼女は魔法少女なんかじゃない。
 そんな子に、私は負けられない。
 マミの撃ち放った銃弾が霞のロングスカートを撃ち抜き、霞がバランスを崩す。
 周囲に自分を狙う杭はない。彼女もバランスを崩してふらついている。
 それならば、もうこの子に付き合う必要は無い。

「悪いだけど、終わらせるわよ」

 魔力を込め、一度に大量の銃を生み出す。
 通常ならそんな隙はないが今の彼女の状態ならできる。
 鉄色の魔法少女の視界一面に数十のマスケットは浮かび銃口を向ける。
 その光景に少女はわざとらしく慌てて、

「無理無理無理! 無理だろうぉ! 死んじゃいますって!」
「『遊び』じゃないのよ。思い知りなさい」

 凄まじい、大量の轟音が廃屋に響きわたった。





 









「あ? ほむらのやつ来てないのか?」
「来てないよー?」
「ほむらちゃん、さやかちゃんの所にいるんじゃないんですか?」

 マミのマンションに着いた杏子はゆまと朝食を済ませ、その後一度家に帰り親との会話の後またマミのマンションにきたまどかと合流したところだった。
 その際、自分よりも先に向かったはずのほむらがマミのマンションに来てないことを知ったのだ。
 
「あいつのとこには私がいたからなぁ……自分の家にでも帰ってるのか?」
「うん、ほむらちゃんにも家族いるだろうし心配なのかも……」

 そうかもしれないが、あの暁美ほむらがまどかを放置しておくものだろうか?
 ただでさえ今は魔女の増加で危険性が増しているというのに。
 言い方は悪いが家族なんてものよりもまどか1人を護るようなやつが。
 それにテレパシーで連絡しているのに反応がない。
 それはさすがにおかしいことだ。
 杏子は小さくため息を吐いてまどかとゆまに言う。

「まどか。悪いけどゆまを見ててくれないか? ほむらのやつを探してくるよ」
「そ、そう? すぐ来てくれるかも知れないし……」
「それなら万々歳なんだが、テレパシーの応答がないのは怪し過ぎる。何かあったのかもしれねぇ」
「もしかして魔女の仕業……?」

 だったらまだいいけどな。
 杏子は元凶の魔法少女を思い出す。
 こいつらに全部話すか?
 杏子は考える、事件の全てをこの二人に伝えることを。
 伝えれば確実にこの二人はあいつを信用しないだろう。
 敵視し、あいつから逃げるようになるだろう。
 だが、それは早い話が敵対行動だ。
 あの魔法少女がそういった行動を起すとは思えないが、この二人への攻撃をしないとも限らない。
 もしそうなれば、二人に助かる手段はない。
 そんなのは関係ない、自分達が護ればいいじゃないか。
 そう、その通りだ。
 だが、彼女にとって二人が契約対象である限り二人にとって彼女は味方であり続ける。
 それはほむらと自分が彼女と交わした約束だ。
 それを破ることは彼女はおそらくしない、はずだ。
 全てを話すということは契約の妨害、つまりは約束の反故に当たるだろう。
 だとすれば、彼女の行動も変わってしまう。
 もし行動をするのなら。

「魔女、ではないだろ。寝てるんだってら叩き起こしてくるさ」
「気をつけてね、杏子ちゃん」
「ゆまも行く!」
「ダメだ。お前はまどかと話してろ。すぐ戻ってくるから」
「……うん」

 破るなら破って。
 こいつらと契約しにきたところを殺してやる。
 それが一番に違いない。
 杏子はそう考えて、マンションを出た。














 
 大量の土煙が晴れ、廃屋の中が露になる。
 そこにはボロボロになりながらも銃弾を直撃はしていない、フラフラの鳴海霞と。
 それを冷たく見据える巴マミの姿があった。

「わかったでしょ? 鳴海さんじゃ私には勝てないわ。降参して」
「わざと外してくれたんだね? 嬉しいなぁ。殺さないん?」
「あなたのこと、もう信用はできないわ。でもここで約束してもらう。もう契約はやめて」
「どうして魔法少女が増えるのが嫌なんだよ? マミさんだって後輩が増えて嬉しいじゃない?」
「あなたが生んでるのは魔法少女なんかじゃない。あなたはそんなこと思ってない。そうでしょ?」
「ええそうですわ? あらら、もうわかってきてるねぇ我の思考が。怖いですねぇ魔法少女ってのはさ」
「なら、あなたに賛同する気も無い。許す気もない。約束ができないなら……」
「なら?」

 霞が手を振ろうとした瞬間。
 何かが霞の手を止める。
 霞が驚いたように手を見ると、黄色いリボンが自分の手を縛り付けている。
 そのままシュルシュルと音を立て、地面の大量の弾痕から黄色いリボンが生え霞を拘束していく。
 気が付けば霞は足の先と顔以外が完全にリボンで拘束され動くことが出来なくなっていた。
 黒いシルクハットがポトリと落ちる。
 その姿を確認した後、冷たい眼でマミは霞に言い放つ。



「『命令』、するわ。私の言うことを、聞いて。これが最終警告よ」
「怖ー」



 脅すマミにあくまで陽気に、楽しそうな顔で答える霞。
 それは真剣なマミにとって更なる苛立ちを与える。
 
「あくまで恍けるなら……本当に終わりよ」

 魔力を全力で込め、武器を形成する。
 それは巨大な銃、いや、銃の形を持った大砲だ。
 口径などわからない。ただ、これは人に向けて撃つものではない。
 その大砲の銃口が束縛された少女に向けられ、固定される。
 そして一撃必殺の力を撃たんと力が充足されていく。 
 そんな絶望的な状況で少女は俯きながらマミに話しかけた。

「ねぇ巴様?」
「何? 今更謝っても遅いわ」
「そうじゃなくてさ、忘れてないかなーてさ」

 大砲はもうマミの意思で撃つことが出来る。
 だがマミはその霞の言葉の真意を探った。
 忘れていること、それは何?
 だが、撃ちはなってしまえば問題ない。
 
「終わりよ……ティロ……」



「杭はその辺にまだ散らばってるよ?」
「ッ!」



 地面を揺らすような凄まじい轟音。
 それは巨大な破壊力を持って放たれた銃弾。
 ガラガラと音を立てて、廃屋は倒壊した。

















「全くどこへ行ってやがるんだあいつは……」

 杏子は街中をソウルジェムの反応を元に探していた。
 だが、杏子のソウルジェムにはほむらのソウルジェムの反応は無い。
 それが更に不安感を煽る。
 闇雲に走り回っても無駄だと思い、ほむらの家へと向かう途中。
 杏子は走っていた足を止めた。
 そこには白いシルクハットを被り陽気に歩く魔法少女がいたからだ。
 その顔は、服装は忘れるはずもない。
 杏子はステップを踏む少女に駆け寄り、怒声を響かせた。

「テメェここで何してやがる!」
「あら、杏子様ではありませんか。いかがなすったんで?」
「人の質問に答えろ。何をしてやがる」

 その杏子の形相に驚きながらも変わらない笑顔で霞は答える。

「荷物運びですわ」
「荷物運びだぁ? 何を運んだ」
「言わなきゃダメ?」

 わざとらしくマンガのように眼をウルウルとさせる霞。
 それを一蹴するかのように杏子は変身して槍を向けた。

「答えろ。殺すぞ」
「暴力反対、よくないんだぞ? まぁ教えてもいいよね。どうせ変わらんしのぉ」

 勝手に納得した霞は、表情も変えずにあっけらかんと答えを返した。




「ほむらちゃん」




 その答えを聞いた瞬間杏子意味がわからず硬直する。
 その顔を見て霞は面白そうにケラケラと笑いながら、

「何を鳩が豆鉄砲喰らった様な顔しておる。答えたでしょう? 暁美様です」
「お前、あいつに何をしやがった!」
「別に。我が何をしようと問題なくね? だってあなたはゆまちゃんが大事だろ?」
「ふざけんな! どういうつもりだ!」
「ただちょっとあの子には休みをあげただけですよ。あの野郎不眠不休だからさ」

 あくまで善意のように笑顔で答える霞の胸倉を掴み、怒鳴り続ける。

「どこにいやがる! 答えろ!」
「自宅に帰しましたわ? 大丈夫、明日か明後日には起きるよ」
「そうかよ。ならお前はこの後どうするつもりだ。答えによっちゃ……」
「あぁ、もう槍向けないでくださいな。死にたくないよぉ」
「こ・た・え・ろ」
「街の外へ」
「そうかよ、さっさと出て行け」

 掴んだ胸倉を押して突き放しもう一度強く睨む。
 そのままほむらの家へ向かおうとしたが、背後から声がかかる。

「そうだ杏子。一つ忠告してあげようかね」
「なんだよ。くだらねぇことなら聞かないぞ?」

 いやいや、と少女はにやけ顔で手を振って忠告をした。

「無理に起こさないでね。『別の』ほむらちゃんが起きちゃうかもしれないからさ」
















 マミは建物が崩れる前に脱出し崩れた瓦礫の山に立っていた。
 周りには、人影はない。
 だがさすがにこの音ならば人が駆けつけることだろう。
 ならば今すぐここを離れなければ。
 だが、先ほどのことを思いだす。



「杭はその辺にまだ散らばってるよ?」
 
 その言葉の後チャリンという音が地面のあちこちから聞こえた。
 マミは周囲を見渡すとそこには。
 数十の杭が浮いてこちらを向いていた。
 いつのまに……。いや違うこれは。
 宙に浮く杭はその全てが曲がっていたり傷ついていたりしている。
 これはすべて霞が飛ばし、それをマミが銃で弾いた杭だ。
 マミが忘れていたこと、それはこのことだ。
 確かに殺傷力、速度などの性能は圧倒的にマミのほうが強い。
 だが、マミと霞の魔法は一つ大きな違いがある。
 それは、生み出している武器の性質だ。
 マミが生み出すのは銃、つまり攻撃するための『弾』を打ち出す物。
 だが霞は違う。生み出すのは杭、つまりマミで言う『弾』そのものだ。
 つまり一度『弾』として射出されたものを彼女はまた操ることができる。
 撃ち終えた、使い終えた武器、というものが存在しない。
 外したからといって、弾かれたからといって、それは武器として役割を終えていない。
 それはマミが銃を鈍器として扱うと同じ。ただ彼女は遠距離武器として扱えないが。
 それを止めるには破砕するしかない。だからこそ銃で杭を打ち抜いてきたのに。

「もう遅いわ! ティロ……フィナーレ!」

 魔力を大砲に向ける。
 大威力の砲弾が発射される、その瞬間に。
 大量の杭はマミへと向かわず大砲へと突き進み、鈍い金属音を立てて。
 ほんの少し、ほんの少しだけ銃口を上に逸らした。
 そして砲弾が発射され、耳を壊すような轟音が響き。
 



 マミは変身を解き、もう一度周囲を見渡す。
 周りには誰もいない。
 ならば押しつぶされたか。
 そう考えた時。

『マ~ミさん、大丈夫だったかい?』

 マミの背筋を凍らせるように、テレパシーが届いた。
 それは拘束したはずの、瓦礫に埋もれてなければいけない人間の声。
 
『どうして……生きてるの』
『嫌ですわ。崩れる瞬間に拘束を緩めてくれたじゃん』

 建物が崩れるとわかった時、気が緩んだのか。
 いや、そんなつもりはなかったはずだ。

『今はどこにいるの?』
『教えたら会いに来てくれます? 嬉しいねぇ愛されてるわぁ。まぁそれは冗談だがね』

 確実に重傷を負っているはずなのに、それを何も感じさせない陽気な声。
 マミはその声に苛立ちを覚えながら唇を噛む。

『今日のところは逃げさせてもらいますよ。わかってるさ。あんたにゃ勝てねぇ』
『なら言うことを聞いてくれないかしら?』
『嫌ですよ。マミさんだって嘘ついたじゃないですか』
『嘘?』









『……『見逃す』って言ったじゃないですか』








 その言葉だけ。とても、とても冷たい声だった。
 陽気だったはずの少女の心の奥底をみたような。
 冷たい冷たい声。

『私は嘘が大嫌いなんです。それじゃね』

 陽気に成り切れていない冷たい声でテレパシーが切れた。
 マミはその言葉を聞いて、小さく震えた。
 なんだろう。今のあの子は。
 弱い魔法少女だった。自分なら油断さえしなければ負けることはないような。
 なのに、どうして今の言葉があそこまで心を貫いたのだろう。
 マミは少女を逃がしたことを強く後悔した。

 












 杏子がほむらの家に到着すると悲鳴が聞こえた。
 いや、悲鳴だけではない、怒号、奇声、様々な叫び。
 だがその全てが同じ声。聞きなれた魔法少女の声。
 杏子はその声を聞き扉を蹴り開け、家へと飛び込む。
 そして声のする方へ走り、それを見た。

 そこにいたのは、暁美ほむらだ。
 眠っている、はずだ。眼を閉じている。
 だが、寝言とは言えないような叫び声で叫び。
 寝相とは言えない勢いで暴れていた。
 周囲のものは散乱し怪我をしてないのが奇跡と言える状態だった。
 
「もう……いや……まどかぁ……」
 
 静かになったかと思えばブツブツとまどかの名前と怨嗟の声を話す。
 まるで壊れた人形のように。
 そして枕元のソウルジェムが奇妙に明滅する。
 明滅ではない。浄化と濁ることを繰り返していた。
 それは希望と絶望の繰り返しによる現象。
 だがそんなことは杏子にはわかるはずもない。

「どうする……マミの家に連れて行くつもりだったけど……」

 これでは到底連れて帰れない。
 だが、このままほむらをこのまま一人にはできない。
 最低限明日にならないと起きないというのならそれまでこいつを誰かが見てないとまずい。
 別に魔法少女である必要はない。必要なのは保護するものだ。
 暴れる彼女を抑える誰かだ。
 
「こうなったら……」

 テレパシーを送る。送り先はマミではない。

『杏子ちゃん? どうかしたの?』
「悪い、今からほむらの家に来れないか? ゆまも連れて」
『ほむらちゃんが……どうかしたの?』
「あぁ、ちょっと洒落にならない事情だ」
 
 どう状況を説明する。
 もう、話すしかないのか。
 話してしまいあの魔法少女を殺してしまうか。
 そうなるなら、もうそれでいいかもしれない。
 次に会うようなことがあれば。その時には。
 杏子は暴れるほむらを押さえながらまどかの到着を待った。















 さやかは病院の廊下を静かに歩いていた。
 どの病室からも全く音はしない。
 ナースセンターには誰もいない。
 静かすぎる病院内をさやかは歩く。

 私が、魔女をすぐ倒していれば……。
 
 そんな後悔が頭を過ぎる。
 だがそんなことを考えても仕方が無いことはわかっている。
 自分が護りたい人を護れたのだから。
 その心がさやかの罪悪感を打ち消す。
 実際護ったのは自分ではないのだが。
 そんな考えを巡らせてながら帯びていた暗い感情を隠して病室の前に立つ。
 恭介の前で、そんな顔はできない。
 恭介は、恭介の人生は、私が守るんだから。
 無理くり作った明るい顔で病室の扉を開ける。

「恭介ー。ジュース買ってきたよ!」


 そこには。



「おかえり。さやかちゃん」

 椅子に座る恭介の首筋に巨大な杭を添える少女がいた。
 さやかが落としたジュースはさやかの足にぶつかり転がって霞の足元へ。

「お熱いことで。羨ましい限りだよ。全く」
「何やってるのよアンタ! 恭介を放して!」

 すると霞はジュースを拾ってプルタブを開ける。
 杭は手品のようにプカプカと浮かび恭介の首をむいている。
 
「炭酸かー。私好きよ? ありがと」
「恭介から、離れろ!」

 ソウルジェムを取り出し、変身しようとした瞬間。
 更に現れた数本の杭が今度は恭介の腕に向かう。
 さやかが奇跡で治した腕に。
 それを見てさやかは動きを止める。それにあわせて杭をビタリと動きを止めた。
 ほんの少し皮膚に触れたのか表面から薄く血が流れる。

「はい、ストーップ。変身はなしでお願いね」
「何? 何が目的よ……」
「ごめんね、恭介さん。あなたを巻き込みたくはないんだけど……」
「あなたは……なんですか」
「魔法少女。さやかちゃんと同じね」

 恐怖と戸惑いの表情の恭介とは対極的に陽気な笑顔の霞。
 だが、さやかも恭介も何かを感じている。
 この人、笑ってない。

「さって、何しに来たかって言われたら……早い話が『おしおき』しにきたの」
「おしおき……?」

 霞はニコニコと笑いながらさやかに近づく。
 その顔にさやかは身動きがとれなかった。
 殺意とか、そういうものじゃない。
 動かないさやかの手のひらに乗っているソウルジェムを霞はひょいと取り上げ、恭介の方へ放り投げる。
 恭介はそれを慌てて拾い、大事そうに両手で包むように持った。
 それがさやか自身と同様であることを知っているから。
 恭介がソウルジェムを持った瞬間杭はすべて消え去り、代わりにさやかの周りに杭が数本現れた。

「恭介君。お願いがあるんだ」
「……なんですか」

 霞はロングスカートをめくり、ジャラジャラと大量のグリーフシードを取り出すと、それを全て恭介の方へ転がす。

「ソレ全部、大事に持っててね。あ、さやかちゃん、動いちゃダメよ?」

 恭介はそれを全て拾い、ベッドの上に広げる。
 その数はゆうに五十を超える。
 霞は笑顔のままで両方に伝えるように話す。
 陽気だったはずの声が段々トーンダウンしていく。

