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[27853] 幻想郷覚書 (東方天晶花 第二部)【完結】
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2016/12/19 22:01
<初投稿:2011/05/19>
<完結 :2016/12/19>




このSSは前作「東方天晶花」の続きです。前作からの設定が全て引き継がれております。
また、以下の点にご注意ください。

 ・オリ主最強系
 ・ラブコメっぽい(?)要素あり
 ・二次創作の設定を採用している場合あり
 ・設定の独自解釈あり
 ・東方シリーズを大まか知ってる前提(風神録までのキャラは説明無く登場致します
 ・性格が大幅変更されているキャラ有り(レギュラーメンバーは特に顕著です
 ・旧作の設定、及びキャラが登場します。
 ・星蓮船以前の設定で話を構築しているため、ダブルスポイラー以降の設定は適用されない場合があります。


(2012/09/03:追記)
 諸事情から、地霊の章十七話と十八話は「次を表示」「前を表示」が出来なくなっています。
 一端削除して再投稿してもおかしいリンクがズレるだけなので、修正は出来ません。
 御手数ですが、全体メニューを使って次話に移動してください。



 

○幻想郷覚書 キャラ紹介


  ※これは、「東方天晶花」終了時の主要キャラ達の設定紹介です。
   天晶花のネタバレが多分に含まれています。
   また、前作登場キャラを全て網羅しているワケではありません。ご注意を。  




名前:久遠 晶(くおん あきら)

能力:『無』を『有』にする程度の能力
 
   以下、晶が覚えた能力箇条書き

   ■相手の力を写し取る程度の能力
     ○冷気を操る程度の能力
     ○風を操る程度の能力
     ○気を使う程度の能力
     ○狂気を操る程度の能力
     ○花を操る程度の能力

備考:神出鬼没の不確定事象。本作の主人公兼ヒロイン、異論は認めない。
   首輪付き魔法少女風腋メイド女装少年闘士という属性過多な存在。どうしてこうなった。
   前作で「天晶異変」を起こし、幻想郷の新たな住人となる。
   天性の才能と、それを全て台無しに出来るうっかりの持ち主。
   現在は、幽香のペットで文と紫の弟でフランの教育係でチルノの子分で紅魔館のメイドで永琳の弟子。詳しくは前作を。



名前:射命丸 文(しゃめいまる あや)

能力:風を操る程度の能力

備考:伝統の幻想ブン屋。晶のセカンド姉で、彼を愛でる事を命題にしている。
   基本は記者モードなので丁寧語、仕事モードや親しい相手には素の喋りに戻る。覚書でもそういう設定。
   ただし晶には丁寧語。姉としてのほぼ無い威厳を保つためだが、当然あまり保てていない。
   幽香とは不倶戴天の間柄。ただ、なんだかんだで相性の方は良い。紫とは姉の座を奪い合っている。
   妖怪の山ではトップクラスの実力者で、彼女より強いのは天魔くらいと言われる程。



名前:風見 幽香(かざみ ゆうか)

能力:花を操る程度の能力

備考:四季のフラワーマスター。晶のご主人様でドS担当。
   周りに非常識な妖怪や人間が多過ぎるため、ツッコミ役や常識人役になりやすい。
   晶との全力の殺し合いを望んでいるため、彼がより強く成長する様に色々と無理難題を吹っかけている。
   自称姉達程では無いが、さりげなく晶に甘い。ただし本人にその甘さを見せようとはしない。
   文とはトムとジェリーの関係。喧嘩の余波で今日も幻想郷がヤバい。



名前:八雲 紫(やくも ゆかり)

能力:境界を操る程度の能力

備考:神隠しの主犯。晶のファースト姉で、内心で彼を愛でたがっている。
   幻想郷の管理人としての立場に準じながらも、出来る限り晶の意思を尊重させていた。
   黒幕気質で隠れドジっ子。必要な事も不必要な事も口にしないためとても胡散臭い。
   幻想入り後も一応は晶の後見人だが、諸事情から一緒に住む事は出来なかった。
   文とは姉の座を奪い合うライバル。しかし晶に腋メイド服を着せた事は評価している。






[27853] 序章「久遠再帰/幻想パラダイムシフト」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/05/25 18:29

「晶さん。貴方が居なくなってからは、幻想郷が随分と静かになっちゃいましたよ」

「今、外の世界で何をしているのでしょうか」

「妖怪であるこの身が……今だけは、歯痒いです」





幻想郷覚書 序章「久遠再帰/幻想パラダイムシフト」





 薄暗い室内に、女性のくぐもった吐息の音が響き渡った。
 必要最低限の舗装すらされていない無機質な部屋の中には、不釣合な大きさのベッドだけが置かれている。
 それは、この部屋の用途が一つしかないという証。
 室内から漂う異臭が何か分からなくとも、何が原因で異臭がついたのかは誰の目にも明らかだった。
 故に、理解しているからこそ、女性は無駄でしかない抵抗を繰り返す。
 すでに縄で縛られた両手足は赤く擦れ上がり、僅かにだが血が滲み出ている。
 それでも女性は、陰惨たる未来から逃れるため必死に足掻く。それが無駄な事だと半ば悟っていても。

「ただいま~。ゴメンねぇ、元気してるかなぁお嬢ちゃん」

「元気にしてくれないと困るんだけどねー。まぁ、無いなら無いで売りようはあるんだけどさぁ」

 だが、僅かに残った希望も扉の開く音と共に儚く砕け散る。
 下卑た笑みを浮かべながら、黒いスーツの男達が無遠慮に部屋の中へ入り込んできた。
 必死に藻掻く女性の姿を確認し、男達は醜い笑顔をさらに醜悪に歪める。
 
「おーおー、元気で結構。こりゃ良い絵が撮れそうだな。おい、早くカメラ用意しろよ」

「急かすなよ。へへへ、悪いねお嬢ちゃん。たーっぷり可愛がってやるから安心してくれや」

「おいおい、そんな事言っちゃ余計ビビっちまうだろ? けけ、そっちの方が俺はソソるけどな」

 完全に自分の事を『モノ』としか見ていない男達の視線に、女性は嫌悪と恐怖から身体を縮こませた。
 しかしそれも、男達にとってはいつもの事である。
 口調の軽さとは裏腹に、男達は手慣れた動きで‘撮影’の準備を整えていった。
 会話の内容こそ下品で性的なモノばかりだが、全員の言葉にはどこか事務的な響きが含まれている。
 そう、実際のところ男達には、彼女自身への興味が殆ど無いのである。
 だからこそ、女性の恐怖心は加速していく。
 何故なら男達は、幾らでも代わりのいる消耗品としてしか女性の事を見ていないのだから。
 
「さーて、そろそろ撮影開始だけど……準備はいいかなぁ、お嬢ちゃぁん」

「いやぁ~、お嬢ちゃんには本当に同情するよ。ま、犬でも噛まれたと思って諦めてね! アハハハハッ」

 どうして自分が。そんな女性の考えを見透かした男達が、その嘆きを嘲笑う。
 理由など有りはしないのだ。偶々、本当に偶々都合が良かったから攫っただけの話に過ぎない。
 そう、男達にとっては‘いつもの事’なのである。それを知って絶望する、今の女性の姿も含めて。
 女性の身体からゆっくりと力が抜けていく。抵抗の意思を失いつつある彼女は、声にならない声で助けを求める。
 救いを求める声は、誰にも届かない―――はずだった。

「そこまでだっ!!」

 荒々しい音と共に、唯一の入り口である扉が乱暴に開かれる。
 本来現れるはずの無い闖入者へと、男達と女性の視線が一斉に向けられた。
 そしてその姿を視認した瞬間、全員の思考が停止した。
 


 ―――魔法少女だ。



 突然やってきた「非現実」を、女性はそう評した。
 袖の無い白いワイシャツの上にレースの付いた黒いベストを羽織っているため、腋が完全に露出している上半身。
 薄桃色のティアードスカートの前面が開いたモノに、黒いプリーツスカートを組み合わせた下半身。
 その両方を繋ぎ止めるための腰のコルセットと黄色い布。より腋を強調させる形になる別袖。蝶を模した顔を隠す仮面。
 場違いな程可愛らしい、何度見てもそうとしか説明する事の出来ない魔法少女である。
 首輪をしていたり頭襟を被っていたりと妙な所も随所に見受けられるが、存在そのものがおかしい現状ではそれも些細な問題に過ぎない。
 むしろ違和感があるのは、その手に握られた無骨で飾り気の無い鉄棍だろう。
 ファンシーに纏まった少女の外見で、唯一その‘凶器’だけが現実感に溢れていた。

「女性を拉致監禁し、口にも出せぬ悍ましい行為を致そうとは言語道断! この華蝶仮面が成敗する!!」
 
「……へ、へへ」

 そしてその違和感が、いち早く男達を正気へと引き戻した。
 凶器と言う分り易い脅威と敵対を意味する台詞が、男達の世界の‘常識’とピッタリ噛み合ったためだ。
 頭のおかしい自称正義の味方か何かだと当たりを付けた男達は、嘲笑と共に懐から黒光りする凶器を取り出す。
 それは、女性にとってテレビの中でしか馴染みのない、別の意味での「非現実」だった。
 
「そうかい。それはご苦労様だな」

 男達の内の一人が、筒状の先端を少女に向ける。
 拳銃――人類の発明した負の英知の存在を、男達は当然の様に受け入れていた。
 その余裕の根源にあるのは、凶器を咎める者がいないと言う確信だ。
 男はそのまま、無造作に拳銃のトリガーを引く。
 消音器を取り付けられた銃口は、玩具の様な軽い音と共に鉛玉吐き出した。

「――――っ!」

 女性は、凄惨な光景から目を背ける様に顔を逸らす。
 そんな彼女の耳に届いたのは、少女の絹を裂くよう悲鳴――では無く、何かが吹き飛ぶ様な激しい破砕音だった。
 異変に気づいた女性は、ゆっくりと視線を前へと向ける。


 するとそこには、彼女の想像を遙かに超えた光景が広がっていた。


 先程まで拳銃を構えていた男は、壁際で項垂れ気を失っている。
 その男が居た場所には、拳を突き出した姿勢で不敵に微笑む無傷の魔法少女の姿が。
 何が起きたのか、理解出来たのは少女本人だけだっただろう。
 ‘放たれた銃弾を避けながら、相手との距離を詰めて殴り飛ばす’等という芸当は、男達の「常識」にも女性の「常識」にも有りはしないのだから。
 同時に他の男達との距離も詰めた少女が、手に持っていた鉄棍を振りかぶる。
 辛うじて自らの「常識」と合致出来る行動に気づいた男達は、ほとんど反射的に懐の拳銃を抜き放った。
 それは、先程の非現実を否定したいがための行動だったのかもしれない。
 だがそんな男達の僅かな抵抗も、一瞬にして水泡に帰す事になる。

「おっとっと、危ない危ない」

「―――なっ!?」

 少女が鉄棍を振り回すのとほぼ同じく、金属を弾く音が何度も室内に響き渡る。
 今度は、女性にも何が起きたのか理解する事が出来た。
 男達の放った弾丸を、少女が鉄棍で全て弾き返したのである。
 否、そうとしか考える事が出来なかったのだ。
 冗談のような事実だとしても、弾丸を受けたはずの少女には傷一つついていなかったのだから。
 一方で男達は、未だに事態を少しも把握していなかった。
 自らの価値観を、「常識」を、全て破壊する存在を許容することができなかった為だ。
 故に男達は、戦っている相手が自分達と同じ‘常識’で動いていると己に言い聞かせたまま――不可視の速度で放たれた鉄棍に為す術無く倒されたのだった。
 
「ふっ、他愛のない奴らだ」

 皮肉げな口調だが、少女の表情はあからさまに満足気だ。
 本心で述べていると言うよりは、言うべき好機だったから口にした。といった様子である。
 納得したように何度も頷いていた少女は、ふと何かに気が付いたように女性の方へ視線を向けた。
 拘束されたままの女性の姿が、少女の瞳に映る。
 
「……失敬、勝ち誇るより先にやるべき事があったようだな」

 苦笑いを浮かべながら女性に近づいた少女が、やけに透明なナイフで女性の手足を縛る縄を切っていく。
 拘束を解かれた女性は、手足の調子を確認しながら自らを助けた少女に問うた。

「ありがとう。その、貴女は?」

「ふ、通りすがりの正義の味方――と言った所さ」

 なんとも陳腐でお約束通りな会話だと、女性は内心で感嘆の声をあげた。
 恐らくはそれも、目の前の少女のコテコテ過ぎる「正義の味方」演技の影響なのだろう。
 彼女に関わる全ての事象が非常識なためか、女性も徐々に現在の状況へと馴染みつつあった。
 冷静になった女性は、個人的な興味も込めて少女に抱いた疑問を尋ねようと口を開く。
 しかし、女性が語ろうとした言葉はパトカーのサイレンに遮られてしまった。
 少女は大袈裟に肩を竦めながら、賞賛の笑みを口元に浮かべる。

「存外、日本の警察というのも優秀なのだな。連絡してからまだ十分も経っていないと思っていたが……」

 顎に手を当て呟きながら、少女は窓際に歩いて行く。
 女性の位置から見える範囲でも、この部屋が相当な高さにある事は分かるのだが。
 少女は躊躇う事無く窓を開き、軽い仕草で窓枠に両足を乗っけた。

「では、私はこの辺で。貴女の安全は警察が確保してくれる事だろう」

「え、あ、その……」

「何か?」

「こっ、怖くない? そこから降りるの」

 思わず口にした質問のあまりと言えばあまりの内容に、女性は思わず頭を抱える。
 本気でそんな事が気になったワケではない。居なくなる前にとにかく何かを聞こうとして、咄嗟に思いつけた疑問がソレしかなかっただけだ。
 自己嫌悪で顔を真赤にした女性の姿に、ポカンとしていた少女は意地の悪そうな笑みを浮かべた。
 少女は背中に‘氷で出来た’翼を生み出すと、軽く羽を揺らしながら答える。

「―――大丈夫さ。正義の味方は、高い所とお友達だからね」

 冗談とも本気とも聞こえる口調で、少女は窓から‘飛び立って’いく。
 氷の羽根を残し、空の彼方へと消えていった少女を見送りながら、女性はこの事態を警察にどう説明したものかと頭を悩ませるのだった。
 







 

「お疲れ様、調子の方はどうだったかしら」

「本気は出してないので、正直あまり分からなかったのですが……まぁ、本調子にはなったと思いますヨ」

「あら。拳銃程度じゃ全力を出すまでも無いだなんて、随分と成長したのね」

「自分でも結構驚いてます。鉛玉って超遅い」

 人気の無い路地裏で、道士風の女性が先程の魔法少女を迎える。
 蝶の仮面を外した‘彼’は、先程までの態度が嘘のようにヘラヘラと笑いながら肩を竦めた。
 彼の名は久遠晶。魔法を使うワケでも無ければ少女でも無い、元外の世界の住人である。
 
「と言うか良かったんですか? 何かこう色々と」

「それは、すでに幻想郷の住人である貴方を外に連れてきた事? それともこうやって、リハビリを兼ねて派手に暴れさせた事?」

「全部っす。僕はもう二度と外には出られないと思っていたんですけどね。後、外で能力こんなに使っていいんですか?」

「そんな貴方の疑問には、一言で答える事が出来るわね」

「……その、一言とは?」

「私は、身内贔屓をする女よっ!」

「思いっきり権力を私的利用してたーっ!?」

 呆れ顔の彼の表情をどう受け取ったのか、目の前の女性――八雲紫は自慢気に胸を張った。
 彼女は幻想郷の管理者であり、同時に久遠晶の保護者でもある一種一妖の隙間妖怪だ。


 ――天晶異変と呼ばれる、一人の少年が幻想郷に居場所を求めた騒動から一ヶ月。


 瀕死の重傷から回復した久遠晶は、その八雲紫の勧めで少し前から外の世界に滞在していた。
 目的は傷の療養と身辺整理。もちろん本来は出来るはずの無い事だが、本人も認めた通りこのスキマ妖怪、身内に対しては大甘なのである。
 正論で彼女を止めようとした式を暴論で抑え込んだ八雲紫は、巻き込まれた久遠晶の方が何度も謝るほど軽い態度で外の世界へと出かけたのだった。
 例え管理者と言えど、そこはやはり幻想郷の妖怪。根っこの部分は自分本位で自由気儘なのだ。
 
「なんだか申し訳ないなぁ。こんなにも優遇され過ぎてると……」

 余りにも明け透けな八雲紫の態度に、久遠晶が困ったように頬をかいた。
 八雲紫の‘身内贔屓’は、今回のコレに限った事ではない。
 それを、久遠晶は身辺整理の最中にイヤというほど知る事となった。

「昨日だって、退学の挨拶しに学校へ行ったら、普通に昨日の話をされて焦ったんですから」
 
「あら、それは私の話を信じていなかった貴方が悪いんじゃない」

「いやいや、そりゃ信じられませんよ。外の世界では、僕は‘居なくなってすらいなかった’だなんて」

 それは、彼が外の世界への帰還を望んだ時のための保険だったのだろう。
 外では久遠晶は行方不明にならず、極普通に学校へと通っていた事になっていたらしい。
 本当に‘久遠晶’が通っていたのか、皆がそう認識しているだけなのか、そこまでは八雲紫は語ってくれなかった。
 しかしどちらにせよ、多大な手間がかかっている事に違いはない。
 故に久遠晶は、手間を無為にした事も含めて申し訳無く思っているのである。
 
「うふふ、そんなに気にしなくてもいいのよ? 実はソレ、嫌がらせも兼ねたアリバイ工作だったから」

「い、嫌がらせっすか?」

「だって貴方、突然頭が悪くなった理由を説明なんて出来ないでしょう?」

「―――あ」

 なるほど、と久遠晶は思わず納得した。
 外で‘久遠晶’が普通の日常を過ごしていたとしても、それが自身に返ってくるワケでは無いのだ。
 数ヶ月の遅れを取り戻そうにも、対外的にはちゃんと授業に出ているのだから説明は難しい。
 実は本物の久遠晶は行方不明になっていて、今まで学校に通っていたのはニセの久遠晶だった――等と説明しても、救急車を呼ばれるのが関の山だろう。

「あの、紫ねーさま? 冷静に考えるとその嫌がらせ、人生が破滅するんですけど」
 
「どちらにせよ、貴方の通ってる学校で数ヶ月の遅れは致命的だったから一緒よ」

「……それもそうですね。じゃ、この話はおしまいと言う事で」

「構わないわよ。なら次は新しいメイド服の着心地を教えてもらおうかしら」

「その話もおしまいと言う事でっ!」

「だぁめ」

「………らじゃぁ」

 からかう様な、それでいて瞳の奥に強い意思を湛えた八雲紫の笑みを受け、久遠晶はがっくりと肩を下ろした。
 彼のメイド服は、女装趣味の無い彼に常備させるためもう一人の姉――射命丸文が用意した特別製だ。
 様々な経緯で多数の人物の手が加わったこの服は、幻想郷でも五本の指に入る程の防具である。
 しかし、天晶異変で久遠晶が使った『反則』の前には、さしものメイド服も耐える事が出来なかった。
 原型を止めない程ボロボロになった服の修繕を申し出たのは、‘ある意味’破損の直接的な原因となった八雲紫であった。
 
「私、烏天狗と仲良くする気は欠片も無いけど――彼女が貴方にメイド服を着させた事だけは評価してるの」

「評価しないでください、お願いだから」

「ちなみに、スカートのヒラヒラは私とお揃いよ。後ついでにサービスで花の妖怪とお揃いのベストも用意したわ、柄は違うけど」

「僕に対するサービスじゃないですよね、ソレ」

 項垂れながら文句を言われても、八雲紫の不遜さは変わらない。
 それは、己の絶対的な優位を確信しているが故の態度だった。
 
「で、着心地はどうだったの?」

「……完璧でございました」

 専用である事を前提に仕立てられたメイド服は、彼の動きを最大限に活かす造りになっている。
 そのため、修繕しただけでも性能的には何の問題も無いのだが。
 八雲紫は気付いていた。その服が想定していたのは、あくまでも‘以前の’彼なのだと。
 幻想郷で多くの戦いを経験し、真の己を知った久遠晶と服の間には、誤差では済まない齟齬が生まれていた。
 今回の修繕はただのデザインチェンジではなく、その齟齬を埋めるための‘調整’でもあったのだ。
 もっとも、八雲紫はその事を明言する気等ないし、久遠晶も全く気づいていないのだが。

「ふふっ、なら問題無いわね。幻想郷に戻りましょうか?」

「そうですねぇ。皆への挨拶も済んだし、身体の方も完治したみたいですし、そろそろ帰りますか」

 八雲紫の言葉に、あっさりと久遠晶は同意した。
 ともすればこれが、外の世界への最後の滞在となるにも関わらずだ。
 その淡泊とも言える態度に、八雲紫は嬉しそうな、しかし苦笑にも見える笑みを浮かべる。
 外の世界への未練は、異変の際に全て切り捨ててしまったのだろう。 


 久遠晶は、それが出来る人間だ。


 人並みに執着心はあるし、情も深い。けれどその本質は博麗の巫女と同じ――何者にも縛られない。
 今後も久遠晶は普通に外の世界の話をするだろうし、過去を振り返る事もするだろう。
 だがそれだけだ。故郷への郷愁を感じる事も無ければ、後悔する事も無い。
 どんな出来事も彼の中では、ただの思い出としてただの記憶として、時間の流れに乗って消化されていくのだろう。
 恐らく、幻想郷を去る決断を下していた場合でも。

「……貴方が幻想郷を愛してくれた事を、私は感謝するべきなのでしょうね」

「ほへ? 何か言いましたか?」

「ふふふっ、帰った後の貴方はいったい何をしでかすのかしら。って言ったのよ」

「しでかすって……酷いなぁ。僕は、初心に帰って幻想郷を隅々まで見回ろうと思ってたんですよ?」

「そして行く先々で、色々と問題を起こすわけね」

「はっはっは、否定はしません」

「楽しそうで良いわねぇ。だけどその前に、決着はつけてもらわないと困るわよ」

「……決着?」

 首を傾げる久遠晶の前に、人一人が入れる程度の空間の隙間が開く。
 無数の目が監視するかの様に見つめてくる空間の向こう側には、幻想と現実の境目たる神社の姿が広がっていた。





「天晶異変。――貴方の起こした異変の決着よ」









おまけ1


「晶さぁん、帰ってきてくださいよぉ~」

「……今日もやってるの、あの烏天狗」

「そうなんだよ。一応仕事はしてくれるんだけどさ、暇があるとすぐあんな感じで」

「しょうがないわね。ちょっと私が活を入れてきてあげるわ」

「程々にお願い。……ところで幽香、ここの所ほぼ毎日妖怪の山に来てないかい?」

「………………気のせいよ」





おまけ2


「蓮子! 良かった、無事だったのね!!」

「何とかねー。……ごめんメリー、心配かけちゃって」

「蓮子が元気ならそれでいいわ。でも、本当に大丈夫なの?」

「ぜーんぜん平気よ! あ、そうだメリー、聞いて聞いて」

「なぁに?」

「実は私さ。―――正義の味方に会ったんだ!」





[27853] 天晶の章・壱「久遠再帰/楽園の素敵な巫女」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/05/26 00:02


「本当に、面倒な奴を連れてきたわね」

「あら、中々に面白い子だったでしょう?」

「鬱陶しいだけだったわよ。それに――」

「それに?」

「私の勘が言ってるの。アイツは、後々面倒なヤツになるってね」





幻想郷覚書 天晶の章・壱「久遠再帰/楽園の素敵な巫女」





 どうも、幻想郷在住になっても特に変わらない久遠晶です。
 ねーさまの気紛れ――もとい、心遣いで外の世界に出かけていた僕らですが、この度幻想郷に帰ってまいりました。
 ……どうでもいいけど、スキマで直帰出来るのなら行きで電車を使う必要は無かったんじゃ。
 
「あら、旅の情緒は欲しいじゃないの」

「お家に帰るまでが旅だと思います」

 まぁ別に、ただの現実逃避だからどうでも良いですけど。
 思えば初めて来た事になる、‘幻想郷側’の博麗神社の境内で僕は溜息を吐いた。
 テンションが低いのは、幻想郷に戻ってきたからではない。
 スキマに入る前に紫ねーさまが言った、異変の決着をつけると言う台詞が気になっているからだ。
 一応、僕的には決着がついたと思ったりしちゃったりするワケなんですけどね?
 何だか凄く嫌な予感がしますよ? 危機感知センサー久々に鳴ってますよ?

「さてさて、あの子はちゃんと居るかしらね――あら」

「騒がしいのと胡散臭いのが来たわね。素敵なお賽銭箱ならあそこよ」

「もう、霊夢ったら。貧困に喘いでいっぱいいっぱいなのは分かるけど、床下に食料は無いわよ?」

「最近鼠がウロチョロしてるから、罠を仕掛けてただけよ。……それとも、その顔面を思いっきりぶん殴って欲しいの?」

 徐に床下から出てきたのは、以前の異変で出会った博麗の巫女さんだった。
 彼女は本格的に面倒くさそうな顔で、僕とねーさま――特にねーさまを睨みつける。
 ところで、騒がしいのって僕の事ですよね間違いなく。ロクに喋っても無いのに何で分かるんですか?
 さすがは博麗の巫女だと言わざるを得ない。とりあえずは、ご機嫌取りも兼ねて僅かだけどお賽銭を入れておこう。

「……まさか、本当にお賽銭を入れるヤツが居るとは思わなかったわ」

「え、ここって神社ですよね?」

「それを分かってない妖怪共が多々いるのよ。ああ、後敬語とか要らないから。私の方が年下っぽいし」

「そう? じゃあ遠慮なく。宜しくね巫女ちゃん」

「……霊夢よ。敬称に関しては文句を言わないであげるから、せめて名前で呼びなさい」

「おっけー、改めて宜しくね霊夢ちゃん」

 しかしそうか、霊夢ちゃんは年下なのか。いや、外見からして年下にしか見えないんだけどさ。
 今まで実年齢と外見年齢が十倍以上離れてる人ばっかだったから、どうもそこらへんを判断材料から除外してしまう様になっていたらしい。
 霊夢ちゃん人間だから、外見通りの年齢だと思って良かったのにねぇ。
 僕の知り合いって、ノット人類多過ぎやしないかな。今更だけど。
 ちなみに人外知り合いの内の一人は、僕らの微妙なやり取りを心底楽しそうに眺めている。
 どうやら、霊夢ちゃんが調子を狂わせた顔をしているのがおかしくて堪らない様だ。
 我が姉ながら屈折してるなぁ。このために僕を呼んだのだとしたら、軽くグーで訴えるレベルですヨ? いや、しないけどさ。

「さて、と。霊夢の困っている顔も存分に堪能したから、そろそろ本題に入りましょうか」

「弾幕ごっこなら喜んで受けるわよ。今すぐにでもかかってきなさい」

「ならお願いするわね。残念ながら相手はこの子だけど」

 ……なるほど、そう来ましたか。
 ねーさまがさらっと口にした言葉に、僕は驚愕では無く苦笑する。
 目の前の少女――博麗霊夢は異変解決人だ。彼女が異変を起こした原因を‘倒す’事で初めて、異変は本当の意味での解決を迎えるのだろう。
 しかし前回の異変? で僕は彼女と戦う事は無かった。
 戦う前に解決しちゃった上に、戦う事すら出来ない程ボロクソになっちゃったのだから、仕方が無いとは思うけどね?
 やはり幻想郷の管理者としては、きっちりとカタをつけておきたいのだろう。多分。自分で言ってて全然そんな気がしないけど。

「……アンタが仕組んだ茶番の落とし前を、何で私がつけないといけないのよ」

 そしてどうやら、霊夢ちゃんも似た様な結論に至ったらしい。
 僕より五割ほど言い方がキツイが、言ってる内容はほとんど僕の結論と同じである。
 そうなんだよねー。そもそも、僕の起こした異変って厳密に言うと異変じゃ無いんだよねー。
 最後にやらかした『反則』がそれなりに被害を出したらしいけど、それはどちらかと言うと結果論だ。
 異変の動機にも目的にも欠片も掠らない。人的被害も一応はゼロだし。
 つまるところ、あの異変は幻想郷にこれっぽっちも影響を与えていないのである。哀しい事に。
 正直、異変と呼んでいいのかどうかも躊躇う所だ。実際専門家の霊夢ちゃんとかは異変だなんてちっとも思っていないのだろう。
 しかしそこはさすがの紫ねーさま、自分に百パーセント分が無い事を理解した上でニコヤカに微笑んで見せた。
 その意味の無い自信は尊敬にすら値します。真似する気はしませんが。

「ふふ、貴方達が戦う事に意味があるのよ。理由は秘密だけどね」

「…………」

「…………」

 可愛らしくウィンクする紫ねーさま。この場合、理由とやらは絶対に話してくれないから聞くだけ無意味だろう。
 そして拒否権を行使しても、何やかんやの内に同じ状況に持ち込まれてしまうワケで。
 ……いっそ幽香さんみたいに権利全てを奪ってくれた方がマシだよね、コレ。
 とりあえずゴネるだけ完全に無駄なので、大人しく戦ってしまうのが吉だ。見れば霊夢ちゃんも同じ気持ちらしいし。

「お互い、鬱陶しいのに目を付けられたわね」

「あはははは、否定はしません」

「あら酷い。ゆかりん泣いちゃうわ」

「はぁ……面倒だからさっさと終わらせるわよ」

 そう言って、霊夢ちゃんは懐から弾幕用のお札を取り出した。
 纏う雰囲気もダウナー系の女の子から、退魔の巫女へゆっくりと変わっていく。
 うーむ。改めて考えると、病み上がりな上に一部装備の足りない今の僕にはキツい相手だよなぁ。
 魔法の鎧、アリスに渡すんじゃ無かったよ。
 もっともあれも『反則』の影響でボロボロだったから、今手元にあっても何の役にも立たなかっただろうけどね。
 ……まぁ、たまには勝ち負け気にせず正々堂々と戦うのも有りかな。
 僕の実力が、博麗の巫女にどこまで通用するのかも知りたいし。

「よしきたっ! せめて一分は耐えてみせるよ!!」

「自分で言ってて情けなく無い?」

「ほんの少しね!!」

 呆れ顔の霊夢ちゃんにそう答えて、僕は全力で駆け出した。
 右腕に気を溜めこんで、彼女に向かって突き出す。
 まずは様子見だ。これでどう動くか――

「紅魔館のグータラ門番と花の妖怪の動きか。また節操無く取り入れたモノね」

「……はれ?」

 おかしい。僕は確かに今、霊夢ちゃんへ攻撃を仕掛けたはずだ。
 なのに何故彼女は、僕の背後で呑気に攻撃の分析なんかをしてるんだろうか。
 ひょっとして避けられたの? え、いつの間に?
 唖然としながらも僕は、後ろの霊夢ちゃんから距離を取る。
 僕と戦っているはずの霊夢ちゃんは、頭をかいたまま微動だにしない。
 ……この子は、今まで戦ってきたどのタイプとも根本的に違っている気がする。
 戦いに対するスタンスが違うと言うか、考え方が違うと言うか……とにかく‘異質’過ぎるのだ。
 その異質の正体を探るため、僕は遠距離から氷の散弾をばら撒いた。

「今度は氷の妖精――と、こっちは能力だけっぽいわね。動きは我流かしら、やけにチグハグな強さじゃないの」

 しかし弾幕は、見事に全て回避されてしまう。
 ……いや、あれは避けられたと言うべきなのだろうか。
 僕には、氷の弾丸が霊夢ちゃんに道を譲った様にしか見えなかった。
 うう……ほんっとうにとんでもない子だなぁ、霊夢ちゃんは。
 普通の弾幕程度なら、まず当たってくれないんじゃないのかな?
 
「しょうがない、今度はスペルカードだ!」

「威勢が良いわね。さて、アンタはどんなスペカを使うのかしら?」

「……あー、そこはあんまり期待しないでください」

「何でそこで引くのよ」

 基本的に僕がチキンだからデス。心の成長? ねぇよそんなもん。
 呆れ顔の霊夢ちゃんに苦笑を返して、僕は水平になるよう構えた右手を振りかぶった。
 とにかく、まずはあの超絶回避力のカラクリを見抜かないと。
 なので威力は二の次な、広範囲スペルカードをそこらじゅうにぶち撒ける。



 ―――――――零符「アブソリュートゼロ」



 毎度おなじみ、蒼い閃光が境内をほとばしる。
 触れたモノを全て凍りつかせる、‘凍結’の意志を秘めた光。
 それは棒立ちの霊夢ちゃんにも襲いかかり―――まるで、そこに‘誰も居ないかの様に’すり抜けていった。
 ……ナンダソレ。
 今度こそ、完全に僕の思考は停止してしまった。
 結界を張ったとか、能力で避けたとかなら、僕でも僅かな力の残滓くらい分かる。だけど……。
 何も、無かったのだ。
 背筋が凍りつく様な圧倒的な‘力’も、魂が震える程に華麗な‘技’も、何も。
 ……冗談じゃ、無い。博麗の巫女は‘如何なるものにも縛られない’とは聞いていたけど。
 
「――理屈や常識どころか、幻想にさえ縛られないなんて」

「ちょっと、人の家を凍らせないでよ。せめて夏にやりなさい、夏に」

「はんそけぴょ!?」

 しまった。ボーっとし過ぎててまともに攻撃を喰らってしまった。
 やたら固いお札が三発ほど、僕の顔面にぶち当たる。
 ……びっくりはしたけど、思ったよりは威力が無かったね。
 防御の方は文字通りの無敵だけど、攻撃の方はワリと普通であるらしい。少しホッとした。

「意外ね、人間の癖に妖怪並に固いじゃないの」

「えっへん。僕の数少ない自慢の一つです」

「貴方がそれを自慢にしたおかげで、私は肝を冷しかけたのだけどね」

「はっはっは、心の底からゴメンなさい」

「はいはい。良く分からないけど土下座は弾幕ごっこが終わってからにしなさい。撃つわよ」

「げほぁっ!? もう撃っておりマスよ!?」

 とりあえず霊夢ちゃんに、無抵抗の人間を攻撃しない優しさが無い事は良く分かった。
 一転、攻撃に移った彼女の弾幕が僕に迫る。
 それ自体は中々に勢いが良く、弾幕としてはそこそこ強力なんだけど。
 ……その前に見たのが、アレだったからなぁ。
 幾つか漏らしてしまったけれど、充分ロッドで弾ける範囲の攻撃だからどうにも拍子抜けしてしまう。
 とは言え、無傷のあっちとチクチクダメージ受けてるこっちじゃ、どちらが先に倒れるかなんて目に見えている。
 まだあっちはスペルカードも使って無いワケだし……色んな意味で危ないけど、スペカで直接叩きに行った方が速そうだ。
 …………うっかり殺っちゃわない様、注意しないといけないけどね。使うのがアレだから。

「と言うワケで、突撃っ!!」



 ―――――――神剣「天之尾羽張」



 輝く神剣を抜き放ち、霊夢ちゃんとの距離をゼロにする。
 さて、全てを奪い尽くすこの剣に、彼女はどう抵抗するのだろうか。
 期待と不安を綯交ぜにしたまま、僕は神剣を振り下ろした。

「ふん、甘いわね」

「――えっ」

 スパンと、軽快な音が響く。
 それが‘刀身を素手で’弾かれた所為だと気付くのに、どれだけの時間を要したのだろうか。
 相殺するでも無く、回避するでも無く、棒きれでも扱うかのように霊夢ちゃんは全てを奪う神剣を払いのけたのだ。
 まるで、お前の設けたルール等知らんと言わんばかりに。
 
「私だって、格闘の真似事くらい出来るのよ?」

 そう言われたのとほぼ同時に、僕の身体が宙に舞った。
 どうやら、霊夢ちゃんに放り投げられたらしい。
 ちょっと自慢げな所が可愛らしいけど、僕が驚いているのはソコじゃないです。
 地面に背中から叩きつけられ、一瞬だけど呼吸が止まる僕。
 相変わらずダメージ自体は大した事が無いけれど、それ以上に抱いた想いから僕は立ち上がる事が出来なかった。
 


 ―――勝てる気がしない。



 今まで会った妖怪や神様達が、どれだけ‘良識的な’強さをしていたか今更ながら理解した。
 これが幻想郷最強。これが博麗の巫女。
 嗚呼、なんて――なんて、面白いんだろう。

「早く立ちなさいよ。それくらいで参る様なヤワな身体じゃ無いでしょ?」

「………あは」

「ん?」

「あははっ、あはははははっ!!」

 自然と笑いが込み上げてくる。 
 大の字で寝転がりながら、僕は馬鹿みたいに笑い続けた。
 自分でも、何がおかしいのか良く分からない。けれどおかしくて堪らないのだ。
 まったく幻想郷と言う世界は、そう簡単には奥底を見せてくれないらしい。
 もしくは、見せた先から深くして行っているのか。
 ……どちらにせよ、‘ワクワク’してしまう。
 この世界にはまだまだ見ていない所がたくさんあると、確信出来たのだから。

「よっと――参りました、異変を起こしてゴメンなさい!!」

「何よ、もう降参するの? まだ全然元気そうなのに」

「にゃはは。残念ながら今の僕には、まず攻撃を当てる事が出来そうに無いからね」

「あら、それならそれで幾らでもやりようが……と言うのが貴方のスタンスじゃないの?」

「さすがに勝ち目が欠片も無いと無理っす。それに、僕としてはここで‘完膚なきまでに負けて’おきたいですから」

「ふぅん。……理由、聞いても良いかしら」

「目標は大きい方が良い。――って事ですよ、ねーさま」

 この何とも言えない感情に一つの出口を設けてやるとするなら、それはずばり「憧れ」だろう。
 全てに縛られないその戦い方は、僕の目にくっきりと焼き付いて離れそうに無いのだ。
 ひょっとしたらそこに、僕は一つの可能性を見たのかもしれない。



 久遠晶の、到達出来る‘終着点’の一つを。



 ……ゴメンなさい、今ちょっと大きく出過ぎました。
 ぶっちゃけ真似出来る気がしません。多分能力使っても無理。
 つーかあの回避、本気でどうやってるんだろう。
 心を空にするとか明鏡止水とか、そんな感じの奥義的心構えなアレコレがあるのだろうか。
 やっぱ滝にでも打たれて修業しないとダメなのかな。ぶっちゃけめんどい。

「私もした事無いわよそんな修業。と言うかソレ、修験者がやるヤツでしょう?」

「さらっと心を読まれた事はもうスルーして聞くけど、やってないの?」

「修業自体した事無いわ」

 うわぁ、この子天才キャラだぁ~。
 私、苦労とかした事ありませんと言う表情であっさりとそんな台詞をほざく霊夢ちゃん。
 思わず「凡人の苦しみを理解せよ」とお説教したくなりました。

「一応言っておくけど、貴方も同類だからね?」

 おっと紫ねーさま、その言葉は聞き捨てなりませんぜ。
 ちゃんと僕は、実地訓練とか実地訓練とか実地訓練とかで努力してますよ?

「大概の事をぶっつけ本番で出来る人間を、凡人とは呼ばないわ」

「……はにゃーん」

「え、普通そういうもんでしょう?」

 同意はしません。危うく共感しかけたけど。
 いや、僕の場合は思いつくのが大体ギリギリなだけであって、才能とやらに胡坐をかいてるワケじゃないんですよ?
 好きで毎回ぶっつけ本番してるワケじゃないし、本当なら実地訓練の前に入念な練習をしておきたいし。
 
「そういう事を指摘してるんじゃないけど……言うだけ無駄でしょうね。結局貴方達って似た者同士だから」

「いや、こんな何でもホイホイ出来ちゃう子と一緒にされても困るんですが」

「私も、こんな世界の終わりが来ても寂々としてそうなヤツと一緒にされるのはゴメンなんだけど」

「………似た者同士」

 おおぅ、あの紫ねーさまが頭を抱えていらっしゃる。
 そんなにアレな発言でしたか。自分では良く分かりませんでしたが。
 とりあえずここは、久々のジャンピングスパイラル土下座を見せるしか無いか……。
 理由も分からないまま謝罪をしようと、僕は一歩前に進む。
 だからそれが、まさか死因に繋がるとは思わなかった。いや、死んでないけどね。

「あっきらさぁぁぁぁああん!!!」

「げふぅぅぅううっ!?」

 体感速度は亜音速を超えているであろう、暴風の化身が僕に抱きついてきた。
 しかも的確に首を狙って。あの速度で良くそんな真似が出来たモノだと素直に称賛したい。
 まぁ当然、そんな不意打ちを想定していなかった僕は派手に吹っ飛ばされたワケですが。
 ジョー……君は、どこに落ちたい? ジョーって誰やねん。

「ぎゃぼぉぉぉぉぉおおおっ!!」

「危ないわね。後少しずれてたら神社が吹っ飛んでたわよ」

「驚けとは言わないから、もっと別の所を気にしなさい。……今通り過ぎたのって鴉天狗よね」

「ええ、そうね。弟の匂いを嗅ぎ取ったとほざいて飛んでいった、あの子の姉よ」

「あら幽香じゃない。素敵なお賽銭箱はあちらよ」

「本当に素敵ね。ロクにお金が入っていない所が特に素敵だわ」

「貴女の毒舌も相変わらずねぇ。もうちょっと愛想良く出来ないのかしら」

「失礼しちゃうわ。愛想があるから賽銭箱を破壊しないんじゃない」

 派手に木や石を跳ね飛ばしながら、地表まで燃え尽きずに残った隕石みたいに地面へ激突する僕と未確認飛行物体・姉。
 そんな僕等の惨劇をさらっと触れただけで流し、三人の知人保護者姉は和気藹々と話を続けていくのだった。






 ―――おじーちゃん、げんそうきょうのひとたちはみんなどSです。知ってたけど。
 
 



[27853] 天晶の章・弐「久遠再帰/覚醒は異変の後に」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/06/02 09:50


「前から思っていたんですが、幽香さんは美味しい所を持って行き過ぎですよ! 断固抗議します!!」

「貴女達ががっつき過ぎなのよ。仮にも少女を名乗るなら、もっと慎みと言うモノを持ちなさい」

「なるほど、慎みね。今度お風呂に入る時は、そこらへん気を付けて誘ってみましょうか」

「ちょっと待った、今の発言は聞き捨てならないわね。姉弟のコミュニケーションにだって限度はあるのよ?」

「ふふ、それは貴女の場合でしょう? 私はそう言うスキンシップも全然オーケーよ!」

「くうぅっ、何と破廉恥な。やはり貴女とはここで雌雄を決するべきなのね」

「………そのまま相討ちしてしまいなさい」





幻想郷覚書 天晶の章・弐「久遠再帰/覚醒は異変の後に」





「し、死ぬかと思った」

「良かったわね、命があって。丈夫になった自分の身体に感謝なさい」

「すいません晶さん、少しばかり興奮してしまいまして」

「……アレが?」

 どうも。危うく全快直後に再入院する所でした、打身で身体がギシギシ言ってる久遠晶です。
 姉の愛がこれほど重いとは思わなかった。重力加速度的な意味も含めて。
 ちなみに僕と一緒に巨大クレーターを生み出したその姉は、ピンピンした姿で正座しています。
 これが種族の差と言うヤツか。まぁ僕も、それほどダメージは受けて無いワケですが。
 ねーさま、僕、人間辞めちゃったよ……。

「ふふ、大丈夫よ。そのくらいなら充分人間の領域だから安心なさい」

 それはそれで何かヤダ。目の前に人間の限界を振り切った子が居るから、強ち否定も出来ないけど。
 ちなみにその、人類最強候補に該当しそうな博麗の巫女ちゃんは、爆撃地点みたいになった場所を見て何やら考え込んでいる。
 うう、さすがにクレーターはやり過ぎだったかな。いや、やったの僕じゃないし好きでやったワケでもありませんが。
 とりあえず直接的な原因の文姉は、霊夢ちゃんにも謝るべき。一刻も早く謝るべき。

「この穴、何かに使えないかしら。例えば温泉とか」

「……意外としょうもない事考えてたんだね、霊夢ちゃん」

 源泉も無いのに温泉なんて作れるワケ無いでしょーが。
 どうやら霊夢ちゃんは、庭先に出来たクレーターをさほど気にしていないらしい。
 全身から溢れる「また面倒事か」オーラは、彼女がこう言ったトラブルに慣れ切っている事を暗に示していた。
 さすがは博麗の巫女だ。そういう所でも僕の先を行ってやがるゼ……。
 追いつきたいとは、欠片も思わないけどね!

「とりあえず、穴の方は天狗が責任を持って埋めておきますよ。ついでに一ヶ月、文々。新聞を無料で提供しますからそれで勘弁してくれませんかね?」

「あら、良いわね。丁度焼き芋と山菜の天麩羅が食べたかったのよ」

「読まない気なら断ってくださいよぉ……」

 明らかに別の目的で使う気な霊夢ちゃんの言葉に、文姉がガックリと肩を落とす。
 コレもまぁ、一種の自業自得だろう。
 僕も一応は被害者なので、今回は特にフォローしないでおく。

「ああ、そうそう。言い忘れてたわ」

「はい?」

 ションボリしっぱなしの文姉を眺めていたら、満面の笑顔の幽香さんが僕の顔を除きこんできた。
 いつも通りの意地悪な笑みでは無く、心なしか嬉しそうな笑みで彼女は言う。

「――おかえりな」

「言わせるかぁぁぁぁ!」

「そこまでよっ!!」

「……うわぁ」

 訂正、言いかけた所で中断させられました。
 姉二人のドロップキックにより、華麗に吹っ飛ばされる幽香さん。
 世にも珍しいその姿を、僕はただ眺める事しか出来なかった。
 そして、幽香さんが地面に叩きつけられるのを確認してガッチリ腕を組むねーさまと文姉。
 最近キャラ被りが激しいと思っていたけど、ついに妙な所でシンクロする様になってしまったようだ。幽香さんが何をした。
 もちろん、あの人がそんな二人の不意打ちを許せるはずもなく。
 怒りが視覚化してるんじゃないかと思う程のオーラを放ちながら、幽香さんは笑顔を引っ込めて二人に詰め寄っていった。
 よし、とりあえず離れておこうか。やっぱり命は惜しいからね。

「今のは、斬新な自殺の前準備だと判断して良いのかしら? あ、答えは言わなくて結構よ。どちらにしろ殺すから」

「はんっ! 凄んだ所で今の私にはちっとも恐ろしくありませんよ、この抜け駆け妖怪!!」

「まったく油断も隙も無いわね。「おかえりなさい」「……ただいま」とか私だってやった事無いのに!」

「今際の言葉にしては、随分とマヌケじゃない。―――良いわ。もう何も言えない様にしてあげる、かかってきなさい」

「上等です。そもそも姉も保護者も、私一人居れば充分なんですよ。どうせなら、今日ここで全ての決着をつけてさし上げましょうか」

「あら、私ともヤル気なの? ……良いわね、ついでに姉の座も確保しておこうじゃないの」
 
 あっという間に出来上がる妖怪三すくみ。其々の名誉のため、誰が何に該当するかは言わないでおきます。
 さすがにタイマンの時と違い、迂闊に手を出すと他二人から潰される恐れがあるためか、三人は睨み合ったままピクリとも動かない。
 幻想郷有数の実力者達は、好機を狙って静かに間合いを計りながら――

「勝手に神社で殺し合い始めるんじゃ無いわよ!」

 纏めて、幻想郷最強の巫女に吹っ飛ばされた。
 

 ――嗚呼、やっぱり博麗の巫女は凄いなぁ。

 
 色々と湧いた衝動を全て抑え込み、僕はそんな他愛の無い感想を抱く。
 とりあえず、ギャグ漫画的な姿勢で倒れているあの三人が、幻想郷の賢者と最速と最凶で有る事は忘れておいた方が良さそうだ。










「そうそう。貴方、複合技を併用して使える様になってるから」

 色々な意味で混沌としてきた場を仕切り直し、皆揃って本殿の裏手でのんびりお茶を啜っていると、ねーさまがさらっとそんな事を言ってきた。
 ちなみに、お茶もお茶菓子も用意したのは紫ねーさまである。
 霊夢ちゃんが「居座るなら何か出せ」と言ったためだが、自分で吹っ飛ばした直後に相手を働かせるのは少々酷じゃないだろうか。
 まぁ、スキマからあっさり取り出してたから、大した手間では無かったのかもしれないけど。
 お茶菓子が『いかチョコ』という、さきいかをチョコでコーティングした代物である事を考えると、少しは怒っていると考えるべきなのかもしれない。
 ……霊夢ちゃん、がっつり食べてるけどねぇ。口に出来れば何でも良いのかな。

「と言うか、何で無駄にバリエーションが豊富かな。カレー味とか完全にイカとチョコの存在を否定してる気がしません?」

「元々互いに殺し合っているのだから、それに何かを加えたって結局は無駄よ。……私は、もうお茶だけで良いわ」

「あ、じゃあそっちの赤唐辛子味くれませんかね? 全部食べて記事にするつもりなんで」

「記者の鏡だね、文姉……」

 正直、僕も別の意味でお腹一杯です。霊夢ちゃん本当に良くあれだけ食べられるよね。
 尚、先程まで怒り狂っていた幽香さんですが、余裕を取り戻したのか怒りが消え失せたのか、今は笑顔でお茶を啜っています。
 まぁこの人は、デフォルト表情が笑顔だから心中までは図れないけど。
 三すくみを構成していた一人が完全に記者モードになってるから、多分ヤル気が削がれてしまったのだろう。
 結構そういう事を気にする人だからなぁ、幽香さん。こっちも全力で行くから、そっちも全力で来い的な。

「……さすがに、完全無視は辛いのだけど」

「すいません、つい流してしまいました」

 いや、一応興味はあったんですよ? 興味は。
 ただ何と言うか、あまりにも軽く言われ過ぎたせいで、現実感が無かったと言うかその。
 ……冗談の類だと思っていました、申し訳無い。

「複合技って、あの氷の翼とかの事よね。まさか今まで併用して使えなかったの?」

「あはははは。……そうでーす」

「元気出してください! 晶さんは成長が早い方ですよ!!」

「かなり歪な成長の仕方をしているけどね」

 それまでいかチョコと格闘していた霊夢ちゃんの、何気ない一言が大変痛い。幽香さんの皮肉も大分痛い。
 複合技とは、複数の能力を組み合わせた氷翼等の技の事だ。
 其々の能力の役割を限定させる事で、本来の技量では為し得ない使い方も出来る様になるんだけど……。
 限定しているがために、他の事で該当の能力を使えなくなると言う欠点があったりしたのです。
 しかし紫ねーさまの言葉が本当なら、その欠点はもう存在しない事になる。
 確かに以前より成長した自覚はあるけど、いつの間にそこまで?

「ちなみに貴方が真の能力を知った時からすでに、複合技との併用は出来たのよ」

「……大分前ですね」

 全然気付かなかったヨ。普通に氷翼とか使ってたのに。
 恐らくは、真の能力を自覚した事で全ての能力が全体的に底上げされていたのだろう。
 パワーアップとまでは行かなかったみたいだけど、能力の使用目的を限定させなくてもそれくらいは出来るようになっていたらしい。
 
「本当なら、出来るようになったその時に教えたかったのだけどねぇ」

「ははは、仕方ないですよ。その時は」

「技の使い過ぎでスタミナ切れを起こす貴方の姿が容易に想像出来たから、教えるのを躊躇っちゃって」

「そういう躊躇!?」

「あー、分かります。大変良く分かります」

「むしろ、良く教える気になれたわね。素直に賞賛するわよ」

「教えなくてもこの子は、結局別の形で無茶をするのよね。この前の一件でその事がよーく分かったわ」

 やれやれと溜息を吐く紫ねーさまに、何度も頷いて同意する幽香さんと文姉。
 何だか話が保護者会談のていを為してきたので、肩身の狭い僕はこそこそと三人から距離をとった。
 三人の愚痴は見事に噛み合って、遠回しな僕への嫌味の応酬と化している。
 ただし、内容に誤りは無いから反論は出来ませんが。
 幻想郷一無茶してる輩、久遠晶とでも呼んでください。……わぁ、思った以上に笑えない。

「にしても、複合技とその他の技の併用かぁ」

 ……どうしよう。紫ねーさまが言った通りの未来しか思いつかないや。
 複合技って大飯喰らいばっかなんだよね。そりゃ、そんなもんを併用すれば早々にスタミナ切れを起こすだろうさ。
 唯一の例外は氷翼ぐらいだけど、あれも意外と他の技と組み合わせにくいからなぁ。
 いやまぁ、全ては氷翼の速さについていけない、僕の半端な反射神経に原因があるのですけどネ。
 どうしたもんかなー。氷翼展開しつつ氷剣を展開……それなら気で強化して殴った方が早いか。
 氷翼で撹乱しながらスピア・ザ・ゲイボルク……最後に振りかぶる際、絶対に足が止まるから有る意味無駄。
 うーん、上手い使い方が思いつかない。

「……何だか、下らない事で悩んでるみたいね」

「ほぇ?」

 それまで我関せずを貫いていた霊夢ちゃんが、面倒臭そうに僕の独り言に応えた。
 どうやら三人から離れた際に、こっそり彼女との距離が近づいていたらしい。
 内容にはあまり興味が無いようだけど、さすがにすぐ隣でブツブツ呟かれると多少は気になるみたいだ。
 彼女は手にしたお茶を一口飲むと、世界の常識でも口にするかの様に断言した。

「そういう力って、必要な時になれば自然と使い方が分かるモノじゃない。せっかく空いた時間をわざわざ浪費してまで考える事じゃないと思うわ」

「言いたい事は微妙に分かるけど。霊夢ちゃんはとりあえず、世界中の努力家さんに謝った方が良いと思う」

「他人が時間をどう使ってるかなんて知らないわよ。それにアンタだって、そういう所は私と同じなんでしょう?」

「……そこまで突き抜けてはいません、さすがに」

「あっそ」

 うわぁ、淡白ぅ。この冷めきった反応は以前のアリスを思い出させるね。
 もっとも魔法使いとしての儀礼的な態度だった彼女と違って、こっちは完全に素の態度だけど。
 
「そんな事より、アンタにはもっと重大な問題があるんじゃないの?」

「じゅ、重大な問題? 何の事?」

「んー……いざ説明しようとすると表現に困るわね。まぁ、ぶっちゃけ勘で言ってるんだけど」

 彼女の人差し指が、真っ直ぐ僕の胸元を指差す。
 仕草通りの意味――では無いのだろう。彼女の瞳はもっと別の『何か』を見据えている気がする。
 ……だよね? 実はこの服に呪いがかかってて、胸が少し膨張してるとか無いよね?
 ちょっと確認してみる。うん、大丈夫大丈夫。単位がチェストからバストに変更される事は無いようだ。
 ちなみにそんな僕の突然の奇行も、霊夢ちゃんはガン無視である。博麗の巫女マジクール。

「なんかさ、アンタの奥底に凄く迷走してる力があるのよ。心当たりある?」

「迷走? 力が? どういう意味?」

「例えるなら、小刻みに揺さぶられて安眠妨害させられた上に、目を覚ましたら覚ましたでせせこましい内職ばかり手伝わされている感じかしら」

「うーん、分かる様な分からない様な例えだなぁ」

「アンタの中の力も分かってないみたいよ。自分の存在意義を理解出来て無いみたいね。ちゃんと対話してるの?」

「……してないと思います」

 ものの例えなんだろうけど、自分の中の力を擬人的に表現されると微妙な気持ちになるね。
 と言うかひょっとして、霊夢ちゃんが例えた『迷走してる力』って「『無』を『有』にする程度の能力」の事なんじゃ無いだろうか。
 そう考えると、先程の例えにも納得がいく。――むしろ、凄く分かり易い。
 能力に自我があったら迷わず土下座していた事だろう。まともな使い方全然してなくてゴメンね、真の力。

「多分だけど、本当に気にしなきゃいけないのはそっちの方よ。私達の能力は私達にとっての‘根源’でもあるのに、アンタはそれが定まってないんだから」

「いやぁ、僕の場合そこらへん二転三転してたんで。定まってないのも仕方が無いと言うか……」

「『してた』って事は、今は違うんでしょう? 後回しにすると面倒な事になるから、はっきりさせといた方が良いわよ」

「……ぐうの音も出ません」

 考えてみれば、能力とは向き合う様になったけど、使いこなせるようにはなってないんだよなぁ。
 特に必要無いから使いこなせなくてもいいかなと思っていたけど、能力は自らの根源でもあると言われるとさすがにそうも言ってられない。
 確かに能力ってそんな感じだよね。各々の個性が出ていると言うか、個性が形になっていると言うか。
 ……僕はそこが分かっていないから、真の能力を持て余しているのかもしれない。
 焦る事は無いと思うけど、もう少し歩み寄るペースを上げてみる必要はあるかもね、うん。
 
「ありがと、霊夢ちゃん。良いアドバイスを貰っ」

「あっきらさぁぁん!」

「げふぅっ!?」

 何これ、さっきの焼き直し?
 先程まで三人でワイワイ話していたはずの文姉が、首を刈り取るようなラリアットで僕に抱きついてきた。
 振りかえると、その後ろには呆れ顔の幽香さんとニヤニヤ笑顔の紫ねーさまの姿も。
 
「あの、どうかしたんですか?」

「んっふっふ~」

 文姉はあからさまに楽しそうな顔で、ねーさまや幽香さんとアイコンタクトを交わす。
 二人がそれに頷くのを確認して、文姉は大きく息を吸い込んだ。

「せーの……おかえりなさい!」

「――おかえりなさい」

「ふふっ、おかえりなさい」

 微妙に揃って無いけど、三人が其々同じ言葉を口にした。
 同時に、何かを期待するかのように僕を見つめる文姉と紫ねーさま。肩を竦める幽香さん。
 正直、何を期待されているのかさっぱり分からないので、僕はとりあえず思った事を口にした。

「……いや、紫ねーさまは僕と一緒に帰ってきた側ですよね?」

 僕の真っ当なはずのツッコミに、三人はあからさまな失望の意を露わにする。
 一体僕はどんな返答をすれば良かったのだろうか。首を傾げる僕に、霊夢ちゃんが呆れ顔でつっこんだ。

「アンタ、わりと空気読めてないわね」

「良く言われます」

 結局その後、僕は次の日の朝まで不機嫌な姉二人とため息交じりな霊夢ちゃんと幽香さんに酌をする羽目になったのでした。





 ―――その間、お酒を一口も飲ませて貰えなかったのは、新手の嫌がらせだったのだろうか。
 





[27853] 天晶の章・参「久遠再帰/晶には向かない異能」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/12 23:52

「ところで貴方の格好、思いっきり変わってるけど……」

「あはははは、ねーさまに色々と弄られちゃってね。変わって無いのは着心地くらいかな?」

「ふぅん。……スキマ妖怪のヤツ、小癪な真似をしてくれるじゃないの」

「何か言った? ってあいたぁっ!?」

「ティーリンクナッコォ!!」

「ちょ、アリスさん? 上海が執拗に僕の右肩を殴ってくるんですが!? あ、ひょっとして怒ってる? ねーさまが服弄った事密かに怒ってる!?」

「怒って無いわよ、私だって同じ事をしたワケだし。……けどそうね、御蔭様であの時のパチュリーの気持ちがちょっとだけ分かったわ」

「それは完全に怒っていますよネ!? あ、痛い痛い痛い! この左ジャブは間違いなく世界が狙えたたたたた」





幻想郷覚書 天晶の章・参「久遠再帰/晶には向かない異能」





「……はぁ」

 頬杖を突きながら、私は何度目かになる溜息を吐いた。
 普段人形の乗っている作業机の上には、一応友人である久遠晶から託された鎧一式が並べられている。
 この鎧は、神綺様が私に下さった魔界製の鎧だ。恐らく幻想郷で、私以外に直せる者はほとんどいないだろう。
 そう言った理由から、鎧の修繕を引き受けたのは良かったのだけど……。
 鎧の破損状態は、思った以上に酷かったのである。それはもう、神綺様に泣きつこうかと思うくらいに。

「はぁ、参ったわねぇ」

「アリスゲンキダセー」

「ありがと、ついでにお茶でも持ってきてちょうだい」

 元々、金属の加工は私の専門外だ。
 多少の破損なら何とかならない事も無いが、半壊レベルまで行っていると手の打ち様が無い。
 だから、本来ここにある鎧は直っていない……はずなんだけど。

「うぃーっす、てゐちゃんだよー! 永遠亭の使いとしてメディちんを迎えに来たぜ!!」
 
「遅刻よ。メディスン、もう一人で出掛けちゃったじゃないの」

「ありゃりゃ、すれ違いになっちゃったか。まー、行ってくれたならそれで良いけどね。あ、お茶ありがと」

「イラッシャイマセー」

「……そのお茶は私のよ」

 図々しく居座った上にお茶まで横取りした悪戯兎が、無遠慮に私の隣に腰を据える。
 毎度の事なので、もうツッコミを入れる気にもならない。十中八九今回もサボり目的だろう。
 メディスンが居る間は永琳と鈴仙が彼女に掛かりきりになるから、必然てゐの負担が増えるのだそうだ。
 まぁコイツの事だから、ちゃんとサボった穴埋めはしているんでしょうけど。
 ……また何も知らされて無い鈴仙が怒鳴りこんできたら、今度は追い出すだけじゃすまさないわよ。

「ところでソレ、晶の鎧だよね? もう直ったんだ」

「そーね、直ってるわよねぇ」

「やたら金縁が増えてるし。ついでに強化までしてあげるなんて、ちょっとサービスし過ぎじゃ無い?」

「やっぱり、強化もされてるわよねぇ」

「ん~? どうしたのさアリスちん、そんな他人事みたいに」
 
「他人事なのよ。困った事に」

「……どういう事?」

「今朝起きたらね、直ってたのよ。私はなーんにもしてなかったのに」

 何かしらの手を打っていたワケでは無い。むしろ、何も思いつかなくて途方に暮れていた所だ。
 それなのに、今朝起きて工房に顔を出してみたら直っていたのである。
 しかも、あからさまにパワーアップまでして。
 
「……アリスん家には、ブラウニーが御在宅だったりするの? 居るんだったら貸して欲しいんだけど」
 
「確認したけど居なかったわ。多分だけど――この鎧が、自分で自分を直したのよ」

 もちろんこれは、根拠のある推論だ。
 この鎧を作った神綺様は、魔界神――魔界の全てを御作りになった全知全能の神である。
 命すら生み出せるあの御方なら、鎧に疑似的な命を吹き込む等造作もないだろう。
 明確な意思と呼べるものは無いにせよ、この鎧はそれに近いモノを有しているに違いない。
 だからこそ、この鎧は自らの意志で‘進化’したのだ。
 鎧の主――久遠晶に適応するために。

「良く分からないけどさ。それ、ヤバくね?」

「ヤバいわね。良く分からないから」

「……調べたんだよね?」

「調べたけど、良く分からなかったのよ」

 もちろんこれは、あくまで「現時点での」話だ。
 幾ら私でも、たった数時間で鎧の仕組みを全て解き明かす事など出来るはずが無いのである。
 そもそも進化する前の鎧の効果ですら、未だに解明出来ていないのだし。
 ……神綺様の偉大さは理解しているつもりだけど、足元にも及べていないと言うのはやっぱりショックだわ。

「どしたのアリス、眉間に皺なんか寄せて」

「何でも無いわ。とにかく、晶が取りに来るまでにじっくり調べて……」

「やっほー、アリスぅーっ! 晶君が帰ってきましたよーっ!!」

 正直、アンタならこのタイミングで来ると思ってた。
 兎詐欺同様無遠慮に入り込んできた腋メイドは、包装された箱を机の上に置いててゐの隣に座り込んだ。
 そのまま、上海が持ってきた二つ目のお茶を礼と共に受け取る晶。
 もちろんそれも、自分で飲むために淹れてきたモノである。
 とりあえず、軽く上海で殴っておいた。
 ……こんないつものやり取りを、少し嬉しく思った自分が腹立たしい。たかが一月ちょっといなかっただけでしょうが。

「その一連の動作は、家主に断りを入れてからやりなさい」

「ら、らじゃあ……」

 逆さまの姿勢で、晶は了解の意を示す様に手を振る。
 まったく、出来の悪い子供を持った母親はこんな気持ちになるのだろうか。
 私の知り合いには、同じ様な子供が何人も居るのが困りモノだ。

「お、何かと思ったら饅頭じゃんコレ。いっただっきまーす」

 そんな子供の内の一人が、勝手に晶の持ってきた箱の包装を剥がしていた。
 十個ほど入っていた饅頭の一つを断りも無く取ると、紅茶片手にそれを味わい始める。
 ……個人の自由なのは分かっているが、和菓子と紅茶をセットにされるのは正直気分が良くない。
 しかもてゐの飲んでいる紅茶が、私のお気に入りなのだから尚更だ。合わないでしょうが、紅茶に餡子は。
 それとせめて、持ち主に一言くらい聞いてから食べなさいよ。

「ああ、それはアリスとメディスンへのお土産。てゐが居ると分かってたなら、永遠亭の人達の分も持って来たんだけどね」

「いいよ、後で永遠亭に直接持ってきてくれれば。もぐもぐ」

「食べるなとは言わないから、せめて半分くらいで止めておきなさいよ。まったくもう」

「―――で、これが行きがけに能力で作ったお饅頭」

「……饅頭?」

「わぁ、何これ不愉快」

 晶が机の上に置いたのは、予め名前を聞いていてもそうとは思えない『何か』だった。
 形状は今の所辛うじて丸まっているが、液体の様に不規則に弛んで徐々に形を変化させていっている。何で出来ているのだろうか。
 おまけに原色そのままの赤と青と黄色の体色が流動する本体に合わせてマーブル状に絡み合っているため、見ていてとても不安定な気持ちになる。
 匂いは、まぁ悪くないが――何故桃の香りがするのだろう。色んな意味で訳が分からない。

「まだ、芸術作品と言われた方が納得できるよ。『若き久遠晶の悩み』とかどう?」

「タイトル付けられても……。いやまぁ、僕もこれを饅頭だと主張する気は無いんだけどね」

「色々とツッコミたい所はあるけど、何でそんなもの作ったのよ」

「あはは、実は……」

 苦笑いをしながら、晶は微妙に泣き事と愚痴の混ざった説明を始めた。
 どうも帰還して早々霊夢に能力行使の未熟さを指摘されたため、技能向上の一環として色々と試してみる事にしたらしい。

「……その結果が、この饅頭とも呼べない出来そこないだと」

「この能力、思ったよりも扱い難しいっす」

「つーかさー、せめてガワくらいは似せようよー。何でこんな風になっちゃうのさ。それとも晶には、饅頭がこんな風に見えてるの?」

「いや、最初は普通に饅頭を作ろうと思ったんだけど――色々と考え込んでいる内に頭の中がごっちゃになっちゃって」

「たかだか饅頭一つ作る程度の事で? 貴方、何を考えてたのよ」

「目に見えないだけでそこに空気とかは『有る』のだから、それを押しのけて饅頭を有る事に出来るのか。とか、果たして饅頭とはどこまでのラインを満たせば「饅頭」と呼

称する事が出来るのか。とか、そもそも無い事を有る事にするにはどういう力の行使をすればいいのか。とか、宇宙の終わりとか人の生きる意味とか……」

 ああ、典型的な考え過ぎの症状ね。それだけ面倒な事を考えていれば、饅頭だってこんな形になってしまうでしょうよ。
 ……しかしこれを、晶の純粋な技量不足としてしまうのは少々酷な話だ。
 そもそも晶の能力は応用範囲が広すぎる。おまけに、能力の‘基本的な使用法’と呼べるモノがほとんど無いのだから、尚更タチが悪い。
 如何に才能があるとはいえ、こんな悪条件の上に一年にも満たない未熟な経験しか無ければ、自ずから力の使い方を悟るのは不可能に近いだろう。
 一応の師である幽香も成長の機会は頻繁に与えているらしいけど、どう進むかまでは完全に放任状態だと聞いている。
 晶もお気楽な性格ではあるけど、力に全てを委ねられる様なタチでは無いし……使いこなすための近道はほぼ無いと考えた方が良さそうだ。
 ――結局、半端に理屈っぽいのが一番の原因なのよね。そうなる様に育てられたから当然なんだろうけど、八雲紫も厄介な枷を嵌めてくれたモノよ。

「どうしようもないねー、それは。問題無いみたいだし放っておいたら?」

「そういうワケにはいかないから困ってるんだよ。どうしたもんかなぁーって」

「どうもこうも、失敗覚悟で色々と試し続けるしか無いわよ。発想は悪く無いから、後必要なのは根気ね、根気」

 もっとも切っ掛けぐらいなら、似た様な能力を持つ誰かに弟子入りすれば簡単に得られると思うけど。
 そうなった場合、晶は十中八九その誰かの影響をモロに受けてしまうだろうから、とても教える気にはなれない。
 染まり易いって言うのも中々に問題よね。だからこそ、各陣営が期待の戦力として獲得に向けアレコレ手を打っているのだろうし。
 まぁ、そこらへんの選択は晶が自分の意志でするべきでしょう。
 少なくとも、能力行使の切っ掛けと引き換えに所属を決める――と言うのは少々フェアさに欠けるわね。しかも、本人の自覚も無しに。

「根気かぁ……なるほど」

「まー、マシな成果が出せるようになったらてゐちゃんにも教えてよ。金儲けなら手伝ってあげるから」

「―――これ、食べられるかな」

「今のやり取りで何を悟ったのさ、腋メイド!?」

「どこまで再現出来ているのか確認する気なら、最低限の安全性は確保しなさい。死ぬわよ」

「ですよねー」

「……アリス、今ので良く分かったね」

「理解出来た自分が嫌になるわ」

 もう、自覚なんて無しで良いから適当な陣営に丸投げしてやろうかしら。
 恐ろしく呑気でかつ考え無しな晶の態度に、無関係な私の頭が痛くなっていく。
 深刻になられるよりは、ずっとマシだろうけど……気を使ってる私が馬鹿みたいじゃないの。
 晶の持ってきた饅頭を一口齧り、私はこれ見よがしに肩を竦めた。もちろん晶は気付いていない。

「で、晶は何をしに来たのさ? まぁ、だいたい予測はついてるけどね」

「うん、この前修理に出した鎧を取りに来たんだ。かなり酷い状態だったけど――さすがはアリス、しっかり直ってるみたいだね」

「……う゛っ」

 ついに振られてしまったその話題に、私は口元を引きつらせる。
 さすがに晶の身の安全にも関わってくる問題なので、何も言わないワケにはいかない。
 物凄く屈辱的な話だが、ここは素直に事情を語らなければいけないだろう。

「晶、あのね……」

「うんうん、やっぱりしっくりくるね」

「――だから、了解を取りなさいよっ!!」

「ジェットファントム!」

「そげぶっ!?」

 何故、何故こいつはこういう時に限って行動が早いのか。
 私が話すのを一瞬躊躇っていた合間に、晶は机上の鎧を全て装着していた。
 想定した通り、在るべき所に納まった鎧は物言わぬ身体で歓喜を表すかのように鈍く輝いている。
 その姿に、何かしらの害意がある様には見えない。もちろん、今の所はだけど。
 ……本音を言うと、神綺様の作ったモノに問題があるとは思いたくない。
 けれど魔法使いとして、未知の存在を手放しで認めるわけにはやはり行かないのだ。
 本人が何も考えていないだけに余計に、私は鎧の歪んだ進化の可能性を考慮しなければならない。

「だとしても、幾らなんでも、アンタのそれは、呑気過ぎよ!」

「くひが、くひが、はけふはけふ」

 うん、分かってる。ちゃんと分かってるわよ。
 コイツは友人である私を信じ切っているから躊躇い無く鎧を着たのであって、嫌がらせの意図は全然無いのだと。
 幾ら何が起きても不思議でない幻想郷であっても、鎧が勝手に直るなんて事は普通思いつかないのだと。
 分かってるから、今はこの憤りを全て怒りとして発散させてちょうだい。

「良い事を教えてあげる。貴方が今着てる鎧はね、私が直したワケじゃないの」

「ひょ、ひょうはほ?」

「そうなのよ。直った理由も、原因も、どう直ったのかもさっぱり分かって無いの。当然安全性もね」

「ひ、ひひゃへも、ひゃひひょうふはほほほふほ?」

「大丈夫? それは何を根拠に言っているのかしら。魔法使いである私が納得できる様な、理知的かつ論理的な説明をお願いするわ」

「……良くもまー、あの状態で会話が成立するもんだねー」

「ツーカーデスネワカリマス」

「単純に、唇の動きで当たりを付けているだけよ」

 晶が半泣きになったのを確認して、頬を引っ張っていた両手を放す。
 思った以上にすっとしたのは、予想以上に晶関係のストレスが溜まっていたからだろうか。
 とりあえず、後でもう一回引っ張っておこう。

「うう、頬っぺたが引き千切れるかと思った」

「私にそこまでの力は無いわよ。さ、とっとと鎧を脱ぎなさい。問題点が無いかじっくり調べるから」

「うーん、神綺さんの作った鎧なら大丈夫だと思うんだけどなぁ」

「私だってそう思ってるわよ。でも念には念を―――ちょっと待って。今、貴方何て言った?」

 聞き間違いで無ければ、晶の口から有り得ない人物名が出てきた気がする。
 思わず鋭くなった私の視線に気付かない晶は、首を傾げながら私の疑問に鸚鵡返しで答えた。

「神綺さんの作った鎧なら大丈夫、って」

「……何で貴方が、神綺様の事を知っているの」

 魔界の神たる神綺様の知名度は、幻想郷ではほとんど無いに等しい。
 恐らく以前魔界に行った事のある何人かと、幻想郷の賢者――八雲紫以外は誰も知らないのでは無いだろうか。
 それだけ魔界と言う世界は、幻想郷にとって馴染みの浅い場所なのだ。
 もっとも一部の魔法使いにとっては、馴染み深いどころでは済まない場所も存在するのだが……今回は関係ないので除外する。
 とにかく、魔法使いでも無ければ魔界に縁もゆかりも無い晶が、神綺様の名前を知っているのはおかしい。
 ひょっとしたら、八雲紫がこっそり教えた可能性も――いや、無いわね。あのスキマがそんな事を教える理由が無いわ。

「あれ、前に言わなかったっけ?」

「――は?」

「この鎧にかかってた魔法の力で、幻影だけど神綺さんに会ったって」

「……………」

 もちろん初耳だ。と言うか、そもそもその魔法の話からして私は一切聞かされていない。
 晶が鎧に関して何も言わなかったのは、てっきり何も起こらなかったからだと思っていたのだが。
 どうやら、起こっていたのに黙っていただけだったらしい。

「あ、あるぇー? おかしいなぁ。そこらへんの話、して無かったっけ?」

「聞いて無いわ。何も。全然」

「晶は自分の手札を隠し過ぎなんだよ。周りに公言したのって真の能力くらいじゃない?」

 そういえば、面変化も神剣も存在が知れたのは目の前で使った後だったわね。
 なら鎧の効果も神綺様に会った事も、居なかった私に話さなくて当然だわ。フフフ。
 
「さて、と」

「……あの、アリスさん? その背後に控えたお人形さん達はいったい」

「どうやら私達には、圧倒的に友情が不足しているみたいね。だから、肝心な事も話して貰えないのよ」

「いや、これは純粋に話忘れてただけであって、話す気が無かったワケでは無いのですが」

「だから幻想郷の流儀に従って、私達はより友情を深めるべきだと思うのよ。具体的に言うと殴り合いで」

「それは、これから僕を人間サンドバックに処すと言っている様なモノですよネ?」

 様々な疑問や色んな思いを押しのけて、ある一つの感情が湧き上がってくる。
 それは、冷静さやクールさを売りにしている私に有るまじき、破壊衝動とも言うべき真っ黒な怒りだった。
 すでにこれから起こるであろう事柄を察したてゐは、残った饅頭を全て抱えて逃げ出している。
 私の家が爆心地になってしまうのは問題だが、重要な品はこっそり人形達に運ばせたから大丈夫だろう。





 ――サァ、ダンマクゴッコノジカンヨ?




 
 この後の‘友情の深め合い’で、語る事は特に無い。
 強いて言うなら、私の肩書きに再び「死の少女」が追加されたくらいか。
 晶の肉体面は、多少の怪我で済んだ事を一応述べておく。
 
 
 ……精神面に関しては、もちろんノーコメントだ。
 




[27853] 天晶の章・肆「久遠再帰/弾よりも早く、強く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/06/23 11:35

「しっかし意外だねー。アリスなら晶に「色んな意味で危ないから使うな!」くらい言うと思ってたのに」

「言ったって無駄よ。どうせどこかでピンチになった時に、謝罪しながら使って自爆するに決まってるんだから」

「わー凄い、私にもその光景がはっきりと見えるよ。アイツ、勝つためには手段を選ばないからなー」

「おまけにリスクを省みないから厄介なのよね。……はぁ、また何か防御用のアイテムを漁ってこないと」

「――アリスってさー。実は幻想郷で一、二を争うお人好しだよね」

「はぁ? なんでよ」





幻想郷覚書 天晶の章・肆「久遠再帰/弾よりも早く、強く」





 ハオ! 皆の可愛い悪戯兎、てゐちゃんだよー。
 今私はアリスの家の前で、晶の悲鳴を聞きながら饅頭を食べてる所だ。
 晶の馬鹿、何度もアリスの堪忍袋を攻めてたからね。……死んでない事くらいは祈ってやろうか。
 
「あ、てゐだ。そんな所で何やってるの?」

「おんやメディちん、どしたのさ。永遠亭に行ってたんじゃ無かったの?」

「うん、えーりんさんに身体見てもらってきたよ。えへへ~、私が良い子だから今日はすぐに終わったんだ」

 恐らく師匠の言葉をそのまま引用したのであろうメディスンが、自慢げに無い胸を張ってみせた。
 晶の異常な強化速度の陰に隠れがちだが、この子の成長の速さも大概非常識だ。
 何しろ、もうすでに毒の制御を自分のモノにしている上に、長時間鈴蘭畑から離れても大丈夫なまでに力も安定していると聞く。
 鈴蘭の妖怪化はさすがにまだらしいけど……これは時間の問題だ、数十年後くらいにはあそこも立派な妖怪鈴蘭畑になっている事だろう。
 その頃にはきっと、この小さなスイートポイズンも幻想郷有数の強豪妖怪になっているに違いない。
 ……うん、今後も少しずつ恩を売る様にしようかな。なんかの役には立つだろうし。

「それで、もう一度聞くけどてゐはここで何をしてるの?」

「ああ、アリスの家でちょいと休憩してたんだけどね。騒がしくなったんで避難してたのさ」

「騒がしくって……晶が帰って来たの?」

「良く分かったね」

「だって、他に理由が思いつかないし」

 最早メディスンの中でさえ、晶が来るイコール騒がしくなるの図式が出来あがっているようだ。
 まー無理もない、実際その通りだし。
 晶はそんな事無いと否定するだろうけど、アリスは元来どんな事態にも慌てないクールな魔法使いなのである。
 そんな彼女をブチ切れさせられる存在なんて、それこそ晶と普通の魔法使いくらいしかいないのでは無いだろうか。
 傍から見てるととても楽しいから、今後も是非その関係性を維持して貰いたいネ。
 
「お、静かになった。んじゃ戻ろうか」

「はーい」

 一際激しい爆発音の後に、恐ろしい程の静けさがやってくる。
 人形達が慌ただしく後始末に奔放している所を見るに、二人の喧嘩はアリスの一方的な勝利で幕を下ろしたようだ。
 いやまー、それ以外の結果なんて想像出来ないんだけどさ。
 安全を確認した私がメディスンを連れて部屋に戻ると、予想した通り部屋の中では無傷のアリスが機嫌悪そうに腕を組んでいた。
 予想と違って晶は気を失わずに土下座していたが、そこは誤差の範囲と言う事で。
 ふぅむ、耐えきったかー。晶のヤツも順調に人間止め始めてるね。
 それともこれが鎧の効果なのかな? 中々死ねなくなる、とかなんとか。

「あら、早い帰りねメディスン。身体は大丈夫なの?」

「うんっ! この調子なら弾幕ごっこも出来るってえーりんさんが言ってたよ!!」

「私としては、調子が良くても戦闘は控えて欲しいのだけどね」

「あはは、元気が良いのはなによりだと思うよ。久しぶり、メディスン」

「晶も久しぶり! 今日もいつも通りだね!!」

「……ねぇてゐさん、土下座しながら挨拶する僕は普段通りなんでしょうか」

「うん」

 泣きそうな晶にトドメを刺しつつ、私は倒れていた椅子を起こしてそこに腰を据える。
 思っていたより被害が抑えられている所は、さすがアリスと言わざるを得ない。
 もしくは、無いとは思うけど晶が抑えたとか? だとしたらもうちょい晶の評価を上方修正しとかないとねー。無いとは思うけど。

「で、結局どうなったのん?」

「うんまぁ、とりあえず着たまま色々と試してみる事になりました」

「ありゃ、良いの?」

「仕方ないのよ、着てないと能力が発動しないみたいだから。……それにしたって、即死攻撃完全無効化って何よ」
 
 弾幕ごっこの結果を聞いたつもりだったけど、どうやら二人には別の意味で捉えられてしまったようだ。
 それほど興味無かったから別に良いけど……今、さらっとアリスさんがとんでもない事呟いたよね。
 まさかあの鎧に、そんな素敵な能力が仕込まれてたとは。道理で晶が無事なワケだよ。
 くっそー、サイズが合ってたらてゐちゃんが貰うのになー、運の良いヤツだ。
 そんな幸運な男こと久遠晶は、アリスが呆れる姿を確認した事でもう大丈夫だと思ったらしく、ゆっくりと土下座の姿勢を解き始めた。
 良く見ると鎧がほんのりと光を放ってるし、普通の外見してる割に意外と多機能だったりするらしい、あの鎧。
 いいなー、やっぱりてゐちゃんも欲しいなー。有効活用はしないけど、もしもの時の保険に欲しいなー。

「前の能力が残ってて本当に助かったよ。新しい能力も役に立つモノだと良いんだけど……また、神綺さんの幻影が説明してくれないかなぁ」

「成長する機能を仕込んだとしても、どう成長するかまでは神綺様でも分からないわよ。そこは自分で探しなさい。――それより」

「はひ? なんでせう?」

「外に行くわよ。さっき戦った時、一つ気が付いた事があるの」

「気付いた事って?」

「その鎧の新しい能力の一つを、見つけたかもしれないのよ」

 そう言ってアリスは、両腕を組みながら不敵に微笑んだ。
 何だかんだ言ってやっぱり付き合い良いよねー、アリスって。
 私なら愛想をつかせている所だけど、彼女はまだ律義に晶の相手をするつもりらしい。
 まー、自分も関与している事柄だから、無責任に放り出せないだけなのかもしれないけど。
 どちらにせよ、損な性分だよねー。てゐちゃん同情しちゃうよ。

「じゃ、私らも一緒について行こうか。何か面白いハプニングとかあるかもしれないし」

「うんうん、行く行くー!」

「……ブレないわね、アンタは」

 そこがてゐちゃんの良い所です。残念ながら誰も分かってくれないけどね。
 

 







「で、気付いた事ってなに?」

 外に出た私達は、晶を中心にして半円状の形に座りこんだ。
 ちなみに、実験対象である晶は立ったまま。なんか見世物小屋みたい。

「貴方、さっき私の弾幕を防ぐために気で拳を強化したわよね?」

「い、いやその、そうしないと危険が危なかったのでして」

「別に責めているワケじゃないわ。ちょっとその時と同じ調子で、拳を強化して欲しいのよ」

「えーっと、攻撃する時用の身体強化で良いのかな?」

「ええ、出来るだけ力を込めてちょうだい」

 アリスの言葉に頷いて、晶が右腕を眼前に掲げる。
 七色の輝きが金属の鎧に纏わりつき――そして、変化が訪れた。
 晶の力の行使に呼応するかのように、複数の金属が層になっていたらしい腕鎧から勢い良く表層部分が跳ね上がる。
 三対の翼を広げた鳥の如き形に変化した鎧は、生まれた金属の層の隙間から多量の光を吐き出した。
 
「はわわっ!? ナニコレ、ナニコレ!?」

「落ち着きなさい。制御は出来てるの?」

「だ、大丈夫。……と言うか、見た目の派手さに反して意外とフツー」

「いやいや、傍から見てると全然そんな風に見えないよ?」

「そう? でも全然平気なんだけどなぁ」

 現在進行形で音と光を放ち続けている自分の右腕を、晶は無邪気にブンブンと振り回している。
 力を見る能力の無い私でも分かる程、異常な力が集まっているんだけど。本当に問題無いんだろうか。
 つーか体力大丈夫? いつものパターンだと、そろそろ使い果たしてぶっ倒れる頃合じゃない?

「ふむ……身体の方はどんな感じかしら」

「さっきも言ったけど、全然平気だよ。結構な量の『気』が集まってる割には体力の消費が少ないかな。神剣出しっぱなしにしてる程度で済んでるよ」
 
「例えは良く分からないけど、言いたい事はとりあえず分かったわ。ならその鎧は、見た目通りの力を浪費しているワケでは無いみたいね」

「そうなの? その割には、随分と力を大盤振る舞いしてる様に見えるけどなー」

「恐らく、鎧が晶の『気』を増幅しているのかもしれないわね。それなら体力の消費が少ない理由も説明がつくわ」

「ぞ、増幅っすか?」

「そう、増幅。多分他の部位でも出来るし、鎧全体でもやろうと思えば出来るはずよ。中々に強力な能力ね」

 うわー、何それ卑怯臭い。
 デメリットそのままでメリット強化とか、キ○ガイに刃物と言われても否定できないよ? バランス無視いくない。
 つーか強化させちゃダメだよソレは。面で底上げしてたけど、コイツうちの姫様を力任せに撲殺してるじゃん。
 いやまー、あの人結構迂闊だからワリと簡単に死んだりしてるけどね? それでも戦闘中に真正面から叩き潰すとか中々出来ないよ?
 しかも増幅して得られるであろう同等の火力を持つ事になるのは、自身の力量を全く自覚していないアンポンタンだ。
 ……大惨事の予感しかしないね。主にスプラッタ的な意味で。
 まー、晶の事だからオチはあるだろうけどさ。むしろここまでの説明、全部そこへの前振りだよね?

「凄いのは良いけど……これって何気に、鎧としての機能を果たして無いよね? 装甲浮いちゃってるよ?」

「肉体に負荷をかけない様、過剰分を外へ排出してるんでしょうね。かなり勢いがあるけど、腕の方は大丈夫?」

「ちょっと引っ張られる感じはするけど、今の所は大丈夫かな。もうちょっと力を込めると飛んでいきそうな気がするね。パンチの加速に使えそう」

「なら、気の増幅は過剰分の利用も想定しているのかもしれないわ。防御を捨てて攻撃に特化させる――貴方にピッタリの能力じゃないの」

「……素直に喜べないなぁ、ソレ。防御を疎かにして痛い目に会う機会が散々あったワケだし」

「そんな経験ばっかしてたから、そんな風に成長しちゃったんじゃないのー? こっちが死ぬ前に相手を倒せば勝ちだ。みたいな学習をしたんだよ、きっと」

「どうしよう、何一つ否定出来る要素が無いや」

 ほら、やっぱり前振りだった。つーか実は頭悪いのね、その鎧。
 もしくはこの鎧、持ち主の長所を伸ばして短所を補うタイプだったとか?
 ……持ち主が無鉄砲で無ければ、何の問題も無い傾向なんだけどなー。
 
「とりあえず、そこの岩でも殴ってみなさい。その状態での拳の威力を確認するから」

「だ、大丈夫かなぁ。腕壊れたりしない?」

「殴る部分はそのままだから大丈夫よ。あ、ちゃんと加速もかけておきなさいよ」

「へーい」

 アリスに促され、晶は右腕を光らせたまま岩の前に立った。
 形はほぼ円状、大きさは晶と同じくらい、試し打ちにはもってこいの岩だろう。
 晶は身体を低くして大振りに構えると、勢い良く大地を蹴って駆け出した。
 同時に、右腕の輝きがより一層激しくなる。
 光の軌跡を描きながら、晶の拳は眼前の岩へと叩きこまれた。

「……おおぅ」

「うわー」

 そして次の瞬間、拳の触れた所から岩が文字通り‘消し飛んだ’。
 いや、なんか塵っぽいものが舞ってるから、消えたんじゃ無くて粉々になったんだろうけど……。
 それにしたって派手過ぎだ。当たった瞬間に、二回くらい地響きが起きてなかった?

「なるほど、ね」

「えーっとその、アリスさん? 出来れば自分だけで納得してないで、僕達にも分かる説明をお願いしたいのですが」

「そうだよ。私もお話に混ざれる様に説明して欲しいな」

「ああ。そういやメディちん、さっきからずっと黙ってたね」

「皆難しい事ばっかり言うんだもん……」

「よしよし、大人しくお饅頭でも食べてなさいな」

 私の差し出した饅頭を受け取り、メディスンは不満げな表情でかぶりついた。
 まーしょうがないか。彼女の頭が悪いとは言わないけど、話の内容についていける程の知識はさすがにまだ無いだろうし。
 正直、私としては内容が分かっていても混ざりたいとは思わないけどね。面倒臭いから。
 けど彼女にしてみれば、仲間外れにされてる気がして寂しいんだろう、きっと。本当にピュアな子だよ。

「……説明、始めて良いかしら」

「はいどうぞ、僕達は大人しく聞いてますので」

「ぱちぱちわーわー」

「口で言うのは止めなさい、不愉快だから。……さて、先程の攻撃だけど――恐らくアレは、殴った後に仕掛けがあるみたいね」

「と言うと?」

「命中した後に、増幅させた『気』のエネルギーを対象に叩きこんでいるのよ。消し飛ぶまでに間があったのはそのためだと思うわ」

 なるほど、道理で二回地響きが起きたと感じたワケだ。
 そりゃー凄いね、わっはっは~。

「ねーねー、アリスちん」

「なによ」

「それ、ガチでヤバく無い?」

「ヤバいわよ」

「だよねー」

 つまりコレを喰らった相手は、気で強化された晶の拳に加えて、身体の中に大量のエネルギーを注ぎこまれる事になるのだ。
 下手をしなくても、三流妖怪や妖精当たりならやられた瞬間爆散するよソレ。
 少なくとも私は耐えられない。それくらい凶悪な攻撃方法だろう。
 だと言うのに、ソレを使えるのが――

「ふぅむ、ならこの技をティロ・フィナーレ……いや、ホローポイント・フィストとでも名付けようか」

 よりにもよってこの、手加減も見極めも出来ないスットコドッコイだとは。
 とりあえずもう一度言わせてもらおう。……キ○ガイに刃物だよコレ、完全に。

「『穴の先端』? 変な名前だねー」

「あれ、幻想郷には銃器って無かったっけ?」

「鉄砲の事? 私は知らないけど、多分あるんじゃないの?」
 
「やっぱりそうか。……だとすると、無いのはホローポイント弾の方なのかな」

 晶とメディスンは、即興でつけた技のネーミングセンスで無邪気にお喋りをしている。
 スペカでも無い技の名前なんて、どーでもいいと思うけどなー。本人にとってはワリと重要な事なのだろう。
 姫様と戦った時と比べてさえ強くなってるはずの晶だけど、強者特有の安定感は相変わらず欠片も無い。
 こうも不安定に強くなれると言うのは、ある意味凄いのではないだろうか。
 まー、私は絶対に背中を預けたくないけどね。

「はいはい、浮かれてないで話は最後まで聞きなさい」

「にゃ? まだ何かあるの? ひょっとして腕鎧が飛ぶとか?」

「ただの忠告よ。いい? その技は、自分より格下だと思った相手には使わないで。約束出来る?」

「はい! 相手が格下かどうか、僕は未だに判別できません!!」

「……なら、一度普通に殴ってから使う様にしなさい。使うなとは言わないから」

「それなら何とか行けると思います! 了解!!」

 さすがはアリス。乱暴だけど、的確過ぎるアドバイスだね。
 幾ら晶でも、殴った相手が弱いか強いかくらいは分かるだろう。
 相手がやせ我慢した上に、晶がそれに気が付かない可能性もあるけど……そこまで責任持つ必要は無いしね。
 とりあえずは、私に被害が行かなければそれでいいや。

「さて……丁度部屋の片付けも済んだみたいだし、そろそろ部屋に戻りましょうか」

「らじゃー。ならついでに、僕の持ってきたお饅頭を皆で食べない? 買う前に味見したけど、実は結構好みの味だったんだよねー」

「貴方ねぇ――ま、一個くらいなら良いわよ。てゐ、さっき全部持ちだしていたわよね?」

「え?」

 アリスがこちらへ振りかえるのとほぼ同時に、私は‘最後の’饅頭を口にした。
 ありゃ、アリスってば気付いてたのかー。興味無さそうな素振りを見せてたくせに、実は興味深々だったね?
 
「……私言ったわよね。せめて半分は残しなさいって」

「てへ☆ てゐちゃんちょっと用事を想い出したから、ここらでお暇させて貰うね」

 ぶりっ子全開な私のスマイルに、アリスもにっこりと満面の笑みを返した。
 ただしその背後では、晶にけしかけた時と同じくらいの数の人形が武器を構えている。
 うわー。興味深々どころか、確実に楽しみにしてたよねコレ。
 アリスの怒りが完全な形になる前に、私は文字通り脱兎の如く逃げ出したのだった。



「待ちなさい、このいやしんぼ兎詐欺ーっ!!」



 ―――皆も覚えておこうね! 食べ物の恨みは、結構洒落にならないくらいの禍根を残すよ!!




[27853] 天晶の章・伍「四重氷奏/Gを呼ばないで」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/06/23 11:36


「そういえば、晶さんって百足とかはワリと平気ですよね? どうしてですか?」

「多足亜門の節足動物は、生理的な嫌悪よりも生物的な脅威を感じさせるデザインが多いですからねー。怖くはあるけど気持ち悪くは無いかなぁ」

「足がうじゃうじゃしている所とか、相当キモいと思うんですがねぇ……」

「えー、そこが良いんじゃないですか。大きいのになると、皮膚が金属みたいになってて結構カッコ良いんですよー」

「お姉ちゃんちょっと、晶さんのそこらへんの感性は理解できません」

「あの時のお化けムカデも、敵対してなければ十枚くらい写真撮ってたのになぁ」

「ちなみに晶さん、一番好きな虫は?」

「オトシブミ」

「……迷い無く言い切りましたね」





幻想郷覚書 天晶の章・伍「四重氷奏/Gを呼ばないで」





「平和ねぇ」

「平和ですねぇ」

「……歯がゆいわね」

 太陽の畑の中央に建っている自宅の庭先で、自称晶の姉共は私を巻き込んで昼の茶会を楽しんでいた。
 正確に言うとのんびりしていた私の前にコイツらが湧いてきただけなのだけど、天狗も隙間妖怪もその程度の事で遠慮するほど常識的な思考はしていない。
 こちらに殺る気が無いのを見越した上で、二人は図々しくも寛ぎ始めたと言うワケだ。
 腹立たしいけれど、咲く為の準備を始めた向日葵達を散らしてまで追い払う気になれないのも事実。
 口惜しいが、ここはコイツらの好きにさせておく事にしよう。……どうせ、後少し我慢すれば居なくなるのだし。

「それにしても遅いですねぇ。こんな小さい家の掃除なんて、あっという間に終わるでしょうに」

「貴女の家よりは断然広いわよ。晶が梃子摺っているのは全然別の理由でしょうけど」

「あの子、普段は大雑把な癖に変な所で神経質なのよね。今頃は台所で茶渋あたりと格闘しているんじゃ無いかしら」

「凄く有りそうです、ソレ。晶さんって、可能性が少しでもあると躊躇なく全賭けして見苦しい程に悪足掻きしますからね。落ちそうな汚れとか無視できなさそうです」

「たかが掃除に全てを賭けられても困るわよ……」

 当然の話だが、この馬鹿二人の目当ては私ではない。
 コイツらの目的は、現在掃除に勤しんでいる私のペット――久遠晶だ。
 天晶異変の最後に各陣営が晶の所有権を主張しあっていたが、結局あの子は引き続き私の家で養う事になっていた。
 と言うか、そもそも私に晶を手放す気は無いのだ。勝手に移籍の話をされても困る。
 まぁ、本人が現状維持を望んだため、実りの無い自己主張のぶつけ合いとなっていたその場は何とか収まったが。
 アレで諦めるほど物分かりの良い妖怪共では無いだろうから、私の方でぶっとい‘釘’を刺しておいた方が良いかもしれないわね。フフフ。

「……まーた何かロクでも無い事を企んでるみたいですね、このサディスト」

「内容は概ね想像出来るわ。だけど幽香、直情的で暴力的な行動は、貴女の威厳を損なわせる事になるから気をつけなさい」

「そういう振る舞いも意外と楽しいから良いのよ。過信して仕掛けてくる身の程知らずも増えるし」

「それが楽しいのは幽香さんだけですってー」

 そう言って気だるげに肩を竦める文。型破りな天狗とは言え、縦社会に生きる者に私の拘りは理解出来なかったようだ。
 まぁ、以前は私も他の妖怪達同様、私を慕う者を従えて御山の大将を気取っていたのだが。
 しかしやはり、御輿として担がれるのは私の趣味では無かったのだろう。
 自らの居城だった場所の管理を部下だった彼女等に任せた私は、ここ太陽の畑に住居を構え群れる事を拒否する様になっていた。
 ……最近は色んなヤツが来るので怪しくなっていたが、やはり私の本質は孤高なのだ。
 
「理解しろとは言わないわ。私だって、貴方達の矜持は理解出来ないもの。理解する気もないワケだしね」

「安心してください。ハナからそのつもりですから」

「幻想郷の管理者としては、最低限のルールを守ってくれたら文句は無いわ。我が強いのは貴女に限った話じゃないもの」

 隙間と天狗は、さほど興味が無さそうに私の言葉に頷いた。
 結局はコイツらも、その‘我の強い妖怪’の内の一人だと言う事だ。
 だが、こういうドライな関係はそれほど嫌いでは無い。
 適度な距離感は必要だし、本人達に教える気はさすがに無いが、自分を偽らなくて済む空間と言うのはやはり心地よい。
 私は別に、どこでも自分を偽る気など毛頭無いけどね。しかしまぁ、ベタベタされるよりはずっと良いだろう。
 ……それにしても、晶のヤツ本当に遅いわね。家の掃除ってこんなに時間がかかるモノだったかしら。
 そんな事を考えながら私が視線を家の方に向けると――家の中から、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。



「きゃあぁあぁぁぁあああああああああっ!!!」



「……今のって」

「あの男の子にあるまじき可愛らしい悲鳴は、間違い無く晶さん!」

 やはりそうだったか。
 いや、声自体は普段から聞いてるのだが、さすがにあそこまで女性っぽい金切声を出されると別人だと思いたくなってしまう。
 演技では無さそうだから無意識の悲鳴なのだろうけど、それがここまで可愛いと言うのは正直どうだろう。

「待っててください晶さん! 今お姉ちゃんが行きますよ!!」

 等と私が今の悲鳴について色々と考え込んでいる間に、自称晶の姉が全速力で家に飛んでいった。
 見れば先程まで紫が居た位置にもいつもの‘隙間’が生まれており、紫自身の姿はそこに無くなっている。
 ……この姉共は、変な所で全力を出し過ぎだ。
 二人の迅速過ぎる行動に呆れながら、私も事態を確かめるべく家の中へと向かうのだった。










 晶の姿は、台所の奥で確認する事が出来た。
 身体を丸め座りこむその姿は、何か恐ろしいモノを拒絶している様だった。
 そんな晶の周りには、何故か困った表情の姉二人。
 二人の事だから、晶が戸惑うのもお構い無しに心配しつつ身体を撫でまわすかと思っていたのだが……何かあったのだろうか。

「棒立ちなんて珍しいわね。弱ってる晶を愛でなくて良いの?」

「いやぁ、何と申しますかね。ちょっと反応に困ると言いますか……」

「はぁ?」

 何とも言えない苦笑いを浮かべながら、文が困った様に首を傾けてみせる。
 そして無言で、私の方に何かを持った腕を突き出してきた。
 手が動いたことで晶がさらにビクついた所を見ると、この中に先程の悲鳴の原因があるのだろう。
 ……手の中に収まる程度で、悲鳴を上げるほど恐ろしいモノ? そんな妖怪居たかしら?
 疑問も浮かべながらも、私は文の掌を覗きこむ。
 ゆっくりと開いた彼女の手の中には、一匹の黒い虫が納まっていた。

「――あら、蛍じゃないの」

 そういえば、もうそんな季節だったか。
 太陽の畑は水源からそれなりに離れているので、恐らくは偶然迷い込んでしまったのだろう。
 蛍の放つ淡い光は、花の持つ儚い美しさに通じるモノがあるから好きだ。
 
「で、この虫と今の晶にどんな因果関係があると言うのかしら」
 
「こんな因果関係があります」

「ひぃぃいいいいっ!?」

 文が今度は、晶の方へ蛍を持った手を向ける。
 二人の間にはそれなりの距離が空いているのだが、晶は間近で突き付けられたかの様に怯えて後ずさった。
 もっとも、すでに晶は壁際ギリギリの位置まで下がっているので、足がジタバタするだけで一向に身体は動かないのだが。
 ……つまりアレか。この小さな、何の力も持っていない、ただの虫けらを晶は怖がっていると言う事か。
 今まで散々、こんな虫よりもずっと恐ろしい魑魅魍魎と付き合ってきたと言うのに?
 どういう判断基準をしているのかしら。良く分からないけど、妖怪としては屈辱な評価ね。
 
「まったく、毒も牙も持っていない虫の何が怖いのよ」

「あぶろびじょびばぶぼべ……」

「晶さんは錯乱状態に陥ってますから、何を聞いても無駄です」

「なら、そっちの一番晶と付き合いの深い隙間で良いわ。この状況を説明してちょうだい」

「一言で言うなら、過去のトラウマね」

 そして紫は、シェイクスピアの悲劇でも語るかの様に晶がこうなった理由を説明し始めた。
 無駄に情感をたっぷり込めて説明してくれたが、要約するとこういう事になる。

「つまり以前、素足でゴキブリを踏みつけた経験をしたために、黒光りする虫に拒否反応を見せるようになったワケね」

「掻い摘んで言うとそうなるわ」

「むしろ端折って説明して欲しかったです。潰した油虫が卵持ちだった時の描写を克明にされても困りますよ」
 
「晶がトラウマになった理由を、分かり易く伝えようかと思って」

「ええ、分かり易く伝わったわよ。晶のトラウマも抉りだされたみたいだけど」

「嘘つき羊は天秤揺らして遊んでるよ。黒い小鳥がやってきて、羊を啄み飛んでったよ。天秤爆発しろ」

「……錯乱し過ぎて、ワケの分からない事を呟き始めてしまいましたね」

 恐怖で自分の殻に閉じこもりかけているらしく、晶は身体をさらに丸めて震えだした。
 視線は天井に向いており、瞳は一向に定まっていない。
 ここまで晶が動揺する姿を見るのは、何気に初めてかもしれない。
 その相手が蛍……と言うのは少々マヌケと言うか、納得いかない感じがするが。

「と言うか、今まで良く平気でいられましたね。虫なんてそれこそ幻想郷中にいますよ?」

「虫と言っても、黒光りでかつ柔らかそうな外見に限定されるみたいなのよ。蟻や甲虫の類だと平気みたいだし、意外と範囲は狭いみたいね」

「そういうモンなんですか……」

 良く分からないと言った具合に、文は再び首を傾げた。
 まぁ、他人のトラウマなんて言うモノが、当人以外に理解出来るワケ無いのだろう。
 私とて、晶の反応が軽度ならアレコレ文句を言うつもりは無かった。
 ―――が、ここまで反応が酷いと話は変わってくる。
 これはかなりの‘荒療治’が必要みたいね。

「おや幽香さん、どこに行くので?」

「ちょっと所用が出来たのよ。晶のケアは貴方達に任せるわ」

 自分でも意地が悪いと思える笑顔を浮かべ、私はその場を後にした。
 さて、どういう結果になるかしら。……久しぶりに、色々と楽しめそうよ。

 


 
 
 



「いやぁ、ご迷惑おかけしました」

 それから半刻が経過し、ようやく落ち着いた晶が苦笑しながら私達に謝罪してきた。
 より正確に言うと、私が用事を済ませて帰って来てから、さらに落ち着くまでにかかった時間が半刻だ。
 当然の話だが、蛍はとっくの昔に隙間が余所へと移動させている。
 やれやれ、本当に困ったモノね。どうやら‘荒療治’を用意して正解みたい。

「晶さんがそんなに蛍を苦手にしていたとは、知りませんでしたよ」

「蛍と言うか、黒光りして柔らかい虫が全般的にね? 視界に入らなければ平気なんだけど……」

 困った様に頬をかき、明後日の方向に視線を逸らす晶。
 どうやら、顔中から体液と言う体液を出し続けていた事はきっちり把握していたようだ。
 分かっているのは結構な事だけど、分かっていながらどうにもならないと言うのはやはり問題ね。

「……で、何を企んできたのかしら?」

「あら、なんの話? 私にはさっぱり分からないわね」

「嘘おっしゃい。晶のトラウマを克服するために、何か仕込んできたんでしょう?」

「そこまで分かっているなら、私が何を仕込んできたのかも察しがついてるんじゃないの?」

「ふふっ、直接本人の口から確認したいのよ」

 まったく趣味が悪い。晶や文には聞こえない様に囁きながら、隙間は胡散臭い笑みを私に向けてきた。
 手に持った傘を思わず殴り付けたい衝動に襲われたが、どうせ当たらないのでグッと我慢する。
 ふん、まぁ教えてやる必要は無いわね。
 どうせもうすぐ、目当ての相手はやってくるのだし。

「―――か、風見幽香! 来たよ!!」

「あら、意外と早かったわね」

 向日葵達の陰から、一匹の妖怪が現れた。
 肩の膨れた白いワイシャツと黒いハーフパンツを着た、緑髪ショートボブの彼女の名はリグル・ナイトバグと言う。
 背中のマントと頭の触角、そしてその名が示す通り、リグルは‘ある虫’の妖怪である。

「約束通り、あ、あの蜜をくれるんだよね」

「ええ、私は嘘をつかないわ。ただし、他にもやって貰う事があるけどね」

「う、や、やっぱり……」

「くすくす……酷い人ねぇ、いたいけな妖怪を餌で釣るなんて」

「これは正当な取引よ? とは言え、少しばかり‘お願い’した事は認めるわ」

「ふふっ、怖い妖怪さんね」

 そういう貴女は、性格の悪い妖怪さんよ。
 リグルの姿を確認した紫は、即座に隙間妖怪としての仮面を被って微笑んだ。
 彼女に気付いたリグルの顔色が、みるみる青くなっていく。
 ……まぁ、その前からすでに多少青白かった事は、否定しないでおくわ。

「ひぃっ!? 八雲紫!?」

「……貴女も知り合いだったの?」

「永夜異変の時にちょっと、ね。相手をしたのは主に霊夢だったけど」

 それはまた、随分と間の悪い時に出会ってしまったものである。
 異変中の霊夢は、目についた妖怪全てを問答無用で退治する妖怪にとっての天敵だ。
 恐らくは、傍目で見ていただけの紫の姿ですらトラウマになるほど酷い目に遭ったのだろう。
 さすがに少しだけ同情する。もちろん本当に少しだけだが。
 ちなみに、私とリグルの出会いだが――実の所そう大したモノでは無い。
 花と虫。其々共生関係にある妖怪同士、顔を合わせる事自体は何度かあったのだ。
 まぁ、私ははっきり言ってこの子に興味を持てなかったし、あちらの方も私に関わりたいとは思っていなかったみたいだけど。
 意外な所で、意外な役に立ったわね。あちらにとっては災難だったとしても。

「大変よ幽香! リグルを見た晶さんが息してない!!」

「あら、文もリグルと知り合いだったのね」

「ええまぁ、文々。新聞を作る時に主に弾幕写真で協力を――って今そこはどうでも良いのよ!!」

「分かってるわ。……ふむ、多分このくらいの角度ね」

「セカイハボクニヤサシクナイッ!?」

「可愛い弟の首元に、斜め四十五度の角度で手刀を叩きこまないで欲しいのだけど……」

「緊急事態よ、容認しなさい」

 大体、この程度でどうにかなるほどヤワな子じゃ無いでしょう。
 私の‘気つけ’を喰らった晶は、迫りくる恐怖の源を探る様に視線を忙しなく動かし始めた。
 
「あ、あがごがげろべば?」

「残念ながら、気のせいでは無いわ。現実を見据えなさい」

 しかしすでに口が回らなくなっているらしく、晶の口から出てきたのは全く意味の通らない何かだった。
 もっともその言葉を、隙間妖怪はあっさりと翻訳してみせたが。
 これが、二年のアドバンテージが成せる技なのかしら。……ちょっと違う気がするわね。
 だからそこの鴉天狗、本気で悔しがってるんじゃないわよ。

「あら、結構分かるものよ? 貴方達くらいの付き合いがあれば、多分楽勝でしょうね」

「それはアレですか。持つ者の余裕と言うヤツですか。うぎぎ」

「はいはい、これ以上話をややこしくしないの。当事者たちが困惑しているわよ」

 特に、目的を一切説明されずに呼ばれたリグルの戸惑い具合は相当なモノだ。
 状況を把握出来ない彼女は、ただ呆然と私達のやり取りを眺めている。無理もない事だが。

「えーっと……」

「ああ、ちょっと待ってなさい。先にこっちの話を纏めておくから」

 途方に暮れたままの彼女を放置して、私は必死にリグルから視線を逸らそうと試行錯誤している晶に近づいた。
 リグルが何の妖怪かまでは分かっていない様だけど、私がどんな意図で彼女を呼んだのかは概ね察しがついているようだ。
 ふふ、貴方のそういう、どんな状況でも必ず冷静な部分を残しておける器用さは結構好きよ。貴方自身にとっては恨めしいでしょうけどね。

「魏、魏簿瑠下画炉弩」

「そういう事よ。いつも通りの展開でしょう?」

「幽香さんまで解読してる!? 酷い、これは余りにも酷い裏切りです!!」

「sどふぉ;jさgsh;おが;」

「――あ、意外と分かりますね。本当に」

 自分にも混乱した晶の話が通じた事に、文は満足げに何度も頷いた。
 ちなみに今、晶は貴方に助けを求めたのだけど……そこはわりとどうでも良いようだ。ご愁傷さま。

「それじゃあ早速、トラウマ払拭のための弾幕ごっこと行きましょうかね」

「~~~~~~~~~~~~!!!」

 晶の肩に手を乗せ、私は満面の笑みを彼に向けた。
 それで逃げられない事を悟った晶は、声にならない悲鳴を上げる。
 だけど残念ねぇ。今日の私は、それくらいで止めるほど優しく無いわよ?





 ―――せいぜい死ぬ気で、その情けないトラウマを払拭する事ね。ふんっ。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「第二期スタートと言う事で気分一新コーナーもリニューアル、皆の裁判官山田さんです」

死神A「アシスタントの死神Aでーす。……で、何が変わったんですか?」

山田「私の上半身が体操服からあずき色のジャージに変わりました」

死神A「季節感ガン無視!? と言うか些細過ぎますよその変化は!」

山田「袖はブカブカなんですよ?」

死神A「アピールポイントなんですかソレ!?」

山田「はーい、早速質問にいきまーす」

死神A「……変わって無い。ノリも流れも何も変わって無い……」


 Q:あと、鎧の機能については、「今は発表しないけど、鎧の機能はほかにもいろいろ追加されてるよ」って事でいいんでしょうか?


山田「身も蓋も無い事を言うと、何も考えてません。よって何とも言えません」

死神A「うわぁ、ノープランなんですか?」

山田「元々、鎧の機能は今後の展開から逆算して追加させているんですよね。なので、新しい能力が付与される可能性はあるっちゃあります」

死神A「と言う事は、今後増幅機能を使う展開があるワケですね」

山田「あります。と言うか、『久遠再起』における一番大事な追加要素だったりします。作者的には」


 Q:「弾幕ごっこにおける晶君とタッグを組んだ時のキャラ別の相性」とか聞いてみたい…


山田「まったく、第二期になってもここの読者達は本当にドSですね」

死神A「作者が泣き事をほざきながら頭を抱えてましたからね。どう分けりゃ良いのか悩んでましたし」

山田「と言うワケで、第二期時点での天晶花タッグ相性表公開でーす」

死神A「(……この人が一番のドSだよなぁ)」



――相性◎……住み分けが出来ていて、コンビネーションが良好。晶の実力を活かせる。

 八雲紫 射命丸文 アリス・マーガトロイド
 東風谷早苗 四季映姫ヤマザナドゥ
 河城にとり 博麗霊夢 西行寺幽々子
 霧雨魔理沙 洩矢諏訪子 十六夜咲夜 八意永琳


――相性○……上記どちらかを満たせていない。が、それなりに戦える。

 風見幽香 鈴仙・優曇華院・因幡 蓬莱山輝夜
 八坂神奈子 紅美鈴 上白沢慧音 藤原妹紅
 レミリア・スカーレット 小野塚小町 
 パチュリー・ノーレッジ 犬走椛


――相性△……互いの足を引っ張る可能性有り。戦えない事は無い。

 フランドール・スカーレット
 秋姉妹 鍵山雛 魂魄妖夢
 メディスン・メランコリー 
 チルノ プリズムリバー三姉妹


――相性×……一緒に戦うな

 因幡てゐ 小悪魔 大妖精 稗田阿求 



山田「ちなみにこれは純粋なタッグでの相性なので、策などを挟むとまた変わってきます。つーか選考基準がかなり怪しいです。作者超迷走してます」

死神A「なんか、相性◎が多いですねぇ」

山田「『晶に合わせる事が出来る実力者』は、全員相性◎に入ってますからね。入って無いのは、性格的にそういう事が出来ない人達だけです」

死神A「ああ、吸血鬼とか月の姫とか御柱の事ですね。特に御柱、殺したい程晶の事を憎んでる――スタンスをとってる風に振舞ってますからねぇ」

山田「所詮はツンデレですけどね。鴉天狗が◎で花の妖怪が○なのは、晶君の戦闘技能が近接に偏っているためです。○に居る他の面々もそういう傾向が強いですね」

死神A「ワーハクタクも入ってますけど? つーか、戦闘範囲被ってたらダメなんですか?」

山田「同士討ちを避けられるほど器用じゃないですからね。ちなみに上白沢慧音の○は純粋な晶への情報不足です。ノーマル状態だとそこまで強くもありませんし」

死神A「理解してそうな白狼天狗は○ですけど?」

山田「こっちは純粋な実力不足ですね。ちなみに△に入っている面子は、共闘に問題があるか実力に問題があるかの二パターンだと思ってください」

死神A「なるほど。で×は……まぁ、聞かなくても良いですね」

山田「そう言う事です。では、最後の質問です」


 Q:通常打撃で花の四季面クラスか。つまり、花の四季面でするなら、星熊の姉御とも殺り会えるでせうか?教えて!ゆっかりーん。


山田「『‘ゆ’りゆりしいのはどう‘か’と思う ‘り’んご大好き ‘ん’ごま』――略してゆかりんな山田さんがお教えします」

死神A「無理矢理過ぎですよ……で、どうなんですか?」

山田「まぁ、攻撃力だけなら五分だと思いますよ? 当然防御力は減ってるので、そこらへんは保障出来ませんけど」

死神A「……ちなみに、殴り合いになるとどうなりますか?」

山田「何回か殺りあった結果ミンチになります。尚、怪力乱神の方はそこそこダメージ喰らうだけです」

死神A「世知辛いっすね……」

山田「世の中なんてそんなものですよ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[27853] 天晶の章・陸「四重氷奏/プリンセスナイトバグ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/07/07 00:01

「それにしても意外ね、貴女が何も言わないなんて。いつもなら晶の嫌がる事は力尽くで止めさせるのに」

「まぁ、晶さんのアレはさすがに酷過ぎましたからね。それに……」

「それに?」

「――泣き喚きながら必死に逃げ出そうとする晶さんも、有りっちゃ有りかなと」

「ふふ、とことん自分に正直なのね」

「そういう紫さんだって、ずーっと静観を決め込んでるじゃないですか」

「当然よ。私だって、自分を偽って生きる気は無いもの」

「――紫さんっ!」

「――文!」

「世間から見ると、私もコイツらと同類なのよね。……さすがに泣きたくなるわ」





幻想郷覚書 天晶の章・陸「四重氷奏/プリンセスナイトバグ」





 ……なんで、こんな事になったんだろう。
 太陽の畑のど真ん中、風見幽香の家の近くでボクは大きく溜息を吐いた。
 いや、理由は分かっている。四季のフラワーマスターの誘いに乗ってしまったからだ。
 だけどアレは、自由意思に任せると言う名の強制だったと思う。
 少なくともボクに拒否権は無かった。確実に無かった。

「頑張ってください、晶さーん」

「ふふ、殺しちゃダメよ~」

 そして言われるままにノコノコやってきたボクを待っていたのが、この地獄とも魔境とも言える伏魔殿だ。
 なにこれ、二回言うけどなにこれ。正直今すぐ見なかった事にして帰りたい。無理だけど。
 はっきり言って、今のココは博麗神社並に混沌としていると思う。何で風見幽香の家に鴉天狗と隙間妖怪が居るのさ。

「準備は良いかしら? まぁ、ダメと言ってもやるつもりだけど」

「あうあうあう」

「了承とみなしたわ。精々頑張りなさい」

 いや、ガタガタ震えててとても何かが出来る様には見えないよ?
 ボク同様巻き込まれたのであろう、とっても可愛い格好をした女の子は今にも倒れそうな程顔を青くしている。
 何て可愛い格好なんだろうか。いいなぁ、可愛いなぁ。フリフリいいなぁ。……じゃ無くて。
 可哀想に、妖怪達の道楽に付き合わされてしまったのだろう。
 状況的にはボクも変わらないけど、あそこまで怯えられると何だかボクまで悪い気がしてくる。
 それにしても良いなぁ、あのメイド服。フラワーマスターと腋メイドと言う組み合わせに何か引っかかるモノがあるけど、あのデザインは凄く良い。
 ボクもたまにはああいう……いや、やっぱいいや。あの手の可愛い服は女の子女の子した子が着るべきだと思うし。

「お待たせ。話は纏まったわ」

「え、良いのアレ。完全に怯えちゃって何も出来そうに無いよ?」

「大丈夫よ。遠慮はいらないから全力で叩き潰しなさい」

「この上でトドメをさせと!?」

「ええ、殺す気でやりなさい。情けは無用よ。……それでもまだ、実力的にはまだ劣勢なのだし」

 ん~? 今、聞こえない様に風見幽香が何か呟かなかった? 気のせいかな?
 まぁとにかく、風見幽香は意地でもボクと彼女を戦わせる気らしい。
 だけどなぁ……別に人間と戦う事に抵抗があるワケじゃないけど、ここまで怯えている相手を一方的に叩くと言うのはさすがになぁ。
 もっとも、今のボクにはおよそ選択肢と呼べるものが無いんだけどね。
 ……しょうがない。怪我させない様に軽い弾幕でさっさと決着をつけちゃおう。

「分かった。それじゃあいくよ!」

 蛍の放つ光の様な弾丸を、怯える彼女に向かって一斉にばら撒いた。
 ただし、出来るだけ被害を与えないよう弾は少な目にして。
 穴だらけで弾幕とも呼べない弾の掃射。それに対して、彼女は――

「うわぁぁぁぁあああああああん!!」

「……え?」

「逃げましたね」

「逃げたわね」

 隙間妖怪と鴉天狗の言った通り、恐怖が限界を超えたらしい少女は弾幕の流れに沿う様にして駆け出した。
 その速さは圧倒的で、あっという間に彼女の姿は向日葵達の中に消えていく。
 あ、今度は向日葵達の向こう側から、もの凄い音が聞こえてきた。まるで岩と岩とをぶつけあったみたいな音だ。
 そして向こう側から、険しい雰囲気を放ちながらも微笑む風見幽香と、頭に巨大なタンコブを生み出して引き摺られている少女が現れた。
 どうやら、逃亡したもののあっさりと捕まってしまったらしい。可哀想に。
 
「敵前逃亡は認めないわよ。死ぬか勝つか、貴方に許された結果はこの二つだけ」

「死にます」

「訂正するわ、殺されるか勝つかだけね。それと、こういう時にだけ話せるようにならないの」

 かなり乱暴な投げ方で、風見幽香は少女をボクの前に連れ出す。
 逆さま状態の彼女は、見ているこちらまで絶望的になってくる表情で立ちあがった。
 正直戦い辛い。もういい加減、帰してあげたら良いのに。
 
「いい? このラインは越えちゃダメよ。越えた場合は……そこの天狗と隙間が選んだ格好で人里を徘徊させるわ」

 そう言って、風見幽香は地面に線を引いた。
 逃亡を阻止する手段としては拘束力に欠けるけれど、それを行っているのが風見幽香なら話は別だ。
 博麗の巫女並に図太い人間でも無い限り、あの線を越えて逃げ出す真似はしないだろう。
 ……けど、その脅し文句はちょっと無いかなぁ。
 この面子なら、もっと効果的な脅かし方があると思うんだけど……。

「誠心誠意頑張らせて頂きますっ!!」

「がんばってくださいねあきらさん。――で、紫さん。あの線を動かす事は可能ですか?」

「おうえんしてるわよあきら。――もちろんよ。重要なのは、線を弄るタイミングね」

 抜群に効いてた!? それまでの怯えっぷりが嘘のようなやる気の出し方だ。
 そして、静観している鴉天狗と隙間妖怪から漂う怪しい雰囲気。
 何やら企んでいるみたいだけど……何故だろう、わりとどうでも良い気がする。
 あと一応当事者のはずなのに、気付くと話から除外されているボクは本当に必要なのだろうか。
 
「と、と言うワケで、よろしくお願いしまっす!」

「……手、震えてるよ?」

「突っ込まないで! 何とか気付かない様にしてるんだから!!」

「いや、良いけどさぁ……」

 それにしてもこの子、何に怯えてるんだろう?
 最初は、風見幽香か鴉天狗か隙間妖怪に恐怖しているのかと思ったんだけど。
 何だか違う気がするんだよね。むしろ、ボクの方を怖がっている様に見えると言うか……。
 さすがにそれは無いか。これだけの面子がいるのに、ボクだけを怖がるなんて有り得ないもんね。
 ボクがそんな事を考えている間に、震える少女は戦う準備を整えていたようだ。
 いつの間につけていたのか、手足と胴体を銀色の鎧で覆っている。
 うーん、鎧はちょっと無骨過ぎるかなぁ。格好良いけど、ボクはもうちょっと可愛いデザインの方が――って。
 鎧? メイドで鎧で、風見幽香と鴉天狗の関係者? ……そういえば、そういう噂をどこかで聞いた気が。

「ほらほら、さっさと始めなさい」

「え? あっ、はいっ!?」

 いつの間にか背後に立っていた風見幽香に促され、ボクは反射的に弾幕を放つ。
 しまった。スペルカードこそ使ってないものの、咄嗟だったから加減せずに攻撃してしまった。
 光の弾幕は線を形作り、ボクの意志を無視して少女へと襲いかかる。
 
「アイシクルゥゥゥ」

「え」

「パワァァ、ウェェェェィッブ!!」

「ええー」

 しかし驚いた事に、殺意に満ちた攻撃を少女は冷静に裁いてしまった。
 彼女は弓の如く右足を引き絞ると、弾幕が迫る寸前に地面を蹴り上げる。
 そして生まれる、滝の様な光の波と氷筍の様な氷の壁。
 彼女を護る盾として生み出された二つの壁は、ボクの放った弾幕をあっさりと弾いていった。
 
「晶さんってば、また私達の預かり知らぬ所で色々と覚えたみたいですね」

「そうね。脚鎧で増幅した気を地面にぶつけて作った衝撃の壁と、冷気で生み出した氷の壁を組み合わせた二重の防護壁……『掟破りの室外畳返し』の発展型って所かしら」

「貴女なら普通に知ってておかしく無いですけど、とりあえず聞いておきます。どうして知ってるんですか?」

「ゆかりん、弟のチェックは欠かせないの」

「止めてくださいその一人称。凄くムカつきます」

「そしてゆかりんは思うの。パワーウェイブを名乗るなら、腕鎧で地面を殴って欲しかったと」

「……あやや、ワケが分からないの」

 隙間妖怪と鴉天狗が何やら話しているみたいだけど、それどころじゃないボクの耳には届かなかった。
 ――そう、思い出したのだ。フラワーマスターと鴉天狗を引きつれて、色んな所で大暴れしていると言う腋メイドの噂を。

「ひょっとしてキミ、久遠晶!?」

「あ、はい。僕が久遠晶です。良くご存じで」

 知らないはずが無い。何しろここ最近、幻想郷中で噂になってる人間なのだから。
 強大な妖怪達から一目置かれているとか、幻想郷の各所を破壊しまくったとか、聞こえてくる噂は全て派手な内容ばかり。
 話半分で聞いたとしても、今まで無名だった事が信じられない程の実力者だ。
 おまけに行く先々で色んなトラブルを起こすため、ついた渾名が――

「『ブレーキの壊れた陸蒸気』『人間ダウンバースト』の久遠晶!」

「いえ、それは多分別の久遠晶かと」

「安心なさい、間違い無く貴方の事だから」

「さいですか……」

「……紫さんでしょう。晶さんの噂を広めたのって」

「逆よ、今まで広がらない様に情報を抑えていたの。もっとも私以外にも、晶の有用性に気付いて欲しく無い妖怪達が情報統制していたみたいだけどね」

 どうしよう。とんでもない人間と戦う羽目になってしまったみたいだ。
 噂が本当だとしたら、ボクなんかじゃまともな勝負になるかどうかすら怪しい相手じゃないか。
 ……でも、ちょっとおかしいよね。そんな人間が今更あの三人を怖がったりする?

「ねぇ、ちょっといいかな」

「な、なんでせう?」

「さっきから、何をそんなに怖がってるの?」

「………うぇ?」

 最早目の前の少女――久遠晶が、あの妖怪達に怯えていない事は確実だろう。
 戦いが怖い、と言うワケでも無さそうだし。未だに手足を振るわせている理由が良く分からない。

「ああ、この子虫が苦手なのよ。だから嫌いな虫の特徴を持った貴方が怖いワケ」

「あっさりとバラしてしまわれたー!?」

 虫が苦手で、ボクの容姿が怖い。か。
 まぁ、虫が嫌いな人はたくさんいるから、最初の方は良い。気分の方は良くないけど。
 だけどボクの容姿が怖い人は、大抵一種類に纏める事が出来る。
 要するに、ボクの事を、アレと同一視してる、人間の事だ。

「――ひ、酷い! 言っとくけどボクはね、蛍の妖怪なんだよ!? 分かる? ほ・た・る!!」

「う、うん。分かってる分かってる。分かってるから近寄らないで」

「全然分かって無いじゃん!」

「いや、これは違うんデスよ。別にリグル君をアレ扱いしてるワケじゃなくてデスね。黒光っていたらそれだけで条件反射と言うか何と言うか」

「アレ扱いしてるじゃないかぁ!」

 相手が自分より遥かに強い事も忘れて、ボクは久遠晶に詰め寄ろうとした。
 が、さすがは人間ダウンバースト。こちらが踏み込む前に、久遠晶は信じられない速度で離れていく。
 と言うかはやっ! いつ移動したのか全然分からなかったよ!?
 どうやら少なくとも、噂全部が嘘と言う事は無い様だ。
 氷の翼を生やし、冷静な表情で空に佇む久遠晶は、静かに顔の前で十字を組みながらボクに告げた。

「……勘忍して下さい」

 あ、違う。冷静なんじゃなくて、テンパり過ぎて頭が真っ白になってるだけだ。
 ガクガクと怯えながらも、こちらの行動にどうやっても対応できる様に距離はとり続ける久遠晶。
 ここまで徹底された態度をとられると、怒るより先に哀しくなってくる。
 思わず涙ぐんでしまったボクに気付いた久遠晶は、恐る恐ると言った具合に近づいてきた。

「うう、なんだよぉ」

「いやその、ゴメン。アレが苦手ってのは本当なんだけど、僕の場合はその影響で蛍とかも苦手になっちゃってて」

「蛍とアレを一緒にしないで!」

「分かってます! 分かってますけど、こればっかりは身体の問題なんでどうにもならないんですよ!!」

「身体の問題……仄かにエロいですね」

「思春期の男子の反応よ、ソレ」

 そう言って久遠晶は、困った様に頬をかいた。
 確かに彼女の表情は真剣で、ボクの言葉を信じていないワケでは無いと分かる。
 恐らくは本当に嫌な事があって、少しでも共通点のある虫を拒否する様になってしまったのだろう。
 
「だけど、それで納得すると思ったら大間違いだよ!!」

「す、すいませんすいませんすいません!」

 そして、歩み寄る気はあるみたいだけど結局身体の方はどうにも出来ないと。
 ボクが顔を近づけようとすると、久遠晶は反射的に身体を逸らす。
 ……どうしよう、悲しみに抑え込まれていた怒りがじわじわとぶり返してきたよ。
 だいたい、アレと蛍の間にある共通点なんてたかが知れてるじゃないか。
 それでここまで過剰に怯えられると言うのは、やっぱり理不尽だと思うんだよ。
 
「キミだって女の子だから分かるでしょ? アレ扱いされる苦しみを!」

「や、僕は男の子ですよ? まぁそれでもその苦しみは分かりますけどね」

「え?」 
 
「え?」
 
 いやだって、え?
 可愛くてスカートで可愛くて……え?

「いやいや、その格好で男の子は詐欺だよ。うん、詐欺だって」

「と、言われましてもねぇ……実際問題男の子なワケですから。つーかリグル君こそ、『キミも』ってどういう事?」

「どういう事って、そのまんまの意味だよ」

「でもリグル君、男の子だよね?」

「え?」

「え?」

 お互いそれまでの問題を全て忘れ、ただ呆然と見つめ合う。
 なんかもう、色々とツッコミ所が有り過ぎて怒りも悲しみもどこかへ行ってしまった。
 強いて言うならズルい。そう、久遠晶はズルいと思う。
 男の子なのにこんなに可愛い格好して、しかもそれが似合ってて、仕草も自然な感じに可愛くて。

「うー、うー、うぅぅぅう」

「ご、ごめん! いや、男装少女っぽい感じもしてたんだけどね。僕みたいに強制されてるワケでも無いのに男装する理由は無いかなーって」

「フォローしているつもりなんでしょうけど、その台詞は火に油を注いでるだけよ」

 余計な御世話だよ! これでも、それなりにお洒落とかには気を使ってるんだからね!?
 もう限界だった。実力的に劣ってるとか、自分が大変な状況に居るとか、そんな事が全部纏めてどうでも良くなった。
 とにかく今はこの色んな意味で羨ましいこの子に、ボクと言う存在を正しく認識させるべきだ。だから――
 
「とりあえず、アレ扱いは止めろぉぉおお!!」

「ふにゃぁぁぁあああああ! 急接近は止めてってばぁぁぁあああああ!!」

 再び凄まじい速さで逃げ出す久遠晶を、ボクは持てる限りの力で必死に追いかけた。
 ちくしょう、逃げてる姿まで可愛いとかどういう事だ! その可愛さボクに何グラムかで良いから分けてよ!!

「弾幕ごっこしてないけど、良いのかしらアレで」

「線は越えていないし、こっちの方が効果有りそうだから別に良いわよ。……どうせ、こんな事になるだろうと思ってたし」

「まぁ、色んな意味で予想できた展開ですからね。私的には超満足なので一向に構いませんが」

「二人とも薄情ねぇ。あ、今の写真は私好みのヤツだから、後で焼き増しお願いするわ」

「……貴女も、相当薄情よ」

 ちなみにボクらの鬼ごっこは半日程続いたが――結局その間、何の進展もなかった事を一応語っておく。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「全世界百億人(彼岸のムコウ含む)から愛されております。皆のアイドル山田さんです」

死神A「どこ調べですかソレ……死神Aです」

山田「個人情報保護の観点から説明出来ません」

死神A「調査先は公表されるべき情報ですよね!?」

山田「では早速最初の質問です」

死神A「最早ガン無視がデフォルトになってる……」


 Q:晶がなんて言ってるのかが全くわからないw教えて!山田さん!


山田「前回の晶君は、主人公のくせに意味のある言葉が二、三台詞くらいでしたからね」

死神A「と言うか、意味あったんですかあの単語の羅列に」

山田「リグル登場前の台詞は完全に無意味です。とりあえずきちんと説明すると面倒になるので、それなりに意味のある言葉だけ解説しますね」


 「あ、あがごがげろべば?」→「き、気のせいですかね? なんか幻覚が」

 「魏、魏簿瑠下画炉弩」→「ひょ、ひょっとしてこれは……」

 「sどふぉ;jさgsh;おが;」→「どうでもいいから助けてぇ」


死神A「……法則性が分かりません」

山田「ありませんよそんなもん。そもそも言葉の体を為して無いんですから、理解出来る方がおかしいんです」

死神A「じゃ、何であの保護者トリオは分かったんですか?」

山田「愛――なんじゃないですかね」

死神A「その愛は、なんか嫌だなぁ……」 


 Q:リグルって見た目あんまり虫っぽくないけど、トラウマ克服になるんだろうか?


山田「一番の基準点は「黒光りして柔らかい翅」なので問題無いです。むしろダメな所ドンピシャでどうしようもありませんでしたね」

死神A「マントですけどね」

山田「頭の触角と組み合わさったら完全に翅でしょう。リグルがG扱いされる理由は、主に虫っぽさがその二点しか無いからですし」

死神A「で、その二点が晶君のトラウマスイッチをピンポイントで押したと」

山田「世の中って上手く出来てますよね」

死神A「……その上手さは正直いらないと思います」


 Q:晶君の能力(無から以下略のほう)の無や有の基準は晶君の主観と言うことでしたが(でしたよね?)
   今回のように、あるいは今回異常に錯乱して「無も有もわからない、何を作るのかもわからない」状態でうっかり能力を使ったら何ができますか?


山田「何が起こるか分かりません」

死神A「なんか随分とあやふやな答えですね」

山田「考えの纏まらない不安定な状態ですからね。ただし平時よりも純粋な思考状態にありますので、確実に何かは起きます」

死神A「混乱してる時の方が能力を使えるワケですね。……ハタ迷惑だなぁ」

山田「まぁ、ハタ迷惑は晶君の枕詞ですからね」


 Q:山田さんお久しブリーフ。ところでジャージの下は何も着てませんよね? ね!?
   あと死神Aさんはサラシを着けてますか? また何日洗ってません(ry


山田「何を言うかと思えば……体操服スク水の体操服がジャージに変わっただけなのですから、下はスク水固定に決まってるじゃないですか」

死神A「ジャージがブカブカ過ぎて完全に隠れてますけどね」

山田「下は履いて無いからチラリとは見えますよ?」

死神A「下も履いてくださいよ……」

山田「蒸れるから嫌です。そう言う貴女はどうなんですか?」

死神A「いや、どうもこうも……あたいはいつもの死神服ですから、サラシなんて巻いてないですよ」

山田「つまり何ですか。そのたゆんたゆんとした代物は無重力状態と言うワケですか。無政府状態ですか」

死神A「あー……ノーコメントで」

山田「……」つ『若き久遠晶の悩み』

死神A「ちょ、山田様!? その怪しげな物体は何ですか!?」

山田「読者からの有りがたいプレゼントですよ。――黙って喰えやこのクサレ巨乳」

死神A「山田様ストップストップ! キャラ崩壊では済まされない台詞を口にしてますよ!?」

山田「問答無用! 巨乳死すべしーっ!!」

死神A「た、助けてぇぇぇええええ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど 




[27853] 天晶の章・漆「四重氷奏/陣中見舞いにいくヨ!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/07/07 00:02


「神奈子様! 諏訪子様! 晶君からお土産貰いましたよー!!」

「おー、懐かしいねぇ。外の世界の饅頭かぁ」

「久々に外界の味を楽しむか――ん、ちょっと待て。そのお土産を持ってきた当人はどこに行ったんだ?」

「お土産渡して疾風の如く去って行きました。虫みたいな男の子連れて」

「何だとっ! あの無礼者め、せめて茶の一杯くらい付き合えないのか!!」

「神奈子が怖かったんじゃないの~? 顔合わせるたんびに怒鳴られてたからねー」

「ふんっ、この程度で怯んでいる様では早苗はやれんぞ。……一応確認して置くが、何かあったワケでは無いよな?」

「一緒に紅魔館へ遊びに行かないかって誘いに来てくれただけですよ。私はこれから買い出しに行くので、断らせてもらいましたけど」

「そうか、なら良いんだ。……まぁ、あやつの事情等知った事では無いのだが」

「ふふ、そうですね。では私は買い物に行ってきます」

「――――待て、早苗」

「はい?」

「……一緒に、そこそこ上等で日持ちする茶菓子を買っておけ。アレだ、機嫌を窺うワケではないが、土産の礼は返さないとな」

「はい、分かりました! にやにや」

「素直じゃ無いねぇ。ニヤニヤ」

「く、口で言うな、口で!!」





幻想郷覚書 天晶の章・漆「四重氷奏/陣中見舞いにいくヨ!」





 どうもこんにちは! 無駄にハイテンションな久遠晶です!!
 トラウマをほじくりだされたあの騒動から二日経ち、僕の日常はすっかり元通りになりました!

「ねぇ、聞いてる? これからどこに行くのさ?」

 ――嘘です、すいません。
 あれから二日間。黒光りしたマントを持つ彼女こと、虫の妖怪リグル君はずっと僕の傍を離れませんでした。
 いや、さすがにお風呂とかトイレとか寝室とかには入ってこなかったけどね?
 それ以外は本当に付かず離れず、幽香さんの許可を貰った上でお泊まりまでして付きまとってきましたよ。
 どうやら僕の態度は、相当彼女の癇に障ってしまったらしい。地味だけどキツい嫌がらせだ。
 だがしかし、僕の驚異の適応力は自分のトラウマさえも凌駕してしまったのである! そうさ、もう慣れたともさ!!
 
「ちょっと聞いてる!?」

「ひにゃあゴメンナサイっ!!」

 ――度々嘘です、申し訳ない。
 丸一日を全部使って必死に交渉し、二メートル圏内の安全領域を確保しただけです。
 しかもそれも、こうやってあっさり破られる程の脆さでしか無いワケで。
 ……冗談抜きで幻想郷のお外に逃げ出したくなる前に、何とか折り合いをつけないとヤバいかなぁ。

「でさ、どこに行くの? さすがに危ない所だったら帰るよ?」

「だ、大丈夫。向かってるのは紅魔館だから」

「……全然大丈夫じゃないと思うんだけど。主にボクの身の安全とかが」

「……まぁ、ちゃんと許可貰うから大丈夫じゃない?」

 あそこって意外とそういう所緩いし。それでも、‘巻き添え’をくらう危険性は高いけどね。
 まぁ、そこらへんは僕がフォローを入れれば大丈夫だろう。多分。
 ……アレ? 今、なにかさらっと重要な事をスルーしてしまった気がする。何だろうか?

「大丈夫かなぁ。入った瞬間弾幕で歓迎とか無いよね?」

「無い無い。最悪でも警告ぐらいあ――げふぅっ!?」

「おっにいちゃぁぁぁああああん!!」

 門前まで辿り着いた僕等を待っていたのは、歓待と言う名の低空超速タックルだった。ただし対象は僕だけ。
 もちろん当たってきた相手は、悪魔の妹こと可愛い妹分のフランちゃんである。
 うう、一ヶ月ほど離れていたからすっかり忘れてた。と言うか何か、段々とタックルの精度が上がってる気がする。
 フランちゃん今、確実に水月を狙ってきたよね? 僕の事を歓迎したいの? 殺したいの?

「久しぶりね、あきらっ! 元気そうでなによりだわっ!!」

 さらに、口から物理的にも精神的にも何か出てきそうな僕を‘元気’と評した親分が、後ろに大ちゃんを連れて紅魔館の門から現れた。
 一緒に美鈴も出てきた所を見ると、多分四人で仲良く遊んでいたのだろう。
 その最中に僕を見つけたフランちゃんが、勢い良く飛び出してきたと。大体そんな感じかな?
 
「うわ、馬鹿が出た」

「だれがバカよ! ……ってりぐるじゃないの。どうしたのよこんな所で?」

「それはこっちの台詞だよ。何でチルノが紅魔館から出てくるの?」

「ふふん、子分のめんどーを見にきたに決まってるじゃない!」

 どうやら、リグル君とチルノは顔見知りだったようだ。
 フランちゃんに押し倒されたままの僕を無視して、二人は仲が良い様な悪い様な会話を続けている。
 ところで親分。その子分が苦悶の表情でもがいているワケですが、ガン無視なんですか?
 それからフランちゃんも、いい加減アバラを削る勢いで頭を擦り付けるのは止めてください。折れてしまいます。

「晶さん、お久しぶりですねー。お元気ですか?」

「何故に皆様、血を吐き出しそうな今の僕を‘元気’として扱うのでせうか!? あ、コレお土産のお饅頭です」

「ありがとうございます。お嬢様や咲夜さん達と一緒に食べますね」

 ……幻想郷には、マイペースな妖怪や人間しかいないのだろうか。
 のほほんと挨拶してのほほんとお土産を受け取った美鈴は、そのまま状況を放置して紅魔館の中へと戻っていった。
 その際、フランちゃんにかけた言葉は「お饅頭、何個とっておきます?」だけ。
 何と言うか紅魔館の人達は最近、良い意味でフランちゃんの扱いが雑になってきている気がする。
 もう付きっきりで無くても問題無いと判断したのだろうか?
 だとしたら、フランちゃんの教育について僕はあの人達と命を賭けてでも話し合わないといけない。主に僕の処遇について。

「それにしてもあきらってば、めざ……めざ……目覚ましね!」

「えーっと――『目聡い』じゃない?」

「それよ! さすが子分ねっ!!」

「わぁ、これも懐かしいやり取りだなぁ。ボクハジショジャナイデスヨー」

「なにこれ、コント?」

「チルノちゃんと人間さんの‘お約束’……みたいなものらしいです」

「儀式なんだってー」

 いえ、ただの訂正です。なので怪しげな儀式扱いは止めてください。
 あとフランちゃん、いい加減腰から離れてください。軽く抱きついているつもりなんでしょうが、僕の腰骨がヤバいです。
  
「で、何が目聡いんですか? 説明よろしく」

「あたい達がこれから、じゅーよーなにんむに向かう事に気付いてたんでしょ? さすがはぐんしねっ!」

「……そうなの?」

「いや、まさか」

 完全にただの偶然です。そもそもチームチルノの活動予定なんて、親分以外知らないんじゃ無いだろうか。
 だけどまぁ、大ちゃんが居ると言う事は荒事関係の『にんむ』では無いのだろう。
 僕は親分に『にんむ』の内容を確認するため、フランちゃんを腰につけたまま立ち上がった。離れてはくれないらしい。

「その任務ってのはなんなんです? 親分」

「あたいの子分のひとりを元気づけに行くのよ!!」

「子分?」

 僕の知ってるチルノの子分は、ここに居る面子プラスメディスンてゐと人里の子供達だ。
 人里の面々は知らないけど、メディスンとてゐが元気な事は確認済みである。
 ……と言う事は、人里の誰かか僕の知らない誰かかな?
 答えを求めて大ちゃんに視線を送ると、それで内容を察した大ちゃんは困った顔で親分の説明に補足を始めた。

「ルーミアちゃんって言う、人間さんと会う前からの知り合いが居るんですけど……」

「ずーっと前からげんきがないのよ。だからあたいと大ちゃんで、たまによーすを見に行ってたの!」

「最近はおばけムカデのドタバタで少し間が空いてしまいましたけど、久しぶりに皆で顔を見に行こうかなって」

「あたい軍団もいっぱい人がふえたから、ついでにかお……かお……」

「顔合わせ?」

「それよ! ついでにみんなの顔合わせもさせようという画期的なこんたんなのよ!!」

「なんか悪事を企んでるみたいだね、それ」

 チルノの事だから、思い付くままに単語を並べてるだけで深い意味は無いと思いマスよ?
 と言うか、最初からそういう魂胆なら僕達と偶然会うまでフランちゃんしかいなかったのっておかしくない?
 新メンバーの過半数以上が、事の次第を知らない事になるんですけど……。
 さすがは種族全体がノリで生きてる妖精だ。きっと、スタートから現時点まで全部勢いで決めたのだろう。
 居合わせて良かったよ。おかげで余計なトラブルに巻き込まれた気もするけど、とりあえず良かった事にしておこう。
 
「そういう事ならこの久遠晶、親分にお供致しますよ!」

「いい返事よこぶん! あたいの後についてきなさいっ!!」

「おーっ!!」

「え、そういうノリで行くの?」

 戸惑っているリグルを置いてきぼりにして、僕は親分に続いて駆け出した。
 ちなみに、僕も正直良く分かって無かったりする。親分との付き合いに必要なのは基本勢いなんですヨ。




 

 



「へぇ~、フランちゃんって言うんだ。ボクはリグル、よろしくね!」

「よ、よろしくお願いします」

 るーみあちゃんとやらに会いに行く道中で、唯一初対面なフランちゃんとリグル君が挨拶を交わしていた。
 フランちゃんの返事は少しだけどもっているが、これは毎度おなじみの人見知りでは無い。いや、ちょっとは関係あるだろうけど。
 主な原因は、間違い無くリグル君の態度だ。
 可愛いモノに目が無いらしい彼女は、思わず「アウトォ!」と叫びたくなる笑顔でフランちゃんに詰め寄っている。
 や、リグル君の名誉のために付け加えておくけど、犯罪になるような邪悪さは欠片もないよ?
 このテンションをあえて例えるとするなら、好みの犬を見つけた時の犬好きと言うか、韓流スターに会った時のおばちゃんファンと言うか。
 ――純粋に喜んでるのは分かるんだけど、傍から見ると結構ヒく。

「可愛いなぁ~、お人形さんみたいだぁー」

「お、お兄ちゃぁん……」

「大丈夫、リグル君に悪意は無いから。だから我慢してください。僕のためにも」

「あたい知ってるよ! これって身売りって言うんだよね!!」

 人聞きの悪い事を言わないでください親分、フランちゃんに頼んで安全圏を確保しただけです。久々の自由が欲しかったんです。
 フランちゃんを愛でるのに夢中なリグル君は、僕が二メートル以上離れている事に気付いていない様だ。
 距離的にはほんの僅かな差でしか無いが、常時監視されてる心配が無くなるだけで精神と言うのは大分安定するらしい。
 平和って素晴らしい。フランちゃんには後で謝らないといけないけど。

「むぅ~、キュッとして良い?」

「はいはい! 終了しゅーりょーっ!!」

 軽い口調の裏に混じった本気を察した僕は、慌ててリグル君からフランちゃんを掠め取った。
 人間、やはり楽は出来ないと言う事か。僕も何気に、フランちゃんの危険性を甘く見積もる様になっていたのかもしれない。
 
「久遠のケチぃ、もう少しくらい良いじゃないか」

「ダメ。僕は外見的にリグル君が苦手だけど、人物的には結構嫌いじゃないんだよ」

「キミの評価はどうでも良いから、外見的な印象を何とかしてくれない?」

「無理です」

 悪魔の妹の本気を知らないリグル君は、フランちゃんを取り上げられてぶーぶーと文句を言う。
 本気で危ない所だった。周りのレベルがおかし過ぎて忘れてたけど、今の行為は何も知らない子供にミニミのトリガーを預ける様なモノだ。
 僕は名残惜しそうな表情のリグル君を止めつつ、フランちゃんを小脇に抱えて先程とは違う意味での安全圏を確保した。
 リグル君のノリって、文姉や咲夜さんに似てるからなぁ。過剰な可愛がりをいつもの事だとうっかりスルーして惨事にしないよう気をつけないと。
 ……今更だけど、あの人達のフリーダムっぷりって実力に裏打ちされたものだったんだねぇ。
 強く無ければ好き放題ボケる事も出来ないとは、さすがは幻想郷だと言わざるを得ない。例外もあるみたいだけど。

「ここらへんよ! どこかにるーみあが居るはずだわっ!!」

 その例外の一人であるチルノが、森のど真ん中で胸を張りながらそう宣言した。
 え、本人の家じゃないの? 居るはずって何さ? どういう事なの?
 とりあえず大ちゃんに視線を送った。謝られた。どうやら親分達、るーみあちゃんの家を知らないらしい。それで本当に友達と言えるのだろうか。
 まぁ、本人に会えるなら場所に拘らなくても良いだろうけど……自由過ぎませんか親分さん。

「あ、でも。ルーミアちゃんが良くここに来るのは間違いないですよ。多分すぐそこに居ると思うんですが……」

「確かに、宵闇の妖怪はここらへんで良く見るよね。ボクも何度か見た事あるよ」

「なら虱潰しに探すしか無いかぁ。……ん? 宵闇の妖怪?」

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「いや、なんかそのフレーズに嫌な思い出があるような無いような」

 なんだったかな。微妙にトラウマを刺激している気がするんだけど、全然思い出せないや。
 おまけに、嫌な事のはずなのに危機感知センサーがあまり鳴って無い。
 あまりにも不思議な状態に、僕は何度も首を捻った。ここまで危機感の無いトラウマは初めてかもしれない。と言うか危機感の無いトラウマって何さ。

「ほらほら、おしゃべりしてないで探した探した! じかんはゆーげんなのよ!!」

「ゆーげんってどんな意味?」

「知らない! さぁ、るーみあ探し勝負よ!! よーいどんっ!」

 わー、清々しいまでに言い切ったなぁ。フランちゃんには後で正しい意味を教えておかないと。
 妖精コンビぷらすフランちゃんは、チルノの号令に合わせて散り散りにるーみあちゃんを探しに行き始める。
 どうやら、当初の高尚な目標は徐々に遊びへとシフトしつつあるようだ。……もう一度言うけど、本当にその子って友達なの?
 それとフランちゃん。君はるーみあちゃんとやらの顔を知らないはずなのに、どうやってその人を見つける気なんだい?
 勢いで動くのも程々にしないとダメだよ? そして僕等はどうすればいいんだい?

「……キミは行かないの?」

「行くもクソも、ノーヒントで何を探せと」

「宵闇の妖怪だと分かっていれば、かなり楽に探せると思うけどね。分かり易い外見してるし」

「分かり易い外見? どんな感じなの?」

「うーん、外見と言うよりは外観と言うべきかな。とにかく、見れば分かるよ」

 何とも分かり辛い説明をして、リグルは近くの木に寄りかかる。
 協力する気は無いと言う意思表示なのだろうか。……リグル君って、親分のやる事にわりと否定的だよなぁ。
 その事を不思議に思った僕は、何とは無しに彼女にその理由を尋ねてみた。

「否定的ね。……まぁ、そうもなるかな」

 あ、コレはヤバい。絶対に地雷踏んだ。
 明らかにそうと判断出来る薄ら暗い笑みを浮かべて、リグル君は僕に詰め寄ってきた。
 もちろん僕は後ずさるが、彼女も当然その距離を埋めてくる。
 妙な間合いの計り合いになっている中、リグル君は暗鬱とした笑顔で僕に理由を語ってくれた。

「今は落ち着いてるけどさ、以前のあの子は相当ヤンチャしてたんだよ。そりゃもう、妖怪を見たら問答無用で襲いかかるくらいにね」

「みたいだねー。僕はその時のチルノを知らないけど」

 そうやって己が最強と粋がっていた彼女を霊夢ちゃんがボロクソにやっつけ、今のチルノが完成したらしい。
 確かに、彼女の強さはそれくらい突き抜けていた。正直僕の価値観も、地味に霊夢ちゃんに影響されて変わってるんじゃないだろうか。
 ……もっとも、人間どころか妖怪でさえ到達出来そうにないほどの圧倒的な最強っぷりだから、目指そうとするのはやや問題ある気がするけどね。
 とにかく、そうして生まれ変わったチルノはカリスマに準ずる親分肌と器のでかさを手に入れたワケですが。
 どうやらその程度では、過去の‘ヤンチャ’は払拭できないらしい。
 そういえば、以前も仲間である妖精達に避けられてたっけ。……意外と根が深いのかなぁ、この問題。

「と言うかリグル君、ひょっとして」

「そうだよ。ボクも不意打ちを食らったのさ、あの悪魔にっ!」

「悪魔って……そんな大袈裟な」

「大袈裟なもんか! アイツは、アイツは絶対に許せない事をしたんだ!!」

 目に涙を浮かべ、怒りを露わにするリグル君。
 その態度に、多少事態を楽観視していた僕も思わず息を呑んだ。
 親分、リグル君に何をしたのさ?
 冷や汗を流しながら次の言葉を待つ僕に、彼女はその悪行を訥々と語ってくれた。

「ボクが唯一持ってたフリフリの服を、アイツの氷はビリビリに引き裂いたんだよ!!」

 訂正、大した問題じゃ無かった。
 本人的にはそうじゃないんだろうけど、少なくとも僕にはどうでも良い。本気でどうでも良い。
 拳を振るわせて続きを語ろうとするリグル君に、僕は冷淡とも言える態度で断りを入れた。

「じゃ、僕はるーみあちゃんを探さないといけないので」

「ちょっと待ちなよ。話はまだ終わって無いからね!」

 彼女が僕の肩を掴もうとするので、僕は全力を持ってそれを回避する。
 もちろんこの行動はリグル君の話を面倒がったワケでは無く、虫嫌いに起因する反射的なモノなのだが。

「く~お~ん~」

 当然そんな事が伝わるはずも無く――伝わってもダメだと思うけど――火に油と言うか、火にニトログリセリンを突っ込んだ時の様な反応が返ってきてしまった。
 はい、分かってますよ。追っかけっこの開始ですよね。
 ここまで分かり易くやらかしたら、僕だってさすがに覚悟を決めますともさ。
 ……え? 覚悟を決めたのなら殴られるなり話を聞くなりしろって?
 すいません。相手がリグル君で有る限り、そこは妥協出来ないんデスよ。

「と言うワケで、探しに行ってきます!」

「あ、待てこのっ!!」

 木の幹をバネにして跳ね回る変則的な逃げ方で、僕は彼女を引き離していく。
 ――当分の間、僕が彼女に慣れる事は無いんだろうなぁ。
 分かり易い自らの拒否反応に、僕は内心で溜息を吐くのだった。




[27853] 欄外壱「チルノ探険隊、幻想郷を行く!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/07/12 00:11

幻想郷覚書 天晶の章・欄外壱「チルノ探険隊、幻想郷を行く! ~魔法の森の奥地に野獣ソーナノカーを見た!!~」





フラン「ねぇねぇ親分さん、それでどうやってそのルーミアさんを見つけるの?」

チルノ「良いしつもんよ、ふらんっ! そんなアンタに昔の人のことばを送ってあげるわ――えーっと、あきら!!」

大妖精「人間さんならずっと前からいなかったよ? と言うかチルノちゃん、これって競争じゃ無かったの?」

チルノ「競争に決まってるじゃない! これは、あたいれんごー軍とあきらのしんけんしょーぶなのよ!」

大妖精「そうだったんだー」

チルノ「あたい達のちからをけっしゅーして、あきらをボコボコにしてやるのよ!!」

フラン「わーい、ぼこぼこー!」

大妖精「え、そういう勝負だったっけ?」

チルノ「そうよ!!」

大妖精「そうなんだー。私、全然知らなかったよ」

チルノ「大ちゃんはべんきょーぶそくね。うかうかしてるとふらんに追い抜かれるわよ」

フラン「えへへ~、私も知らなかったけどねー」

チルノ「ふらんもまだまだね。うかうかしてるとあきらに追い抜かれるわよ! ――そういえば、あきらはどうしたのかしら」

フラン「お兄ちゃんなら、ずっと前からいなかったよ?」

チルノ「まったく、しょーがないヤツねぇ。きょーちょーせいが無くていやになるわ」

大妖精「あれ、チルノちゃん? これって競争じゃ無かったの?」

チルノ「もちろんそうよ! これは、あたいれんごー軍とあきらのしんけんしょーぶなんだから!!」

大妖精「そうなんだー」

フラン「でも親分さん、どうやってそのルーミアさんを見つけるの?」

チルノ「良いしつもんよふらん、昔の人はこういったわ。――にょーぼーとゲタは、履いてみるまでわからない。ってね!」

大妖精「……昔の人って、奥さんを履いてたの?」

チルノ「分かんないけどきっとそうよ!」

フラン「そういえばお兄ちゃんが言ってた、昔の人の結婚は凄い大変だったんだって」

チルノ「まちがいないわね! きっと昔のにょーぼーは、だんなの人にふまれまくってたのよ!!」

大妖精「昔のお嫁さんって大変だったんだねー」

フラン「ねー」

チルノ「あたいは、なるならだんなの方が良いわね」

大妖精「え、でも旦那さんって男の人がなるんだよね?」

チルノ「んー……なら、あたいがおとこの格好をすれば問題無しねっ! あたいってば天才!!」

フラン「女の人でも、男の人の格好をすれば旦那さんになれるの?」

チルノ「なれるわっ!!」

大妖精「なれるんだー……」

フラン「じゃあ、私も男の人の格好しなきゃダメかなぁ」

大妖精「フランちゃんも旦那さんになりたいの?」

フラン「そうじゃないけど……お兄ちゃん、いつも女の人の格好してるし」

大妖精「そういえばそうだね。こういう場合、人間さんはお嫁さんになるのかな?」

チルノ「多分なるわっ!!」

フラン「なるんだー……」

大妖精「そういえば、人間さんって何でいつもあの格好してるんだろう」

フラン「私は知らないよ。……ねぇ、前に鈴仙さんもそんな事言ってたけど、男の人が女の人の格好するのってそんなに変なの?」

大妖精「変なんじゃ無いのかなぁ。フランちゃんだって、男の人の格好はしたくないんでしょ?」

フラン「だって、ズボンって何だか変な感じがするんだもん。お兄ちゃんだってきっと着たくないんだよ」

チルノ「つまりあきらは、スカートを履くのが大好きって事ね!」

フラン「そうなの?」

チルノ「そうよ!」

大妖精「人間さんってスカートが好きなんだぁ……」

フラン「じゃあ今度、お兄ちゃんにお揃いの可愛いスカートをプレゼントしようかな。皆とおんなじのを」

大妖精「私達も?」

フラン「そう、皆で同じスカート履くの。あ、どうせなら全員で同じ格好した方が良いかな」

チルノ「悪くないわね! ナイスなあ……あ……」

フラン「アイデンティティー?」

大妖精「相槌?」

チルノ「うーん、なんか違うわねぇ。こーいう時に、なんであきらがいないのかしら」

フラン「お兄ちゃんは、ずっと前からいないよ?」

チルノ「しょーがないヤツね。みんなで一丸となってるーみあを探さないといけないのに」

大妖精「でも、これって競争なんだよね」

チルノ「そうよ! あたいれんごー軍があきらを、ボッコボコにしてやるのよ!!」

フラン「わーい、ぼっこぼこー」

大妖精「あれ、そういう勝負だったっけ?」

チルノ「当たり前じゃない! ししてしかばねひろうものなし、それがあたい軍団の掟なのよ!!」

大妖精「死んじゃうのは嫌だなぁ……すっごくビックリするから」

チルノ「えー、じゃあどうするのー?」

フラン「お兄ちゃんは不死身だから、どれだけ死んでも平気だよ!」

チルノ「なら、しんだあきらはひろわないこと! これがあたい軍団の新しいおきてよ!!」

大妖精「は、はーい」

フラン「……拾っちゃダメなの?」

チルノ「なによ、拾いたいの? なら、しんだあきらはかならずひろえ。で――」

大妖精「わ、私は良いよ。拾いたくない」

チルノ「もー、何なのよぉ。……じゃあさ、あきらはすきにしていい。があたい軍団の掟でいい?」

フラン「はーいっ!」

大妖精「うん」

チルノ「ならこれでけってーよ! で、そのあきらはどこに行ったの?」

大妖精「人間さんなら、大分前からいなかったよ?」





 続けられない





文「今、突然氷精の子分になりたくなりました」

幽香「……いきなり何を言い出してるのよ、貴女は」

紫「――真逆、感覚だけで気が付いたと言うの? これが、鴉天狗の姉力(あねぢから)っ!」

幽香「永遠亭に行ってきなさい、どっちも」





[27853] 天晶の章・捌「四重氷奏/宵闇少女と死にまくりの道化」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/07/19 00:05


「つっまんないわねー。晶のヤツ、早く帰ってこないかしらー」

「(師匠、てゐの報告まだ姫様に伝えて無いんですか?)」

「(最近の姫様は元気過ぎるくらいだから、ここいらで少し落ち着いて貰わないと困るのよ)」

「この私がこんなに気にかけてあげてるのに――はっ!? まさかこれが恋!?」

「(し、師匠。姫様がおかしな事を言い始めましたよ)」

「(大丈夫、この後自分で自分にツッコミを入れるから。いつもの事よ)」

「ってなんでやねーん! ――あーあ、つまんなーい。ねぇ永琳、何か面白い事無い?」

「隣の家に塀が出来たそうです」

「隣ってどこよ」

「へぇ~」

「……押し通したわね」

「ご期待に添えましたでしょうか?」

「あー、うん。とりあえずそういう事で良いわ。下がって」

「畏まりました」

「あ、はい!」

「(さて、これでしばらくは大人しくしているわ。いつもの事だから大丈夫よ)」

「(……永遠を生きるって、大変なんですね)」





幻想郷覚書 天晶の章・捌「四重氷奏/宵闇少女と死にまくりの道化」





 己の心技体、全てをフルに使って僕はリグル君を撒く事に成功した。
 これだけ頑張ったのは生まれて初めてかもしれない。――幻想郷での出来事込みで考えても。
 僕の中では、間違い無くこれが人生最恐の経験だ。
 今なら言える、もう何も怖くない。

「おや? あれは……」

 それなりに太い枝の上で猫の様に座り寛いでいると、視界の隅に妙な黒い塊が映り込んできた。
 目測だけで判断しても、直径およそ三メートルの馬鹿でかい球体だ。
 境目はボヤけているが形状はほぼ真円で、闇を思わせるほど真っ黒な体色と合わせて景色に異様なほど浮いている。
 何だろうアレは。微妙に動いている所を見るに、何かしらの生き物である事は間違いないと思うんだけど……。
 熊? にしては黒過ぎるし、何より生物が丸まってる姿にはとても見えない。
 と言う事は何かの妖怪かなぁ……特徴がある様で無い感じだから、ちょっと特定は難しいかも。
 ほぼノーヒントである相手に対し、何も思いつかない自称妖怪大好きっ子の情けない僕。しょうがない、ここはもうちょっと様子を見て――
 いやちょっと待て、一人だけ心当たりが居るじゃないか。子供向け妖怪図鑑ばっかり見てた頃に、当たり前の様にその中に居座っていたあの妖怪が。
 そう、黒くて丸くて不定形の、カリスマとルー語に溢れた西洋妖怪。

「まさかあの人は、バックベア――」

「よ、ようやく見つけた。あ、足早過ぎだよ……」

「ひぃややぁーっ!?」

 しまった。ぼーっとしてたら追いつかれた!
 声をかけられた僕は、枝にぶら下がって接触を避ける。
 猿の様な蝙蝠の様な自らの姿を冷静に振りかえってみると大変情けなくなるが、緊急事態なので今はスルーだ。
 リグル君も僕の態度に不服そうな顔を一瞬見せたけれど、目の前の黒い塊を見て表情を変えた。

「あ、もう宵闇の妖怪を見つけたんだ? 早いね」

「……ほへ?」

「ほら、あそこの闇。あの中に居るのが宵闇の妖怪――ルーミアだよ」

「ベアード様では無いので?」

「誰さそれ」

 まぁそうだよね。無いよね。分かってたさ。……負け惜しみじゃないデスよ?
 魔眼の力を解放し改めて黒い塊を確認してみると、なるほど確かに塊の中で蹲っている少女の輪郭が見える。
 なーんだ、あの黒いのは身体じゃ無くて身体に纏ったただの闇だったのか。
 闇を操る能力って言葉だけなら、かなり凄そうに感じるんだけどねぇ。
 何か、あんまり大した力じゃ無さそうに聞こえるんだよね。本当に何でなんだろうか。
 うーん引っかかるなぁ。今にも喉元から出てきそうな気はするんだけど、気付いたら引っ込んでる感じ?
 もやもやする。すっごくもやもやするよ。

「で、ルーミアを見つけたワケだけど……どうするの?」

「どうするのって―――どうしよう」

 僕は面識自体無いし、リグル君も付き合いは浅いみたいだし、親分達を連れてくるしか無いんだろうけどねー。
 ……皆、今どこらへんにいるのかなぁ。
 こんな事になるなら、せめて集合場所くらい決めておけば良かった。
 と言うかもっと早めに気付くべき事だよね、ソレ。

「しょうがない、こうなったら念力だ! むむむむむぅ~」

「念力!? キミってば、そんな事まで出来るの?」

「や、別に出来ないけど?」

「殴るよ」

「何故に!?」

 僕には、ちょっとしたジョークすら許されないと言うのだろうか。
 本気の顔で拳を固めるリグル君に、とりあえず僕は遺憾の意を込め肩を竦めて見せた。
 そもそも僕に万能性を求められても困るんですが。能力は確かに万能だけど、僕に出来る事は掻き回すかややこしくするかの二択だけなんですヨ?

「で、どうするの? このままずっと見学してるワケにも行かないよね」

「だよねぇ。――って、あ」

 僕等がうだうだ話合っていると、黒い塊が移動を始めた。
 こちらに気付いた、と言った感じでは無さそうだ。呑気な動きでふよふよと飛んでいく。

「わ、わ、どっか行っちゃうよ? 良いの!?」

「そうだった。呑気に観察してる場合じゃないね、ちょっと止まって貰ってくる!」

「うわ、また消えた!?」

 脚鎧の気を増幅し、木の枝をバネにして一気に駆け出した。
 リグル君から逃げるために思わず使った力だけど、これは意外と汎用性が高いかもしれない。
 瞬間的な加速度が上がるし、氷翼と違って手軽に気軽に使えるし、攻撃に転用するよりこっちの方がよっぽど便利だ。
 あ、そうだ。これに氷翼を組み合わせれば、もっと速く飛べる様になるんじゃ――いや、止めとこう。
 まずは、氷翼状態で問題無く着陸できる様になっておかないとね。ただ速くなっただけじゃ、事故確率を跳ね上げるだけだもん。

「はい、すとーっぷ!」

 ゆっくり移動している闇の塊を追い抜いて、彼女? の前に降り立った。
 言葉だけの静止だけでは足りないと思ったので、同時に氷で作った一時停止の標識も掲げておく。
 名付けてアイシクル一時停止。……どうでも良い上にネーミングが適当過ぎますね。 
 しかもるーみあちゃんはあっさりとそれをスルー。無駄に作り込んだ止まれの文字がとても寒々しい。

「あ、しまった! 幻想郷には道路標識が無いじゃないか!?」

「何ワケの分からない事を言ってるのさ。そもそも、闇の中にいるルーミアに文字が見えるワケ無いじゃん」

「え? 自分の扱ってる闇なのに、自分でも外が見えないの?」

「みたいだよ、それでよく木とかにぶつかってるし。本人曰く、それが良いって事らしいけど」
 
「ほえー、変わった妖怪なんだねー」

 ……うーむ、やっぱり何か引っかかるなぁ。
 前も同じ様な話を聞いて――は無いと思うけど、どこかで知った気がする。
 何だったかなー。わりと深刻な局面で知ったはずなんだけど、大体いつも深刻だったしねー。

「とは言え、声は聞こえてるはずなんだよね。動きもちょっと変だし、ひょっとして耳に入らないほど何かに集中してるのかもしれない」

「ふむ。その場合、どうやって彼女にこちらの事を気付いてもらうんでせうかね?」

「……無理じゃないかなー。家に引き籠りながら移動されてる様なモノだし、よっぽどビックリする事が無ければ気付いてもらえないと思うよ」

「例えば?」

「え? えーっと、あの闇が全部無くなっちゃうとか」

「なるほど……」

「いやでも、あの闇って何の光も通さない特別製だよ? それに弾幕を防ぐ効果も無いから、力技で吹っ飛ばすのも……」

 確かに、森の奥とは言え木漏れ日で充分明るいこの場であの真っ暗さ。光による闇の消失はまず望めないだろう。
 マスタースパークの光と威力で何とか……と思っていたけど、そう上手くはいかないらしい。
 どうしたものか。顎に手を当て考え込もうとした僕は、ふと何かに呼ばれた気がして自らの胸元を見る。
 声とも呼べない思念の様なソレを頼りに内ポケットを漁っていると、一枚のスペルカードを手にした所で腕が止まった。
 ……使ってくれって事かな。確かにこれなら、あの闇も何とか出来そうだけど。
 しっかし、スペルカードの方が‘自分を使えと自己主張する’って言うのはどうなんだろうか。
 少なくとも他人からそんな話を聞いた事は無いし、僕自身今まで経験した事は無いんだけど。
 まぁ……別にいいかな。使えるモノは何でも使うのが僕のモットーだもんね。

「と言うワケで、その案採用で」

「え?」 



 ―――――――神剣「天之尾羽張」



 脇差程度の長さで、毎度おなじみ神剣を顕現させる。
 ただし、その輝きは普段より強くなっている――気がした。
 やる気満々なんだろうか。一瞬、参観日にやたらアピールしまくる小学生のイメージが脳裏に浮かんだ。
 ……とりあえず、妙なイメージ含めてそこらへんの問題は一旦脇に置いておこう。
 魔眼でるーみあちゃんの位置を把握し、僕は本人に当たらないよう闇の塊に向けて神剣を放った。

「ちょいやさっ!」

「――あれ?」

「……うそ」

 闇に切れ込みが入ると同時に、喰い尽くす様な勢いで神剣が闇を呑みこんでいく。
 そんな気はしてたけど、この頼もしいスペカは当たり判定の無い闇だろうが問題無くスパスパ斬ってくれるらしい。
 そして神剣は、自らの役割を果たしたと言わんばかりに輝いて消滅した。
 ふむ。ひょっとして今のは、霊夢ちゃんが以前言ってた『力との対話』ってヤツなんだろうか。
 個人的には、じゃれてきたわんこを撫でまわしただけの様な気がするのですが。……対話って難しいなぁ。
 ――っと、違う事考えてる場合じゃ無かった。闇が無くなって呆然としているるーみあちゃんに、こっちの話を聞いてもらわないと。
 動きを止めている少女の前に廻り込み、僕はその姿を確認する。
 金色の髪に赤いリボンの様なモノを巻いた、黒いワンピースの可愛らしい少女は――え゛っ?

「だ、誰なの? あ、リグル? 何でここに? その人は誰? 私の闇はどこに行っちゃったの?」

「いやその、実は私も良く分からなくって……ほら久遠、こういう事はキミが説明するべきでしょ!?」

「ごめん、今ごっちゃになった頭の中を整理している所だから。と言うワケでパスいち」

「回されても困るよ!?」

「な、なんなのかー?」

 混乱する頭を抑えながら、必死に該当の記憶を引っ張りだす。
 確か以前に、どこかで戦った事があったはず……。

「あっ、そうかっ!」

「今度は何さ!?」

 思い出した。幻想郷に来たばかりの頃、僕をぱっくんちょしようとした子だ。
 そういえば幽香さんが、あの時彼女を宵闇の妖怪と呼んでいた気がする。
 そっか、この子ルーミアって名前だったのかぁ。意外な所で意外な妖怪と再会したもんだ。

「えーっと、どうも久しぶり」

「へ?」

「え、なに? 知り合いなの?」

「知り合いと言うか、前に食べられそうになったと言うか……」

「……そうなの?」

「うーん――覚えてない」

 まぁ、被害者である僕さえ覚えて無かったしねぇ。
 同じ様な事を定期的にしているはずのルーミアちゃんが、僕を覚えてるワケ無いか。
 ……いやでも、あの時の僕がやった事ってそれなりにインパクトがあったはずだよね? 聞けば思い出すんじゃないのかなぁ。
 そう思い直した僕は、深く考えもせず彼女に尋ねてしまった。
 それが、ものすっごい面倒な事態を引き起こす事になるとも知らずに。

「だいぶ前に、妖怪の山近くの森で会ったんだよ? その、ほとんどルーミアちゃんは闇の中だったからお互い顔はあんまり確認してないけど」

「んー……んー?」

「やっぱり覚えてないみたいだね。他に何か無かったの?」

「実はその時、ルーミアちゃんを氷漬けにしました」

「氷漬けて。チルノみたいな事するね、キミ」

 いや、命かかってましたから、そこは見逃してくださいよ。
 それに実は、弾幕ぶちかますより幾分か大人しげな行動でしたからね?
 だからその「やっぱり危険人物かー」みたいな目止めてください、心が折れます。

「こ、氷、漬け?」

 ……おやぁ?
 それまで、疑問符を浮かべながらもにこやかだった彼女の笑顔が凍りついた。
 さらに身体は震えだし、顔色も瞬く間に青く変わっていく。おまけに目の焦点も合ってない。
 状態異常のトリプル役満にかかったんじゃないかと思ってしまうくらい動揺したルーミアちゃんは、僕の方に視線を向けると。
 
「ひ、ひぃぃぃいいいいいいっ!!」

「え」

「ちょ、ルーミア!?」

 ボロボロと涙を流しながら腰を抜かしてしまった。何で?
 へたりこんだまま、必死に手だけで僕から離れようとするルーミアちゃん。
 人間扱いされない事は多々あったけど、これだけビビられたのはさすがに初めての経験だと思う。面変化時除いて。
 
「……久遠。キミってばルーミアに何をしたの?」

「いや、だから氷漬けにね」

「嘘つかないでよ! 氷漬けにされた程度でこんな風になるワケ無いじゃない!!」

「ぼ、僕だってどうしてこうなったか聞きたいよ!」

 と言うか、氷漬けは程度で片づけられる事なんですね。それもどうかと思いますよ?
 あからさまな彼女の変調に、リグル君は眉をしかめて僕に詰め寄ってきた。もちろん離れたけど。

「キミねぇ~」

 いかん、リグル君のイライラが頂点に達しかけている。
 むしろ良く今まで耐えたと思わないでも無いけど、このタイミングでブチ切れられるのは大変マズイ。
 ルーミアちゃんも未だに動揺しっぱなしだし、どうすりゃいいんだこの状況。
 と言うか、本当に僕が何をしたのさ。
 リグル君の言った通り、氷漬けにした事が‘程度’で済むなら僕は何もしてないと思うんですが。
 それとも思いの外、氷漬けがトラウマになったって事かな?
 ……でも、幽香さん足止め程度にしかならないって言ってたよね?

「お、お願い。ふくしゅーなんてもう考えてないから、フラワーマスターを呼ばないで」

「……ふらわぁますたぁ?」

 何故、そこで幽香さんの名前が出てくるのだろうか。
 必死に両手で身を守りつつ、ルーミアちゃんは何度も幽香さんの名前を口にしながら謝罪する。
 ――そういえば別れる時、幽香さんはあの場に残っていた様な。
 ひょっとしてやらかしたんですか、幽香さん? この子のトラウマになるような事をやらかしちゃったんですか?
 
「ゴメンナサイごめんなさいゴメンナサイごめんなさい」

「さぁ、キリキリ白状した方が身のためだよ! ルーミアに何をしたの!?」

「むしろ僕が聞きたいよ……幽香さん何したのさ」

「幽香――ひぃいいいっ!!」

 今度は跳ねる様に立ちあがり、ルーミアちゃんは泣き叫びながら逃げ出した。
 いけない。このまま彼女を見逃したら、僕に幼女な外見をした妖怪をトラウマ出来るまで嬲った人間と言う不名誉な烙印が押されてしまう。
 ……まぁその、他で似た様な事はしてたかもしれないけど。この件に関しては冤罪だからね。
 だからとにかくリグル君の誤解は解いておかないと。そうでないと死んでしまう、主に僕の精神が。
 そう判断した僕は、慌ててルーミアちゃんを追いかけた。
 
「あ、待てこの! 弁解が済まないうちは絶対に逃がさないからね!!」

「うひゃん!? ちょ、ちょっと待って! 落ち着いてあの子を追いかけたいから、お願いだから近寄らないで!!」

「――分かった。意地でも捕まえてやる」

「しまった、思いっきり逆効果だった!?」

「こ、こないでー!! 許してー!」

「うわぁーん! こっちもこっちで話にならねーっ!!」
  
 必死に逃げているけど、パニック状態でまともに走れていないルーミアちゃん。
 後ろから追いかけてくる脅威に気が行って、同じく全力で走れない僕。
 怒りで頭が真っ白になっていて、フラフラしているこちらの動きに中々追いつけないリグル君。
 ――何とも、グダグダな状況である。
 一定の距離を保ちながら同じ場所をグルグルと回る僕等の姿は、傍から見たら何かのコントにしか見えないだろう。
 うう、このままじゃ別の悪名が僕についてしまいそうだ。誰でも良いから助けてくれないかなぁ。
 半ばヤケクソ気味にどこぞの誰かへ祈る僕。そんな僕の願いは、一応受け入れられた……のかもしれない。

「何やってんのよアンタたちはっ!」

「なのかっ!?」

「はぅあっ!?」

「あいたっ!?」

 僕等の頭上に降り注ぐ、巨大な氷の塊。
 其々ダメージで動きを止め悶絶していると、攻撃の主であるチルノがフランちゃんと大ちゃんと他一名を連れて現れた。
 
「このあたいが居る限り、うち……うち……えーっと」

「あたたたた……う、内輪もめ?」

「それよ! うちわもめは許さないわよ!!」

 そう言って満足げに微笑むチルノ。どうやらとりあえず言ってみたかったらしい。
 多分、意味の方はあんまり分かって無いんだろうなぁ……。
 様々なツッコミ所を引っ提げて現れた親分に、僕はとりあえず一番の疑問点をぶつける事にした。

「あの、親分。何で屋台の上に跨ってるんですか?」

「しゃらっぷよ! 良いからそこでせーざしなさいアンタ達!!」

 ……ひょっとしてこれ、余計に話がややこしくなっただけなんじゃないだろうか。
 一々何か言う度に悦に入る親分の顔を見ながら、僕は不吉な予感を抱きつつ苦笑いを浮かべるのだった。




[27853] 天晶の章・玖「四重氷奏/バカが屋台でやってくる!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/07/26 00:00


「……ところでチルノちゃん。ここ、どこ?」

「迷子になっちゃったみたいだね……。ルーミアさんも全然見つからないし、どうしようか?」

「きまってるわ! ――あたい達にゆるされているのは、ただ前進することだけよ!!」

「ここから真っ直ぐ行くと、何があるのかなぁ。チルノちゃん知ってる?」

「わからないことに意味があるのよ! さぁ、れっつごー!!」

「おーっ」

「ま、待ってよー」

「―――あれ」

「わぷっ。……親分さん、突然止まってどうしたの?」

「あそこにいるのはみすちーじゃない。どうしたのかしら、こんな所で」

「みすちー?」

「私達がミスチーちゃんのお店の前に迷い出ただけじゃない?」

「まぁいいわ! ここであったがひゃくねんめ!! たびはくつずれロワナプラよっ!!」

「どういう意味?」

「知らない!!」





幻想郷覚書 天晶の章・玖「四重氷奏/バカが屋台でやってくる!」





 どうもこんにちは、人間少しくらい欠点があっても許されるのではと思う久遠晶です。
 グダグダな追いかけっこを中断させられた僕等は、親分の指示で仲良く? 正座の姿勢をとらされました。
 右隣にはルーミアちゃん、左隣にはリグル君が、其々大変複雑そうな顔で同じ様に座っています。
 まぁ、表情が複雑な理由は親分で無く僕にあるのでしょうが。泣きたい。

「さぁっ! アンタ達なにかも……も……」

「……申し開き?」

「それよっ! もーしひらきはあるのかしら!!」

「じゃあ言わせてもらうけど、ボクは」

「いいわけは無用よっ!!」

「ええっ!?」

 甘いなぁ、リグル君は。
 基本ノリで生きてる親分が、こっちの言い分を本気で聞くワケ無いじゃん。
 まぁ、僕も彼女が先に何か言わなければ申し開きしてましたけどね! 口には出して無いからセーフですよ、セーフ。

「あたいにはまるっとおみとーしなんだから! アンタ達、さてはなかが悪いでしょう!!」

「……間違っているよーな、間違っていないよーな」

 仲は悪いんだけど、それにお互いが直接関係しているかと言うとそういうワケでも無くて。
 むしろ、仲の悪い原因が他にあるからこそややこしい事になってると言うか。

「言い訳しないの!」

「チルノにまで心を読まれた!?」

「いや、さっき間違ってるとか間違って無いとか言ってたじゃん」

「あ、そっちか」

 ちょっとヒヤっとした。親分にまで読まれる様になったら本当にどうしようかと。
 チルノは、うだうだと言い訳を続ける僕等にイライラしている――フリをしてみせる。
 とは言え実際の所は、それほど深く考えてないのだろう。引率の先生ごっこがしたいだけに違いあるまいて。
 ちなみにさっきからルーミアちゃんが一言も発して無いのは、ビビリ過ぎて口が動かせないためです。ほんと泣きたい。
 
「いい! あたい軍団の中でもめごとはご……ご……」

「御法度」

「ごはっとよ! それぞれ言いたいことはあるでしょーけど、ここはけ……け……」

「喧嘩両成敗」

「けんかりょーせーばいでいかせてもらうわ!!」

「……良くもまぁ、そこまでスラスラと言葉を継ぎ足せるもんだね」

「さすがはあきらね! 褒めてあげるわっ!!」

「やっぱりお兄ちゃんは凄いなぁ」

 褒められても困る。いやホントに、褒めないでください期待しないでください。
 変な所で妙な信頼を積み重ねつつある僕は、苦笑しながら肩を竦めた。出来れば別の所で褒めて欲しいよ。
 
「ところで、話の切りも良さそうなんで一つ聞いても良い?」

「え、今から喧嘩両成敗されるんじゃないの?」

「良いわよ!!」

「良いの!?」

 ああ、親分は疑問を投げかけるととりあえず肯定する悪癖があるからね。
 多分だけど、仲良くさせる気があったとしても罰する気は無いと思いますよ? 結果的に罰する事はあるだろうけどね。
 とにかく、親分の了承を得た僕は先程から当たり前の様に居る‘彼女’の事を尋ねた。
 要所要所に羽根を模したワンポイントのついたワンピース。その背中に生えた枝分かれしたショーテルに羽をつけた様な翼。
 いつもの事だけど、彼女の外見だけではいまいち妖怪としての詳細が分からない。
 辛うじて、背中の翼で鳥の妖怪である事は分かるけどねぇ。
 ぶっちゃけて言えば分かるのはそれだけだ、彼女が何者であるかまでは全く分からない。

「えーっと、こちらさんはどなた?」

「みすちーよ!!」

「出来れば種族名でお願いします」

「確か、よみちでチッチッチってなく妖怪だったとおもうわ!!」

「アバウト過ぎるよ!?」

「……袂雀。いや、夜雀かな」

「何で分かったの!?」

 まぁ、わりと分かり易いヒントでしたよ?
 民間伝承――特に夜雀みたいな地方の妖怪は、意外と色んな形で話が残っているモノだからね。
 伊達に二年間、量質拘らず魑魅魍魎オカルト超常不思議現象を見たり読んだりしていたワケじゃないんです。
 ……幻想郷に来てからボロボロだけどね、僕の自信は。
 ルーミアちゃんとか未だに何の妖怪なのか分からないんですけど。宵闇の妖怪って何さ。
 
「ミスティア・ローレライよ、よろしくね~」

「ミスティア? みすちーでなくて?」

「そっちは愛称~。まぁ、好きに呼んでもらって良いわよ~」

「じゃあ、ミスティアちゃんって呼ばせて貰うね。僕は久遠晶、晶で良いよ」

「よろしくね~、晶さぁ~ん」

 耳障りでは無いはずなのに、不思議と喧しく感じる歌声で喋るミスティアちゃん。
 何故いちいち歌うのか。少し気になりはしたけど、深い意味は無さそうなのでとりあえずスルーする。
 
「で、こっちの屋台はミスティアちゃんのなの?」

「そうよ~。とっても素敵な私のお家~」

「ヤツメウナギのかば焼きを売ってる屋台なんだって! 食べさせて貰ったけど、とってもおいしかったよ!!」

「……夜雀がヤツメウナギのかば焼き売るとか、何かの皮肉?」

「え、なんで?」

「カワヤツメは夜盲症に効くんだよ」

 そして夜雀は、捕まえると鳥目にかかると言われているワケで。
 ……これってある意味、毒蛇が血清を売って歩く様なモノだよねぇ。大袈裟かもしれないけどさ。
 ん、けど待てよ? そもそも海の無い幻想郷に、生態上川と海とを回遊する必要がある鰻が生息しているのだろうか。
 ヤツメウナギはずっと川で過ごすから確実に居るだろうけど、鰻は……。
 居るとしたら、外で生まれて幻想入りして、産卵の際にまた外の世界に戻ると言う並の妖怪でも出来ない芸当を幻想郷中の鰻がやっている事になる。なにそれこわい。
 
「うーむ。そうなると、ヤツメウナギをチョイスしたミスティアちゃんは正しかったのか」

「なんかいきなり久遠がブツブツ言い始めたんだけど、大丈夫?」

「お兄ちゃんはいつもこんな感じだから平気だよ。どうでもいい事を全力で考えるのが趣味みたいなモノなの!」

 ……フランちゃん、最近ツッコミきつくないですか。
 なんか、某七色の魔法使いさんを思わせる剃刀の如きツッコミが増えてきた気がする。
 元々内弁慶的な所はあったけど……どうしよう、将来フランちゃんにアイツ呼ばわりとかされたら。生きていけない自信があるんだけど。

「と、とりあえず親分、話を元に戻すけど」

「なによ!」

「何故、そのミスティアさんがこちらにいらっしゃるので?」

「もちろん、けんかりょーせーばいのためよ!!」

「え」

「え」

「え~♪」

 ああ、ノリで連れてきただけですか。
 迷い無いチルノの言葉にビックリする、それまで彼女に引き連れられていた三人。
 ……親分、屋台だって開く為に最適な場所を探す必要があるんですよ?
 幸運な事にミスティアちゃんは気にしてないみたいだけど、少しは労働者の苦労を察してください。
 や、僕もバイトぐらいしかした事無いけどね? 働いてない妖精よりかは労働の事を理解しているつもりですよ?

「両成敗のためって、ボクらに何をさせる気なのさ」

「決まってるじゃない! アンタ達には、みすちーのお店をてつだってもらうわ!!」

 これまでの流れからして確実に思い付きの提案を、これまた迷い無く言い切る親分。
 果たしてその自信はどこから来るのだろうか。ワリと本気で教えて欲しい。
 けど、ミスティアちゃんに断りも無くそういう事を決めるのは本当にどうなんだろうか。さすがに勝手が過ぎるんじゃ。

「それは助かるわ~。最近、お客が増えてて手が足りないの~」

「ばっちりコキ使っていいわよ! もちろん、あたい達も手伝うわ!!」

「……ねぇ、リグル君」

「なにさ」

「やる事為す事全部プラスに転ぶのって、下手な能力より凄い事だと思うんだよ、僕は」

「まぁ、ボクにはちょっと真似出来ないかな」

 恐ろしい手腕だと言わざるを得ない。……僕がやったら、泥沼になるの確定なのになぁ。
 これが人徳の差と言う奴なのだろうか。ちょっとだけ泣けてきた、もう何度目か分からないけど。

「それじゃあ~、早速行きましょうかぁ~」

「行くって、どこに?」

「いつもお店を開いてる所よ~。そろそろ準備しないと、開店準備に間に合わないからね~」

「そういえばむりやり連れてきちゃったわね! ゴメンねみすちー!!」

 ……まぁでも、さすがに何もかも上手く行くワケじゃないか。
 あまり困った様には見えない笑顔のミスティアちゃんに、やっぱり笑顔のチルノが謝罪する。
 ところで、屋台の手伝いって僕等は具体的に何をすればいいんですかね? ……僕、肉じゃがくらいしか作れないよ?

 

  
 
 
 
 
 

 さて、ミスティアちゃんの誘導に従って『いつもの場所』に戻ってきたワケなんだけど……。
 その間ルーミアちゃん、ただの一言も喋って無いんだよねぇ。
 大人しくついてきてはいるんだけど、それが僕に怯えているせいなのか、自主的についてきているせいなのかまではちょっと判別できない。
 尋ねてみようにも、一番の力持ちと言う理由から屋台を引っ張る役を任された僕にその術は無かったワケで。
 困った困った。出来れば傷の浅いうちに、ルーミアちゃんの誤解を解いておきたいんだけどなぁ。

「うーむ、どうしたものか」

「ほら久遠。明後日の世界に行ってないで、とっととエプロン付けなよ」

「りょーかい」

 ちなみに、僕とリグル君とルーミアちゃんはウェイターの役割を拝命している。
 仲直りが主目的なのでこの組み合わせに問題は無いんだけど……個人的には、かば焼き作りの方を手伝いたい気持ちも少しばかりあったり。
 まぁ、そっちの楽しみはフランちゃんに譲ろう。大ちゃんも手伝ってくれるらしいから、きっと良い経験になるだろうさ。
 僕はリグル君からエプロンを受け取り、腋メイド服の上からそれを羽織った。
 
「親分さ~ん、こっちのヤツもお願いね~」

「まかせなさい! ガンガン凍らせるわよ!!」

 少なくとも、冷蔵係よりはウェイターの方が良いよね。親分は満足そうだけど。
 僕は他に最適な役割を見出せなかった親分を横目で憐れみながら、エプロンの背中の紐を締めた。
 新しいデザインになってからメイド色は薄れたけど、汚れ対策は相変わらずバッチリだから本当は要らないんだけどね。
 わざわざ足並みを乱す必要性もないので、これに関する抗議は特にしない事にする。――フリフリのエプロンですが。
 ちくしょう、だけどツッコミたい! 何で僕だけ新婚が着てそうなハートの形のエプロンなんだ!!
 あと、誰かに促されるでもなくエプロンを着ているルーミアちゃんは結局やる気があるんですか違うんですか。
 ツッコミ所が多過ぎてどこからつっこんでいいか本気で分からない。チルノ軍団にはちょっとボケが多過ぎると思うんだ、人の事を言えないとしても。

「む~?」

「どうしたのさリグル君。あ、ひょっとしてエプロン交換したいの?」

「確かにボクはそっちの方が良いけど、そうじゃなくてさ」

「良いんだ。シンプルなそっちより、フリフリなこっちの方が良いんだ」

 リグル君の少女趣味も根っからだよね。いや、別にそれの何が悪いってワケじゃないけどさ。
 しかし、現時点で彼女が気にしているのはそこじゃないらしい。
 難しい顔で僕の顔を睨みつけると、何かに気付いた様に手を差し伸べてきた。

「久遠、お手」

「何故に犬扱い。別に良いけど。はい」

「――ああ、やっぱりだ! 何かキミ、普通にボクに触れてるよね!?」

「あ、本当だ!?」

「今まであれだけ拒否してくれた癖に……エプロンなの!? エプロンが良かったの!?」

 いや、さすがにそれは無い。と思う。
 リグル君は良く分からないダメージを受けながら、半泣きでエプロンの裾を掴んでいる。
 その姿は、確かにいつもとそう変わらないはず――って、アレ?
 なんだろう。今のリグル君からは、さっきまであった威圧感とか嫌悪感とかがまるで感じられない気が。
 でも違う所と言えば、エプロンをつけている所とマントをしていない所くらい……あ。

「リグル君、そういえばマントは?」

「外したよ? 仕事の邪魔になるからね――ってまさか」

「うん、そうみたい」

 いやぁ、我ながら己の単純さにビックリですよ。
 どうやら僕は、本当にその一点のみでリグル君を拒否していたようだ。
 その理由に気付いたリグル君は、口の端を引きつらせながら恐る恐る僕に尋ねてきた。

「マ、マント一つ無くなった程度で平気になる様なモノなの!?」

「あくまで苦手なのは黒光りした翅だからねぇ。実際問題、今のリグル君は平気になってるワケだし」

「……ここ数日の苦労はなんだったんだ」

「えーっと、ドンマイ?」

「うるさいよっ!!」

 どうしようもない真実を知ったリグル君が、気の抜けたサイダーみたいな顔でガックリと肩を下ろす。
 どうやら、拒否の理由がマントだけだった事実が相当ショックだったらしい。
 まぁその気持ちは分からないでも無い。僕が原因だけど。
 下手な慰めは逆効果になるので、僕はテーブルの木目を眺めているリグル君から一旦距離を置く事にした。
 今の内に、ルーミアちゃんの誤解も解いておきたいしね。

「やぁルーミアちゃん、元気かい! 何か困ってる事とかある!?」

 とりあえず気を取り直して、フレンドリーにルーミアちゃんへ話しかけてみた。失敗した。
 あからさまに警戒した表情で、ルーミアちゃんはテーブルの向こう側に避難してしまう。
 態度が軽過ぎたかなぁ。方向性としては間違って無いと思うんだけど、もう少しテンション低めで攻めた方が良いかもしれない。

「にゃはは、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。もう幽香さんをけしかける事なんてしないから」

「……本当に?」

「うん、約束する」

 そもそも僕がけしかけたワケじゃないけどね。そこはまぁ、嘘も方便と言う事で。
 怯えながらも縋る様に僕の瞳を覗きこんできたルーミアちゃんに、僕は確信を込めて頷いた。
 今までのルーミアちゃんの態度から察するに、幽香さんが彼女を襲った原因は僕にあったのだろう。
 理由は推測するしかないが、トドメを刺さなかった事から考えると幽香さん的にはただの‘警告’のつもりだったのかもしれない。
 当時の僕はロクな攻撃手段も持たない一般人だったからなぁ。いやまぁ、だからってさすがにトラウマ出来るまでイジめるのはやり過ぎだと思うけど。
 とは言えそれも昔の話。今の僕にとっては正直、ルーミアちゃんはそれほど驚異的な相手では無い。
 だから――多分やらないだろうけど――今更幽香さんが彼女の復讐を咎める事はもう無いのだ。僕としては勘弁して欲しい話ですが。

「本当に本当に、風見幽香は何もしないの?」

「もちろん。だよね、親分」

「そうよ!」

「ほら、チルノもああ言ってるし」

「そーなのかー……」

 もちろん親分は反射的に答えているだけで、話の内容なんてモノは欠片も聞いていませんがね!
 それでもルーミアちゃんの信頼度はかなり高いらしく、半信半疑だった態度がほぼ話を受け入れる所まで軟化してくれている。
 あと一押しあれば、少なくとも顔を合わせるだけで怯えられる事は無くなるだろう。
 本当に親分様々である。こりゃ、今度菓子折りでも持って行かないとダメかな。――お、そうだ。

「だから過去の事は水に流して、これからは仲良くしない?」

「うーん……でも」

「あ、コレお近づきのしるしのお饅頭。一個しかないけどどうぞ」

「チルノの友達ならわたしの友達でもあるよね。よろしく~!」

 よしっ、懐柔完了!
 饅頭を持ち歩いていた自分を褒め称えながら、僕は内心でガッツポーズをとった。
 良かったぁ。自分用に余分なお土産も買ってて本当に良かったぁ。
 幸せそうに饅頭を食べるルーミアちゃんの姿を見ながら、肩の荷が降りた僕は大きく溜息を吐きだす。
 そんな僕を呆れ顔で眺めつつ、落ち込んでいたはずのリグル君はグリグリと背中を突いてきた。

「物凄い力技で仲直りしたみたいだけど、今の気分はどう?」

「後ろめたいです。掛け値なしに」

「……そうまでして、仲良くなりたいものなの?」

「まぁ、仲が悪いよりかはね。毎度怯えられるのも反応に困るし」

「ふぅん……ちなみに、ボクとは?」

「もちろん仲良くしたいですよ? ――マントが無いなら」

「そこは妥協しようよ!?」

 すいません、苦手を即座に克服するのはちょっと無理です。
 僕は満面の笑みを浮かべ、リグル君のツッコミを誤魔化すのであった。





[27853] 天晶の章・拾「四重氷奏/和解前より複雑な」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/20 19:42

「――いくぞ鴉天狗、フィルムの貯蔵は充分か」

「充分か、じゃありませんよ。貴女の方こそ、ついてこれますか――っ」

「……貴方達は、いきなり何を言いだしているのかしら」

「ふ、これだから姉力(あねぢから)の無い者は」

「感じないのかしら、この溢れんばかりのOOO(オウダー・オブ・オトート)を」

「お願い。しろって言うなら何度でも謝るから、大人しく医者に行ってちょうだい。本当にお願い」

「ノリの分からない妖怪は困るわねぇ」

「これだからバトルマニアは。戦い以外に興味が無いから困りモノです」

「そんな私から、戦う気力すら失わせた事に関して思う所は無いのかしら」

「特にありません」

「平和って良いわね」

「……ちょっと飲みに行ってくるわ。酒でも入れないと気が狂いそうよ」





幻想郷覚書 天晶の章・拾「四重氷奏/和解前より複雑な」





「あ、ルーミアちゃん。テーブルを拭くならちゃんと水気は切ってね、机がビショビショになるから」

「そーなのかー」

「リグル君、そのグラスは親分の所で冷やしておいて。出す時は冷酒と一緒にお願い」

「うん、分かった」

 開店前の下準備と言う事で、僕達ウェイター三人衆は雑事に奔走していた。
 ミスティアちゃんや大ちゃんは下ごしらえにかかりきりなので、それ以外の仕事全てが僕等の担当だ。
 最低限の準備は出来ているみたいだけど、細かい所を詰めようとするとやるべき事はたくさんある。
 なのでこうして、二人に指示を飛ばしながら僕もアレコレ働いているワケなんですが。
 ……リグル君は何故に、僕の方をじっと見つめているのでせうか?

「なんかキミ、こなれてるよね。こういう仕事やった事あるの?」

「まぁ、紅魔館では副メイド長見習いをやってたからね」

「副メイド長の見習いをやってたの!? 凄いなぁ、上から三番目くらいの役職じゃないか」

「いんや、見習いだけど副メイド長の仕事をやってたの」

「どういう事!?」

 見習いがそれくらい出張らないと回らないくらい、正規雇用の妖精メイド達が役立たずと言う事です。
 いやほんと、働く側に回ると咲夜さんが全部一人でやっちゃう理由が良く分かりますよ。
 一般人並の清掃能力しか持たない僕でさえ、普通に仕事をして妖精メイド三十人分の働きが出来るのだから相当である。
 ……まぁ、咲夜さんはそんな僕千人分の働きをするので、どちらにしろ誤差の範囲なんですけどね。
 おかげで手の空いた僕は、妖精メイドの教育と言う地獄を受け持つ事になってしまったワケです。
 
「二人は優秀だよね。言う事聞いてくれるし、布巾を拭く事に使ってくれるし」

「あーうん。聞いたボクが悪かったからさ、虚ろな瞳でテーブルの木目を数えるのは止めてくれないかな」

「大変なのかー」

 色んな所で馬鹿扱いされてるけど、親分はとても賢い子だと思いますよ? 十秒で仕事に飽きたりしないし。
 正直、フランちゃんの教育で癒されて無かったら深刻なノイローゼになってた。
 教育中も、何度四季面を発動させようと考えた事か。……レミリアさんは雇用に関して本気で考え直した方が良いと思う。
 
「まぁ、メイドとしての最低限の仕事を叩きこまれてるからね。一通りの事は答えられると思うよ!」

「一応つっこんでおくけど、メイドと言う呼称に対する抵抗は無いの?」

「無い!!」

「……苦労、してきたんだね」

「止めて。同情は一番心に堪えるから」

 溢れそうな涙を笑顔で押し込み、店周りを綺麗にするための掃除に逃げるチキンな僕。
 心無しか重くなった身体を動かして、僕は小型の竜巻を作りだした。

「風を操る能力で掃除? 噂通り、本当になんでも出来るんだね」

「あんま過大評価されても困るけどねー。……むぅ、やっぱり上手くはいかないか」

 竜巻でゴミを絡め取るまでは上手く行ってるんだけど、吸い込んだゴミを留めようとすると逆に散らしてしまう。
 能力使って掃除する事自体初めてだからなぁ。最初はもう少し、簡単な事から始めれば良かったかも。
 こうして僕が能力をどうでもいい事に使っているのは、もちろん普通にやるのが億劫になったからでは無い。
 平時から能力を頻繁に使う様にして、力の扱いに慣れていこうと考えたためだ。
 常時使ってる「気を使う程度の能力」は、美鈴曰くかなりの精度になっているみたいだからね。
 こうやって些細な事に色々と能力を使っていけば、きっと力との対話も上手く行く! ……と良いなぁと思う次第です。
 ああ、それにしても面倒臭い。絶対コレ手でやった方が早いよね。

「とりあえずこんなもんかなーっと」

「おー、綺麗になったのかー」

「お疲れ様~、味見ついでにおいしいかば焼きをどうぞ~」

 一通りやるべき事を終えた僕等に、ミスティアちゃんが人数分のかば焼きを差し入れてくれた。
 香ばしい匂いに鼻腔をくすぐられながら、熱々のヤツメウナギにかぶりつく。
 うん、悪くない。味のクセは強いし歯応えもかなりのモノだけど、独特の風味が結構やみつきになるかも。
 
「うぇ~、へんなあじぃ」

「ありゃりゃ、フランちゃんには合わなかったか」

「ヤツメウナギは大人の味よ~、否定の言葉で苦みが増すの~」

「私はコレの味、好きだけどなぁ。人間の方がもっとおいしいけどね!」

 まぁ、明らかに好き嫌いが別れる味だもんね。
 酒飲みウケはしそうだけど、フランちゃん好みの味じゃないか。
 それにしてもミスティアちゃん、自分の作ったモノを否定された割にはあっさりしてるなぁ。
 ヤツメウナギそのモノが玄人好みな味をしているから、ダメ出しされる事に慣れているのかもしれないけど。
 さすがにちょっと軽すぎやしませんか? ちょっとぐらい愚痴っても許されると思うよ?
 あとルーミアちゃん。一応僕は人間なんで、発言はそこらへんを加味した上で行ってもらえませんかね。

「そういやミスティアちゃんって、何でヤツメウナギの屋台をやってるの? 趣味……ってワケじゃないよね」

「それはね~、焼き鳥屋台撲滅のためよ~」

「焼き鳥屋台撲滅?」

「そうよ~。全ての焼き鳥屋台は何れ、顧客を失い別の道へと逃げざるを得なくなるの~」

「それぐらい、ヤツメウナギが普及すると」

「ウナギでなくても良いけどね~。敵の敵が味方なら、焼き鳥以外は皆仲間~」

 なるほど、つまり「ヤツメウナギが流行る→焼き鳥屋台がヤツメウナギに乗り換える→焼き鳥屋台撲☆滅」と言うワケですね。全然分かりません。
 ……これが所謂「風が吹けば桶屋が儲かる」と言うヤツか。どんな観点から見ても達成できる要素が欠片も見当たらないのですが。
 つーか何で焼き鳥限定? 唐揚げはセーフなの? 親子丼とかもう憎悪の対象になるんじゃないの? 同じ鳥も食べる猛禽類とかはスルー?
 ツッコミ所が満載過ぎて次から次へと湧いてくる疑問に頭を痛めながら、僕は必死にその言葉を絞り出した。

「が、がんばってね」

「ありがと~。力の限り頑張るわ~、焼き鳥が食卓から消えるその時まで~」

 その企画が打ち切られる事を心の底から祈っています。と言う本音はギリギリ言わずに済んだ。
 残念ながら僕は鶏肉が大好きで、一生ねぎまを食べるなと指示されたら躊躇なくHPフィストをぶち込む自信があるので協力は出来ませんが。
 ええ、この部分だけは文姉相手にも引きませんでしたともさ。最終的に妥協させて、見えない所でなら食べて良いと許可まで取り付けましたともさ。
 
「んぐっ……よーし、きゅーけーは終わりよ! これからあたいらですぱっともーけるわ!!」

 相変わらず冷蔵係に徹しながらも、しっかりヤツメウナギを頂き格闘していた親分が満足げに宣言する。
 少々言い方は露骨だけど、気合いを入れるには充分な勢いで彼女は腕を振り上げた。
 それに合わせ、各自も其々気合いの言葉と共に腕を掲げる。
 店主はミスティアちゃんなのだから、こういう音頭は彼女がやるべきだと思うんだけど……僕は細かい所を気にし過ぎなんだろうか。
 ともかく。元気良く開店の宣言をした僕等は、最初の客が来るのを待って――

「かば焼きと冷酒を瓶で一つ! あ、給仕はそこのメイドさんでお願いします!!」

「私にも同じものを。給仕も同じでお願い」

「……お酒だったらなんでもいいから、速く頂戴」

 うん、まぁ来ると思った。正直。
 宣言とほぼ同時に現れ、テーブルの一角を占拠するいつもの姉二人と項垂れた幽香さん。
 視認できないほど速く登場したのか普通に隙間で現れたのか、どちらにせよハタ迷惑な事に変わりはない。お願いだから普通に来てください。
 とは言えお客である事には変わりないので、唐突過ぎる登場に唖然としている皆の間を縫って、僕は親分から冷酒とグラスを人数分受け取った。

「お待たせしました。僭越ながらお注ぎさせて頂きます」

「晶さん、こっち向いてハニカミながらピースしてくれませんか」

「申し訳ありません。当店ではその様なサービスを行っておりません」

「貴方のその順応性の高さが、今は心底羨ましいわ。こっちにもちょうだい」

「幽香さんは、もうちょっと適当に二人をいなしても良いと思いますよ? と言うワケでミスティアちゃん、かば焼きお願い」

「は、は~い~、承りました~」

 僕の一声でようやく硬直が解けたミスティアちゃんが、慌ただしくかば焼きの準備に取り掛かる。とりあえずこれで注文は何とかなるだろう。
 しかし、最近三人で行動する事が多かったせいだろうか。姉二人の奇行に幽香さんの心が折れかけていた。
 幽香さん、ジョークは理解出来るけどギャグにはついていけない人だからなぁ。近頃の姉達の飛びっぷりについていけなかったようだ。
 ―――って、幽香さん?
 そこまで考えた所で、僕はようやくこの場における別の問題点に気が付いた。
 そう、アルティメットサディスティッククリーチャーに骨の髄まで恐怖を叩きこまれた、彼女がここには居るのだ。

「か、かかか、風見、幽香っ」

 壊れかけのレディオみたいなブツ切れの声を出しながら、ルーミアちゃんがガタガタと震えだす。
 トラウマを与えた張本人が現れた人間の、実にテンプレート的な反応である。
 参ったなぁ、まさかこんなに早く顔を合わせる事になるとは。
 今のルーミアちゃんなら、幽香さんに軽くからかわれただけできっと気を失うだろう。どうしようか。

「とりあえず落ち着いてルーミアちゃん。大丈夫、大丈夫だから」

「でも、でも」

 うーむ、やっぱり本人がいると落ち着かせるのは難しいね。
 とりあえず背中を撫でてみるけれど、もちろん効果はまったくない。当たり前か。
 どうしたもんかと唸っていると、ついに幽香さんがこちらに気付いてしまった。
 彼女は怪訝そうな表情で、真っ直ぐルーミアちゃんを見つめている。
 これはマズい。とにかく幽香さんに、大人しくしているようどうにかして訴えないと!

「あ、あの、幽香さん」

「ダメじゃないの、晶ったら」

「……はぇ?」

「貴方、もうそこらへんの妖怪相手じゃ戦うだけでイジメになるんだから、力の遣い方には気をつけないと」
 
「は、はぁ」

 しょうがないわねぇ、と苦笑して冷酒を呷る幽香さん。
 ひょっとしてコレ、ルーミアちゃんの動揺は僕のせいだと思われてる?
 と言うか幽香さんの態度、明らかにルーミアちゃんの事を知らない反応だよね。
 え、なに。もしかしてトラウマの件って、幽香さん的にはあっさり忘れる程どうでも良い事なの?
 そりゃまぁ確かに、彼女は幽香さんウケする条件を微塵も満たしてないけど。
 トラウマまで出来てる当たり、イジメられてる時もロクに抵抗出来なかったみたいだけど。
 ……うわぁ。こうして考え直してみると、幽香さんがルーミアちゃんの事を覚えている理由がミリグラムも見当たらないや。
 運良く覚えていたとしても、間違い無く分類は「前にノシた雑魚妖怪A」だろうしねぇ。
 ルーミアちゃんの事が忘却の彼方へと送られたのは、彼女にとって幸運だったのか不幸だったのか。

「……本当に大丈夫なのかー」

「えっ? あ、うん。……ソウデスヨー」

 物凄く前向きに受け止めてるー!?
 相手に敵意が――と言うか興味そのものが――無い事を認めたルーミアちゃんは、あっさりと警戒を解いて安堵のため息を漏らす。
 あの、本当にそれでよろしいのですか? いやその、信じてくれるのは純粋にありがたいんだけどね?
 幽香さんは暴力を振るうのに理由を全く求めない人だから、それなりの警戒心は引き続き持っていて欲しいんですが。

「晶さーん、お酒お代りー」

「私の方にもお願いするわ。もちろん御酌込みでね」

「あ、はいはい」

 こっちはこっちでマイペースに飲みまくってるし……と言うかこの二人、さっきの一瞬であっという間に二本空けてるよ。
 従業員としてはありがたい限りだけど、弟としては色々心配だなぁ。主に肝臓とか財布の中身とかが。

「心配しなくても大丈夫、幻想郷の賢者の名は伊達じゃないから。ふふ、ついでだしちょっと高めのお酒を頼んじゃおうかしら」

「まっいど、あり~。晶さぁ~ん、賢者様にたっぷりサービスしってあっげて~」

「はーい」

「待ってください! 私は紫さんよりも高いお酒を注文しますよ!!」

「あら嬉し~。晶さぁ~ん、サービスは天狗様の方に~」

「どうせならこの店にある最高のお酒が飲みたいわね。店主さん、お願い出来るかしら」

「私はそれを浴びるように飲みたいです! 店主、量二倍でお願いします!!」

 お二人とも、ホストに貢ぐダメ女みたいな真似はやめてください。
 謎のオークションを始めた二人に呆れながら、僕は追加されていく注文の品を掻き集める。
 え、二人を実際に止めないのかって? ……ここらへんで痛い目にあって貰わないと、今後何をされるか分からないから嫌です。
 ところでミスティアちゃん。今の誘導はワザとですか、それとも偶然ですか。
 返答によっては、貴女との付き合い方がちょっと変わってくるんですが。歌ってないで教えて貰えません?

「じゃんじゃんバリバリ大放出~。泣かないで~、素寒貧でも明日があるさ~」

「……目的はアレでも、店主としての才能はあるのかな」

 色々と深読みできそうな歌を歌いながら、追加のかば焼きを焼き続けるミスティアちゃんの姿に思わず唸る。
 うーむ、商売人って怖いなぁ。二人の散財する姿に苦笑しつつ、僕は同じ作業を黙々と繰り返しているフランちゃんに忠告を送った。

「フランちゃんは、ああいうダメな大人になっちゃダメだよ」

「ああいう大人って?」

「分かんないなら良いんだよー。それからソレ、あんまり作り過ぎても処分に……」

「ふっ、やっているようだな」

「レミリアさん?」

「あ、お姉様だー!」

 ……今日は、姉の万国博覧会でもやっているのかな。
 日傘を持った咲夜さんと歩きながら本を読んでるパチュリーを連れて、何故か自慢げなレミリアさんが現れた。
 おかしいなぁ。ここで僕等が働く事は誰にも教えてないはずなのに、次から次へと知り合いが現れるのはどうしてなんだろうか。
 ある意味今更な疑問なので、本当の所はどうでも良いんだけどね。
 聞いて欲しそうな顔をしているレミリアさんは尋ねないと確実に拗ねるので、僕は内心の感情を抑え込み確認する事にした。

「えーっと、何でまたこんな所に?」

「強いて言うなら―――運命に導かれたのさ」

「……へー、そーなんですかー」

「言いたい事は言えた? ならさっさと注文して帰りましょう。あ、私はお酒だけで良いわ、かば焼きはもたれるから」

「毎度ありー」 

「ちょっとパチェ! こういうのは最後までキチっとやる事が大事なのよ!! 台無しじゃないのもーっ!」

 プンスカと言う擬音が相応しい態度で、両手を振りまわしながら抗議するレミリアさん。
 ぶっちゃけパチュリーの言葉よりそっちの姿で台無しなんだけど、最初から茶番臭はしてたので特にツッコミはしない。暴れられても困るし。
 なので僕は事務的な態度で、三人をテーブル席へと案内した。
 ちなみに僕以外のウェイター達は、次々現れる強豪妖怪の姿に完全に委縮し切っている。ご愁傷様。

「レミリアさんと咲夜さんは何にしますか?」

「私は勤務中ですので、水だけで」

「私は――そうだな。あそこにいる店員の作ったモノを全部貰おうか」

 そういってレミリアさんが指さしたのは、再び一心不乱に作業を行っているフランちゃんだった。
 なるほど、こっちもこっちで目的はほぼ同じか。大変分かり易くて結構ですね。けど――

「あのー、レミリアさん? 悪い事は言わないから、普通に注文した方が良いと思いますよ?」

「何度も言わせるな。多少失敗していても構わん、フランの作ったモノを全部寄こせ」

「……良いんですね?」

「くどい!」

 百パーセントフランちゃんの手元を見ていないレミリアさんが、苛立たしげな表情で机を叩く。
 何だかんだで同じくらいフランちゃんに甘いパチュリーが、何故似た様な注文をしないのか全然理解していないようだ。
 助けを求めて咲夜さんに視線を送ると、彼女は全てを察した表情で静かに頷いた。
 ……これは、構わないから出せって事だよね。実はレミリアさん、結構アレが好きだったりするのかな?
 まぁ、許可を貰ったのなら遠慮する必要はないだろう。僕はフランちゃんの作ったモノを全てボールに放り込み、レミリアさんの前に置いた。

「はいまいどー。キャベツ激盛り一丁!!」

「……おい、久遠晶。これは何だ」

「なんだって……フランちゃんが剥いで洗って、一口大に切るまでやったキャベツですけど?」

「きゃ、キャベツしか無いじゃないか」

「キャベツしかありませんよ?」

 いや、そんな恨みがましい目で見られても。普通に考えれば分かるでしょうが。
 かば焼きって、「串打ち三年、割き五年、 焼き一生」と言われる程に深い技術が必要なんですよ?
 果たして、ミスティアちゃんにそこまでの拘りが有るのかまでは分かりませんけどね?
 料理自体ロクにやった事の無いフランちゃんに、かば焼きを任せられる道理はどちらにしろ有りませんから。

「えへへ~、いっぱい食べてね! おかわりたくさんあるから!!」

「――も、もちろんだとも! 存分に食べさせて貰おうじゃないか!! ああ上手い上手い、うまい……うまいなぁ……」

 フランちゃんの期待が存分に込められた視線に負け、何の味付けもされてないキャベツを片っ端から口に放り込むレミリアさん。
 半泣きで口を動かす彼女の姿に、姉としての矜持を見た気がする。ダメな意味で。

「おー、何だか盛り上がってるみたいですねー! どうせなら一緒に飲み明かしませんか?」

「うふふふふ、どうせなら奢ってあげるわよ。と言うか奢らせなさい、このままだと負けそうなのよ」

「ふん、お前の施しは……もぐもぐ……いらん……もぐもぐ……咲夜ぁ」

「どうぞ、お水です。……ああ、必死にキャベツを頬張るお嬢様も素敵ですわ」

「……貴方も大変みたいね。飲む?」

「頂くわ。そういう貴女は気楽そうで羨ましいわね」

 さらに二つのグループが合流して、屋台は本格的に乱痴気騒ぎの体を為してきた。
 飛び交う注文、愚痴と意地の張り合いに溢れた会話、椀子蕎麦式に増えていくキャベツ。
 混沌とする場を右へ左へと駆けまわりながら、僕はある事を確信するのだった。


 ―――今日は、間違い無く他の客は来るまいて。


 そんな僕の予想は見事に的中するのだけど、本日の売り上げ自体は過去最高のモノだった事をここに述べておく。










おまけ
 

「ところで、美鈴はどうしたんですか?」

「彼女は門番ですから、当然門の番をしております」

「えっと、もしかして一人で?」

「一応小悪魔も付けてあげたわよ。今頃、二人で夕飯でも食べてるんじゃないかしら」

「……お願いだから、せめてお土産くらいは持って帰ってあげてくださいね。支払いは僕持ちで良いんで」
 
 



[27853] 天晶の章・拾壱「指向錯誤/切り札は未だ引けず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/08/09 00:42


「幽香さん、今良いですか? ちょっと軽く組み手をお願いしたいんですが」

「……貴方がそんな事を言い出すなんて、明日は雪かしらね」

「あはは。否定は出来ませんが、僕は至って正気ですよ?」

「ふふ、分かってるわよ。本格的に力と向き合ってみようと思ったんでしょう?」

「そういう事です。それに、ちょっと試してみたい事があるんですよね」

「……試してみたい事?」

「ええ、困った事に相手がいないと成り立たないんですが。実はですね……」

「説明は不要よ。タネの明かされた手品ほど冷めるモノは無いのだし」

「いやその……事前に説明しておかないと、上手く行ったのかどうか判断して貰えないので」

「……自分で判断しなさい。それくらい」

「それが多分、出来ないからお願いしてるんですよ~」

「どんな理由があるにせよお断りね。たっぷり遊んであげるから、せいぜい自力で何とかしなさい」





幻想郷覚書 天晶の章・拾壱「指向錯誤/切り札は未だ引けず」





「いやぁ~、気分が良いと普段より速く飛べる気がするわね!」

 私こと射命丸文は、鼻歌交じりで太陽の畑に向かって飛んでいた。
 昨日は隙間に対して意地を張った結果、財布の中が大分軽くなってしまったけれど……ふふふ、悪い事ばかりじゃ無かったわね。
 文々。情報網によると、昨日同じくらい散財した八雲紫はその事で自分の式の怒りを買い、外出禁止を言いつけられてしまったそうだ。
 つまり今日は、晶さんを愛でようと企むダメ姉がいないのです!
 風見幽香は基本そういった事に興味が無いし……久しぶりに私の時代が来たわね、これは!!

「彼女の事はまぁ新聞のネタにさせて貰うとして。あやややや、今日は楽しい事になりそうよ~」

 到着してからの事に思いをはせて、私は風見幽香宅の前に着地する。
 元気良く二人に挨拶をしようとして――そこで、ようやく私はその場の惨状に気が付いた。
 
「な、なによコレ!?」

 家の前には、強大な力同士がぶつかり合って生まれたかのような巨大な窪地が。
 さらにその穴の中には、数える事すら億劫になる程の亀裂や孔が至る所に付いている。
 弾幕ごっこの余波……にしては少々穏やかじゃないわね。
 私は未だ一部で白煙を上げている窪地の周囲を、二人の姿を探して旋回した。

「どんな戦い方をしたらこんな風になるのよ。フラワーマスター、分裂でもしたのかしら?」

「あら、今日は意外と遅かったわね。いつもなら我先にとやってくるのに」

「しょうがないじゃない。今日はライバルがいないから、どうにも気が緩んで――って、うわぁ!?」

 窪地の反対側、丁度家の壁近くに幽香さんと晶さんの二人は居た。
 ただし晶さんはぐったりとした様子で倒れ伏していて、ピクリとも動いていない。
 ……なるほど、謎は全て解けましたよ。
 フラワーマスターめぇ、己が欲求のために晶さんとガチバトルをするとは。
 ここ最近は愛着も湧いてきたみたいだから、無茶な真似はしないと思ったらコレですよ!!
 まったく、姉として抗議する必要があるようですね。

「ほら、お望みの晶よ。煮るなり焼くなり好きにしなさい」

「うわっと、そんな乱暴に放り投げないでちょうだいよ。何をそんなにイラついているの?」

「ただの八つ当たり、かしらね。晶に派手にやられて、今少しだけ機嫌が悪いのよ」

「……はぁ?」

「言っておくけどジョークじゃないわよ。そこらへんは見れば分かるでしょう?」

 改めて見ると、確かに風見幽香の姿はボロボロだった。
 巧妙に隠しているけど息は途切れ途切れで、プライドの高い彼女が人目を憚らず壁に身体を預けている。
 肉体的損傷もかなり激しく、項垂れた右腕や額からは血が垂れ、左腕に至っては持っている傘ごと捻じれていた。
 おまけに服は切り傷と焦げ跡だらけで、覗いて見える肌は例外無く怪我を負っている。
 左脇腹当たりの服を汚している血も、恐らく返り血では無いのだろう。風見幽香のこれほど余裕の無い姿を見たのは初めてかもしれない。
 一方、晶さんは気こそ失っているものの一切怪我らしい怪我を負っていなかった。
 唯一頭には冗談みたいなタンコブが出来ているが、これを傷と呼ぶのは少々無理があるだろう。

「な、何があったのよ? 晶さんのいつものうっかり――と言うワケでは無さそうだけど」

「そこらへんは本人に聞きなさい。……まぁ、この子は‘覚えていない’でしょうがね」

「はぁ? どういう事?」

「さぁ、どういう意味かしらね」

 そう言って不機嫌さをいつもの笑顔の下に押し込めた風見幽香は、のろのろとした動きで家の中へと向かっていく。
 どうやら事情を話す気は欠片も無いらしい。疑問符だらけのこちらを無視して、彼女はそのまま扉を閉じようとする。
 しかしその途中に何かを思い出した風見幽香は、隙間から覗きこむ形でこちらに話しかけてきた。

「そうそう、晶には今日一日帰ってこないよう言っておいてちょうだい。‘家の後始末’で慌ただしくなるから」

「ふむ……まぁ、一つ貸しにしておきましょうか。晶さんにスパイラル土下座を連発されても寝覚めが悪いし、こっちで適当に誤魔化しておくわね」

「助かるわ。それとついでに、二つほど伝言もお願い出来るかしら」

「伝える保証はしないけど、聞くだけなら」

「『私は負けなかった』『楽しめたけど、面白くは無かった』――じゃ、お願いするわね」

 端的過ぎて意図が分からない伝言を告げて、風見幽香は今度こそ扉を閉める。
 話についていけない私は、晶さんを抱きかかえたまま途方に暮れるしかなかった。










「すいません、知らないです」

 晶さんを連れて妖怪の山まで戻り、目を覚ました彼に事の詳細を聞いた答えがコレだ。
 身も蓋もない答えに、私は思わず頭を抱えてしまった。
 ……しかも、「言えない」でも「分からない」でも無く「知らない」と来ましたか。
 晶さんは確かに弩天然の秘密主義だけど、嘘をついてまで事実を隠ぺいしようとする程徹底はしていない。
 つまりは幽香さんの言った通り、本当に晶さんは覚えていないのだろう。……あれだけの事をやらかしたのに。

「それでも、戦う直前までの事は覚えているはずですよね。何があったんですか?」

「んー……その前に聞きたいんですけど、幽香さん何か言ってませんでした? 本当に何も把握して無いので、出来れば情報が欲しいんですが」

「一応、伝言なら預かってますよ」

 どこかバツの悪そうな晶さんに、彼女からの伝言をそのまま伝える。
 たった二言の台詞を聞かされた晶さんは、あからさまな落胆の表情でがっくりと肩を下ろした。
 
「とほほ、着眼点は悪くなかったと思うんだけどなぁ。やっぱり弾幕ごっこには向いて無かったかぁ」

「本当に何をやったんですか、晶さん?」

 初めて会った頃とはもう比較する事自体が間違っているくらい強くなった晶さんだけど、幽香さん相手にあそこまで出来る実力はまだ無い。
 と言う事は、最低でもいつも通りの‘小細工’はしていたはずだ。結果の方はいつも通りとはいかなかった様だが。
 ……もっとも今の晶さんなら、幽香さん相手でも接戦出来る程度の力量はあるはずなのよね。
 能力的にも相当なモノを持っているワケだし。後はあの性格が何とかなれば――無理か。
 まぁ、私個人としては晶さんに今のままで居て欲しいですから、ヘタレ自虐的な性格バッチこいなんですけど。可愛いですし。
 とにかく話を戻すが、晶さんは幽香さんとの実力差を埋めるために必ず何かをしたはずなのである。
 それも、小手先の技なんて可愛いモノじゃない。もっとトンデモない何かを。

「――あはは、なんでもありませんよ。単に思い付きがいつも通り失敗しただけの話です」

 しかし、私の問いに晶さんはただ苦笑を返すのみだった。
 ダメだコレ、完全に意地を張っちゃってるわね。
 表面上は何でも無い事の様に振舞っている晶さんの姿に、私は内心で溜息を吐く。
 一度こうなってしまうと晶さんは、死んでも意見を変えないから困りモノだ。
 しかもそれが、比喩でないから尚の事タチが悪い。
 以前に真の能力の事で悩んでいた時も、結局最後の最後まで自分で何とかしようとしていたワケだし……。
 ここできちんと追求しておかないと、また勝手に命をかけられてしまうかもしれない。
 姉として保護者として、しっかり何が起きたのか把握しておかないと!

「今回ばかりは、例え晶さんと言えど――」

「……そういう事にしてもらっちゃ、ダメかな?」

 あうあうあう、反則ですってソレは。上目遣いとか止めてくださいよ殺す気ですか晶さん!
 とまぁ冗談はさて置いといて。……ええ、冗談よ? 幾ら私だって、こんな時に優先順位を間違えたりはしないわ。
 私は晶さんの瞳を真正面から見つめ返した。縋る様な外見の態度と違って、その瞳には強い意志が宿っている。
 一歩も引かない。晶さんの目は暗にそう語っていたのだった。
 
「幽香さんとの件で分かりました。‘コレ’はもっと自分の中で纏めて、はっきりとした形にしないとダメだって」

「だから、今は話す事が出来ないと?」

「すいません、自分の力だけで何とかしないと、ダメな気がするんですよ。――あ、だけどおかげ様で、完成系は見えたと思います!」

「私じゃなくて幽香さんのおかげですけどね。……ま、良いですよ。涙で枕を濡らしながら諦める事にしましょうか」

「あはは、ありがとうゴメンなさい」
 
 やれやれ、私も甘いわねぇ。
 だけどどうにも弱いのだ。晶さんのこの、不敵で底意地の悪い笑顔には。
 はぁ、晶さんの力を警戒していた頃が懐かしいわ。
 いつからかしらね。彼のしでかす事に、不安と同じくらいの期待を抱く様になったのは。
 何をやらかすつもりなのかは知らないけど……仕方が無い、姉らしく見守ってあげる事にしますか。

「ところで、これからどうするつもりなんですか? 今太陽の畑に帰ったら幽香さんに惨たらしく殺されますよ」

「むごっ……いやその、とりあえずさっきは目標を高くし過ぎたので、今度は低い所からやっていこうかと」

「ほぉ、なるほど。今度は低くですか、なるほどなるほど」

「え、何かマズいですかね」

「マズくはないんじゃないですか? そこらへんも含めて私は何も聞かされて無いので、さっぱり事態が飲みこめませんが」

「……あー、すいません」

 まぁ、これくらいの不平不満を言う権利はあるだろう。
 頬を膨らませて抗議する私に、晶さんはワタワタと事情を語り始めた。
 どうやら、用いた手段は話せなくても目的の方は問題無く話せるらしい。
 ……ああ言った手前話題を掘り返す事は出来ないけど、いったい何をしたのかしら晶さん。

「実は霊夢ちゃんに言われてから、真の能力と対話するために色々と試していたんですよ」

「してたんですか?」

「はい、片手間で」

 にっこり笑いながら、晶さんはそれはどうよと言いたくなるような事を口にする。
 いやまぁ、そういった事柄は無理なくやるのが一番だから、その姿勢を責める気は無いけれど。
 晶さん的にはそれで良いのだろうか。――良いんでしょうねぇ、晶さんだから。

「で、その一環として新しい技を考えてみたんですが」

「物の見事に失敗したと」

「そういう事です。あはははは」

「笑い事では無いと思うんですが……それで、そこからどう目標を低くするんですか?」

「とりあえず、今ある能力で新しい技を作る方向性に妥協してみようかなって」

 それ、本来意図する目的に繋がる妥協なのかしら。
 思わずそうツッコミかけた腕を止め、私は苦笑だけで己の意思を晶さんに伝える。
 ――あ、目を逸らされた。
 どうやら本人にも、何かを間違えてる自覚はあったらしい。
 それでも変えないのは……多分、他に妥協の方法を思いつかないからなんでしょうね。
 まぁ、最初の頃とやっている事がさほど変わっていなくても、有用性がある事に違いは無いんでしょう。
 
「――と言うワケなので、晶さんに協力してあげてください」

「いきなりなんだい!?」

「文様……せめて前置きくらいはして頂けませんか」

 相手の確認よりも早く扉を開いた私は、訪問者たちに問答無用で話を振ってみた。
 親友の河童と可愛い部下は、私の言葉に其々の反応を返してくれる。
 ちなみに二人が来るのを先読み出来たのは、単純に話声が聞こえてきたためだ。
 残念ながら私に、そこまで強力な索敵能力は無い。――ただし、弟の事なら幻想郷の端に居ても分かりますがね!

「ところでお二人共? 魂の抜けた姉馬鹿とか、弟狂いが無くても元からアレとか、随分と興味深いお話をされていたみたいですね?」

「あ、あはははは、そこに居るのはアキラじゃないか! 久しぶりだね、元気にしてたかい!?」

「ほへ? でもお土産渡した時に顔合わせたよね?」

「いやいや、挨拶とは何度やっても良いモノだ。だから何度でも言うべきだと私も思う。そうだろう久遠殿!」

「わけがわかりません」

 晶さんへ縋る事で、何とか話を有耶無耶にしようと企む妖怪二名。
 まぁ、誤魔化されてあげても良いけど……後で家の裏に来なさいよ、ね?
 
「じゃあ話を戻すわ。二人には、新技完成のために晶さんの手助けをして欲しいのよ」

「……私達に、死ねと?」

「いやいや、そんな大袈裟なもんじゃないから。ちょっと新技の練習相手になって欲しいってだけの話で」

「アキラ、一つ良い事を教えてあげるよ。――私らは、アンタが思ってるよりずっと弱いんだ」

 にとりの真剣な言葉に、椛も何度も頷いて同意している。
 まったく、晶さんの自己評価の低さには毎度呆れる他無い。
 どれだけうっかりしていても詰めが甘くても、貴方には椛くらいの相手なら一撃で沈められる程の実力があるのだからね?
 そもそも椛とは、出会った時点でそれくらいの差が出来ていたはずなのだけど。
 二人が本気を出せば、自分くらい止められるとでも思っているのかしら。――凄く思ってそうだわ。

「とりあえず安心しなさい。手助けと言っても直接的なモノじゃないから」

「そりゃ良かった。……しかし、助言を求められてもそれはそれで困るよ?」

「久遠殿の能力に関しては、我々はズブの素人ですからね。精々思った事を言うくらいしか」

「ああ、大丈夫よ。どうせ晶さんの事だから、素人目にも分かるレベルで欠点を晒してくれるわ」

「さすがに酷い!?」

 私の言葉に半泣きになる晶さん。ああ、可愛いなぁ。
 だけど実際問題、晶さんの考える新技ってどこか抜けてますよね?
 言外にそんな意思を込めて晶さんを見つめると、さすがの晶さんも少しばかりムッとした顔をした。

「僕だって、毎回毎回抜けたスペルカードを作ってるワケじゃ」

「ペネトレイション・サーペント」

「あぐっ」

「フリーズ・ワイバーン」

「うぐっ」

「スピア・ザ・ゲイボルク」

「……ゴメンナサイ」

 淡々とスペカ名で指摘され、心の折れた晶さんはがっくりと項垂れる。
 私も、まさかこんなに出てくるとは思わなかったわ。他人事なのに泣けてきたじゃない。
 しかし、ここで落ち込みっぱなしにならないのが晶さんの良い所だ。
 彼は勢い良く立ち上がると、私達に向かって半泣きで宣言した。
 
「ちくしょー、やってやろうじゃないか! 文姉がビックリするような新技を考えてやるぅぅぅ!!」

「……おかしいな。見た事も無い未来が鮮明に見えた気がするよ」

「にとり殿もか、奇遇だな。実は私もなんだ」

「安心なさい。皆思ってる事よ」

 晶さんの叫びが、妖怪の山に響き渡る。
 その内容に誰も期待しなかったのは……ある意味、彼の人徳が為せる技だろう。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「お前のやったことは全部お見通しだ! 山田です」

死神A「いえいえ……それほどの者です。死神Aです、って山田様」

山田「今回は巻きで行くので、ツッコミはガン無視させて貰います。どんと来い、超常現象」

死神A「なら、ここぞとばかりにボケを挟むのは止めてください! と言うか意味が分かりませんよ!?」


 Q:八坂の姐さんはゲッターは浪漫らしいですが、他に浪漫を感じるスパロボってあるんですか?
   出来れば、身体的に「ある一部」と名前がTRICKの女主人公と同じな山田さん教えてください。


山田「合体、変形、必殺技のあるロボットは一通り浪漫です。地獄へ落ちろ」

死神A「何か漏れてますよ!? 気のせいじゃ誤魔化せない危険な響きが零れ出てますよ!?」

山田「ついでに言うと「○○の性能のみに特化した機体」とかも浪漫に含まれるようですね。地獄へ落とす」

死神A「一極化はスーパーロボットの花ですからねぇ。って、語尾が悪化してますよ!?」


 Q:っていうか、あんた等の財布の中身どうなっとるんや。
   あやや以外まともに仕事して無いじゃん。ゆかりんは色々手はありそうだけどさ。


山田「レミリア・スカーレットは確か、スカーレット家の所持する財宝を食い潰しているはずです」

死神A「二次創作の設定ですよね、それ」

山田「天晶花でもそうで良いんじゃないかな」

死神A「いや、ダメでしょう」

山田「まぁ、真面目な話。売るモノはたくさんありますから、要らないモノを売って小金にしてるんでしょう。基本的に金の要らない人達ですから」

死神A「どっちにしろ食い潰してるワケですね。……スカーレット家大丈夫なんですかね」

山田「風見幽香は公式で人里で買い物していますし、何か手があるんでしょう。多分」

死神A「その具体的な内容を知りたいんですが」

山田「テリトリー内に入った人間の死体から拝借してるんじゃないかな」

死神A「生々しいですよ!?」

山田「はいはい、ではまた次回~」

死神A「テンポ良過ぎてツッコミを入れる余地が無い……せめてボケを減らしてくださいよ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[27853] 天晶の章・拾弐「指向錯誤/ブラフ不足のハイカード」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/08/16 00:08


「ボツ必殺技、名付けてアイシクルフィンガー!」

「……久遠殿は、頭にアイシクル付けないと気が済まないのか?」

「相手の頭を鷲掴みにして持ち上げ、超低温の冷気で顔を凍傷にする!!」

「わぁ、地味だぁ」

「決め台詞は「弾幕ごっこ幻想郷条約第一条、頭部を破壊された者は失格となる」で」

「頭潰されて人生失格にならないのは蓬莱人くらいです」

「と言うか、その技何がダメだったんだい? いや、もうすでに色々とダメな匂いはしてるけど、一応技の体は為してるよね?」

「……基本的にこれ、腕鎧有りでやるワケじゃないですか」

「うむ、わざわざ防御力を落とす理由は無いな」

「つまり金属製の鎧を低温まで下げて、顔に押し付けるワケですよね」

「まぁ、そうなりますね。それが?」

「……皮膚が鎧にくっついて、剥がす時にベリッて」

「さぁー! 次の案に行ってみましょうか!!」

「わー! わー! 聞こえない聞こえない!」





幻想郷覚書 天晶の章・拾弐「指向錯誤/ブラフ不足のハイカード」





 どうもこんにちは! 何だか微妙に話の方向性がおかしくなってる気がする久遠晶です。
 新技試し撃ちのため開けた場所にやってきた僕らですが、その道中でいつの間にかもう一人随伴者が増えていました。

「――で、何ゆえ雛さんは僕等についてきているんですか?」

「凄い厄の発生を予知したので~」

「始める前から不吉な事を言わないでください!?」

 相変わらず絶妙な距離をキープしながら、何かを期待した瞳で僕を見つめる厄神の雛さん。
 完全に何か起こる前提である。そしてそれを特に否定しない他三人、泣きたい。
 ちなみに椛とにとりも、場所こそ違えど雛さんと同じくらいの距離をとって離れている。
 もう一度言おう、完全に何か起こる前提である。
 そして近くにいる文姉もいつでも逃げられるよう本気モード、やっぱり泣きたい。

「まぁまぁ、皆さんには結果で見返してあげましょうよ。アイディアはあるんでしょう?」

「ふっふっふ、ついさっき思い付きましたともよ」

「……どうしてアキラは、即興で考えた事をあんなに自慢できるんだろうね」

「普段はもっとギリギリで思い付いているからだろう」

「くろーさんは本当に愉快な人ね~」

 うるさいやいっ! これでもこちとら、必死に頑張って生きてるんですよ!?
 好き勝手な感想を口にする三人に怒鳴りたくなる衝動を必死に抑え、僕は技の目標となる岩に狙いを付けた。
 目測で僕より大体一回りくらい大きい岩だ。試し撃ちにはもってこいだろう。
 僕は氷の翼を展開させ、大きく真上へと飛び上がった。



 ―――――――改訂版「ペネトレイション・サーペント」



 脚先を中心にして、氷翼が螺旋状に巻き付いて行く。
 巨大なドリルと化した自身の身体を、僕は気で押し出して岩へとぶつけた。
 高速回転する強化された氷が、勢いよく岩を削りきる。
 やがて岩の半分を塵へと変えた僕の身体は、ゆっくりと地面に着地するのだった。
 ……おおっ! ちゃんと攻撃になってる!?
 最初に考えた時は「氷の塊をぶつける、終わり」だったのに……成長したもんだなぁ。
 これなら使えるに違いない。僕は自信を持って皆へと振りかえった。

「えっへん、どうよ!」

「馬鹿な……アキラが成功してるだって」

「我々は夢でも見ているのだろうか」

「厄いわ。逆に厄いわ」

 何ともでも言いなさい。今の僕には逆に心地良うございます。
 ある意味賞賛の意味を持つ皆の驚嘆の言葉で僕が悦に入っていると、一人何も言わなかった文姉が難しい顔で話しかけてくる。

「晶さん、ちょっと良いですか?」

「何ですか? あ、今なら幾らでも愛でて構いませんよ!」

「その申し出は死ぬほど嬉しいのですが、少し置いといて。ちょっとこっちの岩を叩いて貰えませんかね?」

 そう言って文姉が指さしたのは、先程の岩より二回りほど大きな岩だった。
 ……いや、さすがにデカ過ぎでしょうコレ。
 思わず文姉の方を二度見した僕に、彼女はまだ何か考えている顔で頷いて見せる。
 全力全開でブチかませと言う事ですね。分かりました。
 僕は両手両足の気を増幅し、全力で駆け出すと共に拳を突き出す。

「――『ホローポイント・フィスト』!!」

 激突、衝撃、そして爆音。
 巻き起こる砂埃が晴れるとそこには――半分以上の体積が消し飛び、‘岩だったもの’になった石の破片がそこら中に転がっていた。
 
「なにこれこわい」

「いや、やったのアキラだから」

 そう言われましても。確かに全力で殴りはしたけど、基本ただのパンチですよ?
 思わず殴った方の手を何度も閉じたり開いたりしてみる僕。もちろん何も変わっていない。
 唖然としながら文姉の方に視線を向けると、彼女は納得した様な顔で説明を始めた。

「おかしいと思ったんですよ。氷翼を使ってる最中、晶さんの重量はほぼゼロになっているワケですからね」

「そこはほら、気で強化とか加速とかして」

「氷分の重量しか無いモノを強くしてもたかが知れてますよ。晶さんの体重は軽いですが――えっと体重何貫でしたっけ?」
 
「確か、小数点切り捨てて十一貫くらいでしたかね」

「じゅっ!? ……ゴホン。とにかく、米俵一俵分にも満たない晶さんの重さでも、加速強化させればかなりの威力になるワケです」

「アキラ、それはちょっとやせ過ぎだよ。ちゃんとご飯食べてるの?」

「居候、三杯目にはそっと出し。という言葉もあるので、どんぶり飯山盛り二杯で抑えてます」

「ちなみにこの人、おかずもだいたい一人で半分は食べてますよ」

 いやだって、三人とも全然食べないんですもん。残したら勿体無いでしょう?
 文姉の指摘に何故か目が細まる三人、僕が何をしたと言うのだろうか。
 ……とりあえず話を元に戻す事にしようか。このままだと僕の腰骨が破壊される気がする、何故か。
 えーっと、確か体重の有無だけでも威力が変わってくるって話だったっけ。

「そんなに変わるものですかねぇ? 幻想万歳の幻想郷で、物理法則の出る幕なんかそれこそたかが知れてると思いますが」

「まぁ、それだけなら多少の差異で済むでしょうが……ペネトレイション・サーペントの最中って、気の増幅出来ませんよね?」

「うぐっ」

 文姉の指摘に、僕は言葉を詰まらせるしか無かった。
 確かにサーペントの構造上、脚鎧は塞がれてしまうので増幅加速も増幅強化も使えない。
 腕鎧は空いているけど、加速させるとバランスがとれなくなるので使い勝手はむしろ悪化している。
 つまり、素の状態で攻撃するしか選択肢は無いワケだ。そして当然、威力の方は増幅出来ない分格段に下がってしまう。
 それでも一応、サーペントなりの利点も無い事は無いはずだけど……ぶっちゃけ、そこまでして使う理由も特にないと言うか。
 ――なんだろうネ、このお呼びじゃない感。
 取り損ねたイベント武器を回収しに前の村へ戻ったモノの、苦労した割に現行最強武器に勝る点が一個も無くて結局倉庫の肥やし行き。みたいな。
 
「おかしい。発想は悪くなかったはずなのに、何がいけなかったんだろう」

「強いて言うなら時期ですかね。考えた当時と今とじゃ、晶さんのレベルが違い過ぎるんですよ」

「僕には、それほど変わった自覚が無いんですけど」

「いやいや、変わってますよこの上なく。だから昔の失敗技を多少強化したとしても、結局の所は焼け石に水なんです」

「……幾ら強化しようが、所詮メラはメラって事なんですね」

 大魔王様の嘘つき。いや、その多少で信じられない威力になっている所が大魔王様の実力なんでしょうが。
 うん、全然関係無い話だったね。むしろただの現実逃避だよね。
 くそう、なまじ一発で成功したと思ったせいか、落ちた時のダメージが半端無く大きいぞ。
 皆も「やっぱり晶は晶だよねー」みたいな顔でなんか安心してるし! さすがの僕もかなり悔しい!!

「ええいっ! こうなったら続けざまに第二弾、行きます!!」

「二回目も期待しておりますわ~、わくわく」

 厄神様から不吉な応援を頂いた僕は、次のスペルカードの準備に取り掛かった。
 まずは前方に向かって氷の粒をばら撒き、風でそれを全体へと広げる。
 氷を気でコーティングしているためとても綺麗だが、乱反射してるせいで目眩が起きそうなのはちょっと頂けない。
 
「準備は万端、後はこれで!」

 鏡と化した氷は、角度を変えくるくると風の流れを巡っている。
 そこに僕は、弱体化上等で無数のマスタースパークを叩きこんだ。



 ―――――――三稜鏡「プリズムマスタースパーク」



 たくさんの細い閃光が、氷鏡に弾かれその軌道を変えていく。
 これぞスペルコピーで覚えたマスパを何とか別の遣い方出来ないかとアレコレ考えて生み出した必殺技、プリズムマスタースパークだ。
 マスタースパークの特性である高威力が失われた代わりに、予測不可能な軌道による変幻自在な攻撃を可能とした僕向きのスペルカードである。
 これははっきり言って自信作だよ! 今まで何で封印してたのかが分からないくらいにね!!
 ……あれ? そういえば、どうして僕はコレを今まで使わなかったんだっけ? これも最初の頃に考えたヤツなのに。

「あ、思い出しぶばっ!?」

「おお、曲がった光のうちの一つが真っ直ぐアキラの顔に」

「久遠殿は、何と言うか神に愛されているなぁ」

「厄神御用達です~」

 ちなみにこの技の欠点は、使ってる本人にも軌道が予測不可能な事。
 光の屈折率を即興で計算出来れば使えるんだろうけど、生憎そんな高スペックな脳味噌を僕は持ち合わせていないワケで。
 ……一発一発の威力低くて良かった。本来の威力だったら確実に鎧の効果使ってたよ。
 僕はクロコゲの顔を叩きながら、出来る限り無表情で立ち上がった。

「第二弾へのコメントは必要ですか?」

「武士の情けで勘弁してください」

 文姉の、慈悲をたっぷり込めた声がひたすら痛かった。
 ビッグマウスを叩くなら、最低限の確信は持つべきだったよね。ううっ、生温かい視線に死にたくなる。
 さらに問題なのは、今ので完全にネタがつきてしまった事だ。
 これだけ綺麗にうっかりをかまして「ネタギレです、てへっ☆」とか言ったらどうなるか。
 とりあえず、雛さんはテカテカになる。幸せそうな顔でテカテカになる。間違いない。
 とにかく頭をフル回転させて、話を変えるなり第三弾を思い付くなりしないと。何か無いか、何か無いか、えーっと。

「あ、そうだ。皆さんにちょっと聞きたい事があるんですが」

「別に構いませんが……今、『そうだ』とか言いませんでしたか?」

「気のせいと言う事にしてください。それで文姉、教えて欲しいんですけど――スペルカードの声を聞いた事はありますか?」

「ありますよ」

「えっ、どんな時に!?」

「〆切ギリギリ徹夜三日目の状態で、新聞が真っ白な時に小人さんとお話している所を見ましたね」

「それは完全に幻聴ですね」

 どっちもどっちだと言われると返答に困るけど、それは僕の求める方向性とちょっと違う気がします。
 と言うか、小人さんってダレ? それも幻覚なんだろうけど、幻想郷だとガチで居そうだから判断に困るんですが。

「あれ、前に言ってた話と違うね。ちっこいアキラ達が頭の上でラインダンスを踊ってたんじゃ無かったのかい?」

「それは三週間前の修羅場ね。今言ってるのは半年前の修羅場の話よ」

「お願いですから文様、新聞作りは計画的にお願いします。……駆り出されるのは私なのですから」

 それは酷い。色んな意味で酷い。
 が、進めたい話題とは全然関係ないので無視させてもらう。
 ゴメンね、後で埋め合わせはするからね。
 具体的に言うと、「仕事してる文姉カッコイイ!」って定期的に言う様にするから。ついでにねーさまにも言っとくから。
 だからとりあえず、今は僕の話を聞いてください。

「まぁ、真面目に返しますと答えは「一応イエス」ですよ。もっとも聞いているのは、スペカの声でなく風の声ですがね」

「そういうのなら私も良く聞くよ、自分の作った機械の声をね! 皆可愛い私の……え、能力の声? まぁ、聞くっちゃ聞くかな。あんま気にした事無いけど」

「私はある意味、ずっと厄の声を聞いている様なモノね~」

「私は……そう言った声を聞いた事は無いな。うう、未熟者ですまない」
 
「うーむ、皆結構聞いてるんだなぁ」

 ちなみに僕は、氷の声も風の声も聞いた事が無い。椛の事をどうこう言えない未熟っぷりである。
 それなりに努力してるつもりなんだけどねぇ。圧倒的な経験値の差は、さすがに如何ともしがたいって事か。
 ……しかし、僕の状況とはやっぱりちょっと違う気がする。そもそも僕が聞いたのは、能力の声じゃ無くてスペルカードの声だし。
 いや、でもしょうがないのかな? あのスペカには対応する能力なんて無いもんね。

「ところで、晶さんが声を聞いたスペルカードってなんなんですか?」

「天之尾羽張です。今のところ、声を聞いたスペルカードはそれだけですね」

「噂の神剣かぁ。……思いっきり野次馬根性で聞くけどさ、どんな感じの剣なんだい?」

 ワクワクと、期待に満ちた目で僕を見つめるにとり。
 他二人も何か微妙に興味を示してるし、どういう噂を聞いているんだろうか。
 そういうハードルの上げ方は、後々ガッカリされそうなので遠慮したいんですが。そんなに凄くないよ?
 
「ふむ……丁度良いですね。ちょっと使ってみて貰えませんか」

「ほへ?」

「どうせ晶さんの事ですから、有事の際以外は使おうともしなかったんでしょう? 出すだけでも何か違うでしょうし、パパッとお願いしますよ」

「なるほど、その発想は無かった」

「……久遠殿、普通はその発想が真っ先に来ると思うぞ」

 分かって無いなぁ、椛サン。奥の手は出し惜しみするからこそ意味があるんですよ。
 と言うか、普段から出し渋って無いと僕の場合、本当にどうでも良い事で使いかねないから困る。
 何しろデメリットが「超威力過ぎて手加減不可能」くらいで、ただ使うだけなら他の何よりも簡単という厄介な仕様だ。
 多分、気楽に使う様になったらヤブ蚊が鬱陶しいとかそんな理由で使う。絶対に使う。
 そんでもって地面に突き刺して蚊取り線香代わりにしかねない。僕ならそれくらいの事やらかす、絶対にやらかす。
 ああでも、普通に突き刺したら地面抉れちゃうか。やっぱりこの場合、ハエ取り紙みたいに柄をつるして――ってそうじゃなくて。
 どんどんずれ始めた思考を修正して、僕は懐からスペルカードを取り出した。アレ以来ずっとそうだけど、出すだけでは反応らしい反応は特に無い。

「それではまぁ、パパッとやっちゃいますね」

「よっ、待ってました!」

 にとりから良く分からない合いの手を貰いつつ、僕はスペルカードを発動させる。
 光輝く神剣は、どうでも良い事で呼ばれたにも関わらず煌々と輝いていた。
 ふーむ。やっぱり声らしい声は聞こえないなぁ。
 心無しか、意思の様なものが有る様な無い様な気はするんだけど。それすらも事実か気のせいか分からないと言うネ。

「すいません、やっぱり良く分かんないで――何してんの皆」

 僕が顔を向けると、何故か文姉以外の三人が彼女の陰に隠れていた。
 もちろん雛さんは近づけないので、僕の視界に入らない様移動しているだけだけど、隠れている事に違いは無い。
 何で僕、こんなあからさまに警戒されてるんですか? と言うか何さ、その不機嫌な幽香さんに遭遇したみたいな怯えた顔は。

「ちょ、アキラ止め。それこっちに向けないで。怖いんだけど」

「はぁ? 怖いって……これが?」

「す、スマン。久遠殿に害意が無いのは分かっているのだが、凄まじい力にどうしても気後れしてしまって」

「お願いくろーさん、その剣を私に向けないで~。私の厄が‘喰われて’しまうわ~」

 何を馬鹿な。と笑い飛ばすには皆の反応が深刻過ぎた。
 呑気の権化みたいな雛さんですら冷や汗を流しているのだから、神剣から感じる力は相当ヤバいのだろう。
 と言うか斬れるんだ、厄。切れ味良過ぎるってレベルじゃねーぞマジで。
 しかし皆がそこまで言う程の危険を、正直なところ僕はあまり感じなかったりする。
 いやほんと、何でもスパスパ斬る性能が無ければ炬燵に入りながらテレビの電源切るための棒代わりにするくらい平気なんですが。幻想郷にテレビ無いけど。
 この意識の差は何なんでしょうね? 危険感知能力に関しては、他の皆にも劣って無いと思うんだけどなぁ。

「ちなみに平然としてる文姉の感想は如何なもんですかね。意外とショボいとか?」

「いえ、むしろ想像以上に凄くて内心かなりビックリしてます。相手が晶さんで無ければ首を跳ね飛ばしてたくらいに」

「……驚きの度合いが良く分かりませんが、久遠晶で良かったとは思いました」

 真顔で怖い事を言う文姉の言葉に、苦笑を返す事しか出来ない無力な僕。
 結局神剣を消すまで、全員の警戒が解ける事は無かった。





 ―――やっぱり、これは出し惜しむべき切り札なんだねぇ。色んな意味で。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「前回あまりにも短かったので、今回は拡大拡張版で行かせてもらいます。山田です」

死神A「いえ、単に質問が多いだけですよね。死神Aです」

山田「ただし返答に文字数がかかるモノが多いので、ここらへんのやり取りは巻きで行かせて貰います。さぁサクサク行きましょう」

死神A「……あれ? おかしいな、前回とさほど変わって無い気がするんですが」


 Q:晶君と幽香りんの戦闘跡。最初に大きな窪地が作られ、以後はその中で戦ってたように読めるんですが、それで合ってますか?


山田「だいたいそんな感じですね。ちなみにこれは、風見幽香苦肉の策でもあったりします」

死神A「苦肉の策ですか?」

山田「はい。被害が甚大になる事を察した風見幽香が、常に窪地内で戦う事によって最小限の被害に抑えたワケです」

死神A「もしも窪地の外で戦ってたらどうなってたんですか?」

山田「太陽の畑が更地になってましたね」

死神A「うわぁ……それは酷い」


 Q:晶の二重のきw…ゲフン、フィストを真っ正面から受けて耐えきれるのって現登場キャラのなかでどれだけいるんでしょう?


山田「わざわざ「真正面から」とか「現登場キャラの中で」とか、条件を限定している所が素敵ですね」

死神A「思いっきりメタ視点から評価するのは止めてください山田様」

山田「本当は能力ありきの方が、分類し易いのは秘密ですが」

死神A「……フリだと思われますよ?」

山田「さすがに応えませんよ? と言うワケで、耐えきれる人を箇条書きにしてみました」


○HPフィスト耐えきれる人一覧表

 全然余裕……風見幽香 紅美鈴 レミリア・スカーレット フランドール・スカーレット
       八坂神奈子 洩矢諏訪子 八意永琳 四季映姫ヤマザナドゥ

 痩せ我慢は出来る……射命丸文 アリス・マーガトロイド 上白沢慧音 鈴仙・優曇華院・イナバ
           魂魄妖夢 西行寺幽々子 八雲紫 八雲藍 小野塚小町

 無理……河城にとり メディスン・メランコリー 十六夜咲夜 パチュリー・ノーレッジ 小悪魔
     因幡てゐ 大妖精 犬走椛 鍵山雛 秋姉妹 東風谷早苗 プリズムリバー三姉妹
     博麗霊夢 霧雨魔理沙 ルーミア リグル・ナイトバグ ミスティア・ローレライ 橙
     
 リセットします……蓬莱山輝夜 藤原妹紅 チルノ 稗田阿求


死神A「無理が多いですね……」

山田「能力抜きならこんなものです。ぶっちゃけ、能力ありきだと半分以上が別の所に行きます」

死神A「と言うか、八雲紫でも痩せ我慢する事になるんですか」

山田「天晶花の八雲紫は基本能力頼みですからね。むしろ能力抜きで耐えられてる所が実力者たる由縁でしょう」

死神A「そして余裕の所には守矢の二柱両方が」

山田「武闘派神様の八坂神奈子が行けるなら、それとタイマンした洩矢諏訪子も行けるだろう。と言うのが作者の弁です」

死神A「なるほど。……そしてやま――映姫様も余裕と」

山田「閻魔ですから。ラディッツまでなら相手にもなりません、えっへん」

死神A「いや、その例えはどうでしょう」

 
 Q:晶君のスペルカード早見表が見たいです。


山田「作者がリアルに「マジかよ……」と頭を抱えた質問です」

死神A「無節操に覚えてきましたからねぇ」

山田「ちなみに第二期のキャラ紹介でスペカ欄が消えているのは、作者が管理するのがキツかったためです」

死神A「そんな事実を告げられても」

山田「まぁ、来ちゃったモノは仕方ないのでサクサク片付けることにしましょう」

死神A「……頭抱えた割に軽いなぁ」

 
○晶君スペルカード一覧(天晶の章拾弐時点)

  チルノ、紅美鈴、射命丸文のスペカほぼ全種
  転写「アグニシャイン」
  転写「マスタースパーク」
  転写「フォーオブアカインド」
  未満「殺人ドール」
  幻想「ダンシング・フェアリー」
  幻想「ペネトレイション・サーペント」
  零符「アブソリュートゼロ」
  魔槍「スピア・ザ・ゲイボルク」
  紅夢「スカーレットバタリオン」
  神剣「天之尾羽張」
  「幻想世界の静止する日」
  反則「幻想の終わり」


山田「多分、入って無いのが多々あります」

死神A「ぶっちゃけた!?」

山田「ちなみに、上位互換スペカに切り替わったモノや面変化時のスペカは記載して無いのでご注意ください」

死神A「フリーズ・ワイバーンとかスカーレットカンパニーとかですね。……そういえば、鈴仙のスペカは無いんですか? 狂気の魔眼持ってますよね?」

山田「真面目に答えると、晶君が魔眼の補助的な使い方しか知らないためです。直接攻撃に転用できないワケですね」

死神A「不真面目に答えると?」

山田「どのスペカが魔眼の力だけによるモノなのか正直わかんにゃい」

死神A「……左様でございますか」


 Q:ペネトレイション・サーペント…また懐かしいものを。そういえばアレはどの辺がサーペントなんでしょうか。


山田「氷翼が螺旋状に絡まって、蛇の胴体みたいになってる所がですね。まぁ、サーペントである必要性は無いんですが」

死神A「無いんですか」

山田「ありません。ぶっちゃけた話、初期のオリジナルスペカはある規則性に基づいて作られているので、そういう所ワリといい加減だったんですよね」

死神A「規則、と言いますと?」

山田「幻想「技を表す単語・幻想の生き物」の法則です。初期三つのスペカは、全てこのルールで名付けられています」

死神A「ダンシング・フェアリーにフリーズ・ワイバーン、そしてペネトレイション・サーペント……そういえばそうですね」

山田「もっともコレは「スペカはキャラ事に統一されている」と思い込んでいた時期の話なので、すぐに変わってしまいましたが」

死神A「別に統一性があっても良いと思いますがね? マーガトロイドとかスペカ名ほとんどが人形じゃないですか」

山田「ぶっちゃけネタ切れだったんだよ。言わせんな恥ずかしい」

死神A「……それは本当に恥ずかしいですね」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 天晶の章・拾参「指向錯誤/レイズするにはまだ早い」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/08/23 00:01


「しっかし、アキラも強くなったねぇ。……もう面変化とか要らないんじゃないのかい?」

「確かにそうですよね。気の増幅による強化と加速で、二つの面の良い所取りが出来るワケですし――いっそ記憶から消しちゃったらどうです?」

「いやいやいや、その代わり防御力がガタ落ちするからね? 総合力ではまだまだ面変化の方が上ですって」

「能力を特化させる技に、総合力で負けてどうすると言う気もするがな。どうせなら、平時の能力だけでなくそちらの強化も試みたらどうだ?」

「うーん。そっちは元ネ……もとい完成形が出来てるからさ。どうしてもそこから発展させにくいと言うか何と言うか」

「相変わらず往生際が悪いねぇ。素直に文と幽香を参考にしたって言ったらどうだい?」

「完全オリジナルです」

「……まぁ、今さらツッコミませんけどね。本当に面変化は、あれで‘完成形’なんですか?」

「ほへ?」

「変化後の行動や言動は、最初の頃と比べたらかなり変わっています」

「確かに。四季面とか、いつの間にかエセお嬢様口調になってますもんね」

「つまりそれは、元が何であれ変われる余地が残っていると言う事です。挑戦してみる価値はあると思いますよ」

「なるほど……言われてみればそうですね。ちょっと考えてみます」

「ええ、頑張ってください。――それはもう、元ネタの影が完全に消えてなくなるくらい派手にアレンジすれば良いと思いますヨ」

「文、落ち着きなって。目が据わってるよ」

「厄いわ~。実に厄いわぁ~」





幻想郷覚書 天晶の章・拾参「指向錯誤/レイズするにはまだ早い」





 結局、視界内にあると皆が落ち着かないと言う事で、神剣は出て早々御退場と相成ってしまった。
 消す寸前の神剣が寂しそうに輝いていたのは、多分気のせいだと思いたい。
 そして、神剣を間近で見た皆の感想は――ワリと散々だった。

「使わない方が良いと思う」

「正直、使って欲しくは無いな」

「……捨てたら~?」

 何と言うか、自分を批判されたワケでも無いのに心が痛い。
 確かに神剣は超威力で、何でも斬れて、手加減出来ないけど――その、これでも元のスペカよりは大人しくなったんですよ?
 そりゃあ、それでも大概の相手には危険過ぎて使えない技だけど。
 ぶっちゃけ僕自身、神剣を使いこなせてるワケじゃないけど。
 と、とにかく! そんな頭ごなしに否定する事は無いと思うよ! 羅列してたら自分でもダメな気がしてきたけど!!

「ふむ……晶さん的には、それほど危険な感じがしないワケですよね?」

「ええまぁ。使う相手を選ぶ必要はあると思っていますが、使用禁止を言い渡される程危ないとは」

「どこから出てくるんだい、その意味不明な自信は」

「どこからでしょうネ。ぶっちゃけ僕にも分かりません」

「そこは分かっていて欲しいのだが……」

 と、言われましても。本当に根拠無くそう思っているんだからしょうがないかと。
 何でだろうねぇ。今まで幾度となく、僕の命を――フランちゃん率高めだけど――守ってくれたからだろうか。
 
「……ひょっとすると、その神剣には通常のスペカとは違う‘何か’があるのかもしれませんね」

「何か、ですか?」

「晶さんが神剣の声だけを聞いたのも、その‘何か’が関係しているのかもしれません」

 確かに、神剣は少々特殊な成り立ちのスペルカードだ。
 しかしこれだけが『特別』かと言われると……少々、首を傾げてしまう。
 そもそもコレ、「幻想世界の静止する日」のダウングレード版スペカだからね?
 その理屈が通るなら、僕にはそちらの声も聞こえてくるはずである。
 ……そっちはあまり聞きたく無いなぁ。何か、どうでも良い事で使えとか言い出しそう。

「その『何か』に関係しているかどうかは分からんが、神剣について一つ気付いた事がある」

「おおっ、椛頼りになる! どうぞ!!」

「いや、そう期待されても困るぞ。私には久遠殿の神剣が、スペルカードでは無く本物の‘剣’の様に見えたと言うだけの話なのでな」

「スペルカードじゃ無くて、本物の剣?」

「うむ。名妖問わず、優れた刀は意思に近いモノを持つと聞く。ならば規格外の力を持つ久遠殿の神剣にも、『剣としての意志』があるのでは無いのだろうか」

「剣としての意思、ねぇ」

「……すまん、偉そうな事を言った。ロクに剣の声も聞けない未熟者の言葉では無かったな」

「へ? いやいや、別に椛を非難したワケじゃありませんよ? むしろソレ、限りなく正解に近い答えだと思ってるんだけど」

 なるほどその発想は無かった。だけど、面白い着眼点かもしれない。
 その考えで行くと、スペルカード「天之尾羽張」とはつまり神剣という『武器』を召喚する技になる。
 なんちゃって伝説の武器であるスピア・ザ・ゲイボルクと違って、歴史こそ無いモノの神剣の力は間違いなく本物だ。
 作り手が僕である事を差っ引いても、神代の武器――神器と呼んでも差支えないかもしれない。
 うーむ。何れは僕の手を離れて、伝説の勇者様あたりに使われる様になるのかなぁ。
 だけど切れ味があり過ぎて使えないから周りを特殊な金属で覆ったら、頑丈なだけのちょっと良い剣になっちゃって本末転倒化、みたいな。
 ……何人が分かるんだろう。今のネタ。

「伝説の武器ですか。――晶さんが非業の死を遂げそうで怖いですね」

 うん、まぁ確かにその手の武器を授かった英雄の最後は総じてアレですよ?
 だけど今時、神々の黄昏は流行らないんじゃないだろうか。
 超越的な能力を持った英雄が、単騎で無双する時代は終わったのだよお姉ちゃん。
 だからそういう振りは止めてください。洒落にならないです。
 まぁ、幻想郷は未だに英雄無双時代だけどね! ……幻想世界を二分する、大戦争が起きない事を祈っておこう。
 
「つまり晶は『神剣に選ばれた英雄』って事かぁ。ここまで似合わない称号も中々無いね」

「自覚はあります。……だけどさ、自分で作ったモノに改めて選ばれるって事あるのかなぁ?」

「あるのではないか? 作っただけで選ばれると言うなら、優れた刀鍛冶は皆稀代の剣豪と言う事になるだろうしな」

「選ばれても、使いこなせるとは限らないけどね~」

「………うぐぅ」

 くそぅ、雛さんめ。痛い所を付いてくるな。
 この説が正しいとすると、チラッとしか声の聞こえなかった僕は現状神剣を使いこなせて無いと言う事になる。
 そうだよねぇ。適当に振り回しているだけじゃ、使いこなしてる事にはならないよねぇ。
 だけどどうすれば良いんだろうか。伝説の武器に認められる方法なんて、僕は知りませんヨ?

「そういえば晶さんって、剣術に対してはノータッチでしたね。体術で修めているのは、棒術と拳法くらいですか?」

「そうですね、後はナイフと暗器と……ああ、御幣も一応使えますよ? 本職じゃ無いので効果薄ですが」

「……そこまで出来て、剣だけからっきしと言うのはある意味凄いですね」

 いやいや、一応僕も最低限の心得は持ってますからね? 
 もっとも体育の選択科目で習った剣道の心得なので、実戦オンリーの幻想郷で自慢は出来ませんが。
 前に妖夢ちゃんと剣でやりあった時も、使ったのは結局時代劇のモノマネで覚えたなんちゃって剣術だったしなぁ。
 まぁ、アレは剣の腕前に全く関係しない内容だったから、除外しても良い気がするけど。
 ぶっちゃけた話、授業で習った中段構えより某将軍がやってる八双構えの方が馴染み深いんだよね。……あの将軍様、凄い好きだから。
 そもそも僕が剣道を選んだのも、柔道誘ってきた同級生の目が怖かったからで――うん、これは関係無いから忘れようか。
 
「この際、晶も剣術を習ってみたらどうだい? 丁度良い事に先生もいるしね」

 にとりの言葉で、全員の視線が一人に集まる。
 注目された人物――椛は、しばらく唖然とした後慌ただしく首を左右に振るった。
 
「む、無茶を言わないでくれ! 私の様な未熟者が他人に何かを教える等と」

「なぁに、基本を教えてやれば良いだけだよ。これなら命の危険も無いから安心だろう?」

「むぅ……し、しかしだな、格下の者に教えを請う事を、久遠殿が了承するか――」

「いつだって僕の中では、僕自身が最下層ですよ! と言うワケで教えてくださいお願いします!!」

「晶さんは死んでも直らないほどの意地っ張りだけど、プライドはウスバカゲロウの翅の如く薄いからその手の言い廻しは通じないわよ」

「ふぁ~いと、お~」

「ううー……基本だけ、だぞ?」

 全員からの説得? を受けて、椛が渋々と頷いた。
 しかし尻尾がピンと立って小刻みに揺れている所を見ると、内心ではやる気満々なのかもしれない。
 そんな心中の興奮をあくまで表情上は隠しながら、椛は僕に最初の練習内容を告げた。

「ではまず、軽く手合わせと行こうか。久遠殿の腕前も知っておきたいしな」

「しょ、正気かい椛!?」

「弾幕ごっこならともかく、純粋な剣術なら私にも抵抗の余地はあるからな。それに、久遠殿には力を制する技と言うモノを知って貰う必要がある」

「お、お手柔らかに~」

 やっぱり自信のあったらしい椛が、ニヤリとした笑みを僕に向ける。
 いやまぁ、それは別に構わないんだけどね? 教わる方としても心強いワケだし。
 だけど、その後に続く言葉にはどういう意味があるのでしょうか。
 ひょっとして椛の中では、僕ってパワータイプに分類されてたりするの? フンガーとか言ったりしちゃってるの?
 一応、それなりに知力は使ってるつもりなんだけどなぁ。何がダメなんだろう。……四季面のせいかな。

「そういう事なら、はい。剣代わりにどうぞ」

 そう言って文姉が渡してくれたのは、何の変哲もない明らかにそこらへんで拾ったのが分かる木の棒だった。
 何故文姉はこんなものを渡してきたんだろうか。僕も椛も、自前の武器を持ってると言うのに。
 いや待て、何もないと断じるのは早計かもしれない。ひょっとしたらこの棒には何か特別な力が――ないね。やっぱりただの棒っきれだ。

「下手な武器を使って、椛を撲殺されても困りますからね。型を確かめるだけならこれで充分でしょう」

「あっはっは、そんな大袈裟な」

「ああ、それと晶さんは気で棒を強化するのも禁止です。椛が死にます」
 
「そ、そんな大袈裟な」

「ただの氷ですら鋼鉄並に強化出来て、しかもそれを岩をも砕く腕力で振りおろせる人が、何戯けた事を言ってるんですか」 
 
「……棒っきれで頑張ります」

 ああそうか、気で強化した時点で氷でも木の棒でも一緒なのか。
 肉体強化を止めると練習にならないし、そうなると武器をショボくするしかないよね。
 
「何と言うか。こういうやり取りを聞くと、私と久遠殿の実力差を改めて思い知らされるな……」

「まぁまぁ、剣術なら椛の独壇場なんだしさ。バシッと先輩として良い所見せてやりなって」

「先輩として――うむ、そうだな!」

 貰った棒を軽く振ったり歪めたりしていると、椛が真正面に立って木の棒を正眼に構えた。
 彼女は珍しく自信に溢れた顔で、僕に同じ構えを取る様に視線で促してくる。
 おお、椛ったらやる気満々じゃないか!
 頼もしい彼女の姿に笑みを返しつつ、僕も木の棒を中段で構えた。

「さぁ、久遠殿。どこからでもかかってくるが良い!」

「それじゃあ遠慮なく」

 大地を蹴って、僕は椛へと肉薄した。
 新しい鎧になってから増幅加速ばかりしていたせいだろうか。以前よりも、冷静に周囲の景色が見れる様になった気がする。
 成長が実感できた様で嬉しい反面、人外っぷりを再認識したみたいでちょっと憂鬱。今だって大分速いんだけどなぁ。
 
「ふっ、甘いな!!」

 それなりの速さで近付いたものの、きっちり反応した椛は防御を固めてくる。
 一方こちらは、攻撃のために剣を振りかぶった状態だ。
 このまま真っ直ぐ突き出しても、防がれるのが関の山だろう。
 さすが、剣術なら負けないと言うだけあるね。あっさりこっちの動きについてくるなんて。
 しかしこのまま、振りかぶった状態で距離を取ってもしょうがない。
 僕は覚悟を決めて、全力で剣を振り下ろした。

「てりゃりゃーっ!!」

「へ?」

「あやや」

「あらら~」

「―――え?」

 スパン。と軽い音がして振り切った木の棒が揺れる。
 上段を守っていた椛は、呆然と棒を当てられた‘胴体’を眺めていた。
 
「……今、出鱈目な軌道で頭狙いの剣が胴に行かなかったかい?」

「あはははは、何と言いますか。色々と必要に迫られて覚えましてね」

 具体的に言うと、フランちゃんの教育係になってからすぐの話だ。
 毎回バトルロワイヤルと言う過酷な状況で生き延びるため、僕は「全力で攻撃した腕の軌道を無理矢理変える」事を覚えたのだった。
 本来は、同時攻撃を弾く為に使う技なんだけど……こういう使い方も出来たんだねぇ。びっくり。
 とは言え、当てる事のみが重要な練習ならともかく、実戦では使い辛い技である。これを応用させるのは中々難しいだろう。……腕も痛くなるし。
 神剣なら当てるだけでオッケーだから上手く使えそうだけど、そういう状況になっているって事は使いこなせて無いって事しなぁ。
 うーん、難しい。……あと、椛さんがいきなり体育座りを始めたんだけど、これはどういう意味なんでしょうか。

「も、椛サン? どうしました?」

「ふふ、ふふふふふ。結局実力の差と言う奴は、如何ともしがたいモノなのだな……」

「いやいや、えーっと、その、アレはさ」

「何も言わなくて良いさ、にとり殿。私程度の腕前で、久遠殿に張り合う事自体が間違っていたのだよ。ふ、ふふ、何が先輩だ。何が」

「その、結果はこんな事になっちゃったけどさ。それでもまだ教える事は出来ると思うんだよ! ほら、剣の振り方とか体裁きとか」

「久遠殿の動きを見切れなかった私に、出せる助言があるモノか。……すまないが、これ以上は勘弁してくれないか」

「厄いわ。凄く厄いわ~」

 これはダメだ。椛の心が粉砕骨折してる。
 何と言って慰めようかと僕がオロオロしていると、沈痛な表情の文姉が静かに僕の肩に手を置いた。

「ダメですよ晶さん。勝者が敗者にかける言葉なんて何もないんですから」

「そ、そういう問題なんですか?」

「そういう問題なんです。結果的に、椛のプライドはズタズタになったワケですしね。……そんな彼女に、晶さん何か言えますか?」

「……何も言えません」

 椛も剣士だから、同じ条件でド素人に完敗って言うのが相当応えたんだろうなぁ。
 僕はその手のプライドを欠片も持ってないから、残念ながら共感する事は出来ないけど、まぁ何となく気持ちは分かる。
 これで僕が「大丈夫! 椛は充分凄いから!!」とか言っても、嫌がらせ以外の効果は発揮しないだろうね。
 うう、一応僕は悪くないんだけど、かなり罪悪感が。

「安易に椛に教われと言ったのは私らだからね。フォローは私らに任せてくれないかな」

「ごめん、にとり。お手数かけます」

「謝らなくても良いんですが……とりあえず晶さんは、ほとぼりが晴れるまで他の人に剣を教わって貰えませんか?」

「他の人ですか? 他に誰か、剣を使う人っていましたかね」

「居たでしょう。腕前だけなら椛よりずっと上な半人前が」

「……ああ、妖夢ちゃんですか」

 そういえば居た。ついうっかり除外してしまったけど、他にも確かに剣の達人が一人居た。
 だけど、妖夢ちゃんかぁ……いや、別に彼女が悪いワケじゃないんだけどね?
 彼女に物を教わるには、ちょっと尊敬され過ぎてると言うか何と言うか。

「――最早ここまで! 皆様、お世話になりました!!」

「うわぁ! 椛が短刀を取り出した!!」

「落ち着いて~、いのちをだいじに~」

「ああもう落ち着きなさい椛! ほら晶さんも、とっとと行く!!」

「は、はいっ!!」

 どたばたと慌ただしいその場を後にして、僕は氷翼で飛び上がる。 
 物騒な会話が続く中、僕に出来たのは椛が切腹しない様に祈る事だけだった。





[27853] 天晶の章・拾肆「指向錯誤/向こう見ずなブラインド・ベット」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/08/30 01:27


「ふっ! はっ!! ふっ!」

「あら、妖夢ったらまた素振り? 最近とみに頑張っているわねぇ」

「はいっ!! 晶さまほど素晴らしい御方でも、努力を重ね精進しているのです! 私も負けてはいられません!!」

「………そうねぇ」

「せめて一太刀、次の仕合で晶さまに当てられるよう努力せねば!」

「一太刀当てられた時点で、貴方の勝ちは決定なのだけどね」

「はい? 幽々子様、何か言いましたか?」

「何でも無いわ。ふふふっ、頑張りなさいね。――次もきっと苦労するから」

「分かっています!! 晶さまはすでに、紫様に勝利する程の力量に達しているらしいですが」

「……まぁ、結果的にはそうなるかしらね」

「私も非才ながらこの身で全力を尽くし、喰らいついて行こうと思っております!!」

「良い覚悟ね。だけどそこは、はっきり勝つと言って欲しかったわ」

「そ、そそそ、そんな、滅相も無い! 私程度が晶さまに」

「はぁ……まだまだ、妖夢の勝利は遠そうね」





幻想郷覚書 天晶の章・拾肆「指向錯誤/向こう見ずなブラインド・ベット」





 どうも、逃げるように妖怪の山を後にした久遠晶です。
 椛の自信を粉砕した僕は、文姉の言うとおり白玉楼に――は向かわず、麓の茶屋で呑気にお団子を食べていました。
 こらそこ、リストラされた親父が出社するフリをして公園でアンパン食べてるみたいとか言わないの。
 こっちだって好きでサボってるワケじゃないのだ。これでも、最低限の勤勉さは持ち合わせているつもりなんデスよ?

「うーん、どうしたもんかなぁ」

 団子を口に含みつつ、僕は頭を抱える。
 相手が妖夢ちゃんじゃ無ければ、何の躊躇いも無く教われたんだけど……困ったもんだ、どうしようか。
 ちなみに一応言っておくが、彼女に師事されるのを躊躇している理由はプライド云々の問題では無い。
 そんなもんがあるなら、椛に教わるのだって遠慮しただろうしね。
 問題なのは、妖夢ちゃんの中で強固に固まりつつある『理想の久遠晶像』だ。
 あれがある限り、僕は妖夢ちゃんに剣を教わる事が出来ないだろう。――だって、彼女の中では教わる必要が無いんだから。
 本当はとっとと修正したいんだけどねぇ。しかし、当の本人が聞きいれてくれるかどうかかなり怪しいから参るのだ。
 妖夢ちゃんは別に、物分かりが悪いワケでも頑固と言うワケでも無いんだけど……僕の言動を、一種の謙遜だと思ってるからなぁ。
 あの有無を言わさないキラキラ笑顔と尊敬の言葉は、かけられる言葉のデフォルト設定が基本罵倒である僕には辛いモノがあるんデスよ。

「困った困った……お団子お代り」

「あいよ! それにしてもお客さん、良く食べるねぇ」

「美味しいモノなら幾らでも入りますからねー。いやぁ、繁盛してるだけあってお茶もお団子も美味しいです」
 
「あっはっは、ありがとうよ! これも八坂様のおかげさ!!」

 団子屋よりも八百屋か魚屋が似合っていそうな店主が、威勢の良い笑顔を浮かべて僕の言葉に頷いた。
 なるほど、繁盛しているのにはそういうワケもあったのか。
 確かに人里から守矢神社へ向かう気ならば、余程捻くれたルートを選ばない限りここを通るだろう。
 狙ったのか偶然そうなったのか、ここは参拝客の良い休憩場所になっているようである。
 そういえば、ここのお客の年齢層はわりと高めだね。ご老人多めだ。

「むぅ……参ったのぅ」

「どうしたんだい爺さん? ぎっくり腰なら上白沢の先生を呼ぶぜ?」

「ううむ、実は――財布を落としたようでな」

 等と呑気に店内を観察していたら、隣で優雅に草餅を食べていたお爺さんが困り顔でそう店主に告げた。
 外見年齢は、少なく見積もっても六十を過ぎているだろうか。
 腰まで真っ直ぐ伸びた長髪と豊かに蓄えられた口髭は、初雪の如く白色で艶めいている。
 格好は、幻想郷では逆に珍しいスタンダードな和装。
 腰に刺さった二本の刀と合わせて、基本にして王道の剣豪と言った印象を受ける。
 ……ところで、帯刀って幻想郷じゃメジャーなのかなマイナーなのかな。
 たくさん居るお客さんは一人もツッコミを入れてないけど……腋メイドの僕だって完全スルーだからねぇ。良く分からないや。
 
「落としちまったんならしょうがないさ。ツケとくから今度来た時にでも払ってくれよ」

「心遣いはありがたいが甘える訳にもいかん。儂は明日をも知れぬ流浪の身じゃ、また来ると言う保障は出来んのじゃよ」

「気にしなさんな。こちとら守矢さんとこのお客様を相手にする前は、もっぱらアンタみたいな旅人を相手にしててね。期限の無い約束をするのも慣れたもんなのさ」

「しかし、この様な食い逃げ紛いなやり方は……」

「爺さんも頑固だねぇ」

 考えが脇道に逸れている間に、二人の会話は大分おかしな事になっていた。
 頑固に支払いを求める客と、遠回しにタダで良いと言う店主。
 ちょっと良い話である気もするんだけど、揉めてる時点で迷惑な事に変わりは無い。
 僕はお代りしたお団子を口の中に放り込むと、お茶を一気飲みして立ち上がった。

「店主さん、お勘定」

「お、あいよー! ……って、お客さん。お金ちょっと多いよ?」

「そっちのお爺さんの分、と言う事でお願いします」

 お爺さんが何かを言う前に支払いを済ませ、とっととその場を後にする。
 別に、たった今親切心に目覚めたとか、何か見返りを求めているとか、そういう事は特に無い。
 ただ何と言うか……あの手のお年寄りお年寄りした外見の人が困っている姿を見ていると、不安になると言うか。
 うう、悪かったね! こちとら人生の約半分を祖父に育てられた生粋のお爺ちゃんっ子なんだよ!!
 ああいう渋いお爺ちゃんの戸惑う姿を見ちゃうと、もう助けずには居られないの! ちょっとだけ爺ちゃんに似てたし!!

「お待ちくだされ、お嬢さん」

「あ、いえ、自分男です」

 予想通り追いかけてきたお爺さんが、予想もしなかった驚愕の表情でフリーズした。
 ……そうだった、僕の格好って異常なんだよね。
 久方ぶりのまともな反応に、僕も浮かべた愛想笑いを凍りつかせる。
 
「いや……その、き、君にも何か事情があるのだろう。うむ、生き方等人の数だけあるものだ、うむ」

 そして物凄い気を使われる始末。不本意でもお嬢さんを受け入れておけば良かったよ。
 引きつりまくったお爺さんの笑顔は、息子の趣味を何とかして理解しようとする父親のそれに似ていた。
 
「で、その、何か御用ですか?」

「おお、そうじゃった。おじょ――少年、見ず知らずの君に奢られるワケにはいかん。善意はありがたいがな」

「気にしないでください。変に言い訳すると長引きそうなので白状しますが、死んだ爺ちゃんに似てたんでうっかり助けちゃったんです」

「む、むぅ。そうなのか……」

 さすがに死者を持ちだされると断りの言葉も出せないらしく、お爺さんが困り顔で言葉に詰まる。
 しかし引く気はやっぱり無いらしい。すぐに表情を凛としたモノに変え、お爺さんは真っ直ぐ僕の瞳を見据えてきた。
 これ多分、僕に何か礼を返したいって顔だよねぇ。うん、何となくわかるよ。
 本人も言ってたけど、放浪の人だけあって恩義は出来るだけすぐに返しておきたいらしい。
 いやでもね? 誠実なのは良い事だと思いますが、本当にお礼とか要らないんですヨ?
 大食い大会の賞金まだ半分残ってるし、皆へのお土産とかで一気に散財させた貯金の残りも何故か紫ねーさまが換金してくれてたし。
 社会人になるまで渡す予定だった生活費他雑費に比べれば微々たるモノだって言われて、毎月ねーさまからお小遣いも貰っちゃってるし。
 ワリと現状、お金に困って無いワケなんですよ。
 ……本当は断りたかったんだけどなぁ、さすがにお小遣いは。幻想郷なら大してお金使わないしね。
 しかしあの笑顔の圧力は、僕にノーと言わせる事を許さなかったワケで。


 ―――閑話休題。
 

 とにかく、こっちとしては出来るだけスパッとお礼を断って爽やかに去っておきたい。
 受け取る受け取らないで揉めたら結局さっきと同じ流れになるし、何より受け取ったら負けた気がするからね! 何かに!!
 
「と言うワケで、失礼します!!」

「む、少年!?」

「本当に気にしなくて良いですから! じゃっ!!」

「――たーおれーるよー」

「へ?」

 無駄に相手を撒く為、妖怪の山への道を逆走までする手段を選ばない僕。
 坂道を駆け昇っていると、可愛らしい少女の声と共にワリと洒落にならない大きさの岩が転がってきた。
 思わず足を止め、僕は目の前に迫ってくる岩の大きさを確認する。
 ……あ、でも意外と小さい。サーペントで削った岩くらいだ。
 ひょっとしてこれが、妖精の仕掛けてくる下手すると死ぬレベルの悪戯なのかなぁと考えつつ、僕は拳を振りかぶろうとする。
 しかし手を出そうとする前に、僕の横を一迅の風が駆け抜けた。

「やれやれ。相変わらず妖精たちは、悪戯にも‘程度’があると言う事を理解しておらんな」

 そう言っていつの間にか僕の前に居たお爺さんが、抜刀していたらしい太刀をゆっくりと収める。
 転がってきた岩は半分になっており、綺麗な切断面を晒しながら森の中へと消えていった。
 えっとこれ、お爺さんがやったんですよね?
 ぶっちゃけ剣を抜く場面どころか、岩に接近する所すら見えなかったんですけど。
 と言うか、力の入れ所を間違えたら巻き藁相手でもポッキリ折れる日本刀で、あっさり岩をぶった切るってどういう事なの?
 もう何と言うか、分かり易い位にあからさまな達人である。これで一般人とか言ったら完全に詐欺の範疇だろう。
 しかも技量的な面で言えば、下手をすれば同じく達人級の美鈴や妖夢ちゃんより上手かもしれない。
 この人、何者なんだろう。いや、それよりも――

「っと、スマンな少年。余計な手出しをさせて貰った」

「お爺さん!」

「む、どうした?」

「――僕に、剣を教えてください!」

 この人なら、教えてくれるかもしれない。
 神剣が語りかけてくる、‘声’の持つ意味を。










 事情の説明を求められた僕は、天狗見習いとして培った土地勘を駆使し近くの滝壺までやってきた。
 滝と言ってもさほど勢いは強くないし、周辺も砂利の敷き詰められた平地となっているため、ゆっくりするには丁度良いだろう。
 僕はお爺さんに岩へ座る様促すと、剣を教えて欲しいと言った理由を説明した。
 
「なるほどのぅ。己が力と向き合うためにも、その神剣とやらを使いこなせるようになりたいと」

「はい! ……その、図々しいお願いである事は分かっているんですが、出来れば教えて頂けませんか?」

 お爺さんは間違いなく達人――いや、剣豪と言うべきか。
 とにかく、剣に人生を捧げたと言っても過言ではない人である。多分。
 そんな人に僕は、「剣のコツ教えてください。あ、弟子にはなりません」とか言っているのである。
 うん、今すぐ斬りかかられても文句は言えないよね。
 ……衝動的にお願いしちゃったけど、やっぱり無茶だったかなぁ。
 普通に考えたら、オッケーなんて貰えるワケ無いじゃん。うっかりうっかり。

「構わんぞ」

「え、良いの!?」

「いや、頼んだのは君じゃろう?」

 そうだけど、まさか普通に首を縦に振って貰えるとは思わなかったんですヨ。
 え、実はそんなに剣の道に生きて無かったりしますか? 
 定年退職後に趣味で始めたら、あっさり剣の奥義を極めちゃったとかそんな軽いノリだったりするんですか?
 ……さすがに、それは無いよなぁ。

「悪いが流派の技までは教えられんし、教える期間も数日が限界じゃ。しかし、剣の基本や流派の心得は儂が叩きこんでやろう」

「いや、技までは教わらなくても構いませんが……本当に良いんですか? 僕多分、剣術教わってもロクな使い方をしないと思いますよ?」

「分かっておるよ。君には剣を扱う才はあるが、剣士としての才能は無いに等しいからな」

「……それ、何か違うんですか? と言うか僕何もしてないんですけど、そういうのって見れば分かるもんなんですかね?」

「一見すれば、その人間がどれ程の技量を持っているかは大体分かるわい。だから先程言うただろう、『余計な手出しをした』と」

「あ、そういえば」

 なるほど、あの時点ですでに僕が岩を何とか出来ると分かっていたのか。
 そういや幻想郷でも上位の妖怪さん達は、僕の顔を見るだけでへぇとかほぉとか納得してたっけなぁ。
 僕は分からないけど、あるレベルを超えるとそういうのは自然と分かる様になるのかもしれない。
 剣の才能に関してはまぁ、否定すると椛に悪いから素直に受け入れておきます。
 僕って天才だったのか……そうか天才なのか、知らなかったぁ。とか何とか言っておきますとも。

「君ほど才能に溢れた人間は中々おらん。惜しむらくは、未だその才を扱い切れておらん事くらいか」

「返す言葉もありません。……でも、剣士の才能は無いんですよね?」

「無いな。何故なら君には‘剣に全てを委ねる’覚悟が無い」

 全てを委ねる、ね。剣以外の武器に頼らない――って意味だけじゃないんだろうなぁ。
 多分お爺さんが言いたいのは、例えどれだけ相性が悪かろうが自分の剣が通じなかろうが、最後の最後まで己が剣のみで戦うと言う覚悟なんだと思う。 
 確かにその覚悟は持ってないなぁ。どんな手を使おうが、僕は最終的に勝てれば良いワケだし。
 ……もちろん、勝利を成立させるために最低限の手段は選ぶけどね?

「誤解せぬ様言っておくが、儂はそれが悪い事だとは思ってはおらん」

「ほへ?」

「剣に拘らないと言う考えも、剣のみを信ずると言う考えも、どちらも間違いなく『強さ』じゃからの」

「そこに優劣は無い。と言う事ですかね」

「あるかもしれんし無いかもしれん。少なくとも儂には分からんよ、未熟なこの身ではな」

「未熟って……お爺さん達人と言っても差支えない強さだと思うんですが」

 僕の言葉に、お爺さんはニヤリと笑いながら立ちあがった。
 腰の刀を誇示するように袴の位置を軽く直し、どこか嬉しそうな、子供の様な顔でお爺さんは言う。

「なぁに、達したと言っても所詮は先人の開いた頂よ。剣の道に終わりが無いのなら、まだ見ぬ頂がその上に隠れているはずじゃろうて」

「だからずっと未熟者ってワケですか。……うーん、僕には良く分からない世界です」

「かっかっか! だからこそ、儂は君に剣を教えるのじゃよ」

「えーっと、どういう事ですか?」 

「もちろん先程の恩義を返すと言う理由もあるがのぅ――実を言うと、儂自身良い修業にならんかと少し期待しているのじゃ」

「そ、そういう期待に答えられる保障はありませんヨ?」

「師が弟子を育てる様に、弟子が師を育てるのよ。一時とは言え師弟の関係を結ぶのなら、互いに得られるものはあるはずじゃよ、恐らくな」

 そう断言するお爺さんの目には、一片の嘘も躊躇も含まれていなかった。
 恐らくは本気でそう考えているのだろう。そう言われてしまうと、僕としても頷くしかない。
 僕はお爺さんに、改めてお願いの挨拶をしようとして――基本的な所を話し忘れていた事に気が付いた。

「ところでお爺さん、今更ですがお名前を教えて貰えませんかね? あ、僕の名前は久遠晶です」

「――むっ」

 何気ない僕の言葉に、お爺さんの表情がいきなり曇る。
 今までで一番深刻そうな顔をしたお爺さんは、苦々しい声で絞り出すように僕の質問に答えた。


 
「…………の、野薊四十郎と呼んでくれ」


 
 いやまぁ、事情があるならそれ以上追及はしませんけどね?
 どこの椿三十郎ですかお爺さん。視線がばっちりノアザミの花に向いてますよ? 別に良いですけど。
 意図せず映画のワンシーンを再現したお爺さんの言葉に、僕はただただ苦笑を返すのだった。

 
 ―――後さすがに、四十代を主張するのは無理があると思います。これも特に追求はしませんけどね?




[27853] 天晶の章・拾伍「指向錯誤/飛び切り危険なストレートフラッシュ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/20 19:43

「落ち着いたかしら、椛」

「ええ、ご迷惑おかけしました……グス……もう大丈夫です……」

「いやいや、全然大丈夫に見えないよ」

「こんな言い方じゃ納得できないでしょうけど、犬に噛まれたと思って諦めなさい。それくらい相手が悪かったわ」

「……はい゛」

「あーあー、顔が涙でぐしょぐしょじゃないか。ほら、拭いた拭いた」

「ずびばぜん……ちーん」

「それにしても迂闊だったわね。分かっていたつもりだけど、晶さんの実力を大分甘く見積もっていたみたい」

「私も今更ながら驚いたよ。……アキラって強かったんだねぇ。私が思ってたよりもずっと」

「ええ、だけど強くないとおかしいはずなのよね。今までの経歴から考えて」

「だよねぇ。ひょっとしたら、文と同じくらい強いんじゃないのかい?」

「可能性は高いわね。相性で結果は変わってくるでしょうけど、それでも良い所までは行くんじゃないかしら」

「…………」

「…………」

「全然そんな気がしないね」

「全然そんな気がしないわね」

「ズズ……さすがにそれは、久遠殿が可哀想ではないだろうか」





幻想郷覚書 天晶の章・拾伍「指向錯誤/飛び切り危険なストレートフラッシュ」





「とりあえず、その神剣とやらを見せて貰えぬかの」

「はい、先生!」

 名前に関するちょっとした問題を無かった事にして、僕等は修業を開始した。
 お爺さんの呼称を「先生」としたのは、僕なりの心遣いと言うヤツです。
 ……野薊さんで通しても良いけど、毎回ちゃんと返事が貰えるとは限らないからなぁ。

「む、どうかしたか、晶よ」

「いえ、何でもありませんサー!」

「……変わった訛りじゃのぅ。どこの出じゃ、君は」

 あ、軍隊用語は通じないんですかそうですか。
 うーむ。これはジェネレーションギャップなのか幻想入りして無いが故の反応なのか、判断に困る所だね。――では無くて。
 条件反射で思わず普通に頷いちゃったけど、果たして本当に神剣を見せて良いのだろうか。
 いや、見せないと話が始まらないのは分かってるんですけどね?
 つい先程皆から神剣全否定を喰らった今の僕に、二度目の否定を受け入れる余裕は無いんですよ。
 ザ・剣豪みたいな先生に「その剣は危険だから使うな」とか言われたら、泣き寝入りする自信がありますからね。
 
「それで、見せては貰えんのか?」

「あ、すいません今見せます」

 とは言え、僕が使う剣は基本的に神剣だからなぁ。指導して貰うなら見せるしか無いだろう。
 僕は覚悟を決めて、再び神剣を顕現させる。
 再度どうでもいい用件で呼び出されたのにも関わらず、神剣はやる気満々に輝いていた。ゴメン、何かゴメン。

「えーっと、どうですかね? 僕は中々可愛いやつだと思ってるんですが」

 我ながら良く分からないフォローを入れつつ、ブンブンと剣を振りまわしてみる僕。
 その煌めく刀身をじっくり眺めた先生は、朗らかな笑みで言ってくれた。

「うむ、良い剣じゃな」

「ええっ、本当ですか!?」

「……何故、そこで君が驚くんじゃ?」

「すいません、褒められると不安になるタチでして」

「難儀な性格しとるのぅ」

「と言うかこの剣、本当に剣豪の先生から見ても良い剣なんですか? 何でも斬れる危険物扱いじゃ無くて?」

 思わぬ先生の評価に、ついうっかり言わんでも良い事を口にするその危険物の持ち主兼使い手の僕。
 心無しか神剣の光が萎えている様に見えたのは、気のせいと言う事にしておこう。ほんとゴメン。
 ちなみにそんな僕の疑問に、先生はそれはそれは見事な大笑いを返してくれた。
 ……素っ頓狂な事を聞いたという自覚は僕にもあるけど、ここまで笑われるとさすがにムッとしてしまう。
 そんな僕の心境を察してくれたのか、先生は真面目な表情に一転して質問に答えてくれた。

「笑ってすまなんだ。しかし晶よ、刀と言うモノは基本斬ってなんぼだ。それを言ったら全ての剣が危険物になってしまうぞ?」

「まぁ、実際問題剣なんてもんは総じて危険物だと思いますが……僕の剣は本当に‘何でも’斬れますから」

「何でものぅ……ふむ、それなら言うより見せた方が早いか」

「ほへ?」

 蓄えた髭を撫でながら、先生が僕の真正面に立った。
 そのまま悠然とした構えを維持し、先生は腰に差した二刀へと左腕を添える。

「晶よ、儂に弾幕を放ってみるが良い。……そうじゃな。出来れば実体の無い技の方が、分かり易くて良いかもしれんな」

「えええ!? いきなり何事ですか!?」

「説明は後じゃ。ほれ、無理じゃと思うたら避けるから遠慮せず撃ってこい」

「あの、そう言いながら避ける気配が欠片も見受けられないんですが、本当に……」

「良いからやらんか!」

「はいぃっ!!」

 先生の迫力に押されてスペルカードを取り出す僕は、まごう事無きチキンだと思われます。
 うう、本当に大丈夫なのかなぁ。実体弾じゃ無い方が良いとは言われたけど、非実体系弾幕ってヤバいのだらけなんだよねぇ。
 とは言え先生の放つ雰囲気は、風弾等で御茶を濁す事を許してくれそうに無かった。
 ……まぁ、先生なら大丈夫だろう多分。あっさりと思考放棄した僕は、躊躇しつつもスペルカードを発動させる。



 ―――――――転写「マスタースパーク」



 放たれた光の奔流が、先生に向かって襲いかかった。
 うん、何でマスパを選んだって言いたい気持ちは分かるよ? 
 だけど半分非実体な風弾を除くと、一番低威力な非実体系スペカはコレになってしまうワケで。
 ……アブソリュートゼロはワイバーンと比べれば確かに威力が下がってるけど、マスパと比べるとあんまり変わらないからなぁ。
 せめて、威力くらいは低めに抑えれば良かった。
 今更その事に思い当たり頭を抱えた僕だけど――そんな僕の杞憂は、次の瞬間吹き飛ばされる事になる。

「――覇ぁっ!!」

 鞘から太刀が抜かれるのと同時に、光が真っ二つに両断された。
 その刀身からは霊的なモノを僅かに感じるけど、マスタースパークを断ち切る程の力強さは見受けられない。
 つまり、先生はほとんど技量だけで実体のない弾幕をぶった切ったワケだ。
 ……幻想郷の異常っぷりは身に沁みて分かっているつもりだったけど、まさか武術でさえ例外に含まれないとは。
 いやまぁ、美鈴とか妖夢ちゃんとか、その道の達人たちは今までも散々見てきたワケですけどね?
 マスタースパークぶった切りは内容以上に衝撃がでかいです。これは多分、視覚的なインパクトも絶大だからだろう。

「とまぁ見ての通りじゃ。ある程度剣を修めれば、獲物が何であれ斬れん物など無くなるのじゃよ」

「いやいや。ある程度修業しただけで何でも斬れるようになるなら、剣の達人は刀だけで天地創造が出来ちゃいますよ?」

「かっかっか! 青い、実に青い。強くなる事のみが、道を極めるための術じゃと思っている所が特に青いわい」

「……違うんですか?」

「儂もかつては同じ事を思っておった。じゃがな、全てを断つ剣など誰も求めておらんのじゃよ」

 ああ、それは何となくだけど分かります。無駄に破壊力の高い武器って扱いに困りますよね。
 僕が頷いて同意を示すと、先生は太刀を鞘に納めて満足げに笑みを返してきた。

「君の剣を『良い剣』と評したのは、万物断つ力を秘めていたからでは無い。儂が評価したのはその剣の‘忠誠心’じゃ」

「忠誠心、ですか?」

「うむ。強大な力を持ってはいるが、その剣に有るのは『主の意思に沿う』事だけじゃ。君もそれは感じておるじゃろう?」

 確かに同じく超威力な「幻想世界の静止する日」に比べると、従順と言うか物分かりの良いイメージはある。
 まぁそれでも、充分扱い辛い印象があるんだけど……これは単に僕が使いこなせて無いからだろうか。
 出しっぱなしの神剣に視線を向けると、その刀身は先生の言葉に同意するかのように一瞬輝きを強くした――様な気がする。

「剣とは、斬れぬ物があるくらいで丁度良いのじゃ。故にただ全てを斬れるだけの剣など半人前よ」

「いや、そう言われましても。神剣の切れ味の落とし方なんて僕には分かりませんよ?」

「何を言っとる。先程言うたじゃろうが、その剣は主の意志に沿うと」

「……つまり、僕が斬るものの選別をしろと?」

「出来るはずじゃ。その剣は、恐らく君に使われるため生まれたのじゃからな」

 先生の言葉を受けて、僕は神剣を生み出した時の事を思い返す。
 フランちゃんと初めて‘遊んだ’あの時、神綺さんに導かれ僕は――そう、力に理由を与えたんだ。
 皆と対等でいたい。それは多分、今でも変わらない僕が強くなるための理由。
 ……だとしたら、神剣がそのために望んだ力なのだとしたら、以前聞こえたあの‘声’は。

「ふむ、何か悟った様じゃの」

 先生の言葉に、僕は無言で頷いた。
 ……あの声は多分、神剣の‘訴え’なのだと思う。
 もっと僕の望む様に力を使えると、もっと僕のために力を振るいたいと、神剣はずっと僕に語りかけていたのだ。
 もちろんコレは、根拠も何もないただの推測でしか無いけれど。
 満足した様に穏やかな光を放つ今の神剣の姿が、少なくとも的外れな意見で無い事を雄弁に語っていた。
 いやまぁ、僕の気の所為と言う可能性も捨てきれないけどね? それを言ったら声自体が幻聴である可能性もあるワケだし――とにかく。

「斬るべき物を斬り、斬らざる物を斬らない。これが先生の流派の『心得』なんですね?」

「……当たらずとも遠からず、と言った所じゃな。だが、そこを取っ掛かりにするのは悪くない」

「取っ掛かりですか?」

「そうじゃ。零から叩きこむよりも、今あるモノを伸ばした方が良かろう。なぁに、多少ズレとろうが最終的に辿り着く所は同じじゃて」

「教わる立場でこんな事を言うのはアレですけど、先生は剣の道を甘く見過ぎてる気がします!」

「最終的に極められれば、どんな剣を使おうが多少道が間違っていようがオッケーじゃね?」

「ついに言ってはいけない事を!?」

「かっかっか、冗談じゃよ」

 いや、本気だったら大問題ですよ!?
 嘘だとしても肝が冷えるレベルの冗談をかまし、朗らかに笑う先生。茶目っ気たっぷりですね自重しろご老体。
 そしてひとしきり笑いきった後、先生は真面目な表情で言葉を付け加えた。

「じゃが、剣を極めるのに決まった道程が無いのもまた事実よ。剣を振るい続ける以外の修業は全て間違いだ、等と誰が断じれる」

「ど、努力は大切だと思いますよ」

「努力の方向性は一つじゃ無かろうて。……それに基礎からきっちり教えると、握り方と素振りで今日が終わってしまうぞ?」

「多少ショートカットした所で結局は千里の内の一歩! 後ろを振り返るよりも前に進むべきだよね!!」

 すっぱりと擁護意見を放り捨てて、僕は剣を正眼に構えた。――ヘタレって言うな、分かってるから。
 不思議な話で、一度意味が分かるとあれ程聞こえなかった声が饒舌なくらい頭の中に響いてくる。
 と言うかちょっと聞こえ過ぎじゃない? 何か凄いテンション高いんだけどこの神剣!?
 あ、うん、分かった。嬉しいのは分かったから、ちょっと静かにしててお願い。
 協力的過ぎる神剣に言葉を抑えて貰い、僕は大きく息を吸い込んだ。
 ……さて、先生はああ言ってくれたけど、本当に僕の意志だけでそんな事が出来るのだろうか。
 全てを斬る剣で、何一つ斬らないなんて事。

「すでに必要な要素は揃っておる。心を空にして、剣に全てを委ねてみよ」

 ……心を空にするのは無理だけど、剣に全てを委ねるのは出来るかな。
 僕は出来るだけ何も考えない様にして、じっと刀身を見つめた。
 すると段々、色んな物が希薄になっていく気がする。
 まるで、世界の全てから切り離された様な感覚だ。けれどそれなのに、不思議と恐怖も孤独も感じない。
 気付けばいつの間にか、刀身の輝きが今まで見た事も無い程に強くなっていた。
 そっか、分かった。やれるんだね。
 
「――はぁぁぁぁあっ!!」

「む!?」

 剣を正眼に構えたまま、僕は先生に向かって駆け出す。
 途中で剣を大上段に構え直すと、岩に座ったままの先生に神剣を振り下ろした。

「――――」

「――――」

「――で、出来たぁ!!」

 地面には、剣を振るった軌道の跡がくっきりと残っている。
 しかし同じく軌道上に居た先生は、傷一つ付く事無く真っ二つに割れた岩へ腰かけていた。
 おおぅ、今更ながら成功した事に安堵を感じずにはいられないよ。
 我ながら無茶な事をしたもんである。いやでもね、あの時は何かある種のトランス状態だったと言うか、何でも出来そうな気がしたんですよ。
 物凄い万能感があったと言うか。とにかく普段と違う感じがしたんです。
 うん、とりあえず僕は、先生に謝らないといけないね。

「あの先生、スイマセンでした。いきなり攻撃しちゃって」

「……………むぅ」

「せ、先生?」

「夢想天生、か」

「むそーてんせー? ……先生の流派の奥義ですか、それ?」

「奥義……そうじゃな。奥義ではあるな」

 うわぁ、何それカッコイイ。
 胸に七つの傷を持っている男が悲しみを背負って使ってきそうですね! もちろん仮面は被って無い方で。
 と言うか、流派の基礎を学ぶつもりが奥義を身につけました、なんて話有り得るんだろうか?
 確かに「基礎を究極まで極めたら奥義になる」って話は良く聞きますけど……幾らなんでもお手軽過ぎやしませんかね。
 いや、もしくはそれくらい僕とこの奥義の相性が良かったのかもしれない。さすが僕、天才ダネッ!!
 ……すいません、調子に乗りました。無い、さすがにそれは無い。

「く、くく……かかっ、かっかっかっ!!」

「せ、せんせぇ?」

「いやはや、この様な事が起こるとは。長生きはしてみるもんじゃて。かっかっか!」

 僕が自分の脳内で一人ボケツッコミをしていると、先生がおかしくて堪らないとばかりに笑い声を上げた。
 どうやら、僕が「夢想天生」とやらを使ったのが相当に面白かったらしい。
 先生は満足そうに何度も頷くと、僕の肩をバシバシと叩いてきた。

「まだ完全な形にはなっていない様じゃが、今のは間違いなく『夢想天生』よ。才はあると思ったが、よもやこんな形で開花しようとはな!」

 えーっと、つまりどういう事なんですかね?
 余程面白かったらしく、こちらへの説明を放棄して笑い続ける先生。
 おかげで僕は、何が起きたのか全く分かっておりません。
 分かるのは、僕のやった「夢想天生」が未完成版だったって事くらいか。
 確かに僕も何かが足りない――いや、何かが‘余分にある’気はしていましたけどね?
 そんな中途半端な切り方をされると結局何も分からないので、出来れば続きを口にして頂きたいんですけど。

「斬る物、斬らざる物を己が基準で選別できるなら、それ即ち何者にも囚われない――と言う事か」

「……はて、そのフレーズどこかで聞いた様な。じゃなくてですね先生」

「かっかっか。面白い、実に面白い。これだから剣と言うのは止められぬわい」

 そう言って立ち上がった先生は、おもむろにどこかへ――。
 ってちょっとぉ!? どこに行くつもりですか先生!

「あの、僕まだ剣の振りかた一つ教わって無いんですけど!?」

「つまり教わる必要が無い、と言う事じゃよ。君に必要なのは剣の振り方では無い。奥義『夢想天生』を究める事じゃ」

「そ、それにしたって、アドバイスの一つや二つ……」

「かっかっか、いつまでも師が引っ張ってくれると思うたら大間違いよ。そこから先は、自分の足で進む事じゃな」

「せめて、もうちょっとだけ引っ張ってくれてもバチは当たらないと思いますヨ!?」

「優秀な弟子じゃった。一日で儂の手を離れて行くとはのぅ」

 ダメだ、すでに扱いが過去形になってる。
 どこを見てどう判断したのか知らないけれど、先生の中ではすでに僕は手を出す必要の無い子だと判断されたらしい。
 いや、本当に何でですか? 自分では良く分からないんですが。
 ワケも分からず混乱している僕を、先生は嬉しそうな笑顔のまま撫で始める。
 その表情には、気のせいか寂しそうな色も含まれている気がした。うん、多分気のせいだ。
 
「すまぬの。じゃが、君が真に修めるべきモノは剣術で無いと儂は思うのじゃよ」

「ほへ? でも、夢想天生は剣術の奥義ですよね?」

「さてどうかのぅ……極めてみれば、それも分かるかもしれぬな」

 意地の悪い口調でそう告げて、先生は踵を返す。
 そこから先の答えは自分で見つけろ、と言う先生なりの意思表示なのだろう。
 もう何を言っても、先生は前言を翻してくれそうに無かった。

「一日にも満たぬ師弟関係じゃったが、良い勉強になった。感謝させて貰うぞ」

「いや、まぁ僕も、勉強になった……と思いますよ? 多分」

「かっかっか、素直に実感が湧かないと答えても良いのじゃぞ? まぁ、言った所でこれ以上教える気は無いがのぅ」

「やっぱりですか……」

「じゃが何れ、今日学んだ事の意味が分かる日は必ず来るじゃろうて。その時には――そうじゃな、是非手合わせでもお願いしようか」

「あっはっは――御断りします」

 先生の物騒な言葉に、僕は笑顔で断りの言葉を返した。
 しかし先生は、聞こえなかったと言わんばかりににこやかな笑顔で頷いてくる。
 いや、だからしませんからね? これでも僕不要な戦いはしない主義なんですからね!?
 そんな僕の無言の訴えに気付いているのかいないのか、相変わらず笑顔のままな先生の周囲にはいきなり半透明の何かが絡まり――
 僕が瞬きするのと同時に、先生の姿を包み込んで完全に消えうせた。もちろん、中の先生と一緒に。

「えっ」

 右を見ても左を見ても、先生の姿はどこにも見当たらない。
 ――え、つまりそういう事なの? いや、幻想郷では珍しくないとは思うけど。
 残された僕は状況を上手く把握できないまま、とりあえず感想を口にするのだった。

「なるほど、死んだ後でも剣に生きる。これが本当のリビングデッド――なーんちゃって」

 うん、とりあえず僕の座布団は全回収してくれて構いません。……うう、言うんじゃ無かった。

 



[27853] 天晶の章・拾陸「指向錯誤/幻想郷の魔法使いたち」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/09/13 11:20


「おーい霊夢ぅ、一緒に例の腋メイドの顔を見に行こうぜ!」

「やだ」

「即答かよ。人間のクセに異変を起こした変わり者だし、顔を見る価値くらいはあるんじゃないか?」

「イヤ。何でわざわざアイツの顔を見に行かないといけないのよ、面倒臭い」

「おいおい、そこまで言うか? ……と言うか珍しいな、お前が誰かをナメクジの如く嫌うなんてさ」

「あら、私は別に蛞蝓嫌いじゃ無いし、アイツも嫌いじゃないわよ。好きでも無いけど」

「お前がナメクジ好きの変態巫女じゃ無くて安心したよ。で、嫌いじゃない相手と顔を会わせたがらない理由は当然説明して貰えるんだろうな」

「私としては、何で魔理沙がそんなに私を連れて行きたがっているのか。その理由の方を説明して貰いたいわね」

「……き、気のせいだぜ」

「まぁ、別にどうでも良いけどね。どっちにしろそこまで急いでアイツに会いに行く必要は無いわよ」

「何だよ、随分ハッキリと言い切るじゃないか。またいつもの巫女の勘か?」

「そんな所ね。私の経験と勘が、アイツとはうんざりするほど長い付き合いになるって言ってるのよ」

「………そりゃまぁ、幻想郷に住みついたワケだからな。長い付き合いにはなるだろうさ」

「そういう意味で言ったんじゃないけど―――ま、良いわ。そのうち魔理沙にも分かるだろうし」

「良く分からんがお断りするぜ」





幻想郷覚書 天晶の章・拾陸「指向錯誤/幻想郷の魔法使いたち」





「まったく霊夢め。どうせ暇なんだから、私に付き合ってくれても良いだろうに」

 ぶつくさ文句を口にしながら、私は魔法の森の上空を飛んでいた。
 そりゃあまぁ、霊夢は他人に興味を持たないヤツだから、喜んで付いてくるとまでは思って無かったけどさ。
 二つ返事で付いてくる程度には、アイツにも若さが残っていると踏んでいたんだがなぁ。
 まったく。物事への興味の喪失は老化の始まりなんだぜ? 
 
「それにしても参った。いきなり予定が狂っちまったぜ」

 これは、らしくない事をした報いかもしれないな。
 物怖じしないアイツを矢面に立たせて――なんて言うのは、やっぱり私のやり方じゃ無いか。
 
「しょうがない。ここは魔理沙さんらしく、真正面からぶつかっていく事にするぜ。――しかしまぁその前に」

 私は箒の向きを変えて、森の中へと入っていった。
 湿り気たっぷりの森に似つかわしくない小奇麗な家に到着すると、帽子を被り直して大きく息を吸い込む。
 帽子には何も乗って無い、土産もとりあえず用意した。よし、これなら文句は言われないだろう。
 最後に軽く服を叩いて埃を払い、私は家の扉を勢い良く開けた。

「よーぅアリス! 元気やってるかー!!」

「……どいつもこいつも、ノックって言葉を知らないのかしら」

「生憎と、野球には詳しくないんでな」

 無遠慮に侵入してきた私を一睨みして、自称都会派魔法使いは口に放り込もうとした饅頭を下に置く。
 態度は非歓迎的だが、こいつは大体いつもこんな感じだから問題無い。
 私は浮かんでる人形に帽子を引っかけ部屋の中へ入ると、箱詰めされた饅頭の内の一個を頂きつつ椅子に腰かけた。
 それにしてもアリスのヤツめ、その外見でオヤツの内容が湯呑に入った緑茶と変わった包装の饅頭って言うのはどうなんだよ。
 ちょっとは自分のキャラってヤツを大事にした方が良いと思うぜ? 私も人の事は言えないがな。
 ……お、これ結構旨いな。もう一個貰っとくか。

「で、何の用よ。ウチはレンタルの類はやってないわよ。……後、二個目に手を出したら宣戦布告と見なすから」

「そりゃ色んな意味で残念だ。しょうがないから普通に情報を頂く事にするぜ」

「私が情報屋に見えるなら、帰って寝る事をお勧めするわ」

「魔法使いにも人形遣いにも見えないがな。ま、安心しろよ。ちゃんと情報料も持ってきたからさ」

「病気よ、寝なさい」

 一片の躊躇いも無く言い切りやがった。せめてもう少しくらい、別の可能性を考慮する気が無いのかコイツは。
 いやまぁ、我ながらご乱心と言われてもおかしくない言動だとは思うがな。
 それでも私は苦笑だけを返して、持ってきた‘土産’を机の上に乱雑に置いた。

「何だ、要らないのか? せっかくお前の所から借りた本を返しに来たんだがなぁ」

「看病してあげるから、今すぐそこのベッドで寝なさい」

「何で扱いがより丁寧になってるんだよ!?」

「覚えておきなさい。アンタが借りた物を返すのは、霊夢が勤労に励むのと同程度の異変なのよ」

 そこまで言うか、しかも真顔で。
 アリスは憐憫と疑惑に満ちた表情で、じっと私の目を覗き込んでくる。
 うーむ。世間からの評価は分かっていたつもりだったが、ここまで露骨に異変扱いされるとは思わなかったぜ。
 これはもう誤魔化すのは無理だろう。借りを作ると面倒だからさりげなく話を振るつもりだったが、やっぱりらしくない事はするべきじゃなかったな。
 私は肩を竦めて降参の意志を露わにすると、素直にここへ来た目的を白状した。

「察してくれ。今の私は、お前に助けを求めるほど切羽詰まってるんだ」

「みたいね。緊急事態みたいだし、手を貸してあげても良いわよ。一つ貸しでね」

 不遜な笑みを浮かべ、「魔法使い」の表情でアリスは言った。
 はー、分かってはいたけどやっぱり面倒な事になったぜ。
 コイツに貸しを作ると、後で何をやらされるか分かったもんじゃないからな。
 ……まぁ、イザとなったら忘れた事にしよう。えっへっへ。

「そういう事ならこの情報料、ありがたくいただく事にしましょうか。元々私のだけど。――それで、魔理沙は何が知りたいの?」

「ああ、実はこの前の異変を起こした久遠晶の事なんだがな」

「……あの馬鹿、また何かやらかしたの?」

 今度は一転、心底苦々しそうな表情で眉根を寄せるアリス。
 どうやら久遠晶とアリスが親しい仲だと言う、人里の噂は本当だったようだ。
 実は他にも、久遠晶は妖怪だと言う噂もあったりするんだが……まぁ、霊夢が人間判定してたしそれは違うのだろう。信憑性はあるがな。

「生憎、私は何も知らないな。だからこそお前の所に来たワケなんだが」

「つまり何? 晶の事を教えて欲しくて私の所に来たの? 手土産まで持ってきて、借りまで作って?」

「そういう事だぜ」

「……魔理沙、貴女本格的におかしいわよ。いつもの押し込み強盗の様な考え無さと、火事場泥棒の様な図々しさはどこ行ったの?」
 
「余計な御世話だ、私だって相手が同性ならここまでしないぜ。ただ、異性相手だと……その……なぁ?」

「気持ち悪っ、何よその乙女っぽい態度は」

「ふん、悪かったな。……男相手だと、距離の取り方が良く分からないんだよ。知り合いは大概女だからさ」

 私の数少ない男の知り合いと言ったら、親父と霧雨商店の店子、後は魔法の森の偏屈店主くらいだ。
 全員異性と言うより家族と認識してる相手だから、はっきり言って何の参考にもならない。親父とは絶賛縁切り中だしな。
 ましてや同年代の男子など、私にとっては未知の生き物と変わりが無いのである。
 むしろ、本当に未知の生き物の方がよっぽど楽だぜ。大概は弾幕でぶっ飛ばせば何とかなるから。

「そういえばアンタ、良いトコのお嬢様だったわね。忘れてたわ」

「そういうお前も、ある意味で良いトコのお嬢様だけどな」

「はいはい、私が悪かったわよ。魔理沙に家の話は禁句だったわね」

「へっ、何の事だかさっぱり分からないぜ。それよりも久遠晶の事をとっとと教えてくれよ」

「……確認するけど、相手にしないって選択肢は無いのね」

「ああ、無いぜ」
 
 あんな面白そうな噂を聞かされて、魔理沙さんが無視する理由はどこにも無いからな。
 私の満面の笑みと言葉に、説得は不可能だと判断したアリスは疲れた様子でコメカミを抑えた。
 果たして呆れているのは私にか久遠晶にか。……分からないが、アリスが苦労している事だけはよーく分かるぜ。

「とりあえず、性別はそれほど気にしなくても良いわね」

「女装してるからか?」

「それもあるけど、それ以上に本人が男女の差をあまり気にして無いのよ」

「ふーん」

 まぁ確かに、あんな格好を普通に享受してる姿を見ればそこらへんの垣根が薄い事は何となくわかる。
 ぶっちゃけ私も紫に教えて貰うまで、アイツの事普通に女だと思ってたしなぁ。
 と言うか、今でもちょっと半信半疑だ。男だよな、アイツ?
 大体、本人が気にしてるとか気にしてないとか私には関係無いんだよ。問題なのはこっちの対応なんだから。
 こっちも気にしないから気にするなと言われて、そう簡単に「はいそうですか」と納得なんか出来るか。
 これでも私、結構繊細なタチなんだぜ? 霊夢あたりは鼻で笑いそうだが。

「そういうのは良いからさ、とりあえず久遠晶の性格とか人となりとかを教えてくれないか? 重要なのは、私がどう接するかなんでな」

 相手の事を良く知れば、距離の取り方も大体分かってくるものだ。
 ここらへんは弾幕ごっこと一緒だな。肝心なのは相手を良く知る事――らしいぜ?
 私は天才だから、そういう調査とか全然しないけどな!

「……また、厄介な質問をしてきたわね」

「いや、友達なんだろ? 性格の一つや二つ把握しておけよ」

「把握してるからこそ答えにくい事があるのよ」

 簡単なはずの私の質問に、アリスは人生の命題を問われたかの様な険しい表情を返してきた。
 え、そんな難しい事聞いたか? 不安になる私を余所に、アリスは必死に頭を働かして相応しい答えを探しだそうとしている。
 いやいやちょっと待てよ。大抵の問題は頭の中でさらっと解くお前が、それだけ悩むってどういう事だ。
 おい、なんか怖くなってきたぞ。久遠晶ってそんなに得体の知れないヤツなのか?

「そうね。じゃあ、まずは『友人』としての久遠晶を話しましょうか」

「分ける必要があるのか?」

「分ける必要があるのよ。で、友人から見た晶の評価だけど――はっきり言って馬鹿よ、それもかなりの」

「それは、何チルノくらい馬鹿なんだ?」

「三チルノくらい馬鹿よ」

 振っといて何だが、もう少し分かり易い例えは無かったのかアリスよ。
 だがまぁ、具体的な所は分からなくても久遠晶がとても馬鹿だと言う事だけは良く分かったぜ。
 ……分かった所でどうしようも無いがな。

「とにかく無謀なヤツで、後先を考えない上に目的以外の事を蔑にする悪癖があるわ。発想は突飛でかつ詰めが甘くて、肝心な所は勘頼りになりがちね」

「個人的には嫌いじゃ無いな。眺めてるだけで暇が潰せそうだぜ」

「暇どころか肝が潰れそうになるわよ。あれだけ危ない橋を渡ってきた癖に、あの呑気者は一向に短所を改善する気が無いんだから」

 今まで被ったのであろう被害を上げながら、アリスはブツブツと文句を並べて行く。
 すでに人物評では無く、ただ友人の愚痴を零しているだけだと言う事には気付いていないようだ。
 コイツは外面だけ整えて実際の社交性をゴミ箱に放り捨てた典型的な魔法使いだけど、その分身内には駄々甘だからなぁ。
 まぁ、本人に自覚無いし、指摘したら間違いなく激怒するだろうが。

「……入れ込むのも程々にしとけよ、色々剥げるぜ?」

「アンタのせいで被る迷惑を減らしてくれたら、剥げる心配も無くなるんだけどね」

「おっと、藪蛇だったぜ」

「白々しいわね。まぁ良いわ、期待して無かったし。話を続けるわよ」

「へーいへい。次はどんな目線で語ってくれるんだ?」

「――『魔法使い』としてよ」

 アリスの表情が、友人の馬鹿に頭を痛める苦労人からクールな魔法使いのソレに変わっていく。
 同時に引きしまっていく場の空気に釣られて、自然と私の身体も強張った。

「魔法使いとして見た久遠晶の評価は―――はっきり言って危険人物よ。もちろん、脅威と言う意味でね」

「なんだ、さっきと評価が一変したじゃないか」

「変わらざるを得ないのよ。能力的にも性格的にも、それくらいタチが悪いヤツなんだから」

 能力か、何だったかな。やたら色々出来るとは噂で聞いてるんだが。
 と言うかお前、性格的にもタチが悪いって。その性格にさっきダメ出ししまくってたじゃないか。
 私がそんな意図を込めて視線を送ると、それに気付いたアリスは苦笑しながら説明を続けた。

「友人としては危なっかしいだけだけどね。戦う事を想定したら、この上無く厄介な相手に変わるのよ」

「そうかぁ? 無謀で詰めの甘い馬鹿なんだろう?」

「後先考えず目的以外を蔑にするって事は、自分の身の保全すら考えないと言う事よ。ちなみに晶の口癖は「命が残っていればセーフ」だから」

「それ、強みなのか?」

「言ってしまえば常に捨て身だから、本当に何をするか分からないのよ。作戦も勘と思い付きまみれで、予測する事は難しいわ」

「ふーむ、確かにそれは面倒臭いかもしれないなぁ」

「何よりタチが悪いのは――それが大概‘成功’する事なのよね。被害はもちろん被ってるけど、それ相応の成果もきっちり出すのよ、アイツ」

「うわ、そりゃタチが悪いな」

「ちなみに主に使う能力は……っと、これは言わない方が良いわね」

 ワザとらしく口を抑えながら、アリスは意地の悪い笑みを私に向ける。
 もっともその配慮は、久遠晶に対するモノじゃないようだがな。
 ふん、お前も相当タチが悪いぜ。そんなに私を煽るだなんて、それでも久遠晶の友達か? 
 魔法使いとしての評価を聞いてからずっとにやけていた顔を叩いて直し、私は勢い良く立ち上がる。
 もう聞くべき事は何もない。後は本人と顔を合わせて――弾幕をぶつけてやるだけだ。
 
「さて、無駄話も終わった事だし出掛けるとするか!」

「はいはい、さっさと出掛けてきなさい。帰ってこなくていいわよ」

「なんだ、付いてこなくて良いのか? お前の友達がエライ目に会うかも知れないぜ?」

「いつもの事よ、もう慣れたわ。それに――」

 アリスは緑茶を一口すすって、意味ありげな視線で私を見つめる。
 こいつにしては珍しい何かを企む様な目で、どこか楽しそうにアリスは言った。

「多分、勝負にはならないわよ」

 確信に満ちた表情で、そう断言するアリス。

 



 ――その発言の意味を私が知るのは、もう少し後の事だった。




[27853] 天晶の章・拾漆「指向錯誤/ボーイ・ミーツ・マジカルガール」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/09/20 00:50


「未完成とは言え奥義を覚えたワケだし、やっぱりこれはスペルカードにするべきだよね」

「名付けて――えーっと名付けて――」

「そうだ。『蛇足「夢想天生・字余り」』とかどうだろうか」

「うん、良いね。余分な何かが付きまくってる感が前面に出てるよ!」

「……いや、前面に押し出しちゃダメなんだけど」

「何なんだろうなぁ。奥義完成に足りない――と言うか、余計に引っ付いてる何かって」

「とりあえず、もう一度あの「夢想天生」をやってみようかな。何か分かるかもしれないしね」

「よしよし、これでもう少し時間が稼げそうだ」

「……あんまり早く戻ると、椛が凹んだままかもしれないからなぁ」

「はぁ、リストラを誤魔化すために公園で時間を潰すお父さんって、皆こんな気持ちなんだろうか」





幻想郷覚書 天晶の章・拾漆「指向錯誤/ボーイ・ミーツ・マジカルガール」





「お、ようやく見つけたぜ。……ったく、本当にあっちこっちウロウロしてるヤツなんだな」

 私が久遠晶らしき腋メイドの姿を見つけたのは、探し回って丁度幻想郷を一周しかけた頃だった。
 すぐに見つかるとは思ってなかったが、ここまで手間取るのも予想外だったぜ。
 せめてアリスに、久遠晶が居そうな場所を聞いておけば良かったか。

「まぁいいぜ。へへっ、手間取らせてもらった礼はすぐに返して貰うからな」

 腋メイドは私に背を向けて、光る剣を構えたままじっとしている。
 恐らくは何かの修業中なのだろう。あまりにも隙だらけなその姿は、見ていて笑えてくる程だ。
 とりあえずこのままの勢いで一発背後から箒で突っついてやれば、挨拶としては丁度良いかもしれない。
 最適な第一印象の与え方を思い付いた私は、一旦空中で停止して照準を調整する様に箒の先端を久遠晶の背中に向ける。
 一方の久遠晶は、狙われているとも知らずに呑気に剣を構えたまま――徐に右手で、光る剣の刀身を鷲掴みにした。

「ふにゃああああああああああ、手が消えっ……いや消えてない!? でも痛っ……いや痛くないけど冷っ……たくも無いけど何かぁああああっ」

 久遠晶が手を離すと同時に、光る剣は消えて無くなる。
 だが私は確かに見た。消える直前、久遠晶の色んな力をあの剣が奪い取ったのを。
 なるほど、あれが噂の『神剣』って奴か。聞いてた通り凄い威力だな。
 しかし……何でアイツ、そんな剣の刀身を掴んだりしたんだ? どうなるかなんて分かり切ってるだろうが。
 余程ビックリしたらしく、久遠晶は右手を抑えた状態で寝転がりながら左右に動きまわっている。
 見ているこっちがみっともなくなるほど動揺した奴は、やがてゆっくりと動きを止めると、のそのそと立ち上がって一言呟いた。

「――うん、予想通り」

「何がだよっ!!」

「誰!?」

 しまった。あれだけパニクってた癖にしたり顔で頷くモノだから、ついツッコミを入れてしまった。
 突然現れた私の姿に、久遠晶は目を丸くする。
 ちぃ、不意打ちしてアドバンテージを私のモノにする予定だったが、こうなっては仕方が無い。
 私は内心の動揺を抑え込んで、ニヤリと不敵に笑って見せた。

「よう、久しぶりだな」

「あ、誰かと思ったら魔法使いちゃん。久しぶり~」

「霧雨魔理沙だ。好きに呼んでくれて良いぜ、久遠晶」

「僕の事は晶でいいよ。よろしくね、魔理沙ちゃん」

「ああ、宜しく出来るなら宜しくしてやるぜ」

 ここまでは問題無し、と。
 ちゃん付けに若干驚きながらも、私はいつもの態度でいられている事にこっそりホッとする。
 後は、このペースを維持しつつ喧嘩を売れば良いだけだ。へへっ、簡単簡単。

「それにしても凄い偶然だね、こんな所で会うなんて。ここらへんは魔理沙ちゃんの行動範囲内なのかな?」

「さて、どうかな。……ひょっとしたら、偶然じゃないのかもしれないぜ?」

「ふーん。まぁどうでも良いんだけど」

「どうでも良いのかよ!?」

 そこは、もうちょっと突っ込んで話を聞く所だろ? 
 私、今かなり意味深な視線をお前に送ったぜ?
 露骨過ぎるほどの前振りをあっさりとスルーし、久遠――いや、晶は視線を横に逸らす。
 ヤツがじっと見つめているのは、私の手に握られた飛行用の箒だ。
 まるで夢のおもちゃを見つけた子供の様な表情で、晶は目線を箒に固定させたまま私に問いかけてくる。

「ところで、その素敵魔法アイテムはなんだったりするのでしょうか」

「素敵魔法アイテムって、コレの事か? ただの魔法の箒だぜ?」

「そこが良いんだよ! 乗る事前提で無駄に折れ曲がってたりとかしてない、学校の物置に突っ込まれてそうなこのデザイン! 最高だって!!」

「いやその、まぁ、多少は乗り易い様に改造してるんだが……」

「それでも箒としての原型は保ってるじゃん。魔理沙ちゃんは格好も良いけど、持ってる道具も魔女っぽくて良いよね! 後は黒猫が居れば完璧!!」

「あ、あはは。ウチには危険なモノがたくさん置いてあるから、ペットはちょっと飼えないんだぜ」

「そっかぁ、魔法使いの工房だもんね。危ない物もたくさんあるよね」

 何故かやたらと嬉しそうに頷く晶。ワケが分からない。
 と言うか私も私で、態度が素に戻ってるじゃないか。
 くそぅ、完全に晶に圧倒されてしまっている。これじゃアドバンテージが取れないじゃないか。
 ここは多少強引な手段に出てでも、流れをこちらに引っ張るしか無い。
 そう判断した私は、抜き打ち気味に右手をかざし晶へ向けて弾幕を放った。
 光弾は真っ直ぐ奴の顔面目掛け飛んでいき――弾けた音と共に、晶へ直撃して爆発した。

「おべろっ!?」

 ……直撃するのかよ。いやまぁ、一応当てる気で撃ったけどさ。
 まさかここまで無防備に、しかも顔面で受け止められるとは思わなかったぜ。
 ――だが、これなら押しきれる。
 顔面を黒コゲにしたまま唖然としている晶に、私は憎らしげに見えるよう口の端を釣りあげた笑みを向けた。

「悪いな。世間話も嫌いじゃないが、私はもっと派手な遊びが好きなんだ。……この意味、分かるだろ?」

「なるほど、そういう事ですか」

 顔の煤を払いながら立ち上がり、私と同様の笑みを返してくる晶。
 直撃したと思ったが、それでも完全に無傷とはな。
 どうやら、マスタースパーク一発でカタが付くほど簡単な相手では無さそうだ。
 そこらへんは腐っても異変の主と言う事か。……ふふん、面白い事になりそうだぜ。
 私は話すための距離から少しずつ、戦うための距離へと移動していく。
 一方の晶は私と正対する形に身体の向きをズラし、流れる様な仕草で身体を倒すと――見惚れる様な勢いで土下座をかましてきた。

「すっいませんでしたぁーっ!!」

「……ええー」

「ほんとスイマセン! 何が気に障ったのか分かんないですけど、僕が悪かったです!! マジ申し訳ございません!」

 コメツキバッタの如き情けない姿で、晶がヘコヘコと私に頭を下げてくる。
 ああ、死んだなコレは。先程まで高まりかけていたはずの緊張感とか緊迫感とかが、今この瞬間に一斉虐殺だぜ。
 一気にやる気が萎えた私は、戦うために離した距離を再び詰めて土下座している晶の肩を掴む。

「なぁ、私の方に責任がある可能性は考慮しなかったのか?」
 
 仕掛けた私が言うべき台詞じゃないのは重々承知しているが、ここまで情けない真似をされるとさすがに指摘する他無い。
 苦笑する私に対し、土下座を中断した晶は困った様な笑顔で頭をかいた。

「そりゃー考えましたとも、これひょっとして喧嘩売られてるだけなんじゃないかなーとかね。攻撃される心当たりなんて欠片も無いし」

「欠片もないのに土下座までして謝ったのかよ……」

「どっちにしろ謝っちゃえば、魔理沙ちゃんはどうしようも無いでしょう?」

 ……このヤロウ、挑発だと知った上で謝ってたのか。
 思わずミニ八卦炉を取り出しかけた右腕を抑え、私は深呼吸して一旦頭を落ち着かせる。
 どうやらコイツは徹底的に、私との喧嘩を買い取り拒否するつもりらしい。
 下手にここで激情から手を出したとしても、恐らく晶は回避どころか防御すらしようとしないだろう。
 そうやって無抵抗でいる事が、私の動きを封じる一番の手立てだと理解しているワケだ。
 私がやりたいのは弾幕ごっこであって、弱い者イジメじゃないからなぁ。間抜けだが効果的なやり方だと言わざるを得ない。
 なるほど意外と頭の回転は悪くないらしい。しかしそれにしても……。

「お前さ、プライドってもんは無いのかよ」

 手段を選ばない晶のやり方に、私は呆れ顔でツッコミを入れた。
 効果的だと認めはしたが、同じ状況で同じ事をするかと聞かれたら答えはノーだ。
 例え私が生粋の平和主義者だったとしても、土下座してあそこまで情けなく謝り倒すなんてしない。と言うか出来ない。
 何を考えていたと言うのか。そう問いかける私の視線に、晶は満面の笑みを浮かべて答えた。

「プライド? 何それ、犬の餌か何か?」

「うわぁ……」

 ある意味、何も考えてなかったのな。
 無駄な爽やかさを撒き散らし、晶はきっぱりと断言した。
 なるほどな。アリスがコイツを「タチが悪い」と評した意味が、ようやく分かってきたぜ。
 
「……本当にお前、目的以外の事は心底どうでも良いんだな」

「失敬な。それ以外の事でも、何とかなるなら何とかしようと努力はするよ。僕にだって意地はあるんだから」

「そういう台詞を口にするなら、土下座する前に別の手段を講じるべきだろうが」

「え、何で? 土下座で良いじゃん、一番効果的だよ?」

 ダメだ。話がちっとも噛み合わないぜ。
 あまりにも違い過ぎる私とコイツの意識の違いに、私はこれ見よがしな溜息を吐いた。
 一方の晶は、私のそんな態度の意味が分からず仕切りに首を傾げている。
 ……やり難いなぁ。偏屈代表な他の妖怪達が可愛く見えるくらいだ。

「とりあえず、お前に対して絡め手を仕掛けても無駄だと言う事が良く分かったぜ」

「自慢じゃないけど、卑怯な手なら幻想郷十番圏内には入れたら良いなぁと思ってるからね!」

「自慢にするつもりなら断言しろ。まぁ、断言したとしても自慢にはならないと思うがな」

「ですよねー」

「分かってるなら言うなよ……まぁいいや。もう回りくどい事しても茶番になるだけだから、単刀直入に言わせて貰うぜ――私と勝負しないか?」

「ヤダ」

「……だろうなぁ」

 予想通りの答えを返してきた腋メイドに、私は肩を竦める。
 断られても不思議と悔しくないのは、予めそう言われると分かっていたからか、それとも戦意が思いっきり削られたからか。

「あーつまらん。不完全燃焼だ。ったく、期待外れも甚だしいぜ」

「そんな事を言いつつ、僕の怒りの沸点を探る魔理沙ちゃんなのでした」

「……本当に、やり辛い奴だな」

 基本的にはアリスが言った通り呑気者なんだが、意外と強かな部分もあるから侮れない。
 観察力も頭の回転も悪くないから、下手な小細工は一発で見抜かれちまうし。
 結果論だが、ほとんど無策の現状でやりあえなかったのは逆に幸運だったのかもしれない。
 コイツを相手にするには、軽く本腰を入れてやらないとキツイかもしれないな。
 まぁどちらにせよ、最終的に勝つのは私のパワーなんだが。

「ふん、まぁ今日の所は見逃してやるぜ」

 口元だけを見せる様に帽子を被り直した私は、捨て台詞と共に口の端を歪めながら箒に跨った。
 大分ペースは崩されてしまったが、少なくとも接し方は決まった。それで良しとしておこう。
 私はそのまま飛び去るために地面を蹴ろうとしたが――実行に移す前に、急接近した晶に肩を掴まれてしまった。

「おっと、逃がすと思ったら大間違いだよ」

「おいおい、どういうつもりだ?」

 戦う気が無い以上、晶が私を推し留める理由は無いはずだ。
 しかし晶は真剣な表情で、絶対に逃がすまいと私の身体を掴んでくる。
 うわぁ、何だコイツ見た目よりも力強ぇえ。
 男女の差だけでは絶対に片付けられないパワーと、有無を言わさない笑顔で晶は私を圧倒してくる。
 ……どうでも良いけどコイツ、ここまで近づかれても男と分からないって逆に凄いよな。
 
「まだ僕は、その素敵な箒や他にもあるであろう素敵な魔法アイテムについて、何も聞いてないワケだからね!」

「……ひょっとして、お前が私の喧嘩を買わなかったのって」

「当方は何も存じ上げません」

「こっち見ろやコラ」

 まぁ、別に責める気は無いさ。うん、責める気は特に無いぜ?
 私だって弾幕ごっこさせようと色々やったんだから、私から話を聞く為に土下座までしたお前を責めたりはしないよ。
 だけど、一言だけ言わせてくれないか。―――お前本当に馬鹿だろう。

「……はぁ、分かった分かった。どうせ暇だし、インタビューくらい答えてやるぜ」

「他に何か魔法のアイテムって無いの!? 杖とか水晶とか120mm迫撃砲とか!」

「ええい、いきなりテンションを上げるな鬱陶しい! と言うか最後のヤツは何だよ!?」

 期待に満ち溢れた瞳で、畳みかけるように晶は質問をしてくる。
 どうやら、よっぽど私から話を聞きたかったらしい。
 持て囃されるのは嫌じゃないが、ここまではしゃがれるとさすがにウザいぜ。
 ついでに言うと、私はあまりアイテム類を持ち歩くタチじゃないんだよな。
 箒以外で持っているのは‘アレ’くらいなんだが、果たしてコイツに受けるかどうか。
 それでもまぁ、何か出さないと晶は満足してくれなそうなので、私は懐から八角形の小さな箱を取り出した。

「……魔理沙ちゃん、これって」

「あー、これはミニ八卦炉と言ってな。戦闘に始まり暖房にも実験にも家事にも使える便利アイテムで――」

 うーむ、やはりウケは悪かったか。
 ミニ八卦炉を指差しながら、晶はポカンとした表情でそれを見つめている。
 見た目はただの箱だからしょうがないとは言え、私の切り札でガッカリされるのは何とも気分が悪い。
 私はさらに説明を続けようと口を開くが――その前に、呆然としていた晶が動いた。

「―――す、素敵過ぎるよっ!!」

「へ?」

「センス溢れるデザイン! 明らかに未知の金属で構成された外装! 迸る魔力! なんてマジックアイテムしたマジックアイテムなんだ!!」

「いやその、えーっと」

「やっぱ八卦炉だけに、煉丹とかも出来るのかな? 戦闘に使うってどうやって!? 心成しか八卦炉周りの空気が浄化されてる気がするのも何かの機能なの!?」

 最早答えを待つ時間も惜しいのか、晶は矢継ぎ早に質問を重ねて行く。
 そんな腋メイドの姿を見て、私は色々な事を後悔するのだった。





 ―――ちなみに、晶による質問コーナーはその後半日ほど続いた事を一応補足しておく。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「生存、せんりゃーく。どうも、久しぶりの山田です」

死神A「そういうネタは風化しますから止めましょうよ。死神Aです」

山田「作者が最近、時間に詰まってこのコーナーをやらないのが悪いんです。そういう事にしておきましょう」

死神A「いや、全然関係ないですよ!?」

山田「と言うか最初のネタも、ここ最近ずっとこのコーナーでやりたがってた割には大した事無いと言うか勢い任せと言うか」

死神A「はいはい、最初の質問ですね! 最初の質問!!」


 Q:ところで妖怪の山のメンバー(神五柱、巫女含む)の実力を並べるとどうなるんでしょう?