「これからさやかちゃんに『おしおき』をします。さやかちゃんはしっかり受けてね。逃げたりしたら……」

 杭が、恭介の真上に現れる。
 言葉にする必要も無い。
 
「私ね。嘘が嫌い。言う必要のないこととか、虚言だとか。そういうことじゃなくてね」

 さやかはその言葉を聞きながら思い出す。
 
「私が嫌いな『嘘』は……約束を破ること」

 さやかは思い出す。約束を。

『マミさんには私がキュゥベえだって内緒にしてくれない?』

 あまりに軽く言われた、そんな約束を。
 目の前の少女が、意味することを。

「だから……ね。思い出したでしょ?」
 
 ニコリと笑いかけられたのに。
 さやかは動けない。
 恭介が人質に取られているからじゃない。
 彼女の感情の渦に飲まれてしまっている。
 彼女は、鉄色の魔法少女は言う。
  
「だ・か・ら」

 冷たい声を一転させて、とてもとても優しく、陽気な声で。


















「針千本……ね? ちょっと『針』は太いけど……大丈夫」






 その言葉の意味を、理解する前に。



「魔法少女だもん。耐えれるよ」



 一本目。

 






あとがき:
状況とかのためとはいえ空欄開け過ぎだろうか……。
とりあえず一度戦闘終了&伏線(?)回収開始。



[28583] 9章:舞台は想いに彩られ
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2011/10/08 11:33



 さやかの病院に向かう数時間前。
 白いシルクハットを被った手品師のような少女はそこにいた『モノ』に話しかけた。
 そこは廃屋の近くの見滝原郊外。街の外、といえば街の外である。

「よく生きてますわね。体が3分の1ほどありませんわよ?」
「……運よくソウルジェムとグリーフシードが近くにあったから……ねぇ」
「なるほどの。んでボロボロに負けてご感想は?」
「次は勝つ。なんて言うと思う?」
「そんなわけなかろうが。というか死ぬんじゃないの?」
「しねるかー。なんつっ……て」
「巴ちゃんに代返しておきましたけど……全くざまぁないですわね」

 話しかけている相手は地面に血溜りを作り倒れている。
 見事に右腕が吹き飛んでおり、しかも何故か穴だらけであった。
 魔法少女でも、痛みでソウルジェムを濁しきるであろう傷。

「でもまぁ、キュゥベえなんて全身破裂とかざらだったしねぇ。ある意味記憶的に慣れてるのでは?」
「いや……これは……さすがに、やばいかも」

 黒いシルクハットはどこへ消えたのやら。傷だらけの霞は悠々と笑う白の霞に手を伸ばす。
 傷だらけの霞は余裕がないのか素の口調が出ている。
 その手を白の霞は優しく取って引き上げるように持ち上げ、全身を見回す。

「あの様子じゃ被弾は最後の一発だけだろ? なんだいこの穴は」
「マミさん、拘束きついからさぁ……自分ごとリボンを貫いてみたわけさ」
「あらあら、蛮行ここに極まれりじゃな。ま、治してしまいましょ」

 手を合わせ、白いシルクハットを被った少女は傷だらけの少女に寄り添う。
 するとその体がドンドン薄まり、その姿を消した。
 それに同乗するかのように霞の体が君の悪い音を立てて『修正』されていく。
 腕はグチャグチャと音を立てて生え始め、傷も塞がっていく。
 声にならない悲鳴をあげて、霞はその身を治した。いや直した、のほうが正しいか。
 それでも残る大量の傷が魔法陣によって治癒され、長い時間をかけて霞は綺麗な姿へ戻っていく。
 この光景を一般人が見たらハリウッドの特殊演出のような感想を抱くだろう。
 主にホラー方向の。

「……ふぅ。まだ節々は痛いなぁ。分裂するには……」

 















 

 まどかは杏子からの連絡を聞き、ほむらの家へ辿り着いていた。
 ほむらの家に行ったのは一度きりだったが、杏子の誘導もあって迷うことなく向かうことが出来た。
 聞こえる友人の声に若干の恐怖を感じながらほむらの部屋へ入っていく。
 
「遅かったな。何かあったのか?」

 部屋に入るとベッドで眠るほむらをベッドに背を預けながら見守る杏子の姿があった。
 まどかが何かを言おうとするその前に、ゆまが駆け出し杏子に飛び込む。

「杏子ー!」
「な、なんだよゆま。今は遊んでる場合じゃ……」
「うー! うー!」

 ゆまは杏子の懐に抱きつくように入ってポカポカと杏子の胸を叩く。
 そんな光景があった中、まどかが申し訳なさそうに杏子に、

「ごめんね杏子ちゃん。ちょっと質問に捕まってて……」
「……インタビューか? あんなん無視してりゃいいんだ。……どうせテレビかなんかだろ?」
「私が話したのは……そうだったのかなぁ?」
「まぁそんなことはどうでもいいんだ。あいつらはどうせ死ぬんだからな」
「そ、そんな言い方ってないんじゃないかな……」
「魔女の餌になりに来たやつまで私は面倒見切れない。こいつも、マミだってそうさ。自殺志望者なんてほっときゃいい」

 その言葉にまどかが俯くと、急に眠っていたはずのほむらが奇声を上げた。
 体を震わせ、言葉を飛ばす。
 その姿にゆまは驚いて杏子の胸に蹲り、まどかはすぐさまほむらに駆け寄った。

「ほむらちゃん! どうしたの!?」
「……いや……いやぁぁぁっぁぁ!!!」
「ほむらちゃん! 落ち着いて!」

 体を揺すってほむらを起こそうとするまどかの方を杏子が掴み制止する。
 その行動に疑惑の顔でまどかは杏子に問いかける。

「ほむらちゃん、なんでこんなことになってるの?」
「詳しくはわからねぇ。でも明日か明後日までこの調子らしい。何の夢を見てるのかもわからないし……」
「ほむら、苦しそう……」
「誰がこんなことしたんですか? これ、魔法……ですよね」

 その言葉をスイッチにしたのか杏子は少し後悔したような顔をしてゆまの方へ向いて、頭を撫でながら。

「悪いゆま。少し隣の部屋にいてくれないか? ちょっとまどかと二人で話さなきゃいけないことがあるんだ」
「ゆまは……聞いたらダメなの?」
「……お前のためなんだよ」

 杏子の寂しそうな顔を見て、ゆまはシュンと顔を潜めて立ち上がり部屋を後にする。
 杏子の約束は、ゆまのこと。
 まどかのことなら管轄外、そんなラインギリギリの画策だ。
 どっちにしろほむらのことをまどかに任せるのなら本当のことを言わねばならない。
 杏子は寂しそうな顔をするゆまに心を痛めながらまどかに向き直る。

「わかってるとは思うが……今から話すのは今回の事件のことだ」
「大量に魔女が出てきたこと……?」
「そうだ。それを含めて、その元凶についてもな」

 まどかは杏子の言葉を聞こうとして、ほむらがまた暴れ出したのを見て駆け寄る。
 杏子を横切り、抱きつくようにしてほむらを必死で押さえつける。
 杏子は落ち着くのを待ってその口を開いた。







 
 ゆまは隣の部屋にいた。

「最近、杏子が冷たい」

 なんて愚痴を漏らしながら部屋をグルグルと回り出す。
 すると隣の部屋から杏子の声がボソボソと聞こえてくる。
 防音設備がない家だったのだろう。壁越しの声は子供のゆまには興味深かった。
 更にまどかの驚いた声が聞こえた時、ゆまは自分に言い聞かせた。

「隣にいるから大丈夫、隣にいるから大丈夫」

 そう言いながら、壁に耳を澄ませた。
 ほとんど聞こえない、聞こえないが断片的に聞こえる言葉を子供のゆまは吸収していった。














 



「お願いだ! もうやめてくれ!」

 悲痛な声が響くのは病院の一室。
 その壁に手足を四本の杭で打ち付けられた少女。
 それを見るのは冷たい笑顔で手を振りながら杭を呼び出す魔法少女と。
 その手を掴んで少女の身を案じる少年。

「大丈夫、恭介君がしっかりやってれば大丈夫だよ?」
「っ!」

 恭介は手の中にあるさやかのソウルジェムを確認する。
 それは傷の治癒と痛みで黒く、黒く濁り始めていた。
 慌てて恭介はベッドに並べたグリーフシードを当て、穢れを消していく。
 だが、その勢いは止まることはない。

「別に太いやつを刺してるわけじゃないんだよ? よほどのことがなきゃ死なないよ」

 口調は丁寧で、優しく諭すような言葉。
 だが、そう言いながら太くはないが『針』というにはあまりに大きな杭をさやかに飛ばしていく。
 聞きたくない音が耳に響き、恭介は耳を覆いたくなる。
 だが、苦しむさやかと同調するようにソウルジェムは黒く染まり続けている。
 霞は杭に貫かれ続ける少女に素で感心しながら、

「すごい。すごいですよ。まだ意識があり続けてる。確かに気絶したら、なんて言ったけどこれはすごいねぇ」

 返事はない。ただ血だらけの顔で強く霞を睨む。
 怨嗟の、憎悪の目で。

「あぁ、痛覚を消すのはオススメしないわ? 多分帰ってこれなくなるから。恭介君の温もりも、忘れちゃうよ?」

 ケタケタと笑いながら。
 宙に浮かぶ数本の杭を少女に飛ばす。


















「霞さんが……」
「あぁ、全部の元凶だ」

 全てを話してしまった。
 何故キュゥベえが見滝原にいないのかも、全て。
 それは間接的にほむらの思いも踏みにじったことになるかもしれない。
 だが、今はそれも言ってはいられないのだ。
 
「じゃぁ、また近いうちに魔女の軍団は来るんですね」
「あぁ、それも昨日の比じゃない。もしかしたら……見滝原が壊滅するかもしれない」

 その言葉にまどかは息を飲む。
 隣町を壊滅させた魔女の群。それがこの街にも来たのなら。
 
「まぁ、そのための私たちなんだけどな」
「いざとなったら私も」
「それ以上は言うなよ?」

 え、というまどかに杏子は落ち着いたほむらを見る。

「お前を魔法少女にしないために、こいつは頑張ってる。それはさっき話しただろ?」
「でも! みんなが……苦しんでる時に一人だけ何もできないのは……つらいよ」
「それでもだ。だから、今はほむらを頼む」

 頷いたまどかを見て、杏子は声を張り上げて、

「おーいゆま! もう大丈夫だ。来ていいぞ!」

 だが、返事がない。むしろ音もしない。
 やれやれ、と呟いて杏子は立ち上がり隣の部屋へ。
 そこには、ゆまが自分を待っている、はずだった。


 だが、そこはもぬけの殻。
 見回しても、誰一人いない。
 
「おい、ゆま! 隠れてないで出てこい! ゆま!」

 返事はない。
 無駄のない簡素な部屋には隠れる場所なんてものもなかった。
 杏子は慌てて玄関まで遁走し、ゆまの靴を確認する。
 ゆまの靴はない。つまり外へ行ったと言うことだ。
 こんな非常事態に。たった一人で。
 もし魔女がすぐそこまで来ていたらどうなる。
 活動期でなくても魔女は口づけで人々を陥れるだろう。
 それにゆまが巻き込まれる可能性は十分にあった。

「どうしたの杏子ちゃん?」
「ゆまのやつがいねぇ。何でかわからないが外へ出たみたいだ。探してとっ捕まえて来る!」

 足早に靴を履いて外へ飛び出そうとする杏子にまどかは、

「気をつけてね、杏子ちゃん。ほむらちゃんは私が見てるから」

 ただ、それだけしか言えなかった。
 自分も探す、とは言えない。
 自分はほむらを任されているのだ。
 だから大丈夫、そう杏子にも言い聞かせるようにその言葉を放っていた。
 杏子はそのまどかの表情を見て頷き、昼頃の見滝原を出た。














 
 見滝原を幼い女の子が走る。
 当てもなく、意味もなく。
 千歳ゆまはその弱い体を必死に動かして、『あるもの』を探していた。
 それは壁越しに聞こえた言葉。

「魔女をいっぱい呼んだ悪いやつ……」

 ついこの前まで魔法少女の資格を持っていなかった彼女にとって魔法少女のシステムは不可解で理解不能なものだった。
 その年齢のことを含めても杏子とまどかの会話は断片的にしか聞こえていない。
 契約という言葉の意味も、奇跡が起こる理由も、何一つ彼女は理解していない。
 ただわかるのは、昨日マミ達と話していた魔女が大量に来たことに理由があったこと。
 そしてそれを起こした誰か。
 そして。

「霞……」

 鳴海霞の名前。
 昨日過去の杏子のように助けてもらったせいで過去の遭遇も美化されたゆまにとって、霞=犯人という思考は直結しない。
 鳴海霞が彼女にとって探すべきもう一つの存在である、とゆまは自己完結していた。
 
「犯人を見つければ……杏子だって……」

 彼女は、孤児だ。
 魔女によって両親を殺され、その中で一人だけ杏子に助けられた。
 杏子は食事をくれる。お菓子もくれる。間違った方法でも。
 杏子が手を繋いでくれる。頭を撫でてくれる。それだけでいい。
 ゆまにとって杏子はたった一つの支えだった。
 依存、というには彼女はまだ幼過ぎる。保護を求めた結果。
 親のような、自分を護り、助けてくれる人。
 まぁ彼女の親がまともであったかはともかくとしてだ。
 杏子は良くも悪くも幼いゆまの保護者だった。
 その杏子がこの二日ほど、自分を蔑ろにしているような気持ちがした。
 自分は魔法の才能がない、でも魔女のことはわかってる。
 なのになんで自分をのけ者にするんだろう。
 そんな考えがゆまの中を駆け巡る。

「ゆまは『役立たず』なんかじゃない……ゆまは……」

 トラウマになっている一つの言葉。
 それが、彼女を突き動かす。
 杏子への想いと内心の恐怖が彼女の足を走らせる。
 その足は、止まらない。
 それを見つめる、人影が一つ。
 それには特徴的な、白い帽子。















 
 千本目。
 ザクリという音と共に霞はさやかを打ち付けていた四本の杭を消す。
 その瞬間さやかはその身を重力に従って横たわらせる。
 それに恭介が駆け寄り服をさやかの血で染める。
 目の前の霞のことなど知ったことではないように。
 霞も霞で終わるなり何か別のことを考えているように上を見つめ、さやかの事など目も向けていない。
 恭介が必死にさやかに呼びかける中、霞は小さく呟く。

「ふぅん。なんか面白いことになってきたなぁ……」

 その目には天井は映っていない。
 映っているのは自分とは別の、白いシルクハットの少女から見える景色。
 血溜まりに駆け寄る少年の横で切り離されたように立ちつくす鉄色の少女。
端から見れば奇怪な光景だ。
その彼女に少年は叫ぶように問う。

「何で、何でこんな事をしたんですか!」
「約束を破ったから。それだけだっての。全く……」

 夢から引き戻されたように残念そうにため息を吐く少女。
 その少女は魔法陣に囲まれて血溜まりを治癒していく少女を見下しながら、

「まぁこれで」

 ニッコリと、まるで何もなかったかのように笑顔。

「また友達だね。さやかちゃん」

 それは年相応の、彼女の心からのような綺麗な笑顔で。
 彼女の傷が誰の物ともわかっているのに。
 本当に、まるで勝手に『仲直り』したかのように。
 少女は笑いかける。
 無論さやかにその顔に返す言葉はない。
 痛みで意識を落とし、動かずにいる。
 だがさやかの代弁のようにさやかに寄り添う恭介が少女を見て思う。
 この人は、なんだ。
 先ほどの感じとは全く違う。まるで先ほどまで地獄が嘘であったように。
 この人はさやかに笑いかけている。
 周知の友達のように。とてもとても優しく。
 
「恭介君」

 自分の名前が呼ばれ、ビクリと体を震わせる恭介。
 それを見た霞は恭介に手を伸ばし、

「さやかちゃんのこと、よろしくね。加えて、私も」

 伸ばした手は、友好の握手。
 それは悪魔の手でしかない。
 だが、もしここで握手を断れば、どうなる。
 自分、いやさやかの身に何かするんじゃないだろうか。
 だが、だけど。


 恭介は霞が伸ばした手を断るように弾いた。


 その反応を霞は驚いたような顔で見て、そして。
 感情を剥き出しにした、だが全く光のない目でニコリと笑い。

「うん。わかったよ」

 それだけ呟くと窓を開け、そこから飛び降りた。
 相当な高さがあるはずだが、恭介はそれを気にしなかった。
 恭介の腕の中で広がっている非日常はそんな比ではない。
 恭介は傷一つ無い『重傷人』を腕に抱えてベッドに寝かせる。
 そしてまた、朝のように、目覚めることを祈り続けた。
 彼の心に黒い感情が膨らんでいく。
 
















 暗い部屋の中。
 まどかは落ち着いて眠るほむらを見つめていた。
 少しずつ、暴れることは無くなってきた。
 代わり何か言葉にならない叫びを小さく上げるようになった。
 それが彼女の覚醒が近いのか、それはまどかにはわからない。
 自分に今できることはこれしかない。
 そう言い聞かせて、ほむらを見ている。
 昨日も自分と傍にいたゆま、そして戦う魔法少女の身を案じていた。
 だが、その時。自分は自分の家族の優先順位を下げていなかっただろうか?
 あの時、自分は家族が無事かとは何度考えた?
 自分は何か別のモノに縛られ始めているのではないか。
 ソレは非日常、魔法という存在が生んだこと。
 非日常に対応するために、日常のことを考えることを止めているからだ。
 明日は学校だ。学校はどうなっているのか。
 昨日の一件で、後に来る魔女の大群で、そして来ると言う『ワルプルギスの夜』によって。
 自分の『日常』はどこまで破壊されてしまうのだろうか。
 そんなことを今更考える。
 すると、ほむらの体が震えだし、まどかはほむらの顔を覗き込んだ。
 その顔は酷く疲労しており、一夜も経っていないのにやつれたように見える。
 震える手を取り、その異常な冷たさに驚いてほむらに問いかける。
 
「ほむらちゃん、ほむらちゃん!」
「……嫌……助けて、助けてよ」
「ここに居るよ。私はここにいる」

 そう優しく囁いた時、更にほむらの口は動いた。




「鹿目さん……」




「え?」

 何故、今自分は苗字で呼ばれたのか。
 彼女は初めて会った時から、自分をまどかと呼んだはずなのに。

「巴さん……美樹さん……なんで?」

 その声はいつもとは考えられない弱弱しい声で。
 まるで別の人みたいに。

「ほむら……ちゃん」
「何度やっても駄目、駄目なの。ごめんなさい……ごめんなさい」

 その声は彼女の本心。
 眼鏡を捨てて、髪型も変えて、捨て去ったはずの心の底。
 夢の底での独白だった。

「約束……なのにね。護れないよ……鹿目さん。あなたを護らなきゃいけないのに」

 まどかはその言葉をほむらの手を握りながら聞き続けている。
 握る力を強め、強く優しくほむらを包む。
 ほむらは告げる。一度たりと言わなかった『泣き言』を。

「お願い、助けてよ。あの時みたいに。お願い、鹿目さん。私を助けて、護って、支えてよ。最初の時みたいに……強いあなたでいてよ……」
「最初……?」

 最初は、保険委員だからと聞かれた。
 それに答えて、質問をされて。
 それが最初のはずだ。
 
「もう無理だよ……何度やってもまどかは死んじゃう。魔女になっちゃう。もう嫌だよ……友達が死ぬのは……見たくないよぉ……」

 なら彼女の最初は。最初はどこだ。
 まどかはわからない。だが、今のほむらがもう砕け散ってしまいそうに見えて。
 ほむらの身を起こし、強く抱きしめる。
 安心させようと、護るように。
 変わらないほむらの叫び。
 それを聞き漏らさずに聞き取りながら強く抱きしめて囁く。

「大丈夫。私はここにいるよ。ほむらちゃん」

 彼女の言う『鹿目さん』はわからない。
 だけど今。鹿目まどかにできるのは、こうやって安心させることだけだ。
 何度死んだとしても、魔女になったとしても。
 今の私はここにいるから。
 それをほむらに伝えるために。















 夕暮れに近づいて来たころ。
 巴マミは逃げた鳴海霞を探すべく探知を行っていた先でとある反応を感じた。
 それは強い魔女の反応だった。
 この反応は恐らくは昨日と同様の大量の魔女。
 だが、昨日に比べればその反応は酷く微弱だった。
 魔女は魔女。狩らなければ人々に被害が及ぶ。
 マミは足早にその現場へ急行した。
 
「やっぱり……昨日の残りってわけではなさそうだけど」

 その数は昨日ほどではないにせよ多く、巨大な塊を形成していた。
 無数の扉がマミを出迎えるように口をあけている。
 本当なら元凶の彼女を追わなければならない。
 だが、こちらが魔法少女の本業だ。
 そう考え、マミはテレパシーを飛ばした。
 自分の知る魔法少女に。共に戦おうと願うために。
 だが。

「どうして……?」

 


 魔法少女からの返答は、全くなかった。









 あとがき:佳境って書いてから妙に長いです。ホント申し訳ない。
 プロットは終了まで完成しているのですが、文章ができないという悲しみを背負っています。



[28583] 10章:廻る舞台の奇術師 ※一部変更しました
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2014/12/21 16:41
ゆまを探す杏子はどこへと知らず走り回っていた。
 通常なら捜索対象が行きそうな場所、を考えて探すのだろうが彼女にはそれがない。
 何故なら彼女はずっと自分について来ていたからだ。
 そして自分も盗み、食べるために同じ場所にはあまりいることはなかった。
 だから探すと言えば公園、コンビニ、その他隠れ家のような場所。
 だがその全ては点々と街中に広がっていて捜索範囲は膨大だ。
 本当なら巴マミにも協力を仰げばいいのだろうが、マミもゆまの行動パターンはわからない。
 更に言えば彼女は魔法少女ではない。そのためにソウルジェムの反応で探すことが出来ないのだ。
 そしてテレパシーをおくろうとしても反応はない。
恐らくはまだ不慣れであることと、彼女自身がやり方を詳しく理解していないからだろう。

「畜生……私のせい……なのか?」

 今は自分を責めている時ではない。
 そう考えながらも心には暗く重い感情が募る。
 それは罪悪感。杏子がゆまに感じていたのはそれだ。
 自分で救い、引っ張り回しておきながらこの数日彼女を放っておいた。
 いや、正確には別の事柄に集中し、彼女を蔑ろにしていた。
 その罪悪感が杏子の体を鈍らせる。
 そんな杏子に奇怪なイントネーションで背後から声がかかった。

「杏子様のせいではねぇだろ。小娘が自分の手で動いたんだよね~」

 杏子が振り向くと黒いシルクハットをクルクルと回す鉄色の魔法少女の姿があった。
 その顔は陽気というよりは余裕があるといった顔でケラケラと笑っている。
 杏子は苛立ちながらも彼女の対応から察して問う。

「ゆまの居場所を知ってるのか!?」
「もちろん」

 事もなく答える霞。その顔は変わらない笑顔。
 
「私はキュゥベえでもあるんですのよ? 才能のある子の場所なんて……お茶の子さいさいじゃ」
「教えろ! ゆまはどこだ!」
「あらあら、問い方があまりに雑じゃないかい? まぁ僕は構わないけど」












 一方で走るゆまに問いかける声がひとつ。

「ゆーまちゃん」
「……霞!」

 ゆまは目的の相手が現れたことに顔をパッと明るくして霞に駆け寄る。
 それは数日前とは全く違う対応。だが彼女はゆまを助けた恩人、あの時とは立場が違う。
 
「どうしたの? 杏子ちゃんは一緒じゃないの?」
「今は一人……だから」

 杏子は別の自分が会っていることを知りながら白いシルクハットを被り少女は問う。
 ゆまはその帽子の違いなど気にもせずに事件の元凶に嬉々とした笑顔を晒し事態を話す。
 それを聞きながら霞は少し考えたような顔をしてからゆまに向き直る。

「ここはまたいっぱい魔女が来る。ゆまちゃんは逃げなくていいの?」
「ゆまは杏子と一緒にいる!」

 その目には強い意志が見える。子供らしい強い主張だ。
 その目を面白そうに見ながら目を鈍く光らせて霞は問う。

「でも杏子ちゃんは昨日みたいに他のところへ行っちゃうかもよ?」
「それでもついて行く! 昨日みたいに置いて行かれたくないもん」

 そっか、と霞は呟きゆまにまざまざと変身を見せて笑いながら言う。













 一方杏子はゆまの所在を探ると言った霞を睨みつけていた。
 霞が別の場所でゆまと話しているとは知らずに。

「ふぅん。わかったよ」
「本当か!」

 その言葉に明るくなる杏子。だが、それを踏みにじるかのように少女はニヤリと笑う。

「でも、杏子ちゃんに教えなきゃ……ダメかな?」
「おい。どういうことだ?」
「いやいや、早い話がね。ここで杏子殿に教えたとして『面白く』なるかなぁと思いまして」
「ふざけんな! こっちは時間がねぇんだよ!」

 その言葉に杏子が激昂する。それに驚き杭を呼びながら彼女は笑う。
 あくまで小馬鹿にしたような霞の態度に変身して脅そうとする。
 すると霞は一瞬驚いたような顔をした後ニヤリと笑いながらこう言った。

「私は契約を進める。この街も隣の町も。だけどのぉ。その前に困ったことがあるんだよな」
「勝手に何を……」
「そう! 君達だよ。魔法少女だ!」

 急に大声で言われた言葉に杏子は不意をつかれたように身を止める。
 そして目の前で微笑むような顔で杏子を見る魔法少女を睨みつける。

「きっと魔女はもっと増える。世界は魔女だらけになるよ。最低限十万近くにはなる」
「そんなことはさせるか。テメェを止めればいいだけのことだろ?」

 軽く返した杏子に霞は張り付けた笑顔で、

「それは約束違反じゃない? ゆまちゃんを守るって条件は私の邪魔をしないってことだったはずだけどなぁ」

 約束。その言葉が一瞬杏子の体を縛る。
 だが、考えていたはずだ。次こいつに会ったのなら殺してやろうと。
 ゆまと契約する隙も与えずに、その場で。
 そんな考えを巡らす杏子を尻目に霞は芝居がかった口調で言葉を続ける。

「だから僕は今悩んでおる! 十万に迫れば多勢に無勢。魔法少女は敵わねぇ。それは君らを見殺しにすることなのではないか、とね!」
「そう思えるならやめちまえ。お前はいい加減」

 そう杏子が言葉を紡いでいた時、声を重ねるように霞が笑う。
 楽しそうな声だった。そうでありながら杏子を馬鹿にしたような。

「やめる? そんなわけあるかよ? 私が悩んでるのはそこじゃぁないのさ」
「焦れってぇ。私はゆまの居場所を聞いてるんだ。答えないから私は行くぞ?」

 諦めたように霞から背を向けた杏子。
 こいつの会話を聞くだけ無駄だ、そう考えての言葉だった。
 だが鉄色の少女は杏子の背後でさらりと

「全部を終わらせてもいいのかなぁって思ってねぇ」

 と言い放った。
 その言葉は明確な殺人予告であり、挑戦状。
 杏子はすぐさま振り返り目の前の少女の顔を見る。
 少女は本当に悩んでいるような顔で、

「この街は確実に滅ぶ。隣町と同じようにね。でも僕が契約しなければここで終わるかもしれない。そうでしょ?」

 その通りだ。
 見滝原は確実に壊滅する。杏子もそう内心考えていた。
 何せ一街分の魔女だ。たった400人のうちの魔女であれだけの苦労をしたのに市が壊滅するレベル、最低十万人を超える人間から生まれた魔女の群れはどうなるのか。
 だがこの街には自分達が、魔法少女がいる。
 彼女が魔女の混沌の中で無差別に契約することで魔女が異常増殖するのなら、彼女が契約をしなければいい。
 そうすればその数は多くともいずれ沈静化する。
自分を含め何十何百という魔法少女の犠牲はあるかもしれないが。
 もし彼女が自重しなければ確実に魔女は魔法少女の許容をはるかに超える。
 1人につき千、いや万とも言える魔女が襲い来ることになったら。
 いくらあれほどに弱い魔女でも生き残ることはできない。

「お前……何考えてるんだ」
「何? 別に何も。もし全てを終わらせたら、その後どうしようかなぁってさ。それを悩んでいますの。何かあるかい?」









「え?」

 別の場所でゆまが霞の言葉に虚を突かれたように呟いた。
 その顔は裏切られたような、信じられないような顔。

「ゆまちゃん、それは邪魔だよ。ただ、邪魔なだけだ」

 ついて行くと言ったゆまに突き刺すように言ったその言葉はゆまの心を抉る。
 霞は張り付けた笑顔のまま陽気な声で震えるゆまに言い放つ。

「気づいてないの? それ単なる邪魔だぜ? 守れと? 護れと? 杏子、がんばれーって言えば杏子ちゃんはスーパー必殺技でも使えるんですの? ないないないないあるわけないわ? そーなると、ゆまちゃんは何? 何だろう? 邪魔だ。あのアマは自分の他に『他人』に気を配らなきゃいけないだろう。なればどう思う? 闘いづらいだろう? そのせいで杏子様が死んだら? そう、そうそうそう。ゆま君のせいだね。杏子ちゃんは戦いづらいわけだね。ゆまちゃんのせいで」

 間髪入れずに言い放たれた言葉にゆまは驚きながら一歩下がる。
 言葉は全部陽気にスラスラと言われたがその一つ一つがゆまの心に刺さっていく。

「大丈夫。どんなに『役立たず』でもゆまちゃんは杏子ちゃんの心の拠り所。そう! 救いの女神様なんですわ!それがどんなに怠惰で愚かで不敬で幼稚であろうとも! あぁよかったねゆまちゃん!」
 
 綺麗な笑顔を押しつけるようにゆまに近づける。
 その目は輝きを失い、人形のように動かず。
 ゆまはさきほどまでとは全く違う性格の少女に後ずさりする。
 
「大丈夫、大丈夫だって。もしゆまちゃんが杏子ちゃんの隣に居たいなら、方法はある。あるじゃないか!」

 その笑顔は晴れ晴れと。だが目は全く輝かずに。
 ゆまは恐る恐るその言葉を聞く。
 突きつけられた言葉の意味を全て理解できたわけじゃない。
 だけど、刺さる『邪魔』、『役立たず』という言葉がゆまの心を震わせ、憤らせる。
 霞が言ったから、とかじゃない。
 役立たずじゃない、と言い切れない自分がいることに気づいたからだ。
 だからこそ、目の前の狂人にゆまは向き直る。
 鉄色は意志を感じる目をした少女を見て笑いながら言葉を紡ぐ。

「ゆまちゃんが、魔法少女になればいい」





 槍を呼び出し威嚇するように強く霞を睨む。

「お前の妄言はもういい。こうなったら無理矢理聞いてやる」
「ちからづくで聞くの? 私は明日にでも契約をするんだけど」
「ならちょうどいい。ここで殺して終わらせてやるよ」

 その言葉にさきほどまで陽気に話していた霞が表情を変えた。
 それは見たこともないような冷たい顔。
 
「約束を。破るの?」
「ゆまは私が護る。お前の契約からもあのケダモノからも。だから」

 杏子は槍を構える。




「ゆまが……魔法少女に?」
「うん、そうすれば……一緒に居られるよ」

 その言葉にパッと顔を華やがせ、すぐさま顔をシュンとさせるゆま。
 それをわかっていたかのように霞は笑いかける。

「大丈夫。契約は私がしてあげる。立派な魔法少女にしてあげる」
「でも……杏子が、ダメだって」






 槍を構える杏子に霞は杭を大量に呼び出しながら問う。

「だから、もう約束はおしまいなの?」
「あぁ。魔法少女にしたけりゃしてみろってんだ。その前に殺してやる」
「そっか……それじゃあ」

 少女は笑う。とてもとても楽しそうに。





「大丈夫! 杏子ちゃんは良いって言ってくれたわよ?」
「杏子が!?」
「私に魔法少女にしていいって」

 その言葉にゆまは今までで最高の笑顔で霞を見る。
 その顔には希望が詰まっている。
 一度は絶望の底へ落ちた少女の希望の姿。

「さぁ、ゆまちゃん。願いをどうぞ。叶えてあげる……」





 
 杏子が飛び出そうとした瞬間。強力な魔力と空へ上る光が見えた。
 その色は、緑。自分の護るべき相手と、同じ色。

「してみたけど、いかが?」

 シルクハットを直しながら動かず止まる杏子に話しかける霞。
 右手からは絶え間なく並べるように杭が配置されていく。
 それに気づかないように杏子は立ち上る緑の光を見ている。

「どういうことだ……おい! 説明しろ!」

 杭の障壁とも言える数の杭を呼び出した霞はその障壁に隠れながら答える。
 
「最初に言ったじゃない? 魔法少女兼インキュベーターだってさ」

 それがなんだ、そう杏子は考える。
 だが、ふと浮かんだその発想。それが正しいと目の前の状況が告げている。
 そして霞は事もなにげにその答えを返す。

「なら魔法少女とインキュベーターにだってなれると思わない?」

 そう言って障壁の向こうから笑いかけると杏子はトコトコと歩いてくる存在に気づいた。
 それは、目の前に対峙していたはずの鉄色の少女。
 頭に被る白いシルクハットだけが違う。
 だが、重要なのはそこではない。
 
「困ったよねぇ。これ結構疲れるのよ?」
「……ゆま。……ゆまぁ!」

 霞の言葉を耳にも入れずにゆまに叫ぶ杏子。
 彼女の腕の中にはゆまがスッポリと入っていた。
 そのゆまは眠っているかのように動かない。

「ゆまに何をしやがった!」

 槍を構え、脅そうとするも動じていた間に召還された杭の壁で近寄れない。
 霞はそんな杏子に目もくれず白帽子の少女から渡されたゆまを人形のように抱きしめる。
 その表情は欲しかったおもちゃを手に入れた子供のような、可愛らしい顔。
 強く抱きしめていそうなのにゆまは身を任せるかのようにピクリとも動かない。

「おい。ゆま! 返事しろよ!」

 杏子が叫んでもゆまは虚ろな顔で動かずに霞に抱かれている。
 霞は堪能した、といった恍惚とした顔で笑うと。

「よっし完璧!なんてかわいいんだろうねぇ!狙い通りですわ!」

 その言葉に、杏子は思い出した。
 霞が言っていたこと。
 一番最初、ゆまが霞に会ったとき。

『あぁかわいい! 永久保存決定だわ!』

 目の前の少女は人形を愛でるようにゆまを抱いている。
 そしてゆまは人形のように動かない。
 それはつまり、

「あぁあぁぁぁぁぁ!!!」

 杏子は霞へ特攻した。
 槍を振りかぶり杭の壁を振り飛ばす。
 するとあっさりとその壁は吹き飛び、鉄色の魔法少女が二人、杏子の視界に入る。
 二人の顔は。
 片や非常に困った顔で、片やニヤニヤ笑っている。
 飛びかかる杭を避けて跳躍し魔法少女の真上から槍を振り下ろそうとした瞬間。
 先ほど弾き飛ばしたはずの障壁の杭が杏子の背を狙うように飛んできた。
 空中にいる杏子は避ける手段がない。
 だが杏子は祈るように手を合わせると鎖状の赤い線が走り杭を妨害する。
 その間をすり抜けるように飛んできた杭をむりやり背を向けたまま槍で弾き飛ばす。
 そのまま槍を霞に向けて突き出すが避けられ、地面に刺さる。
 だが杏子はそれを支点として一瞬空中を止まり、槍をもう一本生み出して杭をすべてを弾いた。
 
 魔法少女の脚力を生かして霞は大きく後ろへ下がる。
 茂みを大きく越えて杏子と霞の間に緑の柵ができる。
 それに追従するように茂みの中をトコトコと歩いてゆまを抱いて下がって霞の元へ行く。
 