山田「なかなか限定的な質問ですね。まぁ、全部纏めて聞かれるよりずっとマシですが」

死神A「そういうフリは止めてくださいって。ちなみにこれって、例の四段階評価よりも少しだけ具体的な感じですか?」

山田「と、作者は判断した様です。とりあえず書くだけ書いてみましたが、間違っていた時の抗議は作者にだけお願いします」

死神A「いきなり弁解をしないでくださいよ!?」


○妖怪の山実力表

神奈子、諏訪子
――天魔ライン――
文、早苗
――上級烏天狗ライン――
にとり、雛
――晶にぼこられた烏天狗ライン――
椛、秋姉妹
――白狼天狗ライン――
 
 
山田「ちなみに華蝶仮面は、どちらか単品となのかそれともタッグなのか分からなかったので組み込みませんでした。申し訳ありません」

死神A「これは、ラインを越えた相手までは勝てる。と考えて良いんですかね」

山田「まぁ、そんな感じです。ちなみに晶君も上級烏天狗ラインを越える事は出来ます。確実に勝てるかどうかは怪しい所ですが」

死神A「なるほど……と言うか、天魔ラインを越えられるのは守矢の二柱だけなんですか」

山田「それも結構怪しい所ですがね。まぁ、腐っても天魔の名は伊達では無いと言う事です。ちなみに天魔は衆道もイケる口です」

死神A「その情報今必要でしたか!?」


 Q:そういえば晶君と魔理沙はどっちが最速の人間なのでしょう?


山田「そういえば、射命丸が出てくるまであっちの方が幻想郷最速扱いでしたね。忘れてました」

死神A「忘れないで上げてくださいよ! ……で、どうなんですか?」

山田「短距離だと晶君。遠距離だと条件次第で晶君です」

死神A「それ、分ける意味ありました!?」

山田「基本的に加速と急速な方向転換は晶君の独壇場ですからね。短距離で対抗出来るのはそれこそ射命丸文くらいですよ」

死神A「じゃあ、長距離はどうなるんですかね」

山田「晶君が後先を考えれば魔理沙の、考えなければ晶君の勝ちとなります」

死神A「……ああ、着地ですか」

山田「本編中でもちらっと考えてましたが、今の晶君は氷翼プラス気の増幅によるブーストで幻想郷最速の座に肉薄出来たりしますから」

死神A「ちなみに、その状態で着地失敗するとどうなりますか?」

山田「魔法の鎧を着込む事を推奨します」

死神A「死亡前提!?」


 Q:今回の話を読んで浮かんだ晶君の二つ名は「無実の万華鏡」


山田「これは質問では無いですが、長くなるのでこちらで。晶君の二つ名のお話です」

死神A「ああ、作者が愚痴ってから皆さん色々と考えてくれてましたよね」

山田「作者は「幻想巡りの(元)外来人」と言う呼称をワリと気に入っていたんですが、外来人の部分をどう変えるかで悩んでおりました」

死神A「まぁ、もう外来人じゃ無いのに外来人呼称はおかしいですからね」

山田「で、今回「晶君は、見る人や角度によってその姿が大きく変わるのでした。」と言う御言葉を頂いて、鏡と言う単語を使う事にしたのですが」

死神A「その前の「中身が無いようであるようでやっぱり無いような」はスルーですか」

山田「「幻想巡る玻璃の鏡」「幻想巡るオブシディアン」のどちらか、と言うのはどうでしょうか」

死神A「……無視ですか。と言うかやたら厨二臭い二つ名ですね」

山田「こういうのは恥ずかしがったら負けなんですよ。厨二で結構じゃないですか」

山田「ちなみに玻璃と言うのは水晶の事です。何気に私の浄玻璃の鏡ともかかっていますが、作者的には晶君らしくなくてやや不評ですね」

死神A「玻璃鏡だとガラスの鏡になっちゃいますけどね」

山田「そしてオブシディアン、こちらは黒曜石の英訳ですね。宝石言葉は摩訶不思議で、古くは表面を磨いて鏡にも使ったそうです。ソースはウィキ」

死神A「そんなドヤ顔で言われても……」

山田「水晶では無く火山石ですが……まぁ、斑晶とかあるしセーフじゃねぇのって言うのが作者の判断です。オススメ」

死神A「いや、オススメされても。結局新しい二つ名はどうするんですか?」

山田「どうしましょうねぇ」

死神A「ここまでやっといて未定!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・壱「意気天候/幻の太陽は微笑まない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/27 22:22
 幻想郷は全てを受け入れる、と賢者は言った。

 宜なるかな。神の傲慢も人の欺瞞も、所詮は旱魃の天地に滴る一粒の水滴だ。

 刹那の合間に消え失せる雨露で、何かが変わる事等有り得るものか。
 
 幻想郷は受け入れているのではない、飢えているのだ。天を潤し地を満たす慈雨に。

 そして其れは、私にも言える事だ。

 退屈は、私の服を垢と油塗れにする。

 平穏は、私の髪から潤いと彩りを失わせる。

 安寧は、私の身体を薄汚れ臭わせる。

 太平は、私に汗を流させる。

 長閑やかな日常がある限り、私は何処にも留まれない。

 束の間の神助など、他者から与えられた恵みなど、もう沢山だ。

 降らせよう、永久に続く雨を。そのために天を動かし、地を慣らし、人より緋想を曝け出す。

 これより空の空気も、地の安定も、人の気質も、全てが私の掌の上だ。





幻想郷覚書 緋想の章・壱「意気天候/幻の太陽は微笑まない」





 僕が幻想郷にやってきて、そろそろ一年が経とうとしていた。
 外の世界を捨てた事に関しては色々と思う事あるが、まぁどうでも良いので今は置いておこう。
 幻想郷の一員としてすっかり落ち着いた僕は、いつもの様に太陽の畑で向日葵達の面倒を見ていた。
 ……ええ、毎日では無いですがそこそこ定期的にやってますよ? 一応僕は幽香さんのペットなワケですからね。
 さて、さっきも言った通り季節は夏真っ盛り。つまり向日葵達が一番輝く時期なワケだけど。

「……この惨状は、一体どうしたモノでしょうか」

 咲いてる花は全体の二割程度。他もそれなりに育っているけど、大体は蕾のままと言う有様。
 そんな光景が、太陽の畑全体に広がってるワケですよ。
 本当にもうどうしてこうなったやら。いや、実は原因自体は分かってるんですけどね?
 僕は空を見上げながら、‘肌寒さから’軽く身震いした。
 そう、寒いのだ。夏真っ盛りなはずなのに、冷気に耐性のある僕ですら分かるほど空気が冷えているのである。
 どれくらい寒いかと言うと、あまりの冷たさに空気中の水分が凍りついた上に、それで日の光が屈折して太陽が二つに見えるくらいです。
 ……いや、冗談じゃ無くてね?
 むしろこんな状況下で枯れてない向日葵さん達に感心しつつも、僕はこの不思議な現象に頭を悩ませた。

「うーん、何故こんな事に」

「強いて言うなら、貴方のせいね」

「ほへ?」

 太陽光を大気中の氷が曲げてるだけなんだけど、ここまで太陽がはっきり二つに見えるのは実は超凄い事なんじゃないだろうか。
 カメラでも用意するべきかなー。等と思考を脇道に逸らしていると、家の中から機嫌の悪そうな幽香さんが現れた。
 ここ最近ずっとこんな天気だったから機嫌が悪いのも当然だろうけど、それが僕のせいと言うのはどういう意味なんでしょう。

「えーっと、僕また何かやらかしましたか?」

「貴方に原因は無いわ。だけど、この天気は貴方のせいなのよ」

 ……とんち、では無いですよね?
 迂遠な幽香さんの物言いに、僕は元に戻った頭を再び傾けた。
 恐らく今回の異常事態は、何らかの外因が僕を経由した事によって起きたのだろう。
 この現象のどこらへん当たりにまで僕が絡んでいるのかは分からないけど、常時天候変わりっ放しと言うのは中々に凄い。
 下手すりゃコレ、異変レベルの異常なんじゃ――って、ああ。

「なるほど、これが清く正しい異変なんですね」

「清く正しいかどうかは知らないけど、間違いなく異変よ」

「ほへー。これがですかー」

「と、言うワケで解決してきなさい」

「――え?」
 
 この人はいきなり何を言い出しているのでしょうか。無理難題にも程があると思うのですが。
 や、ワリと毎度な話の気もしますけどね?
 とりあえず分かる事と言えば、僕に拒否権が一切無い事くらいだろう。
 これもまぁ、いつもの事と言えばいつもの事だけど。……あれ、おかしいな。涙が止まらないぞ?

「異変が解決するまで帰宅は認めないわ。当然、どこかでほとぼりが冷めるまで隠れているのも禁止よ。全力で解決しなさい」

「はぁ、ちなみに他の人に解決された場合はどうなるんでしょうか」

「……うふふ」

 シェフのきまぐれフルコースですね。了解しました。
 幽香さんの瞳の奥に本気の殺意を感じ取った僕は、本業の軍人も見惚れるレベルの最敬礼を行う。
 どうやら、向日葵さん達が咲けなかった事に相当お怒りだったらしい。
 原因ではないとは言え直接的な要因であった僕に何もしないのは、幽香さんの僅かな慈悲なのか最後の情けなのか。
 出来ればこの怒りが、異変の犯人にのみ向かっている事を切に望む次第です。










「さてはて、これからどうしたものか」

 相変わらず二つに増えた太陽を眺めながら、今後の事を考えて憂鬱になる僕。
 これが異変であると推測は出来ているんだけど、具体的にどんな内容なのかは手掛かりすら無いんだよね。
 霊夢ちゃんはいつも、どうやって異変を解決してるんだろう。……適当にやってたら勝手に解決してたとかだったら嫌だなぁ。

「――っと、また地震か」

 グラグラと地面が軽く揺れ、すぐに収まる。
 これも、ここ最近お馴染となった現象だ。
 大きな被害は今のところ無いが、小さな地震はほぼ毎日続いている。
 ……ふむぅ。特に気にしてなかったけど、これも異変に関係した事なのかもしれないね。
 僕の記憶が確かなら、地震が頻発し出したのも天気がおかしくなり始めたのも、ほとんど同じ時期だったはずだし。
 果たしてこれら二つの関係性は――うん、さっぱり分かりません。

「まぁ、分からないなら誰かに聞けば良いさ! 晶君は意地以外を持ち合わせて無い子!!」

 ぶっちゃけ本当に行動指針が無いから、聞きこみまくるしか選択肢が無いだけなんですけどね?
 根性が無い事はとりあえず認めます。認めるだけで改善はしませんが。

「ではでは―――ゆっかりねーさまぁぁぁぁあああっ」

 明後日の方向に向かって、僕は頼りになる保護者その一の名を叫んだ。
 姉二人は、緊急時で無い限りこうして呼ぶだけで五分以内に駆けつけてくるのである。
 ありがたい話だと思う反面、弟として色々心配にならざるを得ない。
 
「……ふむぅ、こないね」

 しかし今回は、どうやらその緊急時であったようだ。
 しばらく待ってみても、隙間が開く気配はどこにも見られない。
 これはひょっとして、地味にヤバめな事態なのかなぁ。
 同じ様な状況になった天晶異変の事を思い出し、色んな要因から来る頭痛でコメカミを抑える僕。
 うーむ、こっちも悠長にやってる場合じゃ無いのかもしれない。
 僕は気合いを入れ直して、次の行動を定める事にした。

「ぱぱぱぱっぱぱー、いつものろっどぉ~」

 腰に付けたロッドを取り出し、軽くひねって本来の長さに戻す。
 それを地面に突き立てると――支えていた手を離し、慣性の赴くままに棒を倒させた。

「よしっ、あっちだ!」

 ええ、至って真剣に考慮した結果ですとも。
 幻想郷においては、こういった偶然も馬鹿に出来ない要素だと思うんですよ。
 ぶっちゃけ、異変に一番詳しそうなねーさまに会えない時点でどこ行っても同じだろうし。
 当てずっぽうでも何でもまずは進むのが大事だと言う事で、あえて運を天に任せました。かしこ。
 ……文姉か霊夢ちゃんの所に行くって手も、一応は考えたんだけどねぇ。
 文姉の方は最近何だか忙しそうなので、迷惑をかけるワケにはいかないから却下。
 そして霊夢ちゃんの方はと言うと――特に問題無いはずなんだけど、今は会いたくないのでやっぱり却下させて頂きました。
 いや、自分でもよく分からないんだけどね? 今会いに行ったら、問答無用でブチのめされそうな気がするんですよ。何故か。
 と言うワケで結局僕は、運否天賦の法則に則ってロッドさんに今後の方向性を決めて貰う事にしたワケです。
 その結果、ロッドさんが指し示した方向にあったのは。
 
「ふーむ、白玉楼かぁ」

 何と言うか、関係無さそうで有りそうでやっぱり無さそうな、冥界のお屋敷でしたとさ。めでたしめでたし。
 いや、別に終わらないけどね? むしろ始まったばっかりなんだけどね?
 
「とりあえず幽々子さんに、紫ねーさまの事を聞いておこうかな」

 すでに空振りする予感がプンプンするけど、無駄にはなるまい。多分。
 それに幽々子さん自身博識な人……いや、幽霊? だから、機嫌が良ければ色々教えて貰えるかもしれない。
 まぁ、僕の中であの人は、幻想郷油断ならない人? ランキングトップスリーに入っちゃってるワケなんですけど。
 嫌いでは無いんだけど苦手なんだよねー。なまじ表情が固定されてるから考えが読めないと言うか。

「……うん、お土産は買っていった方が良いよね」

 いえ、日和ったワケではございません。礼節を大切にしようと思った次第でございます。
 それにほら、食べられる差し入れがあった方が妖夢ちゃんも喜ぶと思うしさ。
 ……あー、そうか。そういえば白玉楼には妖夢ちゃんも居るんだった。
 別に居たら悪いと言うワケでは無いけど、彼女も彼女で幽々子さんとは違う意味で苦手なんだよねぇ。
 主に、こちらに向けられる手放しの尊敬の視線が。
 ――あれ? よくよく考えると、僕って白玉楼に居る人達皆苦手じゃない?
 気付いてはいけない事に気付いてしまった僕は、足を止め冷や汗を流しながら白玉楼のある方向を見つめる。
 別に自分で決めただけの話だから、従わなくても良いとは思うんだけど……いやいや。

「ええいっ。こんな所でうだうだやっていたら、それこそ話にならないじゃないか! よし行こう、今すぐ行こう!!」

 僕は両頬を軽く叩いて気合いを入れ直すと、氷翼を展開し宙へと浮かぶ。
 弱気な考えがまた顔を出さない内に、僕は全速力で白玉楼へ飛んでいく事にした。
 ――そしてこの選択を、僕は思いっきり後悔する事になるんだけど。まぁ、それもいつもの事でしたね。










 白玉楼は、見惚れるほど美しい白一色の雪景色でした。
 うん、おかしいね。いくら冥界だって季節感無視も甚だしいよね。
 冥界は常に冬。と言う可能性も一瞬考えたけど、なら桜の木が生えているのはおかしいし……。
 そもそも、白玉楼の外には雪降って無かったよねぇ。
 相変わらず太陽は二つだったから、それ以外の状況が今までどうなっていたかは全然参考にならなかったけど。
 と言うかこの天気、やっぱり僕を中心に起こってるのだろうか。
 もしそうなら、有効範囲はどのくらいなのかな。白玉楼に雪が降っているのもその関係?

「うーむ、謎はつきないなぁ」

 とは言え、完全に的外れと言うワケでも無かったようで一安心。
 僕は中有の道で買ったお土産を持ち直すと、白玉楼の中に足を踏み入れ――かけて止まった。

「……しまった、お土産が」

 大食らいだけど風雅も解する幽々子さんに合わせて、妙な色気を出したのが間違いだった。
 夏の花をあしらった和菓子を、冬の景色を切り取ってみました。みたいな白玉楼に持って行くのって軽い嫌がらせだよね?
 真夏の暑さを涼しげな花々で和らげてね、なんて絶対に言える空気じゃない。
 いやまぁ、寒さ常に最前線な僕が訪れた時点で、夏の暑さなんて吹っ飛ぶ事は分かってましたけどね?
 だからって冬の花を持って行ったら、それはそれで嫌がらせでしょうが。

「まぁいいか、幽々子さんなら気にせず食べるだろうし」

 色んな事が台無しになる結論を出して、止まっていた足を再度動かす僕。
 最早冬と見紛わんばかりの庭内は、霊が舞い踊りダメ押しの如く雪が降っていた。
 ……しかし、僕が足を踏み入れると同時に雪は止み、見慣れた二つの太陽が首を出す。
 なるほど、こっちの天気の方が雪より優先度は高いんだ。
 理由は分からないけど、法則性はあるって事かな? いやまぁ、結局は切り口すら見つかって無いんだけどね。
 ところで天気に気を取られて流しかけたけど、霊達の様子も少しばかりおかしい気がする。
 おかしいと言うか、むしろ――少ない? 前に来た時よりも、‘霊気’的なモノが薄くなっている気がした。
 いや、まぁこれも特に根拠はございませんがね? 実際数自体減ってる様な感じなんですよ。僕は元々の総数を知らないワケですが。

「とにかく、二人に色々と話を聞かないとな――――ぁ!?」

 色んな事に頭を悩ませながら空を眺めていると、突然物凄い悪寒が僕を襲った。
 ほとんど衝動的に真上へ跳ぶと、青白い閃光が先程まで居た場所をなぞる。
 同時に巻き起こった雪煙で状況が分からなくなったため、僕は氷翼を展開させ煙の届いていない所に移動した。
 とりあえず着地して氷翼は解除、鎧は展開、ロッドは……保留で。
 僕は手早く戦闘の準備を終えると、及び腰で拳を構える。
 
「誰!? 返答と態度如何によっては、こっちもそれなりの対応をとらせて貰うよ!?」

 例えば、逃走とか説得とか降参とかねっ!!
 え、戦闘ですか? 前向きに善処させて頂く次第でございます。
 気が向いたらするよ。うん、気が向いたらね。

「――さすが、晶さまです。今の一撃を避けるとは」

「ほへ?」

 雪煙が晴れ、中から一人の剣士が姿を現した。
 白いおかっぱ頭に、執事の着る服を女性用に改造した様な洋服、両手に握られた二刀。
 幻覚か何かで無ければ間違いなく、彼女は白玉楼の庭師兼剣士の魂魄妖夢ちゃんだ。
 そして彼女は何故か険しい視線で僕を睨みつけ、臨戦態勢で剣を構えている。
 えっと、何で? はっきり言って全然ワケが分からない。
 あ、ひょっとして不法侵入に怒ってる? ゴメン、一言言うべきかなぁとは思ったんだけどね。
 けど、入らないと来意を伝えられないくらい白玉楼は広いと思うんだ。呼び鈴も無いし。

「うふふふふ、やっているわね」

 等と頭の中で言い訳を並べていると、呑気そうな笑顔で幽々子さんが現れた。
 相変わらず何を考えているのか分からない笑みの彼女に、それでも僕は助けを求めようとして――

「さぁ、妖夢。貴女に久遠晶が倒せるかしら」

 幽々子さんが口にした、意味のわからない台詞に硬直してしまった。
 え、いや、えええっ!? 何で? どうして?
 泉の如く溢れ出てくるツッコミ所の数々に、思考すらも定まらない僕。
 そもそも何故に、僕が幽々子さんの尖兵となって貴女の部下と戦わなくてはいけないので? 普通逆でしょ?
 しかし、そんな疑問を抱いているのは僕だけらしい。
 妖夢ちゃんは幽々子さんの言葉に頷くと、剣を握る力をより強くした。
 
「分かっております。晶さま、御覚悟を!!」

「ええーっ」

 問答無用といった様子の妖夢ちゃんの姿に、僕は説得、降参、逃亡を放棄するしか無かった。
 はぁ、後で事情説明くらいはしてくれるよねぇ。
 世の中の無常を噛み締めながら、僕は対妖夢ちゃん用の作戦を組み立てるのであった。 










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうもこんにちは。今回は地味目に始めます、皆のアイドル山田さんです」

風祝「Q&Aコーナーでも常識には縛られませんよ!! 守矢のげんじんしん風祝ですっ!」

山田「さて、まずは最初の質問ですが」

風祝「いやいやいや、待ってください山田さん。ツッコミを入れるべき異常が目の前に起きてるんですよ?」

山田「はんっ、ちゃんちゃらおかしいですね。その程度の瑣末事で、私をツッコミキャラに出来ると思ったら大間違いですよ!」

風祝「あの閻魔様がこんなにもフリーダムに……恐るべし山田さんコーナーです。本編中では宴会でしか顔を合わせた事がないですけど」

山田「そもそも私、「緋想の章では死神Aの出番が確定してるから、出番の無いキャラに代行でアシスタントをやらせる」と言う裏事情を知っていますしね」

風祝「み、身も蓋もない説明ですね……」

山田「だからって何でいきなり準レギュラーが来るんですか、胸もげろ。くらいは思ってますが、他にツッコミポイントはありませんよ」

風祝「あの、今だいぶ聞き捨てならない言葉があったんですけど」

山田「はいはい。では最初の質問です」

風祝「無視ですか!?」


 Q:「幻想郷覚書」内では「天子」の読み方は「てんこ」ですか「てんし」ですか?


山田「基本的に、蔑称以外で「てんこ」呼ばわりされる事は無いかと。基本は天子です」

風祝「へー」

山田「………それだけですか?」

風祝「へ? あ、その、えーっと……キャ、キャラクターとかはどうなってるんですかね?」

山田「アホですか。そんなモンこんなオマケコーナーで言えるワケないでしょうが。頭使ってくださいこのスイーツ(笑)」

風祝「……神奈子様、諏訪子様。いきなり心が挫けそうです」

山田「情けないですね。死神Aなら喜んでいるところですよ?」

風祝「ええっ!? あの人にそんな趣味が!?」 ※さすがにそんな事はありません


 Q:質問ですが、現時点で晶君に勝てる人物を教えて下さい。


山田「確実に勝てる人物と条件次第で勝てる人物で大分内容が変わってきますが……今回は確実に勝てる人物の方のみ教えさせていただきます」

風祝「その方が楽だからですね!」

山田「ええ、そうです」

風祝「……そこで、はっきり肯定されると困るんですが」

山田「知ったこっちゃありませんよ。山田さんは自由の権化ですからね!!」

風祝「晶君……助けてください」


○晶君に確実に勝てる人リスト(※天晶の章終了時点

 射命丸文、風見幽香、八雲紫、レミリア・スカーレット、フランドールスカーレット
 博麗霊夢、霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、八意永琳、蓬莱山輝夜、藤原妹紅
 西行寺幽々子、四季映姫ヤマザナドゥ、八坂神奈子、洩矢諏訪子、リグル・ナイトバグ


風祝「多いですねぇ、意外と」

山田「上には上がいるのが幻想郷ですからね。ちなみに順不同です」

風祝「文さんとかアリスさんも、確実に勝てる人に入ってるんですかぁ……」

山田「付き合いが長いですからね。思考回路はともかく、手の内がほぼバレてるのは晶君にとって致命的です」

風祝「……なんで私は入って無いんですか?」

山田「天晶花での戦闘経験不足な貴女が、色モノ代表格の主人公に確定で勝てるワケないでしょーが」

風祝「で、ですよねー……」


 Q:晶くんの気質は設定されるのでしょうか?


山田「今回の話を見ていただければ分かりますが、しっかり設定されております。ただし本編中では多分細かい説明は出てこないので、詳細はこちらで語りますね」

風祝「太陽が二つになって、凄く寒くなるんですよね? どういう気質なんですか?」

山田「幻日(げんじつ)と言う、太陽と同じ高度の太陽から離れた位置に光が見える大気光学現象です。ソースはウィキ」

風祝「へぇ、太陽が見える方がメインなんですね」

山田「気温についてはウィキでも触れられてませんが……水分が氷晶化してるんだから寒いだろう。と作者は判断を下した様ですね。撮影されてる季節も大体冬ですし」

風祝「基本的にネット頼りなんですか……」

山田「何を今更。ちなみに概略は「光を捻じ曲げる程度の天気」、影響は――ぶっちゃけ決めてません」

風祝「そこまで決めておいてですか!?」

山田「天晶花内では、天気による影響は無い事にしてますので。そうでないと蒼天とか困りますからね。基本的にはただ天気が変わるだけです」

風祝「なるほどぅ……あ、ところで天気の変更優先度はどうなっているんですか? 本編中では、ずっと幻日だったみたいですけど」

山田「基本的には気質の強い方が優先されます。本編中でずっと幻日だったのは、晶君の気質が他よりずっと強かったためですね。さすがは主人公」

風祝「そうなんですかぁ。それじゃあ、幽香さんの気質は――」

山田「緋想天未登場キャラの気質は晶君以外定めませんので、聞くだけ無駄です答えません。――OK?」

風祝「お、おーけーです……」


 Q:緋想天は時系列的に結構複雑でしたよね? どうなるんですか?


山田「滅茶苦茶になってます」

風祝「め、滅茶苦茶ですか」

山田「晶君と言うイレギュラーが入ってますし……メタ的な事を言うと、そうしないと一部のキャラが困るんですよね」

風祝「ああ、優曇華院さんの事ですか」

山田「そこはぼかしなさい。まぁ、そうなんですけど」

風祝「動いた時点ですでに終わってたと言う不遇っぷりですからねぇ、うどんげさん」

山田「それに時系列を緋想天のモノと合わせると、晶君はとあるキャラのルートをなぞるだけになってしまうんですよね。なので時間軸は無茶苦茶です」

風祝「なら、私の出番も!」

山田「あるワケ無いでしょう。ここにいる時点で察してください」

風祝「ちぇー、残念です。ちょっとくらい出番があっても良いと思うんですがねー」

山田「……ちなみに、私は緋想の章中もここに出ずっぱりなワケですが――何か言いたい事は?」

風祝「ご、ゴメンナサイ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



[27853] 緋想の章・弐「意気天候/雪原のチャンバラごっこ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/06/03 21:02
「あ、そうそう。始める前にこれ、お土産渡しておきますね」

「あらあら、わざわざご丁寧に。どうもありがとう」

「そっ、そんな気を使っていただかなくても。す、すいません」

「別に気にしなくて良いって、僕が勝手にやった事だし。……何より、ちょっとチョイスを間違えたかもしれないんだよね」

「うふふ、大丈夫よ。私も妖夢もここの和菓子が大好きだから」

「はい――って幽々子様、いきなり開けて食べないでくださいよ!? 失礼じゃないですか!」

「雪を見ながら夏の花を愛でる、と言うのも中々に面白くて良いわねぇ」

「ううっ、本当にスイマセン。幽々子様は食べ物に目が無くて」

「うん知ってる。まぁ、喜んで貰えて何よりです」

「お願いですから幽々子様、もう少し白玉楼の主として威厳ある振る舞いを……」

「……威厳ってね、群れの中でも孤独でいるために必要な物なのよ。私には、不要な代物だわ」

「カッコイイ言い訳ですけど、口に餡子付けながら言われたら説得力皆無ですよ幽々子さん」

「あら、うっかりね。うふふふふ」

「あっはっはー」

「もう、お二人とも……」





幻想郷覚書 緋想の章・弐「意気天候/雪原のチャンバラごっこ」





「―――と言うワケで勝負です、晶さま」

「―――分かった。かかってきなさい妖夢ちゃん」

 日曜ほのぼのホームコメディみたいなやり取りを挟みつつ、僕と妖夢ちゃんは其々臨戦態勢に入った。
 妖夢ちゃんは二刀を地面に対して水平に構えながら、いつでも僕に斬りかかれるよう摺り足でこちらとの距離を調節している。
 前の戦いから今までずっと研鑽を重ねてきたのだろう。僅かだけど確かな成長の証が、はっきりと僕の目には映っていた。
 才能があって勤勉な子はこれだから……と理不尽な不満を内心に抱きながら、僕も氷の武器を生成する。
 ただし作るのは以前使った‘物干し竿’では無い。僕は両の腕鎧に、刃渡り五十センチ程度の氷刃を生み出した。
 
「……物干し竿では無いのですか」

「月の形は変わるモノだよ、幻ならば尚更ね。妖夢ちゃんにソレが捉えられるかな?」

「捉えてみせます、必ず!!」

 無駄に意味有り気な事を言ってますが、ぶっちゃけ誤魔化してるだけです。妖夢ちゃんはしっかり騙されてますが。
 どうやらこの様子だと、前回の「朧月流」のタネはバレてない様だ。これならもう一度、前と同じ手が使えたかもしれない。
 ――まぁ、やらないけどね?
 必勝の策と言う名のワンパターンに嵌った策士の末路は、何とかの一つ覚えの脳筋より悲惨だからなぁ。
 一度使った策はすでに対策が取られてるくらいの覚悟で挑まなきゃ、やってられないよね正直。
 なので今回は、魔眼によるイカサマチャンバラは無し。
 一旦軽く跳びはねると――以前の不動さを裏切る忙しなさで妖夢ちゃんに肉薄した。

「ではでは、先手必勝!」

 左右の氷刃を、僕は妖夢ちゃんの頭部目掛けて振り下ろす。
 それなりに不意をついたはずの攻撃は、しかしあっさりと妖夢ちゃんの双剣に阻まれてしまった。
 そのまま鍔迫り合いになる二対の剣。純粋な力では僕の方がやや上なのだが、刀はどちらにも偏らず静かに拮抗している。

「やるね、妖夢ちゃん。この程度の不意打ちじゃやっぱりダメか」

「未熟とは言え私も魂魄流の剣士。相手が如何なる行動に出ようと、常に対処できるよう鍛えているつもりです」

「鍛えたくらいで何とかなるのかなぁ……それ」

「御謙遜を。晶さまなら疾うに至った道筋でしょうに――では、次は私の番ですね」

 妖夢ちゃんがそう言うと共に、両腕にかかっていた負荷が一気に消えて無くなった。
 鍔迫り合いをしていたはずの双剣はいつの間にか消えうせ、左右から風を斬る音だけが響いてくる。
 相変わらず、魔眼を駆使しても目視出来ない程速い超速の斬撃。
 しかしそれを僕は、まるで見えているかの様にあっさりと腕鎧で受け止めた。
 想定通りと言った顔で嬉しそうに微笑む妖夢ちゃん。実際にはただのイカサマなので、感心されるとちょっと心苦しい。
 ちなみに防げたのは、幻想郷に来たての頃に美鈴戦で使った「絶対防御」を流用したおかげである。
 冬並の寒さのおかげで妖夢ちゃんは気付いていないようだけど、今も僕の周囲には冷気を纏った風の防御壁が渦巻いているのだ。
 え? 同じ手は二度使わないんじゃ無かったのかって? 妖夢ちゃんには初めて使うから良いと言う事にしておいてください。
 
「以前とは打って変わった苛烈な攻めですが、そんな粗雑な攻撃では私に届きませんよ!」

「ふふん、それはどうかな?」

 まるで打ち合わせをしたかのように、攻防が入れ替わり拮抗が続いて行く。
 完全に硬直した場。しかし妖夢ちゃんは、その流れを変えるための行動を取らない――いや、取れないでいた。
 原因は、恐らく前回の‘チャンバラごっこ’にあるのだろう。
 スペルカードで場を動かそうとして見事なカウンターを喰らった妖夢ちゃんは、相似した状況である現在の均衡を崩せないでいるのだ。
 まぁ、気付いてる上でそれに付き合ってるんだけどね?
 僕は妖夢ちゃん精一杯の挑発を笑顔で受け流し、‘仕込み’の成果を軽く確認する。
 ……よし、そろそろ良いかな。全ての布石を打ち終えたと判断した僕は、詰めの一手を打つため動き出した。

「さて妖夢ちゃん、名残惜しいけどそろそろお終いにさせて貰うよ」

「御冗談を。私も晶さまも、まだまだ余力は残しているはずです。この状況からどうやって決着をつけると言うのですか」

「んー、こうやって?」

 そう言って僕は鍔迫り合いを解き、不意打ち気味に妖夢ちゃんの手を蹴り飛ばした。
 それは何でも無い、彼女なら楽々耐えられるはずの普通の蹴り。
 しかし妖夢ちゃんは、その一撃であっさりと双剣をすっぽ抜かせてしまった。
 
「なっ――」

 自分自身信じられないのか、呆然とした表情で雪原に突き刺さる己が剣を見つめる妖夢ちゃん。
 その首元に、僕は氷刃の片方をそっと添えた。

「はい、僕の勝ちー」

「そんな……どうして」

「体調管理を抜かったね、妖夢ちゃん。手が動かなくなっていた事に気付かなかった?」

「――あっ」

 ただでさえ寒い天候の上に、冷気を纏った僕とずっと鍔迫り合いを続けていたのだ。
 僕の様に冷気に対する耐性が無ければ、手足が悴むのはむしろ自然な事だろう。
 もっとも、妖夢ちゃんに気付かれない様に動かしまくって身体だけを暖めたのは僕だけどねー。
 いやぁ、しんどかったよ誤魔化すの。武器狙いである事を悟られない様に、あの手この手を使ったからなぁ。
 ちなみに今回、僕が腕鎧付きの双剣を選んだ理由も実は自爆を防ぐためだったりします。
 耐性があるとはいえ、先にこっちが腕をやられて手持ち武器を落としたらマヌケの極みだもんねぇ。
 え、剣技で勝負? そんなつもりハナからありませんヨ?

「何と言う不覚を……くっ、己の体調すら見極める事が出来ぬとは」

「未熟ね妖夢。彼を倒せなかった貴女に、残念ながら許可を出すわけには行かないわ」

「とりあえず幽々子さん、僕に一切事情を語らないまま話を進めるのは勘弁してください」

 と言うか、許可なんですか許可って。
 ひょっとしてこの勝負、凄い重要なモノが秤にかかってたりしてたんですか?
 そんな大事なモノ、偶々通りすがった僕に任せないでくださいよ。

「ええーっ!? ゆっ、幽々子様、晶さまに何の説明もして無かったのですか!?」

「出来るワケ無いじゃない。偶然そこに居たのを見つけただけなんだから」

「えええええっ!? あ、あのその、晶さまは幽々子様に呼ばれてやってきたのでは?」

「いえ、特に理由もなくここに来ました。お願いだから事情を説明して」

「―――も、申し訳ありませんでしたぁーっ!!」

 うわぁ、妖夢ちゃんが土下座しちゃった!?
 雪の積もった庭先で躊躇い無くそんな事をするなんて、見習いたいくらい潔い謝罪だ。じゃなくて。

「って、良いから! そこまでしなくて良いから!! ほらほら、顔上げて」

「妖夢ったら、本当に頭が固くて困っちゃうわね」

「いやいや、巻き込んだ張本人なのに平然としている幽々子さんと比べたら、誰だって頭カッチカチになりますから」

「うふふ、そうかしら。照れるわねぇ」

 分かっているとは思いますが、一応言っておきますよ?
 ……褒めてませんから、幽々子さん。
 そんな意味を込めた僕の視線にも、あくまで揺るがない幽々子さんのにこやかな笑顔。
 ここまで徹底されると、さすがに感心する他無い。
 とりあえず幽々子さんへの追及を諦めて、僕は土下座した妖夢ちゃんを起こす事にした。

「うう、申し訳ありません。何も知らない晶さまに斬りかかる真似を……」

「だから全然気にして無いってば。もう幻想郷のお約束「こんにちは死ねぇ!」にも慣れたしさ、どうして斬りかかったのかを教えてよ」

「はい……晶さまもすでにお気付きでしょうが、冥界ではここ最近、急激に霊の数が減っております」

「ああ、やっぱり減ってたのか。それで、原因は?」
 
「分かりません。私はそれを探ろうと、幽々子様に外出を願い出たのですが……」

「なるほど、それで「調査に行きたければ久遠晶を倒せ」と」

「す、すいません! てっきり晶さまは、私を阻むために現れたのだと! 本当に申し訳ありませんでしたっ!!」

 まぁ、そんな言われ方をしたらしょうがないよね。妖夢ちゃんたんじゅ――素直だし。
 むしろ何で幽々子さんがそんな事を言ったのか、その意図の方を知りたいです。
 僕が問いかけの視線を送ると、幽々子さんは広げた扇で口元を隠しながら答えてくれた。

「妖夢が張り切ってるとね、何となく邪魔をしたくなるの」

「思った以上に理不尽な理由だった!?」

「本当は私が直接戦うつもりだったけど……より面白くなりそうな貴方を見つけたから、任せる事にしたのよね。私の一存で」

「おまけに超とばっちりだ!?」

「すいません、すいません、すいませんっ」

 唖然とする僕の姿に何故か満足する幽々子さんと、代わりに平謝りする妖夢ちゃん。
 自由だ……恐ろしい程に自由過ぎるよこの人。
 さすが、紫ねーさまの親友をやってるだけの事はある。
 いや、別に紫ねーさまがどうと言ってるワケじゃありませんけどね?

「まぁ良いじゃない。貴方だってノリノリだったでしょう?」

「いやいや、逃げなかったのは二人の話を聞きたかったからですって。やる気なんて欠片も有りませんでしたヨ?」 

「うふふ、なら負ければ良かったのに。本当に面白い子よねぇ」

「――――あ゛っ」

 あー、そーいえばそーでしたねー。
 別に幽々子さんは僕に勝てと強制したワケじゃないし、僕の方にも勝つ理由は有りませんでしたよね。
 むしろあっさり負けといた方が、円滑に話を進められたかもしれない。あー、うっかりうっかり。
 …………って、またかぁぁぁああ!!
 ああもう、僕の馬鹿! 前もそうだったけど、どうして勝たなくても良い勝負で勝ちに行っちゃうかな。
 うう、勝負するイコール勝利を目指すの法則が段々と身体に沁みつきつつあるぞ、コレ。
 別に僕は、勝てるときだけ勝てればそれでいいんだけどなぁ。うーん、困った。

「……晶さまは、何故頭を抱えているのでしょうか?」

「説明しても貴女には分からないわよ。戦闘を‘交渉術’の一種と考えている人間の悩みなんてね」
 
「はぁ……?」

「ところで、私達に聞きたい事って何かしら。頑張ってくれたし大概の事には答えるわよ?」

「――そうですね。落ち込んでいてもしょうがないので、とっとと本題に入る事にします」

 まぁ、幽々子さんの心象が良くなったからオッケーだと思っておこう。
 何とか自分を誤魔化して、僕はここを訪れた理由――異変に関する事を尋ねた。
 おかしな天気、頻発する地震、減っていく幽霊。
 僕の問いに、妖夢ちゃん達の反応は……。

「そ、そんな事になっていたのですか」

「あらあら、困ったわね」

 全然分かってませんでした。うん、まぁそんな気はしてたけどね?
 妖夢ちゃん、霊が減った原因を探りたいって言ってたしさ。
 それでも期待していた分肩透かしを喰らった衝撃は大きかったらしく、僕は思わず溜息を吐きだしていた。
 最初から上手くいくとは思わなかったけど、謎だけ増えてヒントは無しとはねぇ。
 やはりここは、二度目の正直教えてロッド様で次に行く場所を……。

「どうしましょうか。分かっているけど教えたくはないわぁ」

「さっきの「困った」はそういう意味!?」

「……ねぇ、知らないフリしちゃダメかしら?」

「いや、それを本人に言われても……」

「幽々子様、霊が減った原因を知ってるんですか!?」

「ナ、イ、ショ☆」

 うわぁ、どうしたもんだろうかコレは。
 再び閉じた扇で口元を抑えながら、お茶目なウィンクを僕等に送る幽々子さん。
 すっごく追及したいけど……しても疲れるだけなんだろうなぁ、多分。
 これまでの色んな経験則からそう結論付けた僕は、苦笑いを浮かべながら痛む頭を抑えた。
 ちなみに妖夢ちゃんは、少しでも幽々子さんから話を聞きだそうと必死にアレコレ尋ねている。
 頑張り屋さんだなぁ。だけど自分の主の性格は、きちんと把握しておいた方が良いと思いますヨ?
 ほら、幽々子さんかなり意地の悪い笑顔になってるじゃん。これ絶対に教えてくれないって。

「幽々子様、お願いします! 今白玉楼に……いえ、幻想郷に何が起こっているのか。教えて――」

「はい、すとーっぷ」

「みょん!?」

 それでもなお幽々子さんに食ってかかろうとする妖夢ちゃんの首根っこを掴み、身体の位置を入れ替える。
 ニコニコ笑顔でこちらの様子を窺う彼女に、僕はかなり投げやりな感じでお願いをした。

「すいません。何も言わなくて良いんで、妖夢ちゃんだけ貸して貰えませんかね」

「んー、それなら良いわよー」
 
「え、ええっ!?」

「ありがとうございます。じゃあ行こうか、妖夢ちゃん」

「その、あの、良いのですか?」

「妖夢ちゃんも気になってるんだよね、異変の事が。なら一緒に調べに行こうよ」

 少なくとも、ここで幽々子さん相手に答えの無い問答をしているよりは建設的だろう。
 妖夢ちゃんの見方が役に立つ事もあるかもしれないし、仲間に引き入れて損は無いはずだ。
 ……と言うか妖夢ちゃん、僕のせいで外出許可が出なかったんだよねぇ。
 成り行きで勝った身としては、このまま白玉楼でお留守番されると大変心に優しくない。
 どうやら幽々子さんも僕が連れて行くなら問題無いみたいだし、ここはこっそり罪滅ぼしでもさせて貰おうか。

「ゆ、幽々子様。宜しいのですか?」

「敗者は勝者に従うものよ、妖夢。本人が良いと言ってるのだから、遠慮せず付いて行きなさいな」

「しかし、先程負けた私に許可は出せないと……」

「そっちの方が面白くなりそうだから、許すわ」

 にこやかに身も蓋もない事を言う幽々子さんと、絶句する妖夢ちゃん。
 何と言うか、幻想郷の人達でも隠しそうな本音を明け透けにするから厄介だなぁ、この人は。
 これ以上幽々子さんに何を言っても無駄と諦めたのか、妖夢ちゃんは首根っこを抓まれたままの姿勢で脱力する。
 僕も他に言う事は思い付かなかったので、軽く一礼して立ち去ろうとしたが――その前に幽々子さんが、真剣な表情で口を開いた。

「……そうそう。一つだけ、言い忘れた事があったわ」

「ほへ?」

「な、なんでしょうか」

「出掛ける前に――私のご飯を作っておいてね」

「…………」

「……分かりました」

 ――そう言った幽々子さんの手には、空になった和菓子の箱だけが残っていた。
 結局その後、出発までに一刻程の時間を要した事を一応語っておく。
 はぁ、こんな事でちゃんと異変を解決出来るのかなぁ。





 ――後、妖夢ちゃんが頑なに手伝いを拒んだのは何故なんだろう。世の中不思議な事だらけです。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうもこんにちは、皆の山田さんこと山田です。緋想の章特別企画、回替わりアシスタントの件ですが」

⑨「あたいってば超アシスタントねっ! 氷の妖精⑨よ!!」

山田「……多分、今回で終わります」

⑨「大丈夫よっ! あたい、ちゃんとアシスタントをやりきるからっ!!」

山田「まぁ、このコーナーは基本逆補正が掛りますから、大丈夫だとは思いますがね。台詞に漢字も増えてますし」

⑨「そういうメタ発言はどうかとあたい思うんだけど」

山田「エアリード機能の無いツッコミは、ボケと変わらないんですよ? 分かりますか?」

⑨「例えアシスタントがあたいであっても、ボケの座は譲らないんだね……」

山田「ええ、譲りません。山田ですから」


 Q:今の晶くんってどんな状態だっけ?(立ち位置・装備的な意味で)


山田「立ち位置的には前作とそう変わっておりません。キャラ紹介にある通りです」

⑨「幽香のペットで文と紫の弟でフランの教育係であたいの子分で紅魔館のメイドで永琳の弟子なワケね!!」

山田「コピペ解説どうも。まぁ、特定組織に所属しないのが売りなキャラなので『自由人』と言うのが一番相応しい呼称でしょう」

⑨「雲のジュウザね! あたい知ってるわ!!」

山田「あそこまで徹底されると困りますが、だいたいそんな感じです。ちなみに装備は以下の様になっています」


晶君現時点での装備

 ロッド………以前から変わらない月製の棒。神剣の柄でもある。
 メイド服……晶の強化に合わせて調整済み。魔法少女風の外見に。
 頭巾…………妖怪の山に自由に入れる許可証。だいたい常に付けている。
 魔法の鎧……即死攻撃キャンセルに加え、気の増幅機能を追加。他にも色々?


山田「まぁ、こっちもあんまり変わってません。魔法の鎧が強化されたくらいですね」

⑨「そういえば、前作だとこういう所もキャラ紹介に書かれてたわよね。何で無くなったの?」

山田「晶君の項目がアホみたいに増えたからですよ。言わせんな恥ずかしい」

⑨「それは本当に恥ずかしいわね……」

山田「どうでも良いですが、口調が大人しくなると完全に別キャラですね貴方」

⑨「うん、あたいもそう思ったわ!!」


 Q:十六夜昨夜は確実に勝てるには入らないのですか?
 Q:⑨がいないんですが完封じゃありませんでしたっけ?


山田「上記は、前回の「晶に確実に勝てる人一覧」に関する追加質問の数々です」

⑨「あたい、晶には何度も勝った事あるわよ!」

山田「いえいえ、本来はむしろ久遠晶優勢なくらい実力差があるんですよ。勝ったのは完全に偶然です」

⑨「でもあたい、晶に負ける気しないわよ?」

山田「多分負けないでしょうね。だけど「確実」では無いので除外しました」

⑨「なるほどぉ……ちなみにあのメイド長はどうなの?」

山田「簡単な事です。十六夜咲夜相手でも、晶君には勝ち目があると言う事ですよ」

⑨「おおー、そうなのかー」

山田「一応は彼もそれなりの実力者ですからね。能力を知らない等の不利もありますが、それでも勝率は五分と言った所です」

⑨「メイド長は晶と戦った事無いしねー」

山田「まぁ、載って無かったから勝てない。と言うワケでも無いので、深く気にしないでください。載っていたって負ける場合はあるんですし」

⑨「と言うか、三分の一くらい負けてるわよね! 戦って無いのも結構いるけど!!」

山田「……それは言わないお約束です」


 Q:白狼天狗『が』勝てる相手っているんですか? ⑨すらヤバイって言ってましたし。


山田「勘違いしないで欲しいんですが、この⑨は妖精に有るまじき強さを持った完全な規格外です。白狼天狗が弱いワケではありません」

⑨「あたいってばサイキョーだもんねっ!!」

山田「天狗。と名が付いているだけで、そこらの三流妖怪よりは確実に強いと思ってくれて結構です。バカルテットは少し怪しいですが……」

⑨「あたい知ってるよ! 名前付きはそれだけで強いんだよね!!」

山田「天晶花においてはそうですね。しかし残念ながら、大妖精小悪魔くらいにまでなると白狼天狗には勝てません。多分、三妖精も難しいでしょう」

⑨「まぁどっちにしろ、椛以外の白狼天狗が活躍する機会は無いもんね! どっちでも良い事よ!!」

山田「ええ、どっちでも良いですね」

⑨「めでたしめでたし。わっはっはーっ!!」

山田「……だから、空気の読めないツッコミはボケなんだと」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・参「意気天候/狐と込み入り」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/10/11 00:05


「さて妖夢ちゃん、まずは君の意見を聞きたいんだけど」

「私の意見、ですか?」

「うん。妖夢ちゃんなら、この異変を解決するためにどう行動する?」

「そうですね。まずは博麗の巫女に事情を聞きに行きますが」

「霊夢ちゃんかぁ。うーん……」

「な、何か問題でも?」

「大した事じゃないんだけどさー。今霊夢ちゃんの所に行くと、問答無用でノサれる気がして」

「それは――十二分に有り得そうですね」

「んー、やっぱりかぁ。じゃあその手は無しだね。ボコられる危険性と天秤にかけられる程、大した情報は得られそうに無いし」

「は、はぁ……」

「ほへ? どうかしたの?」

「いえその、改めて己の未熟さを実感したと申しますか。……こうやって意見を考慮する事無く動いていた自分を、愚かしく思ったと申しますか」

「こういうのは考え方の違いだから、そこまで深刻にならなくて良いと思うよ。考慮し過ぎると動けなるし、一長一短って奴かな」

「あ、晶さま……」

「妖夢ちゃんのその考え方が、僕の助けになってくれると思ったから協力を頼んだんだよ。ほら、元気出して! 他に意見はある?」

「はいっ、お任せください!! ――では、こういうのはどうでしょう。視界に入った妖怪を片っ端から斬っていき、有益となる情報を吐かせて」

「……前言撤回。少しは考えた方が良いよ、妖夢ちゃん」





幻想郷覚書 緋想の章・参「意気天候/狐と込み入り」





「と言うワケで、人里にやってきました!」

「申し訳ありません。何の助言も出来ませんで……」

 妖夢ちゃんのデンジャラス過ぎる案を軒並み却下した僕は、結局自分で次の行動を決めてしまいました。
 いやまぁ、全部が悪いアイディアだったワケでも無かったんだけどね?
 ちょっと考え方がタカ派に寄り過ぎていたと言うか。何でもかんでもぶった斬れば良いワケじゃないと言うか。
 とりあえず彼女には、平和主義と言う言葉の意味をたっぷり知って貰おう。
 我ながら生温い笑みを浮かべた僕は、いつも隣で浮いている幽霊を抱え落ち込んでいる妖夢ちゃんの頭を優しく撫でた。

「よしよし、元気出してー」

「……子供扱いは止めてください」

「後悔してるだけじゃ、子供扱いからは抜けだせないよ? 大人はそこから反省と挽回に進むからね」

「わ、分かっていますっ」

 そう言って妖夢ちゃんは、口先を尖らせながらそっぽを向いてしまった。
 どうやら、ピュアなだけでなくワリと複雑なお年頃でもあるらしい。
 妖夢ちゃんの実年齢は分からないけど、精神年齢は外見相応であるようだ。多分。
 
「……しかし晶さま、人里で何を調べると言うのですか?」

「まずは、今までに起きた異常気象との突合かなー。ひょっとしたら今回と同じ事が、以前にも起きているかもしれないし」

「なるほど、上白沢殿や稗田殿の有する知識に頼るのですか」

「そう、全力で他人をアテにさせて貰うワケです! これが丸投げの原理だよ妖夢ちゃん!!」

「他人を信じ、己の行く末を委ねる……つまりそういう事なのですね、晶さま!」

 えー、そこで感心しちゃうのこの子。
 そこは氷河期の如き冷たい瞳で僕を睨みつつ、キツいツッコミを入れる所でしょう?
 いや別に、そうして欲しいワケでもないけどね? スルーされても調子がでないと言うか何と言うか。
 まぁ、とりあえずその問題は置いといて。
 幻想郷には、六十年の周期で起きる‘花の異変’なんて事象もあるくらいだ。
 この異常な天候の変化にも、ひょっとしたら何らかの前例があるのかもしれない。
 その有無を確認するだけでも、人里に来た意味はあるはずだろう。
 ……少なくとも、この二人相手なら弾幕ごっこを挑まれる心配は無いしね。

「しかし……やましい事は無いと分かっていても、人里に入るのはやはり躊躇してしまいますね」

「あー、そっか。あんまり長居すると、先生達にも迷惑がかかっちゃうもんね。とっとと寺子屋へ行こうか」

 幽霊を連れている上に二刀流装備な妖夢ちゃんが居たら、人里の人達も落ち着かないよねぇ。
 僕の気のせいで無ければ、入口に突っ立ってるだけで注目を浴びてるみたいだし。
 ここは部外者らしく、テキパキ用件を片付ける事にしよう。
 とことん人里との関わりが薄い事実を再認識しヘコみながらも、僕は妖夢ちゃんを連れて寺子屋に向かった。
 途中奇異の目で見られまくった事を除き問題無く目的地に辿り着いた僕等は、授業中で無い事を確認して教室の中に入る。

「どうもこんにちは、上白沢先生! いきなりだけど、何でもするから色々教えてくれませんかっ!!」

「いきなり土下座して、己の誠意を示すとは……さすが晶さまです!」

「妖夢ちゃん。ツッコミを入れろとは言わないからさ、せめて僕の行動に疑問を抱いてくださいよ」

「……何をしているのだ。貴方達は」

 ――あれ、おかしいな?
 前方を確認せず土下座した僕の耳に届いた声は、上白沢先生とは違う女性のモノだった。
 確認のため顔を上げると、そこには九つの尾を持つ隙間妖怪の式の姿があった。

「らっ、ららら、藍さん!?」

「これは藍殿。どうして貴女が人里に?」

「紫様の命だよ。……それにしても、随分と変わった組み合わせだな。何事だ?」

 以前の事務的過ぎるやり取りを思い出し、僕は身体を強張らせた。
 理由はさっぱり分からないけれど、藍さんは僕が死ぬほど嫌いであるらしい。
 おまけにその態度を一切隠そうとしないから、僕としてはかなり接しにくい相手なんだよね。
 まず、取り付く島が無いからなぁ。せめて最低限の質問くらいはまともに答えて欲しいんですが。
 ……とりあえず、返事が無かったら藍さんへの問いかけは全部妖夢ちゃんへ任せよう。
 逃避に近い結論を出した僕は、引きつったままの表情で無理矢理笑顔を作り藍さんの疑問に答えた。

「実は、異変の調査中に成り行きで組む事になりまして」

「なるほど。巫女や魔法使いに続いて、貴方や妖夢殿も動き始めたワケか。……これは、紫様が焦るワケだな」

「ねーさまが? 呼んでも来ないと思ったけど、そんなにヤバい事態になってるの?」

「紫様は式に詳細を語らぬ御方なので、詳しい事情は私にも分からないがな。そんな私でも一目で分かるほど‘不機嫌’だったよ」

「それは何と言うか……想像がつかない絵面だなぁ」

「貴方の前でのあの人は、大抵上機嫌だからな。……しかし、仮にも幻想郷の賢者をアゴで使うのは止めて欲しいのだが」

「はっはっは、マジすいません」

 自分でも自覚はあるので、僕はその煽りを一番食らっているであろう藍さんに素直に謝罪した。
 それにしても、今回の異変は想像以上に厄介な事態に陥っているようだ。
 あの紫ねーさまが、他人に感情を悟らせるほど機嫌を悪くするなんて……天変地異の前触れじゃないだろうか。
 あ、そういやもう起こってたか。小さいけど何度か地震が。
 ―――じゃ、無くて。
 今更ながら僕は、異常過ぎる程和やかな場の空気に気が付いた。
 おかしい、藍さんが普通に受け答えしてくれてるよ。しかもなんか目付きが優しいし。
 
「それにしても藍殿、上白沢殿は何処に?」

「彼女には、竹林の蓬莱人と一緒に人里の見回りをして貰っているよ。当分戻ってこないだろうから、話を聞くのは難しいだろうな」

「それほど危急な事態なのですか……」

「いや、私に与えられた任が結界の管理と人里の監視だったんでな。代わりに警戒を頼んだのださ。……もちろん、念のためにだがね」

 そして和やかなまま、普通に進み続ける藍さんとの質疑応答。
 うーむ、普通だ。殺意も敵意も排除の意も、今の藍さんから感じ取る事は出来ない。
 これはどういう事なのだろうか。――あ、ひょっとして。
 僕は以前と違う点を一時的に‘退避’させるため、妖夢ちゃんの方に顔を向けた。

「妖夢ちゃん! 今、僕の魔眼に妙な反応があったヨ!!」

「ええっ!? ほ、本当ですかっ!?」

「うん、寺子屋の周りで何か起こってるみたいだ! ちょっと見てきて!!」

「分かりましたっ! 行ってまいります!!」

「…………」

「………」

「……よしっ、相違点排除完了」

「貴方は色々考えている様で、実際の所ワリと考え無しなんだな」

「――ふっふっふ」

 我ながら杜撰な手で妖夢ちゃんを追い出すと、方便である事を察した藍さんが呆れ顔で溜息を吐いた。
 自分でも分かっているので、僕は無言で苦笑を彼女に返す。
 とにもかくにも、これで状況は以前と同じ――二人っきりの状態だ。
 さて、藍さんはどういう行動に出るだろうか。
 ……とりあえず、実力行使に出てきたら即効で逃げ出そう。
 こっそりと逃走経路を横目で確認しながら、僕は表面上だけ余裕を保ち腕組みをしてみせる。
 そんな僕の態度を見た藍さんは……何故か頭を抱えて、さらに深いため息を吐き出すのだった。――何で?

「たかだか二年弱の付き合いで、よくぞそこまで紫様に似れるモノだ……」

「ほへ?」

「何でも無い。そういえば天晶異変以降で、こうして貴方と顔を突き合わせるのは初めてだったか」

「ええ、紫ねーさまとはほぼ毎日顔を合わせていましたがね」

「良く知っているさ。……困った事に貴方と会っている時の方が仕事をしているので、文句は言えないのだがな」

「ああ、文句を言わせないためにやる事やって行くワケですか」

「――察しの通りだ」

 普段はきっと、やらなきゃいけない事すらやってくれないんだろうなぁ。
 遠い目をして窓の外を見上げる藍さんの姿に、僕は思わず貰い泣きしてしまう。
 従者って立場に居る人達は、総じて主からの苦労を被り続ける運命にあるのだろうか。
 あ、いや、でも紅魔館は違うか。アレは従者が主に苦労をかけてるし。

「話がズレたな。とにかくこうして再び顔を合わせた以上、一言だけ言わせてもらおうか」

「はっ、はひ」

「―――すまない」

 ……え? な、何事ですか?
 退避の姿勢をとった僕に、藍さんは深々と頭を下げてきた。
 えーっと、これはひょっとして、僕は謝罪されてたりするのでしょうか。
 藍さんの突然過ぎる反応に、頭の中が疑問符でたくさんになった。
 おかしいな。例え幻想郷の常識に当て嵌めても、これが殺しや挑戦のサインである事は無いはずだ。
 つまり藍さんは、何かしら僕に謝るべき事があったと言うワケで……うん、さっぱり心当たりがにゃいです。

「藍さん、謝る相手を間違えてますよ」

「……何故そうやって、躊躇い無く断言できるのだ」

「理由も根拠も特には無いです。でも多分、僕の事だから僕が悪いと思いませんか?」

「幾らなんでも卑屈になりすぎだ。少なくとも今回は、間違いなく私に責があるから安心してくれ」

 いや、どうだろう。細かい話を聞くまで責任の所在は分からないんじゃないだろうか。
 別に自分が悪いとは思いたくないけど、気付かない所で何かやらかしてるのが僕の僕たる由縁である。
 そんな僕の頑なな態度に納得させるのは不可能だと判断したらしい藍さんは、コメカミを抑えながら話を続けた。

「以前、横柄な態度で貴方を不快にさせてしまっただろう? 私が謝っているのはその事だよ」

「……ああ、その事ですか」

 良く良く考えるとその事しか無いはずなんだけど、普通に候補から外れていた。
 と言うかアレ、本当に僕は悪くないの? 土下座は本当に不要なの?

「紫様の表向きの口実を鵜呑みにした揚句あの醜態だ。……貴方には、謝っても謝り切れん」

「でもまぁ、ねーさまの口実がまるっきり嘘だったってワケでもありませんよ? 実際危険なのかもだし」

「だが、そうならない可能性も十二分に在り得ただろう。私が浅慮であった事に変わりは無いよ。……紫様の意図からも外れていたのだしな」

「藍さんって、頭固いって言われません?」

「ああ、良く言われる」

 あの時は意味が分からなかったけど、藍さんの敵意にはそういう意図があったのか。
 ……だとしたら、やっぱり藍さんが謝る理由は無いと思うんだけどなぁ。
 僕の能力は実際に危険なワケだし、未だに制御は出来て無いワケだし、警戒を解く理由は無いのでは?
 そんな疑問をありったけ込めて、僕はじっと苦笑する藍さんの瞳を見据える。
 その視線に気付いた彼女は、何故か意地の悪い顔でニヤリと口の端を釣り上げた。

「もちろん、貴方の能力が危険である事は充分理解している。そこで、だ――」

「すいません晶さま! 必死に探したのですが、何も見つかりませんでしたっ!!」

 藍さんの台詞を遮って、汗まみれの妖夢ちゃんが教室内に戻ってきた。
 恐らく、あんな適当な台詞だけで必死に周囲を探ったのだろう。
 申し訳無さ過ぎて心が痛い。後で好きなだけ、お団子あたりを奢ってあげようか。

「うんまぁ、気にしなくていいよ。ドンマイドンマイ」

「本当に申し訳ありません。……ところで藍殿、今何か言おうとしていましたが」

「大した事じゃないさ。これからはちょくちょく晶殿の成長度合いを確認させて貰う。と言おうとしただけだ」

「限りなく不吉な予感がするんですが、その宣言!?」

 つまりアレですか。執行猶予がついただけで、場合によっては謝罪が撤回される事もあり得るワケですか。
 で、そのための目安として能力の制御具合を定期的に確認させてもらうと。
 まぁ確かに、能力を使いこなせるようになれば、僕も普通の強豪妖怪と変わらないだろうしねぇ。
 だけど「成長度合いの確認」って、一体何をさせるつもりなんですか?
 とりあえず、荒事だったら全速力で逃げ出す所存ですよ?

「つまり、晶さまと手合わせしたいと言う事ですか」

「いや、そう言った情報は、遠くから見物しているだけで山の様に入るから要らんさ」

「あはは、ですかねー」

「私としてはむしろ、晶殿がどれほどの知識と知恵を有しているかの方が気になるよ。能力にも関わる重大な要素だしな」

「……別のベクトルで嫌な予感が増してきたんですけど、本当に何をさせる気なんですか?」

「なに、簡単な事さ――」

 そう言って藍さんが軽く指を鳴らすと同時に、教室の扉が全て閉まった。
 同時に、教室を包み込む様に広がる結界が魔眼に映る。
 一瞬で閉じ込められた僕等二人に、不敵な笑みで藍さんが付きつけてきたのは――二枚の紙きれだった。

「とりあえず、現状の君がどれほど幻想に対する知識を有しているか。軽くテストをして貰おうじゃないか」

「持ち歩いていたんですか、ソレ!?」

「安心しろ。あくまで確認だから、余程酷い点数を取ったりしない限りすぐ解放するさ」

「そう言われても、結界とか魔法とかの詳細な知識はさすがに対象範囲外ですし」

「心配無いさ。テスト内容は基本的に、外でも調べられる事ばかりだ。広くて浅いから再勉強の必要は無かろう」

 穏やかながらも有無を言わさぬ藍さんの笑顔に、僕は抵抗を諦めざるを得なかった。
 彼女は酷い点数で無ければ解放すると言ってるけど、つまりそれは酷い点数を取ったら絶対に逃がさないと言う意味でもあるワケで。
 ……うう、異変解決するためには、良い点数取らないとダメそうだなぁ。
 まさかの抜き打ちテストに、僕はがっくりと肩を落とすのだった。

「ところで、妖夢ちゃんはどうするの? 外で待ってる?」

「わ、私ですか!?」

「ついでだから、妖夢殿も受けたらどうだ? 従者に深い知識は必要だろう」

「そ、そうですね。私も受けさせてい、いただきます!!」

 ――この時、自分の事でいっぱいいっぱいになっていた僕は気付かなかった。
 妖夢ちゃんの余裕が、いつも以上に無いと言う事に。
 




 ……思えばこの時、素直に彼女を外で待たせていたら、あんな悲劇は起こらなかったのだろう。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「粛々とこんにちは、山田です」

AQN「同じくこんにちは、アシスタントのAQNです」

死神A「どうも、死神Aです。――って、ちょっと待ってください!?」

山田「何か?」

死神A「色々ツッコミ所はありますけど、まず最初に一つ。何で私とAQNさんが居るんですか?」

AQN「こまけぇことはいいんだよ!」

死神A「良くないですよ! 緋想の章に出演予定があるキャラは今回出てこないんでしょう?」

山田「ではでは、最初の質問です」

死神A「……わぁ、いつも通りのガン無視だぁ」


 Q:晶君でも味付けに係わる範囲でなければ、料理の手伝いさせても問題ないんじゃなかろうか


山田「まぁ、魂魄妖夢は晶君の腕前を細かくは知りませんからね。触らぬ神に祟り無しと考えたのでしょう」

AQN「西行寺幽々子は普通に食べていましたが?」

山田「その時すでに、魂魄妖夢の意識は彼岸一歩手前まで行ってました。つまり魂魄妖夢は、その事実を一切知らないワケですよ」

AQN「なるほど。大変勉強になりました」

死神A「あの、なんか二人のテンションおかしくないですか? 私凄い嫌な予感するんですが」

山田「…………」

AQN「…………」

死神A「ふ、二人とも?」

山田「さてはて、次の質問ですが」

死神A「……あたいなんで、ここに居るんだろう」


 Q:晶くんの嫌いな人が知りたいです


山田「現状いません。強いて言うなら、以前天晶花に出たお化けムカデくらいですかね」

山田「まぁ、アレもすでに完膚無きまでにブチのめしているので、今では特に何とも思ってませんが」

AQN「幻想郷在住。と言うだけで好感度に凄いプラスがかかりますもんね。下手なギャルゲならルート入り出来るレベルですし」

山田「ええ。なので呆れたり苦手だったりする事はあっても、嫌いになると言う事はまずあり得ません。ある例外を除いてはですが」

AQN「幻想郷に悪影響を与える人物、ですね。今の所はいませんけど」

山田「そういう事です」

死神A「……あの、お二人とも? さすがにスムーズに進め過ぎじゃ無いですか? 疑問役がいませんよ?」

山田「………」

AQN「………」

死神A「あの」

山田「さて、次の質問ですね」

AQN「そうですね」

死神A「あたいもそろそろ、心がへし折れちゃうんですが……」


 Q:晶の「弾幕」展開能力ってどれほどなんでしょう?


山田「はっきり言うとかなり微妙です。悪くは無いけど良くもない、と言った感じですね」

AQN「やはり、普通の弾幕ごっこで使う遊び心と派手さ重視のスペカは、晶君には厳しいと言う事ですか」

山田「ですね。そもそも緋想天寄りのルールになってるのも、主人公の性質と普通の弾幕ごっこの性質が合って無いからですし」

AQN「実利最優先ですからねぇ……」

山田「攻略難易度は高いけど、弾幕ごっこの趣旨的には最悪のスペカ。となるのが関の山です」

AQN「まぁ、原作よりお遊び成分が少ないですからね。そこはお目こぼしと言う事で」

山田「そういう事です」

死神A「あのー、帰って良いですか? 私もう要らないんじゃ」

山田「要りますんで、もうしばらく残っていてください。巨乳滅べ」

AQN「ええ、かならず必要になりますから残ってください。巨乳滅せよ」

死神A「……あれ? この展開、前にもあった様な」


 Q:「無」を「有」にする程度の能力・・・山田さんや阿Qさんといった控えめ(むしろ無)な部位をお持ちの方に、有にしてあげることってできるのでしょうか?


死神A「(あ、終わった)」

山田「はーい、本日最後の質問です☆」

AQN「うふふー、トッテモステキナシツモンデスネー」

死神A「いやあのその、お二人とも? れ、冷静に」

山田「ちなみに質問の答えは「晶君が無だと思ってれば可能」です。笑える話ですね、うふふふふ」

AQN「ええ、余りにも笑え過ぎて魂の奥底から力が湧いてくるようです。おほほほほ」

死神A「あはははは……あ、AQNさん! そういえば貴方は次回登場ですし、そろそろお暇しないと!!」

AQN「―――斬刑に処す。その六銭、無用と思え」

山田「―――奈落より這い山河を越え大路にて判を下す。ヤマの文帖によると、アンタの死は確定らしい」

死神A「いやいや、その台詞は山田様達が言っちゃあダメだと――きゃーん!!」(ピチューン


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・肆「意気天候/女心と上の空」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/10/18 00:00


「はぁ、憂鬱ねぇ。今日中に異変解決しなかったらどうしようかしら」

「野晒しで寝たら良いじゃない。きっと星が綺麗よ」

「目に映る星が全部金平糖なら良かったのに」

「なった所で食べられないわ。諦めなさい」

「……アリス、なんだか不機嫌そうね。今日は晶の奴にどんな無茶をやらされたのかしら」

「私が不機嫌なのは、いきなり現れたアンタが問答無用で攻撃してきたからよ! 何考えてるのよ霊夢っ!!」

「黙りなさい、異変の元凶め」

「――その台詞が冗談でも本気でも許さないわ」

「心が狭いわね。アンタに必要なのは、笑って許してご飯を差し出す度量だと思うわよ」

「お腹が減ってるなら普通に言いなさい! こんな回りくどい事しなくても、昼食くらいは出したわよ!!」

「私、チキンドリアが食べたいわ。前に一度だけ霖之助さんが作ってくれたんだけど、手間がかかるからってそれから全然作ってくれないのよ」

「この期に及んで相伴する気満々なのね……」

「分かったなら覚悟なさい。まずは退治するから」

「だから、貴方は何がしたいのよ!」

「アンタをぶっ飛ばしてチキンドリアを食べた後、異変を解決するつもりよ」

「チキンドリアはすぐに作れないから日を改めてにしなさいっ!!」





幻想郷覚書 緋想の章・肆「意気天候/女心と上の空」





「………あの、妖夢ちゃん、元気出して?」

「……その、なんだ。あくまでこれは晶殿用のテストだからな。それほど点数に拘る必要は無いぞ?」

 臨時の試験会場となった教室の中で、妖夢ちゃんは顔を俯かせ半泣きになっていた。
 原因は――言うまでも無いだろう。藍さんの用意したテストである。
 詳しい点数は言わないけど、僕にトリプルスコア以上の差を付けられた事だけは一応語っておく。
 ……尚、彼女の名誉のために補足させてもらうが、このテストの結果と知能指数がイコールで繋がる事は無い。
 そもそもテストの主な目的とは、それまでの勉強で何を覚えたか確認する事にあるのだ。
 僕の知識に合わせた範囲でテストを作れば、必然妖夢ちゃんには分からない奇問難問の数々が出来あがってしまう。
 ――受ける前の態度を見るに、元々自信は無かった様だけど。
 全然出来なかったからと言って、妖夢ちゃんをおバカ扱いするのはさすがに酷だろう。

「私は、自分が情けないです。あまりにも無知で、あまりにも……」

「いやいや、深刻に考え過ぎだって。エメラルドタブレットに書かれているヘルメス主義の原理なんて、幻想郷でもまず使わない知識だよ?」 
 
「晶殿の言う通りだ。陰陽五行思想における、五行相生はきちんと答えられただろう? 妖夢殿も知識は十二分にあるよ」

「……しかし晶さまは、ほぼ全問正解しております」

 そりゃ、僕にとってはおさらいだからね。
 むしろ凄いのは、記憶を探れば十中八九答えが出てくる問題を作った藍さんの方だろう。
 なるほど、コレは確かに知識の「確認」だ。どこからこれほど詳細な情報を仕入れたのだろうか。
 ……うんまぁ、間違いなくねーさま経由だと思うけどね。

「お世辞は結構です。自身の未熟さは、嫌という程分かっております! ――藍殿!!」

「な、なんだ?」

「試験内容の解説をして貰えないでしょうか。いつまでも、後悔してばかりではいられません!」

「いや、妖夢殿は別に分からなくても……」

「お願いします!!」

 意地になってる妖夢ちゃんの姿に、藍さんが困り顔で頭を抱えた。
 彼女としてもこれ以上、僕等を拘束する理由は無いのだろう。
 こちらに感けて人里の監視を疎かにすると、色んな方面から怒られそうだしねぇ。しかし――

「わ、分かった。しかし、簡単にだぞ?」

「ありがとうございますっ!!」

 自分でも甘いと分かっているはずなのに、結局イエスとしか答えられなかった藍さん。
 どうやら、妖夢ちゃんの真剣かつ半泣きな瞳に心が負けてしまったらしい。
 ……なるほど、アリスと同類か。色んな意味で理解しましたともさ。
 苦労の集中砲火を優先的に受け取っちゃうタイプだね。
 負担になっているのは、紫ねーさまの気紛れだけじゃないんだろうなぁ。

「いや、妖夢ちゃん。藍さんもそうだけど、僕等もこれから色々とやる事あるよね? 異変解決はどうするの?」

「大丈夫です、晶さまは先に稗田殿の所へ行ってください。人里を出るまでには合流致しますので」

「―――分かった。藍さん、後はお願いします」

 つまり人里での調査は僕だけでやれと言う事ですか。と言うツッコミは辛うじて抑えた。
 本人にその気は無いんだろうけど、この子もわりかしイイ性格してるよねぇ。
 藍さんとは逆に、無意識に自分の苦労を誰かに押し付けてると言うか……あれ? おかしいな、胸が苦しいぞ?

「結界は解いておく。妖夢殿を長時間拘束するつもりは無いから安心してくれ」

「まぁ、僕の方は大丈夫ですよ。むしろ何かあったら妖夢ちゃんをこき使ってくださいな」
 
「はいっ! 全力でお手伝いさせて頂きます!!」

「素直に私を解放してくれる事が、私への最高の手伝いなのだが」

「じゃあ、行ってきますね!!」

 聞こえません聞こえません。僕には何も聞こえません。
 藍さん最後のSOSを聞きながして、僕はダッシュで寺子屋を後にするのだった。










 しばらく歩いていると、人里で一番立派な建物に辿り着いた。
 ここが阿求さんの住んでいる稗田邸である。何度も来たはずだけど、未だに緊張してしまうのは尊敬の念故か。
 僕は大きく息を吐き出して残った緊張を追い出すと、稗田邸の門を軽く叩いた。
 
「すいませーん」

 白玉楼の時と違い、不法侵入をしないのは阿求さん以外にも住んでいる人がいるからだ。
 声をかけた後しばらく待っていると、門の中からお手伝いさんらしき人が顔を出してくる。

「はい、どちら様……で……」

「どうも、久遠晶です。阿求さんに会いに来ましたー」

「し、しばらくお待ちください!!」

 軽く挨拶しただけなのに、真っ青な顔で扉を締められてしまった。
 それだけでもかなり複雑な気分になるのに、さらに扉の向こう側からは、何やら聞き捨てならないやり取りが聞こえてきている。
 あれが噂の……とか、阿礼乙女様の身が危ない……とか、冗談でも勘弁して欲しいんですが。本気っぽいけどさ。
 ひょっとして人間ダウンバーストの噂、人里でもばっちり広がってるのだろうか。
 これで阿求さんの好感度までマイナスになっていたら、僕は間違いなく枕を涙で濡らす事になってしまう。
 吐き出したのとは違った緊張を心に居座せながら待っていると、五分ほどの間を開けて再び扉が開いた。

「お待たせ致しました。当主がお会いするそうです」

 先程応対? してくれたお手伝いさんが、おっかなびっくりと言った様子で招き入れてくれる。
 まぁ、とりあえず阿求さんの好感度はそれほど下がっていないらしい。
 ほっと一息つきながら、ビクビクしているお手伝いさんの案内で進んでいく。
 とりあえず彼女らの態度に関してはもうスルーで。泣いてない、泣いてないですじょ?
 
「当主様、お客人を連れてまいりました」

「御苦労様、下がってください。――さて、お久しぶりですね晶さん」

「………はぁ」

 何故か居間では無く客間に通された僕を待ち受けていたのは、人が一人は隠せる程大きな仕切りだった。
 と言うか、現在進行形で阿求さんが隠れている様です。
 いつぞやの輝夜さんを思わせる光景だけど、仕切りは分厚くて向こう側を覗き見る事は出来ない。
 ……なんか、さっきのお手伝いさんの対応と合わせて拒絶されている様に感じるヨ。
 あ、また来たんですか緊張サン。ぶぶ漬け食べますか? え、要らない?
 
「きょ、今日は何のご用でしょうか」

「えーっとまぁ、実は今起きてる異変に関する質問をしに来たんですが」

「異変……それは、天気を変える緋色の雲の事ですかね?」

「緋色の雲? あー、すいません。変な天気ではありましたが、雲は一つも無かったんでそれは見てないです」

 しかし言われてみれば、白玉楼に雪を降らしていた雲はほんのり緋色だった気がする。
 うむ、これは貴重な情報だ。少なくともこれからの行動の指針にはなるだろう。
 ――で、阿求さんはいつまでそこに隠れてるつもりなんですかね?

「ひょっとして阿求さん、髪でも切った?」

「なっ、何故にそれを!? まさか晶さん、透視能力を身に付けたのですか!?」

「ふっふっふ、ずっと仕切りの向こうに隠れてたからね。もしやと思ったけど――やっぱりかっ!」

「あ、そういう……。確かに髪は切りましたが、失敗はしてませんよ。ほら」

「いや、髪の毛の一部だけ見せられても。良いから、そろそろ出てきてくれませんか?」

「えーっとそれは、その……」

 恐らく何かモジモジしているんだろうけど、残念ながらその仕草は僕に伝わりませんよ?
 どうやらあくまで仕切りから出てくるつもりは無いらしい阿求さんは、出てきていないにも関わらず感情が駄々漏れだった。
 うん、まぁ怖がられてるって感じじゃ無いので一安心。とりあえず緊張さんは食うもん食ってとっとと帰れ。
 しかしだとすると、この異常なまでの警戒っぷりは何なんだろうか。
 思わず首を傾げていると、阿求さんが恐る恐ると言った風に話しかけてきた。
 
「その前に、一つ確認してよろしいでしょうか?」
 
「どうぞ」

「晶さんは男性――なのですよね」

「うん」

 何故そんな質問を、と思いつつもとりあえず頷く僕。
 肯定の返事をすると同時に、仕切りの向こう側から息を呑む音が聞こえた気がする。

「あ、あわわ、あわわわわ……」

「あの、阿求さん?」

「ち、違うんです!!」

 何がですか? お願いなんで分かる様に説明してください。
 やっぱり仕切りの向こう側で、ワタワタと動揺し出す阿求さん。
 彼女は泣いてるんじゃないかと思う程に声を震わせ、畳みかけるように言葉を重ねてきた。

「わっ、私は好んで殿方に抱きついたり、肌を晒す服を見せつけたりするワケじゃないんですよ!」

「でも僕、どっちもされましたけど?」

「ち、ちがっ、違うんです。しましたけどそれは、誤解していたと言いますかっ、浮かれていたと言いますかっ」

「そんなに言い訳しなくても、僕は全然気にして無いですよ?」

「――それは、私がペッタンコだからですかっ!!」

「気遣いが性的な意味に受け取られてる!?」

 仕切りを勢い良く横にズラして、良く分からない怒りをぶつけてくる阿求さん。
 非力な彼女のドコにこれほどの力が――等と思っていたら、仕切りの下には絶妙に隠されたコロコロが。
 畳とコロコロって相性悪いんじゃないだろーか。等とどうでも良い事を考えていると、顔を真っ赤にした阿求さんが僕に襲いかかってきた。
 しかも表情は、半泣きどころか全泣きだ。繰り出してくるパンチは、肉体的には痛くないけど精神的には何故か超痛い。
 彼女は言葉にもなっていないほど切実な叫びを上げながら、我武者羅に拳を突き出してくる。
 どうしたら良いんだろうかコレは。さっぱり理解できないけど、今謝ったら僕は極悪人になってしまう気がします。

「うぁーん! 酷いです鬼です破廉恥ですーっ!! そういう意図は無かったですけど、抱きついたのもあの服見せたのも殿方では貴方が初めてなんですよー!」

「落ち着いて阿求さん、今の「気にして無い」はそう言う意味でなくてですね」

「良いですか、私は普通の人の半分も生きられない可哀想な身体なんですよ! 成長なんて言わずもがな!! つまりペッタンコなのは運命なんですっ!」

 そういうヘヴィーな自虐は、すでに死んでる人か絶対死なない人に言ってください。僕は笑えません。
 彼女にだけ許された究極の不謹慎ネタをブチかます阿求さんは、もう何て言うか無敵だった。
 
「それなのに、初めてだったのに、出てきた感想が「大した事無かった」とか最低最悪の侮辱ですよーっ!」

 ぎゃあっ、僕の意見がさらに酷く湾曲されている!?
 肉体的なダメージが未だ皆無なのにも関わらず、僕はかつて無いほど追い詰められていた。
 何だこの罪悪感。弱い者イジメと称された、メディスンとの弾幕ごっこよりも心が苦しくなるんですが。

「特にあのチャイナ服はお気に入りだったんですからね! 阿礼乙女としての格式があるので、外で着る事は出来ませんでしたけどーっ!!」

「ああ、確かにあのチャイナは可愛かったね。阿求さんに良く似合ってたよ」

「――――っ」

 あ、止まった。
 唖然とした表情で目を見開いて、じっとこちらを見つめる阿求さん。
 まるで時が止まったかの様なその姿が、何故だか知らないが今はとても怖い。
 と言うかいい加減、僕の身体の上から退いて頂きたいのですが。
 阿求さん、僕に覆いかぶさる様にしがみ付いてるから身体が自然と背中側に傾いちゃうんだよね。
 しかしここで彼女に触れると、同時に何かエラいスイッチを押してしまう事になる気がする。
 そんな予感を抱きつつ、僕は彼女の肩に右手を―――あ。
 じんわりと掌に広がっていく阿求さんの体温。同時に、阿求さんの顔があっという間に真赤に染まっていく。

「あ、あの、申し訳ありません、興奮してしまって。決してその、そそそ、そういうつもりじゃなかったんですよ?」

「大丈夫、大丈夫だからゆっくりと身体を離して。爆弾を解除する爆弾処理班の様に慎重に」

「――はひゅん!?」

「はひゅん!?」

「ちが、はしたな、わたし、う……うぇぇええええええん」

「泣いたーっ!?」

 恐らく精神的な負荷がかかり過ぎて、自分でもワケが分からなくなってしまったのだろう。
 真っ赤な顔で目を見開いたまま、ボロボロと涙を零す阿求さん。
 ヤバい。何がヤバいのか良く分からないけど、このままじゃ危険だ。デンジャーだ。
 必死に宥めてみるが、阿求さんの涙も動揺も収まらない。
 もしこの場面を誰かに見られたら、僕は色んな意味で死ヌ―――

「どうした稗田殿、大丈夫か!!」

「あ」

 客間と廊下を遮っていた襖が開き、血相を変えた上白沢先生が現れる。
 交差する僕と先生の視線。再度硬直する場の空気。それでも泣きじゃくる阿求さん。
 緊迫感に支配された場で最初に動いたのは、自分でも意外な事に僕だった。

「えへ☆ どうもこんにちは先生!」

 はて先生、おかしいですね。貴方は人里の外でぱとろぅるしていたのではございませんか?
 そんな疑問も込めてニッコリ笑顔を先生に向けると、彼女は同じくにこやかな笑みを返してくれた。
 それは教師らしい、優しさと暖かさに満ち溢れた表情で。
 無言で有りながら雄弁に、現在の彼女の思いを熱く語ってくれた。
 即ち――うるさい、それよりもまずぶっ飛ばすぞと。

「こんのぉぉおおおおお、不埒者がぁぁぁああああっ!!!」

「で、す、よ、ねぇぇぇぇえええっ」

 咄嗟に何とか阿求さんを退避させた事は、とりあえず評価して欲しい。
 謎の緑髪角付き妖怪のイメージを纏う上白沢先生が放った横方向への頭突きで、僕の身体は華麗に宙を舞うのだった。





 ―――だけど、良かった。いつものオチに至った事が、今は何よりも嬉しいデス。
 



[27853] 緋想の章・伍「意気天候/曇り無き眼で」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/10/25 09:19


「さて、次の問題はヘリオポリス九柱神に纏わる逸話を問うモノで――」

「古代埃及の神話ですか……藍殿も晶さまも、遠い異国の神話を良くご存じですね」

「私の知識は、ほぼ全てが紫様からの受け売りさ。別段誇る事でも無いよ」

「それでも十二分に素晴らしいと思いますが……では、晶さまは?」

「晶殿は独学だろう。どうやら外の世界では、異国の情報を手に入れる手段が山の様にあるらしい」

「やはりそうなのですか! さすがは晶さまですっ!!」

「あー、妖夢殿? あまり彼を特別視するのは止めた方が良いと思うぞ?」

「……何の事でしょうか?」

「自覚は無い、と。困ったモノだな。……良いか、彼は君同様まだ未熟な人間なんだ。過度な期待をかけると潰れてしまうかもしれないぞ」

「同じだなんてそんな! 私など、まだまだ晶さまの足元にも及びませんよ!!」

「そうか――ところで妖夢殿、晶殿はどれほどの使い手なんだ? 実は、まだ戦った所を見た事が無くてね」

「……そうですね。あらゆる武器を使いこなし、多彩な技と優れた知恵で相手を圧倒する妙手。と言った所でしょうか」

「はっはっは、なるほどなるほど。――はぁ、これがハッタリのツケか。高くつくぞ晶殿」

「藍殿、何か申されましたか?」

「何でも無いさ。さて、問題の解説だが……」





幻想郷覚書 緋想の章・伍「意気天候/曇り無き眼で」





 どうもこんにちは! 重力に全力で逆らっている男こと久遠晶です!!
 ……うぉう、頭に血が上るぜぇい。おまけにフラフラ身体が揺れるから、気分もかなり悪くなってきたかも。
 ちなみに僕は現在、全身を簀巻きにされた状態で庭の木の上から吊り下げられています。
 実行犯は、頭突きで僕を吹っ飛ばした人里の守護者、上白沢先生だ。
 彼女は吹っ飛ばした僕を、即座にロープを巻きつけあっという間に逆さ釣りにした。
 その手慣れ具合は、相当数同じ事をやっているとしか思えない。
 さすがは熱血教師を地で行く上白沢先生。多分、彼女は体罰を愛の鞭と言い切るタイプだ。絶対に。

「さて、何か言いたい事はあるか?」

 僕を優しく見上げながら、上白沢先生が口調だけは穏やかに尋ねてくる。
 ただし、その背後から漂うオーラは間違い無く羅刹。死を覚悟させるには充分過ぎる程の迫力だった。
 これは下手な説明じゃなくても、危険が危ないかもしれないなぁ。
 笑みに見えるほど口の端を引きつらせて、僕は本日二度目のかつて無い危機に冷や汗を流す。
 しかもこの状況で、もう一人の証言者である阿求さんは――

「う、うぐ、あきらざ、わ、ひぐ」

「良いデスから! 阿求さんはまず泣きやむ事から始めてください!!」

 何の役にも立たない所か、僕にトドメを差しかねない勢いです。こりゃアカン。
 とりあえず、冷静にあの時の状況を振り返ってみようか。
 良く思い出せばどこかに抜け道があるはずだ、多分。そうであって欲しい。
 えーっと、阿求さんはあの時僕に覆いかぶさっていて、その勢いで僕の身体は傾いていて。
 彼女は興奮と動揺で息が荒くなっていて、顔は赤くなっていて、目は涙で一杯になっていて。
 ――うんっ、絶対無理。
 言い訳は不可能と判断致しました。死んだ、間違いなくコレは死んだ。
 静かに目を閉じ、上白沢先生の判決を待つ被告人の僕。
 しかし意外な事に、次に彼女が口にしたのは優しい響きを持つ言葉だった。

「晶、あまり私を侮るなよ。私とて君が、情欲から稗田殿に襲いかかった等とは考えていないさ」

「ほへ?」

「申し開きを求めているのは、前後関係を明らかにしたいからさ。なぁに、誤解だと分かればすぐに開放するよ」

 嗚呼、さすがは人里唯一の寺子屋教師。懐の広さが段違いですよ!
 沈黙は金だと思っていた自分が恥ずかしい! そうだよね、中世だと雄弁な銀の方に価値があったんだもんね!!
 
「そう例えば。君が今まで性別を告げなかったために、私達が君の事を女性だと誤解していたり」

「ん?」

「男性だと知ったのが、よりにもよって噂伝手だったり」

「おやおや?」

「女性だと思って接していた時の事で、稗田殿が私に相談する程悩んでいたり」

「………」

「心の準備が出来ていない状態で件の君が訪れ、混乱した稗田殿が泣きだしたり」

「あ、あの」

「そんな私の知ってる事情以外にも、何か理由があるかもしれないものな! さぁ、言ってくれ!!」

 すいません、貴女以上に一連の流れを把握している人は多分いません。
 先程とは違う理由から、僕は自己を弁護する事を諦めた。
 同時に、阿求さんの態度がやたらおかしかった事情も把握する。
 以前からずーっと何か忘れてる気がしてたんだけど……そっかぁー、これだったかー。
 そういえば僕、人里でそういう説明を一切して無かったね。あははははー。

「何も無いのか?」

「――やっちゃってください」

 ニッコリ笑顔の上白沢さんに、同じく笑顔で返答する僕。
 諦める他無かった。説明不足が招く惨事を知っててこの体たらく、罰を受ける理由は十二分にあるさ。
 だけど、一つだけ言わせて欲しい。――ぶっちゃけ、とっくに言ってると思ってました。

「反省して無い気配っ!!」

「何で分かるのげぼはぁっ!?」

「……ぐず。お、おまだぜしました」

 遅いです阿求さん。僕もうすでに蓑虫状態で飛んじゃってます。
 結びついていた枝ごと吹っ飛ばす先生脅威の頭突き力に感心しながら、僕は衝撃に備えてゆっくりと身体を強化するのだった。
 









「とりあえず、色々と話を聞かせて貰おうか」

「――ど、どうぞ」

 痛む身体を抑えながら、僕は居間で上白沢先生と正座し相対していた。
 最早、異変に関するアレコレを聞ける空気では無い。
 阿求さんも彼女の背後に隠れちゃってるし、ここは大人しく先生に主導権を譲る事にしよう。
 ううっ、それにしても首が痛い。
 まさか墜落間際で、追撃の頭突きが入るとは思わなかった。
 あれもう完全にハリ○ーンミキサーだったよね。上白沢先生に角があったら間違いなく死んでたよ。

「確認したいのだが……なぜ君は、女装をしているのだ?」

「んー、運命って答えじゃダメですかね」

「ダメに決まってるだろう」

「ですよねー。じゃあ正直に言います、姉の趣味です」

「……射命丸文のか?」

「最近発覚した事実ですが、紫ねーさまの趣味でもあります」

 ついでに咲夜さんの趣味でもあるけど、これは敢えて説明しなくて良いだろう。
 二人の名前を出した時点で、先生の顔が苦渋に満ちているしね。
 
「そういえば八雲紫は君の後見人だったな。しかし保護者達から強制されただけなら、断れば良いだろう」

「実利も伴ってますからね。命を守るためなら、多少の恥辱なんて安いモンです」

「……曇りの無い瞳で言うな」

 しかし実際問題、このメイド服を超える装備は幻想郷にもほとんど無いんだよね。
 鎧との相性も調整されてるから、代わりの服はまず見つからないだろう。
 そして同一機能でかつ新しいデザインの服を作るためには、文姉と紫ねーさまと咲夜さんとアリスの力を借りないといけないワケで。
 なので、幻想郷に永住すると決めてから僕は覚悟を決めています。一生メイド服で過ごす覚悟を。

「まったく、男子としてのプライドは無いのか。君には」

「プライドなんぞ犬にでも食わせておけ、戦いに卑怯もラッキョウもあるか。が僕の信条です」

「な、情けなくはならないのか?」

「いいえ、まったく」

 そもそもプライドと言うのは、積み重ねてきた実績から生まれるモノだ。
 幻想郷に来るまで戦闘経験も武術経験も無かった僕に、守る程立派なプライドが出来るワケ無いのである。
 色々能力で底上げした結果、妖怪相手でも真っ当に戦える様にはなったけどね。
 所詮それは、一年近い日数で無理矢理焼きつけた俄刃だ。手段になっても誇りになる事はまず無い。
 もちろん、男としての矜持なんてもっての外である。
 性別以上に高い人妖の壁の前では、男子としてのプライドなんて何の意味も持たないだろう。
 結局のところ僕には、戦う者としてのバックボーンが一切無いのだ。薄っぺらいと言っても差し支えが無い程に。
 だからこそ、誇りになる程分厚い骨子がある方々に食らいつく為に形振り構わないやり方を選んでるんだけど……。
 とは言えそんな裏事情が先生に伝わるはずも無く。先生は渋い顔のまま、露骨な溜息を吐きだした。

「……君の戦績が本物なら、正々堂々戦っても問題無いと思うがな」

「や、そう言う手も結構使いますよ? 相手に有効だと分かったらですけどね」

「真っ直ぐ行くのも策の一つか。……まぁ、今更君のやり方にケチは付けないさ。そうやって今までやってきたのだろう?」

「そう言って貰えると助かります」

「それより、もう一つだけ聞きたい事がある。――とても重要な質問だ」
 
 張り詰めた表情で、上白沢先生が僕の瞳をじっと見つめる。
 彼女は大きく息を吸い込むと、吐き出すのと同時に疑問をぶつけてきた。

「君はその容姿を、疾しい目的のために悪用したのか?」

 先生の背後で様子を窺っていた阿求さんの、息を呑む音だけが居間に響く。
 上白沢先生の視線は、例え友人と言えども返答次第では容赦しないと明確に語っていた。
 隠し事は出来そうにない。僕は緊張で身体を固くしながら、先生の質問に答える。

「実は……前にアリスにケーキを奢ってもらった時に、僕の分もレディースデー割引して貰いました」

「――そ、そうか」

「すいません。……でも、あまりにもアリスが可哀想で」

 何しろ会計の時に、アリスの顔が露骨なまでに引き攣っていたからなぁ。
 幾らお詫びの印だと言っても、あのまま原価払いさせるのはさすがにどうかと思ったんですよ。
 しかし上白沢先生は、そんな答えでは納得いかないとばかりに苦笑いして見せる。
 はて、何が不満なんでしょうか。……ああ、そういえばあの時あの場に先生も居たっけ。
 つまり今更説明しなくても知ってると。いやぁ、うっかりしていたなぁ。

「で、他には無いのか? 自分の姿を悪用した事は」

「いや、無いっす。そもそも僕、女装してるって自覚が致命的なくらいに無いんで」

「……なるほど、性別を言わなかった理由はソレだったか」

「いえす。面倒な事になってスイマセン」

 僕の答えに、上白沢先生は安堵の息を漏らす。
 相変わらず表情は苦笑のままだけど、どこかホッとした雰囲気で先生は肩を竦めた。

「疑って済まなかったな。しかし、僅かな可能性でも見逃すわけにはいかなかったんだ」

「そんな大袈裟なモノですか?」

「大袈裟なモノか。稗田家の人間からしてみれば、君は性別を偽って阿礼乙女に近づいた危険人物となるのだぞ?」

「はぁ、それのどこら辺あたりがマズいので?」

「……聞いての通りだ、稗田殿。この男は性別の差をまっっったく考慮していない、安全な人物だと保障すると伝えておいてくれ」

「そうですね。――くすん、私の抱いたトキメキはどこに仕舞えば良いのでしょうか」

 失礼な。僕だって男女の差ぐらい分かってますよ。
 だけど友達になるだけなら、別に男とか女とか関係無いと思うけどなぁ?
 何故だか不満そうな阿求さんと呆れ顔の先生に見つめられ、僕は思わず頭をかいた。
 
「まぁ、この話はこれくらいにしておこうか。次は君の話――今回の異変の事を語ろうじゃないか」

「ほへっ? 何で上白沢先生がその事を?」

「そもそも私が人里に戻ってきたのは、藍殿に手が足りないと呼ばれたからでな」

「あー……すいません、妖夢ちゃんがご迷惑を」

 こんな事なら、無理矢理にでも妖夢ちゃんを連れてくるべきだったね。
 やっぱり藍さん、人里に目を向ける余裕が無かったのか。
 大体の事情を察した僕は、思わず先生に平謝りした。
 恐らく彼女から大まかな事情を説明されたのであろう先生は、しかし僕の謝罪に軽快な笑いを返してくる。

「何、気にする必要は無いよ。実の所、外の守りは妹紅だけで充分でね。呼ばれ無くても戻るつもりではいたのさ」

「なら良いんですけど……」

「それより異変の事だが――稗田殿はどこまで説明したのかな」

「えーっと、緋色の雲の事くらいですね。それ以外は、その、説明する前に……」

「ああ、分かった。その先は言わなくて良いさ」

「その口ぶりからすると、御二人は異変に関して何か知っているんですか?」

「いや、何も知らん」

「私も、何も知りませんね」

 ……これは二人なりのジョークなのだろうか。
 勿体付けた会話の直後にカマされたあまりと言えばあまりの台詞に、僕は正座の姿勢のまま倒れた。
 そんな僕の姿を見て満足そうに頷く阿礼乙女とワーハクタク。しばらくはこう言う扱いで行くって事ですかそうですか。

「そう不貞腐れるな。何も知らんと言う事はつまり、幻想郷でも前例の無い出来事と言う事だ」

「花の異変の時みたいに、前例があるワケじゃ無いと」

「無いな。少なくともこれは自然現象では無い。何者かが意図的に‘起こしている’事態だ」

 先生の言葉に、僕は倒れていた身体を起こし緩みかけていた表情を引き締め直した。
 今回の異変が人為的なモノであるなら、話は少々変わってきてしまう。
 天気が変わるだけの異変と侮る事無かれ。幻想郷には、そう言ったどうでも良い事に全力を尽くす妖怪が山の様に居るのだ。
 そしてそういう下らない事をする妖怪ほど、出鱈目に強かったりするからニンともカンとも。
 ……それに目的を持って暗躍している人物がいるなら、最悪のパターンも想定しておかないといけない。
 天候の変化はあくまで‘オマケ’で、その裏にはもっとヤバい‘本当の目的’が隠されている。その可能性を。

「こーしてはいられませんな! 急いで妖夢ちゃんを回収して、異変の元凶を探さないと!!」

「逸るのは結構ですけど、晶さん心当たりはあるんですか?」

「無いです。けど、緋色の雲を見つけて追っかけたら何とかなる気がします」

「……完璧に行き当たりばったりだな」

「なぁに、多分何とかなりますよ」

 不思議な話だが、僕は自分の発言に確信さえ持っていた。
 この‘予感’に従っていけば、自然異変の真実は僕の前に現れるのだと。

「それじゃ、色々ありがとうございました! 今度お土産持ってまた来ますねっ!!」

「あ、おい待――」

 客間の襖を勢いよく開けて、僕は氷翼を広げると共に稗田邸から飛び立った。
 目指すは、妖夢ちゃんの居るであろう寺子屋だ。
 良く分からないけど、何かテンション上がってきたよーっ!!





「……博麗の巫女みたいな事言って、行っちゃいましたね」

「ああ。しかし参ったな」

「何か言い忘れていた事でも?」

「いや、そうでは無いんだが――稗田殿も知っているだろう? 人里で流れている主な彼の噂を」

「えっと……『‘正体不明の妖怪’久遠晶』の事ですか?」

「うむ。彼が人里に来る時は、大抵誰か他の妖怪と一緒だったからな。そういう扱いになってしまうのも仕方の無い事だが……」

「――なるほど。そんな人が氷の翼で人里を横断すれば、噂が肯定される事は確実ですね」

「本人は全く気にしないだろうがな。やれやれ、彼にとって人里は安住の地では無いのだろうか」 










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうもこんにちは、前回暴れてワリとすっきりした山田さんです」

兎詐欺「私と(不当な)契約して幸せになってよ! 皆のシアワセ兎、兎詐欺ちゃんですっ!!」

山田「帰れ」

兎詐欺「わーお、釣れないお言葉。もうちょっと歓迎してくれても許されると思うんだけど?」

山田「キャラ被りとボケ被りとレギュラーキャラには容赦しない。それが山田クオリティ」

兎詐欺「いやいや、被ってない被ってない。掠ってはいても被ってはいないよ。ついでに言うと私は準レギュラーで」

山田「そんな言葉で納得すると思っているのですかっ!!」

兎詐欺「してよ面倒な。つーかさ、風祝の時より態度が厳しくない? 山田さん貧乳尊重派なんでしょ?」

山田「貴女、実は今後登場する可能性があるんですよ。――まったくなのに何で来たんですか」

兎詐欺「むしろ私が教えて欲しいわっ!?」


 Q:晶君と妖夢が受けたテストで高得点を取れそうなキャラって誰でしょうか? あと、魔理沙、慧音先生、こーりんあたりだとどの位解けますか?


山田「八雲紫、八意永琳、洩矢諏訪子、八坂神奈子、四季映姫ヤマザナドゥ、パチュリー・ノーレッジ、アリス・マーガトロイドくらいですかね」

山田「あ、作成者である八雲藍は除きますよ?」

兎詐欺「なんか、意外と少ないね」

山田「問題のジャンルが広すぎるんですよ。雑食的に知識を食い漁って無いとまず解けないテストです」

兎詐欺「同じく外の世界出身の風祝や、一人だけ入ってない魔法使いの普通の魔法使い。あと、人里の守護者がいない理由は?」

山田「そこそこの点数は取れる、と言うレベルだからです。幻想の知識と言ってもあくまで「外の知識」ですから、幻想郷の住人にはキツいモノがあるのですよ」

兎詐欺「ああ、むしろ高得点取れる面子の方がちょっとおかしいのか」

山田「そういう事ですね。東風谷早苗は自身の専門以外それほど明るく無く、霧雨魔理沙は他二人より知識が足りていません」

山田「そして上白沢慧音は幻想郷の知識メインなので、今回のテストは微妙に知識の範囲から外れています」

兎詐欺「じゃあ、上三人のテスト点数はどれくらいになるんで?」

山田「具体的点数は言いませんが、だいたい「久遠晶>森近霖之助>上白沢慧音>霧雨魔理沙>魂魄妖夢」となりますね」

兎詐欺「店主の点数、意外と高いんだなぁ」

山田「あの店主は外の物を掻き集めていますからね。むしろ得意分野でしょう、独自解釈のせいで若干点数が落ちてますが」


 Q:あと、晶君をまだ女だと思っている人っていましたっけ?もしかしたら阿求が最後?


山田「現在の登場人物はもう全員が知っている。はず、です」

兎詐欺「その「はず」ってなにさ?」

山田「や、そもそも性別を気にして無い輩が多過ぎるので」

兎詐欺「まぁ、本人からしてそうだしね」

山田「強豪妖怪だと一目で性別を見抜きますからね。まぁ、今後出てくる方が見抜けるかは不明ですけど」

兎詐欺「なるほど! 今後登場するキャラには、乙女ちっくなリアクションがあるかもしれないんだねっ!!」

山田「あるかなぁ」

兎詐欺「そこは頷いとけよ」


 Q:似たような知識をランキング付けするとどんな感じになるんだろうとか無茶なことを言ってみる。


山田「これは、外の世界知識ランキングと考えて良いのでしょうかね」

兎詐欺「いいんでない? 総合知識ランキングかもしれないけど」

山田「どっちにしろ面倒なので、トップ3だけ上げておきますね。後はまぁ、専門が違うので比較しにくいですし」

兎詐欺「後者の言い訳最初に使うべきじゃね?」


外の世界知識ランキング

1.八雲紫
2.八意永琳
3.洩矢諏訪子


幻想郷総合知識ランキング

1.八意永琳
2.八雲紫
3.パチュリー・ノーレッジ


兎詐欺「晶入ってねぇ!? つーかトップ二人はほぼ固定かぁ、さすが賢者とおししょー」

山田「まぁ、所詮は物知りなだけの人間ですからね。トップ連中とは知識の桁が違いますよ」

兎詐欺「守矢の神様が入ってるのは、外に居たから?」

山田「プラス、地霊殿以降で色々やってる事への評価ですかね。幻想風に変換出来る程度には科学に明るい様ですから」

兎詐欺「……八坂神奈子は?」

山田「いや、ちゃんとランキング上位に入ってますよ? まぁ、仮に上だったとしてもあのコンビの上下関係に変わりはありませんが」

兎詐欺「ああ、それは分かる。うどんげと同じ匂いがするよねあのオンバシラ」

山田「否定はしません」

オンバシラ「しろよっ!!」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・陸「意気天候/メイド達の挽歌」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/11/01 00:02


「よぅ慧音、見回り終わったから戻ってきたぞ」

「おかえり妹紅、外の様子はどうだ?」

「お前が居た時と一緒だよ、不気味なくらいに静かだ。私達は蚊帳の外って事らしい」

「そうか……人里に害が及ばないのは喜ばしいが、何も分からないと言うのはやはり落ち着かないな」

「もう少し詳しく、晶さんに話を聞いておけばよかったですね」

「おお、そういえば晶の奴来てたんだよな。どうだった?」

「いつも通りだったよ。良くも悪くもな」

「やっぱり、女装している自覚は無かったみたいですね。うう……」

「あっはっはっは! だから言ったろ? あの手のタイプは変な所素直だから、そんな器用な真似出来ないって」

「私とて疑ってはいなかったが、何事にも通さねばならん筋はあるだろう」

「別に私だって、そういう展開を望んでいたワケじゃないですよ? でももう少しだけ、甘酸っぱいやり取りがあっても良いと思うんです」

「私にはもう分からない筋だね、それは」

「そうやって、人である事を否定する発言はして欲しくないんだが……まったく」

「そりゃあ、私に性的な魅力なんて有りませんよ? でも真顔って、トキメキ皆無って、酷くないですか?」

「……つーか、どうしたのさ阿礼乙女」

「まぁ、なんだ。乙女だけあって色々と複雑なんだろう」

「ふーん」

「顔真っ赤にして「うわぁ、阿求さんって意外と柔らかいんだ」とか呟いても良いと思うんですよ。むしろ言うべきです。言って私に聞かせるべきです」





幻想郷覚書 緋想の章・陸「意気天候/メイド達の挽歌」





「なるほど、緋色の雲ですか」

「うん。多分それが、今回の異変に関係していると思うんだ」

 次の行動を決めた僕は、速やかな行動で妖夢ちゃんを回収し人里を離れた。
 別段慌てて離れる必要の無かった人里を、早急に離れた理由は一つ。
 ――藍さんが、妖夢ちゃんの質問攻めでノイローゼになりそうだったからだ。
 いやぁ、凄いよアレ。さすがの僕もちょっと引いた。
 質問の内容自体は至極まともなんだけど、もう何と言うか畳みかけてくるのである。質問を。
 言うなればマシンガンクエスチョン。無理矢理にでも中断させて藍さんを解放した僕は賞賛されるべきだと思う。
 まぁ、多分日を改めて続きをする事になるんだろうけど。そこまでは責任持てないし僕。

「では今後は、緋色の雲を追う事になるのですね!」

「そうなるかな。もっとも緋色の雲を出してる人イコール異変関係者ってワケじゃないから、対応は慎重に……」

「ご安心ください! どんな相手でも切り散らしてみせます!!」

「うん、人の話は聞こうネー」

 快心の笑みで物騒な宣言をする妖夢ちゃんには軽い釘刺し。
 彼女の本当に恐ろしい所は、これ等の発言に一切の悪意が無い事だろう。
 なんと言うか、問答無用でぶった切る事に躊躇いが無いんだよね。
 挨拶代わりにグーパンチをフォーユー。と言う幻想郷独自のノリともまた違った、独特の価値観を感じると言うか。
 ……何だかんだで妖夢ちゃんも冥界の住人だから、命に対する捉え方が違うのかもしれない。
 
「しかし、何ゆえ雲が緋色になるのでしょうか?」

「うーん……猩々の仕業とか?」

 意外と確信を付いた妖夢ちゃんの疑問に、僕はとりあえず思い付いた事を答えてみた。
 猩々は中国の妖怪で、猿に似た赤毛の獣である。知性は高いらしく、猩々を題材にした能もあるそうだ。
 まぁ、猩々が天候を操作したなんて話は聞いた事無いけどね。
 その血は猩々緋と呼ばれるほど赤いらしいし、今回の異変と何らかの関係は有るんじゃないかと……うん、無さそう。

「森の人が何故その様な事を……」

「いや、オランウータンの事で無くてね」

「チンパンジーの方でしたか」

「黒猩猩の事でも、ましてや大猩猩の事でも無いからね」

 そりゃまぁ、どんな動物でも妖怪化する可能性はあるけどさ。マレーはちょっと遠すぎやしませんか?
 幻想入りしそうな雰囲気ではあるけど、まだちょっと早いと思いますヨ?
 あと、何でそういうどうでも良い知識だけはあるのさ妖夢ちゃん。類人猿の和名なんて、外の人間でも中々言えないんですが。

「ま、何らかの意味があるとしても、情報不足の現状じゃ結論は出せないよ。とりあえず緋色の雲を巡って……」

「片っ端から斬っていくワケですね!」

「お願いだから、せめて僕が良しと言うまで切りかからないでね?」

 もっとも、雲を追っかけただけじゃ異変の犯人は見つからないだろうけどね。
 雲一つ無いから断言は出来ないけど、太陽が二つあるこの天気も緋色の雲と同じ現象なんだろう。
 しかし、僕には異変前後で何かをされた覚えは無い。
 寝ている間に……と言う可能性は否定はしきれないけど、それなら幽香さんが異変の主に気付かないはずは無い。
 間接的とは言え花を荒らされたのだから、幽香さんが犯人を知っているなら僕に任せず即座に相手を十分の十八殺しにしていた事だろう。
 え、分子の方が大きい? つまり、死なない程度に弄られながらオーバーキルされるって事ですよ。もちろん痛みは等倍で。
 ………うん、異変解決頑張ろう。シニタクナイ。
 とにかく、だ。緋色の雲を起こした誰かは、対象に接触せずとも事を起こせると考えられる。
 なので緋想の雲を追っても、実のところ真相に近づける可能性は零に等しい――はずなんだけど。
 不思議と何とかなりそうな気がするんだよねー。何でだろう。不思議不思議。

「さて、と。それじゃあひとっ飛びして緋色の雲を探してみますか」

「はい! 行ってらっしゃいませっ!!」

 いやまぁ、待っててとは言うつもりだったけどさ。ハナから待ちの姿勢ってどうよ。
 なんか妖夢ちゃんって、天然の黒さが見え隠れしてるよなぁ。
 本人に自覚は無いんだろうけど、かなり自然な感じで身についている。
 ……幽々子さんだろうね、間違いなく。教育が行き届いてるなぁ、色んな意味で。

「じゃ、行ってきまーす」

 氷翼を展開して、真上に向かって飛んでいく。
 目指すは雲の上――雲無いけど――幻想郷を一望できるほどの高み。
 考えてみれば、これだけ高く飛んだのは初めてかもしれない。
 みるみる小さくなっていく地上の景色を眺めながら、僕はあっという間に雲さえ足元を漂う上空へと辿り着いた。
 風を纏ったためか、話に聞いていた空気の薄さも気温の低さも感じない。
 ただし洒落にならないくらい風が強い為、吹き飛ばされない様に気合いを入れ直す必要があった。
 ふむぅ、これで高度がだいたい四千メートルって所かな。
 まだ上に雲はあるけど、これ以上昇ると幻想郷が見えなくなっちゃうから止めておこう。
 僕はゆっくり旋回するように、ぐるりと身体ごと視界を一周させた。

「うーむ……これは、参ったなぁ」

 そうして得られた結果に、僕は思わず頭を抱えた。
 何も見つからなかったからでは無い。むしろ‘見つかり過ぎた’から困っているのだ。
 緋色の雲はそこらかしこに広がっている。ここからでは見えないが、恐らくその全てで天候異常が起こっているのだろう。
 どうしたもんかなぁ、さすがにちょーっと候補が多過ぎる。おまけに選別するための方法も無いし。どうしよう。

「……まぁ、適当で良いか」

 逆に考えれば、何も考えずに動いただけでも遭遇できると言う事だ。
 そもそも勘で動いているのだし、そこまで深く考える必要は無いだろう。
 派手な確認方法の割に大雑把な結論を出した僕は、脱力するのと同時にゆっくりと降下していく。
 ……しかしこの高さでも、妖怪の山の天辺にある守矢神社の全景は見えてこないのかぁ。
 さすがは妖怪の山だと言わざるを得ない。富士山があまりの高さに逆切れして、蹴り飛ばしただけの事はある。
 だけど、神社としてこの通いにくさは正直どうだろうか。
 これで参拝客は博麗神社より多いと言うのだから、守矢が凄いのか博麗がダメなのか。
 等とどうでも良い事に思考を割きながら山の周辺を眺めていると、その視界に妙なモノが映り込んだ。
 妖怪の山のさらに上空に、一瞬‘壁’の様な何かが見えた――気がしたのだ。
 ……そういえば、幻想郷の空には何があるのだろうか。
 何しろ幻想の世界において天上とは、和洋問わず何らかの超越的な存在が居る場所である。
 神様が山の麓で芋焼いててもおかしく無い幻想郷なら、そこに何らかの存在があったとしてもおかしくない。
 ふむ、深く気にして無かったけど、これはちょっと確かめた方が―――

「ぷろぺっ!?」

「あ、おかえりなさい晶さまっ!」

「おかえりなさい、久遠様」

 しまった。考えに夢中になり過ぎて地面との距離を計るのを忘れていた。
 それなりの速度で大地に激突し、土ぼこりと共にクレーターを作りだしてしまう僕。
 しかしダメージは無い。喜ばしい事だけど、この頑丈さがうっかりに繋がっていると思うと複雑な気分になる。
 僕は頭をかきながらクレーターから這い出て――そこで、ようやく先程との相違点に気が付いた。

「あれ、咲夜さん!?」

「ごきげんよう、久遠様。お元気そうで何よりです」

 何故か当たり前の様に居る、紅魔館の完璧で瀟洒なメイドこと咲夜さん。
 その存在を確認した僕は、とりあえず視界を前後左右に忙しなく移動させた。

「今日は、妹様もお嬢様もいませんよ。実はお休みを頂きまして」

「あ、そうなんですか」

「ふふ、ご期待に添えず申し訳ありません。それほど御二人に会いたかったのですか」

「えーっと、まぁ、その……あはははは」

 単に、不意打ちタックルに備えていただけとは言えそうに無かった。
 スカーレット姉妹を探していた事が思いの外嬉しかったらしい咲夜さんは、満足そうな笑顔で僕の頭を撫でてくる。
 毎度の事だけど、本当に咲夜さんは頭を撫でるの好きだなぁ。
 しかし、いつもと違って言動や表情が柔らかなのはやはり休暇中だからなのか。
 紅魔館のメイド長と言う職業の縛りから解放された彼女に、僕はふと気になった事を尋ねた。

「それにしても、良く休暇が取れましたね。紅魔館のメイドって基本年中無休でしょう?」

「へー、奇遇ですね。白玉楼もそうですよ」

「と言うか、幻想郷の従者職の八割が年中無休じゃないかしら」

 ……何となくそんな気はしてたけど、やっぱりそうか。
 幻想郷に労基法は無いんだね。本人達は一切気にしてないみたいですが。

「まぁ、私は常日頃からお嬢様に休め休めと言われておりましたが」

「なるほど、有給休暇が溜まってたワケですね」

「さすがに事前準備の無い状態で休みを取る事は出来なかったので、無理矢理休みにしてきました」

「何してんのこの人ーっ!?」

 してやったり、と言った感じの表情で胸を張る咲夜さん。はっきり言って意味が分からない。
 まぁ、咲夜さんの事だから、仕事全部片付けて休んでも問題無い状況にしているとは思うんだけどね?
 何だかんだで紅魔館には、意外とメイド職も器用にこなす美鈴もいるワケだし。
 ……だけど、何故だろうか。咲夜さんの言う‘無理矢理’は比喩表現じゃ無い気がする。レミリアさんお疲れ様。

「事前準備の無い状態――つまり、貴女がここに居るのは突発的な事態なんですね」

 先天的にツッコミの足りていない妖夢ちゃんが、発言のおかしな点をスルーして話を進める。
 この場合、僕は彼女にありがとうと言うべきなのか、気になる点はそこじゃ無いよねとつっこむべきなのか。
 ――追及しても面倒な事になりそうだし、僕もスルーしよう。
 藪を突いて蛇を出す事も無いと結論を出した僕は、妖夢ちゃんの話を広げる事にした。
 実際、咲夜さんが突然休んだ理由も気になるしねぇ。
 そういうワケで、妖夢ちゃんと同様の疑問を込めた視線を咲夜さんに向ける僕。
 そうしてじっと彼女を見つめていると、咲夜さんは静かに微笑み答えた。

「ええ。今回の異変、本当なら博麗の巫女に任せるつもりだったのですが……少々事情が変わってきまして」

「――何かあったんですか」

「はい、実は……」

 表情は笑顔のままだが、流れる空気はかなり重苦しい。
 これは、相当面倒な事態が起きたと思った方が良いかも。
 僕は何を言われても驚かない様に、覚悟を決めて咲夜さんの次の言葉を待つ。
 一旦間を開け、僕と妖夢ちゃんの姿を交互に見返した咲夜さんは、それまで浮かべていた笑みを真摯な表情に変えて言った。

「気付いてしまったのです。私だけ、久遠様との親交が薄いという事実に」

「はーい、御苦労様でしたー。てっしゅー」

「話は終わっておりません。どこへ行こうと言うのですか久遠様」

「そうです! 話の途中で席を立つなんて失礼ですよ、晶さま!!」

 この話はロクでも無い結論に至ると即座に結論を出した僕は、しかし離脱前に脱出ルートを咲夜さんに防がれてしまった。
 おまけに妖夢ちゃんまでそれに同意する始末。ああもう離してよ妖夢ちゃん、僕はこの手の始まり方で良い目に会った事が無いんだよ!

「紅魔館の中だけでも、私の好感度は下から数えた方が早いと思うんですよ」

「あ、普通に続けるんですね」

 そしてマイペースに話を再開する咲夜さん。どうしよう、思いっきりアウェイな気分だ。
 まぁ、逃れられないなら普通に話を聞くしかないのだろう。物凄く不本意だけど。
 ――で、先程の咲夜さんの発言に戻るワケですが。
 確かに彼女と僕の関係は、近いようで意外と遠いかもしれない。
 決して親しく無いとは言わないけど、友人と言い切るには少し他人行儀過ぎるワケで。
 完璧で瀟洒なメイド過ぎて、やっぱり近寄り難く思っていたのかなぁ。うーむ。

「おまけに最近では、ポッと出のスキマ妖怪に第二姉の座を奪われる始末。これは看過できません」

 いや、付き合いの長さで言ったら、ポッと出なのはむしろ咲夜さんの方ですよ?
 ついでに言うと、今文姉とどっちが第二姉なのかで揉めてる最中なんで。そういう問題発言は控えて貰えませんか。
 もちろんこの場に二人はいないんですが、姉達はそういう所妙に耳聡いので。

「なるほど、大体の事情は理解出来ましたよ」

「そうですか、ありがとうございます」

「けどそれって、今に始まった話じゃ無いですよね? 何で急に休みを?」

「良くぞ聞いてくれました」

 今度は一転、決意に満ちた瞳で遠くを見つめる咲夜さん。
 だけど何故だろう、その表情を見ていると死ぬほど不安になってくるのは。
 そして恐らく、この予感は間違っていない。確実に。
 さっきとは違った意味で、何を言われても驚かない様に覚悟を決める僕。
 そんな僕に対して、咲夜さんは高らかに休みの目的を告げた。

「実は私、この異変を利用して久遠様との親睦を深めようと思っておりまして」

「……えーっと、一緒に異変を解決しようって言うお誘いですか?」

「いえ、異変に乗じて久遠様をボコボコにして、親密度を上げようと言う企みです」

「その企み、行動と得られる結果が噛み合って無いよ!?」

「はっはっは、何を仰るメイドさん。幻想郷では殺し合いで絆を深めるのですよ?」

「いや、だとしてもおかしい。色々とおかしい。そして棒読みで笑うのは止めてください」

 すっごい怖いんですけど。咲夜さん、無理して冗談なんか言わなくて良いんですよ?
 と言うか、本気ですか咲夜さん。本気なんでしょうね咲夜さん。
 とりあえず僕は、助けを求めて妖夢ちゃんに視線を送った。

「なるほど! 戦う事で互いを高めあい、相手への理解を深めるのですね!!」

 うん、ダメだ。アテにならない。
 薄々感じていた事だけど、妖夢ちゃんは知識がどうとか以前の問題で頭悪い気がする。
 幾ら幻想郷でも、死んだら生きられない事を一応理解して欲しいんですが。ああ、無理ですかそうですか。
 とにかく、妖夢ちゃんが頼りにならない以上、自力でこの場を何とかするしかない。
 僕は頭の中で必死に断る言い訳を組み立て、咲夜さんに――

「ちなみに断られた場合、私は『夜伽』と言う単語を意味も教えず妹様へと吹きこむつもりです」

「さぁ、お互いを理解し合うために戦おうか!!」

「ありがとうございます。久遠様ならそう言って下さると思いました」

 言う前に、最強の口封じを使われてしまいました。
 チクショウ咲夜さんの卑怯者めっ! そんな事したら、フランちゃんが意味を僕に聞いてくるじゃないか!!
 しかも多分、そう言う時に限ってパチュリーとかレミリアさんとか居るんだ。何故か。
 つまりそんな事になったら――確実に僕は死ぬ。惨たらしい殺され方で地獄へ送られてしまう。

「そして久遠様が手を抜いたと判断した場合、今度は『花魁』と言う単語を意味も教えず妹様へと吹きこむつもりです」

「―――絶対に負けられないっ」

 くそぅ、何て的確でギリギリなラインを責める報復なんだ。
 逃げ道が用意されてる単語をチョイスする所に、フランちゃんには被害を回さない絶妙な心遣いを感じる。ただし僕は死ぬ。
 これはもうどうしようも無いと判断した僕は反論を諦め、魔法の鎧を展開し咲夜さんに相対した。
 こうなったらヤケクソだ。お望み通り、全力全開で相手になってやろうじゃないか!
 ……ああ、何かどんどん異変と関係ない事に巻き込まれつつ有るなぁ。どうしたもんだろうか。

「よとぎ? おいらん?」

 とりあえず妖夢ちゃんは、何も聞かなかった事にして離れてください。お願いします。





[27853] 緋想の章・漆「意気天候/TIME DIVER」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/11/15 00:01

「うーん、微妙。コイツも外れね」

「それが出会い頭のあたいに、陰陽玉ぶつけて来た奴の台詞かよ」

「何言ってんのよ、こんな所に死神がうろついてるなんて怪しさ爆発じゃない。退治されても文句は言えないわ」

「あたいは散歩する事さえ許されないのかい……」

「サボりの癖に」

「――まぁ、それはそれとして」

「それはそれとして?」

「アンタは何をしてるんだい? 酒盛りに丁度良い所を探してる……って感じじゃ無さそうだけど」

「ああ、その腰の酒瓶は酒盛り用の取って置きなのね」

「あっはっは、そういう事さ。――で、本当に何してるのさ? まぁ、大体の想像はつくけどね」

「………強いて言うなら、今はお酒を飲むつもりよ」

「えっ!? いや、違うだろ? 幻想郷で起きてる異変を解決するんじゃないのかい?」

「気が向いたらするわ」

「気が向いたら!?」





幻想郷覚書 緋想の章・漆「意気天候/TIME DIVER」





 さて、咲夜さんの狡猾な罠のせいで彼女と戦う羽目になった僕ですが。
 正直この人には、全然勝てる気がしません。困った事に。
 何しろ僕は、未だにこの人の使う能力が何なのか分からないのだ。
 何度も使っている所は見ている……はずなんだけど、どうしても確信するには至らないのである。
 咲夜さんも、自身の能力に関しては黙秘を貫いてるしなぁ。
 せめてもう少し突っ込んだヒントがあれば、対処法くらいは――うーん、無理か。

「準備は宜しいですか? そろそろ始めますよ」

 しかし、今更戦うのを止めるワケにはいかないのでして。
 ……仕方ないなぁ。ぶっつけ本番になるから使いたくなかったのだけど、ここは‘アレ’を使うしかないか。

「宜しいです。どこからでもかかってこい――と言いたい所ですが、先手はこちらから行かせてもらいます!」

「どうぞ。ただし私は、後手でも先に当てますが」

 でしょうね。毎回目にも止まらぬスピードで、美鈴を逆剣山にしてるワケですし。
 そしてタネが見抜けない以上、僕にそんな咲夜さんの攻撃を防ぐ手立ては無いワケで。
 ――だが、完全に打つ手が無いと言うワケでも無い。
 少なくとも僕の先手が決まれば、そもそも咲夜さんは後手を‘打てない’はずだ。

「―――――天狗面『鴉』」

 氷が鴉を模した仮面と背面の巨大な翼、そして肩口を覆う羽根の鎧を構成する。
 ってあれ? なんかびみょーに面変化のデザイン変わってる? 
 恐らく意識の変化に引きずられたのであろう、強化型っぽい肩鎧に一瞬気を取られる男の子な僕。
 実際の所パラメータ的な変化は無いんだろうけど、何か嬉しくなるサプライズだ。
 ……まぁ、そこはおいといて。
 氷の扇を構えた僕は、ニヤリ笑いを浮かべながらスペルカードを発動した。



 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」



 同時に僕は、翼を広げ飛行する。
 いつもの加速とは違う、‘周囲の方が遅くなっていく’独特の感覚。
 全てのモノを置き去りにするそのスペルカードの中で――僕と咲夜さんの身体が交差した。

「――あやや?」

「――なっ」

 互いの視線が、ありえないモノを見る様に相手を見据える。
 攻撃する事も忘れて、僕等はお見合い状態のまま擦れ違った。
 唖然としたまま、ゆっくりと着地する咲夜さん。
 僕も同様に地面に降り立とうとしたのだが――その前に、いきなり身体が動かなくなった。
 いや、身体が動かなくなっただけじゃない。今まで緩やかに動いていた周囲の風景も、完全に静止してしまっている。
 その中で唯一動いているのは、唖然としたままこちらを見つめている瀟洒なメイドのみ。
 ――なるほどね、‘そういう事’だったか。
 想定していたのとはやや違う形だけど、どうやらぶっつけ本番のおかげで手品の‘タネ’は見つかった様だ。

「……っと、終わった様ですネ」

 数秒間の硬直を挟み、止まっていた全ての時間が動きだす。
 咲夜さんが驚愕の表情を浮かべている所を見ると、この‘時間の開放’も彼女の意図する所では無いのだろう。
 僕が動揺を隠すため不敵な笑みを浮かべると、冷静になった彼女もクールな笑顔を返してきた。
 お互いに、相手の手札は把握したと言う事なのだろう。
 そしてポカンとしている妖夢ちゃん。今回は分からなくてもしょうがないから、また落ち込まないでね。

「さて、まずは‘私の世界にようこそ’――と言うべきでしょうか?」

「それはそれは光栄の極み。ですがわたくしの様な若輩者には、些か大袈裟過ぎる物言いデスね」

「その謙遜は、要らぬ推測を私にさせる事になりますよ」

「そこはお互い様。デショウ?」

「……あの、何がどうなってるのでしょうか」

 とりあえず妖夢ちゃんに説明している余裕は無いので、彼女にはもうちょっと悩んでいて貰おう。
 僕は油断なく相手を見据えながら、今起こった現象の整理を始めた。
 先程僕が使った『神速』のスペルカードは、以前に文姉達と語った面変化の‘発展形’だ。
 残念ながら面変化の持つ「イメージ」を強化させる事は出来なかったので真の能力を使ったのだが、結果は思いの外良好だったようである。
 ――え、そもそもお前は真の能力だって使いこなせて無いだろうって? ふふん、良くぞ聞いてくれました。
 最近気が付いた事なのだが、僕はどうも幾つかの制限をかければ「『無』を『有』にする程度の能力」を思い通りに使えるらしい。
 つまり『威力を百倍にしたマスタースパーク』は作れないが、『三十秒後、左右どちらかへ直角に曲がるマスタースパーク』は何とか現状でも作れるのである。
 ただしそういった条件を限定した力は、使い方を予め想定していないと帯に短し襷に長しになってしまうものだ。
 面変化時のみ使用可能で、特化した能力を増強する方向で力を固めたとは言え、ここまで想定通りのスペカになったのは奇跡と言っても過言ではないだろう。


 閑話休題。
 

 さて、そうやって生み出した今回のスペカ。その内容はズバリ能力を底上げするモノである。
 とは言え、直に能力を強化するワケでは無い。スピード重視の天狗面を活かすため、一定時間だけ‘周囲の時間を遅らせる’スペルカード。
 直接的な攻撃に転用する事は出来ないが、その効果は絶大――だったはずなんだけどなぁ。
 はっきり言って、使った相手が悪かったと言わざるを得ない。
 まさか初めての相手が、まんま上位互換の能力を持ってるとは思わなかったよ。

「時間を操る程度の能力……と言った所デスか。道理で動きが見えないワケですよ。ハナからわたくしの目には映って無かったのですネ」

「そういうそちらは、時間を遅らせるスペルカードですか。こちらの能力に干渉する点は厄介ですが、分はこちらにある様で」

 ……まぁ、読まれてるだろうとは思ってましたよ。
 咲夜さんの指摘に、僕は無言で肩を竦めた。
 お互いの力をほぼ同時に発動した場合の結果は、先程実地で出したばかりだ。
 僕の時間遅延は、残念ながら彼女の時間停止を「妨害」する事しか出来ないようである。
 まぁ、無制限らしい停止を数秒間だけに抑えられるのはありがたい話だけどね。
 困った事に、あっちは能力だけどこっちはスペルカードなんだよなぁ。
 さっきのやり取りでも、咲夜さんはスペカを使っていない。つまり弾数的にもこちらが不利なワケで。
 ――使えるスペカは残り四枚。使いどころは考えないといけないね。

「驚きはしましたが、同時に少しだけ楽しくもあります。どれほど久遠様が喰らい付いてこれるか――勝負です」



 ―――――――時符「プライベートスクウェア」



「くっ、何の!」



 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」



 咲夜さんがスペカを発動したのに合わせて、僕も二枚目のスペルカードを発動した。
 全ての時間が、まるで止まったかの様に動きを遅くするこの状況は、まさか!?

「時間遅延、咲夜さんも使えるのデスね」

「時を操るとはそういう事です。止めるだけが能では無いのですよ」

 意地の悪い笑顔で、早速僕と同じ事をする咲夜さん。上位互換過ぎてちょっと凹む。
 おまけに彼女の遅延は僕にも影響するらしく、身体も微妙に重くなってるからもう踏んだり蹴ったりである。
 咲夜さんの方にも影響があれば、プラスマイナスで丁度良いんだけどなぁ。

「ちなみに、私は時の‘加速’も可能ですので。認識できているなら時間の遅れなど無意味です」

 うん、だと思ってました。
 やはり自分で始めただけあって、そこらへんの対策はしっかりとしているらしい。
 つまりまぁ、僕のスペカは完全に無駄撃ちさせられたと言う事で。
 ……どうしよう、勝てる気がしなくなってきたんだけど。
 一応、四季面にも同様のスペカは用意してるけど……相性の悪さは天狗面以上だろうからなぁ。
 対抗出来てるだけ、まだ天狗面の方がマシだろう。いやぁ、参った参った。
 ――しかし咲夜さんの今の発言、何だかヤケに引っかかるな。
 何か重要な事を見逃している気がすると言うか、いつもの如くうっかりやらかしていると言うか。……何だろう?
 
「さて、御覚悟を」

「っとっと、悩む時間くらいくださいませんか、ネ!」

 そうやって頭を悩ませていると、咲夜さんが容赦無くナイフを投擲してきた。
 僕はその攻撃を、軽口を叩きつつ避けようとしたのだが――思いの外反応の鈍い身体はそれを許さなかった。
 くそっ、ナイフの速度とこっちの認識はいつも通りだったから、時間が遅れている事を忘れていたよ。
 ……いや、違うか。忘れ‘させられた’んだ、咲夜さんが巧妙に仕込んだ『錯覚』で。
 
「ちいっ、こんのぉうっ!!」

 直接では無いにしろ、さすがはメイド服制作者の一人。ナイフは全て的確に鎧とメイド服の隙間を狙っている。
 なので僕は遅延の影響がギリギリ最低限で済む超至近距離に、風による防御壁を張り巡らせた。
 とは言え、きっちり時間遅延の影響を受けているこの風に出来るのは、ナイフの軌道を少し逸らす事だけだ。
 僕は致命打を避けるため、感覚に追いついてこない身体を必死に動かした。
 氷の鎧を砕かれ、幾つかのナイフが身体を掠めて行ったモノの、それでも何とか直撃だけは避けきる僕。
 天狗面になってて良かった。心からそう思う瞬間であった。

「と言うか咲夜さん、幾らなんでも殺意高過ぎじゃありませんカ? この戦いの目的は、あくまで友好を深める事にあるはずデスよね?」

「大丈夫です。久遠様との思ひ出は、宝物として永久に私の胸に残りますから」

「わたくし、すでに死んだモノとされているのデスか!?」
 
「ちなみに久遠様、情に訴え時間を稼ごうとしても無駄ですよ。私は公私を完全に分けるタイプなので」

「えっと、プライベートなのは今ですよネ。……と言う事はひょっとして、今までわたくしに良くしてくれたのは仕事だったからなんデスか?」

「いえ、愛でていたのは私的な感情からですが」

「どういう事ナノ……」 

 実は嫌われていた、と言うワケでも無かった様で一安心。
 だけどどっちもプライベートなら、何でそんな紛らわしい事言ったんですか咲夜さん。
 確かに、貴女は公私をきっちり分けそうなタイプではありますがね?
 
「――時間稼ぎはさせない、と言ったはずです」

「自分でボケておきながらソレですカ!?」

 咲夜さんの手に、再び無数のナイフが握られた。
 何と言う切り替えの速さだろうか。振り回したのはそっちなのに、もう戦闘モードに戻っている。
 いや、まぁ確かに最初のアレは時間稼ぎでしたけどね?
 それを見抜いてたのなら、もうちょっとシリアスに決めて欲しかったと言うか……。
 うーむ、困ったなぁ。咲夜さんに良い様に翻弄されちゃってるよ。

「それでは二撃目、「バウンスノーバウンス」――参ります」

 ばら撒く様に、ナイフを四方八方へと放つ咲夜さん。
 それは地面や虚空の‘何か’にぶつかり、軌道を曲げてこちらに向かってきた。
 しかもきっちり速度を調整して、早い弾幕と遅い弾幕を織り交ぜている。
 マズい。平時ならともかく、身体の動きが鈍ってる今は避けきれない。
 スペルカードも使用中だから大技は使えないし――って、時間が遅れてるだけならスペカ無くても大丈夫じゃん!?
 むしろ咲夜さんのスペカを増長させてる現状では、使いっぱなしにしている方が損だ。今更気付いたけど。
 僕は後方に飛び下がりながらスペルブレイクし、三枚目のスペルカードを使用した。



 ―――――――竜巻「天孫降臨の道しるべ」



 ゆっくりと、しかし確かに生まれる風の障壁。
 全てを吹き飛ばす暴風を攻撃に転ずる事は出来なかったが、風の盾は迫り来たナイフの雨を全て絡め取った。
 さらに僕の分の時間遅延が無くなり、緩やかになっていた時間が通常のモノへと戻る。
 よし、時間を掌握されててもやれない事が無いワケじゃ―――ああっ!?
 そこでようやく、僕は先程引っかかっていた事に気が付いた。
 何と言うか、実に僕らしいうっかりだ。思わず氷扇で仮面を叩き自戒してしまう。

「ふむ、その様子だと何か思い付いた様ですね。厄介な」

「はっきりそう言われると、こっちも反応に困ってしまうのデスが」

「そうですね、なら何もしないと言うのはどうでしょうか」

「それはお断りしマス」

「そうですか、仕方ありませんね。――では、全力で叩き潰す事にします」

 どこまで本気なのか、相変わらず意図の分からない咲夜さんが二枚目のスペルカードを構えた。
 それに対し僕も、四枚目のスペルカードを用意して見せる。
 ……光明を見い出しはしたものの、それが本当に通用するのかは実のところ僕にも分かっていない。
 まぁ、良くて成功率は五分五分と言った所だろう。
 しかし他に手立てを思い付かないのも事実だ。とにかく、この一手に賭けるしかない!

「それでは、わたくしも抵抗させて頂きマスよっ!!」

「ご存分にどうぞ。私がソレを、無駄な足掻きにしてみせます」

 三度、咲夜さんの手にナイフが握られる。
 互いに相手の行動を警戒しながら、僕等はスペルカードを同時に発動するのだった。




[27853] 緋想の章・捌「意気天候/WOMAN THE COOL MAID」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/11/15 00:01


「なんと凄まじい弾幕ごっこでしょうか……」

「ううっ、何が起こっているのか私にはさっぱり分かりません」

「いえ、それだけで終わらせてしまってはいけませんね」

「見る事も修業の内だと、以前に幽々子様が仰ってました!!」

「咲夜殿の能力は確か時間停止。恐らく先程の奇怪な動きは、それによるモノだったのでしょう」

「……しかし何故、晶さままで動いていたのでしょうか。うーむ」

「ってうわっ、二人の動きが急に早くなりました」

「わ、わ、短剣がいっぱい」

「うわ、晶さまの周囲に竜巻がっ」

「と、止まった。何が起きたのでしょうか、今のは」

「え? お二人とも、何を始める気で――」

「……うう、私はまだまだ未熟です」





幻想郷覚書 緋想の章・捌「意気天候/WOMAN THE COOL MAID」





 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」


 ―――――――「咲夜の世界」



 互いの宣誓と共に、スペルカードが効果を発動した。
 ゆっくりと、静止に向かっていく時間。
 先程の‘技’とは違う、強力な時間への干渉が僕のスペカの効果を薄めていく。
 参った、これが本気の咲夜さんか。さすがに能力の桁が違うね。

「時間停止までの時間は、先程よりも短くなっております。抵抗するならお早めにどうぞ」

「御忠告どうも。せいぜい悪足掻きさせて貰いマスよ!」

 大周りに咲夜さんの周囲を旋回しながら、風の弾幕を放射線状に放つ。
 この状態に唯一利点があるとしたら、それは咲夜さんに防御手段が無くなる事だろう。
 時間停止も時間遅延も、さすがに重ねて使う事は出来ないはずだ。
 時を加速させる可能性は十二分にあるが、咲夜さんにその速さを裁く‘目’は無い。――と思いたい。
 ならば、この風でそれも封じられる。
 僕はさらに、初撃の風の隙間を縫う様に二撃目の風弾を放った。

「なるほど、正攻法で来ましたか」

「ええ。条件が同じなら、基本能力の高いこちらの方が有利デスからね」

「それが逆転の秘策だとしたら――ガッカリですね。私が能力の特殊さだけで、紅魔館のメイド長をやっているとでも?」

「むっ――」

 冷笑と共に、咲夜さんが後方へと飛び下がる。
 的確な判断だ。風弾も後方に下がれば隙間が大きくなるし、何より時間が稼げてしまう。
 まぁ、彼女が短期決戦を挑む理由は一切無いのだから、当然と言えば当然の行動だが。
 しかし、こちらもむざむざ時間稼ぎを見逃す理由は無い。僕は追撃のために三撃目の風弾を放とうとして――

「攻撃の途中にこそ、最も付け込み易い隙が生まれるのですよ」

 咲夜さんが先程も放った『バウンドするナイフ』に、その動きを止められてしまった。
 くそっ、幾ら隙間が出来たとはいえ、ここまで的確にナイフを通してくるなんて。
 まるで機械の様な精密射撃だ。と言うかコレ、本当に投擲してるの? 普通に銃弾よりも速いんですが。
 
「ならばさらに、スピードで撹乱させて頂きマス!」

「さて、出来ますかね?」

 翼を広げ、僕は咲夜さんから見て丁度反対方向の場所に移動する。
 だが到着したその場所にはすでに、待ち構えていたかのようにナイフが飛んで来ていた。
 身体を捩じる様に動かして、氷扇でナイフを叩き落とす。
 それなりに速く動いたつもりだったけど、まさか読まれているとは思わなかったよ。
 姿勢を戻しながら着地すると、僕は不敵な笑みを浮かべている咲夜さんに視線を向けた。
 
「残念ながらその程度の速さでは、見えずともどこに向かうかは容易に予測出来ます」

「なるほど、完全で瀟洒な従者の名は伊達では無いと言う事デスか」

「そういう事です。……そして、これでチェックメイトかと」

 咲夜さんの宣言と同時に、世界と身体が一斉に停止した。
 分かっていたけど、予想以上に停止が早い。恐らくは停止時間も延びている事だろう。
 感覚だけが残っている状態の僕に、咲夜さんは冷たい笑みを浮かべる。

「最後は尻すぼみな結果になってしまいましたが、それなりに楽しめましたよ。では―――」

 咲夜さんの放った無数のナイフが、僕の四方を囲んでいく。
 時間停止の影響を受けて空中に静止したナイフ達は、枷が外されるのをぎらつきながら待っていた。
 刃物のドームの中に閉じ込められた気分だ。これだけの数のナイフが直撃したら、頑丈さが売りの僕もただでは済むまい。
 そうして僕の周囲をナイフで満遍なく覆い尽くした咲夜さんは、静かに時計を確認すると優雅に一礼してみせた。
 同時に、時間の凍結がゆっくりと解除される。

「――お終いです」

 檻から放たれた獣の様に、無数のナイフが僕に迫る。
 そう、これでお終いなのだ。
 ――最初から、逆転の瞬間はここにしか無かったのだから。



 ―――――――「幻想風靡」



 それは、一瞬よりも短い刹那の行動だった。
 風を纏った僕は、全てのナイフと咲夜さんを吹き飛ばす。

「ぐっ、馬鹿な。動きが見えな―――」

「残念デシタ。わたくしのトップスピード、少々侮り過ぎていた様デスね」

 そう言って僕は、倒れた彼女の首元に氷扇を突きつける。
 時間停止が出来る咲夜さんに意味は無いけれど、降参の意志を引き出すには充分過ぎるポーズだ。
 まぁその、何と言うか、侮っていたのは僕も同じなんですがね?
 先程言っていた『うっかり見逃していた事』と言うのは、つまりこれの事だ。
 まさか神速のスペカに対抗されると思って居なかった僕は、天狗面での全速力をただの一度も出していなかったのである。
 幾ら咲夜さんでも、認識より早い攻撃に時間停止で対応する事は出来やしない。
 実に間の抜けた話だが、時間操作での勝利を捨てて得意分野に勝負を持ち込む事が、咲夜さんに勝つ唯一の方法だったのである。
 ……神速のスペルカードは、使う相手が悪かったと言わざるを得ない。咲夜さん以外なら最初の一手で終わってたんだろうけどなぁ。
 ちなみに時間遅延中、咲夜さんに加速の初動を見せたのもワザとだったりします。
 まさか着地点を読まれるとは思って無かったけど、上手い具合に「見てからでも充分反応できる速さ」だと誤解してくれたようだ。
 
「……お見事です。私とした事が、完全に裏をかかれてしまうとは」

「運が良かっただけですヨ。わたくし自身、途中まで自分に欺かれていた様なモノでしたシ」

「主人自身も気付かない欲求に応えてこそ一流のメイドです。私もまだまだ、精進が足りない様ですね」

「メイド的な問題なのでショウか、今の」

「ふふふっ、強くなりましたね久遠様。それを知れただけでも、ここに来た価値はあったのかもしれません」

「……アノー、咲夜さん?」

「その成長の果てに何があるのか、見守れない事だけが残念です。久遠様、お嬢様達の事をよろしくお願いしま……す……」

 ―――え、何この茶番。
 まるで激戦の末力尽きたかの様な表情で、ガックリと頭を垂れる咲夜さん。
 命の灯火は後少しみたいに振舞っているけれど、さほどダメージを受けていないのは素人目にも明らかである。
 だいたい、何だかんだで幻想風靡もガードしてたでしょーが。
 ダメージが軽微だとは言わないけど、生死にかかわる程の重体でも無いよね。確実に。

「さ、咲夜殿ぉぉおおおおおおお!」

 ……妖夢ちゃん、叫ぶ前にまず相手の生死をきちんと確認しよう。
 一応専門分野でしょう? 死の方限定みたいだけど。
 場の空気? 的なモノに当てられて見事にテンパっている妖夢ちゃんを横目に、僕は咲夜さんの顔を覗き込む様に睨みつけた。

「――で、わたくしにどの様なリアクションをお求めデ?」

「そうですね。「僕が間違っていた、僕の事を思いやってくれる真実の姉は咲夜さんだったんだ」とかどうでしょう」

「どうでしょうと聞かれましテモ。わたくしには「姉は二人でお腹いっぱいです」としか答えられまセン」

「ちっ、やはりヤるしか――」

 咲夜さん紫ねーさま文姉の三つ巴大血戦とか、色んな意味で泥沼にしかならないから勘弁して欲しいんですが。
 と言うかですね。前々から思っていたんですけど、その「より強い者こそが久遠晶の姉に相応しい」と言う思考はどこからくるんでしょうか。
 文姉も紫ねーさまも、その点に関しては論ずるまでも無く同意しちゃってるし……やっぱ幻想郷では力こそ全てなのかなぁ。
 いやまぁ、僕も誰が姉に相応しいと問われると困ってしまうんですがね?
 つーか自分で言っといて何だけど、姉を選ぶって何さ。いつから姉は選択制になったんですか?
 それから妖夢ちゃんは、いい加減今のが咲夜さんの演技だと気付くべき。
 無事でよかったとか言って泣くシーンじゃないからね、ここ。

「ところで咲夜さんは、今回の異変に関して何か御存じデスかネ?」

「それは、身体から出ている緋色の雲に関する事かしら」

「……身体から、出てイル?」

「あら、気付いて無かったのですか。天気を変える緋色の雲、私達の身体から出ているのですよ」

 咲夜さんに指摘された僕は、天狗の面を砕いて素に戻る。
 魔眼と気を使う能力を最大にして咲夜さん達を見つめてみると、確かにその身体からは緋色の煙が立ち上っていた。

「本当だ。かなり見えにくいけど、確かに緋色の煙が身体から出てる」

「そうなのですか? 私には全く見えないのですが」

「恐らく、貴方達の力は強過ぎるのでしょうね。身体から出ている雲が多過ぎて、周囲の変化に鈍くなっていたのかもしれません」

「咲夜さんも、相当な力を持っていると思いますけど?」

「偏っているだけです。私の力は、そこまで強くはありませんよ。久遠様達がファルシオンなら、私は精々ナイフと言った所でしょうか」

「そこまで自分を卑下しなくても……」

「おや、自虐に聞こえましたか? ならばご安心ください。私のナイフの刃には、神をも殺す猛毒が塗られておりますから」

 にっこりと微笑みながら、基本スペックの差なんぞなんぼのもんじゃいと言い切る咲夜さん。
 幻想郷の女性達は、大概が男前だから困る。僕の立つ瀬が完全に無いもん。
 え、お前はお前で女性陣の立つ瀬を奪ってるからお相子だろうって? あはははは、聞こえない聞こえない。
 ――さておいて。
 咲夜さんの言葉が正しいのなら、身体から出てくる雲の量は個人の力に左右されるらしい。
 その理屈で言うと、天気を固定し続けている僕の力が一番強い事になってしまうが――そこはまぁ、何かの間違いって事で良いんじゃないカナ。

「ダメでしょう」

「もういい加減、心を読まれるのにも慣れましたよ。アハハ」

「誤魔化してもダメです」

 ううっ、咲夜さんツッコミ厳しいなぁ。
 心の中を暴かれた上で、スルーしようとした事を追及されてしまう僕。
 つまり誤魔化すなと言う事ですね、分かりました。
 まぁ、何と言うかアレだ。どうやら僕は、緋色の雲基準では相当な力を持っているらしい。
 正直自分でも半信半疑――むしろ二信八疑? だけど、咲夜さん程の人がそうだと言うならそうなんだろう。
 
「仕方ありません、話が進まないのでそこらへんで妥協させましょうか」

「いや、そこらへんって。咲夜さんは僕に何を望んでいるんですか」

「そうですね。強いて言うなら、お嬢様の様な傲慢不遜さが欲しい所です」

「それは無理でしょう。アレもう一種の名人芸ですよ、新喜劇で登場する度に毎回やるレベルのネタですって」

「しんきげき?」

「久遠様の場合、傲慢になるくらいが丁度良いと思われますが……まぁ、贅沢は言わない事にしましょう。自覚して頂けた様ですし」

 本当に、手厳しい御意見ばかりで痛み入ります。――泣いて良い?
 と言うかそこまで責め立てて、僕に何を自覚させようと言うのですか。
 緋色の雲がたくさん出るって事を? 何でまた?

「分かりませんか? 異変の犯人の目的がどこにあるにせよ、緋想の雲を大量に吐き出す久遠様は――」

「分かりました! 晶さまが色んな方々から狙われると言う事ですね!!」

「間違ってはいません。が、そこが問題と言うワケでもありません」

「みょふん……」

「僕の意志がどうであれ、異変を増長させている事に変わりは無いと言う事ですか」

 咲夜さんは肯定の意志を示すため、静かに頷いた。
 どうやら、この異変に天気を変える以上の意味がある事はほぼ確実らしい。
 ううむ。想定していたつもりだったけど、実際にそうだと認めてられてしまうと地味にショックだなぁ。
 おまけに僕が、間接的にその異変を煽っていると言うのだからもう何て言うか。――霊夢ちゃんに退治されないよね、僕?
 と言うかひょっとして……。
  
「咲夜さん、今何が起きているのか知っているんですか?」

「いいえ、私は存じておりません」

「……‘私は’?」

「ですが、薄々ながら事態を把握している方はいらっしゃるようです」

 ――あれ? 何か今の咲夜さん、おかしくなかった?
 態度は変わって無いけれど、微妙に話の矛先をズラされた気がする。
 どうしたもんかな。突っ込んで聞くべき?
 だけど、知らないという言葉に嘘は無さそうなんだよなぁ。
 
「おお、そうなんですか! その人達の事、教えて頂けますか?」

「もちろんです。敗者として、出来得る限りの情報を提供させて頂きますよ」

「やりましたね晶さま! 手掛かりが掴めそうですよ!!」

「ん~……」

「……何か?」

 出来得る限りの情報を提供。と言う事は、提供できない情報もあると言う事だろう。
 穿ち過ぎた見方かもしれないが、一概に気の所為と言い切る事は出来ない――様な気がしないでも無い。
 だがしかし、無理矢理聞きだそうとするのも問題があると思う。
 と言うか出来ない、まず無理、心情的にも物理的にもインポッシブル過ぎる。
 わりと重要な事を隠している気はするんだけどなぁ。うーむ、追及すべきかしないべきか。
 とりあえず僕は、首を傾げたままの咲夜さんをじっと見つめた。
 
「――――」

 咲夜さんからの反応は、無い。
 こちらの視線の意図が分からない。と言うより、分かってて尚返答を避けている感じだ。
 つまりこれは――自分の口から答え合わせをする気は無い、と言う咲夜さんなりの意思表示なのだろう。
 ひょっとしたら彼女は、この異変の‘中核’を知っているのかもしれない。
 知った上で、僕にそれを話さないと言うのなら――僕に追求する術はもう無いと言う事だ。

「何でも無いです。で、その「事態を把握してる方」ってのは誰なんですか?」

「……よろしいのですか?」

「自分で答えを見つける事にこそ価値があるのですよ――みたいな言い訳を、今思い付いたワケですがどうでしょう」

「では、それ採用で」

「了解です。じゃあ改めて……自分で答えを見つける事にこそ、価値があるのですにょ」

「御馳走様でした」

「お粗末様です」

「???」

 僕と咲夜さんの会話が理解出来ず、しきりに首を傾げる妖夢ちゃん。
 まぁ、僕も実の所良く分かっていないので、深く気にする必要は無いと思う。
 つーか今、「にょ」って言ったよね僕。「にょ」って。
 単純に噛んだだけなんだけど、咲夜さん変な勘違いしてないよね?

「あ、突然ですが私用事を思い出しましたので、紅魔館に戻らさせていただきますね。ではではアデュー」

「うわぁぁぁっ、ちょっと待ってちょっと待って! 何だか無性に嫌な予感がするから待ってぇぇぇええっ!! つーか手掛かり教えてよぉぉ!」

「すいません、本当に急用なんで。本当に急いでいるので」

「さ、咲夜殿! 鼻から血がっ、血が!!」

 うん、妖夢ちゃんにはまだちょっと早いから後ろを向いててねー。
 時を止めてまで逃げようとする咲夜さんを、僕は再び天狗面で追走するのだった。
 ……時間停止追いかけっこは、別の意味でキツかったです。


 ―――ちなみに後程分かった事だが、この時咲夜さんは音声を録音するマジックアイテムをパチュリーから借りていたらしい。


 もちろん後程と言う言葉から分かる通り、その時の僕はその事に気付かなかったワケで――
 手掛かりだけを手に入れてうっかり咲夜さんを解放した僕は、後々その事を死ぬ程後悔する羽目になったのでした。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうも、最近のゲスト共が私の立場を奪いに来ている様にしか見えなくて若干不機嫌な山田さんです」

ケロ「あーうー、今日は分からない事を全部山田さんに教えて貰うよー。アシスタントのケロちゃんでーすっ」

山田「けっ、カマトトが」

ケロ「役割に準じようと言う私の努力を組みとってくれないかな。こっちも結構キャラ被りを気にしてるんだよ?」

山田「知りませんそんな事。あーあ、世界中の人間が私の踏み台になればいいのに」

ケロ「さすがのケロちゃんもそれは引くわー」

山田「はいはーい、ではぶいぶいと質問に行きますよっと」

ケロ「これが噂のボケ倒し……ケロちゃんはとんでもない魔境に来てしまった様だね」


 Q:面変化のデザインの変化は、もしかして、鎧の増幅効果上昇の影響では?


山田「いえ、これには新スペカを獲得した事による、本人の心境の変化が関わっています」

ケロ「強くなったと思ったから、自然と外見も強そうになったって事?」

山田「そういう事です。面変化はある意味晶君本人とは別の存在なので、彼自身のパワーアップはあまり関係無いのです」

ケロ「イメージを元にした強化だもんねぇ。とは言え、強くなったからイメージが変わるって言うのもどうだろう?」

オンバシラ「強化されたら形も変わる、基本だろうがっ!」

ケロ「それはロボットアニメの……つーか何で居るのさ、アンタ」

オンバシラ「うむ、実はな――」

山田「では、次の質問です」

二柱「流した!?」


 Q:晶もだが、肉体と意識とで受けている遅延能力による影響に差異があるのはどういうことだろう?


山田「ちょっと面倒な話になるので、とりあえず邪魔者は排除します。はいボッシュート」

オンバシラ「おいそれどういう事―――きゃあああああ」

ケロ「うわぁ、昔の悪役みたいな落とし方したなぁ」

山田「時間を操る能力と言うのは、時間と言う特別なパソコンを操作する能力だと思ってください」

ケロ「そして普通に続けた!? この閻魔計りしれない!?」

山田「このパソコンは、時を操る全ての人間が共通で操作出来ます。要するに能力者には特別なアクセス権が与えられるですね」

ケロ「はーい、アクセス権を持つ複数人が同時に操作したらどうなるんですかー?」

山田「同時に処理を行います。処理をするパソコンは同一のモノなので、結果はごちゃ混ぜです。これが本編であった時間干渉ですね」

ケロ「だけど二人とも、時間の遅延も停止もちゃんと認識してたよね。なんで?」

山田「JOJOでそうだったからです」

ケロ「オイコラ、さすがにそれは許されんぞ」

山田「分かってますって。先程のパソコンの例えに戻りますが、アクセス権を持つ者は出力結果を確認する事も出来るワケです」

ケロ「それは、ごちゃ混ぜになった結果でも?」

山田「もちろんです。故に能力者は、自他問わず入力した時間干渉の結果を感覚で‘認識’出来る――どうです、後付けながらそれっぽい説明でしょう」

ケロ「うわ、台無し」

山田「ちなみに晶君のアクセス権は神速のスペカ発動中のみ有効です。なのでスペルブレイクすると、実は時間干渉を認識出来なくなります」

ケロ「あー、じゃあプライベートスクウェア発動中にブレイクしてたのって……」

山田「直後に終了していなかったら、確実にピンチになっていたでしょうね」

ケロ「つくづく綱渡りな子だなぁ」


 Q:晶君は、咲夜さんの能力も使えるようになったのかな?


山田「残念ながら使えません。面変化中の晶君は、基本的に久遠晶としての能力が使えない状態にありますから」

ケロ「そもそも、コピーが出来ないワケなんだね」

山田「そういう事です。条件こそ満たしていますが、コピーする土台が無いワケです。さらに」

ケロ「さらに?」

山田「本人にコピーする気が毛頭ありません」

ケロ「……いつもの事じゃん」

山田「ちょっと違いますよ? あんまりコピー能力に頼っていると、真の能力を本格的に使わなくなりますからね」

ケロ「ああ、彼なりに自重してるワケね」

山田「そういう事です。ところで、キャラが素に戻ってますよ」

ケロ「いやなんかもうね、貴方のキャラの濃さでお腹一杯。ケロちゃんは素で良い気がしてきた」

山田「妥当な判断です。まぁそれはそれとして最後の質問に移りますが」

ケロ「せめて少しくらい弄ってくれても良いんじゃないかなぁ……」


 Q:質問ですが、この新スペカいったいどの辺の人妖なら通用するのでしょうか?


山田「十六夜咲夜以外なら大概通用しますが」

ケロ「ピンポイント!?」

山田「まぁ、時間を遅延させているだけで結局は高速移動ですから、無敵というワケでは無いですけどね」

ケロ「私達なら対応できるって事かな」

山田「ええ、ただやはり大分キツイです。射命丸文以上の速さがある上に、その速さを裁く目もありますからね」

ケロ「あーそっか、遅くなるって事は周りも良く見えるって事か」

山田「実に厄介なスペルカードと言えるでしょう。ただし十六夜咲夜が相手の場合を除く」

ケロ「……唯一相性の悪い相手と戦っちゃったワケだね。不憫な」

山田「では、特にオチも無く今回の山田さんを終えましょう。ほら、とっとと帰れカマトト蛙」

ケロ「あーうー、もうちょっと優しくしてくれても罰は当たらないんじゃない?」

山田「残念時間切れです。はいボッシュート」

ケロ「ちょ、待ってぇえええええええええええええ」

山田「死して屍拾うもの無し。まっこと解説コーナーは地獄ですね……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・玖「意気天候/半人半霊のコンフリクト」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/11/22 00:20


「ところで久遠様、新聞の続きは作らないのでしょうか」

「……新聞? あー、前に皆で作ったアレですか」

「ええ、妹様が続きを作りたがっております」

「フランちゃんが? そんなに楽しかった――にしては、今まで何も言ってこなかったけどなぁ」

「はい。実はつい先日、妹様にファンレターが届きまして」

「ファンレターって、フランちゃんに?」

「正確には三人の名前を混ぜたペンネーム『因幡フラディス』宛でしたが、他二人が妹様に所有権を譲ってくださった様で」

「来たんだ。あのシンデレラの要素を抜いたせいでスペース武侠オペラになった『デレラ』にファンレターが……」

「意外と面白かったですよ。相棒がカラクリ仕掛けとは言えメイドなのも高ポイントです」

「けどなぁ、シンデレラは幻想郷にもあるし。除外せざるを得なかったというか、無い方が話が纏まると言うか」

「で、続きはやるんですか?」

「んー。まぁ一回だけってのもアレですし、不定期で続けるのも良いかもしれませんね。皆に相談する必要はありますが」

「分かりました。では、妹様にはそう伝えておきますね」

「お願いしまーす。……それにしても誰なんだろうなぁ、ファンレター出したの」





幻想郷覚書 緋想の章・玖「意気天候/半人半霊のコンフリクト」





 咲夜さんから「事態を把握してるらしい人」を教えて貰った僕等は、その人に会うため再び中有の道を歩いていた。
 相も変わらず霊と人とで賑わっている道を、僕等は互いに無言のまま進んでいく。
 いや、正確には喋りたくても喋れないだけなんですけどね? 僕に関してはだけど。
 と言うのも、どうにも先程から妖夢ちゃんの様子がおかしいのである。
 咲夜さんから情報を聞いた直後は、これで何か分かるかもしれないと無邪気にはしゃいでいたのになぁ。
 円滑に話を聞く為、何か手土産でも買っていこうと言ったら急に俯いてしまった。何故?

「………はぁ」

 ひょっとして、オブラートで包んだ体裁の中身を見抜かれてしまったのだろうか。
 身も蓋も無い事を言ってしまえば、手土産とはつまり賄賂の事である。
 無駄な戦いを避けると言えば聞こえは良いが、要はモノで釣ろうと言ってしまってるワケで。
 何だかんだで武人な彼女には、やっぱり納得のいかない所があるのだろう。

「えーっと、妖夢ちゃん? あのね」

「晶さま……私は、どうすればいいのでしょうか」

 いや、いきなりそんな事を聞かれましても。
 屁理屈捏ねて手土産の正当性を立証しようとした僕に先んじて、彼女は絞り出すように悲痛な悩みを吐き出した。
 ただし、具体的な内容は一切無い。これで的確な返しを出来る人間がいたら、その人はきっとお悩み相談だけで生きていけると思われる。
 え、僕ですか? あるワケ無いじゃん、そんな職業適性。
 しかしこの流れで急かすのもどうかと思うので、とりあえず僕は無言で妖夢ちゃんに続きを話すよう促しておく。
 彼女は二、三度躊躇った後、なけなしの勇気を振り絞った顔で悩みの内容を僕に語った。

「共に異変を調査しようと提案してくださったにも関わらず、この身は未だ何の御役にも立っておりません」

 まぁ、言われてみれば確かに。ここまでで妖夢ちゃんが何かしたかと言われると答えはノーだ。
 が、それで自分を役立たずと断ずるのはどうだろう。そもそも僕だって、言うほど何かをしたワケじゃないしね。

「妖夢ちゃん、気持ちは分かるけど焦り過ぎ。ついでに考え過ぎだよ」

「しかし、晶さまに任せてばかりで何も出来ていないのも事実です。私は、未熟な自分が情けない」

「そりゃあ、行き先を選んだのは僕だけどさ。この状況ならどこを選んでも必ず何かしらの情報は得られたと思うよ?」

 そもそも今まで得られた成果だって、言うほど大したモノじゃないだろうに。
 緋色の雲が異変に関係している事は確定だとしても、その内容は結局一切合財分かっていないワケだし。
 正直、役立たず具合はどっこいどっこいじゃないだろうか。
 むしろ僕の所為で寄り道しまくってる現状を考えると、足を引っ張ってる気さえしないでも無い。

「しかし……」

 そんな僕のフォローに、妖夢ちゃんは苦い顔をして小さく否定の言葉を発した。
 んー、これはちょっと重傷だなぁ。本当にどうしたんだろうか。
 僕のやり方が妖夢ちゃんに合っていない事は薄々分かっていたけど、まさかここまで思い詰める程だったとは。
 今からでも、辻斬り方式にやり直すべきかな?
 そっちのやり方で進んでも、何とかなる気はしないでもない。……まぁ、死ぬほどキツい事は確実だけど。
 そうやって僕がどうするべきか悩んでいると、ハッとした表情の妖夢ちゃんは慌てて言葉を続けた。

「す、すいません。晶さまに文句を言うつもりは無いんです。ただ、その……」

「極力戦わないやり方は、慣れない?」

「いえ、そんな事はありません! この様なやり方があったのだと、むしろ感心しているくらいです! そう――」

「よ、妖夢ちゃん?」

「……私には、考えも付きませんでした。これから話を聞かせて貰う相手に手土産を持っていく、そんな簡単な礼節さえ」

 あ、そういう事ですか。
 どうやら僕の姑息な賄賂作戦を、妖夢ちゃんはそういう風に解釈してしまったらしい。
 人里へ行く時に、僕等が手ぶらだった事実はすでに忘却の彼方へと行ってしまっているようだ。
 あー、でもそう言えば、白玉楼へ行く時はお土産用意してたっけ。
 妖夢ちゃんは藍さんの所にずっと居たし、実は持っていたと勘違いしていても仕方が無いのかもしれない。
 とは言え礼節云々はあくまで最後の一押しだろう。落ち込んでしまった一番の原因は、今までの積み重ねに違いあるまい。
 生真面目だからなぁ、妖夢ちゃん。どうでも良い事でも自分の力不足だと思って落ち込んでたし。
 うーん、どうフォローしたら良いんだろうか。ある意味これって性分だから、下手に慰めてもねぇ……。

「とりあえずお土産決めようか、お土産! 妖夢ちゃんも選ぶの手伝ってね!!」

「あ、はい。分かりました……」

 結局僕には、話を誤魔化す事しか出来なかったのでした。ちゃんちゃん。
 ……はい。チキンでもヘタレでも、好きに呼んでください。










 モヤモヤしたモノを抱えつつ手土産を用意した僕等は、何とも言えない沈黙と共に三途の川へとやってきた。
 右腕で大事に抱えているお土産の中身は、高級そうな包みで覆われた酒瓶だ。もちろん、値段の方も外見相応のお高さとなっている。
 ……何しろコレ一本で、今まで使わずに貯めてた紫ねーさまからのお小遣いが一瞬で吹っ飛んだからなぁ。
 恐るべしは高級酒か。しかもこれでも、酒のランクを考えればお安く済んだ方らしいからもう何と言うかね。
 ちなみに『らしい』と言う表現から分かる様に、お土産を選んだ人物は僕では無く妖夢ちゃんである。
 僕よりも件の人物に親しかった彼女は、白玉楼の従者として叩きこまれた知識を駆使し最も相応しい御土産を洗い出してくれたのだ。
 いやぁ、大変助かりましたよ。早速役に立ってくれた妖夢ちゃんに、僕は感謝の言葉をかけたワケなのですが……彼女の反応は実に淡白だった。
 
 
 ――私に気を使ってくれなくても結構です。晶さまなら、この程度の事など御一人で出来たでしょう?


 酷い過大評価だけど、そう言われても仕方の無い態度だったのもまた事実だ。
 何しろ僕は、一滴飲んだだけで記憶を失う超絶下戸なのである。
 当然利き酒なんて出来るはずがないし、酒の味に関する知識なんてモノも持ち合わせていない。
 故に妖夢ちゃんへ全ての選択を丸投げしたその時の僕の姿は、落ち込んでいる彼女には気を使っている様にしか見えなかったのだろう。
 ネガティブになっている時って、そういうの全部後ろ向きに捉えちゃうもんね。
 うん、ちょっとタイミングが悪かったかな。妖夢ちゃんが僕に愚痴を言う前だったら、それなりに効果もあったんだろうけど。
 ……はぁ、参った。人生経験が色々と薄い僕には、こういう時かけるべき言葉が何も思い浮かばない。
 このまま妖夢ちゃんを放置するのはマズイと分かっちゃいるんだけどねー。歯がゆい、実に歯がゆいですぞ。

「晶さま」

「はひゃいっ、何でせうか」

「いました、小町殿です」

 妖夢ちゃんが指さした方向には、大木に寄りかかって寝転んでいる三途の渡し守の姿があった。
 彼女――小町姐さんこそが、咲夜さんの言っていた『異変の事情を把握しているかもしれない人』だ。
 サボり魔で色んな所をうろついているらしいから、見つかってまずは一安心だけど……。

「滅茶苦茶、機嫌悪そうだね」

「ええ、何があったのでしょうか」

 居眠りしていると思われていた姐さんは、何故か空の杯を傾けつつ半泣きで虚空を睨みつけていた。
 勤務中だから飲酒を自重している――と言う感じには見えない。完全に拗ねてる風だ。
 あ、酒瓶を逆さにして振りだした。何も出てこないって事はこっちも空か。……分かり易く凹んでるなぁ。
 さすがに見ていて切なくなってきたので、僕は意を決して姐さんに話しかける事にした。
 出来る限りの愛想を顔に浮かべ、妖夢ちゃんと共に小町姐さんに近づく。

「ん? 誰かと思ったら女装メイドと半人前剣士か。こんな所に何の用だい」

「……はんにんまえ」

「うわぁぁぁ、どうもお久しぶりです小町姐さん! はいコレ御土産!!」

 不機嫌そうな小町姐さんの呟きを遮る様に、手持ちの酒瓶を彼女へ押し付ける。
 本人としては軽口のつもりなんだろうけど――実際軽口なんだけど――今の妖夢ちゃんには致命的過ぎる一言だ。
 何とか勢いで誤魔化そうとしたものの、ばっちり聞こえていた彼女はがっくりと項垂れてしまった。
 ああもう、本当にタイミングが悪すぎる! 妖夢ちゃんそろそろ自己嫌悪で死んじゃうよ?
 しかも当の本人は、ハッとした表情で乱暴に包みを破きだすし。
 薄布で結んでるだけなんだから、そんなビリビリにしなくても……ダメだ、完全に酒瓶しか見えてないや。

「おっ、おおっ、おおおーっ! きゅ、久の字!!」

「は、はい?」

「お前さんは、きっと極楽に行けるよ!」

「このお土産を選んだのは妖夢ちゃんですよー」

「でかした魂魄流! お前さんも極楽に連れて行ってやろうか?」

「私は冥界の人間なのですが……」

 ちっとも感謝の言葉に聞こえないお礼を口にしながら、困り顔の妖夢ちゃんに抱きつく小町姐さん。
 理由は分からないけど、このお土産は余程姐さんの琴線に触れるモノだったらしい。
 だけど、極楽行きを約束しちゃうのはどうだろう。免罪符じゃないんだから。
 後で映姫さんに怒られても知らないよ? あの人確実に地獄耳だろうしね。

「旨いっ! あー、五臓六腑に沁み渡るよ!!」

「……勤務中ですよね?」

「あっはっは、固い事は言いっこなしだよ久の字!」

 いやまぁ、小町姐さんが良いんだったら別に良いんですけどね?
 御満悦な表情でお土産を飲み干そうとする姐さんに、とりあえず僕はここに来た目的を話す事にした。

「ところで小町姐さん、緋色の雲に関してなんですが……」

「あん? 『気質』の事かい?」

「――気質?」

「ふぅん、久の字の気質は幻日か。お前さんらしい天気だねぇ」

「あ、どうも。……って、褒められてるんですか?」

「幻日は日の光を掻き乱す。本人には規則性があるつもりでも、傍から見れば滅茶苦茶さ。よっ、天性の問題児!」

「ああ、褒められてはいないと。良く分かりました」

「そして凍てつく程の冷気は頑なに変化を拒み、住まう者を冷徹に選別する。……ここらへんはそうなのかー? って感じだけどねぇ」
 
「いや、同意を求められても」

 僕としては、小町姐さんがどうしていきなり性格診断を始めたのかの方が気になります。
 唖然としている僕に気付かず、何やら納得した表情で頷く小町姐さん。
 はっきり言ってワケが分からないけど、とりあえず泣きたくなった。
 うーむ、それにしても『気質』かぁ。緋色の雲の事を指す言葉らしいけど、抽象的過ぎてそれだけじゃ何とも。
 首を傾げつつ視線を妖夢ちゃんに向けると、どうやら彼女も分からないらしく無念そうに首を横に振った。

「それで小町姐さん、その『気質』って言うのは?」

「何だい何だい藪から棒に。まさか、気質が何なのか分からないとは言わないよな」

「はぁ、そのまさかなんですが」

「ええっ!? 白玉楼の庭師が居るだろう! 何も聞いてないのかい?」

 心底ビックリした顔で、小町姐さんは妖夢ちゃんを見つめる。
 そんな彼女の問いかけに、妖夢ちゃんは心当たりは無いと言わんばかりに慌てふためいた。

「な、何故そこで私が?」

「何故って……はぁ、アンタ本当に半人前だねぇ」

「うっ――」

 それはもう、吐き出す様にしみじみとおっしゃってくれましたとも。
 先程の軽口よりも実感が込められた「半人前」宣言に、妖夢ちゃんは言葉を詰まらせた。
 そういえば幽々子さんも、この異変に関して何か知っている風だったよね。
 つまり冥界の人間なら、今回の事象に何か心当たりがあるはずだと。
 あ、そういえば――

「ひょっとして、冥界の霊が減っている事にも「気質」が関係しているんですか?」

「お、さっすが久の字。妙な所で鋭いじゃないか」

「全然嬉しくないけどどーも。それで、どうなんです?」

「そうだねぇ……にひひ」

 一瞬何かを考え込んだ小町姐さんは、意地の悪い笑みを浮かべると急に立ち上がった。
 彼女は大木に立て掛けていた大鎌を手にすると、片手で一回転させ上端部をこちらに向けてくる。

「あたいに勝ったら教えてやるよ――ってのはどうだい?」

 あー、なるほどねー。幻想郷お馴染のじゃれあいって奴ですか。
 もう小町姐さんってば血気盛んなんですから。あはははは、マジ勘弁してください。
 しかし姐さんは、そういや久の字と戦った事は無かったっけなぁと完全にやる気モードである。
 ならば、僕のやる事は一つ――和平工作しかないだろう。だって戦いたくないからねっ!

「お酒持ってきたじゃないですかー。ここは美味しい思いをした代わりに、つるりと教えてくれないですかね?」

「うん、良い酒だったよ。今日は真面目に仕事するつもりだったけど、おかげで話を聞く気になったね」

「あ、そーいう解釈になるんですか。つーか何気に、サボりの理由を僕の所為にしてません?」

「あはははは、気の所為気の所為。それで、どーするんだい?」

 冷や汗を流しながら、必死に話を誤魔化す小町姐さん。無駄な足掻きである気がしてしょうがない。
 とは言え、平和的な解決はほぼ不可能と考えて良いだろう。
 ……現実逃避に人を巻き込まないで欲しいんだけどなぁ。しょうがない、やるかー。

「分かりました。じゃあ――」

「お待ちください、晶さま」

 魔法の鎧を展開しようとした僕を制して、険しい表情の妖夢ちゃんが前に出た。
 彼女は腰の二刀を抜き放つと、どこか縋りつくような目でこちらを見つめてくる。

「ここは、私にお任せ頂けませんか?」

「え、でも――」

「お願いします。私に、任せてください」

 ギリギリと、妖夢ちゃんが手を赤くするほど剣の柄を強く握り締める。
 その姿は言外に、力を証明する場が欲しいと望んでいる様だった。
 正直、彼女を戦わせる事には反対だ。何と言うか危う過ぎて、取り返しのつかない事になりそうな気がする。
 が、ここで戦わせないとそれはそれでマズイ事になりそうな気も……どうしようか。

「大丈夫、なんだね?」

「――はい!」

 こちらの問いに対して、彼女は真っ直ぐな目で頷き返してきた。
 不安は残るけど、これならまぁ大丈夫かな?
 若干の懸念はまだあるモノの、明確に拒否する理由も特には無い――はず。
 
「分かった、任せるよ」

 僕がそう答えると、ホッとした表情の妖夢ちゃんは静かに姐さんと相対する。
 一方の小町姐さんは、相手が彼女だと知るとあからさまな程分かり易い落胆の笑みを顔に浮かべた。

「ええー。お前さんとは花の異変でやりあったから、遠慮したいんだけどなー」

「問答無用です。あの時の雪辱も晴らさせて頂きます」

「別に良いけどさ。……あれからちょっとは成長したんだろうね?」

「………」

 小町姐さんの問いに無言を返す妖夢ちゃん。
 その表情は、図星を付かれたかの様に暗く重い。
 ……あの、妖夢ちゃん? 本当に大丈夫なんですか?
 まさか、勝算も無いのに破れかぶれで任せろって言いだしたワケじゃないよね?

「な、何とかしてみせます! 覚悟!!」

 何とも頼もしくない事を言いながら、妖夢ちゃんは露骨に話を誤魔化して駆け出す。
 ああ、これは判断を間違えたかもしれないなぁ。
 しかし今更止めろと言えない僕は、不安に思いながらも二人から離れるのだった。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「私と四季映姫はシャアとクワトロくらい無関係ですが、とりあえず小町は減給。どうも、山田です」

ちぇん「えっとこんにちは、臨時あしすたんとのちぇんです!」

山田「はい、よろしくお願いします。仲良くやって行きましょうね」

ちぇん「……良いんですか?」

山田「何がですか?」

ちぇん「いえその、山田さんは何か被ってる人には厳しいと聞いていたので。私、何も被っていないんですかね?」

山田「まぁ、微妙な所ですが――さすがの私も、登場回数僅か二回、晶君との絡み皆無の貴女を貶める気はさすがに……」

ちぇん「……うう、改めて言われると落ち込むなぁ」


 Q:晶君はそろそろバケモノ級になりましたかね?


山田「まだまだ、準バケモノ級の壁は厚いのですよ。そもそも晶君は面変化中でしたしね」

ちぇん「そういえば、面変化中は実力もぱわーあっぷしてるんですよね。でも、面変化も込みで実力になるんじゃ?」

山田「だとしても準バケモノ級ですね。その上へ行くには、ちょっと実力が不安定過ぎるのですよ」

ちぇん「不安定、ですか」

山田「はい。真の能力を使いこなせるようになってようやくバケモノ級、とでも思ってください」

ちぇん「……そんな時が来るんですかね?」

山田「来る時が最終話です」

ちぇん「さ、最後まで無いのかぁ」


 Q:山田様は晶君の成長をどう見てますか?解説者っぽく御願いします。


山田「そうですね。一言で言うと『未熟な奇術師』と言ったところでしょうか」

ちぇん「はぁ、奇術師」

山田「変幻自在に相手を惑わす彼にピッタリな称号でしょう? 種も仕掛けもある所がポイントです」

ちぇん「でも未熟……なんですよね?」

山田「ええ。一流の奇術師なら相手を自分の手品に自然と惹きこませるモノですが、晶君にはまだそれが出来ません」

ちぇん「え、えーっと?」

山田「……もうちょい、要領良く返せませんかね」

ちぇん「す、すいません」

山田「まぁ良いです、続けます。彼の場合は観客――相手の事ですが――が付き合って初めて奇術を為せる。これでは一人前とは言えません」

ちぇん「そういえば強い人達は、皆晶君が何をするのか見守っていたりしますね」

山田「そういう事です。おまけに種と仕掛けがばれるとそこまでなので、常に新しいネタを考える必要があります。成長スピードが早いのはこのためですね」

ちぇん「なるほどぅ」

山田「まぁ、まだまだ未熟者ですよ。技術だけがどんどん先行していってますがね」

ちぇん「そうなんですか。――あ、分かりました! 必要以上の能力を持とうとしないのも、相手を油断させるためのてくにっくなのですね!」

山田「いえ、それはただ自分を過小評価してるだけです」

ちぇん「そ、そうですか」

山田「では今回はこれにて。――ああ、それと。次来る時はもう少しボケかツッコミを磨いといてください。ぶっちゃけ絡み難いです」

ちぇん「ご、ごめんなさい……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・拾「意気天候/斬れぬものなど殆ど無い」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/11/29 00:00


 私には祖父が居る。人間としても、剣の師としても尊敬している自慢の祖父だ。

 そんなあの人との思い出は、思えば常に剣を介していた気がする。

 物心ついた頃、最初に教わったのは剣の握り方だった。

 口が利ける様になって、初めてかけた言葉は「お爺ちゃん」で無く「師匠」だった。

 常に修業と共にあったあの人との記憶。けれど私は、それが辛い事だとただの一度も思わなかった。

 何故なら私は、剣を振るう事で祖父と様々な会話をしていたのだから。

 だがある日、祖父は突然白玉楼を去った。私に白玉楼の庭師と……幽々子様の剣の指南役を任せて。

 私がそれを知ったのは、すでにあの人が白玉楼を離れた後の話。

 唖然とする私に、幽々子様は祖父から預かった言葉を伝えてくれた。

 “魂魄流の全てをお主に叩きこんだ。後は己で引っ張りだせ”

 あれから、どれほどの月日が経っただろうか。

 ――私は未だに、祖父の伝言の意味を理解していない。





幻想郷覚書 緋想の章・拾「意気天候/斬れぬものなど殆ど無い」





「―――覇ぁっ!!」

 小町殿の懐に飛び込み、私は右手の楼観剣で彼女に斬りかかる。
 間合いは完璧。外れ様が無い――はずなのに。

「残念、一歩遠かったね」

「……くっ」

 気付けば、刃の一歩先に小町殿の姿が。
 私の剣はあっさりと、何も無い空間を通過していった。
 しかし、私には二の太刀がある。
 空振りの勢いを利用して、私は続けて左手の白楼剣を彼女へと突き出した。

「おっと甘い」

 だが、それすらも届かない。
 先程よりもさらに踏み出したはずの一撃を、小町殿は一歩も動かずに避けた。
 以前の、花の異変の時と全く同じ状況。
 微動だにしていないはずの彼女に、何故かこちらの攻撃は紙一重で届かないのである。
 呆然としながらも、身体は用心のため小町殿から距離を取った。
 険しい表情の私に対して、彼女は退屈そうに肩を竦めると大きな欠伸を一つ吐き出す。

「何だい、何か変わったのかと思えばそのまんまじゃないか。それで良くあたいと戦う気になったね」

「くっ、まだです! まだ勝負がついたワケではありません!!」

「このまま馬鹿正直に剣を振ってたら、結果は同じだと思うけどねぇ」

「うっ――」

 私とて、このままではダメだと分かっている。
 何とか紙一重の秘密を暴かなければ、無駄に体力を消耗するだけだ。
 ……晶さまなら、容易く仕掛けに気付くのだろう。ひょっとしたらすでに対策を打っているかもしれない。
 ふと頭をよぎった憶測に苦いモノを感じ、私は自然と顔を顰めていた。
 情けない、情けない、情けない!
 分かってはいるのだ。私など、まだまだ晶さまには遠く及ばないと言う事は。
 けれど、どうしても不安になってしまう。
 あの人の、私が今まで全く知らなかった‘強さ’を見ていると。

「――はぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 半ばヤケクソ気味に、双剣を振りかぶり突撃する。
 しかしそんな勢い任せの攻撃が小町殿に通用するはずも無く、我武者羅な連撃は全て宙を斬ってしまった。
 どうすればいい、どうしたらいい。こんな時、晶さまならどうする。
 頭の中では、案にも満たない思考が集中力を削り取る様に暴れ回っていた。だがそれは、一向に纏まろうとしてくれない。

「甘い甘いよっと――とりゃっ」

「ぁぐ!?」
 
 そんな風に考えを散乱させたこちらの隙を付き、小町殿の弾幕が勢い良く私を吹き飛ばす。
 衝撃と共に大地へと叩きつけられ、呼吸が出来なくなる感覚。
 それでも何とか立ち上がろうとした私に、小町殿の呆れ混じれの声がかかった。

「やれやれ、やっぱり半人前だね」

「――――っ」

「と言うかだ、前より動きが悪くなってるのはどういう事なん――」

 そこから先の言葉は聞けなかった。
 心の奥底から湧いてくる、無力さと不甲斐無さに塗れた自己嫌悪で頭の中が一杯になってしまったからだ。
 嗚呼、私は何故こんなにも無知なのだろうか。
 晶さまと共に居る間――いや、晶さまと出会った頃からずっと奥底で溜まっていた無力感は、ついに私の中で爆発してしまった。
 あの人は、強い。初めて相対した時、私はその強さを剣の腕前によるものだと思い込んでいた。
 だが、二度目の戦いで気付いた、気付いてしまったのだ。
 あの人の強さは、剣とは違う所にあるのだと。
 それは、私の全く知らない力。私が今まで見ようともしなかった、私の知る強さの外側にあった強さ。
 世界が広がるのと同時に、私は己の矮小さを思い知った。剣だけを振るっていれば良いと、安易に構えていた自身の浅慮を嘆いた。
 もっと考えなければ。周囲の状況を、相手の能力を、動きを、思考を、戦略を。
 そして決めなければ。次の行動を、必勝の策を、剣に代わる新たな決め手を。
 もっと、もっと、もっと――

「はいはーいっ、作戦ターイム!!」

「晶、さま?」

「ちょいと久の字? いきなり何を――」

 突然、私と小町殿の間に晶さまが割り込んできた。
 彼はそう言い切ると、こちらの言葉を待たずに私を大木の近くへと引き摺って行く。
 ……何も思いつかない、不甲斐無い私に何か策を与えてくれるのだろうか。
 だとしたら、断らなければ。私は私の頭で、小町殿への対抗策を考えなければいけないのだから。
 
「晶さま、私は――」

「以前にね、とある剣豪が僕に言ったんだ。僕には剣の才能はあるけど、剣士の才能は欠片も無いって」

 何故そんな事を急に。そう尋ねる事は出来なかった。
 それほどまでに晶さまの瞳は真剣で――かつ、怒りに満ちていたのだ。
 
「何が違うのかって聞いたら、先生はこう答えたよ。僕には剣に全てを委ねる覚悟が無いんだと」

「剣に、全てを……?」

「僕には誇れるものが無い。最後に頼れる力も、力から生まれるプライドも無い。――だけど、君は違うはずだ」

 晶さまが、私の両手を掴んで持ち上げる。
 そこで、初めて気が付いた。
 私の手が、ずっと握っていた物に。私が誇るべき、二刀がそこに或る事に。

「考えなくて良い、見なくて良い。視界は狭めて、頭は空っぽにして――君は、馬鹿みたいに剣の事だけ考えていれば良いんだ!」

 ――その時の感情を、果たしてどう表現すれば良かったのだろうか。
 私は啼いた。声も出さず、涙も流さず、ただただ感情のままに啼き叫んだ。
 強いて言うなら、それは生誕の産声だったのかもしれない。
 魂魄妖夢はこの時、間違いなく二度目の生を迎えたのだ。

「晶さま」

「……何かな」

「――行って、きます」

「うん、行ってらっしゃい」

 それ以上の言葉は、必要無かった。
 私は大きく息を吸い込むと、再び小町殿と相対する。
 けれど私の瞳は、すでに彼女を捉えていなかった。

「作戦会議は終わったのかい? やれやれ、久の字の入れ知恵があるとなると厄介だねぇ」

 いきなり割り込まれて機嫌が悪いのか、小町殿があからさまな皮肉を漏らす。
 だが不思議と、怒りも焦りも湧いてくる事はなかった。
 やるべき事がすでに、分かっているからだろう。
 私は二刀に話しかける様に、ゆっくりと剣を構え――そのまま全速力で駆け出した。

「いきなり不意打ちかい。アイディアは悪くないけど」

「―――破ァァァァァ!!!」

「って、危なっ!?」

 楼観剣が小町殿の服を掠めた。だがこれは、別段驚くべき事ではない。
 彼女は今までの、迷っていた時の私を想定して動いていたのだ。
 迷いを捨てた私の速さを、うっかり‘計り損ねる’事もあるだろう。
 そして恐らく、うっかりに二度目は無いはずだ。次の一撃は、再び紙一重で回避するに違いない。
 それで良い。そうで無いと困る。
 私は何も掴めていない。何も出しきれていない。何も試していない。
 まだまだ、届いて貰っては、困るのだ!

「ちょ、魂魄の!? 何か滅茶苦茶良い笑顔してない? 怖いよ? 何か怖いよ!?」

 返事をする間さえ惜しかった。
 空振りの勢いで小町殿の隣を駆け抜けた私は、充分な距離を取って反転する。
 そして私は再び加速し、小町殿へと斬りかかった。
 当然彼女は紙一重で回避するが、そんな事はもうどうでも良い。
 ただただ我武者羅に、無心に、より早く、より強く、私は剣を振るい続ける。
 

 ――そうやって、何度同じ事を繰り返しただろうか。


 気付けば小町殿は、大きく距離を取って攻撃を回避する様になっていた。
 息遣いも荒く、所々に切り傷が見え、激しく消耗している事は目にも明らかである。
 だが、まだ届いていない。
 その事に対して焦りを感じる事は、もう、無い。
 むしろ楽しい……そう、楽しいのだ。
 届かない事が、足りない事が、未熟な事が――楽しくてしょうがない。
 それは、いつの間にか忘れていた感覚だった。
 成長する喜び、知らない事がある喜び。修練を重ねる事で失っていった、私の初心。
 止まらない。止まらないっ! 止まらないっ!!
 私はこんなにも早く走れたのか。こんなにも力強く剣を振るえたのか。
 剣を振るう度に、攻撃を重ねる度に、私は剣の新たな側面を知り――もっと知りたくて剣を振るい続ける。
 ああ、本当に楽しい。いつまでもこんな時間が続けば良いのに。

「ええいっ、付き合ってられるかっ!!」

 私が剣との対話を楽しんでいると、半泣きの動く的――もとい小町殿が叫ぶと共に大きく距離を取る。
 それは、移動と言うよりも距離を弄った様に見えた。
 なるほどさすがは三途の渡し守、距離を操るのはお手の物らしい。
 そうしてようやく明かされた回避の『タネ』にさほど興味が湧かなかったのは、きっと相手を気にする必要が無くなったからだろう。
 私が無目的に小町殿を眺めていると、何かが気に障ったらしい小町殿がさらに怒声を重ねてきた。

「猪みたいに突撃ばっかりしやがって! お前さんの頭には、知略を働かせるって言葉は無いのかい!!」

「要りません」

「いや、要らないってお前さん……」

「と言うか小町姐さん。それ、負けてる方の台詞じゃないよね」

「うるさい久の字! 魂魄のがケロっとしてるだけで、ダメージはどっこいどっこいなんだよ!!」

 言われてみれば、私の身体も弾幕でボロボロだ。
 先程までの記憶を洗ってみれば、小町殿は何回かスペルカードを使っていた様な気がする。
 もっとも直撃した記憶は無いので、迫ってきた弾幕は恐らく反射的に切り落としていたのだろう。
 それでも避けきれなかった何発かが身体に当たり、蓄積した結果これほどのダメージになってしまったようだ。
 ――まぁ、良いか。
 自分でも恐ろしいほどあっさりとそう結論付けた私は、次の一撃のため身体を弓矢の様に引き絞る。
 多分私は今、本当に剣の事しか考えてないのだろう。
 身体も、心も、半霊も、全てはただ剣を振るう為の――否、一振りの剣その物になっているのだ。
 恐らくは、両手に握られたこの二刀も。
 ただ、斬ると言う目的のためだけに。この場は存在しているに違いない。
 
「―――小町殿」

「な、何さ」
 
「今から全力で、斬ります」

 それがどれほど傲慢な一言か。十二分に理解はしているつもりである。
 今までもすでに全力だった。しかし、私は悟ってしまったのだ。
 次の一撃が、間違いなく全力の――今の私では、まだ意図して出せない――最高の一撃に為り得ると言う事に。
 故に、私は微笑む。
 身体を緩ませ、全ての準備は完了させるために。結果を生み出す、最初の一歩を踏み出すために。
 私は、最強の――そして最後の一撃を放つ為駆けた。
 


 ―――――――断迷剣「真・迷津慈航斬」

 
 
 二つの剣から放たれた剣気が重なり、巨大な一本の刃となった。
 さらに私はその刃をより薄くより硬く研鑽させ、小町殿へと向かって振り下ろそうとする。

「だぁぁっ、ちょっと待ったちょっと待った!」



 ―――――――恨符「未練がましい緊縛霊」

 

 そんな私の一撃に対抗するため、一手遅れながらも小町殿はスペルカードを顕現させた。
 同時に白く半透明な霊魂が五つ程、私を絡め取ろうと襲いかかってくる。
 恐らく私の攻撃よりも先に、こちらの動きを止めるつもりなのだろう。
 どうやら小町殿は、よっぽど慌てていたようだ。
 まさかよりにもよってこの私に、霊による攻撃を仕掛けてくるとは。
 私は刹那の躊躇いも無く、そこに弾幕など無かったかの様に刃を振り下ろす。 
 それは、‘斬る’と言うより‘通す’と言った方が正しい感覚だった。
 まるで世界その物をズラした手応えと共に、巨大な裂け目が三途の川辺に生まれ、霊魂による弾幕を綺麗に両断する。


 ――だが、そこに小町殿の姿は無い。


 彼女は唖然とした表情で、己の一歩手前で閉じている亀裂を眺めていた。
 果たして、届かなかったのか届かせなかったのか。
 今の私には、最早どうでも良い事だった。

「……へぅう」

「おっと、危ない」

 全身の力が抜け、思いっきり倒れ込んだ私の身体を晶さまが支えてくれる。
 その表情は、無言ながらも私の行動を確かに称賛してくれていた。
 ああ、ありがとうございます晶さま。
 得られた満足感からか、私の意識もそれに続いてゆっくりと薄れて行く。
 それでも、気だるさや眠気に抵抗する気は起きなかった。
 このまま気を失っても良いと、私の心も体もすでに納得していたのだろう。
 私はそのまま、ゆっくりと目を閉じて――
 
「ちょ、妖夢ちゃん大丈夫!? 何か真っ白に燃え付きかけてるんだけど?」

「あたいの出番かね」

「引っ込んでてください。つーか何でそんなに機嫌悪いんですか、姐さん」

「死ぬかと思ったからだよ! 正直、身体が右と左に断たれたかと思ったからね!?」

「実は僕も、右小町と左小町さんに別れたと一瞬思いました」

「だろう!? ……ところで久の字、今どうして左の方だけさん付けしたのさ」

「左の方が位が高いからです」

「……久の字のボケは分かり難いね」

「良く言われます」

 いや、気絶するにはまだ早い。私にはまだ、するべき事があったはずだ。
 危うく失いかけた意識をギリギリで保ち、私は何やら問答を繰り広げていた晶さまに向き直る。
 いきなり顔を起こした私に晶さまはかなり驚いた様だが、余裕の無い私に謝罪をしている暇は無かった。

「晶さま、一つ伝言をお願いしてよろしいですか」

「良いけど……誰に? 幽々子さんとか、死亡フラグに直結しそうな相手は止めてね」

「いえ、目を覚ました私に」

「……随分と高度な伝言を残すね」

 恐らく私は、この戦いの事を覚えていないだろう。
 もちろんそれは、記憶の中から今日の戦いが消えてしまうと言う意味では無い。
 ただ、この戦いで得た感覚。僅かに覗き見えた剣の秘奥は、どうやっても思い出せないと確信していた。
 ――今は、まだ。だから……。
 
「貴方の言葉で、また私に言ってやってください。馬鹿になって剣を振れと」

 あの一言があれば、きっと私は頑張れる。
 私は私のままで良いのだと、胸を張って言いきれる。
 だからお願いします、晶さま。私のちょっとした我儘をかなえてください。

「お願いします、よ……」

「ちょっと、妖夢ちゃん? 妖夢ちゃん!? そんな大役を気軽に任せないでよ!?」

「あはははは。久の字ってば、えらく信頼されてるじゃないか」

「嬉しい話ではあるけど……何だろう、この逃げ道を失った感じは」

 言うべき事を伝えた私は、今度こそ完全に意識を失った。
 後に聞いた話だが、晶さまに抱きかかえられた私はずっと笑っていたらしい。




[27853] 緋想の章・拾壱「意気天候/おねがいグリムリーパー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/12/06 00:06


「ところでさ。興ざめな事聞いて悪いんだけど、弾幕ごっこの勝敗はどうなるんだい?」

「妖夢ちゃんの勝ちで良いじゃないですか」

「いやいや、確かにあたいはスペカを使いきったけどさ。魂魄のは気絶してるじゃん、良くて引き分けでしょ」

「なるほど……ならしょうがないね」

「ちょいと久の字、魂魄のをどこに置くつもりだい」

「そこの木陰ですよ。危ないですからね、巻き込まれない様にと思いまして」

「そう言いつつ、戦闘準備を整えてる理由もついでに教えて貰えないかねぇ……」

「はっはっは、決まってるじゃないですか。――勝たないと情報が貰えないんですよね?」

「え、いや。確かに言ったけど、あたいボロボロなんだよ!?」

「漁夫の利って素敵ですよね。ハイエナでも可」

「自覚あるのかい!? ……その、全快になるまで待つ情けは?」

「にはは、あると思いますか?」

「―――うん、あたいの負けで良いよ」





幻想郷覚書 緋想の章・拾壱「意気天候/おねがいグリムリーパー」





「気質って言うのはつまり――幽霊の事なのさ」

 素直に――もう一度言う、素直に負けを認めてくれた小町姐さんが、気質に関する説明を始めてくれた。
 そんな僕の背中では、満足そうに寝息を立てる妖夢ちゃん。
 小町姐さん相手にやりたい放題やった彼女は、身体中ボロボロにも関わらず幸せそうに眠っている。
 まぁ、色々と得るモノがあったのだろう。
 個人的には、進ませちゃいけない一歩を踏み出させてしまった気がして大変心苦しいのですが。

「久の字、無視は良くない」

「あ、すいません。あまりにエキセントリックな説明につい現実逃避を」

「あたいにも、もうちょい優しい言葉をかけてくれよ……」

「もう少し人間向けの説明をしてくれたら考えます」

 分かり易く一言に集約してやったぜ。みたいな表情されても、僕には何の事かさっぱり分かりませんから。
 僕の不満げな指摘に、小町姐さんは面倒くさそうな顔で肩を竦める。
 いや、竦めたいのはこっちの肩なんですけど。何で僕が仕方ないみたいにされてるんですか。

「やれやれ、久の字も意外と物分かりが悪いじゃないか。こんなにもはっきりと答えを言ってやったのにさ」

「物分かりの悪さは否定しませんが、姐さんの説明もわりとぞんざいだと思います」

「……お前さん、かなり口悪いね」

 否定はしません。他と比べてマシな方だとは思ってますが。
 しょうがないとばかりにもう一度肩を竦め、渋々顔で説明を始める小町姐さん。
 ……今、ふと思ったんだけど。もし文句を言わなければ、姐さんコレで説明を終えていたんじゃないだろうか。
 否定しきれない可能性に僕は思わず苦笑を漏らした。この人は多分、真性の面倒臭がりだ。
 
「要するにだ。気質ってのは魂の色を表してるワケなんだよ」

「魂の色、ですか」

「そう、魂。天気の違いが性質の違いを表してるのさ」

「なるほど……けど、何で幽霊なんです?」

「魂の性質がモロに出るのは肉体を失った後だからね。そいつの天気を見れば、死後どうなるかが一発で分かるんだよ」

 何とも物騒な物言いだけど、だからこそ小町姐さんには何が起きているのか分かったのだろう。さすがは死神だ。
 しかし、死後の自分ねぇ……正直僕には、天気だけ見てもピンとこないんだけどなぁ。
 死神から見ると明らかなのだろうか。だとするとアレは性格分析で無く――まぁ、深くは考えまいて。
 
「ちなみに、霊の減少とはどのような関係が?」

「んー、これは推測なんだけどね。多分この現象を起こした奴は、霊にも同じ事してると思うんだよ」

「霊も気質が引き出されてるんですか?」

「いんにゃ、気質が引き出されたのは『された結果』だよ。霊の場合は消えちまうのさ」

「消えるって―――何をされたので?」

「斬られたんだろう、多分ね」

 何でも無い事の様に、あっさりと姐さんが言った。
 いやでも、斬られたって……僕にはそういう記憶が無いんですけど。
 僕が思った事を何も考えずに伝えると、何故か楽しそうな姐さんは鼻歌交じりに人差し指で円を描いた。
 これは多分、久の字はダメだなぁと言うポーズに違いない。
 物凄く嬉しそうな所を見ると、普段は基本言われる立場なのだろう。何か凄く納得。
 だけどそれを正面切って指摘すると、間違いなく藪蛇になるので黙っている僕。空気を読むって大変だよね。
 
「もちろん、直接ぶった切られたワケじゃないさ。恐らくそいつは、どこかで高見の見物をしながらその現象を起こしてるんだよ」

「つまり、何か術の様なモノを使ってると」

「いや、多分使ってるのは道具だよ。力の宿った剣とかを使ってるんじゃないかな」

「その根拠は?」

「斬る物なんて、刀しか無いじゃないか」

 いやいや、そんなどうだ! って顔で断言されても。
 まぁ、剣を使った力だから斬れるって理屈は分からなくもないけどね。
 しかしいきなり剣と断じるのはどうだろう。斬るだけだったら、それこそ姐さんの持ってる鎌でも充分じゃないか。
 ……ひょっとして、小町姐さん。

「その‘剣’に、心当たりがあるんですか?」

「あるけど、違うよ」

 あ、違いましたかスイマセン。
 しかし無いのではなく、あるけど違うと言うのはどういう事だろうか。
 もしかして姐さん、すでに確認済みだったとか?
 んー、でも小町姐さんの性格なら、あえて教えず僕にも空振りさせそうな気がする。
 お酒効果――があるなら始めから戦って無いだろうし。
 なんだろう、凄い不穏だ。これ閻魔様とか呼んだ方が良いんじゃないだろうか。

「久の字ってば……疑い深くなって。すっかり幻想郷に染まっちまったねぇ」

「いや、小町姐さんの場合前科持ちじゃないですか。そりゃあ身構えもしますよ」

「……細かい事を言う男はモテないよ」

「女装やってる時点で諦めてます。はいはい、恍けてないで吐いた吐いた」

「淡白過ぎて泣けてるねぇ。……ちなみにあっさり教えた理由は、その‘心当たり’を久の字が背負ってるからだよ」

 わざとらしく泣いたフリをしながら、背中の妖夢ちゃんを指差す小町姐さん。
 ところでその言い方だと、心当たりが彼女で無かった場合は空振りさせるつもりだった様に聞こえるんですが。
 あ、否定しないんですかそうですか。……とりあえず、今後も小町姐さんの言動には気を付けようと思いました。
 あとチクる。元々バレてたとしても構わない、絶対に映姫様へチクってやる。
 例えチクった後に僕が説教されたとしても良い。二度と戦えなくても構わないと言う覚悟! ――いや、戦いは関係ないけど。
 
「何か今、不穏な気配が……」

「気のせい気のせい。で、妖夢ちゃんが心当たりってどういう事ですか?」
 
「いや、コイツの剣は幽霊を斬れるんだよ。だから異変に関わってるのかと思ったんだけどさ」

 なるほど、本人を見て絶対に違うと確信したと。
 確かにこの有様で、妖夢ちゃんが犯人だと思う奴はいないだろう。
 腹芸策謀の類が苦手である事も、さっきの弾幕ごっこで間接的に証明済みだ。
 図らずも妖夢ちゃんは、自身の手で容疑をいつの間にか晴らしていた様である。良かった良かった。
 ちなみに、他の心当たりは無いのだろうか。
 念のため小町姐さんに尋ねてみると、無言で首を横に振られてしまった。もう無いらしい。

「言っとくけど、あたいの交友範囲は多分アンタより狭いよ。むしろ他の心当たりがあるのは久の字の方じゃないかい?」

「んー、剣を使う知り合いかぁ」

 妖夢ちゃん以外の剣士と言えば、精々出てくるのは先生と椛くらいだ。
 だけど先生の性格上、剣の力を使ってどうこうするって言うのはまずあり得ないだろう。
 幻想郷の強豪妖怪達が誰彼構わず斬られる事件が起きたら、犯人は間違いなく先生だと思うけどね。
 とにかく、剣に生きてる先生がこんな面倒な異変を起こすワケ無いので容疑は保留。また会った時に確認する位で良しとしておこう。
 そうなると疑いの目は、もう一人の剣士である椛に向くのだけど……。
 うん、まぁ、それは無いかな。
 可能性はあるだろうし、否定する根拠も無いんだけど――この疑問を本人に伝えたら思いっきり泣かれる気がする。
 晶殿は私を虐めて楽しいのですか、とか涙交じりに聞かれそう。
 とりあえず、こっちも保留にしておこう。実際問題、椛に何かあったら文姉が何か手を打つだろうしね。

「と言うワケで、心当たりは無いです」

「その結論を出すまでに妙な間があったけど、追及はしないでおくよ」

「そうしてください」

「だけど残念ながら、あたいの出せる情報もこれくらいでね。後は自分で何とかしてくれないかい」

「ですかねぇ……」

 結局ここで分かったのは、緋色の雲――気質の意味だけだった。
 うーむ。ここまで調べても誰が、そしてどんな目的で出しているのかは一切分からないままなのか。
 ひょっとして気質を引き出す事は、犯人にとってそれほど重要な事では無いのかもしれない。
 増えてしまった疑問に、僕は妖夢ちゃんを落とさないよう頭を抱えるのだった。

「ところで久の字、くれたお酒が無くなりそうなんだけど」

「それじゃあ、失礼しまーす」

 とりあえず映姫様、心の声くらい余裕で聞こえていると思うのでお願いします。
 どうか小町姐さんには、超キッツイ説教を見舞ってあげてください。










「ん……ここは……」

 中有の道を逆に歩いていると、背負っていた妖夢ちゃんが目を覚ました。
 彼女は現状を確認するためゆっくりと顔を上げ――突然、石像になったかの様に固まってしまう。
 身体中を振るわせ目に涙を湛えた妖夢ちゃんは、身体の惨状を実に分かり易く叫び声で表した。

「あっ、あだっ、あだだだだっ!?」

「……まぁ、そうなるよねぇ」

 何しろ外側は弾幕で、内側は無茶な動きでボロボロにしたのだ。
 アドレナリンの恩恵が無ければ、指一本すらまともに動かせなくなるのは自明の理だろう。
 もっとも、勝負が決した今妖夢ちゃんが動く必要は特に無い。
 出来れば素直に、このまま僕の背中で休んでいて欲しいんだけど……ねぇ。
 恐らく意地になって歩こうとするだろうと当たりを付けた僕は、どう言いくるめたモノかと頭を働かせる。
 しかし彼女は、僕が何か言うよりも先に意外な反応を返してきた。

「すいません、今は動けそうに無いです。しばらくこのままで居させて貰えないでしょうか」

「え、あ、うん。別に良いよ」

「ありが――あたた、ありがとうございます」

 肩透かしな程あっさりと己の不調を訴え、体重をこちらに預ける妖夢ちゃん。
 いや、判断としては実に正しいし、僕自身もそうする事を望んでいたワケなんだけど……。
 何だろうこの違和感は、変じゃ無いんだけど変だ。シュワルツネッガー主演のランボーくらいおかしい。無いけど。
 思わず「誰だお前は」と言いかけた口を閉じて、僕はじっくりと彼女を観察してみる。
 じっとしてても痛むのか、ちょっと顔を顰めた妖夢ちゃんは、こちらの視線に気付くと信じられないほど穏やかな笑みを僕に返してきた。

「どうしました、晶さま?」

「えーっと、その……実はちょっと今後の事で悩んでてさ」

「小町殿から情報は頂けなかったのですか?」

「緋想の雲に関しては色々聞けたんだけど、どうも異変と繋がらないんだよね。むしろ行き止まったと言うか何と言うか……」
 
 視線の意味を誤魔化すついでに、僕は妖夢ちゃんへ聞いた話と疑問をぶつけてみる事にした。
 正直な話、異変の主が何故緋色の雲を出しているのかが僕には全く分からないのだ。
 最初は、天気を変える事で何かの封印が緩んだり、誰かの力が増したりするのかと思っていたのだけど。
 緋色の雲はどこかに集まるワケでも、何かに干渉するワケでも無くて、ただ垂れ流されていただけなんだよねぇ。
 天気への干渉も、せいぜい死後の診断くらいにしか使えないみたいだし……どう考えてもメリットが思い付かないのである。
 幽霊が斬られ消えている事態は、かなり問題だと思うけどねー。……本当に問題なだけで、誰一人として得をしそうに無いんだよなぁ。
 何しろ『消滅』――死神がそう言うんだから、死後の世界からもいなくなるのだろう――してしまうのだ、利用しようがあるまい。
 唯一ありそうな利点と言えば、霊を斬る事で何か力を得る事なんだけど……やっぱり無いんだよねぇ、兆しが。
 こうなると、現状で僕が出せる結論は『愉快犯』しかない。
 損得で無く‘退屈しのぎ’でやっているなら、損しか無い異変にも一応説明が付くんだけど……。
 どーもしっくりこないんだよね。策士の嗅覚とでも言うべきモノが、刹那的な行動に裏があるのでは無いかと警告している――気がする。
 多分。恐らくは。ひょっとすると。僕が策士であるかどうかは別の問題だけど。

「で、妖夢ちゃんはどう思う?」

 今の彼女は、果たしてどんな結論を出すのだろうか。
 そんな期待も込めながら、僕は妖夢ちゃんの顔を覗き込む。
 真剣な表情の彼女は、強い意志を秘めた瞳を僕に向けながら明朗に告げた。

「さっぱり分かりません!」

「あ、そうですか」

「ですが、晶さまの直感は決して間違ったモノでは無いと思います」

「根拠は?」

「ありません!」

 爽やかな笑顔と共に、キッパリと言い切る妖夢ちゃん。
 いっそ清々しい程の思考放棄っぷりである。
 ……以前はもう少し、考えようとする努力をしていたはずなんだけどなぁ。
 その癖、発言に対する自信は増えている不思議。
 何故だろう、冷や汗が止まらない。――僕はひょっとして、エライ一押しをしてしまったのでは無いだろうか。

「しかし『気質』が異変に直接関係していないのなら、また違う角度から情報を収集しなければなりませんね」

「あー、うん。そうなるかなぁ」

「では私はそちらの方面ではお役に立てませんので、回復に専念させて頂きます!」

 間違って無いけど、潔過ぎやしませんかソレは。
 良い意味でも悪い意味でも思い切りが良くなった妖夢ちゃんの姿に、助言をした身として頭を痛める他無い僕。
 とりあえず、後で幽々子さんにゴメンナサイしに行こうか。

 
 ――面白いからオッケーよ~――


 ……うん。今の不吉な幻聴は、現実逃避によるモノだと思っておこう。
 まぁ、冷静に状況を判断できるようになったのは間違いなくプラスだもんね。
 無理矢理良かった所を探しながら、僕はある意味前より扱い辛くなった事実から必死に目を逸らす。
 せめて、僕が良しと言うまで斬りかからない理性はあると思いたい。
 そんな犬の飼い主みたいな事を考えながら、再び妖夢ちゃんに視線を向けると――彼女は何故か、期待に満ちた瞳でこちらを見つめていた。

「えっーと……何か?」

「晶さま、まだ私に言う事があると思うのですが」

「そ、そうだね。次の行き先だけど、妖夢ちゃんの治療もしたいから永遠亭に――」

「何もしない私が、晶さまの決定に異議を唱えるつもりはありません。それよりも晶さま……」

 キラキラと言う擬音が付きそうな勢いで、こちらの言葉をじっと待つ妖夢ちゃん。
 分かってる。彼女は約束した僕の‘一言’が欲しいのだろう。
 だけど――言うの? 出馬ゲートから顔出して今か今かと合図を待ってる荒馬みたいな今の妖夢ちゃんに、ゴーの一言を?
 正直、これ以上の燃料投下は先程と違う意味で問題を起こしそうなので避けたいんだけど……。
 妖夢ちゃんの表情は、一言貰うまで絶対に引かないと如実に語っていた。
 ――君はもう、僕の言葉が無くても充分やっていけると思うよ。
 言っても聞かないであろうその言葉を呑みこみ、僕は心の底からのアドバイスを妖夢ちゃんに送るのだった。

「とりあえず、ほどほどに頑張って」

「はいっ!」

 うん、確実に分かって無いね。
 ある意味将来有望過ぎる彼女の態度に、僕は苦笑を漏らすしか無かった。





 ――ところで、異変に関する情報で何か一つ忘れてる事がある気がするんだけど。他に何かあったっけ?
 









◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうもこんにちは、皆のアイドル山田さんです」

死神A「はぁ、これであたいの出番終了ですか……アシスタントに復帰の死神Aでーす」

山田「では今回も、サクサク話を進めて行こうと思います」

死神A「へー、そーですかー」

山田「ではまず最初の質問を―――」

死神A「……このままだと本気で無視されそうなので聞きますが、何か無いんですか?」

山田「無いです」

死神A「労いは無いにしても、ツッコミなり悪態なりは……」

山田「無いです」

死神A「そ、そうですか」

山田「ああ、安心してください。コーナー終了後に悪態も説教も減給も全部やりますんで」

死神A「やるならせめて、コーナー内でやってくださいよ! つーか労う気はやっぱり無いんですね!?」

山田「ではでは、最初の質問でーす」

死神A「帰って来たんだ。あたいは間違いなく帰ってきちゃったんだ……」


 Q:妖夢は晶君の人格など武術方面を抜いた部分ではどう思っているんでしょうか?


山田「普通に尊敬してます。少なくとも、謙虚である事に嘘はありませんからね」

死神A「謙虚っつーか自虐的っつーか……」

山田「魂魄妖夢の感覚からすれば、あれだけの実力があって「自分はまだまだ」と言える人物は中々いません」

山田「冷静な思考とその精神は、充分尊敬に値する――と思っているようです」

死神A「高評価ですねぇ」

山田「物事なんて全部、短所にも長所にも出来るんですよ」

死神A「要は見方次第って事ですか」

山田「そうです。故に優しさとヘタレを間違えたギャルゲ主人公が跋扈する事になるのですよ」

死神A「いや、その例えはどうでしょう」

山田「ツンデレと暴力女の違い。でも良いですよ?」

死神A「良くないですから」

山田「あと、噂話が良く分からなかったので質問者は後ほど三途の川の向こう側に来るように。ご――尋問します」

死神A「死ねと!?」


 Q:山田さんの下で働きたいのですが、空いている役職とかありませんか?また、時給も教えてください。
 

山田「申し訳ありませんが、雇用の話は人事部でお願いいたします」

死神A「思った以上に事務的な返事!?」

山田「まぁ実際問題、私と死神Aに直接的な上下関係があるとは限らないんですけどね。一応ボスではあるらしいですが」

死神A「渡し守と裁判長ですからねぇ……説教はされてますけど」

山田「んなもん、私は生きとし生けるもの全てにしてますよ。あと死んでるのにも」

死神A「比喩で無いから困りますね」

山田「ああそうだ。血の池地獄で浮かんでくる死人を棒で沈める仕事とかどうですかね?」

死神A「昔の都市伝説に、似たようなのありましたね……。つーかそれ、山田様の下についた事になるんですか?」

山田「広義的に見ればそうなる可能性もあります。多分」

死神A「適当に言ってただけですか」

山田「まぁ、どちらにせよ、人間であるうちは採用の芽はありません。ヒンドゥー的な意味で解脱して貰わないと」

死神A「山田様も、一応はそこらへんの神様扱いになるんですね」

山田「別に悟りでも問題は無いですけどね。あの世だって、仕事するには資格が居るんです」

死神A「世知辛いですねぇ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] クリスマス特別変「ジングルベルには程遠く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/12/13 00:37

 ※CAUTION!

 このSSには、多分な「おふざけ・パロディ・ブラックジョーク」が含まれております。
 嫌な予感のした人は、速やかに回れ右して撤退してください。
 あと、時間軸的な解釈を投げ捨てたパラレルな設定となっております。
 登場キャラが全員顔見知りでかつ普通に接していますが、深く気にしない様にしてください。
 





























クリスマス特別変「ジングルベルには程遠く」


晶「文姉、幽香さん、もうすぐクリスマスですよ! クリスマス!!」

文「そうですねぇ」

幽香「そうねぇ」

晶「……あの、幾らなんでもその反応は淡白過ぎやしませんか?」

文「私としてはむしろ、晶さんが何故そんな熱心にクリスマスを進めるのかを知りたいですね」

幽香「と言うか貴方、よりにもよって基督なんて輩を信仰してたの? さすがに引くわよ」

晶「そんな、世界二十億人を敵に回す事言わないでください」

文「無駄に多いですね、全人類。五億人くらい削った方が良くないですか?」

晶「いや、提案されても。つーか全人類の総計は六十億越えてるんで、五億程度じゃさほど変わらないと思いますよ」

幽香「全人類の三分の一が基督教徒……吐き気がするわね」

晶「……幽香さんは、何でそんなにキリスト教が嫌いなんですか?」

文「私も好きではありませんね。あそこの人達、自分等と人間しか存在認めて無いですし」

晶「あー……妖怪って、やっぱり一神教に抵抗があるんですかね」

文「悪者扱いに関しては言う程。悪魔も妖怪も恐れられてナンボな所はあまり変わりませんしね、ただ……」

晶「ただ?」

文「ちょっとストイック過ぎるんですよねー。娯楽に命かけてるこちらとしては、徹底的に趣味が合わないと言いますか」

晶「何となく言いたい事は分かります。扱い的には、映姫様とかと同じ感じなんですね」

文「天使とやらと顔を合わせた事は無いので、どう扱うかまでは分かりませんよ。……まぁ、会いたいとも思いませんけど」

晶「そもそも、妖怪殲滅の目的以外で幻想郷に来る事は無さそうですしねぇ。ちなみに、幽香さんはどうして?」

幽香「奴等の世界観では、私達ですら‘神’とやらの被創造物なのでしょう? 私はそれが気に食わないの」

晶「……幽香さんは、本当に反骨精神の塊のよーな人ですね」

幽香「褒めても何も出ないわよ」

晶「褒めた事になるんですか、今の」

文「私に聞かないでくださいよ。まぁ私も、「人間に試練を与えるため」なんて創造理由は勘弁して欲しいですがね」

晶「人外に厳しい宗教ですからねぇ……」

幽香「で、貴方はどうして急にクリスマスの話題を始めたのかしら。私としては、出来れば煤払いの話をして欲しかったのだけど?」

文「あー……そういや、もうそんな時期でしたねぇ。はぁ、また下っ端共を取り纏めて大掃除する仕事が始まりますよ」

幽香「また敵対天狗からの嫌がらせ? そろそろカタを付けた方が良いんじゃないかしら」

文「私も面倒臭さが殺意へと繋がりかけてる所です。だけど他の連中に任せたら、肝心の掃除内容が等閑になるんですよねー」

幽香「住居に関する事柄は、適当にすると自分に返ってくるものね。……あ、そうそう。こっちの方もよろしく頼むわよ」

文「ちょっと待って。今、ごく自然に私を煤払い要員に組み込まなかった?」

幽香「当然の権利を行使しただけよ。自分の部屋まで確保してるんだから、貴方も掃除に参加しなさいな」

文「ぶー、三食参加してる八雲紫はどうなんですかー」

幽香「もちろん参加させるわよ。例え、八雲紫の命が果てる事になってもね」

文「ああ、それは是非とも見たい光景ですね。ついでに、きっちりトドメをさしてくれるとありがたいです」

晶「……あのー、完全に話題が煤払いの方へ移行してるんですけど」

幽香「あら、言われてみれば。――なら話を戻すけど、実際の所どうなの?」

晶「どう。と言われましても……僕としては、取り立てて急な話題とも思わなかったので」

幽香「ふぅん?」

晶「外の世界だと――日本限定ですけど――クリスマスって一般的な行事なんですよね。キリスト教とか関係無く」

文「聖人の誕生を祝う日なのに、基督関係ないんですか? それはまた何で?」

晶「『サンタクロースにプレゼントを貰う日』って印象が強くなったせいで、宗教的要素の方が薄れたから……ですかね?」

文「さたんくろす?」

晶「いえ、サムソンティーチャーの事では無いです」

幽香「誰よソレ」

晶「……気にしないでください。サンタクロースと言うのはですね。ある聖人のエピソードから生まれた、子供達に夢を与えるお爺さんの名前なんですよ」

文「ふーん、変わった妖怪ですねー」

晶「いや、妖怪では――待てよ、そういう考え方もあるのか。そもそもの‘元ネタ’から剥離して、尚その存在を認可されてるサンタはすでに別の存在なワケで……」

文「またいつもの『御籠り』が始まりましたか……」

幽香「当分は思考の海を漂い続けるでしょうね。それにしても――ふふふ、面白いわ」

文「サタンクロースがですか?」

幽香「それだけじゃないわよ。クリスマスなんて名はついてるけど、中身は完全に‘別物’だなんて――嗤えてくるじゃないの」

文「何に対して笑ったのかは面倒臭いから追及しないけど……相変わらず、ねじくれまくった感性してるわねぇ」

幽香「褒めても何も出ないわよ」

文「要らないわよ。……まぁ、宗教的行事で無いなら、晶さんがはしゃぐ理由も分からないでは無いわ。元々お祭り好きな性格だし」

幽香「ふふ、どうせなら私達も一緒にはしゃぎましょうか? 騒ぐ理由なんて、幾らあっても足りないのだし」

紫「――パーティと聞いて飛んできました」

幽香「隙間から入ってきて、『飛んできた』は表現的におかしく無いかしら」

紫「細かい事はどうでも良いの、騒ぎたいのなら私に任せなさい。晶がホームシックを起こすほど懐かしい外でのクリスマスを再現して見せるわ」

文「なるかしらね、ホームシック」

紫「……ならないでしょうね、ホームシック」

幽香「どうでも良いわよそんな事。それより、どうやって外のクリスマスを再現するつもりなの?」

紫「ふふふ、ちゃんと用意はしているわ。それがコレよ!」

幽香「何よこのちゃちい箱は。えーっと――‘クリスマスツリー’?」

文「中に入ってるのは、偽物のモミの木にボロボロの飾り……用意するならもうちょっと良いのがあったでしょうに」

紫「ふっふっふ、そんな事言って良いのかしら。後悔する事になるわよ?」

文「はぁ? 何が言いたいのよ」

晶「つまりサンタは新種の妖怪だったんだよっ!! ……ってアレ、紫ねーさま?」

紫「な、なんだってー! ……なんてね。ふふ、ご機嫌いかがかしら。貴方の紫ねーさまよ」

晶「一応元気ですよ。ねーさまは、またお茶でも飲みに来たんですか?」

紫「クリスマスパーティのお手伝いよ。お土産も持って来たわ」

晶「お、クリスマスツリーですか。だけどやけに古臭いですね、リサイクルショップで買ったんですか?」

紫「……貴方がずっと使っていたクリスマスツリーよ」

晶「へー、まだ残ってたんですね。で、やるんですかクリスマスぱーちー」

紫「私はやるつもりだけど……それよりも前に、この‘プレゼント’に対するコメントがあるのじゃないかしら?」

晶「いえ、特には」

紫「……………」

幽香「うふふ。さて、後悔したのはどちらかしらね」

紫「―――少なくとも、私では無いわ」

文「あややや、負け犬の遠吠えはみっともないですよー」

紫「くっ………」

晶「何だか分からないけど、元気出してください紫ねーさま」

紫「……少なくとも、貴方にだけは慰められたくないわ」

晶「はぁ?」










晶「あ、どうせなら皆パーティに誘いましょうよ。きっと楽しいですよ」

文「私は構いませんが……晶さんはチャレンジャーですね」

晶「えっ、何でそんな脅す様な言い方を?」

幽香「知らぬは本人ばかりなり、か」

紫「どんな結果になるのかは、火を見るよりも明らかなのにねぇ……」

晶「えっ? えっ?」


 続かない
 









◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「せっかくのクリスマスにもお一人でいる予定な皆様こんばんは、山田です」

死神A「ちょ、特定の人間を狙い撃ちにする挨拶は止めてください! し、死神Aです!!」

山田「別に良いじゃないですか。どうせ作者も、イブ含めクリスマスの予定は仕事しか無い御一人様状態なのですし」

死神A「そういう、個人情報保護に若干引っかかる自爆ネタはどうかと思うんですが……」

山田「気にしないのが吉です。今回のオチ無し話を反省している作者には程良い罰です」

死神A「そういや今回の話、本当に続かないんですか? どう考えてもパーティ話への布石に見えるんですが」

山田「続きません。そもそも作者、そのパーティ話の内容が一切思い付かないらしいですし」

死神A「その場のノリで書くから……」

山田「そういうワケで、このコーナーはめでたくオチの大任を仰せつかったワケです。さぁ、頑張ってボケましょうか」

死神A「聞いてませんよその事実は!? 何をする気ですか!?」

山田「はいはい、まずは最初の質問でーす」

死神A「ああ、別に何かするワケでも無いんですね……」


 Q:晶君に負けると思ってる人ってどれくらいいるのでしょう?


山田「稗田阿求、大妖精、小悪魔、犬走椛、河城にとり、因幡てゐ、魂魄妖夢の計七人ですね」

死神A「意外と少ない……ワケでも無いですかね」

山田「幻想郷の住人は我が強いですから。その時その時の状況で負けると思う事はあるでしょうが、常に負けると思ってる輩はほとんどいませんよ」

死神A「実力的に、絶対に勝てないであろう人もいますよね?」

山田「その手の人達が、自分の負けを悟る殊勝なタチだと思いますか?」

死神A「……まぁ、幻想郷に居る人間や妖怪がハナから負けを認める事はそうそう無いですもんねぇ」

山田「そういう事です」


 Q:幻想世界の静止する日が直撃して能力ありで耐えられるのは今まで登場した中で何人いますか?


山田「また厄介な質問を持ってきましたねぇ」

死神A「分類が大変ですからねー」

山田「と言うか、能力を行使した場合の対抗策は基本回避しかないんですよ」

山田「直撃を受けて耐えられるのは、霊力の総量が馬鹿みたいに多いフランドールみたいなケースだけです」

死神A「意外とエゲつ無いんですね……」

山田「そりゃまぁ、ほとんど問答無用のエネルギー強奪攻撃ですからね。私だって「直撃」を受けたなら危ないですよ」

死神A「では、その中で耐えられるのは?」

山田「……ケースバイケースで減ったり増えたりします」

死神A「完全に誤魔化してますよねソレ!?」

山田「ではでは、今回はここまで――」

死神A「え、でもその……オチは?」

山田「オチが無いのがオチとは良く言ったもので」

死神A「最初に大任を仰せつかったって言ったのに!?」

山田「ではでは、今回はここまでー」

死神A「スルーしないでくださいよぉ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・拾弐「天心乱漫/月の兎と氷の花と」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/12/20 00:01


「うわー、えーりん助けてー。暇過ぎて死にそー」

「あら無理よ。蓬莱人の退屈は、医者でも匙を投げる不治の病だもの」

「せめて診断してからブン投げてよ、このヤブ医者ー。実は結構深刻な事態なのよ?」

「それはどれくらい?」

「待ちわび過ぎて、うっかり晶に本気になりそうなくらい深刻」

「………あー」

「もう、晶の奴はいつ帰ってくるのかしら。終いにゃ一生添い遂げるレベルで惚れ出すわよ」

「そういえば、彼がとっくの昔に戻ってきている事を貴女に伝え損ねていたわね。ゴメンなさい」

「何それ、私聞いてない」

「面倒だから黙ってて貰ったのよ。貴女以外は皆知ってるから安心して」

「いや、それ蚊帳の外にされただけよね。アイツ鬱陶しいからハブにしとけって言ってる様なモノよね。つーか言ったわよね」

「そんな滅相もございません。私が姫様を邪魔に思うなどと……確かに常々、姫様が生きた置物であったら楽なのになぁとは思っておりますが」

「それは思ってても言わないでよ! 私、身体はタフでも心は紙細工のよーに脆いんだからね!?」

「知ってますか? 欧州には、新聞紙を折り重ねて作る打撃武器があるそうですよ」

「何でソレを今言うの!? 永琳、ひょっとして私の事嫌い!?」

「……で、暇は潰せたかしら」

「ちょっとだけねー。でもやっぱ長続きしそうにないわコレ。あーあ、誰でも良いから来ないかなー」

「もうしばらく待って誰も来なかったら、望み通り久遠晶を呼んであげるわよ」

「わーい、えーりん大好きー。結婚してー」

「……軽くなったわねぇ、かぐや姫との婚姻も」





幻想郷覚書 緋想の章・拾弐「天心乱漫/月の兎と氷の花と」





 どうもこんにちは、妖夢ちゃんをおぶったまま迷いの竹林まで来ちゃった久遠晶です。
 道中では妖精やら妖怪やらに絡まれる事も無く、比較的安全に進む事が出来たのですが……。

「ふっふっふ……ついに見つけたわよ、久遠晶ぁ!!」

 最後の最後で、一番タチの悪そうな人に見つかってしまいました。
 これは殺されるかもしれんね、マジで。
 眼前で殺意を全開にしている姉弟子の姿に、僕は冷や汗を垂れ流しながら後ずさった。
 
「えっと、僕何かしましたっけ?」

「白々しいわね。だけど、恍けてられるのも今の内よ!」

 いや、本当に心当たりが無いんですけど。
 今にも噛みつかん様子で睨みつけてくる彼女の言葉を、僕は何度も顔を横に振るって否定した。
 少なくともここ最近は、姉弟子の機嫌を損ねる事はしていないはず……なんだけどなぁ。
 僕の場合、無意識に他人の怒りを買ってしまうパターンがあるから困り物である。それもかなりの高確率で。
 だから謝ってしまうのも一つの手なんだけど――さらに困った事に、それで許されるビジョンが見えないんだよね。だって姉弟子だし。

「とりあえず、罪状を述べてくれませんかね。今のままじゃ言い訳も弁明も出来ないんで」

「ふん、誤魔化そうとしても無駄よ! この――異変の犯人め!!」

「……はひ?」

「遠くからでも一目で分かる程の強大な天候操作……これこそ、貴方が元凶である動かぬ証拠よ!!」

「えーっと」

 さて、これはどう説明したモノだろうか。
 推測を重ねて出した結論だが、気質が異変の主目的でない事は僕等の中でほぼ確定的となっている。
 つまり僕が馬鹿みたいに強力な天候操作能力を有していたとしても、それは異変の背後関係に一切絡まないのだ。
 が、それを姉弟子に伝えたとして信じて貰えるかと言えば――答えはもちろん否だろう。
 むしろそれを下手な言い訳だと判断して、彼女は殺意を物理的な形にしてぶつけてくるに違いない。
 この手の信用に関しては、ゼロを通り越してマイナスに達してるからなぁ僕。……自業自得なんだけどね。
 そうやって思考を右往左往させながら、どう言えば旨く伝わるだろうと僕が頭を悩ませていると――背中の妖夢ちゃんが先に口を開いた。

「お待ちください! 異変の犯人は晶さまではありません!!」

「――白玉楼の半分剣士!? 何でそいつの背中に!?」

「つい先程行った小町殿との弾幕ごっこで全力を尽くした結果、身体が動かない程疲弊したためです!!」

「いや、私が知りたいのは背負われてる理由じゃ無くて一緒に居る理由で……」

「強いて言うなら、成り行きです!」

「……ねぇ、アンタこの子に何か吹き込んだでしょ。以前と性格が別物なんだけど」

「僕も妖夢ちゃんの変化に戸惑ってる所です。けどまぁ、間違った言動では無いので良しとしておいてください」

「はい! 問題ありません!!」

「大有りな気がするけど……」

 細かい所にもツッコミを入れる姉弟子の言葉が、何かを失いつつある僕の心に刺さって大変痛いです。
 いつからだろうなぁ、大抵の事を「まぁ許容範囲」と受け入れられる様になってしまったのは。
 昔の僕は、良い意味で世界が狭かったはずなのになぁ。……確か。だったはず。多分。

「まぁ良いわ。半分剣士が居ようと、私には関係無い事よ!」

「……と言うか姉弟子、今まで妖夢ちゃんに気付いて無かったんですか?」

「かっ、関係無い事よ!!」

 あ、誤魔化した。どうやら素で見逃していたらしい。
 恐らく僕をボコボコに出来る口実を見つけて、周りが見えなくなる程テンションが上がっていたのだろう。
 僕にとっては傍迷惑な事だが、姉弟子らしいと言えば実にらしい話である。
 少なくとも彼女は、正義と平和のために異変を解決するタチでは無いだろうしね。
 ……そもそも、幻想郷に正義と平和のため戦うヤツが居るのかと問われると大変困りますが。
 
「あとさ、さっきから姉弟子が言ってる『半分剣士』って何? 妖夢ちゃんの事を指しているのは何となく分かるんだけど」

「私が霊と人間のハーフだからでしょう。どちらも半々だから半分剣士、わりと率直な渾名ですよね」

「そ、そういう所だけ冷静に分析しないでよ……」

「霊と人間のハーフ!? 何それ、ちょっと詳しく話を聞かせて貰える?」

「はい、喜んで!」

「喜んで、じゃない! 私の話の方が先でしょうが!!」

「えー」

 姉弟子の怒声を受けながらも、僕ははっきりと不満の言葉を口にした。
 いつもなら殺意の籠った視線に怯む所だが、知的好奇心の加護を得た僕は一味違う。
 堂々と胸を張る――と妖夢ちゃんを落としてしまうので傾いた姿勢のまま、真っ直ぐ姉弟子の目を見返した。
 すでに脳内の優先順位は、姉弟子の話から妖夢ちゃんの事情へと傾き切っている。
 別に姉弟子の事を蔑にするつもりは無いのだけど……霊と人間のハーフと言う単語に、僕の心は完全に奪われてしまっているのだ。
 いや、だって半分幽霊で半分人間なんだよ? もう何て言うか、ワクワクしない方がおかしいよね!
 肉体はあるみたいだけど、自由意思で透けたり軽くなったりとかも出来るのかな?
 ひょっとして、常に妖夢ちゃんの近くに控えている幽霊は霊と人間のハーフである事に何かしらの関係があるの?
 親は幽霊と人間? それとも『霊と人間のハーフ』って言うのはワーウルフみたいなある種の混血種族で、両親共に霊と人間のハーフだったり?
 聞きたい事はそれこそ山の様にある。なので、姉弟子にはちょっとだけ――最低でも二時間弱ほど――待っていて欲しいのですが……。

「こうなったら、力尽くでも話を聞かせて貰うわよ!」

「まぁ、そうなりますよねー」

 戦闘態勢に入った姉弟子の姿を確認して、僕はヤレヤレと肩を竦めた。
 もー、姉弟子ってば血気盛んなんだからーと軽く笑いながら、とりあえず念のため二、三歩後ろに下がっておく僕。
 例え殺気に負けない強い意思を獲得したとしても、根本的なヘタレはどうしようも無いと言う事です。
 とりあえずまだ動けないであろう妖夢ちゃんに被害が行かない様、僕は若干太めな竹の傍に彼女を下ろした。
 
「ちなみに妖夢ちゃん、身体の方は?」

「はい、全然ダメです! ダメージを受けた身体では勝ち目がありませんし、無理な動きで怪我が悪化する恐れがあります!!」

「あーうん、自覚があるなら良し。大人しく休んでてね」

「しかし、晶さまがお望みなら手足潰れても――」

「望まないから。身体大事にしてね」

「はいっ!」

 物分かりは良いんだけど、それが逆に怖いんだよなぁ。
 今の妖夢ちゃんからは、何だか鞘に納まった真剣の様な鋭さを感じるのだ。
 無暗に人を斬らない。けれど、いつでも人を斬れる準備の出来た一振りの刀。
 正直、下手に暴れ回られるよりも倍タチが悪い気がする。
 しかもその抜刀と斬るべき相手は、僕の意志に委ねられているのである。
 ……二本目の神剣を手に入れた気分だ。今後、妖夢ちゃんにお願いする時は色々気をつけよう。

「と言う事で、お待たせしました!」

「……本当にあの子、性格変わったわね。前はもうちょっと融通が効かなかった気がするんだけど」

「きっと成長したんですよ。それはとても良い事だと思われます。うん、思われます」

「そんな自分に言い聞かせる感じで言わなくても――って、違う! 私は呑気にお話がしたいワケじゃないの!!」

 霧散しかけた怒りを押し留めて、鈴仙さんが地団太を踏む。
 最近気付いた事だが、姉弟子はあまり怒りが持続するタイプじゃ無い。
 元々攻撃性が低い上に、何だかんだで冷静な性格の彼女だ。
 ある程度の時間を空けると、テンションがあっさり冷めてしまうのである。
 僕に対して問答無用で敵意を剥き出しにするのも、怒りを鎮静化させないための姉弟子なりの涙ぐましい努力なのだろう。
 ――怒りを向けられる立場にいる僕は溜まったもんじゃないですけどね! 分かっていても、慣れないモノは慣れないのです。
 ただし怒りで頭を一杯にした時点で、姉弟子は自分本来の戦い方が出来なくなる。
 そうなった彼女が絶好のカモになる事は、さすがの僕も今までの戦いから認めざるを得ないワケで。
 つまり憎しみを秘めた限り、姉弟子が怨敵たる僕に勝つ事は出来ないのである。……いや、そんな御大層な話でも無いんだけどね。

「と言うワケで、止めときません? このままやってもロクな結果にならないと思うんですが」

「どういうワケよ! 途中経過を省いて結論を持ちかけないで!! あと、その同情的な態度が腹立つ!」

 スイマセン、ワザとです。
 怒りを持続させてる一番の原因が、こういう僕の挑発的な態度にあると分かってはいるんだけどなぁ。
 付け入る隙があると、全力で付け込んじゃうのが僕の悪い癖だ。
 いっそここは、素直に負けておいた方が良いのでは……と思わないでも無いんだけど。

「ちなみにこの勝負で晶が負けた場合、例外なく私は貴方にトドメを刺すからね。よろしく」

 どうやら、僕には勝利以外の選択肢が無い様です。
 限りなく透明に近い笑顔で、躊躇なく物騒な事を言い切る姉弟子。
 さすがの僕もこの殺意溢れるメッセージを、表情を崩さず受け取る事は出来なかった。

「全力の殺害予告!? 何故に!?」

「悔しいけど、私には貴方の演技が見抜けないのよ。――だから、負けたら問答無用で手を抜いてたと判断する事にしたの」

「いや、待った! その理屈で言うと、全力を出した僕に姉弟子は絶対勝てないと認める事になっちゃうよ!?」

「構わないわ。もうこの際、トドメさせればどっちでも!」

「えええっ、すでに異変がどうこうとか完全に関係無いじゃんソレぇ!?」

「問答、無用!!」

 叫ぶと同時に飛び下がった姉弟子が、数発の弾丸をこちらに向かって放って来る。
 それを僕は、咄嗟に展開した鎧の手甲部分で弾き返す。
 分かっていたけど、平和的解決は望めないらしい。
 僕は肩を竦めて一歩下がると、静かに姉弟子と相対した。
 
「ふんっ、やっぱりこの程度じゃ参らないワケね。だけどまだまだ、これからよ!!」

「では、トドメ刺されちゃ困るので僕も全力でっと。―――――四季面『花』!」

 そう言って不敵に微笑みながら、僕は顔半分を隠す氷面で別人格を己に張り付ける。
 ロッドを軸にした傘状の氷とスカートもどきの氷鎧に加え、新しい四季面の左肩には腕全体を覆い隠す肩布が構成されていた。
 天狗面の時と同様に、四季面にも外見に変化をもたらす影響が生まれていたのだろう。
 恐らく気による強化で柔軟性を持っているのであろう氷の肩布は、冷気をこちらに伝える事も無く柔らかに靡いている。
 ……いや、僕が無意識下にやってる事なんだろうけどさ。
 成り切りの小道具にここまでのリアリティを出す必要があるのでしょうか? うん、多分あるとしておこう。

「くっ、出たわねサディストの化身。――だけど、面変化のタネはすでに割れてるわ! 私の前に出た事を後悔なさい!!」

 そう言って、姉弟子が深紅の瞳をこちらに向ける。
 オリジナルの魔眼の力で、こちらの面変化を無効にする心積もりなのだろう。
 手段としては間違いなく的確で有効な一手だ。……ただし、やるのが数手ばかり遅い。
 僕は相手と視線が合う前に、肩布を靡かせて視界の障害を作りだした。
 
「アイディアは良くても、実行できなければ意味がありませんね。ふふふっ」

「視界を遮っただけで偉そうに! その状態で、この弾幕が防げるとでも――」

「防げますわよ。はい」

「何それ!?」

 さらに放たれた二回目の弾幕を、肩布を振るった衝撃で吹き飛ばす。
 まぁ、実際の所は布で巻き起こした風に能力で生み出した風を乗算させただけなんだけどね?
 面変化にとって、こういう演出はとても大事なんですよ。色んな意味で。

「舞う様な美しさで弾幕をいなす――素晴らしいです、晶さま!」

「そ、そこまでじゃないわよ! 思いの外軽やかな動きでちょっとビックリしたけど!」

 そしてどうやら、肩布による防御方法はビジュアル的な見栄えがかなり良いらしい。
 まさか姉弟子まで褒めてくれるとは思って無かったので、内心ちょっとだけ感激する僕。
 いや、別に褒められたからって何か変わるワケじゃないけどね。
 ついでに言うとスペルカード級の攻撃は防げないから、攻勢を重ねられる前に反撃へ転じないといけないし。
 ……面変化しても、内心は結局いつも通りいっぱいいっぱいなんだよねぇ。はぁ、余裕が欲しいなぁ。

「さて、次はこちらの手番ですわね」

 だけどまぁ、勝利までの大まかな道筋は組み立て終わった。
 後は手順通りに動きながら、その場その場で臨機応変――別名、行き当たりばったり――にやっていけば何とかなるだろう。
 問題は、初手にして切札であるスペルカードがちゃんと機能してくれるかだけど……。
 天狗面の方は上手く行ったし、大丈夫だよね。多分。恐らく。

「この一枚で終了、とならない事を神に祈っておきますわ。うふふふふ」

「ば、馬鹿にしてっ! 一枚くらいどうとでもなるわよ!!」

 こちらのあからさまな挑発に対して、顔を真っ赤にして怒鳴る鈴仙さん。
 そんな彼女の怒りに内心で冷や汗を流しながら、僕は謝罪の言葉を心中で呟く。



 ―――――――絶空「オーバードライブ・フラワー」



 すいませんね姉弟子。あんな挑発をしましたが、僕は初手で全部終わらせるつもりなんですよ。
 



[27853] 緋想の章・拾参「天心乱漫/空を絶つ四季の花」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2011/12/27 07:58


「荒れてるねぇ、風」

「うむ。大荒れだな、風」

「どうにかならない椛? 部下でしょ?」

「そちらこそ、どうにかしてくれにとり殿。親友だろう?」

「……お互いに、無茶を言ってる自覚はあるワケだね」

「今の文様を見て宥められると思える輩が居たら、そやつは本物の『天狗』だろうさ」

「お、今のちょっと面白かった。私の心のお皿がちょっと潤ったよ」

「ほぉ、にとり殿の皿は心の中にあるのか」

「安全だろう? 心が折れなきゃ罅割れる事も渇く事も無い。最高のセキュリティって奴さ」

「……今、まさに水分枯渇の危機を迎えているようだが?」

「外部取り付け方式だったらとっくに枯れてるよ。繊細な私にゃ耐えられないね、この荒れまくった風はさ」

「せめてもの救いは‘発生源’の目がこちらに向いてない事くらいか。……どちらにせよ、被害を受ける事に変わりは無いが」

「ったく、アイツらも命知らずな真似してくれるよね。アキラ不足でピリピリしてる文を挑発しに来るなんて」

「まぁ、ある意味奴等の狙い通りなのだろう。こんな機会でも無ければ、文様が彼等を相手にする事は無いのだし」

「それが幸せかどうかは別問題だけどね。――おー、今度は三人同時かー」

「……それにしても荒れてるな、風」

「……当分は荒れっぱなしだろうねぇ、風」





幻想郷覚書 緋想の章・拾参「天心乱漫/空を絶つ四季の花」





 僕がスペルカードの宣誓をすると、姉弟子はそれに合わせて妙な動きを始めた。
 彼女は円運動の動きでこちらの周囲を旋回しながら、遠すぎず近すぎずの距離をキープし続けている。
 こちらが不審の目を鈴仙さんに向けると、彼女は一見すると不敵に見える表情で僕を笑う。

「ふふん。どんなスペカか知らないけど、私が大人しく当たると思わない事ね!」

「負け犬の距離に逃げた程度でそのはしゃぎ様。これからしばき倒す相手とは言え、さすがに同情してしまいますわねぇ」

「くぅ……減らず口をっ」

 うん、僕もちょっと容赦無さ過ぎだと思います。……だけど、強ち的外れってワケでも無いから困るんだよなぁ。
 毒舌能力まで強化された四季面は、しかし鈴仙さんの行動を冷徹に――かつ的確に表現していた。
 姉弟子が維持している距離は、近接戦闘を仕掛けるには若干遠く、マスタースパークを使うには少々近すぎる絶妙な位置である。
 ただしそこが、四季面の攻撃に対する安全地帯になるかと聞かれると答えは――否だ。
 確かに現状のままだと攻撃しにくい位置ではあるが、それは所詮「この場を動かなければ」の話。
 ぶっちゃけて言うと、僕が一歩下がるか一歩進むかすればそれで問題解決なのですヨ。
 むしろどっちが来るか分からないと言う意味では、普通に距離を取るより面倒な事になっていると思う。
 いっその事思い切って近付くなり遠ざかるなりした方が、来る攻撃をある程度限定で来てずっと楽だろうに。
 それなのに、こんな中途半端な場所に陣取る理由は――多分。その、ひょっとして。

「あら、事実でしょう? どちらも怖いから、どちらにも対応‘出来そうな’距離を取る。実に優柔不断な考えね」

 うっわぁ、四季面さん言っちゃいますかソレ。
 自らの本当に加減してない言動に、後々大変な事になるなコレはと僕は心中で苦笑いを浮かべた。
 頭の良い姉弟子なら、この距離の持つ致命的欠陥に気付かないはずが無いのだ。
 図星をつかれたらしい鈴仙さんは、反論出来ずにグッと言葉に詰まった。
 まぁでも、気持ちは分からないでも無い。元ネタ込みで、四季面は永遠亭の方々に多大なトラウマを与えているワケだし。
 いや、四季面はあくまで完全オリジナルですけどね?

「だけど残念ね。このスペルカードに、‘位置取り’はあまり関係無いのよ」

「ハッタリ……じゃなさそうね。何をする気!?」

 姉弟子の疑問には答えず、僕は右腕に握られた氷傘を水平に構える。
 その姿に周囲を回る鈴仙さんの身体が一瞬強張ったが、今は関係ないので敢えて無視。
 そのまま僕は、氷の傘を横薙ぎに放った。
 本来なら空ぶるはずのその一撃は、しかし‘いつの間にか’眼前に居た姉弟子に向かって襲いかかる。

「なぁーっ!?」

 突然目の前に現れた氷の塊を、ギリギリの所で回避する姉弟子。
 さらにこちらが二撃目を放とうと構えると、彼女は弾けるように飛び下がって再び距離を取った。
 
「避けましたか。基本能力は相変わらずお高いですわね」

「く、空間転移!? いつの間にこんなちか――」

「はい、二撃目をどうぞ」

「驚きの言葉くらい、最後まで言い切らせなさいよ!!」

 再び距離を詰めた僕の攻撃を、姉弟子は言葉と裏腹に余裕を持って回避した。
 まぁ、当たらないだろうなぁとは思ってましたとも。……いや、負け惜しみじゃ無くてね?
 確かに振りかぶった状態から一瞬で接近してくる新スペカは厄介だけど、四季面には元々空間転移級の瞬発力が備わっているのだ。
 途中経過が違うだけで結果はほぼ同じなのだから、対応的には今までとさほど変わらないのである。
 ――ただし、その‘さほど’が大問題だったりするのだが。

「スペカ使用中、自由に空間移動が出来る能力って所かしらね。強力な技だけど――切札としてはどうかしら?」

「あら、不足かどうかその身体で試してみたらどうです?」

「ふんっ、そうさせて貰おうじゃないの。……もっとも、痛い目を見るのは貴方の方だけどね!」



 ―――――――幻惑「花冠視線(クラウンヴィジョン)」



 こちらの挑発に不敵な笑みを浮かべ、姉弟子もスペルカードを発動させた。
 輪を幾つも重ねた形状の紅い光が、真っ直ぐこちらへと向かってくる。
 見た目通りの直線的な動きは容易に回避を許しそうだが、姉弟子だってその事は把握しているに違いない。
 恐らく、左右に避ければ待ってましたとばかりに次の手を打って来る事だろう。
 そしてそれは――前方へ‘跳んだ’場合も例外では無い。
 このワザとらしい釣りの一手は、僕に対する警告も兼ねているのだ。
 彼女は気付いている。空間転移の正しい使い方に。
 だが――だからこそやる意味がある。僕は姉弟子と同種の笑みを彼女に返しながら、目の前の空間を‘短縮’した。
 
「空間転移を使って弾幕の内側に潜り込む、か。姫様の時みたいに強行突破して、人間噴水になるのはもうイヤって事かしら」

「あらあら、見破られてしまいましたね」

 さすがは姉弟子、何でこんなスペカを作ったのかまでお見通しですか。
 彼女が指摘した通り、このスペカの本分は「間にある物を無視して移動する」事にある。
 ショートレンジが基本の四季面にとって、相手への接近方法は最重要事項だ。
 以前輝夜さんと戦った時は、それが出来ずに偉い目にあったモノである。……まぁ、自業自得なんだけどネ。
 故に天狗面の対となるスペカには、自分の得意距離を獲得するための能力を持たせたのだ。


 ――以上、オール後付けの制作秘話でした。


 実際の理由? 時間と対になる物は空間しか無いじゃん。
 そこから考え始めたら、こういうスペカになっただけですよ。
 
「だけど甘い! この距離なら、アンタの攻撃より早くその面を剥ぎとれるわ!!」

 急接近されて尚不敵な笑みの姉弟子が、待ち構えていた魔眼をこちらに向ける。
 すると頭の中を上下に振り回された感覚と共に、貼り付けていた四季面の人格が綺麗に霧散していく。
 どうやら彼女は、僕を素にさえ戻してしまえば例え接近されても怖くはないと判断したようである。うん、実に姉弟子らしい考え方だ。
 まぁ、その考え自体は間違ってない。間違っていないけど――そこで思考を停止させちゃってる時点で下策なんだよねぇ。
 正々堂々戦うのと、先の事を考えて手を打つ事は相反しないと思うんだけど……そう考えるのは僕だけなのかな?
 
「ふ、ふんっ、面が消えたのに随分と余裕そうじゃない。今度はどんな小細工を始める気なのかしら」

「僕がやる事はもう無いですよ。強いて言うなら、これから前にちょっと押しこむ必要があるくらいでしょうか」

「……は?」

「ところで姉弟子、一つ問題です」

「な、何よ急に」

「―――さっき転移したのは、僕でしょうか、姉弟子でしょうか?」

「なっ!?」

 僕の問いかけに、姉弟子は顔を青くして‘背後に’視線を向けた。
 ……焦る気持ちは分からないでもないけど、このタイミングでそれは自殺行為だよん姉弟子。
 隙だらけになった彼女の背中に僕は優しく両手を添え――そのまま、気を増幅させ‘前方’へ向かって加速した。

「ひっさーつ、ろけっとじばくぅ~」

「洒落になって無いわよそのネーミングゥゥゥゥゥ!?」

 急激な加速のため、ロクに抵抗もできない姉弟子が半泣きで抗議の悲鳴を上げた。
 目の前には、先程‘姉弟子自身が放った’光の輪が迫ってきている。
 そのあまりに急激な展開に、鈴仙さんはスペルブレイクする事すら忘れて――。
 僕と共に、己の弾幕で派手に吹っ飛ぶ羽目になってしまったのであった。
 ちなみに幸か不幸か、魔法の鎧による即死リセットは発動しませんでした。うん、おかげで超痛かった。泣ける。










 鈴仙さんは僕のスペカを「空間転移」だと断じたが、実際の所は少しだけ違うのである。
 絶空のスペルカード。その正しい効果は「空間短縮」なのだ。
 僕と目標を直線で結び、‘どちらかを起点に’その距離を零にするスペルカード。
 空間転移程の自由度は無いけれど、先程の様にトリッキーな使い方も出来る実に僕向きな技なのである。


 ――何だ、小町姐さんの能力の劣化版じゃんと思った君。

 
 僕もそう思うから、ちょっと体育館裏まで来なさいな。いや、無いけどね体育館。
 ……けどしょうがないんですよ。考えた当時は、姐さんの能力なんてぜーんぜん知らなかったんですから。
 天狗面の時も思ったけど、出てくるの早すぎなんだって上位互換能力。
 
「いやまぁ、下位であっても便利である事に変わりは無いんだけどさ。何か複雑な気分になると言うか何と言うか」

「あの、晶さま? お邪魔でしたら私は背中から降りますが……」
 
「ほへ? ああ大丈夫、気にしてるのはそこじゃないし。むしろ妖夢ちゃんこそ大丈夫?」

「それほど負担はありません。晶さまは全力で、鈴仙殿の身体を支えてあげてください!!」

「……まぁ、ほどほどに頑張るよ」

 具体的な頑張り具合の分からない応援に適当な答えを返しつつ、僕は永遠亭への道筋を競歩で急ぐ。
 走らないのは、妖夢ちゃんを背負いつつ姉弟子を抱えている事に加え――先程の『自爆』で身体中がムチウチ状態になってしまったからである。
 と、言っても直撃のダメージ自体はお互いそう大したモノじゃ無かった。
 問題となったのは、吹っ飛ばされた直後の出来事にある。
 飛ばされた僕らの着地点には、運悪く休憩中の妖夢ちゃんが居たのだ。
 そのまま彼女を巻き込んで不時着しあわや大惨事に――となりかけた所で、妖夢ちゃんは奇跡的な反応を見せてくれた。
 彼女は咄嗟に立ち上がると、神速の反応でスペルカードを発動させたのである。
 ……うん、素直に避けてくれるだけで良かったんだけどね? 威力は低い奴だったからまぁ良しとしておく事にします。させて。お願いだから。
 とにかくそうやって再び吹き飛ばされた僕等は、真っ直ぐその先にあった大岩へと叩きつけられ――。
 色んな意味で想定外の大ダメージを喰らってしまったワケである。いや本当に、どうしてこうなったのだろうか。

「申し訳ありません。せめて、この身体が動けば」

 ちなみに妖夢ちゃんは、僕等を吹っ飛ばす際の無茶で再度行動不能に陥っている。
 姉弟子も大岩とのランデブーで気絶中。ボロボロになった僕は、それでも僕より重傷な二人を運ばなければいけなかったワケです。
 まぁ、辛い作業だけど文句を言う気はさすがに無い。
 特に鈴仙さんには、大岩との激突から守ってくれたと言う恩義があるからなぁ。恩返しはせねばなるまいて。
 ……本人にその自覚は無いだろうけどね。あるとしたら、クッションにされた苦い記憶だけだろう。
 一応弁明しておくが、姉弟子を緩衝材代わりにしてしまったのは偶然の産物である。
 さすがの僕も、そこまで計算して動いていたワケじゃない。と言うか、そもそも今の事態その物が完全に想定外なのだ。だが……。
 
「姉弟子は聞いてくれないよなぁ。どう説明したって」

「……ひょっとして、晶さまと鈴仙殿は仲が宜しく無いのでしょうか?」

「宜しくないねぇ。僕は特に嫌ってないんだけど」

 妖夢ちゃんの問いかけを誤魔化す理由も無かったので、僕は素直に姉弟子との関係を白状した。
 堂々と言える内容で無い事は重々承知していたが、僕と姉弟子の間柄を見れば誰でも同じ結論に辿り着く事は想像に難くない。
 下手に隠して変な拗れ方をしても困るので、話す事にそう抵抗は無かった。
 強いて懸念事項を上げるとするなら、それは妖夢ちゃんが変な解釈をしないかと言う一点だけなのだけど。
 妖夢ちゃんは意外な程穏やかに頷いて、自分に言い聞かせる様に呟いた。

「鈴仙殿は、晶さまが怖いのかもしれませんね」

「……ほぁ?」

 やたら実感の込められた台詞に、反論を忘れて彼女の顔を見つめる僕。
 姉弟子が僕の事を嫌っている理由は、僕が卑怯者だからなんだと思うけど……。
 そんな僕の考えを察しているのかいないのか、妖夢ちゃんは何故か懐かしむ様に言葉を続けた。

「私もそうでした。晶さまの良く分からない強さが怖くて、どうして良いか分からなくなる。鈴仙さんも同じだと思います」

「よ、良く分からなくてごめんなさい」

「私は尊敬を、鈴仙殿は拒絶を選びましたが、その根底にあるのはきっと同じ感情なのでしょう」

 ――それは即ち、未知に対する畏怖。
 姉弟子の僕に対する感情を、妖夢ちゃんはそう締めくくった。
 正直、そんな大袈裟なモノなのだろうかと思わなくもない。
 だけどその推測は、何の根拠も無いけれどきっと間違っていないのだと確信した。
 
「……ちなみにそれが事実である場合、僕はどうしたら良いと思う?」

「どうしようもありません! 究極的に突き詰めれば、鈴仙殿の相手は自分自身の心です!! 晶さまは今まで通りにしているしか無いかと!」

 わぁい、的確だけど一番途方に暮れるアドバイスだぁ。
 つまりそれは、鈴仙さんが心の整理を付けるまでずっと殺意を向けられていろと言うワケで。
 今までとさほど変わらない事実を告げられただけだけど、それでも僕はがっくりと項垂れるしか無かったのだった。





 ――その過程で、うっかり姉弟子を落としかけたのは彼女には内緒にしておこう。




[27853] 緋想の章・拾肆「天心乱漫/暇を持て余したかぐや姫の遊び」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/02/14 00:04
「すいませーん。怪我人三人と厄介事一つ、面倒でしょうけど引き受けて貰えませんかー?」

「……たまにだけど、貴方が全てを知った上で道化を演じているんじゃないかと疑いたくなる時があるわ。いらっしゃい」

「どうもですお師匠様。ところで、良く分からないけどとりあえず謝った方が良いですかね、僕」

「褒めているのよ。ここまで絶妙なタイミングで現れるなんて普通は有り得ないもの。まるで、二十四時間永遠亭を監視していたみたいね」

「……勘弁してください。僕の場合、そういう他愛も無いジョークが笑えない事態を引き起こすんですよ」

「知ってるわ。なかなか顔を見せなかった貴方への軽い嫌がらせよ」

「一応、御土産渡すために軽く顔出しましたけど……」

「戻って来てから一度も薬師の勉強をしてなくて、師匠はとても寂しいわ」

「心の底からごめんなさい」

「ふふ、冗談よ。勉強は気が向いた時で良いわ。さ、上がりなさい」

「あ、すいません。ではでは御邪魔しまーす」

「とりあえず、その二人を奥の部屋に寝かせたら姫様の部屋へ行ってちょうだい。姫様ったら退屈を拗らせて爆発寸前なのよ」

「えっ、僕もわりと重傷なんですけど。と言うか、爆発しかけの輝夜さんに僕をけしかけないでくださいよ」

「大丈夫よ。常人なら死んでるけど貴方なら勝手に治るから」

「どうしよう、ついに医者から診察拒否される様になっちゃった。しかも強ち間違ってないのが辛い」

「ああ、そうそう。姫様が貴方を見たら間違いなくロクでもない事を言うと思うけど、単にノリで言ってるだけだから無視しなさい。良いわね」

「……たまにですけど、永遠亭における輝夜さんの立ち位置が分からなくなる時があります」





幻想郷覚書 緋想の章・拾肆「天心乱漫/暇を持て余したかぐや姫の遊び」





「この私をここまで待たせるなんて良い度胸ね! 気に入ったわ、難題に挑む権利をあげましょう!!」

「要りません、ゴメンナサイ」

「もうちょっと付き合いなさいよー。待ってたのは本当なんだから」

 部屋に入って早々、全力でトバしてきた輝夜さんへ断りの言葉を返す。
 お師匠様が言っていた通り、どうやら彼女は退屈を拗らせ過ぎてダメな感じに頭が茹ってるらしい。
 即座に回れ右したい気持ちを必死に抑えて、僕は輝夜さんの前に腰かけた。

「いやぁ、今まで特訓したり戦ったりで腰を落ち着ける暇が無かったんですよ」

「何よ、それズルい! 何で私も混ぜてくれなかったの!?」

「強いて言うなら、その場にいなかったからです」

「じゃあ私、今後はずっと貴方の傍にいるわね! 不束者ですが!!」

「僕、幽香さんちに居候してますよ?」

「別れましょう。私達、上手くいかない運命だったのよ」

 はやっ、諦めるのはやっ!
 幽香さんの名前を出した途端に、半ば本気っぽかった発言を即時撤回させる輝夜さん。
 彼女と幽香さんの接点はほぼ無いはずなんだけど、何故そんな露骨なまでに警戒の色を見せるのだろうか。
 さっぱりワケが分からないですネ。えっ、四季面? 何の事です?

「と言うか輝夜さん、暇なら出歩けば良いじゃないですか。五秒で面白い事の方がやってきますよ?」

「私って箱入りお姫様で逃亡中の重罪人だから、外出に抵抗があるのよねー。……竹林からの出方も分からないし」

「そうなんですかー」

 明らかに後者が主な理由っぽいけど、追及すると大火傷しそうなのであえて無視する。
 下手に「案内しますよ」とか言った日には、輝夜さん専用永世竹林案内人にされかねないし。
 ……と言うか、現在進行でチラチラ期待の込められた目で見てきてますね。
 言いませんよ? 絶対にそんな迂闊な事言いませんからね? そういう話はお師匠様に振ってくださいお願いします。
 そうやって無視を決め込んでいると、輝夜さんは不満げに頬を膨らませながらそっぽを向いた。
 どうやら諦めてくれた様だ。意外と物分かりが良いと言うか何と言うか……事に執着しないタチだよなぁ、輝夜さんって。
 しかし、そんな子供っぽい仕草ですら色気が覗き見えるのは色々と反則くさい。傾国の美女って実在するんだねぇ。

「あ、今ちょっと私にドキッとしたでしょ。惚れたか? 惚れたんか? ホレホレ」

 御蔭様で、儚い夢を見させて頂きましたとも。
 たった一言で色々と台無しにしてくれた輝夜さんの態度に、僕は思わず肩を竦める。
 まぁ、輝夜さんの場合普通にしてるだけで気後れするくらい気品があるから、残念なくらいで丁度良いんだけどね。
 ……ひょっとして輝夜さんは、そこらへんを自覚してるから軽く振舞っているのかもしれない。――無いかな。
 
「ちなみに、今起きてる異変に関してはノータッチですか? 姉弟子は色々調べてたみたいですけど」

「異変の主の場所を教えてくれれば行ってあげても良いわよー。泥臭い調査は嫌」

「うわぁ、誰もが考えるけど口に出すのを躊躇う台詞を堂々と言ったなぁ」

「人間、おいしい所だけを食べたいものよ」

「……そういう考え方だから退屈を拗らすのでは?」

「こういうのは波があるのよ、波が。今は面倒な事をしないで面白い体験をしたい時期なの」

 それはまた、超絶的にタチの悪い時期ですね。
 そのまま輝夜さんは「あーつまらんつまらん」と寝転び、足をジタバタ動かした。
 うーむ、この調子だと異変に関するアレコレは聞けないかなぁ。
 出来れば聞くべき事をとっとと聞いて、妖夢ちゃんと姉弟子の様子を見に行きたいんだけど……。
 そんな事をぼんやりと考えていると、お茶菓子を片手にお師匠様が現れた。

「失礼します。どうやら暇は潰せている様ですね、姫様」

「うん、まぁねー」

「ええっ!? どうみても愚痴を零しているだけだったのに!?」

 蓬莱人の暇潰しって分からないなぁ……。
 唖然としている僕の前に、お師匠様が苦笑しながらお茶菓子を置いてくれた。
 どうやら、蓬莱人だからこうなったと言うワケでも無いらしい。
 そっちの方がより面倒な気もしないでもないけど、まぁ良しとしておこう。突っ込んでどうなるモノでも無いだろうしね。

「ちなみにお師匠様、妖夢ちゃんと姉弟子の様子はどうです?」

「うどんげは気絶しただけだから、そのうち目を覚ますわ。だけど半人半霊の方は……ちょっと酷いわね」

「……マジですか?」

「ええ、マジよ。身体の内外がそれくらいボロボロなの。いったいどんな無茶をやらせたのかしら、貴方?」

「そうですね。ちょっと弾幕の海を突っ切らせて、身体能力を無視した動きを何度か」

「意外とスパルタなのね。それとも、少女を虐めて喜ぶタイプ?」

「失敬過ぎる!?」

 そもそも、内容指示まではしてませんよ! 行動誘導したのは間違いなく僕だけど!!
 ニヤニヤしながら脇腹を突いてくる輝夜さんから逃れ、僕は拗ねる様にお茶菓子を口内へ放り込んでいく。
 
「貴方の嗜好はともかく。医者としてこれ以上、あの子を連れ回す事は看過出来ないわ。最低でも半日、永遠亭で寝て貰うわよ」

「……妖夢ちゃんは、なんて?」

「『晶さまの指示に従います』ですって。信頼されてるわねぇ、貴方」

「重量過多で潰れそうですけどね。とりあえず、妖夢ちゃんには元気になるまで寝てるよう言っといて貰えます?」

 さすがの僕も、ドクターストップかかった彼女に無理強いするつもりは無いです。
 下手に連れ回したらさっきの焼き直しになる恐れがあるし、医者の勧めに従って妖夢ちゃんにはお休みして貰おうか。
 ……以前の妖夢ちゃんだったら、間違いなく這ってでも付いて行こうとしただろうねぇ。
 成長してくれてて良かった。潰れた原因もそこにあるんだけど。

「ところで、何で晶と白玉楼の半人前がツルんでるの? いつもの天狗とか花の妖怪とかは?」

「諸事情あって異変を単独調査中です。妖夢ちゃんは道中で拾いました」

「あっはっは! 何それ、面白い冗談ね」

 ……わりと事実だから困る。
 懐に忍ばせていた扇で口元を隠しながら大爆笑する輝夜さんに、苦笑を返すしかない僕。
 何でこの人、肩を無遠慮に叩く仕草すら様になってるんだろうか。泣きたい。
 僕がコメカミに手を添え頭痛を抑えていると、隣で話を聞いていたお師匠様が優しく肩に手を添えてくれる。
 ああ、慰めてくれてるのかなぁとそちらを見ると――そこには、「何か企んでます」と表情で語るお師匠様の笑顔があった。
 何で忘れてたんだろう。ここが策略策謀において、幻想郷随一の魔境だと言う事を。

「つまりこの後、貴方は半人半霊が復帰するまで一人で調査を進める予定なのね?」

「えっ、あ、はい。そのつもりですけど……」

「そう……なら、一つだけお願いがあるのだけど」

「輝夜さんと弾幕ごっこはもう嫌です」

「……明らかに私の方が痛い目に会ってるのに、まるで私が晶に酷い事したみたいな言い様。私は泣けばいいのかしら」

「安心なさい。うどんげが目を覚ましたら、異変調査に同行させて欲しいと言うだけの話だから。後、姫様は邪魔なので黙っていてください」

「えーりんのいぢわるっ!」

 うわー、お師匠様ってば輝夜さん相手でも容赦ないなぁ。
 輝夜さん、ションボリしながら部屋の隅に移動しちゃったよ。
 ――等と軽い現実逃避をしながら、一番重要な部分を必死に聞き流す僕。チキンと呼んでくれて結構です。

「うどんげにはこの異変中、貴方に手を出さない様言い含めておくから。――宜しくお願いするわね」

「い、イエスマムッ!!」

 しかし げんじつからは のがれられなかった。
 脅されてるワケでも無いはずなのに、にっこり微笑まれて僕は水飲み鳥ばりに頷いてしまう。
 この人の場合、存在自体がもう脅迫の材料だよなぁ。天才ガラムマサラ怖い。
 とは言え、暴力的手段に訴えられる事が無いと言う保障はありがたい。
 これで残った問題は、常時こちらへと向けられる殺意だけに。……うん、まぁそれが一番辛いんだけどね!

「……少々荒療治が過ぎるけど、今のうどんげには丁度良い薬でしょう」

「ほへ? 今、何か言いました?」

「何でもないわ。それより、異変の調査はどれくらい進んでいるのかしら」

「あっはっは――軽く詰みかけてる所です。今まで追ってた手掛かりがつい先程ブツ切れちゃって……」

「ああ、竜宮の使いを追っかけてたのね。アイツなら確か、紅魔館の方に飛んでくのを見たわよ」

「えっ?」

「えっ?」

 どうも『気質』は関係薄だったらしく――と口にしかけた僕の言葉を遮って、輝夜さんがさらりと新事実を口にする。
 え、何でそこで深海魚が出てくるの? と言うか居るの? 海魚居ないのに深海魚は居るの?
 疑問符を浮かべながら輝夜さんの顔を見つめると、彼女も不思議そうに首を傾げてこちらを見返していた。くそぅ、ちょっと可愛い。

「え、貴方アイツを追っかけてここまで来たんじゃないの?」

「そもそも、その‘アイツ’って言うのが誰を指しているのかが分かりません」

「はぁ? それじゃあ、貴方の言ってた手掛かりって何なのよ」

「天気を変える『気質』の事ですけど……」

「天気が変わる? え、異変って頻発してる地震の事じゃないの?」

「……じしん?」

 自身――自信――磁針――地震――ああ、地震の事か。
 そういえば、天候異常が起きたのと同じタイミングで地震が頻発し始めたんだよね。
 異変の調査を始めた頃には、僕も何かしらの因果関係があるんじゃないかと疑って………あ。
 その後特に、調べたワケでも、関係性を見つけたワケでも、ありませんでした。

「わ、忘れてたぁぁぁぁぁぁああああ!?」

「うわっ、びっくりした。何よ急に」

「どうやら、情報の幾つかを失念した状態で調査を進めていた様ですね」

「………さすがね。感嘆する他無いわ」

 素で感心しないでください、お願いだから。
 我ながら自業自得過ぎるうっかりに、僕は頭を抱えていた。
 そうだよねー。気質の方が外れでもまだ地震が残ってたよねー。あっはっはー。

「――で、さっき言ってた「リュウグウノツカイ」とこの地震にはどんな関係が?」

「上手く切り替えたつもりなんでしょうけど、貴方今半泣きになってるわよ」

 そこは気付かないフリをしてくれると、当方大変助かりますデス。
 ふっふっふ、こちらは半泣きから全泣きに切り替える準備がいつでも出来てるのですよ?
 いや、何の自慢にもならない事は分かってますけどね?
 とにもかくにも、手早く話題を異変の方にズラす――もとい、戻さないと。
 や、違うんですよ? 別に誤魔化したいワケじゃなくてね。一刻も早く異変を解決したいと言うやる気に満ちてるだけで。
 ……すいません、己の恥を掻き捨てしたかっただけです。

「まぁ良いわ、追及しないであげる。感謝なさい」

「ありがとうございます。ついでにさっきの疑問にも答えてください」

「……何だかんだで図太いわね、貴方」

「良く言われます」

「ふふっ。けどそういう所も嫌いじゃないわよ。――さぁ、永琳! 答えてあげなさい!!」

 そこで丸投げですか、輝夜さん。
 何故か自慢げな彼女の姿に、さすがのお師匠様も苦笑を隠せないようだ。
 それでも普通に説明を始めるのは、忠誠心の高さ故か、自分で説明した方が早いからか。
 何となく後者の様な気がしないでもないが、輝夜さんの名誉を守るためにも前者だと思っておく事にしよう。うん、そうしよう。

「説明の前に、一つ確認させて貰うわね。貴方は「竜宮の使い」をどれくらい知っているのかしら」

「珍しい深海魚で、見つかるとアレやらコレやら起きると言われている……くらいしか。ああ、タチウオに似てるらしいですね」

「貴方、たまに信じられないほど頭が悪くなるわね。私が言ってるのは妖怪の方の『竜宮の使い』よ」

 ……言われてみればそうか。幻想郷だもんね、普通は妖怪だよね。
 今度はこちらへと向けられたお師匠様の苦笑から逃れるため、必死に視線を逸らす僕。
 ただし、僕が逸らした目線の先では輝夜さんがニヤニヤ笑っているので、正直な話あんまり意味は無い。ちくしょう。
 
「竜宮の使い――言葉通り、竜の手足となって働く妖怪の事よ。幻想郷に居る竜宮の使いは、龍神の使いだと言われているわ」

「龍神……って、幻想郷には竜も居るんですか?」

「みたいね。随分前から隠遁していて、誰も会った事が無いようだけど」

「ほへー、誰も会った事の無い龍神ですか。――すっごい興味深いですね!」

「話が進まなくなるから、竜の事は自分で調べなさい。竜宮の使いの話を続けるわよ」

「はい、お願いしますマム!」

「滅多に人前に現れない竜宮の使いは、その美しさから天女と同一視される事もあるそうね。そして、竜宮の使いが人前に現れた時―――」

「……地上では地震が起こる。と言う事ですか」

「ええ、間違っては無いわよ」

 うーむ、そんなドンピシャな妖怪が居たのか。幻想郷って本当に広いなぁ。
 個人的には龍神の方が気になるけど、それはまぁ異変が落ち着いてからと言う事で。
 今の所他に‘らしい’手掛かりも無いワケだし、今後は竜宮の使いを探す方向で動いた方が良いかもしれない。
 それにしても、天女の様な美しさかぁ。
 ……僕の頭の中では、天女の衣が深海魚に置き換わって大変生臭くなってるのですがどうしましょう。
 竜宮の使いさんに会った瞬間吹き出したら、さすがに殺されても文句は言えないよね。

「……さて、そろそろうどんげが目を覚ます頃ね。言い含めておかないと何をするか分からないから、私と一緒に行きましょうか」

「はい! よろしくお願いしますっ!!」

「行ってらっしゃーい。お土産宜しくねー」

 もう少し話を聞きたかったけど、あまりのんびりしているワケにも行かないか。
 お師匠様の言葉に従って、僕は医務室へ向かうため立ち上がった。
 言うまでも無いけれど、輝夜さんの言葉は聞かなかった事にしてます。

 



 それにしてもお師匠様、何だか微妙に話を逸らしていたような。……気のせいかな?










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「あけましておめでとうございます。今年も、「教えろ山田さんリベンジ」をよろしくお願いします。後ついでに本編も」

死神A「逆! 本編の方をメインでよろしくしてくださいよ!!」

山田「自分の出番が多い方をプッシュして何が悪いっ!!」

死神A「逆切れしないでくださいよぉ……」

山田「と言うワケで今回は正月特別編です。いつもより話短めで行かせてもらいます」

死神A「え、それおかしくないですか。普通特別編ならいつもより話が長くなりますよね」

山田「ぶっちゃけ、質問が一つしか無かったので」

死神A「単なる質問不足を特別と言い張らないでくださいよ!?」

山田「何言ってるんですか! いつもなら質問一つで山田さんなんてやりませんよ!!」

死神A「そんな事を堂々と言い切られても……」


 Q:四季面のスペカ発動中の空間転移は、「ですわ」の風紀委員さんの能力とは違うモノなのでしょうか?


山田「むしろ、ショタコンサラシテレポーターの方が近いです」

死神A「いやいや、ショタコンは公式設定じゃないですから。二次創作ですから」

山田「まぁ「相手との距離を縮める」と言う限定的な転移なので、ショタコンの転移よりも若干劣りますがね」

死神A「だから、ショタコンじゃ無いと!!」

山田「ストーカー、ロリコン、シスコン、ショタコン。本当にグループはド変態の巣窟ですね(暗黒微笑)」

死神A「二、次、創、作!! と言うかコレ、全然天晶花のQ&Aじゃないですよね」

山田「はい」

死神A「認めないでくださいよぉ……」

山田「ではでは、今年もよろしくお願いしまーす」

死神A「ああ、今年もこんな感じなんですね」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・拾伍「天心乱漫/水と油は相容れない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/01/10 00:01


「ただいま。……はぁ、疲れた」

「えーりんおかえりん☆」

「あの二人の相性の悪さは相当ね。うどんげがあんなに意固地になるとは思わなかったわ」

「あ、分かり難かった? 今のは『永琳』と『お帰り』をかけた挨拶で」

「無理矢理頷かせて同行させたけど……あの様子じゃ、望み薄かもしれないわね」

「もしもーし、八意さん聞こえてますかー」

「うふふ、姫様ったら「えーりんおかえりん」だなんて――お茶目さん☆」

「……ゴメン、私が悪かった」

「ええ、反省しなさい。私も暇じゃないんだから」

「嘘つきー。もうやるべき事やって、後は高みの見物するだけなんでしょ? この腹黒さんめ!」

「さて、何の事でしょうか。とんと私には分かりません」

「竜宮の使いは天災の前兆を伝えるだけで、天災に直接関わっているワケじゃないって教えなかったでしょう」

「あら、うっかりしてたわ。弘法も筆の誤りってヤツね」

「白々しいわねぇ。……イナバの奴、生きて帰ってこれるかしら」





幻想郷覚書 緋想の章・拾伍「天心乱漫/水と油は相容れない」





 どうもこんにちは! 永遠亭で異変に関する情報を得て大歓喜な久遠晶です!!
 思わぬ光明に紅魔館へ向かう足取りも自然と軽くなり、僕は今まさに向かう所敵無し状態!

「うぐぐぐぐぐぐっ」

 ――だったら良かったんだけどなぁ。
 残念ながらすぐ傍に敵同然の味方が居るので、足取りは軽くなる所か重くなる一方です。
 痛い、物理的圧力の伴ってそうな殺気が背中に刺さって超痛い。
 このままでは紅魔館に辿り着く前に、僕の胃か精神が破壊されてしまう。
 紅魔館まで出来るだけ触れずにいようと思ったけどもうダメだ。もう我慢できそうにない。
 僕は急停止して振り返ると、絶賛警戒丸出し中の姉弟子に話しかけた。
 
「あのー、姉弟子?」

「話しかけないで」

 ……ダメでした。うう、本格的に取り付く島が無いよ。
 と言うか、幾らなんでもツレなさ過ぎやしませんか鈴仙さん。
 以前は最低でも、こっちの言い分くらいは聞いてくれる度量がありましたよ?
 果たして姉弟子の身に何があったんだろうか――まぁ、十中八九僕の所為なんだろうけどね。
 
「やっぱり見逃すべきじゃ無かったのよ。一刻も早く異変を解決して、コイツを叩き潰さないと……」

「あ、お師匠様の言伝を守る程度の理性は残ってたんですね」

「ふかーっ!」

「会話すら拒否!?」

 いけない、姉弟子が良く分からないキレ方をしている。
 身体全体をピンと伸ばして怒りを露わにする鈴仙さんの姿に気押され、思わず僕は後ずさった。
 さすがの僕も、日本語未使用の相手と会話するスキルは所持してないですよ?
 どうしたものかと苦笑いしながら悩んでいると、姉弟子も擬音対話はマズいと思ったのか小さく咳払いをして姿勢を正した。
 ただし、その目に宿っているのは見紛う事無き憎悪の炎である。
 ……これは、有らん限りの罵詈雑言を受ける覚悟しておいた方が良いかなぁ。
 心の中で身構えた僕に、姉弟子がぶつけてきた文句は――僕にとって意外過ぎる内容だった。

「それで、師匠に何を吹き込んだのよ」

「……はへ? 吹き込む?」

「誤魔化さないで! この状況、どうせ貴方が仕組んだんでしょう!?」

 はて、何を言ってるんだろうこの人は。
 何とか意味は理解したモノの、その結論に至った理由が分からず僕は首を傾げた。
 そんなこちらの態度が気に食わないらしい姉弟子は露骨に眉を顰めるが、僕は構わず思った事を口にする。

「姉弟子さ。それ、本気で言ってる?」

「ほ、本気に決まってるじゃない」

「お師匠様の言動を、僕如きが暗躍した程度で操れると真剣に思ってるの?」

「う、うぐっ」

「姉弟子の言い方だと僕にだけ有益な結果を引き出した様に聞こえるけど、それって洗脳レベルの思考誘導だよね? 利害が一致したならともかく」

「あーもう! 分かったわよ!! さすがに今のは言い過ぎだった!」

 良かった良かった。どうやら、正常な思考が出来なくなるほど怒り狂っていたワケじゃ無かったようだ。
 過大評価される事にもそれなりに慣れてきたけど、それでも「月の頭脳に策謀勝ち」なんて評価はゴメン被る。
 絶対ロクでも無い事になるだろうからね。うん、こういう修正はこまめにしておかないと。
 ……ところで、何故に姉弟子はそんな苦々しげな顔をしているので?
 途中で言葉に詰まっていた時点で、鈴仙さんだって自分の理論に無理がある事は分かってたでしょうに。
 ちょっと情緒不安定過ぎませんかね? 何がそんなに不満なのかお兄たんに言ってみそ? ――ゴメン調子に乗りました。

「……何で師匠は、こいつばっかり」

 そうやって、姉弟子へ注力していたのがいけなかったのだろう。
 本来なら聞き逃すはずのその呟きを、僕はばっちりと耳にしてしまった。
 あー、あー、なるほどそう言う不満なワケですか。
 どうやら姉弟子がお冠な理由は、出発前のお師匠様とのやり取りにあった様である。
 うーむ、さすがにそれは予想外だったなぁ。そりゃまぁ確かに、出発前の姉弟子にお師匠様はアレコレ言ってたけどさ。
 そもそもこの同行自体が、どう考えても姉弟子の為のモノなんだよねぇ。
 詰まる所、一見すると僕に対する気遣いに見える制約の数々も、結局は巡り巡って姉弟子に返ってくるワケで。
 ……特に僕だけが贔屓されてるワケじゃないんだよね、結局。
 むしろ永遠亭に限定すれば、姉弟子が一番愛されていると言っても過言じゃないと思われる。
 まぁ、愛され方に若干の問題がある事は否定しないけど。

「とは言え、言っても納得しないだろうなぁ」

「何か、言った?」

「いえいえ、なーんにも」

 贔屓されていると思しき状況で、当の本人が姉弟子に「貴方は愛されてる」と言ったらどうなるか。
 ……とりあえず、鮮血の宴になる事は確実であろうて。
 ふと僕は、妖夢ちゃんから貰った身も蓋もないアドバイスを思い出した。
 結局は鈴仙さん自身の問題、かぁ。――とばっちりの矛先がこちらを向かなければ、生温かい笑顔で見守れるのにねー。

「まぁいいわ。で、これからどうするのよ」

「どうって……ああ、そういえば説明して無かったっけ」

「ええ。問答無用でついて来いと言われただけの私は、貴方の高尚な考えを何一つ存じませんの。教えていただきます?」

「皮肉で答えるなら、表情の方もちゃんと作ってください。その視線は人が殺せますよ?」

「殺せたらいいのに……」

 心の底から残念そうな声色で、姉弟子が露骨な舌打ちをする。
 原因が分かったせいで、逆にフォローしにくくなってしまったのは本当にどうしたものか。
 ……どうやっても火にニトログリセリンを投下する様な台詞しか思いつかない、自分の脳味噌が恨めしいよ。
 今の姉弟子に「八つ当たりは止めてくださいよー」とか言った日には、彼女の頭の中から忠告の二文字が消えてなくなる事だろう。
 そして炸裂するフェイタリティ。姉弟子、脊椎は頭ごと引っこ抜く物じゃありません。

「何かしら、今とても不愉快な想像をされた気が」

「えっと、今後の行動方針でしたね! この後は『竜宮の使い』を探して、紅魔館へ向かおうと思っております!! オッス!」

 気取られかけた妄想を必死に誤魔化して、ズレかけた話題を強引に軌道修正する。
 姉弟子もその話を深く追求する気は無かったようで、目論見通りにこちらの話へと喰い付いてきた。

「竜宮の使い? それ、天候の変化と何か関係があるの?」

「――え」

「その『何言ってんだこの馬鹿』的な表情はな、に、か、し、ら?」

「いやいや、思ってません! 思ってませんから!!」

 『この馬鹿』とまでは、ですが。
 ……いや、コケにする意図は一切ありませんよ? マジで。
 単純に異変捜査状況のズレがどれ程なのかを、確認し忘れてただけなんです。
 そういや姉弟子は、気質と異変が関係していると踏んで調査を進めていたんだっけか。
 まぁ確かに関係はしているだろうし、調べる事が無意味なワケでも無いだろうけど……優先順位は低いんだよねぇ。
 嫌な予感を抱きつつも、とりあえず僕は先程知ったアレやらコレやらの情報を姉弟子に伝えてみる。
 それら全てを聞いた姉弟子の反応は――ある意味、とても予想通りだった。

「信じられない」

「ですよねー」

 そりゃ、そういう反応にもなるでしょうさ。
 ただでさえ信用の薄い人間の、口頭だけの説明で姉弟子が納得するはずが無い。
 さて参ったぞ、どうしたもんかな。
 僕の方が正しい等とほざくつもりは欠片も無いけど、今は『竜宮の使い』を追う事を優先したいワケで。
 ……仕方あるまい。この手は使いたく無かったが、円滑に事を進めるためだ! 最終奥義をくらへ!!

「だけど、お師匠様は『同行しろ』って言ってましたよねー」

「う、うぐっ」

「納得するしないに関わらず、こちらの動向には従って貰わないと。――‘どうこう’だけに」

「……そうね。悔しいけど、その通りだわ」

「ど、どうこうだけに」

「何よ。だから、分かってるって言ってるじゃない」

 不機嫌そうにこちらを睨みつけつつも、渋々僕の言葉に同意する姉弟子。
 やっぱりお師匠様の言葉は効果覿面だなぁ。使うと、僕への憎悪ポイントが倍増しちゃうのが難点だけど。
 ちなみに、スルーされた駄洒落に関してはもう気にしない方向性で行く事にします。
 無視されたにせよ気付かれなかったにせよ、追及すると確実に折れる。間違いなく心がヘシ折れる。
 
「ふんっ、良いわ。今回の調査では貴方の指示に従ってあげる。……ただし、変な命令なら断るからね!」

「むぅ、それはちょっと困るかなぁ」

「はぁ? ――ちょ、ちょっと何を考えてるのよ!」

「何って……とことん考えの合わない姉弟子に、断られる事無くこちらの意図を伝えるにはどうしたら良いかなと」

「あ、ああ、そういう。……安心なさい、私だってお師匠様の面子を潰す様な真似はしないわ。極力だけど、貴方の意図には沿うつもりよ」

「そうですか? 良かったー。けどじゃあ、何でさっき怒鳴って」

「さ、さぁ! そういう事だから、早く紅魔館に行きましょう!! ハリーハリー!」

 姉弟子は視線を泳がせながら、わざとらしくはしゃいで先を促してきた。
 おかげで僕も、彼女が何かロクでも無い想像をしていた事を薄々ながら察してしまったワケで。
 ……まぁ、追及はしませんでしたよ。武士の情けって奴です。――逆切れされて首ちょん切られても困りますしね!

「今、また不愉快な想像をされた気が」

「気のせい気のせい」










「良くぞ現れた、愚かなる侵入者よ! 紅魔館を守護する鉄壁の門番、この紅美鈴が相手になってやろう―――ぐぅ」

 皆さんご覧ください。これが紅魔館名物、常駐してるけど大体寝てるダメ門番の雄姿です。
 両腕を組んで満足げに船を漕ぐ美鈴の寝姿に、さすがの姉弟子も苦笑いしている。
 いや、起きて真面目に仕事している時もあるんですよ? たまには、極稀には。
 もっとも彼女がピンの時にその姿を見た事は、僕も無いんですけどね。……門番の意味が無い? ごもっともで。

「一体彼女は、何と戦っているのかしら」

「眠気じゃない事は確かかと。おーいめーりーん、晶君が来ましたよー」

「や、止めてください副メイド長。神剣をオシオキに使うのは反則ですよぅ……ぐぅ」

 反応は無し、と。
 話しかけても夢の内容が変わっただけで、美鈴が目を覚ます気配は一向に無かった。
 予想はしてたけど、凄まじいまでの熟睡っぷりだなぁ。
 やっぱり彼女を起こすには、物理的ダメージの伴った目覚ましが必要なのかもしれない。
 いやでもアレは、傍から見ててキツいと言うか他人事に思えなくて泣けると言うか……出来れば、やりたくないんだよね。
 と言うか、そもそも副メイド長って誰さ? 何だかその夢、別の意味で気になるのですが。

「全然目を覚ます気配が無いわね。どうするの?」

「んー……まぁいいや。このまま入っちゃいましょうか」

「む、無断で入るのはマズくないかしら」

「問題は無いと思いますよ? 一応僕等は紅魔館の関係者ですし」

「……誰が?」

「姉弟子と、僕が」

「私は永遠亭の薬師なんだけど」

「フランちゃんの臨時教育係もやってくれたじゃないですか」

 鈴仙さんが手伝ってくれた事は、地味ながらもフランちゃんの‘治療’に大きく役立ったはずだ。
 フランちゃんが歓迎してくれればレミリアさんはどうとでもなるし、いきなり無碍に追い払われる事はまず無いだろう。
 と、僕にしては珍しく多少の根拠有りきで言ったつもりだったのですが――話を聞いた姉弟子は、驚愕に満ちた表情で僕を見つめていた。
 さすがに軽く考え過ぎてたかなぁ。と内心で反省していると、姉弟子は回れ右して来た道を戻り始める。

「ちょ、姉弟子!? どこに行くんですか!?」

「かえる。おうち、かえる」

「カタコト!?」

 良く見ると姉弟子の身体は小刻みに震え、ダラダラと絶え間無く冷や汗を流し続けていた。
 その瞳孔は完全に開き切っており、何かに怯えている事は傍目にも明らかである。
 はて、どうしたのだろうか? 僕は逃げようとする姉弟子を羽交い締めして、泣きだしそうな彼女を必死に宥めた。

「落ち着いてください! どうしたんですか、姉弟子!?」

「離して! いや、もういやなの! 悪魔の妹と遊ぶのはいやぁぁぁぁあああ」

「そこまで!? ………紅魔館滞在中、そんなに酷い目に?」

「あれはもう拷問のレベルよ! 貴方だって、同じ様な目にあってたんだから分かるでしょう!? 何で平気なのよ!」

「慣れました」

「このド変態!!」

 酷い罵倒もあったモノだ。その結論に至るまでのこちらの苦難も察してくださいヨ。
 半錯乱状態で必死にもがく姉弟子を、どうしたモノかと悩みながら抑え込み続ける不審者チックな僕。
 肉体的に負ける要素が無いから、捕縛し続けるのは容易なんだけど……このままってワケにもいかないよなぁ。
 と言うか、いい加減美鈴は目を覚ましてくれないのだろうか。貴女の真隣で姉弟子が騒ぎまくっているのですが?
 
「前は普通に接してたじゃないですか。フランちゃんだって、無闇矢鱈に弾幕ごっこを吹っかけて来るワケじゃありませんよ?」

「吹っかけてくるわよ、遊びと言う名の弾幕ごっこを! あの子自身は嫌いじゃないけど、積極的に会いたいとも思わないの!! 私は我が身が惜しいのよ!」

「大丈夫大丈夫、死ななきゃ安い死ななきゃ安い」

「前々から思っていたけど、アンタの価値観は絶対におかしいわ!」

 僕もそう思います。医者の力でどうにか治療出来ませんかね? あ、無理ですかそうですか。
 しかしまぁ、姉弟子には悪いけどここで引けないのも事実。再びお師匠様の威光を利用してでも、強引に――。

「……あ」

「な、何よ急に」

 ふと紅魔館の方へと視線を向けると、巨大な砂埃を上げながらこちらに向かってくる何かの影が。
 その影が誰なのか察した僕は、遠い目をしながら姉弟子を解放した。
 せめて彼女だけでも、と言う僕なりの心遣いだったのですが――残念ながら、姉弟子には通じなかった様で。
 鈴仙さんは突然突き飛ばされた事に抗議するため、離された分の距離を詰めよってしまったのだった。

「ちょっと、いきなり何をするのよ!」

「強いて言うなら、人助けですかね」

「人助け? 貴方は一体、誰から私を助けるつもりだったのかしら?」

「アレ」

 指差した先には、すでに目視可能な距離まで近づいた影――フランちゃんの姿が。
 充分過ぎる助走距離のおかげで最高速まで達した彼女は、そのままの勢いでこちらに向かって飛びかかってきた。

「おっ兄ぃちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああん!!!」

 そして僕の身体に突き刺さる超低空高速タックル。当然、それには姉弟子も巻き込まれてしまったワケで。
 
「おぐっふ!?」

「きゃぁぁぁぁああああ!?」

 僕等はそのまま、紅魔館前の湖に勢い良く叩きこまれたのだった。
 ……うんまぁ、ちょっとだけ姉弟子の気持ちが分かった気がしますよ。
 フランちゃんはそろそろ、手加減って言葉を覚えても良いんじゃないかな? 人の事言えた義理でも無いけどね。





 ――ちなみにこの期に及んで寝たまんまだった美鈴の偉業は、後ほど咲夜さんに報告させて貰いました。八つ当たり? はは、何の事やら。




[27853] 緋想の章・拾陸「天心乱漫/メイド兎と鈍感男」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/01/17 09:53


「ギギギギギ、シンニュウシャハマッサツギギギギギギ」

「……これは酷い。人間の言葉忘れてないわよね、アンタ」

「うるっさい! 今の私は度重なるストレスで怒りが大爆発中なのよ!! 問答無用で殺すわよ!?」

「この天気の悪さは、そんなアンタの心の荒れっぷりが天気に出たって事かしら」

「どうでも良いのよそんな事はぁぁぁ! 天狗の里の平和のため、アンタには消えて貰うわ!!」

「……黙って通してくれたなら、天狗の里はスルーしても良いけど」

「私のストレス発散のため、どっちにしろ消えて貰うわ!!」

「アンタ、弟が出来てから本格的におかしくなったわね」

「晶さんの悪口をほざく馬鹿は貴様かぁ!!」

「言って無い言って無い。そっちの悪口は言ってない」

「問答無用! 天狗の里の平穏を乱す存在を、私は許さない!!」

「……ところでさっきから気になってたんだけど、その天狗の里半壊して無いかしら。そこら中に鴉天狗が倒れてるんだけど」

「―――天狗の里の平穏を乱す存在を、私は許さない!!」

「ああ、なるほど。アンタ半壊の原因を私に押し付けるつもりなのね」





幻想郷覚書 緋想の章・拾陸「天心乱漫/メイド兎と鈍感男」





「まったく、面倒ばかり持ち込むわね。貴方達は」

 メイド長不在のため人手の無い紅魔館で、歓迎してくれたのはパチュリーと小悪魔の二人だった。
 湖に叩きこまれてびしょ濡れになった僕等に、パチュリーは呆れ声でそう言って肩を竦める。
 それに対して、ウサ耳ブレザーからウサ耳メイド服にクラスチェンジした姉弟子は抗議の言葉を上げた。
 
「この馬鹿と私を一緒くたにしないで! と言うか、こうなったのは貴女の所の吸血鬼妹が原因よ!!」

「……ごめんなさい」

「そ、その、責めているワケじゃ無いのよ? ただちょっと、気を付けて欲しいと言ってるだけで」

 しかしフランちゃんの申し訳なさそうな顔を見て、即座に怒りを引っ込める姉弟子。
 何と言うか、人が良過ぎて泣けてくるレベルだ。僕にその優しさが向く事はまず無いでしょうけどね!

「責めているワケじゃ無いなら怒鳴るのを止めなさいよ。耳障りだわ」

「くっ、他人事みたいに――」

「他人事よ、私にとってはね。で、代わりの服の着心地はどうかしら」

「……色々と言いたい事はあるけど、着心地は良好よ。良い布使ってるじゃないの」

 ちなみに先程も言った通り、今の姉弟子の服装はブレザーでなくメイド服になっている。
 理由は簡単。びしょ濡れになったブレザーを乾かす必要があったからだ。
 果たして誰用のメイド服だったのか、黒を基調としたロングスカートのメイド服は姉弟子の長髪に良く似合っている。
 が、ウサ耳の所為で致命的なくらいあざとくなっているのは如何したモノだろう。
 指摘すると叩かれそうなので心中だけに留めておくけど……明らかにそれのせいで、小悪魔ちゃんの表情がおかしくなっている。
 まぁ、ウサ耳が付けば何でもあざといと言えばそれまでな気がしますけどね?
 え、僕はどうしたのかって? アグニシャインで全身瞬間乾燥されましたが何か。おかげで髪がちょっと焦げたっす。

「うどんげおねーちゃんもお兄ちゃんみたいに、ぼわーって乾かせばいいのに」

「覚えておきなさいフランド-ル、常人にあの乾燥方法は使えないわ」

「やっといて何だけど私もそう思う。と言うか貴方、直撃喰らった癖に良く平然としてられるわね」

「まぁ、レーヴァテインで表裏こんがり炙られるよりマシかなと思って」

「おかしい。想定している事態がおかしい」

「……次からは、もうちょっと穏便な乾燥方法を使うわ」

 まさか、パチュリーと姉弟子の二人から同情されるとは思わなかった。
 僕の想定では、「次からはそうしよう」的なリアクションをされると思っていたのだけど。
 両者共に、それほどクールなジョークは思い付かなかったらしい。
 うん、これは頭がオカシイと言われてもしょうがないかも。大分発想が捻くれてるね。

「それで貴方達は、紅魔館に何の用なのかしら。今、わりと暇だから面倒で無ければ適当に付き合うわよ」

「それは凄い。パチュリーがそこまで協力的になるなんて」

「……今の、どこらへんが協力的だった?」

 まぁ、主に自分から言い出してる当たりが。
 平時の彼女を知っている僕と違って、姉弟子は今のパチュリーの友好っぷりが良く分かっていない様だった。
 一時期紅魔館の世話になっていたはずだけど……あんまり話しては無かったのかな。パチュリーは基本図書館から出ないし。
 
「それに貴方達と話している間は、客人を出迎えるって名目でメイド長代行の仕事がサボれるのよ。少なくとも咲夜が帰ってくるまではゆっくりしていきなさい」

「レミリアさんは相変わらず無茶させるねー。……ところで、今姉弟子が着ているメイド服はひょっとして」

「己の衣装を整えるより、客人の衣服を調達する方が大事よね」

「まぁ、パチュリー様は最初から着てませんでしたけど」

「小悪魔―――お茶」

「はいいっ!」

 とりあえず、笑顔で小悪魔ちゃんを脅すパチュリーにメイドの素質が無い事は良く分かりました。
 やる気を欠片も感じさせない彼女の姿に、つくづくレミリアさんは無茶な振りをしたモノだと痛感する僕。
 だけどもしかしたら、レミリアさんもそれを分かった上で彼女に任せたのかもしれない。僕はふとそんな事を思った。
 と言うか、任せざるを得なかったというか。
 紅魔館って、咲夜さん独りで持たせている様なモノだからなぁ……美鈴に門番を任せたら、他に家事を任せられる人が居なかったのだろう。
 しかし、わざわざメイド服を着せる意味はあったのだろうか。いや、パチュリー結局着てないけどね。
 それでも一日かそこら限定のメイドに、専用メイド服は過ぎた代物だったと言わざるを得ない。
 
「……そっか。胸の所の布が余っているのは、着る人間の差か」

 ――このメイド服が無ければ、こんな哀しい呟きは聞こえてこなかったのにっ!!
 激昂するワケでも無く、泣き叫ぶワケでも無く、ただただ事実を確認する様な姉弟子の口調が逆に悲しさを引き立てる。
 姉弟子自身は、良い意味で平均的な身体つきをしているのだけど。
 人間の多くは対象との比較で優劣を見出すワケで……うん、つまりその、察して。

「で?」

「え?」

「だから?」

「へ?」

「何よ?」

「何が?」

「つまり?」

「はにゃ?」

「――ええいっ! 不精してないで、ちゃんと会話する努力をしなさい!!」

 いや、そういう意図は無かったですよ。僕側にはですけど。
 ちなみにそういう意図があったらしいパチュリーは、面倒臭そうに肩を竦めて視線を逸らす。
 面倒くさがり屋代表の輝夜さんと違って滲み出る色気は無いが、何もかも冗談みたいな輝夜さんと違ってこちらからは本気の意思を窺う事が出来た。
 要するに――「面倒で無ければ適当に付き合う」と言うパチュリーの言葉に、嘘偽りは一切無いと言う事だ。
 もちろん咲夜さんが帰ってくるまで僕らを無碍に扱う真似はしないだろうけど……下手に機嫌を損ねたら、本当にウンともスンとも言わなくなってしまう。
 ここは慎重に、面倒臭くならない範囲で情報を聞きださないと。――僕的にはすでに、とても面倒臭いのは言わない約束で。

「じゃあパチュリー。これから言う単語に心当たりがある場合イエスで、違う場合はノーで答えて。内容は後で纏めて聞くから」

「イエス」

「気質」

「イエス」

「竜宮の使い」

「イエス」

「今回の異変」

「ノー」

「ありがとうございました」

「ノー」

「……真面目にやろうとしている私は、おかしいのかしら」

「二人とも、真剣だと思うよ? 向いてる方向性がうどんげおねーちゃんと違うだけで」

「イエス」

 はっはっは、フランちゃんはかしこいなぁ。
 だけど訂正させて欲しい。一応僕は、姉弟子と同じ方を向いてますよ?
 あ、今姉弟子ってば僕とフランちゃんを見比べた! 何その「この二人を交換できないかな」みたいな顔は!!

「……まぁ良いわ、私も私のやる事だけをやらせて貰うから。それでパチュリー」

「ノー」

「なんでよ!?」

「アンタは頭固くて話が長引きそうだからイヤ。まだ晶の方が僅差でマシよ」

 まぁ確かに、姉弟子はどうでもいい事でも生真面目に根掘り葉掘り聞き出しそうなタイプだよね。
 僕もそういう傾向はそれなりにあるけど、基本的には分かるべき所だけ分かっていれば他はどっちでも良いというか何というか。
 ――ぶっちゃけ、この状況で必要な事以外を聞く度胸はありません。
 なので密かに抱いていた疑問を全て飲み込み、僕は必要最低限の事だけ聞くため口を開いた。
 ところで姉弟子、その射殺すような視線をこちらに向けるのはやめてください。僕は何もしておりません。

「それじゃ、気質と竜宮の使いに関して知ってる事を教えて貰える? 簡潔で良いから」

「気質は魂の性質、今は天候に干渉しているみたいね。竜宮の使いは妖怪、天災が起きる直前に現れるそうよ」

「ふむ、なるほどね」

 予想はしていたけど、得られる情報に目新しいモノは無しか。
 まぁ、今回の異変に心当たりが無いと言っていたから、知っているのは知識的なモノだけだと薄々勘付いていましたよ。
 ……本当だよ? さすがの僕も、そのくらいの推理力は持ち合わせておりますとも。
 
「気質……本当だったのね」
 
 だけど空振りの情報にも、思わぬ効果があったようで。
 パチュリーの簡潔な説明を聞いた姉弟子は、渋い顔ながらも僕の話に納得してくれたようだ。
 まぁ、全部の話を信じてくれたワケじゃ無いんだろうけどね。
 完全に信じて貰えて無いよりかは百倍マシだろう。無駄にならなくて良かった良かった。

「いや、待ちなさいよ! 紅魔館方面に行ったって言う竜宮の使いはどこに行ったのよ!?」

「――おおっと」

 そういえば、その事すっかり忘れてた。
 お師匠様の話だと、紅魔館の方へ行ったらしいけど……パチュリーに心当たりは無いんだよね?
 僕らが首を傾げていると、彼女は何故か自慢げに胸を張って答えた。

「ああ、ちなみに私は図書館に籠って一切外へ出なかった上に、外の情報を仕入れる事もしてなかったから。異変の話は聞くだけ無駄よ」

 本当に、なんでそれで自慢げな顔が出来るんだろうパチュリーは。
 と、言うか、だ。

「パチュリーの言葉を聞けば聞くほど、今までメイドをやってたと言う事実が疑わしくなるのですが」

「指示を出す職業ってそんなもんよ」

「謝れ! 全世界の管理職の皆様に謝れ!!」

「私も最近はずーっと地下室にいたから、お外で何があったのかは知らないなぁ」

「……フランちゃん、まだあそこに住んでるの?」

「うん! なんだかね。あそこでじーっとしてると心が落ち着くの。ジメジメして」

 とりあえずあの地下室は、レミリアさんに提言して一刻も早く潰して貰うとしようそうしよう。
 絶対に外出しないでござるとか言って引き籠られたら困る。ある意味、とても吸血鬼らしい姿ではあるけど。
 それにしても、まさかここまでお外に興味のない子が揃っているとは思わなかったよ。どうなってるんだ紅魔館は。
 困った時の咲夜さんはいないし、妖精メイドの記憶は基本一日持たないからなぁ。どうしよう。

「一応確認しておくけど、美鈴や小悪魔ちゃんは?」

「めーりんは、咲夜が出かけてから起きた姿を見た事が無いよ」

「小悪魔は……そんな余裕無かったと思うわ。色々と忙しかったみたいだし」

 美鈴の事はまぁ、咲夜さんに一任するとして。
 今のパチュリーの発言で、図書館に籠りながらメイド長代行の仕事をするカラクリが読めた気がする。
 したらええ、姉弟子で妄想くらい好きにしたらええがな。小悪魔ちゃんマジお疲れ様です。

「つまり、ここに竜宮の使いの目撃情報は欠片も無いって事? 完全に無駄骨じゃない」

「メイド服着られたからプラスと考える事は」

「出来ないわよ! それ、アンタの視覚的にプラスなだけでしょうが!!」

「いや、僕がプラスに思う所は無いからさ。姉弟子がメイド服着て良かったと思ってくれないと」

「死ねっ!!」

 ノーモーションからのコークスクリューブロー!? 本気すぎる!?
 捻りを加えた顔面狙いの一撃を、紙一重で何とか回避する僕。
 生じた摩擦で髪の毛がチリついている様な気がするのは、恐怖による錯覚だと思いたい。
 と言うか、今なんで殴られかけたの? 僕なんか変な事言った?
 疑問に頭の中を占領された僕は、救いを求めてフランちゃんとパチュリーに視線を向けた。が。

「今のは間違いなく晶が悪いわ」

「お兄ちゃん、今のは酷いよ……」

 え、悪いのは僕なの?
 非難囂々な二人の視線の意味が分からず、僕はさらに混乱する。
 
「知らなかったわ。「興味無い」って、何とも思ってない奴に言われてもムカつくのね」

 あの、姉弟子サン? その構えた拳は何事ですか? まさか二撃目?
 とりあえず対処可能な距離に避難し、ピーカーブースタイルで相手の様子を窺う。
 しかし彼女は二発目を放たず、固めた拳をゆっくりと下ろして諦め顔で僕を睨みつけるだけに止めた。
 
「師匠の顔を汚すわけには……師匠の顔を……」

「何を言われたか知らないけど、我慢のし過ぎは体に悪いわよ。どうせ死なないんだし二、三発殴っときなさい」

「止めて! 死に至るまで殴打されるから!!」

「お兄ちゃんは一度、それくらい痛い目にあった方が良いと思う」

「フランちゃんが黒い!?」

 そこまで!? そこまで酷い発言だったの今の!?
 完全にアウェイと化した空気に耐えかねた僕は、こうなった原因を分析してみた。
 えーっと、要するに僕が「興味無いよ」って言ったのがご不満なんですよね。
 なら、本当は多少なりとも興味があると発言を訂正すれば良いのかな。
 ……けど何に? そもそも鈴仙さんは何にキレたの? それが分からないと――。
 はっ!? そうか、分かったぞ! つまり姉弟子は僕にこう言いたかったのですね!!


 ――メイド服ならお前が専門だろ、と!


 姉弟子の着ているメイド服は、全体的にシックな雰囲気のヴィクトリアンスタイルだ。
 ミニスカートから始まって魔法少女に魔改造された僕のメイド服とは、対極の位置にあると言っても過言ではない。
 ならば平時からメイド服を着用している僕にこそ、この服は相応しいと姉弟子は言っているのだろう。
 ……いや、さすがに無いよソレは。どこぞの姉じゃあるまいし。
 そんな無茶苦茶な理由で殴られた上に逆切れされたら、ガンジーだって助走つけて跳び蹴りしてくるだろうさ。
 んー。とはいえ、他に怒られる理由が見つからないのも事実なんだよねー。
 そもそも視覚的なプラスってなんぞや。メイド服の鈴仙さんカワイイとか言えば良いの?
 
「でも、姉弟子はどんな格好しても可愛いよね?」

 そしてあざとい。ウサ耳の力は偉大である。
 だから正直、ブレザーがメイドに変わったとしても今まで通りと言うか、プラスの種類が変わっただけと言うか。
 ……まぁ、そもそも怖くて直視する機会が中々無いから、意味無いと言えばそれまでなんだけど。
 
「        」

「――姉弟子?」
 
「しっ」

「し?」

「死ねぇぇぇええええっ!!」

「フリッカージャブ!?」

 と言うか、何で半泣き!? 何で赤面!? 何で殺意上がってるの!?
 半狂乱で連打を放ってきた姉弟子の攻撃を必死に避けながら、僕は情緒不安定な彼女の行動に首を傾げるのだった。










「あの月兎、ちょっと褒められたくらいで動揺し過ぎでしょう。普段どれだけ虐げられてるのかしら」

「うんそーだね。お兄ちゃんは一変頭カチ割ってのーみそコネコネされた方がイイヨネ」

「……今、狂気に犯されてる? それとも素?」




[27853] 緋想の章・拾漆「天心乱漫/足並み揃わぬファーストステップ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/01/24 00:03


「………」

「………………」

「………」

「――っ! 寝てません!! ねてましぇんにょ咲夜しゃん!!」

「……………」

「………………………」

「………………」

「………………………………………ぐぅ」





幻想郷覚書 緋想の章・拾漆「天心乱漫/足並み揃わぬファーストステップ」





「はぁ……はぁ……一発も当たらないってどういう事なのよ……」

「いやぁ、意外と避けられるモノですね。僕もビックリです」

「あんな冗談みたいなやり取りに、そこまで本気を出せる貴方達に私もビックリよ」

 動かない大図書館が、汗だくになった私を見つめながら呆れ声を上げる。
 その皮肉に反論しようと私は口を開くが、思った以上に疲弊していたせいか思う様に声が出なかった。
 だと言うのに、私の連打を避けきった腋メイドは飄々としているのだから実に腹立たしい。
 とりあえず、その憤りを視線に乗せて八つ当たり気味に晶へぶつけてみる。あ、視線を逸らした。
 
「まぁ、情報が無いなら仕方ないよね。一休みした後、次の場所へ行くとしましょうか」

 露骨に動揺し話題を変えてくる弟弟子の姿に、私は優越感から一瞬だけほくそ笑んだ――が、すぐに思い直して顔を顰める。
 情けない。こんな些細な事で、多少の優位に立った程度で喜ぶなんて。
 己の予想以上に私は、このスットコドッコイに劣等感を抱いていたらしい。ムカつく。

「ね、ねぇ、姉弟子?」

「……好きにすれば良いじゃないの」

 まぁ、休憩する事に異論は無い。
 実際の所、私の疲労はそう大したモノでも無いのだけど。
 紅魔館が空振りだった以上、私達は次にどう動くかを考えないといけない。
 どこぞの巫女みたく、勘に任せて移動するなんて私はゴメンだ。
 さて、晶の奴はどんな案を出すのかしらね?
 師匠の命令だから主導権は譲るけど、当然批判はさせてもらうわよ? それも、心が折れるくらい強烈にね。
 素っ気無く振舞いながら私が内心でそんな事を考えていると、黙って話を聞いていたフランドールが不思議そうな顔で首を傾げた。

「二人とも、お姉様からお話は聞かないの?」

「あ」

「あって貴方」

 紅魔館当主の存在を忘れてどうするのよ。まぁ、気付いていた上で無視した私が言えた台詞じゃないけどね。
 レミリア・スカーレット。全ての運命を見通すとすら言われている深紅の吸血鬼。
 幻想郷の代表的な強豪妖怪として真っ先に名前の上がる彼女だけど、実物を見ると本当に強いのか甚だ疑問に思えてしまう。
 その性格は、一言で表すと「子供」だ。気まぐれで自分勝手、そして飽きっぽい。
 私がレミリアをあえて無視したのも、そんな彼女の我儘な性格が原因である。
 断言しよう。アイツに尋ねても絶対ロクな事にならない。むしろ酷い目に会う。間違いない。

「まぁ、レミリアは良いんじゃないの? レミリアだし」

「どうしよう、姉弟子の言いたい事がなんとなく分かっちゃうんだけど」

「大丈夫。私も分かるわ」

「そっかー。うん、お姉様だもんね」

 ……実の妹すら納得するのね。ある意味、とても愛されてるじゃないの彼女。
 一人戸惑う晶を横目に私達が共通認識を確かめ合い頷いていると、先ほど追い出された小悪魔がお茶を持って戻ってきた。
 その表情は、何故か浮かない。あと、明らかに盆上のカップ数が現状人数と合っていない。

「お、お待たせしましたー」

「お帰――あら? ちょっと小悪魔、カップの数が足りてないわよ?」

「すいません。その、レミリア様が……」

「癇癪起こして、カップを手当たり次第に割りまくったとか?」

「いえ、晶さんと優曇華院さんを大広間に連れてこいと」

 ……大広間って所がミソね。絶対に真っ当な要件じゃ無いわ。
 晶も漂う不穏な空気を察したのか、こちらに視線を向けて困った様に苦笑している。

「――このまま、聞かなかった事にして逃げない?」

「――それも良いかもしれませんね」

「そ、それは困りますよぉ。ただでさえ咲夜さんがいなくて、お嬢様の機嫌が悪いんですからぁ」

「僕らはこれから、そんなレミリアさんと会わなきゃいけないんですけど」

「大変ね。応援してるわ。逝ってらっしゃい」

「せめてこっちを向いて話す程度の誠意は見せなさいよ! 完全に本を読む事に専念する姿勢じゃないの!!」

 小悪魔に紅茶を淹れさせ、分厚い本を読み込むその姿は間違いなく平時の動かない大図書館だ。
 最早、体裁だけのメイドとして私達をもてなす気すら無くしたらしい。
 気持ちは分からないでもないが腹立つ。このまま、大広間に行くフリをして帰ってやろうか。
 当然レミリアは荒れるだろうが、今の私には関係の無い話だ。
 うん、我ながら良い案だ。これで行こうそうしよう。

「……しょーがない、行きますか姉弟子」

「えっ、何でレミリアの所へ行く気になってるのよ貴方」

「ほへ? なってるもクソも、初めから行く気でしたけど?」

 いやいや、貴方さっき私の意見に同意したじゃない。
 と言うかそれ、本気で言ってる? 行ったら確実に面倒な事に巻き込まれるわよ。
 私がそう問いかけると、晶は苦笑したまま頭をかいて答えた。

「面倒ですけど、レミリアさんが本気なら逃げられませんよ。あの人、こういう時に限って一分の隙もない行動を取るから」

 まぁ、確かにそうだ。
 普段は本当に運命を把握出来ているのか怪しいくらい抜けてるスカーレットデビルは、変な時に出さなくてもいい本気を出す。
 もしかしたら、必死に逃げても最終的には同じ目に会うのかもしれない。
 が、幾らなんでも諦めるのが早すぎやしないだろうか。現状なら、まだ逃げられる可能性は十二分にあるだろうに。
 何というか、久遠晶がトラブルに巻き込まれる仕組みの一因を理解した気がする。

「貴方に付き合っていると、寿命が縮まっていく気がするわ」

「平穏に生きていたいとは常々思っております」

 自覚無しか。可哀想に、きっとこの腋メイドは骨の髄から厄介事を求めているのだろう。
 ……この真性のトラブルメイカーと一緒にいて、私は大丈夫なのかしら。
 ふとこれから先が不安になった私は、どうすれば自然にコイツを見捨てられるかをこっそりと考えるのだった。

「あ、ちょっと待って! 私も一緒に行きたい!!」

「ダメよフラン、危険だから止めておきなさい」

「だから、せめてそういう話はこっちに聞こえない様にしなさいよ!!」


 







「ようこそ紅魔館へ。突然だが、貴様らには私と戦ってもらう」

 大広間に辿り着いた私達に、部屋の中空で待ち構えていたレミリアが不遜にそう宣告した。
 どうしよう、マジだ。私の知る範囲で初めてとも言える彼女の本気っぷりに、何故と問い質すより先に息を呑んだ。
 寒気すら感じさせる張り詰めた空気は、神聖さと真逆にありながら荘厳な雰囲気を醸し出している。
 それを放っているのは、永遠に紅い幼き月こと紅魔館当主――レミリア・スカーレット。
 少女の姿でありながら圧倒的な威圧感を放つ彼女からは、平時の間抜けさ加減がまったく感じられなかった。

「無論、タダでとは言わん。勝者には望むモノをくれてやろう。例えばそう――竜宮の使いの居場所とかな」

 どこで知ったのか、こちらの欲しがっている条件を提示しニヤリと笑うレミリア。
 これが、本当にあのお間抜け吸血鬼なのだろうか。
 ちょっと前に、文々。新聞でモケーレムベンベ扱いされていた話が嘘の様だ。
 
「いきなり過ぎて話について行けないんですが、僕らが負けた場合はどうなるので?」

「ふふ、そうだな」

 レミリアの雰囲気に呑まれた私と違い、わりと余裕があるらしい晶がそんな事を尋ねる。
 いやいや、何でそんな平気そうにしているのよ貴方。
 この張り詰めた空気に、まさか気付いていないとは言わせないわよ?
 剣呑な視線を送ってくるスカーレットデビルに、何故か腋メイドは苦笑いを返す。
 分からない。どうしてコイツはこんなにも落ち着いているんだろうか。何か考えがあると言うのかしら?
 ……諦めているだけっていうのが、一番あり得そうだから困るわ。

「貴様らが負けたら、メイドとして当分紅魔館で働いて貰おうじゃないか」

「正直、そんな気がしてました」

「……なるほどね」

 先程から感じていた重圧は、余裕の無さの裏返しだったワケか。
 紅魔館の主は、思いの外有能なメイド長の不在を重く捉えていた様だ。
 もしくは、不便さに耐えかねてブチ切れたか。うん、こっちの方がレミリアっぽい気がする。
 そして久遠晶は、いち早くその事に気が付いていたのだろう。
 相変わらず、無駄な所で観察力を発揮する男である。……腹立たしいからとりあえず睨んでおこう。あ、逸らした。

「それで? 事態を予測していたんだから、当然この後の事も考えているんでしょうね?」

「戦って勝って、情報を手に入れる。と言うのはどうでしょう」

「具体的な方法は?」

「がむばる」

「殺すわ」

「即答っすか!? いや、確かに精神論過ぎてダメだとは思いましたが!」

「下らないボケを挟んでないで、大人しく本当の事を言いなさいって言ってるのよ」

 さすがに私だって分かる。コイツは、とっくにそれくらい先の事を想定して策を練っているはずなのだ。
 久遠晶はどうしようも無く卑怯で卑劣でスットコドッコイな大馬鹿者だが、それだけに数手先をしっかりと見据えている。
 恐らく今回も、ロクでもない手で相手を翻弄するつもりなんだろう。
 ふん。味方とは言え――いえ、だからこそ楽に勝とうとするその姿勢は看過出来るモノじゃないわ。
 もし私の反感を得るような意見を出したら、今度こそ心と身体をへし折ってやる。
 色んな意図を込め、私は再度晶を睨みつけた。逸らされる。うん、満足満足。

「その前にレミリアさん、一つ確認して良いですか」

「ん、なんだ?」

「当然、今回の戦いは僕と姉弟子のタッグマッチなんですよね?」

「貴様らがそれで問題無いなら、だがな」

 ニヤリと皮肉げに笑って、レミリアは肩を竦めてみせる。
 これはまた、随分と余裕な態度じゃないか。私達くらい二人がかりでも充分対処出来ると?
 ……そのこちらを舐めきった認識は、早急に正さないといけないわね。

「じゃあ問題無しで。ついでに作戦タイム貰っても良いですか?」

「くくっ。相手に全力を出させ、その上で粉砕するのがスカーレット家の流儀だ。好きにするが良い」

「なぁっ!? ちょっと晶、貴方何を」

「はーいはいっと、話し合いはあっちに行ってからにしましょうねー姉弟子」

「も、もがもが!」

 晶だって舐められる程弱くはないはずなのに、彼はあっさりとレミリアの屈辱的な提案を受け入れてしまう。
 私がその事を咎めようとすると、晶は素早い動きで私の口を抑えて柱の陰へと移動した。
 と言うか強っ! 早っ! だからどうして、貴方はこういうどうでも良い事に限って全力を出すのよ!?
 解放された私が抗議の意思を込めて何度目かの睨みを利かせると、何故か晶はダメな子でも見るかの様にため息を吐く。
 意味が分からない。何よその反応は、悪いのは明らかにそちらでしょうに。

「姉弟子ってば勘弁してくださいよ。今、レミリアさんと一人でやり合うつもりだったでしょ?」

「当たり前でしょう! あんな事言われて、貴方引き下がれるの!?」

「レミリアさんからのありがたい心遣いじゃないですか。実際問題、お互いにハンデ無しでのタイマンは厳しいワケですし」

「な、何事も、やってみるまで分からないモノよ」

「やる前から分かる事も、結構あると思いますけどねー。世の中には『絶対勝てない勝負』ってのがあるんですよ?」

「……レミリアとの勝負が‘ソレ’だと、貴方は言いたいのかしら」

「一対一ならまず勝てないと思います。あの人、余裕がある時と無い時で強さが段違いに変わりますから」

 ああ、それは何となく分かる。あの吸血鬼、余裕無い時の方が強いのよね。
 私は軽くレミリアの様子を窺った。普段なら焦れて癇癪を起こしているはずの吸血鬼は、優雅さすら垣間見える態度で私達を待っている。
 ……確かに、いつもの彼女と同じだと侮っていたら、痛い目に合っていたのはこちらだったかもしれない。
 そういう意味では晶の判断は、とても正しかったと言えるのだろう。それを認めるのは、とんでもなく悔しいが。
 まぁ、だからと言って全ての意見に同意したワケじゃない。私は自分でも分かる程に頬を膨らませ、さらに不満な点を口にした。

「だからって、二人がかりなんて……」

「けどここで負けたら、異変終わるまでメイドとして働かされますよ? 勝算は多い方が良いかと」

「その口ぶりだと、貴方にはあるみたいね、勝算」

「一応は。姉弟子が協力してくれればですが」

 そう言って、不敵に微笑む久遠晶。
 くそ、不覚にもそれを頼もしいと思ってしまったわ。物凄く腹立たしい。

「いやほんと、姉弟子が協力してくれないと勝ち目無いんで手を貸してくださいお願いします」

 私の不機嫌な態度を、晶は自分に事を任せる不満の意思表示だと判断したらしい。
 笑みを即座に打ち消して、ペコペコと低姿勢なお辞儀を繰り返す。
 見ていてとても気分の良くなる光景だが、こちらの意図を勘違いされるのは正直困る。
 私は大きく息を吐きだすと、ネガティブに受け取られないよう笑みを浮かべて返事を返した。

「さっきも言ったでしょう。師匠の顔を汚すわけにもいかないから、貴方の指示には極力従うつもりだって」
 
「え、従ってくれるんですか?」

「……何でそこで驚くのよ」

「言っときますけど僕メチャクチャさせますよ? 命の無事は保障はしますが、身体の無事は保障はしませんからね?」

「な、何をさせるつもり!?」

「いつも僕がやっている様な事ですが」

「――殺す気!?」

「……自分から振った話題だけど、肯定されると凹むなぁ」

 そう思うなら、自分の行動を改めなさい。十中八九それが原因だから。
 とは言え、元々晶の案が多少無茶でも従うつもりだったのだ。
 不安は残っているが、話だけでも聞いてやろうじゃないか。

「まぁ、とにかく話してみなさい。検討はしてあげるから」

「実行してくれるともっとありがたいんですが……とりあえず話すだけ話しますね」

 そうして晶が語ったのは――本当にロクでも無く、私には想像もつかなかった作戦だった。











◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「もぐもぐ……みなしゃんこんにちは……もぐもぐ……山田です……もぐもぐ」

死神A「せめて挨拶くらいは食べずにしましょ――うぐっ、死神Aです」

山田「もぐもぐ……どうしました? ツッコミが散漫ですよ。くっくっく」

死神A「ぐぐぐ、何ですかこのメイド服。胸の所が若干キツいんですけど。サイズ間違ってません?」

山田「……間違ってませんよ。それが前回用意された、パチュリー・ノーレッジ用のメイド服です」

死神A「――あー、その、何と言うか……」

山田「っん! ちんすこうでも食わなきゃやってられませんよ!! 死神A、お茶!」

死神A「あ、あはははは……どーぞ。私の分のぷよまんも食べます?」

山田「もう食べてますが。もぐもぐ」

死神A「あははは……(今回は静かにしてよう、命にかかわる)」


 Q:今の晶君の手札、現状誰がどれを知っているんでしょうか?


山田「これはうっかりでしたね。そういえば具体的に言った事はありませんでした」

死神A「確か、噂の形で神剣やら面変化やらが出回ってましたよね?」

山田「前作と違って、久遠晶に対する情報統制が為されておりませんからね。真の能力まで垂れ流しですよ」

死神A「具体的にはどんな感じなんですか?」

山田「久遠晶と面識のある妖怪や人間は、コピー能力、神剣、面変化、真の能力がある事を把握しています。細かい所は個人差ですが」

死神A「面識の無い妖怪や人間はどうなんですか?」

山田「厄介な能力持ちである事や、今までの噂をそこそこ把握してる感じですね。ザコなら名乗るだけで泣いて逃げます」

死神A「うわぁ、それはひどい」

山田「ただし、幻想郷覚書で新規追加された能力は見ていない限り伝わってません。あと、即死無効とかの目立ちにくいギミックも知られてませんね」

死神A「なるほど。全部の手札が割れたワケではないと」

山田「そうでないと主人公の力が半減してしまいますから」

死神A「主人公の得意技が初見殺しって……」


 Q:晶くん自身は姉弟子の容姿についてどう考えているんですか?