「おぉう、よく避けましたわね。いや、一本命中じゃね?」
 
 離れた場所で霞が笑う。
 杏子の足には細身の杭が一本刺さっており、足から血がダラダラと流れている。
 そんなことを意にも介さないように、凄まじい形相で杏子は霞に向けて突撃しようとする。
 だが、突撃しようと足を踏み出した瞬間、杏子の耳に大量の金属音が響く。
 それは自分が今結界で弾き、槍で打ちのめした障壁の残骸。
 その傷ついた杭の全てが杏子を囲うように宙に浮いた音だ。
 
「大丈夫、ゆまちゃんは死んでないから。もうちょっとお話しましょ?」
「じゃあ何をしやがったんだよ」

 怒りを込めながら周囲に気を集中させる杏子。
 先ほど弾き飛ばした百を超える杭が全て円状に杏子を囲んでいる。

「杏子ちゃんは魔法少女の弱点ってご存じ?」
「ソウルジェムだろ。それくらい知ってる」

 そう言った瞬間に杏子の胸、赤いソウルジェムへ杭が飛び胸元でピタリと止まる。
 
「そう、こ・こ、だぜ? ちょっと隙だらけだろうよ」
「うるせぇ」

 手元で止まる杭を手で弾き、槍で砕く。
 杏子もこの周囲に浮かぶ杭全てを避けきれるとは思っていない。
 だが、たかが杭だ。太いものでもなければ問題はない。
 
「なら、ソウルジェムが盗られたらどうなると思うかね?」
「……まさか」
「そのまさかさ! ソウルジェムと盗られた人間はねぇ~」

 黒と白の二人の魔法少女は胴上げするような形でゆまも持ち上げて。

「こうなるのですよ!」

 パンパカパーンと聞こえてきそうな行動に杏子は更に苛立ちを覚える。
 霞は笑いながら杭を呼び続ける。
 だが、杏子にはそれが見えていない。
 何故なら杏子にはそれよりも霞の語る言動が気がかりで喉に詰まっている。
 そう、こいつは、もしかして。 

「やっと手に入ったのよぉ? 浄化さえしちゃえば永遠に綺麗なお人形。あぁ可愛いねぇ。愛して愛して堪らないぜ!」
「お前……最初から……?」
「なんて素敵で綺麗な可愛らしいの。これだけでこっちが浄化されそうだわぁ」

 そういいながら白いシルクハットを被った霞がゆまの頬を頬ずりする。
 黒いシルクハットを被った霞はそれを愛でる様に眺め、手を振っている。

「最初から……ゆまを、人形扱いしてたのか」
「可愛い物は残しておきたいじゃない?」
「そうかよ。テメェは鼻から糞野朗だったわけだ」

 なら、と槍に強く魔力を込める。これならば杭が弾かれずに砕けるだろう。
 もう何一つ躊躇うことはない。
 目の前の魔法少女はクズで。生かす価値も無くて。
 殺せばゆまも助かる。恐らくあの白いほうがゆまのソウルジェムを持っているに違いない。
 2対1は少しきついができないレベルじゃない。

「安心して? こっちの白い方の私は戦えないの。ただ契約ができるんじゃ。インキュベーターだからなぁ」
「そりゃいいことを聞いたな。黒のお前だけを殺せば良いんだろ?」
「更に教えてあげる。白の僕を使えば黒の我は回復できるんだよ! まぁ白を生むには条件がいるんだけど」

 勝手にペラペラと弱点を語る霞。
 それの表情は余裕があるというよりは杏子を小馬鹿にしたような表情。
 それに動じることなく杏子は槍を構え殺意を込めて問う。

「いい加減話は終わりだ。もう言うことは……ねぇだろ!」

 轟音、そして炸裂音。
 霞の気が緩んでいるのがわかっていた。
 杏子は手に持っていた槍を如意棒のごとく伸ばし、周囲の杭を打ち払う。
 ほぼ一瞬で起こった槍の暴風は霞の優位すらも吹き飛ばした。
 杭のカケラが舞い散り、その一片が霞の頬を切る。

「さぁて、ゆまを返してもらおうか?」

 自分にかかった欠片を払って、足に刺さった杭を無理やり抜いて霞に投げつけた。
 くるくると縦回転しながら飛んで行った杭を霞は受け取りながらニコリと笑って。

「物騒だねぇ……。まぁ一言言わせてもらうなら?」

 霞はフンと得意げに息を吐いて、杏子を軽く見下すように。





「時間稼ぎご苦労様ってとこだねぇ」






 その言葉に杏子が周囲を見渡すとフワフワと浮かぶ大量の杭。
 それはさきほどからあったものとは別。砕いたものとは違うもの。
 杏子と霞の間の上空に。影で地面が暗く見えるほど、杭で空が暗くなるほどに。
 大量の杭が浮いていた。

「なっ……てめぇいつの間に!?」
「いつの間に? あなた様と話してる間にだよバーカ! 杏子ちゃんがこのガキの話にうつつを抜かしてる間に呼び出してたんですのよ?」
「キャハハ。話してたのは僕なのにねぇ。杭を呼び出し続けてることに気付きもしないでやがる」

 白い霞がキャハハと笑いそれに合わせて黒い霞がケラケラと笑う。
 杏子を貶す笑う声の輪唱が響く。
 近距離の魔法少女が遠距離の魔法少女と戦う時、与えていけないのは時間。
 攻撃のない時間があればあるほどマミや霞のような魔法少女は武器を生み出し続けていく。
 近距離の魔法少女が遠距離の魔法少女に勝てるのは生み出す動作を許さないからだ。
 だが、遠距離型に武器を十分な量召喚されてしまった場合。
 その力関係は逆転する。
 
「クッソ……ふざけろ!」

 杏子は霞に向けて突撃する。
 体をできるだけ直線状にして、自分に当たりそうな杭を砕いて。
 だが、それは最初のこと。
 黒いシルクハットの霞が手を前に突き出すと杭という杭が凄まじい勢いで杏子に強襲する。
 視界のほぼ全てが鉄色の杭に染まり全く隙間がない。
 杏子は結界を張りながら前へと進むがその圧倒的な『数』というわかりやすい暴力が杏子を襲う。
 それでも太い杭を優先的に槍で吹き飛ばし、全身に杭を刺しつつも痛みを堪えて特攻する。
 
『胸元、狙っていいのかい?』

 飛んできたテレパシーのせいで胸のソウルジェムに注意を向けてしまう。
 それはつまり周囲への警戒が散漫になった証拠。
 鈍った動きを狙う撃つかのように杭が何本も全身を貫く。
 だが、その全てが腕や足でソウルジェムには向かっていない。
 
「さぁ、立ち上がって! 闘いはこれから、なのでしょう!?」
「……なんで、ソウルジェムを狙わねぇ」
「あなたは私のソウルジェムの場所を知らないみたいだしね。僕もフェアでいたいのさ。それに……」

 霞はケタケタと笑いながら言う。
 自分がしようとしている『楽しいこと』を。

「杏子ちゃんは『爆薬』になってもらわなきゃね」
 











「う、うぅ……」
「さやか!」

 病室のベッドで青髪の少女が身を起こす。
 それを嬉しそうに見つめる少年。
 それは早朝の光景と同じような。
 だが、恭介の顔は先ほどよりも暗く染まっている。

「恭介、恭介は大丈夫だったの?」
「あぁ、僕は何も……でもさやかが」
「聞いたんでしょ。ソウルジェムが無事なら私達は死なないよ」
「それでも……」

 恭介は先ほどの悪夢のような光景を思い出し、吐き気を催す。
 あれはもはや人間に、いや生き物にやっていいことじゃない。
 だが、それよりも。

「よかった、恭介が無事なら……私は」

 優しく笑うさやかの表情が、恭介に一つの感情を感じていた。
 それはあの霞と言っていた少女からも感じていた感情。 
 そして自分にもあると黒い感情とは別の黒く、歪んだもの。
 恭介はジュースでも買いに行こうと立ち上がり、病室を出ようとする。
 だが、背を向けた瞬間、その手をガシリと捕まれた。


「どこいくの、恭介」


 平坦な冷たい声だった。
 さやかの顔はいつもどおり。いつもどおりだ。
 恭介はその声に驚きながらも平静を保った声で。

「飲み物でも買ってこようかなってさ」
「飲み物ならここにあるよ。変な恭介」

 霞が来た時一本余ったお茶を指差し笑うさやか。
 そしてさやかはとても良い顔で恭介に笑いかけると、

「恭介、もう私は大丈夫だから。恭介は眠ちゃいな。寝てないんでしょ?」
「あ、あぁ。そうだね。少し……休もうかな」

 といってベッドを開けた。
 その単純な行動に、言動に。
 恭介は何か奇妙な違和感を感じていた。
 彼女も何か変わってしまっている。
 黒い思いは、二人を縛り始める。













 杭の嵐が急に止む。
 杏子はふらつく足で霞を睨み続ける。
 睨む先には魔法少女二人と、動かないゆまがいる。

「何のつもりだ」
「いやぁ、このままどっかんどっかん行くと君を殺しちゃうのさね。君には生きてもらわなきゃ」
「ふざけんじゃねぇ! てめぇなんかに加減されなくても……」

 そう言ってはいるが杏子も今の状況は勝ち目はほぼなかった。
 進もうにも杭が壁になる。弾こうにも弾いた先に別の杭が飛んできている。
 純粋に人間で対応できる本数を超えている。
 避けれない、ではない。動けないのだ。
 足元にも飛んだ先にも、杭が浮き続けている。
 魔力を込めた破壊力の槍でも砕ききれない。

「さぁて、周りからの集中攻撃ってのもアレだしね。正面突破行ってみよう?」

 と、良いながら霞は杭を操作し霞の前、杏子の正面に大量の杭を持ってくる。
 
「正面からの杭を全部避けるなりして私の前まで来れれば……俺様を殺せるわ」
「馬鹿にするなよ。……終わらせてやる」

 杏子は足に魔力を込め、強く駆け出した。
 その速度は疾風のごとく、飛んでくる杭をいとも容易く避けていく。
 避けて避けて避けて、霞の手からも生み出される杭も避けて。
 霞の前3メートルまで迫った瞬間、杏子は全力を込めて前へ跳躍。
 そのまま槍を振って霞を切り裂こうとした。
 だが、霞は杭にまぎれて何かを投げる。
 杏子はそれを気にせず、槍を振り切ろうとして、




 それが緑色のソウルジェムだと気付いた。




 ゆまの、ソウルジェム。
 もしここで振りぬいたら、ゆまのソウルジェムは粉々に砕けてしまう。
 ソウルジェムは魔法少女の命。
 壊してしまえば、ゆまは。
 それは一瞬の逡巡。だが、その一瞬で杏子は振り下ろそうとした槍を止めた。
 無論、そうなってしまえば。




「隙アリ♪」



 数えようも無い杭が杏子に襲い掛かった。










「……」
「針山の気分はいかがかね? それとも聖女様かしら?」

 杭は荒らしのように過ぎたにも関わらず、杏子のソウルジェムと顔は無傷だった。
 他の部位はどこも大小の杭が刺さり打ち付けられた公園のトイレの壁から動けずにいる。
 幸いというかなんというか、人が通る気配はない。

「あぁ違うね。そうそう、こりゃ蟲の標本だ! いいなぁ綺麗だねぇ!」

 ケラケラと輪唱で笑う霞の声を聴きながら杏子は思う。
 痛みは感じない。痛みで頭がバグっちまったのか?
 両手足が動かない、なのに頭はハッキリとしている。
 目の前も血で見えづらいはずなのにしっかりと把握できている。
 口は震えて声も擦れる。なのに、

「ま……だ……だ」
「なんというガッツ! というかキモーイ! ピクピク動かれても困るってーの!」
「まぁまぁそういうことはいうものじゃありませんよ? せっかくですもの、杏子には教えてあげましょ?」

 キャッキャと戯れるようにゆまを揺らして笑いあう霞。
 すると黒いシルクハットを被った、つまり本物の霞が手を杏子に突き出す。

「私の能力、杭を刺すことだけだと思った?」
「残念賞!ちげぇんだなこれが!? まー似たようなものですけどね?」

 杭がヒュンヒュンと霞の周りを飛び交っう。
 その一本一本が公園の様々な遊具に突っ込んで。

「いやぁ最初はできないと思ったんだよ。できるもんだね本当に」
「見るがいい。これが私の真の力さ!」

 たった杭一本でベンチが、ジャングルジムが、滑り台が。
 まるで見えない何かに持ち上げられているかのように浮いた。
 動けないままだがわかる。この状況はまずい。
 だが、それと同じように考える。
 何故霞はこんなことをしてる?

「杭に刺さったものは念動力っぽく動かせるの!」
「魔法の進化っつーの? それとも気づけなかっただけなのかねぇ?」

 自分の魔法を見せびらかしたいだけなのか? 
 こいつのことだからそうなのかもしれないけど、何か違和感がある。
 それになんだ?この魔法を見せてからの変な感じ……

「さぁ杏子ちゃんにはこの魔法のお披露目といきたかったのよね。ほむらちゃん達にも教えなきゃだし?」
「でもでもこのまま潰れちまいな! ぐちゃっと潰れてミンチでございますわ!」

 ベンチが自分の顔を潰さんばかりに飛んでくる。
 無論杏子は避けることなどできない。できないが。
 だからこそ逆に冴えていた。
 だからこそ。

「さぁ杏子ちゃん。『がんばって』ね?」


 言葉の端が、突き刺さる。


 遊具、ガードレール、ベンチに車。
 そのすべてが貼り付けの杏子に突っ込み、轟音を鳴らした。
 



「これで終わりっと」
「随分と……派手にやったものだね。君らしくもない」

 パンパンと汚れてもいない手を払う少女に後ろから声がかかる。
 それはもはや少女達にも聞きなれた白い獣の声。

「君らしくない、なんてあなたがわかることでして?」
「端的に僕が認識しうる君の感情から考えてのことさ。君が常識を重んじる」
「そうかな? まぁド派手にやったのは久しぶりだけどさ」

 そういいながら黒い霞は携帯で杏子のいる瓦礫の山を撮影していく。
 その隣で白い霞がゆまをゆらゆらと宥めながらキュゥべぇの前につく。

「君の行動は間違いなく僕らに有害になってきている。それを改めて理解させてもらったよ」
「あらら。一体なんだい? というより見滝原にはいないって約束でしょう?」
「今回は特別だ。いい加減君たちには僕らの一個体であることを理解してもらわないとね」
「ふむぅ。まぁお待ちになってくださいな。僕らはやることは」
「『エネルギーを集める』こと。でしょ?」
「君の行動はそれに値していない。魔女を掃討されたからといって魔法少女を倒すことで目的を達するのは非効率的だ」

 白い獣は二人の霞の間に入り二人を交互に見る。
 二人の霞はニヤニヤと笑いながら白き契約者を見る。

「わかっていますとも。これはまだまだ仕掛けの準備」
「最後の最後の『大花火』のための火種」
「……君の考えはやはり理解しがたいものだね。僕達インキュベーターとは全く思考の構造が違うようだ」
「私は人間だもの当たり前じゃない!」
「そう私達は人間! だからこそ。したいことをできる!」

 二人は手を合わせ、インキュベーターの周りを回る。

「しかし個体を毎度プレゼントとは気前がいいんじゃないかい?」
「君の変化機構は僕らとは些か異なるようだからね」
「もう『2体』も使ってるからさぁ。困ってたんですのよ?」
「君が君らでいる条件。それを僕らが満たす必要性はないんだけどね」
「ふぅん。なら何故個体をくれるのかな? 優しさ? そんなわけないでしょう?」
「これが最後の忠告だ。君の行動が結果に直結しないのなら僕らは君の存在を奪う」
「あらあら、明日にはあの魔女の群れが来てまた大量の契約ができるのに?」
「それが今後に適応しないことは僕らが理解している。そうだろう?」
「だからって、上書きはないんじゃないのかい?」

 鳴海霞はインキュベーターになった存在。
 つまりインキュベーターの下位個体と言ってもいい。
 だからインキュベーターはやろうとすれば彼女の存在をいとも容易く乗っ取ることが可能なのだ。
 彼らが彼ら自身の遺体を吸収してエネルギーとすることができるように。
 彼らからみれば霞は非情に弱い存在なのだ。
 そんなことを理解しながら、霞はニヤリと笑い続け。
 杭を数本呼びながら。

「君らの死体が俺の元。残りは三つ……かな?」

 白い獣を屠殺する。

 








あとがき:
杏子編です。動揺しているうちに相手は準備万端になっちゃってましたよ、という話。
霞は強くないのでこういう手ばかり取ると思います。弱いなりに。
実際杭を操作するって強さで言えばどんなレベルなんだろうか。

ある程度変更しました。(2014/12/21)



[28583] 11章:真実と錆びた舞台装置 ※一部変更しました
Name: からわら◆875128a5 ID:3d5fa085
Date: 2014/12/21 16:40



 魔法少女の反応がない。
 
 マミはその異常事態にも関わらず動けずにいた。
 理由は明白。目の前に存在する大量の魔女の結界。
 それを放置して行くわけにはいかない。
 結界に居る内にトドメを刺すのも可能かもしれないが、今の時間帯。
 結界内の魔女を捜している間に他の魔女が外に出てきても不思議ではない。
 そうなると取れる手は1つだけ。
 ここで魔女の群れに立ち塞がり、出てきた所を駆逐する。
 マミは変身し、銃を大量に配置しておく。
 待ちの戦術を取るのは歯がゆいが効率はいい。

「お願い誰か……気づいて」

 そう祈っていると、自分の脳に直接語りかけるように声が届く。
 
『マミさん?』
『マミ……さん? どうかしたんですか?』

 前者は少し疲れた声がするまどか。
 後者は明るいが何か含みのある声のさやかだった。

「よかった。みんなにテレパシーを送ったのに反応がなかったから。びっくりしちゃった」

 二人の安否にひとまず安心するマミ。
 だが、変わらずほむらと杏子の反応がない。
 そのことを告げると、

『ほむらちゃんは私と一緒にいます。ちょっと動けないみたいで』
『まどか、ほむらと一緒なんだ? どうしたの?』
「佐倉さんのことはわからない?」
『杏子ちゃん……はゆまちゃんを探しに出て行ったのはわかるんですけど……』
『なんでまどかがその二人と一緒にいたのさ』
『そ、それは……杏子ちゃんにゆまちゃんの相手を頼まれてたし』

 ふぅん、というさやかの言葉を聞きつつマミは考えていた。
 動けない、ということは何かあったのだろうか。
 知らないうちに鹿目さんはあの二人に近づいてたみたいね。
ほむらは何かしらの事情で動けないのは理解した。
 だけど……佐倉さんの反応がないのはおかしいわ。
 ゆまちゃんもまさか隣町まで行くような体力は持ち合わせていないだろうし。
 佐倉さんもそんな発想に至ることはないはずだ。
 だとすればどうして?
 もう一度周囲の魔法少女の反応を探る。先ほどより、より詳しく細かく。

 暁美さんの家に微弱な反応。これは暁美さんで間違いないわ
 病院に強い青の反応。美樹さんに違いない。
 ……え?

 マミは自分の意識を疑った。
 微弱ではあるが魔法少女の反応が増えている。
 正確な数こそわからないが10人には届かない数の微少ない数。
 こんな弱い反応の魔法少女なんているのかしら。
 そう考えた後、気づき後悔する。


 そう、逃がしてしまった鳴海霞には人と契約する力があった。
 彼女が恐らく契約して増やしたのだろう。
 事実彼女の色が不明確なせいで鳴海霞の位置が特定できない。
 彼女は偽物じゃない。キュゥベえに認められた正真正銘の魔法少女だ。
この微弱な反応に比べればよほどに大きな力なはずなのに。
 その力の位置を把握できない。
 というより、何故彼女の色が不明確なのだろう。
 初めて会った時は灰色だった。だが先ほど戦ったときは金属色だった。
 契約することができることに何か理由があるのか。
 それとも。

『それでどうしたんですか? マミさん』
「ごめんなさい、ちょっと別のことを考えてたわ」

 テレパシーでまどかとさやかの会話を聞いてはいたが自分の思考を優先してしまうのは良くない。
 テレパシーは自分の思考を相手に送るものだが、慣れればある程度制御はできる。
 だからといって人の話(?)を聞かないのはまずいとは思っているが。

「昨日よりは小さいけど魔女がいっぱいいる所があったから助けてもらえないかな、と思って」

 そう言うとまどかは気を沈めたような声で謝り、更にほむらが参戦できないことを告げる。
 それに了承すると、次に来たのはさやかの言葉だった。

『ごめんなさいマミさん。私も……無理です』
「何かあったの!?」
『私、恭介と居たいんです。……ダメですか』

 その声は真剣だった。
 本当ならば魔法少女の義務だと叱りつけて戦線に呼ぶべきところだが。
 昨日あんなに助けようとしてたものね……。
 あの時のさやかの必死さを見ていたからわかる。
 幸い目の前の魔女の群れはさほどの強さを感じない。
 自分一人でも捌ける数だ。

「わかったわ。恭介君によろしくって言っておいてね」
『いいんですか?』
「私も美樹さんの幸せを奪うほど野暮じゃないわよ」
『そ、そんな! ありがとうございます!』

 さやかの声はとても明るく嬉しそうだった。
 先輩冥利に尽きるといえば良いのだろうか。

 歪み始めた世界を見て、マミは最後に二人に言い放つ。

「今から戦うことになりそうだから。二人も気をつけて」
『『はい!』』

 二人の軽快な返事にマミは歪む空間の中で微笑む。
 こんなに慕われて。友人もできて。共に戦うこともできるなら。



 もう何も怖くない。












 まどかは落ち着いたほむらの寝顔を眺めていた。
 ほむらは私の知らない私を知っていて。
 そのために、私を護っている。
 そんな荒唐無稽な言葉をほむら自身から聞いて、まどかは唇を噛む。
 本当にわからないことだらけだ。
 私は何もできなくて。
 弱い子で。
 魔法少女にもなれない。
 なれればすごい力を得られる、とキュゥベえは言った。
 でも、それは目の前に眠る彼女の想いを踏みにじることになる。
 ならどうすればいいのか、無機質な部屋を見て考える。
 無力な自分は無力なりに何かできるのだろうか。
 そんな自問自答を寝ることもなく続けていた。
気づけば朝になっていて、閉め切っていたほむらの部屋のカーテンから陽光が差し込む。
 昨日の精神的な疲れがまだ残っているせいで今にも倒れそうなのに、妙に目と頭は冴えていた。
 それは今日、いや明日以降にも起きるであろう魔女との戦いを知っているからか。
 それとも目の前の少女を護るというたった一つできることをするための精神力なのか。
 

「うぅ……まどか……?」
「ほむらちゃん!?」


 その声にベッドへ振り向くとほむらが薄い目をこすって身を起こそうとしていた。
 その姿をすぐさま引き留め、まだ寝ているように告げる。
 するとほむらは、自分の知る暁美ほむららしい声で。

「ごめんなさいまどか。状況を……教えてくれないかしら」
「私も詳しくはわからないの。でもほむらちゃんが倒れて私の名前を呼んでるって杏子ちゃんが教えてくれて……」

 まどかの制止も聞かずにほむらはベッドから降り、立ち上がろうとしてふらつく。
 その体をまどかが受け止め、ベッドに座らせた。

「無理しないでほむらちゃん。さっきまですごいうなされてたんだから」
「そう。でもやらなければならないことがあるの。止めないで」
「……鳴海さんのこと?」
「佐倉杏子から全部聞いたのね。あの魔法少女を許すわけにはいかないわ」

 少しふらつく体を動かして部屋の外へ行こうとするほむらの手をまどかが掴む。
 ほむらはその反応に少し驚くが、すぐに振りほどこうとする。
 だが、その手は強く握られて離れることはない。

「駄目だよ。ほむらちゃん」
「何を駄目だと言うの。まさか魔法少女同士の戦いをやめろと言うわけではないでしょう?」
「うん。鳴海さんは悪いことをしてる。それはわかってる。だから、だからこそ」

 何も出来なかったから。
 何も知らなかったから。
 だから何も言えなかった。
 だけど今は違う。
 全部を知って、彼女を護ると決めて。
 そのために言葉を発することなら、自分にもできる。



「ほむらちゃんには、無理をしてほしくない」

 
 その言葉はありきたりで普通の言葉だった。
 だが、昔のただ後ろで傍観していたまどかの言葉ではない。
 
「鳴海さんは許せない。私もそうだよ。だけどね、今のほむらちゃん、ボロボロだもん」
「まどか……?」
「何で私を護ってくれるって夢の中でも言ってた。でもね」

 ほむらは一瞬目の前のまどかがまどかなのかを疑った。
 いや、正確には『今』のまどかなのかと疑った。
 しかし事実ほむらはボロボロだった。
 恐らくこのまま外へ戦いに行っても普通の魔女にやられてしまいそうなほどに。
 そんなほむらをまどかはあくまで心配で、その手を離さない。
 まどかは優しい笑顔でほむらに笑いかけて、

「もう少し、もう少しだけ。ゆっくりしよう? マミさんもさやかちゃんも杏子ちゃんもいるんだから。皆でなんとかしようよ」

 その言葉にほむらは言葉を返せなくて。
 ただ小さく頷いて、その場に座り込んだ。
 まどかの笑みが『最初』のまどかに重なった気がした。
 だが二人は気付いていない。
 正確にはほむらが確認をしなかったのもあるが。
 自分たちの信じる魔法少女達の状態を。二人は知らない。
 












 
 学校の廊下をマミは歩いている。
 今日は月曜、つまりは登校日だ。
 だが、一昨日の集団失踪などの影響で今日は生徒の安否を確かめる程度の全校集会になるらしい。
 今はクラスメイト全員で体育館へ移動している最中だった。
 テレパシーを送ったが、誰一人学校への登校は拒否。
 まぁ暁美さんが起きたと言ってたからまどかの安全は保障できる。
 マミが周囲の声に耳を澄ませばその会話は無論この集団失踪の内容ばかりだった。


 まぁそうよね。あれだけの人が犠牲になってるのに原因が『魔女』なんですもの。
 

 鷹縞市の生き残りが発表した集団失踪の原因は今だ世論では信じ込まれていない。
 それはそうだ。超常現象というレベルじゃない。
 漫画の世界のような、SF映画のような化物によって人々が襲われたなど誰も信じない。
 それも『魔女』なんていう童話のような名前を生存者が答えているのだから。
 これがもしわかりやすい『エイリアン』だとか『気持ち悪い何か』と曖昧な言い方をしていたのならまだ信憑性はあったろう。
 


「おはよー巴さん。ねぇねぇ聞いた?」
「おはよう。何の話?」

 クラスメイトが話しかけてくる。
 魔女が見えない一般人からすれば、人が消えたという事件を聞いたとしても身の回りに変化はほとんどない。
 魔女が来なかった地域に至っては全くの他人事だ。
 目の前のクラスメイトはその魔女が来なかった地域。
 話題をまるでワイドショーの話を振るように話す。

「今回の事件の原因、『魔女』なんだってね。巴さんはどう思う?」
「どうって……」
「信じるかってこと。『魔女』なんてもの信じられる?」

 その言葉に周囲の空気が少し変わる。
 そのクラスメイトも空気を読んだのか、口をふさいだ。
 当たり前だ。この全校集会、いやこのクラスメイトの中にも魔女の被害者はいる。
 親族を喰われた人。友達を食われた人。
 自身が襲われかけた者。
 辺りを見渡せば暗く俯いた者も多く、その被害が伺える。
 マミはできるだけ明るく、そして角が立たないように言葉を選んで、



「信じるわ。生き残った人が必死で伝えた言葉ですもの」

 

 全校生徒が集まる体育館が見えてくる。
 入り口に向かって数列になって人の流れがある中、マミはこっそりとポケットの中のソウルジェムの反応を確認する。
 魔女の反応はない。ならばこの集会は安全だろう。
 もしこの集会中に魔女が襲ってくることになれば(そういった事は稀だが)、自分が戦うしかない。
 この体育館に何人いるかわからない数百人の人間を守りながらだ。
 現れる魔女があの『出来損ない』の魔女だとしても、完全に守りぬくのは至難。
 それに自分が魔法少女であることが全校生徒にバレることになる。
 それ自体は何の問題もないが、今回の事件についての質問などを要求されては困ったことになりかねない。
 もし原因を語ったとすれば、皆々避難程度では無理なことに気付いてしまう。
 市を壊滅させた数の魔女。そんな数が来たならば避難程度では逃げられない。
 ではどうするか。
 簡単だ、魔法少女になるしかない。
 そうなれば元凶である霞の思う壺だ。
 魔女による混乱の中で契約を誘うこと。それが霞の狙いなのだからそれを助長させるわけにはいかない。
 そう、考えていた時、ソウルジェムが軽い反応を示す。
 それは魔女に対してのものではなく、魔法少女への反応。
 校舎から体育館に入っていく外の道。その列の中でマミは周囲を見渡す。
 
















 体育館の中を覗き込んだ後、こちらに手を振る少女がいた。
















 その服装は自分と同じ制服。
 だが、その顔を見間違えることはない。
 周りも気付いたらしく、誰だなどと話していた。
 周囲に教師はいないのか彼女に問いかける人間はいない。
 マミはクラスメイトの制止も聞かず、少女へ駆け出す。
 すると少女も気付いたのか逃げるように校舎の脇へと駆け出した。
 


『アハハ。気付いてくれたんですね! 嬉しいなぁ』
「どうしてここにいるの。その制服もどうやって」
『細かいことは気にしちゃ駄目ですよ~? さぁさぁ私を追いかけて!』


 
 あそこまで痛めつけたのにまだ懲りてないのね。
 そう考えながらマミは走る。
 その視線の先には少女が陽気に走っている。
 魔法少女の脚力なのか、その足は常人のそれではない。
 それなら、と自分も変身を終え強く足を踏み込む。
 ただそれだけで地面が抉れ凄まじい速度でマミは加速する。
 
『全力ですね! こりゃ私も頑張らないと!』
「馬鹿にするのは止めなさい」
『わかってますよ』

 少女は走り、跳ねていく。
 時には校舎の屋根を。逆に降りては走り出す。
 だがマミはその少女に違和感を感じていた。

 目の前の少女にソウルジェムの反応がない。

 となると彼女は偽物なのだろうか?
 佐倉杏子が扱えていた分身の魔法のような虚像を生み出す魔法。
 だけどそれを直に見ていたからわかるが目の前の彼女はどう見ても本物だ。
 だとすれば分身ではなく『分裂』なのだろうか?
 それならとソウルジェムの反応を探る。
 その反応はマミも予想していた彼女の行き先と同じだった。
 そこは生徒が集まる体育館とは真逆にある。
 文化部棟の入り口付近の広い空間。
 そこなら大いに戦える。
 
 でも、あの子の力なら前回見た。同じ手は食わないわ。

 マミは警戒しながら足を進める。
 気がつけば霞の姿は見失っており、ソウルジェムの反応が予想した位置で停止しているを確認した。
 
「あら、対決場所を選んでくれたの?」
『いえいえ、人を巻き込むのは嫌でしょ?』
「母校も故郷も滅茶苦茶にした人だとは思えないセリフね」
『そうですかー?』

 マミは屋根を上ることはせずに律儀に校舎を周り、ソウルジェムの反応する場所へと駆ける。
 この学校の配置は頭に入りきっている。
 最短のルートで駆け、手にマスケットを一丁呼び出しておく。
 出会い頭に突きつけるために。
 彼女に脅迫などが効かないことはわかっている。
 だが、彼女だって自分がマミに勝てないことくらいわかっているはずなのだ。
 なら、どうするか。
 答えは簡単だ。
 次の角を曲がれば、文化部棟。彼女の反応のある場所。
 マミは銃を構えスライドするように曲がって。














 答えは。
 単純に。
 相手が武器を生み出す前に。
 相手が口上すら述べる前に。
 視界の全てを包むようなただ圧倒的な数で。
 攻撃してしまえばいい。

「な……」











 マミが口に出来たのはこれだけ。
 杭。杭杭杭杭。
 視界を塞ぐような数の杭が銃を構え現れたマミに容赦なく突き刺さる。
 卑怯だとか、非道だとか。戦略とか。
 そう言った物すら全力で踏みにじるような攻撃。
 マミは杭の放流に流されるように、杭が刺さるたびに後ろへと運ばれ、縫いつけられるように太い木にぶつかり張り付けられる。
 全身を大小の杭が貫いているが顔と、ソウルジェムのある髪だけは器用に避けられている。
 とはいえ擦ったもので顔からも大量の血が流れている。
 鉄色の流れが終わると、学校と住宅地を挟む鉄格子を通り抜けた大量の杭が群れの雀のような一周して帰って行く。
 文化部棟で笑っていた少女の元へ。


「ごめんなさいねぇマミちゃん」


 少女は悪びれることもなくニコニコと笑いながらマミに近づいていく。
 少女、霞は黒いシルクハットを廻しながら近づいて驚く。

「おぉ、意識があるのか。素晴らしい精神力ですね」
「……あな……た…」
「卑怯だなんて言わないでよ? 僕が君を倒すにはこうするのが一番だもん。まぁこんなん卑怯劣悪で反則負けってとこでしょうけど」

 マミは味わったことのない激痛の中虚ろな視界で目の前の少女を睨む。
 正々堂々戦うことすら放棄したこの最低の魔法少女を。
 自分は許せるはずもない。
 
「あなたは……どうして」
「急に元気になったなぁ。あぁあれかね。痛覚遮断をやっちゃった?それなら納得だ!」

 マミ自身も無意識だったのだろう。
 目の前の相手への対抗策を模索して模索してその結果の痛覚の遮断だった。
 痛覚さえ遮断してしまえば、ソウルジェムが無事な限り戦闘に支障は起こらない。
 目の前の魔法少女は何故か自分のソウルジェムを狙う気がないようだった。
 だが、全身が貫かれているという気持ち悪い感覚が全身を這うように感じる。
 そして動こうにも全身に刺さった杭がマミの身を木に打ちつけている。
 だが、虚ろだった視界が少し鮮明になり、目の前の少女の顔がよく見えるようになる。
 その顔は、輝きのない笑顔。目はドロドロと溶けそうな輝きのない死んだ目で。
 なのに口の両端はつり上がり怖いほどの笑い顔を作り出し。
 目の前の少女が人間なのかすらわからなくなる、そんな顔。

「あなたは、魔法少女じゃないの?」
「魔法少女だとも。君と同じ。同志と言ってもいいと思うよ?」
「なら、ならどうして魔女を増やすような真似をするの!」

 マミは痛覚を遮断したはずなのに全身に感じる謎の這うような倦怠感を感じていた。
 これはなんだ。まるで自分が何かに包まれているような。
 気持ち悪い感覚。
 
「どうしてって……グリーフシードも欲しいし、契約もしたいし」
「それなら才能のある子と契約すればいい。魔女はもう増えすぎたくらいに増えたはずよ」

 この状況でマミは冷静だった。
 自分からは見えないが、自分のソウルジェムは黒く染まりかけていることだろう。
 自分の傷を癒すために、そして魔力を使うために。
 目の前の少女が油断したらリボンで木ごと自分を吹き飛ばして杭を抜き、攻撃を備える。
 痛覚がない今だからできる選択肢だ。それにグリーフシードはまだ余裕がある。
 だが、彼女の後ろに控えるように浮く黒い雲のような杭の群れが問題だった。
 アレの突撃を食らえばまた最初と同じ状況に戻るだけだ。
 ならもう少し、もう少し時間を稼いで杭を抜いた瞬間に大火力で吹き飛ばすしかない。
 目の前の少女はマミの言葉に少し考えるように頭を抱えた後、