山田「一応、晶君のストライクゾーンに入っています。が」

死神A「……が?」

山田「そもそも彼にとっては恐怖する対象なので、そういった興味を向けられません。直視が難しいし」

死神A「見てはいるんですよね?」

山田「ムッツリですからね」

死神A「そういや、あたいも前にじっと見られた事が―――」

山田「ちなみに、晶君がじっと見るのは基本きょぬーだけなんですよ? 知ってました?」

死神A「(あ、最後の最後で事故った)」

山田「うふふふふ、ではでは皆様このへんで。うふふふふふふふふ」

死神A「何でこのコーナー、こんなに地雷が多いんだろう……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・拾捌「天心乱漫/紅い月とワルツを」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/01/31 00:03


「ちなみに姉弟子、ちょっと確認が」

「何よ」

「今回の戦闘で面変化、使って良いですかね?」

「……め、めんへんかを?」

「はい」

『愚図な兎ですわね。面倒ですから一緒に叩き潰しますわ』

『ひぎゃー!?』

『あやや、これは失礼を。トロ臭かったので纏めて轢いてしまいましたヨ』

『うにゃーっ!?』

「だ、ダメ! 絶対にダメ!! 止めなさい!」

「ですかー。……はぁ、不評だなぁ面変化。何がダメなんだろう」

「……わざわざ言わなくても、分かる事だと思うけど?」

「……ですよねー」





幻想郷覚書 緋想の章・拾捌「天心乱漫/紅い月とワルツを」





「それじゃあ、ド派手にやりましょうかレミリアさん!」

「くくっ、よろしい! かかってこい!!」

 作戦会議を終えた私達は、再びレミリアと相対した。
 私を後方に控えさせた晶は気合いを入れると、師匠から譲り受けた金属の棍を展開し右手で握りしめる。

「そして生成! アァァイシクルゥゥゥ、ギガインパクトォォォォォオ!!」

「ただの氷で出来た棍棒に見えるんだけど、何か違うの?」

「いえ、ただの氷で出来たドでかい棍棒ですが。名前と絶叫はノリです」

「ノリ!?」

「……かっこいい」

 まぁ、本人が納得してるなら、それくらいのお遊びに目くじらは立てないけど……カッコイイかしら?
 晶の叫びに合わせ、金属棍を基点にして氷が八角柱の形に広がっていく。
 金砕棒を思わせる氷の武装は、あっという間に四尺を超える大きさにまで肥大化した。
 表面が七色に輝いている所を見るに、何かしらの強化も施しているのだろう。
 生成した武装を肩に担ぐと、晶は大きく息を吸い込み――吐きだすと同時に‘力’を解放した。
 鎧の装甲が開き、隙間から七色の粒子が放出される。
 輝ける羽を纏った様なその美しい姿に、一瞬だけだが私は見惚れてしまっていた。

「完成、晶君超攻撃的形態! その圧倒的なパワーを君も体感してみよう!!」

「……誰に向けて発信してるのよ、そのメッセージ」

 良かった、いつもの阿呆な弟弟子だ。格好良く見えたのは目の錯覚だったらしい。
 増幅された七色のオーラでさらに一回りほど大きくなった氷棍棒をブンブンと振り回す晶の姿に、良く分からないけれどホッとする私。
 危なかった。根拠は無いけど、あのまま真面目に振舞われていたら何かが危なかった気がする。

「ほぉう、思い切った事をするではないか。防御を完全に捨て、攻撃に力の全てを割くとはな」

「これくらい攻撃に専念しないと、吸血鬼の身体能力には勝てませんからね」

「だが、その武器では攻撃が大振りになるだろうし――何より、防御が疎かになり過ぎているぞ? 私相手に、それは致命的では無いか?」

「そこは試してみてのお楽しみ、ですよ!!」

 そう言って、晶は一瞬の内にレミリアへと肉薄した。
 さすがのスピードだが、吸血鬼の不意をつける程に特別早いワケでもない。
 棍を振りかぶる頃にはすでに、レミリアは迎撃の準備を整えていた。
 魔力の籠った拳が、紅い閃光の軌道を残し晶へと迫っていく。
 けれど大振りの一撃に合わせた彼女のカウンターは、晶に当たる前に私の放った弾幕に弾かれた。
 反撃に失敗したレミリアは後方に飛び下がって晶の攻撃を避け、初めてこちらの存在に気付いたかの様に私の事を睨みつけてくる。

「……意外だな。貴様は、意地でも一人で戦おうとすると踏んでいたのだが」

「残念ながら今の私は、出来得る限り久遠晶に協力しなきゃいけないのよ」

「僕にとっては喜ばしい事実ですけどね。今日の姉弟子は、僕の手足も同然なのです!」

「……否定はしないわ」

「なるほど。ならば晶のコレは、急場しのぎのコンビネーションを補強するための小細工か」

「その通りです!」

「ちょ、少しは隠しなさいよ!?」

「隠してどうこうなる様なモノでも無いですよ。それに、分かっていてもどうしようも無いでしょう?」

 ニヤリと意地悪く笑って、晶が再び氷棍棒を担いだ。
 晶があえて大振りで隙だらけの攻撃を放ち、私がその隙を弾幕で塞ぐ。
 確かにこの作戦は、分かっているからと言ってどうこう出来るモノでは無いだろう。
 幾ら隙だらけと言っても、晶は常に接近してくるのだ。対処法は限られてくる。
 こちらもタイミングを上手く計る必要はあるが、精密射撃が得意な私にとってフォローはそう難しくない。
 即興コンビにしては悪くない連携だ。……ただし、私がミスをすれば晶はただでは済まなくなるが。
 レミリアも言っていたが、今の晶に防御力と呼べるものはほぼ存在していない。
 その状態で吸血鬼の一撃を受ければ――耐える事は、まず出来ないだろう。
 一応晶は、一発だけなら耐えられる‘保険’を持っていたはずだ。
 しかしそれでも、命をかけてあの場にいる事に間違いは無い。
 そう、晶は私に己の命を預けているのだ。嫌悪していると公言している、この私に。

『んふふ~。でも、成功したら丸儲けですよ? 勝算は一番高いですしねー』

 もっと安全な作戦があるはずだ。そう尋ねた私に返ってきた答え。
 自分の命がかかっているにも関わらず、躊躇無くそう言い切る晶の姿に私はそれ以上の言葉を紡げなかった。
 本当に、晶は無茶苦茶だ。無茶苦茶で無謀で出鱈目で、だけど――

「それじゃあ姉弟子、どんどん行きますよー!」

「あ、え、ええ!」

 再び、晶が吸血鬼へと接近する。
 私は一旦思考を中断し、レミリアの次の行動に備えた。
 距離を取るか、その場で避けるか。
 どちらかだと踏んでいた私達の予測を裏切り、レミリアは晶の一撃を真正面から受け止めた。

「なっ!?」

 さしものレミリアも、攻撃に全力を割いた晶の一撃を防ぎきれるはずが無い。
 かろうじて頭に当たる事は避けたものの、交差された両手を押しのけて棍棒はレミリアの肩に直撃する。
 地面が陥没する程の衝撃を受け、レミリアは苦痛から顔を歪めた。
 だが、倒れない。身体を屈めながらも耐えきった吸血鬼は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「も、もうちょっと避ける努力をすると思っていましたが」

「――久遠晶。貴様に言っても理解できないだろうが、私は貴様を高く評価している」

「は、はぁ、光栄です」

「だから、無傷で勝つつもり等毛頭無いのだ。半死半生であろうと、その代償に貴様を倒せるなら――安いものだ」

 何の躊躇も無く、一片の冗談も込められずに放たれた言葉に背筋が凍る。
 スカーレットデビル。最強妖怪の一角であり、その呼び名に対する自負も持っている彼女にそこまで言わせるとは。
 彼女の宣言に嘘偽りは無い。だからこそ、レミリアはあの一撃を受けたのだ。
 反撃へと繋がる、最善手と判断して。
 ……そうだ。このまま、レミリアが何もしてこないはずが無い。
 動かないといけない。私が。だけど、身体が――

「姉弟子! プランAで!!」

 硬直の間はそれほど無かったが、それでも晶の判断は迅速だった。
 棍棒に触れている両手と地面続きの両足を氷漬けにして、晶はレミリアをその場に釘付けにする。
 そうだ。レミリアが痺れを切らして攻撃を受ける事を、元々晶は想定していたのだ。
 その後の私の行動もしっかり決まっている。相手が多少の玉砕を覚悟していたとしても、こちらの行動は変わらないはずだ。
 私は動きの止まった二人に目がけて、最大火力のスペルカードを叩きこむ。



 ―――――――幻惑「花冠視線(クラウンヴィジョン)」



 円形の弾丸が、立て続けに十発放たれる。
 晶には転移で避けられてしまったが、私の持つ技の中では最高威力のスペルカードだ。
 直撃を食らえばただでは済まない……はず、多分。
 もちろんこのまま行けば、スペカは晶にも直撃してしまう。
 だが晶には、即死攻撃を無効化する能力があるのだ。
 私の一発だけなら、その能力で何とか対処する事が出来る――と言うのが本人の談。
 スペカ命中後は前衛後衛を入れ替えて場を仕切り直す。と言うのが、晶の語ったプランAの概要である。
 ちなみにプランBは無い。……私の言えた義理ではないけど、予備案くらいは考えておいて欲しい。

「まったく、つくづく自爆が好きだな貴様は」

「大変良く言われます。そして多分、もう治らないと思われます」

「だが、今回ばかりは認識が甘いと言わざるを得ん。――私は、‘半死半生でも倒せれば構わん’と言ったのだぞ?」

 不敵にそう笑ってレミリアが動く。やはり、スペカを相殺しに来たのだろうか。
 晶の作戦に予備案は無いが、相手の行動に合わせた派生は考えられている。
 レミリアが私のスペルカードを相殺したのなら、次は晶がスペルカードを発動させる予定なのだが……。
 彼女のとった行動は、そんな私達の想像を遥かに超えるモノだった。



 ―――――――紅魔「スカーレットデビル」



 レミリアの身体を中心に、紅い十字架がそびえ立つ。
 神を嘲笑うかのような吸血鬼のスペルカードは、私の放った弾幕を‘無視して’晶に直撃した。

「貴様の案通り、一緒に自爆してやろうでは無いか。ただし――貴様だけ無傷と言うワケにはいかんぞ!」

「なっ――」

 晶の着ている鎧が輝き、彼女のスペカを無効化する。
 だがそれだけだ。私のスペルカードを相殺したワケでも、晶にダメージを与えたワケでも無い。
 本当に、ただ晶の無効化能力を削っただけだ。
 私のスペルカードは、一切減殺される事無く二人を吹き飛ばした。
 そして巻き起こった煙が、一瞬だけ二人の姿を隠す。
 私が唖然としながら煙が晴れるのを待っていると、その中から不遜な表情の吸血鬼が現れた。

「ふん、腐っても月の兎か。さすがに直撃は効いたぞ―――だが」

 効いたと言う言葉は、皮肉では無く真実なのだろう。
 ボロボロになった身体で、それでもレミリアはギラついた光を瞳に湛えたまま不敵に微笑む。
 その視線の先には――倒れ伏し、ピクリとも動かない晶の姿があった。

「それだけの価値はあった。我慢比べは、私の勝ちだ!」

「そんな……」

 しかし、ある意味これは当然の結果だ。
 多少のダメージがあったとはいえ、レミリアは吸血鬼。身体能力の高さは幻想郷でも上位に入る。
 一方の晶は、攻撃に全力を注いでいて防御力はほぼ皆無。普段のタフさも鳴りを潜めてしまっていた。
 その状態で同じ弾幕を喰らえば、こうなるのは自明の理である。
 レミリアの方も払った代償は大きかった様だが……彼女の表情から、それを悔いる色は読み取れなかった。

「プライドの塊みたいな貴女が、まさかそこまでするなんてね。それだけ晶を評価しているって事かしら」

「無論さ。だからこそ、私はあ奴にフランを任せているのだ」

「ふん。……だけど忘れてないかしら、これはタッグマッチなのよ? 今のボロボロな貴女に、私の相手が出来るとでも?」

「問題はあるまい。晶さえ倒してしまえば、貴様など物の数では無いからな」

 それは、挑発と言うには余りにも軽い物言いだった。
 晶の攻撃と私のスペルカードの直撃を受けたレミリアのダメージは、私が軽く見ただけで分かる程酷いモノだ。
 対して私は無傷。状況で言えば、ここから私が勝つ事はさほど難しくないはずなのに。
 レミリア・スカーレットは微塵の迷いも無く、私が敵ではないと断言した。

「貴様は、つまらん」

 私が口に出しかけた文句は、続くレミリアの言葉に遮られてしまう。
 間違いの無い侮辱の言葉。しかし不思議と、怒りの感情は湧いてこなかった。
 それは、彼女の目を見てしまったからだろう。
 嘲るでも無い、見下すでも無い、ただただ無機質で無関心な瞳。
 本当に‘敵’ですら無いのだ。それに気付いた時、紡ごうとしていた言葉は口の中で霧散してしまった。

「堅実な戦いだの安全策だのを否定する気は無い。それはそれで楽しめるからな。だが、貴様のそれは違う」

「ち、違うですって」

「貴様が考えているのは自分の安全で、勝利する事では無い。もう一匹の兎妖怪と同じだ。勝つ気の無い相手に負けるはずが無かろう」

「わっ、私がてゐと同じ!?」

「ある意味、奴以下だな。あの兎妖怪は己のそんな思考傾向を理解しているが、貴様は無意識だ。その癖、自分は正々堂々戦っているだけだとほざいている」

「―――っ!」

 何だコレ。おかしい、絶対におかしい。
 レミリアの言っている事は完全に言いがかりで、私はそのイチャモンに怒るべきなのに。
 何で私は言葉に窮しているんだ。どうして、探られたくない腹を探られたかの様に心が痛んでいるんだ。
 
「う、嘘じゃない! 私は、正々堂々と……」

「ならばその『正々堂々』に付き合ってやろうじゃないか。小細工無しの、真正面からの殴り合いだ」

 ゆっくりと歩を進め、レミリアがこちらの間合いに入ってくる。
 近づけばさらに良く分かる。彼女のダメージがどれほど大きかったのが。
 歩いて来たのは威圧目的だろうが、余計な体力を使いたくないと言う意図もやはりあったのだろう。
 なんて事は無い。吸血鬼はしっかり弱っているのだ。
 これなら、有利なのは私の方だ。そう、私の方が有利なのに――
 私は、自然とレミリアを己の間合いから外していた。

「どうした? 接近戦が不満なら、弾幕戦でも構わんぞ。より強いのはどちらか――真正面からぶつかって決めようではないか」

 言い返せ、望む所だと。
 これまで私が重ねてきた研鑽の成果を、その身に味わわせてやろうと。
 レミリアの申し出は、私が望んでいた事のはずなのだ。
 それなのに何故か、私の心は恐ろしいまでの衝撃で震えていた。
 まるで『正々堂々勝負する』と言う言葉の意味を、今初めて知ったかのように。
 
「鈴仙・優曇華院・イナバ、貴様に一つ真実を告げよう。――世に、正々堂々ほど不平等な勝負は無いのだよ」

「な、何を……」

「同じ条件、同じルールで戦えば、勝つのは常に優れた者だ。そこに不確定要素の絡む余地は無い」

 例え全く同じ努力を重ねたとしても、それで得られる結果が同じとは限らない。
 そも、世の中には才能と言う明確な土台の違いがある。環境と言う無視できない土壌の違いがある。
 『正々堂々』は、その残酷なまでの差を比べる為の勝負方法だとレミリアはうそぶくのだ。

「それでも尚、貴様が『正々堂々』を望むと言うのなら……私は喜んで相手をしようではないか」

 両手を広げたレミリアは、傷だらけの身体を誇示するかのように笑う。
 まるでその程度の誤差では、自分と私の‘差’は揺るがないと言わんばかりに。

「―――さぁ、示せ! 己は貴様を超える者だと!! 言葉では無く、その力で証明して見せろ!」

 違う。これは、違う。――そう、これは、屁理屈なんだ。
 偉そうな事を言っているが所詮はハッタリ。傷ついた身体で少しでも有利な状況に持ち込もうと企む、レミリアの小賢しい戦略に過ぎない。
 頭の中に湧き上がったその‘希望的観測’は、布に染み込む水の様に私の意思を浸食してきた。
 そして‘希望’は続けて囁く。そんな下らない、吸血鬼のお遊びに付き合う必要は無いと。
 ……ダメだ、ダメだっ、ダメだっ! この言葉に耳を傾けてはいけない!!
 これは願望だ。考え得る限り、最悪で最低の願望。
 

 ―――私は、今‘逃げだすための口実’を探してしまっているのだ。


 自分へ向けるべき嫌悪を、他人へ押し付けて安心するための準備。
 そうやって自分の弱さに目を背けて、私はまた逃げ出すのか。

『今頑張っても、過去の罪と向き合って居なければ全く意味がないのです』

 以前の異変で告げられた、閻魔の説教がフラッシュバックする。
 嫌だ! 戦いもせずに逃げ出して、惨めな思いをするのはもう嫌だ!!
 囁かれ続ける甘い言葉を、私は頭を振って追い出そうとした。
 けれど、そんな私の意思を嘲笑うかのように、身体の方は震えたままピクリとも動かない。
 頭の中も真っ白なままだ。動かなければと心は焦っているのに、それが身体にも頭にも一向に反映されない。
 逃げたい。立ち向かわなきゃ。まずは距離を取って。怖い。スペルカードを。
 
「時間切れだ。――去ね」



 ―――――――夜王「ドラキュラクレイドル」



 混乱したまま棒立ちになった私に、レミリア・スカーレットは容赦無く牙を突き立ててきた。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「毎度毎度、私が素直に餌付けされると思ったら大間違いだーっ!! 山田です」

死神A「わ……わけ……が……わからな……がふっ」

山田「はい、こっちは死神Aですね。何してるんですか貴女」

死神A「んー! んー!」

山田「その揺れない震源地の服がどうかしましたか? くっくっく」

死神A「(声が! 胸が潰されすぎて声が出ないんですよ!)」

山田「それにしても見事な収納具合です。まさかあの天人(本編未登場)、あの服の下にとんでも無い凶器をっ」

死神A「(ミチミチ言ってる! 超ミチミチ言ってますよ山田様!!)」

山田「まぁ、そんな事ありませんけどね。じゃあサクサク最初の質問に参りましょう」


 Q:今のフランちゃんタックルと文姉の幻想風靡に近い何とにとりの超妖怪弾頭ってどれが威力高いんでしょうか。教えて山田さん。


山田「幻想風靡に近い何か>(僅差)>フランちゃんタックル>>(越えられない壁)>>超妖怪弾頭 です」

死神A「ぶはぁっ! し、死ぬかと思った……」

山田「胸の所を破らないでくださいよ。はしたない」

死神A「サラシ巻いてますから平気です! つーか今回はさすがに死ぬと思いましたよ!?」

山田「死ねば良いのに」

死神A「と、とにかく質問ですね。えーっと、烏天狗&吸血鬼妹大勝利な結果が出たわけですが……」

山田「姉力(あねぢから)妹力(いもうとぢから)の差です」

死神A「何ですかその謎エネルギー!?」

山田「弟を思いやる怨念と兄を想う執念が変換され生まれる、あらゆる法則を凌駕するギャグ補正です」

死神A「あ、何か怖いので詳細は良いです」

山田「チッ……」

死神A「じゃ、じゃあ次の質問ですね!」


 Q:天晶花での美鈴はメイド技能にスキルポイントを割り振ってるんでしょうか?


山田「あります。具体的には晶君以上十六夜咲夜以下」

死神A「意外と高い!? 優秀なんですね、あのチャイナ妖怪」

山田「実は紅魔館での万能キャラナンバー2ですからね。十六夜咲夜がいなくても、彼女が居れば何とかなるレベルです」

死神A「だけど、門番ですか」

山田「だから、門番なんですよ」

死神A「……わ、分からないなぁ」

山田「では、最後の質問に移りますね」


 Q:余裕のない時のレミリアと晶君は戦ったことがあるのでしょうか?


山田「無いです。終わり」

死神A「最後の質問なのに短いですね!?」

山田「まぁ、補足すると付き合い長いですからね。どういう時に本気を出せるのかは大体把握しているワケなんですよ」

死神A「そういや、何気に最初期からの付き合いなんですよね。晶とレミリアって」

山田「晶君ノットメイド時の貴重な知り合いです。と言うか、メイド化のある意味根本的な原因と言うか」

死神A「本当に、どうしてこうなったですねぇ」

山田「まぁ、どうでもいい事ですよ。というわけで、今回の質問はここまで」

死神A「お疲れ様でしたー」

山田「いえいえ。……貴女が本当に疲れるのは、これからですよ?」

死神A「へっ?」

山田「その服ってレンタルなんですよね。とりあえず、壊した貴女が本人に返却しておいてください」

死神A「え? レンタルって、え? 本人って、え?」

山田「いやぁ、あの天人(本編未登場)の怒り狂う顔が目に浮かぶようです。ほらほら、早く行って来なさい」

死神A「え、ええぇ~」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・拾玖「天心乱漫/強き者」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/02/07 10:02


 強者の条件とは何か。

 弟子入りしてからしばらく後、何とは無しに師匠へ尋ねてみた事があった。

 その時、いつも通りのにこやかな笑みを浮かべた師匠が返してきたのは、答えではなく別の問い。

 ――うどんげ、貴方は何だと思う?

 思わぬ師匠の返しに、私はしどろもどろになりながら思いつく限りの‘答え’を口にしていた。

 ――力を持つ事、ですかね。圧倒的で何者も寄せ付けない、そんな出鱈目な力を。

 ――あ、いや、知恵を身につける事かもしれません。師匠の様な、万物の真理を見通せる知恵を。

 ――も、物凄い強運とか?

 どう答えても正解とも不正解とも言われないので、確信の持てない私はコロコロと意見を変えていく。

 最終的に『甘い物が最強』と言った所で、師匠は耐えられないとばかりに口を抑えて笑い出した。

 恥ずかしさと悔しさで頭が一杯になった私は、顔を紅くして師匠に本当の答えを尋ねる。

 すると師匠は笑みを意地悪く歪めて、内緒話を囁く様に問いに答えた。

 ――その答えを知っている者が‘強者’と呼ばれるのよ。

 今でも、鮮明にその言葉を思い出す事が出来る。

 けれど肝心の答えを、私はまだ得ていない。





幻想郷覚書 緋想の章・拾玖「天心乱漫/強き者」





「――――っ!」

 本当に、本当に紙一重の差だった。
 紅い竜巻と化したレミリアの一撃を、ほとんど転げる様な形で私は回避した。
 
「ほぉ、最早動く気力も湧いてこないと思っていたが。……そこまで臆病者でも無かった、か」

「ふんっ、こ、これでも往生際は悪い方なのよ!」

 横になった姿勢のまま、体裁も気にせず手足を使ってレミリアから離れた私は精一杯の虚勢を張る。
 もちろん、往生際が悪いなんて言うのは大嘘だ。実際はとっくの昔に諦めてしまっていた。
 今の一撃だって、本当なら何も出来ずに当たっていたのだ。
 ――だけど、見た。気付いた。気付いてしまった。
 ほんの一瞬だけだったけど、私の視界に‘それ’は映り込んだのだ。
 
「ならば立て。惨めに倒れた相手へ攻撃する程、誇りをかなぐり捨てたワケでは無い」

 レミリアは‘それ’に気付いていない。否、彼女が気付いていないからこそ私が気付けたのか。
 ともかく、その刹那の変化が私の金縛りを打ち払った。
 頭の中が急速に冷えて纏まっていく。散在していたはずの思考は今、一本の線を中心に再構築され始めた。
 ああ、腹立たしい! よりにもよって、こんなキッカケで活路を見出すなんて。
 だけど認めよう。認めるしかない。
 私はどうしようも無いくらい無力な臆病者で――救い難い弱者なんだと。

「ふ、ふふ、ふふふふふ……」

「どうした? 随分と嬉しそうだが」

「嬉しいワケが無いでしょう。とても惨めで、情けない気持ちよ」

 逆転の秘策なんて無い。勝つ方法なんて思いもつかない。
 身体が動く様になったって、結局私の頭の中は空っぽのままだ。
 そんな行動の指針が思いつかない私に出来る事なんて、たった一つしかないのである。

「嫌になるわ。私ってこんなにも弱かったのね。力も知恵も、そして多分運も無い。……自分の厚みの無さに涙が出てきそうよ」

 ああ、言ってしまった。
 今まで頑として認めなかった事を、自虐でも冗談でも無く事実として口にしてしまった。
 気のせいか、何だか身体が軽くなった気がする。心の方も実にスッキリとした気分で無駄に気持ちが良い。
 くそう、私の心と体は何て正直なんだろうか。誇りも意地も投げ捨てたと言うのに、落ち込む所か元気になるなんて。
 よっぽど重荷になっていたらしい。悔しいから、意味も無く不敵に笑ってやった。
 そんなヤケクソになった私を見て――レミリア・スカーレットは、初めて私に‘敵意’を向けてきた。

「何よ。今はどんな皮肉でも、笑って受け取ってやるわよ! 好きなだけ嘲笑えば良いじゃない!!」

「己の弱さを知る者は、弱さを認めぬ阿呆の何倍も強い。――笑うものか。さらなる強さの高みに達した貴様は、私の『敵』足りうる者となったのだからな」

「お生憎様。期待を裏切るようで悪いけど、今の私じゃ貴女の障害物になるのが精々よ!」

 またもや何かほざこうとした弱音を笑い飛ばして、レミリアへと肉薄する。
 そんな私の行動に焦る事も無く、吸血鬼は迎撃の連撃を放ってきた。
 紅い閃光が立て続けに奔る。ロクに狙いも付けてこない我武者羅なその攻撃を何とか回避して、私はレミリアの顔を覗き込んだ。
 私の魔眼が、レミリアの瞳を捉える。
 己の力の全力を尽くし、そのまま私はレミリアの身体を硬直させた。

「くっ!? まさかこれは、狂気の魔眼の力か!?」

「病は気から――心が狂えば身体も歪む。魔眼にはこういう応用法もあるのよ」

「なるほどな。……だが、これはただの足止めだ。これでは私を倒す事は叶わないぞ?」

「良いのよ。だって私の役割は、その‘ただの足止め’なんだから」

 それは、久遠晶の立てた『プランA』の次なる行動プランだ。
 前衛後衛を入れ替え、今度は私がレミリアの足止めをする。それが、私に与えられた次の役目だった。
 ――思えば、晶にしては随分とワンパターンな策だ。一度した事を同じ戦いで二度する等、全くもってアイツらしくない。
 故に、私は気付くべきだったのだ。お間抜けな作戦に隠された、晶の真意に。
 
『プランAに移行したら、‘それまでの結果に関わらず’レミリアさんを足止めしてください。絶対ですよ、絶対!』

 念を押すように告げられたその言葉は、彼なりのヒントであったのだろう。
 最初の自爆は――それどころか、コンビネーション強化のためとほざいた攻撃偏重武装ですら――この状況のための‘前振り’だったのだ。

「何を言うかと思えば。貴様が足を止めた所で、フォローをしてくれる相方はもういな―――っ! まさかっ!?」

「ええ、その……まさかです、よ!」

 ゆっくりと、倒れていた晶が立ち上がった。
 身体はレミリア以上にボロボロで、そこら中から血が噴き出している。
 演技でも何でも無く瀕死一歩手前と言った表情の晶は、それでも強い光を湛えた瞳をレミリアに向けた。
 同時に、肩に担ぐような形で氷の槍を構えて。
 振り向く事すら出来ないレミリアも、晶のその姿を察したのだろう。歯噛みしながら苦々しい声色で言葉を絞り出す。

「随分と念の入った『死んだフリ』だな。私に己の存在を忘れさせるために、そこまでするとは思わなかったぞ」

「本気のレミリアさんを騙すなら、これくらいしないと。……とは言え、姉弟子にまで存在を忘れられたのは予想外でしたが」

「わ、悪かったわね! 打ち合わせ無しで何とか出来るほど、私の頭は柔らかくないのよ!!」
 
「いや、そんな事を認められても……」

 うるさい。全部晶の迫真過ぎる死んだフリが原因だ。
 正直レミリアがスペカを使う直前に、気絶したはずのコイツと視線が合わなければ絶対に気付かなかっただろう。
 敵を欺くにはまず味方から。なんてのは良く使われる諺だけど、欺かれる味方は堪ったもんじゃない。
 ……まぁ、私は演技が苦手なタチだから、事前に話されていたら間違いなく顔に出てただろうけど。
 それでもやる事が出鱈目過ぎる。一歩間違えていたら、晶は私のスペカで命を失っていたかもしれないのだ。
 だと言うのに、久遠晶は躊躇無くそれを実行した。ただ、勝利する。そのためにレミリアと同様の覚悟を決めて。
 一瞬のチャンスを掴むためだけに、リスクの高い賭けに出て――そして、賭けに勝った。

『具体的な方法は?』

『がむばる』

 晶が作戦を話す前に言った冗談は、あながち嘘でもなかったという事か。
 確かに晶は卑怯で卑劣でスットコドッコイな男だが――勝負に対して、戦う相手に対して、誰よりも真剣に向き合っている。
 無茶な作戦も、命がけの賭けも、久遠晶なりの勝負に対する‘誠意’なのだろう。
 ならば――最も勝負に対して‘不誠実’だったのは誰か。

「さて、そんな事を言ってる間に三十秒越え。準備は完了と相成りました」

「準備だと? まさか、貴様……」

「お察しの通り、真似っこ扱いされた氷の魔槍ですともさ。――ただし、もうナンチャッテ伝説の武器とは呼ばせないけどね」

 ネガティブに傾きかけていた私の思考は、その言葉で一気に吹き飛んでいた。
 晶の担いでいた氷の槍が、いつの間にかその姿を大きく変質させていたからだ。
 三匹の蛇が絡み合った様な槍の外観は、氷特有の透明さを失った代わりに重厚な金属光を放っている。
 『気』で強化された事を表す七色のオーラも眩い白光に変化し、まるで本物の神器がそこに現れたかの様な錯覚を私に与えた。
 いや、これは本当に‘本物’なのかもしれない。
 そんな馬鹿げた妄想を抱く程に強大な力を宿した魔槍を、晶は両足を広げて投擲する構えを取る。

「と言うワケで姉弟子! 多分恐らく限りなくヤバイ威力なので、着弾前にちゃんと避けてくださいね!! いきますよーっ!」

 つまり、命中精度に不安があるからギリギリまで避けずに足止めしていてくれと言う事か。
 晶の言葉の裏にある意図を察した私は、彼に見えるよう小さく首を縦に振った。
 ここまで来て怖気づくほど、私も間抜けなワケでは無い。もっとも――晶が望んだ通りの行動を、取るつもりも無いのだけどね。



 ―――――――魔槍「ク・ホルンの牙」



 大気を引き裂き、投擲された魔槍が吠える。
 それは圧倒的な勢いを誇っていたが、同時に直線的で避けやすい一撃でもあった。
 魔眼から解放されたレミリアなら、一瞬の間で回避しきるだろう。
 だからこそ私は、彼女を足止めし続けなければいけない。
 例えその結果、晶の一撃を受ける事となっても、だ。

「どうした月の兎よ。このままだと、纏めて晶に吹き飛ばされるぞ?」

「私だけ無傷で勝利なんて格好が付かないでしょう? せめて、一発くらいは喰らっておかないとね」

「――ちっ、最早揺らがんか」

 当然よ。先輩が後輩に、いつまでもみっともない所ばかり見せられないもの。
 未だに何やら叫んでいる晶を一笑してやった私は、レミリア共々魔槍の一撃を喰らったのだった。


 ―――ちなみに魔槍の威力は、虚勢を張った事を後悔する程の物だったと言っておく。










「……良かった、生きてる」

 目を覚ました私の第一声は、我ながら何とも情けない代物だった。
 いや、けどこれは仕方が無いわよ。あのスペルカード、本気で馬鹿げた威力だったもの。
 体に巻かれた包帯と、寝かされていたベッドの傍に置いてある医療道具がその事を証明していた。
 薄らと覚えている着弾時の情景では、魔槍はレミリアに直撃してその余波だけが私に届いていたはずなのだけど。
 恐るべしは晶の魔槍か。さすがに、相討ち覚悟の足止めは無謀過ぎたわね。

「あーあ、なのに何でこんな晴れやかな気分なのかしら」

 身体を伸ばして、思いっきり溜息を吐きだす。
 口では惚けているモノの、原因の方は実際の所ハッキリとしていた。
 

 ――結局、私は晶に嫉妬していたのよね。
 

 色々吐きだしてみたモノの、アイツを見直したり認めたりする気は全く起きない。
 私の中での久遠晶は、やっぱり卑怯で卑劣でスットコドッコイな大馬鹿者のままである。
 だけど……アイツは強い。私なんかよりも、ずっと、ずっと。
 その事だけは、しっかりと認めるべきだと思った。
 
「と言うか、晶の奴無茶し過ぎよね。味方になって初めて分かったけど、あの馬鹿の‘賭け’は無駄にリスクが高いのよ」

 見返りも大きいが、失敗した場合の被害も大きい。下手すると成功しても痛い目に会う。
 楽して勝っている様に見えるが、実際は薄皮一枚の危機を掻い潜っての勝利である。普通に戦っていた方が万倍楽に違いない。
 それでも、アイツは逃げないんだ。プライドも正々堂々も不要とほざく癖に、晶は誰よりも勝ち方に拘っている。
 ――昔の自分を見ている様だなんて、本当に勘違いも甚だしい。今の自分と比べたって、アイツは遥か先を進んでいると言うのに。
 考えれば考える程、私は自分とアレとの間にある差に愕然としてしまう。
 例えるなら今までの私は、一周遅れている事にも気付かず後ろにいる晶を遅いと罵っていたようなモノだ。
 傍から見れば、相当な道化に見えていた事だろう。死にたい、半ば本気でそう思った。

「……とりあえず、当座の目標は晶との距離を縮める事ね」

 本当に、一周遅れ程度で済めばどれほど良かったか。
 悠長に構えていたら、弟弟子に追いつく事が当座どころか生涯の目標になってしまうかもしれない。
 少し過大評価し過ぎなんじゃないかと囁く最後の弱音を追い出すついでに、私は気合いを入れる為に自分の両頬を勢い良く叩いた。

「よしっ! 気張っていきましょうか!!」

 ……それにしても、あの二人はどうなったのかしら。
 目が痛くなるほど赤い天井を見れば、ここがどこだかは大体の見当が付く。
 だけど時計もロクな窓も無い部屋の中からでは、外部の状況がほとんど分からない。
 二人共、かなりのダメージを受けていたはずよね。やっぱり別の部屋で寝込んでいたりするのかしら。
 と言うかそもそも、私はどれくらいの間気絶していたのよ。
 そんな風にぼんやりと考え込んでいると、扉の向こう側から件の二人の会話が聞こえてきた。

「なるほど、条件付けによる能力の限定使用か」

「ふっふっふ。効果相応の条件が必要ですが、上手くハマれば凶悪ですよ~」

「ああ、身をもって体験させて貰った。あの魔槍は能力で神話のゲイボルグを‘再現’したモノだな?」

「そういう事っす。元々再現性は高かったので、神話性能の付与はそう難しくは無かったのですよ。えっへん」

「しかし『充填に三十秒以上の時間をかける』と言う条件は、あまり実戦向きでは無いな。今回は二対一だから使えたが……」

「元々、魔槍のスペカは実戦向きじゃありませんでしたからねぇ。チャージする価値を見出せただけマシかと――あ、姉弟子おはようございます」

 扉を開けて、のほほんと挨拶してくる弟弟子と無意味にニヤリ笑いを浮かべる吸血鬼。
 ああ、一瞬だけでも心配した私が馬鹿だった。コイツら、被害の少なかった私よりピンピンしてるじゃないか。
 思いっきり脱力した私は、色んな意味で痛む頭を抑えつつ現状を確認する事にした。

「おはよう。とりあえず教えて、私はどれくらい気絶してたのかしら」

「軽く一日ほど」

「い、一日ね」

 受けたダメージは、意外と大きかったと言う事か。
 むしろ一日程度寝ただけで、ここまで回復したのは僥倖と言えるでしょう。
 ――そう、僥倖よ。ラッキーだったわ。私の回復力は多分高めなのよ。
 だからおかしいのは、たった一日で完全復活しているこの吸血鬼と馬鹿の方なんだ。
 そもそも種族的に頑丈な吸血鬼はともかく、ただの人間のはずの晶がこれだけ回復早いってどうなのよ。
 もう完全に新種の妖怪でしょコレ……。

「それで姉弟子、身体の方は大丈夫ですか?」

「私の身体に問題は無いわ。それより、貴方はどうなのよ」

「ほへ、僕ですか? 大分キツかったけど、半日寝たら治りましたよ」

「は、半日?」

「そーなんですよー。最近はちょっと休めば、大概のダメージが回復したんですけどねー。さすがにノーガードはまずかったかなー」

「……そう、それは大変だったわね」

 私の問いかけた意味をこれっぽっちも理解していない晶が、反省反省と困った様に頬をかく。
 ――私、コレと本気で張り合うつもりなの?
 追い払ったはずの最後の弱音が戻ってきてしまったのは、仕方の無い事だと思いたい。
 妖怪だ。コイツ絶対に、妖怪『ニンゲンモドキ』だ。そうに違いない。



[27853] 緋想の章・弐拾「天心乱漫/痛快? 三匹が逝く!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/02/14 00:05


「晶君、ここに完全復活! さぁレミリアさん、話を聞かせて貰いましょうか!!」

「寝てるわよ」

「ええ~、寝てるって……じゃあこの気合いはどこに持ってけば良いのさ」

「知らないわよ。大体、レミィが倒れたのは貴方がブッ飛ばしたからでしょうが」

「あー、寝てるってそういう」

「ちなみに、月の兎もぐっすりおねんねしてるわ。……何やったのよ貴方」

「いやまぁその、僕も想定していなかったと言うか。姉弟子も意外と無茶しいだなと言うか」

「まぁ、どうでも良いけど……当然貴方は二人が起きるまで待つのよね」

「時間は惜しいけど、二人共寝ているとなると待つしか無いからねぇ。それがどうしたの?」

「はいコレ」

「……何故に掃除用具?」

「暇なら手伝いなさいよ。一応紅魔館のメイドでしょ、貴方」

「え、でも僕勝ったんですけど?」

「それが?」

「………手伝います」





幻想郷覚書 緋想の章・弐拾「天心乱漫/痛快? 三匹が逝く!」





 どうも! 勝ったのに結局、半日程掃除に駆り出された久遠晶です!!
 ……異変終わるまでずっと拘束されるよりかはマシだけど、やっぱり釈然としないモノを感じるなぁ。
 まぁそれでも、やるからには全力で取りかかるのが僕の良い所。
 途中フランちゃんに絡まれつつも、きっちり仕事はやり終えましたよ。
 で、起きたレミリアさんと雑談を交わしつつ姉弟子の様子を見に行ったら―――

「えーっと、どうかしました?」

「……何でも無いわ」

 やたら不機嫌そうな姉弟子が、憮然とした表情でこっちを睨みつけてきたワケです。……何故に?
 そりゃまぁ寝込む原因は僕の魔槍にあったワケだけど、回避勧告はちゃんと出したワケで。
 それでも残った姉弟子に怒られるのは、さすがに理不尽じゃないかと思うのですがどうでしょう。
 後、気のせいかもしれないけど何だか視線から殺意が消えている気がする。
 相変わらず敵意は視線に過積載だけど、泣いて謝るほどの迫力は霧散したと言ってもいいかもしれない。
 え、どうしたんですか姉弟子? 隙あらばお前の喉笛を噛み千切ってやる的なオーラに満ちていた、あの頃の姉弟子はどこに!?
 ……まぁ、それは戻ってこなくても良いかな。うん。
 
「貴方には絶対に負けないわよ!」

「……今の唐突な宣戦布告は、どういう意味なんでしょうかレミリアさん」

「ふっ、貴様も追われる立場になったと言う事さ」

 意味が分かりません。だけどなんか、変な地雷を踏んでしまった気がする。
 ガッツリ僕の事を見つめてくる姉弟子の姿に、以前とは違う意味での遣り辛さを感じる僕。
 ううっ、その一挙手一挙動を見逃さない的な顔は本当に何なんですか。胃がキリキリするんですけど。

「さて、と。月の兎も元気な様だし、約束の報酬を与えようではないか」

「貴方と遊んでいたせいで一日も無駄にしたんだから、つまんない情報だったら承知しないわよ」

「まぁ、半分以上自業自得な気がしますけどねー」

「そ、そういう余計な事を言わない!」

「構わんさ。それだけの価値は保障するとも」

 今に始まった事じゃ無いけど、レミリアさんは見てる方がヒヤヒヤする程ハードル上げるよねぇ。
 その過剰な自信は、いったいどこから湧いて出てくるんだろう。ちょっとだけ分けてほしい気がしないでもない。
 そんな妙な心配をしている僕を余所に、レミリアさんは胸を張ったまま高らかに宣言した。

「妖怪の山へ向かえ、その過程で全てが明らかになる」

「えーっと、妖怪の山に竜宮の使いがいると思って良いんですかね?」

「多分な」

 いや、そこは断言してくださいよ。
 レミリアさんのわりといい加減な物言いに、ガックリと頭を垂れる僕と姉弟子。
 それで何故にあんな自慢げにしていられたのか、レミリアさんの思考回路は本格的に理解できない。
 そんな僕の思考を察したのか、彼女はさらに背中を反らして大きく高笑いを放った。
 どうでも良いけど、あんまり仰け反り過ぎるとすっ転びますよレミリアさん。

「くっくっく、心配するな。何が起こるか保障は出来んが、何かが起こる事は約束してやる」

「それはつまり……どういう事なので?」

「――なるほどね。レミリア、貴方‘弄った’わね」

「人聞きの悪い事を言うな。軽く‘覘いた’だけだよ。これから久遠晶に何が起こるか、をな」

「え? え?」

 何やら訳知り顔で語り合う姉弟子とレミリアさん。完全に僕置いてけぼりである。
 とりあえず、レミリアさんが未来予知的な何かをしたらしい事はおぼろげながら把握したけど……そんな事出来るのこの人?

「……分かって無い顔ね。ひょっとして、レミリアの能力知らないの?」

「これっぽっちも知りません」

「そういえば言って無かったな。私は『運命を操る程度の能力』を持っているのだよ」

 あー、そういえば以前に運命がどーとか言ってた気がする。
 占いか何かだと思っていたけど、額面通りの意味だったんだね。
 さすが幻想郷上位妖怪、僕が言えた義理じゃないけど能力がチート過ぎる。
 つまりレミリアさんは僕のこれからをどうやってか見て、何かが起こる場所を先読みしたワケなんですね。
 それは凄い。だけど……。

「結局レミリアさんも、竜宮の使いを見たワケじゃ無いんですか」

「………紅魔館の主はな、その様な瑣末事を気にしては居られないのだよ」

 あ、反らした身体が戻った。
 どうやら、探らなくてもいい痛い腹を探ってしまった様だ。
 レミリアさんが頬を引き攣らせている事は、絶対に指摘しないでおこう。
 言った瞬間、二度目のバトルに突入しそうだ。

「そ、それじゃあ姉弟子。次の目的地も決まった事ですしさっそく向かいましょうか!」

「そうね。ここでウダウダしていたら、メイドの業務をなんやかんやで押し付けられそうだし」

「くくっ、構わんではないか。丁度メイド服も着ているのだし」

「好きで着てるワケじゃ無いわよっ! と言うか、一日経ってるなら服も乾いているはずよね。とっとと着替えるわよ!」

「んー。時間も惜しいですし、着替えは無しで行きません? そのメイド服も似合ってますよ?」

「……私はもう、この服の隙間に耐えられそうにないのよ」

 それを言われると僕は、『じゃあ着替えましょうか』としか答えられなくなるワケで。
 肩を怒らせながら部屋から出る姉弟子の後に、僕はレミリアさんに頭を下げながら続いていく。
 そんな僕の背中に、平静を取り戻した彼女は小さく声をかけてきた。

「晶よ。――くれぐれも‘やり過ぎるな’よ」

 それは恐らく、僕の運命を覘き見たが故の助言だったのだろう。
 だけど残念ながら、僕がそれに気付く事は無かったのだった。


 
 






 そのまま姉弟子について行こうとしたらド変態扱いされたので、僕だけ門前で先に待つ事にしました 
 寝てる美鈴もついでに起こそうかと考えていたら、何故かそこには妖夢ちゃんの姿が。
 彼女は僕の姿に気付くと、忠犬だってもう少し逡巡するってレベルの速さで僕に近づいて来た。
 ちなみに、美鈴は門柱に寄りかかったままピクリとも動かない。門番さーん、そこに侵入者がいるんですよー?

「晶さま、久方ぶりです! 魂魄妖夢無事復帰致しました!!」

「あーうん、御苦労様。身体の方は大丈夫?」

「問題ありません! 薬師殿からも太鼓判をいただいております!!」

 ふんすと擬音が聞こえてきそうな程鼻息荒く、妖夢ちゃんが己の好調を訴えてくる。
 まぁ、そうだよね。半日あれば最低限は回復するって言われてたもんね。
 あれから丸一日経ったワケだし、妖夢ちゃんが完全復活していてもおかしくはないか。
 
「これからは、再び晶さまの剣として頑張っていこうと思います! さぁ、ご命令をっ!!」

「待機で」

 張り切っている所悪いんですが、今すぐ切るべき相手はいませんよ妖夢ちゃん。
 だから、期待を込めた目で美鈴をチラチラ見るのは止めなさい。
 少なくとも現時点で、彼女ほど無害な妖怪は居ないんだから。門番としては問題だけどさ。
 そんな僕の無情な命令に、しかし妖夢ちゃんは元気よく頷いて視線を戻した。
 相変わらず見ているこっちの方がコメントに困る潔さで、彼女は姿勢を正し次の言葉を待つ。
 やり辛い。死ぬほどやり辛いです。ちょっとは悩む素振りを見せてください。

「お待たせ……って半分剣士じゃない。もう復活したの?」

「これは鈴仙殿、お久しぶりです!」

「あ、おかえり姉で――し?」

「なっ、何よ。何か私に文句があるの?」

「文句と言うか疑問と言うか……何故に姉弟子、メイド服のままなので?」

 着替えてくると言ったはずの姉弟子は、一切服装を変えないまま僕らの前に姿を現した。
 僕がその理由を尋ねると、彼女は露骨に視線を右往左往させながら答え始める。

「ち、違うのよ? べ、別に、貴方に似合ってるって言われたから着替えるのを止めたワケじゃ無くてね?」

「無くて?」

「えーっと………ダメに……そう、ダメになってたのよ服が! だから仕方なくメイド服を着ているワケなの!!」

 あれ、そうだったっけ?
 乾いた服の回収は小悪魔ちゃんがやっていたはずだけど、特に問題は無かったはずだよね?
 まぁ僕は、そこまで姉弟子の服に注視していたワケじゃないから分からないけど……。
 そもそも湖に落ちた程度で、服ってダメになるものなのかなぁ?

「ふむ、では鈴仙殿の持っている包みの中身は服ですか」

「そ、そうなのよ! 異変が終わったら直そうかなぁって。あ、あはははは」

 あからさまに態度が不審過ぎる……だけど、追求したら僕だけ殺されそうな気がするのは何故だろう。
 しょうがないので、触らぬ神に何とやらの精神で気付かなかったフリをする僕。
 当然、妖夢ちゃんがこっちに送ってくる追及しても良いですか的なオーラも無視である。
 残念ながら僕に、デッドエンドフラグを好んで回収する様なコレクション癖はございません。
 や、本当ですよ? 知らずに踏んでる事は多々ありますけどね?
 それにしても妖夢ちゃん。地雷だと分かった上でそれを踏みたがるとか、意外と良い性格してるなぁ。知ってたけど。

「まぁ、姉弟子が良いんでしたら僕らも構いませんよ。拒否する理由もありませんし」

「……晶はやっぱり、メイド服の方が良いの?」

「はぇ?」

「――ちぇいっ!!」

「わぁ!? 姉弟子が突然自分を撃った!?」

 躊躇なく顔面に弾丸をブチ当て、姉弟子はダメージ以外の何かで息を荒くする。
 挙動不審さがカンスト状態で実にコメントに困ります。色んな意味で大丈夫ですか姉弟子。
 
「ごめんなさい、今ちょっとだけ血迷ったわ。気にしないで」

「……いや、さすがにそれは」

「気、に、し、な、い、で。――良いわね?」

「イエスマムッ! 了解致しました!!」

 黒コゲの顔で尚優しく微笑む姉弟子に凄まれた僕は、一も二も無く頷いていた。
 殺される。首を横に振ったらその瞬間に殺される。理由を尋ねてもやっぱり殺される。
 未だかつて無い姉弟子の迫力に、苦笑いする余裕すら無い僕は冷や汗を流しながら大きく距離を取った。
 そして、そんな僕に構わず頭を抱えてギリギリと歯軋りし出す姉弟子。
 僕は本当にどうすれば良いのでしょうか。いやまぁ、黙って見ている一択しか現状の選択肢は無いんですけどね。

「一瞬とはいえ私は何て事を。……落ち着け、さっきのは気の迷いよ。そう気の迷い。気の迷いなのよ」

「晶さま、鈴仙殿は大丈夫なのでしょうか」

「……ダメかもしれんね」

 あの魔槍、ひょっとして姉弟子の変な所にクリーンヒットした?
 そう思わせるくらいのテンパリっぷりを見せた姉弟子は、ふと何かを閃いた表情で顔を上げる。
 ただし、その瞳は清々しい位に渦巻いている。ああ、何か分かる。分かってしまう。これは完全にダメな発想に至ったパターンだ。
 
「――そうよ。全部、この異変が悪いのよ! さぁ、一刻も早く異変の主を退治しましょう!!」

 ほら、やっぱりダメだった。
 名案を思いついたと言わんばかりのダメな意味でイイ笑顔を浮かべ、姉弟子は無駄に明るく足を進め始める。
 いや、姉弟子? 幾らなんでも今の奇行を異変のせいには出来ませんよ?
 何かに取り憑かれたかの様に進んでいく姉弟子の後を追いながら、殺されないよう宥めるにはどうツッコミを入れたものかと頭を悩ませる僕。
 最終的には宣言通りに異変の主を退治する事になるだろうから、彼女を止める理由は無いんだけどねぇ。
 ……ある程度釘を刺しておかないと、今の姉弟子は普通にトンデモ無い事をやらかしそうで怖いんですよ。

「ところで晶さま、我々はこれからどこへ向かうのですか?」

「妖怪の山だけど……妖夢ちゃんは、お師匠様に何か聞いてる?」

「いえ! 晶さまとの合流を優先しましたので、何一つ聞いておりません!!」

「あ、左様ですか」

 そして、こっちもこっちでさりげなくダメだった。
 妖夢ちゃんの真相究明我関せずっぷりは知ってたけど、この状況で何も聞いてないはキツいです。主に心の負担的な意味で。
 と言うか何も知らないのに目的地しか聞かないって、妖夢ちゃんもう異変の顛末に興味無いよね完全に。
 とりあえず斬れれば何でもいいって考えは、さすがに改めた方が良いと思いますよ? 幻想郷ならそれでも問題無い所がアレだけど。
 
「ほら貴方達、急ぐわよ! 異変は刻一刻と私達を蝕んでいるのよ!!」

「分かりました! 事情はサッパリ掴めませんが、異変の主は私が全力で叩き斬ります!!」

 ……ひょっとしてコレ、僕単独で動いた方がマシなんじゃないだろうか。
 溢れ出るトラブル臭の強さに、半ば本気でパーティ解散を考える僕なのでした。





 ――ちなみに姉弟子の熱暴走はその後しばらく続き、その憤りは僕にだけ向けられましたとさ。……何故に?










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「山田です。はい、最初の質問ですが……」

死神A「いやいや、早いですって。せめてアシスタントの自己紹介くらいさせてくださいよ」

山田「仕方ないのです。今、このコーナーは深刻な危機を迎えているのですから」

死神A「な、なんですかそれは……?」

山田「冒頭の挨拶が思いつかない症候群です」

死神A「わぁ……それは心底どうでも良い危機だなぁ」

山田「まったく。それもこれも緋想の章が長々続いたせいですね。当初の予定通り未登場キャラをアシスタントにしていたら、ネタ切れでコーナー終了していましたよ」

死神A「いや、それとこれとは一切関係の無い問題な気が」

山田「はい、最初の質問でーす」

死神A「……ああ、愚痴りたかっただけですか」


 Q:ところで、うどんげは開き直っちゃえば伸びしろが結構ありますよね?


山田「多分」

死神A「多分って……」

山田「ぶっちゃけ、能力の使用範囲がわりとあやふやなんですよね。『万物の波長を操る』のレベルが分かりません」

死神A「質問者は例えとして、ステルス兵装や光学兵器への応用を提示してますが」

山田「出来るかもしれませんね。とは言え鈴仙のネックは能力ではなく戦いに対する心構えだったので、今回はあまり関係ないかと」

死神A「覚醒によって、能力の新しい使い方を生み出したりとかは?」

山田「あるかもしれません。ただまぁ、ステルスは公式で示唆されてるのであり得ますが、光学兵器はさすがに無理だと思ってください」

死神A「うどんげがチートキャラになるからですか?」

山田「スペカのレーザー弾幕が同じ理屈かもしれないからですよ」

死神A「……もうすでに使ってる可能性があるって事ですか」

山田「不明です。なんなんでしょうねあの紅いの」

死神A「いや、あたいに聞かれても」


 Q:本物であれば百発百中だった気がしましたし。威力だけは本物ってことですかね。


山田「作者が参考にしたサイト全部を見直しましたけど、ゲイボルグに必中機能がある。と言う表記はありませんね」

死神A「Fate/stay nightだと「因果逆転の槍」って扱いになってますけど?」

山田「あれはFateオリジナル効果です。原典にその様な表記が無い以上、別作品である東方ではノーカウントになります」

死神A「作者も調べるまで、必殺必中がゲイボルグの効果だと思ってたそうですからねぇ」

山田「Fateの魔槍はある意味完全に別物ですよ。実際のゲイボルグは下手をすると、槍ですら無いと言う話ですし」

死神A「実は水中用武器、と言う話もあるみたいですね。後、足を使って投げるとか何とか」

山田「ちなみに、天晶花で神話性能付与版は『金属光』を放っていますが、実際のゲイボルグは海の怪物の骨で作られてます」

山田「どっちにしろ「ゲイボルグっぽい何か」である事に変わりは無いワケですね」

死神A「それでよく、神話性能を再現できたものですねぇ」

山田「再現できた理由は『槍であって槍で無い所』と『無数の矢じりに分かれて敵を倒す所』が一致していたからですよ」

山田「そもそも全部の特徴が一致していたら、東方の世界観的に考えて能力補助無しに魔槍化してます」

山田「つまり、能力による補助と言うのはデジモンワールドにおける進化条件無視ボーナスのようなモノで」

死神A「山田様、それはほとんどの人間が分からない例えです」


 Q:晶君の好きなタイプと苦手なタイプをぜひ教えてください!w


山田「好きなタイプは本音をズバズバ口にするタイプです。本人が腹芸を苦手としているので」

死神A「ああ、だから永遠亭のメンツが苦手なんですね」

山田「腹芸の代表格的キャラですからねぇ。ちなみに苦手なタイプは、腹芸してくるタイプの他に『露骨に敵意を向けてくる好人物』とかがいます」

死神A「……好人物?」

山田「久遠晶にとって好ましい人物、と言う意味です。基本的に嫌いでない相手とは積極的に関わりたがるタチなので、拒否されると接し方に困るワケですね」

死神A「嫌いな相手だと?」

山田「殺意だろうと敵意だろうと一切意に介しません。そもそも『仲良くする』と言う選択肢が無いので」

死神A「極端だなぁ……」

山田「後はまぁ、手放しに賞賛してくるタイプですね。基本的に虐げられている子なので」

死神A「……不憫過ぎるはずなのに、そんな気がしないのは何故なんでしょう」

山田「晶君だからでしょうね」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 緋想の章・弐拾壱「天心乱漫/天女は舞い降りた」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/02/26 19:21

「七曜の魔法使い、私の服知らない?」

「ああ、小悪魔が持っているわよ。小悪魔、渡してあげなさい」

「ええ~っ! もう着替えちゃうんですかー!? もったいないですよぉ~!!」

「何を馬鹿な事を……晶もそうだったけど、貴方達メイド服に妙な拘りを持ちすぎよ」

「晶さんが!? あ、晶さんが優曇華院さんに何を言ったんですか!?」

「ちょ、え、なっ、何よこの子の食いつきっぷりは!?」

「貴女が余計な燃料を与えるから……」

「私のせいなの!?」

「それで、何を言われたんですか!? 可愛いとか!? 似合ってるとか!?」

「ま、まぁ、大体そんな感じの事を言ってたわね。お世辞だと思うけど」

「何を言ってるんですか! あの晶さんがその手のお世辞を言うワケ無いじゃないですか!! 本心ですよ、マジですよ!」

「そっ、そうかしら?」

「お世辞でも無いけど、そういう意図でも無いでしょ。晶だし」

「普段と違う優曇華院さんのお姿に、晶さんはもうメロメロなんですよ! 着替えるべきじゃありません!!」

「そ、それは、その、さすがに無いんじゃ……」

「いいえっ、私の豊富な経験が告げています! 今が攻め時だと!!」

「せめどき………」

「貴女の経験はイコール恋愛小説だけどね――って、どっちも聞いてないか。……まぁ、私には関係無いしどうでもいいわ」





幻想郷覚書 緋想の章・弐拾壱「天心乱漫/天女は舞い降りた」





 さて、レミリアさんは妖怪の山へ行けば何か起こると保障してくれたワケだけど……。
 正直に言えば、本当に何か起こるとは思っていませんでした。
 いやいや、別にレミリアさんの事を信じていないワケじゃ無いんですよ?
 ただ世の中には、サマルトリア王子の法則と言うヤツがありましてね。
 妖怪の山に辿り着いても、得られるのはまた別の情報――ってパターンも十二分にあり得るワケなんですよ。
 むしろ今までの展開を考えれば、盥回しの前振りとしか思えない。
 だからレミリアさんには悪いけれど、僕はこれっぽっちも期待していなかったんですが……。

「こんにちは、近いうちに大地震が起きます」

 レミリアさんゴメン。貴女は凄かったです。超凄い。
 妖怪の山に辿り着くどころか、出発して早十分で目的の人物が眼前に現れました。

「えーっと、貴女が竜宮の使いさんですか?」

「はい、永江衣玖と申します。気安く衣玖さんとお呼びください」

「……それって気安いの?」

 まぁ、あんまり気軽過ぎても呼びにくくなりますからね。最初の距離感としては適切じゃないかと。
 そうしてゆっくりと空から舞い降りてきた衣玖さんは、地面に足を付けると優雅な仕草で僕等に一礼してきた。
 その第一印象を一言で語るなら、これはもう満場一致で『天女』しか無いだろう。
 紅いリボンを一周させた黒い帽子に、短く切り揃えた藍色の艶やかな髪。
 薄桃色の羽衣と、それに合わせたレースのついた上着。ふわっとした黒色のロングスカート。
 そして何よりも目を引く、ふわっとした服の上からでも分かる膨らみ――もとい、その顔に浮かんだ柔和な微笑み。
 何と言うか、幻想郷に居なかったタイプのお姉さんである。
 比較的近いのはお師匠様とか幽々子さんだけど、あの二人は笑顔の裏側から余計な物も滲み出ているからなぁ。
 裏表があまり無さそうな衣玖さんは、幻想郷だからこそ相当貴重な人材なのかもしれない。

「別に私は、衣玖ちゃんでもいっちーでも構いませんよ?」

「いや、そういう問題じゃなくてね」

「それでは、私は衣玖殿と」

「ちょっと妖夢!?」

「僕は衣玖さんで。姉弟子はどうします?」

「……じゃあ、衣玖で」

 何やら納得がいかないとばかりに憮然とする姉弟子。
 せっかく相手が友好的に接してくれてるのに、彼女は何が不満なのだろうか。
 それでも衣玖さんは機嫌を損ねる事無く、にっこり僕等に笑いかけてくれたのだった。
 おおっ、これは凄い。笑っているのに得体のしれない迫力を感じないとは。
 そうだよね! 笑顔って本来は、他人を安心させる表情なんだよね!! 何か僕、感動で涙が零れそうだよ!

「それで、貴女方は?」

「そういえば自己紹介を忘れてましたね。僕は久遠晶! 遠慮なく晶君と呼んでください!!」

「……いや、遠慮云々はその呼び方に関係無いんじゃないかしら」

「分かりました。よろしくお願いしますね、晶君」

「貴女も、少しくらい今の会話を疑問に思いなさいよ!?」

 姉弟子は、ちょっとツッコミが細かいですよね。
 話を円滑に進める為には、あえて無視する勇気も必要だと思われますよ?
 まぁ、そこが姉弟子の良い所と言えば良い所ですが。……姉弟子って、基本疲れる生き方を選ぶよねぇ。
 え、お前も似た様なモンだろって? いや、さすがにこの方向性の苦労はしょってないっす。
 そしてそんな姉弟子の憤りを大人の態度で見て見ぬフリした衣玖さんが、ふと何かに気付いた様子で僕の姿を眺めてくる。
 彼女は二、三度僕の全身像を確認すると、両手を叩く仕草でその驚愕を表した。……表したの? うん、多分驚いてるんだと思う。

「久遠晶……ああ、貴方が噂の『不死身の野良冥土』ですか」

 その噂は初耳です。つか、メイドにその当て字を振っといて不死身呼ばわりは矛盾してませんか。
 そもそも、本来の意味での不死身が幻想郷には少なく見積もっても三人居るはずでしょう。
 なのに何でしょっちゅう瀕死になってる僕にそんな二つ名が……まぁ、冥土と言う当て字は間違って無いみたいだけどさ。

「私は魂魄妖夢と申します。妖夢とお呼びください」

「……鈴仙・優曇華院・イナバよ。鈴仙以外の呼び名は好きじゃないから呼ばないでね」

「そうですか、よろしくお願いしますね。妖夢さん、鈴仙さん」

「………」

「…………」

「………………」

「………………………?」

「ね、ねぇ。私達には無いの?」

「何が、でしょうか?」

「晶の名前を聞いた時みたいに、「貴女が噂の……」って感じの」

「申し訳ありません。私、下界の情勢には明るくなくて」

「晶の事は一発で分かったのに!?」

 僕の悪名、どこまで広がってるんだろうか。
 姉弟子の恨めしげな視線と妖夢ちゃんの尊敬の念が込められた視線を受けながら、僕はぎこちない苦笑いを浮かべた。
 少なくとも今の渾名が、好意的に受け止められる事はまず無いだろう。
 実際衣玖さんも、僕の事をほんの少しばかり難しそうな目で見つめてきている。
 いや、何を聞いているか知りませんけど。最低でも半分は嘘偽りだと思いますよ? 多分。恐らく。

「それにしても、まさかこんな所で晶君にお会いしてしまうとは。さてはて、どうしましょうか」

「え、あの、何か問題がありましたか?」

「力の無い者は、貴方の前では存在すら認められないと聞いております。今ここで自分の力を示すのは、私の本意では無いのですが……」

「いや、それは僕の本意でもありませんよ!?」

 と言うか何さ、その世紀末覇王を彷彿とさせる噂は!?
 誰が流したの? 幽香さん? 紫ねーさま? お師匠様? 八坂様? 候補が多すぎて絞れないんですが。
 ああ、ひょっとして今まで言われるがままに戦ってきた僕の振る舞いに問題があったんですかね?
 確かに傍から見ると完全にバトルマニアの挙動でしたが、性根は平和と平穏を愛する純情ボーイなんですよ僕は。
 あ、うん、ゴメン。ちょっと今見栄張った。純情ボーイはさすがに無い。
 ……平和も愛してるか微妙かなぁ。性根の面で問われると、平穏を愛してるとも言えるかどうか。結局全部嘘っぱちか自分。
 いやでも、誰かれ構わず喧嘩売ってるワケじゃないですよマジで。
 だから姉弟子、身構える衣玖さんに合わせて臨戦態勢取るのは止めてください。

「経緯はともかく、やる気になってくれるのはありがたいわね。貴女には色々と聞きたい事があるのよ」

「力尽くで聞き出す、と言う事ですか。参りましたね……そこの剣士殿もやる気の様ですし」

 うわ、さりげなく妖夢ちゃんも抜刀してるよ。
 こちらの敵意満載の態度に、乗り気でなかった衣玖さんもほんのりと戦意を見せ始めた。
 しないで良い戦闘は、全力で避けるのが僕の流儀なんだけどなぁ。どうしたものか。
 少なくともこの一触即発の空気の中、普通に情報交換を申し出るのが無謀である事は僕にも分かる。
 ――ならやっぱり、変えるのは戦いの方向性だよね。
 僕は風の弾丸を放ち、近くに生えていた木の小枝を手元に引き寄せた。
 硬直する場。こちらを見据える衣玖さんに対し、僕は小枝を突き付けて宣言する。

「では、棒倒しで勝負!」

 その瞬間、場の空気は確かに凍りついた。
 そもそも言葉の意味が分かっていないと言った様子の妖夢ちゃん。
 この馬鹿は何をほざいてるんだと渋い顔をする姉弟子。
 そして肝心の衣玖さんは――満面の笑みを浮かべて、突き出した僕の手を両手で包みこんだ。

「その勝負、お受けいたします」

「受けるの!?」

 どうやら、戦いたくないと言うこちらの意図を察してくれたようだ。
 その上で戦闘を避けてくれるとは……本当に、良い人過ぎて涙が出てきそう。
 僕の知り合いは十中八九、それを理解した上で戦おうとするからなぁ。
 ぱぱっと砂山を作って天辺に枝をぶっ刺した僕は、感慨深いものを感じながら山の前に胡坐をかく。
 そして、砂山を挟んで相対する様に正座する衣玖さん。
 結果的に彼女を地べたへ座らせてしまう形になってしまったが、そこはまぁ作法と言う事で我慢して貰おう。
 訝しげだった他二人も、僕達二人が戦闘態勢? に入った為観戦しやすい場所へと腰を下ろす。
 何とも例えにくい空気の中、恐らく幻想郷一下らない勝負の火ぶたが切って落とされた。

「それじゃ、先手は衣玖さんどうぞ」

「ふふ、ありがとうございます。晶君は紳士ですね」

「…………ずいまぜん」

「な、何で急に泣いてるのよ!? と言うか、貴方は何に謝ってるの?」

「死にたくなった」

「晶さまの心が、未だかつて無いほどに折れています……」

「今までの会話のどこに、晶の心が折れる要素があったって言うのよ」

 ヤバイ、やられた。今までの裏表の無い笑顔と言う名のボディブローと、さっきの手放しの賞賛と言う名のストレートで僕の中の何かがやられた。
 別に、衣玖さんの行動や言動にドキドキとかキュンキュンとかしたワケではない。
 そういった風に感情を擬音で表現するなら、この場合の最適解は『うじゅるうじゅる』だろう。
 僕の心の海――イメージはオホーツク――では現在、軟体系の巨大生物が我が物顔で祭壇とか建てちゃってるワケだ。
 さらに巨大生物は、魚顔の眷属を呼び石造りの都市を建設し始める。
 しかしそこに、青白い仮面を被った黄色い衣の巨大トカゲが凄く早く飛ぶ生き物を引き連れて登場。
 地球の支配権をかけて、彼らは人類そっちのけで風と水とをぶっかけあう激戦を延々続けるのでした。めでたしめでたし。
 ……うん、意味が分からないね。要するに、それくらい参ったと言う事です。
 知らなかったよ。お姉さんキャラって、腹黒属性に付属する選択式オプションじゃなかったんだね。
 あれ、何だろうこの瞳から溢れ出る冷たい液体は。出て行く度に心が傷ついていくんですが。

「くそぉうっ! まだだっ、まだ負けたワケじゃないっ!!」

「貴方はいったい何と戦っているのかしら」

「晶さまがこれほどのダメージを……これが、勝負『棒倒し』っ!」

「そっちも、何を納得してるのよ! 貴女ひょっとしなくてもルールを把握して無いでしょう!?」

「皆様、本当に楽しそうですね」

「いやぁそれほどでも。てへぺろ☆」

 これでも全員、わりと真面目なつもりなんですけどね。
 傍から見れば不真面目筆頭間違い無しな僕は、衣玖さんの言葉に苦しむフリを止めて、可愛らしく見えるよう惚けたポーズをとってみせた。
 ちなみにポーズに深い意味は無いし、さっきまでの動揺が演技と言うワケでも無い。
 ただ、衣玖さんに大人の対応をされて恥ずかしくなった気持ちを誤魔化しただけの話である。まぁ、誤魔化せてはいないけどね!
 ……で、姉弟子は何で転んでるのん? バナナの皮でも踏んだ?

「つまりは、ひょっとして本当に何かされたんじゃ――と一瞬でも心配した私は間抜け、と思って良いワケね?」

「そこまで卑屈にならないでも。まぁ、あの流れで何かされるなんて常識的に考えてあり得ないですけど」

「分かった。コロスわ」

「妖夢ちゃん、取り押さえておいて。もちろん素手でね」

「了解しましたっ!」

 僕の命令に躊躇無く従う妖夢ちゃんのおかげで、プチ本能寺の変勃発は未然に防がれた。
 良かった良かった、姉弟子との二戦目はさすがにキツいもんね。
 もちろん、姉弟子が殺意を纏った原因が恐らく僕にある点は完全スルーである。
 一言多くてスイマセン。だけど姉弟子、先に手を出した時点で正当防衛と言うのは適応されるのですよ?

「ちょっ、半人剣士! 何でそこで晶の味方をするのよ!! 離しなさい!」

「申し訳ありません鈴仙殿! 私は晶さまの剣であって鈴仙殿の剣ではありませんので、その命令は聞けません!!」

「いたたたたたっ、痛い痛いっ!! 爽やかに笑いながら間接締め上げないで! 晶、ちょっとこの子何とかしなさいよ!!」

「大丈夫、骨折まではセーフだから」

「――迂闊! そもそも命令してる方の判断基準が人外のモノだったわ!!」

「や、僕は人間。妖怪貴女。判断基準はそっちの方が外。オッケー?」

「あはは、晶さまの冗談はとても面白いですね!」

「……今の反応はキクなぁ」

 満面の笑みを浮かべた妖夢ちゃんの言葉に、治りかけていた心が別のダメージを負う。
 いけない。今気付いたけどこの面子、僕に致死級の精神ダメージを与えてくる人達ばかりだ。
 姉弟子は殺意が無くなった分扱いやすくなったけど、他二人を止める手立てが今の僕には不足している。
 しかも二人は攻撃の性質が似通っているから、相乗効果で威力がアップ。同時攻撃なんてされたら即死するかもしれない。
 チクショウ! 僕は、僕はどうすればいいんだぁーっ!

「仲が良くて微笑ましいですね。……ですが申し訳ありません。長引く様なら、先に私用を片付けたいのですが」

「――すいません。こっちのコントは気にせず始めちゃってください」

「――その、えっと、あの……悪かったわ、ゴメンなさい」

「お二人は何故そんなに項垂れているのですか?」

 ……本当に、知らなかった。
 ただ困った様に笑われるだけって、こんなにもキツいものだったんだね。
 一人だけキョトンとしている妖夢ちゃんを余所に、僕と姉弟子は悪戯を窘められた子供みたいに肩を竦めるのだった。





 ――ああ、これが腹黒要素を抜かした大人のお姉さんの力なのか。怖いなぁ。……え、違う?

 



[27853] 緋想の章・弐拾弐「天心乱漫/霧が晴れる時」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/02/28 07:04


「えへ、来ちゃった」

「今すぐ死ぬか殺されるか選びなさい」

「あやや、随分と不機嫌じゃないの。何か悪い事でもあった?」

「……どこぞの烏天狗が、台風を引き連れて太陽の畑に現れたからよ」

「うん、分かってた」

「―――っ!」

「おっと、問答無用はさすがに酷くないかしら」

「ここまで直球な喧嘩を売られたのは久々よ……骨も残さず消し飛ばすから、遺言は残せないと思いなさい」

「待った待った、落ち着いて。この台風はワザと出してるんじゃなくて勝手に起こっているのよ」

「知ってるわ。晶も、貴女と似たような状況になっていたもの」

「なら、私の話を聞いてくれても良いじゃない」

「……台風がどうにも出来ないと分かった上で、私の所にやってきた馬鹿は誰かしら」

「ああ、それは私ですね。間違いなく」

「―――ぐりゅっと潰して欲しいワケね。了解」

「待って、本当に待って。嫌がらせしに来たワケじゃ無いの。本気で困ってるのよ。実は私、天狗の里を一時的に追放されちゃって」

「関係無いから死になさい」

「うあーん! やっぱり台風が止んでから来るんだったー!!」





幻想郷覚書 緋想の章・弐拾弐「天心乱漫/霧が晴れる時」





 さて「棒倒しで勝負」と言ったものの、それで優劣をつけるつもりは特にない。
 単純に戦いの方向性を変えたかっただけなので、ぶっちゃけてしまえば勝ち負けはどうでも良いのである。
 とは言え、用事があるらしい衣玖さんを長時間拘束するのはマズい。主にこちらの心情的に。

「なので多々ある質問は、棒倒し中に聞けるだけ聞こうと思っています。オッケー?」

「なるほど、分かりました」

 そう言って衣玖さんは、撫ぜる様に柔らかな手つきで砂山から砂を削ぎ取る。
 棒倒し初手のお約束、目分量でガバッとをやらないとは――なんて育ちの良い人なんだ! ……あ、違う?

「はい、次は晶君の番ですよ。ゆっくりとで構いませんから慌てないでくださいね」

 どうやら少なめに取った理由は、質問の時間を長引かせる為だったらしい。
 その細やかな気遣いに、土下座したくなる衝動を必死に抑える僕。
 落ち着け、落ち着くんだ自分。衣玖さんへの一番のお礼は、出来るだけ早く質問を終える事だぞ自分。
 僕は衣玖さん同様砂山を少なめに削ぎ取ると、彼女への質問を口にした。

「とりあえず、『大地震が起こる』って発言の意図を教えてもらえませんかね」

「そのままの意味ですが?」

「……起こるんですか、大地震」

「起こります。その前兆は、今まで山の様にあったかと」

 それは頻発する地震の事か。それとも幻想郷中に溢れている緋色の雲の事か。
 どちらにせよ、今までの異変はその大地震の前振りだったと考えて間違いないだろう。
 ……前振りなのかなぁ? 自分で言っといてなんだけど、それこそ大きな間違いである気がする。
 
「随分と他人事な言い方じゃない。自分は異変と無関係だとでも言いたいのかしら?」

「はぁ、何の事でしょうか?」

「惚けないで、貴女がこの地震を起こしているんでしょうが!」

「いいえ。私は地震の報告をしているだけで、地震の発生とは特に関係ありません」

「そんな言い訳が……」

「いや、それは本当だと思いますよ姉弟子」

 さらに噛みつこうとする姉弟子を、僕は言葉だけで簡潔に宥めた。
 鈴仙さんは「お前はどちらの味方だ」と言わんばかりの厳しい目でこちらを睨んでくるけど、意見を撤回する気は無いので笑顔で返す。
 あ、ちょっと顔を顰めないでくださいよ。僕の笑顔、そんなに不気味でしたか? それとも胡散臭かった?
 まぁともかく、衣玖さんが異変の元凶である可能性は薄い。
 これは勘だけで言っているのでは無く、今までの情報収集で出した純然たる結論である。
 ……いや、勘によって下した判断も含まれてはいるんですけどもね。

「貴方、師匠の言った事忘れたワケじゃ無いわよね」

「覚えてますけど……お師匠様のアレは、明らかにミスリードでしょう?」

「へっ?」
 
 そもそも、お師匠様は『竜宮の使いが地震を起こした』と等とは一言も言っていない。
 竜宮の使いが現れる時、地上では地震が起こる。そんな僕の言葉に「間違ってはいない」と返事をしただけである。
 僕に説明する時も姉弟子を説得する時も、彼女は一度たりとも衣玖さんが異変の黒幕だとは言わなかった。
 
「まぁ、追求してもはぐらかされるだけだからスルーしたけどさ。お師匠様、確実に僕等を衣玖さんと戦わせる気だったよね」

「そ、そんな事あるわけ――」

「無いと思う?」

「……あると思う」

 まぁそれも、僕等を鍛えようと思ったが故の親心なんでしょう。
 だから恨み辛みを言うつもりは特にありません。泣き言はメチャクチャ言うつもりですがね。

「けれど、衣玖殿が本当に無関係と決まったワケではありません。晶様には、何かしら根拠が御有りなのでしょうか」

 そう言って、妖夢ちゃんは刀の鯉口を切る。
 気持ちは分かるけど、本人の前でそういう態度をとるのは止めなさいって。
 衣玖さんが困ってるじゃないか。しかも、困ってるだけでそれを口にしないんだよ? 構えたりもしないんだよ? 凄いよね。
 ともかく、さっきも言った様に衣玖さんが異変の黒幕である可能性は限りなくゼロに近い。はずだ。
 それくらい彼女は、この異変を起こした黒幕の人物像からかけ離れているのである。
 まぁ、その人物像は僕が推測で出したモノだけどね? 
 そこを差し引いたとしても、衣玖さんには異変の仕掛け人として足りないモノが一つあるのだ。

「幽霊を断ち、気質を曝け出す剣」

「――っ!」

「小町姐さんが言ってた、緋色の雲を生み出す武器を衣玖さんは持ってないからね。少なくとも首謀者では無いんじゃないかな」

「おお、そういえば」

 もっともこの『根拠』は、推理としては完全に穴だらけなので反証は幾らでも出せるのだが。
 例えば、『剣』はどこかに気質を生む装置として置いてある説とか。実は実行犯は二人いる説とか。上げ出したら本当にキリが無い。
 そもそも気質を生む要因が、武器でかつ剣であると言う所からすでに小町姐さんの推測なワケだしね。
 けれども、衣玖さんが黒幕である理由より黒幕で無い理由の方が多い事は確かである。
 彼女が嘘をついている様にも見えないし、竜宮の使いはこの異変に無関係と考えて間違いは無いだろう。
 ――と言うかぶっちゃけ、この人が異変を企む姿が想像できません。
 温和な態度だけど裏では実は……みたいなオチがあったら、僕は確実に妖怪不審に陥る。ついでに引き籠る。多分。
 だから僕は、衣玖さんが異変と無関係であると信じる。うん、信じたいんだけど……。
 何で衣玖さんは、そんな難しい顔で僕等の会話を聞いているんですか? え? まさかあるの? 真の姿があるんですか?
 「かかったな、クソがっ!」とか言いながら、邪悪な笑みで殴りかかられたらどうしよう。
 ……困りつつも、ホッとしながら対応してそうな自分がとても悲しいです。

「その‘剣’を、私は知っているかもしれません」

「はぇ?」

「『緋想の剣』と呼ばれる天界の道具ならば可能です。あの剣は、他者の気質を霧へと変えます」

「……それはまた、随分とピンポイントな便利アイテムですね」

「天界の道具――と言う事は、犯人は‘天人’と考えて良いのかしら」

「はい。天界の道具は、天人にしか使えませんから。……そうであれば、一連の不可解な地震の挙動にも説明がつきます」

 どうやら、難しい顔の原因はその『心当たり』にある様だ。
 衣玖さんは眉間に皺を寄せた難しい顔で、何やら必死に考えを纏めていた。
 この人がこんな表情するなんて、よっぽどなんだろうなぁその『心当たり』ってば。
 ――それに関しては、まぁ後で追及するとして。
 今、一番気にするべきなのはもちろん『天界』の方だよね! えっ、異変? そこに置いといて、後でやるから。
 セット扱いらしき『天人』と言う単語から察するに、恐らくは仏教的な意味の『天』なのだろう。
 えーっと確か六道の一番上だったっけ。いや、十界の真ん中あたりだったよーな。

「……晶君は、何故あんなにも瞳を輝かせているのでしょうか」

「余計な事に考えを巡らせているに一票」

「二票目です!」

 でも考えてみれば当然だよね。閻魔がいて地獄があるなら、天が無いのはむしろおかしいワケだし。
 ……いやでも、幻想郷内にあって良いのかなぁ天界。一応は神仏の住む場所だろうに――って幻想郷には神様売るほど居たっけか。
 ん? と言うか天部と天界って同じ扱いで良かったっけ?
 確か天って、そこから二十八の部類に分かれてた様な……いや、これは大乗仏教の思想だっけか。
 でも幻想郷には『天魔』が居るワケだし、それなら天界も大乗仏教方式だと考えた方が自然ではあるのかな、コレは。
 うーん、分からん。全然分からん。

「そもそも仏教の世界観は、微妙に僕の食指範囲外なんだよ!」

「い、いきなりキレられても困るわよ!?」

 おっと、いけないいけない。つい熱くなりすぎてしまった。
 衣玖さんが手番を終えたのを確認した僕は、冷静になるためゆっくりとした仕草で砂を取った。
 さらに深呼吸して頭の方も冷やす。そこまでやって落ち着いた僕は、冷静に衣玖さんへの質問を続けるのだった。

「それで衣玖さん。天界とはどういう所なんでしょうか」

「いや、それより先に聞くべき事があるでしょう!?」

「僕の知的好奇心を満たすより大事な事なんて無いよ!!」

「このメイド、磨きたての水晶みたいに澄んだ瞳でとんでもない事を言い切ったわ……」

「純粋過ぎて逆に濁ってますね! さすが晶様!!」

「妖夢さん、いけませんよ。それは褒め言葉になっていません」

「……もう良いわ。この馬鹿二人はほっといて、話を進めましょう」

 そう言って、律義に僕を押しのけ棒倒しのプレイヤーとなる姉弟子。
 別に参加せず話を続けても、衣玖さんは普通に答えてくれると思うけどなぁ。
 姉弟子ってば、本当にクソが付くほど真面目だよね。
 そんな事しなくても、一発僕をブン殴れば普通に話の軌道を修正したんだけど……。
 ツッコミ役は居るのに、まとめ役は居ないのかこの面子。
 や、真っ先にまとめ放棄した僕が言う台詞じゃ無いんだろうけどね。
 あと姉弟子。僕等が砂山を少なめに取ってたのは単なる時間稼ぎであって、そうしないと崩れるほど砂山が脆いワケじゃ無いんですよ?
 だからその薬品を扱う様なプルプルした腕を抑えてください。姉弟子も何気に棒倒し分かって無いですよね。

「さっき、不可解な地震の挙動にも説明がつくって言ってたわよね。あれってどういう意味?」

「緋想の剣を管理しているのは、神霊『名居守』様がかつて人であった頃の部下。今は天人である比那名居の一族です」

「名居守?」

「そのまんまの意味なら、地震の神様の事かと。名居は確か地震の古語だったはず」

「……貴方って、そういう知識引っ張り出させたら無駄に凄いわよね」

 良く言われます、無駄知識だけは豊富だって。……役には立たないんだよね、あんまり。
 まぁとにかく。恐らくその『名居守』と言う神霊は、功績を称えられ祀り上げられた大地を鎮める役職の何かだったのだろう。
 それ自体はさほど珍しくも無い話だ。僕の知り合いにも、現人神になった早苗ちゃんが居るしね。若干神としてのニュアンスが違う気がするけど。
 だから、気になるのはその比那名居の一族とやらの方である。
 話の流れからすると、どうもその一族が何かした様には聞こえないのだけど……そこらへんはどうなのだろうか。

「晶君は博識ですね。お察しの通り、名居守様は死後に神霊となった地震を鎮める神官です。今も彼の神霊を祀った祠が幻想郷にあるはずかと」

「なるほど、名居守様は幻想郷を担当している地震の神様なんですか」

「はい。そして比那名居の一族は、その名居守様の部下として『要石』を護る神官でした」

「――晶様、次は要石ですよ!」

「要石ってのは、地震を鎮める為に地中へ埋められた霊石の事だよ。大地に楔を打つ事で、地震の原因である大鯰を抑えてるのさ。……あれ、竜だったっけ」

「どっちでも良いわよ、そんな細かい所は」

 つまり比那名居一族は、地震を鎮める道具の管理を任された一族と言う事か。
 天人になったのは、主と同じく生前の功績を認められたからかな? ……はて、天人ってそんな方法でなれるもんだったっけ。
 と言うか妖夢ちゃん、人を便利辞書みたいに扱うのは止めてください。そういうのは親分だけで充分です。

「私達は、異変に関わってると思しき比那名居一族とやらの事が知りたいの。そういう周辺情報はどうでも良いわ」

「僕的には異変の方がどうでも良いです」

「コイツの事は無視して良いわよ。完全に目的を見失ってるし」

「……確かに、そうした方が良い様ですね」

 失礼な、軽い冗談ですよ。誰かが止めなきゃ続行した程度のジョークですとも。
 なのに衣玖さんも姉弟子も、まるでダメな子を見る様なその視線。誠に遺憾でございます。

「良く分かりませんが、その比那名居一族の当主が異変の元凶と見て良いのでしょうか」

「そこの剣士もいい加減刀を納めなさいよ! 今すぐその刀を使う機会は、心配しなくても当分ないから!!」

「いいえ。天人としての修業こそ積んでおりませんが、御当主様は徳の高い御方です。自ら大地を乱す等考えもしないでしょう。ただ……」

「――ただ?」

「御当主様は、娘である天子様に殊更甘い傾向がありまして……」

「ああ、甘やかされたお嬢様が我儘全開で異変を起こしている可能性があると」

「あ、あはは……」

 衣玖さんは困惑をたっぷり込めた笑顔に「それ以上は追及するな」の意思を張り付けると言う、大変分かり易い答えを返してきた。
 その天子さんとやらが、衣玖さんの『心当たり』なのだろう。
 地震を制御でき、緋想の剣を持ち出せ、積極的に異変を起こしそうな性格もしている。
 ……うん、間違いなく最有力犯人候補だね。そりゃー衣玖さんも苦笑いしながら認めますともさ。

「しかし天上に住まう天人がその様な事を仕出かすとは、信じられませんね」

「いや、天人は悟ってないから煩悩もあるし、輪廻にも囚われてるはずだよ。そもそも天人の居る天界も扱い的には衆生なワケだしね」

 要するに天人とは、グレードアップした人類なワケだ。
 寿命は長いし神通力も使えるけど、ばっちり死ぬし欲望とかもしっかりある。
 ある意味道教における『仙人』の方が、神や仏に近いと言えるだろう。
 おまけにその比那名居一族とやらは、功績で天人に昇格しただけで天人になる修業的なモノを一切していないらしい。
 例え天界に上がった後修業を始めたとしても、感覚的には人間の方に近しい――はずだ。多分ね。

「それで、その比那名居の天子とやらは今どこに居るのかしら」

「確か今朝方お会いした時は……博麗神社に向かうとおっしゃっておりました」

「博麗神社? 何でまたそんな所に……」

「さすがに理由までは分かりません。私も、そこまで総領娘様と親しいワケではありませんから」

 こちらの問いに、困った様に肩を竦ませる衣玖さん。
 まぁ、情報はすでに充分過ぎる程貰ったから、知らない事を責める気は毛頭ありませんが。
 ……天人と博麗神社って組み合わせに、物凄い嫌な予感がするのは何故なんだろう。
 胸騒ぎと言うか、虫の知らせと言うか――とにかく、何か良くない事が起こっている気がする。

「なら、次の目的地は博麗神社ね。その天人を締めあげましょう」

「お任せください。何が相手だろうと両断してみせます」

「その、両断は勘弁してくださいね。本当に異変を企んでいたのなら、軽い折檻くらいはお願いしたいですが」

「軽いって……具体的にどれくらい?」

「そうですね。――尻叩き百回とかどうでしょう」

「ある意味、何よりも厳しい罰ね」

 ……全ては、博麗神社で明らかになる。か。
 僕は砂山を崩して棒倒しを終了させると、両頬を叩いて立ち上がった。

「それじゃあ衣玖さん、僕等は行かせて貰いますね。色々とありがとうございました」

「本当にね。……今更だけど、何で見知らぬ私達にここまで教えてくれたの?」

「いえ、特別貴女達に肩入れしたワケではありません。他の方でも、同じ様に尋ねて来たなら同じく答えを返していましたよ」

「……あ、そうなの」

「もっとも。他の皆様は問答無用に襲いかかってきたので、これほど和やかにお話したのは初めてでしたが」

 本日一番の困り顔で、大きく溜息を吐きだす衣玖さん。
 まぁ、幻想郷だから仕方が無いよね。等と同情の意を露わにしていると僕の肩に手が。
 振り返ると、何とも筆舌しがたい笑顔で微笑む姉弟子の姿がそこにあった。

「――とりあえず、良くやったと褒めてあげるわ」

「そんな辛酸を舐めるような顔で賞賛されても」

 姉弟子は、どう足掻いても僕が活躍する事に納得出来ないんですね。
 色々と印象が変わっていても、結局根本は変わらない姉弟子の姿に僕は苦笑を隠せないのだった。

 



[27853] 緋想の章・弐拾参「天心乱漫/非想非非想天の娘」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/03/06 00:00


「ただいま戻りました、紫様。人里の方ですが問題ありません。むしろ――」

「お前を行かせたのはあくまで確認のためよ。委細を語る必要は無いわ」

「さ、左様ですか」

「嗚呼、啼いているわね。浅ましく大地を貪る蟲の蠢きに、私の愛する幻想郷が」

「……紫、様?」

「至愚めが――身の丈に合わぬ高きを得て、鯰の機嫌取りが分を忘れたか。……藍」

「は、はひゃいっ!?」

「しばらく留守にする。お前は、いつもの様に結界の維持に尽力していなさい」

「りょっ、了解致しました!」

「三才以って非想非非想天を為すか、憤怒も有頂天まで昇れば嗤笑に変わるらしい。――アレ、幻想郷にはもう要らないわよね?」

「い、行ってらっしゃいませ!」

「くすくす、出来るだけ早く帰るつもりよ。土産はきっと、枝に付いたままの桃になるわ」

「お待ちしております! ……っと、もう行ったか。出てきて良いぞ橙よ」

「藍しゃま? 私は紫様に御挨拶しなくて良かったんですか?」

「……お前では、今の紫様と相対出来ないからな」

「え?」

「まったく、誰だか知らんがエライ真似をしてくれたモノだ。――あれほど怒り狂った紫様は、未だかつて見た事が無いぞ」





幻想郷覚書 緋想の章・弐拾参「天心乱漫/非想非非想天の娘」





 若干の不安と違和感を抱えたまま、僕達は博麗神社に辿り着く。
 駆け足気味に階段を上り切ると―――目の前には、筆舌しがたい光景が広がっていた。
 とりあえず全部一度に捌くと脳味噌がパンクしそうなので、一個ずつ確実に処理していく事にする。
 まず、気になる点その一。憮然とした表情の霊夢ちゃんの隣にいる謎の少女。
 桃が付属した帽子を被ると言う奇抜な格好をした彼女は、虹を模したと思しき飾りのついた青白のワンピースを翻して胸を張っていた。
 青い長髪が、彼女の大袈裟な仕草に合わせて右へ左へと揺れている。
 霊夢ちゃんがガン無視しているのに尚語るのを止めない彼女は、果たして誰なのだろうか。
 そして気になる点その二。と言うか最後。むしろ最初に気になった点。


 ―――何故に博麗神社は、骨組だけになってしまっているのでせうか?


 以前に来た時は、古めかしくて落ち着いた雰囲気を放つ立派な神社が建っていたと言うのに。
 今やかつての本殿にあるのは、神社の縁取りを僅かに見て取れる柱だけとなっていた。
 えーっと……これはリフォームですかね? あ、そんなレベルじゃないですかそうですか。
 僕がそうして状況を呑みこめないまま唖然としていると、遅れてやってきた姉弟子が僕の疑問を代弁してくれた。
 
「なっ、何よコレ!?」

「アンタこそどうしたのよ、その格好。メイドデーでも始めた?」

 しかしそこはさすがマイペースの化身霊夢ちゃん、お前の疑問など知った事かと言わんばかりに質問に質問を返してきた。
 そして押し黙ってしまう姉弟子。いけない! そこは姉弟子の、今一番触れられたくないツッコミポイントだ!!
 ……まぁ、一番目立つツッコミポイントでもあるけども!!

「――ま、どーでもいーわねそんな事。面倒だから退治はしないけど、あんまり鬱陶しいと殴るわよ。御幣で」

 そしてあっさりと、自分から振った話題なのに興味を失う博麗の巫女。
 怖ェ……人間ってここまで傍若無人になれるモノなのデスか。
 姉弟子、完全に置いてきぼり喰らってるよ。正直僕もついていけないです。
 そしてそのまま、霊夢ちゃんはどこかへ行こうと――ってちょっと待ったちょっと待った!
 
「ストップ・ザ・霊夢ちゃん! この状態で貴女に居なくなられると、僕等の現状把握がとても困難になるのですが!!」

「大丈夫よ。私、ハナっから説明する気が無いもの」

「……博麗の巫女スゲェ」

「どういう感心の仕方よソレ。と言うか説明しなさいよ、貴女も」

「やだ。めんどい」

 本当に億劫だから言わない所が、霊夢ちゃんの規格外な所だと思う。僕等はとっても困るけど。
 明け透け過ぎる霊夢ちゃんの態度に絶句する姉弟子。どうしたもんかと頭を抱える僕。
 そして、自分の出番では無いので待機状態に入る妖夢ちゃん――ある意味で一番賢い対応だ。
 無意味な硬直を見せる場の空気を破ったのは、霊夢ちゃんの隣で不敵に腕を組んでいた青い髪の少女だった。
 彼女はその不敵な態度に相応しい自信に溢れた声色で、まるで全てを理解しているかのような笑みを浮かべ語り出す。

「なら、私が説明しましょうか。異変の犯人である――この比那名居天子がね!」

「あっそ。じゃ、任せたわ。私は霖之助さんの所でご飯食べてくるから」
 
「ノリが悪いじゃない。解決した異変に興味は無いって事かしら」

「元々アンタに興味は無いわよ。ああ、神社ぶっ壊したのはアンタなんだからきっちり直しておきなさいね」

 そう言って、本当に博麗神社を後にしてしまう霊夢ちゃん。ルール無用かあの子は。
 残された僕等は、さらっと出された重要情報の数々に戸惑うばかりだ。
 え? 比那名居天子って彼女が衣玖さんの言ってた天人なの?
 と言うか今、異変の犯人って言ったよね自分で。認めるの? 認めちゃうの?
 霖之助さんって誰さ。あ、本案件には関係ないですかそうですか。
 んで、異変が解決って何ですかソレ。僕達完全に一足違いだったりしましたか?
 博麗神社ぶっ壊したって本当にどういう事なのさ。
 そんな意図が込められた僕等の視線を受け、比那名居の天子さんは憮然としていた表情を再び笑みへと変えた。

「ったく、扱いにくい巫女よね。……ああ、説明はちゃんとしてあげるから安心なさい――久遠晶」

「……貴方の悪名って、天界にまで届いているのね」

「あら、それは違うわよ鈴仙・優曇華院・イナバ。それに魂魄妖夢。私は、貴方達全員の事を知っているの。‘見ていた’と言った方が正しいかしら」

 そういって、彼女はじっと僕達を見据える。
 その視線はまるで、動物園の動物を観察する様な好奇に満ち溢れていた。
 正直、あまり受けていて心地良いモノではない。
 耐えかねた姉弟子は、敵意を前面に押し出した態度で天子さんを睨みつけた。

「ふん、天上から私達の事をずっと覗いていたワケ? 天人様は随分とお暇なのね」

「そうなのよ。天は本当に何も無くて、私はずっと退屈していたわ。――だから、私は異変を起こしたの」

「随分とあっさり認めましたね。……斬られる覚悟は出来ていると言う事ですか?」

「残念、斬られる気は無いわ。白状しているのは全てが終わった後だからよ」

「全てが終わった後、ね。つまり――」

「私は既に霊夢に退治されたワケ。で、罰として地震で壊れた神社の立て直しをする羽目になったの」

 違和感。天子さんの言葉が、何となくだが腑に落ちない。
 そもそもさっきから――主に霊夢ちゃんが居なくなってからだけど――何かがおかしい気がする。
 果たしてここは、本当に以前来た博麗神社と同じ所なのだろうか。そんな疑問すら湧いて出てくる始末だ。
 何なんだろうねコレは。神社が無くなったせいだろうか、物凄く嫌な感じがする。
 だけど、僕と同じ魔眼を持ってる姉弟子はノーリアクションなんだよね。
 僕自身も能力的な異常は検知してないし……いったい僕は、何が気になってるんだろう。
 
「―――ふぅん、さすが」

「ほへ? ……何か?」

「何でも無いわ。とにかく、退治された以上異変を続ける気は無いわね。もう緋想の雲も地震も起きないわよ」

 残念でしたとばかりに僕等を笑う天子さん。
 だが、何かが引っかかる。どんどん違和感が強くなっていく。
 そんな僕の異変に気付かないのか、姉弟子と妖夢ちゃんは露骨にガックリとした表情で溜息を吐きだした。

「はぁ、レミリアの遊びになんか付き合うんじゃ無かった」

「……無念です」

 そうだ。異変は終わったはずなんだ。
 なのに何故、僕の胸騒ぎは治まらないのだろうか。
 ぐるぐると思考が回っていく中――ふと、考えにも満たない‘何か’が頭の中に浮かんだ。
 自分でもハッキリとさせられないその何かを中心に、今まで感じていた差異がある仮説を構築していく。
 ‘ソレ’が何なのか分からないまま、僕は自分の中に湧いた疑問を天子さんにぶつけていた。

「ところで天子さん。一つ聞いても良いですかね」

「構わないわよ。何かしら?」

「ついさっき、衣玖さんから大地震が起こると言われたんですが。――本当に地震は起きないので?」

「ええ、起こらないわ。私が要石を大地に挿したからね」

 何気ない、天子さんの言葉。
 それを聞いた瞬間、僕の中で今まであやふやだった仮説がガチリと音を立てて組みあがった。
 質問の意図を窺う姉弟子や妖夢ちゃんの視線を無視し、僕は神社の骨組へと足を進める。
 どこかに埋められていると予想していたソレは、まるで誇示するかの様に神社の中心に突き刺さっていた。
 確信を得た僕は、振り返って比那名居天子を睨みつける。
 そんな僕の視線を受けたこの天人は、待ってましたとばかりに歓喜の笑みを浮かべた。
 なるほどね。――テメェ、分かった上でやってんのか。

「やっぱり分かった? 凄いわね、貴方のその異常に対する察知能力の高さは。人としても妖怪としても半端だから、世界の差異に敏感なのかしら」

「へ? ど、どういう事よ。ちょっと、説明なさ―――」

「この天人は、博麗神社にツバをつけたんだよ。自身が神社の家系である事を利用してね」

「もう少し上品な表現を用いなさいな。それじゃまるで、私が神社を自分のモノにしようとしているみたいじゃないの」

「何が違う。要石を配して博麗に比那名居の神社たる要素を加えたのは、お前が神社を私物化するためのモノだろう」

「ちょっと下界に、私の別荘を作ろうと思っただけの話よ。異変にも満たない可愛い陰謀じゃない。博麗神社の役割は変わらないわ」

 一切悪びれる事も無く、平然と彼女は言ってのけた。
 なるほど、確かに霊夢ちゃんが無視している以上異変では無いのだろう。
 ……ただしその言葉の最後に‘今は’が付くだろうが。
 博麗神社は、幻想郷を維持する上で最重要とも言える建物である。
 幻想郷を安定させるため暗躍している紫ねーさまでさえ、神社に直接的な手出しをする事はまず無い。
 そんな博麗神社を別荘にする? 今は良くても、後々どんな悪影響が出るやら。
 しかも彼女は、その事実を充分に理解した上で無視しているのだ。
 腹の底から湧き上がってくる冷たい感情を押し殺しながら、僕は目の前の天人に糾弾の視線を向ける。
 だが天子はそんな僕を嘲笑うかの様に口の端を歪め、愉快で堪らないとばかりに反論してきた。

「少なくとも、貴方に私を責める権利は無いわよ。――私欲から異変を起こした、貴方にはね」

 お前も同類だろうと、天子の表情はハッキリとそう語っていた。
 天晶異変。あの時の異変で僕は、確かに彼女と同じく私欲から行動を起こした。
 だから彼女の言葉は正しい。例えあの時の異変が茶番だったとしても、僕が心底から自分を優先した事に変わりは無いのである。
 もっとも――僕は、義侠心から怒っているワケでは無いのだけど。

「言いたい事はそれだけか? 比那名居天子」

「あら、『天子さん』から随分と言い方が下がったわね」

「ならば、僕からの返事は‘こう’だ」

 茶化す天子を無視して、僕は神剣を顕現する。
 轟々と僕の心情を表すかのように激しく輝く刃を、僕は要石に向かって突き立てた。
 彼女の表情から初めて余裕が消える。その事が堪らなく嬉しいあたり、僕は相当に彼女が‘嫌い’なのだろう。

「僕の幻想郷に、汚い足跡つけてんじゃねぇよ天人くずれ」

「あ、晶……さん? いつもとキャラが違うと言うか、言葉遣いが汚いと言うか……」

「――鈴仙さん」

「はっ、はい」

「黙ってろ」

 カクカクと頷く姉弟子から視線をズラし、再び天子へと目を向ける。
 彼女は口の端をヒクつかせながら無理矢理な笑みを浮かべると、僕と全く同じ感情を込めて言葉を返してきた。

「……同類だからこそ、私のやる事が許容出来ないワケね」

「うん――だから、今すぐ死ぬか消えるか選べ」

 腹の底に溜まったドロドロとしたモノを、言葉と共に全力で天子にぶつける。
 姉弟子と妖夢ちゃんは何故か僕が発言する度にビクついているが、今回は余裕が無いので無視。
 出した神剣を消して様子を窺うと、彼女は小馬鹿にするような笑顔で僕を嗤った。

「呆れた。怒りで、彼我の実力差も分からなくなっているみたいね。貴方達風情に私が倒せると本当に思っているの?」

「……それは聞き捨てならないわね。三人がかりでも相手にならない程、私達は弱いと言いたいのかしら」

「まさか。貴方達は、各々が相当な実力者よ。ただ――私の強さが、貴方達を遥かに上回っているだけの話」

「大した自信をお持ちの様で。ならば、試してみますか?」

 彼女の挑発とも思える自信に、姉弟子が身構え妖夢ちゃんが鯉口を切る。
 一触即発の空気の中、僕は逸る二人を遮る形で天子に向かって立ち塞がった。

「二人共、悪いけど手出しはしないで。――コイツの相手は、僕だけで充分だから」

「勝つ為ならどんな手も使う貴方らしからぬ言い草ね。それとも、それだけの自信が御有りなのかしら」

 完全にこちらを舐めきった態度で、天子はワザとらしく肩を竦めた。
 とは言え、その評価は強ち間違ったモノでも無い。
 少なくともそう嘯けるだけの実力を、比那名居天子は持ち合わせているのだろう。
 だが、彼女は一つだけ間違いを犯した。
 僕が一対一を望んでいるのは、怒りで状況が読めなくなっているからじゃない。
 ――本当の意味で、勝つ為に手段を選ばなくなったからだ。

「最終通告だ。下らない小細工を止めて、天に閉じこもっていろ。そうしたら見逃してやる」

「実力の伴っていない脅しって、こんなにも滑稽に映るのね。――やれるものなら、やってみなさいよ」

「……良いとも。それじゃあ二人共、下がってって。そして絶対に、何があっても勝負に‘手を出さない’様に」

「ちょっと晶、勝手に―――あ、うん分かった。任せたわ」

「晶さまがそうおっしゃるのでしたら……」

 二人が後ろに下がった事を確認して、僕は改めて天子と相対する。
 身構える僕に合わせて、彼女は不遜に微笑みつつ刀身の紅い剣――恐らくあれが緋想の剣なのだろう――を構えた。
 苦戦する可能性すら抱いていない、余裕と嘲笑に溢れた態度。
 それを打ち砕く為に、僕は幽香さん相手に試して以来ずっと封印していた‘三つ目の面変化’を使った。





「―――――幻想面『鬼』」

 
 
 

 氷の面が顔を覆うのと同時に、僕の意識が失われていく。
 最強の面変化。その力を、僕自身が知る事は無い。
 



[27853] 緋想の章・弐拾肆「天心乱漫/鬼」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/03/17 21:58

 いやぁ。退屈しのぎの見物で、こんな面白いモノが見られるとは!

 久しぶりに滾ったね。何もかもが、人の世から失われたワケじゃないのかぁ。

 それとも、あの人間が特別なだけかな?

 とにもかくにも、今日は上手い酒が飲めそうだよ。

 ――紛い者にしちゃ、上出来過ぎる鬼振りだったじゃないか。





幻想郷覚書 緋想の章・弐拾肆「天心乱漫/鬼」





 愚かな天人に報いを与える為、私は博麗神社へと続く隙間を開いた。
 そこに広がっていたのは、私の可愛い弟――久遠晶と比那名居天子が対峙する光景。
 何故、そうなったのか等推測するまでも無かった。
 あの子は私と同じく幻想郷を愛している。ならばあの傲慢な天人の所業を、あの子が許容出来るはずが無い。
 それが私の思い込みで無い事は、あの子の表情を見れば明らかであった。
 それほどまでに、今まで類を見ない程に――晶は怒っていた。

 
「―――――幻想面『鬼』」


 それは、私も知らない面変化。
 肉食恐竜の頭蓋骨に、反芻亜目を思わせる巨大な二本角と犬歯から生える巨大な牙を足した歪なデザイン。
 晶の頭よりも一回り以上大きなその面を彼が被った瞬間――世界が、音を立てて震えた。
 氷の外装が、晶の全身を覆って行く。面に合わせて身体を構築した外装は、彼を三メートル近い巨躯へと変化させていた。
 肩から頭部以上に巨大な角を模した突起物が生え、背中には飛膜を取り除いた蝙蝠の如き翼が広がる。
 さらに先端が二又に分かれた尾に、地球上のどの動物にも例えられない巨大な腕と脚、手足の関節から伸びた棘と、次々外装は形を歪めて行く。
 それは、鬼と言うより悪魔と呼ぶ方が相応しい実に禍々しい姿だ。
 面の『目』に当たる穴――晶の顔が覗き見えるはずだが、そこには暗闇が広がっている――に紅い光が宿る時、晶であるはずの‘ソレ’は人ならざる怒号を上げた。

「■■■■■!!!」

「ふぅん……それが、貴方の奥の手ってワケかしら」

 天子の問いかけにも、晶は答えない。答えられない。
 氷の怪物と化した今の彼からは、晶としての意識を感じ取ることは出来なかった。
 発されるのは、純粋過ぎるほどの殺意。
 尋常ならざる雰囲気に、軽口を叩きながらも彼女は慎重に身構え――次の瞬間には、晶の姿を見失っていた。

「……えっ?」

 その巨体が、何の前触れも無く消失する。
 そんな馬鹿げた事実に唖然としていた天人が、自身へと迫る一撃に気付く事は無かった。
 
「がっ―――!?」

 払い除ける様な軽い仕草で弾き飛ばされ、天子の身体が宙を舞う。
 氷の悪魔と化した晶は、天人の認識を遥かに超える速さで背後に周り攻撃を仕掛けたのだ。
 ……こうして、全体を見据える形で見ていなかったら私ですら捉えきれなかったかもしれない。
 事実すぐ傍で眺めていた妖夢と月の兎は、突然消え突然現れた晶の動きを追い切れず右往左往している。
 一方神速の一撃を決めた晶はと言うと、先程の俊敏さが嘘の様なゆったりとした動きで天子の吹き飛んだ方向へ身体を向けていた。
 まるで焦って倒す必要は無いとばかりに歩を進める晶。その姿は、食物連鎖の頂点に立つ絶対的な捕食者を彷彿とさせた。

「う……そ………なん、で?」

 地面に叩きつけられる形で着地した天子は、呆然とした顔で殴られた脇腹に手を添える。
 それは天へ昇ってから一度も味わう事のなかった苦痛を、ただの‘一撫で’に与えられた驚愕だ。
 本来、天人の身体はあらゆる苦痛を撥ね退ける。
 無論それにも限度はあるが、それでも地上の攻撃の大半は、あの天人の肌を傷つけるにも至らないだろう。
 ――異変時に彼女が本気であったのならば、霊夢ももう少し苦戦していたに違いあるまい。
 だと言うのに、晶の一撃はあっさりと彼女に痛みを与えたのだ。それも、何の小細工も加えずに。
 その時、比那名居天子が感じた恐怖はどれ程のモノだったのだろう。
 彼女は脇腹を抑え横たわったまま、半錯乱状態で攻撃に転じた。

「――こ、このぉぉぉぉっ!!」

 晶の足下と頭上に、巨大な要石が顕現する。
 それらは狙いを定めると、押し潰さんとばかりに彼を挟みこんだ。
 対する晶の反応は――何も無し。棒立ちとも言える態度で、彼は天子の攻撃を無防備に受けた。……だが。

「■■■■■■■■!!!!」

「そ、んな」

 要石は無残にも、氷の外装に阻まれ砕け散った。
 それが何の痛痒にも繋がらなかった事を確認して、晶は再び天子へと近づいて行く。
 ……桁が、違い過ぎる。
 小癪な話だが、天子は決して弱くは無い。緋想の剣込みとはいえ、彼女は幻想郷上位に並ぶ実力を充分に有しているのだ。
 しかし、今の晶は全てにおいて彼女を上回っている。
 そこに天子が付け入る隙は、無い。

「なら、ならコレで――っ!!」



 ―――――――地震「先憂後楽の剣」



 天人が剣を付き刺すのと同時に、大地が大きく鳴動した。
 彼女の持つ、「大地を操る程度の能力」を緋想の剣で増幅したスペルカード。
 牙を向く大地に対して――氷の鬼は、威嚇じみた咆哮を上げた。

「■■■■!!」

「……嘘」

 そして、大地は鬼に屈する。
 比那名居天子の放ったスペルカードは、神社の石畳に多少の被害を与えたのみで消失した。
 晶の歩みは止まらない。目の前の天人の全てを捩じ伏せ、ついに彼は自らの影に天子を収めたのである。
 ……そうか、そういう事か。
 分かった。晶が鬼の名を冠した、あの面の持つ力が。
 アレは――「『無』を『有』にする程度の能力」を使う為だけの面だ。
 平時の彼では使いこなせないソレを、晶は狂気の魔眼による精神操作でクリアしたのだろう。
 そうやって使用条件を満たしたあの子は、たったひとつの『無』を『有』にした。
 その結果が、あの面変化だ。
 人が持つ根源的な恐怖を形にしたもの――それが『鬼』と言う存在である。
 ならばアレは、どのような外見をしていようとやはり‘鬼’なのだろう。
 
「……確定した勝利、か」

 恐らくはそれが、あの面の生み出した唯一の『有』だ。
 そして結果が定まった以上、過程はそこへ繋がる為に収束していく。
 久遠晶が想像する‘最も完璧な勝利’へと至る様に。

「こ、このぉっ!」

「■■■■■■■■■!」

「きゃあっ!?」

 天子は大地に刺した剣を抜き、近づく晶へただただ我武者羅に斬りかかった。
 だが当然の如く、その一撃は外装に阻まれ静止する。
 煩わしそうに、氷の尾で天子を再び弾き飛ばす晶。
 たった二発の攻撃が、傲慢な彼女の心をズタズタに引き裂いていた。
 それでも彼女は、辛うじて残ったプライドを支えに立ち上がる。
 自らを喰い破らんとする恐怖を抑え込むため、彼女は悲鳴に近い叫び声を放った。

「何よ……何なのよ、アンタはぁーっ!」

 緋想の剣を真正面にかざした彼女は、剣を媒介にして周囲の気質を一点に集めた。
 緋色の霧が凝縮され輝く。それを彼女は、晶に向かって一気に解き放った。



 ―――――――「全人類の緋想天」



 紅い閃光が晶へと向かう。恐らくコレが、彼女の持つ正真正銘の切り札なのだろう。
 だがダメだ。あの天人は何も分かっていない。今の晶が、どういう存在になっているのかを理解していない。
 何故、先程放った地震が無効化されたのか。何故、天人の身体に痛みを与える事が出来たのか。
 ――その答えは、全く同じであると言うのに。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 鬼が、光の奔流をその身体で受け止める。
 一瞬の拮抗。だが次の瞬間、緋色の霧は全て晶の両手に‘絡み取られた’。
 片方五本、両手合わせて十本の指が緋色に染まる。
 ただでさえ長かった氷の指は、気質を蓄えた為に其々がまるで緋想の剣であるかの様に見えた。
 ――否、そうではない。『まるで』ではないのだ。
 アレ等は、一本一本全てが‘緋想の剣’なのである。
 
「あ、あ……」

「■■■■■■■■■!!」

 奪われた気質が増幅され、さらに激しく輝いて行く。
 計十本の緋想の剣は、天子目がけて何倍も肥大化した紅い閃光を返した。



 ―――――――十倍返し「全人類の緋想天」



 大地を震わせ、暴力的な光が天人に襲いかかる。
 とっさに回避を試みる天子だが、今からで間に合うはずが無い。
 あっという間に光に呑まれ、比那名居天子は仮組中の博麗神社ごと吹き飛ばされた。
 ――やはり、そうか。幻想面『鬼』は、‘相手の能力を何倍にも強化して使える’のだ。
 勝利と言う結果を確定させ、そこへ至る為‘全てにおいて相手を上回る’幻想面の力。
 ……使用中、晶が意識を失うワケだ。こんな規格外な面、久遠晶としての意識が残っていたら使えるワケが無い。

「なんて無慈悲で、情け容赦の無い力なのかしら」

 光が晴れ、抉られた大地の姿が明らかになる。
 直撃を受けた天子は辛うじて耐えきったモノの、その心と体は限界に達していた。
 両膝をつき緋想の剣にもたれかかりながら、最後に残った僅かなプライドで晶を睨みつける天子。
 最早反撃の余力すら無い彼女に、鬼と化した晶はゆっくりと歩を進めて行く。
 ……幻想面は、『完璧なる勝利』に至る為の面だ。
 比那名居天子が敗北を認めていない以上、あの面が攻撃を止める事は無いだろう。
 例えその結果、相手が死に至る事になろうとも――今の晶は止まらないのだ。
 
「■■■■■■■■■■■■!!!」

「さ、さすがにアレはまずくないかしら。もう完全に勝負はついてるわよね?」

「確かに。晶さまの様子も、何やらおかしいですね。――止めますか?」

「お止めなさい」

 状況が読めないなりに、場の異常を察したのだろう。
 二人が晶を止めようと身構えたので、私は彼女等の隣にスキマを開いて制止した。

「紫様!? どうしてここに」

「今、重要なのはそこじゃ無いでしょう。とにかく、晶に手を出すのはお止しなさい」

「手を出すなって……今の晶をほっとけって言うの!?」

「攻撃してはいけない、と言っているのよ。貴女も敵と見なされるわよ」

 幻想面の力量は、敵対する相手によって変化する。
 戦う相手が増えれば、晶の力もそれに合わせて強化されていくのだ。
 晶の勝利が確定している以上、天子への助太刀は事態を悪化させていくだけである。
 恐らく、以前私が使った面変化封じも今は通用しないだろう。
 こちらが晶に干渉した瞬間、幻想面は私の『境界を操る程度の能力』を強化習得してしまうからだ。
 故に彼を止める方法は、一つしかない。

「いいから、黙って見ていなさい。私がカタをつけてあげるわ」

 二人にそう告げて、私は天子と晶の中間点に移動した。
 その際、立ち塞がるのではなく眺める形となる様位置を調節する。
 敵対者として見なされてはいけないのだ。私はあくまで、第三者で無ければいけない。
 こちらの出方を窺う様に歩みを止めた晶に対し、私は少々大袈裟な仕草で高らかに宣言した。

「そこまでよ。この勝負、貴方の勝ちね」

 晶を止める方法は、説明してしまえば実に簡単である。
 要するに、勝たせてやればいいのだ。それだけで幻想面はその役割を終了させる。
 ……まったく、この子らしい‘保険’だと言わざるを得ない。
 暴走はしない様に。けれど、目的は果たせる様に。
 『勝利』と言うあやふやで効果の求めにくい結果を彼が選んだ理由は、その二つの条件を満たす為だったのだろう。
 無事に終われるギミックを用意しておく所は、実に晶らしくて笑えてくる。
 もっとも面自体の効果は、これっぽっちも笑えないほど酷いのだけど。

「隙間妖怪、貴女――へぶっ!?」

 何か言おうとした天子は、弾幕をぶつけ黙らせた。
 発言の意図がどこにあったとしても、勝敗の裁定の邪魔になる事だけは明らかだからである。
 気絶して貰った方が、私としても色んな意味で都合が良い。
 そもそも私が勝負に介入したのはこんな事で晶の手を汚して欲しくなかったからであって、天子の身を案じたワケでは無い。
 むしろ死んでほしい。晶の関係しない所で彼女には無残に死んでほしい。
 ここまでの勝負で死ぬ以上の屈辱を味わった様だから見逃すが、そこまでの目に遭ったこの天人に私が同情する事は無いだろう。
 そうして私の弾幕で天子が沈黙した事で、様子を窺っていた晶の動きが完全に止まった。
 瞳に当たる赤い光が消えると同時に、氷で構築された全身に亀裂が走る。
 次に起きる事を予測した私は彼に近寄ると、砕けた外装から零れ落ちた晶の身体を受け止めた。
 ‘中身’を失った氷の鬼は、原形を失いただの氷塊へと姿を変える。

「……お、終わったの?」

「ええ、これ以上あの鬼が暴れる事は無いわ」

「凄まじい面変化でした。紫様、あれはいったい……」

「もっとも晶らしく、同時にもっとも晶らしからぬ力よ。見物できた貴女達はある意味で幸運だったわね」

「……ラッキーって感じが全然しないわ」

 普段の、拘らないと明言している癖に普通に拘るより面倒くさい縛りを入れる晶なら、確実に遺恨を残すこんな面変化は使わないだろう。
 ……まぁ、頻繁に使われても困るが。本人にそのつもりは無かっただろうけど、アレは完全にイジメ専用面変化である。
 相手の手札全てを同じ手札で叩きのめし、「まだ勝つ気があるなら立て」と言わんばかりにじわじわ弄るその戦闘スタイルは確実に相手のトラウマとなる。
 しなくても内容を説明したら勝手に後悔しそうだけど、私の方からも注意しておく必要があるわね。
 とはいえ、全ては晶と――ついでに天子が目を覚ましてからだ。
 今は双方何をしても起きそうに無いから、残る問題は……。

「さてはて、元・博麗神社跡地の後始末は果たしてどうしたモノかしら」

「あー、その表現凄いしっくりくる。最早神社でもその跡地でも無いわよね、ココ」

「天人よりも晶さまの方が、博麗神社に与えた被害は大きいかもしれません」

 私達三人の視線が、緋色の閃光が残した爪痕に注がれる。
 元々私も、天子が施した小細工ごと比那名居用博麗神社を叩き潰すつもりだったが……さすがにこれはやり過ぎだと言わざるを得ない。
 この状態から整地するだけでも、多大な労力と時間ががかかる事だろう。
 姉としては見逃してあげたいけれど……残念ながら、天子と同罪扱いで罰を与える必要があるようね。
 罰の内容を考えながら、同時に私は帰ってきた霊夢による三次災害をどう防ぐかの策に頭を巡らせるのであった。




[27853] 欄外弐「覚書でも教えろ! 山田さんっ!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/10/16 00:01


欄外弐「覚書でも教えろ! 山田さんっ!!」




    ※今回の話は、ネタ発言とメタ発言に溢れたエセQ&Aコーナーです。
     タイトルですでにイヤな予感がした人や、設定とか特に気にしない方はスルーしてください。
     おしえてんこで単にイックサーンを出したかっただけなのは公然の秘密です。




山田「教えてんこちゃんなんぞさせるモノか! 皆のアイドル、山田さんです!!」

死神A「なんですかその謎アピールは。アシスタントの死神Aです」

山田「作者が前回の最後で、そんなコーナーをやろうとしていたのですよ。ぐむむむむ」

死神A「(いっそ実行してくれたらどんなに良かった事か)」

山田「ちなみに抜擢の理由はツルペタ&傍若無人繋がり。フザケンナと声を大にして言いたい」

死神A「ああ、傍若無人さは確かに同レベルですね。あははは~」

山田「久しぶりに減給」

死神A「普段その手の自虐をしまくってるのに!?」

山田「まぁ、今回は機嫌が良いので半分カットで勘弁してやりましょう。幻想面の何を説明して良いのか分からず感想待ちをした作者GJ」

死神A「あからさまに褒めていませんよ!? あと、半分カットは勘弁して無いですよね!?」

山田「と言うワケで今回は、幻想面特別解説編でーす」

死神A「いつもの事とは言え……」


 Q:「自分が勝利しているビジョンが見えない=だったら自分が認識できないくらいに深く潜って人格を張り付ければ問題ないじゃん」
   という後ろ向きな発想から生まれたっぽい鬼面。真実はどうなのでしょうねー……。


山田「さすがにそこまでネガティブな考えじゃないです。『戦う前から勝負は分からない=勝敗は決まって無い=勝ちは無い』と言う論法ですね」

死神A「だから無理矢理有る事にしたと。ちなみに、彼が意識を失っている理由は?」

山田「隙間もチラッと説明していましたが、意識を失うのは『鬼』の時の実力を固定させない為です」

山田「深層心理はあくまで晶君なので、結果を覚えていると幻想面に揺らぎが生まれるのですよ」

死神A「と言うと?」

山田「チルノの二倍の実力では、風見幽香に勝てはしないでしょう?」

死神A「あー、なるほど」

山田「まぁそのせいで、晶君はどうやって勝ったのかサッパリ把握できないんですが」

死神A「……それ、久遠晶の勝利って言えるんですか?」

山田「あっはっは――言えるワケ無いじゃないですか」

死神A「ですよねー」


 Q:対抗手段は能力に頼らない力押しのみですか?


山田「わりと多かった質問です。本編中で肉弾戦も出来る事を示唆してたのですが、分かり難かったようですね。作者のダメ人間が」

死神A「まぁ、どうとでもとれる描写でしたしね。何より風見幽香が勝ってるから「肉弾戦に弱い」と認識されたんでしょう」

山田「素直に前回説明しておけば良かったのに。……死神Aの無駄乳が」

死神A「さっきはGJ言ってたのに――って、最後の罵倒なんですかソレ!?」

山田「ちなみに答えは「身体能力も強化されるので肉弾戦でもムリゲー」です。そうでなきゃ天子の防御をあっさり突破してませんよ」

死神A「また無視ですか……」

山田「攻撃は相手防御を完全無視、防御は相手攻撃を完全無効。速さは相手の認識を超えるほどの速さ。所謂「ぼくのかんがえたさいきょうのあきらくん」状態です」

死神A「発売後290日で最速禁止指定された壊れカードみたいなバカ性能ですね」

山田「強ち間違っていません。幻想面の作者的コンセプトは「MUGENにおける神キャラ」ですので」

死神A「……ここまでの例えって。分かる人にしか分かりませんよね」

山田「まぁ、こんなのボスに設定した日にゃクソゲー確定の最悪ボスだとでも思ってください。主人公が使うなよそんなの」

死神A「そのツッコミは今更な気がします……」

山田「とは言え、幻想面への勝利の鍵が肉弾戦に有る事は事実です。詳しくは後述」

死神A「無駄に引っ張るなぁ」


 Q:対策打てそうなのが永遠の千日手に持ち込める永夜抄メンバーと能力関係なくボコれる肉弾戦派、あとは霊夢さんくらいしか思いつかん。


山田「肉弾戦派に関してはさっき説明したので他二つについて。とりあえず、永夜抄メンバーは無理です」

死神A「スッパリいきましたねぇ」

山田「基本的にその手の能力レースは、晶側が強化されてるので彼の勝ちに終わります。千日手に持ち込もうとしても無効化されてアウトです」

死神A「そういえば、本編でも天子の地震が無効化されてましたねぇ」

山田「特定条件が揃えば、蓬莱人の殺害も可能ですよ。……その場合、正気に戻った久遠晶に明日はありませんが」

死神A「幻想面こぇえ……ちなみに、巫女はどうなんです?」

山田「あの巫女は「確定した勝利」と言う結果に縛られないので、幻想面は博麗霊夢を強化コピーできません。巫女に勝ち目はあります」

死神A「わぁ、巫女ってばその上を行くチートだぁ……」


 Q:あえて稗田阿求やリグルを幻想面の前に立たせて見たいのはワタシだけ?!


死神A「厳密には質問で無い気がしますが、相手が自分より明らかに弱い場合幻想面の力はどうなるんですかね?」

山田「幻想面のステータス最低値は、基本的に素の晶君です。その場合スペック据え置きで戦う事になります」

死神A「それは……ラッキーなんでしょうか、アンラッキーなんでしょうか?」

山田「うっかりが無いのでどっちにしろアンラッキーです。戦法は弄り殺し一択ですし」

死神A「それはひどい」

山田「まぁ、露骨な格下相手に使う様な面では無いですからね」


 Q:結局、ゆうかりんはどうやって勝ったんだってばよ!


山田「皆が疑問に思う事なのにあえて解説しなかった項目ですね。別名、質問なかった場合これだけで回す予定だったネタ」

死神A「オブラートに包む気配がこれっぽっちも無い!?」

山田「そんな事は ど う で も い い ! チートスペック全開な幻想面ですが、勝つ方法は実は二つあります」

死神A「おお、あるんですか! それは!?」

山田「一つ目の方法は、幻想面を使う前に潰す事です。波長を変化させる前なら面変化潰しも有効ですしね」

死神A「……それって幻想面に勝ったって言えるんですか?」

山田「厳密には言えませんが何か」

死神A「うん、そんな気はしてました。で、もう一つは?」

山田「幻想面の性質を利用します」

死神A「幻想面の性質?」

山田「幻想面は相手の心と体をヘシ折って参ったと言わせるその特性上、一撃で相手を倒す事をしません」

死神A「タチの悪い特性だなぁ……」

山田「また、あくまで能力行使は「相手の能力に対するカウンター」なので、相手が能力を使わないとこちらも能力を使いません」

死神A「ふむふむ、それで?」

山田「なのでまずは、能力やスペカを一切使わず肉弾戦に持ち込み、幻想面にボッコボコにされます」

死神A「……ボコボコにするのではなくて?」

山田「攻撃の一切通じない相手をどうボコれと。とにかく、そうやってしばらく殴られつつも耐えている『負けていない』状態を続けるワケです」

山田「如何に狂気の魔眼と言えど、完全に晶君の意識を消せるワケではありません」

死神A「と言うか、消しちゃうと後々マズいですよね。死ぬのと同義ですよ」

山田「そういう事です。そして時間の経過といつまでも訪れない勝利は、久遠晶の意識に綻びを生じさせます」

山田「――「あ、やっぱりこの人には勝てないんじゃないか」と」

山田「彼が勝利を疑えば幻想面は揺るぎます。その隙をついて、風見幽香は華麗なグーパンで幻想面を解除したワケです」

死神A「……それ、風見幽香以外に実行できる策なんですか?」

山田「魂レベルで晶君を屈服させている方なら出来ない事は無いです」

死神A「晶君と初対面な人は?」

山田「稗田阿求と八雲紫並に実力差が無いと無理です。弄るのが前提の面ですから、持久戦も当然出来ますしね」

死神A「つまり、天子は最初からムリゲーだったワケですか。可哀想に」

山田「まぁ、使った方も使われた方も損する誰も得しない面変化ですから。使用対象に選ばれた時点でご愁傷様としか」

死神A「……使った方も損するんだ」

山田「デジモンアドベンチャーにおけるスカルグレイモンのポジションだからしょうがない」

死神A「だから、もう少し万人向けの例えを持ち出してくださいよ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・壱「爆天赤地/宿敵と書いても友とは読まない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/03/20 00:01


 うわぁ、すごい! すごい! すごぉーいっ!!

 からだのおくがあつくなって、どんどんちからがわいてくる!

 こんなかんかくはじめて! いまなら、なんでもできそうなきがする!!

 でも、なにをしよう。なにをすればいいんだろう。

 わたしは、なにがしたいんだろう。

 ――うにゅ? どうしたの『  』、そんなにおびえて。

 こわい? なにが? わたしが? なんで?

 こわがることなんてないよ。だってこのちからは、かみさまからもらったちからなんだもん。

 このちからがあれば、なんでもできる。

 ――――ナニヲシタッテ、ユルサレルンダ。





幻想郷覚書 地霊の章・壱「爆天赤地/宿敵と書いても友とは読まない」





「あーもう、面倒くさいわね。これで完成で良いじゃない、何が不満なのよ」

「強いて言うなら全部だこのアマ。温厚な僕も、そろそろ怒りのあまり口から空間断絶光線吐くぞコラ」

「わー、こわーい。天子泣いちゃーう――はんっ、やれるもんならやってみなさい」

「てんこキモい」

「貴方に言われたくは無いわ」

 建設中の博麗神社からこんばんは。霊夢ちゃんにしばかれ、紫ねーさまに散々お説教された久遠晶です。
 比那名居天子の野望を見事打ち砕いた僕でしたが、その過程を怒りに任せた結果――同罪扱いで罰を受ける事になってしまいました。
 この不良天人がまた馬鹿な真似をしないよう、ずっと監視するのが今の僕に与えられた唯一の役割なワケです。
 若干内容がヌルいのは、何だかんだで紫ねーさまも天子の所業に怒っていたからだろう。
 だけどまぁ、正直な所アレを使うのはやり過ぎだったと認めざるを得ない。
 勝負を見ていた姉弟子は、しばらく僕に敬語を使うくらいドン引いてたからなぁ。
 妖夢ちゃんも態度自体は普通だったけど、僕の間合いに入ると露骨に身体が強張っていたし。
 反省はするべきだよねー。……後悔はケほどもしてないけどね!

「ともかく。比那名居天子の監査役としては、こんなヤッツケ仕事認められません。やりなおせ愚図が」

「ヤ。私の別荘ならともかく、何の関係も無い神社の建設に力を入れる理由がないわ。あの巫女にはこの小屋で充分でしょう」

 ちなみに、この場合の小屋と言うのは比喩表現では無い。ガチ掘立小屋である。
 はっきり言って神社と呼べる要素はゼロだ。神社っぽくした努力も無い。よろしいならば戦争だ。

「――チェスッ!」

「――らぁっ!」

「ぐむむむ」

「むぎぎぎ」

 こちらの頭を振りかぶる動作に合わせて、天子が額を突き出してくる。
 鈍い音と共に互いの額はぶつかり合い、僕等の視線が超至近距離でかち合った。
 そのまま力比べの体勢に入る僕と天人くずれ。パワーは互角なのか、お互いの身体はピクリとも動かない。
 幻想面によるフルボッコを受けても、天子の傍若無人さは変わらなかった。
 しかし僕に対する評価は変わったらしく、彼女はこうやって事ある毎に僕へと突っかかる様になったのである。
 まったくもって大人げない。付き合ってやる義理は無いね。ばっかじゃねーのばーか。

「負け犬は大人しく仕事に励んでいれば良いんだよ! つーか、指示するだけの立場の君が何で面倒臭がるのさ!!」

「嫌がらせに決まってるじゃない! 主に貴方へのね!!」

 よし殺そう。もうコイツは殺すしかない。
 収納状態のロッドを抜いて、神剣のスペルカードを提示する僕。
 それに合わせて天子が緋想の剣を抜いた時、絹を裂かんばかりの悲鳴が神社内に響き渡った。

「い、いひゃぁぁあぁぁ! は、破廉恥ですぅ!!」

「――ほへ?」

「……誰かと思えば、山の上の巫女じゃない」

 スペカをしまって振り返ると、そこにはバスケット片手に驚愕した早苗ちゃんの姿が。
 彼女は僕等の視線が自分に向いた事に気付くと、あたふたとしながら必死に苦笑いを浮かべた。

「す、すいません! お邪魔するつもりは無かったんですが、そのあの」

「早苗ちゃん?」

「まさか晶君にそんなお相手がいるなんて――あ、あれ? な、なんで私泣いて。あれあれ?」

「ど、どうしたの早苗ちゃん? お腹痛いの? ぽんぽん痛い? 腹部に痛みが?」

「腹に限定する意味が分からないわ」

 目を見開いてポロポロと涙をこぼす早苗ちゃんの周りを、戸惑いながらくるくると回るしかない無力な僕。
 そんな僕の様子を見て、戦意を失った天子は緋想の剣をしまいながら肩を竦めた。
 おう、なんじゃその態度は。何か知ってるならとっとと教えろお願いします。

「とりあえずそこの巫女、不愉快な勘違いは止めなさい。私とコイツの間に敵以外の関係は無いわ」

「ほぇ? あの……お二人はお付き合いしているんじゃないんですか?」

「え、なにそれこわい。僕そんな拷問聞いた事無い」

 軽くその光景を想像したら、頭痛と吐き気と胃痛が発生したんですけど。どうしてくれるんだてんここのアマ。
 とか思っていたら天子の方も全く同じ表情をしていたと言う。――おっけー分かった、遺言はいらないと判断したよ。

「そうなんですか、良かったー。えへへー」

「ぐががが。それで早苗ちゃんは、どうして博麗神社に?」

「ごぎぎぎ。見て楽しいものなんてそこの馬鹿くらいしか無いわよ?」

「うるへーバカ。馬鹿って言った方が馬鹿なんだばーか」

「だったら貴方は四倍馬鹿ね。やーいやーい、お前の姉ちゃん隙間ようかーい」

 両手を頭上に掲げガッチリ組みあった僕等は、睨みあいながら早苗ちゃん訪問の理由を問う。
 天子と僕の戦いの影響で、現在博麗神社は何もない更地と化している。
 最後の一言は完全に余計だけど、天子の言う通り見るものらしい見るものはロクに無いのが現状だ。
 果たして彼女は、何の用で博麗神社跡を訪れたのだろうか。……手に持ったバスケットで、大体の事情が把握できる気もしないでもないけどね。
 あとてんこ、さっきの「お前の姉ちゃん隙間ようかーい」ってどういう意味だコラ。
 何? それが悪口に聞こえたら僕の負けだとでも言いたいの? ――ふんっ、これで一勝一敗だね。

「えっと、晶君に差し入れのクッキーを持って来たんですけど……何だかお二人共、とても仲が良さそうですね」

「冗談じゃない! 誰がこんな馬鹿と!!」

「冗談じゃないわ! 誰がこんなバカと!!」

 互いに相手を指さしながら、心からの嫌悪を相手にぶつける僕と天子。
 台詞が被っただけで相手に対する殺意が増すんだけど、早苗ちゃん的にこれは仲良しで良いのですかね?
 そんな風に睨みあう僕等を見て、早苗ちゃんは不満げに頬を膨らませながらバスケットからクッキーの入った袋を取りだした。
 そしておもむろに中身を取り出し自分の口へと運ぶ早苗ちゃん。あれ、差し入れじゃ無かったの?

「もぎゅもぎゅ……それじゃあ、こちらの女性は誰なんですか?」

「この前の異変を起こした腐れ天人、比那名居天子だよ。現在絶賛オシオキ中」

「黙れ腐れメイド。貴方だってオシオキ中でしょーが」

「ああ! 霊夢さんと晶君にボッコボコにされた天人って貴女の事だったんですか!」
 
 身も蓋も無い早苗ちゃんの納得の言葉に、天子の顔がみるみるしょっぱくなっていく。
 一方の僕は、そんな天子の表情に歓喜を――表せるはずも無く、同じくしょっぱい表情で彼女から視線を逸らすと分かり易く顔を顰めた。
 うう、すいません。さっきは「後悔なんて欠片も無い!」と元気よくほざいてましたが、実際の所は後悔まみれだったりします。 
 天子の事は今でも吐き気を催すほど大嫌いだけど、幻想面を使った事に関してだけは土下座して謝罪してもいいと本気で思っているくらいです。
 正直、その結果土下座した僕の頭を踵でグリグリされつつ高笑いされても、やっぱりこっちが悪いくらいの事を仕出かした自覚はある。


 ――ただし比那名居天子は、こちらの謝罪を絶対に受け入れたりはしないだろうけど。


 天子は、勝負にこそ負けたモノの幻想面には負けなかった。
 紫ねーさまの介入が無ければ、彼女はそれこそ死ぬまで僕に立ち向かった事だろう。
 故に、負けなかった彼女は幻想面を使った謝罪を受ける必要は無い。少なくとも天子自身はそう考えているのだ。
 ただまぁ、じゃあ天子は幻想面との勝負を上手く消化しているのかと言うとそうでも無いワケで。
 結局僕等は互いに、勝負の内容を上手く捌けていないのである。
 僕と天子の関係性が勝者と敗者らしからぬのも、お互い地雷を配慮して罵倒が子供っぽくなっているのもそれが原因だ。
 仲が悪い理由? ああ、それは完全に別問題です。なんか天子とは魂レベルで気が合わないみたい。

「えっと、お二人ともどうしたんですか? 傷口を塩水で濡らした雑巾で擦られた時みたいな顔してますけど」

「うん、まぁ気にしなくていいよ。ぐばっと古傷が開いただけだから」

「言うほど古くも無いけどね。気にしなくても良いのには同意よ」

「何だか意味深な目配せです……」

「疑り深いわね。私がコレに対して、好意的な感情を持つ事は無いわよ」

「そんなもん持たれたら、僕は咽掻き毟って死ぬ」

「じゃあ惚れ……やっぱ無理、嘘でも言いたくない。普通に何も関係しない所で死んで」

「よーしケンカだ」

 そうして本日何度目かの対峙をする僕等。完全に無限ループだ。
 こうやって延々同じ事を繰り返して仕事を停滞させ、霊夢ちゃんか紫ねーさまにシバかれるのがここ数日のパターンとなっている。
 いや、監査役としても施工役としても問題があるのは分かってるんだけどね?
 感情って、理性の方が正しいと分かっていても縛れないモノなんだよねぇ。
 ……今更ながら、文姉と幽香さんが毎度毎度いがみ合う理由を理解した気がするよ。
 
「だ、だめですよお二人とも! 喧嘩はいけません!!」

「大丈夫、安心しなよ早苗ちゃん。――きちんとトドメは刺すから」

「喧嘩云々の話を完全にすっ飛ばしてますよ!?」

 さすがに見るに見かねて仲裁に入った早苗ちゃんに、我ながら快心の笑みを浮かべて物騒な事を言う僕。
 まぁ、そこらへんは天子も同意見だろう。そう思って彼女を見ると――何故か天子は、穏やかな顔でにっこりと微笑んでいた。

「そこの緑の巫女の言う通りね。確かに、喧嘩は良くないわ」

「はぁ? 何さ突然、頭でも打った?」

「そろそろ真面目に神社を建て直すべきだと思っただけの話よ。お互い、いいかげん子供っぽい真似は止めましょう?」

「む、むぐぅ……」
 
 そう言われてしまうと、僕としても黙る他無い。
 余裕に満ち溢れた天子の態度に、座りが悪くなった僕は困った様に頬を掻く。
 彼女はそんな僕の姿を確認すると、笑顔のまま懐から何かを取り出し僕等へと突き出す。

「そういうワケだから、ちょっと協力して貰えないかしら。貴方に見て欲しいモノがあるのよ」

 そう言って天子が見せてきたのは、霊夢ちゃんの陰陽玉に似た手のひらサイズの珠だ。 
 微妙な煤け具合から判断するに、それなりの年季が入っているのだろう。
 天子に促されたので手に取って見たが、石の材質を大雑把に特定する事すら出来そうになかった。
 魔眼にも反応無し、気らしい気も感じない。ちょっと不思議な石っころとでもするのが無難そうな珠だけど……。
 何だろう、何か少し気になるなぁ。

「変わった石ですね。天子さん、これってどこで?」

「ぶっ壊れた博麗神社の下から出てきたのよ。あと、壊れてるけどこんな箱も出てきたわ」

 続いて、蓋の開いた木の箱を渡される。
 材質は……多分ヒノキかな? 蓋と本体を繋げている蝶番は無事だけど、錠前と思しき部分がエライ具合に歪んでいた。
 閉じてみようとしても、歪んだ金細工がつっかえになって閉まらなくなっている。
 これはもう、錠前部分を取り替えないと使いものにならないだろう。
 ちなみに箱の中には緩衝材らしき白い布が敷き詰められており、中央は丁度ミニサイズ陰陽玉が納まりそうな大きさに窪んでいた。
 ミニサイズ陰陽玉は、恐らくこの箱の中に入っていたのだと思われる。
 ふむ、これも中々に年代物だなぁ。それに……言っちゃあ何だけど、博麗神社にあるのが不思議なくらい高そうな箱だ。
 そう思いながら興味本位で箱をひっくり返すと――箱の底には、やたら物々しい字で書かれた御札がペッタリと貼られていた。

「サナエサン、このオフダが何なのか分かりマスカ?」

「うーん。博麗の御札って、独自路線を突っ走ってて分かり難いんですが……封印関係の何かかと。ほら、ここに封って書いてますし」

「……ですかねー」

 いやまぁ、薄々そんな気はしてたんですけどね?
 世の中には、頑として認めたくない事ってのがあるんですよ。
 ……これってひょっとして、相当ヤバイ代物なんじゃ。
 僕が箱と珠を見比べながら冷や汗を浮かべていると、早苗ちゃんは不思議そうに首を傾げた。

「んー、だけどおかしいですね。封印の御札を箱の底に貼っても、あんまり意味は無いはずなんですが……」

「御札関係は完全に対象外だから分からないんだけど、そうなの?」

「錠前の所に貼らないと‘封’にはなりませんから。あーでも、霊的な壁だとしたら――結局一枚しか無いから意味は無いですねぇ」

「何と言うか、随分テキトーな封印だなぁ。ねぇ天子、他には何か……」

 おかしな雲行きに、さらなる手掛かりを求めて彼女へと顔を向ける僕等。
 けれどそこに天子の姿は無かった。不思議に思って視線をズラすと、彼女は鳥居の向こう側で腕を組んで浮いていた。
 そこにさっきまでの穏やかだった笑顔は無い。ニヤニヤ笑顔で、彼女は僕等を物理的に見下している。

「くっくっく、引っかかったわねトンマ共! この私が、「大人になって協力しよう」なんて殊勝な台詞を本気で言うとでも思ったの!?」

「て、天子さん!?」

「久遠晶の下で働くなんて死んでもゴメンよ! せいぜい更地の神社で途方に暮れてなさい!! ばーかばーか!」

 盛大なアカンベーと共に、空の彼方へと消えて行く天子。
 しばらく茫然とその姿を見つめていた僕は――せり上がってくる暗い感情を吐きだす様に、乾いた笑い声を漏らした。

「うふふふふ……比那名居さん家の天子さんは、大変愉快な真似をいたしてくださいましたね」

「あ、晶君? 隙間妖怪の胡散臭さに、花の妖怪の殺意と烏天狗の迫力を混ぜ込んだみたいな笑顔してますよ? 正直怖いです」

「上等だこのドグサレが! スケキヨの死に様みたいなポーズで、博麗神社の新しいご神体にしてやんよ!! ―――――天狗面『烏』!」

「ダメです晶君、そんな事したら晶君が霊夢さんに怒られちゃいま――って、待ってくださいよぉ!」

 手に持っていた箱と珠を懐にしまい、天狗面を装着した僕は天子の逃亡した方角へと飛翔していく。
 何と言うか、今まで残っていた微妙な罪悪感が綺麗に吹っ飛んだ。もう絶対に容赦してやんねーぞあのクソ天人め。
 ……いや、とは言え幻想面をもう一度使おうとまでは思わないけどね? 容赦は無くても手段は選びますよ、今度は。
 だけどこの前の戦いを理由に加減する事はもう無い。絶対に無い。
 例えこれが天子の粋な心遣いだとしても、手心なんて一切合財加えてやるもんか。
 まぁ、あの百パーセントの嫌悪が込められたアカンベーを見る限り、そんな優しさはミリグラムも含まれて無いんだろうけど。

「あやややや、覚悟しなサイヨあの天人くずれ! ×××を■■してその上で○○○○してくさりマス!!」

「あれ、天狗面? それとも四季面? なんか混ざってませんか晶君!?」

 必死に僕の後を追いながら、早苗ちゃんは精一杯のツッコミを入れてくれた。
 ありがとう早苗ちゃん。でも付いて来なくても良いんだよ早苗ちゃん。
 心の中で気遣いながらも、僕は速度を緩める事無く逃げた天子を追跡するのだった。





 ――まさかこれが、あんな大冒険の始まりになるとも知らずに。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「スティングモンがイケメンボイスで「ケンちゃん」言う度に良い意味で何とも言えない気分になりました、山田です」

死神A「ぐ……がは………意味が……分からないっ」

山田「前回固定ファンの多い無印デジアドを「万人向けで無い」と言った罰で、胸を圧迫される天子ドレスを着させられた死神Aです」

死神A「い……やいや………何年前の……作品だと…………思って……がふっ」

山田「昔だろうと、知ってる人は知ってると言う事です。そういうワケで貴方はしばらくそうしている事」

死神A「そ、それだと……ツッコミ………が」

山田「心の中で普通に喋れば大丈夫です。どうせ大半は無視しますしね」

死神A「(無視は止めてくださいよ!?)」


 Q:鬼面は勝利確定の力…それなら大局しか見据えない人とかはどうなるのでしょ。


山田「幻想面が確定するのは戦術面での勝利ですので、戦略面での勝利は無理です。出来て大規模戦闘がせいぜいかと」

死神A「(完全に人間ICBMじゃないですかそれ……)」

山田「まぁ、物理的に引っ繰り返せる状況なら幻想面でも勝てますけどね。彼我戦力差百万対一とか」

死神A「(幻想面でその勝負に勝っても意味の無い状況に持ち込まれたらどうしようも無いと)」

山田「そう言う事です。あと、かなりウザかったので胸の部分開いて良いですよ」

死神A「ぶはぁ! ……自分で言ったのにウザいって」


 Q:「幻想面」って改良出来るんでしょうか?


山田「無理です。そもそも改良しようにも、久遠晶には改良点が分かりません」

死神A「まぁ、言っちゃえば幻想面自体がオートで自分を改良する様なモノですしね」

山田「一応幻想面の在り方を変える事は出来ますが……在り方を変えた時点で、それを幻想面と呼ぶ事は出来ないでしょう」

死神A「そんなものですか」

山田「そんなものです。と言うかぶっちゃけ、初期コンセプトからして久遠晶の意向に反してますからね。改良し様が無いワケです」

死神A「どんだけ強くてもやっぱり失敗作なんですねぇ……」


 Q:幻想面に向かって「待て、ここは棒倒しで勝負だ!」と叫んだら、棒倒し勝負に乗ってくれますか?


山田「それが本気であれば」

死神A「つまり、どう言う事です?」

山田「適当な勝負を挑んで、負けたフリをしようと企んでいたのなら殴られます。幻想面をやり過ごして『勝とう』と考えているワケですから」

死神A「逆に、得意な囲碁とか将棋で勝とうと狙ったら乗ってくるワケですか。……面倒臭い面だなぁ」

山田「勝つ気が無いなら、小細工を弄せずとっとと参ったするのが正解なんですよ。戦う時点で負けてる様な相手なんですから」

死神A「なるほど……ちなみに、囲碁とか将棋でも能力強化されるんですか?」

山田「なります。初期ヒカル対佐為みたいな状況にされます。もちろん幻想面が佐為で」

死神A「チートなんだけど……なんだろうその、何とも言えないシュールな光景」


 Q:幻想面はスペルカードルール上では反則ですか?


山田「何度か言っていますが、天晶花のスペルカードルールは原作より大分緩くなってます。なので幻想面は一応ルール上はセーフです」

死神A「質問者は「紫が天子の殺害を懸念していた」「十倍返しスペカには『意図的に抜け道を残していた』ようには見えなかった」事を気にしてるみたいですが」

山田「八雲紫が懸念していたのは、参ったと言うまで機械的に相手を殴る幻想面と、死んでも参ったと言わない天子の意地っ張りが招く最悪の事態です」

山田「一応幻想面は相手の敗北意思に合わせて停止するので、他と比べて危険度が極端に高いワケではありません」

死神A「天晶花だと、他の妖怪連中も『下手すると死ぬ、下手をしなくても死ぬ』攻撃を仕掛けてきますしねぇ」

山田「で、後者の問題ですが……これは単に「天子がスペカ発動まで唖然としてたのでよけられなかった」だけの話です」

山田「ぶっちゃけ、幻想面のスペカは必中である必要が無いんですよね。当たろうが当たるまいが、結果として相手の精神を削れれば良いんですから」

死神A「ああ、ある意味相手の根負けを狙う面だから、むしろ素の時よりスペカルールに則ってるワケなんですね」

山田「まぁ、ルールに従ってれば何しても許されるってワケじゃないですけど。カードゲームで例えるなら、常にメタデッキをぶつけてくる様なモノですから」

死神A「うわぁ、それは嫌われてもしょうがないなぁ……」


 Q:幻想面最低スペックが素の晶君だそうですが、今まで習得した能力やスペルカードはどこまで使えるんでしょうか?


山田「気による身体強化は込みです。ただしスペカや習得能力はほとんど使いません。相手が攻撃能力を持たない場合、グーパンオンリーで戦うと思ってください」

死神A「気で強化してるから、グーパンでも岩くらい軽く砕きますけどね」

山田「まぁ、それで確実に勝てる時点で幻想面の役割は満たしていますから。余計なオプションは要らないと言う事ですよ」


 Q:そういえば月の姫の神降ろしの場合降ろした神が変わるたびに能力追加されるんだろうか?


山田「追加はしません、神が変わる度に能力も変更されていきます」

死神A「降ろした神に対抗できる神を降ろすとかはしないんですか?」

山田「そういうパワーゲームは、繰り返すと最終的に「じゃあ○○呼んどきゃ良いじゃん」とかになりますからね」

死神A「……呼べるんですか? 最強神談義に出てきそうな神々を」

山田「限度はありますが、限度値いっぱいの神を降ろされても困るでしょう?」

死神A「……ですね」


 Q:攻撃力が無限だと幻想面はどうなるんでしょう?


山田「相手の攻撃力無限をゼロにした上で、現在HPの十分の一ダメージになる攻撃をかまします」

死神A「……最大HPの十分の一じゃ無いんですか」

山田「基本戦術:弄る、だから仕方ありません。相手がどれだけずば抜けていようと一方的な消化試合に持ち込めるのが幻想面の凄さです」

死神A「いやな凄さだなぁ……」


 Q:そろそろ新キャラも含めたバストサイズランキングを教えて欲しいです。当然無限地獄に落ちる覚悟です。


山田「さて、何だかんだで前回と同じくらい来た質問もコレで最後です。所謂オチの時間と言うヤツですね」

死神A「本当に比喩で無くオチだから困ります」

山田「今回は貧乳界期待の新エースが来たから安心――と言うとでも思ったか! 底辺が一人増えた所で、私が底辺である事に代わりはありませんよ!!」

死神A「(寂しい思いはしなくて済むじゃないですか……と言うのは禁句かなぁ)」

山田「減給」

死神A「そ、そうか。考えた事が読めるなら思った時点でアウトなんだ……」


巨 死神A 小野塚小町 永江衣玖
  風見幽香 紅美鈴 八坂神奈子 西行寺幽々子
  八雲紫 八意永琳 鍵山雛
↑ パチュリー・ノーレッジ 東風谷早苗 メルラン・プリズムリバー 八雲藍
  アリス・マーガトロイド 射命丸文
  上白沢慧音 神綺
普 十六夜咲夜 藤原妹紅 鈴仙・優曇華院・因幡 リリカ・プリズムリバー
  蓬莱山輝夜 犬走椛
  小悪魔 河城にとり 秋姉妹
↓ メディスン・メランコリー リグル・ナイトバグ ルナサ・プリズムリバー
  大妖精 因幡てゐ 魂魄妖夢 ミスティア・ローレライ
  レミリア・スカーレット チルノ ルーミア フランドール・スカーレット 洩矢諏訪子 橙
貧 稗田阿求 山田 四季映姫・ヤマザナドゥ 比那名居天子

無 久遠晶 上海人形


山田「キャラ多過ぎてゲシュタルト崩壊を起こしかけました。めんどい」

死神A「本当にオブラートに包みませんね!?」

山田「見ての通り、貧乳側が大きく増加しています。そして最下層に貧乳四天王が生まれました」

死神A「いや、四天王って……別キャラ扱いされてますけど半分は山田さ」

山田「ヤマダナッコォ!!」

死神A「げはぁ!?」

山田「死神の身で失言とは、感心しませんな。近頃の死神はやんちゃで困る」

死神A「自分でも今のはそうだと思いました……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弐「爆天赤地/幻想郷アンダーグラウンド」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/03/27 00:01


「くそっ、諏訪子! どういうつもりだ!!」

「大体怒ってる理由は分かるけど、一応聞いとくよ。何が?」

「何故、早苗をあの男の所に行かせたのだと言っている!」

「ご褒美だよ。ここ最近、早苗には一人で神社を切り盛りして貰ったからね」

「まぁ、私もそろそろ早苗を休ませようかとは思っていたが……どうしてアイツの所になど!」

「早苗本人の希望だよ」

「ぐむっ」

「良いじゃないか、そんな目くじら立てて抗議しなくても。あの子は早苗の大事な友人なんだよ?」

「良くない! ちっとも良くない!!」

「呆れるほどに頑なだねぇ。――さては嫉妬か。早苗ばっかり晶と遊べてズルいってか」

「な、ななな、ななぁっ!?」

「――あれ?」

「そっ、そんなワケあるか! 不愉快だ!! 私は寝る!!! ふんっ!」

「………うわー、そういう嫉妬もあったのかー。さすがにそれは予想して無かったわー」





幻想郷覚書 地霊の章・弐「爆天赤地/幻想郷アンダーグラウンド」





 早苗ちゃんを余裕で置き去りにする最高速で飛んだ結果、僕は妖怪の山上空であっさりと天子の姿を捉えた。
 どうやら天子は逃亡こそしたモノの、こちらを撒く為の仕掛けは特に用意していなかったらしい。
 余裕ぶっこいて完全に油断しているその背中目掛け、僕はスペルカードを御見舞した。



 ―――――――突符「天狗のマクロバースト」



「ぎょべっ!?」

 竜巻に絡め取られ、そのまま地面に叩きつけられる天人くずれ。
 しかしさすがの防御力。ダメージらしきダメージを受けた様子も無く、天子は起き上がってこちらを睨みつけてきた。

「……忘れてたわ。そういや貴方、幻想郷最速に準ずる速さで飛べたのよね」

「ええ、トロくさい天人相手なら追随を許さない速さで飛べマスよ? 残念デシタねー、ノ・ロ・マ!」

「浮かれるのは構わないけど、貴方の攻撃は私に届かないわよ? さてはて、これからどうする気なのかしらね!」

 顔に付いた土を払い、不敵に微笑む比那名居天子。
 ほうほうコヤツめ。そういう事を言いますか、言っちゃうワケですか。
 確かに、天子の防御力は驚異的だ。恐らく純粋な硬さなら僕や美鈴すら遥かに上回るだろう。
 ――だけど残念、やりようが無いワケじゃないじゃ無いんだよねー。
 前回は怒りのあまりらしく無いやり方を選んじゃったけど、今回の僕は一味違うぜ!
 僕は天狗面を砕くと、天子の前へと着地してスペルカードを発動した。



 ―――――――仕置「天人崩し」



「せーの、ちぇいっさー!」

「ぐっ!? 今のは……」

 スペカ発動と同時に加速し、天子へ拳を振う。
 両手を交差して攻撃を受け止めた彼女は、己の身体を貫いた衝撃に顔を歪めた。
 むっふっふ。使用条件を思いっきり制限すれば、素の状態でも真の能力を使えるのは四季面天狗面で実証済みなのですよ。
 今回作ったのは、相手が「比那名居天子限定」で攻撃手段は「近接限定」の超場面限定スペルカード。
 その効果は、ずばり「相手防御効果全無視」! これで僕でも、天子に普通にダメージを与える事が出来るワケです。

「さーてどうするてんこちゃーん? 僕は寛容だから、ごめんなさいって言えば許してあげなくも無いよ?」

「はぁん? 寝言は寝て言いなさいよ、攻撃が通るようになっただけじゃない。それだけで、貴方風情がこの私に勝てるとでも?」

「天子はダメージ素通しの怖さを知らんと見えるね。言っとくけど、この状態でも面変化は使えるんだよ?  ―――――四季面『花』!」

「上っ等よ! 硬い事だけが天人の強みだと思わない事ね!!」

 一瞬で四季面の装備を整えた僕は、氷の傘を相手へ向かって突き出す。
 しかし天子は冷静に、緋想の剣で傘の軌道をズラしてみせた。
 ……なるほど、剣士としての技量も決して低く無いと言う事ですか。
 僕等は視線を交差させ、互いの力を認め合いニヤリと笑った。
 
「うふふ、なかなかやるじゃありませんか。ですけど、パワーの観点では私の方に分があるようですわね」

「みたいね。だけど、それだけで勝敗が決するワケじゃ――ないわ!」

 天子の身体が沈み込んだと思った瞬間、僕の身体が宙に舞った。
 軽く合わさっただけの武器と脚の動きで、巴投げの要領で僕を放り投げるとは……さすがにやるね。

「しかし残念、投げ方に優雅さが足りませんわね」

 僕は山肌に叩きつけられる直前に姿勢を整え、壁に対して着地した。
 そんな僕に対し、天子は手に持った緋想の剣を投げつけてくる。
 およそ投擲に不適切なはずの長剣は、高速回転しながら持ち主の意思に沿ってまっすぐこちらへと迫ってきた。
 それでも僕は冷静に、氷の傘を投げ捨て回転する剣の柄の部分を掴みとる。
 ……自分でやっといてなんだけど、四季面になるとこんな芸当も余裕で出来る様になっちゃうのかぁ。わりとビックリ。
 内心の驚きを隠しながら、僕は天子に向かって緋想の剣を投げ返した。もちろん刃先を前にして。
 しかし彼女はそれを最小限の動きで回避し、丁度通り過ぎた所で柄の部分を掴みとる。
 そのまま、ニヤリと笑って見せる比那名居天子。僕も地面に降り、放り投げた氷傘を拾うと全く同じ笑みを彼女に返した。

「くっくっくっく……」

「ふっふっふっふ……」

「……喧嘩を仲裁しにきたら、肝心の二人が少年漫画のノリで仲良くなってました」

 しばらく様子を窺いながら睨みあっていると、息も絶え絶えでやってきた早苗ちゃんが対峙した僕等の姿をそう評す。
 なんと不本意な評価だろうか。僕等は心底から相手を毛嫌いしていると言うのに。
 ただまぁ、それで相手の評価を違える程間抜けでは無いけどね。
 ……相手がスペルカード未使用でやっと互角かぁ。
 こっちは天人崩しを使ってる間当然の如く他スペカを使えないし、やっぱ天人の相手はキツいっす。
 
「ちょっと楽しくなってきたわ。アンタの事は大っ嫌いだけど、評価はもうちょい上方修正して上げようじゃないの」

「僕の方こそ、腐れ外道な天人って評価を腐れ外道だけどそれなりに出来る天人にグレードアップしてあげるよ。泣いて喜べ?」

「……評価まで同じなんて、私達気が合うわね」

「嬉しくとも何とも無いけどね」

「はぁ、お二人ともいい加減に――きゃあ!?」

 延々いがみ合う僕等を制止するため、早苗ちゃんはプンスカ怒りながら着地した。
 それと同時に、早苗ちゃんが足を降ろした大地とその近くに面していた山肌が勢いよく崩れる。
 僕は睨みあいを中断して、バランスを崩した姿勢のまま宙に浮く彼女へと駆け寄った。

「早苗ちゃん、大丈夫?」

「は、はい。でもどうして急に……」

「ここ最近の地震で、地盤が緩んでたんじゃ――無いみたいね。どうやら、地震で閉じていた蓋が外れかけていたらしいわよ」

 崩れた山肌を確認していた天子が、愉快そうに呟いて積もった土砂を押しのける。
 するとそこには、人が一人余裕で入れそうな穴がぽっかりと空いていた。
 天子の身体を無理矢理にズラして穴の中を覗き込んで見るが、素の状態だと中は真っ暗でロクに状況が分からない。
 仕方がないので狂気の魔眼を発動し、改めて中を覗き込んで見ると――

「ぶふっ」

「晶きちゃない。どうしたのよいったい」

「何か見えたんですか? んー、暗くて何も見えませんねぇ」

「いや、今魔眼で軽く奥の方を確認してみたんだけどさ」

「何かあったの?」

「……奥行きが深すぎて、僕の魔眼じゃ最深部まで覗けませんでした」

 ちなみに、僕の狂気の魔眼は一キロ先くらい余裕で見通す。
 波長に明暗は関係無いので、純粋にこの穴――むしろ洞窟か――はそれ以上の奥行きがある事になるのだ。
 つーか、奥に行けば行くほど深く広くなってるんですがこの洞窟。
 明らかにただの洞穴じゃ無いんですけど、どうなってるんですかコレ。
 とりあえず暗視の効かない二人にその事を説明すると、天子は笑顔であからさまに分かるレベルの喜悦を表現した。

「底の見えない洞窟。しかも地下深くへと向かっているとか、何だかワクワクしてくるわね!」

「わ、ワクワクですか?」

「妖怪の山の内側には、外の世界すら上回る高度な技術で作られた都市があると言う噂よ。ひょっとしたらそこに繋がっているのかも」

「なにそれ、ワクワクする」

「晶君!?」

 ニヤニヤ笑いながら洞窟内に入っていく天子に続いて、僕も洞窟の中に入っていく。
 天子が緋想の剣を光らせているので、魔眼の補佐が無くても問題無く進めるのはありがたい。緋想の剣万能過ぎ。
 ふむ、しかし人為的に掘られた感じじゃ無いなぁ。自然の洞窟を利用して拡張したとか?
 そのまま僕達二人が先に進もうとしていると、慌てた様子の早苗ちゃんが何故か僕等を止めに入ってきた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 何かナチュラルに洞窟の調査をやる事が決まっちゃってるんですが」

「こんな面白そうな洞窟、そもそも放置しておく選択肢が無いでしょう」

「これは偶然なんかじゃ無い、洞窟を調べろと言う天命だったんだよ早苗ちゃん! だと良いなぁ。そうだと言う事にしました」

「い、いやでも、神社の建て直し作業が……」

「ねぇ監査役。たまには私にも休みがあってもいいと思うのよ」

「それは当然の権利だね。遠慮なく休むと良いさ! あ、でも変な事しない様に監査は続行するよ?」

「構わないわよ。一緒に洞窟探検と洒落こもうじゃないの」

「絶対、絶対お二人とも仲良いでしょう!?」

「大嫌いです」

「右に同じ」

 半泣きの早苗ちゃんに笑顔で本音を告げる。
 同時に、あの二人も否定する時こんな気持ちだったのかなぁと何とも言えない気分になる僕。
 ……うーむ、今後は二人の喧嘩を宥めるのが難しくなりそう。なまじっか気持ちが分かっちゃうのがなぁ。

「別に、貴女にまでついてこいとは言わないわよ。怖いのならとっとと神社に戻りなさいな」

「そ、そういうワケにはいきません! 天子さんと晶君を二人きりにさせるなんてそんな……」

「……貴方も結構疑り深いわね。ならゴネてないで、サクサクっとついてきなさいよ」

「むぅ~、何だか微妙に話題をズラされている様な……」

 気のせいですよ、気のせい。洞窟調査に行きたいから言い訳してるとかあるワケ無いじゃないですか。
 しぶしぶながら早苗ちゃんが了承したのを確認し、僕は天子を追いこして洞窟の奥へと向かう。
 と、それに気付いた天子が早足で僕の横に並んで来た。
 このアマ、先頭はあくまで自分が良いって事か。我儘さんめ。
 だけどまぁ僕は子供じゃないので、それくらいはあっさりと譲って上げますともさ。
 余裕を持って速度を緩めた僕に、天子は怪訝そうな視線を送ってきた。

「……やけにあっさり先を譲ったわね、気持ち悪い。何を企んでいるのかしら」

「別に? 先頭に拘る理由が無いだけだよ。僕は不思議なモノさえ見られればそれで良いからね。あ、けど面白そうなモノ見つけたら頂戴ね」

「待ちなさい、最後の提案は聞き捨てならないわ。金銀財宝を見つけたら貴方にくれてあげるから、面白いモノは私に譲りなさいよ」

「あるかどうかも分からない上に、そんなモノ貰っても困るだけなんですけど。レートが合わなすぎじゃん、ねぇ?」

「すいません、お二人の価値観が私にはそもそも分かりません」

 後に続きながら、僕等の言い争いに苦笑する早苗ちゃん。
 そうかなぁ? 我ながら分かり易過ぎる価値観だと思うんだけど。
 と言うか、何で早苗ちゃんはそんなに不機嫌そうにしているんですかね? 何か不愉快な事でもありました?

「分かったわよ、それじゃあ山分けね。私が七で貴方が三、金銀財宝ならそこの巫女のモノ。でどうかしら」

「だから何でそういう割り振りになるのさ。先頭を行く権利は譲ったんだから、僕が七でそっちが三、金銀財宝なら早苗ちゃん行きで良いじゃん」

「それはそれ、これはこれ! そもそも私は先頭を譲ってもらう代わりに――なんて口約束を交わした覚えは無いわよ?」

「ぐむむ……札を切るのを早まったか。じゃあ僕六、そっち四で良いよ」

「そっちが四、私が六の間違いでしょう? まぁ、私はそこまで妥協するつもりは無いけどね」

「何と言う我儘さん。これはもう暴力に訴えるしか無い気がする」

「こ、こんな狭い所で暴れないでください! ……と言うか、どちらにせよ金銀財宝は私のモノになっちゃうんですね」

「ダメだった?」

「いえ、守矢神社運営資金としてありがたく頂きますけど」

 ……早苗ちゃんも、何だかんだで図太いよね。
 まぁ、さすがに手付かずの金銀財宝なんて無いだろうから、そんな事にはならないだろうけど。
 そもそも、僕等のモノに出来るオモシロアイテムがあるかも不透明なワケだし。
 つーか、何かあると勝手に断じてるけど、本当にこの洞窟どこかに繋がってるのかなぁ?
 天狗秘蔵の酒蔵だったりしたら、天魔様の怒りに触れてさすがにタダじゃ済まなくなる気がするんですが。
 そろそろ魔眼に何かしらの反応が欲しい所だよなぁ。――そういうワケだからジャンジャカ進もう、ドンドン進もう。
 
「……ふむ、どうやら洞窟倒壊の心配は要らないみたいよ。大雑把にくり抜いている風だけど、天井も地面も一切地盤が緩んでないわ」

 そうやって僕が進行速度を速めようとした所で、早苗ちゃんに止められてから難しい顔で洞窟の内壁を確認していた天子がボソリと呟いた。
 だけどてんこさんや、それはおかしくないですか? くり抜いているって事はコレ、一応は人為的に作られた洞窟なんだよね?
 だとしたら、これだけ馬鹿デカイ大穴空けといて地盤がガッチリ安定しているってのは有り得無い気がするんですが。

「洞窟なんですから、そこは安易に倒壊しない様に計算して掘るものじゃないんですか?」

「そんな繊細な掘り方じゃ無いって言ってるの。砂山に手を突っ込んで引き抜いたら、形が崩れずにそのまま洞窟になってたレベルの不自然さよ」

「神奈子様や諏訪子様なら、そのくらいの奇跡お茶の子サイサイですよ!」

「絶対に関係ないし、心底どうでもいい話ね」

「……そうですか」

 天子にバッサリ切られ、露骨に落ち込む早苗ちゃん。
 まぁ、つい最近幻想郷にやってきたあの二人の犯行じゃ確実に無いだろうしねぇ。
 神様自慢と同意義な早苗ちゃんの主張に、天子が淡白な反応を返すのも仕方の無い事だろう。
 と言うか、もしも二人が妖怪の山の皆々様に黙ってこんなモノ作ってたら、今度こそ守矢神社は幻想郷を追い出される気がする。
 上手い具合に居住権が認められたけど、それくらいギリギリの事したらしいんだよねぇ、守矢の人達って。
 しかし、だ。あの二人クラスの実力者なら、能力にもよるけどこれくらいの洞窟があっさり作れる事に違いはあるまい。つまり――

「この洞窟を作ったのが、守矢の二柱レベルの神である事は間違いないと思うけど?」

「神かどうかまでは分からないけれど、そこは私も同意見よ。――くくっ、面白くなってきたじゃないの。これは文字通り、大穴を当てたかもしれないわ」

「誰が上手い事を言えと」

 面白がるのはともかく、殺気が滲み出ているのは何故なのさ天子さん。
 ひょっとして君、バトルジャンキーの‘ケ’があったりするんですかそうですか。
 そういう傾向はちょっと理解出来ないなぁ。……面白くなってきたと言う意見は否定しないけど。
 さてはて、果たしてこの先にはいったい何があるのだろうかね。
 抑えきれない好奇心に従って進む僕の魔眼には、徐々に建造物や意思を持つ‘何か’の反応がチラつき出していたのだった。





「――晶君。他人事みたいな顔してますけど、ベクトルが違うだけで晶君も天子さんと同類ですからね?」

「えっ」




[27853] 地霊の章・参「爆天赤地/異文化交流は慎重に」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/04/03 00:01


「よし、綺麗になった。このメイド服は明日にでもパチュリーに返しましょう」

「……デザインは、そんなに悪くないのよね。積極的に着る気は起きないけれど」

「んー。サイズはやっぱり合わないけど、こうして見ると中々……」

「いつもの服は掃除洗濯に向いてないのよね。家事をする間だけなら、メイド服に着替えてみても良いかもしれないわ」

「……いえ、止めておきましょう。メイドだからって理由で、全部の雑用を押し付けられたら堪らないし」

「それに、永遠亭の雰囲気にも合わないものね。メイド服を着るメリットなんか無いんだから、素直に返却して……」

「…………………………………………ふむ」

「おっ、お帰りなさいませ、ご主人様! お風呂にしますか? それとも食事?」

「――な、無いわね。やっぱりこれは無いわね。そもそも、主人と侍従って関係からして不自然で」

「見たよ」

「○ΛΞ★Γ▼□×!?」

「落ち着きなさいなうどんげちゃん、悲鳴が言葉になってないよん。あ、見てたのは『よし、綺麗になった』の所からね」

「ほ、ほぼ全部じゃないの! ノックくらいしなさいよ!!」

「だが断る。てゐちゃんは弱みを握るチャンスを逃さないのだ」

「よ、弱みって何よ。確かにメイドごっこしてたのは恥ずかしいけど、貴女に脅されるほどの事じゃ」

「仮想主人の相手が晶でも?」

「!?!?!?」

「分かり易いなぁうどんげは。何? 晶って実はメイド好き? 着るだけじゃ無くて見るのも好きなの?」

「ち、違う! これは単に、最悪の相手にもメイドとして振舞えるかをシミュレートしただけで」

「ちなみにさっきの、メイドっつーより若奥様だったけど……ワザと?」

「~~~~~!?」

「おお、凄い勢いで逃げ出したなぁ。――面白そうだし、脅迫材料にしないで姫様にチクっとこうっと」





幻想郷覚書 地霊の章・参「爆天赤地/異文化交流は慎重に」





 どうもこんにちは、即席で洞窟探検隊を結成した晶君と愉快な仲間達です。
 僕の魔眼と天子の緋想の剣を頼りに洞窟の奥へと歩を進めていた僕等ですが、残念ながら天子はここでリタイアみたいです。
 洞窟の奥の方から届く光があれば、緋想の剣はもう必要無いもんね。
 さようなら、てんこちゃん。君の事は今すぐにでも忘れるよ。

「その理屈で言うと貴方もリタイア対象じゃない。皮肉を言うなら、自分に返って来ないよう頭を働かせなさいバーカ」

「そうやって、身体を張ってダメな見本を見せてくれなくてもいいよ?」

「……今のは良い皮肉ね。さすがにイラッとしたわ」

「くくくく」

「ふふふふ」

「喧嘩するなら、もうちょっと仲悪くしてくださいよぉ」

 些細な事で睨みあう僕等に、良く分からない文句を口にする早苗ちゃん。
 仲良くして欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ。いやまぁ、どっちにしろ仲良くする気は欠片も無いんですが。
 
「――で、天子はこの光をどう見る?」

「確実に何かの術でしょう。詳細は分からないけど、それで洞窟内に天候を生み出していると考えるべきね」

「そういや、明るいだけじゃ無くて暖かいね。と言う事はこの洞窟、実質地上と変わらない生活環境が整ってるって事かぁ」

「でしょうね。……ふっふっふ、これは本当に未来都市があるかもしれないわ」

 確かにここまで大袈裟な環境用意しといて、中身が物置ってのは有り得ない話だと思う。
 だけど、魔眼に映る生体反応はわりと散発的なんだよなぁ。広さの割にあんまり人がいないと言うか何と言うか。
 例えて言うなら、近くに大型スーパーの出来た商店街? 都市と呼ぶにはあんまり栄えてない感じがするんだよねー。
 洞窟内の全域が見えたワケじゃないから、まだはっきりと断言する事は出来ないんだけど。でもなぁ。
 等と僕が魔眼を使って遠くを眺めながらボーっと考え込んでいると、不意打ち気味に頭上から何かが迫ってきた。
 もっとも原因と思しき存在自体は大分前から補足していたので、こちらとしては「ああ、やっぱり仕掛けてきたか」くらいの感想しか無い。
 僕は冷静に着地点を見極めると、身体を一歩分だけズラして攻撃らしきソレの回避を試みた。
 すると一瞬前まで僕が居た場所を通過して、頭大の火球が大地にぶつかり弾ける。
 
「うわっと、空から炎が降ってきましたよ?」

「ふふっ、面白くなってきたわね。こういう手荒い歓迎は嫌いじゃないわ」

「僕としては、もっと穏便な歓迎方法を希望したいです」

 当然この程度の攻撃で、天子と早苗ちゃんがどうにかなるはずも無く。
 彼女達も実に冷静な対応で火球を避け、僕同様に上を向いて攻撃してきた相手の姿を確認した。
 するとそこには、白いロープを伝ってゆっくりと降下してくる木桶に乗った少女の姿が!
 ………どうしよう、シュールってレベルじゃないぞコレ。
 
「むむむ、全員が私の攻撃をあっさりと避けるなんて」

「ちょっと見ないうちに、人間もやるようになったみたいじゃない。……一人、人間っぽく無いのもいるみたいだけど」

 あ、桶の中にもう一人居たんだ。ひょっとして妖怪『麻桶の毛』?
 いやまぁ、あれは桶の中の毛が本体なワケだけど。……無難な所でツクモガミかなぁ。
 そんな事を考えている間に、少女と桶妖怪は地面に降り立った。
 金色の髪を束ねシックな茶色のドレスを来た少女は、緑髪ツインテールに白装束の桶妖怪に礼を言うと桶から飛び降り不敵な態度で佇む。
 ふむ、こっちの子も何かの妖怪なのだろうか。
 幻想郷ではお馴染の、外見から種別が想像出来ないタイプだからちょっと僕には分からないなぁ。
 と、漠然と考えを巡らせていると、何故かニヤニヤ顔で天子が僕の肩を叩いてきた。

「人間っぽく無いって言われてるわよ、言い返さないの人外?」

「いや、どう考えてもお前の事だろクサレ天人。現人神の早苗ちゃんも居るのに何で僕を選んだよ」

「すいません、私も晶君の事だと思ってました……」

「さすがの僕も本気で泣くよ!?」

 そりゃまぁ、ちょっとだけ人類の範疇から外れてると言う自覚はあるけどさ。
 正しく人外な天子と、人間だけど神様でもある早苗ちゃんにそこまで言われるほどじゃ無いって。多分。
 だと言うのに、二人は実に慈悲深い笑みを浮かべて其々僕の肩を叩いてくるワケです。
 何? 思いっきり泣けって事? フォロー無し? 後で覚えとけよてんこ。早苗ちゃんは許す。

「……お笑い芸人の一団かな」

「わざわざ旧地獄にまで来るなんて、大した芸人根性ね。まぁ、娯楽が増えるのは歓迎だけど」

 そして一連の流れで芸人認定される僕等。誠に遺憾である。
 しかし今、金髪の少女が凄い気になる事を言っていた様な……旧地獄ってなんぞや。

「旧地獄――聞いた事があるわ」

「知っているのか、比那名居天子!」

「以前に、地獄の区画整理で切り捨てられたと言う土地よ。何でも今では、地上で忌み嫌われた妖怪達の都市になっているらしいわ」

 ……地獄も、案外世知辛いんだなぁ。
 天子の説明に、あの世の無情さを感じ取って何となく切なくなる僕。
 しかしなるほどね。これで、この大袈裟すぎる地底の環境に合点がいったよ。元は地獄だったからなのか。
 そして今は、地上で忌み嫌われた妖怪達が住みつく都市。それってつまり……。

「なーんだ、ここがどこだか知らなかったのね。そりゃあ呑気にしていられるワケよ」

「ふっふっふ。元とは言え、ここは地獄の一丁目。これ以上痛い目に会いたくなければとっととお家に帰るんだね」

「つまり、地上じゃ会えないレアな妖怪がたくさん居るって事だよね。――テンション上がってきたぁ!!」

「えっ」

「忌み嫌われた妖怪……退治すれば、守矢神社の評判上がる事間違い無しですね! やる気出てきました!!」
 
「えぇ~」

「確か旧地獄の元締め妖怪はアレだったはず。――江戸の敵を長崎で討つってのも案外悪くないもんね!!」

「ええぇ~」

 終着点が明らかになった事で、僕達三人のテンションは多いに高まった。
 一応地獄であるはずなのに、誰一人としてやる気が減算されてないのは良い事なのか悪い事なのか。
 地底妖怪らしき目の前の二人は、そんな僕等を複雑そうな表情で眺めている。

「ねぇヤマメ。私達実は、とんでもない連中に喧嘩吹っ掛けたんじゃ……」

「気持ちは分かるけど、ここまで怪しい奴等をほっとくワケにもいかないでしょ?」

「はいはいはーい! 質問でーす!! お二人はどんな妖怪なんですか!?」

「退治して良いですか!?」

「貴方達よりも強い奴を知らないかしら!?」

「……うん、けど私も少しばかり後悔し始めている」

 あれ、おかしいな。こちらのテンションアップに反比例して、向こうの気力がガンガン減っている気がする。
 いやまぁ、これだけ喰い気味に話しかけられたら大抵の人は引くと思いますけど。
 ……地底妖怪って言っても、わりと感性は普通なんだなぁ。
 むしろ、非常識度で言えば地上の実力派妖怪の皆様の方が断然上な気がする。
 あ、だから地下に追い込まれたのか。となると、アリスや姉弟子も近いうちに地下入りするんじゃないだろうか。
 と言うか早苗ちゃんに天子、その質問は少しばかり失礼が過ぎるんじゃないかな。
 特に早苗ちゃん。宣戦布告と取られてもしょうがない発言だよそれは。……実際してるんだろうけど。
 
「貴方達、私達の事をちゃんと理解してる? 極端に怖がられるのも嫌だけど、軽く扱われるのはもっと嫌よ?」

「分かんないんで、どんな妖怪か説明してください! あと、自己紹介も出来れば!!」

「……私は黒谷ヤマメ、土蜘蛛よ。それでこの子がキスメ、釣瓶落とし」

 土蜘蛛かぁ、なるほどなるほど――って、鬼の顔も虎の胴も蜘蛛の手足も無いじゃん!?
 いや、分かってたよ。幻想郷じゃ姿形に囚われてはいけないと、にとりの時から理解していたともさ。
 だけど何と言うかこう、もうちょっと土蜘蛛っぽさが欲しかったと言うか……まぁ、言われてみれば蜘蛛っぽい感じはするけどね。
 それでもたまには、最低でも体長五メートルを越える動物の各パーツを集めました的な妖怪に会いたいなぁ。と思う僕は贅沢者なのでしょうか。
 
「釣瓶落としって……『秋の日は~』って奴ですよね?」

「そういうことわざもあるけど、妖怪釣瓶落としとは関係無いよ。共通点は落ちてくる仕組みが同じなくらい?」

 そういう意味では、こっちは比較的原典に近い妖怪だと言えるかもしれない。……やっぱり女の子型になってるけどね。
 とは言え、凶悪度で言えば実は釣瓶落としも土蜘蛛に負けず劣らずヤバかったりする。
 類似した名無し妖怪を除いても伝承は比較的広範囲に広まっており、人喰い率も非常に高い。あと、モノによっては火を吐く。
 恐らくは最初の火球も、放ったのはあっちの桶に入った少女なのだろう。
 ……土蜘蛛の方はやっぱり糸でも使うのかな? けどそんな能力で、地底に追いやられたりするかなぁ。

「それじゃあ、次の質問なんですけど」

「まだ続くの!?」

「ヤマメぇ、やっぱりほっとこうよぉ。私なんだか怖くなってきた」

「そうはいきません! 見敵必殺、地底妖怪は皆退治させていただきます!!」

 最初のやる気はどこへやら、完全に戦意を失った二人へ早苗ちゃんが御幣を突き付ける。
 うーん、早苗ちゃんってば妙なスイッチが入っちゃってるなぁ。どうしようか。
 僕としては余計な戦闘を避けて、その分だけ地底妖怪の話を聞いておきたいんだけど。
 幸運な事にすっかり気勢を削がれた二人は、早苗ちゃんの宣言に乗る気力も湧かないらしくぐったりと項垂れている。
 なので残る問題は、バトルジャンキーてんこちゃんなんですが……。
 彼女はものすっごい面倒臭そうな顔で、興味なさげに髪の毛を弄っておりました。

「……早苗ちゃんはああ言ってるけど、天子は参加しないの?」

「どう見ても雑魚だもの、気分が乗らないわ。そういう貴方こそ親友を手助けしなくて良いのかしら?」 
 
「平和主義者なもので」

「ははは、平和主義」

「自覚はあるので殴りはしないよ。下手くそな挑発には乗りませーん」

「じゃあ私が斬るわ。暇だし」

「よっしゃ先に抜いたなてんここのアマ! 全力で付き合ってやんよ!!」

 天子が上段から振り下ろしてきた緋想の剣を、僕は抜き打ちの神剣で下から斬り上げる様に迎撃した。
 緋色の霧を纏った剣と白い輝きを放つ剣はぶつかり合い、互いの力を塗りつぶさんとその存在を強くしていく。
 二つの力が拮抗するその光景に、天子は口裂け女と見紛う程の喜悦の笑みを浮かべた。

「それが噂の神剣ね。緋想すら喰らうなんて、恐ろしいほど貪欲な剣だわ――恋に落ちそう」

「キモッ! 冗談でもそんな事言うの止めてよ!! 鳥肌出来た!」

「貴方じゃないわよバーカ! その素敵な剣を褒めてるの!! と言うか貴方、やたら剣捌き上手いじゃない?」

「こちとら着弾イコール即死のデスゲームを何度も経験してるんでね! 天子のトロくさい攻撃なんて掠りもしませんともよ!!」

「なにそれ、ずるい! 私に代わりなさいよ!」

「代わってもらえるんだったらなぁ、とっくに代わってもらってるっちゅーねん!!」

 開けなくて良い心の蓋をうっかり開いた僕は、八つ当たりに近い怒りを天子に向かって解き放つ。
 しかしさすがは緋想の剣。神剣と鍔迫り合いしていると言うのに、周囲を覆う緋色の霧は未だ衰える様子を見せない。
 天子も、そこそこ力を削られてはずなんだけどなぁ。腐れていてもさすがは天人と言う事か。
 ちなみに今回は、フランちゃんの時と違って神剣を相手の身体に当てないよう考慮する必要性は欠片も無い。ええ、欠片もありませんとも。
 なので容赦なく全力で斬りかかってるんだけど、上手い具合に相殺されてしまうワケで。
 くそぅ、ホント実力だけはあるんだよなこの天人崩れは!

「あ! ちょっとお二人とも、勝手に喧嘩を始められちゃ困りますよ!!」

「大丈夫、もうすぐ天子をぶったぎって終わるからぐぐぐぐ」

「その前に、貴方の胴と頭を綺麗にサヨナラさせてあげるわぎぎぎぎ」

「だーめーでーす! やるなら、まずはあの二人を倒してからにしてください!!」

 そう言って、戸惑う地底妖怪二名を指さす早苗ちゃん。
 悪意は無いんだろうけど、その誘導の仕方は結構エゲツないと思います。
 と言うかキスメちゃんとヤマメちゃんは、何をそんなに怯えているんですかね。
 まさか、僕等が容赦なく神剣と緋想の剣で斬りかかってくるとか思ってませんか?
 幾ら相手の力量を見抜けない間抜けと名高い僕も、さすがにそこまで無情な真似は致しませんぜ?

「……くっくっく、それもそうね。ならまずは、コイツらから剣の錆にしてあげようじゃないの」

 とか思っていたら、天子の奴が早苗ちゃんのフリに乗りやがった。
 ワザとらしく緋想の剣を構えると、悪役よろしく舌舐めずりをして地底妖怪の二人を睨みつける。もちろん本気ではないが。
 ああ、でも二人とも分かり易く固まっちゃったよ。早く天子の態度が冗談だときちんと説明しないと。

「天子も早苗ちゃんも煽り過ぎ。わざわざ戦わなくても、‘話し合えば’二人ともちゃんと分かってくれるよ。――ねぇ?」

「いやぁぁぁぁぁああっ!!」

「こっ、殺されるぅぅうぅううっ!」

「あ、あれぇ?」

「……神剣構えながらそんな事言っても、脅かしている様にしか聞こえないわよ」

「晶君の笑顔って、下手に凄むよりも怖い時が結構ありますしね。例えば今みたいに」

 僕がフレンドリーなつもりの態度で微笑むと、キスメちゃんの入った桶を抱えヤマメちゃんが物凄い勢いで逃げ出してしまった。
 いやその、今回そういう意図は無かったんですが――何かごめんなさい。

「とりあえず、あの二人を追っかけますか?」
 
「誤解されたままだと、余計に厄介な事になりそうだし……追うしかないかなぁ」

「私は放置でも良いけど? それはそれで楽しそうじゃない」

 うん、てんこちゃんはちょっと黙ってろ? そういう修羅の道はお呼びじゃないんですよ、マジで。
 神剣をスペルブレイクした僕は、言い訳を考えつつ二人の後を追うのだった。
 ……まずは、開幕土下座から始めないとダメかなぁ。 




[27853] 地霊の章・肆「爆天赤地/緑のジェラシー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/04/10 09:53


「んーむ」

「どうしたのよ、不満そうな顔して」

「いや、幻想郷には土蜘蛛草紙に出てくる様な土蜘蛛はいないのかなーって」

「……姿形なんて些細な問題じゃない、要は強いか弱いかでしょう?」

「言いたい事は分かるけどさー。たまには見た目からしてヤバそうな妖怪に会いたいワケですよ」

「例えば?」

「鵺とか見てみたいよね。日本のキメラと言っても過言ではないあのツギハギっぷり、一度ナマでじっくりと見物したいっす」

「キメラねぇ……希臘の神話に出てくる妖怪だったかしら」

「そう。今の日本における、ツギハギな怪物の代名詞的存在だよ。最近は扱いが若干科学寄りになっちゃってるけどね」

「どっちも話で聞いた事はあるけど、そんなに会いたくなるものかしら。私にはちょっと分からないわね」

「ツギハギの化け物は男の子のロマンですよ?」

「私は鵺やキメラよりも、ヒュドラとかゴーレムとかの方に会いたいわ」

「……天子は結構、発想が男の子寄りだよね」

「お、お二人、とも、待って、くださ。ちょ、ちょっと早過ぎ、ます、よ」





幻想郷覚書 地霊の章・肆「爆天赤地/緑のジェラシー」





 二人を追って洞窟の奥に進んだ僕等を歓迎したのは、一気にキツくなった地面の傾斜だった。
 どうやら、魔眼にロクな反応が無かったのはこのためだったらしい。
 僕が捉えていた建築物の向こう側は、洞窟と言うより縦穴と言った方が正しいぐらいに地面が傾いている。
 そして、穴の手前にある建築物――関所みたいな木造の建物群――の前では、一人の女性が両腕を組んでこちらを睨みつけていた。
 くすんだ金色の髪に、取り込まれそうになる程澄んだ緑の瞳を持つ、恐らくは地底の妖怪。
 鋭い眼光の彼女は、僕等の姿を確認するとより険しい目付きで歯軋りをし出した。

「妬ましい、実に妬ましいわ。なんて浮かれた連中なのかしら、話に聞いていた通りだわ」

「あら、私を羨むなんて分かってるじゃない。貴女良い趣味してるわよ」

「この天人、何の躊躇も無く今の言葉を賞賛と受け取りやがったぞ」

「くっ、その自信も妬ましい!」

 どうするんだ、何か火に油を注いだみたいだぞてんここのアマ。
 嫉妬が空気に伝搬したらこんな色。みたいなどす黒いオーラを撒き散らしながら、謎の地底妖怪は親指の爪を噛み締める。
 つーか、結局この人は誰なんですかね? ……僕等の話を聞いてるって事は、確実にヤマメちゃんキスメちゃんの関係者なんだろうけど。

「それにしても貴女、話と違って鉄輪も乗っけてないし松明も咥えて無いのね。ちょっと拍子抜けだわ」

 そう言って、睨みつけてくる女性を鼻で笑う傍若無人の塊。
 これで挑発の意図は無いのだから驚きである。他人を煽る天性の才能を持っているとしか思えない。
 まぁ、天子が言いたい放題なのは毎度の事なのでとりあえず無視する。
 気にするべきなのは、彼女の発言の意図だ。
 恐らく天子は、目の前の地底妖怪の伝承的な意味での特徴を上げたのだろう。
 ふーむ、鉄輪を乗っけてて松明を咥えてて常に嫉妬心に満ち溢れている妖怪かぁ……。

「分かった! 貴女は橋の守護神、橋姫様ですね!! なるほど、つまりここは地上と地底を繋げる橋だと言う事ですか!」

「間違ってないけど、何でそんなにご機嫌なのかしら……妬ましい妬ましいわ」

「天子の態度が悪いから、橋姫様がお怒りじゃないか。反省しなさい」

「晶の態度が軽いから、この妖怪の気に障ったんでしょう? 貴方こそ反省しなさいよ」

「その上、どちらも自分が悪いなんて少しも思ってない。実に妬ましいわ……」

 さすがは嫉妬深いと名高い橋姫様。箸が転がっても妬ましいとはこの事か、ハシだけに。
 ……ごめん、今の無し。僕が悪かったです。気にしないでくださいお願いします。
 
「よ、ようやく、追いつきまし、た。待ってくださ、いよ。お二人とも、早過ぎで、す」

「貴女の足が遅いのよ。博麗の巫女を見習って、もう少し体力をつけた方が良いんじゃないかしら」

「と言うか、素直に飛べば良かったのに。別に徒歩を強制なんてしてないよ?」

「わ、私だけ、飛ぶ、なんて、何だか寂しい、じゃ、ない、ですか」

 その理屈は良く分かりません。まぁ、それで早苗ちゃんの気が済むのならいいんですけど。
 とりあえず、早苗ちゃんの息が整うまで涼しい風を送ってあげよう。
 一家に一台人間クーラー晶君! 電気代は掛かりませんが、食費は人並み以上に掛かります。少なくともエコさは無い。欠片も無い。
 ……ところで、今更だけど早苗ちゃん乱入で橋姫様が完全スルーになってませんかね?
 いやまぁ、乱入する前からすでに扱いが扱いが蔑になっていた感はあったけど……大丈夫かなぁ。

「パルパルパルパル――妬ましい、妬ましい、妬ましいわっ!」

 あ、ダメだった。嫉妬が限界突破して攻撃意思に変換されてるくさい。
 元からあったのか怪しい話し合いの余地は、もう完全に吹っ飛んだと見て良いようだ。
 これでも、それなりに平和的解決を望んでいたんだけどなぁ。……あ、全然そうは見えませんでしたかそうでしたか。

「あら、私に挑んでくるつもり? 勇気は認めるけど、ちょっと実力が足りないわよ」

「自分一人でも楽勝だと言い切る所が実に天子だよね」

「褒めても何も出ないわ、ふふん」

「橋姫様、この無駄に自慢げな馬鹿ボッコボコにしてやってください」

「――心配しなくても、全員ボコボコになるわ。お互いが、お互いを妬みあった結果ね!!」

 そう言った彼女の緑色の瞳が、昏く怪しく輝いた。
 瞬間、発動しっぱなしだった魔眼に波長の乱れが伝わってくる。

「さぁ! 内に秘めた嫉妬心を解放なさい!! 下らない仲間意識を捨て去って、相手に抱いてきた妬みをぶつけるのよ!」

 なるほど、どうやらこの橋姫様は嫉妬を煽る様な能力を持っているらしい。
 ……橋に関連した能力じゃないんだ、残念。まぁそんな能力が原因で、地下に追いやられるほど忌み嫌われていたらさすがにおかしいもんね。
 そんな橋姫様は他人の不幸で幸せになれるタチなのか、今までの陰鬱な態度が嘘の様にご機嫌な姿で命令を下す。
 ただし僕等に、彼女の指示に従うつもりはさらさら無い。
 一応天子に喧嘩の意図が無い事を目で確認して、僕は返答代わりに軽く肩を竦めてみせた。

「――なっ!? 貴方達、どうして平然としていられるのよ!?」

「決まってるじゃない。嫉妬は、自分より優れた相手を羨み妬む感情なのよ? ならば全てにおいて優れた私が、嫉妬に駆られる道理は無いわ!」

「胸はペッタンコだけどね」

「美しいでしょう?」

 何一つ恥じる事は無いとばかりに、堂々と胸を張ってみせるてんこちゃん。
 この人すげぇ、心底から自分に欠点は無いと信じ切ってやがる。どれだけ自分大好きなんだ。
 これだけ自分を愛していて、おまけに天人と言う種族特性があるなら、そりゃ嫉妬を煽る能力も効かないだろうさ。
 と言うか、天人の基本スペック高過ぎだって。キチガイじみた頑強さに加えて高い精神耐性まで持ってるなんて、完全に反則じゃないか。

「そういう貴方は、この私に嫉妬しないのかしら?」

「羨む所が一切無い相手に嫉妬はしません。だいたい僕は、どう足掻いても手に入らないモノを羨むほど強欲じゃありませんよ」

「足掻いたら手に入るモノは羨むの?」

「そういうモノは人生を頑張っていればそのうち手に入るので、特に気にした事無いっす」

「……その二つを分ける基準ってあるのかしら」

「僕のモノになったら手に入るモノ。そうでないなら手に入らないモノ」

「貴方、人生楽しいでしょう」

「わりかし」

 ちなみに僕が平気なのは、『気を使う程度の能力』と同レベルに役立ってる魔眼様のおかげです。
 精神操作系の能力にはめっぽう強いからなぁ。肉体の方は気で頑丈に強化されてるし……ってあれ? 同じような特徴をどこかで聞いた気が。

「信じられない……これほど頭の中身が春爛漫な連中、見た事無いわ! ああ、妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい!!」

「それほどでもあるわね」

 そこで威張れる天子はマジで頭の中がどうかしてると思います。嫉妬されれば何でもいいのかお前は。
 そもそも、だ。僕等に能力が効かなかったのはあくまで耐性があったからであって、僕等の人間性はあんまり関係無いんだよ?
 完全に無関係だとは言わないけどさ。かなりラッキーだった事は、頭の片隅にでも入れといた方が良いと思うよ? ……無理だろうけど。
 と、そこまで考えて僕は、この場で唯一精神耐性を持たない人物の事を思い出した。
 先程から沈黙を保っていた早苗ちゃんの様子を窺おうと顔を動かすと――そんな僕の頬を掠める様に、高速の弾丸が通り過ぎて行った。

「……ひゃひ?」

「――――妬ましいです」

「さ、早苗すぅわん?」

「晶君も天子さんも、何もかもが妬ましいですっ!!」

 うわっちゃー、しっかり嫉妬心を煽られまくってますがな。
 半月を通り越して三日月になるほど鋭い目付きで、早苗ちゃんは僕等に御幣を突き付けてきた。
 正直、親友から露骨な敵意をぶつけられると言うのはあまり気持ちの良いものではない。
 火種が無ければ火事は起きないはずだ。早苗ちゃんは、いったい僕に対してどんな劣等感を抱いていたんだろうか。

「何で晶君は、私よりも可愛いんですか! とても妬ましいです!!」

「知るか」

 何度目だその文句。と言うかソレ、マジだったんですか親友。
 嫉妬心を増幅されているはずなのにいつもと変わらない早苗ちゃんの言葉に、若干キレ気味な返事をした僕は多分悪くないと思う。
 しかも彼女的にはそれ以外言う事が無かったらしく、早々にターゲットを天子へと移す始末。
 ……これは、そこまで妬まれてなかった事を喜ぶべきなのか。それとも女としてライバル視されていた事を悲しむべきなのか。
 僕がそうやって頭を抱えていると、天子を睨みつけていた早苗ちゃんが彼女の頭目掛けて弾幕を放った。
 掠めるだけで済ませた僕とはエライ違いだ。……早苗ちゃん、よっぽど天子に対して嫉妬心が溜まってたんだなぁ。

「ふん、私は問答無用って事ね。まぁ、貴女がそこまで嫉妬する理由も分からなくないわ。……限りなく不本意だけど」

「やかましいです! 晶君の親友ポジションは絶対に渡しませんよ!!」

「お金払ってでも断りたいくらい要らないわ、その立ち位置」

「この場にはいない、アリスさんへ対する妬みも纏めてぶつけさせて貰います!」

「本人にぶつけなさいよ……」

 その一撃をあっさりと回避した天子に、早苗ちゃんは御幣を突き出した姿勢のまま詰め寄っていく。
 そんな彼女に対して、天子のリアクションは実に淡白だった。やる気もまったく感じられない。
 やはり、僕の親友の座をかけてと言うのがお気に召さないのだろう。まぁ、召さないのは僕も同じだけどさ。
 そういうワケなので、戦意の無い天子は早苗ちゃんの勢いに呑まれ一方的に押されていた。
 僕も僕で相手が早苗ちゃんなだけに手出しができず、ただただ傍観する事しか出来ない有様。
 若干狙いとは違っていた様だけど、橋姫様の作戦はほぼ成功したと言っても良いだろう。
 しかも狂気の魔眼、使ってみたけどあんまり効いてないんだよね。
 ここらへんは、嫉妬に特化した相手の精神操作の方が上手だったって事か。……どうしよう。
 
「くふふふ、仲間同士がいがみ合う光景は最高ね。さぁ、やってしまいなさい!」

 先程の悔しそうな顔から一転し、成功を悟った橋姫様は御満悦そうな表情で高笑いする。
 このアップダウンの激しさが万物への嫉妬に繋がってるんだろうなぁ。と良く分からない感心をする僕。
 そんな橋姫様の命令を受けた早苗ちゃんは、再び顔面目がけて弾丸を放った。
 ――ただしその目標は、天子じゃなくて橋姫様だったけど。

「……は? うっひゃいっ!? な、何をするのよ妬ましい!」

「妬ましいです! 貴女も、実に妬ましいです!!」

「な、何でそうなるのよ妬ましいっ」

「いきなり出てきてそのキャラの濃さ。そうやって嫉妬キャラ枠を確保して目立つつもりですね、妬ましいです!」

「貴女が何を言ってるのか、さっぱり分からないわ……」

「どうせ私は幻想郷じゃ珍しくも無い、普通の風祝ですよ! ああ妬ましい!!」

 ……嫉妬心を煽られたとしても、橋姫様の言う事を聞く様になるワケじゃないんだね。
 今までの発言も単に煽っていただけで、強制力は無いも同然だったと。紛らわしいなぁもう。
 しかもこの様子だと、彼女は自分の方に嫉妬が飛び火する可能性を想定すらしていなかったらしい。
 もしくは、自分が他人から嫉妬されると言う状況を経験した事がないのか。
 とにかく己の予想を越えた早苗ちゃんの行動に、さしもの橋姫様も戸惑いを隠せないご様子。
 つーか、僕もちょっとビックリした。早苗ちゃんってばまだ気にしてたんだその事。
 早苗ちゃんはもう充分幻想郷に馴染んでるし、色んな意味で濃いからその危惧は杞憂だと思いますよ?

「あのー橋姫様? 皆が不幸になる未来を避ける為にも、早苗ちゃんの嫉妬心は早く何とかした方が良いと思うんですが」

「い、嫌よ! 橋姫が相手の嫉妬に怯えてその嫉妬心を抑えるなんて、己の存在意義を否定する暴挙だわ!!」

「そうよねぇ。私だったらそんな橋姫、大笑いした上で晒し者にするわ」

 おいコラてんこちゃん、余計な茶々を入れてくれるな。
 しかし橋姫の存在意義を持ちだされると、僕もそう強くは言えないワケで。
 けど魔眼じゃどうしようも無い事は、もうすでに試した後だし……あれ? コレさりげなく詰んだ?
 
「まぁだけど、一度気絶させれば早苗も‘冷静になるはず’よ。――そうでしょ、橋姫様?」

 等と思っていたら、意地の悪い笑みで天子が橋姫様に意味あり気な視線を送っていた。
 ……そういう腹芸も出来るのか。意外と策士だよね、天子って。
 橋姫様も天子の笑顔の意図を察したのか、渋々ながら頷いてみせる。
 よーし。それじゃあ、後は出来るだけ穏便な方法で早苗ちゃんを気絶させれば――
 
「私を除け者にして楽しそうにお話するなんて……ね・た・ま・し・す・ぎ・ま・すぅぅぅぅ!!」

「……わっはぁ、コラあかん」

 うん、そうだよね。自分だけ無視されたら、とっても妬ましい気分になるよね。さっき橋姫様が実証してたよね。
 放置されていた早苗ちゃんは、己の中に煮えたぎる嫉妬心をぶつけるかのように力を行使する。
 そんな早苗ちゃんの起こした『奇跡』は、洞窟全てを満たすほどの津波となって僕等に襲いかかってきた。
 ……おかしいなぁ、ここって地下ですよね?
 いや、仮にどっかの水脈から引っ張ってきたとしても、横幅いっぱい天井ギリギリまで広がった大津波なんて普通あり得ないんだけど。
 果たしてこれは嫉妬による力なのか、早苗ちゃんが元々持っていたポテンシャルなのか。
 どちらにせよ、僕から言える事は一つだ。





 ――幻想郷の『普通』って、想像以上にハードルが高いんだなぁ。
 




[27853] 地霊の章・伍「爆天赤地/Hero’s drop out」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/04/17 01:32
「はぁ、はぁ、はぁ……ここまでくればもう平気、よね?」

「分かんないけど、多分。それよりヤマメは大丈夫? 私重たくなかった?」

「平気よ、火事場の馬鹿力って妖怪にもあるのね。キスメを抱えてあんなに早く走れるなんて思いもしなかったわ」

「……あの人間達、何者なんだろう。地上の妖怪退治屋なのかな」

「分からないし分かりたくもない。もう、あんな背筋の凍る思いはたくさんよ」

「パルスィ、大丈夫かなぁ。やっぱり星熊の姐さんを呼んだ方が……」

「今からじゃ間に合わないわよ。パルスィだって馬鹿じゃないんだし、危なくなったら逃げるでしょう」

「でも、パルスィって意固地だよ?」

「うぐっ……いやでも、旧都はちょっと遠過ぎるし――あれ?」

「ん、どうしたの?」

「気のせいかな。今、向こう側から土砂崩れみたいな音が聞こえてきた様な」

「地獄から切り離されて結構時間が経ってるから、所々でガタが来てるのかもしれないねー」

「そうなのかしら。何だか、物凄く嫌な予感がするんだけど……」





幻想郷覚書 地霊の章・伍「爆天赤地/Hero’s drop out」





「ちっ、抜かったわ」

 舌打ちをしながら、私は緋想の剣を構える。
 嫉妬に駆られた風祝が召還した津波は、私達全てを押し流さんと眼前にまで迫っていた。
 今からでは、さすがの私もちょっと対応出来ないわね。
 感情を煽られたとは言え、守矢の風祝の名は伊達では無いと言う事か。
 正直に言おう。私ちょっと彼女の事舐めてた。
 
「仕方がないわね。――耐えるわよ!」

「それしか無いかぁ。……うん、弾幕の波よかマシだと思っとこう」

「え、は?」

 緋想の剣を大地に突き立て、身体を地面に固定する。
 あの水量だ。杜撰な壁で砂上の楼閣を築くより、流されない様に耐えた方がまだマシだろう。
 我ながら随分と稚拙な対応だが、咄嗟の対処としては決して悪く無いと思う。
 実際橋姫などは、呆然と津波を眺めているだけで何もしていない。
 まぁ、晶の奴は同様の結論に達していたらしく、気で強化した氷剣を楔代わりに大地へと突き刺していたが。
 知らなかったわぁ。考えが被るって、こんなにもムカつく事だったのね。
 アイツ、津波に巻き込まれて死ねば良いのに。
 
「妬まし―――がぼぼぼぼぼ」

 あ、早苗が呑まれた。
 どうやら彼女は、本当に考え無しで力を使っていたらしい。
 ふんぞり返っていた早苗は、真っ先に己の起こした津波に巻き込まれていた。
 お手本の様な自爆だったわね。真似する気は起きないけど、感心だけはしておいてあげましょう。
 ちなみにそのまま穴の方へ流されかけた早苗は、手前の小屋に引っかかり止まっている。
 これが神に愛された風祝の実力か。本当に凄いわね彼女、真似する気は絶対に起きないけど。
 ――さて、そうやって流れていく早苗の姿を見物している間に、私達も津波の中へ呑みこまれていった。
 とは言えキツいのは呑まれる最初の瞬間だけで、一度潜り切ってしまえば耐えられないほど辛いと言うワケでも無い。
 水の流れに押されながらも、とりあえずの安定を得た私はゆっくりと目を開いて他の様子を窺う。
 晶は――問題無く耐えているか、チッ。この程度で何とかなるほど容易い相手じゃ無いのは知っているけど、やっぱり腹立つわね。
 
「~~~~~~~~~~~~っ!」

 結局流されたのは、何もしていなかった橋姫だけだった。
 多少の抵抗は出来ているようだが、それも所詮は一時しのぎ。
 彼女は水流に押され、更なる地下へと通じる穴に向かって流されていく。
 まぁ、自業自得と言うヤツだ。自分で撒いた種なのだから、甘んじて受け入れて貰おうじゃないか。
 そう思って、私が流されていく橋姫の事を横目で眺めていると――同じくその姿を見ていた晶の奴が動いた。

「―――――っ!!」

「!?」

 橋姫に向かって手を伸ばし、語りかける様に口を動かす。
 唇の動きから察するに、晶はその手に掴まれと促しているのだろう。
 さしもの橋姫もこの状況で意地を張る気は無いらしく、必死に晶へ向かって手を伸ばす……が、ギリギリの所で届かない。
 そうこうしている間にも、二人の間隔はますます広がっていく。
 その事に業を煮やしたらしい晶は、身を乗り出して橋姫の腕を掴んだ。
 ――掴んだ結果、氷剣の方からは手を離してしまったが。

「      」

 あらまぁうっかりやっちゃった。みたいな顔で無駄に可愛らしく頭を叩く腋メイドと、絶望で顔を曇らせる橋姫。
 同じ状況で正反対の反応をした両者は、そのまま二人仲良く地下に向かって流されていくのだった。
 ちなみに、私の居た位置からではどう足掻いても助けられなかった事を一応釈明しておく。
 助ける気などハナから無かったが、それはそれ。事実関係と言うのは明確にしておかないと後々面倒になるものなのである。










「むにゃむにゃもうたべられ――はっ、ダメです私! 三日後、体重計の上で後悔する羽目になるのが目に見えてますよ!!」

「……自分の寝言にツッコミを入れる人間を初めて見たわ」

「はれ? てんししゃん?」

 鬱憤が晴れたのか幸せそうに気絶していた早苗が、やけに実感のこもった叫びと共に目を覚ます。
 寝起きの様に焦点の合わない視線で周囲を確認していた彼女は、己が一糸纏わぬ姿でいる事に気付くと慌てて自分の身体を抱きすくめた。
 
「な、ななな、何で私はすっぽんぽんなんですか!?」

「濡れてたからよ」

「ふにゃー!? 天子さんもすっぽんぽん!?」

「アンタが濡らしたんでしょうが」

「――そ、そうでしたー!? あわわわわ、私ったらなんて事を」

 ようやく事態を呑みこめたのか、目を白黒させながら右往左往する早苗。
 当分はロクな会話も出来そうにないので、私は焚火で乾かしている服の様子を確認する事にした。
 うん、このくらい乾いたなら着ても問題無いでしょう。津波のせいで辺りの火種が全滅していた時には焦ったけど、さすがは私だ。何とかなった。
 貴重な体験も出来た事だし、早苗に暴れた責任を取らせる事はしないであげましょうか。
 私がそんな結論を出して頷いていると、顔面を蒼白にした早苗が今度はこちらに詰め寄ってくる。実に忙しない。

「あ、晶君は!? 晶君はどうなりました!?」

「落ちたわよ、あそこから」

「きぃ、きぃやぁぁあっぁあああ!?」

 最早自分が下着姿である事すら気にならないのか、早苗は慌ただしく穴の中を覗き込んで悲鳴を上げる。
 それにしても早苗の下着、あれが外の世界の下着なのかしら。
 あれだけ激しく動いているのにしっかり身体を固定している機能性といい、レースの入った白い簡素な意匠といい……悪くないわね。
 幻想郷の下着とは段違いの性能だわ。外の世界のモノは何にせよ高い水準を誇っているって話は本当だったのね。
 ふーむ……ちょっと欲しいわ。どうにかして手に入れられないかしら、早苗から幾つか譲って貰うとかして。
 けど私、あの子と違って胸を抑える必要は無いのよね。凹凸の無い平面の一部を布で隠すって言うのは不格好だし、上の方は要らないか。
 むしろその分、下の装飾を増やしたいわね。がーたーすとっきんぐ? だったかしら、アレ穿いてみたい。

「ねぇ、その下着って幻想郷でも手に入るの?」

「結構色んな所で手に入りますよ――って、今語るべきはそこじゃないでしょう!?」

 何が不満なのか、また私に詰め寄ってくる早苗。……そろそろ鬱陶しくなってきたわね。
 私はやれやれと肩を竦めると、早苗に乾いた巫女服を放り投げた。
 彼女が布を頭に被されワタワタしている間に、私は手早く服を着て髪型を整える。
 んむー、手櫛だとやっぱ限界があるわね。今後は化粧道具一式を常に持ち歩くよう心がけておきましょうか。

「文句なら道中で聞くからさっさと着替えなさいよ。これ以上、私は休憩に時間を割きたく無いの」

「いやいやいや、何で普通に進もうとしているんですか! 晶君が落ちたんですよ!?」

「そうね」

「そうねって……酷いですよ天子さん! いがみ合ってはいましたが、心底では晶君の事を信頼していると信じていましたのに!!」

「津波で晶を押し流した貴女に、そんな事を言われてもね」

「その節に関しましては、本当に申し訳ありませんとしか……」

 普段は敵対しているが本心では――と言う話は良く聞くが、私は本心から晶が嫌いだし当然仲良くする気も一切無い。
 そもそも晶だって、私と仲良くする気は無いだろう。
 私達は親しくなるにはあまりにも違い過ぎて、拒絶し避けようとするにはあまりにも似過ぎているのだ。
 今と違う関係になるには、もうどちらかが根っこの部分から変わるしかあるまい。
 もちろん現時点では、私もアイツも変わる気はさらさら無いのだが。
 実の所、今の私の態度にそう言った事情はほとんど関係無かったりする。何故なら――

「そもそも貴女、あの晶がこの程度の事でどうにかなると本気で思っているの?」

「はぁえ?」

「私はアイツの事が嫌いだけど、それで相手の評価を違えるほど間抜けじゃないわ。少なくとも、晶の力だけは認めているのよ」

「……晶君とおんなじ事言ってます」

「認識は同じって事ね。久遠晶がこの程度でくたばる雑魚なら、私はそもそもアイツを敵視なんてしていないわ」

 アイツとやり合った回数は数える程だが、それでもその数回で私は十二分に理解していた。
 久遠晶は、全力を出すだけで容易に打倒できる様なつまらない男では無いと。
 そんなアイツが、底の見えない穴に落ちたくらいで死ぬはずがない。これは希望的観測では無く純然たる事実だ。
 今頃はまた小賢しい手を使って、ちゃっかり生き残っている事だろう。落ちる時に随分と余裕があったし。

「晶君の事、良く分かってるんですね。うう、妬ましいです」

「もうそれは良いわよ。それに、私が晶を理解しているのはあくまでアイツが宿敵だから。友情だの何だのは一切関係無いわ」

「むぅ、宿敵の方が親友より相手の方を理解しているとかおかしいじゃないですか」

「そうかしら? 相手を理解していると言う意味では、下手な友人より因縁深い宿敵の方が上だと思うわよ?」

 友人なんて関係は、相手の全てを知ってなる様なモノでは無い。
 性格的な相性さえ合えば、ロクに相手の事を知らなくても親友になれるはずだ。
 そういう意味では、長きに渡る宿敵以上に相手を理解している関係は無いだろう。
 まぁ、理解する事と歩み寄る事はイコールでは無いから、親友より宿敵の方が上だとは言わないけど。
 ……そもそも相手の事をそこまで深く理解している宿敵関係って、つまりそれだけの間決着をつけられていない関係って事になるのよねぇ。
 さすがにそれは勘弁してほしい。出来る事なら、そんな腐れ縁になる前に晶は始末しておきたいわ。
 ――もう手遅れって気も、しないでもないんだけど。

「とにかく、本当に危惧すべきなのは晶の安否じゃ無くて晶に先を越される事よ。ぐずぐずしている時間は無いわ!」

「ああ、だからそんなに焦っていたんですか」

 晶と言う人間の特性上、落ちた先で何かに巻き込まれている事はほぼ確実だ。
 つまり私達がこうしてまごまごしている間にも、晶の身には何か面白おかしい事が起きているに違いない。
 
「そんな事、看過出来るはずがないでしょう! 行くわよ早苗!!」

「ちょ、ちょっと待ってください。私、まだ服を着てないんですけど!?」

「別に問題無いと思うけど、嫌ならとっとと着替えてきなさい。私は先に行ってるわよ」

「天子さんは、ちょっと恥じらいを持った方が良いと思います!!」

 どうやら早苗的には、今の姿は看過できない恥ずかしい格好であるらしい。
 まったくもって情けない話だ。これだから、自分の身体に自信の無い輩はダメなのである。
 芸術を疚しい目で見れる人間などいないのだから、下着姿だろうと素っ裸だろうと堂々としていればいいのだ。
 まぁ、すでに着替えた私が言える台詞では無いのでしょうけどね。恥ずかしくないとはいえ、進んで裸体を晒す趣味も持ち合わせていないし。
 なので私は渋々ながらも、彼女が着替え終わるのを待ってから穴の中へと飛び込んだ。

「うっひゃぁぁぁぁ、とっても深いです! まるで地獄の底に通じているみたいですね!!」

「……みたいじゃなくて、実際に通じているのよ。旧地獄だから」

「なるほど、言われてみれば確かにそうです。さすがは天子さん!」

 続いて飛び降りてきた早苗が、真下を覗き込んで至極真面目に惚けた事を口にした。
 この子も、たまーにおかしな事を言い出すのよね。さすがは晶の親友。
 しかし、そういう例えを持ち出した心情は分からないでもない。
 穴を下っていく事に暗く冷たくなっていく空気。その中に混じった‘瘴気’を、この風祝は察しているのだろう。……多分。

「あ、天子さん! 見てください、何か見えてきましたよ!!」

 しばらくゆっくり飛びながら降下していると、ずっと下を眺めていた早苗がはしゃぎだす。
 私も態度にこそ出さなかったものの、内心ではかなり驚いていた。
 まさか、ここまで巨大な都市が地下に眠っているとは思わなかったわ。
 元が地獄だったから――と言うだけでも無いようだ。どうやら、私が考えていた以上に地下は繁栄しているらしい。
 ふふん、面白くなってきたじゃないの。
 私は地底都市の入口手前に着地し、全景を眺める様に視線を動かす。

「ふわぁ、おっきい街ですねぇ。ここに晶君が落ちたんでしょうか」

「どうかしら。まだ縦穴は続いているみたいだし、運悪くそっちの方に落ちた可能性はあるわね」

「……さっきの所からここまでの時点でも、相当な高さがあったと思うんですけど」

「晶じゃ無ければミンチになってたでしょうね」

「晶君でも、さすがに辛いと思うんですけど……」

 いや、アイツならここよりさらに深い所に落ちても絶対大丈夫だ。
 私は確信を込めて、半泣きの早苗に苦笑を返す。
 私個人としては是非ともミンチになってほしいのだけど……無いだろうなぁ、晶だし。
 
「まぁどちらにせよ、まずは目の前の街を調べましょうか」

「そ、そうですね! ついでに、邪悪な妖怪がいたら纏めてデストロイです!!」

 ……地底妖怪の本拠地だろうから、邪悪かどうかはさておき妖怪はゴロゴロいると思うわよ?
 これひょっとして、物凄い爆弾を抱えてるんじゃないかしら――なんて事を考えつつも、私はとりあえず歩を進めようとする。
 だが考えを行動に移す直前に、私達の前に一匹の妖怪が姿を現した。
 金の髪に紅い瞳の大柄な女性だ。手足の鎖や酒がなみなみと注がれた杯など、目を引く所はかなり多い。
 しかし、一番に特徴的な部分を上げるとするなら――間違いなくそれは、額から生えた‘一本の角’になる事だろう。
 
「今日は色んな物が落ちてくる日だね。あの涼しげな滝をプレゼントしてくれたのはアンタらかい?」

「誰のせいかと聞かれたら、主に私のせいですねスイマセン!」

「あっはっは、正直じゃないか! ま、旧都にゃ大した被害が無かったから気にしなくていいよ。むしろ、良い酒のツマミになったもんさ」

「………綺麗なお水じゃありませんから、お酒と一緒に呑むのは危ないと思いますよ?」

「いや、そういう意味じゃ無いって。……アンタ面白い子だねぇ」

 実に友好的な態度の彼女は、早苗の言葉に苦笑いしつつ私の方へと視線を向ける。
 女性が現れてからずっと沈黙を保っていた私は、意識を向けられるのと同時に緋想の剣を抜き放った。

「天子さん? どうしたんですか?」

「――あえて言うなら、長崎で仇を見つけたのよ」

「えっ!? いつの間に私達、長崎まで来ていたんですか!?」

 ……この子には、比喩表現って言葉が通じないのかしら。
 早苗の素っ頓狂な反応に、私は緋想の剣を構えたままの姿勢で前向きに傾く。
 未だ素性を語らぬ――けれどその姿で雄弁に自らを語る眼前の彼女は、そんな私達のやり取りを見て腹を抱えて笑うのだった。


 


 ――やっぱりこの風祝、色んな意味で私にとっての爆弾だわ。晶と一緒に流されれば良かったのに。
  



[27853] 地霊の章・陸「爆天赤地/主役の話をすると鬼が笑う」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/04/24 00:00


「わっせ、わっせ」

「あら妖夢、何を作っているのかしら。わくわく」

「この前の異変でお世話になった晶さまに、お礼の品を送ろうかと思いまして」

「それは良い考えね。そこの掛け軸とかどうかしら」

「いえ、今作っているお菓子がお礼の品なんですが……」

「ダメよ。それは私が食べるんだから」

「ゆ、幽々子様の分もちゃんと作っておりますよ?」

「妖夢……私はね、目に映る全てのモノを欲しがる傲慢な女なのよ」

「初耳ですが」

「いーやーなーのー! 欲ーしーいー! 全部食ーべーたーいーのー!」

「白玉楼の主ともあろう御方が、寝転がりながら駄々をこねないでください! ダメですよ!!」

「むー、妖夢ってば頭固い。あの子の所で何を学んできたのよー」

「頑固者で融通の利かない私のまま強くなればいい、という事です!」

「―――へぇ」

「幽々子様? どうしました」

「ふふっ、それは良かったわね」

「ゆ、幽々子様!? どうして頭を撫でるんですか!?」

「良いじゃない、撫でたい気分なのよ。よーしよーし、妖夢は良い子ねー」

「い、意味が分かりませんよぉ」





幻想郷覚書 地霊の章・陸「爆天赤地/主役の話をすると鬼が笑う」





 私達のやり取りがツボに嵌ったのか、角を生やした女性は未だに笑い続けていた。
 と言うか、声も出せないほどウケるってどういう事なのよ。
 それほど滑稽に見えたのかしら、さっきの私達。腹立たしいわね。
 ……まぁ、愉快なやり取りだった事は否定しないけど。

「首を刎ねられたくなければ今すぐ口を閉じなさい。貴女自身に恨みはないけど、貴女を斬る理由は山の様にあるのよ」

「おお怖い怖い、桃太郎殿は私らの事がお嫌いらしい。江戸の僚友はそんなに強かったのかい?」

「……評価は控えさせてもらうわ。あの‘紛い者’に関しては、私もまだ消化しきれていないのよ」

 ヤツに対する感情は、ある意味晶本人に対する感情よりも複雑だ。
 憎くもあり好ましくもあり、唾棄すべき対象であり嘆美すべき対象であり。
 平たく言うと、自分でも良く分からないのだ。相手が晶である事を差し引いたとしても。
 ただ、一つだけはっきりと言える事がある。
 それがどんな感情であるにせよ、次またアレが私の前に現れたら――私は、自分の死すら前提にして挑みかかるという事だ。
 ……負け犬の遠吠えと言えばそれまでだけど、それだけで片付けられない気持ちがあるのもまた事実。
 少なくとも、目の前の‘原意’に対して私が喧嘩腰な理由の半分は間違いなく八つ当たりだ。

「遜譲を知らぬ天人にそこまで言わせる、か。いいねぇ、ちょっとばかしその‘紛い物’に興味が出て来たよ」

「ふん。あれは何かしらの形で他人の期待を裏切って、その肩透かしを決まり手にする様な男よ。関わらない方が身のためじゃないかしら」

「酷いですよ天子さん! それは晶君の生態であって性格じゃありません!! 良い所もちゃんと言ってあげるべきです!」

「例えば?」

「目的の為には手段を選ばない所とか!」

「……くっ。否定しようと思ったけど無理ね、確かにそれは長所だわ」

「でしょう!」

「――アンタら、実は私を笑い殺そうとしてるだろう」

 ええい、つくづく失礼な輩ね。今のどこら辺あたりに笑う要素があったと言うのよ。
 何故か頬を引き攣らせて笑いを堪える彼女。実に不愉快だ。
 まぁおかげで、若干萎えかけていた戦闘意欲がひょっこりと顔を出してくれたワケだが。
 とりあえず私は緋想の剣を構え直す。もっとも彼女は今、自らの内から這い出る笑いと戦っている所だから反応は望めないだろうけど。
 無駄になるだろう不意打ちを戦闘開始の合図とするのも興が削がれるので、仕方なく私は相手の様子を窺う事にした。
 すると隣の早苗が、申し訳なさそうに私の右肩をつついてくる。

「……何よ?」

「すいません天子さん。ところでそろそろ、あの人の事を紹介して貰いたいんですが」

「無茶言わないで。さすがの私も、見ず知らずの相手を紹介なんて出来ないわよ」

「はぇ? お二人ともお知り合いじゃないんですか? 何だかお互いの事を良く知っているみたいでしたけど」

 不思議そうに首を傾げつつ、そんな戯けた事を抜かす早苗。
 どうやら彼女は私と眼前の女性の軽口の応酬を、親しいが故のやり取りだと判断した様だ。
 もしくは、互いに相手の素性を察しているらしい態度でそう誤解したのか。
 どちらにせよ、この子はもう少し会話の機微と言うヤツを学んだ方が良いと思う。晶だって出来るわよそれくらいの事。

「悪いけど、私の認識も貴女と同程度よ。詳しい事は本人に聞きなさい」

「ええっ!? 天子さん、何一つ分からない人相手にあそこまで強気に出てたんですか!?」

 ……ちょっと待て、その反応は何だ。
 確かに相手は初対面の妖怪だが、何一つ分からないは言い過ぎだろう。
 むしろ、分かり易さで言えば幻想郷でも随一の種族だ。ロクに知識のない人間だって一目で察しが付く。

「――ねぇ早苗、ちょっと確認させて。貴女はアイツが何者だと思っているの?」

 私の簡単なはずの問いに、早苗の表情が曇った。マジか。
 彼女は真剣な表情でじっと眼前の女性を見つめると、恐る恐るといった具合に己の見解を開示する。

「カブトムシの変化ですかね」

「ぶほはぁっ」

 無駄に自慢げな彼女の解答に、堪らず噴き出すカブトムシの変化(仮)。
 本当に笑い死ぬ勢いだが、それで良いのかアンタは。
 と言うか、仮にもあの不思議大好きっ子の親友がその解答は色んな意味でマズくないかしら。
 晶が泣くわよ? あ、それなら良いわ。本人の前でぶっちゃけて存分に泣かせなさい。

「そんなワケないでしょうが。アイツは鬼よ、分かる? オ・ニ!」

 まさか、こんな簡単な説明をする羽目になるとは思わなかった。
 鬼――かつての妖怪の山の支配者で、今は旧地獄の妖怪達を束ねている最強の種族。
 その存在は幻想蔓延る幻想郷ですら疑問視される程で、私もちょっと前に知り合った酒飲みが居なければ実在を疑っていたかもしれない。
 彼女達が何故地下へと潜り、その存在を幻想郷からも薄れさせたのかは私も知らない。
 確実に言えるのは、寝物語の様な数々の武勇伝全てが事実であるという事だ。
 妖怪とも神とも違う領分に居る存在、鬼。その看板に嘘も偽りもありはしないのである。
 ――で、早苗はどうしてそんなダメな子を見る様な目で私を見つめているのかしら。
 この場で一番のダメな子は、満場一致で貴女になると思うのだけど?

「はぁ、ダメですねぇ天子さんは。あの金髪さんが鬼なワケないじゃないですか」

「……どうして貴女は、そこまで自慢げにそんな事が言えるのかしら」

「良いですか? 鬼と言うのは、他の妖怪とは一線を画す存在なのですよ? ――って晶君が前に言ってました」

「知ってるわよそれくらい」

「人間の未知に対する畏怖を存在化したモノ、それが鬼なんです。極論を言えば妖怪とは、そんな鬼を分割、派生させた存在に過ぎないのですよ!」

「そういう極論を、他人からの受け売りそのままに言うのは止めなさい。馬鹿に見えるわよ」

「そんな凄い鬼さんが、他の妖怪みたいに人の姿で現れるワケがありません! 論破完了です!!」

 えっへんと胸を張って、良く分からない理屈を主張する早苗。貴女は何を言っているのかしら。
 まぁ、鬼の元々の定義を考えると普通の人型なんて有り得ない。という考えそのモノは分からないでも無いけど……。

「その理屈で言うと、貴女の所の神様が人の姿で現れるのもおかしいじゃない」

「おにょう!?」

 神とは突き詰めて言えば、万象に神としての‘意識’を与えたモノだ。
 奴等が熱心に人々の信仰を集めているのも、信者が抱く認識で己と言う‘意識’を拡大し神格を高める為に他ならない。
 そういう意味では、鬼と神は腹違いの兄弟みたいなモノである。
 その神が早苗の言う所の‘普通な姿’をしている以上、鬼が普通であって文句を言われる筋合いは無いだろう。

「うう、晶君の嘘つきぃ」

「別に晶の名誉はどうでも良いけど、一応言っておくわね。悪いのは貴女の解釈だから」

「お、おにょうって……ぶふっ」

 ダメだ、もう完全に萎えた。やってられるか。
 私はため息を吐き出し、緋想の剣をゆっくりと鞘に納めた。
 まったく、こんな状況で勝負を仕掛けたら私は間違いなく道化じゃないか。

「ほら、お望み通り剣を納めてあげたわよ。いい加減そのウザったい演技を止めなさい」

「はにゃ?」

「いやいや、鬼は嘘をつかないよ。ちょっと過剰に感情を表現しただけさ」

「えっと、どういう事ですか?」

「私の喧嘩を買いたくないから、コイツは私の戦意を挫く様な態度をとってきたのよ。ふざけてるわよね」

「ふざけているのはどっちさ。さすがの私も、八つ当たりを理由に喧嘩をするのは御免だよ」

 別に、それだけが理由じゃないわよ。……半分以上は八つ当たりだけど。
 何となくバツが悪くなった私は、鬼から視線を逸らして肩を竦める。とりあえず、晶め後で覚えていなさいよ。
 そんな風に私が完全に戦意を失った事を確認して、彼女は脇腹を抑えつつも笑いを引っ込めた。
 ……ああ、ウケていたのは本当だったのね。それはそれで腹が立つわ。
 私は意識を切り換える為に大きく息を吐き出すと、彼女にギリギリ聞こえる様な小さな声でポソリと呟いた。

「―――おにょう」

「ぐぶっ!?」

 よーし、ちょっと気分がスッとした。
 前屈みになって笑いを堪えている鬼の姿に、ちょっとだけ溜飲が下がった私。
 同じく呟きを聞いた早苗は何だか複雑そうな顔をしているが、こちらから言う事は特に無いので無視しておく。

「はーヤバイヤバイ。当分は思い出し笑いに苦しめられそうだよ」

「と言うか、アンタは結局何をしに来たのよ。侵入者を撃退しに来たんじゃないの?」

「なんか色々と落ちて来たから、ちょっと見物しようと思っただけだよ。妖怪ならともかく、人間を追い返す理由は無いからね」
 
「え、そうなんですか? でも私達、ここに来るまでの間に色んな妖怪さんに襲われましたけど……」

「そりゃあ妖怪なんだから人間は襲うよ。ただ、地上妖怪と違って人間の旧地獄への出入りは禁止されてない。積極的に旧地獄へ来る人間がいないだけさ」

「喜び勇んでやって来るのは、晶君や天子さんみたいな変わりモノだけってことですね! 分かります!!」

「今、さりげなく自分は違うと言い張ったわね」

「何言ってるんですか。私はお二人についてきただけで、自分の意思でここに居るワケじゃないんですよ」

「……邪悪な妖怪を始末出来るって勢い込んでいたクセに」

 アンタだって相当な変わりモノよ。まぁ、一番の変人は間違いなく晶だけど。
 いけしゃあしゃあとフザけた事をほざく早苗に、私は抗議の意味も込めて肩を竦めてみせた。
 ちなみに、自分が変わりモノである事を特に否定するつもりはない。
 早苗程度にこの私の感性が理解できるとも思えないものね。これでも結構心は広いのよ、晶以外には。
 
「さっきから会話の端々に出てくるねぇ、その晶って奴。何者なんだい?」

「あ、そうです! えーっと……その、鬼さんは……」

「おっと、そういや名乗って無かったね。私は星熊勇儀、かつては妖怪の山で四天王と恐れられた鬼の一人さ」

「あいつら四天王なのに五人居るんだぜ――みたいな感じの恐怖ですかね」

「……この子は何を言ってるんだい?」

「無視していいわ、私も無視するから。で、早苗の言いたかった事を続けるけど、この街に人間が落ちてこなかったかしら?」

 別に晶の事なんて心底どうでもいいのだけど、早苗に会話を任せるとそれはそれで面倒な事になる。
 私は渋々ながら話を引き継ぎ、さほど興味の無い晶の行方を彼女――勇儀に訪ねた。
 それに対して、困ったように眉を顰める勇儀。当たり前だ。彼女に心当たりがあったら、先程までの会話に首を傾げたりはしないだろう。

「今の所、アンタらが今日初めてのお客様だけど……ちょっと状況が見えないね、一から説明してくれないかい?」

「さっきの滝の中に、私らの知り合いの晶って人間が居たのよ。私達は一応嫌だけど渋々それを追いかけて来たの、一応嫌だけど渋々ね」

「天子さん、嫌だって事強調し過ぎですよ……」

「ふむ、滝の中か――そいつはまずいね。その滝、ここよりももっと奥の所に流れて行ったよ」

 少し険しくなった声色で、勇儀が街の向こう側にあった更なる地下へと続く穴を見つめる。
 一方私は早苗に対し、どうだ見た事かと言う意図を込めた笑みを送りつけてやった。

「ほら、やっぱり最悪の可能性を選び取ったじゃない。晶はそーいう奴なのよ」

「さすがです。まさに神々が羨む天性のコメディエンヌですね」

 どうでもいいけど、それ女性の喜劇俳優への呼称よ早苗。指摘する理由がないから言わないけど。
 ……この子の事だからどうせ、コメディエンヌはコメディアンの上位職業だとかそんな間抜けな勘違いをしているんでしょうね。頭痛い。
 ちなみに自分で起こした津波に呑まれた貴女にも、喜劇役者としての素質が十二分にあるわよ。やっぱり言わないけど。
 神に愛された風祝と神が羨む馬鹿。――どっちが笑えるのかは深く考えたくないわね。

「え、おかしくないかその反応。地上との入口から地霊殿までって、妖怪の山がすっぽり収まるくらいの高さがあるんだぞ?」

「むしろそれだけじゃ決め手に欠けるわね。落下地点が灼熱地獄だったり極寒地獄だったりしてくれると、私の手間が省けてありがたいんだけど」

「極寒地獄は、晶君にとって天国じゃないですかね? あ、そうなると灼熱地獄もそんなに辛くない様な気が……」

「そういえば今は、仮にその地獄があったとしても無人なのよね。―――チッ、それじゃダメか」

「いや、まぁ落下地点は普通に地面だけどさ。……その晶って奴は、アンタらの仲間じゃないのかい?」

「大親友です!」

「常に相手の寝首を掻こうと窺う間柄よ」

「どういう事なんだよ……」

 私達の返答に、勇儀は何とも複雑そうな表情をした。
 まぁ仕方あるまい。晶という人間の愉快さを知らないと、私達の態度は不可解に見える事だろう。
 本当に、何でこれだけ条件が揃っているのに死なないのかしらアイツ。
 やはり晶を確実に仕留める為には、形振り構わず不意打ちで首をチョンパするしかないのかしらね。
 でもそれは、正面からだと倒せないと認めたみたいで嫌だわ。――まぁ、ヤる瞬間は楽しいでしょうけど。

「ま、積もる話はあの街の中でしましょう。私もちょっと休みたいしね」

「さっき天子さん、休んでる暇は無いって言ってませんでしたっけ」

「状況は刻一刻と変わっていくのよ、早苗」

 晶がこの街を通り過ぎた以上、先を越される心配は無いもの。ゆっくりしたって許されるわよ。
 それに実際、焚火を用意したり身体を乾かしたりで休む時間が無かったのも事実なワケだし。
 何より、勇儀がさらっと口にした『地霊殿』って単語……少しばかり気になるのよね。
 
「とにかく、私は意地でも休むわよ。まだ勇儀との喧嘩もしていないもの」

「いやー、なんかさっきとは違う理由で戦いたくなくなって来たよ。私も年かねぇ」

「勇儀さんはお若いと思いますよ、幾つかは知りませんけど! あと、私としては落ちて行った晶君を追っかけたいんですが」

「お菓子も出るわよ、多分」

「――お土産を用意すれば晶君も喜びますよね! 休憩賛成です!!」

 説得するのも面倒だったので適当な謳い文句で誘ってみたら、どうやら早苗には効果覿面だったらしい。
 あっさりと友情を捨て、食い気に走る風祝。晶ざまーみろ。
 ちなみに本当に旧地獄にお菓子があるのかは知らない。銘菓地獄饅頭とかあったら面白そうだが、味は期待できなさそうだ。
 そんな私達を見て、勇儀は何度目かになる疑問を疲れきった声で口にした。

「……なぁ、結局アンタらはどういう集まりなんだ?」

「守矢神社の愉快な仲間達です!」

「天人と哀れな下僕共よ」

 当然の話だが、私も早苗も本気で言っている。実にタチの悪い話だ。
 そしてそんな一ミリも合っていない互いの認識こそが、ある意味で私達と言う集まりを明確に語っているのであった。




[27853] 地霊の章・漆「爆天赤地/ながされて地霊殿」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/05/07 21:56

「さて、それじゃあ休憩も兼ねて一回軽く手合わせしましょうか」

「休むも憩いも無い、斬新な休憩じゃないか。地上で流行ってるのかい」

「私は初めて聞きました! ……うう、幻想郷でも私、流行についていけてないみたいです晶君」

「ちょっと勇儀、アンタの皮肉のせいで早苗の良く分からない古傷が抉れたじゃないの」

「他人の過去まで責任は取れんよ。もちろん、休憩になっていない休憩もする気は無いね」

「ちっ、臆病者が」

「その言葉はちょいとばかり聞き捨てならないね。例えそれが、見え見えの挑発だったとしてもだ」

「あーら、それじゃあどうするのかしら?」

「もちろん、挑発に乗って勝負するに決まってるだろう。――ほら、座りな」

「……確認したいんだけど、何かしらその瓶は」

「酒瓶だよ。飲み比べするには十分すぎる程の量だろう? もちろん、無くなったら追加を出すよ」

「とこっとん全うな喧嘩する気が無いみたいね、貴女」

「ここまで来たらもう意地だね。で、どうするよ天人様。鬼の得意分野に挑む気は起きないかい?」

「見え見えの挑発には、見え見えの挑発を返すってワケね。――かっちーんと来たわ。やってやろうじゃないの上等よ」

「よっし勝負だ! 今日はとことん飲むぞ~」

「あのー、それでお菓子はいつ出るんですか?」





幻想郷覚書 地霊の章・漆「爆天赤地/ながされて地霊殿」





「ふぅ、死ぬかと思った」

 安全性が一切保障されていないフリーフォールを何とかやり過ごした僕は、命の大切さをしみじみと実感していた。
 良かった、本当に良かった。落下ダメージにも鎧の即死キャンセルが適応されて。無かったら冗談抜きであの世逝きだったよ。
 僕はほんのりと輝く鎧を褒める様に撫でる。悲しい話だが、この鎧がなければ僕の死期は格段に早まっていた事だろう。
 うん、今ちょっと泣きたくなったけど耐えたよ。僕がんばった。とってもがんばった。

「僕一人なら、こんな綱渡りしなくても良かったんだけどなぁ。――いやまぁ、自業自得なんですけどね」

 まったく、落下途中で気付けてよかったよ。
 僕はともかく橋姫様が、この高さから何もせず落ちたらタダじゃすまないもんね。
 ……うん。なんか若干どころじゃなくおかしい台詞だけど、今は気にしないでおきます。
 なので僕は風で保護膜を作り、橋姫様を落下の衝撃から守る事にしたワケですが――やっぱり自分への配慮を忘れていたワケで。
 激突間際にその事に気付いた僕は、仕方なく運否天賦に身を任せる羽目になったのでした。めでたしめでたし。
 ――風の操作って意外と難しいね! ちょっと熱中しちゃったよ!! あの状況下で保護膜の完全円形に拘っちゃうくらい!
 ちなみに落下中に、橋姫様は何故か気を失ってしまいました。何ででしょう。
 確かにものすっごい速さで落ちてはいたけど……最高速の氷翼よりちょっと遅いくらいでしたよ?
 
「う、うぅぅん……」

「あっと、気が付きましたか橋姫様」

「ここ――は――――っ!?」

 胡乱な眼で身体を起こした橋姫様は、僕の姿を確認して身体を強張らせた。
 その視線は、浴びた人が塩の柱になってしまいそうな程の殺意に満ち溢れている。
 うわぁ、やっぱり早苗ちゃんの事怒っているのかなぁ。
 等と思っていたら、橋姫様はやたら神妙な顔で僕に問いかけて来た。

「……貴方、どういうつもり?」

「ほへ?」

「敵対していた私を、どうして助けたのかと聞いているのよ」

「えーっと、それは……重要な事なのでしょうか」

「ええ。返答次第では――永劫、貴方を呪う事になるわ」

「ソレハトテモジュウヨウナシツモンデスネ」

 え、なにそれこわい。
 今にも血涙を流しだしそうな憤怒の表情で、橋姫様は僕を睨みつけてきた。
 永劫呪うと言われたが、下手な言い訳をすればその瞬間に僕の人生は終了してしまいそうである。
 となると、素直に白状するしかないワケだけど……。
 理由が理由なだけに、本当の事を言うのは躊躇われるなぁ。まぁ言うんだけど。

「――流し素麺ってあるじゃないですか」

「あるけど、それが何よ」

「アレってお腹いっぱいになっても、取れると思ったらつい手を出しちゃいますよね」

 実に酷い表現だが、一ミリの語弊もない事実である。
 仮に目の前を通り過ぎたのが板切れであったとしても、僕は多分同じ事をしていただろう。
 いや、マジで。本当に‘助ける気’は一切無かったのですよ。
 感覚的には「誰かを助けるのに理由はいらない」よりも「あ、取れるぞ」の方が近い。
 それで実際に手を伸ばしてみたら思いの外届かなくて、ムキになっていたら支えの方から手を離してしまった……と言うのが事の真相である。
 ――うん、笑って良いよ。本当の事だから。
 そのせいで二人と離れ、鎧の特殊効果を消費し、ロッドも無くしたのだから色々と泣けてくる。
 うう、早苗ちゃんがロッドを回収してくれれば良いんだけどなぁ。あれがないと、地味に神剣が使えなくなるんだよね。
 
「つまり私を助けたのはあくまで反射で、私を助けようとする意図は一切無かったと言う事かしら」

「身も蓋もない言い方をすると、そうです」

「………ふーむ」

「ま、まぁアレですよ。特に恩を着せるつもりもないので、運良く助かってラッキーくらいに思っといてくださいよ」

「そうね――今のでギリギリになったけど、とりあえずは許容範囲としておきましょうか」

「すいません、気に障りましたか」

 恩義云々の話が出ないうちに気にしないでと言うのは、ちょっと勇み足過ぎたかな。
 そう思って頬をかいていると、そんな内心を読んだかのように橋姫様が僕を睨みつけて来た。
 とりあえず正座だ。従順な態度で正座するしかない。
 いつでも謝罪に移れる姿勢で、僕は橋姫様の御言葉を拝聴する。無論、そこに抵抗と言う言葉は無い。一切無い。

「少年。誤解の無いよう言っておくけれど、私には反射で助けようとした貴方を責める意思は無いわ」

「あ、そうなんですか? ……と言うか、良く僕の性別が分かりましたね」

「当然じゃない。――もっとも激しい嫉妬は、男と女が居るから生まれるのよ?」

 ああ、この人きっとひよこの雌雄も一発で見抜くんだろうなぁ。
 何の根拠も無いけど無意味に確信があった。橋姫様の才能は、全て嫉妬する為あるに違いあるまい。

「私はね、少年。無償の親切とやらが堪らなく嫌いなのよ」

「それはアレですかね。無償の親切で助けられた人は、同じ事を期待して自ら助かる努力をしなくなるから――」

「断言するわ。そうやって誰も彼もを助ける人間は、十割方恋愛関係を拗らせるのよ!」

「あ、全然関係無いですかそうですか」

 わりと深刻な話かと思ったら、全力で下世話な話でした。何それ。
 まぁ、嫉妬を司る橋姫様が親切云々で文句を言うとは思わなかったけどさ。
 無償の親切と恋愛に、いったいどんな因果関係があると言うのだろうか。
 物凄くどうでも良いので聞きたくないけど、何かのスイッチが入った橋姫様が聞くワケも無く。
 居もしない何者かに敵意を向けながら、彼女は歯軋りしながら語りだした。

「そういう親切をする輩は、自分にとっての‘普通’が相手にとって‘特別’だって自覚が無いの! 基本節操無しなのよ!!」

「まぁ、日常的な事になってないと出来ないですよね。無償で人を助け続けるなんて」

「だから相手が返してくる善意に、‘特別’を求める下心が含まれている事に気付かないのよ! 自分同様無償であると思い込んで!!」

「はい! 相手が特別を求めてくるのは分かるけど、受けたくないから気付かないフリをするのはどうなんですか!?」

「……そういう事やってんの?」

「色んな組織から勧誘されまくってますんで……」

「色恋関係無いなら心底からどうでもいいわ! それはそれで妬ましいけど!!」

 んー、つまりハーレム系主人公は皆死ねって事で良いんですかね?
 適当に意訳してみたら、想像以上に分かり易くて何とも言えない気分になった。
 確かに橋姫様からしたら、複数の異性より好意を向けられるそういう人らは全自動嫉妬発生まっすぃーんとも言うべき忌わしい存在なんだろう。
 嫉妬を過剰供給してくれるワケだから、彼女にとっては実にありがたい存在な気もするけど。
 恋愛関係で色々あったと思われる橋姫様的には、釣った魚に餌をあげない連中が胃袋ネジ切れるほど憎たらしいのだろう。
 ……あの時、見栄を張って「妖怪だって、助けるのに理由はいらない」とか言わなくて良かった。
 言ってたら絶対葬られてた。手段は分からないけど確実に。橋姫様は、好感度を上げる台詞に敏感なんですね怖い。
 
「親切をするなとは言わない妬ましいけど! だけど、損得勘定をせず他人を助ける人間を私は許さない妬ましい妬ましい!!」

 橋姫様、結局誰も彼も妬んでますがな。分かってたけど。
 と言うかだ、物凄い迂回の仕方をしたはずなのになんか「らしい」答えが出たのは何故なのか。
 これ過程を突き詰めてみると、物凄い深遠な哲学に繋がる気がする。しませんが。

「まぁ、橋姫様の価値観に異議を申し立てるつもりは無いです。セーフ判定も貰った事ですし」

「……その余裕は妬ましいわね」

「僕にどうしろと。――ともかく、まずは身体を乾かす事にしましょう。このままだと風邪を引いてしまいますし」

「それは確かに困るけど……どうやって乾かすつもり? 私は何も持っていないわよ?」

 橋姫様の問いに、僕は苦笑いしながら頬を掻いた。
 乾かす手段は持ち合わせているが、それを彼女に使うのは少々忍びない。基本暴力的な手立てしか無いので。
 せめて、木材か何かがあれば安全に乾かす事ができるんだけどなぁ。……そこらじゅう岩しか無いや。
 そうやって何かないかと周囲を見回してみると、ふと視界の隅に映るものがあった。
 そこそこ遠いけれど、しっかりと全体像が把握できるアレは――建物?

「ねぇ橋姫様。向こうの方にでっかい建物があるみたいですけど、何だか分かります?」

「建物? 旧都の事かしら……うげっ」

 僕の指差す方向を見た橋姫様が、あからさまに嫌そうな表情をする。
 何だろうこの反応は。まるで害虫の巣を見つけたかのようなリアクションだ。
 もしくは、紫ねーさまが出てきた時の皆様方がする表情。あ、いやその二つに関連性はありませんけどね?

「まさか、地霊殿まで落ちていたとはね。面倒な事にならなければ良いんだけど」

「ちれいでん? なんですかソレ」

「地底妖怪からも忌み嫌われる、ある妖怪の居城よ」

 本気で関わり合いになりたくなさそうな顔で、その地霊殿とやらを見つめる橋姫様。
 ふーむ。地底妖怪からも忌み嫌われる妖怪かぁ……どんな妖怪なんだろう、ソレ。
 
「よしっ! それじゃあその地霊殿で、僕らの濡れた服を乾かさせて貰いましょうか!!」

「な、何でそうなるのよ妬ましい! 私の話を聞いてなかったの!?」

「聞いてましたとも。つまり超凄い妖怪があそこには居るって事でしょう? なら、服乾かすついでに会いに行くのもアリだと思うんですよ」

「無いわよ妬ましいわね! 行くんなら、一人で行けば良いじゃない!!」

「僕一人だと不安じゃないですか」

「知らないわよ妬ましい! 貴方、態度は下手だけど意外と図々しいわね!?」

 まぁ、態度は従順だけど根は無礼者と地上でも評判ですからね僕。
 しかし好奇心を刺激された僕は、その程度の皮肉じゃ止まりはしないのですよ。
 僕は馴れ馴れしく橋姫様の手を取ると、有無を言わさず地霊殿へ向けて引っ張っていく。

「ほらほら、行きましょうよ。このままだと身体壊しちゃいますよ?」

「だから私は嫌だって言ってるでしょう! 地霊殿に行くくらいなら、身体を濡らしたままの方がマシよ!!」

「……分かりました。じゃあ、地霊殿に行かないで身体を乾かす事にしましょう」

「そんな方法があるなら先に言いなさいよ!? 妬ましい!」

 橋姫様の抗議を無視して、僕は彼女から距離を取る。
 大きく息を吸って気で身体を強化した僕は、自分に向かってスペルカードを解き放った。



 ―――――――転写「アグニシャイン」



 巻き起こった炎が、自身の身体へと絡みついていく。
 全身を炙り水気を払った事を確認して、僕はスペルカードをブレイクした。
 よしよし、自分でやるのは初めてだけど上手く出来たみたいだ。
 髪の毛がちょっとコゲついちゃうのが難点だけど、意外とこれは良質な乾燥方法なのかもしれない。
 ……色々と問題はあるけど。

「なっ、何をやっているのよ貴方!?」

「さっき言ってた、地霊殿に行かず身体を乾かす方法を実践しただけですが」

「何で直火なのよ妬ましい! もっと賢いやり方があるでしょうが!?」

「いやー、残念ながら僕の炎って留められないんですよねー。火種があれば別なんですが」

「何よその半端さは。妬ましいぃ……」

 と、言われましても。アグニシャインはスペルカードなので、ぶっ放す以外の使い方が出来ないんですよ。
 木材があれば、それを燃やす事が出来たんですけどねぇ。いやー、残念残念。
 後はもう、身体の水分を凍結させて引き剥がすしか無いんじゃないかな。
 え? アグニシャインと風を組み合わせて、低出力で放ったら行けるんじゃないかって?
 なるほどその発想は無かったけど、言ってる意味が分からないので気付かなかったフリさせて貰いますね。
 僕はにこやかに笑いながら、橋姫様へと視線を向けた。
 おやおや、何でそこで身体を固くするんですか? ワケが分かりませんよ?

「さて橋姫様、身体を乾かす準備はおーけー?」

「い、一応確認するけど、その炎って見た目だけが派手な見せかけの炎なのよね?」

「ばっちり見た目通りの威力でございます。それじゃあせーので行きますよー」

「全身黒コゲになるから止めて! と言うか、何で貴方は服も身体も綺麗なままなのよ!?」

「……慣れ?」

「―――うわぁ」

 おお、橋姫様がドン引きなされておられる。
 今まで些細な事でも妬んでいた彼女も、さすがに嫉妬限界点を超えてしまったのだろう。マイナス方向に。
 まぁそんな事より、僕としてはさっさと地霊殿に行きたいんですけどね!
 ……あれ、おかしいな。何故だか涙が止まらないや。

「ねぇ、貴方ちょっと自分の人生考え直した方が良いと思うわよ?」

「せからしかっ! 今すぐ乾燥の為に燃やされるか凍らされるか選びなさいな!! それが嫌なら僕と一緒に地霊殿に行きましょうお願いします!」

「あーうん、分かったわ。行くから、行くから泣きながら土下座するのは止めてちょうだい。己のアイデンティティが揺らぎそうになるから」

 ふふん、橋姫様ったらまんまと僕の策略に引っ掛かったね。
 今更この程度の事で、僕が本気で泣くワケ無いじゃないですか嫌だなぁ。
 ――本当だよ! 泣いてなんかないよ!! 泣いたフリだからね!
 僕は顔を拭いながら立ち上がり、橋姫様の背後に回って彼女の背中に手を添える。
 うわ、しっとりしてる。これは一刻も早く服を何とかしないと。だから急ごう全てを忘れて。
 こちらの突然の復活に焦っている橋姫様をよそに、僕は彼女を押しながら地霊殿に向かうのだった。
 
「さぁさぁ、そうと決まればサクサク移動を開始しましょう! 目指すは地霊殿ですよ橋姫様!!」

「私も大概情緒不安定な妖怪だけど、貴方よりはマシな気がするわ……」

 聞こえません聞こえません。今の僕にはなーんにも聞こえませんでしたとも。




[27853] 地霊の章・捌「爆天赤地/嗚呼、橋姫様!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/05/08 00:08


「ほーらほら、ペースが落ちてるぞ天人。大丈夫か?」

「よ、余計な御世話にょ! これから私にょ大逆転劇が始まりゅんだからね!!」

「わはは、そーかいそーかい頑張れよ。ぐびぐびーっと」

「……はわー、二人とも凄いペースです」

「そういうお前さんは菓子だけで良いのかい? 甘口の酒もあるよ?」

「私はあまりお酒強くないので……晶君も迎えに行かないといけませんし」

「あっはっは、健気なモンだねぇ。よっし、じゃあこの天人潰したら私が地霊殿に連れてってやるよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ぐむむ、まだ決着はついてにゃいわよ。私はまだまだいけるにゃ!」

「私としてはスパッと負けてもらってスパッと晶君を追っかけたいんですが。もぐもぐ」

「まだまだぁ……」

「あー、もうちょい粘りそうだから待っててくれ。もっとキツいの出してくるよ」

「行ってらっしゃーい。ってアレ、天子さん何か落しましたよ?」

「まだまだぁ……」

「これって、晶君のいつも使ってる棒ですよね。何で天子さんが……」

「うぷっ――ま、まだまだぁ」

「むー、何だかモヤモヤします。とりあえずこれは没収しておきましょう」





幻想郷覚書 地霊の章・捌「爆天赤地/嗚呼、橋姫様!」





「ふーむ。何だか、妙な雰囲気になってきましたねぇ。空気が淀んでいると言うか何と言うか」

 地霊殿が間近に見える所まで辿りついた僕は、周囲の状況をそう評した。
 元々が地獄だけあって基本的に辛気臭い旧地獄だけど、ここらへんのおどろおどろしさは尋常じゃないレベルだ。
 と言うか、さっきから視界端にチラホラ半透明の何かが見えているんですが。なにこれこわい。

「地霊殿の近くには灼熱地獄の跡地があるのよ。怨霊が多いのはそのせいね」

「怨霊に灼熱地獄跡地ですか……何やら新しい固有名詞がほいほい出てきましたね。興味深いです」

「その単語を聞いてワクワク出来る貴方が妬ましい」

 怨霊と言うのは読んで字の如く、怨み辛みをたくさん持った霊の事だろう。
 確かに地獄には常駐していそうな存在だ。言われてみれば周囲を漂うふよふよ達は、白玉楼の霊より濁っている様な気がする。
 いや、色彩に出るのかどうかは知りませんけどね? 単に薄暗いからそう見えるだけなのかも知れないし。
 そして灼熱地獄――の跡地。こっちも文字通りの場所だろう。
 僕の記憶だと、八大地獄にあったのは灼熱じゃなくて炎熱地獄だった気がするけど……まぁ名称の差異は大した問題じゃ無いか。
 地獄を深く知らない人でも知ってる大分メジャーな地獄だから、リストラされてると言う事実には若干驚いたが。
 ……大炎熱地獄とかあるからなぁ、八大地獄って。この分だと探せば叫喚地獄もありそうだ。

「と言う事は、地霊殿に住んでいる妖怪さんが怨霊や灼熱地獄跡地の管理をしているんですかね」

「あら、鋭いわね妬ましい。察しの通りその二つの管理は地霊殿の主の管轄よ。アイツは、自分のペットに仕事を任せているみたいだけど」

「なるほど、僕と同じ立場の人間がたくさんいるって事ですか」

「……動物の変化しかいないわよ」

 しまった、かかなくてもいい恥をかいてしまった。
 嫉妬心の塊である橋姫様が、混じりっ気無しの憐憫を僕に向けてくる。
 世の中広しと言えど、橋姫様に嫉妬以外の感情を向けられた人間は僕だけなんじゃないだろうか。
 ――それが、良い事か悪い事かは定かではないけど。

「さ、さぁさぁそんな事より、地霊殿の門を叩きましょうよ!」

「そうね。このまま会話を続けていっても、お互い疲れるだけだわ」

 これ以上話しても不幸になるだけだと悟った僕等は、改めて地霊殿へと向き直った。
 細かい建築様式までは分からないけれど、西洋建築である事だけは間違いない石造りの屋敷である。
 地獄に相応しい建物だけど、相応しすぎて不気味なのが如何ともしがたい。
 まぁ、今更それで躊躇う様な殊勝な性格はしてないけどね。
 でも呼び鈴とか無いのかなぁ? 門を叩いたくらいじゃ反応なさそうなくらい広いよここ。

「どうしたのよ、門の前でまごまごして。そこが入口で合っているわよ?」

「いや、軽く叩いたくらいで分かって貰えるのかなぁーって」

「地霊殿の主は耳聡いから平気でしょう。それでも不安なら、扉が壊れるくらいの勢いで叩けば良いじゃない」

「……良いんですか? 壊しちゃって」

「壊せるのならね――って待った。今の無し。普通に叩きなさい」

「はぁ、良く分かりませんがとりあえず普通に叩きますね」

 右腕の気を増幅した所で、意地の悪そうな笑みを浮かべていた橋姫様が慌てて止めにかかった。
 地底の流儀は分からないなぁ。僕は首を傾げながら石造りの門を軽くノックする。

「……忘れかけていたけど、貴方ってキスメとヤマメを追い払う程度の力は持っているのよね。妬ましい」

「そんな事実もあった様な気がします」

「何で疑問形なのよ妬ましい」

「世の中で自分ほど信用できない人間はいない、がモットーですので」

「せめて事実くらいは信じてあげなさいよ……妬ましいわね」

「――えーっとお二人さん? 楽しそうにお話している所悪いんだけど、地霊殿に何か御用かい?」

 再び不毛な話題が始まろうとした所に、第三者の怪訝そうな声が割り込んでくる。
 声の方を向くと、開かれた石造りの扉から一人の少女が顔を覗かせていた。
 赤毛を三つ編みお下げにした、黒いゴスロリ気味の服を着た可憐な少女である。
 そしてネコミミ。毛並みが服装と同じく黒色だから黒猫なのだろう、姉弟子並にあざとい。
 彼女は玄関前で漫才を繰り広げる僕等を、不審者を見る様な目でじっと見つめてくる。
 いやまぁ、実際問題不審者なんですけどね? とりあえず、フレンドリーな態度で警戒心を解く事にしよう。

「どうもどうも。僕は久遠晶、地上からやってきた無害な冒険者です! 突然ですけど御宅で身体乾かさせてください!!」

「貴方って凄いわよね。何でも無い台詞を、良くもまぁそこまで胡散臭く出来るものだわ」

 ついに橋姫様に感心されてしまった。泣ける。
 ひょっとして僕って、物凄いダメな人間なんじゃないだろうか。あ、今更ですかそうですか。
 案の定、ネコミミ少女は僕の言葉に身構え露骨な警戒態勢を取ってしまった。死にたい。

「色々ツッコミ所が多すぎて何を言って良いのか分からないけど――水橋の姉さん、どこまでが事実なんだい?」

「驚くべき事にほぼ全部が事実よ妬ましい。唯一違う点は無害って所だけね」

「断言された!? 僕、橋姫様に有害な所を見せましたっけ!?」

「匂いがするの、貴方からは厄介者の匂いが。具体的に言うと地霊殿の主の妹くらい」

「誰!?」

 酷い言いがかりもあったモノである。……否定は出来ないかなぁと思わないでもないけど。
 しかもさらっと新情報が出てくる始末である。橋姫様って水橋って名前だったんだね。
 そして、どうやら顔見知りらしい橋姫様の評価にまたまた身構えるネコミミ少女。これもうフォロー不可能じゃないかな。
 とりあえず、視線で橋姫様に救援を要求してみた。何とかしてください橋姫様。
 あ、肩を竦められた。知らんがなって事ですか酷い。スタートは僕でもトドメ刺したのは橋姫様なのに。

「正直、その説明を聞いて屋敷に入れてくれる妖怪はいないと思うよ。少なくともあたいは無理だね」

「なら薪と布を貸してくれるだけで良いわ。私は身体を乾かせさえ出来れば、地霊殿に入れなくても一向に構わないもの」

「しまったそういう意図が!? 酷いですよ橋姫様、地霊殿を案内してくれるって約束はどこに!」

「してないわよそんな約束、図々しいわね妬ましい! それといい加減、その一切合財尊敬の念が込められていない橋姫様って呼称も止めなさい妬ましいわね!!」

「えーっと、ではどう呼べばいいんでしょうか」

「パルスィで良いわよ。私も呼び捨てるから貴方もそうしなさい、良いわね」

「構いませんが……パルスィはゾロアスター教と何かご関係が?」

「知らないわよ妬ましい」

 まぁ、さすがにソレは勘ぐり過ぎ……なのかな? パルスィとパルーシーじゃ大分違うだろうしね。
 ともかく、僕たちは今更になって互いの名前を知る事となった。本当に今更だなぁ。
 ネコミミ少女もその事を怪訝に思ったらしく、不可解そうな顔でパルスィを見つめる。
 ちなみに僕の方は見ない。当然とはいえ結構切ない対応である。

「結局お二人さんは、一体全体どういう関係なんだい? 出来れば目的とそこをはっきりさせてから出直してきて欲しいんだけど……」

「いえ、目的はもう出ているんですよ。ただパルスィが嫌がってるだけで」

「何自分には大義がありますみたいに振る舞っているのよ妬ましい! 目的も関係も一切定まって無いでしょう実際に!!」

「じゃあ、目的は僕に譲ってください。関係はそちらの認識に合わせますから」

「……地霊殿に入る事は、何が何でも譲る気は無いのね妬ましい」

 そこを譲ったら、わざわざ地霊殿に来た意味が無いですからね。
 僕自身そこまでムキになる必要は無いんじゃないかなーと思わないでもないけど、なんかこう目的が困難になるとやる気が増してくると言うか。
 うん、難儀な性格である自覚はあります。改善する気はあんまり無いですが。

「段々分かってきたよ。そっちの姉さんは地霊殿に入りたい、水橋の姉さんは身体を乾かせればそれで良いと。目的はそんな所かい」

「概ねそんな所ね。理解が早くて妬ましいわ」

 まぁ、僕は姉さんじゃなくて兄さんなんですけどね?
 話がややこしくなりそうなので、そこらへんは空気を読んで黙っておく僕。
 パルスィが何も言わないのは……単に面倒なだけなんだろう。訂正する義理も無いワケだし。
 ネコミミ少女はそうして僕等の目的に当たりをつけると、続いて関係の方を探ろうと僕達の顔を覗きこんでくる。
 が、何度か顔を見比べた所で苦虫を噛み潰した様に唸るネコミミ少女。
 どうやら分からなかったらしい。残念だ、僕も分からないから教えてもらおうと思ったのに。

「変な解釈をされる前に答えておくけど、私とこの子が一緒に居るのは成り行きよ。諸事情あって地霊殿まで落ちて来たのよ」

「諸事情って……どんな事をすれば、水橋の姉さんの居る所からここまで落ちてこれるのさ」

「……黙秘権を行使するわ、妬ましい」

 まぁ、パルスィ的には説明出来ないよねぇ。事情が事情だけに。
 僕も迂闊に説明してパルスィに殺されたくないので、とりあえず同じ権利を行使した。
 とは言っても、ネコミミ少女は僕をほとんどいない者として扱っているので何か聞かれる事は無いんだけど。
 あっはっは――泣きたい。

「つまり、だ。そっちの姉さんと水橋の姉さんはあくまで無関係で、そっちの姉さんは純然たる侵入者だとそういうワケなんだね」

「間違ってないわね」

「ん?」

「いやー、それを聞いて安心したよ。人間とは言え旧都妖怪のお仲間さんを倒したら、後でお叱りを受けちゃうからさぁ」

「んん~?」

「ああ、その点に関しては全然問題無いわ。だって私もこの子と敵対してるし」

 いやまぁ、確かに流れで一時休戦していただけですけどね? 今それを言っちゃいますかパルスィさん?
 つい数秒前まで仲良くお話してたじゃないですか、もうちょっと助けてくれても良いと思いませんか無理ですかそうですか。
 風向きが嫌な感じに変わった事を悟った僕は、とりあえず二人から距離を取って構える。
 出来れば僕としては、平和的な解決方法を希望したいんだけど……無理だろうなぁ。
 二人の目を見れば、現状の僕がどういう扱いなのかだいたい分かる。
 良くて獲物、悪くて素材と言った所だろう。一個人としての尊厳はまず無いと考えて良いはずだ。
 
「そういうワケだから、悪いねお姉さん。何で地底なんかに来たのかは知らないけど、ここでお姉さんには死体になって貰うよ」

「良いでしょう、貴方が勝ったら僕を好きにして構いませんとも。ただし――僕が勝ったら地霊殿を案内して貰いますよ!」

「この期に及んで自分の欲望を優先できる貴方は素直に凄いと思うわ。そして妬ましい」

「あはは、お姉さん度胸あるねぇ。良いよ、もしも私に勝てたなら、お姉さんを地霊殿の主――私のご主人様に紹介してあげるさ」

 よっしゃ! 言質を取った!!
 ネコミミ少女の言葉に、否が応でも高まる僕のやる気。
 こうなってしまえば後はいつもと同じく、思いつく限り手立てを使って勝つだけだ。
 僕は軽いステップを踏みながら、何か恰好いいポーズを取ろうとして――特に何も思いつかなかったので普通に構えた。
 
「それじゃあ改めて自己紹介を。あたいは『地獄の輪禍』お燐、灼熱地獄に死体を運ぶ火車さ!」

「僕は久遠晶。二つ名は――不名誉なのしか聞いた事ないんで無しで。地上からやってきた普通で無害なただの人間です!」

「言いきったわねこの不審者。妬ましい妬ましい」

 パルスィはそんなに僕を怪しい人間にしたいのだろうか。まぁ、普通な人間は言い過ぎた気がするけど。
 とにもかくにも、僕とお燐ちゃんはお互いに名乗りスペルカードを提示した。
 出してから地底にスペカルールが浸透しているのか確認し損ねていた事に気付いたけど、まぁ通じたから良しと言う事で。
 枚数はお互い五枚。全力で相手を捩じ伏せると言う宣告である。
 さて、地霊殿の妖怪の実力は如何程のモノなのか――あんまりにも強かったら、逃げ出す事も視野に入れておこう。
 若干先程よりもお燐ちゃんから離れつつ、僕はこれからの戦法と逃げる算段を同時に考え始めるのだった。

「あーでも、始める前にパルスィの濡れた身体を何とかして貰えません? なんか気になっちゃって」

「……この状況でそこが気になるのかい、お姉さん」

「私を気遣ってるワケじゃないのが妬ましいわ。気遣ってたら倍妬ましいけど」

「どうすりゃいいんですか僕は」

 実に理不尽である。いや、感心されても困るだけなんですがね。




[27853] 地霊の章・玖「爆天赤地/黒猫とタンゴ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/05/15 00:01


「はっ!? 今、私の姉レーダーにびびっと反応がありましたよ!」

「そう。なら貴女の紅茶に砂糖入れておくわよ」

「あ、すいませんねー……って、少しは反応してくださいよ! あと砂糖入れ過ぎです!!」

「貴女がするその手の話は聞きたくないのよ。聞いているだけで頭痛がしてくるから」

「晶さんがピンチなんですよ!?」

「いつもの事じゃない」

「無茶をやらかしているかもしれないんですよ!?」

「毎度の事じゃない」

「……何でそんなに冷静なんですか」

「貴女がトチ狂って晶の所に飛んで行かないって事は、その程度の危機って事なんでしょう」

「人を危険度把握のバロメーター代わりに使わないでくださいよぉ。えへへ」

「嬉しそうで何よりだわー」

「うわっ、ちょっと幽香さん!? もう十杯以上砂糖入れてませんか!?」

「今の私の気持ちよ」

「意味が分かりませんよ……うわぁ、解け残っちゃってますし」





幻想郷覚書 地霊の章・玖「爆天赤地/黒猫とタンゴ」





 パルスィの問題を解決した僕は、改めてお燐ちゃんと相対した。
 軽いステップを踏みながら、徐々に徐々に彼女から距離を取っていく。
 ……一応言っておくが、本格的に戦うのを諦めて逃げる方向性にシフトしたワケでは無い。
 さすがの僕も、最初のスペカに挑戦しないで逃げ出す真似は致しませんよー。多分。
 要するに、相手の行動に対応しやすくするため遠距離に逃げたのである。
 うん、まぁ消極的対応だから結局は逃げなんだけどね。やっぱ相手の事がさっぱり分からないのは辛いです。
 
「それでお姉さん、先手はどうするんだい?」

「色々と企む事があるので、そちらにお譲り致しますとも」

 身体を上下させながら、不敵そうに見える笑顔で僕はお燐ちゃんに先を譲った。
 企んでいるだけで何も思いついていないのはもちろん秘密だ。実の所コレは、完全にノープランな後手である。
 せめて油断してくれたなら、その隙をつく事も出来たんだけどなぁ。
 態度は軽いが、お燐ちゃんの瞳に嘲りの色は含まれていない。
 旧地獄の奥までやってこれたなら、人間だろうと油断は出来ない――とか思っているんだろうか。なんて慎重な妖怪なんだ畜生。

「それじゃあ遠慮無くやらせて貰おうかな! 行くよっ!!」



 ―――――――猫符「怨霊猫乱歩」



 お燐ちゃんが左右に跳びはねながら、放射状にクナイ型の弾幕をばら撒いていく。
 ある程度広がった所で動きを止めた弾幕の花達は、数がそろった所で一斉に拡散を始めた。
 うわぁ、また面倒なスペルカードを。
 頑張って避けてみようかと思ったがコレは無理。僕の技量じゃ絶対当たる。
 普通の攻略を諦めた僕は、お燐ちゃんに向かって真っ直ぐ駆け出した。
 襲い来る無数の弾幕。嵐の様な弾丸をかき分けるように、僕はスペルカードを発動する。



 ―――――――零符「アブソリュートゼロ」



 蒼い閃光が奔り、弾幕を数珠繋ぎ状に凍らせていく。
 目の前に障害が無くなった事を確認した僕は、足鎧の気を増幅してさらに加速した。
 無力化した弾幕を強引に突っ切ると、肉薄した僕はお燐ちゃんに向かって拳を突き放つ。

「――おおっ!?」

「チョッピングライト・HPフィスト!!」

 別に打ち下ろす必要も右ストレートである必要もないのだけど、何となくノリで軽く跳び上がり腕を振り下ろす僕。
 それなりに不意を突いた奇襲攻撃ではあったが、当然この程度で当たってくれるほど幻想郷の妖怪は甘くない。
 弾幕を凍らされた事実に驚きながらも、軽快な動きでお燐ちゃんは僕の攻撃を回避する。
 そして避けられると、前傾姿勢になっていた僕は右腕から地面に落ちていくワケで。
 無駄に全力を込めた僕の一撃は、突き刺さると同時に大地を粉砕し一瞬で半径十数メートルの平地を岩場へと変えてしまった。

「ぺっぺっぺっ。うぐぅ、土が口の中に入っちゃったよ」

「……ごめん、今更だけど確認させてくれないかい。お姉さんって人間なんだよね?」

「失敬な、正真正銘の人間ですってば。むしろ僕ほど平凡なバックボーンで生まれ育った人間はいませんよ?」

 だからこそ厄介だとも言われましたけどね! まぁ、些細な問題ですともよ。そういう事にしておいてください。
 そんな僕の言葉に、全力で疑わしげな視線を向けてくるお燐ちゃん……とパルスィ。
 実際問題胡散臭い台詞だったからそう言う態度を取られても仕方が無いけど、ちょっと釈然としない。

「妬ましいわ。私普通ですってその態度が実に妬ましいわ」

「いや普通でしょう。幻想郷では僕くらいの人間なんて」

「お姉さんの普通ってハードル高いんだねぇ……」

「そんなしみじみと言われても困るんですが。とりあえず、弾幕ごっこを続行してもよろしいですかね」

「ああ、構わないよ。ただしこれからはお姉さんの事を人間として扱わない。私以上の妖怪だと思って当たらせてもらう」

 うわぁ、どうやら最終的に一番落ち着いて欲しくない所に落ち着かれてしまったようだ。
 お燐ちゃんは大きく深呼吸をして、より注意深くこちらの様子を窺ってきた。
 姉弟子みたいに警戒が過多だったら対処も楽なんだけどねぇ。……そこまで上手くはいかないか。
 溜め息混じりに頭をかきながら、僕は次の手を必死に考え始めた。
 さてどうしたもんか。全うな弾幕勝負で戦い続けても、多分勝ち目は無いだろうしなぁ。
 何とか場をかき回して、こちらに有利な状況を作り出さないと――ふむ。

「『場をかき回す』か。……よしっ」

 ふとある事を思いついた僕は、砕けた大地にそっと手を触れた。
 精神を集中して冷気をため込むと、気でソレを強化して一気に放出していく。
 大地をかき分け、高さも太さも違う無数の氷柱が隆起する。
 さらに隆起した氷柱同士は横から突き出た氷の枝で繋がっていき、僕とお燐ちゃんを囲う歪なジャングルジムを構築した。

「ふっふっふ、これぞ名付けて『密氷檻』! 貴様はすでに籠の中の鳥だお燐ちゃん!!」

「いや、あたいは猫だよお姉さん」

「ぶっちゃけ、猫に相応しい入れ物が思いつきませんでした」

 一応『アイシクル・シュレディンガーの猫』ってネタも考えたんだけど、そもそも外から丸見えだしねこの空間。
 鳥籠以外に表現方法が無かったので、猫じゃない事は大目に見てもらいたい。
 
「ちなみに名前に深い意味は無い! と言うわけで覚悟!!」

「言うだけ言っといて無いんだ――ってうわっと!」

 宣誓と共に跳び上がり、氷枝の上に着地する。
 そこらじゅう障害物だらけで地面もデコボコな今の状態じゃ、さっきみたいに軽快な動きは難しいだろう。
 つまり、今こそが逆転のチャンス!
 僕は枝を支えにして、お燐ちゃんに向かって駆けた。ぶつかった。

「あべふっ!?」

「……何でお姉さんが、いの一番に自分の作った仕掛けに引っ掛かるのかね」

「適当に作り過ぎて、檻の構造を把握するのを忘れてまひた。いたた……」

「もうなんか、一周回ってそのドジっぷりが妬ましくなってきたわ。妬ましい妬ましい」

 やったのは自分だけど、これは思った以上にややこしいぞ。
 縦横無尽に氷の柱が繋がっているせいで、ぱっと見どこに何があるのか把握し辛い。
 あ、でも気で強化してあるから魔眼で分かるのか。今更だけど気が付いた。
 僕は魔眼の力を全開にして、改めて氷の檻の全容を確認する。
 ふーむ、適当にやったせいで障害物だらけだなぁ。分かっていれば避けられない事は無いけど、移動速度は落ちるかも。
 つまりこれ、僕にとってもメリットが無いんじゃ……。
 あんまりよろしくない結論が出かけた所で、僕は頭を振ってお燐ちゃんに視線を向ける。
 彼女の位置と氷柱の位置を確かめると、冷気と気を込めて大地を踏みしめた。

「必殺! 不意打ちアイススパイク!!」

「うわっと!?」

「ふっふっふ。三百六十度全方位から襲いかかる氷の針、お燐ちゃんに避けれるかな!?」

「なるほど、この檻はその為の下準備だったワケかい。やるねぇお姉さん」

「……その割には、無意味に移動して間抜けに頭を打っていたわね」

「そこはまぁ、気にしない方向性で」

 ぶっちゃけると、やってからこの戦法が有用な事に気付いた次第です。
 けどそうなんだよね。すでに下地は出来てるから、攻撃がほぼノータイムで出来るんだよねこの檻。
 しかも、攻撃で出した氷の針からも次の攻撃が出せると言う便利っぷり。
 咄嗟に思いついた出オチ気味の技にしては、意外と使える技かもしれない。決め手にはならないだろうけど。

「とにかく! どんどん行くよ、お燐ちゃん!!」

 近くの氷柱に手を触れ、今度は複数の針をお燐ちゃんに向けて放っていく。
 軽い身のこなしで彼女はそれらを避けていくものの、全方位からの攻撃を裁き切るのは難しいようだ。
 業を煮やしたお燐ちゃんは、弾幕を放って氷針を破壊しにかかった。
 だけど甘い。さすがに全部は無理だったけど、お燐ちゃんの周りにある氷は他よりも強めに強化済みですよ。
 お燐ちゃんが放ったクナイ型の弾丸は、残念ながらその全てが弾かれてしまった。……無事弾けてホッとしたのは秘密だ。
 そして攻勢が失敗に終われば、お燐ちゃんは隙だらけな姿勢をこちらに曝す事となる。
 僕は一際大きく冷気を送り込んで、彼女を挟み込む巨大な氷柱を二つ作りだした。

「隙あり! 喰らへ必殺『アイシクル・アクションゲーだと即死扱いになるプレス攻撃』!!」

「さっきからちっとも必殺じゃ無い上に、無駄に名前だけ長くて妬ましいわ……」

 そこらへんは基本ノリなんで、深く考えずにスルーしてください。
 そんな事を言っている間にも二つの氷柱は、左右からお燐ちゃんを挟み込まんと襲いかかっていく。
 今の彼女の態勢だと、さすがに回避は難しいだろう。
 ――等と考えていたら、お燐ちゃんは物凄い意外な方法で攻撃を回避した。

「わっとぉ! お姉さん本格的に無茶苦茶するねぇ。……お姉さん?」

「うわ、うわぁ! 見た見たパルスィ!? 今猫に変化して回避したよ!? しかも猫又!!」

「何でそんなに嬉しそうなのよ。意味が分からないけど妬ましいわ」

 いや、これはテンションが上がっても仕方が無いでしょう。
 幻想郷に来てかなりの時間が経ったけど、非人型の妖怪とはほとんど出会えていなかったのだ。
 例え人型とのコンパーチブルだったとしても、モロな猫又を見れて嬉しくないはずがない。
 あぁくそ、デジカメ持ってくれば良かった。電池が怪しくなってきたからバッグに詰めっぱなしだったのを後悔するハメになるとは。
 しかも興奮している間に、お燐ちゃんは態勢を整えて人型にもどっちゃうし。チッ、色々と残念。

「ぶーぶー、しばらくは猫のままで良いじゃないですか。妬ましー」

「私のアイデンティティを取らないでよ妬ましい」

「あー、お姉さんって実は猫好き?」

「どちらかと言うと妖怪好きですね。たまーに幻想郷中の妖怪が見るもおぞましい姿になってたら良いのになーって思う事がある程度に」

「好きの度合いが良く分からないわよ妬ましい」

「まぁ、すぐに思い直す程度の希望ではありますがね」

「ますます意味が分からないわよ妬ましい」

「あたいも良く分からないけど、お姉さんが余裕綽々なのは理解できたよ。――場を支配して、もう勝った気でいるみたいだねお姉さん」

 いえ、素ですよ? 余裕があろうが無かろうが、僕は毎度毎度こんな感じです。 
 余裕がある時なんてなかなか無いけど。……滅多に無いけど。…………あったかなぁ?
 ともかく、僕の呑気な態度はお燐ちゃんの目にそう映ってしまったらしい。
 彼女は今まで浮かべていたフレンドリーな笑みを止めると、二枚目のスペルカードを発動した。



 ―――――――呪精「怨霊憑依妖精」



 お燐ちゃんの宣言と同時に、無数の妖精達が姿を現した。
 んー、妖精……なのかなぁ? 自分で言っといてなんだけど、お燐ちゃんが従える妖精達は何だか普通の妖精と違う感じがする。
 印象的には、むしろ怨霊に近しい様な違う様な。大変興味深い存在だけど、残念ながら追及している余裕は無さそうだ。

「立場逆転だね。今度は、お姉さんが逃げ惑う番だよ!」

 妖精達はお燐ちゃんの指示に従い、氷檻の中でそれぞれ弾幕をばら撒き始めた。
 本来は妖精同士で弾幕を噛み合わせ難易度を高めているのであろう弾丸は、乱立する氷柱の隙間を縫って広がっていく。
 上手い手だ。どうやらお燐ちゃんは、氷檻を破壊ではなく利用する事にしたらしい。
 こうなってくると、動きが制限されている僕のやれる事は限られてくる。
 まず、回避は諦めた方が良いだろう。アブソリュートゼロも、この状態で使うと氷の中に閉じ込められるから却下だ。
 神剣はそもそも使えないし、即死無効化は相変わらず使用不能だから頼れない。
 ク・ホルンの牙はチャージしている余裕が無くて、マスタースパークはちょっとばかり威力不足。
 となると残るは――『幻想世界の静止する日』かぁ。 
 いやまぁ、あの子だって僕のつくったスペカなんだし、いい加減ハブにするのもどうかと思うんですけどね?
 ……広範囲高威力過ぎて、どうしても使用を躊躇ってしまうんだよなぁ。
 視界内にお燐ちゃんが入っているのも躊躇の理由だ。せめて外れてくれていれば、威嚇射撃も出来たんだけどね。
 うーむぅ、どうしたもんか。


〈見てらんないねコイツは。しゃーない、ちょっとだけ力貸してやるか〉


「……はぇ?」

 それは、いったい誰の呟きだったのか。
 突然頭の中に響いた声と共に、僕の身体は‘勝手に’スペルカードを提示していた。



 ―――――――「幻想世界の静止する日」



 光の帯が周囲を巡り、前方に巨大な光の塊を生み出す。
 僕がその事に対し何か思うよりも先に、僕の身体はその塊を吐き出していた。
 圧倒的な奔流は、無慈悲に地底の大地を抉っていく。――いや。
 視界が完全にふさがっている為感覚でしか分からないが、今回の「幻想世界の静止する日」には‘隙間’がある。
 丁度、お燐ちゃんの居た所を中心にして生まれた小さな穴。
 どうやってかは知らないけれど、今の僕はこのスペカでも思い通りに相手を選別出来るようになったらしい。
 やがて光は晴れていき、無残に抉れた大地の姿が曝されていく。
 文字通り全てが抉り取られた奔流の跡地の中で、唯一お燐ちゃんの居た所だけが以前の姿を保っていた。
 ……うわぁ、危なかったなぁ。お燐ちゃんもそうだけど、もうちょっと右にズレてたら地霊殿も消し飛ばす所だったよ。
 僕は内心でホッとしながら、表面上は余裕の表情を維持して唖然とした彼女に話しかける。

「で、まだ続けますか? 出来れば僕としては、この辺で降参して貰えるとありがたいのですが」

「今のスペカは警告、って事かい」

「解釈はお任せします。ただ……次はこれほど上手く除けられない事、一応教えておきますね」

 何しろ、どうやって出来たのか未だに分からないのだ。
 二度目も同じ真似が出来る保障はどこにもない。と言うか多分絶対に出来ない。
 しかし悲しい事に、このまま戦い続けていたらその二度目は確実にやってきてしまうのである。
 正直、直撃を受けたお燐ちゃんがどうなるのかはあんまり想像したくない。
 最近は神剣と意思疎通出来たり真の能力を限定的だけど使えたりで大分成長していたから、行けると思ったんだけどなぁ。――やっぱこれは無理だ。
 地獄のおどろおどろしさが怨霊達と一緒に消え失せた空間を見て、僕はこのスペカの凶悪さを再確認する。

「……分かった、ここは大人しく負けておくよ。今のをぶつけられたらタダじゃ済まなそうだしね」

「そう言って貰えると助かります。皮肉じゃ無くて、本気で」

 お燐ちゃんの戦意が消えた事を確認して、ようやくホッと一息を吐き出した。
 ほとんど挑発とイコールのお願いだったけど、彼女はそれに乗ってまで戦いを続ける気は無かったようだ。
 ひょっとしたら、こっちの内心の焦りを察してくれたのかもしれないけど……まぁ、どちらにせよ助かったから良しって事で。

「いやぁ、これで安心して地霊殿を案内して貰えますよ。えがったえがった」

「そりゃあ良かったわね妬ましい。私は怒りでどうにかなってしまいそうよ妬ましい」

「パルスィ、もうそういう語尾のキャラみたいだね。――って、どうしたのさ座り込んで」

「何でも無いわよ、私に関わらないで」

「そういうワケにもいかんでしょう。こんな所に座り込んでいたら、お尻汚れちゃいますよ?」

 パルスィの手を掴み無理やり立たせる。と、彼女は腰砕けになってその場にへたり込んだ。
 えーっと、これはひょっとして……。

「そうよ貴方のスペカで腰を抜かしたのよ妬ましい! 笑いなさいよ笑えばいいじゃない一生呪ってやるわ妬ましい妬ましい!!」

 そこまでは察していませんでしたけど、そうだったんですかパルスィさん。
 半泣きになりながら、彼女は僕の右太腿を執拗に殴って来た。
 そういえば、パルスィの立ち位置は「幻想世界の静止する日」の効果範囲少し隣だった気がする。
 ダウングレード版の神剣ですらドン引きする程の迫力があった――僕は分かんないけど――らしいのだ、本家本元の酷さは当然それよりも上だろう。
 それを間近で見てしまえば、そりゃーパルスィの腰だって抜けようモノですよ。
 うんうん、仕方が無い仕方が無い。

「だから馬鹿にしませんから、いい加減殴るのは止めて貰えませんか!?」

「うるさい妬ましいぱるぱるぱるぱるぅ!!」

「いたたたっ、可愛らしい鳴き声に反してわりと本格的なラッシュ!?」

 結局この後数分間、パルスィが落ち着くまで右太腿への攻撃は続いたのでした。
 ……一歩離れるだけでパンチが届かなくなる事には、もちろん気付きませんでしたよ。ええ。

「はは、敵ってわりには仲が良いじゃないかお二人さん。妬けるねぇ」

 尚、傍観者気取りのお燐ちゃんがその場から一歩も動かなかった事に関しては、面倒なので最後まで触れませんでした。かしこ。





[27853] 地霊の章・拾「爆天赤地/怨霊も恐れ怯む少女」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/05/22 09:45


「さて、皆も落ち着いた所で行きますか地霊殿!」

「それは腰が抜けたままの私に対する嫌味なのかしら、妬ましいわね」

「大丈夫だよ! パルスィの腰が復活するまで、僕がパルスィを抱きかかえるから!!」

「死ね」

「罵倒ですら無い宣告!? 何で!?」

「そんな拷問、看過できるワケ無いじゃない妬ましい! 抱きかかえられるくらいなら、置いて行かれた方が幾らかマシよ!!」

「一人ぼっちは寂しいじゃないですか。主に僕が」

「少しくらい本音を隠す努力をしなさい! 一から十まで貴方の都合じゃないの、妬ましい妬ましい!!」

「説得は不可能か……仕方が無いから強硬手段に出よう」

「今のどこらへんに言い聞かせようとする要素があったのよ!? あ、コラ止めなさい呪うわよ妬ましいわね!?」

「抱きかかえられるのが嫌なら、あたいが猫車を出すけど?」

「だからって、死体と同じ扱いはゴメンよ!」





幻想郷覚書 地霊の章・拾「爆天赤地/怨霊も恐れ怯む少女」





 と言うやり取りがあった後、僕とパルスィはお燐ちゃんに案内され地霊殿を進んでいた。
 お姫様だっこで運ばれているパルスィの抵抗は激しいが、好奇心の加護を得た僕の敵では無い。
 実の所叩かれたり抓られたりで結構痛いのだけど、表面上は平然とした表情でパルスィの攻撃をやり過ごす。
 やがて観念したらしい彼女は、泥沼の様に濁った瞳で僕を睨みつけてきた。

「確認しておくけど、貴方の行動に疚しい意図は無いのよね」

「そんな事より地霊殿を見て回りたいって感じですが、もしイエスって答えたらどうなるんです?」

「貴方を殺して私も死ぬわ」

 本気の目だった。どうやらパルスィは、フラグが立つくらいなら死を選ぶつもりらしい。
 恋愛嫌いなのは分かるけど、ここまで来ると何でもかんでも色恋に結び付ける恋愛好きとそう変わらない様な気がする。
 これがアレか、アンチなんちゃらもなんちゃらファンの内ってヤツなのか。なるほど深い――のかなぁ。

「まぁ、お姫様だっこが不本意なら、肉体的接触の少ない運び方を致しますが?」

「最初からそうしなさいよ。……ちなみに、どんな方法なのかしら」

「まず竜巻を用意します」

「把握したわ、遠慮しておく」

 会心のアイディアだと思ったんだけどなぁ、竜巻に乗っけて移動。
 そこはかとなくメルヘンチックだから女性受けも悪くないと思ったのだけど、いったい何が不満なんだろうか。
 ……やっぱり、乗ってる間ずっと回転している所かな?
 確かに致命的な欠点かもしれないけれど、そこは安定性を担う一番重要な部分だ。諦めて欲しい。
 むしろ逆に考えるんだ。誰しもがやった事のある、回転する椅子に乗ってクルクル回る遊びを延々と楽しめるのだと。
 
「うぷっ、想像したら酔ってきた。やっぱダメだコレ」

「ちょっと手を離さないでよ――って、片手なのに普通に安定している!? 無駄に凄いわね貴方!?」

「お二人さん、出来ればもう少し声を控えて漫才してくれないかな」

 困ったように笑って、騒ぐ僕等を咎めるお燐ちゃん。色々と申し訳ない。
 しかし不思議だ。どうして相手も状況も違うのに、僕のする会話は毎回漫才認定をされてしまうのだろうか。
 やっぱりアレかな。幻想郷の妖怪特有の、一言に一回軽口を言わなきゃ死んじゃう病気が原因かな。
 基本的に打てば響くと言うか、打ってきたら倍返ししてくる人らばかりだからね。
 漫才扱いも宜なるかな。……あれ? でもそれって、僕の会話が漫才扱いされる理由には微妙にならない様な。
 よし忘れた。世の中には気にしなくて良い事がたくさんあるって言うよね! でもちょっと泣いた。

「私は被害者よ、漫才扱いしないで妬ましい。だいたいこんなガラガラの屋敷で騒いで、いったい誰が迷惑するって言うのよ」

 パルスィがお燐ちゃんの言葉に抗議して、面倒くさそうに溜め息を吐き出す。
 確かに地霊殿は見た目通りの広さを誇っているが、それに反して人気の方はほとんど無いと言える。
 他の屋敷みたいな、雑務を承ってそうな妖精やら妖怪やら霊やらの姿も見えない。廃墟と言われても納得してしまえそうだ。
 そんなパルスィの指摘に、ちょっとムッとした感じで答えるお燐ちゃん。
 ふむ、今のはひょっとして皮肉だったりするのかな。しかも、結構痛い所をつく系の。

「水橋の姉さんは知ってるだろう? あたいのご主人様は騒々しいのが嫌いなんだよ」

「ま、そうでしょうね。静かにしてても五月蝿いんだから、減らせる騒音は極力減らしておきたいワケだ」

「そういう事。だからお姉さんも頼むよ? 行儀良くしろとは言わないけど、出来るだけ静かにしといておくれ」

「静かにするのは構わないですけど――結局、地霊殿の主ってどんな人なんですか? 何だかんだと教えて貰えずここまで来ちゃったんですけど」

 何しろ二人とも、『地霊殿の主』とか『ご主人様』としか言わないのだ。不親切にも程がある。
 まぁ、深く説明しなくてももうアレとかコレとかで詳細が伝わる有名人物なんだろうけど――新参者にも少しは優しくしてくださいな。

「古明地さとり――地霊殿の主の名前よ。それで何の妖怪か分かるでしょう」

「え、何その私さとり妖怪ですって全力で主張している名前。何かのミスリード?」

「誰に対する誤誘導なのさ……」

 うーむ、分かり辛い事に定評のある幻想郷の妖怪にあるまじき分かり易さだ。
 いやまぁ、まだ外見は分からないんですけどね? それでも名前だけで種族が分かる妖怪ってのは、やっぱり相当レアである気がする。
 しかしそれにしても、さとりって名前はまんま過ぎだ。他にさとり妖怪がいたらどうするつもりだったのだろうか。
 一文字ズラしてしとりとか、それっぽく聞こえるようにことりとか? はっ!? まさかにとりって――等と言う下らない冗談はさておき。
 お燐ちゃんが否定の言葉を挟まないって事は、地霊殿の主はさとり妖怪で確定なのだろう。
 覚――人の心を読むと言われている、悪戯好きな山の妖怪である。
 今昔画図続百鬼等では猿人の様な姿で描かれているけど……きっと本物は、毎度お馴染な可愛らしい少女なんだろうなぁ。
 分かってる。期待してると損するんだよね。絶対におぞましい妖怪の姿なんてしてないんだよね、うんうん。
 ――よし、これくらい予防線を張っておけば大丈夫だろう。今きっと人外フラグが立ったに違いない。

「うーん、楽しみだ。第一声はやっぱり「分かっているぞ、お前の全てをな」とかかなぁ」

「相手がさとり妖怪だと分かっても、そうやって喜べる貴方が実に妬ましいわ」

「それが本心からの言葉なら、あたいも安心してさとり様に会わせられるんだけどね。――っと、止まってもらえるかい」

「ほぇ? どうかしました?」

「まずはご主人様に事情を説明しないといけないからさ。二人はしばらくここで待っておいておくれ」

 大広間に繋がっているらしい両開きの扉の前で僕等を止め、お燐ちゃんは可愛らしくウィンクをした。
 さとり妖怪なら屋敷の中で起こっている事を全て把握しているんじゃないかと思ったけれど、実際はそうでもないらしい。
 彼女は無駄に軽快なステップで扉に近づくと、部屋の中がこちらから窺えない様に小さく扉を開いて滑り込む。

「それじゃお姉さん――ちょっと行ってくるよ」

 にっこりと笑って扉を閉めるお燐ちゃん。
 だけど何故だろうか。その笑顔が、悪巧みをする保護者達とどこか被って見えた。










「待たせたね。さとり様がお会いしてくださるそうだ……よ?」

「待たせ過ぎよ妬ましい。おかげさまで、立ちあがる気力が湧くくらいロクでも無い目にあったわ」

「それは、お姉さんが逆さまの状態で壁際に叩きつけられている事と何か関係しているのかい?」

「退屈しのぎで人を竜巻に乗せた愚か者の末路よ」

「暇すぎてついやってしまった。回転数が足りなかったと反省している」

「そっち方面に反省するんじゃ無いわよ、妬ましいわね」

「じゃあ正しい意味で。すいませんでしたぁっ!!」

 沈黙に耐えられないのは僕の悪い癖です。正直、奇行と分かっていてもやらずにはいられませんでしたゴメンナサイ。
 とりあえず立ちあがり、服の汚れを払って再度土下座する僕。
 誠心誠意を込めたこちらの謝罪に、パルスィはコメカミを抑えて溜め息を吐き出した。無理も無い。

「……貴方と話していると、どんどん頭が痛くなってくるわ」

「大丈夫です。皆同じような事を言います」

「改めなさいよ、そこまで分かっているなら!?」

「あー、お二人さん? 出来れば漫才はそこらへんで切って貰えないかな。さとり様が待ってるんだ」

 おっといけない、脇道に逸れて主目的を見失う所だった。
 僕は速やかに土下座状態を解除すると、直立不動の姿勢でお燐ちゃんに向かって敬礼をする。
 
「了解しました! よろしくお願いしますお燐ちゃん!!」

「その無駄な切り替えの速さも妬ましいわ。ぱるぱるぱるぱる……」

「うんその、協力ありがとう。だけど出来ればさとり様の前では、もうちょっと落ち着いてくれると助かる」

「出来ない約束はしない事にしています」

「……まぁいいや。さとり様ぁ、水橋の姉さんと久遠の姉さんを連れてまいりましたぁ」

 良いんだ。自分で言っといてなんだけど、こんなあやふやな返事する奴を主に紹介するってどうなのよ。
 信用してくれているのか。心から納得して貰えなければ諭しても無意味だと思っているのか。
 どちらにせよ僕は紹介してもらう立場なのだし、誠意を見せる為にも礼儀正しくしておかないと。
 僕は軽く頬を叩くと、気を引き締め直して扉を開いたお燐ちゃんの後に続く。
 ようやく入れた大広間は、ダンスフロアと表現した方が正しい様な広さと殺風景さを合わせもった部屋だった。
 光源を取りこむ窓が全てスタンドグラスなので、無人っぷりが荒廃ではなく荘厳さに繋がっている所は誉めるべきなのか。
 そんな部屋の真ん中に、ぽつんと佇む人影が一つ。その姿は――

「どうもはじめまして。私が地霊殿の主、古明地さとりです」

「普通に可愛い女の子じゃねーかチクショウ!!」

 猿っぽさなんて欠片も無い、紫髪ショートボブの少女だった。やっぱりか。
 ただまぁ――事前に種族を知っていたおかげもあるんだろうけど――見た目は少しさとり妖怪っぽい感じがする。
 体中に管を伸ばしている左胸の目は、所謂『第三の目』と言う奴だろう。あれで心の声を読んでいるに違いあるまい。
 ボタンやカチューシャに使われているハートマークは、さとり妖怪が心を読むからかな?
 そう考えると、ファンシーな外見があっという間にブラックジョーク化してしまう気がする。
 ちなみにそんなさとりさんの視線はばっちり僕をロックオンしている。多分ここまでの思考は全て、さとりさんには筒抜けなのだろう。
 まぁ、あんな意味不明な叫びを出した相手には必然そういう態度になるだろうさ。だから、ここで一つ思わせて欲しい。
 ――あの叫びは、心を読まれているからってあえて口にしたワケじゃないです。気付いたら素で言ってましたゴメンナサイ。

「……謝るならちゃんと口にしなさいよ、妬ましい」

「え、まさかパルスィにも読心能力が!?」

「自分の顔を見てみなさい。思考が表情に出ているわよ、はっきりと」

 なんだいつもの事か。実はパルスィも心が読めるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしたよ。
 表情から心の声を聞かれるならいつもの事だもんねー。良かった良かった。
 いや、結局読まれている事に変わりは無いんですけどね?

「何と言うか……お燐に聞いていた通り、独創的な思考と言動の方ですね」

 と、ここで今まで沈黙を保っていたさとりさんが、感嘆とも呆れとも取れる言葉を口にした。
 ただし無表情。本当に何かしらの感情を抱いているのかどうかは分からない。
 
「申し訳ありません。私、感情があまり表情に出ないモノで」

「あ、いや責めてるわけじゃ無いんですよ? と言うか今までの事含めて謝るべきはこっちですよね、すいません。僕は久遠晶です」

「構いません。自分の考えがどこまで読まれているのか、そうして探っているのでしょう? そういう事をする方は今までも何人かいましたから」

「バレバレですか、ふむぅ。……ちなみに、バレたついでに確認しておきたいんですが」

「ええ、貴方の考えている通りです。読めますよ」

 どうせなら思考を読んで、質問の答えを先に言って欲しいなーとか思っていたら本当にやってくれた。
 さとりさん、実はわりとノリの良い性格なのかもしれない。
 ……それにしても、深層心理とかの無意識下の考えもばっちり読めちゃうのか。
 つまり本人が自覚していない本性も曝け出せちゃうワケなんですね、うわぁ凄いなぁ。さすがさとり妖怪だ。
 ってアレ? なんかさとりさんが、ビックリした顔でこっちを見てるぞ?
 どうかしました? 僕、何かしました? 無礼無遠慮なのはどうしようも無いんで勘弁してください。

「さとり様、どうかなさいました?」

「……気にしないでいいわ、少し驚いただけよ。私を恐れない人妖なんて初めてだったから」

「白々しいわね妬ましい。確かに貴女の能力は脅威的だけど、全員が全員ビクつく程私達妖怪はヤワじゃないわよ」

「けれど、心の隅に必ず恐怖は生まれる。私を恐れないのは物言わない獣か、恐ろしさを知らない無知な者だけ――そう思っていました」

「……無知な者じゃないの、コレ?」

「貴女が思っているより久遠さんは賢いです。私の力を正しく理解した上で、彼は一切私に恐れを抱いていないんですよ」

「って言われてるけど、貴方としてはどうなのよ」

「言われましても。そういう、自分の境界があやふやになる様な哲学的な問い投げられても困ります」

 お前は彼女に恐怖を抱いて無いのかとか、本人がイエスノーで語れる事じゃないでしょうが。
 それが心の片隅にあるか無いかの話になれば尚更だ。むしろその手の感情は、自分以外の誰かの方が気付き易いのでは無いだろうか。
 そうやって僕が肩を竦めるのを見て、さとりさんがおかしそうに笑った――と思う。多分。
 相も変わらず無表情なままなので周りのオーラで判断するしかないけど、僕の発言は何やらさとりさんのツボを上手についてしまったらしい。
 彼女はじっと僕の瞳を見据えると、何故か優しく僕の頬を撫でた。

「けれど、久遠さんに恐怖と言う感情が無いワケではありません。むしろ彼は、多様な者に恐怖を抱いています。例えば――」


 己が対処しきれない、圧倒的な力の持ち主とか。


 そう彼女が言った瞬間、部屋の温度が確実に二度下がった。
 今の発言の意図は、さすがにニブチンと名高い僕にも分かる。分かってしまう。
 ――さとりさんとその能力は、恐怖するに値しない対処可能なレベルの力である。
 僕は態度で間接的にそう言っているのだと、さとりさんは言うのだ。

「これは新鮮な感覚ですね。貴方は私を嘲っても侮ってもいない。だけど『襲われても何とかなるかな』と、そう思っているワケです」

「……まぁ、思ってますね」

「……お姉さん、それは正直過ぎだよ」

 いや、否定したって本心がバレバレなら意味無いでしょうよ。
 悲しいかな今までの習慣から、僕は出会う妖怪に勝つ方法を必ず一度は考えてしまうのだ。
 当然さとりさんの名前を聞いてからは、対さとり妖怪用の戦術を頭の片隅で想定してしまっていたワケで。
 それが机上の空論だったとしても、大丈夫かなと思う事は避けられないワケなんですよ。
 ちなみにさとりさんの名誉のため補足しておくが、その戦術で何とかなったとしてもそれが勝利とイコールで繋がる事はまず無い。
 要するに、勝とうが負けようがどっちにしろ生き残れるからセーフ。と言うのが僕の言う「何とかなる」なのである。

「言いたい事は分かりますよ。それに私は、貴方を叩きのめして恐怖を刻み込みたい――と思っているワケではありません」

「そ、そうなんですか?」

「ただ個人的にも興味が湧いたので、‘貴方の挑戦を受けてみようと言う気になった’だけです」

「――へ?」

 ようやく僕の頬から手を離し、さとりさんは僕から大きく距離を取った。
 無表情を維持したままの彼女からは、気のせいで無ければ確かな殺気が放たれ始める。

「さぁ久遠晶さん。――いざ、勝負と参りましょうか」

 何それ、さっぱり意味が分からない。何でそんな事になったの。
 突然過ぎるさとりさんのフリに、混乱で頭の中がゴチャゴチャになる僕。
 ただ、何となく分かる事が一つだけあった。





 ――嗚呼、多分これ回避出来ない戦闘だ。




[27853] 地霊の章・拾壱「爆天赤地/揺らす心の錬金術師」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/05/29 01:27


「失礼します、さとり様。突然ですがあたいの願いを聞いていだたけますか」

「これ以上心を読まず、自分の表向きの言葉を鵜呑みにしてほしい。とは随分変わったお願いね」

「さ、さとり様!」

「安心なさい、それ以上は読んでいないわ。もっとも‘誰の為’なのかは少し読めてしまったけれど」

「……すいません。本当なら、真っ先にさとり様へ報告すべきなんでしょうね。でも」

「それでえぇと、どんな用件なのかしら」

「えっ?」

「あら、私に用があるのでしょう? ‘早く言って貰わないと困るわ’」

「さ、さとり様ぁ、ありがとうございます!」

「礼は要らないわ。あの子だって、私の大切な家族だもの」





幻想郷覚書 地霊の章・拾壱「爆天赤地/揺らす心の錬金術師」





「いや、その理屈はおかしい」

 突如開戦の宣言をかましてきたさとりさんに、とりあえず僕は否定の言葉をかけた。
 確かに僕はお燐ちゃんと戦ったけれど、それはあくまで結果論である。
 主目的は地霊殿の調査なのだから、僕がさとりさんとも戦う理由は無いのだ。そうこれっぽっちも。

「何か問題でも?」

「問題だらけですよ! どうして、僕がさとりさんに挑戦したなんて話になっているんですか!?」

「あら、私はお燐からそう聞きましたが」

「お燐ちゃぁん!?」

 事の発端らしいお燐ちゃんに視線を向けると、全力でそっぽを向かれてしまった。
 どうやらこの火車さんは、意図的に僕の訪問理由を捩じ曲げてくれたらしい。
 何と言う事だ。今すぐにでもさとりさんの勘違いを訂正しないと――いや、待て違う。
 そこまで考えて、僕はこの考えの致命的な欠陥に気付いた。
 もしお燐ちゃんがとんでもない策士だったとしても、さとりさんの前でその作戦を隠す事は出来ないはずだ。
 つまり、さとりさんはお燐ちゃんが何かを企んでいると知った上でそれに付き合っているのである。
 ……完全に茶番なんですね、コレ。こっちの事情なんてお構いなしですかそうですか。
 
「渋るフリをして交渉に持ち込もうとしても無駄ですよ。これ以上、状況が貴方に好転する事はありません」

「失敬な。僕は全力で嫌がってますよ!」

「けれど抵抗が無意味だとも思っています。……面白いですね。貴方の心の片隅には、常に全てを冷静に分析している貴方がいるようです」

「ぐむぅ……」

 まぁ、いるかいないかで言われたらいるでしょうよ。多分。
 だけど受け入れ準備が出来ているからって、問答無用で進められても困ります。
 こっちの事情を把握しているなら、少しくらい僕にも配慮してくれて良いでしょうが。
 例えば手加減してくれたり、ハンデくれたり、逃げ出すのを見逃してくれたり、戦闘を中止してくれたり。

「ちなみにすでに気付いている様ですが、私に負けたフリは通用しません。そう言った失礼な真似をされた場合、私は然るべき措置を取りますので」

 あ、そーいう配慮はしてくださるんですね。泣きそう。
 心を読む能力を全力で活用したさとりさんは、あっという間に僕の逃げ道をふさいでしまった。
 ちくしょう、なんて的確な対応だ。ハンデや手加減に触れなかった所にそこはかとない悪意を感じる。
 と言うかさとりさん、実は昔の記憶とかも読めたりするんでしょう。
 その道の塞ぎ方、どこぞの姉弟子を彷彿とさせるんですが。
 とか思っていたらさとりさんが僕から視線を逸らした。くそぅ、これが能力の無駄遣いってヤツか。

「ええい、分かりましたよやりますよ! ただし、僕が勝ったら……勝ったら……うーん」

「思いつかないなら、地霊殿永久訪問権でいかがでしょうか。いつ如何なる時でも歓迎いたしますよ」

「んー、じゃあそれで」

「……それ、罰ゲームの間違いじゃ無いの?」

 いや、それはそれで結構ありがたいですよ。少なくとも次遊びに行く時は、ここで勝負を挑まれる事は無くなるワケですから。
 同時に厄介な繋がりも手に入れてしまう事になりそうですが、そこはまぁ気にしない方向性で。
 ――どうせそんな権利が無くても、口実が変わるだけで厄介事に巻き込まれる頻度は変わらないワケだしね。

「それじゃあ二人とも、ちょっと離れてて。危ないからね」

「そのまま帰っていいかしら」

「寂しさを拗らせた僕が暴挙に出ても良いなら、どうぞ」

「妬ましいぃ……」

「そういう、非生産的な鬱憤の晴らし方はどうかと思いますが」

「それを鬱憤の原因に言われましても」

 まぁ、多少の八つ当たりが込められている事は否定しません。寂しいのも本当だけど。
 そして舌打ちしながらも、素直にこちらの指示に従い遠ざかるパルスィさん。
 ……引っ掻き回した僕が言う台詞じゃないけど、彼女も良い感じで何かに染まってきている気がするなぁ。
 とにかく二人が安全圏内に移動した事を確認した僕は、さとりさんに向かって拳を構えた。
 それに対する彼女の反応は無し。うーむ、完全ノーリアクションはキツいです。
 こっちの考えを完全に読んでいるから、何かしらの揺さぶりをかけてくると思ったんだけど……いや、そう考えているから無反応なのかな?
 僕も作戦を読まれてる前提で色々考えているんだけど、さとりさんはその前提も読んでいるワケで――あーややこしい。

「やっぱり当初の予定通り、‘何も考えずに’行きます!」

「構いませんが……当たりませんよ?」

「それはどうですか、ね!」

 大地を蹴って、僕はさとりさんに肉薄する。
 不意打ちが絶対に不可能だとしても、認識を超える速度の攻撃は避けられないはず!
 そう思って突き出した拳は、しかしあっさりと宙を切った。ですよねー。

「確かに早いですが、事前に動きが読めていれば何とかなりますよ。……どうします?」

「じゃあ、ぱぱっとプランBを実行に移します! 名付けて、絶対取れるストライクほどボールになる法則を利用した持久戦作戦!!」

「……あえて分かりにくい例えを用いる事で、さとりを混乱させようとしているのかしら」

「いや、例えの意味合いも読まれるからその試みは無駄だろうさ。多分アレ、ノリで言ってるんじゃないかな」

「お燐が正解。この子、怖いくらいに開き直っているわ」

「お褒めいただきどうも!!」

 ある程度離れた所で急ターンし、再びさとりさんに殴りかかる僕。
 パンチの種類やコンビネーションすら考えず、ただ我武者羅に連打を重ねて行く。
 当然攻撃は掠りもしないし、深く考えてないから行動も完全にワンパターンになっているのだが、訂正するつもりは無い。
 とにかく絶え間なく、さとりさんに休む暇を与えない様に攻撃し続ける。

「――甘いですよ」

「おぶっ!?」

 何度目かの攻撃を回避したさとりさんが、すれ違いざまに弾幕を叩きこんできた。
 ダメージと共に弾き飛ばされる僕。しかしすぐさま起き上がり、彼女へのラッシュを続行する。

「頑張りますね。そうして攻撃を重ねていけばいつか私が避け損ねる――そう考えている様ですが、上手く行くと思っているのですか?」

「上手く行かないのなら、上手く行くまで殴り続ければ良いじゃないですか」

 まぁぶっちゃけると、それ以外にさとりさん攻略法が無かっただけなんですけどね?
 そんな僕の大変頭の悪い返答に、しかし何故か顔を強張らせるさとりさん。
 なんだろう。この馬鹿はもう手遅れだとか思われているのでしょうか、泣ける。

「本当に、貴方は恐ろしい。どうしてそこまで躊躇なく戦う事が出来るのでしょうか」

「いやっはっは、すいません単純なモノで」

「褒めているのですよ。貴方の様に多種多様な力を持つ人間が、少しもブレる事なく同じ手を使い続けるなんて。そうそう出来る事ではありません」

「……そんなもんですか?」

「成果の出ない策を続けていれば、大抵の者は己の行動に疑いを抱くモノです。それが策謀に優れた者なら尚更でしょう」

「ふむぅ――良く分からないですねぇ。他にもっと良い案があるかもって悩むより、ちょっとでも勝算がある方法に専念する方が賢いと思うんですが」

「本心からそう言えるからこそ、貴方は怖いのですよ」

 はて、あからさまに僕の方が不利なはずなのに、何故さとりさんはそんな事を言うのだろうか。
 あ、さてはさとりさん近接戦闘に弱いな!? 一発喰らったらアウトなんでしょう、実は。
 ――ごめんなさい、何でも無いです。今のはちょっと考えてみただけなんです。だからそんな冷やかな目で見ないでください。
 何も分かってねぇやコイツ。と目だけで語られて、分かってないなりにショックを受ける僕。
 そんな情けないこちらの態度に、さとりさんは溜め息を吐き出しつつ懐から一枚のスペルカードを取りだした。

「ですが、私に貴方との我慢比べを続けるつもりはありません。この一枚で、即刻カタをつけさせて頂きます」

「いやいやさとりさん、そこは強者らしくじわじわと弄る感じでお願いしますよ。人生、余裕が大切って言うじゃないですか」

「謙遜も行き過ぎれば皮肉に聞こえる、とはよく言ったものですね。……そろそろ貴方は、強者の自覚を持ってもバチは当たらないと思いますよ?」

 無茶を言わんでください。高評価はありがたいですが、僕にさとりさんと本気でタイマン出来る程の実力は無いですって。
 しかしさとりさんはそう思っていないらしく、僕の考えを否定する様に首を横に振った。
 
「如何に否定を重ねようとも、己の記憶は偽れませんよ。久遠さんの刻んだ戦いの歴史がそのまま、貴方自身の強さの証明となるのです」

「まぁ、それなりに死線をくぐってきた自覚はありますけど。……それで僕の強さが分かるものなんですかね?」

「とても。貴方が今まで潜り抜けて来たスペルカードは、どれもこれも凄まじい弾幕ばかりですから」

「無事に攻略出来たスペカも少ないですけどね。おかげでトラウマだらけですよ、あっはっは!」

「ええ、そのようですね。そのせいで‘スペルカードの選定’に時間がかかりました」

「………はぇ?」

「さぁ想起なさい。貴方の心奥に眠る恐怖の記憶、今ここに再現致しましょう」



 ―――――――想起「幻想の終わり」



 さとりさんがスペカを発動すると同時に、身体を中心にして弾幕が広がっていく。
 ――否。それは最早、弾幕などと言う生易しい代物ではなかった。
 あえて言うなら弾幕の壁だ。隙間無く詰められた多種多様な弾丸は、雪崩の如く積み重なって僕へと殺到してくる。
 その光景を、僕はかつて見た事があった。

「ちょ!? まさかさとりさん、そのスペルカードって……」

「貴方の抱く最恐の弾幕を再現するモノです。少々特殊な形になりましたが――効果は抜群の様ですね」

 確かに効果は抜群ですけど、それは再現しちゃダメでしょさとりさん!?
 参照元は反則前提のスペルカードなんですよ? 作って使った本人が言うのもアレですが!
 ……いや、問題なのは相手のスペカを全て強制使用させる点だから、情景再現なら別に反則でもなんでも無いのかな。
 こっちのスペカは普通に使えるみたいだし、これなら何とか―――無理無理無理。
 何あの弾幕馬鹿じゃないの。冷静に見物するの初めてだったけど、これがあの時の忠実な再現だとしたら僕は当時の僕にかける言葉が見つからない。
 え、どうするのアレ。スペカ使える状態でもどうにか出来る気がしないんですけど。
 と言うかもうすでにさとりさんの姿が見えません。このままだと、地霊殿が跡形も無く吹き飛ぶような気がするんですけど良いんですか貴女。
 
「……ええいもう! とにかく、あの弾幕を出来る限り片付ける!!」

 このまま愚痴っていたら、本当にまたスペカ無しで弾幕に耐える事になりそうだ。
 鎧の即死無効化機能も回復してないし、ここは最大の防御たる全力の攻撃で何とかするしかない!
 僕は再び全てを奪いつくすスペカを取りだすと、小型の太陽と化したさとりさんに向かって力を解き放った。



 ―――――――「幻想世界の静止する日」



 本日二度目となる白い閃光が、光球を喰い尽さんと襲いかかる。
 この技も随分気易く出せるようになったものだ――と言いたい所だけど、実際は二匹目のドジョウ狙いだったり。
 こっちも余裕が無いから、さとりさんを気遣ってスペカを手加減するとか出来ないんですよね。
 また謎の声が聞こえてくると同時に、「幻想世界の静止する日」が上手い具合に空気を読んでくれる展開にならないかなー。
 
〈そもそも加減をする必要が無いじゃないか。このまま全力を出し続けていても、確実にそっちが競り負けるよ〉

「あー、やっぱりですかー」

 白い閃光は確実に弾幕の力を奪っているのだが、それ以上に相手の弾幕生成が速い。
 紫ねーさまのスペカ三つ分の力を再現したさとりさんの弾幕に、さすがの「幻想世界の静止する日」も押されているようだ。
 このままだと、謎の声が言った通りに僕は競り負けてしまう事だろう。
 その前にスペルブレイクして、即座に二発目を撃つのも有りだけど……それで何とかなるかは分からないしなぁ。
 引くも地獄、進むも地獄とはこの事か。うーむどうしたもんか。

〈……おい、そろそろこっちにも反応しなよ。それとも本当に気付いて無いのかい、お前さんは〉

「あ、すいません。今それどころじゃ無いんで後にしてくれませんか」

〈気付いているなら、一言くらい言うなり考えるなりしろ!〉

「この切迫した状況で、頭の中から聞こえる謎の声に構ってる暇は無いんです!」

 と言うか、幾らなんでも再登場が早過ぎやしませんか謎の人。
 面倒臭いんで問題を後回しにしてたのは確かですが、そこまで激しく自己主張するのもどうかと思うんですよ。
 こういうのは段階を踏んで貰わないと。とりあえず次は、起きると忘れている夢の中でコミュニケーションとかどうです?
 その時にはまぁ、謎の人がどういう立ち位置に居るのかくらいは聞きますから。
 なので、とにかく今は勝負の邪魔をせず立ち去ってくれると助かります。
 どうせ何もしてくれないんでしょう? 勿体ぶって、軽く顔出ししてみただけなんですよね?
 ぶっちゃけ僕も本当に手助けしてくれると期待していたワケじゃないんで、謎の人は頭の中に戻ってくれて大丈夫ですよ。 
 
〈……そこまで挑発されちゃあ、あたしも黙ってはいられないね〉

「いや、挑発しているつもりはないんです。ただ本当に今は、それくらい切羽詰まっていまして――」

〈そういうワケだから、ちょっとアンタの身体を借りるよ〉

「へ? あの、何を?」

〈なーに、悪い様にはしないさ。お望み通り、お前さんのピンチを救ってやるだけだよ〉

 謎の声は一方的にそう宣言すると、前と同じように僕の身体を操り始めた。
 スペルブレイクをして光球から距離を取った僕の身体は、体中から闇の様な黒い霧を生み出していく。
 いや、これは事実‘闇’なのだろう。光を通さない黒は背中に集まり、蝙蝠の様な翼を形作る。
 
〈まだ本調子じゃ無いけれど、使える‘実体’があれば問題は無いね。全部まとめて吹き飛ばしてやるよ!!〉

 更に謎の声に従って、僕の身体は両手を胸の前でかざし合わせた。
 そうして生まれた十センチ程度の隙間の中には、夕闇時の太陽の様な淡い光が生まれ――次の瞬間、それは爆発的に膨張する。
 一瞬で十倍以上の大きさになった光の球は、それでも足りないとばかりに輝きを強くしていった。
 最早、そこに夕闇の光が持つ儚さは微塵も無い。
 まるでコロナを切り取ったかのような小型の太陽は、僕の手の中で爆発せんばかりに荒れ狂っていた。
 ――って、ちょっとコレ大きくし過ぎじゃありませんか謎の人!?
 正直この時点でも制御出来る気がしないんですが、コレまだ大きくなってますよ!? 
 しかも、光球を形成する為に消費されているらしいエネルギーが尋常でない。あのフリーズ・ワイバーンが可愛く思える程だ。
 このままだと確実に――

〈さぁ行くよ! あたしのスペルカード、とくとご覧あれ!!〉

「ちょ、待ったストップ撃つのはダ―――」



 ―――――――超■「ト■■ライ■■パ■ク」



 半端とはいえ、‘それ’を発動出来た事は幸運以外の何物でもなかっただろう。
 光が解放された瞬間、僕の意識はブレーカーが切れたかのようにぷっつりと途切れたのだった。





 ――身体借りるなら、そのポテンシャルも把握しといてくださいよ。お願いですから。




[27853] 地霊の章・拾弐「爆天赤地/夢であるように」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/06/05 00:07

「滅茶苦茶な弾幕ごっこだったわね。最後の一撃で、大広間が吹き飛んじゃったわよ」

「……………」

「まったくアイツは、無駄に実力だけはあるから妬ましいわ。ああ妬ましい」

「……これなら、行けるかもしれない」

「それにしてもさとり妖怪、随分と親切じゃない。永久訪問権とやらを得られなかった晶を、わざわざ部屋で休ませるなんて」

「…………………」

「……ねぇ、聞いてる?」

「にゃっ!? な、何か御用かな?」

「地霊殿に風穴が空いているけど、アイツはお咎め無しで良いのかしら?」

「ああ大丈夫、大広間は元々侵入者撃退用の部屋だからね。壊されても問題無いし、直すのもさほど難しく無いんだよ」

「被害は想定済みなのね、妬ましい。……まぁ確かに、それ以外の目的でさとり妖怪が大広間を必要とするとは思えないけど」

「……水橋の姉さんは、さとり様をなんだと思っているんだい」

「なら逆に聞くけど、貴女は広間でダンスパーティを開くさとりの姿を想像出来る?」

「えーっと――ノーコメントで」





幻想郷覚書 地霊の章・拾弐「爆天赤地/夢であるように」





 謎の空間からこんにちは、上下左右前後があやふやな感覚にも大分慣れてきた久遠晶です。
 前回、話をするならまずは夢の中でお願いしますと言ったら――本当に夢の中へと連れてこられました。
 謎の人ってば、なんてサービス精神が旺盛なんでしょうか。

「ぬふふ、お礼なんて要らないさ」

「そうですね。この状況に至る経緯を考えれば、お礼どころか文句が出てきますもんね」

「あ、うん。それは悪かった。ちょっとはしゃぎ過ぎてたよ」

 ちなみにその謎の人は、今までのタメは何だったのかと言いたくなるほど普通に目の前にいました。
 全身青一色の服に身を包んだ緑髪の女性。蝙蝠の様な羽ととんがり帽子が特徴の彼女は、僕の指摘に申し訳なさそうに苦笑する。
 サバサバとした、小町姐さんの様に溌剌とした性格なのだろう。
 何で僕を助けたのか分からなかったけれど、この様子だと単なるお節介だったのかもしれない。
 ――でそんな謎の人は、僕と同じく上下左右前後をはっきりさせないままふよふよと浮いているのですが。
 気のせいで無ければ、ロングスカートから覗き見える足が半透明っぽくなっている気がする。
 もっと言うと、二足歩行の体裁すら為していない感じだ。はっきり言うと足が無い。
 あのスカートを捲れば分かるんだろうけど……それをやったら僕は、結果がどうあれ性犯罪者だしなぁ。

「おいおい、人の下半身をそんなに凝視するなよ。思春期か少年」

「あるんですか、下半身」

「あるよ、ほら」

「……「ザ・幽霊」と言った感じの、ヒレの無いオタマジャクシの尾を半透明にしたみたいな下半身ですね」

「なるほどなるほど、蛙は死んでオタマジャクシに戻るワケか。そいつは面白い」

 何が面白いのかは良く分からないけれど、僕の言葉は謎の人の謎の琴線に触れた様だ。
 顎に手を当て、謎の人はニヤニヤと笑いながら何度も頷いていた。
 しかし、肝心要の部分に触れないと言うのはどうなんだろうか。
 意趣返しなのか素なのか――本人の性格を考えると後者っぽいけれど、それはそれで面倒な気がする。
 とにかくこのままでは何の説明も無いまま本題に入られそうだったので、僕は勇気を出して疑問を口にする事にした。

「それで、謎の人はいったい何者なんですか?」

「おお、喰いつくじゃないか。さっきまではあんなにツレなかったのにねぇ」

「そりゃあ、生きるか死ぬかの瀬戸際でそんな事いちいち気にしていられないですよ」

「窮地の時ほどふてぶてしく――って言うだろう?」

「いや、それは相手にピンチを悟らせない為の心構えじゃないですか?」

「細かい事を気にする子だなぁ。……まぁいいか、えーっとあたしの事だったね」

 不敵な笑みを浮かべた謎の人は、あるのか無いのか微妙なラインの腰に手を当てて胸を張る。
 そこらへんがどうなっているのか大変気になる所だけど、触れると確実に話が脱線するので我慢の子。
 僕が無言で先を促すと、謎の人は羽織ったマントをはためかせて高らかに名乗った。

「あたしは魅魔、悪霊って奴だよ。敬意を込めて魅魔様と呼ぶと良いさ」

「はーい、わっかりました魅魔さまー」

 僕の素直だけどやる気の無い返答に、何かを言いかけやっぱり止める魅魔様。
 果たして、上辺だけの言葉なら止めろと言おうとしたのか、もっと敬意を込めろと言いかけたのか。
 僕には良く分からなかったが、言っても無駄だと判断したのは確実だろう。
 どうやら今まで出てこなかっただけで、僕が何をしてきたのかはしっかり見ていたらしい。無礼者ゴメンナサイ。
 しかしそれにしても、怨霊の次は悪霊と来たかぁ。
 さすがは地獄、怨み辛みが関われば何でもアリなワケですね。
 そんな風に僕が納得していると、魅魔様は不満げな表情で僕を睨みつけてきた。

「お前さん、あたしがこの地獄の住人だと思ってるだろう」

「ほへ? 魅魔様、旧地獄の人じゃないんですか?」

「あたしゃ地上の悪霊さね。地獄に居るのは、お前さんに連れてこられたからだよ」

「僕、ですか? 天子の馬鹿じゃ無くて?」

「まぁあの天人も元凶ではあるけどね。直接的な原因は、やっぱりお前さんさ」

 はっきりとそう言われても、僕には特に心当たりが無い。
 首を傾げつつ記憶を探っていると、痺れを切らした魅魔様が僕の胸を指差した。

「察しが悪いね。陰陽玉だよ、陰陽玉!」

「えっ、コレですか!? でもコレ博麗神社の下から見つかったんですよ!? しかも、かなり適当に封印されて」

 どうやら、夢の中の持ち物は現実の状況と連動しているらしい。
 僕が懐を弄ると、入れっぱなしにしていたミニサイズ陰陽玉と錠前の壊れたヒノキの箱が出てきた。
 魅魔様の話が本当なら、彼女は今までずっとこの中に入っていた事になる。
 それは狭そうだ――では無くて。博麗の巫女の基本アイテムに封印されていたとか、魅魔様って実は大物なのかな。

「博麗神社とは色々と因縁があるのさ。……ところで今、明らかに懐の容量を超えた物を出さなかったかい?」

「ああ、気にしないでください。紫ねーさまに渡してから僕も知らない機能が所々に増えてるんです」

「そんな得体のしれない服を、良くもまぁ平然と着れるもんだね」

「慣れました。使いこなせてはいないですが」

「それもどうなんだよ……」

 ちなみにこの内ポケットの超収納力は、リュックの中身全部を移しても余裕でお釣りが来るほどである。
 あと、スカートのポケットに入れても内ポケットから出せる。逆も可。
 ……収納力が有り過ぎて、逆に物入れるのが怖いからスペカとか財布とかしか入れてないけどね。
 
「それでえーっと、魅魔様が博麗神社と因縁深いって話でしたっけ?」

「深いよ、一から説明するのが面倒なくらい深い。だから突っ込んで聞かないでくれよ。……所々忘れてるしね」

「絶対に最後のが本音ですよね。良いんですか、そんな適当で」

「あたしも最初の頃は、打倒博麗神社を掲げて無茶してたんだけどねぇ。今では何で敵対していたのかもあやふやで……」

「封印された時に頭の中弄られたんじゃないですか、ソレ」

「あっはっは、面白い仮説だけどそれは無いよ。そもそもあたしは封印されてないからね」

「はぇ? でもコレ――」

「ぐっすり眠りたかったからね。こうしておけば起こされる事は無いだろう?」

 つまりアレか、この御札はホテルのドアノブに引っ掛けるアレと同じ代物なのか。
 適当な封印の謎は解けたけれど、代わりに何とも言えない気持ちがせり上がってきた。
 と言うか、この人コレでどれくらいの間寝てたんだろう。
 良く分からないけど、一つだけはっきりと言い切れる事がある。
 長期間寝るのに神社の道具を借りてる所を見ると、博麗神社との確執は無いも同然だったんだろうなぁ。

「とりあえず僕は、寝ている所を連れだして申し訳無い――って謝るべきですかね」

「いや、別に構わないよ。旧地獄に漂う怨念のおかげで、すっきりさっぱり目覚める事が出来たからね」

 むしろ助かったよ、惰性で寝続けていた感もあったからさー。と呑気に身体を捻りつつお礼を言う魅魔様。
 それにどういたしましてと答える勇気は、残念ながら僕にはありませんでした。
 ……結果的に僕の行動は、魅魔様復活の手助けになったワケなのか。
 別にそれが悪いって事は無いんだろうけど、なんか悪事に加担してしまった様な心苦しさが。
 とりあえず霊夢ちゃんは、彼女の事をどれくらい知っているんだろう。
 まさかこれが原因で、霊夢ちゃんにボコられるとかは無いよね? さすがに無いよね?

「どうした、顔が青いぞ?」

「いや、ちょっと不吉な未来を幻視したモノで。しかし知りませんでした、霊にも睡眠が必要だったりするんですね」

「んーまぁ、正直に言うとその時のあたしは色々あったせいでかなり弱っていてね。眠りでもしないと自分の身体を維持出来なかったのさ」

「色々と言いますと?」

「――ふっ、秘密さ」

 あ、これ覚えてない時のリアクションだ。何となく分かる。
 つまる所本人も、何で自分が寝る羽目になったのか深くは理解していないらしい。
 けど多分、そこまで深刻な理由じゃないんだろーなぁ。それだけは何となく理解出来ました。

「まぁ、実は今も完全復活したってワケじゃ無いんだけどね。陰陽玉から出るのは億劫だし、当分の間は少年の世話にならせてもらうよ」

「あーそうなんですか―――って、へ?」

 今、なんかさらっと凄い事を言われなかっただろうか。
 僕が魅魔様の顔を見返すと、彼女はにっこり笑って僕の肩を叩いて来た。

「あの、魅魔様? その言い方だと博麗神社に戻るつもりが無い様に聞こえるんですが」

「今さら二度寝なんて出来やしないからね。丁度良く憑く対象もいる事だし、しばらくは幻想郷を満喫させてもらうつもりだよ」

「憑く対象って……僕?」

「他に居ないだろう。――ああけど、仕方無くってワケじゃないよ? お前さんの活躍を見て、面白そうだと思ったからとり憑くのさ」

「……それは、ありがとうと言うべきなのでしょうか」

 比喩で無く本当に愉快だったのだろう。面白そうの頭には、きっと「見ていて」と付くに違いない。
 しかし、とり憑く基準をそいつが面白いか否かで決めて良いのだろうか。
 僕にとり憑けば復活が楽に云々とは言ってなかったから、一緒に居れば何かの足しになるって事も無いんだろうし。
 興味を持って貰えたのは光栄だけど、魅魔様自分の復活とか実はどうでもいいのかなぁ?
 それとも、僕と一緒に居れば勝手に復活する為の力が手に入ると踏んでいるのか。
 ふむ、有り得なくは無いかな。――魅魔様が、見て分かるほど露骨にハプニングを期待して笑ってなければの話だけど。

「まぁ別に、とり憑くのは構いませんけど」

「おや、随分とあっさり了承するじゃないか。良いのかい、悪霊にとり憑かれるんだよ?」

「敵対する神社となあなあで仲良くなってる悪霊の、いったい何を警戒しろと言うんですか」

「……少年、魅魔様ちょっと傷ついたよ」

「悪霊なんだから我慢してください。――で、構わないにしても、勝手に身体を操るのだけは止めて欲しいんですけど」

「悪霊である事を理由に我慢を強いられたのは、さすがに初めてだよ……」

 物凄い複雑な表情をしている魅魔様はとりあえず無視。とにかく今は、操らない確約を貰う事に専念しないと。
 正直、任意のタイミングで身体を操作される可能性があると言うのは思っていた以上に辛いっす。
 ポテンシャル以上の技を使われる危険性はもちろん、場合によっては魅魔様の意に添わない行動を妨害される恐れがあるからだ。
 さすがにこの人が、やたらと介入してくる厄介な人だとは思っていないけど。
 ……魅魔様、わりと感情に任せて行動する節があるっぽいからなぁ。

「するなとは言いませんが、やる前に一言了承を取ってください。問題無ければ身体くらい幾らでも貸し出しますから」

「色々とツッコミ所はあるけど、まぁそこは安心して良いよ。この前みたいな無様はもう曝さないからさ!」

「いや、僕が問題視しているのは、何をやったかじゃなくてそれをやらかすタイミングの方で……」

「お前さんの記憶から面白そうな技も見つけた事だし、次の勝負は期待してくれ!!」

 アカン、この人想像以上にマイペースやった。
 こちらの意図をちっとも理解していない魅魔様は、サムズアップのポーズと共に闇の中に消えていく。
 これ、何かしらの対策を考えておかないとダメかなぁ。
 僕はこめかみを抑え頭痛に抵抗しながら、薄れて行く感覚に身を任せるのだった。










「――んぁ?」

 目を覚ますと、そこには見知らぬ天井が広がっていた。
 恐らくは地霊殿のどこかだろう。だと良いなぁ。――まさか捨てられてはいないよね?
 若干不安を抱きながら身体を起こすと、視界の隅にチラつく猫らしき尻尾の影。
 それを追う様に視線を横にズラすと、そこにはじっと僕の顔を見つめるお燐ちゃんの姿があった。

「おはようお姉さん、調子はどうだい?」

「悪くは無いです。とりあえずどれくらい寝てたのか、勝敗はどうなったのか、その他寝てる間にあった事柄を説明してくれると助かります」

「……こなれてるねぇ」

「毎度の事なんで」

 過程はともかく、結果はわりといつも通りだからね。とりたて動揺する事はありませんよ。
 まぁ、時間の経過次第ではパニくる可能性がありますけどね。
 ……何しろ僕の体力、空っぽになったはずなのに程良く復活しているんだよなぁ。
 最近は人外から人外認定される回復力を得た僕だけど、さすがに数時間程度でゼロからここまで回復する事は難しいはずだ。多分。
 運が良くて一日、悪くて数日が過ぎてそうだなぁ。……長期過ぎる滞在は、ちょっと勘弁して欲しいんですが。

「えっと、お姉さんは二時間くらい寝ていたはずだよ。勝負は残念だけど、さとり様の勝ちさ」

「え、なにそれこわい」

「仕方が無いよ。さとりさまのトラウマ弾幕を裁いたのは凄かったけど、お姉さんそれで倒れちゃったから」

 いや、驚いているのはそっちじゃないんですよ。
 そっちは念の為に確認しただけで、負けた事自体は気絶した時点で分かっていたワケですし。
 と言うか――えっ? 二時間って何。自分の事だけど意味が分からない。えっと、二日じゃ無いんですよね?

〈ふっふっふ、失敗を失敗で終わらせないのが魅魔様の凄い所だよ〉

 混乱している僕の脳内で、魅魔様がエヘンと胸を張る。
 なるほど、貴方の仕業ですか。で、何をやらかしてくださったんですか? まさかドーピングとか言わないですよね。

〈体力の回復を手助けする魔法を少し。まぁぶっちゃけあたしが手助けしなくても、半日あれば同じくらい回復したと思うけどね〉

 ありがとう魅魔様、その補足は要らなかった。

〈少年、何気にあたしに厳しいよね〉

 そりゃまぁ「貴女、下宿人。僕、家主」ですから、厳しくもなろうモノですよ。
 ついでに言うと魅魔様は、適度にストップかけないと暴走する危険性があるんで。これからも態度はキツめで行こうと思ってます。

〈ありがとう少年、ちょっと泣いた。……それと、これは忠告なんだけどね〉

 何です?

〈あたしとの会話は、頭の隅に留めておく程度にしておいた方が良いよ。――話に置いて行かれるからね〉

 はぇ? どういう事です?
 脳内でそう魅魔様に問いかける前に、答えはお燐ちゃんが示してくれた。
 彼女は僕から一歩下がると、ネコミミを垂れ下げつつ土下座しだす。

「お願いだ! あたいに力を貸しておくれ!!」

「えっ? ……えっ?」

 それはもう、見ているだけで胸が締め付けられるほど必死な土下座でしたとも。
 結論――ひとのはなしはちゃんとききましょう。
 さて、この悲痛な空気を破ってどう「話聞いてませんでした」と言うべきか。
 頭を悩ませながら、僕は深々と己の注意力不足を反省するのだった。
 




[27853] 地霊の章・拾参「爆天赤地/猫も手を借りたい」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/06/12 00:03


「お燐、上手くやっているかしら。……まったく、心を覗かないでいるのは面倒過ぎるわね」

「ねぇねぇ、何だか地霊殿が騒がしいけど何かあったの?」

「お客が来たのよ。とびきり厄介で破天荒なお客が、一騒動起こしにね」

「わぁ素敵! それってどんな人?」

「……一言で言うなら、頭の中が春爛漫な腋メイドかしら」

「わぁ、わぁ! すっごい面白そう! 私、ちょっと会いに行ってくる!!」

「ダメよ、お燐の用事が済むまで待ちなさい」

「やーだよ。行ってきまーす」

「まったくあの子ったら……あら? 私は今、誰と―――まさか!?」





幻想郷覚書 地霊の章・拾参「爆天赤地/猫も手を借りたい」





「と、とりあえずお燐ちゃん、顔を上げて! 顔!!」

 何をするにしても、まずはお燐ちゃんに顔を起こしてもらわない事には始まらない。
 僕はベッドから飛び起きると、身体を同じくらい下げて彼女の顔を覗き込む。
 しかし、理由が分からないのに土下座されると妙な罪悪感が湧くなぁ。
 相手に相応の非があるって前提が無いと、土下座させている方がクサレ外道以外の何者でも無い様に見えてしまう。
 
〈よっ! このクサレ外道!!〉

「黙らっしゃい!!」

「……分かってる、お姉さんが怒るのも無理は無いよ。あたいのせいでさとり様と戦う羽目になったんだからね」

 しまった、うっかり魅魔様へのツッコミを口に出してしまった。
 自分が怒鳴られたと思ったお燐ちゃんは、ますます身体を小さくして謝りだしてしまう。
 うーむ、参ったなぁ。何でこんな事になっちゃてるんだろう。話を聞き損ねたせいで全然わからないや。

〈要するに、少年を試してゴメンって謝ってるんじゃないのかい?〉

 なるほどそうか! 凄い、ひょっとして魅魔様って天才!?