「その考えは正しいのよ。だけどね、ダメなの」
「ダメ? あなたの考えでは魔女はまだ増える必要があるの?」

 少しでも話を聞けばその内容をテレパシーでまどかやさやか、ほむらに伝えられるはずだ。
 自分はこの場では負けているかも知れない。だが魔法少女は私だけじゃない。

「違うよ? そんなんどうでもいいのさ」
「ならどうして!」

 マミが叫ぶように問う。すると霞がケラケラと笑うと変化起こる。
 鉄色がシュウシュウと音を立てて変化していく。
 それは彼女の感情が浸食していく証拠。
 霞は何でもないように世間話のようにその言葉を言い放つ。
 ある種彼女にとって非情な刃を。



「もう、言わせないでくださいよ。エントロピーのためですわ?」









 
 エントロピー?
 マミはその言葉の意味がわからなかった。
 契約すること、魔法少女、魔女。
 全てを知ってきたはずだった。
 なのにその初めて聞いた『エントロピー』という言葉。
 マミは戸惑いを隠せない。
 その顔を見て、霞はニヤリと顔を歪めて言葉を続ける。
 軽快に、楽しそうに、そしてとても嗜虐的に。

「まさか知らねぇとはね! そういえばこのガキは僕らのやり方も知らないんですものね。真実を知らないなんてあぁなんて可哀想な魔法少女。悲劇は喜劇とはこのことでしょうか!?」
「やり方? 真実?」

 マミは一瞬世界に置いて行かれたような気がした。
 目の前の少女が哀れみながらも笑い、自分を蔑む理由がわからない。
 真実とは、なんだ。一体何だというのか。
 だが、心の奥底で眠っていた、いや燻っていた感情がマミを引き留める。
 聞くな、これ以上聞いてはいけない。
 耳を押さえようにも全身は磔、動けもしない
 霞は呆けた顔をした動けないマミの顔を下から掴み、自分から目を離せないように動きを止めて。
 光の無かった目が鈍い輝きをしてマミの目に映る。
 そしてマミの耳に脳に、声とテレパシーを重ねて一つの真実が突き刺さる。






「『魔女は全部人間だってこと。知らなかった?』」







 思考が、止まる。
 マミがその言葉の意味を理解する前に畳みかけるように霞が声を続ける。

「『人間が魔法少女になる。魔法少女が魔女になる。ほら、全部わかったでしょ?』」

 否定したい。否定したいが声が出ない。
 マミの心の奥底に眠っていた懸念。
 そしてほむらがマミにも隠したかった真実。
 それが目の前の『錆色』の魔法少女によって突きつけられる。

「……嘘よ」

 ただそれだけ言うことができた。
 全身磔の少女に更に精神的な刃が貫く。
 彼女の支えの一つだった自身の正義が崩れていく。
 そんなマミに追い打ちをかけるように霞は自分の変化など気にもせずに。

「『嘘じゃない。全部教えてあげる』」

 マミが涙で濡れる視界の中で鈍く光る霞の瞳。
 そしてそれを覗いた瞬間、マミの頭に覚えのない記憶が流れ込む。
 それは魔法少女達の姿。
 見たことも、会ったこともない魔法少女の姿。
 その全てが呻きを上げ、苦しみを叫び、全身を黒く染め上げて。
 ソウルジェムが砕け散り、魔女へと変貌を遂げる。
 苦しみを、絶望を、突きつけるようにマミの頭で再生される記憶。
 それはマミにそれが真実だと理解させるには十分で。
 そして絶望させるにも十分だった。
 更にトドメを刺すように一つの光景が広がる。
 それは一人の魔法少女の姿。
 歪んだ空間の中で絶望し、姿を変え狼の魔女になった一人の少女。
 そして、自分の記憶を強制再生されたように自分の視界とわかる記憶が浮かび。




 自分は歪んだ空間で銃を構えている。
 目の前には魔女。
 狼の姿の吠え猛る魔女。
 自分は余裕綽々と銃を呼び出して、飛び込んできた『彼女』を銃で殴り飛ばし。
 記憶の自分は。

「これで……」










 ヤメテ。
 ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメロヤメテ……!










 自分だとは思えない声で記憶の自分に叫ぶ。
 だがそんなものは届くはずもなく。
 轟音を鳴らしたマスケットによって『彼女』は跡形もなく吹き飛ぶ。
 そんな記憶の光景が消え、何も考えられないマミに。
 霞が最後のトドメを突き刺す。











「『あなたは……ただの人殺しよ?』」




 




 
 言葉など無かった。
 言葉にならない声が意味もなく流れ出て俯くマミ。
 そのソウルジェムは凄まじい速度で黒く染まり始めていた。
 ものの数秒で魔女になってしまいそうな勢いで。
  
「おぉっと危ない危ない」

 霞は髪に着いているソウルジェムを取り上げ杭に着けて遠くへ放る。
 するとマミはソウルジェムの範囲を離れ意識を失った。

「マミさんに魔女になられちゃ、私じゃ勝てないもんねぇ」
「まぁ目的達成かな? さぁ次へ行こうか。『本番』が始まっちゃう」
「そうですわね。移動時間も考えたらもうないねぇ」
「さてさて『花火』は2つとも揃ったから……あとは」

 手元に帰ってきたマミのソウルジェムを浄化しながらマミを空き教室へ入れる。
 今日は全校集会で終了の日と聞いている。
 この空き教室には誰一人来ないはずだ。
 錆色に染まった魔法少女はケラケラと笑いながら陽気に歩きその場を後にする。
 穴だらけの木々を人が見つけるのはその数時間後のことである。



















 まどかとほむらはまどかの家へとたどり着いていた。
 二日続けて外泊した上にこの失踪事件だ。
 両親も心配しているだろうとのほむらの配慮だった。
 今回の事件でまどかの母親は会社を休んだようで家に居り、まどかが怒られながらも無事を喜ばれる声をほむらは壁越しに聞いていた。
 一家の揃った場所に自分は場違いだろう。
 まどかはほむらを紹介しようとしていいたが自分が断り別の部屋で待機していた。
今回の魔女が現れれば恐らく、いや確実にまどかを含めこの家族は魔女に襲われる。
 逃げ切ることなどいくら場慣れしているまどかでも不可能だ。
 だとすれば自分が護るのか。この家族を。
 いや、それだけじゃない。
 この隣も隣もこの見滝原の街全ての人間を自分は護れるのか。
 ワルプルギスの夜とは違う。あれのような存在が災害のような化け物じゃない。
 なのに今起ころうとしているのはワルプルギスの夜と相違ない被害。
 そしてそれを起こしたのはたった一人の少女。
 ただ一人の何でもない少女なのに。
 自分が野放しにしなければと今更な後悔が走る。
 そして浮かぶもう一つの思い。
 だが、その両方を振り切りほむらは外を見る。
 外はそろそろ日が傾き始める頃、夜になれば魔女が現れる。
 その魔女を全て狩らなければならない。
 ソウルジェムを見る。
 ソウルジェムは目が痛いほどに光っている。
 恐らくこの近くにも魔女の結界があるのだろう。
 他の魔法少女を捜してみたが反応は美樹さやかの物だけだった。
 鳴海霞の反応は名の通り霞のような感じ取れない。
 いや、正確には彼女の魔力は感じづらいのだ。
 灰色であった時とあの金属色であった時、魔力の感覚が若干違った。
 だとすればソウルジェムでの捜索は非情に困難になる。
 しかしそれよりも他の魔法少女の反応が無いのが気になる。
 まさか鳴海霞にやられたのか。
 最悪の事態を想定し、手元に置いた銃の動作を確かめる。
 ほむらが数時間後の戦いに備えたその瞬間。






 隣の部屋から何かが割れる音とまどかの悲鳴が聞こえた。
















 どこかで少女が呟いた。

「さぁ、『本番』の始まりですわ」







あとがき:
やっぱりマミさんは真実を知ったらこうなるよね。
一部変更しました(2014/12/21)



[28583] 12章:青の希望と歪む街
Name: からわら◆875128a5 ID:540fbef4
Date: 2014/12/21 16:57
 ほむらがまどかの悲鳴を聞く数時間前。
 

 昼の病院の屋上にさやかと恭介は立っていた。

「絶景だねー!」
「いつも見てた景色じゃないか」
「いやいや、学生じゃ見れない平日の真っ昼間だからこその景色だよ!」

 マミからの登校の誘いを断り、何もすることのない平日の昼。
 とはいえ、近いうちにまた魔女の群れが来ることはわかっているが病院から出ることもなく。
 二人は混沌とした病院で唯一と言える平凡な日常を過ごしていた。
 それはある種異質な光景。
 

「それでもいつもより車の数も少ないな……やっぱり魔女のせいなのかな?」
「あー、テレビで報道されてたもんね。今回の犯人は魔女だー!ってさ」

 偶然付けたワイドショーで彼女らはその報道を見た。
 鷹縞市の生き残りが語る謎の正体についての報告。
 そしてその内容に関する人々の反応も。
 単純に言えば『全く信じられていない』、『馬鹿げた妄想』と片付けられた報道を。 

「皆信じてなかったもんねー。馬鹿馬鹿しいとか、精神異常だとかさ」
「でもそれが真実なんだよね……」

 生き残った人々の思いは押しつぶされたままで。
 真実を知る自分たちは今ここで何かを出来るわけではない。
 恭介は明るく報道を笑うさやかを見て思う。
 彼女はその『馬鹿げた』世界の当事者で。
 自分はその世界に彼女を放り込んだ元凶だ。
 

「大丈夫だって。恭介は私が守ってあげる。絶対にね」
「うん、わかってるよ」

 彼女はそれを何度も何度も言うようになった。
 そして他の友人の名前を出さなくなった。
 まるで世界が閉じたかのように。
 時折慕う先輩である巴マミのことは挙がっていたがそれだけ。
 自分でもわかる。
 彼女の変化、そして周囲の変化。
 怪我が治ったことで見えてきた世界は非日常なんてものじゃなくて。


 吐き気がするほど残酷で。
 死にたくなるほど醜悪な。
 魔法少女の戦いの世界だ。


 僕にはそれを見届けなければならない義務がある。
 何故なら彼女をその戦いに飲み込んだのは自分なのだから。
 そして彼女を今のような状態にしてしまったのも恐らく自分のせいだから。
 でも僕には考えてしまうことがある。
 この真実がわかる自分だからこそ言えること。


「ねぇさやか」
「ん? 何よー恭介。真面目な顔しちゃってさ」

 僕は、怖い。怖いから。
 見届けなくちゃいけないけれど。





「この街から……逃げないか?」





「逃げる? どういうこと?」
「この街には近いうちに凄い数の魔女が来るんだろう? だからその前に、その前にさ」
「見滝原を……出るの?」
「そう。そうすれば『僕ら』は死なないですむ。今逃げれば助かるんだ。そうだろう?」

 弱音。逃げ口。卑怯な言葉。
 そんなことはわかってる。
 さやかは僕の言葉に動揺しながらも凛とした顔で僕に言葉を返してくる。

「だめだよ。私は魔法少女なんだもん。皆を守らなきゃいけないんだよ?」
「でも今度戦えば、さやかは死ぬかも知れないんだろう?」
「それでも、だよ。私は魔法少女だもの」

 そういうと思っているから。
 僕は言う。自分でも自分を殴りたくなるような酷い言葉を。
 

「僕はさやかに死んで欲しくないよ?」
「え?」
「僕はさやかが死ぬなんて嫌だ。だから」

 こんな言葉、自分で言っているのに恐ろしくなる。
 死んで欲しくない。そう思っている。思っているとも。
 だけどこの言葉は決してその想いのためじゃない。
 彼女の気持ちを知っているからこその、彼女が変わってしまったからこその。


 彼女を『操る』ための言葉だ。


 僕の生存本能が叫ぶ悪魔の言葉。




「駆け落ちしよう。さやか」




 自分が、大嫌いになりそうな。
 その言葉を自分が言ったことを許せないような。
 そんな言葉を聞いたさやかは顔を真っ赤にして喜んでいる。
 僕は逆に酷く冷めて、でも表面は笑顔で。


「ほ、ほんとに? 私を?」
「うん、さやかは大切な人だから。一緒に逃げよう」

 僕が、手を伸ばす。
 その先はただの道だ。何も無い。ただ逃げるだけの道。
 彼女の生きる地獄から必死で目を背けるだけの道。
 そして僕が生きるための、自己保身だけでできた道。
 そんなことをさやかは知らない。
 さやかは、嬉しそうに僕の手を取った。
 手から感じる温もりが気持ち悪くて、吐きたくなった。

 僕の『罪悪感』は膨れ上がる。













「連れて行ける人がいれば、連れて行こうか」
「ううん、恭介だけで十分! この街はマミさんが守ってくれるって!」

 病院のエレベーターの中。私は恭介と二人で話していた。
 恭介の提案は私にとって驚きのものだったけど。
 それよりも、何よりも。
 私が嬉しかった。
 恭介が私を必要としてくれている。
 恭介が私と一緒に逃げようと言ってくれている。
 ただそれだけで十分だった。
 恭介のために魔法少女になって。
 恭介のために戦えて、護ろうとして。
 報われないと思ってた。
 その想いが伝わったんだ。


「でも、友達は? 鹿目さん……だっけ? よく話してたじゃないか」
「いいのいいの。まどかは……魔法少女になれる才能があるからさ」

 そうだ。
 この街にはマミさんがいる。
 いざとなれば杏子も、ほむらもいる。
 キュウベえが必死に勧誘してるまどかだっているんだ。
 それなら……いいじゃないか。
 自分は恭介のために魔法少女になったんだ。
 魔法少女の力を恭介を護るために使って悪いわけないじゃないか。
 
 マミさんに言ったら怒られそうだな。
 
 でも、私は。私は。
 恭介のための魔法少女だ。
 他の誰のためでもない。
 だから。大丈夫だ。

「ねぇ恭介。どこへ行く? 鷹縞の方はきっと魔女だらけだよ」
「そうだね。反対側に行こうか。そのまま電車に乗って」

 魔女の群れは多分今日か明日には来る。
 その前に移動しないと逃げられない。
 電車でどこまで行こうか。
 街へ行って、魔法少女を探して。
 その魔法少女に見滝原のことを伝える。
 それできっと話は進むんだ。


「急がないと。夜になったら魔女が出て来る」
「そうだね。急ごうか」

 そうだ、これは逃げるんじゃない。
 他の街の魔法少女に危険を知らせにいくんだ。
 だからこれは、『逃げる』んじゃない。
 私達二人が危険を知らせるメッセンジャーになるんだ。


 エレベーターの階数が減っていく。
 地面が近づく。
 そしてポーン、と音がして扉が開いて。




「お揃いでどこかにいくんですかい?」


 
 あいつがいた。










「あなたは……」
「あの時はごめんね恭介様。でもアレは僕がさやかに怒ってしまったからですね」
「何しに来たの」

 その声はとても低い声だった。
 誰も居ないエントランス。そこで長いすに寝転ぶ少女を強く睨みつける。
 服は何処から調達したのかわからないが、さやかと同じ制服だった。

「その服は?」
「あぁこれ?いつもの紺色の制服だけじゃ足りなくなってね。調達したのさ。どう? 似合う?」

 クルクルと回ってみせる霞にさやかは苛立ちを覚えていた。
 それはそうだ。目の前の相手はつい先日自分を酷く傷つけ、恭介を危険に晒した張本人なのだから。
 それなのに目の前の少女は何も無かったかのように自分に話しかけてきている。
 さやかにはそれが許せなかった。

「今日にも魔女が動こうって時に、テメェらはどこに行きますの?」
「私達の勝手でしょ。詮索しないで。恭介、行こう」
「あ、あぁ……」

 だが、後ろには恭介がいる。
 今は無視するのが吉だ。自分は恭介を護らないといけないんだから。
 さやかは霞を無視して通り過ぎ、恭介もそれについていく。
 霞は変身していない。それなら強襲される恐れも無い。
 すると霞は残念そうにさやかに問う。

「ま・さ・か。逃げるんじゃなかろうな? まぁこんなになれば仕方ないだろうけどね」
「言ったでしょ。あんたには関係ないわ」
「そうかなぁ。結構大事なことよ?」

 霞はその顔を笑顔にしたままサラリと言葉を投げかける。






「今この街には魔法少女は2人しかいないのに」






 その言葉にさやかは足を止め、霞に振り返る。
 その声は隣にいる恭介の声を真似た少年のような声。
 振り返ると少女は変身しており、『錆色』の魔法少女が長いすに寝転んで足をパタパタさせていた。
 余裕そうな顔でニヤニヤとさやかの反応を楽しむように。

「二人って……どういうことよ」
「文字通りさ。魔法少女は2人しかいないんだよ。さやか」
「その声で、名前を呼ばないで」
「どうしてだい? 僕は君の友達じゃないか」
「五月蝿い! 魔法少女がいないってどういうことよ!」

 霞はさやかを指差して、

「さやかと、暁美さん。それだけだ」
「その声はやめて。それにあんたも魔法少女じゃない!」

 そのさやかの怒号に霞は呆気なく、平然と言葉を返す。



「僕は逃げるよ。見滝原に愛着もないしね」


 
 その言葉に一瞬さやかは言葉を失う。
 それは今自分達がしようとしていたこと。
 それを恭介の声で語る目の前の少女。
 強く否定しようとしたのにその言葉は出せない。
 その対応に霞は大きく笑い出す。声も彼女の普通の声だ。

「あれ? もしかして恭介さんと逃避行予定だったのかよ? カカカ、見事な駄々被りだなぁおい」
「に、逃げるんじゃないわ。私達は他の街の魔法少女に危険を」
「おぉ、それ頂き。私がそれをやってあげるよ。だからさやかちゃんはこの街を、見滝原を守ってよ」

 ケラケラと笑う霞。
 だが、そんなことよりもさやかには思うことがあった。
 この街に魔法少女は二人。
 だとすれば他の魔法少女はどうした。
 佐倉杏子は。
 巴マミは。