〈いや、前後の謝罪内容から察しがつくだろうよ。と言うかハメられた事に対する感想は無いのかい〉

 試した事を謝るなんて、お燐ちゃんは変わってますよねー。
 自分の目的を果たす為に相手を使い潰して、テヘペロゴメンで済ますのが幻想郷のデフォルトでしょうに。
 
〈魅魔様、少年の人生観にちょっと引いた〉

 ……自分でも、今のはちょっとどうかと思った。嘘じゃないけど。
 まぁ、ともかくそんな事が理由なら土下座なんてしてもらう必要性は無い。
 ちょっと強引かとも思ったけれど、僕はお燐ちゃんの肩を掴んで無理矢理に立ち上がらせた。

「別に気にしなくて良いよ、お燐ちゃん。あんな強引な訪問で歓迎されるのはおかしいなーと思ってたんだよね」

「お姉さん……」

「だけど、一つだけ確認させて。――戦って試したって事は、お願いは荒事系だと思って良いワケだよね」

「うん、そうだよ」

「無理です、御免なさい、さようなら」

 僕は流れる様な仕草で腰を曲げ、そのままの姿勢でお燐ちゃんから距離を取る。
 皆、僕の事を荒事大好きトラブルメイカーみたいに言ってるけど、僕は基本的に平和主義者なのだ。
 なので、買う必要の無い喧嘩は買いたくない。
 強制イベントならともかく、特に理由も無く荒事に巻き込まれるなんて僕はゴメンである。

「そ、そこを何とか! あたいには、お姉さんしか頼れる相手はいないんだよ!!」

「さとりさんはどうなの?」

「それは……そのぉ……」

 頼りには出来るけど、頼る事は出来ないって状況なワケだ。
 つまり僕は、誰にも頼れない所に現れたカモネギだったと言う事ですね。
 まぁ、それは良い。カモネギ扱いは毎度の事である。
 それを非難する気は無いし、荒事で無ければ協力もしてあげられたと思う。
 だけど、僕の危機感知センサーは無情な事実を告げているのだ。
 ――この‘お願い’はヤバい。滅茶苦茶ヤバい。幽香さんが満面の笑みを浮かべるのと同じくらいヤバい。
 根拠は無いけど、このお願いを受けたら僕は地獄を見る事になりそうだ。旧地獄なだけに。

〈……少年にはガッカリだ〉

 ……自分でも今のは無いと思った。

〈だけどまぁ、その勘は間違っていないんじゃないかな。何しろ選別基準がさとり妖怪だ、同レベルの相手が出てきても不思議じゃない〉

 魅魔様が、僕の想像にありがたくない補足を加えてくれる。
 そもそもお燐ちゃんで何とか出来る相手なら、僕に頼ろうと考えないワケだしね。
 改めてこのお願いの危険性を悟った僕は、出来得る限りのにっこり笑顔でお燐ちゃんに告げた。

「――うん、絶対に無理」

「ご、後生だからお願いだよお姉さん! あたいの親友の一大事なんだ!!」

 なるほど必死なのは、大切な友達の何やらがかかっていたからなのか。
 それは大変ですね、頑張って! 僕は完全に他人事の感覚で心中エールを送る。
 
〈少年、やっぱり怒ってるだろ。態度が露骨過ぎるぞ〉

 魅魔様がからかう様に指摘してくるが、本当に僕は怒っているワケでは無い。
 単純に、その親友とやらの是非に一切興味が湧かないだけである。
 これがアリスや早苗ちゃんなら、僕の命に換えても! くらいの大口は叩けるのだけど。
 まったく関係の無い人の為に働くのはなぁ……はっきり言ってやる気が出ない。
 そんな僕の内心を態度で悟ったのか、お燐ちゃんは二度目になる土下座で窮地を訴えてきた。
 ただし、今度は心苦しいとも何とも思わない。首を振る方向が自由なら、僕は躊躇無くNOと言える日本人なのである。

「あたいに出来る事なら何でもするから! だから、だからお願いします!!」

 本当に切羽詰まっているのだろう、ついにお燐ちゃんは白紙の小切手を切りだしてきた。
 そういえば、以前どこかで土下座と言うのは実は攻撃的な仕草なのだと聞いた事があったけど。
 今のお燐ちゃんを見ると、確かにその通りだと納得してしまう。
 断る理由はちゃんと有るのに、僕が無体に断った様に感じる不思議。これが本当の土下座なのか……。
 
〈偽物の土下座ってあるのかい?〉

 はい、主に僕やてゐが使ってます。
 しかし……何でもかぁ。実際にそんな事言われるとは思わなかったよ。
 僕は何とは無しに、土下座するお燐ちゃんの姿を眺めた。
 可愛らしいネコミミと尻尾は、感情を表すかのようにションボリと垂れさがっている。
 完全に無防備なその姿勢を見て――ふと、僕の中で黒い情念が湧きあがった。

「……何でも、か。それはお燐ちゃんに出来る事なら、本当に何だって良いんだよね」

「そ、そうだけど……」

「例えば――お燐ちゃんの身体を、僕が好きに出来るとかでも有り?」

 悪い笑みを浮かべた僕の問いかけに、お燐ちゃんの身体が強張った。
 その返答は想定してなかったのだろう、信じられないモノでも見るように彼女は僕の事を見つめてくる。

「お、お姉さんって女に興味があるのかい?」

「そりゃあ、僕は男ですから。異性に興味はありますともさ」

「―――っ!? え、お、男ぉ!? 嘘だろう!?」

「マジです。こんなナリをしてますが、僕は普通の性癖を持つ普通の男の子です」

「なんてこったい……」

 間違っても、僕に女装癖なんてないですよ? 
 そんなニュアンスを込めて説明したら、何故だかお燐ちゃんが絶望的な表情を浮かべた。
 どうしたんだろう。そもそも何でお燐ちゃんは、急に僕が女性に興味があるか否かを尋ねて来たのだろうか。

〈いや、そりゃお前さん。あんな事言われたら聞くしかないだろう〉

 あんな事って何さ。何で魅魔様、お燐ちゃんに共感してるの?
 非難囂々な魅魔様のメンチを脳内で受けながら、僕は何だか噛み合っていない会話に首を傾げる。
 すると、何だか覚悟を決めた感じのお燐ちゃんが勢いよく立ち上がった。
 彼女は悲痛そうな表情で僕を睨みつけると、悪魔と契約するかの様な雰囲気で静かに頷いた。

「……分かった。それで、本当にあたいのお願いを聞いてくれるなら」

「そっか。――なら、商談成立だね」

 我ながら安上がりな報酬だが、一度競り上がった欲求に抗う事は出来ない。
 僕は再度悪い笑みを浮かべると、欲求を満たすべくお燐ちゃんに指示を出した。

「それじゃあお燐ちゃん――猫又形態になって貰おうか」

「そ、そん………な? え? 猫又?」

「弾幕ごっこの時になってたじゃん。ほらほら、早く早く」

 僕に促されて、怪訝そうな表情のまま猫の姿に変わるお燐ちゃん。
 そんな彼女を抱きかかえ、僕は欲求の赴くまま――全力で猫を愛で始めた。
 それはもう、我ながらドン引きするレベルの愛で具合である。
 本物の猫だったら全身全霊を持って抵抗する程の、相手のメンタル面を一切考慮しない自己満足の愛撫である。
 
「よーしよしよしよし!!」

「にゃ、うにゃにゃにゃにゃーっ!?」

 いやー、一度猫を思いっきり可愛がりたかったんだよねぇ。
 だけど普通の猫にこんな事したら、ストレスやら何やらでどうにかなってしまう。
 いやまぁ、お燐ちゃんだってこんな事されたら普通に禿げそうだけど。
 すでに同意は貰ってる以上、よしよしなでなでするのに問題は何もないワケだ。
 ちなみに、僕は特に猫派と言うワケでは無い。同じ状況なら間違いなく犬でも同じ事をやってました。

〈少年、すっごい紛らわしい〉

 何故か顔を真っ赤にして抗議してくる魅魔様を無視して、僕は思う存分お燐ちゃん――と言うか猫を愛で続けた。
 時間にして十分くらいだっただろうか。ある意味、一生出来ない体験をしたのだった。










「ふぅ……堪能しました」

 お燐ちゃんを解放した僕は、架空の太陽を睨みつけてシニカルに笑った。
 多分、肌はこの上なくテカっている事だろう。色んな意味で充実した時間であった。
 一方人型形態に戻ったお燐ちゃんは、乱れた髪型を直しながらぜいぜいと息を荒げている。
 どうやら、毛皮と髪の毛の状態は連動しているらしい。僕はまた一つ賢くなりました。

「で、お願いって何? 満足したから大概の事は聞くよ!」

「……そうかい。とりあえず、ありがとうとは言っておくよ。想定していたのよりはマシな交換条件だったし」

「いやいや、どういたしまして! で、僕は誰と戦えば良いの?」

「戦うって言うか……止めて欲しいんだよ、あたいの友達を」

 髪型を整え直したお燐ちゃんは、大きく深呼吸をしてぽつぽつと事情を話し始めた。
 お燐ちゃんの友達とは、灼熱地獄跡地を管理する地獄烏であるらしい。
 地獄の天窓を開けて火力を抑えたり、お燐ちゃんの持ってきた燃料で火力を強くしたり。
 単純作業ながらも、二人は楽しく仕事をしていたと言う事だ。
 ちなみに、お燐ちゃんの言う「燃料」は所謂人間の死体である。地球に優しいけど人類には厳しい。
 ……んーいや、人類にも優しいのかな? 火葬するのもタダじゃないしねぇ。

<そういう問題じゃないと思うよ、少年>

 あ、魅魔様ナイスタイミング。さっきさらっと流したけど、魅魔様は地獄烏って知ってます?
 地獄と烏にそこそこの関連性がある事は知ってるんですけど……地獄固有種の烏って居るんですかね。

<いるよ。灼熱地獄で焼かれた住人の身体をついばむ、わりと地味な役割なのが>

 灼熱地獄にねぇ。……居たっけかなぁ。
 地獄ぐらいメジャーな場所になってしまうと、派生が多過ぎて情報を把握しきれなくなってしまう。
 まぁ、地獄の住人が言ったのだから実在はしているのだろう。そこは疑っていない。
 問題なのは、その地獄烏がどれくらいの強さを誇る妖怪なのだと言う事だ。
 何しろ、これから戦う事になる相手である。
 お燐ちゃんは止めてくれれば方法は問わないと言ったが、十中八九戦闘に至るのは目に見えているだろう。
 だって僕が請け負うのだし。

<悲観的なのか、冷静に自分を把握できているのか、どっちにしろ泣けてくるね>

 その言葉だけで救われます。

<まぁ、気休めだけど教えとく。妖怪の強さは知名度と同じと考えて間違いないよ、例外はもちろんあるけどね>

 それはまぁ、僕も分かっていますとも。
 妖怪も神と一緒で、人間が自分に向けるある種の感情――すなわち恐怖――を得る事で存在が強化される。
 逆に弱点も周知になってしまうが、そこらへんは愛嬌のレベルだろう。
 それが些細なデメリットになってしまう程、知名度の差と言うのは大きいのである。
 まぁ、幽香さんとか紫ねーさまとか、馬鹿げたスペックの妖怪は居るからマイナーイコール弱いってワケじゃないんだけどね。
 知名度が高ければ強い、これは確実な理屈だろう。
 つまり地獄烏が弱い保証なんてどこにも無いんだけど……不思議と、地獄烏が強いってイメージも無いんだよね。
 やっぱ親友であるお燐ちゃんがそこそこの強さだからなのかな。いや、それでも僕よりは余裕で強いんだろうけど、多分。

「……おね、もといお兄さん、聞いてる?」

「あ、ゴメン。ちょっと考え事してた。それでえーっと、「二人の幸せな日々が永遠に続くと思っていた……」の後は?」

「何だか腹の立つ言い方だねぇ。まぁいいや、それで――」

 異変は、ほんの数日前に起きたそうだ。
 いつもの様に燃料を集め、友人の所に向かったお燐ちゃんは灼熱地獄の異常に気付いた。
 暴走と言えるレベルに過熱する灼熱地獄。そして、その中央に佇み暴走を促す変わり果てた親友の姿。
 え、変わり果てたは言い過ぎた? 姿形はそんなに変わって無い? そーなんですかー。
 いや、そもそも僕はその友達の前身を知らないんで、どう変わったかはあんまり興味が――すいません何でも無いです。

「それでそのお友達は、灼熱地獄を過熱させて何を企んでるの? 風呂でも沸かすとか?」

「いや、意味は無いんじゃないかな。性格は以前とそう変わって無いから、そこまで深く物事を考えてないと思う」

「物事を深く考えない……つまりその地獄烏ちゃんは、アホの子だと考えて良いワケですね」

「うん、まぁ間違っちゃいないかな。灼熱地獄を暴走させているのは、物凄い力を手に入れて単にはしゃいでるだけなんだと思うよ」

「うっわぁ、タチ悪いなぁ」

 無軌道に暴走するアレな子とか、対処するのが一番厄介な相手だ。
 やりたい事をやりたいようにやってるだけだから、まず説得の部類は聞き入れて貰えないだろう。
 我田引水な結論を出されて、暴走を助長する羽目になるのが目に見えている。
 ……まぁ、方法が無いワケではないんだけどね。
 だけど‘あの手’は、命の危険が危ないからあんまり選びたくないんだよなぁ。
 ――と言うか、だ。
 
「今さらっと流しかけたけど、物凄い力って何?」

「うーん、あたいも深くは知らないんだけどね。あの子曰く、神様の力だとか何とか……」

「なるほど神様ですかそうですか。ちなみにどんな神様の力なのか、お燐ちゃんは知ってます?」

「えーっと、確かヤタの烏がどうとか言ってた様な。……ごめん、そっちの方はあんまり深く気にして無かったから良く分からないよ」

「あはは、良いんですよ良いんですよ。なるほどなるほど八咫の烏ですかあはははは―――ちょっと用事を思い出しました」

「ちょ、コラ! 逃げるな!!」

 先程も言ったが、知名度が高い幻想ほど強い。これは確実な理屈である。
 つまり手に入れた神の力の名前を聞いただけで僕が逃げ出そうとしたのは、非道も何でも無く当然の判断であると主張したい。
 まぁ、即座に反応したお燐ちゃんにあっさり捕まったので、結局逃げられなかったんですけどね!
 ……だけどお燐さん。幾ら親友が心配だからって、八咫烏に気付かないのはどうなんですか。


 


 ――うう、猫に思う存分モフモフする権利を報酬にしたのは、さすがに安すぎたかなぁ。




[27853] 地霊の章・拾肆「爆天赤地/地獄の人工太陽」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/06/19 00:03


「はぁ、ようやく旧都に帰ってこれた。今日は散々な一日だったわね妬ましい」

「あーっ! そこにいるのは橋姫さんじゃないですか!!」

「うげっ!? あの時の巫女――と、勇儀?」

「よぅ、元気そうだねパルスィ。この子の友達と一緒に地霊殿まで流されたって聞いてたけど……」

「そうよ。おかげで酷い目にあったわ。ああ妬ましい妬ましい」

「丁度良いです! 晶君の居場所を知っているなら、私達を案内してください!! さ、行きますよ!」

「ちょっと引っ張らないでよ! と言うか、地霊殿に居るって分かってるなら案内は要らないでしょう!? 私はもうアイツと関わるのは嫌――聞きなさいよ!?」

「あっはっは。旅は道連れ世は情け、運が悪かったと思って諦めるんだね」

「諦められるワケが無いでしょう妬ましい! ――って、勇儀の背負ってるソレはなによ」

「一言で言うなら、敗者の末路かな」

「はぁ?」

「うーん……うーん……のびずぎだぁ…………」





幻想郷覚書 地霊の章・拾肆「爆天赤地/地獄の人工太陽」





 結局逃げ損ないました。どうも、久遠晶です。
 お燐ちゃんにガッチリ腕を掴まれた僕は、現在地霊殿の中庭に連行されている所です。
 なんでも、そこから灼熱地獄の跡地へ行けるとの事。
 はぁ、おうちに帰りたいなぁ。

<ここまで来たら、もう諦めるしかないね。がんばっ!>

 そんな可愛らしく励まされても、僕のやる気は出てきませんよ魅魔様。
 何しろ相手は八咫烏の力を得た地獄烏だ。地獄烏自身の実力は知らないけれど、八咫烏の強さなら大まかな見当がつく。
 八咫烏――日本神話に出てくる太陽の化身。
 幻想郷で無ければ、八咫烏の力は単なる超凄い火炎能力だと思う所だけど。
 ……チート能力が跋扈する幻想郷なら、ガチで太陽の力を借りる能力であってもおかしくは無い。
 太陽風、コロナ、熱核融合。どこまで使えるかは分からないけど、どれか一つでも使える時点で色々ヤバい。
 対する僕は色々不足中。鎧の即死キャンセルが復活したのはありがたいけれど、それもどこまで通用するのやら。

<ふっふっふ、どうやらあたしの出番が来たようだね>

 絶望的な未来のビジョンにうんざりしていると、脳内の魅魔様がニヤリと笑った。
 我に策あり、と言った感じの表情だ。また僕がぶっ倒れる類の真似をしてくれるんだろうか。
 
<根に持ってるなぁ、少年。今回は大丈夫だよ>

 なら良いんですけど、今度は何をするつもりなんですか?

<ひ・み・つ☆ その時になったら教えてあげるさ>

 まぁ、好きにしてください。僕は死ななきゃ何でも良いです。
 そんな風に魅魔様と戯れながら必死に対地獄烏用戦術を考えていると、僕の手を引っ張っていたお燐ちゃんの足が止まる。
 一拍遅れて同様に止まった僕が前を向くと、眼前には地底である事を忘れる様な見事な庭園が広がっていた。
 
「ほほぅ、見事な中庭ですな。地底だと手入れするのが大変でしょうに」

「意外と利用頻度の高い所だからね。手間相応の見返りはある――ってそうじゃなくてさ」

「なるほど、主な利用者はペット達なワケですか。どーりでワイルドな感じに纏まっていると」

「……お兄さん、ワザとやってるだろ」

 何の事ですかね? これ見よがしに空いてる大穴なんて、僕にはさっぱり見えませんよ?
 しかし、顔を背けても身体を物理的に確保されていたらどうしようも無いワケで。
 明後日を向いた僕に呆れながらも、お燐ちゃんは腕を引きずって穴へと移動していく。
 一度了承したら、もう拒否権もタンマも存在しないらしい。
 そんな幻想郷らしいお燐ちゃんの反応に、ちょっとホッとする自分が嫌。
 とにかく抵抗しても無駄みたいなので、僕は置物になるのを止めて穴に向かって歩き出す。
 そして軽い気持ちで穴の中を覗き込み――焼却炉の中みたいに燃え盛る一面の炎になんか色々と後悔しました。

「完全に地獄だコレ……」

「暴走しちゃってるからねぇ。まぁ、お兄さんなら稼働している灼熱地獄でも平気だろう?」

 その無意味な根拠は、いったいどこから出てくるんですかお燐ちゃん。
 いや、僕も大丈夫だとは思いますけどね? それでも全盛期を取り戻しているっぽい地獄に入るのは若干の抵抗がありますよ。
 と言うか、だ。メインウェポンが氷の僕に完全稼働した灼熱地獄は相性が悪いってレベルじゃ無いと思うんですが。
 無理矢理に使う事は出来るかもしれないけど、何かしらの弱体化は免れないだろう。何コレ、イジメ?

「ねぇ、お燐ちゃん。確認なんだけど、その地獄烏ちゃんをこっちに連れてきて戦うってのはダメなのかな?」

「うーん……個人的には止めて欲しいけど、絶対にするなとも言えないよ。ただ、あの子が自分のテリトリーから出てくるかどうかはちょっと」

「交渉は僕も諦めてる。だけど、挑発すれば釣れるんじゃないかなーと」

「……お兄さんが思ってるよりずっと短気だよ、あたいの親友」

 つまり、釣りあげる前に爆発するって事ですか。どれだけ気が短いんだその子。
 もちろん言われただけで諦めるつもりは毛頭無いけど、別の所に誘導するのは無理だと思っていた方が良いかもしれない。
 
<どんどん状況が悪くなっていくねぇ。大丈夫かい?>

 可能なら今すぐ逃げ出したいです。無理だと思いますが。
 まぁ、今更愚痴った所で仕方があるまいて。覚悟を決めて行く事にしよう。
 僕は冷気の風を全身に絡みつけ、灼熱地獄へ通じる穴へと飛び込んだ。
 本人に会えば、打開策も思いつく――と良いんだけどなぁ。










「あーっはっはっは! 良いよ良いよ、もっと燃えて!! もっと燃え盛って、この究極の力を知らしめるのよ!」

 ――あ、これはダメだ。 何言っても多分ダメだ。
 灼熱地獄の真ん中らへんで高笑いをブチかます少女を目撃した瞬間、僕は説得と交渉と挑発の全てを諦めた。
 恐らくは彼女が件の地獄烏ちゃんなのだろう。若干はねた長い黒髪の、平時なら活発そうに見えたであろう女の子だ。
 白いシャツに緑色のミニスカートとそれだけならシンプルな服装は、色々とついたオプションのおかげでこの上なく派手になってしまっている。
 まず、胸には瞳の様な赤い宝玉――いや、アレ本当に宝石? ガチの目っぽいんですが。……まぁ良いか。
 さらに右腕には御神籤箱の様な六角柱の何か。何故か右足だけを覆った金属製の鎧。良く分からないからこそなんか怖い。何に使うのアレ。
 おまけに背中には烏の羽が生え、その上にマントを羽織ると言うゴテゴテっぷり。どっちか一つに纏められなかったのだろうか。

<それはあたしに対する挑戦状かコラ>

 そういや魅魔様も、マントの上に翼生やしてましたね。
 深く気にして無かったですけど、その翼どう生やしてるんですか魅魔様?

<少年は、無邪気な振る舞いで残酷に人を傷つけるね>

 オッケー分かりました、追及しません。追及してる余裕も多分無いし。
 何しろ、今まで高笑いに夢中だった少女がこちらに気付いてしまったのだからね。
 彼女は意外と幼げな表情で、興味深そうにじっとこちらを見つめてくる。
 いや、意外では無いのかな? 子供っぽいとは散々言われてたし。
 むしろ予想外だったのは地獄烏ちゃんの発育の良さだ。深くは言及しないけど、地下で会った妖怪の中では一番だったと一応言っておこう。
 あ、すいません心の中のパルスィさん。反省してますんで、その冷やかな瞳を何とかしてください。

「うにゅ? ねぇお燐、その人誰?」

「……お空を止める人だよ」

「あはは、お燐ってばまだそんな事を言ってるんだ。私の力が羨ましいのは分かるけど――嫉妬は見苦しいよ?」

 どうやら、地獄烏ちゃんの名前はお空と言うらしい。そういえばそこらへんの情報は一切尋ねて無かった気がする。
 うん、まぁわりといっぱいいっぱいだったからね。仕方が無いよね。
 そういやお燐ちゃんのフルネームも聞いて無かったはずだし、これが終わったら後で教えて貰う事にしよう。
 僕、この勝負が終わったら二人の名前を聞くんだ……。死亡フラグになると分かっていても、何となく呟かずにはいられない僕。とことん芸人気質である。
 しかしこれが原因で死んだら、居た堪れなさ過ぎて化けて出る事も出来ないだろう。
 また一つ生き残らなければいけない理由が出来てしまった……。いや、それと実際に生き残れるかは完全に別問題なんですけどね?
 と言うかさらっと流しかけたけど、今のお空ちゃん完全に調子に乗ってたよね。
 以前の彼女を知らない僕でさえ分かる浮かれっぷりに、他人事ながら何とも言えない気分になる。
 しかも「嫉妬は見苦しいよ」とか、お空ちゃんはお燐ちゃんが彼女の為を思って止めようとしている事を全然理解していないじゃないですか。
 まぁ、僕も何で彼女がここまで必死になってお空ちゃんを止めようとしているのかは知りませんけどね? あ、魅魔様は知ってます?

<知らないけど察しはつくよ。良く言うだろう? ‘出る杭は打たれる’って。それが無軌道に飛び出た釘なら尚更さ>

 つまり新たな力を得て暴走しているお空ちゃんの立場は、現在かなりのグレーゾーンにあるワケだ。
 お燐ちゃんはお空ちゃんの身を心配しているのに、当の本人はそれを嫉妬と判断したと。
 ……うーむ。僕には関係の無い話だけど、ちょっとだけやる気が出て来たかも。
 同じ事をするにしても、正統性があった方がずっと気は楽だ。少なくとも今のお空ちゃんを止めて非難される事は無いだろう。
 正義は僕にあり! まぁ、それで何かが変わるって事も特にないんですが。

<少年は、どうして入りかけた気合いに自ら水を差すのかねぇ>

 性分です、見逃してください。
 そうして魅魔様のツッコミを受け流した僕は、お燐ちゃんの一方通行な説得を止める為二人の間に割って入る。
 彼女の気持ちは分からないでもないけど、最早これは言葉でどうとかなるレベルではあるまいて。
 僕は大きく息を吸い込むと、お空ちゃんに向かって指先を突き付けた。

「君の言う事は良く分かった――ならば勝負だ、お空ちゃん!!」

「う、うにゅ?」

「僕が負けたなら、僕は君のやる事に口出しをしない。好きにすると良い。しかし君が負けたら――お燐ちゃんの言う事に従って貰う!」

 うん、それまでの会話の内容と僕の提案が噛み合っていない事は分かっています。
 そもそも、「君の言う事は良く分かった」って何さ。
 お燐ちゃんが一方的に捲し立てていたから、お空ちゃんは今までほとんど何も言ってなかったじゃん。
 おまけに、負けた時の条件も限りなく不平等だ。元々僕は彼女のやる事に口出しする気は無いのだから、負けた所でこちらには何のペナルティも無い。
 はっきり言って、お空ちゃん側にこの勝負を受ける理由は一つもありはしない。だけど―――

「いいよ。私が得た究極の力、貴女に見せてあげる!」

 お空ちゃんは絶対にこの勝負を受ける。僕はその事を確信していた。
 今、彼女は「究極の力」とやらの力を妄信している。その力があれば何でも出来るとさえ思っているに違いあるまい。
 だからこそ彼女は、不平等な条件も唐突過ぎる勝負も深く考えずに受けてしまえたのだ。
 己の力を誇示したいからこそ、自分を不利な状況に置く事をむしろ望んでしまう。増長している輩は誘導が易くて本当に助かります。
 
「ふふーん、ちゃんと約束は守るんだよ。私が勝ったらもう口出しはさせないからねー!」

 ……いや別に、僕は今までも口出しはしてませんでしたけど?
 明らかに挑発の一種だった僕の言動を、何故かお空ちゃんは額面通りに受け取っていたようだ。
 あれ、ひょっとしてお空ちゃんって想像以上にアレな子だったりする?
 ふと抱いたそんな疑問を晴らす為、僕は不敵に笑うお空ちゃんに問いかけた。

「ちなみに、その究極の力って具体的にどんなモノなんですかね?」

「え、知りたいの? そんなに知りたいの?」

「うん、すっごく知りたい。だから事細かに説明よろしく」

「しょーがないわねぇ! そこまで言うなら教えてあげようじゃないの!! この私の究極の力を!」

 あ、間違いない。お空ちゃん、色んな意味で親分と同じタイプだ。
 良い意味でも悪い意味でも後を引かないと言うか、後を引くほど覚えていられないと言うか。
 その癖、自分に都合のいい事だけはしっかり記憶しているからタチが悪い。
 この手のタイプは軌道を修正するのは楽でも、進む方向を変えようとすると途端に難易度が跳ね上がるから困りものである。
 まぁ、この調子なら再犯の危険性は無いだろう。一度気勢を削がれたら、彼女みたいな子はすぐに飽きて別の事に興味を移すに違いあるまい。
 
「私に授けられたのは、太陽の化身たる八咫烏の素晴らしき力――すなわち核融合よ!」

「ぶふほぉっ!?」

「ふっふっふ、凄いでしょー凄いでしょー」

「……うん、びっくりしました。色んな意味で」

「えっへっへ~、貴女は私の凄さが分かるみたいね」

 そんな事を呑気に考えていたら、お空ちゃんがとんでもない事をぶっちゃけてくれました。
 いや、予想はしてたけど。まさか本当に核融合を行えるとは思ってなかったっす。なにそれちょうこわい。
 と言うか授けられたって何さ。ひょっとして誰かから貰ったの? マジで? そんな力くれる人が幻想郷にはいるんですか? 
 
<ねぇ少年。さっきからずーっと気になってたんだけどさ、そのかくゆーごーって何?>

 等と僕が混乱していると、脳内の魅魔様が申し訳なさそうに尋ねて来た。
 まぁ、核融合とか悪霊には門漢外な話題だから仕方が無いでしょう。
 うーん。とは言え僕も科学の分野は素人なんで、上手く説明はできませんが。
 簡単に言うと、外の世界で次世代のエネルギーとして期待されてる科学反応です。
 科学の分野が物凄く発達した外でさえ、一部例外を除いて実用化には至っていないっていうとんでもない力なんですよ。
 極端な話、核融合が行えるお空ちゃんは太陽そのものであると言えますね。
 ちなみにさっき言ってた一部例外は、比喩抜きで国を吹っ飛ばすレベルの力を持った超兵器です。
 お燐ちゃんは灼熱地獄の暴走を不安視してたけど、場合によっては幻想郷そのものが消し飛ぶ可能性もあったワケで。
 そんな危険な力を個人――しかも色々と迂闊な彼女に授けた輩は、いったい何を考えていたのだろうか。馬鹿じゃないの? と言わざるを得ません。
 ――と、言うワケで魅魔様。その時が来たみたいなんで策の方よろしくお願いします。

<諦めるのはやっ!? せめて最初くらい戦おうとしようよ少年!>

 いや、無理。これはどうあがいても無理です。
 核融合って言うデタラメな能力ももちろん諦めの一因だけど、それ以上に状況が悪過ぎて僕にはどうしようも出来ない。
 絶賛暴走中の灼熱地獄のせいで、弱体化した「冷気を操る程度の能力」は自分の身を守る事にしか使えないし。
 地面に降りる事も出来ないから常に浮きっぱなしで、格闘能力は半分以上死んでる様なものだし。
 相手が超エネルギーの発生源である以上、エネルギーを奪う「幻想世界の静止する日」は役に立たないし。
 ぶっちゃけ詰んでますコレ。残った手札じゃ、抵抗する事は出来ても勝つ事は不可能っす。
 魔眼による自爆の誘発って手も考えはしたんだけどねぇ。それで核融合の力がうっかり暴走した日には、幻想郷が本気で灰になりかねない。
 八咫烏の神格が魔眼にどう反応するかも分からないし、精神操作は止めておいた方が無難だろう。

<……ふぅん、意外と色々考えてたワケだ。やるねぇ少年>

 死活問題ですんで、活路は常に見出せるよう頭を巡らせております。ある意味職業病ですね。

<ま、そういう事なら良いだろう。八咫烏の力とやらも気になるし、あたしの力を貸してやろうじゃないか>

 ありがとうございます。――それで魅魔様、結局何をするつもりなので?

<あたしの力を問題無く使いこなすにはどうするか? 簡単さ、少年があたしになれば良い。――つまりそういう事だ!!>

 えーっと……すいません、さっぱり意味が分かりません。
 恐らくは答えも同然らしいヒントを口にする魅魔様。しかし全然理解出来ない僕。
 やがて一向に答えが出ない事に焦れた彼女が叫ぶと共に、全身から溢れ出た闇が僕の身体を包みこむのだった。

〈ああもう、許可は貰ったし勝手にやらせて貰うよ! ―――――靈異面『魔』!!〉

 え、ちょ!? まさか「面白い技」ってそれの事だったんですか!?




[27853] 地霊の章・拾伍「爆天赤地/漆黒の破壊者」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/07/03 10:25
「―――湯のみが欠けたわ。晶ね」

「結論早過ぎるだろ。幻想郷の悪い事は、全部あの腋メイドの仕業かよ」

「そうね。隙間が半分その他が半分って所かしら」

「いや、晶どこいったよ!?」

「アイツは元凶にならないからこそ面倒なのよ。事件に関係無いのに、一番事件を掻き回すのよね」

「……そういや、この前も天人と一緒に神社ぶっ壊したらしいな。いつ来てもお前が居るのはそのせいか」

「早く建て直し終わらないかしら。店番しながらお茶を飲む仕事は退屈で仕方が無いわ」

「いつもとやってる事が一緒だろうが。つーか、あの本の虫が良くお前の下宿と店番を許したな」

「紫にお願いされてたわよ」

「ああ、それは頷くしかないか。道理で最近、香霖のヤツがゲッソリしているワケだぜ」

「それは紫が毎日晩御飯を食べに来ているせいね」

「完全に嫌がらせだなソレ。アイツの胃袋に穴が空く前に止めさせてやれよ」

「でも、紫が来ないと晩御飯のメニューが簡素になっちゃうのよねぇ」

「お前が原因か!?」





幻想郷覚書 地霊の章・拾伍「爆天赤地/漆黒の破壊者」





 全身を包んだ闇は、身体に纏わりつくと一瞬でその姿形を黒衣と翼に固定させた。
 いつものメイド服は下だけを黒いロングスカートに換え、その上に魅魔様の様なマントを羽織っている。
 ……若干襟が立ってるのが気になるけど、うんまぁ概ね魅魔様のと一緒だろう。多分。
 そして背中には翼手目を思わせる翼。自分に生えててもやっぱりマントとの兼ね合いが気になる。自分の意思で動かせるから尚更気になる。
 
〈細かい所は気にするなって少年。それよりも顔の方を見てみな、自信作だよ!〉

 自信作って……とは思ったが、それどころでも無さそうなので促されるまま顔を確認してみる。
 鏡は持っていなかったので、気で強化した氷を頑張って生成して鏡代わりに。
 どうやら、身体の主導権は一応まだ僕にあるらしい。後普通に能力も使えるようだ、面変化なのに。
 で、肝心の顔の方だけど……はっきりと言おう、誰だコレ。
 予告無しで見せられたら、僕自身だと言う事に気付かないレベルの変わりっぷりである。
 ――いや、変わったのかな? 正直な所、この状態だと全然分からない。
 バイザーととんがり帽子を組み合わせた様な黒い帽子のおかげで、顔の上半分はほとんど見えてないし。
 下半分の方も布っぽいマスクで丁寧に覆われているせいで、ぶっちゃけ目以外の部分がほぼ全部隠れてしまっている。
 しかも、僅かに覗いて見える髪の毛が何故か緑色だ。髪型だけ同じだから余計違って見えてしまう。
 まぁ、面変化らしいと言えばらしい変わり様だけど……これ、後で元に戻るのかなぁ。

「うにゅにゅ!? だ、誰!?」

「いや、さっきまで居たメイドさんだよ。何で突然姿形が変わったのか分からないけど、お空も目の前で変わる所を見てただろう?」

「なるほど、つまりそれが貴女の全力って事なのね! なら、そんな貴女の全力を私の核エネルギーで捩じ伏せる!!」

 一瞬、彼女が僕を見失っていた事は武士の情けで見ないフリ。鳥頭だからしょうがないね。
 唐突な――魅魔様が勝手にやったから仕方が無いんだけど――こちらの面変化を、お空ちゃんは戦闘開始の合図と判断したらしい。
 露骨に身構えた彼女は、今すぐにでも襲いかかりそうな勢いで僕を睨みつけてきた。
 確かにそうとしか見えない状況ではあるけれど、今すぐ始められると僕は困る。大変困る。
 なので僕は両手を合わせてTの字を作り、お空ちゃんの前に突き出した。

「―――タイム」

「うにゅ?」
 
「作戦タイムを申請します。ちょっと待ってて」

「う、うん。分かった」

 物分かりが良くて大変助かります。きっと根は良い子なんですね、単純とも言うけど。
 とにかく許可を貰った僕は、一旦二人から離れて脳内の魅魔様と交信を始める。
 ……これだけ聞くともう完全に電波さんである。魅魔様と言うのは貴方の想像上の人物では無いのですかとか言われそう。

〈そーいうの地味に傷つくから止めておくれよ〉

 すいません。それで魅魔様、この靈異面とやらの能力はどうなってるんですかね?

〈ふふん。驚くなかれ、今の少年にはこの魅魔様の力が宿っているのさ!〉

 そういえば確かに、身体の奥底から僕のモノでは有り得ない力が溢れ出てきている。気がする。
 これが所謂「魔力」と言うヤツなのだろうか。覚醒した主人公ごっこが出来そうなパワーアップっぷりである。
 ……ただ、この状態でも多分「あの技」を使う事は出来ないだろう。
 無理をすれば出来ない事も無いだろうが、一発撃った瞬間にガス欠を起こしてぶっ倒れる事は確実だ。
 あの、魅魔様コレどうなってるんですか? 魅魔様の力借りてるのに魅魔様の技使えないってどんなバグ?

〈そりゃ仕方無いよ、あたし本調子じゃないもん。ぶっちゃけ、少年を介さないと現世に干渉する事も出来ないんだよ〉

 その設定は初耳なんですけど。なるほど、僕の脳内だけで好き勝手してるのはそういう事情があったのか。
 そうなるとこの靈異面は、魅魔様にできる最大限の手助けだと言う事になる。
 いやまぁ使えないなら仕方が無いし、純粋なパワーアップだけでも充分にありがたいんですが……これだけなんですか?

〈そんなワケ無いだろう。エネルギー不足に対する対策はしっかり用意しているさ、ちょっと手を出してごらん〉

 言われるがままに手を出すと、その少し先にサッカーボール大の光球が生み出される。
 それは次の瞬間に青く澄んだ水晶へと姿を変えると、周囲に光の粒子を集めて土星の様な環を構築した。

〈そいつはフォース、靈異面のメインウェポンにして攻防一体の最終鬼畜万能兵器さ!〉

 うわあそれはすごいですね。……魅魔様、そういう言い回しはどこで覚えてくるんですか。

〈少年の記憶は実に興味深いな〉

 ぎゃー!? 思わぬ取り憑きの副産物!?
 まるで隠していたエロ本を暴かれたかのような心苦しさ。
 魅魔様、アンタいったいどこまで僕の記憶を読みこんだんですか!?

〈とりあえず、エロ本を隠していた場所は知ってるよ。……少年意外とエグい趣味してんね〉

 うん、地上に戻ったら一刻も早く除霊しよう。どんな手段を使っても極楽へ逝かせてやるこの悪霊。

〈冗談冗談。そこまで踏み込んだ部分は見てないから安心しな。……隠し場所は知ってるけど〉

 死のう。

〈落ち着けって、まず生き残らない事には自殺も出来ないだろう。死ぬなら靈異面の性能を試してからで頼むよ〉

 つまり魅魔様的には最低一回、靈異面の試運転をしてから死んでほしいワケですね。よし、生きる気力が湧いて来たぞー。
 それじゃあとっとと、このフォースとやらの性能を教えてください。後ろでお空ちゃんがイライラしてます。

〈話をズラしたのは少年だろうが。……まぁ良いや、これはね〉

 そうして魅魔様が説明した「メインウェポン」の詳細に、僕は何とも言えない苦笑いを漏らしてしまう。
 魅魔様……それ、僕がやったゲームの武器ですよね。
 いや、出典が何であれ役に立つのならそれで良いんですけど。……よりにもよって何でそれを選んだんですか。

〈勘ぐるなよ、純粋に効率が良い方法を検討した結果さ。これでも結構エネルギー不足になった事を気にしてはいるんだ〉

 そうなんですか。まぁ確かに、仕様が本当ならお空ちゃん攻略の切り札とも成り得る重要なカードだ。
 つい流れでツッコミを入れてしまったが、むしろ僕はお礼を言う立場なんじゃないだろーか。いや、言わないとダメだよね確実に。

〈そういうのは生き残った後で良いよ。それよりも、そろそろ作戦タイムを終えた方が良いんじゃないかい? 対戦相手も大分焦れているみたいだしね〉

 あ、本当だ。爆発寸前の火山みたいな顔してる。
 これ以上待たせると、比喩で無く本当に爆発されるかもしれない。
 僕は面で隠れていて分からないだろうなぁとは思いつつも、こちらの不安を悟られない様に不敵な笑みで振り返っておく。
 ぶっちゃけ意味は無い。強いて言うなら、相手にこちらを過大評価してもらうだけの為の小細工です。
 ああ、そうそう。そういえば聞き忘れていたんですが。

〈んにゃ? なんだい?〉

 ……何で僕の鎧、腕輪状態に戻ってるんですかね?

〈その力とあたしの力は相性あんま良くないんだ。靈異面を使用中は鎧の能力全部使えないんでヨロシク〉

 せめて、即死キャンセルぐらいはどうにかなりません?

〈どうにもなりません〉

 むぅ、そいつぁちょっと厳しいなぁ。
 靈異面の力を疑うワケじゃないけれど、もしもの時の備えは欲しいと言うか。
 どうにか鎧の機能だけでも使えるようにならないかと考えていると――ついにお空ちゃんが爆発した。

「うにゅぅぅぅぅ! もう我慢出来ないぃぃぃぃぃいっ!!」

 お空ちゃんが右手の六角柱をこちらに向けると、そこから直線状の閃光が放たれる。
 予想通りの所から予想通りのモノが出てくると言うのは、何だか逆に新鮮な気がするけど感心している場合じゃない。
 僕は浮かぶフォースを前方にかざすと、閃光を防ぐ盾に用いた。
 環の部分を含めても上半身を守るのがやっとの小さな盾は、しかし閃光に衝突した瞬間その輝きすべてを吸い込む。
 これぞフォースの能力の一つ――弾幕吸収能力だ。
 物理系の弾を吸い込む事は出来ないけれど、エネルギー系の弾幕には御覧の通り。効果は覿面である。
 もちろん吸引したエネルギーは、こちらのスペカに転用可能である。
 これこそが、エネルギー不足に対する対抗策! ……この面のもう一つの元ネタだと、ボタン押しっぱなしでパワーがチャージ出来る事は公然の秘密である。

「う、うにゅ!?」

「長い事待たせてゴメンね。だけど、待たせた分だけ楽しませる事は出来ると思うよ」

「ふぅん……」

〈靈異面の性能を聞かされただけの実質ノープラン状態で、よくもまぁそこまで自信たっぷりになれるもんだね〉

 ハッタリってのはそういうもんです。自分でも出来てビックリしている事は、当然おくびにも出していませんとも。
 それなりに上手くやれた先制パンチに、しかしお空ちゃんは嬉しそうに微笑む。
 それは、自分の力をぶつけられる‘敵’に出会えた歓喜から生まれる闘志の籠った笑みだ。
 あっちゃー。どうやら、無駄に燃料を投下してしまったらしい。もう少し自信無さげにしておいた方が良かったかな。
 まぁ、ここまで派手に姿を変えておいて弱々しい態度を取るのもおかしな話だろうけど。
 フォースの他の機能を試すなら、「私は遊んでますよ」的なオーラは出しておいた方が便利だしね。
 何より、あの‘勝利条件’を満たす為にはとにかく勝負を長引かせないといけない。
 ……いやまぁ、普通の弾幕ごっこして勝てるんなら、そんな面倒な事しないで迷わず短期決戦をしかけるんですけどね。
 残念ながら、それで勝利するビジョンは全く見えないワケで。
 ――核融合の能力を持つ相手に持久戦とか、僕の身体は色んな意味で大丈夫なのだろうか。

〈えーっと、お前さんの知識にある「ほーしゃのー」って奴か? それくらいならあたしの魔力と少年の『気』で防げるよ〉

 分かってはいたけど、不思議パワーって本当に便利。条件を満たせば宇宙空間にも行けそうな気がしてきた。
 まぁ、お空ちゃんは常時核融合を起こしているワケじゃないみたいだから、現状で本当に防げているのかの判断はつかないのだけど。
 ここが地球である以上、本当の意味で太陽と同等の出力を出す事は多分出来ないんじゃないだろうか。されたら幻想郷は確実に吹き飛ぶし。
 ならば、魔力や気で防げるのも納得だ。……とは言え若干の不安は残るので、この勝負が終わったらお師匠様に身体を診て貰おう。

「面白くなってきた! 良いわ、私の核融合でその綺麗な玉ごとフュージョンし尽して――」

「あ、その前に。お燐ちゃんもうちょっと離れておいた方が良いと思うよ」

「うにゅ、それもそうだね。危ないからお燐は離れてて!」

「う、うん、分かった。……何をするのか知らないけど、やり過ぎないでくれよお兄さん」

 いや、気をつけるのはどう考えてもお空ちゃんの方でしょう。
 お燐ちゃんの中では、いったい僕はどういう立ち位置になっているのか。
 分からなかったけれど、それを問いただす暇も僕には無かった。
 彼女の離脱を確認したお空ちゃんが、最早問答無用とばかりに攻撃を開始したからだ。
 右手の六角柱をこちらに向けた彼女は、一枚のスペルカードを発動した。



 ―――――――核熱「核反応制御不能」



 それは、まさしく太陽の如き圧倒的な輝きを放つ弾幕だった。
 お空ちゃんを中心にして生まれた巨大な太陽は輝きを広げる様に肥大化し、幾つかの恒星の様な弾丸に分裂した。
 鳴動する小型の太陽達は、緩やかな動きながらも真っ直ぐ僕めがけて飛来してくる。
 僕はフォースを構え、別れても尚僕より二倍ほど大きい弾丸を受け止めた。
 ……さすがは核融合の力。なんつー出鱈目なパワーだ。
 だけどこっちにはフォースによる吸引がある。いくらお空ちゃんのスペルカードと言えども……。

〈ああ、言い忘れてた。エネルギー系の弾幕でも、一度に吸引できる量には限りがあるから気を付けな〉

「――うぉっちゃぁ!?」

 魅魔様の忠告を受けた僕は、フォースを軸にして弾丸の軌道をズラし攻撃を回避した。
 恒星型弾丸の隙間を埋めるようにして星の様な青い弾幕も迫っていたけど、そちらは大した事が無いのでフォースで全て受け止める。
 あっぶなかったぁ。本気で危なかったよ。大口叩いておいて、最初の一発でぶっ倒れる所だった。
 そういう大事な話は、お願いだから直前にしっかり説明しておいてください魅魔様。比喩で無く死にますから。

〈うっかりしてた。てへぺろ〉

 ――色んな意味で嫌がらせか。
 魅魔様のぎこちない舌出しにイラッときつつも、僕はフォースでお空ちゃんの弾幕を裁いていく。
 何度か試して分かったが、どうやら許容量をオーバーした弾幕はフォースを透過するらしい。
 そうなるとフォースを軸に移動する事も出来なくなるので、吸引しきれない弾丸はスルーするのが一番なんだけど……。
 お空ちゃん、多分これでも本気じゃないんだろうなぁ。
 次からの弾幕の威力がこのスペカ以下である可能性が低い以上、今の内にギリギリで回避するタイミングを見極めておかなければいけない。
 僕は全神経を集中して弾幕を避け、裁き――お空ちゃんの最初のスペルカードを攻略した。

「うにゅぅ……なかなかやるね、貴女」

「ふ、ふふふ、ふふふふふ――ふわぁぁぁあああああん!」

「泣いたーっ!? 何でだよ!?」

「えっ? えっ? も、もしかして私のせい? えと、ごめんね?」

 って、フォースの制御に夢中になっていたらなんかスペカ無しで弾幕攻略出来ちゃったー!?
 ヤバイどうしよう、すっごく嬉しい。こんなスマートな形でクリア出来たの初めてかも。
 我ながら情けない事実と悲しい達成感から、勝負の事を忘れて咽び泣く僕。自分で言うのも何だが泣く程の事か。
 そしてそれをどう勘違いしたのか、赤子をあやす様にして僕の頭を撫でるお空ちゃん。
 灼熱地獄の中心で行われるには限りなくシュールなそのやり取りは、その後しばらくの間続いたのであった。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「馬鹿め、死神Aは死んだわ。皆のアイドル山田です」

死神A「開始早々殺さないで下さいよ!? し、死神Aです」

山田「ああ、すいません。久しぶりの登場に浮かれていました。……あの子はもういないのに」

死神A「居ますって、今ここに!! 何で死んだ風になってるんですか!?」

山田「オチの後には出来ませんからね」

死神A「えっ? ………えっ?」

山田「では最初の質問でーす」


 Q:腋巫女の近況どうなってますかー。


山田「今回の小話のネタになりましたが、現在某古道具屋のお世話になってます」

死神A「ちなみに、あの店である理由は?」

山田「作者の趣味です」

死神A「言い切った!?」

山田「いやでも真面目な話、東方香霖堂の描写を考えると地味に有力候補だと思うんですよあそこ。むしろ他に候補が無いと言うか」

死神A「人気者過ぎて、逆に特定のどこかの世話になってる所が想像できないキャラですからね。博麗霊夢は」

山田「尚、第一候補になりそうな隙間の住居は天晶花では不明となっております。晶君ですら未だにどこにあるか知りません」

死神A「普通の魔法使いの家は?」

山田「そこに行くなら香霖堂に行くでしょう!」

死神A「……物凄いエコ贔屓だ」


 Q:一応分類上人間にまだカテゴライズされると思われる晶君は熱にせよ放射能にせよ、それだけで死ねるんじゃないかなー……と。


山田「原作でレイマリが大丈夫だったから問題ないっしょ」

死神A「大ありですよ!?」

山田「でしょうね。ですので天晶花では、「放射能等の人体に有害なモノは結界等の防御で防げる」と言う事にしておきます」

死神A「つまり、晶君でも『気』で防御する事が可能って事ですか?」

山田「さすがに戦闘時くらいまで高めて貰う必要がありますがね。地獄烏も常時放射能撒き散らしてるワケじゃないから大丈夫でしょう」

死神A「そうなんですか?」

山田「天晶花ではそういう設定で行きます」

死神A「……便利だなぁ。その謳い文句」


 Q:晶君は女性を初めて見た時、まずどこを見るんですか?


山田「基本的に顔です。よほどの事が無い限り、相手の目をじっと見つめます」

死神A「あたい――もとい、小野塚小町の時は速攻で視線が下に行きましたけど」

山田「あっはっは……つまりそれがよほどの事態だこのアマ」

死神A「(あ、やっちゃった)」

山田「まったく仕方がありませんね貴女は。そんな貴女にはこれを聞いて貰います」

死神A「え、何ですかこのヘッドホン。これから私、何を聞かされるんですか?」

山田「「どこかの平行世界でみすちーの能力をコピーした晶君と騒霊トランペッターメルランが全力で謳うライブCD(八雲プロ)」をiPhoneに移したやつとZUNヘッドホン」です」

死神A「長いですよ色々!? と言うかコレ、罰になるようなモノなんですか!?」

山田「聞いてみれば分かります。さーて、すいっちおん★」

死神A「うわ――あ、確かに凄い音量だけど普通に聞け……のわぁ!? 悲鳴が、やたら響く声で悲鳴としか思えない様な切なくて痛々しい悲鳴がぁぁぁあああ!?」

山田「ちなみにジャケットはこんな感じです」

死神A「想像を助長させないでくださいよ!? 止めてー!? 心が不安定になるぅぅぅう! 何されてるんですかこの世界線の彼ぇぇぇえ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど





○おまけ:靈異面らくがき
(www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/reiimen.jpg)



[27853] 地霊の章・拾陸「爆天赤地/黄昏の輝き」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/07/03 10:25


「どうも、私です!」

「勇儀です!」

「う゛ーっ、大分マシになってきた」

「妬ましい気楽さね。ぱるぱるぱるぱる……」

「再現するならもう少し徹底してください。とりあえず、お久しぶりです勇儀さん。そしてお帰りなさいパルスィさん」

「いや、背中の天人も後ろのパルスィもノリが悪くてさぁ」

「好きで居るワケじゃないのに、何でそこまでしないといけないのよ。妬ましい」

「なら実行するのを止めれば良いじゃないですか。あと、その少年なら今お燐と一緒に居ますよ」

「ま、人間の期待に応えるのも鬼の役目さ」

「そういう期待は無視して構わないと思いますけど? あぁそれと、二人は忙しいので今すぐ会わせる事は出来ません」

「……もう少し、挨拶代わりの会話を楽しもうと思わないのかい。お前さんは」

「大丈夫です、私は結構楽しいですから。ついでに用件の方も片付けているだけの話で――ええ、そうですよ東風谷早苗さん。私は人の心が読めるのです」

「なるほどそういう事ですか。つまり貴女は――ずばり、超能力者さんですね! あれ? でも何で人間が地底に居るんでしょう」

「…………中々に愉快な方ですね」

「ああ、面白いだろ? どうやら地上は、私らが居た時よりもずっと楽しい事になっているらしいぞ」

「えーっと――良く分からないけど、褒められたんですね私! ありがとうございます!!」

「……妬ましいわ。ただただ妬ましいわ」





幻想郷覚書 地霊の章・拾陸「爆天赤地/黄昏の輝き」





「失礼、取り乱しました」

「あぁうん、凄い混乱っぷりだったね。なんか辛い事でもあったのかい?」

「うにゅ、大丈夫? お薬持ってこようか?」

「単に感極まっただけですのでお構いなく。それよりも続きをしましょう、一刻も早く続きを」

 なんかもうこれで終わりで良いや。とか考え始めている思考に蹴りを入れて、僕は再びフォースを構えた。
 いやまぁ、この状態なら口先三寸で何とか終わらせられそうな気もしないでもないけどね。
 肝心要なのはお空ちゃんの再犯を防ぐ事だから、それでこの勝負を終わらせても何の意味も無いワケで。
 ……と言うか、フォースで防御して終了はさすがにみっともない。
 これで「今日の所は勘弁してやらぁ」とか言った日には、完全に新喜劇のノリである。内容的に間違っていないのが何とも。

「良く分かんないけど、勝負の続きをするのね? 良いよ! 今度こそ黒コゲにしてあげる!!」

 先程までの心配はどこへやら、あっさり臨戦態勢に入ってスペルカードを提示するお空ちゃん。
 こういう時、深く物事を考えない子は話を逸らし易くて実に助かります。 
 尚、なんか色々とツッコミたそうな顔をしているお燐ちゃんはスルー。見学者は静かにしていてください。
 
「貴女はどうやら、小さな弾幕くらいならその玉で吸いこんじゃうみたいね!」

「いえ、違いますが」

「えっ!? …………はっ、騙されないわよ! それならこの弾幕はどうかしら!!」

 うん、普通に騙されかけていた事をあえて指摘はすまい。
 弾幕ごっこに関してはそこそこ頭も回るらしいお空ちゃんは、二枚目のスペルカードを発動した。



 ―――――――爆符「ペタフレア」



 宣誓と同時に、巨大な恒星の雨が降り注いでくる。
 先程以上の勢いで燃え盛る星の弾幕は、収縮しより力を高めながらこちらに襲いかかってきた。
 くそぅ。出力アップは予想していたけれど、弾丸が小さくなるのは想定外だった。
 小さくなれば命中率は下がるけど、それはつまりフォースにも当て難くなると言う事で。
 全身を防御できないフォースをメインに使っている靈異面にとって、弾丸の小型化が優位に働く可能性は低い。
 しかもそれが、一発でお陀仏になりかねない高威力弾丸だったりするともう……お空ちゃん実は天才?

〈落ち着けよ少年。防御だけに専念していたらダメだ、こっちからも攻撃に出ないと〉

 ……うーん、確かにそうした方が良いんでしょうけどねぇ。

〈何だよ。何か問題でもあるのか?〉

 なんかこー、エネルギーが勿体無い様な気がしまして。

〈幾らなんでも通常攻撃で減る程ショボくなってないわぁ!!〉

 あ、そうなんですかスイマセン。
 問題無いなら、打って出る事に不満は無い。
 僕は盾として掲げていたフォースをお空ちゃんに向け、霊威面の力を解放した。

「行くよ! フォース二つ目の効果、攻撃の増幅!!」

「うにゅあ!? ――あ、危なかったぁ」

 ざっとフォースの二倍近い太さの光線が、お空ちゃんに向かって放たれる。
 残念ながら彼女はあっさりと回避してしまったが、あれだけ慌てていると言う事はお空ちゃんも直撃を避けたいのだろう。
 そうでないと凹む。と言うか本気でどうしようも無くなってしまう。
 通常攻撃の中でではあるが、今のは霊威面のもっとも強力な攻撃なのである。

〈ふふーん。どうだいどうだい、魅魔様のパワーも相当なもんだろうよ〉

 はい、わりと素直に凄いと思ってます。
 僕も聞いた時にはビックリしたけど、霊威面のデフォルト攻撃はなんと直線状のレーザーなのだ。
 しかもそれは、フォースを介する事でより強大な威力となる。
 さらにこの状態でも弾幕吸収は可能! 凄いぞフォース、まさに攻防一体の最終鬼畜万能兵器だ!!
 ……実は使う度に命が削れるとか無いですよね。

〈無い無い。だから安心して連射しな〉

 じゃあ遠慮なく。――いぃやっほぉぉぉぉおおっ!
 相手の弾幕を避けながら、お空ちゃんに向けてレーザーを連続してぶっ放す。
 それをお空ちゃんが回避する度に弾幕は揺れ、こちらが回避する余地を作りだしていく。
 これなら、僕でも普通に避ける事が出来るだろう。
 ……とは言え掠りもしないと、チャージが出来ないからそれはそれで困るんだよね。
 なのでフォースに当てれそうな攻撃は、さっきの要領で軽く止めつつ回避するよう心掛ける。
 はっ、これがグレイズって奴なのですね! 見えるよ、かつてのアリスの様に華麗に弾幕を避ける僕の姿が!!

〈……微妙。腰が引けてるよ少年〉

 うん、分かってますとも。
 それでもまぁ、最低限の目的は果たせたから良しとしよう。
 九割方フォースのおかげでスペカを攻略した僕は、そんな事をおくびにも出さない態度で不敵に微笑む。
 おーおー、お空ちゃんってば悔しそうにしちゃって。――だ、大丈夫だよね。あんまり刺激し過ぎて、結局大暴走とかしないよね?
 まぁ、どこかで彼女の鬱憤が大爆発する事はすでに確定だと思うけど。それならそれで対抗策を用意させて欲しい。
 具体的に言うと、フォースのチャージどれくらい出来ましたかね? それによって僕の未来が変わるんですが。

〈最大を百として二十くらいかな〉

 少なっ!? え、ちょ、どういう事!?
 僕、結構頑張って弾幕を吸引していましたよ? 何がダメだったの? ビビリ気味で回避してたから!?

〈それもあるけどそれだけじゃないよ。何しろフォースに溜められる力の容量は、私の全開時を想定しているからね!〉

 つまり、この程度じゃ溜まりきらないほど大容量って事ですか。そして自慢ですか。
 でもこれ、マックスまで溜めないと靈異面の最強スペルカードは使えないんですよね?
 残り三つ全部で頑張れば出来ない事も無いでしょうけど、その時点で僕もう勝ってるじゃないですか。本末転倒じゃないですか。

〈いや、半分で大丈夫だけど?〉

 ――だから、そういう情報は予め教えといてくださいってぇぇぇぇっ!!
 2Pコントローラーは使いませんとか説明書に書いてあったのに、2Pコントローラーが無いとセーブすら出来ないゲーム並にタチが悪いですよ!
 何ですか? 実は協力するフリをして、僕の事を抹殺する気だったりするんですかね?
 ならいっそひと思いにやってくださいよ! ついでにお空ちゃんも倒してくれると助かります!!

〈自棄になってるのか現実逃避してるのかどっちだい。……と言うか分かるだろう、全開時でも一発撃てば終わりなスペカなんて普通は無いって〉
 
 持ってましたが。

〈少年はつくづく規格外だなぁ。ダメな意味で〉

 悪うございましたね。自覚はしてますよ。
 でも、半分で行けるのかぁ。それはありがたい事実だ。
 ……まぁ、それでも目標の半分しか溜まって無いんですけどね。だけどそれくらいなら何とか。

「これも平気なんて本当にやるじゃない。でも今度こそ、今度こそ消しズミにしてやるんだからぁぁぁぁああ!!」



 ―――――――「サブタレイニアンサン」



 うわぁ、お空ちゃんってば大分イライラが蓄積されているなぁ。
 子供が苛立ちをぶつけるような様子で、お空ちゃんが三枚目のスペルカードの使用を宣誓した。
 状況的には五分五分なんだけど、まるでこっちの方が虐めているみたいな不思議。
 半泣きのせいか。これが半泣きの魔力か。僕だって好きでこんな事してるんとちゃうんですがな。

〈んな事言ってる場合か。来るよ!〉

 今までに比べて小型な弾丸が、灼熱地獄全体にばら撒かれる。
 左右に揺れつつも一切動かないその弾幕は、まるで星空の中に迷い込んだような錯覚を僕に与えた。

「さぁ行くよ! これが全てを燃やし尽す、太陽の力だぁぁぁああああ!!」

 お空ちゃんが叫ぶと同時に、炎が彼女を覆い尽した。
 小型の太陽となった彼女が一際燃え盛ると、灼熱地獄を漂っていた弾幕が彼女に吸引されていく。
 くっ、背後狙いの弾幕か。こいつはちょっとばかしやり辛い。
 僕はフォースを後方に移動させ弾幕を防ぎつつ、お空ちゃんに向かって倍加されていないレーザーを放つ。
 だがしかし、僕の撃ったレーザーはあっさりと太陽の輝きに呑まれ消滅してしまった。
 
「あーっはっはっは! 無駄無駄ぁ!! そんなちゃちな光で、太陽を揺らがせられると思わない事ね!」

「何それ、バリヤーとかズルい!」

〈少年はフォースを捨ててから同じ事を言うべきだと思うよ〉

 フォースくれた本人がそれ言うってどうなんですか。いやまぁ、ズルい言ったのは僕ですけどね。
 そんな文句を言いたくなるくらい、今は悪い状況って事なんですよ。
 弾幕は主に後方から来るので、フォースを前面に出して攻撃を強化する事は出来ない。
 仮に防御を捨ててフォースを攻撃に回しても、果たしてあの防壁を破れるのか。……多分無理だろうなぁ。
 もっとも弾幕は全部フォースで吸引できるみたいだし、後ろからとはいえ方向は一定なので攻撃は出来なくても問題無いみたいだけど。
 ……あれだけムキになったお空ちゃんの弾幕が、このくらいで終わるのだろうか?

「ふふん、それで終わりだと思ったら大間違いだよ!」

 背後から迫る弾幕に慣れて来た所で、お空ちゃんを中心とした太陽が一気に膨張した。
 弾幕を吸い込む勢いを増した太陽はさらに、小型の弾幕を線状に並べて無数に放ってくる。
 ちょ、ここに来て挟み打ちとか、お空ちゃんは僕を殺す気ですか!?
 あぁそう言えば、消しズミになれとか言ってましたもんね。納得しました。

「って、納得している場合じゃねー!?」

〈少年落ち着け! 心の眼っぽいモノで見れば何とかなる様な気がしないでもない!!〉

 とりあえず魅魔様は黙っててください。僕にそういう便利スキルはございません。
 背後から迫る弾丸をフォースで防ぎながら、僕はレーザーで線状の弾幕をかき消していく。
 しかし前方から来る線状の弾幕は直線的なレーザーで完全に消す事が難しい上に、とにかく数が多過ぎる。
 後方の防御も疎かになってしまうので、スペカ終了より先に相手の弾幕が直撃してしまう事だろう。
 こうなったらこっちもスペカを使うしかない――んだけど、さすがにそれはチャージ分使用するよなぁ。
 出来れば、このまま溜めた分を消費せずに攻略したいんだけど……。

「さらにさらに、ぐれーどあーっぷ!!」

 あ、ダメだコレ。これをスペカ無しでクリアは虫が良すぎるや。
 さらに勢いを増し、より巨大になったお空ちゃんを覆う太陽の姿に僕は色んなものを諦めた。
 すいません魅魔様お願いします。出来るだけ軽めで、この状況を打破出来そうなスペカを用意してください。

〈ふっふっふ、そう言うと思っていたよ少年! この魅魔様に任せておきな!!〉

 脳内の魅魔様が胸を張るのと同時に、僕の手の中に一枚のスペルカードが現れる。
 あんまりよろしくない状態なのにご機嫌なのは、靈異面のスペカを試し撃ち出来るからか。
 ……魅魔様、本当に霊威面のテストが出来ればそれで良いんだなぁ。
 ちょっと切ない気分になりながら、僕は状況を打開すると思しき手中のスペルカードを宣誓した。



 ―――――――曲撃「悪戯な賢者のガイダンス」



 するとフォースがまばゆい閃光を放ち、こちらの手を離れてゆらゆらと動きだす。
 ――いや、これは揺れていると言うよりも‘こちらの視界に合わせて動いている’と言うべきか。
 つまり、このスペルカードの使い方は………。

「こういう事か!」

 意識をフォースに集中させると、より輝きを強くしたフォースがこちらの意思に沿って移動を始める。
 これは、魔力を纏ったフォースを自在に操って攻撃するスペルカードだ。
 弾幕吸引は出来ないし操作は地味に大変だけど、曲線的で素早い動きはなるほど現状に相応しいスペカだと言える。
 僕はフォースを操り、消しきれない弾幕を必死に避けながらお空ちゃんの弾幕を攻略した。

「う、うにゅぅぅうぅううう! これも避け切るなんてぇぇぇぇえええっ!!」

「へっへっへ……ま、まぁ、ざっとこんなもんデスよ」

〈粋がってる割に冷や汗ダラダラだね、少年〉

 そりゃまぁ、弾幕を一つ破った代わりに色んなものを犠牲にしましたからね。
 とりあえず確認ですけど、現時点でのエネルギーは如何程で?

〈三十ちょっとかな。ちなみにスペカで消費したのが十〉

 ……今、ちょっとだけ聞いた事を後悔しました。ちくしょう、あそこで頑張ってればギリギリ足りてたのか。
 しかし嘆いた所で後の祭りだ。消耗したエネルギーは戻ってこないし、何よりも――お空ちゃんの怒りはすでに天元突破していらっしゃる。
 
「もう、もう絶対に許さないもんっ! 私の本当の全力で貴女を、貴女を――思いっきり泣かせてやるんだから!! うわぁぁぁんっ!」

 泣いているのは貴女ですよね、とはさすがに言えなかった。
 最早完全に僕がいじめっ子である。状況は五分五分、むしろこっちが若干劣勢なのに酷い。
 あとお空ちゃん、黒コゲ消しズミと来て最後は泣かせるってグレードダウンし過ぎじゃないかな。
 いやまぁ、彼女がどういう意図であれ結果は変わらないんだけどね。
 ……何しろお空ちゃんが放つオーラは、すでに視覚化して僕の顔を撫ぜているのだ。
 スペカ発動前の下準備ですらない現状でこれなのだから、彼女の言う「本当の全力」とやらを出した日にはどうなるのか。
 答えは――知りたく無いのにすぐ分かってしまった。



 ―――――――「アビスノヴァ」



 それは、まさしく地底に顕現した太陽そのもの。
 先程の小型太陽は張り子の虎だったと言わんばかりの勢いで、お空ちゃんを中心とした恒星は拡大し力を強めていった。
 ……うん、どうしようもない。分かってたけど、これは明らかに‘詰み’だ。
 例え霊威面のスペカでも、あの太陽に対抗する事は出来ないだろう。――うう、短い人生だったなぁ。

〈おいおい少年、忘れたのかい? あたしらには最強最後の奥の手がある事をさ!〉

 ええ、覚えてますとも。現在のフォースに溜まったエネルギー量では絶対に撃てない必殺技ですね。
 それとも、自力でぶっ放せと申すんですか魅魔様。ぶっ放して倒れて灼熱地獄に堕ちろと申すのですか。

〈……あーあー、そういう事か。なんか妙にノリが噛み合ってないと思ったら、少年弾幕吸引したエネルギーだけで何とかする気だったのか〉

 それ以外に方法があるんですか?

〈あるって言うか……フォースのエネルギーと自力は兼用出来るよ? 今ならフォースに溜まった分、三割程の力は確実に残るね〉

 へぇー、そうですかそうですかー。ふぅーん。それはキイテナカッタナー。
 とは言え確認して無かった僕も悪いので、それに関して今更何か言うつもりはありませんが――とりあえず一言だけ。
 怨むよ。

〈よ、よーし少年! どかんと一発あの太陽にお見舞いしてやりな!!〉

 まぁ、そういう事なら躊躇する理由はもうない。
 拡大を続ける太陽に向かって、僕は最強のスペルカードを発動した。



 ―――――――超越「トワイライトスパーク」



 宣誓と共にフォースは手から放れ、灼熱地獄に二つ目の太陽が顕現した。
 黄昏時を思わせる紅い太陽は、相手に匹敵する大きさまで膨張し――その勢いを維持したまま両手に収まるサイズへと縮小した。
 無理矢理絞り出して撃った以前とは違い、手の中の恒星はどんどん力を増していく。
 もちろんそれは相手も同じだ。二つの太陽は大きさこそ違えど、互いに張り合う様にして燃え盛る勢いを増していった。
 それに呼応するように、灼熱地獄の温度は上がっていく。
 これなら行ける! そうして最大まで高まりきった恒星を前面にかざし、僕はその力を解き放つ。
 そして光に覆い尽される視界。二つの太陽のぶつかり合いが、地底を大きく揺らすのだった。
 



[27853] 地霊の章・拾漆「爆天赤地/無差別のフレンドシップ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/07/10 00:04


「わ、わ!? 凄い揺れてますよ!? また地震ですか!?」

「うぷっ……そんな感じじゃ、ないわね。どちらかと言うとこれは」

「凄まじい二つの力がぶつかり合っている――って感じだねぇ」

「ひぅ!? ちょ、ちょっと勇儀、もう少し殺気を抑えなさいよ。駄々漏れじゃないの」

「あっと、すまんね。少しばかり興奮してた」

「……ダメですよ。今、地霊殿は立て込んでいるんですから」

「私に任せてくれりゃあ、地霊殿のゴタゴタを今すぐ解決してやれるよ? と言うか解決させろ」

「嫌です」

「――この私が、どうしてもと頼んでいるのにかい?」

「はい」

「――――ほぉう」

「――――――ふん」

「良く分からないけど、喧嘩はダメですよお二人とも!」

「貴女は、少しで良いから空気を読みなさい。お願いだから」

「諦めなさい、言って聞く様なタチじゃ無いわよ」





幻想郷覚書 地霊の章・拾漆「爆天赤地/無差別のフレンドシップ」





 二つの力のぶつかり合いが、地獄を大きく揺らす。
 死者を燃やし尽す灼熱地獄より尚熱い両者の力の激突は、双方の消滅によって終末を迎えた。

「……う、うにゅ?」

 まさか己の全力攻撃を、真正面から撃ち破られるとは思わなかったのだろう。
 お空ちゃんはポカンとした表情で、無防備な姿を曝しながらこちらを見つめている。
 それが、勝敗の分かれ目。自分の力を過信した彼女に、引き分けを想定していた僕の次の一手を防ぐ事は出来なかった。

「喰らえっ、フォースシュート(物理)!」

「あぅん!?」

 僕は手元に戻ってきたフォースを鷲掴みにして、お空ちゃんの頭部目掛けてブン投げる。
 放物線を描き飛んでいった宝玉は、実に良い音で彼女の額に命中した。
 ちなみに、レーザーを使わなかった事に意味は無い。意味は無いって言うか武装選択している余裕が無かったと言うか。
 うん。格好つけて次の一手云々とか言ったけど、実際の所僕もわりといっぱいいっぱいだったワケです。
 超適当だったとは言え、咄嗟に攻撃が出来た事はある意味奇跡だったと思う。
 まぁ、さすがにコレで終わりだとは思わないけど。

「う、うにゅぅぅぅう……」

 ……アレ? なんかフツーに倒せちゃってる?
 フォースの直撃を喰らったお空ちゃんは、目を回しながらゆっくりと落下していく。
 っていけない、このままだとお空ちゃんが灼熱地獄に落ちる!
 慌てて助けに入ろうとする僕。しかしその前に、お燐ちゃんがお空ちゃんの身体を抱きかかえていた。

「おぉ、お燐ちゃんナイス」

「と、友達のピンチだからね。しっかし焦ったなぁ……」

「うぐぅ、すいません」

「お兄さんは自分の仕事をこなしただけだろ、謝る必要は無いさ。……まさか一撃で倒れるとは思わなかったしね」

 それは僕もです。確かに結構な勢いで投げつけたけど、まさかこの程度で倒せるとは。
 これがフォースの力か。恐るべしはフォース!

〈鈍器としての価値を見出されてもなぁ。と言うか、あんだけ無防備にしてたら何を喰らっても一緒だろ〉
 
 それだけ、自分の最強スペカを破られたのがショックだと言う事なのだろう。
 やはり過度な自信と言うのは、百害あって一利無しだね。
 自分にとっての最強の手札が相手を倒す必殺のカードに成り得るとは限らない。リスク想定は大事なのですよ。

〈あたし的には、もう少し少年にショックを受けて欲しいよ。何しろ靈異面の最強スペルカードも引き分けたんだからね〉

 上には上がいるっ!

〈潔過ぎて反論の言葉が出てこなかった〉

 お気持ち分からないでもないです。けどこれに関しては、もう諦めてくれとしか言い様がありません。
 僕の中で、僕のランキングは常に最下位なんです。例えどれだけ強くなろうが。

「まぁ、どんな結果だろうと勝ちは勝ちだからね。終わり良ければ全て良し! わっはっは!!」

「……終わり、良いのかなぁ」

「間抜けだった事は否定しないけど、お空ちゃんの鼻っ柱は無事へし折れたからね。問題無いんじゃないかな」

「いや、あたいが気にしてるのは勝負の結果じゃ無くて、灼熱地獄の方なんだけど……」

「―――ほへ?」

 言われて、周囲の状況を確認してみる。
 それまでも十二分に燃え盛っていた灼熱地獄は、二つの力の激突によりトンデモ無い事になっていた。
 何と言うか燃え方がヤバい。明らかにキャパシティを超えた暴走に、地獄全体が悲鳴を上げてしまっている。
 これ、下手すると地獄爆発するんじゃ……。

「ど、どうしようお燐ちゃん!?」

「ととと、とりあえず蓋を開けて火力を抑えないと! お兄さんも手伝っておくれ!!」

「りょ、了解! 冷気で出来る限り灼熱地獄を冷やしていくよ!!」

 僕とお燐ちゃんは地獄を鎮める為、慌ただしく動き回ってあれやこれやと手を打ってみる。
 しかし絶賛暴走しまくりの灼熱地獄は、すでに蓋を開けたり冷気で冷やしたりした程度で何とかなる状況では無かったようだ。
 炎の勢いはますます酷くなり、一向に収まる気配を見せてくれない。
 あぁもう、この荒ぶるエネルギーをどう捌いたものだろうか――ってそうだ!
 こんな時こそあのスペカの出番じゃないか。基本的に帯に短し襷に長しな僕の最強スペルカード!! 今日くらいは役に立ってくださいよ!



 ―――――――「幻想世界の静止する日」



 視界を覆い尽くす閃光が、灼熱地獄から熱気と炎を奪っていく。
 やがて地獄全体を揺らす振動が収まった所で、僕はスペルブレイクし光を散らした。

「す、凄い……」

「ふっふっふ、ざっとこんなもんですよ」

 今度こそ余裕たっぷりに腰に手を当てポーズを決める僕。我ながら実にウザい。
 そもそもこうなった原因の半分は僕にあるのだから、その後始末をするのは当然なワケで。
 なのでここらへんあたりで、こう適切なツッコミの一発でも入れて欲しいんですが。
 何故にお燐ちゃんは、微妙に尊敬の念が含まれてそうな視線を僕に向かって送るのですかね?
 止めて! 僕に過度な称賛を送るのは止めて!! 受け止めきれないから!
 後お空ちゃんも、幻想世界の静止する日が撃てたのは件のスペカの燃費が超良かっただけの話なんでそんな怨みがましい目で僕を見ないでください。
 エネルギー残量残り三割と言えばまだ余裕がありそうに聞こえるけれど、実際は連戦も難しい程疲弊しているのである。
 ……ってアレ?

「お空ちゃん、何時の間に気がついてたの?」

「え? あ、本当だ。大丈夫かい、お空」

「うにゅぅうぅぅぅぅううううぅっ」

 わぁ、とてつもなく悔しそうだ。しかし文句を言おうにも言葉が出てこないらしい
 内容はともかく、結果は僕の完封勝ちだからなぁ。
 自分の力に自信があったからこそ、下手な言い訳で負けを誤魔化す事が出来ないのだろう。
 根は素直な子なんだよなぁ。――故に暴走した場合、止めるのが大変なワケなんですが。
 まぁ丁度良いや。灼熱地獄も落ち着いた事だし、ここらへんで再犯防止のために適当な釘を指しておく事にしよう。

〈あんなに否定した癖に、結局相手の「過大評価」を利用しようとする少年エローい〉

 エロいは止めれ。

「けどこれで分かったでしょ? 世の中、上には上がいるんだよ。じゃあ約束通り、今後はお燐ちゃんの指示に従って大人しくして貰うよ」

「うにゅむぅ……分かった」

「ま、僕よりも強い人だって星の数ほど居るワケだしね。もっと怖い目に合う前に倒されたのはむしろ幸運だったと」

「――もっ、もっと強い人がいるの!?」

 ちょっとした意地悪のつもりでそんな事を言ったら、想像以上に重く受け止められてしまいました。
 お空ちゃんはガタガタと震えながら、まだ見ぬ強豪達の姿を夢想し怯えている。
 いやまぁ、冗談だと思われて軽んじられるよりは良いですけどね。別に嘘をついているワケじゃないんだし。
 だけど数分前まで戦っていた相手の言葉を、幾らなんでも鵜呑みにし過ぎじゃないだろうか。
 本当にお空ちゃんはバ――素直だなぁ。こんな子が、何を言われれば説得不能なレベルで思いあがったりするのだろうか。
 とりあえず、お空ちゃんを誑かした黒幕は絶対に許さないよ。絶対にだ。

「そうだよぉー。皆、敗者に対する配慮が一切無いサディストばっかりだからね。また同じ事を企んだら、今度はその人達に死ぬよりも辛い目にあわされるかもねぇ~」
 
「し、しないよっ! 私もう絶対に悪巧みなんてしない!!」
 
 半泣きで何度も頷いて、そう約束してくれるお空ちゃん。
 無事目的を達成出来た事にホッと一息つきながらも、この素直さに何とも言えない歯痒さを感じるのだった。










 その後、灼熱地獄がもう暴走しない事を確かめた僕等は地霊殿に戻ってきたのですが。

「ふふふふふ……」

「くくくくく……」

 ――玄関先が騒がしいと思って行ってみたら、何だかよく分からない事になっていました。
 相変わらず無表情なさとりさんが、長い金髪の大柄な女性と睨み合っている光景。ワケが分からな過ぎる。
 と言うか、額から角を生やした彼女はひょっとしてもしかして……。

「ちょっと失礼! 宜しいでしょうか!!」

「え、いきなり何だ? つーか誰だい?」

「握手してください!!」

「本当に何だー!?」

 女性の答えを聞く前に、僕は彼女の右手を両手で包みこみ上下させた。
 恐らく――否、間違いなく彼女は鬼だ。モノホンの鬼である。
 他の妖怪とは一線を画する存在、人間が抱く『恐怖』を具体化させた者、僕の会ってみたい妖怪ランキング堂々一位。
 その憧れの鬼さんに、まさかこんな所で会えてしまうとは。どうしよう凄い嬉しい。
 冷静に考えると、ただ鬼と言うだけで握手を求めるのは「外国人だからサインください」と言っている様なモノだと思うけど。
 相手が鬼ならしょうがないよね! うん、僕ワルクナイヨ!!

「いやぁ、感激です。まさか地底で鬼の人に会えるとは」

「むしろ地底以外じゃ会えないんだが、それを知らないって事はアンタ新入りかい?」

「新入りと言うより余所者ですね。僕の名前は久遠晶、地上からやってきた平穏を愛する旅人です! 鬼さんのお名前は?」

「ああ、私は星熊勇儀……って、久遠晶? アンタが噂の?」

「うぇえっ!? 人間ダウンバーストの噂って地底にまで伝わってるの!?」

「何だそれ。私が聞いたのは、アンタの友達だって言うこいつ等の話だけど?」

「……ほぇ?」

 言われて鬼――勇儀さんの指差す方向を見つめると、何やら途方に暮れている感じの見慣れた三人の姿が。
 ああ、全然気が付かなかった。鬼のインパクトが強すぎたせいかな。
 僕は苦笑いしながら早苗ちゃん、パルスィ、てんこの三人に向かって手を振った。ってアレ? なんか反応鈍い?
 
「やっはー天子以外の皆、元気にしてたー?」

「露骨に天子さんを差別しました! と言う事は、本当に晶君なんですか!?」

「おかしな事を。僕が久遠晶で無ければ何だと言うのですか早苗ちゃん」

〈少年少年、自分の格好見直してみ〉

 格好って……あ、そういえば靈異面のまんまだった。
 確かに、この姿形で久遠晶を言い張るのは無理があるだろう。
 共通点と言えばマントの下の服と、髪型くらいだもんなぁ。
 でも魅魔様? それが分かってるなら変身解除してくれても良かったんじゃ。
 と言うか、コレ僕が解除できるモノなんですかね?

〈……自分で気付かないと、意味が無いからね〉

 うん、忘れてたのなら素直にそう言ってくださいね?
 明後日を見つめる魅魔様を睨みつけていると、僕の全身を再び闇が包み込んだ。
 そして闇が晴れると、そこには毎度お馴染の腋メイド服姿が。
 うーむ、実に便利な変身方法だ。これ、日常にも応用出来ないかなぁ。

「と言うワケで、改めて久遠晶でーす。イェイ!」

「……晶君が、いつの間にか魔法少女に変身できるようになってました。うう、妬ましいです」

「私の台詞を取らないでよ、妬ましいわね」

 魔法少女――うん、まぁ間違ってはいないかな。
 もっとも、靈異面は魔法少女と言うより魔砲少女って感じだけどね。
 しかも主人公じゃ無くてボスサイド。最終二話前くらいに出てきて圧倒的火力で絶望を与えた後、最終話に友情パワーで負けるタイプ。
 なので羨ましがられても、どうリアクションして良いのか分かりません早苗ちゃん。
 そもそも僕は少女じゃないんだけど、その大前提は忘れていませんよね?

「ふん。死んでないのは予想通りだったけど、まさか強くなっているとは思わなかったわ。本当に面倒臭い生き物ね貴方」

「うるさいな、自分でもそう思ってるよ」

 もう少しトラブルさんと疎遠になれないだろうか、と言うのは僕の純なる願いである。
 それだけの為に万能の願望器が欲しいな~。どっかにないかな~。でも探しに行くのは面倒だな~とか思うレベル。つまりそれほど渇望はしてない。
 ぶっちゃけ、望みを叶えるなら自前で何とかするのが一番効率良いんだよね。実に身も蓋も無い能力である。まぁ出来ないんだけど。
 とは言え、僕にほとんど得の無い勝負でもお燐ちゃん達にはそれなりの意味があったらしい。
 お空ちゃんを庇う様に立っているお燐ちゃんをさらに庇う様にして、さとりさんがじっと勇儀さんの顔を見つめていた。
 その顔――は相変わらず無表情だけど、溢れ出るオーラはどこか自慢げである。嫌味っぽいとも言う。

「内々で片付いた様なので、手助けの件はお気持ちだけ頂いておきます。お騒がせしました」

「散々断っといて良く言うよ……つーか、内々?」

「ほにゃ?」

「ええ、内々です。彼は我が地霊殿の盟友ですから」

 え、何それ超初耳。いつからそんな重要ポジションに僕が?
 いやまぁ、明らかに勇儀さんに対する方便と言うか言い訳臭いんですけどね。
 勇儀さんもそれを理解しているのか、ちょっと機嫌が悪そうだ。鬼が嘘嫌いって逸話は本当っぽいなぁ。
 とか思っていると、お燐ちゃんが助けを求める様な視線をこちらに向けてくる。
 ……なるほど、勇儀さんに灼熱地獄で起きた出来事を知られると困るって事ですか。
 はっきり言って都合良く使われている気しかしませんが、半端に終わってしまう方が僕的には嫌だ。
 なので素早くさとりさんの肩に手を伸ばすと、僕はさわやかな笑顔で勇儀さんに宣言をした。

「その通りです! 接した時間が短ろうと、拳を交わし合えばもうマブダチ。僕達はすでにさとりんあっきーと呼び合う仲ですとも!」

 言葉に若干過剰な装飾を施しておりますが、僕の中では概ねが事実です。
 少なくとも今後、彼女等に何かを頼まれたらやっぱり僕はほぼ無償でそれを受け付けるだろう。
 いや、もちろん拒否権は行使するつもりだけどね? 自分で言うのも何だけど、僕の扱いは方向性を理解するとわりと簡単だからなぁ。
 とりあえずさとりさん。今回の件は貸しにしておきますんで、そこらへん理解したうえで僕をコキ使ってくださいね? マブダチとしてお願いします。
 
「ええ、そうなんです。私とあっきーはとても仲良しなんですよ」

「お、おぉう?」

 何故か楽しそうなオーラをばら撒きつつ、僕に寄り添ってくるさとりさん。
 相変わらず無表情のままだけど何だか嬉しそうな彼女の姿に、変な地雷を踏んでしまった様な気分になる僕なのでした。

「……なるほど多くの人妖から好かれるワケです。私の力を知りながら、こんなにも無邪気に擦り寄ってくるとは。ふふふ」
 
 ところでパルスィさん。マブダチ発言以降から早苗ちゃんの負のオーラが凄いんだけど、何かしました?










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「さとりんの恋愛フラグはまだ立ってねーよ! 山田です」

死神A「いきなりですね……。あ、死神Aです」

山田「仲良くしているのと恋愛フラグは必ずしもイコールで繋がるワケでは無い、と言うのが作者の持論です。や、チョロ可愛い系ヒロインも好きですけどね」

死神A「古明地さとりが本格的に晶君に興味を持った、って事で良いんですか?」

山田「そういう事です。まぁそもそも、晶君に恋愛フラグ立ってるキャラはまだいないんですけどね」

死神A「……立ってるっぽいのが何人かいた様な気がするんですが」

山田「作者の定義では、告白してOK貰える状況が恋愛フラグ立ってる状態です。その定義で行くと、皆まだまだイベントが足りていません」

死神A「そんなもんですか……」

山田「そんなもんです。異論は認めない」


 Q:今まで食らった(理不尽な)罰で一番効いたのなんですか?死神Aさん。


山田「二回も同じ質問をさせて申し訳無い。と言うワケでキリキリ答えてください、もう一回後でしますんで」

死神A「止めてくださいよ!? しかしうーん、効いた罰かぁ……全部理不尽過ぎてなぁ」

山田「まぁ、最後の方でまた聞きますから、それまでじっくり考えておいてください。慎重に選んだ方が良いですよ」

死神A「絶対オチにする気だコレ……」


 Q:さあ二人のトラウマスペルは?おしえてヤマダサーン。
   もしさとりんのトラウマがスペカ以外もOKだったら早苗さんは何がでるのかもおしえてください。


山田「主人公以外のトラウマスペルは基本的に定めていません。これは緋想天時の天候と一緒ですね」

死神A「キリが無いからでしたっけ。ちなみに、スペカ以外のトラウマはどうなるんですかね」

山田「天子は質問者が察した通りの幻想面ですが、東風谷早苗の方は宴会時の晶君大暴れではありません」

死神A「そうなんですか?」

山田「氷漬けにはなりましたが、そこまで酷い目にあっても居ませんからね。本人の呑気さを含めるとトラウマには至らない感じです」

死神A「そうなると、あの風祝のトラウマになりそうな過去って何ですかね」

山田「自分を特別な存在だと思っていた時期でしょう」

死神A「ああ、それはキツそうだ……」


 Q:ちなみに晶君はSMに興味はあるんですか?


山田「目隠しまではセーフです」

死神A「すいません、ボーダーラインが分からないんですが」

山田「まぁ、肉体を痛めつける系には難色を示すと考えてくれれば結構です。言葉責めはあり」

死神A「……振ったのは私ですけど、生々しいんでこの話題ここで終わっていいですかね」

山田「構いませんよ。と言う事ですので、貴女のトラウマお仕置きをプリーズ」

死神A「えーっとですね……その、思い返してみたんですが、私の罰って基本的に暗転で誤魔化されているのが多いので、実はそんなに」

山田「まぁ、とっくに用意してるんですけどね。肉じゃが」

死神A「あ、そうです! 最初の方で私、山田様に殺されてました!! それがキツかったです!」

山田「あれは実質ただの一回休みなんで罰になってないでしょう。良いからとっとと喰いなさい」

死神A「うぁーん!? もう肉じゃがを食べてのたうち回るのは嫌だよぉ~!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど





おまけ:第二期山田さんらくがき
(www7a.biglobe.ne.jp/~jiku-kanidou/newyamada.jpg)



[27853] 地霊の章・拾捌「爆天赤地/情け無用の神前裁判」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/08/25 22:25


「……うーむ、なんかおかしい」

「どうしたんだいお兄さん、肩なんて抑えて」

「いや、何故か背中が重いんだよね。人が一人乗っかってる様な……」

「うにゅ、怨霊に取り憑かれているんじゃないの?」

「え、悪霊に続いて怨霊にまで!?」

〈んなワケあるか。あたしは絶対にルームシェアなんて認めないよ〉

「ですよねー。だとすると、一体この重みは何なんだろう」

「……疲れてるんじゃないのかい、お兄さん」

「うん、その可能性は否定しきれないなぁ。誰でも良いからメンタルをケアして欲しいよ」

〈メンタルだけで良いの?〉

「肉体の方は勝手に治るんで」

〈泣いた〉

「……やっぱ、疲れてるんだよお兄さん」

「うにゅ、この人誰とお話してるの?」

「くすくす……」





幻想郷覚書 地霊の章・拾捌「爆天赤地/情け無用の神前裁判」





 どうやら、私達は全てが終わった後に地霊殿を訪れてしまったらしい。
 身内で解決したから問題は無い。とゴリ押しを続けたさとり妖怪の態度に根負けし、勇儀は肩を竦めながら帰って行った。
 その際逃げようとする橋姫の首根っこを掴んで引っ張っていったから、彼女で憂さを晴らすつもりなのだろう。
 本当にご愁傷様。あの様子じゃ、勇儀が満足するまで酒を飲まされる羽目になるでしょうね。

「まぁ良いさ、今日はちょっと日が悪い。また今度改めて‘顔を出させて貰う’よ」

 そんな彼女が帰り際に告げた言葉の真意は、間違いなく晶に伝わっていないのだろう。
 呑気に手を振って鬼との別れを残念がっていた馬鹿は、自分がその鬼の標的になっている事に気付いていない。ざまあみろ。
 そうして鬼と橋姫が去っていった後、晶はさとり妖怪に一つの提案をした。
 
「とりあえず、今回の事態に至った経緯をはっきりさせませんか」

「お、お兄さん!?」

「お燐ちゃんの気持ちは分かるけど、さとりさんにはちゃんと報告しないとダメだよ。まぁ、大丈夫だって」

「そうね。問題が解決済みである以上、今更お空や貴女を罰するつもりは無いわ。だから安心して事情を説明しなさい」

 そうでないと、貴方達を庇う事も出来なくなるでしょう? と無表情のまま告げるさとり妖怪。
 ま、主として部下の失態を把握しておきたい気持ちは分からないでもないわ。
 だけどそれ、私達が聞いていても良い話なのかしら。私と早苗はガッツリ無関係なんだけど。
 ……いや、むしろだからこそ、か。地底に関係の無い私達なら、ある程度突っ込んだ会話をしても平気だと踏んだのだろう。
 確かにまぁ、あの烏から感じとれる‘神’の気配や晶が強くならざるを得なかった理由等は気になるけれど、騒動自体に興味は無い。
 しかしそれだけで許可を出すのは浅慮じゃないだろうか。果たして彼女は何を考えているのやら。

「ふふ、あっきーのお友達ですからね。信じるのは当然でしょう?」

「白々しいわね。その言い訳、そんなに気に入ったの?」

「言い訳で無く事実ですよ。まぁ、貴方達が地底のイザコザに興味を示さないと言うのももちろん理由ですが」

「さとりさぁん……話を振ったのは僕ですけど、あっきーって呼ばれるのはちょっと」

「さとりんですよ」

「ほへ?」

「さとりん」

「いや、その……」

「さとりん」

「……………………………………………さとりん」

 あ、折れた。これでコイツは、もう二度とさとりん以外の呼称を使えないわね。
 嫌がらせ……と呼ぶにはさとり妖怪に悪意が無さ過ぎるから、彼女のさとりんあっきー推しは本物なのだろう。
 ぶっちゃけ私にはどうでも良い問題だけど、何故こんなにもこの馬鹿を気に入ったのか少しだけ気にならない事も無いわ。
 少なくとも、自称晶の大親友は心中穏やかで無い様だしね。

「あっ、晶君! 見てくださいコレ、晶君のロッドですよロッド!!」

「――な、なんと!! 僕の相棒、早苗ちゃんが回収してくれてたんだ! ありがとう!!」

「いえいえ、お礼なんていいんですよ。晶君の‘親友’として当然の事をしたまでです」

 それ、回収したの私だけどね。何時の間に掠め取ったのかしら、油断のならない巫女ね。
 ま、晶に屈辱を与える為に拾っただけで恩を売るつもりは無かったから、今更名乗り出る気は無いけど。
 ――タダで手柄をくれてやるほど、私は優しくないわよ? 後で覚えてなさい早苗。

「と言うワケですので、皆様を客間にご案内します。お燐とお空、準備宜しく」

「あ、はい! わっかりましたー!! 行くよお空!」

「うにゅ!」

「さて、我々も参りましょうか。ねぇあっきー」

「……あのぅ、何故にそう言いつつ僕の腕に手を回すのでせうか?」

「友達ならこれくらい普通ですよ、普通」

「あ、晶君! 私とも腕を組みましょう、親友の私とも!!」

 それにしてもさとり妖怪ってば、本当に楽しそうね。……それでも無表情だけど。
 晶と早苗を同時にからかえてご満悦な彼女は、客間に至る僅かな時間で二人の精神を好き放題掻き回したのだった。良いぞもっとやれ。










「――と、言うのが事の顛末です」

「……なるほど」

「うにゅぅ、ごめんなさい」

 晶に何度か補足を入れて貰いながら、さとり妖怪のペット――お燐が灼熱地獄で起きた出来事を語り終えた。
 まぁ、内容としては実に陳腐だ。力を得て浮かれた地獄烏が暴走しかけ、それをたまたま通りがかった晶が事前に阻止。
 その激突による影響は地味に看過し難いが、問題となるほど致命的でもない。故にさとり妖怪としてはお咎め無しでめでたしめでたしっと。ああ下らない。
 ……現時点でこの烏が暴走中なら、私の食指も動いたのだけどねぇ。
 事態が解決した今となっては、細かい経緯を聞く気が失せる程どーでも良い話だわ。
 地獄烏もキツいお灸を晶にすえられたせいで、もう二度と暴れたりしないと何度も誓っているし。
 やはり、気になるのは――

「八咫烏の力をコイツに与えた黒幕は誰かって事ね」

 太陽の化身である八咫烏は、神でありながらより高位の神に仕える御遣いでもある特殊な神霊だ。
 知名度の高さを考えれば比較的扱い易い神霊だと言えるし、依り代が灼熱地獄に住まう地獄烏なら適正の方もばっちりだが……。
 それでも生半可な輩では、八咫烏を呼ぶ事すら叶わないだろう。それくらい強力な存在である。

「そんな事が出来る存在なんて、幻想郷でも数える程しかいないよねー」

「うわ、気持ち悪っ。晶なんかと考えが一致したわ」

「げ、天子なんかと考えが一致したの? 気分悪いなぁ」

「こっちの台詞よ」

「いいや、僕の台詞だ」

「お兄さん達って、仲悪いのに仲良さそうに見えるね」

 物凄い心外よ、ソレ。訂正が被ってより仲良く見えそうだから何も言わないけど。
 とか思っていたら晶も何も言わなかった。こんにゃろういつかコロス。

「そうですね。でも、神奈子様と諏訪子様なら出来ますよ!」

「……貴女、そのネタ定期的に挟むわね」

 自分の祀る神を自慢したいんでしょうけど、ぶっちゃけ貶めている様にしか聞こえないわよ。
 とは言え早苗の守矢自慢は今に始まった事でも無いので、私も晶も苦笑するだけでそれ以上の追及はしない。
 それでこの話は終わり――になると思いきや、意外な人物が意外な反応を示した。

「うにゅ! 思い出した、かなこ様にすわこ様だ!!」

「思い出したって何をだい?」

「私に八咫烏の力をくれた神様の事! 確かそんな名前だった気がする!!」

「………え?」

「………は?」

「………ほ?」

 私も晶も、そして早苗も。地獄烏の言葉に間抜けな反応を返す他無かった。
 下手すれば幻想郷を揺らがしかけた事件の黒幕の正体が、まさか守矢の二柱だったとは。
 いや、よくよく考えるとアイツらほど相応しい連中はいないのか。
 八坂神奈子と八咫烏はせいぜい遠縁でしかない間柄だけど、他の幻想郷の面々と比べれば十二分に近しい関係だ。
 実行出来る可能性も実行に移す可能性も、彼女等が一番高いと言っても過言では無いだろう。
 ――問題は、地獄烏に八咫烏の力を与えて何をする気だったのかね。
 最後に行きつく結論は容易に想像出来るけど、途中経過がちょっと想像できないわ。
 ……と言うか早苗のあの発言、やっぱりネタだったのね。地獄烏の台詞に素で驚いているじゃないの。

「あ、あのその、本当にそれは神奈子様と諏訪子様だったんですか? 見間違いで無くて?」

「うにゅ、そう名乗ってたよ。あと、私の力があれば人間の生活はより良くなる、産業革命で信仰心ドバドバだぁとかも言ってた」

「……すいません、それは確実に神奈子様と諏訪子様です」

 これで途中経過も分かったわね。本当に、守矢の神々はブレないわ。
 地獄烏の説明を受け、自分の祀る神々が事件の黒幕だと理解した早苗の顔色が青くなる。
 彼女は地霊殿の面々に顔を向けると、心底申し訳無さそうに頭を下げた。

「も、申し訳ありません。神奈子様と諏訪子様が皆様にご迷惑を」

「仕方がありませんね。信仰を得る為なら手段を選ばない神々に目を付けられた不幸を嘆く事にしますよ」

「あぅう~、ごめんなさぁ~い」

「――さとり妖怪のアレ、明らかに早苗をからかってるだけよね」

「あ、あはははは……」

 地霊殿の面々は、さほど守矢の神に悪感情を抱いていないらしい。
 まぁ、暴走自体はあくまで地獄烏の意思だ。
 渡すだけ渡して彼女の制御を放置したのは確かに問題だが、守矢に全責任があるかと問われれば断言は難しいだろう。
 ……もっとも、責任の半分以上を守矢の二柱が占めている事も間違いないと思うが。
 少なくともこれが原因で、地霊殿と守矢神社の間に何かしらの諍いが起こる事は無いでしょうね。ちぇっ、ツマンナイの。
 ともかく、地霊殿の連中は問題じゃないのだ。地霊殿の連中は。
 それよりも問題なのは、黒幕判明からずっと沈黙を保っている馬鹿の方である。
 普段うんざりするほど騒がしい腋メイドは、私達の会話をさとり妖怪を上回る無表情で聞き終えると――ニッコリと笑って呟いた。

「まったくしょーがないなぁ、あの二人は」

 ゾクりと、背筋に冷たいモノが奔る。
 そのか細い響きに、全員の視線が晶へと集まった。
 ああ、これ前に私が「博麗神社を別荘にする」って言った時と同じだ。
 表情こそ辛うじて笑顔だけど、全身から放たれる殺意が尋常でない。今すぐでも幻想面になりかねない雰囲気である。
 私やさとり妖怪はまだ耐えられているけど、他の三人は完全に呑まれてしまっているわね。
 ガタガタと震えながら、彼女等は晶の機嫌を損ねない様に恐る恐る様子を窺っていた。

「ははは、これはちょっとばかり文句を言わないとダメかもねー」

「あ、あああ、晶君! お願いです、二人の命だけは、命だけは勘弁してください!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 全部私が悪いの!! お空が悪いんですごめんなさいうわぁぁぁぁあん」

「お、落ち着いてお空! そっちの巫女さんも冷静に!! あとお兄さんも落ち着こう、冷静になろう、あわわわわ」

 うわぁ、大混乱だ。と言うか晶の奴が本気でヤバい、笑ってるのに目が笑ってない。
 灼熱地獄で何があったか詳しくは知らないが、晶は守矢二柱の所業で幻想郷が危機に曝されかけたと判断したのだろう。
 ……幻想郷に関わる問題となると、親しい相手でも容赦が無くなるのねコイツ。どれだけ幻想郷が好きなのかしら。

「まぁ、アンタがキレようが暴れようが私は構わないけど――守矢の神々は妖怪の山の天辺よ? ここで怒ってもしょうがないでしょうに」

 行きは落ちるだけだったからさほど時間はかからなかったけれど、上るとなったら話は別だ。
 飛べる事を加味しても、地上に出るだけで果たして何時間かかる事やら。
 その上守矢神社まで目指すとなると、最低でも半日は経過する事を覚悟しておいた方が良いだろう。
 それまでの間、コイツは今の怒りを持続させる事が出来るのかしら。
 ……本気でキレた晶の危険性を考えると、怒りをある程度萎めた方が良いのでしょうけど。
 何だかそれは、ちょっとつまらないのよねぇ。対岸の火事だからこそもっと燃え盛る所を見てみたいと言うか。
 あ、さとり妖怪が意味あり気に私を見てサムズアップしてきた。なに? もうすでに、貴女の中でも他人事扱いなの? ――気が合うわね。
 そうして傍観している者二名、どうして良いか分からずオロオロしている者三名を余所に、相変わらず怖い笑顔を浮かべたままの晶が立ちあがった。
 何故か客間の端へと移動した晶は、徐に何も無い空間へ向かって手を‘差し込んで’……ってえぇ!?

「偉大なるダディは言いました――『逆に考えるんだ、「来て貰えば良いや」と考えるんだ』と」

「ジョージさんっ!?」

 いや、誰よソレ。
 良く分からない事を言いながら、晶は肘から先が無くなった両手を思いっきり広げた。
 すると晶の両肘を線で結ぶようにして、空間に綺麗な裂け目が出来あがる。
 瞼を開く様にして広がったその‘裂け目’を覗きこむと、その中にはこちらを見返す無数の瞳が。
 ひょっとして、いや、ひょっとしなくてもこれは……。

「隙間妖怪の‘隙間’!? 貴方、そんなものまで使えたの!?」

 かの妖怪賢者八雲紫が移動に使う空間の隙間。まさかそれを、晶が使って見せるとは。
 何時の間に習得していたのだろうか。能力的には出来ても不思議でないのだが、コイツが普通にやってのけるとなんかモヤモヤしてくる。

「勢いで挑戦したら何とかなった。正直、まさか出来るとは思ってなかった」

「……貴方って、冷静さを欠いている時の方が明らかに強いわね」

 そんな私のツッコミを無視し、馬鹿が隙間から両手を引き抜いた。
 それでも隙間が維持されたままである事を確認した晶は、今度は右腕を肩まで隙間へと押し込んでいく。
 何かを探る様にしばらく右腕を左右に動かし、やがてある一点で動きを止めた腋メイドは、一本釣りの要領で腕を引き抜いた。
 するとその手には予想通り、首根っこを掴まれた守矢の二柱の姿が。

「な、なんだいきなり!?」

「これは空間転移ってやつだねー。つーか、何やってんのさアキ……ラ………さん?」

「むっ――貴様、神の襟首を掴むとはどういう了見だ!」

 唐突な召喚に唖然としていた八坂神奈子は、それでも私達――そして自分の襟首を掴む晶の姿を確認すると、手を払って威厳たっぷりに格好をつけた。
 その口元に餡子のカスがついているせいで実際は間抜けなのだけど、面白いからそこは放置しておく。休憩中だったのか。
 しかし察しが悪いわねぇ、オンバシラしょってる方は。帽子の方はすでに只ならぬ晶の雰囲気を察して黙っていると言うのに。
 晶の首輪を掴み返し怒声をかけようとする神奈子に、それでも彼は冷静な態度を崩さずニッコリと笑いかける。
 その尋常ならざる迫力の笑顔に、ようやく彼女も事の異変に気がついたようだ。
 自発的に手を離すと、冷や汗を流しながら八坂神奈子は後ずさっていく。
 そうして開いた距離を詰めながら、晶はありったけの殺意を込めた笑みを彼女へと向けた。

「どういう了見? ――それは‘貴様ら’が一番良く分かっている事だろう? ねぇ、ヤ・サ・カ・サ・マ?」

「……うわっちゃぁ、そーいう事か。どうやら私らの悪巧み、バレちゃったみたいだよ神奈子ぉ」

「悪巧み言うな! 私達は、より多くの信仰心を得る為に八咫烏の力をだな――」

「つまり神奈子様達は、意図してお空さんに力を与えたという事ですか。……それはさすがに、私も擁護できませんよ?」

「さ、早苗?」

「二人とも、ここに正座して」

「待たんか晶、何でお前が偉そうに」

「――正座」

「…………はい」

 反抗しようとするも晶の勢いに気圧され正座の姿勢に移る神奈子と、すでに諦めて自発的に正座している諏訪子。
 何とも情けない守矢二柱の姿を眺めながら、これは面白いことになりそうだと私は高みの見物を決め込むのであった。

「本当に、神々の不幸でお茶がおいしくなりそうですね。うふふふふ」

 そしてその隣で口の端を僅かに歪めつつ、黒いオーラを浮かべるさとり妖怪が一匹。





 ――さとり貴女、顔に出してないだけで実は結構怒っていたのね。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「食べ物差し入れオチは死神Aが酷い目に遭うだけですよ? 山田です」

腋巫女「呼ばれて来てみたら何よコレ。何でコイツ、皿に顔を突っ込んでるの?」

山田「両方食べさせるつもりでしたがまさか一発アウトとは。さすがは死神A、神懸かった受難体質ですね」

腋巫女「良く分からないけど帰っていい? はっちゃけてるアンタとは絡みたくないのよ」

山田「無事な方のローメン食べます?」

腋巫女「私に出来る事ならなんでもするわ!」

山田「私、貴女のそういう食事の為にプライドを放り投げれる所が割と好きですよ」


 Q:「トワイライトスパーク」と「幻想世界の制止する日」では、どちらが強いんでしょうか?


山田「純粋に両者をぶつけた場合はトワイライトスパークの圧勝です。パワーの桁が違いますので」

腋巫女「つまり、トワイライトスパークの方が強いのね?」

山田「まぁ、一概にそうは言えませんけどね。コストパフォーマンスの良さとエネルギー強奪のえげつなさは、トワイライトスパークに無い強みですし」

腋巫女「そういうお為ごかしは良いから。結論を言いなさい結論を」

山田「あの不遇スペカから最強の座まで取り上げたら、完全に立つ瀬が無くなるじゃないですか!!」

腋巫女「立つ瀬が無いなら座らせておきなさいよ」

山田「それもそうですね。トワイライトスパークの方が強いです」

腋巫女「……ほんと、今のあんたは絡みにくいわ」


 Q:あれ幻想面が揺らいでるときならコピーされたスペカも能力も通じるんじゃないでしょうか?


山田「幻想面が揺らいだ時点でなら、能力だってスペカだって通じ放題ですよ。問題なのはそこに至るまでの経緯の方ですし」

腋巫女「ふーん、そうなんだ」

山田「興味無さ過ぎワロタ。まぁぶっちゃけ、能力使って耐える事に問題は無いんです。それで耐え切れるならの話ですが」

腋巫女「随分と含みのある言い方ね」

山田「幻想面との戦いで求められるのは我慢強さです。そこを何とか出来なければ、どれだけ能力を行使しても無意味なんですよ」

腋巫女「そして下手な誤魔化しだと、幻想面は容赦無く貫通してくると。面倒くさい相手ねぇ」

山田「面倒くさいで済むのは貴女くらいですけどね。そもそも幻想面が揺らぐってのが、よっぽどの事態ですし」

腋巫女「わりとどうでも良いわ」

山田「じゃ、サクサク次に行きますか」


 Q:ふと思いついたんですけど、晶君を男と一発で見抜く方法として『喉仏』見たら分かりませんかね?


山田「女装を見抜くコツは、骨盤の形と喉仏の有無らしいですよ? まぁ天晶花はファンタジーなので関係ありませんが」

腋巫女「その回答はどーなのよ」

山田「私もそう思います。なのでここは、こういう言い訳を使わせてもらいます」

腋巫女「なによ」

山田「作者もかなりの頻度で忘れていますが晶君は首輪付けてますよね。それで首元が隠れてるので喉仏は見えない。――とかどうでしょう」

腋巫女「事前に言い訳と言ってなかったら完璧だったと思うわ」

山田「でしょう(ドヤァ」

腋巫女「何コイツ超ウザイ」


 Q:魅魔様出て来なかったらお陀仏でしたと知ってるはずのさとり様の心境を教えて山田さん!


山田「特には気にしてませんよ。だって死んでませんし」

腋巫女「そもそも、お陀仏ったとしても気にしなさそうだけどね。そのさとりって奴が誰だか知らないけど」

山田「まぁ、そうですね。幻想郷のボス連中がそんな殊勝な精神構造しているワケが無いですもんね」

二人「「あっはっはー」」

山田「では、今回はこのへんで。――腋巫女さんは報酬のローメンをどうぞ」

腋巫女「ありがと。ちなみに、アンタの手に持ってるソレは何?」

山田「かぼちゃプリンですが何か?」

腋巫女「私の分は?」

山田「ローメンで我慢しなさい」

死神A「ダメだ……圧倒的にツッコミが足りてない………がふ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・拾玖「爆天赤地/仲直りはお早めに」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/08/25 22:23


「お兄さんは怒らせると怖いんだねぇ……覚えておこう」

「うにゅ、ねぇお燐? なんであの人の事をお兄さんって呼ぶの?」

「ああー……言い忘れてたけどね、お兄さんは男の人なんだよ」

「男の人? でも、あの人は女の人だよ? だってスカート履いてるし」

「うん。まぁ普通はそうなんだけど、あの人はちょっと普通じゃないみたいでね」

「うにゅにゅ? 普通じゃないと男の人になっちゃうの?」

「いや、そういう意味じゃなくてさ。お兄さんは、男の人なのに女の人の格好をしてるんだよ」

「……女の人の姿をしてるなら、あの人はやっぱり女の人になるんじゃないの?」

「いや、姿形がそうなだけであってね。中身が違うって言うかさ」

「う、うにゅむぅ……つまりどういう事?」

「…………お空は深く気にしなくて良いって事だよ」

「なーんだ、そうなんだー」





幻想郷覚書 地霊の章・拾玖「爆天赤地/仲直りはお早めに」





 やっほー、ケロちゃんだよー。
 今私は、ちょっとばかしマズい事になってたりしまーす。
 ……いやー、まさか早苗の婿候補である彼に見つかっちゃうとは。参った参った、わりと本気でどうしようか。
 私は神奈子みたいに自信過剰じゃないから、今回の暗躍が絶対にバレないとは思っていなかったけどね。
 相手の方は予想外だったわー。しかも晶きゅんってば、私らの所業に大変お怒りである。超ヤバい。

「――さて八坂様、そして‘洩矢様’。何かご弁解がありますなら聞きますが?」

「言いたい事なら山ほどあ―――」

「いや、無いよ。本当に私らが悪かった。だろう神奈子」

「も、もがもが」

「ふぅん……だと良いんですけど」

 余計な事を言いかけた神奈子の口を押さえ、私は晶に笑いかける。
 正直、今は神奈子のツンデレを楽しんでいる場合じゃない。つーかお前も空気を読め、この冷め切った空気に気付け。
 それともコイツ、ひょっとして気付いた上で気付かないフリしてるのか? うーん、ありうる。
 何だかんだで神奈子は晶大好きだからなー、彼が汚物を見るような眼を自分に向けてくる光景が信じられないし信じたくないのだろう。可愛いヤツめ。
 しかし向こう側に早苗が居るから辛うじて保たれているけど、晶の守矢神社への好感度は事実として下がりまくって限りなくゼロに近づいている。
 私の呼称も「洩矢様」になってるし、おまけに態度が終了時間間際の市役所職員の様に硬いし。
 下手な反応を返すと、めでたく晶の好感度はマイナスに至るだろう。
 そうなっては困るので、とりあえず神奈子に目配せし黙るように指示を出しておく。
 良く言えば武断派、悪く言えば脳筋な彼女に強かな連中ばかりのこの場は荷が重過ぎるからね。
 バカな事言われて退路を断たれるとアレなので、神奈子には当分の間黙ってもらう事にする。いや、さとり妖怪居るからバレバレなんだけど。
 とにかくまずは、完全に悪者化している私達の印象を何とかしよう。大丈夫、ケロちゃんなら十割こっちが悪くても二割くらいにまで責任を軽減できるさ。多分。

「ただ、私欲だけで核融合の力を与えたワケじゃ無い事は一応弁明しておく。これでも私らなりに、幻想郷の事を思って事を運んだんだよ」

「――と、言いますと?」

「人間は遅かれ早かれ核融合という最後の幻想を手に入れる。だからその前に、私らが本当に‘幻想’としてその力を人間に授けようと――つまりそういうワケさ」

 外の世界を知る晶なら分かっているはずだ。人間の技術力はすでに、あの太陽すらも我が物に出来る所まで達しかけている事に。
 いずれ、外の世界では核融合による新たなる産業革命が始まる事だろう。
 それが幻想郷に与える影響は、決して小さくないはずである。
 だからこそ神の主導で――対抗しうる幻想として核融合の力を幻想郷の人間に与える必要があるのだ。……という体裁。

「そんな事情があったんですか……。それなのに私は、目先の結果だけ見て神奈子様と諏訪子様に憤りを感じて」

 素直な早苗は、私の言い訳に感激して涙目になる。
 実にやりやすいけど、親代わりとしては少し心配だ。お願いだから変な商法に引っかかったりしないでよ?
 ちなみに傍観者となっている他の連中の反応は、外が関わる話を理解できずに首を傾げる者とハナから興味を持っていない者に二分されている。
 追求されないのはありがたいけど、無関心なのはそれはそれで少し寂しい。気持ちは分かるけど。
 そして、肝心要の晶はと言うと――相変わらずの事務的な笑顔で、三本の指を立てゆっくりとこちらに向けた、

「反論一つ目。外の核融合技術は未だ不完全で、安定した供給には至っていない。八咫烏の性質を考えると今回の行動は拙速すぎる」

 だよね。実にごもっともなご意見である。
 八咫烏を受け入れられる依代さえあれば何とかなる幻想側の核融合なら、安定供給なんてあっという間だ。焦る必要は無い。

「反論二つ目。幻想郷は核融合から生み出される大量のエネルギーを必要としていない。エネルギーに合わせて無理に技術を発展させれば、そこに待っているのは破滅だ」

 はい、その通りです。行き過ぎた、しかも自分達の知らない超技術で生活を一変された人間が堕落しないはずが無いよね。
 そりゃ私らだって技術を与えた責任は取るけど、この手の話のオチって大抵は神様による堕落した連中の一掃アンド技術初期化だからなぁ。
 そして多分、私らも同じオチに至る気がする。根拠は無いけど確信はある。ダメじゃん。

「反論三つ目。幻想郷の未来に関わる重要事項を、守矢神社が単独で暗躍しながら実行する意味が分からない」

 それはね、技術独占で信仰心を独り占めしたかったからだよー。
 口には出さず本音を吐露する。まぁ、賢い晶さんは当然その事に気付いているのでしょうしねー。
 散々偉そうな事をほざいたけれど、結局根っこの部分はそれなのである。
 幻想郷の事は二の次で、地霊殿の面々に至ってはアウトオブ眼中。これで正当性を主張するのはさすがに無理がある。
 まぁ、この幻想郷において正当性なんてものは豚の餌以下の代物なのだが。
 どちらにせよ、見つかった時点でアウトである事に変わりはない。私らの野望は露となって消え失せたワケだ。

「そうだね、これ以上下手な言い訳はしないよ。煮るなり焼くなり好きにしろ――ってのは無理だけど、私らなりに今回の責任は取らせてもらうつもりさ」
 
「ほぇ? い、言い訳だったんですか!?」

 早苗は変な所でチョロいよね。時と場合によっては祟り神より怖いけど。
 私の実質的な無条件降伏宣言に、つり上がっていた晶の眉が若干ながらも柔らかくなった。
 うー、良かった。個人的な心情を差し引いても、晶と相対するのは正直遠慮したかったんだよね。
 彼みたいに身内にダダ甘なタイプは、そうしてバランスを取ってるんじゃないかと言いたくなるほど外敵に対して容赦をしない。
 一度敵対したら最後、どんな手を使ってでも相手とその一族郎党根絶やしにして、その上で歴史書あたりで貶めるくらいの事は平気でやらかしてくれるだろう。
 ……え、なんで分かるのかって? そりゃまぁ、私も祟り神だからね。同類の臭いは何となく分かるもんさ。
 この手のタイプは――私の事でもあるけど、負けようが死のうが存在を消されようが初志を貫徹する厄介さを持ち合わせている。
 それを力で無理矢理治めようとすればどうなるのか。……神奈子が私をどう扱ったのかを知っていれば自ずと分かるはずだ。
 そんな凄惨で何も残らない勝負を受ける気にはならない。それ故の全面降伏である。
 味方になると頼もしいんだけどねー。ある意味、実に守矢向きな性格だ。私的婿適正ポイントを30くらいあげよう。

「さとりん、下手人はこう言ってますが?」

「そうですね。二人とも腹に一物抱えまくりですが、自省するという言葉に嘘偽りは無いようです。なので私としては、お空の面倒さえ見ていただければ後はどうでも」

「左様で。――ではお二方、再確認します。お二方は神の手による産業革命を諦めたと考えてよろしいのでしょうか」

「今の所はね。ただ、将来的に計画を再開している可能性は否定できないかな」

 現時点ではただの建前だけど、数十年後も同じ事を言ってられる保障はどこにもない。
 もしもそうなった時には、幻想郷を愛する神として今度こそ幻想郷の為に全力を尽くす所存なのである。
 ――ここまでやって、計画完全停止ってのはちょっと勿体無いしネ。

「わかりました。では最後に何も喋ってない八坂様、言っておきたい事はありませんか?」

「……諏訪子の言葉に全面的に同意する。私達が悪かったから、いい加減その他人行儀過ぎる態度を何とかしろ」

 うわっ。やけに大人しいと思ったら神奈子のヤツ、ガチ凹みしていらっしゃるじゃん。
 私が傍観者に徹しさせ続けたせいで、晶の放つ拒絶オーラをモロに受け止めてしまったらしい。
 逆ギレして誤魔化す事も出来ずに延々と冷たい視線を向けられ続けた結果、神奈子のツンとデレは両方どこかへと逃げ出してしまったようだ。
 実にみっともない姿だけど、晶の精神を揺さぶる効果は十二分にあったようである。
 相変わらずの冷たさの中に若干の戸惑いを含ませ始めた晶の瞳を見て、私は今こそが好機とばかりに言葉を畳み掛けた。

「そうだね。晶にも迷惑かけたし、ここは大盤振る舞いで「守矢の二柱に何でも出来ちゃう権利」を与えちゃおう!」

「本当に大盤振る舞いですね。直接被害を喰らった私達とはエラい違いです」

「そっちは長い間サポートする事になるからそれでアイコだよ。あ、だから永続的な命令は勘弁してね。……それで問題無いかい、神奈子」

「か、構わん。私とてそれなりに反省はしているのだ」

 その割には声がドモってるけどね。はてさて、どんな想像をしたのやら。
 まぁぶっちゃけ、晶の事だから助平な方向に話が進む可能性はまず無いだろう。性的な意味での危険性はゼロと言っても過言ではない。
 その代わり、物理的な意味での危険性は限りなく高いけど。腹パンで済んだらラッキーくらいには考えておいた方が良さそう。

「なら、早速権利を行使させて頂きますね」

 そんなこちらの提案に、あっさりと頷く晶。あちらも仲直りする気は一応あったらしい。
 ほっとしつつも何をされるのか不安になっている私らに対し、晶は今までとはベクトルが若干違う笑みを浮かべて両腕を突き出した。

「――擽らせてください。全力で、思う存分」
 
「く、くすぐり!? 殴ったり蹴ったりじゃなくて!?」

「いくら僕でも、無抵抗の相手に暴行を加える趣味はありません。だけどこの心に溜まる黒いモヤモヤを晴らす為には、二人が悶絶する姿を見る必要があるのです」

 うーん、完全に予想外。まさかそういう発散方法を選んでくるとは。
 しかし後悔してももう遅い。権利はすでに発行され、晶はそれを行使してしまったのだ。
 私は静かに目を閉じ彼の擽りが下手くそである事を祈りながら、悶絶するまで玩具にされる運命を受け入れるのだった。










 尚、晶の擽りが文字通り悶絶モノだった事を一応語っておく。ええ、とてつもないテクニシャンでした。










「いぇーい! 帰ってきました地上――つーか守矢神社!!」

「わぁー、本当に神社と繋がってるんですねー。地底との行き来が楽になります!」

「……楽になって得するの、守矢の二柱を呼ぶ地霊殿の連中だけよ?」

 私達二柱と早苗、そして晶と天人は、彼が広げた隙間を通って守矢神社に帰還した。
 あれだけ険悪なオーラを放っていた晶は、本当に私達を悶絶するまで擽っただけでいつも通りの彼に戻っている。
 切り替えが早いのか、元々謝れば許す程度の怒りだったのか。分からないけれど、私達の立場は無事敵から友人に戻ったようだ。
 うんうん、わき腹を痛めた甲斐はあったみたいだね。……うぐ、笑うとまだちょっと痛む。

「良いじゃないですか。八坂様も諏訪子さんもそうやって馬車馬の如く働かされれば良いんですよ」

 まぁ、以前より言葉の毒が強くなった気はするけどね。呼称は戻ったからセーフ。多分セーフ。
 で、神奈子よ。その微妙そうな表情は何さ。アンタは元々様付け苗字呼びだったろうに。

「そこらへんの経緯は定期的に報告させてもらうよ。余計な事をし始めたと思ったら、遠慮なく手でも口でも出しておくれ」

「そうします。後、紫ねーさまにも報告させて頂きますので」

 隙間かぁ。アイツならとっくに知っている気がするけど、絶対に知らないフリして貸しにするんだろうなぁ。
 うむむ、ちと高い授業料になりそうだ。地霊殿への今後の対応も含めて、これから若干面倒な事になりそうである。
 暗い未来にちょっとうんざりしつつ、私は自分の出てきた隙間をじっと見つめた。
 人一人が通れる位に広がった隙間の向こう側は、瞳だらけの空間が広がっていてどこに繋がっているのか正直分からない。
 このちょっと怪しい地霊殿直通通路がそのままにされているのは、私達がそれを望んだから――ではない。まぁ、結果的に希望したのは私らなんだけどね。
 実は困った事にこの隙間、何故か作った本人である晶の意思で消せなかったのである。
 というか、どうも晶は己の得た新能力――隙間を作る程度の能力とでも言うべきか――を任意には扱えないらしい。
 作ろうと思っても隙間が作れない。作れたと思ったら変なところに出る。そもそもどこに繋がっているか分からない。等と能力としては破格のダメさ加減を見せ付けてくれたのである。
 よくもまぁ、これで私達を引っ張りこめたもんだ。怒りのパワーって凄い。

「とにもかくにも、これにて一件落着ですよ一件落着! とっとと帰って博麗神社を建て直しましょうか」

「ああ、そういえばそんなもんもあったわね。面倒くさいからもう掘っ立て小屋で良いでしょ」

「良くねぇよバカ。今度こそ意地でも完成させるからな」

「もう、ダメですよ二人とも喧嘩しちゃ。……仕方が無いから、私もお二人のお手伝いをしてあげますね!」

 そういって、晶の腕に勢い良くしがみつく早苗。
 うむ、これは今回の騒動における一番の収穫と言えるだろう。
 間近で晶の社交性? と馴染みっぷりを確認したおかげで、早苗は一番の親友ポジションの維持に危機感を覚えたようだ。
 私としては大変に好ましい焦りである。そうしてワタワタしながら友情を恋心に変換してくれると大変宜しいのだが。
 しかし、そんな早苗の発言に晶は苦笑して天子は露骨に嫌そうな顔をしている。
 その表情は「早苗が張り切っていると大概ロクでもない事になる」と言う事実をありありと語っていた。うーん、ケロちゃんフォローできないね!!
 まぁ、博麗神社再建が二人の仲の悪さ故に滞っている話は私も聞いているので、早苗の乱入は多分良い結果を生み出すだろうと思わないでもない。二人とも早苗よりはツッコミ気質だし。
 なので早苗のフォローをしてやろうと私が口を開くその前に――謎の飛来物体によって晶の体が華麗に吹っ飛んだ。

「ひでぶっ!!!」

「ああ、晶君が陰陽玉に吹っ飛ばされました!?」

「心が洗われる様な素敵な光景ね」

 陰陽玉が飛んできた方向に視線を向けると、そこには早苗と対を成す赤い巫女の姿が。
 その雰囲気は、平時ではなくどちらかと言うと異変時のそれに近い。
 ただ、全体的にダウナーというか、面倒くさそうな空気を放っているのが気になるところ。
 うーむこれは……晶が可哀想な事になる気しかしないなぁ。
 私達全員が対象かもしれないのに何となくそんな事を思った私は、静かに両手を合わせて彼に同情の念を送るのだった。


 ―――うん、良く分からないけどご愁傷さま。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「ちなみに天子の立ち位置は『ギリギリライン上』です、彼女の立ち位置を超えるとキルゼムオールされると思ってください。山田です」

死神A「今後は質問潰しを挨拶変わりにするつもりなんですか? 死神Aです」

山田「いや、こうすると最初の挨拶に困らなくて済むので」

死神A「……思ってた以上に適当な理由だった」

山田「まぁそのおかげで、後書きのネタが足りなくなるという被害が発生してしまうのですが。まさしく弱肉強食ですね」

死神A「なんてどうでもいい戦いなんだ……」


 Q:あれ?晶君ってスキマの能力名知ってたっけ?


山田「いえ、分かっていません。故にアレは「隙間の持つ能力を擬似的に再現しただけの能力」に過ぎないのです」

死神A「もう少し分かりやすくお願いします」

山田「ジャグラージムです」

死神A「余計に分からんですよ!?」

山田「要するに晶君が唯一知っている八雲紫の「隙間で移動」する力を真似っ子しただけのモノなので、ぶっちゃけ妖怪賢者の能力とは何の関係もないワケなんです」

死神A「関係無いんですか……」

山田「何か隙間のに似てる空間移動手段、くらいの認識でオッケーです」


 Q:今回霊夢とか萃香とかアリスとか魔理沙とかまったく動いてないんですか?


山田「そもそも異変起きてませんからね。動きようがありません」

死神A「地上に影響を及ぼす前に、晶君が来たって認識で良いんですか?」

山田「問題ありません。間欠泉は湧いてないし、怨霊も地上には出ていない。幻想郷は至って平和――でした」

死神A「なんですかそのB級パニックホラーの前振りみたいなセリフは」

山田「詳しくは次回。もしくは番外編が挟まったら次次回」

死神A「そんな大したネタでも無いのに……」

山田「死神A減給」

死神A「(なんだそんなもんかと思い始めてる自分が怖い)」


 Q:毎回おしえてやまださーんと無茶ぶりの如く振っておいてなんですが、毎回振るのはきついですか?


山田「ぶっちゃけ、ネタ振りオンリーはキツいです」

死神A「うわぁ、リアルな返答だぁ」

山田「いや、作者的にはそういうボケのパスも嫌いでは無いのですよ? ただ、質問が無いとそのボケに付き合う場が用意出来ないワケでして」

死神A「ああ、そういう意味でキツいんですか」

山田「せっかくボケてくれても、質問がなくてスルーせざるを得ない事が何度かありましたからねー。作者としてはそっちの方が辛いです」

死神A「つまり、毎回振るのは全然問題ないって事ですか?」

山田「作者は無理だと思ったら「出来ませんでしたテヘペロ☆彡」とはっきりと言える人間です」

死神A「物凄いダメな宣言を堂々とされてしまった……」


 Q:これからお空の出番はありますか?


山田「分かんにゃい」

死神A「や、可愛く言ってもごまかされませんよ?」

山田「強いて言うなら可能性はあります。つーか、地霊殿の面々を出しやすくするための直通通路です」

死神A「あれってそういう意味があったんですか!?」

山田「まぁ、でやすくなっても出るとは限らないんですけどね。チルノ団絡みで出る可能性はありますよ? タブンネ」

死神A「またそんな適当で自爆気味のネタ振りを……」

山田「山田さんコーナーはフリーダムだから問題ナッシング!!」

死神A「いや、コーナー以外には問題大ありですからね?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弍拾「爆天赤地/終わりはやっぱり巫女の手で」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/08/14 00:00


「ふぅ、とりあえずこれで一安心かな。ヤレヤレ、解決するまで生きた心地がしなかったよ」

「……ねぇお燐、なんだか地霊殿の周りがヤケに静かじゃない?」

「へ? ああ、確かにいつもより怨霊達が大人しいね。どうしたんだろ――」

「お燐? どうしたの、そんな絶望的な顔をして。何かあったの?」

「あ、あわわ、あわわわわ」

「ひょっとしてお腹すいた? 私の残しておいたゆで卵食べる?」

「ちょっ、ちょっと私お兄さんの所に行ってくる!」

「あ、うん。いってらっしゃーい」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾「爆天赤地/終わりはやっぱり巫女の手で」





 無事黒幕もとっちめ、これで安心して博麗神社を建て直せると思ったら巫女にぶっ飛ばされました。どうも、久遠晶です。
 一体僕が何をしたと言うのでしょうか。……心当たりがありすぎて反論が既に思いつきません。

「――けど、一言だけ言わせて欲しい! 僕を罰するなら天子も罰してください!!」

「この男、躊躇いなく私も同罪扱いにしたわね。なに? 陰陽玉ぶつけられた理由には見当がついてるって事?」

「いや、そういうの関係無く痛い目にあって欲しいだけです」

「私が許可するわ。霊夢、この馬鹿ボコボコにしなさい」

「あんまうるさいとアンタもついでに退治するわよ、この腐れ天人」

 うーむ、天子がお咎めナシって事はやっぱり博麗神社未完成の件じゃ無いのか。
 とりあえず立ち上がり、陰陽玉の直撃を受けた頬をさすりながら霊夢ちゃんの次の手を警戒する僕。
 この気だるげな癖に妙な殺気を放つ霊夢ちゃんは、何時ぞやの似非異変時の彼女を思わせる。
 ぶっちゃけ放置したいんだけど、それはそれで面倒な事になるから見逃せない嗚呼鬱陶しいみたいなそんな感じ。
 ……はて、しかし僕はそんな事をしただろうか?
 むしろそんな面倒な事態を、何とか事前に阻止した様な気がするんだけど。
 そう思っていると、こっちの思考を見透かした霊夢ちゃんが呆れ気味に僕の額をつついた。

「それで、今回の異変の原因の半分は貴方って事で間違いないわね」

「――異変?」

 え、ちょっと待って。それは本気で何の事だか分かりません。
 原因も何も、そもそも地上で異変が起きていた事すら知らなかったんですが。
 しかし、霊夢ちゃんは僕が騒ぎの一旦だとはっきりと確信しているらしい。
 冷たい瞳で僕の目をまっすぐ見つめる彼女に、何故か当の本人より憤慨している早苗ちゃんが喰ってかかった。

「ちょっと待ってください! 晶君は、今までずっと地下に居たんですよ!? 異変とは無関係です!!」

「へぇ。じゃあ、謎の地震も各地で吹き出た間欠泉もワンサカ出てきた怨霊も久遠晶とは特に関係無いワケね」

「関係ありませんよ! ね、晶君」

「ゴメンなさい。異変の原因は間違いなく僕です」

「あ、晶くぅん!?」

 我ながら、感嘆するほど流れるようなドゲーザ移行であった。
 ついでに右手でミニ白旗を振って、降参の意思を明確にする事も忘れない。
 ちなみにこのミニ白旗は今能力で作った代物である。最近、能力の変な使い方だけ熟練の域に入ってきた気がする。
 ああ、変な使い方だけ上手いのはいつも通りか。泣ける。
 まぁともかく、詳細を聞いてそれは確かに自分が悪いと判断した僕は即座に抵抗を諦めた。
 件の地震は間違いなく靈異面とお空ちゃんの激突で起きたアレだし、間欠泉出まくりも灼熱地獄が暴走しまくった結果だろう。
 唯一怨霊大放出だけ心当たりが無いけれど、この調子だとこれも間違いなく僕に原因がある気がしないでも無い。

「――お兄さん大変だ! 灼熱地獄が暴走した時の影響で、怨霊が地上にバラ撒かれまくってる!!」

 はい、めでたく確定しました。全部僕とお空ちゃんのせいです。
 図ったかのようなタイミングで隙間から出てきて、さらっと死刑宣告してくれるお燐ちゃん。
 彼女は自分が、幻想郷のピラミッド頂点に居る捕食者の前に餌ぶら下げて現れてしまった事に気づいていない。
 何か危険なスイッチの入った霊夢ちゃんは、光の速さでお燐ちゃんに近付き彼女を吹っ飛ばした。
 まさしく神速である。もうなんというか、この子の全てが怖いデス。

「な、何ご……と?」

「あの霊夢ちゃん、その子は異変にそんな関わってないので扱いは丁重に」

「どっちでも良いわよ面倒臭い。あんまし騒がしくするなら、全員まとめてブッ飛ばすわよ」

 このメンツを前にして、本気でそう言い切れる所が凄いよね。
 そして多分、本当に全員を相手取ることになっても何とか出来てしまうんだろうなぁ。
 強さへの自信を十分すぎるほど持ってるはずの守矢二柱やダメ天人が、何も言ってこないのがその証拠だ。
 ちなみに早苗ちゃんは、霊夢ちゃんがお燐ちゃんをぶっ飛ばした所ですでに八坂様に捕縛されてます。
 さすがだ。完全に彼女の行動パターンを把握している。……お願いなんでしばらくそうしておいてくださいね。
 しかし霊夢ちゃんは、もう少し関係者から話を聞く努力をしても良いと思います。
 事件を解決する気はあっても、解明する気は欠片も無いんですね。ものすっごいタチが悪いなぁ。

「とりあえず、観念したならとっとと幻想郷に蔓延る怨霊を何とかしなさい。嫌ならこのまま退治するわ」

「退治って言葉を僕に使うのは勘弁して欲しいんだけど、それはさておき。残念ながら僕に怨霊をどうにかする術は無いです。よって無理です」

「なら倒すわね」

「選択肢を毎回オアダイで締めるのは勘弁してください」
 
「なら何とかしなさいよ」

 何と言うどうしようもない堂々巡り。最早ブチのめされる以外に許された未来は無いと言う事ですか。
 ちくしょう、やはり当初の予定通り天子を巻き添えにするしかないか。
 諦めモードに入りながら、それでもタダで終わらない為に心の中で色々画策する僕。
 しかし頭の中で即座に組み立てたそんな下らない企みを口にする前に、八坂様が霊夢ちゃんから僕を庇うようにして立ち塞がった。
 
「まぁ待て博麗の。直接的ではないが、今回の異変には我々も関わっている。久遠晶にだけ責任を取らせるのはどうかと思うが」

「分かったわ、アンタも纏めてぶっ飛ばす」
 
「いや、そうじゃない。そうじゃなくて、怨霊の回収は我々がすると言っているのだ」

 まさか八坂様が庇ってくれるとは思わなかったけど、正直その提案自体は死ぬほどありがたい。本当に助かる。
 何しろ先程も言った通り、僕には怨霊を回収する手立てが無いのだ。
 時間をかければ全ての怨霊を地底に戻す事も出来るだろうが、そんなカードキャプターみたいな真似してたら余裕で人生が終了してしまう。
 一方の八坂様達は、ある意味で怨み辛みの扱いに長けた神である。
 恐らくは、僕に考えもつかない手段で怨霊を地底に戻す事が出来るのではないだろうか。……多分。
 まぁ、どっちにしろ僕に出せる代案は無いのだ。ここは素直に八坂様の好意に甘える事にしよう。
 ぶっちゃけ、名誉挽回に固執して出来ない仕事を引き受けるほどの責任感は僕にはありません。出来る人が出来る事をやったら良いと思うよ。

「――アンタの相棒こんな事言ってるけど、これは守矢の総意と受け取っていいのね」

「良いよー。こういう後始末はキチッとやっておかないと、神様の沽券に関わるからね。地底から湧き出た怨霊達は私らに任せな」

「そう、ならブチのめすのは後にするわ。とりあえず、私は先にもう片方の原因を退治してくるわね」

「どちらにしろブチのめすのは決まりなんですね。……と言うか、もう片方の原因って」

「アンタが単体でこんな事しでかすワケ無いでしょ。さっきこの化け猫が出てきた隙間の向こう側に、本当の元凶がいるのはとっくに分かってるのよ」

「う、うぐぅ」
 
 霊夢ちゃん……行動は完全に脳筋のソレなのに、どうしてそんな的確に物事の核心をつけるんだ。
 そう言って、躊躇無くどこに繋がっているのかも分からない隙間へ歩いていく博麗の巫女。
 って、いかん! こんなデストロイオールクリーチャーな巫女を地底に解き放ったらエラい事になる!!
 僕は慌てて霊夢ちゃんの前に立ち塞がり、地底行脚を諦めて貰う為の説得を開始した。

「ちょっと待った霊夢ちゃん! 確かにこの向こう側には原因の半分がいるけど、彼女はもう反省していて」

「反省してるとかしてないとかはどうでも良いのよ。私は異変を起こした奴を退治するだけだから」

「や、野獣の様にシンプル過ぎる理屈!? ええいなら強硬手段だ! ここを通りたければ、僕を倒してからにしてもらおうか!! ―――――四季面『花』!」

「邪魔」

「一撃ですのげふぅ!?」

 四季面を装着し、物理的拘束も辞さない覚悟で彼女を止めにかかった僕は、霊夢ちゃんの攻撃で即座にKOされてしまった。
 ……前に戦った時も思ったけど、この子の理屈を無視した強さは本当にどうにかならないものだろうか。四季面ですら勝負にならないって。

「と、言うワケで行ってくるけど……そこの不良天人」

「なによ――けぴょ!?」

「今回は異変解決最優先だから見逃すけど、いい加減神社直さないと本気で滅するわよ」

「あっという間に死屍累々です……」

「博麗の巫女が出張ると大体こーいう事になるよな」

「二人共、相当な実力者なんだけどねぇ」

 風の様に現れ、三名をボコって去っていく博麗の巫女。
 僕なんかより遥かに人間ダウンバーストの称号が相応しい彼女の後ろ姿を眺めながら、僕は地底の面々に心中で謝罪するのだった。
 まぁ、天子も一緒にぶっ飛ばされたから僕的には満足です。心の底からザマーミロ。










 と言う事があり、僕と天子と早苗ちゃんは博麗神社跡地に戻ってきた。
 地底の事も怨霊の事も気にはなるけど、いつまでも神社が更地のままって言うのはさすがにマズいと言うのがその場にいた全員の総意。
 ええまぁ、つまり本気の霊夢ちゃんが怖いからご機嫌取りをするワケなんですがね。そこは他の人のプライドとかがアレなのでボカす方向で。
 とにかく地底をお燐ちゃんに、怨霊を守矢の二柱に任せて、僕らは博麗神社建て直し作業を再開したのだった。

「と言っても、僕はあくまで見てるだけなんですけどね」

 本気の霊夢ちゃんとは相対したくないのか、それとも一緒についてきた早苗ちゃんと一刻も早く離れたいのか。
 それまでの不真面目さが嘘の様にテキパキと働く今の天子なら、僕が口出しする必要は特に無いだろう。
 まぁ、早苗ちゃんがやたら天子に懐いている所が少し気になるけど、良い具合にそれが抑止力となっているみたいだからあえてスルー。
 僕は一応作業風景が見渡せる場所に座り込むと、先程からずっと沈黙している魅魔様に話しかけた。
 もしもし魅魔様ー、聞こえてますかー?

〈んー、なんだーい?〉

 なんか靈異面を解除してから発言が少なくなって、地上に出た辺りから完全無言になってましたよね。
 どうかしました? ぽんぽん痛い?

〈いや、大丈夫だよ。ちょっと……相当眠いだけだから〉

 うーむ、ツッコミ無しか。これはわりと重症かも知れないね。
 そもそも魅魔様が今まで寝ていたのは、力が足りないが故の事態だったはず。
 つまり寝落ちしかけているほど強い眠気と言うのは、魅魔様の身体? の危機を訴えるサインなのでは無いだろうか。
 ……ひょっとして靈異面って、魅魔様に物凄い負担をかけてたりするんですか?

〈や、そーいう事は特に無いよ? まぁ少し疲れたけど、ちょっと休めば何とかなるレベルの疲労だったさ〉

 なんで過去形なんですか。

〈ぶっちゃけ、地下の居心地の良さを舐めてた。地上だと怨み辛みが少なくて〉

 ああ、力の回復量が少なくて参ってただけですか。
 紛らわしい、心配して損しましたよもう。

〈にゅふふ、少年はそんなに魅魔様の事が心配だったのかい?〉

 そりゃまぁ、同居人が何の前触れもなくいなくなったら不安になるでしょう。何当たり前の事聞いてるんですかアンタ。

〈……少年はブレないなぁ。ま、安心しなよ。少年が死ぬか正式に人間辞めるまでは一緒に居るからさ〉

 何その、前者が希望だけど後者の可能性が高そうだからとりあえず釘を刺しておく的な発言。
 ちくしょう絶対に人間として大往生して、遺言代わりに魅魔様を博麗神社の地下深くへ封印してやるっ!

〈あっはっは、無理無理〉

 とりあえず魅魔様が悲観的な状況で無い事は理解しました覚えてろ。
 しかし残念ですねー。起きていれば、因縁深い博麗の巫女と顔合わせ出来たのに。
 えっと、霊夢ちゃんって知ってますか? 今の巫女さんなんですけど。

〈知ってるよ。少年が思ってるよりあたしが寝てた時間は短いんだ〉

 あ、左様ですか。と言う事は、魅魔様を封印したのもひょっとして霊夢ちゃん?

〈そういう事。まー、あの子は優秀を越えてアルティメットシングな域に逝ってるから、さほど心配はしてないよ〉

 霊夢ちゃんの場合は、その比喩が半ば事実になってるから恐ろしいですよね。
 ……そうか、霊夢ちゃんは昔からああだったのか。色んな意味で背筋の凍る才能に溢れた天才だ。

〈そもそも完全に和解したワケでもないから、霊夢の事はわりとどうでも。むしろ気になるのはあたしの弟子の方かなぁ〉

 あれ、魅魔様ってお弟子さんがいたんですか?

〈居たんだよ、人間で一人ね。ただ、アイツは霊夢と違って要領が良くないからなぁ。ちゃんとやってるか心配だ〉

 師匠と言うより親っぽい事を言いながら、遠い目で記憶の中の弟子を想う魅魔様。
 これは本当にその子が心配なのか、単純に魅魔様が心配性なだけなのか判断に困る所だ。
 でもとりあえず、魅魔様は親馬鹿で確定だと思います。何かこう漂ってくる、親馬鹿オーラ的なモノが。

〈うるさいよ! まったく、とにかくあたしはしばらく寝るからな!! 靈異面が必要になるまで起こすなよ!〉

 ……それは新手のツンデレなんでしょうか。魅魔様もわりと面倒な性格してますよね。
 まぁ、別に寝るのは構いませんけど――お弟子さんに会わなくても良いんですか?

〈別にいーよ、そこまでしなくても。あたしは親馬鹿ってワケじゃないしねー〉

 拗ねなくても良いでしょうに。

〈拗ねてねーし。これっぽっちも拗ねてねーし。拗ねてねーけど眠いから寝るわ〉

 そう言って魂の奥底的な所に沈んでいく魅魔様。感覚的なものだけど、僕の体はどうなってるんだ本当に。
 しかし魅魔様、僕の記憶を活用し過ぎじゃありませんか? 
 チラッと見かけたレベルのネタを引っ張り出されると、さすがに僕も反応しづらいんですが。
 いやまぁ、寝てしまった悪霊に今更文句を言ってもしょうがないんですけどね。

「コラそこの監視役、空を見つめてボーッとしてるんじゃないわよ」

「あー、ごめん。ちょっと宇宙と交信してた」

「つ、ついに晶君が電波を発せる様になりましたっ!」

「……いやゴメン。冗談だから、そんな眩しいくらい目を輝かせないでください」

 何故そんな嬉しそうなんですか早苗ちゃん。僕が電波放てたら、早苗ちゃん何か得するので?
 ちなみに魔眼を利用すると、本当に電波を送受信出来る事は黙っておく。ぶっちゃけ幻想郷だと使い道無いし。

「建て直すと決めた以上、一刻も早くアンタから離れるために全力を出すわ。バカも手伝いなさい」

「おぉう手伝ってやろうじゃないか馬鹿。これでも僕は、大工仕事のスキルをさりげなく持ってるんだからな!!」

「さすが晶君です! どうして持ってるのか分からない技能に溢れています!!」

 分かってるよ、早苗ちゃん的には褒めてるんだよね。とりあえずありがとう。
 軽く肩を竦めながら、僕も建て直し作業に参加すべく立ち上がる。
 まぁ、とにもかくにもこれにて一件落着……なのかなぁ。
 不安材料が多すぎるので言い切れないけど、それでもしばらくの間は平和になるだろうさ。
 出来れば少しくらい、その平和な時間を堪能出来れば良いのだけど。

「……無理だろうね」

 幻想郷でそんな事は望めまいて。
 まだ見ぬ未来のトラブルを憂いながら、僕は大きく溜息を吐き出すのだった。

「ふふふ……」










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「キャラ紹介に近い異変話はサクっと終わらせるって言ったじゃないですか。やだー! 山田です」

死神A「ヤバいくらいメタい話は止めてください! 死神Aです!!」

山田「当初の予定をアッサリ超えて二倍。作者は焦りながらも、四文字サブタイを変えずに済んでホッとしたという」

死神A「あ、すいませーん! 超速で質問持ってきてくださーい」


 Q:靈異面って姉弟子の面変化解除やゆかりんの面変化封じ効くんでしょうか?


山田「効きませんね。そもそも靈異面には狂気の魔眼を使ってませんので」

死神A「それ、面変化なんですか?」

山田「なんちゃって面変化ではありますが、コンセプト的には狂気の魔眼より面変化らしい上位版です。問題はありません」

死神A「本人から直に力を借りちゃってますからねぇ」

山田「まぁ、ゆかりんなら別の手で封じてきそうですがね。優曇華院さんは……ご愁傷様と言う事で」

死神A「……とことん相性悪いんだなぁ、晶君と」


 Q:魅魔様は今後晶君に憑依したまま魔理沙と遭遇とかあるんでしょうか?


山田「タブンネ」

死神A「適当過ぎる返事!?」

山田「やりたいなぁ」

死神A「願望!?」

山田「今後に乞うご期待」

死神A「最終的にはそうなるんですか!?」

山田「お疲れです」

死神A「……分かってるなら、畳み掛けるのは止めてくださいよ」


 Q:晶君ってモブ妖怪にはどんな感じの認識されてんですか?


山田「パッシブスキルに『仲間を呼ぶ』を持ってるFOEですかね」

死神A「パッシブなんですか。つーか何故に世界樹」

山田「分かりやすさを重視してみました。ちなみに、ターン経過で他FOEをランダムに呼ぶと言うHAGEさす気満々の徘徊型モンスターです」

死神A「うわぁ、タチ悪い」

山田「しかも本人が超硬い上にバッドステータス攻撃を使いまくると言う、泥仕合製造機みたいなスペック持ちで」

死神A「プレイヤーに嫌がらせをする為に生まれたFOEですね」

山田「まぁ、経験値もアイテムもそこそこ良くはあるんですが。前述の仕様のせいで結局は割に合わない敵扱いです」

死神A「ああ、だから有名度の割に喧嘩売られないんですね」

山田「そういう事です」


 Q:ところで北海道ほたて(仮)さんと今や中堅天狗だろうと笑いながらフルボッコにできるであろう晶君に喧嘩売ってぼろ雑巾にされた連中の性別はどっちですか?


死神A「なんか、ポツポツと天狗Aの性別を気にするコメントが散見していましたね」

山田「そりゃあアレでしょう。天狗Aがドジっこ萌えキャラとなるかただのバカとなるかの瀬戸際ですから、皆そこは気になるもんでしょう」

死神A「性別の違いでそこまで!?」

山田「ちなみに作者的には天狗Aは女性を想定しています。喧嘩売ったその他の天狗達は男性。つまりドジっ子萌えキャラだよ、やったね!!」

死神A「やったんですかソレ?」

山田「知りません。まぁ、一発屋のオリキャラでもメインを張るなら東方らしく女性に。と言う理屈らしいですよ」

死神A「他の天狗が男性なのは?」

山田「多分霖之助スレのせい。ほら、天狗=おまいらって言ってたじゃないですか」

死神A「いや、知りませんよそんな事……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 欄外参「久遠晶と言うメイド」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/08/25 22:22

 ※CAUTION!

 このSSには、多分な「おふざけ・パロディ・ブラックジョーク」が含まれております。
 嫌な予感のした人は、速やかに回れ右して撤退してください。
 あと、時間軸的な解釈を投げ捨てたパラレルな設定となっております。
 登場キャラが全員顔見知りでかつ普通に接していますが、深く気にしない様にしてください。
 予め言っておきますが、今回出てくる天狗は名無しの天狗Aです。
 





























欄外参「久遠晶と言うメイド」





一日目(快晴)

 新聞のネタにするため、今幻想郷で噂の久遠晶を取材する事にした。
 とは言え、真正面から取材を頼めばあの射命丸文にどんな目に合わされるか分からない。
 つーか無理。怖くて無理。あの人外魔境に近寄るなんて無理。
 と言うワケで遠くから観察しながら、本人に突撃取材する隙を伺う事にする。
 
 ・本日の一枚
 フラワーマスター、隙間妖怪、射命丸文とお茶会をする久遠晶。
 全員が穏やかに談笑する姿はこれだけで一面記事になりそうなおぞましさを感じさせる。
 が、本趣旨とは外れるので処分する。なんか写真の中の隙間がこっち見てるし。


二日目(曇り)

 早朝、爆音がしたので行ってみたらクレーターが出来ていた。意味が分からない。
 そしてその中から平然と現れる悪魔の妹と久遠晶。彼の頭から大量の血が流れ出ている事には誰も触れない。怖い。
 その後、続けて現れた紅魔館の主とその従者と一緒に森へと出かける久遠晶。
 彼が紅魔館と懇意にしているという噂は事実だったらしい。これからピクニックにでも出かけるつもりなのだろう。
 ――とか思っていたら、森の奥で二人の吸血鬼に嬲られる久遠晶。
 え、何これ? 陰湿なイジメの現場? あ、終わった。え、なんで普通にピクニック再開してるの? なんで全員笑ってるの?
 私には理解できない世界がそこにあった。後、一瞬目を逸らした間に久遠晶が全快していた。心が挫けてきた。

 ・本日の一枚
 紅魔館の主や悪魔の妹と一緒に昼寝する姿を撮った。はずなのだけど、気付いたらフィルムが無くなっていた。
 代わりに「警告」とだけ書かれた紙がカメラに入っていたのだけど……私は逃げるべきなのだろうか。


三日目(晴れのち曇り)

 外出する久遠晶を追跡していたが、迷いの竹林で見事に見失う。何あの速さ馬鹿じゃないの。
 どうやら彼は、単独で迷いの竹林を抜ける能力を保持しているらしい。後飛ぶのも速い。超速い。ちょっと凹んだ。
 その後、運良くその場を通りがかった妖怪兎と交渉した結果、代行撮影をしてくれる所まで漕ぎ着ける事に成功した。
 ただし代償として、しばらく飲みに行けなくなった事をついでに記しておく。
 鈴仙・優曇華院・イナバと名乗った妖怪兎の悪行は、いつか記事で告発してやろうと思う。あんのちびっこ兎めぇ……。

 ・本日の一枚
 永遠亭の面々と久遠晶の集合写真。これはこれで貴重なのだが、求めていた写真とは何か違う。
 あと、別途写真料金を取るのはさすがにボッタクリが過ぎるんじゃないだろうか。私のフィルムなのに。


四日目(雨)
 
 朝も早くから魔法の森に出かけ、人形遣いの家に突撃していく久遠晶。文字通りの意味で。
 彼女に構って欲しいらしい久遠晶が腰にしがみついても、人形遣いは無視して作業を続けていた。何コレ。
 その後現れた氷精やら妖精やら毒人形やら闇の妖怪やらは、コレを新しい遊びだと判断したらしい。
 人形遣いの腰に妖怪達が数珠繋ぎでしがみついていくその光景は、芸術といっても通じる……様な気がしないでもない。
 惜しむらくは、異常過ぎるその光景に気圧されて撮影を忘れていた事だろう。
 気付いた時には根負けした人形遣いが連結を解体していた。残念。
 どうでもいいけど、久遠晶だけスペカ使って離したのは何故なのだろうか。しかも久遠晶ピンピンしてるし。

 ・本日の一枚
 一番面白そうな所は撮り逃したけれど、他の記事になりそうな部分はバッチリ撮れた。
 と思っていたら、撮った写真の中央に毎回氷精がいて全部使い物にならなかった。
 絶妙なタイミングでフレームインしてきたようだが……故意か偶然かで氷精に対する評価が変わりそうだ。


五日目(曇り)

 中有の道にまで足を伸ばす久遠晶。活動範囲が広すぎて待ち伏せが出来ないのは辛い。
 本日は、白玉楼の亡霊が主催する食事会に参加するようだ。
 店を貸し切って大量の料理を用意するあたりに、白玉楼の主の本気が窺える。
 果たして、どのような豪華な客人達が訪れるのだろうか。
 プリズムリバー三姉妹まで呼び込むなんて、よっぽど規模の大きい宴会なのだろう。大スクープの予感!
 ――久遠晶だけでした。え、なにそれ。たった二人であれだけの量を完食出来るって本当になに?
 ちなみにプリズムリバー三姉妹は、呼んだわけではなく偶々通りがかっただけだったらしい。
 久遠晶の交友関係は本気でどうかしてるとしか思えない。

 ・本日の一枚
 たくさん撮れたと思ったら、全ての写真が真っ白になっていた。怖い。
 あとなんかさっきから背後に気配を感じるんだけど、これ振り返ったらヤバい気がするどうしよう。


六日目(晴れ)

 結局一睡も出来なかった。これ以上の取材は色んな意味で危険な気がする。
 だが、記事に使えそうな写真がロクに無い状態ではさすがに捏造記事も書けやしない。
 久遠晶は注目されているだけに、簡潔な記事だとその他大勢の記事の中に埋もれてしまう。
 私だって新聞記者だ。命までかけて成果無しと言うのは記者の沽券に関わる。
 と、悩んでいる間に再び久遠晶を見失った。この間、僅か一分である。泣きたくなった。
 その日一日中幻想郷を探し回ったが、結局久遠晶を見つける事は出来なかった。
 どうやら人里でずっと、阿礼乙女と一緒に本を読み続けていたらしい。
 一番安全な場所だから真っ先に除外してたのに……つくづく行動パターンが読めない人間である。

 ・本日の一枚
 しょうがないので、お昼ご飯を一枚だけ撮ってみた。
 取材を始めてから一番出来の良い写真が撮れた。むなしい。


七日目(曇り時々晴れ)

 妖怪の山を訪れた久遠晶は、白狼天狗と河童の大将棋を見物している。
 絶好の機会――だと思ったら私以外の天狗も取材の好機だと思ったらしく、そこらかしこに潜んで様子を伺っていた。
 影に潜んで剣呑な空気を放つ私達。果たして全員を出し抜いて取材を成功させるのは誰か――
 と、ここまで書いて万年筆のインクが切れる。
 己の迂闊さを悔やみながら帰宅してインクを補給。久遠晶の所に戻ると、そこには惨状が広がっていた。
 どうやら、久遠晶のやった「血祭り哨戒」を知らない若手天狗が噂だけ聞いて勝負を挑んだらしい。
 様子を伺っていた天狗含めた十数名は、久遠晶の手によって奇っ怪なオブジェになっていた。と思う。
 ……遠目でそれを目撃し、命の危機を感じて逃げ出した私の判断はきっと間違っていない。
 仮面を付け、人が変わったかのように笑う久遠晶の姿を、私は当分忘れる事ができないだろう。

 ・本日の一枚。
 無し。現像する前にフィルムを処分した。
 あの笑顔を再び直視したら、久遠晶の取材が出来なくなる気がしたからだ。


八日目(快晴)
 
 限界を感じてきたが取材を続行。射命丸文の家に泊まった久遠晶は守矢神社へと向かっていた。
 途中、厄神やら秋姉妹やらに絡まれていたが、最早この程度で驚いてなどいられない。
 久遠晶の後をつけ、守矢神社にたどり着くと――オンバシラが彼と何故か私に襲いかかってきた。
 
 ……もう無理だ。限界だ。耐えられない。

 ・本日の一枚
 迫り来るオンバシラが撮れていた。物凄い迫力だが、近すぎて何の写真か分からない。
 カメラが無事だったから良しとしておく。しかし心の方はダメだった。


最終日(どうでもいい)

 取材も特ダネも諦めた。とにかく、記事になりそうな写真を一枚撮っておく。
 そんな気持ちでフラワーマスターの家を見張っていたら、久遠晶が浴場に向かう所に出くわした。
 思えば、女装男子と名高い久遠晶の裸体を見たものはいない様な気がする。
 これは瓢箪から駒かもしれない。私はこっそりと風呂場をのぞきこ――――――――




 タ ス ケ テ










「あれ、今日はあの天狗さん居ないんだ」

「意外ね。貴方、探られている事に気付いていたの?」

「わっかりやすい隠れ方してましたからねー。まぁ、害は無さそうなので放置してましたけど……どうしたんでしょうか」

「あやややや、不思議ですねぇ」

「うふふふふ、まったくねぇ」

「……うん、だいたい分かりました」

「貴女達、本気で大人げないわね」










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


 Q:ところで死神Aとキャーイクサーンの衣装をそれぞれ交換すると誰の衣装の胸やら腰やら尻がきついとかゆるいとかありますか?
   また山田さんと天子とAQNの場合でも衣装のきついゆるいはありますか?


山田「つまんねー事聞いてんじゃねーよ! 山田です」

死神A「とりあえず流行りものに乗っかるのやめません? 死神Aです」

山田「ホライゾン二期面白いですよね」

死神A「畳み掛けないでくださいよ!?」

山田「ちなみに基本、東方の服って余裕があるので近似値なら何がキツくなるって事は無いと思いますよ? 深くは知りませんが」

死神A「結局普通に答えるんですか!?」

山田「はーい、次の質問でーす」

死神A「たまには私の質問にも答えてくださいよ……」


 Q:こいしちゃんの無意識に気付ける方はいるんでしょうか?


山田「全力無意識に入られたら誰も気付けません。そうでないなら、一部実力者には察知可能かと」

死神A「全力無意識ってなんです?」

山田「メタ的に言うと、描写レベルでも出てこない状態です。こうなると守矢の神々でも気付けません」

死神A「め、メタメタだぁ……」


 Q:あと全く喋っていませんが、魅魔様は一体どこにいるんでしょうか?


山田「これは単純に視点の問題ですね。今の彼女は、晶君以外には姿見えない声聞こえない状態ですから」

死神A「なるほど。基本脳内漫才ですから、他人視点だと何も分からないんですね」

山田「晶君に無視されればアウトです。まぁ、分かる輩にはとり憑いている事が理解できるくらいですね。諏訪子も天子もあえて無視してますが」

死神A「ああ、一応気づいてはいたんですか」

山田「ええ。声は聞こえていませんが、晶君の中に何かいることはバッチリ気づいてます」

死神A「ならなんで無視を?」

山田「面倒だからですよ」

死神A「身も蓋も無い答えだなぁ……」


 Q:ところで山田さんって甘党?そしてさとりんは魅魔様に気づいてますか?


山田「こっちは若干答えが違うので別枠で。さとりんは読心能力があるので魅魔様にもばっちり気づいております」

死神A「まぁ、心中で隠していませんからねぇ」

山田「ええ。触れてないのは別に触れる理由がないからです。魅魔様マジ不憫」

死神A「……ところで、山田様は甘党なんですか?」

山田「トップシークレットです」

死神A「なんで!?」


 Q:死神Aさんって酒の他に金使う機会あるんですか?服?鎌の手入れとか??


山田「ふつーに現世に顔出してますからね。意外と使い道はありますよ」

死神A「ルール無用の場での事とは言え、上司に行動を把握されてるって言うのはヒヤヒヤしますねぇ」

山田「四季映姫もしっかり小町のサボり把握してますけどね」

死神A「えっ」

山田「ちなみに、私が減らしている給料は普通の銭ではありません。なんかこう、地獄でも現世でも使える便利な何かです」

死神A「その良く分からないフォローにもツッコミを入れたいですが、それよりも今のマジなんですか? あたいのサボりバレバレなんですか?」

山田「ではでは、今回はこのへんでー」

死神A「だから質問に答えてくださいよぉ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど

 



[27853] 地霊の章・弍拾壱「終日遅遅/河童の廻り髪結い」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/08/21 00:01


「それじゃあ失礼しますねー。八坂様も諏訪子さんも後よろしく」

「はいはい、そっちも早苗の事よろしくね」

「……少し待て、久遠晶」

「なんですか八坂様?」

「…………は止せ」

「ほへ?」

「八坂様は止せと言っているのだ。諏訪子や早苗の様に、私も神奈子と呼んでくれて構わん」

「はぁ、それはまたどうして急に?」

「き、急ではない! 前々から、私だけ名前呼びでないのは面倒だろうと思っていたのだ!!」

「別に僕は気にしていませんよ? 八坂様は神様なんですから、人間である僕との距離はあった方が良いでしょう」

「ぷぷっ、普通に拒否られてやがんの」

「黙れ諏訪子! 貴様も、下らん事を気にするな!! 名前を呼ばれた程度で落ちるほど低い格はしとらん!」

「わ、分かりました。それじゃあえーっと……神奈子さん?」

「――っ!? さ、様はちゃんと付けろ!!」

「え、あ、はぁ」

「くくくっ、日和ってやんの」

「笑うな諏訪子ぉ!」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾壱「終日遅遅/河童の廻り髪結い」





「ふはー、ようやく開放されたぁ」

 博麗神社の建て直しは終わり、紫ねーさまのチェックも無事通過。
 最後に軽いお叱りの言葉を貰った僕は、太陽の畑に戻ると今までの疲れを吐き出す様に大きく体を伸ばした。
 うーむ、本気を出せばすぐに終わるかと思ったけどそうでも無かったなぁ。
 真面目に建て直していた間はわりと休む暇も無かったし、思ったよりも疲労は大きいかも。ああ、お風呂入りたい。

「おかえりなさい晶さん! ご飯にしますか、お風呂にしますか、それともモフモフ!?」

「最後のは文がやりたいだけじゃん。ともかくおかえりアキラ、久しぶりだねー」

「ただいまです、久しぶり……って文姉とにとりだけ?」

 果たしてどこで情報を仕入れていたのやら、家の前でスタンバっていた文姉とにとりが元気に僕を出迎えてくれる。
 残念ながら、文姉のボケに付き合う余裕はないのでそこらへんはスルー。あえて言うならお風呂が良いです。

「幽香さんなら人里へ買い物に行きました。隙間も居ない事ですし、今こそ晶さんを愛でる好機!!」

「すいません、しんどいんで愛でるのは勘弁してください」

「倦怠期の夫が仕事帰りに言う感じで断られました!?」

「どういう例えさ。まぁ、色々あったみたいだしね。すぐにでも寝るかい?」

「うーん、その前にお風呂に入りたいかなぁ」

「ふっふっふ、そう言うと思ってすでにお風呂は準備済みだよ。よっしゃ! それじゃあ私が背中を流してあげようか!!」

「あはは、よろしくー」

 文姉には申し訳無いけれど、今愛でられたら爆発してしまいそうだ。何かが。
 と言うワケで彼女を軽くいなしつつお風呂に向かう僕。わーい、お風呂だお風呂ー。
 ……はて、なんか疲れに負けてとんでもない事を見逃している様な気が。
 今まで大事に残していたエリクサーを、うっかりポーションと間違えて使ってしまった感じと言うか。
 なんだろーねー。まー、どうせ最上級消費アイテムなんて残してもタンスの肥やしだから別に良いんだけどさー。

「はーい、そこまでですよエロガッパ。晶さんの判断力低下に付け込む真似は、この真なる姉と書いて文姉が許しません」

「ちょ、助平扱いは心外だ! 私は純粋にアキラとの友情を深めたいだけなんだよ!!」

「なんでそんな風呂に固執するんですか?」

「河童の意地だね!」

「捨ててしまえそんな意地」

 あらまぁ、文姉ってばにとりに抱きついて楽しそうですね。
 何を話しているのかは知りませんけど、僕は早くお風呂に入りたいので先に行かせて貰いますね。
 ああ、とにかくこの疲労を何とかしたい。今はそれしか考えられません。
 ……しかし、真っ当な労働した方が疲れるってのはどうなんだろう。
 最早幻想郷以外ではロクな生き方が出来そうにない自分の体に、ちょっとだけ切ない気分になる僕。
 以前は対岸の火事だった「拳で語り合う」畑の皆様を、今はもうこれっぽっちも笑えませんな。
 力の無い笑みで精一杯の自虐をした僕は、そのまま二人を置いて風呂場に向かうのだった。










「ひとっ風呂浴びて晶君復活! そしてありがとう文姉、にとりは反省するように」

「ぶー、アキラはそろそろ性別の差なんて些細な違いを気にするのは止めるべきだと思うんだー」

「アノネ。オトコ、ソレムシシタラ、オワルノヨジンセイ」

「アキラが遣る瀬無さすぎて片言になった……」

「まぁ、晶さんなら性別の差を捨てても問題なく生活出来そうですが」

 いやいや、さすがにそれは無いですよ。
 確かに僕はあんまりそういうの気にしませんが、気にしてないのと無視するのとでは致命的に意味が違いますから。
 うん、あるよね。問題あるよね。あると言う事にしてくださいお願いします。

「しかしアレだ、久しぶりにアキラが髪を下ろした所を見たけど……伸びたねぇ、髪」

「ほへ?」

 今の僕はいつものメイド服ではなく、幽香さんから譲ってもらったパジャマを着ている。
 つまり完全に休む体勢に入っている為、ポニーテールも解いているワケで。
 ふむ。言われてみれば、確かに大分髪が伸びている気がする。
 そもそも最初に髪を結んだ時には、馬の尻尾と呼ぶほど長くは結べなかったんだよね。チョンマゲ扱いだったし。
 それが今では完璧なポニーテール……今まで結ぶの楽になった程度の認識しか無かったけど、コレわりと男としてマズいんじゃあ。

「うーむ、切った方が良いのかなぁ」

「――ごぶっ」

「文姉がいきなり吐血した!? なんで!?」

「短いのと長いの。どちらの晶さんが良いのか……これは難問ですよ」

「相変わらず文は頭おかしいね」

 僕もそう思います。たかだかポニテの長さで、一体何が変わると言うのでしょうか。
 んー、でも一度意識すると色んな所が気になっちゃうなぁ。
 髪留めで整えるのが習慣になってたから気にしてなかったけど、前髪も結構伸びて鬱陶しいし。

「髪型をどうするにしても、最低限整えてはおきたいなぁ。幻想郷にも理髪店があれば良いんだけど」

「ふっふっふ、どうやら私の出番の様だね!」

 そう言って不敵に笑いながら、背負ったリュックサックの中に手を突っ込むにとり。
 これはアレか。猫型ロボットばりの不思議アイテム登場フラグか。
 そういえば、にとりの発明品って姿を隠すヤツくらいしか見た事ないなぁ。
 僕のカメラとプリンタをコピー出来たくらいだし、他のにとりオリジナルブランドも相当凄いんだろうけど。
 気になる。果たしてにとりはどんな髪切りアイテムを出してくるのか。
 ワクワクしながら見つめていると、にとりはリュックからやたら使い込まれたハサミと櫛を取り出した。……ふむ。

「一見すると普通のハサミみたいだね」

「まぁ、普通のハサミだし」

「へぇあ? えっと、僕の思考をトレースして思い通りの髪型に切ってくれるハサミとかじゃないの?」

「そういう魔法的なアイテムは専門外だよ。河童はあくまで技術屋だからね」

「……じゃあなんでにとりさんは、普通の髪切りハサミなんかを持ち歩いているので?」

「えっへん。実は私、散髪が得意なんだよねー。たまーに文とか椛とかの髪も切ってあげてるんだよ」

「被告人はこう言ってますが」

「ああ、それはマジです。にとりって手先器用でセンスもそこそこありますから、意外とそういう仕事が上手いんですよね」

 文姉が言うならそうなのだろう。なんていうかこの二人は、意図してないのに相互監視状態になっている節があるし。
 そしてそんな文姉の微妙に褒めてないような気がする言葉に、胸を張ってハサミを開いたり閉じたりするにとり。
 完全にやる気満々である。いやまぁ、拒む理由も特にないんだけどね。

「んじゃとりあえず、かるーく整えて貰って良いですか」

「おっけー! 今からババっと準備しちゃうよ!! あ、髪型は丸坊主で良いね!」

「……丸坊主か」

 にとりなりのジョークなんだろうけど、その発想は意外とアリかもしれない。
 手入れは楽になるし、面倒な朝のセットもなくなる。丸坊主はさすがに無いけど長めのスポーツ刈りなら……。

「だめ」

「うわっ、紫ねーさま!?」

「おねがいやめて。ねーさまいっしょうのおねがい」

「あ、はい。分かりました止めます」

「ありがとう。それと、紫ねーさまは可愛い弟の長いポニーテールを希望するわ」

 狭い隙間を覗き込む形で唐突に現れた紫ねーさまが、ガチ泣きでスポーツ刈りを思い止める様に訴えてきた。
 ツッコミ所があり過ぎて何を言って良いのか分からないけど、本気で嫌がっている事だけは良く分かりましたとも。
 ねーさまがマジ泣きしている所、まさかこんな形で見るとは思わなかったよ。
 そしてそれだけ言うと、速やかに隙間を閉じて消えるねーさま。どうやら本当にそれだけを言いに来たらしい。
 本当に一瞬だったので文姉もにとりも気付いてないし……僕の髪型で必死になり過ぎでしょう。やる事あるから忙しいんじゃ無かったんですか。

「ほいっと完了。それじゃあ晶、そこに座っておくれ」

「分かった。ああそれと、丸坊主は本気で勘弁してください。軽く整える程度でお願い」

「言われなくても、そんな命知らずな真似はしないよ。間違いなく死ぬより酷い目に遭うからね」

 分かっていた様で一安心です。どうして僕の事なのに、僕以外の人が怒ったり泣いたりするのだろうか。良く分からない。
 まぁ、些細な問題だと言う事にしておこう。僕は苦笑しつつ、にとりの用意した極々普通の椅子に座った。
 布を被せられると、太陽の畑のど真ん中であろうと床屋さん気分になれるから不思議。

「んで、軽く整えるだけで良いのかい? 元には戻さないの?」

「某姉にリクエストされたから、ズバッと切るのは止めとくよ。長めでよろしく」

「某姉? 文なら、まだ長いのか短いのかで悩みまくってるけど?」

「長いポニテか短いポニテか……うーん」

「あっちじゃない方の姉からね。とりあえず先着順と言う事で、今回はそっちを優先する事にします」

 今の文姉にねーさまの言葉込みで意見を求めたら、確実に反対側に行って泥沼化するだろうしね。
 紫ねーさまが一枚上手だったと言う事で、ここは素直に諦めてもらおう。

「長いままねぇ。んー、分かった。そうするよ」

「………にとり?」

 何故か腑に落ちない様子で、それでも頷くにとり。
 彼女らしからぬあやふやな態度だ。身内に対しては、わりとズケズケ言うタイプだと思ったのに。
 気になる。気になるから聞こう。僕は他人に対するリスペクトは忘れないけど、友達にはわりと遠慮しないのである。
 ああ魅魔様、いきなり起きてきて「リスペクトしてるの?」ってツッコミ入れるのは止めてくださいね面倒なんで。

〈なんだ、自覚はあるのか〉

 ノーコメントで。

「それでにとり、どうしたの? 実は短いほうが良かったとか?」

「うーん。間違ってはいないけど、ちょっと意味合いが違うと言うか――あのさ、ちょっと愚痴っても良いかな?」

「もちろん構いませんとも。盟友にスパッと言ってみなせぇ」

「はは、ありがと。……実を言うとさ、少し寂しいなぁって思ってたんだ」

「寂しい?」

「うん。アキラはどんどん強くなって、アッと言う間に私を置いていっちゃったからさ。初めて会った頃が少し懐かしくなっちゃって」

「つまり、見た目だけでも昔の僕に戻って欲しかったと」

「あ、あはは。身も蓋もない事を言っちゃうとそうなるかなぁ」

 確かに昔の僕と比べると、今の僕は月とスッポン、コイキングとギャラドスくらいの差があると思っても良いかもしれない。
 実感はこれっぽっちも無いんですけどね。前も言ってたけど、そんなにとりが劣等感抱くほど強くなったのかなぁ。
 そんなこちらの戸惑いを理解しているのか、背後でにとりが軽く肩を竦めた様な気がした。

「……ねぇアキラ、私達はずっと友達でいられるのかなぁ」

「ぶっちゃけ保証は出来ないとです」

「おい。そこはもう少し暖かい言葉をかけるべきだろうが、親友」

 僕もそう思うけど、残念ながら僕は「力の差があっても仲良く出来る」とは言えないんだよなぁ。
 だって僕が強くなろうと思った理由は、仲良くなる為の障害――強者との力の差――を無くす為だったのだから。つまり。

「同じ事考えてここまで来た人間としては、頑張ってと言うしか無いワケです」

「――そっか、そういやそうだったね」

 苦笑しながら僕の髪を梳くにとり。その声色は諦めた様にも、納得した様にも聞こえる。
 さすがに今度は、友達だからと言う理由で安易に心情を問いかける事は出来ない。
 それからしばらく無言で髪の毛を弄っていた彼女は、独り言を呟く様にしてボソリと愚痴を零した。

「でも私は、アキラみたいな戦狂いになれる気がしないなぁ」

「あははははー、あえて否定はしないでおくよ。……ま、お互いに上手くこの関係を維持していくしか無いんじゃないかな」

「変な話だね。友達であり続ける為に努力をしなきゃいけないだなんて」

「現状維持ほど大変なモノはないんですよ、にとりさん。進んだり戻ったりするのは楽なんだけどねぇ」

「なるほど大変だ。だけどまぁ、そういうのも楽しいのかもしれないねっと完成」

 最後に彼女が差し出した手鏡には、綺麗に髪を整えられた僕が写っていた。
 反対の手に握られたリボンを受け取りポニーテールを作った僕は、にとりと顔を合わせて意地悪く笑い合う。
 ぶっちゃけ何も解決してないし、特に何が変わったというワケでも無いんだけど。
 ……少しだけ、にとりとの仲が深まったような気がするよ。
 さて、この後はもう休むだけだし。もう少しだけこの盟友と仲を深める事にしようかな。

「は、出ましたっ! 今回は長いポニテの晶さん推奨です!!」

「…………」

「…………」

「あ、あれぇ!?」

 ――文姉、幾ら何でも悩みすぎてすよ。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「あえて特に無しで。山田さんです」

死神A「それはそれで落ち着かないですね……死神Aです」

山田「ではでは、今回はサクサクっと進みましょう。とっとと最初の質問に行きますよ」

死神A「ああ、今回は質問多めなんですね」

山田「いえ、別に」

死神A「なんで今、巻きに入ったんですか!?」


 Q:Aつながりで死神Aにも同じこと出来ますか?山田さん教えて~。その後に山田さんをひん剥いt(サバカレマシタ


山田「作者が理解出来なかったので返答してなかった質問です。後で作者は処分しておきます」

死神A「処分はダメですって、本編が続かなくなりますよ!?」

山田「あと、死神Aなら何しても良いですよ。エロ同人みたいに。エロ同人みたいに」

死神A「二回もロクでも無い事を言わないでくださいよ!?」

山田「そして私をひん剥けば良いじゃないですか! エロ同人みたいに!!」

死神A「それ言いたかっただけでしょう……」


 Q:お燐の能力コピーして、オリジナルと二人係で怨霊操れば役立てたのでは?


山田「まぁ質問者がすでに答えを言っちゃってますが、晶君のコピーはメタ的に「――程度の能力」となってるモノしか出来ません」

死神A「お燐の場合だと「死体を持ち去る程度の能力」ですね。火車以外だと何の役にも立たない能力だなぁ……」

山田「うっかり殺っちゃった人間を隠せるじゃないですか」

死神A「怖い事言わないでくださいよ!?」


 Q:晶君の肉体的な意味での女性のタイプは幽香さんの様なタイプでしたが、性格的な意味ではアリスの様な女性ですか?


山田「特に捻る事もなく年上好きですよ。所謂引っ張ってくれる姐さん女房って奴ですね」

死神A「例えば人形遣いとかですか?」

山田「むしろ、スタイル性格そのままゆうかりんで全然OKって感じですね。まぁ、彼にとっちゃ風見幽香も普通に‘イイヒト’なんでアレですけど」

死神A「そういやそうでしたね。……はっ!? と言う事はひょっとして、小野塚小町も晶の好みにどストライク!?」

山田「ダメさん女房は黙っててください」

死神A「すいません」

山田「ちなみに、晶君の初恋の相手は八雲紫です。だから正確には彼女みたいな女性がどストライクなワケですね」

死神A「そのわりには、今は普通に接してますね」

山田「昔のって事だよ言わせんな恥ずかしい」

死神A「ああ……全力で納得しました」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弍拾弍「終日遅遅/姫といっしょ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/08/28 00:00


「よーっす、今日も元気なてゐちゃんが晶をお迎えに――何してんの?」

「いや、ちょっとネズミが出たみたいで……」

「どこだぁ……私の『超絶可愛いポーズの晶さん百選』に落書きした命知らずはどこですかぁ………」

「ふふふふふ。可愛い花達を、無意味に手折るなんてやってくれるわね。――殺すわ」

「まぁ、これなら何とか直るか。しかし見事にバラバラ……誰だか知らないけどやるなぁ」

「外の世界からわざわざ仕入れてきた高級スイーツが……スイーツが……ぐむむ」

「うわぁ、何この大惨事」

「妖精みたいな悪戯なんだけど、これだけの相手にやらかせてるのがねぇ」

「……一応言っておくけど、てゐちゃんじゃないよ?」

「分かってる分かってる。技量的にも性格的にも絶対出来ないから、てゐは一番初めに候補から除外されてます」

「ああ、候補には上がったのね。で、晶はどうすんの?」

「僕には被害無いし授業をすっぽかすのも嫌だから、普通に永遠亭へ行くよ」

「被害無いって事は、犯人最有力候補は晶とか?」

「この面子相手に、そんなバカやると思う?」

「誰も彼もが思ってる事を改めて言っても、言い訳にゃならんだろーさ」

「だよねぇ……」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾弍「終日遅遅/姫といっしょ」





「はい、今日の所はここまでね。薬物は扱いが繊細だから、得た知識だけで試してみようとは思わない事」

「了解です。ありがとうございましたー」

 永遠亭の一室、薬の棚に囲まれた和室で僕はお師匠様による薬学の授業を受けていた。
 最近は勉強内容の専門化も著しく、覚える内容が複雑化してきたのでメモをするのも一苦労だ。
 そろそろ実技も始まりそうだし、高校生から一気に専門学生になった気分。
 しかも幻想郷だけあって、医療の知識にも幻想的知識が必要だと言うからやるせない。
 ……西洋系の魔法にも若干手を出してるから、今後は魔法使いへの弟子入りも考慮しないといけないかも。
 魅魔様、そういうの行けたっけかなぁ。後で少し聞いてみよう。

「医学の勉強は順当ね。下地が出来ているのもあるけど、それを差し引いても貴方の吸収力の高さは素晴らしいわ」

「わりと本気で言いますけど、僕は座学の方が得意なんですよ。幻想郷に来るまではそっち主体の生活をしていましたし」

「安心なさい、ちゃんと分かっているから。……本当に、棒術の方もこれくらい伸びてくれれば良いのだけど」

「うぐぅ、すいません。どうしても手足が出ちゃいまして」

「体術を混ぜるなとは言わないけど、体術のおまけに棒術を使われると教える側としてはちょっと切なくなるわね」

「返す言葉も御座いません」

 鎧で気をブースト出来るようになってから、近接戦はすっかり拳頼りになってたからなぁ。
 どうしても、そちらを主体とした戦い方にしちゃうんだよね。
 そもそも肉体強化と腕鎧によるクロスレンジで大概の相手は何とかなっちゃうし、何とかならない相手はアウトレンジか四季面安定だし。
 それらと比べると棒術による近から中距離戦は、メインに組み込むには如何せん技術不足なんだよね。
 ロッドへの強化方法は大概他への強化方法と被っちゃうから、プラスアルファ出来る別の手段をメインにした方が有利なワケで。
 いや、やっぱ武術を修めるのは大変ですわ。毎日やった程度じゃ全然身につかないです。
 まぁそういう地道な技こそが、将来的には必要となると思うのですがね? ……何時の話になるのやら。

「やっぱり棒術より、経絡の突き方を教えた方が良いのかしら。治療にも攻撃にも使えるし、何より無手との相性が良いものね」

「オチが見え見えなんで遠慮しておきます」

 どう足掻いても、自分を天才だと思うか弟より優れた兄だと思うかの二つに一つじゃないですかソレ。
 そういう世紀末を余裕で生き抜ける技能は、ストイックに学んでないと死ぬ程酷い目に遭うんですよって言うか死ぬ。
 
「それじゃあ、地道に続けるしかないわね。とりあえず日々の反復は忘れない事」

「オッス!」

「……では悪いけど、今からちょっと姫様の遊び相手になってあげてもらえないかしら」

「ああ、姫様のご所望ですか」

「ええ、ご所望なのよ。殺害も三回くらいなら見て見ぬフリするから、夕飯ぐらいまで付き合ってくれると助かるわ」

 ちなみに現在は昼過ぎ。幻想郷の夕飯は全体的に早いから、その間に三回死亡はかなりのハイペースである。
 相変わらず、永遠亭における輝夜さんの立ち位置は良く分からない。
 彼女は間違いなく畏怖されているし、姫として尊重されてもいるのだが――致命的に舐められている気がする。
 いや、他の所も大体同じ感じだと思うけどね。輝夜さんは飛び抜けて酷いというか、近しい人ほど雑に扱っていると言うか。
 例外は姉弟子くらいだけど、あの人良い風に言うと真面目、悪い風に言うと空気読めない人だからなぁ。

「そういえば、姉弟子はどうしたんですか?」

「ああ。あの子は貴方に三重で叩きのめされたから、危険回避のためにお遣いへ行かせたわ」

「前後の繋がりも分からないんですが、まず姉弟子を叩きのめしたと言う事柄に心当たりがありません」

「天人の異変で一回、てゐにメイド姿を見られて一回、貴方が地底で異変を起こして一回。おかげで最近のあの子、精神不安定なのよね」

「さ、最初のはともかく、後二つは知りませんよ僕!? ――特に二つ目!」

「本人が貴方のせいだと思っているから問題なの。今顔を合わせたら、どう爆発するか分からないわよ?」

 もう少し頭を冷やさせないとダメね。と言うお師匠様の言葉に僕は苦笑して頷いた。爆発は怖いですもんね、仕方ないですね。
 それにしても、天子の異変――巷では緋想異変と呼ばれているらしい――で稼いだ好感度は完全に喪失されているらしい。
 いやまぁ、マジビビリされるよりは幾分かマシな気がしますけど……あの冷ややかな視線を浴びるのはもう嫌だなぁ。
 そしてその姉弟子は、そのうちお遣いから帰ってくるワケで。
 
「……素直に姫様の所に避難しつつ、遊ばれてきますね」

「えぇ、よろしくお願いね」

 もっとも安全な場所を悟った僕は、素直にそこへ退避する事を選んだのだった。
 もうすでに大分前から分かっていた事だけど、永遠亭は僕にとって鬼門かもしれない。
 ただし暫定一位は白玉楼。二人しかいないのに物凄くやり辛いってトンデモ無いよね本当に。










「輝夜さーん、あっそびに来ましたよー」

「いらっしゃーい。構わないから入ってきなさい」

 出来るだけ子供っぽい感じで、廊下から輝夜さんの部屋に向かって呼びかける。
 すると、待ち構えて居たかのような速さで戻ってくる返事。と言うか多分待ち構えてた。絶対そうに違いない。
 
「それじゃあお邪魔しまーす」

「ふふ――お帰りなさいませご主人様! ご飯にしますか、お風呂にしますか、それともわ☆た☆し?」

「あ、チェンジで」

「どっせい!」

 ――うん、これはブン投げられてもしょうがない。 
 三つ指ついた正座の姿勢から立ち上がり高速でこちらに接近した輝夜さんは、躊躇無く僕を庭に吹っ飛ばした。
 頭から地面にぶつかりそうになるが、体のバランスはまだ崩れていないのでどうにかなる。
 体を捻って足先を地面に向けた僕はそのまま大地を蹴り上げ、身体を縦半回転横一回転させつつ元の位置に着地した。
 うーむ、思った通りに身体動くって何か逆に気持ち悪い。素直に顔擦ってた方が良かったかなぁ。

「ここまでド直球に女として否定されるとは思わなかったわ。貴方、今の一言だけで歴史に名前残せるわよ」

「いや、申し訳ありません。あまりにも巫山戯た光景に、脳が理解する事を拒否してしまった様です」

「……躊躇無く抉ってくるわね。せっかくメイド好きの貴方に合わせて上げたんだから、もっと喜びなさいって」

「わーいうれしー」

「興味無いなら素直にそう言いなさいよ」

 興味無い素振りを見せたら、輝夜さんはまた僕を吹っ飛ばすでしょうが。
 そんな彼女は、以前姉弟子が着ていたメイド服に身を包んでいる。
 姉弟子と輝夜さんでは色々とサイズが違うので、恐らくは真似て作ったのだろうが……その意図はさっぱり分からない。
 分からないので首を傾げていると、輝夜さんが口の端をヒクつかせながら言葉を続けた。
 
「まぁ、そんな反応になるとは思っていたわよ。貴方致命的に女心分かってないから」

「男が女の心を理解していたらかなり怖くないですか?」

「……何気に深い事言うわねこの子、実際は全力で浅いんだけど。ともかく、それはそれとして今の私を見た感想を言いなさい。これは男の義務よ」

「なるほど、義務なら仕方ないですね。しかし……褒めろ、では無いんですか」

「自分の心を偽らない限り、賞賛以外の感想は出てこないでしょう?」

「言われてみればそうですねぇ」

「ふふ。貴方のそういう素直な所、わりと好きよ私」

 僕が同意すると、満足そうな顔をする輝夜さん。意味が分からないけど嬉しそうで何よりです。
 ふーむ、しかし感想ねぇ。似合ってると言うのはちょっとありきたり過ぎるかなぁ。
 姉弟子の時はあざとい感じしかしなかったけれど、輝夜さんの場合は黒髪と黒いメイド服が噛み合って真面目な印象をこちらに与えてくれる。
 これが、所謂正統派メイドと言うヤツか。
 ロングスカートから覗き見える足も白いタイツで隠されてるし、本人の軽さに反してお堅い雰囲気が漂っているなぁ。
 いや、でも意外では無いのかな?

「やっぱり輝夜さんって、身持ち堅いですよねー」

 何とは無しに漏らした言葉に、輝夜さんの体が思いっきり固まる。
 彼女は悪戯っぽい笑みを消した真面目な表情で、こちらの両頬をがっしりと掴んで視線を合わせてきた。
 真顔だと綺麗すぎて反応に困るのだが、そういう所でパニクっている空気でも無いようだ。……えーっと、僕何かしました?
 
「やっぱりって何よ。私、結構貴方にベタベタ引っ付いてるじゃない」

「あれは攻勢防御の一種でしょう? 猫の前に鰹節吊り下げて、触れそで触れない感じに上げ下げする感じですよね」

 今まで確信を持てなかったが、今回のメイド服で確信した。この人は軽いフリをしているけど根っこの部分はわりと古風だ。
 多分だけど、平安時代あたりの価値観がそのまま輝夜さんの骨子になっているんじゃないだろうか。
 肌を晒さない衣装を選んでいるのはその証拠だろう。あの時代は、女性側の許可が出るまで顔を見る事すら出来なかったらしいからね。
 彼女なりに、そこらへんの価値観を噛み砕いて自分のモノにしているんじゃないかな。多分。
 前に言っていた「自分を連れ去る男には難題を」ってのも、愛を交わす歌の代わりだったんじゃないだろうか。
 等と思っていたら、難しい顔をした輝夜さんが僕の頬を掴んでムニムニと動かしてきた。

「か、かぐやひゃん?」

「忘れてたわ……貴方って、面従腹背の理想系みたいな人間だったのよね」

「えっ、その評価はさすがに酷く無いですか。それじゃ僕、幻想郷中の偉い人達に対して『ぐへへ、いつか下克上してやる』って企んでるみたいじゃないですか」

「いっそ企んでくれた方がマシよ。貴方って掌の上で無抵抗に踊りながら、踊らせている相手の事をこっそり分析するタイプじゃない。死ぬ程厄介なのよそういう輩って」

「良かったですね、蓬莱人で」

「本当にね。死期があったら躊躇無く貴方を始末している所よ。私が蓬莱人であった事に感謝なさい」

「……そこまで言うレベルですか?」

「超有能で敵に回しても味方に回しても厄介な奴って、普通は真っ先に消される事になるのよ。良く覚えておくと良いわ」

 僕が有能なのかはさて置いて、輝夜さんがやる時はやる過激派である事は胸に刻んでおきますね。
 彼女は僕に聞こえない程小さい声で、尚もブチブチと文句を漏らしていく。
 そろそろ開放してくれても良いだろうに。輝夜さんは、一体何が不満なんだろうかもう。

「それにしても、順調に踏み込んで来ているわね貴方。このまま難題無しで私を連れ去る気かしら?」

「頼まれてもしないんで安心してください」

「……この男、私を追う側にしようだなんて良い度胸ね。しまいにゃ本気になるわよ」

 怖い事さらっと言わないでください。四桁単位の愛情とか、重くてロクに支える事すら出来ませんよ。
 そんな僕の反応に、ようやく溜飲が下がったらしい輝夜さんがニヤニヤ笑いながら抱きついてくる。
 普段より若干強めなのは絶対図星を突かれたからだろう。単純ですよね、わりと。
 あ、すいません余計な事考えてました。反省してるんで頬に当てた人差し指をグリグリするのは止めてください。
 
「でも真面目な話、私と貴方って結構相性が良いと思うのよね。私尽くすタイプ貴方尽くされるタイプだから。そこの所どう?」

「どうと言われても。それは逆じゃないですか? 僕、わりと尽くすタイプですよ?」

「天然って怖いわねぇ。提供する物より返ってくる物の方が多い人間を、普通『尽くすタイプ』とは言わないわよ?」

「うぐっ、そう言われると――って輝夜さんはどうなんですか。モロに尽くさせるタイプの、典型的なお姫様人間じゃないですか」

「私は尽くさせてるんじゃなくて、相手を選んでいるのよ。何しろその男にこちらの全てを捧げる事になるんですから」

 確かに僕は、自分の全てを相手に捧げるとは言えないなぁ。
 そもそも前提として恋愛をした事が無い僕は、自分がどっちのタイプなのかなんて断言出来ないワケで。
 そういう意味では、経験豊富な輝夜さんの分析の方が遥かに正しいと……。

「あれ、よくよく考えると返答ゴメンなさい一択の輝夜さんってそんなに経験豊富じゃ」

「言わんで良い事をさらっと言う、とっても馬鹿なお口はこーれーかー?」

「あぅあぅ、すひませんでひた」

 ついに、輝夜さんの指が口内に侵入してきた。彼女の親指が容赦無く僕の口を広げていく。
 ちなみに感想の方は、どう答えても変態ちっくになるので差し控えさせて頂きます。
 
「うふふふふ、なんか楽しくなってきたわ。うふふふふ」

「ひゃ、ひゃめてくだひゃいひょー」

 最早完全にノリで動いている輝夜さんは、倒れた僕に覆いかぶさる形で馬乗りになる。
 そしてそのまま、何が面白いのか僕の顔を弄り倒す『なよたけのかぐや』。
 エロさ加減は一切無いけれど、誰かに見られたら確実に誤解されそうな光景だなぁとふと思ったり。

「姫様ー、そっちに晶の奴が行っているそうで……す………が……」

「あらイナバ。ダメよ、声もかけずに姫の部屋に入ってきちゃ」

「あ、あねでひ……」

「失礼しました。―――すいません師匠ー、鈍器ありませんか鈍器。出来れば金属系でお願いします」

 うわぁ、最悪のタイミングで最悪の人が来ちゃったー!?
 彼女らしからぬ機敏な態度で襖を閉め、物騒極まりない問いかけを飛ばす爆発秒読みの姉弟子。
 この時点で説得を諦めた僕は、彼女が死刑執行しに戻ってくるまでの短い合間で必死に生き残る方法を考えるのだった。





 ちなみに大方の予想通り、輝夜さんは一言もフォローをしてくれませんでしたとさ。超酷い。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「お米食べろ! 山田です」

死神A「挨拶って言うかもう一発ネタですよね、死神Aです」

山田「まぁぶっちゃけ、意味は全然知らないんですけどね。もっと熱くなれよ!!」

死神A「知ってますよね。確実に知ってますよね、そのリアクション」

山田「グーグル先生は偉大ですよ」

死神A「身も蓋もない答えを返さないでください!?」


 Q:他のモブ白狼天狗って、晶や椛の事をどう思っていますか?


山田「一言で言うと目の上のタンコブです」

死神A「本当に一言で言ったなぁ……」

山田「超鬱陶しい存在だけど、排除できないから無視するしかないって感じですね。ちなみに闇討ちする度胸すら無いです」

死神A「……無いんですか、闇討ちする度胸すら」

山田「無いですね。陰口叩くので精一杯で、本人が現れたら不機嫌な態度取るか掌返してゴマするかの二択しかありません。出番もないです」

死神A「せ、世知辛いなぁ……」

山田「ま、ある意味賢いモブ達だと言えますね。敵対するとタダじゃすまないと分かっているワケですし」

死神A「そういう所はさすが哨戒天狗……と言うべきなんでしょうか」

山田「さぁ? ちなみに烏天狗同様、二人に対しても友好的な白狼天狗はいるっちゃいますよ。やっぱり出番は無いですけど」

死神A「とことん世知辛いなぁ……」


 Q:晶君はこいしちゃんやフランちゃんなど小さな女の子裸を見た場合、どういったリアクションをするのでしょうか?


山田「たまにラブコメで、「どう見ても幼女幼女したキャラに「お風呂入ろ」と言われて焦る主人公と怒るヒロイン」って展開ありますよね」

死神A「なんですかいきなり」

山田「そういう展開を見る度に、幼女の裸に女を見出してるこいつらは全員ド変態で確定だろうと思っているんですが、死神Aはどう思います?」

死神A「どうと言われましても……つまり晶君は、小さい女の子の裸を見ても何の反応もしないと?」

山田「それが普通ですって。幼女の裸ってつまりQPちゃんの裸体ですよ、QPちゃん。作者がオパーイ星人である事を差し引いてもそれに性欲的な反応をするのは異常でしょう」

死神A「……何か嫌な事でもあったんですか?」

山田「無いですが、S郎が『Iリヤの水着に一番ドキドキした』って言った時にちょっと真面目に引きました」

死神A「別作品を例に出さないでくださいよ!?」

山田「ちなみに、私はあくまで貧乳カテゴリであって幼女カテゴリではありません。なので「山田さんも反応無しですねフォカヌポウwww」とか言った輩はシネ」

死神A「山田様落ち着いて! 何か色々と漏れてますよ!?」


 Q:ところで同じように作った『若き久遠晶の悩み』って食べられる人います?


山田「西行寺幽々子なら食べられます。終わり」

死神A「終わった!?」

山田「食べ物系は、大体西行寺幽々子が出ればどうにかなりますからねぇ。終わり」

死神A「二回も言った!?」


 Q:あとあの饅頭(正体不明)と肉じゃが(冒涜)絶壁天人が食べるとどうなりますか?


山田「まぁ、他の面々と同じ反応になりますね。普通普通」

死神A「なんだ普通か―――って、普通じゃありませんよ!? 相手は超頑丈な天人なんですよ!?」

山田「それが?」

死神A「え、なんで『それが』とか言われるんですか? なんで天人という種族特性が些細な物みたいな扱いを受けているんですか?」

山田「ああ、そうですね。忘れてました。――死神的には狙い時ですよ」

死神A「いや、あたいの担当は違うっていうかそうじゃなくてですね……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弍拾参「終日遅遅/先生の慌ただしい午後」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/09/04 00:01


「ブラッディレミリアの名において、これより円卓会議を開催する。――皆、揃っているか?」

「グラップラー美鈴、ここに」

「デストロイヤーパチュリー、さっきからずっとここに居たんだけど」

「えぇい、ノリが悪いな! 最初はさも突然現れたかのような感じで振舞えといつも言っているだろうが!!」

「スカーレットマスク、参上致しました」

「そう、こんな風にだ――ってコラ。お前は謎の第三勢力なんだから、ダークスカーレット・エンパイアの会議に参加してはいかん!」

「えっ!? 咲……スカーレットマスクさんって、ウチの助っ人キャラじゃなかったんですか!?」

「私も助っ人だと思ってたわ。だって、初登場時の第一声が「お嬢様に害を為す者を私は許さない」だったし」

「あ、あれは私の指示ではない! あの時、私はスカーレットマスクに「どこか高い所で見物し、最後に自己紹介して立ち去れ」と命じていたんだぞ!!」

「しかしお嬢様。うっかり避けるはずの必殺技に直撃し、どうしようもない隙を晒してしまったのはお嬢様では……」

「ぐ、ぐむぅ」

「と言うか、そもそも今更咲……スカーレットマスクを第三勢力扱いには出来ないでしょ」

「完全にダークスカーレット・エンパイア側のダークヒーロー扱いですからねぇ。そもそも、なんで名前にスカーレットなんて付けたんですか?」

「スカーレットマスクは、一人で第三勢力を担う存在だぞ? ならば出来るだけ立派な名前を与えるのは当然の事だろう」

「……まぁ、立派な存在にはなったわね。おかげで私達、三人一セット扱いになったワケだし」

「最近は、人形華蝶にあしらわれる役が定着してきましたよね。しくしく……」

「わ、分かってる! 故に今回の議題はズバリ――『我々のテコ入れ』だ!」

「悪の秘密結社の裏側って、結構世知辛いんですね……」

「この世知辛さは、秘密結社運営とはまったく関係無いと思うわよ」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾参「終日遅遅/先生の慌ただしい午後」





「ふむ、こんなものか」

 掃き掃除を終えた私は、普段は子供達で溢れる寺子屋を見回し一息をついた。
 久しぶりの休みだったと言うのに、結局寺子屋の掃除だけで午前を潰してしまったな。
 いつも妹紅に何か趣味を持てとグチグチ言っていたが、これでは私も人の事をどうこう言えないかもしれん。

「さてはて、この後はどうしたものか……」

 先程までは昼食の後、読書でもして過ごそうかと思っていたのだが。
 一日中寺子屋に篭っているよりは、辺りを散策したほうが建設的かもしれない。見回りも兼ねられるしな。

「……いかん、こんな事だから『ワーハクタクは仕事に恋している』等と天狗に揶揄されるのだ」

 天狗の記事なんて出鱈目の代表格だと言うのに、あの記事の時は里の人達が本気で心配して見合い話まで持ってきたのである。
 もちろん丁重に断ったけれど、あの騒動以降男に興味が無いと言う噂が立つ様になったのは本当にどうしたものか。
 私は半獣という種族的な観点から断りを入れただけであって、結婚に興味が無いと言うワケでは無いのだが……。
 まぁ、見合い結婚という言葉に若干の抵抗があるのも事実だがな。個人的にはそう、その、恋愛的なアレの方に興味があると言うか。

「やっはー、上白沢せんせー!」

「うわぁぁぁぁあああっ!?」

 しまった。下らない考えに没頭していたせいで、つい叫んでしまった。
 私の叫び声に、後ろから声をかけてきた久遠晶はどうして良いのか分からずオロオロしている。
 その左右ではフランとメディスンが同様に戸惑っており、少し後ろではてゐがどこまで分かっているのか意地悪く笑っていた。
 とりあえず、咳で軽く誤魔化しを入れつつ出来るだけ自然に笑いかける。
 若干頬が引きつってしまったが、こちらも余裕が無いのだ。目を瞑ってもらおう。
 さてこの状態からどう言い訳しようかと悩んでいると、先に晶の方から私に話しかけてきた。

「えっとすいません、驚かせちゃいましたかね?」

「いや、謝るのは私のほうだ。考え事に没頭していてな、えぇと……」

「エロい事でも考えていたとか? そういう顔してたよん」

「ちゃ、ちゃんと想像は健全な範囲内に収めたぞ!」

 幾ら何でもその発想は下世話過ぎるだろう。確かにその、夫婦生活というのは、その。
 い、いいい、いやいや落ち着け私。悪戯兎の言葉に惑わされるな。とりあえず頭突きを一発かまして落ち着かせて。

「とまぁ、上白沢せんせーで遊ぶのはこの辺にして。とっとと本来の目的を果たすとしましょーや」

「ほ、本来の目的?」

 そういえば、随分と変わった組み合わせだな。マーガトロイドはいないし氷精も大妖精もいない。
 そもそも寺子屋が休みなのだから、彼らがここに来る理由は無いはずだが……。
 少しばかり嫌な予感がするな。晶が居るから大丈夫だとは――うん、大丈夫なはずだうん。そこで不安になるな私。

「あ、警戒しなくても大丈夫ですよ先生。今回はわりと穏便というか、平和的な用件で来ましたから」

「そうだよ! 今日は、デレラの新しい話を考えに来たの!!」

「デレラと言うと、以前晶の新聞で書いていたアレか」

 そういえばあの話は、この三人が協力して書いていたな。なるほどそういう繋がりだったか。
 宇宙を舞台にした珍しい話だったが、幻想郷にない素晴らしい作品だった。
 特に世界観の重厚さと軽妙なやり取りに関しては、特筆すべきものがあったと思う。
 ……そういえば、『技術監修:因幡てゐ』と書かれたアレは問題無いのだろうか。
 明らかに月の技術を流用したと思しき描写が所々にあったぞ。永遠亭の蓬莱人達に怒られてないのなら良いのだが。
 まぁ、そこに関与する必要は無いか。私が気にするべきは、彼女らがここに来た理由だろう。

「目的は分かったが、何故わざわざ寺子屋でやるんだ? 紅魔館あたりで良いだろうに」

「ダメだよ! 出来上がるまで内容は秘密なの!! ね、フランちゃん!」

「うん。お姉様もめーりんも咲夜もパチェもこぁも楽しみにしてるから、内緒にしておきたいの」

「そういうワケで、人里での僕達の用事を片付けるついでに寺子屋まで来た次第です」

「私は何の用事もないのに、執筆者の一人だからと言う事で強制的に付き合う羽目になりました。てゐちゃんわりと不本意」

「なるほど、そういう事なら遠慮なく寺子屋を使ってくれて構わ――ん? 僕達と言うのは晶とてゐの事では無いのか?」

 メディスンもフランも、小説作成以外の目的は無さそうだが……他にも誰か居るのか?
 周囲を見回してみても彼ら以外の姿は見当たらない。強いて言うなら――おや、チリトリはあんな所にあったかな。
 
「アリスも一緒で、今は阿求さんちで用事を片付けている所です。僕は皆の監視役というか子守というか」

「ちなみに晶がこっちに回された理由は、コイツが人里歩き回ると里の人がビビるからだよ。唯一の人間なのにね、ぶふっ」

「違うやい! 理由はそれだけじゃないやい!! それもあるけども!」

 やっぱりあるのか。人里の守護者的に、気遣いありがとうと言えてしまうのが悲しい事だが。
 私も噂を何とかしようとしているのだがな。その度に新しい噂で上書きされるから、いたちごっこにすらならないと言う。
 本当、少しは自粛してくれよ。無理なのは分かっているけれど、出来ればで良いからさ。

「それで、稗田殿への用件とは何だ? 個人的な用向きである事は分かっているが、相手が相手なのでな」

「ああ、大丈夫です。ちょっと物を置いてもらうだけの話なんで」

「……その説明でさらに不安になったぞ。一体何を置くつもりなんだお前らは」

「ふっふっふ、里の平和を守る為のもの……とだけ言っておきましょうか」

「今すぐ稗田殿の所に行って確かめてくる」

「勿体つけたのは謝りますんで待って! 中身に関しては、ちょっと話せない事情があったりするんです!!」

 回れ右をした私の腰に、凄まじい速さでしがみついてくる晶。素早い。
 上目遣いでじっと見つめられると止まるしかないが、女性相手にこの接し方は気安すぎるのでは無いだろうか。
 本人の外見と振る舞いで忘れがちだが、十代後半なんだよなこの腋メイドは。
 色々と説教してやりたい気持ちはあるのだが、この無邪気さが久遠晶を成り立たせているのだと思うと忠告するのを躊躇ってしまう。
 と言うか、だ。男と分かっても‘男らしい’晶の姿がまったく想像できないと言うのは些か問題ではないか?
 男女のあるべき姿にこだわるほど固い頭をしているワケでは無いが、これはもう少し何とかした方が良い様な気が………。

「ちょ、せんせー! 一瞬止まったのはフェイントですか!? 引きずる速度が無駄に上がってますよ!?」

「良いなー、楽しそー」

「アレは一種のプレイだから真似しない様に。良い子の皆はこっちで小説のネタでも考えてましょーね」

「はーい」

 あ、いかん。余計な事を考えていたら普通に歩いていた。
 重さを感じないせいで、勢いよく引きずられた晶の姿勢は大分愉快な事になっている。もう少し飯を食え。

「……それで、話せない事情とはなんだ」

「それじゃあお耳を拝借して――実は華蝶仮面から預かったアイテムを、置かせてもらってるんですよ」

「何、華蝶仮面だと!?」

「えっ、華蝶仮面?」

「うわぁ、こっそり耳打ちした意味がねぇ!?」

「おおっと、すまんすまん」

「いや、まぁ別に良いんですけどね……」

 華蝶仮面――人里の平和を守る為、ダークスカーレット・エンパイアと戦う謎のヒーロー。
 その行いの正しさに疑う余地は無いが、その存在は余りにも謎が多過ぎる。
 そんな華蝶仮面とすら繋がりがあると言うのか、晶は。幾ら何でも交友範囲の広さが異常では無いか。
 
「とは言え、実の所僕らも偶然頼まれただけなんですけどね。――本当に、ド偶然ですとも! 華蝶仮面と晶君に関連性はありませんじょ!?」

「墓穴の掘り具合、こんなにも凄まじいのになぁ……」

「なるほど、そうだったのか」

「これですよ。てゐちゃん、あまりの理不尽さにどうにかなってしまいそう」

「良いなー。私も華蝶仮面さんに頼まれごとされたい」

「うん、今度それお兄ちゃんに言えば良いと思うよ。きっと色々させてもらえるから」

 どうやら晶は、華蝶仮面から預かった物が何かは知らないらしい。
 少なくとも人里の平和を守る為のアイテムである事は確実だと言うが、一切確かめず受け入れると言うのは……うーん。
 しかし華蝶仮面には多大な恩がある。人里に害が無いと言うならば、見逃すのが私にできる最大限の礼とも。
 いやいや待て。本当に、それで良いのか?

「うーむ……どうしたものか」

「あらら、色々と考え込みすぎて止まっちゃったよ」

「参ったなぁ。上白沢先生にも、新聞作りに協力してもらおうと思ったのに」

「む、また新聞を作るのか?」

「おっ、復活した。華蝶仮面の置き土産はもう良いのかいせんせー」

「そちらの事は……まぁ後回しだ。それより晶、先程の話は」

「あ、はい。色々と好評だったので不定期ですが連載する事になりました」

 なるほど、彼女らが小説の続きを考えていたのはその為か。
 新聞……と呼んでいいのかは分からなかったが、アレは中々に興味深く仕上がった代物だった。
 何でもあまりに参加者が多彩な為、あの新聞には隠された意味があるのではと一部の天狗が騒ぎ出すほどだったそうだ。
 もちろんそんな物は無いのだが、一度で終わるのが勿体無い出来であった事は事実。
 次も参加させてくれると言うのなら、断わる理由は勿論無い。喜んで参加させてもらおうでは無いか。

「まぁ、今度は個別に記事を書いてもらってそれを回収って形になりましたが。あはは、適当に声をかけたら前より豪華になっちゃいましたよ」

「……どれだけ声をかけたんだお前は」

「前に参加してくれた人達プラス、その後出会った人達に手当たり次第。おかげで大変な事になった気がします」

「いやほんと、てゐちゃんも驚きだよ。なんで閻魔のありがたいお言葉という名の説教が掲載予定表に入ってんのこの新聞」

「小町姐さんに記事を頼みに行ったらこう……色々とありましてね? 原稿まで渡されましたよ、その場で」

「この新聞、特定組織に偏ってないのが売りじゃなかったの?」

「記事内容的には中立なんでセーフかと。と言うか、紫ねーさま参加してる時点で色々と諦めました」

「……あの隙間ってさぁ、天晶異変終わってから自重しなくなったよね」

「あはは。あとついでに天子の馬鹿にも頼んでみたら、あのアマ前の新聞に載せた僕のネタに全力で被せてきたんですけどコレもう殺っちゃった方が良いかな」

「その天子って輩をてゐちゃん知らないけど、関係性は何となく分かった。仲良くケンカする仲ってヤツでしょ」

「なるほど――この奥底から湧いて出てくる感情が憤りか」

 次々出てくる参加者の名前に、驚愕を通り越して唖然としてしまう。
 本当に、どれだけ交友が広いんだお前は。
 どうやら本人としては、適当に募集をかけ乗ってくれた者の分だけで新聞を作るつもりだった様だが……。
 これもある種のカリスマなんだろうな。無報酬なのにも関わらず、呼びかけた全員が参加してしまったというワケである。
 と言うかソレは、普通に歴史の重要文献として保存する必要がある代物じゃないか?
 どこまで続くかは分からないが、続く限り参加者が増えそうで少し怖いぞ。
 
「なるほど、良く分かった。……しかしそれほど豪華な面々が揃ったなら、今更私を参加させる必要は無いと思うが」

「何を言っているんですか! こういう事は、友達皆でわいわいやるから楽しんですよ!!」

 躊躇いもなく言い切るその姿は、実に何というか晶だった。
 やはり、彼に無邪気さは必要なのだろうなぁ。と思ってしまう私は甘いのだろうか。
 友達と認識されている事に僅かな嬉しさを感じながら、どう反応したものかと私が苦笑していると――空からマーガトロイドがやってきた。

「はぁ……大変よー皆、霧雨商店にだーくすかーれっとえんぱいあがあらわれたわー」

「なっ、何だと!?」

「た、大変だ!」

「またアイツ等が!」

「僕ちょっとトイレに行ってきます!」

「アリス……お疲れさん」

 彼女の告げる言葉に騒然とする私達。何故かてゐがやたら冷静なのが気になるが、そこを指摘している場合ではないだろう。
 私は人里の守護者としての役割を果たすため、霧雨商店に向かい全力で駆け出した。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「山田さんが本気出せば晶君とかあっさりメロメロですよマジで。山田です」

死神A「その根拠はどこから出るんですかマジで。死神Aです」

山田「私の浄玻璃の鏡は過去の行いを明らかにする……つまりそういう事です」

死神A「百パー混じりっ気無しのガチ脅迫じゃないですかそれ!?」

山田「まぁ、閻魔エロい目で見るとか地獄行き確定ですけどね」

死神A「どうしろって言うんですかそれ……」


 Q:晶君に告白されたら直ぐには断らず悩む人ってどれくらいいるのでしょう?出来ればどう悩むのかと結論も教えて下さいヤマダサーン


山田「ぶっちゃけ、マジ告白する晶君の姿ってのがまず思い浮かびません」

死神A「身も蓋もない事を言わないでくださいよ。とりあえず、晶君側の好感度は無理矢理上げといてください」

山田「そうですね。ガチ告白なら悩んだ挙句断わる人物もそこそこ居るでしょう」

死神A「ああ、ガチでも断られるの前提なんですね」

山田「だから好感度足りないんですって。まぁ、フランドールとかは意味も分からず頷くでしょうけど、所詮ごっこ遊びの範疇ですよ」

死神A「そんなもんですか……」

山田「まぁ、それだけだとアレなんで適当にヒロインっぽいのからチョイスして一例を挙げてみます。チョイスは適当なんで文句は受け付けませんよ?」

死神A「どう考えても後々追加フラグですよね、それ」


晶君にガチ告白された際の反応例

早苗……まず恋愛的な意味で受け取ってもらえない。受け取ってもらえても「風祝としての使命が……」と断られる。
アリス……最初は「はいはいワロスワロス」と言うリアクション。最終的には「友達でいましょう」と提案される。
阿求……一瞬テンパった後、阿礼乙女を理由に断られる。ただし告白自体は貴重な経験として脳内リピート。
にとり……聞き間違いで押し通す。何度言われても聞き間違いで押し通す。
うどんげ……情緒不安定になって50%の確率で原因の物理的除去に。残りの50%で逃走。
妖夢……謝る。全力で謝罪してくる。前言を撤回するまで何を言っても聞き入れず謝罪。
ぐーや……晶君では不可能な難題を出されて永遠亭出入り禁止。ただし死ぬ気で頑張れば挽回は可能。
自称姉’s……家族愛と男女愛は別物です。


死神A「うわぁ、ボロクソですね」

山田「当然の結果だと思いますけどね。友達としての好感度と男としての好感度は完全に別物ですから」

死神A「所謂、友達として仲良くしてくださいって奴ですね」

山田「踏み込みが足りん! とも言います。相手の事情に踏み入ってこその恋愛ルートなんですよ」

死神A「そういう意味だと、晶君の付き合いって広く浅くになるんですねぇ」

山田「単に印象だけ良くして「攻略しました」とか、神が許しても山田さんが許しませんよ!!」

死神A「お願いなんで変な事に出張らないでください。私達が超困るんで」


 Q:幼女には反応しないとの事でしたが、貧乳の子の場合は流石の晶君でも動揺するってことでしょうか?


山田「ぶっちゃけると、そこらへんは色気次第ですね。胸無かろうとエロい子はエロくて、胸あってもエロくない奴はエロくない」

死神A「例えだと兎詐欺やスカーレットデビルとか出てましたけど」

山田「そこらへんは胸とか関係なく色気無いでしょう」

死神A「バ、バッサリいきましたねぇ……」

山田「ちなみに作者の考える貧乳だけど色気のあるキャラはぶっちぎりで洩矢諏訪子、異論は認めない」

死神A「作者は人妻属性に高望みし過ぎだと思うんですが」

山田「異論は認めないっつてんだろーが」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弍拾肆「終日遅遅/華蝶仮面、最大の危機! 現れる第三の華蝶!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/09/18 00:00


 ※CAUTION!
 
  このSSには、過激なはっちゃけと多分なパロディが含まれています。
  ある程度覚悟を決めて閲覧する事をお勧めいたします。
  はい、華蝶とか吸血鬼帝国とか華蝶とかの事です。
























「とりあえず、ここら辺に置かせてもらうわよ――っと」

「はい、大丈夫ですよー。それにしても随分な大荷物ですね」

「図体がデカイだけのガラクタだもの。……まったくあの馬鹿は、私の専門は人形であって絡繰じゃないって言うのに」

「や、止めてください! そんな事言われると、中身が気になっちゃうじゃないですか!! ネタバレ厳禁ですよ!」

「別に貴方なら見ても良いんだけど……あんな茶番劇の何が、阿礼乙女の琴線に触れたと言うのかしらね」

「いやいや、あれは妖怪の恐怖と弾幕ごっこの凄さを人里に伝える素晴らしい方法だと思いますよ。後世に残したいくらいです」

「そういう意図は無いから止めなさい。んな事したら、稗田邸に焚書騒動が起こるわよ」

「往生際が悪いですねー。変身したらあんなにノリノリなのに」

「ま、周りに合わせてるだけよ。ごねて無駄な時間を過ごすよりも、手早く終わらせる方がずっと建設的だもの」

「華蝶仮面用の新アイテムを作ったのも、建設的な時間の過ごし方なんですか?」

「……晶の奴が、テコ入れだテコ入れだって五月蝿かったのよ」

「…………顔、真っ赤ですよ」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾肆「終日遅遅/華蝶仮面、最大の危機! 現れる第三の華蝶!!」





「しかし、ダークスカーレット・エンパイアは霧雨商店を占拠して何を企んでいるのだろうか」

 人里の外れで人形華蝶と合流した僕――水晶華蝶は、ブラッディレミリア達が現れたと言う里一番の商店に向かっていた。
 本当は、もう少し早く向かう事も出来たんだけどなぁ。フランちゃんとメディスンの目が……いや、何でもないです。
 
「商店に招いたのは店主の判断だから、エンパイアの連中は何も考えて無いと思うわよ」

「――そうなのか?」

「意外とね、あの悪党連中も人気があるのよ。主に一部の大人達から」

「あー、なるほど。良く分かります、それは」

「……貴方って、正義の味方が好きなのよね?」

「ヒーローも好きだけど、悪の組織側も結構好きだよ。ブラッディレミリアは理想の悪党だと思う」

「あ、そう」

 物凄い腑に落ちない顔をされてしまった。まぁ、前提である「特撮では」が通じないから仕方ないと思うけど。
 ともかく、霧雨商店が大ピンチとかそういう話ではないらしい。
 幽香さんお気にの店らしいんで、無事が約束されているのは正直助かる。僕と晶君に関係は何も無いけど。
 しかしそうなると、今回のダークスカーレット・エンパイアの目的は何なのだろうか。
 前回の「笑気ガス散布とトリオ漫才による人里笑い地獄化計画」は、面白かったけどちょっと迷走しすぎた感があったからなぁ。
 特撮的にはそろそろアレな時期なんだけど、ダークスカーレット・エンパイアとは基本打ち合わせ無しだし……。
 場合によっては、第三勢力の参戦も考えなきゃダメかなぁ。話が無駄にややこしくなるから正直かなり嫌なんだけどねー。

「何を考えているのか知らないけど、気は引き締めておきなさいよ。今回のアイツ等、わりと本気みたいだから」

「む、本気だと?」

「どうも悪巧みとかじゃなくて、私達を倒す為に出てきたらしいのよね」

「ほほぅ――面白いな。ダークスカーレット・エンパイアの連中め、何か策でも用意しているのか?」

「……何度も言うけどそのキャラ付け、ブレまくりだから止めた方が良いわよ」

 聞こえません聞こえません。両耳を塞ぎながら僕は、最後の大ジャンプを決めて霧雨商店の屋根へと着地した。
 眼下には、霧雨商店で呑気にウィンドウショッピングしているグラップラー美鈴とデストロイヤーパチュリーの姿が。
 そして店の前では、律儀に腕組みして僕らを待っているブラッディレミリア。意気込みの違いがモロに出ていてちょっと切ないです。
 と言うか、カラスマスクつけたグラップラー美鈴と遮光ゴーグルつけたデストロイヤーパチュリーが普通に買い物してる姿って物凄く変。

「あれって、一種の営業妨害じゃ無いのかな」

「誘ったのは店主なんだから、利用する案も考えてるんでしょう。良いから、とっとと出るわよ――慧音も縛られたままじゃ困るだろうし」

 あ、本当だ。霧雨商店の軒先に水魚のポーズで吊るされてる。
 ……最早毎度の事なので、人里の人達ですら生暖かく見守っているのが何とも。
 上白沢先生も実力はあるんだけどなぁ。常識人過ぎて、ブラッディレミリアの狡辛い罠を見抜けないんだよね。毎回。
 ビジランテ寄りなヒーローである華蝶仮面としては、そっちの方が活躍しやすくて助かるんですけども……定着させて良いのかなぁ、このお約束。
 まぁいいや。ブラッディレミリアも焦れているみたいだし、とっとと登場シーンに入るとしましょうか。

「そこまでだっ! ダークスカーレット・エンパイア!!」

「ちっ、やっと来たか」

「正義の使者、水晶華蝶!!」

「正義の使者、人形華蝶」

「華蝶仮面、ブラッディレミリアの挑戦を受けてただいま登場!」

 店先に降り立った僕らは、宣言と共に決めポーズを取る。
 と同時に沸き立つ歓声。霧雨商店を中心に出来ていた人の輪が、それぞれ華蝶仮面に向かって声援を送ってきた。
 ちなみに人ごみの半分は子供で、フランちゃんもメディスンも極自然に紛れ込んでいる。
 子供達に人気があるのは結構な事だけど、良いのかこのカオスは。いや、僕は一向に構わないんですけどね。

「くっくっく、待ちくたびれたぞ華蝶仮面」

「……ふむ、スカーレットマスクはいないのだな」

「アイツは基本的に出待ちだから、まずはコイツらを追い詰めないとダメでしょ」

「おいコラ! 初っ端から通過点扱いとはどういう事だ!! と言うか、貴様らも華蝶仮面が来たんだから買い物を止めろ!」

「あ、すいません。あらほらさっさー!」

「はいはい、分かったわよ。あらほらさっさーあらほらさっさー」
 
「その返事は止めろと言っただろうがぁぁぁぁ!」

 うん、ここまではわりと何時も通りの光景だなぁ。
 この後僕がマスパ系のスペカをぶっ放して、出待ちしているスカーレットマスクを炙り出すのがいつものパターンなんだけど。
 ……さっきから、そのスカーレットマスクの気配がしないんだよね。はて、あの人にここまで強力なステルス能力あったかなぁ?

「――ふ、ふん。幾ら奴を探しても無駄だぞ、華蝶仮面よ。今回、スカーレットマスクには待機を命じているからな!」

 こちらの疑問に気付いたブラッディレミリアは、両腕を組んで不敵にそう告げる。
 その言葉に、人里の大人達――と言うか男共から上がる露骨な溜息。
 朱色に塗られたマスクで顔全部隠れていても、ミニスカとメイドが力を合わせればもうそれだけで支持の対象となるらしい。
 男ってバカだよなぁ。気持ちはよくわかるけどね――うん、思っただけだから止めてねその目は人形華蝶サン。
 ちなみにそんな風に堂々と意見を態度に出した男勢は、ブラッディレミリアの一睨みに負けてあっさり沈黙したのでした。愉快。
 
「で? 主力不在の状態で、どうする気なのよアンタらは」

「くっくっく、そうやって我々をオマケ扱いして居られるのも今の内だ。―――見よ!!」

 ブラッディレミリアが右手を天に掲げると同時に、暗雲が空を覆い尽くした。
 どうやら影でコッソリ、デストロイヤーパチュリーが天候操作魔法を準備していたようだ。
 いいなぁ、アレ。ウチの魔法使いも同じ事してくれれば演出の幅が広がるのにゴメンナサイナンデモナイデス。
 そんな事を考えている間にも暗雲は雷を纏いながら広がって行き、合わせて強い風を引き起こし始める。
 その風はやがて小型の竜巻となって、ブラッディレミリア達の姿を隠すように渦巻き始めた。
 ……うーむ、未だかつてない程に大掛かりな事やってるなぁ。
 ここまでお膳立てしたって事は、やっぱりアレな展開なのだろうか。アレを期待して良いのだろうか。
 もし本当にそうだったなら、僕はあの人を生涯の親友として認定する所存なんですが。

「これが、我らの得た闇の力――すなわちダークフォースだ!」

「え、いや、単に黒い上着着ただけじゃ……」

「なんだとぅ! まさか、身につけていたのか闇の力を!!」

 人形華蝶が入れかけたツッコミは、出来る限りの驚愕で打ち消しておく。その指摘は無粋というモノですよマイ相棒。
 晴れた竜巻の中から現れたダークスカーレット・エンパイアの三人は、それぞれが黒い上着を身に纏っていた。
 将校クラスの軍服っぽい服の布を黒く、付随する小物類を赤く染めた上着は恐らく自家製なのだろう。
 右腕部分に縫い付けられた布に描かれた帝国の紋章が、バラバラの格好だった三人に素晴らしい統一感を与えている。
 残念ながら着方はバラバラだけどね。デストロイヤーパチュリーとか単に羽織ってるだけだし、グラップラー美鈴は何故か袖無しだし。
 まぁそれが普通に着ているブラッディレミリアとの差別化に繋がっているのだから、そこらへんは個性という事にして良いのだろう。
 うん、本当に良いと思うよ。正直に言うと心底から羨ましいですアレ。生涯の親友は、美学ってモノを分かってるよね。
 ウチは人形華蝶が「衣装まで用意したら死ぬわよ。貴方が」って脅すから、これ以上のデザインチェンジは出来ないんだよね。
 あー残念だ。けど一連の流れは完璧でしたよ我が友。ヒーローって立場じゃ無ければ確実に歓声を上げてました。
 まぁ、それはともかくとして――

「気をつけろよ、人形華蝶! 奴らは今までのダークスカーレット・エンパイアでは無い!!」

「いや、だから上着を着ただけ……」

「奴らは‘新たな力を得て、今までより強くなった’のだ! 油断するな」

「――そういう事ね。まったく面倒な真似を」

「くっくっく、行け! 闇の力を得た貴様らの力を見せてやるのだ!!」

「あらほら――り、了解しました! グラップラー美鈴、吶喊いたします!!」

「デストロイヤーパチュリー、全部薙ぎ払うわ」

 加速したグラップラー美鈴がこちらに拳を突きたて、デストロイヤーパチュリーが火炎魔法を人形華蝶に放つ。
 ぶっちゃけると人形華蝶の言う通り、三人は上着を着ただけで実力的に何かが変わったワケではない。
 ただしそれは、普通の弾幕ごっこにおいての話である。
 最終的に正義が勝つ華蝶仮面とダークスカーレット・エンパイアの戦いでは、悪側のパワーアップは字面以上の意味を持つのだ。
 要するに、敵だろうと味方だろうと強化直後は無双が許されるワケです。
 その免罪符がある以上、相手は文字通りの意味で本気を出せるのだ。そうなると数の上で不利なこっちは結構ピンチになると言う事で……。
 と言うかグラップラー美鈴、ちょっと本気出しすぎじゃない!? 拳に殺気が篭ってますよ!?

「むっふっふ、私もやっぱり見せ場は欲しいですからね。ダーク虹色太極拳の威力を見せてあげますよー」

「よりにもよって、何で名前に色が含まれてる技選んだのよ――っと!」

「はいはい、アンタの相手はこっち。ツッコミ入れる余裕も無いくらい叩きのめしてあげるから、覚悟しなさい」

「……結構やる気なのね、そっちも」

「アンタより格下に扱われるのは納得いかないのよ。それに――わりと嫌いじゃないのよね、悪の秘密結社って奴も」

「ああ、うん。納得したわ。貴女やっぱりあの吸血鬼の親友なのね」

 ブラッディレミリアが静観している状態でありながら、状況はほぼ五分と五分になっていた。
 人里の子供達も華蝶仮面の劣勢を察し、半ば悲鳴に近い声援を送ってくる。実にヒーロー冥利に尽きる光景だ。
 ――が、今の所それだけでは反撃不可能なのである。申し訳無い事に。
 何しろ実力伯仲な魔法使い同士はともかく、こっちの方はガチでやると元来の技量差が出てちょっとキツいのですよ。
 そこから逆転展開に持ち込む為には、やっぱり相手同様の小細工が必要になってしまうワケで。
 
「くっ――人形華蝶! あの‘秘密兵器’は使えないのか!?」

「無理、ガワしか出来てないわ。と言うかそう簡単には作れないわよ、あんな人形という名の絡繰は」

「だから言ったではないか、河童に製図して貰おうと」

「嫌! これ以上、恥をバラまくのは絶対に嫌!!」

 しかし残念ながら、僕の用意した小細工はこの通り未完成なワケです。しょぼん。
 いやまぁ、確かに無茶ブリをした自覚はありますけどね? 材料集め以外は僕もほとんどノータッチだったワケですし。
 ……だけど覚えておいて欲しい、人形華蝶も結構乗り気だった事を。無茶な仕様の半分は人形華蝶の思いつきで出来ているのです。
 
「くっくっく、それではそろそろ決着を付けさせてもらおうか」

 そうして防戦一方のまま反撃の機会を見い出せないでいると、不敵に笑うブラッディレミリアが腕組みを解いた。
 マズい、この展開はヒジョーにマズい。負けイベントの匂いがぷんぷんする。
 このままだと敵の大技を喰らってのたうち回る僕らを前に、ブラッディレミリアが勝利宣言をする事になってしまう。
 そして「今日の所は見逃してやる」と言って去っていくダークスカーレット・エンパイア達を背にして、下の方に「次回に続く」のテロップが出ると。
 ……思ったより悪いシチュエーションでは無いけど、正体不明の華蝶仮面にはちょっと合わないなぁ。
 人里の人達から見たら、「負けた華蝶仮面が再戦時に何か強くなってた」と言う味気ない展開になってしまうし。
 何よりも、いつになるか分からないリターンマッチの時まで、人里の人達を不安にさせておくワケにはいかないだろう。そこはさすがに正義の味方として。

〈なるほどつまり、あたしの出番ってワケさね!!〉

 お久しぶりです魅魔様、おはようございます。
 でも僕、晶君じゃ無いんで。面変化とか出来ないんで。お帰り願えますか?

〈……おやすみ〉

 はい、おやすみなさい。

「受けよ! 我が暗黒の絶技を!!」

 うわ、しまった。結局何も思いつかなかった。
 天に掲げたブラッディレミリアの両手に、紅い光が溜まっていく。
 恐らくは、人里の人達にギリギリ当たらない広範囲スペルカードを使うつもりなのだろう。
 範囲外に逃げて避けようにも、他二人が邪魔をするから離れる事が出来ない。
 
「ちょ、二人共。このままだと巻き添えを喰らっちゃいますよ!?」

「ふっふっふ、大丈夫ですよー。ちゃーんと防御用のアイテムを持ってきましたから」

「何それ卑怯臭い!」

「色んな意味でアンタには言われたか無いわよ」

「ああ、それに関しては同意しておく」

 いやいや、僕は水晶華蝶ですからね? 正々堂々戦う純正正義の味方なんですよ?
 少なくともダークスカーレット・エンパイアとの死闘で、卑怯な手を使った事は一度もありません。多分。

「わっはっは! これで終わり―――きゃわぁ!?」

 ついに限界まで溜まった輝きをブラッディレミリアが放とうとする直前、それは起こった。
 それまで一点に集中されていた力が、まるで何者かに掻き乱されたかの様にバラけ霧散してしまったのだ。
 己のスペルカードが不発に‘させられてしまった’事に気付いたブラッディレミリアは、訝しみながら周囲を見回す。
 そこに、高らかな笑い声が響き渡った。

「闇の下僕よとくと聞け! 世に悪鬼羅刹の影あれど、其れらの栄えた試しは無い!!」

「なっ、何者だ!?」

 ダークスカーレット・エンパイアも僕らも、ほぼ同時に声のした方向――霧雨商店の屋根の上――に視線を向けた。
 そこに居たのは、フランちゃんやメディスンとさほど変わらない背丈の小柄な少女だった。
 両手と腰に鎖を巻きつけ、頭から見事な角を生やした長髪の少女は、その顔に華蝶仮面と同じ蝶の面を装着している。
 そんな彼女は屋根から飛び降りると、着地と同時にポーズを決めてみせた。
 実に華麗で流れるような動きではあったが、その結果が荒ぶる鷹のポーズというのはどういう皮肉なのだろうか。
 ともかく彼女は登場シーンを終え、ブラッディレミリアに指を突きつけながら名乗りを上げた。

「正義の使者、朱点華蝶! 呼ばれてないけど勝手に参上!!」
 
 ……えーっと、誰?
 いきなり乱入してきた謎の華蝶。事態はさっぱり飲み込めないけれど……ひょっとしてコレは逆転のチャンスなのでは無いだろうか。
 処理が追いついていないなりにそんな期待を抱く僕の隣で、同じく追いついていないらしい人形華蝶がボソリと感想を漏らした。

「その決めゼリフを、貴女が言うってどうなのよ」

 ――あれ、お知り合いですか人形華蝶?










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「あらほらさっさーを吹き込んだのは晶君です。どうも、山田です」

死神A「紅魔館、色々な意味で大丈夫ですか? 死神Aです」

山田「大丈夫です。紅魔館とダークスカーレット・エンパイアには何の関係もありませんから」

死神A「……じゃあ、どうやって晶君からあらほらさっさーを吹き込まれたんですか?」

山田「知らんがな」

死神A「いや、そこは解説コーナーの人間としてきちんと説明しましょうよ!?」


 Q:ダークスカーレット・エンパイアの脅威認識って実際どのくらいなんだろ?


山田「正体は分からないけれど、人里に害をなすつもりは無いと言う事に大人達は薄々勘づいている様ですね」

死神A「ワーハクタク、がっつり縛られてましたけど?」

山田「ポーズだとしても、人里で悪さをしようとしている事は事実ですからね。守護者的に無視は出来ないという事ですよ」

死神A「と言う事は、人里の脅威認識は低めなんですかね」

山田「表向きは高いですけどね。阿礼乙女も言っていた通り、子供達の良い教材と言うのが実際の認識なワケです」

死神A「……華蝶仮面とダークスカーレット・エンパイア、着実に受け入れられてるんですね」


 Q:前にも質問出たかもしれないけど、漫画版キャラ出す予定はありますか?


山田「出したいなぁ」

死神A「希望は止めてくださいって」

山田「とりあえず、作者大好き仙人ちゃんと大戦争出演組は半確定です。ヨカッタネ」

死神A「えっと、月の人達は?」

山田「出したいなぁ」

死神A「いや、だから希望は……」

山田「月の連中は色々と面倒なんですよ。本当に。色々と。死ぬ程」

死神A「ああはい、分かりました。出せる機会があったら出すって事なんですね」


 Q:作者の考える【巨乳だけど色気無いキャラ】って誰よ


山田「P4の大谷さんとか」

死神A「それ、巨乳属性とは別の属性入ってますよね。相撲取りって巨乳だよなって言うのと同じ意味ですよね」

山田「厳密には巨乳ではありませんが、東方茨歌仙の華扇ちゃんはそんなエロくないですよね」

死神A「……私に飛び火しそうなんでノーコメントで」

山田「あとはスペースコブラに出てくる女性ですかね。あれはエロいのではなくセクシー、真っ裸だとしてもセクシー」

死神A「いや、そんな強く主張されても」


 Q:靈異面って晶君の意志で強化改良できますか?


山田「出来ない事は無いですが、難しいですね。言ってしまえば他人の強化ですから」

死神A「靈異面の場合、魅魔の力をそのまま借りている感じですもんね」

山田「ぶっちゃけるとコレ、晶君の視点から弄る余地が見つかるのかって問題なんですよ」

死神A「……無理ですねそれは」

山田「でしょう?」


 Q:幻想郷のエロに対して全然平気な人と全然ダメな人を教えて貰えないでしょうか?


山田「最後の最後できましたね、厄介なのが」

死神A「これは、作者が泣き出しそうな質問ですね……」

山田「まぁ大丈夫です、泣く事も出来ないくらいのスパルタで即座に書かせましたんで」

死神A「わぁ、容赦ないなぁ」 

山田「と言うワケで、天晶花エロ耐性有無一覧表でーす」


 平気:死神A 小町 幽々子 紫 永琳 雛 パチュリー メルラン リリカ 勇儀 パルスィ
    咲夜 妹紅 小悪魔 てゐ 諏訪子 四季映姫 山田 天子 さとり お燐

 普通:衣玖 幽香 美鈴 早苗 ルナサ 藍 アリス 文 神綺 輝夜 秋姉妹 ミスティア 晶
    キスメ ヤマメ 霊夢

 ダメ:神奈子 慧音 鈴仙 椛 リグル 大妖精 にとり 妖夢 レミリア 阿求 魔理沙 魅魔

 エロって何?:メディスン チルノ ルーミア フランドール 橙 お空


山田「ちなみに普通と言うのは「エロネタに抵抗は無いけど、直接口に出すのは躊躇う」ってレベルです」

死神A「分かっていたけど、平気なキャラ多いなぁ……」

山田「まぁ、平気だからってエロネタ連発する親父キャラはいないので安心してください。天晶花は健全なSSです」

死神A「つーか、あたいも山田様も平気なんですね」

山田「そりゃまぁ、○○○とか○○○○○○○とか裁いてる我々が下ネタダメだったら根本的にダメでしょう」

死神A「や、山田様ストップストップ! 健全さの欠片もありませんよ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弍拾伍「終日遅遅/新たなる力! 吠えよ華蝶大鉄人!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/09/25 08:31


 ※CAUTION!
 
  このSSには、過激なはっちゃけと多分なパロディが含まれています。
  ある程度覚悟を決めて閲覧する事をお勧めいたします。
  ええ、華蝶仮面は基本的になんでもアリです。
























「わっほいわっほい、慧音せんせー大丈夫ー?」

「う、うむ……大丈夫だ。降ろしてくれて助かった、とりあえず早く解いてくれ」

「ここで突然ですが、悲しいお知らせをしなければいけません」

「な、何だいきなり……」

「降ろすまではサービス。解くからは、別料金になるので御座いますよ」

「そんな事を言ってる場合かっ!?」

「いやまぁ、大丈夫なんじゃね? 何か三人目が出てきたみたいだし」

「あの三人目の華蝶が、人里の味方であるとも限らないだろうが!」

「……ずっと思ってたけどさ。せんせーの生き方って、かなり面倒くさいよねー」

「悪かったな、性分だ」

「個人的には嫌いじゃないけどね。まぁまぁ、ともかく私等は素直に顛末を見守るとしましょうや」

「コラ、だからその前にこの縄をほどけと!」

「だから言ったじゃん。そっから先は別料金なんだって」

「お前は鬼か!?」

「はっはっは。――本物が居るのに、何を言うのやら」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾伍「終日遅遅/新たなる力! 吠えよ華蝶大鉄人!!」





「さぁさぁ、親愛なる両華蝶。力を合わせてダークスカーレット・エンパイアと戦おうではないか!」

 名乗りを上げた朱点華蝶とやらは、物凄いフレンドリーな笑顔でこちらに近づいてきた。
 うーむ、これはまさかウザいほど積極的に仲間になりたがる追加戦士枠。通称寿司屋枠なのか。
 良く分からないけど、分からないなりに確信している事が一つある。
 なので僕は、ダークスカーレット・エンパイアの三人に向かって声をかけた。

「作戦タイム!」

「認める!」

 まぁ、悪の美学でも正義の掟でも会話中は基本攻撃禁止なんで、意味のない宣誓ではあるんですがね。
 とりあえず人里の人達に、「今は戦わない時間」である事を知らせておこうかと思いまして。
 ともかくそうして時間を確保した僕は、朱点華蝶と人形華蝶を連れて話が聞かれない場所まで移動し円陣を組んだ。

「どうしたんだいご同輩。私なら、別に作戦会議無しでも二人に合わせられるよ」

「とりあえず、貴女がその仮面付けてここに居る理由を今すぐ吐きなさい」

「おいおい。華蝶仮面の正体を追求するなんて、元祖がそんな無粋な真似をして良いのかい?」

「ぐむっ」

「いや、正体とかはぶっちゃけどうでも良いんですよ。僕が確認したいのは、朱点華蝶とやらの持つ正義の心なんです」

「……正義の心?」

 と言うか正体聞かされても、ぶっちゃけ僕には誰だか分からないんだよね。
 どんな妖怪なのかはすでに確信しているというか、多分アレ以外ないだろうと思ってはいるんですが。
 どちらにせよ、本人に言うつもりがあったとしても僕の方には聞く理由が無かったりするのです。
 いや、教えてくれるなら聞くけどね? 一応、気になってはいるんで。
 だけどもっとも重要なのは、彼女がこの問いに返す答えなのだ。

「それではクエスチョン! ――正義の味方に必要な三要素とは!?」

「名乗り、衣装、必殺技!!」

「――心の友よ!」

「――分かってくれたか、友よ!」

「ええっ!? 今ので正解なの!?」

 円陣をバラして、僕は朱点華蝶と抱擁を交わした。
 もう何も心配する必要はない。彼女は、僕らと心を同じくする同志なのだから!

「どうかしたの、人形華蝶? 何か問題でも?」

「……色々言いたい事はあったけど、今はどうでも良くなったわ」

「それじゃあこれからは、三人の華蝶で頑張っていこうじゃないか!」

「応ともよ!!」

「まぁ良いけど……共闘するって言うなら、貴女ちょっと力を貸しなさい」

「おっ、何々悪巧みかい? 私は何でも歓迎だよ」

「そこはもう少し、正義の味方らしい言い方になさいよ。――水晶華蝶」

「なんだ?」

「使えるわよ、あの秘密兵器」

 ニヤリと笑う人形華蝶、心無しか嬉しそうに見えるのは僕の気のせいではあるまい。
 と言うか、僕も遅まきながら言葉の意味を把握してちょっとワクワクしてきたよ。
 朱点華蝶も同じように笑っているけど、これはまぁその場の空気に合わせているだけだろう。
 とは言え僕らがやりたい事は概ね伝わった様なので、作戦タイムはこれにて終了だ。
 僕らは横一列に並ぶと、其々の決めポーズを一斉に取った。

「正義の使者、水晶華蝶!!」

「勇気の使者、朱点華蝶!!」

「え? えーっと……へ、平和の使者人形華蝶?」

「華蝶仮面! 三人揃って改めて参上!! ――と言うワケで、作戦タイム終了!」

 うむ、朱点華蝶ナイス判断。やっぱり三人以上の同時名乗りともなると、個々で変化が無いとね。
 結果として若干人形華蝶の名乗りが遅れたが、空気は読んでくれたので問題は無し。
 正式な追加戦士を含めた仕切り直しに、人里の人達は大いに湧いてくれた。
 その光景を確認したダークスカーレット・エンパイアはこちらに対して平行となる形で横並びになり、其々が不敵に微笑んで見せる。
 
「面白い。これで、数の上では互角になったワケだ」

「質の方でも結構互角っぽいですけどねー。……何であの人、華蝶に手を貸してるんでしょう」

「アレのお祭り好きは、今に始まった事じゃ無いでしょ」

「お前達が真っ先に茶化すな! さぁ、華蝶仮面らよ。我らが闇の力にどう抗う!!」

「無論、三つの力を一つにするのさ――人形華蝶、朱点華蝶!!」

「任せな! 何をして良いのか分からんけど、何をしても私は大活躍だよ!」

「はいはい、とりあえずコイツの背中に乗っときなさい――行くわよ!」

 乱暴に朱点華蝶の首先を摘んだ人形華蝶が、放り投げる形で僕の背中に彼女を載せた。
 そのまま朱点華蝶を挟み込む形に移動した人形華蝶は、腰に括りつけていたやけに太いワイヤーの様な糸を引っ張る。
 すると、丁度稗田邸のある辺りから響く炸裂音。
 空に向かって白い飛行機雲の様な軌跡を描きながら、数メートル級の鉄塊が射出された。
 ……無粋だと分かっているけど、あの糸引きと今の発射がどう繋がっているのか凄く気になります。
 今まで結構ぴょんぴょん動いてましたよね? ひょっとして、繋がりのないリモコン方式で打ち出してるとか?
 多分答えてはくれないだろうけど、後で人形華蝶に仕組みを尋ねてみよう。
 そんな事を空飛ぶ塊を眺めながら考えていると、襟元から引っ張り上げられる感覚と共に体が宙を舞った。

「朱点華蝶、もう少し水晶華蝶に引っ付いておきなさい。頭打っても知らないわよ」

「えっと、今更ながら確認したいんだけど本当に何をするんだい?」

「すぐに分かるわよ! ――来なさい!!」

 人形華蝶が腕を引くと同時に、上昇していた塊が軌道を変えて真っ直ぐこちらに向かってくる。
 近づく事により姿形をはっきりとさせた塊は、両手足を丸めた白く巨大な西洋鎧だった。
 鎧はこちらに近づくと、胸鎧の部分を観音開きに開いて僕らを飲み込んだ。
 いや、本来は乗り込んだって言う方が正しいんだろうけどね。ビジュアル的には間違いなく食われただよコレ。
 ちなみに鎧の中は、丁度二人分のスペースが空いている状態である。つまり三人の現状だと若干狭い。
 
「つ、潰れるぅ……もう少し、どうにかならんかったのこれぇ……」

「二人用、だったのよ! 手足を伸ばしたら少しは楽になるから、それまで我慢しなさ……ぐぇ」

「と言うか人形華蝶、これ中身ガランドウだけど大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫じゃないからコイツの力を借りるのよ。朱点華蝶、そういうワケだから中身の補填よろしく」

「分かったから早く広げてくりー。死んでまうー」

「うむ、朱点華蝶の嘆きは良く分かった。だが一番辛いのは、スペース確保の為に鎧へ張り付いている私だと言う事も理解してくれ」

「早くー」

 ガン無視ですね、分かります。金属の冷たさが心に沁みるなぁ。
 もちろん人形華蝶も僕を完全無視。黙々と作業を重ね、最後の仕上げとばかりに指先に括りつけた紐を引っ張った。
 ちくしょう、後で上海にキューチャン連呼する様に吹き込んでやるから覚えておけよ!
 
「ああ、そこ変形するから危ないわよ」

「おぶっ!?」

 良い感じに降りてきた棒は故意なのか偶然なのか。そんな事を言っている間にも、鎧の変形は始まっていた。
 手足は展開され、鎧の外側では他にも外見的な変化を及ぼすべく細かなパーツの可変を行っている。
 もっとも残念ながら、内側にいる僕らにはどうなっているのか全然分からないんだけどね!
 くそぅ、本当に残念すぎる。外から見ていればさぞ熱くなれる場面だったろうに。
 とは言え外見が整っても中身は所詮空っぽだ。正直この状態で地面に降りたら、自重でグチャグチャになってしまうだろう。
 しかし――全体の変形が終わった瞬間、鎧の内側を謎の気体が満たした。
 それは空気と似た存在でありながら、明確な力を持った‘何か’だ。
 しっかりとした中身を得た鎧は、確かな重量感を伴って大地へと着地してみせた。

「凄いなぁ、これがひょっとして朱点華蝶の力?」

「ま、ちょいと集めて広げただけの話さ。私としちゃ、この鎧の方が驚きだけどね。――いやほんと、コレ何?」

「以前やった悪ふざけの進化系……って所かしら」

 うむ、実はコレ最初にやった協力技「ワンマンズアーミー」の一応は発展系なんだよね。
 アレを突き詰めていった結果、出た結論が「巨大な人形に両方乗って操作と強化をすれば良いじゃない」だったりするのですよ。
 ……うん、発想からしておかしい事は僕らも十二分に理解しております。
 ぶっちゃけこの時の僕らは、度重なる議論に疲れ果てて少しばかりおかしなテンションになっていたのです。
 そんな双方頭おかしい状況で出来上がったのが、この愉快で奇怪な決戦兵器。その名も――

「超! 階! 乗!! 華蝶大鉄人だっ!!!」

「『エル・キホーテの風車』よ」

「……いや、名称はちゃんと統一しておいておくれよ。どっちなんだい?」

「そこらへんは揉めに揉めた結果、「双方好き勝手に呼ぶ」と言う感じに妥協しております」

「その妥協は、正義の味方的にどうなのさ」

 本当に、冗談抜きで揉めまくったのだから仕方がない。
 まぁ、冷静に考えてみればスタート地点から無理のある話だったのだ。
 「人形は人間に近くてナンボ」な人形華蝶と、「戦隊ロボに人体構造なぞ無粋」な僕のアイディアを擦り合わせるというのは。
 元々デザインコンセプトは僕主導でと言う話になっていたのに、外見をロボにするだけで物凄い反発を喰らったからなぁ。
 最終的に西洋鎧に近い形とする事で、何とかこっちの要望を幾つか通す事が出来たけどさ……。
 この登場シーンだって本当は、四つのマシンが合体して一つのロボにとかでやりたかったんだよねー。
 まぁ、それでもインパクトとしては相当なモノがあった様だ。
 人里の皆様方はもちろん、あれだけ余裕ぶっこいていたダークスカーレット・エンパイアの人達まで露骨な動揺を見せていた。

「えっ。いや、え? えええええ?」

「落ち着きなさい、ブラッディレミリア。素が出てるわよ」

「気持ちはとっても分かりますけどね。……こーいう方向性で来るとは予想外です」

「っは!? ええい慌てるな!! 所詮は烏合の衆、ただのガラクタだ!!」

「……一番慌てていたの貴女だけどね」

「も、者共かかれっ! あの鎧をベコベコにしてしまうのだっ!!」

「あれ、なんでしょうコレ。今僅かにあった勝ち目が完全に消えた気がします」

「私もそんな気がしたわ」

 気を取り直したブラッディレミリアの号令で、両サイドを攻める様に襲いかかってくる二人。
 驚いたのはわかるけど、幾ら何でもちょっとばかり油断し過ぎな気がしますな。ぬっふっふっふ。
 ――ネタで作った事は認めるけど、だからって手抜きをする程僕も人形華蝶も甘く無いのだぜ。

「人形華蝶、ちゃんと例のギミックは仕込んでる?」

「当然でしょう、仕掛けの方は完璧よ。……それを詰め込みすぎたから、立てなくて困っていたワケなんだし」

「おっ、何か他にもあんの? わくわく」

「それはまぁ、見てのお楽しみって奴で――行くよ!」

 さっきよりも幾分か余裕のできた鎧の内側に手を当てて、足先に力が渡るよう気を込めた。
 するとそれに呼応して、二重構造になっていた足鎧の装甲表側が開く。
 前傾姿勢になる華蝶大鉄人。その足から『気』のバックファイヤーが上がった瞬間に、大鉄人は両者の後方へと移動していた。
 うわ、本気で駆けたのにあっさり止まれてるよ。人形華蝶のこういう操作は本当に為になるなぁ。
 さらに後方――つまりブラッディレミリアの真正面へ回った大鉄人は、大きく拳を振り上げる。
 おおっ! これはひょっとして、アレをやるつもりですか!?

「水晶華蝶は右手の強化を! 朱点華蝶も、拳の密度を出来るだけ高めて!!」

「了解!」

「ほいほい、何をするのか楽しみにさせて貰うよ」

 先程と同じく右手鎧の第一装甲が展開し、気の炎を吐き出しながら肘から先が回転を始める。
 明らかに拳が届く間合いではない。しかし人形華蝶は、躊躇なく大鉄人の拳を眼前のブラッディレミリアへ向けて突き出した。
 
「行っけぇぇぇぇぇ! ロケットパーンチ!!」

「へ? え――きゃぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁ………」

「うわーっ!? お嬢様が吹っ飛ばされましたよ!?」

「短い天下だったわねぇ……」

 これぞ元祖スーパーロボットの必殺技、ロケットパンチ――なんだけど。
 何か今の、あからさまに威力がおかしかった気がする。変だな、これって確か魅せ技のはずだったよね?
 回れ右をして人形花蝶に視線を向けると、彼女は露骨な冷や汗をかいてそっぽを向いた。
 
「……えっと、予測通りっすか人形華蝶さん?」

「もちろ――ごめん、嘘。さすがにあれだけ威力があるとは思ってなかったわ」

「だから言ったじゃん。回転させて威力を増すのは止めようってさ」

「プレッシャーパンチになるから嫌! って駄々を都合良く改変してるんじゃないわよ。そもそも貴方だってわりと本気で強化してたじゃないの」

「推力不足で減速するのが嫌だっただけだよ。見栄えを守る事を最優先にしてたから、威力にはそこまで直結してませんよーだ」

「あー、ゴメン。なら私のせいだ。調子に乗って密度と重さを上げまくったから……」

「いやまぁ、実際に全力で強化したのは事実だから僕も悪いんですけどね。うん、すいませんでした」

「私も、ちょっと調子に乗って色々やり過ぎたわ。ごめんなさい」

 幾ら新兵器登場シーンとは言え、あまりにも呆気なさ過ぎた結末に大鉄人の中でプチ反省会を始める僕ら。
 幸運だったのは、華蝶大鉄人の中でのやり取りが外部には一切漏れなかった事だろう。
 ――まぁ、つまりは今までの僕の叫びも全然聞こえてなかったんですけどね。
 しかしおかげで僕らは、残った二人の捨て台詞にも人里の人達の賞賛にも気付かず、しばしの間棒立ちで不毛な議論をする羽目になったのでした。

 



 ―――やっぱり、敵が出すまで我慢すべきだったか巨大ロボ。




[27853] 地霊の章・弍拾陸「終日遅遅/思い出をありがとう」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/09/25 08:32


「お疲れ様ー、それじゃあねー」

「はいはい、お疲れ様。今度もお願いしますねー」

「いや待った。何でコイツを普通に帰す流れになってるのよ」

「用事もないのに居座り続ける正義の味方って、色々と問題あると思いません?」

「なら仮面を外して、その上で話を聞けば良いでしょう」

「正義の味方に仮面を外せとか、キミは鬼ですか!」

「まったくだ。鬼かアンタは!!」

「……これ、突っ込んだら私の負けになるのかしら」

「シランガナ」

「まーまー落ち着きなって。その内私も、仮面無しで挨拶に行くつもりだからさ」

「その時に、今回の目的も明らかにするって事?」

「え、何だ参加理由が聞きたかったの? それは単に、ヒーローごっこが面白そうだったからだけど?」

「それもだけど、私が気になっているのは貴女がコイツの事を色々知っていたその理由で――」

「やれやれ、人形使いは細かいねぇ」

「天性のツッコミ気質が為せる技ですよね。毎度毎度、彼女にはお世話になります」

「――あーもうどーでも良くなったわ。困るのはそっちなんだから、好きなだけソイツと意気投合してれば良いじゃないの」

「拗ねた?」

「拗ねましたね」

「スネンナヨナー」

「拗ねてないわよ!!」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾陸「終日遅遅/思い出をありがとう」





「……諸々あったが、何とかダークスカーレット・エンパイアを退ける事が出来たな」

「せんせー何もしてないけどね」

 お前が別途料金を請求しなければ、少しは何か出来たかもしれないがな。
 縛られたせいで出来た縄の跡を摩りながら、私は恨みがましい視線を込めててゐを睨みつける。
 分かってはいるのだ。華蝶仮面らがいる限り、ダークスカーレット・エンパイアに人間達を害する事は出来ないと。
 だが、人里に害を及ぼすと明言している相手を放って置く事も出来ん。……やはり、私は頭が固いのかなぁ。
 
「慧音先生、大丈夫ですか?」

「もう、ダメだよ先生。華蝶仮面の邪魔をしちゃ」

「ははは、そうも言ってられないのが人里の守護者なのだよ」

 先程まで皆と一緒に華蝶仮面の応援をしていたフランとメディスンが、私を心配して歩み寄ってくる。
 彼女らも相応以上の実力を持っているのだから、奴らの討伐を手伝って貰えるとありがたいのだが――いや、それは違うか。
 この場合、間違っているのは無粋にも正義と悪の対決に無策で介入した私の方だ。
 素直に皆の防衛に専念し、エンパイア討伐を華蝶仮面達に任せれば私も悲惨な目に遭う事は無いのだろう。
 いやしかし、完全に任せるというのはやはり人里の守護者としてどうかと。
 いやいやしかし……。

「あれ、慧音先生固まっちゃったよ?」

「真面目っ子な先生に、大人しく観客やってろっていうのはやっぱ無理な話なのかねー。……てゐちゃん的にはバッチこいだけど」

「……? てゐ、そのカメラなんなの?」

「ちょっとした小遣い稼ぎかな。華蝶仮面の戦いは結構売れるんだよ……主に下衆い意味で」

「???」

「ああうん、無垢なちびっこは気にしなくていいよー」

「おーい、みんなぁー!」

「お、ワザとらしく居なくなっていた二人だ」

 解散していく皆の流れに逆らう形で、晶とマーガトロイドの二人がやってきた。
 元気一杯と言った具合の晶の姿に反比例して、疲れきったマーガトロイドの様子が若干気になる。
 確か晶は、トイレに行くと言ってどこかに消えたのだったな。……何かあったのだろうか。
 
「し、しかしその……随分と長かったな。は、腹具合でも悪かったのか?」

「ほへ? ――あ、ああ! いや違うんですよ!! 実はその後、念波で人に呼ばれてしまいまして!」

「……その言い訳は、本気でどうなのよ」

「そうか、君も大変だな」

「あっさり信じた!?」

 他の人間ならまだしも、晶なら十二分に有り得る事だ。本当に、彼も苦労しているのだなぁ。
 しかし、一緒にマーガトロイドも居なくなったのはどういう事なのだろうか。
 色々尋ねたいのだが、尋ねると泣かれる気がする。何故か。
 まぁ、彼女にも色々と事情があるのだろうさ。人里の危機に頼っていい相手でも無いし、あまり追求はするまい。
 それにしても毎度毎度、二人共計ったように居合わせ計ったように居なくなるものだ。
 まるで、華蝶仮面と同時に居る事が出来ないかの様な……はっ!?
 まさか晶達は――華蝶仮面と、意外と仲が悪いのか!?

「うにゃ? どうしたのさアリス」

「今、何かツッコミを入れる出来事があった気がする」

「アリっさん……もうそれ完全に病気っしょ」

「うぐっ!?」

「うわぁ! アリスが未だかつてないほどダメージを受けている!?」

「ツッコミビョウオツ」

 いや、考え過ぎか。
 それよりもこんな所でいつまでも悩みすぎていたら、皆に要らん不安を与えてしまう。気を引き締めないと。
 私は自分の額を軽く叩いて気持ちを切り替え、何故か先程よりも落ち込んでいるマーガトロイドを慰めていた四人に話しかけた。

「さて、皆はこの後も新聞の記事作りをするのだろう? どうだ、ついでに夕飯でも食べていかないか?」

「遠慮なく頂きマス!」

「てゐちゃん、タダ飯って言葉大好き! それよりも丸儲けって言葉が好きだけど!!」

「わーい、ごはんごはーん!」

「そこのバカ二人は少し自重って言葉を学びなさい、わりと全力で」

「聞きましたか晶さん。今、露骨にメディちんだけ除外しましたよこの魔法使い」

「聞きましたともよてゐさん。この子ってば、人形にはとにかく甘いのよね。本当に嫌になっちゃうわもー」

「―――上海、殺りなさい」

「ティロ・フィナーレ(ブツリ)!!」

「そして僕にだけ特別厳しがふぅっ!」

 錐揉み回転しながら吹っ飛ぶ晶の姿に、最早驚きの感情が湧いてこないのは正直どうなのだろうか。
 と言うか、あれだけに派手に吹っ飛ばされておきながら何故あっさりと着地出来る。どうして完全に無傷なんだ。
 平然と軽妙な仕草で肩を竦める晶の姿に、この子はどこまで行くのだろうと不安な気持ちになってくる。
 しかも三人の話題は、すでに今晩の夕飯が何かに移り始めているではないか。テンポが早すぎてノリについていけないぞ。
 と、マイペースな三人に対して一人、フランだけが少し困った顔をして私を見つめている。

「どうした? 何か問題があるのか?」

「うん、晩御飯はおウチで食べるって言っちゃったから……どうしよう」

 そうか、彼女の場合己の一存で決める事は出来ないのだな。
 しかし帰りたがっているワケでも無い様だし。ふむ、では紅魔館に行って私が許可を……。

「あ、そう言う事なら構いませんよ。ウチも今日は多分呑気に夕飯食べてる余裕ないんで」

「帰ったら反省会は確実ね……むきゅぅ」

「――何故、中華小娘と七曜の魔法使いがここに居る?」

「うん、まぁ気にしない方が良いと思うよ。てゐちゃん的にも見なかった事にしたいし」

 しかも何だあの自転車は、三人乗りの自転車なんぞ初めて見たぞ。
 そして何故、晶は晴れ晴れとした顔で二人に親指を立てた。今の彼女らの姿にどこか賞賛すべき所があったのか。
 良く分からないが、一気に疲れが湧いて出た気がする。
 私は追求として出すべき言葉を全て飲み込み、代わりに吐き出す様にして提案の言葉を零した。

「とにかくこれから夕飯を作るから、手伝ってくれ。――マーガトロイドだけ」

「分かったわ。百人分でも余裕で働くから、私以外に手助けは要らないと思いなさい」

「え、僕も手伝うけ――」

「お兄ちゃん! お兄ちゃんは私達のお話作りを手伝って欲しいな!!」

「てゐちゃんの魂もそうしろと囁いているからそうすべき。絶対にそうすべき」

「――何これ」

「私も分からないけど、こういう時は大概晶が悪いって思うの」

「……ふむ、反論の余地が見当たりませんな」

「ナットクスルンカイ」

 やれやれ、今日一日でやたら疲れた気がするよ。
 納得できない様子で首を捻る晶に出来るだけ視線を合わせない様にして、私達は寺子屋へと戻るのだった。










 ……それにしても、まさかこんな形でここを使う事になるとはなぁ。
 寺子屋らしからぬ生活感の溢れた部屋で料理をしながら、私は何が役に立つかわからない物だと肩を竦めた。
 この部屋は、表向きこの寺子屋で一夜を過ごすための仮眠室だ。
 もっとも実際の所は、公に泊めれぬ人間を泊める避難所の様な物なのだが――幸か不幸か建設以降、その目的でこの部屋が使われた事はない。
 思えばコレも、積み重なった未練による行動なのかもしれん。
 私も、つくづくお節介が過ぎるというか面倒な性格していると言うか……やれやれ。

「いかんな、最近少し自虐が過ぎる」

 色々と及ばない事が重なったせいで、少しばかりナイーブになっているのかもしれない。
 そういえば、この部屋を作ろうと思った一番の切っ掛けは久遠殿の件があったからだったな……。
 あの時も、私は彼に何もしてやれなかった。

「……はぁ」

「落ち込むのは構わないけど、油の管理はしっかりしなさいよ」

「あ、あぁスマン。これで終わりだ」

「こっちも終わりっと。全員運ぶのを手伝ってー」

「はーい!」

 マーガトロイドに指摘され正気に戻った私は、最後の揚げ物を油切り網に乗せた。
 うぅむ、結局ほとんどの料理を彼女に任せてしまったな。
 おかげで主菜に専念する事が出来たが、後で何かしら礼をせんといかんだろう。

「ところで慧音せんせー、この丸っこい揚げ物って何? メンチカツ?」

「いや、コロッケだ。芋の代わりに米を使っているがな」

「アランチーニ……確かイタリア料理だったかしら。幻想郷では珍しいコロッケよね」

 いや、単純にジャガイモの代わりに米を使っただけの話なのだがな。
 昔ほどでは無いにせよ、今まで馴染みの無かった食材はやはり手に入り難い。
 そこで比較的手に入りやすいモノを代わりにしようと考えた結果、米という食材に辿りついたのである。
 だからマーガトロイドの言ったアランチーニとは、少しだけレシピが違う。言わば私独自の米コロッケである。
 まぁ、わざわざ名前を付けるほど大袈裟なモノでも無いのだがな。――む?
 各々が感想を言い合っている中、一人晶だけが複雑そうな顔で私のコロッケを睨みつけていた。
 はて、どうしたのだろうか?
 
「どうした晶。ひょっとして、コロッケは嫌いだったか?」

「いや、そういうワケでは無いんですが……ライスコロッケには色々と因縁が」

「ふーん。コロッケで食あたりでも起こしたの?」

「んー……今思い返して見たけど、僕食べ物関係で体調崩した事無いかも」

「何故かしら。もっのすごい納得したわ今」

「どーでも良いから食べようよー。てゐちゃんもだけど、ちみっこ二人がわりと限界っぽいよ?」

「そうだな。とりあえず食べようか」

 晶の態度は気になるが、嫌いで無いのなら構わないだろう。
 私達は配膳を終えると其々席に着き、一斉にいただきますの言葉を口にした。
 そして同時に、神速の箸捌きで米コロッケを口に運ぶ晶。かなり行儀が悪いぞソレは。

「もぐもぐ――――――も」

 難しい顔のまま咀嚼していた晶が、突然何かに気付いたかの様に硬直した。
 そのまま、残った米コロッケを一気に掻き込み。晶は天啓を得たかの様にして立ち上がり叫んだ。

「こ、これだぁぁぁぁぁ! これだよお爺ちゃぁぁぁぁああん!!」

「……いきなり何よ」

「上白沢先生! このコロッケ、以前ウチの爺ちゃんに食べさせてたりしてますか!?」

「う、うむ。詫びも兼ねて、妹紅の所に持っていったが……」

「やっぱりそうか。なるほどなるほど」

「このコロッケがどうかしたの? お兄ちゃん」

「いぇす、あったのですよ」

 感慨深げに頷きながら、二個目のコロッケに手を出す晶。
 どういうワケかと他の全員と共に戸惑っていると、早々に二つ目を食べ終えた晶が訥々と語り始めた。
 ……ところで今、二個目を食べる意味はあったのか?
 
「実は爺ちゃんの所でさ、月に二、三度ほどあったんですよ。コロッケタイムと言う奴がね」

「何それ、びみょーに回数多くない? つーかどういう時間よソレ」

「一言で言うなら、爺ちゃんによる思い出の味試作の日ってヤツかなぁ。……わりと進展はありませんでしたが」

「美味しくなかったの?」

「と言うより、毎回毎回一味足りなかったんだよね。爺ちゃんも自覚してたから、毎度渋い顔で食べてたワケですよ」

「……貴方が味を理解した上で物を食べていたと言う事実に、私少しばかり驚愕しているのだけど」

「アリスさん心の底から酷くない? 僕結構、味覚には自信あるんですよ」

「魔理沙に「明日借りた物全部返す」って言われると、こんな気分になるのね。良く分かったわ」

「はい、気持ちは分かるけど混ぜっ返さない。それでその一味足りてないコロッケの完成系が、多分けーねせんせーのコロッケだと?」

「僕の舌はそう判断しました!」

 ……そういえば久遠殿、差し入れの時にやたら黙々と食べていたな。
 今までずっと、コロッケが気に入らないから黙っていたのだと思っていたのだが……そーか、アレは味を覚えていたのか。
 何というか、嬉しさと同時に気恥かしさが湧いて出てくる。
 いやはや参ったな、そんなに美味かったのか。作り方くらいは教えておくべきだったかなぁ。

「わー、慧音先生うれしそー」

「わはははは、そんな事無いぞ。――もっと食べるか? ん?」

「けーねせんせーは露骨に浮かれてるけどさ、実際の所はどうなん? 良い話系で纏まりそうならてゐちゃん飯食うのに専念するんだけど」

「良い話系じゃ無いかなー。多くは語ってくれなかったけど、爺ちゃんわりと楽しそうに作ったし。失敗してたけど」

「なんだツマンネ。単にコロッケが好きなだけじゃないのか」

「……私は、それでも構わないがな」

 幻想郷で得た経験の全てが、私達と居た時間の全てが、彼にとって無駄でなかったと言うのなら。
 何か一つでも彼の中に大切だと思える物が出来てくれたのならば、それは私にとってこの上ない救いなのだ。
 私は米コロッケを一口齧ると、数少ない彼との思い出に浸るのだった。





 ――今度こいつを肴に妹紅と一杯やるかな。ああ、美味い酒が飲めそうだ。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうも、皆のアイドル山田です。今回はいきなりですけど謝罪から」


 Q:各人との靈異面の相性はどうなっていますか?実力差を無視した単純な相性と、実際に戦った場合の勝率で、
  それぞれベストワースト5人ずつ、計20人くらいで教えてください、山田さん。


山田「この質問なのですが、上手い形での返答を思いつきませんでしたので無効とさせて頂きます。申し訳ありません」

死神A「そんなに無茶な質問でも無いと思うんですが……あ、どうも死神Aです」

山田「正直、相性とか勝率とかは勝負する時に明らかにしたいんですよ」

山田「事前に決めちゃうと作者もそれに縛られてしまうので、雑把で無い実力関係の決定は今後も避けていきますのでよろしく」

死神A「あれ? でも前に、現時点の晶君に勝てる人一覧とかやってましたよね?」

山田「晶君自身はアメコミ並に強さがふわふわしてるから、そういうの決めてもさほど困らないんですよ。勝てる相手に余裕で負けますし」

死神A「そういうモノですか」

山田「そういうものです。ああ、けれど勝率ワースト一位は言えますよ。稗田さん家の阿求さんです」

死神A「そもそも非戦闘員じゃ無いですか……」


 Q:晶君や水晶華蝶を支持している十代の方々は男性が多いんですか?女性が多いんですか?


山田「晶君は圧倒的に男性です。男の娘であると分かっていても、健康的な色気のあるミニスカメイドには勝てないんですよ」

死神A「色んな意味で終わってますね、人里」

山田「大丈夫です、三割のファンは男だと気づいてません」

死神A「七割男だと分かった上で引っかかってるじゃないですかやだー!」

山田「まぁ、そもそも晶君の人気って結構コアなんですけどね。基本的に恐怖の対象ですから」

死神A「じゃあ水晶華蝶は?」

山田「大人気ですよ、やっぱり圧倒的に男性から。まぁこっちは性別不定なんでまだ救いがありますけどね」

死神A「救い……あるのかなぁ」


 Q:晶君の生涯の友認定されたレミリアと萃香ですけど、他に彼ら戦隊モノのノリについていける人って誰がいるんでしょうか?


山田「ただノリについていくだけなら、結構該当者が居ますね」

死神A「そうなんですか?」

山田「妖怪の山に居る輩全般、隙間妖怪、白玉楼の亡霊、永遠亭の姫君、プリズムリバー三姉妹、不良天人、地獄烏に火車、もう一人の鬼なんかが該当します」

死神A「多いですねぇ……」

山田「ただ、ブラッディレミリアの様に特撮知識も無しに‘らしい’悪役が出来る輩は居ないでしょうね。それ故の生涯の友認定ですから」

死神A「一応は伊吹萃香も友認定されてましたけどね」

山田「実はアレ、予め八雲紫から色々話を聞いてたが為の完全対応だったりします。最終的に趣向はぴったり合った様ですが」

死神A「言っちゃっていいんですか、その裏話」

山田「どうせ本編中で言う機会とか無いですからね。ああ、それと」

死神A「何か?」

山田「質問者もそうですけど、気をつけてくださいね。朱点華蝶やブラッディレミリアと萃香やレミリアは何も関係無いので」

死神A「ああ、そのスタンスこのコーナーでも健在なんですね」

山田「死神Aボーナス無しで」

死神A「ええっ、いつもより罰が重い!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弍拾漆「終日遅遅/瓢箪から駒が出る」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/10/02 02:19


「まさかデイダラボッチとは、この阿礼乙女にも見抜けませんでしたよ」

「見抜ける方が異常だから安心なさい。それと、デイダラボッチじゃなくて巨大ロボットらしいわよ」

「炉暴徒?」

「カタカナでロボット、絡繰じかけの鉄人の事を指すらしいわね。私も良くは知らないけど」

「興味深いです……出来ればじっくり話を聞きたいのですが」

「そう、なら今度水晶華蝶あたりに聞いてみなさいよ」

「人形華蝶は協力してくれないんですか?」

「私は人形華蝶の事情を知らないけど、絶対に手伝ってくれないと思うわ。絶対に」

「ぶー、往生際悪いですよー?」

「――分かったわ。じゃあ今度晶のバカ連れてくるから、存分にそこで語らいなさいな」

「あ、ごめんなさいすいません勘弁してください。まだちょっと接し方が分からないんです、許してください」

「……泣くほど慌てる事なの?」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾漆「終日遅遅/瓢箪から駒が出る」





 動かない古道具屋――と言うのは、僕こと森近霖之助の持つ実に不名誉な二つ名である。
 魔理沙は「古道具屋なんて基本動かないもんだから、つまりは普通の古道具屋って事だよな」等と笑っていたが、それは酷い誤解だ。
 古い道具とは、職人に作らせるワケにも店で買うワケにもいかない『歴史』を重ねた貴重品。
 商品に出来る程の代物を手に入れる為には、行脚に匹敵する道程を進まねば行けない事もあるのだ。
 つまりこの二つ名は、遠まわしに「香霖堂店主は働いていない」と言っているワケだ。


 ――まったくもって失礼な話である。僕ほど勤勉な店主はいないと言うのに。


 現に今だって、無縁仏の供養の為に無縁塚へ向かっている所だ。
 ああ、いや違うよ? 別に無縁塚で貴重な道具を拾おうとか考えているワケでは無いよ?
 僕は一流の道具屋だが、だからこそ仕事人としての伸び代は少なめである。完成されているが故に発展性があまり無いのだ。
 そんな一流の僕が切り回す一流の店に、今更新たにしてやれる事はそう多くない。
 故に僕は功徳を積む事で、本来人の身では御し難い天運を向上させようと考えたのだ。
 情けは人の為ならず。それが下心による物でも、善行とは行おうとする意志と行動こそが重要なのである。
 その過程で得る物は全て、僕の善行が招き寄せた副産物でしかない。
 そこで何か拾ったとしても、それをどう扱おうと僕の自由なのだ。うむ、完璧な理屈だ。

「……それにしても、今日はえらく寒いな」

 荷車を引きながら周囲を見渡す。いつも通っている道のはずだが、何故か今日は不自然な程空気が冷えていた。
 氷精でも暴れたのだろうか。半人半妖の僕を襲う妖怪はいないけれど、妖精の悪戯はそうもいかない。注意しないといけないな。
 若干歩みを遅くしながら改めて進んでいると、前方から轟く様な破砕音が響き渡った。

「アイシクルゥゥゥナッパァァァァァッ!!」

「――――っ!?」

 七尺に達しそうな巨躯が、体をくの字に曲げて宙を舞う。
 声にならない叫びを上げた巨大妖怪は、一瞬で氷漬けになり地面へと叩きつけられた。

「フリィィズ、エンドォ!」

 叩きつけられた氷塊とは逆方向に飛んだ人影が、意味の分からない叫びと共に右腕を上げて着地する。
 腋の所が空いた変わり種のメイド服を着た少女は、その上に纏った銀の鎧を誇る様にかち合わせた。
 ……彼女か、この惨劇を作り出したのは。
 改めて周囲を見渡すと、そこら中に転がってる氷塊は全て妖怪が凍らされた物じゃないか。
 どれもこれも殴られた直後に固まったらしく、氷中の妖怪達の表情は一律同じ驚愕の色で彩られていた。
 見た所、全て一撃で終わらされた様だ。そこそこ強いと有名……と言う程でも無いが、噂話はされる程度の輩も例外無く一発か。
 どうやら素人目にも分かる程の、圧倒的な実力差で捩じ伏せられたらしい。
 ふむ、ひょっとして‘彼’は―――

「久遠晶、か」

「はい、呼びました?」

 こちらの呟きに反応して、少女……もとい少年がこちらを向いた。
 彼がここ最近、幻想郷を騒がせている『大暴走メイド少年』こと久遠晶である事は間違い無いようだ。
 噂だけなら何度も聞いた事がある。魔理沙からも霊夢からも、「基本的に厄介なバカ」と言う体で色々な話を聞かされた。
 そのどこまでが事実なのかが知らないけれど、話半分でも恐ろしい相手だ。これは妖精に遭うより面倒なことになったかもしれないな。
 こちらが身構えると、それを察したのか相手も傾げていた首を戻して静かに構え出した。

「えーっと、貴方も「生意気な晶の馬鹿を寄ってたかって苛めてやろう同盟軍」の方ですか?」

「……名は体を表すと言うが、同盟の名前で目的まで語るのは少々やりすぎではないかね」

「んー、正確には「何とかかんとか何とか同盟」って言ってたはずなんだけど――捻り過ぎてて意味分からなかったので覚えてないです」

 つまり、わざわざ名前を覚えるほどの印象は無かったと言う事だ。
 分かったのは相手の意図だけだが、それも伝わっただけで驚異に感じる程の物でもなかったらしい。
 
「で、そちらさんもその同盟の人――ってワケじゃ無さそうですね。廃品回収の人ですか?」

「いきなり失礼だな。商人たる僕が扱うのは常に『価値ある品』だけさ。廃れた品なんて、僕の扱う商品の中には一つもないよ」

「いや、でもその荷車に載せてあるのは……」

 中々に目敏いじゃないか。まさか、アレに気付くなんてね。
 僕が引っ張っていた荷車にはすでに、途中で拾った道具が一つ載せられている。
 能力が語るその道具の名前は『電子レンジ』、用途は『食品を温める』事。外の世界の貴重な道具の一つだ。
 実は今までも、同じ道具を拾うことは何度かあった。
 だがほとんどの『電子レンジ』は欠損が激しく、出会った頃にはすでに道具としての寿命を終えていた。
 この手の道具がこれだけ完璧な形で手に入る事は早々無い。僕は自慢げに胸を張ると、疑わしげな表情の彼に答えを返す。

「これは電子レンジ、外の世界の道具さ」

「うん、知ってますけど?」

「話は最後まで聞きたまえ。外の世界の道具はどれも複雑怪奇だが、この手の道具――電化製品と言うのは特に難解な構造をしている」

「まぁそうですね。最新の電化製品とかもう、魔法を内蔵してんじゃ無いのかってくらい複雑化してますし」

「そう、魔法だ。僕は長年の考察から、ある一つの仮説を立てた」

「仮説……ですか?」

 興味を惹かれたらしい久遠晶は、そこが地面であるにも関わらずきっちり正座の姿勢を取った。
 ただし、好奇心は隠せないらしく身体は若干乗り出している。
 ……悪くない反応だ。凶暴な人間だと聞いていたが、知識を探求する高尚な精神も持ち合わせているらしい。
 うむ、学ぶ機会というのはいつ何時訪れるか分からないものだ。
 貴重な学習の機会を鼻で笑う霊夢や魔理沙は、彼の爪の垢を煎じて飲むべきだろう。うん。

「ここで重要となるのが‘電子’と言う言葉だ。さて、君は『電の子』と聞いて何を想像する?」

「ふむーん。ゼウス様……は息子多すぎるから特定出来ないかな。武御雷様……って子供居たっけ? インドラ様は……えーっと」

「そう、インドラの息子である英雄アルジュナだ」

「……あーはい、答えを言う必要は無かったんですね」

「アルジュナに関する逸話は多々あるが、僕はその中でも彼が授かった弓――ガーンディーヴァに目をつけた」

「えーっと、確かアグニ様から森を焼き尽くすために貰った弓でしたっけ」

「ああ、雷の子が放った弓が火を起こす。――つまり電子とは、その流れを再現した術式だと言うワケだ」

「な、なんだってー!!」

「外の世界と言うのは、実に合理的な所だと驚嘆せざるを得ないよ。雷の力を変換し火――つまりエネルギーを生み出すとは」

「なるほど、幻想的にはそういう解釈になるの……かな?」

 あえて‘電子’と名づけたのは、倣う神を具体的にしない為の配慮なのだろう。
 名無しの神とする事で、付喪神の特性も与えるとは……外の技術は本当に僕の想像を超えている。
 
「これは、『電を化かす品』と呼ばれる道具に共通した根底の仕組みだ」

「いかずちを……ああ、電化製品の事ですね」

「その通りだ。電子と名がついているのは電子レンジだけだが、他の道具も芯の部分は同じだろう」

「んー、大体あって………るのかなぁ? いやでも電子って……」

「そしてこの電子レンジだが――電子の名を冠しているだけあって、その機能も実に電子の構造を活かす形になっている」

 食品を『温める』と言う点に、僕はずっと注目していた。
 熱するのとソレとでは、根本的に求められる機能が変わってしまう。
 電子の力をそのまま用いたとしたら、消し炭以外の結果は残らないだろう。だがしかし。

「続いて重要となるのが後の『レンジ』と言う言葉だ。これは英吉利の言葉で射程、範囲という意味がある」

「知ってますけど、えぇと」

「つまりこの道具は、電子の範囲を操る物だと言う事だ。そして電子の範囲を操るとどうなるか……分かるかい?」

「物が――いえ、さっぱり分かりません! 教えてください先生!!」

「扉の横に描かれている数字と絵柄が答えだ。二つあるこの摘みを弄る事で、この恐るべき道具は特定の相手を特定の力で熱する事が出来るのさ」

「んーさすがにそれは……いや、そうなのかな? 何というか、間違ってないのに間違ってる気が」

「……先程から気になっていたのだが、君はまるで見てきた様に否定意見を出すのだね」

「そりゃまぁ、実際見てますんで。――あ、すいません言い忘れてました。実は僕って、元々外の世界の人間なんですよ」

「ああ、もちろん知ってるよ」

 散々言われたお返しに、同じ言葉を彼に返してやる。
 本人は誤魔化せていたつもりなのだろうが、否定の言葉を飲み込んでいた事にこの僕が気づかないはずがない。
 まぁ、あくまで最後まで話を聞こうとするその態度は評価出来るが。――やはり小馬鹿にされている感がするのは少々戴けないな。
 それにしても、知っているとは言ってみたが……本当に久遠晶が外来人だったとはね。
 無論そういう類の噂も聞いた事はあったが、ずっとガセネタだと思っていたよ。
 
「しかし改めて聴いても驚きだ。君ほどの『幻想』を生み出す余地が、まだ外の世界にあったとは」

「まぁ、どんな名匠だってダメな衝動に任せて本人にも理解しがたい作品を作ってしまう時があるワケですよ」

「そこまで自分を卑下するのもどうかと思うが……なるほど。では真実君は、この電子レンジが動く所を見た事があるわけだ」

「まぁそうですね。残念ながら自分は技術職の人間では無いので、貴方の理屈に外の世界側の理屈で反論する事は難しいのですが」

「ふむ、では何度も口篭っていたのは」

「科学的――外の世界の観点から否定する事は出来ますけど、その観点だとそもそも幻想郷が成立しないんですよ」

「自分自身をも否定する論理を、持論とする真似は出来ないと言う事か」

「そういう事です。又聞きの知識で、目の前の事実を否定は出来ないですもんねぇ」

 苦笑しつつ肩を竦める久遠晶の姿に、僕は彼への評価を再度改める事となった。
 久遠晶は、実に『知識』と『知恵』の違いと言う物を分かっている。
 知とは、ただ識るだけでは意味がない。それを噛み砕き自らの物にして初めて『智慧』となるのだ。
 そんな事にも気付かず文字で読んだだけの知識をひけらかす者は、物知らぬ凡人にも劣る愚者だと言えよう。
 おや? 今、何故か久遠晶が物凄く苦々しい顔をしたがどうしたのだろうか。

「……何か、物凄く痛いツッコミを入れられた気がします」

「ふむ、良く分からないけど大丈夫かい? ひょっとして先程の妖怪に何かしらの攻撃を?」

「そう言う能力的な攻撃じゃなくて、言葉的な攻撃を受けた気が。それも割と痛い所を突いてくる感じの」

「君は時々おかしな事を言うね」

「自覚はあります」

 それは自覚がある方が問題なんじゃないだろうか。無駄に精悍な顔つきで答える彼の姿に、再び僕は評価を改めた。
 聡明な様であり、愚鈍の様でもある。噂が散乱して人物像が未だに掴めないのも良く分かると言うものだ。
 ……まぁ、僕の話を真剣に聞いてくれる所は素直に賞賛しても良いが。
 と、僕が久遠晶への評価を決めかねていると、当の本人が何を思い出したかの様に立ち上がった。

「あの商人さん、電子レンジにかける情熱は良く分かりましたけど――結局廃品回収である事は変わってないですよね?」

「君は何を聞いていたんだい? この電子レンジの、いったいどこが廃品だと言うのさ」

「いやだって――コンセント根元から無くなってますよ?」

 そう言って久遠晶が指差したのは、他の電子レンジなら長い紐のついていた箇所だった。
 しかしこの電子レンジには紐がない。特に気にしていなかったのだが……。

「何か問題でもあるのかい?」

「超あります。この紐で電気――商人さん風に言うと電子? を取り込んでいるんで、無いとまず動きません」

「……他のモノを差し込んで代用したりとかは」

「んー。中の線とかも多分ブツ切れてるから、専門技術を持っているにとり――河童とかに頼んで繋げてもらう必要があるかも」

 ふむ、そこまで深刻な問題なのか。
 僕も技術にはそれなりの自信を持っているが、河童並みと嘯くつもりはない。
 参ったな。せっかく保存状態の良い物を手に入れたのだが、まさか肝心な所が壊れているとは。
 河童は警戒心の高い種族で、しかも住処は妖怪の山の近くだ。協力を申し込むのは少しばかり難しいだろう。

「むむむ……参ったな」

「あのー、良ければ僕の方から修理をお願いしてみましょうか? 河童に知り合い居ますし」

 こちらの動揺に気付いた久遠晶が、恐る恐ると言った具合に提案してくる。
 それは実に魅力的な提案だが、だからこそ怖い。いったいどれほどの対価を彼は要求してくるのだろうか。
 だが、この提案を断わる気にもなれない。……やれやれ、足元を見られた状態でやる交渉は出来るだけ避けたいのだが。

「分かったよ。それで、望む対価は何だい?」

「いえ、特には無いです」

「……は?」

「ぶっちゃけ大した手間でも無いですし、にとりも多分ノリノリで引き受けてくれるだろうし。――つまりは無償奉仕でオッケーですね」

 なんでもない事の様に言ってカラカラと笑う久遠晶。そういえば、彼の交友関係はとにかく広いと聞いた気がする。
 ならばその言葉は、間違いなく真実なのだろう。しかし――僕はその提案を飲むわけには行かなかった。

「そういうワケにもいかない。僕は商人だ、相応の行為に相応の対価を支払わなければ、商人としての矜持を疑われてしまう」

「と言われましても。本当に大した手間じゃないんで、対価を求められましてもねぇ」

 はぁ、いっそ吹っ掛けてくれた方がこちらもやり易いのだが……。
 仕方がない。ここは僕の方が商人として、彼の誠意に誠実な返答をするべきだろう。
 無縁塚での仕入……もとい供養は、また今度と言う事で諦めるか。

「分かった。では、今から僕の店に来てくれないか? そこで君の望む商品を渡す事で、それを対価としたいのだが」

「店、ですか?」

「そうだ。幻想郷の中心、無いものが無いと言われる名店『香霖堂』――店主として、この森近霖之助が案内しようじゃないか」

 ニヤリと笑って、僕は自らの名と店の名を名乗る。
 そんなこちらの態度に、久遠晶は実ににこやかな笑みを返しつつ元気に答えてくれた。

「へーっ。―――ちっとも知りませんね!」

 ……うん、良く分かった。とりあえず無礼度は他の幻想郷の住人と変わらない様だね。




[27853] 地霊の章・弍拾捌「終日遅遅/ようこそ香霖堂へ!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/10/09 00:00


「ところで、僕は君の服をどこかで見た事があるんだが」

「元は文姉――知ってます? とお揃いの服ですからね。色んな所で色んな改修を受けたから完全に別物ですけど」

「射命丸文の服か。……そういえば以前に一度、彼女の服と同じ意匠の服を注文された事があったな」

「あー、多分それが僕の服に流用されたんだと思います。そういう話を聞きましたし。霖之助さんだったとは知りませんでしたけど」

「――それ、僕の用意した服かい?」

「見た目完全に別物ですけどね。えっと、謝ったほうがいいですか?」

「いや、気にしなくて良いよ。気にしなくて良いが……出来ればその服を、僕に色々と調べさせて貰いたいね」

「ごめんなさい、無理です。それをやって何度死ぬ様な目にあったか」

「そういえば聞き忘れていたね。どうやら複数人の手が入っている様だけど、いったい誰が君の服をそこまで改造したんだい?」

「アリス、パチュリー、それと紫ねーさまです」

「……僕が悪かった。その服に関しては触れない方向性で頼む」

「うんまぁ、それが賢い選択だと思います」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾捌「終日遅遅/ようこそ香霖堂へ!」





 何気なく外に出たら妖怪に囲まれました。どうも、久遠晶です。
 いやービックリしましたよ。まさか妖怪の山以外で襲われる事になるとは。
 さほど強くないおかげで問題なく倒せたけど、そのウチ本気でリンチとかされそうな気がする。
 ――まぁそれはともかく。その後出会ったのが、古道具屋『香霖堂』の店主である森近霖之助さんだ。
 今の所は少し話しただけの関係ですが、どうやら真面目な外見のわりにはそれなりに愉快な人っぽいです。
 
「つまり僕はこう推察するワケだ。電化とは伝家と書く事も出来る、つまり――」

 例えばコレ。外の世界に興味があると言った割には、訥々と自説を語るばかりで一向に外の事を聞こうとしない所とか。
 ……まぁ、さっき「見聞きしただけじゃ分かった事にはならない」と言ってましたからね。
 この人的には、僕の情報より僕の見解の方が重要なのかもしれない。そう言う意味では実にブレない人だ。

「おっと、着いたよ。ここが僕の店――香霖堂さ」

「なんとコレは! ……普通の道具屋ですね」

 案内された香霖堂は、魔法の森の入口付近にある点は普通じゃ無いけど、その点以外は極々普通の古道具屋だった。
 強いて言うなら、外の世界にある小さなリサイクルショップに空気が近いくらいだろうか。後、外観も近い。かなり近い。
 
「やれやれ、見た目だけで判断するのは愚か者のする事だよ。少し観察すれば、ここが普通の道具屋とは少し違う所だと分かるはずなんだが」

「確かに幻想郷的には普通じゃない店ですけど、僕的には普通と言うか懐かしいと言うかわーあったあったこんな店と言うか」

「ふむ、それは想定していなかった。――まさか僕の店が、外の世界と並ぶほど進歩していたとは」

 ……わりと図太い御方ですな。本気でそう思っているらしい霖之助さんが、これは困ったとばかりに肩を竦める。
 その後でブツブツと、古道具屋が最先端を行くのは問題だとか呟いているけど。
 はっはっは、ご安心くださいよ店主さん。外でも内でも、貴方の店は世間の流行から微妙に遅れちゃってる古道具屋ですから。

「まぁ、僕はこういうの大好きなんだけど」

 そう小さく呟くと、僕は霖之助さんが扉を開けると同時にするりと店内に入り込んだ。
 店の中は、まさに雑多と呼ぶのが相応しい様相になっている。
 テレビの物らしきリモコンと、電話の子機が並んでいるのはまだマシな方だろう。
 壊れた炊飯器の中に詰め込まれた携帯育成ゲームは、何かこう妙な意味がありそうで若干怖い。
 うーむ、これも店主さん的には深い考察に基づいた置き方なのかなぁ。
 霖之助さんってある意味、紫ねーさまとかより自分の世界を作っちゃってるからイマイチ考えが分からない。
 思考フィルターをかけた上での配置に、意味を尋ねて果たして僕に理解出来るのか。
 ……少しばかり興味はあるけど、深くは追求するまいて。

「んー、やっぱり電化製品系が多いなぁ。うわぁ、コレとか超懐かしい」

「せめて店主が招くまで待ったらどうだい。……だが、気に入ってくれた様で何よりだ。何か欲しい物はあったかい?」

「興味深く見といてなんですが、特には無いです」

「――君は何というか、本当に外の人間だったのか疑わしくなるほど幻想郷の人間だね」

「てへぺろ」

 メガネの中央部分を押し上げつつ、霖之助さんが苦笑する。
 まぁ、明らかに別枠扱いな本棚の本とか若干興味を惹かれる物はあるんだけど……幻想郷だと大半が役に立たないからなぁここの道具。
 正しい意味での古道具もあるにはあるけど、僕的にはあんまり必要じゃ無いからねー。
 と、言うかだ。一通りラインナップを見てふと思ったのだけど。

「……霖之助さん」

「何だい?」

「実は貴重な品物。全部別の所に隠してたりしません?」

「なっ、何故そんな事を思うのかね?」

「稀でもアレくらいの電子レンジが拾えるにしては、店のラインナップが若干ショボい感じが致しまして」

「本当に失礼だな君は。僕の店にある商品で、使えない品物なんて一つもないよ」

「でも格付けはしてますよね?」

「……商品の正当な評価は必要だからね」

 うわぁ、露骨にそっぽを向いたぞこの人。
 語り口は実に偏屈だけど、意外と性格は分かりやすいと言うか素直と言うか。
 ともかくこの店にはまだ「本命」がある事を理解した僕は、もう一度改めて店内を見渡した。
 今度は魔眼込みで確認して見ると――会計台の下あたりから、何やらやたらと‘強い’気配を感じ取る。
 興味を持った僕が覗き込むと、そこには鈍い輝きを放つひと振りの剣が置かれていた。

「霖之助さん、これって……?」

「あ、ああ、僕はそれを「霧雨の剣」と呼んでいる。それなりに縁のある剣だよ」

「それなり?」

 明らかに年代物の気配がする、相当気合入った剣な気がするんですけど。
 と言うか、名前の分かる能力持ちらしい霖之助さんが‘そう呼んでる’って事は、本当の名前ってかなりの有名処なんじゃ……。
 とりあえずじっくりと剣を観察してみる。飾り気のない両刃の剣は、形容し難い気配を放ちつつも不気味に沈黙を保っていた。
 んー、何だろうコレ変な感じ。明らかに業物だと分かるのに、妖夢ちゃんの双剣みたいな迫力をあまり感じない。
 キーがなくて動かない車っつーか動く気がない車っつーか。……ひょっとしてコレ、働きたくないで御座るな剣ですか?
 理由は良く分からないけど、とりあえず本調子でない事だけは確かなようだ。
 他はどうだろうと色んな角度から見物していると、耐え兼ねたように霖之助さんが口を開いた。
 
「その剣は売り物じゃなくて私物なんだ。鑑賞する為に出していただけで、売る気も譲る気も一切無いよ」

「いや別に、これが欲しいと言っているワケでは――はにゃ!?」

 むしろここまで露骨にアレな剣だと、自主的に見なかったフリをしたいくらいだ。
 等と思っていたら、腰に備え付けていたロッドが弾かれるように外れ、特に何もしていないのに神剣が発動した。
 剣先から落ちて床に突き刺さった神剣は、それ以上何かを奪う事もせずただただ静かに佇んでいる。
 まるで王に抜かれるのを待つ選定の剣の様だ。――と言うか、気のせいでなければこの一連の流れに物凄いメッセージ性を感じるんですが。

「ふむ……これは、『剣』かい?」

「はい、僕の大切な相棒なんですけど――何か、他の剣に構ってたせいで拗ねちゃったみたいです」

「剣が拗ねる、か」

「そうなんですよー。どこから説明すればいいのか悩む所なんですが、僕の剣って実は自我みたいなモノがありましてね?」
 
「道具には心が宿るものだよ。僕の能力で‘名前が分かる’その剣ならば、意識のような物があってもおかしくない」

「ほぇ? この神剣の名前が見えるんですか?」

「見えるよ。用途も合わせてバッチリね」

 ……霖之助さんの能力は、‘道具’の名前と用途を明らかにするモノらしい。
 基本的にそれ以外の物には能力自体が働かない様なので、能力で名前が分かる神剣は『道具』だと言う事になってしまう。
 つまりまぁ、ウチの可愛い相方はやっぱりスペルカードなのに『神器』でもあると言うワケで。
 そんな感じはしてたけど、能力持ちのお墨付きを貰うと少しばかり感慨深いなぁ。
 心無しか神剣も、自慢げにテカテカ輝いている様な気がするし。うん、分かった分かった。他の神剣に浮気はしません。

「『久遠晶の望む全てを奪う程度の能力』……か。恐ろしい用途だが、同時に君以外に使われたくないと言う強い意志も感じ取れるね」

「まぁ、愛嬌はありますね。――用途通りに使えるほど心は開いてもらって無いんですが」

 あ、従うつもりはあるんだ? 単に僕が上手く使えてないだけ? 色々ゴメン。
 ちなみに霖之助さんは、口では恐ろしいと言いながら視線は僕の神剣に釘付けである。うん、何となく気持ちは分かります。

「実に興味深い剣だな。出来れば、じっくり観察させてもらいたいが……」

「まぁ、ソレくらいなら構いませんよ。残念ながら、僕が立ち会ってないとじっくり見つめる事もできませんけど」

「分かっている、むしろこちらからお願いさせて欲しいくらいさ。是非とも君からも色々な話を聞かせて欲しい」

「それは良かった――でも、僕の報酬を決める前に要件を増やして良かったんですか?」

「―――っぐ」

 この様子だと、衝動のままにお願いをしてしまった様です。
 いや、気づかないフリして無償提供しても良かったんですけどねー。
 霖之助さんなら後で絶対に気づいちゃうだろうし、タダにしたのと黙ってたので報酬二倍とかしかねないからなぁ。
 あんま貸しを作りすぎても困るだけだから、やっぱり適当な所で区切りは付けておかないと――うーん。
 とりあえず謎の神剣を元の位置に戻した僕は、もう一度店内をグルリと見回す。
 やはり店内は特に何もない。まぁ、珠に紛れ込んでる他愛なさそうなマジックアイテムのせいで若干目が痛いけど、幻想郷的には実に普通の古道具屋だ。
 と言う事は……あっちかな? 霖之助さんの住居になってる場所より向こう側が、何となくそこはかと無く怪しい気がする。

「……確認したいんだが、君は物体透過の魔術を使えるのかな」

「使えませんけど、どうかしました?」

「いや、君が迷いなく非売品を保管している倉庫の方角を見つめていたからね。何か見えているのかと思って」

「確かに魔眼は持ってますけどねー。何かあると思った理由はどちらかと言うと――勘?」

「……末恐ろしい人間だな、君は。とっておきの茶葉の隠し場所を見抜かれる前に話を進めた方が良さそうだ」

「ああ、それって二重板になってる戸棚の奥に隠した緑茶の事ですか?」

「な、何故それを!?」

「そりゃまぁ、ここから見えてますから。空の袋が」

「霊夢……」

 どうやら店主不在の間に、コソ泥が香霖堂に侵入していたようだ。
 いや、霊夢ちゃんの事だから堂々と入って堂々と盗っていったんだろうけど。泥棒である事に違いはない。
 しかし彼女が、妖怪退治以外でそこまで理不尽な態度も珍しい気が……ひょっとして。

「霖之助さんって、霊夢ちゃんと親しいんですか?」

「まぁ、色々あって懇意にさせて貰っているよ。あっちはここを別荘か何かと勘違いしている様だが」

「あはははは」

 霊夢ちゃんなら本気でそう思ってそうで怖いです。
 霖之助さんの実に笑えない冗談に、それでも何とか乾いた笑いを返す僕。
 とは言え霖之助さんも、本気で迷惑がっているワケじゃ無い様だ。――無いんですよね?
 単に何かを持ち出すなら一言言って欲しいと、そう言っているだけなんだろう。多分。恐らく。

「ごほん、ともかく話を元に戻そう。神剣の観察と電子レンジ修繕の仲介、これで僕は君に二つの借りが出来たワケだ」

「そうしないと霖之助さん、納得してくれませんからね。やれやれ」

「当然の主張だ。君の厚意に甘えてしまえば、借りはより大きなモノになってしまうからね」

「ラッキー、タダで片付いた。とか思わないんですか?」

「商売人としての誇りを投げ捨てるつもりは無いよ。……とは言え、ここで君に「店の非売品を一つを上げよう」と言っても喜びはしないだろう」

「うん、まぁそうですね。欲しい物とか特に無いですし」

「そこで提案なんだが――どうだろう、君には「非売品購入権」を与えると言うのは」

「ひばいひんこうにゅうけん?」

「通常なら誰にも売る気のない非売品を、君にだけは特別に優良価格で売っても良いと言う権利だ。どうだ、素晴らしいだろう」

 ――つまり、払うもん払わなきゃ結局手に入らないって事ですよね。ソレ。
 と言うかその権利、持っている意味はあるんですか?
 別に無くても、価値のある物を対価にすれば普通に買えそうな気がするんですが。
 そもそもこの場合の「非売品」って明らかに「霖之助さんが気に入ってる品」だから、ふっかけられる事も確定してますよね。
 と、内心では思ったワケですが。
 正直お礼を無理矢理決めて貰うくらいなら、そっちの方が何倍かマシな気がする。
 少なくとも購入の名目で、霖之助さんが他人に見せたがらない非売品の数々は観察できるのだし。
 数秒考えてそんな結論に達した僕は、ニッコリと笑ってサムズアップのポーズを取った。

「ありがとうございます! とっても嬉しいです!!」

「若干の間に引っかかるモノがあるが、喜んで貰えて光栄だよ」

「――それじゃあ、早速ですけど色々と見せてもらいましょうか。実はちょっと期待してるんですよねー」

 面倒くさい話も片付いたので、其処ら中からするオモシロアイテム臭に衝動を預け両手をグルグルと回す僕。
 偶然だけど、僕はかなり面白い店を出会えてしまったのかもしれない。
 ……とは言え残念ながら、普通に店として利用する可能性は限りなく低いですが。

「気持ちは分かるが落ち着き給え。君の神剣は嫌いでないが、振り回されるとさすがに肝が冷え――」

「あ、スイマセン。そういえば出しっ放しでした」

 喜ぶ僕を諌めようとした霖之助さんの頬スレスレで、無意識に振り回していた神剣が止まる。
 数瞬の間を置いて状況を理解し腰を抜かした店主さんは、慌てて剣を仕舞う僕にどこか懇願するよう苦言を呈した。

「君は、もう少し自分の扱う道具の恐ろしさを自覚するべきだ。道具屋として忠告させて貰うよ」

「……はい、気をつけます」

「それと、これは少しビックリしただけで腰を抜かしたワケではない。抜かしたワケでは無いが少し休憩しないか?」

「ああうんそうですね。てんないのふつうのどうぐもみたいですしねー」

 とりあえず、霖之助さんは落ち着いている様に見えて胆力は人並みらしい。良く覚えておこう。
 意地を張って明らかに座るのに適していない場所で煙管を蒸し始めた彼の姿に、何とも申し訳無い気分になる僕なのだった。
 神剣の扱いは慎重に。一応心に刻んてはおくけど――多分また同じ様な事をしますよねぇ僕。確実に。





 ――あ、ちなみに倉庫巡りはかなり盛り上がりましたよ? 権利の行使は一度もしませんでしたがね。




[27853] 欄外肆「覚書でも教えろ! 山田さんカムバック!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/10/16 00:01


欄外肆「覚書でも教えろ! 山田さんカムバック!!」




    ※今回の話は、ネタ発言とメタ発言に溢れたエセQ&Aコーナーです。
     タイトルですでにイヤな予感がした人や、設定とか特に気にしない方はスルーしてください。
     何気に山田さん初登場な方が居ますが基本オマケです。刺身のツマです。




山田「貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ! 山田です」

死神A「い、いきなり全方位に喧嘩を売らないでくださいよ!? 死神Aです」

山田「今回のゲストはドSの化身ですので、私もそれなりに攻撃的で行こうかと。チームサティスファクション!!」

死神A「……攻撃的?」

山田「はいはい。と言うワケで今回のゲスト、最近ロクに出番のない保護者です」

ドS「今すぐにでも帰りたいわ」

山田「貴女一人だけ姉キャラじゃないから、毎回『姉二人と保護者』って描写になって色々と面倒なんですけど」

ドS「絶対に嫌よ。アレらと一纏めにされるのは」

山田「その一歩引いたスタンスが、出番減らしてる一番の原因なんですけどね」

ドS「――っぐ」

死神A「わぁ、イキイキしてるなぁ」

山田「レギュラーが出番不足でヤキモキする様は、見ていてとても幸せになれますね」

死神A「それでも、本編での出番は私らより遥かに多いですけどね」

山田「減給」

死神A「今のは正直スイマセンでした」

ドS「烏天狗か隙間連れてきなさい。私の居るべき所じゃないわ、ここは」


 Q:晶君ってスカートを履いてるんですよね? その下ってふつーにトランクスなんですか?


山田「いえ、スパッツです。さらにその下は、知るべきではないシークレットゾーンと言う事で」

ドS「心の底からどうでも良い話題ね。毎回こんな話題を取り扱ってるのかしら」

死神A「はい、だいたい毎回こんな感じです」

山田「姉なら死ぬ程食いついてくる話題だと言うのに……それでこのコーナーを生き抜けるつもりですか!」

ドS「帰りたいわ」

死神A「すいません、もう少し我慢して付き合ってください」

山田「と言うか、いい加減そのクール芸もどうかと思うんですが。観念して来ちまえよ、コッチ側にさ!」

ドS「殺して良いかしら、この腐れ閻魔」

死神A「このコーナー中は常に無敵判定入ってるんで、耐えて頂けると幸いです」


 Q:今回襲ってきた連中の中で一番上と一番下がどれくらいの実力か教えてくださいAQN。
   あ、幻想郷縁起に載ってない妖怪でしたら山田さんお願いします。


山田「では、解説お願いします。アルティメットクリーチャーゆうかりん、略してAQNさん」

ドS「その略し方だとUCNになるわよ」

山田「うるへーばか、んな事知るか!」

ドS「ここまで開き直られると、怒る気持ちもどこかへ行ってしまうわね」

死神A「本当にスイマセン」

山田「ちなみに『生意気(ry』の一番強い奴でも、バカルテットの一人を苦戦させるのが精一杯と言う感じです」

ドS「つまり雑魚ね」

山田「酷い事言わないであげてくださいよ。塵も積もれば山となるけど、元々山だった奴には結局勝てないって言うじゃないですか」

死神A「フォローしていると思ったらトドメさしてた!?」

山田「豚は死ね、狼は生きろは幻想郷の基本原則ですからね」

ドS「正直、へっぽこ妖怪風情がどう扱われようとどうでも良いわ」

死神A「……怖いなぁ、幻想郷」

山田「あ、ちなみに妖怪混成軍でしたので、妖怪の種類はお好きなように決めてください」

死神A「お好きなようにって、結局はやられ役じゃないですか……」


 Q:ところで、香霖の強さって、どの程度に設定してますか?


山田「身も蓋もない事を言うと非戦闘員です。戦闘能力は期待しないでください」

死神A「まぁ、タダの道具屋ですからねぇ」

ドS「強いて言うなら、口と立ち回りの上手さが武器かしらね。それも大したモノじゃないけど」

山田「もうすっかり忘れているでしょうが、天晶花は出来るだけ原作遵守です。少なくとも作者は香霖堂店主に戦闘能力はないと考えているようですね」

死神A「ああ、たまに居ますね。道具を駆使して戦う隠れた実力者的な道具屋が」

山田「作者的には全然オッケーなんですが、出オチ設定過ぎてオリ技連発になるのが目に見えてるんで……」

死神A「まぁ、スペカも無くて戦闘方法も「道具を使う」で終わりじゃ使いにくいですもんね」

山田「そこのところどう思います? 登場作品の都合上スペカが極端に少なくて能力も戦闘向きじゃないからほぼオリジナル技なドSさん」

ドS「捻るわよ、本気で」


 Q:これだけ一緒にいたら意識してなくともこいしちゃんの無意識をコピーしちゃったりとかしないんですか?


山田「無理ですね。晶君のコピー能力はその仕様上、絶対に無意識下で覚える事が出来ませんから」

ドS「ああ、そういえば真の能力がほぼ何でもアリになってるせいでイマイチ影が薄いけど、コピー能力なんてものを持ってたわね」

死神A「さすがドS……容赦のない物言いですね」

山田「おかげで若干キャラが被ってて困ります。そのポジションは山田さんの物ですよ!!」

ドS「どいつもこいつも、妙な立ち位置争いに人を巻き込んでくれるわね……」

死神A「山田様の場合、相手選ばず噛み付いてますけどね」

山田「もし世界中の人間を犠牲にする事で一番目立てる様になるスイッチがあったら、私は迷わず押してますね。キリッ」

ドS「――コレ、本当に閻魔なの?」

死神A「信じがたいけどそうなんですよ、困った事に」


 Q:そういえば、香霖堂には朱鷺子(仮称)なんてキャラもいたけど、今後出てくる予定はありますかね?


山田「香霖堂でもほぼ一発キャラ扱いなんで、天晶花でも多分触れられないと思ってください」

死神A「ここ最近、怒涛のキャララッシュでロクに出れないキャラが増えてますしねぇ」

山田「地霊殿の一面ボスコンビとか、ほとんど接点出来ませんでしたしね」

ドS「あの子の理屈は強者と仲良くするには最適だけど、弱者と仲良くするには向かないのよね。昔はあの子自身が弱者だから何とかなっていたけど……」

死神A「今はうっかりが若干あるだけで普通に強者寄りの性能ですからね。弱い妖怪と相対すると大抵相手側がビビりますし」

ドS「晶は結局、主人公でなくボスの立ち位置なのよ。今はまだ頭に見習いが付くだけで、私や紫や文と本質は何も変わらないわ」

死神A「あー、なるほど。そうなんですか」

山田「はん、そんな事くらい山田さんも分かっておりますとも! 調子に乗らないでくださいよ!!」

ドS「……アレはどういうネタ振りなのかしら」

死神A「山田様なりに危機感を持っているのかもしれませんし、ただボケてるだけなのかもしれません」

山田「もちろん両方と言う可能性もありますよ。さぁ、答えはDOTCH!」

ドS「どっちでも良いから巻き込まないで」

死神A「切実な叫びですね……」

山田「まぁクールぶってるけど基本は脳筋な貴方に、多種多様に渡る解説役を務める事は出来ないでしょうね。ふふふん」

ドS「安心なさい、頼まれたって奪いには行かないから」

死神A「あー、けどそれはちょっと残念かも」

山田「死神A極刑」

死神A「しまったついうっかり――って、極刑?」

山田「それじゃあドSさん、ストレス発散も兼ねて極刑どーぞー」

ドS「若干腑に落ちないけどありがとう。それじゃあ、存分に晴らさせてもらうわね」

死神A「あ、あれー!? 何でそういうオチになるんですかタタタタタタ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・弍拾玖「終日遅遅/人間の脅かし方教えます」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/10/23 00:02


「……おかしいわね」

「どうしたんですかさとり様、お空なら自室ですよ?」

「分かってるわよ。あの子は最近、ずっと部屋に閉じこもっているじゃない」

「強烈でしたからねぇ、あの巫女は。大丈夫なんでしょうかお空は」

「巫女の恐怖もそれなりに薄れていたから心配は要らないでしょう。それよりもお燐、あの子を知らない?」

「そういえば見てませんね。活動範囲が増えたから、散歩にでも出かけたんじゃないでしょうか」

「ありえそうな話だけど、それなら巫女が襲来してきた時にも何かしらの反応を見せているはずなのよね――ふむ」

「と、言われましても。妹様がどう行動するかなんて、あたいらには分かりようが無いんですが」

「ちょっとお燐、ひとっぱしり地上まで行ってきて貰えないかしら。呼んできて欲しい人間がいるのよ」

「呼ぶって、誰をですか?」

「もちろん――あっきーをよ」





幻想郷覚書 地霊の章・弍拾玖「終日遅遅/人間の脅かし方教えます」





 うむ、実に有意義な時間であった。
 僕は香霖堂からの帰り道を、ホクホク笑顔でスキップしながら進んでいた。
 さすがに霖之助さんが認める非売品の宝庫だけあって、面白愉快な代物がたくさんありましたねぇ。
 もっとも割合は『ガラクタ一歩手前が三、興味無いものが五、当たりっぽいのが一、その他が一』って感じでしたけど。
 ちなみにその他と言うのはアレです。ハンバーグに乗ってるパイナップルとか、酢豚に入ったパイナップルとかそんな意味合いのもの。
 うん、意味は深く聞かないで。
 ともかく霖之助さんの語りと合わせて予想以上に楽しめた非売品鑑賞のおかげで、夜の帳はすっかり下ってしまいました。

「うーむ、文姉達に怒られそうだ」

 ここ最近、予定外の外泊が続いていたからなぁ。
 家主である幽香さんじゃなくて姉二人の方が怒り出す事は不思議で堪らないけれど、正当性はあちらにあるので反論は出来ない。
 晩御飯抜きも辛いし、やっぱり飛んで帰るべきか。……夜は暗くて飛びにくいから嫌なんだけどなー。
 まぁ、魔眼があるから大丈夫だろう。と言う事で軽く跳ねた僕の眼前に、突然黒い影が現れた。

「ばぁっ! うらめしやーっ!!」

 ――ナンダコレ。
 突然出てきたのは、水色を基調とした服装の可愛らしい少女だ。
 幻想郷に居そうで居なかった赤と青の瞳のオッドアイで、それだけなら大変可憐な女の子である。
 ただし、両手に持っている舌と一つ目付きの紫和傘でほぼ台無しになっている。
 と言うか……えっ? このドン引きするくらいテンプレな驚かしはなんなんですか? 新手のギャグ?
 怨めしいと言うわりには、少女の態度は楽しげでビックリこそすれ全然怖くない。
 多分から傘おばけ系統だから、セリフ的にもシチュエーション的にも間違って無いんだろうけど……何だろうこの致命的に間違えた感は。
 
「わくわく、わくわく」

 なのに相手方は、何かしらのリアクションを期待している有様。本当にどうするんだこの状況。
 かなりの時間硬直していたから、今更真っ当な反応を返すのはさすがに無理があるだろう。
 しかし冷酷な態度を取るにはチープ過ぎるし、お情けで驚くにもチープ過ぎる。つまり全体的に残念。
 そうなるとこの場合、最適なリアクションは……よしっ。

「わぁ、びっくりして――顔のパーツが取れちゃった」

 相手の瞳を覗き込んで、狂気の魔眼で少女に幻覚を叩き込む。
 恐らく彼女側の視点では、僕の顔から漫画的な表現で目やら鼻やらが外れている事だろう。
 これぞ必殺、古典には古典でチープにはチープで対抗するの術! さぁ謎の少女ちゃん、反応は如何に!?

「―――ふみゅぅ」

「ええー、気絶したーっ!?」

 今のなんか怖がる要素ありました? 無いよね、わりと子供騙しな絵柄でしたよね?
 ひょっとして何かの布石なのかと思いつつ、倒れた彼女の体を支える僕。
 しかしその予想は華麗に裏切られ、力を失ってクタッとしている少女は物の見事に気絶しているのでした。
 いやほんとコレ、どうしたら良いのさ。
 反対の手で掴んだ一つ目唐傘と見つめ合いながら、僕はやれやれと肩を竦めるのだった。










「捨ててきなさい」

 しばらく悩んだ後、結局お持ち帰りする事を選んだ僕に対する幽香さんの反応は冷ややかだった。
 事情を聞くまではいつも通り、好きにすれば良いじゃない的な態度だったんですが。
 聞いた途端に態度が急変。全力でお断りの空気を放つようになってしまいました。
 原因は言うまでもなく、僕が背負っている妖怪少女にある様です。

「いやあの、さすがに事故で気絶させちゃった妖怪を放置ってのは僕も若干心苦しくてですね」

「そんな妖怪の恥知らずは、今すぐにでも畑の肥やしにするべきよ」

 いかん、幽香さんの機嫌が大変悪うございます。
 人間に驚かされた妖怪と言うのは、幽香さんの矜持的に存在自体が許せないのだろう。
 まぁ、昔っから人間に騙される妖怪と言うのは居ないでも無かったですけどね。
 実際に遭遇してみると、しめしめ笑って妖怪を騙すズル賢い人らの気持ちが少し分かったと言うか何と言うか。
 ……そもそもこの子と幽香さんとでは、存在のジャンルが違う気がするなぁ。
 幽香さんが「ポロリもあるよ、首が」な青年誌系だとすると、彼女は「トロっとしてるよ、頭が」な絵本系と言うか。
 つまり、これはこれで妖怪っぽい子だという事になると思うんだけど――幽香さんに説明しても納得してもらえないだろうねー。
 どうしよう。すでに幽香さんの体勢が迎撃の姿勢とってるし、ここはいっぺん逃げて安全を確保すべき?

「んぅうぅぅー、の、のっぺらぼぉがぁ」

「あ、起きた?」

「おひゃあぁあっ!? 出たぁぁあっ!!」

 器用に反対の手から傘をひったくって、僕から離れる妖怪少女。
 完全に僕しか見えていない様なので、その後ろで密かに殺気を放つ幽香さんには気付いていない。良かったね。
 何だかいつもみたいな事になりそうだなーと思っていたら、彼女はマジマジと僕の顔を観察して怪訝そうに訪ねてきた。

「……顔、戻ったの?」
 
「戻ったというか、そもそも外れて無かったというか――幻覚で驚かせただけですスイマセン」

「おど、ろか?」

「ビックリさせて申し訳無い」

 冷静に考えると先にビックリさせようとしたのはあっちなのだけど、気絶させたのはこっちなんだからやっぱり謝る他無い。
 出来ればこのまま速やかに話を終わらせて、幽香さんが実力行使に移る前に帰って欲しいのだけど……。
 唖然としていた妖怪少女は、感極まった様子で目を潤ませると突然こちらに土下座してきた。
 え、いきなり何? と言うか傘の方まで体曲げてお願いしてる様なポーズしてるんだけどアレ連動してるの?
 良く分からず戸惑っていると、少女は顔だけを上げてこちらに懇願をしてきた。

「お願いします、私を弟子にしてください!!」

「――はひ?」

「私、多々良小傘って言います! からかさお化けをやってます!!」

「うん、だと思ってた。ってそうじゃなくてさ」

「師匠の怖がらせにとっても感動しました! 私にも、やり方を伝授してください!!」

「すでに弟子気取りだし……」

 分かってないだけなのかもしれないけど、怖がらせ方で人間に弟子入りする妖怪ってどうなのさ。
 いやまぁ、人間だからこそ同族の怖がらせ方を分かっているのかもしれないけど……そういう事を意図して言ってるワケじゃないんだろうなぁ。
 そもそも教えてと言われても、コピー能力も無しに狂気の魔眼を修得させるのはさすがの僕でも無理ですよ?
 や、条件を絞れば出来ない事も無いかな。一時的に他人へ能力を譲渡するとかで。やらないけど。
 
「はぁ、情けなさ過ぎて怒りも失せたわ。見なかった事にしてあげるから、その目障りなのを部屋にしまっておきなさい」

「……追い払えとは言わないんですね」

「纏わりつかれるのが目に見えてるからダメよ。私の目につかない所で、きっちり決着を付けておきなさい」

「左様ですか」

「わぁ!? かっ、風見幽香!?」

 あ、今頃気付いた?
 怯えて土下座のまま飛び下がった多々良ちゃんを横目に、幽香さんはため息混じりに家の中へ戻っていく。
 それで警戒を解いた多々良ちゃんは、安堵の息を漏らしながらじっと僕の顔を見つめてきた。

「師匠、風見幽香と知り合いなんですか?」

「うんまぁ、色んな意味でお世話になってるけ……ど……」

 あ、これダメだ。妖夢ちゃんと同じ目してる。
 「あの風見幽香と親しいなんて……」みたいな顔してるけど、それを僕自身の評価に絡められても困ります。
 
「凄いんですね師匠! だから、あんなにも怖い事が出来たんですか!!」

「色々ツッコミ所のある台詞だけどとりあえず一つ。……そもそもアレ、そんなに怖くなかったよね」

「えっ」
 
「えっ」

「とっても怖かったですよ?」

「あの、カートゥーンで良く見る顔パーツポロポロが!?」

 出来るだけ漫画ちっくにやったんだけど、あれってそんなに怖かったかなぁ。
 子供の頃って意外な物がトラウマになるって話を良く聞くけど、子供っぽい妖怪もそれと同じなのだろうか。
 ちなみに僕のトラウマは名前も言いたくないあの虫。幽香さんとかに言うと超怒られそうだけど、多分妖怪よりも怖い。
 まぁともかく、僕の芸は多々良ちゃん的にとても怖かったそうだ。
 噛み合わない認識に首を傾げている彼女に、僕はたっぷりの同情を込めて語りかけた。

「――才能無いから、こっちの道は諦めたほうが良いよ」
 
「そんなぁ!? それじゃ私、お腹が空き過ぎて死んじゃいますよぉ!?」

「あー、多々良ちゃんは感情を食べる系の妖怪なのか」

 一口に人間を食べると言っても、その種類は多岐に渡る。
 しかしまさか、多々良ちゃんが特定の感情――この場合は恐怖かな? を食べる妖怪だとは思わなかった。
 明らかに向いてないのになぁ。今からでも、別の食事方法に転向出来ないのだろうか。分かりやすく食人に切り替えるとか。

「あ、私の事なら小傘で良いですよー師匠。そっちの方が傘の妖怪っぽい響きだから好きなんです」

 ――うん、無理かな。
 警戒心皆無な顔で微笑む多々良――もとい小傘ちゃんの姿に、これは無理だと即時判断を下した僕。
 さすがにいきなり食事方法を変えろは無理があるよね。と言うかちょっと出来ないよね、生き方の根底を変えるのは。
 となるとやっぱり、小傘ちゃんのやり方と意識を改革するしか無いワケで。
 って、なんか普通に手助けする感じになりつつあるじゃないか。やりませんよ僕は?
 妖怪の驚かし先生とか色んな意味で勘弁して欲しい。まったくもう、僕は僕の中で常に最底辺だと言うのに。

「とにかく師匠の怖がらせ方を学べば、私もお腹いっぱい人間を怖がらせられると思うんですよっ! だからお願いします!!」

「教えると言ってもなぁ。このやり方は、僕と姉弟子にしか出来ないよ?」

「あねでし? ひょっとして師匠は、怖がらせの術をどこかで修めていたんですか?」

「習っているのは単なる薬学です悪しからず。ともかく小傘ちゃんは、今までやってきた方法を改善する方向で頑張った方が良いと思います」

「でも、今のままだと私ロクにご飯食べられませんよぉ」

「……参考までに聞かせてもらいたいんだけど、食事成功のペースってどれくらいのモノなの?」

「い、一週間に一度くらいは成功してますよ!」
 
 週一の食事って……しかもこのリアクションだと、明らかに頭に「調子の凄く良い時は」が付く感じだ。
 コレ、本格的に何とかしないと小傘ちゃん餓死するんじゃ……。
 
「お願いですぅ。古典の怪談で勉強してもみたんですが、全然効果が無くって」

「そりゃあ、学んだ結果が「ばぁっ! うらめしやーっ!!」じゃねぇ」

 怪談で重要なのは、最後の一瞬よりも対象を追い詰めていく過程の方でしょうが。
 と言うか最後を参考にするにしても、あの真似方は致命的に間違ってる。絶対に小傘ちゃんに人を怖がらせる才能は無い。
 そんな彼女でも何とか出来る方法があるとするなら、考えなくても一定の成果を得られる行動の完全マニュアル化しか無いだろう。
 しかし、マニュアル頼りは色々な危険性があるからなぁ。考えるならしっかりと……あぁもう。

「――分かった。このまま放置したら安眠できそうにないし、片手間で良ければ付き合うよ」

「本当ですか、師匠!」

「ほっとけないからね。……はぁ、ペット化した熊を野生に返す飼育員になった気分だ」

「それじゃあ早速、あののっぺらぼうの術のやり方を!」

「だから無理だってソレは。悪いけど教えられるのは、今より若干効率が良いような気がする怖がらせ方だけだよ」

「えっと、それは具体的にどういう?」

「んー、そうだねぇ」

 ……全然思いつかないなぁ。やっぱり、思いつきじゃ良い案なんて出てこないか。
 魔眼を使えばどんなシチュエーションも思うがままなんだろうけど、あんまり使い過ぎて魔眼欲しいに戻られても困るしなぁ。
 いや、全然アイディアがないワケじゃないんですよ?
 例えば森の奥とかに誘導して、全速移動で消えたように見せかけた後に風と冷気で場の雰囲気を作って、血糊と汚れを被って背後から話しかけるとか。
 物凄い手間はかかるけど、それくらいの手順を踏めば安定して人間を驚かせる事が出来るだろう。恐らくは。
 あーでも、小傘ちゃんの能力的に無理な行動が多いかなぁ。
 僕は何も思いつかなかった事を誤魔化す様にして、小傘ちゃんに問いかけた。

「ちなみにさ、小傘ちゃんの能力って何?」

「『人間を驚かす程度の能力』ですよ」

「……えっ?」

「だから、『人間を驚かす程度の能力』ですってば」

 大事な事なんで二回言ったワケですね。――え、マジで?
 そんな最適を通り越してピンポイントな能力を持っているのに、どうして食うのにすら困っているのだろうか。
 まぁ、能力の使いこなせてなさ加減では僕も人の事をアレコレ言えないけど……それにしたってねぇ。

「とりあえず、小傘ちゃんとは色々と話し合う必要があるみたいだね」

「そ、そんな露骨にガッカリされる程のしょっくを!?」

 これは、わりと根深い問題なのかもしれない。
 自らの安請け合いを軽く後悔しながら、これは長期戦になりそうだと頭を抱えるのだった。





 ―――ちなみに大凡の予想通り、小傘ちゃんの件で色んな人から色んなからかわれ方をされる事になるのですが、それはまた別の話。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「イソッチダヨー。山田です」

死神A「いや、違いますよね名前。死神Aです」

山田「もうこの際、フルネーム山田イソッチで良いと思うんですが」

死神A「フルネームが愛称ってどういう事なんですか。そもそもソレ、名前じゃなくて苗字の」

山田「東方関係無いネタを引っ張ってるんじゃありませんよ!」

死神A「自分で始めておきながら!?」


 Q:以前に出た夢想天生もどきが空気になって忘れ去られていくような予感があるんですが、その存在を某腋冥土は覚えてますよね?


山田「覚えてはいますよ。覚えているだけとも言えますが」

死神A「……だけなんですか」

山田「現状の晶君では、どうやっても再現し難い技ですからね。本人もかなりやる気が無くなってるので、優先順位は大分低めになっています」

死神A「しかもなくなってるんですか、やる気」

山田「基本的に強くなる気が無い子ですからね。幻想面の一件もあって、当分は今まで通りで良いかと考えているようです」

死神A「その当分は、どれくらい続くんですかね?」

山田「当分です」

死神A「……何だかこのまま、本当に忘れ去られそうで怖いですね」


 Q:後無敵状態の山田さんには幻想面の能力・肉じゃが・饅頭(と言い張る名状しがたき物質)・マイク晶君のミラクルボイスは効きますか?


山田「幻想面以外は全部効きます。まず勝てません」

死神A「幻想面の能力だけ効かない事に驚きなんですけど、どういう基準なんですかその無敵判定」

山田「ぶっちゃけるとギャグキャラ補正ですね。故に、ギャグ属性が山田より強いアイテムにはどうやっても抗えないのです。山田ションボリ」

死神A「なるほど、羅列された中で唯一ギャグじゃない幻想面だけが効かないのはそういうワケですか」

山田「ある意味ネタですけどね。ちなみに晶君自身の補正は私より低いので、彼では山田の無敵を敗れませんよ。ふふん」

死神A「胸を張る意味が分かりません山田様」

山田「ギャグ補正カースト最下層の死神は黙っていれば良いんです」

死神A「……予想はしてたけど、はっきり指摘されると凹むなぁ」


 Q:他のスペルカードで神剣みたいに意思を持つのはあるんですか?


山田「晶君に限定してなら、他に意思を持つ予定のスペカはありません。ここまで明確なのは神剣のみです」

死神A「やっぱり武器である点が重要ですか」

山田「あとは、神代レベルの力を持ってる点もポイントですね。本編で散々言われてますが、神剣はスペカ扱いの実質神器なワケです」

死神A「……実は天之尾羽張って、凄い武器なんですかね」

山田「かなり凄い武器です。使う人と時代によっては、伝説に新しい武器の名前が刻まれる事になったでしょう」

死神A「そ、そんなレベルなんですか」

山田「まぁ、晶君の手にある間はそのハイスペックさを全て無駄にするのですが」

死神A「結局そう言う流れなんですね……」

山田「本人自身がそういう傾向ですから、仕方がありません」


 Q:ところで、時折減給されてる死神Aさんですが、どれぐらい減らされているのでしょうか?


死神A「実はあたいも分かってません。毎回マチマチな量減らされているので……」

山田「そりゃまぁ、適当に減らしてますからね。分からないのは当然です」

死神A「減給するなら減給額くらい決めておいてくださいよぉ」

山田「いえ、気が向いたら理由関係なく給料減らしているんで分からないと言ってるんです」

死神A「山田様の気分で、あたい毎回ギリギリまで給料減らされていたんですか!?」

山田「最近ようやく、最適な減らし具合が分かった所です。なのでもうちょっと減らして良いですか」

死神A「あたい本格的に死にますよ!?」

山田「ストレスで?」

死神A「分かってるなら止めてくださいよぉ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・参拾「終日遅遅/移り気な小意思」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/11/05 23:38

「あっきらくーん、あーそーぼー!」

「あーそーぼー!!」

「いきなり何よ、うるさうげぇ!? ――これはこれは、鬼の御二方ではありませんか」

「よーっす烏天狗、腋メイドと遊びに来ったよー」

「隠すとタメにならんぞぉ。鬼は嘘が大嫌いだからなぁ」

「……萃香様はともかく、勇儀様は地底から出てはマズいのでは?」

「まぁアレだ。私は地下に居るんだよ今この瞬間も、つまりそういう事だ」

「嘘、お嫌いなんですよね?」

「方便は好きなんだよ。そうでないと、酒を美味しく飲めないからな」

「はいはい分かりましたよ、そう言われたら上下関係を遵守する天狗にゃ何も言えませんよっと」

「拗ねんなよ。――で、晶きゅんどこよ」

「今朝方、火車に呼ばれて地霊殿へ向かいましたけど」

「……入れ違ってるじゃないか!」

「知りませんよ、私に怒鳴られても! 私だって苦渋の決断で同行を断ったのに、何で断った理由がこっちに来るんですか!!」

「私ら居なけりゃ同行してたのかよ。一応、地下はまだ地上妖怪立ち入り禁止だぞ」

「大丈夫です、私も方便大好きなんで」

「……やり返される所が、実に鬼って感じだよな私ら」

「追いかけるのもなんだし――飲むか!」

「応っ!!」

「ここで酒盛りを始めんでくださいよ……」





幻想郷覚書 地霊の章・参拾「終日遅遅/移り気な小意思」





「妬ましいわ……世界今すぐ滅べば良いのに」

 地上と地底の境、と言う事になっている橋の地上側で私は心の底からの願いを口にする。
 厄介な三人組の登場に端を発した地底の騒乱は、破壊巫女の登場で一応の終わりを見せる事となった。
 まぁ、そこまでは良い。腋メイドは腹立つし巫女は両方共好き勝手するし天人は偉そうだし勇儀は張り切るし、色々妬ましかったけどまぁ許す。
 最後の巫女大暴れで巻き込まれていたら絶対に許さなかったけど、それは見物だけで済んだしね。
 だけどその後、地底と地上が交流するようになったのは許されない。何であの流れでそういう事になるのよ。
 勇儀曰く「時の流れが地底妖怪の印象を少しばかり変えたから」らしいが、その流れに私を巻き込むのは勘弁して欲しい。
 
「どいつもこいつも楽しそうに。妬ましい妬ましい妬ましい……」

 それからと言うもの、楽しそうに地上へ出かける妖怪達や愉快そうに地底へ向かう魔法使いやら何やらが橋を通過して大変鬱陶しいのだ。
 一応、まだ地上妖怪の立ち入りは禁止しているらしいけれど。
 もうすでに何人か通してる事を考えると、その禁則も実質無いのと同じなのだろう。実に妬ましい。
 しかもそういう侵入者に限って、無闇矢鱈に強いのだから扱いに困る。
 ……ええ、負けたわよ。魔法使いにチョッカイかけて黒焦げにされたわよ妬ましいわね。

「ああ、思い出すだけで妬ましい。腹立たしさでどうにかなってしまいそう――」

「やっほぉぉぉぉぉおお! パルスィィィィィイイ!!」

「よぉん!?」

 突然、凄まじい砂埃を上げて私の体に抱きつく何か。
 とんでも無い勢いで飛びついてきたハズなのに、私にさほど衝撃が来ないのはどういう匠の技なのか。
 そのままこちらの身体をギュッと抱きしめた何者かは、心底嬉しそうに頬をすり合わせてきた。

「って、晶じゃないの!? 何で貴方が――と言うか離れなさいよ妬ましい!」

「やほやほパルスィお久しぶりー、元気してたー? いぇーい!」

 死ぬ程鬱陶しい……こういう奴だったかしら。
 何とか引き剥がせたものの、腋メイドは前傾姿勢で再び抱きつかんとこちらの隙を伺っている。
 自然と私も同じ様な姿勢になった為、無駄に緊迫感のある絵面が出来上がってしまった。
 どういう状況だコレは。良く分からなすぎて妬ましいわ。

「実はさとりんに呼ばれましてねー。いきなり地霊殿に突入じゃ失礼かなと思ったので、こうして正規ルートを通っている次第であります」

「なるほど分かったわ。ならとっとと通り過ぎなさい、邪魔だから」

「えー、良いじゃん良いじゃん。もっとイチャイチャラビュラビュしようぜっ!」

「その無駄な元気の良さはどこから出てるのよ妬ましい。大体にして、私達はそこまでする関係じゃ無かったはずよ。どういうつもり?」

 かろうじて知人、と言うのが彼への精一杯友好的な認識だ。
 あちらはそれなりに私に懐いていた様だが、それでもこの態度は異常だ。頭でも打ったんじゃないだろうか。
 それとももしや……ありえないと思うが、私に何らかの劣情を抱いてしまったとか?
 無いとは思うけれど、もしもそれが事実だとしたなら――コロスしか無いわね。
 ほんの少しだけ殺意を込めた私の問いかけに、晶は頬を染めて返答した。

「実は僕、気付いちゃったんですよ――パルスィに嫌がらせするの割と楽しいって」

「死ねぇっ!」

「ですよねっ!!」

 色恋は関係無かったが、殺すのに値する理由だったので弾幕を顔面にブチ当てておいた。
 身体を何度も捻らせて頭から着地する馬鹿。しかし馬鹿は当たった衝撃を利用し綺麗に半回転すると、両手を広げた姿勢で着地して見せる。
 ダメだ。分かっていたけど戦闘向きじゃない私には、この馬鹿に致命打を与える事が出来ない。
 平然と笑いながら「パルスィってばお茶目さんだなぁ」とかほざくこの化物は、全力で地底に封印すべきだと思う。妬ましい。

「お、お兄さん待っておくれよ……ぜぇはぁ」

「ああ、お燐ちゃんゴメン。パルスィがパルパルしてたからつい突撃しちゃったよ」
 
「どういう理由よ妬ましいわね。貴女も、このスットコドッコイを連れてくるならきちんと管理なさい」

「悪いね。ただ、あたいの技量じゃどう頑張っても本気になったお兄さんを止められないんだ……」

「……貴女も大変ね」

「あれ、僕なんか物凄い厄介者みたいな扱いされてない? レミリアさんとか輝夜さんと扱いほぼ同じじゃない?」

 地上の妖怪の名前を挙げられても、私には誰だか分からないわよ妬ましい。
 ただ、こいつが私達と同様に調子を狂わされる相手が地上に複数居る事だけは何となく理解したわ。
 ……なるほど、そういうワケなのね勇儀。それだけ濃い面子が揃っているから、今更私達が地上へ出た所で何の問題も無いと。
 
「はぁ、嫌になるわね本当に。ああ妬ましい」

「いや本当に申し訳無い。こちらも急ぎの用事だから長居はしないよ、安心しておくれ」

「そういう意味じゃ無かったのだけど、そういう事ならとっとと行きなさい。私は忘れるから、何もかも全部」

「えっ? 何言ってんのさマイフレンド」

 そう言って、心底不思議そうな顔で私の腕に絡みついてくる腋メイド。
 またか。またコイツはこうやって、この私を無関係な事態に巻き込もうとしているのか。
 すでに右腕にかかる力は、折れない程度にこちらを拘束して離そうとしていない。
 完全に私の事を舐めてるわねこのド阿呆妬ましいっ! 良いわ、見せてあげようじゃないこの私の力を――










「さぁさぁ、再びやってきました地霊殿!」

 ……舐めてたわ、この腋メイドの事。まさかここまで押しが強いとは思わなかったわね。
 理屈も理由も投げ捨てて私を連れて行こうとする晶の勢いに呑まれ、気付けば私は地霊殿まで同行していた。
 付き添いの火車も私の味方をしていたはずなのに、どうして少数のあちらが最終的に勝っているのだろう。
 しかも、相手は笑顔でゴリ押ししていただけなのに。意味不明過ぎて妬みも――いや、やっぱり妬ましいのは妬ましいわね。

「いらっしゃい、歓迎するわあっきー。それとお疲れ様お燐、大変ねパルスィ」

「分かってるなら何とかしてよこの馬鹿を。物凄く鬱陶しいんだけど」

「親友の私としては、実に妬ましい光景ですね。ぱるぱるうふふ」

「あ、パルスィの左側が空いてますよ」

「これはどうもご丁寧に。それでは失礼して」

「何で私を中心に置くのよ!? 意味が分からないわ妬ましい!」

「さとり様、ノリノリですね……」

 予想はしてたけど、覚妖怪は私の味方をするつもりがこれっぽっちも無いワケね。
 全てを理解した上で私を引き摺るさとりの奴を睨みつけるが、当然この程度の非難を気にするコイツじゃない。
 何も考えていない晶と一緒に両脇を固めると、あっという間に私を客間らしき所まで運び込んでしまった。
 ……普通こういう時って、主賓である腋メイドの方が持て成されるべきよね。
 なのにどうして、どう考えても無関係な私の方が主賓っぽく扱われているワケなの?
 と言うか貴方は何で持て成す側に居るのよ。火車と一緒にお菓子を持ってくる前にやる事があるでしょうが妬ましい。

「さて、お二人をお呼び立てした理由ですが――その前に。出てきなさいこいし、居るんでしょう?」

「ほぇあ?」

「えっ?」
 
 さとりの言葉に合わせて、クスクスと笑い声がどこからともなく聞こえてくる。
 気付けば、いつの間にか私の隣に腰掛けている少女が一人。地霊殿の主の妹である、古明地こいしだ。
 そういえば地霊殿には、無意識で動く厄介な妖怪が居たわね。
 さとりは如何にも分かっていましたと言った具合に彼女へ語りかけていたが、アレは確実にカマかけだろう。
 何しろ古明地こいしは『さとり妖怪としての力』を失った結果、唯一無二のさとり妖怪キラーとなってしまったのだから。
 
「‘久しぶりだね’お姉ちゃん、上の方はすっごく楽しかったよ?」

「はぁ、やっぱりそういう事だったのね」

「えへへー」

「ふぅん、なるほどね」

「晶、事情を知ってるの?」

「いえ、サッパリです。てへぺろ」

「妬ましいっ!!」

「えぐぼっ」

 貴方って、実は私を憤死させる為に生み出された妖怪とかじゃないでしょうね。
 この状況下で平然と詰まらないボケをかます馬鹿に、私は全力の弾幕をお見舞いしてやった。しかし即座に復活した。妬ましい。
 コイツはそろそろ、本気で殺した方が世界の為なんじゃ無いだろうか。
 私が内心でそんな事を思っていると、さとりが何故か苦笑いと思しき形に口を歪めて晶の顔をじっと見つめた。

「あっきー、そうやってパルスィさんをからかうのは止めた方が良いですよ。本当は事態をちゃんと理解しているのでしょう?」

「やー。推測に推測を重ねてさらに推測を足した様な推論なんで、本人達の前で言うのもどうかなーって」

「大丈夫ですよ、概ね貴方の予想通りですから。あっきーはもう少し自分に自信を持つべきではありませんか?」

「僕は自分を一切合切信用していませんので無理です」

 自慢げに言う事じゃないわよ、ソレ。
 どうやら巫山戯た態度の裏でそれなりの考察をしていたらしい晶は、さとりにソレを指摘されて照れくさそうに頬をかいた。

「晶がどうこうは心底どうでも良いから、分かってる事を今すぐにでも吐きなさい早く」

「良いけど、パルパルはもう少し心に余裕を持った方が良いと思う」

「ねぇ、貴方忘れてない? 私は、無理矢理ここに連れてこられた完全な部外者なのよ?」
 
「大丈夫、覚えてます」

「知ってますよ」

「一緒に居たよー」

「あ、あはははは……」

 外道しかいないのか地霊殿。誰一人として、部外者である私を追い出そうという結論に至らないのが腹立たしい。
 しかもこの状態、冷静に考えると完全に包囲されていて逃げられないじゃないの。
 意地でも私を確保し続けるつもりかコイツら……私が言えた義理じゃないけど、その情熱を他の方に向けなさいよ妬ましい。

「まぁ良いわ。で、どういう事なのよ晶」

「多分だけどね。この前の地底騒動の時から、このステルス性能高めな妹さんは僕と一緒に居たんじゃないかな」

「うん、そうだよ! お兄様と一緒に遊ぶの楽しかったなぁ」

「え、まさかのお兄様呼び!? と言うか僕は、妹さんと遊んだ覚えが無いんですが」

「面白かったよー。お兄様が変な事したり、お兄様が変な格好したり」

「明らかに道化師と同じ楽しまれ方されてる!? いや、弾幕ごっこで殺し合うよりは健全な遊びですけど!」

「――健全なのかしら、他人の不幸観察って」

「あたいに振らないでください、返事に困るんで」

「後は、オヤツを食べたり落描きしたり花を」

「それでさとりんは、ひっつき虫状態になってる妹さんを呼ぶ為に僕を地底に招いたワケだと!」

「そういう事です。重要なのはその点だけですので、地上でのこいしの行いは全力で無視してくださいね」

「うん、分かってる。そこを追求すると多分僕も酷い目に遭うから、聞かなかったという事で」

「何よそれー、ひどーい。私変な事してないもーん」

 ……今、さらっと後暗い取引がなされた様な気がするわ。
 面倒なので関わり合うつもりは無いが、古明地妹は地上でかなり好き放題遊んでいた様だ。
 まぁ地底に居た時から無意識に任せて好き放題やってたし、今更という気はするけど。
 行動範囲が地上にまで広がった今、古明地妹の動きを把握するのは不可能に近いかもしれないわね。

「――それで、どうするつもりなのよさとり。まさか連れ帰ってそれで終わりってワケじゃ無いでしょう?」

「ええ、今回の件で私も実感しました。やはりこいしには、首輪を付けておかないとダメなのだと」

「首輪なんてつけても、私はすぐに外しちゃうよ」

「分かっているわ。だから――」

「ちょっと待ちなさい。その話、私達が居る所でする必要あるの?」

 何だか嫌な予感がするので、出来る事ならその話は別の所でして欲しいのだけど。
 私の問いかけに、さとりは一瞬考え込んで――何時も通りの飄々とした態度でのたまった。

「正直、あっきーだけ居れば十分なんですが……面白そうなんでそのまま居てください」

「帰るわ」

「おっと逃がすか」

「逃がすかー」

「離しなさいよ妬ましい! さとりが言ってたでしょう、私が居る意味はないのよ!?」

「いえ、意味はありますよ」

「……何よ」

「僕が楽しい」

「私も楽しいよー」

「――全員地獄に堕ちてしまえ妬ましいぃぃぃぃいっ!!」

「落ち着いて水橋の姉さん、地獄ココだから!」

 知ってるわよ妬ましい!
 立ち上がろうとしたこちらの身体を掴んで、意地でも逃がさないとニッコリ微笑むバカと妹。
 彼らに向かって放った私の抗議の声は、ただ虚しく地霊殿へ響くのだった。





 ――覚えてなさいよ妬ましい! 絶対にこの怨み、帰ったら私の妬み帳に念入りに書いてやるんだから!!










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「今回はサクサク行きたいので、死神Aの名乗りシーンはカットします。山田です」

死神A「死神Aです。って、えぇ!?」

山田「ダメでした。まぁどうでも良いので最初の質問に移りますね」

死神A「いやあのちょっと、せめてツッコミを」

山田「今回はサクサク行くので無しです」

死神A「いや、言うほどサクサクじゃ無いですよ!?」


 Q:幻想面でカラオケ勝負になった場合どういう歌になるんですか?