「全部、僕が倒したよ? 巴さんも」



 また隣にいる少年の声で。
 その言葉が、スイッチだった。
 一瞬で変身したさやかは驚く恭介を無視して駆け、霞の座る長いすを切り裂いた。
 少ない綿が散る中、うまく避けた霞は『白い』シルクハットを被って入り口に立つ。


「いきなり攻撃なんて酷いんじゃないか?」
「ふざけるな……」
「何がだい。僕がさやかに嘘なんて付くわけないじゃないか。ねぇ?」

 恭介の声で恭介に目配せする霞。
 恭介は突然の声に身を震わせる。

「恭介、離れてて」

 その言葉に恭介は無言で離れていく。
 それを確認して剣を構えて、

「あんた何かに……」

 さやかは激昂する。
 先ほどまでの決意は何処へやら。
 尊敬していた魔法少女の現在を聞かされて、その思いがズレてきていた。
 目の前の魔法少女に、自分は殺意を感じている。
 それは恭介がいるからなんてことを吹き飛ばすような、明確な殺意。
 さやかは剣を構え、目の前のノーガード状態の少女に、吠えた。


「あんた何かにマミさんが負けるか!」
「僕が弱いって? そんなこと君に決められてたまるか」

 霞は笑って杭を撫でながら、首筋のネックレスを引っ張る。
 そこには。




「戦利品、素敵だろ?」

 黄色のソウルジェム。
 さやかはそれが目に入った瞬間足を一瞬を止める。
 そしてまた強く霞を睨む。
 すると霞は驚いたように身を震わせ、手を前に出す。
 合わせるように杭が動き、さやかに襲い掛かる。
 さやかは地を蹴り、錆色の魔法少女に突撃した。



















 そして、書く必要もないほどに。
 呆気なく、圧倒的に。
 目の前の状況が広がる。


 それは、青の魔法少女が無傷で剣を突きつける姿と。
 錆色の魔法少女が血だらけで病院のエントランスに倒れている光景。

 
 さやかは息が上がることもなく、目の前に倒れる魔法少女を睨む。
 強く、強く。親の敵を見るように。

「何よ、何よ何よ何よ!」
「アハハ、やられちゃったね。さやかは強いなぁ」

 まだ余裕のありそうな霞に剣を呼びだして一本投げつける。
 それは気持ち悪い肉の音を鳴らして少女の腹に突き刺さる。
 声はまだ恭介を真似た声でさやかには気持ち悪く響き渡る。
 そしてそのまま飛び掛り動けない霞に剣を振るい続ける。


「あんたみたいな! 弱い魔法少女に! マミさんが! 負けるわけないでしょう!」


 言葉に合わせて、息に合わせて、剣を振るい、血が舞う。
 その度に霞は痛そうに顔を歪め、その顔を見てさやかが笑う。

「あんたみたいな雑魚に! こんな巻き込まれて! 恭介も傷ついて! ふざけるな!」

 もはやこれは戦いじゃない、一方的な惨殺だ。
 ここは病院のエントランス。ガラガラとはいえ、人が来ない可能性は0じゃない。
 その真ん中で少女を切り裂き続けるさやかを恭介は見ていられなかった。

「ふざけるな!ふざけるな!みんなみんな!お前のせいなのに!うわぁぁぁぁぁ!!!!」
「もうやめるんだ!さやか!」

 剣を持つさやかの手を取る。
 だが魔法少女の腕力、その一撃は止まることなく霞に突き刺さり血が舞う。
 恭介にもその返り血が降りかかり顔と腕を薄く赤く染める。

「恭介、止めないでよ! こいつはマミさんを……魔法少女を侮辱してる!」
「痛いなぁ……痛いよ。さやか」
「ふっざ……けるなぁ!」

 剣を思い切り霞の腕を斬り飛ばす。
 先ほどまで飛んでいた杭は全て砕け散って床に散乱している。
 さやかはソウルジェムが黒くなるのも構わずに感情に任せて剣を振るう。
 恭介もその手を取っているが魔法少女の腕力を止めることはできない。

「あぁ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「さやか! 落ち着いて!」

 もはや言葉にならずに感情をぶつけるさやかを恭介はついに体全てで押さえつける。
 目の前の死体同然の魔法少女を見て気持ち悪さを感じなかったのは麻痺したからなのか。
 今は目の前で暴れるさやかを止めなくてはという意識だけで、強く強く、さやかを抱きしめる。
 
「ハハ……ハ。君の、勝ちだよ。さやか……」

 白いシルクハットを被った少女は血塗れで震えながら首からネックレスを出し。
 さやかに見せ付ける。血塗れの黄色いソウルジェムを。
 さやかは剣を霞に突き立て、ネックネスを引き千切りソウルジェムを奪う。

「恭介……行こう」

 さやかは無表情のままで、感情が見えない。
 魔女にならないかと恭介は心配したが彼女のソウルジェムは青いままだった。
 だが恭介はさやかの様子に恐怖と不安を感じながらも何も言えない。
 さやかが病院を出るのを確認して後ろに倒れる少女に一瞥し、恭介も追いかけるように病院を出た。









「やっぱ無理だよねぇ。私が出てもボロ負けだったろうけど」

 病院の二階から杭を操っていた『黒い』シルクハットを被った霞が大きくため息をついた。
 白いシルクハットの霞が戦っているように見えるように杭を呼び操作する。
そんな半ば意味の無い戦いをした霞はさやかがマミのソウルジェムを持っていったことに笑いながら頷く。

「まぁ、持って行くよね。マミさんを探すよねぇこれ!これでさやか様は逃げられない!」

 思い通りに行ったことを心から喜びつつ二階からエントランスの自分を覗く。
 恐らくアレは死ぬだろう。だが、キュゥベえの肉体のストックはまだある。
 インキュベーターの肉体を素材として生み出す白い霞は戦闘力はない。
 だが視界を共有し、考えを共有をし、緊急時の餌にもなる自分の分身はあって困ることは無い。

「そろそろ……かな。さぁて楽しくなってきた!」

 エントランスの時計を見て大きく笑う霞。
 彼女はニコニコと笑いながら飛び降りて、二人がいないのを確認して病院を出た。
 エントランスの死体に気づく人は誰もいない。
 

 





 そして、その『時』は来る。
















 地面に、壁に、屋根に、車に、電車にも、空にさえ。
 全てに全てに全てに、ベタリベタリと何かが貼られる。
 まるで子供が物にシールを貼る時のように乱雑に。
 重ね重ねて大量に無差別に。
 それは様々な、同じものの無い多さで。

 大量の魔女の結界の入り口が姿を現す。

 見滝原を染めきるような大量の紋様は、普通の人には見えない。
 魔法少女にだけ見えるそれは悪夢のような光景だ。
 
 家もビルも車も電柱も何もかもに上書きするように大量に広がる魔女の門。
 魔女の結界でない場所が『ない』。
 その魔女の数など、考えたくも無い。
 












 隣の部屋から何かが割れる音とまどかの悲鳴が聞こえた。
 その声を聞いてすぐさまほむらは銃を片手に扉を蹴り開ける。
 するとほむらが見た光景は信じがたい光景だった。








「苦……し……」
「大丈夫だ。すぐ楽になれる。大丈夫さ」





 まどかの母がまどかの首を絞めていた。



 まどかの表情から明らかに殺すつもりで絞めているのがわかる。
 まどかの母の顔は虚ろで何か遠くを見ているようだった。
 ほむらは二人の間に入り、まどかを絞める手を離させる。
 床に散らばっていた皿の破片を踏みながらも、まどかはその場に倒れて大きく息を整えた。

「大丈夫! まどか!」
「ほ、ほむらちゃん……ありがと」

 ゴホッ、と二、三度咳をした後、震える足で立てないままにまどかは、

「何だか変……なの。パパと、ママが急に……」

 ほむらが部屋を見渡すとほむらに突き飛ばされた母親は、そのまま蹲り何か呟いている。
 まるで呪詛のように悪態をつき続けている。
 奥を見るとまどかの父が部屋の端に座っていた少年に包丁を向けて近づいていた。
 その顔は綺麗な笑顔で。

「あうー?」
「今……楽にしてやるからな」

 包丁を振り上げるまどかの父に横から思い切り体当たりをしてまどかの弟から距離を離す。
 すると、ぬらりという音が聞こえそうな動きで立ち上がり、包丁を振り上げてほむらへまた突進を始める。
 その顔は正気の人間の顔ではない。
 ほむらはその動き合わせるように突進し銃を父親の体にめり込ませた。
 父親はその痛みに気絶し包丁を取り落としてその場に倒れた。
 それを確認したあと、ほむらはまどかへ向き直り話しかける。

「これは一体どういうこと?」
「わからないの。さっきまで普通に話してたのにいきなりパパもママも……」

 ほむらは訝しげに顔を歪めて気絶する父親を見る。
 するとその原因はすぐさまわかった。



「これが……原因ね」
「嘘……こんなのって」

 
 それは魔女の口づけだった。
 魔女の口づけをされると体にその魔女の刻印がなされる。
 それがまどかの父には存在した。




 首筋だけでも10個以上。



まるでシールを乱雑に貼り付けたようにベタベタと刻まれた刻印。
 重なり、身を寄せ合うように密集した刻印はその数を把握できない。
 その全てが人々を狂わせる刻印だ。
 自殺や殺人の原因はこの魔女の口づけによることが多い。
 つまりこの魔女の口づけは早い話が魔女が一般人に与える一番わかりやすい被害だ。
 だが、この数はありえない。
 そもそも魔女が複数現れること事態がイレギュラーなのだから予想できるはずもないのだが。
 ほむらはまどかの母が動かないのを確認してから父親の腕を捲くる。
 そこにも魔女の刻印が何個も刻まれていた。

「目を覚ましても無事ではなさそうね」
「魔女の口づけ? でもこんなに重なるなんて……」

 ほむらは屈んだままソウルジェムをチェックしようとして目を細めた。
 何故ならソウルジェムは今まで見たことがない眩しいほどに明滅している。
 
 ワルプルギスの夜単体よりも反応が強いなんて……。

 ほむらは驚愕しながらもまどかに覚られぬようにソウルジェムをしまう。
 ワルプルギスの夜は災害レベルの魔女。現れるだけで街が滅ぼされるレベルの魔女だ。
 だが今回起っている事態も、事件の規模を考えれば相違ない。
 街全てが消えてしまうほどの膨大な魔女の群れ。
 その1体1体は雑兵にも程遠い雑魚だ。
 だがその数は下手をすれば見滝原の総人口よりも多い。
 前回とはわけが違う。

「ほむらちゃん、危ない!」

 そう考えた時、後ろからまどかの声が届いた。
 その声に反応して前へ飛ぶ。
 すると自分がいた場所にザクリと包丁が刺さった。
何かと思い、後ろを向けば。
 年端も行かないまどかの弟が包丁を逆手に持って振り下ろしていた。
 その顔にも魔女のくちづけが見える。
 左右の目にも別々の刻印が刻まれており、その顔は虚ろだった。
 ほむらは暴れるまどかの弟を抑えて無理矢理テープで縛り上げ、まどかの方を向いた。
 まどかはそれを悲しそうな顔で眺めている。

「まどかは何か問題はない?」
「私は大丈夫みたい。でも皆が……」
「諦めたほうがいいわ。皆魔女を狩るまで元には戻れない。それに」

 その狩らなければいけない魔女が多過ぎる。
 服越しに見える魔女だけでも20、いや30はいる。
 その魔女を狩り終えたとしても別の魔女がまた来るに違いない。

「まどか、落ち着いて聞いて」
「……う、うん。どうすればいいのかな?」
「まずは人気の無い場所を探しましょう。恐らく他の場所でも同様のことが起きてるはずよ。急がないと逃げる場所が無くなる」
「パパとママは? タッくんも……」
「母親の方も眠っていてもらうしかないわ。魔女の口づけで操られたら殺人も自殺も何でもやりかねないもの」

 まどかは辛そうな顔をして唇を噛む。
 ほむらはその顔を見ながら冷静に状況を分析する。
 今起っているのは間違いなく鷹縞市の魔女の群れが行っている魔女の口づけだ。
 15名を除く全ての鷹縞市民を犠牲にして生まれた魔女の群れ。
 その数は想像もできない。
 数百の魔女を狩りきるのに4人がかりで一晩かかったというのに恐らく今回は万に迫る、いや超えた数だろう。
 だとすれば魔女の結界は容易に見滝原の全てを覆い隠す。
 つまり、まどかに逃げ道はない。
 魔女の口づけが起っている以上、一般人は殆どがその影響を受けている可能性がある。
 殺人衝動や自殺衝動、自傷行為に強盗恐喝。
 全ての『悪意』が魔女によって引き出されてしまう。
 そんな街をまどか一人で歩かせるわけには行かない。
 この街にはもはや絶対の安全圏など存在しない。
 もしこのまままどかの家を出たら武器を持った狂った住人に襲撃を受けかねない。
 それは避けなければならないことだ。

 そして更に他の魔法少女の反応が無い。
 佐倉杏子。巴マミ。
 美樹さやかは反応を確認できた。しかしその座標はあまりに遠い。
 協力を頼める状況ではないだろう。彼女も恐らく同じ状況だろうから。
 だが前者の二人は反応すら無い。
 もしや自分は倒れている間にやられたのか。
 だが、そんなことを考えている余裕もない。
 
 何故ならこの魔女の口づけが終われば次は魔女が結界を広げて姿を現すからだ。
 そうなれば魔女の群れとの戦いが始まる。
 そうなってしまえば魔女の結界の中だ。まともに動くことすら困難になる。
 だとすれば今すべき行為は一刻も早く安全圏を見つけることだ。
 魔女の口づけの時間だけでも安静を保てるような安全な場所。

「ほむらちゃん、あのね」
「何かしら。何か案があるの?」
「ここじゃ……だめかな? この家には、パパとママしかいないし。魔女の結界も家の中には無いみたいだし。それに下手に外に出たらもっと危ないよ」
「……確かにそうね。ただ口づけをされた人間がガラスを割って入ってこないかしら……」
「大丈夫だと思う。誰かが入ってきそうになってもこの部屋からならすぐわかるし」

 確かに、とほむらは居間を見る。
 玄関はすぐさま確認できるし、ここにいるまどかの家族は気絶させて寝かせておけばいい。
 もし外から人が来てもすぐさま反応ができる。
 まるでゾンビゲームの篭城のように、必死で活路を探している。
 ほむらは大きく息を整えてまどかの方へ振り向くと、まどかに手を出すように指示する。
 まどかが恐る恐る手を出すと、ほむらはその手にズッシリと重みを感じさせる銃を渡した。

「ほむらちゃん、これって……」
「小型の銃だけど、私の魔法もかけてあるわ。使い魔程度なら一撃だし、出来損ないの魔女なら怯むはずよ」
「使い方がわからないよ。私こんなの持ったことないし」
「護身用だと思って持ってて。この先私が守りきれるかわからないから」

 真剣なほむらの言葉にまどかは戸惑いつつも大きく頷いて銃を手に持つ。
 本物の、人を安易に殺すことの出来る銃。
 それは魔法よりも、目の前の惨状よりも、まどかに現実を叩きつけた。
 






 

 誰もいない学校にて。
 さやかはマミのソウルジェムを握り締めながらマミの居場所を探っていた。
 空は夕焼けに染まり始めており、魔女が暴れ始めるまで時間が無い。
 だが、さやかはその手の中で光り続けるソウルジェムを見放すことはできなかった。

「さやか、見つけられそうかい?」
「わかんない……マミさんは学校に行ってたはずなんだけど……」

 ソウルジェムは魔法少女の命のそのもの。
 それが無くなっている彼女はどうなってしまっているのか。
 さやかはその想像がつかない。
 そのまま死体になってしまうのか。もしくはある程度動くことができるのか。
 どちらにせよ、巴マミという自分の敬愛する先輩の命だ。
 自分が渡さないでどうする。
 さやかは自分のソウルジェムを見る。
 ソウルジェムは直視できないほどに眩しく明滅している。
 魔女の反応があまりに強いということだ。
 その反応の強さにさやかはばつの悪い顔をして恭介に振り向いて言う。
 
「恭介は教室で待っててもらえないかな? 私は変身してパパッと探してくるよ」
「そろそろ時間が危ないんじゃない? 大丈夫かな?」

 その言葉はさやかへの心配ではない。
 恭介の、自分の保身の言葉だ。
 だが、その言葉は容易にさやかのことを絡めとり、意識を恭介へと廻す。

「大丈夫。マミさんが復活すれば魔女だって余裕だよ! それに」

 さやかは変身をして、歳相応の可愛らしい笑顔で。

「恭介は私が護るって。気にしないでよ」
「……ありがとう」

 恭介はその笑顔に笑顔で返す。
 その光景だけ見れば非常に空気が和らぐのだが、実際は違う。
 暗い暗い混沌の中で異質に繰り広げられるなんでもない『日常』は狂気の沙汰だ。
 恭介はそれを理解しながらもさやかのいなくなった教室で小さく息を吐く。





「やれやれ、美樹さやかはどこまで巴マミに執着するのかな?」



 その声は教室の端から聞こえた。
 魔法少女であるならば聞きなじみのある、だが一般人には全く聞き覚えのない声。
 その声に恭介が振り向くと、そこには見たこともない白い獣が立っていた。
 だが声は恭介に向けられたものではなく、その反応に白い獣が小さく息を吐いた。

「全く、才能のない雄個体にすら僕らの存在が認識されてしまうなんてね。あの子が起こした事態のせいで想定外の事態が多すぎて困るよ」
「君は誰だい? さやかのことを知っているようだけど……魔法に関係あるのかな」

 恭介は自分でも驚くほどに冷静だった。
 魔法なんていう非現実を悠々と受け入れて、平然と目の前の生き物を許容している。
 更にその生き物から情報を聞き出そうとしている自分。
 それはつい数日前まで病院のベッドで絶望に染まっていた自分とは真逆の何かだった。
かといってそれは決して希望といったものではない。