山田「その前に言っておきますが、幻想面はあくまで戦闘を想定した面変化です」

死神A「まぁ、色々応用――と言うか、相手の心が折れるならどんな勝負でも受ける形になってるだけで、基本はそうですよね」

山田「つまり幻想面と勝負するためには、晶君側の協力が無い限り戦闘して面変化させる必要があるワケです」

死神A「そうですね。それで、つまり?」

山田「ぶっちゃけ喧嘩吹っ掛けておきながら歌勝負で勝敗付けようとしてる時点で、もうほとんど心折られた様なモンですよね?」

死神A「いや、どんな形でも良いから勝とうと考えてる場合もあると思いますけど……」

山田「それにしたって限度ってモノはあるでしょう。戦闘から超絶疎遠な勝負方法が得意なら、普通はハナからそっちを選びますしね」

死神A「晶君も、そういう相手に幻想面は使わないと」

山田「幾ら最後は必ず勝ちで終わると言っても、重火器類で料理をする様なモノですから。大体晶君は、幻想面あんま好きじゃないですし」

死神A「なるほど――でも質問の内容は実際に激突した場合ですから、ここまでの流れ関係無いですよね?」

山田「実際にやると、超絶上手くて心に響く上に点数もカンストする音波を出します。終わり」

死神A「短っ!? しかも音波!?」


 Q:それと幻想面でスポーツとかゲームで勝負した場合反則にはどういう反応をしますか?


山田「下手な反則行為なら、特に何かしなくてもそれ以上の結果で捩じ伏せるので意味ないですね」

死神A「下手じゃない反則なら?」

山田「証拠掴まれてダービー兄みたいにへし折られます。全身を」

死神A「隠す事すら出来ないんですね……」

山田「当然じゃないですか。そもそも因果捻じ曲げて勝利確定させてる幻想面は、ルール有る系競技では通常戦闘以上に手を付けられませんよ?」

死神A「そうなんですか?」

山田「常に天和レベルの補正が常に掛かりますからね。イカサマで揃えたロイヤルストレートフラッシュが何故か幻想面の手元にある。みたいな現象も平然と起きますよ」

死神A「それは、幻想面側のイカサマでは無くて?」

山田「強いて名付けるなら奇跡ですね。これを何とかするには、幻想面との因果律操作能力レースに勝たなければいけません」

死神A「つまり、結局ボコボコにされるワケなんですね」

山田「どんな小細工仕掛けようと、結局パワー勝負に持ち込む面ですからね。当然の帰結ですよ」


 Q:そういえば魔理沙は地霊殿の異変の時どうしてたんですか?


山田「正規ルートで異変の犯人を探そうとしていました。つまり地上でウロウロしてる状態ですね」

死神A「今回、巫女側がまさかのショートカットを使いましたからねぇ」

山田「霊夢が解決した頃に、ようやく地下への入口を見つけたという塩梅でしょうか。原作と違って協力者もいませんでしたしね」

死神A「で、今回軽く触れられた様に、交流持つようになった地下へ泥棒しに行ったと」

山田「そういう事です。ちなみに天晶花版地霊殿の6ボスはちょっと本気の勇儀でした。旧地獄、実は結構ギリギリだったんですよ?」

死神A「わー、色々と凄い事になってるやー」


 Q:とりま質問です、ラリアーさんは一週間どういうペースで書いてるんですか?


山田「別に山田さんでやる必要は無いけど、長くなるので仕方なくこっちに来た質問。渋々だけど答えますね」

死神A「いや、答えるならそういう感情は押し込めておいてくださいよ!?」

山田「はいはいワロスワロス。とりあえずその週の予定によって本編の書き進め具合は異なりますが、基本的に日曜には書き終わってます」

死神A「あれ、意外ですね。毎回「まにあわなーい、しぬー」とか言ってる感じですけど」

山田「書き終わっただけなので、文章の校正は終わってないんですよ。それと感想返信で月曜日を消費する感じですね」

死神A「なるほど。――ちなみにこのコーナーはどういう扱いなんですか?」

山田「大体木曜あたりまでの感想を見て有無を決めてる感じですね。ある場合だと本編の締切が一日縮まるので、土曜日当たりで覚悟を決めてます」

死神A「覚悟の種類が気になりますね……」

山田「大丈夫です、ダメな意味で間違ってないですから」


 Q:、小傘は「怖がらせる」じゃなくて「驚かせる」で腹が膨れるんじゃありませんでしたっけ?


山田「はい、これに関してですが――すいません、作者マジ勘違いしてました」

死神A「感情を喰べる妖怪=恐怖を喰べる妖怪。って固定概念があったせいで、無駄にハードル上げてたんですよね」

山田「実はどんだけ稚拙でも、「ばぁ、おばけだぞー」で驚いてれば食事になったみたいですね。これはあやもみ不仲並のうっかりです」

死神A「えっと、どうするんですか?」

山田「まぁ、驚かせる事で恐怖を得るって形で無理矢理繋げる事も出来なくは無いので、天晶花では恐怖を喰べる設定で行きます。今更直せませんし」

死神A「ご指摘ありがとうございます。本当に色々と申し訳ありません」


 Q:幻想面の晶君が肉じゃがを作ったら、通常状態の晶君よりも凶悪なものが出来るんでしょうか。


山田「さて、これで最後の質問ですが――そもそも幻想面状態で料理を作る事がないんで、料理の腕も変化はしません。終わり」

死神A「最後の最後で扱い軽っ!? もう少し補足しましょうよ!」

山田「あんまり幻想面に無茶ブリされても、作者が返答に困るだけなんで悪しからず」

死神A「いや、解説役がそういう事を言わんでくださいよ!?」

山田「でも幻想面で料理作るって事は、イコール晶君に料理勝負を挑むって事ですよ? あり得ると思えますか?」

死神A「……少なくとも、審査員は立候補しないでしょうね」

山田「さすがの山田さんでも、成立しない勝負を前提とした疑問は答え難いですよ……面倒だし」

死神A「絶対最後のが本音ですよね。ね?」

山田「うるさいですね。良いから「最近死神A=怠惰というイメージが、圧倒的な不憫・苦労人属性の前に薄れてすら来ているんですが、本人はどうお考えでこまっちゃん?」って質問に答えてこのコーナーを終わらせなさい」

死神A「あれ、さっきのが最後の質問じゃなかったんですか!?」

山田「アレは質問、これはオチ振り」

死神A「色んな意味で酷い!?」

山田「はいはいワロスワロス。さん、はいっ」

死神A「えーっと……あたいよりも山田様の方が酷い事になってるからあんまり」

山田「はーい、死神Aさんボッシュートでーす」

死神A「だって他に何も思いつかなかったんですよぉぉぉぉぉぉ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・参拾壱「終日遅遅/全てを見通すサード・アイ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/11/06 00:06


「晶君の、ドッキドキ人間の怖がらせ方講座ぁ!」

「わー、ぱちぱちー」

「いきなりですがクエスチョン、人を怖がらせる時に一番重要な事はなんでしょう!」

「はーい、怖い顔でーす」

「躊躇無く言い切るその姿に、晶君ちょっと戦慄を覚えました! 不正解!!」

「え、じゃあ何が大切なんですか師匠?」

「それはずばり、シチュエーションです!」

「しちゅえーしょん?」

「場の雰囲気ってヤツだね。これさえ何とか出来れば、後はもう煮るなり焼くなりやりたい放題ですよ!」

「おおー、そんな凄い裏技が!」

「裏っつーか表っつーか基本っつーか。……まぁ、小傘ちゃんもそこらへん分かってるはずだから、肝心なのは詰めの部分かなぁ」

「へぇあ? 何の事ですか?」

「僕を脅かそうとした時に色々やってたでしょう? 森の中を選んだり、夜まで待ってたり」

「???」

「――あの、小傘ちゃん? あの時なんで僕を脅かそうと思ったのカナ?」

「お腹が空いてフラフラしてたら、偶々師匠を見かけたので!」

「つまり……深い意味は無かったと?」

「はいっ!」

「あーうん、分かった。それじゃあまずは、基本の基本の前提から始めようか」

「あれ、師匠なんか今すっごい勢いで難易度下げませんでした?」





幻想郷覚書 地霊の章・参拾壱「終日遅遅/全てを見通すサード・アイ」





 どうも、限りない力技でツッコミ役を確保した久遠晶です。
 おかげでパルスィが怨霊もドン引きする怒りを放っているけど、まぁそれはスルーで。
 ツッコミ兼進行役がいないと、その煽りを僕が受ける事になっちゃうからなぁ。
 パルスィには、犠牲になって貰いましょうと言う事で。後で地上の喫茶店でケーキくらいは奢るよ!

「さて、全ての問題が解決した所で話題を元に戻したいワケですが」

「これで解決した気になっている貴方にビックリよ妬ましい」

「えーっと、妹さん――とりあえずこいしちゃんって呼ぶね、に首輪を付けるとか付けないとかの話でしたよね」

「そうだったっけ?」

「はい、そうです」

 で、こいしちゃんが首輪なんてすぐ外しちゃう。みたいな事を言った当たりで話が脇道に逸れたワケだ。
 うーむ。そこまでの話はほとんどノリで流しちゃってたから、情報がかなり歯抜けなんだよね。
 何でこいしちゃん、狂気の魔眼に存在が引っかからないんだろうか。
 心を読めるはずのさとりんも、こいしちゃんに関してはいつもの鋭さがないと言うか、微妙に後手に回ってる気がすると言うか。
 ……心を読む能力持ちってワケじゃ無さそうだなぁ、こいしちゃんは。今もこっちの考えに対してノーリアクションだし。
 まぁ、フランちゃんとレミリアさんも同じ吸血鬼だけど能力は完全に別物だし、さとり妖怪だから能力は絶対に読心ってワケじゃ――
 いやさすがにそれは変だよね。読心能力のないさとり妖怪とか、豚を使ってないとんこつラーメン並の詐欺な気がする。

「――っ」

 こちらの思考を読んだらしいさとりんの表情が、若干苦々しさを含んだ形に変わった。
 アレ、今の指摘って実は結構痛かった? 僕の内心の問いかけに、さとりんはこっそりこちらへ視線を通しつつ軽く頷いてくる。
 ふーむ、この様子だとちょっと立て込んだ事情があるのかな。
 でもそうなるとあまり深くも突っ込めないので、心を読めるさとりんに事情説明をお願いしたいんですが……。
 
「そうですね。あっきーには色々とお願いするので、そこらへん説明はしておきましょう」

「おっけー、バッチコイやぁ!」

「すでに受ける気満々なのね妬ましい」

 そりゃまぁ、どう足掻いても確実に引き受ける事になるだろうからね!
 何しろ相手はこっちの考えを読むさとりんだ。下手じゃない言い訳だって、彼女には通用しないに違いあるまい。
 仮に読心能力が無かったとしても、どちらにせよ抵抗の余地は無かっただろうけどさっ! ――泣いた。

「こいしは、無意識を操る事が出来るのです」

「無意識、ですか。ふむふむ」

 読んでそのまま意識に無い部分を操れると言う事なら、僕の魔眼に引っ掛からなかった理由もなんとなく分かる気がする。
 いや、魔眼は多分彼女の事を捕らえていたのだろう。ただそれに、僕が気づいていなかったのだ。
 そして恐らくは、さとりんの読心も通用しないのでは無いだろうか。だからこそ彼女の管理責任能力が問われてしまっているワケで。
 あ、さとりんが何やらアイコンタクトしてきた。これはアレか、概ねその通りですって事か。
 なるほど、それなら確かに「首輪」なんぞ付けられまいて。
 と言うか仮に付けたとしても、それをこいしちゃんが現状どうしているのか認識する術がさとりん達には無いと言うか。
 
「その通り、私では確かにどうしようもありません。ですが――あっきー、貴方なら何とか出来ます」

「いえ、無理です」

「躊躇いなく断言したわねこの腋メイド。ああ妬ましい」

「絶対に出来ないって自信が、オーラになって全身から滲み出てる感じだねぇ」

「お兄様おもしろーい」

 僕は出来る事は全力でやろうとしますが、出来ない事は全力で断ります。
 今回の依頼は当然後者に当たるので、さとりんが何言おうが僕は絶対に受け付けませんよ! えぇ絶対に!!

「そう、今の貴方には出来ません。可能とする為の能力が‘無い’のです」

「分かってるなら、僕に首輪をなんて……」

「私に読める全ての領域がそれを証明しています。久遠晶に、『分からぬ事を見抜く』能力は無いと」

 分かってますけど、そんな無い無い連呼しなくても良いじゃないですか。
 自分に出来ない事を指摘されて凹む程度には、僕にもプライドと思しき自尊心がほんのちょっと有る様な無い様な。
 等と若干傷ついていたら、いつの間にか急接近していたさとりんがじっと僕の目を覗き込んでいた。
 わーさとりん瞳綺麗ね。っつーか近い! 吐息が当たるくらいに近いですよさとりんさん!!
 あ、今若干目が細まったぞこのさとり妖怪! ワザとかこなくそ分かってたけど!!

「おっといけません、欲求に負けて危うく本来の目的を忘れる所でした。……良いですか、あっきー」

「ななな、なんですかさとりん近いってば!」

「ですからこそ、私はこう告げます。無い事ならば――」

「――‘有る事にしてしまえば良い’」

 さとりんの言いたい事を理解した僕は、彼女の次のセリフを奪う形で言葉を続けた。
 なるほど道理で執拗に否定してくるワケだ。そうやって、能力行使の為の下地を用意してくれたワケなんですね。
 まぁ、それ自体は凄く助かるサポートですが……それだけで能力を形に出来るほど、僕の扱いは容易くないのですよ困った事に。
 普段ならこれに幾つか制限をつけて、スペルカードにして完成なんですがねぇ。
 こいしちゃんを見逃さない為に使うなら、それは常時発動な能力でないと何の意味も無いワケで。
 ……分かりやすく形に出来るスペカと違って、能力って出来た瞬間が想像できないから面倒なんだよね。
 しかもこの手の能力で使えそうな目は魔眼になってるから、どうしてもそれの追加っぽくなっちゃうし……すでに有ると弄れない制約がなぁ。

「本当に面倒な人ですね。では、一つ一つ問題を解決して行きましょう」

「お手数かけます」

「目という着眼点は良いと思います。それが他の能力の追加になってしまうと言うのなら、いっそ複数の能力を利用した力として構築するのは如何でしょう」

「と、言いますと?」

「現状、貴方が特殊な力を検知する方法は二つあります。その個別で存在する力を合わせて一目的の為に強化する、そんな‘目’を作れば宜しいかと」

 なるほどねぇ。それなら確かに、何とかなりそうかもしれない。
 気による感知も魔眼による察知も、あくまでメインとは違う使い方である。
 その二つの力を合わせ強化し、見る事に特化した目を作る。と言うのは有りかもしれない。
 でもなぁ、それだけじゃあ何ともと言うか。どういう形にするか考えを詰めている時点で空中分解を起こしそうと言うか。

「分かりました。なら私が切っ掛けを用意致しますので、それを利用してください」

「ほへ? キッカケって……」

「ではあっきー、目を閉じてくださいね」

 そう言ってさとりんは僕の頬に手を添え、静かに目を閉じた。
 え、ちょ、この状態で目を閉じろって一つしか結論が出ないんですけどさとりんさん。
 僕がワタワタしているのにも構わず、彼女はそのままの姿勢でじっとこちらが目を閉じるのを待っていた。
 意地でも目を瞑らせる構えである。さとりんスゲェやアグレッシブ過ぎるや。
 ……えぇい仕方ない、ままよ! 半ばヤケクソになった僕は、混乱した思考のままギュッと目を閉じた。
 そして何も見えなくなった僕に優しく触れる何か。――ただしその場所は、頬でも額でも口でも無く閉じた瞼でしたが。

「ちぇりおっ」

「!?!?!?!?」

「うわー、ブスっとやったなぁさとり様」

「いたそー」

「実に良い光景ね。心が潤うわ」

 目潰し! 今この人、容赦無く指で両目を目潰ししてきましたよマジで!!
 と言うかこの動きするのに、頬に手を当てる必要も目を瞑る必要も無いでしょうに!
 さてはワザとだな! 僕に勘違いさせる為、ワザとやったなさとりんの悪戯っ子めもう!!
 意外と思考の方は冷静に。しかし身体は両目を抑えつつゴロゴロ地面を転がりながら、必死にこの痛みを訴える僕。
 けれどもさとりんは実に冷静な態度で僕を抑え付け、囁くように僕の耳元へ語りかけるのだった。

「さぁ、今ですあっきー。新しい能力を持つ目を開くのです」

 無茶苦茶言いますねさとりん! さすがの僕でも、こんな状態で目は開けないですよ!!
 それこそ、さとりんみたいに第三の目でも無ければ……ってあー、なるほどそう言う事かぁ!
 今ある目が魔眼になってるなら、新しい機能を持った外付け装置を作れば良いって事なんですねさとりん頭良い!
 でもだからってコレは酷く無いですか? 乱暴過ぎやしませんか? 口で説明すれば良くない?
 大体だね、僕にとって第三の目ってのは額に出来る生目玉の印象が強いんですよ。
 だけどそんなモン作ったら、僕もう完全に人外領域突入ですよ? それは本気で嫌なんですけども。
 と言うか更に言うと、どういう能力で作るのか結局全然決まって無いと言うか思いつかないと言うか……。
 ――あーもーどうでも良いや! 人間辞めずに見えない物を見抜く力が手に入るんなら、他はどんな形でも良いです!!

「むぐっ!? み、見えた!! いや見えてないけど、何か見えた!」

「おめでとうございます。やっぱり、深く考えすぎないのがポイントでしたね」

「それって……いやゴメン、回復するの待ってください。状況は分かっても目が見えないのはキツいです」

 そこまで本気じゃなかったのか、単に僕の回復力が凄まじいのか、しばらくして視界は徐々に回復していった。
 あー気持ち悪かった。目は見えないのに、周りの状況が丸分かりなんだもんなぁ。
 むしろ見えなくなる前より見えて滅入るくらいだ。僕はまだちょっと調子の悪い本来の目を瞬かせながら、新しく追加された『第三の目』に手で触れた。
 どうやら、新しい目は首飾りとなる事を選んだらしい。
 革のベルトの内側を通っている金色の輪は、丁度バックルの所で引っかかり瞳を模した金縁と丸い宝石を組み合わせた飾りを表に出している。
 それ以外の部分に変化は無いみたいだから安心だけど……この首飾り、完全に繋がってて外しようが無いんですが。
 ベルトからは外せるみたいだし細い輪っかだから単体なら邪魔にならないけど、頭より小さいから壊さないと取れないってのは……。
 いや、第三の目だから外せるとマズいのか。装身具の体裁は取ってるけど、ぶっちゃけ僕の目の延長線上である器官なワケだし。
 コレって、壊れたらどうなるのかなぁ。形的には頭をカチ割らないと切り辛い本末転倒仕様だから、何かの拍子に壊される事は無いと思うけど。
 ……今ちょっと怖くなった。うん、毎度の如く気にしない方向性で行こう。

「よし、落ち着いた。でもさとりんは反省する様に」

「ごめんなさい、てへぺろ」

「許す! てへぺろ☆」

「仲良いわねアンタら妬ましい」

「それで、どうですか「見えざる物を見抜く程度の能力」の方は」

 あ、もう名前考えてくれたんですね。ありがとうございます。
 しかし、こうして目が見えるようになると逆に違いが分かりにくいかも。
 感覚が広がった感じはするけど、何かが特別変わったような感じもしないと言うかさぁ。
 ―――ん?

「えへー」

「……何してんのん、こいしちゃん」

「わ、わぁ!? お兄様私が分かるの!?」

「堂々と近付いてきて、分かるもクソもあったもんじゃ無いでしょーが」

 アレで忍んでいるつもりだとしたら、こいしちゃんに忍者の才能は皆無だと言う事になる。
 いや、無意識を操れる以上潜入任務に関しては無敵なんだろうけど。
 ……むむっ? ひょっとして、今のこいしちゃんって無意識で行動してたり?

「皆、こいしちゃんの事見えてた?」

「いや、お兄さんが言い出すまで気付かなかったよ。いつの間にそこに居たのやら」

「むしろどうして貴方が気付ける様になったのか、そっちの方が気になるわよ妬ましい。さっきのさとりとのやり取りが関係しているのかしら」

 ああ、そういえばパルスィは僕の能力を知らないんだったっけ。
 と言うかむしろ、地霊殿組は本来誰一人として僕の本当の能力を知らないはずなんですよね。
 なのに平然と能力の概要すら理解しているさとりんはマジ半端ねぇと思う、本当に。
 しかしそれを改めて説明するのもアレなので、僕は軽くさとりんとアイコンタクトを交わし返答した。

「友情の力です」

「フレンドシップ・パゥワーです」

「何こいつら、二人の鬱陶しさが合わさってウザさ乗算してるんだけど」

「さとり様……ノリノリですね」

「お姉ちゃんばっかお兄様と遊んでズルーい」

「あらゴメンなさい。とにかく、今後地上に出る時は監視の出来るあっきーに声をかけるように。良いわね?」

「むー、お兄様と遊ぶのは別に良いけど、毎回話しかけるのは面倒だよー」

「そこらへんは、あっきーが頑張ってくれるから大丈夫よ」

「んー。こいしちゃん専用探知機的なスペカなら普通に作れると思うから、頼まれれば探せますぜ?」

「正直貴方の何でも有りさ加減に若干引いているのだけど、その万能さをさとり妖怪達の使いっぱとして使うのはどうなのよ」

「毎度の事ですんで!」

「今、普通に同情しかけたわよ妬ましい」

 それを僕に言われても、大変ですねとしか言い様がありませんがな。
 とは言え、確かに我ながらパシリ慣れし過ぎている感はしない様な気がしないでもない。
 流れに乗った結果とは言え、また余計な物を背負い込んでしまったかもと僕は嘆息を吐き出すのだった。





 ―――と言うかこの目、こいしちゃんを見つけるだけにしては少々オーバースペック過ぎるんじゃないかなぁ?










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「喰らえっ、トリプル肉じゃが! どうも山田です」

死神A「ちょ、止めてくださいよ! それオチの為の道具じゃないですか!?」

山田「どうせネタ振った方も分かってやってるんですよ! 代わりもちゃんと居ますから安心して喰らいなさい! 二つの意味で!!」

死神A「いや別に上手くな―――――」ピチューン

山田「……ふぅ、尊い犠牲でした」

あやや「自己紹介の時間すら与えられないとは、実に哀れな死神ですね」

山田「ぶっちゃけ貴方にも無いですけどね。それじゃあ最初の質問行きますよー」

あやや「まぁ、私は報酬の晶さんブロマイドさえ貰えれば杜撰な扱いでも構いませんけど」


 Q:晶君の第三の目って、結局どういう代物なの?


山田「いきなりのセルフ山田さんです。ちゃんと作中で説明しろよバーローと言いたいですね」

あやや「ガチ三つ目の晶さんは……んー、ギリですかね」

山田「どっちにギリかは聞きませんよ。まぁ、本人もフワッとした捉え方しかしてないので、説明し辛かったと言うのが実際の所ですが」

あやや「へぇ。なら、ふわっとしてない能力の説明はどんな感じになるので?」

山田「狂気の魔眼による察知と気による検知を乗算してプラスアルファした能力です。ぶっちゃけプラスアルファがないと単なる強化版サーチ能力ですね」

あやや「ふむ、強化具合が気になりますね。目が見えないのに周囲の情報を把握してましたし」

山田「大した事無いですよ。五感に頼らずとも、半径数十メートルの情報を全自動で感知できる程度のサーチっぷりです」

あやや「いや、それ達人の領域じゃありませんか?」

山田「あくまでサーチ出来るだけなので、そこからの反応は晶君の反射神経次第です。つまり微妙」

あやや「あーなるほど、いつもの事ですか」

山田「後は目に力を集中させる事で、魔眼の最大射程を半径にした広域サーチが出来ます。白狼天狗若干涙目」

あやや「距離なら相変わらず勝負にもなりませんけどね。……哨戒任務が楽になっただけですか」

山田「まぁ、肝心なのはプラスアルファの部分です。――ただしそこは、今後明らかにしていく所なのであえて解説はしません。以上」

あやや「確実に私には関係無いんでどうでも良いですよ、別に」


 Q:天晶花におけるお燐りんの強さってどの程度ですかね? 5面ボスにしては弱いような・・・


山田「だいたい3、4ボスくらいを想定しています。だいたい美鈴とかノーマル慧音とかそこらへんくらい」

あやや「あやや、そんなに弱くも無いんですね?」

山田「そこそこ強いですよ。単に、お燐が晶君の事を若干過大評価しているだけです」

あやや「まぁ、晶さんは無闇矢鱈に暴力的な存在ですからねぇ」

山田「お燐が傍に居た時の晶君は、魅魔様ブーストかかってた状態でしたしね。あと、戦闘向きな妖怪じゃないし」

あやや「……その言い訳、結構使ってませんか?」

山田「このコーナー初登場の癖に平然とメタ発言すると、コーナーのレギュラーにしますよ」

あやや「止めてくださいよ縁起でもない!」


 Q:もしフランちゃんと遭遇した場合、晶君争奪戦~妹編~は勃発するんですか?


山田「地霊の章はあと三エピソードを残している。つまりはそう言う事です」

あやや「それ、答えですよねぶっちゃけ」

山田「まぁそこはやっとかないといけないでしょう、基本として」

あやや「確かに基本ですね。偽姉が増えるのでないなら私としてはどっちゃでも良いですが」

山田「そうやって醜い争いをやってる内に、保護者に美味しい所を全部かっ攫われそうですよね貴方」

あやや「……やはり、結託して先に始末しておくべきか」

山田「はいはい、山田的にはどっちゃでも良い話なんで他所で企んでくださいねー」


 Q:もしかして『・――文字は力となる』とかの概念創造まで出来たりするんでしょうか


山田「現時点では無理ですが、不可能ではありません。ただし「その概念が欠片も存在しない」と晶君が認識しないといけませんが」

あやや「言霊とか、私らの世界では余裕で現役ですが何か」

山田「更に言うと世界法則まで踏み込む能力行使は、晶君のメンタル破壊を行う恐れがあります」

あやや「と、申しますと?」

山田「つまり『この世界はどこまでが自分の作った物なのだろうか』と言う奴ですよ」

あやや「何ですか、その面倒くさそうな話に繋がりそうなシリアス思考。晶さんがするならもっと緩い感じに考えを脱線させるべきです」

山田「ほほぉ。では姉的にはどうなると思います?」

あやや「『多分、甘味の概念は僕が作ったんじゃないかな』とか」

山田「『幻想郷を作れた僕の想像力って凄いよね。だって僕のポテンシャル完全に超えてるし!』と言うパターンも有り得ますよね」

あやや「……やりますね」

山田「そりゃまぁ、ボケ兼解説役なので」


 Q:幻想面て相手の心が折れたら勝ちっぽいけど、その判断てどこでつけてるんだろう?


山田「幻想面が判断していると言うより、『結果が勝利にならないと終わらない』と言う事です。その為に相手の再戦の意欲を折る必要があるワケで」

あやや「つまり、再戦する気がある以上は土下座しようが命乞いしようが勝負は続くという事ですね」

山田「はい。ただ逆を言うと、再戦する気が無ければわりとあっさり幻想面からは逃げられます。そう言う意味ではてゐとかは天敵ですね」

あやや「そこまでして戦うって発想が無い妖怪ですからねぇ。……そもそも幻想面と戦う機会が一生無いでしょうし」

山田「と言う事なので、幻想面の前で誠意の無いドゲーザはしないように。頭踏み抜かれますよ」

あやや「幻想面に限らず、誠意の無い土下座はどうかと思いますが」

山田「そのセリフは弟さんに言ってあげるべきかと」


 Q:ちなみに幻想面で料理勝負をした場合は晶くんの料理スキルはどうなるのでしょうか?私、気になります。


山田「何と言う全力の噛み付きっぷり。最後に付け加えた台詞から「絶対に離すもんか」という気概が感じられます」

あやや「……そうですか?」

山田「本来、山田さんは省エネ主義なのですが。そんな上目遣いで頼まれたら断れません」

あやや「その主義はどこから出てきたんですかね。と言うか、何故にポーズ指定?」

山田「――晶君の腕前維持で良いんじゃないですか? 誰にも負けませんよ、死屍累々と言う意味で」

あやや「答えて無いですよ!?」

山田「仕方ないじゃないですか。基本的に幻想面は、晶君のスペックを完全無視して最良の結果を叩き出すんですよ」

山田「つまりこの手の問いの答えは「最高のモノになります」以外無いんです。超つまんねぇ」

あやや「面白い詰まらないは関係無いのでは? 質問コーナーなんですし」

山田「うるせぇ手羽先唐揚げにすんぞ」

あやや「なんでしょうか、このボケにかける凄まじい情熱は……」

山田「それが山田さんコーナーです」

あやや「……あのドSが、物凄い疲れた顔で戻ってきた理由が何となく分かりました」

山田「今なら、アシスタントの座をプレゼントしますよ。死神Aとノリは変わらない感じですし」

あやや「絶対にお断りします」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・参拾弐「終日遅遅/スイート・テンプテーション」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/11/20 00:00


〈怨み辛みパワーマックス! 魅魔様、ここにふっかーっつ!!〉

「怨みとか辛みとかをちっとも感じない爽やかな叫びですね、おはようございます」

〈いやー、やっぱ地底は心地良いよなー。どうだい、永住しないかい少年〉

「じゃあ魅魔様の入った陰陽玉、ここに置いときますね」

〈――少年はどうしてそう、あたしに対する扱いがぞんざいなのかな〉

「僕、自分に対する扱いは基本テキトーなんです」

〈……あたしは少年の一部なのかい〉

「有り体に言うとオプションパーツですね。使用スロットが少なくて重宝してます」

〈少年が思ってるより、魅魔様は繊細なんだぞー〉

「そーですね」

〈ひっどいなぁ。まぁ良いさ、これから魅魔様大活躍の時間が――〉

「あ、そろそろ地上戻りますんで、魅魔様の絶好調タイムを維持したければ死ぬ気で怨み辛み集めといてくださいね」

〈気合でストック量増やせりゃ魅魔様困ってないよ!〉

「大変ですね」

〈しょーねぇーん、オプションパーツも大切にしておくれよー〉





幻想郷覚書 地霊の章・参拾弐「終日遅遅/スイート・テンプテーション」





「――ところで、確認しておきたいのですが」

 こいしちゃんの扱いは結局「ケースバイケースで柔軟に対応していく」と言う、実にふわふわとした感じに纏められました。
 まぁ、僕としては特に問題ないのでそこは良い。面倒なのはいつもの事だ。
 何故かしばらくは僕がこいしちゃんを預かる事になったけれど……彼女はどうせ拒否したって付いてくるだろうしね。仕方ないさ。
 こいしちゃん、僕に第三の目が付いてから滅茶苦茶嬉しそうに絡んできてるからなぁ。
 あ、ちょっと首は止めて、妖怪の力だと意外と簡単に曲がって痛いんです。すぐ治せるけど。
 まったく何で見つかる方が嬉しいのか、そこらへんの反応は少しばかり気になるけど――深くは気にするまいて。
 それよりも、現状気になっている事が一つあるのだから。

「……ふふふふ。例の件、ですね」

「如何にも。『計画』の遂行状況を訪ねたい」

「八十パーセントと言った所です。やはり‘因子’が足りていない様で――」

「で、このいきなり始まった漫才は何なのかしら」

「何だろうね」

「何でしょうね」

「この馬鹿共、殴って良いかしら」

「水橋の姉さんの為に止めておくよ。殴った側の方が酷い事になるから」

「……理不尽にも程があるわね妬ましい」

 世の中ってそんなモノです。理不尽与えてる側のセリフじゃ無いですけど。
 でもさとりん、さすがに今のを連発されると言いたい事が何も言えないので勘弁してください。
 いや、付き合った僕も僕なんですけどね? そう言うフリにはどうしても答えてしまうと言うかゴメンナサイ。

「それでお兄様、何が気になってたの?」

「軌道修正ありがとこいしちゃん。実はずーっと気になってたんだけど……お空ちゃんは?」

 核融合の力を手に入れた地獄烏であるお空ちゃんが、先程から顔も見せていないのはどういう事だろうか。
 基本的に明るいというか、根っこの部分が親分と同じで天真爛漫なお空ちゃんが、これだけ騒がしい場に現れないと言うのは少しおかしい。
 あと、この話題出した瞬間の地霊殿組のリアクションが露骨にアレでしたね。
 空気読めない事に定評のある晶君も、さすがに何かあったのだと察しましたよ?
 あ、むしろこうやって突っ込むから空気読めてないのか。なるほど。

「あっきーも知っていると思いますが、あの後地霊殿に博麗の巫女がやってきまして」

「ああ、知ってます。その襲撃の前に僕がぶっ飛ばされたんで」

「お兄さんもやられたのかい、あの巫女に」

「一応僕も、異変の片棒を担いだ扱いになってましたんでね」

「やはりそうですか。では、お空がどうなったのかも大体想像付くのでは?」

「あー、ぼっこぼこ?」

「お兄さんの言う通りだったよ……地上は怖いね」

 いや、アレはぶっちゃけ地上でも有り得ない存在です。
 RPGでフィールドに出た瞬間、二週目限定の隠しボスが何かのバグで出たレベルの不幸ですって。
 
〈あたしが知ってる頃の巫女は、もう少しばかり有情だったんだけどねぇ。海底神殿で宝守ってる見た目だけはモブなモンスターくらいに〉

 予備知識無しで相対した日には確実にトラウマになるワケですね、分かります。
 そんな彼女も今ではすっかり落ち着いて、予備知識あってもトラウマになる圧倒的存在に! ――酷いよね。
 あの何かもう、主人公補正とかそう言う次元ですらない強さを目の当たりにしたのなら出てこないのも納得である。
 あまり強さにプライドとかを持っていないはずの僕でさえ、神剣や絶対零度を平然と避けられた時には何かが砕けそうになりましたとも。
 それを神の力に絶対の自信を持ってたお空ちゃんがやられた日には……立ち直れるかも怪しいな。

「その点は大丈夫。その前にポッキリ鼻を折られていたので、精神的な傷は最小限で済みました」

「これに「それは良かった」って答えたら僕ド外道だよね」

「そうですね。では、さんはい」

「それは良かったね! 全力でへし折りに行った甲斐があったよ!!」

「……厄介だわこの二人、負の相乗効果で会話がどんどん酷くなっていく」

「さとり様……お願いですから率先して話を逸らすのは止めてください」

 さとりんボケ倒すの好きだよね。ノリ自体は、僕も結構好きなんでガンガンやってください。
 しかしまさか、予め僕と戦っていた事が助けになるとは。人生何が起こるか分からないもんだなぁ。

「キッカケがあれば立ち直ると思うので、帰り際に顔を出してあげてくださいね」

「僕にそういう、慰めとかフォローとかを期待しないで欲しいんですが」

「でしょうね」

「しくしく、パルスィが酷いよー」

「本当に、橋姫さんは鬼畜外道ですね」

「パルスィひどーい」

「……おうちにかえりたい」

「ああ、橋姫の姉さんがついに壊れた!?」

 しまった。ついうっかり、重ねんでもいいボケを。
 顔を両手で覆って、わりと本気で凹む橋姫様。可哀想に。
 メイン進行役であるはずのさとりんが、積極的にボケるからツッコミがキツいのだろう。
 いやまぁ、僕も一端は担ったというかトドメさしたけどさ。
 ……うーん。さとりんと話す事は無くなったワケだし、そろそろ帰り時かなぁ。
 僕はパルスィの肩に手を置くと、慰める様に帰宅の為の言葉をかけた。

「それじゃパルスィ、そろそろ帰ろうか――お空ちゃんに会ってから」

「パ ル パ ル ゥ ゥ ゥ ゥ ゥ ゥ ゥ ウ ウ ウ !」

「わぁーっ! 水橋の姉さんがキレたーっ!?」

「まぁ、キレますね今のは」

 ――はて、何が悪かったのだろうか?
 ブチ切れたパルスィの放った弾幕が眼前に迫るのをぼーっと眺めながら、僕は首を傾げるのだった。
 あ、こいしちゃんってばさりげなく僕から離れてる。出来る子だ。










「結局、パルスィちゃんは帰ってしまいましたでござる。しょぼん」

「むしろ今まで帰らなかった事に驚きを隠せないよ、あたいは」

「パルスィって面白いよねー」

 弾幕をぶつけるだけぶつけて、パルスィは先に帰ってしまった。
 大分怒っていたから、やっぱり後で地上に連れて行って山ほど接待するしかないだろう。
 ああ、それにしてもさすがに連射は痛かった。まだちょっとだけ顔の当たりがヒリヒリするよ。

「おーいお空、お兄さんが来たよー」

 お燐ちゃんが軽いノックをし、中からの反応を少しだけ待つ。
 すると扉が少しだけ開き、不安げな表情のお空ちゃんがこちらへ顔を覗かせる。

「うにゅ、本当におにねーさん?」

「いえ、晶君ですよー」

「お、おにねーさん!!」

「いやだから、晶君だってば」

 謎の名前を連呼して、僕に抱きついてくるお空ちゃん。
 僕の顔を見た事で、何かこう……安心できてしまったのだろう。不思議な事に。
 正直そこまで怖かったのかって事よりも、僕を見てホッとしている事実にビックリである。
 アルェー? 僕ってそういう、頼りになる人間ポジションでしたっけ?
 最近は大概そんな傾向だったから、「ぎゃあ」とか「わぁ」とか言われるポジションで確定してきたと思ってたんだけどなぁ。
 で、その鬼音さんって誰ですか。僕それ系統の名乗りをした事は一度もありませんよ?

「ごめん、お兄さん。その摩訶不思議な呼称はあたいのせいなのさ」

「え、どーいう事なの?」

「うにゅ! お燐が言ってたよ、おにねーさんはおにーさんでおねーさんだって」

「……あーうん、大凡の事情を理解した」

「お空にはちょっと、お兄さんの存在は理解しがたい物だったらしくて」

 ……女装男子の概念を、純粋無垢なお空ちゃんに理解しろと言うのも無茶な話か。
 いや、理解されてもすっごく困るんですがね。とりあえずそう言う事なら、甘んじて受け入れましょうおにねーさん。

「おにねーさんの言ったとおりだったよぉ。ううう、巫女怖いぃぃ」

「うんうん、気持ちは分からないでもないです」

「あのね、ギガフレアをばーっと撃って直撃したと思ったら、「魔理沙みたいな事するのねー」って平然と」

「分かる分かる。霊夢ちゃんってば、理屈無用でスペカ回避してくるんだよねぇ」

 アレは本当に勘弁して欲しい。せめて博麗パワーとか何とかの、分かりやすい名前で事象を説明して貰えないだろうか。
 その時の事を思い出してゾッとしているのか、お空ちゃんは若干涙目になりながら僕を抱きしめる力を強くしていく。
 お空ちゃんって、実は意外と器用だよね。片手が六角柱になってるのに抱きしめられるとか。
 後おっきい。何がとは言わないけど、お空ちゃんはおっきい。

「地上って、あんな怖い巫女みたいのがいっぱいいるの?」

「いや、あれは特例中の特例だよ。たくさん居るのは――そう、僕以上霊夢ちゃん未満な方々ですかね」

「ち、地上怖い。がくがくぶるぶる」

「あっるぇー!? 何でぇ!?」

「……そんなにたくさん居るのかい?」

「まぁ、ボチボチと」

「お兄様の周りだけで、三人くらい居たよー」

 おかしい、安心させるはずの言葉で何故か不安度が増してしまった。
 しかも何故かお燐ちゃんまで怯え始める有様。何か間違えた事を言ったかなぁ?

〈魅魔様親切心で教えるけど、少年の語る地上は地獄より地獄っぽいよ〉

 えー、どこらへんが?

〈本気でそう言える少年の『普通』が、魅魔様もちょっと怖い〉

 んーまぁ、薬がちょっと効きすぎたみたいだって事は僕にも何となく分かります。
 あの時はやり過ぎないよう大袈裟に言ったけど、それでお空ちゃんが引きこもりになっちゃうのはなぁ。
 別に、地獄にずっと居てもやる事やってりゃ問題無いんだろうけど――なんやかんやでその問題解決も僕がやる事になりそうだよね。
 ならここで、口先オンリーで事態を解決出来るならそれに越した事はない。と思いたい。

「心配しなくても大丈夫だよ。皆基本的に問答無用で、容赦無くて、高確率で腕力にモノを言わせてくるけど……多分何とかなるよ」

「地上やっぱり怖いぃぃ」

「……はて、何がダメだったんだろうか」

「いやお兄さん、今の何がイケると思ってたのさ」

「ほら、共通点がある方が仲良くなれるかと」

「……確かにお空も、そう言う所あるけど」

 自分は良くても他人はダメって事ですか。まったくもって贅沢な。
 いやまぁ、単純にそう言う事を考えている余裕がないだけなのかもしれないですが。
 どうしたモノかなぁ。こりゃ、説得は諦めた方が良さげ?

「地上にはねー、おいしいお菓子がいっぱいあるんだよ」

 そのお菓子をどこで食べたか若干気になりますが、それよりもその誘い文句はどうなんですかこいしちゃん。
 僕がその言葉を口にした瞬間、誘拐罪とかでしょっ引かれそうな気がするんですが。
 そもそも、そんなお菓子とかで釣れるワケが無いじゃないですか。
 お空ちゃんはこんなにも怯えているワケなんですし。――ってアレ? これフラグ?

「うにゅ! そうなの!?」

「そうだよー。もうすっごい美味しいの」

「うにゅっ! なら私、地上に行ってみたい!!」

 うん、なんとなく予感はしてた。
 そーかそーか、お菓子で何とかなる程度の落ち込みだったんですね。
 ……厄介な展開にならなかった事を喜ぶべきなのか、フォローなんて要らなかったと落ち込むべきなのか。
 良く分からないけど、僕がこれから取るべき行動は一つだ。
 僕はニッコリ笑ってお燐ちゃんの肩に手を置くと、精一杯の優しさを込めて声をかけた。

「頑張れ、お燐ちゃん」

「ええっ!? 丸投げの姿勢!?」

「さすがの僕も、無意識少女と核融合地獄烏の両方の面倒を見るのは辛いです。大変な事になるよ――主にパルスィが」

「お兄さんは、水橋の姉さんに何か恨みでもあるのかい!?」

 いや、大好きですよ。あれだけ生真面目にツッコミ出来る人は早々いないですよね。
 そうして心の底から頼りにしているからこそ、色んな事で力を借りたくなる――と言う言い訳。
 まぁ実際半分の理由はそうなんですけどね。残り半分? 前も言ったけど、なんかパルスィはイジメたくな――

「けぴょっ」

「わぁ、どこからともなく弾幕が!?」

「と言うワケで、お空ちゃんの地上スイーツ案内はお燐ちゃんに任せて良いかな。大丈夫、場所くらいなら教えるよ」

「な、何事もなかったかのように起き上がって説明を続けた!?」

「ちなみに地上のスイーツ……お菓子屋は人間比率高めな所にしか無いから、くれぐれも暴れないように。お空ちゃんが暴れそうになったら呼んでいいよ」

「意外とお空の事も気遣ってくれてるのは嬉しいけどさ、今お兄さんの身に起きた異常にも触れておいた方が良いと思うよ?」

 僕の方からだと、狙撃の犯人がモロ見えなのでそこはわりとどうでも。
 とりあえず、あの位置から僕の考えを読んで的確に狙撃してきた事は賞賛しておくよパルパル。
 でもその行動は結局、自らのツッコミ力を証明しているのだと気付くべきだね! ふっふっふっふ。
 ……って、何か最近思考パターンが輝夜さんとかレミリアさんとかに近づいてきている様な。――気を付けよう、無理かもしれないけど。

「いいな、お空とお燐はお菓子食べに行くんだー」

「さすがに今すぐってワケには行かないですけどね。色々準備があるので」

「ええっ!? 今からじゃ無いの!?」

「お空……立ち直ったと思ったらすぐそれかい」

「あはははは」

 まぁとにかく、お空ちゃんの機嫌は無事治ったようだ。
 しかしまさかこいしちゃんの発言がキッカケになるとはなぁ……これはアレか、暫定保護者として褒めてあげるべきか。
 あ、今一瞬廊下の奥からチラッとさとりんが顔見せてきた。やれって事ですか分かりましたやらせて頂きます。

「それじゃあこいしちゃん、こいしちゃんには僕からお菓子をご馳走させて貰うよ」

「本当!?」

「うん、まぁいい子にしてたご褒美って事で」

「わーい! お菓子お菓子ー!!」

「うにゅ……良いなぁ、私もお菓子食べたい……」

「あにゃ?」

 アレ、これひょっとしてお空ちゃんにも奢ってあげなきゃいけない流れ?
 と言うか微妙にお燐ちゃんも羨ましそうにしてるけど、やっぱりそういう流れ?
 おぉうさとりん、またですか。つまり皆纏めて面倒見ろって事ですか。最近の僕は緋想異変とかあった影響で、若干金欠なんですけど。
 あ、戻った。ちくしょうさとりんめ、都合が悪くなったら逃げるとはどういう事ですか!
 いや、僕もわりと同じ事やりますけどね。……どうしよう。

「……お菓子」

「――あーもう分かった分かりましたよ。僕が皆の分を奢りますよ!」

「えーっと、良いのかい? あたいもお空も結構食べるよ?」

「領収書って幻想郷にもあるのかなぁ……」

「わーい、皆でお菓子ー!」

 そんな事で、僕は何だか分からない内に全員にケーキを奢る事になってしまいました。
 開き直ってパルスィを拉致ったり、こいしちゃん達がさとりんのお土産を買ったりして見事に僕のお財布は瀕死に。
 当然領収書なんてモノも無かったので、僕は以前のアリスの気持ちを見事に追体験する事となりました。めでたくなしめでたくなし。





 ―――ちなみに一番食べたのはパルスィですが、一番キツそうだったのもパルスィでした。無茶しやがって……。










◆全てを見通されてみますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【覚様の教育部屋らしきもの】


覚「さすがに小五ロリはマズかったので止めました。どうも、地底のアイドル覚です」

死神A「え? アレ? どういう事ですか!? 何でこの組み合わせに!?」

覚「クールキャラである私は弄られ役にし辛いので、逆転の発想で弄り役の方を交代してみました」

死神A「なら、あたいも交代してくださいよ!」

覚「嫌です」

死神A「スッパリ断られた!?」

覚「こんな事言いつつ、若干オイシイとか思ってますよこの死神」

死神A「止めてくださいよ!? 貴女がそう言うと、本当にそう思ってると誤解されるんですから!?」

覚「そういう事にしておきますね」

死神A「ダメだ……変わった所で何も救いが無い」


 Q:悟リさんは 今の晶君とこいしちゃんを見てパルパルしないんでしょうか?


覚「しませんよ。私はどこぞのシスコンと違いますので」

死神A「なんというか…」

覚「同じ姉でも大分違うリアクションでしょう?」

死神A「いや、合いの手を先読みしないでくださいよ!?」

覚「これ全部先読みして私が一人で語り続けたら大分面白いですよね。貴女も楽だし」

死神A「あたいもさすがに、合いの手を考えるだけの機械になるのは勘弁なんですが……」

覚「ほらコレですよ。本当にスキモノですよねこの死神」

死神A「どうしようこの人、微妙に山田様と芸風が違う……」


 Q:解説に隙間さんが出ることを期待
 Q:どS、あややと来れば、次のゲストは・・・・・・スキマかメイドあたりかな?
 Q:そろそろアシスタントに風祝が呼ばれそうな予感。


覚「残念、さとりんでした」

死神A「無表情で言われても……と言うか、いつからゲスト登場が確定した流れになったんでしょうね」

覚「さぁ?」

死神A「えっ!? いや答えてくださいよ解説役!?」

覚「私は弄り役ですよ」

死神A「さっきまで普通に答えてたのに!?」

覚「そりゃまぁ私の事ですし」

死神A「………」

覚「………」

死神A「すいません、話が進まないので解説役もお願いします」

覚「やれやれ、そこは自分で進める所でしょう。ちなみに罵倒はしないので期待するだけ無駄ですよ」

死神A「あ、そうなんですか」

覚「ちなみにネタが無かったので呼んだだけなので、ゲストが常在化する事は無いらしいです。と言うか面倒だからしたくないそうです」

死神A「何だろうこの違和感……というか、何故らしいとかそうとか付いてるので?」

覚「読みましたから、異界の邪神の思考を」

死神A「アレはそういう方向性で扱っていくんですか……」


 Q:もしチルノ団も晶君の妹ポジを狙うとしたら、メンバーからの晶君の呼称はどうなるんでしょうか?


覚「面倒くさいんで次行きましょうか」

死神A「山田様でもやらなかった質問放棄を!?」

覚「そりゃまぁ、私に返答の義務はありませんから」

死神A「そう言わずに、そこを何とか……」

覚「分かりました。では解説します」

死神A「……やりにくいなぁ」

覚「では、表にしたモノが下にありますのでこんな感じでひとつ」


チルノ団全員が妹キャラになった場合の呼称(仮)

チルノ→にーちゃん
大妖精→兄様(にいさま)
てゐ→巫山戯時:おにーたま(笑) 真面目時:兄(あに)or兄貴(あにき)
メディスン→にぃや
ルーミア→にーにー
ミスティア→兄さん(にいさん)
リグル→兄くん(あにくん)
おまけ、レミリア→兄君(あにぎみ)


覚「邪神曰く『シスプリって偉大』だそーです。あと、メディスンルーミアミスティアあたりがどうしようも無かったそうです」

死神A「おまけでレミリア追加してる上に、てゐの呼称多すぎじゃないですか。そこを削れば良かったでしょうに」

覚「わりとあっさり想像出来たのだからしょうがない、と言ってますよ」

死神A「妹キャラの呼称を被らせないとか言うからこんなコトになるんですよね……」

覚「まぁ、そもそもチルノ団全員が妹になる展開が想像できませんけどね」

死神A「……身も蓋もない締め方は山田様と一緒ですね」


 Q:天晶花一巻での巻末の未来の晶の称号に地霊殿関係がなかったのはなぜでしょうか


覚「本当ですよ。何で無かったんですか」

死神A「だからあたいに聞かないでくださいって!」

覚「キリが無いから既存キャラ分だけで済ませたとか、そういう言い訳は無いのですか?」

死神A「自分で説明してるじゃないですか……」

覚「そうでしたね。スイマセン」

死神A「……何だろう、モヤモヤする」

覚「何だかんだ言って激しく突っ込まれるのが好きなんですね。エロス」

死神A「どうしよう、あたい若干同意しちまったよ」

覚「大変ですね」

死神A「うぁあぁああ、山田様が罵倒するタイミングで素直に引くの止めてくださいよぉぉお」

覚「もちろんワザとです」

死神A「山田様、戻って―――いや、戻ってこられてもまた酷い事になりそうな気が」

覚「ちっ」

山田「ちっ」

死神A「見張られてた!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 地霊の章・参拾参「終日遅遅/足らずの鬼問答」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/06/03 21:00
「こうなったらヤケクソよ、食べられるだけ食べてやるわ!」

「わーい、おっかしおっかしー」

「けっぇき、けっぇきっ」

「ふむ、さとり様へのお土産はどうするべきかなぁ」

「………妖怪達が屯ってると聞いて来てみれば、何をしてるのだお前は」

「アローハー、上白沢せんせー」

「ああ、久しぶりだな晶。そっちに居るのは噂の地底妖怪達か? 一緒に居る事にはもう驚かんが、ここが人里である事は忘れんでくれよ」

「大丈夫だよ、あたいらはお菓子食べに来ただけだし――何よりお兄さんが居るからね」

「あ、言っとくけど僕は人里における信頼ゼロだから。僕が居た所で何の保証にもなりませんじょ?」

「……お兄さん、人間なんだよね?」

「悲しい事に人里では、ほとんど妖怪と変わらん扱いなのだよ。彼は」

「そういう事です。――と言うワケで先生、紅茶奢るんで僕等を監視してください。お代わりは無しで」

「年上として、年下に奢ってもらうつもりは無いが……ひょっとして全員分を出すつもりなのか」

「結果的にはそうなるかと」

「……何かの詫びか?」

「真っ先にそう言うコメントが出てくるあたり、先生も大分僕の事を理解してますよね」





幻想郷覚書 地霊の章・参拾参「終日遅遅/足らずの鬼問答」





「さて、こいしちゃんの事をどう説明したモノか……」

 人里で散々飲み食いした後、僕はこいしちゃんを連れて太陽の畑へ帰還していた。
 背負ってるこいしちゃんの存在を僕はしっかり把握しているが、他から見るとどうなってるのかは分からない。
 まぁ、僕が話しかけるなり何なりして‘意識’させてあげれば良い話なんだけどさ。
 逆を言うと、そこらへん気を付けないとこいしちゃんは僕以外の誰からも気付かれないワケで。
 ……んー、魅魔様と違って会話できる時は見えてる時だから一人で会話する怪しい奴にならないのが幸いと言えば幸いですかねー。

〈少年、魅魔様もそこらへんわりと気ぃ使ってるんだよ?〉

 知ってます。

〈ヤバいよ。魅魔様ちょっと泣いちゃったよ今〉

 悪霊なんだから我慢してください。魅魔様は強い子!
 そんな風に心の中で魅魔様をからかっていると、こいしちゃんが僕の呟きに返事をした。

「またお願いします。じゃ、ダメなの?」

「うん。それは最悪の結果を招く一言だから、間違っても口にしないように」

 バレるのは時間の問題だろうけど、第一歩から躓くのはさすがに避けたいです。
 とは言えこいしちゃん、無意識を操る能力を持ってるせいか行動もかなり無意識任せなんだよね。
 うっかり何を言い出すか分からないからなぁ。……色々覚悟だけはしておこうと思います。

「それと、悪戯も出来るだけ控えてね? あの人達、結構意外な所に怒りのポイントがあったりするから」

「え、私悪戯なんてしてないよ?」

「……自覚のないパターンかぁ」
 
 分かってたけど無意識タチ悪いなぁ。
 本能のままに行動してる上に、それを本人が理解してないとか咎めようが無いじゃないですか。
 第三の目でこいしちゃんの存在を把握出来ても、動きの方は予測できないワケだし。
 フランちゃんと同じノリで引き受けてみたけれど、これは想像以上にキツい子守になるかもしれない。
 ……分かりやすく暴れてくれた彼女は、抑える側としては楽な方だったんだね。
 まぁ何とかしてくれとは言われてないから、軽く諌めるくらいで良いとは思うけど。
 
「とりあえず、出来るだけ僕に確認取ってから行動する様にしてくださいね」

「えー」

「気持ちは分からないでもないけど、あんまりやりたい放題されると僕も庇えなくなるからさ。お願い」

「はぁーい……」

 渋々だけど納得して貰えた様なので、一応は一安心だという事にしておこう。
 ぶっちゃけこいしちゃん自身が気をつけてもどうしようも無いんだけど、そこはまぁ気づかないフリで。
 そんな感じに話が片付いたのとほぼ同時に、僕らは太陽の畑へと到着したのだった。
 軟着陸した僕らの前では、何故か物凄く疲れた顔をした幽香さんがそれでも幽雅に紅茶を飲んでいる。

「ただいまです、幽香さん! いきなりですけどこの子、しばらく預かる事になりました!!」

「古明地こいしです、よろしくお願いします!」

「私は風見幽香よ。……預かるのは構わないけど、きっちり面倒見なさいね」

 実にあっさりである。小傘ちゃんの時とはエラい違いだ。
 まぁそうなるだろうと思っていたので、軽く笑いながら僕も返事をする。

「了解でっす! ――ところで、随分とお疲れの様ですが」

「ロクでもない客と烏天狗が、人の家の前で酒盛りを始めたのよ。ちなみに貴方の客だから覚悟する様に」

 ……何をですか?
 何とも不吉な幽香さんの言葉に、言い知れぬ不安を感じてしまう僕。
 そもそも何で酒盛りしているのかとか、何故文姉が混ざってるのかとか、ツッコミ所は色々と尽きない。
 なので幽香さんに理由を訪ねようとした所で、何やら愉快そうな一団が裏からやってきた。

「おー、見てみなよ勇儀。ひっく。こんな所にメイドさんが居るぞぉー」

「あはははは、本当だ。こっちが泥酔した状態でようやく戻ってくるなんて酷いメイドもいたもんだなぁ。わはは」

「………うぷっ。だから鬼と一緒に飲むのは嫌なんですよ」

 うわぁ、これは実に酷い光景だ。
 両肩を組んで酒瓶片手に浮かれまくる勇儀さんと、どこかで見た事のある様な無い様な鬼っぽい二本角の人。
 そしてその後ろから口を抑えつつ千鳥足で歩いてくる文姉。何があったのかは分からないけど、文姉が大変だった事は何となく分かる。
 ふと頭を過ぎったのは「接待」の二文字。幻想の世であっても、社会の枠組みから逃れられる事は出来ないようだ。実に世知辛い。
 で、その酔いが全身に回ってアルコールの化身みたいになっている鬼二人は、今度はご機嫌な態度でこちらに絡み始めてくるワケですよ。
 ちなみに彼女らの視線がこちらを向いた時点でこいしちゃんは退避済み。今は幽香さんと仲良くお話をしています。ズルい。

「えーっと、一本角の鬼さんは勇儀さんでしたよね。で、こちらの二本角の鬼さんは……」

「伊吹萃香だよわはははは。久し――いや、初めましてかな! わははははは」

「あれ、萃香とは会った事が」

「無いよ」

「初対面です」

「あ、うん。そうなのかい」

 勇儀さんは若干空気読めない、僕わかった。
 そんな彼女の言葉を素に戻って否定する萃香さんと、同じく真顔で淡白な反応を返す僕。
 僕らは互いに一瞬だけ視線を交わすと、無言で笑いながらハイタッチした。

「いやぁ、萃香さんとは仲良く出来そうです」

「あははは、いぇーい!」

「酔っぱらいと意気投合してどうするのよ」

 申し訳無い。けどこの二人、本当に酔ってるんですかね?
 あの酒豪の文姉が気持ち悪くなるほど飲んだワケなんだから、さすがの鬼でも多少は酔ってるんだろうけど。
 気のせいか、なんかワザと自分の酔いを派手に見せているような感じが。
 あ、何ですか勇儀さんあーはいはいハイタッチですね了解。はーい、たっち。
 ……やっぱり気のせいだったかな。でも、今のタイミングはちょっとワザとらしかった様な。
 えっ、今度は萃香さん? 萃香さんとはさっきハイタッチしたんですが……はいはい分かりました、はーいたっち。
 
「あはははは、楽しいなぁ勇儀!」

「わははは、まったくだぁねぇ萃香!」

「HAHAHA! ――何だコレ」

「わー、お兄様楽しそう」
 
「そうね。だけど覚えておきなさい、アレはノリに身を任せた人間の末路でもあるのよ」

 そのまま三人で輪を作り、手を上げ下げする動きで近づいたり離れたりを繰り返しつつ回っていく僕ら。
 幽香さんが突っ込んでくれた通り、見た目は楽しそうだけど僕の頭の中は大混乱中だ。
 どういう流れだコレ。良く分からないけど、まぁ鬼の二人が楽しそうで何よりだと言う事にしておきましょう。

「あっはっはー、それで晶きゅん。ちとお願いがあるんだが」

「はははー、なんですかー?」

「幻想面になってさ、私らと戦ってくんない?」

「いやでーす」

「おい萃香、失敗してるじゃないか」

「うーむ、この流れならイケると思ったんだけどなぁ」

「ふ、日常の中にさらっと混ざるデストラップには慣れてますんで」

「お姉ちゃん、気持ち悪さと悲しさで涙と乙女汁が出そうです」

「そこは涙と同一の物としておきなさい。乙女なんだから」

 危ない危ない、やっぱり誘導だったのか。僕は謎のダンスを続行しながら安堵の息を漏らした。
 そういえばこの二人は、僕に用があって来たのだったっけ。
 出てきた時点でかなりベロベロだったから、最早真っ当な話にはなるまいと思っていたのに。
 何という悪質な罠だ。危うくその場の勢いで頷いてしまう所でしたよ。
 ノーと答えられたのは、萃香さんの問いに過剰反応してしまう単語が混ざっていたせいだ。
 ……まさか幻想面の話を、鬼本人から振られるとは思わなかったなぁ。

「それで、どこらへんから仕入れたんですかその情報」

「天人から簡単に話は聞いてたけど、詳しい所は全部萃香からかな」
 
「私は緋想異変の経緯、全部見てたよ」

 え、なにそれこわい。
 さすがは鬼と言うべきなのか。全然気付かなかったけど、まさか一部始終見られていたとは。

「わー、萃香さんエローい」

「そうだよー、萃香さんはエロいよー。女の色気がムンムンだよー」

「……あーうん、そうだな。萃香はエロいな」

「おーっと、まさか味方に背中を撃たれるたぁ思わなかったよ」

 とりあえず軽めに茶化してみたら、鬼二人で勝手に揉め出しましたとさ。何故に。
 ただしワリと毎度のやり取りだったのか、二人はすぐに謎の笑いと共に睨み合いを止めてしまった。
 そしていきなり逆方向に回りだす二人と巻き込まれる僕。何がどうなっているのやら。
 そのまま二回転くらいした所で、萃香さんは動きを止めると真面目な顔でこちらを見つめるのだった。
 切り替えの速さはさすが……と言っていいのだろうか。鬼のノリって良く分かんないなぁ。

「でさ、私としては是非とも戦いたいと思ったワケよ。現在の鬼とも言うべきあの面とさ」

「いやです。アレは失敗作なので今後も使う予定はありません」
 
 気のせいで無ければ褒められている様だけど、それでイエスと頷けるほどあの面の存在は軽く無いのですよ僕にとって。
 いや、勝手に色々重くしてるのも僕なんだけどね。でもやっぱり使いたくないです。何があろうと。

「失敗作だったら、問題のある所を直せばいいだけじゃないか。別に方向性自体は間違ってないんだからさ」

「いや、方向性からすでに間違ってると思うんですけど……」

「んな事は無いだろう。実に鬼的で、しかも‘紳士的’な面だと思うよ。そこは鬼である私が保証してやるとも」

「え゛ーっ」

「晶は勝負の過程を重要視しないと聞いてるよ。ならちょっとやり方を変えるだけで、幻想面は理想的な手札の一つになると思うけどねぇ」

「良く知ってますね。でもいやです」

「うっわ、頑なだなぁこのメイド」

 自分でもそう思いますが、嫌なモノは嫌なんです。
 確かに萃香さんの指摘は正しい。あの面は勝利に至る方法が問題なのであって、勝利を確定させる所にはさほど問題はないのである。
 ……多分ね。僕は基本使う側だし、使ってる間の記憶が無いから本当に無いのか言い切る事は出来ないんだけど。
 だけどそこらへんの可能性を加味しても、それでも僕は幻想面を使いたくないのですよ。

「なんでさー。何がそんなに不満なんだよ晶やーい」

「二回ほど使ってみて分かったんですけど――僕、どうも『必勝』って性に合わないんですよね。それも致命的なくらいに」

 要するに、幻想面の前提からしてダメなのである。
 言ってしまえば、企画段階の時点で既に路線を間違えていたワケで。
 そこを修正しようとすれば、その時点で幻想面は幻想面で在る意味を全て失ってしまう。
 萃香さんが言った通り、あの面自体に致命的な欠陥があるのではない――と思いたいけれど。
 やっぱり幻想面は、久遠晶が求める強さとはちょっと違うのだ。

「僕は確かに勝つ過程に拘りませんが、代わりに意地がありますので。だから幻想面は絶対に使いません、もう絶対に」

「ぐぬぬ……笑顔は爽やかなのに目が一切笑ってないとは、完全拒否の構えだね」

「こりゃーどうしようもないな。諦めな、萃香」

「なんだよ勇儀、幻想面と戦えなくて良いのかー?」

「本人が嫌がってる事を無理矢理ってのは私の趣味じゃ無いからね。それにどちらかと言うと、わたしゃ本人の方に興味があってね」

 一旦足を止めて、今度は勇儀さんが興味深げにこちらを見つめる。
 ……どうでも良いけど、いつまで僕らはこのマイムマイムもどきを続けるんだろうか。
 足は止まったけど手は繋ぎっぱなしなんですが。まさか、この状態で今の真面目っぽい話を続けるの?

「なぁメイド、ちと聞いていいかい?」

「えっと、なんですか?」

「メイドに『必勝』の力が不要だって事は良く分かった。――ならさ、お前さんの求める力ってのは何なんだい?」

「ほへ?」

「幻想面は、お前さんなりに足りない物を補うつもりで考えて……で、失敗した代物なんだろう? なら、メイドにとっての『成功』も当然あるワケだ」

「かもしれませんね!」

「何で生き生きと疑問形……まぁいいや。私としては、むしろそっちの方を聞いてみたいんだよ」

 いや、そんな事聞かれても。ソレ答えられるんなら幻想面なんて作ってないですよ僕。
 ってちょっと、なんで萃香さんも聞く体勢に入ってるんですか。
 あ、なんか幽香さんも興味深げにこっち見てる!? 文姉も無理せず休んでてくださいよ!
 こいしちゃんは――どこ見てるのかな。勝手にウロウロしないでよ?
 ともかくこの状況は、明らかに答えを言わなければいけない空気である。困った晶君大ピンチっ!!
 
「えーっと……」

 そして答えは何も出てこない。ですよねー。
 思えば僕、自分の能力を使いこなせるようになりたいとは思っていたけど、どうなりたいかは具体的に考えて無かったんだよなぁ。
 ただ漠然と、能力が自分の物になった時に自分の完成系が見える様な気がしていたけど……ふむ、完成系か。
 そこでふと思い出したのは、魅魔様の力を借りた‘靈異面’の事だった。
 力の完成系と言うなら、アレはまさしくその一つなのだろう。
 もちろん魅魔様に為りきるには色々不足していたけれど、あの時僕は確かに完成した力とはどういうモノか理解した。気がする。
 多分。恐らく。だといいなぁ。

〈そこは断言しとこうよ少年。魅魔様のおかげで未来が見えました! とか言って〉

 断言出来るくらい実感できたなら、僕はもうちょっと魅魔様を尊敬してましたとも。

〈え、少年の魅魔様評価どうなってんの?〉

 ひょうきんお化け。

〈……酷くない?〉

 はいはい、ちょっと黙っててくださいね。
 とは言え久遠晶は残念ながら魅魔様の様にはなれないので、そういう意味ではなんの参考にもならない体験だ。
 それでもあの経験を元に、僕の求める強さを言葉にするとしたら――そうだなぁ。

「強くなっても、僕は僕!」

 ……言葉にしてみると、どういうコンセプトなのかさっぱり分からないよね。僕もだよ。
 詳しく説明しろと言われたら、多分もっと言葉に詰まる。確実に詰まる。
 なのでどうか追求しないで欲しいと内心で願っていると……何故か皆満足そうに頷いていたのでした。何故に?
 いや、何も言われないのはありがたいんですけどね。何で僕自身が分からない事をこいしちゃんを除いた全員がわかってるの?

「なるほどなるほど、だったら鬼の力なんぞ要らんわな。何しろお前さんは人間なんだから」

「え、あ、はい。そう思っていただけると幸いです」

「ちぇーっ、勇儀ってば潔すぎー」

「楽しみを後に残しておいてるだけさ。何しろこのメイドは、後々もっと面白いモノを見せてくれるんだからね」

「まるで確定事項の様に!?」

「なるほどね。ふふふ、そいつぁ楽しみだ」
 
「ちょ、萃香さんまで!?」

「よしっ、じゃあ踊るか!!」

「踊ろうか!!」

「何故に!?」

 そのままどうしてか、再びテンポ良く回り始める鬼の二人と僕。
 この良く分からないダンスは、結局日が暮れるまで繰り返されるのであった。





「まったく、本当にしょうがない子ね」

「幽香お姉ちゃん、そんな事言ってるワリに楽しそうだね」

「うぷ。この人なんだかんだで、晶さんに変わって欲しくないと思ってますからね。うぐ。その保証を貰えて嬉しいんでしょうよ。ぐ」

「そういう貴方は随分と機嫌が悪そうね。後、少しは大人しくしてなさい。不愉快だから」

「……私の知らない間にまた、晶さんが愉快な事になってるなぁと思っただけですよ。それと水下さい」

「放任も、行き過ぎると責任放棄と取られかねないわよ」

「そっちこそ、心配し過ぎは過保護の源ですよー」

「…………それを貴女が言う?」

「…………そっちこそ、その言葉ノシ付けて返しますが?」

「――? 二人共、どうしてそんなに苦々しげな顔してるの? 変なのー」




[27853] 地霊の章・参拾肆「終日遅遅/阿求改善」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/12/04 00:00


「あー、疲れた。ただ踊ってただけなのに、下手な弾幕ごっこより疲れた気がする」

「だから言ったじゃないの、覚悟しておきなさいって」

「あの二人も、あの後は踊るだけ踊って帰っていきましたからねぇ。……だから鬼の相手をするのは嫌なんですよ」

「お兄様お疲れー。はい、お茶」

「ありがとー。――あ、紫ねーさまもこんばんはー」

「っ!?」

「……どうしました? お茶菓子なら、ねーさまの分も多分ありますよ」

「どうしたって貴方……」

「晶さん今、隙間が出るよりも早く紫さんの事を察してましたよね」

「はぇ?」

「確かにそうね。明らかに、貴方が反応してから八雲紫が出てきたわよ。――どう言う事かしら」

「えっ? どうしてと言われても……後ろの方で開いてましたよね、隙間」

「……これは、どういう事なんでしょうか」

「恐らく、私の‘力’を感知したのよ。隙間による移動には若干のラグがあるから、この子の方が先に反応できたんだと思うわ」

「あーなるほど。空間移動は、‘見えない力で空間を弄って移動している’から第三の目の対象に入っちゃうのか」

「………………」

「………………」

「………………」

「お、御三人方?」

「今さらっと出てきた新規単語に関して、尋問の必要性があると思います」

「そうね、さすがに出てきた以上無視は出来ないわね」

「異議無し」

「あっるぇーっ!? まさかのヤブヘビー!?」





幻想郷覚書 地霊の章・参拾肆「終日遅遅/阿求改善」





「――さて、準備は整いましたね」

 来客の手筈を整え、私は大きく深呼吸をした。
 昨日偶々我が家を訪れた妖怪の賢者にお願いした要件を思い出すと、自然と緊張から身体を硬くなっていく。
 うう、やはりいきなり呼びつけるのは急すぎたでしょうか。
 ここはまず、文通などで慣らしてから――ってダメですダメです。

「遠ざけようとすれば、あの人は確実に近づいてきます。そう言う困った人です。だったらコチラから攻めて行かないとっ!」

「……阿礼乙女様?」

「あ、はい何ですか!?」

「いえ、何か仰っていた様ですので……」

「な、何でもないです何でも!!」

 危ない所でした……。手伝いの方が立ち去ったのを確認して、私は安堵の息を吐き出した。
 阿礼乙女が殿方への対処でアタフタしている。なんて話を人里に広めるワケには行きませんからね。
 表向きだけだとしても、平静さは保ち続けないといけません。
 ……はぁ、我が事ながら驚きでしたよ。まさかここまで男性に対して免疫が無かったとは。
 いえ、考えてみると当然なんですけどね。私自身の持つ人生経験なんて皆無に等しいんですから。
 
「こういうのも、阿礼乙女の弊害と言うのでしょうか」

 阿礼乙女は幻想郷縁起を書く為、まず過去の阿礼乙女が残した資料に目を通す。
 それは縁起編纂の基礎となる重要な物で、私も多くの知識をそこから得たモノです。本当に、多くの、知識を……。
 
「―――はぁ」

 分かってはいるんです。全ては縁起に必要な知識なんだと。
 だけどっ! なんで無闇矢鱈にエロ知識豊富なんですか昔の阿礼乙女!!
 いや、本当に分かってるんですよ!?
 妖怪にはソッチ方面大好きなのがいっぱい居ますから、縁起にソレ書かないといけませんもんね! 書かないと読む人が困りますもんね!!
 そもそも私、悠長にしてたら寿命の方が先に来ちゃいますし!
 ぶっちゃけ人生的には折り返し地点入ってますから、そういう知識も知っておかなきゃマズいと思うんですよ!
 ええ、乙女としては知りたくないんですよ? 本当なんですよ? えっちな事なんて興味無いんですよー? その、少しくらいしか。

 ……っと、いけませんね。何だか話の方向性がおかしくなってきました。

 とにかく阿礼乙女には、究極の耳年増と言う宿業がついて回るのです。記憶ないけど断言出来ます、皆そうでした。
 しかも箱入り的な育成環境が、知識と実体験をどんどん乖離させて行くと言う有様。
 どれもこれも仕方の無い事と分かっていますけれど、コレ確実に人間としてどっか狂いますよね阿礼乙女。

「つまり、私が男性相手にロクな対応ができないのは確実に私自身のせいでは無いのです!」
 
「へー、そうなんだー」

「そうなん――ぎゃーす!?」

「うわぁ、ぎゃあす言うたよこの乙女」

 そりゃ言いますよ。乙女だって人間なんですから、おかしな叫びを口にする事もありますとも。
 って、なんでもうすでに晶さんが居るんですかちょっとー!?
 私のすぐ前では、笑顔のまま首を傾げる件の男性の姿が。うわ可愛い、なんか腹立つ!
 普通だったら誰かが来訪を伝えてくれると言うのに、どうしてまた彼は素通りでここに居るんでしょうか。

「こ、こほん。ご足労をおかけ致します晶さん。だけど、不法侵入は感心できませんよ?」

「あースイマセン、実は着地点を間違えちゃいまして」

 そう言って彼が指差した庭先には、何かが擦れたような跡がくっきりと残っていました。
 ……相変わらず、着地下手なんですねぇ。
 同情的な視線を彼に送ると、晶さんはワタワタと手を振りながら言い訳を始める。

「いや、違うんだよ。今回着地ミスったのは、飛んでる最中にチョッカイかけられたからでして」

「え、妖怪に襲われたんですか?」

「襲われたと言う程じゃ無いんだけどね。えーっと――ああ、居た居た」

 左右を見回した晶さんが何かに向かって手を伸ばし、虚空の何かを掴んで見せた。
 ――あ、あれ? 女の子が出てきましたよ? おかしいですね、今までそこには誰も居ませんでしたよね?

「チョッカイかけてきた犯人で、地霊殿の主の妹な古明地こいしちゃん。無意識モードに入るとオートステルス入るちょっと厄介な子です」

「どうも、古明地こいしです。よろしくお願いします!」

「あ、はい。稗田阿求と言います、どうぞよろしく」

 地霊殿……と言うと、最近交友の始まった地底妖怪の拠点の一つですね。
 そこの主の妹だと言う事は、彼女も相当な実力者なのでしょう。
 おーとすてるすと言うのは良く分かりませんが、幻想郷縁起の編纂者としては実に興味を惹かれる方です。
 しかし、なんでそのこいしちゃんとやらが今ここに居るんですか!?

「あの、晶さん。――私、晶さんに一人で来て欲しいって言いましたよね」

 別に色っぽい理由では無いのですが……色っぽいんですかね? 良く分かりませんけど、とにかく告白とかそういう流れでは無いです。
 ただ、晶さんの事に集中しておきたかっただけなんですよ。茶化されたりしたら困りますしね。
 だから紫さんに、晶さん一人で来て欲しいってお願いしたのに!
 晶さんの為のお菓子とかも用意して、二人っきりの為の準備もしていたのに!! ――あ、いえ。深い意味は無いですよ?
 それなのに、晶さんの反応は言葉にすると「あ、忘れてた」みたいな軽い感じなんですけど!
 何ですかソレ! 晶さんは私を女性として見なさ過ぎですよ、知ってましたけど! 
 もっと深読みして意味深な反応をしてくださいよ、されても困りますけど!!
 と言うか私の最初の呟き、しっかり聞いてた癖にスルーですか! 追求されたら泣きますけど!

「ごめん、忘れてた」

「……いーですけどねー。ぜーんぜん良いですけどねー」

「コレ食べていーい?」

「はい、晶さんの分をどうぞ」

「阿求さん!?」

 とりあえず、とっておきの菓子はこいしさんにあげてしまおう。それくらいの復讐は許されるはずだ。
 喜んで出されたお菓子を食べるこいしさん、そしてそれを羨ましそうに見つめる晶さん。ちょっとだけ気分がスッとしました。
 彼女があっという間にお菓子を食べ終えた後にも、晶さんはチラチラと名残惜しげにこいしさんを見つめている。
 どれだけ食べたかったんでしょうか……ちょっと悪かったかなと思いつつも、私は話を続ける事にした。

「それでですね。今回晶さんをお呼びした理由なんですが、ここ最近の活躍談をお聞きしたく」

 もちろん言い訳だ。嘘では無いんですが、そこまで急を要する事態でもない。
 まずは事務的なやり取りで、晶さんとまともに会話を出来るようにする――ってアレ?
 そういえば私、もうすでに極普通の会話が出来ちゃってますよ?
 いきなり出てきた衝撃で、照れとか戸惑いとかの感情が一気に吹っ飛んでしまったのでしょう。
 はっ、まさか晶さんはそこを狙ってたワケ無いですねはい。

「……かつやくだん?」

「ほら、緋想異変とか地霊異変とか。色々派手にやっていたそうじゃないですか」

「派手にやらかしてはいましたけど……犯罪談では無くて?」

「――何か、やらかしたんですか?」

「………………てへぺろ☆」

 わりと心当たりがあると言った感じですねー。晶さんらしいと言えばらしい態度ですが。
 まぁ色々聞いた噂が本当なら、言い淀む気持ちも分からないでも無いです。
 実際に緋想異変の時は結構アレな事したらしくて、紫さんも大分お怒りだったそうですし。
 
「えっと、当たり障りの無い所だけでお願いします」

「うぃっす、りょーかいであります!」

 阿礼乙女としてどーかと少し思いましたが、態々虎の尾を踏みに行くのもマズいと思うんですよね。
 本来の目的をすでに果たしているので若干意味を失いつつあるのですが、私は晶さんに対する質問を始めたのでした。










「はい、ありがとうございました」

 晶さんの話を紙に軽く纏め終えた私は、少し冷めたお茶を口に含んでホッと一息ついた。
 無茶苦茶な面ばかり強調される――と言うか実際に無茶苦茶な――晶さんですけど、意外と知的な人でもあるんですよね。
 ちょっと視点が独特過ぎますが、その考察力と観察力は阿礼乙女の私から見ても中々のモノです。
 ……前にチラッと聞いた事があるんですけど、晶さんは本を書く為に色々手帳に記しているそうなんですよね。
 かなり興味深いんですが、お願いして見せて貰えるモノなんでしょうか。

「あふぁ……意外と白熱しちゃいましたね。こいしちゃんとかぐっすり寝ちゃってますよ」

「あ、そこに居たんですか」

 無意識を操る能力、でしたっけ。自然と意識から外れてしまうと言うのは中々に面倒です。
 もっともこいしさんが無意識下で取る行動にはそこまでの悪質さが無いので、咎めようと思わないんですが――あ、落書きされてる。
 
「……もっと構ってあげるべきなのかなぁ」

 こいしさんの髪を優しく手で梳きながら、晶さんがポツリと呟いた。
 フランさんの時も思いましたけど、晶さんって何気にお兄さん気質ですよね。
 自分以外の抑え役が居なくなるって前提は必要ですけど、面倒見は凄く良い様な気がします。
 それにしても、今の髪を梳く仕草はちょっとドキッとしましたねー。何だか頼れるお姉さんって感じがして。
 ……落ち着いてる時の仕草が凄く女性っぽいんですよね、晶さん。
 なるほど道理で今日は普通に接する事が出来たワケだと内心で納得しつつ、私は晶さんの呟きの意図を探るべく先を促した。

「晶さんは、ちゃんと彼女に構ってあげてると思いますよ。少なくとも私よりは大事にされてますね」

「それに関しては本当に申し訳ありませんでした。……まぁ、大事にしているつもりではあるんですけどね。ただそれだけで良いのかなーって」

「と、言いますと?」

「さと……地霊殿の主が僕にこの子を預けた意味を測りかねていてね。単に子守をして欲しいだけなのか――それとも、その裏に別の思惑があるのか」

 そう言った晶さんが、もう一度こいしさんの方に視線を向けた。
 その表情からは、どこまで踏み込んで良いのか分からない。と言った戸惑いが分かりやすく伝わってくる。
 それにしても珍しいですね。晶さんは、相手の事なんて一切考慮せずに踏み込んでいく人だと思ってたんですが。
 ……さすがにこの認識は、失礼過ぎましたかね?

「こいしちゃんに何か事情らしきモノがあるのは分かるんだけど、それで困ってるかと聞かれるとそうでも無いんだよねぇ」

「でしたら、下手にお節介を働く必要は無いと思いますけど?」

「うん、僕もそう思ってたんだけどねー。――でもひょっとしたらこいしちゃんは、現状を変えたいのかもしれないのかなとちょっと思って」

「……そうなんですか?」

「そもそも今の僕って、こいしちゃんにとってはほぼ天敵なんだよね。それなのに彼女は前より懐いてくるんだよ」

 そして天敵となるキッカケを与えたのは、他ならぬ彼女の姉なのだそうです。
 確かに、複雑な事情が見え隠れする感じはしますね。地霊殿の主には何か狙いがあるのかもしれません。
 とは言え、だから晶さんが何かしなければいけないと言う話にはならないと思うのですが――言っても無駄でしょうねコレは。
 出来る事だからやる、友達だから協力するって考え方は素敵だと思いますが、晶さんの場合は少し極端過ぎです。
 そこさえクリアしてれば何でも良いなんですか。……何でも良いんでしょうねぇ。
 何と言うか、上白沢さんやアリスさんがヤキモキしている理由を少し理解した気がします。

「仮にそうだったとしても、具体的に何も言われてないのなら無理をする必要は無いと思いますよ?」

「んー、そうなのですかねぇ」

「恐らくは。きっと望まれているのは、素のままの晶さんなのでしょう」

 と言うか晶さんは、意識していない時の方が頼りになる――こほん。
 私は地霊殿の主の事も妹さんの事も良く知りませんが、彼のそういう所に期待する気持ちは少し分かります。
 私も、晶さんの良い意味での考え無さに救われた所がありますからね。
 
「なるほど、と言う事は今まで通りで良いのかな……」

 しかし、なんでしょうこのモヤモヤした気持ち。
 こちらの戸惑い等をガン無視された上に、他の友達の相談までされるとか、私完全に蔑ろじゃ無いですか。
 これでも友達の居なさ加減には定評のある阿礼乙女なのですから、もう少し私に構ってくれても良いでしょうに。
 話が落ち着くと同時に湧いて出てきたイライラを発散すべく、私は晶さんのお尻を思いっきりつねりました。

「あふぁ!? あ、阿求さん!?」

「べー」

「な、何故に?」

 あースッキリしました。
 怪訝そうな晶さんを放置して、私は満面の笑みと共にお茶を啜るのでした。



[27853] 地霊の章・参拾伍「終日遅遅/すーぱーしすたーうぉーず・破壊編」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/12/11 00:02


 轟音と共に、大地が勢い良く爆ぜた。
 弾幕の嵐が割れた地面を更に抉っていき、暴力的な風が巻き起こった土煙を払っていく。
 圧倒的な力が制御されず暴走したらどうなるのか、眼前の光景は如実に語っていた。

「どうして、こんな事に……」

 呆然とした呟きが、只々宙へと消えていった。
 平穏な日常が、一気に殺伐とした世界へ変わってしまったのだ。
 それが幻想郷の常だと分かっていても、嘆かずにいる事は出来ない。
 フランちゃんとこいしちゃん、何故二人が戦わないといけないのだろうか。
 唖然としたまま悲惨な光景を眺めている僕の隣で、萃香さんが実に冷静な態度でツッコミを入れた。

「いや、起こるべくして起きた戦いじゃない?」

「――ですかねー」

 うんまぁ、言ってて自分でも無理のある逃避だと思ったよ。
 前兆なんて山の様にあったし、それが結果に繋がった瞬間も「あ、やっぱり」だったし。
 多分アレは近親憎悪ってヤツなんだろうなぁ。恐らく。もしかしたら。僕の認識が間違って無いなら。
 
「はぁ、世界はもっと優しくなれないのだろうか……」

「緋想異変見てた私が突っ込むけど、あの天人と君の喧嘩はアレよりレベル低かったよ?」

「世界はもっと優しくなれないのだろうか」

「言い直す前より綺麗な目をしてる所が凄いと思うわ、君」

 二人を会わせるのは、会心のアイディアだと思ったんだけど。まさかこんな事になってしまうとは。
 僕は飛んでくる瓦礫を冷気込みの風で凍らせ防ぎつつ、事の始まりを思い返すのだった。
 
 
 


幻想郷覚書 地霊の章・参拾伍「終日遅遅/すーぱーしすたーうぉーず・破壊編」





「と言うワケで、今日は紅魔館に行きます! いぇーい!!」

 阿求さんから「好き勝手にやるのが多分一番」と言うお墨付きを貰った僕は、とりあえず何も考えずこいしちゃんを楽しませる事にした。
 そうだよね。僕が気を使った程度で、事態が好転するワケないもんね!
 悩みも解決したから、こいしちゃんの裏事情は完全無視してやりたい放題しちゃいますよやっほー!!

〈少年、それは極端過ぎないかい?〉

 何事もやるなら徹底的にやった方が良いと思うんだ。

〈どういう育ち方したら、そんな風に要らん所で常に全力な性分になるのかねぇ〉

 強いて言うなら血の宿命です。
 我ながら無駄に高いテンションでの呼びかけに、しかしこいしちゃんの反応は薄かった。
 首を傾げつつ真っ直ぐこちらを見据えるこいしちゃんの表情は、僕の発言の意図が全く理解出来ないと露骨に語っている。
 あー、そういや地底から戻って――つまりこいしちゃんが僕に同行する様になってから、紅魔館に行ったのは一度だけだったっけ。
 それも人里へ寄る為にフランちゃんを回収する一瞬だけの事だから、そこに行くと言われてもピンとこないのだろう。
 僕は軽く咳をして場の空気を入れ替えると、再びテンションを上げてこれからの行動を宣言した。

「これからフランちゃん家へ遊びに行こうと思いまーす! いぇーい!!」

「いぇーい!!!」

「……遊びに?」

 あれ、あんまり反応が宜しくないな。
 こいしちゃんの平時の反応と比較出来るほど、僕は彼女の事を知らないんだけど。
 しかしもうちょっと喜ぶかと思ったのに、部外者の方が張り切ってるってどういう事なんだ。と言うか。

「何してんのん萃香さん」

「遊びに来ました! あ、鬼的な暗喩じゃないよ」

「……何故に?」

「おいおい、鬼は普通に遊んじゃダメだとか言うつもりかよぉ」

「言ってみたらどうなりますかね」

「とりあえず泣くかな」

 それは鬼だなぁ。いや、実際に鬼なんだけど。
 まぁ、バトル系に移行しない来客なら断る理由はありませんとも。
 僕を値踏みしてるっぽい視線が気にならないでも無いけれど、そこらへんは将来的な問題だから今は無視する。
 後々面倒になる事は確実だけど、今が良ければそれで良し!! うん気にしない気にしない。
 
「と言うかこいしちゃん、何だか乗り気じゃないけどどうかしたの?」

「……お兄様の言うフランちゃんって、あの吸血鬼の子だよね」

「そうだよー。たまーに狂気に駆られて全てを破壊しそうになるけど、そこを除いたら超いい子だよ」

「そこは除いたらダメな様な気がするけど?」

「狂気だって個性の内!!」

「きゃー、それで痛い目見るのは自分なのに言い切るあんちゃんカッコイー!」

 ……知ってるなぁ、萃香さん。
 まぁ僕も最近は諦めがついていると言うか、狂気込みのフランちゃんより厄介な妖怪が幻想郷にはゴロゴロ居る事に気付いたと言うか。
 ところであんちゃんって何やねん。

「んー……」

「えーっと、嫌なら延期しますけど?」

「別に、良いけど……」

 何だか煮え切らない感じだなぁ。もうちょっと大張り切りすると思ったのに。
 個人的には、フランちゃんとこいしちゃんは仲良くなれそうな気がするんだけど……どうしたんだろう。

〈ヒント――少年と天子の関係〉

 魅魔様は意味の分からない事を言うなぁ。あはは。
 まぁ、こいしちゃんに問題が無いなら連れて行くことにしましょうかね。
 大丈夫大丈夫、二人なら多分仲良くなれるよ何の根拠も無いけど!
 僕は僕らしく好き勝手に行動してやるよヒャッハー!!

「それじゃ、予定通り紅魔館にゴーと参りましょうか」

「本当にスゲエやあんちゃん。そこまで勢い良く虎の尾を踏みにいける人間を、私は見た事が無いよ」

 萃香さんまで何を言ってるんですか。
 呆れるような二人の言葉に首を傾げつつ、僕等は紅魔館へ向かう事になったのでした。


 ――今にして思えば、もうこの時点で前フリは出てたんだよなぁ。










「やってきました紅魔館! ちなみにアレが名物の中華置物めーりんです」

「ついに名物扱いになったかあの置物……」

「ピクリとも動かないねー」

 本人に言わせると、「晶さんは身内だから反応しないんです!」なのだそうだが。
 でもそれ、僕に毎回付属している部外者がスルーな理由にはなってませんよね。
 と言うかだ。完全無関係だった最初の時点で、救い難いレベルの居眠りをしてた記憶があるんですが。
 まぁ、追求はしませんよ。美鈴へのツッコミは咲夜さんの役割ですし。
 なので説明もソコソコに二人を連れ、僕は紅魔館の中へ正面から入っていった。

「ハッロォウ、エブリワァン! 晶君ダヨー!!」

「あんちゃんあんちゃん、それはさすがに鬱陶しーよ」

 僕もそう思いました、はい。
 これで庭に誰も居なかったら相当恥ずかしかったのだけど、幸運な事にそこにはスカーレット姉妹と咲夜さんが居た。
 見れば、レミリアさんがフランちゃんの頭を思う存分ナデナデしているではないか。
 必死に表情を抑えて居るけど、アレは相当にご機嫌だよなぁ。もちろんレミリアさんの方が。
 しかし僕が挨拶した事で、フランちゃんがこっちに対する突撃を開始しナデナデがキャンセルされてしまう。
 あ、レミリアさんの機嫌が悪くなった。ゴメンなさいそんなつもりじゃ無かったんです。

「わーい! おっにぃちゃーん!!」

「ふっ――やっほー、ふっらんちゃーん!」

「……何気無くやってるけど、今体当たりの勢いを完全に殺してたよね君」

 正直、まさか出来るとは思わなかった。僕すげぇ。
 まぁ大した距離じゃ無かったのと、心構えが出来ていたからこその完全ガードなんですけどね。
 頭をグリグリ擦りつけるフランちゃんの頭を軽く撫でながら、僕はやってきたレミリアさんに軽く頭を下げる。
 あれ、なんかレミリアさんが萃香さんの方を見て露骨に顔を顰めてるんですが。

「……何故、貴様がここに居る」

「だから遊びに来ただけだってば。まったくどいつもこいつも、鬼が常に好戦的な生き物だと思わないでほしいね」

「ふん、自業自得だろうが」

「何だか随分と親しげですけど、ひょっとして萃香さんとレミリアさんってお知り合いなんですか?」

「親しくなど無い。顔を知っているのは、この鬼がかつて起こした異変で戦ったからだ」

「異変とは失敬だなぁ。宴会がしたかったから、皆を神社に萃めただけじゃないか」

「巫女が気づくまで、連日連夜宴会を開かされていましたけどね」

 咲夜さんの補足説明が本当なら、それは十二分に異変と言えるだろう。……幻想郷なら素で起こりそうな出来事だけどね。
 しかしエンドレス宴会に巻き込まれただけにしては、レミリアさんの拒否っぷりが酷い様な気が。
 まぁ強豪妖怪が相手の場合、レミリアさんは大概機嫌悪いと言うか上下はっきりさせるまで生かしちゃおけないみたいな感じになるけど。
 ここまで露骨な態度で出るって事は、余程の目に遭わされたりしたのかなぁ。
 ん? いつの間にやら空いた左手にメモらしき物が。何々……?

『爆発注意!』

 ……メモの右下に描かれてある、導火線のついた生首レミリアさんが全てを物語ってるなぁ。
 咲夜さん本当にお疲れ様です。ところでこの生首、今にも「うー☆」とか言った感じに鳴き出しそうなんですがコレ爆発するんですか?
 本物より可愛らしくデフォルメされてるせいで、ブラックっぷりが半端無いんですが。あ、どうでもいいですかそうですか。
 とにかく咲夜さんから実にありがたい忠告? を頂いたので、この件はこれ以上追求しない事にする。
 明らかにレミリアさんの恥になりそうな事をフランちゃんの前でバラすワケにも行かないからねぇ。そこまで知りたい事でも無いし。
 レミリアさんの方も特に話を広げるつもりは無かった様で、渋い顔をしながらも僕の方へと顔を向けてきた。

「まぁ、オマケは余分だが来訪自体は歓迎する。私と咲夜は丁度これから出かけるつもりでな」

「霊夢ちゃんの所に?」

「……何故分かった」

「いや、誰でも分かるだろうソレは」

「ええ、分かりますね」

「バレバレだよね」

「咲夜!? フランまで!?」

 むしろソコ以外に行く所あるんですか、と言う質問はド直球の地雷なので口にしなかった。
 いや、もちろん完全に無いとは思っていませんが、僕に留守を任せるほど長時間滞在出来る場所って言ったら……ねぇ?
 でも良く良く考えると、各陣営そこらへんの事情は似たり寄ったりな気がする。
 どっちかと言うと紫ねーさまとか幽香さんとか文姉みたいな、実力者なのに色々な所をフラフラしている妖怪の方が全体的には珍しいのかも。
 
「おっほん。私がどこに行くのかはこの際関係無い。重要なのは、私不在の間の紅魔館の管理だ」

「だから、お留守番なら私がするよ?」

「フラン……」

 なるほど謎が一つ解けた。レミリアさんがナデナデしてたのはコレが理由か。
 正直、僕もちょっと全力でナデナデしたい衝動に襲われてしまいました。
 あのフランちゃんが、自分から留守番を言い出すなんて……立派になったもんだホロリ。
 ただし任せられるかと聞かれると、答えは残念ながら否なのですが。
 狂気云々もそうだけど、留守番においてフランちゃんの人見知りっぷりは致命的な問題な気がする。
 まぁ、影でコッソリパチュリーあたりがフォローしそうな気もするけど。何気にサードアイが使い魔らしき物に反応してるし。
 
「安心しなさいフランちゃん。今日の僕はあくまで遊びに来たタダの友達……僕が居ようと留守番のメイン格は変わらないのですよ!」

「そうだぞフラン。私は、晶と萃香の事を小間使いだと思ってコキ使ってやれと言うつもりだったのだ」
 
「え、私も小間使い扱いなの?」

「晶のオマケなのだから当然だろうが。フランの指示に従ってキリキリ働けよ」

「まぁ、特にやるべき仕事はありませんけどね。精々が来訪者の対応をしてもらう程度でしょう」

 そもそも、それは門番の仕事では無いのですかね。
 僕はもう一度、門の所で居眠りしているはずの美鈴に視線を向けた。――逆剣山になってました。
 
「良いか、フランよ。私が不在の間の紅魔館を任せられるのはお前しかおらん。頼んだぞ」

「あ――うん!」

 うんうん、良い話だなぁ。
 フランさんが力強く頷くのを確認して、レミリアさんは満足げに彼女へ背を向け歩き出した。
 いや、レミリアさん感動したのは分かるけど涙ぐむのはやり過ぎですよ。
 ぶっちゃけそこまで大層な事でも無いでしょうが。確かに以前のフランちゃんでは考えられない事でもありますが。
 そしてそのまま、振り返る事もなく歩いていくレミリアさん。本人的には超カッコイイつもりなのだろう。実際は微妙。

「ところであんちゃん、もう一人のお客人はどこ行ったのさ」

「え、さっきからずっと僕の背中に居るけど――こいしちゃん?」

「……何?」

 あれ、なんかこいしちゃん機嫌悪い?
 背中にしがみついた状態で、分かりやすい不満声を出すこいしちゃん。
 今まで無視されていたから……と言うワケでは無いだろう。そもそも皆の反応が無かったのはこいしちゃんの能力のせいだし。

「勝手に留守番に組み込んだ事、ひょっとして怒ってる?」

「そんな事無いよ。そもそも、留守番を頼まれたのはお兄様と鬼の人だけでしょう?」

「まぁ、確かに古明地妹は言われてないわな。単に気付かれてなかっただけの話だけど」

「……お兄ちゃん? その子誰?」

「ああ、この子は古明地こいしちゃんと言って――」

 紹介の言葉は、フランちゃんの表情を見た瞬間に途切れてしまった。
 フランちゃんは彼女らしからぬ感情の無い瞳で、じっと僕とこいしちゃんを見つめている。
 と言うか目に光が無い。奈落に繋がってる大穴みたいな虚無さ加減で、微動だにせずこちらの様子を窺っている。怖い。
 しかもこれだけ狂気じみた雰囲気なのに、魔眼で見る波長は至ってフラット。と言うかこっちも微動だにしてない。超怖い。
 
「ねぇお兄ちゃん、教えて。何でその子、お兄ちゃんの事をお兄様って呼んでるの?」

「いやその……成り行きで?」

「ねぇお兄ちゃん、教えて。何でその子、私の場所に居るの?」

「別に僕の背中はフランちゃん限定ってワケじゃ……あ、ゴメンなさいなんでもないです」

 ダメだ、今下手な事言ったら死ぬ。
 無言の圧力に負けて、僕は思わず顔を逸らしてしまった。
 コレはマズい。このフランちゃんは僕の手に負える存在では確実に無い。
 助けて萃香さん――ってあの鬼、いつの間にか安全圏っぽい位置まで逃げ出してやがる! この鬼め!!
 仕方がない。とにかくこうなったら、一度こいしちゃんを下ろして穏便に……。

「何故って簡単な話じゃない。お兄様は私のお兄様で、この場所も私の場所になった。それだけの事よ」

「こいしちゃぁん!?」

 それ完全に挑発だよね? と言うか喧嘩売ってるよね!?
 こいしちゃんのお手本の様な挑発は、フランちゃんに一つの感情を露わにさせた。
 彼女の目に光が宿り、感情の波が激流の如く動き出す。
 それはもう、他に形容できないくらい見事な殺意でしたとも。
 最早、フランちゃんを止める事はできないだろう。なので僕はこいしちゃんに挑発の意図を問い詰めるべく振り返り――気付いてしまった。
 そのこいしちゃんの瞳にも、フランちゃんとまったく同じ光が宿っている事を。
 ……えっ、なんで?
 何が何だか分からない。だけど一つだけ、この状況から推察出来る事があるとするなら……。

〈少年コレ、確実に巻き込まれる位置だよね〉

 双方が爆発する瞬間、一番酷い目に遭う場所は間違いなくココだと言う事だ。
 少しずつ膨れ上がっていく二人の力に挟まれながら、僕は如何に生きてこの状況を抜け出すか頭を悩ませるのだった。





 ―――まぁ結局、鎧の即死回避機能に頼る事になったのですが。うん、仕方ないよね。




[27853] 地霊の章・参拾陸「終日遅遅/すーぱーしすたーうぉーず・再生編」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/06/03 21:01

「ずび……フランがあんな事言うなんて、ずびずび……」

「お嬢様、ハンカチです」

「ん゛む゛っ……あ゛ーダメだわ。ちょっと時間を潰さないと霊夢に会えないわね」

「では、どこかの茶屋で時間を潰しますか」

「……それは本末転倒じゃ無いかしら。不特定多数に今の顔を見せるくらいなら、まだ霊夢の所に行ったほうがマシよ?」

「軽く化粧をすれば問題無いかと。人里あたりの茶屋なら、お嬢様の顔を注意深く覗き込む命知らずもいないでしょう」

「なるほど、それもそうね。なら私は人里にある喫茶店に行きたいわ。あそこのケーキ結構美味しかったし」

「久遠様がお土産に持ってきたアレですね。分かりました」

「くっくっく。今日は機嫌が良いから、その喫茶店の客共にも大盤振る舞いしてやろうじゃ無いの」

「(目立たない方が良いのに目立とうするお嬢様素敵です。まぁそもそも、近付く度胸のある人間がいないと思いますが)」

「じゃ、行きましょうか。霊夢の所にも早く行きたいしね」

「了解しました。……ところでお嬢様、お屋敷の方なのですが」

「その事なら心配は無用よ。あの鬼は信頼できないけど晶がついている、下手な事にはならないでしょう。パチェもいるしね」

「いえその、そうではなくて現在進行形で何やら大変な感じに……」

「初めての留守番だから、多少の不備は当然あるわよ。そこは笑顔で流してあげるのが大人というモノよ?」

「……分かりました。笑顔で流します」

「ふっふっふ、今日は実に良い日になりそうね」
 
 
 


幻想郷覚書 地霊の章・参拾陸「終日遅遅/すーぱーしすたーうぉーず・再生編」





 命からがら逃げ出した僕を待っていたのは、妹同士による壮絶な弾幕ごっこだった。
 おかしい、僕が離れる一瞬の間に時空の歪みでも発生したのだろうか。
 たった数秒目を離した内に、二人の戦いは実に凄惨な結果を生み出していた。
 具体的に言うと紅魔館の庭がほぼ半壊。幸運な事に屋敷への被害は少ないけれど、それも時間の問題と言った具合だ。

「萃香しゃん、解説ぷりーず」

「古明地妹が無意識で隠れたら、スカーレット妹が全方位無差別破壊行動に出た」

 わぁ分かりやすい。そして最悪の展開だぁ。
 僕と違ってフランちゃんには察知能力が無いから、確かに無意識ステルスをされたら対処法はそれしか無いだろう。
 無差別かつ狂気に駆られた弾幕は、最早三百六十度全てを吹き飛ばさんばかりに荒れ狂っている。
 しかしこいしちゃんもやはり只者では無い。まるで舞うように軽快な動きで、回避困難なはずの弾幕をスルスルとすり抜けていく。
 と言うか、何で避けられるのさあのバカみたいに凄い弾幕を。
 一番流れの激しい中心付近には近寄れないみたいだけど、こいしちゃんの居る所も相当な密度だ。僕なら多分ミンチになってる。

「コイツは持久戦になりそうだね。避けきるか、当てられるか……」

「萃香さんの見立てではどうなってます?」

「スカーレット妹の方が若干優勢かな。古明地妹の回避は見事だけど、ありゃ一度避け損ねたら一気に崩れるよ」

「その一度が起きそうにない感じですけどね、あの様子だと」

「んー、そこまでは萃香ちゃんにも分からんなー。無意識で動く妖怪ってのは厄介だねぇ」

 むしろほんのりでも認識出来ている萃香さんが凄いです。紫ねーさまですら、無意識状態のこいしちゃんには気付かなかったのに。
 まぁ、紫ねーさまと萃香さんじゃこいしちゃんに対する知識が違うから、そもそも比べる事が間違いなんだろうけどね。
 とは言え、この様子だと「ここらへんにこいしちゃんが居るかも」と言う前提はその萃香さんですら必須なのだろう。
 さとりんが僕に、半こいしちゃん専用とも言えるサードアイを授けた理由が良く分かると言うモノだ。

「つーかあんちゃん、妹二人がチミを取り合って戦ってるのにヤケに冷静だね」

「人間はね、自分の許容量を超える出来事に遭遇すると逆に冷静になるものなのですよ萃香さん」

「あー、なるほど」

 戦闘状況からしてすでに凄惨だけど、二人の様相はさらに酷かった。
 まずフランちゃん。今までの安定が嘘の様な狂いっぷりで、高笑いしながら弾幕をばら撒いている。
 恐らく、本能的に理性でどうにかなる相手ではないと判断を下したのだろう。
 間違ってないだけにタチが悪い。こいしちゃんが回避以上の行動に移れないのも、狂気に任せた攻撃が無意識の介入を許さないからだ。
 狂気と無意識、互いの親和性は高いがズレも多い。
 この状況はある意味、二つの違いが生み出したと言っても過言では無いだろう。
 そしてこいしちゃんの方だが――こちらはある意味で安定しているフランちゃんと違って、少しばかり不安定だった。
 そもそも僕はこいしちゃんの戦ってる所を見た事が無いのだけど、今までの動きを見ていれば何となく察しはつく。
 無意識に任せた攻撃と回避。相手は戦っている相手を見失い、意図しない攻撃が直撃する体験をする。
 場合によっては死角を‘作らせる’事も可能かもしれない。とにかく、こいしちゃんは能力をフルに活用した戦法を得意としているのだろう。
 はっきり言って反則に近い戦い方だ。対処法も、不意打ちに耐えるか無意識ステルスを看破出来るようになるかの二つしか無い。
 だけどそれなのに、こいしちゃんは半ば防戦一方の状態に追い込まれている。
 ただの狂気と能力として操れる無意識ならば、明らかに後者の方が優勢なのに、だ。
 もちろん性格と言うか、方向性の違いというのもあるのだろう。こいしちゃんはどちらかと言うと防御側に力を割り振ってそうだし。
 しかしソレを差し引いて考えても、今のこいしちゃんは満足に能力を扱いきれていない感じがする。恐らくその原因は――

「感情、なんだろうなぁ」

 こいしちゃんをこの勝負に駆り立てた激情、それが彼女の『無意識』をブレさせるのだ。
 フランちゃんの場合は、全て狂気に変換されているから良いが――いや教育係としては全然良くないけどね! 後でフォローが大変だよ!!
 彼女の場合は、それが能力を妨害するノイズになってしまっている。
 まぁ、考えてみると当然の話である。フランちゃんを意識している現状で、完全なる無意識状態になんてなれるはずがない。
 むしろこれだけ不利な状況で、それでも完璧な回避を行えている事が奇跡である。凄いねこいしちゃん。

「……これは、意外と早く‘一度’が来ちゃうかもしれないね」

「だね。どうやら本人も結構焦ってるみたいだよ。――動きが大分見えてきた」

 常時見えっぱなしなせいで逆に良く分からないのだけど、こいしちゃんの動きからは徐々に無意識が抜け始めているらしい。
 確かに、気のせいでなければこいしちゃんの位置がさっきより遠ざかっている気がする。
 そしてそれとは逆に、テンションが上がったのかフランちゃんの弾幕の勢いはドンドン増していっている。
 ふむ、これはマズいかもなぁ。

「二人が消耗するだけ消耗した所に介入して、勝敗を有耶無耶にした上に説教かまして監督不行届を誤魔化そうという僕の作戦が……」

「黒ぇ、真っ黒だよあんちゃん」

「何もかもが不足している人の身、手段を選んでなどいられないのだ!」

「やだ……どう考えても言い訳なのに無駄にカッコイイ……」

 いや、わりと冗談じゃなくてね?
 僕の力量だと、損害を未然に防ぐのはどうやっても不可能なんですよ。
 と言うかもう色々と手遅れだしさ。ならもう、一番効率の良い止め方に走るのも致し方ないと思いませんか? 失敗したけど。

「けどさ。真面目な話、もう様子見してる場合じゃ無いっぽいよ? そういう決着がお望みなら止めないけど」

「僕もそういう決着は避けたいので、消耗はしてないけど介入しようかなと思っている所存です」

 お互いが激情に駆られたまま、どちらかを再起不能にするまで戦う。と言うのはマズい。仮に再起可能でも遺恨が残りすぎる。
 しかもこの場合、再起不能にされてしまうのは間違いなくこいしちゃんだ。
 別にフランちゃんなら良いと言うワケでは無いけど――こっちの方が、色々と根が深そうだからなぁ。
 それを有耶無耶にしない為にも、ここは両成敗で済まさないと。ふふん、まだ僕は二人が仲良くなるのを諦めたワケじゃ無いのですよ?

〈よっしゃ! ならここは魅魔様の出番だね!!〉

 待機で。

〈うぉいコラァ! さすがの魅魔様も、この粗雑な扱いに対する怒りで悪霊の本分に目覚めんぞっ!!〉

 重砲撃広域殲滅型の靈異面を、喧嘩の仲裁になんぞ使えるワケがねーでしょうが。
 そんな燃え盛った炎をダイナマイトで鎮火する様な真似、今この状況で出来るワケがない。
 と言うワケで、出番は無いので寝ててください魅魔様。今度気が向いたら身体貸してあげますんで。

〈絶対だぞー。魅魔様その時の為に超パワー貯めてやるからなー。とりあえず寝てやるけど、別に少年に言われたからじゃないんだからねー〉

 ついにツンデレのテンプレ台詞まで使い出した魅魔様が黙ったのを確認して、僕は萃香さんに視線を向けた。
 今の所、彼女は積極的に手出しをするつもりは無さそうだ。腕を組んだ姿勢で何をするでもなく二人の事実上殺し合いを眺めている。
 僕に義理立てしてるのか単純に興味がないのか……多分前者だろう、露骨にウズウズしてるし。
 そういう鬼っぽい義理堅さは嫌いじゃ無いけれど、非干渉でいられるのは正直困る。僕一人ではマジどうしようも無いのです。

「萃香さん、ちょっと確認」

「なんだい?」

「萃香さんの能力って、何かを集めるとかそんな感じの代物なんですよね」

「お、私の言葉をちゃんと拾ってたワケだ。偉い偉い」

「はい。それと華蝶仮面という超カッコイイ謎のヒーローからヒントを貰いまして」

「超カッコイイ謎のヒーローが教えてくれたんなら仕方ないね。それで?」

「集める事が出来るなら、散らす事も出来ますよね」

 そう言って、僕は現在進行形で激化しているフランちゃんの弾幕を指差した。
 鎧の即死キャンセルが残っていれば、多少の損害も無視して突撃出来たんだけどなぁ。
 機能復活待ちの今となっては、何とかしないと何も始められない状態だ。
 アブソリュートゼロを使えば活路は開けるけど……敵として認識されると泥仕合になってしまう。スピード重視で何とかしないと。
 そんなこちらの目論見を察したのか、萃香さんはニヤリと笑って親指を立てた。

「お望みなら、あの弾幕をバラバラにしてあげるけど?」

「そこまでしなくて良いです。ただ、僕がスペルカードを使う前にちょっと隙間を広げて貰えれば」

「おお、凄い自信だね。それだけの勝算があるって事かい」

「単に思いっきりバラバラにされる方がやりにくくなるだけです。勝算はあっても、自信は常に無いですよ僕!!」

「あんちゃんってば超カッコイイ! ダメ男好きの女達が放っておかないよ!!」

 頷いても否定してもダメな気がするので、萃香さんのフリは聞かなかった事にしておきますね。これ以上の火種は要りません。
 僕はまだ場が硬直している事を軽く確認して、何気に久しぶりな最速の面変化を使用した。

「と言うワケで―――――天狗面『鴉』! 萃香サン、後ヨロシクお願いしマス!!」

 スペカを掲げた僕は、萃香さんに再度お願いをして飛び出した。
 使うべきは、一瞬にして情勢を決する事の出来る時間操作のスペルカード!
 ついでだから、咲夜さん相手以外ならどれだけ有効なのかも見せてやろうじゃないか!! リベンジ!



 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」



 宣誓と共に、時間がゆっくりと流れ出す。
 ほぼ止まった状態の弾幕には、こちらの指示した通り僅かな隙間が出来ていた。
 これなら、風を纏って強引に突破する事が可能だろう。
 先端を窄めドリル状にした風で全身を覆った僕は、弾同士の隙間に先を差し込む形でフランちゃんへ突貫した。
 弾幕は風に乗り外へ外へと拡散していく。時間遅延でほぼ止まっている状況なので、流れに乗せてしまえば軌道を外すのは簡単だ。
 フランちゃんの眼前に辿りついた僕は、そのまま背後へと回り込み後ろ襟に指を引っ掛けて服の隙間を作る。
 あ、えっちぃ意味は無いですよ。フランちゃんのうなじに興奮するほど人間終わってないです。
 僕は氷扇の先っちょを折って小さな氷塊を作ると、出来上がった隙間にそれを放り込んだ。
 下らない悪戯だと言う事なかれ、戦闘モードに切り替わってる相手には、下手な攻撃よりこっちの方が遥かに有効なのですよ。多分。
 拳骨とかの物理的制裁だと、戦闘中のダメージとして処理される恐れがあるからなぁ。
 大事なのは、如何にして素に戻らせるかなのですよ。まぁ、リアクション待ってる時間は無いんだけど。
 僕はさっき空けた弾幕の穴から飛び出し、今度はこいしちゃんの背後に移動してその背中に氷を放り込む。
 これで勝負への介入は終了だ。僕は丁度二人の中間点になる場所に陣取り、無駄にスタイリッシュなポーズを決める。

「ザ・ワールド――時は動き出しマス」

 いや、そもそも時間止まってないけどね。
 それにしても時間遅延、まさかここまでエグいとは思わなかった。
 高速移動と組み合わせると、フランちゃんクラスの実力者でも僕に反応できないらしい。
 若干遅れてスペルブレイクすると、ようやく背中の氷に気付いた二人が可愛らしい悲鳴をほぼ同時に上げた。

「ひゃぅん!?」

「きゃぁ!?」

 なまじっか戦闘時と平時に差があるせいで、軽いキッカケでも二人には効果抜群だった。
 あっという間に正気に戻された二人は、真ん中に立っている僕へ戸惑いの視線を送ってくる。
 とりあえず天狗面状態だと言葉に変なフィルターがかかるので、僕は面変化を解除しつつ二人に向かって両手を突き出した。
 
「そこまでだ二人共! これ以上の無駄な争いは、兄として僕が許しませんよ!!」

「むぅ、お兄ちゃんどいて! ソイツ壊せない!!」

「それはネタですか――じゃなくてダメだよ! 遊びで暴れるのは良いけど、本気の殺し合いは認めません!!」

「その二つの違いってあるの?」

「事故死ならまだフォロー出来ます」

「……あんちゃん、さすがにそれは洒落にならない気が」

「嘘嘘。遺恨の残る喧嘩をして欲しくないだけです」

 悪意をぶつけ合う勝負は、勝っても負けてもロクな事にならないからなぁ。
 未遂だったりやらかしたりで何度も経験してますので、そこらへんの後味の悪さは良く知ってますとも。自慢にならないけど。

「お互い気に食わない所はあるのかもしれないけど、喧嘩するなら後腐れの無い様にやりなさい!」

「喧嘩するなとは言わないんだね」

「息するな、って言うようなモノですからね」

 さすがの僕も、そこらへんの線引きは出来ているつもりです。
 そんな僕の言葉に、フランちゃんは不満そうだけど反論するつもりは無い様だ。
 うんうん、分かってくれたなら良いんだよ。殺しちゃうのはダメです、ボコボコにするのはオッケー。

「こいしちゃんも、いいね? 君の為にもフランちゃんの為にも、殺し合いは――」

 振り返った僕の眼前に迫っていたのは、一発の弾丸だった。
 反応するには近すぎる一撃は、抵抗の余地もなく僕の顔面に直撃した。

「げっふぅ!?」

「お、お兄ちゃん!?」

 見事に引っ繰り返った僕を心配して、フランちゃんが駆け寄ってきた。
 とは言えこのくらいで何とかなるほど柔な僕じゃない。軽く体を起こして、僕はフランちゃんに無事を伝える。
 そんな僕に対して、攻撃をしてきたこいしちゃんは自身に湧いた感情を全てぶつけて来るような視線で睨みつけてきた。
 ただその内容は、怒りよりもむしろ遣る瀬無さとか戸惑いとかの割合が強いように思える。
 ……えーっと、どういう事なんでせう?
 事情を全く理解出来ていない僕達を他所に、こいしちゃんは踵を返して紅魔館から出て行くのだった。





 ―――良く分からないけど、ひょっとしてコレは地雷を踏んじゃったのかなぁ?




[27853] 地霊の章・参拾漆「終日遅遅/僕の妹達がこんなにもかわいい」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2012/12/25 00:00


「よ、ようやく振動が収まりましたね」

「……とりあえず喧嘩は終わったみたいよ。まだ揉めては居るみたいだけど、そっちはまぁどうでも良いわね」

「えっ、良いんですか?」

「私に任された仕事は紅魔館の防衛。他は全部晶の仕事よ。……と言うか守るだけで疲れたわ」

「あはは、流れ弾酷かったですもんねー」

「晶はそう言う所、気にかけようともしないから困りものね。被害が前提になってるから色々な所に無頓着なのよ」

「無頓着だからこそ良い所もありますけどね。無自覚な仕草で相手をヤキモキさせたりとか、ぐふふ」

「……大概にしておきなさいよ、貴女も」

「それにしても、フランドール様とあの消えたり出たりする妖怪さん……匂いますね」

「あら、何か気になる事があるのかしら?」

「百合の匂いがプンプンしますよ! 嗚呼、でも晶さんとの絡みも……いやいやでも……」

「……本格的に、思考の矯正をするべきかしらこの子」
 
 
 


幻想郷覚書 地霊の章・参拾漆「終日遅遅/僕の妹達がこんなにもかわいい」





 お兄ちゃんの顔面に弾幕をぶつけたあの子が、凄い勢いで駆け出していった。
 逃げ出すみたいな彼女の行動に、身体を起こしたお兄ちゃんが困った様子で肩を竦める。

「うむぅ、やっぱりこうなってしまったか」

「……やっぱりって?」

「んー、なんと申しますか。――チラッ」

「口で言うなよ。つーか、こっちに振られても『実は古明地妹はね……』とか言えないよ私は」

「まったまたぁー、鬼なら何でも知ってるんでしょう?」

「余所様の家庭の事情を見ず知らずの鬼が知ってるって、冷静に考えなくても怖いだろう。多分あんちゃんの方が事情詳しいって」

「そうなの?」

 私が尋ねると、お兄ちゃんは眉根を寄せて頬を軽く掻いた。
 心当たりはあるけど、確信を持って話せる程の事は知らない……って事なのかなぁ。
 お兄ちゃん、こういう事は知ってたら素直に話すもんね。えーっと、なんて言うんだったっけ? でりかしーぶそく?

「そりゃ、何か事情がありそうだなーとは思ってるけど。そこらへんは萃香さんも察してるでしょう?」

「まーねー。覚れない覚妖怪、しかも能力は読心を全否定とくれば嫌でも色々勘ぐっちゃうよ」

 さとり妖怪、人の心が読める妖怪……だったっけ。パチェに教えて貰った気がする。
 お兄ちゃんがいつも「心読まれた」って愚痴ってるから、常に読めるさとり妖怪は物凄いんだろう。私は良く分からないけど。
 だけどあの子は、全然凄い妖怪って気がしない。
 上手く説明出来ないけど、幽香お姉様みたいにしっかりした感じがしないの。もっと落ち着かないフワフワした感じ。
 あの様子は、そう、まるで――昔の私みたいだった。

「ん? どうしたのフランちゃん」

「あの子の事、最初に見た時から嫌いだった理由が少し分かったの」

「あー……間違ってたらゴメンねフランちゃん。――それってやっぱり、自分と似てたから?」

「……うん」

 お兄ちゃんと出会う前の、地下に閉じ込められていた頃の私。
 自分以外の何も見えてなくて、見ようとしなくて、何事にも関心なんてほとんど持っていなかった。
 だから何でも躊躇いなく壊す事が出来たんだ。それがどれだけ酷い事か、分かろうともしてなかったから。
 そんなあの頃の私と、今のあの子は同じなのかもしれない。――なら。

「ねぇお兄ちゃん。お兄ちゃんは、あの子の居る場所がわかるんだよね?」

「こいしちゃん限定ってワケじゃないけど、まぁ分かるよ」

「なら私、あの子と会ってお話がしたい。今度はしっかり顔を見て、あの子の事をちゃんと知りたい」

 話してどうするのか、実は全然考えてない。
 どんな風に声をかけて良いのか、そもそも本当にあの子が私と同じなのかも分からない。
 だけど、放っておけない。だから私は。

「私、あの子と仲良くなりたい――友達になりたいの」

 私がお兄ちゃんと出会ってから知った色々な事を、全部あの子に教えてあげたい。
 親分さん達と遊んで、お姉様達とお話しして、魔理沙と弾幕ごっこして、美味しい物食べて、一緒に笑って。
 難しい事は説明出来ないけど、それをあの子と一緒にできればきっとすごく楽しいと思う。
 ……お兄ちゃんの背中も、独り占めじゃ無ければ貸してあげてもいいかも。

「ぶら゛ん゛ぢゃぁぁぁん!!!」

「わぷっ。お、お兄ちゃん?」

「えぇ子や! フランちゃんは地上に舞い降りた天使の様なえぇ子や!!」

「吸血鬼だけどね」

「わーん、今日はお祝いや! パーティせなあかんねん!!」

「何故に訛るかな君は。つーか、パーティする前に古明地妹を探してやりなさい」

 うん。褒めてくれるのは嬉しいけど、私もまずはあの子を探して欲しいなぁ。
 私を抱きしめつつ頬ずりするお兄ちゃんは、とりあえず殴ってみたら元に戻ったよ。いつも通りだね。










 あの子は、意外とすぐ近くで見つかった。
 もっともお兄ちゃんが居なかったら、湖の反対側に座り込んだあの子を見つける事は出来なかったと思うけど。
 とりあえず二人っきりで話したかったので、お兄ちゃんと鬼の人には隠れてもらう事にした。
 二人が見えなくなったのを確認して私が近付くと、気付いたあの子は立ち上がって私を思いっきり睨みつけてくる。
 でも迫力は全然無い。パチェに弄られて遊ばれてる時のお姉様みたいな睨み方だ。
 多分、今のこの子はそれくらい余裕が無いんだろう。……まるで自分の中から出てきそうな何かに、蓋をしているみたい。

「……何しに来たの」

「話をしに。ちゃんと話し合えば、私達きっと仲良くなれると思うから」

「――帰って!!」
 
 嫌がられた。だけどさっきまでのあの子なら、こんな反応はしなかったと思う。
 きっと、最初から全部に無関心だったワケじゃないんだ。
 色んな事があって、色んな事に心を削がれて、全ての事から距離を取るようになったのかも。
 だとしたら、全てを押し込めた心の蓋を開ければこの子は前に進めるかもしれない。私が、開けてあげないと。
 
「あのね、怖がらなくても良いよ。色々戸惑うかもしれないけど――私は貴女の敵じゃ無いから」

「五月蝿い! 帰って!! 貴方の話なんて聞きたくない!」

 堰を切ったように否定の言葉をぶつけてくるのは、蓋を閉めていた鍵が壊されたからだ。
 チャンスは今しかない。今を逃したら、この子はもっと強固な鍵を作って心を閉ざしてしまう。
 何とかして開けなきゃいけない。……だけど。

「お願い、話を聞いて。さっきの事なら……うん、謝るよ。最初に嫌な態度をとったのは私だったし」

「謝るって何よ。そうやって私に見せつけてるつもりなの? 私は、貴方と違って全部を持ってるんだって!」

「違う。私はただ……」

「貴方と私の違いはなんなの? 同じに見えるのに、何で貴方だけがたくさんの物を持ってるの?」

 私の言葉は伝わらない。この子にだって、きっと私と同じだけの物があるはずなのに。
 無かったとしても、今から同じものを共有できるはずだ。だけど、それをあの子に気づかせてあげる事ができない。
 でも、私にはこれ以上どんな言葉をかければ良いのかが分からない。
 私、どうすれば良いんだろう。言葉の通じないあの子に、こちらの気持ちを伝えるには。

『喧嘩するなら、後腐れの無い様にやりなさい!』

 そうだ、気持ちを伝える方法は言葉だけじゃ無かった。
 私にはまだ、言葉よりもはっきりと思いを伝える方法が残っているんだ。

「……ちぇ」

「ちぇ?」

「ちぇすとーっ!!」

 美鈴に教わった正拳突きを、彼女のおでこに向かって放つ。
 気持ちを込めすぎたせいで威力は無くなったけど、今はそっちの方が良いかもしれない。
 びっくりしたのか反応できなかった彼女は、おでこにパンチを受けて軽くヨロけた。

「な、何をするの!」

「親分さんも言ってた……分からず屋に物を分からせるには、拳で語る事も必要だって!」

「ワケ分かんないよ、このっ!」

「むぐっ。な、なかなか良いパンチだね! お返し!!」

「こんなパンチなんかで、何が分かるのさ! えいっ!!」

「色々と分かる、らしいよ! とぉっ!!」

 でも本当は、私も良く分からない。普通に殴るのと何が違うんだろうかコレ。
 当然、相手も攻撃されているワケだから反撃はしてくる。
 だけど動揺しているのか、攻撃手段は素手だけだ。
 肉体的には私の方が優勢だから、相手は本気で殴ってるけどあんまり痛くない。ちょっと優越感。

「むかっ、今なんか馬鹿にしたでしょ! このぉっ!!」

「いったぁ!? 髪の毛を引っ張るのは反則だよ!?」

「そんなの知らないもん! えいっ!!」

 いたたっ!? むぅ、この子分からず屋過ぎるよ。
 段々と私も腹が立ってきた。相手のほっぺを摘んで、思いっきり引っ張ってやる。
 
「むがっ、やったなぁ!? いいかげんにしなさいよこの馬鹿吸血鬼!」

「何よ頑固者! そっちこそ素直になりなさいよ!! 本当は皆と仲良く遊びたいんでしょう!?」

「うるっさいなぁ! だいたいなんなのよ、その上から目線は!! すっごい腹立つ!」

「知らないよそんなの! 私だってこういうの全然慣れてないんだから、素直に説得されてよ!」

「へーん、あんな言い方で説得されるワケないじゃん! ばーかばーか!!」

「馬鹿っていう方が馬鹿なんだよ! お兄ちゃんが言ってたもん!!」

「受け売りばっかじゃん! それで良く、偉そうに私にお説教出来たもんだね!!」

「少なくとも、私の方が貴方より良い子だもんね!」

「あー、ついに言ったなぁー!!」

 もう滅茶苦茶だった。お互いに本音をぶちまけて、殴ったり引っ掻いたりを繰り返す。
 私にも何が何だか分からない。思いつく限りの悪口を言い合った私達は、精も根も尽き果てて地面に大の字で倒れた。
 疲れた。すっごい疲れた。拳で語り合うって大変なんだね……。

「ぜぇ……はぁ……結局何がしたかったのよ……」

「わ、分かんない。えっと――貴女のパンチ、効いたよ」

「……全然効いてた様には見えなかったけど?」

 分かってるけど、殴り終わった後には相手の事を褒めないといけないって親分さん言ってたし……。
 本当は相手も私を褒める必要があるらしいんだけど、これってお願いして言ってもらっても良いのかなぁ。
 ダメだ。もう次どうすれば良いのか考える余裕も無いや。
 はぁ、お兄ちゃんや親分さんは凄いね。私はこの方法で友達を作るのはちょっと無理かな。
 と言うかそもそも、スカーレット一族は致命的に友達作りが下手な気がする。お姉様とか見てるとつくづくそう思う。
 パチェって言う最高の親友が居て良かったね、お姉様。

「あのさ。思った事言っていい?」

「もう何となく分かってるけど、どうぞ」

「貴方、友達少ないでしょ」

「少なくないよ! ……私から話しかけて友達を作った事がほとんど無いだけで」

「うわぁ……」

「しょうがないじゃん! だって私、今までずっと他人とお話した事すら無かったんだもん!!」

 立場的には、目の前のこの子と私に差なんてほとんど無いんだ。
 むしろ私は頑張った方だと思う。うん、私頑張った。結果はともかく頑張れた。

「でもでも、そんな私だって皆と仲良くなれたんだよ? 貴方だって同じ事が出来るよ!」

「……私がさとり妖怪だって知ったら、皆どっか行っちゃうもん」

「そんな事無いよ。皆は私が何でも壊せる吸血鬼だって知ってるけど、普通に友達として接してくれてる」

 もちろん、色々と我慢しなきゃいけない事もあるけどね。
 お兄ちゃんが言ってた。それは、誰でもしている当然の事なんだって。
 お互いに色んな事を我慢してでも一緒に居たいと思う関係を、人は‘友達’と呼ぶんだって。
 ……お兄ちゃんも色々我慢してるのって聞いたら、そういうのは何でもかんでも同じ型に当てはめると面倒だから気にしないって言われたけど。
 多分、我慢強めなのはお兄ちゃんの友達の方なんだろうなぁ。お兄ちゃんだし。

「ね、名前を教えてくれない?」

「名前なら、お兄様が言ってたじゃない」

「貴女の口から直接聞きたいの。そして今度はちゃんと、私も自己紹介をするね」

 最初の顔合わせでは、挨拶する暇もなく喧嘩になっちゃったからね。
 だから仕切り直しをしたい。私は身体を起こして、彼女に右手を差し出した。

「私の名前はフランドール。フランドール・スカーレット。フランって呼んでね」

「……これだけ面倒な事になったのに、まだ諦めて無いんだ」

「これくらいの面倒事なら、我慢出来るくらいには友達になりたいの」

「――古明地、こいし。こいしで良いよ」

 諦めた様に肩を竦めて、同じように身体を起こした彼女――こいしが手を伸ばしてくる。
 イヤイヤ、みたいに言ってるけど顔は嬉しそうだ。
 ふっふーん、素直じゃないなぁこいしは。でも良いよ、私は寛容だからねー。
 私はこいしの手を握って思いっきり上下させる。もちろんこいしもされるがままじゃない、むしろ私より楽しそうに動かしてる。
 
「今度、親分さんも紹介するね」

「親分さん?」

「さいきょーの妖精さんだよ。私とお兄ちゃんは、親分さんのチームに入ってるんだ」

 親分さんの事だから、こいしも入れてくれるに違いない。
 えへへー、きっと今までよりももっと楽しい事になるだろうなぁ。

「それじゃあ、紅魔館に戻ろうか。お兄ちゃんも鬼さんもそこで待ってる事だしね」

「帰ったらどうするの? 留守番って言ってもやる事ないんでしょ?」

「うーん……あ、じゃあ弾幕ごっこで遊ぼう! お兄ちゃんは無制限耐久弾幕ごっこがすごく上手なんだよ!!」

「へー、それはちょっと面白そうかなー」

 やっぱり、こいしとは趣味が合うみたいだね。
 私は楽しくなりそうなこの後のお留守番を想像して、満面の笑みを浮かべたのだった。
 もちろん帰るまでの間、手はずっと握りっぱなしだったよ! えへへー。





 ――それにしてもお兄ちゃん。途中まであんな喜んでくれてたのに、何で帰ってからの予定を聞いたら急に落ち込んだんだろう?
 



[27853] 大晦日特別変「フライング(※重複表現)お正月」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/01/07 23:41
 ※CAUTION!

 このSSには、多分な「おふざけ・パロディ・ブラックジョーク」が含まれております。
 嫌な予感のした人は、速やかに回れ右して撤退してください。
 あと、時間軸的な解釈を投げ捨てたパラレルな設定となっております。
 尚、今回の話は全員がコタツに入っている体でご覧ください。
 





























大晦日特別変「フライング(※重複表現)お正月」


晶「今年もお疲れ様でしたー! いぇーい!!」

にとり「お疲れー!」

早苗「お疲れ様でーす!」

阿求「お、お疲れです」

アリス「まだ今年終わってないけどね」

晶「いや、本当の大晦日だと皆予定入ってて集まれないでしょう? だからちょっと早めに集まったワケなんですよ」

早苗「神社は年末年始が書き入れ時ですからねぇ」

アリス「アンタ、一応は神職なんだから言葉に気をつけなさいよ」

阿求「あの神にしてこの風祝ありって感じですけどねー」

にとり「私は、何だかんだで博麗神社に全員集合して年越ししてそうな気がするよ」

晶「仮にそうだとしても、体弱い阿求さんは来られないっしょ? だったらこうして集まっておかないと」

阿求「晶さん……そうやって、思い出したようにキュンと来る事言うの止めてくださいよ」

晶「ほへ?」

アリス「だから稗田邸に集まったワケか。アンタ、そういう気は利かせられるのよね」

にとり「アキラだしねぇ」

早苗「晶君ですしね」

晶「今年ももう終わると言うのにこの仕打ち。そろそろ僕も、哀しみ背負って残像を出しながら移動するレベル」

アリス「そのまま世界の果てまで逝ってしまいなさい」

早苗「ちなみにですけど、この特別っぽい集まりに呼ばれる基準ってあるんですか?」

にとり「あ、それは気になってた。何でこの面子?」

晶「えっ、選定基準? ……ふっふっふ、あえて言うなら最初の選択を誤らない事かな」

阿求「先生、解説お願いします」

アリス「色々呼んだけど、来たのが私達だけだったって事でしょ。――誰が先生よ」

晶「もうコレ、適当な事言ってもアリスさんに解読されるんじゃ無いだろうか」

にとり「先生すげぇ……」

早苗「先生! 解読のコツとかあったら教えてください!!」

アリス「知らんわ! とりあえず腹立ったからブン殴らせなさい晶」

晶「理不尽!?」

上海「オレノコブシガマッカニモエルー」



 ――しばらくお待ちください――



阿求「それにしても、参加者が私達だけって言うのは少し不思議ですね」

にとり「確かに。知り合い全員に声をかけたのかい?」

晶「いたた……いや、知り合いであんま騒がない人達限定だよ。クリスマスはアレだったから」

早苗「そういえば大変でしたねー。開催した紅魔館がとても愉快な事に」

阿求「参加した上白沢さんも嘆いてましたね。年に数回で良いから、少しは大人しくして欲しいって」

晶「どうせ正月も騒がしくなるだろうから、今日は控えめで行こうかと!」

アリス「でもその理屈だと、招集するアンタが一番居ちゃいけない存在になるわよね」

にとり「言った! 誰もが思っていた事を平然と言った!! さすが先生!」

アリス「だから先生言うな」

早苗「晶君は、騒動を起こして騒動を呼び込むダブルトラブルメイカーですからね」

阿求「そう言う貴女も結構……いえ、何でもないです」

晶「後は……そうだなぁ、僕と似た様な立ち位置の人達を呼んだかな」

にとり「いやー、晶ほど苛烈な環境に身を置いた事は無いよ」

早苗「私もです……」

阿求「同じく」

晶「先生、お願いします」

アリス「だから先生言うな。そして、翻訳の意図が必要な発言をまず止めなさい」

晶「てへぺろ☆」

早苗「ちなみに、どういう意味だったんですか先生!」

アリス「……晶は紅魔館のメイドとかやってるでしょう? つまりそういう立場の連中に声をかけたって事よ」

にとり「ああ、なるほど。だから文がいないのか」

阿求「先生凄い……」

アリス「アンタらは私をどうしたいのよ」

晶「美鈴とか姉弟子とか妖夢ちゃんとか他にも色々呼んだんだけど、皆忙しくて無理だって言われまして」

にとり「そりゃまぁ、大晦日前とか本来なら年越しの準備でドタバタしてる時間だしね」

晶「そう考えると良くこれだけ集まれましたよね。この暇人どもめ!」

アリス「私は、余裕を持って、準備してるから、年末でも、落ち着いていられるの、よ!」

晶「くびっ、首が! 首が捩じ切れる!?」

阿求「私は……えっと、そういうのはお手伝いさんに任せているので」

早苗「この集まりの話をしたら、諏訪子様が掃除を代わってくださいました!」

にとり「ハハッ、私の部屋はあれで調和が取れてるからね。掃除の必要なんて無いのさ」

アリス「揃いも揃って、私を過労死させるつもり? どこから突っ込めばいいのよ」

阿求「い、一応は部屋の掃除をしたんですよ?」

アリス「まぁ、阿求は全部自分でってワケにもいかないわよね」

早苗「大丈夫です! 神奈子様も諏訪子様も出来る子ですから!!」

アリス「アンタの所の神の扱いが本気でわからないわ」

にとり「と、年越しの準備はしてるよ。それなりに」

アリス「掃除しなさい」

晶「今日のために、幻想郷中で年末の準備手伝ってきました!」

アリス「貴方、何気に優秀なのよね……毎度も忘れそうになるけど」

阿求「私も忘れてました」

早苗「私もです」

にとり「私も」

晶「実は僕も!」

アリス「アンタはそもそも自覚してないでしょうが」

晶「てへぺろ☆」

にとり「流行ってんのかい、それ?」

早苗「可愛いですよね」

アリス「腹立つだけでしょう」

阿求「……えーっと、どういう話でしたっけ」

晶「アリス先生が、僕らの年末の行動にツッコミを入れるお話でした」

アリス「いいかげんにしとかないと、ツインテール猫耳超ミニ丈フリフリ浴衣姿で太陽の畑に放逐するわよ」

晶「なにそれこわい」

阿求「持ってきましょうか!」

晶「あんの!?」

早苗「あっ、今天啓が聞こえました! コスプレ宴会――これです!!」

アリス「止めなさい、命の保障はしないわよ。晶の」

晶「超とばっちりだ!?」

阿求「例え犠牲が出ると分かっていても……やらなければいけない事がありますっ!!」

晶「やべぇコレ完全に生贄にされる流れだ!? にとりん助けて!」

にとり「んー……じゃあ年末の話はしたワケだし、次は年始の話でもするかい?」

早苗「来年の予定を話し合うんですか?」

にとり「それじゃ微妙だからさ、来年の目標を一人ずつ語っていくって言うのはどうだい?」

晶「で、それに先生が厳しいツッコミを入れていくと」

アリス「晶三殺分くらい殴るわよ」

晶「ついに僕の命が単位として扱われる様に……」

にとり「いや、その前に本人なら一殺目の時点で死んでる事に突っ込めよ」

早苗「私は五分の一殺目くらいで死んじゃいそうですけどね」

阿求「大抵の人妖が一単位を満たせない基準ってどうなんでしょう」

晶「しかし晶君メゲない! そんな僕の来年の目標は『出来るだけ平和に暮らす』です!!」

アリス「『出来るだけだから最低限の騒動は必要経費』とか言って、結局今年と変わらない頻度で巻き込まれるのは止めなさい馬鹿」

晶「ついに先生が時空を捻じ曲げてツッコミ入れてきおったでぇ……」

にとり「まぁ私も、来年になった瞬間に断念する目標だと思ったけどね」

阿求「最早、体裁だけ取り繕ってる感がありますよね」

早苗「うふふふ、晶君そのジョーク最高に面白いですよ!」

晶「うるへー分かってたよ! よし次、名前あいうえお順で阿求さん!!」

阿求「そういう流れで来ましたか。ではそうですね……『来年も死なない』とかどうでしょう」

アリス「アンタも、いいかげんその稗田自虐ギャグを控えなさいよ。本人くらいしか笑えないわよ」

にとり「いや、うん分かってるけどね。まだまだ死神のお世話になるには早いって」

阿求「気を抜くとポックリ逝くかもしれませんけどね。あははー」

アリス「だから笑えないわよ」

早苗「……何と言うか、幻想郷では珍しいタイプのボケ方をしますよね。この人」

晶「そりゃまぁ、この人以外にこのボケは出来ませんから」

アリス「ちなみに私の目標は『人形を更に人間に近づける』よ」

にとり「『馬鹿共にあまり構わない』じゃなくて?」

アリス「馬鹿がどれほどこちらの都合に構わないのか、私は良く知ってるもの」

早苗「言われてますよ晶君」

晶「えへへー」

アリス「見ての通りよ」

阿求「晶さんってたまに、脳みそ蕩けてるんじゃ無いかと思うくらい素っ頓狂な反応しますよね」

にとり「私も時々、アキラの思考パターンが分からなくなる」

早苗「ちなみに私の目標は、『信者を百人以上作る!』ですよ!!」

アリス「貴女、事ある度にその手の目標を口にしてるけど――その割にはあんまり結果出してないわよね」

早苗「ごぱっ!?」

晶「ああ、アリスの容赦ない一言で早苗ちゃんのメンタルが大変な事に!?」

にとり「いや、守矢の巫女は頑張ってると思うよ。――ガンガン攻めてくるから余計に引くんだけど」

阿求「人里でも色々やってくれてますしね。――明け透けに見返りを求めてくるから、正直頼りにしたくないんですけど」

早苗「何で超抜的な力を持った神々は、無償奉仕が当たり前みたいな風潮になってるんですか! あんまりです!!」

アリス「正当な報酬を望んでいる事は認めるわ。でもがめついのは擁護できない」

早苗「先生のツッコミが鋭すぎて心が折れそうです……晶君は良く耐えられますね」

晶「構ってくれてるのは愛があるからなんだよ、早苗ちゃん。僕的にはガン無視の方が辛いです」

阿求「あんな事言ってますけど」

アリス「まぁ、否定はしないでおくわ。友人だし」

にとり「んで最後は私か。……うぅーん」

阿求「どうしました?」

にとり「いや、最後を締めるからにはさ。面白おかしく落とさないとマズいかなぁって」

アリス「そこのお笑い芸人共に変な感化されなくても良いわよ。普通に言いなさい、普通に」

早苗「あはは、晶君芸人扱いされてますね」

阿求「貴女も間違いなく「お笑い芸人共」の一人だと思うんですが」

アリス「他人事みたいに言ってるけど、貴女も芸人枠に片足突っ込んでるわよ」

晶「まぁでも、僕らボケ役はツッコミがいないと成り立たないので、そういう意味ではお笑い芸人筆頭はアリスだよね」

アリス「――上海、そのバカの頭を抑えてなさい」

上海「スイーツ(ワラ)」

晶「止めて! 僕の髪にゆるふわカールをかけないで!!」

にとり「ははは……それじゃあ、無難に『新しい発明品を完成させる』にしておくよ」

阿求「完成させる、と言う事は案はあるんですね」

にとり「うん。実は「でじかめ」と「こんぱくとぷりんたぁ」を調べてる時に思いついたんだ」

晶「おおっ、あの二つがにとりにどんなインスピレーションを?」

にとり「ふっふっふ、ズバリ印刷機能付きの写真機だよ! 撮った写真がその場で現像されるのさ!! どうだ凄いだろう!」

早苗「……あのそれって、ポラロイドカメラとどう違うんですか?」

にとり「―――――――――あががっ」

アリス「今気付いたみたいね」

にとり「来年の目標が、今年も終わらないウチに終了してしまった……」

晶「あ、あはははは……とりあえず飲んだり食べたりを始めようじゃないか! ホラホラにとり、嫌な事は飲んで忘れよう!!」

アリス「ま、アルコール入った飲み物無いから酔えないけどね」

阿求「えっ」

アリス「えっ?」

阿求「お酒、ダメだったんですか?」

アリス「……阿求に話を回したの貴女よね、早苗。アルコール類は用意するなって伝えなかったの?」

早苗「えーっと、言った様な言わなかった様な……」

アリス「と、言う事は―――!?」

晶「キャハハハハハ!  ハゼロリアル、ハジケロシナプス!!」

にとり「あ、アキラ!?」

晶「行くぞ! 必殺のエターナルフォースブリザード!! ただし火属性!」

阿求「あ、晶さんが大変な事に!?」

早苗「火属性ですか。……そういえば凍傷レベルで冷え込むと、逆にそこの箇所が熱くなると言いますが」

アリス「どっちにしろ火属性じゃないわよソレ――って、そういう問題じゃないわ!」

にとり「ど、どーすんの人形遣い。一度酒が入ったアキラはちょっとやそっとじゃ止まらないぞ?」

アリス「知ってるわよ! あーもう、結局召集した奴が一番騒がしくしてるじゃないの!!」

阿求「えっと、緊急時っぽいですから多少家を破壊しても構いませんよ?」

早苗「家を壊すだけで止められたらいいんですけど……」

アリス「とにかく拘束するわよ。阿求、アンタは手当たり次第に増援を呼んできて!」

阿求「あ、はい!」

にとり「はぁ、正月になる前から騒がしくなっちゃったねぇ」

アリス「覚悟はしてたわ。毎度の事だし」

早苗「き、来ますよ!」

晶「ア! ハッピィィィィィイイ、ニュゥウウ、イヤァァァァアアアアアア!!」

アリス「まだ今年終わってないわよ!」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・壱「聖天白日/スターティング・オーヴァー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/01/08 00:00

 ついに、準備は整った。

 慎重に慎重を重ね、策を練り、全てを調べ上げ、万全の状況を作り上げた。

 今こそ行動に移る時。我らの悲願は、これより達せられる。

 ……だが、障害が無いワケではない。

 事が始まれば、軽く見積もっても数人の目障りな輩が首を突っ込んでくる事だろう。

 上手く利用すればこちらの益となるが……はてさてどうしたものか。

 ん? どうしたご主人、私は忙しいのだが。

 その通り、とても重要だ。計画の要だと言っても過言では無い。だからご主人に任せたのだよ。

 は? 怒らないで聞いて欲しい? 何だその不吉な前フリは。

 分かった分かった。怒らないから話してくれ、と言うか何か言う前に泣くな。みっともない。

 それでどうした。ご主人には、大事な役割が……。

 ――――――――は?
 




幻想郷覚書 聖蓮の章・壱「聖天白日/スターティング・オーヴァー」





 店内には、冷え切った空気が流れていた。
 対峙するのは、店主である霖之助さんと客である僕。
 その間にあるカウンターには、僕が持ってきた外の世界の道具が幾つか置いてあった。

「――話にならないね」

 霖之助さんは、鼻で笑うようにそう告げる。
 ただし、これはブラフの可能性が高い。額面通りに受け取るのは危険だろう。
 こちらに隙を見せれば根刮ぎ持っていかれると分かっているから、霖之助さんは冷淡とも言える態度をとっているのだ。
 故に僕も、不敵な態度を崩さず口元だけの笑みを浮かべる。
 今この瞬間に限って、この人は一切妥協無く捩じ伏せるべき敵なのだから。

「君の持つ道具が魅力的である事は認めよう。だが、それは特異性のみに価値を見出す代物だ。それだけでは足りないね」

「おやおや。香霖堂店主ともあろう御方が、外の世界の道具の有用性を否定するとは」

「価値を知るからこそ、さ。この店において君の道具は、特別な物でなく‘有りふれた物’なのだよ」

 言ってくれるなぁ。本当は喉から手が出るくらい欲しい癖に。
 まぁ、ここにある道具が二線級であることは認める。
 それでも価値は十二分にあるけど、僕のお目当てを考えるとやはり釣り合いは取れていない。
 相手としても、一線級の道具を最低でも一つ引っ張り出したいのだろう。
 主な対価が外界の道具しかない僕には、これ以上の選択肢がない――と霖之助さんは考えているに違いない。
 だとすると、これは次の発言へ繋げるための布石だ。
 霖之助さんは小さく息を吸い、こちらの意見を挟ませないよう短く簡潔に言葉を紡いだ。

「その道具がどこの物であるかはさほど重要じゃない。この店で意味を持つのは、それがどれほど素晴らしい道具か――それだけなのさ」

 だからとっとと出すもんだせ、と暗に告げながら微笑む香霖堂店主。
 さすがは幻想郷なんて人外魔境で商人やってる御人だ。平時は行燈みたいな振る舞いでも、締める所はしっかり締めるのですね。
 駄菓子菓子、ちょっとばっか詰めが甘いですよ霖之助さん。僕のウリは外の世界だけじゃ無いのです。

「素晴らしい道具ね。――例えば、こういうのとか?」

「むっ、それは!?」

 僕がポケットから出したのは、これ単体では意味のない水晶をはめ込んだ板状のパーツだ。
 僕の知る集積回路に近い物らしいが、詳しい事は良く知らない。
 分かっているのは、河童にとっては手伝いの駄賃に渡せる物であり――彼にとっては喉から手が出るほど欲しい代物だと言う事だ。
 貰った時はどうしようかと思ったけど、まさかこんな所に需要があったとは。
 切り札として出しといてなんだけど、ちょっとビックリした。にとり感謝。

「なるほど、君ほどの繋がりがあれば河童の道具を手に入れるのも容易いと言う事か」

「いえ、それなりに苦労はしましたよ。同じ物を入手するのは多分難しいでしょうねー」

「……値を釣り上げるつもりかい?」

「滅相もない。事実を言っているだけですとも」

 嘘です、適当に荷物運びしたら貰えました。
 にとりも「売ったら小金になるんじゃないかな?」とか言ってたので、多分そんな貴重品でもないです。
 まぁ、其々で需要に違いがあるから商売って成り立つんだもんね! うん!! ……不当取引ジャナイデスヨー。

「あーでも、これだけだと確かに釣り合いは取れてないですかねー。どうしましょう、これとか付けときますかー?」

「君は他人を追い詰める時、この世の至福のような笑みを浮かべるのだね」

 毎度の事のように言われてます。それでも今回は、これっぽっちも引く気はありませんが。
 さっきの霖之助さんと同じ種類のニヤリ笑顔を浮かべて、河童の集積回路をプラプラと振って見せる。
 霖之助さんは必死に鉄面皮を作ろうとしているけど、回路に対する興味を隠しきれていない。
 最早、主導権はこちらにあると言っても過言ではあるまいて。
 下手な攻撃をすれば、却って傷を増やす事になるのは霖之助さんも理解しているだろう。
 ならば、ここで返すべき反応は一つしかない。僕が無言で笑い続けていると、観念した様子の霖之助さんが両手を挙げた。

「……僕の負けだ。外界と河童の道具、合わせてこれの対価としよう」

「全部持ってく気ですか、この欲張りさんめ」

「君にだけは言われたくないよ」

 軽口を叩いているが、お互いに取引を反故するつもりは無い。
 霖之助さんから‘ソレ’を受け取った僕は、浮かれ気分で其処ら中から買い取った品を眺めまくる。
 一言で言うなら「仏塔型ランタン」だろうか。土台で固定された水晶らしき球体の上に、やけに精巧な屋根がちょこんと乗っている。
 球体の中心部はほんのりと輝いているが、原理は良く分からない。
 強いて言うなら神聖っぽい感じがするけど、仏塔型をしておいて邪悪な気配がしたらそれは詐欺という物だ。
 僕は予め用意しておいた鎖に仏塔の先端部分を取り付ける。最初に見た時から買うつもりでいたから、準備は万端だったのですよ。
 思ったより重くて若干体が傾くけど、これくらいなら誤差の範囲だろう。
 くるりと一回転して耐久性を軽く確認した僕は、霖之助さんに向かって笑いかけた。

「ふふふー。どうですか霖之助さん、似合いますか」

「装飾品代わりに使うのはよしたまえ。それは大変素晴らしい品でね」

「分かってますよ。だからこそ、何とかしてコレを手に入れたかったワケですし」

「……はぁ、君に購入権など与えるべきじゃ無かったよ」

 あ、やっぱり権利だけ与えて実際の購入はさせないつもりだったんですね。霖之助さんセコい。
 だとするとこの道具を買われたのは、霖之助さんにとって大いなる誤算だったのだろう。
 まぁ、返すつもりはこれっぽっちも無いんですがね! いやぁ、良い買い物したなぁ。
 持ってた道具も結構減らしちゃったけど、それだけの……いやそれ以上の価値があるアイテムでした。

「初めに倉庫を見せてもらった時に、どうにかして手に入らないかなーと思ってたんだよねー。うふふふふ」

「なるほど準備万端だったと言うワケか。……やれやれ、何がそこまで君のツボにハマったのだか」

「んー、強いて言うならフィーリングではないかと。何かこう、僕の不思議センサーにビンビン来たと言うか」

「今、それを手放して良かったのかもしれないとふと思ったよ」

「はははっ、まるでトラブル発見装置の様な扱いですな」

「洒落のつもりで言っているのかもしれないが――まったく笑えないな」

 僕もそう思います。まぁでも、念願のアイテムが手に入ったから良しとしますよ。
 こいしちゃんフランちゃんの肉体言語による語り合いから数日、ようやくベッドから復帰できた僕を止める事は出来ないよ!
 ……覚妖怪、吸血鬼二体、鬼との時間無制限ルール無用弾幕ごっこは人間の混ざっていい領域の遊びじゃ無いと思うんだ。
 つーか即死無効機能消費したばっかの僕に集中砲火とか、もう完全に殺しに来てるとしか思えないんですが。
 おかげで久々に寝込みっぱなしだったよ! あ、後遺症とかは無いです。今は超元気。

「さてそれじゃあ、交換した代物に関してお互いの見解を述べる意見交換会を――」

「させると思ったら大間違いよ暇人共」

「うわぁ、霊夢ちゃん!?」

 まるで計ったようなタイミングで扉を開け、博麗の巫女がやってきた。
 ちなみに霖之助さんは平然としている。多分この唐突な登場も毎度の事なのだろう、さすが過ぎる。
 ……と言うか、今霊夢ちゃんの接近に気付かなかったぞ僕の魔眼。
 注意深く見てる今ははっきりと存在を感知できるんだけど、気を抜いてる状態だと分からなくなるのかな。巫女怖い。

「いらっしゃい霊夢。今日はお茶かな、茶菓子かな。それとももしかして」

「買い物じゃないわよ」

「お帰りはあちらだ」

「心配しなくてもすぐ帰るわ。用があるのはこっちだし」

「ほへ?」

 そう言って、僕の袖を指先で抓む霊夢ちゃん。
 可愛らしい仕草のはずなんだけど、ダウナーな態度のせいで「パパのパンツ一緒に洗わないで!」状態にも見える。
 とりあえず意味が分からないので首を傾げ疑問を表明してみるが、霊夢ちゃんはそれをガン無視してマイペースに言葉を続けた。
 
「――晶、私と付き合いなさい」

「……えっ?」

 付き合うって、えっ、それはお付き合い的な意味でですか?
 アレ、これひょっとして僕の人生初告白? あーいや、一応輝夜さんにされてたか。アレは告白という名の詐欺だけど。
 ちなみに異性からの告白経験は当然無いけど、同性からの告白経験もさすがに無いです。あってたまるか。
 で、えぇと、これはどうリアクションすれば良いのでしょうか。と言うか本当に告白なのコレ?

「やれやれ、あまり彼に迷惑をかけるんじゃないよ」

「えっ、まさかの兄貴分公認!?」

「何を言ってるのかしら、このアホメイド」

「……ああ、指摘し忘れていたよ。霊夢、そこは『私と』ではなく『私に』だろう」

「意味さえ通じれば問題無いわ」

「それが通じていないから言っているんだ。君も巫女ならば、言霊と言うものの大切さをだな」

「お説教は止めて。僅かに残ってるやる気が下がるから」

 あ、やっぱり違いましたか。なんか無駄に動揺して要らん恥をかいてしまった気がする。
 まーそうだよねー。霊夢ちゃんだもんねー。世界がひっくり返っても色事なんぞに関わりはしないよねー。
 等と失礼な事を考えつつ、二人の漫才じみたコントを眺める僕。しかし軽妙なやり取りだなぁ。年季と慣れによる安定感が凄まじいよ。
 とりあえず僕は出されていたお茶を一口飲みつつ、二人による漫才をのんびりと見物する事にした。
 あー、お茶美味し。交渉で白熱してたから、完全に冷めちゃってるのが難点だけど。

「ちょっとソコ、部外者ヅラしてお茶飲まないでよ。私の方がそうしていたいんだからね」

「ならすればいーじゃない」

「異変が終わったら思う存分寛ぐわよ。ここで」

「僕の店を茶屋代わりにするのは止めてくれないか。せめて対価を払ってくれ」

「妖怪退治とかでそのウチ返すから、ツケでお願いするわ」

 そういうツケが通用するのか幻想郷。それとも単に霊夢ちゃん限定ルール?
 若干引っかかる会話はあったけど、僕が追求すると窘められそうなので触れないでおく。
 なので、さらっと出てきた言葉の方を尋ねる事にしよう。

「あのー……異変って何ですか?」

「知らないの? UFOが出たのよ、UFOが」

「ここ最近ずっと寝込んでたので――ゆーふぉー?」

 アンアイデ……なんちゃら・フライング・オブジェクトで、UFO。未確認なのに大体宇宙人の乗り物と断定される飛行物体の事ですな。
 しかし、どっちの意味で考えてもそんな騒ぐ物じゃない気がするのですが。
 そもそも幻想郷は飛行物体だらけだし、つーかそれを監視する部署がまず無いし。リアル宇宙人も普通に居るし。月人だけど。
 何でそれが異変になるのかは良く分からない。いや、根本的に異変の基準ってヤツを知らないのですが。
 ……UFOの大群が地球侵略にやってきたとか? 円盤は生き物だった! みたいな。

「多分異変だと思うから、これから調査に行こうと思ってるのよ」

「へぇ、左様ですか。それと僕と何の関係があるので?」

「付き合えって言ったじゃないの」

「……え、何で?」

 当然の様に僕の同行を告げる霊夢ちゃん。……はて、ひょっとして彼女は頭を強く打っちゃったのかな?
 霊夢ちゃんが異変を感じ取ったという事は、間違いなく何かは起きているのだろう。
 が、起こったなら一人で何とかするのが普段の霊夢ちゃんだ。
 僕と一緒に……と言うのは、霊夢ちゃんの行動パターンから大きく逸脱した行動である。
 ほら、霖之助さんも驚いた顔してるし。
 とりあえず、熱があるかどうかを額に触れて確認して見る。あ、霊夢ちゃん結構体温が低い。

「いきなり何よ」

「いや、突然トチ狂った事を言い出したからさ。風邪でも引いたのかと」

「……なるほど、馬鹿にしているワケね」

「君を知る者なら皆、同じ反応をすると思うがね。博麗の巫女がまさか異変解決に他人の手を借りるとは」

「別に手は借りないわよ。付いて来て貰うだけ」

「えっと、その二つには如何様な違いがあるのでせうか?」

「アンタほっとくと異変を大きくするから、傍に置いて監視しておく必要があるのよ」

「――そういう事か」

 霖之助さん、納得しすぎ。僕もなるほどと思ったけども。
 つまり協力を要請しているのではなく、下手な事される前に確保しておこうと言う事ですか。
 うんまぁ、緋想異変や地霊異変で色々やらかした事は認める。物凄く不本意だけど認めざるを得ない。
 地霊異変はむしろ未然に防いだはずなのだけど、気付けば片棒を担いだ扱いになってたし。何であんな事になったんだろうね。

「そういう事なら構わないけど、ついて行くだけで良いの?」

「良いわよ。邪魔だと思ったらぶっ飛ばすけど」

 全力で戦わせるとか言わないんですね。まぁ、まず僕に戦わせる理由が無いとは思ってましたが。
 んー、そういう事ならついて行っても良いかなぁ。霊夢ちゃんが異変をどう裁くのか若干興味があったし。

「よっしゃ、では異変解決に乗り出すとしますか!!」

「ていや」

「あごふっ!? えっ、何で今殴られたの」

「邪魔だと思ったらぶっ飛ばすって言ったじゃないの」

 だからって、張り切った瞬間に御幣で殴る事は無いじゃないですか。
 戸惑うこっちをよそに、話はこれで終わりとばかりに香霖堂を出ようとする霊夢ちゃん。
 これはひょっとして、事ある度にドツかれる事になるのではないだろうか。
 行動ほぼ全てがトラブルに直結してると言われたも同然の攻撃に、僕は今後への漠然とした不安を感じるのだった。





 しかし張り切ったら何か起こすって完全に言いがかりなのに、納得出来てしまうのは何故なんだろうか。



[27853] 聖蓮の章・弐「聖天白日/UFOチェイサー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/01/14 21:30


「はー、退屈です。何か面白くて信仰も集まりそうな事ないですかねー」

「贅沢者め。どっちか一つに絞るべきじゃないか?」

「信仰がたくさん欲しいですー」

「本題の方がズレてるじゃないか」

「そうなれば忙しくなって、退屈を感じる暇も無いですからね。ところで参拝ですか魔理沙さん」

「私が神社にそんな目的で来ると思うのか?」

「いえ。良くて賽銭泥棒ですね」

「分かってるじゃないか。まぁ今回はそれも違うんだが」

「あ、そうなんですか。神奈子様諏訪子様、対賽銭泥棒シフト解除でー!」

「……お前の所の賽銭に手を出した覚えは無いぜ」

「はい! ですから最初が肝心と言う事で、派手に歓迎しようかと!!」

「そう期待されると、全力でその期待を裏切りたくなるな」

「えー」

「お前は何がしたいんだよ……。それより良いか? ちょっと聞きたい事があるんだが――」





幻想郷覚書 聖蓮の章・弐「聖天白日/UFOチェイサー」





「こっちよ。ほら、早速一つ見つけた」

「はぁ」

 そう言って、彼女は自慢げに捕まえたソレを見せつけてきた。――木片を。
 うん、このフリは正直予想外でござった。
 確かに不思議オーラを放っていると言うか、なんか二種類ほど特殊な力を感じるヤバげなアイテムではありますが。
 これは確実にUFOでは無いと、そっち系もそこそこ好きな僕の知恵が申し訳なさげに否定しています。
 
「結構集まったわね――って、何よその複雑そうな顔は」

「いや、コメントが思いつかなくて」

「ふーん……やっぱりアンタには違う物に見えているワケか」

「ほぇ?」

「何でもないわ。それじゃ、これ全部持っておきなさい」

「あ、はい了解」

 霊夢ちゃん曰くUFOの数々を受け取ったので、とりあえず全部ポッケにしまっておく。
 つーか霊夢ちゃん、集めてたんですかUFO(仮)。確かに、コレクションしやすそうな大きさではあるけどさ。
 そんなUFOもどきは僕から見ると全部木片なのだけど、二種類の力を纏っている事と材質そのものは全てに共通している――っぽい。
 もっともその内の一種類が派手に自己主張するせいで、もう一つの力は上手く特定できないのですがね。
 多分隠されている方がこの木片本来の力なんだと思うんだけど……ダメだ、隠す力が強すぎる。
 分かっててもそれを何とかする事は出来ないからなぁ。罠発見技能はカンストでも、罠解除技能は持ってないから判定出来ないんです。

「でも霊夢ちゃん、これ地道に集めるのはちょっとキツくない?」

「コレの回収はついでよ。店に着く前UFOの親玉っぽい船を見かけたから、まずはそれを追いかけるわ」

「親玉……葉巻型UFOですか?」

「船って言ったけど」

 ああ、比喩でなく本当に船なんだ。
 まぁ船がそのまま星の海をも進むというネタは、葉巻UFO以上に歴史のある事だけど。
 ……あー、と言う事はそう言う幻想である可能性もあるのか。何しろここは幻想郷なのだし。
 うーん、船の先端に波動砲とかついてたらどうしよう。幻想郷内でぶっぱなされたら色々終わらない?

〈呼んだ?〉

 妖怪波動砲発生器さんは寝ててください。

〈しょぼーん〉

 魅魔様はもうこの芸風で確定なのだろうか。そう扱ってるの僕だけど。
 と言うか勝てるの? 生身で波動砲に勝てちゃうの? いや別にどっちでも良いけどさ。

「その後は――ま、なるようになるでしょう。それで問題ないわね」

「異論は特に無いです。未だに事態を飲み込めてないので」

 異変の状況を確認すれば何か分かるかと思ったら、余計に謎が深まってしまった。
 ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコミを入れれば良いのか分からない。本当に皆は何を見ているんだろうか。
 しかも霊夢ちゃんは相変わらず説明する気ゼロ。僕の言葉に頷くと、彼女は平然と飛んでいってしまった。
 この子、本当に異変さえ解決できれば委細詳細はどうでも良いんだなぁ。
 ……と言うか今の、問題あると答えても結果は同じだった様な気が。アレは疑問じゃなくて命令なんですか霊夢ちゃん。
 とりあえず、ぼーっとしてると本気で置いてかれそうなので僕も氷翼を展開して後に続いていく。
 うーむ、それにしても。

「霊夢ちゃん実は、結構気合入ってたりする?」

「何でよ」

「いや、普段より若干テンション高いような気がして」

「気のせいでしょ」

 取り付く島も無いなぁ。だけど、やっぱり平時の霊夢ちゃんとは少し違う気がする。
 普段のやる気皆無なダウナーさはなりを潜め……てない、そこはいつも通りだ。
 だけど瞳の奥には、隠しきれない覇気と言うか闘志と言うか――とにかくそんな説明しきれない迫力を感じ取れる。
 具体的に言うと、ちょっと殺気を放った瞬間ボコられる感じ。

「ひょっとしてこれが、噂に聞いた博麗の巫女見敵必殺モードなのか……」

「いきなり失礼ね。私だって相手はちゃんと区別するわよ」

「あ、師匠だ! ししょー!! お元気でしたかー!」

「まず一匹」

「ふ、ふぎゃー!?」

「こっ、小傘ちゃーん!?」

 舌の根も乾かない内に無差別攻撃しおったよこの人!?
 こちらを見かけて近付いてきた小傘ちゃんは、無残にも御札で撃墜されてしまったのだった。
 錐揉み回転で落ちていく小傘ちゃんを、全速力で追いかけて回収する僕。
 前に食らった時にはあんま痛くないと思ったけど、それでも小傘ちゃんクラスなら瞬殺なのか。……対妖怪仕様?

「小傘ちゃーん、大丈夫?」

「はらほろひれはれー」

「ダメっぽいなぁ。と言うか酷いよ霊夢ちゃん、小傘ちゃんが何をしたって言うのさ」

「異変中に会った妖怪は全て退治対象よ。どう絡んでるか分かんないからね」

 ……完全に見敵必殺だソレ。
 と言うか、異変とその妖怪の関係が分からないのは、霊夢ちゃんが理解を放棄しているからでしょう?
 そのツケを無関係な妖怪に払わせるって、物凄い理不尽な気がするのですが。
 少なくとも小傘ちゃんは、今回の異変にチラッとも関わってないと思いますよ? 小傘ちゃんだし。
 んーでも、言うほどダメージは無いみたいかな。気絶してるだけっぽいね。
 傘の方は意識があるみたいだから、この様子ならどこか安全な所に移動して貰った方が良いかも。
 ところで、傘と小傘ちゃんは別存在扱いで良いのだろうか。別にどっちでも良いんだけど。
 
「それじゃあ小傘ちゃんを連れて、適当に安全な所へ避難する様に。ここは色々と危険だからね」

 あ、頷いた。愛嬌あるなぁこの子。
 そして器用に小傘ちゃんを抱えた傘さん? は、ふよふよと低空飛行でその場を離脱していく。
 それを見送った僕は、爽やかな笑顔で今見た光景を忘れるのだった。
 
「――よし! 僕は何も見なかった!!」

「アンタ、結構外道よね」

「いや、霊夢ちゃんに言われたくは無いですから。と言うか無差別爆撃は止めよーよ……」

「これが一番楽なのよ。手っ取り早く事件が解決するし」

 本当に最短で事件を解決するから厄介なんだよなぁ、霊夢ちゃんの場合。
 適当なのに完成されてるから、口出ししたいのに訂正する所が思いつかないジレンマ。
 ……と言うかきっと、このやり方でも僕より効率が良いんだろう。
 これは霊夢ちゃんが優秀なのか、僕がとことんダメなのか。……心の安定の為にも前者という事にしておこう。
 
「とりあえず、僕も多少は異変に絡みたいので問答無用は勘弁してください。もう少しお情けを」

「別に良いわよ、アイツらも辞世の句を読む時間は居るでしょうしね」

「アレ、倒す気から殺す気へシフトしてない? 間が空いた分だけ対処が悪化してない?」

 もーちょっとゆるふわな対応は無いんですかね。話し合いって大事だと思うよ?
 まぁ、多少の譲歩はしてくれるようでちょっと安心しました。そこは邪魔とか言ってぶっ飛ばさないんですね。
 
「それにしてもアンタ、無駄な事が好きよね。どうせ結果は変わらないのに良くやるわ」

 あ、違った。譲歩してるんじゃなくて意味無いと思ってるだけだコレ。
 いやまぁ確かに色々と努力した結果、戦いを避けるどころか大変な事態になる事多々でしたけどね。
 これでも、意外と成功例はあるんですよ? 相手が大人だったり平和主義だったりする前提は必須ですけども!
 
「じゃ、先に進むわよ。多分あっちの方に船が居るはずだわ」

「ふむ……あ、本当だ船っぽいのが居る。良く分かったね霊夢ちゃん」

「勘よ」

 ここまで適当なのに、何だろうこの順調さは。
 常日頃から僕は物事をややこしくすると言われてきましたが、霊夢ちゃんは逆に物事を簡潔にし過ぎだと思う。
 博麗の巫女は中庸だって話を聞いた事があるけど、これは中庸とかそういうレベルの振る舞いじゃ無い気がしますよ。
 あえて言うなら……無関心? そこまで極端では無いと思うけど、それが一番近い様な。
 そんな霊夢ちゃんは、機械的な動きで御札をバラ撒きつつ進んでいく。
 それが全て的確に敵意を見せた相手に直撃すると言うのは、もう何と言うか凄すぎてコメントが出てこない。
 もう霊夢ちゃん一人で良いんじゃないかな。……ああ、そういえば一人で良いんだったっけ。

「それにしてもこのUFO、どうやら妖精達の正気も奪ってるみたいね」

「あー。出がかりで潰されてたから良く分からなかったけど、ひょっとして今まで倒してたの粗方?」

「多分そうね。ふふん、いよいよきな臭くなってきたじゃない」

「楽しそうに笑われてもなぁ……しかしこのUFO、本当に何なんだろう? 謎だらけだ」

「UFOなんだから、謎があるのは当然よ」

 そんなドヤ顔で言われても。異変解決人なら、その謎を解明しようと試みてよ。
 とことん霊夢ちゃんは、黒幕をブチのめす事にしか興味がないらしい。
 ……それで何とかなる気がするから、幻想郷は恐ろしい所じゃのう。――ほにゃ?

「霊夢ちゃん」

「分かってるわ。こそこそ嗅ぎ回ってるネズミが居るみたい――ね!」

 振り向きざまに、僕が存在を感じ取った方向へ霊夢ちゃんが針を投げつける。さすがの高性能っぷりだ。
 すると針の通過位置にある木陰から、一匹の妖怪が飛び出してきた。

「……予想はしていたが、こうも早く見つかってしまうとはな。少しばかり自信を失いそうだよ」

 そこに居たのは、ほとんど灰色に近い銀髪をショートボブにした落ち着いた雰囲気の少女だった。
 両手に持ったL字型の棒は、果たしてどんな目的の道具なのだろうか。少なくとも武器の類には見えないけど……。
 まぁ、興味はあるが一旦その疑問は置いておこう。何しろ、それよりも派手なツッコミポイントが他にあるワケだし。
 僕はもう一度、少女の特定部位を観察しなおす。もちろん今回はやましい意図など一切無い。
 いや、そういう意図がある方が少ないんですけどね? ……ちょっとあった事は許して欲しい、僕だって男の子なんですよ。
 ――それにしても、やっぱりあの耳と尻尾はネズミだよねぇ。尻尾に引っ掛けてるバスケットには、分かりやすく子ネズミが乗っかってるし。
 なので僕は苦笑しながら、出てくる前から正解を口にしていた霊夢ちゃんへと振り返った。

「霊夢ちゃん、ひょっとして知ってた?」

「んなワケないじゃない。そういうネタは紫あたりの専売特許よ」

 さすがにそこまで万能じゃないか、ちょっと安心。
 しかしこの子、この様子だと偶然通りかかったってワケじゃなさそうだね。
 と言う事は、こちらに用があると言うワケだ。僕が軽く身構えると、少女は困ったもんだと肩を竦めた。

「勘弁してくれ。『楽園の巫女』と『狡智の道化師』を同時に相手取るほど、私は身の程知らずじゃ無いんだよ」

「こ、こうちのどうけし? 誰の事?」

「アンタの二つ名よ。確か前に、そこらへんの妖怪が口にしてた気がするわ」

「……そこらへんの妖怪が、何で僕の二つ名を?」

「アンタに指示されたってほざいてたわよ。どうもアンタ、影で暗躍する黒幕系悪党だと世間に認知されてるみたいね」

「完全にトリックスターポジションじゃ無いですかそれぇ……」

 どっか高い所で、顎に手を当てながら不敵に微笑んでる立ち位置になった覚えはない。
 顔の上半分に必要以上の影をかけて腕組みをする趣味は、残念ながら僕にはありませんじょ?

「えっと、一応言い訳しておきますけど僕はその妖怪と何の関係もありませんからね?」

「知ってるわよ。アンタの厄介さは、天然で面倒事を引き起こす所にあるんだし」

 信じてくれてありがとうと言うべきなのかな、コレは。
 なんか黒幕系悪党であるという点は、特に否定されていない気がする。
 少なくとも黒幕では無いよ! 悪党は――まぁ、善悪の観点は人によるって言うしね!! 悪と言われる事もあるさ!
 
「それで、放置された私はどうすれば良いのかな」

「あ、ゴメン。すっかり忘れてた」

「別に待ってなくても良いわよ。面倒だから、さっさとどこかに行きなさい」

「ありがたい申し出だが、こちらにもこちらの事情があってね。逃げるワケにはいかないのだよ」

「でも、戦うつもりもないんだよね?」

「勝てない戦いは避ける性分なのさ。戦う事で得られる物があるならその限りでは無いが――今回はそうでも無いしね」

「その考え方には共感出来ます!」

「でしょうね」

 うんうん、だよねだよね。鼠妖怪さんの言う通りだよね。
 幻想郷の人達は、ちょっとばっかり好戦的過ぎると思うんだ。
 弾幕ごっこルールのおかげで大概の勝負で勝ち目を見いだせるとしても、引く時はちゃんと引かないと。
 仮に相手の方が弱くても、何の益もない戦いならしなくて良いと思うんだ!
 少なくとも、挨拶とケンカと会話と遊びを全て弾幕ごっこに一任するのはどうかと思うんですよ。今更だけどね!!

「と言うか、アンタの事情はどうでも良いのよ。つまる所どうしたいのかを簡潔に言いなさい」

「取引……かな。ちょっとばっかし、君達の持ち物に興味があってね」

 そう言って彼女は、僕――と言うか僕の腰部分をじっと見つめる。
 そこには、ついさっき購入した仏塔型ランタンが。

「ほへぇ!? 僕の買ったばかりの素敵アイテムを!?」

「ああ、ソレ霖之助さんの店で買ったの。……そんな得体の知れない代物を、良く腰に下げていられるわね」

「確かに霖之助さんの店の物は総じて胡散臭いけど、稀に貴重品もあるんだよ!」

「それで、その貴重品とやらは何なのよ」

「知りません!」

 買う前に聞いたら、絶対念入りな説明で希少性を訴えてくると思ったので無視しました。
 で、買った後いざ説明をして貰おうと思ったら、霊夢ちゃんが僕を連れて行ったワケです。
 つまり知らなくても僕は悪くない。それが原因で何が起ころうと、僕には欠片も責任が無いのです。無いと言い張ります。
 
「はぁ……聞いてるこっちの頭が痛くなるよ」

「いやー申し訳無い。でもそういう反応をするって事は、この道具が何なのか知ってるんだよね君は」
 
「―――ふっ、無論さ。知らなければトレジャーハンターは出来ないからね」

「とれじゃぁはんたぁ? 何よソレ」

「おっと、そう言えば名乗って無かったね」

 そう言って彼女は幽雅に一礼し、不敵に微笑みながらゆっくり顔を上げた。
 ……んん? 気のせいかな、今頷く前に少しだけ逡巡した様な気が。

「私の名はナズーリン。子ネズミたちを束ね宝を漁る、しがない鼠妖怪さ」
 




 ――何だろう。何だかこの子からは、今までとは違う意味で油断ならない感じがする。
 



[27853] 聖蓮の章・参「聖天白日/マウス・トゥ・マウス」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/01/22 00:01


「で、何でお前は付いてきてるんだ?」

「えへへー、魔理沙さんお一人では寂しいと思いまして」

「私は孤独を愛する魔法使いだからな。一人の方が調子出るんだぜ」

「スイマセン! 私、一人だと寂しいんで同行させてもらえませんか!!」

「本音出すの早いな!? 寂しいんなら、晶の奴とでも一緒に行けば良いだろうが」

「晶君なら、きっともう異変に巻き込まれてるはずです! 私は信じていますよ!!」

「どういう信頼の仕方だ。まぁ、アイツならそう言う事にもなってそうだが」

「確実になってます。晶君ならきっと、絶対に!!」

「……凄まじいまでの信頼だな」

「そう言うワケなんで、同行させてくださいお願いします!」

「あー分かった分かった、好きにしろ」

「ありがとうございます! ――ふっふっふ、魔理沙さんは何だかんだでチョロ甘ですね」

「お前そういうのは本人に聞こえない様に言えよ」





幻想郷覚書 聖蓮の章・参「聖天白日/マウス・トゥ・マウス」





「つまりアンタは、こいつの持ち物を欲しがってるコソ泥なのね」

「その呼ばれ方は心外だな。私は夢と浪曼を追いかける探索家であって、他人の持ち物を盗んで生計を立てる咎人では無いのだが」

「何が違うの?」

 すげぇや霊夢ちゃん、天然で相手に喧嘩を売ってやがるぜ。
 コレで挑発の意図も交渉の意図も無いのだから、ほんともう生まれついての暴君としか思えイタタタタタ。
 無言で腕を捻るのは止めて霊夢ちゃん! 心を読むにしても、もうちょい分かりやすくツッコミを入れてくださいお願いします!!
 あー痛かった。と言うか鼠妖怪さん――ナズーリンってば、傍から見ると完全に唐突な霊夢ちゃんのタップに無反応ってどういう事なのさ。
 単純にスルーしてるだけなのかもしれないけど、その上自分の職種を馬鹿にされても平然としてるってのは妙な気が。……考え過ぎかな。

「なんか怪しいわねぇ。見なさいよ、胡散臭さでは紫に次ぐバカまで自分を棚上げして疑ってるじゃない」

「ちょ、霊夢ちゃんその疑問はバラしちゃ駄目だよ!?」

「……いや、注意するべきはそこじゃ無いだろう」

「はぇ? あ、紫ねーさまを胡散臭いの代名詞扱いしちゃ駄目だよ?」

「君は実に馬鹿だな」

「ええ、間違いなくバカよ」

 これは話題を逸らされたワケじゃなくて、素で呆れられてるだけですよね。分かります。
 いや別に、今更馬鹿扱いされて凹むほど自分を知らないワケじゃ無いですけど。
 霊夢ちゃんの中での僕って、どういう扱いになってるんだろう。ちょっとだけ気になった。

「そのバカにすら見破られてるんだから、下手な芝居は止めなさい。何が目的よ」

「やれやれ、嘘をついた覚えは無いのだが」

「隠し事は山の様にしてるでしょうが。アンタ――異変の関係者でしょ」

「……さすがは博麗の巫女だな。答えはイエスだよ」

 えっと、幾ら何でもスムーズ過ぎやしませんか。早くも異変関係者が釣れちゃったんですけど。
 つーかナズーリン自白するの超早くない? 今の、ほとんど言いがかりで片付けられたよね。自殺志願者?

「素直な奴は嫌いじゃないわ。死になさい」

 ほら、霊夢ちゃん即殺モードに入っちゃった。
 と言うか死ねって、それはあくまで比喩的な表現で言ってるんですよね? 退治するだけなんですよね?
 御札を構え静かに戦闘準備を整える霊夢ちゃんの姿に、対象外なはずなのに冷や汗をかく僕。
 しかし敵意を向けられた当の本人は実に冷静で、困ったもんだと再び肩を竦めてみせた。

「うむ、参った。私の負けだよ」

「問答無用よ」

 降参すら許さないらしい霊夢ちゃんが、無慈悲に御札を投げつける。
 しかしその行動を予測していたらしいナズーリンは、スレスレで回避して両手を挙げる。
 とは言え、それで止まる様な霊夢ちゃんじゃない。
 彼女の攻撃を的確に回避し続けるのはさすがに無理だろうし、やられるのは時間の問題かな――んっ?
 あれ今、ナズーリンこっちに目配せを送ってきた?
 気のせい……と思うには頻度が高い。アレは確実に僕に何かを訴えているのだろう。
 んー、止めてくれって事なのかな。確かに異変の関係者らしき妖怪を、ここで倒しちゃうのは少し勿体無い気がする。
 ――だけど何故だろう。僕の第六感が、この子をココで始末しておけと囁いている様な。

「よ、っと! こちらとしては、勝てない勝負をしたくないのだが、ね!!」

「ふん、言う割には結構やるじゃない。三味線引くのも大概にしておきなさいよ」

「残念ながら耐えてるだけだ。防御に専念していなければ、即座にやられている事だろうよ。ああ困った困った」

 おちょくってる様にも聞こえるけど、アレは多分本気だろうね。
 霊夢ちゃんは彼女の回避に対応し始めた様で、攻撃が徐々にナズーリンを掠り始めてきた。
 ナズーリンもそれに合わせて動きを変えているみたいだけど、霊夢ちゃんはソレすら加味した上で軌道を変えている。
 どういうセンスがあれば、あんな変態的な攻撃出来るんだろう。博麗の巫女チート過ぎ。
 んー、これは間違いなく勝てないね。……………………仕方ないか。

「霊夢ちゃべぼばっストップ!」

「前に出てくると当たるわよ」

「……すでに直撃を喰らってる様だが」

「い、いつもの事なんでお気になさらず。それより霊夢ちゃん、一旦ストップですよ!」

「何でよ。アンタも内心で、コイツ倒されれば良いのになーとか思ってたんでしょ」

「まぁ思ってますけど。異変の情報と秤にかけて、ギリギリそっちが勝ったんで退治は保留でお願いします」

「やれやれ、本人を前にしてよく言う」

 ……その割には、予測してましたって顔してますよね。
 分かってたけどやっぱり釣られたかぁ。最初からナズーリンは、僕を交渉相手にするつもりだったらしい。

「無茶するねぇ、僕の気分一つでやられてたよ? 今の」

「これが一番確実な策だったのでね。ま、これくらいの怪我は必要経費だろう。……それにだ」

「それに?」

「私は道具の交渉をしにやって来たのだぞ? 話し合いに道具の持ち主を選ぶのは自明の理では無いか」

「え、その設定まだ続けるの? あからさまに嘘なのに」

「隠し事はしているが、嘘をついていると言うワケではないね。これから情報を天秤に乗せるのだ、自ら価値を落とす真似はしないさ」

 つまり異変の情報を引換にしてでも、この仏塔型ランタンが欲しいと言うワケですか。
 どこまでの情報を出してくるかにもよるけど、相応の価値がこのアイテムにあると思って良いようだ。
 ……それとも、情報を僕らに‘吹き込む’方がメインなのかな? ランタンはブラフで――いや。
 それは勘繰り過ぎだ。ナズーリンは油断ならない相手だけど、全部が嘘であると言う前提は捨てた方が良いだろう。
 少なくとも、彼女が交渉を強く望んでいるのは事実だと思っていい。だからこそ彼女はここまで‘誠実’に振舞ってきたのだ。
 交渉の際に使用する手札を、一枚でも多く自分の手元に残しておく為の立ち振る舞い。
 間違いなくネゴシエイションのプロだろうね、ナズーリンは。探索家って言うのもあながち嘘じゃないのかな?
 しかもその癖、こっちを格下と見下してないから尚更タチが悪い。完全に全力じゃ無いですか。超泣きますよ僕は。
 とにかく、彼女が差し込む嘘はあったとしても全体の一割未満だと思うべきだろう。
 大半の真実を、僅かな嘘と幾つかの隠し事で自分に有利な方向へ歪める。恐らくそれが彼女の得意とする話術なのだ。

「ああ、無論情報だけが対価だ等と狡い事は言わないよ。貴重な品物もそれなりに揃えているから、遠慮無く確認してくれ」

「それだけの価値がこの道具にある。つまりコレは異変に関係した――下手したら異変の中核をなすアイテムだったりするのかな?」

「イエスだ。それが無いと私は非常に困る」

 ……札を切るのが早いな。誤魔化すかと思ったら、素直に認めてきちゃったよ。
 だけど、それ以外の情報はほとんど出てない。
 一体この道具がどう必要なのか、本当に欲しがっているのは‘誰’なのか、ナズーリンは隠したままだ。

「――そもそも」

「む?」

「そもそも今の時点で、この道具を確保しておく必要性が君にあるのかな」

「……発言の意図が分からないな」

「気にしなくて良いよ、僕も思いつきを口にしただけだから。ただ――‘まだ手段を選んでる’って事は、次善の策があるのかなって」

「………………ふふ、面白い事を言うな」

「………………はは、僕もそう思うよ」

「面倒な生き物ね、アンタら」

 霊夢ちゃんの呆れ気味なツッコミは無視する。今は、ナズーリンの顔だけを見つめる時間だ。
 本当に気が抜けない相手だね。一挙手一投足からこちらの動きを読むし、逆に動きを読ませる事でこちらの思考を制限してくる。
 彼女を制して、上手い具合にこちらの目的を果たすには……。
 
「―――よし」

 幾つかの考えを軽く纏めた所で、僕は小さく頷き硬直状態から動き始めた。
 ゆっくりと滑る様に霊夢ちゃんの背後へ移動した僕は、彼女の肩ごしにナズーリンを指差して叫んだ。

「交渉決裂! 霊夢ちゃんヤッちゃってください!!」

「ほら見なさい、結局こうなったじゃない」

「くっ、まったく容赦無いな君は――うわぁやられたー」

 わりと情けない僕の振りに乗って、どーでもよさそうだけど一応は御札を投げてくれる霊夢ちゃん。
 ナズーリンはそんな僕の言葉に苦笑すると、ほとんど無抵抗で攻撃を受けた。
 そのままゆっくりと、真下に向かって墜落していくナズーリン。ただ、アレはどう見ても……。

「逃げたわね」

「逃げたね」

 直撃を上手い具合に避けた、言っちゃえばやられたフリだ。
 変に抵抗するより、一発食らって負けた事にして逃げる方が賢いと判断したのだろう。
 つくづく頭の回る鼠妖怪さんだ。うん、交渉を打ち切って正解だったね。
 ――あのまま交渉を続けていたら、確かに異変の情報はかなり手に入った事だろう。
 だけど代わりに、僕の道具は取られてしまっていたと思う。根拠は無いけど確信があった。
 それに情報の方も、とんでもない罠に繋がる歪みが仕込まれていたかもね。
 少なくともそこに誠実さを入れてくれるほど、優しい妖怪じゃ無さそうだったし。
 うん、ちょっと口喧嘩で勝てる相手じゃないねナズーリン。勝てないから物理的に喧嘩する事にしよう。
 と言うワケで武力を持って制する事にした次第です。博麗の巫女補正はありがたいなぁ。

「さて霊夢ちゃん。それじゃあ先に進もうか」

「良いけど、邪魔した分と利用してくれた分で二回ドつかせなさいよ」

「へぶほぼばっ!?」

 好き勝手やったツケは、もちろん即時返済する事になりましたとさ。
 まぁ必要経費だよね、必要経費! ……けど、結構効いたかも。博麗の巫女は本当にすごいなぁ。










「やれやれ、さすがの思い切りだな。まさかあそこで話を切ってくるとは思わなかったよ」

「博麗の巫女と組まれ、こちらも準備不足ではどうにもならんか。……仕方がない、後ふた働きほどするかな」










 ナズーリンと交渉? してからしばらくして。
 早いんだか遅いんだか良く分からないペースで進んでいると、視界の遥か先に件の船らしき影を発見した。

「んー、アレかなぁ」

「多分そうでしょうね。結構速く飛んでるから、全速力で追いかけるわよ」

「アイサー!」

 ……とは言え、純粋な飛行能力だと僕の方が速いんですが。彼女はどうするんだろうか。
 等と考えていたら、霊夢ちゃんが前に来て両手を突き出してきた。
 えっと、これは合わせれば良いのかな?
 同じく両手を突き出し、霊夢ちゃんの手のひらにそっと自分の手のひらを添えてみる。
 殴られた。違ったらしい。

「抱きかかえて飛べって言ってるのよ」

「ああ、そう言う意図でしたか。では失礼して」

 両手の間に身体を差し込み、脇の下を潜らす形で腕を霊夢ちゃんの背中に回す。
 手持ち無沙汰になった霊夢ちゃんの手はこちらの襟元に引っ掛けて貰い、前傾姿勢に移行した僕は氷翼を大きく広げた。

「それじゃ、全速力でカッ飛びますよぉ!!」

「お願いするけど、速く飛びすぎて停止できず船に激突そのまま突入。って展開は嫌よ」

「ふっふっふ。お任せくださいよ、霊夢ちゃん!」

 僕だって、いつまでも学習しない馬鹿では無いのです!
 足鎧の気を増幅した僕は、言葉通りの最大加速で船へ向かっていく。
 あっという間に詰まる船との距離。その意外な大きさにビックリしつつ、僕は停止の準備を開始した。
 進路上に巨大な氷塊を生成し、前傾姿勢から身体を九十度程回転させて蹴りをお見舞いする。

「これぞ、アイシクル・緊・急・停・止!」

 要するに、無理に止まろうとするから中途半端な速度で地面に激突してしまうのだ。
 停止――つまり運動エネルギーを相殺するなら、単純な空中ブレーキよりももっと簡単な方法が実はあったりする。
 それがコレ、ビクともしない重量の物体に攻撃を仕掛けて勢いを殺す、氷翼だからこそ出来る無理矢理ブレーキなのですよ!
 ……ぶっちゃけ気による補正が無いと、飛行中の僕はほぼ加速だけで打撃力を出さなきゃいけない貧弱坊やだからなぁ。
 まぁ、軽過ぎて蹴った勢いで思い切り弾かれちゃうんだけどね!
 それくらいなら、空中ブレーキで何とかなる範囲ですともさ。少なくとも地面にはぶつからないし。
 ちなみに身体強化自体はしっかりしてるので、キックによるダメージはありません。これで足折ったら墜落した方がマシだもんね!

「よっしゃピッタリ停止! どうよ霊夢ちゃん!!」

「良かったわね。で、あの吹っ飛んでいった氷の塊はどうするのかしら」

「ほへ?」

 そう言った霊夢ちゃんがそこを指差すのと、吹っ飛んだ氷塊が船に着弾するのはほぼ同時だった。
 あ、あれぇ!? どうやら、相殺する氷塊の重量が少しばかり足りなかったらしい。
 ド派手な破壊音を立てながら内部を進む氷塊は、中の様子が窺えない僕らからでも分かるくらいやりたい放題に船を破壊していく。
 恐らく、船の持ち主? もその事に気付いたのだろう。
 それまでそれなりの速さで飛んでいた船は、ゆっくりとその動きを止めたのだった。

「や、やったね霊夢ちゃん! 船が止まったよ!!」

「船に並行して飛べば、そもそも止まる必要も止める必要も無かったけれどね」

 あはは、霊夢ちゃんは賢いなぁ。
 ……言われてみれば、そもそもあそこで止まる理由が無かったね。
 あっちはずっと進んでるんだから、そこで停止したらまた引き離されるのは自明の理でしょうに。
 あっはっは! ――どうしよ。

「ま、上手い具合に宣戦布告出来たから良しとしましょうか。流石ね」

「その流石は、やっぱりさっきの二つ名にかかってるんですよね。しくしく」

「毎度の事でしょ道化師」

「霊夢ちゃんは毎度の僕を知らないはずなのに!?」

 いや、毎度の事ですけどね?
 何だろうこの腑に落ちない感は、僕にだってちょっとくらいは見栄があるんですよ!?
 ――ゴメン、嘘。腑に落ちないけどそれ以上に納得してます。

「ほら、言ってる間にカモが来たわよ」

「……霊夢ちゃんと一緒に居ると、正義ってなんだろうと思わざるを得ないよ」

 彼女は確か、幻想郷を守護する巫女だったはずなのですが。
 秩序は正しいからこそ冷徹だ。とは良く聞く話だが、生ける秩序たる彼女もやはりそうなのだろうか。
 いや、まぁ派手に宣戦布告した僕が言える台詞ではないのですがね?
 怒りよりも驚愕を多く含んだ表情で船から出てきた少女の姿を眺めながら、さすがに今回は戦闘回避不可能かなと色々な事を諦めるのだった。

「ちょ、ちょっとちょっと何事なの!? 敵襲!?」

 スイマセン。言っても信じられないと思いますが、不幸な事故です。
 



[27853] 聖蓮の章・肆「聖天白日/クラウドブレイカー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/01/29 00:00


「想像以上に凄い事になってますねー。どこもかしこもUFOだらけです」

「さらにUFOに誘われて、妖精やら妖怪やらが大量発生……正しく選り取りみどりだな」

「どれもこれも十把一絡げですから、選べた所で意味は無いと思いますけど」

「言うな。思いのほか当たりに出くわさなくて、こっちも少しばかり困ってるんだよ」

「私、やっぱりトラブルに出くわす才能ないんですかね……」

「んな稀有な才能持ってるのは、それこそ晶か霊夢の奴くらいだろーが」

「しくしく。まだまだ修行が足りないです」

「それ、修行で何とかなるモノなのかよ――ん?」

「どうしました?」

「おいアレ、あそこに居る妖怪。なんかこっちを見てないか?」

「本当ですね。ネズミの妖怪さんって、結構珍しい様な……あ、逃げましたよ!」

「ふぅん……面白そうじゃないか。よしっ、追うぜ!!」

「ようやく物語が始まるワケですね! 私達の伝説はこれからだ!!」

「その言い方は何となく不吉だから止めろ」

「――ふむ、釣れたか。後は船まで誘導できれば何とかなるかな」





幻想郷覚書 聖蓮の章・肆「聖天白日/クラウドブレイカー」





「あ、貴女達ね! 聖輦船に攻撃を仕掛けたのは!?」

 謎の船から出てきたのは、とりあえず「尼」の一言で説明の付く女性だった。
 もっとも藍色の尼頭巾から前髪が覗き見えているので、丸刈りにしていると言うワケでは無い様だけど。
 髪型の全体像は分からないけど、所謂尼削ぎって奴なのかな?
 女性の僧侶って色々立場が複雑だったらしいけど、それは妖怪にも適応されるのだろうか。

「しかし聖輦船か……」

 聞いた事無いなぁ。どう言う字で書くか分かれば、どんな船かも想像が付くんだろうけど。
 星に連なる船で星連船とか? 有り得そうだけど早々に決め付けるのはマズいかな。

「楽しそうに考え事してるみたいだけど、言い訳はしなくていいのかしら」

「はい。これはもうどう考えても言い訳不可能ですので」

 どれだけ言葉を並べても、あの船に出来上がった大穴をフォローできる言い訳にはならないだろう。
 なら下手に何かを言うよりも、宣戦布告と言う事にしておいた方が良い。いや、全然良くないけどね?
 どっちにしろ、喧嘩を売る事は確定だから良いんですよ! へーん関係無いもんね結果一緒だもんね泣いてないやい!!
 
「人の話を聞いてるのかしら。貴女達、何者!?」

「博麗の巫女と、その威光を笠に着る者だ!」

「そうやって自分の位置を貶めて、相手の注目から出来るだけ逃れようとするのがアンタの常套手段なのね」

「そう冷静に分析されると、頷き難い物があるね……」

「はっきり言うけど、それ逆効果よ」

「薄々感づいてたけど、ハッキリ言われると凹むから止めて!!」

 まぁ自虐は僕の本能みたいなモノなんで、凹んだからって変わるワケでも無いのですが。
 とりあえず霊夢ちゃん、ツッコミを入れる部分はソコで良いので? 僕は貴女の威光を笠に着て云々言ったのですけど。
 あ、事実だから否定しないって事ですか? 何を今更って事なんですね。
 あはは、霊夢ちゃんは心が広いなぁ。……霊夢ちゃんのリアクションの基準が分からなくて辛い。

「そう、貴女が噂の博麗の巫女なのね」

「そうよ。で、こっちが久遠晶。人間災害と呼ばれたメイドよ」

「言われてませんよ!?」

「ま、まさか人間災害まで!?」

「通じんの!?」

 と言うか僕、安寧な呼ばれ方をされた覚えが無いんですけど。ヒューマン・ディザスターってなんぞや。
 もうちょっとこう、普通のメイドとか楽園の旅人とか当たり障りの無い二つ名が欲しいです。
 ついに災害扱いか……いや、ダウンバースト呼ばわりされた事も過去にありましたけどね。

「よりにもよって、最重要危険人物が二人合わせてやってくるなんて――雲山!」

 謎の尼さんは顔を真っ青にして、何者かを呼ぶように虚空へ声をかける。
 すると周囲の雲が集まり、ゆっくりと人の上半身を形作っていく。
 ただし、その大きさは人間の比じゃないけど。わーでっかい。
 最後に頭らしき部分に髭を生やした男性の顔を作り出した雲の巨人は、ゆっくりと尼さんの横に腕を組んで並んだ。
 おおっ、アレってまさか!?

「入道! 彼は雲の入道なんですね尼のおねーさん!!」

「え? あ、うん。そうだけど……」

「つまり入道雲って事ですね! そのセンス、嫌いじゃありませんよ尼のおねーさん!!」

「いや、雲山は私が作ったワケじゃなくて最初から……」

「五月蝿い」

「あべしっ!?」
 
 何か良く分からないけど味方に殴られた。痛い。でも気にならないよ!
 何しろ初遭遇の妖怪――しかも男の――入道が居るのですから!
 凄い! 居るとは思わなかった!! デカい! ぶっちゃけあの手の妖怪って顔作る意味あんの!?
 
「あー鬱陶しい。そんなにあの妖怪が気になるなら、アンタあっち担当ね」

「ほにゃ?」

「じゃ、任せたわよ」

 そう言って霊夢ちゃんは、全速力で尼さんに向かっていく。
 その意図に気付いた入道は巨大な拳を霊夢ちゃんに向かって放つが、彼女は風に乗った紙の様にソレを回避してみせる。
 尼さんも眼前に迫る霊夢ちゃんへ攻撃をしようと手に持った金輪を構えるが、すでに攻撃の姿勢に入った彼女には対応しきれない。
 体を捻った霊夢ちゃんは、惚れ惚れするようなハイキックで尼さんの顔を蹴っ飛ばした。
 ……せめて、巫女らしく御札とか御幣とか使おうよ。

「私はこっち潰しておくから。任せたわよ」

「あぐっ……ちょ、ちょっと待って。私、雲山がいないと全力を出せなくて」

「そう、それは大変ね。同情するわ」

「う、雲山助けて! この巫女滅茶苦茶だわ!?」

「―――!?」

 ドリブル感覚で尼さんを入道から引き剥がす霊夢ちゃん。容赦無さ過ぎてかなり引く。
 当然、そんな真似されて雲入道さんが黙っているはずも無いワケで。
 彼は霊夢さんを止める為、先ほどよりも強固に拳を固めて構えた。
 うーん、心情的には入道さんの味方をしてあげたいなぁ。さすがにちょっと霊夢ちゃんやり過ぎだよ。

「でもチャンスではあるので容赦無く分断! 即席必殺ショットガンスパイク!!」

 構えている入道さんの横顔に、全力の蹴りを叩き込む。
 ただし素の状態だとほとんど威力が無いので、命中の瞬間に増幅した足鎧の気を放出する。
 気弾なんて攻撃方法もあるくらいだ。拡散放出される気のバックファイヤーは、攻撃に転用してもそれなりの威力がある。と思う。
 いや実際、今までやってなかったけど結構有用な攻撃方法だと思うんだよ。
 ……ちょっと攻撃に使う事を意識して放たないと、ダメージを与える事は出来ないけどさ。
 そんな威力に若干の疑問詞が付く蹴りを受け、しかし入道さんの身体は綺麗に散り散りとなってしまった。
 全部が雲なのでスプラッタさは無いけど、まさか一撃でとは――いや、これはひょっとして。

「―――!!」

「うわ、やっぱり!?」

 散り散りになった入道さんは、即座に人型を形成してこちらに殴りかかってきた。
 予測は出来ていたので、霊夢ちゃんよりは雑な形だけど何とか拳を回避する。
 入道さんはそのまま、こちらへ顔を向けて両手を構えた。まず先にこちらを潰しておくべきだと判断したのだろう。

「―――!!!」

 再び放たれる拳。ただし当たり判定こそ大きそうな代物だが、動き自体は直線で避けやすい。
 僕は相手の二連撃を回避して、小型の竜巻を入道の居る位置に発生させる。

「これで、どうだ!!」

「―――!」

 荒れ狂う風のミキサーに抵抗出来ず、入道の身体はバラバラになった。
 ――が、それも一瞬の事。散った身体は即座に集合して再び人型へと戻る。
 ダメージを受けた様子は皆無だ。先程と同じく拳を構えた入道さんは、何事も無かったかの様にこちらを見据えてきた。
 うあうあー。やっぱりこの入道さん、物理無効型妖怪かー。
 しかも最初の不意打ち失敗から察するに、相手は意識しないと物理的干渉が出来ないタイプ。
 つまり、僕との相性は最悪だ。パンチやキックどころか風も効かないとなると、マスタースパークも通用するかどうか……。
 んー、どうするかなぁ。魅魔様の力を借りるかな? それとも神剣を使う?
 でもどっちも、オーバーキルになりそうだからあんまり使いたく無いんだよなぁ。
 入道さんを侮るワケじゃ無いけど、物理無効以外はそう大した事無さそうな―――あぐぁ。

「ペっぺっぺ、考え込み過ぎてパンチ避け損なっちゃったよ」

「―――!?」

 入道のパンチを食らって、物の見事に地面へ叩きつけられる間抜けな僕。
 せっかく不時着を避けたと言うのに、こんな形で地面とコンニチハする羽目になるとは。
 だけど、おかげ様で一個アイディアが出てきたぞ。と言うワケで。

「―――――天狗面『鴉』! さぁ、振り切りマスよ!!」

 高速飛翔の面変化で、再び放たれた拳を回避した。
 更に僕は出来うる限り相手の目に止まる速さで、入道さんの周囲を回りながらかく乱を始める。

「―――!!」

 どうやら入道さんは見た目通り、速い動きには対応しきれないようだ。
 周囲を回る飛行の軌道で、風の流れも良い感じに纏まってきたし……そろそろ本当に振り切らせて貰おうかな。
 僕はさらに加速して、入道さんが見切れない速度で動き始める。
 そしてついに相手がこちらを見失った事を確認して、僕は入道さんの死角で停止した。
 よし、下準備はオッケー! 後は気付かれない内にトドメの準備だ!!
 僕は氷で巨大なメガホンを作成し、狭い方にやはり氷で蓋をする。
 そこに気で強化した氷棒を何本か突き刺せば準備は完了だ。細かい理屈は知らないけど、多分コレで共鳴してくれると思う。……多分。
 僕は巨大メガホンを構えると、大きく息を吸って最大限の音量で発声した。

「ア・イ・シ・ク・ル!! L・R・A・D!!!」

「!?!?!?」

 巨大メガホンが声を増幅し、かく乱時に形成した風の壁が音を閉じ込め内部の入道さんを襲う。
 彼に聴覚がある事はさっきのやり取りで分かっている。そうであるからこそ、尼さんは声で入道に指示を飛ばしたのだ。
 ならば、音に対する感覚はほぼ人間と変わらないと思って良いだろう。
 事実、僕の大声を喰らった入道さんは少しフラフラしたと思うと、糸が切れたようにグッタリと項垂れ動きを止めた。

「ふっふっふ、大勝利!!」

「面倒臭い勝ち方するわねぇ、アンタ」

「あ、霊夢ちゃんお帰りなさい。苦戦は……しなかったみたいだね」

「きゅぅう……」

 一方的な勝負だったんだろうなぁ。霊夢ちゃんに襟首を掴まれ、尼さんは入道同様グッタリと項垂れていた。
 まぁ、本人が入道無しだと実力半分って言ってたし。勝ち目なんてハナから無かったのだろうさ。

「霊夢ちゃん、イジメはカッコ悪いよ」

「そうね。イジメは格好悪いわね」

 霊夢ちゃんにとって、コレはイジメの部類に入らないのか。なんと恐ろしい。
 まぁ、見た目はボロボロだけど気絶してるだけだから、ダメージ自体はそんなに無いのかも。
 しかし絵面は最悪だ。なまじっか霊夢ちゃんが巫女な格好してるから、宗教的吊るし上げに見えなくもない。
 
「でも、ここまで痛めつけなくても良かったんじゃない?」

「コイツがやたらと抵抗したのよ。なんか、私達を意地でも通したくなかったみたいね」

「最重要危険人物扱いだったもんねぇ。霊夢ちゃん何かしたの?」

「それ、間違いなく私のセリフよ」

「ですよねー」

 いやでも、扱い的には確実にイーブンでしたよね。どっちも同じくらい警戒されてましたよね。
 さすがに今回は、僕だけが悪いと言う事は無いと思うのですが。
 ……うーむ、結局何も分かってないんだよなぁ。本拠地らしき場所は見えてるのに、敵の規模も目的も不明。
 まぁ、今までも事情が分かんないまま突貫する事多々だったから、いつも通りと言えばいつも通りなのですが。
 ヒントらしき物を無視して進むのは、不思議大好き晶君としては若干辛いものがあるのですよ。

「その尼さんに、色々と聞いてみた方が良いかなぁ」

「無駄だと思うわよ。拷問したって言わない、みたいな気概を感じたもの」

「そんなに決意硬そうだったの?」

「と言うか、大事な部分を自分以外に委ねちゃってる感じね。だからどれだけ殴られても平気なのよ」

 あー、なるほど何かに心酔しちゃってる系の人かぁ。
 厄介だなー。そういう人に物理的ダメージによる脅迫を試みても、より意固地になっちゃうだけだし。
 かと言って情報による駆け引きをしかけても、それが苦手であろう尼さんはまず乗ってくれないだろう。
 さすがに完全黙秘に徹されると、僕の話術程度じゃどうしようも無いよなぁ。
 ブラフにできる単語を持っていれば、カマかけの一つでも出来るかもしれないけど……それを知らないから話を聞こうとしているワケで。
 ――結論、霊夢ちゃんの言う通り聞くだけ無駄っぽい。
 うぐぅ、あまりの放り投げっぷりにちょっとモヤモヤが溜まり始めてきたよ。
 なまじっか異変の最前線にいて、黒幕のヒントっぽいものがチラホラ見えているからこそ燻ってしまう。
 どーなんだろうなぁ。尼さんが出てきたから仏教が関係してるのかな?
 でも何でUFOが……と言うか妖怪みたいだったけど、仏教って非人類でも入信出来るもんなのだろうか。

「ま、聞かなくても大丈夫よ。要はこの船を無茶苦茶にしてやれば良いのだし」

「あまりにも危険思想!? えっ何? ひょっとして、霊夢ちゃん的にこの船は超危険な感じがしたりするので?」

「しないわよ」

「ヤダこの子、平然と怖い事言ってる……」

 僕も散々危険だなんだと言われたけど、霊夢ちゃんはその比じゃない。
 何と言うターミネート巫女……これが幻想郷最強と呼ばれる巫女のやり方か。

「まー良いや。それじゃ船の中にそこの尼さん置いて、パパッと先に進みましょうか」

「そこらに捨てておけば良いじゃない。アンタ、変な所で律儀よね」

「……いや流石に、ここから投げ捨てろって言うのは鬼畜じゃ無いですか? 結構な高さ有りますよ?」

「大丈夫よ、この程度で死ぬ程妖怪はヤワじゃないわ」

「だとしても――ま、良いか。それじゃあ船に突入するけど、それだけで良いの?」

「何がよ」

「いやほら内部に突入した後でさ、船を片っ端から壊していくとか……」

「アンタ鬼ね」

「ムチャクチャにしてやれとか言っておきながら!?」

 霊夢ちゃんの「わー引くわー」的な表情に、物凄い理不尽を感じてしまう僕。
 いや、実際に理不尽だよね。コレで霊夢ちゃん、悪意も何も無いのだから死ぬ程タチが悪い。
 彼女相手に主導権を取る事は、色々な意味で難しいのだろうなぁ。
 こちらの動揺お構いなしで船に向かう霊夢ちゃんの背を眺めながら、僕はため息と共に肩を竦めるのだった。

「ところで霊夢ちゃん、さっき言ってた『面倒臭い勝ち方』ってどういう意味?」

「アンタ、何でもかんでも凍らせる技持ってたじゃない。なのに何でそれ使わずに音で攻めたのよ」

「――あ」

 ……そういえば「アブソリュートゼロ」の事、すっかり忘れてたや。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「ああ、今日もまたこの時間が来てしまったのですね。うう……本当はこんな事したく無いのに」

死神A「あのー、山田様?」

山田「ひいっ!? ゴメンなさい、ちゃんとやりますから殴らないでください!」

死神A「いや、何言ってるんですか山田様。何ですかその演技。殴られるのはいつも私じゃ無いですか」

山田「ちっ、空気読んでくださいよ。本当は私が健気な美少女で、無理矢理こんな真似をさせられてる設定でいこうと思ったのに」

死神A「……意味が分かりません」

山田「はいはい、それでは最初の質問に移ります」

死神A「説明はしてくれないんですね、やっぱり……」


 Q:霊夢は晶君の事をどう想っているですかね? 教えて山田さんではなく死神Aさーーーん!


山田「ほら死神Aさん、いつも私に言い聞かせる感じでお願いしますよ」

死神A「いや、今更そんな事言われても信じる人はゼロだと思いますよ?」

山田「ほら、読めるだろ空気。読んでみせろよ空気。皆分かってるよな、な?」

死神A「そんな脅迫した時点でもう色々と無理でしょう!?」

山田「ちなみに博麗の巫女は、晶君以上に恋愛とかそう言う感情に興味無いです。ぶっちゃけガキですな」

山田「なので晶君の事も「面倒な馬鹿」としか思っていません。まず異性だとは認識してませんね」

死神A「結局自分で答えているし!?」


 Q:ていうか、晶君お風呂はだめなのに抱き合うのはいいって・・・
   ずばり、どこから良くてどこまでだめなんですか?(キスとか手をつなぐとか) 教えてつるペッタンの閻魔様ー


山田「誰がつるペッタンかこの野郎!!」

死神A「………………」

山田「何ですか、ツッコミ無しですか」

死神A「いや、えらくストレートに怒ったなぁと」

山田「たまには原点に戻って素直に行こうかと思いまして」

死神A「……アレ、別に最初も素直なリアクションはしてなかったような」

山田「アブハチトラズ!」

死神A「げ、言論統制だぁー!? うきゃん!?」

山田「尚、晶君はボディタッチに関してはわりと大らかです。抱きつき頬ずりくらいは余裕でセーフ」

死神A「うぐぐ、何事も無かったかのように……」

山田「まぁ、唇にキスとか一緒に風呂とかはアウトですけどね。異性限定でする様な事で無いなら晶君は大抵気にしません」

死神A「抱きつかれてあわあわする様な事もありましたけど」

山田「異性を感じてるからだよ言わせんな」

死神A「つまり巫女相手だと、異性を感じな――何でもないです」


 Q:そういえば今の晶君の二つ名ってどれくらいあるんでしょうか? 教えて山田さーん!


山田「いっぱいですね」

死神A「適当過ぎませんか」

山田「要するに「楽園の巫女」みたいな代表的な二つ名が無いんですよ。だから呼び名が統一されなくて、色々な呼ばれ方をされているワケです」

死神A「具体的な数は分からないんですかね」

山田「作者も適当に決めてますから、具体的には分かんないです」

死神A「わー、それは酷い」

山田「まぁ、数十未満だと思ってください。と言うか多分今後は、今回出た「人間災害」で固定されると思います」

死神A「気に入ったんですね、それ」

山田「分かりやすいですからね。さて、ではオチの時間ですけど」

死神A「き、来たっ!」

山田「面倒なんで今回は無しで」

死神A「えっ……?」

山田「無しで。お疲れ様でした、さよーならー」

死神A「………………えっ?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・伍「聖天白日/クロス・クラッシュ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:cf1c5e85
Date: 2013/03/06 01:00

「ただいま、状況はどうだい?」

「この上なく最悪だよ! 船に何かをぶち込まれる、一輪は倒される、危険人物はワラワラ入ってくる!! もうてんやわんや!」

「そうか。なら問題無いな、想定の範囲内だ」

「……ナズーリン。君はとても聡明だけど、賢すぎて何を考えているのか分からないのが欠点だと思う」

「例え痛みを伴ったとしても、相応の結果が得られればそれは勝利だと言う事だ。少なくとも、準備は十分に整ったさ」

「えっ?」

「君の言う「ワラワラ入ってきた危険人物」達は、皆‘宝の破片’を持っているのだよ」

「そ、それじゃあ!」

「ああ、聖輦船を本来の目的地へ向かわせるぞ。ご主人にもその旨通達済みだ」

「いよいよなんだ……ぐすっ、どれだけこの時を待った事か」

「うむ、そうだな。今日この日の為に我らは苦難を重ねてきたワケだ。うむうむ」

「ずびびっ、長かったなぁ。本当に長かったよ」

「ならばそこに、追加で一つ苦難を加えても問題あるまい。なぁキャプテン」

「確かに。今更一つくらい苦難を……えっ?」

「それは良かった。実は一つ、頼まれて欲しい事があるのだよ」





幻想郷覚書 聖蓮の章・伍「聖天白日/クロス・クラッシュ」





「そこ、右よ。多分階段があるわ」

「あ、本当だ――っと!」

 通路を曲がった途端襲いかかってきた妖精に、フリーになってる足で蹴りを叩き込む。
 妖精は綺麗にピチュってくれるから、安心してドつけるなぁとか思ってしまう自分がちょっと嫌。
 まぁ、別にどう思ってようが結局殴るんですけどね?
 嫌な気分になるだけで、それが攻撃に影響するワケじゃないのが僕の良い所です。ええ、良い所だと言い張ります。

「やっぱコレ、霊夢ちゃんの指示する方向をブチ抜いて進んだ方が効率良くない?」

「それで船が落ちたらより面倒な事になるわよ。ほら、次は真っ直ぐ」

「霊夢ちゃんがそう言うなら良いけど……」

 ちなみに船に突入してから、霊夢ちゃんはずっと僕の背中に乗っかっております。
 所謂オンブの状態ですね。どうやら霊夢ちゃんは、僕に馬車馬としての価値を見出したらしい。

「良いわねアンタ。事故る危険性は高いけど、これだけ速いと気分が良いわ」

「あはは、そりゃどうも。でも博麗の巫女的にコレはオッケーなの?」

「問題無いわ。昔は亀を移動手段にしてた事もあるし」

「……ガメラ?」

「写真機は関係無いわよ」

 いえいえ、カメラで無くてですね。
 こちらが苦笑すると、霊夢ちゃんは意味が分からないとばかりに首を傾げた。
 どうやら博麗の巫女だからと言って、他人の力を借りてはいけないとかそう言う事は特に無いらしい。
 普段借りようとしないのは、純粋に借りる必要性が無いからなのだろう。
 いや、今のコレも必要かと問われるとそうでも無いのですがね?
 むしろ大して得しない行動だから、霊夢ちゃんが何の文句も無く負ぶさってる現状がちょっと不思議なくらいだ。
 
「ところで晶、お茶とか出ないの?」

「わぁ、全力で寛いでるやこの巫女さん」

 完全にサ店扱いである。本当に深い意味も無く楽したかっただけらしい。
 とりあえず、変に拗ねられても困るんで常備していた紅茶入りの水筒を渡しておいた。
 飲んだ瞬間霊夢ちゃんが露骨に顔を顰めたけど、味に関しての文句は聞きません。
 うん、さすがの僕も砂糖ブチ込み過ぎたかなーと思ってたんだ。やっぱダダ甘だったか。

「おっと、霊夢ちゃん次どっち?」

「んぐっんぐっ……けぷ、右よ」

「……渡しといてなんだけど、全部飲む必要は無いよ?」

「逆に喉渇いたわ」

 そりゃそーでしょうよ。どうにも霊夢ちゃんの考えは読めないなぁ。
 霊夢ちゃんから空になった水筒を受け取って、僕は目の前の十字路を右に曲がった。
 すると同時に、こちらの眼前へと迫ってくる巨大な錨。えっ、何コレ? 何で船の中に錨が?
 良く分からないまま、妖精の時と同じノリで蹴り飛ばそうと足鎧を構える僕。
 しかしその一撃を放つ前に、背中の霊夢ちゃんが動き出した。
 彼女は身体を乗り出し手を伸ばすと、激突寸前の錨に軽く触れて――まるで木の枝でも扱うかの様にソレを回転させる。
 その過程で勢いを奪われた錨はその身体を支える程度の深さで床へ突き刺さるが、それによる振動などは一切起きなかった。
 ……合気みたいな技を使う事は知ってたけど、ここまで無茶苦茶だとは思わなかったなぁ。博麗の巫女は本当にチート過ぎる。

「やっぱり、この程度じゃ決まらないか」

 そんなこちらを見て、錨をぶつけて来たと思しき少女が肩を竦めた。
 純白のセーラー服……と言うより水兵服かな? を着て、斜に帽子を被った活発そうな少女だ。
 放ってきた攻撃が錨と言うのも納得できる、見事なまでの船の人だった。
 ……まさかとは思うけど、これで船幽霊だとか言わないよね。
 いや確かに言葉だけで見るとまんまだけどさ、船幽霊って船沈める方の妖怪だよね。その服着てる人ら沈める役割だよね。

「えーっと、お姉さん何者ですか?」

「見て分からない? この船の船長をしているしがない船幽霊だよ。村紗水蜜、キャプテン村紗と呼ぶがいいさ」

 見て分かるけど凄く納得いかない。だから船幽霊って沈める方じゃん、何で船長なんてやってるのさ。
 僕がそんな風にモヤモヤとした気持ちを抱えていると、話はそれで終わりと言わんばかりにキャプテン村紗が二撃目を放ってくる。
 ――が、不意打ちで無い攻撃ならそれくらい裁けない僕じゃない。鼻先を掠る寸前、僕は風を纏わせた裏拳で錨の横っ面を引っぱたいた。
 さほど力は込めなかったけれど、方向を逸らす様な打ち方と風による反発力のおかげで錨は派手に吹っ飛んだ。
 それはもう、派手過ぎて壁の五・六枚をぶち抜くレベルでしたともさ。
 ……防御方法一つとっても性格って出るよなぁ。これが霊夢ちゃんと僕との違いなのだろうか。
 まぁ、どっちにしろダメージ受けるのはアッチだからどうでも良いんだけどね。
 そんな気持ちを込めて殴った右腕をグルグル回していると、キャプテン村紗は再び肩を竦めてみせる。

「いやー。仕掛けておいてなんだけどさ、ここまで大暴れされるといっそ清々しいよね」

「言われてますよ霊夢ちゃん」

「お望み通り大暴れしてあげてもいいのよ。アンタの無事は保障しないけど」

「スイマセン。いつも通りの霊夢ちゃんで居てください」

 と言うか、コレでまだ「大暴れ」じゃないのかこの子は。色々な意味で底知れないなぁ。
 博麗の巫女の凄まじさを再度実感した僕は、頼もしいような恐ろしいような感情と共に苦笑を浮かべる。
 ちなみにキャプテン村紗は、そこらへんの話をあまり広げるつもりは無かったらしくほぼノーリアクションだった。
 まだ霊夢ちゃんに上があると聞いて若干頬を引き攣らせていたけど、そこを責めるのは酷と言うものだろうさ。
 うん、誰だってそんな反応しちゃうよね。しょうがないよね。

「なるほど。ナズーリンが言った通り、余計な真似をすれば相手のペースに巻き込まれるか」

「ほぇ? ナズーリン?」

「――問答無用!!」



 ―――――――転覆「沈没アンカー」



 三度放たれる錨。その軌跡をなぞった光の線が、無数の弾幕に別れた。
 同時に、僕を踏み台にして高々と飛翔する霊夢ちゃん。
 された僕は見事に体勢を乱してしまったのだけど、もちろんそんな事を霊夢ちゃんが気にするワケも無く。
 普通なら避けられた錨の直撃を、僕は顔面で受け止めてしまったのでした。

「へぶぷっ!?」

「うわ、エグい……」

「隙だらけよ」

「う、うわっ!? くそっ、なんて滅茶苦茶な巫女だ! 敵でも味方でもお構い無しだなんて!!」

「この馬鹿は早々死なないから大丈夫よ」

 いや、さすがにこれだけの重量をバランス崩した姿勢で顔面受けしたら僕も死にます。
 実際にそこらへんの判定がシビアな鎧さんは、ピカピカ光って今のは即死でしたと教えてくださいました。
 まったく、さすが幻想郷はどこで死ぬか分からない危険地帯だぜ!
 そして何事も無かったかの様に弾幕を避け、驚愕するキャプテンの隙を平然とつく霊夢ちゃん。
 実にクレイジーだ。本当に僕が死なないから大丈夫だと思ってたのか、別に死んでも大丈夫だと思ってたのかで感想は変わってくるけど。
 とりあえず、霊夢ちゃんは味方であろうと容赦無くオブジェクト扱いする人だ。それはしっかり覚えておこう。

「とか思いつつも、不意打ちアイシクルスパイク!!」

「うぎゃあ!? 死体が攻撃してきた!?」

「くっくっくっく。ちょっと首の骨を折られたくらいで、僕が死ぬとは思わない事だね!」

 嘘です。折れてないです。折れたら死にます。

「出鱈目過ぎる……くっそぉ」

 地面から伸びる氷柱と霊夢ちゃんの弾幕に押され、キャプテン村紗は弾幕を放ちながら後退していく。
 ――しかし妙だな、撤退だとすると少しばかり早すぎる気が。
 キャプテンの呟きからして、ナズーリンがこの船の妖怪達と関係している事は確実だ。
 つまりキャプテン村紗の襲撃は、ナズーリンも承知の上だったと言う事になる。
 何の勝算もない突撃を、果たして彼女が許容するだろうか。……無いよなぁ。

「霊夢ちゃん、どうする?」

「別に問題ないでしょう。追うわよ」

 霊夢ちゃんが言うなら良いけど……ナズーリンは、そこらへんの判断も加味した上で策を練ってそうだから怖い。
 んー、あんまりナズーリンの影に怯えるのもどうかと思うんだけど。相手が相手だからねー。
 とは言え考えすぎても分からないものは分からないし、それならいっそ素直な気持ちで罠に乗っかるのが得策なんだろうさ。
 ……霊夢ちゃんと違って、乗っかった罠を捌ききれるかどうかは分かんないけどね。
 まぁ、そこは深く考えない様にしよう。僕だってやれば出来るさ! 多分!!
 とりあえずそう言う風に折り合いをつけて、僕らは全力で逃げていくキャプテンを追いかける。
 付かず離れずを意識していないのは、引き離したいからなのかそうしないと追いつかれると判断したからなのか。
 とりあえず、軽く確かめて見るかな?
 僕は弾幕を無理矢理に突っ切る形で加速し、その勢いをそのままに飛び上がって蹴りの姿勢を取った。

「ひっさぁーつ……」

「あ、止めなさいよ馬鹿」

「スペカからは格下げですゴメンね! ペネトレイション・サーペント!!」

 僕は氷翼を展開し体に纏わりつかせ、全身を覆う巨大なドリルを形成した。
 それを気で高速回転させ、相手へ向けて一気に突撃する。
 ええ、別にスペカから格下げしたからと言って、特に何が変わったと言うワケでもないですとも。 
 良いんですよー。威力不足で格下げしたワケなんですから、非スペカ技としてガンガン使っても問題ないんですー。
 そんな誰に対してか分からない言い訳を内心でしながら、僕はキャプテン村紗目掛け蹴りを―――

「良くやった、キャプテン」

「ほにゃ?」

「えっ?」

「ん?」

 かまそうとしたら、横から突然現れたナズーリンがキャプテンを回収して逃げていった。
 しかもさっきまでキャプテン村紗が居た位置には、何故か光を纏った魔理沙ちゃんが。
 あ、良く見るとココ十字路になってたのか。と言うことは誘われたのか。僕の攻撃は思う壺でしたかそうですか。
 ――うん、これはどうしようも無いね。もうどう足掻いても抵抗出来ないね。
 色々諦めた僕は、唖然としている魔理沙ちゃんに目標を変えて蹴りを叩き込んだ。
 ちなみに容赦はしてません。もちろん全力です。わー、綺麗に入ったなぁ。

「どわぁっ!?」

「おっとっと」

 どうやら相手も何らかの技の最中だったらしく、蹴りを当てたこちらの体も弾かれてしまった。
 ただし如何ともしがたい進行方向の違いで、こちらのダメージはほぼ無しである。
 氷翼解除からの一回転宙返りで僕が着地すると、バランスを崩しながらもしっかり受身を取っていた魔理沙ちゃんが僕を睨みつけてきた。

「いきなり何すんだこのヤロウ!!」

「急に魔理沙ちゃんが来たので」

「QMKですね!」

「何言ってんのアンタ」

 あ、早苗ちゃんも居たんだ。
 何故かキメ顔でポーズを取った彼女は、それが限界だったと言わんばかりにへたり込んだ。
 それだけの為に全力で飛んできたのか早苗ちゃん……何が貴女をそこまでかき立てるのですか親友。
 と言うか、その略し方だとKMKじゃないの? そもそも何故に略す必要が。どうでも良いか。

「ったく、おかげであのネズミ妖怪を逃がしたじゃないか。どうしてくれるんだよ」

「反省してます。――さっきの蹴りでキッチリ仕留めておくべきでした」

「おいコラ腐れメイド」

「まったくよ。あの船幽霊に攻撃した時点で負けなんだから、魔理沙くらいは確実に潰しておきなさい」
 
「おいコラ外道巫女」

 むぅ、さすがは霊夢ちゃん。アレが‘誘い’だと気付いていたのだろう。
 索敵能力では僕の方が遥かに上なハズなのに、何故ここまで差がついてしまったのだろうか。
 いや仕方ないのですよ? だって戦闘中に他の事に気を配れるワケ無いじゃん。仕方ないよねうんうん。

「どうせアンタら、ハメられてるのを理解した上で私らに喧嘩を売ってくるんでしょう。なら早めに倒した方が楽じゃない」

「ま、ここで「仲良く異変解決しようぜ!」って言うのもおかしな話だしな」

「ですよねー」

「皆さんが何の話をしてるのか分かりませんが、要するに私と晶君以外倒せばめでたしめでたしなワケですね!」

 ナズーリンの手の上で踊りたくないから、出来れば仲良くしたかったのですが。
 八卦炉を懐から取り出した魔理沙ちゃんは、もうなんていうか分かりやすいくらい問答無用だった。
 ――これは僕が蹴り叩き込んだせいじゃないよね? うん、無いよね。
 魔理沙ちゃんはまったく好戦的だなぁアハハ。
 ところで早苗ちゃんさん、貴方様と魔理沙ちゃんは協力関係にあると思ってたんだけど僕の気のせいだったの?

「おいおい待てよ。今、私と霊夢で戦う流れが出来てたろーが」

「え、そうなんですか? なら決着付くまで待ってますから、勝った方と私アンド晶君コンビで勝負ですね」

 さすがに看過できない言動だったのか、魔理沙ちゃんがジト目で早苗ちゃんを睨みつける。
 すると、もっとエグい事を平気で言い出す守谷の風祝。昔あったよね、そういう不条理なトーナメント。
 とりあえず付き合いの長い親友としてフォローするけど、別に彼女は平時の僕みたいな底意地の悪い考えでこんな事を言ってるワケでは無いです。
 つまりは完全な素。天然って怖いなぁ。
 まぁ、時間があるなら早苗ちゃんの提案に乗って煽りまくるんだけどね。
 ……さすがに今回はちょっと無理だ。あんまし時間をかけたくない。さて、どうしようかな。

〈くっくっく、それならあたしの出番さね〉

 ――――はぇ?

〈約束しただろしょーねぇーん。私に身体を好きに使わさせてくれるって。その約束、今ここで果たしてもらうよ〉

 構いませんけど、なんでまた急に?

〈こっちにも色々あるんだよ。と言うワケで――〉

 脳内魅魔様がニヤリと笑うのと同時に、船内の暗がりよりも尚暗い闇が僕の全身を覆う。
 何気にこういう薄暗い所だと、この変身方法は地味なのかもしれない。
 なんて事を思いつつも、すでに体の主導権を明け渡してしまった僕は他人事の様にポーズをとる自分を眺めていた。
 いや、実際他人事なんですけどね。魅魔様、JOJO立ちは早苗ちゃん経由でバレるから止めといた方がイイですよ。
 あ、直した。無難に腕組ポーズで誤魔化す事にしたらしい。そしてポーズが決まった途端に晴れる闇。実に親切な仕様である。

「―――――靈異面『魔』」

「な、なにっ!?」

「……ふぅん」

 全身ほぼ黒で覆い尽くされたその姿を曝け出すと、魔理沙ちゃんと霊夢ちゃんの顔色が変わった。
 警戒を露わにする二人に対して、魅魔様は腕組みを解いて両腕を前に突き出す。

「それじゃあ、魔理沙の相手はあたしがしてあげようじゃないか。この靈異面――いや、魅魔様がね!」

 とりあえず、今のセリフで一つだけ分かりました。
 魅魔様、別に場を収めに来てくれたワケじゃ無いんですね。……時間かけたくないって言ったのになぁ。




[27853] 聖蓮の章・陸「聖天白日/Walpurgis Himmel」
Name: ラリアー◆536635cd ID:cf1c5e85
Date: 2013/03/11 16:35

「お疲れ。絶妙な釣り出しだったよ」

「し、死ぬ、死ぬかと思った……」

「すまなかった。君以外に巫女と道化師を任せられる者がいなくてね」

「文句を言うつもりは無いけど、私以外でも出来る事じゃないかアレは?」

「いや、無理だ。私自身が出てしまえば過剰に警戒されてしまうし、ご主人が出てしまえば相手が本気になってしまう」

「褒められてる……と思っていいのかな」

「少なくとも私よりはマシさ。相手の警戒度と私の実力が釣り合ってないのだからね」

「……そういえば、君は聖輦船に集まった面々の中で一番弱いのだったっけ。忘れてたよ」

「頭脳労働担当だからね。本来なら、こんな所で戦っている妖怪では無いのさ」

「すまない。私らが不甲斐ないばかりに」

「気にしなくていいよ。……本当に不甲斐ない生き物を、私は間近で見てきたからね」

「あー、それって」

「それでは私は策の仕上げに取り掛かる。君は操舵室に戻って、オロオロしてるだろうご主人を宥めておいてくれ」

「了解。出来るだけ君の負担を減らすよう頑張るよ……」





幻想郷覚書 聖蓮の章・陸「聖天白日/Walpurgis Himmel」





「――で、これは何の冗談なんだ?」

 格好良く決めてご満悦にふんぞり返る魅魔様に、珍しく魔理沙ちゃんが本気の嫌悪を露わにした。
 嘘でもその名を名乗る事は許せない、と言わんばかりの敵意だ
 どうやら彼女にとって魅魔様と言う名前は、それくらい大切なモノであるらしい。
 ちなみに霊夢ちゃんは、一言で言うと「ああ、やっぱり」って感じの顔。
 薄々、魅魔様が居る事には気が付いていた様だ。さすがは博麗の巫女。

「どうしたのさ魔理沙。久しぶりの魅魔様だって言うのに、随分と冷たいじゃないか」

「どこで魅魔様の話を聞きつけたのか知らないが、真似をするならもっと上手くやりな。声が晶のまんまだぜ?」

 仕様です。脳内ではちゃんと魅魔様ボイスになってますが、使用している声帯は僕の物なのでアウトプットは基本僕の声になります。
 なので外部に出力した状態で僕と魅魔様が会話すると、本当に一人芝居になってしまうと言う。
 ……いや、電波っぷりは片方が未出力でもさほど変わらないけどね?
 これからは魅魔様がガンガン喋っていくだろうから、僕は基本的に喋り自粛かなぁ。それはそれで楽だから良いんだけど。

「しくしく、魅魔様は悲しいよ。あの素直だった魔理沙がこんなヒネクレ者に……」

「いや、元からこんなだったわよ」

「髪を染めるくらい気合の入った、うふふとかきゃははとか笑う可愛い弟子だったのになぁ」

「――なっ!?」

「キャラの方向性が分かりませんね。何系ですかその魔理沙さん」

「強いて言うなら滑稽よ」

「うるせぇ! 上手い事言ったつもりか!!」

 はー、色々と衝撃的な事実が明らかになりましたねー。
 魔理沙ちゃん、魅魔様の弟子だったんだ。で、その頃は結構ヤンチャをしていたと。
 ……今も、割と派手にヤンチャしてると思いますけどね?
 どうやら過去のヤンチャは彼女のメンタルに多大なダメージを与えるらしく、魔理沙ちゃんは顔を真っ赤にして僕ら全員を睨みつけた。
 しかし魅魔様は超然とした態度で、そんな魔理沙ちゃんの怒りを平然と受け流す。
 反抗期の娘に対する母親みたいなリアクションである。何となく二人がどんな力関係だったのか分かった気がする。

〈まぁ、そこらへんのイメチェンをしろって言ったのはあたしなんだけどね〉

 なんでまたそんな事を。本人、超絶後悔してるじゃないですか。

〈……師匠ってのはさ、稀に自分の理想を弟子に押し付けたりしちゃうワケなんだよ〉

 魔理沙ちゃんの黒歴史だと思ったら魅魔様の黒歴史だった。何してるんですかアンタは。

〈お淑やかに憧れていた年頃なんだよ!〉

 ツッコミはしませんよ。

〈少年のいじわるぅ〉

 つーか、脳内で漫才してないで話を進めてください。
 これでも僕、割とジレてるんです。

〈へいへい、間借り人は辛いねぇ〉

 溜息を軽く吐き出して、魅魔様はフォースを右手に顕現させた。
 身構える魔理沙ちゃんやただ見ているだけの他二人を無視し、彼女はフォースを天井に向ける。
 そのまま、まるで背伸びでもするかの様な気軽さで――魅魔様は収束した魔力を解き放った。



 ―――――――恋符「マスタースパーク」



 僕の知るソレとは微妙に違う閃光が、船の天井をぶち抜く。
 似たような事やらかした僕が言うのもなんだけど、魅魔様本気で容赦ないですね。
 見事に外まで開けた視界の先には、赤々とした空が広がっている……ってアレ? もう夕方だったっけ?
 妙な空の様子に心中の僕は首を傾げるが、当然魅魔様はお構いなしだ。
 彼女は空いた天井から悠然と外に浮かび出ると、片目をつぶって挑発的に人差し指で魔理沙ちゃんを招いた。

「ま、本物か偽物かなんて些細な問題だろう? どうせやる事は変わらないんだから――な」

「――はん、面白いじゃないか」

 魔理沙ちゃんも魅魔様の挑発にニヤリと笑い、箒に跨って空へと躍り出た。
 残った早苗ちゃんも霊夢ちゃんに御弊を突きつけているから、あっちでもドンパチを始めるのだろう。
 ……この船、色んな意味で大丈夫かな。そのうち真っ二つにへし折れそうな気がする。

「それじゃ、早速行くぜ!」

 魔理沙ちゃんの構えた八卦炉から、鋭い光線が連続で発射される。
 さすが、霊夢ちゃんと並んで「異変解決人」と称される普通の魔法使いだ。
 恐ろしい正確さと速さで、複数の光がこちらへ向かってきた。
 本来の僕なら、すでにひぃひぃ言いながら回避を試みているレベルの攻撃である。
 ただし今僕の体を使っているのは僕ではないし――何より靈異面は、そう言った攻撃をこそ得意としているのですよ。

「甘い甘い」

「なんだとっ!?」

 魅魔様が円を描くように右腕を回すと、それに合わせてフォースも動く。
 光の線は、まるで吸い込まれるように動くフォースへと吸収されてしまった。
 一応フォローしておくけど、これは魅魔様が凄いのであって魔理沙ちゃんの腕前がアレと言うわけではない。
 と言うかそもそも、ほぼ同時に着弾するはずの光線を一回転で拾えている事がまずおかしいです。

「何とかの一つ覚えな真っ直ぐっぷりも相変わらずか。昔からそう言う所は変わらんよなぁ」

「はんっ、今も昔も私は真っ直ぐネジ曲がってるぜ!」

「そう言う所が変わってないって言ってるのさ。魔法使いとしては致命的なくらいの純粋さは、まぁ嫌いじゃないけどね」

「知った顔して好き放題言ってくれるな!!」

 まぁ、実際に知ってるんでしょうよ。二人にどれくらいの付き合いがあるのかは知らないけど。
 とにかくそうして魅魔様は、魔理沙ちゃんの次の攻撃を的確に予測し捌いていく。
 そのあまりに寸分違わない動きは、徐々に魔理沙ちゃんの‘傾向’を明らかにしてきた。
 派手で大味に感じる攻撃は、言わばそれを隠す為のカモフラージュなのだろう。
 そう思える程に彼女の放つ魔法は堅実だった。その技――否、行動の一つ一つが全て今までの積み重ねなのである。
 魔理沙ちゃん、そんな気はしてたけどやっぱり努力の人だったんだねぇ。

「感心感心。あたしが眠った後も、ちゃんと言いつけを守って修行してきたみたいじゃないか」

「何を言いたいのかさっぱり分からないな。だが、いい加減その上から目線が鬱陶しいぜ! ――喰らいな!!」



 ―――――――恋符「マスタースパーク」



 魅魔様の放ったソレと全く同じスペルカードを、魔理沙ちゃんが宣誓する。
 さすがは師弟と言った所か。ひょっとして、幽香さんのマスパも魅魔様と関係があるので?

〈いや、魔理沙が幽香の技を真似たスペカがマスタースパークだから、あたしは全然関係無いよ。完成させた所は見てたけど〉

 師匠の方が平然とパクってた。なるほど偽物扱いされても仕方ないね、コレは。

〈元々あたしが教えてた魔法とマスパは融和性が高かったんだよ。それにあたしだって、独自に技を発展させたりしたんだよ?〉

 トワイライトスパークってそう言う経緯で出来たんだ……それは師匠としてどうなのよ魅魔様。

〈いやいや、だから骨子は魅魔様の魔法でね? ネーミングは参考にしたけど、基本は魅魔様の実力なんですよ?〉

 へーいへい、そんなこんな言ってるウチにマスパ発射されましたよー。

〈いつか少年に「魅魔様ってば超エキセントリック!」って言わせてやるかんな!!〉

 それは褒め言葉になるのだろうか。少なくとも僕はそこまでとち狂った賞賛はしない。と思う。
 ともかくそんな謎の負け惜しみと共に、魅魔様がフォースをマスタースパークに向けて真っ直ぐ飛ばした。
 ちなみに魔理沙ちゃんのマスパは吸収量を余裕で超えてるので、フォースの特性だけではどうにもできません。
 どうするんだろう。この状態でマスタースパークを出してカウンターするとか?

「ふふん、柔よく剛を制すって言葉があるだろう? 魅魔様の弾幕はパワーだけじゃ無いのさ」

 それでも一瞬だけだが、フォースはマスタースパークを受け止める。
 止められた激流が、己の勢いでその蓋を外そうとする僅かな間。
 ほんの数秒のはずのその時間が、しかし決定打となった。

「名付けて、フォース・スクリュープル! ――なんてな」

「なにっ!?」

 冗談めかした命名に合わせ、魅魔様は文字通りコルク抜きの要領でフォースを右回転させる。
 同時に僅かな力で放出される光弾。それが仕切りとなって、マスタースパークは幾つかの支流に分かたれた。
 分割された光線は、靈異面を避けるようにして直進していく。
 見事だ。いくらどんな技か分かっていたとは言え、最小限の力で相手のスペルカードを破るなんて。
 しかもフォースにきっちり力を溜め込んでいる。うーん、色んな意味で参考になる戦い方だ。

「ふふ、しっかり成長してるじゃないか魔理沙。魅魔様ちょっと感激だよ」

「……ちっ」
 
「だけどまだまだパワー不足だな。半端な力じゃ、この靈異面は捻じ伏せられないぞ」

 そう言って、魅魔様は魔理沙ちゃんに人差し指を突きつける。
 明らかな挑発。しかしその態度から、僅かに優しさの様なモノを感じるのは気のせいだろうか。

「そもそも、相手を試すなんてお前のやり方じゃないだろうが。相手が何者であろうと常に全力――それが霧雨魔理沙だろう?」

 馬鹿にするでもなく、嘲笑うでもなく、諭すように言って笑う魅魔様。
 ああ、なるほど。そりゃ優しさを感じるワケですよ。
 魅魔様は最初から、魔理沙ちゃんがしっかりやってるかを確かめるつもりだったらしい。
 やっぱり『師匠』なんだね、この人は。弟子が可愛くて可愛くて仕方がないワケだ。
 ――うん、幻想郷の人達は身内に甘い癖に愛情表現が総じて歪んでると思う。

「ははっ」

 こちらの皮肉には答えず、軽く笑った魅魔様がフォースを構える。
 そして放たれる無数の光線。それが先ほどの魔理沙ちゃんと似た攻撃なのは偶然じゃ無いだろう。
 いくら師匠でも攻撃方法が同じなワケないし、コレはあえて似せてるんだろうなぁ。
 いやホント歪んでますよ魅魔様。同キャラ対戦しかけるとか、愛しさが憎しみに転じてるレベルです。

「ほらほらどーする!? このまま、霧雨魔理沙の実力も見せずに終わらせるつもりかい!?」

「はっ、ホザケよ!!」

 ニヤリと笑った魔理沙ちゃんが、真っ直ぐこちらへ向かって近づいて来た。
 そのスピードも大したモノだけど、特筆すべきは回避率の高さだろう。
 直線的な攻撃とはいえ、あれだけ早く飛びながら密集した弾幕を回避できるなんて……さすがとしか言い様がない。
 
「これだけ近けりゃ、その玉ッコロの効果も半減だな!」

 そう言って、こちらの背後に回った魔理沙ちゃんが八卦炉を再度構える。
 確かに、普通の攻撃ならともかくスペルカードをこの距離で防ぐ事は出来ないだろう。
 さっきの回避方法も、距離があったからこそ出来た技なワケですし。
 さて、どうするのでしょうかね魅魔様は。
 僕は完全に他人事の目線で、次の魅魔様の行動を窺った。
 いやまぁ、二度目ですけどやっぱり他人事なんですよねー。……ただし身体の方はそうでないから色々と困る。

「お望み通り、この私の全力を見せてやるぜ!!」

「ふふん。いいねぇいいねぇ、楽しくなってきたじゃないか!」

 フォースが魔理沙ちゃんの真正面に移動する。
 防御用では無いだろう。この状況で魔理沙ちゃんが、スペルカードを使わないなんて事はまず有り得ない。
 魔理沙ちゃんだって防御はともかく攻撃が出来ないとは思っていないはずだ。つまりコレは、彼女なりの挑戦状なのだろう。
 二人は不敵に笑い合ってスペカを見せ合う。その笑顔は、さすが師弟と言わんばかりのソックリっぷりだった。
 好きなんだろうなぁ、どっちが強いかを純粋な力のぶつかり合いで決めるの。……マスパ使いは誰も彼も皆そんなんか。

〈ちょっと待て、さすがに幽香と同類扱いは勘弁だぞ! あたしはあそこまでバトルジャンキーしてねぇよ!!〉

 戦闘中に脳内ツッコミで脱線しないでください不謹慎な。

〈不謹慎の塊が自分の事棚上げして冷淡にツッコミしてきやがった! 魅魔様ショック!!〉

 そう言いつつも、しっかりフォースに魔力を蓄積させている所はさすがですな。
 そうしてお互いの武器の道具に、魔力で構築された光が強く輝いていく。
 至近距離で放つにはあまりにも強すぎる力。しかし魅魔様も魔理沙ちゃんも、躊躇う事なくスペルカードを発動させた。



 ―――――――魔砲「ファイナルスパーク」



 ―――――――神滅「ギガ・マスタースパーク」



 二つの輝きは、スペカの宣誓と共に炸裂‘しなかった’。
 あまりにも至近距離で放たれた為、二つの閃光は互いに干渉し合いその場へ留まってしまったのだ。
 以前の、お空ちゃんとやりあった際の状況に良く似ている。
 強大な力と力のぶつかり合い。あの時と違うのは、激突する二つの力が‘ほぼ同じ力’だと言う事くらいだろう。
 混ざり合う。喰らい合う。二つのスペルカードは融け合い、巨大な一つの力と化していた。
 ……僕とお空ちゃんの激突が‘力の引き算’だったなら、この激突はさしずめ‘力の足し算’と言った所か。
 合わさった力の『操縦権』は両方が持っている。今だって二人はそれを行使して、溜まった力を相手にぶつけようとしているのだ。
 負けた方が、二人分の‘全力’を喰らう。言葉にすれば簡単だけど、それは恐ろしい敗北のペナルティである。
 文字通り命を懸けた勝負。その決め手となるのは――相手を上回る強い意志だ。

「――へへっ」

「――ふっふっふ」

 互いにそれが分かっているからこそ、二人は不敵に微笑んだ。
 光に遮られて相手の表情は分からないが、向こうが何を考えているのかは分かっている。そんな表情だ。
 いや、僕も魔理沙ちゃんの表情は分からないし魅魔様の顔も察する事しか出来ないのだけどね?
 もうなんて言うか、笑い声からして楽しそうな匂いがプンプンしてますもんこの人ら。



 

 ――楽しそうなのはいいけど、コレどう転んでも面倒な事になりそうな気がする。大丈夫かなぁ。ダメっぽい。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「働いたら負けかと思ってる。山田です」

死神A「また懐かしいパクリネタを……。えっと、死神Aです」

山田「ぶっちゃけ天晶花の姫はニートと言うワケでも無いので、ニート枠は空いてるんですけどね」

死神A「埋めないでくださいよ、そんな枠を」

山田「はい、と言うワケで今回はスーパー幻想面解説タイムとなっております。自分で設定しておきながら作者涙目ですね」

死神A「まぁ、ツッコミどころの多い面ですからねぇ」

山田「□ックマンにおけるトゲみたいなモンですから、まともに相手するだけ無駄だと思いますがね」

死神A「山田様、それ微妙に隠せてません」

山田「と言うワケで最初の質問です。幻想面これっぽっちも関係ありませんが」

死神A「スーパー幻想面解説タイムは!?」


 Q:Qはキューではありません念のため。早苗さん本当に高校を卒業したんでしょうか?


山田「ある意味幻想面の質問よりキツい感想でした。ギャグの解説とかもう拷問ですよね。しますけど」

死神A「聞かれてるワケでも無いのにイキイキとしてるなぁ」

山田「詳しくはQBKでググってください」

死神A「解説してない!?」

山田「まぁ、ギャグが通じなかった事よりも、作者的にはコレが七年前のネタであるショックの方が大きかった様ですが」

死神A「さすがに、そろそろジェネレーションギャップが発生する頃ですかね」

山田「今の若い子って、MK5が何の略か知ってるんでしょうか」

死神A「どうでも良いですよ、山田様」


 Q:お空とかが暑さ我慢勝負した場合は種族的に負けないし、石取りゲームなどの100%の必勝方がある勝負、
   芳香やゴーレムなどの命令を理解して遂行する程度の知能があるがそれ以上の知能や感情が無いものとの
   「その場から動かない」という勝負をした時はどうなるんですか?


山田「怒涛の幻想面質問ラッシュでしたので、とりあえず少しずつ切り崩して行きます。まずは簡単な二番目の問いから」

死神A「百パーセント必勝法がある勝負ですよね。どうなるんですか?」

山田「大抵、そういう勝利パターンが決まっているものは先手後手の取り方で雌雄が決するモノでしょう? つまりそういう事です」

死神A「……ああ、なるほど。百パーセント勝つ方を幻想面に取られるワケですね」

山田「確実に勝てる方法があるなら、幻想面は確実にソレをなぞりますからね。要するに自分から敗北の手段を差し出してるようなモノですよ」

死神A「そういう事ですか。ちなみに他の二つはどうなるんですか?」

山田「これも実にシンプルです。相手と同じ特性を得て、相手が根負けするまで勝負に付き合ってくれます」

死神A「ゾンビとのダルマさんが転んだ(永続)とか、本気でキリが無いと思うんですが」

山田「幻想面の時間を停止すればゾンビ相手でも余裕でしょう。五万年くらい待ってりゃ相手の身体が崩れますよ」

死神A「凄まじいまでの力技だぁ……」

山田「だからそういう面なんですってば。まぁさすがに、晶君はそんな勝負に付き合ったりしないでしょうがね」


 Q:戦闘面だとレジンキャストミルク(電撃文庫)の柿原里緒だとどうなりますか?


山田「はい、ついに来てしまいました。他作品キャラだとどうなるのか系の質問」

死神A「物凄い渋い顔してますね、山田様」

山田「とりあえず最初に言っておきますが、今後はこの手の質問は山田さんでもお答えしません。何故ならキリが無いからです」

死神A「確かに、色んな所から引っ張ってこれますしねぇ」

山田「そうです。上条さんの幻想殺しは効くのかとか聞かれたら、まず幻想殺しが東方世界の幻想をどれだけ殺すかを定義しないといけませんし」

山田「安心院さんと幻想面が戦ったらどうなるのかとか、そんなのむしろ作者が教えてほしいくらいですし」

山田「直死の魔眼ならどうにか出来るんじゃないのかとか、遠野君脳死させるつもりですか月姫リメイクマダーって感じですし」

死神A「山田様、最後の全然関係ないです」

山田「とにかくそういった諸々の事情から、この手の質問は今後なしと言う事でお願いします」

山田「と、まぁ軽く前置きして返答です。尚、本気で知らない作品なので、作者は説明された事しか分かってないです」

山田「なので、その柿原さんとやらと同じ能力のキャラと戦ったら、みたいなややこしい前提で語ってると思ってください」

死神A「本当にややこしい前提ですね……で、どうなるんですか?」

山田「まず能力が一緒になりません。いつもどおり、幻想面は相手よりちょっと上の能力になります」

山田「そして、相手が増えた分だけ幻想面も増えます。と言うかむしろ相手が一人増える度に二人増えます」

死神A「一対一だったはずが、あっという間に戦争になりましたね」

山田「後はもう、数の差と能力の差でごり押すという完全力技プレイです。結果はまぁ、言わないでも分かるでしょう」

死神A「そこから巻き返そうとすると、結局我慢比べですもんねぇ」

山田「はっきり言って、幻想面相手に策なんて弄するだけ無駄です。力技以外の対処法なんて無いです、マジで」

死神A「性別的にどうにも出来ない勝負を持ちかける、って意見もありましたよ」

山田「そうですね。そうやって色々と考えてくださる方々がいらっしゃるので、それら全てに対する返答もしておきましょう」

死神A「と、言いますと?」

山田「そういうその場しのぎの勝負で勝とうとする輩は、首根っこ掴んで「参りました」って言うまで顔面殴った方が絶対に早いですよね」

死神A「身も蓋も無い心の折り方ですね!?」

山田「良いんですよ、折った時点で幻想面の目的は果たせているんですから」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・漆「聖天白日/Witch hunting by the Witch」
Name: ラリアー◆536635cd ID:b60d870a
Date: 2013/03/11 20:57


「ふっふっふ。ついにどちらの巫女が優れているのか、決着を付ける時が来たようですね霊夢さん!」

「アンタ、自分は風祝だって散々言ってたじゃない」

「こういう時は空気を読んでくださいよぉ……同じでなきゃ宿命の対決にならないじゃないですか」

「大した因縁も無いでしょう、私達」

「あれ!? 壮絶にキャラ被りしてると思ってたの私だけなんですか!?」

「どこらへんがよ」

「例えばその、服装とか………」

「役割が似通ってるんだから、着る物が似るのも当然じゃない」

「淡白! あまりにも淡白ですよその反応は!!」

「どーいう反応を望んでんのよアンタは」

「だからこう、一作目から続くライバル関係の二人がぶつかったような熱いやり取りを」

「最近来たばっかのアンタにそんな事を言われてもねぇ」

「ううっ、もう少し敵対心を持ってくれても良いじゃないですかぁ」

「持ってるわよ。守矢神社には」

「え、そうなんですか?」

「ええ、アンタらのおかげでこっちの商売上がったりだから」

「……それはあんまり、私達関係無い様な気が」

「そうね。この際だからアンタはボッコボコにしておこうかしら」

「え、えええええ!? なんだか、思ってたのと違う方向性にやる気を出されてますぅ!?」





幻想郷覚書 聖蓮の章・漆「聖天白日/Witch hunting by the Witch」





「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!」

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!」

 別に奇妙な冒険ごっこしているワケではありませんよ。どうも、見てるだけの久遠晶です。
 似たもの師弟が互いの力を無駄に合わせてしまった結果、元気玉みたいな巨大なエネルギー球が形成されてしまいました。
 それを躊躇なく相手にぶつけようとしている所に、この二人の容赦の無さが表れていると思います。ええ。
 しかし普通、こうして一撃必殺級の力が溜まったらソレを支配しようとエア相撲してるみたいに押し合いへし合いするモンじゃ無いのかな。
 だと言うのに魔理沙ちゃんと魅魔様は、お互いに操作を片手で行いながら反対の手でエネルギー球に向けて弾幕をばら撒いていた。
 その光景は、エネルギー球に餌をやっているという表現以外に相応しい言葉が見つからない。
 どうやら二人はより強い力を与える事で、この支配権の奪い合いに勝とうとしている様なのだ。――馬鹿じゃないかな。

「どうした、弾幕の勢いが無くなってきたぞ?」

「そりゃこっちの台詞だ。息切れしてきたんじゃないのか、偽物さんよ!」

「うん、この身体意外とパワー無いんだよね。魅魔様ビックリ」

 当たり前です、魔法の魔の字もカジッてないド素人に無茶言いなさんな。
 魔法使いの知り合いが三人居て、更に身体の中に悪霊まで飼ってると門前の何とやらで魔法や魔法使いの事も少しは分かってくる。
 魔法にとって必須である「魔力」と言う力は、霊力のように全ての人が持っているモノでは無いのだ。
 技術的な面でのみ言えば、魔法使いと言うのはつまり「生命力や霊力を魔力にコンバートできる存在」なのである。
 まぁ、本当に力そのものを変換しているのか、霊力や生命力を生贄にして魔力を引き出しているのかは分かりませんけどね。
 僕は生命力を『気』として増幅したり強化したり出来るけど、素のスペック自体は至って平凡だからなぁ。
 ……平凡なんですよ? 色んな能力を使って誤魔化しているだけで、デフォルトはただの人間なんですからね? 本当に。
 『気』そのものは魔力にコンバート出来ないみたいだし、そういう意味では僕に魔法使いの才能は無いと言えるのかもしれない。

〈や、少年はわりと才能ある方だよ? 本気でコッチの道に進めば良い魔法使いになるかも〉

 ……そうなんですか?

〈ぶっちゃけ、才能だけなら魔理沙より上だね〉

 魅魔様は、師匠としてもうちょっと魔理沙ちゃんに気を使った方が良いと思う。

〈魔理沙は凡人だから良いのさ〉

 いや、だからその歪んだ愛情はどうにかならないんですか悪霊さん。
 そろそろ聞いてる僕の方が参ってきました。魔理沙ちゃんだって知ったらきっとドン引きですよ?
 
〈くっくっく、分かってないなぁ。凡人だからこそ魔理沙は最高の魔法使いになれるのさ、半端な才能なんぞあっても邪魔なだけだよ〉

 はへー、そういうモンですか。

〈まぁ、才能でゴリ押ししてる少年にゃ分からんだろうなぁ〉
 
 そういう極める必要がある系統の事は確かに良く分かりませんが、ゴリ押し呼ばわりは納得できないです。
 例え実際にそうだったとしても! 僕は僕なりに色々と頑張っているのですよ!!

〈ウンソウダネ。ところで少年、ちょっと相談が〉

 はぁ、なんですか?

〈この勝負どうやって収拾つけよう〉

 知らねーよ! 想定した上で勝負してたんじゃ無いんですか魅魔様!!

〈思ってたよりも魔理沙が強かったんだよー。少年の身体は勝手が違うしさー、だから魅魔様ちょっとお困りなんだよ〉

 師匠としてどうなんですか、ソレは。

〈別に勝てないとは言ってないさ。ただ……このままだと、勢い余ってヤッちゃう可能性がね〉

 ああ、なるほど。負けはしないけど、魔理沙ちゃんを五体無事にして勝つ事も難しいワケですか。
 どうやら、魅魔様にとってもあのエネルギー球の形成は予想外だったらしい。 
 大概の方がオーバーキルされてしまうあの球体を、魅魔様も結構持て余していたようだ。
 つーか、それなら無駄にアレを強化させる真似しないでくださいよ。魔理沙ちゃん殺す気ですかアンタは。

〈いや、アレはテンパった魔理沙の無茶に付き合っただけだよ〉

 ……平然としていた様に見えたけど、アレで実は混乱していたのか魔理沙ちゃん。
 まぁ確かに、彼女は予想外の事態には弱そうだったけどさ。

〈とは言え、魔理沙はそうやって追い詰められてからが強いんだけどな! 逆境になるほどアイツは強くなるんだよ!!〉

 バカ師匠ですね。

〈せめて師匠バカって言えよ!!!〉

 自覚はある様で何より。
 で、どうするんですか魅魔様?

〈まー、魔理沙なら何とかするだろ。それじゃ全力で叩き潰すぞー!!〉

 そんな軽いノリで勢い余っちゃうおつもりなのですか。酷くない?
 確かに、魔理沙ちゃんならそんな事態でも対処出来そうな気がするけどねー。
 ……身体は僕だけど、やらかした場合の責任は取りませんよ?

〈ダイジョブダイジョブ。と、言うわけで〉

「――行くよ!」

 そう言って、魅魔様はスペカをブレイクさせエネルギー球の支配権を放棄した。
 散々に二人の力で強化されたエネルギー球は、魔理沙ちゃんの意志に従って真っ直ぐこちら目掛け飛んでくる。
 渦巻く圧倒的な力。どう考えても個人でどうにか出来る物では無いが、魅魔様は構わずフォースを構えて直進した。
 えっと、まさか投身自殺を志望しているとは思いませんが……あんな出鱈目な力をどうするおつもりで?

「言っただろう? 魅魔様の弾幕は、パワーだけじゃ無いってな!!」



 ―――――――闇夜「アケローンの渡し守」



 新たなスペルカードの宣誓と同時に、前方に掲げたフォースが前面に巨大な四本の輝く牙を展開する。
 それは球体に噛み付くと、まるで綿菓子を巻き取る割り箸のように球体の光を取り込み――靈異面を頭部とした巨大な竜を形成した。

〈どうだ! これが技の極みってヤツさ!!〉

 いや、これはどう考えてもテクニックと言う名の力押しでしょう。
 
〈……少年はさ、もう少し魅魔様の気持ちを盛り上げる協力をしてくれても良いと思う〉

 ウダウダしてると身体乗っとり返しますよ。

「ったく、世知辛い世の中だな!」

 光の竜はその身を軽く揺らがせながら、雄大な姿に反した速さで魔理沙ちゃんへ突撃を仕掛ける。
 さすがの魔法使いも目の前で起こった光景に唖然としていたが、彼女も伊達に霊夢ちゃんに次ぐ異変解決人と呼ばれてはいない。
 即座に事態を把握した魔理沙ちゃんは箒を翻し、擦るようなスレスレの差で何とか竜との激突を回避した。
 やるなぁ。馬鹿みたいに広い当たり判定の物体が、かなりのスピードで向かってきたのにキッチリと避けるとは。
 ……ただ回避に専念するだけじゃ、このスペカは攻略できないだろうね。
 そもそも根本的にパワーが違いすぎるのだ。二人分の全力スペカのエネルギーを纏めた攻撃が、時間経過だけで何とか出来るはずが無い。
 魅魔様もそれを理解しているのか、不敵に微笑みながらゆっくりと方向転換した。

「どうした魔理沙、逃げ惑うだけか? あんまりあたしを失望させないでくれよ」
 
「はんっ、私の大活躍はこれからだぜ!! 見てな!」

 今度は魔理沙ちゃんがスペルブレイクを行い、光を纏って竜へと真正面から直進していく。
 ……攻撃がスペカじゃない? 確かに並の弾幕で対抗出来る攻撃じゃ無いけど、だからってソレは自暴自棄になり過ぎじゃ。
 こっちの疑問に構わず、魔理沙ちゃんは自ら輝く竜に飲み込まれる。
 魔力を纏ってるおかげで少しは抵抗出来ているようだけど、そんなの一瞬持つかどうかの――ん?

「どんなデカい化け物も、腹ン中まで無敵ってワケじゃないだろうよ!!」

 碌な抵抗も出来ていない状態で、魔理沙ちゃんは躊躇なく八卦炉を持った右手を竜の中に突っ込んでいった。
 当然、暴力的な力の塊は容赦無く彼女の右腕を焼いていく。
 しかしそれでもなお、魔理沙ちゃんは苦痛に顔を歪めながら閃光の中に腕を押し入れている。
 ……僕もまー、以前にねーさまとの戦いで似たような真似をした事があったけどさ。魔理沙ちゃんも同程度に無茶苦茶するねー。
 でも確かにこの手なら、こっちの光竜を何とか出来る――かもしれない。
 何しろこちら……と言うか魅魔様も、厳密に言うとエネルギー球の力を百パーセント制御出来ているワケでは無いのだ。
 そもそも竜の形をしているのは、制御出来なくて引きずる形になった力が多過ぎたが故の状況なのである。
 外部から簡単に崩せるほど脆い弾幕では無いけれど、想定していなかった箇所からの攻撃を耐えられるほど安定してはいない。
 つまりこの一撃を喰らえば、光の竜はほぼ確実に爆散するのである。
 ――ちなみに崩壊の余波は間違いなく両者へと襲いかかりますが、魔理沙ちゃんは気にしてないでしょうねウン。

「さぁ、一緒に吹っ飛んで貰うぜぇぇぇぇええ!!」

「面白い、来な!」

 挑発せんでくださいよ、この状況で!?



 ―――――――星符「メテオニックシャワー」



 星の弾幕が竜の内部へ降り注いだ。威力はそこそこだが、その乱雑な軌道は光の流れを十二分に掻き乱す。
 やがて乱れた竜の身体は巨大な光球へと変わり――眩い輝きと共に、圧倒的な爆発を巻き起こした。
 やっぱりこうなったじゃんかー! どうすんだよ魅魔様のばかーっ!!

〈大丈夫、その為のフォースだからな!!〉

 即座にスペルブレイクして、魅魔様はフォースを中心に薄い光の膜を形成する。
 弾幕の吸収よりも軽減を主眼に置いた、所謂一つのバリア的な代物である。と言うかもうバリアそのもので良いや。
 しかしあくまで一部の軽減なので、当然の如く全てを防ぐ事は出来ない。
 平たく言うとバリアがあっても超痛い。何度も言うけど喋りなどを自粛しているだけなので、痛覚とかはバッチリ共有してるんです。
 魅魔様も意外とそこらへんは気を使ってくれていたみたいなんで、これでも被害としては最低限なのかもしれないけど。
 やっぱり直撃はキツいっす。うぐぅ、防げなくてほぼ直撃な魔理沙ちゃんは大丈夫なのだろうか。

「なっ……めんなぁぁぁああ!!」

 魔理沙ちゃんの放っていた弾幕の勢いが増し、防壁となって彼女を閃光から守った。
 掻き回すのを前提とした、低威力のスペカでこれを防御するとは……さすが魔理沙ちゃんだねぇ。
 この感じだと、双方致命打にならないって感じかな? だとすると――魅魔様?

「おー、頑張った頑張った――なっと!!!」

「…………へ?」

 閃光が晴れるのと同時に、魅魔様が魔理沙ちゃんに襲いかかる。
 もちろん、魔理沙ちゃんだってそれくらいの事態は予測していたのだろう。
 だからボロボロの状態でも、フォースや靈異面から目は離さなかった……のだけど。
 魅魔様は何故か腰に取り付けていたロッドを取り出し、展開し、魔理沙ちゃん目掛けて振り下ろしたのだった。

「なん、で――きゅぅぅ……」

 あ、当たった。つーか、エグいくらいにイイ音したよ今。
 ……散々偽物呼ばわりしてたけど、やっぱり魔理沙ちゃんも彼女が本物の魅魔様だと思ってたんだろうなぁ。
 だからこそ、本来の魅魔様なら絶対に有り得ない攻撃方法を予想する事が出来なかったのだろう。
 何度も言うけど僕の体をそのまま使用してるから、実は鎧による増幅が無くてもそれなりに近接格闘出来るんだよね。
 だから魅魔様の行動には何の問題も無いんだけど――良かったんですか? こんな終わり方で。

「ふっふっふ。甘い甘い、甘いよ魔理沙。まだまだ修行がたりないね。わーっはっはっは!」

 不満が無い所か超ご満悦だった。
 気を失ってゆっくりと落ち始めていた魔理沙ちゃんを優しく抱きとめ、魅魔様は心の底から大笑いする。
 物凄い大人げない勝ち方をしたとは思えない、実に満足そうな笑いだった。
 ……魅魔様、もう一度聞きますが本当にコレで良かったんですか?

〈良いんだよー。あたしはね、何よりもまず魔理沙に立派に成長して貰いたいのさ。師弟感動の再会は二の次で良いんだよ〉

 なるほど。……で、その事とさっきの不意打ちに何の関係が?

〈こんな負け方をすれば、魔理沙はきっとあたしの存在を認めないだろう。実際の所どう思っていようと、だ〉

 まぁ、トドメが「棍でしばき倒す」でしたからねぇ。
 ソレを本人がやったとは、魔理沙ちゃん的に認めがたいモノがあるのでしょう。
 と言うか、僕もちょっとどうかと思います。トドメくらい魔法を使ってくださいよ。

〈うぷぷ。つまりあの魔理沙が、尊敬する魅魔様の偽者に負けたワケなんだよ。相当悔しがって努力するぜー、魔理沙の事だから〉

 次に会う時はどれだけ成長してるかなー、とニヤニヤ笑いながら魔理沙ちゃんの頭を撫でる魅魔様。
 その歪みきった愛情の形に、僕は他人事ながら何とも言えない気分になるのだった。





 ―――何が嫌って、そんな魅魔様の愛情表現が幻想郷だとスタンダードな部類に入る事が嫌です。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「くぅ~疲れましたw これにて完結です!  どうも山田です」

死神A「いや、何一つ終わってませんよ!? し、死神Aです」

山田「山田さん、ちょっと腹黒なところも見えちゃったけど……気にしないでね!」

死神A「……ちょっと?」

山田「私のかわいさは二十分に伝わったかな?」

死神A「ひょっとして、全員分を言うまでボケ倒すつもりですか?」

山田「では最初の質問でーす」

死神A「答えるなり続けるなりしてくださいよ!?」


 Q:魔理沙が魅魔様好きすぎるとのことでしたが、あくまで師と弟子の関係でですよね?


山田「当たり前だ」

死神A「山田様、もうちょっと言い方を柔らかく」

山田「普通の魔法使いは、かなり幼い段階で勘当されてますからね。魅魔様は彼女にとって母親に近い存在なんです」

死神A「……マザコン?」

山田「間違ってません。ちなみに父親的存在は霖之助です、異論は認めない」

死神A「霧雨魔理沙の両親はまだ存命って言うか、人里で普通に元気にやってますけどね」

山田「二次創作で具合は違いますが、天晶花では比較的緩い勘当です。まぁ、魔法使いは勘当後一度も霧雨商店に顔出していませんけどね」

死神A「……比較的緩い勘当ってなんですか」

山田「家出の延長みたいなもんです。プチ勘当とでも言いますか」

死神A「そんなもんにプチ付けて可愛らしくされても困りますよ……」

山田「可愛いじゃないですか、プチ断食みたいで」

死神A「ど、どこらへんが!?」


 Q:前回流れ弾とか書きましたけどキャーイクサーンみたいな人が流れ弾幻想面に当ててすぐに誠意を込めて謝った場合幻想面は攻撃してきますか?


山田「A.その質問については現在調整中です(13/3/11)」

死神A「早速活用せんでくださいよ!? そんな厄介な質問でも無いでしょう?」

山田「まぁ、答えはシンプルに「戦意が無いなら無視されます」ですけどね。もう幻想面関係の質問は全部コレで行こうかと」

死神A「いや、質問コーナーの存在意義を放棄しないでくださいよ!?」

山田「じゃあ「あなたがそうだと思うものが幻想面です。ただし、他人の同意を得られるとは限りません。」とか」

死神A「全然変わってませんって!」

山田「正直、作中で言った私の気持ちは本当だよ!」

死神A「引用するなら通じるように改変してくださいよ!? っていうか今頃ですか!」

山田「……ありがと」ファサ

死神A「意味が分かりませんって! だから、幾らなんでも使い方が無理矢理過ぎですよ!!」

山田「残り一人は……まぁ良いか、使わなくても」

死神A「色んな意味で悪意が有り過ぎる!?」

山田「では」

山田、覚、隙間、AQN、⑨、兎詐欺「皆さんありがとうございました!」

山田、覚、隙間、AQN、⑨、兎詐欺「って、なんで死神Aが!?」

死神A「ツッコミ切れるかぁ!?」

山田「貴女今回、感嘆符込みのツッコミ多過ぎません?」

死神A「山田様が好き勝手するからですって……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・捌「聖天白日/鼠が塩を引く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:b60d870a
Date: 2013/03/18 23:09


「ど、どどど、どうしましょう。ついにここまで来てしまいました、宝塔がまだ見つかっていないと言うのに……」

「おーい、大丈夫かーい」

「ふにゃぁん!? ななな、何事ですかキャプテン村紗!?」

「ナズーリンが策の仕上げに取り掛かったから、私も操舵に集中しようかと思ってね」

「あ、ああ、そうですか。お疲れ様です」

「良いよ、目的は同じなんだ。各々やれる事をやってるだけの話さ」

「……そうですね。目的は同じなんですから、皆やれる事をやるべきですよね」

「あ――え、えっと、そういえばナズーリンから伝言を預かってるんだけど」

「ナズーリンからですか?」

「うん。『例のモノはそろそろ手に入るから、侵入者の迎撃をお願いする』だってさ」

「そ、そうなのですか! 良かったぁ……」

「それにしても例のモノ……ねぇ。結局何だったの、ソレ?」

「え、えっと、それじゃあ私は迎撃に行ってきますね! では!!」

「あーうん、お気をつけて」





幻想郷覚書 聖蓮の章・捌「聖天白日/鼠が塩を引く」





「はぁ、参ったなぁ」

 どうも、空のド真ん中で途方に暮れている久遠晶です。
 内容がアレでも決着がついた事に変わりはない為、僕の身体は無事に僕自身へと返却されたのでした。
 ……同時に靈異面も解除されたから、魔理沙ちゃんごと墜落しかける羽目になったのですがね。
 僕には『純粋な浮遊能力』はあっても、『純粋な飛行能力』は無いんだよ!
 そしてその浮遊能力も一度加速がつくとほぼ無意味なので、落ちてる最中に使っても何の役にも立たないと言う。
 氷翼展開が少しでも遅かったらアウトだったね。魅魔様もうちょっと気をつけてくださいよぉ。

〈少年はオールマイティキャラの癖に、所々で面倒臭い仕様を挟んでくるね〉

 んな事は、僕が一番良くわかってます。
 まぁ、今回は幸運にも地面とランデブーはしなかったので、そこは深く気にするまいて。
 僕が途方に暮れている事は、勝負やら墜落やらとは何も関係していないのだから。

「船、遠いっすねー」

〈あたしらが戦ってる間にも進んでたからなぁ。見える位置に居るだけまだ有情ってもんだろう〉

「空、赤いっすねー」

〈夕焼けと呼ぶにはちーと赤すぎるね。私は嫌いじゃないけど〉

「周り、何も無いっすねー」

〈全方位真っ平、地平線が見放題じゃん。やったね少年!〉

「――で、ここドコよ?」

 明らかに不自然な赤すぎる空。妖怪の山も魔法の森も見当たらない広大な大地。そしてサードアイが捉える異質な空気。
 今まで気付かなかったけど、あからさまにここは幻想郷じゃ無かった。いつの間に……。
 そういえば、靈異面で船に風穴を空けた時からすでに空は赤かったような。
 あの時もしくはそれ以前からすでに、僕らはこの謎過ぎる空間に囚われていたのかもしれないね。
 ……囚われてる、のかな? ここがどこだか分からないから、自分がどういう状況に居るのかも正直分からないっす。

〈ここは魔界さ。空間と言うより世界だから、囚われたって表現は的確でないね〉

 へ、魔界? 魔界ってあの神綺様の作ったと言う?

〈正確に言うと、その魔界の一部で法界って呼ばれてるトコ。いやー、色んな意味で懐かしいなー〉

 こっちは色んな意味で衝撃的なんですが。期待してなかった問いかけに、何で平然と答えてるんですか魅魔様。
 と言うか法界って何? 懐かしいって何? ちょっと一つずつ丁寧に説明してくださいよ。

〈無理〉

 なんで!?

〈頑張りすぎたせいで眠いんだよ。魔界の事をツラツラと語っていたら、確実に寝落ちしちゃうだろうね〉

 あー、また怨み辛みパワーが不足しているのですか。
 魅魔様ってば本当に燃費が悪いよね。あんだけ寝てたのに、一戦しただけでアウトって相当ですよ?
 ……でもここが魔界なら、そこらへんも何とかなりそうな気がするんですが。
 一応、魅魔様も魔法使いの一種なんでしょう? 

〈そういうのを「パンが無ければ土でも食ってりゃいいじゃない」って言うんだよ〉

 世の中には土粥って言う救荒食がありましてね。

〈ガチ最終手段じゃねーか! そこまで魅魔様食うのに困ってねーよ!! 良いから寝かせろ!〉

 はいはい、なら謎は謎のままで良いのでさっさと寝ちゃってください。
 さすがにそこまで無茶させる気は無いですよ。僕の中で魅魔様は宝籤みたいな存在なんで。

〈そこまで期待されてないのも腹立つけど……ふぁ、ダメっぽいからもう寝るわ〉

 厭味ったらしい欠伸を最後に、魅魔様の声はプッツリと止んでしまった。
 まぁ、ここが魔界――法界だっけ? と分かっただけ幸運だったと言う事にしておこう。
 後の細かい所は、恐らく僕等をここへ連れてきたのであろうあの船の人達に聞く事にします。
 ……うーん、明らかにこっちが後手に回ってるなぁ。仕方の無い事だとはいえ、不安ばかりが増していくよ。
 尚も遠ざかっていく船を追いかけながら、僕は何とも言えない嫌な予感に身を震わせるのだった。










「やぁ、待っていたよ道化師。‘荷物’の方はそこに置いておくと良い」

 ……ほら、やっぱ嫌な予感当たった。
 船に追いついた僕を待ち受けていたのは、最早すっかり顔馴染みとなった策士のナズーリンだった。
 アイシクル緊急停止でぶち抜いた穴を玄関の如く扱うその様は、僕が穴を空けた当人で無ければ即座にツッコミを入れる程シュールな姿である。
 はぁ、出来れば見なかった事にして迂回したかったんだけどなぁ。
 これ見よがしに穴の前で待機されちゃ、さすがに無視するワケにも行かないんだよね。

「何で待ち伏せしてくれないのさ……」

「無視されると分かっていて隠れる趣味は無いのでな」

 ですよねー。……本当にやり難いなぁ、このネズミ妖怪さんは。
 彼女がココに居る理由は、間違いなく僕の持つ「仏塔型ランタン」だろう。
 以前に霊夢ちゃんを使って打ち切った交渉を、彼女は今ココで再開しようとしているのだ。
 うーむ、厄介だなぁ。今回は問答無用の化身こと博麗の巫女もいないし――何か切り出される前に始末しておくかな。
 僕は抱えていた魔理沙ちゃんを船の床に寝かせ、こっそりと攻撃の準備を整える。
 次に彼女が何を言おうと、有無を言わさずしばき倒す姿勢である。
 そんなコチラの態度に気付いているのかいないのか、ナズーリンは軽い態度で肩を竦めて言った。

「我々の目的は、ある聖人の復活だ」

「はへ?」

「法界に封じられた彼女を解き放つ為、我らは聖輦船に集まったのだよ」

 あっ、あっさり目的をバラしたー!?
 アレだけ思わせぶりにしていたのは何だったのか、躊躇なく話すナズーリンの姿に僕は戦慄を覚えた。
 
「……どういうつもりさ?」

「いやなに、ここまで来た以上は隠し事をしても無意味だと思ってね。実は私、存外に口が軽いのさ」

 いけしゃあしゃあと……その割には、随分と語る内容が歯抜けじゃないか。
 やっぱりナズーリンは怖い。今の一言で、僕の行動は完全に封じられてしまったのだ。
 彼女が語ろうとしているのは、異変の核心そのものズバリである。
 僕がもっとも知りたかった今回の騒動の原因。彼女はその手札を最初に切る事で、自らに有利な状況をあっさり作り上げた。
 ……こっちの心情に至るまで、一切合切お見通しって事か。読心能力もないのに良くやるもんですよ。

「ここから先を聞きたければ、交渉のテーブルに着けって事かな」

「高望みし過ぎだな。‘私が勝手に目的を喋るから、君は黙って聞いててくれ’――あたりが妥当な要求だろう」

「それはちょっと安すぎない? もっと吹っかけても良いと思うよ?」

「いやいや、全て話しても‘その程度の情報’さ。今知るか、後で知るか、瑣末な違いでしか無い」

 ……この情報を餌にしなくても、目的は果たせると踏んでるって事か。
 それとも、ナズーリンが言った通り時間の経過で情報の価値と比重が変わった?
 分からないけど、相手はもう数手ほど交渉の材料を持ってると思った方が良いだろう。

「――分かった、話を続けて。出来れば最初から、分かりやすくね」

「よしよし、じゃあソコにでも座って語り合おうじゃないか」

 ブチ抜いた穴のおかげで見晴らしの良い椅子になっている床の部分に、横並びとなる形で僕とナズーリンは腰を掛けた。
 遮るものが無いので、法界の全景が視界全体に広がる何気に最高のポジションだ。
 ……出来れば、もうちょい安らかな心境でコレを見たかったっす。
 親しき隣人みたいな近さで座ってるけど、お互い喉元にナイフ突きつけあってる様なモノだからなぁ。
 僕は正直、こういう殺伐としたやり取りはあんま好きじゃないんですけどねー。シンプルなのが一番だよ、うん。

「とは言え語れる事は意外と少ないぞ。我々の行動は全て、聖人復活のための布石だったのでな」

「この船とか、あのUFO? とか、僕の仏塔型ランタンとかも全部?」

「アレは『宝塔』と言う、真に徳の高い一品だ。私の立場的に行燈扱いされると泣く羽目になるから勘弁してくれ」

「古道具屋の倉庫で眠ってる程度の徳の高さか……」

「そこ追求されるともっと泣く羽目になるから有耶無耶にしといてくれ」

「隠し事はしないんじゃなかったの?」

「我々の目的とは関係の無い部分だからな。……本当に、何故無関係な事態にここまで苦心せねば」

 わぁ、これは駆け引き関係無いガチの愚痴だなぁ。
 隙と言えば隙なのだろうけど、ここを突っついても憂さ晴らしにしかならない感じ。
 ぶっちゃけランタン――宝塔だったか。が、どういう経緯で香霖堂にあったのかとか興味ないしね。
 どうもナズーリンの口振りから察するに、元々コレは彼女ら側の所有物だったみたいだけど。
 だからって無償で手放すつもりはありませんからね。追求しないのが吉ですよ。
 聖人復活は大変興味深いけど、それだけで異変の片棒を担ぎ出すほど僕の性根はネジ曲がって無いのです。

「じゃあ話を戻すけど、全部その聖人さんとやらの復活に必要なモノだったんだね?」

「うむ。聖輦船、飛倉の破片、宝塔。これら全てを揃え、法界に封じられた彼女――聖白蓮を開放するのが我々の目的なのだよ」

「ここぞとばかりに用語を増やして来たね。ふむ、飛倉に白蓮か――信貴山? 野衾?」

「信貴山の方だな。命蓮は……聖の弟君だよ」

 と言うと尼公さんですか。まさか平安時代の人間が――って、そういやもう月の姫君が居たっけか。
 つーか前にも言った気がするけど、古典は僕の専門じゃ無いんですよね。
 だから細かいストーリーはあんまり知らないって言うか。登場人物まで把握してないって言うか。
 ……とは言え、尼公が主役の話じゃなかったのは確かだったはず。主役はその弟の命蓮だったよーな違うよーな。

「ちなみに、聖輦船を法界へと飛ばしたのは弟君の力だ。飛倉の破片には彼の法力が込められているのだよ」

「法力を込められた結果が未確認飛行物体っすか」

 まぁ、僕には板っ切れにしか見えなかったので飛倉と聞いて納得したのだけど。
 散々UFO扱いされていた物の正体が、実は霊験あらたかな一品だったとは……どういう効果なのですかソレは?
 
「その事で戸惑っているのはこちらも同じさ。弟君の法力には、形状誤認の効果など無いはずなのだがな」

「……そこは原因を把握しとこうよ、策士として」

「我々としては、正体不明であってくれた方が有難かったのだよ。――それに、そんな些末事に構っているほどの余裕も無かった」

「話を聞けば聞くほど、ナズーリン達のイッパイイッパイっぷりが明らかになるんですが」

「実際、予想外の事態が重なり続けたからな。まず飛倉がバラバラになった時点で、私の立てた最初の計画は破綻している」

「そうなの? なんでまたそんな事に」

「……飛倉の封印されていた旧地獄で、謎の灼熱地獄暴走騒動があったからな」

 僕のせいでした。うう、今回の異変は無関係でいられると思ったのにぃ。
 いや、宝塔持ってる時点で渦中ど真ん中確定なんですけどね。
 そっちは良いんです。不幸な事故であって、僕側に過失はありませんから。絶対に無いからね!
 でも灼熱地獄暴走はなぁ。責められるとゴメンナサイと言うしか無い、霊夢ちゃん公認の異変だから……。
 まぁ、関係は関係でも内容的には妨害だったのがまだ救いか。
 これでこっちの異変も悪化させていたら、ナズーリンの言ってた『狡知の道化師』と言う二つ名を本格的に否定できなくなってしまう。

「とは言え、アレのおかげで旧地獄に忍び込む必要が無くなったのも事実だ。聖輦船の件もあるし、私は君の事を恨んではいないよ」

「聖輦船の件? 大穴ぶち抜きの事?」

「違う。それは後でキャプテン・ムラサに謝っておいた方が良いぞ。だいぶお冠だったからな」

「あーうん、異変終わったら菓子折りでも持っていきます」

「そうすべきだろう。ちなみに私の言う『聖輦船の件』と言うのは、灼熱地獄の暴走でこれまた封印されていた我らの船が開放された話の事だ」

「……はへ?」

「実は白蓮に纏わる代物は、全て旧地獄に封ぜられていてね。私はそれをどう開放しようか悩んでいたワケだ」

「で、計画を立てて何とかしようと思ったら……僕が?」

「うむ。皆に変わって礼を言わせてくれ、『狡知の道化師』殿」

 あからさまに意地の悪い笑みで、ナズーリンが僕の肩を無駄に優しく叩いた。
 分かった上でかこのアマ。と言うか、最初に邪魔されたっぽく言ったのはコレの前振りかチクショウ。
 どうやら僕は、きっちりこっちの異変もややこしくしていたようだ。
 ……こんにちは『狡知の道化師』、よろしくね『人間災害』。僕はもう何を言われても文句を言えないのかもしれません、ぐすん。

「まぁ元気を出せ。灼熱地獄の暴走がこのような展開を引き起こすなど、この賢将にさえ見抜けなかったのだ。これは事故の範疇だよ」

「散々煽ってきた人にんな事言われてもなぁ……」

「やれやれ拗ね過ぎだな。――仕方がない、では良い物を見せてやろう」

「イイモノ?」

 そう言って彼女が取り出したのは、ごっつい鎖のついた立派な錠前だった。
 鈍い金色に輝くソレは、尋常ならざる力を放っている。
 うわ、何それカッコいい!! 何かこう、あからさまにタダの錠じゃ無いって感じがヒシヒシしますよ!

「これは毘沙門天の力を宿した一品でね。宝物を守る力を持った錠前なのだよ」

「毘沙門天! なるほどね、ネズミ妖怪のナズーリンならコネがあるワケですか!!」

「コネと言うか……まぁ、そこは良いか。ちなみに使い方だが――ちょっと両腕を貸してくれ」

「どうぞ! どうするの!?」

「こうして鎖を両腕に巻いて、錠前を閉じると……」

「閉じると!?」

「鎖に縛られた人間は、能力を外部に伝達できなくなる。身体と言う箱の中に力が閉じ込められてしまうワケだな」

「へー! ……えっ」

 僕は手錠みたいな形で両手に巻き付いている鎖を、両腕ごと上げ下げしてみる。
 この場合、鎖に縛られた人間と言うのは僕の事だろう。
 つまりこの状況だと、僕の能力は……。
 試しに氷翼を展開してみようと頑張ってみたけれど、冷気も風もピクリともしませんでした。
 ――アレ、これ地味にヤバくね?

「しまった! コレは罠か!?」

「うむ。無事にハマってくれて安心している」

 なんという巧妙な罠だ。あっという間に僕は、絶体絶命の窮地に追い込まれてしまったのだった。
 くそう、何でこんな事に……。


 


「そうなるように仕向けた私が言うのもなんだが、当然の流れだろう」

「ですよねー」




[27853] 聖蓮の章・玖「聖天白日/アキラ・イン・ワンダーランド」
Name: ラリアー◆536635cd ID:b60d870a
Date: 2013/03/26 08:46


「あぅん!?」

「あー、終わった終わった。前よりちょっと強くなってたから、少しばかり手こずったわね」

「うごご……安心するのはまだ早いですよ、霊夢さん。私が倒れても第二、第三の風祝が…………」

「アンタは結局どーいうキャラ付けで行きたいのよ、っと」

「はぶっ!? よ、容赦の無い追撃―――うきゅぅ」

「さて、どっちが戻ってきても面倒な事になりそうだし、さっさと先に進みま――おっと」

「今のを避けますか、さすがは博麗の巫女ですね」

「うわ、また面倒くさそうなのが来た」

「め、めんどうくさい!?」

「なんかアンタ、見た目からしてダメな感じするわよね。魂の色が残念に染まってるみたい」

「あが、お――ま、待った! 少し待ってください!!」

「良いわよ、どうぞ」

「平常心、平常心、頑張れ私……ふぅ、お待たせしました。私は毘沙門天様の代理で――」

「問題ないみたいね。じゃあ始末するわ」

「はい!? ちょ、ちょっと待って下さい、もう少しこちらの話を聞いてくださっても」

「興味ないからどうでも良いわ」

「ひ、ひーん! ナズーリン助けてぇぇえ」





幻想郷覚書 聖蓮の章・玖「聖天白日/アキラ・イン・ワンダーランド」





 自らの状況を理解した僕は、床に寝転がろうと身体を倒した。
 ――が、それすら予測していたナズーリンはすでに背後へ回っており、そんな僕の身体を両腕で支えてしまう。
 
「鎖の破壊を試みず、早急に逃げ出そうとする判断力はさすがだと言わせて貰おう。もちろん逃がさんがね」

「くっ……」

 いやいや、さすがと言われるべきなのはむしろ彼女の方だろう。
 現在腰掛けている状態の僕は、足を宙に放り出しているため立ち上がる事が出来なくなっている。
 その上さらに両腕を拘束されれば、肉体的な動きはほぼ封じられた様なモノだ。
 分かんない人は崖の縁に手錠をかけて座ってる状況を思い描いてみよう、まんまあんな感じだから。
 その上で背中を固定されると、能力を使えない人間はわりと本気で途方に暮れるワケです。どうしようも無いよコレは。
 わざわざ縁に座るよう促したのは、最初からこういう状況に追い込む為だったのか。くそぅ、ナズーリン恐るべし。

「蛇足だが教えておく。その鎖も含めて毘沙門天様の道具だから、例え十全であったとしても君の力では破壊出来んぞ」

「うん、それは何となく分かるよ。鎖も含めて毘沙門天様の道具なんだから、筋力どうこうで何とか出来るわけ無いもんね」

「そうか、分かっているなら問題ない。なら大人しくしている様に。下手に暴れると落ちるぞ」

 そう言って、ナズーリンが僕の腰についた鎖へ手を伸ばす。
 そのせいでホールドは両手から片腕に変わったけど、肩を抱かれる形でガッチリ身体を固定されているから状況はさほど変わっていない。
 まぁ、どっちにしろ本気で暴れれば外れる程度の拘束だけどさ。
 この状況だと彼女の言うとおり、下手に抵抗すれば落ちる可能性が非常に高い。
 以前に落っこちた旧地獄の崖よりはずっと低い位置だけど、気による肉体強化がどうなっているのか分からないからなぁ。
 何より、魔界のド真ん中に能力封印状態で落ちるって展開が怖い。
 さすがにそんな事になったら、僕もタダで済む気がしません。本当に。

「……宝塔を奪った後、もう用済みだとか言い出して僕を落としたりしないよね?」

「そんな命知らずな真似はしないよ。君の‘危険性’は私も十分に認識しているからね。丁重に扱わせてもらうつもりさ」

「今の僕、拘束されて宝塔強奪されかかってるんですけど!?」

「強奪では無い、交換だ。その毘沙門天様の錠前は君に上げるモノだからな」

「え、そうなのラッキー! ってソコじゃ無くてさ」

「問題ないよ。――君は‘この程度の事’じゃ機嫌を損ねはしないだろう?」

 抱きついた姿勢で僕の顔を覗き込み、皮肉げに笑ってみせるナズーリン。
 いやまぁ、確かにこのくらいで嫌な気分になるほど心が狭いワケじゃ無いですけど。
 だからって何をしても許されると思われるのは、後々面倒な事になりそうだから御免被りたい。
 ここは多少ワザとらしくても、不機嫌さを態度に出すべきか……。

「待ってる間暇なら飴をあげよう」

「わーい、んぐんぐ」

 まぁ、ここは素直に従っておいた方が後々有利に働くだろうね。
 一応は命を握られてるワケだし、毘沙門天の錠前も交換条件として悪い代物じゃないし。
 ……決して飴に懐柔されたワケじゃ無いんですよ? 本当ですよ? わー、レモン味だーおいしー。

「そうそう、何事も素直が一番さ。何しろ君に万が一の事があったら我々も大変な目に遭うのでね。出来れば自愛をお願いしたい」

「ひほを……んむ、人を疫病神の様に扱わないで欲しいのですが」

「似たようなモノだろう。君の一番厄介な点は、君の事で君以上に怒る妖怪が山のように居る所だ」

「ご迷惑おかけしまふ」

「飴は舐めきってから喋るようにしたまえ。反応に困る」

「うにうに」
 
 まぁ、言いたい事は良く分かりましたよ。
 確かにあの人達は止められませんね、何しろ純粋な善意で行動してくれてるので。……止められる相手でもないし。
 なるほど、丁重な扱いって言うのはつまりそう言う事か。なかなかに面倒な真似するなぁ。
 確かにこれくらいの事なら、僕に関係した事だとやたら沸点の低い文姉とかでも怒りはしないだろう。むしろ呆れる、すっごい呆れる。
 当たり前の事だけど、マヌケな罠にかかった僕に対してこれ見よがしなため息を吐き出すはずだ。
 と言うか多分、皆同じリアクションをすると思う。うん、絶対にするね。
 しかし一組織を預かる身であるナズーリンには、目的を果たしつつ争いの種を蒔かない方法はこれくらいしか無かったワケで。
 いや本当に大変だコレ。――でも、それじゃあさっきの落とす云々の脅迫は無意味になるんじゃ……。

「だから気をつけてくれよ。もしもの場合、私は自らを犠牲にして君の死の責任を取らなくてはいけなくなるからな。わはは」

 なりませんでした。やばい、ナズーリンってば超本気だ。
 冗談めかして笑っているけど、目は全然笑ってない。むしろゾクッとするくらい真剣である。
 切腹前の武士みたいな顔してるよこの子、どんだけ悲壮な覚悟決めてんのさ。今までとは違う意味で動けないじゃん。
 さすがに、そんな状況で抵抗するほどの勇気も覚悟も僕にはない。
 仕方がないので、僕は鎖から宝塔を外そうとしているナズーリンを横目に、彼女から貰った飴を静かに味わう事にした。むぐむぐ。

「よっと、これで回収完了だな」

「お疲れ様ー。後でちゃんと返してよー」

「贅沢を言うな、封印の為だけに必要な道具では無いのだ。その錠前だけで我慢してくれたまえよ」

「うーん。これだけ強引な取引をしておいて、等価交換で終わりじゃさすがの僕もちょっとだけ不満かなーって」

「埋め合わせは後日、聖が復活した後にさせてもらう。……心配しなくても、それくらい大きな借りを作ったと言う自覚はあるよ」

 やれやれと肩を竦めるナズーリン。うんうん、分かって貰えた様で何よりです。
 彼女みたいな策士キャラには、出来うる限り抑止力となる手札を多く持っておきたい。
 そうでないと、また今回みたいにやり込められる事になっちゃうからね。
 要するに、調子に乗んなよ今回は負けた事にしてやるけど次はこうはいかねーからな! と言う負け惜しみである。
 まぁ、ナズーリンにはどこぞのてゐと違ってここぞとばかりにこっちを利用しまくる性悪さは無いだろうけど。
 ……その代わり、一番面倒な所でこっちを駆り出してきそうだから厄介なんだよね。

「では、私は聖の復活があるのでこの辺で」

「うん頑張ってー。――って、ちょっと待ってよ! その前に錠前を解除して行ってよ!!」

 宝塔を回収して、そのまま普通に去ろうとしていた彼女を慌てて呼び止める。
 ナズーリンの拘束は解けたけれど、能力を封じられている状況は変わっていないしソレをどうこうする方法も存在しない。
 なので彼女が持っているであろう鍵で錠前を外さないと、僕はこの後も能力無しで迫り来る困難を解決しないといけないワケで。
 それはさすがに避けたい。避けたいからなんとかしてください。と言うか錠前をくれるなら鍵もください。
 
「ああ、そうだったな。スマンスマン」

 にこやかに笑いながら戻ってきたナズーリンが、懐から重厚そうな金属製の鍵を取り出す。
 良かった、ちゃんと持ってたのねと安心していると――ナズーリンはそれを、何故か両手を拘束する鎖に取り付けた。

「……ナズーリンさん? それだと、僕は錠前を外せないですよ?」

「そこの魔法使いが起きれば問題あるまい。ぶっちゃけ、君に復活されると面倒なのでしばらくここで右往左往してくれるとありがたい」

「あまりにも容赦無い扱い!?」

「では今度こそ失礼する。それと、そこは危ないから早めに退いた方が良いぞ」

 こっちの文句なんてどこ吹く風で、ナズーリンは聖輦船の奥へと向かって行ってしまった。
 この扱いの悪さは、きっとそれだけ僕が警戒されているからなのだろう。本当に言葉通り存在が面倒くさいワケじゃ無いと思いたい。
 しかしまぁ、実に意地の悪い所に引っ掛けてくれたもんである。
 錠前のすぐ近くとか、一人じゃどう足掻いても外せないじゃんコレ。
 でもなぁ、だからって魔理沙ちゃんが素直に協力して外してくれるかどうかと聞かれると……無理だろうね。
 改めて考えなくても想像が付く展開に、どうしたもんかと頭を悩ませる僕。
 そうやってボーっと考え込んでいた結果――僕はナズーリンのせっかくの忠告を台無しにする事となったのでした。

「――――あにゃ?」

 轟音と共に船が大きく振動する。
 恐らく、どこかで誰かがド派手な弾幕でも放ったのだろう。
 その影響で大きく前後した船の動きに揺らされ、僕の身体は船外に放り出されてしまった。
 
「……やべ、詰んだ」

 能力を封じられて初めて分かる不自由さ。そうだよね、人間って普通は飛べないもんね。
 そのままゆっくりと落ちていく僕は、せめて命だけは助かりますようにと静かに天へ祈りを送るのだった。










「――そんな貴方の願いを神様は聞き届けました! 魔界神だけどネ!! どうも、アリスちゃんのママです!」

 そんな風に適当な神様に祈ってみたら、なんか凄い神様が引っかかった様です。――何だコレ。
 いつの間にか僕は、多種多様な花の咲き誇る庭園のド真ん中で椅子に腰掛けていた。
 目の前には、お茶会に必要なワンセットの揃ったテーブルと両頬に指を添えた魔界神の姿が。
 実にシュールな光景だが、彼女の性格的には全然アリな気がする。
 僕は左右を軽く見渡した後、僕が知るより色の濃い彼女へと疑問をぶつけた。

「あの、神綺さん。すいませんけど状況がサッパリ掴めません」

「あらあらごめんなさい、ちょっと浮かれていたみたいだわ。えーっと、私の事覚えてるかしら?」

「普通に名前呼んだじゃないですか僕!?」

「私は神綺。アリスちゃんのママで、魔界神をやってるの」

「知ってます。つーかアリスちゃんのママなのはさっき自分で名乗ったじゃないですか、魔界神の方もかなりテキトーに」

「うふふ、それじゃあ紅茶淹れるわね。美味しいスコーンも焼いてあるのよ」

 素敵なくらいに話が通じてない……そういや、前もこんな感じで話題がズレまくった記憶が。
 とりあえず、断る必要もないので紅茶とスコーンを頂く事にしよう。うーん、おいしー。
 
「もぐもぐ……ちなみにココってどこなんですか? 法界、じゃ無いですよね?」

「私のお家よ。晶ちゃん困ってたみたいだから、ちょっとズルいけどこっちに呼ばせて貰ったの」

「……知ってたんですか。僕が魔界に来てた事」

「私は魔界で起こってる事なら何でも知ってるわよー」

 今、さらっと凄い事言った! さすが魔界神、魔界においては本当に万能の神様なんだね。
 言っちゃえば、魔界全土の信仰心を一身に集めてる創造神だからなぁ。
 魔界の規模は知らないけど、場合によっては某宗教の全知全能唯一神に匹敵するくらい凄いんじゃ無いだろうか。
 ……神綺さん本人を見ていると、全然そんな感じはしないのですが。まぁ、人柄と能力は関係無いしね。

「でも安心したわー。白蓮ちゃん、ちゃんと助けに来てくれる子達が居てくれたのね」

「ほへ? 神綺さんも、件の聖人さんを知っているのですか?」

「知ってるわよー。魔界に封印されていたあの子とは、色々とお話をしたもの」

 なるほど。法界も魔界の一部なら、神綺さんは干渉し放題なのか。
 しかし聖人と魔界神のお喋りね……それが成り立つと言う事実に僕は若干驚きですよ。
 良いの? その二つは仲良くお話して良いモノなの?

「だけど心配だわ。霊夢ちゃんも来てるんでしょう?」

「来てますけど……神綺さん、霊夢ちゃんの事も知ってるんですか」

「あの子、魔界に来るの二度目なの」

「……霊夢ちゃん、地味に活動範囲広いよなぁ」

「魔理沙ちゃんや魅魔、幽香と一緒に魔界で大暴れして行ったのよ。アリスちゃんもあの当時は過激な子で、応戦して酷い目に……」

「あ、その話ちょっと興味ある」

 なんか、皆の面白愉快なエピソードが山ほど聞けそうな気がするね。特にアリス。
 ワクワクしながら聞きの姿勢に入った僕に、話を振ったはずの神綺さんは何故か困ったように笑った。

「話しても良いけど、晶ちゃんアリスちゃんに殺されちゃうわよ?」

「――で、霊夢ちゃんが来てる事の何が心配なんですか?」
 
 僕は即座に会話を切り替えた。命はとても大切である。
 
「白蓮ちゃん、多分まだ霊夢ちゃん……と言うか幻想郷のノリを分かっていない所があるから」

 まぁ、幻想郷の成立時期を考えたら当然の話だろう。
 あの独特過ぎる空気は、それこそ一度経験してみないと分からないんじゃ無いかな。
 ……ん、ちょっと待てよ?

「神綺さん、その今まで封印されていた聖人さんって弾幕ごっこの事とか知ってるんですか?」

「一応、説明はしたけど……あんまり分かって貰えなかったのよね」

 それはちょっとマズい気が。霊夢ちゃんそういう所は無頓着だから、相手がルール把握してなくても容赦なく襲いかかってきますよ?
 ナズーリン曰く、今回の異変の目的はその聖人の復活らしいから……間違いなく二人は戦う事になるだろう。
 
「その聖人さんって、問答無用で殴りかかっても許してくれる程度には優しい人ですかね」

「不条理な暴力に怒りを覚える程度には優しい子よー」

「うわ、最悪だ……」

 異変解決中の霊夢ちゃんとか、理不尽と不条理の体現者みたいなモンじゃないですか。
 それが聖人さんの幻想郷の人間初遭遇じゃ、色んな意味で大変な事になっちゃいませんかね。
 そんな僕の懸念を、神綺さんもやはり抱いていたらしい。
 彼女は両手を軽く合わせると、申し訳なさそうに小さく笑って言った。

「だからね、晶ちゃん。――ちょっとお願いされて貰えないかしら」

 ……そんな彼女の言葉と同時に、毎度おなじみ危機感知センサーが鳴り出した事は言うまでも無いだろう。
 そしてこれまた毎度おなじみの話だが、感知しただけで対処する事は出来ないのが僕に振りかかる危機なのである。





 ――まぁ、とどのつまりいつもの展開って事なワケですよ。あはははは……はぁ。



[27853] 聖蓮の章・拾「聖天白日/深紅の超越者」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/04/08 20:17

「うにゃぁん!? つ、強い……」

「なんか、弱すぎて逆に反応に困るわね。第二形態とか出しなさいよ」

「そ、そんな事言われましても」

「まぁ良いわ、それじゃサクサクッと先に――」

「ぜぇはぁぜぇはぁ……ま、待ち給え」

「ナズーリン!? それに……」

「お久しぶりですね。元気――とは言えないようですが、無事で何よりです」

「ひ、聖! 本当に聖なんですか!?」

「ええ、貴女にもナズーリンにも迷惑をかけました。ですが、もう大丈夫ですよ」

「うう……そんな事ありません。私は、私は……」

「――――ねぇ」

「すまない、もう少し待ってくれ」

「別に良いけど、あんまり長くは待たないわよ」

「ああ、待ってくれるだけ御の字さ。……どうにもウチの連中は、揃いも揃って緊張感に欠けててな」

「聖ぃ……聖ぃ……」

「うふふ、泣き虫な所は変わってないのね」

「感動の再会シーンも、オチの部分だけで見ると実質ただのコントよね」

「……感想は差し控えさせて貰うよ」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾「聖天白日/深紅の超越者」





「えっと、それでお願いって言うのは何なんですかね」

 とりあえず紅茶を一口飲んで心を落ち着け、僕は神綺さんにお願いの内容を尋ねた。
 聖人さんはともかく、神綺さんには鎧とか神剣とかの事で滅茶苦茶恩義があるからなぁ。
 多少――いや、かなり無茶なお願いでも聞いとかないといけないよね。やっぱり。
 本当に無茶なお願いだったらゴメンナサイするしか無いけど、ある程度は覚悟しておこう。色々な意味で。

「簡単よー。あの子の目の前で、博麗の巫女相手に正しい弾幕ごっこを実践してくれればいいのよ」

「百聞は一見にしかずってヤツですか。理屈としては分かりますけど」

 ……それ、何気にかなり難易度高くないですか?
 聖人さんに弾幕ごっこを理解して貰う為には、当然それなりに良い勝負をしなければいけないはず。
 その過程でいつもみたいに卑劣な真似をしちゃダメだろうし、どっちかの一方的な虐殺になってもやっぱりダメだろう。
 特に後者は、知らない人からすれば勝負の名を借りたイジメにしか見えないワケだしね。
 求められているのは、つまり弾幕ごっこの良い所を詰め込んだ様な理想的な接戦なのである。
 それを、僕に、やれと、申しますか。本気の霊夢ちゃん相手に、真正面から、拮抗しろと、申しますか。
 
「無理です。多分、もっと余計な誤解を招くと思います」

「もう、謙遜しちゃって」

「いや本当に無理ですから。一度も攻撃が通じないまま、霊夢ちゃんにボコボコにされるビジョンしか見えませんって」
 
 理不尽な暴力が目の前で行使される様を、理不尽な暴力を嫌ってる人に見せつけてどうするんですか。
 助けようとしている面々や神綺さんの言葉から察するに、白蓮さんとやらは弱きを助け強きを挫く人妖平等主義の聖人さんなのだろう。
 いや、人はどうなのか知らないけどね。聖人復活を企む面々の中に人間いなかったし。
 けどまぁ、人格者っぽいから無下にはしないはず。多分。恐らく。聖人と言われてるならそれくらいは期待したい。
 そんな心優しいであろう聖人さんに、弾幕ごっこが不当な暴力を振るう口実だと思われるのはマズい。
 ……そういう一面が無いワケでも無いけど、あくまで弾幕ごっこは後腐れのないクリーンな勝負なんです。
 実際、妖怪退治を生業にしてる霊夢ちゃんでさえ倒すだけでソレ以上の事はしないからね。
 本気で命のやり取りをしていた昔と比べれば、今の幻想郷は大分有情だと思うんですよ。
 まぁだからこそ、昔の常識で止まってる聖人さんが誤解しかねないワケなのですが。
 ジェネレーションギャップって本当に厄介。それを修正する為には……やっぱり正しい弾幕ごっこを見せるしか無いんだろうなぁ。

「うふふ、大丈夫よ。願いする以上、私だって全面協力しちゃうんだから」

「はぁ、全面協力ですか」

「晶ちゃん、ちょっと魔法の鎧を出してくれない?」

「こうですか?」

「ありがとう。それでね――えい!」

 言われるがままに魔法の鎧を展開すると、神綺さんが両手をこちらに向けて可愛らしい掛け声を出す。
 そのあまりにも軽い声色で若干和みはしたけれど、いきなり鎧が輝きだしたため落ち着いても居られなくなってしまった。

「はにゃ!? な、何コレ何コレ!?」

「魅魔が面白い事やってたから、私も真似させて貰ったわー。名付けて――――怪綺面『神』って所かしら」

 目も当てられないほどの輝きが収まり、ゆっくりと視界が晴れていく。
 サードアイの方でも見えなくなっていたから、多分魔力的な力の込められた光だったのだろう。なんてハタ迷惑な。
 二、三度瞬きして完全に視力が戻った事を確認した僕は、そこで自分の身に起きた異変に気がついた。
 ……両腕の鎧、こんなにゴツかったかな。
 銀色だった鎧は何故か真紅に染まっており、全体的に装甲を追加され重装甲のロボットみたいになっている。
 と言うか、ちらりと見える鎧の全体が全面的にゴツくて赤い気が。
 僕はポケットから手鏡を取り出し、自分の全体像を確認して――想像以上の変わり様に絶句した。
 鎧のカラーリングは全て白い縁取りをした深紅へと代わり、色合いだけ見れば神綺さんとお揃いになっている。
 いや、本当に色だけなんですけどね。デザインに関してはもう完全にロボですロボ。
 さっきは装甲追加と言う表現を用いたけど、明らかに装甲と呼べないようなパーツも幾つか散見できる。
 と言うか足鎧が凄い事になってるのよ。つま先立ちの姿勢で固定されてて、辛くは無いんだけど無いからこそ違和感がある状態。
 幸運? な事にスカートらへんはそのままだけど、他はもう完全にロボで侵食されてるよコレ。メカ神綺さんだよ。

「男の子って、そういうデザインとか好きなんでしょう? ママ頑張ったのよー」

 まぁ、嫌いじゃないです。むしろ大好きです。内心ちょっと喜んでます。
 他にも変化として、背中には神綺さんみたいな文様の入った翼が三対生えている。
 こちらも若干硬質さを増して直線的な形になっているので、やっぱりロボっぽさを増長させているけど。もう今更だから良いか。
 そして髪型は変わっていないものの、髪の色も真っ白になって神綺さんと同じ色に。ちなみに髪留めも同じ形です。
 最後に顔の上半分を隠す形で、翼を模したV字のバイザーが面として張り付いて―――あれ?
 このバイザー、完全に目を隠してるんだけど何で見えてるのかな?
 サードアイのおかげ……って感じでも無いし、ヘッドマウントディスプレイみたいなモノなのかな。無駄に高性能だなぁ。

「機能は色々とあるけど、そこらへんは道中で説明するわね。あんまり時間も無いみたいだから」

「道中? 連れてきた時みたいに、パッとワープさせてくれるんじゃ無いんですか?」

「別に良いけど、怪綺面はとっても速いから慣れておいた方が良いわよ?」

「……ここから法界までって、飛んでいけるんですかね」

「とっても遠いけど行けない事は無いわ。あ、怪綺面ならすぐだから大丈夫よ」

 なにそれこわい。具体的な時間とか距離とか明言されてない所が、一層恐怖を掻き立てるんですけど。
 でも確かに、初めての面変化をぶっつけ本番で試すワケにはいかないよね。
 最低でも身体の動かし方くらいは分かっておかないと、接戦なんて夢のまた夢だろう。

「私とはいつでもお話出来るから、何でも聞いてくれて良いわよ。方向は――今出したから」

 神綺さんが言うのと同時に、視界内に赤い矢印が表示される。
 やっぱりヘッドマウントディスプレイなのか……かなり便利だけど、魔法っぽさが欠片も無いなコレは。
 僕は真正面の位置に矢印が来るように身体の向きを変えると、飛び上がる自分を意識して大きく息を吸い込んだ。
 するとゆっくりと身体が浮かび上がり、鎧の足裏あたりから魔法陣が噴射され始める。
 断続的に吐き出され消えていく魔法陣は、恐らく噴射剤か何かの役割を担っているのだろう。
 いつでも飛び出せそうなこの状況は、一種のアイドリング状態であるに違いない。
 ……それは分かるんだけど、待機の時点で感じるこの凄まじいまでのパワーはどうしたものだろうか。
 追加された魔力量は靈異面とほぼ同じっぽいけど、それを全部肉体強化に回してるせいでエラい事になってる気が。
 大丈夫なのかなコレ。飛ぶのがちょっと怖いんだけど……神綺さん、信じますよ?

「それじゃ晶ちゃん、白蓮ちゃんの事よろしくお願いするわね」

「まぁ、出来うる限り最善を尽くします」

「それと今度、アリスちゃんを連れて魔界へ遊びに来てくれると嬉しいわー。いつでも歓迎するわよ?」

「そんな気軽に魔界を行き来するのもどうかと思いますが、一応アリスに確認しておきますね」

「不思議なモノたくさん用意して待ってるわ」

「首に縄を付けてでも帰省させますんで安心してください!」

 よし決めた、絶対にまた魔界に来てやる。絶対に来てやる。その為には全力で生き残らないと。
 僕は覚悟を決めて、指定された方角に向けて飛び上がろうとした。
 すると六枚の翼が文様の部分を広げる形に展開し、光の粒子を放ち始める。
 排出される魔法陣の勢いも増し、準備万端整ったと言った所で僕は飛び立ち――そして、一筋の閃光となった。

「ほ、ほにゃああああああああああああああああああああ!?」

「いってらしゃ~い」

 本日の教訓。どれだけ良い人に見えても、神綺さんは魔界を統べる神様なので油断しないほうが良い。
 もう手遅れな気がしますけどね! ――いやぁ、怪綺面は凄いなぁあはははは。










「ほ、本当にあっという間だった」

 法界の真っ赤な空の下、視界のかなり遠くに星蓮船を捉える所まで来た僕は、溜息と共に心底からの感想を口にした。
 ……本気で洒落にならないスピードだったね。音速の壁って、あんな簡単に突破できるもんだったんだ。
 正直、こっちの常識を遥かに超える速さのせいで距離感が掴めなかったよ。
 ほとんど一瞬で到達したんだけど、実際はどれくらい離れていたんだろうか……知りたいような知りたくないような。

〈でも怪綺面の使い方は分かったでしょう?〉

 ええ、とても。神綺さんの説明は分かりやすかったですからね。
 ……そう。一瞬だったはずの移動時間で、何故か僕は怪綺面の機能や性能を把握する事が出来たのでした。
 やっぱりおかしいよね。絶対アレ、なんか高速とか圧縮とかそういう言語使ってましたよね。

〈うふふふふ〉

 恐るべし魔界神。天然に見えて、意外と計算高いんですね神綺さん。さすがアリスの母親だ。
 ちなみにさっきから僕と会話してる神綺さん、今ココにはいなかったりします。
 現在聞こえている彼女の声は、魅魔様的な脳内通信によるモノである。
 こっちは単に神綺さんの念波を受信しているだけだけど。……僕の脳内、着実にチャットルームと化しているなぁ。

〈そうそう、ここまで来ればあの御船の中の会話も拾えるわよ。聞いておく?〉

「あー、そうですね。そうした方が介入しやすいので、ちょっと軽く盗聴して貰えますか?」

〈はーい、それじゃあ繋げるわねー〉

 我ながら実に人聞きの悪い言い方だが、神綺さんはさほど気にした様子も見せず船内の様子を映し出した。
 視界の右上にワイプが発生し、リアルタイムらしき内部の状況を表示させる。
 物凄く便利だけど、どんどん魔法っぽさが失われていくのはどうしたものだろうか。
 これが「進んだ科学は魔法と同じに見える」ってヤツか――いや、逆だよ!?
 良いのかなぁ。神綺さん的にはきっと些末事なんだろうけどさ、魔法にそれなりの夢を持ってるこっちとしては……ねぇ?
 とかどうでも良い事を気にしていたら、ワイプ内の船内事情が大分愉快な事になっていました。
 以下、聞こえてくる音声を適当に拾ったものです。

『聖、頼むから落ち着いてくれ! 私が「場を収めてほしい」と言ったのは、巫女を倒してくれと言う意味では無くてだな!!』

『ナズーリン……私はこの様な非道、看過できません。退魔の巫女とは言え彼女の振る舞いはあまりにも暴虐的過ぎます』

『いや、彼女は確かに色々と問題のある性格をしているが、退魔の巫女としてはわりと穏便な方で』

『別にどうでも良いわよ。私のやる事は変わらないし』
 
『気にしてくれ! そこを適当に扱われると、我々にとっても幻想郷にとっても非常によろしくない事になる!!』

『聖、頑張ってください……がくっ』

『ご主人はホント空気と状況と私の心を読めよ!!』

『ところで、いきなり真面目になられるとさすがの私もちょっと反応に困るんだけど』

『……聖もご主人も、常に真面目なんだよ。困った事にな』

 わぁ、大変だ。主にナズーリンが。
 どうやら神綺さんの危惧はドンピシャだったらしく、すでに聖人さんと霊夢ちゃんは臨戦態勢に入っていた。
 うーん、霊夢ちゃんの問答無用っぷりと説明しなさっぷりが明らかにマイナスに働いてるなぁ。
 ナズーリンはその問題に気付いて何とかしようと頑張ってるけど、誰も彼も好き勝手やってる現状ではほぼ無意味な様です。
 というか、今気絶した妖怪らしき人含めてナズーリンの味方が大半なはずなのに、何故彼女が困っているのだろうか。
 ……今回の異変でナズーリンがあくせくしていた原因を、何となく察した気がしました。お疲れナズーリン。

〈あらあら大変そう。急いだ方が良さそうよ、晶ちゃん〉

「ですねー」

 個人的には戸惑うナズーリンをもっと見ていたいのだけど、満足する頃には手遅れになってそうなので断念。
 僕は待機状態になっていた身体を再度稼働させ、全速力で星蓮船へ向かい――その横っ腹に勢い良く体当たりをブチかました。
 言ってしまえば速度強化版の幻想風靡だ。軽い気持ちでやってみたけど、威力的には相当なモノだろう。
 しかもコレ、この速度で突っ込んで何枚も壁を抜いたのに全然体痛くないんですけど。
 こっちの予想よりも、怪綺面のスペックはかなり凄いのかもしれない。今から確認する事が出来ないのが残念だ。
 そうやってド派手にワイプで映されていた場所へと到達した僕は、聖人さんやナズーリン達を背後に眼前の霊夢ちゃんへと啖呵を切った。
 
「そこまでだ霊夢ちゃん! 聖人さんと戦う前に、まずは僕が相手になろうじゃないか!!」

「え、アンタそっち側なの?」

「そうなんですよー、ちょっと魔界で色々ありまして。ゴメンね、霊夢ちゃん」

「……巫女が言ってるのは、そんな登場の仕方をしておいて敵なのか。と言う事だと思うぞ。……道化師、で良いんだよな?」

「ほへ?」

 呆れ声のナズーリンに言われ、僕は周囲の様子を窺ってみる。
 ワイプで見てる時もそこそこ荒れていた船内は、最高速で突っ込んだ影響で更にボロボロになっていた。
 早めの到着を意識して行動したんだけど、さすがにこれは最短ルート過ぎたかなぁ。
 アイシクル緊急停止と言う名の宣戦布告の時よりも大きな穴が空いてるし、改めて考えてみると物凄くやり過ぎな気が。
 と言うか文句無しでやり過ぎか。うーん、なんだって僕はこんな事を……ああ。

「パワーアップして浮かれてたみたい。メンゴメンゴ☆」

「アンタって本当に天晴なバカよね」

 返す言葉もありません。僕は霊夢ちゃんの的確なツッコミに頭をかいて苦笑いした。
 あ、この鎧こういう作業も出来るんだ。見た目ゴッツいのに意外と繊細なのね。

「…………どうやっても掻き回される運命か」

 そんな色んな意味でシュールな状況下で、頭を抱えたナズーリンは全てを諦めたように言葉を漏らすのだった。ゴメンね。





 ちなみにその間、聖人さんはポカンとしっぱなしでした。
 ――まぁ、最悪の事態は避けられたから良いよね! 良いって事にしておいてくださいお願いします。



[27853] 聖蓮の章・拾壱「聖天白日/R&R」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/04/08 21:16


「うふふ。晶ちゃん、とっても楽しそうね」

「この様子なら、白蓮ちゃんは大丈夫……あら?」

「あらあら。コレって、晶ちゃんが貰った錠前じゃない」

「そういえば邪魔だから外した後、晶ちゃんに返すのを忘れてたわねぇ」

「どうしようかしら、晶ちゃんのポケットに入れておけば……うーん」

「私が渡すのを忘れていたワケだし、ただ返しても失礼よね」

「あ、そうだ!」

「錠前と一緒に色々詰めて、アリスちゃんに送っちゃいましょう」

「ついでにお手紙も書いてっと――誰かちょっと、手紙持ってきてくれない?」

「ありがと。えーっと……『アリスちゃんお元気ですか? ママは――』」

「『――この前晶ちゃんが魔界へ遊びに来た時、返し忘れていた錠前を入れています。アリスちゃん返しておいてね』」

「『一緒にお菓子とかも入れておいたので、晶ちゃんと一緒に食べてください』」

「『晶ちゃんと魔界へ遊びに来るのを楽しみに待ってます』っと」

「うふふ……本当に楽しみだわぁ」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾壱「聖天白日/R&R」





 ……目覚めてみれば、不思議な事だらけで戸惑うばかりです。
 ナズーリンの手で封印を解かれた私は、星が危ないと聞いて急ぎ星蓮船へと向かいました。
 そこに居たのは、博麗霊夢を名乗る退魔の巫女。
 その暴力的な振る舞いを許せなかった私は、彼女の凶行を止めるべく勝負を挑もうとしました。
 しかし、突如謎の人物が乱入した事で状況は一変したのです。

「どーもスイマセンでしたぁ! 悪気はなかったんです!! むしろ何も考えて無かったんです!」

「余計ダメでしょ、ソレ」

「君が来てくれた事はまぁ、歓迎しないでもない。だがもう少し……もう少し介入方法を考えてくれ」

「いやホント、申し訳ないです」

 深紅の鎧を纏い、三対の翼を生やした白髪の少女。
 私の良く知る人物に似た彼女は、ナズーリンと退魔の巫女の言葉に何度も謝りながらこちらを向きました。
 顔の上半分は隠れて良く見えませんが、何だか朴訥な感じのする方ですね。
 
「えっと、聖人さん――白蓮さんで良いんですよね」

「はい。貴女は……?」

「僕は久遠晶、神綺さんの使いみたいなモンです。白蓮さんを御助けに来ました!」

 神綺様――魔界の神であり、私が封印されている間お世話になった御方です。
 色々と便宜を図って頂いただけで無く、この様に使いの方まで寄越してくださるとは……感謝の念がつきません。
 
「そうですか、ありがとうございます。……ですが手助けは不要です。この巫女は私が」

「あーいや、そういう助けで無くてですね。何というか――白蓮さんには、‘正しい弾幕ごっこ’を知ってもらおうかと思いまして」

「正しい……弾幕ごっこ?」

「ま、そこらへんは見てもらったら分かると良いなぁと思わないでもないと言いますか」

「しっかりしてくれ、頼むから。君に全てがかかっていると言っても過言ではないのだからな?」

「任せろ、僕に期待すると色々ガッカリするぜ!」

「でしょうね」

「…………誰でも良いから助けてくれ」

 弾幕ごっこ。ルールは神綺様から聞いていましたが、私には正直意味が分かりませんでした。
 何故、戦う必要があるのか。私の問いに神綺様は困ったように笑っていました。
 「幻想郷はそう言う所だから」と言うあの方の答えに納得できず、結局話はそこで終わってしまったのですが。
 私は、正しく「弾幕ごっこ」を理解出来ていたのでしょうか。
 巫女や使いだと言う久遠さんの態度を見て、ふとそんな事を思いました。

「というワケで霊夢ちゃん、改めて勝負! ただしコレ以上船壊すのは勘弁なので戦うのは外でお願いします!!」

「良いわよ」

「よっしゃー! それじゃあ、ナズーリンも白蓮さんも付いてきてくださいね!!」

 元気よく久遠さんが駆け出し、巫女が気怠そうにその後へ続く。
 これから戦うとは思えない和やかな雰囲気の二人を見て、私は隣のナズーリンへ疑問をぶつけました。

「……彼女達は、どうしてああも楽しそうに戦えるのでしょうか」

「性格――と言ってしまえばそれまでだろうがね。聖、君が封じられてから数百年が経っているのさ」

「数百年。いつの間にか、それだけの時間が過ぎていたのですね」

「幻想郷の住人は総じて変わり者だから、時間が全てだとは言えんが……それでも妖怪と人間の関係は大きく変わったのだよ」

「……彼女達は人間では?」

「道化師の方は妖怪代表と考えて差し支えないよ。ありがたい事に、そういうつもりで来てくれたみたいだ。……若干の不安は残るがね」

 だからまぁ、しっかりと見てくれ。悪い事にはならないはずだよ。
 ナズーリンはそう言って、星を背中におぶって二人の後へと続きました。
 ……妖怪と人間の、今の関係ですか。
 確かに知った方がいいのかもしれません。世界が今、どうなっているのかを。










 停止した星蓮船の隣で、退魔の巫女と魔界神の使いが相対しています。
 悠然と立っている巫女に対し、久遠さんは軽く身体を伸ばして一瞬で間を詰めました。

「まずは先手必勝! オーラァァ普通のパァァンチ!!」

「おっと」

 神速とも言える速さから放たれるその一撃を、巫女は最低限の動きで回避しました。
 私でも避けられないかもしれないその拳は、巫女の袖を小さく引き裂く事しかできません。
 しかし、久遠さんはまるで致命打を当てたように不敵に笑い、巫女は痛恨の一打を受けたかのように眉を顰めます。

「ただ速くなっただけじゃない、か。面倒ね、負ける事も視野に入れとかないといけないのは」

「これでようやく、勝負として成立するレベルか。遠いなぁ……けど、捉えた事に変わりはない」

「どちらにせよ、やる事は同じだけど」

「どっちにしろ、やるべき事は一つさ」

「相手をしてあげる――人間災害」

「相手をしてもらおうか――博麗の巫女」

 それは、会話と呼ぶにはあまりにも一方通行な宣告。
 自分の思った事を、ただただ相手にぶつけるだけの行為。
 それでも二人は互いに言葉を受け取り、笑い――相手へ誇示するように力を爆発させました。
 まず動いたのは博麗の巫女。彼女は軽い動きで下がりながら、全方位に向けて霊力の込められた符を放ちます。
 攻撃と呼ぶには、あまりにも美しい光景です。
 花吹雪の様に舞う霊符は、その自由な動きに反して実に緻密に広がっていきました。

「これが弾幕ですか……」

「さすが博麗の巫女、模範的な弾幕だね」

 初めて見る『弾幕』に、私は感嘆のつぶやきを漏らします。
 勝つ為だけでなく魅せる為の攻撃。話に聞いただけでは理解出来ませんでしたが――確かにこれは美しい。
 
「……へへっ」

 一方の久遠さんは、巫女の弾幕に軽く笑うと真正面から突っ込んで行きました。
 当然、弾幕の壁は彼女を阻みますが、久遠さんは光で軌跡を描きながら直線的な動きで弾幕の隙間を掻い潜ります。
 華麗な巫女の弾幕と正反対な、無骨で遊びのない回避。
 けれども極限まで最適化されたその動きからは、また別の美しさが感じられます。
 そして接敵した彼女は、大きく振りかぶっていた拳を巫女に向かって突き出しました。
 今度は巫女も避けようとせず、御幣を取り出し久遠さんの一撃を受け止めます。
 いえ、受け止めると言うよりは受け流すといった方が正しいでしょう。
 自らの攻撃を見事に回避された久遠さんは一旦後退し――次の瞬間、背後から二撃目を放ちました。

「これぞ、なんちゃって残像拳!!」

「ふん、それくらいじゃ不意打ちにはならないわよ」
 
「今回は不意打ちじゃ無いからね。強いて言うなら――下手な鉄砲も数打ちゃ当たる!」

 一撃目からほとんど時間差の無い二撃目を、博麗の巫女は平然と受け流します。
 拳の向かってくる方向に合わせて身体を回転させ、そのままの勢いで巫女は久遠さんに裏拳を叩きこもうとしました。
 しかし、巫女が攻撃に転じた時点で彼女の姿はすでにそこにありません。
 真横を殴りつける形の三撃目、再度正面から攻める四撃目、真上からの五撃目。
 残像と言うより、最早コレは分身の領域ですね。
 本人も言った通り、一撃で決着をつけようとは思っていないのでしょう。
 次々と増えていく久遠さんは、様々な方向からほとんど同時に巫女へと襲いかかりました。
 けれども、巫女も一筋縄で行く人物ではない様です。
 彼女は弾幕を障害物として撒きながら、的確に久遠さんの攻撃を避けていく。
 最初は一動作で一発だった回避は、一動作につき二発、三発と増えていき――
 最終的には、弾幕すら無しで数十発に及ぶ同時攻撃を一動作で避けるようになっていました。

「どれだけ撃とうが所詮は下手くその鉄砲。一度に来る打撃も一発だけだし、慣れてしまえばこんなモノね」

「攻撃のタイムラグ、酷い時にはゼロコンマ以下だったと思うんですが……」

「同時で無ければ何とかなるわよ」

「ははは、滅茶苦茶言いおる。けどそれなら――『2ndタスク』!」

 久遠さんが叫ぶと、六枚あった翼の内の二枚が勢い良く外れました。
 その二枚の翼は魔力を収束させ、自らの存在を巨大な両刃の剣へと変えていきます。
 輝く魔力の刃を持った二枚の翼は、剣先を下に向けた状態で久遠さんの周囲をゆっくりと旋回し始めました。

「ぶっ飛べ、『オプション』!!」

 「おぷしょん」と呼ばれた翼は魔力の光を放ちながら、剣先を巫女へと向けて飛んでいきます。
 それまで御幣片手に気怠げにしていた巫女は、初めて見せる大振りな動きで翼――いえ、剣を回避しました。
 
「さらに、追撃!!」

「くっ」

 上に昇った巫女に向けて、久遠さんが何度目かになる攻撃を仕掛けます。
 しかし見切ったはずのその一撃を、巫女はやはり大きく身体を動かす事で回避しました。
 それだけ剣の回避に意識を奪われていたのでしょう。大きく距離をとった巫女は、忌々しげな視線を久遠さんに向けます。

「その剣、私の霊力をちょっと持っていったわね。しかも奪った霊力を剣の攻撃力に転換してる」

「その通り、劣化版神剣ってヤツですよ。あっちほど強烈じゃないし、奪える力も霊力やら魔力やらに限定されてるけどね」

「……神剣ってそう言う効果あったかしら」

「ありましたよ、ええ! 僕の技量が足りなかったせいで霊夢ちゃんには通じませんでしたけどね!!」

 ……何故、久遠さんが泣いているのでしょうか?
 良く分かりませんが、巫女があの「おぷしょん」を警戒した理由は理解できました。
 力を奪う剣。なるほど、確かにそれならば大振りな回避にも納得がいきます。
 掠るだけでも相手の力は増し、こちらの霊力は減っていく。
 今までのように紙一重で回避していたら、あっという間に霊力を奪われきっていた事でしょう。

「とにかく、これで数は三つ。さっきみたいに安々と避けられるとは思わない事だね」

「その分速度が落ちてるけどね」

「見破られるの速いな!?」

 そういえば、先ほどの様な残像攻撃をしていませんでしたね。
 翼を「おぷしょん」に変えた分、速度が落ちてしまったのでしょうか。
 しかし、その事を差し引いてもあの「おぷしょん」は強力です。
 驚異的な回避能力を持つ巫女でも、全てを避けきるのは難しいはずです。

「――ま、どっちにしろ厄介な事に変わりはないか。そう言う事ならパパっと片付けるわよ」

 そう言って、巫女は懐から一枚の札を取り出しました。
 あれは……確か。

「すぺるかーど、でしたね」

「ああ、弾幕ごっこの『華』となる重要な要素だ。言ってしまえば、ここからが本番だな」

 皮肉げに笑うナズーリンの言葉に私は小さく頷いて、さらに注意深く二人の姿を見据えました。
 静かに霊力を高めていく巫女に対し、久遠さんは苦笑しながら同じように懐から札を取り出します。
 言葉は交わしません。ただ巫女に呼応する形で、彼女も魔力を高め始めました。
 それが、巫女に対する明確な答えになると言わんばかりに。
 ……悪意もなく、殺意もなく、敵意もない。あるのは相手を倒す――否、相手に勝利する意思だけ。
 これが、‘正しい’弾幕ごっこなのですね。



 ―――――――結界「拡散結界」



 ―――――――轟銃「雷刃一閃」



 互いの宣誓と共に、二つの力が開放されました。
 巫女の「すぺるかーど」は、結界を囲う結界を次々と生み出して広げていく攻防一体の技。
 一方の久遠さんの「すぺるかーど」は、二枚の翼を弓に見立て閃光の矢を放つ攻撃特化の一撃。
 それぞれの特色が色濃く出た双方の「すぺるかーど」は、激突と同時に激しい閃光を放って大気を震わせました。
 
「おっぐぅ……」

「ふん……」

 攻撃能力だけなら、久遠さんの「すぺるかーど」の方が高いのでしょう。
 ですが巫女はすでに劣勢を悟っており、結界が破られる前に次の結界をぶつけて上手に攻撃を相殺しています。
 状況は五分と五分、どちらが勝ってもおかしくない状況です。それは両者共に分かっている事なのでしょう。
 巫女も久遠さんも不敵に笑いながら、真正面から相手を打ち破るために更なる力を込め始めました。
 その姿は、ぶつかり合っているはずなのに――どこか楽しそうに見えます。

「……ナズーリン」

「ん、なんだい聖?」

「私にはやはり、弾幕ごっこの意義が理解出来ません」

「聖……」

「ですが――これが人間と妖怪の対話に必要な物の一つなのだと言う事は、何となくですが分かった気がします」

 言葉でなく弾幕で分かり合うとは、滅茶苦茶な対話方法もあったものです。
 けれど血気盛んな妖怪達には、こういうやり方が良いのかもしれません。
 私には、認められない方法ではありますが。
 相手を否定する為ではなく、肯定する為の戦いが出来るのならば……。
 きっとこの世界の妖怪と人間の関係は、それほど悪いものでは無いのでしょうね。
 神綺様が、ナズーリンが、久遠さんが私に伝えたかった事は、多分そう言う事なのだと思います。

「そう思ってもらえたのなら、こちらも肩の荷が下りると言うモノだよ。――で、どうするのかねアレは。介入するのかい?」

「……最後まで見守らせて頂きます。私も弾幕ごっこの事を、しっかり把握しておかなければいけませんからね」

「そうか。まぁ、聖の好きにするが良いさ」

 ホッと一息ついたナズーリンに、私は感謝の気持ちを込めて軽い礼をしました。
 そして私は改めて、妖怪と人間の代表である両者の「弾幕ごっこ」を見つめるのでした。
 




 ――彼女らの戦いは、果たしてどのような結末に至るのでしょうか。




[27853] 聖蓮の章・拾弐「聖天白日/天より生まれ夢を想う」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/04/22 19:40

「お、おお……おおおお……」

「ふにゅー、霊夢さんはマジ容赦無いです。あそこでニードロップとか完全に殺しに来てますよ」

「あ、穴だらけ……私の星蓮船が穴だらけ……」

「おや、どこかで見たような水兵さんが」

「お前か! この惨状をやらかしたのはお前なのか!!」

「はぇぇ!? 何の事ですか――って言うかお船の中がボロボロですよ!? 一体何が!?」

「私が聞きたいよ! 物凄い振動があったと思ったらこの有様、悪夢でも見させられた気分だ!!」

「……えっと、大変でしたね」

「うう、無事に役目を終えて後はゆっくり……とか考えていたのが悪かったのかなぁ」

「良く分かりませんけど、直せないんですか?」

「出来ない事は無いけどさ……」

「なら良いじゃないですか! 起こってしまった事より後の事!! 何事もポジティブに考えていきましょう!」

「――それもそうか。うん、そうだな! 確かにクヨクヨしても仕方がない! よーし……」

「ところで、水兵さんって妖怪ですよね」

「うん、そうだけど?」

「あーそれじゃあ、風祝な私は水兵さんを退治しないといけません。残念無念です」

「え、何で?」

「さっきやられた直後ですから、調子悪いんですよねー。あー困りました」

「そう思うなら止めてよ!? コレ以上戦うと本気で船が、船が!!」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾弐「聖天白日/天より生まれ夢を想う」





 どうも、なんか思った以上に色々出来て若干引いてる久遠晶です。
 何なの怪綺面。つーか出鱈目に速いのは良いけど、その速さに目が追い付いてるのはどういう事なのホント。
 しかし真に恐るべきなのは、そんな怪綺面と普通に戦えている霊夢ちゃんだろう。
 高速飛行形態――神綺様命名「1stストライク」による全方位攻撃をさらっと避けられた時には心臓が止まるかと思いましたよ。
 状況的には五分五分なはずなんだけどなぁ。なんだろう、このヒシヒシと感じる絶対的な差は。

〈晶ちゃん、スペルカードが相殺されたわよ〉

 脳内神綺さんの言葉と同時に、拮抗していた二つの力が弾けて消えた。
 何で高範囲ばら撒き型なあの結界で、一点突破型なこっちの弓矢を防げるの怖い。
 霊夢ちゃんの出鱈目っぷりに、勝てるかなと言う僅かな希望がじわじわと引っ込んでいった。
 うーむ、やっぱり無謀な勝負だったかなぁ。偉そうに色々言ってたけど……ぶっちゃけ勝算は無いんだよね。どうしよう。

〈そうでも無いと思うわよ。何だかんだであの子も、晶ちゃんの弾幕を相殺する事‘しか’出来なかったワケだし〉

 それはさすがにポジティブシンキング過ぎやしませんか、神綺さん?

〈勝負はこれからよ。負けたと思って諦めるのは、怪綺面の全部を使い切った後ね〉

 ……実にごもっとも。せめてスペカ残り一枚になるまでは、怪綺面を信じて戦い続けないとね。
 僕は小さく肩を竦めて、こちらの動きを窺っている霊夢ちゃんに対して行動を開始した。
 思えば、あの霊夢ちゃんが待ちの姿勢になっている事がまず異常なのだ。
 気付くべきだった。勝ち筋が見えていないのは、あっちだって同じだと言う事に。
 と、言うわけで!

「二つで足りなきゃ四つで行こう! ――『3rdファイア』!!」

 背中の翼からはさらに二つの翼が外れ、魔力の刃を形成した後に僕の周囲を回り出す。
 合計四枚の剣。スピードは「1stストライク」から大分落ちたけれど、それでも氷翼の時よりもずっと速い。
 何よりも、大概の無茶な挙動に目が付いて行ってくれるのがありがたい。
 数こそ少ないけど、これだけの条件が揃えば――弾幕だって構築可能なのですよ!

「行くよ、オプションフル活用! ぶっちゃけ動かす方もわりと大変! フォーメーション・レパード!!」

 四本の剣は、ジグザグな軌道を描きながら霊夢ちゃんを囲った。
 ただ当てに行くだけじゃダメなのは、さっきまでのやり取りでだいたい分かった。
 しかし、彼女を追い込めるほど緻密な弾幕なんて僕にゃーとても作れません。無い袖は振れないんです。
 なのでここは、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる作戦バージョンツーをお見舞いしようと思います。
 もっとも今度のヤツは執拗に霊夢ちゃんを狙うワケではない。むしろ狙いは適当だ。本気で適当に暴れさせるだけだ。
 それも、‘全力全開手加減無し’で。

「まったく、開き直ったバカはやり辛いわ」

「お褒めいただきどーも!」

「いや、褒めては無いだろう」

「褒めてるわよ」

「……そうか」

 荒れ狂う剣撃。四本の魔剣は、出鱈目な軌道で霊夢ちゃんと‘僕’の周囲を回りながら無差別に攻撃を仕掛けていく。
 そう、もちろん無差別なのだから僕も魔剣の対象内である。
 完全ランダムで襲いかかる刃を避けつつ、弾きつつ、僕は霊夢ちゃんに対して殴りかかった。
 
「オーラ普通のパンチ、連発!!」

「ふん、甘いわね!」

「なんのぉ!」

 さすが霊夢ちゃん、こっちの攻撃を掴んで魔剣にぶつけるとは。
 だけど甘い。それくらいの事態なら、こっちだって想定してますともよ!
 僕は身体を捻り、迫り来る魔剣に向かって拳を伸ばした。
 暴れる獣の様だった刃は、腕鎧に近付くとそれまでの動きが嘘みたいな大人しさで手の中に収まる。
 動き自体は無差別でも、魔剣そのものは僕のモンですからね。このくらいの芸当は余裕で出来るのですよ。
 僕は逆さの状態から、手に持った魔剣を横薙ぎに払った。
 放たれる魔力の刃。避け切れないと判断した霊夢ちゃんは、弾幕をばら撒いて刃の軌道をズラした。
 よっし、計算通り!

「このタイミングを待ってました!!」

「……しまった」



 ―――――――反射「魔剣・常識ハズレ」



 霊夢ちゃんの放った弾幕に、残った三本の魔剣が突っ込んでいく。
 ついでに、手に持っていた剣も投げ込んだ。
 其々自在な軌道で弾幕に入り込んだ魔剣達は、そのまま霊夢ちゃんの弾幕を壁に見立てて跳ね返った。
 
「相手の弾幕が密であるほど威力を発揮する、これぞ他者依存スペルカード『魔剣・常識ハズレ』だ!!」

「ホント、その狂った発想はどこから出てくるのかしらね」

「はっはっは、そんなに褒めないでよ!」

「いや、さすがにこれは褒めて無いだろう」

「褒めてるわよ」

「……そーか」

 もちろん基本は無差別でも‘攻撃’だから、適当に跳ねまくって明後日の方に行くなんて事はない。
 攻撃が激しくなれば激しくなるほど、相手は自分の首を締める事になるのだ!
 ……とは言え回避を助けるスペカじゃ無いので、相手の攻撃が激しくなればこっちの首も締まるんだけどね。
 もっとも『3rdファイア』は三つある形態の中じゃ最遅だけど、それでも普段の氷翼より速いからなぁ。
 実は回避に関しては、スペカに頼る必要が無かったりしてててて。

「うん、さすがにここまで遅くなったら当てられるわね」

 霊夢ちゃんマジとんでもねぇ。これでも引っ切り無しに移動し続けてるんだけど、何で当てられるんだこの巫女さんは。
 もちろん直撃では無いけど、掠ってる時点で異常過ぎる。
 それなりに防御力もある鎧だけど、霊夢ちゃんは塵を積もらせエベレストにする子だからなぁ。
 軽い攻撃だからと油断して受けまくっていたら、いつの間にか致命傷になってそうだ。

「だけど、チマチマやってる暇は無さそうね。なら――こっちも」



 ―――――――霊符「夢想妙珠」



 スペカの宣誓と共に、複数色の巨大な霊気の弾丸が放たれる。
 その数は四つ。ゆっくりと浮遊した霊弾は、魔剣に絡みつく形でその動きを停止させた。
 霊力は……奪われてない? 相変わらず出鱈目な人だ。どうやって魔剣の効果を封じてるのだろうか。
 しかし、さしもの霊夢ちゃんも魔剣の動きを止めるだけで精一杯だったようだ。
 スペカの効果はそれでおしまいだとでも言うように、霊夢ちゃんはこちらへと御幣を振り下ろしてきた。
 僕はそれを、右手の手刀で受け止める。
 威力はやっぱり大した事無いけど、うっかり気を抜くと直撃を食らいそうだ。
 やり難い。本当にやり難い。彼女の、まるで世界の全てから隔離されているかのような独特な存在感は。

〈博麗の巫女は何者にも縛られない。気をつけてね晶ちゃん。貴方にとっては完璧な護りでも……〉

 霊夢ちゃんにとっては何の意味もない、ですよね。
 ……全く、説明された今でも信じられない話だ。‘縛られないから通用しない’なんて理屈は。
 だけど事実、霊夢ちゃんはそう言う土台の上に立っている。
 彼女にとっては万象を奪う神剣も、あらゆる物を凍らせる閃光も、全て『無視』してしまえる物なのである。
 それは力の無効化だとか、幻想を殺す技だとか、そんなちゃちな技術ではない。
 存在の有り方を認めた上で、ただ「自分には関係ない」とルールの適用を‘避ける’のだ。
 故に彼女は何者にも縛られない。幻想ですら、博麗霊夢にとっては「避けられるルール」の一つに過ぎないのだろう。
 今まで幻想郷で散々チートくさい面々を見てきたけど、霊夢ちゃんのはまさにソレの最終形態だよなぁ。
 なるほど、確かにコレは‘終着点’だね。僕はかつてのあやふやだった呟きに今更ながら納得した。
 ただし、何者にも縛られない霊夢ちゃんにも限界はある。
 と言うか本気で全てから開放されていたら、彼女は幻想郷にすら存在出来なくなってしまう。
 そこにいる以上、当てる事は出来る。奇しくもソレは霊夢ちゃんが普段から良く使う理屈に似ていた。

「――ふぅん、ここまでやっても当たらないか。鏡相手に殴り合いしてる気分ね」

「僕も、まさかこうまで千日手になるとは思いませんでした」

 互いの攻撃は物の見事に空を切り、両者共にちっとも当たる気配を見せない。
 僕も霊夢ちゃんも回避主体だから――と言うワケでも無いだろう。
 まるで、どちらもズレた軸の上から攻撃してる感覚。この、独特の意識を僕はどこかで――

「……なるほど」

 何かを悟った様に頷き、霊夢ちゃんはスペルカードを解除して軽く下がった。
 それまで僅かにあった「僕を倒す」と言う意志すら、今の彼女からは感じ取れない。
 
「『1stストライク』!」

 だから僕も翼を戻した。今の彼女には、最早魔剣‘程度’など通用しないと思ったから。
 何だろうね、これは。この気持ちを表現する言葉が思い浮かばない。
 怖い、でも無い。ヤバい、でも無い。良くわからない感情がグルグルと回り回って、どうにかなってしまいそうだ。
 要するに、僕の心は震えているらしかった。
 それがどんな感情から来るものなのか、残念ながら僕には分からないけど……一つだけ、ハッキリといえる事がある。
 ――ここからが、正真正銘全力全開の博麗霊夢だ。

「ここまで‘付いてこられる’のね、アンタは。さすがに初めての経験だわ」

「えっと、お褒めいただきどうも?」

「褒めてないわよ、今回は」

「あ、さいですか」

「ただちょっとだけ興味があるわ。アンタは、どこまで付いてくるのかしらね」

 ……良く分からないけど、なんか物凄い買い被りをされてる気がする。
 しかし雰囲気的には、「いえいえそんな事ありませんよ」とは言えない感じ。
 さてどういう表情をするべきかと思っていたら、霊夢ちゃんが一枚のスペルカードを取り出した。
 何気ない様子で、今までと同じように、彼女は――その奥義を宣誓した。



 ―――――――「夢想天生」



 変化は、何も無かった。
 大気は静けさを保ち、大地は震えず、魔力も霊力も高まらず、霊夢ちゃんは何もせずそこに立っているだけ。
 それなのに――僕は彼女を‘見失った’。
 そこに居るはずなのに、何もかもを捉える事が出来ない。
 視覚に映らず、聴覚に響かず、触覚は届かず、嗅覚は働かず、味覚は……いやさすがに試す勇気無いです。
 気は無く、波長も無く、第三の目にも反応せず、あらゆる現実もあらゆる幻想も彼女を捉えられない。
 そう、全ての感覚が霊夢ちゃんは‘いない’と言っているのだ。
 ……これが、博麗の巫女の行き着いた先。これが、夢想天生。

「は、はは……あはははははは!」

 僕は笑った。そういえば以前にも、似た様な事があった気がする。
 あの時は、圧倒的な実力差に対する諦めの笑みだった。
 だけど今回の笑いは違う。これは――‘勝算’を見つけた歓喜の笑みだ。

「なるほどなぁ。確かにコレは面白いですよ、先生」

「面白い、ね。言ってくれるじゃない」

「挑発じゃなくて純粋な感想ですよ。うん、まだ僕のには‘余分なモノ’が多すぎるけど――付いて行くだけなら十分過ぎる」

 僕は、腰に取り付けていたロッドを手にとった。
 目の前に完璧なお手本があるおかげか、失敗する気はほとんどしない。
 後はどこまで喰らいつけるかだけど……まぁ、そこらへんはぶっつけ本番で。
 こちらの態度に怪訝そうな霊夢ちゃんへと視線を向けた僕は、見せつける様にスペルカードを発動させた。



 ―――――――「夢想天生・字余り」



 喜びに打ち震える神剣の叫びと共に、全てのものを隔離する独特な感覚が広がっていく。
 未熟で半端なこちらの技では、霊夢ちゃんほどの領域には至れないけれど。
 それでも、彼女にはきっと届く。

「……驚いたわ。今まで生きてきた中で、下手すれば一番驚いたかもしれない」

「僕も、霊夢ちゃんのそんな顔が見られるとは思いもしなかったよ」

 博麗の巫女に驚愕してもらえるとは、劣化スペルカードもそう捨てたもんじゃないらしい。
 不敵に笑う僕にしばらく彼女は唖然とした後、今度は苦々しげな笑みを浮かべて小さく肩を竦めた。

「アンタは本当、厄介者の見本市みたいなヤツよね」

 反論できそうにないので、霊夢ちゃんの呆れた指摘には返答しない事にした。
 霊夢ちゃんも言い返してくるとは思っていなかったようで、次の言葉を待たずに御幣を構える。
 面倒くさそうな態度だけど、何だか少しばかり楽しそうな雰囲気でもある……様な気が。

「良いわ、付いてきなさい。最後の最後まで付き合ってあげるから」

「そりゃどーも。精々、引き離されないよう全力で噛み付かせて貰いますよ!」

 神剣を上段に構えた僕は、霊夢ちゃんとの距離をさらに縮め――そして飛びかかった。
 同時に、霊夢ちゃんもこちらに攻撃を仕掛けてくる。





 ――完成品と未完成品。二つの夢想天生は、そうして静かに激突したのだった。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「晶君達の戦いはこれからだ! 第一部、完!!」

死神A「とっくの昔に完結して、今は二部なんですけど……」

山田「お前は私が四季映姫だと思っているようだが、実は違う」

死神A「はいはい、山田さんなんですよねー」

山田「そして減給された死神Aは可哀想だからクビにしてきた。後は私を倒すだけだな」

死神A「ツッコミ所は一台詞に一個でお願い出来ませんか、対応しきれません」

山田「はい、と言うワケで最初の質問でーす」

死神A「……そんな気はしてましたよ、ええ」


 Q:そういえば、女装少年晶君のことを、「体は男、心は女」な人だと誤解しているキャラっているんでしょうか?


山田「名前有りだと居ませんね。ぶっちゃけ晶君は、この手のジャンルで言うと「女装男子」程度のレベルですし」

死神A「なんですかその謎の区分は」

山田「格好が女子ってだけで、晶君には羞恥心も女子化願望も意識も無いですから」

山田「むしろ自然体過ぎるせいで、逆に女子認定されてるって感じですので」

死神A「でも、勘違いくらいならするんじゃないですか?」

山田「そっち系の人達は、多かれ少なかれ性別の違いを嫌悪しているそうです」

山田「そもそも性別を気にしていない晶君とは根本的に別物ですから、誤解するのはちょっと難しいかと」

山田「せいぜい女装癖があるんじゃ……と疑う程度です」

死神A「女装癖を疑ってる人はいるんですね」

山田「いますよ。……晶君ももうちょい恥じらいとか何とかがあったら別の展開もあったでしょうに。残念な話です」

死神A「何がどう残念なんですか……」


 Q:実際のところオーバードライブ・クロウと(体感的に)どっちが速いですか?教えて山田さん


山田「あ、1stストライクとオーバードライブ・クロウじゃ勝負になりませんよ。1stストライクの圧勝です」

死神A「天狗面最強のスペカが……」

山田「基本スペックに差がありまくりですからねぇ。3rdファイアでもわりと五分五分ですよ?」

死神A「天狗面の存在意義、全否定ですね」

山田「晶君の真似っ子面と旧作ボスの力を借りてる面ですから、差があるのは当然です」

死神A「むしろ、最低状態でも追いつけているだけマシって事ですか」

山田「そういう事ですね」

死神A「……結局、怪綺面ってどれくらい速いんですかね」

山田「マッハ以上光速未満です」

死神A「大雑把過ぎる!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・拾参「聖天白日/おうちに帰ってた」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/04/22 22:41


 永遠とも思える一瞬の中で、僕と霊夢ちゃんは互いの領域を重ねあった。

 それは征服。それは侵食。それは破壊。それは理解。

 ぶつかるはずの無い二つの「夢想天生」は、激突する事無く相手を否定する。

 これは戦いでは無い。勝負とも言えない。弾幕ごっこですら無いのかもしれない。

 触れそうな距離に居ても届かない。認識が狂う。存在が危うくなる。

 制する。制される。犯す。犯される。砕く。砕かれる。分かる。分かられる。

 未完成品が完成品に引きずられ、徐々に形を成していく。

 完成品が未完成品に引き上げられ、少しずつ形を変えていく。

 どこに至るのか。

 何を生むのか。

 分からないままに力を振るい。

 理解できないまま線を超え。

 僕等は、刹那に終わる永久の時間を楽しみ続けた。


 


幻想郷覚書 聖蓮の章・拾参「聖天白日/おうちに帰ってた」





「――みたいな夢を見ました」

 自室で目を覚ました僕は、誰もいない事を確認した上で呟いた。
 いやー、そっか夢だったかー。リアルな夢だったなー。
 でもそーだよねー。夢でなきゃあんな展開ありえないよねー。
 星蓮船に飛倉、法界魔界に怪綺面。ざっと上げただけでも色々と有り得ない展開目白押しだ。
 あまつさえ最後には霊夢ちゃんと僕が五分に戦うと言うのだから、もう妄想も大概にしておけと言う感じで……。

〈夢じゃないけどなー〉

〈おはよう。晶ちゃん大丈夫?〉

 分かってた。うん、僕分かってたよ。
 こちらの現実逃避をあっさり無視して、脳内から聞こえてくる二種類の声。
 予測はしてたけど、二人同時に話されるとかなり五月蝿い。
 とりあえず、魅魔様は静かに心の隅っこで恨み辛みでも集めといてくださいね。

〈少年があたしにだけ厳しい……しくしく〉

〈あらあら、ダメよ晶ちゃん。魅魔ってばこれで結構繊細なんだから〉

〈結構とか言うなよ。繊細な魅魔様ちと傷ついたぞ〉

 いや、神綺様には色々と聞きたい事があるんですよ。だけど魅魔様には特に無いので。
 有り体に言うと邪魔なんで、今は大人しくしててください。

〈覚えてろよ少年! また身体乗っ取ってやるからな!!〉

 別に構いませんけど気をつけてくださいよ。今の魅魔様、メチャクチャ燃費悪いんですから。
 自分の時にばっか力使って、肝心な時にはガス欠で変身不可とか言い出したらマジ追い出しますからね。
 平たく言うと、家賃は払えや居候。って事です。

〈おかしい、いつの間に少年の中で魅魔様が無駄飯喰らいになってる〉

 ブツブツと文句を言いながら、それでも素直に引き下がる魅魔様。
 一応、靈異面の事で感謝はしてるんですよ? ――前回の乗っ取りで魔理沙ちゃんに超喧嘩売ったことも忘れてませんけど。
 それで神綺様、色々確認したい事があるんですが……とりあえず一つ良いですか?
 魔法の鎧を腕輪状態でも付けていないパジャマ姿の現状で、しかも地上で何で通信出来てるの?

〈晶ちゃん自身との繋がりがあるから。状況次第だけど、今なら地上でも通信や怪綺面は使えるわよー〉

 待って待って、なんか物凄く聞き捨てならない点があったよ。繋がりって何ですか?

〈あら、言ってなかったかしら。怪綺面って私と契約する事で力を与えてるのよ。正式なモノじゃなくて特殊な形だけどね〉

 え、なにそれ。つまり僕、魔界神と契約しちゃってる状態なの?

〈そうよー。でも安心してね、変な代償とかは取らないから。晶ちゃんをお助けするための形式上の契約だと思って〉

 いや、だから引いてるんですって。魔界神直通回線を無料でプレゼントされて、しかも呼び出したい放題とか恐れ多すぎなんですが。

〈ごめんなさい、さすがにいつでも対応は難しいわ。繋がらない事もあるし、私にも用事があるから〉

 良いんですよソレで。その上で二十四時間営業なんてされたら、僕はアリスに惨たらしく殺されてしまいます。
 神綺様の負担にはなっていないみたいだから、助かってるこっちが文句を言っても仕方ないのかもしれないけど。
 この人の大盤振る舞いっぷりは本当にどうにかならないだろうか。アリスの気持ちがちょっと分かった。
 ……まぁ良いや。とりあえず、事の顛末を教えて下さい。
 霊夢ちゃんと僕が夢想天生を使った所までは辛うじて覚えてるんですが、そこから先はサッパリなんです。
 何で僕、太陽の畑に戻ってきてグースカ寝てたんでしょうか?

〈それは晶ちゃんが負けちゃったからよー〉

 あらまぁバッサリ。いや、薄々僕もそうじゃないかなーと思っていましたが。
 そもそも未完成の夢想天生で、完全完璧な夢想天生に勝てるワケが無い。
 あの時は「キリッ」とか「ドヤァ」とか擬音のついてそうな不敵な態度で接していたけれども。
 ぶっちゃけ、霊夢ちゃんにアレを使われた時点で僕は詰んでいたんですよね。

〈ちなみに負けて落ちた晶ちゃんを回収したのも、ここまで連れてきたのもネズミ妖怪ちゃんだから、後でお礼を言うと良いわ〉

 そんな事してくれたんだ。アレかな、一応白蓮さんの味方っぽい事したからかな。
 そういや、白蓮さんはあの後どうしたんだろうか。元々は彼女に弾幕ごっこを見せる事が目的だったんだよね。
 途中からすっかり忘れていつも通りに戦ってたよ……アレを弾幕ごっこ代表にして良いのかなぁ。

〈大丈夫だったみたいよ。晶ちゃんが負けた後、霊夢としっかり弾幕ごっこで戦っていたし〉

 そうなんですか、良かった。それじゃあ白蓮さんは何とか幻想郷に馴染めそうですね。

〈そうね。弾幕ごっこに慣れるのにはもう少し時間がかかりそうだけど、もう心配は要らないみたい〉

 ……ところで霊夢ちゃん、ひょっとして僕と戦った直後に白蓮さんとやりあってあまつさえ勝ったのですか?

〈さすがに引き分けだったわ。さしものあの子も、晶ちゃんとの戦いは堪えたみたいね〉

 それでも負けてない所がさすがだと想います。霊夢ちゃんマジ凄いね。
 ふむ。異変の方は、それで解決って事になったのですかにゃ?

〈そうよー。白蓮ちゃん達は、これから人里でやっていく事になったみたい。詳しくは直接会った時に聞いてね〉

 はい、そこらへんは後で確かめます。……とりあえず、これで大まかな事態は飲み込めましたね。
 要するに僕は見事にやられて、途中リタイアする羽目になったとそう言う事ですか。
 いやまぁ、勝つつもりは無かったですけど――ゴメン嘘、今回はちょっと勝ちたかったかな。
 悔しいなぁ。全部出して尚届かないって言うのは。
 だけど得るモノも多かったから、後悔するのはコレで終了。
 神綺さんもありがとうございますね。おかげで、色々貴重な体験が出来ました。

〈うふふ、こちらこそ私に協力してくれてありがとう。今後ともよろしくね〉

 ……さらっと流しそうになりましたが、その言い方だと今後も怪綺面とかを使わせてくれるんですかね?

〈ええ、いつでも頼ってくれて良いわよ〉

 あーはい。ありがとうございます、と言っておきますあはははは。

〈少年はさー、神綺と魅魔様で態度が違いすぎると思うんだ。魅魔様も労えよー、ありがたがれよー〉

 神綺さん善意の協力者、魅魔様僕の心と言う名の家に住んでる店子。
 そもそも立ち位置が違うから態度も違う。おーけー?
 
〈ちくしょうめ。魅魔様もそっちのポジションを狙っておけば良かったぜ……〉

 はいはい、着替えも終わったんで静かにしておいてください。
 ……ところで、僕をパジャマに着替えさせたのもナズーリンさんなんですかね。
 出来ればそうあって欲しいのですが。そうだと言って?

〈…………はは〉

〈…………うふふ〉

 泣きそうになりました。――誰に着替えさせられてても地獄だ。










「おはようございます晶さん正座」

「はい」

 扉を開けると保護者が勢揃いしてました。
 露骨に不機嫌そうな文姉、何とも言えない表情の紫ねーさま、楽しそうな幽香さん。
 これはかなりヤバい状況だと即座に悟った僕は、文姉に言われるがまま床の上へと正座した。
 そうして聞きの姿勢に入った僕に、文姉は嫌味たっぷりの口調で無理矢理な笑顔を浮かべ言った。

「お姉ちゃんは、晶さんのエキセントリックな買い物に開いた口が塞がりませんよ」

 あー、そういえば最初はそういう理由で出かけたんでしたっけ。
 それが気付けば大冒険。世の中、何が起こるか分からんねホントに。

「いやアレは霊夢ちゃんに拉致られたせいなんで、僕の意志は微塵も関係ありませんよ?」
 
「そうね、仕方ないわね。魔界まで赴いて博麗の巫女に負けて、あまつさえ一週間寝込む事も晶にとっては必然なのよね」

 ……あれ? ひょっとして幽香さんも地味に怒ってる?
 相変わらず満面の笑みで、何とも言いがたいオーラを放つ幽香さん。
 滅多に見ない表情なので気付かなかったけど、どうやら彼女も何やらかお気に召さない事があった様です。
 何だろう。アレかな、霊夢ちゃんにボロ負けした事かな――って。
 
「僕一週間も寝込んでたの!? ……良く平気だったなぁ」

「幻想郷には凄腕の医者が居るもの。永遠亭の薬師に感謝しておきなさいよ」

 なるほど、お師匠様が見てくれたおかげなのか。これはあの人にも後でお礼を言っておかないと。
 しかしおかしいな。今回の異変じゃ、そこまでのダメージを負っていなかったはずなんだけど。
 と言うか最近は、そこまで長い期間寝こむ事がまず無かった気がする。うーん、どうしてまたこんな事に?

「『夢想天生』なんか使うからよ。未完成だったから何とか‘戻ってこれた’けど、完全だったら貴方終わってたわよ」
 
「ほ、ほへ?」

「本物を見たなら分かっているのでしょう? 夢想天生は、あらゆる縛りから開放されるスペルカードだって」

「……あー」

 一人だけ困ったように笑っていた紫ねーさまがこちらの思考を読み、呆れ声で原因を指摘する。
 そうか、あの妙な感覚は全ての縛りが無くなった為でしたか。
 世界からの縛りが全て無くなれば、そもそも世界に存在する事が出来ない。
 自分で解説しておきながら自分で引っかかるとか、僕のうっかりも要らん一捻りを入れるようになったなぁ。
 いや、スペカには効果時間があるから大丈夫だと思ってたんですよ。実際に霊夢ちゃんは大丈夫だったワケだし。

「素人の貴方が、博麗の巫女と同じ感覚で夢想天生を使えるはず無いでしょう」

「ですよねー」

 何者にも囚われない博麗の巫女だからこそ、あのスペカを使っても戻ってくる事が出来るんだろうね。
 僕にはそこまで真似出来ない様です。出来ても困りますが。
 ……以前は「神剣の延長」のつもりで使ったから大丈夫だったんだろうなぁ。夢想天生を意識すると色々危ないかも。
 まぁどちらにせよ、あんな上手く夢想天生を使える事態がまず無いだろうけどね!
 いや無理です。本当に無理。目の前にお手本があって神綺さんの助けがあってテンションが高くてようやくなんとかなるレベル。
 ちょっと勿体無い気がするけど、こればっかりはどうしようも無いです。

「気をつけなさいね。と言うワケで晶、しばらく幽香の家で謹慎してる事」

「ほぇ!? ぼ、僕は何か至らない事を? ……かなりやらかしてる事は否定しませんが」

「違うわ、ゆっくり身体を休めなさいって言ってるの。――色々と考えたい事もあるでしょう?」

 う、見破られてる。さすが紫ねーさま。
 霊夢ちゃんとの弾幕ごっこ、怪綺面という新たなる力。
 衝撃的な事が色々とあったおかげで、僕の考えはあまり纏まっていないのです。
 まだちょっと身体もダルいし、謹慎と言う名の休息は実にありがたい。
 とか思っていたら、紫ねーさまがこれ見よがしにウィンクしてきた。ちなみにこの場合、見せつけてる相手は僕じゃなくて文姉です。
 久しぶりに頼りになる姉の姿を見られたと思ったら……そこで露骨に勝ち誇らんでくださいよ。
 ああ、文姉が歯ぎしりして悔しがっている。何で無駄に張り合うんですかお二人は。

「愛されてるわねぇ」

「あはははは」

 これから人里に住むらしい白蓮さんの事は気になるけど、とりあえず今は保留かな。
 最近はあちらこちらをウロウロしていたし、この機会に家でゆっくりとするのも有りかもしれない。
 
「えっと、そう言う事なんでしばらく家でゴロゴロしますけど……構いませんかね幽香さん」

「いつもの仕事をキッチリしていれば問題ないわ。ふふ、存分に心と体を休めなさい」

「はぐぁ!? 幽香さんにまで先を越されてしまいました! 文姉大ピンチ!!」

「文姉は何を言ってるんですか?」

「晶さん、お姉ちゃんにもチャンスを! 晶さんを気遣うチャンスを下さい!」

「はぁ、どうぞ」

 何を言うのか分からないけど、言う事があるなら言ってください。
 そんな気持ちで許可を出したら、文姉の顔が露骨に曇った。
 どうやら何も言う事が無かったらしい。ノープランで何を気遣うんですか文姉。

「……沢蟹には寄生虫が居るから生食は絶対にしちゃダメですよ、晶さん」

「知ってます」

 何も思いつかなかったにしても、沢蟹の食べ方指南は無いでしょう。
 そもそも台所に立たせて貰えない僕に対してその忠告は、ほとんど意味が無いですよお姉ちゃん。
 本人も分かってるのか、可愛らしい笑顔を装って必死に誤魔化そうとしています。誤魔化せて無いけど。
 あーらら、紫ねーさまってば超嬉しそう。わざわざ隙間で文姉の視界内に入ってまでニヤニヤと笑ってるし。
 さすがにそれは可哀想じゃありませんか? と言うか、勝ち誇る意味が良く分からないです。

「えっと、文姉が僕を気遣ってくれてる事もちゃんと分かってますからね?」

「そう言う事じゃないんですよ! 私はもっとこう、分り易い形で晶さんに感謝されたいんです!!」

「わ、わーい。文姉は頼りになるなー僕大好きー」

「おざなり過ぎますよ! でも満足しました」

 満足するんですか、安いよ文姉。
 そして紫ねーさまは何でそんな恨みがましそうにこっちを見るんですか、あんなテキトーな「大好き」がそんなに欲しいんですか。
 
「…………紫ねーさまも大好きですよー」

「適当ねぇ。でも満足したわ」

 何かのネタ振りなんですかソレ。
 たまにだけど、姉達が僕に何を求めているのか分からなくなる時があります。
 まぁ、普段も分かるようで分からない感じなんですけど。
 付き合いの長い二人だけど、完全に彼女らの事を理解しきるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
 むしろ、一生分かる事は出来ないのかもしれない。妖怪さんは本当に謎の多い方々です。

「……愛されてるわねぇ」

 あれ、なんか幽香さんちょっと不機嫌そう。
 さっきから、たまに幽香さんの機嫌が悪くなっているのは何故なんだろうか。
 まさか幽香さんも、僕に「大好き」って言ってほしかったとか? ……無いなぁ。それは絶対に無いなぁ。

「ああ、そうだ。ところで最後に一つ聞きたい事があるんですが」

「何ですか! お姉ちゃんが何でも答えてあげますよ!!」

「天狗は引っ込んでなさい。妖怪の賢者たる私が、貴方の疑問に何でも答えてあげるわよ」

「…………いつの間にか着替えてたんですけど、誰が僕の着替えを?」

 僕の疑問に応えて、文姉と紫ねーさま、さらに幽香さんまでもが実に嫌な笑みを浮かべてくれた。
 物凄い嫌な予感がする。聞くんじゃ無かった、そう思ってしまうほどの嫌な予感だ。

「あ、やっぱり答えなくていいです」

 なので僕は、即座にこの疑問を打ち切った。
 世の中には知らなくても良い事がたくさんあるもんね! ね!!
 ……いやまぁ、何となく事態は察してしまいましたが。
 僕は薄ら笑いを浮かべながら、ゆっくりと三人から目線を逸らすのだった。





 ――うう、もうお婿に行けないかも。今更か。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうも、『悪党が善人で正義の味方が下衆』って構図が世に溢れすぎてて若干食傷気味な山田です」

死神A「それは完全に作者の意見ですよね。死神Aです」

山田「ぶっちゃけ最初の挨拶が思いつかなかったので」

死神A「いや、それにしたってもう少し言い様が」

山田「そういう作品だと異種族系がとことん純粋で人間がとことん下衆くなってますけど、あれって一種の自虐なんですかね」

死神A「広げないでくださいよ、その話を!」

山田「じゃあ早速、最初の質問行きまーす」

死神A「いや、続けられるよりは良いですけど……無視を定番ネタにするのは止めてください本当に」

山田「良いじゃないですか、ドMですし」

死神A「そのネタは本気で拾わないでください!」


 Q:そういえば、晶君は時間停止=知覚できない咲夜さんのスペカ「プライベート・スクエア」をスペルコピーしていたはず。
   ならば、スペカ「夢想転生」もコピーできるのでは?


山田「とりあえず最初に訂正を、晶君は十六夜咲夜のスペカをコピーしてません。形だけ真似た殺人ドールのみ使える状況です」

死神A「でも、覚える事は出来るんですよね」

山田「できますよ、もう概念は理解してますから。オーバードライブ・クロウが必要ですけど、止まった時間も知覚できますしね」

死神A「するんですか?」

山田「しません。ちなみに夢想天生の方も、まぁギリギリコピーは可能です。コピーした後は知りません」

死神A「という事は、空を飛ぶ程度の能力の方も……」

山田「出来るかもしれませんね。した後の保証はしませんが」

死神A「まぁ、そうですよね。本編でもすでに痛い目あってますし」

山田「そもそも、本人がそんなチート能力を欲しがるワケ無いじゃないですか。晶君ですよ?」

死神A「……強くなる事を嫌がる主人公ってどうなんでしょう」

山田「何を今更」


 Q:上位面は位置的にはよくあるイベント専用のユニーク武器みたいな感じ方でいいですか?


山田「シナリオ後半で追加される、気力140以上で変形可能な特殊コマンドです」

死神A「あー、1シナリオ1回の縛りが入る系のシステムですね」

山田「はい、そして四季面天狗面は追加武装枠です。乱舞系でさらっとオーバードライブとか使ってるんでしょうね」

死神A「初参戦作品の時だけ換装コマンドがあるワケですか。…………幻想面は?」

山田「イベントで晶君が覚醒するまで敵で居続ける、ダメージを与えられない鬱陶しいボスユニットです」

死神A「味方には」

山田「なりません」


 Q:弾幕ごっこに関して敵はいないって言うのは分かるんですけど、妖怪達とガチの殺し合いになった場合(例えば幽香とか)、
   霊夢は勝つことは出来るんですか?


山田「天晶花の弾幕ごっこはガチ殺し合いに近いので、当然弾幕ごっこで戦える=ガチもそこそこイケると言う事になります」

死神A「つまり、博麗の巫女はガチでも勝てるって事ですかね」

山田「んー……難しい所ですね。とりあえず殺される事は無いです、防御的には無敵ですから」

死神A「つまり、攻撃的にはそうでもないと」

山田「本人に人妖を殺す意志が薄いというのもありますが、それを差し引いても打撃力がありませんから」

死神A「妖怪なら、符とかかなり効くんじゃ無いんですか?」

山田「効きますけど、死に至るレベルでは無いですね。ボロクソにはされるけど死にはしない感じですよ」

死神A「それはそれで酷くないですかね」

山田「まぁ、殺す気が無いだけで退治する気はありますから。ガチ殺し合いでも弾幕ごっこと結果は変わらない、と言っておきましょう」

死神A「何故だろう。良い事なはずなのに素直に称賛できない」

山田「博麗の巫女ですからね」

死神A「納得できるのが嫌だなぁ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・拾肆「三止九止/退屈凌ぎのホームワーク」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/04/29 21:38


「……おはよーごぜーます、ゆーかさん」

「おはよう、酷い顔ね。髪もボサボサよ?」

「色々考えてたら、頭の中が余計にゴチャゴチャになっちゃいまして」

「大変ねぇ」

「幽香さん……強さってなんなんでしょう」

「私にとっては、全てを捻じ伏せる為のモノよ」

「僕にとってはなんなんでしょう」

「なんだと思う?」

「妖怪と対等に接するためのモノ……でした」

「過去形なのね」

「自分で言うのもなんですが、それはもう今の強さで充分な気がします。つーか、一部の妖怪にはそれのせいで引かれてますし」

「あら、それじゃあ強くなるのはもう止めるのかしら」

「それもねー、どうかと思うんですよ。我ながら不安定過ぎる現状を維持するのは、後々の地雷になりそうな気が」

「ふぅん、ならどうするの?」

「……………………どーしましょー」

「ま、思う存分悩みなさい。気が向いたら相談に乗ってあげるわ」


 


幻想郷覚書 聖蓮の章・拾肆「三止九止/退屈凌ぎのホームワーク」





 謹慎初日……いや、昨日謹慎を言い渡されたから二日目なのかな?
 あんまりよろしくない寝起きに頭を痛ませながら、僕は遅めの朝食を摂っていた。
 
「しかしアレですね。自宅謹慎って、意外とやる事無くて途方に暮れますよね」

「貴方は毎日毎日、忙しなく生きていたものね」

 忙しないですか? まぁ確かに、一日中この家で過ごした事なんて数える程度にしかありませんけど。
 家にいるのは朝と夜だけなんて事はザラだし、たまに二日三日戻らない事もあるし。
 ……改めて考えると本当に忙しない生活をしているなぁ。いや、単純に廻る所がたくさんあるってだけなんですが。
 しかし今やれる事と言えば、炊事掃除洗濯花の世話に加えて本を読む事くらいだ。一気に減ってしまった。
 あ、後もう一つあったか。もうすでに‘今回’は終わっちゃってるけど、時期的に考えると……。

「失礼、晶殿が自宅で謹慎していると聞いたのだが……」

「珍しい客ね。晶ならそこに居るわよ」

「お久しぶりでーす、藍さん」

 そんな事を考えていたら、来るかなと思っていた張本人である藍さんが本当に現れた。
 彼女はこちらへ顔を向けると、完全に起きたてな僕の姿を見て眉をしかめる。

「……いっそ清々しい程に気を抜いてるな」

「いやいや、これは苦悩の結果なんです。僕も色々と思う所がありましてね」

 とは言え客観的に見てみれば、今の僕が休日のお父さん同然である事はあえて否定しない。
 なので僕は身体を起こし、小さく元気をアピールしてみる。
 うわぁ、苦笑されてしまった。変な事せずに大人しくしていれば良かったか。
 
「ところでだな、紫様は」

「朝方にエネルギーチャージをして、ツヤツヤな顔して出て行きました」

「アレは、確実に貴女が来る事を予測していたわね。辻斬り気味に現れて去っていったわよ」

 まだ太陽も昇っていない早朝に起こされ、五分近く抱きしめられた僕はいい迷惑でしたけどね。
 ちなみに、草木も眠る丑三つ時にも同じ事をされました。その時の犯人は文姉です。
 何でも今日は仕事で、ほぼ一日中妖怪の山に篭りっきりになるんだそうで。
 ……忙しい時には弟を抱きしめて謎のエネルギーを補給するルールでもあるのだろうか、姉には。
 そしてよくよく考えると、僕がロクに眠れなかった理由は悩んでたせいじゃ無くて二回も叩き起こされたせいなのでは?
 ふとそんな事を思ったけれど、些細な問題なので気にしない事にした。
 なんかそれだと僕って、重大な悩みがあってもぐーすか眠れる無神経なヤツみたいじゃん。違うからね。

「そうか、やはりな……」

 藍さんも予測していたのか、あまり残念そうで無い口振りで肩を竦める。
 まぁ、紫ねーさまですからねぇ。僕程度の存在が鈴の付いた首輪になるワケが無いのですよ。
 僕の為なら何でもするよ! と言うスタンスを取ってはいるけど、何だかんだでやっぱり自分の事が最優先なんだよね。当然だけど。
 そういう姉達のシビアな所はわりと嫌いじゃないです。つーか、自分の事よりこっちを優先してくる愛情は重過ぎて扱いに困る。

「少なくとも今日は、どう足掻いても紫ねーさまに会う事は出来ないと思いますよ」

「うむ、私も紫様の式をやって長いからな。そこらへんの匙加減は嫌というほどに分かっている」

「ねーさまですからねー」

「紫様だからな」

 藍さんも苦労してるんだなぁ。疲れを具現化させた様なその溜息に、式の悲哀を見た気がする。
 紫ねーさまの場合、藍さん困らせる為だけに雲隠れとかもしてそうだ。
 お茶目な人です本当に。とりあえずそういう事で片付けておきます。……迂闊な一言で何が起こるか分からないしね!

「ところで藍さん、今日はお忙しいのですか?」

「忙しかったら君の所へは来ないさ。今のところ、危急の要件はないな」

「それならゆっくりしていってくださいよー。紅茶入れますよー」

「…………えと」

「安心なさい。この子、飲み物はやたら上手に入れるから」

「……………そうか。飲み物だと美味いのか」

「……………そうなのよ。飲み物は美味しいのよ」

 はて、今のやり取りでどうして幽香さんと藍さんの顔が曇るのだろうか。
 首を傾げつつも、僕は了承を得たと判断して勝手に彼女の分の紅茶を用意した。
 幽香さんも僕に料理を一切作らせてくれないから、出来る炊事ってこれしか無いんだよねぇ。
 前に天晶異変が終わった後、「これからもヨロシク」って事で肉じゃがを作ってからだったっけ。禁止命令が出たのは。
 何が悪かったんだろう。味がお気に召さなかったとか? でも幽香さん、ちゃんと美味しいって言ってくれたしなぁ。
 そういえばあの後、幽香さんが一日ほど謎のお篭りをしていたけど……アレは何だったのだろうか。 
 その後もしばらくは調子悪そうにしていたし。――妖怪には肉じゃがアレルギーとかあるのかな。

「で、座らないんですか?」

「……ああ、そうだな。家主が良ければ休ませて貰うが」

「構わないわよ。益体のない唸り声しか上げない晶と一緒にいてもつまらないし」

「思う存分悩んで良いんじゃなかったんですかー」

「悩む事を止めろとは言わないわ。でも辛気臭いのは鬱陶しいから止めなさい」

 はっはっは、まったく幽香さんは無茶を言いおる。
 まぁ、僕自身もウジウジしてる自分は若干ウザいなーと思っていましたけども。
 
「そう言う事ならお邪魔させてもらおうか。晶殿の『宿題』を確認してもおきたいしな」

「あ、そうでしたそうでした」

 やれやれと笑いながら、藍さんがゆっくりと椅子に座った。
 背もたれが九つの尾の邪魔になりそうなのに、彼女は手で整える事もなく平然と腰掛けてみせる。
 うーむ、熟練の業だ。些細な事だけどなんか面白い。
 そんな事を気にしつつ、僕はポケットから封筒に入った書類を取り出し藍さんに手渡した。
 アレ、藍さんどうしたんですか変な顔して。

「……収容力が欠片も無さそうなそのポケットから、どうしてそのサイズの封筒が出てくるのだ?」

「あえて言うなら、紫ねーさまのお力です」

「紫様、晶殿に甘過ぎますよ……」

 自称「身内贔屓する女」ですからね、あの人。
 とは言えねーさまの場合、本当に贔屓している時と何かの布石を打ってる時があるからなぁ。
 これも果たして、贔屓なのか布石なのか。まぁ、気にしてもしょうがない事なので気にしませんけど。

「まぁまぁ、とりあえずブツの確認をお願いしますよ」

「その言い方はどうなんだ……。まぁいい、内容を確認させて貰おう」

 そう言って、藍さんが慣れた手つきで書類をめくる。
 出来るキャリアウーマンみたいだ。格好だけ見ると道士や仙人にしか見えないんだけどねー。
 ちなみに今僕が提出したのは、藍さんから定期的に渡されている「宿題」である。
 もちろんそこに比喩的な意味は一切無い。ガチで「自宅で行う課題」と言う意味での宿題なのです。
 緋想異変の後くらいから、藍さんが送ってくるようになったんだよね。
 調べるのを前提としたかなり頭を使う内容だから、毎回問題を解くのに苦労してます。楽しいから良いけど。

「ふむ、完璧だな。少し突っ込んだ内容も増えてきたのだが……この様子だと問題無さそうだ」

「えへへー。こういう情報を集める場所、かなり知ってますからね!」

「晶殿の優秀さと勤勉さは、こちらにとってもありがたいよ。色々と安心出来るからな」

「優秀で勤勉で安心……およそ晶からかけ離れた評価ね」

「うむ、私も驚いている。どうやら晶殿は、座学に限定すれば実に有能な生徒だと言う事になるのだ」

「今ちょっと寒気がしたわ」

「私もだ」

 ははは、好き勝手言われとる。
 これでも僕は、進学校に何の問題もなく進める程度の品行方正さと知性を持ってるのですよ?
 ……うん、自分で言っててちょっと寒気がした。知的キャラで売るのは無理だ。色々と無理がある。
 
「ところで晶殿、今の間隔で宿題を出して問題は無いか? 負担があるようなら期限を伸ばすが……」

「いえ、全然平気ですけど? えっと、何か辛そうに見えましたかね」

「君の平時の慌しさを聞いてると、宿題なぞやってる暇は無いように思えるのだよ」

「それ、幽香さんにも言われました。僕ってそんなに忙しそうですか?」

「最近では「久遠晶は複数存在し、どこにでも現れる」と言われる様になっているぞ」

「何者ですか僕は」

 ここのところ、扱いがますますトリックスターっぽくなってる気がする。
 しかも狡知じゃなくて無貌の方。いや、どっち扱いでも嫌な事に変わりは無いですけどね。
 そろそろ僕の顔を見て、正気度をボリボリ下げる人達も出てきそうだ。
 あ、すでにもう居ますか。僕の顔見て悲鳴を上げて逃げ出す妖怪とかも居ますか。
 あははははは、泣こう。

「実はここに居る貴方は偽者で、本物が他で暗躍しているとか無いわよね」

「幽香さぁん!?」

「………冗談よ」

 明後日の方向を見ながら言うの止めてください、地味に堪えます。
 そりゃまぁ僕は分身も使えますけど、そういう器用な真似は一切出来ませんよ?
 つーか、僕は意図して場を引っかき回す事は出来ないんです。……いつの間にか引っかき回ってた事は何度かあったけど。

「ともかく僕の方は大丈夫です。むしろ藍さんの宿題は楽しみの一つなので、ペースが落ちると困ります」

「……楽しいモノなのか?」

「えぇ、とっても!」

「君は何というか……とても変わっているな」

「え、その評価は酷くないですか!? 宿題大好きってそんなに変!?」

 いや、確かに言葉面だけ見れば変わり者そのものですけどね。
 内容は基本的に僕の大好きな幻想関連の事ばかりなんで、ぶっちゃけ好きな事やってるだけの話なんですよ。
 むしろ問題と言う形にしてくれてるおかげで、知識の理解がしやすくなって助かってます。
 ……ちなみに何度か、調べても分からない問題を他の人に聞いた事があったのですが。
 その時の感想が、軒並み「まぁ問題としては優秀じゃね? つまんねーけど」だったのは黙っておこう。
 あ、誰が言ったのかは黙秘させて貰います。……意外と多かったしね、うん。

「貴方って、言動がいちいち被虐的よね」

「宿題を面白がっただけでマゾ扱いされた!?」

「確かにそうだが、行動はむしろ加虐的だと言えるだろう」

「そうね、生粋の加虐嗜好ね」

「あまつさえ幽香さんにサド扱いされた!!」
 
「あらあら、生意気な事を言うお口はこれかしら」

「あ、スイマセン幽香さんゴメンナサイ。だから頬を引っ張るのは止めてくだひゃい」

 今のは別に幽香さんがドSの化身だとか、そう言う事を言ってるワケじゃじゃじゃじゃイタタタタタ。
 わぁ、意外と本気で引っ張られてる。結構幽香さんのご機嫌を損ねてしまったらしい。

「……微笑ましい事だな」

「何よ、その生暖かい視線は。ヒネるわよ」

「幽香ひゃん、出来れば今日は荒事無ひでお願いひたいんでふが」

「そこは相手次第ね。どうするの?」

「すまん、喧嘩を売っていたワケではないのだ。ただ純粋にそう思ってな」

 そう言って、紅茶を一口飲みながら藍さんは苦笑する。
 どうやら思っていた事が、ついポロッと口から漏れてしまったらしい。
 その手のうっかりはしそうにない、堅実な人だと思ってたんだけど……意外だなぁ。
 等と思っていたら、藍さんも自覚があると言わんばかりに苦笑した。

「これほど和やかな時間を過ごした事はなかなか無くてな。少しばかり気が緩んでしまったようだ」

「ああ……藍さんも結構忙しい人ですからね」

「はは、こんな事なら橙を連れてくれば良かったよ」

 橙――確か、藍さんの式だったっけ?
 話には聞いてるけど、未だに会った事の無い子だ。……藍さんが猫可愛がりしてるってのは聞いてるけど。
 しかしそうか、やっぱり藍さんって仕事が忙しいんだね。
 気丈に振舞ってるけど、かなりお疲れなのかも。
 ふむ、ここは紫ねーさまの弟として藍さんを労うべきですかね。
 僕は立ち上がって藍さんの背後に回ると、彼女の両肩を思いっきり掴んだ。
 うわぁ、メチャクチャ肩凝ってるや。
 式と人間の身体構造の違いは分からないけど、これは真面目に身体を休ませた方が良いかも。
 
「お、おい、晶殿? いきなり何をするんだ?」

「マッサージですよマッサージ。いつもお疲れな藍さんを労うって事で」

「いや、そこまでして貰わんでも……」

「ふっふっふ。気を使う程度の能力を持つ僕は、触れた相手の気の流れを正す事でより効率的に身体をほぐす事が出来るのですよ」

 美鈴直伝の気功マッサージ、保護者三人からも大好評なのです。……皆あんまし凝ってないから意味ないけど。
 しかし藍さんは身体ガッチガチだなぁ。これはまた、ほぐしがいのありそうな。
 
「むぐっ、こ、これは……」

「うぇひひひひ。お客さーん、凝ってますねー」

「……笑顔が思いっきり邪悪になってるわよ、晶」

 ちょっと楽しくなってきました。うむ、こうなったら身体がグニャグニャになるくらい藍さんをほぐしてやろうでは無いか。
 微妙に本来の目的から外れながらも、藍さんの肩を丁寧にマッサージする僕。
 語弊の無い様に言っておくと、僕は肩以外を触ってはいません。
 肩を揉みほぐしながら、気の流れを操って全身のコリをほぐしているだけです。
 お、藍さんも気持ちよさから顔が若干蕩けてきた。うむうむ、このままリラックスして貰って……。

「はっ!? い、いかん!!」

「はにゃ!?」

 いきなり険しい表情になった藍さんが、慌てて椅子から立ち上がった。
 無理矢理解かれた僕の手が、虚しく宙空を彷徨う。
 はて、何か気分を損ねる様な真似をしたのだろうか。
 僕が再び疑問から首を傾げていると、藍さんが恥ずかしさを隠すように小さく咳をした。

「ごほん。気持ちは有難いが、あまり慣れ合うワケにもいかん。私はあくまで君の監査役なのだからな」

「えっと……ご迷惑でしたかね?」

「いや、迷惑と言うワケでは無いがな。正当な評価を下すためには、やはり対象と適切な距離を置いた方が……」

「仲良くなり過ぎると採点が甘くなっちゃうから、懐いてこないで――だそうよ」

「か、風見幽香!?」

「蛙の子は蛙。何だかんだで貴方も身内には甘いのね」

「ぐむむ……」

 わー、幽香さんってばイキイキしてるなぁ。
 図星を突かれたらしく顔を真っ赤にする藍さんを見て、彼女は満足そうにニコニコと笑う。
 そう言う事やってるからサディスト扱いを……ゴメンナサイなんでもないです。
 しかし藍さん、ヤッパリ身内に甘かったのか。
 まぁ、幻想郷は身内贔屓しまくる人ばっかだから、藍さんがそうでも特に驚く事は無いけれど。
 ……自分の式に甘いって話も聞いてたし。そんな焦って隠すような話でも無いような気がするのですが。

「ふふふ、今確信したわ。貴女、さり気なく晶に対してイイ格好しようとしていたわね」

「な、なんの事だ?」

「今日はいつも以上に固いと思ってたけど、なるほど理由が分かったわ。先輩風を吹かせたかったワケか」
 
「……へー、そうなんですか」

「そうよ。確かに元々お固い式だけど、お節介なくらい面倒見が良いのはおかしいと思ってたのよね。ふふふふふ」

 わぁ、本当に死ぬほど楽しそうだ幽香さん。
 確かに言われてみれば、緋想異変以後の藍さんは「僕が正しい道を進むか見守ろう」的な態度だった気がするけど。
 アレは藍さんの素じゃなくて、少しばかり背伸びをしていたのだろうか。
 そんな事を思って藍さんの顔を見ようとしたら、彼女は紅茶を一気飲みして玄関へと向かっていく。

「そ、それでは私は失礼させて貰う! 次回の宿題はまた今度な!!」

 そのまま早足で去っていく藍さん。どう考えても的中ド真ん中って感じです、本当に。
 扉を締める事もせずそのまま逃げ出した彼女を見送った僕は、尚もニヤニヤ笑う幽香さんへ振り返った。

「……僕はこれから、藍さんにどういう反応をすれば良いのでしょうか」

「今まで通りで良いと思うわよ。困るのは相手だけだし」

 鬼がいる。いや、花の妖怪だけど。
 散々弄れてご満悦といった様子の幽香さんの姿に、僕はフラワーマスターの恐ろしさを再確認したのだった。
 ……藍さん、しばらくは太陽の畑に来られないだろうなぁ。




[27853] 聖蓮の章・拾伍「三止九止/よろしく! センパイ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/12 23:53

「ふぁぁあ……おはよーです、文姉」

「おはようございます、晶さん。随分と面白い事になってますねぇ」

「自宅に篭りっぱなしで、ぶっちゃけ調子が悪いんです」

「たった数日外出しなかっただけで、そこまでなっちゃうもんですか」

「何もしてない時間が多すぎて、どうにかなってしまいそうですよ」

「……動いてないと死んじゃう系の生き物ですか、貴方は」

「そうかもしれません。ふぁ……ところで、家主の幽香さんは?」

「出かけましたよー。くふふ、今日は隙間もいないので私の一人勝ちです」

「文姉大勝利なのは結構ですけど、これからどうするんです? 僕はとりあえず、掃除か洗濯かをしようと思っていますが」

「それはですね! ……それはですね」

「はぁ」

「…………どうしましょうか」

「文姉も大概、動いてないと死んじゃう系の生き物ですよね」

「ふふふ、やはり姉弟って事ですか」

「喜ぶポイントなんです、そこ?」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾伍「三止九止/よろしく! センパイ」





 結局やる事が思いつかなかった僕等は、二人で家の中を掃除する事になった。
 とは言え普段から小まめにやっている事なので、二人がかりで行うと途端に仕事量が少なくなってしまう。
 早々に仕事が無くなりそうだなー。等と思っていると、玄関の方からノックが聞こえてきた。

「はいはーい、新聞なら取りませんよー」

「晶さん。太陽の畑にやってくる程の勇気を持った烏天狗は、私以外にいませんよ」

 それもそうか。と言うかまず、普通のお客様がココには来ないよね。
 しかしだとすると一体何者が訪ねてきたのだろう。僕は訝しみながら扉を開けた閉めた。

「文姉、バリケードになるものを持ってきて! 急いでココを封鎖しないと!!」

 僕はドアノブを両手で抑え、氷の柱で即興の支え棒を作成した。
 さらに風を操って、開けていた窓を全て閉めカギをかける。
 本当は、氷の塊で入り口という入り口を全部封鎖したいけれど……僕の能力だと後始末はできないからなぁ。
 家中水浸しにして幽香さんにオシオキされても困るし、ここは家にあるモノで何とかしないと。
 机? 棚? 箪笥? うむむぅ、どれも重さと強度が足りなさそうだ。
 
「いきなりどうしたんですか? 玄関に死期を知らせる死神が居ました、みたいな反応をして」

「僕にとっては死神以上の存在です。どうして居るのか知りませんが、あの表情は確実にヤる気でした……」

「いきなり扉閉めてるんじゃないわよ!!」

「きゃあ、容赦なく入ってきた!?」

「おやおや、鈴仙さんではありませんか。……また後先考えないご登場で」

 華麗な飛び蹴りと共に、怒りに満ちた表情の姉弟子が家の中へと入ってきた。
 僕は急いで氷の板を作り出すと、姉弟子の視界から逃れるようにその影へと隠れる。
 ――まぁ、それで隠れるはずが無いのですが。
 当然キッチリこちらの姿を補足している姉弟子は、見られるだけで死にたくなる視線で僕を睨みつけてきた。

「……久しぶりね、晶」

「お、お久しぶりです。姉弟子」

 ヤバい、他に捉えようの無いくらい明確な殺意だ。
 誤解の無いよう言っておくけど、これは僕が姉弟子を閉め出したからではない。
 玄関を開けた時点で、もうすでに姉弟子は臨戦態勢だったのです。……何ででしょうねマジで。
 
「きょ、今日はどのようなご用件で……?」

「診察よ、診察。自覚は無いでしょうけど、アンタは一応病み上がりなのよ?」

「そ、そうなんですか」

 トドメを刺しに来たワケじゃ無いんですね、とは聞けなかった。なんか頷かれそうな雰囲気だったし。
 なので僕はさっきまでの事が無かったかのような振る舞いで椅子を動かして、簡易的な診察場を居間の真ん中に作成した。
 そのまま、姉弟子の様子を窺いつつ椅子に座るよう無言で促してみる。
 すると彼女は殺気をバラ撒きながらも、素直に席へと座ってみせた。
 ……うーむ、その素直さがちょっと怖い。普段だったらブチ切れる所で大人しくしているとは。
 普段が噴火寸前の活火山だとしたら、今の姉弟子は燻りまくった不発弾って感じだ。
 爆発しそうな所は同じなんだけど、妙なタメがあると言うか爆発まで少し手順が必要な感じがすると言うか。
 なんだろう。怒ってる……のは確実なんだろうけど、何に対して怒っているのやら。

「さて、そこに座りなさい晶」

「あ、はい」

「とりあえず、事情を説明して貰おうじゃないの」

「えっと、身体の方は特に問題無くてですね…………」

「アンタの健康状態はどうでも良いのよ!!」

「ええっ!?」

 この流れで僕の健康以外、何を話せばいいのでせうか?
 僕は振り返って、斜め後ろに保護者席を設けていた文姉に救助の視線を送った。
 しかしスルーされた。チクショウ、見学してるだけで手助けは無しですか。

「どうせ異常は無いんでしょう。診察なんて適当で良いから、さっさと話を聞かせなさい」

 あまつさえ診察なんかどうでも良いと言われた。僕にどうしろと。
 えーっと、とりあえず姉弟子は僕にお話があったと言う事で良いんですよね?
 診察はそのついでと言う事で。……お師匠様に怒られても知らないよー。
 まぁ、聞きたい事があるなら答えようじゃないの。僕は姿勢を正して彼女の顔を見つめた。
 ――うわ、全然こっちの顔を見てないし。
 胡乱な瞳でこちらの全体像をただ眺めている姉弟子の姿に、僕は底冷えするモノを感じざるを得ない。
 
「アンタさ。ここ最近、私の事を避けてない?」

「そうですね――危なっ!?」

 今、躊躇無く目を撃ち抜こうとしたよこの人! 色んな意味で本気だ!!
 まぁ気持ちは分かるけど。うん、今の物言いは我ながら直球過ぎたと思います。
 いやでも、お師匠様に「会ったらどう爆発するか分からない」と言われ、その後再会した本人に撲殺されかけたら避けもするよね。
 ただでさえ姉弟子には苦手意識があるのに……ぶっちゃけ、若干トラウマになってますよ僕?

「別に、晶さんが避けてても良いじゃないですか。鈴仙さんにとっては喜ばしい話では?」

 そうしてこちらが返答に困って右往左往していると、静観していた文姉が姉弟子にツッコミを入れた。
 言われてみればそうだ。僕を見る度に何かしらネガティブな感情を浮かべていた姉弟子には、避けられている方が幸運なのでは無いか。
 同意を込めて姉弟子を見ると、彼女は実に複雑そうな表情で文姉の問いに答えた。

「――こっちはね、覚悟を決めていたのよ」

「はぁ、覚悟ですか」

「次にアンタと会った時、どういう態度を取ろうかとか。どう接しようかとか。色々と考えていたワケなのよ」

「お疲れ様です」

「それなのにアンタは! 一向に現れないまま、無駄にそこらかしこで大暴れして!! おかげでこっちの考えはメチャクチャよ!」

 話している途中でヒートアップしてしまったらしい姉弟子は、掴んだ僕の首をガクガクと振りながら叫ぶ。
 どうやら、よっぽど鬱憤が積み重なっていたみたいだ。
 さっきまでの燻りまくった胡乱な態度よりはマシだけど、いつもどおりもそれはそれで辛いです。
 と言うかですね。こんな事を言ったら、姉弟子ブチ切れ確定なのは分かってるんですけどね。
 ……結局姉弟子は、何に怒ってるんですか?
 どうも僕が好き放題していた事が原因みたいだけど、それで姉弟子が不利益を被った事は無かったはず……だよね?

「要するに晶さんへ言いたい事やりたい事が溜まりすぎて、自分でもワケが分からなくなってしまったと。わー、アホらし」

「ぐむっ」

 あ、そう言う事でしたか。
 確かに緋想異変以降、二人でしっかり話す機会は無かった気がする。
 その間、姉弟子は内に色々と溜め込んでいたんだろうなぁ。
 それを爆発させる事も出来ずに、延々と熟成させた結果があの鬱屈とした状態か。
 ……適当な所で発散させるなり思い切って忘れるなりすれば良いのに、姉弟子ってば本当に頭固いよね。

「う、うるさいわね! こっちは晶の事で、寝られなくなるぐらい悩んだ事もあったのよ!?」

「悶々として寝られなかったとか、思春期の男子ですか」

「そういう意味じゃない!!」

「えっと、良くわからないけどスイマセン?」

「意味が分からないなら謝るなバカ!」

 仰る通りで。とにかく姉弟子は、僕に会って色々な感情の整理を付けたかったワケだ。
 と言うか現在進行形で、彼女は溜まりきったアレコレを発散しているのだろう。
 僕の顔を摘んだり引っ張ったりしている彼女は、徐々にだけどいつもの姉弟子に戻りつつあった。
 あっさり戻ってる所が姉弟子らしい。やっぱり負の感情を溜め込めない人だよなぁ。

「あー腹立つ。アンタは結局、私にとってどういう存在なのよ!」

「可愛い可愛い弟弟子ですよ!!」

「死ねっ!」

「ですよねげふぅ」

 我ながら死ぬほどウザいとは思ってました。でも正直、弟弟子以外に言い様が無いですよね?
 あ、友達とか――止めとこう。今ここでそれを言ったら、罵声とボディブローじゃ済まない気がする。
 
「前々から思っていましたが、鈴仙さんは晶さんを意識し過ぎてるんですよ。だから噂程度でも動揺したり焦ったりするんです」

「……誰が意識してるって言うのよ、誰が」

「傍から見て一発で分かる程度に露骨ですから、惚けても無駄ですって。貴女は分り易すぎるんですよ」

「うぐぐ……」

「そーなんですか?」

「そーなんです」

 そういや前に妖夢ちゃんも言ってたなぁ。姉弟子は、僕の事を怖がっているとか何とか。
 そんな姉弟子にとって、僕は遠ざけたいけど無視できない存在なのだろう。
 ……最近は、色んな所で色んな噂が広がってるからなぁ。そりゃ姉弟子も悶々とするワケですよ。
 うーむ。姉弟子自身の問題だから僕に出来る事は無いと言われたけど、それでほっといてこの結果だからなぁ。
 僕からも何かアクションを起こした方が良いのかもしれない。例えば……そうだね。

「よっし姉弟子、これから質疑応答タイムに入ろう!」

「……はぁ?」

「僕が姉弟子の疑問になんでも答えちゃいます! そうやって僕を知って、どういう存在かをはっきりさせると良いと思うよ!!」

 あ、物凄い怪訝そうな顔してる。
 無理もあるまい。正直、言ってる自分でも妙な提案だと思う。
 でも、他に良い方法を思いつかないからなぁ。
 なのでここは、姉弟子が僕に対して溜め込んでいた疑問質問を吐き出してもらおうじゃないか。
 ひょっとしたらそれに答える事で、彼女の態度が軟化する可能性が……無いな、うん。

「……そうやって、また騙すつもり?」

「いえいえ、今回はマジです。なるべく素直に回答しますんで、姉弟子のモヤモヤを晴らしちゃってください」

「ま、悪くない提案だと思いますよ。鈴仙さんは晶さんを避けすぎてて、意外と晶さんの事を分かっていませんからね」

「むぅ。それじゃあ聞くけど……アンタ私の事どう思ってるの?」

「超怖い人だと思ってますわぎゃぁ!?」

「何で私が怖い人になるのよ!」

「そう言う事したり、睨んだりしてくるからですよ!」

 ここまで露骨に殺意と攻撃をぶつけてくる人が、怖くないワケ無いじゃないですか。
 どうやら姉弟子は、僕に恐れられていると言う自覚があまり無かったらしい。
 僕的には、だいぶ分かりやすく態度に出ていたと思ったのだけど……ああ、文姉もそう思ってましたか。ですよねー。

「……アンタは、卑屈な態度を取りながら内心で私を小馬鹿にしていると思っていたわ」
 
「はぇ? 何で僕が姉弟子を小馬鹿にするので?」

「そりゃまぁ、あんだけ好き放題に翻弄してたらナメられているとも思うでしょう」

「アレは姉弟子の隙をついてるだけです。と言うか、本気で舐めてる相手だったら翻弄なんて事はしません」

 ぶっちゃけ純粋な実力で言うなら、自分よりも数段上だと思ってますとも。
 まともにやり合ったら確実に負けると分かっているからこそ、不意をついたり混乱させたりさせているワケで。

「どっちかと言うと、姉弟子の事は尊敬してますよ? 強いし賢いし真面目だし――睨まれると怖いけど」

「え、あ、うん。……そうなんだ」

 あれ? 何だか姉弟子が物凄い呆気に取られてるぞ。
 どうしたんだろうか。何か、思いもしなかった事を言われたみたいな顔をしている。
 僕の評価、そんなに意外だったのだろうか。
 まー、僕の態度は基本相手を敬っている様に見えないと評判だけど。
 ここまで驚かれるって事は、姉弟子の中の僕はよっぽど彼女を見下していたのだろう。

「自分の宿敵だと思っていた相手が、自分を敵視するどころか尊敬していたと聞いて拍子抜け。って感じですね」

「そ、そんな事無いわよ」

「露骨に敵意が失せてますよ。本当に分り易いですねー、貴女は」

「ぐむむむ……つ、次の質問よ!」
 
「了解です。ガンガン答えちゃいますよ!!」

「えっと――えっと――」

 さすがに急過ぎるフリで、質問の内容が思いつきませんか。
 と言うかどうも、最初の返答で姉弟子の勢いを思いっきり削いでしまったようです。
 憑き物が落ちきってしまった。みたいな表情の姉弟子は、まるで何かに縋るようにして新しい質問を考えている。
 ふむ、ここはこっちから何か言ってみた方がいいのかな? 出来る限り友好的な態度で。

「とにかく、僕は姉弟子の事が大好きですよ!!」

「死ねい!」

「ごふっ!? なっ、何故に地獄突き!?」

「イラッときた。こっちの葛藤をちっとも分かってない、そのお気楽極楽っぷりにイラッときた」

 分からん。姉弟子の考えている事がちっともさっぱり分かんない。
 とりあえず助けを求めるべく、僕は文姉の方を振り向いてみた。
 ……アレ、なんだろう凄くつまらなそうな顔してる。

「うーわー面倒くさい。この兎、思春期の男子の二倍くらい面倒くさいですよ」

「な、何の事よ!!」

「言っていいんですか? 晶さんの前で、鈴仙さんが何の事で葛藤しているのかを」

「おぐっ」

「文姉、姉弟子が何に戸惑っているのか知ってげふぅ!?」

「うるさい、追求するんじゃないわよ!」

 ダメだ。もう何か、誰が何を言っても姉弟子が僕を殴る流れが出来上がりつつある気がする。
 ここは「そろそろお開きにしましょうかー」と言ってしまった方が、僕の被害を抑えられると思うのですが。
 無理だろうなぁ。言っても殴られるだけだろうなぁ。
 うん、覚悟を決めよう。僕は姉弟子の機嫌を守るためにサンドバックになるよ!
 ――そんな僕の覚悟は無駄にならず、結局その後の質疑応答タイムでも僕はシバかれ続ける事になったのでした。
 まぁおかげで、若干姉弟子の心象もマシになったんでよかったという事にしておきます。ええ、しておきます。





 ……だけどあの人、結局診察らしい診察は一切しなかったね。別に良いですけど。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「うぇるかむ、この狂った時代へようこそ! 私が山田さんです!!」

賢将「……待ってくれ。何故私が、この世界の裏側であり最北端であるこの場所に呼ばれなければならないのだ」

山田「やだなぁ賢将(笑)さん、貴女ならとっくに分かっているんでしょう?」

賢将「君の相方は、あの不憫属性を凝縮した死神じゃないのか」

山田「馬鹿め。死神Aはすでに始末したわ」

賢将「私は穴埋め役か……」

山田「そう言う事です。どうせ本編でも似たような事してるんですから、観念してツッコミに専念しなさい」

賢将「汚れ役の経歴しか付かん無報酬の仕事場で、延々と胃を痛めてツッコミするのか。……泣きたくなるな」


 Q:晶君は進学校に行ける程度だそうですが、早苗さんを含めて偏差値ってどの程度なんですか?


山田「わりとヒくくらい頭良いですよ、両者共に」

賢将「……言わんとせん事は分かる」

山田「中学時代のテストではどっちも上位組で、晶君も余裕の推薦を取って進学校へ進んでます」

山田「ちなみに風祝は中学卒業前の時点で幻想入りを決めていたので、ハナから進学の意志がありませんでした」

賢将「ふむ。で、具体的な偏差値は?」

山田「そういう数値は具体的に出すと面倒な事になるので、しません」

賢将「……それでは、質問に答えていないのと同義ではないか?」

山田「ああ、これくらいかなぁと察してくれれば良いんですよ。ちなみに中学も進学校も極々平均的な所です」

賢将「飛び抜けた天才ではないが、秀才と呼ばれる程度には優れていると言った感じだな」

山田「まぁ、幻想郷じゃほぼ無意味な賢さなんで深く気にしなくて結構ですよ。所詮学校教育なんてそんなもんですあはは」

賢将「状況が特異過ぎるだろう。学校教育以外の常識も通じない場所だぞ、幻想郷は」

山田「ケッ、真面目っ子ぶりやがって」

賢将「そう言うコメントを言わせるために呼んだのは貴女だろうが……」


 Q:つまり、その二人が出た今なら山田っちゃんも最下位を脱出できるのでは!!
   幻想卿乳くらべ最新版!教えて ぺチャパイ 貧乳 山田先生!!(某熱血教師風


山田「まぁそういうワケです。ポチッとな」

死神A「あぎゃー!?」

賢将「今、この件で始末されたと思しき死神がまた同じ理由で始末された様な気がしたのだが」

山田「ムシャクシャしてやった、今も後悔はしていない」

賢将「そうか。……それじゃあとっとと質問に答えてやってくれ、死神Aが何度も酷い目に遭う前にな」

山田「そうですね、では幻想郷最新版乳くらべと参りましょう。――ポチッと」

死神A「勘弁して下さい山田様ぁぁぁああああ!?」

賢将「哀れな……」


巨 死神A 小町 衣玖 お空
  幽香 美鈴 神奈子 幽々子 勇儀 白蓮
  紫 永琳 雛 魅魔
↑ パチュリー 早苗 メルラン 藍 一輪
  アリス 文 星
  慧音 神綺 パルスィ
普 咲夜 妹紅 鈴仙 リリカ 水蜜 魔理沙
  輝夜 椛 小傘 霊夢
  小悪魔 にとり 秋姉妹 お燐
↓ メディスン リグル ルナサ ヤマメ
  大妖精 てゐ 妖夢 ミスティア キスメ 
  レミリア チルノ ルーミア フランドール 諏訪子 橙 さとり こいし ナズーリン
貧 阿求 山田 映姫 天子

無 晶 上海人形 傘 神剣 雲山 霖之助


山田「人数が増えてきたって言うか、貧乳ブービーの数が多くなったので名前は短くしています」

賢将「……私はブービーなのか。てっきりワーストだと思っていたのだが、フリ的に」

山田「作者的に、貧乳四天王に匹敵する逸材は地霊殿星蓮船組には居ないそうです。ケッ」

賢将「それと、地獄烏がシレッと最上位に居て聖が次点に甘んじてるのは……」

山田「聖人の方は相対的評価です。きょぬーは確実だとしても、横に並んでるメンツと五分かなー。だそうです」

賢将「それを言うなら、地獄烏も同じだと思うが」

山田「……邪神曰く『無垢な心にナイスバディと言うギャップに勝てなかった』そうですよ」

賢将「つまり趣味か」

山田「そうです。――ポチッとな」

死神A「いっそ殺してぇぇぇぇえええ!?」

賢将「……ムゴい」

山田「とりあえず後で邪神は葬っておきますね」

賢将「好きにしてくれ。……ところで、無乳の所なんだが」

山田「そこは触れてはいけない部分です。無視してください」

賢将「あ、ああ……分かった」

山田「ではでは、今回はこのへんでー。――えい、十六連打」

死神A「結局アタイが痛い目に遭う役なんですかぁぁぁぁああああ!?」

賢将「………………………………………………………………………………………………帰って寝よ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・拾陸「三止九止/たのしい三者懇談」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/13 21:59


「アリスー、お届け物が来たよー」

「届け物? ――ああ、きっと神綺様ね」

「んしょ……んしょ……はぁ、すっごく大きいねー」

「そうね。今度はどんなアイテムを……あら?」

「わ、お菓子がいっぱい!」

「食べ物ばっかりか、珍しいわね。違うのはこの鎖くらいかしら」

「食べてイイ? 食べてイイ?」

「ちょっと待ちなさい。神綺様の事だから、私宛の手紙が……あった」

「えへへー、おいしそーだね」

「そうね。えーっと何々…………………………………………」

「…………アリス?」

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――ふぅん」

「あ、アリス? どうしたの?」

「ふふっ、なんでもないわよメディスン。ふふふふふ」

「…………絶対に晶だ。晶が何かしたんだ」

「それじゃあメディスン、そのお菓子食べてて良いから留守番お願いね。私はちょっと出かけてくるから」

「ど、どこ行くの?」

「――晶のド馬鹿をシメてくるわ」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾陸「三止九止/たのしい三者懇談」





「くぁ……うーむ、これは本格的にマズいですよ」

 僕は額をテーブルに擦りつけ、絞りだすような弱音を口にした。
 謹慎……何日目だったっけ? そんなに日にちは経ってないはずなのに、時間の推移がイマイチ思い出せない。
 恐るべきは退屈か。たった数日何もしなかっただけで、ここまで衰弱するとは思わなかった。
 今までオシオキやら罰やらを散々受けてきたけど、ある意味でこの謹慎が一番キツいかもしれない。
 いや、わりと冗談抜きでね。僕って本当に動いてないと死ぬ系の生き物だったんだなぁ。

〈大変みたいねー。私としりとりでもする?〉

 昨日、魅魔様と三時間ほどぶっ続けでやったのでもう良いです。

〈……晶ちゃん、本当にやる事が無いのね〉

 無いです。保護者三人が居る時はまだ暇を潰せるけど、こうして一人だけで居るともう無理。
 最初はその時間を悩む事に使えたけど、今はもうそんな高尚な事に脳みその容量を割く力が湧いてこないです。
 
〈そんな少年に付き合わされて、調子悪いのにしりとりを延々やる羽目になった魅魔様に何か言う事は?〉

 大変ですね。

〈他人事かよ! もう良いよ、魅魔様今日はグッスリ寝るから絶対起こすなよ!!〉

 暇になったら起こします。

〈そこは詭弁でも良いから魅魔様を気遣え!!!〉

 実にもっともなツッコミを入れた魅魔様が、こちらの心の奥底に潜ってしまった。
 うーむ、さすがに魅魔様で遊び過ぎたか。
 僕が動かなければ彼女も動けないので、魅魔様も結構ストレスが溜まっていたのかもしれない。
 いやまぁ、好き放題やった僕のせいだと言えばそれまでなのですが。
 やっぱりこの閉鎖された環境は色々良くないよ。晶君殺すにゃ刃物は要らぬ、退屈だけがあれば良しって事ですか。

「うぁー、誰かこないかなー。もうこの際天子でも良いやっぱり嘘来んな」

〈天人じゃないけど、お客さんが来たみたいよ。この感じは……アリスちゃんみたいね〉

 あ、本当だ。玄関の方からノックの音が聞こえる。
 なるほどアリスが来たのかー。……えっ、アリス? アリス・マーガトロイドさん?

〈そうよ。うふふ、久しぶりにあの子に会えるのね〉

 うわっほい、僕等の常識人アリスさんが来てくれたー!!

「わーい、アリスアリスアリスー!!」

「久しぶりね、馬鹿。はい確保」

「ほへ?」

 扉を開け即座に抱きつこうとした僕の両手に、アリスがどこかで見た鎖を巻きつけた。
 ってこれ、僕がナズーリンから貰った毘沙門天の錠前じゃん。何でアリスがこれを持ってんの?

〈あ、ゴメンなさい。晶ちゃんを助けた時に私が回収していたのだけど、返しそびれちゃって〉

 それで、アリスを経由して返却しようとしたワケですか。
 まぁ僕自身存在をド忘れしていたので、それで神綺さんにどうこう言うつもりはありませんが。
 何で預かった立場であるアリスが、僕を錠前で拘束しているのでしょうか。
 僕、何かしました? いや、心当たりは山ほどありますけどね。

「邪魔するわ。さて、ちょっとソコに座りなさい馬鹿」

「床っすか、床に正座っすかアリスさん。和やかな親友同士の語り合いも無しに即断罪は酷くないですか」

「省略よ。私と貴方の仲ならそんなモノ要らないでしょう」

「あれ、おかしいな。その台詞ってそういう用途で使うもんでしたっけ」

「うるさい、グダグダ言うと膝に石畳乗っけるわよ」

「アリスちゃんってば、すっかりお口が悪くなっちゃって……」

「追加で更に口を縫い付けるわよ、馬鹿。何よそのやたら似てる神綺様のモノマネは」

 いえ、どちらかと言うと伝言です。リアルタイムの呟きをとりあえず知らせてみました。
 そして言うだけ言って速やかに正座する僕。チキンと言うなかれ、それくらい今のアリスさんは怖いのですよ。
 この前の姉弟子の様なヤバい雰囲気は無いけれど、代わりに彼女からは静かな怒りをヒシヒシと感じる。
 殺意も悪意も敵意も無いけど、容赦する気も一切無いと言った雰囲気だ。
 正直、今すぐにでも逃げ出すか謝るかしてしまいたい。したら間違いなくブチのめされるだろうけど。
 
「さて馬鹿、聞かせてもらおうじゃないの」

「何をでしょうか」

「この手紙の内容に関する全てよ」

 そう言ってアリスが出してきたのは、丁寧な字が書かれた一通の手紙だった。
 あ、今出した本人から補足説明が入りました。神綺さんが錠前と一緒に渡した手紙だそーです。
 書かれている内容は、お茶会で話した事ほぼそのままだ。
 取り立てて問題のある項目は無い、と思うけど……ところで僕のお菓子は?

「さすが馬鹿ね。あからさまに答えが出ていると言うのに、まだ分かっていないなんて」

「いやぁ、それほどでも」

「誤魔化させないわよ」

「ところでアリス、馬鹿を僕の名前とするのはどうかと思うのですが」

「だから誤魔化させないわよ。ぶっちゃけそんなに気にして無いでしょ、アンタの場合」

 バレバレでしたか、さすがは親友。
 冷たい視線でこちらを見つめるアリスに、僕は目一杯の可愛さをアピールしてみる。
 しかし鼻で笑われた。と言うか憐憫の目で見られた。もうなんていうか、色々お見通され過ぎてて辛い。

「面倒くさいから結論だけ言うわ。アンタ、魔界で神綺様と何があったのよ」

「とっても仲良くなりました」

「……どれくらい?」

「色々と便宜を計ってもらえる程度には」

「うわ、最悪」

「その言い方は色々と酷くない!?」

「際限なく甘やかす神綺様と、際限なく甘える馬鹿の組み合わせを評する言葉が他にあって?」

 そう言われると、実際甘えまくりな僕に返す言葉はありません。
 いや、神綺さんの負担にならない程度の範囲で甘えてるんですけどね?
 その負担にならない範囲が異様に広すぎるので、正直それが言い訳になるとは思っていないです。
 もちろんアリスもそこらへんの事情はバッチリ理解している様で、やれやれと分かりやすく肩を竦めてみせる。
 神綺さん、貴女の娘は世界で一番僕の事を分かっているかもしれませんよ……。

〈アリスちゃんは面倒見の良い子だものね〉

 ですねー。

「……前々から気になってたんだけど、アンタ誰と会話してるのよ」

「ほぇ、何で分かったの? 口に出てた?」

「分かるわよ。考え込んでる時とは態度が違っていたもの」

 いやいや、少なくとも僕の態度でその事に気付いた人は貴女が初めてですよ。
 電波になる事を避けるため、誰か居る時は喋らないようにしてたし、態度にも出さないようにしてたんだけどなぁ。
 恐るべしアリス。それとも皆気付いてたけど、僕を気遣って何も言わなかっただけなのか。
 ……さすがにそれは無いと思うけど、何人かは意図的に黙ってたのかもしれないね。

「ちょっと色々とありましてね。悪霊やら魔界神やらが、脳内で言いたい放題しているのですよ」

「――は?」

「ぶっちゃけますと、今の僕はリアルタイムで神綺さんと繋がっているのです」

「はぁぁぁああああああ!?」

 あ、驚いてる驚いてる。さすがのアリスもこの答えは予想外だったらしい。
 そりゃまぁ、驚きもするでしょうよ。本人だってビックリしてるんですから平然とされる方が困ります。
 ちなみに魅魔様の事は追求されるまで黙っている予定。
 いや、隠してるワケじゃなくてね。単に話をややこしくしない為にですね。
 ……嘘ですゴメンなさい。本当はコレ以上、アリスさんを刺激したくないからです。
 だってアリスさん、超怖い顔してるんですもの。下手な事言ったら首をへし折られそう。

「あ、アンタは……アンタってド馬鹿は……それがどういう事か分かってるんでしょうね!」

「はい、大変恐れ多い事だと思っております。でも神綺さんは大丈夫だって言ってくれたし……」

「そっちもあるけどそっちじゃない! つまりアンタは今、神綺様と契約状態にあるって事なのよ!?」

「みたいだね。正規の契約じゃ無くて特殊なモノらしいけど」

「だけど契約に変わりはないわ。つまりアンタは、魔法使いになる条件をほぼ満たした事になるのよ」

「………………えっ?」

 それは……いや、間違っていないのか。
 前に自分で言ったもんね。魔法を使う条件には、悪魔との契約も含まれるって。
 そして魔界神様は、その悪魔達の大元締めなワケで。
 ……全然気付かなかったけど、アリスの言うとおり魔法使いになる為の基本条件を完全に満たしているじゃないですか。
 もっとも条件を満たしただけで、そこから魔法使いになれるかどうかは分からないのですが……。

〈あたしが居るから、少年なろうと思えば普通になれるけどね。魔法使い〉

 起きてきたと思ったら、サラッとトンデモ無い事を言わないでくださいよ魅魔様。
 つまりこれで、魔法使いとなるべき条件はほぼ揃ってしまった事になる。才能もあるって前に言われたしね。
 わはははは……これって、地味に大変な事じゃないだろーか。

「全人生をかけてでも、魔法使いになろうとする人間だって居ると言うのにねぇ……」

「いやぁ、何だか知らない間に勝手になれる様になってました!」

「……アンタが友人じゃ無ければ、今の一言だけで殺していたわよ」

 容赦無いなぁ。いや、気持ちは良く分かるけど。
 自分でも殺されて仕方ないレベルの暴言だと思っていたので、反論は特にいたしません。事実だけど。
 
「ちなみに、繋がってるって事は神綺様もこの会話を聞いているんでしょう? なんて言ってるの?」

「えっと『これは正当な報酬だから、甘やかしてるワケじゃないわよ』だ、そうです」

「神綺様は大らか過ぎるんです! 魔界の頂点に立つ魔界神として、自覚のある振る舞いをしてください!!」

「『昔は皆、これくらい気軽に人と接してたのよ。だから幻想郷なら大丈夫でしょう?』ですってさ」

「神話時代の話を引き合いに出さないでください! いくら幻想郷だって、限度ってモノがあるんですよ!?」

「意外といるけどね、神綺さん並に気軽に人と接する神様。諏訪子さんとか神奈子様とか」

「あいつらだって節度は守っているわよ。それと晶、一々モノマネして神綺様の言葉を伝えなくて良いから。無駄に似ててウザい」

「てへぺろ☆」

 額を抑えたアリスさんが、深い深い溜息で疲れを表した。色んな意味でお疲れ様です。
 それにしても神綺さんの基準って、神話時代も昔程度の過去で片付くんだ。さすが魔界神はスケールが大きいなぁ。
 ひょっとしたら、神綺さんもどっかの神話でブイブイ言わせた事があるのかもしれない。
 ……魔界の創造神って、どの神話に当てはめても確実にラスボス級だよね。
 そりゃ、僕用のホットラインなんて負担の内に入りませんよ。
 頭カチ割ったら娘が生まれました、に比べりゃこの程度は常識の範疇ですって。

「……言っとくけど、神綺様の判断基準の広さに付け込んで何かやらかしたら地獄見せるわよ?」

「しません。さすがの僕も、ソコまで下衆外道じゃありません」

 いや、余裕があるから頼ってないだけと言われるとそれまでですが。
 それでも借りっぱなしな神綺さんにコレ以上借りを作るのは、こちらの心情的に大変辛いので無理です。
 ま、怪綺面には頼りますけどね! アレはセーフ、僕の中では使って問題の無い力です。

「それなら良いけど……程々にしておきなさいよ。良いわね」

「イエッサー!」

「で、どうするのよ」

「どうするの、と言いますと?」

「魔法使いの事よ。魔法を学べばなれるでしょうけど……なるの?」

 ふぅむ、魔法使いかぁ。
 それ自体には興味津々なんですけど、実際になってみたいかと聞かれると……微妙。
 魔法使いって、つまり魔法を研究する専門職だからねー。
 研究その物は嫌いじゃ無いけど、僕はどちらかと言うと広く浅くで楽しむタチだから。
 それに、多分……。

「ちなみにアリスさん、僕が魔法使いになるって言ったらどうします?」

「今すぐ縁を切るわ」

 ですよねー。
 まぁ、そういう事になるんじゃないかと思いました。
 何しろ僕はコピー能力持ちだ。基本的に必要な時しか使わないけど、使わないだけで使えないワケじゃない。
 今まではまぁ、魔法って言うか幻想全般が大好きな一般市民なのでお目こぼしされてましたけど。
 魔法使いになった瞬間、僕はコピー能力持ちの同業者という心底タチの悪い存在に成り果てるのです。
 多分、パチュリーとかは半径五百メートル以内に入っただけで迎撃してくるようになる。絶対なる。

「と言うワケで、僕は魔法使いになりません。アリスとの大事な縁を切られたくないしね!」

「うん、知ってる知ってる」

「神綺さーん、アリスさんが僕の告白にすっごい淡白なんですけどー」

「アホな事を神綺様に報告するな!」

「上海さん聞いてくださいよー」

「キイテアロエリーナ」

「だからって上海に話を振らないでよ、情けない」

 やっぱり、アリスさんのツッコミは安定してるなぁ。僕も安心してボケられるよ。
 ちょっとツーカー過ぎるのが難点ですけどね! 溜息はもう勘弁して下さいアリスさん。

「……ところでアリス」

「なによ」

「いつになったら僕の錠前は外されるのでしょうか。つーか、結局僕は何をやらかしたのです?」

 神綺さんとの契約を知らなかったって事は、それに関係した事じゃないのでしょう。
 だとすると、魔界でアリスに怒られるような真似は一切してないのですが。
 多分。恐らくは。ひょっとすると。
 とか思っていたら、アリスがニッコリ笑って上海を構えた。アレ? なんか地雷踏んだ?

「あのね馬鹿、手紙を見て分からないの? 本当に?」

「えーっと……お菓子?」

「違うわよ、こっち! 何で私と晶が近いウチに魔界へ行く事になってるのよ!!」

「僕が神綺さんと約束したからね!」

「不思議な物目当てで?」

「……てへっ」

「オッケー、やっぱシメるわ」

 やっぱりバレバレでした。そして、速やかに本音を明かされた僕がどうなったのかは……お察しください。
 まぁ、一緒に魔界へ帰省する約束は取り付けたけどもね! 無理矢理に!!
 ただしそのせいで、僕は一日ほど寝込む事になったのでした。
 良いよ、おかげで暇が潰れたから! ――はい、負け惜しみでございます。





 しかし最近のアリスさんは、本当に色んな意味で容赦が無いですよね。完全にこっちのデッドラインを見極められている……。




[27853] 聖蓮の章・拾漆「三止九止/WABISABI」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/20 22:22


「おはよう晶、今日のパートナーは私よ」

「パートナーって何ですか……まぁいいや、おはようございます紫ねーさま。早速ですが謹慎を解除してください」

「あらあら、もう限界なのかしら」

「はい、もういい加減キツいです。退屈で死んでしまいます」

「そうなの……大変ね。でも残念ながら、当分謹慎して貰わないと困るのよ」

「え、何で? 今回の謹慎ってオマケ的な物なのでは?」

「星蓮船の妖怪達が人里に寺を建てたのだけど、その事で少しばかり揉めててね」

「はぁ」

「これ以上話をややこしくされると困るから、貴方にはしばらく大人しくして居て欲しいのよ」

「ソレ、僕とまったく関係無いじゃないですか!?」

「今の所はね」

「将来的には違うと言わんばかりに!?」

「出来れば人里の問題は安寧に解決して欲しいの。幸運な事に、どっちの代表も話し合いで解決するつもりだから……ゴメンナサイね」

「気持ちは分かりますが、それなら僕を人里立ち入り禁止にすれば良いだけなのでは?」

「外に出てどんな事態を引き起こすか分からないから……」

「僕はウィルス兵器か何かですか!?」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾漆「三止九止/WABISABI」





「おはようございます、晶さま!」

「……おはよう。今日もとっても元気そうだね、妖夢ちゃん」

 しかし、朝っぱらからそのテンションは若干辛いです。
 直立不動の姿勢で一礼する妖夢ちゃんに、僕は口元を引き攣らせながら挨拶を返した。
 と言うか、どうしたんだろうか彼女は。太陽の畑に自分から来るほどアグレッシブな性格をしてはいなかったはずだけど。
 ふむ、幽々子さんに何か言われたのかな? ……有りそうだけど、何だか厄介事の匂いがするなぁ。

「えっとまぁ、とりあえず上がってよ」

「はいっ! あ、これどうぞ、お土産です!!」

「どうもご丁寧に、ありがとうねー」

「いえ、お気になさらず! 紫様もお久しぶりです!!」

「うふふ、久しぶり。元気にやっているみたいね」

「はい!!」

 おー、美味しそうな和菓子だ。しかも高そう。
 ひょっとしなくてもこのお土産、僕の影響なのかな。緋想異変の時に散々やったもんなぁ……ゴマすり作戦。
 妖夢ちゃん、それを素直に受け取って素直に実行してるんだろう。何だかちょっと申し訳ない。
 
「さ、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます! ふー、ふー」

「それで妖夢ちゃん、今日は何の御用? 僕は謹慎中だから外出系の要件は聞けないんだけど……」

「今日は、晶さまに「風流」を教わりに来ました!」

「ふぅりゅぅ?」

 明らかにソレ、聞く相手を間違えてますよ妖夢ちゃん。
 そもそも、その手の話なら幽々子さんに聞くのが一番手っ取り早いでしょうに。
 さては幽々子さん、面倒臭がったな。
 もしくは嫌がらせか……両方っぽいのが泣ける。嫌がらせの側面の方が強そうなのが更に泣ける。

「待って、本当に待って。とりあえず経緯を説明して」

「了解しました! 実は先日、幽々子様に言われ初めて俳句を詠む事になりまして!!」

「ほぇ、初めてなの? 白玉楼なら季節の変わり目とかに句会を開いたりしてそうだけど」

「今までは『妖夢は余裕無くてつまんないからダメ』と言う理由で参加させて貰えませんでした!」

「……あー、そうなんだ」

 確かに以前の妖夢ちゃんが句会に参加しても、萎縮して終始地蔵に徹していた事だろう。
 もっとも今の彼女は、萎縮しなくなった代わりにブレーキをかける事もしなくなったのだけど。

「その流れで僕に『風流』を聞くって事は……ダメだった?」

「はい、幽々子様には「彼に尋ねて風流ってモノを学ぶと良いわ」と」

 そこで何で僕を指名するかなぁ。こちとら、ワビもサビも分からない現代人ですよ?
 正直、この手の知識なら妖夢ちゃんの方が遥かに上だと思うのですが。
 ……まさか彼女、俳句の基本ルールすら知らないとか無いよね。
 だとしたら、幽々子さんが僕に妖夢ちゃんを押し付けた理由も良く分かるけど――無いよなぁ。さすがに無いよなぁ。

「とりあえずさ、その俳句を詠んで貰えない? 原因を探ってみるから」

「はい! では詠みます――」

 
 ――斬り捨てた 掌を見て 秋想う


「アウトォォォォ!!」

 知らないのは、俳句じゃなくて人道のルールの方でしたか。
 あまりに酷い妖夢ちゃんのスプラッタ俳句に、僕は即座にアウト判定を下した。
 これはダメ過ぎる、フォロー出来ないくらい酷い。そりゃ幽々子さんも風流を学んで来いと言いますよ。
 それでいて、俳句としてのレベルは無駄に高いのだから扱いに困る。
 この場合の掌ってアレだよね。秋の象徴たる葉っぱの……なんでもない。この話題打ち切りで。

「やはり、この時期に秋の句は場違いでしたか」

「そっちじゃない! もっと根本的な所がダメだから!!」

「ああ、秋を季語としてそのまま入れるのは直球過ぎでダメなんですね」

「謝れ! 松尾芭蕉に謝れ!!」

 晶さまは何を言ってるんだろう、みたいな顔で首を傾げる妖夢ちゃん。
 アカン、世界観が違う。ここまで僕と妖夢ちゃんで意識に差があるとは思わなかった……。
 僕では妖夢ちゃんを矯正する事は出来ないかもしれない、助けて紫ねーさま!

「がんばっ」

 完全なる傍観モードである。小さいガッツポーズから、絶対に助けないという無意味な気概を感じ取れる。
 そうか。幽々子さんが紫ねーさまの親友なら、紫ねーさまもまた幽々子さんの親友なのだ。
 こういうピンチなら大歓迎って事ですかチクショウ。人の苦労を肴に飲むお茶は美味しそうですねぇ。
 そして僕は助けを得る事も出来ず、独りで発想がシリアルキラーな妖夢ちゃんを何とかしないといけないと。泣きそう。
 
「……とりあえず確認させて、その俳句は実体験? 想像?」

「残念ながら、手を斬り飛ばした経験はありません」

「つまり想像なのですか。――それはそれで厄介だなぁ」

 本当にぶった斬っててくれた方が説得は楽なのに。いや、それはそれで反応に困るけど。
 しかし想像でそんな光景が思い浮かぶとは、妖夢ちゃんってば本当に考えがデンジャラスですね。
 多分、本人的には自分の知識を総動員しただけなのだろう。その内容が偏っていた結果がコレ……というのが精一杯のフォローです。

「良し妖夢ちゃん、俳句の基本を再確認しよう」

「五、七、五、ですね!」

「そういうルール的なモノじゃないです。要するに、俳句とは何かという事です」

「……切腹する前に詠む詩?」

「場面が限定され過ぎだよ! 世の俳人達はどれだけ過酷な道を歩んでいるの!? 良いですか――俳句とは言葉による描写です」

「描写、ですか」

「たった十七文字で、情景と、光景と、作者の想いと、後なんか芸術的なモノを聞いた者に感じさせる……それが俳句なのです」

「なんと……俳句とはそんな高度なモノだったのですか」

「そうなのです。そして妖夢ちゃんの俳句には、想いと情景と芸術的なモノが足りないのです!!」
 
「それが、それが風流なのですね晶さま!」

 いや、知らんけどね。
 ぶっちゃけ、それっぽい事を言って煙に巻いているだけです。
 俳句の事だって適当ですよ適当。そもそも僕に、他人様に講釈できるほどの俳人スキルはありません。
 どれくらい無いのかと言うと、中学の時に課題で俳句を詠めと言われて何も思い浮かばず、いきなり最後の手段を使ったくらい無い。
 最後の手段ですか? 「バナナたくさんたべたい」って書いて自由律俳句と言い張る事ですよ。もちろん怒られました。
 まぁ、僕が妖夢ちゃんをどうこう言えない立場である事はこの際どうでも良いのです。
 重要なのは、妖夢ちゃんに納得して方向性を変えてもらう事。妖夢ちゃんが分かんなければ真偽の程はどうでも良いのですよゲヘヘへ。

「悪い子ねぇ……」

 目的を果たす為なら、僕は鬼にでも悪魔にでもなってやるぜ!
 と言うか、そこまでこちらに期待されても困ります。人を更生施設か何かと勘違いしてませんか?

「必要なのは、相手に感動を与える光景を描く事! さぁ、それを踏まえた上で俳句を詠んでみなさい妖夢ちゃん!!」

「はい、無理です!」

「だろうね! 僕も言ってて無理臭いと思った!!」

「ではどうしましょうか、晶さま!」

「んー……それなら、妖夢ちゃんの知る感動的だった事を俳句にしてみたらどうかな。それが僕に伝わればオッケーって事で」

「なるほど、では少し考えてみますね!!」

 そう言って、両腕を組んでじっくりと悩む妖夢ちゃん。
 素直で良い子なんだけどなぁ……発想がブッ飛んでいるのと、度が過ぎて真っ直ぐすぎる所が何とも。
 最近はソレに、良い意味でも悪い意味でも思い切りが良いって特長まで加わったからね。
 上手く導いてあげる事が出来れば頼りになるんだけど、残念ながら僕には彼女を扱いきれる器が無いのですよ。
 なのに何故か、幽々子さんは僕に彼女を任せたがる傾向があると言う。勘弁して欲しいです本当に。
 
「――はっ、出来ました!」
 
「よーし、それじゃあ聞かせて貰おうか」

「はい!!」


 ――キラキラと 光る白刃 綺麗だな


「どうでしょう!」

「……えっと」

 いきなりレベルが下がりまくって、小学生の考えた俳句の領域なんですけど。
 と言うか季語どこ行った。捩じ込めなかったのは何となく分かるけど、入れようとする努力はしようよ。
 期待で目を輝かす妖夢ちゃんに対し、なんと答えたものかと視線を彷徨わせる僕。
 すると、今まで黙って話を聞いていた紫ねーさまが苦笑しつつ言った。

「無いわね」

 ド直球である。だけどまぁ、これが最善の答えかな。
 多分、幽々子さんなら「前の方が良かったわねぇ」とか平然と言うだろうし。
 どうやら妖夢ちゃんも自覚はあったらしく、さほどショックを受けた様子も無く肩だけを竦めてみせた。

「やはりそうですか……幼少の頃に見た、祖父の剣技の美しさを伝えようと思ったのですが」

「うん、ハッキリ言うけど何も伝わらなかった。言わんとせん事すら間違って伝わってた」

 てっきり妖夢ちゃんの持ってる二刀の美しさをアピールしていると思ったのだけど、そうかお爺さんの剣技の事だったんだ。
 題材としては悪く無かったけど、それ以外の物が致命的に不足している。同レベルの僕が言えた義理じゃないけど。

「ねぇ晶、ここは貴方がお手本を見せてあげたらどうかしら?」

「え゛っ?」

「そうですね! 是非ともお願いします、晶さま!!」

「うぇえええ……」

 紫ねーさま、僕が俳句でやらかした事を知ってますよね。あ、知った上での反応ですかそうですか。
 妖夢ちゃんからは見えないように、動揺する僕の姿を眺めて笑うスキマ妖怪。
 身内だからと油断していたらこの有様。幻想郷は本当に油断ならない所だ。
 ただし僕には、意地を張って俳句を詠める人ぶる理由が無い。
 出来ない事を出来ないと素直に認める勇気! ……別に勇気なんて欠片も必要としてませんが。
 ってあらぁ? 紫ねーさまが妖夢ちゃんに見えない所で、何かハンドサインらしき物を……。
 
〈チ・ャ・ン・ト・ヤ・レ〉

 ……初見のハンドサインなのに、こっちに意味を通じさせる紫ねーさまマジ半端ないです。
 しかしそこまでする必要があるのですか? 絶対無いと思うんですが、紫ねーさまそんなに僕を困らせたいの?

〈ウ・ン〉

 常々思っていましたが、姉の愛情ってどこかで歪むのがデフォルトなんですかね。
 愛情が深ければ深いほどに、感情表現の仕方が面倒くさくなってる気がするのですが。
 いや、幻想郷の人達は総じてそんな感じですけど。
 ま、それはともかく。紫ねーさまがやれとおっしゃるなら、弟である僕は速やかにソレを実行しなければなりません。
 ちなみに最初の紫ねーさまの所は、文姉にも幽香さんにも変わります。
 拒否権は当然無い。あったとしても、何やかんやで使用不可能になるのが僕のデフォルトです。

「仕方ない。では、一句詠みましょうじゃあーりませんか!」

「はい、ヨロシクお願いします!」


 ――紫咲き 雲間に覗く 八ヶ岳


「……な、なるほど」

「分からなかったら分からないと言って良いんだよー」

「すいません、分かりませんでした」

 だろうね。僕も分かんない。
 勘の良い方はもう察しているだろうけど、今の俳句は完全にノリです。
 紫ねーさまの名前を逆さまにして適当にそれっぽい文章にしただけなので、意味なんてほとんどありません。
 そして、それを口八丁手八丁で意味のあるモノにするのがこれからの僕のお仕事です。
 つまりいつも通りですね、ハッタリ大好き晶君! ……うん、笑えない。
 
「良いかい、しっかり目を閉じて描写される世界を思い浮かべるんだ! イメージしろ!!」

「は、はい!」

「これに関しては、他人が意味を説明するだけじゃダメなんだよ。妖夢ちゃんが自身で解釈し理解しないと!!」

「はい! 分かりました!!」

「ちなみに解釈の結果は人それぞれあって当然だから、僕に聞いて答えを確かめようとか思わない様に!!」

「了解しました! では、イメージしてみます!! むむむむ……」

「酷い子ねぇ……」

 僕にコレ以上を求められても困ります。最善は尽くしましたよ、妖夢ちゃんにとってどうなのかは知りませんけど。
 まぁ、こればっかりはしょうがないですね。
 出来る事ならどんな手を使ってでもやってみせるけど、出来ない事は逆立ちしたってやれません。当たり前の話ですが。
 なのでコレが僕の限界なのです。後は、妖夢ちゃんのセンスにかけましょう。
 ……それはそれで不安? 僕もそうだから安心して。





 ――ちなみにその後、しばらく続いた風流を学ぶ勉強会は互いに何の成果も残さず終わりましたとさ。……ねーさまはご満悦でしたが。
 



[27853] 聖蓮の章・拾捌「三止九止/崩壊する塔」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/05/27 22:43


「おーす、パルスィ。元気してるかい」

「世界全てが妬ましいわ。それで何の用よ、勇儀」

「今度、旧都で萃香と酒でも呑もうと思っているんだがな」

「行かない」

「そう言わずに来てくれよ。……あのメイドも連れてきてさ」

「絶対嫌よ! 何でどいつもこいつも、私とあのスチャラカ男を結びつけるのよ!?」

「どいつもこいつも?」

「前にキスメとヤマメの二人が来て、地上で安全に遊びたいからアイツと交渉してくれって言ってきたのよ」

「あはははは!」

「笑い事じゃないわよ! 覚妖怪も地獄烏も火車もやたら絡んでくる様になったし……あぁ妬ましい、本当に妬ましい」

「地霊殿の連中がねぇ……そいつはまた、羨ましい話さね」

「何なら代わってあげるわよ。どうせなら、あの腹黒脳天気男の好意もセットで付けるわ」

「あはは、そいつはちょっと譲ってもらうにゃ大き過ぎる代物だね。私は自前の分で我慢しとくよっと」

「な、何するのよ」

「とりあえず最初に、お前さんとの友情を深めておこうかと思ってさ。そうすればこっちの提案も受けてくれるかもしれないだろ」

「受けてくれるかもって言うか、完全に受けるまで逃さないつもりよねアンタ! あーもう、妬ましい妬ましい!!」

「……なんか、皆がお前さんに絡む理由がちょっと分かった気がするよ」

「どういう意味よ妬ましい!!!」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾捌「三止九止/崩壊する塔」





 先日、暇すぎる謹慎の時間をどうにか出来ないかと紫ねーさまに言った所、素敵なアイテムを貰いました。
 それはなんとジェンガでーす! ……何故にジェンガ?
 いや、面白いゲームである事は否定しませんけどね。僕の言う暇な時間って、主に一人の時の話なんですよ?
 一人でやるジェンガって、それ全部形が同じな積み木じゃ無いですか。
 しかもコレ、ジェンガの一本一本に何か命令みたいなモンが書かれてるんですけど。
 これはあれですか、噂で聞いた王様ゲーム用ジェンガって奴ですか。
 こんなもん、本格的に使い所がありませんよ。どうしろって言うんですか。
 ……しかし他に遊ぶモノも無いので、しょうがないからとりあえず縦に積み上げててみる。わー虚しい。

「うにゅ! こんにちはー、おにねーさぁん!! 遊びに来たよー!」

「ちょいとお空、ちゃんとノックしてから入らないと!」

「あっ」

 扉を開けたとは思えないほど派手な音と共に、お空ちゃんが突然現れた。
 翼とマントでほとんど見えないけれど、後ろの方にはお燐ちゃんらしき猫耳も見え隠れしている。
 そして、お空ちゃんの登場による衝撃で見事に崩れていく縦積みジェンガ。
 これぞまさしく諸行無常。ぶっちゃけそれほど惜しくなかったジェンガタワーが、ちょっとだけ勿体無かったように感じてしまう。
 
「……あっちゃー。ひょっとしてあたいら、やらかしちゃったかい?」

「うんまぁ、ある意味ナイスタイミングだったよ。程よく形になってきた所で崩れたから」

「あ、あぅ……ゴメンナサイ」

「お気になさらずー。暇を持て余してやった意味不明な行動だから、崩されても全然へーき」

 実は綺麗に縦積みするため氷で緩く接合してたから、トランプタワー的な楽しみも無かったワケだし。
 つまり単なる手慰みですね。今の所、ジェンガ縦積みで暇を潰す予定は一切無いです。

「うぅ、でも……」

 しかしお空ちゃんは、僕が言うだけでは納得しないようだ。
 良い意味で言うとサバサバした、悪い意味で言うと単純な彼女にしては珍しい態度である。
 そう思っていたら、お燐ちゃんがこっそりとこちらへ耳打ちしてきた。

「悪いね。お空はまだちょっと地上が怖いんだよ、だからお兄さんの機嫌を損ねたくないのさ」

「あーらら、完全復活にはまだ時間がかかりそうだねぇ」

「仕方ないさ。そういうワケだから、ちとお空を励ましてくれないかね」

「りょーかいです!」

 ぶっとい釘を刺したこちらとしては、しっかりアフターケアをしておきたい。
 と言うワケで手早くジェンガをデフォルト状態に組み上げ、ショボンとしているお空ちゃんに手招きする。

「ほらほらお空ちゃんおいでー、ジェンガ直ったよー」

「うにゅ? でもさっきと形が違うよ?」

「いや、こっちが正しい形なの。ジェンガって言ってね、崩さないように積み木を積み上げていく玩具なんだよ」

 そのままジェンガの遊び方を説明し、さっきまでの流れを有耶無耶にする作戦です。
 まぁ、遊びに来たって言うのなら遊ぶものを提供するのが筋だろう。
 ……完全に手ぶらで来た二人は、確実にそこら辺ノープランだろうしねぇ。
 こっちも他にロクな遊び道具が無いワケだし、素直にジェンガを……アレ? 何か忘れてる気が。

「ふぅん……ならさ、この木に書かれた文字は何なんだい?」

 わっすれってたぁぁあ! 超ド級の地雷が埋まってたや無いですかー!?
 お空ちゃんとお燐ちゃんが、まじまじとジェンガに書かれた命令の数々を見つめていく。
 幸運な事にデフォルト状態に組み上げていたため、覗き込んで見られる命令が三つだけなのは救いか。
 内容も見えてる範囲はまだ無難なモノだし……確か「スリーサイズ暴露」とかあったよね。
 しかしどうするべきか。ただの戯言と流すにはジェンガに書かれた内容が具体的過ぎる。ちょっと誤魔化せそうにない。
 ここは、不良品という事で燃やして廃品扱いするのが最適解なのでは。うん、なんかそれが良い気がしてきた。

「うにゅ、わかった! この木を引っこ抜いたら、ここに書いてある事をやるんだよ!!」

「なるほど、それが出来なきゃ負けって事かい。……意外と面白そうだね」

 お空ちゃん、こんな時に限って鋭い考察をしないで!?
 しかも二人共何だか乗り気だし。どうしよ僕、どうするんだ僕?

「面白そう! やろ、おにねーさんやろう!!」

「あたいも、ちょっと楽しみになってきたよ。お兄さん良いかい?」

「……そうだね、やろーか」

 純粋に楽しそうな二人の視線には勝てませんでした。
 大丈夫、腐ってもコレは企業が出した商品。最低限のレートは守ってくれているはず。
 大人向けな時点でわりと望み薄な希望に一縷の望みをかけながら、僕はお空ちゃんやお燐ちゃんと共にテーブルを囲んだ。
 もちろん最初にやるのは僕だ。何が起こるか分からないし、上手くすれば僕の悲劇でお開き出来るかもしれない。
 ……その場合、僕の尊厳が失われる事になると思うけど。あんなジェンガで遊んでいた僕が悪いと言う事で。

「それじゃ行くよ…………えいっ!」

 覚悟を決めて、ジェンガの塔から適当に一本引っこ抜く。
 正直あまりジェンガをやった事が無いので、崩れやすいやり方も崩れにくいやり方も分からない。
 なので完全に適当である。まぁ、ソッチの方が中断するには便利だよね、多分。

「わくわく、なんて書いてあるの? なんて書いてあるの?」

「えーっとね……「失恋について一分間語る」だそうです」

「しつれん?」

「……物凄い失礼な事聞くけど、お兄さんそういう経験あるのかい?」

「いえ、無いです」

「うにゅー、それじゃあ書いてある事できないねー。どうするの?」

「そういう場合はこうやって置いた後、もう一回やり直すみたいだね」

 ある意味助かった……のかな? やり直しだから意味は無いだろうけど、ゲームオーバーには近付いたから良しとしよう。
 何だか焦らされているみたいだなーと思いつつも、僕は二本目のジェンガを引きぬいた。

「次は……「アメリカ人風に「Happy」と言う」か、まぁ無難かな」

「あめりかじんってだれ?」

「変な命令ばっかだねぇ……」

 まぁ、現代日本向けのお遊びですからねぇ。
 そりゃあ、幻想郷には相応しくない命令が山のように盛り込まれていますよ。
 僕としては程よく場が冷めて最高なんですけど、今回の命令は困った事に実行可能なんだよね。
 分かんないフリしてれば誤魔化せたけど、うっかり「無難」と言ってしまったからなぁ。
 仕方ない。不本意だけど、ささっと指令を終わらせてしまおう。

「ではでは――Oh! Happy!」

「あはははは!」

「ぷっ……な、なんだいソレ」

「いや、だからアメリカ人風のハッピーですよ」

「あめりかじんって面白いんだね!」

 なんか僕の迂闊なアメリカン演技のおかげで、お空ちゃんとお燐ちゃんに変なアメリ観を与えてしまった気がする。
 しかも落ち込みかけた空気が、僕のハッピーであっさり盛り返してしまった。
 色々と失敗した。これは最低でも一巡するかもしれないね。

「よーし、じゃあ次は私! えいっ!!」

 口調は勢いのあるものだけど、引きぬく手付きは実に優しい。
 意外とお空ちゃん、こういう遊び得意なのかなぁ。
 ゲームオーバーになる理由がまた一つ無くなった事を嘆きつつ、彼女の取ったジェンガに書かれた文字を見た。

「なになに、服を一枚ぬ…………ぐ…………」

「うわ、また凄いのが出たねぇ」

 よりにもよって、よりにもよってソレですか。
 お空ちゃんの神懸かり的と言えば神懸かり的なその引きに、僕は思わず頭を抱えた。
 コレこそ僕が引きたかったよ。服一枚って、わりと軽装なお空ちゃんにソレは問題あるでしょう。
 だと言うのに、お空ちゃんは何でもなさそうな感じに抜いたジェンガを上に乗っけた。
 そしてそのまま、躊躇せずに自分のシャツに手を――

「わー! わー! ストップストップ!!」

「うにゅ? どうしたのおにねーさん?」

「それはこっちの台詞です! 何をしようとしてるんですか、お空ちゃんは!!」

「だってお洋服、脱がなきゃダメなんでしょ?」

「そうだけど、別に強制ってワケじゃ無くてね……」

「大丈夫、私は全然平気だよ!」

 そっちじゃねぇ! 君が平気なのは知ってます!!
 問題なのは、お空ちゃんを脱がした事で発生するアレやらコレやらのワケで。
 ……ノリは完全にお子様なのに、身体は成熟した大人なんだよなぁ。
 そんな子の服を剥ぎ取った日には、色んな意味で大変な事になっちまいますよ本当に。
 とりあえず、気にせず服を脱ごうとするお空ちゃんの手を掴んで押し留めさせる。
 ――アレ、気のせいかな? たくし上げたシャツの下、かなり見えてるけど肌色しか無いような。

「あのお燐ちゃん、お空ちゃんってその……下着は……」

「煩わしいらしくてね。下の方は、何とか必ず履かせる様に出来たんだけど」

「うにゅ?」

 もう、子供っていうか野生児だよねソレ。
 さすがに女性用下着の付け心地は知らないから、どれほどキツいのかは分からないけど。
 キツいから着ないって発想はどうかと本気で思いますよ。……と言うか、抑えなくて大丈夫なの?
 あ、いや何でもないです。今のナシで。

「――お空ちゃんマント! マントで良いから!! マントにしよう! マントを脱ごう!!」

「でも、脱ぐのはお洋服だよ?」

「マントも服だよ。だから、まずはそっちを脱ごうじゃないか」

「うにゅ、分かった」

 お燐ちゃんの援護があったおかげで、僕はお空ちゃんのシャツを無事に守る事が出来ました。
 あー、良かった。お空ちゃんがマントを付けてくれてて本当に良かったよ。
 そう考えると、これを引いたのが彼女だったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
 お燐ちゃんとかワンピースだもんなぁ。これ、皆が薄着になる夏場とかどうするんだろう。
 引いた人間によっては、今回の僕等と同じ状況が発生すると思うのですが。
 ……まぁ、どっちでも良いか。
 とりあえず今回の引きのおかげで、このジェンガが不発弾の塊である事はお燐ちゃんにも理解出来てもらっただろう。
 ならコレで、止めるキッカケが……。

「よし、それじゃ次はあたいだね」

「なんで!?」

 何故に貴方はあんな事故があった直後に、平然と次のジェンガを取れるのですか?
 こちらの叫びに、お燐ちゃんは不思議そうな顔をして僕を見た。

「お兄さん、どうしたんだい?」

「いや、今みたいな命令があったのにまだ続けるの? と思ってさ」

「確かに変な命令だけどさ、ああいうのが無いと遊びにならないだろう?」

「あーうん、さいですか」

 チクショウ、お燐ちゃんの純粋な感想が辛い。
 本当はキャッキャウフフするための道具だなんて、きっと欠片も思ってないんだろうね。
 心が痛い。後、胃も痛くなってきた。
 姉弟子、もしくはアリス、無理なら慧音先生! 誰でも良いから来てー!!

「あきらが困ってるってきいたから、たすけにきてあげたわよ!」

 わー、望む所か予想もしてなかった妖精が出てきたー。
 勢い良く扉を開けて、親分こと氷の妖精チルノがどうしてか登場してきた。
 いやほんと何で? 疑問に思っていると、親分の方が親切にも説明を始めてくれた。

「ふらんから聞いたわよ! 何でもき……き……」

「謹慎?」

「それよ! ふういんされてるらしいじゃない!! だからあたいがじんちゅーみまいにきてやったわ!」

 色々間違ってるのに間違ってない、泣ける。
 どうやら純粋に、僕を心配? まぁ心配なんだろう、心配して来てくれたらしい。
 うん、面倒見は良いんだよね基本的に。
 しかしお空ちゃんもそうだけど、ノックもせずに家に乗り込むのは勘弁して下さいな。
 僕だけだったから良いけど、幽香さんとか居た日には血の雨が振りますよ。主に僕の血で。

「それはありがたいけど、他の皆は?」

「ふらんは、あたらしい友達とあそぶからこないわよ!」

「新しい友達? 誰?」

「あたいもしらない! はずかしがりやだから、あうのはちょっとまってほしいってふらんがいってたわ!!」

 それは多分、こいしちゃんの事だろう。
 あれからちょくちょくフランちゃんとは遊んでいたそうだけど、親分達にはまだ会っていなかったらしい。
 しかしフランちゃんがそこまで気遣えるようになったとは……いや、さすがにそれは気が利き過ぎているな。
 多分、こいしちゃん本人が待ってもらうよう言ったんだろう。
 意外と人見知りが激しいみたいだし、チルノ団入りはまだまだ遠いかも。
 で、フランちゃんは良いとして。

「他の子達は?」

「みんなふらわーますたーがこわいって、まったくなさけないわね!」

 いえ、極々自然な反応だと思いますよ?
 むしろ平然と来れる親分が凄いです、何も分かってないだけだとしても。

「とりあえず、おみやげは預かってるわよ! みんなで作ったおかし!!」

「うにゅ、お菓子!!」

「ん? だれよ、あんたら」

「えっと、あたいらは地底の妖怪なんだけど……」

「僕の友達です」

「つまりあたいのあたらしい子分ね! よくわかったわ!!」

「うにゅ、そうなの?」

「そうよ!!」

「え、ええっ!? お、お兄さん?」

「諦めて。もうこうなったら、誰も親分には逆らえないから」

 逆らえないというか、逆らっても全然聞いて貰えないと言うか。
 この流れだとお燐ちゃんもお空ちゃんも、我らがチルノ団の仲間入りするのは確定だなぁ。
 と言うか、すでにお空ちゃんが親分に取り込まれかけている。
 やっぱアレか、深く言わないけどシンパシーが合ったのか。フィーリングが完璧だったのか。

「うにゅ。良く分からないけど、お菓子をくれるならなっても良いよ」

「良いわよ!」

「いやいや、お空!?」

 もう完全に親分のペースだ。これはもうどうしようもあるまい。
 まぁ、こいしちゃんにとっては有難い援護だと思うので、特に止めはしません。
 それにこれで、ジェンガの方から注意が逸れて――

「ところで、あんたたち何をやってるの!?」

 あ、やべぇ。より面倒な事態になっただけな気がする。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「どうもおこんばんは。今ここに見参、ぱーふぇくつ山田さんですよ」

常識人「……早速だけど、ツッコミいいかしら」

山田「自分の名前欄が常識人になってる事ですか?」

常識人「そっちは良いわ、突っつくと火傷しそうだから」

山田「実に敏いですね。……ちっ」

常識人「弄ると疲れるだけだからさっさと本題行くわね。そのおかしな格好は何?」

山田「あるてぃめっつ山田さんです」

常識人「誰かに肩車させて、胸にバレーボールを詰めて、服で色々誤魔化した今の姿が?」

山田「モデルみたいでしょう?」

常識人「頭が小さすぎて純粋にキモい。あと、肩車の結合部が隠せてない」

山田「まぁ、仕方ありません。こうでもしないとバレーボールは大きすぎて胸パッドになりませんから」

山田「代案で『お腹にバレーボール一個入れて妊婦ごっこ、相手は死神Aで』とか言うネタもあったのですが」

常識人「止めておいて良かったと思うわよ」

山田「ですよねー。まぁ、所詮は見た目ありきの一発ネタです。特に続かせようも無いのでサクサク次に行きましょう」

常識人「それは良いけど……」

土台「……しくしく」

常識人「このコーナーでのアンタ、とことん悲惨ね」


 Q:山田さんを超えるギャグ属性持ちっていますか?


山田「居ません。山田さんこそがオンリーワンです」

常識人「亡霊とかなら、貴女に対抗できそうな気がするんだけど」

山田「居ません。何故なら山田さんに対抗しようとすると、強制的にパワーダウンしてしまうからです」

常識人「何よ、その無駄に酷い補正」

山田「まぁ、このコーナーのみに存在している私だから許される所業ですね」

常識人「……死神Aには?」

山田「ありません」

常識人「本当に酷いわ……」


 Q:晶君の手札をほぼ全て把握してるのはゆかりんだけ?


山田「そうですね、ソレ以外の面々は微妙に歯抜け状態で知ってる事があったり無かったりって感じです」

常識人「ちなみに、誰がどれだけ知ってるの?」

山田「噂と言う形にはなりますが、コピー能力と真の能力、後は第一部で開発した晶君固有の技などは皆に知られております」

常識人「ソレ以外の細かな所は?」

山田「本人が白状したりその場にいなかったりしないと知りません。故に靈異面と怪綺面、まだ知ってる人はほとんどいないのです」

常識人「アレは本当に、自分の手札を他人に言わないものね」

山田「ある意味通常運行ですね。ちなみに、貴女はその中でも比較的晶君の手札を知ってる内に入るのですが」

常識人「心底どうでも良い」

山田「けっ、これだからレギュラーは。地獄に落ちれば良いのに」

常識人「貴女が言うと洒落にならないわね、色々と」


 Q:ところで、天晶花におけるボケ突っ込みの役割が知りたいですー


山田「質問者は「ボケ、突っ込み、状況によって、その他で」とありましたが、ぶっちゃけボケツッコミの二つで充分です」

山田「少なくとも作者は、各キャラをボケかツッコミかのどちらかでしか区分してません」

常識人「晶みたいに、相手によってボケツッコミをコロコロ変えてる奴はどういう括りなのよ」

山田「その場に片方の属性しかいない状態だと、一番属性の低い者が反対属性に変化します。晶君はボケ値低めですので」

常識人「……低め? アレで?」

山田「全体通して見れば、ですけどね。主人公としては有るまじき高さです。確定したツッコミが居る場では無軌道にボケ出します」

常識人「頭が痛くなる事実を再認識させられたわ」

山田「貴女はツッコミ確定、ボケ移行無しの負担一極集中タイプですからねー」

常識人「分かってるから言わなくて良いわ」

山田「と言う事で、ボケツッコミ分別表でーす。誰がどれくらいボケツッコミ度が高いのかは面倒なので触れません、想像してください」



天晶花ボケツッコミ分別表(星蓮の章その拾捌まで)


ボケ  :晶 山田 美鈴 幽々子 小町 衣玖 お空 白蓮
     雛 早苗 メルラン リリカ 一輪 星 神綺 咲夜
     水蜜 輝夜 小傘 霊夢 小悪魔 秋姉妹 メディスン
     妖夢 ミスティア キスメ チルノ ルーミア フランドール
     橙 こいし さとり

ツッコミ:アリス 幽香 死神A 神奈子 勇儀 紫 永琳 魅魔
     パチュリー 藍 文 慧音 パルスィ 妹紅 鈴仙 魔理沙
     椛 にとり お燐 リグル ルナサ ヤマメ 大妖精
     てゐ レミリア 諏訪子 ナズーリン 阿求 映姫 霖之助
     雲山 天子



常識人「納得いかない!」

山田「いきなり何ですか」

常識人「ツッコミ多すぎるわよ! これだけツッコミがいるのなら、私の負担はもっと少なくなってるはずじゃない!!」

山田「ええ、作者も内心で驚いてました。そしてその後ある事実に気付きました」

常識人「ある事実?」

山田「このSS、ボケが多いんじゃなくて役割放棄したツッコミが多いんです」

常識人「……つまりどういう事よ」

山田「ツッコミを一人二人確保した瞬間、他のツッコミが挙ってボケになだれ込みます」

常識人「ねぇ、それって「ツッコミが出来るボケ」の間違いじゃないの?」

山田「いえ、基本属性はツッコミなんですよ。ただ、ツッコミしてる時よりボケてる時の方が多いだけで」

常識人「ある意味、純粋なボケよりタチが悪いわね」

山田「良いじゃないですか、ツッコミ独占状態ですよ。けっ、これだからレギュラメンバーは」

常識人「さっきもソレ言われたけど……貴女って、ヘタすると晶の次くらいに出張ってるわよね。コーナーの頻度的に」

山田「私は世界一目立ちたいんです」

常識人「ある意味一番目立ってるからもう諦めなさい」


 Q:もし、異変解決時又は妖怪退治の時に巻き込まれたもしくは巻き込んでしまった人間が死んでしまった場合、
   天晶花霊夢は人並みに罪悪感を持ったり涙を流したりするんでしょうか?


山田「巻き込み具合にもよりますが、基本は「気にしない」です」

常識人「博麗の巫女は、人の死にも縛られないって事ね」

山田「はい。とは言えさすがに彼女も人の子ですから、自分が原因で他人を死なせてしまった場合は何らかの影響があるかもしれません」

常識人「例えば?」

山田「博麗の巫女として働けなくなる可能性もあるかもしれませんね。他人の死に縛られてしまって」

常識人「ふぅん。……ちなみに星蓮船の時にアンカーが原因で晶が死んだら?」

山田「さすがにあのクラスまで強いと、後はどうなっても自己責任です。首が折れて死ぬ晶君が悪いという事で」

常識人「まぁ、妥当っちゃ妥当かしら」

山田「ぶっちゃけ、天晶花における幻想郷はロウかカオスかで言うと超カオス寄りな弱肉強食の楽園ですからね」

山田「人間の命は駅前で配られるティッシュくらい軽いのです。よっぽどで無ければ、巫女出来なくなるくらい落ち込んだりはしませんよ」

常識人「死がいつでも傍にあるって意味じゃ、外よりも命の価値は重いけどね」

山田「そう言うカッコイイ台詞は山田さんに言わせてくださいよムキーッ!!!」

常識人「……本気でどうでもいいわ」

山田「そうですか、なら良いです。――ところで、これで質問終わりなんですが」

常識人「思いっきり唐突に話題を変えたわね。なによ?」

山田「今更ですけど、会話文だけじゃ貴女が誰か微妙に分かりにくいと気付いてしまいました」

常識人「本当に今更ね」

山田「丁度良い具合にこのコーナーも終わりなんで、誰なのか明言しておきましょうか」

常識人「……やめとくわ。分からない人は分からないままにしておいて」

山田「レギュラーの余裕かクソが」

常識人「結局どう言えば満足するのよアンタは」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 聖蓮の章・拾玖「三止九止/愚者は踊る」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/06/03 22:11


「もー、親分さん行っちゃったじゃない。こいしのへたれー」

「ヘタレじゃないよ! その、ちょっと様子を見ただけだもん」

「見る事なんて何も無いじゃん。こいしはしょうがないなぁ……」

「むー、その上から目線がムカつく」

「だって私の方が先輩なんだもん。悔しかったら、親分さんに認めてもらう事だね」

「……あの妖精って、そんなに凄いの? あんまり強くなさそうだったけど」

「親分さんはとっても凄いよ! あのお兄ちゃんが頼りにしているくらいなんだから!!」

「それって、別に大した事じゃ無いような」

「そんな事無いよ。だってお兄ちゃん、頼る相手はちゃんと選ぶもん」

「んー、言われてみればそう……なのかな」

「そうだよ。お兄ちゃんは、自分で出来る事はほとんど自分でやっちゃう人だし」

「そっか……じゃあ、あの親分さんって実はすっごい強いのかな」

「うーん、強いのとはちょっと違う気がする。前に弾幕ごっこで遊んだら、最初の一発でピチュッちゃったし」

「じゃあ弱いの?」

「そういうのじゃなくてえっと……そう、大きい! 親分さんは、すっごく大きいの!」

「ふぅん、大きいんだ。……何が?」

「何かが!」

「……意味が分かんない」





幻想郷覚書 聖蓮の章・拾玖「三止九止/愚者は踊る」





「それじゃあ、さっそくやりましょうか!」

 改めて机を囲み直した僕等は、親分を追加してジェンガを再開する事となった。
 せめてお燐ちゃんが反対してくれればなぁ、三対一はちょっと覆せませんよ。
 こうなってしまった以上、僕に出来る事は祈る事のみだ。どうか皆が変なモノを引きませんように。

「確か、あたいからだったね。――ふむ、『異性全員に愛を囁く』か」

「またリアクションに困るものを……」

 友達以上恋人未満ならともかく、普通にただの友達である間柄でこれは若干キツい物がありますね。
 さて、お燐ちゃんはどうするのだろうか。これくらいならこっちも気楽に見てられるから、今回はゆっくり見学させてもらおう。

「この場合はお兄さんだけか。じゃあお兄さん、ちょいと耳貸して」

「はいはい」

「ごほん。―――大好きだよ、お兄さん」

「うん、僕も大好き」

 ニッコリ笑って互いに愛を語り合う。そして終了。妙な空気だけがそこに残った。
 仕方あるまい。お互い強烈に嫌い合ってるワケでも無ければ、相手を異性として意識しているワケでも無いのだ。
 愛を囁くと言っても、基本的には好意を告げるだけだからなぁ。
 ぶっちゃけ友達にそれを言う事くらいなら、僕もお燐ちゃんもさほど抵抗が無いっていうか。
 本来の目的を欠片も知らない彼女らにとっては、ただのハズレでしか無いワケです。

「なんだか良くわからない命令だったね」
 
「うんがよかったじゃない。良かったわね、おりん!」

「うーん、良かったような残念なような……」

「それじゃ、次はあたいよ!! とおりゃぁ!!!」

 チルノなら繊細な事は出来ないんじゃ、と思ったら普通に抜き取りました。
 うん、ちょっと妖精舐めてた。遊びにかけては優秀なんですね。そこは頑張らないでよぉ……。

「ふむふむ……あきら、よんで!」

「あーはいはい、了解です。えっと『右隣の人に命令できる』だそうです」

 ちなみに僕達の席順は、時計回りで僕、お空ちゃん、お燐ちゃん、チルノとなっております。
 つまりチルノの右隣はお燐ちゃん。僕でなくてホッとしたけど、親分がお燐ちゃんに命令って……想像できないなぁ。
 とりあえず、あんまり無茶な事を言う様ならストップをかけよう。止められるかどうかは分からないけど。

「右……右……つまりおりんね! じゃあおりん、もういっかいコレを引いてめーれーをじっこうしなさい!!」

 お、それは無難に良い感じの命令だなぁ。
 変にフリーダムな事言われるよりはずっとマシだ。……このジェンガ自体がフリーダムだと言われればそれまでだけど。
 
「くそぅ、またあたいかぁ……」

「やったねお燐、今度は面白いの引けるかも!」

「いや、さすがにここまでして引きたいとは思ってなかったよ」

「つべこべ言わずにひきなさい! あんまりおそいと、あたいが引いちゃうわよ!!」

「それは意味が無いような――まぁ良いや、今度は何かなーっと」

 二回目なのに小慣れた手付きでジェンガを引き抜くお燐ちゃん。これで四本目……まだまだ塔の倒れる気配は無い。
 もう、他三人の失敗に期待するのは止めた方が良いのかもしれないね。
 全員無駄にテクニカルで、こんな序盤の安定した状況じゃ誰も脱落しそうに無いです。
 いっそ僕が失敗すれば良いんだろうけど……故意にせよ偶然にせよ、ワザと扱いされてやり直しさせられそう。信用って大事ね。
 
「ふむふむ、『一人選び、野球拳三本勝負』だってさ」

「ぐほぁ!?」

 さっきからこのジェンガ、服方面の命令ばっかじゃん!
 何なの? 馬鹿なの!? 死ぬの!? ――死ぬのは僕だけどな!! 
 と言うか何さ、その自由選択と言う名の右も左も地獄絵図は。
 お燐ちゃんが誰を選んでも、そして誰が勝ってもロクな事にならないのは明らかだ。
 いや、僕が選ばれて三連敗すれば安寧に終われるけどね。装飾過多な服だから三枚くらい脱いでも全然平気。
 でもそこまで上手くいくかなぁ。うぅ、助けて神様。

「ねぇねぇ、おにねーさん」

「なんだいお空ちゃん」

「ヤキュウケンって何?」

「あたいも知らないわよ!」

「もちろんあたいも」

 助かった! セーフ、ギリセーフ!!
 まだ世界は情けを残していてくれたんだね! ありがとう神様!!

〈晶ちゃん呼んだ?〉

 いえ、別に神綺様に助けを求めたワケでは無いです。

〈魅魔様ならココに居るよ!〉

 掠りもしてねぇよ。

〈おぉう……少年わりと余裕無いね〉

 ええ、僕の言葉ひとつで世界が終わるか否かの瀬戸際なので。
 大袈裟? 僕の危機感知センサーさんは、エロス展開イコール死だと無情に告げているんですよ。
 仮にこの場で何も無かったとしても、純真無垢なチルノアンドお空ちゃんは今日あった出来事を容赦なく話すだろう。
 つまりどう足掻いても死ぬ。物理的に死ななくても社会的に死ぬ。
 なので僕は全力で誤魔化しますよ! 例え男として間違っていると言われてもね!!

「良かろう。では教えましょうか……愛媛県松山市の郷土芸能、野球拳を!!」

「おー」

「きょーどげーのー?」

 ええ、下衆い意図の無い純粋な郷土芸能ですともさ。
 悲しい事に説明は「服を脱がない野球拳」となってしまいますが、本家はこっちなのです。
 ちなみに愛媛のローカル番組では、真昼間から野球拳大会を放送してるんだよ!
 いや、別に問題は一切無いのですがね。むしろ地元愛に溢れていて素晴らしいじゃないですか。
 なのに地元新聞のテレビ欄を見て動揺する奴は、もう死んだ方が良いと思うんですよ。
 ……はい、僕の事です。昔四国に行った事がありましてね……そこまでまぁ。
 でも興味本位ではあったけど、エロス目的では無かったから! 純粋に何を放送するんだろうって気になっただけだから!!

〈少年、どんどん傷口が広がってるよ〉

 とにかくそう言う事でした! はい、説明終わり!!
 三人にも当たり障りの無い感じで、当たり障りの無い野球拳の解説を行う。
 これで大丈夫、悲劇は未然に防がれた……!

「ふぅん、つまりジャンケンなのかぁ。ツマンナイわね!」

「伝統芸能をバッサリ切り捨ておったこの氷精!?」

「よしっ! それじゃあ、まけたほーにば……ば……」

「………………バケツ」

「それはちがう」

「うにゅ、罰だね!」

「それよ! バツをあたえましょう!!」

 うわぁ、僕の必死の努力があっさり無駄になった!
 二人の見事なコンビネーションで、歴史を繰り返そうとする何も知らない女性陣。
 やっぱアレですか、音楽に合わせてジャンケンする程度じゃ遊びにならないんですか幻想郷。
 いや、そもそも命令としては少しばかり無理のある内容だったから、何か足すと言う発想が出るのは自然の成り行きなんだろうけど。
 せっかくの苦労が台無しですよ。単に野球拳の説明をしただけなので、特に苦労した事は無いのですが。

「きまり! やきゅーけんでまけたほーは、かったほーにシッペされる!!」

 まぁ、罰ゲームその物は無難だから良いか。
 ピュアな親分の提案に、自分の汚れっぷりを再認識しちょっと凹む僕。
 大人になるって悲しい事なのね、等と黄昏れてみたり。

「しっぺか……しっぺね……。それじゃあ、野球拳は親分さんとやらせてもらおうか」

「いいわよ、かかってきなさい!!」

 あ、日和った。
 僕とお空ちゃんを見て即座に視線を逸らしたお燐ちゃんの姿に、色々悟った僕は生温かい笑いを向ける。
 いや、さすがの僕でもたかがシッペに全力なんぞ出しませんけども。
 懸念を抱く気持ちは分からないでも無い。けど、その結果選んだのが親分というのはどうなんだろう。
 実力的な部分はともかく、その他の部分で言うなら彼女ほど厄介な妖精はいないと思うのだけど。

「それじゃ、やーきゅぅ……」

「以下略、アウトとセーフでよよいのよい!」

 そこを略したらただのジャンケンです、親分。しかも肝心の所も適当過ぎです。
 あんまり話を広げても面倒なだけなので、もう放っておきますけどね。
 別に、正しい野球拳を広めようとか思ってるワケじゃないし。……間違った方は消えれば良いと思ってるけど。

「よよいのよい!」

「よよいのよい! ――いぇーい、あたいのかち!!」

「……さ、三連敗!?」

 ほら、やっぱりこうなった。
 親分さんは勝負運というか天運と言うか、そういう類の運がやたら強いからなぁ。
 僕やお空ちゃんだったならまだ分からなかったけど、彼女が相手なら敗北は必然である。
 ある意味、霊夢ちゃんと同じレベルで理不尽。
 あっちの理不尽と違って、何となく理解できるタイプの理不尽なのが救いなのかトドメなのか。
 そして、お燐ちゃんが恐らく考慮してないであろう要素も一つ残っている。

「それじゃあ、しっぺさんれんぱつよ!!」

「ちょ、待った親分さあいた――!?」

 全力の親分シッペがお燐ちゃんを襲う。うん、そうなると思ってた。
 あの親分が、遊びだからって手加減するはず無いもんねぇ。
 ぶっちゃけこの場においてなら、僕より親分の方が遥かに厄介だと思います。
 お空ちゃん? ……あえて言わなくても分かるでしょう。
 
「お燐ちゃん、僕を選んでおけばよかったのに」

「いちち……お兄さんの場合、シッペしたこっちの指が痛みそうだったからさ」

「人を金属生命体か何かと勘違いしてない?」

「うにゅ、違うの?」

「ちがわないわ!」

 肯定しないでください。そこまで極端な身体はしてません。
 しかし、こんな調子で安寧にこの遊びを終える事が出来るのだろうか。
 絶対にどこかで止めた方が良いと思うんだけどなぁ。無理だよなぁ。
 そんな僕の不安を嘲笑う様に、その後も混沌とした時間が続いたのだった。
 とりあえず、ダイジェストでその時の様子を振り返ってみますね。



 ――僕、二回目『一人異性を選び、次の番まで膝枕してもらう』
 選択肢なんてほぼ無かったのでお燐ちゃんの膝に。
 身体の完全に隠れるワンピースだけど、身体の柔らかさはしっかりと伝わりました。
 若干緊張した僕と違って、お燐ちゃんは平然と膝枕。と言うか、何故か頭を撫でられました。


 ――お空ちゃん、二回目『特技を披露する』
 彼女が最初にチョイスした特技は核融合。ノリノリで核の太陽を地上に降臨させる所でしたよ。
 もちろん、全力を持って阻止させて頂きました。色んな意味でエラい事になるからね!
 僕とお燐ちゃんの全身全霊の説得で、披露する特技を一発芸に変えてもらいました。
 ちなみに一発芸の出来は……チルノでさえ愛想笑いで誤魔化した、とだけ言っておきます。


 ――お燐ちゃん、二? 回目『財布の中身を全てみせる』
 地上に何度か来ているらしく、可愛らしいガマ口の中には人里や中有の道で使える硬貨がチラホラと。
 いったいどこでお金を調達したのかと聞いたら、お燐ちゃんは笑って誤魔化そうとしました。
 まぁ、お空ちゃんがあっさりバラしたけど。
 幻想郷の死体って、骨の髄まで妖怪さん達に活用されるんだなぁ。地球には優しい!


 ――チルノ、二回目『ダジャレを言う』
 まず、彼女に「ダジャレとは何か」を理解させるのに苦労しました。
 多分ダジャレその物は知ってるだろうし、言った事も何度かあったのだろうけど。
 疲れた。本当に疲れたよ。これ、僕にとっての罰ゲームじゃないの?
 ちなみにダジャレの内容は――さすが氷精って事で。



 はい、実にカオスでしたね。
 しかし初っ端が初っ端なだけに警戒を強めていたけれど、罰ゲームの内容は意外と平凡なモノが多かった。
 僕の三回目の命令も『全員から頭をなでられる』だったし。……まぁ、ちょっと恥ずかしかったけどね。
 この感じだと、懸念したほど深刻な事態は起こらないかな――と思ってしまったのが運の尽き。
 次の瞬間、お空ちゃんの引いたジェンガによって、まだほのぼのとしていた空気は物の見事にブチ壊される事になったのでした。
 ……僕限定だけどね!

「うにゅ、次は私だねー。えっと、『久遠晶に接吻をする』……おにねーさんにちゅーするの?」

「――はぇあ? 何で僕?」

「だって書いてあるもん」

 お空ちゃんが僕に見せたジェンガには、確かにそう書いてあった。
 いやいやいや、おかしいおかしい。何で個人を指定してんのこの木の棒。
 そもそも僕が一通り確認した時には無かったぞ、そんな命令。
 近かったのは「正面の人にキス」だけど……はっ、まさか!?
 さてはやったな紫ねーさま! 僕以外の人が引くと、真のメッセージが出るよう細工してたんだな!!
 恐らく、ハナから自分も参加するつもりで僕にコレを渡したのだろう。
 さすが紫ねーさま。……でもそういうのは普通、自分限定で反応するようにしませんか?


 ――勝負ってのはね、公平で無いと意味が無いのよ。


 そう思うなら、僕の正面に座るくらいで満足しといてください。
 あと、紫ねーさままで心の中に居座ると脳内が大変な事になるのでテレパシーは止めてください。

〈そーだそーだ! 少年のハートは魅魔様のもんだぞー〉

 魅魔様、ハウス。

〈せめてつっこめよ!〉

〈晶ちゃん、私は?〉

 無理に付き合わなくて良いですよ、神綺さん。

〈しょーねぇん……露骨過ぎるぞぉ……〉

 とりあえずコレは無いね。うん、無い無い。
 無いから無効って事にしよう。うんうん、そうしよう。
 等と結論を出して現実に戻ってきたら、目の前にお空ちゃんの顔があった。

「うわ、危なっ!?」

「うにゅ? 何で避けるの?」

「そう言うお空ちゃんは、何で顔を近づけたの!?」

「だって、ちゅーするんでしょ?」

 予想はしてたけど、お空ちゃんってば一切躊躇が無い!
 しかもさっきの動き、明らか狙いは僕の唇だった。
 ここまで清々しく動かれると、考えを邪推する気にもなれない。
 キスする事も男女の間柄も、お空ちゃんにとっちゃ大した問題じゃ無いんだろうなぁ。
 多分、お燐ちゃんが相手でも普通にちゅーしようとしたに違いあるまい。親分は……どうだろう、分からない。
 この流れだと、彼女自身を説得する事はまず不可能だ。
 少しくらい理不尽であっても、無理矢理に流れをぶった切るしか無い。
 とりあえず、お燐ちゃんに協力を……。

「ダメだよお兄さん、ちゃんと命令に従わないと」

 お燐ちゃぁぁぁぁあん!? 何でそっちに味方するんですかちょっとぉぉぉぉおお!?
 いや、よくよく思い返してみると、脱衣の時も同じ様な反応だった気がする。
 ひょっとしてお燐ちゃん、結構そこらへんの感性お空ちゃん寄り?

「いや、でもキスするんですよ? しかもお空ちゃん、マウストゥマウス狙いなんですよ?」

「毛繕いするようなもんじゃないか。何をそんなに嫌がっているのさ」

 ……そうか、二人共根っこの部分は獣なのか。
 しかもお燐ちゃん達の居る所は、地底の妖怪でさえ寄り付かないという地霊殿。
 正しい接吻の意図を、彼女達が知ってるはず無いですよねー。あはは。
 そしてもちろん、親分さんが倫理的な説得で二人を止めてくれる可能性も皆無なワケで。
 ――アレ、八方塞って無いコレ?

「とりあえず、逃げる!!」

「うにゅ、おにねーさんが逃げた!」

「とらえなさい、いじでもちゅーするのよ!」

「往生際が悪いよお兄さん!!」

 無理、さすがにコレは無理だから!!
 飛び跳ねるように椅子から離れ、とにかく三人の手から逃れようとする僕。
 ちなみに、謹慎中なので外には逃げられない。室内鬼ごっこ決行決定である。
 ……これで僕が外に出て、なにか起きても嫌だしね。
 結果的に、ジェンガを止める事は出来たけども。
 その後僕等は、家の中で「捕まるイコールちゅー」という罰なんだかご褒美なんだか分からん鬼ごっこを続ける事になったのでした。
 お空ちゃんはともかく、チルノやお燐ちゃんまで僕にキスをしようとしてたのは何故なのか……。
 多分、その場のノリなんだろうなぁ。タチ悪い。





 ――ちなみに、キスされる場所を額や頬に変えても問題ないと気付いたのは。一時間ほど逃げ惑った後でした。



[27853] 聖蓮の章・弍拾「三止九止/騎竹の交わり」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/06/10 22:15


「おーっす、香霖いるかー?」

「いらっしゃい魔理沙、出口はすぐ後ろだよ」

「知ってる。ったく、相変わらず客商売に有るまじき愛想の悪さだな」

「君はお客じゃないからね。魔理沙が何か買うと言うなら、極上の笑顔をプレゼントするよ」

「たった今購買意欲が無くなったぜ。で、お前は何を弄ってるんだ?」

「久遠晶が外の道具を持ってきてね。正確に言うと、持ってきたのは代理だと言う地底の妖怪なんだが」

「そういやアイツ、地下の連中とも仲良くしてたらしいな。それで、お前はコレをそいつから強奪したワケだ」

「取引したと言いたまえ。正当な交渉により、店の商品とこの道具を交換したのだよ」

「そりゃ詐欺と変わらないだろう」

「まったく君は……」

「おっと説教は勘弁だぜ。それで香霖、これはどういう道具なんだ」

「ジェンガという遊具らしいね。この道具はそれに、別の要素を加えたモノらしい」

「ほー、それは面白そうだ」

「丁度いい。これは複数でやる遊びらしくてね、相手を探していた所だ」

「ふふん、私は高いぜ?」

「お茶なら出すよ」

「んー、もう一声!」

「……茶菓子も付けるよ」

「よっし、交渉成立! それじゃあ遊んでみるか!!」





幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾「三止九止/騎竹の交わり」





「にとり殿、おられるかー?」

 妖怪の山の麓、河童の縄張りから少し離れた場所にあるにとり殿の工房。
 古風な水車小屋の扉に向かって、私は友人である彼女の名前を呼びかけた。
 最近のにとり殿は、工房に篭って何かを作っている事が多い。
 以前も工房に篭る事自体は多かったが、近頃の彼女には少しばかり具体性が加わった様な気がする。
 気がするだけなので、本当の所は分からないが。

「いるよー。入ってきなー」

「うむ、では失礼する」

 扉を開けると、何やら巨大な鉄の塊を弄るにとり殿の姿があった。
 ふむ、あの塊はどこかで見たような気がするが――そうだ、確か「どらむかん」とか言う外の世界の入れ物だ。
 それに手足を付けた姿形をしている。頭と胴体が一体化しているので、人型と言うには若干抵抗があるな。

「にとり殿、それは?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれた。これぞ私の最新傑作、その名も「妖気甲冑」だ!!」

「……ようきかっちゅう?」

「妖気で動く甲冑だから妖気甲冑。まぁ、そのまんまだね」

 そう言ったにとり殿が、甲冑の前部分を上にあげる事で中身を露わにする。
 甲冑と言うからにはそこは本来空洞であるべきなのだろうが、妖気甲冑の中には巨大な機械が詰め込まれていた。

「本当はもうちょっと細身にしたかったんだけどねぇ。動力を詰め込もうとすると、どうしてもこういう形になっちゃうんだよ」

「これは、鎧では無いのか?」

「晶の言う所のロボットってヤツだよ。私達に分かる風で言うなら、式神とかゴーレムとかかな」

「なるほど、つまりは付喪神のようなモノなのか」

「間違ってはいないよ。根本的にはまったくの別物だけどね」

 うむ、サッパリ分からん。
 だがしかし、この甲冑がとても凄いと言う事だけは伝わった。
 さすがはにとり殿だ、素晴らしい。素晴らしいが――果たして彼女は、何のためにコレを作ったのだろうか?
 ……作れそうだから作った、という理由で納得できるのが何とも。

「今、丁度出来上がってこれから試運転なのさ。椛も見ていくかい?」

「そうだな。急ぐ要件でもないし、私もその甲冑に興味がある。同席してよろしいか?」

「もちろんさ。――それじゃ、妖気甲冑『オオガミ君壱号』起動!!」

 にとり殿は甲冑の隣に設置された箱の蓋を取り、何故かリボンで飾り付けられたレバーを手に取る。
 それを溝に沿って下ろすと、妖気甲冑は全身から蒸気を放ちつつ両腕を上げた。

「おおっ、動いた! 動いたぞ、にとり殿!!」

「へっへっへっ、慌てなさんな椛さん。オオガミ君の真骨頂はこれからなんだからさ」

 今度は懐から小さな箱を取り出し、無数についたスイッチやレバーをあーだこーだと弄くり回す。
 すると、オオガミ君は悠然と片足を上げて停止した。
 どう見ても片足で耐えられる形では無いのだが、凄いなにとり殿の発明は。
 思わず感嘆の溜息を漏らす私。しかしにとり殿にとっては不本意な結果だったらしく、彼女は訝しげな表情で箱を弄り続けていた。

「おっかしいなぁ。関節部分の調節を間違えたかな――あ、ヤバ」

 にとり殿の不穏な呟きと共に、オオガミ君の全身から猛烈な蒸気が放たれていく。
 残念ながら私には何が起こっているのかサッパリ分からない。分からないが……これはマズいのでは無かろうか。
 私は自らの直感を信じて、咄嗟に盾を構えながら全力で後退した。その直後――

「うぎゃー! 失敗したぁー!? 退避、退避ー!!」

「――ぐっ!?」

 彼女の悲痛な叫びと共に、オオガミ君壱号が爆発した。
 衝撃で身体が吹き飛ばされ、木造の壁に思いっきり叩きつけられる。
 盾で防いでコレだ。あのままボーっと眺めていたら、果たしてどうなっていた事か。
 にとり殿も……無事のようだ。意気消沈してはいるが、肉体的な損傷は無い。

「うう……私のオオガミ君壱号がぁ」

「だ、大丈夫か?」

「まー何とかね。一度の失敗でへこたれる程、にとりさんはヤワじゃないのさ」

「そうか……しかしまた、随分な張り切りようだな。何かあったのか?」

「あったといえばあったし、無かったといえば無かったかな。ま、ちょっと自分の長所を伸ばそうかなって思ったんだよ」

「私からすれば、にとり殿の開発力は充分賞賛に値する長所だと思うのだが」

「ははは、私も不満は無いんだけどねぇ。――何しろ、並ぶべき目標がやたら高い所にあるからさ」

 ……そうか、晶殿の事か。 
 この前の剣術修行の一件で、私の中ではすでに文殿と同じく雲の上の人となっている晶殿だが。
 にとり殿にとってはまだ、並び立つ事の出来る友人なのだろう。
 羨ましい話だ。私は例え自分の得意分野を伸ばす形でも、あの人に並べる自信が無い。
 嫌いではないし友人だとも思っているのだが、それ以上にぶっとび過ぎててついて行ける気がしないのだ。

「ま、オオガミ君の改良はまた今度にするさ。それで椛、何の用なんだい?」

「ああ、晶殿が謹慎中らしいのでな。様子でも見に行こうかと思い、にとり殿を誘いに来たのだよ」

「そういや、アキラは幽香の家にお籠り中だったっけ。確か異変を掻き回した罰とかで」

「私はそう聞いている。……気のせいでなければ以前の異変でも、同じ様な理由で巫女に退治されていた記憶があるが」

「そういやその前の異変でも、同じ理由で神社の建て直しやってたね」

「…………」

「…………」

 深く考えないようにしよう。私達は互いに無言のまま、恐ろしい事実から目を逸らした。
 晶殿、貴方は本当に何というか……骨の髄まで幻想郷向きの人間なのだな。
 私達は見つめ合うと、何とも言えない笑みと共に話題を無理矢理切り替えた。

「……行くか」

「……そうだね」

 はぁ……オオガミ君の爆発よりも、今のやり取りの方が疲れたよ。
 想像上の晶殿に文句を言って、私はにとり殿と共に太陽の畑へ向かったのだった。










「アキラぁー、居るかーい」

 にとり殿の案内で、私は太陽の畑にある風見幽香の家へやってきた。
 場所としては知っていたが、こうして足を運ぶのは初めてだな。
 咲いていない向日葵でもこうして並んでいると圧巻だ。畑の中に立っているだけで、何とはなしに気圧されてしまう。
 ……ここがあの風見幽香のテリトリーであると言う事も、影響しているのかもしれない。
 にとり殿や文殿や晶殿は平然と接しているが、私は彼女と会話するのも難しい。
 そういえば、この家には風見幽香や八雲紫が居る可能性があったのだな。
 深く気にしていなかったが、二人と鉢合わせしてしまったらどうしようか。……にとり殿に任せても問題無いよな?

「居ますよー。どーぞー」

「お邪魔しまーす」

「し、失礼する……」

 中に入ると、晶殿がにこやかな笑みで我々へ手を振ってきた――神剣片手に。
 八雲紫も風見幽香も居なかったが、全力で逃げ出したくなったな。何故アレを出しているのだ晶殿……。
 必死に目を逸らそうとしても、いつの間にか視線は剣の刀身へと注がれてしまっている。
 決して底の見えない奈落。白く全てを塗り潰す閃光。見つめているだけで、自分の存在すら揺らいでしまう絶対的な力。
 神剣『天之尾羽張』。相も変わらず、感嘆の息が漏れるほど恐ろしく、背筋が凍るほど美しい剣だ。

「アキラぁ……何でそんなおっかないモンを出してるんだよ」

「いや、すっごい暇を持て余しててね。もうこうなったら、神剣とのコミニュケーションを兼ねて的当てでもしようかと」

「なるほど、あの氷柱の上に乗ってる果物は的か。……仮にもソレは神器なのだから、もう少し扱いを考えた方が良いのでは無いか?」

「僕もそう思ったんだけど、本人がかなりノリノリでして」

「……本人?」

「本人」

 そう言って晶殿が、掲げた神剣を指さす。
 えっと、晶殿なりの冗談なのだよな?
 そう尋ね返すにはあまりにも真剣過ぎる彼の表情に、二の次を告げられず固まる私。
 一方にとり殿はしばらく考え込むと、合点がいったとばかりに手を打って晶殿と同じく神剣を指さした。

「アキラ、ひょっとして剣の声が聞こえるようになったのかい?」

「声と言うか感情と言うか、そういう心の機微みたいなモノは分かるようになったかな。あ、今メチャクチャ喜んでる」

「そうなのか……」

 知らぬ内に、晶殿がますます明後日の方向へ行ってしまっているな。
 満足気に神剣の刀身を撫でる彼の姿に、他人事ながらにとり殿の心配をしてしまう。
 ……これと並ぶのは、少しばかり難しいのではないか? にとり殿は大丈夫なのだろうか。

「ま、お客様が怖がるならしまうべきですよね。はーい、神剣さんかいしゅー」

 刀身が消えた事で、部屋を埋め尽くしていた威圧感が消えてくれた。
 強張った身体が緩んだ事で、安堵の溜息が思わず漏れてしまう。
 まったく心臓に悪い。神代の時代でも無ければ、まずお目にかかれない一品である事は分かっているのだがな。
 一介の白狼天狗が相手をするには少々荷が重すぎる。一緒にいるだけで心が擦り切れてしまいそうだよ。

「それで、にとりと椛は何の御用で? いや別に、ただ遊びに来てくれただけでも大歓迎なんだけど」

「アキラの様子見だよ。退屈を抉らせて死んでいないかって椛が心配しててね」

「そこまで大袈裟な心配をしていたワケでは無いがな」

「あはは。……けっこーヤバかったですよ? 人間って退屈で死ぬんだね」

 それは晶殿だけではなかろうか。その一言は、さすがに無体だと思ったので口にはしなかった。
 確かに、一日中何もせずに家に居るのは辛いものな。うん。そう言う事にしておこう。

「ま、元気そうで何よりだよ。てっきり謹慎くらって落ち込んでると思ってたんだけど――さすがアキラだね!」

「人の神経を勝手にザイル並の太さにしないでください。実質休養扱いの謹慎だから、精神的ダメージが無いだけです」

「ふぅーん」

「あ、信じてないなこの河童。本気本当本物の謹慎処分だったら、さすがの僕だってやや凹みますよ?」

「あはは、だってよ椛」

「……そうだな、晶殿だって傷つくよな」

「うん、今まさに傷ついたヨ。二人の中で僕ってどうなってんのさ」

 それをハッキリ言ったら、晶殿はもっと傷つくと思うぞ。
 とりあえずそう言う気持ちを笑顔に込めてみた。うむ、ばっちり伝わったようで何より。
 こういう所を見てしまうとなぁ……この人も、私が思うほど異常じゃないのではと錯覚してしまうから困る。
 実際は、ヘタすると文殿すら上回るかもしれない異常者なのだが。
 うむ。晶殿の事は私も好ましく思っているが、これだけは断言させてもらう。
 幻想郷でもなかなか居ないぞ、貴方の様な強烈な人間は。

「まぁいいや。お茶でも飲みなせぇ、お菓子食べなせぇ」

「おっと、茶菓子ならこっちで持ってきてるよ! じゃじゃーん!!」

「――と言う事で、お茶とお茶菓子持ってきますねー」

「あっれぇ、なんで無視するんだい?」

 にとり殿……さすがに私も、素のキュウリをお茶菓子にするのは無理だぞ? 調理されても無理だが。
 首を傾げつつキュウリを齧るにとり殿に背を向けて、晶殿が台所へと移動していく。
 丁度いい、今のうちに気になった事を一つ聞いておこうか。

「にとり殿」

「ん? どうし――ああ、食べる?」

「……遠慮しておくよ。それよりも、少し変な事を聞いても構わないだろうか」

「別に構わないけど、何だか穏やかじゃないね。どうかしたかい?」

「にとり殿は……何故そうも落ち着いて、晶殿と接する事が出来るのだ?」

 すでに比較する事を諦めた私ですら、会う度に成長する晶殿の姿に焦りのようなモノを感じてしまう。
 ならば、並ぼうとするにとり殿が抱く焦りは相当なモノになっているはず。
 なのににとり殿は、心底からの笑顔で彼の成長を喜び、引き離されてなお彼と楽しく話す事ができている。
 よほどの心境の変化が無ければ、そんな事は出来ないはずだ。
 そんな私の問いかけに、にとり殿は自嘲するような苦笑を浮かべた。

「あはは、これでも内心かなり焦ってるんだよ? アキラはどんどん先に進んじまうからねぇ」

「ならば……」

「けど、やっぱりアキラは変わってないんだ。あの頃と同じ――アキラは強くなりたいんじゃなくて、幻想郷の全てを見たいのさ」

「あの頃、と言うのは?」

「氷精相手にも四苦八苦してた、アキラが幻想郷に来たばっかりの頃の話だよ」

 そんな時期があったのか。……うーむ、ちっとも想像できない。
 私の知る晶殿は、間こそ抜けているが実力的には相当なモノだったからな。
 幻想郷に来た頃の晶殿か――何となくだが、脳天気っぷりは今とまったく変わっていない気がする。

「そこが変わってないなら大丈夫。こっちが歩みを止めなけりゃ、私とアキラはずっと友人でいられるさ」

「……にとり殿は、凄いな」

「はは、そうでも無いよ。何しろその事を忘れて迷走した挙句、アキラにも迷惑かけちゃったからね」

 小さく頬をかいて苦笑しながら、照れ隠しにキュウリを頬張るにとり殿。
 そんな彼女を見ていると、私も少しだけ頑張るための気力が湧いてきた――気がした。

「私も、にとり殿や晶殿の友人を主張できる程度には進むべきなのかもしれないな」

「そんなに思い込まなくてもいいさ。軽い気持ちで、やれる事をやっていこう」

「ふふっ、そうだな」

「ただいまー。あれ、何か楽しそうな空気だね。なになに? 楽しい事なら僕も混ぜてー」

「……しかしアレだな。分かっているつもりだが、先に居るのがコレと言うのは何だかやるせない気分になるな」

「うん、それは私も思う」

「おかしい、ただ戻ってきただけなのに貶されている気がする」

 いや、貶してはいないぞ。貶しては。
 ……もう少し実力者らしくして欲しいなー、とは思っているが。



[27853] 聖蓮の章・弍拾壱「三止九止/タイガー&マウス」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/06/24 20:54

「いやはや、蓋を開けてみると意外なくらいあっさり片付いたね」

「ええ、人里の方達も皆喜んで……とまではいきませんでしたが、それでも友好的に受け入れてくれました」

「時代は変わったって事か。ふふ、聖が人間からも慕われる姿を見られるなんて……ぐすっ」

「まったく、キャプテンは涙脆いんですから。でも妖怪として大っぴらに人の町を歩けるのは有難い事ですよね」

「昔は、普通に買い物するだけでも大仕事だったからねぇ。ま、私はそこまで苦労しなかったけどさ」

「ナズーリンや星さんは、耳や尻尾を隠さないといけませんから……」

「そう言う一輪も、たまに雲山連れたまま町を歩いてエライ騒ぎを起こしていたよね」

「いえ、アレは雲山が勝手についてきてですね」

「――――」

「ふぅん、雲山は一輪に頼まれてついていったって言ってるよ?」

「わ、私は遠くから見守ってほしいとお願いしただけで」

「――――」

「ふんふん。雲に化けて見守っていたら一輪に呼ばれて、何かと思って行ってみたら大騒ぎになったと」

「――――」

「しかも呼ばれた理由が『ナンパされて困ったから』とかで、かなりやるせなかったと」

「あうあう……」

「……受け入れられたとは言え、人里で同じ事するのは止めてくれよ?」

「や、やりませんよ、もう!」





幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾壱「三止九止/タイガー&マウス」





 さて、命蓮寺も無事人里に受け入れられたワケだが。
 そうなってくると、他の事に気を配る余裕が出てくるのは必然である。

「命蓮寺に、久遠さんを招こうと思うのですよ」

 うむ、そして一番にそう言うだろう事も予測していたよ。
 私とご主人を呼び出し笑顔でそんな提案をしてきた聖の姿に、私は気取られぬようこっそりと溜息を吐き出した。
 彼は一応、聖の恩人に当たるからなぁ。
 しかも実に珍しい妖怪側の人間だ。聖にとっては、同志に会えたような気分なのだろう。
 ……実際は、同志どころか天敵とも言える間柄なのだがな。

「良い考えだと思います、さすがは聖です!」

 少しは考えて賛同してくれ、ご主人よ。
 妖怪に有るまじきその純粋さを捨てろと言うつもりは無いが、聖の言う事なら無条件で受け入れ――と言うのは正直困る。
 残念ながら我々は、彼女の提案を受けるワケにはいかないのだ。

「聖、この人里であの人間がどういう扱いを受けているのか知っているかい?」

「いいえ。ここの方々からは、あの方の話を聞いた事がありませんので……」

「狡知の道化師、人間災害、はっきり言ってそこらへんの妖怪なんて比較にならない程の脅威として認識されてるワケだよ」

「まぁ、どうしてそんな事に……」

 あえて言うなら自業自得だろう。
 本人は比較的温厚なタチなんだが、それが人里の方々に伝わる行動を一切取ってないからな。
 ……いや、そもそも取る気が無いのか。アレは基本的に、興味外の存在が何をしようと気にしない人間なのだから。
 そしてそんな彼を招待すれば、様子見されている我々の評価は地に落ちる事になる。
 これが、聖の提案を受け入れられない一つ目の理由だ。
 もっとも彼女にそんな事を言えば、意地でも久遠晶を招待しようとするだろうが。
 そうなると、我々は人里での居場所を失った上に――久遠晶とも致命的な決別をしてしまう事になるのだ。

「あえて言うなら久遠晶の望んだ道さ。妖怪側に身を置く人間として、妖怪の尊厳を守るため人間から距離を取っているのだろう」

 絶対そんな事は無いが、それくらい言っておかないと聖は納得しないだろう。
 正直この言い訳でも彼女は納得しないと思うが、ある程度の理解は示してくれるはずだ。そうでないと困る。

「……何とか、してあげられないのでしょうか」

「久遠晶の保つ距離は、すなわち今の妖怪と人の距離さ。我々が成すべき事を成せば、自然とあやつと人里との距離も縮むだろうよ」

 まずは自分達の土台を固めなければ、お節介すら出来ないと言う事だ。
 私が遠回しにそう告げると、聖は寂しそうに笑って小さく頷いた。
 ……聖はご主人と違って察しが良いからな。私が色々と企んでいる事も、薄々ながら勘付いているのだろう。
 その疑問を口に出さず、私が言うまで待ってるあたり人の良さはご主人と同レベルだが――まぁ、それは聖の良い所だ。
 改める必要も無い。と言うか、改められたら命蓮寺の根底が崩れる。
 それにどちらかと言うと異質なのは私の方だ。自分で言うのもなんだが、私の性分は少し陰険過ぎる。
 常に事態の裏を探ろうとし、目的の為なら手段を選ばず暗躍する。……我ながら、よく皆に見捨てられないモノだと思うよ。
 少しは自省し、命蓮寺の仲間達と歩調を合わせねばと考える事も多々あるのだがなぁ……。

「そうだ、逆に聖が久遠さんの所に行くのはどうでしょう!」

 うむ、やっぱりダメだな。私までご主人と同じ脳天気組に回ったら寺が滅ぶ。
 聖があえて言わなかった提案を堂々と口にするご主人の姿に、私はやはり腹黒で居なければと再認識。
 ご主人……世間ではそれを朝三暮四と言うのだ。聖が出向く形になっただけで、問題は何一つ片付いていないのだぞ。

「はぁ……そう言うワケだから聖、久遠晶を招くのはしばらく我慢してくれ」

「ごめんなさい、私の力が至らないばかりに」

「あの腋メイドが意外に大物で、接触するだけでも一大事だったってだけの話さ。聖が気にする事は何も無いよ」

「えと、あの、会いに行くのは……」

「ご主人は黙っててくれ」

「……ぐすん」

「ダメですよ、ナズーリン。星をいじめたら」

 子供か。まったく純粋なのは良いが、もう少し場の事情とか話の裏とかを察してほしいものだ。
 ……まぁ、そう言う発想が一切出てこないご主人だからこそ、妖怪の身でありながら毘沙門天の代行を出来るのだろうが。
 仕える身としては凄く疲れる。彼女がほんの少しでも物事を疑える妖怪であったなら、私ももう少し呑気にしていられるのだがなぁ。
 とは言えその場合は、監視役として暗躍しなければならないから――結局負担は変わらないと言う事か。
 
「やれやれ、グズるなよご主人。ご主人の仕事はこれからなのだからな」

「私の、仕事?」

「正確には私とご主人の仕事だが――いつになるか分からん来訪の時まで、恩人を放置しておくわけにもいくまい」

「えーっと、それはつまり?」

「ご主人の案を半分だけ採用する。私とご主人が、聖の代理として久遠晶の所へ行くのさ」

 幸か不幸か、人里におけるご主人の知名度はさほど高くない。はっきり言って我々とどっこいどっこいだ。
 もっともこれは、聖人として圧倒的な注目を浴びる聖が居るからなのだが。
 ……だからこそ聖には迂闊な行動が許されないのだ。今の彼女は、何をしても里の話題になってしまうのだからな。
 しかし、ご主人くらいなら問題ない。それでも下手を打てば騒ぎになるだろうが――そこを上手く裁くのが私の役割である。
 ま、本音を言うと私一人で行きたい所なのだが。
 そうやって皆を疎かにし続けるのは孤立の始まりだし……何より、私だけでは誠実さが足りないからな。それはもう圧倒的なくらいに。

「わ、私とナズーリンで、聖の恩人に!?」

「それが現時点の我々に出来る、もっとも誠実な対応だろう。聖も異論あるまい?」

「むしろ、私からお願いさせてください。星、ナズーリン、至らぬ私の代わりを務めてはくれませんか?」

「は、ははは、はい! ま、任せてくだしゃい!!」

 緊張し過ぎだ、ご主人。用事を任される事なら何度もあったでは無いか。
 まぁ、聖が復活してからは初めてだが。……ご主人もわりと、聖復活に浮かれているのかもしれないな。
 年中浮かれているような性格だから思いもしなかったよ。そーか、浮かれていたのか。

「くれぐれも馬鹿な真似はしないでくれよ、ご主人」

「し、しませんよそんな事! ナズーリンは、なんでそんなに私を虐めるんですか!!」

 いや、私もご主人の性格が悪いとは思っていないのだが。
 ……ご主人は、聖の考えが世間全般に通じると思っている節があるからな。
 思想が合わない人物にとっては、存在自体が喧嘩を売っていると言っても過言では無いだろう。
 そして――これから会いに行く人物は、十中八九聖と相反する思想を持っているのだ。

「ま、ご主人の事はどうでもいい。それよりも聖、久遠晶の所で一つ所用を片付けたいのだが……許可を貰っていいかね?」

「久遠さんが構わないと言ってくださったなら、構いませんよ」

「な、なずぅりぃん……」

 ご主人に構うと面倒くさい事になるので、あえて無視して話を進める。
 そんな私の態度に苦笑しながら、聖は私の提案にほぼ無条件で頷いてくれたのだった。
 ……まったく、重たいなこの信頼は。










「さて、ここが久遠晶の住まう場所。太陽の畑だ」

「ここがあの……パラソルマスターさんの住処でしたっけ?」

「フラワーマスターだ。本人に言ったら殴られるだけでは済まないぞ」

 まぁ、かのフラワーマスターがその程度の軽口で怒るとは思わないが。
 脚色してでも警告しておかないと、ご主人は何を口走るか分かったもんじゃないからな。
 場違いな平和主義者ほど怖いものはない。しかもご主人は、その主義を他人にも薦めてくるから……ああ恐ろしい。
 ただでさえ懸念だらけの訪問なのに、身内にも爆弾を抱えているのは私に対する嫌がらせなのだろうか。
 とは言え、一輪やキャプテンには荷が重い相手だ。ご主人くらい脳天気で無ければ、即座に精神をヤラれてしまうに違いあるまい。
 それに……これからやる事を考えると、あの二人は察しが良すぎてダメだ。
 
「済まないって……な、何をされるんですか?」

「――それは草木も眠る丑三つ時の事、太陽の畑から現れた風見幽香が」

「止めてくださいよ! 私、そういう話苦手なんですから!?」

 妖怪としてどうなんだとは言わない。もう慣れたよ。
 私は軽く肩を竦めるフリして話を打ち切ると、これからに備え心を落ち着かせるため大きく深呼吸をした。
 ……聖としては、これをキッカケにして久遠晶と親交を深めたいのだろうが。
 残念ながら、私はそれを許すわけにはいかないのだ。
 いや、許さないと言うよりは根本的に無理だと言うべきか。
 ――何故なら久遠晶と聖白蓮は、絶対に分かり合う事ができないのだから。
 それが、聖の提案を受け入れられなかった二つ目の理由である。
 どちらとも妖怪に味方する人間であるが、その方向性は大きく違っているのだ。
 聖白蓮が弱き人妖を護り、世の平穏を願う聖人ならば。
 久遠晶は強き人妖と並び、騒乱から平穏を見出す超人なのである。
 まさしく対岸の存在だ。性格的な相性はともかく、思想的な面で和解する事は一生無いだろう。
 
「だが、それを聖に言うワケにはいかないのだよなぁ」

 言ってしまえば、聖は必ず久遠晶を説得しようとするに違いあるまい。
 相容れないからこそ受け入れようとする。聖白蓮はそういう人間なのである。
 まぁ、その行動自体は特に問題は無いのだが……その流れで発生する様々な問題は看過できんのだ。
 久遠晶という男は、束ねた導火線の様な存在だからな。
 触らぬ神に何とやら、今の時点で聖と彼を近付けさせるのは得策とは言いがたい。

「……今、何か言いました?」

「いいや何も。それより、そろそろ風見幽香の家へ行こうじゃないか」

「あ、そうですね!」

 もっとも命蓮寺としては、久遠晶との交友を深めておきたいのが何とも。
 聖と久遠晶の接触を防ぎつつも、命蓮寺との関係は良好にしておく。
 自分で企んでおいてなんだが、あまりにも面倒な目標に少しだけ泣きたくなったよ。

「はわー、素敵なお家ですねぇ」

「確かに夏場に訪問したかった場所だが、あまりにも呑気過ぎるだろうご主人」

「はっ、そうですね。ここはあの「子供が悪い事をすれば風見幽香が出てくる」と噂のジェノサイドマスターの本拠地です、注意しないと」

「だからフラワーマスターだと何度言えば……それにその噂も、子供達に対する躾の様なものだろうが」

「で、でも、よしお君が言ってましたよ! 前に悪戯していたら、風見幽香に「食べちゃうわよー」って言われたって!!」

「………子供達と仲が良いようで何よりだよ、ご主人」

 と言うか、付き合い良いなフラワーマスター。
 花の妖怪の意外なノリの良さに苦笑しつつ、私は家の扉を軽く叩いた。
 
「はいはーい、いーま開けまーす」

 すると、やたら呑気そうな声と共に扉が開かれる。
 中から出てきたのは目的の人物、人間災害こと久遠晶だった。
 彼は我々――と言うか私の姿を確認すると、満面の笑みで親指を立てた両拳をこちらに付きだしてきた。

「誰かと思えばナズーリンさんじゃないですかー! いぇーい!!」

「い、いぇーい」

「……遺影?」

 いきなり物凄い歓迎ぶりである。予想はしていたが、実際に目の当たりにすると困惑してしまう。
 いや、確かに最終的には味方してもらったが、それまでは間違いなく敵対していたろうに。
 そして私に至っては、騙し討ちで君から宝塔を奪っていった詐欺師なのだが。
 ……この様子だと、全然まったく気にしていないな。凄まじい人間だ。
 かなりのキレ者なんだがなぁ。一切の裏を感じさせない、この素直さは正直羨ましい。

「久しぶりだねー、人里の方はもう良いの? 何か揉めてるって聞いたけど」

「少し話し合いがあっただけだよ。揉めるという程の事でも無かったさ」

「ま、慧音せんせーと白蓮さんだもんね。大事になる方がおかしいか」

「あまりやり過ぎてくれるなよ、と釘は刺されたがね。まぁ仕方あるまい、宗教は人に変化をもたらす存在だ」

「幻想郷でも宗教戦争が始まるのかなぁ……早苗ちゃんが張り切りそうだ」

 あまり興味が無さそうに、ただ面倒臭いと言わんばかりに肩を竦めてみせる久遠晶。
 人間側の動向にあまり興味が無いのだろう。縁の無い相手には素っ気ないモノだ。
 
「ところで、ついうっかりスルーしちゃったけどそっちの人は」

「あ、ど、どうもこんにちは! 私はその、虎丸星という妖怪で、命蓮寺では毘沙門天の……」

「前に星蓮船で、何だか良く分からないけど気絶していた妖怪さんですよね」

「う、うわぁぁぁ! 巫女が、巫女が!?」

「ちょ、ナズーリン!? なんかこの人いきなりテンパりだしたんですけどぉ!?」

「気にしないでくれ、異変での事が若干トラウマになっているだけだ」

「じゃ、若干? コレで?」

 異変が終わった直後は不眠症になりかけていたからな。これでもマシになった方なんだ。
 彼女だけでなく一輪もしばらくは、巫女と聞くだけで体を震わせていたしなぁ。
 恐るべきは博麗の巫女か。アレが思想的な面で敵でなくて本当に良かったと思うよ。
 ……まぁ、逆にそっちの方では御しやすそうな気がするが。
 人心掌握とか、一番苦手な部類だろう。アレは。

「ま、気にしないでくれ。そのうち収まるよ」

「扱い酷いなぁ……この人、愛され系弄られポジション?」

「うむ、その認識で間違っていない」

「そっか了解。それじゃ中に運び込んでおこうか」

 手慣れた様子でご主人を抱え、私を室内に招く久遠晶。
 きっと知り合いに似たようなのが居るのだろう。無駄な風格すら感じられる。
 ……嫌な慣れだな。同じ様な境遇の私が言うのもなんだが。

「あ、ナズーリンは紅茶飲む?」

「紅茶か……土産で和菓子を持ってきたんだが」

「んー、だとすると緑茶だなぁ。確か文姉が持ち込んだ奴が……」

 そのまま彼はパニック状態のご主人を座らせ、茶葉の確認をしながら台所に歩いてゆく。
 その頼もしすぎる背中を眺めつつ、さてどう‘あの話’を切り出そうかと私は策を練るのだった。




[27853] 聖蓮の章・弍拾弐「三止九止/エクストラ・ミッション」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/06/24 22:01


「やれやれ、ご主人にも困ったものだな。まったく」

「……ご主人? 星さんが?」

「そういえば言ってなかったか。私は毘沙門天の使いでね、今はその代理であるご主人の部下をやっているのだよ」

「今、さらっと凄い事実を聞いた気がする」

「それくらい予想してくれたまえよ。そうでも無ければ、毘沙門天の道具など用意出来ないだろうが」

「いやまぁ、多少の繋がりはあるんだろーなと思っていたんですが、そこまで直通だったとは思わなくて」

「そこまで過剰に驚く事か? 国津神に鬼、天魔。そしてそれらに格でも実力でも匹敵する人妖が幻想郷には溢れているのだぞ?」

「そこを比較に出されると反論できないなぁ。特に国津神の方々」

「まぁ、あそこの気安さは神代の時代のノリだからな。そのくせ行動は近代的だからタチが悪いのだが」

「本人達にしてみれば、それこそ神代の時代の焼き直しなんだろうけどねー。……ナズーリン達は真似しないでよ?」

「道化師、ウチは仏教だ。仏と人の距離は神ほど近しくない」

「あーそっか、仏教の目的は基本的に自己啓発だもんねー。仏がほいほい降臨して福を授けるってのは仏教の趣旨に反するかー」

「そういう話もあるにはあるがな。聖は戒律を厳格に守る生粋の仏教徒だ、そういう類の客寄せは間違い無くするまい」

「へー。……と言う事は、ナズーリン達って生臭物ダメなの?」

「戒律的にはな」

「そっかー、だとすると洋菓子の類は差し入れできないね。卵使ってるし」

「戒律的にはな」

「……実際は違うの?」

「違わないぞ。聖やご主人は真っ直ぐな人だからな、まず戒律を破ると言う発想が無い」

「ふぅん。――で、他の人達は?」

「ははは」

「…………えっと、こっそり差し入れる様にしますね」

「良く分からないが、ソレで良いんじゃないかな。あ、昼頃がオススメだぞ」





幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾弐「三止九止/エクストラ・ミッション」





「申し訳ありません、ご迷惑をおかけしました!」

 しばらくを世間話で時間を潰していると、ようやく復活したご主人がどんよりと落ち込みながら久遠晶に謝罪した。
 まぁ、ほぼ初対面の人間にあれだけの醜態を晒したのだ。こうなってしまうのも仕方あるまい。
 もっとも久遠晶はまったく気にしておらず、のほほんとした笑みを浮かべてご主人を宥めているのだが。

「お気になさらずー。仕方ないですよ、霊夢ちゃんヤバいですもんね」

「あはは、本当に……博麗の巫女は凄かったですよ…………」

「落ち着けご主人、延々繰り返すつもりか」

「あ、あぅ……」

 もう巫女の話題は出さない方が良いな。
 久遠晶もそう思ったのか、苦笑しつつ半ば無理矢理に話題を変更した。

「えーっと、そういえば自己紹介してませんでしたね! もう知ってると思うけど、僕の名前は久遠晶です!!」

「あ、こ、これはどうもご丁寧に」

「気軽に晶と呼んでください。――と言うか二つ名で呼ばないでね! 特にナズーリン!!」

 ああ、道化師と呼ばれるのは嫌だったのか。
 確かに「人間災害」と言う二つ名は忌まわしいかもしれないが、「狡知の道化師」の方はそうでも無かろう。
 むしろ格好いいではないか。私なんて「ダウザーの小さな大将」だぞ。
 ダウザーなのは事実だが、小さなとはなんだ小さなとは。……小柄である事は否定せんが。
 
「分かりました。では、晶さんと呼ばせて頂きます」

「私は……とりあえず晶殿と。さてそれで、我々が訪ねてきた目的なのだが――ご主人」

「え、私が説明するんですか?」

「あのなご主人、君は私の上司なのだぞ」

 この場で命蓮寺代表として話を進めるのは、どう考えてもご主人の役割だろう。
 さすがの私も、そこまで主を蔑ろにする馬鹿では無いぞ。
 で、ご主人なんだその戸惑いの表情は。
 さては私が一方的に話を進めるから、自分の出番は特に無いと考えていたな。
 ……まぁ、出来るものなら代わってやりたいがな。彼には色々と言っておきたい事があるし。

「えっとですね。本日はその、聖を助けて頂いたお礼をしに参りました」

「……………………………お礼参り?」

「何故そう言う発想になる」

「えっ、じゃあ本当にただのお礼なの? 何で? どういう経緯で? 人、間違えてますよ?」

「ま、間違えてません! ……で、ですよね?」

「確認するな。聖が救われた経緯は、ご主人にもちゃんと説明しただろうが」

 まぁ、本人に「何ソレ?」みたいな顔をされたら不安にもなるか。
 ご主人は直前に気絶したせいで、道化師――もとい晶殿が現れた所を見ていないしな。
 問題なのは、むしろ助けた自覚の一切無い彼の方か。
 助けたのはあくまで「魔界神」であり、自分はその手足だったに過ぎない。
 彼の中での認識はその程度のモノなのだろう。だいたい想像はつく、久遠晶はそういう人間だ。
 興味の薄い事柄――この場合は名誉や報酬だな――にはとことん無頓着。
 むしろぞんざいとも言える態度を取るから、誘導するのは容易いが微妙に扱い辛いのだ。

「君も少しは覚えているだろう? ほら、聖に本当の弾幕ごっこを教えてくれたじゃないか」
 
「ああ、アレですか。確かにそう言われると、助けたと言えなくもないような気がしないでもないですね」

「そこは言い切れ。どれだけ助けたと認めたくないんだ」

「別にそういうつもりは無いんですが……それで、二人は僕にお礼を?」

「はい! 命蓮寺の代表として、聖の恩人たる晶さんに是非とも何かお礼をと……」

「あ、要りません」

「はぃあー!?」

 だろうなぁ。絶対にそう言うと思ったよ。
 躊躇なく手を横に振る久遠晶。謙遜でなく本気で欲しくないのだろう。
 まさかそこを断られると思っていなかったらしく、ご主人は奇声を上げて立ち上がった。
 うむ、気持ちは分かるぞ。分かるけどもうちょっと落ち着け。

「え、でも、でも、おれい」

「ぶっちゃけ依頼人から報酬ヒく程もらったんで、コレ以上何か貰うつもりは無いっすね」

「依頼人……魔界の創造神か」

「さすがナズーリン、神綺様の事知ってるんだ」

 こちとら情報が主武器だからな。星蓮異変の状況は、すでにほぼ全て把握しているさ。
 もっとも彼の言う「報酬」までは知らないが……この様子だと、相当なモノだと思っていいだろう。
 ま、仮に無報酬で動いていたとしても、彼は今の礼を断っただろうがな。

「えっとその――なずぅりぃん……」

「はいはい、任せ給え。では晶殿」

「はひ?」

「ありがとう、命蓮寺の代表として礼を言わせてもらう」

「いえいえ、どういたしまして」

「よし、お礼終了」

「えええっ!? い、今ので良いんですか!?」

 本人が要らんと言っているんだ。だったらもう気持ちだけで構わないだろう。
 それに、これで我々は晶殿に「借り」を作った事になる。
 借りを悪用するどころか返してもらうと言う発想すらない彼が相手なら、この借りは我々にとって大きな手札だ。
 聖と晶殿の距離を考えると、彼と直接的な繋がりを持つのは少々危険だからな。
 明確な形では無い。しかし理由としては使えるこういった手札は、出来るだけ確保しておいた方が良いだろう。

「――――ふぅん、なるほど」

「へ? え? 晶さん?」

 ……ちっ、表情を読まれたか。
 さすが、のほほんとしているが油断のならない男だ。
 全てでは無いにせよ、こちらの意図の大半は読まれてしまったと考えるべきだろう。
 まったく、厄介な手札を一枚渡してしまったな。
 この男は普段大らかな癖に、札を切る際は刹那も躊躇しないからタチが悪い。
 しかしそれを把握した上で何もしてこないと言う事は、晶殿もこっちの目論見に乗ってくれると言う事か。
 有難いが、やはり後が怖いな。……間違いなく、私に対してなら容赦しなくても良いと思っているだろうし。

「えとえとえと、二人共どうしたんですか?」

「いや特には。ねぇナズーリン、あはは」

「うむ、何も問題無いよ。うふふ」

「……? 良く分かりませんが、お二人が仲良さそうで何よりです!」

 本気でそう言えるご主人はかなりの大物だと思うよ、うん。
 互いを牽制して笑いあう我らを見て、何を勘違いしたのか嬉しそうに笑うご主人。
 ま、この場で警戒しても互いに得はあるまい。
 私は一息ついでに緑茶を一口飲み、気分と共に話題を変えた。

「さて、礼も終わった事だし……少し別の話をしても良いかね?」

「それが今回の本題?」

「いいや、本題は礼の方だよ。これはどちらかと言うとオマケだな」

「でも、本題より長いんでしょう?」

「否定はせんよ。……この前の、星蓮異変の事は覚えているか?」

「まぁぼちぼちとは」

 つい最近の事なのに、すでにぼちぼちなのか。
 いや、久遠晶お得意の自虐癖なのだろうが、そこは「はい」と答えてくれんと話が進まんぞ。
 ま、話を振れば反応するだろう。彼なら間違いなく覚えている話だ。

「あの時、飛倉の欠片が妙な姿になっていただろう?」

「あー、そういう事になってたみたいですね。僕には板っ切れにしか見えませんでしたけど」

「君の持つ『第三の目』か。……彼女の力すら見通すとは、破格の能力だな」

「ぶっちゃけ、見え過ぎててて逆に困る事も結構ありますけどね。ほら、丸見えの罠って罠だと思わないじゃないですか」

「確かに。真実のみしか見えないからこそ、逆に虚偽を見抜けないか。……良い弱点を聞かせてもらった」

「うわ、しまった。マズい相手にマズい愚痴を……」

「……あの、何の話をしているのでしょうか」
 
「ナズーリンさん、貴女のご主人が何も把握してないんですが」

「ご主人には関係ない話題だ。黙って菓子でも喰っててくれ」

「…………くすん、もぐもぐ」

「鬼や、鬼がここにおる」

 ご主人は、星蓮異変のあらましをほとんど知らないからな。
 ほぼ最初から説明する必要があるから、この場合は黙ってもらうのが一番だ。
 
「まぁいいや。それでナズーリン、彼女って誰? 飛倉に細工した相手に心当たりが?」
 
 ふむ、これくらいの釣り針でもきっちり掛かってくれる。か。
 やはり、彼は積極的に巣を突きに行く人間だな。――本人は恐らく否定するだろうが。
 これで愚鈍であるのなら、ただの良い鴨で済むのだが……彼の場合は餌ごと竿を喰いかねんからな。
 この手も多用しない方が良いだろう。そう内心で思いながら、私は晶殿の問いに答えた。

「答えは是だ。心当たりどころか、このような事をやらかすのは彼女しかいない――という相手を知っている」

「完全にドンピシャっすか」

「どんぴ? 良く分からんが他に考えられん、確実に彼女が犯人だろう。……で、だ」

「で?」

「晶殿には、その犯人の拿捕に協力してほしい」

「仲良しになれたから、ここぞとばかりにコキ使うつもりなんですね。分かります」

「まさか、純粋に君の力が必要なだけだよ」

 ま、君と命蓮寺の繋がりを強くする為の話である事は否定しないが。
 実際問題、私の独力で逃げに走った彼女を捉えるのは難しいのだ。
 ……軽い悪戯のつもりでやった事が、聖復活の妨害となってしまったからな。
 我ら――と言うか、聖に会わせる顔が無いとでも思っているのだろう。
 聖は当然怒っていないし、妨害されたと言っても大した影響は無かったのだが……本人はそう思ってないようだ。
 やれやれ、だからと言って逃げられても困るのだが。
 ちなみにご主人には何も期待していない。いや、人探しに適した妖怪じゃ無いからな、ご主人は、うん。

「まぁ、手を貸して欲しいなら貸しますけどね。今ちょっと僕は謹慎中で……」

「その話は聞いている。しかしその原因たる我々の問題が片付いたのだから、君の謹慎も終わるのではないか?」

「なるほど、それもそうか。ならちょっと確認してみますかね」

 そう言って立ち上がり、彼は明後日の方角を向いた。
 腰に手を当て、大きく息を吸い込むと、遠くへ話しかけるように声を出す。

「ゆっかりねーさまぁぁぁ!」

「はーい」

「うわ! い、いきなり誰か出て来ましたよ!?」

「……八雲紫か」

 幻想郷の影の管理者、妖怪の賢者、神出鬼没の隙間妖怪。
 恐らく幻想郷においてもっとも警戒すべき相手、それが彼女――八雲紫だ。
 彼女は出現のために使った隙間に跨ると、こちらを一瞥もせずに晶殿へ微笑みかけた。
 その素性を知らなければ、人の良い姉のようだと思った事だろう。
 いや、あの登場の仕方でソレはないか。この溢れんばかりの胡散臭さ、さすがはスキマ妖怪だと言わざるを得ない。

「と言うワケでねーさま、謹慎解除してもらって良いですか?」

「ねーさま的にはちょっと嫌かしら。だって貴方、モロにそこの鼠に利用されちゃってるわよ?」

「はい、知ってます。けどまぁ、ナズーリン的に嫌なのは「無条件で引き受ける」事だろうと思うので」

 ははは、分かっているなぁ。
 例え彼がゴネても、こちらはあの手この手を駆使して引っ張り込む事が出来る。
 しかし完全に無償で引き受けられると、こちらが一方的で大きな借りを作ってしまう事になるのだ。
 ……何も考えていないようで、しっかり考えているあたりはさすが久遠晶。本当に油断のならない男だよ。

「うふふ、ねーさま貴方のそう言う変に強かな所わりと好きよ」

「あの、貴女は……?」

「私は八雲紫。この子の保護者兼真の姉よ」

「あ、そうなんですか! すいません、私は虎丸星と申す者です。今日はお宅の弟さんにお礼を言いに参りました!!」

「あらあら、これはどうもご丁寧に。何もない所だけど寛いでくださいね」

「紫ねーさま、それはさすがに家主の台詞です」

 そして、八雲紫が何者なのか気付かず呑気に挨拶をしているご主人。
 対応としては、実はもっとも正しいと言えてしまうのが何とも。
 本当に羨ましいな、ご主人は。私にも君ほどの純粋さがあったならと切に思うよ。

「ふふ。それで、そちらの鼠さんは?」

「どうも、私はナズーリン。虎丸星の部下をやっているしがない鼠妖怪だ」

「よろしく。……貴女には、晶がお世話になったみたいね。うふふ」

 ああ、私が晶相手に何をしたのかも、やはりしっかり把握されているようだな。
 如何に晶を溺愛している彼女とて、それだけで下らない嫌がらせをしてくる事は無いだろうが。

「それでねーさま、謹慎は?」
 
「……しょうがないわねぇ。謹慎、解いてあげるから好きにしなさい。ただし騒動は起こさな――いえ、なんでもないわ」

「今、明らかに諦めましたよね。僕を世に放つ事で必ず何かしらの被害が出ると、確実に諦めて注意するのを止めましたよね」

「それじゃあ、私はこれで失礼するけど……ナズーリンさんも晶の事――くれぐれも‘よろしく'お願いするわね」

「あはは、任せてくれたまえ。……私も命は惜しいからな」

「無視された……ほぼ肯定に近い形で無視された……」

 色んな意味で、私は目をつけられてしまった様だな。やれやれ。
 私にだけ見える角度で意味深な視線を送ってきた隙間妖怪は、そのまま腰掛けた隙間に飲み込まれる形で姿を消したのだった。
 ほんの僅かな時間でやたらと疲れてしまったよ。まったく、弟に甘過ぎだぞ妖怪の賢者。
 
「それにしても八雲紫ですか。晶さんのお姉さんは、かの妖怪の賢者と同姓同名なんですねー」

「へ、いやあの、星さん?」

 ご主人、苗字で気づけ。久遠晶と八雲紫に血縁関係は無いぞ。
 どうやら八雲紫を久遠晶同様人間だと思っているらしいご主人の脳天気さに、私は深い溜息を吐いたのだった。





 ……毘沙門天の代理に選ばれるくらいだ、頭は悪くないのだがなぁ。致命的に純粋過ぎるのが何とも。




[27853] 聖蓮の章・弍拾参「三止九止/シークレット・ビースト」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/07/01 22:06


「え! 先程挨拶した紫さんって、あの『八雲紫』だったんですか!?」

「晶殿の保護者と言う時点で気付け。ご主人だって、その噂は聞いていただろうが」

「でも、噂と違ってとっても良い方でしたよ?」

「紫ねーさまは本当に良い妖怪ですよ。ちょっと胡散臭くて、色々企んだり捻くれてたりしますけど」

「その理屈だと、大概の妖怪は『良い妖怪』になってしまうが」

「少なくとも、僕の知る妖怪に悪い妖怪は居ませんね。悪い腐れ天人は知ってますけど」

「……そうか」

「晶さん……そうですよね! 本当は、悪い妖怪なんてどこにも居ないんですよね!」

「いや、さすがにどこかには居ると思いますけど?」

「いつの間にか、噂だけで妖怪を判断するようになっていたんですね。……私、自分が恥ずかしいです」

「ご主人。その反省自体はとても良い物だが、ソレ以前の所を色々と間違えているぞ」

「ありがとうございます晶さん。やはり、貴方は素晴らしい人です」

「……あの、ナズーリンさん」

「諦めろ。こうなったらご主人は何を言っても聞かん」

「なんか星さんってアレだよね。ピュアと言うか、真っ直ぐと言うか」

「…………ハッキリ言って良いぞ、晶殿」





幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾参「三止九止/シークレット・ビースト」





「いやー、シャバの空気は美味い!!」

 せっかく謹慎が解けたんだから、とりあえず外に出ようぜ!
 と言う事で家を出て、太陽の畑のど真ん中で大きく背伸びをしました久遠晶です。どうも。
 お日様の光が気持ちいい……今なら光合成が出来るかも! 無理だけど!!

「良かったですね、晶さん」

 そしてそんな僕の奇行を純粋に喜んでくれる星さん。何この人、神仏聖人の類?
 ああ、そういや毘沙門天の代理だったっけ。さすが代理でも仏様は違うなぁあははー。
 ――ちくしょう、やっぱり心が綺麗な人はダメだ! 理由は分からないけど、話してるとモニョモニョした気持ちになる!!
 ソレに比べて、ナズーリンの見てて安心する事安心する事。
 まぁ、こっちもこっちで僕の事情をあらかた察しているらしく、腹立つくらい生温かい目で僕を見てるけど。
 それでも星さんに比べればだいぶマシだ。何故だろうね、警戒度では絶対にナズーリンの方が上なのに。

「さて晶殿、元気になった所で犯人の話に戻るぞ」

「そういや協力するとは言ったけど、犯人の事は何にも知らないねー」

 そもそも聞いてないから、当然と言えば当然なのだけど。
 僕はもうちょい、事前に情報を聞いてから動いた方が良いと思います。わりと本気で。

「それで、ナズーリンですら捉えきれない相手って誰なの?」

「鵺だ」

「ぬえ……あの子なんですか!?」

 へー、鵺かー。古事記ですねー。源平盛衰記ですねー。へー。
 ――鵺!? 妖怪化したトラツグミを皮肉でそう呼んでるとかじゃなくて、本物の鵺!?
 え、本当に!? 僕の、幻想郷で一番会いたいツギハギ妖怪であるあの鵺さんが犯人なんですか!
 『彼女』とか『あの子』とか若干不安な響きも聞いたけど、鵺である事に変わりはない。はず。
 今度こそ、今度こそ期待しても良いんですよね神様! 見ただけで精神すり減って汚物垂れ流して泣いて詫びる化け物系妖怪を!!

〈……………………ごめんなさいね、晶ちゃん〉

 悲痛な声で謝らないで神綺様!?

〈うん、きっと会えるさ。きっと会えるから挫けるな少年〉

 何その憐れむような慰め。まだ分かんないもんね! 僕はまだ諦めて無いもんね!!

「うむ、封獣ぬえ。……一応は、我々の同志と言う事になる」

「一応は?」

「以前、星蓮船の中で交渉した時には言わなかったが……実は命蓮寺の皆は、私とご主人を除いて全員地下に封印されていてな」

「そうでしたね。あの謎の灼熱地獄暴走事件が無ければ、皆が揃う事は無かったでしょう……ううっ」

「ワー、ソレハヨカッタデスネー」

 何かいきなり僕の余罪が出てきた!? 地霊殿でのあの騒動、そんな事にまで影響していたの!?
 つーかナズーリン、それは言わなかったんじゃなくて伏せてたんでしょうが。
 絶対、交渉が滞ったり緊急の事態になった場合は使うつもりだったなそのネタ。
 そして今ここでバラしたのは、さっきまでのやりとりで若干優位に立った僕に対する釘刺しですね。調子にのんなよ的な。

「彼女とは、地下で出会い意気投合したのだそうだ。で、聖復活に協力してくれる事になった……はずだったのだが」

「してくれなかったんですか?」

「どうも、復活する相手が聖……人間だと知らなかった様でな。話を聞いて、すぐやってられんと何処かへ消えてしまったのだよ」

 あー、ある意味で僕と同じパターンですね。
 詳細知らないけど、とりあえず友人に頼まれたから乗ってみたと。
 しかしその目的は聖人の復活。普通の妖怪には、ちょっと難易度高い仕事だよね。
 ……と言うかソレ、話の流れだけ聞くと普通に詐欺の様な気がするんですが。
 いや、別に脅迫されてとかそう言うワケじゃないし、呼んだのがナズーリンで無いなら意図的でも無いんだろうけど。
 そりゃ消えるよ。むしろ怒って暴れ出さないだけ有情な気さえする。いや、怒ってはいるのかな?

「それでそのぬえさんとやらは、白蓮さんの復活を妨害するため飛倉をUFOに?」

「そこまで陰険ではないさ。言ってしまえば、軽い悪戯の類だろうな。……いや、そのつもりだったと言うべきか」

「ほへ? どういう事?」

「誤解は無事解けたと言う事だよ。何故我々が聖を助けようとしたか、遅ればせながらぬえも理解してくれたらしい」

「……あー。理解したからこそ、悪戯した事を後悔しちゃったワケですね」

「そう言う事だ。我々も聖も特に気にしていないのだがな。そう説得しようにも、そもそも姿が捉えられんから話にならない」

「なるほど。それで、僕の『第三の目』の力を借りたいと」

「そうだ。君の魔眼ならば、ぬえの『正体を判らなくする程度の能力』も見通す事が出来るだろう」

「正体を判らなくする程度の能力?」

「言わば鵺と言う存在の根底を成す能力だな。鵺に関する様々な伝承は、全て彼女の能力が誤認させたモノなのだよ」

「ごふっ」

「うひゃあ!? 晶さんが突然倒れこみましたよ!?」

 それは……それは反則でしょうが! 
 真っ先に殺されて司法解剖までされてたのに、実は全部幻覚でピンピンしてた上に黒幕でもあったくらい反則じゃないですか!!
 え、じゃあツギハギだった鵺さんは居ないんですか?
 いやいやまだまだ、分かんない分かんない。まだ可能性はゼロじゃない。

「じゃ、じゃあ、本当の姿はどんな感じなんですかね?」

「ぬえはとても可愛い女の子ですよー」

「うわぁぁぁあああん!?」

「あ、晶さぁーん!?」

 またか、またなのか!!
 いや、別に僕だって男の子ですからね。可愛い女の子妖怪が出てくれば、カワイイヤッターとか思いますけど!
 おせちもいいけどカレーもね、って言うじゃないですか! 女の子も良いけど化け物も欲しいんだよ!!
 ちくしょう、会いたいよぉ……元ネタそのままな牛鬼とかキマイラとかグノフ=ケーとかに会いたいよぉ……。
 ――はい、愚痴しゅーりょー。
 ま、仕方ないよね。鵺って本来はそう言う妖怪だったそうだし。
 メジャーとは言え後世に語り継がれているツギハギ鵺の方だと期待するのは、ちょっとばかりムシが良すぎましたか。

「ご迷惑おかけしましたー。晶君ここにふっかーつ」

「え、あの、大丈夫なんですか!? なんだか色々と大変な事になってましたけど!?」

「へーきへーき。ちょっと幻想郷の理不尽に打ちひしがれましたが、私は元気です」
 
「そうか。では話を続けるぞ」

 さすがナズーリン、とってもクールな反応だね! いや、追求されても困りますが。
 お宅の所のぬえさんが美少女らしいんで泣いてましたとか、即座に永遠亭に運び込まれてもおかしくない意味不明さである。
 ……ナズーリンなら意味を理解しそうな気がするけど。分かられた所で結果は変わるまいて。

「ぬえの能力は自にも他にも及ぶ。正体不明なモノを追うだけでは、彼女本人には辿り着けん。しかし……」

「全てを見抜く僕の第三の目には関係ない、と」

 なるほど確かに、それは僕にしか出来なさそうなお仕事だ。
 納得した僕が言葉の先を続けると、ナズーリンは同意を示すように頷いた。
 という事は、今回の僕の役割は戦闘じゃなくて探索なんですね。
 それはとても嬉しいお知らせだ。謹慎解けて早々に問題を起こしたくは無いからね!
 暇なのも嫌だけど、トラブルはソレ以上に嫌だよ! 本当だよ!!

〈少年はそろそろ観念した方が良いと思う〉

 シャラップ! 魅魔様は寝ててください!!

「もちろんゼロから探してくれとは言わんよ。ぬえの情報は集めるだけ集めているから、ある程度までは居場所を絞り込めるはずだ」

 おお、それはありがたい。
 一応僕の魔眼は、最大出力で周囲数キロを探る事が出来る――みたいだけど。
 実はまだ試した事ないんだよね。いや、だって怖いじゃん。
 ぶっちゃけ現状でも、本来は見えないモノが見えまくっててかなり気持ち悪いんですよ。
 全てにタグが付けられた超微細な映像を、頭の中に直接ブチこまれている感覚。と言えば少しでも伝わるだろうか。
 もうここまで行き着くと、視力より脳の処理能力の方が必要になるレベルだ。
 全開時だと、それが周囲数キロに及ぶからなぁ。さすがに脳がオーバヒートする事は無いだろうけど……大変な事にはなりそうな気が。
 まーこいしちゃんの為の魔眼だから、いつかは全力も出さないといけないんだけどねー。

「分かった。それじゃぬえさんとやらの居そうな場所に案内……っとそうだ」

「む、どうかしたか?」

「その前に、ぬえさんの外見に関してもっと情報をくれない? このままだと、見つけても気付かない恐れがあるからさ」

「確かにそうだな。では説明しよう、ぬえは黒髪で黒い服を着た……」

「えっと、出来れば絵とか写真とかでお願いできますか? 口頭だと勘違いするかもしれないので」

 鵺と一切合財関係の無いビジュアルらしいぬえさんを、言葉だけで見つけるのはちと難しいと思います。
 特徴的な部分があれば分かるんだろうけど……いや、それはそれで変な勘違いをしそうで怖いか。

「特徴だけを描いた簡単な落書きで良いからさ、ちょっとお願い出来ません?」

「……あー、そのだな。大変申し訳無いのだが描く物を持っていなくてだな」

「僕が持ってるから大丈夫だよ。はい、どーぞ」

 とりあえずその手の使用頻度の高そうなアイテムは、僕のポケットに突っ込んであるのです。
 と言う事でポケットからボールペンとメモ帳を取り出し、僕はナズーリンに手渡した。
 最近では手当たりしだいに物を入れすぎて、ダメな意味での四次元ポケット化しつつあるよーな気も。
 便利過ぎる道具は人を堕落させるよね! ……うん、せめてちゃんと整理だけはしとこう。
 
「む、むぅ……」

「あの、ナズーリン? なんでしたら私が」

「ご主人はあまり彼女の事を知らないだろう? 少なくとも私は、ご主人よりぬえの事を知っているのだよ」

「でも……」

「だ、大丈夫だ! 特徴を分かるように描けば良いのだ、簡単な話では無いか!!」

「あれ、ひょっとしてナズーリンって絵を描くの」

「君は黙って見ていたまえ!!」

 ものすごい剣幕でそう言うと、未だかつて無い深刻そうな表情でメモ帳を睨みつけるナズーリン。
 その手に握ったボールペンが震えまくってる意味を理解出来ないほど、僕も察しが悪いワケでは無い。
 もっともナズーリンの言った通り、ぬえさんの簡単な特徴を描いてくれるだけで良いので、そこまで問題は無いはず……なんだけど。
 なんか、ボールペンの挙動が不穏なんですけどナズーリンさん。
 何でそんなカクカクしてんの? つーか相手が妖怪である事を差し引いても、その手の動きは美少女描くモノじゃ無いと思うんですが。
 
「よ、よし出来たぞ! どうだ!!」

 今しがた世界を救って来ました、みたいな顔でメモ帳を突き出すナズーリン。
 そして、そんな彼女に涙目で称賛の拍手を送る星さん。
 たかが似顔絵を描くだけで、なんだろうこの盛り上がりっぷりは。
 とりあえず僕も星さんと一緒に拍手しておく。おめでとうナズーリン、そしておめでとう。
 さて、そんなナズーリン画伯渾身の一作ですが。
 はっきり言おう。――何コレ。

「ど、どうした? はっきり言ってくれて構わんぞ?」

「分かりました、ならぶっちゃけます。……イカの妖怪かなんかっすか?」

「おぐおっ!?」

「本当にバッサリ言いましたね……」

 うん、ゴメン。違うとは分かっているんだけど、そうとしか見えないんです。
 手足と胴体がバナナみたいになってる上に、同じ様な羽? 触手? が幾つもあるからなぁ。
 手? に持ってる三叉の槍も相まって、海産物系妖怪だとしか思えない。
 と言うか、真っ先に上げた特徴である黒髪黒服はどこ行ったのさ。
 あ、でも最初に描いたと思しき頭部には、髪型を描こうとした努力がちょっと見える。
 ……途中で放棄したせいで、イカのヒレみたいになってるけど。
 えっと、コレをぬえさんだと認識して良いのだろうか?
 とりあえず、確認のため星さんに視線を送ってみる。――沈痛そうな表情で顔を横に振られた。
 
「現実を認めよう、ナズーリン。これでぬえさんは見つからない」

「……そうだな。私も自分で描いてて、これをぬえと言い張るのは無理があると思っていたよ」

「な、ナズーリン、元気出してください!」

「ありがとうご主人。……うろ覚えで悪いが、ぬえの姿を描いて貰えないか?」

「は、はい! 任せてください!!」

 まるで魂のバトンでも受け取るように、ボールペンとメモ帳を受け取る星さん。
 たかだか似顔絵を描くだけで、何でこんなに盛り上がってるんだろう。
 そう思いはしましたが、さすがに突っ込む事はしませんでした。ちゃんちゃん。





 ――ちなみにやっぱりあまり外見を覚えてなかったらしい星さんは、最終的にナズーリンに委細を説明して貰う事になったのでした。
 うん、なんかアレだ。二人はとってもいいコンビだと思う。……一応は良い意味で。




[27853] 聖蓮の章・弍拾肆「三止九止/ミステリアス・ミスト」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/07/08 22:00


「おはよう、白蓮殿」

「おはようございます、聖さん。本日はよろしくお願いします」

「おはようございます、慧音さん、稗田さん。命蓮寺へようこそ」

「……本当に妖怪だらけなんですね」

「はい、弱い妖怪達を受け入れ守るのがこの寺の目的ですから」

「私が以前来た時には見なかった妖怪も居るな。僅かな期間でコレとは、さすが白蓮殿……と言うべきか?」

「それだけ弱い妖怪達は、こういった場所を求めていたと言う事です。幻想郷は素晴らしい所ですが、少々弱者に厳しすぎます」

「……同じく弱者を守る身分としては、同意せざるを得ないな」

「それが幻想郷、と言ってしまうのは確かに残酷すぎますね。……共感するのは良いですけど、入れ込みすぎないでくださいよ?」

「分かっているよ。すまんな白蓮殿、貴女の考えそのものは嫌いで無いのだが」

「人里の守護者として、妖怪に甘さは見せられない。そうなのですね」

「妖怪にとっての『弱い妖怪』が、人にとっての『弱い妖怪』であるとは限らない……貴女を疑うワケでは無いのだが」

「構いません。これから行動で示す事が、我々に出来るもっとも雄弁な証明だと思いますので」

「……なるほど、貴女は確かに『聖人』なのだな」

「そうでもありませんよ、まだまだ私は至らない事ばかりです。以前も、久遠さんに助けていただけなければどうなっていた事か……」

「えっ!?」

「晶さん!?」

「あら、お二人も久遠さんの事をご存知なので?」

「……ああ、とても良くな」

「そういえば、聖さんの異変にも関わってましたね。晶さん」

「何故だろうな。晶が何かするとは思えんのだが……同時に、晶なら何かやらかしているだろうと思えてしまうのは」

「信頼ですよ。ある意味それも……」





幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾肆「三止九止/ミステリアス・ミスト」





 ナズーリンの案内で、僕等は魔法の森の一角を訪れていた。
 鬱蒼と茂った森に、視界を遮るジメジメとした霧。確かに隠れるのには最適……なのかもしれない。
 実際はどうなのか分からないけどね。単純に、ジメッとした所が好きな可能性もあり得るし。無いか。

「で、この森のどこらへんに居るの?」

「それを探すのは君の役割だ、晶殿」

 ……ですよねー。ここから更に絞り込めるようなら、僕なんて要りませんよそりゃ。
 魔法の森くらいの広さなら、魔眼の最大出力でカヴァー出来ると思うけど。
 出来ればもうちょっとヒントが欲しいなぁ。外見だけじゃ無くて、魔眼に引っかかりそうな特徴的な力とか。
 あ、待てよ。そういえば……。
 僕は再びポケットに手を突っ込んで、目的の物がまだ残っているかを確認する。
 ナズーリン達に返却した覚えは無いし、勝手に誰かに出されて無ければ……多分……あった!

「じゃじゃーん! 飛倉の破片~」

「ええっ!? 何で晶さんがそれを!?」

「……そういえば、君と巫女の分の破片は回収していなかったな。そこに仕舞っていたのか」

「あれから慌ただしくて、返す暇が無かったんです。後でちゃんと返却しますよ」

 僕が持っててもしょうがないしね。ぶっちゃけ僕には使い道無いし。
 ……さて、問題はコレにぬえさんの「正体不明にする」力が残っているかなんだけど。
 うん、あるある。この力を参考にすれば、ちょっとは楽に見つけられるかな。
 
「それじゃ、第三の目最大出力――――おぉう」

「晶さん、大丈夫ですか!?」

「だいじょーぶ。ちょっと情報量の多さにクラっときただけです」

 こんな感じなんですね、第三の目フル稼働って。予想通りオーバーヒートはしなかったけど、やっぱ気持ち悪い。
 と言うか魔法の森人居すぎ。前に「妖怪も人間も寄り付かない」なんて話を聞いたけど、幻想郷的には普通に多い部類だと思う。
 ……霖之助さんの周りは、特殊なアイテムだらけで目がチカチカするなぁ。特に霧雨の剣が凄い。力強すぎて目が痛い。
 ところで、何で霖之助さん頭に包帯巻いてるんですか? 邪気眼的なアレ? 
 魔理沙ちゃんは実験中なんですね。魔女っぽく大鍋を掻き回す姿は大変素敵だけど、それちょっとおかしな反応が出て――あっ。
 おぉう、魔理沙ちゃん家が大変な事に……まぁ、本人は無事っぽいから良いか。今から駆けつけても意味ないだろうしね。
 アリスは……メディスンの新しいお洋服を作る為に採寸を測ってる所ですね。うーん、微笑ましいなぁ。
 でも動きが無くてつまんな――あ、いえ何でもないです。何でもないんで何かを察してこっちを見ないでくださいアリスさん。
 他にもちょっと慧音先生に似た鳥の妖怪やら、多種多様な種類の妖精やら、何故かいる小傘ちゃんやらで魔法の森は溢れかえっていた。
 うーん。ここまでゴチャゴチャしてると、ぬえさんは見つからないんじゃ……んむ?

「どうした晶殿、何か見つけたか?」

「うん。向こうらへんに、飛倉の破片と同じ様な反応が……」

 魔眼の範囲を通常のモノに戻した僕は、ナズーリンと星さんを手招きしながらその場所へと向かった。
 そこは魔法の森の中でも比較的霧の濃い場所である。もっとも、それでも濃霧とは呼べない程度の中途半端な濃さだけどね。
 少なくとも僕の第三の目には何の影響も無い。どちらかと言うと問題なのは、その霧に纏わりつくぬえさんのモノらしき力の方だ。
 視界が遮られる程じゃ無いけど、微妙なモヤになってて鬱陶しい。
 恐らくは、ここにぬえさんが隠れているのだろう。多分。この力がぬえさんのモノなら。
 ……中心部分に同じ様な強い力を感じたから、多分確実だと思うけどなぁ。むーん、もう一回全力出すべきか。

「どうしようか二人共。場所は、一応分かってるんだけ――ど?」

「な、ナズーリン!? 晶さん!? ど、どこですかー!?」

「落ち着けご主人! それほど遠くには離れていないはずだ!! とりあえず動くな!」

「……何してんの、お二人さん」

 遠くどころか真横に居ますやん、僕等。
 何故か右往左往しながら、必死にすぐ隣りの人間を探すナズーリンと星さん。
 こんな薄い霧で迷うとかどうなって――あっ。

「気付け! 今現在我々は、正体不明の何かの中に居るのだぞ!!」

「ゴメンゴメン、すっかり忘れてた」

 そっか。僕にとってはただのモヤでも、二人にとっては謎の霧なんだよね。
 僕は誰も見てないのを承知であざとく自分の頭を小突くと、腰からロッドを取り出し神剣を顕現した。

「よーし良い子良い子。食べるのは正体不明の力と霧だけ、ナズーリンと星さんには何もしない。オッケー?」

 僕の問いかけに、神剣は元気よく同意したっぽい空気を出した。
 夢想天生・字余りを使ってから、今までよりも神剣との意思疎通が出来るようになった気がする。
 うん、これなら大丈夫かな。
 軽く頷き神剣を構えると、何かを察したナズーリンが悲痛な声を出した。

「おい待て、何をしようとしているのだ。何だか嫌な予感がするぞ」

「あ、危ないから動かない方が良いよ。うっかり掠っただけでも大惨事だと思うし」

「はっ、はひ!?」

「まさか!?」

 そうそう、星さんは素直でよろしい。ナズーリンも察しが良くて助かるよ。
 二人の動きが止まったのを確認した僕は、ナズーリンと星さんの間を斬る様に神剣を振り下ろした。
 輝く刃は、霧と共に正体不明の力を喰らい尽くす。

「凄いですね……一瞬で霧が晴れましたよ」

「よっし、完璧」

「完璧。ではない! いきなりそんな危険なモノを振り下ろすな!!」

「大丈夫だって、この子は言いつけは守る良い子だから。それに神剣じゃないとまた霧に包まれちゃうよ?」

「むぅ……」

「ナズーリンダメですよ、助けてもらったのに文句を言うなんて」

「……時々だが、ご主人のその呑気っぷりに怒りが爆発しそうになるよ」

「ええっ!? わ、私は何か至らぬ事を!?」

「この際だ。良く聞けよ、ご主人」

「――ストップ。ナズーリンも星さんもお静かに」

 ナズーリンのお小言を遮り、ゆっくりと前方を指さす。
 神剣で奪った範囲はそう広くないので、恐らく二人には霧で何も見えていないだろう。
 だけど、僕がこうした意味は分かるはずだ。少なくともナズーリンには。
 しかし予想に反して、理解を示したのは星さんの方だった。
 こちらの意図を察して歓喜の言葉を発しかけた星さんを手で制し、ナズーリンはお小言を再開する。

「ご主人は少しばかり迂闊過ぎるのだ。信じるからと言って何も考えないのは、むしろ相手を蔑ろにする行為なのだぞ」

「あの、ナズーリン、その、今晶さんが……」

「話を誤魔化すな!」

「ふにぃい!? なっ、なずぅりぃん!?」

 えっと、この指は見つけた件の人物を示しているモノなんですよー?
 まさかのスルーに、とりあえず派手なポーズをとってこちらの存在をアピールしてみる僕。
 しかしナズーリンはお説教を止めようとしない。あのー、どうかしたんですかー? そんなにストレスが溜まっていたので?
 意外な彼女の反応に戸惑っていると、小さく息継ぎをしたナズーリンがふと意味ありげな目配せをこちらに送ってきた。
 ……あー、なるほどそう言う事ですか。
 それで彼女の意図を察した僕は、神剣をその場に突き刺してコソコソと移動を開始した。
 よくよく考えると、視界が正体不明になっているだけで聴覚なんかは普通に通じているのである。
 仮に、ぬえさん本人にも正体不明の力は見抜けない――なんて某宵闇の妖怪みたいな欠点があったとしても。
 今までのやり取りで、確実にこちらの存在は把握されているはずなのだ。
 と言うか、現在進行形で少しずつこっちから離れて行ってるしね。
 多分、気付かれない内に離脱しようとか何とか考えているのでは無いだろうか。
 つまりここで僕等がいきなり黙ったりしたら、気付かれたと察したぬえさんは全力で逃げ出してしまうと言う事だ。
 さすがナズーリン、そこまで考えての行動でしたか。恐れいりました。

「特に落し物、忘れ物の多さは何とかしてくれたまえ! 予防のための確認用紙を無くした時には、さすがの私も絶句したぞ!!」

「ご、ごめんなさい……」

 ……囮になっているだけなんですよね? 鬱憤を晴らしているワケじゃなくて。
 まぁいいや、余所様のお家事情に首を突っ込んでもしょうがないし。とりあえず僕は、ぬえさんの捕獲に全力を尽くそう。
 僕は姿勢を低くしながら、ゆっくりとぬえさんと思しき人物との間合いを縮めた。
 反応は……無しか。正体不明の力が相手にも働いているとは思えないから、霧の影響で視界が阻害されているのだろう。
 近づき過ぎると確実にバレるだろうなぁ……さて、どうしたもんかね。
 四季面経由のオーバードライブ・フラワーでたぐり寄せるか、アブソリュートゼロで固めるか。
 ――おお、そうだ。そういえばこんな時のためのナイスアイテムがあったじゃないか。
 
「確かこのへんに……」

 ポケットを漁り、僕は明らかに口と幅の合っていないソレを引っ張りだした。
 外観は、肥大化したカートリッジ部分に鎖を巻きつけたネイルガンと言った所か。
 ただし釘を打ち出す部分には、かなりゴッツい三叉の鉤爪――と言うよりはフックかな? が取り付けられている。
 そしてその双方を繋いでいる鎖の部分には、すでに閉じた状態の錠前が飾りのようにぶら下がっているワケで。
 ――ええ、ぶっちゃけます。実はコレ、ナズーリンに貰った毘沙門天の錠前と鎖を改造したものです。
 攻撃能力ほぼ皆無な、妖怪の捕縛や遠くのモノに引っ掛ける事を想定した便利アイテムだけどねー。
 単なる拘束具として使うにはちと勿体無い、こんな道具だったら良いなぁと言う僕の妄想を、河童さんが半日で実現してくれました。
 あの時は物凄く盛り上がったなぁ。……一人、椛だけが置いてけぼりくらったけど。


 ――え? んな罰当たりな真似するなって?


 ははは、何をおっしゃいますやら。これはちゃんと毘沙門天をリスペクトしたアイテムなんですよ?
 天部の仏神には、象徴となる道具や武器が幾つか存在している。
 毘沙門天は以前に僕が香霖堂で買った宝塔、そして宝棒――または三叉槍がコレに当たる。
 そう、鉤爪が微妙にフックし辛い三叉の形状をしているのはそのためだったのですよ!
 例え魔改造だったとしても、毘沙門天に関係した道具で毘沙門天の武器を倣ったこの『三叉錠』は立派な三昧耶形と言えなくもない。
 ちなみにロッドと合体する事で、正真正銘のトライデントにもなります。いやほんと、にとりは色々分かってるよね!!

「さて、それじゃあぶっつけ本番……上手く行くかなー」

 僕は慎重に狙いを定め、トリガーに指を掛けた。
 ちなみに試運転は一応しているけど、人を捕獲する為に使った事はまだ無かったりします。
 結構精度は高いんで、適当に撃っても絡みつく事自体は上手くいくと思うんだけど。
 ……実はこの鎖、長さが足りなくて継ぎ足した分は普通の鎖なんだよね。
 毘沙門天の鎖部分だけで捕縛出来れば、宝物を守ると言う名の能力封印効果が働くんだけどなぁ。
 うっかり違う部分も巻き込んでフックしてしまったら、それは単なる鎖による拘束になってしまうワケで。
 まぁ、ロマン最優先で作ったから仕方ないよね。主に想定した使い方はワイヤーガンなんだし。
 ミスったら即アブソリュートゼロかなーと思いつつ、僕はトリガーを引いて鉤爪を射出した。
 飛び出した鎖は勢い良く影に迫り、あっという間に正体不明の何者かに絡みつく。

「きゃあ!?」

「よっしゃぁ!!」

 上手い具合に捕まってくれましたよ。これで相手は、何の能力も使えないただの可愛い女の子だ!!
 僕は親指で持ち手の横についたスイッチを切り替えると、トリガーを引きっぱなしにして鎖をゆっくりと巻き戻した。
 ちなみにこの機能を含め、三叉錠の機能は全て僕の『気』で動いております。河童の技術力ってマジ凄い。

「さてさて、お顔はいけーん」

 鎖の効果で力が封印されたと思しき状況でも、霧に纏わりついた正体不明の力は消えなかった。
 どうやら常に干渉する事で、対象を正体不明にしてるってワケじゃ無いようだ。結構利便性が高そうだなぁ。
 まぁ、本気のサードアイなら普通に見えるんだろうけど……今更そこまでする必要は無いだろうしね。
 正直あんまり意味の無い相手の抵抗を感じつつ、僕は霧と正体不明の力があっても問題ない範囲まで‘彼女’をひきずり出した。

「こ、このぉ……」

 その姿は、おおよそ星さんの描いた似顔絵に似ていた。
 所々はねた癖の強い黒髪、奇妙な模様の描かれた黒いワンピース。
 本当に普通にカワイイ女の子であるチクショウ。変わった所なんて二箇所くらいしか無い。
 しかもその内の一つ、手に持ってる三叉槍に関しては幻想郷的に普通の要素だし。
 後は、左右非対称な赤と青の触手的なモノしか……んん?

「そっか……だからイカの妖怪になったんだね」

「何の話よ!?」

 思わぬナズーリン画伯の再現度の高さに、状況も忘れて僕は納得してしまった。
 よくよく思い返すと星さんの似顔絵にも同じ物があったから、単に気付かなかっただけの話なんだけど。
 そんな僕を、ぬえさんは不審者でも見るような目でじっと睨みつけてきたのでした。





 ――いや、完全に言い訳不可能なレベルで不審者か。この状況の僕。
 



[27853] 聖蓮の章・弍拾伍「三止九止/ウィキッド・トーク」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/07/15 22:21


「見よ、これが三叉錠トライデントモードだ!!」

「……好きにしろと言ったのは私だが、ここまでされるとは思わなかったな」

「だからリスペクトですって。ちなみにトリガーと射出部分が分離するので、この状態でもクローは発射出来ますよ」

「どう考えても使い勝手が悪くなっているだろう。分離した二つの中継に鎖を使ってるから、爪の射程が下がっているじゃないか」

「出す事はオマケだから良いんです。戦闘中に槍の先端が飛び出たら、超驚くと思いませんか?」

「確かにビックリするな。……驚く以上の効果は無さそうだが」

「ま、そうだけどね!」

「そもそも、爪の構造的にコレは槍と言うより刺又だろう。形が変わっただけで用途は変わっていない――むしろ劣化しているぞ」

「容赦無いっすねナズーリンさん。でもロマンはあるよ!!」

「意味が分からん」

「それでもトレジャーハンターか! 恥を知れ!!」

「その程度の事で、何故そこまで言われなければならんのだ……」

「ロマンの分からん輩に、宝を探す資格無し!」

「そこまで言うか」

「ナズーリン、謝罪した方が良いですよ」

「――待て、ご主人は何を理解した」





幻想郷覚書 聖蓮の章・弍拾伍「三止九止/ウィキッド・トーク」





「へーい、正体不明の妖怪一丁!!」

 体を揺すって抵抗を続ける謎の妖怪を肩に担ぎ、僕はナズーリンと星さんの所に戻った。
 お説教は終わったらしく、ナズーリンはやたらスッキリした表情で、星さんは沈みきった表情で僕等を出迎えてくれた。

「ご苦労。……かなり乱暴な捕まえ方をしたようだが」

「方法に関する指定がありませんでしたので!」

「な、ナズーリン!? 何でアンタが――――まさか! 私を始末するためにこの殺し屋メイドを!?」

 失礼な、いつ僕が殺意を振りまいたと言うのですか。
 むしろとても紳士的かつ穏便な方法だったと思いますよ? 何しろ誰も怪我してないし!
 いつもの僕のパターンなら、今頃派手に弾幕ごっこして痛い目にあってたはずだ。――主に僕が。
 
「勘違いするな、話し合いをしにきただけだ。そもそも君の始末が目的なら、ご主人がココに居るはず無かろう」

「しくしく、ダメな子でゴメンなさい」

「そ、それもそうね。……だけど何で、寅丸はそんなに落ち込んでいるの?」

「はは、何か反省する事があったのだろうよ」

 実に白々しいお言葉です。いやまぁ、突っ込まないけどね。怖いから。
 ぬえさんも何となく事情を察したらしく、弱々しい笑みを浮かべて星さんから視線を逸らした。
 ――大丈夫、星さんならきっと立ち直れるよ。
 僕は投げやりにそんな事を考えながら、鎖に縛り付けたままのぬえさんを地面に下ろした。
 
「とりあえず、こんな方法で連れてきた事は謝罪しよう。これは手段を言及しておかなかった私の失態だな」

「独断と偏見で勝手にやりました!!」

 まぁ、ナズーリンの性格上うっかり忘れてたって事はまず無いだろうけどね。
 こっちのやり方を理解した上で、意図的に指示をしなかったと考えた方が自然だろう。
 ……つまり、僕を利用して「逃げるな」と釘刺ししたワケだ。この策士さんは。
 ちなみに、この場合の僕の立場は「良いも悪いもリモコン次第だけど、デフォは悪い方に寄ってる鉄人」である。
 ナズーリンという操縦者が居る事で安全性は保たれているけど、場合によっては――そんな印象を意図的に与えているっぽい。
 直接的に武力をチラつかせていないけど、結構それに近い状況だろう。
 抜け目ないよなぁ。……ただ、話し合いとしてはどうだろう。相手の警戒心を煽るだけのような気が。
 んにゃ? 今またナズーリンが目配せしてきた? ――えーっとコレは、その疑問を口にしろって事なのかな。

「言いたい事はたくさんあるけど、多分誤魔化されるから聞かないでおく」

「失敬な、大概の疑問には答えるつもりだとも」

「はいっ! 僕を使って砲艦外交しといて、それで平和に話し合いって正直無いと思います!!」

「仕方あるまい。件の人物が勝手に引け目を感じて、我々から本気で逃げ出そうとしているのだからな」

「ぐむっ」

 ああ、そういう方向に持っていくための前振りでしたか。
 見事なピッチャー返しを食らったぬえさんは、それ以上の皮肉も言えずに押し黙ってしまった。
 そしてやり過ぎを詫びる表情から一転して、咎めるような視線をぬえさんに送るナズーリン。
 こういう駆け引きでは本当、鬼の様な強さを誇るよね。強すぎて味方でも敵でも扱いに困るレベル。

「はっきり言うが、気にし過ぎだぞ。君が協力を拒否した理由を我々は理解しているし、『悪戯』に関してもさほど問題にしていない」

「……別に、気にしてるワケじゃ無いわよ」

 わー、面倒臭い拗ね方してるなぁ。
 分かりやすくソッポを向いたぬえさんに、やれやれと肩を竦めるナズーリン。
 ある意味、コレが一番厄介なリアクションだよね。
 完全な拒絶じゃ無いけど積極的な和解も求めてないから、こっちで色々察して妥協点を導き出してやらないといけない。
 まぁ、今回は専門家たるナズーリンがおりますので、僕は見てるだけで済みますけど。
 どーするのかなぁ。他人事だけにちょっとワクワクするよ。

「そうか、ソレは重畳。では戻ってきてくれ」

「は、はぁ? いきなり何言ってるのよ?」

「おかしな事など何も言ってなかろう。君にもこちらにも問題は無いのだから、命蓮寺に戻ってきてくれと言っているのだ」

「え、えぇと……」

 エグいなぁ、そういう論法で来ましたか。
 ナズーリン達の話から察するに、ぬえさんの立場は良く言っても一時的な協力者と言った所だったのだろう。
 つまり本来なら、彼女に振る話題は「もう一度協力してくれ」とか「今度は正式に仲間になってくれ」とかであるべきなのだ。
 だがしかし、ナズーリンはその過程を全部すっ飛ばして‘すでに封獣ぬえが仲間である’かの様に振舞っている。
 命蓮寺との繋がりを破棄しようとしているワケで無い以上、こう言われてしまえばぬえさんはもう『詰み』だ。
 せいぜい出来る抵抗は、「立場を協力者にする」か「命蓮寺に定住しない」程度のモノだろう。
 まぁ、そもそもナズーリンが‘抵抗させてくれるか’どうかって問題があるんだけど。……無理だろうなぁ。

「ま、待って! なんかおかしい!! この流れは何か間違ってる気がする!」

「おっとそうだな、言い方を間違えていたよ。――我々は君を必要としている、申し訳無いが戻って頂けないだろうか」
 
「いや、そ、そうじゃなくて……」

 今度は腰を低くしてお願いしてくるナズーリンに、上手い具合に踊らされているぬえさん。
 容赦ねぇ……全力で彼女の逃げ道を潰しにかかってやがるぜ。
 
「無論、ずっと居てくれなどと厚かましい事は言わないよ。とりあえず顔を出して、聖と話をしてくれれば満足さ」

「だ、だけど私は……」

「君の話をしてから、聖はずっと君に会う事を楽しみにしていたのだよ」

「そ、そうなの?」

「ちなみに、もうすでに君の分の布団も用意している」

「ええ!?」

 追い詰めてる追い詰めてる、すっごい追い詰めてるよナズーリン。
 何というか、職人芸と言っても過言ではない絶妙な弄り具合だ。
 ……まぁ、相手に歩み寄る気があると分かっているからこそ、ああして好き放題言えてるんだろうけどね。
 しかしこういう話し合いの場だと、ナズーリン以外の命蓮寺面々の‘怖さ’が良く分かるなぁ。
 何しろ普通なら詭弁と切り捨てられそうなナズーリンの台詞が、全部疑いようのない真実だって分かってしまうのだから。
 ナズーリン以外のほぼ全員が生粋の善人みたいだからね、命蓮寺は。
 鬼謀策謀に関してはナズーリンに頼りきりだけど、こういう話し合いの場では凄まじいまでの安定感を誇っている。
 いやほんと、善人って凄いよね。存在その物が雄弁な証拠になってるんだもん。僕には確実に真似出来ないなぁ……。

「……………………会うだけだよ?」

「ああ、それからの事は聖と話し合ってくれれば良いよ」

 あ、終わった。これはもうぬえさんの完敗ですわ。
 本人は多分、「白蓮さんに会ったら上手く断って距離を取ろう」とか思ってるんだろうけどね。
 だけど断言しても良い、ナズーリンを論破出来ない時点で彼女は白蓮さんに勝てない事が確定している。
 一応裏のあるナズーリンと違って、白蓮さんは純粋善意で同じ事を言うだろうからなぁ。
 それにノーと言えないのなら、ぬえさんの末路は決まっている。……そしてぬえさんは絶対にノーと言えないと思う、うん。
 
「とりあえず、これで話し合いは終わりって事で良いのですかね?」

「ああ、手助け感謝する。……それから、いい加減彼女の鎖を解いてやってくれ」

「おっと忘れてた。神剣も一緒に回収回収っと」

 刺しっぱなしになっていた神剣を引きぬき、反対の手で三叉錠のロックを解除する。
 拘束から解放されたぬえさんは手を擦りながら、こちらを訝しげな表情で睨むように見つめてきた。

「ところでさ、この謎メイドは結局何者なの? 正体不明にした霧の中から、平然と私を見つけて捕まえてきたんだけど……」

「君も噂ぐらいは聞いているだろう。彼の名は久遠晶――人妖から『人間災害』と恐れられている、幻想郷随一のトリックスターだよ」

「幻想郷で起きる騒動に必ず関わってると噂の‘あの’人間災害!? ナズーリン貴女……物凄い人脈持ってるのね」

「酷くない? 僕の扱い酷くない? 僕はこれでも、至極善良な一般郷民なんですよ?」

「では、今のぬえの台詞を否定出来るのか?」

「……関わってるのは偶然ダヨ? ほんとーダヨ?」

「つまり事実じゃないか」

「さすがに全部じゃないやい!」

 そこは大事ですよ、とっても大事。
 確かに、ここ最近の異変には粗方関わってますけども!
 どっか出かける度に、何か妙な事件が起きたりもしますけど!!
 ……それでも「比較的頻繁に」くらいだと、思うよ? うん、比較的頻繁比較的頻繁。

「噂には聞いてたけど、まさか私の正体不明まで見抜く力まで持ってるなんて……いったいどんな術を使ったのよ」

「とある騒動で、あらゆるモノを見抜く目を手に入れてしまいまして」

「――こっち見ないで」

「全力の拒絶!?」

 いや、何となく理由は分かるけどね。
 けどそーだよねー、本来はこういうリアクションになるはずなんだよねー。
 本来この能力を嫌悪すべき目的の相手は、そこらへん全然気にしなかったというかむしろ大喜びしてたけれど。
 ぬえさんは違う。自分の能力に愛着――いや、誇りかな? を持ってる彼女にとって、僕の第三の目は正しく最悪の能力なのだ。
 何しろ、彼女の正体不明を根底から台無しにしてしまうからなぁ。しかも問答無用で。
 とりあえず言われた通り、ぬえさんから視線を外してまだ落ち込んでる星さんの方を見てみる。
 あー、アレは当分復活できそうに無いなぁ。とか思っていると、ナズーリンが冷静に突っ込んできた。

「君のサードアイは範囲内のモノ全てを見抜く力だから、視線を逸らした程度では意味が無いと思うのだが」

「言わなきゃバレないかなと思いまして!!」

「後々で確実に面倒な事になるから、ここで素直に言っておけ」

「ですかねー」

「……その範囲って、どのくらいあるのよ」

「全力だとここから魔法の森全域を。そうでなくても、ここらへんの正体不明全部を把握出来る程度には」
 
「今すぐ私の視界から消えて」

「わぁい、泣きそう」

 予測はしてましたけど全力拒否ですよ、全力拒否。
 ほぼ憎悪と言っても間違いない敵意をぶつけてくるぬえさんに、困ったもんだと肩を竦める僕。
 さて、どうしたものか。今回僕に与えられた仕事の内容的に、ぬえさんの言うとおりトンズラしてももう問題はないワケですが。
 ……ほっといたら、絶対厄介な事態に発展するからなぁ。
 最低でも普通の会話ができる様になっておかないと、姉弟子の二の舞になってしまいそうだ。

「落ち着け。気持ちは分からんでもないが、彼を追い払われては我々が困る。晶殿はこれでも聖の恩人なのでな」

 等と思っていたらナズーリンがフォローしてくれました。
 彼女としても、ここで僕等に仲違いされては困るのだろう。多分。
 しかしぬえさんはそんなナズーリンの言葉に、むしろ懐疑的な視線を強めたのでした。
 うん、まぁ仕方ないよね。僕だってそう言う反応になりますし。

「聖のおんじぃん? ……本当に?」

「一応、そういう事になってますね!」

「ややこしくなるから否定するな。君が居なければ、我ら命蓮寺は幻想郷と決別していた可能性もあったのだぞ?」

「僕が居たせいで、星蓮異変は無駄に掻き回されましたけどね」

「そうだな。ぬえのやった事が霞むくらい、本当に色々してくれたよな。ははははは――助け舟を片っ端から落とすな」

「すいません、そういう生態なんです」

 自分でも、面倒臭い生き物だなぁコイツは。と思います。
 幻想郷に定住して随分経つけど、未だに褒められたり持ち上げられたりするのには慣れない。
 原因は僕の中で僕が常に最下位なせいだと分かってはいるけど、こればっかりは分かった所でどうしようも無いしなぁ。

「まぁ、見ての通りさ。能力的には至極厄介な存在だが、人間的にはただの天晴な馬鹿だ。敵意を向けても疲れるだけだぞ」

「どーも、天晴な馬鹿です」

 最終的に彼女のフォローがかなり投げやりになってしまったのは、致し方ない事ですよね。ゴメンねナズーリン。
 ……若干自分に言い聞かせている感じなのは、僕の気のせいだと思っておこう。本当にゴメンねナズーリン。

「……分かったわ、余計な事しなければ仲良くしてあげても良いわよ」

 そんなナズーリンの疲弊具合を見て、なんか色々察したぬえさんは疲れたようにそう答えた。
 まぁ、視界内に入ってくんなこのボケと言われるよりは良いよね!
 ポジティブにそう考える事にした僕は、ぬえさんの手を両手で包んで勢い良く振り回すのだった。

「ありがとうございます! それで良いので、どうぞよろしくしてください!!」

「……どうしようナズーリン、ちょっと早まったかもしれない」

「手遅れだ。諦めたまえ」

 ははは、なんと言われようと言質をとった以上容赦はしないぞぉ。
 満面の笑みでそう語る僕の表情を見て、ぬえさんは顔を引き攣らせるのだった。
 尚、放置されていた星さんが更に落ち込んでいた事に僕等が気付いたのは、それからしばらく話し込んだ後の話でしたとさ。





 ――正直、ぬえさん説得するより星さん励ます方が大変だったよ。いや、自業自得なんですけどね。




[27853] 異聞の章・壱「異人同世/幻想戦線異常有り」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/07/22 21:49


「おっはよーございまーふ」

「おはよう、今日はやけに遅かったわね」

「ははは、ちょっと夜更かししてしまいまして」

「ダメですよ晶さん! 夜更かしは美容の天敵なんですから!!」

「もっとアイドルとしての自覚を持ってほしいわねぇ」

「チガウ、ボクアイドルチガウヨ」

「往生際が悪いですね、ファンクラブだってもうありますのに」

「えっ、何その恐ろしい組織。初耳なんですけど」

「ダメよ文、それは内緒にしておく約束でしょう?」

「おっとそうでした。――嘘ですよー、「晶さん大好き倶楽部」なんてあるワケないじゃないですかー」

「あるの!? そんな間口狭そうな集まりが、幻想郷に存在しているの!?」

「ご安心ください。確かに会員数は三桁まで至っておりませんが、皆士気高く少数精鋭となっておりますよ」

「むしろ三桁に届きそうな事実に驚きだよ! 何してんの!? 何が行われているの!?」

「なーんちゃって、ただの冗談ですよー。うふふふふ」

「ええ、益体のないタダの戯言よ。気にしない気にしない。おほほほほ」

「いやいや、そこまで言われて気にならないはずが無いでしょう。ねぇ幽香さん」

「こっちに振らないで、巻き込まないで、お願いだから」

「幽香さぁん……」





幻想郷覚書 異聞の章・壱「異人同世/幻想戦線異常有り」





 僕こと久遠晶は、基本的に寝起きが良くない。
 時間通りに目を覚ます事は出来るけど、起きた後しばらくは記憶が飛ぶくらいぼーっとしているなんて事はざらである。
 特に夜更かしした日の翌朝は、着替えて部屋を出て洗顔するまで意識が朦朧としている始末だ。
 ……まぁ、夜更かしする価値のある本だったけどね。パチュリーに土下座して借りた甲斐があったってもんだよ。
 ともかくだ。顔を洗うまで僕は、右も左も分からない寝ぼけ眼状態で活動していたのである。
 故に欠伸を噛み殺して居間に辿り着くまで、僕は‘その事’に気が付かなかった。

「おっはよーございまーふ……アレ?」

 幽香さんの家は、基本的に簡素で飾り気がない内装をしている。
 所謂、モダンインテリアと言うヤツだろう。
 もっともコレには、機能性を重視した結果逆に洒落っ気が出たという幽香さんらしい事情があるのだけど。
 ともかく幽香さん家で装飾と言えば、ワンポイントで飾られている花くらいしか無いのだ。
 ちなみに、幽香さんは花が摘まれる事にそれほど否定的では無かったりする。
 曰く「これはこれで一つの生き方なのよ」なんだそうで。度が過ぎた採集はアレだけど、そうでないなら全然問題ないそうなのです。
 もちろん家に飾っている花も、影響のない範囲で摘んできたものです。
 ……一部に至っては、自ら摘んでくれと立候補してきたらしいからなぁ。
 さすがフラワーマスターと言うべきか、花にとっても摘まれる事は意外とダメージ無いと考えるべきか。
 まぁ、両者? が納得しているなら良しと考えるべきだろう。正直今は、それよりも気になる事が目の前にあるワケだし。


 ――で、何ですかこのファンシーな内装は。


 基本色は薄いピンク。布という布にはレースが付いており、無地のモノはただの一つも存在していなかった。
 機能性という言葉を真っ向から否定するその部屋を、あえて一言で言うなら「太陽の畑のすてきなおへや」だろう。
 少女趣味を突き詰めたらこうなりました。と言った感じの部屋の中で、幽香さんは目を見開いてこちらを見つめていた。

「劇的ビフォーアフターって感じですね。何か心変わりするような事でもありました?」

「――ひ、ひょっとして私に話しかけているの!?」

「そりゃまぁ、幽香さんしか居ませんし」

「な、名前呼び!?」

 飛び跳ねるように立ち上がり、壁際まで凄い速さで逃げ出す幽香さん。
 落ち着かなさげに視線を左右していた彼女は僕の存在を思い出すと同時に腕を組み、険しい表情でこちらを睨みつけてきた。
 その激しすぎるメンチの切りっぷりは、不良漫画の主役を張れる程である。
 ただし――おっかなさで言うと、今の彼女は普段の幽香さんに遠く及ばない。
 何というか、今の幽香さんからは強者特有の余裕を全く感じないのだ。
 あえて例えるなら、姉弟子からこちらに対する敵意を削ぎとった感じかな。もしくは獅子の皮を被った小動物の威嚇。
 何も知らなければ泣いて謝るほど怖いんだろうけど……幽香さんの本当の怖さを知ってる身としては、首を傾げるばかりです。
 どーしたんだろ幽香さん。もしかしてお腹痛い?

「ふ、ふふん。この私の家に不法侵入しておいてその態度、随分と度胸の有る愚か者じゃない。命は惜しくないようね」

 ……そういう芸風は、レミリアさんの専売特許だと思うんですが。
 あまりにも幽香さんらしからぬ態度に、そんなレミリアさん本人に知られたら処刑間違い無しな事を考えてしまう僕。
 いや、でもコレは無いわ。普通に幻覚か別人の線を疑うレベル。
 ただし困った事に、僕のサードアイにはその手の誤魔化しが一切合切通用しない。
 なので僕の目に映っている光景は、気のせいでも目の錯覚でも無い確かな現実だと言う事になるのだ。何がどうしてこうなった。

「そうね……泣いて謝るなら、特別に許してあげても良いわよ? どうする?」

「とりあえず、朝ごはん食べてから考える事にします。今日のメニューはなんですか?」

「え? あ、あさごはん?」

「今朝の当番は幽香さんでしたよね。……あれ、ひょっとしてまだ出来てませんでした?」

「えっ、えっと……ちょ、ちょっと待ってなさい!!」

 物凄いスピードで台所へ消えていった幽香さんは、これまたファンシーなトレーにファンシーな朝食を載せて戻ってきた。
 ……あれ、幻想郷にコーンフレークってあったかな。以前に香霖堂で、食べていいのか判断に困る拾い物は見た事があったけど。
 いや、パッケージを詰めたダンボールが破損していただけで、本体の箱は無傷だったけどね。
 アレを躊躇なく毒見した挙句、商品として店に並べた霖之助さんの面の皮の分厚さは本当に衝撃的でした。

 
 ――閑話休題。
 
 
 そんなコーンフレークが今、西洋映画の朝にでもありそうな朝食としてここに存在している。
 ぶっちゃけそれと牛乳だけなんで、内容的にはかなりシンプルなんですけど。
 だからこそ逆に、トレーに載ってる一輪挿しとか装飾過多な食器とかが目立ってしまうワケで。
 ……物凄く好意的に言うと、少女趣味の世界にどっぷり浸かれる感じ。
 悪くは言いません。もちろん言いません。でも、僕にこの世界が合わない事は良く分かりました。
 格好的には馴染んでるんだけどなぁ。見た目はゴテゴテヒラヒラだけど、体感的にはそうでも無いから違和感が凄い。

「か、勘違いしないで! 時間があれば、もっと手の込んだ朝食が作れたのよ!!」

「はい、幽香さんの料理はとっても美味しいですよね」

「あぐっ、う……わ、分かっていれば良いの」

 何を当たり前の事を。と思いつつ僕がそう答えると、幽香さんは顔を真赤にして俯いてしまった。
 適当に誤魔化した僕が言うのもどうかと思うが、泣いて謝る云々の話はどこへ行ったのだろう。地平線の彼方?
 と言うか、本格的に幽香さんがおかしい。ツンデレの見本みたいな台詞をほざき出した。
 確かに僕と幽香さんはかなりの仲良しさんだけれども、基本関係は主従である。犬とご主人様がデフォルトなのだ。
 
「失礼します!」

「え――きゃっ!?」

 乙女みたいな叫び声を上げる彼女を無視して、幽香さんの額に手を添える。
 んー、熱はあるような無いような。顔も真っ赤だけど、これは無視して良い類の症状っぽい。
 とりあえず更なる情報を求めて、幽香さんの目を覗きこんでみたり口を開かせてみたりとやりたい放題する僕。
 しばらく観察を続け、薬師見習いとして「多分健康体」と結論を出したこちらに、幽香さんは慌てて全力のビンタをかましてきた。
 まぁ、避けますけどね。しかしグーパンでも傘による刺突でも無いタダのビンタとは……幽香さん本気で調子悪い?
 今度はメンタル面を確認するため、もう一度幽香さんの目を覗きこむ。あ、逸らされた。

「い、いいい、いきなり何をするのよ!」

「幽香さんの様子がちょっとおかしかったので、とりあえず体調の確認を」

「おかしいなんて失礼……な…………」

 身も蓋も無いこちらの言い方に、幽香さんは一瞬だけ激昂するけど――何かに気付くと一気で沈静化してしまった。
 彼女は慌ただしくこちらから逃げ出すと、物陰に隠れてこちらに険しい視線を送ってくる。
 ハードラックとダンスっちまったとか言いそうな表情だけど、雰囲気的には単に戸惑っている感じだ。外見と中身の差が凄いなぁ。

「ね、ねぇ貴女」

「はい、なんです?」

「ひょっとして……心配してくれてるの?」

「そりゃーしてますとも、大切な家族の身体ですからね」

 幽香さんが風邪程度にヤラれるとは思わないけど、ここまで調子が悪いとさすがに心配になってくる。
 余計なお世話かと思いつつもそう答えたら、幽香さんが爆発しました。
 あ、いや、本当に爆発したワケじゃないですよ? 顔があっという間に赤くなって、全身で驚きを表現しているだけの話です。
 だけどこの反応は、もう爆発と表現するしか無いだろう。もしくは瞬間沸騰。
 ……まさか、ここまで過剰なリアクションが返ってくるとは思わなかった。
 せいぜい「晶らしいわねぇ、うふふ」とか言う涼やかなお言葉が来るものとばかり。
 おかしいぞ。これは本格的に何かおかしいぞ。危機感知センサーは無反応だけど、何か異常事態が起こりつつあるような。
 ――と言うかコレ、すでに何事か起こってる? 
 
「か、かかか、家族!? 友達も恋人もすっ飛ばして家族!? そ、そんないきなり……」

 んーむ、紫ねーさまを呼ぶべきかなぁ。
 危険な感じが一切しないから、そこまで焦る必要は無いのかもしれないけど。
 嫌な予感がする。もっのすごい嫌な予感がぷんぷんする。

「せ、せめてその、友達から始めてもらえないかしら」

「はぇ? 何言ってるんですか幽香さん、僕等とっくに友達じゃ無いですか」

 少なくともスタート地点はそうだったはずだ。その後は紆余曲折を経て、めでたく今の関係になったけれど。
 どうしたんだろうか幽香さんは、記憶喪失になった……のだとしてもキャラが変わりすぎている。

「と、友達? 本当に私のお友達なの?」

「はい、友達ですよー。えっと……その前に確認しておきたいんですが、幽香さん僕の事覚えてます?」

「えっ!? ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って! 今、今思い出すから!!」

 つまりしっかりすっぱり忘れていると。いやぁ、参ったねこりゃ。
 忘れられて泣きそうになるほどメンタル弱くはないけれど、いつもなら頼れる人に頼れないのはちと辛い。
 そもそもコレ、記憶喪失として扱って良いのだろうか。そう断定するにはあまりにも見過ごせない情報がチラホラと。

「思い出さないと、思い出さないと、えーっと、えーーっと」

「幽香さん、その事は後回しで良いんで、もう一つ聞いても良いですか?」

「にゃ、にゃに!?」

「最近起こった異変、何だか知ってます?」

「……えと、封印されてた聖人が復活したって話でしょう? それがどうしたの?」

「いえ、何でもないです」

 とりあえず、僕と出会ってからの記憶が飛んでるってワケじゃないみたいだ。
 つまりコレは――うん、全然分かんにゃい。
 それなりに情報は手に入ったはずなんだけれども、どれもこれもバラバラなまんまで一向に繋がろうとしてくれないのだ。
 うむぅ、こうなったら他の所へ行って状況を確認してみるべきか。
 そう結論を出した僕は、コーンフレークをかき込んで玄関へと向かおうとした。
 が、外へと出る前に襟首を幽香さんに掴まれてしまう。うぐっ、首が詰まりそうになった。

「なっ、何するんですか幽香さん」

「思い出せなかったからって、いきなり出て行こうとする事無いじゃない!」

「……はにゃ?」

「もうちょっと待って! もうすぐ、もうすぐ思い出すから!! だから見捨てないで!」

「何をワケの分からない事を……ちょっと情報収集に行くだけですよ?」

「ほ、本当? そんな事言って逃げたりしない?」

「逃げるもクソも、ボクんちここですから。幽香さんが追い出さない限りここに帰ってきますよ」

「え、えぇぇぇぇええええ!? 貴女、ここに住んでるの!? いつの間に!?」

 ……下手するとコレ、出会いから現在までの道程を全部語らないといけないんじゃ無いだろうか。
 何か言う度に派手な反応を返してくる幽香さんに、少しずつ面倒くささを感じつつある僕。
 今の幽香さんに暴言吐いたら、実に貴重な彼女の号泣シーンが見れそうだ。そして僕は死ぬ。
 
「色々説明したいのはヤマヤマなんですけど、こっちもいまいち事情を把握出来てないんで――とにかく調査に行かせてください」

「……で、でも」

「結果に関わらず、ちゃんと夕方には戻りますから」

「……………本当?」

「約束します。ほーら、指切りげーんまーん」

「え、あ、えあ……うっ、嘘ついたら、はりせんぼんのーま……す……」

 半端なノリ方だなぁ。いつもの幽香さんなら、笑顔で付き合ってくれそうなもんだけど。
 まぁ、あえて追求する事もあるまい。恥ずかしがりながらでも一応やってくれただけで良しとするべし。
 そしてその後も、お弁当は居るかとか欲しい物は無いかとか夕飯は何が良いかとか、田舎の祖父母みたいな構い方をする幽香さん。
 お爺ちゃん子な僕だけど、この手の扱いを受けるのは初めてかもしれない。爺ちゃん基本的に見守るタイプの人だったしね。
 そんな彼女の畳み掛けるような思いやりを全て断り、僕は太陽の畑を後にした。
 とりあえず、幻想郷そのものに変化は無い――様に思える。
 幽香さんの家も、変わっていたのはあくまで本人の趣味が変わったからって感じだったし……影響は個人で留まっているのかも。
 となると、他の人間を尋ねてみるのが最善手か。

「なら会うのはアリスだね! 僕等の常識人アリスさん!!」

 理想は紫ねーさまだけど、今までのパターンを鑑みるに多分会えないだろう。
 それなら、会うべきはツッコミ役……もとい、冷静に物事を考えられるクールな人の方が良い。
 他力本願こそ僕の本分だもんね! 抜ける手はとことん抜きますとも!!
 そんな都合のいい考えと共に魔法の森へと降り立った僕は、勢い良くアリス宅の扉を開け――予想外の光景に硬直するのだった。

「魔理沙ぁ! あぁ、魔理沙魔理沙魔理沙ぁぁぁ!! 魔理沙ぁあああああ!」

「――あにゃ?」

 そこにはベッドに横たわりながら、普通の魔法使いちゃんの名前を連呼する僕の親友の姿がありましたとさ。
 単に写真をペロペロしていただけだったって言うのは、良かった事なのか悪かった事なのか……ちょっと僕には分からないかなぁ。


 


 ――うん、今まで生きてきた中で一番ショッキングな出来事だったかもしれない。




[27853] 夏休み特別変「今時、昆虫採集って言うのもどうかと思う」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/07/28 08:09

 ※CAUTION!

 このSSには、多分な「おふざけ・パロディ・ブラックジョーク」が含まれております。
 嫌な予感のした人は、速やかに回れ右して撤退してください。
 あと、時間軸的な解釈を投げ捨てたパラレルな設定となっております。
 登場キャラが全員顔見知りでかつ普通に接していますが、深く気にしない様にしてください。
 





























夏休み特別変「今時、昆虫採集って言うのもどうかと思う」


晶「夏休みの宿題やろうぜ! と、おもむろに親友を誘ってみたりなんかしちゃって!!」

フラン「なんかしちゃってー!」

レミリア「ふっ、光栄に思え」

アリス「……貴方達、そろそろそのワンパターンっぷりを何とかしなさいよ。何が起こってるのか数秒で分かったわよ」

レミリア「ほほぉ、貴様に我々の深淵な考えが理解出来るとでも?」

アリス「少なくともそこの馬鹿は、メディスン誘うついでに私を保護者兼ツッコミ役として確保する事しか考えてないわね」

晶「てへぺろ☆」

レミリア「貴様の目は節穴か? 貴様が出張らずとも、ここに保護者が居るでは無いか」

アリス「……麦わら帽子被って虫カゴのヒモを肩に引っ掛けている、今の貴女のどこらへんが保護者なのよ」

晶「レミリアさんは、フランちゃんの宿題に付き合ってくれてるんです。そういう設定なんです」

フラン「私がどうしてもってお願いして、お姉さまに来てもらったんだよ。そういう事になってるの」

アリス「……そう、良かったわね」

メディスン「ねぇねぇ、ところで夏休みの宿題って何?」

晶「外の世界の寺子屋での風習です。長期休暇で学んだ事が鈍ってしまわないよう、簡単な課題を生徒達に出しておくのですよ」

フラン「夏は特に長いから、いっぱい宿題が出るんだって!」

アリス「そもそも、フランやメディスンは寺子屋に通ってる時の方が珍しいのだけど?」

晶「細かい事は良いんだよ! 要するに、アレコレ理由をつけて遊ぼうってだけの試みなんですから!!」

アリス「ふーん……」

レミリア「くく、構わんではないか。こうやって他愛のない遊びに興じるのもまた一興だろう」

メディスン「えー? ものすっごい楽しそふごふご」

晶「食いねぇ食いねぇ、お土産のサンドイッチ食いねぇ」

アリス「……はぁ、色々と納得したわ。そう言う事なら付き合ってあげる」

晶「だからアリスって大好き!」

メディスン「わーい! フランちゃんと宿題だぁー!! ――で、宿題って何をするの?」

レミリア「昆虫採集だそうだ。虫を捕まえる程度の事で何を学ぶのか、理解に苦しむな」

アリス「昆虫採集ねぇ……そもそも魔法の森じゃ、ロクな虫が居ないと思うけど」

晶「そこは大丈夫。プロに頼んだから」

アリス「プロ?」

早苗「晶君に誘われまして、私ここに参上! 守矢の風祝早苗です!!」

てゐ「かなり嫌だけど、来ないと色々けしかけると言われたので渋々参戦しまーす。てゐちゃんでーす」

アリス「……確かにプロね。昆虫採集じゃなくて、人の運勢に関わるプロだけど」

晶「運命を操るレミリアさんも居るし、何も起きないって事は無いでしょう。ふっふっふ」

てゐ「むしろ、集めすぎて余計な事件が起こる気がするよ。てゐちゃん帰っていい?」

晶「フランちゃんメディスーン! てゐが放置されて寂しがってるよー!!」

フラン「あ、ゴメンねてゐ! 一緒に遊ぼ!!」

メディスン「ほらほら、こっちに来て!」

てゐ「わーいありがとちくしょー、後で覚えておけよー」

フラン「ほら、お姉様も!」

レミリア「ふふん、良かろう。この私が昆虫採集の手本を見せてやろうではないか」

晶「いやぁ、実にほのぼのとしてますなー」

早苗「そうですねー。ところで晶君」

晶「なに?」

早苗「私、出来れば昆虫とか触りたくないんですけど。どうしましょうか?」

アリス「アンタは何しにここへ来たのよ」

早苗「仲間ハズレにして欲しくなかったんですよ……」

晶「まぁ、早苗ちゃんはマスコットのつもりで呼び出したので、後ろの方で僕と一緒に大人しくして頂くだけで構いませんよ?」

アリス「そっちの馬鹿も、なに平然と不参加を表明してるのよ」

晶「だってさ、黒光りするアレっぽい虫が居るかもしれないし……」

アリス「それで昆虫採集をやろうと思った、その胆力だけは褒めてあげるわ」

晶「ありがとう!!!」

早苗「おめでとうございます、晶君!」

アリス「……前の一団に混ざった方が、まだ楽な気がしてきたわね」





 ~少女達移動中~





レミリア「ふふ、目指すは昆虫の王者カブト虫だ! 者共、この私に続け!!」

フラン「はーい!」

メディスン「わーい!」

てゐ「……こんな真昼間にカブト虫って」

レミリア「何か言ったか?」

てゐ「なんでもありません、わーい」

晶「しかし、何でカブトが王様でクワガタがそのライバル的な地位に収まってるんだろう。条件は五分だと思うんだけど……」

アリス「どうでも良いわよ」

早苗「多分、クワガタの種類が多いからじゃないですかね。色んなのが居るクワガタは団体さんっぽいですけど、カブト虫はほぼ一種類ですから」

晶「あー、分かる分かる。キャラとしては同一人物だけど、人気投票とかだと別枠扱いになっちゃって人気が分散。みたいな感じね」

アリス「何を言ってるかは分からないけど、確実に違うと思うわよ」

レミリア「おいコラ、そこの傍観者共! 呑気にどうでもいい事を語る前に協力しろ!!」

早苗「協力はしてますよ! 私、皆さんに奇跡が起こるよう遠くから見守ってるんです!!」

レミリア「ふむ……それならまぁ良いか、では他の二人!」

晶「僕が本気出すと「眠ってるカブト虫を掘り起こす乱獲ツアー」になるけど、それで良いのなら」

レミリア「……そうなのか?」

晶「やろうと思えば出来るっぽいよ。ちょっと疲れるけど……カブト虫の特徴を掴んだら、後はうろつくだけで何とかなるだろうし」

アリス「最近の貴方、能力が本気でバケモノじみててキモい」

晶「ははは、僕もそう思う」

レミリア「それはつまらんな。かと言って、手を抜いた状態で手伝われても癪だし……仕方ない、人形遣いだけでも手伝え」

晶「それはダメです」

早苗「そうです、勘弁してください!」

アリス「何でアンタらが止めるのよ」

晶「アリスが居なくなったら、僕等のボケを突っ込んでくれる人がいなくなるじゃん!」

早苗「そうです! アリスさんは、幻想郷では貴重なまとめ役ポジションなんです!! 絶対に放しませんよ!」

アリス「分かった協力するわ、喜んで探そうじゃないのカブト虫」

晶「あっれぇー?」

早苗「アリスさん酷いです……」

アリス「今の流れで自分より私の方が酷いと思えるアンタらと友達やってる自分は、実は凄く良いヤツなんじゃないかと思えてきたわ」

てゐ「何を今更」

メディスン「アリスはすっごい良い人だよ!!」

フラン「アリスさんは、良い人過ぎて色々と損してると思うの」

アリス「……おかしいわ。私は冷徹な都会派魔法使いで売ってるはずだったのに」

晶「都会派魔法使い(大爆笑)」

アリス「ほーら、たかいたかーい」

上海「ネックハンギングツリーダヨー」

晶「おぐぐぐぐ……」

てゐ「はいはい、良いからとっとと虫探しに行きましょうや」

メディスン「どうせなら競争しようよ! 一番凄い虫を捕まえてきた人の勝ち!!」

レミリア「ふふん、良かろう。このレミリア・スカーレットが虫取りにおいても最も優れていると、ここで証明してやろうでは無いか!」

フラン「え? ……ど、どうしようお兄ちゃん」

晶「げほげほ……どうと言われても、レミリアさんの運命力に期待します。としか言いようがありませんよ」

フラン「だ、大丈夫かな。お姉様、何も獲れなくて拗ねて閉じこもっちゃったりしないかな」

晶「(実の妹からもこの扱い。レミリアさんは本当に愛されてるなぁ――と言う事にしておこう)」

フラン「ねぇ、お兄ちゃん。お姉様のフォローをお願いしても良いかな」

晶「出来る限り頑張ろうと努力できたら良いなぁと思う次第です」

フラン「ありがとう、よろしくね!」

てゐ「ねぇ通訳、悪魔の妹は晶の玉虫色の解答をどう解釈したの?」

アリス「まんまよ。失敗するかもしれないけど、こちらで可能な限り手助けしますって事でしょ」

てゐ「いや、まんまって……メディちん理解できた?」

メディスン「断言しないのが晶らしいよねー」

早苗「そこが晶君の良い所です!」

てゐ「うっわ、何このアウェー感。理解力高すぎだろコイツら」

レミリア「む? 何を話しているのだお前達は」

晶「何でもないっす。ではでは皆さんレッツラゴー!」





 ~少女達散開中~





レミリア「で、何故貴様は私についてくるのだ」

晶「今回の僕は基本的にお荷物なので、邪魔をしても平気そうな人についてきました」

レミリア「くくく、なるほどハンデと言うワケか。そう言う事なら存分に邪魔すると良いさ」

晶「レミリアさんのそう言う大らかな所には、毎度毎度救われてます」

レミリア「ふっ、褒めても何も出ないぞ」

晶「(さて、手助けするとは言ったものの、僕も昆虫採集に有利なスキルを持ってるワケじゃ無いんだよねー)」

晶「(第三の目で見つけるにしても、それをレミリアさんに上手く伝える方法が無いからなぁ……)」

晶「(む、待てよ。今ちらっと閃きのようなモノが)」

レミリア「ふむ、早速見つけたようだな」

晶「えっ、いきなり?」

レミリア「静かにしろ。ほら、あそこに居るヤツだ」

リグル「ふんふーん」

晶「」

レミリア「呑気なヤツめ、これならば一瞬でカタがつきそうだな」

晶「待った。お願いだから、色んな意味で自重してくださいレミリアさん」

レミリア「なんだ? 虫妖怪はダメと言うルールは無かったはずだが」

晶「確かにそういう指定は無かったですけどね。そもそも彼女は、フランちゃんのお友達ですよ?」

レミリア「な、なに!?」

晶「以前に一緒に屋台で働いてましたやん。と言うか、それからもちょくちょく紅魔館に遊びに来てますよ?」

レミリア「うむ――正直楽しそうなフランしか見てなかった」

晶「わぁ、自分に正直な人だぁ」

レミリア「では仕方ない、他の虫妖怪を探すか」

晶「そっちの路線は変えないんですね。……普通のカブト虫の方が、フランちゃん喜ぶと思いますよ?」

レミリア「つまり、普通のカブト虫よりも大きい虫妖怪を捕まえればもっと喜ぶと言う事だな!」

晶「……これが、大きい事は良い事だって発想する人の思考回路か」

レミリア「良し行くぞ! ついてこい!!」

晶「はーい。……大丈夫かなぁ」

レミリア「ところで晶、何故明後日の方向を見ながら喋っているのだ。こっちを見て話せ」

晶「すいません、あの子が見えなくなるまで待ってくれませんか」





 ~少女ダメでした~





レミリア「ええい、どういう事だ! 虫妖怪どころか妖精一匹いないでは無いか!」

晶「あのー、レミリアさん。一つ気付いた事が」

レミリア「なんだ!」

晶「なんかさっきから妖精も妖怪も、凄い勢いでこっちから逃げてるんですが」

レミリア「なっ、どういう事だ!?」

晶「んー、一定の距離を保ってる妖精? が居るから、それが全体に僕等の動向を伝えているのかも」

レミリア「な、何故だ……」

晶「ぶっちゃけ、レミリアさんの知名度のせいだと思います。何しろスカーレットデビルなんて二つ名もあるくらいだし」

レミリア「それを言うなら貴様とて、ヒューマンディザスターと言う二つ名を持っているだろうが」

晶「……つまり、逃げられる要素は十二分にあるワケですよ」

レミリア「うむむむむ、有名過ぎるのも考えものだな。どうしたものか」

晶「素直にカブト虫を探すべきだと進言します。変に魔法の森の妖怪達を怯えさすのもアレですし」

レミリア「しかし、今から探して間に合うのか?」

晶「(それだよなぁ。一応、幾つか当たりは付けておいたけど、レミリアさんのプライドを刺激しない感じに教えるには――そうだ!)」

晶「仕方ありませんね。ここは僕が、とっておきの情報を教えて上げましょう」

レミリア「……貴様の魔眼で見つけたカブト虫の場所なら聞かんぞ」

晶「いえいえ、どちらかというと噂の類なんですけどね。カブト虫の居る樹木の付近には、ちょっと変わった植物が生えているそうなんですよ」

レミリア「ある植物だと?」

晶「ちょっと待ってくださいね。えーっと……あ、あった! これですよコレコレ」

レミリア「ふむ、妙な巻き付き方をした蔓だな。こんな形は初めて見るぞ」

晶「これが、カブト虫が近くに居るっていう目印なんです!」

レミリア「なんだと!? 本当か!?」

晶「論より証拠。とりあえず探してみてくださいよ」

レミリア「良いだろう。………………おおっ、本当に居たぞ!!」

晶「(そりゃまぁ、カブト虫の居る付近の蔓を僕が能力で弄りましたからね)」

レミリア「くっくっく、こんな簡単な目印があるとはな。昆虫採集とは随分と容易いものだ」

晶「いやいや、パッと見じゃなかなか分かりませんって。……でもレミリアさん、あんまり言いふらしたりしないでくださいよ?」

レミリア「何故だ? フランにも教えてやろうと思ったのだが」

晶「そうやって人伝にこの方法が広まり過ぎたら、カブト虫の乱獲が始まっちゃいますからね」

レミリア「では、フランだけに……」

晶「――お姉ちゃんだけが知ってる秘密のテクニック、って素敵な響きだと思いませんか?」

レミリア「…………ひみつのてくにっく」

晶「だからレミリアさん、この情報は僕とレミリアさんの」

レミリア「――くく、そうだな。この話はフランがもっと成長してから、酒のツマミ代わりにでも語ってやるとするか」

晶「フランちゃん、アレで一応五百歳超えてますけどね」

晶「(とにかく、これでレミリアさんが恥をかく確率は減ったはずだ。やれやれ……)」

晶「レミリアさんと居ると、自分が極悪人になった様な気になりますよ」

レミリア「くっくっく、この私のカリスマに影響されているのさ。誇りに思って良いのだぞ?」










フラン「わぁ、お姉様凄い! カブト虫がこんなにたくさん!!」

レミリア「これでも獲りすぎないよう気をつけたつもりだったのだがな。自らの才能が怖いよ、ふふふ」

てゐ「てゐちゃんぶっちゃけスカーレットデビルは、大は小を兼ねるとか言ってリグルあたり捕まえて勝ち誇ると思ってた」

晶「あはははは」

メディスン「本当に凄いねー、私達は散々だったのに。どうやって見つけたの?」

レミリア「くっくっく――秘密のテクニック、と言うヤツさ」

てゐ「(あ、コレ絶対に晶の仕込みだ)」

メディスン「(あー、晶が何かしたんだー)」

アリス「(……なるほど、あのバカの入れ知恵ね)」

早苗「(さすが晶君ですね!)」

フラン「(何とかしてくれたんだ……ありがとう、お兄ちゃん)」

レミリア「何だ貴様ら、その不愉快で生温かい表情は」

晶「あはははははは」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 異聞の章・弐「異人同世/都会のアリス」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/08/05 23:29


「ど、どうしましょう、まさかこんな事になるなんて」

「とっ、とにかくまずは夕食の準備よね。……いえ、それよりも掃除の方が先かしら」

「お友達が寝泊まりする部屋は用意しているけど、使うのは初めてだし……」

「でも、美味しいご飯を食べてもらうには今から準備しないとダメよね」

「何を作ろうかしら……あの子は、特に好き嫌いは無いって言ってたけど」

「ね、ねぇお花さん。何を作れば良いと思う?」

「……一番得意な料理? そ、それで良いのかしら」

「そうね、失敗するのが一番問題よね。でも大丈夫かしら、得意な料理が口に合わなかったりしたら」

「わ、分かってるわよ。とにかく下拵えを始めるわね」

「あっ、それに掃除も……他にも色々と準備しておいた方がいいわよね、うん」

「うふふ、お友達が泊まりに来ると大変だわー。うふふふふ」

「――それにしても、結局あの子は誰なのかしら?」





幻想郷覚書 異聞の章・弐「異人同世/都会のアリス」





「ふぅ……やっぱり写真じゃ物足りないわね。見た目だけじゃなくて、魔理沙の痕跡も感じられないと」

「アレだけ念入りにペロペロしといてそれは無いと思いまーす」

「何者!?」

 ようやく満足したアリスのアレな物言いに、とりあえずツッコミを入れる僕。
 それに反応した彼女は、勢い良くベッドから起き上がり上海人形を構えた。
 見た目はフツーにいつものアリスなんだけどねー。さすがにコレで普段通りだと思うほど、僕は馬鹿ではありません。

「……見慣れないメイドね。紅魔館の新人?」

「あながち間違ってないけど新人では無いです。――アリスも、やっぱり僕の事覚えて無いの?」

「何よソレ、新手のナンパ? 言っておくけど私は魔理沙以外の少女に靡かないわよ!」

「やっべぇどうしよう、ツッコミ所が飽和して大変な事になってる。ツッコミー! ツッコミはいませんかー!!」

 とりあえずアリスさんが、僕を一切覚えてないって事は良く分かりました。
 まぁ、その事よりも遥かにインパクトの強い要素があるのでショックは比較的薄めですが。
 記憶を喰らう妖怪にでもやられたのかなぁ。で、それと同時に人格も変になったとか。
 ……んー。有り得そうな話だけど、たった一日で家の内装が変わった理由としてはちょっと弱いかな。
 何しろ内装が変わっているのは幽香さんの家だけでは無い、アリスの家もまた変わっているのだ。
 改装だとしても急過ぎる。と言うか、いくら非常識な幻想郷と言っても一日でここまでは絶対にやれないと思う。
 ちなみに、現在のアリス家の内装を一言で言うと「魔理沙ちゃん一色」です。右も左も魔理沙ちゃんグッズ過ぎて正直引く。

「いきなり失礼なヤツね。結局、アンタは何者なのよ」

「えー、久遠晶と言います。一応アリスさんの親友やってた人間です」

「嘘ならもっと上手くつきなさい。私に、魔理沙以外の友人はいないわよ!」

「やっぱ覚えて無いかー。……と言うか今、すっごい寂しい事を物凄い自慢げに言いましたねアリっさん」

「魔理沙以外の存在ってこの世に必要ないと思うの、私」

 どうしよう、今のアリスから文姉や紫ねーさまと同じ匂いがする。
 何の躊躇もなく言い切る彼女の姿に、尊敬とも呆れともつかないが沸き上がってきた。
 僕の知ってるアリスは、魔理沙ちゃんとあまり相性が良くない。
 いや、ある意味相性は良いんだけど、頑なにそれを認めようとしないと言うか――平たく言うと腐れ縁の関係である。
 ちなみに以前「アリスって魔理沙ちゃんと仲イイねー」と本人に言ったら、容赦なく殺されかけた経験が僕にはあります。
 アリス的に、魔理沙ちゃんと同類扱いは恥ずべき事なんだろう。アレを魔法使いとは認めないって言ってたし。
 で、そんな彼女が今は魔理沙大好き人間に。
 ……幽香さんといいアリスといい、アイデンティティ崩壊レベルで人格変わってるんですけど。本当に何なのコレ。

「とりあえず魔理沙ちゃんの話題は置いておこう。そこは重要でない」

「魔理沙ちゃんって何よゴラァ! 親しいお姉ちゃんポジション気取りか貴様ァ!!」

「普遍的な呼称の一つに文句を付けられても困りますがな。言っとくけど僕、魔理沙ちゃんとはそんなに仲良く無いよ?」

「……本当?」

「何か相性悪いみたいで、むしろ敬遠されてるぐらいです」

「――許そう、全てを」

 仏の様な笑顔で許された。けどそもそも、怒られた内容からして言いがかりなので全然嬉しくない。
 とりあえず、今のアリスは全ての優先順位のてっぺんに魔理沙ちゃんが居ると思っておこう。
 うっかり魔理沙ちゃん関係で失言したら地獄の底に叩き落されそう。気をつけないとね!
 あ、そういえば今まで忘れてたけど、神綺さんはこのアリスさんをどう思います? ――神綺さん?

〈少年気付くのおせーよ。魅魔様、どのタイミングで話しかけようかずっと悩んでたんだぞー〉

 申し訳無い。朝から衝撃展開の連続で、そこまで頭が回りませんでした。

〈うん、気持ちは良く分かる。あたしもあの幽香を見て眠気が完全に吹き飛んだ。笑う気にもならなかったよ……〉

 それで魅魔様、神綺さんはどうしたので?

〈分からん。何でか知らないけど、少年と神綺の接続が途切れてるんだよね。契約そのものが切れたワケじゃ無いんだけど〉

 ……えっと、つまりどういう事?

〈404 Not Foundって事〉

 とても分り易いけど、その例えを魔法使いの口から聞きたくなかった。
 うーん。今までも通信状態の悪さから、神綺さんと話がつかないって状況は何度かあったけど。
 このタイミングでコレって言うのは、何だか怪しい気がするようなしないような。魅魔様は何か知ってます?

〈知らん。ぶっちゃけあの愉快な幽香見るまで、あたしも少年同様寝ぼけてた状態だったし〉

 状況は僕と同じか……やっぱり昨日の夜に何かあったのかなぁ?
 突然の模様替え、謎の記憶喪失、筆舌しがたい人格変更、その全ての起点となる出来事が昨夜起きた――のかもしれない。
 多分。自分で言ってて無いような気がすると言うか、幾ら何でも変わりすぎな気がするけど。
 ……もしくは、おかしくなったのは‘僕’の方だとか?
 信じ難い話ではあるけど、世界全部が変わったと思うよりはまだ信憑性が……。

〈いやいや、そうなると魅魔様もおかしくなってるって事になるじゃん。勘弁してくれよ〉

 あー、そっか。魅魔様が僕の知ってる魅魔様な時点で、この仮説は成立しないのか。

〈つーか昔馴染みが揃ってこんな有様とか、魅魔様は絶対に認めないからな。絶対に嫌だからな〉

 僕だって嫌ですよ。でも、可能性はきちんと追求しておかないとダメでしょう?
 まぁ、僕も魅魔様も狂ってるって可能性は、否定も肯定も難しい事なんで頭の片隅に留めておくくらいにしておきますが。
 せめて、何が原因でこんな事になったかくらいは突き止めておきたいなぁ。精神を安定させる為にも。
 
〈これは魅魔様の勘だけど、少年に原因があると思う〉

 何でもかんでも僕のせいにされても困ります! 
 と言うか、さすがに今回は無関係だと思いますよ? 寝て起きただけだし。……多分。
 若干不安に思いつつも、とりあえず僕は魅魔様の意見を否定する。
 特に根拠は無いから、これもはっきりと否定は出来ないんだけどねー。出来れば関係ないと信じたいです、はい。
 
「……さっきから、何をぼーっとしているのよ」

「あ、ゴメン。ちょっと考え事をしてまして」

「ふぅん。まぁ、魔理沙に関係の無い事ならどうでも良いわ」

「アリス自身に関係した事でも?」

「どうでも良いわ」

 さすがの姉二人でも、ここまで言い切る事はしないだろう。
 自分の事ですらどうでも良いとか、最早魔理沙ちゃん狂いの領域に達してませんかアリスさん。

「あーでも、魔理沙の事を脇に置こうとする愚かな話題にちと興味が有るわ。何を言おうとしたのよアンタ」

「そう言う興味の持ち方ですかー。いや、贅沢は言いませんけどねー」

「良いから言え、でないと排除するわよ」

「了解。アリスは覚えてないかもしれないけど、僕とアリスが仲良しさんだった証拠は一応ありますぜ。このメイド服がそうです」

「その服のどこが……んん? この服飾は」

 僕のメイド服を一瞥したアリスは、真剣な表情でこちらの服を確認する。
 こういう所はやっぱり彼女なんだなぁ。いつもの親友らしい姿にちょっとだけ安心。
 ……いや、いつものアリスだったら僕はひん剥かれてるはずか。
 魔理沙ちゃんに興味のリソースを全部注いでいるせいで、今のアリスは魔法関係にそれほど拘りを持っていないようだ。
 一通り服の細部を確かめた彼女は、難しい顔で距離を取り小さく首を傾げた。

「覚えはないけど、確かに私の技術が使われてるみたいね。……と言うかこの服、他のヤツも何かしてない?」

「してるよー、パチュリーとか紫ねーさまとかが。あ、布その物は文姉と霖之助さんが用意したヤツっす」

「……ぱちゅりぃぃい? ちょっと冗談でしょ、それじゃこの服は私とパチュリーが共同で作ったって事になるじゃない」

「そうなるね。協力して作ったワケじゃ無いけど」

「無いわ。それは絶対に無いわ」

「絶対に無いって、何でそんな高らかに宣言出来るのさ」

「私の魔理沙を狙うあの女狐と、この私がどんな形であれ一緒にモノを作るワケ無いじゃない!」

 ……つまり、パチュリーもアリスのご同類なんですか?
 聞きたくなかった新情報に、ツッコミも忘れてウンザリする僕。
 出来ればパチュリーはただ魔理沙ちゃんが好きなだけで居て欲しいけど……望み薄かな、この状況だと。

「じゃあ、僕が嘘をついていると?」

「それも無いわね。真似にしては、私の癖や技術的な特徴を再現出来過ぎてる」

「出来過ぎてるって?」

「仮に貴女が完璧なコピー能力者だったとしても、どこで何を使うかって選択まで真似する事は出来ないはずよ」

「……アリス、実は記憶戻ってたりしない?」
 
「何の話よ」

 と言う事は偶然ですか。あーびっくりした。
 ま、僕のコピー能力では癖なんて再現できないから、焦る必要は無いんだけど。
 実はアリスも幽香さんも僕の事を覚えてて、記憶喪失ドッキリを仕掛けてるだけなんじゃ……と一瞬考えて背筋が凍りかけたよ。
 正直、これが演技って言われたほうがキツい。もしそうだったら幻想郷から迷わず出て行く。セルフ逆神隠しするレベル。
 
「それじゃアリス、この矛盾をどう解消するの?」

「そうね―――面倒臭いから忘れるっていうのはどうかしら」

「ええっ!? そこまで冷静に判断下しておいて、まさかのスルー!?」

「だって魔理沙関係無いし。事情は良く分からないけど、私の記憶がなくて困っているのは貴女だけでしょう?」

 うん、実に合理的な判断だね。
 穴だらけに見えて意外と穴のないアリスの理屈に、反論できず黙りこむしか無い僕。
 そっか。よくよく考えると、今の彼女に協力する理由は無いんだよね。
 唯一の方法がアリス本人に興味を持ってもらい、自ら首を突っ込んでもらう事なんだけど……たった今それは否定されたし。
 後は、アリスの欲しがりそうな物を対価にして釣るとか?
 ……餌は一発で思いつくけど、手首ごと持ってかれそうで怖いなぁ。

「ぶっちゃけ私、まだ魔理沙分が足りなくてイライラしてるのよ。その上でアンタの相手するのはかなり面倒だからさっさと帰って」

「親友に対してあまりにも身も蓋も無い言動! 幾ら記憶が無いからってあんまりだ!!」

「はいはい、思い出せたら謝るわ。上海、つまみ出して」

「シャンハーイ」

 そして僕は、容赦なくアリス宅からつまみ出されてしまった。ショボン。
 まぁ仕方ない。今のアリスに頼るのは、色んな理由で無理だもんね。

〈と言うか逆効果な気がする。あのアリスの力借りると、むしろ事態が悪化するだろ〉

 ……うん、僕もちょっと思った。

〈完全に魔理沙キ○ガイと化していたからなアイツ。頼るなら、他のヤツにすべきだろう……例えばスキマとか〉
 
 そうですね。今回の異常事態は、ちょっと「見つからないなら良いや」で流せない気がしてきました。
 一刻も早く紫ねーさまを見つけて事情を聞かないと、何というか僕のメンタル面がヤバい。
 とりあえず僕は大きく息を吸って、虚空へ呼びかけてみる事にした。

「ゆっかりねーさまぁ!」

 しかし反応が無かった。うん、予想はしてましたとも。
 やはり何事か起こっているのだろう。もしくは、紫ねーさまも僕の事を忘れているか。

〈どっちにしろ、スキマと会わなきゃ話にならんね。次はどこに行く?〉

 んー、そうですね。白玉楼……いや、博麗神社に行きますか。
 何気に霊夢ちゃんの居る所って、紫ねーさまの出現率高いみたいだし。
 ……ぶっ飛ばされる可能性も非常に高いけどね。もうこの際、それでも良いからとにかく事態を把握したいです。
 ってあれー? 魅魔様ー? 何やってるんですかー? 人の心の中に心の壁を作らんでくださいよー。
 あっ、コラ閉じこもんな。気持ちは分かるけど僕を一人にしないでください。

〈いや無理。これで霊夢とか魔理沙とかおかしかったら、魅魔様もう正気でいられない自信がある。だから堪忍して〉

 もうほとんど懇願のレベルである。魅魔様、そこまでイヤなのか……。
 まぁ、気持ちは大変に分かりますがね。僕だって正直積極的に会いたいとは思わないし。
 だけどここで足踏みしてもしょうがないでしょうが。だから諦めろ、そして巻き込まれろ、是が非でも。

〈少年はド直球だなぁ。だけど断る、事態が解決するまで魅魔様は意地でも出てこないからな。ではおやすみ!〉

 ちくしょう、本当に逃げやがったぞあの間借り人。少しくらいこっちに気を使ってくれても良いでしょうに。
 そのまま本当にうんともすんとも言わなくなってしまった魅魔様に恨み事をぶつけながら、僕は博麗神社へと向かうのでした。





 ――とりあえず魅魔様は後で泣かす。どんな手を使ってでも後で泣かす。僕は意外と根に持つタイプなんだぞ!




[27853] 異聞の章・参「異人同世/金は天下の回りもの」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/08/26 19:22
「あーりーすー! 遊ぼうぜ!!」

「あーとーで」

「あれ、忙しいの?」

「忙しくないわ。張り切るアンタと絡みたくないだけ」

「アリスさん酷い! 僕等の友情が強固だからって、あまりにも扱いがぞんざい過ぎる!!」

「……はぁ、仕方ないわね。それで今日は何があったのよ」

「いえ、純粋に遊びに来ただけですが」

「フランは?」

「紅魔館で親分達と遊んでおります」

「早苗は?」

「守矢神社じゃ無いですかね」

「文は? 幽香は? 妖夢は? 鈴仙は? にとりは? 他の誰かが一緒に居るんじゃないの?」

「僕一人だって。ついでに言うと、何の厄介事も揉め事も持ち込む予定は無いよ」

「……何しに来たの?」

「遊びに来たって言ったじゃん。たまには親友同士、普通に親交を深めようじゃないか」

「ああ、分かった。アンタは偽者なのね」

「失礼な。間違いなく僕は久遠晶本人ですよ」

「はいはい……ま、上がりなさい。そういう事なら歓迎してあげるわ」

「わーい、アリスありがとー!」

「……………………ねぇ、晶」

「はにゃ? 何?」

「―――いえ、なんでもないわ」





幻想郷覚書 異聞の章・参「異人同世/金は天下の回りもの」





 そして一切妨害される事も無く、僕は博麗神社に到着してしまった。
 何故だろう。未だかつて無い順調さなのに、これっぽっちも嬉しく無いや。理由は言うまでもないけど。
 はー、憂鬱だ。誰かと会わなきゃいけないけど、本音を言うと誰とも会いたくないジレンマ。
 第三の目に誰の姿も映らなくてホッとした僕は悪くない、と思いたい。

「とは言え、誰もいない状況で情報収集なんて出来るワケも無く。……さてさてどーしよ」

 縁側から覗いて見える博麗神社の内装は、他と違って僕の知ってる博麗神社そのまんまだ。
 若干ボロくなっている気はするけど、今までの変化と比べれば誤差の範囲内だろう。――多分。
 と言う事は、内装の変化は絶対では無いのかな。いやでも……うーむ、分からん。
 とりあえず僕は賽銭箱に近付き、ポケットから財布を取り出した。
 霊夢ちゃんへのゴマすり兼、事態解決の神頼みである。
 意識としては後者の方が強いあたりに、僕がどれだけ切羽詰まっているかが良く分かると思います。
 もうアレだよ、財布の中で一番値の高いお金を投入しちゃうよ。紙幣入れちゃうよ。

「どうか、このワケの分からない事態が一時の夢でありますよーに」

「あ、あああああああああ!?」

「おぉう!?」

 ヒラヒラと舞った紙幣が賽銭箱に入るのと同時に、彼方で凄まじい大声が響き渡った。
 驚いて振り返ると、鳥居の立っている方向から霊夢ちゃんがやってくる。
 彼女はこちらを軽く押しのけ賽銭箱の中を覗きこむと、信じられないモノを見る表情で僕に振り返った。
 
「貴女分かってるの!? 今、自分が何をしたのか!」

「ええと、お賽銭を入れましたね」

「お、お賽銭のつもりで入れたの!?」

「ソレ以外の目的で、賽銭箱にお金は入れないでしょう」

「じゃあ貴女、うっかりで無く自分の意志でお札を入れたの!? ひょっとして神様!?」

「大袈裟過ぎますがな。単純に、悩みの大きさを金額に換算しただけです」

 と言うかこの反応、霊夢ちゃんも僕の事覚えて無いのかー。
 もう慣れたけど、ここまで続くと本当に自分側に原因があるのではと思えてしまう。
 んー、何かした記憶は本当に無いんだけどなぁ。
 そもそも霊夢ちゃん幽香さんアリスに影響を及ぼす真似を、偶然でも出来る気がしません。
 ――等と思っていたら、いつの間にか霊夢ちゃんが僕に対して頭を垂れていた。
 恭しく片膝を付くその姿勢は、どう見ても恭順を示している様にしか見えないワケで。
 え? どういう事? 何で霊夢ちゃんが臣下の礼をとってるの? これは夢?

「そういう事でしたら私めにお任せください! お嬢様!!」

「お嬢様!?」

「この博麗の巫女が、貴女様のお悩みを全身全霊を持って解決する所存です! 犬とお呼びください!!」

「プ、プライドのプの字も見当たらない平身低頭っぷり!? どうしたのさ霊夢ちゃん!?」

 普段の霊夢ちゃんも誇り高いってワケじゃないけど、ここまで色んな物を投げ捨ててはいない。
 少なくとも揉み手しながら上目遣いで卑屈な笑みを浮かべる霊夢ちゃんは、平時なら絶対見られないと思う。異変時でも怪しい。
 
「ぐへへへへ、お賽銭をくれる御客様は大事にしないといけませんからぁ」

「……まー、追加料金を払っても良いくらい困ってるから、協力してくれるのはありがたいんだけどね」

「つ、追加料金!? やります! 何でもやります!! 下僕でも奴隷でも何でもします!」

「いや、僕は紫ね……妖怪の賢者様に会いたいだけなんですけど」

「分かりました。御嬢様の望む姿で、あのスキマ妖怪を連れてまいりましょう! 半殺しをお望みですか? それとも全殺し?」

「普通に会いたいだけなんで、そういうのは良いです。霊夢ちゃんはゆか……賢者様の居場所をご存知なんで?」

「ご安心ください、幻想郷中駆けずり回っても見つけてみせます!」

 つまり霊夢ちゃんも居場所は知らないと。……うーむ、参った。
 いや、彼女なら本当にあっさりねーさまを見つけてきそうな気はするけども。
 こういう点に関して、紫ねーさまはあらゆる人妖を凌駕する狡猾さを見せるからなぁ。
 とは言えそれは、紫ねーさまが自発的に雲隠れしている場合の話だ。
 これが異変で無いのなら、単にすれ違っているだけって可能性もまだ充分にある。むしろそっちの可能性の方が高い気がしてきた。

「とりあえず霊夢ちゃん、確認しておきたいんだけど……今って何か異変とか起きてる?」

「最近は、寺やら神社やら商売敵が台頭してきて博麗神社の経営がピンチです」

「あーうん、切実な問題だけどそれは異変じゃないね」

 ふむぅ。霊夢ちゃんの反応的に、何か異変が起きていると言うワケじゃなさそうだ。
 ……だよね? キャラが変わってるだけで、そこらへんの嗅覚は衰えてないと思いたい。
 さすがに彼女ですら対応しきれない事態だとしたら、もう僕は完全にお手上げでございますですよ。
 とは言え、彼女がダメなのに僕がセーフって状況はまず無いはずだからなぁ。
 彼女の言動や意見を指針とするのは、間違っていない。はず。じゃないと本当に困る。
 いや、今でもすでに手詰まり感が酷いですけどね。異変じゃないなら何なんだろうこの事態。

「となるとやっぱり、ゆ……賢者様を探すしか無いか。――もちろん穏便な方法で」

「アイツなら、乱暴な手段で連れてきても問題ないと思いますけど?」

「あの人には個人的な恩義が山のようにあるので、そういう乱暴なやり方は選びたくないんですよ」

「……あの紫がぁ?」

 うん、紫ねーさまの扱いはいつも通りだ。ちょっとホッとした。
 訝しげな表情で聞き返してくる霊夢ちゃんの姿に、普段通りの流れを感じて苦笑する僕。
 我ながら、露骨な程に飢えてるなぁ。いつも通りな誰かに会いたいよ。
 まぁそれでも、霊夢ちゃんの積極的な協力を得られた事は僥倖だと思うべきか。
 低姿勢を維持しつつずっと揉み手している姿は色んな意味で泣けるけど、僕一人よりはずっとマシだ。
 この状況での良かったを一つ見つけて精神の安定を図っていると、再び僕の魔眼に人影が映った。
 桃の飾りのついた帽子を被った、前も後ろもなだらかな曲線の持ち主――比那名居天子だ。
 うげぇ、よりにもよってコイツかぁ。
 我ながら分り易い嫌悪の表情をぶつけると、天子は一瞬だけ目を見開いて驚愕を表した。
 このリアクションは、明らかに見知らぬ人間が突然見せた表情に対する戸惑いだ。
 つまりコイツも、僕の事をすっかりばっちり忘れているらしい。……まぁ、天子なら別に良いけど。

「ん、誰かと思えば不良天人じゃない。何しに来たの?」

「――はっ!? ふ、ふふん、暇だったから遊びに来てやったのよ。泣いて喜びなさい」

「けっ、腐れ天人の巫山戯たツラ見てたら涙じゃ無くて嘔吐が出るわい」

「えっ?」

「おっと失礼、つい本音が」

 今の天子に喧嘩を売る意味は無いんだけど……いややっぱダメだ、天子というだけで見逃せない。
 意味が分からずキョトンとしている天子を、僕はあらん限りの敵意を込めて睨みつけた。
 当然、彼女はそんな事をされて黙っている天人では無い。
 天子は不遜な表情でこちらを睨み返すと、鼻で笑いながら僕に近寄ってきた。

「随分と失礼なメイドじゃない。この私が誰なのか分かっているのかしら?」

「比那名居天子……傲慢不遜で我侭ばかりのダメ天人だね」

「言ってくれるわね。喧嘩売ってるなら買うわよ?」

「欲しいんなら幾らでも売りますとも。こちとら、溜まったストレスを何かで発散しないとやってけないんじゃ!」

「ふん――面白いじゃない! 買ったわ!!」

「売った!!」

 我ながらとても酷い八つ当たりである。冷静な理性の部分はそう言うが、ソレ以外の部分は止まってくれない。
 緋想の剣を抜いた天子に対し、僕は魔法の鎧を展開し全力で殴りかかった。



 ―――――――仕置「天人崩し」



「おっらぁ!」

 スペルカードを提示し、増幅した気で強化した拳を叩きこむ。
 まぁ、軽い挨拶代わりの一撃だ。概要を知らなくても天子なら容易く回避するだろう。
 それに備えて二撃目を用意しようとした所で――牽制のつもりだった右拳が、吸い込まれるように彼女の鳩尾へと直撃した。

「ごはっ!」

「へ?」

 あまりにも無抵抗なその感触は、相手がこちらの攻撃に何の防御も回避もしなかった事を示している。
 そこに策や罠がある気配は一切無い。天人の防御力を過信したのだとしても無防備過ぎだ。
 カウンターの警戒もしたが、緋想の剣は振り上げられた姿勢のままピクリとも動こうとしない。
 なんだコレ、意味が分からない。天子は何を考えているのだろうか。
 良く分からないけど、チャンスである事に違いはないので増幅した『気』を天子の身体に叩きこむ。
 ……そういえば、ここまで直球にHPフィストが当たったのは初めてかもしれない。
 突き抜ける衝撃を殺しきれず吹っ飛ぶ天子の身体を眺めつつ、まともに当たると結構エグいなぁと他人事の様に思う僕。
 ま、どっちにしろ天子なら大丈夫だろうし、それで手加減するつもりは無いんですが。
 とりあえず一辺三メートルの氷柱を天子の真上に構築し、風を使って連打するかのようにソレを上下してみる。
 普通の人間なら確実にミンチとなっている事だろう。まぁ、天子なら大丈夫だろうけど。

「フィニッシュ!!」

 最後に氷柱を破壊する勢いで叩きつけ、満足した僕は相手の反撃に備えて拳を構える。
 やっといてなんだけど、ぶっちゃけ単なる氷の塊で大したダメージを与えられるとも思わないしね。スペカの効果範囲適応外だし。
 しかし天子が立ち上がってくる気配は無い。まさか最初の一撃で倒したとか? ……さすがにそれは無いよなぁ。
 確認がてら近くにあった小石を気で強化しながらぶつけてみるが、やはり彼女の反応は無し。どうしたんだろ。

「おらー。どうしたてんこ、とっとと立ち上がれー」

「御嬢様って、意外と容赦無いんですねぇ」

「いや、あの腐れ天人以外には至って寛容ですよ。アレが例外」

「よっぽど嫌いなんですね。気持ちは良く分かります」

 話の流れからして、僕はほぼ初対面の天子を全否定しているのだけど……霊夢ちゃんは特に気にしていないらしい。
 お賽銭効果で僕を全肯定しているのかとも思ったけれど、普通に嫌そうな顔してるからこれは本音なのだろう。
 しかし、天子と霊夢ちゃんってそこまで仲悪かったかな?
 基本的に霊夢ちゃんは後腐れないタチだから、異変の事を引きずってるワケじゃ無いはずだ。
 と言うか、引きずってたら僕とも険悪になってるはずだしね。
 つまり僕と普通に接してるなら、天子とだって同じように接しているのでは無かろうか。
 ……天子の性格上、鬱陶しがられる可能性は非常に高いけれど。ある意味それは霊夢ちゃんのデフォだしなぁ。
 そんな事を考えながら天子の様子を窺っていると、ゆっくりと彼女が立ち上がった。
 こちらに背を向けた状態の彼女は、荒い息遣いで肩を震わせている。ありゃ、やっぱり効いてたのかな?

「な、何これ……物凄い痛いわ…………」

「ふっふん、これぞ天人専用防御完全無効化スペカの力ですよ。意識してないとかなり効く――」

「――凄くイイ」
 
「……はぁ?」

「容赦無い攻撃、罵倒、どれも一級品だわ! なんて素敵なのかしら……」

 え、何言ってんのこの人。
 こちらへと振り返った天子は、疲弊でも苦痛でもなく恍惚の表情で感嘆の溜息を漏らした。
 つまりアレですか? さっきの荒い息遣いは、ダメージによるものじゃなくて快感由縁のシロモノだったと?

「うわ、なんだソレ気持ち悪い」

「あふん!! はぁ……はぁ……なんて冷たい視線なのかしら…………貴女、名前は?」

「…………アラン・スミシーです」

「ふふふ、いい名前ね。良いわアラン、貴女には私のご主人様となって私を虐める権利をあげましょう!」

 口から涎を垂れ流しながら、危ない表情で史上最も欲しくない権利を僕に渡そうとする腐れ天人。
 すげぇや、コレ以上下がるはず無いと思ってた天子への好感度がガッツリ下がっていく。
 さすがにアリスや幽香さんのインパクトには勝てないけど、こっちに実害がある分精神的には一番キツい。
 いや、本当にコレは心の底から気持ち悪いです。
 こちとらその手の趣味は一切持ち合わせておりませんし、仮にあっても天子を受け入れようとは絶対に思いません。
 
「えっと、お願いだから消えてくれないかな。出来ればこの世から」

「あはん! 良いわ、凄く良いわぁ……」

「……すいません、勘弁してください。本当に」

 ダメだ、いつものノリで話すだけで天子からの好感度が上がっていく。
 無言で殴っても喜ばれそうな状況に参った僕は、天子に対する嫌悪を投げ捨てて土下座した。
 しかしそれに対する天子のリアクションは何も無し。自分に都合の良い物しか見えてないのか、その巫山戯た目は。
 思わず起き上がり様のHPフィスト二発目をかましそうになったけど、逆効果になるのが目に見えてるのでグッと我慢。
 ――でもコレ以上ハァハァされたら、僕は最後の一線を超えるかもしれません。
 ああ、お願いします神様。手段は問わないんで、このド変態天人を黙らせてくれませんか。

「この変態が! 御嬢様に何してくれてんのよ!!」

「あぼっ!?」

 あ、霊夢ちゃんの陰陽玉で吹っ飛んだ。さすが、人格が変わっても問答無用っぷりに変わりはないと言うワケか。
 一撃で天子を黙らせた霊夢ちゃんの無敵っぷりに、今回ばかりは純粋な心強さを感じる僕なのだった。





 ――とりあえず助かりました神様。でもお賽銭一回でこのサービスは、正直安すぎる気がします。……ありがたいけど。




[27853] 異聞の章・肆「異人同世/月は無慈悲な篭り姫」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/08/26 22:02


「あぁん! もっとよ!! もっとキツく縛りなさい!」

「やっぱり天人は復活が早いなぁ。まったく、この腐れ天人は本当にどうしたもんか」

「埋めます?」

「それだ!」

「う、埋めるですって!? どっ、どれくらい埋めるつもりなの!?」

「じゃあ、ここらへん借りるよ霊夢ちゃん。そーれ『ペネトレイト・サーペント』!」

「あら凄い。氷のドリルが、凄い勢いで穴を掘っていくわ」

「よし、完成。これくらい深ければ良いかな」

「なにこれ……すっごい深いじゃない。ここに叩きこまれて、その上で埋められるの私――ぐふふふふ」

「ここまで喜ばれると、埋める事に対する罪悪感が無くなって良いねぇ。それじゃ霊夢ちゃん」

「了解しました。おっりゃあ!!」

「良いわ、落としなさい! うふ、うふふふふふふふ――――――」

「はいはい、アイシクル落し蓋ーっと」

「さっきの氷柱とほぼ同じですね。もっと下の方を尖らせておいたりしないんですか?」

「どうせ効かないから、かるーく封だけしておくよ。そーれ、土被せて冷気で固めて気で強化してー」

「その割に凄い必死ですけど……御札、使います?」

「んー、さすがにそこまでは」

「…………くふふふふ、凄いわ。ここまで容赦無い真似をしてくれるなんて、幽香や霊夢にも無かった苛烈さよ」

「――よし、封印お願い。永遠に出てこれないようにしておいて」

「博麗神社の地下にアレを埋め続けておくのはイヤなんで、それはお断りします」





幻想郷覚書 異聞の章・肆「異人同世/月は無慈悲な篭り姫」





 さて、未だかつて無いド変態天子を封印した僕等は、霊夢ちゃんに案内されて永遠亭へと向かっていた。
 何でも、ねーさまならお師匠様の所へ行けば確実に会えるはず――との事だ。
 ……しかしあの二人って、そんなに仲良かったっけなぁ?
 どちらかと言うと紫ねーさまは、月の方々を好ましく思ってない気がしていたのだけど。
 うーむ、こんな所でも記憶との齟齬が。やっぱり影響は幻想郷全体に及んでると考えた方が良いのだろうか。

「ちなみにさ。おし……永遠亭の薬師様以外で、賢者様と仲の良い人妖って居るの?」

「そうですねー。白玉楼の亡霊に守矢神社のデカい方、後は最近売り出し中の寺の聖人と仲が良いですねー」

「………………………………へぇ」

 いや、幽々子さんは良い。あの人と紫ねーさまが親友だと言う事は僕も知っている。
 だけど、神奈子様に白蓮さんって……およそ接点が無い気がするんですが。
 全員の共通点を見出そうとしても、絶対に最低誰か一人があぶれる素敵仕様。どんな会話するのかがまず想像出来ない。
 
「たまに全員が誰かの家に集まって何事か話し合ってますよ。内容は興味無いんで全然知りませんが」

「なるほど。それで今回ねー……賢者様達は、永遠亭に集まってるってワケだ」

「あー、それはどうだか知らないです。そこまで私、アイツらの動向に注目してませんから」

「……じゃあ、何で永遠亭に居ると?」

「最近、紫が何度も意味ありげにアピールして来たんですよ。面倒だから無視してましたけど、永遠亭で何かある的な事を言ってた気がします」

「とりあえず霊夢ちゃんは、もう少しゆ――賢者様に興味を持っても良いと思うよ?」

 ねーさまに対する興味皆無じゃ無いですか。明らかに色々伝えてるのに、一切合切通じてないってソレ……。
 まぁ、霊夢ちゃんらしいと言えばらしいけども。紫ねーさま影で泣いてるんじゃないだろーか。

「少なくともあの薬師なら何か知ってますよ。お任せください、尋問なら得意です――おっ」

 ソレ、絶対に拷問の異音同義ですよね。
 本当にそういう所だけいつも通りな彼女の言葉に僕が何とも言えない気分になっていると、何かに気付いた霊夢ちゃんが下へ降りた。
 慌ててついて行くと、彼女の目の前には毎度おなじみ悪戯兎ことてゐの姿が。
 丁度良いタイミングでの登場だけど……さてはて、彼女はどうなっているのかなぁ。

「あ、霊夢ウサ。こんな所でどうしたウサか?」

「永遠亭に御嬢様を連れて行くのよ。ここで会ったのも何かの縁だから案内しなさい、タダで」

「別に構わないウサけど……御嬢様?」

「この御方よ。私の神社に躊躇なくお賽銭を入れてくださる尊い御人だから、失礼な真似したらぶっ殺すわよ」

「初めて見る人ウサねぇ。――どうかしたウサか?」

「あ、ゴメン。色々と衝撃が大きすぎて呆然としてた」
 
 なんだ今のあざとさ全開の会話。いつのまにてゐちゃんは、萌えキャラの部類に足を踏み入れたのだろうか。
 と言うかウサって。今時分語尾にニャを付けるだけで引かれるご時世で、鳴き声でなく種族名を語尾に付けるって。
 しかも今、さらっとタダ働きを肯定したよこの兎。躊躇したり嫌がったりする素振りすら見せなかったってどういう事なの……?
 気のせいで無ければ、てゐから色んな物がポロポロと抜け落ちている気がする。主に邪気とか金欲とかそこらへんが。
 彼女はまるでメルヘン世界から現れたファンシーキャラの様に微笑みつつ、僕の顔を覗きこんだ。
 うわぁ、なんてキラキラした無垢な瞳をしているんだろうか。正直気味が悪いです。

「ふぅん……まぁ良いウサ。私は因幡てゐ、永遠亭の兎妖怪ウサ。よろしくウサ!」

「僕は久遠晶。案内料は出せないけど、案内してくれるなら嬉しいなぁ」

「ウサウサ、そんなモノ要らないウサよ。私は人助けが出来ればそれで充分ウサ」

「……へー」

「あー、気をつけてください御嬢様。そいつ無害ですけど悪戯者ですから、絶対何か企んでますよ」

「失礼ウサねぇ。あ、久遠さんガム食べるウサか?」

「うん、ありがと――あいた」

「ウッサウサウサ! 引っかかった引っかかった!!」

 うん、知ってた。差し出してたガムの銘柄があからさまにパチモノだったしね。
 と言うか、儲けにならない事は一切やらないがモットーだったてゐちゃんがこの体たらく。他人事ながら涙が出てくる。
 これじゃ悪戯者は悪戯者でも、幼児番組に出てくる憎めないタイプの悪戯者だ。
 てゐのあの分り易いくらい明け透けな拝金主義者さ具合は、完全に鳴りを潜めてしまっている。
 ……何というか、天子とは別の意味で気持ち悪い。
 シリーズを重ねる度に健全化した結果、過去のブラックな部分が完全に無かった事にされてしまったマスコットキャラって感じ。

「アンタ、御嬢様に失礼な真似したらぶっ殺すって言ったわよね?」

「う、ウサァ!?」

「あー、大丈夫。気にしてないからとっとと永遠亭に行こう」

 と言うか長引かせないで、早く終わらせて、心が持たないです。
 慣れても良いとは思うんだけどねー。正直無理です、一番マシな霊夢ちゃんでも結構キツい。
 紫ねーさまや他永遠亭の皆々様のキャラクターによっては、冗談で無く発狂するかも。
 
「御嬢様が寛容で良かったわね……次に間の抜けた真似したら、その舌引っこ抜くわよ?」

「わ、分かったウサ。もうやらないウサ」

「本当に気にしてないんだけどねー。……そんな事言いつつ、上手く立ちまわって甘い汁を吸ってやろうとか考えてないよね?」

「甘い汁? 美味しいジュースでも飲ませてくれるウサ?」

「あはは、何でもないよー」

 まさか通じないとは思わなかった。なんだろう、すっごい腹立つね。
 例えて言うなら、学生時代散々一緒に悪さして社会に迎合すまいと誓い合った相棒が卒業後あっさり就職して結婚してた感じ?
 いや、別に僕が未だにヤンキー卒業出来てない残念フリーターだって言いたいワケじゃないけど。
 なんかズルいよね。今まであんな好き放題してたのに、今更「私はピュアです」みたいなツラするなんて。
 ちょっとだけグーで殴りたくなった。別にてゐが悪いってワケじゃないけど、こう何とも言えない苛立ちが。
 ちなみに、てゐの案内が無くても永遠亭に辿り着ける事は説明しない。
 ここまで来れば、僕を覚えている方が少数派――と言うかほぼ皆無だと言う事くらい分かるからね。
 余計なトラブルの源になりそうな事は、出来るだけ黙っておく事にします。狂気の魔眼持ちなんて言ったら面倒な事になりそうだし。
 
「ところでてゐ、アンタん所にスキマ来てる?」

「んー、知らないウサ。来てたとしてもえーりんの所だから、私とは会わないウサ」

「役に立たないわねぇ……お、アレは」

「――うげっ」

 てゐの案内に従って迷いの竹林へと突入すると、永遠亭の方角からやってくる一人の影が。
 言わずもがな姉弟子である。彼女は若干怒ったような表情でこちらに駆け寄ると、そのままてゐの顔を掴み引っ張った。

「う、うどんげちゃん!?」

「てーゐー……貴女ねぇ、師匠から掃除を頼まれてたでしょう?」

「ご、ごめんウサぁ……」

 皆さんご覧ください。世にも珍しい、てゐに対して上位に立っている姉弟子の姿です。
 てゐがかなり弱体化? しているからなぁ。今の彼女に、姉弟子を掻き回す事は出来ないだろう。
 姉弟子そのものは大して変わってないみたいだけど油断は禁物だ。物凄い人格崩壊を起こしている可能性は捨てきれない。
 例えば、メイドを見たら問答無用で殺害したくなる衝動に襲われるとか。……ある意味いつも通りか。
 あ、こっちに気がついた。とりあえず満面の笑みでも浮かべとこう。

「えっと、こちらの人は……」

「御嬢様よ。無礼な真似したらぶっ殺すから覚悟しなさい」

 どんどん説明の仕方がおざなりになっていくなぁ。細かく説明されても困るけど。
 もちろんそんな霊夢ちゃんの言葉で事態が把握出来るはずもなく、姉弟子は困惑した顔で首を傾げている。
 となると頼りになるのはてゐだけど――今の劣化しまくった彼女に、この場を収める事は出来るまい。
 つまり、僕が頑張るしか無いワケだ。
 ……いやだなぁ、僕に関する記憶が完全リセットされてる姉弟子と絡みたくないなぁ。
 話さない方が面倒な事になりそうだから、ちゃんと話すけどね。――もしもの時は全力で場をかき乱して逃げる所存です。

「どーも、久遠晶です。ちと所用があってこれから永遠亭に行きたいのですが……構わないですよね?」

「あ、お客様ですか。どうぞどうぞ、ご案内しますよ」

「…………良いんですか?」

「何がですか?」

「いえ、何でもないです。案内お願いします」

 警戒される所か、無条件で受け入れられてしまいました。嬉しいけど怖い。
 なんだろうこのウェルカムっぷりは。永遠亭は一応一般開放もしている場所だけど、ここまで友好的だった記憶はない。
 それとも、コレが余計な先入観の無い素の姉弟子なのかな?
 まぁ、僕以外の人にはわりと親切な人だった様な気もしますが。それでも人並みの猜疑心は持ってたはずなんだけどなぁ……。

「それで、どういった症状で永遠亭に? 見た所怪我は無さそうですけど」

「診察じゃなくて人と会うのが目的なんですが……ついでだから、心の診察もしてもらいましょうかね。あはは」

「御嬢様、何か辛い事があるなら言ってくださいね。私がその原因を排除しますから」

「今の所は大丈夫です。そろそろ大丈夫じゃ無くなるかもしれないですけどねー。あはははは」

「何だか辛そうウサ……」

「大変ですね……私に出来る事なら何でもしますから、遠慮なく言ってくださいね!」

 とりあえず、姉弟子はその友好的な態度を何とかしてください。本気で心配されると何とも言えない気分になります。
 別段、虐げられて喜ぶタチでは無いんだけどね。皆いつもと違いすぎてて調子狂いまくりだよ。
 魅魔様ー、そろそろ心の中から出てきてくださいよー。普通の会話がしたいよー。

「それにしても、お姉さんみたいなメイドは初めて見るウサ。紅魔館の新しいメイドウサか?」

「いえ、フリーランスの……なんだろう、何でも屋みたいなもんです。どことも関係無い……という事になってます。多分」

 我ながら、実にフワフワとした解答である。ぶっちゃけ自分で自分が超怪しい。
 だと言うのに、誰一人ソレに突っ込まない不具合。
 愉快な事になってるてゐや、お金の力で捻じ伏せられてる霊夢ちゃんはともかく、姉弟子は疑っても良いと思うんだけどなぁ。
 幾ら僕に対する憎悪が消えているとしても、ここまで猜疑心が失われているのはおかしい。ような気がする。
 やっぱり姉弟子の性格も、若干変わってたりするのかなぁ。お人好し度が増してるとか?

「はい、到着しました。……ところで、会いたい人って誰なんですか?」

「…………今更聞くんだ」

「紫よ。居なければアンタの所の薬師で良いわ。居る?」

「どうでしょう……ちょっと確認してみますので、とりあえず居間に上がっててくださいね。てゐ」

「了解、案内するウサー」

 何だろう、僕がおかしいのかな。僕はもう少し人妖の善意を信じたほうが良いのかな。
 トントン拍子過ぎる流れに、感謝よりも先に得も言えないモヤモヤが湧いてくる恩知らずな僕。
 これならいっそ、言いたい放題文句言われたりお金請求された方が良いかも。
 以前の皆のイメージが強すぎて、こっちにとって得な行動でも損な行動でもダメージが大きいよ。はぁ……。
 
「我ながらいいかげんしつこいよねぇ。よし、次に何があっても平然と流そう。誰が変態になってても無視しよう。頑張ろう」

「ふぁ……あら、お客さん?」

「あ、姫様。お部屋から出てくるなんて珍しいですね」

「えーりんのヤツがさー。お茶くらい自分で入れろって五月蝿いのよ」

「へー、貴女が言われたくらいで動くなんて珍しいじゃない」

「ふふっ、二週間は耐えてみせたわよ」

「輝夜は極端ウサ。二週間飲まず食わずなんて、蓬莱人じゃ無ければ死んでたウサよ?」

「正直、えーりんが意見撤回するまでストってやろうかとも思ったんだけどね。蓬莱人でも水分無しでネトゲは辛かったわ」

「相変わらずね――って、御嬢様!? いきなりどうしたんですか、壁に頭を強打し続けるとか!?」

「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ」

 そうでも無ければ、えんじ色のダサいジャージを着たボサボサ頭の輝夜さんなんて摩訶不思議な光景を見るはずがない。
 しかも今ネトゲって言ったし、気のせいで無ければネトゲってはっきり言ったし。
 コレって完全に引きこもりだよね。しかも、外の世界における意味での。
 どうなってんの幻想郷。ネット繋がってんの幻想郷。まさかネットは定額無しとか言わないよね幻想郷。
 その後も僕は、皆の制止を振り切って心が落ち着くまで頭を殴打し続けたのでした。





 ――うん、無理。これを平然と流すのは絶対に無理です。




[27853] 異聞の章・伍「異人同世/アンチエイジ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/09/02 21:44


「いやー、お騒がせしました。晶君完全復活です」

「いやいやいや。出てるウサ出てるウサ、額から血がドクドク流れてるウサ」

「頭カチ割れた程度、怪我のウチに入りません」

「むしろ重傷の部類に入るダメージウサ。うどんげちゃん、超慌てて救急箱取りに行ったウサよ」

「ほっときゃ治るよって言うか多分もう治ってるから平気です」

「本当ね、もう額から出ていた血が止まってるわ」

「……メイドさんって、人間なんウサよね?」

「混じりっけ無しの人間ですとも。そういやか……さっきのお姫様は?」

「我関せずでお茶いれて部屋に戻ったウサ。あの様子だと、これから一ヶ月は篭ってネトゲし続けるウサね」

「そっか……良かったよーな悪かったよーな」

「もう一度会いたいって言うなら、呼んでくるウサよ?」

「勘弁して下さい。絶対嫌です」





幻想郷覚書 異聞の章・伍「異人同世/アンチエイジ」





「よしっと、これでもう大丈夫ですよ」

「御嬢様の頭に包帯巻いただけだけどね」

「……何で久遠さん、救急箱取りに行っている一瞬の間で傷が治ってるんですか?」

「体質みたいなもんです。でも手当ありがとう」

 しこたま頭を打って何とか冷静になれた僕は、包帯を巻いてくれた姉弟子に礼を言った。
 霊夢ちゃんの言うとおり、すでに完治している額に巻かれた包帯はまっさらな状態だけど……。
 まぁ、こちらとしては気遣って貰えるだけ充分ありがたいですよ。
 最近はもう、頭から血を吹き出したくらいじゃ興味も持って貰えないからなぁ。
 と言うか僕自身、だいぶ怪我に対する感覚が鈍くなっている気がする。そのうち死ぬかも。

「師匠はてゐが呼びに行きました。ついでだから、頭の方も見てもらいましょうね」

「いえ、狂ったワケでは無いんです。自覚が無いだけでもう狂ってるのかもしれませんが」

「あ、頭の怪我の話ですよ! 精神の波長は安定してますから、貴女が狂っている事はありません。私が保障します」

 あー、そっか。姉弟子ならはっきりとした形で僕が正常か否か把握できるんだっけ。
 と言う事は、何だか否定できなくなっていた『おかしくなっているのは僕』説は間違いだったのか。
 少しだけ安心したけど、ますますワケが分からなくなってしまった。
 ……狂っていた方がどれだけ楽だったか。この状況が現実だって事実が一番辛いよ。

「そうだ、あ……鈴仙さん。薬師様ってどんな方ですかね? 性格的な所は全然知らないんで、少しでいいから教えてください」

 あらかじめ聞いておかないと、本気で発狂しちゃいそうな気がするからね。
 例え焼け石に水だとしても、冷ましておくことは重要だと思うんですよ。無駄になると思うけど。
 
「素晴らしい方ですよ。賢くて、聡明で」

「弟子や患者で薬品の実験を行うマッドサイエンティストよね」

「…………く、薬が絡まなければ良い人ですよ!」

 んー、アウ……いやセーフ? リアクションには困りそうだけど、愕然とする程では無いかな。
 元々お師匠様はミステリアスと言うか、何考えてるか分からないと言うか、天才アヴァンギャルド怖いと言うか。
 ぶっちゃけ元からリアクションに困る人だったんで、ベクトルが変わっただけならそれほど困りは……しないと思いたいなぁ。
 もしも天子や輝夜さんを上回る強烈なキャラだったら逃げよう。全てを諦めて逃げ出そう。

「ただいまウサー。えーりんと、一緒に居たスキマを連れてきたウサ」

「れーむぅうぅぅぅぅううう!! 私に会いたいだなんて、それは愛の告白と受け取って良いのねぇぇええええ!!!」

「――『夢想封印』!」

「げぼぁ!?」

「まったく、何をやっているのよ紫……」

 あー、そっちかー。よりにもよってそっちの方だったかー。
 完全にただのボディブローである夢想封印を喰らってのた打ち回る彼女の姿に、逃亡の気力すら吹き飛んでしまった僕。
 紫ねーさま……ようやく会えたと思ったら、恐ろしく残念な事に。

〈対象が少年から霊夢に変わっただけで、残念っぷりは変わってないような気が〉

 幾らねーさまでも、無抵抗で腹パン喰らったりはしないよ! ……多分。
 と言うか魅魔様、都合の良い時だけ起きてこないでくださいよ。起きるならずっと起きてろ。

〈むにゃむにゃ、もう食べられないよー。ぐぅぐぅ〉

 よーし覚えてろよー。次魅魔様に身体貸した時、魅魔様が言う決め台詞を思いっきり遮ってやるかんなー。

「ぐふぅ……あ、愛が重いわ」

「アホな事言ってんじゃないわよ。でも丁度良かったわ。はい御嬢様、お約束のブツです」

 首根っこ掴んで差し出すの止めてくれませんか? 切なくなるんですけど。
 あと紫ねーさま。霊夢ちゃんが関わってくれるなら何でも幸せ、みたいな顔しないでください。泣きたくなります。

「ほら、恍惚としてるんじゃないわよ。キリキリ御嬢様の質問に答えなさい」

「もう霊夢ったら――って、貴女何者!? 私の霊夢に「御嬢様」だなんてそんなプレイ……」

「誰がアンタのよ」

「ぐぇ」

 どうしよう、本気で涙が出てきた。
 最近はちょっとアレな姉と言う評価が強くなってきたねーさまだけど、それでもここまで振りきれてはいなかったのになぁ。
 霊夢ちゃんの扱いが完全に変態と化した天子と同じだよ。完全にネタキャラ枠だよ。今までで一番の衝撃だよ。
 
「あら、貴女大丈夫? 頭に包帯を巻いているみたいだけど、ひょっとして傷が痛むのかしら?」

「あはは、痛むのはどちらかと言うと心の方ですねー」

「あ、そうでした。申し訳ありませんが師匠、久遠さんの頭を見てもらえませんかね」

「ついさっき、頭を壁に打ちつけて出血した所ウサ。あっさり治ったウサけど」

「治った? ……ふむ、ちょっと見ておいた方が良いかもしれないわね」

 こちらの涙の意味を勘違いしたお師匠様が、姉弟子やてゐの言葉に頷いてこちらへと近付いてきた。
 とりあえず、お師匠様はおかしな事にはなっていないみたいだね。
 僕の身体を診てマッドな興味を刺激される可能性はあるけど、その手の扱いはアリスで慣れてるから大丈夫。多分大丈夫。
 とか思っていたら、何かに気付いたお師匠様が僕の顔を物凄い形相で鷲掴みにした。
 え、何この鬼気迫る表情。頬に添えられている指が、恐ろしい勢いで顔にめり込んで行くんですが。
 何? どうしたの? ひょっとして思っていた以上に、お師匠様の中のマッドな心を刺激しちゃったんですか?
 
「――すべすべだわ」

「す、スベスベ?」

「まるで剥きたてのゆで卵みたいな……いえ、まさしく赤ん坊の様な……信じられない、これが若さなの?」

「すいませーん、誰か薬師様のお言葉を翻訳してくれませんかー?」

「ほら紫、ちょっと確かめてみなさいよ」

「どれどれ――って何コレ!? コレが玉の肌ってヤツなの!? うわっ、本当にすべすべつるつる……」

「わー、聞いちゃいねー。どーしよー」

「御嬢様に何してくれてんのよバカ共!!」

 霊夢ちゃんは本当に頼りになるなぁ。僕も一緒にふっ飛ばしてますけど、まぁそこは気にするまいて。
 二人の手が離れた瞬間、僕は全能力を使って動き霊夢ちゃんの影へと隠れた。
 あー怖かった。身体測定の結果を聞いた時の早苗ちゃんくらい怖かった。どうしたんですか二人共……。

「誤解しないで霊夢! これは浮気じゃ無いわ!! ただちょっと確かめただけなのよ!」

「そこはどうでも良いわ」

「ごめんなさい、少し取り乱してしまったわ。ところで貴女――――何歳?」

 少し前の謝罪は形だけのモノです、と言わんばかりに即座に話題を元に戻すお師匠様。
 完全に興味の方向がそちらに固定されてしまっているようだ。軽い診察って話はどこに行ったんだろう。
 そもそも、幻想郷で年齢がどうこうとか気にしても仕方ないと思うんだけどなぁ。
 千歳二千歳当たり前の世界で、僕なんて……アレ、そういえば僕って今は何歳だったっけ。
 うーん、幻想郷に定住してから時間の感覚がマヒしちゃってるなぁ。四季の移り変わりはちゃんと覚えてるんだけど。
 二年か一年か、それとももうちょっと居たか……あーダメだ、思い出せない。
 
「えっと、十代後半です。あ、分かってると思うけど純正の人間ですよ?」

「十代か……つまりこれが、若さの力って事なのね」

 どうだろう、どちらかと言うと『気』による影響の方が大きい気がします。
 良く分からない事に戦慄しているお師匠様に、言っても無駄だと思うので内心で突っ込んでおく。
 ……ついでに言うと、今のお師匠様にその事を告げたら美鈴が危ない気がする。何の根拠もないけど大変な事になる気がする。
 と言うか、だ。人の事を反則だなんだと言ってますが、若さで言えば不老不死な蓬莱人であるお師匠様が一番凄いのでは無いでしょうか。
 僕の数百倍長く生きててその肌のハリは、僕なんかよりよっぽど反則だと思うんですけどねー。何が不満なんだろ。

「でも永琳、‘例の薬’が完成さえすれば……」

「ふふ、そうね。アレさえあれば私達にもツルツルスベスベのお肌が!!」

「……誰でも良いから説明して欲しいんだけど、この人達は一体何を求めているのかな」

「若さと美貌ですよ。どっちもいい年だから、色々と焦りが来てるんですね」

「おぐっ」

「うがっ」

「霊夢の一言は、日本刀の様にバッサリ行くウサなぁ……」

「若さと美貌って……もうすでに持ってるモノを、この上まだ欲しがってるの?」

 まぁ、美の追求は女性の本能みたいなモンだと言いますけどね。
 妖怪の賢者と月の頭脳が揃ってソレを求めるって言うのは、恐ろしくシュールな気がする。
 ――ってあの、何でこっちをじっと見てるんですかね、お二人共?

「えっとあの、僕何かしましたか?」

「……それはひょっとして、嫌味で言ってるのかしら」

「はぇ?」

「若さと美貌をもう持ってるだなんて、私達をバカにしてるの!?」

「意味が分かりません。僕としてはむしろ、無いって言う方が嫌味だと思うんですが」

 素直に思った事を口にすると、二人は額を付きあわせてヒソヒソ話をし始めた。
 どうやら言葉の裏を探っているらしい。何故そんな疑心暗鬼になってるのか、理解に苦しみます。

「御嬢様はお優しいですねぇ。でもお世辞を言うより、素直に現実ってヤツを教えてあげた方が良いと思いますよ」
 
「霊夢ちゃんは、どうしてそんな薬師様や賢者様に厳しいのさ」

 何か怨みでもあるのかと勘ぐっちゃうレベルだよ、ソレ。
 しかしさっきから黙って見ている姉弟子は、どちらかと言うと霊夢ちゃん寄りの意見のようだ。
 あえてツッコミはしないけど、気持ちは分かると言った具合に苦笑している。
 えっと、つまりお師匠様や紫ねーさまは現在の幻想郷の感覚で言うとお年を召している部類に入ると?
 ――いや、さすがにそれは無いって。実年齢的にも外見年齢的にも、年増の基準がおかしな事になりますがな。

「と言うか御嬢様、コイツに用事があったんじゃないですか?」

「あら、私に?」

「あーうん、そうだね。とっとと目的を果たしちゃおうか」

 もう色々と考えるのが面倒くさくなってきた。とにかく事態を究明する事だけを考えよう。
 しかし、今の状況をどう伝えたモノか。正直に言っても信じてもらえない様な気がする。
 とは言え、適当に誤魔化しつつ大切な所だけ伝える上手い説明の仕方があるわけでも無いし……やっぱり素直に言うしか無いかぁ。
 しょうがない、異常者扱いは覚悟しよう。

「実はですね……朝、目を覚ましてから世界がおかしくなっちゃったんです」

「世界がおかしく?」

「皆が僕の事を忘れてる上に性格が変わってて、家の内装なんかの細かい所も違ってるんです。一部に至っては完全に別物なんですよ」

「それは大変ねぇ……で、何故ソレを私に言うのかしら」

「要するに、アンタが何かしたんじゃないかって言ってるのよ。ほら、キリキリ白状なさい」

「いやいやいや、単に紫ねー……賢者様なら原因的な何かを知らないかなーって思っただけです。そういう事は言ってません」

 いくら紫ねーさまでも、こんなワケの分からない事態を引き起こしたりはしないでしょう。
 まぁ他に何か狙いがあって、その為の手段としてなら――いや、無いか。……無いよね?

「何かって言われても、特に心当たりは………………あら?」

 何かに気付いたらしい紫ねーさまが、こちらの顔をまじまじと覗きこむ。
 彼女は片眉を吊り上げながら僕の全身をまじまじと調べ、納得した様子で静かに頷いた。
 どうしたんだろうか。そうやって意味深に頷かれると怖いんですが、僕の身体に何か問題が?

「なるほど理由が分かったわ。貴女――この世界の人間じゃないわね」

「……ほぇ?」

「自覚してないようだけど、ここは貴女の世界じゃないのよ。所謂パラレルワールドってヤツね」

 ぱられるわあるど? ここは僕の居た世界じゃない?
 つまり皆は僕の事を忘れたワケじゃなくて、元々知らなかったって事ですか?
 性格が変わっていたのも、部屋の中が変わっていたのも、皆別の世界の人物――要するに別人だったからで。
 あーうん。なるほどなるほど、今までの不可解な状況に一応の理由付けが出来ました。
 いやー良かった良かった。そう言う事だったかあはははははー。

「――――あふぅ」

「御嬢様? どうしました?」

「よ、良かったぁ……本当に良かったぁ…………」

「……?」

 衝撃よりも驚愕よりも先に安堵が来る当たり、相当色んな物が溜まっていたのだろう。
 一気に脱力した僕は、姿勢を崩して大きな溜息を吐き出した。
 あー、今までで一番怖かったかもしれない。ほんと、別の世界で良かったー。





 ――ちなみに、それはそれで洒落にならない状況だと僕が気が付いたのは、もうしばらく経ってからの事でした。




[27853] 異聞の章・陸「異人同世/世界変われば人変わる」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/09/09 22:27


「はー、御嬢様は平行世界の人間なんですか」

「違う世界かぁ……どんな感じなんでしょうねぇ」

「ここと大して変わらないよ。性格は大分違うけど、ソレ以外はそのまんまだからやり辛くてやり辛くて」

「という事は、そっちの世界にもてゐ達は居るウサね! どんな子ウサか?」

「………………テイチャンハトテモイイコデスヨ」

「そっちには何も無いウサよ?」

「別世界の自分かぁ……ちょっと気になりますね。えへへ、私はどんな感じなんですか?」

「…………姉弟子として、僕の面倒を見てくれてました」

「姉弟子ですかー。――あれ、だとすると久遠さんってそちらの世界では」

「永遠亭で薬師様の弟子もやってました」

「へー! ………弟子‘も’?」

「まぁ他にも色々と、紅魔館や白玉楼や地霊殿や妖怪の山や人里やらでお仕事や何やらを」

「物凄い掛け持ちっぷりウサ……」

「はー、久遠さんって凄いんですねー」

「いや別に、メイドの真似事とか教育係っぽい事とか天狗に混ざったりとか、そんな誰でも出来る簡単なお仕事ばっかで」

「それだけの相手に手を貸してる時点で十分凄いですよ、御嬢様」

「そうウサ、凄腕メイドウサ。カッコイイウサー」

「あっはっは――――いやほんと、勘弁して下さい。何でそんな手放しで称賛してくるんですか、イジメですか」

「……御嬢様は、何か褒められる事に苦い経験でもあるんですか?」





幻想郷覚書 異聞の章・陸「異人同世/世界変われば人変わる」





 ついに別の世界へとやってきてしまいました。どうも、久遠晶です。
 いやー。自分で言うのもなんだけど、ついにここまで来たかって感じだねぇ。
 分かってしまえば驚くまでもない事だ。異世界と言っても、基本的には冥界やら旧地獄やらと同じ様なモノだろう。あっはっは。
 ――ただし、それらと違って帰り方は分からないワケですけども。

「原因が分かったのは良いけど、尚更途方に暮れてしまう事になるとはなぁ……」

 違う世界からの帰還って、異世界ファンタジーモノじゃ話の主軸になるレベルの困難さじゃないですか。
 何? これから僕は、伝説の勇者的な存在になって見知らぬ世界の一大事を救わないといけないの?

〈落ち着けよ少年。幻想郷じゃ、世界間移動なんてそう珍しい力でもないぞ〉

 あ、魅魔様! 異世界だと聞いてあっさりと起きてきた魅魔様じゃ無いですか!!
 
〈うん、落ち着け少年? 今は私の事とかどうでも良いと思うんだ。それよりも、スキマ妖怪の力を借りる方法を考えようぜ!〉

 誤魔化されるつもりは無いけど、そこはあえてスルーしておきます。ただし後で覚えてろ。
 それで魅魔様、紫ねーさまで無い八雲紫さんの力なら、僕を元の世界に戻す事が出来るんですか?
 まぁ、別世界とは言えあの人だから、それくらいの事お茶の子さいさいって感じはしますが。……平行世界ですよ?
 似てるだけでぶっちゃけ完全に別物な世界を移動するのは、さすがの隙間妖怪でもキツいんじゃ無いでしょうか。

〈スキマなら楽勝で何とかしてくれるさ。ふっふっふ、魅魔様を信じろ!〉

 話五分の一で信じておきます。

「ねぇ紫、アンタの力で御嬢様を元の世界に戻す事って出来ないの?」

「ん――ちょっと難しいわ。さすがの私でも、来た世界が分からない相手を戻すのはねぇ」

「役立たずね」

「違うわよ! 帰せないじゃなくて難しいって言ったの!! 平行世界なんて、それこそ星の数ほど有るのよ!? だから見捨てないで!」

「安心しなさい、元々アテにして無いわ」

「れいむぅぅぅううううう!?」

 わー、霊夢ちゃんってばバッサリだー。こういう所は僕の世界の霊夢ちゃんとそう変わらないんだねぇ。
 心なしか拒否度合いが酷くなってる気もするけど、そこらへんはこっちの賢者さんの自業自得だろう。うん。
 ……ところで魅魔様、スキマ妖怪なら――なんでしたっけ?

〈ぐぅぐぅ〉

 ぼくおこったよ。



 ―――――――仕置「悪霊拷問台」



〈え、何コレ。何で心の中にこんな機械が? ちょ、少年待った。ゴメン、ちょっと調子に乗り過ぎ――うぎゃぁ!?〉

 ふぅ、怒りのあまり心の中に居る悪霊専用のスペルカードを開発してしまった。
 天子専用スペルカードよりも使い道無いけど、魅魔様を牽制するには丁度良いだろう。
 彼女の身体を拘束して心の中を突っ走り、魅魔様の作った壁の中に突入する拷問機械を見て爽やかな気分になる僕。
 悪霊拷問台さんは、お仕事中の光景を僕に見せない優しさを持ってるんだなぁ。実にきめ細やかな働きっぷりである。
 まぁ、声は聞こえるけどね。酷いモノでは無いので無視出来る範囲内です。
 ところでそろそろ僕の心の中が雑多になり過ぎて本人も扱いに困ってきたんですけど、どうすれば整理出来るんでしょうか。

「紫を庇うワケじゃ無いけど、ノーヒントで久遠さんの居た世界を見つけろと言うのはさすがに無茶が過ぎると思うわ」

「そうなんですか? スキマ妖怪なら出来そうな気がするんですけど……」

「確かに不可能では無いわ。だけどね、うどんげ――星の数って言うのは比喩じゃないのよ」

「え?」

「平行世界が『他と少し異なる世界』であると言うなら、今この瞬間にも世界は増え続けていると言う事よ」

 だよねぇ。賢者様や薬師様は「星」と例えたけど、表現としては不足どころのレベルじゃないだろう。無数と言っても過言ではあるまい。
 むしろ、不可能で無いと言う事実に驚きである。さすが腐ってもスキマ妖怪、地味だけど馬鹿げた凄まじさだ。
 
「ちなみに今の状況から僕の居た世界を探し出す場合、どれくらいの時間がかかりますかね」

「んー、そうねぇ。他にもやる事があるから、合間合間に探して……」

「全力でやりなさい。ソレ以外は認めないわよ」

「霊夢がそう言うのなら、あらゆる仕事を投げ捨ててやるわ! それだったらえーっと――そうね、一年くらいかしら」

「……はぁ、全力でやってその程度なのね」

「こ、これでもかなり早い方なのよ? 普通ならもっと遠大な時間がかかるんだから!!」

「人間にとっちゃ、一年でも充分に遠大な時間よ」

「れいむぅぅぅ……」

 霊夢ちゃんは本当に賢者様に厳しいなぁ。もうちょっと優しくしてあげても良いのに。

〈…………少年、ダブルスタンダードって知ってるかい?〉

 まぁ、釘は刺しておかないと調子に乗っちゃうもんね。必要経費ってヤツか。
 散々弄ばれてボロボロになった魅魔様から目を逸らして、僕は爽やかに霊夢ちゃんの行いを肯定した。
 実際問題、僕も一年は待てそうにない。この世界と僕の世界の時間差は分からないけど、同期していたら色々と問題が出てしまう。

「あのー、もうちょっとどうにかなりませんかね?」

「そうねぇ……何か貴女の世界の手掛かり的なモノを持っているなら、時間が短縮出来るかもしれないわ」

「手掛かり的なモノですか。うーん……何かあったかなぁ」

 ポケットを探り、手に触れたモノからとりあえず出してみる。
 これは三叉錠、これは財布、これは文姉に押し付けられた猫耳セット、これはお師匠様作の怪しい薬。
 ハンカチ、ヤスリ、手帳、筆記用具、魅魔様の入った陰陽玉、植物の種、ナイフ、カモフラージュ用の布、にとり印の謎パーツ。
 パチュリーから借りた本に手鏡、守矢のありがたい御札、良く分かる大将棋入門本、代金後払いなてゐちゃんのお手伝い券。
 ……我ながら、適当にモノを放り込み過ぎだろう。次から次へとモノが出てくる惨状にそう自虐して苦笑する僕。
 そっか、このポケットだと何を入れたのか外からじゃ把握できないんだ。
 頼り過ぎないよう自制していたつもりだったけど、いつの間にか無意識にモノをポケットへ放り込む癖が出来ていたらしい。
 やー、それにしてもどれくらい出てくるんだろうか。出した道具で山が出来てるぞコレ。

「も、もう出さなくて良いわよ。どうやら貴女の世界に繋がる手掛かりは無いみたいだから」

「あの、そのスカートにそれだけの容量が入るっておかしく無いですか?」

「僕の世界におけるゆか……スキマ……あぁもう面倒臭い、紫ねーさまが色々と細工してくれたんですよ」

「『紫ねーさま』――悪くない響きね。霊夢!」

「呼ばないわよ」

「ショボーン」

「それじゃ、とりあえず片付けますね。……アレ、手裏剣なんてどこで拾ったんだっけ」

「本人ですら中身の把握ができてないウサ。完全に持て余してるウサ」

 うーん、残念。実は異世界帰還の超重要アイテムをすでに持っていた展開を若干期待していたのだけど、そう上手くは行かないかぁ。
 となるとやっぱり、最低でも一年はこの世界に滞在しないといけないのかな。それはちょっと困るぞ。

〈……ちなみに少年よ。一番手っ取り早い戻り方は、少年の能力を使う事だと思うんだが〉

 ははは、世界で一番アテにならんモノを頼りにしてどうするんですか魅魔様。

〈少年はもうちょい、自分の能力がどれだけ馬鹿げたモノであるのか自覚した方が良いと思うぞ〉

 自覚はしてますとも、ただソレ以上に自分の事を信用してないだけです。
 断言しても良いよ。この状況下で僕の力を使って帰ろうとしたら、間違いなく何かしらのウッカリをやらかして大変な事になると!
 だから能力で僕の居た世界を探すのも断る。外なる神々の居る世界には絶対行きたくないからね!!