「君に僕らを教える必要は無いさ。美樹さやかにでも聞くことだね」
「……やっぱり関係あるんだね」

 恭介が不機嫌そうな顔で白い獣を睨む。
 恭介は感じていたのだ。ずっと、ずっと。
 魔法を知り、さやかに対する想いもわかってきた。
 なのにわかりきっていたはずの置いていかれた自分の立ち位置をまた再認している。
 さやかを自分の逃避に巻き込んでそれでもなお、また彼女はいとも容易く地獄へ足を突っ込んで。
 自分という存在がその異常な世界では軽薄すぎて涙が出る。
 目の前の白い獣も自分を見てはいない。
 理由はわからないが『一般人に見えた』というだけで僕である必要は無い。
 悲壮と怒気とよくわからない感情が渦巻く中、また別の声がした。

「別にいいじゃないキュゥベえ。どうせ知ったとこで変わりゃしないよ?」
「君か。どうするつもりか知らないけど……僕らは君を許容できなくなった。それはわかるね」
「あなたは……さっきさやかにやられたはずじゃ!」

 教室の端にいたキュゥベえとは反対側、教室の入り口を塞ぐように一人の少女が笑っていた。
 黒いシルクハットを被った彼女はカラカラと奇妙な笑い声をしながらキュゥベえを見る。

「別にいいよ。どうせ今日が最後の最後だからね。それくらい予想が付いてるんじゃない?」
「君の行おうとしていることは想像がついた。見滝原を滅ぼすのが目的じゃない。君の目的は……」

 白い獣が少女の思惑を語る。
 それを挟まれるようにして全て聞いた恭介はその内容に恐怖した。
 彼女のしようとしていることは人のすることではない。
 目の前の獣の話では全ての元凶はこの少女。そしてこれから起るらしい惨事も。
 だが、それを含めた上で彼女が行おうとしている目的は、あまりに突飛している。

「ビンゴ。さすがは天下のインキュベーター様だね。全く……ほむらちゃんにはがっかりだよね」
「君が暁美ほむらに執着する理由、そして暁美ほむらの存在の詳細はわかっている。だとすれば僕らがすることはもうわかっているだろう?」
「私を消すの? 嫌々、しないでしょうそんなこと」

 恭介は気付いていないが、彼女の口調がいつの間にか統一されていた。
 その口調は彼女の、鳴海霞の本来のもの。
 霞は杭を数本呼び出し、口を開こうとしたインキュベーターに向けて杭を飛ばす。
 恭介の両頬を掠めるようにすぎた二本杭はインキュベーターの体の両側を挟むように刺さる。

「最後の最後、見滝原が滅ぶとなればあの子との契約ができる。それくらいの皮算用はしているんじゃない?」
「否定はしないよ。鹿目まどかが有する才能をムダにするわけにはいかない。彼女が齎すであろうエネルギーは途方も無いものだからね」
「そうだよねぇ。どうせほむらちゃんも約束は破るだろうし……その辺は任せるよ?」

 ダーツのように一本の杭を構えて放り投げると、杭は奇妙な放物線を描いてインキュベーターを貫いた。
 そのままピクリとも動かなくなったインキュベーターをニコニコと笑いながら霞は拾いに行く。
 その途中、教室の真ん中に立つ恭介の横を掠めて、




「ぜーんぶ知って。それでどうするの?」



 耳打ちをするように呟く。
 その声に恭介はゾクリと身を震わせた。

「知ったからなんなのかな? まぁいいよ恭介君。どうせ君は一般人だ」

 先ほどとは違うとてもとても楽しそうな、感情の篭った笑顔で霞は言う。
 茫然とする恭介を嘲笑うかのように。
 無理くりな日常を踏み潰すように。

「逃げるなんてもう遅いよ。タイムアップ。残念賞。来週なんて来やしない」

 インキュベーターの死体を右手に持って窓から彼女は飛び降りた。
 恭介はその言葉を聞きながらも何も動くことはできなかった。
 できることなどなかった。
 彼にできるのは、美樹さやかを待つことだけだから。
 ただ茫然と霞が飛び降りた窓を見つめ、自分の考えを閉鎖する。
 何も考えるな。間に合わないなどと、そういった言葉に惑わされるな。
 そう自分に言い聞かせようとした。
 だが、そういった時に限って世界はどこまで優しくない。








さやかは校内中探し回り、やっと意識がないままにぐったりとしたマミを発見した。
どう見ても死体。そもそも息をしていない。
さやかはその事実に気づきながらも手に持っていた黄色のソウルジェムをマミに持たせる。
アイツに負けたなんて信じられるわけがない。
マミさんはあんな奴に負けない。
私と一緒にこの街を、恭介を守ってきたんだから。
大丈夫。
そう自分に言い聞かせるようにしてマミに改めて向き直ると。

「……っ!?」
「マミさん? だいじょう」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

 マミが叫んだ。
 その瞬間手に持っていたソウルジェムがみるみる内に黒くなっていく。
 さやかは急いでグリーフシードをマミのソウルジェムに貼り付け浄化をし、話しかける。

「マミさん? マミさん!」
「あ、あ、あぁぁぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「あたしです! さやかですよ?」

 マミはその声をようやく引き留めて、目線の合わないままさやかへ首を向けて

「美樹さん……」
「大丈夫ですか? ここ学校なんですけど……わかりますか?」
「私……霞さんと会って……それで……」

 思案して、思い出そうとしてしまって。
 言葉が、止まる。

「違う、私は……私は違う! あぁぁぁぁぁあああ!」
「マミさんダメです! 思い出さないでください!」

 さやかにはマミがどんな目を見て何があったのかはわからない。
 だが、わかるのはマミは精神的なダメージはあるが、肉体的なダメージはほぼ完治していること。
 そしてその精神的な攻撃によって鳴海霞に敗北したということだ。
 つまり、マミさんは直接アイツに負けたわけじゃない。
 そうさやかは判断した。
 
「マミさん。もう少しでまた魔女が出てきます。急いでみんなを守りましょう?」
「ダメ。ダメよ美樹さん。私は……私はもう魔女を殺せない……だって……」

 擦れるような声がさやかに届く。
 言葉の意味は理解できる、魔女は魔法少女。つまり人。
 前までのさやかならそこに絶望し、足を止めていたかもしれない。
 だが、

「マミさん。ダメですよ」
「……美樹さん?」

 マミが震える声が顔を上げるとさやかが柔和な笑顔でマミを見つめていた。
 それは先刻まで狂う程に叫んでいたマミには見せることがおかしい笑顔。
 それが故にマミもその顔と、その声に釘付けになる。

「魔女は、魔女ですよ?」
「でも……本当は元は」
「マミさん。『アレ』が人に見えますか? あの、化け物が」
「え?」
「気持ち悪い蝶々とか斑点がついたミミズとか。あんなのが人間ですか?」
「え? だって」
「マミさんはみんなを守るヒーローなんですよ? そんなことで止まっちゃダメです」

 マミはその事実に絶望していた。
 だがそれよりも。目の前のさやかの言葉がおかしい。
 まるで何か、押し付けるように、重ねるように。
 宥めているはずのさやかの言葉が『重い』。

「マミさんは私やみんなを守ってくれたじゃないですか」
「私は……みんなを……」
「だからこの街を守りましょう? 魔女から、化け物から」

 重ねるような重い言葉が。
 押し付けるような暗い善意が。
 逆に今のマミには伸しかかり、縛り付け、彼女の真実の絶望から引き上げる。

「そう……ね。みんなを守らなきゃ」
「そうですよマミさん!」

 マミも決して完全に回復したわけではない。
 ただ精神のよりどころを見つけただけだ。
 足は泥沼に埋もれたまま。
 ただ手だけで必死に光をかき集めて。
 
「魔女を、化け物を倒しましょう。美樹さん」
「はい!」

 さやかの笑顔は変わらなかった。
 だからこそおかしいのに。マミは気づかない。
 さやかは恭介を置いてきたことを思い出すと。

「美樹さんは恭介君と一緒に学校を出て頂戴。私はその後で」
「学校を出たらまどかのところに集合ですね」
「それでいきましょう」

 無理やり広げられた正義と。
 継ぎ接ぎの希望は動き出す。
 いつ壊れるかもわからないままに。歯車を回す。
 





 そして。

 夕刻、その時間。
 刻印は平等に、全ての人に絶望を与える。
 無論、魔法少女に護られる彼だって同じ事。
 教室を覗き込むように入ってきたさやかが恭介を発見し話しかける。

「恭介?」

 だが、教室にいた彼は無反応で教室の真ん中で木偶の様に棒立ちしている。
 さやかの言葉に全く反応がない。
 さやかがもう一度恭介の名前を呼ぼうした、その瞬間。




「うわぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!!」





 恭介の絶叫が教室に響き渡った。
 その声は、ただの悲鳴ではない。
 まるで全てを思い出したかのような、純粋な叫びだ。
 怒気も後悔も悲しみも全て全てを孕んだ言葉の群れだった。
 恭介は自分の身に感じるこの感情の渦がわからない。
 何故こんなにも急に自分が、自分の感情が放出されるのかわからない。
 だがその感情の渦を止めることもできず、排他することも吐露することもできずに全身を感情が支配する。
 その全ては自分が持っていた思い。
 隣にいる美樹さやかへ持ち続けていた黒い感情の塊。

さやかを苦しめ、それでもさやかを利用した『罪悪感』。
 それを行ってなお自分を保身する自分への『自己嫌悪』。

 そして何よりも。

 自分をこんなことに巻き込んだ世界への『悪意』。

 
 その感情が頭の中を恐ろしい勢いで駆けめぐり、さやかの顔や表情が頭が痛いほどにフラッシュバックする。
 自分の行いが、自分の悪意が。自分の頭の中で改めて再生されていく。
 
「……恭介?」
「うあ……うぅぅあぁぁぁぁ!」

魔法少女の姿で近づくさやかに、京介は逃げるように下がっていく。
重なるのは罪悪感と嫌悪感、そして魔女を斬り殺す彼女。
重ね、重なる魔女の刻印が与えたのは悪意のみではない。
自責、後悔、そして、自分への悪意も然り。

「僕は……いや、違う、僕が……僕が!」
「恭介! 落ち着いて……」
「く、来るなぁぁぁぁ!!!」

 あらゆる黒い感情に飲まれた彼が取った行動は簡単。

 心配して駆け寄るさやかに向けて机を蹴り飛ばすことだった。
 蹴り飛ばす、と言っても机が倒れて滑っていく程度のもの。
 だが、さやかにはわかりやすい『拒絶』。
 さやかは状況が掴めず、目の前の恭介に手を伸ばす。

「きょ、恭介……?」
 
 だが、恭介は虚ろな目がさやかを見つめながら涙を流して後ずさる。
 さやかからすれば魔女の口づけを見るのは本来初めてではない。
 だが、自分の知っている相手、好いている相手のこの変貌にすぐさま対応なんてものはできるはずもない。
 そしてそれが、さやかと彼にとって。
 文字通りの死活を分けた。


「来るな触るな近寄るな話すな動くな吸うな吐くな見るな居るな考えるな思うな重ねるな合わせるな揺れるな鳴らすな澄ませるな語るな詰めるな想うな理解するな!!!」

 呪詛のようにぶつぶつとそれでいて大きく激昂する。
 その言葉にさやかはやっと目の前の恭介の異変に気付く、いや気づかされる。

 ペタリ、ペタリ。
 
ペタリペタリペタリ。
 
 
ペタペタリ。ペタリペタペタペタリ。
 






ペタペタリリペペタリタペペタリタペタリペタリリペタリリペペタリタペタリリペタペタリリペタペタリリペタペタリリペタリペペタリペタリタリペペタリタリペタリペタペタリリペタペタタタリリリペタリリペタリペペペタペタリリペタリタリペタリタリぺぺタぺぺ……

 



 何かを貼り付けるような陳腐な音が重なり、合わさり彼の体を蝕む。
 ひとつひとつが子供向けのポップなシールのような刻印が貼り付けられ、顔を、腕を、埋めていく。
 
「あ、あ、……きょ、きょう」

 恭介が、飲まれていく。
 目の前で起こっていることが何かはわかる。
 魔女の口づけ、魔女が一般人へ行う呪い。
 それは知っている。マミさんが教えてくれたから。
 だけど。
 だけどこれは、あんまりじゃないか。

 目の前の恭介はもう既に人ではなかった。
 『黒い何か』だ。
 それだけではない。恭介の足もとを起点にドンドンと教室にベタリベタリと魔女の結界が増殖を始めていた。
 黒の塊はユラリと揺れて、逆にさやかに手を伸ばす。
 魔女の刻印で肌の色さえわからないほどの悪魔の手。

「ヒッ……」

 さきほどまでさしのばしていた手を怯えながらに引いて身を後ろに下げるさやか。
 だが、黒い手はそのままゆっくりと前に進んでさやかの手を、掴んだ。

「恭介……? ねぇアタシだよ? さやかだよ? ねぇ?」
「さやか」
「うん! そう! 恭介の幼馴染で、私は恭介が大好きで」
「さやか」

 どすっ、という音。
 さやかは魔法少女の姿だったにも関わらず、その音に理解できず、そのままへたり込む。
 その音は目の前の塊、恭介が自分を押し飛ばした音。
 そして。
 そのまま覆いかぶさるようにして黒い塊は身を下げて。

「恭……っ」

 刻印に塗れた黒い手がさやかの首を、絞め始めた。






「危ない危ない。逃げて正解だった」
「美樹さやかのことかい?」

 住宅地を歩きながら隣をひょこひょこと歩くキュゥべえに霞は答える。

「予想外のところが爆心地になったと思ってさ。魔女結界の起点はあの学校だね」
「確認はできたが君は想定外だったのかい?」
「弱い魔女はなぜか魔法少女達に飛び込みたがる自殺志願者ばかりだもの、ある程度は考えてたさ」
「なら想定内の結果だろう? あの場所にマミを放置したのも、さやかを誘導したのも君じゃないか」
「本当ならほむらちゃんとまどかちゃんのところにどっかりと発生させたかったんだけどね」

 霞によって精製された出来損ないは前述のように魔法少女を最善の餌として認識する。
 実際得られるエネルギーがそうなのだから正解ではあるのだが。
 魔女も使い魔もその全てが魔法少女の元へ密集してしまうのがこの魔女の群れだ。
 それが故に魔女の口づけも最初の起点は魔法少女がいる周辺地域から始まる。
 今回で言うならば、結界発動の少し前まで霞がいて、且つ現在さやかとマミがいる学校は魔女の吹き溜まりになるのは明白であった。
 その性質をわかっているからこそ、キュゥべぇは首をかしげて、

「わかっていたのなら君はまどかの家の前にでも立っていればよかったんじゃないかい?」
「それはないわね。そしたらきっとほむらちゃんに殺されちゃうもの」

 ケラケラと笑う霞。
 そして思う。
 教室に一人残っていた男子生徒のことを。
 事件のせいで学校は完全な無人。その校舎に魔法少女ともに入った一般人の少年を。
 もしかしたら他に人はいるかもしれない。しれないが。
 魔法少女の目の前をうろつく格好の餌に彼らが、魔女の群れが目をつけないはずがない。
 数百?数千?もしかしたらそれ以上の魔女や使い魔に魅入られてしまったら。
 
「さやかちゃんは大丈夫かねぇ?」







「あっ……がっ……」

 目の前で呻いている。
 誰かが、苦しんでいる。
 何故? 何故苦しんでいる?
 苦しい。悔しい。恐ろしい。
 何故? 何が怖い。
 魔法が、魔女が、そんな異常が。
 何故? 何故異常が起こった?
 異常。異常。異常。
 

 奇跡も、魔法も、あるんだよ


 そうだ。悪いのはこいつだ。
 これだ。
 何故こんな目に合わなければならない。
 こいつのせいだ。
 『   』のせいだ
 死ね。
 死ね。死ね。死ね。

 『   』って誰だ?
 『   』って何だ?
 『   』って……


 馬鹿だなぁ恭介は。

 
 『さ  』

 この曲すごいいい曲だよね?

 『  か』

 




 
「あぅ……がっ……」

 黒い塊が目の前で私の首を絞める。
 いや、目の前の彼は、恭介だ。
 それはわかる。わかるけど。
 意識が朦朧とする。意識が保てているのは間違いなく魔法少女の治癒力のおかげだ。
 それでも息が足りず、抵抗もできない。
 彼の足もとから湧き出るように浸食していく魔女の結界。
 正確にはその入り口が泡立つようにボコボコと現れては自分の体の真下を流れていく。
 その度に結界が小さく開いては手やら触手やらが自分の手足を押さえつけながら流れていくのだ。
 気が付けば視界の中にはもう彩色の結界が恭介の背後を彩っている。
 もう教室は影も形もなく、結界に結界が重なった悪夢のような光景が広がっている。
 ただ、抵抗ができないわけじゃない。
 魔力を振り絞って剣を出せば。それを振り回してしまえば。
 自分は間違いなくいともたやすくこの場を抜けられるだろう。
 だけどそれは、目の前の恭介ごと切裂くということだ。
 そんなことできるわけがない。
 目の前で首を絞めている存在が恭介には見えない化け物でも。
 さやかは薄れる視界の中、振り払うわけでもなく手を伸ばす。
 このまま首を絞められて死ぬのもいい、とすら考えて震えながら。

 こんなことになったとしても。

 一度は心が通じたのだと。
 
 そう、信じて。

「きょ……すけ……」

 その手が、触れ



 そして。





 仲間のピンチに、正義の味方は必ずやってくる。
 



あとがき:
3年オーバー放置してたのに今更の更新です。申し訳ありません。
完全に話が読めないかと思いますがご了承ください。
今回はさやか編でした。まぁロクなことにはなりません。

そもそもアニメ本編が成功した事例な時点でこの世界はどうあがいても(ry

次は近日中にあげます。とりあえず年内もしくは1月中には終わらせなければ。


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