〈そこまで自分の失敗を信じられるって、ある意味凄いな……〉

 そもそも、一応方法が‘有る’現状じゃ僕の能力は活用しづらいんですよ。
 この状況で能力を利用する為には、幾つか屁理屈を重ねないと行けないけど……そうなると結果も必然的に捻くれたモノとなってしまう。
 当然、安定性もその分下がっているワケだ。上手い活用法があるならともかく、無策でソレを用いるのはただの自爆でしか無い。
 賢者様なら上手な活用方法を思いつくかもしれないけど、信頼性に関してはどうしようも無いしなぁ。
 ま、使うとしても最終最後の手段ですな。もちろん結局使わないって意味の。

「…………ねぇ、久遠さん。貴女がこの世界にやってきたのって今日の事なのよね」

「恐らく。いつなのかは朝方の記憶があやふやなので断定出来ませんが」

「だとしたら、貴女が世界移動した痕跡はまだ残っているのでは無いかしら。それだけの事象なら、痕跡もそうそう消えないはずよ」

「永琳それよ! さすが月の頭脳だわ!!」

「むしろ今まで気付かなかった貴女がどうなのよ。この役立たず」

 いや、ソレは厳しすぎだと思うよ霊夢ちゃん。僕等だって全く気が付かなかったじゃないですか。
 しかしさすがはお師匠様――じゃない薬師様だ。おかげで手詰まりかと思った帰還の道に光明が差しました。
 
「それじゃ久遠さん、貴女が最初に居た場所を教えて貰えるかしら」

「えっと、寝ぼけてる間に長距離移動して無ければ……幽香さんの家ですね」

「幽香って――風見幽香の事!?」

「御嬢様、良く無事でしたね」

 まぁ確かに。事実を知った上であの時の行動を思い返すと、ある意味チキンレースだったなと思わなくもない。
 幽香さんが僕の知ってる幽香さんだったなら、今頃は初対面の礼儀ってヤツをきっちり身体に叩きこまれていた事だろう。
 そう考えると、こっちの世界の幽香さんはかなり温厚で気弱な人だったんだなぁ。
 知らなかったとはいえ、そんな人に朝食を作るよう指示までしてしまったなんて……後で謝っとこう。
 あれ? でも何で皆が僕の世界の幽香さんの事を知ってるんだろうか。

「しかし困ったわね。あのドSの家が目的地だなんて……どうしたものかしら」

「普通にお願いすれば良いと思うけど? こっちの世界の幽香さんは優しいから、二つ返事でオーケーくれるって」

「優しいって、あのアルティメットサディスティッククリーチャーが?」
 
 あ、その呼称はこっちの世界でも使われてるんだ。ほんと、変な所だけ僕の世界と共通してるんだなぁ。
 しかし、こっちの幽香さんもアルティメットサディスティッククリーチャーだったとは……えっと、どこらへんが?
 確かに目付きは悪かったけど、アルティメットどころかサディスティックですら無さそうでしたよあの人?
 ぶっちゃけ、サドかマゾかで言うとマゾっぽい……えふんえふん。ナンデモナイデスヨ。

「あんな世界全てに喧嘩売ってるような女が優しいだなんて、御嬢様の心は晴れ渡る大空のように広いですね」

「そう言う霊夢ちゃんは、世界全てに怨みでもあるのかってくらい辛辣にモノを言うね。僕は単に純然たる事実を語ってるだけですよ?」

「いや、あのフラワーマスターが優しいって仏様でもなきゃ言えないウサよ」

「久遠さんの世界の風見幽香と、恐怖のあまり混同してるんじゃ……」

「それは無い。こう言っちゃなんだけど、怖さという点においてこの世界の幽香さんは僕の世界の幽香さんの足元にも及ばないし」
 
 フレンドリーさでは僕の世界の幽香さんの方が格段に上だけど、あの人はその状態で相手の首をネジ切れるからなぁ。
 凄まない怖さ。それを知っている身としては、凄む幽香さんは恐怖八割減って感じだ。
 そうでなくてもこう、そこはかとないヘタレ臭があの幽香さんから漂っている気がするというか何というか。
 もっともあくまでソレは態度の話であって、実際に戦ったらこっちがボッコボコにされると思うけど。
 ――まともに戦わない事にかけては、僕だって一日の長があるんだからね!
 ま、戦いそのものは避けられない事が多いんだけど。いつもの事です、いつもの事。

「御嬢様の世界の風見幽香って、どんなバケモノなんですか。悪の大魔王?」

「どちらかと言うと、世界の存亡をガン無視して隠しダンジョンに篭ってる隠しボスかなぁ。当然大魔王より強い」

「……久遠さんの居る世界、本当に私達の世界と良く似た世界なんですよね?」

「多分ね」

 僕の幽香さん評を聞いた皆が、戦々恐々とした表情で僕の世界に対する想像を深めている。
 あの様子だと多分、彼女達の中でのこちらの世界は修羅の国か何かになってるんだろうなぁ……どうしよう、否定出来ないや。

「とにかく、知らなかったとは言えこっちの幽香さんには迷惑かけちゃったみたいだしね。お詫びの挨拶もかねて会いに行く事にするよ」

「御嬢様……分かりました、そう言う事ならこの私もお付き合いします! 良いわね、アンタも行くのよ紫」
 
「えっ、私も!?」

「当然でしょうが。アンタが居なけりゃ、御嬢様がどこの世界から来たのか分からないじゃない」

「え、えっと……わ、私ほどの実力者が居たら風見幽香も落ち着かないと思うし、ここは二人で行った方が良いと思うのよ、うん」

「―――必死ね、紫」

「永琳五月蝿い!」

 まるで切腹する覚悟を決めたみたいな霊夢ちゃんに話を振られ、視線を泳がせながら行かない言い訳を重ねる賢者様。
 平行世界のねーさまだと分かっていても、そのチキンっぷりに情けなくなってくる。
 どうもこの世界の方達は、僕の世界の皆より闘争心やら意地の悪さやらが削がれてしまっているらしい。
 なおも言い訳を重ねる賢者様の姿を眺めながら、僕は元の世界に思いをはせるのだった。





 ――うーん。ひょっとして僕の居た世界って、かなり荒んでるんじゃ無いだろうか。




[27853] 異聞の章・漆「異人同世/ミス・ノーバディ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/09/16 22:02


「はぁ……」

「どうしたんですか晶君、物憂げに溜息なんて吐いて」

「なんて言うのかな。物事を数値にする残酷さを噛み締めていたと言うか、はっきり示されると凹むなぁと言うか」

「数値? あ、身体測定の結果ですか」

「うん。分かっていた事とは言え、現実は実に非常で冷徹でしたともよ」

「晶君――分かります、その気持ちとっても良く分かりますよ!」

「え、分かってくれるの? 男子の誰とも共有できなかったこの気持ちを」

「はい、分かります! だって私も同じ苦しみを抱えているんですから!!」

「そうだったんだ! いやー、それは良かった!! 何一つ良い事は無いけれど、仲間が出来た事だけは純粋に嬉しいよ!」

「私もです! まさか、晶君と体重に関する苦しみを共有出来るとは思いませんでした!!」

「あはは、まぁ僕の場合は身長もなんだけどね。参ったもんだよ、縦も横も増えてくれなくてさー」

「えっ」

「えっ」

「……体重が減らない、じゃないんですか?」

「確かに減ってはないかな、増えてもいないけど。僕としてはもうちょっと全体的にビルドアップしてくれた方が……」

「すいません、ちょっとその用紙を貸してください」

「ほぇ、良いけど?」

「――――!!!」

「さ、早苗ちゃん?」

「……晶君、放課後にハンバーガーでも食べに行きましょう」

「え? いや早苗ちゃん、今月の僕は金欠だって言わなかったっけ?」

「大丈夫です、私が御馳走しますから。あ、その前にお金を下ろしてきていいですかね。ざっと二万円ほど」

「どれだけ食べる気なの!?」

「安心してください。食べるのは晶君だけです」

「どういう事なの!?」





幻想郷覚書 異聞の章・漆「異人同世/ミス・ノーバディ」





 結局、賢者様は話が落ち着いてから呼び出すと言う事になりました。
 霊夢ちゃんは不満みたいだけど、話がややこしくなりそうな気がするので僕も遠慮してもらう方に一票投じましたとも。
 あの幽香さんは、ビビる人が居ると無意味に気を張りそうだしね。霊夢ちゃんくらい落ち着いてないと面倒な事になるだろうさ。

「ったく、あのチキンめ。後で唐揚げにでもしてやろうかしら」

「まぁまぁ、協力してくれるだけ良いと思おうよ。基本的に賢者様は無関係なんだし」

「本当、御嬢様は寛大な人ですねぇ。聖人かなにかですか?」

「そうでもないよ。……むしろ自分がとんでもなく酷いヤツだと、ここに来てから痛感しているくらいさ」

 僕の世界では人外魔境だった永遠亭が、驚くほど真っ白だったからなぁ。
 同姓同名なだけで実際は別人みたいなモノだったとしても、色々と思う所が無いワケでは無い。
 具体的には、もうちょっと人を信じてもうちょっと人に優しくしようと思いました。……出来ればだけど。
 まぁ、それはともかくとして。僕と霊夢ちゃんは太陽の花畑を目指しゆっくりと飛んでいた。
 急ぐ要件が無いための低速飛行だ。とは先行する霊夢ちゃんの言だけど、実際は彼女もちょっと幽香さんが怖いんだろう。
 協力して貰ってる身で急かすのもどうかと思ったので、ペースに従いながら僕は元の世界との違い探しをする事に。
 もっとも風景に関しては僕の居た世界とほとんど変わらないから、実質アラ探しみたいなモノなんだけどね。
 実際、今のところ相違点は一切見つかっておりません。いつも通り過ぎて逆に違和感があるくらい。

「――あら、あっちから来るのは」

「魔理沙ちゃん?」

 箒に跨った黒白の影が、物凄い速さでこちらへと近づいてくる。
 見た目は――僕の知ってる魔理沙ちゃんとほぼ同じか。まぁそもそも、外見からして違う相手に会った事は無いのだけども。
 彼女はこちらの直前で急停止すると、風で乱れた帽子をかぶり直してニヒルに微笑んでみせた。
 ……アレ? 魔理沙ちゃんって、こんなイケメンっぽい笑い方する子だったっけ。

「よぉ、やっぱり霊夢だったか。こんな所で何してるんだ?」

「御嬢様を太陽の畑までエスコートしてるのよ。そういうアンタは何してんの?」
 
「散歩だぜ。今日は特に用事も無かったから、刺激を求めて幻想郷を遊覧中なんだ」

「暇人ね」

「ああ。だからお前さんの言う御嬢様のエスコート、手伝ってやっても良いぞ」

 面白全部と言わんばかりの表情で、魔理沙ちゃんは懐から取り出した八卦炉を軽快に回してみせる。
 その様はまるで、ガンマンが己の愛銃を自慢するかのようだ。
 おかしいのはそれが決まって見える所か。えっと、この世界の魔理沙ちゃんってどういうキャラなのかな?

「えー、アンタも同行すんの」

「なんだ、随分と不満そうだな。――嫉妬か?」

「妬くワケ無いでしょ、アリスやパチュリーじゃあるまいし。私が心配してるのは御嬢様の身の安全よ」

「いや、ボケたんだから突っ込めよ。本気で言ってるワケじゃ無いんだぞ?」

「……自覚が無いって罪よねぇ」

「何の話だ」

 ああ、そうか。言い方は悪いけど男の子っぽいんだ。
 僕の世界の魔理沙ちゃんは、振る舞いは男っぽけど根本的な所は結構女性的……と言うか乙女だったからなぁ。
 微妙な変化だけど、根っこの部分が変わってる感じなのでちょっと落ち着かない。
 と言うか今の会話は何さ。まるで魔理沙ちゃんが悪質なジゴロであるかの様に扱われているけど、そんなはずは――ってそういえば。
 アリスも、そして話によるとパチュリーも、こっちの世界では魔理沙ちゃんに懸想していたんだっけ。
 深く考えないようにしていたけど、つまり二人が恋をしているのはこの魔理沙ちゃんだと言う事か。
 なるほど、何となくその理由を理解した気がする。
 
「それで、どうなんだ? そこの――えーっと」

「あ、久遠晶です。よろしくどーぞ」

「そうか、よろしくな晶! それでどうだ、私も連れて行かないか?」

 そう言って、無遠慮に顔を近づけてくる魔理沙ちゃん。しかもこっちの目を迷いなく真っ直ぐ見つめてくる。
 僕が言うのもなんだけど、こっちの魔理沙ちゃんはかなりパーソナルスペースが狭いみたいだ。
 本人にそのつもりは無いけど、無意識の振る舞いで相手を魅了するタイプだろう。
 所謂、鈍感系主人公キャラってヤツだね。わー、僕の世界のパルスィがブチ切れそう。魔理沙ちゃん女の子だけど。

「御嬢様も理解したみたいですけど、コイツはこーいうヤツなんですよ。迷惑でしたら追い払いますけど?」

「そこまでしなくても良いよ。別にまぁ、来たいって言うなら来れば良いんじゃないかな」

 ぶっちゃけ、男の僕が彼女にドキドキする要素は無いです。男っぽいからむしろ普段の魔理沙ちゃんより接しやすい。
 なので、彼女が会う女性会う女性と片っ端からフラグ立てするギャルゲ的主人公キャラであっても特に拒否はしません。
 ……個人的にこの手の人間が、あの幽香さんに対してどんな反応を示すかもちょっと見てみたいしね。
 やっぱこう、相手構わずフラグ立てとかするのかな。この女たらしが! って言いたくなるくらい見事に。
 居るのかなー。そんなネタみたいな人、居るのかなー。

〈この女たらしが!!〉

 いきなりなんですか魅魔様。

〈少年は、今すぐ鏡を見るべきだと思ってさ〉

 魅魔様が何が言いたいのか、僕にはさっぱり分かりません。

「ありがとよ。へへっ、お前は話が分かる奴だな。そう言うヤツは好きだぜ」 

 そう言ってこちらの真横に並び、気安く僕の肩を抱く魔理沙ちゃん。
 コミュニケーション方法もかなり慣れ慣れしいなぁ。こういうイケイケな態度が女の子にはウケるんだろうか。ただしイケメンに限って。
 ……いや、魔理沙ちゃんは女の子でイケメンって感じじゃないけどね? なんかこう、雰囲気的なモノがさ。
 
〈少年、人のふり見て我がふり直せって言葉知ってる?〉

 本当に意味が分かりません。と言うか魅魔様、この世界の魔理沙ちゃん居るけど出てきて平気なので?
 
〈これくらいなら平気だよ。どうやら、魔理沙はそこまで酷く変わっちゃいないみたいだ〉

 この魔理沙ちゃんも相当アレだと思うけど? お互い、大分感覚がマヒしてるみたいですね。

「良し、それじゃ早速行こうか! ほらほら、とっとと行こうぜ!!」

「うわっと! ちょ、ちょっと待ってよ。肩組んでる状態で引っ張るのは止めて!」

 氷翼飛行中は体重ほぼゼロだから、空中で止まってる状態だとわりと簡単にバランスが崩れるんだよね。
 と言うか魔理沙ちゃん、焦りすぎです。何でそんなに必死なんですか。

「ほらほら、とっとと行こうぜ。そうでないと――」

「待ってくださいよ、魔理沙さん!」

「うげぇ! 来やがった!!」

「…………おおぅ」

 突風が吹き荒れると共に、僕達の目の前に見慣れた黒と白のツートンカラーの天狗が現れていた。
 言うまでもなくソレは文姉……ではなく、この世界の射命丸文さんである。
 彼女はカメラで僕と魔理沙ちゃんの姿を撮ると、とてつもなくイヤラシイ笑みで僕達二人を交互に眺めて言った。
 
「あやややや、これはこれは。魔理沙さんの取材をしようと思って追いかけてみたら、思わぬスクープに遭遇してしまいましたねぇ」

「あら、文じゃない。魔理沙追いかけるなんて相当ネタが無いのね」

「そうなんですよ、異変が一段落してから暇で暇で。もう魔理沙さん周囲の恋愛事情を漁るくらいしかネタが無くて」

「私の恋愛事情ってなんだよ……」

「しかしまさかまさか、このような事態になっているとは。マンネリ気味だった魔理沙ハーレムに新風が! これはスクープですよね!!」

「おい、本当に何を言ってるんだ?」

「どうやら、僕と魔理沙ちゃんはカッポォなんじゃ無いのかと思われているみたいですね」

「はぁあっ!?」

 わー、文姉だー。僕の良く知るスクープに目が眩んだ時の射命丸文さんだー。
 ある意味ブレない彼女の姿に無駄に温まる心。こんな光景にホッとするくらい荒んでいたのか、僕の心は。
 しかし面倒な事になった。ここで僕が文姉のスクープになってしまうのは大変マズい。
 正直、この世界における文々。新聞の信頼度は射命丸さんを見る魔理沙ちゃんや霊夢ちゃんの姿でだいたい察しが付くのですが。
 アリスとかパチュリーとか、魔理沙に対する愛情がおかしな方向へ行ってる方々には効果が覿面である気がする。
 断言しても良いけど、ここでの新聞の書かれ方次第で僕は元の世界に戻る前に殺される。惨たらしく殺される。

「あやや、魔理沙ちゃんですと! これは相当親しい間柄と見て間違いありませんね!!」

「いやいや、コイツとはついさっき会ったばっかだぜ!?」

「つまり貴方に一目惚れって事ですね! あやや、筆が止まりませんよ!!」

 しまった。こちらの迂闊な発言で、事態がより面倒な事になってしまっているぞ。
 変に相違点が無いから、うっかり彼女をいつも通りちゃん付けしてしまったのが運の尽き。
 射命丸さんは文字通り水を得た魚の様に活き活きとした表情で、僕と魔理沙ちゃんの周りをクルクルと回り始めた。

「ねぇねぇ、教えて下さいよ! どんな関係なんですか? どんな関係なんですか?」

 はぁ……参った、本当にどうしようか。
 そろそろ霊夢ちゃんがキレて暴力に訴えそうだけど、そうなったら彼女は間違いなくこの記事を掲載するだろう。
 それもド派手な煽り文句を付け加えて。彼女がスクープモードの文姉と同じならやる、絶対にやる。
 圧迫されたらその分反抗する。射命丸文は本当、お手本の様なジャーナリズムの体現者だよなぁ。若干偏ってるフシはあるけど。
 しかしそうなると、何か別の方法で射命丸さんの注意を逸らさないと行けない……んだけど……ふむ。
 仕方ない、ここは素直に自分の境遇を白状するとしよう。

「すいません。つい自分の世界のノリで呼んじゃっただけで、こっちの魔理沙ちゃんとはさほど親しいワケでも無いです」

「……自分の世界?」

「実は僕、平行世界からやってきました。どうも別世界の住人です」

「へ? へいこうせかい?」

 首を傾げていた射命丸さんの表情が、こちらの言葉の意味を理解して一気に驚愕へと染まった。
 うわぁ、僕が外来人だと知った時の文姉と同じ顔してるぅ……。
 そうなるよう仕向けたのは僕だけど、これはこれで面倒な事になってしまいそうな気が。
 
「平行世界、つまりぱられるわぁるどってヤツですか!? 本当に!?」

「本当よ。それで今から、御嬢様を元の世界に戻すため色々と調査する予定なのよ」

「いつのまにそんな面白い事態が!? くそぅ、魔理沙さんの尻を追っかけてる場合じゃありませんでした!!」

「ったく、勝手に追っかけてきて酷い言い様だぜ」

「そう言う事でしたら是非とも取材させてください! むしろ取材します!! 取材させろ!!!」

 凄い食いつきようだ。うん、これはちょっと早まったかもしれない。
 僕と魔理沙ちゃんの間を左右していた彼女の視線は、ここに来て完全に僕へと固定されてしまった。
 この様子だと、霊夢ちゃんにシバかれても引かないだろうなぁ。
 ……まぁ良いか。カップル記事載せられるよりは、現状を囃し立てられた方がずっと楽だ。
 上手くすれば、元の世界に戻る為の協力者が名乗り出てくるかもしれないしね。――面白半分である事は確定だろうけど。

「それじゃ、文……さんもついてきますか?」

「是非とも!」

「ちなみに行くのはフラワーマスターの家よ。しかも中に入って家主と談笑する予定だわ」

「――ああっと! そういえば私、天狗の集まりがあったんでした!! それではコレにて失礼します!」

 それまでの話を全て忘れたかのような笑顔を浮かべてお茶目にウィンクした射命丸さんは、行きの倍の速さで逃げていった。
 どうやら彼女にとっても、風見幽香は避けるべき存在であるらしい。
 僕の居た世界とはそもそも立ち位置が違うからなのかもしれないけれど、ここまで引き際が良いとは思わなかったよ。
 アレだね、なんか僕の世界のてゐみたいな匂いがする。美味しい所だけ安全に摘もうと言う、根っからの野次馬根性がヒシヒシと。

「さすがのアイツも、フラワーマスターに取材する根性は無かったか」

「ま、当然の反応でしょうね。――それで、そういうアンタはどうするのよ?」

「もちろん付いていくぜ。そんな面白そうな話聞かされて、この私が引くと思ったか?」

 一方、ニヤリと笑ってそう答えた魔理沙ちゃんからは少しの恐怖も感じられなかった。
 実に男前である。何というか、トラブル大好き冒険野郎って感じだ。
 ……コレ、男の僕より男気があるんじゃないだろうか。
 ふと頭を過った想像はとにかく無視。それはアレだもんね、魔理沙ちゃんに失礼だもんね。あははは。
 ――魅魔様は黙っててください。

〈分かってんなら諦めろよ少年〉

 うるさいよ! 言われなくても分かってるよ!!
 こうして、比較的マシなはずなのに何故か焦りを覚える魔理沙ちゃんが僕らの仲間に加わったのでした。





 ――やっぱりメイド服は止めた方が良いのかなぁ。いや、今更止めようが無いのは分かってるんですけどね?










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「平行世界なんぞで山田さんを語れるものか! いつも通りの私です」

死神A「それでも一瞬期待した自分が悲しいです」

山田「ちなみに今回の話、本来なら射命丸で無く四季映姫が出る予定でした。まぁ私でも天晶花映姫でもない四季映姫なんですけどね」

死神A「……なんで差し替わったんですか?」

山田「尺の都合だ、言わせんな恥ずかしい」

死神A「パラレル四季映姫様の登場優先度、意外と低かったんですね」

山田「死神A減給」

死神A「完全に八つ当たりですよねソレ!?」

山田「いえ、久しぶりの山田さんだからお約束は済ませておこうかなーと」

死神A「どっちが本当でも酷い!?」


 Q:パラレルゆかりんはお賽銭いれてないの? 諭吉さん1枚投入したら暫くは霊夢を思い道理にできそうなのに。


山田「お金に魂を売った霊夢でも、イヤなモノはイヤなんですよ」

死神A「スキマ妖怪の好感度、滅茶苦茶低いんですね」

山田「パラレル世界はぶっちゃけギャグ世界なので、好感度の上がるシリアスな展開がほとんど無いんです」

山田「パラレル霊夢にとってパラレル紫は、基本的にただのド変態でしかありません」

死神A「……実際、どれくらい低いんですか? 八雲紫の好感度」

山田「一応、台所のゴキブリよりはマシですよ」

死神A「うわぁ……」


 Q:今更だけど、「天晶花」ってどういう意味? 読み返しててふと思った。


山田「ぶっちゃけ深い意味は無いです。一期に出てきた天晶の花とかタイトル決めた後に見つけた超後付設定ですし」

死神A「色々と含めてバッサリ切り捨てた!?」

山田「東方らしく漢字三文字のタイトルを→思いつかないのでメイン格三人から一文字ずつ取ろう↓」

山田「→天狗の『天』、晶君はそのまま『晶』、幽香だから『花』→良し、じゃあ語呂が良さげに聞こえる天晶花で!! と言う経緯です」

死神A「適当の極みですね。と言うか、何で晶君だけそのまま?」

山田「天人花だと意味合いが変わってしまうでしょう?」

死神A「……変わりますかね?」

山田「当時の作者はそう思ったみたいですよ」


 Q:晶くんの幻想郷縁起は書かないの? 現在、未来含め個人的にはぜひ書いてほしい。


山田「こっそり準備はしてます。ただ、本編中で出版される事は多分無いかと」

死神A「出すのは、やっぱり本編終了後になると」

山田「作者の中で晶君の本は『冒険の集大成』という扱いですからね。だからこそ全てが終わった後である未来語りでは出せたワケです」

死神A「なるほど。ちなみに二期経由で出る予定の覚書と未来語りで出た覚書は同じモノになるんですか?」

山田「なりません。アレとコレは微妙に違う時間軸の話です」

山田「それにそもそも覚書って晶君の脳内を書きためた様なモノですからね。――出すとエラい事になりますよ」

死神A「……ど、どういう意味で?」

山田「下手すると、異変的な意味でですね」

死神A「どれだけ厄介な書物なんですか!? つーか、何書いたんですか彼は!?」

山田「分かりやすく言うと、冷戦時代のCIAとKGBを渡り歩いた凄腕スパイの日記が公表される様なもんです」

山田「しかも私情たっぷり込めて、どうでも良い事やらどうでも良くない事やらを自分なりに分析してくれているワケです」

死神A「……当事者であっても、そうでなくてもヤバそうな代物ですね」

山田「でしょう?」


 Q:神綺さんとの契約の名残は使えないの?


山田「神綺とのリンクが切れてる時点でお察しくださいって感じですね。辿れるなら、神綺は平行世界でも晶君と繋がってます」

死神A「もうちょっと分かりやすくお願いします」

山田「糸の切れたタコがどこから来たのか、落ちてる状態じゃ分かるはずないでしょう?」

死神A「ああ、なるほど。……ちなみに質問では、四季映姫様の力で白黒ハッキリ出来るんじゃとも言ってましたが」

山田「出来るんじゃないですかね」

死神A「アレ、意外とあっさり」

山田「八雲紫だって出来ないワケじゃ無いですからね。他にも、今回の事態を何とか出来る妖怪はたくさん居ます。と言うか――」

死神A「と言うか?」

山田「ぶっちゃけると多分、八意永琳にも何とか出来たと思います。一人では難しいでしょうが」

死神A「はぁ、そうなんですか」

山田「ま、別に八雲紫がヘマったワケでも無いですしね。誰に頼るかなんて些細な問題ですよ、些細な問題」

死神A「……些細なのかなぁ?」

山田「では、そろそろオチの時間です」

死神A「オチ?」


 Q:天晶花乳くらべで山田さん認定巨乳ラインが気になりました。出来れば晶君も。


死神A「……うわぁ、オチだぁ。いつも通りのオチだぁ」

山田「とりあえず乳くらべ表ですが、封獣くらいしか増えてないので更新はまだしません。聖連の章拾伍の山田さんを参照にしてください」

死神A「今回はあくまで、晶君と山田さんの巨乳認定ラインを定めるだけだと言う事ですか」

山田「はい、更新はもうちょっと増えてからです。作者は忘れているのでその時にでも指摘してください」

死神A「わぁ、人任せにもほどがある」

山田「というワケで、まずは晶君の巨乳認定ラインですね。とりあえず、だいたい紫の居る所以上が『巨乳』扱いになります」

山田「晶君がつい胸に目を向けたり、色々気にしてドキドキしたりするラインですね」

死神A「妥当な範囲……なんですかね?」

山田「若干厳しいかもしれません。ただし上白沢慧音以上でも『胸はある』扱いになります。こっちは普段なら特には気にしません」

山田「ただし際どい格好だったり過剰な触れ合いだったりがあると、意識してしまう事もあるかもしれません」

死神A「アリスとかパルスィとか平然と抱きついてますけど?」

山田「そこまで思春期じゃないですからね。多少は乳やら尻やらを触れないようにはしてますが、言ってしまえばその程度です」

死神A「もうちょっと気にした方が良いと思いますがねぇ……」

山田「ちなみに、咲夜以下の方々はほぼアウトオブ眼中。よっぽど女を捨てた真似しないと意識してくれません」

死神A「女を捨てた真似って言うのは?」

山田「全裸で迫るとか」

死神A「……酷い捨てっぷりですね」

山田「まぁ、抱きついたくらいじゃ無理です。フランちゃんと晶君のやり取りを見ていれば良く分かると思いますが」

死神A「なるほどなぁ……。ちなみに、山田様の基準は?」

山田「私より乳のデカイ奴は皆巨乳で良いと思う」

死神A「ほぼ皆殺しじゃ無いですか!?」

山田「――イイ覚悟だ。シをくれてやろう」

死神A「あ、しまっ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 異聞の章・捌「異人同世/世界の隙間」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/09/24 09:41


「ところでさ、お前の世界にも私って居るんだろ? どんなヤツなんだ?」

「……魔理沙ちゃんは、僕の知ってる魔理沙ちゃんよりちょっとワイルドかな」

「ワイルドねぇ、そいつはまた判断に困る評価だな」

「まぁ、悪い意味では無いよ。うん、悪くない悪くない」

「そっか?」

「と言うか御嬢様って、平行世界の話を振られると毎回首をシメられた様な顔をしますよね」

「あはは、気のせい気のせい」

「……あー、元気だせよ。幻想郷なら元の世界に戻る事くらい簡単だからさ」

「いや、別にホームシックとかそういうのでは無いです。じゃあどういう事かと聞かれると困りますが」

「ふーん……ちなみに、魔理沙の周囲はどうなってるの? やっぱこっちと同じ感じ?」

「それが全然違うんだよ。正直、何も知らない時にアリスと会って発狂しそうになったくらいだし」

「あの魔理沙狂いがねぇ……」

「僕の世界では、頼りになるツッコミ役でした」

「完全に別人ですね」

「完全に別人なんだよ」

「そんなに違うもんなのか?」

「……他人事ながら、この世界での魔理沙ちゃんの苦労が忍ばれるくらいだよ」

「はぁ? 苦労?」

「――ひょっとしてアレかな、魔理沙ちゃんのコレって自己防衛の一種だったりするのかな」

「天然でしょう。生きるのに最適な形を自然と選択しているのよ」

「私はどういう生き物なんだぜ……」





幻想郷覚書 異聞の章・捌「異人同世/世界の隙間」





「と言うワケで、到着しました太陽の畑!」

 外見その物は僕の知るソレと変わらない幽香さんの家の前で、意味もなく叫んでみる僕。
 もちろん深い意味は何も無い。単なるノリで言っただけである。

「いよいよね……魔理沙、覚悟は良い?」

「もちろんだぜ。どういう意味での話し合いでも対応してやるさ」

 そしてヤる気満々な巫女と魔法使い。話し合いって言ったのに話し合う気ゼロである。
 まぁ、この世界における幽香さんの評価を聞くと仕方ないって気にもなるけど。
 最初から喧嘩腰でいられると、話がし辛いので困るんですが。

「とりあえず、二人は後ろに下がっててね。まずは僕が話をつけるからさ」

「平和的な方か。構わないけど、そっちに任せて大丈夫か?」

「自分の事だしね。ギリギリまで粘るつもりだから、僕が良いって言うまで二人は事態を静観しておいてください」

「御嬢様がそう言うなら待ちますけど、ヤバいと思ったらすぐ動きますからね」

 それが一番怖いんですよ。僕は穏便に事態を解決したいんですって。
 前提条件の違いをつくづく噛み締めながら、僕は幽香さんの家の扉を叩いた。

「は、はぁーい!」

 そして聞こえてくる幽香さんのやたら上擦った返事と、必死とも言えるくらい慌ただしい足音。
 ……ああ、何となく中で何が起きてるのか想像出来るなぁ。
 多分、早足で移動しながら必死に身だしなみでも整えているのだろう。
 実に分り易い人だ。これがどーしてドS扱いされるのか、とても理解に苦しみます。

「ふっ、ふふふ……誰だか知らないけどいい度胸ね。この私の家にやってくるなんて――」

「やっは! どうもです幽香さん!!」

「!?!?!?」

 あ、扉閉められた。そんなにビックリしたのかな。
 ヤンキーみたいな顔でこちらを睨みつけてきた幽香さんは、僕に気付くと顔を真赤にして引っ込んでしまった。
 奥に逃げた……ワケじゃ無いみたいだ。ドアノブが動かないって事は多分まだ玄関に居るのだろう。

「うーむ、これは予想外。まさかお籠りされるとは思わなんだ」

「御嬢様の顔を見て露骨に顔色変えましたね……何かしたんですか?」

「特に何もしてないんだけど……おーい、幽香さーん。どうかしたんですかー?」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ちなさい!! 良いわね、絶対に待ちなさいよ!!」

 鍵をかける音と共に、扉の向こう側からドタバタと忙しなく動く音が聞こえてくる。
 あ、そういう事ね。別に歓迎の準備なんてしなくても良いんだけど……。
 ってあっれぇ? ちょいと霊夢さん魔理沙さん、何でそんな緊張した様子で武器構えてるんですか?
 まだ相手、何もしておりませんよ? これからですよ? ね、落ち着こう?

「やる気満々だったな。これは、派手な話し合いになりそうだぜ」

「御嬢様、次に奴が出てきたら下がってくださいね」

「いやいやいや、早い早い。暴力的な方の話し合いはもう少し我慢してください」

「え、もう平和な時間は終わりましたよね」

「始まってすらいないよ!?」

「しかし幽香のヤツ、多分話し合う気皆無だぜ?」

「あるあるある。きっとあるから、ちょっと黙って見ててください」

 何で今の一瞬だけで、相手方には敵意しか無いとか思っちゃうのかな。
 まったく、僕の世界より平和的な癖に変な所で血気盛んなんだから。
 八卦炉と退魔針を仕舞わせ、どうにかして殺意を抑えて貰った僕は静かに幽香さんを待った。
 
「ま、待たせたわね! さ、さぁ、上がりなさい!!」

「はーい。ほら、二人共行くよ」

「二人? ……れ、霊夢と魔理沙じゃないの!?」

 どうやら彼女、驚きのあまり僕しか見えていなかったらしい。
 一瞬だけ顔を真っ赤にした幽香さんは、再び険しい表情でこちらを睨みつけ始めた。
 うわ、また面倒臭い事に。これ明らかに喧嘩売るつもりじゃないですか。
 霊夢ちゃんも魔理沙ちゃんも売られた喧嘩は即買うだろうし、そうなるとますます面倒に……。
 仕方ない、ここは僕が何とかするしか無いか。――この幽香さんなら多少の無茶しても大丈夫そうだし。

〈わー、しょーねんくろーい〉

 はーい、魅魔様は黙っていましょーねー。
 とりあえず行動を決めた僕は、幽香さんが何か言い出す前に動き出した。
 幽香さんの両手を掴むと、有無を言わさず勢い良く上下させる。
 出来るだけ無邪気に! 子供が馬鹿みたいに明るく戯れる感じで!!

「それで幽香さん、さっきは何の準備をしてたんですか!? オヤツ!? オヤツ!?」

「えっ、そ、そうだけど……」

「わーい! オヤツだオヤツだー!! さ、皆でオヤツ食べよ!」

「え、でも……」

「皆でってなぁ……」

「私は何でも良いけど?」

 よっし、いい感じに皆の毒気が抜かれたぞ!
 僕はさらに幽香さんを方向転換させ、その肩を押しながら居間へと向かう。
 そのまま我が物顔で彼女を上座に、さらに霊夢ちゃんと魔理沙ちゃんをその対面に座らせる。
 当然、カップは足りていないので超速で取ってくる事を忘れない。
 持ってきたカップを分けるついでにオヤツも全員に取り分け、お茶を注いであっという間に茶会の準備を終わらせた。
 そして幽香さんの隣に座り何くわぬ顔で紅茶を啜る僕。我ながら慣れたモンである。

「んー、美味しい。さすが幽香さんですねー」

「そ、そうかしら? ほほほ、て、適当に入れたのだけどね」

「さすがさすが。いやぁ、和むなぁ」

「……お前、結構無茶苦茶するんだな」

 ははは、こんなのまだまだ序の口だぞぉ。
 魔理沙ちゃんのツッコミを軽く受け流して、僕はもう一口紅茶を啜った。
 しかし参った。平行世界だと知らずに無礼を働いた事を謝るつもりが、再び悪用する羽目になるとは。
 本来なら、二人に僕と幽香さんの間を取り持ってもらう予定だったんだけどなぁ。
 結果的に僕が二人と幽香さんの間を取り持ってるから、今の立ち位置を崩すわけには行かなくなっちゃったよ。
 まぁ、別にバラした後でも全然普通に仲良く慣れる自信はあるけどね。
 僕は押せる相手はとことん押すよ! 厚顔無恥上等!!

〈少年は本当、変なとこ小市民で変なとこ図太いよな〉

 それが人間というモノです。

「えっと、それで情報収集はどうなったのかしら?」

「まぁ、とりあえず自分がどういう状況下にあるのかは理解出来ましたよ。あはは」

「ふぅん……ま、私はどうでも良いんだけど」

 そう言う割りには、気になってしょうがないって感じですね。
 まぁ、幽香さんからすれば当然の話だろう。きっと話の全景どころか断片すら分かってないに違いあるまい。
 さてはて、どこから説明したモノかなぁ。平行世界の事は隠せないにしても……うーむ。

「それにしても……真ピンクな部屋ね。これってアンタの趣味なの?」

「はひゃぁ!? そ、そんな事あるわけ無いじゃない! こ、これは……そう、血糊を隠すためよ!!」

 その言い訳は不穏すぎやしませんかね。と言うか、ヒラヒラである理由付けになってませんよ。
 しかし他の二人は納得した様だ。……霊夢ちゃんに関しては、どうでも良いって感じだけど。
 
「まぁ、内装に文句をつけるつもりは無いです。それよりもちょっと、確認したい所があるんですけど」

「確認したい所?」

「具体的にどこってワケじゃ無いんですが。ちょっと家の中を調べたくて……構いませんかね?」

「そっ、それはダメよ!! えっと――この私の家を荒らしたいなんて、よっぽど死にたいのね貴女は」

 なるほど、追い詰められると凄むのかこの人は。
 何となく法則性を理解した僕は、小さく肩を竦めて二人の様子を窺った。
 うむ、やる気は無いっぽいね。魔理沙ちゃんも霊夢ちゃんも、幽香さんの傾向が分かってきたのかな?
 それとも単に警告が効いてるのか。……前者であれば良いのになぁ。

「色々調べた結果、どうも幽香さんの家に最重要情報があると分かったのですよ。ここを調べないと僕はとても困るのです」

「こ、困るって……そうは言っても…………」

「まぁ、幽香さんに心当たりがあってソレを教えてくれると言うなら、調べなくても良いんですが」

 個人的にはそっちの方が、色んな事全部てっとり早く片付くので大歓迎です。
 僕がそう言うと、幽香さんは唇に指を添え静かに考え込みだした。
 まぁ、とは言えそんな簡単に見つかるワケが――

「あ、そうだ。そう言えば一つだけあったわね」

「はぁ、なんですか?」

「客間を掃除しようしたら、入り口の所にスキマが開いていたのよ。……まったくあの隙間妖怪め」

「……スキマ?」

 幽香さんの言葉に違和感を覚えた僕は、この世界の賢者様を良く知るであろう霊夢ちゃんに視線を向けた。
 ん、首を横に振ったって事はやっぱり無いって事か。だよね、あんだけ幽香さんにビビってた賢者様がそんな悪戯するはず無いよねぇ。
 しかし、幾ら何でもスキマを見間違えるなんてありえないだろう。
 だとすると……ひょっとして開いたのは違う世界のスキマさんだとか?

「むむむ、気になるなぁ」

「……気になるなら、見てみる?」

「え?」

「まだあるわよ、スキマ。朝掃除しようと思って見つけてから、ずっと消えずに残っているのよ」

「おいおい、どういう事だぜ?」

「私に聞かないでよ。分かるわけ無いじゃない」

「うーむ……すいません、それじゃ見せて貰えますかね」

 考えづらいけど、まさかまさかの紫ねーさま黒幕オチとかだったりするんだろうか。
 ……うーむ、さすがにここまでされる理由は無いと思うのだけどなぁ。
 最近ちょっと腑抜けていたから活を入れるため、とか? でも僕はだいたいいつも腑抜けてるよね?

〈無いと思うけどなぁ。そもそもあのスキマが、武者修行なんて頭悪い理由でこんな真似するワケ無いだろう〉

 だよねぇ。うーむ、だとするとどういう事なのだろうか。
 幽香さんの案内に従い、首を傾げながら客間へと向かう僕と二人。
 それにしても、家の間取りは同じなんだねぇ。いや、この状況下ではどうでも良い話なんだけど。
 僕の世界では僕の部屋だった客間に辿り着くと、幽香さんは僕等に中を見せる形で扉を開いた。
 客間の中は、居間や他の部屋と同様にヒラヒラフリフリしている……のだと思う。
 ここで思うと言うあやふやな言い方を用いたのは、障害物が邪魔をして部屋の全景が見られないからだ。
 幽香さんの言っていたとおり、入り口のど真ん前にスキマが開かれているためである。
 
「うわー、本当にスキマだ」

「しかもデカいわねー。人が一人余裕で潜れるわよ?」

「スキマのヤツ、何を考えてこんな物開いたんだ?」

 うーむ。位置的に考えると、確実にコレを潜ってこっちに来ちゃった気がするなぁ。
 朝方の記憶は大分あやふやだし、無警戒に通過していたとしてもおかしくない。
 ……だとすると、この先は僕の世界と繋がってるのかな?

「えいやっと」

「ちょ、いきなり何やってるのよ!?」

「躊躇なく頭をスキマに突っ込んだぜコイツ……」

「御嬢様、本当に平然と無茶しますね」
 
 確かめてみるため、とりあえず頭だけをスキマの中に入れてみる。
 しかしそこにはただ真っ暗な空間が広がっているだけで、どことも繋がっている気配は無かった。
 前にスキマを通った時には直結だったから、このスキマの繋がりそのものはすでに切れてると思った方が良いだろう。
 つまりこれは「元の世界に戻れるスキマ」で無く、「どこに辿り着くか分からないスキマ」であるワケか。
 わー、意味ねー。元々期待してなかったけど、これならいっそ無かった方が良かったよ。

「うーん、何でコレが放置されてるのかなー。ねーさまの意図が良く分からないっす」

 とりあえずスキマから頭を抜いて、今度は外側からジロジロと観察してみる。
 極普通の……というのもおかしな話だが、見た目はいつも紫ねーさまが使っているスキマだ。多分。
 と言うか、他に使える人もいない……だろう……し…………。

〈少年、ちょっと気付いた事があるんだけど〉

 奇遇ですね魅魔様。僕もですよ。
 でもまだ、結論を出すのは早いと思いませんかね?
 まず可能性を出来るだけ潰していって、他の可能性が一切無くなってからこのアイディアを論じるべきだと思うんですよ。うん。

〈気持ちは分かるけどな、少年。私は少年より物事を知ってるから断言出来るんだよ。――コレ、少年の作ったスキマだ〉

 うわーん! やっぱりそうだったー!!
 魅魔様が無慈悲に告げるその言葉に、僕は内心で滝のような汗と涙を垂れ流した。
 そういえば朝方、部屋の扉を開ける事すら面倒臭がった記憶があるよーな無いよーな。
 いやー、地霊異変以降使えなかったスキマ移動能力がこんな形で使えてしまうとは。僕って本当に変な所で力を発揮するなあははー。
 ――どうしよ。
 思っていた以上に自業自得だった事の真相に、僕は思わず頭を抱えるのだった。




[27853] 異聞の章・玖「異人同世/せかいわたり」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/10/01 09:48


 平行世界の存在を知って、ふと思った事がある。

 それは、自分にあったかも知れないイフ。もしもの久遠晶の可能性だ。

 はっきり言って、僕は自分が今以外の形に収まる光景を想像する事が出来ない。

 もちろん、「今まで後悔する事無く生きていた」等と偉そうに嘯くつもりは無いけれど。

 じゃあ別の生き方があったかと言われると、軽く首を傾げてしまうワケで。

 まぁつまる所、僕の骨子は物心付く前にすでに出来上がっていたのだ。

 爺ちゃんに幻想郷の話を聞いた時、そして紫ねーさまに出会った時、僕の行くべき方向は固まっていたのだろう。

 ……ただ、だからこそ思わないでも無い。

 もしも、もしもその骨子がそもそも無かったら――僕はどうなっていたのだろうか。





幻想郷覚書 異聞の章・玖「異人同世/せかいわたり」





「……えっと、つまりこの隙間は」

「僕の作ったものです。多分」

 なんとか冷静になれた僕は、呆けてるこちらを怪訝そうに見ていた三人に事情を説明した。
 さすがにこれはちょっと隠せません。と言うか、これ隠して話を進めると後々エラい目に遭わされそうだ。

「御嬢様、スキマを作る事が出来るんですか?」

「一応はねー。僕自身制御出来ない能力だから、すっかりさっぱり忘れていましたけど」

「……お前、何者なんだ?」

「極普通の一般人です。ちょっとまぁ、色々と小細工的な真似は出来ますが」

 さすがに魔理沙ちゃんや幽香さんは若干こちらを警戒し始めたけど、まぁ想定していたよりはマシだから良しとしよう。
 霊夢ちゃんは……無関心か。お賽銭に傾倒している事以外は変わらないなぁ、本当にありがたい。
 とりあえず、無害さをアピールする為に出来るだけ可愛らしくウィンクしてみる。怪訝そうな顔された。
 ――ネタが通じないって、ある意味引かれるより辛いね。

「まー、御嬢様が何者だろうとお賽銭が貰えれば何でもいいわ。それよりも、これからどうするんですか?」

「うーん……まぁ、普通に賢者様を呼んでこのスキマを調べて貰うしか無いんじゃないかなぁ。一応は手掛かりなワケだし」

「――私、あの巫山戯たスキマを家に上げたく無いんだけど」

「ま、我慢してくれよ。お前さんだってコイツの力になってやりたいんだろう?」

「ななな、何のはにゃしよ!?」

「……お前って、意外と分かりやすいんだな」

「とは言え、コレを調べても何とかなるのかなぁ……」

 スキマの事は良く分からないけど、この状態のスキマを調べて何が分かるのやら。
 僕は何か分からないかなーと淡い期待を込めて、念のためもう一度スキマを観察してみた。
 もっとも見返しただけで分かるようなら、もう少し上手く能力を使う事が――んんっ?

「ねぇ。気のせいで無ければこの隙間、少しずつ狭まってない?」

「ふむ……本当ね。ゆっくりだけど徐々に閉じていってるわ」

「おかしいわね。さっきまでずっと消えなくてイライラしていたのに」

「……ひょっとして、お前がコレに気付いたからか?」

 なるほど、無意識下にスキマを閉じようとしているのか。その可能性は否定出来ないね。
 しかしだとすると困った事になる。何しろ、自分でやってるのに自分では止められないのだ。だってどうやってるか分からないし。
 ってアレ!? なんかさっきより閉じる速さが増している様な。
 うわ、気のせいじゃない! どんどんスキマが小さくなってるぞ!?
 咄嗟にスキマの中へ両手を突っ込み、必死に狭まるのを抑えこもうとする僕。
 それがあんまり意味の無い行為で有る事に気が付いたのは、スキマの閉じる勢いに負けて手が抜けなくなってからだ。
 あかん、空間の閉じる力って超強い。しかも思いの外深く突っ込んだせいで引き抜けなくなってるし。

「あの、すいません。ちょーっと助けて貰えませんか? ……お手手が抜けなくなりました」

「何やってるんだお前……」

 本当ですよね。冷静に考えると、ここまでしてこのスキマを維持する意味は無い気が。
 あ、ヤバい。狭まる際の動きでスキマの中に取り込まれてる。

「どどど、どうしよう! このままじゃ、良くてスキマに取り込まれ悪くて両腕切断ですよ!?」

「ど、どうしようって……どうすれば良いのよ!」

「コイツの身体を引っ張ったら、そのまま腕がスッポ抜けそうで怖いな」

「僕もそんな気がします。えっと、可能ならスキマの方を何とかして貰いたいんですけど」

「引っ張って広げるとかか? んなもん、純粋な腕力で何とか出来るのかよ」

「分からないけど、やるだけやって見ましょう。――と言うか紫ぃ! 見てるなら出てきなさい!!」

 しかし賢者様からの反応はない。アレ、話が片付いたら呼ぶって事になってたはずなのに。
 うわうわ、ヤバい! スキマの狭まる勢いが更に……!

「だ、ダメ! やっぱりビクともしないわ!!」

「ふーむ、幽香の馬鹿力でもダメなのか」

「ば、馬鹿力じゃないわよぉぅ!」

「いや、そこは今どうでも良いだろう……」

「やっぱ腕、引っこ抜く?」

「うん、僕もそれを覚悟するしか無いような気がしてきた。もう肩の関節外れても良いから引っ張ってください」

「こ、怖い事言わないでよ!」

 幽香さんが頬を引き攣らせながら、それでも僕の後方に回り背中に手を添える。
 まぁ、他に方法無いからね。大丈夫大丈夫、手首が引きちぎられなければ文句は言いません。
 しかし、僕等がそんな一か八かの賭けに出る事は無かった。
 幽香さんが身体を引っ張ろうとするその前に、空間が裂け中からゆっくりと賢者様が姿を表したからだ。ただし頭だけ。

「えっと……もう大丈夫なの?」

「様子窺ってるんじゃ無いわよヘタレ。とにかく、今すぐに御嬢様の手首を噛んでるスキマを広げなさい」

「え、あの、どういう状況?」

「分かってねぇのかよ! こういう時に一から十まで見ているのがお前だろうが!!」

「の、覗きって良くないと思うのよ」

「……幽香が怖かっただけでしょ」

 この世界の賢者様、幽香さんに半殺しの目にでも遭わされたのだろうか。
 僕でもなかなか無いチキンっぷりを発揮した賢者様は、僕の背中を掴んだ幽香さんをビクビクとした様子で窺っている。
 こっちはお願いする立場だけど、思わず早くしてと怒鳴りたくなる光景だ。と言うか実際に霊夢ちゃんが言っちゃってるしね。

「あのー。そろそろ洒落にならない痛さになってきたので、何とか出来るなら何とかしてください」

「わ、わかったわよ。そのスキマを広げれば良いのよね?」

 そう言うと同時に、手を挟んでいたスキマが一気に最初と同じ大きさまで広がった。
 合わせて隙間から手を抜いた僕は、サヨナラせずに済んだ手首を安堵しながら念入りに擦る。
 さすが賢者様、他人の作ったスキマでも操作可能なのか。凄いなぁ、是非ともやり方を教えて欲しいですよ。
 ……教わっておかないと、また同じ事態が発生しちゃうしね。出来れば異世界旅行はこれっきりにしたいっす。
 元通りになったスキマをまじまじと観察しながら、そんな事を呑気に考える僕。
 ――今にして思えば悠長に構え過ぎだった。安全が確保されたんだから、とっととその場から逃げるべきだったのだ。
 身近にあり過ぎたせいで、僕は少しスキマの脅威を甘く見積もっていたのかもしれない。

「ふふふ、見つけたわよ!!」

「え、天子?」

 地中に封じられるのに飽きたのか、復活したらしい天子が唐突に現れた。
 見た目がかなりボロボロになっている所を見るに、ここを探り当てるまでそれなりに苦労したのだろう。どうでも良いけど。
 突然の闖入者。それもかなりアレな天人の登場に全員がそれなりに驚いたが――約一名、それなりどころじゃない反応をした人が居た。
 誰であろう、僕の真後ろに居た幽香さんである。

「ひぃっ、また来た!?」

 どうやら幽香さん、天子さんとはあまりよろしくない関係であるらしい。
 ……うん、まぁ何となく分かる。不本意なドSと生粋のドMだもんね、どういう関係なのか容易に想像が付きますよ。
 もっとも今回の天子が探していたのは、僕の方なのだろうけど。
 彼女の登場に驚いた幽香さんは、驚きのあまり添えていた手を思いっきり前に突き出してしまった。
 当然そうなると、僕の身体はスキマ目掛けて押されてしまうワケで。
 気が抜けていた状態で踏ん張る事も出来なかった僕は、そのままの勢いでスキマの中へと飛び込んでしまった。

「――おぉう」

「あっ」

「おっ?」

「え?」

 まさしく一瞬の出来事である。流れるようにスキマへと入った瞬間、謀ったかのように‘入り口'が閉じてしまった。
 あっれー? コレってひょっとして、スキマの中に閉じ込められたって事になるのかなー?
 あまりの急展開に、思考が色々と追いつかず茫然とする僕。
 いや、え、嘘、何で? スキマは賢者様が操作してるんじゃなかったっけ?
 ひょっとして他人が無理矢理操ったツケでも回ってきたのだろうか。
 ぶっちゃけ何一つ意味が分からないので、ちょっとした推察すら出来ない有り様です。
 さすがに、ここまで来ると僕の理解力を余裕で超越しますよこの事態。

〈まぁ、元々不安定なスキマだったんだ。何とかなったように見えて、実は些細なキッカケですぐ閉じる様なモノだったのかもしれん〉

 ですねー。だからまぁ、そこはどうでもいいと言う事にしておきます。気になるけど、凄く気になるけど。
 この四方八方から視線を感じる得体の知れない謎空間の中で、余計な事を考えていたら大変な目に遭うと思うんだ。
 最早どこから来てどう移動しているのかも分からないシッチャカメッチャカな状況下で、僕は両腕を組み周囲の状況に目を配った。
 まぁ、摩訶不思議空間その物は何度も経験しているから、今更慌てたり驚いたりはしないけれどね!
 ……そういえば僕、ほぼ毎回違う人の手で謎空間に連れられてるよなぁ。

〈我々クラスの実力者にとっちゃ、異空間作成なんて嗜みみたいなもんですよ〉

 はいはいカッケーカッケー。そんな実力者な魅魔様は、このスキマに風穴をブチ空けたり出来ないので?
 
〈ただでさえイレギュラーな空間でそんなイレギュラーな真似して、私らが無事で済むと思うなら力を貸すが?〉

 それも有りかな!

〈あ、ゴメン。魅魔様少年の思い切りの良さ舐めてた。もっと穏便な方法探そうぜ〉

 了解しました。じゃあ、それは最終手段って事で
 面変化後即トワイライトスパークぶっ放しを諦めた僕は、再び両腕を組み瞑想の姿勢に入った。
 ベターな展開として、賢者様がスキマを開いて助けてくれる可能性を期待したいのだけど。
 何となくそれは無理なんじゃないかなぁ、と言う気がする。
 あの世界と繋がっているスキマが閉じた以上、僕とあの世界の関連性はほぼ失われたと考えて間違いないだろう。
 その状態からこの空間を見つけるのは、僕の世界をノーヒントで見付けるのと難易度的にさほど変わらない様な……。
 ちなみに最高の展開は、僕の世界の紫ねーさまが現れ助けてくれる事です。期待はしてません。

〈何で? 紫なら、晶の匂いを嗅ぎつけたとか何とか言って平然と出てきそうじゃね?〉

 ねーさまが嗅ぎつけてるなら、僕の心が持ち直す前に出てきて心の支えになろうとアレコレしてくれてますから。
 
〈わぁスゲエ。魅魔様、こんなに説得力のある暴論初めて聞いたよ〉

 紫ねーさまの事は大好きですけどね。まぁそれはそれとして。
 ぶっちゃけこの状況下を独力で何とかしようとすると、選択肢は一つしか無いワケです。
 ――魅魔様、別の世界に行く覚悟は出来てますか?

〈少年なら、自分の世界に帰るスペカとか作れそうだけどなぁ〉

 スキマさえ任意に開く事が出来ないと言うのに、更にその上を目指せと?
 絶対に無理とは言いませんけど、出来るとは言い難いですね。
 せめて自分の手でスキマを制御できるようにならないと。下手したら相乗効果で、もっとエラい事になったりしますよ?
 だから諦めてください。成功するまでスキマを開き続けて、適当に開いた所から脱出しますよ。

〈遭難した時はその場でジッとするべきだぞー。時間はあるんだし、待ってる間ずっと修行する方が効率良いだろうよー〉

 ハハハ――居座るのが嫌だから出ようって言ってんですよ!

〈え、何で? 少年好きだろ、こういう場所〉

 不思議空間は好きです。でも、どこ向いても何かと目が合うこの状況は許容できません。
 スキマの中が結構ホラーちっくな事は知ってたけど、中に入ってみるとまた格別の恐ろしさがある。
 まぁ、空間の色がコロコロと変わるのはまだ平気ですけどね。そこらへんに『目』があるのは正直どうかと思いますよ。
 しかも全部こっち見てるし。多分魔眼無くても分かるくらい露骨に見られてるし。
 そんな中にずっと居たら、一日持たずに発狂しますって。人間の精神はそんなに気丈じゃ無いんですよ?
 あ、魅魔様。僕は人外だから大丈夫だろって意見は聞きませんよ? そもそもこんな閉鎖空間、妖怪だって耐えられませんって。

〈少年なら行けると思う〉

 妖怪でも無理だっつってんだろ! もう有無を言わさず実行に移しますよ!!
 僕は組んだ両腕を解き、手当たり次第にスキマを開くよう適当に身体を動かした。
 ぶっちゃけどうすればスキマが開くか全然分かんないから、ここらへんはもう思いつくままです。
 大丈夫、いつか開くって!! それがいつなのかは分かんないけども!!!

〈絶対この場から動かない方が正解なのになぁ……〉





 ――ちなみにその後、どこへ繋がってるか分からないスキマを開けたのは体感時間で五時間ほど後の話でした。




[27853] 異聞の章・拾「異人同世/another sky」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/10/07 23:54


「ちょ、ちょっと幽香何してくれてるのよ!?」

「と言うか紫、何でいきなりスキマ閉じてるんだぜ!?」

「わ、私は悪く無いわよ! 勝手にあの隙間が閉じただけで!!」

「あわ、あわ、あわわ……」

「とにかく、早く御嬢様を引っ張り出しなさいよ紫」

「そう言われても……どこに行ったのかは分からないわよ、さすがに」

「ちっ、役立たずね」

「霊夢ぅぅぅ、そんな事言わないでよぉぉぉぉぉお」

「ふ、ふふ、この私を舐めるからこうなったのよ」

「……そう言う事を言い出すから、面倒な事になるんだぜ?」

「な、何のはにゃしよ!?」

「はぁはぁ、せっかく出てきたのに放置プレイとか――最高ね!!」





幻想郷覚書 異聞の章・拾「異人同世/another sky」





「いぇーい、到着ー!」

 開いた隙間から身を乗り出し、固い地面を踏みしめた僕は歓喜の声を上げた。
 ああ、やっぱ人間は地面が無いとダメだ。もう何度言ったか分からないけど地上大好き!!
 
〈あたしらの知ってる大地かどうかは分からないけどな〉

 そこはまだ突っ込まないでください。もうちょっと現実から逃避させてお願い。
 ちなみに、現在の僕は鬱蒼と茂った森の中に立っております。
 まだ魔眼は全開にしてないけど、感覚的にはいつもの幻想郷って感じです。
 まぁ、第三の目覚醒してから幻想郷以外に行った事は無いのだけども。
 
〈魅魔様も幻想郷ではあると思うな。幻想郷である事以外は何も保障できないけど〉

 わはは、魅魔様は容赦無いなぁ。……もう少し希望を持たせてくれても良いじゃないですかー。

〈諦めろ少年、自分で選んだ道だろう〉

 ですねー。それじゃ、情報収集に行ってきます。
 僕は氷翼を展開し、とりあえず上がれるだけ上がって周囲の状況を確認した。
 ふむ、ここは魔法の森だったのか。えーっと、妖怪の山……ある。紅魔館も……あるね。
 出来れば守矢神社と命蓮寺があるかも確認したいんだけど――さすがにここからじゃちょっと分からないか。
 特に守矢神社は場所が場所だからなぁ。サードアイでもちょっと確認は難しいかも。
 あの二つは僕が来てから建った建物だから、有無が確認できるだけで大分違うんだけど……。
 命蓮寺なら分かるかな? うーむぅ……分からん。

「他に何か、日付を特定できる要素とか無かったかなぁ」

〈さすがにここからじゃ分からんだろう。とりあえず、人里の方に向かってみる?〉

 そうですね。知り合いの所に行ってショック受けるより、自分に無縁な所へ行って情報を集めた方が賢いかもしれません。
 とりあえずサードアイの力を出来るだけ解放しつつ、ゆっくり飛びながら人里を目指す事にする。
 出来れば、素っ頓狂な世界で無い事を祈るばかりです。無理だと思うけど。

〈でもさぁ少年。あたしらの世界も結構素っ頓狂……〉

 しっ! 言わなければ誰も気付きませんよ!!

〈誰に気を使ってるんだ少年は〉

 いやはや、それにしてもやっぱり幻想郷は幻想郷のままですねぇ。
 まだ語れるほど違う世界に行ったワケじゃ無いけど、このブレ無さ加減はありがたくて同時に困る。
 せめて一箇所くらい、分り易い変化があったら楽なんだけど。色々な意味で。
 ――おや? 何やら魔眼に反応が。
 そろそろ森の出口に差し掛かりそうな所で、魔眼の方に引っかかる人の影があった。
 反応的に妖怪では無いけど、この感じだと普通の人でも無さそうだ。
 ちょっとだけ興味を惹かれたので、地面に降りて件の人間の姿を確認してみる事にする。
 んー、どこかな? 確かこのへんに……居た!!

「ぅぅうう……怖いよぉ、帰りたいよぉ」

 木陰に隠れる……隠れてる? つもりらしい人物は、頭を抱えているせいで顔が良く見えない。
 オマケに、やたらゴツいリュックのせいで全体像もちょっと分かりにくいし。
 ただ全体的に線が細いから、女性である事は確定だろう。間違いない。
 格好は……にとりに近いかな? ただあっちがメカニック風の服装だとすると、こっちは探検家もどきって感じの衣装だ。
 本格的な探検家と見るには所々足りてないけど、必要な部分はきっちり抑えてるし……プロ未満のアマチュアさんってとこかな?
 しかしこういう能動的な格好をしている割には綺麗な髪してるよなぁ。肌もツルツルだし、美容にも気を使ってるのかな?
 僕も昔は同じ様な格好してたけど、男と女じゃやっぱり違いが出るんだねー。

〈少年、そろそろ止めとけ。魅魔様が笑い死ぬ〉

 え、何で?

〈……人間って、ほんと自分の事ほど分からないもんだよなぁ〉

 はぁ、そうですね?
 半泣きになるくらい笑いを堪えている魅魔様の態度に首を傾げつつ、僕は塞ぎこんでいる女性に近寄った。
 良く分からないけど、何やら困っているようだ。ここは是非力になってあげよう。
 そうすれば、こっちの問題にも力を貸してくれるかもしれないしね! とりあえず味方は一人でも確保しておかないと!!
 
〈少年くろーい。うぷぷ〉

 何故にそこで笑うのやら。まぁいいや。

「あのー、大丈夫です」

「ひぃっ!? こ、今度は何さ!?」

「くぁ…………」

 恐る恐る振り返ってきた人物の顔は、僕のとても見慣れたモノだった。
 黒いショートヘア、蒼く澄んだ瞳、絹のように滑らかそうな肌。――いつも鏡で見た、僕の顔。
 ああうん、なるほど。どーりで魅魔様が大爆笑するはずだ。
 僕が少女だと思っていた人物は、どうやらこの世界の久遠晶であったようである。
 なんていうか、客観的視感の恐ろしさってモノを実感せざるを得ない。
 素で「女の子だ間違いない」とか思ってしまったよ。……やべー、これはメイド服着せられても仕方ないかも。

〈おや意外、もうちょいショックを受けるものかと思ってたが〉

 いや、かなりショックですよ。でもまぁ、予め分かっていた事でもあるので。
 とりあえず、寝る間際にでも思い返して泣く事にしますよ。

〈少年、わりとこの手のネタに対する耐性高いよな〉

 メイド服着せられてほとんどブーイングが無い時点で色々諦めてます。
 にしても彼の格好、僕が幻想郷に来たばかりの頃のヤツだね。
 という事は、ここは紅魔館のお世話になる前くらいの世界……なのかな?
 僕には僕自身と遭遇した記憶が無いから、良く似た別の世界である事は確定だと思うけど。
 しかしこの時期に、魔法の森の隅っこで隠れていた事なんてあったかなぁ。
 親分から逃げるためとか? うーん。その割には、周囲に人っ子一人居ないけど。

「えっと、気持ちは分かるけど落ち着いて? ほらほら、こっち見てくれれば色々と説明するからさ」

 魔眼の力で相手の波長を安定させれば、何とか話も出来るだろう。多分。
 と言うか、そうでもしないと話にならないくらい向こうの僕はテンパっているのである。
 まぁ、気持ちは分かる。僕だって最初にあの幽香さんと遭遇した時はかなりパニクったからなぁ。
 だけどこれくらい軽く受け入れて貰わないと困るじゃないか! 主に僕が!!

〈少年はほんと、自分に対して無駄に厳しいよな。……けどさ、この少年は同一人物と遭遇した事を驚いてるのかな?〉

 え、でも他に驚く事ありますか?

〈分からないけどさ。――そもそも、昔の少年が今の少年を少年と認識する事が出来るのかと思って〉

 何だか、少年がゲシュタルト崩壊起こしそうですね。
 しかしそっか。そもそもこの時? の僕は、メイドとは縁もゆかりもないんだったっけ。
 髪型も変わってるし、魔眼の影響で瞳も赤くなってるし、コレで僕を自分自身と判断するのは少し難しいよなぁ。
 
「ううう……ごめんなさい、ごめんなさい、勘弁して下さいぃぃ……」

 ……と言うか、幾ら何でも怯えすぎじゃない? 何がそんなに怖いのさ、この僕は。
 自分で言うのも何だけど、僕自身はさほど迫力のある姿はしていないはず。
 敵対的な態度もとっていないから、いきなりの登場に驚いたとしてもそろそろ持ち直しているはずなのに。
 うーん、僕ってここまでビビリだったかなぁ。
 この時期の僕は、身体強化出来ない主要攻撃も氷と風のみの貧弱ボーヤだったけれども。
 およそ心の図太さにかけて言えば、今と変わらないレベルで図々しかったと記憶していたのですが。
 
〈大丈夫、少年は自分で思ってるよりずっと図太いよ。魅魔様が保証する〉

 ありがとうオボエテロ。しかしだとすると、ますます解せない。
 彼は、僕のどこらへんあたりが怖いのだろうか。

「……ねぇ」

「ひぃっ!?」

 キッカケを求めてもう一度話しかけると、過敏な反応と共に後ずさるもう一人の僕。
 そこで気が付いた。彼の瞳には、対話するべき相手である僕の姿が映っていないのだと。
 そう、そもそも見ていないのだ。こうして真正面から対峙しているにも関わらず。
 彼は相手から目を逸らし、理解する事を拒否し、ただ身体を縮こませている。
 ……これは、明確な拒絶だ。それも僕に対するモノではない。
 

 ――この久遠晶は、世界全てを拒絶している。
 
 
 何を恐れているのかは分からない。何を拒否しているのかも理解できない。
 自分自身であるはずなのに、どうしてこう至ったのか共感できない。
 何かが違っているのだ。僕と彼の間で、存在に関わるほど致命的な根本が変わってしまっている。
 それが何かは分からない。分からないけれど――何故だか、無性に腹が立った。

「あーもう! ほら、こっち見てよ!! 怖い事なんて何も無いでしょ!?」

「……こ、来ないで」

「幻想郷がどんな所か、知らないとは言わせないよ! それを承知の上で君はここに来たんだろう!? ならもうちょい落ち着け!」

「来たくて……来たくて来たんじゃないよ、こんな所!!」

 ――なるほど、死にたくなったから介錯してくれと。はい、分かりました。

〈落ち着け少年! ここで神剣顕現させるのは色々と問題があるから!!〉

 一思いにバッサリ逝かせてやろうと動き出す前に、魅魔様が身体の主導権を無理矢理奪い取ってきた。
 もっともメインである僕を完全に拘束する事は出来ないらしく、感じ的には羽交い絞めにされている様なモノだけど。
 どちらにせよ動けない事に変わり無いのだから、状況的に大差はないだろう。
 くそっ、どいて魅魔様! コイツ殺せない!!

〈殺すなよ! 沸点低すぎだろ少年!!〉

 だってこのヤロウ、幻想郷の事「こんな所」呼ばわりしたんだよ!?
 もうコレは、首をねじ切るか胴体をへし折るか身体を右半身さんと左半身さんに分けるかするしか無いでしょうに!

〈少年が幻想郷大好きなのは知ってるから冷静になれって。別に幻想郷を否定しただけで、害をなしてるわけじゃ無いんだからさ〉

 久遠晶のクセに、幻想郷を嫌がってる時点で万死に値します。
 あーあー、ようやく理解したよ。何にビビっているのかと思えばそう言う事ですか。
 こんのスットコドッコイ、‘幻想郷’に怯えていたのだ。
 幻想郷に或るあらゆる幻想を、存在を、力を、受け入れる事ができずに逃げていたのである。
 うわー、殴りたい。全力でその巫山戯た頭をブチ抜いてやりたい。
 魅魔様に抵抗しながら、動かない身体で目の前の間抜けな久遠晶を睨みつける。
 あ、逃げやがった。この上、マトモな判断能力も無いのかコイツ!? どう考えても逃げきれる実力差じゃ無いでしょうが。
 ここは、とにかくひたすら命乞いして相手の気勢を削ぐ場面だよ! 命が惜しくないのかこの馬鹿!!

〈そこで戦うと言う選択肢を出さないあたりが少年だよな〉

 自分で出来ない事を押し付けるほど鬼では無いです。平和的解決って大事ダヨネ!!

〈良かった、そこはいつもどーりの少年だ。でも平和的に済ますつもりは無いんだろう?〉

 とりあえず捕まえて、幻想郷の素晴らしさを叩き込んでやりますとも!! 場合によっては物理的な意味で!!
 
〈逆効果くさいけどなぁ〉

 ぶっちゃけ八つ当たりなんで問題ないです。たっぷりトラウマ与えてやんよ!!
 我ながら実にエグい笑みを浮かべながら、転んで尚四つん這いの姿勢のまま逃げる惨めな久遠晶を追う僕。
 走る必要はない。氷翼使って逃げる事も考えられない間抜けには、魔眼さえあれば充分だ。
 とりあえず魔法の鎧を展開し腕をポキポキならしながら、逃げる以外の選択肢を選ばないとアレな事になるよーとアピールしてみる。
 臨戦態勢ではあるけど、目の前の相手を注視しているワケでも無い特殊な状況。
 ――だからこそ、僕の技量でもその不意打ちを回避する事が出来た。

「――――!!」

 足甲を強化すると同時に、バックステップでその場から飛び退く。
 十分な距離は稼げたが、それでも多分足りないだろう。僕は更に身体を捻って後方へと倒れこむ。
 ――すると、先程まで僕が居た所を中心にして風が‘爆発’した。
 明確な殺意を持った、斬撃と打撃の複合攻撃。……これほどまでに風を使いこなす人物を、僕は一人しか知らない。

「晶さん、大丈夫ですか!?」

「あ、文さん……」

 僕ともう一人の僕の間に降り立ったのは、白と黒の烏天狗――この世界の射命丸文だ。
 彼女はあちらの久遠晶を庇うようにして葉扇を構えると、僕を険しい表情で睨みつけてきた。
 ……まぁ、立場的にそうなるよね。仕方ないけどやっぱり落ち着かないなぁ、文姉が敵に回るって言うのは。

「すいません、戻るのが遅れて。……本当に大丈夫ですよね?」
 
「う、うん、平気です。文さんが来てくれたから……」

「――――そう、ですか。それは良かった。なら下がっていてください、ここは私が」

「は、はい」

 この世界の文姉の言葉に頷いて、もう一人の僕が木の影に隠れた。
 まぁ、正しい判断だ。この世界の久遠晶の実力は分からないけれど、わりと本気っぽい文姉の足枷になる事は確実だろう。
 ならば、全てを文姉に任せて隠れる事は間違ってない。…………だけど。
 どうしても腑に落ちない。納得出来ない。それが、文姉を信じたが故の行動だと思えない。
 不快感と共に違和が強くなっていく中、それでも静かに身構えた文姉に対抗して僕も拳を構えたのだった。




 ――ねぇ、この世界の僕。お前は自分に味方してくれる彼女でさえ恐れているというのかい?




[27853] 異聞の章・拾壱「異人同世/Bonnie and Clyde」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/10/14 20:54


 最初、彼に関わったのは純粋な好奇心からだった。

 外から来た能力者。常識から生まれた非常識の存在は良い記事になると、ただ単純にそう思ったから手を貸した。

 それが、彼自身の為に変わっていたのはいつの頃からだったろうか。

 取材対象に入れ込むなんて、新聞記者にあるまじき話だ。

 けれど、放っておけなかった。あんなにも不安定な彼を見捨てるなんて出来なかった。

 幻想でしか生きられないはずなのに、幻想で生きる事を受け入れられない彼。

 なんて危ういのだろうか。なんて儚いのだろうか。

 守らなければ、守ってやらなければ。

 ――例え、それが何の意味もない悪足掻きに過ぎなかったとしても。





幻想郷覚書 異聞の章・拾壱「異人同世/Bonnie and Clyde」





「ちなみに、僕は敵じゃないって言ったらどうします?」

 完全に戦う空気になっているけど、とりあえず戦闘回避を試みる僕。
 両手を上げて降参の意を表してみるが、当然こちらの世界の文姉がそれで止まるはずも無く。
 彼女は嫌悪と敵意を全開にした表情で僕を睨みつけてきた。ですよねー。

「白々しい真似を。晶さんを食べようだなんて、絶対に許さないわよ!」

「え、まさかの妖怪扱い? ゴメン、さすがにそれは訂正させて。僕は……まぁフツーとは言い難いかもしれませんが、一応人間ですよ?」

「下手な言い逃れね。貴女のどこが人間だって言うのよ」

 精一杯の妥協で説得してみたら、初対面の相手に人間である方が有り得ないと言われた。死にたい。

〈ぶふー、少年ご愁傷さまー〉

 はいはーい、魅魔様ちょっと黙っててねー。
 まぁ、交渉が決裂するのは承知の上です。話してる間に準備も終わったので戦闘を開始しましょうか。

〈……あれ、意外と少年やる気有り?〉

 とりあえず、アイツに説教と言う名のグーパンをお見舞いしてやりたいですからね。
 僕も、ちょっとだけ頑張ってみようと思います。無理だと思ったら即引くけど!
 と言うワケで説得は失敗。文姉は構えた葉扇を振るい、無数の風弾をこちらに向かって放ってきた。
 まぁ、そうなるとは思ってました。その為の用意もちゃんとしてますよ。
 僕は軽くステップを踏んで、文字通り嵐の中に飛び込んでいった。
 あ、もちろん無警戒に突っ込んだワケじゃありませんよ? 実は交渉中に風で薄く周りに膜を張ってます。
 防御には使えないけど、事前に風弾の流れを感知して回避に活用する事は出来る優れモノなのです! ……ある程度はだけど。

「――まさかコイツ、風の流れを読んでる!?」

 おっと、気付かれてしまったか。
 本職にはバレバレな小細工だから気付かれないとは思わなかったけど、ここまで早いとは思わなかった。
 さすが文姉、妖怪の山でも五本の指に入る実力者なだけの事はある。
 彼女はこちらが突っ込んだ分だけ後方に下がると、先程よりも強い風で弾丸を形成した。
 より早く、より強力にする事で風の膜を無効化する算段だね。……うん、概ねこちらの予想通りの対処法だ。

「なら、これでどうかしら!」

 数は減ったが、その分避けにくく殺傷度の増した風弾の連射。
 上下左右から襲い来る風の牙に対し、僕は右腕の気を開放して思い切り地面へと叩きつけた。

「なんの、ストームブレイカー!!」

 風の膜を上書きするようにして、荒れ狂う暴風が僕を包み込む。
 ……派手な名前で凄い技っぽく言ってみたけど、実はこれでも文姉の本気風弾は防げなかったり。
 地力の差って如何ともし難いよね。ただし風弾の当たる向きさえ気をつければ、風弾の軌道を逸らす事は可能だ。
 数が減っている事に合わせて、直撃を避けられるこの状況なら――充分に反撃は可能だ!

「更に、アイシクル・ナッコォォォォオオオ!」

「なっ――!?」

 まぁ、ただの冷気を纏っただけのいつもの強化パンチなんだけどね。
 僕は両足と右腕の気を増幅し、最高速度で文姉の懐に飛び込みつつ冷気を纏った右拳を突き出す。
 ――しかし、次の瞬間にはもう文姉は目の前から消えてしまっていた。
 拳は思いっきり空振り、冷気の篭った気の爆発は虚空に大きな氷の花を咲かせるだけに留まってしまった。
 むぅ、完全に不意をついたつもりだったけど、まさかアレで完全に回避されるとは。
 少しでも掠ってくれれば、その瞬間身体を凍らされて機動力低下間違い無しだったのに。
 
〈つか少年、拳に氷がひっついて盾みたいになってるけど良いのか?〉

 大丈夫。強化しているワケじゃ無いから、叩けば簡単に砕けます。
 ……しかしまぁ、この攻撃って外すとこうなるのかぁ。
 前に使った時は直撃したから気付かなかったよ。――これ、何かに使えないかな?

〈少年、それは今考えるべき事じゃなかろうよ〉

 ちょっとした現実逃避ですよ。まさか掠りもしないとは思わなかったので。
 いや参った、さすが幻想郷最速。一筋縄どころか二筋縄三筋縄でも上手くいかなさそうですね、あははははー……どうしよ。
 
「風に氷に身体強化、更には特殊な機能持ちの鎧……ね。随分と多芸――と言うより無節操な妖怪じゃないの」

「いやだから、僕は妖怪じゃありませんってば」

「……その冗談、気に入ってるの?」

 ついにネタ扱いされてしまった、泣きたい。
 と言うか、氷に風っていうかなり特徴的な複合能力を使ってる時点でピンときても良いのではなかろうか。
 バレたらバレたで面倒な事になりそうだけど、一切気に留められないと言うのもそれはそれで悲しい。

〈ライオンと猫に共通点があっても、同じ生き物だとは思わないだろ? つまりそう言う事さ〉

 わぁ、分り易すぎて凹むぅ……。
 
「しかし、烏天狗に追随する程の速さは無いようね。――ふふっ、今のうちに逃げておかないと嬲り殺される事になるわよ?」

 そこなんだよねー。
 文姉の速さは知ってるつもりだったけど、まさかこっちの最高速不意打ちすら回避可能だとは思わなかった。
 それでも、速さ一辺倒で掠れば即アウト……とかだったなら他にやりようもあったんだけど、文姉は他も超優秀だからなぁ。
 つまりこのままだと、文姉が言った通りの展開になる事確実なワケです。
 まぁ多少は耐えられると思うけど、耐えてるだけで次に繋がらない以上ただの自分イジメだよなぁ。
 仕方ない。相手の得意分野……と後別の意味でも喧嘩を売る事になるけど、対抗するためにはコレを使うしか無いか。

「追いつけないなら、追いつくようにするしか無いもんね。―――――天狗面『鴉』!」

「!?」

 烏の面を纏い、氷の扇を構えて不敵に微笑む天狗面。
 その姿に一瞬文姉は驚愕の表情を浮かべたが、やがてそれは嘲笑へと変化していった。

「随分と稚拙なモノマネじゃない。まさか、それが私に追いつく為の策だなんて言わないわよね?」

「さてはて、イカガでしょうカ。そこらへんはその身体デご確認くだサイな」

「そう。なら存分に確かめさせて貰うわ!!」

「バッチコイです!」

 互いに扇を構え、風弾を一発放つと同時に移動を開始する。
 二つの風がぶつかった事を皮切りにして、二種の風が混ざり合った。
 それは、ドックファイトと呼ばれる戦闘機同士の格闘戦に酷似していた。
 相手の背面を取るために、旋回し、かく乱し、空を舞う。
 本来ならばそれは、舞踏と思えるほど華麗で美しく見えるものなのだろう。――目視できる速さならば。
 幻想郷最速とソレに準ずる速さの激突。それは最早、並大抵の人妖が追えるものでは無い。

〈と言うか、少年もぶっちゃけ何が起こってるのか分かってないよな〉

 うん、巨大な嵐を球状に凝縮した風の中でミキサーされてる感じ。ワケ分かんない。
 しかもほぼ限界値の全速力で飛び続けている影響で、氷の装備や身体全体がギシギシ言ってるし。
 それでも本気の文姉には何一つ及ばないと言うのだから、紛い物と本物の差はやはり致命的だと言わざるを得ない。
 もっともそれくらいの事はこちらも織り込み済みだ。本気で速さ勝負をすれば、勝ち目なんてハナから無いのは充分に理解している。
 所詮、偽者は偽者。さしたる覚悟も無いのに、真っ向勝負で本物に叶うはずがないのだ。……面変化は完全オリジナルだけどね。
 ただしそれは、あくまで同じ点のみで勝負した場合の話だ。
 天狗面には一つだけ、天狗にない特殊な能力がある。オーバードライブ・クロウ――周囲の時間を遅延させるスペルカードだ。
 一歩及ばない現状ではあるけど、逆に言うとその一歩さえ縮める事が出来れば逆転する事が出来る。
 チャンスは一度だけ。まずはそこを見極めるために、少しでも場を掻き回さないと。

「デハ、まずは牽制デ!!」

 一度大きく文姉から距離を取り、手当たり次第に風弾を撒き散らした。
 当たるとは思っていない。もっと言うと、牽制としても期待はほとんど無い。
 まずは試しの一撃だ。さて、どういう反応をするか――ほぇあ?

「――ぐぅっ!?」

「え、直撃デスか?」

 適当に放った一撃の一つを、文姉は避けようともせず真正面から受け止めた。
 いや、受け止めたというより当たりに行ったと言う方が正しいか。
 普通にしていれば確実に避けられていたと言うのに、わざわざ戻ってまで受けるとは……何でまたそんな事を。

〈そりゃ、あっちの世界の少年に直撃するかもしれないからだろ〉
 
 ……ああ、そういえば居ましたねそんなの。
 全力で戦ってる間に、すっかり記憶から抜け落ちてましたよ。ははは。

〈魅魔様的には忘れてて欲しいけど忘れんなよ。あの少年にグーパンするのが目的なんだろーが〉

 別世界とはいえ、文姉と良い勝負出来てる喜びで頭が一杯になってましたからね。
 と言うか、もう一人の僕は何してるのさマジで。さすがに魔眼も気も無しの現状でこの勝負に首突っ込めとは言わないけど。
 だけどせめて、足手まといにならないよう努力はしてよ。努力は。
 いや、そもそも見えてないんだろうけど、それにしたって反応がなさ過ぎるんじゃ――――えっ。
 何気なく様子を窺った僕は、その光景に絶句した。
 この世界の久遠晶は、両手を耳に当て、戦いから背を向け、目を瞑り――外部からの情報全てを遮断していたのだ。
 文姉の安否など、ほんの僅かも気にしていない。
 ただ早く終わってくれと、他人事のように関わりを拒絶し塞ぎ込んでいたのである。
 
「――っ! 隙あり!!」

「……スペルカード、セット」



 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」



 棒立ちになったこちらの隙を逃さず、文姉がスペルカードを構える。
 しかしそれを宣誓する前に、僕は神速のスペルカードを発動した。
 ただし攻撃の為に使ったワケではない。周囲の時間が遅延していく中、僕は全速力でその場を離脱した。
 そのまま魔眼の射程範囲ギリギリまで移動すると、スペカと面変化をほぼ同時に解除する。

「はぁ……」

 適当な木にもたれかかり、魔眼で文姉達の様子を確認する。
 彼女は突然僕が消えた事に驚いていたけれど、隠れているワケでは無いと悟って軽く脱力していた。

〈どうした少年、急にやる気無くして〉

 なんか、どーでも良くなりました。
 失望したと言うほど期待してなかったし、悲しいと言うほど思い入れは無かったけど。
 あの久遠晶にとって‘この世界は何の価値も無い’のだと分かった瞬間、怒りも戦意も全て吹き飛んでしまった。
 そんなモノか。……そんな程度のモノになる可能性も、あったのか。
 
「――お疲れのようですね、『久遠晶』さん」

「ええ、何だかどっと疲れました」

 何とも言い難い気分で文姉達の様子を窺っていると、真横でゆっくりと隙間が開いた。
 出てきたのは、恐らくはこの世界の紫ねーさまだ。
 彼女は表面上の微笑を浮かべながら、冷たい瞳で家畜でも見るかのようにこちらを一瞥する。
 まぁ、今までのに比べればずっとマシな反応だろう。僕は小さく肩を竦めて、当たり前のようにスキマ妖怪の言葉に頷いた。
 
「あらあら、もう少し驚いて頂けると思いましたが。こちらの晶さんは随分と肝が座っていらっしゃるのですね」

「あの久遠晶と比べれば、誰だって図太く感じますよ。――それで紫さん、何の御用ですか?」

「そうですね、あえて言うなら確認でしょうか。貴方がどういった意図をもって現れたのか、一応は本人に確かめてみようと思いまして」

「意図ですか……。もう一人の自分を殺しに来たって言ったらどうします?」

 相手の意図を探る為、あえて挑発になりそうな理由を口にしてみる。もっともこれで彼女が激昂する事はまず無いだろうけど。
 多分、この世界の八雲紫はこの世界の僕と親しくない。いや下手をすると……。

「本当にそうでしたら、とても喜ばしい事ですわね。――ついでですからアレの居場所も奪っていきますか?」

 本当に嬉しそうに僕の言葉を歓迎する八雲紫。その声色に、もう一人の僕を思いやる気持ちは微塵もない。
 厄介なゴミが消えてくれるなら御の字、と言った所だろうか。やはりこの世界の僕と八雲紫の関係は良好でないらしい。
 まぁ、気持ちは分かる。僕と同様の能力を持っていてあの性格だと言うなら、彼女にとって久遠晶は厄介な邪魔者でしか無いのだろうさ。
 それにしても、居場所も奪ったらどうか。ねぇ……良くもまぁ心にもない事を本音みたいに言えるなぁ。

「止めておきます。僕には僕の世界がありますから」

「あら残念」

 ちっとも残念でない様子で、八雲紫が冷ややかに笑った。
 そりゃそうだ。僕とアレが入れ替わった所で、あくまで厄介者のベクトルが変わるだけ。彼女にとっては何の意味も無いのである。
 要するに、この世界にもう『久遠晶』の居場所はないのだ。無くしたのか、元々無かったのかは定かではないけど。

「では、速やかにお帰りください。こちらに隙間は空けておきますから――ね」

 お前も邪魔者に違いない。そう言外に含んだ声で、八雲紫がどこかへと繋がってる大きな隙間を開いた。
 それがどこに繋がっているのかは分からない。だけど、どこへ繋がっていたとしてもここに居るよりはマシだろう。
 僕はゆっくりと隙間へと歩き出し――その手前で止まって、再び文姉達の様子を確認してみた。
 安全を確認した彼女は久遠晶へと歩み寄り、もう一人の僕も恐る恐るそれに答えている。
 何とも心温まる光景だ。――だけど、二人の間には決して埋まらない隔たりが広がっていた。
 あの間が埋まらない限り、久遠晶に新しい居場所が出来る事は無いだろう。

「――――――どうかお幸せに」

 皮肉を込めて、嫌味を込めて、ほんの少しだけ同情も込めて、小さく別れの言葉を口にした。
 あの久遠晶がどうなるのか興味は無い。何かしてやろうとも思わない。
 だけど、せめて祈る事だけはしておこうと思う。例え無駄に終わるのだとしても。





 ――幻想郷に望まず来た彼が、望まぬ世界で僅かな希望を見出す事を。




[27853] 異聞の章・拾弐「異人同世/面影にのみ色を見せつつ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/10/28 02:59

 初めて見る芽があると、どんな花が咲くのか確かめたくなる。

 退屈でただ長いだけの私の時間の中で、数少ない娯楽の一つだ。

 育つ過程も、美しく咲いた瞬間も、それを愛でる一瞬も、極上の美酒に勝る快楽を私に与えてくれる。

 ……けれど私は、どうやら自分で思っている以上に『甘い』性分をしているらしい。

 丹念に育てた花が美しく咲いた所を見ると、摘むのは惜しいと思ってしまうのだ。

 そして最後まで、花が枯れる時まで見守ってしまう。

 ――もうすぐ、あの花は枯れるだろう。
 
 結局、一度も本気でやりあう事は無かった。

 最後まで触れぬまま摘めぬまま、こんな所まで来てしまった。

 ……私は、どうしたかったのだろう。

 どうしようも無くなった今だからこそ自問してしまう。

 ――もしも、もしも違う結末が選べたのなら。





幻想郷覚書 異聞の章・拾弐「異人同世/面影にのみ色を見せつつ」





「おはよう、まだ生きているかしら?」

 朝日の差し込む部屋に入り、お馴染みとなった挨拶を口にする。
 それに返ってくる言葉は弱々しくて、かつてのような若々しさはもうどこにも無い。
 私は朝食の入ったトレイを持ってベッドまで近寄ると、すっかり白くなった彼の頭を優しく撫でた。

「無理に起きなくて良いわよ。身体、拭いてあげるわね」

 トレイを脇のテーブルに置き、晶の身体を優しく起こす。
 以前の潤っていた肌は見る影もなく衰え、元々細かった手足は今や枯れ木の様になってしまっている。
 それでも、『お爺ちゃん』と呼ぶより『お婆ちゃん』と呼ぶ方が合っている所はさすがだけどね。
 最早、戦うどころか日常生活すら困難な有り様。
 幻想郷有数の実力者も、時間の流れの前には無力なモノだわ。
 ……人である事を辞めていれば、こんな結果にはならなかったのでしょうけど。
 結局貴方は、最後まで人間で在り続けたわね。

「はい、終わり。ふふ、綺麗になったわよ」

 それでも、人間としては上等な終わり方なのでしょうね。
 大切な記憶を失う事も無く、肉体の一部を欠ける事も無く、ゆっくりと静かに衰えていく。
 私には拷問のような死に様にしか見えなくても、世間から見れば大往生なのだろう。
 事実、今まで彼の口から人生を悔やむ言葉は無かった。
 一人で部屋を出る事すらままならない姿になっても、晶は昔と変わらぬ笑みを浮かべ幻想郷を楽しんでいる。
 
「ねぇ晶……………今日の昼食は何が良いかしら?」

 本当に、コレで良かったの?
 思わず言いかけた下らない言葉を飲み込み、他愛のない話題でお茶を濁す。
 まったく、らしくないわ。柄にもなくナイーブな気分になっているみたいね。
 私は無言で晶に朝食を食べさせ、後ろめたさを誤魔化すように部屋を出て行った。
 ……情けない。文や紫はとうに覚悟を決めていると言うのに、私だけが足踏みをしてしまっている。
 大体、悩んでどうすると言うのか。今更違う結果を求めたとしても、もうどうしようも無いと言うのに。

「ゆ、幽香さん!!」

「――っ!?」

 居間で一人自嘲していた私に、かつて聞きなれた――そしてとうに忘れてしまっていた声が聞こえてきた。
 錆びついていた記憶が、新たな刺激を得てかつてあった光景を蘇らせる。
 ああ、そうか。そういえば彼はこんな声をしていたわね。
 懐かしさに惹かれ振り返ると、そこにはやはり以前良く見たメイドの姿があった。
 そういえば、いつの間にかあの格好もしなくなっていたわね。あれはいつの話だったかしら。

「分かります!? 僕の事、分かりますか!?」

「……ええ、晶よね」

「良かったー! 戻ってこれたー!! アイル・ビー・バック!」

 ……思い出したわ、この底抜けた明るさと騒々しさ。
 若い頃の晶は、動きも表情もコロコロと面白いくらい変わったのよね。
 数十年ぶりに実感してみると、覚えていたよりも鬱陶しくて逆に笑えてくるわ。

「貴方がどういう久遠晶なのか知らないけれど、ここが貴方の世界かと問われれば答えはノーよ」

「ほへ? どういう事ですか?」

「若すぎるのよ。私の知る久遠晶は、いつ死んでもおかしくない老人なのだから」

「老人!? えっと、ちなみに僕が幻想郷に来てから何年くらい経ってますかね?」

 笑顔の凍りついた晶に年数を答えると、ガックリと頭を下げた彼は思い切り地面に倒れ込んだ。
 よほどショックだったのだろう。その姿に安堵を覚えた私は、苦笑しながら彼の分のティーカップを用意した。

「落ち着きなさい。紅茶を入れてあげるから、まずは一息つきましょう?」

「はーい……」

 のそのそと起き上がり、弱々しい仕草ながらしっかりと席に座る久遠晶。
 遥か昔にあった「いつも通りの光景」が、気のせいで無ければ私に力を与えている。
 妖怪は精神に依るモノだと言う話は良く聞くが、ここまで分かりやすく実感できるとは思わなかった。
 調子を狂わせてばかりね。……こんなにも不安定だったかしら、私は。

「……幽香さん、大丈夫ですか?」

「あら、それは私の台詞じゃないかしら」

「そうなんですけど……なんだか幽香さん、元気が無い様な気がして」

「生意気ねぇ。こんなにも上等な口を叩く子だったかしら」

「ゆふふぁさぁーん」

 そんな私の不安を一目で見抜いた晶が、上目遣いでこちらの様子を尋ねてくる。
 それが嬉しくて、腹立たしくて、私はそれらの気持ちを隠すため晶の頬を軽く引っ張って話を誤魔化した。
 本当に、昔の晶そのままだ。――けれど恐らく、彼は過去の久遠晶では無いのだろう。
 私の知ってる晶よりも、格好が随分と趣味的になっているモノね。……紫か文の仕業かしら。
 瞳を模した金色の首輪に、フリフリヒラヒラ度の増した服装。改めて観察するとメイドらしさはほとんど無いわね。
 何より、彼の内側から感じる力が段違いだ。この年齢ですでに全盛期の晶に匹敵する力を身につけている。
 同じ久遠晶である以上、根本となる能力も同じはず。
 それでこれほど差があるという事は……どうやらこの晶は、私が知るよりも厄介な道筋を進んでいるようね。

「確認したいのだけど、貴方は人間なのよね?」

「この世界では普通に老けてるはずなのに、まさかの妖怪疑惑発生!? 僕は普通の人間ですよ!?」

「徐々に妖怪化してるとか無いの?」

「否定しづらい質問だけど、全力でノゥと答えます! 晶君は普通の子です!!」

 半泣きで否定されるような質問だったかしら。……何だか私の知る晶より、若干必死さが増しているわね。
 それにしても、これだけの力を得てまだ人間だなんて。
 ふふっ。分かっていたつもりだけど、やっぱり晶は面白いわ。こんな些細な事でもこちらの想像を超えてくれる。


 ――本気で戦ったなら、どうなるのかしら。


 思いがけない『久遠晶』の登場に、諦めていた衝動が再び顔を出しはじめた。
 これは虚しい代替行為だ。別世界の晶と戦った所で、それがこの世界の晶の代わりとなる事は無い。
 けれど、けれどそれで私の心は満たされるかもしれない。
 生まれかけている後悔の念も、消す事が出来るかもしれない。
 ……全力で殺し合い、彼を殺す事が出来れば。

「それにしても、老人になった自分って想像が出来ないなぁ。どんな風になってるんだろう」

「隣の部屋で寝てるから、会おうと思えば会えるわよ? ……会ってみる?」

「…………止めておきます。それで蓬莱の薬を求めるようになったら、色々と笑えませんから」

「賢明ね。もっとも私の知る晶は老いが恐ろしくなるほど酷い衰え方はしていないから、会っても大丈夫だと思うけど」

「はー、この世界の僕は幸せな人生を送ってきたわけですねー。……憎まれっ子世にはばかる?」

「自分で言う事かしら。――それに、幸せだったかどうかは分からないわよ」

 呑気な晶の感想に、思わず否定の言葉を重ねてしまった。
 反射的な否定。けれど、だからこそその言葉には私の真意が含まれていた。
 ……やっぱり不安なのね、私は。
 しかし晶は、私の答えに心底不思議そうな顔で首を傾げ尋ねてきた。

「えっと、ひょっとして誰かいなくなったり仲違いしたりしちゃったんですかね?」

「いいえ? 天晶異変から面倒な輩が増えはしたけど、減った奴は一人もいないわね」

「一人もですか? 本当に? 実はボッチになってたとかありません?」

「本当よ、しつこいわね。何でそんなに疑うのよ」

「いやだって、ずっと皆と一緒だったなら――不幸だったはずが無いじゃないですか」

 本当に、本当に何でもない事のように答え、晶が愉快そうに笑った。
 そこさえ違えなければ、そこが違っていないなら、何一つ問題は無いと言わんばかりに。
 
「あ、ひょっとして僕の側が変わったとか!? 年を取って価値観が変わって幻想郷嫌いになったとか!? まさかの二連続!?」

「――ふふっ」

 ああ、こんな簡単な事だったのか。
 こんな単純な言葉が聞きたかったのか、私は。
 ……馬鹿馬鹿しい。今までの自分があまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、逆に笑えてくるわ。

「えと、幽香さん?」

「動揺しすぎよ。それだけ確信できているなら、もう少し落ち着きなさい」

「あ、冗談でしたかそうでしたか。いやはやあはは、ちょっと過敏に構え過ぎてました」

 気付けば、机の下で握っていた拳を緩めていた。
 なんて事はない。私は本気で晶との戦いを望んでいたワケでは無かったのだ。
 ただ、惨めに老いさらばえる前に彼を終わらせた方が良いのではと、そう血迷っただけだったのだ。
 どうやら私は、自分で思っていた以上に彼へと入れ込んでいたらしい。
 ……いや、今更か。そんな事はとうに分かっていた話だ。
 認めていなかったのは私だけ。私だけが、晶をどれほど大切にしていたのか分かっていなかったのね。

「……幽香さん? なんでいきなり頭を撫でるんで?」

「ふふっ、貴方が滑稽で面白かったからよ」

「わー、同情だったー。泣きたい」

「晶は馬鹿でカワイイわねぇ」

「馬鹿という代償で得た賛辞が不本意過ぎて二重に嬉しくない!?」

「それで、貴方はこれからどうするの?」

「あまつさえ普通に話を戻された! あ、えっと、とりあえず元の世界に戻りたいかなぁと思ってます」

「それなら紫ね。アイツに頼めば何とかなると思うわよ」

「……どこの世界でも、だいたいそう言う流れになるんですねぇ」

 何やら悟りきった表情で、小さく苦笑を浮かべる晶。
 まぁ、紫だものね。アイツに出来る仕事なんて便利屋か黒幕しか無いでしょう。

「ちなみにこの世界の紫は晶を溺愛してるから、貴方が呼べば一瞬で現れると思うわ」

「あー、僕の世界と同じノリで大丈夫って事ですか。了解しました」

 晶は笑いながら立ち上がり、机から離れて右手を口元に添えた。
 彼が大きく息を吸うのを確認して、私は両耳を手で塞ぐ。
 ……別に大声で呼ぶ必要性は無いのに、何でどの晶も無駄に良い姿勢で大声を出すのかしら。

「ゆっかりねーさまぁぁぁあ!!」

「はーぁーいー!」

 待っていたと言わんばかりのタイミングで、隙間から八雲紫が現れた。
 そのまま、晶の身体に抱きつき思う存分撫で回し始める。

「あぁん、晶だわー! 今の晶も落ち着いてて素敵だけど、昔の晶も可愛いわー!!」

「いえ、厳密に言うと違うらしいのですが」

「厳密に言わなければ同じよ! ちゃんとお家に返してあげるから、思う存分愛でさせなさい!!」

「何故だろう、物凄い安い報酬なのに凄まじくボッタクられてる気がする」

 少なくともしばらくの間は解放はされないでしょうね。まぁ、一生拘束される事は無いから安心なさい。
 後は私が居なくても大丈夫だと判断した私は、晶に気取られないよう静かに立ち上がった。
 ――その時ふと、紫のヤツと目が合う。
 紫はこちらの様子に気付くと、馬鹿にするかのように笑ってみせた。
 まったく、趣味の悪いスキマね。……覗き見のツケは、後でしっかり払って貰うわよ。
 
「とりあえず着せ替えしましょ、着せ替え! 実は、昔着せたかった衣装が結構あったのよねー」

「エプロン? はて、僕ってエプロン付けた事ありませんでしたっけ」

「まずは全裸になります」

「え、ちょっと待って? 何で脱ぐの? エプロンは装飾品であって服ではありませんじょ?」

「へっへっへ、大丈夫よ大丈夫。大事な所は全部エプロンで隠れるから」

「いやいやいや、だいじょばないよソレ! 絶対にだいじょばないって!!」

「ゆかりん、日本語は正しく使うべきだと思うの」

「突っ込むべきポイントはソコじゃないと、あっきーは思います!」

 馬鹿なやり取りをしている二人を横目で流して、私はその場を後にした。
 その内烏天狗もやってきて、もっと騒がしくなるでしょうからね。
 今の間に、やるべき事をやっておきましょうか。










「おはよう、まだ生きているかしら」

 朝と同じ挨拶をする私に、晶は優しい笑みで答えた。
 普段は静かな部屋には、居間から聞こえてくる晶と紫のやり取りが響き渡っている。

「今、別世界の貴方が来ているわよ。おかげで、久遠晶がどういう人間だったか良く思い出せたわ」

 私の言葉に、晶はただ小さく苦笑した。
 思ったよりも驚いていないのは、それだけ落ち着いたからなのか、単に『経験済み』だったからなのか。
 ま、どちらでも良い事だわ。私も晶に笑いかけ、優しくその頭を撫でてやった。

「ふふ、ちょっと昔を思い出してね。良いじゃないの、私から見れば今でも子供みたいなモノよ」

 けれどこういう所は、何一つ変わっていないのね。
 子供扱いされたと判断して恥ずかしそうに頬を染める晶の姿も、今なら素直に喜べるわ。
 ……私が思っていたより、まだまだずっと子供なのかもしれないわね。
 死の直前ですら幼さが抜けないと言うのだから、人間というのは本当に度し難い生き物だ。
 だけどまぁ…………うん、嫌いでは無いわよ。

「ねぇ晶。貴方はこれから死んで、何もかも綺麗に洗い流して別の何かになるのよね」

「なら冥土の土産に、風見幽香一生ものの恥を持っていくつもりは無い?」

「そう、恥よ。これほど屈辱的な告白をする事はもう無いでしょうね」

「ふふふ、愛の告白じゃ無いわよ。意外だわ、貴方でもそう言う話を期待するのね」

「……いえ、そうね。色恋の話では無いけれど、愛の話である事に違いは無いわ」

「ねぇ晶、私はね――」

 散っていく花をただ見守るのも悪くない。
 それもまた、時間の有益な潰し方の一つだろう。





 ――晶。貴方に会えて、良かった。




[27853] 異聞の章・拾参「異人同世/幻想郷救世主伝説」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/10/28 22:31


「はー、ようやくお家に帰れますよ。……疲れたぁ」

〈滅茶苦茶愛でられてたもんなぁ。まぁ、おかげで直通のスキマを広げて貰えたけど〉

「それでも、すぐには帰れませんけどね!」

〈仕方ないだろう、どこから来たのか探しながら帰ってるんだからな。これでも早い方だと思うぞ〉

「まぁ、いい仕事してくれたとは思います。……それでも割に合わないレベルで尊厳も踏み躙られましたけど」

〈溜まってたんだろうよ。数十年分の鬱憤が〉

「確かに、それくらい鬼気迫るものは感じましたね。――今後はねーさまにもう少しサービスするよう心掛けます」

〈そうしとけ。それと少年、スキマの中だからって気を抜いていると大変な目に遭うぞ〉

「大変な目?」

〈何かに轢かれるとか〉

「スキマの中でですか? あはは、無い無――げぼっはぁ!?」

「あれ? ねぇ、今何か轢かなかったかしら?」

「夢は夜見るもんだぜ、教授。こんな所で誰かにぶつかったりするはずないだろ」

「……それもそうね。ふふ、どうやら私は新たなる神秘との遭遇に興奮しているようだわ」

「ぶっちゃけ迷っただけだけどな。どこなんだよココ」

「うっさい!」

「あいだっ!?」





幻想郷覚書 異聞の章・拾参「異人同世/幻想郷救世主伝説」





「……な、何故スキマの中に巨大な船が」

 船に轢かれると言う普通に生きてたら絶対有り得ない経験をした僕は、どことも知れない世界に墜落した。
 さすがスキマだ。常識で測れない事が平然と起こるぜ……。

〈だから気をつけろって言っただろー〉

 はい、スキマの事甘く見てましたすいません。
 しかし……ここはどこなんだろう? 少なくとも幻想郷ではあるみたいだけど。
 僕の知る幻想郷――じゃないんだろうなぁ。思いっきり道? から外れてしまったし。
 はぁ、今度はどんな愉快な幻想郷なんでしょうね。もうなんか、諦めを超越して楽しみになってきました――っ!?

「えっ……何、コレ」

〈――ば、馬鹿な〉

 凄まじい音を立てて、少し離れた場所で巨大な土煙が巻き起こった。
 それ自体は、珍しいケースだが早々無い事ではない。幻想郷では良くある話だ。
 問題はその中心から感じる力。――圧倒的なまでの存在感と、周囲の空気を捻じ曲げるほどのオーラ。
 ただ感じ取るだけで身体が縮み上がる。なんだコレ、こちらに敵意を向けられたワケでも無いのに手足が震えてきたんですけど。
 居る。あの土煙の中心に、未だかつて無い強さの『ナニカ』が存在している。
 僕は息を呑みつつ、ゆっくりと土煙の方角に向けて歩を進めた。

〈……行くのか、少年〉

 スルーするワケにもいかないでしょう。

〈今回ばかりは何とも言えんな。関わり合いになりたくない事は確かだが、避けて通れるとも思えん。――相手次第だ〉

 ですね。こちらがどう足掻こうが、結局は相手の行動で全てが決まってしまう。
 相手が僕を殺そうと思えば、最早抵抗する余地は無い。――それくらいの差がある。あると分かってしまうのだ。
 覚悟を決めよう。とにかく『ナニカ』が何なのか、確認だけでもしておかないと。
 ――魅魔様、もしもの時は陰陽玉だけでも残すように努力します。だから後の事はよろしくお願いしますね。

〈……すまん少年。せめてもう少し力が戻っていりゃ、少年を逃がすくらいの真似は出来たんだが〉

 嘆いていても仕方ないです。――さ、つきましたよ。
 辿り着いた土煙の発生源には、それに相応しい大きさのクレーターが出来上がっていた。
 山を一跨ぎできる巨人が両手で地面を掬った様な巨大な穴の中心には、筋骨隆々な人間が一人仁王立ちしている。
 近くに比較対象が無いから具体的な大きさは分からないが、ざっと見積もっても二メートルは軽く超えているだろう。
 腕も脚も、丸太という呼称すら生温い太さをしていた。肉体は筋肉の鎧に覆われており、服が完全にオマケになってしまっている。
 ただし、身体の均整は取れていて不自然さは無い。ギリシャ神話の彫像、その理想を究極まで突き詰めたような美しさがそこにはあった。
 身体に対して若干小さめな頭の影響で頭身はかなり高くなっているが、それが逆に自身の魅力を引き上げている。
 圧倒的な威圧感が無ければ、思わず見惚れていた事だろう。
 まるで力という存在その物を象徴化させた様な人間。その存在をあえて一言で語るなら……。

〈いや、もう世紀末覇者で良いだろ。むしろソレ以外無いだろ〉

 あぁん、せっかく人が必死こいて違う表現を探していたと言うのに。
 人の記憶を見て知ってるだけの魅魔様が、その表現を使わないでくださいよ。確かにそれが最適ですけど。
 
〈そんなどうでもいい所はすぐ流して、もっと重要な部分にツッコミを入れるべきだと魅魔様思うな〉

 そう思うなら魅魔様どうぞ。

〈絶対ヤダ。つーかもう、薄々少年も分かってんだろ? 覚悟きめちゃえよ〉

 うう、やっぱりそうなんですかね。
 再び視線を動かし、件のアンノウンの姿をもう一度確認する。
 先程はオマケ扱いした服装だが、実際はかなり異彩を放っている。――だってメイド服だし。
 うん、そうなの。メイド服なのよ。フリフリのヒラヒラのパッツンパッツンで。
 別途の袖が完全にリストバンドみたいになってるし、コルセットとかもう付けてる意味が分かんないし。
 せめてサイズくらい合わせてあげればまだマシなのに、何で一個小さいサイズにしたのだろうか。
 
〈そこだけどそこじゃない、と言うかそこまで触れたならもう言えよ。同じ格好だって言ってしまえよ〉

 いやだって、そこを認めちゃうとアレじゃないっすか。
 もう大分手遅れって言うかもう完全にアウトっぽいですけど、希望は最後まで持ちたいじゃ無いですか。

〈あれ、完全にこの世界の少年だろ〉

 言うなぁぁぁぁああ!! そんなあっさりと言わないでぇぇぇぇええええ!!
 世の中にはですね、絶対に認めたくない事があるんですよ!
 こんな……こんな……こんな素敵な人が別世界の僕だなんて、僕は絶対に認めないからね!!

〈え、そっち?〉

 なんだよぉ……あの、上半身露出で歩いていても公然わいせつ罪に問われなさそうなむきむきぼでぃは。
 僕が学生の頃、どれだけそのボディに憧れ挫折したか……およよよよ。

〈ご、号泣するほど羨ましいのか。いやそうじゃなくてな少年〉

「――いいかげん、出てきたらどうだ」

 木陰に隠れて咽び泣いていると、もう一人の僕? が静かに声を発した。
 重低音の、実に男らしく逞しい声色だ。本当に僕の理想通りな男振りで泣きたくなる。
 そしてその声は、明らかにこちらへ向けて放たれていた。
 まぁ、あれだけの力を持ってるんだもんね。気付かれないはずが無いよね。
 とりあえず僕は両手を上げて降参の意志を露わにしつつ、クレーターへとゆっくり足を踏み入れた。
 
「あはは、覗き見しているつもりは無かったのですが。えっとその……」

「――その闘気。なるほど、貴殿は異なる世界の己であるか」

「……分かるんですか?」

「然り。如何に姿形が変われども、根底に或る魂の色は変わらぬ故に」

 何とも良く分からない判断基準で、僕が別世界の自分であると判断したもう一人の僕。
 と言うか、魂の色って何ですか。気の発展形みたいなモンなの?

「まぁ、一応自己紹介はしておきますね。僕は別世界の久遠晶、えと……狡知の道化師とか……人間災害とか呼ばれてます…………」

 同一人物同士の紹介だし、どういう人間か分かる様に説明しよう! と思った結果がコレである。
 出来るだけ友好的な二つ名を探したけど、この二つしか出てきませんでした。あかん。
 しかしもう一人の僕は、そんな怪しさ大爆発の説明にも訝しむ事無く静かに頷いてみせた。
 物凄い安定感である。やっぱアレか、優れた肉体には優れた精神が宿るものなのか。

「では己も名乗ろう。――我が名は久遠晶。久遠闘法の正統伝承者であり、この世界では「生ける超新星」の二つ名で呼ばれている者だ」

「……くおんとうほう? りびんぐすーぱーのば?」

 なにそれこわい。ヒューマン・ディザスターが子供の謳い文句に聞こえるほど怖い。
 いや、って言うか本当に何それ。やたら大袈裟な二つ名もだけど、その僕の苗字が使われてる武術っぽいモノが何それ。
 無いからね? 我が家にそんな世紀末的な技っぽいの、一切合切伝えられて無いからね?
 
「久遠闘法を知らぬのか……遥か平安の頃より伝えられし、退魔にも通ずる拳法なのだが」

「知らない。そんな千年以上続く意味の分からない技術、僕は全く知りません」

「貴殿の世界ではすでに失伝されたか。諸行無常の世とはいえ、やはり一抹の侘しさを感じざるを得ぬな」

 つまりアレですか。そちらの世界の久遠家は、代々そんなネタ臭い拳法を受け継いでるワケですか。
 そしてその結果が世紀末覇者と。……なんだろう、羨ましいようなそうでも無いような。
 と言うか、今さらっと聞き捨てならない事を言った。幻想郷大好き人間として、ちょっと無視してられない言葉を言ったぞこの人。

「あの……不躾ですけど、そちらの久遠晶さんは何故幻想郷に? なんか退魔とか不穏なお言葉が聞こえてきたのですが……」

「そうだな。――その前にまず、場所を移さぬか? 多くを語るにはこの場は不便であろう」

「はぁ、構いませんけど……」

「そうか。では付いて来い、落ち着ける場所に案内しよう」

 こちらに背を向けた彼がゆっくりと歩き出すのを確認して、僕も早足でもう一人の僕の後へ続いた。
 そうして近付いた事で分かる、人智を超えた彼の大きさ。
 ……あの、下手するとこの人三メートルに達しそうなんですけども。拳王かと思ったら山の人だった、くらいの大きさなんですけど。
 そして近付けば近付くほど感じる圧倒的な迫力。敵意は無いっぽいのに、放たれる圧力だけで肌が粟立つような感覚が襲ってくる。
 わぁ、やべぇ。エンカウントイコール死な理不尽系ボスキャラってこんな感じなのかなぁ。
 この人がもしも幻想郷の妖怪を退治しに来たのだとしたら、冗談でなく幻想郷はおしまいかもしれない。
 さすがにそれは無いと思いたいけどなぁ。でもさっき、退魔にも通じる拳法だとか言ってたし。

「どうした? 難しい顔をしている様だが?」

「え!? あっ、いや、その……そういえばさっきの土煙は何だったのかなぁと思って」

 あっちの僕の立ち位置が分からないので、とりあえず無難そうな所から攻めてみる事にする。
 妖怪を退治した結果こうなった、とかだったら……どうしよう? 
 ぶっちゃけ、分かった所でどうしようも無いんだよなぁ。実力差がありすぎて。
 もう土下座して懇願するか神様にお祈りするしか選択肢ないですよ。無理、絶対に無理。
 そんな複雑な心中での質問に、もう一人の僕は目を閉じ重苦しい沈黙を返してきた。
 え、何故にそんなリアクション? そんなに心苦しい事を聞いてしまったの? 何やらかしたんですか貴方は?

「……恥ずかしい話だが、己には苦手とする虫が居てだな」

「ああ、御器被りの事ですか。分かります。大変良く分かります」

「さすが己だ、話が早いな。――己は、それと遭遇すると我を失ってしまう悪癖があるのだ」

「つまり、我を見失ってやらかしちゃったてへぺろ。と言うのが事の真相ですか」

「………………うむ」

 実に共感できる理由だけど、同じくらいどうしようも無い理由だった。
 いやさ、さすがに「そんな図体して苦手なのかよ」とかは言わないけどさ。
 隕石でも落ちたみたいなクレーターの原因が、虫一匹っていうのはちょっとまぁその……人の事言えた義理じゃ無いけどね?
 とは言え、妖怪は問答無用でデストロイってワケじゃ無さそうなので一安心。
 僕はほっと一息つきつつも、それでも念のため二つ目の探りを入れる事にした。

「なーんだ。妖怪を退治していたワケじゃ無いんですね」

「無論だ。源流は魔に抗する力だったとしても、久遠闘法は義を為す為の技。妖怪と言えど無辜の民は傷つけん」

 あらやだカッコイイ。なんて男前な事を当たり前のように言うのだろうかこの人は。
 同じ人間とは思えない発言に思わずキュンと来てしまう僕。良いなぁ、僕が同じ事言っても大爆笑の嵐なのになぁ。
 まぁ、さっきのクレーターでその無辜の民が何人か巻き込まれたかもしれないけども。
 そこは指摘しない優しさ。迂闊な発言で自分の寿命を縮める真似はしませんよ、あはははは。

「今度は己から質問させて貰おう。貴殿、闘気に紛れて何やら妙な力を感じるが……それは何だ?」

「ほへ? 何って、それは「『無』を『有』にする程度の能力」じゃ無いですか?」

「――無を、有にする程度の能力だと?」

「あれ、そちらさんは持ってないんですか? 同じ久遠晶だから、同一の能力を持ってると思うのですが」

「分からぬ。己は能力を使わず拳のみで生き抜いてきた。故に己は、己の中に眠る力を正確に把握しておらぬのだ」

「………大丈夫なんですか、ソレ?」

「問題無い、我が力で抑えておる。――姉君にも申したが、己は拳以外の力に頼るつもりはない」

 わぁ、何だソレかっこ良すぎる。一生で一度は言ってみたい台詞だね。言わないけど。
 そして驚愕の事実。さっきの土煙は能力未使用な拳によるモノでしたとさ。……え、マジで?
 それであの威力ってどういう事なの? 人間って、拳を極めるとそんな馬鹿げた真似が出来るようになっちゃうの?

「しかしなるほど、貴殿は能力を受け入れた久遠晶なのだな。うむ、その華奢な身体つきにも合点がいったぞ」

「あははー、受け入れた事が関係してるとは思えないですけどね。僕だって多少は鍛えてたワケですし」

 もっともそれは、本格的な格闘家とは比較にならない慎ましやかなレベルの鍛錬だけど。
 いやでも差がありすぎだよね。幻想郷を探す労力を全部格闘に突っ込んだとしてもこうはならないよね、多分。

「では、根本的に身体の作りが違うのかもしれんな。……そうでも思わぬとやってられん」

「それは僕も同じです。この十数年間「僕にはムキムキ因子が無い」と自分に言い聞かせていたのにこの有様、ちょっと泣きそうですよ」

「良いではないか。――己は進んだ道に後悔していない。しかしそれでも、己は女として貴殿のような姿に憧れてしまうのだ」

「そう言われてもねぇ……男の子の僕としては、その姿のどこらへんが不満なんだよチクショーって感じに」

「――むっ?」

「――はにゃ?」

 アレ、今何かアレ? なんかそのアレ? 聞き間違えでは済まされない発言があったようなアレ?
 いやいやいや、無い無い無い無い。失礼だとか暴言だとか言われても、それは無いと言い切りますよえぇ。
 だってアレじゃないですかアレ。いや上手く言えないけどアレ。アレがアレだとしたらアレじゃ無いですか。アレアレ。
 もうなんて言うか、立つ瀬がないどころか座る所も無いじゃないですか僕。
 頭の中がゴチャゴチャになってワケが分からなくなっている。それでも何とか視線を相手に向けると、向こうも僕と同じ顔をしていた。
 うん、なんていうか覚悟を決めよう。聞こう。聞いてしまおう。
 大きく息を吸い込んで、僕と彼……いや、えっと、まぁ彼で良いや。彼は同時に言葉を放った。

「貴方は男性……ですよね?」

「貴殿は女性……では無いのか」

「――男です」

「――女だ」

 静かに、静かに互いの性別を確認し合う僕等。
 それぞれ知りたい事を知った僕らは、各々の衝撃を表す形で地面に倒れ伏した。
 酷い。なんて報われない話だ。どっちにとっても傷しか残らないじゃないか。しかも致命傷。
 その後僕らは、互いの傷が癒えるまで地面と見つめ合い続けたのだった。





 ――とりあえず、メンタル面の強さはどっこいどっこいらしい。何の救いにもならない話だけども。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「おいオマイラ、元気でやってますか? 超高校級の裁判官山田さんですよ」

死神A「このタイミングでそのモノマネは悪意あり過ぎだと思うんですけど」

山田「うるせぇ、さくらちゃんの悪口は止めろ!」

死神A「言ってませんよ!?」

山田「ちなみに今回の山田さんは、ダ○ガ○ロ○パに倣って死神Aがオシオキを喰らうオチとなっております」

死神A「その上、聞きたくなかったネタバレまでやらかした!?」


 Q:2次創作によっては妖気、神気、霊気、魔力で分けてますが天昌花ではそういう分け方してないんですね」
   それとも晶君が妖怪の能力大量にパクッテるから霊気じゃなくて妖気でも纏ってる?(それもはや人間じゃry


山田「天晶花ではそこらへん細分化してません。基本的には「霊力」で一括りにしてます」

死神A「でも、本編内で妖気とか魔力とか出てた様な……」

山田「妖怪っぽい霊力が妖気、魔法使い用の霊力が魔力とかそんなノリです。それほど大きな差はありません」

死神A「違いが良く分からないんですが」

山田「ペプシコーラとコカ・コーラの違いみたいなもんです。違いはあるけど根本は一緒なんですよ」

山田「そもそも原作でも、そこまで細かく扱われてるモノじゃ無いですしね。なのでそこは深くツッコミません」

死神A「わぁ、ぶっちゃけたなぁ……」

山田「強いて言うなら、魔法使いに関係した魔力だけちょっと特別扱いされてます。それもちょっとした違いですが」

死神A「そんなモンですか」

山田「まぁ、晶君は生まれた頃から特殊能力持ちで、その後も指摘通り妖怪の能力をコピーしまくりなんですよね」

山田「ぶっちゃけ妖怪的な生まれ方と育ち方してるので、在り方が妖怪らしいのはもうどうしようも無いかと」

死神A「フォローかと思ったらトドメでした。もうそれ完全に妖怪じゃないですか……」

山田「いえ、まだギリギリ「妖怪の力を持つ人間」です。それ妖怪とどこが違うのって言われると困りますが」

死神A「何一つフォローしてない……」


 Q:ひょっとして晶君の家にも久遠闘法が……。


山田「ねーから。今更そんな珍妙な設定を晶君に付与したりしねーから」

死神A「これ、セルフで解答するような質問ですか?」

山田「ぶっちゃけ山田さんやるだけの質問がありませんでした」

死神A「思いっきりぶっちゃけましたね!?」

山田「あと、ひょっとしたら何かの伏線かも。と思われたら困るので。ハッキリ言っときますがただのネタです」

死神A「一発ネタで無いと困りますしね。……ちなみに、どんな武術なんですか?」

山田「コンセプトは「武術って言っときゃなんでもあり」です。空も飛べるしビームも撃てます」

死神A「それはひどい」

山田「そして大概の能力は「気合と根性」で抵抗出来ます。これが幻想を上回る脅威の力、根性パワーです」

死神A「わぁ、物凄い力押しだぁ……」

山田「という事で、全部終わったのでオシオキタイム逝ってみましょうか」

死神A「えっ、本当に予告した通りのオチに持っていくつもりなんですか!? 捻ったりは!?」

山田「しません」

死神A「いやその……お慈悲は?」

山田「ありません」

死神A「だ、脱出を――!」

山田「間に合いません」

死神A「しぎゃーっ!?」

山田「ふぅ……久しぶりに裁判官らしい仕事が出来ました」

死神A「け、刑罰の執行をするのは裁判官の役割じゃないですよ……がくっ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 異聞の章・拾肆「異人同世/幻想武闘伝G」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/11/05 10:12


「……すまぬ。貴殿の性別を間違えてしまうとは」

「いや、まぁ僕も同じ過ちを犯しましたので……なんて言うかスイマセン」

「……………………貴殿は、実に愛らしいな」

「あはははは――良く言われます。大変良く言われます」

「故に、この様な問いを投げかける事は間違っているのかもしれぬ。しかし聞かせてくれ――何故貴殿はその格好なのか」

「命を守るためです。女装癖があるとかそういう事ではございません」

「ふむ、なるほど。言われてみればその衣、特殊な力が宿っているようだな」

「その……むしろこちらが失礼な事を尋ねますが、もう一人の僕は何故にメイドさんの格好を?」

「――趣味だ。己の」

「あ、左様ですかそうですか」

「ふふ、分かっているさ。己には似合わぬ格好である事はな」

「そこまで考えるほど、僕も鬼畜じゃないですよ? サイズ合ってないなぁとは思ってましたが」

「…………これ以上大きな服が、他に無かったのだよ」

「無ければ作れば良いじゃないですか。裁縫得意な人に手伝ってもらえれば、それなりのメイド服は作れますよね?」

「――!?」

「え、どうしたんですか一体!?」

「その発想は無かった。服と言うのは買うものだ、と言う固定概念があったのだろうな。……ぐふっ」

「倒れた!? 何で!?」

「ふふ……これが女子力の違いと言うモノか。これほどの敗北感を抱いたのは、生まれた初めてかもしれぬよ」

「…………あの、止めてもらえません? そちらが傷つくと、こちらも同等のダメージを心に受けるんで」





幻想郷覚書 異聞の章・拾肆「異人同世/幻想武闘伝G」





「ちなみに、これから何処へ行くんですかね?」

 お互い何とか持ち直したので、僕等は歩くのを再開する事にした。
 まぁ、歩いてる方向で何となく分かるけど。
 やっぱり、世界が変わっても基本的な交友関係とかは変わらないのだろうか。

「うむ。我が戦友、風見幽香の居城である太陽の畑だ」

「思いっきり変わってたー!?」

 とは言え、冷静に考えると当然の話である。
 この久遠晶が幽香さんのペットになっているはず無いし、幽香さんもそれを望まないだろう。
 「とも」と呼んで戦友と書いてたみたいだし、この世界での僕と幽香さんはバトル漫画的な意味でのお友達であるらしい。
 そっか、仲良いのか……。求道者っぽい感じの人だから、戦いに関してもストイックなイメージがあったけど。
 さてはこの久遠晶、結構ドつきあい好きだな? とりあえず拳で語り合う畑の人間と見た。

「なんと、そちらの世界では我が戦友は友では無いと言うのか」

「そうですね。友達でもあると思いますけど、どっちかと言うと……保護者?」

「あの風見幽香がか。所変われば品変わる、奇妙な縁もあるものだ」

「まったくで」

 意外そうな顔をするもう一人の僕。まぁ気持ちは分かるけど、僕の予想だと幽香さんその物は何も変わってない気がする。
 んー、しかしやっぱり気になるなぁ。何でこの人、幻想郷に来たんだろうか?

「あのー、到着するまで時間も掛かりそうですし、何で幻想郷に来たのか教えて貰えませんか?」

「そうだな、世間話くらいにはなろう。――そもそも、私が幻想郷の存在を知ったのは幼き日の事だった」

 あ、そこらへんは僕と一緒なんだ。

「己が祖母は、久遠闘法の師であり優れた武術家であったのだが……」

 ……と思ったら全然違ったでござるの巻。
 そっか、こっちは爺ちゃんでなく婆ちゃんだったのか。
 しかも優れた武闘家って……いやまぁ、爺ちゃんインドア派だったからある意味納得だけど。

「その祖母はかつて、幻想郷に迷い込んだ事があったらしい。――そして、幻想郷の妖怪達に敗北を喫したそうなのだ」

「あー、お婆さんはもう一人の僕ほど強くなかったんですね」

「……さて、己の口からは何とも言えぬな。少なくとも当時の己にとって、祖母とは『世界の果て』であったのだよ」

「お婆さんより強い、なんて存在が居るとは思わなかったワケですね」

「然り。それ故に己はその世界に憧れを抱いた。まだ見ぬ強者達の集う幻想の園――幻想郷に」

 僕の知ってる幻想郷と若干違う様な、結局本質的には同じ様な。
 なるほどつまり、「俺より強いヤツに会いに行く!」的な思いで幻想郷に来たんですね。
 ……ダメだ。なんかもう、そこらへんの始まりからしてすでに男らしさで負けている。
 きっと幻想郷見つけるまで、血反吐を吐くような鍛錬を重ねていたんだろうなぁ。凄いなぁ。
 だけど真似したいとは思わない当たりに、僕の限界的なモノがあるのかもしれない。
 なんて言うか根本的に、僕にはスポ根みたいなノリがあっていないのかも。

「ちなみに、幻想郷に来てみてどうでした? ……楽しめました?」

「うむ。思っていたのとはやや違ったが概ね満足している。妖怪達の持つ能力は皆、人智の及ばぬ物ばかりだからな」

 一番人智を超えてそうなのは貴方ですけどね。いや、突っ込まないけどさ。
 まぁなんだ、幻想郷の事を好きって所は共通しているようなので何よりです。そう言う事にしておきます。
 
「そういう貴殿は、何故幻想郷に? 失礼ながら、腕試しをしに来たようには見えぬが」

「実際違いますしね。僕が幻想郷に来たのは……なんて言うか、好奇心を満たすためですから」

「好奇心?」

「不思議に対する溢れんばかりの愛とも言えます。だから僕の場合、幻想郷で何をしたいって言うより幻想郷に居る事その物が目的なんです」

「……なるほど、貴殿は冒険家なのだな」

「まぁそれが一番近いかもしれないですね、多分」

 世間一般の冒険家さんが大激怒するかもしれないけど、立場的にはそうなるのだろう。
 うん、冒険家(大爆笑)である事は否定しない。最近は大した大冒険もしてなかったし……今絶賛やらかしてる所だけど。
 あーそうだ。ここでの事や別の世界での事、覚書にはどう書いておくべきか。
 異世界冒険譚は微妙に範囲外なんだけどなぁ。まぁ、後で書くだけ書いておきますか。

「あっきらちゃーん! こんな所に居たんですぎゃーす!?」

「早苗か。久しいな、本日も変わらず元気そうで何よりだ」

 お、この世界の早苗ちゃんだ。見た目的にもテンション的にも、僕の世界とそんなに変わらない感じだね。
 その早苗ちゃんは、もう一人の僕に隠れていた僕を見つけ愕然とした表情になった。
 わぁ、この無駄に派手なリアクションは完全にいつもの早苗ちゃんだ。別世界なのに懐かしいなぁ。

「な、ななな、何なんですかそれはー!?」

「む? 何の話だ?」

「そっちの、メイド服が激烈似合う彼女の事ですよ! 酷いです晶ちゃん、私よりも先にペアルックしちゃうなんて!!」

「己と彼が同じ装いをしているのは偶然だ。揃い着の意図は無いぞ」

「意図があろうと無かろうと、同じ服を着ていればすなわちペアルックです! 論破しましたよ!!」

「――なるほど、言われてみればその通りだ。早苗の理屈にはいつも驚かされるな」

「えっへん! それほどでもありません」

 ……どうしよう、今すっごい頭が痛いや。
 あっちの世界の久遠晶がツッコミ属性で無い事には薄々勘づいていたけど、ここまで見事にボケ倒すとは思わなんだ。
 いや、確かに服が一緒ならペアルックと呼べるかもしれないけど。
 それは早苗ちゃんが最初に言ったニュアンスとは、明らかに違う意味だよね?
 要するにアレでしょ? 友達と一緒の衣装キャホルンルンって事でしょ? 違う?

「ううう……ポッとでの謎メイドさんに、晶ちゃんの初めてを奪われてしまいましたぁ……」

「すまぬ早苗。事故とは言えその様な事になってしまうとは……詫びの言葉も無い」

 わぁ、超人聞きの悪い会話。うっかり聞かれたら、この世界の僕が大好きな方々に惨たらしく殺されそうだね。
 と言うか実際問題、早苗ちゃんの視線がそれくらい険しくなっている。フォローしないと今すぐにもヤラれそう。

「あー、ちょっと良いですか風祝さん」

「むむっ、私が巫女でなく風祝だと気付いた点は評価出来ます! 早苗ポイント五点差し上げましょう!!」

「そりゃどうも。で、ですね。先程もう一人……久遠晶さんも言ってましたが、僕等の衣装が被ったのは偶然の産物なんですよ」

「そんな言い訳で守矢の風祝が黙ると思ったら大間違いです! 悪い妖怪として退治しちゃいますよ!!」

 ……早苗ちゃんは元々、思い込みが激しいと言うか先入観で行動する所があるもんね。
 うん、妖怪だと勘違いされても仕方ないよね。うんうん。魅魔様黙れ。

〈そうだねー、風祝なら勘違いしてもしょーがないよねー〉

 むかつくぅー。わざとらしいフォローの言葉がちょぉむかつくぅー。
 とりあえず魅魔様は後でシメますね。絶対にシメますね。
 さて、それじゃあややこしい所は全部無視して説得を続けますか。

「なので、こればっかりはどうしようもありません。どうしようもありませんが……一つ提案があります」

「提案?」

「かつて偉大なるダディは言いました――『逆に考えるんだ、「着て貰えば良いや」と考えるんだ』と」

「ジョージさんっ!?」

「……何者だ?」

「まぁつまる所、さ……風祝さんの服をぼ……久遠晶さんに着せればペアルック成立するじゃないと言う事です」

 ペアルックしたかったって事は、つまりまだ同じ服を着た経験は無いのだろう。
 だったら、素直に早苗ちゃんの服を着せるのが一番手っ取り早い。
 守矢神社の巫女衣装なんて、ぶっちゃけ早苗ちゃん以外に着てる人はいないはずだ。
 まぁ、ほぼ当てずっぽうな適当助言だけど。良いんですよ、本人が納得すればうぇっへっへ。
 そんな風に僕が内心で意地の悪い笑みを浮かべていると、早苗ちゃんが感激の笑みを浮かべて僕の手を握ってきた。

「心……洗われました! メイドさんは素晴らしい御方です!!」

「はっはっは、いやーそれほどでもー」

 どうしてだろう、いつも通りの早苗ちゃんなのに凄い疲れるのは。
 これは僕の立ち位置が変わったせいなのか、単に世界移動しまくりで余裕が無いからなのか。
 良く分からないけど今は無性にツッコミが欲しいです。ああ、アリスに会いたいアリスに会いたい。

「ところで晶ちゃん、このどことなく晶ちゃんに似たメイドさんはどなたさんなんですか? 初めて見る顔ですけど」

「うむ、異世界よりやって参ったもう一人の己。別世界の久遠晶だ」

「あ、そこはさらっとバラしちゃうんだ」

「む? 何か身分を詐称せねばならぬ事情があったのか?」

「特には無いです。だから別に話しても構いませんよ」

 ただ、今までの流れ的に面倒な事になりそうだなぁと思っただけだからね!
 事実もう一人の僕の発言を聞いて、早苗ちゃんの目がキラキラと分かりやすく輝き出した。
 これはマズい、早苗ちゃんが大変ワクワクしていらっしゃる。
 別にそれで直接的な被害を被る事は無いんだけど、彼女のテンションが上がると色々厄介な事になってしまう。
 平たく言うと疲れる。早苗ちゃんの事は大好きだけど、はしゃいでる時の彼女は本気で疲れる。

「す、すすす、凄いです! 別世界の自分が現れるなんて、まるで漫画の世界ですね!!」

「……いや、それは物凄い今更な感想じゃ無いかと」

「そうなのか? 己は漫画に明るくないので良く分からぬのだが……」

 ははは、貴女なんてバトル漫画飛び越えて完全にギャグ漫画の住人ですよ?
 他人事みたいな顔している幻想郷でも飛び抜けて漫画なもう一人の僕に、内心でツッコミを入れておく。もちろん口には出さない。

「しかしどうして別の世界の晶ちゃんが――はっ!? もしや全ての晶ちゃんを抹殺して、自分が唯一の晶ちゃんになるつもりですか!?」

「何その漫画にありがちだけど、意味が一切分からない展開。唯一の久遠晶になって僕は何がしたいの?」

「レア度が増します」

「わぁ、効率の悪さに見合わないメリットだぁ。――無いから。絶対に無いから」

 何で久遠晶程度の付加価値を上げるために、そこまで面倒臭い事をしないといけないのだろうか。
 そんな厄介な事するくらいなら、紫ねーさまや文姉に「個性的になりたいので僕を好きに改造してください」って言いますよ。
 しかしそんな僕の返答に、早苗ちゃんは何だか不満そうな顔をした。
 あれ? 僕ってひょっとして、重度のバトルジャンキーに見えるのかな。
 ちょっと切なくなった僕の表情を見て、早苗ちゃんは心底不思議そうに首を傾げて言った。

「じゃあ、さっき晶ちゃんが放った『龍王覇斬拳』は何だったんですか?」

「……拳士の情けだ、追求してくれるな。少なくとも彼は無関係だ」

 ああ、さっきのゴキに対する一撃を勘違いしたのか。
 確かに何も知らなければ、あの爆発に僕が関係していたと思ってもおかしくない。
 まぁ実際は全く関係ない上に、ある意味戦いである意味戦いでは無いどうでも良い話だったのだけども。
 とりあえず同一人物の恥を晒す趣味は無いので、僕ももう一人の僕同様黙秘を貫く事にします。
 ところで、龍王覇斬拳ってなんぞや。無闇矢鱈に派手そうな名前なんですけど。
 久遠闘法……色々と奥が深いぜ。だけど特に追求はしません。絶対に追求はしません。
 
「という事は、晶ちゃん対晶ちゃんの夢の対決は無いんですか……残念です」

「残念がられてもなぁ。正直に言っちゃいますけど、僕の腕前でもう一人の僕と戦うとそもそも勝負になりませんよ?」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ。僕は戦闘能力を重視してなかったので、それほど強くは無いのです」

「確かに……ちょっと腹黒なか弱い女の子って感じがしますね!」

「あっはっは……ははは」

 信じてくれてありがとう。でもその人物評は、僕達の心の弱い部分を的確に貫くので止めてください。
 ほらほら、もう一人の僕もガン凹みしてるじゃん。例え事実だとしても、言って良い事と悪い事があるんですよ!

「はれ? どうしたんですか晶ちゃん、急にしゃがんで――ひっ」

「……早苗ちゃん?」

 もう一人の僕を怪訝そうに見つめていた早苗ちゃんの表情が、何故か突然曇った。
 彼女は全力で後ずさると、恐る恐ると言った具合にもう一人の僕の背中の部分を指さす。
 え、何? 何かあったの――わぎゃぁ!?

「どうした早苗? 何があったのだ?」

「あ、あああ、晶ちゃんの背中に、ご、ごごご、ゴキブリが!」

「――――!?」

 早苗ちゃんの言葉で、もう一人の僕の体が凍りつく。
 恐るべきは遥か古代より生きてきた虫の底力か。かの虫は、あの久遠晶の懐に潜り込む事で龍王覇斬拳を回避していたらしい。
 凄いよG。そして怖いよG。とりあえず僕は今すぐにでも逃げたいけど、体が竦んで動けない。
 それはもちろん、Gに張り付かれたもう一人の僕も同じである。
 彼女は究極の恐怖に身を震わせながら、自身の気を高めて一点に集中――えっ?

「…………森羅万象打ち砕く、殄滅の輝きを見よ」

 あ、ヤバい。もう一人の僕ってば視界に入る前に全てを消し去るつもりだコレ。
 かつて靈異面と魔理沙ちゃんが作り上げた魔力球を余裕で超える力が、もう一人の僕へと集まっていく。
 これが解放された瞬間、僕も早苗ちゃんも骨も残さず消滅する事だろう。
 うわヤバいヤバい本気でヤバい。全力で逃げないとヤバいけど、まだ足が竦んで動けない。
 そして早苗ちゃんは、突然の事態に混乱してそもそも動こうとしていない。有り体に言って大ピンチである。
 いやでも、僕には魔法の鎧の即死キャンセル効果がある。
 とりあえず早苗ちゃんを何とか遠くに行かせる事が出来れば、最悪の事態は避ける事が出来る。はず。
 僕は固まっている体を無理矢理に早苗ちゃんへ向け、風のスペルカードを発動した。



 ―――――――風符「天狗道の開風」



「早苗ちゃん、ゴメン!」

「は、はにゃぁぁぁぁぁああぁ!?」

 威力を最小限に抑え、その分勢いを強化した風が早苗ちゃんを吹き飛ばす。
 よし、あれくらい飛べばさすがに射程範囲から逃れただろう。
 着地の方は責任取れないけど、早苗ちゃんも飛べるからそこは問題無い……はず。
 とりあえずコレで魔法の鎧を展開しておけば、死ぬ事は無いと思いたい。
 
「久遠闘法、極滅奥義――」



 ―――――――神威「天浄天牙」



 スペルカードの形式で放たれる、久遠闘法の奥義。
 その余波と思しき力の波で、魔法の鎧の即死キャンセル機能が発動した。

「………………………………………………………はい?」

 えっ、いや、アレ、あの?
 コレ本番の攻撃じゃ無いよね? 焚き火に薪を入れた際に飛び散った火花みたいなモンだよね?
 それで即死すんの? ニフラム喰らったスライムみたいに消滅しちゃうの?
 ダメだ。死ぬ。このままここに居たらどう足掻いても死んでしまう。
 天狗面でオーバードライブ・クロウ……しても間に合わない。フォース……で防げるはずがない。幻想面……で何とか出来る気がしない。
 となるとえっと、他には、他には……。

〈少年っ、スキマだ! スキマ!!〉

 そ、それだ!
 最早時間は殆ど無い、一発で開けないとお陀仏である。
 僕は願いと希望とその他色々を込めて、目の前の空間にスキマを開いた。

「で、出来た! やっぱ人間、追い込まれると普段出来ない事でも出来るようになるんだね!!」

〈言ってる場合か! 早く逃げろ!!〉

 分かってます! 今から全力で逃げる所です!!
 未だに上手く動かない体を何とか引きずり、僕は開いたスキマの中に体を滑り込ませる。
 身体全部が入るのと同時に、自分でも良く分からない力を働かせてスキマを閉じる僕。
 その瞬間、比喩でなく本当に空間を捻じ曲げる一撃が解放された。

「う、うにゃぁぁぁぁぁあああ!?」

 すでにスキマは閉じているにも関わらず、空間その物が歪んで地震の様に四方八方を掻き回していく。
 濁流のようなその流れに逆らう事の出来なかった僕は、そのままどことも知れない所へ飛ばされていくのだった。





 ――けどそんな僕の今後よりも、あの世界の無事の方が気になってしまう。まさかGが原因で滅びたりしないよね、幻想郷……。




[27853] 異聞の章・拾伍「異人同世/時間、空間、狭間」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/11/11 23:50


「やー、到着ー!!」

「うふふ、蓮子ったら子供みたいにはしゃがないでよ」

「二泊三日の温泉旅行オカルトスポット付き、これで張り切らないヤツは秘封倶楽部じゃないね!」

「あら困ったわ。私、いつの間にか秘封倶楽部じゃ無くなってたみたいね」

「なーに言ってんのよ。顔に出してないだけで、アンタもかなりテンション上がってるじゃない」

「さーて、どうかしらねー」

「こーの捻くれ者が。ったく、素直じゃないんだから」

「蓮子が喜び過ぎなだけ。はっきり言うけど、宿も温泉もそんなに期待できる程のモノじゃないわよ?」

「ま、名前も知らない温泉に貧乏学生でも楽に泊まれる宿だもんね。そこらへんは私も期待してないわ――ちょっとしか」

「……蓮子のちょっとは、私のちょっとと全然違うじゃない。前だってそう言って私のケーキを全部食べちゃったし」

「メリーしつこーい。その後でメリーも私のケーキ全部食べたじゃない、それでおあいこでしょ?」

「残ってた量が違うわよ」

「メリー細かーい。――あ、鄙びた温泉街にありがちな商店街発見! ちょっと冷やかして行きましょう!!」

「ちょっと蓮子、先に荷物を置いてから……ああもう、私は先に行くからねー!」





幻想郷覚書 異聞の章・拾伍「異人同世/時間、空間、狭間」





「いやー、さすが鄙びた商店街。見てるだけで面白いわー」

 ま、買い物する気にはならなかったけどね。
 一通り店を冷やかし終えた私は、宿に向かうためメリーの後を追った。
 まったく、こういう時に最後まで付き合ってくれるのが親友ってモノでしょうが。
 そういう所ドライよね、メリーってば。
 ……もっとも、一時期のべったりメリーに比べればずっとマシだけど。
 
「あの時のメリーは本当に酷かったものね」

 私が本当にトイレに居るのか、数分単位で確認してきた事もあったっけ。
 あんな事があった後だから仕方ないけど、本人よりもトラウマになってるってどうなのよ。
 何があっても動じない子だと思ってたんだけどねー。……さすがにあの事件は、彼女の許容量を超えてしまったみたいだ。
 と言うか、それを上回る衝撃があったせいで私はさほどショックを受けてないのよねー。
 だから余計にメリーとは温度差があったというか、それを差し引いてもメリー気にし過ぎと言うか。
 ……そういやあの華蝶仮面とやら、今はどこで何をしているのかしら。
 なんて言うか、色々ぶっ飛び過ぎてて夢か何かだったんじゃないかと思う時もあるけど……紛れも無い現実だったのよね、アレ。

「もう一度会えたら、色々確かめる事も出来るんだろうけどなー。……それは無理な相談か」

「ふぎゃん!?」

「えっ?」

 物凄い音とそれに反した軽い声がして、近くの雑木林に何かが墜落した。
 な、なに!? 何が落ちてきたの!?
 ここらへんにある高いモノなんて木ぐらいしか無いし、気のせいで無ければ「何か」はもっと高い所から落ちてきた気がする。
 と言う事は……隕石かな? いやでも、それにしては勢いが無かったような――正直私じゃ良く分からないけど。
 それに今、人の声がしたわよね? ひょっとして「何か」の落下地点に人が居たんじゃ……。
 
「……とりあえず、行ってみましょうか」

 好奇心を抑えられなかった私は、雑木林の奥に入っていった。
 しばらく進んでいると、木々の合間に小さなクレーターが出来上がっている事を発見する。
 そしてその中央には、逆さまの状態で地面に突き刺さっている人間の姿。――えっ。

「ひ、人ぉ!?」

 恐る恐る近付いてみたが、間違いなく人間だ。
 頭の部分だけ地面にめり込んでいて完全にギャグの領域だが、現実的に考えると大惨事だろう。
 ど、どうしよう。110? 119? 携帯で写真に撮ってTwitterにでもアップする?
 そもそも何なのよこの人、何でこんなネタっぽい服着てネタっぽい落ち方してるのよ。
 おかげで、酷い事になっているのか笑い事になっているのか分からないじゃない。

「お、おぐぅ……」

「ひぃっ、起き上がってきた!? ――って、あれ? 貴女……」

 自分で頭を引き抜き起き上がってきた謎の人物は、良く見るとかつて私を助けてくれた怪人物――華蝶仮面に良く似ていた。
 いや、似ていたと言うかそのものだけど。あの仮面つけてないから偽者というセンもあり得るかも。
 彼女は頭を何度か横に振ると、定まらない足取りで進みながら周囲を見渡す。
 ただしその視線はフラフラ揺れている。どうやら、意識の方はまだはっきりしていないらしい。

「えっと、だ、大丈夫ですか?」

「おぉう……頭が回るぅ……今回のワープは色んな意味でキタぜ……」

「うわ、ダメっぽい。あの、しっかりしてください華蝶仮面さん――ですよね?」

「いえいえ、僕は超カッコイイ謎のヒーロー華蝶仮面とはまったく関係の無い一般人でふ。――がくっ」

 いきなり流暢な口調になって否定したと思ったら、何の前触れもなく倒れた!?
 いやでも、やっぱりこの人華蝶仮面よね? 声も同じだし、これだけトンチキな格好した人間が二人も居るとは思えない。
 ……どうしよう。救急車、呼んだ方が良いのかなー? 
 この手のタイプのヒーローって公的機関と相性が悪いのが大概だし、案外元気そうだから……うーん。

「……はぁ、しょーがない。命の恩人に恩返しするとしますか」

 しばらく悩んだ私は、そう結論づけて彼女の身体を抱えた。
 ……さて、メリーになんて説明したモノかしら。










「遅れてゴメンね、メリー! はい、お土産!!」

「……蓮子、何してるのよ」

 よし、勢いで誤魔化す作戦は失敗みたいね! ……ま、無理だと思ったけど。
 怪しい服装の不審者を連れてきた私に、メリーは実に冷ややかな視線を送ってきてくれた。
 当然の反応だとは思うけど、もう少し親友を信じてくれても良いんじゃないかな。
 私が何の考えもなく行動する事があると思う!? ――うん、自分で言っといて何だけど凄い良くあると思う。
 このままでは色々と分が悪いと判断したので、私はメリーに言い訳……でなく事情を説明する事にした。
 ま、メリーは口頭での説明だけど、あそこで何が起きたか知っているからね。
 私の説明を聞けば、きっと歓迎してくれる……はずだと思ったんだけどなー……。

「ふーん、彼女が件の『華蝶仮面さん』なんだ」

「そうなのよ! ……多分だけど」

「蓮子の命の恩人ねぇ……それで、そんな彼女が何でここに居るわけ?」

「いや、だから行き倒れててさ」

「助けてほしいと言われたと」

「……言われては無いかな。意思疎通が出来る前にぶっ倒れたし」

「それで、蓮子は気絶したその人を有無を言わさず運んで来たワケね」

 うわ、その言い方は人聞きが悪いデスよメリーさん。
 確かに合意は取ってないし、華蝶仮面さんは一言も助けてと言わなかったけれど。
 あの状況で見捨てるのは、人として色々と問題があるでしょうに。
 
「ちなみに、宿の人にはどう説明したの? まさかこっそり入ってきたとか言わないわよね」

「えっと……あはははは」

 こっそり忍び込んではいない。玄関に誰も居なかったので、黙って入ってきただけだ。
 ……ま、誰も居なくてラッキーとは思ったけど。
 私の沈黙で大体の事情を察したメリーは、これ見よがしな溜息で私の行動を咎めた。
 うう、メリーさんが厳しいですよ。
 確かに言われてみると、ちょっと短慮だったかなーと思わなくも無いけど。
 人助けして文句を言われるのは変だよね! うん、私は悪くない!!

「――蓮子はもう少し、考えてから行動する癖を持った方が良いと思うわ」

「あはは、そこが蓮子ちゃんのいい所じゃん! ……ゴメン」

「…………はぁ」

 未だかつて無い呆れ顔でもう一度溜息を吐いて見せたメリーが、渋々といった具合に立ち上がる。
 そのまま、彼女はゆっくりとした足取りで部屋の外へと歩いてゆく。
 ――ってうわ、ひょっとして本気で見捨てられた!? 
 慌てて後を追おうとした私に、メリーは内心を見透かしたような苦笑を浮かべて言った。

「とりあえず、宿の人に一人増えたって言ってくるわ。勝手に匿ってたら色々とマズいでしょう?」

「へ? あ、良いの?」

「今更見捨てるのも目覚めが悪いじゃない。――ただし、その人の宿泊代は蓮子が出す事」

「うぐっ。わ、分かった」

 そんなに高い宿じゃないから、一人分くらいの宿代は私でも出せるだろう。
 出費としてはかなり痛いけれど、そこはまー言い出しっぺの責任というヤツだ。諦めよう。
 ……イザとなったら、メリーにタカれば良いしね。

「ねぇ、蓮子」

「な、なんですかメリーさん?」

「仮にも大学生が、他人を当てにした生活を前提とするのはみっともないと思わない?」

「あはははは、だっ、だよねー。みっともないよねー」

「うふふふふ、そうよね。――それじゃ、行ってくるわ」

 ……なんだかんだで、メリーには一生勝てない気がするわ。
 変な所鋭い我が親友の恐ろしさを噛み締めつつ、早まったかなぁとやや後悔する私。
 とりあえずメリーが手続きを済ませるまで暇なので、華蝶仮面さんを横に寝かせてまじまじと観察してみる事にする。
 うーん、改めて見るとすっごい美少女だ。同性から見てもこれだけ可愛い子は中々見ないわね。
 年齢は……十代後半って所かな? うっわ、肌すっごいスベスベ。何これどんなモノ食べたらこうなるの?
 服装の派手さに反して化粧っけも一切無いし、これはタチの悪いタイプの天然物だわ。美容関係で苦労した事が無いと見た。
 わ、髪もキューティクルが凄い。ヤバい。冗談でなく世界が嫉妬するわねコレ。

「ほにゃぁ!? そこで右に曲がると強制セーブですよ!?」

「うわ、起きた!」

 意味の分からない叫びと共に、華蝶仮面が勢い良く起き上がった。
 彼女は虚ろな瞳で左右を見渡しながら、ゆっくりと身体を動かし机に向かって手を伸ばす。
 あ、備え付けのお菓子取った。淀みない手付きで包装を解いて口に運び、幸せそうに味わっている。

「――はっ!? ここは何処!?」

「え、今の無意識にやってたの!? 人ってそこまで本能的に甘味を求められるモノなのかしら……」

「甘味? おおっ、言われてみれば口の中が甘い気が。いつの間に食べてたのかもぐもぐ」

「……お腹すいてたんですか?」
 
「そういう事実は特に無いですね、もぐもぐ」

 ならどうして、正気に戻ってもお菓子を摘むのを続行してるんですか華蝶仮面さん。
 起きて早々ど天然なマイペースさを露わにした私の恩人。果たして、彼女はこんな人間だっただろーか。
 片鱗は少しばかりあった気がする。だけどここまでトンチキでは無かった……と思いたい。
 意外と私、彼女に憧れを持っていたんだなーと再認識して切なくなっていると、お菓子を全て食べ終えた華蝶仮面が急に動かなくなった。
 彼女はハッとしたように周囲を見渡し、更に私の顔をジッと見つめると、とても申し訳なさそうにはにかんで言った。

「えっと……すいません、今更ですけどここはどこで貴女は誰なんでしょうか?」

 本当に今更だよ。そのプロセスに至るまでの間に余計な事をし過ぎだよ。
 ま、いきなりの事態に混乱しているのだと思っておこう。滅茶苦茶余裕そうだけど。呑気に欠伸とかしてるけど。

「そうですね……どこから説明したものやら。とりあえずあの、私の事覚えてますか?」

「んー? はー? ふー? …………むむぅ?」

「以前、ヤのつく職業の人に捕まった所を助けてもらったんですけど……」

「ヤのつく――あ、ああっ! アレだね、えっと、その……」

 あれ、何だか凄い困ってるぞ? どうしたんだろうか。
 ひょっとしてあの一連の出来事って、覚えていたらマズい事だったのかしら。
 私、自分で口封じの口実を与えちゃった? 今って実は、実は結構ヤバい状況だったり?

「――そう、フリ! 僕が華蝶仮面のフリをしてお助けしたお姉さんですね!!」

「華蝶仮面……のフリ?」

「本物の華蝶仮面に憧れた僕が、華蝶仮面の真似をして正義の味方ごっこをやってたんですよ! そう言う事です!!」

「……………………あーうん、分かった。貴女は本物の華蝶仮面じゃ無いのね。分かった」

「はい! 僕は久遠晶、通りすがりの旅人っぽいモノで本物の華蝶仮面とは一切合切関係ありません!!」

 そういえば、拾った時も頑なに否定してたわね。
 良く分からないけど、久遠さん? 的に華蝶仮面とイコールで結ばれるのは色々とマズいのだろう。
 少しばかり興味はあるけど、恩人の腹を探るのはどうかと思うので自重しておく。
 ……何となく、追求すれば追求するほど疲れる事になりそうな気がするしね。

「私は宇佐見蓮子、通りすがりの大学生です。その節はお世話になりました」

「いえいえ、お気になさらず。ぶっちゃけアレ、悪党しばき倒す方が主目的でお姉さん助ける方はオマケでしたんで」

「――オマケ?」

「安否は二の次と言う事です。無傷で良かったですね!!」

 このヒーローさんの辞書には、歯に衣を着せるって言葉が無いのだろうか。
 容赦なくこちらの理想を砕いてくる久遠さんの軽さに、どんどん華蝶仮面に対する尊敬の念が削れていく。
 正直、もっとクールでカッコイイ人だと思ってたんだけどなー。……冷静に考えると、魔法少女やってる時点でソレは無いか。

「で、改めて聞きますがここは何処で? 幻想郷で無いのは分かるんですが」

「えーっと、どこだったかな。細かい住所までは知らないんですよねー。確かパンフが鞄に……」

 辺鄙な土地だけど、観光地だけあってそこらへんはしっかりしているのだ。
 私が入り口で回収していたパンフレットを手渡すと、久遠さん……いやちゃん? はじっくりとそれを眺め始めた。
 難しい顔をしているけど、心なしかホッとしている様な感じもするのは私の気のせいだろうか。
 何度か住所を確認して頷いた久遠ちゃんは一安心と言った様子でパンフレットを閉じ――表紙の日付を見て固まってしまった。

「――――うぇっ?」

「……どうしました?」

「あの、蓮子しゃん。ここの日付って何かの間違いですよね?」

「どこですか? ふむふむ……あー、確かにこれは間違ってますねー」

「あ、やっぱり? おかしいと思ったんだよーあはは」

「まさか二年前の日付とはねー。幾ら寂れた観光地でも、パンフくらい年一で更新するもんでしょ」

「……にねんまえ?」

 え、何でそんなに意外そうな顔してるんですか?
 おおっ、頭抱えて落ち込んでる!? 何がそんなにショックなんですかちょっと?

「そう言う事か……行きが電車で帰りが隙間なのはおかしいと思ってたんだ。まさか途中で違う所に移動してたとは……」

「違う場所? 何の話ですか?」

「こっちの話です。はぁ……つまりここも異世界って事なのですね」

 うーん。久遠さんが何を言ってるのか、全然分からないなー。
 ただ、どうにも厄介な状況になっているらしい事は何となく分かる。
 さてどうしよう、聞くべきか聞かざるべきか。私がそうやって逡巡していると、戻ってきたメリーが扉を開いて現れた。
 一瞬固まる場。誰もが口にすべき言葉を選んでいる中で、真っ先に喋ったのは久遠ちゃんだった。

「――えっと、紫ねーさま?」

「え、ゆか……誰?」

 いや、こっちに話を振られても知らないよ。私だって混乱してるんだから。
 どんどんややこしくなってくる状況に小さく肩を竦めた私は、彼女を拾った事を若干後悔し始めるのだった。





 ――ところで、幻想郷って何?




[27853] 異聞の章・拾陸「異人同世/秘封温泉湯けむり旅情」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/11/18 22:26


「マエリベリー・ハーンさん、ですか」

「ええ、親しい人は皆メリーって呼んでるわ」

「マエ……メリーの本名は言い難いからね。だからコレは愛称って言うより俗称よ、俗称」

「親友ですらこの扱いなの、だからもう諦めたわ。貴女もメリーで良いわよ」

「あはは、分かりましたメリーさん。僕の名前は久遠晶、晶でも久遠でもお好きな様に呼んでください」

「……意外ね。正義の味方って、自分の正体を頑なに隠すものだと思ってたのだけど」

「はっはっは! 僕はアレですよ、正義の味方のフリしたエセヒーローなので」

「エセヒーロー?」

「あ、そこらへんは深く追求しちゃダメっぽいから。そういうモンだとでも思っておいて」

「うんまぁ、別に良いけど……あ、そういえばさっき言ってた紫ねーさまって」

「すいません、言い出したのは僕ですけどその辺も追求しないでください。出来れば聞かなかった事に」

「ええ、まぁ構わないけど……そればっかりね」

「……多分、大半の話が同じ結末を辿る事になると思います」





幻想郷覚書 異聞の章・拾陸「異人同世/秘封温泉湯けむり旅情」





「異世界から来た、ねぇ……」

 自己紹介が終わって場も落ち着いた為、私とメリーは久遠ちゃんの事情を聞く事にした。
 が、久遠ちゃんから返ってきた答えは実にシンプルなモノだった。
 ……いや、シンプルと言うよりそもそも多くを語ろうとしてないわね、コレは。
 
「そういうざっくりした説明じゃ無くて、もう少し踏み込んだ解説をしてもらえませんか? 例えば……幻想郷の事とか」

「んー、幻想郷の事かぁ」

 本音を言うとざっくりとした説明でも構わないのだけど、無視するには久遠ちゃんが口にした単語が面白すぎる。
 ゲンソウキョウって何かしら。幻想の郷って書いて幻想郷? 前後の文脈からして場所である事は確実よね。
 本人のドン引きするレベルな不可思議さから考えて、多分そういうのがゴロゴロしてる人外魔境なのでしょう。
 うん、行きたくはないけど話だけは聞いてみたいわ。絶対に行きたくないけど。

「正直に話すけど、そこらへんはハッキリさせない方が良いと思うのですよ」

「ハッキリさせない、か……さっきもメリーにそんな事言ってたわね。どういう事?」

「とりあえず異世界と言う事にしておきましたが、多分実際は違うんだろうなぁ……つまりそう言う事です」

 そういえば、さっき久遠ちゃんはパンフの日付を見て驚いていたのよね。
 ……あー、なるほど。確かに有耶無耶にしておいた方が良さそうだわ。
 それはそれで凄く気になる話だけど、余計な影響を与えて漫画みたいな展開になるのは勘弁だ。
 一介の大学生が背負うにはちょっとばかり重たすぎるので、触らぬ神になんとやらの精神で行きましょう。
 メリーも分からないなりに同様の結論に達したらしく、微妙な顔で苦笑している。
 と言う事は、こっちもあんまりこの世界の話をしない方が良いワケね。うー、何か面倒臭いなー。

「まぁ、あんまり過敏になる必要は無いと思いますがね。僕らは別に世界の管理をしているワケじゃ無いんですし」

「それもそうですね。分かりました、とりあえず貴女は異世界から来たって事で納得しておきます」

「そう言う事でお願いします。……そういえば、お二人はどういう関係で? 恋人同士?」

「あはは、あんまりアホな事言ってると恩人でも容赦しませんよ? 同じサークルの友人です」

「私達しかいない不良サークルだけどね。名前は秘封倶楽部、除霊も降霊もしないしがない霊能者サークルです」

「なにそれこわい」

 え、どこらへんが?
 こちらが不思議そうにしていると、久遠ちゃんは物凄い複雑そうな顔で何かを言いかけて止めた。
 ああ、今のも追求したらダメな話なのか。思った以上に面倒臭いなー、コレは。
 と言うかさー……。

「ピストルの弾を生身で何とか出来る貴女にそういう反応されると、私らも結構傷つくんですけど」

「あーゴメン、今のは「え、しがないって呼称が使えるくらいメジャーな存在なの霊能者って」と言う驚きです」

「鏡はそこだよ、久遠ちゃん」

「別に自分を棚上げしてるワケじゃ無いっす。僕の世界じゃ、僕等サイドの人間ってドマイナーな扱いだったので」

 なるほど、それが一気に市民権を得て戸惑ってるワケか。
 私達の感覚だと当たり前の話だから、久遠ちゃんの気持ちはちょっと分からないわね。

「でもそっか、この世界だと僕って極当たり前の存在なのかぁ。何だか新鮮な気分」

「いや、私達の世界でも久遠ちゃんみたいな人はバケモノ扱いだから。そこまで人間の可能性は広がってないから」

「言い過ぎよ、蓮子」

 あ、しまった。つい余計なツッコミを。
 私の一言に、久遠ちゃんは何とも言えない表情で苦笑した。
 酷い言葉だけど表立って否定も出来ない、と言った具合の顔色である。
 コレ、絶対自分の世界でも似たような事言われてた反応だわ。
 ひょっとして、迫害とか差別とかされてたのかなー。だとしたらマズい事言っちゃったかも。

「ごめん、久遠ちゃんの事を悪く言うつもりは無かったんですけど……」

「あ、お気になさらず。人外扱いはいつもの事なんでそこまで気にしてません」

「……へー、そうなんですか」

 一転、ケロッとした表情でこちらの謝罪に応える久遠ちゃん。
 その表情に、人と違う悲痛さとか異形の力を持った悲哀とかは一切感じられない。
 あーうん、違ってて良かったです。凄い腑に落ちないけど、良かったと思っておきますはい。

「しかし霊能者サークルって事は、二人共何かしらの能力を持ってるって事なんですかね?」

「持ってますよー。まー、私のは大道芸みたいなもんですけどね」

「あら、月を見れば場所が分かり、星を見れば時間が分かる――『現在の場所と時刻を知る程度の能力』は充分凄いと思うわよ?」

「いけしゃあしゃあと……夜限定でJSTにしか対応してない時計代わりの力が、何の役に」

「――いや、それは凄い能力だと思いますよ!!」

 大した事無いと自虐しようとしていた私の手を取り、久遠ちゃんは輝くような目で私を見つめてきた。
 まるで店先に飾られたトランペットを眺める少年のような眼差しである。えっ、何? 何がそんなに気に入ったの?

「実に興味深いです! 是非見たいです!! と言うか見せて! お願いしますから見せて!! 僕の今後の為にも!!」

 ど、土下座までしてきたぁ!?
 本気で意味が分からない。何故私の能力がここまでウケているのだろうか。
 もしかして、向こうの世界だと滅茶苦茶レアリティが高い能力だったりするとか?
 確かに、見様によっては貴重な能力かもしれないけど……それは確実に良い意味じゃないわよ? ダメな意味でのレアよ?

「まー、夜まで待ってくれるなら見せるくらいは……」

「本当に!? 約束したよ!? 絶対だかんね!!」

 私がそう答えると、久遠ちゃんはこっちが引くくらい嬉しそうに喜んだ。
 ここまでべた褒めされると、何だか本当に自分の能力は凄いんじゃないかと思えてしまう。
 気恥ずかしいけど良い気分だわ。……これは来ちゃったかな、蓮子ちゃんの時代が。

「蓮子、浮かれすぎ」

「――い、いやっはぁ!? ななな、何を仰るのですかメリーさん? 私はいつも通りでしゅよ?」

「ま、褒められて喜ぶ気持ちは分かるけどね。……ほどほどで抑えておきなさいよ」

「はぁい……」

 メリーは本当に私の事が分かってるなー! くそっ!!
 有頂天になりかけていた私へ、実に的確なタイミングで冷水をぶっかけてくれたメリーさん。
 その熟練の技に、有難いやら切ないやら複雑な気分になる私。
 これぞ友情って感じよね、あははは。――とヤケクソ気味に笑っていたら、久遠ちゃんが同情的な視線で私を見つめていた。
 あ、今なんか伝わってきたわ。シンパシー的なモノを感じた。……久遠ちゃん、貴女も私と同じなのね。

「まぁ、蓮子さんの能力は良く分かりました。それでメリーさんの方は?」

「私ですか?」

「どんな能力なんですかね? 電話で話しながら距離を詰めつつ、いつの間にか背後に回ってる能力とか?」

「……メリー違いです」

「はっ!? そういえばメリー、この前の待ち合わせの時に通話中の私を背後から――」

「蓮子も悪乗りしないの! それはタダのちょっとした悪戯でしょ!?」

 いや、アレは冗談でなく本当にびっくりしたから。
 メリーは浮世離れした雰囲気を持ってるから、後ろからこっそり悪戯を仕掛けられると洒落にならないのよ。

「私は、世界中の境目を視る事が出来るのよ。あえて名前をつけるなら……『境界を視る程度の能力』とでも呼ぶべきかしら」

「へー」

 うわ、今度はすっごい淡白な反応。
 興味はあるけど特別凄いとも思わない、そう暗に語っている表情だ。
 ……やっぱ人外魔境の出だけあって、メリーみたいな能力は珍しく無いのかしら。
 あ、なんかメリーがかなり微妙な顔してる。
 珍しがられるのはイヤだけど、反応が薄いのはそれはそれで寂しいって所ね。
 いがーい、メリーにもそういう所があったのねー。にゅふふ。

「……何よ?」

「いやいや、なんでもありませんヨー」

「――後で覚えてなさいよ」

 ちょ、そこまで根に持つこと無いじゃない。
 思いの外拗ねてしまったメリーが、傍から見ると可愛らしい表情でじっとこちらを睨んでくる。
 実際は、ちっとも可愛くない上にとっても面倒臭いのだけど。
 ……こりゃ、しばらく奢る羽目になるわね。うう、ただでさえ金欠なのに参ったなー。

「ふむ、だけど境界……ね。――やっぱそうなのかなー?」

「ん、どうかしたの?」

「えっとメリーさん、ちょっと良いですか?」

「なんですか?」

「ごほん――お姉ちゃん、大好き!」

 いきなりあざとい仕草でメリーを見つめると、久遠ちゃんは物凄い猫撫で声で媚を売り始めた。
 うわー、酷い。可愛いけど、ソレ以上に露骨な猫被りっぷりが酷い。
 違う星からやってきた、自称宇宙人アイドル並の痛々しさだ。
 何でいきなりこんな真似したんだろう。ほら、メリーもいきなり不思議な事言われて普通に引いてるじゃん。
 あれ、何か久遠ちゃん満足そう。長年の疑問が晴れたと言わんばかりに頷いてるんだけど、今ので何が分かったの?

「すいません、解決しました。そうですよね、さすがに無いですよね」

「え、何。今のぶりっ子ポーズにそれほど深淵な意味があったの? そして何が解決したの?」

「いえ、境界ってフレーズに引っかかるモノがありまして。ひょっとしてそうなのかなーって思ってさ」

「えっと、何の話?」

「分かってるようで、僕もまだまだ姉の事分かってないんだなーって話です。未だに能力の事とかほとんど知らないワケですし」

「はぁ?」

「あはは、こっちの話です。何でもありません」

 いや、すっごい気になるんですけど。
 まー多分、最初にメリーを見た時言ってたねーさまとやらに関係した話なのだろうけど。
 気になるなー、追求したいなー。……でも面倒な事にもなりそうだから止めとこ。

「えっと、それで話を戻すけど――二人はサークル仲間なんですよね」

「うわ、すっごい戻ったね」

「混ぜっ返さないの蓮子。……そうですね、今回の旅行も名目上はサークル活動と言う事になっています」

「いやいや、そっちは名目上じゃないでしょ? ちゃんとオカルトスポットの調査って目的があるじゃないの」

「え、そうなの? 私は温泉で寛ぐつもりで来てたんだけど」

「私もそうよ。だけど建前って大事でしょう?」

「なるほど、つまり遊びに来てるワケですね」

「いや、違うから! 違いますから!! 調査の方も本気でやるつもりですから!」

 思う存分寛いでからだけどね。それはアレよ、英気を養っているのよ。
 真偽はともかくオカルトスポットだもの。半端な状態で行ったら、大変な目に遭うかもしれないわ。
 うん、私は間違ってない。これから存分に遊び呆けるのはその後の為なのよ。
 ……メリーさん、何でしょうかその物言いたげな視線は。そっちだって私と同じ事考えてたでしょうに。

「僕に言い訳する必要は無いと思いますが……オカルトスポット調査ですか、すっごいワクワクする響きですね!」

「おっ、分かってくれますか久遠ちゃん」

「分かりますとも。僕も大好きですからね、そーいう話!!」

 こう言っちゃなんだけど意外ね。オカルトそのものな久遠ちゃんは、また淡白な反応を返すと思ってた。
 判断基準が良く分からないわ。……ぶっ飛び過ぎたオカルトネタだと、彼女的には逆に平凡に見えるのかしら。

「それじゃあ、久遠ちゃんも参加します?」

「ほへ? 良いんですか?」

「そちらの都合が良ければですけど、こっちは大歓迎ですよ。ねっ、メリー?」

「もう宿代も払ってますしね。ご迷惑でなければ、私達に蓮子の恩返しをさせて貰えませんか?」

「んー、そっか……」

 私達の提案に、難しい顔をする久遠ちゃん。
 あー、やっぱマズかったかなー。引き止めるのは。
 口振りの端々から、「あんまりこの世界と関わらない方が良い」って考えが覗いて見えるし。
 素直にサヨナラした方が良かったかなー。……でも、久遠ちゃんどうやって元の世界に戻るつもりなんだろう?

「――そうだよね。急いで世界間移動しても上手くいくとは限らないもんね。休むのは大事だよね」

 あ、今思いっきり正当化した。事情は分からないけど、ここに留まる事を自分の中で全力で正しい事にした。
 誰に言うでもなくそう呟いた久遠ちゃんは、満足そうに頷いて私達に向き直ってくる。
 その表情は、あらゆるツッコミを躊躇うほど晴れやかだった。

「じゃ、お世話になっちゃおうかな! よろしくお願いしますね、お二人とも!!」

「あはは、改めてよろしくねー。――よーし、これで心強い用心棒が出来たわ!」

「蓮子、貴女ねぇ……」

「大丈夫大丈夫、いつもの事なんで僕は全然気にしてませんよー」

 ……自分で言っといてなんだけど、どういう生活していたのかしらこの人。
 言動や行動の所々から、妙な非常識さや人外っぽさを感じるのよねー。
 やっぱり、オカルトな立場の人間だと視点や思考も普通と違ってくるのかしら。
 ふふん、そこらへんの話も聞かせて貰おうじゃないの。……出来るだけ無理の無い範囲で!

「とりあえず、まずは温泉に入りましょうか! お背中お流ししますよ―?」

「まだ昼じゃない、もうちょっと落ち着きなさいよ」

「一日中風呂に入れる環境なんだから、昼も夜も関係無いでしょう? ほら、メリーも行くよ!」

「まったくもう……」

「温泉に入る事は賛成ですけど……背中は流せないと思いますよ?」

「はい? どういうジョークですソレ? ――ま、いいや。ほらほら、行きましょう行きましょう!!」

「蓮子ったら……スイマセンね、大変だと思うけどお付き合いください」

「いや、構いませんけどね? 今更ですけど僕等の間に、物凄い認識の違いがあるような――」

「そういうのは、裸の付き合いで解決すれば良いんですよ! さー、レッツゴー!!」

 そう、この時の私達はまだ知らなかったのです。
 久遠晶ちゃんに秘められた、もっとも非常識なその事実に。





 ……いや、反則でしょうソレは。なんかこう色々と。




[27853] 異聞の章・拾漆「異人同世/名探偵はいらない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/12/02 19:44

「……いや、無いわー。さすがにソレは無いわー」

「ドン引きですか。いや、気持ちは分かりますけども」

「正直、今までで一番引きました。と言うかその、久遠ちゃんってそういう趣味なんですか?」

「違います。強いて言うならこれは自己防衛の一種です」

「……意味が分かりません」

「まぁ、特殊な趣味が無い事だけ分かって頂ければそれで良いです。それ以上は望みません」

「いえ別に、久遠ちゃんの趣味はどうでも良いんです。私はノーメイクでそのクオリティな女装その物に引いてるんで」

「えー、そこぉ?」

「いやいやいや、小細工無しでそれは全女性に対する挑戦状でしょう。巫山戯んなどんなカラクリだって感じですよ」

「生まれてこの方、美容健康に気を配った事はありません」

「うわ、今の恩人で無かったら非難轟々よ。思いつく限りの罵詈雑言をぶつけてたわよ」

「それだけで済む蓮子さんは優しいなぁ」

「えっ」

「落ち着きなさいよ蓮子。良いじゃない、何か問題があるワケでも無いのだし」

「事実を聞いてもなお問題無いと思える女装である事が問題だと思うの、私。こんだけ可愛けりゃ誰だって文句言わないわよ」

「女装って、可愛さで許されるか許されないか決まるんですか」

「そりゃそうでしょう。まー、久遠ちゃんは逆に可愛すぎて反感買うタイプだと思うけど」

「蓮子、言い過ぎよ」

「……と言うか、メリー落ち着きすぎ。なんでそんな冷静なのよ」

「確かに驚いたけど……そこまで騒ぐ程の事でも無いわよ。女装の似合う男性なんて、探せば幾らでも居るでしょう?」

「そっかなー、ある意味で魑魅魍魎以上のレア存在だと思うけど……」

「私は良いと思うわよ。うふふ、似合ってるモノ」

「あはは。そうですかー、ありがとーございますね紫ねーさま」

「……私はメリーよ?」

「――ちっ、引っかからなかったか」

「あ、まだ疑ってたんだ」





幻想郷覚書 異聞の章・拾漆「異人同世/名探偵はいらない」





「はー、良い温泉だったー」

 ロビー近くの休憩所で合流した私達は、椅子に腰掛けてまったりとしていた。
 ……先程、脱衣所の前で明らかになった衝撃の事実にはとりあえず目を瞑っておく。
 いや、無視しちゃダメな問題なんだろうけど。
 本人もメリーも全然気にしてないので、問題提起しづらいのよね。
 と言うか私自身、驚きはしたけどそこまでマズいと思っていないからイマイチやる気がでないと言うか。
 異性なんだし同じ部屋で寝泊まりするんだから、貞操の危機くらい感じても良いと思うんだけどなー。

「そしてお風呂あがりのコーヒー牛乳は至高ですよー。ありがとメリーさん」

「これくらいはお礼の内ですよ、お気になさらず」

 ……ぜんっぜん感じないわ。と言うか、分かった上で見ても女にしか見えないわ。
 今の久遠ちゃんは、あのゴッテゴテな魔法少女服ではない。旅館備え付けの浴衣を身につけている。
 あの格好は無駄に目立つので、多分この宿にいる間はずっと浴衣で居て貰う事だろう。
 まー、何故か眼の形をした妙な首輪は付けっぱなしだけど。本人曰くこれは外せないらしい。……呪いの装備?
 浴衣は男でも女でも同じデザインだから、この格好ならさすがに女に見えない――と思っていたのだけど。
 ダメだった、どう見ても女の子だわ。どう足掻いても女の子のままだわ。
 髪型のせいもあるんだろうけど、ソレ以上に久遠ちゃんの女子力が恐ろしいわね。
 ぶっちゃけこの中で一番女らしく無いのって私じゃないかしら。胸の大きさは二番目だけど……無いのと比べてもなー。
 あ、ダメだ。比べてみたら思った以上に差があってショックだった。泣きそう。

「……と言うか、どうしたんですか蓮子さん? そんな落ち込んで」

「まだ引きずってるの? 蓮子も意外と細かいのね」

「いや、アンタらが切り替え早すぎなの。もうちょっと戸惑いなさいよ、特にメリー」

「ここまで吹っ飛んでると、もう些細な事にツッコミを入れる気にもならないじゃない。私はもう気にしてないわよ」

 些細な事にして良いのかしら。……まー、呑気にコーヒー牛乳飲んでる今の姿を見るとそれで良いような気がするけど。
 私は購入したフルーツ牛乳を一口飲み、一息ついて周囲を見渡した。
 寂れた温泉宿だけど、私達以外に宿泊客がいないワケではない。……多くも居ないけど。
 今も、私達の様なサークル仲間ご一行らしき一団が同じく休憩所でのんびりと雑談を交わしている。
 やー青春しておりますなー。男女四人が一緒に和気藹々と――私らとはエラい違いだ。

「……なんかさー」

「何よ」

「殺人事件が起きそうなシチュエーションよね。これって」

「……いきなり何を言い出してるのよ」

「あー、分かります。あのサークルの中でゴタゴタが起きるパターンですね」

「乗らないでください、そちらも」

 久遠ちゃんは分かってくれるかー。だよねー、仲良さそうだけど実は……ってヤツだよね。
 向こうに聞こえない音量で、無責任にそんな事を言い合う私と久遠ちゃん。
 私達も、隣の彼ら同様旅先という事で浮かれていたのだろう。
 それにしても「らしい」展開だ。舞台が寂れた温泉宿だけあって、何か起きそうな匂いがプンプンする。
 これで正体不明の怪人物が現れたら完璧よね。ついでに不審そうな名探偵役の宿泊客が居れば尚良し。
 なんて事を冗談で考えていたら――洒落にならない人物が玄関から入ってきた。

「……ね、ねぇメリー、久遠ちゃん。ちょっとあっち見てみて」

「だから何……よ…………」

「うわぁお、アレは凄い」

 そこには私達が想像した通りの怪しい人物が居た。本当に、想像通りの、絵に描いたような不審人物である。
 全身を隠す黒いトレンチコートに黒い中折れ帽、そして身体中に巻きつけられた包帯。更にサングラスとアタッシュケースのおまけ付き。
 世に不審者麻雀が存在したら、トリプル役満すら余裕で取れる組み合わせだろう。
 凄い。怪しすぎる。ここまで怪しいと逆に触れづらい。
 何事も無くチェックインして何事も無く部屋に向かう不審な客を、私達も隣のグループもただ無言で眺めていく。
 やがてその姿が完全に見えなくなると、ようやく緊張の糸が切れた私達は各々雑談を再開したのだった。
 もちろん、話の内容は全て先程の怪人物に関係した事柄である。

「いやー、これは起こるわ。確実に何かしら起こるわ」

「縁起でもない事言わないでよ、蓮子」

「ぶっちゃけメリーも、これで何も起きないのは詐欺だ! とか思ってるんでしょう?」

「……口には出さないわよ、口には」

 認めてる時点で五十歩百歩だと思うけどなー、私は。
 まー、仕方あるまいて。それくらいさっきの包帯男は怪しい人間なのだから。
 多分アレだわ。実際に事件が起きたら雲隠れしてて、無駄に疑心暗鬼を生み出す事になるタイプだわ。アレ。

「んーむぅ……」

「おっ、どうしました久遠ちゃん? もしやあの包帯男に化物的シンパシー感じちゃいました?」

「見た目はともかく中身は一般人みたいですから、そういうのは特に無いです。単純に探偵役は誰かなーと思っていただけで」

「久遠さんまで、蓮子みたいな事を言わないでくださいよ……」

「ちなみに僕としては、「表向きは蓮子さんが事件解決、ただし実際に推理したのはメリーさん」展開を推したい」

「推されても困ります」 

 わー、久遠ちゃんってば分かってるー。
 この短時間で、ここまで的確に私らを理解するとは……侮りがたし魔法少女。
 だよねー、メリーはそういうタイプだよねー。密かに謎を解決してほくそ笑んでるイメージ? ぶっちゃけ黒幕体質よね。
 そして私は目立ちたがり屋。分かってる、私もそんな状況になった自分がドヤ顔で探偵役してる様が鮮明に思い浮かぶから否定はしない。
 まー、故に久遠ちゃんの配役に文句は言いませんが……一つ確認して良いカナ?

「久遠ちゃんって、相手が化け物か一般人か見ただけで分かるの?」

「確実にってワケじゃないですけどね。特殊な力があったら、一目で分かるようにはなってますよ」

 いやほんと、いちいち反則臭いわねこの子。そういう能力まで持っているなんて。
 便利ではあるけど、この状況でソレはちょっと冷めるかなー。謎は出来るだけ多い方が良い物ね。

「しっかし何者なのかしらあの包帯男は。あんな怪しさ爆発な格好してたら、どこかで職質なりされてそうなモノだけど」

「宿の人も、普通のお客と同じ扱いだったものね。何かあるのかしら」
 
「実に臭いますなー。謎の臭いがプンプンしますぞ」

 この旅館、何か裏の顔とかあったりするんだろうか。
 で、あの包帯男は旅館の裏側を利用する売人的な何かだったり。
 ふふふ、面白くなってきたわ。まー、面白がるだけで実際には何もしないのだけど。
 そこは弁えてますよ。実際の私らは探偵でも刑事でも無い、ただの普通の大学生ですからねー。

「あ、さっきの包帯男が戻ってくるよ」

「――へ?」

 ある事無い事無責任に想像しながら包帯男の正体を探っていると、妙な所に視線を送っていた久遠ちゃんがボソリと呟いた。
 戻ってくるって……いや、なんで分かるんです?
 ここからだと、包帯男の向かった場所の様子は窺えない。当然の話だが音なんかも聞こえてこない。
 つまり何も分からない状況のはず……なんだけど、久遠ちゃんの視線はまるで見えているかの様に何かを捉え動いている。
 えっ、マジなの? 本当に見えてるの? そう思って廊下の角の方を見つめていると――現れたのは一人の女性だった。
 大人しい感じの女性は四人組に申し訳無さそうな顔で話しかけ、四人組もそれに気安い態度で答えている。
 恐らく彼女はあのサークルのメンバーの一人なのだろう。漏れ聞こえる会話から察するに、今まで部屋で休んでいたようだけど……。

「あのー、まさか彼女があの包帯男だとか言わないですよね?」

「んー……うん、そうですね。あの子が件の包帯男です」

「引込みがつかなくなって、意地を張ってるなら止めといた方が良いですよ? さすがに無理があります」

「僕もそう思うけど、あの子から感じる波長も気も包帯男と同じだからなぁ。ついでに言うと、あっちの方向にはもう人が居ません」

「えっと、どういう事?」

「そのまんまの意味です。多分あの子は部屋で休むフリをして変装、今度は包帯男としてチェックインしたんじゃないかな」

 いやいや、さすがにそんな推理小説みたいな事があるワケ無いでしょう。
 久遠ちゃんの推理に苦笑を返して、私は一緒に笑ってやろうと隣のメリーへと顔を向ける。
 しかしそこにメリーの姿は無かった。彼女はいつの間にか席を立ち、何やら従業員の一人と話をしていたのだ。
 やがて、何かを聞き出したらしいメリーは従業員に一礼をして戻ってくる。

「……いきなりどうしたのよ、メリー」

「確認してきたの。あの包帯男は、久遠さんの言うとおりあの女の人の変装みたいね」

「へっ? なんで分かったの?」

「宿の人に聞いたら答えてくれたわ。あそこのサークルでドッキリをやるから協力してくれって言われたそうよ」

 ああ、だから当たり前の様にチェックインしてたワケね。納得。
 分かってみればなんて事のない事実だ。思いっきり拍子抜けしてしまった。
 
「あの人女性にしては背が高いから、簡単な小細工で包帯男になれると思うわ。細かい所を見ればボロが出るかもしれないけど……」

「そんな小さな違和感は包帯のインパクトが綺麗にふっ飛ばしてくれる、ってワケね」

 確かに。ジロジロ見ては居たけれど、細かく見たかと言われると首を傾げざるを得ない。
 どこまで計算ずくなのかは知らないけれど、学生のドッキリにしてはかなり手の込んだやり方だ。
 まー、こうして従業員に尋ねるだけでボロが出てるけど。それは私達が部外者だからだろう。
 実際わざわざ尋ねる事をしなかったら、真相は一生分からなかったでしょうね。

「なるほどねー。……でも、何だかガッカリしたわ」

「ですねー。まぁ、現実なんてこんなもんですよ」

「そっちもあるけどさ。久遠ちゃんの台無しっぷりが酷かったから」

「……僕ですか?」

「そのミステリーを根底から台無しにする特殊能力の数々は無いわ。謎が全然謎じゃなくなってるじゃない」

「そう言われましても。個体識別とか位置把握とかやってる能力はパッシブスキルなんで、僕自身の意志では止められないんですよ」

「ちなみに、その能力って有効範囲どれくらいなの?」

「誰がどこに居るのかくらいなら、最小範囲でもこの宿の端から端まで網羅出来ます。本気出したら何してるのかも分かりますね」

 ……人間レーダーじゃないの。しかも最小範囲広すぎでしょう、ここはそんな大きな宿じゃないけども。
 ああ。今更だけど、かのノックスが己の十戒にて「探偵は超能力を使うな」と言っていた意味が良く分かったわ。
 少なくともこの時点で、入れ替えトリックもアリバイトリックも通用しなくなったわね。監視カメラもびっくりな力だわ。

「久遠ちゃん、とりあえず宿に居る間はそういうの禁止で。分かったとしても言わないようにして」

「蓮子、幾ら何でも失礼過ぎよ……」

「いえいえ、お気になさらず。大事件が起きたならともかく、なんて事の無い日常の謎を逐一ネタバレされても嫌なだけでしょう」

 まー、さっきのアレは大事件の臭いも若干したけれどね。
 ここまで身も蓋もなくネタバレされると、感謝よりも文句の言葉が出てきちゃうわ。
 久遠ちゃんも気持ちを理解してくれたのか、気楽な笑顔でそれに応えてくれた。
 ……何というか、子供っぽい性格に反してわりと大人よね。久遠ちゃんって。
 やたらと大らかと言うか、無駄に堪忍袋が広いと言うか……うーむ、良く良く考えると一番の謎はこの子かもしれないわ。

「そういう事なら黙っています。ふっふっふ、これからの僕は暗躍する謎の黒幕系キャラで行きますよー」

 そう言って、浴衣姿で不敵に笑う久遠ちゃん。
 その似合っているのに似合っていない摩訶不思議な姿に、私はなんとも言えない気分になったのだった。



 

 何かしら、この絶妙にツッコミを入れづらい感じ。こんなにも言葉に困ったのは生まれて初めてだわ。




[27853] 異聞の章・拾捌「異人同世/犯行動機は山のように」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/12/02 22:03


「ところで素朴な疑問なんだけど……久遠ちゃん、お風呂入る時に何か言われませんでした?」

「何か?」

「ここは男湯ですよ、お嬢さん。とか」

「シンプルに酷い!?」

「…………」

「そしてさっきまで何度も諌めていたメリーさんが、ここに来てまさかにスルー!?」

「いえ、その――大丈夫でした?」

「うわぁ……蓮子さんより心配の仕方がガチだぁ」

「私もわりと本気で心配してますよ?」

「その補足は要らないです」

「いやいや、これは真面目な話なんです久遠ちゃん。勘違いしてる人が多いけど、女性側から仕掛けても痴漢は成立するんですからね?」

「畳み掛けるような暴言の数々に、さすがの僕もブチ切れるべきなのではと思う次第ですね」

「で、実際の所は?」

「……僕以外誰も居なかったので咎められませんでした」

「そっか、悲劇は未然に防げたのね」

「おかしい。僕は法律にも公序良俗にも反していないと言うのに、まるで犯罪者の様に扱われている」

「いやだって……」

「ねぇ……?」

「そろそろ泣きますよ? 僕だって、何を言われても傷つかないワケじゃないんですからね!?」





幻想郷覚書 異聞の章・拾捌「異人同世/犯行動機は山のように」





「……それにしても、これからどうしよう」

 何となく盛り下がってしまい雑談する空気でも無くなったので、私は話題を変えるためそう呟いてみた。
 まだまだ、時間的には昼間と言って差し支えない頃合いだ。寝るにもゆっくりするにも何もかもが早過ぎる。
 正直、この宿って娯楽的なモノがほとんど無いのよね。
 いわゆる風情を楽しむタイプの宿なので、分かりやすい遊び場が無いのは当然の事なんだろうけど。
 さすがにこれは参ったわ。お風呂入っちゃったから、今から外へ散歩に行く気にもなれないし……どうしよ。

「はぁ、だからお風呂には早いって言ったじゃない」

「温泉宿に来て温泉に入らないのは、世界に対する敵対行為だと思うのよ」

「入るなとは言ってないわ。何をするにしても、ちゃんと考えて行動しなさいって言ってるの」

「うー、メリーお母さんってば口うるさーい」

「誰がお母さんよ。……どうしました、久遠さん?」

「いや、他人の漫才を見ていると若干身につまされるモノがあるなぁと。特に蓮子さんを見ていると複雑な心中に」

「……言われてみると似てますね。蓮子と久遠さんの言動って」

 あー、それは何となく分かる。何か、やたらと久遠ちゃんとは意見が合うのよね。
 ノリが似通ってると言うか、発想が同じ所から出ているというか……精神年齢が一緒なのかしら、どう見ても相手は年下なのに。

「とは言え、今から外に出て何かを楽しむってテンションでないのも事実ですね。……部屋でトランプでもします?」

「冗談じゃないわよ。せっかくの旅行をトランプ三昧で潰すほど、私は枯れた生き方はしていないわ」

「失敬な! トランプで遊ぶ事の何が枯れているんですか!! 謝れ、トランプさんに謝れ!」

「え、そこに食いつくの?」

 いや私も、トランプで遊ぶ事を否定しているワケじゃないけど。
 久遠ちゃんは何? トランプに命を救われた事でもあるの? それともノリで言ってるの?
 ほんとわっかんないわー。分かりやすいはずなのに、変な所でミステリアスだわこの子。
 ……さて、本当にこれからどうしようかしら。
 一応、脱衣所の近くに卓球場とゲームセンターと呼べない筐体の集まりがあったけど。
 夕飯までの時間をそれで潰すのは辛いわ。色んな意味で辛いわ。
 はー、どうしたものかしらねー。

「あ、あの……すいません」

「はい?」

 結局アイディアが出ないまま、休憩所でボーっとしている私達。
 このまま一番ダメな使い方で時間を浪費するのかなーと思っていたら、隣の団体の一人が話しかけてきた。
 最初から休憩所に居た四人組の一人で、ステレオタイプなイメージの文系女学生だ。
 少し内向的な雰囲気のする大人しそうな彼女は、見ているこちらが申し訳無くなる程張り詰めた表情でこちらを見つめている。
 いわゆる小動物キャラってヤツね。どう考えても積極的に人へ話しかける人間じゃなさそうなのだけど……私達に何の用なのかしら。

「お、お暇でしたら、私達の事を手伝って頂けないでしょうか!!」

「はい?」

「えっと、気持ち程度ですがバイト代も出します! やってもらう事も簡単でそれほど手間も……」

「いやいやストップストップ! ちょっと話飛びすぎだよ、もっと初めの事情から話してくれない?」

「あ、す、すいません!」

 言いたい事は分かるが、もう少し段階を踏んでくれないと反応に困る。
 そんな私達の戸惑いに気付いた彼女は、可哀想になるくらい動揺して言葉に詰まっている。
 お、深呼吸した。そうね、そうやって落ち着いてから話した方が良いわね。
 ……だけど、そんなに激しく呼吸したら意味がないんじゃないかしら。深呼吸と言うより喘息みたいよ。
 
「あのその、すいません。えっと」

「――ちょっと良いですか、おねーさん」

 見事にテンパッて話すどころじゃ無くなっている女性に、苦笑いしながら久遠ちゃんが話しかけた。
 一応それに応えて振り向く程度の事は出来るようようだけど、この様子じゃろくに話が出来な――アレ?
 久遠ちゃんと目が合った瞬間、それまで半泣きで狼狽していた女性はあっという間に平静さを取り戻していた。

「大丈夫です?」

「あ、はい。ごめんなさい、私ってあまり知らない人と話すのが得意じゃなくて……」

「気にしてませんよ。それより、ゆっくりで良いんで事情を説明してくださいな」

 うわ、今の何? 心の病気か何かだと思う程の変わり身である。しかも、相手はそれを疑問にも思っていない。
 ……ひょっとして今の、久遠ちゃんがやったの?
 疑問を込めて彼に視線を送ると、久遠ちゃんは彼女から見えない角度で意地悪く笑ってみせた。
 やっぱりそうか。どういうカラクリか知らないけど、彼女が落ち着いたのは久遠ちゃんの力によるものであるらしい。
 人の精神に干渉する力か……今回は平和利用したみたいだけど、えげつない使用方法も出来るんでしょうね。
 久遠ちゃんに関しては『人間離れした力を持った脳筋』的な認識をしてたけど、そういう方面でも色々とやれるのかー。
 ――この子、本当に人間なのかしら。

「蓮子? どうかしたの?」

「や、何でもないよ。それでおねーさん、どういう用件なんです? バイト?」

 まー、久遠ちゃんの事はとりあえず置いておこう。あっちの人を放置するワケにも行かないものね。
 私が改めて理由を尋ねると、彼女は今までの動揺が嘘のように落ち着いて事情を語り始めた。
 なんでも、彼女達はある大学で映画サークルをやっているらしい。それも見る方じゃなくて撮る方の。
 もちろん今回の旅行の目的も映画撮影、バイトも雇って準備万端……だったのだが、その雇ったバイトがまさかのスケジュールミス。
 撮影日程が限られているのに、明日にならないとやってこないのだそうだ。
 しかも道具係とカメラマンを兼任していた男性が手首を捻ったせいで、撮影その物も困難になってしまったらしい。
 で、にっちもさっちも行かなくてどうしようとなった所で暇そうにしていた私達に気付いたと言うワケだ。

「お願いします、今日だけで良いんです! 私達の撮影に協力してください!!」

「んー……どうしよっか?」

「僕はお二人の意見に従いますよー」

「私は……そうね、蓮子に任せるわ」

 わ、メリーさんセコい。そこでこっちに任せます?
 すでに女性の視線はこちらをロックオンし、完全に私の承認待ち状態となっている。
 そういや、最初も私に話しかけてきたし。コレ完全に私がこの集まりのリーダー的存在だと思われてるわね。
 まー、確かにリーダーと言えばリーダーなのかもしれないけど。その場合、久遠ちゃんは客将でメリーが裏リーダーよね。
 表向き偉そうにしてるけど実際は……って感じ。分かってる、蓮子さんはそう言うポジションだって分かってます。

「さて、どーしましょーかねー」

「あのあの、お望みでしたら映画にも出しますし嫌なら絶対に出ないようにします! 他にも可能な限りこちらからお手伝いを……」

 うーん、ここまで言われて断るのもアレよねー。
 「映画に出演してくれ」なら断ってたけど、さすがに相手もそこらへんは分かっているらしい。
 それなら、映画製作の見物も兼ねて手伝っても問題無いのじゃなかろーか。
 
「構わないわよ。ただ、私達映画の知識なんてなーんにも持ってないから……」

「そ、そこは大丈夫です! 私がちゃんと必要な事を教えますから!!」

「おーい小早川、そっちはどうだ?」

「あ、大丈夫です! 皆さん協力してくれるそうです!!」

 小早川と呼ばれた女性が、ガタイが良く「私体育会系です」と言わんばかりにパワフルな男性へと返事をした。
 彼の手首には包帯が巻かれているので、恐らくあの人が道具係兼カメラマンなのだろう。
 返答を受けあからさまにホッとした男性は、不機嫌さが顔に出ているもう一人の男性へと顔を向ける。
 ……あらら。どうやら私達が呆けていた間に、向こう側の空気はだいぶ悪くなっていたみたいだ。

「これで良いだろう、徳川。撮影は問題なく続行出来るぞ」

「――ふん、なら準備に取り掛かるぞ。ついてこい伊達」

「あ、うん!」

 徳川と呼ばれた男性は、高飛車にも見える態度でそう言うと隣の派手目な女性を従え休憩所を後にした。
 残されたのは、道具係の男性と小早川さんと俯いている包帯男――だった女性。
 いきなり他人様の修羅場を見せられ私達が戸惑っていると、道具係の男性が苦笑いしながらこちらに謝罪してきた。

「すまない。アイツは主演と監督を兼任していてな、上手くいかない映画撮影に少しイラついているんだよ」

「へー、主演兼監督ですか。まるで水野晴郎みたいですね」

「あれ? あの人って主演も兼任していたかしら?」

「どうでもいいわよそんな事。と言うか、シベリア超特急を真っ先に引き合いに出すってどうなんですか」

「あ、通じるんだシベ超」

 ……まー、私がB級映画とか結構好きだからね。その影響でね。
 それはともかく、いきなり主演を水野晴郎と比較されたサークルの皆様は一人を除いて見事な苦笑いを返してくださった。
 唯一笑っていないのは、さっきからずっと俯いていた女性だけだ。どうやら彼女はこちらの話を聞いている余裕すら無いらしい。
 この落ち込みよう、主演兼監督殿がおかんむりな原因の一つは間違いなく彼女にあるわね。
 
「ほら石田、いいかげん元気出せって。徳川の言う事を一々気にしてたらやってられないぞ?」

「でも、私がバイトの方にスケジュールを伝え間違えなければこんな事には……」

「臨時のバイトさんはもう雇ったんだから、その事は良いでしょう? いつまでも落ち込んでたら、また徳川さんが怒るわよ?」
 
「はい……」

 小早川さんと道具係の男性に慰められ、石田と呼ばれた女性はようやく顔を上げた。
 ふむ。遠目だったり俯いていたりしたから分からなかったけど、これまた中々の美人さんだ。
 さっきの伊達さん? とやらが今時の美人だとすると、こっちは昔ながらの清楚な和風美人と言った所か。
 この人も役者の一人なのかしら。映画を撮るには少数精鋭すぎるけど、質の方は中々高いのかもしれないわね。
 いや、美男美女ばっか集めるのが最適解なのかは知らないけど。
 個人的には、クリント・イーストウッドみたいなワイルドな美形が映画には欠かせないと思うの。優男じゃなくて。これ大事。

「っと、スマン。手伝ってくれる人間を放置してちゃマズいよな。俺は立花、道具係とカメラマンと役者を兼任してる」

「あ、そういえば名乗ってませんでしたね。私は小早川、脚本家兼役者やってます」

「石田です。主に雑用全般を。……役者もやってます」

「んで、さっき出て行ったのが徳川と伊達。徳川はさっき言った通り監督兼役者で、伊達が役者兼衣装係をやってる」

「全員出演者なんですか。と言うか、役者の他に何かしら役割があるんですね」

「少人数の映画サークルだからな。役者に専念させられる程の余裕は残念ながら無いのさ」

 なるほどねー。そんな中でバイトが来ずカメラマン兼道具係が怪我しちゃ、監督さんもお怒りになるって事か。
 状況は良く分かった。そしてちょっと後悔した。どうやら私達は、険悪な空気の真っ只中に放り込まれてしまったらしい。
 
「アンタ達には本当にすまない事をしたと思う。だけど俺達は、この映画をなんとしても完成させたいんだ」

「この映画が最後のチャンスなの。だから……」

「あーはいはい、了解しました。別に気にしてないんでさっさと仕事に移りましょう。もう始めるんですよね?」

「あ、ああ」

 うわ、久遠ちゃん相手の語りを思いっきりぶった切ったよ。
 まー私も、あからさまに辛気臭くて重くなりそうな話は聞きたくなかったけど。
 容赦無いなー。興味無いから話さなくて良いよって雰囲気を、隠す事無く全力で見せつけている。

「それじゃ俺達も撮影場所に向かおう。三人には多分、細々とした仕事を任せる事になる」

「構いませんけど……そちらは大丈夫なんですか? カメラマンをしていると聞きましたが、手が……」

「これくらいならまだ何とかなるさ。なーに、カメラを持つくらいはさすがに……っ!」

「ダメっぽそうですね」

「だ、大丈夫さこのくらい。それにカメラマンの代理を、バイトに任せる事は出来ないからな。ははは……」

「まー、ご本人が大丈夫だって言うなら止めませんけど」

 ……本当に大丈夫なのかな、コレ。別に失敗した所で私らは痛くも痒くも無いんだけど、気不味くなるのは勘弁して欲しい。
 もういっそ、用事を思い出したとか言って逃げ出そうか。正直それで良いような気がしてきた。

「――あ、そうだ。ちょっと失礼しますよー」

 等と私が逃亡の算段を練っていると、久遠ちゃんがそう言って立花さんの腕を取る。
 そして反対の手を包帯の巻かれた手首に添えると、ひねった事なんて知るかと言わんばかりの勢いで捻りだした。
 うわ、ちょ、久遠ちゃんそれはヤバいって!?
 どう見ても悪化させるつもりとしか思えない久遠ちゃんの行動に、その場に居た全員が凍りつく。
 しかし立花さんは悲鳴を上げない。むしろ痛みすら感じないようで、彼自身そんな自分が不思議でしょうがないと首を傾げていた。

「これで良し。応急処置を施しましたので、この旅行中痛む事は無いと思います」

「え、あ……ほ、本当だ! 痛くない!!」

「多少の無茶なら出来るようになってますが、これはあくまで臨時の処置です。旅行を終えたらすぐに病院へ行ってくださいよ」

「ああ、分かったが……今のは一体………」

「実は僕、軽く医学を齧っていましてね。整体の真似事みたいな事も出来るんですよ」

 あ、これは嘘だ。多分本当は、何かの能力を使って誤魔化したのだろう。何となく分かる。
 そしてそれをいけしゃあしゃあとした顔で誤魔化せる、その胆力も素直に凄いと思う。
 何気に面の皮分厚いよね、久遠ちゃん。おばちゃんの厚化粧くらいの厚みは余裕であるんじゃないかしら。
 
「さ、これで懸念事項は何も無しです。行きましょうか!」

「ありがとう、これで何とかなりそうだよ」

「良かったですね、立花先輩」

 懸念事項の一つが解決した事で、サークルの三人は安堵の笑みを浮かべた。
 私はそんな三人に悟られないよう久遠ちゃんに近付き、彼にしか聞こえない小声で囁いた。

「今のも、久遠ちゃんの力?」

「ですねー。まぁ、変な所でもたついて面倒な事になっても嫌ですし。陰ながらお手伝いと言うヤツですよ」

「あー、なるほどね」

 どうやら、久遠ちゃんも私と同じ気持ちだったようだ。
 陰ながらと言うには少々派手な支援だったけど、それを感知出来るほどの力の持ち主はどうやらいないようだ。
 と言うか正直、私も久遠ちゃんがどういう存在か知らなかったら気付いてなかったと思う。
 文字通り力の桁が違うって事ね。味方として心強いと言うか、猛獣の手綱を締めている気分で落ち着かないと言うか。

「ま、これで心置きなくバイトに専念できるわね。コレ以上の問題はもう無いでしょう」

 やれやれと肩を竦め、私も三人に続くためゆっくりと立ち上がる。
 そんな私の軽い呟きに久遠ちゃんが答えていた事に、その時の私は気付いていなかったのだった。





「――どうだろうね。地雷は、思ったよりも多く埋まってるみたいだよ?」










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「前回せっかくあった登場機会を潰され、大変ご立腹な山田さんです」

死神A「あたいは登場出来ない方が嬉しいですけどね。死神Aです」

山田「安心してください、前回山田さんがあったら、アシスタントはリクエスト通り空気読める人でした」

死神A「あー、あたいの出番はそもそも無かったんですか」

山田「いえ、ありましたけど?」

死神A「えっ」

山田「えっ」

死神A「あの、それじゃあ何が安心なんですか?」

山田「知りませんよそんな事」

死神A「」

山田「では最初の質問でーす」

死神A「わー、やりたい放題だー」


 Q:この際貧乳四天王で、乳比べをしたらどうなるのかおしえてほしいな。
   もちろん今すぐ、切腹して地獄巡りをして、わんこ肉じゃがをする覚悟はある


山田「なんか、死んでもいいから乳比べて欲しい輩多すぎません?」

死神A「百パー山田様のせいだと思いますよ」

山田「まったく、さすがの山田さんも呆れて言葉が出ません。オシオキする気力も湧きませんね」

死神A「わ、珍しい。それじゃ切腹は無しですか?」

山田「いえ、させますけど? ワンコ肉じゃがもさせますけど?」

死神A「なんで今、謎の面倒臭いアピールをしたんですか? 今回はそういうネタで行くんですか?」

山田「ちなみに四天王の乳ですが、ぶっちゃけほぼ差は無いです。差がないから四天王です」

死神A「でも、まったく同じでは無いですよね」

山田「ぶっちゃけ誰をワーストに据えても、他の個性が一つ失われる事になるので嫌。と言う事らしいですよ?」

死神A「……そういうモノなんですか?」

山田「ただし作者的には、ワーストは映姫様か山田さんか天子の三択みたいですけど」

死神A「実質二択ですよね、ソレ」

山田「はい、ドーン!」

死神A「ちょ、弁慶蹴るのは止めてくださあいたぁ!?」


 Q:ところで気になった。メリー&蓮子と晶君ってどっちが年上?


山田「蓮子&メリーの方が年上です。作中での具体的な経過年月は明らかにしませんが、それでも晶君はまだ高校生くらいの年齢なので」

死神A「けど、秘封倶楽部の二人は年下の晶君に丁寧語で話してますよね」

山田「命の恩人ですからね。あと、蓮子の方は若干「見た目は年下っぽいけど実は年上なんじゃ」と思ってます」

死神A「ほぼ妖怪扱いですか」

山田「一般人から見ればそう見えるから仕方ありません。ただし晶君のぽんこつっぷりを見て少しずつ素の方も出てきています」

死神A「あー、そういえばたまに丁寧語じゃなくなってますね」

山田「ちなみに、メリー蓮子間の会話はどっちも素になってます。おかげで一台詞内でも口調が変わるからやりにくくてしょうがな」

死神A「山田様ストップストップ! 邪神の電波を受信してます!!」


 Q:ゆうかりんに着けられたペットの首輪(笑)はどうしたんですか? 最近出てきませんがサードアイに取って代わられたのかな。


山田「ちゃんと付けてます。サードアイはゆうかりんの首輪に嵌める形になっているので、実質サードアイ=ゆうかりんの首輪です」

死神A「と言う事は、風見幽香の首輪も現状外せないんですか?」

山田「いえ、サードアイを首輪から外す事はできるので首輪その物は外せます。サードアイそのものは首から外せませんが」

死神A「じゃあ、浴衣の今はサードアイのみの状態ですか?」

山田「晶君はペットの鏡なので、寝る時と風呂入る時以外は常に付けてますよ」

死神A「……格好の異常さで誤魔化されてますけど、あの首輪って単体でも相当アレですよね」

山田「平時の晶君は、一個一個の異常さを山ほど盛る事で誤魔化してる節がありますから」

死神A「嫌な誤魔化し方だなぁ……」


 Q:「見えないものを見る」という能力なら透視も霊視も読心も熱感知もスカウターも何でもできそうですが、描写を見る限りそうじゃないっぽいですよね。サードアイ


山田「実は読心以外全部出来ます。地味なだけでエゲつないですサードアイ」

死神A「まぁ、霊視は出来ないとコンセプト的におかしな事になりますよね。けど透視って……」

山田「正確に言うと「障害物の向こう側も見えるので実質透視してるのと同じ」って感じですが。ちなみに熱感知やスカウターも同じです」

死神A「見えまくりですね、サードアイ」

山田「その分、情報量がアホみたいな事になりますけどね。そこらへんは無意識下で脳が調整しています」

死神A「見えているのと理解しているのは別問題って事ですか」

山田「普通の人間だって、視界内全ての現象を把握しているワケでは無いですからね。サードアイだって一緒ですよ」

死神A「晶君の場合、常に地平線まで見えてる様な状態ですからねー」

山田「勘違いしないで頂きたいのは「サードアイがある=何も見逃さない」では無いって事です。それとコレとは話が別です」

死神A「ちなみに、透視ってどこまでのレベルまで透視されるんですかね」

山田「安心してください、エロい方面には行きません。いえ、まぁ見えては居るんですけどね」

死神A「見えてるんですか!?」

山田「もっと言うと、肌の下の臓器やら筋肉やら骨格やらも見えてます。見え過ぎてて逆に見えにくい感じです」

死神A「……良く分かりませんね」

山田「一周回って普通になってると思ってください。ちなみに、サードアイは視覚よりも聴覚や味覚に近い感覚となってます」

死神A「つまり?」

山田「上手く服の下だけを見れるようにしても、ぶっちゃけ全然エロくないって事です。残念」

死神A「いやまぁ、あたいとしてはそっちの方が安心ですけど」

山田「それはアレですか。透視があったら真っ先に覗かれるのは私だろうと言う自慢ですか」

死神A「ち、違いますって!?」

山田「いいかげん、胸ネタでイジるのも面倒なんですけどね。山田さんもさすがに飽きてきましたよ」

死神A「……じゃあ、止めてくれるんですか?」

山田「いえ、やりますけど」

死神A「だからなんなんですか!? その謎の一捻りは!?」

山田「知りませんよ。ぽちっとな」

死神A「今回はなんか、いつも以上に理不尽ですよちょっとぉ!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 異聞の章・拾玖「異人同世/されど事件は起こらず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/12/10 09:35


「それで――あー……そういえば名前を聞いてなかったな」

「そういえばそうですね。私は宇佐見蓮子、見ての通りのしがない学生です」

「マエリベリー・ハーンです。蓮子の同級生で、同じサークルのメンバーです」

「久遠晶でーす。ピッチピチの大学生やってます! ヨロシク!!」

「……久遠ちゃん?」

「なるほど、そう言う体裁で押し通すつもりなのね」

「へー、私達と同じなんですね。全然そうは見えませんけど」

「そうなんですよー。良く高校生に間違われますー」

「確かに……久遠さんなんて、いっそ中学生でも通用する若々しさですもんね」

「ごはっ!? さ、さすがに中学生は言い過ぎでは?」

「そうか? むしろ高校生の方が無理があると思うぞ――っとスマン、言い過ぎた」

「あはははは、別に良いんですよあはははは……しょぼん」

「……自業自得とはいえ、哀れね」

「でも実際、あれで高校生って言うのは無いわよねぇ」





幻想郷覚書 異聞の章・拾玖「異人同世/されど事件は起こらず」





 拝啓紫ねーさま、久しぶりの外の世界は思った以上に窮屈です。
 雇い主である三人の後に続きながら、僕はこれからどうしようかと内心で頭を抱えていた。
 はぁ、まさかこんなにも面倒臭い事態になるとは思わなかったよ。
 どうやら蓮子さんの中では、すでにあの包帯男はタチの悪いドッキリと言う事で処理されてるみたいだけど。
 果たして、「最後のチャンス」であるらしい映画の撮影旅行でそんな事をしている余裕があるのだろうか。
 少なくとも、バイトが一日遅れただけでキレかけるあの監督さんには無い。絶対にない。
 

 ――ただしそれは、本当に切羽詰まっていた場合の話だ。


 かなり悪質な話だが、今現在の彼らの方が演技である可能性ももちろんある。
 その場合、旅館の人が言っていた「ドッキリ」はこちらを嵌める為のモノであると考えるのが妥当だろう。
 所謂素人ドッキリと言うヤツだ。馬鹿げた話だが、若気の至りと言う言葉がピッタリなサークルならやらかしてもおかしくない。
 もっとも別の要因が、そんな僕の儚い幻想を完膚なきまでに打ち砕いてくださっているのだけど。

「はぁー、参った参った」

「すいません、私のせいでご迷惑を……」

「あ、いえいえ。今のは個人的な事情からくる溜息なので、お気になさらずー」

 嘘だけどね。本当はバイトのせいです。バイトのこれからを考えて憂鬱になったからです。
 さて、突然ですが僕は「狂気を操る程度の能力」を持っています。
 名称こそ狂気と限定しているけど、これは実質的に人の心を弄くる事の出来る力だ。
 実際さっき、小早川さんの平静を取り戻したのはこの力によるモノである。
 正気を知らねば狂気は作れぬ。この魔眼は、大まかではあるが人の感情なんかを計る事が出来るのだ。
 ……とは言え、力の強い妖怪なんかには通じないんだけどネ。
 上手く隠してるのかは単純に通じないのかは分からないのだけど、幻想郷に居た頃は細かな感情までは分からなかった。
 見て分かるほど狂ってたり昂ってたりすると、波長の方も強く出るんだけど。
 基本的には大差無いので、まさか感情まで分かるとは思いもしませんでしたともよ。


 ――ええ、つまり相手が一般人だと丸見えなんです。感情丸分かりなんです。


 比較的一般人寄りなはずの蓮子さんの感情も見えにくいので、恐らく能力の有無が関係しているのだろう。多分。
 思い返すと、以前のヤクザも人里の人らも――ゴメン、嘘ついた分かんない。その時はそこまで注意深く見てなかったです。
 ちなみにメリーさんの感情も上手く見えないけど、この人の場合は違う理由で見えない気がする。
 僕はまだ「メリーさん実は紫ねーさま」説を引っ込める気はありませんよ。別に解明する気も特に無いけど。
 で、だ。そんな僕の視点で映画サークルの皆様を見ると、それはもう色んな感情が分かるワケです。
 例えば道具係の立花さん。表向きは仲良さそうにしてるけど、小早川さんと話してるとヤバい。めっちゃ動揺してる。
 好意があるとか恥ずかしがってるとかそういうブレ方では無いので、恐らくよっぽど疚しい事があるのだろう。
 もちろんソレは小早川さんも同じである。こっちの感情は憤怒、しかも立花さんだけで無く映画サークル全員に向けられている。
 もうこの時点で面倒臭い。やってられない。どんだけドロドロしてるんだこのサークルは。
 ――しかしもっとも厄介なのは、他でもない隣に居る石田さんである。
 一見すると落ち込んでいる様に見える彼女だけど、その精神は常に狂気の波長で満ちている。
 まぁ、満ちてると言ってもフランちゃんの狂気が千三百七くらいだとしたら、こっちの狂気は五くらいだけどね。
 だけど謝罪していた時も落ち込んでいる時も、ずっと狂気状態を維持してるのだから狂い具合は相当だと見て良いだろう。
 こりゃー、相当色んな物貯めこんでますよこの人。しかもその狂気を具体的な行動で発散しようとしている。超ヤバい。
 この様子だと、バイトを呼ぶ日程を間違えたのもワザとなのだろう。
 こちらがバイトを了承した時あからさまに動揺していたし、今も僕らに対して申し訳無さそうな感情を向けているし。
 どうやら立花さんが手首を怪我して臨時バイトを雇う羽目になった事は、彼女にとっても予想外の展開であったらしい。
 
 
 ……もちろん、たまたま雇ったバイトがそんな感情をしっかり把握しているなんて事は想像すらしていないに違いあるまい。


 あー、本当に心の底から面倒臭い。
 明日バイトが来るって事は、決着は今日中に付けるつもりだったと言う事だ。
 石田さんが突発的な事態が発生したから諦めよう、と思ってくれれば楽なんだけど……この様子じゃそれは期待できまい。
 つまりこのままだと、確実に今日何かが起こる。平たく言うと誰か死ぬ。
 ぶっちゃけ、僕としては秘封倶楽部の二人と我が身が無事なら誰が死のうと知った事じゃ無いのですが。
 事件発生後にやってくるであろう警察と鉢合わせるのはマズい。法律外の存在としては、公的機関との接触は出来るだけ避けたい。
 本当ならここらへんの話を二人にもぶちまけて、なんとか事件を事前に防ぎたいのだけど……根拠が無いからなぁ。
 いや、僕的にはもうリーチしちゃってる状況なんだけどね。あくまでそれは能力による判断だし。
 つまり「もう少し様子を見よう。僕の予感だけでみんなを混乱させたくない」と言う事です。

「やっぱり暗躍するしか無いか……ああ面倒臭い」

「ん? 久遠ちゃん何か言った?」

「いえいえ、何でも無いです」

 とりあえず、何かのフラグっぽい行動は徹底的に潰すよう努力しよう。
 見逃す事もあるかもしれないけど……まぁ、そこまで真剣にやるつもりは無いし。
 いざとなったら狂気の魔眼で警察誤魔化せば良いよねと考えながら、僕達は撮影現場に向かったのだった。










「――よし、今日の所はここまでだな」

 徳川さんの号令と共に、全員が安堵の溜息を漏らした。
 もちろん、それは僕も同じである。
 無事やり切れた事にホッとした僕は、全身の硬直を解すように身体を伸ばした。
 そんな僕に近づいてくる立花さんと小早川さん。その瞳には尊敬の念が思いっきり込められていた。

「お疲れ! いや、すげぇよ久遠さん!! 本当にありがとう!」

「ひょっとして久遠さんは、プロの映画関係者だったりするのかしら? 凄い手際の良さだったわ」

「いえ、映画とは縁もゆかりも無いただのドシロウトですよ。あはははは」

 とりあえず僕の目論見は成功し、それらしいフラグは何とか叩き潰す事が出来た。
 衣装小道具大道具が壊れたら、元通りになるよう修繕し。
 石田さんの恐らくワザとだと思われる失敗で監督がお怒りになったら、変な行動を取らないよう必死に宥め。
 脅迫状らしき怪文書は誰にも気付かれないよう回収、こっそり処分。
 風がどうとか変な拘りも見せだしたので、そっちも監督様の希望を聞いて僕の能力で気付かれないように修正。
 余計な火種を寄越しそうだった現地のお爺さんは、手っ取り早く魔眼を使って説得されて貰いました。
 不思議大好きっ子としては、この地域に伝わる伝承とやらがとっても気になりましたけどね。
 それを説明しようとしたのが石田さんだから、泣く泣く断念しましたよ。どうせそれもトリックに使うんだろチクショウ。
 あと、この前のパンフに「この時期は決まった時間に凍る」と書かれていた近場の滝は、冷気を操って常時凍るようにしておきました。
 ついでにアリバイ用だろう、何も起きていないのに立っていた工事中の看板も撤去。
 この二つは大掛かりな作業だけど、上手く立ちまわって誰にも悟られず実行する事が出来ました。あー疲れた。


 ――以上、映画撮影に関係ある様でほとんど無かった僕の暗躍集でございます。


 ありがたいのは、こちらの行動が有効か否かが石田さんを見れば即座に分かると言う事だ。
 特に凍っていた滝を見た時の石田さんの絶望具合は、絶対にコレ滝をトリックに使うつもりだったなとモロ分かりするモノで。
 ……まぁ、表情その物は一瞬だったし事情を知らなきゃ何に驚いたのかは分からなかっただろうけど。
 ここまでやったらさすがに諦めるだろう。諦めて欲しいなぁ。諦めるよね?
 
「おい、そこのバイト」

「は、はい?」

「貴様の名前は何だ」

「えっと、久遠晶ですけど……」

「ふん、そうか」

 それだけ言って、撮影現場を後にする徳川さん。
 今のは本人的には賛辞なのだろう。何度かゴマをすった事で分かったが、この人かなりややこしい。
 ツンデレと呼ぶには性格が悪過ぎるし、巨匠と呼ぶには技量がお粗末過ぎる。
 好意的に評価をしても、プライドだけが先行した二流監督が精々と言った所だ。褒められても全然嬉しくない。

「はは、アレでも久遠さんの事を評価してるんだよ。徳川が他人の名前を覚える事なんて中々無いからな」
 
「こんなに順調に撮影が終わったのは初めてですよ! コレも全部、久遠さんのおかげです!!」

「あはは、どーも」

 そりゃまぁそうだろう。かのクロサワ監督にでも倣っているのか知らないけど、あれだけ高望みして撮影がマトモに進むハズがない。
 ぶっちゃけ能力の半分くらいは、監督様のリクエストにお答えするため使ったと言っても過言ではないよ?
 もうこんな映画ご破算になってしまえと何度思った事か。それでもフォローしてしまう自分の下僕根性が恨めしいよまったく。

「久遠ちゃん大活躍だったね、ご苦労さん」

「おかげで私達、何も出来なかったわね。うふふ」

 そして、僕が出しゃばりまくったせいでほとんど仕事の無かったお二人が労いの言葉をかけてくれる。
 こうなったのは自業自得なんだけど、なんだろうこの腑に落ちない感は。
 特に蓮子さんは、僕の頑張りが早くバイトを終わらせるためのモノだと信じきっている様だ。
 いや、間違ってはいないけども。「面倒だから頑張るって本末転倒よね」って顔されるのはちょっと腹立つ。
 ちなみに順調に終わった撮影だけども、時間の方は相応にかかって時間はすでに夜に。
 身体もだいぶ冷えてしまったし、もう一度温泉に入りたくなってきたよ。すっごい疲れたしね。

「と言うワケで、夕飯の前にお風呂入りません?」

「お、イイね。労働の汗をさっと流すワケだ。……さすがに、これから更に別の仕事があるとか言いませんよね?」

「今日の撮影は今ので終わりだから安心してくれ。バイト代は……夕飯の後にでも渡すよ」

「皆さん凄く頑張ってくれましたからね。お礼の気持ちも込めて、多めに入れておきますね」

「ははは、頑張ってたのは久遠ちゃん一人だけどね。いや本当、あそこまで何でも出来るとは思わなかったわ」

「衣装の修繕に大道具小道具の修理……どこでそんな事を覚えたのかしらね」

 紅魔館でメイドして、河童のお手伝いを気が向いた時にしていたらいつのまにか習得していました。
 自分でも最近、自分がどういう方向に行きたいのかが分かりません。
 
「わはは、芸は身を助くと言うヤツですね。それじゃあ――」

 いざ温泉に――と言おうとした所で、魔眼の片隅に捉えていた石田さんが動き出した。
 先程、監督の終了宣言と共に片付け作業に入っていたみたいだけど……まだ諦めて無かったのか。
 もうそろそろ、今日は殺人に向かない日だと思っても良いはずなのになぁ。
 そんなに殺したくてしょうがないのか。こりゃ、トリックを潰してもあんまり意味が無いかもしれないね。
 トリックってのは結局、自分が殺した事を隠したい人間が使う誤魔化しに過ぎない。
 つまり後の事を一切考えていない人間にとって、そんな小細工はハナから必要無いのだ。
 石田さんは逃げ道の事を考えていたので、それを潰してやれば諦めるかと思ったのだけども。
 ……この様子じゃ、警察のお仕事を簡単にするだけで犯罪その物を未然に防ぐ事は出来なさそうだなぁ。
 仕方ない、こうなったら最終手段を使おうじゃないか。その名も必殺――直談判!!
 ええ、要は話し合うだけです。僕はあくまで平和的解決を望みますとも。そう言うワケなので――

「お風呂の前に軽くランニングしてきますね! ではでは!!」

「え、なんでいきなり?」

「温泉を思いっきり満喫したいからね! さぁて汗をかくぞー!!」

 うん、自分でも唐突だと思います。だけど露骨にそういう目を向けられるとちょっとイラッとします。
 ちくしょう、僕は一体何をやってるんだ。もういっそ僕が事件を起こしてやろうか。
 さすがに殺しはしないけど、風を操って宿の人間全員高山病にするくらい楽勝なんだぞー。
 ……いや、しないけどね。自分で言っといてなんだけど意味の分からないチョイスだ。何故に高山病?
 疲れてるのかなー。温泉でじっくり休んだ方が良いんだろうなー。……早く終わらせよ。
 そうやって決意を新たにした僕は、人気の無い所に行こうとしている石田さんの元へと向かうのだった。





 ――あーしんどい。こんなに面倒なら、警察誤魔化す方向で動いた方がマシだったかも。




[27853] 異聞の章・弐拾「異人同世/全ては闇の中へ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/12/17 00:02


「いやー、それにしても久遠ちゃんは面白いわねー。凄いのに全然凄く感じない」

「ふふ、そうね。だけど蓮子、あんまり気を許すのもどうかと思うわよ」

「あっれー? ひょっとしてメリーさん、久遠ちゃんに嫉妬しちゃってるのかなー?」

「真面目な話よ」

「……真面目な話って言われてもね。久遠ちゃんはかなり良い子よ? 若干ズレた所があるけど――」

「それが、なんでズレてるのか考えた事ある?」

「なんでって……天然だからじゃないの?」

「きっと違うのよ。私達とは、根本的な『常識』の部分がね」

「確かに、度々常識外れな事をしてるけどね。そういうメリーだって結構常識外れよ?」

「そうじゃなくて……ま、精々気をつけなさい。アレは言ってしまえば、野生の獣みたいなものだから」

「野生の獣ねー。だとしても頑張って草食動物ってトコでしょ、あの子は。あはははは」

「そうね。だけど蓮子、知らないの? ――獣の食性と危険性には、何の関係も無いのよ?」





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾「異人同世/全ては闇の中へ」





「どーも石田さん、ご機嫌いかがですか?」

 窓に細工している石田さんに話しかけると、彼女は笑えるくらい露骨に動揺した。
 まぁ、他人に見られるとマズい場面だからね。驚きもするでしょうよ。……僕にとっては今更な反応だけど。

「ど、どうしたんですか、久遠さん。こんな所に?」

 彼女は手に持っていた釣り糸を懐にしまうと、苦笑いしながら振り返ってくる。
 この期に及んで誤魔化そうとする所は、個人的にはプラスポイントだ。往生際の悪さは評価出来なくもない。
 ただし、それで事態が打開出来ればの話だけれども。誠に残念ですが何もかもがバレバレです、はい。

「面倒なんで単刀直入に言いますね。今日は殺人事件を起こさないでくれませんか?」

「――! な、何の話ですか!? 殺人だなんて、そんな」

「あ、もう言い訳とかしなくても分かってますんで。包帯男も脅迫状も事故の看板も、全部石田さんの仕業でしょう?」

 僕の指摘を受け、石田さんの顔が青ざめる。
 まぁ、証拠も何も無い決めつけだけどね。
 それでも、事実をピンポイントで突かれれば慌てふためきもするでしょうよ。
 が、それもまた一瞬の話。深呼吸した彼女は、何を言っているのか分からないとばかりに苦笑いして見せた。
 さすが女優、そのくらいの演技が出来る程度の技量は持っているらしい。――ただし、波長の方は乱れまくりなのですが。

「な、何を言ってるんですか? 包帯男? 脅迫状? 事故の看板? 仰りたい事が良く分かりません」

「あー、すいません。探偵でも警察でも無い僕には、貴女のやった事を証明するつもりはありません。やったと言う前提で話を進めます」

「そ、そんな事を言われても……」

「じゃあ包帯男の部分だけ。アレ、ドッキリって事で旅館の人に協力を求めましたよね? 僕らその話、旅館の人から聞いてるんですよ」

「――! そ、それは……」

 まぁ、誰がお願いしたかは知らないんですけどね。 
 共犯はいないみたいだから、頼んだのも石田さんで間違いないだろう。実際分かりやすく動揺してるし。
 もっとも、だからどうしたと言う話である。包帯男が石田さんだったとしても何かの犯罪に抵触するワケではない。
 だから誤魔化しようは幾らでもあるのだけど、それで押し問答に戻るのは面倒臭い。
 なので後は出来るだけ勢いで押し通す。とりあえず不敵な笑みを浮かべて、何もかも分かっているぞって顔をしてやろう。
 おお、怯えた顔で後ずさってる。そんなに胡散臭く見えたのか。――ちょっとだけショックだ。

「あ、誤解の無いよう言っておきますが、僕は別に貴女を糾弾しに来たワケではありません。止めるつもりも無いです」

「………………」

「『面倒事に巻き込むな』、僕の要求はそれだけです。それ以外の事は何も望みません」

 と言うか正直、関わり合いになりたくない。
 なんでまぁ、よりにもよって殺人なんて手段を選んだんだろうねこの人。
 無難な所で復讐かなぁ? だけどそれにしたって、そんな一瞬で終わる方法を選ぶ意味が分かりません。
 もっとこう、相手を精神的に追い詰める形にした方が復讐っぽいと思うんだ。
 あえて持ち上げるだけ持ち上げて、その後全部奪い取って最下層まで叩き落とすとか。まぁ、途中で飽きる可能性は高いけど。

「面倒事……ですって? 貴女に、貴女に何が分かるのよ!!」

 なんて思っていたら、逆上した石田さんが懐から包丁を取り出した。
 あー、これアレか。探偵じゃないモブが謎を解く前に事件に気付いて殺されるパターンか。事件起こって無いけど。
 まさか自分が体験する事になるとは思わなかったよ。と言うか、この人の沸点が良く分からない。
 石田さんにとっては大切な事かもしれないけど、関係ない僕にはただの厄介事でしょーよ。
 そんな事を呑気に考えながら、突撃してきた石田さんの包丁を軽く摘んで奪い取る。
 実は気で強化すれば刺されても痛くないのは内緒だ。さすがに一般人の前で人外な真似をする気はありません。
 ……突っ込んでくる包丁の平の部分を掴んで、刺される前に武器を奪い取るのはギリギリ人間に出来る範疇だよね?
 石田さんめっちゃ怯えてるけど。それはまぁ武器を取られたからだと思っておく。うん、ギリセーフギリセーフ。

「交渉決裂、か。参ったね」

「な、なによ」

「あんまりこの手は使いたく無かったんだけどなー」

 何しろ初めてやる事だ。どんな不具合が出るか想像もつかない。
 だから出来るだけ穏便に片付けようと思ったんだけど……こうなったらもう仕方ないよね。
 僕は石田さんの目を見つめると、狂気の魔眼を使用した。

「あ――――ぐっ!?」

 彼女の精神を掻き乱し、平常に戻しながらその奥底を弄くる。
 狂気から正気に戻す作業はフランちゃんで経験済みだけど、原因がそのままだと堂々巡りになるのは目に見えている。
 なので、原因の方もどうにかしてしまう事にする。具体的に言うと少しだけ記憶の方を無くしてもらうのだ。
 と言っても本当に消すのでは無い。精神的な死角を作り、そこにネガティブな記憶を押し込めたのである。
 臭いものには蓋と言うか、重箱の隅に色んな物を押し込める方式と言うか……まぁ、有り体に言うとその場しのぎです。

「とりあえず、石田さんには心を壊さない範囲で色々忘れてもらいましょーか」

「う……あ…………」

 廃人になるまで心を壊して、無難な人格に上書きする方法も考えたけど……それはちょっと外道過ぎるから却下。
 そこまでするほど、僕は石田さんの事が嫌いじゃ無いしね。特に好きでもないけど。

「あが――――――――あ、あれ?」

「……どうも、石田さん」

「あれ、久遠さん? どうしてこんな所に?」

「散歩ですよー。そういう石田さんは、ここで何をしてるんですか?」

「私は――ちょっと気分転換に。……でもおかしいですね、こんな所で何をするつもりだったんでしょう?」

「そうですね……殺人事件のトリックでも準備してたんじゃ無いですか? あははは」
 
「うふふ、久遠さんって愉快な人なんですね」

 ……良し、消えてる消えてる。この様子なら大丈夫だろう。
 一応、石田さんが悶えてる間に包丁と手に持っていた釣り糸は処分しておいた。
 いやまぁ別に大した事はしてないけど。単に、人のいない所に放り捨てただけだけど。
 後は例の包帯男の部屋に侵入して、証拠隠滅とチェックアウトを済ませれば問題無いだろう。
 石田さん自身の手荷物に一発で記憶の戻るエグい持ち物があったらおしまいだけど――そこまでは知りません、責任持てません。
 
「それじゃ、僕は用事があるんで失礼しますね。今日はご苦労様でした」

「ええ、お疲れ様です。今日は本当にありがとうございました」

「いえいえ。――あ、そうだ」

「はい?」

 やる事が終わった以上、ここに居る理由は無い。
 僕は包帯男の部屋へ向かうため歩き出す――前に足を止め、石田さんに‘忠告’をした。

「次は本気を出すんで、覚悟してくださいね?」

「……? 映画の撮影をまた、手伝ってくださるんですか?」

「意味が分からないのならそれで良いです。それでは、ごきげんよう」

 これだけ念を押しておけば、まぁ大丈夫だろう。……多分。
 一仕事終えた僕は、良く分からない使命感に追われながら最後の詰めを行いに行くのだった。
 あー、何やってるんだろう僕は。早く温泉に入って、何もかも忘れてリラックスしたいよ……。










「――お疲れ様、見事な暗躍っぷりだったわね」

「おやまぁ、メリーさんではありませんか」

 無事に証拠の抹消と包帯男のチェックアウトを終えた僕は、ホッと一息つきながら温泉へ向かっていた。
 そこに現れたのは、何もかも分かってますと言った表情のメリーさんだ。
 まぁ、驚きはしない。この人なら昔あの映画サークルに何があったのかさえ把握している事だろうさ。
 さて正体を明らかにしてくれるのかなー。等と思っていたら、メリーさんは困り顔で肩を竦めた。

「ご期待に添えず申し訳無いけど、貴方が考えているような事実は無いわよ。私はほとんど何も知らないわ」

「えー、そーなんですかー?」

「残念ながら本当よ。貴方の活躍を知ったのは純粋な推理の結果――ヒントも色々とあったしね」

 ふーむ、さすがは蓮子さんも認める探偵役と言った所か。
 ……だけど本当は全部見てたとかそう言う事は無いですよね? あ、無いですかそうですか。

「と言うか、貴方は気付いていたはずでしょう? 私が隠れて貴方と石田さんの会話を聞いていた事を」

「ほへ、あれ隠れてたんですか。普通に事の成り行きを見守っているのだと思ってました」

 まぁ僕の場合、サードアイのせいでその人が隠れてるのか立っているのか判別できなくなってるフシはあるけど。
 さっきのメリーさんは、明らかに石田さんにだけ気付かれないようしていた気がする。
 単に僕から隠れても無駄だと思ったのか、それともワザとそうしたのかは分からないけど……やっぱ怪しい。ワザとな気がする。

「……貴方はどうも私を過大評価するきらいがあるわね。あれでも私、貴方に悟られないよう必死だったのよ?」

「ふーん、へぇー」

「信じてないみたいね。……まぁいいわ、それよりも貴方には確認したい事があるから」

「なんです? 大抵の事にはお答えしますよー」

「――石田さんにした事の話よ」

 メリーさんは険しい表情で、静かにそう言った。
 はて、何か問題でもあったのだろうか。
 今回のアレは、僕にしては珍しく上手くやれたと思うのだけどなぁ。
 そう思って首を傾げていると、メリーさんが苦々しげに言葉を重ねてきた。
 まるで、僕が疑問すら抱かない事を咎めるように。

「貴方は精神に干渉する能力を持っている。そしてそれを使って、石田さんから記憶と殺意を奪った――そうよね?」

「奪ったんじゃなくて封じただけですけどね。概ねその通りですよー」

「そう。……ならそれが、どれだけ危うくて悍ましい手段なのかも理解しているのかしら」

「それはもちろん。何しろ人の心を弄くるワケですからね」

 どんな不具合が出てもおかしくなかったし、これから何が起こってもやっぱりおかしくは無いだろう。
 時間の経過で、殺意や記憶が蘇ってしまうならまだマシな方だ。
 押し込めた殺人の動機が独立して多重人格になるかもしれないし、不自然な状況に耐えかねた心が壊れ狂人となるかもしれない。
 運が良ければ上手い具合に折り合いをつけて、そのまま幸せに暮らせるかもしれないけど……まぁ無理だろう。
 そんな事が出来るならハナから殺人なんて手段を選んじゃいないし、どこかで必ず諦めていたはずだ。
 まぁ、要するにとうの昔に詰んでた人生がそのウチ詰む人生に変わったってだけの話なワケです。ご愁傷様。

「分かっている上で弄って、分かっている上で放置するのね」

「石田さんの人生を救う義理も意志も無いですからね。まぁ、今日終わる人生がいつか終わる人生に変わっただけ御の字では?」

「意外と冷たいのね。余裕があるならとりあえず人には親切にしておく、なんて考えの人だと思っていたけど」

「間違ってないですよー。僕は基本的に、無茶無理無謀でなければニコニコ笑顔で人助けします。自分に害が及ばなければの話ですが」

 今回は、害が及ぶので親切にしなかっただけだ。
 もちろん石田さんを助ける方向で動く事も出来たけど、モチベーションがそこまで上がらなかったのだから仕方ない。
 ぶっちゃけどうでもいいです。興味ないんで好きな所で破滅してください、はい。

「何故、そこまで彼女に厳しく当たるのかしら? 嫌っていると言った様子では無いようだけど……」

「そこまで深い理由は無いですよ。ただ、同じ側の人間にそこまで優しくしてあげる理由が無いって言うか」

「同じ側? 彼女も、何かしらの能力を持っていたと言う事?」

「いえ、人間のルールから外れた存在同士って意味です。まぁ、僕も石田さんも望んで外れたんですけどね? あはははは」

 僕も今更、道徳やら倫理やらで殺人について高説するつもりはない。
 もっと言うと、殺人そのものを否定するつもりも無いのだ。殺したいのなら好きに殺せば良いでは無いか。
 罰だ何だと言うのは所詮人が作ったモノに過ぎない。結局それは‘報復’の一種で、人を殺すハードルを上げる為の後付なのだ。
 だから越える人はあっさり越えるし、下を潜ってアレコレ言い訳しこれは殺人では無いと言い張る人間も山のように出てくるワケである。
 故に、最早人の法の庇護も罰も受け付けない立場に居る久遠晶は、そうやって越えてきた方々にこう言うのです。
 

 ――ようこそ、何もかもが受け入れられる楽園へ。


 何でも出来ると言う事は、同時に‘何でもされる’と言う事に繋がる。
 こっち側に来た以上、そこらへんは覚悟して貰わないと困るのだ。
 私は特定の人を殺したいだけなので、ソレ以外ではルールの中に居るんですー。なんて戯言は通用しないのですよ。
 
「まぁ要するに、殺す事だけ考えて他の事態への対抗策を考えてなかった石田さんが悪い。と言う事です」

「……怖い人。貴方はつまり、そういう世界に生きているのね」

「ですね。だけどそこは、意図的に踏み外さなければ辿り着かない世界ですよ。紙一重の所にあるのが困りモノですが」

「そして彼女は踏み外し――運悪く、その世界の象徴たる理不尽を被る事になってしまったと」

「まるで僕が理不尽の象徴であるかの様な物言いに若干引っかかるモノがありますが、概ねそういう事です」

 僕と石田さん、どっちが悪いかと聞かれるとそれはもう両方悪いとしか言い様があるまい。
 そんな悪人同士がかち合った結果、より悪かった僕の方が勝った。簡単に言えばそう言う事なのだろう。
 ……自分で例えておいてアレだけど、その通り過ぎて色々と泣きそうになる。
 いや、良いけどね。実際外の世界での僕は存在そのものがイレギュラーで、歩く危険物的な所があるからさ。
 だから外の世界で悪党扱いされても平気ですとも。外の世界でならね! ……幻想郷では、悪党違いますよね?

「分かった、なら私から言う事はもう無いわ。――だけど久遠さん、一つだけ聞かせてちょうだい?」

「ほへ?」

 僕ってダークサイド寄りなのかなーと嫌な思考に至って凹んでいると、先程より若干柔らかい表情になったメリーさんが問いかけてきた。
 ただし、答え如何によっては……と言う雰囲気がプンプンする。なんだろう、良く分かんないけど怖い。

「貴方にとって、『人を殺す』ってどういうモノなの?」

 そんな彼女の問いかけは、実にシンプルでそれだけに答えづらいものだった。
 一瞬の間に色んな答えが出たり消えたりを繰り返す。そしてそれは、どんどん哲学的な方向へ向かおうとする。
 だけど僕はそれらを全て投げ捨てた。多分、彼女が求めているのはもっと単純な答えだと思ったからだ。
 ふむ。だとすると、僕の答えはこうかな。

「『重い事』、ですよ。簡単だけど――いや、簡単だから重たいです」

 シンプル過ぎてどうとでも取れそうな僕の答えに、メリーさんはちょっと困ったように笑って頷いた。
 どうやら、最低限のご期待には添えたようだ。良かった良かった。

「じゃ、僕は温泉に入ってきますね。夕飯は――何でしたら、先に食べてても良いですよ」

「蓮子が許さないわよ。あの子、凄く貴方の事を気に入ってるみたいだから」

「あはは、ありがたい話です」

「……私も、貴方の事はそれなりに好きよ。すっごく薄気味悪くて今後一切関わりあいになりたくないけど」

「あはは――まぁ、それが正しい判断だと思います」

 メリーさんの本音とも冗談ともつかない軽口に、心底からの本心を返して風呂場へと向かう。
 やれやれ、人の世はかくも生き難きかな。幻想の居場所は、やっぱり現実の世界には無いんだねぇ。
 世界の窮屈さを鼻歌で奏でながら、僕は全ての疲れを洗い流しに行くのだった。





 ――尚、映画サークルの皆様はその後、撮影を無事に終えたそうです。めでたしめでたしですね……今の所は。




[27853] 未来語り特別編「じだいちゃんのにっき」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/12/30 21:31


 ※CAUTION!
 
  このSSの舞台は、数十年後のパラレルワールドな幻想郷となっております。
  そのため、独自設定とオリキャラのオンパレードです。
  東方キャラの一部も、容姿や設定が大きく変化しております。
  以上の設定が許容出来ない方は引き返してください。


























未来語り特別編「じだいちゃんのにっき」




○月○日(甲)

 博麗の巫女になってから書き始めたこの日記も、ついに五冊目に突入した。
 やはり、こういう細かい作業は私の性に合っていたのだろう。
 先代の犯した過ちは絶対に繰り返さない。そんな強い決意も関係しているのかもしれない。
 ……話が逸れた。もうすでに何度か書いた事だが、日記帳も新しくなったのでもう一度この日記の意図を記しておく。
 この日記は私の日常を記し、博麗の巫女が如何なる仕事を行い、その力をどのように使ったのかを後の世に伝える物である。
 無論、この日記その物が未来永劫残るとは私も思っていない。
 だがここに書いた内容は、何らかの形で後続の巫女達に伝わる事だろう。
 うん、伝わらせる。絶対に伝える。どこぞの巫女みたいに、口頭だけで伝えるなんて事はもう絶対にしない。
 内容がかなり適当で、催事や祝詞の半分以上がうろ覚えで間違ってました。なんて悲劇は私の代で根絶やしにしてやるのだ。

・今日の馬鹿

 いつの間にか神社に居て、魔理沙さんと一緒に家のお茶とお茶菓子を貪っていた。
 それも、よりにもよってお気に入りのヤツだ。隠していたのにどうやって見つけたのだろうか。
 思いつく限りの言葉で怒鳴ってやったら、「先代は見つける立場だったんですけどねぇ」としみじみと言われた。
 色んな意味で腹が立ったから全力で叩いておいた。魔理沙さんは許す。


晶「お神酒は巫女が飲み干さなければならない。なんてアホな作法を信じる次代ちゃんもどうかと思いますが」

次代「あの時は巫女の仕事なんて何も知らなかったのよ! と言うか人の日記を覗くな馬鹿!!」

晶「良いじゃないですかー。僕と次代ちゃんの仲なんですから」

次代「死ね」

晶「魔理沙さーん、次代ちゃんが容赦なく酷いでーす」

魔理沙「自業自得だから諦めろ」



○月□日(甲)

 紅魔館の吸血鬼は、幻想郷でも有数の『力と組織力を持つ妖怪』だ。
 強くなれば強くなるほど厄介事を起こす幻想郷の妖怪の中では、強者故の責任をきちんと理解している貴重な常識人? である。
 ……まぁ、それでもたまに面倒な問題を起こすけど。それはもう妖怪のサガと言うヤツなのだろう。
 尚、公平を期すため記しておくが、今代の巫女である私に紅魔館の吸血鬼を御する力は無い。
 先代のように力尽くで抑えられるようになれとは言わないが、最低でも一つくらい対抗策は用意しておくべきである。
 そうでないと私のように、毎日レミリア・スカーレットがやってきて馬鹿にされるなんて言う目に遭う事になる。
 ちくしょう、強くなりたい。せめて舐められない程度の実力は身につけたいわ。

・今日の馬鹿

 レミリア・スカーレットの付き添いでやってくる。お前は本当に立ち位置をハッキリさせろ。
 私が吸血鬼にヘタレだの未熟者だの散々言われてる間も、アイツはもう一人の付き添いと話していてこちらに見向きもしなかった。
 とりあえず隙を見て脇腹を抓っておいた。お土産でお茶とお茶菓子を持ってきたが、やっぱり許さない。


晶「……レミリアさん、さすがにその作戦はみっともないと思うんですけど」

レミリア「わ、私は単に様子を見に来ているだけで、今のうちにトラウマを与えておいて後々を有利にしようと企んでるワケでは――」

パチュリー「語るに落ちてるわよ。だけど正直、この策は思いっきり逆効果な気がするわね」

晶「アレで存外、先代に似て気が強い所がありますからねー。……逆に成長したら、今までのお返しとばかりに噛み付いてくるかも」

レミリア「はっはっは、まさかそんな――な、無いよな? そこまで出来るほど強くなるなんて事は、無いよな?」

パチュリー「レミィ……長い付き合いだったわね」

レミリア「ちょ、止めてよちょっと!? なんで晶も手を合わせてるのよ!?」



○月△日(甲)

 永遠亭の蓬莱人達は、妖怪とも神とも人間とも違う独特の立ち位置に居る。それ故に彼女らは滅多に外へ出てくる事は無いのだ。
 先代の時には宴会などの折に現れていたそうだが、今代の私は未だに永遠亭の‘姫’に出会った事が無い。
 恐らく私が未熟者だからだろう。口惜しいが事実である以上、現状を甘んじて受け入れるほかない。
 ただし、永遠亭の人間との交友が完全に途切れているワケでも無い。部下である兎達とは、わりと頻繁に会っているのだ。
 ……ああ、そうだ。後世のために書いておくが、黒髪の兎妖怪は絶対に信用するな。
 童女みたいな外見で無垢そうな面してるが、腹の中身は真っ黒である。ロクでも事ばかり常に考えている。
 だから絶対に信用しない事! 絶対にだからね!! 絶対に!

・今日の馬鹿

 ものすごくワザとらしい笑顔を浮かべ、揉み手をしながら近付いてきた。
 態度としてはへりくだってるはずなのに、何故か気分的に見下されてる気がする。
 何の用かと思ったら、例の結界をどうにかしてやれないかと言う話だった。
 なんでそんな事を尋ねたら内緒と言われたので殴っておいた。秘密主義なのは今に始まった話じゃないけど、やっぱり腹が立つ。


てゐ「晶ー、おたくの所の巫女。ついに神社にてゐちゃん専用締め出し結界張り出したんだけど」

晶「あの子ったら……そんなしち面倒臭いモノを作れる程に成長したんだね。ホロリ」

てゐ「ホロリじゃないよー。なんとかしてよー」

晶「いや、それはぶっちゃけ自業自得でしょ。てゐちゃん何度あの子の事を騙したよ?」

てゐ「だってすっげぇチョロいんだもん、あの次代。……晶をネタにしたらほぼ百パー釣れるし」

晶「程々にしときなよ……。ちなみに、輝夜さんの様子はどうです?」

てゐ「相変わらずだよ。布団の中で「後二千年は寝てやる……」って意地になってる」

晶「暇だから最長睡眠記録に挑戦って話だったのになぁ……もう完全に目的と手段が入れ替わってるよね、ソレ」

てゐ「私は楽が出来て良いけどねー」



△月◎日(甲)

 白玉楼の剣士殿がやってきた。
 優れた剣の腕に落ち着いた物腰、私が魔理沙さんの次くらいに憧れる理想の女性だ。
 普段は冥界に居るため滅多に会えないが、たまに博麗神社に顔を出して色んな事を教えてくれる。
 実に良い人だ。必要最低限の事しか話さない寡黙な所も気に入っている。
 だけどあの人何故か、あのバカスキマを尊敬しているみたいなのよね。いやまぁ、アイツが凄いヤツだって事は知ってるけど。
 うん、まぁ実力だけはね? 実力だけは認めなくもないわよ? 本当に実力だけだけどね?
 だけどどう考えても、妖夢さんが尊敬するようなヤツじゃ無いと思うんだけどなぁ。

・今日の馬鹿

 思い出したように現れ、何かを確認してそのまま消えるを繰り返していた。意味が分からない。
 仕方がないので気になるなら居ても良いと言ってやったのだが、何故か遠慮してまた消えてしまった。何がしたいんだ。
 そういえば、妖夢さんが来ている時の久遠晶は毎回同じ様な行動をとっている気がする。
 ……なんだろう、実は妖夢さんと仲が悪かったりするのかしら。


妖夢「終わりました、晶さま!」

晶「あーうん、ご苦労様」

妖夢「お安いご用です! お忙しい晶さまの手伝いをしてやれと、ゆゆ様からも言われておりますので!!」

晶「忙しいって言うか、この手の助言を僕がしても聞き入れてもらえないと言うか……」

妖夢「しかし晶さま、何故私は出来るだけ喋らないようにしなければならないのですか? 正直、物を教えにくいのですが?」

晶「……ボロが出るから」

妖夢「なるほど、良く分かりませんが分かりました!」

晶「見た目は凄まじく成長したのに、中身は一切変わってないんだよなぁ……」



◎月○日(乙)

 命蓮寺の聖人や守矢神社の神と会合を行う。
 博麗神社は幻想郷の秩序を守る面が強いせいか、あまり宗教色が強くない――気がする。
 少なくとも先代は、信者集めにそこまで執心していなかったらしい。
 たまに賽銭が欲しいと零してはいたが、対策らしきものは何もしていなかったらしい。
 私もあまり興味は無いが、だからと言って何もせず宗教家達を放置して暴走されても困る。
 なのでこうして定期的に集い、情報交換などをしているワケだ。
 これは色々と有意義な情報が貰える時間なので、後継者達も可能な限りこの集まりを継続する事を望む。

・今日の馬鹿

 話し合いのある日は来ない。こちらに気を使っているのだろう。
 別に毎日顔を合わせたい相手でも無いので、居ようが居なかろうがどうでもいいのだけど。
                                                寂しい。


白蓮「はい、拙い出来ですがどうぞ」

次代「ありがとうございます。白蓮さんの作る『くっきぃ』は、いつも美味しいですよ」

諏訪子「ヘルシー過ぎるのが難点だけどねー。神奈子の作る炭よか百倍マシかな」

白蓮「申し訳ありません。この様な歓迎しか出来なくて……」

諏訪子「ゴメン、嫌がってはいないよ。悪態をついちまうのは私の本能みたいなモノでね」

次代「白蓮さんは真面目だから、からかっちゃダメですよ諏訪子様」

諏訪子「次代ちゃん程じゃないけどね。それでどうなんだい? ウチの四柱目との関係は進展した?」

次代「い、いや、何言ってるんですか!? 私とアイツはそういう関係で無くてですね」

白蓮「あの、諏訪子様? 毎回そうやって話題をズラすから、まともな話し合いが出来ないのだと思うのですが……」

諏訪子「ニーズに合わせてるんだよ。次代ちゃんは私らの動向より、コイバナの方が気になるみたいだからね」

次代「そ、そそそ、そんな事はありませんよ!?」

白蓮「いえ、私も気にならないワケでは無いのですけど」

次代「白蓮さん!?」



□月△日(甲)

 地霊殿からさとり妖怪がやってきた。正直、彼女は色んな意味で苦手だ。
 しかもセットで地獄烏と火車まで連れてきた。見つからないけど、多分妹も居るのだろう。
 予想通り、独特の世界を構築するさとり妖怪と愉快な仲間達。なんで人の家まで来て内輪で盛り上がってるんだコイツら。
 更に久遠晶まで現れボケを畳み掛けてくるのだから、頭が痛くてしょうがない。
 とりあえず晶の馬鹿は殴っておいた。最近、自分のパンチが鋭くなっているのが分かる。
 ……今度、実戦で使ってみようかしら。

・今日の馬鹿

 さとり妖怪とイチャイチャしてた。死ねばいいのに。


晶「さとりん、あんまり彼女をからかうのはどうかと思うよ?」

お燐「え、お兄さんが言うの? あんだけ好き放題弄りまくってたお兄さんが言うの?」

さとり「すいません、リアクションが面白くてつい」

晶「許す」

お燐「許した!?」

さとり「良い子ですよね、彼女。博麗の巫女にしておくには惜しいピュアさ加減です」

晶「最近ちょっと怪しくなって来たけどねー」

さとり「……ちなみに、貴方とのやり取りの影響で彼女、武闘派に傾きつつありますよ」

晶「…………マジで?」

さとり「マジで」







晶「ねぇ、そろそろ僕あの子の日記盗み読むの辛くなってきたんですけど」

霊夢「ダメよ。だってあの子、アレ後世に伝えるつもりなんですもの」

魔理沙「監査はしなくちゃダメだよなぁ。霊夢みたく、変な事伝えられても困るしな」

晶「……霊夢ちゃんは、本当に巫女としては色々ダメ過ぎたよね」

霊夢「………………」

魔理沙「突っ込んでやるなよ。年齢重ねて、霊夢もようやく過去を後悔出来る普通さを手に入れられたんだからな」

霊夢「いや、気にしてないから。全然気にしてないから」

晶「僕、霊夢ちゃんが涙目になるの初めて見たよ」

魔理沙「最近は、酒飲むと毎回こうなるぜ?」

霊夢「魔理沙うっさい」

晶「でも本当、盗み読みは止めようよ。ぶっちゃけ中身ほぼ完全に私事しか書いてないんだよ?」

霊夢「良いじゃない。アイツだって本当は、アンタが読むなら問題無いと思ってるわよ」

魔理沙「可愛げあるよなぁ。こことか絶対見られるの前提だぜ?」

晶「――ああ、だから特設コーナーが作られていたのか。僕の嫌われっぷりも拍車がかかってきたなぁ……」

霊夢「うん、アンタが結婚できない理由がよーく分かったわ」

魔理沙「だからお前この間、馬鹿言ってアリスに半殺しにされたんだよ」 

晶「自分達だって独身なクセに!?」 

霊夢「そして今、自分で自分の寿命を縮めたわね」

魔理沙「よし、表出ろ。お前を人間として葬ってやるぜ」

晶「ちょっと前まで「一生独身でいいや」とか言ってたのに……」 





[27853] 異聞の章・弐拾壱「異人同世/忘れられた世界より」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2013/12/30 22:07


「うーん、良い夜空だ。絶好の能力行使日和ってヤツですね!」

「多少曇った程度で何かが変わるワケでも無いけどね。もちろん晴れてる方が楽だけどさー」

「だけど別に、外に出てやる必要は無かったんじゃないの? 室内でも蓮子の能力は使えるじゃない」

「言われてみればそうね。ねー久遠ちゃん、なんでワザワザ外でやるの?」

「――どうせなら、この綺麗な星空を楽しみたい。そんな楽しみもあった方が良いと思ったんです」

「………ああ、気づかなかったのね」

「久遠さんって、有り体に言って間抜けですよね」

「うわぁ、オブラートに包む事無く事実を投げつけられた。死にたい」

「事実である事は認めるんですね」

「僕は、自分を客観的に見る事が出来るからね!」

「……なんで自慢げなんだろう、久遠ちゃん」

「自慢なのよ、きっと」

「それよりもちゃっちゃと能力を見せてくださいよー! さぁ、ハリーハリー!!」

「そして、なんでこんな必死に私の能力を見たがるのかしら」

「必要なのよ、きっと」

「……なんかメリーってさ、気のせいでなければ久遠ちゃんへの理解度結構高いよね」

「…………気のせいよ、きっと」





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾壱「異人同世/忘れられた世界より」





「さて、やってきました! ここが件のオカルトスポットです!!」

 そう言って私は、二人に示すように目の前の廃校舎を指差す。
 閉鎖されてからかなりの時間が経っているらしく、木造の校舎は人が居た頃の雰囲気を完全に失っていた。
 更に生い茂った木々は陽の光を隠し、昼間なのに夜のような薄暗さを醸し出している。
 何の音も聞こえない不気味で静かな世界。時間的には全然違うが、逢魔が時とは本来こんな雰囲気なのかもしれない。

「知ってる。……と言うか、今回ここを見つけたのは私だけど?」

「あっはっは、メリーの手柄は私の手柄!」

「わぁ、酷いジャイアニズムを見た」

「別に構わないけどね。……ここがどういう場所なのか、蓮子は知ってるの?」

「そうね――大量殺人事件の影響で廃校になった学校と見た!」

「いえ、廃校の原因は普通に生徒不足よ。過去にこの学校で残虐な事件が起きた――って事も無いみたい」

「はぁ? それじゃ、なんでここがオカルトスポットになってるのよ?」

 別にただの廃校を侮るワケじゃないけど、そのくらいの場所ならそこらかしこにある気がする。
 ワザワザ遠いこの場所を選んだ以上、それなりの理由はあると思うのだけど……。
 まさか本当に温泉を理由に選んだワケじゃ無いわよね? そこは信じて大丈夫なのよね、メリーさん?

「一応、今も語られている怪談があるわ。トキコさんって言うんだけど」

「へぇ……どんな怪談なの?」

「――分からないわ」

「はぁ? 分からないってどういう事なのよ?」

「トキコさんって名前以外何も残ってないのよ。どんな内容なのか、何が起きたのかも不明」

「……あのさ、メリーさん。それじゃ意味と思うんですけど」

 そんな適当な怪談、有って無いようなモノでしょうが。
 オカルトスポットになるなら、捏造でもでっち上げでも内容の方を充実させなさいよ。

「話は最後まで聞きなさい。内容不明な怪談が、何の理由も無く語られているワケが無いでしょう?」

「……それもそうか。と言う事は、謎の怪談が語られるようになった理由があるのね」

「ええ。少し前に旅行中の学生達が行方不明になる出来事があったのよ。その時、唯一見つかった学生がその名を口にしたそうよ」

 なるほどねー。んで、調べてみたらそういう怪談があったけど、内容までは分からなかったと。
 確かにそれはオカルトちっくな話だ。その後、唯一見つかった学生がどうなったのかが大変気になる。
 だけど私としては、なんというか別の可能性の方も気になってしまう。
 つい先日、リアルに体験した人間の恐怖というか……実はオカルトに見せかけた犯罪でしたーって展開は無いよね?
 ま、それに関しては私以上にトラウマ持ってるメリーの事だから、きちんと調べたと思うけど――大丈夫?

「ちなみに、人間の仕業である可能性は恐らく無いわ。断言は……出来ないけど」

 幾らメリーの言葉でも、素人調査じゃ信憑性は薄いわよ。断言されても信じられないだけだわ。
 だけど同時に、彼女が大丈夫だと言うのなら大丈夫だと思う気持ちも十二分にあるワケで。
 そこらへんは人徳……と言って良いのかしらねー? もしくは才能?
 ――親友の私が言うのもなんだけど、メリーって時々何もかも見透かしてる様な胡散臭さを放つから困るわ。

「もっともそれは、この場所の安全性を確約するモノでは無いけれどね。――どうする?」

「当然、調べるに決まってるじゃない!」

 ここで怖気づくようなら、オカルトサークルなんてやってませんよ。
 それに、オカルト的行方不明――すなわち『神隠し』には少しだけ興味がある。
 と、まるで無鉄砲な人間の典型例みたいな事を考えているフリをしてみる私。もちろん、本音ではあるのだけどね?
 だけどさすがの私でも、命の危険性を天秤にかけられるほどオカルトに入れ込んでいるワケではない。
 いつもの私だったなら、迷わず撤退を選んでいた事だろう。
 しかし今回は『特別ゲスト』が居るのだ。彼と一緒なら、大抵の出来事は対処できるはず――さっきのは、そう考えての結論である。
 ……何故か、そこはかとない不安も感じるのだけどね?

「そういうワケだから久遠ちゃん、準備は良い?」

「ほぇ、あ、うん。僕はいつでも良いけど……」

 今まで黙ってこちらの話を聞いていた久遠ちゃんが、何とも言い難い表情で頷いた。
 どうしたのかしら、何か迷っているような顔しているけど。
 
「その前にその――手を繋ぎませんか? こう、その、もしもの時に備えて」

 いや、それが何の備えになるのかさっぱり分からないわよ。
 ……ははーん。さては久遠ちゃん、この廃校の雰囲気にビビっちゃってるわね?
 確かに、これだけ陰鬱な空気を放たれると、オカルトの有る無し関係無く薄気味悪さを感じる事だろう。
 そっかー。それが嫌なんだね、久遠ちゃんは。――意外とポンコツなんだから。
 くっふっふ、だけど嫌いじゃ無いわよそういうの。
 いつもの魔法少女風衣装と合わさって、実に乙女に見えるじゃないの。男だけど。
 
「しょーがないなー。そういう事なら、この私の手を貸してあげようじゃないか」

「あー、どうも。……えっと、メリーさんも良いですか?」

「こらこら、両手に花なんて贅沢は蓮子お姉さんが許しませんよ。私だけで我慢しておきなさい」

「いや、でも、その、あの……」

「残念ながらこれ以上のサービスはありませーん。さぁ、レッツゴー!」

 往生際の悪い久遠ちゃんを引っ張って、私はすでに入り口の体を為していない玄関を潜った。
 外よりも暗くなった室内は、体感的な寒さも相まって一層の不気味さを増している。
 ……ってアレ、おかしいわね? 確か玄関には下駄箱が配置されていたはずなのだけど。
 通路も、左右に広がっている形だったのが真っ直ぐ前に進む一本道となっている。
 明らかに外から見えていた景色と違う。と言うか、絶対にココ玄関じゃないわよね? 廊下よね?
 教室に繋がる扉が左側に見えるし、右側は窓になってるし……何故か真っ暗で外が一切見えないけど。
 いったい、何がどうなっているのかしら? そう思って振り返ると、背後にもまったく同じ光景が広がっていた。
 そしてそこには、手を繋いだ久遠ちゃんの姿のみが。……アレ、メリーは?

「久遠ちゃん、メリーはどうしたの?」

「はぐれましたね」

「はぐれた!? ついさっき玄関に入ったばかりじゃない!?」

「その玄関に仕掛けがあったんですよ。僕もどういうモノかは分かっていなかったんですが、どうやら一種の転送装置だったんですねぇ」

「転送装置って――ん? ちょっと待って、その口ぶりだと久遠ちゃん……知ってたの?」

「まぁ、玄関に何かあるなーってのは」

 なるほど、つまり「もしもに備えて手を繋ごう」って言葉は例えでも何でも無かったワケだ。
 ――いやいや、言ってよ!? なんでそんな、微妙にボヤかす様な形で忠告したの!?
 そりゃ、私は確かにさっきまで「危険だろうと関係ない!」みたいな態度で振る舞っていたけれども。
 幾らなんでも、本気で我が身を顧みなかったワケじゃ無かったのよ!? なんでそんな事を――あ。

「ねー、久遠ちゃん」

「はいはい?」

「まさかとは思うけどさ。今まで、私にネタバレしないよう気を使いながら動いていたの?」

「約束でしたからね!」

 そう言って、誇らしげに胸を張る久遠ちゃん。
 酷い、色んな意味で酷すぎる。私が思っていたのと違うベクトルでポンコツだこの子。
 そもそも自分で、「大事件でも無いのに逐一報告したら冷めるだけだから言わない」って言ってたじゃないの。
 どう考えてもコレは、大事件に繋がりそうな事態じゃない。ちゃんと報告しなさいよ?
 もっと言うと、自重するのは宿の中限定だったはずなんだけど……。
 ひょっとして久遠ちゃんの中では、このくらいの事は事件にも含まれなかったりするのかしら。
 だとしたら、早急にその認識を変えてもらわないといけない。
 今の久遠ちゃんには、極普通の一般人である私がセットで付いているのだから。
 
「あのさ……私、何もかも黙っていろとは言ってないんだけど。それは覚えてるよね?」

 とりあえずどこまで分かっているのか、久遠ちゃんに確認をしてみる。
 そんな私の問いかけに彼はしばし考え込むと――可愛らしく舌を出し頭を叩くという、凄まじくあざとい仕草を返してきた。

「忘れてました、うっかり☆」

「それは、私が居る事を忘れて……って意味じゃ無いわよね」

「たった今指摘されるまで、何でもかんでも黙ってなきゃいけないと思ってました!」

 わー、予想以上にポンコツだった。
 そこなの? まさか、その時点で躓いていたの?
 おっかしいなー。久遠ちゃんは、もうちょっと出来る子だと思ったんだけど。
 本当は何か狙いがあるのでは無いか。そんな淡い期待を込めて久遠ちゃんの姿をじっと見つめてみる。
 ああ、だけどやっぱり無いのね。そんなこちらの視線に、しかし彼は申し訳無さそうな苦笑を浮かべるだけだった。

「久遠ちゃぁん……」

「すいません、今からでもフォローは効くと思うので勘弁して下さい」

「私は構わないけどメリーはどうするのよ。あの子は今、一人でこの廃校のどこかに居るんじゃないの?」

「あ、それは大丈夫です。僕の魔眼がメリーさんの位置をしっかり捉えてますから。……どうも玄関前で立ち往生しているみたいですね」

「そりゃ、いきなり私達が消えればそうなるわよ」

 メリーの能力でも、玄関前の仕掛けは分からなかったって事か。
 彼女の能力について正確に把握しているワケでは無いけど、入り口の罠は対象範囲外だったらしい。
 もしくは、忠告する前に私が行動してしまったか。
 ……さすがに後者は無いと思うけどね。もしも気付いていたとしたら、彼女は必死で私達を止めていたと思うし。

「むしろメリーさんより僕らの方が問題だと思いますよ? どうやら僕らは、妖怪の巣に誘い込まれてしまったみたいですからね」

「あー。やけに暗かったり不気味だったりするのは、やっぱりそのせい?」

 試しに窓に手をかけてみるが、窓枠はどれだけ力を入れてもウンともスンとも言ってくれない。
 多分、物理的な手段ではどうにもならないのだろう。……隣のメイドさんなら物理的に何とか出来そうな気もするけど。
 
「そのせいです。結界には、僕らを閉じ込める以上の効果は無いみたいだけど……問題は妖怪の方だなぁ」

 こんな罠まで用意して人間を閉じ込める妖怪だものね。友好的なワケが無いか。
 そう考えると、この状況はかなりマズい。本来なら慌てふためいてもおかしくない――のだが。
 久遠ちゃんが平然としている為か、そういった危機的感情はあまり湧いてこなかった。
 やっぱり頼りになるプロが居ると違うわねー。若干ポンコツな所はあるけど、こういう事態の時には本当心強いわ。
 そのチートじみた能力があれば、今の状況もさして問題は無いと言う事なのでしょうね。
 なので私はニヤリと笑い、落ち着いた様子の久遠ちゃんに軽口を叩いた。

「どんな妖怪でも、久遠ちゃんが居れば問題無い。でしょう?」

「ふっ、そうですね。そんな蓮子さんの期待に、僕はこう答えます――遺書はきちんと書いておいた方が良いですよ?」

「おいコラちょっと待て魔法少女」

 しかしそんな私の言葉に、キリッとした表情で爆弾発言をかます久遠ちゃん。
 これまでの彼の言動でかなり砕けていた私の口調は、ここに来て普段なら絶対に言わないようなキツい言い様に変わっていた。
 いやほんと、冗談じゃ済まないわよその発言は。
 今までも愉快な言動でどんどん私の尊敬度を削って来たけど、今のはなんて言うかもう完全にアウトだわ。
 さっきまで平然としてたじゃないの!? あの余裕な態度は何だったの!? 実はもうすでに諦めちゃっていたの?
 
「守って貰う私が言えた台詞じゃ無いのかもしれないけど、正直もう少し頼もしい台詞が欲しかったわ」

「出来ない事を無責任に出来ると言わない所が、僕の美点だと思っています」

「なんでそんなに誇らしげなのよ。ここの妖怪って、そんなにヤバいヤツなの?」

「分かりません」

「分かりませんって……」

「僕は万能じゃ無いんです。――そして相手がどういう存在か分からない以上、僕らの身に何が起こるのかも保障できないワケですよ」

 それは実に軽い物言いだったけれど、久遠ちゃんの考えを端的に表している説明だった。
 そう、私は前提から間違えていたのだ。彼は事態を楽観視しているワケでも、もちろん諦めているワケでも無い。
 彼にとって、「下手をすれば死ぬ」と言う状況は‘何の変哲もない当たり前の話’なのである。
 

 ――アレは言ってしまえば、野生の獣みたいなものだから。


 メリーの言葉を思い出す。今にして思えば、アレは実に的確な表現だったのかもしれない。
 どれだけ呑気な人間に見えても、彼は私達とは違う理に生きる‘獣’なのだ。

「ちなみに僕は、常に懐に遺書を用意していますよ! 備えあれば嬉しいなってヤツです!! あっはっは!」
 
 ……なのよね? それは、悟っているが故の余裕なのよね?
 現状を一番理解していないのはお前じゃないのかと言いたくなるのほほんっぷりで、遺書をヒラヒラ動かす久遠ちゃん。
 そのダメなベクトルで余裕を見せる姿に、怒鳴りたくなった私は悪く無いと思う。





 ――けど、とりあえず助言には従っておこう。少なくとも洒落で言っているワケじゃないのは確かみたいだから。




[27853] 異聞の章・弐拾弐「異人同世/あなたはだぁれ?」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/01/06 23:44


 妖怪とは幻想である。

 人智を越え、世界すら歪める力を持っていようとも、彼らが立っているのは不確かな「幻」の上。

 故に妖怪は容易く変わる。己の望むままに、己の望まぬ姿に。

 伝承は歪み、伝説は曲がり、何かを語り忘れ、違う話を誰かが継ぎ足す。

 そうして時代と共に、妖怪達は変性を重ねていくのだろう。

 ――それは、妖怪自身にとって如何なる意味を持つのか。

 人の身である私には、恐らく一生理解する事が出来ないのだと思う。





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾弐「異人同世/あなたはだぁれ?」





「で、これからどうするの? 諦めるは無しでお願い」

「ははは、そこは大丈夫! 僕、可能性があるなら最後まで諦めないタチだから!!」

 それはつまり、可能性が無いと思ったら即座に諦めるって事じゃ無いかしら。
 そんな疑問を抱いたけれど、実際に尋ねはしなかった。頷かれたら私が凹むからだ。
 とりあえず、久遠ちゃんはそういう所良くも悪くも正直である。優しい嘘とか安請け合いとかそういうのは一切してくれない。
 それはそれでありがたいけど、気を強く持たないとポッキリ心を折られるわコレ。一般人に優しくない。

「一応、この結界の主である妖怪の位置は捉えているから……ふぅむ?」

「ど、どうしたのよ」

「なんだろうこの感じ。弱ってる――いや、存在その物が希薄になっている? そういう特性? んー、これは」

「……あのさ、訳知り顔でそんな風に呟かれても反応に困るんだけど」

 本人はただ考察しているだけなんだろうけど、聞いているこっちは不安な気持ちにしかならない。
 そんな私の気持ちを察しているのかいないのか。考え事を止めた久遠ちゃんは、ニッコリ笑って私に手を差し出してきた。

「まぁとにかく、どこでも良いから僕の身体を掴んでおいてください。最悪、更に分断される可能性もあるので」

「そうなると私はおしまいでしょうね。……だけど大丈夫なの? 自分で言うのもなんだけど、この状態はかなりのハンデなんじゃ」

「問題無いですよー、目的は生き残る事ですからね。不意打ちでサックリ殺されなければ何とかなります」

「……出来れば、さっくり殺される可能性も何とかして欲しいのだけど」

「警戒に警戒を重ねた上で対処出来ないから不意打ちって言うんです。そうなったらどうしようも無いので、仲良く共倒れしましょうね」

「久遠ちゃんはほんとドライねー」

 そりゃ間違っていないけど、そこまであけすけに言うのはどうなのよ。
 まー、つまるところすでに出来る限りの対処はしているって事なんだろうけど。
 それでも最悪の想像を躊躇なく口にするのは心臓に悪いから止めて欲しい。聞かされた所で私には何も出来ないんだから。

「じゃ、行きましょうか」

「はーい。――って、どこに行こうとしてるのよ?」

 出口に向かうのかと思いきや、久遠ちゃんはすぐに止まって近くの教室の扉に手をかけた。
 そこが出口に繋がっているのだろうか。……あ、違った。
 真っ暗で部屋の全容は掴めないが、開いた扉の向こう側は極普通の教室に繋がっているようだった。
 ひょっとして、この部屋からなら脱出出来るとか? ――では無さそうね。

「ちょっと気になる事があるので、色々と調べてみようかと思ってます」

「調べるって……まさかこの状況下で?」

 そりゃ、私も人並み以上に知的好奇心は持っているけども。
 いつ襲われてもおかしくないこの状況で、それを満たそうとするのはどうなのよ。
 私は呆れ顔で久遠ちゃんの顔を見つめ――彼が好奇心からそう発言しているのでは無い事に気がついた。

「この状況だから、ですよ。無知は時として武器になる事もありますけど……今回はそうじゃないみたいですからね」

「……さっさと逃げたりは出来ないの?」

「ここが相手の腹の中である以上、遭遇せず逃げる事はまず不可能です。最低一度は戦う羽目になるかと」

「やっぱり、情報無しは厳しい?」

「相手が何者か分からなければ対策も立てられませんからね。不意を打つのが基本な僕としては、一つでも多く情報が欲しいのですよ」

「……得意技が不意打ちってどうなのかしら」

「ああ、なんか教義的にダメだったり気持ち的に嫌だったりする戦法があるなら先に言ってください。候補から除外しておきますから」

「言わなかったら?」

「ありとあらゆる手段を使います」

 朗らかな笑顔で断言する久遠ちゃんの姿に、薄ら寒い物を背中に感じる私。
 ヤバい。冗談みたいに言ってるけど、彼の言葉は恐らく比喩で無い。
 このまま私が好きにやってくれと言ってしまったら、彼は本当に言葉通り手段を選ばず戦う事だろう。
 それは多分、一般人である私がドン引くやり方だ。戦争とかで使えば即刻休戦協定で禁止されるレベルの真似をしかねない。
 ……守ってもらう立場でなんだけど、それはちょっと困る。恩人を嫌いになるのは出来るだけ避けたい。

「えっと……可能な限り、ヒーローサイドが使うような戦い方を心掛けてくれると嬉しいなーって」

「了解。――となると、アイシクルクレイモアを中心としたゲリラ戦法は無しか。最終手段の校舎全壊絨毯爆撃も諦めないとなー」

 戦争でもおっ始める気なのかこの子は。うん、やっぱりこれは止めて正解だったと思う。
 色々と頭の中で策を立て直しているらしい久遠ちゃんは、考え込みながら教室の中へと入っていく。
 手を繋いだ状態の私も、その後に続いて――うぐっ!?

「な、なにこの臭いは!?」

 凄まじい悪臭に、思わず空いていた手で顔を覆った。
 尋常でない臭いに鼻が曲がりそうだ。何だろうコレは、何かの腐った臭いかしら?
 教室の様子が分からないから何とも言えないけど……嫌な予感がするわね。
 私の希望としては、ホームレスか何かが残した食べ物が腐ったとか言う心温まる理由を求めるのだけど。
 もしくは、妥協に妥協を重ねて動物の死骸が……くらいで。うん、自分でもちょっと無理があると思うのは分かってる。
 
「むぅ、さすがにこれはちょっとキツいですねっと」

「……あれ? 臭いが消えた?」

「風を操って臭いが届かないようにしました。嗅覚も封じられちゃいますけど、集中力が削られる方が問題なので」

 さらっと凄い能力を使ったわね。……凄いけど、久遠ちゃん何でも有り過ぎじゃない?
 しかし、臭いが遮断されるだけで余裕って出てくるモノなのね。
 最悪の想像でゴチャゴチャになっていた頭は、少なくとも叫び出さない程度の冷静さを取り戻していた。
 人間って単純ねー。環境が良くなるだけで、途端に考えが楽観的になる。

「良し、それじゃ調査を再開しましょうか」

 ……そう、そこで私は安心した。
 現実から切り離され、あの臭いを忘れて、もう大丈夫だと思ってしまった。


 ――私がさっき感じた悪寒は、何一つ間違っていなかったと言うのに。


「んー、これはまだ新しい……かな」

 自然な、本当に何気ない仕草で久遠ちゃんが‘ソレ’を拾い上げた。
 白磁の様に白いマネキンの一部に見える――けれど、決して見間違えはしない生身の腕。
 荒い切断面から覗いて見える骨と筋が、否が応でも現実と言うモノを知らしめる。
 それは、かつて生きていた「誰か」の断片。
 ここで誰かが死んだのだと言う、紛うこと無き証左だった。

「く、久遠ちゃん、ソレって」

「ああ、はい。哀れな犠牲者様の一部です。……ちなみに、そこら中に似たようなのが転がってるので明かりはつけない方が良いですよ」

 こちらの抱いた最悪な想像を、全て見えているのであろう久遠ちゃんが肯定する。
 あまりにも具体的な、だからこそ現実感の無い目の前の惨状。
 私が見えずとも想像のつくその光景に絶句していると、久遠ちゃんは拾った腕を元の場所に置いて別の‘何か’を調べ始めていた。
 徐々に暗闇に慣れてきた目には、うっすらとした輪郭のみが見えている。
 古ぼけた机と、その上に無造作に置かれた人間の上半身。割れた身体からはみ出ているのは私の想像した通りのモノだろう。
 久遠ちゃんはポケットから取り出したゴム手袋を装着すると、躊躇なくその手を断面へと突っ込んだ。
 グチュグチュと気色の悪い音を立てながら、中の臓物を掻き出している久遠ちゃん。
 ……ダメだ、限界。それ以上見ていられなくなった私は、視線を横にズラして目の前の光景を必死に意識の外へと追いやった。
 
「大丈夫ですか? 何でしたら、音とかも聞こえない様にカットしますよ?」

「いや、そこまでされると緊急時にマズそうだから止めとく。……と言うか久遠ちゃん、良く平気ね」

「実はけっこー辛いです。こんな事やるの初めてですからねー」

「平然としてるようにしか見えないけど? そもそも、久遠ちゃんは何を調べているのよ」
 
 ここらへんに死体がゴロゴロしている事は良く分かった。
 恐らく、バラバラになったパーツは全て行方不明になったという学生のモノなのだろう。
 オカルトな話では、神隠しにあった人間の末路は大概悲惨なモノだが――実際に目の当たりにすると何とも言えない気分になるわね。

「死体の共通項を探してます。学校の怪談系の話では、死因が同じだったりする事もありますからね」

 確かに、特定の死に方をする怪談は結構多い。
 下半身をもぎ取られるとか、全身血まみれにされるとか、残酷な死に方を提示する事で更なる恐怖を煽っているのだろう。
 
「……やっぱり、私達を閉じ込めた妖怪って」

「メリーさんの言ってた『トキコさん』でしょう。間違いなく」

「はー。内容不明の怪談とは聞いていたけど、まさかここまでヤバいモノだとはねー」

「食欲は旺盛みたいですね。……いや、これ食欲なのかな? 殺人欲? ただ遊びで殺してるだけかな」

「どっちにしろ、殺される方はたまったものじゃないわね……」

 神隠しに関係している時点で、穏便で可愛い怪談では無いと思っていたけど。
 まさか、ここまで猟奇方面に突き抜けているとは思わなかったわ。
 まだ目は慣れていないけど、それでも長い時間同じ空間に居続ければ薄らぼんやりとでも教室の中身が分かってくる。
 そこら中に転がる歪な形のオブジェ。旅行に来た学生だけでは、これだけの量にはならないだろう。
 多分、表に出ていなかっただけで相当数の人間が『トキコさん』の犠牲になっているのだ。
 参ったわね。軽い気持ちで来たけど、思った以上に厄介な場所を選んでしまったかもしれない。

「それで名探偵さん、何か死体に共通項は見つかったの?」

「いいえ、何も。同じだったり違ってたりでまるで統一性はありませんね。――ただ」

「ただ?」

「何だか試行錯誤している感じがするんですよね。どういう殺し方をすれば良いのか、自分自身分かっていない様な……」

 そう言って、良く似たもがれ方をしている二本の右腕を見比べる久遠ちゃん。
 本人は真面目に考察しているだけなんだろうけど、あまりにも落ち着いたその態度が怖い。
 正直、私が冷静でいられるのは全力で現実逃避しているからなのよねー。
 今も出来るだけ死体を見ないようにしてるし。……それでも自然と目についちゃうほど、そこら中にゴロゴロしてるんだけど。
 それなのに久遠ちゃんは、スーパーで商品を品定めするような気軽さでホイホイと……どういう神経をしているのだろうか。
 
「単純に遊んでるんじゃないの? そういう愉快犯的な妖怪の出る怪談だってたくさんあるでしょ?」

「んー、そういうのともまた気色が違う気がするんですよね。愉快犯にしては殺し方が雑と言うか、殺す事が二の次になってると言うか」

 ……そういうのって、良く観察すれば分かるモノなのかしら。
 私が疑問の眼差しを向けると、久遠ちゃんは「なんとなくそう思うだけですけどねー」と苦笑して否定した。
 あ、そこは勘なのね。慣れた手付きで調べてるから、そういう知識もあるのかと思っていたわ。

「とりあえず、死因から怪談を特定するのは不可能っぽいですね」

「こんな思いまでしたのに空振りかー。凹むなー」

「ま、それが分かったのが収穫と言う事で。――それじゃ、次に行きましょうか」

「……え? まだやるの?」

「当然ですよ! こんなモヤモヤした気持ちで逃げ出すなんて出来ません!!」

 いや、さすがにそろそろ逃げ出した方が良いと思うんだけど。
 と言うかモヤモヤするって。それは完全に好奇心からくる発言よね?
 さっきまでの真面目な雰囲気はどこに行ったの? ひょっとして久遠ちゃん、この状況を普通に楽しんでない?
 色々と理屈こねていたけど、結局はトキコさんの事を知りたかっただけじゃないの?
 ……不安になってきた。本当に命を優先してくれるのよね? やっぱり好奇心優先とか言い出さないわよね?

「まぁ、安心してください。今のところ『トキコさん』におかしな動きはありませんから」

「変な動きが無いのなら、このまま素直に逃げ出した方が賢いんじゃ」

「いえいえ、何があるかは分かりませんからね。石橋を叩いて渡るのは大事ですよ?」

「兵は拙速を尊ぶって言葉知ってる?」

「もちろん!」

「そこまで躊躇なく言い切られると、逆に何を言っていいか反応に困るわね」

「だと思いました!!」

 あ、ダメだ。今すっごく殴りたくなった。
 その場にそぐわしくない可愛らしい笑顔で、フンスと鼻息荒く胸を張る久遠ちゃん。
 逃げたい。彼の態度に、今すぐにでも手を離して駆け出したい衝動にかられた私は悪くないと思う。

「本当、こんな事を守ってくれる人に言うのは嫌なんだけど――私は早く逃げたい」

「僕も面倒事はゴメンです。だけど、ちょっと気になるんですよねー」

「何が?」

「何かが」

 まったく説明になっていない説明で、何故かにこやかに笑う彼。今ので説得できたつもりなのか君は。
 なんというか、この子は深く考えているようで実際は何も考えて無いのね。
 わりかし感性頼りと言うか、自分の直感に任せて行動していると言うか。
 うん、厄介。とっても厄介だこの子。しかもそれを自覚していて、説明に理論を含めない所が更に厄介だ。
 それだけ自分の勘に自信があるんでしょうね。意図は良く分かるけど、その自身を根拠にされるとほぼ初対面の私は大変困ります。
 もっとも、だから何が出来るってワケでも無いのだけどね。
 ……今の久遠ちゃんからは、何を言っても引くつもりは無いってオーラが放たれている気がする。
 実に楽しそうだ……こんな状況なのに、今までで一番イキイキとしているかもしれない。

「と言うワケで、次の場所に行きましょうか! まだまだ調べたい所は色々とあるので!!」

「本当、お願いしますよ? 私は五体満足でお家に帰りたいんです」

「ははは」

 ――ああ、なんで私この子に命預けてるんだろう。
 本当に出来ない事は保障してくれないドライな魔法少女の笑いに、私もただ苦笑するしかなかったのだった。





「ところで久遠ちゃん、そのゴム手袋はどうしたの?」

「もしもの時を想定して準備してました。まさか本当に使う羽目になるとは思いませんでしたが」

 ……とりあえず久遠ちゃんは、何でもありの万能キャラなのかおっちょこちょいなドジっ子なのかをはっきりさせて。お願いだから。




[27853] 異聞の章・弐拾参「異人同世/人も知らず、世も知らず」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/01/14 10:00

 ――  子さん、  子さん、おりますか。

 誰 の ぶ声が  えて る。

 ――  子さん、  子さん、遊びましょう。

  ぶ? 何 して?  うやって? 分からない。

 ――  子さん、  子さん、お願いします。

 何 ? 何故 に?  は何を  ば良 の?

 ―― キ子さん、 キ子さん、アイツを してください。

  す? ど  て? なんで が、そん  をし いと  いの?

 ――トキコさん、トキコさん。

  キコ?  れ?

 ――トキコさん、トキコさん。お許しください。

  を? 分  ない。自 の存  義が、意 が、  が、 も、何一つ   ない。

 ――

 答えて。知りたい。教えて。遊ぼう。 す。

 ネェ、ワタシハナァニ?





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾参「異人同世/人も知らず、世も知らず」





 次に久遠ちゃんが足を踏み入れたのは、古ぼけた本やノートが散乱した部室らしき部屋だった。
 先程の教室よりも明るいおかげで、もしくは明るいせいで、部屋の様子は私にも良く分かってしまう。
 ……当然、部屋のど真ん中にある机に倒れ伏している死体もバッチリ見えているワケで。
 本当、悲鳴を上げなかった事を評価して貰いたい。そして久遠ちゃんは少しで良いから私の事を気遣って。

「完全に白骨化した死体って、リアルで見ると結構怖いのね。もっと軽いモノだと思ってたわ」

 さっきの博覧会を経験したら、もう大概の死体には驚かないと思っていたのだけど。
 やっぱり、うっすら見えるのとはっきり見えるのとじゃ全然違うわ。
 あちらが洋風スプラッター・ムービーだとしたら、こちらは和風正統派ホラーと評するべきか。
 死の直前に何をしていたのかを匂わせる古びた服装や小道具、今際の際に書いたのかぐしゃぐしゃなメモ。
 さすが、久遠ちゃんが「色んな意味で臭う。プンプン臭ってくる」と言うだけの事はある。
 コレ、絶対ここで何かあったわよね。具体的に言うとトキコさんに関係した何かが行われたわよね。

「よーし、それでは調査開始! はいはい、骸骨さんはどいたどいた!!」

「……浸らせないなー。この幻想寄りの魔法少女さんは」

 風を使って白骨死体を浮かせ、速やかに部屋の片隅へ移動させる久遠ちゃん。
 情緒ゼロ。ホラー何それ美味しいのって感じの、死者の尊厳を見事に無視した態度である。
 ……見えてるから、逆に反応がシビアになるのかしら。
 とりあえず、トキコさんに殺された怨念が新たな妖怪を――って展開は無いらしい。ホッとしたようなガッカリしたような。

「さて、何があるのかなーっと」

 骸骨が取り除かれた事で、身体の影に隠れていたモノが露わになる。
 そこには、全体が黄ばんでしまったノートの全面を使い、鉛筆を擦って作ったと思しき出鱈目な魔法陣が描かれていた。
 私も言うほど魔術系の知識が豊富なワケでは無いが、それでもコレが何も知らない人間による逸品である事は理解出来る。
 和洋ごっちゃなのは当たり前。物によっては、漫画やアニメから引用していると思しき部分も。
 ……これは酷い。結構期待していたのに、中身は単なる厨二病患者の「わたしのかんがえたまほうじん」じゃないの。
 私は肩を竦めつつ久遠ちゃんへ苦笑を向ける。しかし彼は実に真面目な表情で、そんな適当な魔法陣を調べ始めた。

「――ちょいと久遠ちゃん? まさか、こんななんちゃって魔法陣がトキコさんを召喚した代物だとでも言うつもりですか?」

「残念ながら、その可能性が非常に高いと言わざるをえません」

「そんな馬鹿な。そりゃ、怪談なんて下手な長編小説よりも歴史の無い話だったりするけどもさー」

 こんな必死に考えた結果何も考えずに作ったモノ以下になった魔法陣で、具体的な被害を出す妖怪が呼び出せるとは思えない。
 それが通用するなら、世の厨二病患者達は皆劇的な摩訶不思議体験をしているはずだ。そして内八割は対処しきれず死ぬ。

「何も知らない私だって間違ってると分かるこんな魔法陣で、トキコさんが出てくるはず無いじゃない」

「間違ってる、ね。――だけどそれを知らなかったら?」

「いやいや。描いた人間が知ってようが知ってまいが、間違ってたら意味が無――えっ!?」

「そう、つまり‘そう言う事’ですよ。間違っている可能性が高くても、ソレに‘縋らざるを得なかったら’?」

「いやいやいやいや、そんなまさか。幾ら何でも、‘自分がどう呼ばれるかを忘れた’なんて事が……」
 
「可能性は高いと思います。僕の予想が間違っていなければ、今のトキコさんは‘そういう’状態に陥っているはずですから」

 ほとんど断言するような口調でそう言うと、先程どけた白骨死体の懐を漁る久遠ちゃん。
 確信を持った動きで彼は、内ポケットから付箋だらけのシステム手帳を見つけ取り出した。

「……ひょっとして、それも見えてたの?」

「いえ、単なる推理です。ここが『部室』で、この人が『部員』だとするなら多分――あった」

 その中から、久遠ちゃんは挟まれていたノートの切れ端を丁寧に広げてみせた。
 あまりの古さに虫喰いだらけになっているが、そこに描かれているのは机上のモノとほぼ同じ魔法陣だ。
 違う点は、漫画やアニメからの引用がなくなっている所か。
 どうやら机上の魔法陣は、抜けている部分を補おうとした結果こうなったらしい。
 真面目にやったのか冗談でやったのかは知らないけど、この魔法陣を描いた人物はオカルトに明るくないようだ。

「これは、初代部長の残した『トキコさんの呼び出し方』みたいですね。裏には具体的な方法なんかも書いていたみたいです」

「穴抜けが酷くて、何をどうすれば良いのかも分からないけどね。……で、初代部長って言うのは」

「この部室を使っていた「オカルト研究部」の創始者ですよ。ちなみにそこの彼女は、最後になってしまった部長さんだと思います」

 久遠ちゃんが指さしたのは、システム手帳を持っていた白骨死体だ。
 まー、予想はしていた。散らばっている本やノートはほとんどそっち関係の代物だったしね。
 しかし立派な部室まで貰える部の部長ともあろうものが、こんなヘッポコな魔法陣を描くとは。情けない話だなー。
 そう思って苦笑していると、システム手帳の中身を確認していた久遠ちゃんが察したように補足を始めてくれた。

「かつては栄華を誇っていたオカルト研究部も、廃校前には生徒不足と不人気が重なって廃部寸前まで追い込まれていたらしいですね」

「なるほど、学校が先か部活が先かってレベルだったのね」

「おまけに彼女は、責任感の強さから部長役を任されただけでオカルトには何の興味が無いと言うオマケ付き」

「そりゃ酷い。もうちょっと他に選択肢があったんじゃないの?」

「無かったみたいですよ。彼女が三年になった時、残っていたのは幽霊部員のみ。新入部員もゼロだったそうで」

「それは、廃校と関係無く?」

「関係無くです。だから彼女、相当追い込まれていたみたいですよ。ほら」

「どれどれ?」

 彼に促され、私は手帳の開かれたページを覗き込む。
 ――そしてそこに記された、狂気じみた憎悪と恨みの込められた文章に絶句した。
 理解の無い友人に、何も知ろうとしない両親に、無責任な先輩に、難癖をつけてくる教師に。
 手帳を記していた部長とやらは、思いつく限りの言葉を用い、あらん限りの呪いを全てに向かって放っていた。

「――なに、コレ」

「興味の無いオカルトに傾倒してでも復讐を望んだ人間の記録ですね。いやー、読み進めるだけで頭がおかしくなりそうです」

 確かに、チラッと読んだだけで吐きそうになったわ。
 書体や文面に崩れの無い、淡々とした文章だからこそ余計に‘クる’モノがある。
 しかしまー、久遠ちゃんはさすがの貫禄だ。スプラッタも平気なら狂気系のホラーも平気とは。
 正直、あんまりにも平然とされ過ぎてて久遠ちゃん自身が一番怖くなってきた感はあるわね。
 ……この子には、怖い物が無いのだろうか。
 恐怖をどこかに捨ててきたような久遠ちゃんの姿を見て、私の中にふとそんな疑問が湧いて出てきた。

「……久遠ちゃんみたいなオカルト寄りの人間は、そういう恨みつらみの籠もった代物こそを恐れるモノだと思っていたわ」

「ははは、怖いに決まってるじゃないですか。僕だって普通の人間なんですから」

「そのわりには、痛くも痒くもないって顔をしてるけど?」

「まー、内容はエグいけど実害は無いって分かってますからねー。ドグラ・マグラ読んでる様なもんだと思えば平気平気」

「害は無いって――下手すれば妖怪の発生源になってそうなその手帳が?」

 これがトキコさん大暴れの原因って言われても信じるわよ、私。
 しかし久遠ちゃんは、強い確信を持った瞳で私の言葉を否定してみせた。

「大丈夫です。その手の感情に関しては、トップクラスの専門家が憑いてますから」

「専門家?」

「こっちの話です。とにかく、今回の騒動に彼女の鬱憤は一切関係ありません。それは保障しますよ」

 ……前々から思っていたけれど、私と久遠ちゃんでは得ている情報量が違い過ぎる。
 しかも、久遠ちゃんはそれを一々説明してくれない。いや、キリが無いから説明しないだけなのかもしれないけど。
 結果、互いに持っている情報の差がモロに余裕として現れてくるワケだ。
 いやまー、そう言う力を持っているからこその久遠ちゃんなんだから、私だけ分からないと文句を言うのは筋違いなんだろうけど。
 これはちょっとキツいわ。目隠しで手を引かれながら綱渡りしてる感じね。

「ねー久遠ちゃん、ぶっちゃけどれくらいまで分かってるの? 教えてもらえないと私モヤモヤするんだけど」

「んー、こっちの推理が合ってるなら八割ですね。間違ってるなら何も分かりません」

 つまり事の真相をほとんど把握しているワケね。了解。
 はー、なんかアレだ。気分は探偵漫画の、何も分からず疑問を投げかけるだけの相棒役だわ。
 探偵役がすでに犯人確定の為の証拠を集めている段階で、トリック一つ解明できずウンウン唸ってる感じね。

「まだ仮説の段階だから、迂闊な事は言わない方が良いかなーって思っていたんですが」

「どっちにしろ、私は荷物として付いていくだけだからね。何も変わらないなら聞いておきたいわ」

「なるほど、そう言われるとイエスとしか返せませんな。個人的にはあんまり話したくは無いんですけど」

「なんでよ」

「エラそうに解説して、綺麗に外したらみっともないじゃないですか!!」

「――ああ、うん。そうね」

 分かってる。黙ってても言ってても、安全その物には関係無いと言う前提はしっかりあるのよね。
 だけど言わせて? ――もっと緊張感を持てや魔法少女。

「とりあえずここで色々と調べるつもりなので、その間にこちらの推論を話したいと思います」

「助かるわ。……だけど、大丈夫なの?」

「今のところトキコさんは校舎内を徘徊しているだけで、具体的にこちらを狙う気は無いようですから。しばらくは大丈夫でしょう」

「――それって、とっとと逃げられるって事じゃ」

「じゃ、ささっと調べながら、何が起こったのかを説明して行きますねー」

 はいはい、分かってた分かってた。
 こちらのツッコミを軽く流し、いそいそと調べ物を開始する久遠ちゃん。
 大丈夫、期待はしてなかったわ。なので私はニッコリ笑って彼の次の言葉を待った。

「どうやらトキコさんは、この部室で呼び出されたみたいです。呼び出したのは多分、追い込まれていた部長さんだと思います」

「で、彼女は哀れ最初の被害者になったと」

「そこはちょっと微妙なんですよね。時間の流れで白骨化してるけど、骨に外傷は無いんですよ」

「つまり……トキコさんに殺されたワケじゃ無いって事?」

「もしくは、今とは違う殺され方をしたのか。細かい事情は分からないけど……彼女の‘迷走’はこの時点で始まっていたみたいですね」

 そう言いながら、久遠ちゃんは手当たり次第に本や書類を取り出し中身を確認していく。
 雑なやり方で調べているのは、それなりにスピードを重視しているからだろう。
 そこで見つけた気になる単語や月日をメモ帳に纏めながら、彼は恐ろしい早さで部室の情報を纏めていく。
 ……凄いわね。作業自体は実に単純で、私でも出来るような簡単なモノだけれど。
 とにかく早さが段違いだ。本当に見えているのかと疑いたくもなるが、ちらりと見たメモ帳に書かれた文字列がそれを否定している。
 エラく手慣れてるわね、久遠ちゃんってば。実はこういう作業得意なのかしら。
 
「……なんか凄い適当に本を選んだりページを開いたりしてるけど、それで調査として問題ないの?」

「まぁ、じっくり見るワケにも行かないですからね。大筋が合っていればそれが良しで」

「確かに誰かを説き伏せるわけじゃ無いから、多少の整合性は無視して大丈夫だろうけど……肝心な所を見逃すんじゃ」

「その時は運が無かったと言う事で」

「そんな適当な……」

「こういう時に必要なのは思い切りなんですよ。スパッと決断スパッと行動、後は野となれ山となれって感じです」

「思い切り良すぎでしょ。……ちなみに、見る場所の基準とかはあるの?」

「強いて言うなら勘です、キリッ」

「……あ、そう」

 私も私なりに本や書類を確認してみたが、見つけた事柄は全て久遠ちゃんのメモ帳に記されている。
 こっちはわりと丁寧に見ているのにも関わらず、だ。恐ろしい事に彼の調査は、早さと質が両立出来ているのだ。
 しかも纏め方が上手い。適当に書いてるはずなのに何だこの異常なクオリティの高さは。
 久遠ちゃん、絶対レポートとか書くの上手いわね。……私の代わりに大学のレポートとか書いてくれないかなー。

「あんまりじっと見られても恥ずかしいんですけど……」

「良いじゃない、全然問題無いわよ。むしろ凄く見やすくて驚いてる」

「あはは、そうですか?」

「うん――と言うか、メモ見てたら…………何でもない」

「ほへ? どうかしました?」

「気にしないで良いから! それよりもほら、説明説明!!」

「は、はぁ……」

 危なかった。危うく、「メモを見てたら、久遠ちゃんの推論がなんとなく分かってきた」って言う所だった。
 そんな事言ったら、久遠ちゃんは確実に説明を止めるわよね。じゃー良いかなとか言って。
 それは困るわ。なんとなくと言うのは比喩ではなく事実で、実質的に何も分かっていないのと同じなのだから。
 ……頭の回転では負けてないつもりなんだけどなー。
 回してる頭の構造その物が違うというか、発想がそもそも人間視点じゃないと言うか。
 実は頭脳方面でも凄い子なのね。全然そんな風に見えないけど、本当にちっとも凄く見えないのだけど。



 

 ――久遠ちゃんは、もうちょっと実力相応の態度で振る舞った方が良いと思うわよ。無理だと思うけど。




[27853] 異聞の章・欄外伍「企め! 何を!? 何かをだ!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/01/20 23:56


幻想郷覚書 異聞の章・欄外伍「企め! 何を!? 何かをだ!!」





チルノ「ばんごー! いちっ!!」

大妖精「に、にっ!」

ルーミア「さーん」

ミスティア「しっしっしっ~、ししんがし~♪」

フラン「五!」

メディスン「六!!」

てゐ「なーな」

お空「しち!」

お燐「……お空は八だよ」

お空「あ、そうだった。はち!」

お燐「んで、あたいが九っと」

リグル「……十」

こいし「じ、じゅういち!」

チルノ「よし、全員そろったわね!! あたい団のていれーかいぎをはじめるわよ!!」

リグル「待った。色々と待った」

チルノ「なによリグル。まだウダウダと文句をいうの?」

ミスティア「おこりんぼうのリグル・ナイトバグ♪ 子分は嫌だーと、叫んだよ♪♪」

リグル「……その事はもう良いよ。チルノの子分って言うのは納得行かないけど、仲間外れは嫌だしね」

大妖精「あ、あはは……チルノちゃんがご迷惑おかけしました」

ルーミア「皆仲良しなのかー」

フラン「そういえばリグルさんって、チルノ団入りしたのはお空ちゃん達より後なんですよね」

メディスン「意外だよねー。みすちーやルーミアとも仲良くしてるから、てっきり最古参メンバーかと」

リグル「ボクにはそこの二人と違って、妖怪としてのプライドがあったからね」

ミスティア「誇りは埃、積もり積もって山になる~♪ 山になったら邪魔になる~♪♪」

ルーミア「プライドって美味しいのー?」

お空「ぷらしど……私も食べた事無い!!」

てゐ「ここだけ切り取ると、どこぞの腋メイドの様な言動だよね」

お燐「実際は分かってないだけだけどね。あはは……」

リグル「ってそうじゃない! ボクが突っ込みたいのは、さっきの『全員揃った』って発言に関してだよ!!」

チルノ「みんないるじゃないの!!」

フラン「お兄ちゃんがいないよ?」

メディスン「人里の皆もいないねー」

てゐ「単純な数で言うと、半数以上居ない事になるね。まーそもそも揃うはずが無いんだけど」

お燐「……チルノ団って結構規模デカいんだね」

大妖精「えっと、正団員はだいたい三十人くらいです。あと、美鈴さんとかが補欠団員なので総数は多分もっと……」

メディスン「アリスは相談役だよ!」

ルーミア「人里の半獣もたまに、監視役だとか言って遊びにくるねー」

ミスティア「たまにを範囲に含むなら、仲間の数は更に倍~♪ どれだけ居るの誰も知らない私も知らない~♪♪」

てゐ「だいたい晶のせい。アイツの交友関係がそのままチルノ団のコネになるから、てゐちゃん的にはウマウマ……ごほん」

お空「そしてさとり様は!」

お燐「いや、さとり様は関係ないよ」

お空「うにゅーん」

リグル「あーもう、話が進まない! 要するに――なんか一人増えてるんだけど!?」

こいし「あぐっ」

フラン「リグルさん、声が大きいよ! こいしが驚いてるじゃない!!」

リグル「え、あ、うん。ゴメン」

てゐ「おおー、普段わりと引っ込み思案なフランちゃんがまさかのマジギレ。これにはリグルんもタジタジですな」

メディスン「へへー、フランは友達思いだからね」

お空「……虫の人、こいし様をイジメた?」

お燐「はいはい。今、良い所だからお空は黙ってよーね」

ルーミア「そういえば見ない顔だねー、誰なのかー?」

大妖精「フランちゃんのお友達みたいだけど……チルノちゃんは知ってる?」

チルノ「しょたいめんよ!」

リグル「なんでそれ自慢気に言ったの!?」

こいし「えっとあの、私は……古明地こいしと言って…………その」

チルノ「みなまでいわなくてもわかるわ!!」

こいし「えっ!?」

チルノ「アンタにそのいしがあるのなら……アンタはもう、あたいたちのなかまよ!!」

フラン「親分さん……」

大妖精「チルノちゃん……」

てゐ「こいしに意志が無い場合は?」

チルノ「よくわかんないけど、やっぱりあたいたちのなかまよ!」

お燐「……あたい、今ちょっとだけ感動したんだけどなぁ」

お空「うにゅ、よくわかんない」

チルノ「つまり、じんるいみなこぶんってことよ!」

ミスティア「子分なら手を繋ごう~♪ 古墳なら手を合わそ~♪」

お空「えっと、皆仲良しって事だね!」

チルノ「そうよ!!」

リグル「……頭痛い。なんだよ、この馬鹿丸出しの会話は」

お燐「結論的には間違ってないと言うか、むしろ良い話なんだけどねぇ」

てゐ「チルノ団では良くある事。適当に流さないと、脳卒中でぶっ倒れるよ?」

フラン「とりあえず、こいしちゃんもチルノ団の仲間入りしたって事で良いんだよね?」

チルノ「そうよ!」

こいし「えっと、ヨロシクお願いします」

お空「うにゅ、ヨロシクお願いします!!」

メディスン「よろしくー」

大妖精「えへへ、よろしくね」

ルーミア「よろしくなのかー」

ミスティア「よーろしーくーねー♪」

お燐「よろしく。……とは言え、あたいらもほぼ新人みたいなモノなんだけど」

メディスン「一気に団員が増えたよね。うんうん、感慨深いよ」

てゐ「私らも、団員歴はそんなに長くないけどなー」

大妖精「晶さんが来てからだね、こんなに人が増えたのは」

チルノ「そうね。さすがはあたい軍団のひっとーぐんしだわ!」

フラン「……ねぇ、親分さん」

チルノ「なに?」

フラン「お兄ちゃんは、筆頭軍師なんだよね」

チルノ「そうよ!」

てゐ「筆頭もクソも晶しか居ないけどね、軍師枠」

メディスン「てゐちゃんは?」

てゐ「てゐちゃん、そういう相応の責任を求められるポジションは辞退する事にしてるの」

フラン「それじゃあ私は、チルノ団ではどういう役割になるのかな?」

チルノ「ふらんのやくわり?」

フラン「ほら、親分さんは団長でお兄ちゃんは軍師、大ちゃんは副団長でしょう?」

大妖精「副団長!? 私が!?」

チルノ「そうよ!」

大妖精「ええっ!?」

メディスン「え、違ったの?」

てゐ「まぁ、妥当なトコじゃね?」

リグル「チルノが団長なら、必然そうなるよね」

大妖精「あぅあぅ。そんなぁ……」

フラン「それで、私はどんな役割になるのかなって」

お空「私も気になる! 何係なの!?」

お燐「私らは平団員じゃ無いかな。参加して間もないワケだし」

チルノ「そうね。――なら、フランは今日から「きりこみたいちょー」よ!」

フラン「切り込み隊長! 良く分からないけどカッコイイ!!」

てゐ「初手に悪魔の妹を配置するこのえげつなさ。親分は天然で鬼畜やでぇ……」

メディスン「切り込み隊長がぶっちぎりで強いってどうなんだろーね」

チルノ「で、おくうは……えーっと……ほーげきたいちょうね! んで、おりんがほーげきたいちょうほさ!!」

お空「うにゅ、任せて! 何でもかんでも吹っ飛ばすよ!!」

お燐「ここでもあたいはそういうポジションなのか……。否定出来ないのが辛い」

ミスティア「私は~鼓笛隊長とかどうかしら~♪ 歌って皆を鼓舞するの~♪」

チルノ「じゃあそれで!」

ルーミア「私はー夜戦隊長かな? 夜の闇ならお任せだよー」

リグル「……君は、闇の中だと視力が効かないはずじゃなかったかな」

大妖精「ルーミアちゃんの能力は、夜戦だと逆に生かせないんじゃないかな……」

チルノ「いいわね、さいよーよ!」

大妖精「……良いんだ」

てゐ「何でもありだなー。あ、てゐちゃんは会計係で良いよ」

チルノ「てゐはそういうのより、しょきとかのほーがにあってるとあたい思う」

てゐ「……まさかそこで流暢に否定されるたぁ思わんかった。しかもこの流れで書記かよ」

リグル「でも何か分かるね」

メディスン「分かる。――それで、私は?」

チルノ「んー、メディは……どくぶつたいちょーで」

メディスン「やっぱりそうなるかー。分かってたけど、どうせならもっと捻った称号が欲しかった」

お燐「まぁ、今までの流れ的に必然じゃ無いかな」

ルーミア「シンプルな方が、分かりやすくて良いと思うなー」

メディスン「そうかなー」

てゐ「……親分にその意図が無いのは分かってるけどさ。毒物専門隊長が常駐している団って、普通に考えてヤバいよね」

こいし「そうなの? でも私の家にも居るよね、毒物隊長」

お燐「こいし様、あの子は単純に毒を持ってるだけで、そういう方面を担当しているワケじゃ無いんですよ」

チルノ「で、こいしはおんみつたいちょーよ! なんかそれっぽいから!!」

こいし「えっ!? あ、うん。良いけど……知ってたの?」

チルノ「なにがよ!」

フラン「親分さんって凄いよね、あーいう所」

お燐「あれで天然なんだから、色んな意味で尊敬するよ。男だったらタラシになってただろうね」

リグル「ボクの知ってるチルノは、単に空気の読めない悪戯妖精だったんだけどなぁ」

てゐ「今は親分らしくカリスマに溢れてるよね。どこぞの姉と違って」

フラン「お姉様の事を悪く言うのは止めて!」

メディスン「フランちゃん、語るに落ちてるよ! 皆分かってたけど!!」

チルノ「よし、これで全員終わったわね!」

リグル「えっ」

チルノ「えっ?」

リグル「いやいや、ボクがまだだけど?」

チルノ「……ほしかったの?」

リグル「い、いや、別に欲しかったワケじゃないけどさ。ボクだけ仲間外れって言うのは、なんか違うというか……」

ミスティア「妖怪のプライド(笑)」

ルーミア「ボクはそこの二人と違うから(失笑)」

リグル「さらっと流してたと思ったら、意外と根に持たれてた!?」

こいし「リグルさんって、自分をどういう立ち位置に持って行きたいのかな。一歩離れたいの? それとも近づきたいの?」

リグル「ぐふっ!?」

お燐「ちょ、ダメですよこいし様!? そうやって無意識に他人を傷つける言動をしては!」

お空「うにゅ、中途半端だね!」

お燐「お空は直球過ぎ!!」

リグル「ごふっ」

てゐ「まぁぶっちゃけ、お遊び団体の肩書なんて飾り以外の何物でも無いしねー。欲しがってる時点で……」

大妖精「あ、あはは」

リグル「ううぅ……」

チルノ「ま、そーいうことならいいわ、かんがえてあげる!」

リグル「この流れを気にせず、素でそう言える君が正直憎いよ……」

メディスン「親分はほんと凄いよね。凄い大物か、もしくは凄い馬鹿だよね」

フラン「そうだねー」

チルノ「ガタガタうるさい! 今かんがえるからだまってて!!」

リグル「わ、わかったよ。早く付けてね!」

てゐ「わー、ツッコミてー。すっげぇいい笑顔でツッコミ入れてやりてー」

こいし「分かる」

お燐「こ、こいし様! 変な事言っちゃダメですよ!!」

お空「うにゅ? こいし様はいつも同じような事を言って……」

お燐「バラさないのお空! せっかく緊張と人見知りで、こいし様が程よく猫被ってくれてるんだから――」

てゐ「大丈夫、なんとなく分かってた」

大妖精「こいしちゃん、リグルちゃん弄ってる時イキイキしてましたもんね」

ルーミア「そーなのかー」

お燐「うう、理解があるのは嬉しいけど、これでこいし様を止める要素が無くなってしまった……」

お空「どんまい」

お燐「……今、お空の事がちょっと嫌いになりかけたよ」

お空「うにゅ!?」

チルノ「――よしっ、きまったわ!」

リグル「……遅かったね。他はすぐ決まったのに」

チルノ「リグルは――昆虫王子ね!」

リグル「は?」

チルノ「ピピっと来たわ! これしかないわね!!」

リグル「いや、え、あのその、ええっ?」

ルーミア「そーなのかー」

ミスティア「いいじゃん~♪ いいじゃん~♪ わりとEじゃ~ん♪」

てゐ「まぁ、悪くは無いんじゃない? ……役職じゃないけど」

お空「昆虫王子……カッコイイね!」

フラン「そうだね!」

メディスン「強そうだなー」

こいし「ピッタリだと思うよ。うふふ」

お燐「……こいし様のスイッチが完全に入ってしまった」

大妖精「えーっとあの……お、お似合いですよ?」

てゐ「大ちゃんそれトドメや」

チルノ「ふっふっふ、こーひょーなようで何よりだわ!!」

リグル「――やっぱり君は悪魔だ! 絶対にこの恨みも忘れないからね!!」

てゐ「そう言いつつも、逃げ出しはしないリグルきゅんなのでした。ちゃんちゃん」

リグル「リグルきゅんはなんか嫌だから止めて!!」




[27853] 異聞の章・弐拾肆「異人同世/形になる事も無く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/01/27 23:28


「あふぅ……眠たいですぅ」

「あら、また夜更かし? 最近ちょっと多く無いかしら」

「ダメですよ晶さん! 夜更かしは美容の天敵なんですから!!」

「もっとアイドルとしての自覚を持ってほしいわねぇ」

「チガウ、ボクアイドルチガウヨ――って、またですかこのやり取り」

「早寝早起きしろ、なんて母親みたいな事は言わないけどね。体調管理はしっかりしなさいよ」

「了解でーす。……まぁ、大丈夫ですよ。今日は多分、泥のように眠る事になると思いますから」

「だと良いのだけど。身体を壊しても知らないわよ?」

「あやや。このフラワーマスター、ついに我々の事をガン無視し始めましたよ?」

「そうやって好感度を独り占めするつもりなのね。あざとい、実にあざといわ」

「……何故かしら。ここまで好き放題言われているのに、怒りも殺意も湧いてこないのは」

「ついに幽香さんが悟りを開いてしまいました……」

「ふっ、他愛もない。所詮ヤツは常識人」

「本気を出した我々の前では、赤子も同然――ってちょっと待ってください! これじゃまるで私が非常識な妖怪みたいじゃないですか!」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ!?」

「……自覚、無かったのね」

「哀れね」

「文姉、ドンマイ」

「あ、あややややや!?」





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾肆「異人同世/形になる事も無く」





「結論から言うと、トキコさんは『妖怪になり損ねた幻想』です」

 凄まじい早さで情報を纏めた久遠ちゃんは、教師が教え子に講釈を垂れる様な仕草で説明を再開した。
 どうやら、この数分で必要な情報をほとんど集め終えたらしい。
 それなりの確信を持った表情で、彼はそれまで溜め込んでいた推理を一つずつ口にしていく。

「人々に噂された怪談が形になり、形を持ったソレが意志を持ち妖怪となる。――トキコさんも本来ならそうなるはずでした」

「本来なら?」

「その流れを、あえて堰き止めた輩が居るんですよ。オカルト研究部の人間……と言うか代々の部長達です」

 そう言って久遠ちゃんは、部活動の日誌を幾つか開いてみせた。
 基本的には極普通の、どこにでもあるようなオカルト研究部の活動を記したモノだ。
 だが、その全てに共通して書かれている怪談がある。――トキコさんだ。
 もちろん内容には触れられていないし、日誌のメインとなっているワケでも無い。けれど。
 久遠ちゃんの仮説に沿って中身を確認してみると、その裏に隠された事情が透けて見えてくる。

「なんて言うか、不自然なくらい怪談の内容に触れて無いわよね」

「その癖、トキコさんと言う名前その物は頻繁に出てきてるんですよ。実にきな臭い話です」

「……でもさ、これだけじゃその‘意図’までは分からないと思うんだけど」

「確かにそうですね。誰が何を思って初めたのか、それは分かりません。――ただ」

「ただ?」

「後になるにつれ、‘囲い込む’目的が利己的になってきた。それは確実だと思います」

「利己的な理由で囲い込むって……あのトキコさんが、人殺し以外の役に立つとは思わないんだけど?」

 もしかしてそんな厄介な物を欲するほど荒んでいたのだろうか、ここのオカルト研究部は。
 だとしたら「かつてはそれなりの規模の部活だった」と言う話も、何だか後ろ暗いモノである様な気がしてくる。
 そんな私の考えを察した久遠ちゃんは、困ったように笑いながら「そこまで腐っていなかった」と前置きをしつつ説明を続けた。

「かつての彼女も危険な存在だったとは限りませんよ。恐らく、その頃の彼女はもうちょっと‘多方面’に手を出していたのでしょう」

「利用価値はあったって事か。……だからって、妖怪になりかけの存在を独占しようなんて無謀としか思えないけどね」

「元々は‘温厚’な怪談だったのかもしれません。――けれどそれは、意図的な情報の湾曲により変わってしまったようです」

 妖怪になりかけていたトキコさんを自分達の物にする為、歴代の部長達は情報操作を行った。
 オカルト研究部の活動報告に不自然な「空白」がある理由はソレだと、久遠ちゃんはご丁寧に資料を交えながら説明してくれた。
 まったく、人間の意地汚さを否が応でも教えてくれる話だ。
 全体から漂う詰めの甘さも、実行者達の気持ちの軽さ具合を表しているようで気分が悪い。
 ……どこまで真面目にやっていたのかは知らないけど、後の連中は確実に冗談半分でやってたんだろうなー。

「トキコさんがこの学校限定のマイナーな怪談だった事は、オカ研の部長達にとってこの上ない幸運だったと思います」

「確かにメジャーな怪談だと、蓋した端から新しい話が湧いて出るでしょうからね。……だけどさー」
 
「ほにゃ? なんです?」

「ぶっちゃけ、一介の学生ふぜいにそんな大袈裟な真似が出来るの?」

「条件が揃えば可能かと。そもそも怪談なんてモノを積極的に取り扱う団体なんて、オカルト研究部か新聞部くらいしかありませんし」

 暴論だなー。だけど、納得出来ない理論じゃない。
 普通のオカルト話ならともかく、ご当地の怪談を積極的に調べる人間はそれほど居ない……と思う。
 該当する人間が居るとするならば、その人間は確実にオカルト研究部へ所属しているはずだ。
 まーそれでも、怪談一つを抱えるなんて無茶が早々出来るワケが無い。
 何代も重ねる事で情報の操作そのものには成功した様だが……その結果が、トキコさんの暴走である。
 いや、直接的な原因はオカ研の衰退にあるのかもだけど。
 そこらへんの見通しの甘さがすでにアレと言うか、もうちょい考えて動けよ馬鹿野郎と言うか。

「……これってアレよね。ホラーで良くある、制御しようとした化け物に殺されるケースよね」

「んー。どっちかと言うと、廃棄された研究所で残された実験生物が大暴走。って言う方が正しいような」

「なるほど……どっちにしろ腹の立つ話ね」

「まったくです」

 暴走した所で、研究していた連中には痛くも痒くもない点が特に。
 かつてのオカ研部長共は、こういう事態が発生する可能性を想定して無かったのだろうか。
 ……してなかったんだろうなー。そこまで深く考えられる人間なら、そもそもこんな事してなかっただろうし。

「ま、オカルト研究部の話は本題でないのでこれくらいにしておきましょう」

「……本題じゃないのね。正直、その話だけでお腹いっぱいになってるんだけど」

「大丈夫ですよー。ぶっちゃけこれは忘れても問題ない、フレーバーテキストの様な裏話ですから」

「嫌なフレーバーもあったもんね……」

「重要なのは、‘やった理由’じゃ無くて‘やった結果’の方です」

 確かに。ここで幾らオカルト研究部の所業を語ったとしても、現状が改善されるワケでは無い。
 気分は悪いが、ここは気持ちを切り替えて廃校の主の事だけを考えよう。

「それで、結局トキコさんは何があって‘ああいう風’になっちゃったの?」

「歴代部長達の情報操作によって、トキコさんの噂は徐々に『オカルト研究部の内輪話』になっていきました」

「酷い話よね。……だけど、それって妖怪にとっては致命的な話じゃないかしら?」

 妖怪にとっての死とは、全ての人間から忘れられる事だと聞く。
 ただでさえ一校限定のマイナーな怪談が、その中ですら限定的になってしまえばどうなるか。
 弱体化は免れないだろうし、場合によっては妖怪にとっての『死』に至る可能性も十二分にあったはずだ。
 オカルト研究部の連中はそこらへん……やっぱり分かってなかったんでしょうねー。つくづく先見性の無い連中だわ。

「致命的ですね。実際オカ研その物の衰退とそれの合わせ技で、トキコさんは自我を失ってしまったようですから」

「んで、自我を失った結果片っ端から人を殺すキリングマシーンになったと?」

「いいえ、その段階ではまだそこまで狂って無かったと思います。ダメ押しになった原因は、最後に呼び出された理由の方かと」

「最後に呼び出された理由……復讐ね」

「はい。自分がどういう妖怪か分からずに居た所で、数少ない彼女を知る者から‘方向性’を定義付けられてしまった」

「それで、トキコさんは片っ端から人を殺すキリングマシーンに――ひょっとしてまだなってないの?」

「んー、なってないと言うかなんて言うか……」

 難しい顔で、肯定とも否定ともつかない返事をする久遠ちゃん。
 ふむ、素直に聞いても良いけど……そろそろ教育番組の無知なマスコット役は卒業したいのよね。
 ここは一つ今までの情報から推理して、お姉さんの底力と言うモノを久遠ちゃんに見せてやろうじゃないの。
 えっと確か……久遠ちゃんはトキコさんの事を「妖怪になり損ねた幻想」と言ってたのよね。
 妖怪になりかかっていた所で、主な供給源である噂を止められたのだから当然だけど。
 良く良く考えると「片っ端から人を殺すキリングマシーン」ってのも、それはそれで妖怪としての一つのあり方だ。
 ならば彼女は‘それにすらなれていない’。久遠ちゃんの言葉を信じるなら、そう考えるのが一番自然だろう。
 つまり、今のトキコさんは……。

「定義付けられた方向性の通りに動いて尚、彼女はまだ‘自分が定まっていない’のね」

「……ですねー。完全に忘れられていたのなら、こんな事にはならなかったのでしょうが」

 名前だけは残っていたから、消える事が出来なかった。
 名前しか残っていなかったから、それ以上進む事が出来なかった。
 半端な存在のまま、引く事も進む事も出来ずにただ足踏みを続けている『現象』――それが、今の彼女なのである。
 
「なんというか、救いの無い話よね」

 彼女はあまりにも人を殺しすぎた。哀れと思う事は出来ない。
 彼女はあまりにも純粋過ぎた。愚かと言う事は出来ない。
 諸悪の根源とすべき悪党はもうおらず、助ける相手は誰一人として残っていない。
 問題そのものは続いていても、根本的に全てが‘終わって’しまっているのだ。この廃校では。

「まったくです。――と言った所で、時間切れとあいなりました」

「は?」

「見つかったって事ですよ。今からじゃ、急いで逃げ出す事は出来ないでしょうね」

 肩を竦めて広げていた手帳を机に置くと、久遠ちゃんが両手を勢い良く叩いた。
 同時にその身体が輝き、銀色の鎧が胴と手足に装着される。
 魔法少女の様な変身の仕方で、随分とまた実用的で分かりやすく無骨な代物が出てきたわねー。
 色々突っ込みたい気持ちはあるけど、トキコさんが近づいている状況で呑気にお話しているワケにもいくまい。
 なので私は同様に肩を竦め、説明を始めた頃から気になっていた疑問を彼へと投げかけた。

「ねー久遠ちゃん、一つ聞いていい?」

「一つと言わず、幾らでもどうぞ」

「いつから、目的が‘逃げる事’から‘事態を解決する事’に変わっていたの?」

「ははは、何のことですやら」

 その爽やかで白々しい笑顔が、ほぼ最初から逃げるつもりが無かった事実を雄弁に語っていた。
 そっか、良く分かった。どうやら最初にトキコさんを‘視た’段階ですでに、久遠ちゃんの気持ちはある程度固まっていたようだ。
 きっとそれは、理不尽な死に対しての義憤じゃ無い。死者に対する同情でも無く、悪を憎む正義の心も関係していない。
 ただ、彼女自身のために彼女を止める。
 同情とも憐憫ともつかないそんな思いで今、久遠ちゃんは事態を解決しようとしているのだ。
 ……優しいと言うには、ちょっとばかり色んな事を見過ごしすぎている。
 だけど彼の行動を、‘優しいお節介’以外の言葉でどう表せば良いと言うのか。
 まったく面倒な人間だ。判断基準が独特過ぎるから、性格その物は単純なはずなのに行動の方は複雑怪奇に見えてしまう。
 だけど私は、そんな彼が意外と嫌いじゃなかったりする。むしろ結構好きな方かも。
 ま、自分の価値基準に忠実過ぎるのは改めて欲しいけども。
 ――久遠ちゃん、本当に私の心や身体の無事は考慮して無かったのね。

「まぁ、大丈夫ですよ。決着はすぐに付けますから」

「凄い自信ね。……相手は妖怪になれなかった『現象』だけどさ、ぶっちゃけそれって‘倒せる’の?」

「実は僕にとって、ソレが一番楽だったりするんですよね。――ほんと、他の方法があったら良かったんですけど」

 あれば、彼女を救う事が出来たのかもしれない。
 ほんの僅かな嘆きを含んだその呟きが、迷いの無い久遠ちゃんの表に出さない後悔だったのかもしれない。
 けどそれも一瞬の事。屈託の無い笑顔に切り替えた彼は、部室の扉を開き廊下へと躍り出る。
 私も恐る恐るその後に続き、廊下の先に居る彼女――『トキコさん』の姿を見た。

「……あれが、妖怪になり損なった幻想の姿かー」

 まるで、ノイズの酷いテレビ越しに見た映像のようだ。
 形は安定せず、髪の長い妙齢の女性かと思えば、次の瞬間には短髪の少女に変わっている。
 手に持っている血まみれの武器も、妖怪の方向性を決定づける表情すらも同じだ。
 包丁からナイフに、ナイフからカッターに、カッターから鋸に。
 満面の笑みが憤怒に彩られ、怒りは悲哀に歪み、悲しみは無で塗りつぶされる。
 どれか一つでもハッキリしていれば、そこを起点にして決まった形を持つ事が出来たのだろう。
 知らずに見れば薄ら寒い恐ろしさを感じる彼女の姿も、真相を知った今ではただ虚しく見えるだけだ。
 ――うん、これはちょっと見ていられないわ。
 事態解決に乗り出した彼の気持ちを今更ながら理解した私は、臨戦態勢に入っている久遠ちゃんへ声をかけた。

「それじゃヒーローさん、宣言通り決着を付けちゃってくれないかな?」

「僕はヒーローと言うよりコメディリリーフなんですけどね。……ま、こんな喜劇の幕引き役には僕くらいが丁度良いですか」

 そう言って、久遠ちゃんは腰から銀色の筒を取り出した。
 無骨な輝きを放つその金属の棒は、かつて私を救う時に用いられたあの武器で間違いないだろう。
 久遠ちゃんはそれを右手でしっかりと握り締めると――まるで詠う様に静かな口調でその‘名前’を口にした。



 ―――――――神剣「天之尾羽張」



 そして、顕現した。
 ――それは、人の世から失われたはずの『神話』の器物。
 ――それは、無垢に無慈悲に全てを奪う『死』を形にした剣。
 ――それは、その輝き全てが力である『光』の化身。
 震えるほどに美しく、見惚れるほどに恐ろしいその刃に、私はただただ心を奪われた。
 今なら、誘蛾灯に自ら飛び込む虫達の気持ちも分かるかもしれない。
 奪われるとしても触れてみたい。死に繋がる欲求だとしても、今の私はそれに逆らう気持ちが湧いて出てこなかった。
 当然、その『力』は彼女にも伝わる。
 現象でしか無い彼女。自我も、それに準ずる反応すら無いはずの彼女は――己を害する可能性に対し、明確な敵意と殺意を向けた。
 安定しない凶器を構え、落ち着かない狂気を向け、『トキコさん』は神剣とその使い手を排除しようと動く。
 ……彼女の判断に間違いは無かった。本来なら有り得ないその行動は、きっと僅かながら残る生存本能のなせる業なのだろう。
 ただ一つだけ、一つだけ彼女が理解して居なかった事がある。
 致命的な勘違い。そこを間違えたトキコさんがどれほど彼を警戒しようと、それは無駄な足掻きにすらならない。
 

 ――――そう。そもそも彼女には、最初から抵抗の余地など無かったのだ。


「――では、さようなら」

「    」 
 
 私に認識出来たのは、その結果だけ。
 いつの間にか彼女の鼻先まで接近していた久遠ちゃんは、神剣を横薙ぎに振るい『トキコさん』の全てを奪っていた。
 まるで、溜まった埃を吹き散らす様な呆気なさで。
 結局何者にもなれなかった彼女は、今際の言葉一つ残さず消滅した。

「ふぅ……宣言通りに終わらせましたよ!」

 私が唖然としていると、一仕事終えた久遠ちゃんは大変イイ笑顔で振り返りそうのたまった。
 うん、分かってる。久遠ちゃんはちゃんと仕事して、トキコさんをあんな形だけど解放してあげたのよね。うんうん。
 だけどその、一言だけ言って良いかな?

「――もうちょっと余韻に浸る程度の最期があると期待した、私が悪かったのかしら」

「えっとその、あの……ゴメンなさい」

 私の率直な感想に、バツが悪そうな顔で謝罪する久遠ちゃん。
 ……いや、久遠ちゃんが悪いワケじゃ無いけど。だけど……ねー?





 トキコさんとの感動的な別れがあるのではと若干期待していた私は、容赦の無い現実に何とも言えない感情を込めて苦笑するのだった。




[27853] 異聞の章・弐拾伍「異人同世/道化師、帰還せり」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/02/11 00:03


「はぁー、行っちゃったなー」

「――ようやく見つけた。蓮子、大丈夫だった?」

「メリーおっそい! もうすでに全部終わった後だよ!?」

「知らないわよ。ここは普通、取り残された私が文句を言うべき場面じゃないかしら」

「置いてった私らは妖怪の巣のど真ん中にいたから、そこは相殺よ!」

「あの人が一緒に居たんでしょう? なら相殺にはならないわ」

「ありゃ意外。メリーってば、久遠ちゃんの事を結構評価してたのね」

「当たり前じゃない。何か勘違いしてるみたいだけど、私は彼を軽んじてるワケでも嫌ってるワケでも無かったのよ?」

「でもメリー、久遠ちゃんの事避けてたし、関わらないようにもしてたでしょ?」

「進んで虎の尾を踏みたく無かっただけの話よ。性格の面で言うなら、私もそれなりに彼の事が好きだったわ」

「むむ、それは私と比べてどっちが上!?」

「……私は蓮子一筋よ」

「うーん。私そう言う趣味無いから、そこまで愛情を示されても困るかなー」

「言わなかったら拗ねるクセに。ほんと、蓮子は捻くれ者ね」

「ふっふっふ、だけどメリーさんはそんな私が大好きなんだろー? 分かってますともさ、うりうり」

「はいはい、愛してますよ。それじゃ蓮子、宿に戻りましょうか」

「ぶー、メリーってばノリがわるーい」

「どうしろって言うのよ、もう……」





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾伍「異人同世/道化師、帰還せり」





 どうも、あれだけ物悲しげな引っ張り方して身も蓋もなく終わらせた久遠晶です。
 恐るべしは神剣の威力か。今回は手加減無用で、と思って全力でやったら本当に一瞬でカタがついてしまった。
 その神剣は、主に己の成果を示すように煌々と輝いている。
 分かりやすく言うと、回収してきたボールを口に加えた状態の犬。褒めて褒めてと言っている様に聞こえるのは幻聴ではあるまい。
 まぁ言いたい事は色々とあるが、指示をしたのはこちらで神剣はソレに応えてくれただけなので責める事はすまい。
 とりあえずその輝く刀身を、出来る限りの感謝を込めて撫でてみる。
 以前と違って僕の全てを奪おうとしないその光は、触れられた事に喜んで輝きを更に強くした。
 うん、ますます犬っぽい。心の中で感謝をしながら、僕は神剣を消しロッドを腰へと戻す。

「……で、終わったの?」

 そんなこちらの動きをじっと見つめていた蓮子さんが、物凄い複雑そうな顔で疑問を投げかけてきた。
 異議申立てをしたい気分だけど、さすがにそれは自分勝手が過ぎる。そんな表情だ。
 今回の廃校探索中、蓮子さんは何度も似たような表情でこちらを見つめていた。
 どうやら、蓮子さんは守ってもらう立場に遠慮して出来る限り口出しをしない事にしている様なのである。
 ……守る側からすると、別にそこまで気にしなくて良いと思うのだけどね。
 言いたい事があるのなら、ジャンジャンバリバリ言ってくださいって感じだ。無茶ぶりには慣れてるし。
 まぁ、それをこちらから言ったら蓮子さんは更に気にするから絶対に言わないけど。横暴そうに見えてわりと良識あるよね、蓮子さん。

「終わりましたよ。あっけない最後でしたが……良く良く考えると、この終わりは必然だったのかもしれませんね」

「必然って……何か誤魔化してない?」

「い、いや、確かに予想外の結果でしたけど誤魔化したつもりはありませんよ?」

 すっごいビックリはしたけどね!
 だけどそれは仕方ないよね? 僕は悪くないよね?
 ……あ、はい。正直、神剣の威力はかなり甘く見積もってました。以後気をつけます。

「あそこに居たのは、あくまでもトキコさんと言う怪談の『残骸』なんです。だから存在している様に見えても――」

「実際には影も形も存在していない、良く出来た幻みたいなモノだ。そう言いたいの?」

「そうですね。どれだけハッキリ見えていても、所詮それは幻影の領域から出る事はありません」

「そこに何かしらの意志を求めるのは、終わらせた私達の感傷でしか無い……か」

 結局、僕らは分かりやすい‘成果’を求めているだけなのだ。
 何一つ救われないこの世界の中で、せめて一つくらいの救いが欲しかった。
 だけどやっぱり、全ては終わってしまっていたワケで。
 蓮子さんは窓の外を見上げると、結界が消滅して見えるようになった空に向かって溜息を吐き出した。

「はー……とりあえずは、哀れな被害者がコレ以上出なくなった事を喜びましょうかね」

「ですねー。まぁ、警察的にはこれからが大変なワケですけど」

 結界が無いと言う事は、あの死体達を隠す壁が無いと言う事だ。
 人のほぼ来ない廃校とは言え、何もせずにあの惨状を隠し通せるはずがない。
 そして当然の如く僕は何もしないので、後はもういつ発見されるかの問題となるワケで。
 ……真犯人がこの世から消滅している上に、結界と言うオカルト抜きでは絶対に立証されない方法で隠匿された死体達。
 警察史上には余裕で、下手すると歴史上にも残りかねない残虐な未解決事件になりそうな予感がプンプンするよ。
 この、僕の知る世界と極めて近く限り無く遠い世界が、法的にオカルトを許容している事を祈るのみです。
 もちろん祈る以外の事はしません。堂々とバックレます。放置します。

「そーね、この事件を調査するお巡りさん達にはほんと同情するわー」

 同様の結論に達した蓮子さんが、実に白々しい態度で僕の言葉に頷いた。
 きっと彼女も、ここでの話を無かった事にして帰るつもりなんだろうなぁ。
 気持ちは分かります。……だけど確かさっき、蓮子さんオカ研の資料を素手で触っていたような。
 ――ま、大丈夫か。特に根拠は無いけど、この問題は僕が心配しなくても大丈夫な気がする。何故か。

「さてそれじゃあ、僕らはとっとと廃校から脱出……」

「ん? どうしたの久遠ちゃん――って、何これ」

 とにかく、これ以上ここに居る意味は無い。
 出口へ向かうため回れ右をした僕は、一歩進む前に‘ソレ’を見つけて思わず足を止めた。

「穴……いえ、これは『スキマ』かしら?」

「蓮子さん、知ってるんですか?」

「知ってるワケ無いじゃない。なんとなくそう見えるから名付けただけよ」

「……直感でかぁ。それは凄いなぁ」

 まぁ確かに、空間と空間の境目に出来た隙間と見えなくもない。
 だけど迷わずそう呼べるのは、間違いなく彼女のセンスによるモノだと思う。
 そんな僕の素直な称賛に、蓮子さんは何とも渋い顔で応えた。
 お前にそんな事言われても褒められている気がしない、と言わんばかりの表情だ。
 蓮子さんの中で、僕はどれだけ愉快な生き物になっているのだろうか。
 ぶっちゃけ能力面はともかく、知識知能の点ではそれほど差は無いと思うのだけど。むしろ僕の方が負けてると思う。

「ちなみに、久遠ちゃんはコレが何だか分かってるの?」

「どういうモノかは、あんまり分かってないんですけどね。多分僕の『お迎え』ですよ」
 
 このタイミングで出てきた所に、いつもどおりの腹黒さを感じないでも無いけど。
 わりと途方にくれていたのも事実だから、ありがたい事はありがたい。
 ……コレ以上、変な世界に行ったら冗談抜きで発狂しちゃいそうだからね。

「お迎えって……かなり特徴的なタクシーね。私なら無料でも乗ろうと思わないわよ」

「正直、無料なだけなら僕も嫌です。だけどこのタクシー、頭に唯一の交通手段が付くんですよねー」

「不可思議な現象に、急に田舎のバスみたいな話が付随したわね」

 色んな意味で間違ってないから困る。幻想郷なんて、ある意味僻地の田舎を具体化した様なモノだしね。
 ちなみにかつて住んでた爺ちゃん家周辺は田舎では無いです。コンビニ無かったけど。むしろ雑貨屋しか店が無かったけど。
 だけどそれは、必要なモノがほとんど揃っていたからなんだよ!! 娯楽品は確かに無かったけども!!!
 ダメだ、自分で自分のトラウマをほじくり返してしまった。
 うう、引っ越して感じた圧倒的な地域格差……そして付けられた田舎っ子と言う萌え属性……。
 方言なんぞ使わねぇし知らねぇよ! ――うん、どうでも良いねこの話題。

「と言う事は、久遠ちゃんとはコレでお別れになるのかしら。延長は……出来そうに無いわよね」

「どうでしょう。二日三日くらいなら、放置しても平然と残っていそうな気がしますが」

「あ、意外と融通利くんだ」

「いや、実際はどうか分からないんですけどね。さらっと無くなってそうな気もしますし」

「……えっと、久遠ちゃんのお迎えなのよね?」

「多分、恐らく、ひょっとしたら」

「あやふやじゃないの」

 ぶっちゃけ勘以外の根拠は無いので、隙間の向こう側がもっと大変な事になっている可能性も否定出来ない。
 実を言うと疑問もあるんだよね。この隙間って、本当にねーさまのモノなのかなぁ?

「とは言え、他に選択肢があるワケでも無し。覚悟を決めて飛び込む事にしますよ」

「うわ、無駄に男前な結論。久遠ちゃんはそれで良いの?」

「あんまり良くないけど……正直、そろそろ潮時かなーって思いまして」

 さすがの僕でも、今の自分の場違いっぷりは理解しているつもりだ。
 リトルリーグにうっかり紛れ込んだ大リーガー、と言うのが最適な例えになっているあたりで色々察して欲しい。
 実力差があり過ぎて、手加減しているつもりなのに手加減になってない感じだ。
 はっきり言って存在しているだけで大迷惑。自分で言うのも何だけど、居るだけでなんかのバランス崩している気がする。
 
「バケモノは、バケモノらしい世界に居るべきなんですよ。――もっとも、この隙間がどこに繋がってるのかは知りませんけどね!」

「……そっかー、やっぱりかー」

「やっぱり?」

「正直、久遠ちゃんに私らの世界は狭すぎるかなって思ってたんだ」

 どこか残念そうに、だけどハッキリとした口調で彼女はそう言った。
 僕が忌むべき異物なので無く、世界そのものが窮屈だと表現する所が実に彼女らしい。
 バケモノである事は否定しないけど、そんなバケモノが居ても良いのではと思う程度には愛着を持ってくれているのだろう。

「残念だけど潮時って意見には私も同意する。久遠ちゃんみたいな存在は、世間にとって夢とか幻とかであるべきだと思うのよね」

「UMA扱いっすね、分かります」

「……そこはもうちょいファンタジーな感じにしといて。私も結構、久遠ちゃんにそういう幻想を抱いてたりするんだから」

「あいあい」

「ほんと言うと、もっと一緒に色々な事をしたかったんだけどね。……まー、それは今回の廃校探索で満足って事で」

「ははは、お世辞でもそう言ってもらえて嬉しいですよっと」

 僕は隙間の前に立つと、振り返って蓮子さんに対して一礼した。
 心残りは幾つもあるけど、僕が帰るのを遅らせてまでやる事は多分もう無い。
 まぁ、メリーさん放置してるのはマズいと思うし、別れの挨拶もしておきたいけれど。
 ……何となくだけど、メリーさんは僕が帰るまで出てこない気がする。
 本当に、何の根拠もないのだけど。――さっきからこればっかりだなぁ、僕。

「短い間だけど、楽しい楽しい時間でした。メリーさんにもヨロシクお伝え下さいね」

「蓮子さんにおまかせあれ! ちゃーんと脚色に脚色を重ねて話してあげるから、安心して帰りなさいな」

「えっとその……ポジティブな方面にお願いしますよ?」

「気が向いたらねー」

 蓮子さんなりの別れの言葉に苦笑しながら、僕は隙間へ手を伸ばした。
 すると、隙間は待っていたと言わんばかりに僕が通れる程度の大きさへと広がっていく。
 その先に何があるのかは僕の魔眼でも把握できない。
 それでも、僕はゆっくりとその先へ向かって足を踏み出した。
 
「じゃ、また会いましょう」

「――そうね。可能なら、また」

 これが永遠の別れになる、そんな可能性が微塵もないような気軽さで挨拶を交わし。
 僕は隙間の中へと入り、違う世界へと旅立つのだった。










「おかえりー、待ってたよ」

「――えっ?」

 そして次の瞬間、僕が立っていたのは自分の部屋だった。
 窓からは太陽の畑が一望でき、僕が来る前はシンプルだった部屋には色んな人から貰った小物や家具がそこら中に配置されている。
 そして部屋のド真ん中、フカフカのベッドの上には両腕と両足を組んだ魔法少女風の人間の姿が。
 やだ、何あの格好超恥ずかしい。
 フリフリヒラヒラなのはまだ良いけど、デザインに統一性が欠片も無いのはどうなんだ。
 頭に被ってる頭巾なんかアンバランスの極みだし、極めつけは首輪だ。なんで首輪してるんだこのポニテ女。

「――って、僕じゃねぇか!?」

「長い前振りだったなぁ」

〈少年は馬鹿だなぁ〉

 魅魔様うっさい!

〈私だけかよ。少年は魅魔様にもっと優しくなれ、あたしを便利に使い過ぎだぞ〉

 そう思うならもうちょっと起きててください。起きてるタイミングが分からないから、どう扱って良いか分からなくなるんです。
 そもそも、活動に必要な恨み辛みの基準量も良く分かんないです。
 魅魔様、宿と廃校で散々飲み食いしたでしょうが!

〈あんな微妙な恨みばっかで腹が膨れるか! 宿のヤツは無駄にドロドロで、廃校の方は残りカス!! 残飯処理してる気分だったわ!〉

「はいはーい、色々面倒だから魅魔様はちょっとお休みしててくださいね。ボッシュートでーす」

〈ボッシュートって――うきゃあ!?〉

「えっ!? ちょっ、魅魔様!?」

 心の中に居た魅魔様が、目の前の『僕』の言葉と共にいきなり‘穴に落ちた’。
 そのまま彼女を呑み込んだ穴が閉じる事で、魅魔様と僕の繋がりは綺麗に断ち切られてしまう。

「な、え、えぇあ!? み、魅魔様ぁ!?」

「大丈夫だよ。一時的に封印させてもらったけど、後でちゃんと解放してあげるから」

「ふ、封印!? 魅魔様を!?」

 何さらっと大変な事言ってんの、この自分!?
 僕の心の中に居た魅魔様を、そんな簡単に封印ってえぇえっ!?
 出鱈目な力だ。少なくとも僕には、何をどうしたのか想像すら出来そうにない。
 ぼくは大きく後ろに跳び下がり、魔法の鎧を展開して構え――ようとしていたらいつの間にか椅子に座っていた。

「――は、はぇ? なんで?」

「取って食うつもりは無いから安心して。まずはお話、しよ?」
 
「……分かった」

 僕は目の前の『僕』と全く同じポーズで座り直し、余裕な態度を崩さない彼を睨みつけた。
 ヤバい。僕と同じ姿をしたこの何者か、下手すると紫ねーさまクラスの実力者だ。
 自分と同じ顔をしてるから甘く見てたけど、まともに戦ったら絶対に勝てないぞコレ。
 
「……君は、何者なの? そしてここはどこ? 僕の居た部屋に似てるけど」

「ここは君の部屋、この世界は君の世界で間違いないよ。異分子なのは僕の方だからね」

 僕の疑問に、もう一人の僕は実に朗らかな声でそう答えた。
 世界にとっての異分子。つまり、彼は――

「どうも初めまして、この世界の『久遠晶』。僕は、別の世界から来た君だよ」




[27853] 異聞の章・弐拾陸「異人同世/未来は僕らの手の中」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/02/17 22:32


「ところで、この状況に関する感想とかある?」

「うん、そうだね。とりあえずそのドヤ顔がすっごいムカつく」

「心が狭いなぁ。もっと海のように広い心を持とうよ!」

「君は持ってるの?」

「無いけど?」

「……イラッとした。未だかつて無いほどイラッとしたよ、今」

「それは、自慢げな天子の笑顔と比べてどっちがマシなくらい?」

「――――――引き分けかな」

「うわ、酷っ。そこは天子の方がイラッとすると言ってくれないと」

「むしろ今ので天子の方がマシに思えてきたよ。ねぇ、その顔グーで殴って良い?」

「良いけど、悪魔超人ブラックホールみたいな回避するよ?」

「なにそれキモい」

「いやいや、これが案外馬鹿にできない技術でね。命を救われた事も何度かあったりして」

「あ、良いです。聞きたくないんで話を広げないでください」

「ちなみに一番使った相手は幽香さんでね?」

「だから広げんなって言ってんじゃん!!」





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾陸「異人同世/未来は僕らの手の中」





 元の世界に戻ってきたと思ったら、別の世界から来た僕が居た。意味が分からない。
 今までも別世界の僕とは何度か出会ってきたけど、まったく同じ姿の自分と出会うのはさすがに初めてだ。
 その癖、実力は僕より遥かに高いと言う不思議。
 おかしい、何が違うのだろうか。別に違う事に文句はないけれど、ここまで差があるとちょっとだけ微妙な気分になる。

「あ、その前にちょっと一服して良いかな。この世界に居る間、一度も吸えなかったんだよね」

「良いですけど――えっ」

 こちらの同意を取った『僕』は、懐から年季の入った煙管を取り出す。
 それに手慣れた手付きで火をつけると、紫煙を吹かせながら満足そうに煙草を吸い始めた。
 うわ、ちょ、え、うわっ、酷い。これはあまりにも酷い。
 認めたくないが最悪の絵面だ。言いたかないが、喫煙しているアイドルの姿を見せつけられている気分である。
 ……そこ、まんまとか言わないの。僕だってちょっとそう思ったけども!

「ふはー、久しぶりの煙草はやっぱ美味しいなぁ」

「久しぶりって、そんな頻繁に吸ってるの!?」

「頻繁って程では無いかなー。喫煙者として、迷惑がかからないように場所を選んで吸ってるから」

「いやいやいや! マナーよりも先に法律の方を気にしなよ!! 僕、未成年だよ!?」

「自分で「僕は法律外の存在だから、キリッ」とか言っておきながら、その法律を盾にするのは正直どうなんよ」

「法律じゃなくて心象の問題だよ! 君も僕なら、そういうケジメ的な気持ちを理解してるでしょ!?」

「もちろん。だから、僕が喫煙を初めたのは成人してからだよー」

「成人してからって――はい? つまり何、君って二十歳超えてるの?」

「ゴメン、具体的な年齢は五十越えたあたりから覚えてない」

「――はへ?」

 五十って、つまり五十年? 敦盛でお馴染みのあの五十年?
 え、つまり何? 最低でもアラフィフ、下手するとソレ以上のお年なの?
 その年齢で外見上の変化無し、格好腋メイド魔法少女服のままって真面目にヤバくない?
 いや、確かに僕ってこのまま一生変わらないんじゃ無いのかと内心でちょっとだけ懸念もしていたけど。
 まさかここまで変わらないとは……。想像していたよりも遥かに酷いぞ、コレは。
 ううっ。ムキムキは無理でも、多少大人っぽくなるくらいはイケると思ってたのになぁ。

「あ、誤解してるみたいだから言っておくけど、この姿は僕の本当の姿じゃないよ? 力を使って外見を偽ってるだけの話です」

「……そうなの?」

「数十年以上変わらずに居るのは妖怪でも難しいんじゃないかな。蓬莱人なら可能かもしれないけど、少なくとも僕は人間のままだよ」

 いや、それはどうだろう。
 姿形を謎の力で誤魔化しているのは良いけど、五十歳超えを主張するにはノリが若すぎる気がする。
 このチグハグさは、間違いなく人外系列の精神構造だと思うんだけどなぁ。そこの所どうなんだろうか。

「……ツッコミ所が多すぎて、何から聞いていいのか分かんない」

「だろうね! だから、ほぼ全てを把握している僕が一から説明してあげるよ!!」

「あーうん、それは助かる。助かるけど……その前に、一つリクエストしても良いかな?」

「バッチこい! ヘイヘイなんでも言ってみな!!」

「なんでこんなテンション高いんだコイツ。じゃなくてあのさ、それが偽の姿ならとっとと元の姿に戻ってもらえない?」

 鏡に映った自分が好き勝手に動いているのを見た時って、きっとこんな気持ちになるんだろうなぁ。
 正直、すっごく気持ち悪い。世のモノマネされまくってるご本人様達は、似てるようで似てない自分の姿を良くも我慢できる物だ。
 ……いや、この例えはちょっと違うかな。外見が瓜二つで中身が微妙に違うんだから、この場合は――どうでも良いか。
 とにかく今のままじゃ、素直な気持ちで説明を受けられない。
 こうして客観視して初めて分かったけど、超然とした態度の自分って超絶ウザいです。
 可能なら最強の一撃を持ってねじ伏せてやりたい所だけど、多分確実に通用しないんだろうなぁ。残念。

「自分で言うのも何だけど、わりと人当たりが良いと思ってた僕が想像以上に心狭くてビックリしてる。そこまで? そこまで嫌なの?」

「知ってるでしょ、僕は自分に関してはかなり辛辣なの。と言うワケで鬱陶しいから早く戻れや」

「残念だけど無理だよ。僕って、時間軸的に未来から来た久遠晶だから」

「……つまり、未来を確定させる情報は少ない方が良いって事?」

 本人の言を信じるのなら、目の前の『僕』と僕との年齢差は三十年以上と言う事になる。
 当然、僕の生まれその物がズレない限りその分だけ時間はズレて行く。未来から来たと言う彼の言葉に嘘偽りは無い。
 だけどそれだけじゃ彼が姿を誤魔化し続ける理由にはならないはず。何故なら、あくまでも彼は‘異世界の久遠晶’なのだから。
 完全に無関係ならば、未来から来た事など何の問題にもならない。
 つまり――どれくらいの可能性かは分からないけど、彼と僕との間には同一人物となり得る繋がりがあると言う事なのだろう。

「さすが僕、物分かりが良い。道筋その物はすでに外れてるけど、君が僕になる可能性はまだゼロになってないんだよね」

「それを完全にゼロにする為に……じゃないか。むしろ、その姿のままなのは自分の未来に‘繋げる’ため?」

「もちろん、どちらの可能性も残すための措置だよ。未来は不確定であるべきだからさ」

「それはどうも。……それだけ世界への影響に気を使った人間が、なんで僕の世界に居座ってるのさ」

 先程「この世界にいる間、煙草を吸えなかった」と嘆いていた言葉が事実なら、彼はそれなりの時間この世界に居た事になる。
 それも僕の姿に化けてまで、だ。少なくともそこには、世界へ影響を与える確かな意志があったはず――んんっ?

「ってちょい待ち。危うく流しかけたけど、君って僕のフリしてしばらくこの世界で生活してたの!?」

「いえす。君が居なくなってから帰ってくるまでの誤差、およそ一週間ほどの間久遠晶のフリをしてました。……僕も久遠晶だけど」
 
「それに関して、紫ねーさま達は何か言ってこなかったの? 霊夢ちゃんは?」

「ふむ……どうやら君は、僕の事をかなり軽く見ているみたいだね」

「はぁ? どう言う事さ?」

「――誰も僕を知らない環境なら、相手が隙間妖怪でも博麗の巫女でも騙し通せる程度の力量が僕にはあるって事さ」

 ニヤリと笑ってみせた彼の表情を見た瞬間、僕の身体は無意識に後ろへと飛び下がっていた。
 彼を甘く見ていたのは事実だ。所詮は久遠晶で、成長してても高が知れてると思っていた事も否定しない。
 だけど、まさか‘ここまで’のモノだとも思わなかった。
 この感覚に根拠は無い。根拠は無いけど……目の前の『僕』の言葉にハッタリは無いと、僕の勘がハッキリと告げていた。

「……ひょっとして、帰りの隙間を用意したのは」

「もちろん僕だよ。皆に気づかれないよう事を済ます必要があったからね」

 なるほど、違和感の原因はコレか。
 彼にあって僕に無い物、それは確固たる実力に裏打ちされた自信だ。
 姿は同じでもそこが違うから、所々の立ちふるまいで差異が出てくるワケである。
 しかし、隙間すら自由自在に操れるとは……はっ!?
 まさか今回の異世界大冒険譚は、この正体不明なもう一人の僕が仕組んだ事では!?

「あ、誤解されると嫌なんで先に言っとくけど、君が寝ボケて隙間を開いたのは事実だから。僕なにもしてないから」

 知ってた。うん、さすがにソレは都合良すぎるよね。
 つまり、僕が違う世界をあっちこっちへ行く羽目になったのは自業自得だと。
 そんな気はしてましたとも。やっぱり、僕は野望に巻き込まれる立場にはならないかー。

「自分で言うのも何だけど、久遠晶は巻き込んだ野望を徹底的にややこしくする特性持ちだからね。ぶっちゃけ巻き込むだけ損だよ」

「特性と申すか。君も、大概自分に容赦無いね」

「いやいや、僕のはどっちかと言うと経験則だよ。――今まで散々言われてきた事だし」

「……聞きたくないんだけどさ。君は僕より長く生きてるその数十年間で、どれだけの異変を掻き回してきたの?」

「聞きたくないなら詳しく言わないけど、十年目くらいから異変起こす新参妖怪が菓子折り持って挨拶してくるようになったよ」

「思っていた以上に扱いが酷い!? 完全に腫れ物扱いじゃ無いか!?」

「風評被害ってそーいうもんだよ。まぁ、お願いされても止められないから特性なんだけどね?」

「酷い話だ……それが僕の辿る可能性の一つだと思うと、色んな意味でウンザリするよ」

「大丈夫。この世界での君を軽く調べたけど、僕みたいな扱いになる事は無いよ。……僕より酷かったからね」

「なるほどそれなら安心――あんだって!?」

「さすがの僕でも、星蓮異変の段階で『狡知の道化師』呼ばわりはなかったね。君は進んでるなぁ」

「棒読みで褒めんな!!」

 ちくしょう、すっげぇ嬉しそうな顔してやがる。
 彼になる可能性があるとはいえ、現時点では所詮別人。何を考えてるのか正直さっぱり分からないのだけど……今回はよーく分かるぞ!
 まさか自分より酷い自分が居るとは思わなかったって笑みだ。楽しそうにしやがって、君だって相当に胡散臭いくせに!!

「とと、いけないいけない。危うく本題から外れる所だった」

「もうすでにとっ散らかりまくってる気がするけどね。結局君は、何が目的なのさ」

「んー……あえて言うなら、この世界の未来を変える事かなぁ」

「はぁ!?」

 さっき「未来は不確定であるべきだ」と言った人間の目的が、未来を変える事?
 意味が分からない。何かの比喩表現……にしては内容が直球過ぎて、曲解しようが――んむぅ?
 待てよ? 先程の『僕』の言葉が全て事実なら、僕が隙間に落ちた事に彼は関係していないはずだ。
 つまり本当ならばこの一週間、この世界に『久遠晶』は存在していなかったはずなのである。
 いや、帰ってこれたのはもう一人の僕のおかげだから、下手をすればもっと長い期間彷徨っていた可能性もあったワケだ。
 だけど彼の介入によって、この世界から僕が消える事は無くなった。
 正確には誤魔化していただけで、きっちり僕は居なくなっていたのだけど。
 『僕』の言う事が本当なら、幻想郷の皆はその事に気付いてなかったと言う事になる。
 ……紫ねーさまあたりは気付いてそうな気がするけどねー。

「それは絶対に無いよ。何しろ、彼女こそが僕のメインターゲットだったからね」

「ほへ? どういう事?」

「もうバラせる事だから言うけど、君が居なくなった後のねーさまの行動に問題があったんだよ」
 
「え、ねーさま何したの?」

「君を探して、手当たり次第に隙間を開いたの」

「……うっわぁ」

 いや、冷静に考えると仕方のない事だと思うけどね?
 別世界のねーさまも言ってたけど、ノーヒントで特定の世界を探すのはスキマ妖怪でもかなり厳しい事らしいし。
 だけど、普段が普段なだけにねーさまのテンパりっぷりがヤバい。行動を聞いただけでも分かるくらいヤバい。

「で、どうなったの?」

「開いた隙間の一つがとんでもない所に繋がっていてね。そこから落ちてきた道具を巡って、幻想郷を巻き込んだ異変が起きたんだよ」

「……わりといつもの話な気がするんだけど。何が問題だったのさ」

「いや、それがいつも通りじゃすまない規模の話になってね。具体的に言うと、世界崩壊寸前まで行っちゃったんだよ」

「世界崩壊寸前!? そんな大事になったの!!? なんで!?」

「実は、落ちてきた道具ってのがかつて『闇黒の叡智』を滅ぼした伝説のアイテムでね?」

「そんな当たり前の様に単語出されても。僕はまったくちっともさっぱり、その『闇黒の叡智』とやらを知らないんですけど」

「道具を追ってきた『闇黒の叡智』の残留思念が、よりにもよって隙間を開いたねーさまにとり憑いちゃってさー」

「無視かよ。っていうか、ねーさまがとり憑かれたの!?」

「むしろ乗っ取られてたね。で、ねーさまを支配した『闇黒の叡智』は妖怪の賢者の力を悪用して――ドッジボール大会を開いたワケです」

「何故に闘球!? 何がしたいんだ『闇黒の叡智』!!?」

「そして、なんやかんやあって世界滅びかけました。霊夢ちゃん僕魔理沙ちゃんの三人でなんやかんやして解決しました。終わり」

「なんやかんやあり過ぎぃ!?」

「よくよく考えると、これは別に言わなくて良い話だったからね。なので割愛します」

 いや、確かに長々と語られても困るけどね?
 端折られすぎてても意味が分からなくて困惑しますよ、マジで。

「とにかく異変は僕らで何とか無事に解決したけど、呼び寄せたモノが呼び寄せたモノだからねー」

「だから事件その物を起こさないため、ねーさまが隙間を開きまくる所から何とかしようと」

「うん、まずソレが一つ目の目的」

「一つ目の目的? 二つ目があるの?」

「あるよー。えっとねー」

 そんなにヤバかったのか『闇黒の叡智』って、ドッジボール大会開いただけなのに。と思いはしたけどそこはスルー。
 何気に紫ねーさまを乗っ取ったりしてたワケなんだし、実は超凄かったんだろう。多分。ドッジボール大会開いたけど。
 等と僕が考えている間に、もう一人の僕が真横に開いた隙間へ右腕を突っ込んで何かを探しだした。
 完全に四次元なポケット扱いである。まぁ、気持ちは分かるけど。僕も使いこなせたら多分同じ事するし。
 紫ねーさまも、同じような事してたりするのかなぁ――っと、どうやら目的の物を見つけたみたい……だ……?

「――えっ?」

 もう一人の僕が隙間から取り出したのは、薄っすらと金属光を放つ一本のバットだった。
 鈍い金色の胴体部分には、メーカー名のように「AKIRA」とロゴになった名前が書かれている。無駄に芸が細かい。
 そんな、ある意味刀や銃よりも威圧感のあるその凶器を目の前の『久遠晶』は軽く一振りし、実に良い笑顔で言葉を続けた。

「二つ目の目的は、君の矯正さ!」

「――ええっ!?」

 更にもう一振りしながらニッコリ笑顔でとんでも無い事をほざく、何考えてるんだか分かんないもう一人の僕。





 ――あれ、殺られる? 僕ひょっとして命の危機を迎えてるの?




[27853] 異聞の章・弐拾漆「異人同世/少年は扉を開く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/03/04 04:00


「あ、ちなみに僕が居なくなったら工作もバレるから。そこらへんは覚悟しといてね」

「そこはフォローしてくれないの!? と言うか覚悟ってどうやって!?」

「いや、さすがに未来永劫騙し続ける真似は出来ないって。と言うか君経由でバレるから。確実に」

「……まぁ、確かに。僕にはどう足掻いても皆を誤魔化すなんて出来ないだろうけどさー」

「とは言え表立って責められる事は無いよ、皆にもプライドはあるからね。――ねーさまあたりにはネチネチ弄られると思うけど」

「隙間に落ちたのは自業自得だから良いけど、君の工作でネチネチ弄られるのは納得行かない」

「ある意味、ねーさまの納得行かなさ加減は君以上だと思うけどね。弄った分だけ虚しくなると思うよ。くふふ」

「……なんか楽しそうだね。ひょっとして君、ねーさまと上手くやってないの?」

「仲の良さに変わりはないよ。ただまぁ、自分の進路に関してちょっとモノ申す事がありましてね」

「下手すりゃ定年退職してる様な年齢の人間が、思春期の子供みたいな事言わないでよ」

「君だってあんな形で今の役割に落ち着く羽目になったら、絶対に恨み事の一つくらい言うようになると思うよ」

「……わりと本気で何があったのさ」

「良いんだけどね? 今の仕事、わりと好きだし。数ヶ月に一回しか会えないなんて、中学時代に戻った様なものだし」

「将来なるかもしれない男がこの愚痴っぽさ。自分の未来が不安になりますね」

「大人になるってそういう事なんだよ」

「違わない? むしろ子供に戻ってない? 結局ねーさまとはどういう関係になってるの?」

「普通に姉弟だよ。ただまぁ、ちょっと八つ当たりがしたかっただけと言うか。別の世界なら反撃もないから安心と言うか」

「思った以上にセコい理由で笑ってた! どんどんメッキが剥がれていってるんだけど、この僕!?」

「だが実力はある!」

「むしろ余計に情けないよ!!」





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾漆「異人同世/少年は扉を開く」





 前回までのあらすじ、もう一人の僕が矯正するって言いながら金属バット取り出した。やべぇ。
 脅威度で考えると、今までの経験的に下から数えた方が早い凶器なんだけど。
 なんて言うか、外の世界で想定される現実的な武装なだけに妙な怖さがあるよね。
 そもそも、取り出したのが絶賛謎だらけなもう一人の僕だからなぁ。
 普通のバットに見えて実は……って可能性は十二分に有り得る。と言うか間違いなくそうだろう。

「……うん、冷静になった。それでそのバットはどういう道具なの?」

「物分かりが良すぎても、それはそれでつまらないなぁ。ほらほら、これからこのバットで君の頭をカチ割るつもりかもしれないよ?」

「バットの使い道は分からないけど、カチ割るつもりは確実に無いでしょ。そんな普通な使い方するワケ無いじゃん、僕が」

「凄い信頼感だ。そこまで自分を信じられるってある意味凄いね、気持ちは分かるけど」

 所詮は僕と言う事だよ。ふっ、浅はかな男め。
 ……自分で言っといてなんだけど、若干ながら心が痛い。この自虐は心にクるからダメだ。

「まぁ、目的通りの矯正器具なんだけどね。具体的に言うと君の隙間能力を軽く封印する為の道具」

「封印? 僕の隙間を開く程度の能力を?」

「封じると言っても、異世界へ繋がらない様にするだけの簡単な措置さ。能力その物が使えなくなるワケじゃないよ」

「……本当に軽い対応だね。迷惑だから根本的に封じる、くらいはすると思ったんだけど」

「世界の管理者を気取ってるつもりは無いからね。他所の世界の人間の事情に、そこまで干渉したりはしないって」

「でも、異世界移動能力は封じるんだよね?」

「封じるのは君自身の為だよ。その能力を放置し続けてたら、そのウチ繋がり方に節操が無くなってくるんだからねー」

「今の時点で、すでに節操が無いと思うんだけど……」

「魂を宝石にされた魔法少女の世界や、万能の願望機をかけて殺しあう魔術師の世界よかマシな世界だったじゃん」

「そりゃまぁ……けど何さ、そのやたら殺伐とした臭いのする世界の数々は」

「後はパンツじゃないから恥ずかしくない世界やら、その幻想をぶち壊す世界やら、トラと兎のコンビとヒーローやる世界やら」

「ストップ! ちょっと待ったちょっと待った!?」

 封印されなかったら、そんな愉快な世界に行く事になるの僕!?
 と言うか、パンツじゃないって何がだよ。パンツと見紛う何を衆目に晒してるんだよその世界。
 その幻想ってどの幻想? トラと兎って……星さんと姉弟子の事? ヒーローって華蝶仮面さんデスカ?
 もう一人の僕にどんな世界か細かく説明するつもりが無いのは分かるけど、それにしたって意味が分からな過ぎる。
 隙間能力を放置し続けると、そんな世界にウッカリ落ちるようになってしまうのか。それは怖いなぁ。

「どこまで本当かは分からないけど、平和で居たいなら異世界移動は出来ないようにしておいた方が良いって事は良く分かったよ」

「あれはあれで貴重な経験だったから、無駄だったとは言わないけどねー。――しんどいよ? かなり恐ろしくしんどいよ?」

「経験者は語るってヤツっすか。……まぁ、今回の件で僕もその事を痛感したから、封印には反対はしないけどね」

 自分はタフな人間だと思っていたけど、所詮それは己に想像できる範疇での話だったようだ。
 今後もコレと同じ事態が発生したら、多分僕は折れる。色々な事に折れてしまうだろう。

「そう言ってもらえると助かるよ。……だけど、こっちの要求をただ通してもらうのも申し訳無いよね」

「はにゃ?」

 言ってる内容こそ殊勝だが、浮かんでいる笑顔はどちらかと言うと意地の悪いモノだ。
 企んでる、あからさまに何かを企んでるよ。死ぬほど悪い顔してんなこのヤロウ。
 しかし悲しきかな、その笑顔は僕も良くするモノなのである。
 だって出てきた感想が、軒並み皆に言われた事のある僕の笑顔の感想と同じだったんだもん。
 こんな胡散臭くて怪しい笑みを浮かべてたんだね、何か狙った時の僕。ちょっと凹むよ。

「そうだ! それじゃあ僕から君に、一つアドバイスをしてあげよう」

「しっらじらしいなぁ……何か言いたい事があるなら、勿体つけずにとっとと言ってよ」

「仕方ないにゃあ。それじゃハッキリ言おうか――君の想像は、正しい」

「正しいって、何がさ」

「模倣では、久遠晶の目指す果てには至れない。……薄々は感じていたんでしょう?」

「――――――!!」

 それは、力を使いこなそうとアレコレ試みていた僕が密かに抱いていた疑問だった。
 様々な経験を積んで、誰かの後ろを追って、それで久遠晶は望む己へと辿り着けるのだろうか。
 ……未来を知る久遠晶の答えは『ノー』だった。
 それで「どこか」へ辿り着く事は出来る。だけど、「そこ」に至る事は出来ない。
 ショックな答えだったけど、同時に納得もしてしまった。
 如何に類似の能力が多くあろうと、久遠晶の力に‘同一のモノは存在しない’のである。
 ならば、その使い方は――己の結末は、自分自身で生み出さなければならない。
 そうしなければ、僕は誰かの粗悪なコピー品か、ツギハギだらけの半端者で終わってしまう。
 そう。目の前で不敵に笑う、そのどちらかになった彼の様に。

「僕もずっと、君と同じ事を考えていた。……ただし僕の場合は、その考えを肯定してくれる人が居なかったけどね」

「紫ねーさまや幽香さん、文姉達は何も言ってくれなかったの?」

「彼女達だって知らない事はあるし、分からない事もあるさ。ましてや、この問題の答えは君しか知らないんだよ」

「いや、僕も知らないから困ってるワケでして」

「もう一度言うよ――君の想像は、正しい。……あるでしょ? 確信を持てなくて使えなかった、夢の様なアイディアが」

 本当、自分相手ってのはやり辛いなぁ。
 確かに一つある。たった一つだけ、まだ試していない‘可能性’が僕には残っている。
 だけどそれは、悪い意味での「夢物語」だ。実現なんて出来るワケの無い、まさしく机上の空論……。

「出来るよ」

「――!」

「君になら出来る、僕が保証するよ。……まぁ、僕も試した事は無いんだけどね?」

「無いのかよ!」

 そこは証拠を示してくれないとダメでしょう! そんなんじゃ信用なんて出来ないよ!?
 しかして僕のツッコミに、もう一人の僕はふてぶてしく笑ってみせた。わー、ちょーむかつくぅー。

「そりゃそうさ。試していたら、僕はこうなっていないよ」

「はぇあ? 何それ、どういう事?」

 僕の意図が本気で分からない。してない事を勧めるって事は、僕に彼と違う道を進めさせるって事だ。
 未来は不確定な方が良いとか言っておきながら、なんでまたそんな事を……。
 疑惑の視線を彼に向けると、もう一人の僕は意地の悪そうな笑顔で言葉を続けた。

「そのまんまの意味だよ。僕はその‘可能性’を選ばなかった。……と言うより、実際に試してみる発想が出なかったと言うべきかな?」

「……まぁ、気持ちは分かるよ」

 これくらい反則的な助言がなければ、久遠晶は「アレ」を試そうとは思わないだろう。
 なんというか、実際の難易度もそうだけど精神的なハードルもかなり高いのだ。
 正直、成功しても割に合わない結果しか出ない気がする。思いっきりガッカリなオチになってもおかしくない。
 もう一人の僕は成功するって言ってるけど、所詮は僕の言う事だからなぁ。
 どこまで信頼出来たものか……個人的な見積もりだと、頑張って三十パーってとこかな!

「――僕って、ここまで自分不信だったっけかなぁ」

「そりゃ、異変が起こる度に何かしらやらかしてたら不信にもなるよ。正直コレ以上何かやるのは、自分の精神的にかなり辛くて……」

「ああ、なるほどねー。――いいじゃん別に。やらかしちゃえやらかしちゃえ」

「はぁ!?」

 同一人物から、まさかのゴーサインである。
 いや、本当に何考えてるんだコイツは。薄々思っていたが、未来の僕は相当な馬鹿だ。
 最早睨む気力すら湧かない僕は、唖然とした顔でもう一人の僕を見つめる。
 しかし実に巫山戯た事をぬかした目の前の久遠晶は、その台詞に反した真剣な表情で僕に笑いかけていた。

「君が何かやらかしても、霊夢ちゃんが何とかしてくれるって。だからだいじょーぶ」

「あのね、そんな無責任な……」

「無責任って何に対して? まさか、幻想郷に対してとは言わないよね?」

「…………」

「‘僕ら’は、幻想郷を楽しむために外の世界を捨てた。それなのに――今更何に対して遠慮すると言うの?」

「それは……」

「好きにすれば良いのさ。他の皆と同じように馬鹿やって、やり過ぎたら霊夢ちゃんに退治されれば。それが幻想郷のルールだよ」

「びみょーに経験則が含まれてる気がするのは気のせい?」

「にはは。……とにかく、道化師上等で行けばいいんじゃない? 君の大切な人達は、そのくらいの事で君を見捨てたりしないって」

 気楽な態度で、もう一人の久遠晶はそうのたまった。
 まるで――と言うかモロに悪魔の囁きである。実は僕の姿をした邪悪の化身か何かじゃないのかコイツは。
 ……だけど、困った事に彼の指摘は間違ってもいないのだ。
 幻想面で失敗し、更に異変でも望まずトラブルを引き起こしたせいで、いつの間にか僕は何事に対しても及び腰になっていたらしい。
 ま、確かに。色んな意味で今更だよなぁ。
 僕が幻想郷に残ったのは、自分のやりたい事をやるためなんだから。

「とはいえ、それが‘アレ’を試す理由に繋がるワケじゃないけどね!」

「バレたかー。うん、そっちはアレだね。僕が見たいから薦めてるだけだね。何しろ僕にはもう出来ない事だから」

「……だろうね」

 だからこそ見たいのだろう。本人的には、過去のイベントで取り逃した限定アイテムを回収するような気持ちなのかもしれない。
 要するに彼も自分勝手な気持ちで動いていたワケである。まさしく有言実行、自分の衝動に正直過ぎてやっぱり腹立つ。

「ま、気が向いたら挑戦してあげるよ。どっちにしろ、君が見る事は無いだろうけどね!!」
 
「今更ツンデレキャラに移行するのはどうかと思う」

「何が悲しゅうて自分自身にデレなきゃならんのさ。もう良いから、とっとと能力を封印しちゃってよ」

「はいはい、りょーかーい」

 ……いやまぁ、実際にツンデレなんだけどね。
 なんだかんだで彼の忠告はタメになった。やはり未来の自分だ、僕の事を良く分かっている。
 だけど、それを素直に認めるのはすっごく悔しい。悔しいので態度に出すわけにはいかないのだ。
 うん、我ながらテンプレ過ぎる反応だとは思ってます。思ってますけどこればっかりは――って殺気!?

「うぉう!?」

「こらこら、ダメじゃないか避けちゃ。封印できないよ?」

「いや、頭目掛けてバット振られたら普通は避けるって!? いきなり何すんの!?」

「だから、このバットを使って君の能力を封印するんだけど?」

「そういう使い方!? もっとマジカルで穏便な使用方法は選べなかったの!?」

「バットだからね」

「バットは人を殴るためのモノじゃないよ! よしんばその使用法を認めたとしても、なんで頭部狙い!? マジでカチ割る気か!!」

「いやだって、君不在の間の記憶を引き継いだりしないとダメじゃん。だからそれもついでにやっておこうかなって」

 え、なにそれ。バットで頭ぶっ叩くとそんな事も出来るの?
 凄いけど馬鹿じゃない? なんでそんな頭の悪い仕様をわざわざ採用したの? 面白そうだから?
 うん、分かるよ? 分かっちゃうよその気持ちは? だけど言わせて――死ね!!

「大丈夫大丈夫、痛くは無いから。――封印と記憶書き込みの影響で、痛みを感じる前に気絶するからね」

「つまり誤魔化されてるだけでキッチリ痛いって事じゃないですかヤダー!?」

 全力で逃げ出そうとする僕、最早能力封印の事など二の次である。
 しかし実力で完全に負けているこちらに、逃げ切る真似なんて出来るはずもなく。
 結局僕は部屋から出る事も叶わずに、バットによる一撃を受けてしまったのでした。
 うん、確かに記憶は引き継げたけどね。本当に一週間、ボロを出してなくて驚いたけどもね。





 ――この恨みは絶対に忘れないよ。絶対にだ。




[27853] 異聞の章・弐拾捌「群怪折実/君はともだち(仮)」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/03/17 22:00

「お、おはようございまーす」

「おはよう、幽香と文は出かけてるわよ。朝食は私と貴方の二人だけね」

「あはは……そうですか」

「さ、紅茶をどうぞ」

「はは、いただきま――にっがぁ!?」

「……ふぅ、虚しいわ」

「ミルクと砂糖が入っているのにこの渋さ……紫ねーさま、どんだけ煮出したんですか!?」

「私の今の思いをギュッと込めたらそうなったの。諦めて飲み干してね」

「…………本当に気付いてなかったんですね、ねーさま」

「さ、ついでだからこの食べると必ず歯に残るクッキーも食べなさい」

「絶妙な嫌がらせ! だけど、どっちもマズくは無いし食べれない事も無いんだよなぁ……」

「とりあえず全部食べようとする貴方がわりと好きよ。意地の悪い貴方は嫌いだけど」

「僕に関係無い僕の事で不機嫌になられても困ります!!」

「分かってるわ。だから八つ当たりはコレで終わり、後はいつもの優しい紫ねーさまに戻るわよ」

「……わぁ、本当に未来の僕が言った通りの行動だぁ」

「クッキー追加するわね」

「身から出た錆!?」





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾捌「群怪折実/君はともだち(仮)」





「ふぁ……ようやく出来たわ。ちょっと気合を入れ過ぎたかしらね」

「わー、綺麗ー」

 最後の仕上げを終えた私は、出来上がった服を朝日に掲げその出来栄えを確認した。
 うん、徹夜した価値はあったわね。するつもりは無かったし、もっと簡単な服で済ますつもりだったけど。
 メディスンがせっかく、「アリスの作った服を着たい」ってお願いしてきたんだもの。出来るだけ良い服を作ってあげないと。
 ……最近、どこぞの姉とかどこぞの馬鹿とかを笑えなくなってきたわね。気をつけましょう。

「ねっ、ねっ、着てみて良い!?」

「んー……ゴメン、少し待って。出来れば休憩してからもう一度、問題が無いか確認したいから」

「うん、大丈夫だよ。アリスは昨日からずっと休まず働いていたから、私も先に寝た方が良いと思う!」

「ありがと。とりあえず、ゆっくりと仮眠を取りた――」

 ふと、妙な胸騒ぎを感じた。
 理論と理屈で動く魔法使いにあるまじき話だが、何の根拠もない勘のようなモノが働いたのだ。
 そして‘ソレ’に従うべきだと、冷静な魔法使いの部分も賛同しているのである。
 故に私は上海を連れ、勘の導くままに玄関から外へと出た。
 不思議そうな顔で後に続くメディスンへの説明も後に回して、私は上海を前方へと掲げる。
 そのまま耳を澄ませ、周囲の音に意識を集中させた私は――風を切る音が聞こえると同時に上海を動かした。

「あっりすすわぁ――」

「上海!!」

「ダイセツザンオロシジャーイ」

「んぎゃっはぁー!?」

 こちらに向かって高速で飛翔してきた物体を上海で掴んだ私は、流れの向きを変える要領でソレを地面へと叩きつけた。
 派手な音と土煙を上げ、件の物体は何度も地面をバウンドして吹っ飛ぶが……まぁ平気だろう。
 飛行中のアレは質量がほぼゼロだから、勢いそのままに跳ねてしまっているだけだ。
 実際のダメージは、頑丈さも合わせてほぼ無いと思って間違いないでしょう。
 私は逆さまの状態で停止したいつもの馬鹿に近づくと、その横っ腹を軽く蹴飛ばし優しい声をかけてあげた。

「おはよう、貴方ならこのタイミングで来ると信じていたわ」

「や、柔の技……だと……」

「対貴方用に練習したのよ。意外と色んな事に応用効くから、今後も片手間で覚えていくつもりよ」

「アリスかっこいい!!」

「ちくしょう、まさか訪ねて早々ぶん投げられるとは! アリスさんもっと容赦してください!!」

「やだ」

「簡潔!」

 勢い良く立ち上がり、何事も無かったかの様に身体の土を払いのける私の親友。
 もうお馴染みの光景過ぎて突っ込む気にもならない。……ふむ、だけど。

「――いつもの晶ね」

「へぇあ?」

「大した事じゃないわ。ただ何となく、ここ一週間ほどの貴方が別人みたいな気がしてね」

 もっともそれは、本当に些細な違和感でしか無かったのだけど。
 こうして違和感の無い晶の姿を見ていると、やはりアレは違う人間だったのではと言う気持ちになってくる。
 しかし、偽物と言うにはこの一週間の晶は久遠晶過ぎた。
 あのスットコドッコイ具合は絶対に演技じゃなかっただろうし……どう言う事なのかしら。

「え、アリスさんそれマジですか? ねーさまですら気付かなかった異世界の僕の演技、見破ってたの!?」

「異世界? ……ふぅん、なるほどね」

 アレは晶だけど晶じゃなかった、と言う事か。
 分かってみれば単純な話だ。推理小説としては失笑モノのオチだが、晶らしいといえば晶らしい。
 だとしたら、晶本人はその間異世界とやらに行っていたのかしら。――うん、実に晶だわ。

「あれ、思いの外淡白なリアクション。もっと色々聞いてくると思ったんだけど」

「興味はあるけど、驚くほどじゃないわね。貴方ならいつかそう言う事もやらかすと思ってたわ」

「凄まじいまでの信頼感! しかし、いきなり僕のせいと断じるのは早計では無いでしょうか!?」

「え? でも別世界の貴方って、貴方のフォローに来たんでしょう?」

「……そうでーす」

 あの『久遠晶』が何かやろうとしていたら、私も他の連中も気がついて居た事だろう。
 誰も気付かなかったのは、アレがいつもの久遠晶として振舞っていたからだ。
 つまり、アレはこの世界で何もしていなかった事になる。
 この世界に居た久遠晶が何もしていないと言うのなら……何かしていたのは、この世界に居なかった本人の方だ。
 
「なんで分かったんだろう。ひょっとしてアリスさん、一部始終見てた?」

「そこまで暇人じゃないわよ。ただ貴方の顔を見て、そうじゃないかと思っただけ」

「僕の顔?」

「また、何か面倒な事で悩んでるんでしょう? そういう顔をしてるわ」

 コイツの頭の悪さは良く知っている。
 恐らく入れ替わっている間に起きた何事かが理由で出来た下らない悩みを、一人で溜め込んでいるのだろう。
 ……他人に頼るのは上手いけど、甘えるのは致命的に下手なのよね。この馬鹿。
 きっと甘やかされる環境にばっか居たのだろう。天性の孫気質、弟気質、末っ子気質ね。……姉共に好かれるはずだわ。
 ま、晶が甘え上手でも甘え下手でも私には関係無い。
 肝心なのは、その不器用男が分かりやすいサインを出していると言う事実だ。

「上がって行きなさい。お茶も出してあげるし、言いたいなら話も聞いてあげるわよ」

 一応友達をやっているのだから、そのくらいは支えてやらないとね。
 そう思って優しい言葉をかけてやったら、何故か隣のメディスンが驚いた顔でこちらを見ていた。

「……アリス凄い」

「何がよ」

「私、いつもの晶だなーとしか思ってなかった」

「かなり違ってたわよ。具体的に言うと、普段より三割増しでウザかったわ」

 私の説明を聞いたメディスンは、横目で晶の顔を確認しつつ難しい顔で首を傾げた。
 ――分かりやすい違い、だったはずよね? 
 確認を込めてメディスンの目をじっと見つめてみるが、返ってきたのは困ったような笑みだけだった。
 
「待った。無し、今の無しで」

「アリスは晶の事を良く分かってるんだねー」

「生温かい目で見るのは止めなさい! さっきのは別に、そういうつもりじゃ無くて――」

「アリス……結婚しよう」

「絶対やだ」

 やらかした、色んな意味で言わなくて良い事を言ってしまった。
 私の迂闊な言動のせいで、晶の顔が目に見えて輝いている。
 あ、こら懐くな! 抱きつこうとするな!! 頬擦りも止めなさい!
 結局その後、調子に乗った晶の馬鹿を宥めるのに結構な時間を浪費してしまった。
 ……とりあえず、この話は絶対他に伝わらないようにしないと。からかわれるのも怒鳴られるのもゴメンよ。










「で、どうしたの?」

「あんだけ辱められたのに、それでも話は聞いてくれるアリスがほんと大好きです」

「上海」

「コノドグサレガァァ!」

「おごぁ!? 良く分からない痛み!?」

「わー、人の体ってこんな風に曲がるんだー」

 部屋に入って一息ついた私は、とりあえず晶の話を聞いてやる事にした。
 本当はあのまま追い出してやろうかとも思ったが、やらかしたのは自業自得で晶に非は無い。一応無い。
 それで彼に当たるのはあまりにも理不尽だから、我慢して迎え入れてあげたのだ。
 正直言うと、今すぐにでも閉じこもって今日一日を無駄に過ごしたい。
 なんで私、このテンションで他人の相談を聞こうとしてるのかしら。むしろ私がしたいのだけど。

「優しい私はもう一度チャンスをあげるわ。それで、どうしたの?」

「あたた……んー、まぁなんというか。えっとさ、その前に他愛のない質問をして良いかな?」

「なによ」

「――アリスの中で、僕を見捨てるボーダーラインってどこらへんにあるの?」

 明後日の方向に視線を彷徨わせながら、恐る恐るといった塩梅にそんな事を尋ねてくる馬鹿。
 なるほど、質問の意図はよーく分かったわ。……ぶっ飛ばしてやろうかしら、このアンポンタン。

「貴方、私の事舐めてるでしょ」

「うぉう、まさかのマジ切れ!? え、何? ひょっとしてアレ、見捨てるって選択肢がまず無かった!?」

「んなワケ無いじゃない。付いて行けないと思ったら、私は容赦なく貴方を見捨てるわよ」

「ですよねー。……じゃあ、舐めてるって言うのは何の話で?」

「あのね。――そもそも私が、何もせずに離れていくワケ無いじゃない」

 確かに最近の晶は、色々と派手にやらかしてくれている。
 それが更に悪化するとしたら、私も彼との付き合い方を色々変える必要があるだろう。
 が、それは近い未来の話じゃない。晶はやたらと怯えているようだが、見捨てるほどやらかす事態はまず起こらないはずだ。
 ……派手にやらかすのは、晶だけに限った話じゃないしね。
 それに何より、晶は根本的な部分を勘違いしている。

「私にもね、間違った道を進む親友を止めようとする程度の甲斐性はあるのよ」

 何も言わずに距離を取るはずが無い。
 私が離れるとしたら、それは正気に戻すためのあらゆる手段を模索しきった後だ。

「貴方が救いようの無い馬鹿をやろうとしたら、まずぶん殴って止めるから安心なさい。――貴方だってそうするでしょう?」

「ほへ?」

「私が救いようの無い馬鹿をやろうとしたら、貴方も持てる手段を全部使って私を止める。私達はそういう関係なのよ」

 私とコイツが対等な友人となったあの日から、それは何も変わっていない。
 支えあう関係では無い。助けあう関係でも無い。お互い好き勝手に振る舞って、たまに寄りかかったり寄りかかられたりするだけの間柄。
 ――だからこそ、私達は親友なのだ。

「あ、アリスぅぅぅうう」

「……泣くにしても、もう少し表現を抑えなさいよ。はっきり言ってキモいわ」

「ゴメン、でも嬉しくって。良かった、魔理沙ちゃん狂いのアリスはこの世界にいないんだね」

「そんな喜ぶ事でも――はぁ!?」

 てっきり感慨にふけっていると思っていた晶の口から出てきた、色んな意味で聞き逃せない戯言。
 魔理沙狂いって何よ!? 言葉の意味は分かるけど、なんでそれが私の称号としてあてがわれているの!?
 戸惑う私に、死ぬほど優しい笑顔を向けてくる晶。
 理解出来ない私の姿を見て安心している、そんな感じの生温かさだ。
 よし、殺そう。この馬鹿の首を捩じ切ってやろう。
 
「ねーねー、マリサ狂いって何?」

「僕が異世界であった、クレイジーなアリスさんを一言で語る特徴です。……凄かったよ」

「フランのおねーちゃんみたいな感じ?」

「レミリアさんなんて比較にならないレベルですよ。一生もののトラウマになったね、アレは」

「私の顔を見ながら言うな! 知らないわよ、異世界の私の事なんて!!」

「まず、壁という壁天井という天井に魔理沙ちゃんの写真が貼られて」

「説明すんな! ……と言うか貴方、自分のトラウマを私と共有するつもりでしょ」

「一人ぼっちは寂しいよね、僕が」

「上海」

「アタシッテホントバカ」

「マミ゛るっ!?」

「わー、晶の頭が一回転」

 ……ほんと、甘え方が下手よね。コイツは。
 上海に首を捻られ、筆舌しがたい声を上げる晶を見て小さく溜息を吐き出す。
 不安は解消されたけれど、いつも通り走り出すまでには至らないって所か。
 まったくもって世話が焼ける。普段は暴走する猪みたいに突っ走る癖に、一度止まると鬱陶しいくらい足踏みしだすんだから。
 ここは、私が一肌脱いでやるしかないでしょうね。

「どうも元気が有り余ってるみたいね。なら、ちょっと付き合ってもらえない?」

「たった今元気じゃなくなる所だったんだけど……付き合うって何に?」

「新しく作った人形があってね。その稼働テストに協力して欲しいの」

「つまり、アリスと弾幕ごっこするって事?」

「操作は私がするけど、私と弾幕ごっこをするワケでは無いわ。戦う相手はその‘人形’よ」

「つまりえー……どういう事かな」

「やってみれば分かるわ。と言うワケで、表に出なさい」

 ニッコリ笑いながら、私は親指で外を指し示す。
 そんな私の態度を見て、晶は引きつった笑みを浮かべながら静かに後退した。

「えっとその、ゴメン、色んな意味で調子に乗ってました」

「何の話かしら? 別に他意は無いのよ、単に人形の動作を確かめたいだけ」

 もちろん、貴方に対する手助けって面もあるけどね。
 だけどソレ以外の意図は特に無いわ。ウザったい晶にお灸を据えてやろうとか、そんな事考えているワケが無いじゃない。うふふ。
 更に後退ろうとする晶の身体を人形で捕まえ、私は彼を外にまで引きずっていく。
 満面の笑みを浮かべる私と、死刑執行を受けるような悲痛な顔の晶。
 そんな私達の姿を見つめていたメディスンが、ポツリと小さな声で呟いた。

「――アリスって、意外と大人気ないよね」





 そ、そうでも無いわよ? ……だけどうん、ちょっと反省する必要があるかもしれないわね。




[27853] 異聞の章・弐拾玖「群怪折実/あたっく・おん・ごりあて」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/12/23 01:36

〈晶ちゃん、大丈夫だった?〉

「あ、神綺さん。ようやく繋がったみたいですね」

〈良かったー。心配したのよ? 晶ちゃん突然居なくなっちゃったから〉

「にはは、ご迷惑おかけしました。ちょっと異世界に行ってまして」

〈あらあら、大変だったのね。――それって、魅魔が落ち込んでいる事と何か関係しているのかしら〉

「関係あるよーな、無いよーな」

〈ぐすん、魅魔様あんな屈辱初めてだよ……〉

「まぁ、無視してください。僕も面倒なんで放置する事にしてます」

〈いやいや、慰めろよそこは!!〉

「んな事言われても、何を言えば良いんですか」

〈魅魔様は今、優しい言葉に飢えている!〉

「がんばれ」

〈適当だなオイ!?〉

〈ふふふ、どうやら問題は無いみたいね〉

〈神綺も少しは魅魔様を気遣えよ!〉

〈大丈夫でしょう、魅魔だし〉

「ですよねー、魅魔様だし」

〈魅魔様だってな、しまいには本気で泣くんだぞー?〉

「へーきへーき、そういう弱音が出るウチはまだ大丈夫だって。僕もそうだし」

〈……そういう言葉を実感込めて言うのは止めろって。悲しくなるから〉





幻想郷覚書 異聞の章・弐拾玖「群怪折実/あたっく・おん・ごりあて」





 どうも、帰ってきた久遠晶です。
 久しぶりのアリス宅でテンション上がりまくった結果、表に出ろ言われてしまいました。
 やり過ぎちゃったね! あはは――これはヤバい。

「じゃ、行くわよ。貴方がミンチになったら終了で良いわね」

「ちっとも良くないデス! せめてお慈悲を!! もう少しだけお慈悲を!」

「じゃあ、晶を半殺しにしたら終了で良いわ」

「……そこらへんが妥当な所か」

「私あんまり頭良くないけど、今のが妥当で無い事は分かるよ」

 僕もそう思う。でも、あんまり高望みしてもしょうがないと思うんだ!
 まぁ、アリスなら何だかんだで最低限の無事は保証してくれるんだろーなとは思ってます。
 丸一日寝こむくらいで済めば御の字かな! あ、それでも無傷で帰れるとは思っておりません。

「安心なさい。きっちり半日寝込む程度で済ませてあげるから」

「さっすがアリスさん、優しい!」

「やさ……しい……?」

 メディスンさん、今日はツッコミキツいっすね。アリスが微妙に顔引きつらせてますよ。
 しかしそこはさすがクールな都会派魔法使い(大爆笑)である。何とかそれだけで持ちこたえると、小さく深呼吸して態勢を整えた。

「ま、実際どうなるかは私にも分からないわ。そこらへんを見る為のテストだもの」

「人形と戦う、んだよね? つまり――本体狙いはすんなって事かな?」

「もちろんそういう意図もあるわよ。貴方は釘刺しとかないと、容赦なく私狙ったり操作する糸を狙ったりするからね」

「えっ、普通はそういう発想にならない?」

「あのね、稼働テストでいきなり特殊例ぶち当ててどうするのよ」

 なるほど、実にごもっともなご指摘である。
 ……実はサードアイが覚醒してから、アリスの‘糸’も見えるようになったんだよねー。
 だから最終手段として、ソレを神剣でぶった切るってのも考えてたんだけど。
 さすがに見破られてたかー。いや、アリスさんの言うとおり最初のテストは素直に試すべきだと思うんですけどね?
 
「可能な限りで良いから真っ当に戦いなさいよ? この人形と‘真正面から’やりあえるヤツって、多分そんなに居ないんだから」

「えっ、どういう事?」

 問いへの答えとして、アリスは指を小さく動かした。
 その指先についた糸が軽く揺れるのと同時に、アリスの家の後方で何かが炸裂する音が聞こえてくる。
 同時に空中へ飛び出した‘何か’、それは糸に引き寄せられる形で僕の目の前へと着陸した。
 大地が揺れ、突然現れた「小山」が僕の身体を影で覆う。
 全長は……六メートル程だろうか。外見はまんま上海だが、巨大化しているせいで威圧感が半端じゃない。
 両手にそれぞれ持っている両刃の剣も、巨大上海に合わせているから凄まじいサイズになっている。
 かの大剣ドラゴンころしってこんなサイズだったんだろうなぁ。等と現実逃避してみたり。
 いや、えっと、何これ?

『ご~り~あ~て~』

「これが私の新作人形、ゴリアテよ。なかなか面白い子でしょう」

「……華蝶大鉄人のパクリ?」

「違うわよ! 某仮面のヒーローが出す前から構想はしてたの!!」

「だけど、微妙に影響を受けた感じが端々からしますが」

 アリスの作る人形は、基本に忠実で奇をてらったモノは少ない。
 しかしこの人形は、見た目の巨大さもそうだけど見た感じの構造なんかも普通と違っている。かなりの実験作だ。
 で、気のせいでなければその中には微妙に大鉄人の技術が流用されている様な。
 とりあえず目で訴えてみる。逸らされた。

「お、オマージュだから。あくまでもオマージュだから」

「ありっさん、その言い訳はみっともない」

 アレが参考になったなら素直にそういえば良いのに。素直じゃないなぁ、アリスさんは。
 ――いや、僕らと華蝶仮面には何の関係も無いんですけどね?
 
「ひょっとしてアリスも、人形華蝶のファンなの!?」

「さぁ、この話題が続かないようにさっさと勝負を始めるわよ。今すぐに」

「あーうん、了解です」

 とりあえず魔法の鎧を展開し、軽いステップを踏みながら距離を計る。
 幻想郷に来てから色んな妖怪と戦ってきたが、ここまでサイズ差がある相手は初めてだ。
 スピードは未知数だけど、パワーの面では確実に勝負になるまい。アリスはああ言ったけど真正面から受けたら確実にミンチになる。
 マスパくらいじゃ焼け石に水だろうしなぁ。無難に関節を狙って行動不能に追い込むかな?
 とりあえず相手の初手を見るため剣の射程外まで離れた僕に――次の瞬間、横薙ぎの一閃が襲いかかってきた。

『こ~~げ~き~』

「――ひぁぉうゃ!?」

 足鎧の気を増幅し、高く跳躍する事で何とかその一撃を回避する。
 更に氷で空中に足場を作った僕は、それを蹴飛ばしてゴリアテちゃんから大きく離れた。
 とは言え、この距離でも彼女は一瞬で詰めてくる事だろう。
 ……まさかなぁ、スピードの方ですら互角だとは。この展開は予想してなかった。
 物体は、大きくなればなるほど速く動かすのに相応のエネルギーが必要になる。
 あのサイズで僕と同じ速度の移動を可能にする為には、何倍――下手すりゃ何十倍の力が要るはずだ。
 だと言うのに、平然と意味分からない加速と停止を実行するゴリアテちゃん。さすがアリスの最新作だ馬鹿じゃなかろうか。

「うぐぅ……人形って、こんなに速く動けるもんなの?」

「人形では無理ね。だからゴリアテは、人形でなく人体に近い構造をしてるのよ」

「えっ、つまりこの子は生身!? フレッシュゴーレムってヤツですか!?」

「違う!! 再現してるのは構造だけで、材料は他の人形と同じモノよ。ちなみに内蔵の類も無いからね」

「つまり脳みそまで筋肉で出来てるって事だね!」

「デッドウェイトを増やすような真似はしていないわ。人形として不要な部分は削ってあるわよ、可能な限り軽量化もしているし」

「なるほど、頭は空っぽなのか……」

「合ってるけど、その言い方は止めなさい!」

 こちらの愚痴に対し、即座に律儀な解説を入れてくれるアリスさん。
 きっと説明したくてウズウズしてたに違いあるまい。アリスってばそういう所お子ちゃまだよね。

「――ゴリアテ」

『あ~た~~く~』

「のっひょぇあ!?」

 僕を粉々にせんとする一撃が、勢い良く振り下ろされる。……ツッコミにしてはキツ過ぎやしませんかね。
 それを今度は後ろへ跳ぶ形で回避すると、僕は隙の出来た腕に向かって地面から形成した氷柱を伸ばしてぶつけてやった。
 が、それはほんの少しだけ腕を揺らしただけで、さしたる成果を上げる事は無い。
 完全にパワー不足です。最高速のスピードで、氷柱その物もかなり強化したんだけど――純粋な質量の差には勝てなかったかぁ。
 もっとスピードと、後は重量が必要だね。だとすると……良し!

「っと、そろそろ来るか……ゴリアテ!」

『が~ん~ば~る~』

 アリスが指を動かすと同時に、ゴリアテちゃんの動きが変わった。
 両足を肩幅まで開き、こちらに対する迎撃の態勢を取る。
 まだ何もしていないのに、なんでこっちが何かしようとしているのだと察したのだろうか。
 アリスさん、最早さとりんと同レベルの読心術を手に入れてません? 僕限定で。
 ――とは言えまぁ、それくらいの反応はこっちだって想定内です。
 本人がフォローに入るならともかく、ゴリアテちゃん単体だけなら何とかならない事は無い。
 戦うにあたっての貴重なヒントも貰ったしね。――と言うワケで。

「行っくよ! ブースト全開!!」

 僕は右手と両足でバランスを取るレベルの前傾姿勢から、手足の気を増幅して一気に駆け出した。
 ゴリアテちゃんのパワーとスピードは厄介だけど、その巨大さはそれほど脅威でも無い。
 いや、大きいってだけで死ぬほど面倒なんだけどね?
 人形遣いアリスの真骨頂、正確で緻密な人形捌きにはやや陰りが見られるのだ。
 ましてやゴリアテちゃんが振るうのは長剣による二刀流、如何に速かろうが正確だろうが隙は必ず出来る。
 僕は地面すれすれの低空を滑るようにして、ゴリアテちゃんの剣を避けつつ両足の合間をくぐり抜けた。
 ゴリアテちゃんはロングスカートだけど、身体が大きい分その下の空白も大きい。
 おかげでうっかりスカートに引っかかる事も無く、僕はゴリアテちゃんの背後に回る事が出来た。

「あー、晶がゴリアテのスカート下覗いたー! えっちー」

「失敬な! 全力移動中の僕に、そんな器用な真似が出来るはず無いでしょう!!」

「……何の自慢にもならないわよ」

 うん、知ってる。だけど実際に見えないんだから仕方ない。
 と言うかそもそも、人形のスカート下って基本的にドロワーズなんでしょ?
 外の世界の常識に囚われてる僕には、ドロワーズを下着と認識する事は出来ないんですけど 
 アレだよ、スカートの下にジャージ履いてる女子高生と同じだよ。
 ぶっちゃけズボンにしか見えない――んん? いや、待てよ?
 つまりそれって、ジャージの下に何も履いてないと言う事になるのでは。何その高等なプレイ。

「――ゴリアテ」

『い~や~~ん~』

 違いますアリスさん! 今のにエロい意図は無かったんです!! 純粋な感想だったんです!
 何かを察したアリスさんの冷たい声で振り返ったゴリアテちゃんが、容赦なく二刀の剣を振り回してくる。
 しまった、せっかくのチャンスをアホな事に消費してしまった。
 再び距離を取り連撃を回避した僕は、頭を軽く小突いて気持ちを切り替える。
 いくら何でも、同じやり方が通用する相手では無いだろう。ならば今度は――!

「氷翼展開! 空から行くよ!!」

「気をつけてアリス! 晶の事だから、飛ぶフリして走ったりとかするよ絶対!!」

「コイツはそういう判断を読んだ上で裏をかくから、手段にヤマを貼るのは逆に危険よ。狙いだけ把握しておけば問題ないわ」

 アリスさん理解力高すぎぃ! 正直、もうアリスとのガチ勝負で勝てる気がしませんです。
 とはいえ、アリスの手札が少ない現状ではそれほど気にする事でも無い。
 彼女が分かっていたとしても、ゴリアテちゃんが対応出来なければ結果は一緒なのだ。
 僕は大きく翼を広げ、最大加速でゴリアテちゃんに向かって突っ込んで行った。
 
「更に足場をばら撒いてぇ――必殺! 人間ピンボール!!」

 高速飛翔しながら、氷の足場を使って方向転換を繰り返す。
 と言っても、臨機応変に進路を変更できるほど僕は器用じゃない。
 適当に用意したフリをしているが、どう動くかは予め決めていたのです。

「甘いわね。ゴリアテ!!」

『げ~げ~き~~』

 そんなこちらの考えを見透かすように、ゴリアテちゃんが双剣を振り回す。
 的確に剣で使うつもりだった氷の足場を砕き、その風圧で残った足場も吹き飛ばしていく。
 さすがアリス、こっちの狙いを確実に見抜いているなぁ。
 ……まぁ、これ見よがしに背後を取ったのだから、そりゃ警戒されて当然だよねー。
 なら、こっちもプランBに変更だ!
 残っていた適当な足場を蹴り飛ばして、僕はゴリアテちゃんの衿腰が視界に入る位置へと移動した。

「当たるも八卦、当たらぬも八卦! 行っけ三叉錠!!」

 ポケットから取り出したアンカーを、ゴリアテちゃん目掛けて射出する。
 本当は確実に当てるため、真後ろから撃ちたかったんだけどね。
 何しろゴリアテちゃんには驚異的なスピードがある。射出速度はわりと並な三叉錠では、多分……。

「ゴリアテ、避けなさい!」

『よ~け~る~』

「やっぱり! アリスなら、そう来ると思ってたよ!!」

 いや、剣で弾かれる可能性も十分あり得たけどね? そこはまぁ結果オーライという事で。
 とにかく想定通りの行動をとった以上、こっちも次の手を打つまでだ。
 僕は破壊された氷の破片を風で操り、鎖にぶつけてその方向性を変化させる。
 そうして三回ほど鎖の向きを曲げた所で、三叉錠の先端はゴリアテちゃんの襟を掴んでくれた。

「よしっ、ゲットォ!!」

「くっ、しまった!」

 先端が服をしっかり掴んだ事を確認した僕は、氷翼を解除し鎖を巻き取っていく。
 ゴリアテちゃんの構造が人体に近いと言う事はつまり、動きの制限も人体に準ずるという事だ。
 つまり、背中に取り付かれると攻撃が届かない。単純だけど意外と見逃せない欠点が存在しているのである。
 彼女の武器は双剣だから尚更だねー。武器を離せばまだ対処は可能だけど、それはそれでオイシイ隙を僕に与える事になるワケだし。
 そうなると、アリスが次に取る行動は……。

「ゴリアテ、振りほどいて!!」

 鎖が伸びている内に、激しく身体を揺さぶって僕を振り解こうとする――ビンゴだね!
 それこそがまさに、僕の望んでいた展開でしたともさ!!
 僕は巻き取っていた鎖を一気に伸ばし、勢い良くゴリアテちゃんに振り回される。
 身体が吹っ飛びそうな勢いだけど、耐えられない程じゃない。
 最高速まで加速した所で、僕は鎖を巻き取りながら自分の身体より倍近く大きな氷塊を形成した。
 これでスピードも威力も十分! 最後に三叉錠のロックを外して、僕は氷塊をゴリアテちゃんに叩きつける。
 ぶつけた氷塊は派手に砕けてしまったが、ゴリアテちゃんも同じくらい勢い良く吹っ飛び地面へと倒れこんでいった。

「どうだ! 名づけて、アイシクル因・果・応・報!!」

「名称が思いつかない時にとりあえず『アイシクル何とか』にする癖は、そろそろ改めた方が良いわよ?」

「アリスさんクールっすね。他に言うべき事とか無いんですか?」

「無いわよ」

 断言である。あのー、一応僕の作戦が成功したと思うんですが、その点に関してはコメント無しっすか?
 こちらの疑問を察していたのか、ニヤリと笑ったアリスは軽く指を動かした。
 次の瞬間、倒れていたゴリアテちゃんが勢い良く立ち上がる。
 あれだけの一撃を喰らったはずの彼女は、傷らしい傷のない姿で平然と双剣を構えてみせた。

「――残念だけど、防御力もあるのよ。この子はね」

 自慢気に語るアリスさん、ある意味コレは親馬鹿である気がする。
 あまりといえばあまりの結果に戦意を削がれながら、僕はそんなどうでも良い事を考えるのだった。





 ――純粋に高スペックなだけの相手って、下手な特殊能力持ちより厄介だよね。対処法が無い所が特に。




[27853] 異聞の章・参拾「群怪折実/一歩前へと」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/03/31 21:35

『ご~り~あ~て~』

「シャンハーイ」

『ご~り~あ~て~』

「シャンハーイ」

『ご~り~あ~て~』

「シャンハーイ」

『ご~り~あ~て~』

「シツケーヨ」

『ご~め~ん~』

「ウソデシター」

『び~~く~り~』

「ハミガケヨー」

『み~が~く~』

「ヨフカシスンナヨー」

『し~な~い~』

「ツギイッテ……イワセネーヨ」

『な~に~が~』

「上海とゴリアテは仲良しだね!」

「……そうなんっすか、アリスさん?」

「……私に聞かれても困るわよ」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾「群怪折実/一歩前へと」





 前回までのあらすじ、ゴリアテちゃん強すぎて泣きそう。
 そんな現実逃避をしながら、さてこれからどうしたものかと考える僕なのでした。まる。
 いや本当に、どうしてやろうこの木製くろがねの城。
 全力のパンチじゃビクともしないだろうし、神剣は――やり過ぎて怒られそうだから最後の手段で。
 となるとここは、やっぱり面変化かなぁ。
 相手は物理攻撃オンリーだから、エネルギーを吸収できない靈異面は除くとして……。
 天狗面で撹乱? それとも四季面で手足狙いか――いやいや、神綺さんに頼んで怪綺面で真っ向勝負って手も。
 出てくるアイディアを頭の中で比較しながら、何かいい策は無いかと考えを纏める僕。


 その時、ふと一つの‘案’が頭をよぎった。


 え、いや、それは無いって。さすがに無理。
 確かに成功すれば確実に勝てるけど、まず成功するビジョンが見えないって言うか。
 ぶっちゃけ、命を元手にした賭けに出る方がまだマシな気がする。だけど……。

「――うん、やってみよう」

 だからこそ、ソレを選ぶ事に価値がある……気がしないでもない。
 違う一歩を踏み出すためにも、ここで挑戦してみるのが最善……だと良いなぁと思う次第でございます。
 それにまぁ、どっちにしろ今回は勝っても負けても損する事は無いのだしね!
 後ろ向きな考えに引っ張りまくられながらも、辛うじて前を向く事が出来た僕は大きく息を吸う。
 ならまず、あの双剣を何とかしないと。僕は腰からロッドを取り出し、展開すると静かにソレを構えた。

「……久しぶりに見たわね」

「そうだね。確かにロッド単体で使う機会はそんな無かったかも」

「そっちじゃないわよ」

「ほにゃ?」

「顔よ、顔。……わっるい笑顔してるじゃない。また何か企んでるんでしょう?」

 何故かそう言って、嬉しそうに笑うアリス。
 まるで、僕がやらかすのを待ってましたと言わんばかりの表情だ。
 どうしたのさアリスさん、頭でも打ちました?
 あ、ゴメンなさいその顔止めて。なんでお前が分かってないんだって顔で睨むのほんと止めて。

「まぁ良いわ、変に指摘して意識されても困るし。貴方は貴方らしくやってなさい」
 
「えっと、つまり?」

「久遠晶は‘馬鹿’だって事よ」

 くすくすと笑うアリスに、馬鹿にしてるような褒めているような事を言われてしまった。
 うーむ、この何もかも見透かされてる感。僕が本当の意味で彼女に勝てる日は多分一生来ないのでは無いだろうか。
 ……だけどまぁ、受け入れてくれるのは素直に嬉しいね。

「じゃ、僕らしく色々やらせてもらいますよ!」

「かかってきなさい。ただし、思い通りに暴れさせるほど私は優しくないわよ!!」

 アリスが指を動かすと同時に、ゴリアテちゃんの姿勢が若干前かがみになる。
 うぐぅ、今度はそっちから仕掛けてきますか。それをやられるとこちらは大変辛い、守りに入られてもやっぱり辛いけど。
 さっさと神剣で相手の武器を破壊したくなる気持ちをグッと我慢して、僕は相手の動きを静かに待った。
 別に、神剣をハブにしたりディスったりしているワケでは無い。ほんと頼りにしてますよ?
 だけど頼りすぎてはいけないのだ。そうやって事あるごとに神剣を使っていては、自分自身の行動を縛る事になってしまう。
 以前姉弟子にも言ったけど、同じ行動に括るヤツほど御しやすい相手はいない。
 ちょっと追い詰めたらすぐ神剣――なんてパターンを確立した日には、狡知の道化師から本物の道化師にクラスチェンジしてしまう。
 それに、アリスはきっと神剣の使用を警戒しているはず。
 だからこそ使わない。常に頭の片隅に‘神剣を使う’と言う可能性を残しておく事は、きっと彼女に対する牽制になる。

「ゴリアテ!」

『え~~~い~~』

「――っと、来たぁ!?」

 まぁ、それを布石にする為にはゴリアテちゃんのラッシュを自力で何とかしないといけないのですがね?
 眼前に迫ってきた彼女の一撃を、脚部強化した大ジャンプで何とか回避する僕。
 そこに、すかさず二発目の剣撃が叩き込まれる。
 完全にタイミングを計っていたその一撃も、僕は身体を捻って紙一重で避けきった。良くやった自分!

「甘いわ!!」

 連撃を避けきったと思ったら、振るったはずの剣が倍の速さで戻ってきた。
 どうやら、さっきの攻撃はこちらを追い込むためのフェイントだったようである。
 ……どう考えても必殺級のスピードとパワーを持っているのに、実際はただの牽制って何それ怖い。
 これが基本スペックの差ってヤツなのか。世の中ってほんと理不尽。
 しかし、それを素直に喰らうと思ったら大間違いですよアリスさん!!
 ほとんど同じタイミングで襲いかかってきた双剣を、僕は再び軽く身を捻って回避した――様に見えた事だろう。

「凄い、全部避けた!?」

「――違う! ‘浮いてる’んだわ!!」

 ……なんでもうバレてるの。アリスさん察し良すぎぃ!
 アリスの指摘通り、僕はゴリアテちゃんの攻撃を回避したワケではない。
 僕の持つ『宙に浮く程度の能力』を利用して自重を消し、全身に風を纏った状態で双剣に‘押されていた’だけなのである。
 金属バットを振り回して、宙を舞う木の葉を粉微塵にするのは至難の技だ。
 相手が、驚異的なパワーとスピードと質量を誇るゴリアテちゃんの攻撃だからこそ出来た小細工である。
 そして如何にアリスと言えど、全力で攻撃した後の人体を更に動かす事は出来ない。
 つまり今こそが――チャンスだ!

「やったれロッド! 君に決めた!!」

 風を操り槍投げの要領で、右腕側の剣に向かってドリルの様に高速回転させたロッドを投げつける。
 ロッドは剣の腹の部分に命中し、剣を少しずつ押しながら赤い火花を散らしていく。
 ――が、ソレ以上の変化は何も起こらない。
 気での強化もしているけど、威力的にはこれが精一杯って所なのだろう。
 うんまぁ、これだけでへし折れるとは思って無かったけどねー。……だから。

「これで、ダメ押し!!」

『け~ん~が~』

「ちっ、右腕の剣をやられたか」

 回転が止まる前に、ロッドの剣に接していない先端部分を強化した右腕で叩く。
 ハンマーで釘を打つイメージだ。僕の一撃を受けたロッドは剣を貫通し、大穴の空いた剣はその部分からポッキリと折れたのだった。
 さすが、メイドインムーンの謎金属で出来たロッド。バカでかいだけの剣には負けないって信じてたよ!
 地面に着地した僕は、ロッドを回収してニヤリとアリスに微笑んでみせる。

「やるじゃない。まさか、スペカ無しで剣を壊されるとは思わなかったわ」

「僕だってやる時はやるって事だよ。さて、次はもう片方の剣をぶっ壊させてもらうよ――今度はスペカを使って!」

「妥協したねー」

「安全策に出たと言ってください! 元々双剣は、スペカ一枚で何とかするつもりだったんだい!!」

「つまり、スペカ一枚で確実に一本は潰せるワケね。それも‘切り札じゃない’技で」

「ひ、ひゅ~ひゅ~♪」

「誤魔化せていないわよ」

 アリスさん、マジで戦ったら僕を完封できますよね正直な話。
 的確過ぎる指摘に内心で冷や汗を流しながら、ゴリアテちゃん相手で良かったと何度目かの安堵をする僕。
 下手な会話はお互い、情報開示するだけにしかならないか。
 口笛もどきを止めるのと同時に会話を打ち切り、僕は一枚のスペルカードを用意した。
 彼女の指摘通り、残りの剣を潰すのに切り札級のスペカは必要ない。
 ……まぁ、弱いスペルカードも使えないのだけど。そこまでゴリアテちゃんは弱くないから仕方ないよね。よね?

「と、言うワケで!」



 ―――――――転写「フォーオブアカインド」



 スペルカードを宣誓すると共に、三体の分身が僕の周りに出現する。
 何気に、こうして単体でこのスペルカードを使うのは初めてかもしれない。
 それに合わせて動き始めるゴリアテちゃん。真っ直ぐこちらに突っ込んでくる彼女に、分身のうち二体が突撃していった。
 振り下ろされる剣を、二人の僕が拳を当て受け止める。
 残念ながらスペカの仕様上止められるのは一瞬だけだから、次の手は早めに打たないと。
 残った分身一人を剣の真下でかつ根本の付近へと移動させた僕は、三度目の跳躍を行い剣の真上へと移動した。

「二本目、いっただき!」

『あ~~う~~』

 下と上、先端と根本、ほぼ同じタイミングで違う二つの点をこうして叩いてやれば――長剣なんてアッサリポッキリ折れるモンである。
 ある意味、四人がかりによる真剣白刃取りだよねコレ。
 そんな事を考えながら地面に降りた僕は、全速力でゴリアテちゃんから離れた。

「そういえば、そんな技も持ってたわね。器用な真似してくれるじゃない」

「驚いてもらうのはこれからだよ。今までのは全部仕込み、そして次が‘本番’だからね」

「ふぅん、随分と自信ありげじゃないの。……もしくは、あえて自分を追い込んで逃げ道を塞いだのかしら」

「ふっ、そこはご想像にお任せしますとも」

 ――想像もクソも、後者に決まってますけどね!
 僕はジリジリと後退しながら、ゆっくりと拳を構えゴリアテちゃんに正対する。
 あー、止めたい。やっぱり中止って事にして安牌に逃げ出したい。
 そもそも、ここまでして頑張る理由って特に無いんだよねー。
 スペカ後四枚残ってるし、面変化のどれかになれば普通に対抗できるし。
 はぁ……でも、ここで踏ん張らないと一生逃げ出す事になるんだろうなぁ。それは嫌だなぁ。――やるしか無いよね!
 適切な距離に辿り着いた僕は、そうやって内心で覚悟を決めると共に足を止める。
 それを確認したアリスは、やれやれと苦笑しながらゴリアテちゃんに指示を送った。
 すでに剣としての意味を為していない双剣を放り捨てると、彼女は前傾姿勢になって拳を握り固める。
 ……良かった、折れた剣をぶん投げてこなくて。柄だけの状態でも、アレだけ大きけりゃ立派な凶器だよね。怖い怖い。
 
「貴方の思惑に乗って、肉弾戦で相手をしてあげるわ。――大口叩いたんだから結果を出してみなさいよ!」

「あんまり期待はしないでね!」

「嫌よ!!」

 簡潔に断って、ゴリアテちゃんをけしかけるアリスさん。容赦無い。
 信頼されてるんだかされてないんだか良く分からないその言葉に肩を竦めつつ、僕は向かってくるゴリアテちゃんへと意識を集中した。
 持てる能力を全て使って彼女の一撃を見切る! 偶然でもマグレでもラッキーでも無く、僕自身の‘実力’で!!

『ぱ~ん~ち~』

「――今だ!」

 急接近したゴリアテちゃんが、こちらに向かって右手を突き出してくる。
 それに合わせて身体を半分ズラした僕は、掠めるようなギリギリの位置を狙って同じ様に左拳を繰り出した。
 標的を失った彼女の拳は、僕の左腕をレールのように伝って行く。
 そこで更に身体を数歩前へと動かした僕は、流れに乗せる形でゴリアテちゃんのバランスを崩した。
 小さい僕にパンチを当てるために、ゴリアテちゃんは必然前へと体重をかける形になる。
 その姿勢で体勢を乱し、あまつさえパンチの勢いがそのまま生きていたのなら――この体重差でも彼女を‘投げ飛ばせる’!

『う~わ~ぁ~~』

「ご、ゴリアテが吹っ飛んだー!?」

「今の動きは中国拳法!? まさか、純粋な技術だけでゴリアテを!?」

 僕が選んだのは、‘実力による真っ向勝負’だった。
 そこには策も小細工も何も無い。ゴリアテちゃんを吹き飛ばしたのは、僕の実力による結果なのである。
 ……少なくとも、その為の下地は出来ていた。永遠亭や紅魔館で体術の練習はしていたし、実現するための‘目’も持ってはいたのだ。
 ただ自分を信じる事が出来なかった。だからこそ今まで、思いついても実行しようとは思わなかったのである。
 いや、実行した今でも信じられないけどね? お師匠様も美鈴も似たような事やってたけど、まさか僕自身やれてしまうとは。
 何だかんだで僕も成長してるんだ。これからはもうちょっと自分を信じて――いや、そこまでは無理かな。
 同時にコレが、今の僕の限界点でもあるワケだし。
 ゴリアテちゃんに致命的な隙を晒させる事は出来ても、そこから独力で倒す事は出来ないんだよねー。
 あ、神剣とか幻想世界とかの即死技系統のスペカはハナから計算に入れてません。ザラギを実力としてカウントするのはどうかと思う。
 なので当然、この後は普通にいつも通りの僕で行きます。
 別に縛りプレイしているワケじゃないしね! むしろコレは、自分を縛らないための第一歩だ!! そんな言い訳!
 
「と言うワケでぇ―――――靈異面『魔』!!」
 
〈トドメは魅魔様に任せろー〉

 闇が全身を包み、一瞬で黒衣と翼を形成する。
 相手が物理オンリーだと言う事で真っ先に候補から除外していた靈異面だけど、この状況なら話は別だ。
 隙だらけのゴリアテちゃんに、僕の最大最高火力を叩き込む!
 
〈別に良いけど少年、今の状態でソレ使うと――〉

 意見は後で! まずは確実に彼女を倒す!!
 僕は顕現させたフォースをゴリアテちゃんに向け、靈異面最強のスペルカードを使用した。



 ―――――――超越「トワイライトスパーク」



 炸裂する魔力の光が、ゴリアテちゃんを飲み込み空へと昇っていく。
 大地が揺れ、天が裂けるその輝きを眺めながら、僕はふとある事に気がつくのだった。





 ……そういえばこの技、チャージ無しの状態でぶっ放すとガス欠起こして倒れるんだっけ。




[27853] 異聞の章・参拾壱「群怪折実/I Believe」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/03/31 23:19


「紫様、大変です!」

「んー……今、眠いから後でー」

「そんな事を言っている場合ですか! 今、凄まじい魔力の光が放たれて――」

「知ってる知ってる。それは無視で良いわよ」

「無視!? あんな出鱈目な攻撃魔法を使える存在をですか!?」

「だってアレ、晶だもの」

「――――あー、あれは晶殿だったのか」

「正確に言うと少し違うのだけどね。撃ったのは晶だから、貴女はそう認識していれば良いわ」

「晶殿は、いつから魔法が使えるように?」

「使えないわよー。単に、技と力を借りてるだけね」

「はぁ、つまり……どういう事なのですか?」

「放置しておきなさいって事よ。今更悪さはしないだろうし、晶が舵をしっかりとっているみたいだから平気でしょう」

「は、はぁ……」

「それじゃ、私は寝るわね。当分異変も起きないでしょうから絶対に起こさないで」

「紫様、ここの所ずっと寝ていますね。どうしたんですか? 晶殿にも会いに行ってないみたいですし」

「……まだちょっと引きずってるのよ」

「……本当に、何の話なんですか?」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾壱「群怪折実/I Believe」





「燃えた……燃え尽きたよ……真っ白にな…………」

 せっかく勝ってたのに、出さんでいい全力を出してぶっ倒れてしまいました。どうも、バカこと久遠晶です。
 それでも意識を失わなくなったのは成長と言えるのか。まぁ、靈異面解除された上に指一本動かせない状態なんだけど。
 あー、大地の冷たさが気持ちいいなぁ。このままずっと倒れていたい。

「――さて、どこからツッコミを入れてやろうかしら」

「…………ボクハモエツキテマスヨー」

 起き上がったら殺られる。確実に殺られる。
 うつ伏せになった状態だと足元しか見えないのだけど、それでも今のアリスがどんな顔をしているのかは分かってしまう。
 あ、メディスンさん静かに祈らないでください。まだ死んでませんから僕。
 ――数分後に死ぬかもしれないけども!
 まだだ! まだ希望を失ってはいけない!! アリスなら……それでもアリスなら……。

「とりあえず、過剰な力でゴリアテをボロボロにしてくれた事に関する言い訳はあるかしら」

「ははは……無いでーす」

「まぁ、貴方ならこういう事もやらかすと思っていたけど……はっきり言ってやり過ぎよ」

「えっと、具体的にどんな感じになってるの? 今僕、顔を動かす事も難しい状況なんだけど」
 
「良いわよ、見せてあげる。――えい」

「おごっ!?」

 思いっきり顔蹴られた! やっぱり怒って――いや、これはいつも通りか。
 とりあえず向きは変わったので、視線を動かしてゴリアテちゃんの姿を探してみる。
 あ、居た。……ってうわぁ、想像していたよりも遥かに酷い事になってた。
 一言で言うと焼死体。なまじっか人体に近い構造をしていたせいで、黒焦げになった姿がダメな意味でリアル過ぎる。
 と言うか、アレは本当にゴリアテちゃんなのだろうか。
 完全に個人を特定する要素が除外されているせいで、パッと見誰だか分からないんだけど。

「……この大きさで、見間違えるワケが無いでしょうが」

「ですよねー。いやほんと、申し訳ありません」

 さすがにコレはやり過ぎだったと思います。言い訳不能な程オーバーキルしてマジすいません。
 うう、ゴリアテちゃん。仲良く殺し合っていた君が、まさかこんな事になるなんて……。

〈殺し合っていた相手なんだから、こうなるのはむしろ自明の理だろ〉

 はは、魅魔様は不思議な事をおっしゃいますね。

「ま、基礎部分は無事みたいだから修繕は出来ると思うけどね。……魔理沙対策で対魔法防御を施していたのにこうなるとは思わなかったわ」

「……対策してたんだ、魔法攻撃」

「当然じゃない。――それで、いつ頃から魅魔と契約を結んだのよ」

「ほへ? アリス、魅魔様の事知ってるの?」

「もちろん知ってるわよ。神綺様と魅魔、二人の関係から察しがつくでしょう?」

 確かに、よくよく考えるとそう不思議な話でも無いのか。
 神綺さんと魅魔様が知り合いなら、娘のアリスだって面識があると考えるのが普通だろうし。
 ……まぁ、それでも靈異面と魅魔様が即座にイコールで繋がるのは難しいと思うけど。そこらへんはさすがのアリスとしておこう。
 しかしそっか、アリスと魅魔様は知り合いなのか。……どんな関係だったんだろう、かなり気になりますね。

〈そうさねー……アリスがあたしのメイドだった事もあったかな〉

 何その話、詳しく聞きたい。

〈昔のアリスは、魔理沙とは違った意味で尖ってたのさ〉

 なんで尖った結果がメイド!? アレかな、メイドに何かクレバーかつロックな要素を見出したのかな。
 例えばこう――うん、そんな要素は何一つ思いつかないね。分かんない、昔のアリスさんの考えがさっぱり理解出来ないです。

〈いや、そんなアリスを私が凹ませてメイドにしてやったのさ〉

 ……なんだ、ただの自慢話か。真面目に聞いて損した。

〈露骨に興味失い過ぎだろ! もっと魅魔様の話に興味を持てよ!!〉

 だってアリスが自発的になったんじゃなくて、魅魔様が無理やりメイドさせたんでしょう?
 それはそれで屈辱の歴史っぽいけど、僕が望んでいる話とは少し違うのです。
 もっと具体的に言うと――アリスが地団駄踏みまくるくらい恥ずかしい話が聞きたい。

「邪悪な気配がしたわ」

「オジキノカタキジャー」

「もくれんっ!?」

 そんな僕の邪念を、きっちり読んで上海をけしかけてくるアリスさん。さすがです。
 っていうか叔父だったのかゴリアテちゃん。どう考えても、上海の方が先に生まれてる気がするんだけど。

「くだらない事考えてないで、私の質問に答えなさいよ。次は目を狙うわよ」

「具体的すぎて怖い! あ、いや、ちょっと魅魔様に相談してて」

「雑談だった上に、途中から話してすらいなかったと私は見ているのだけど」

「……アリスさんって、絶対読心術とか使えるよね」

「出来るワケないじゃない。ほら、さっさと説明なさい」

 絶対出来てるって。もうアリスの前で迂闊な事は考えられないなー。
 肩を竦めつつ、とりあえず地霊異変で起きた魅魔様との遭遇を彼女に説明した。
 無言で話を聞いていたアリスは、最後まで聞き終えると――仏の様な笑みを浮かべて僕を見つめてくる。
 あ、止めて。その優しさと慈愛に満ち溢れた全てを受け止める笑顔はほんと止めて。

「ふふ、晶ったらお転婆さんね」

「ぎゃー! 許して!! 僕が悪かったから、優しい言葉をかけないでー!」

「アリスが満面の笑みを浮かべて、それを見た晶がのたうち回ってる……」

〈少年、もうそれ何かのプレイだろ〉

 僕だってネタでやってるワケじゃ無いわい! チクショウ、アリスめ的確に僕がされると嫌な事をしてきやがる。
 全力で転がってアリスから逃げ出した僕が息も絶え絶えになったのは、体力不足のせいだけではあるまいて。
 そんな僕の大惨事な姿を存分に眺めたアリスさんは、いつも通りのクールビューティな彼女に戻ってやれやれと肩を竦めた。

「さて、晶で遊ぶのはこれくらいにしておきましょうか」

「ほにゃ? お、怒ってないの?」

「私に逐一報告する義務なんてそもそも無いのだから、それで怒るのは筋違いってモノよ。……気分は良くないけどね」

「あ、あはは……」

「それによくよく思い返すと、完全に黙っていたってワケでも無かったのよね。以前にチラッとだけ悪霊の話をしていたワケだし」

「ああ、神綺さんと繋がってるってアリスに伝えた時の話だね」

「まぁ晶の事だから、追求しなければそこから一言も喋らなかったでしょうけど」

「てへぺろ☆」

 すいません、それは性分です。
 そんな思いを込めて可愛らしく笑ってみたら、お返しにと慈愛の笑みを浮かべられた。
 うん、寝転がってる状態だからスムーズに土下座に移行できるね!
 ……アリスさんがついにツッコミでも柔の技を使い始めたよ。どうしよう。

「それにしても『靈異面』か。……ねぇ、一つ聞いていいかしら?」

「なんでせう?」

「――さっきのアレって、神綺様のバージョンもあったりするのかしら」

 あ、コレ殺されるパターンだ。
 今までとは明らかに質の違う笑顔で、静かに上海を構えるアリスさん。
 ここで「あるよー、怪綺面って言ってねー」とか素直に話したら、間違いなく酷い目に遭わされてしまう事だろう。

〈大丈夫よ。私が力を貸しているのは、きちんとした契約に基づいた結果なのだし〉

 神綺さん関係の話だと、アリスの沸点は一気に低くなるからなぁ。
 まぁ、力があり過ぎて些細な協力でもエラい事になってしまう神綺さんの凄まじさを知ってれば、アリスの気持ちも分かるけど。

「ぶっちゃけアリス、若干マザコンのケがあるよね」

「まず質問に答えなさいよ、この馬鹿」

「でぎま゛ずっ!?」

「晶、結構余裕があるねー」

 何だかんだで、アリスのツッコミには愛があるからね!
 華麗な上海からのエルボードロップを喰らった僕は、身体をくの字に曲げつつ質問に答えた。
 うーん、腰骨を狙われるとさすがに辛い。と言うか上海さん意外と重い。見た目に反して打撃が超重たいです。

「オトメニソンナコトイウナー」

「あ、すいません。そう言うつもりじゃ」

「阿呆な事言ってないでさっさと立ちなさい。そろそろ立てる程度には回復しているはずよ」

「……僕より僕の事に詳しいって、ほんとどうなんですかアリスさん」

「貴方が自分を知らなさ過ぎるんでしょう」

「もう起きれたんだー。やっぱり晶は復活早いね! 妖精みたい」

 いやいや、単なるスタミナ切れだから。このくらいなら普通の人だって同じように回復してたよ。
 ついでに言うと、立つだけで精一杯でソレ以上の事は何も出来ません。
 まさしく生まれたての子馬状態。もう二度と、チャージしてない状態でトワイライトスパークは使わないよ……。
 そんな僕の有様を見て、アリスは何度目かになる溜息を吐き出した。
 
「ったく、次から次へと……どうして素直に喜ばせてくれないのかしら。コイツは」

「喜ぶって……何を?」

 ゴリアテちゃんの完成――では確実にあるまいて。
 たった今焼死体になった所だし、それを差し引いてもゴリアテちゃんの完成度は高いと言い難い。
 基本スペックは非常に高いけれど、それだけでしか無いんだよねー。
 単なる戦闘用の道具として用いるなら、アレで良いのかもしれないけれど。
 アリスの求める『人形』としては足りないものだらけだ。少なくとも彼女が、このゴリアテちゃんで満足する事は無いだろう。
 となると、アリスの言う「喜ぶ」事とは……何だろうね?

「決まってるじゃない。貴方が、自分自身を信じた事をよ」

「えっ、そんな事!?」

「その『そんな事』が、今まで出来てなかったんでしょうが」

「う、うぐぅ……」

「別に責めてるワケじゃないわよ、貴方はそういう人間なのだし。――だからこそ意味と、そして価値があったんじゃない」

 他に手段が無かったワケでも無く、誰かに命令されたワケでも無い。
 ただ、自分なら出来ると信じたからこそ選んだ道。
 それは間違いなく誇るべき選択であると、アリスは優しく微笑んで言ってくれた。

「その一歩はきっと、久遠晶が前に進むために必要な一歩よ。どう活かすかはこれからの貴方次第だけど……とりあえず親友として、祝福はしてあげるわね」

「――あ、ありずぅー!」

 感極まった僕は、疲れきった身体にムチを打ってアリスに抱きつこうとした。
 それを察知して回避しようとするアリス。――の動きを更に予測した僕は、無理矢理軌道を変えて彼女に抱きつく。

「このっ、体力空っぽの癖に無駄な元気を発揮して!」

「もう搾取されるだけの立場で良いから、僕といっしょに幸せな家庭を築いてくださいお願いします! 二号さんで良いから!!」

「アンタみたいに死ぬほど面倒な二号を囲う程、酔狂な性格していないわよ! あーもう、懐くな頬擦りするな抱きつくな!!」

「いーなー、私もアリスに抱きつきたい」

「こんな馬鹿の真似なんてしないの! 晶も、テンション上がるとスキンシップが増えるその悪癖を何とかしなさい!!」

「アリスってたまに母親みたいな事言うよね」

「言うよねー」

「その体勢で和んでるんじゃないわよ!!」

「おろごんっ!?」

 くるりと世界が一回転し、顔面から地面に叩きつけられる僕。
 明確な首の骨狙いの一撃である。もー、アリスさんってばお茶目さんなんだから。
 ――さすがの僕でも、首が折れたら死ぬんだよ?

「折れないから大丈夫よ。貴方だって、自分がどの程度耐えられるかは感覚で理解してるんでしょう?」

「絶対に僕自身より、アリスの方が僕の事を分かってると思います」

「はいはい、面白い面白い」

 ……本人こう言ってますけど、神綺さんどう思いますか?

〈二人がとっても仲良しで、ママすっごく嬉しいわー〉

〈こんなドン引き確定の漫才見て、出てきた感想それだけかよ。魅魔様はそんな神綺が怖いわ〉

 僕もちょっと引きました。神綺さんは魔界のように広い心を持ってるなぁ。

〈ふふ、ありがとう。でも晶ちゃん、二号さんなんて不健全な事言っちゃダメよ?〉

 大丈夫です、さすがに本気じゃ無いですから。

〈……本当かい? その割には、かなりマジっぽい言い方だったけど?〉

 少なくとも二割は冗談です。

〈八割本気の可能性があるのかよ!〉

〈それなら晶ちゃん、いっそアリスちゃんのお嫁さんになっちゃう? 私は大歓迎なんだけど……〉

 その言葉、絶対アリスには言わないでくださいね。
 親友殺しの咎を、可愛い愛娘に負わせたくは無いでしょう?
 
〈晶ちゃんは照れ屋さんねー〉

 ……いやまぁ、もうそれで良いです。

〈天然ってコワイ。魅魔様は今更ながら学習したよ〉

 僕もです。そしてアリスがマザコン気味になるのも仕方ないなぁと思いました。まる。
 神綺さんの恐るべきフィルター具合に戦慄した僕は、首を抑えながらゆっくりと立ち上がろうと……立ち上が……あれ?
 あの、アリスさん? そこを掴まれると僕は立ち上がれないんですけど?
 と言うか、なんか手足に捻りが加わって若干痛くなってきたような? あれ?

「あのー、アリス? 出来れば手を離してほしいんですけどー」

「あら、おかしな事を言うのね。手を離したら貴方が自由になっちゃうじゃない」

「はぇあ?」

 それはどういう意味なのか。問いかける前に、アリスが身体を動かして僕の身体を思いっきり捻った。
 い、痛い! それは普通に痛いですよアリスさん!! そんなこちらの訴えにニッコリ笑顔を返す我が親友。
 気のせいでなければその表情には、たっぷりの怒りが込められている様な気がする。えっ?

「ちなみに忘れているようだから教えるけど――面変化の話、私は許す気も聞き逃す気も無いわよ?」

「――あっ」

 優しいし人情味もあるけど、締める所はきっちり締める。
 そんなしっかり者のアリスさんに締めあげられながら、僕は自分の世界に帰ってきた事を改めて実感するのだった。





 ――まぁ、そんな余裕があったのも最初のウチだけだったけどね! ……生かさず殺さずって一番タチが悪いよ、うん。




[27853] 異聞の章・参拾弐「群怪折実/私は友達がいない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/04/14 23:22


「やっほー、てゐちゃん! 突然だけど無償で僕の手伝いをしてくれない? 語尾にウサを付けて」

「ついに脳みそが腐ったか……とりあえずてゐちゃんに関わらないよう、どっかの山奥に隠遁してくれないかな」

「この辛辣な口調! 自分の事しか考えてない思考!! それでこそ因幡てゐだよ!」

「可哀想に、我が身を守るために心を壊してしまったんだね」

「――冗談だよ。ちょっと辛辣なてゐが恋しくなる事件があってね。はい、これお土産」

「ふーん、聞く気はまったく無いけどお疲れさん。しかしなんでお土産? どっか出かけてたっけ?」

「ちょっと異世界に行ってきました。ちなみにその間、この世界に居たのは別世界の僕です」

「わりとどうでもいい」

「知ってた」

「しかしそっか、となるとうどんげを情熱的に口説いていた晶は偽物だったんだね……」

「ちなみに記憶は引き継がれてるから、行動を捏造しても無駄だよ」

「ちっ、絞りとり損ねたか」

「そもそも僕が姉弟子を口説いて、生きて帰れるワケが無いじゃないか!!」

「そうでも無いと思うよ? うどんげって単純に晶の事嫌ってるワケじゃないし。……だからこそ面倒なんだけど」

「でも、口説いたら殺される事に変わりは無いでしょう?」

「変わんないね!」

「――姉弟子はどう思います?」

「――うどんげも同意見でしょ?」

「目の前で平然と本人の悪口言ってるんじゃ無いわよこの性悪共! と言うか今、さらっとおかしな事を言ってなかった!?」

「気のせい気のせい」

「ははは、うどんげ頭でも打った?」

「あ、アンタ達ねぇぇ!!」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾弐「群怪折実/私は友達がいない」





「ふぅ、やはり永遠亭はこうでないと」

 黒焦げになった僕は、達成感に満たされながら永遠亭の廊下を歩いていた。
 ジェネシック怖いお師匠様、全力で真っ黒なてゐ、狂犬のように噛み付いてくる姉弟子。
 これでこそ永遠亭だ! 嗚呼、心が落ち着くなぁ!!
 おらっ、魅魔様突っ込んでみろよおらぁっ。

〈そこで開き直られたら、魅魔様はもう何も言えないよ……〉

 ま、さすがにこんな狂った喜び方をするのは最初の内だけです。慣れたらいつも通りに戻ります。
 呆れる魅魔様に言い訳をしつつ、さぁ帰るかと玄関へ向かっていると、曲がり角からニッコリ笑顔のお師匠様が現れた。

「それじゃ、ついでだからいつも通りの姫様にも会いに行ってちょうだいね」

 なんでこっちの思考がいきなり読まれてるんだろう。天才アバンギャルド怖い。
 アリスと同じ事してるのに、受ける印象は全く違うと言う不思議。
 どこまで分かってるんだろうこの人。……さすがの『僕』も、多分お師匠様の事は誤魔化せなかったのでは。

「そうでも無いわよ。ふふ、まさかこの私が出し抜かれるとはねぇ」

「――はい?」

「違う世界の貴方は存外出来る男だったと言う事よ。……彼に有利な条件ばかり揃っていたから、完敗と言うのは少し違うけれどね」

 わぁ、今僕ってば世にも珍しいお師匠様の負け惜しみを聞いてるんじゃなかろうか。
 追求したら死ぬより酷い目に遭いそうだから言わないけど、それをやらかした人間がアレだと言うのは実に複雑な気分になる。

「それはさておき姫様がお待ちよ。行って来なさい」

「はーい、了解しましたー」

 呼ばれたのなら行くしかあるまい。回れ右をした僕は、姫様のお部屋へ向かう事にした。
 ちなみに、呼ばれなかったらそのまま帰るつもりでした。
 正直、輝夜さんの相手は疲れるから出来るだけしたくないです。
 ……微妙に、あの世界の引き篭もり姫様を引きずっていると言うのもあります。はい。
 けどまぁ、ご指名を無視して帰る程あの人の事が嫌いなワケではない。むしろかなり好きだよ?
 聞こえもしない内心で輝夜さんに言い訳しつつ、僕は彼女の部屋の前で足を止めた。
 さて、今回はどういう挨拶で行くかな。
 以前に「遊びをクリエイトだオラァ!」と言って突撃した時は大ウケしたから、アレ系統で攻めるのは有りだと思うんだけど。
 ……その後で姉弟子にボコられるからなぁ。生真面目な彼女の怒りに触れないレベルのお巫山戯にしておかないと。
 うーーーーん――ま、いつも通りでいっか。

「輝夜さーん、遊びに来ましたよー。開けて良いですかー?」

「構わないわよ、入りなさい」

 ……あれ、何だか今日の輝夜さんはテンションが低い。
 首を傾げながら部屋に入ると、彼女はいつもの場所に座りながら物憂げな表情で外を眺めていた。
 うーん、やっぱり黙っていられると気後れするくらいに美人だよなぁ。
 そんな彼女の雰囲気に押され、思わず正座する僕。うーむ、どうしたんだろうか? ――実は下らない理由に一票。

「……私達が出会ってから、それなりの時間が経ったわね」

「まぁ、輝夜さんの感覚からしたら微々たるモノでしょうけどね」

「けれど私達は、まだまだ互いの事が分かっていないと思うの」

「多分一生分からないと思います。ほら、輝夜さんってミステリアスだから」

「ごほん!」

 ああ、相槌は打つなって事ですね。了解。
 とりあえず輝夜さんは重々しい雰囲気を保ったまま何か重要っぽい話をしたいらしいので、素直に黙って聞いている事にする。
 
「ねぇ、晶。お互いを理解し合うために、もっと深い関係になりましょう? ――私の『恋人』にならない?」

「嫌です」

 我ながら清々しい程の拒否っぷりだ。かぐや姫からの告白をバッサリとか、五人の貴族に恨まれそうな所業である。
 しかし言わせて欲しい。――罠の予感しかしません、それもすっごい悪質な。
 そもそも、輝夜さんが神妙って時点でまず怪しい。
 姫オーラが力尽くで誤魔化しにかかってたけど、それでも誤魔化しきれないレベルの胡散臭さを匂わせている。
 具体的に言う――のは止めとく、名誉毀損はマズいもんね! あはは。
 
〈隙間レベルに胡散臭かったよな〉

 ごほん! と、とにかく!!
 
「何を企んでるんですか? 正直に言ってくれたら、引っかかってあげない事も無いですよ?」

「一刀両断してくれたわね……少しくらい、真っ当な告白の可能性を考慮しても良いんじゃないかしら」

「こんな無粋な告白が、輝夜さんの本気なワケ無いじゃないですか」

 今の告白がマズいと言うつもりは無いけど、輝夜さんらしさは欠片もないと断言できる。
 まぁ、それじゃあどういうのが輝夜さんらしい告白なのかと聞かれると困るのだけど……そもそも逆だと思うんだよね。
 お互いを深く理解してからじゃないと、輝夜さんと恋人になる事は出来ないと思う。何しろ古風な人だし。
 後、告白の仕方ももうちょっと迂遠な感じになって……いや、と言うかまず女性の方から告白って言うのがあり得ないんじゃ。
 ――結論、考えれば考えるほど告白はない。絶対にない。
 そんなこちらの考えを察したのか、いつもの雰囲気に戻った輝夜さんが苦虫を噛み潰したような顔でこちらを睨んでくる。
 うん、やっぱり輝夜さんはこうでないと。威圧感も無くなって一安心一安心。

「通じないだろうとは思ったけど、ここまで淡白に受け止められるとは思わなかったわ。――なんだか逆に燃えてきたわね」
 
「……輝夜さんってさ、わりと被虐趣味な所があるよね」

「失敬ね。私って基本追いかけられる立場だから、釣れない態度に弱いだけよ。今流行のちょろインってヤツね!!」

「意味分かって言ってます?」

「実はあんまり。そこまで詳しくは書いてなかったのよね、この本には」

「そうですか、今すぐ処分してください」

 輝夜さんの暇潰し用アイテムは、どうしてこう何らかの悪意に満ちているのだろうか。お師匠様達には早急に何とかして頂きたい。
 と言うか、なよたけのかぐやがちょろインって……そろそろ五人の貴族が怒りのあまり蘇ってきそうな気がする。

〈誰にでもチョロかったらただの馬鹿じゃないか。意中の相手にだけチョロいからちょろインって言われるんだろ?〉

 酷い理屈を聞いた。あながち間違って無さそうなのが更に酷い。
 しかし確かに、帝に対してはかなり甘かった様な。貴族達と同じ事してるのに何だろうねあの態度の違いは。
 やっぱり権力の差かなぁ……と思ったけど、月のお姫様である輝夜さんにはあまり関係ない気がする。
 だとすると、何が彼女の琴線に触れたのだろうか。なんか凄い気になるけど、追求すると地雷を踏む気がするので止めておく。

「……何だか話が逸れてきたわね」

「僕としては、このまま関係の無い話をし続けても良いんですけどねー」

「それじゃ私が困るから、素直に企みを白状するわ。実は私、人里に行ってみたいのよ」

「帰ります」

 僕は即座に立ち上がって回れ右をした。危機感知センサーはここぞとばかりに鳴りまくっているし、残る理由はまず無いだろう。
 逃げなくては。今すぐこの場から逃げなくては。
 氷翼を展開して飛び出そうとした僕の腰に、いつの間にか接近していた輝夜さんが抱きついてくる。
 くそっ、いつの間に!? ぶっちゃけそれほど重くないしパワーも無いから、振り解こうと思えば楽にできるけど。
 輝夜さんを雑に扱うと後が怖いからなぁ……更に言うと、勢い余ってうっかり死なせちゃいそうだし。
 なので脱出を諦め、とりあえず冷ややかな目で輝夜さんを見つめてみる。ニッコリ笑い返された。手強い人だ。

「だけどえーりんったら酷いのよ。姫様一人で人里に行けるはずがない、なんて言うんだから」

「実際無理じゃないですか。だって輝夜さん、一人じゃ竹林抜けられないでしょう?」

「そうなのよねー。更に言うと竹林抜けた後もどうして良いか分からないし、そもそもお金を持ってないから着いても何も出来ないし」

「……つまり、お師匠様の言う通りなんですね?」

「現時点ではそうね。ま、仕方がないわ。経験が無いんだもの」

「だから経験を積むために、僕に案内人を頼みたいと」

「あら、もっと優雅に逢引のお誘いと言っても良いのよ?」

「どっちにしろ断るからどうでもいいです」

 自ら好んで重荷を背負う趣味は、僕にはありませんからね。
 ついでに言うと、絶世の美女とデート出来るなら全てを投げ売って良いと言う潔い煩悩も無いです。
 と言うか、最初の恋人発言はこの逢引に繋げるためのモノだったのか。
 ……それはさすがに、自分を安売りし過ぎでしょう。

「もー、酷いわね。乙女の申し出をなんだと思っているのかしら」

「乙女は、人里に行きたいから恋人になろうなんて酔狂な事言いません」

「別にそれだけが目的じゃ無いわ。最初に言った、お互いの事をもっと知りたいって言葉も嘘じゃないのよ?」

「そうですか。嫌です」

「……ねぇ、貴方って実は私の事嫌いなの?」

「いえ、好きですよ。不老不死の彼女が嫌なだけです」

「いくら何でもその言い草は酷くないかしら、普通に傷ついたわよ」

「意思表示はハッキリしておかないと、余計なトラブルを引き込みますので。それに友達としては余裕で付き合えますから」

「あれ? 私ってば今、さりげなくフラれてる?」

「と言うか輝夜さんは「不老不死になっても構わない、一生を添い遂げよう!」とか言われたいんですか?」

「あ、それは無理。どういう意図があっても気持ち悪い」

 ですよねー、僕もそう思います。
 あくまで例えの告白だから、相手の心境なんて無いのも同然なんだけど。
 そういう告白をする人は、一億年くらい生きる事になっても同じ事を言えるのだろうか。
 ……正直、輝夜さんの不老不死がどれほどのモノなのか僕には分からない。
 実は一万年くらいで不死じゃなくなってポックリ死ぬ可能性も、世界が終わってもなお死ねない可能性もあるワケだし。
 ただ少なくとも、彼女と添い遂げるっていう言葉の意味は分かっている。
 それは比喩でなく、本当に気が狂うような長い時間を輝夜さんと共にするって事だ。
 ――うん、それを理解せず言ってるなら死ぬほどタチ悪いし、分かってて言ってるならすっごい気持ち悪いね。

「まぁ、晶みたいに「不老不死なんて絶対にゴメンだ」って言ってた子がそう言ってくれるなら、ときめかない事も無いけどね」

「そんな事言うくらいなら、生身のまま輝夜さんに嫁いで残りの人生を玩具にされる事を選びますよ」

「え、本当に? ならちょっと永琳呼んで祝言の準備させるわね」

「いや、しませんから。残りの時間全てを投げ捨てる程、僕はまだ人生に絶望していませんので」

「本当に歯に衣を着せない言い方するわねー。……でもそういう、真剣に考えた末の拒絶は嫌いでないわよ?」

 ずっとしがみついていた腰から離れた輝夜さんが、今度は背中に負ぶさる形で僕に抱きついてくる。
 僕の肩に顎を乗せて、ニヤニヤ笑いつつ僕の頬をつつく輝夜さん。
 正直、今日の暴言はかなり洒落になっていない部類のモノがチラホラあったと思うのだけど。
 ……なんでこの人、好感度が下がるどころか上がってるんだろうか。まさか本当にマゾだったりするのかな。

「む、なんだか失礼な事を考えている気配」

「いえ、大した事じゃ無いですよ。これだけ言われたい放題されて喜んでる輝夜さんは、ガチの変態なんじゃないだろうかと思っただけで」

「さすがに怒るわよ? あれだけ言われて不愉快に思ってないはずが無いじゃないの、うりうり」

 そう言いつつ、突いていた頬を抓る輝夜さん。
 軽い口調とは裏腹にかなりの力が篭っていたのは、彼女の言う通り怒っているからなのか。
 けどまぁ、普通はそういう反応になるよね。……そのわりには、やっぱり喜びの感情の方が強いみたいだけど。

「正直さに免じてあげてるのよ。それに、友達としては余裕で付き合えるんでしょう?」

「まぁ、僕の器じゃ受け止めきれないってのが拒否の理由ですからね。話したり遊んだりするのは別に……」

「晶のそういう姿勢が私は好きなの。兎達とも永琳とも違う立ち位置に居る人間――私にとっては、貴方が初めての友人かもしれないわね」

「それはまぁ、なんというか光栄なお話ですね」

「うふふ、でしょー?」

 頬に抓っていた腕を首に回し、輝夜さんは更に僕との密着度を上げてきた。
 ……初めての友達か。軽い言い回しだけど、やたら重い台詞だなぁ。本人にその意図は無いんだろうけど。
 まぁ、何しろ箱入りの姫で犯罪者で不老不死だ。友達がもっとも縁遠い存在になってしまうのは仕方のない事だろう。
 と言うか、改めて考えると凄いね輝夜さん。いくら何でも属性詰め込みすぎだと思う。

〈少年は鏡を見ろ〉

 何を言っているのかさっぱり分かりませんな。

「それじゃあ晶、友人としてお願いするわ。一緒に人里で遊びましょう?」

「嫌です」

 そして再びバッサリである。自分で言うのも何だけど容赦が無さ過ぎる。
 いやだけど、言い方変わっただけで内容はそのまんまだよね。負担も変わらずそのまんまだよね。
 だから無理だし嫌です。僕はノーと言える日本人! ただし命令された場合を除く。

「もー、少しくらいは考えようとしなさいよー。付き合ってくれたら色々ご奉仕もしてあげるわよ?」

「絶対に嫌です」

「この意地っ張りさんめ。ふふふ、やっぱり燃えてきたわ。意地でも付き合って貰うわね」

 しかし諦めない輝夜さん。この人のバイタリティは一体どこから湧いて出てくるのだろうか。
 僕の顔を弄りながらしつこくお願いしてくる輝夜さんの言葉を聞き流しながら、僕は逃げ出す算段を必死に考えるのだった。




[27853] 異聞の章・参拾参「群怪折実/アンデッド・インカミング」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/05/05 20:41

「最近の私、晶に暴力を振るい過ぎよね」

「えっ、今更!?」

「う、うるさいわね! その、気をつけては居るんだけど……ついやっちゃうのよ」

「別に良いんじゃない? うどんげが晶をボッコボコにした所で誰も気にしないって。つーかボコられた本人も気にしてないって」

「……だけど、からかっただけで殺されるとか思ってるんでしょう?」

「うどんげってば、あんな下らない冗談を気にしてたんだ」

「冗談にしては悪質過ぎるわよ!」

「まぁ、私も晶も八割本気で言ってるしね」

「ぐぅっ」

「と言うか、そのお詫びにちょっと良いめのお茶菓子って……色んな意味でさり気なさすぎるでしょ。晶気付かないと思うよ?」

「は、はっきり謝るのもどうかと思うのよ。悪いのは晶なワケだし」

「てゐちゃん優しいから教えるけど、その手の分かりにくい好意の見せ方は晶に通じないと思う。盛大に空回るのがオチだね」

「なっ、何の話よ!?」

「それを指摘するほどてゐちゃん鬼じゃ無いから。さってと到ちゃ――あっ」

「てゐ? どうした――の――――」

「あら、イナバ達じゃないの。何か用かしら」

「……お、おふぅ」

「わー、姫様が子泣きじじいみたいになってるー」

「あのですね、これはですね、あの……」

「すいません姫様、ちょっとバールの様な物をとってきます」

「えっ」

「あらあら」

「……凄まじい速さで駆けて行ったなー」

「――よーし輝夜さん! 今すぐ人里に行こうか!!」

「わーい、やったー。それじゃイナバ、私出かけてくるわね」

「いってらっしゃーい。……うん、あの様子だと当分うどんげの立ち位置は変わんないかな。どうでも良いけど」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾参「群怪折実/アンデッド・インカミング」





 結局人里に来てしまいました。どうも、久遠晶です。
 いや、だってアレはしょうがないよ。あんな良い笑顔で殺気をばら撒かれたらそりゃ逃げるって。
 最近の姉弟子は、良く分からない凄みがあるから困りものだ。そのうち本当に殺されるかも。

「いいわねー、初めて来たけど中々に愉快な町並みだわ。所々に見慣れない建物があるのも面白いわね」

 そしてテンションダダ上がりな輝夜さん、分かっていたけど実に厄介だ。
 輝夜さんは何気に人畜無害枠で、暴力的な意味では何の心配も要らない落ち着いた女性なのだけど。
 ……根本的にこの人、傾国の美女だからなぁ。ぶっちゃけ存在その物が面倒事の理由になり得ると言っても過言では無いのである。
 正直、どう足掻いても目立つ事は避けられないと思っています。
 人里の男衆全員から求婚、くらいの展開は覚悟しておこう。……そうなったらもう輝夜さん担いで逃げるしか無いけどね!

「あんまりはしゃがないでくださいよー。輝夜さんはただでさえ目立つんですから」

「大丈夫よ。私が何の策も無く、ノコノコ人里にやって来たと思う?」

「はい」

 輝夜さんなら十二分にありえる話だ。むしろ、きちんと対策を立てていたと言う話の方が信じられない。
 まぁ、そもそも作戦を考えたり実行したりする立場に居ない人だからね。
 僕が知らないだけで、実はそういう事も出来るって可能性もあるだろうけど――いや、多分それは無いかな!

「仮にあっても、それはお師匠様の考えた作戦でしょ? 妙な見栄は張らない方が良いと思いますよ」

「晶がえーりんみたいな事言う……」

 図星だったようだ。僕の指摘に可愛らしく拗ねる輝夜さん。……まぁ、多分演技だろうけど。
 しかし、お師匠様の案だと言うなら話は別だ。あの人の事だから、きっと凄まじい作戦を考えているのだろう。
 ――つまり、今すぐ逃げなきゃ!
 もちろんそれは、輝夜さんを助ける為の作戦である。僕の事なんて考慮してないに決まっている。
 どころか、下手をすれば僕を踏み台にした内容である可能性すらあり得るのだ。と言うか恐らくその可能性が一番高い。絶対高い。

「あら、どうしたの? 仕事を任されたイナバみたいな顔してるわよ?」

「どっちのイナバかあっさり分かるのが嫌ですね。正直に言いますけど、今すぐ輝夜さん放っぽって逃げ出したいです」

「ダメよ。それだとえーりんの「人里で悪名高い晶を隠れ蓑にしちゃおう作戦」が成立しないわ」

「わー、清々しいくらいに僕を犠牲にしたアイディアだー」

 もっとも悪名の高さは僕自身のせいなので、お師匠様に責は無い。
 ……そう、すっかり忘れていたけど人里での僕ってそういう扱いだったんだよね。
 如何に極上の料理と言えども、ライオンの隣じゃ魅力半減って事ですか。お師匠様は賢いなぁ。

「そういうワケだから、人里に居る間は私から離れない事! 良いわね?」

「構いませんけど……そういう事なら、尚更はしゃぎ過ぎないでくださいよ? 負担は全部僕に来るんですから」

「んふふ、嫌って言ったらどうするのかしら」

「この手を汚す覚悟を決めます」

「…………気をつけるわ」

 うん、分かってくれたようで何よりです。
 例え死なないと分かっていても、ひたすら輝夜さんをボコるのは気分が悪いからね。
 え、もっと穏便な止め方? しないよ、絶対にしないよ。
 ところで輝夜さん、何故に腕にひっつくのですか? まるで恋人みたいな姿勢ですけど……。
 あ、凄い意地の悪い顔してる。わざとだコレ。間違いなく意識してやってるわコレ。

「それじゃ、晶に人里をたっぷりと案内してもらいましょうか。ふふ、しっかりこの私を楽しませなさいよ?」

「かなりのムチャぶりをしてきましたねー。具体的にはどういう所に行きたいんですか?」

「あら、それを考えるのが殿方の役目でしょう?」

「……じゃあ、女性の役目は?」

「殿方が気分良く相手を連れ回せるよう、愛想良く振る舞う事かしら」

「なるほど、とか思っちゃう自分がちょっと嫌です」

 輝夜さんの微妙に真理をついている様な言葉に、何とも言えない気分になる僕。
 まぁ、確かにそれは大事だよね。一生懸命エスコートしたのに喜んでもらえなかったら色んな気力が削がれてしまう。
 そういう所を外さないのはさすがなよたけのかぐや、男心を実に良く分かっていらっしゃる。
 ……真正面から言われると、何とも言えない気分になるけど。それは多分ワザとだろう。

「大丈夫よ、そもそも私人里初めてだから。変な所に案内されない限り満足すると思うわ、多分」

「むしろ変な所でも満足しそうな気がしますが……分かりましたよ」

 とりあえず、いつもの喫茶店でケーキでも食べようか。
 無難な所を目的地に定めた僕は、輝夜さんを腕にしがみつかせた姿勢で歩き出した。
 あ、凄い。どう考えても邪魔になる状態なのに全然邪魔になってない。こういう所さすがだよね輝夜さん――っと。

「ちょっと良いですか、輝夜さん」

「ん? どうしたの?」

「いえ、ちょっと知り合いを見つけたので挨拶しようかと。――しっかり掴まっててくださいね」

「……人里の知り合い? それってもしかして――わきゃあぁ!?」

 輝夜さんの返事を聞く前に、小さく身を屈めた僕は大地を蹴って一気に駆け出した。
 屋根を伝い路地裏を走り、出来るだけ人目につかないよう移動する僕。
 もちろん、輝夜さんを運びやすいよう小脇に抱える事を忘れない。
 最後に屋根を大きく飛び越えた僕は、輝夜さんを抱えた姿勢で知り合い――妹紅さんと上白沢先生の前に華麗に着地した。
 そうして突然現れた僕に、二人は同様のリアクションを返す。
 具体的に言うと、即座に臨戦態勢に入ってました。
 ……さすが人里の守護者と竹林の案内人、つねに非常事態に備えてるんだね。

「――なんだ、妖怪かと思ったら晶か。驚かせるなよ」

「ははは、すいません。二人の姿を見かけたので、軽く挨拶をしようと思いまして」

「見かけて? 今、屋敷を飛び越えて現れたような気がするんだが」

「あれ、言ってませんでしたっけ。最近は障害物とか無視して物が見えるようになったんですけど」

「……ああ、聞いてないな」

 僕の言葉を聞き、遠い目をする上白沢先生。
 なんかスイマセン、自分でも人外っぷりに磨きがかかってる自覚はあります。

「――はぁ、やっぱりコイツらなのね。最悪だわ」

「あぁん? ……なんだ、趣味の悪い荷物かと思えば引き篭もりの間抜けじゃないか。何しに出てきたんだ?」

「私がどこに居ようと私の勝手でしょう? そもそも貴方だって、人里にとっては部外者じゃない」

 そして、あっという間に険悪な空気を放つ輝夜さんと妹紅さん。
 ……そう言えば、妹紅さんって永遠亭の方々と仲が悪かった様な気が。かなり前にそんな事を言ってた記憶もあるし。
 と言う事は、僕の行動はかなりマズかったのではないのだろうか。これって火種にガソリンぶち撒けるような行為ですよね?
 二人の様子に気付いた上白沢先生も、これはヤバいとばかりに顔を曇らせた。

「妹紅、ここは人里だ。お前と彼女の因縁を知らないワケでは無いが、暴れる場所は選んでくれないか」

「そこのお荷物姫次第だな。今すぐ視界から消えてくれるって言うなら、見逃してやらん事も無いさ」

「露骨な挑発は止めろ!」

 先生は腕を引いて必死に妹紅さんを宥めようとしているけど、殺る気モードに入った彼女には通じていない様だ。
 と言うか漏れてる、溢れる殺意が火の粉になって漏れ出まくってるよ妹紅さん。
 最早いつ殴りかかってきてもおかしくない状況である。せめて輝夜さんが大人な態度で居てくれたらまだ活路が――うん、無理っぽい。
 小脇に抱えられた輝夜さんは、どこからでもかかってこいと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。
 知ってる、コレ文姉と幽香さんが大喧嘩する前の空気だ。
 さてどうしたものか、困ったなぁと思っていたら――何やら輝夜さんがチラチラとこちらを見てくるではないか。
 おまけに何か期待した感じで、妹紅さんと上白沢先生のやり取りに視線を送っている。
 ああ、あのやり取りをやりたいんですか。止めて欲しいんですか。止まる気は無いけど止めて欲しいんだ。面倒臭い人だ。
 しょうがないので、輝夜さんを下ろして優しく腕を掴む僕。
 そして反対側の手でロッドを持ち、展開しない状態で氷のハンマーを形成して何度も振り回した。

「ねぇ、晶。その右手に持った殴る部分がやたらトゲトゲした氷槌は何かしら」

「アイシクル肉叩きハンマーです。二人が喧嘩を始めたら、これで頭蓋骨が粉々になるまでしこたま殴ってやろうかと思いまして」

「ちょ、ちょっとソレは手段と手順が飛び過ぎじゃないかしら。その前に出来る事がもっと色々とあるでしょう?」

「ははは、僕の言葉で輝夜さんが止まるとは思ってませんよ。――だから覚悟を決めます」

「……私を殺す覚悟を?」

「いえ、例え僕の身体がどうなろうとも一時間ずっと殴り続ける覚悟です」

 不老不死といえども、痛覚の方は常人通りなのは以前の戦いで把握済みだ。
 つまり、ダメージを与え続けるお仕置きは彼女にとってもペナルティ足り得ると言う事である。
 だから殴る。死のうが死ぬまいが一時間、ぶっ通しで輝夜さんの頭を殴り続ける。
 当然、輝夜さんだってタダで殴られはしないだろう。抵抗だってするし、場合によってはやる前にやってくる可能性も十二分にありえる。
 が、止めない。無駄死だろうと割に合っていなかろうと、全力で彼女を止めてやろうじゃないか。

「……晶って、たまに狂気じみた真似を平然とやらかそうとするわね」

「駆け引きと言ってください。こう言えば輝夜さんだって喧嘩しようとは思わないでしょう?」

「あ、ああ、つまりハッタリか。あまり驚かせないでくれ」

 僕の言葉に、ホッと安堵の息を漏らす上白沢先生。
 いつのまにやら二人の注目も、僕の言動の方に向いていたようである。
 しかしハッタリですか。……上白沢先生は、まだちょっと僕の事を分かっていないみたいですね。

「いや、実際に暴れたら本当に実行するつもりでしたよ? 当たり前じゃないですか」

「――――はい?」

 そうで無ければこんな頭おかしい脅し、輝夜さんに通用するはずが無いだろう。
 まぁ、さすがに本当に死ぬまでやる気は無いけどね。手足の一本くらいなら余裕で許容範囲ですよ!

「ははは、ざまぁないな輝夜! 頭割られたくなかったら大人しくしてろよ?」

「ちなみに妹紅さんも対象ですから悪しからず。喧嘩をおっ始めた日には二人の頭をガンガン叩くよ? 僕の命を対価にしてでもね!」

「……お、おぅ」

「晶よ、頼むから素直に礼の言えるやり方で二人を止めてくれないか」

 不器用ですから自分、色んな意味で。
 それに僕、客観的な立場でも当事者的な立場でも似たようなケースを知ってるからね。
 この手のいがみ合いは、これくらいしないと止まらないんですよ。ええ。
 まぁ、文姉と幽香さんの場合はこれくらいじゃ余裕で止まらないと思うけど。
 むしろ幽香さんならノリノリで受け入れる。構わないから全力で来いって超良い笑顔で言う。
 そういう意味では、この程度の事で止める二人は若干チョロいと言わざるを得ないだろう。もしくは常識的と言うか。

「ぐむむ……だけど宿敵と遭っておきながら、何もしないって言うのはどうなのかしら」

「別に人里の外でやるんなら良いんじゃないですか。僕は無視して帰りますけど」

「酷いわ。逢引中の女性を放置して帰るなんて……」

「逢引中に宿敵優先するような女性は、放置されて当然だと思います」

「そろそろ本気でときめくわよ」

「何それ怖い」

 と言うか、それを脅し文句に出来る根性が凄い。
 腕にしがみつき、じっとこちらを睨みつける輝夜さんに半笑いを返す僕。
 そんな僕へ、わりと本気で心配した様子の妹紅さんが声をかけてくる。

「晶、悪い事は言わないからその女は止めとけ。人生狂うぞ」

「大丈夫です、僕もそう思ってます」

「分かってないわねぇ。そういう危ない香りが男を引き寄せるのよ」

「……腹立つな」

「事実なだけにイラッときますね」

 まぁだけど、この空気なら本気の殺し合いには発展しないだろう。
 後はこの二人のやる気をどう発散するするかだなー。等と考えながら、さっきから妙に静かな上白沢先生に目を向ける。
 見ると彼女は、何やら物凄い勢いで落ち込んでいる模様。
 はて、どうしたんだろうか。今どこかに落ち込む要素があったのかな?
 
「ん、どうした慧音? 輝夜の発言が気に触ったか?」

「いや……その、自分の愚かな頭が情けなくなってな。少しばかり自己嫌悪に陥っていた」

「ほにゃ? どうしたんですか?」

「ああ、うん、えーっとだな……スマン。最初に逢引と聞いた時、同性同士でも成立するのか思ってしまったのだ」

 心底申し訳無さそうに謝罪する上白沢先生。本人に悪気は無いんだろうけど、そっちの方が更に凹む。
 あーそっか、さっきからずっと輝夜さんとイチャイチャ? してたのに、妬みの視線が無いのはおかしいと思ったんだ。
 てっきり僕が恐れられているから、妬む所までいかないのだと思っていたのだけど。

 



 ――そっか、そもそもデートと認識されてなかったのか。泣ける。




[27853] 異聞の章・参拾肆「群怪折実/クイズ天国と地獄(天国抜き)」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/05/05 21:41


「それにしても失礼な話よね、晶が女性に見えるなんて」

「えっ」

「はっ?」

「そ、そうだな」

「……なんで、本人まで不思議そうな顔をしているのよ」

「僕にも、自分を客観的に見る程度の常識はありますので。さすがにこの格好で男を自称するのはムリがありますって」

「その格好って、現代風の小姓なんでしょう? 全然問題無いじゃない」

「小姓って……どの時代で頭止まってるんだよお前は。これだから引き篭もりは」

「とことん失礼ね。まぁ確かに格好は女性寄りだけど……晶って十分男らしいと思うわよ?」

「えっ」

「はっ?」

「そ………そう、だな」

「だから、なんでそこでそういう反応になるのよ。おまけに本人まで」

「いや、その……ねぇ?」

「輝夜お前、意外と男を見る目が無いな」

「そ、そんな事は、無いと……思う…………ぞ?」

「先生、ムリはしなくて良いよ……」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾肆「群怪折実/クイズ天国と地獄(天国抜き)」





「ぶっちゃけ、このまま別れるのはダメだと思うのよ。私と妹紅の因縁的に考えて」

 喧嘩を抑えて一安心していたら、輝夜さんが何か戯言を言い出した。
 そしてハッキリとは断言しないものの、態度で露骨に同意して見せる妹紅さん。
 変な所で意見が合うのは、仲悪いコンビのお約束なのだろうか。
 とりあえず遺憾の意を込めてハンマーを振り回すと、輝夜さんは不服そうに頬を膨らませてきた。

「別に暴れたいって言っているワケじゃないわ。とにかく勝つなり負けるなりして、精神的な安定を図りたいって言ってるのよ」

「ああ、もうこの際決着付けられれば何でもいいから勝負させてくれ」

「……負けても良いんですか」

「良くは無いな。けど――」

「このまま帰るよりはマシなのよ」

 この二人はどういう関係なんだろうか。敵対してる、と言うには和やか過ぎるんだけど。
 視線を横にズラし、どうなんですかと慧音先生に確認をとってみる。静かに項垂れられた。
 どうやら想像以上に面倒臭い間柄であるらしい。了解、追求はしません。

「つまり優劣を競う勝負なら何でもいいからやらせて欲しいと。――やれば良いじゃないですか、お好きな様に」

「そんな無責任な発言は許さないわよ? 私達の勝負を差し止めたんだから、立派な代案を用意しなさい」

 そんな責任こそ欠片も無いのだけど、ここで否定した方が面倒になりそうグッと我慢する。
 とりあえず、適当な勝負でチャチャッと満足してもらおう。
 さて、どんな内容が良いかなぁ。本当にいい加減な競技は逆効果だろうし。
 大食い――はダメだね。どう考えても僕の自腹になる展開だ。
 二人共それほど食べる人間じゃ無いだろうけど……ぶっちゃけ高価な物は山ほど食べそうだ。

「んー、勝負の案かー。何か希望とかあります?」

「細々とした勝負はイヤよ、つまんないから」

「ま、スカッとケリはつけたいな。だけど見世物は嫌だぞ」

「魅せるのはともかく、見られるのは私もイヤねー。あ、それとお為ごかしっぽい適当なのはダメだからね」

「真剣勝負で頼むな」

 ……どうしよう、かなりイラッとしてきた。
 聞いたのは僕だし、内容もわりと想定の範囲内なんだけど。なんだろうこの無茶ぶりされた感は。
 この人達も、もう少し頭を使ってくれても良いんじゃ――ふむ。

「閃いた。阿求さんの所に行こう」

「お、おい晶!? 稗田殿を巻き込むのは……っ」

「まーまー慧音センセ、ちょっと耳を貸してくださいな」

 僕の発言に顔を顰めた上白沢先生を手招きし、その耳元で言葉の意図を説明する。
 最初怪訝そうにしていた先生は、僕の話を聞くとニッコリ笑って二人の方へと向き直った。

「よし、では稗田殿の屋敷へ行こうか」

「……おい。慧音のヤツ、親友の私ですら見た事の無いわっるい笑顔してるぞ」

「そして晶がとても邪悪な笑みを浮かべてるわね。アレ知ってる、私を竹林に放り投げた時と同じ種類の笑顔よ」

「――どうだ、輝夜。ここはやっぱり勝負は持ち越しって事で」

「――悪く無い提案ね。今日は良くない星の巡りみたいだし、やり合うのは日を改めて」

「こらこら、前言を撤回するのはらしくないぞ。妹紅」

「ほーら輝夜さん、勝負の時間だよー」

「お、おぅ……」

「晶ってば楽しそうね……」

 示し合わせて逃げ出そうとした二人を、僕と上白沢先生がそれぞれ確保する。
 これも、傍から見ると女性グループが仲良さそうに絡んでいる様にしか見えないのだろうか。
 とりあえず、輝夜さんの腕にしがみついている自分の姿を客観的に見ようとして――即座にそれを諦めた。
 うん、意味なく自分を傷つけてもしょうがないよね。……自業自得だとわかった上でメゲそう。










「――と、言うワケで! 第一回、稗田邸大クイズ大会を開催したいと思いまーす!! 進行役は毎度お馴染み久遠晶君でーす」

「はい、突然人の家で催し開かれても笑顔で受け入れる女。ゲストの稗田阿求です」

「審判は私、皆大好き上白沢慧音先生だ。地獄の閻魔ばりに平等な判断を下してみせよう」

「待て。色々と待て!」

 稗田邸へ到着し速やかに阿求さんを説得した僕と先生は、超速で場を整えた。
 重ねた座布団に呆然とする二人を座らせ、僕達は説明など知った事かと言わんばかりに話を進め始める。
 
「ルールは実にシンプル、これから出される問題を間違えたら罰ゲーム。最終的に正解数の多い方が勝ちです」

「間違えたら罰ゲームって所がミソですね。こうやって司会の役目を引き受けた甲斐があると言うものです」

「ああ、この際だからガンガンやってやろうじゃないか!」

 ちなみに、二人のテンションに関しては僕はノータッチです。何の仕込みもしておりません。
 と言うか上白沢先生の張り切りっぷりが尋常でない。凄いはしゃぎようだ。
 ……色々と溜まっていたのかなぁ。こう、人里の守護者としてのストレスやら何やらが。
 まぁ、こんな些細な催しが先生の潤いになってくれるなら幸いですよ。どうせ犠牲になるのは輝夜さんと妹紅さんだし。

「はいはーい、ではでは参加者二名パパっと自己紹介お願いしまーす」

「いや、本当にちょっと待てよ。せめてこっちの話を聞けって」

「蓬来山輝夜です。今日は精一杯頑張ります!」

「おいコラ輝夜!?」

「ふふっ、私はもう諦めたわ。こうなったらもう全力で楽しむだけよ」

 遠い目で僕を見つめた輝夜さんが、ヤレヤレと肩を竦めてみせた。
 アレ? ひょっとして何もかも僕の計算通りだと思われてる?
 いやいや、結構行き当たりばったりですよ? 少なくともここから先の事は何も考えてません。
 とりあえず、この後は場の空気に合わせてクラゲのように流されていこう。
 そんな事を考えながら、僕は不満そうにしている妹紅さんへと近づいた。

「妹紅さん……世の中って理不尽な物ですよね」

「その理不尽をばら撒いてる本人が、訳知り顔で言ってるんじゃねーよ!」

「お気持ちは分かります。分かりますが、一言だけ言わせてください」

「な、なんだよ」

「――僕を巻き込むって、つまりこういう事なんですよ」

「うん、お前やっぱ狡知の道化師だわ」

「それじゃ、妹紅さんの了承も得た所でクイズ大会かいしー!!」

「いぇーい!」

「わーい」

「やるぞー!!」

「今、一言でも同意の言葉を口にしたか!?」

 それでも逃げ出そうとしない、その付き合いの良さが命取りだと思いますよ。死なないけど。
 とりあえずもうゴリ押ししても大丈夫そうなので、即興で用意した問題ボックスをポケットから取り出した。
 妹紅さんがその事にツッコミを入れたそうにしてるけど無視。
 鼻歌交じりに箱の中で手を動かした僕は、適当な問題の書かれた紙を一つ選んで箱から出す。

「では、第一問!」

「あーもうヤケだ! なんでも来い!!」

「まぁ、勝負である事に変わりは無いワケだしね。ふふっ、私の知性を見せてあげるわ」

「――里で話題の和スイーツ、天狗饅頭の人気の秘密はなんでしょう!?」

「……はっ?」

「えっ? 何それ? てんぐまんじゅう?」

「それでは、しんきんぐたーいむ! お手持ちのフリップに答えをお書きください!!」

 唖然とする二人を、問答無用の思考時間へと放り出す。
 まぁ、戸惑うのも当然だろう。半分とはいえ知恵の神獣ハクタクと、幻想郷縁起の作者が揃っているのだ。
 もっと知的で、かつ高難易度な問題が出るのだと思っていたに違いあるまい。
 ――ははは、そんな真っ当な展開にするはず無いじゃないですか。
 ここから始まるのは、引き篭もりと世捨て人に厳しいサブカルと身内ネタに溢れたご当地クイズ大会さ!

「いや、私人里にはほとんど行かないから、そんな問題出されてもさっぱり分からないぞ?」

「もちろん人里に初めて来た私も分からないわ。出来ればもう少し、情けをかけてくれるとありがたいのだけど」

「なるほど――阿求さん、上白沢先生、一言どうぞ」

「つまり条件は五分五分って事ですね! やったじゃないですか、存分に間違えてください!!」

「安心しろ、ちょっと恥ずかしい目に合うだけだ。命の危険は何も無いぞ!」

「いや、そもそも命の危険とか私らにもっとも縁遠い話だし。なんかお前ら間違える事を前提に話してる感じがするし」

「前提にしているんじゃないです、期待してるんです」

「まぁ、たまには、な」

「おいコレ、勝負に見せかけた晒し者じゃねーのか!?」

「んー、人気の秘密かー。何かしらねー」

「お前は少しくらい抵抗しろ! くそっ、私は絶対に負けないぞ!!」

 ははは、頑張れ頑張れ。観念してフリップとの睨めっこを始める妹紅さんを温かな目で見つめる僕。
 ちなみにフリップは、適当な板に紙を貼り付けただけのシンプルな代物です。もちろん紙は使い捨て。
 他のアイテムも、手持ちのガラクタと稗田邸の廃材を使って一生懸命それっぽい感じに仕立てあげました。……何やってるんだろ、僕。

「はい、しゅーりょー! ではでは、答えどうぞ!!」

「じゃあまずは私から。『貴重な食材を使用している』――言葉にしてみると凄い無難な感じになったわね」

「……微妙に範囲を広く取ってる所を見るに、お前意外とガチで答え当てに来てるな?」

「私、人で遊ぶのは良いけど人に遊ばれるのは嫌なのよ」

「下衆め。ちなみに私の答えは『面白いオマケがついてくる』だ」

「………そういう貴女も、かなりセコい答え方してるわね」

「う、うるさいな!!」

 何だかんだで二人共本気なワケですね、つまり。
 まぁ、気持ちは分かる。僕だって同じ状況に放り込まれたら我武者羅になるよ。
 だって二人共、物凄いやる気なんだもん。実に活き活きとしてらっしゃる。
 正直今の輝夜さんと妹紅さんの姿を見ていると、まな板の上の鯉って言葉が頭の中をグルグルと回ります。
 助けないけど。存分に玩具にされたら良いんじゃないかな!

「それでは、正解の発表です! 阿求さんどうぞ!!」

「はい、正解は『そもそも天狗饅頭は人気じゃない』でした。お二人共残念です」

「おいちょっと待て、それはさすがに理不尽過ぎるだろ!?」

「えっと審判、抗議を入れたいのだけど?」

「うむ――問題無し!」

「コラ慧音、公平な審判はどうした!?」

 そんなもんハナからあるワケ無いじゃないですか。あはは。
 僕達三人のニッコリ笑顔に、この大会の理不尽さを感じ取った二人はガックリと項垂れた。

「それじゃ、罰ゲェェム! 阿求さん!!」

「はーい。お二人への罰ゲーム、まずは軽めにコレです! ね~こ~み~み~」

「軽め!?」

「もちろん、語尾はにゃーでお願いしますよ?」

「いきなり飛ばしてきたわね……」

 もちろん、この猫耳は阿求さんの私物です。これには僕関係してないよ!
 ご丁寧にそれぞれの髪の色に合わせた猫耳を取り出すと、阿求さんはにこやかにそれを二人へ装着する。
 ――うん、なんて言うか地味。驚くほどに地味。
 多分ナチュラルボーンな猫耳キャラを知っているからだろう。もっと広く獣耳キャラで見れば、アホみたいに該当者が居るワケだしね。
 外の世界では萌の代表的パーツとして見られる猫耳だけど、幻想郷だと若干珍しいだけの身体的特徴の一つに過ぎないと言う事です。
 楽しそうに猫耳を装着させた阿求さんも、今は微妙な顔で二人の姿を眺めている。

「なんでしょうか、このガッカリ感は。思ったよりも楽しくなかったというか」

「有り体に言って拍子抜けですよね。弄る所がありそうで特に無い所が更にガッカリと言うか」

「うむ、罰ゲームとしては少しばかり勢いに欠ける所があるな」

「なんでこんなボロクソ言われてるんだにゃ、私ら」

「ある意味、この流れが一番の罰ゲームよね……もとい、このにゃがれが一番の罰ゲームよにゃー」

 我ながらボロクソ言いまくる僕と阿求さんと上白沢先生。でも実際に面白くないのだからしょうがない。
 まぁ、これで終わりってワケじゃないから良いんだけどね。とりあえず、これは軽いジャブと言う事にしておこう。

「よーし、それじゃ第二問いっくよー! さてはて、次はどんな格好になるのかな?」

「次の罰ゲームは、もっと派手な内容にするべきですよね! 私ワクワクしてきました!!」

「コイツら……完全に私らが間違える事を前提にして話してやがるにゃ」

「そもそもこれって勝負にゃのかしら、私達が弄られているだけにしか思えにゃいのだけど」

 まーアレです、一応正解数で競ってるから辛うじて勝負ですよ?
 ……罰ゲームがメインになっている事は否定しないけど。
 別に意地悪でやっているワケじゃ無いんです。精神的に消耗させまくって、更なるトラブルを引き寄せないようにしているだけなんです。
 変にヒートアップされても困るからね。ここでヘトヘトにしてしまえば、しばらくは大人しくしているだろうさ。

〈ぶっちゃけソレ、意地悪よりもタチ悪く無いか?〉

 かもね!

「ふむ……妹紅にはやはり、このヒラヒラを着せるべきか。いや、輝夜殿と一緒にこっちの際どいのを?」

 ちなみに、何度も言いますが上白沢先生には何の仕込みもしておりません。
 一応、今回の行動の意図は伝えたけどね。ここまではしゃいでいるのは先生の素でございます。
 ……思う所があったんだろうなぁ、二人の関係に。
 ここぞとばかりにストレスを発散しようとする彼女の姿に、何とも言えない気分になる僕。
 これも自業自得ってヤツなのだろうと、若干の哀れみを込めて妹紅さんと輝夜さんの姿をジッと見つめるのだった。





 ――なお、稗田邸クイズ大会は結局、二人にどれだけ萌え属性を積めるか計るだけの催しになった事を一応お知らせしておきます。




[27853] 異聞の章・参拾伍「群怪折実/どげめいA」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/06/09 22:08


「ひ、酷い目に遭った。死ぬよりも恐ろしい目に遭った気がするぞ」

「本当にゃよ。ぐーやもまさか、ここまでメチャクチャにされるとは思わなかったにゃ☆」

「……止めろよ気持ち悪い。正直見ているだけでもキツいんだから、言動くらいは元に戻せ」

「良いじゃないの、さっきまで貴女も同じ口調だったんだし」

「だからだよ! あーほんと、思い出すだけで嫌な汗が出てくるぞ」

「そのヒラヒラフリフリの衣装、似合ってるわよ。ぷぷぷ」

「そういうお前の格好も似合ってるぞ。どういう格好なのかは説明しづらいが」

「スク水ニーソエプロン手袋猫耳魔法少女天使……後は」

「もういい、お腹いっぱいだ。色々乗せすぎてて、ただでさえ分からないものが更に分からなくなっていく」

「きっと、追加している彼らも同じ気持ちだったのだと思うわ」

「……そういや後半は、向こうも隙間に物を詰める様な形で要素継ぎ足して行ったよな」

「まぁ、罰ゲームが性格付けに集中した貴女よりはマシだったと思うけど。……正直、初めて貴女に同情したかもしれないわね」

「言うな! 本当に言うな!!」

「まさか、あの三人が揃ってあんな感じになるとはねぇ」

「暴走するヤツが居ないから、逆に全員のタガが外れやすくなるのかもしれないな。……ところで輝夜」

「何よ」

「そろそろ晶の目隠しを外してやれよ。多分アレ、何の意味も無いぞ?」

「良いじゃない別に。……直接見られない事に意味があるのよ」

「……お前って、わりと乙女だよな」

「ぐーや、何の事だか分かんにゃい~☆」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾伍「群怪折実/どげめいA」





 静かな店内に、柱時計の振り子の音が響き渡る。
 湿度、温度と合わせて実に理想的な環境で、香霖堂店主たる僕は道具の鑑定を行っていた。
 依頼主は、狡知の道化師と最近名高い久遠晶だ。
 ……僕としては、正直世間の見る目の無さに呆れる他無い。
 きちんとお金を払ってくれる、この優良顧客のどこに狡賢い要素があるのだろうか。――ああ、そういえば交渉に関してはそうだね。
 ちなみに、彼の依頼は道具の鑑定ではない。これは仕事の為の前準備のようなモノだ。

「――素晴らしいね、この道具は。『三叉錠』だったかい?」

「ですです。毘沙門天縁の品を河童が改造した、意外と実用性のある一品ですよ」

 河童――河城にとりの事か。
 人見知りが激しい割にいざ親しくなると図々しくなる困った河童だが、やはりその技術力には目を見張るモノがある。
 錠前を、その特性を保ったままこんな形に改造するとは……少しばかり嫉妬してしまうね。

「しかし完璧と言うワケでもないようだ。この後継ぎの鎖、ただ繋いでいるだけのように見えるが……」

「にとりはその手の作業、得意じゃないらしくて。ソレ以上の事は出来なかったんですよね」

「なるほどね。つまり、僕への依頼と言うのは――」

「三叉錠の完成をお願いしたいんです。出来れば、鎖全部を元の鎖と同じように……出来ます?」

「ふむ、それは中々に難しい注文だ」

 材料その物の確保は簡単だが、鎖に錠前と同じ特性を与えるのは少しばかり厳しいだろう。
 出来ないとは言わないがね。やるとなれば、かなりの対価が必要となる事は間違いない。
 僕は小さく咳き込んで、これから始まるであろう戦いに備え意識を切り替えた。
 さて、どれくらい吹っ掛けられるだろうか。彼は良い客だが、同時に手強い客でもあるからね。
 宝塔の時はしてやられたが、今回はそうはいかない。むしろこの前の借りを倍にして――。

「報酬は弾みますから、何とかお願いできない出来ませんか? 例えば――コレとかどうです?」

「――む?」

 そう言って彼が取り出したのは、きらびやかな装飾の首飾りだった。
 軽く眺めただけでも、相当に価値のある一品である事が分かる。それは、美術的にも‘実用的’にも言える事だ。
 はっきり言って、この仕事の依頼料として考えても少しばかり貰いすぎな代物である。
 これほどの品、彼はどこで手に入れたのだろうか? こちらの問いかけの視線に久遠晶は苦笑しながら答えた。

「実はコレ、紅魔館での初任給でして」

「そういえば君は、紅魔館でメイドの仕事をやっていたね。なるほど思い出の品と言うワケか」

「いえ、思い入れは欠片も無いです。何しろつい最近貰ったモノなんで」

「ん? しかし先程、紅魔館での初任給だと……」

「正確に言うと、初任給で貰ったのはコレなんですよね」

「それは……鍵? しかし、どこの―――まさか」

 今までの言葉を重ねていけば、自然と一つの答えが導き出せる。
 あの演劇好きな吸血鬼なら間違いなくやるであろう、傲慢と不遜の極みとも言うべき報酬だ。

「せーかいです。これ、宝物庫の鍵なんですよ」

「……やはりか」

 いやはや、ここまで来ると時代錯誤と言う事すら憚られる。
 欲しい物を欲しいだけ持っていけ――それは、宝物庫の中身全てと久遠晶は等価値だと認めているからこその暴挙だ。
 否、それですら足りないと思っているのかもしれない。
 宝物庫の中身‘程度’では久遠晶の働きに対する礼にしかならないと、紅魔館の主なら考えていてもおかしくないだろう。 
 それを過大と取るか過小と取るかは人によるが……少なくとも本人は過ぎた評価だと思っているようだ。
 困ったように笑う姿からは、過剰な報酬に対する戸惑いが感じ取れる。
 ……正直、そこまで過小な評価でも無いと思うのだが。本人にとっては違うのだろう。
 そんな彼が初めて宝物庫から持ちだした初任給。――なるほど、これは罠だな。

「それで、君は何を企んでいるんだい?」

「いきなり断定ですよこの道具屋。未だかつて無いほど素直に取引しようとしている僕にこの仕打、いくら何でも酷すぎやしませんか?」

「普段の君なら依頼料の先出しなど絶対にしない。己の手札の価値を下げる発言もしない。そもそも報酬を持ち出す経緯がありえない」

「わー、ボロクソー」

「それだけ今の君がおかしいと言う事だよ。そしてその異常は、他に何かしらの狙いがあるからと見たが――どうだい?」

 僕の言葉を受けた彼は、満面の笑みのまま表情を凍らせた。
 まるで仮面を貼り付けたような顔で、久遠晶は一歩下がると――華麗な動きで地面に伏せる。
 頭を下げ、両手両足を地面に付けたその姿勢は紛うこと無き土下座だ。
 無駄に洗練されたその動きから、熟練の業を感じ取れてしまうのは悲劇なのか喜劇なのか。
 そうして久遠晶の動きに圧倒されている僕に対し、彼は心底悲痛な声で『お願い』を口にした。

「お察しの通りでございます! どうか、どうか僕を助けてください!!」

 ――しまった、やられた。
 わざとらしい今までの態度は、こちらにそれを突かせるための囮を兼ねていた様だ。
 まさか彼が、泣き落しを仕掛けてくるとは……。
 それも、目的を果たす為に他の全てを犠牲にする乾坤一擲の一撃だ。
 ……無条件の降伏とはつまり、全ての判断をこちらに委ねると言う事である。
 その場限りの相手なら、幾らでも無茶な要求をしてやれるが――相手は一応香霖堂のお得意様だ。
 更に、要求内容によっては道具屋としての信用も損なう事になってしまう。
 つまり相手が引いた分だけ、こちらが相手を思いやってやらなければいけないのである。
 
「何卒、何卒!!」

「…………はぁ」

 奇しくもレミリア・スカーレットと同じく白紙の小切手を切った彼だが、その意図はまるで正反対だ。
 彼女は全てを与えるつもりで制限を外し、彼は相手自身に制限をかけさせる為あえて上限を定めなかった。
 まったく、さすがは狡知の道化師と言った方が良いのだろうか。世間の評価もあながち間違ってはいないようだね。

「それで、助けてほしいと言うのはどういう事なんだい?」

 こちらの問いかけに対する返事は無い。恐らく、僕が首を縦に振るまで答えるつもりは無いのだろう。
 仕事の内容を知りたければ、まず小切手に金額を書けと言っているワケだ。……それでは白紙にした意味が無いだろう。
 これだけなら、巫山戯るなと言って追い返す事も出来た。しかし、それを防ぐ為の布石はすでに打たれている。
 ――それは、囮として用意された報酬と依頼だ。
 悔しいが彼の持ってきた仕事は、それだけやりがいのある物なのである。
 毘沙門天の力を宿した道具を改良する仕事など、考えるだけで気分が高揚してくる。
 後世三叉錠が何らかの偉業を成し得た時に、僕こと森近霖之助の名前も大きく広まる事だろう。
 それに報酬も悪くない。仕事の見返りとしては貰い過ぎだが、他にも要件があると言うなら貰っても――いけないな。
 これでは相手の思う壺だ。どうやら僕は、自分で思っていた以上に彼の事を信頼していたらしい。
 何を要求してくるのかは分からないが、少なくとも度を越した願いはしないだろう。
 これだけお膳立てされておきながらまだそう思ってしまうとは。ひょっとして、僕は物凄いお人好しだったりするのだろうか。
 ……いや、きっとこれは久遠晶の人徳が為せる技だ。そう思う事にしよう。
 と言うか正直な話、本人にとって深刻なだけでこちらにとっては大した事で無い話である可能性がかなり高い気がする。
 そもそも僕の手に負えない話を、彼が持ってくるはずが無いだろう。頼る相手なら山のように居るはずなのだから。
 僕になら出来ると思ったからこそ、久遠晶はこうして土下座までして頼んでいるはずだ。少なくともそこに疑う余地は無い。恐らく。

「あ、そうそう。遅れましたが、コレお土産です」

「これは……干物かい?」

「運良く手に入りましたので、お裾分けです」

 土下座したままの姿勢で久遠晶が差し出してきたのは、紙に包まれた立派な鯵の干物だった。
 海の無い幻想郷でも、海の幸を楽しむ事その物は難しくない。
 だが、それにはかなりの労力と人脈、そして相応の対価が必要となる。
 川魚なら簡単に手に入るのだがね。干物とはいえ、海魚丸々一尾を食べる機会は早々無いのだ。
 冗談でなく、これ一つでそれなりの報酬となり得る代物だ。……それを追加報酬では無く、単なるお裾分けと言う所が中々に厭らしいな。
 つまりコレを受け取ったからと言って、頼み事を受けた事にはならないとわざわざ言ってくれているワケだ。
 無論、僕がその意図を察して後ろめたい気持ちになる事も承知の上なのだろう。
 …………やれやれ、仕方ないな。

「分かった、協力させてもらおう」

「おぉう、ありがとうございます!!」

 白々しい感謝の言葉で顔を上げた彼に、僕は苦虫を噛み潰した笑顔を嫌味の代わりとして返した。
 やはり彼は侮れない。どこまで計算してやっているのか分からないが、こういった化かし合いではあちらに一日の長があるようだ。
 だがおかげで傾向と考え方は読めてきた。ふふふ、次の勝負でこの気持ちを味わっているのは君の方になるだろう。

「それで、君がここまでして僕に頼みたい要件とは何なんだい? 命にかかわる話では無いと予想しているのだが」

「過失致死が無ければ命は大丈夫です。わりと呑気な日帰り旅行になるはずかと」

「『日帰り旅行』と言う単語も気になるが、その前に一つ確認したい事柄がある。――過失とはなんだい?」

「獅子の方は遊んでいるつもりでも、遊ばれてる鼠は余裕で死ねるでしょう? つまりそういう事です」

「なるほど良く分かった。ちなみにその獅子は、分別と言う言葉を知っているのだろうね」

「えー? あー……んー……知らないのと知ってて無視するので半々?」

「つまり期待するなと。そして、獅子は複数居ると」

 全力で断りたくなったな。と言うか、そういう事はもう少しボカして言わないか普通。
 ……このどうでも良さそうな表情を見るに、その程度の危険は当たり前の物だと思っているのだろう。
 これは本人が悪いのか。それとも、そういった覚悟を自然と決めさせてしまう幻想郷が悪いのか。
 まぁ、あえて追求はすまい。僕には関係の無い話だ。反面教師として心の奥にでも仕舞っておこう。

「それでも出来れば、身の安全くらいは保障してもらいたいのだが……」

「そこはまぁ、依頼主として出来る限り保障しますとも。僕の力が及ばない場合は知りませんが」
 
「その場合は別の方法で償ってもらう事にするよ。――さて、話を『要件』に戻すが」

「さっきも言いましたが、呑気な日帰りの旅行です。目的地が若干厄介ですが……」

「幻想郷の大半が「厄介な目的地」足り得ると思うがね。どこなんだい?」

「旧地獄の地霊殿です!」

 ――旧地獄、地獄の区画整理に伴い破棄されたかつての地獄だ。
 幻想郷でも受け入れる事が困難だった妖怪や鬼が、それぞれ集まり隠れ里のような物を形成していると聞く。
 地霊殿もそういった集まりの一つで、確か霊夢が言うには……覚妖怪を主と仰ぐ、旧地獄の中でも特に変わった者達の集まる場所だとか。
 もっともコレは霊夢の言なので、どこまで信用できたものかは分からないが。
 少なくとも、不当な扱いのせいで地下に行く羽目になったワケで無い事は確実だろう。
 つまり――若干どころかかなり厄介な場所である事を疑う余地は無い。

「とりあえず、この話は無かった事にしよう」

「基本的に、行ってゆっくりして帰るだけの簡単なお仕事ですね。ソレ以上の事は何も望みませんよー」

 まぁ、断らせてはくれないか。うん、分かっていたよ。
 僕の言葉など川のせせらぎの様なものだと言わんばかりに無視して、淡々と話を進めていく久遠晶。
 しかし先程から、やたらと簡単な仕事である事を強調してくるな。
 極端に重圧をかけられても困るが、ここまで容易さを強調されると逆に怪しい。
 
「頼むからハッキリと言ってくれないか、本当はどんな仕事なんだい?」

「いえ、本当に行ってゆっくりして帰るだけの仕事なんですよ」

「それならばそもそも僕を連れて行く必要が無いだろう。交渉の結果を反故にするつもりは無いが、あまり隠し事をされると……」

「いやいや、逆なんですよ。霖之助さんが来るからこそ何事も無く行って帰る事が出来るのです」

「僕が来るからこそ? ますます意味が分からないな。ただの道具屋が旧地獄でそれほどの力を発揮するとは思わないのだが」

 よもや霧雨の剣の力を期待して――とも思ったが、彼の場合その手の頼りには事欠かないだろう。
 だとするといったい何が。僕の疑問に、にっこり笑った彼は仰々しく立ち上がって答えた。

「いいえ、霖之助さんには物凄い力があります! 僕の知り合いでも実に稀有な個性、それは――!」

「それは?」

「――『男友達』です!!」

 力強く、堂々と断言する狡知の道化師。
 その姿に様々な感情が湧き上がってきたが、一度に全ては出せないので静かに抑える。
 そしてゆっくりと、初めに告げるべき言葉を見つけた僕は、胸を張ったままの姿勢で止まっている彼に小さな声で尋ねた。

「……稀有なのかい?」

「稀有です」

 何の躊躇いも、曇りも無い笑顔。
 その笑顔を見て、僕はその後に続くはずだった言葉をそっと仕舞い込んだのだった。





 ――参ったな。未だに何をするのか分からないが、出来る限り協力してあげても良いかと思えてきたぞ。




[27853] 異聞の章・参拾陸「群怪折実/ぶらり温泉地底の旅」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/06/17 03:47

「聞いてくださいあっきー。実はこの度、地霊殿の中庭に温泉が出来ました」

「……と言う事は、今まで温泉無かったんだ。環境的にありそうなものだけど」

「風呂釜の竈に使うにゃ、ちょいと大き過ぎる代物だからね。実は今も制御出来ているワケじゃないし」

「うにゅ! すきまから熱がもれてるだけだよ!!」

「隙間から? ……お燐ちゃん、それってマズいんじゃ無いの?」

「現役の施設じゃないから、多少のガタは許容範囲内さ。元々そんなに繊細な所でも無いしね」

「とは言え、放置して後々大事になってもいけませんから。こうして温泉の熱源として有効活用する事にしたワケです」

「なるほどねー」

「なのであっきー、入ってみませんか?」

「ほぇ?」

「温泉ですよ。上手く出来たかどうか、身内だけだと判別が付きませんから」

「うにゅ、今なら温泉卵もつけるよ!」

「お風呂あがりの牛乳もあるってー」

「至れり尽くせりだなぁ……うん、それじゃ入らせてもらおうかな」

「やったー! おにねーさんといっしょにお風呂だー!!」

「わーい」

「それじゃ、あたい湯浴みの準備してきますね」

「ええ、お願いしますね」

「――えっ?」

「うにゅ?」

「ん、どーしたのさお兄さん」

「今さ、お空ちゃんが妙な事言わなかった? 一緒にお風呂だとかなんとか」

「言ってませんよ。混浴なんですから、一緒なのは当たり前でしょう」

「混浴!? ええぇっ、何それ聞いてない!?」

「言いましたよ。たった今」

「つまり言ってなかったって事だよね。……悪いけど、混浴なら僕は入らないよ」

「えーんえーん、あっきー酷いよー」

「……おにねーさん、さとり様イジメた?」

「……お兄さん」

「……お兄様」

「わー、あんな雑な嘘泣きなのに皆信じてやがんのー」

「これが人徳と言うモノです。さぁ、どうしますあっきー。退路は断たれましたよ」

「……男湯とか無いんですかね」

「あっきーしか入る予定の無い専用風呂を作るほど、ウチの中庭は広くありませんが」

「いやいやいや、居るよ。すっごく居るよ。きっと僕以外にも使う機会がいっぱいあるよ」

「大丈夫です、私達の男友達はあっきーだけなので」

「で、でも、僕の男友達を地霊殿に案内するケースがあるかもしれないし!!」

「……ぷふ」

「笑った! 普段無表情なさとりんがこれ見よがしに僕をせせら笑った!!」

「私優しいので心を読んだ事にして言いますが、嘘はダメですよ」

「嘘じゃないやい! 僕だって男友達の一人や二人や……さ、三人……とにかく居るやい!!」

「良いんですよあっきー、素直にぶっちゃけて。私には女友達しかいませんって泣きながら謝って私に縋り付いてください」

「え、そこまで? そこまでするほど? 僕はそれほどの罪を犯したというの?」

「おにねーさん、友達いないの?」

「まぁその、あんまそういう事は気にしない方が良いと思うよ?」

「ふーん、お兄様も誰とでも仲良くなれるってワケじゃないんだー」

「すでに男友達が居ない前提で哀れに思われてる!? 違うもん、居るもん! 温泉に誘える友達ぐらい居るもん!!」

「分かりました。それじゃあ、あっきーが男友達を連れてきたら男湯を用意します。無理なら混浴で」

「その賭け、乗ったぁ!!」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾陸「群怪折実/ぶらり温泉地底の旅」





「――と言う事がありましてね」

 結論から言おう、やっぱり大した事無かった。
 旧地獄へと向かう道すがら、今回の経緯を説明された僕はあまりの下らなさに目眩を感じた。
 つまり地霊殿の面々との混浴を防ぎ、男友達が居る事を証明するため僕は駆り出されたと。
 簡単に言葉にすると、尚更この状況の情けなさが際立つな。と、言うかだ。

「交渉の結果として連れだされた僕を、友達として扱うのかい?」

「友達になってくれと交渉した覚えはありません。僕が頼んだのは、一緒に温泉に行く事だけです」

 まぁ、友人でないと言うほど薄い間柄で無い事は認めるよ。――仲良く温泉旅行をする程親しくも無かったがね。
 おまけに先程の説明から察するに、地霊殿の温泉は内輪向けの家族風呂だ。
 そこに招待されるほど仲の良い久遠晶はともかく、初対面の僕はかなり気まずい思いをするのだが。
 ……そこらへんをきちんと考えてくれていると助かるが、期待はあまり出来そうにないな。
 どう考えても彼は、初めての場所でもいつも通り振舞える人間だ。そう言った気まずさはそもそも無縁だろう。

「とりあえず、紹介だけでもちゃんとしてくれよ。君が僕の命綱なのだからね」

「それは僕も同じ事です。霖之助さんの存在に、僕の尊厳がかかっていると言っても過言では無いのですから!」

「やれやれ、たかだか混浴程度で大げさな話だな」

「た、たかだか!? なんですかその余裕溢れた発言は!? 混浴ですよ!?」

「裸の付き合いと言う言葉がある。温泉とは本来、あらゆるしがらみを脱ぎ捨てて入るものだよ」

 全てを忘れ、ただ酒と湯と景色を楽しむ。それが正しい温泉の入り方だ。
 性別がどうこう等という話は、酒を一献傾ければすぐ気にならなくなる事だと僕は思うのだが。
 そんな僕の率直な意見に、久遠晶は信じられないと言わんばかりに目を見開く。
 まぁ、男女を分けるべきという意見も分からなくは無い。僕も公衆浴場などは男女別の方が良いと思うしね。
 だが親しい間柄のみで入るのならば、性別の差など深く気にする必要は無いだろう。
 
「言いたい事は分かりますけど、青少年に混浴は厳しいんですよ。察してください」

「案外君も若い、と言う事か」

「むしろ霖之助さんが枯れ過ぎだと思うんですけど……混浴平気って、男として色々終わってません?」

「興味が無いワケでは無いよ。ただ、そういった感情は出すべき時とそうでない時があると言いたいんだ」

「自分の意志で出し入れできるモノですか? その手の本能って」

「出来るものだよ、慣れればね」

 そういうものかと、首を傾げつつ頷く久遠晶。
 何だかんだで、彼もまだまだ子供なのだろうね。実に青い。
 
「とにかく、さとりんは意外と空気読める人だから考えるくらい別に構いませんけど……口には出さないでくださいね?」

「それくらいは分かっているよ。ところで聞きたいんだが、旧地獄にはどうやって行くつもりだい?」

「普通に正面から行くつもりです。守矢神社経由は色々と面倒そうなので」

「いや、僕が聞きたいのは経路で無く手段なんだが。まさか徒歩で行くわけでは無いだろう?」

「当然飛んでいくつもりです。歩きだと日帰りじゃ済まなくなりますからねー」

 ……僕が気にしているのはむしろ、道中の安全の方なのだが。
 まぁ、結果的に身の安全が確保できるならどちらでも良い。
 が、その前に誤解を解いておかないといけない。……確認はしてないが、間違いなくそう思っているだろうからね。

「そうか、それは助かるよ。――ただ、一つだけ知っておいてもらいたい事がある」

「なんです?」

「僕は飛べないんだ」

「――えっ」

 ごく当たり前の申請に、そんなまさかと驚く久遠晶。
 うん。今までの彼の態度から、そういう反応をするのでは無いかと察していたよ。
 きっと幻想郷の大半の住人は飛べて当たり前、くらいには思っているのだろう。
 この件に関して、彼を責めるつもりはない。悪いのは彼をここまで染めた周りの環境だ。
 ……どれだけ厳しい世界を生き抜いてきたのだろうか。想像したくも無いな。

「とか言って、力を出し惜しみしてるとか無いですか?」

「無いよ」

「霖之助さんって、実はすっごい強いけどあえて力を隠してるとか無いの?」

「無いよ」

 高評価そのものはありがたいがね。残念ながら、僕は極普通の道具屋だ。
 更なる返答代わりに肩を竦めた僕を見て、久遠晶は露骨に不満そうな顔で不貞腐れた。
 何を期待していたのだか。まぁ、強ち見込み違いと言うワケでも無いだろうが。

「今の僕には何の力も無いよ。――‘剣に選ばれていない’今の僕には、だけどね」

「えっ? あー、うん。それじゃ僕が抱えるって事でいいですね。霖之助さん掴まってください」

 待て、何故そこで微妙そうな顔をする。君だって霧雨の剣の事はそれなりに知っているはずじゃないか。
 ……まぁいいさ、ここで異議を唱える程子供じゃないよ。
 苦笑いしながら手を広げる久遠晶に、僕は咎める視線を送りつつ近寄った。
 そんなこちらの視線を物ともせず、彼は軽々と僕の身体を持ち上げる。
 膝の裏と背面に手を回す、所謂横抱きの姿勢だ。最近はお姫様抱っことも呼ばれているそうだが……想像以上に情けないな、コレは。
 物を運ぶのに最適な形なのだが、抱く方より抱かれる方の体格が良いと違和感が凄まじい。
 せめて彼がメイドで無ければ――いや、それでもあまり変わらないか。

「とりあえず、安全運転を最優先で進みます。構いませんか?」

「ああ、速過ぎても身がもたないからね。頼むよ」

「アイアイサー!」

 元気の良い声と共に、久遠晶は氷の翼を広げて大空へと飛び上がる。
 いや、この感覚は飛ぶ言うよりも……浮くか?
 糸の切れた凧のように昇っていく身体を、風と翼で丁寧に操っている感じだな。
 身体に触れていると分かるが、飛行していると言うには身体があまり安定していない。
 空中に無数の糸で吊るされている浮き心地……といった具合か。安心はできないが興味深いね。

「それじゃ、行っきますよー!」

「ああ、頼――!?」

 そして次の瞬間、全ての光景が置き去りにされた。
 どうやら風で守られているらしく、身体を引っ張られる感覚以外に速さを感じる要素はない。
 だが、どれだけの速度で飛んでいるのかは容易に分かる。何しろ周囲の景色が認識出来ない程の勢いで流れていくのだ。
 これが幻想郷上位の速さか。安全運転でこれなら、果たして全力を出すとどうなってしまうのか。
 気にはなるが、頼むのは止めておいた方が良いだろう。
 現時点ですでに意識を持って行かれそうなのだ、コレ以上速くなったら気絶どころでは済まない。

「大丈夫ですかー、霖之助さん」

「ああ、何とか。……あまりに速すぎて何も見えない状態だが、耐えられてはいるよ」

「そうですか。――ちなみに、僕も周囲は見えてないので解説は出来ません!」

 ……その補足は要らなかったな。不安が増したよ。
 いや、本当に何もかもが見えていないワケでは無いはずだ。
 視覚が追い付いていないだけで、他の対策はしていると信じたい。――と言うか、されてないと困る。

「大丈夫なんだろうね。うっかり何かにぶつかって大変な事に……なんて展開は勘弁だよ」

「ご安心を! 障害物は風の壁が自動的に検知して避ける仕様になっているので、そんな事故はまずあり得ませんよ!!」

「なるほどね……ところで、その自動的な回避とやらに僕の身体は耐えられるのだろうか?」

「ほぇ?」

「目の前の風が検知すると言う事は、かなりスレスレの回避になるんだろう? 相当な速さが出ると思うのだが」

「……ちょっとスピード落としますね」

 つまりそこまでは考えていなかったと。ありがとう、更に不安が増した。
 あっという間に流れていた景色は、久遠晶の宣言と共に止まっていく。
 同時に、身体を引っ張られる感覚も気にならない程度に緩んだ。
 ふぅ、助かった。問題無いとはいえ、常時あの状態でずっと飛び続けるのはやはり疲れるからね。

「とりあえずこのくらいの速さなら問題無いでしょう。血気盛んな妖怪に絡まれたら再加速しますけど」

「不吉な事を言わないでくれ。まぁ、そうなったら仕方ない。僕の事は気にせず飛ばしてくれて構わないよ」

「……ちなみに、全速力で地面にぶつかって無事でいられる程度の頑丈さはありますか?」

「……何故今、そんな不吉な質問をするのかね?」

「いえ、念のため確認しておいた方が良いかなと思いまして。いけます?」

「無理に決まってるだろう」

 そっか、無理なのかと小さく呟き頷く久遠晶。
 ここまで安全性が保障されていない安全運転も珍しい。大丈夫と答えていたらどうなっていたのだろうか。
 色々と早まったかもしれないと、内心で冷や汗をかきつつ僕は緊急事態にならない事を祈った。
 大丈夫だ、僕の天運はまだ尽きていない。こんな所で終わる器では無いはずだ。
 旧地獄の入り口に辿り着くまでの間、生きた心地のしない空の旅を楽しむ余裕は僕には無かった。

「――はい、到着でーす」

「とりあえず、ここまでは問題無しか。出来れば旧地獄も安全に通り抜けたいのだが」

「大丈夫だと思いますけど……洞窟内で飛ぶのは少し危ないですから、ここから先は歩いた方が良いかもしれませんね」

「僕は旧地獄は初めてだからね。そういった判断は任せるよ」

 僕の言葉に頷いた久遠晶は、慣れた足取りで洞窟の中へと進んでいく。
 僕もその後に続くが、洞窟の中は暗すぎて周囲が良く見えない。
 仕方がないので腰に付けた鞄の中から、簡易ランタンを取り出し火をつける。
 光量はそれほどでも無いが、手軽に携帯できる大きさでこれだけ明るければ充分だろう。
 問題は、明かりを持つ事で分かりやすい標的になってしまう可能性だな。
 もっとも明かりが無ければ進む事も儘ならないから、仮にそうだとしてもこちらに出来る事は無いだろうが。

「それ、ランタンですか?」

「そうだよ。……勝手に明かりを付けてしまったが、大丈夫だったかい?」

「霖之助さんは付けないと見えないんでしょう? なら仕方ないですよ。……遠くに行かれると困りますが」

「自ら保障を手放す程、僕は無謀でも阿呆でも無いよ」

「ですよねー。なら大丈夫だと思います、旧地獄の妖怪達も結構大人しいですから」

「そうなのかい?」

「はい。それなりに血気盛んなのも居ますけど、基本的には幻想郷の妖怪とそう変わらな――」

「ようこそ来たわね、この旧地獄に!」

「誰だか知らないけど、たっぷり痛い目に遭ってもらうよー! えへへー」

 呑気な久遠晶の言葉を遮り、絶妙なタイミングで二匹の妖怪が現れた。
 あの姿、恐らくは土蜘蛛と釣瓶落としだな。……話に聞く限りどちらも相当に凶悪な妖怪だ。
 しかも敵意に満ち溢れている、これはマズい事になるかもしれない。
 助けを求めるため、僕は久遠晶に声をかけようとした。
 だがその前に、土蜘蛛と釣瓶落としは彼の姿に気付き――同時に獰猛な笑みを恐怖で引き攣ったものへと変化させた。

「で……」

「出たぁー!」

 降りてきた時と同じ勢いで飛び上がり、そのままどこかへと去っていく妖怪二名。
 そんな彼女等に声をかけようとした姿勢で止まった久遠晶は、その後姿を何とも言えない表情で眺めていた。

 



 ――安全を確保して貰ってなんだが、ひょっとして旧地獄の妖怪達が大人しいワケでは無く……いや、コレ以上言うのは止めておこう。




[27853] 異聞の章・参拾漆「群怪折実/危ない橋も一度は渡れ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/06/23 22:40


「それじゃあお燐、悪いけど男湯を用意してくれないかしら」

「えっ? まさかお兄さん、本当に男友達を連れてくるんですか?」

「意地になっていたから、確実に連れてくると思うわ。下手したら友達で無いのを友達と言い張るかもしれないわね」

「……そうなった場合、あたいらはどうすれば良いんでしょうか」

「受け入れてあげましょう。それが優しさと言うモノよ」

「いやでも、さとり様にはバレバレなのはお互い分かっちゃってますよね?」

「ふふ、それが良いんじゃないの。その時のあっきーの内心を考えるとウキウキしてくるわ」

「さとり様……友人相手にそういう事をするのは良くないと思いますよ」

「あっきーなら大丈夫ですよ、その手の扱いに慣れてますから」

「いや、慣れてりゃ良いってモノでも無いと思うんですが」

「大丈夫です。私は、あっきーの事を信じています」

「そんな真っ直ぐな目で言われても……」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾漆「群怪折実/危ない橋も一度は渡れ」





 襲いかかってきた妖怪達を無事に退けた僕らは、再び洞窟の奥へと向かってのんびりと進んでいた。
 不思議な事に、進めば進むほど光源の無いはずの洞窟全体がほんのりと輝いていく。
 もったいないけれど、もうランタンは必要ないな。とりあえずコレは火だけ消して腰にでもかけておこう。

「思ったよりも良い環境だね。旧地獄と言うだけに、もっとおどろおどろしい場所を想像していたのだが」

「所々に地獄の名残はありますけどねー。――おっと、見えてきましたよ。あれが地上と地底を繋ぐ橋です」

「ほぅ、アレがそうなのか。意外と地味……何をしてるんだい?」

「準備運動です」

 突然歩みを止めた久遠晶は、銀色の鎧を装着して身体を軽く動かし始めた。
 その視線は、橋の一箇所をずっと見据えている。
 同じように僕もその方向に視線を送ると、そこには橋の傍らに立つ妖怪の姿があった。
 距離があるため細かい容姿までは分からないが、女性である事くらいは辛うじて判別出来る。
 相手もこちらには気付いていないようだ。何も無い宙空を眺めながら、物思いに耽っている……様に見える。
 実際に何をしているのかは良く分からないがね。僕の視力では、性別を確認するだけで精一杯だ。

「じゃ、ちょっと先行させてもらいます! 霖之助さんはゆっくりで良いんで、後から追いついてくださいね!!」

「ゆっくり追いついてくれって……」

 こちらの身の安全はどうなるんだ、と僕が問いかける前に久遠晶は動き出した。
 這うような前傾姿勢を取ると、ゆっくりと脚に力を込め――そして消える。
 は? あ、いや、違う。消えたんじゃない、単に移動しただけだ。
 ただあまりにも速く、あまりにも静かだった為、僕の目には消えたように映っただけなのだろう。
 そして高速で移動した久遠晶は、音も無く件の女性に近づくと不意を打つ形で背後から彼女に抱きついた。
 
「ぱっるしぃさぁーん!!」

「ぎゃああああ!?」

「久しぶりー! 会いたかったよー!! パルスィ可愛いよパルスィ、ちゅっちゅー!」

「止め、放り投げるな! 抱きつくな!! 頬に口付けは止めなさい!」

 ……大惨事だな。
 とりあえず久遠晶の言葉通りゆっくり後を追う事にしたのだが、橋の方はだいぶ酷い事になっていた。
 どうやら、橋に居た女性と久遠晶はそれなりに親しい? 関係だったらしい。
 パルスィと呼ばれた妖怪に抱きついた彼は、信じられないほど昂った状態で彼女の事を可愛がる。
 何故か一人で胴上げしたり、投げ飛ばすのかと思うほど振り回したり、愛情表現なのか嫌がらせなのか判断に困る愛玩っぷりだ。
 実際、やられている方はわりと本気で嫌がっている。
 それでも為すがままなのは……実力の差があり過ぎて抵抗出来ないからか。可哀想に。

「……そろそろ放してあげたらどうだい? 再会の挨拶にしては手荒すぎると思うのだが」

 ようやく追いついた僕は、女性を弄ぶ久遠晶に声をかけた。
 別に彼女の境遇に同情したワケでは無い。ただ、このまま放置していたら延々と彼女で遊び続けるのではと危惧しただけだ。
 僕の言葉を受けた彼は、最後に高々と放り上げた女性を受け止めると満足気な表情で彼女を解放した。

「はふぅ……そうですね。満足したので終わる事にします」

「ね、妬ましいわ。いきなりやってきてこの扱い、私は何だと思われているのかしら」

「大事な……友達ですよ」

「心の底から妬ましくて腹立たしいわ」

 だろうね、僕もそう思う。
 恐ろしく良い笑顔で言い切る久遠晶の姿に、無関係な僕でさえイラッとした気分になった。
 とりあえず、無意味にタメるのは止めておいた方が良い。確実に意図してやっているのだろうけど止めた方がいい。 
 おっと、ついに我慢しきれず女性が武力行使に出たか。正直遅いくらいと言うか、今までやらなかったのが不思議なくらいだが……。
 うむ、これっぽっちも効いてないな。やはり実力差が如何ともし難い。

「あ、ちなみにこの人は森近霖之助さん。僕のお友達だよ! で、この人が水橋パルスィ。なんと橋姫様なのです!!」

 いや、この流れで自己紹介を始められても困るよ。
 今この瞬間も流れる微妙な空気を完全に無視し、平然と互いを紹介しようとする久遠晶。
 やりたい放題にも程がある。と言うか、君はいったい何がしたいんだ。地霊殿行きの話はどうした。
 とは言え、こうして紹介された以上は応えるしかあるまい。
 僕は小さく一礼して、水橋パルスィとやらに簡単な挨拶をする事にした。

「どうも、森近霖之助だ。地上で香霖堂と言う店の店主をやっている」

「水橋パルスィよ。よろしくするつもりは無いけど、貴方には同情の余地があるから敵意は向けないでおいてあげる」

「それはありがたい、僕としても余計な恨みは買いたくないからね。喜んでその温情を受ける事にするよ」

「はにゃ? その言い方だと、敵意を向ける人物が居るように聞こえるのですが?」

「……居るわよ。私ではどうしようも無いから放置しているけど、私の目の前にね。妬ましいわ」

「ははは、パルスィの冗談は面白いなぁ」

 どう考えても本気で言っているとしか思えないのだが、久遠晶は飄々とした笑顔でそれを受け流した。
 水橋パルスィと絡んでから、急に考えや行動が読めなくなってきたな。
 果たして彼は、今何を考えて動いているのか――分からないと言うより分かりたくない。下らない理由なのは確実だろうし。

「それで、今日は私をどこに連れて行くつもりなの?」

「――はぇ?」

「いや、「はぇ」って……何を不思議そうな顔をしているのよ。そういう目的で来たんでしょう?」

「いえ別に。単にパルスィを見かけたので、スキンシップしようと思っただけです」

「……それだけ?」

「それだけ」

「いつもみたいに、関係の無い用事に私を巻き込もうとかしないの?」

「しません」

「…………え、なんで?」

 どういう会話だ、と思わずツッコミそうになるのを必死に抑える。
 ここで口を出して飛び火を受けるのは好ましくない。素直に聞きに徹していよう。

「あー、ゴメンねパルスィ。なんか期待させちゃったみたいで」

「待ちなさい。その解釈のされ方は不本意よ」

「とりあえず今回はコレで勘弁してくれないかな。ほーら、地上の美味しいお菓子だよー」

「だから違うって言ってるでしょ!? 私が一度でも、自分の意志で貴方についていった事があった!?」

「ふふふー、そんな事言って何だかんだで楽しんでるんでしょう?」

「イラッときた。今ほんとにイラッときたわ」

 うーむ、やはり妙だ。果たして久遠晶はここまで察しの悪い人間だっただろうか。
 全力で見当違いな事を言いながら、恐ろしく憎たらしい笑顔でパルスィの顔を覗き込む彼。
 ――その姿を見て合点がいった。これは、全て分かった上でやっているのだ。
 嫌がらせ……なのは確実だろうが、不思議と悪意は感じない。
 つまりコレは、好意によるモノだと言う事になる。――うん、そっちの方が遥かにタチが悪いな。

「君が好きな子を虐めて喜ぶ人間だと言う事実に説教するつもりは無いが、先約よりもそちらを優先するのは如何なものかと思うよ」

「おっとスイマセン、ついパルスィ弄りに白熱してしまいました。すぐに終わらせるつもりだったんですが……」

 つまり、ここでの目的は彼女を弄る事だけだったと。
 予想していたとは言え、あまりにも酷い寄り道の理由に呆れる他無い。
 水橋パルスィも同様の感想を抱いたようで、怒りに震えて――ん? いや、何だか様子がおかしいな。

「ちょっと待ちなさい。まさか貴方、この私に対して恋愛感情を抱いているんじゃないでしょうね」

「いえ、そういうつもりは無いですね。あくまでこれは友情の延長です」

「証拠は?」

「僕のこの真っ直ぐな瞳が証拠です! どうよ、この一欠片も色恋に染まっていないピュアな目は!!」

「……確かにそうね。それはそれで腹が立つけど、愛情で無いなら許すわ」

 許すのか。さすが嫉妬を司る橋姫、人知の及ばぬ価値観を持っているようだ。
 それなら構わないと頷いて、彼女は渡された土産の箱から饅頭を取り出し口に運んだ。

「ん、悪くない。……私に関係無いのならとっとと行きなさいよ。今日の所はその半妖も見逃してあげるから」

「――ああ、そういえばパルスィって地上と地底を結ぶ橋の守人みたいなモノだったっけ」

「やっぱり完全に忘れてたワケね。妬ましいわ……」

「……ひょっとして、僕は意外と危険な状況にあったのだろうか?」

「私が相手をするのは地上の妖怪や厄介な人間だから微妙な所ね。無事かどうかは、こちらの胸先三寸で決まるわよ」

 そんな相手を、久遠晶は先程まで散々挑発していたワケか。……良く無事だったな。
 まぁ、むしろ彼が引っ掻き回してくれたからこそこの状況に至れたと考える事も出来るのだろうが。
 どちらにせよ綱渡りであった事に変わりはない。久遠晶はその事を理解していたのだろうか?
 確認の為に視線で問いかけて見ると、狡知の道化師は人の神経を逆撫でする様な笑みで小さく肩を竦めた。
 うん、何も考えて無かった事が良く分かったよ。――もう少し、他人の命を預かっている自覚を持ってくれないか君。

「ま、半妖なら見逃しても問題ないでしょう。一応はコイツも居る事だしね」

「こんなんでも僕、地霊殿の主の親友ですから!!」

「ツッコミもフォローもしないわ」

「パルパルのいけずぅー」

「ひゃぅん!? 耳に息を吹きかけるな馬鹿!!」

「と、言うワケで目指せ地霊殿! さくさくっと進みましょう!!」

 一瞬で水橋パルスィの背後に周り悪戯をし、即座に僕の隣へと戻ってくる久遠晶。身体能力を無駄に使いこなしすぎだ。
 ただ、その意見に異論はない。そのまま歩き出した彼の後に続こうとした所で、饅頭を口に咥えた橋姫が何気ない口調で言葉を続けた。

「それとさっき、こっちにヤマメとキスメが来たのだけど」

「あ、やっぱり来ました? 脅かすつもりは無かったんだけどねー」

「怯えた状態で旧都に駆け込んで行ったわよ。あの様子だと、勇儀の奴に助けを求めたんじゃないかしら」

「勇儀さんかぁ……」

「知り合いかい?」

「んー、まぁそんな所ですね。旧地獄に住んでる鬼で、それなりに親しくさせてもらっています」

 鬼。妖怪とも神とも違う、最強の幻想の一種か。
 僕も話の上でしか知らないが、まさか本当に旧地獄に居るとはね。
 一度色々な話をしてみたい相手ではあるが……今回の場合は避けた方が良い災厄である気がする。

「確認したいのだが、その星熊勇儀はどのような鬼なんだい?」

「一言で言うなら戦闘狂、かなぁ」

「間違いないわね。酒と喧嘩を何より愛する典型的な鬼よ」

「なるほど。……では今回の状況だと、彼女はどのように動くと思われるかな」

 僕の問いに、久遠晶と水橋パルスィは静かに考え込み――続いて互いに満面の笑みを浮かべた。
 久遠晶のソレは何かを悟った諦観の微笑みで、水橋パルスィのソレは他人の不幸で饅頭が美味いと言った具合の笑顔である。

「――ああ、うん。何となく分かったよ」

「とりあえず出来る限りの努力はしますが……二度目の寄り道は長くなると思ってください」

 長くなるだけで済むのかな、とは聞かなかった。
 その問いに対し、久遠晶が明るい返答をしてくれる可能性はゼロだからだ。
 まぁ、必ず地霊殿に行かなければならないワケでもないし、寄り道が長引くくらいなら全然構わないのだが。
 ……問題なのは、その寄り道で被るこちらの被害だ。
 さすがに鬼を相手に、僕の身の安全をしっかり守ってくれと言うほど無茶ぶりするつもりは無い。
 つもりは無いが、守れない場合は当然契約を破棄させてもらうつもりだ。
 彼には悪いが、そこまでして付き合う義理は無いからね。

「とりあえず、僕の無事を保障してくれるのなら寄り道に異議はないよ。……大丈夫なんだろうね?」

「んー……霖之助さんが実は物凄い実力を隠してる、とかじゃ無ければ平気かと。勇儀さん強い人にしか興味無いし」

「そうか、なら問題無いな」

 若干腑に落ちない理由ではあるが、ここで下手に実力を主張して痛い目を見るのは自分だ。
 それに僕の実力は、そういった分かりやすい形では測りがたいモノだしね。
 肩を竦めつつそんな事を考えていると――何故か、久遠晶から物凄い疑惑の目を向けられた。
 ……はぁ、ひょっとして彼はまだ僕の実力を疑っているのか。

「何度も言わせないでくれ。僕に「隠された実力」なんて大層なモノは無いよ」

「とか言って、実は?」

「無いよ」

「ここだけの話にしておきますから!」

「君もしつこいな。何か根拠でもあると言うのかい?」

 悪い気はしないが、ここまで高く持ち上げられるとさすがに落ち着かない。
 理由があるのなら是非教えて欲しいモノだ。……ひょっとしたら、僕が気付いていないだけで本当に隠された力があるのかもしれないしね。

「外の世界には、霖之助さんみたいに楽隠居している人は実はメチャクチャ強いって言う法則があるんですよ!!」

 派手な効果音でも付きそうな勢いで、胸を張りながら高らかに宣言する久遠晶。
 言い切った。と言う表情で笑っているが、正直何の理由にもなっていない。
 少しばかり可能性を信じていただけに、一気に力が抜けてしまった。
 と言うかそもそも、彼は一番重要な前提を間違えている。
 その法則が事実だとしても、僕に適用されるワケが無いのだ。何故なら――

「僕は別に、楽隠居なんてしていないのだが」

「えっ?」

「いや、君も知っているだろう。僕には香霖堂と言う立派な店があって――」

「あれって、引退後の道楽で初めた店じゃ無いんですか?」

 それは何気ない言い方だっただけに、容赦無く僕の心の奥深くに突き刺さった。
 あー、うん、そうか。そう思われていたのか。


 


 ――何故だろう、今まで受けたどの軽口よりも傷ついたよ。




[27853] 異聞の章・参拾捌「群怪折実/語られる怪力乱神」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/07/01 03:06


「もぐもぐ……うん、やっぱりこのお饅頭美味しいわ」

「前の喫茶店といい、今回のお土産といい、アイツの薦めてくる料理には外れが無いわね」

「普段、よっぽど良い物食べてるのね……妬ましい」

「だいたいアイツは、この私を馬鹿にしすぎなのよ。抵抗出来ないと思ってやりたい放題……」

「何とかして反撃の方法を考えないと、一生あの馬鹿の玩具だわ。どうしたものかしら――もぐもぐ」

「んー、それにしても美味しい。……どこで買ったのかしら、今度聞いてみましょうか」

「パルスィー」

「ぱるぅ!? ――ってな、何よ、キスメじゃないの。旧都に行ったんじゃなかったの?」

「行ったよ。そして戻ってきたの」

「戻ってきたって、何で? ……あのメイドならさっき旧都に向かったわよ?」

「うん、狡知の道化師が来てる事は知ってる。それは勇儀が対応するから大丈夫だよ」

「やっぱりそうなるわよね。ふふ、良い気味だわ。――で、それならキスメは何しに来たのよ」

「勇儀が、見届け人としてパルスィを連れてきて欲しいって」

「……は?」

「久遠晶と親しくて、旧都の妖怪であるパルスィが適任だろうって」

「いや、待ちなさいよ。何で私が――」

「と言うワケで悪いんだけど……ヤマメ!」

「ゴメンねー」

「あ、ちょっといつの間に!? コラ、掴むな!! 引っ張らないでよ!? あーもー!?」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾捌「群怪折実/語られる怪力乱神」





 どうも、地霊殿に行って戻ってくるだけの簡単な仕事がなんか大変な事になってしまいました。久遠晶です。
 まぁ、アレだよね。毎度の事だよね。だから平気ダヨ、全然平気ダヨー。
 ちなみに今、僕と霖之助さんは旧都の前で足止めを食らっています。
 本当はとっとと通り過ぎたかったのですが、そうもいかない事情が出来ちゃったんですよね。
 具体的に言うと、勇儀さんに観客付きで待ち伏せされてました。わー、大歓迎だー。

「全く困った事してくれたね、狡知の道化師。そんな風に暴れられちゃ私も出ざるをえないよ」

 呆れてる風な台詞ですが、声色は完全に楽しんでおります。
 どう見ても体裁で言ってるよね、実際は殺る気満々だよね勇儀さん。

「それにしても凄いな。まるで、古代ローマのコロッセオにでも居る気分だよ」

「霖之助さんは詩的な表現を用いますねぇ。僕には、野次馬しに来た酔っぱらいの集団にしか見えませんよ」

「……そういう見方もあるかな」

 これは現実逃避の一種なのかなぁ。何故か直接的な表現を避けた霖之助さんは、喧騒から分かりやすく目を背けた。
 まぁ、いくら図太い霖之助さんでも、これだけの妖怪に囲まれれば現実から目を逸らしたくもなるかな。
 それこそ博麗神社の宴会ぐらいでしか見られないようなレベルの妖怪達の集まりを一望して、僕は小さく溜息を吐き出した。
 ……それにしても、なんでコレだけ居て非人型妖怪が一人も居ないのかなぁ。
 女性比率がやたらと高いのはまぁいい。一割ほど、どっちなのか判別に困るのが混ざってるのも構わない。
 だけど妖怪らしい外見の妖怪がゼロって。厄介者押し込めた旧地獄なのにゼロって。それはなんか違わないかな?

「ああ、心配しなくて良いよ。こいつらはただの見物人で、手を出す事は無いからさ」

 そんな僕の表情を、囲まれている事に対する不満だと思ったのだろう。
 持っていた盃を傾け軽く一杯飲んだ後、ニヤリと笑いながら勇儀さんはそう補足してくれた。
 ……知ってたけどね。だってどう考えても戦う気が無いもん。つーか戦う前から酒に負けてる人がほとんどだし。

「個人的には、勇儀さんにも手を出してほしくないんですけど?」

「いやいや、それは駄目さ。私にも立場ってモノがあるんでね」

「……本音は?」

「いい機会だし、ここらでメイドと本気で喧嘩してみようかと思って」

 鬼か。いや、鬼だった。
 満面の笑顔で怖い事を言う勇儀さんに、これは説得するだけ無駄だと判断する僕。
 こう言う戦う事が息をする事と同義になっている人に、戦わない事情をどれだけ訴えても無駄だろう。
 それよりも、とっとと戦ってパパっと終わらせた方がよほど建設的だ。……どうせ負けてもいい戦いだしね。

「だから手段は選んでいいが、勝負その物は本気で頼むよ? そうでないとつまらないしね」

「ちなみに、もし僕がワザと負けたらどうしますか?」

「そうだなぁ……そういう巫山戯た真似をする馬鹿の首は、千切って晒すしか無いかな」

 あ、手を抜けば死ぬ系のパターンですか。了解了解。
 それじゃあ本気でやるしか無いねー。と速やかに色々な事を諦めた僕は、霖之助さんの方へと向き直る。
 僕の隣で居心地悪そうにしている同行者は、覚悟を決めたこちらの顔を見て小さく肩を竦めた。

「まぁ、頑張ってくれ。応援だけはしているよ」

「ソレ以上の事は僕も期待してません。とりあえず、危なくないように他の観客の中に混じっててください」

「……それはそれで、別の意味で危険な気がするがね」

「確かに、駆けつけ三杯くらいじゃ許してくれそうにない空気ですもんねー」

 ぶっちゃけ周囲の面々は、僕と勇儀さんの勝負を名目に飲みに来たとしか思えない程出来上がっていた。
 誰も彼もべっろんべっろんだ。おかげで見知らぬ妖怪達に囲まれている恐怖とかは欠片も無いけど、別の意味では怖い。
 ……この状況下で混ざって、飲まずに居る事は難しいだろう。と言うか周囲が許さないだろう。
 頑張れ霖之助さん、貴方には貴方の戦いが待っている。僕は特に手助けしません。

「ま、頑張ってください。応援だけはしておきます」

「……皮肉ではないと思っておくよ」

「ええまぁ、こっちもぶっちゃけ余裕が無いので」

「おーい。そろそろ始めたいんだけど、構わないかーい?」

 遠足前の子供みたいなはしゃぎようの勇儀さんが、盃を片手にそわそわしながら問いかけてくる。
 むしろこちらの方が、その状態で良いのかと聞きたいのだけど……まぁ良いか。
 どう考えてもハンデとか貰えそうに無いし、相手がセルフで不利を背負ってくれるならむしろありがたいです。
 まぁ、盃を持った状態がどれだけハンデになるかは分からないですけどね。あるだけマシあるだけマシ。
 ――さて、ではどうやって戦ったものか。
 何しろ相手は鬼、全てのスペックが高水準で纏まってる幻想郷のチート筆頭妖怪だ。
 まともにやりあったらミンチは確定だけど……下手な小細工も通用しそうに無いしなぁ。
 かといって最善を尽くさないと首チョンパだし――んー、そーだなぁ。
 ……神綺さん、通じてます?

〈バッチリよー〉

 相手、鬼ですけどイケますか?

〈ふふふ、任せてちょうだい〉

 了解です。それじゃ、お願いしますね。

「では――――怪綺面『神』!」

 掛け声と共に腕輪が輝き、閃光が僕の身体を包み込んだ。
 そして光は一瞬にして、真紅の全身鎧と三対の翼へと姿形を変貌させる。
 最早別人と言ってもおかしくない変化。しかし反応したのは勇儀さんと霖之助さんだけで、大半の観客達は気にせず酒宴を続けていた。
 いや、期待はしてなかったけど。だけどガン無視ってどうなのよ。本当に観客なのですか貴方達?

「面白い格好だな。幻想面……じゃ無いか」

「これは怪綺面、神様の力を借りた近接用の面変化です。そこそこ強いですよ?」

「ふーん。……ならどれほどのモノか、確かめさせてもらおうか」

 そう言ってニヤリと笑った勇儀さんが、盃を持った状態で両腕を組み不敵に微笑む。
 かかってこいと言っているのだろう。その不敵な姿に思う所が無いワケでは無いけれど、他に何が出来るワケでも無い。
 僕は小さく構えると、彼女の誘いに乗る形で一気に駆けた。
 刹那で相手に接近した僕は、挨拶代わりと言わんばかりに拳を打ち出した。
 勇儀さんはそれを真正面から受け止める――が、威力を殺しきる事は出来なかったようで、勢いに押され大きく身体を後退させる。
 その姿にさすがの観客達も騒ぐのを止め、静かに場の成り行きを見守り出した。
 ……実を言うと僕も驚いている。まさか普通に直撃貰ってくれるとは思わなかったし、通用するとも思わなかった。
 怪綺面、やっぱり強いなぁ。もっともそれでも勇儀さんに対する致命打にはなっていないようだけど。

「――っかー! いいねぇ、今の一撃は効いたよ。こりゃ手加減している余裕は無いな」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。ばっちし手を抜いちゃってください」

「そーいうワケにはいかないね。良いのも一発貰っちゃったし、これからは本気でやらせて貰うさ」

「……ひょっとして今、ワザと受けました?」

「はは、何の事やら。……ただまぁ、私は鬼だからね。人間相手に最初から全力ってワケには行かないんだよ」

 つまり、今のは周囲に「久遠晶は本気を出すべき強敵」と認識させる為のフリだったと言う事ですか。
 いやまぁ、そちらの都合って事ならこっちは一向に構いませんけどね? 人間なんて舐められるのがデフォみたいなものだし。
 だけどそれでいきなりフルパワーって。そこはもうちょい、段階を踏むべきだと思いませんか? それが鬼の有り方だと思うのですが。

〈仕方ないわよー。今の晶ちゃん、本気にさせちゃうくらいには強いんだから〉

 ……強くなるっていい事ばかりじゃないですね。

〈少年はもうちょい、ハンデ無しで戦う事を考えた方が良いと思う。普通に戦っても強いんだから〉
 
 うっかりしなくなったら考えます。

〈つまり一生無理って事か〉

 わー、失礼。僕も事実だと思うけど。
 そんな風に脳内で魅魔様神綺さんと漫才している間に、勇儀さんは持っていた盃を片付けてしまった。
 その盃を良く良く観察すると、中には波々とお酒が注がれている。
 ……地面を擦る形で吹っ飛ばされてたよね、勇儀さん。あんまり底の深い杯でも無いのにお酒がほとんど残っているんですけど。
 こりゃ、さっきの一発はサービスだったと思うしか無いね。
 僕は腕を軽く回して、気合を入れ直すのと同時に気持ちを入れ替えた。
 さて、本気の勇儀さんはどんなモノなのかな。

「――じゃ、行くぜ」

 ニヤリと笑ってそう宣言すると、彼女はゆっくりこちらへ近づいて来た。
 その足取りは遅い。速く動けないワケじゃ無いだろうから、恐らくは意図的なものだろう。
 威圧が目的か、それとも……とりあえず試してみよう。

「受けて立ちます!!」

 勇気を奮い立たせ、再度勇儀さんに突っ込んでいく。
 攻撃の形は、あえて先程と同じにした。
 さぁ、勇儀さんはどう反応する? 大きく振りかぶった一撃を――勇儀さんは再度、無防備とも思える姿勢で喰らう。
 ただし今度は微動だにしない。真正面から僕の攻撃を受け止めた彼女は、ニヤリと笑いながら拳を振り上げた。

「メイドの攻撃は強烈だが、来るのが分かっていれば耐えられる。さ、次はこっちの番だよ!」

「あ、お断りします」

 振り下ろされる一撃を、高速移動で回避する。
 空振った拳は大地を穿ち、地面を陥没させる勢いで砕いていく。
 わぁ、さすがのパワー。と言うかアレだ、気のせいでなければ勇儀さんの戦い方って恐ろしく泥臭くない?

「お互い殴りあって最後まで耐えた方が勝ちとか、アナクロにも程があると思うんですけど」

「鬼だからね。別に、アンタもそれに付き合えとは言わないよ。これは私の趣味なのさ」

「良い趣味だと思いますよ。付き合うつもりは欠片もありませんが」

「……そこは普通、じゃあ僕もとか言って付き合う所だろ」

「出来ない事はやらない事にしてます」

「メイド、イイ性格してるねぇ……」

 良く言われます。勇儀さんの皮肉に満面の笑みを返して、脚部から排出される魔法陣の勢いを強める。
 相手が防御を捨てた殴り合いを望むなら、こっちはヒット・アンド・アウェイでそれに対抗するだけだ。
 小さく深呼吸をした僕は、息を止めて勇儀さんへと突っ込んでいく。
 素潜りでもしている気分になりながら、僕は掠めるように彼女への攻撃を重ねていく。
 当然、勇儀さんは気にも留めない。
 再びゆっくり腕を上げると、こちらの動向を探るように静かに目を閉じた。

〈これってアレだよな。チクチクやってた少年の与えたダメージを、鬼の一撃があっさりひっくり返すパターンだよな〉

 僕も思っていた事だけど、ハッキリ言わないでください!
 怪綺面は防御力も優れているから、さすがに一発でノックアウトみたいな展開は無いと思うけどね。
 まともに喰らったら、シャレにならない事になるのは確実だろうなぁ。
 一旦攻撃を終え距離を取った僕は、息をゆっくり吐き出して次の行動に備える。
 ……ここで、今度はでっかい一撃をとか考えたら酷い目に遭うんだろうね。
 だから戦法に変更は無し。ただ、どんな状況になろうと対応出来るように回避の事は常に考えておこう。
 僕は再度息を吸い込み、二度目の突撃を仕掛けた。

「はっ――馬鹿の一つ覚えみたいな突撃を、私が何度も許すと思うなよ!」

「僕も、許されるとは思っていません! ――『3rdファイア』!」

 相手の間合いに入る前に、二対の翼を切り離す。
 結果的にスピードは下がってしまうが、それでも迎撃の拳を避ける程度の速度はある。
 身体を反らし、更に右腕で相手の攻撃を受け流しながら、僕は急停止して後方へ向かって大きく飛んだ。
 
「行っけぇ、『オプション』!」

 拳を振りきった勇儀さんの身体に、四本の剣が無数の斬撃を叩き込む。
 威力に関しては、まぁ拳とドッコイドッコイだからあんまり期待は出来ないだろう。
 だけど、オプションには相手の力を吸収する能力がある。
 ぶっちゃけ勇儀さんは純粋な身体能力で戦っているだろうからあんまり意味は無いかもしれないが、それでも力を吸われるのは効くはずだ。
 そんなこちらの狙い通り、勇儀さんは軽くフラつきながら後方に下がった。
 よし、この手は使えるみたいだ! んー、これならこっちメインで行った方が良いかな?

「やるじゃないか、面白い攻撃だね。――今回は『相討ち』か」

「……相討ち?」

 いや、僕は避けてるから、喰らったのはそっちだけじゃ……。
 そう言いかけた所で、右腕の鎧が綺麗に砕けた。
 え!? あ、あれ!? 僕、直撃喰らって無いよね!? 軽く擦っただけだったよね!?
 呆然としながら右腕を眺めている僕に、勇儀さんはニヤリと笑って告げるのだった。

「『語られる怪力乱神』――私をただの力馬鹿だと思わない事だね。いや、これだけじゃただの力馬鹿にしか見えないかな?」

 参ったね。と苦笑する勇儀さんだけど、それに応える余裕は無かった。
 単純な物理的破壊力で、怪綺面の鎧を破壊するなんて出来るはずが無い。
 と言うかそもそも当たってないし。それなのにぶっ壊れるって、不思議パワーにも程があるでしょう。
 




 ――ヤバい。これは、はっきり言って物凄いピンチかもしれない。




[27853] 異聞の章・参拾玖「群怪折実/ダイヤモンドも打ち砕く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/07/14 22:26


「わー、しまった! もう始まってるみたいだよ!!」

「パルスィが無駄に抵抗するから、予定よりも遅れちゃったよ」

「どいつもこいつも好き勝手やってくれるわね……妬ましい」

「それにしてもえらく静かだね。もう決着が着いちゃったのかな」

「そう簡単に、あの馬鹿メイドがやられるとは思えないけど――あら、森近霖之助じゃないの」

「おや、水橋パルスィじゃないか。晶を追ってきたのかい?」

「その発想は不愉快だわ。……連れて来られたのよ、この二人に」

「あ、狡知の道化師と一緒に居た人だ」

「お酒も飲まずに何やってるの?」

「酒を飲む事が規定事項のように言わないでくれたまえ。久遠晶の応援だよ」

「ふーん。……それで、戦況はどうなのよ」

「久遠晶の方が不利、だと思うよ。素人目にはいまいち判断出来ないけれどね」

「それならいい気味だけど――なんだ、そうでも無いじゃない」

「ん、そうかい? だいぶ追い詰められている様に見えるけど……」

「だけど、まだ諦めて無いわ。あー腹立たしい、とっととやられてしまえば良いのに」

「………………」

「………………」

「………………」

「……何よ?」

「君、意外と彼の事を理解しているよね」

「巫山戯た事抜かしてるとぶっ飛ばすわよ」





幻想郷覚書 異聞の章・参拾玖「群怪折実/ダイヤモンドも打ち砕く」





 どうも久遠晶です。勇儀さんが反則過ぎて困るけど、良く考えたらいつもの事だった。

「――『1stストライク』」

 とりあえず、勇儀さんの周囲を浮いていたオプションを回収する。
 怪綺面の鎧を簡単に破壊する勇儀さんに、分割攻撃なんて無双してくださいと言っているようなものだ。
 いや、だからって一箇所に纏めれば何とかなるってワケでも無いのだけどね。
 少なくとも先程チラッと考えた、『3rdファイア』による全方位攻撃は止めておいた方が良いだろう。
 あっという間に砕かれて、機動力を奪われてしまうのがオチだ。
 ……そもそも、今の一撃はどういう攻撃だったのだろうか。まずそこを突き止めないと取り返しの付かない事になってしまう。

〈説明が難しいのだけど……力押しじゃない力押しだと思うわ〉

 ふむ、能力を使った怪力って事ですかね。

〈どちらかと言うと、能力を使って怪力を通せる様にしている――かしら?〉

 能力で、か。……つまり霊夢ちゃんみたいな感じですか?

〈似てるけど少し違うでしょうね。あの鬼は、霊夢ちゃんみたいにルールを無視していると言うよりは……〉

 ――ルールその物を、力尽くで破壊している?

〈多分そうね。『語られる怪力乱神』――自ら語った二つ名が、彼女の能力に関係しているのよ〉

 「怪力乱神」かぁ。確かに、何か能力に関係しているのだろうとは思ったけどねー。
 ……人知の及ばぬ不思議な現象って、実質なんでもありじゃん。僕も人の事言えた義理じゃないけど。
 まぁ、仮に勇儀さんがなんでもかんでも出来る能力を持っていたとしても、それを勝負にフル投入するとは思えない。
 少なくとも、何かしらの方向性は与えていると思うのだけど……それはなんだろう?

〈こってこての鬼だからなー。能力も、鬼らしく振る舞えるよう使ってるんじゃないか?〉

 なるほど、それはあり得るかも。魅魔様の推察に僕は心の中で同意した。
 鬼とは、恐怖を具体化させたモノである。少なくとも僕はそう思っているし、大筋はその認識で間違っていないはずだ。
 では恐怖とは何か。広義の定義付けは難しいけれど、勇儀さんの考える「恐怖」に関しては容易に想像がつく。
 それはズバリ‘力’だ。あらゆる物を打ち砕き、捻じ伏せ、蹂躙する。
 理不尽の象徴としての力が、星熊勇儀の定義する恐怖なのだろう。
 彼女の前では、全ての存在が力の前に平伏するのだ。例え僕がどのような力を持っていても関係無い、全て打ち砕かれるのである。
 ……つまり真正面から戦う事自体が死亡フラグ。防御力とかパワーとかあっても無くても結果は一緒なのです。
 実に酷い話だけど、相手が鬼でこちらが人間ならば仕方ないだろう。これが古来から続く正しい人鬼の関係ってヤツだからね。
 ――それに、打つ手が完全に無くなっているワケでは無い。
 彼女が古き良き鬼であると言うなら、やはり古典的な方法で勝つ事が出来るはずである。

「どうしたよ、急に静かになって。絶望的過ぎて戦意が無くなったかい?」

「いえ。どうすれば勇儀さんに勝てるかなぁと、小賢しくも考えている最中なんです」

「――はっ、分かってるじゃないか」

 僕の答えに、満足そうに笑う勇儀さん。
 うん、やっぱりそうだよね。鬼を倒すのは常に人間の知恵――と言うか小賢しさだ。
 神に選ばれた勇者には勝てるけど、とんちの働く小坊主には負ける。……鬼ってそういう生き物なんだよね。

〈なんだ、つまり少年だと楽勝って事じゃないか〉

 だと良いんだけどさー。
 残念ながら現在、僕は勇儀さんに対等な相手だと思われているのですよ。
 いくら僕が人間で彼女が鬼だとしても、互角の相手に油断をしてくれるほど勇儀さんは甘くないだろう。
 つまり勝つための小細工とは別に、小細工に引っかかって貰うための小細工も必要だと言う事です。
 面倒臭い。実に面倒臭いですよ。

〈ふふん。だけど出来ないワケじゃ無いんだろ?〉

〈頑張ってねー、晶ちゃん〉

 簡単に言ってくれるなぁ。まぁ、確かに言われた通り手立てはあるんですけど。
 その前に神綺さん、一つだけ確認して良いですかね?
 ……鎧、派手にぶっ壊れちゃっているのですが。コレ後で元に戻せますか?

〈大丈夫よー。核である両腕の宝石が砕けなければ、鎧は自動で破損部分を再生してくれるから〉

 え、ナニソレ初めて聞いた。

〈宝石本体もヒビくらいなら大丈夫だけど、割れちゃうと直らなくなっちゃうから気をつけてね?〉

 むしろ、そうでもしないとダメにならない魔法の鎧の強度に驚きです。
 元々アホみたいに頑丈なのに、更に自動回復能力持ちとか……至れり尽くせり過ぎて逆に申し訳ない気がしてきた。
 いや、まぁ有効に活用させて貰いますけどね? ちなみに神綺さん、今回の破損状況だと再生時間はどれくらいのモノになりますか?

〈ここまで派手に壊されると、さすがにちょっと時間がかかるわね。……三日くらいかしら〉

 三日かぁ……いやうん、短いよ? 鎧の修復に三日とか破格の速さだと思う。
 だけど戦闘中に直る事を期待していた僕は、ほんのちょっぴりガッカリしてしまったワケで。

〈……直す? 私の力をもっと送ればすぐに直せるわよ?〉

 いえ、止めときます。そこまで窮地じゃないし、あんまり神綺さんに頼るとアリスに殺される気がする。
 ま、直ると分かっていればそれで充分。おかげで後先考えずに無茶が出来ますよ。
 ――直らなくても無茶したかもしれないけどね! まぁ、相手が相手だから仕方ない。……誰だってそうするよね?

「さて、出来れば良い案が出るまで待ってやりたい所なんだが……場の空気を冷ますワケにもいかんからなぁ」

「いえいえ、充分待ってもらえましたよ。おかげで考えが纏まりました」
 
「ふぅん、どんな企みだい? 教えておくれよ」

「そうですね……とりあえずは、勇儀さんに「真剣」になってもらおうかと」
 
「……ほぉ」

 現状、勇儀さんは本気だとしても真剣では無い。有り体に言うと僕の事をまだ舐めてる。
 それはそれでありがたいけれど、これからやる事を考えるとその余裕は邪魔だ。

「故にまずは、星熊勇儀を‘虚仮’にさせていただきます」

「はっ――『山の四天王』を相手に良く吠えた! 来なっ!!」

 手招きする彼女に呼応して、最高速で勇儀さんに向かって突っ込む。
 真正面からの突撃に対し腰だめに拳を構えた彼女は、そんなこちらに絶妙なタイミングでカウンターとなる一撃を叩き込んできた。
 それを僕はスレスレの距離で回避する。掠めるだけでも致命傷な攻撃だが知った事では無い、ジグザグに曲がりながら相手の背後に回りこむ。
 あ、ちなみに当たってませんよ? いくら何でも無駄に防御力を下げる真似はしません、ギリギリで避けただけです。
 すると今度は裏拳を叩き込んでくる勇儀さん。全力で正拳を放った直後に、正反対の動きを同じく全力で出来るとか普通におかしい。
 ――けどまぁ、こちらには関係無い。僕は軽くステップを踏むと、再び高速移動で裏拳を回避した。
 もちろん距離は離さない。触れ合うほどの距離を維持したまま、勇儀さんの周りを回るように動き続ける。

「おいおい、ちょこまかと逃げるだけかい。それじゃ勝てないぞ?」

「そうでも無いですよ。この状況、鬼としてはかなり看過出来ないでしょう?」

「……だね。このまま続ければ、私の‘負け’か」

 圧倒的な鬼の力は、相手に恐怖を抱かせるためのモノ。
 しかし現在の僕はそれに構わず、勇儀さんの間合いで好き勝手に動き回っている。
 これは、鬼の力を恐怖していないと言うこの上ない証左だ。
 そんな僕を捻じ伏せられないのならば、彼女は鬼としての矜持を失う事になる。
 ……まぁ、内心はビビリまくり恐れまくりの鬼超すごいマジヤバい状態なんですけどね?
 それを表に出さず、小馬鹿にした表情で笑えるのが僕の良い所。もしくは悪い所。

「ちなみに、僕は今後もずっと回避に専念しながら勇儀さんに纏わりつくので悪しからず。頑張って引き剥がしてくださいね?」

「お前、性格悪いなぁ……」

「怒りました?」

「いいや――気に入ったよ! その喧嘩買った!!」

 そう言って彼女は目を瞑ると、静かに呼吸を整え始めた。
 下手な鉄砲を数打つより、一撃で相手の眉間をぶち抜く事を選んだのだろう。勇儀さんイチかバチかの賭けってかなり好きそうだし。
 だからここまでは予定通りだ。――もっとも、勇儀さんだって誘われているのは承知の上だろうけどね。
 そして力が集中した為か、闘気を纏い白く輝いていく彼女の右拳。
 まるで肌を焼くような圧力を放ちながら、勇儀さんはその右腕をこちらへ向かって振りかぶってきた。

「さぁ、避けてみな!!」



 ―――――――光鬼「金剛螺旋」



 光のラインが、尾を引くようにして僕へと迫る。
 超接近状態である現状では、避ける事が困難な全力の一撃。
 それに僕は、真正面から向かって行った。
 もちろん、そのまま弾幕にぶつかっていくワケでは無い。
 低空飛行していた僕は、空中でブレーキを掛けながら全力で右足を蹴りあげた。
 推進器と化している足を上げた事で身体が沈んでいくが、まだ避けきれるほど高度は落ちてはいない。
 なので僕は、更に身体を捻りながら弾幕を擦るように蹴り飛ばした。
 ガリガリと音を立てて、弾幕が右足の鎧を削っていく。と言うかつま先から膝下まで景気良くぶっ壊れていっている。
 その光景に心苦しい物を感じながらも、残った左足で必死に体勢を整え――僕は無事な左腕を構えた。

「――『3rdファイア』!」

 そして、ここで一気にオプションを解放する。
 さすがにブレーキのかかった状態で速度に変化はないが、今回の主眼はそこでは無い。
 僕は取り外した四枚のオプションを、左の腕鎧に十字の形で装着させた。
 鎧は眩く輝き、オプションは再び推進器としての役割を再開する。
 腕が千切れそうな程引っ張られる感覚に押されながら、身体を半回転させた僕はスペルカードを宣誓し攻撃をしかけた。

「お返しですっ!!」



 ―――――――幽撃「ソニック・ファントム」



 空気を引き裂いた拳が、右腕を振りきった勇儀さんへと迫る。
 弾幕の「余波」には直撃してしまうが、こちらも残った余力を全て注ぎ込んでいるのだ。負ける事は無い。
 ……それに、そこまで気にしていたら攻撃出来ないしね。
 だから気にせず、そのまま左腕を勇儀さんの顔面向けて叩き込む! ――後の事は、もちろん考えない方向性で!!

「――っ、甘ぇ!!」

 だがまぁ、それだけで素直に喰らってくれるほど勇儀さんは甘くなかったようで。
 僕と同じように無理矢理身体を捻った彼女は、こちらの挑戦を真っ向から受け止める形で頭を突き出してきた。
 要するに頭突きで迎撃してきたワケである。……角があるから威力は有りそうだよね。当たりどころ悪いと折れそうな気もするけど。
 それにしても、「甘い」と来ましたか。
 確かにこの程度で不意を打てたと思うのは、鬼に対する侮辱だろう。――不意打ちするつもりならね。
 だが、実際の所は違う。アレやらコレやら画策したのは事実だし、正々堂々と言い難いレベルの捻くれっぷりを見せたのは事実だけど。
 それでもコレは、「実力」で相手を叩くための下準備なのだ。

「そっちこそ、甘いっ!!!」

 激突する頭と拳。金属同士を叩いたような音が聞こえ、それぞれの勢いが拮抗する。
 スペカと普通の頭突きで五分と言うのは、冷静に考えるとかなり情けない。が。

「んな事、気にしてられるかぁぁあ!!」

 気合を一つ入れて、残った力を左拳に注ぎ込む。
 すると鎧の輝きは更に強くなり、拮抗していた状況をあっさりと覆した。
 とはいえ、密着した状態から放つ拳なんて痛くも痒くも無いだろう。
 だから僕は精神を集中し――左拳に集中した力を、気弾として一気に放出した。
 爆発する勇儀さんの顔、当然至近距離に居た僕も爆風に巻き込まれ吹っ飛ばされる。
 地面を何度かバウンドした僕は、それでも何とか体勢を立て直して立ち上がった。
 ……うう、痛い。めっちゃ痛い。怪綺面の力をほぼ全部突っ込んだ気弾喰らった上に、地面に何度も顔擦ったからなぁ。
 と言うか頭突きとの合わせ技一本で、鎧の左腕と胸部の左部分が綺麗にぶっ壊れたんですけど。
 多分、頭突きの方の原因八割で。……鬼って本当に怖いなぁ。
 オプションも合わせて吹っ飛んだし、もう無事な箇所が右足の鎧しか無いんですが。ほぼ全壊状態なんですが。
 ……これって、さすがにヤバくないかな? 核とか言われてた宝石も、片方完全に壊れちゃってるんですけども。

〈大丈夫、一個残ってればソレも直してくれるから。大体一週間で直るわよ?〉

 とか思っていたら全然ヤバくなかった。
 いや、実にありがたい話だけどね? 


 


 ――この鎧って実は、かなりヤバいアイテムなんじゃないだろうか。もちろん悪い意味じゃ無くて……悪い意味かも。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「超久しぶりなので今回は原点に立ち返ろうかと思います。どうも、皆のアイドル山田さんです」

死神A「……定期的に言ってますよね、ソレ。死神Aです」

山田「とりあえず歌手デビューでもしようと思います。ユニット名はYMD108で」

死神A「閻魔が煩悩をユニット名に含めるのは止めましょうよ」

山田「仕方ありません、ユニット数ですからね」

死神A「……いや、百八人居るアイドルグループってどうなんですか」

山田「ええ、そういうネタで行くつもりだったのですが――なんか調べてみたら元ネタの時点でメンバー数が百超えてまして」

死神A「あのグループ、そんなに人居たんですか!?」

山田「しょうがないので違いを出す為「百八人全員山田さん」と言うネタに行き着こうと思ったんですが、どうでしょうか?」

死神A「やめてくださいしんでしまいます」


 Q:晶君が『女性として』意識しているランキングを教えてほしいです。

 Q:晶君の好感度が高い順トップ10を教えてくださいー! あ、男的な意味でお願いします。


山田「似たような質問なので合わせて答えます。具体的に言うと、女性として意識しているランキングTOP10を答えます」

死神A「男的な意味での好感度が高い順、消えてるんですけど」

山田「いや、考えると凄い哲学的な方向性に行きそうだったので。どこまで男女的なモノでどこまで友人的なモノなのかーとか」

死神A「……ただでさえあの主人公、男女間の愛情を理解してないですからねぇ。ランキングが大変な事になりそうな気が」

山田「ぶっちゃけますが、家族愛も除外されてかなり惨事になります。と言うかなりました。本当酷い事になりました」

死神A「えっと、どうなったので?」

山田「ベストファイブが集まりませんでした。どんぐりの背比べ過ぎてランキングが成立しないんです、根本的に」

死神A「……それは酷い」

山田「女性として意識しているランキングも結構アレなんですが、まぁこっちよりはマシです。なので今回は纏めさせてもらいました」

死神A「アレなんですか」

山田「アレなんです。ではどーぞ」


○晶君が『女性として』意識しているランキングTOP10

 一位 蓬来山輝夜

 二位 霊烏路空

 三位(同率)
    紅美鈴
    東風谷早苗
    風見幽香

 四位(同率)
    小野塚小町
    西行寺幽々子
    聖白蓮
    上白沢慧音
    パチュリー・ノーレッジ


山田「感想あるなら聞きますよ」

死神A「えっと、TOP10なのに4位までしかいませんね」

山田「だからアレだって言ったじゃないですか。ぶっちゃけコレも、かなり無理矢理順位付けしたレベルのモノですよ」

山田「四位と五位の差なんてあってないようなモノです。そして五位はキリが無い程居ます」

死神A「と言う事は、実質このランキング意味があるのは三位から上だけなんですね」

山田「まぁ、四位以下も意味ありますけどね。このランキングの上に行く傾向が分かりますから」

死神A「……それは、その、あの……」

山田「お察しの通りです。実はこのランキング、普通の好感度が低い人間ほどランクインし易い傾向にあります」

死神A「胸――えっ!?」

山田「親しい人間ほど女と意識されなくなる、と言うワケです。八雲紫、アリス・マーガトロイド、射命丸文が入っていないのはこの為です」

死神A「でも、上位三名は結構親しい関係ですよね。と言うか一位に至っては準レギュラーなんですけど」

山田「――減算しても尚、女性として意識するレベルの色気があるって事ですよ。彼女等には」

死神A「まぁ、二位と三位の面々は分かりますね。けど、一位って色気あります? と言うか晶君意識してるんですか?」

山田「してるからツレなくしてるんです。何とも思ってなけりゃ、蓬来山輝夜のスキンシップにスキンシップで答えてますよ」

死神A「と言う事は、ひょっとして蓬来山輝夜って……この手のランキング不動の一位ですか?」

山田「不動の一位です。ボツった「男的~」な方でも一位にあっさり居座ったぶっちぎりのトップです」

死神A「いつの間にそんな地位に居たんだ……」

山田「でも多分、恋人になるにも結婚するにも一番難易度高い組み合わせなんですよね」

死神A「……面倒臭い関係だなぁ」


 Q:山田さん、山田さんと付き合う方法はありますか?


山田「すいません、山田さんはアイドルなんで他人と付き合うとか出来ないんです」

死神A「ひょっとして冒頭のアイドルネタ、この為の前振りだったんですか?」

山田「そう……私は孤独な人間。全ての関わりから外れ、ただ歌を歌う哀しき自動人形…………」

死神A「良く分からない方向に行った!? 付き合えないってそういう意味なんですか!?」

山田「そんな私を人間に戻すために必要なのは、誰かの真摯で真っ直ぐな――愛」

死神A「あれ、つまり付き合うって事じゃありませんか? 付き合うチャンス出てきてません?」

山田「そんな「孤独な裁判官」山田さんSRを引けるガチャが、今週末から開始されます! 皆も課金しようぜ!!」

死神A「ああ、なんか最終的に良く分からない状況に……」

山田「じゃあ仕方ありませんね。話のオチを付けるために、触れずにスルーしてたポイントにツッコミましょう」

死神A「スルーしてたポイントって……」

山田「――胸が大きければランキングの順位が高くなると言う、さっき貴女が言いかけたもう一つの傾向ですよ」

死神A「ぎゃー!? やっぱり拾われたー!?」

山田「ぶっちゃけ貴女が四位に入ったのはそのためですしね。フフフ、何か言い残す事は?」

死神A「げ、原点に立ち返って控えめな罰にしておきません?」

山田「イヤです」

死神A「ですよねー!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 異聞の章・肆拾「群怪折実/メイドでも出来る! 簡単鬼退治法」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/07/21 22:20


「わ、わー!? 勇儀がー!?」

「あぅあぅあぅ!?」

「落ち着きなさい。アレくらいでやられるほど星熊勇儀は容易い鬼じゃないわよ、あぁ妬ましい」

「……僕には、粉々になってもおかしくない攻撃に見えるんだが」

「私にもそう見えるわ。見えてないのは、多分戦ってる当人達だけでしょうね」

「空恐ろしい話だな」

「ええ、実に妬ましいわ」

「しかし攻撃した彼自身の被害も甚大だ。この勝負、どう転ぶか分からないぞ……」

「大丈夫ですよ。――あっきーは勝ちます」

「っ!?」

「さ、さとり!?」

「どうもです、パルスィさん。それと――森近霖之助さんですか。霖ちゃんって呼んで良いですか?」

「断固として断るよ。……君が地霊殿の主、覚妖怪である古明地さとりか」

「さとりんはあっきー専用の呼称なんで使わないでくださいね」

「頼まれても呼ばないから安心してくれたまえ」

「アンタ、何しに来たのよ」

「あまりにもあっきーが遅いので迎えに。どうやら、かなり面白い事になっているようですね」

「まぁ、見逃せない展開ではあるがね。君の見立てはどうだい?」

「さっき言いましたよ。――あっきーは勝ちます」

「それは、読心による判断かい?」

「実際はそうですけど、聞こえが良いので友情に基づく信頼だとでも言っておきます」

「……そうかい」

「……そういう事は、心の中にだけ留めておきなさいよ」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾「群怪折実/メイドでも出来る! 簡単鬼退治法」





 さて、僕の全力攻撃ですが――どうやら、それなりの効果はあったようだ。

「ははは、やるねぇ……」

 体勢こそ変わらないものの、額から血を流していた勇儀さんが若干息を切らせつつニヤリと笑う。
 うむ、ダメージの方もソコソコ与えられたみたい。――どちらかと言うと、精神の方にかなり効いたようだけども。
 彼女の口調はまだまだ余裕に溢れているけど、その目には確かな苛立ちが篭っている。
 とは言え、この怒りは僕に対するモノでは無い。アレは自分の不甲斐なさに対する怒りだ。

「お前さんの言う通りだ、確かに私は真剣じゃ無かった。――これがそのツケって事かい」

「わりと高い買い物だったでしょう? まだまだ支払いは続きますけどね」

「言ってくれるじゃないか。そのボロボロの身体で、今度は何をしてくれるんだい?」

「そうですね……挑戦?」

 僕は怪綺面を解除しつつ、不敵な顔で立ち上がった。
 実際は結構身体の節々が痛くて、気のせいで無ければこっちも頭から血とか出ているのだけど。
 ここは強気になる場面だ。全ては僕の思うままだと言わんばかりに笑って、とにかく相手を挑発してやろう。
 うぐっ、睨まれた。あくまで咎める程度のモノだけど、鬼の眼力でやられると普通に怖い。
 まぁ、止めないけどね! 内心ビクビクだけど、表向きはニヤニヤ笑顔で対応します。

「いい感じに場も温まったみたいですし、そろそろ決着をつけようと思います」

「ふぅん、次の一撃で私を倒す。とでも言うつもりかい?」

「いえ、逆です。――次の一撃で、僕を倒してみてください」

「なにっ?」

「攻守交代ってヤツですよ。勇儀さん、このまま僕にやりたい放題やられて何も出来ず終了って言うのは避けたいでしょう?」

 何しろ、怪綺面での攻撃は見事に勇儀さんをおちょくりきったのだ。
 今更最後の一発を耐えた所で、人間相手に良いようにされた鬼と言う評価は覆らないだろう。
 けど、勇儀さんが決着となる一撃を放つなら話は別だ。
 ……まぁ、おちょくられた事実は変わらないけど。
 それでもその場合、評価されるのは鬼に本気を出させたこちらの方になるだろう。
 少なくとも勇儀さんに、このまま何もせず終わる選択肢は無いし――僕の提案を一蹴する程安いプライドも持っていないはずだ。

「……本当、お前さんは性悪だなぁ。ここまでお膳立てしておいて、逃げれるもんなら逃げてみろとほざくワケか」

「ははは、スイマセン。でもまぁ僕も同じ状況にいるから、それでオアイコって事で!!」

「だから困っているのさ。メイドは平気で卑怯な策を練る癖に、策士らしく高みの見物をしようって気持ちが欠片も無いからな」

「そりゃまぁ、僕は基本的に最下層の人間ですからね。同じ高さに上がるので精一杯なのに、見下すなんて出来ませんよ」

「……ほんとに、お前さんは性悪だけど――面白いヤツだよ」

 真剣勝負の最中に合わない朗らかな顔で笑い、勇儀さんが小さく肩を竦めた。
 しかしそれも一瞬の事。彼女は即座に笑みを引っ込めて、先程までと同様の剣呑な雰囲気を全身に纏う。
 ただソレは、敵意に満ち溢れたモノでは無い。
 純粋に相手を倒すための気迫。……つまりようやく、彼女は僕と『真剣』に相対する気になったワケである。

「『三歩必殺』――お望み通り、この一撃でケリをつけてやるよ」

 言葉に反して、彼女が拳を構える事は無かった。
 否、そもそも必要無いのだろう。
 構えとは効率的に動く為の下準備。そんな余計なモノに頼る必要など、「鬼」である彼女に有りはしないのだ。
 間違いない。すでに、相手の準備は整っている。
 肌を焼くような圧力に押されながら、僕は最後の仕上げとして顔の半分を隠す面を装着した。

「それでは、こちらもこの姿でお相手します。――――四季面『花』!」

 氷の装束を身に纏い、四季面は不敵に微笑んでみせる。
 が、それに対する勇儀さんの反応は実に冷ややかだった。
 えー、なんだよソレー。みたいな顔でこちらを咎める勇儀さん。

「えー、なんだよソレー」

 と言うか実際に言われた。物凄い嫌そうな顔だ。
 まぁ、気持ちは分からないでも無いですけど。……怪綺面の後だもんなぁ。

「私の見立てが間違っていないなら、その姿はさっきの姿より弱体化している様に思えるんだが」

「ええ、その通りですわよ? アレと違ってこの面は、何の力も借りておりませんもの」

「えっ? これから全力で戦おうって場面でソレ選ぶって、私この期に及んで舐められてる?」

 いや、舐めるどころか四季面じゃ無ければ勝てないレベルに必至の姿なんですが。
 それを正直に言うのはさすがにどうかと思うので、とりあえず意味ありげに笑うだけ笑っておいた。
 あ、さすがに嫌そうな顔してる。まぁ向こうも、僕が何も考えずに四季面を選んだとは思っていないだろうけど。
 それでもこっちの狙いは分かってないって所かな? ……分かってたら僕の負けが確定するんですけどね!
 んー……大丈夫だよね? ぶっ飛ばされた際の位置調節も成功したはず。だと思いたい。
 
「とりあえず私はここから一歩も動くつもりは無いのですが、勇儀様はどういたしますの? 何ならビームでも撃ちます?」

「今更拳以外を使うつもりは無いよ。それにそこも私の間合い、心配は要らないさ」

 結構な距離があるのだけど、それでも勇儀さんの『三歩必殺』とやらは余裕でこちらに届くらしい。
 まぁ、届いてもらわないと困るのだけど。これで詰めに至るまでの準備は全部整った事になる。
 後は彼女の必殺技に、僕が対応出来るかどうかだね。
 僕は氷の傘を地面に突き刺すと、それに体重をかけつつ相手の行動を待った。

「……ところで、性格が変わっている理由は追求しても良いのかい?」

「面倒なんでスルーでお願いしますわ。ささ、どうぞかかっていらっしゃいまし」

「ちょいちょい気の抜ける真似してくれるよなぁ。……まぁ良いさ」

 少し緩んでしまった空気を締め直す様に、勇儀さんが大きく深呼吸をした。
 彼女の視線がこちらに向き、肌を焼くような圧力全てが僕へと集中する。
 ――来る。

「大口叩いた分の結果は、きっちり出してくれよ!」



 ―――――――四天王奥義「三歩必殺」



 スペルカードの宣誓と共に、勇儀さんが一歩目を踏み出した。
 力強いその動きで大地は大きく砕け、彼女の姿が一瞬の内に掻き消える。
 続いて二歩目。その姿を補足する事は出来ないが、一歩目以上に派手に砕けた地面が今どこに居るのかを如実に語ってくれている。
 良し、このタイミングだ。
 相手の三歩目――こちらへの攻撃が迫る刹那の瞬間に、僕もスペルカードを宣誓した。



 ―――――――絶空「オーバードライブ・フラワー」



 条件は全て整った。絶空のスペルカードを使用した僕は、勇儀さん――では無く、その向こう側にある‘物’を引き寄せる。
 目の前には、三歩目を踏み込み拳を振りかぶる勇儀さんの姿。
 まさしく鬼と呼ぶのに相応しい気迫を放つ彼女に、僕は引き寄せた‘ソレ’を突き出した。

「はんっ! どんな技か知らないが、この私を止められは――」

「あら、止まらなくて良いのですか?」

「お、おいちょっと待てぇ!?」

 わー、凄いや効果覿面だー。
 露骨に動揺する勇儀さんの姿を見て、「物質」の想像以上の力を実感する僕。
 ……この盃、そんなに大事なモノだったんだ。
 気勢を削げれば御の字くらいに思っていたのだけど、これは一歩横に動くだけで回避出来るレベルの止まりっぷりだなぁ。
 もっとも、動かないと宣言した以上この場から離れず避ける必要があるのだけど。
 まぁ、これなら大丈夫だろう。四季面はわりと器用だから、盃持ってない手を添えてやれば。
 
「ぽいっと」

「うぁあっ!?」

 ……うん、思ったよりも飛んだ事を除けば予定通り。
 相手の動きを利用する形で、僕は勇儀さんを華麗に放り投げた。
 頭から落ちてるけど、勇儀さんにとっては大したダメージにはなるまい。勢いもほぼ死んでたしね。

「さて、これで勇儀様の一撃を何とか耐えたワケですが」

「……いやさ、今のを耐えたって言うのは少し違わないか? と言うか今の防ぎ方はなんなんだよ」

「うふふ、想像だにしなかったでしょう?」

「そりゃ普通、こんな真似してくるなんて考えられないだろうさ。そういう意味では良く思いついたと褒めてやりたいくらいだ」

「利用できるものはなんでも使う、が私のモットーでして」

「悪びれないねぇ、メイドは」

 そりゃまぁ、僕は基本的に目的の為には手段を選ばないですから。
 周囲から舞い込んでくるブーイングをスルーしつつ、逆さま状態の勇儀さんにニッコリ笑顔を返す僕。
 そんなこちらに負けてたまるかと言わんばかりに、勇儀さんは不敵な笑みを浮かべてみせた。――逆さを維持したままで。
 うん、実にコメントに困る姿だ。一応はまだ戦闘中なので、こっちから起こす事も出来ないし。
 どうしようかコレ。決着はついているから、こっちの勝ちって事で話を終わらせても良いんだけど。
 自分で言っちゃうと確実に波風が立つからなぁ。誰でも良いから、スパッと判断を下してくれる審判は居ないものか。

「仲良くお話するのは結構だけど、幕引きはちゃんとしなさいよ。妬ましいわね」

「あら、パルスィさんではありませんか」

「お、間に合ったか。丁度いいからパルスィ、幕引きはお前さんがやってくれないか」

「……良いけど、面倒だから額面通りの結果を出すわよ」

「そうして欲しいから頼んでいるんだよ」

「まったく。アンタといいコレといい、どうしてどいつもこいつも私を巻き込もうとするのかしら」

「ふふ、それがパルスィだからだと思いますわ」

「いいかげん本気でヒネるわよこの駄メイド」

 ブツクサと文句を言いながら、パルスィがゆっくりとこちらに近づいてくる。
 彼女は未だブーイングを続ける観客達に顔を向けると、心底面倒くさそうな顔で僕の右腕を持ち上げた。

「ともかく。約定の通りこの勝負、久遠晶の勝利とさせて貰うわ。……文句は勇儀に言いなさい」

 パルスィがそう言うと、それまで騒がしかった場が一気に収まった。
 さすがに彼らも、勇儀さんの判断に逆らってまで文句を言い続けるつもりは無いのだろう。
 ようやく一段落つく事が出来た僕は、四季面を解除して逆さま状態の勇儀さんに手を差し伸べた。

「とりあえず、コレでご満足ですか?」

「んー……一応は、かな。私としては、もうちょい凄惨な殺し合い的な事もやってみたかったけど」

「それは僕がイヤです」

「だろうなー。まぁ、負けた身でコレ以上の文句なんて言わないから安心してくれよ。いやー、負けた負けた。綺麗に負けたなぁ」

 そう言って楽しそうに笑う勇儀さん。正直、ブチキレられる可能性も考慮していただけにちょっと意外です。
 彼女は僕の手を取り立ち上がると、そのままこちらの肩を掴む形で抱きついてきた。
 って、痛い痛い。なんか、抱きつくのには必要無い圧力が!?
 ひょっとして怒ってる!? さり気なくお怒りになっておられますか、勇儀さん!?

「ふっふっふ、次やる時は負けないよ?」

「いや、僕はもう二度と戦いたくないんですけど」

 改めて実感したけど、鬼強過ぎ。
 今回は何とかなったけど、次やる時は今レベルの悪巧みじゃ歯牙にもかけてくれないだろう。
 そしてもちろん真正面からやりあう手は通用しない。手を抜いたら殺される。
 ――うん、彼女と戦う機会が二度と発生しない事を願います。切に。

「しかし、そんなあっきーの切実な願いが叶えられる事は無かったのでした……」

「不吉なナレーション!? ってアレ、さとりん?」

「どうも。迎えに来ましたよ」

「あ、ゴメン。ちょっと途中で見ての通り鬼に捕まっちゃいまして」

「ええ、知ってます。色々と災難でしたね――勇儀さん」

「そっち!?」

「冗談です、てへぺろ」

「……強ち間違いでも無かったがなぁ」

 喧嘩売ってきたのはそっちで、終始そっち優勢だったのに酷い言われようだ。
 勇儀さんのしみじみとした物言いに、僕は内心でツッコミを入れた。

「――でも、実際に痛い目にあったのは勇儀さんですよね」

「まぁ、そういう解釈もあるかな!」

 正当防衛だと思いますけどね! あくまでも!!




[27853] 異聞の章・肆拾壱「群怪折実/オンセンノススメ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/08/07 09:12


「それでは、お二人を地霊殿にご案内しますね」

「……さとりん、例の件だけど」

「物凄く不満ですけど、約束は約束ですから。きちんと用意してますよ」

「うっし!」

「親友にここまで拒否されるなんて、さとりんとっても悲しいです」

「何だか良く分からんが、友人の頼みぐらい聞いてやれよ」

「良く分からないなら黙っててください」

「うわ酷っ。仲良く喧嘩した私になんて事言うんだい、このメイドは」

「――仲良く?」

「僕って基本、仲の良い相手には遠慮しないんです」

「仲の良さは認めるのか……」

「ほらほら霖ちゃん、元気だしてくださいよ。置いてきぼり喰らって拗ねてる事は私がちゃんと分かっているんですから」

「ならば、ほっといて欲しいと思っている僕の気持ちも理解しているはずだが。それと霖ちゃんは止めたまえ」

「私、他人の痛がる顔が見たくてつい近寄っちゃうハリネズミなんです」

「……久遠晶、友達は選んだ方が良いよ」

「さとりん、霖之助さんをイジメたらダメだよー」

「では、相手がパルスィさんだったなら?」

「――なるほど、わかる」

「分かるな! 妬ましいわね!!」

「ところで話を戻すけどさ、さっきは何の話をしていたんだい?」

「実はウチに温泉を造りまして。あっきーとその友人をお招きしているんです」

「なんだって!? おい、私達は誘われて無いぞ!!」

「いや、アンタは関係ない――と言うか、何で私も含めようとしているのよ。あーほんと、妬ましすぎて頭痛いわ」

「ちなみに勇儀さんを誘わなかった理由は色々有りますが、一番は敵になりそうだったからです」

「おいおい、温泉にイザコザを持ち込むほど私は無粋じゃないぞ?」

「……無粋で無いから、敵になるんですよ」

「あ? どう言う事だ?」

「あっきーは無粋、と言う事ですよ」

「???」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾壱「群怪折実オンセンノススメ」





 どうも、とりあえず一段落ついた久遠晶です。
 あれからさとりんに案内され、僕達は地霊殿にやってきました。
 ちなみに僕達と言うのは、僕と霖之助さんと勇儀さんとパルスィの事です。
 言っとくけど、今回僕はパルスィ誘って無いからね? 誘った……と言うか拉致ったのは勇儀さんです。
 もっと言うとパルスィ以外にも、土蜘蛛釣瓶落としコンビも誘っていたみたいなんだけどね。
 ……僕が怖いから嫌だって言ってました。泣きそう。

「はふぅ。良い湯だなぁ……」

「ああ、想像以上に素晴らしい温泉だね」

 そして今、本当に出来上がっていた男湯に僕と霖之助さんの二人は浸かっていた。
 突貫工事で作られたのか所々に作りの甘い部分があるけど、それが良い具合に温泉の‘味’になっている。
 誰が作ったか知らないけどセンス良いなぁ。作者の本命はさとりん、対抗馬がお燐ちゃん、大穴でお空ちゃんって所か。
 まぁ、さすがに広さの方はどうしようも無かったみたいだけど。
 二人で入るのなら、むしろ丁度いいくらいだ。うーん、風流風流。……空は無いから、閉塞感がちょっと強いけどね。

「地底の酒も、思いの外悪くない。……しかしどうやって作られているのだろうか、この酒は」

「うーん、ゼロから作るのは難しそうだよねー。材料は地上から仕入れているのかな?」

「どうだろうな。案外、作物が育つ環境も整っているのかもしれないよ」

「そもそも地獄って、罪人を裁く所以外の環境はどうなっているんだろうか。獄卒とかも居るワケだし……」

「そうだね、やっぱり――いや、止めよう。湯に浸かりながら議論を交わすと言うのは、温泉の粋な楽しみ方であるとは言えない」

「それもそうですね。変に考えこんでのぼせたりしたら馬鹿みたいですし、素直に温泉を楽しみますか」

 ちなみに、温泉の湯は綺麗に透き通っている。
 女湯と男湯で湯質が変わるはずが無いから――混浴だったら危なかったね。
 水着着用とか、バスタオル身体に巻くとか言う慈悲は無いだろうしなぁ。
うん、僕は良くやった。史上最大の危機を何とか乗り越えたんだ。

「ふっふっふ、さしずめコレは勝利の美酒って所だね!」

「君のはお茶じゃないか」

「……いやまぁ、物の例えですんで」

「ああ、知ってるよ」

 霖之助さん、わりとお茶目ですね。それとも地味に酔ってますか?
 僕は頭に乗っけたタオルの位置を整えつつ、妙に上機嫌な霖之助さんへと視線を向けた。
 非の打ち所のないインドア派である霖之助さんだけど、肉体的には立派なアウトドア派だ。
 初めて会った時にはリヤカーを引いてたし、幻想郷で一人暮らしをしていたら必然身体も動かすだろうし……。
 普段は家に篭っていても、運動しないワケじゃ無いんだろうなぁ。
 その結果が、あのガッチリとしたナイスバディなのだろう。
 うう、妬ましい。パルスィじゃないけど実に妬ましいですよ。

「……何かな?」

「良いなぁ。ガッチリした体格……羨ましい」

「何を言ってるんだい。力ならメイドの方が遥かに上だろう?」

「中身でなくて見た目の話をしてるんですよ。そもそも、僕のは気による底上げだから実際の筋力は関係無いし」

「メイドは細かい事を気にするなぁ。何が理由だろうと力は力じゃないか」

「いや、だから――あれ?」

 おかしい、僕はどうして勇儀さんと話しているのだろうか。
 いや、女湯と男湯は壁一枚隔てただけの位置関係だから、会話その物をする事はそう難しくは無いけど。
 だけどなんか、声のする方向がおかしい。
 気のせいで無ければ、洗い場の方から勇儀さんの声がするんだけど。
 と言うか、魔眼にバッチリ反応してる。彼女がどこに居るのか、バッチリキッチリ理解出来ちゃっている。

「ちょ、あの、勇儀さん!? ここ、男湯ですよ!?」

「知ってるけど?」

「なら何で入ってきたんですか!?」

「メイドと話したかったから」

「あまりにも簡潔な理由!? そ、それだけの理由で男湯に侵入してくるんですか!?」

「まぁ、どっちでも変わらないしな」

「変わりますよ!?」

 何なの? 何なのこのオープンっぷりは?
 どうして誰も彼も、異性で温泉に入る事に躊躇が無いのだろうか。
 アレなの? 霖之助さんが言った通り、気にしてる僕の方が無粋なのかな?
 とりあえず直視を避けるため、僕は両手で顔を覆った。
 まぁ、サードアイがあるから意味ないんだけどね。大丈夫、そこまでハッキリとは見えないからセーフ。
 バスタオル巻いてない事とかは察せちゃうけど、詳しい形状とかは分かってないから! だから僕の中ではギリセーフ!

「うん? どうしたんだよメイド、顔なんて隠して」

「恥ずかしいんだろう。どうやら外の世界では、混浴という習慣が一般的なモノで無くなっているようだからね」

「ソイツは寂しい話だねぇ。裸の付き合いは、温泉の醍醐味の一つだろうに」

「時代が変われば風習も変わるんですよ! だから女湯に戻ってください!!」

「良し! それじゃあ私が、正しい温泉での付き合い方を教えてやろうじゃないか!」

「人の話聞いてますか!?」

「聞いた上で無視しているんじゃないかな」

「霖之助さんはちょっとクール過ぎです!!」

 隠そうともしていない勇儀さんと、何で平然と会話しているんですかアンタ。
 勇儀さん仁王立ちですよ? 温泉に入ってないんですよ? 少しくらいは動揺する所じゃないですか!?
 つーか隠してよ! 性別的にアウェイの場所にいるんだから、最低でも男側に気を使うくらいはしてください!!

「それじゃ、ちょいと失礼してっと」

「きゃぁっ!? ちょ、止めてくださいよ!!」

「なんだよなんだよ、その生娘みたいなリアクションは。まったく情けないなぁ」

「近付かないでください! 人を呼びますよ!!」

「それは男女の立場が逆じゃないかな」

 知らんがな! こっちは色んな意味で必死なんですよ!!
 躊躇なく隣に入ってきた勇儀さんを避けるため、僕は顔を覆いながら彼女から遠ざかった。
 しかし、遠ざかった分だけこちらに近づいてくる勇儀さん。
 イジメかこんちくしょう。絶対コレ、面白半分でやってるでしょう?

「そんなに避けるなよー。傷つくじゃんか」

「うっさい、この痴女が!!」

「……痴女は酷くないか?」

「いや、そこまでやったら確実に痴女だろう」

「おいおい、お前さんはどっちの味方なんだい?」

「僕は僕の味方だよ。彼みたいに出て行けとは言わないが、入る以上は他の入浴者に気を使ってくれ」

「ぶー」

 とりあえず、助かったと言って良いのだろうか。
 なんかこっちの意見、ほとんど無視された気がするけど……もう勇儀さんが近づいてこないならソレで良いや。
 大丈夫、このくらいなら妥協できる。我慢だ僕、我慢――はっ!?

「言っとくけどさとりん、勇儀さんの後に続こうとしたら本気で縁を切るからね!?」

「――ちっ」

 あ、危ない。本気で危なかった。
 脱衣場の向こう側から聞こえてくる舌打ちに、自分の予感が間違っていなかった事を察する僕。

「うにゅ? さとり様、お風呂入らないんですか?」

「ダメみたいだねぇ。ほらほら、女湯の方に行くよー」

「はーい」

 危ないどころか未曾有の危機だった!? 
 さとりんに続いて、ぞろぞろと脱衣場から去っていく地霊殿の皆。
 どうして幻想郷の連中は混浴に躊躇しないんだろうか。価値観の違いってだけじゃ済まされないと思うんだ。
 これはもう、お風呂に関する価値観の革命を起こさなくてはダメなんじゃなかろうか。
 言うなれば湯殿異変……うん、そんな異変なら首謀者になっても構わないかな。

「パルスィはどう思うー? 女湯に居るんでしょう?」

「話しかけてくるな! こっちに関わってきたら一生呪うわよ!?」

「なんだ、パルスィは来てなかったのか。ノリの悪いヤツだなぁ」

「彼女の反応こそが正しいと、僕は思いますけどね。それで話ってなんですか?」

「うん――なんだったっけ」

「出てけ」

「冗談だよ、冗談。ちょっと聞きたい事があってさ」

「はぁ、なんですか?」

 これで「メイドってどんな整髪料使ってんの?」とか言われたらブチ切れる覚悟があります。まぁ、それは確実に無いだろうけど。
 でも、何か聞かれるような事あったかなぁ? まさか今更、さっきの勝負に物言いを入れるつもり……なワケ無いか。

「メイド、何でさっきの勝負で本気出さなかったんだ?」

「……何言ってるんですか?」

 そりゃまぁ、確かに使ってない技とか能力とか色々ありましたけども。
 こちとら勝つ為に全身全霊を絞り出しましたよ? と言うか、こっちの切り札の一枚である怪綺面ぶっ潰しておいて何言ってるんだこの人。
 とりあえず抗議の意味も込めて、こちらの感情をフルに詰め込んだ呆れの視線――は無理なのでオーラを送ってみる。
 あっと、何やら苦笑を返されましたよ。そういう意味じゃ無いって事なのかな?

「気を悪くさせたのなら謝る。別に全力で無かったとは思っては無いんだが……まだ隠し玉が有るんじゃないかと思ってね」

「まぁ、切り札は他にもありましたけど……ぶっちゃけ、どれも怪綺面と同クオリティですよ?」

「アレと同じ切り札が、他にもあると言う時点で異常だと思うんだが」

「幻想郷なら普通だと思います」

「……思わないよ」

「そっちも若干気になるが、今気になるのは隠し玉の方さ。――あるんだろう? 久遠晶が持つ、最高の一手がさ」

 いや、そんな飛び抜けてヤバい隠し玉は無いです。
 あるとしたら、禁じ手になってる幻想面くらいだけど……アレは使わないって公言しているしなぁ。
 他になんかあったっけ? 後は――あっ、そういえばあった! あったけど……。

「えっと、勇儀さん? なんで知ってるんですか?」

「あん?」

「『アレ』はまだ一度も成功してない、正真正銘の秘密兵器なんですけど……」

 ちなみに失敗の原因は分かってる、イメージが固まりきっていないのだ。
 完全に固めきる必要は無いにしても、最低限形に出来るレベルには纏めておかないダメだったとはなぁ。
 ちくしょう、異世界の僕の詐欺師め! ……いやまぁ、向こうはそもそも試してないからそんな事知らなかったのだろうけど。
 要するに隠し玉はあるのだ。あるのだが――それは未だに完成せず、完成していない以上公表もしていないワケだ。
 それを、何で勇儀さんが知っていたのだろうか? 色々と思い当たるフシは……あるような無いような。

「いや、別に知らないけど?」

「はい?」

 等と思っていたら、当の本人があっさりと否定した。
 アレ? え、知らなかったの? じゃあ、さっきの意味深な発言は何だったの?

「なんかすっごい余裕そうだったからさ。更に奥の手を隠し持ってるものかと」

「……いえ。アレはただのハッタリで、実際は欠片も余裕なんて無かったんですけど」

「え、そうなのか!? メイド凄いなぁ……私すっかり騙されたよ」

 つまりアレですか。単なる勘違いだったんですか。いやまぁ、うん、そういう事もあるでしょうね。
 ――しまったぁぁぁ!? 思いっきり口が滑ったぁぁぁぁあ!?
 勇儀さん、今の発言をスルーしては……くれないよね、うん。分かってたよー。
 すっごいキラッキラな顔していらっしゃるぜクソゥ。これ絶対、未完成の隠し玉の詳細話さなきゃ納得しないだろうなぁ。
 うう、色んな意味でイヤだなぁ。でも、誤魔化そうとしたらどうなる事やら。
 ……とりあえず、近づいては来るだろうね。こっちの弱点は的確に突いてくるだろうね。
 ええいっ、こうなりゃヤケだ! この際だから、今まで溜めて悶々としていた疑問をぶち撒けてやる!!

「スイマセン! いきなりですが、ちょっとお二人に聞きたい事があるんですよ!!」

「お二人? ――ひょっとして、僕も含まれているのかい?」

「含めましたよ! 傍観者になんてさせないからね!!」

「……君が余計な藪を突くから、僕も巻き込まれてしまったじゃないか」

「いや、これはメイドの自爆だろう。私はあんまり関係ないって」

 いやいや、勇儀さんが思わせぶりな事を言わなければこんな事にはなりませんでしたよ。
 あれ、でもそれって僕が余裕ぶったりしたからであって。





 ――なんだ、やっぱり僕のせいじゃないか。あははははは……はぁ。




[27853] 異聞の章・肆拾弐「妖集悲惨/今どきの念写記者」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/08/18 22:28


「――僕の強さって、なんなんでしょうね?」

「……それを僕に聞かれても困るな。戦闘方面は門外漢だよ」

「いえ、そんな細かい所を聞いてるんじゃないんです。もっと根っこの部分というか、大雑把な評価と言うか……」

「何をするのか分からない怖さ――だろう。メイドは正道も邪道も同じ顔で進むからなぁ」

「うんまぁ、そうなんですけど……」

「おや、なんだか不満そうだね。トリックスター扱いはお気に召さなかったかい?」

「そういうワケじゃ無いんですよ。ただ……手段を選ばないのは僕が未熟だからなんですよねー」

「未熟?」

「少なくとも僕はそう思ってるんです。――だから、強くなった時の自分の姿が思い浮かばないと言うか」

「ふむ……良く分からないが、今の自分に不満があるワケではないんだね?」

「特には無いですね」

「なら、今のままで良いんじゃないかい? 強者はかく有るべし、等という掟はどこにも無いのだし」

「……そのまま、強くなる?」

「『狡知の道化師』――君にとっては不本意な称号かもしれないが、不要で無いならあえて捨てる必要も無いだろう」

「あー、そっか。別に、今のままで良いんだ。――そっかぁ」

「……こんな適当な助言で良かったのかい?」

「はい! おかげで一気に纏まりました!! お礼に、今度霖之助さんの店で買物しますね!」

「君のそういう所は好意に値すると思っているよ。成長したとしても、変わらずに居て欲しいものだね」

「あはは、可能な限り考慮するつもりが無い事も無いです」

「……やはり断言はしないんだよね」

「無いです」

「――アレ? なんか私、微妙に蚊帳の外になってない?」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾弐「妖集悲惨/今どきの念写記者」





「……一人ぼっちは寂しいなぁ」

 どうも。現在天狗見習いとして哨戒任務に準じております、久遠晶でぇす。
 文姉、ついに僕任務でハブられるようになっちゃったよ……。これって完全にイジメじゃん、しくしく。

「ど、どっちがイジメ――がふっ」

「……ばけ、もの、だ」

「そう思うんなら仕掛けてこないでくださいよー」

 いや、正確に言うと同行者は宛てがわれていたんだけどね?
 しばらく歩いていたら、いきなり不意打ちしてきたのでご覧のようになってしまいましたよ。
 ……まぁ、本人達が不意打ちのつもりだっただけで、こっち剣抜く所から襲いかかられる所まで完全に把握してましたけどね?
 ちなみに散々な事言われてますが、前みたいに四季面で大暴れしたワケではありません。
 とりあえず牽制のつもりで放ったアイシクル座布団(十枚セット)が、二人にフルヒットしてあっさりKOしてしまっただけの話である。
 同じ白狼天狗でも、実力差ってあるんだなぁ。椛なら全部余裕で避けるよね。

「とりあえず、僕は一人で任務続けるんで二人はそこで休んでてください。合流は……まぁ、気が向いたらでどうぞ」

 返事は期待して居なかったので無視。そのまま歩き出した僕は、再び妖怪の山の哨戒を始めた。
 それにしても、未だに襲ってくる人が居るのは本当どうしたモノか。
 以前に比べると遥かにマシになったんだけど、それでもゼロにはなってないからなぁ。
 ……しかも最近は、挑んでくる相手の実力が順調に下がっていってる気がする。
 白狼天狗とか、以前は関わってこようとすらしなかったのに。……んー、文姉に相談してみようかな?

「――噂通りの実力ね、『狡知の道化師』」

「はぇ!?」

 面倒な企みに巻き込まれていなければ良いんだけど……等と考えてた僕に、何者かが声をかけてきた。
 サードアイは――ちゃんと機能していた。空間転移の類なら事前に兆候が分かるはずだから、いきなり現れたワケではあるまいて。
 恐らく魔眼の範囲外から一気に接近してきたのだろう。信じられない話だが、文姉並のスピードがあれば多分可能だ。

「……どなたですか?」

 外見は烏天狗――なのだと思う。
 断言できないのは、彼女の見た目が天狗と言うには若干……と言うか、かなり変わっているからだ。
 文姉と同じような服装。ただし柄は完全に別物で、有り体に言うと女子高生っぽい。
 髪型はツインテール、若干のウェーブがかかっている所がなんか今風な気がする。何となくで言ってるけど。
 極めつけは、右手にしっかり握った携帯電話。うん、携帯電話。それっぽいアイテムとかじゃなくてモロに携帯電話。
 大物ぶって出てきたけど、ビジュアルだけならほぼ今時? の女子高生と言っても過言ではないだろう。
 頭の頭巾と、足元の下駄で辛うじて天狗と判別が出来るレベル。……幻想郷ってさぁ。

「私は姫海棠はたて。貴方には、射命丸文の好敵手と言えば通じるかしら」

「文姉の!?」

 居たんだそんなの。と言うのは失礼過ぎるだろうか。
 あまりにも文姉が天狗に対してアウトオブ眼中だったから、そういう相手はいないと思ってたのだけど。
 それは単に、眼中に入っていた相手が出てこなかっただけだったのかもしれない。
 少なくとも姫海棠さんとやらは、幻想郷最速と同等の速度で動ける程の実力があるワケだ。
 そんな彼女が、何の目的で文姉側の人間である僕に近づいて来たのか。――なんだか、すっごく嫌な予感がしますよ。

「ふふふ、驚いたかしら。……まぁ、名の売れていない私の言葉じゃ信憑性は薄いかもしれないけど」

「いえ、信じますよ。言うだけの実力を見せてもらいましたからね」

「――へぇ、さすが文の弟。情報収集はしっかりしてるって事ね」

 ……目の前で見せつけられて、情報収集も何も無いと思うけどなぁ。
 舐められているのか、それとも本気で賞賛されているのか……何故か後者っぽいのが不思議だ。

「それで、その姫海棠はたてさんが何の御用でしょうか?」

「そうね――単刀直入に言うと、文と決着をつける為に貴方を利用しに来たのよ」

「僕を!?」

「ええ、文が溺愛する弟……実に分かりやすい弱点でしょう?」

 姫海棠さんの言葉を受け、僕は次の行動を即断した。
 彼女の目的は僕を人質に取る事だ。勝負をしに来たワケでは無い。
 ならいつものような実力者の慈悲は期待できないし、相手がこちらの思惑にあえて乗っかってくる可能性も低いと判断出来る。
 ……怪綺面が直っていたら、即離脱も候補に入れられたんだけどなぁ。
 天狗面とオーバードライブ・クロウだけの現状じゃ、幻想郷最速と同速の相手を振り切るにはやや足りないです。
 少なくとも、しっかりこちらの情報を把握している相手から逃げられる可能性は低いだろう。
 故に今回は逃げる事は考えない。――速攻で、相手を潰す為に動く!

「だから貴方には、協力しても――」

「『降華蹴・雪月花』!」

「らうぅ!?」

 小さく飛び上がった僕は、体を捻った勢いで彼女の頭に踵落しをお見舞いした。
 完全な不意打ちだったけれど、姫海棠さんはそれを素早く動いて回避してみせる。
 まぁ、予想はしていましたとも。だからこの攻撃は避けられても問題ないようにしているんです。
 空を切った踵落しは地面に当たり、周囲の地面を派手に砕いていく。
 更に叩くと同時に広がった冷気が砕かれた大地の隙間から氷柱となって飛び出し、大地に巨大な氷の花を開かせた。
 その花は、姫海棠さんの周囲にも咲いてその動きを阻害する。

「うわ、しまっ」

「スペルカード、セット!」



 ―――――――紅夢「スカーレットバタリオン」



 宣誓と同時に、三体の分身が姫海棠さんを囲うように出現した。
 その内の一体が氷のナイフを構え、彼女の動きを制限するようにして弾幕を張る。
 
「ひゃ、わぅ、ちょ」

 しかしそれも全て回避する姫海棠さん。さすがだけど――なんか、避け方が覚束ないなぁ。
 無駄に必死と言うか、やたら余裕が無いと言うか。……本当に文姉のライバルなのだろうか、この人は。
 まぁ、そういうのは後で気にしよう。とりあえず今は彼女の動きを止めないと。
 殺人ドールを使用した分身が消滅したのを確認した二人目の分身は、大地を蹴って姫海棠さんへと接近した。
 至近距離で放つのは、パチュリーから覚えた魔法の炎だ。
 ――あ、ちなみにスカーレットバタリオンはあくまで「紅魔館の皆の技を混ぜたスペカ」なんで。
 組み合わせとか順番とかは、ケース・バイ・ケースで修正して良いんです。ちゃんと元からそうなってたんですヨ。

〈少年って、しなくて良い言い訳をするのがやたら好きだよな〉

 心の安定の為には、体裁って大事なんですよ。
 魅魔様のさらっと痛いツッコミを流し、僕はこっそり用意していた魔槍を構えた。
 このスペカの核であった「スピア・ザ・ゲイボルク」は、以前の戦いで「ク・ホルンの牙」へとアップデートされている。
 故にバタリオンに組み込まれているこの魔槍も、仕様は「ク・ホルンの牙」と同じ物へと変わっているのだ。
 ……つまり、威力が上がった代わりに三十秒以上きっちり待たないとトドメが撃てなくなってしまったのである。
 まぁ、他三つの技を上手く使えば時間稼ぎは本来余裕――だったんだけど。
 相手を的確に追い詰めるため一つ目と二つ目の間隔を思いっきり短くしたから、間に合うかどうかは正直微妙なんだよなぁ。
 しかも残った一つは、ガチガチの近接戦闘がメインな美鈴の技。……うん、ちょっとだけ厳しいかも。

「あ、あつっ!? 燃え、火が、うひゃっ」

「って、アレ?」

 てっきり華麗に避けられたと思った魔法の炎は、何故かそれなりのダメージを彼女に与えていた。
 炎の塊から慌てて飛び出した姫海棠さんは、燃えている体の各所を必死に消そうとジタバタしている。
 誘いのための演技としか思えない、見事なまでに隙だらけな姿だ。
 なんだろう、コレも計算のウチなのかな? 
 こちらを誘い出す為の罠――にしては、やたら真に迫った演技である。
 んーむ……ま、良いや。どうせスカーレットバタリオン外したらその時点でガス欠、実質完全アウトなんだし。
 下手の考え休むに似たりって事で、まんまと彼女の誘いに乗ってやろうじゃありませんか。
 
「それじゃ、続きまして第三弾!!」

「ま、待った!! ちょっと待ったぁ!!!」

「ほにゃ?」

 大きく飛び上がった三体目が攻撃を放つ直前、姫海棠さんが必死な声でこちらを制止しにかかった。
 えっと、フリ? 気にせず叩いた方が良いのかな? とりあえず三発目逝っとく?

「わー! わーっ!! 本当に待って! 勘違いしてる、何か勘違いしてるわよアナタ!」

「勘違い?」

「私は、文の「新聞記者としての」好敵手なの! 戦闘力でもあの頭オカシイ天狗と一緒だなんて思われても困るわ!!」

「え、うっそだぁ。だってあんなに速く動けるのに」

「速く動けるだけで強いのなら、今頃ツバメは空の王者になっているわよ!」
 
 なるほど、ごもっともで。
 とりあえずこのままだと本当にミンチになりそうなので、スペルブレイクをする事で三人目の分身と魔槍を消す事にする僕。
 それにより自分の身の安全を確認した姫海棠さんは、ヘナヘナと姿勢を崩しながら安堵の溜息を吐き出した。

「し、死ぬかと思った……まさか、問答無用で襲いかかってくるとは思わなかったわ」

「文姉のライバルと聞いたので、イチかバチかに賭けました」

「……アレと互角の相手にヘマやらかしたら、最悪殺されるかも。とは思わなかったの?」

「最悪? いえ、死亡確率は八割くらいに見積もってましたよ?」

「はぁっ!? 何それ、じゃあそう考えた上で私に襲いかかってきたの?」

「つまり二割の確率で生き残れるって事ですからね! まぁ、その上で無傷でいられる可能性はもっと低かったですけど」

 とりあえず命があればセーフだから、僕的には何の問題もありません。
 ニッコリ笑顔で断言すると、姫海棠さんが物凄い勢いで引いた。
 え、なんで? 何なのその頭おかしい人を見る目は?
 これくらい幻想郷なら普通な事でしょう? むしろ自分はいつ死んでもおかしくない、くらいは常に考えません?

〈少年はそろそろ自分の頭がおかしい自覚を持て〉

 そこまでかなぁ? 幻想郷ではわりと平均的な考えだと思うんだけど。
 まぁ、そもそも前提を間違えてたから覚悟するだけムダだったのですが。
 とりあえず、うっかり殺らかしかけた責任は取らないとダメだよね。
 と、言うワケで速やかに土下座へと移行する僕。
 しかも今回は、ただの土下座じゃないよ! 同時にアグニシャインを展開して自らの身を焦がす、脅威の焼き土下座だ!!
 うん、結構熱いで済んでる自分にビックリ!!

「とにかく、申し訳ありませんでした! どうぞこの通り!! これで勘弁してもらえませんか!」

「こちらが答えを返す前に、ドン引きするような方法で謝罪しないでよ!」

「ダメっすか! もっと惨たらしい目に遭わないと勘弁しないって事っすか!!」

「なんでより酷い方向に行こうとするの!? 良いわよ! 許すわよ!! だから止めなさい!」

「はーい、ありがとーございまーす」

「……弟だわ。この絶妙なウザさ、間違いなく文の弟だわ」

 いや、文姉はもうちょい淑女的だと思いますよ? 新聞記者モードの時はアレだけど。
 あ、そういえば姫海棠さんは新聞記者としてのライバルだったか。
 ……本当にライバル視されてたんなら、きっと新聞記者モードで煽られまくっていたんだろうなぁ。ご愁傷様。

「ところで二度目の誤解を防ぐために聞きますけど、本当に文姉とライバルなんですか?」

「ふ、当然よ。私が「花果子念報」を書いているって言えば分かるでしょう?」

「……ふむ」

「わ、分かるわよね?」

「そうですね――良く良く考えると、そもそも文姉から新聞関連の話題振られた事がほとんど無いので分からないです」

「あっ、そうなんですか……」

 そういえば僕、新聞記者モードの文姉ってあんまり見てないんだよなぁ。
 たまに遭遇した時も、基本的に目の前のスクープに夢中で何も語りはしないし。と言うかそもそも――。

「素朴な疑問、一つ良いですか?」

「な、何?」

「ぶっちゃけ文姉と姫海棠さんの新聞って、世間的な評判ではどのくらいの位置にあるんですか?」

 軽い気持ちで尋ねてみた質問に、返ってきた答えは沈黙だった。
 明後日の方向をジッと見つめる姫海棠さんの目には、見紛うはずもない確かな涙が。
 あ、コレはダメなヤツだ。ジャブのつもりで放った攻撃でハートブレイク決めちゃったパターンだ。

「……そっ、それなりの位置には、居るわよ」

「ごめんなさい」

 精一杯虚勢を張った姫海棠さんの返答に、僕はすぐさま焼き土下座を再開した。
 まさかこんな形で地雷を踏むとは……と言うか、新聞記者が新聞の事聞かれて凹まないでくださいよ。





 ――あ、ひょっとして文姉が自分の新聞の事をあんまり語りたがらないのって……うん、なんでもない。




[27853] 異聞の章・肆拾参「妖集悲惨/書を捨てよ、町へ出よう」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/08/26 00:10


「ねぇ、ひょっとして私の「花果子念報」……読んだ事無い?」

「無いですねぇ。と言うか、天狗の新聞は数が多過ぎて友人とメジャー所以外見れてません」

「……天狗の数だけ新聞があるのが現状だものね。仕方、ないわよね」

「えっと、なんかスイマセン」

「良いのよ……はいコレ、花果子念報。今度読んで感想を聞かせて」

「あ、ども。じゃあ僕もコレ、僕達で作ってる新聞というか小冊子と言うか」

「知ってるわよ。出ているヤツ全部読んだから」

「おお、さすがは新聞記者。事前の情報収集はしっかり行っているワケですね」

「ふふふ、まぁね。……ところで久遠クン、一つ聞きたいんだけど」

「はい?」

「次号に『デレラ』って載るのかしら。デレラの弾幕宝貝を体内で屈折させて無効化する宿敵との決戦の続き、凄い気になっているのだけど」

「それ、完全に読者目線になってません?」

「私の手紙に毎回必ず返事をくれるのも嬉しいのだけどね。フラディス先生は、やっぱり本業を優先すべきだと思うのよ」

「読者どころかファンになってた。あのファンレター、姫海棠さんの書いたヤツだったんですか」

「わ、分かってるわよ、そう思うなら手紙を送らなければ良いって事ぐらいは。でも、私は先生に感動と応援の気持ちを伝えたいのよ!」

「一言もんな事言っとりませんがな。……今度、因幡フラディス先生のサインでも貰って来ましょうか?」

「え、ほんと!? いえ、でも、その、先生に悪いし……」

「乙女か。別に問題無いです――って言うか、むしろ嬉々として書くと思いますよ」

「そ、そう? えへへ、それじゃあ遠慮無く」

「ちなみに因幡フラディスって共同ペンネームなんですけど、サインはどうします? 連名? 個別?」

「えっ!? あの、その…………五時間待って!!」

「……分かりました。両方持ってきますね」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾参「妖集悲惨/書を捨てよ、町へ出よう」





「えっと、このままだと本人が肝心の話題を明後日の方向に流しそうなのでこちらから確認しますけど、結局姫海棠さんは何の用なんですか?」

 下手すると延々フラディス先生の魅力を語り続けかねない目の前のファンに、僕は本来の目的が何だったのかを尋ねた。
 姫海棠はたてさんが文姉の「新聞記者としての」ライバルだったとしても、彼女が文姉を倒すために僕に近づいて来た事に違いはない。
 ……いや、たかが新聞じゃどう足掻いても大事には発展しないと思うけどね。
 言っちゃあなんだけど、天狗の新聞が世間に与える影響力ってほら、その、アレじゃん。アレ。

「はっ、そうだった。危うく忘れる所だったわね……」

「と言うか、言わなければ完全に忘れてましたよね」

「そんな事無いわよ?」

 脂汗だらだら流されながら言っても、説得力は欠片もありませんよ?
 まぁ、この様子だとそこまで邪悪な事は考えていないようだ。
 しかしあまりにも陰湿な企みだったら、残った力を全て振り絞って何とかする事にしよう。そう、例えこの生命が途絶えようとも!

「……別に文をどうこうするとか企んでるワケじゃ無いから、遺書を書き終えた後の兵士みたいな顔をするのは止めなさいよ」

「そうなんですか? 良かった、命を削る最終奥義の出番は無いんですね」

「な、何それ。そんなのあるの?」

「いえ、ありません。これから作る予定でした」

「……そんな気軽に出来るものなの? 命を削る最終奥義って」

 むしろ、気軽だからこそあっさり出来るのが僕です。
 例えば誰か一人を必ず消滅させる代わりに、自分も消滅する必殺技対消滅ぱんち! とか。……うん、思った以上に出来そうで怖い。

「まぁそれはともかく。文姉に害を与えるつもりが無いのなら、本当に何の目的で来たんですか? 協力って言われてもピンとこないんですが」

「……悔しいけど、文の文々。新聞には私の新聞には無い魅力があるのよ。私の花果子念報よりも上だとは言わないけれどね」

「はぁ」

「そんな彼女に勝つ為には、今の私には無いもの――彼女の新聞の魅力を知る必要があるわ」

「それで僕、ですか?」

「そう。まずは文の弟である貴方を取っ掛かりにして、文々。新聞の魅力を丸裸にするのよ!!」

 おお……何だか思っていた以上にまともな理由だった。
 ライバルを越えるため、ライバルの良さを認めた上で自分に活かそうと思ったワケですか。
 なんて健全な理由なんだ。相手を貶める方向に向かってない所が尚良いね。健全すぎてちょっと泣けてきたよ。
 ただ、それじゃあ彼女に協力できるかと問われると答えは否だ。
 ……いや、別に意地悪してるとか文姉に義理立てしてるとかそーいうワケで無くてね?
 もっと根本的な理由で、僕は彼女に協力する事が出来ないのである。
 
「なるほど、姫海棠さんの言いたい事は良く分かりました」

「分かってもらえて嬉しいわ。だったら――」

「でも無理です。ゴメンなさい」

「……文は裏切れないって事かしら。別に貴方も、私の事を利用してくれて構わないのだけど?」

「いや、そういう事じゃ無いんですよ。……言いませんでしたっけ、僕は文姉から新聞関連の話題を振られた事が無いって」

「言ってたけど……」

「ぶっちゃけ新聞記者としての文姉に対する知識。姫海棠さん以下なんですよね、僕」

「え、えぇええっ!?」

「そもそも文々。新聞、あんまり読んだ事無いし」

「そうなの!? な、なんで!?」

「んー……なんでと言われると…………星の巡りが悪かったとしか……」

 姉になる前は取材対象と記者の関係だったから、主に聞かれる事の方が多かったんだよねー。
 で、姉になってからは……うーん、どれだけ絞り出しても愛でられまくった記憶しか出てこないっす。
 
「何もして無かったワケじゃ無いんですけどね。身内になりすぎたせいで、逆に仕事している所を見る機会が減ったというか」

 あえて名付けるなら、「お父さんの仕事を子供がさっぱり分かっていないの法則」とでも言おうか。
 学校の宿題なんかで親の職種を聞いてみたら、思いもよらないレアな職業でビックリした。と言うヤツである。
 ちなみに僕の両親は極普通の主婦と会社員でした。職場結婚だったんだってさ。普通過ぎて反応に困った事は覚えている。

「…………意地悪してるとかじゃなくて?」

「なくて」

 あ、がっくしと落ち込んでいる。よっぽどショックだったんだろう。
 まぁ、アテにしていた相手が想像以上の役立たずだったと知ればこうもなるだろうさ。
 とりあえず、優しく彼女の方を叩いて慰めておく。
 落ち込ませたのは僕だけど。さすがに今回の件で僕に非はない、と思いたい。

「まぁその、他にできる協力なら喜んでしますよ? 僕の取材とかします?」

「遠慮しとくわ。貴方の記事って色んな意味で荒れるし――それに、私に『直撃取材』をする必要性は無いから」

「ほぇ? どういう事です?」

「こういう事よ」
 
 そう言って姫海棠さんは、右手に持っていた折りたたみ携帯を開いた。
 彼女は手慣れた仕草で何かを入力すると、ニヤリと笑って画面をこちらに向けてくる。
 そこに写っているのは……たくさんの僕?

「うわ、なにこれ!? まさか画像検索? 先生? グーグル先生のお力ですか?」

「ぐぐる? 良く分からないけど、これは私の念写よ」

「念写! そんな愉快で素晴らしい能力をお持ちなのですか!」

「ふふん、凄いでしょう? この力があれば、取材する事無く新聞を作る事も可能なのよ」

 それは凄い……事なのだろうか?
 いや、確かに新聞記者としては理想の能力かもしれないけども。
 これさえあれば取材も必要ない、と言うのは少し違う気がするんだけどなぁ。
 やっぱり実際の触れ合いと言うか、現物の確認が必要だと思わないでもないような気が。……文姉の影響かなぁ?
 ん、待てよ? これってひょっとして、姫海棠さんの言ってた「文姉の魅力」なんじゃないかな?

「姫海棠さんって、いつも念写を利用して新聞書いてるんですよね」

「そうよ?」

「外に一切出ずに」

「そうよ?」

「――ちょっとタイム」

「へ?」

 うん。言いたい事が色々出来たけど、ちょっと待とう僕。
 安易な批判は姫海棠さんの為にならない。意見を出すのは、まず彼女の新聞を読んでからだ。
 というワケで、先程貰った花果子念報を広げ読んでみる事にする。
 ふむふむ、どんな内容なのだろうか。文姉の新聞そのものは、前に読んだ事があるけど。
 …………あー、うん。とりあえず僕は批判を続けても良いようです。残念というかやはりと言うか。
 悪くない新聞だとは思うんだけどねぇ。確かに、これには文姉の持つ魅力? が足りないと思ってもしょうがないかも。
 と言うか、うん、こういう事言っていいのか分からないけど……念写なんて能力持ってるワリには新聞の中身が無難過ぎるよね。

「姫海棠さん。ハッキリダメな点を指摘されるのと、ふわふわした感じのフォローを入れられるのとどっちが良いですか」

「えっと、良く分からないけどふわふわな方が良いかしら」

「引き篭もってないで外出ろ」

「それでふわふわなの!? それじゃ、ハッキリ言ってた場合はどうなってたのよ!?」

「――聞きたいですか?」

「……止めとく」

 そうしてくれると助かります。僕もほぼ初対面の相手を、心が折れるまで罵倒し続けたくはありませんので。
 しかし、こちらのふわふわとした感じの忠告に対するリアクションは悪かった。
 あからさまに納得のいってない表情で、何が悪いのか問いかけるように僕を睨みつけてくる姫海棠さん。
 まぁ、そうなるよねぇ。僕も新聞を作ってはいるけど基本的にはド素人。何を言っても説得力はあるまいて。
 なのでまぁ、手っ取り早く実地で体験してもらいましょう。と言う事で僕は、ニッコリ笑って近づきながら彼女の手を握った。

「な、なによ」

「……ナズーリンの真似をしてみたけど、意外と有効なんだね。このやり方」

 やっぱり非武装で真正面から無防備に近づくと、大半の人はあっけにとられてしまうものなのだなぁ。
 僕の意図を読めずオロオロしている姫海棠さんに対して、僕はポケットから取り出した三叉錠を向けぶっ放した。
 さしもの彼女も、片手を握られ不意打ちかつ至近距離での攻撃に反応する事は難しかったようで。
 三叉錠は姫海棠さんの身体に絡みつき、あっさりと彼女の自由を奪い取った。

「え、えぇぇぇえっ!? ちょ、何をするの!?」

「いやまぁ、百聞は一見にしかずと言いますから。言葉よりも行動で語ろうかなって」

「それと、今の私の状況に何の関係が!?」

「説得するの面倒だから、強制連行しますね」

「ソレって、言葉で何とかならなかったのかしら……」

「何とかなったと思いますけど?」

「なら説得しなさいよ!?」

「ははは」

「いや、笑ってないで離しなさいって!?」

 残念ながら、僕は一度決めたら基本突っ走るタチなのです。
 抵抗する姫海棠さんの姿を微笑ましく眺めながら、氷翼を展開した僕は飛び上がろうとして――僕は、まだ仕事が残っている事を思い出した。

「そうだった。すいません姫海棠さん、僕って実は哨戒任務の真っ最中だったんですよ」

「そう。ならとっとと私を解放して……」

「なので、哨戒を終わらせた後に目的の場所へ連れて行きますね!」 

「えっ、まさかこのまま引きずり回すつもり? さ、さすがにそんな事しないわよね? 解放してくれるわよね?」

「ははは」

「だから笑ってないで答えなさいって!?」

 とりあえず、姫海棠さんが常識人の部類に入る事は良く分かりました。
 本当はとっとと解放するつもりだったけど……今の彼女の姿を見ていると何かこう、僕の中で悪戯心がムラムラと。

〈少年、橋姫と出会ってからタチの悪い弄り方に目覚めたよな〉

 ……魅魔様と出会った時期も、だいたい同じくらいだったと記憶しているんですが。

〈ほら私って、少年の記憶を一部共有してるから。言っちゃえば幼馴染みたいなもんじゃん!〉

 そこまでにしておけよ魅魔様。

〈あれ、ひょっとして少年をタチ悪くさせた原因って魅魔様かな?〉

 どっちでも良いです、心の底から。
 何やら真剣に自分の与えた影響を考え始めている魅魔様をスルーして、僕は必死に抵抗する姫海棠さんの姿をじっと見つめた。
 おっと、ビクつかれてしまいましたか。ちょっと脅かしすぎてしまったらしい。

「ふふ。大丈夫だよ、姫海棠さん」

「えっ?」

「はいコレ、おっきめのタオル! これで顔を隠せば完璧だね!!」

「何も解決してないわよ! 貴方、実は文より性格悪いでしょう!?」

「ははは」

「あーもう! だからぁ!!」

 まぁ、さすがに僕もこの状態で一周するつもりはありませんけどね。
 と言うか、それをやったら僕の評判がヤバい。ただでさえヤバい評価がもっとヤバくなる。
 ただ即座に解放しても逃げられるだけだろうから、とりあえず意図を説明して――アレ?
 なんか魔眼に反応があるね。これは、さっきの白狼天狗さん達と……その上司っぽい烏天狗さん?
 うーん。表情までは分からないけれど、纏っているオーラは何だか剣呑だなぁ。
 これ、ひょっとしてお礼参りってヤツですか?
 まさかさっきの今でリベンジに来るとは、変な所で根性のある人らだ。
 さてはてどうしようか。到着するまでもう少し時間はかかりそうだけど、白狼天狗相手に逃げ隠れは出来ないだろうからなぁ。
 とりあえず相手の言い分を聞いて、場合によっては迎撃を――

〈別に良いけどさ。少年、わりと重要な事忘れてない?〉

 何をですか?

〈今の状況、烏天狗を拘束しているド変態にしか見えないぞ?〉

 ――あ、しまった。そうだった。
 しかし鎖を外すと姫海棠さんは逃げてしまうし、彼女を説得するにはちょっと時間が足りないだろう。
 だとすると……うーん、しょうがないか。魅魔様、ちょっと力を貸してもらえますか?

〈おっけーおっけー、超長距離砲撃なら任せろー〉

「それでは――――靈異面『魔』」

「――!?」

 闇が全身を包み込み、いつもの衣装へと切り替わる。
 靈異面の力なら、あの天狗達をこの距離から撃ちぬく事も容易い。
 ――えっ、卑怯だ? うん、僕もそう思う。だけどまぁ、他に選択肢無いもんね。
 かの宮本武蔵も言ってたじゃん、勝負するって決まったんなら常に襲い掛かられる覚悟しておかなきゃダメだって。
 さっき襲ってきた時点で僕と彼らは敵対状態にあるワケなんだから、この場合悪いのは狙撃を察知出来なかったアッチが悪いって事で。
 
〈いや、悪いのは少年の性格だろ〉

 はーい、黙ってサクサクっとスペルカードセットしますよー。
 こうして僕と白狼天狗ぷらす援軍達の第二ラウンドは、始まると同時に終了したのでした。まさかスペカ一発でカタがつくとはねー。
 ……しかも、ついうっかり景気良くスペカをぶっ放したせいで姫海棠さんにも怯えられる始末だし。
 こんな事なら素直に話を聞いて迎撃するか、姫海棠さんを説得した方が良かったかなぁ。

〈つーか今気付いたけどさ、相手白狼天狗ならこっちの姿丸見えだったよな?〉

 ……魅魔様、そのセリフは色んな意味で手遅れ過ぎますよ。




[27853] 異聞の章・肆拾肆「妖集悲惨/はたての突撃インタビュー!(強制)」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/09/08 21:54


「はーい、これでラストー」



 ―――――――独奏「首席奏者の長過ぎる一節」



「阿鼻叫喚、なのかしら。相手が遠すぎて良く分からないわね」

「あれ、姫海棠さん。あたふたするお仕事はもう辞めたんですか?」

「おかげさまでね。ここまで追い詰められると、もう拘束されてる程度じゃ焦らなくなるわ」

「良い事です。いつ誰に拘束されて、見知らぬ世界に拉致られるか分かったモノじゃ無いですからね。こう言う事にも慣れておきましょう」

「……それはいったい、どういう立場からの忠告なのかしら」

「幻想郷の生きるものとしての経験則ですが」

「いや無い。私も長年幻想郷に住んでるけど、そんな経験則が必要だった記憶は一切無い」

「運が良かったんですね!」

「なんで貴方、真っ直ぐな目でそんな事が言えるの?」

「まぁ、悪いようには致しませんよ。安心してください――っと、これで終わりかな」

「それで結局、貴方は誰と戦っていたのよ」

「さっきの白狼天狗と、その愉快な援軍達です。なんかお礼参り来てたみたいなので素早く退場して貰いました」

「……ああ、なるほどね。良かったじゃない、大人気ね」

「全然嬉しくないですよ……文姉が何で彼らを煙たがるのか、理由が良く分かりました」

「ま、そんな性根だから文と敵対してるんでしょ。良くも悪くも保守的なのよ、アイツらは」

「へぇ。姫海棠さんって、そこらへんの考え方は文姉寄りなんですね」

「どうかしら。私は部外者だから、そういう冷静な意見が出るだけだと思うわよ」

「部外者? と言う事は、姫海棠さんの派閥はこの抗争とも言えない微妙な対立関係に参加してないんですか?」

「……そもそも私、派閥とかには入ってないのよ。基本的に家から出ないから」

「あっ」

「…………笑って良いわよ」

「えと、あの……なんかスイマセン」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾肆「妖集悲惨/はたての突撃インタビュー!(強制)」





「と言うワケで、我々は人里までやってきたのでした」

「何で小声? 誰に対して何を言ってるの? そもそも何で忍んでるの?」

 それはね、僕が堂々と人里を練り歩くと皆が脅えるからダヨ。
 こそこそと人目を避けながら移動する僕にツッコミを入れた姫海棠さんへ、僕は理由を説明せずただただ微笑んだ。
 ちなみに三叉錠はすでに外している。と言うか、拘束したまま人里に行くなんて特殊プレイするほど厄介な性癖は持ちあわせておりません。
 とりあえず、本当の目的を微妙に濁しながら新聞の取材である事だけは教えておいたけど。

「……まったく、何でワザワザ必要のない取材に行かないといけないのかしら」

 うん、やっぱそれだけじゃ何も伝わらないよねぇ。
 そもそも、今の僕の行動は明らかに「助言」の域を出てしまっている。
 僕に対して物凄く好意的な解釈をしたとしても、良くて「お節介」と言った所だろう。
 ――多分、妖夢ちゃんならそう言うと思うヨ。
 まぁ、こっちも感謝して欲しくてやってるワケじゃないしね。
 うっかり殺りかけたお詫び、みたいなモノだし。言わば親切の押し売り! 自分が満足すればソレで良しなのです!!
 ……事実だけど、言葉にすると思った以上に悪質だなぁ。
 これは是が非でも成果を出して、結果オーライと言う事にしておかないとね! いえ、一応悩みも解決するよう頑張りますよ?

「なお今回は、比較的安全でかつ親切な妖怪の多い命蓮寺をチョイスしました」

「命蓮寺……聖人、聖白蓮が開山した弱い妖怪達を匿う為の寺ね」

「そーですよー。一人を除いて総じて善人ばかりなので、姫海棠さんも気軽に入れると思います」

 まぁ、その一人が命蓮寺の厄介さを五段階ぐらい跳ね上げてるんだけどね。
 あの賢将さんは噛み付く相手をキッチリ選ぶから、姫海棠さんが狙われる事は無いだろう。姫海棠さんが狙われる事は。
 
「スーハースーハー……うっし! それじゃあ行きますよ!!」

「いや、別にどうでも良いけど。その異様な気合の入りようは何なの?」

「気にしないでください、こっちの問題です。――うぉらぁ、見てろよナズーリン! 今日は勝つ!!」

「小声で叫べるって凄いわね。……別に、行きたくないのなら無理に行かなくても良いわよ? だから今すぐ帰――」

「あ、そうですか? じゃあ別の……そうだなぁ、紅魔館か、地霊殿か、白玉楼か、永遠亭か、太陽の畑か」

「……ゴメン、やっぱり命蓮寺で良いわ。むしろ命蓮寺が良いわ」

「そうですか? 個人的にはそこらへんの方が、色々と手配しやすかったりするんですけど」

「念の為に確認しておくけど、私を脅迫しているワケじゃ無いのよね?」

「脅迫? どこらへんが?」

「……どうして私、久遠晶を頼ろうと思っちゃったのかしら」

 ですよねー。僕もそう思います。
 姫海棠さんの呟きに、僕も内心で同意する。……口に出すと泣かれそうなので言いはしないけど。
 まぁ、とにもかくにもこのまま入り口に居続けるのは色々宜しくない。主に命蓮寺の風評とかそういうモノが。
 なので僕はぶつくさ言ってる姫海棠さんを引っ張って、命蓮寺の中へと入っていく。
 人目を気にしながら裏門を潜った僕達の前に現れたのは、毎度おなじみナズーリンさん……。

「おや、誰かと思えば晶さんじゃないか」

「――じゃない!?」

 実際に居たのは、なんでもかんでも計算してそうな鼠の妖怪さんではなく水兵姿の船幽霊さんでした。
 しかも手に持っているのは、裏庭を掃くため以外には使えそうにない竹箒。
 これ、完全に偶然居合わせただけですわ。ナズーリンがこっちの警戒心を解くためにあえて彼女を派遣した、なんて可能性は皆無ですね。
 ……もしくは、僕を油断させる為あえて事情を語らなかった――いや、それは無いか。
 言っちゃあなんだけど、打ち合わせ無しでナズーリンの意図通りに動いてくれる人材が命蓮寺に居るとは思えない。
 皆、腹芸なんて欠片も出来ないからなぁ。仮に意図を伝えたとしても、どっちにしろナズーリンがいないと話が回らない気がする。
 つまりどっちにしろ、ナズーリンは出てこないといけないワケで。
 ――はっ!? ひょっとして出待ちか!?

「晶さん? そんな険しい顔でお寺を睨んでどうしたのさ?」

「――ナズーリン、どこにも居ないね」

「なんか寅丸にお願いされたらしくて、ついさっき命蓮寺から出かけていったよ」

「…………出かける際に、なんか言ってなかった?」

「いや、特には……あ、ひょっとしてナズーリンと約束していたのかい?」

「いえ別に、そーいう事じゃ無いんですけど」

 まぁ、さすがのナズーリンさんもガチで何でも知ってるってワケじゃないもんね。こういう事もあるよね。
 もしくは知っていても、今回は無視して良いと思ってスルーしたのかもしれないしね。そういう可能性だってあるだろうしね。
 うん仕方ない、仕方ないよね。…………何だろうか、この良く分からない肩透かし感は。

「……そんなにナズーリンに会いたかったのかい?」

「いえ、特にそういう事は無いというか、むしろ居ない方が好都合なんですが……なんか、居なけりゃ居ないで落ち着かないと言うか」

「んー? ―――ははぁん、なるほどそういう事かぁ」

「そういう事?」

「いやぁ、君とナズーリンはやたら仲が良いなぁと思っていたんだよ。そっか、そうだったのかぁ」

「えと、何を納得しているんですか?」

 しかも凄い笑顔が下卑てる。ワイドショー好きなオバちゃんみたいな顔している。
 まったく意味が分からないんですが。僕とナズーリンがなんだって言うんですか?

「へぇーっ、貴方にもそんな相手が居たのね! どんな子? どんな子なのよ?」

「姫海棠さんも物凄い勢いで喰いついて来た!? え、何事!? 二人は今の僕の台詞に何を見出したと言うの!?」

「またまたぁ、とぼけちゃってー」

「ナズーリン……ナズーリン……ああ、この鼠妖怪か。ふーん、こういう子が趣味なのね」

「趣味?」

「しかしまさか、あのナズーリンがねぇ。この手の話とは一番縁遠いヤツだと思ってたんだけど」

「けどそういう人ほど、同僚にも気付かれないようこっそり事を進めているって聞くわよ」

「あー、確かにナズーリンはそういう部類だなぁ……」

 こっちの疑問をガン無視し、挙句女子二人でかしましトークを初めてしまう二人。
 なんだコレ切ない。何故か二人共、極々自然に僕の事を会話からハブっていったんですけど。
 スルーか。あんまりにも分かってなくて、混ぜると疲れるだけだからあえてスルーか。
 でもしょうがないじゃん、本当に何の話だか分からないんだから。せめて一言くらい注釈入れてくれたって良いじゃないかもー!

〈この二人は、少年とあの鼠が恋人同士じゃないかって勘ぐってるんだよ。それくらい察しろ〉

 はぁ? 僕とナズーリンが? 無い無い、それは絶対に無いですよ。

〈断言したなぁ。正直、相性はわりと良いと思うんだが〉

 相性の良さは否定しませんけどねー。ナズーリンは、敵カテゴリに居てくれないと落ち着かないかなぁ。
 いや別に、彼女が嫌いってワケでも本当に敵だと思っているワケでも無いですけどね?
 それでもちょっと背中は預けられないと言うか、常にそれくらい警戒している必要があると言うか。
 まぁ、要するにライバルって関係が丁度良いんですよ。僕らは。
 やや過大な喩えを用いると、孔明と司馬懿みたいな関係と言えますかね。
 ……いや、現時点で敵対はしてないから孔明と周瑜になるのかな?

〈つまり、少年が死んだナズーリンの策に怯えて追撃しそこねたりするワケだな〉

 なんで今、ナチュラルに僕を司馬懿ポジションに当てはめた?

〈…………ほら、最終的に勝ってるから良いじゃん〉

 つまり選定理由に勝敗関係無いって事かコラ。

〈良いじゃん、美周郎でもあるんだから良いじゃん。カッコイイじゃん〉
 
 じゃあ聞くけど、僕と美周郎の共通点って何よ。

〈…………ひ、火攻め大好き〉

 僕はどっちかって言うと氷属性だよ!!
 喩えたのは僕だけど、もう少し他にフォローの言葉は無かったのだろうか。
 つーか、でっち上げるならもうちょいマシな所にしてよ。どっちにしろ嘘だと分かるけど。

〈いやけどさ、あの鼠妖怪はどう考えても孔明だろう?〉

 ……それはまぁ、確かに。
 あの策謀っぷりと奮闘っぷりと苦労人っぷりは、間違いなく横山三国志の孔明だ。それも晩年の。
 
〈この報告はナズーリンにとってはショックだった〉

 止めいっ!
 まぁ、二人が何を勘違いしているのかは良く分かりましたよ。
 ぱぱっと否定したいんだけど――ねぇ、魅魔様。この場合僕が否定するとどうなると思う?

〈照れ隠しだと思われる〉

 ですよねぇ。……さて、どうしようか。
 ナズーリンに丸投げしても良いんだけど、あの子の場合は普通にこの話を利用しかねないからなぁ。
 全力で殺意を放ちながら、「僕とナズーリンが恋人? へぇ~」とか言っちゃう?
 いや、それはそれで妙な噂に発展しそうな気が。
 うーむぅ、参ったなぁ――おや?

「――何してんのさ、ぬえさん」

「うぎゃ!? い、いきなり出てこないでよ!?」

「いや、むしろぬえさんがどこ入ってるのさ」

 床下にスライディングで入り込んだ僕は、匍匐前進で進んでいたぬえさんの進路を塞ぐようにして停止した。
 本当に、何してるんだろうこの人は。人目を避けて進むにしても、床下を移動するのはやり過ぎだと思うんだけど。

「うぅぅ……ここなら気付かれないと思ったのにぃ…………」

「まぁ、普通は気付かれないでしょうねぇ。僕は高性能な索敵能力持ってましたから丸見えでしたけど」

「……貴方に見つかってたら意味が無いのよ」

「えっ!? 僕から逃げてたんですか!? こんな方法で!?」

「分かってたけど、改めて言われるとムカつく!!」

 ある意味凄い根性だ。意味は全然無かったけど。
 しかしそうか、彼女は僕の事を避けたがっていたのか。
 ……だとすると、ナズーリン探す時点ですでにぬえさんに気付いてた事は黙っていた方が良いかな。
 いきなり床下に潜り込むなんて素っ頓狂な真似したから、気になって顔を出したと言ったら更に落ち込みそうだ。
 あ、ちなみに避けられてる事は全然気にしてません。気持ちは良く分かるからね。意図は汲まないけど。

「それで、何の用?」

「えっ」

「えっ」

「……ぶっちゃけ、ぬえさんに用はありませんけど?」

「えっ?」

「えっ?」

「……じゃあ、何で床下に入ってきたのよ」

「――特に意味は無いですね」

 別段、ぬえさんに会わなければいけない理由があったワケでは無い。
 『鵺』の存在は、良い新聞記事になりそうだけれども。
 本人はきっと嫌がるだろうしなぁ。正体不明がアイデンティティになっていると言っても過言では無いワケだし。
 貴女の事を詳細な記事にしてください、なんて言った日には一生恨まれてもおかしくないだろう。
 ……まぁそれに、良い新聞作る手伝いをするって言ったワケじゃ無いしね。
 一応文姉側の人間であるとしては、姫海棠さんにそこまでお節介するつもりは無いのですよ。

「だったら放っといてくれないかしら」

「まぁまぁ、ここで会ったのも何かの縁。仲良くお話致しましょうよ」

「話す内容なんて無いんだけど」

「んー、例えば……命蓮寺でどうです? 仲間外れにとかされてません?」

「何で貴方に、そんな母親みたいな質問されなきゃいけないのよ!」

「まぁ、貴女を誘った際に居合わせた仲って事で。溶け込めて無いようなら相談に乗りますよ、僕そう言うの得意なんで」

 特に話すネタが無かったので、思いつくままに適当な事を口にする僕。
 ……いやほんと、何やってるんだろう僕。
 さすがにナズーリンが居るだけあって鼠も虫もいないけど、床下なんて長く留まるべき場所じゃ無いだろう。
 ぬえさんも、きっと呆れている事だろうなぁ――とか思っていたら。

「…………本当に?」

「はい?」

「本当に、相談に乗ってくれるの?」

「え、あっ、はい」

 何だか、思っていた以上に深刻なリアクションが返ってきました。


 


 ……あれ、ひょっとしてこのままお悩み相談に突入するんですかね?




[27853] 異聞の章・肆拾伍「妖集悲惨/縁の下の力持ち」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/09/15 22:40


「やっぱり結婚する場合、仏前式になるのかしら」

「んー、どうだろ? ウチは仏教としては『古い』方だから、結婚式は出来ないんじゃ――あっ」

「どうしたの?」

「良く良く考えたらウチの宗派、そもそも結婚を許してない!?」

「ええっ!? じゃ、じゃあナズーリンって子はどうなっちゃうのよ!?」

「……最悪、破門って事になるかも」

「そんな……それじゃあ、愛しあう二人を祝福する人間はいなくなるって事なの!?」

「そ、そんな事無いよ! 聖も寅丸も皆も、きっとナズーリンの事を祝福してくれるさ!!」

「でも、破門になっちゃうんでしょう?」

「……それは…………」

「追い出された二人は失意のまま命蓮寺を後にして、どこかの山に隠れ住む事に……」

「ちょ、止めてよ! 色々思い出して泣けてくるから!!」

「お互いを慰め合い支えあう二人、晶は山へ芝刈りにナズーリンは川へ洗濯に」

「アレ、思ったよりも平気そう? と言うか、どこかで聞いた様な流れになってきたね」

「そんな二人を待ち構えていたのは、その山を根城にする妖怪達の無慈悲な制裁だったのです」

「ぎゃー!? ナズーリーン!?」

「二人は必死に抵抗しましたが、数の暴力には叶わず……久遠晶は愛する妻を救うため、悲しい決断をする事になったのでした」

「それで!? それで二人はどうなったの!?」

「えっと、それで……じ、次回に続く」

「次回って何!?」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾伍「妖集悲惨/縁の下の力持ち」





「別に、命蓮寺の皆が嫌いなワケじゃないのよ。扱いに不満があるワケでも無いわ」

 本当に床下で始まってしまいました。ぬえさんのお悩み相談室、開催です。
 そしてのっけから放たれる重たそうな話題。話題を振ったのは僕だけど、相談相手はもう少し選んだ方が良いと思いますよ?
 まぁ、聞いた以上は相談に乗るけどね。解決するかどうかの責任は持ちませんが。

「ただ落ち着かないの。皆が私に、何も気にせず優しく接してくれるのが」

「つまり星蓮異変での悪戯をまだ気にしてて、負い目から皆の歓迎を素直に受け入れられないって事?」

「がふっ!?」

〈……的確に抉ったなぁ。少年、もう少し加減してやれよ〉

 原因をハッキリさせないと、改善させる事も出来ないからね。
 優しさ? 何ソレ美味しいの? くらいの勢いでガンガン突っ込んでいくよ!
 ……真面目な話、ぬえさんがこうなっちゃったのは皆が優しくし過ぎたせいなんだよなぁ。
 誰一人として責めなかったから、結果的に自分で自分を責めちゃってるワケで。
 このまま僕まで優しく接してしまったら、ぬえさんの心労が本当の意味で解消させる事は無い。
 故に、多少残酷なくらいはっきり言ってあげた方が良いのです。

〈言いたい事は分かるし、少年にしては珍しく的を射た意見だと思うけど、一つ忠告しておく〉

 なんです?

〈少年が意識して行う残酷な真似は、人によっては再起不能になるレベルに残酷だからそこらへんは手加減しなよ?〉

 ……気をつけます。
 
「で、何とか行動で挽回しようと考えても、返ってくる答えが大体「特にして欲しい事は無い、貴女が居てくれれば良い」で話にならないと」

「何でそこまで分かるの!? 貴女、ひょっとして読心能力まで持ってる!?」

「ただの推測です。ぶっちゃけ命蓮寺の人らって、親切過ぎて言動と行動が思いっきり読みやすいんですよね」

 まぁ、だからこそ怖いとも言えるのですが。何しろ純粋な善意だけで動ける人達だからね。
 貴女が居てくれれば良いって言う台詞もあくまで僕の想像だけど、命蓮寺の皆にそういう意図がある事は間違いないだろう。
 彼女達は、封獣ぬえが命蓮寺に居てくれる以上の事を本気で望んではいないのだろう。
 ……平等であるが故の弊害だよねぇ。力が強かろうが弱かろうが、命蓮寺の皆の扱いは変わらない。
 それは時に、何者にも代えがたき癒やしとなるけれど――命蓮寺の為に力を振る舞いたい者にとっては、凄まじい屈辱ともなる。
 別に、期待されてないってワケでも無いんだろうけどねー。
 命蓮寺の纏まり方だと、ぬえさんみたいなやる気だけ先行していて発散先が見つかってない妖怪は力を持て余しちゃうんだろうなぁ。
 一応、それを何とかしてくれる賢将様が命蓮寺には居るワケだけど。

「ぬえさん。ナズーリンの事警戒して、出来るだけ顔合わせないようにしてるでしょう」

「ぜ、絶対に心読んでるわよね!? もしくはここ最近の私の行動、影でこっそり覗いていたでしょう!?」

「だからただの推測ですってば。ある程度聡い人だったら、これくらい簡単に分かりますよ」

「絶対ある程度じゃないでしょう……」

「まぁともかく。ぬえさんの現状と、その八方塞がりっぷりは良く分かりました。……半分以上自業自得だと思いますけど」

「あいたぁっ!?」

「とりあえず結論から言いますが、今の受け身な状況じゃ事態が悪化する事はあっても好転する事はまずあり得ません」

「な、無いの?」

「無いです」

 そもそも誰が改善してくれると言うのか。
 白蓮さんやナズーリンあたりなら悩みその物には気付きそうだけど、解決策の提示は難しい気がする。
 いや、賢将さんは普通に解決策も出せるか。ぬえさんがナズーリンに近付かない現状では何の意味も無いけれども。
 ……ぶっちゃけると、アドバイスその物はすっごく簡単なので今すぐ言えるんだよね。
 ただしそれは、どう転んでも面倒な事になる。よほど上手く立ち回らないと百パーセント新たな火種になる。
 つまり場合によってはぬえさんの負い目を更に酷いモノにしてしまう可能性があるのだけど――まっ、いいか!

〈いや、ダメだろ。最悪の結果になったら誰も得しないじゃないか〉

 ですね!

〈ついに少年が、意図して世界に混沌を生み出すため動くようになってしまったか……〉

 なんですか、その少年漫画の典型的黒幕みたいな目的。掲げた事も狙った事もありませんよ?
 そもそも僕だって、無責任なアドバイスをするつもりは無いです。
 きっちりフォローして、発生するであろう被害も最小限に抑えるつもりですともさ。

〈それでダメだった場合は?〉

 諦めます。

〈やだ、少年無駄にカッコイイ……〉

 リスクを恐れていたら、そのうち行動する事が出来なくなりますからね。
 もう僕は、躊躇わない!!

〈良い事言ってる風だけど、ソレってやり過ぎて良いって意味じゃないよな〉
 
 ――ですね!
 まぁ、それなりに気にしますよ。それなりに。
 と言うワケで、アドバイスをしましょうか。

「なので、まずは行動しましょう。命蓮寺の益となる事をするのです」

「行動って、どんな事をすればいいの? それに益になる事って言われても……」

「まぁ、清廉潔白を地で行ってる命蓮寺の皆が欲しいモノなんて中々無いから、悩む気持ちは良く分かります。……だけどあるんですよねー」

「何が?」

「命蓮寺の皆が確実に感謝してくれる事、ですよ」

「ほ、本当!? 本当にそんな事があるの!?」

 必死の形相で僕の話に食いついてくるぬえさん、ここまで期待されるとは思わなかった。
 ……ふと冷静になったんだけど、今の僕ってわりと洒落にならないレベルでヤバいヤツになってない?

〈オブラートに包んで言うけど、アダムとイブを唆した蛇みたい〉

 原罪を背負わすレベルの悪党!? 
 いや本当に、悪い事をさせようとしているワケじゃないんですよ?
 むしろ普通に良い事です。多分。恐らく。結果はわりとぬえさんの決断にかかっているけど。

「教えて! 私、命蓮寺の役に立ちたいの!!」

「まぁ、やる事は簡単です。――仲間を見つけてくれば良いんですよ」

「……仲間?」

「そう、仲間。命蓮寺の考えに賛同してくれる、頼りになる仲間をぬえさんが連れてくるのです」

 身も蓋もない言い方するけど、命蓮寺って人的資源有りきで成立している寺なんだよね。
 信者的な意味でも勢力的な意味でも、とにかくたくさんの人が居ないとお話にならないのである。
 民主主義的な自己防衛策――と言うよりはもっと単純な『群れ』の発想だろうね。
 個々の力が弱いなら多く束ねて強くすれば良い。さながらそれはスイミーの様な……あ、やっぱ今の無し。なんか話がズレかけた。
 まぁつまる所、宗教団体としてはわりとありがちな勧誘をやれと言っているワケだ。
 そう考えると実に無難なアドバイスだけど、これ以上に命蓮寺の役に立つ仕事はあるまいて。
 それに、誰でも良いから誘ってこいと言っているワケでは無いのだ。必要なのは、あくまでも『頼りになる仲間』なのである。

「ちなみにこの場合、数は全然重要でありません。ぶっちゃけると一人でも二人でも良いんです」

「そ、そうなの?」

「そうなんです。肝心なのは質、優秀でかつ喜んで命蓮寺に協力してくれるような人を見つけてくる事が重要なのですよ」

 集まれば強くなるとは言え、個々の力の弱さはやっぱり看過出来ない。
 白蓮さんクラス――は高望みし過ぎにしても、せめて妖夢ちゃんや姉弟子と互角に戦える人材は欲しい所だ。
 けどそれだけ強い人物が、無所属のまま流離っているなんて都合の良い事早々有り得ない。
 そもそも実力があればあるほど、命蓮寺のやり方と相容れなくなってくるからなぁ。
 何気なく言った「命蓮の考えに賛同してくれる、頼りになる仲間」と言う条件は、実は結構厳しかったりするのである。
 ……一応弁明しておきますが、別にぬえさんに無茶ぶりしているワケじゃありませんよ?
 むしろ難しい話だからこそ、命蓮寺では特殊な立場に居るぬえさんに振っているのです。
 封印されていなかったぬえさんなら独自の人脈なんかもあるだろうし、何より命蓮寺の考えに染まりきっていない貴重な妖怪の一人だからね。
 まだ見ぬ強豪妖怪や、命蓮寺ではナズーリンしかいない策士系キャラを命蓮寺に引き込む事ができるかもしれないと期待しているのですよ。

〈ぶっちゃけ、この子に不特定多数の信者を連れてこさせるって完全に無理ゲーだもんな。そもそも選択肢が無いか〉

 オブラートどこ行った悪霊ォ!

〈少年の隠してた真意を代弁してみました〉

 向き不向きを考えてただけだよ! って言うか必要も無いのに暴かないでください!!

「優秀で……喜んで協力…………」

「どうです?」

「――それなら、何とかなるかも!」

 良かった。コレで、「友達居ないから無理」とか言われたら本気で困る所だった。
 それどころかピンポイントで心当たりがあるようで、傍から見ても容易に分かるレベルでテンションが上がってきている。
 やがて考えが纏まったのか、ぬえさんは勢い良くこちらへと顔を向けてきた。

「ありがとう人間災害! おかげで、皆の役に立つ方法が分かったわ!!」

「いえいえ、これくらいお安いご用ですよ。後、人間災害は止めてください」

「私、誤解してた。貴方の事をどうしようも無いクズだと思ってたけど、実はそうじゃなかったのね!」

「……あ、どうも」

 僕の評価、そこまで低かったんだ。
 いや、しょうがないけどね。しょうがないけど何か凹む。
 そんなこちらお落ち込み具合に気付いていないぬえさんは、ニコニコしながら僕の手を握ってきた。
 正直に言うとわりと誰でもできるレベルのアドバイスだったんだけど、思った以上に好感度が上がってしまったようで。
 ……別に間違った事もしてないし騙してもいないのに、自分が詐欺師になってしまった様な気がするのは何故だろう。

「それじゃ早速行動に移させて貰うわね! 私、ちょっと出かけさせて貰うわ!!」

「えっ、今から!?」

「ちょっと遠出になりそうなの。だから皆には、貴方の口から説明しておいて。お願い!」

「それくらいなら構いませんけど……」

「ありがと! それじゃ、後はよろしくね!!」

 そのままにこやかな笑顔で床下を這って行くぬえさん。実にシュールな光景だ。
 それでもまぁ、無事に悩みが解決した事は実にめでたい……はずなのだけど。
 うん、なんて言うか、うん。――すっごい嫌な予感がします。

〈これが後の封獣異変の幕開けだったのである……〉

 無闇矢鱈に信憑性の高そうな嘘モノローグは止めて!
 まぁ、その、大丈夫だよ。きっと何とかなるって――ナズーリンが頑張るから。

〈フォローをするって何だったんだよ〉

 ――てへぺろ☆

〈少年、成長しているようで成長してないよなぁ〉





 で、ぬえさんを見送った僕はとりあえず床下から這い出たワケなのですが。

「いやでも、恋人に現実的な事ばかり求めるのはどうなのよ」

「気持ちは分からなくもでもないけどねー。正直、相性だけだとそれはそれでキツくなると思うんだ」

「……話そのものにはノッてくれるのに、話が盛り上がるとちょいちょい水を差してくれるわよね。貴女」

「ゴメン、そういうつもりは無かったんだけど。つい習慣で冷めた事考えちゃうんだよ」

「習慣?」

「まぁ、多少は自重しておかないとね? ただでさえ負担をかけている頑張り屋に、更なる負担をかける事になっちゃうから」

「……何の話?」

「こっちの話」

 なんか、二人共物凄く楽しそうにガールズトークを続けてました。しかももう僕関係無い感じだし。
 この様子だと、僕がいなくなった事なんて欠片も気付いていないんだろうなぁ。
 いや、良いけどね? 姫海棠さんが楽しそうで何よりだけどね?

「…………がぉう!」

「うわっ、何よ急に!?」

「どうしたのさ、晶さ――って、ホコリだらけだよ!? 何で!?」

「ふかーっ!」

「日本語で話し――いたっ、猫みたいに引っ掻くのを止めなさいって! 何なのよ!?」

 でもやっぱり寂しかったので、とりあえず姫海棠さんに八当たっておく事にしました。
 うん、ちょっとだけスッキリした。ソレ以上に虚しかったけど。





 ちなみに、引っ掻きによるダメージは思ったよりもあったみたいです。……爪、ちゃんと切ってるんだけどなぁ。なんかスイマセン。




[27853] 異聞の章・肆拾陸「妖集悲惨/お父さんは許しません!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/09/30 00:12


「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ…………今、戻ったぞ」

「お帰りなさい、ナズーリン。あのその……」

「謝る必要は無い。むしろ謝られると怒りが増すから黙っていてくれ」

「ぴぃっ!?」

「まったく、ご主人はどうしてこう次から次へと問題を起こすのか。頭が痛いよ」

「本当に何というか、えっと、その」

「だから謝る必要は無いと……それよりも私が不在の間に、命蓮寺で起きた事を教えてくれ」

「特に何も無かったです――ああ、そういえば晶さんが遊びに来ていましたね」

「――――っ!? そ、それは本当か!?」

「え? えっ? 本当ですけど、それがどうしたんですか?」

「くそっ、よりにもよって私が不在のタイミングで現れるとは……」

「良く分かりませんが、今までも晶さんは何度か命蓮寺に来ていましたよね? 何が問題なのですか?」

「……今までは、なんやかんやと理由を付けて聖と話し合う機会を防いできたからな」

「はぇ? 何か言いました?」

「独り言だ、なんでもない。それで、彼は今も命蓮寺に居るのかい?」

「いえ、もう帰りました。聖が戻ってくるまで待ってほしいとお願いしたんですけど、何だか用事があったみたいで……」

「そうか。……どうやら、もっとも避けたい状況だけは避けられた様だな」

「楽しかったですよ。同行していた烏天狗さんもとても良い人で――あ、そうでした!」

「どうしたんだ?」

「実は、ぬえさんが旅に出てしまったんですよ」

「ぬえが旅!? な、何でまた急に!?」

「何でも、命蓮寺の皆のためになる事を見つけたと言っていたそうです。相当張り切ってたって言ってましたよ」

「不安材料しか無い伝言なんだが……その言い方だと、ぬえからその話を聞いたのはご主人では無いようだね」

「はい、私は晶さんから教えて貰いました!」

「――は?」

「な、ナズーリン顔が怖いですよ!?」

「……何故そこで、晶殿が出てくるのだ」

「ぬえさんのお悩みを、晶さんが解決したそうなんです。ふふふ、晶さんは本当にお優しいですね」

「―――――」

「ナズーリン? どうしたんですか、ナズーリン?」

「ふ、ふふふ、ふふふふふ……狡知の道化師ぃぃぃいいいいい!!」

「わぁ、ナズーリン!? おち、落ち着いてください!!」

「やってくれたな! いや、本人もやるつもりは一切無かっただろうが――だからこそ逆に腹立たしい!!」

「あわ、あわわわ……」

「この借りは必ず返してやるぞ。とりあえず、今回の一件はねっとりしっかり心の閻魔帳に記載しておいてやる……ふふふ」

「……この様子だと、晶さんの話題にはもう触れない方が良いのでしょうか。二人の交際疑惑について色々と聞きたかったのですが」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾陸「妖集悲惨/お父さんは許しません!」





「ふぅ、さっぱりしたー」

 ホコリまみれになった姿を見かねたキャプテンの好意に甘えた僕は、命蓮寺のお風呂に入れてもらったのでした。
 スッキリしたけど、何をしてるんだろうね僕は。……メイド服の洗濯まで頼んでから言う台詞じゃないけど。
 おまけに姫海棠さんは――

『久遠クン、私分かったわ。私の新聞には取材対象の声が足りなかったのよ。部屋に籠もっていたせいで、そんな簡単な事を忘れていたのね』

 なんか、ガールズトークで悟っちゃってるし。
 いや、どんな経緯だろうと姫海棠さんが分かってくれればそれで良いんだけどね?
 つまりこの時点で、僕が命蓮寺に居る理由はほぼ無くなってしまったワケで。
 ……まぁ、別に用が無くなったからって即帰る理由も無いのだけど。

「あっ、居た! 見つけた!!」

「にゃ? えーっと貴女は……確か雲居さんでしたっけ」

 用意されていた布で頭を拭いていると、ドタドタと廊下を駆けながら尼さんがやってきた。
 以前に霊夢ちゃんにボッコボコにされた、雲入道使いのお姉さんである。
 確か名前は……雲居一輪さんだっけ。良く良く考えると僕って、命蓮寺の人達とあんまり絡んで無いんだよね。
 ナズーリンとはやたら話している記憶があるんだけどなぁ。――つまり何もかもナズーリンのせいか!
 いや、さすがに半分は冗談ですよ? 命蓮寺が関係した事柄には、常にナズーリンの影が隠れているとかは思っていませんよ? 少ししか。
 ……まぁ、絡んでない理由に彼女が関わってるのは勘違いじゃないんだろうけど。
 どうもナズーリンは、僕と命蓮寺の皆さんをあんまり合わせたくないみたいなんだよね。
 と言うか、ある特定の一名との接触を避けていると言うか。
 特にこっちに不都合は無いし、気づかないフリをしておいた方が後々便利そうだからあえて乗っかってるけどね。
 ―――っと、話がズレまくった。

「私の事は一輪で良いわよ。貴女は聖の恩人だし」

「その恩人になる前に、色々とあったと思うんですが」

「……私は、巫女にボコボコにされた記憶しか無いから」

「あ、なんかスイマセン」

 さすがは博麗の巫女、狡知の道化師を上回る脅威っぷりである。
 まぁ、あんな徹底的にボコられりゃねぇ。少なくともあの時の戦いでは、僕それほど派手な真似はしてなかったし。

〈その前に、氷の岩で船体に大穴開けてたけどな〉

 実行犯は分かってないみたいだからセーフ!

「今でも思い出せるわ、あの容赦無い正拳突きの味。……的確に急所を狙ってくるのよね」

「霊夢ちゃん御札使おうよ!? ――ごほん、とりあえずその事は置いといて。何か御用ですか?」

 まぁ、だいたい想像は付くけど。十中八九ナズーリンとの関係を聞かれるんだろうなぁ。
 面倒だから放置するつもりでいたけど、無視していた方がより面倒な事態になるかもしれない。
 姫海棠さんの問題も解決した事だし、ちょっと居座って噂の鎮火を試みようか。

「そうそう、聞きたかった事があるのよ。――貴方、本当に男の子なの?」

「そっちかよ!?」

「あっとゴメン、間違えた。風呂上がりの姿ですら完全に女の子だったから、つい……」

「その感想は普通に凹むなぁ……」

 髪は解いてるし服は男女どっちとも取れる和服になってるから、女装要素は欠片も無いはずなんだけどなぁ。
 魅魔様、今の僕ってぶっちゃけどう見えますか?

〈そういう残酷なコメントを魅魔様に求めないように〉

 うん、知ってた。分かってたよ。分かってたから泣いてません。ほんと泣いてないから。

「じゃあ改めて聞くけど、ナズーリンの事どう思っているの?」

「特に何とも」

 変に好意的に答えると勘ぐられそうなので、思いっきり淡白な答えを返した。
 実際、異性としては何の意識もしてないワケだしねー。
 さてこの返答に、一輪さんはどんなリアクションをするのだろうか。

「特に何ともって……仮にも恋人にその言い方――あ、なるほどそう言う事ね」

「はへ? 何がそういう事なんですか?」

「そんなに警戒しなくて大丈夫よ。確かに私も仏教徒だけど、恋愛には理解ある方だから!」

「なんか複雑な背景がある事にされている!?」

 何その、本来なら反対する立場だけど二人の幸せが第一だから応援するよ。みたいな笑顔。
 僕とナズーリンはどんだけ厄介な関係になってるの? ロミオとジュリエットなの?
 まぁ、あながち間違ってない気もするけれど。その場合僕らの立ち位置はむしろ敵対する両家の長になると思うんですが。
 どう考えても、恋に恋する二人を邪魔するポジションが適任だよなぁ。
 結局二人の想いをへし折れず、それでも認めるわけにはいかないから見逃す事しか出来ない所まででワンセット。
 うーむ、我ながらピッタリすぎて怖いね。

「よ、ようやく見つけた……って」

「あちゃー、手遅れだったわね」

 そして、遅れてやってきたキャプテンと姫海棠さん。
 とりあえず姫海棠さん、一時間にも満たない時間で溶け込みすぎ。
 正直妖怪の山に居た頃より馴染んでゲフンゲフン。――すいません、今のは無しで。

「一輪、さっき言っただろ……二人の事は陰ながら暖かく見守ろうって」

「聞いたけど、私は嫌だって言ったわよね? どこの馬の骨とも知れない人間にナズーリンは任せておけないって」

「だからって本人に直接問いただすのは……と言うか聞くにしても、もっと尋ね方ってモノが」

「単刀直入が一番よ」

「……ナズーリン、今分かったよ。いつも君はこういう気持ちになっていたんだね」

 筒抜けの会話を聞かされるって辛いよね。後、命蓮寺の皆さんも一応は常識人枠と非常識人枠で識別が可能なようです。
 ――キャプテン。残念ながらそっち側に行ってしまった貴女には今後、過酷な運命が待ち受けている事でしょう。ご愁傷様です。

〈少年は過酷な運命を与える側だけどな〉

 魅魔様シャラップ!

「だから良いわね!? この私の目が黒いウチは、ナズーリンとの交際は認めないわよ!!」

「……恋愛には理解があるって言ってませんでしたっけ」

「恋愛への理解があるとは言ったけど、ナズーリンとの交際を認めるとは言ってないわ!」

「なるほど、筋は通ってますね」

「認めるんだ!?」

「じゃあ、僕はナズーリンとの交際を諦めます。認められないんじゃしょうがない」

「そんな貴方に朗報よ。挽回の機会をあげるわ」

 その前に確認したいんですが、僕と貴女って同じ言葉で会話してるんですかね?
 ここまで話が通じないと、どうにかして誤解を解かなくてはと言う気力が失われていく。
 ……いやいや、それで諦めたら本当にナズーリンとカップルにされるぞ僕。
 そうなるとマズい気がする。姉達が暴走して、他にも大変な事態が引き起こされて、何故か異変にまで発展しそうな気がする。
 名付けて恋人異変。……名付けてみると思った以上に情けない異変で笑えてくる。

〈少年の想像力には舌を巻かされるなぁ〉

 ちょっと考え過ぎでしたかね?

〈いや、確実にそうなるんじゃないかな。むしろそれで収まったら僥倖ってレベルだろう〉

 そこまで言いますか。そこまでのレベルですか。

〈よっ! この傾国の美女!!〉

 さすがの僕でも、その言い方にはキレますよ?

「と言うワケで、はいコレ」

「……なんですかね、この四角が等間隔に敷き詰められた紙は」

「貴方が恋人に相応しいと思ったら、その四角の中に印を付けてあげるわ。それが全部埋まれば晴れて貴方はナズーリンの恋人になれるのよ!」

「ポイントカード!?」

 幻想郷のどこでもやっていない制度を、まさかこんな所で見る事になろうとは。
 反対側をひっくり返してみると、確かに手書きで「ナズーリンへの道」と書かれている。
 つまりロード・オブ・ザ・ナズーリン? 無駄に壮大なストーリーが幕を明けそうですね。……四角の数結構多いし。

「これを全部埋める必要があるワケですか。……凄い大変そうですね」

「どれどれ? ――うわ、これはちょっと多すぎでしょ」

「ひーふーみー……三十以上有るわね。どれだけ認めたくないのよ」

「あ、多すぎた? じゃあ減らすわ」

 姫海棠さんとキャプテンのツッコミを受け、あっさりとそう言った一輪さんがポイントカードにチェックを付けていく。
 あっという間に残り半分となるポイントカード。大盤振る舞いし過ぎっていうか、それで良いのかナズーリンへの道。チョロ過ぎない?

「えっと、良いんですか?」

「別に構わないわ。私の判断は厳しいから、これでもまだ道のりは遠いくらいよ」

「はぁ、左様ですか」

「ふふふ、怖くなったかしら?」

「いえ、別に」

 そもそも認めてもらう気無いですし。むしろずっと認めてもらわない方が都合良いですし。

「良い覚悟ね、気に入ったわ。とりあえず一つ目の印をあげる」
 
 ……厳しい判断とは何だったのだろうか。
 物凄いアッサリと最初の印をくれる一輪さん。ただの減らず口と言う可能性を、少しくらい考慮しても良いと思うのだけど。
 ――あ、ひょっとして。

「一輪さん」

「ん、何よ?」

「良い機会なんで、今後は命蓮寺の皆さんの活動にも色々お手伝いしたいと思ってるんですよ。主に奉仕活動とかを」

「それは良い心掛けね。もう一個印をあげるわ」

 ……ああ、なるほどそーいう事ですか。
 ナズーリンの為に心を鬼にしているらしいけど、彼女は根本的にステレオタイプな命蓮寺住人なのである。
 そりゃ、元々のハードルが滅茶苦茶低いんだから厳しくなってもこんなモノですよ。
 本人としては若干辛めに採点しているつもりなんだろうけど……それでコレだからなぁ。
 なんだろう、この謎の罪悪感。こっちから望んだ事なんて一つも無いのに、詐欺に引っ掛けている様な気になってくる。

「なら今度の週末、命蓮寺に来なさいな。大掃除をやるから手伝わせてあげるわね」

「ああ、ソイツは悪くない考えだね。命蓮寺の皆と仲良くする良い機会だろうし」

「良いわね。ナズーリンと仲良く掃除をしたら良いんじゃないかしら」

 だから姫海棠さんは、何で命蓮寺側の目線に立って発言しているんですか?
 こっちの心配そっちのけで、楽しそうにワイワイと今後の予定を話す仲良し三人組。
 と言うか、キャプテンも一輪さんの判定の緩さにはツッコミ無しですか。
 反対派だからあえて黙ってるって感じでもないし、多分彼女も一輪さんの採点基準に疑問を抱いて無いんだろうなぁ。
 ツッコミ側に見えてもやっぱり命蓮寺住人、お人好し度は変わらないって事ですか。
 ……ナズーリンいなくなったら、本気で滅ぶんじゃないだろうかこの寺。
 他に頼れそうな人、白蓮さんしかいないじゃないですか。
 まー、あの人は全てを理解した上で一輪さん達と同じ答えを出しそうだけど。





 その後も、楽しそうに僕とナズーリンの仲良し公認化計画を話し合う三人。
 そんな彼女等の姿を眺めながら、僕は完全に説得を諦めるのだった。


 ――とりあえず、後は全部ナズーリンに丸投げしよう。そうしよう。




[27853] 異聞の章・肆拾漆「妖集悲惨/僕らのリトルフェアリーウォーズ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/10/06 22:28


「……ついにきたわね」

「チルノちゃん、どうしたの?」

「これよ」

「これって――まさか!?」

「よんでみなさい」

「は、果たし状……差出人はサニーちゃん!? ど、どうして!?」

「…………大ちゃん」

「(チルノちゃん……凄い真剣な顔してる。私の知らない所で何があったんだろう……)」

「――はたしじょーって何かしら」

「えっ? えっと、勝負しようってお誘いの手紙……かな」

「つまりサニーは、あたいとしょーぶしたいって言ってるのね?」

「んーと、勝負したいのはチルノ団とみたいだね。ルナちゃんとスターちゃんも一緒みたい」

「なるほど、そういうことだったの!」

「チルノちゃん……ひょっとして分かってなかったの?」

「あたい、もじよめないもん!!」

「……じゃあ、最初の「ついにきた」って」

「大ちゃんがくるのを、ずっとまってたわ!!」

「…………私の事だったんだぁ」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾漆「妖集悲惨/僕らのリトルフェアリーウォーズ」





「というワケで、いくさよ!」

「おー!」

「……何が?」

 いきなり呼び出され、唐突な宣戦布告をブチかます親分。
 うん、いつも通りの親分と言えば親分だ。
 つまりまったく意味が分からない。
 ……そもそもチルノ団集合って言われたのに、集まってるの僕とフランちゃんだけなんですけど。

「これをみればわかるわ!」

「ん? なになに……果たし状?」

 字は若干おぼついてないけど、文体や内容は実に真っ当な果たし状である。
 差出人はサニーミルクにルナチャイルドにスターサファイア――えっと、何かのコードネームかな?
 
「この人達って、親分さんのお友達だよね?」

「へっ? フランちゃん、この果たし状の差出人を知ってるの?」

「直接会った事は無いけど、大ちゃんから聞いた事あるよ。確か……光の三妖精だったっけ」

「そうよ!」

 光の三妖精か。それだけ聞くと凄い妖精っぽいけど、幻想郷にはルーミアって前例が居るからね。
 騙されないぞー。もう騙されないからねー。……でもちょっとは期待して良いよね?
 実は物凄い強い妖精って可能性が――って、フランちゃん何? 何その慈愛に満ち溢れた顔は。
 あ、期待すんなって事ですかそうですか。……しょぼん。

「チルノ団としては、うられたけんかはかうしかないわ!!」

「おーっ!」

「つまり、僕らはこの果たし状に参加する要員として呼ばれたワケなんですね」

「そうよ!! みんなでいくのはひきょーだから、おなじかずであいてをしてあげるの!」

「……うんまぁ、その考えは立派だと思いますが」

 それで呼んできたのが、僕とフランちゃんってどうなのさ。
 僕自身に対する評価は差し控えるけど、妖精相手にフランちゃんはどう考えてもやり過ぎだと思う。
 と言うか、光の三妖精さん達が期待できない程度に大した事無い人らなら、親分だけでもカタがつきそうな気が……。
 これはどういう意図の人選なんだろうか。単なるイジメ――をするようなタチじゃないもんね。
 もちろん深い意味も無いだろうけど、親分には親分なりの理由があるはずだ。多分。

「ところで親分さん、何で私とお兄ちゃんを呼んだの?」

「あきらがひっとーぐんしで、ふらんがきりこみたいちょーだからよ!」

 ああ、そういえばそういう事になっていたんだったっけ。僕の知らない所で。
 その恐るべし配置力に、親分の底知れ無さを再確認したワケだけど……。
 そっか、そういえばフランちゃん切り込み隊長だったっけ。確かに役職だけで考えると適任だなぁ。
 僕もチルノ団での分類は頭脳労働系だし。パーティバランスそのものは実はかなり良いんだよね。……パーティバランスだけは。
 問題は、相手のレベルを一切考慮せずにガチで組んでいる所か。
 本人に悪意は無いって言うか、むしろ誠実に対応した結果がコレなんだけど……何事にも限度ってあるんだなぁ。
 せめて妖精として上位の実力者であれば、少しくらいは形になると思うんだけど――んっ?
 
「……ねぇ、親分」
 
「なぁに?」

「ひょっとして、勝負ってここでするの?」

「そうよ!」

 ……と言う事は、やっぱりそうなのかなぁ。
 僕は目線を合わさないようにしながら、コソコソしながら真正面から現れると言う実に変わった登場をしている彼女達を見た。
 それぞれ特徴的な格好をした三人は、一纏めにして表現すると「これぞ妖精」と言った様相をしている。
 向こう側が透けて見える羽根、ヒラヒラフリフリのドレス、ちびっこい外見。
 細部……と言うか外見はかなり違うが、その雰囲気は共通している。
 丁度三人だし、恐らくは彼女らが「光の三妖精」なのだろう。
 ……うーむ、誰がサニーミルクで誰がルナチャイルドで誰がスターサファイアなのかな。

「ねぇ……あれって…………」

「やっぱり…………」 

「…………なんで」

 そして、僕らの目の前で堂々と内緒話を始める三人。
 と言うか多分、本来なら密談なんだろう。
 親分もフランちゃんも、目の前の三人なんていないかのように振る舞ってるし。
 アレか、またいつものアレなのか。サードアイさん仕事し過ぎだよ!
 察しが悪いと評判の僕も、さすがにここまで同じ事が続けば何が起こっているのか理解します。
 どうやら彼女等の中の誰かは、姿を消せる能力を持っているらしい。
 対戦相手の前で堂々と密談出来るくらいだ、自信は相当にあるのだろう。
 ――まぁ、サードアイの前では完全に無力だったワケですが。
 どうしようねコレ。いや別に、普通に話しかければ良いのかもしれないけど。
 それで能力に対する自信を木っ端微塵に打ち砕かれた方々を、今まで散々見てきたからなぁ。


 ――よしっ、見ないふりをしよう!


 そう決めた僕は、速やかに三妖精達を意識の外へと追いやった。
 奇襲を試みてくるならもちろん抵抗するが、このままただ話し合うだけなら気付かないフリをしてあげよう。

「でも…………」

「………だから……」

「だね……」

「……決まりよ!」

 おっと、話は終わったらしい。
 元気よく立ち上がると、そそくさと移動を始める三妖精。
 良かった、今なら隙を付けるとか考えてなくて。
 念のため用意したアイシクル・カズィクルベイの下準備は無事無駄になったようです。

〈魅魔様は悪霊だけど、さすがに串刺公ごっこを楽しめるほど心病んで無いぞー〉

 いや、妖精の場合はやられたらピチュるからね? そういうエグい展開にはならないからね?
 僕もそこらへんの分別はつきますって。ついた上での仕掛けですって。

「待たせたわね、チルノ!」

「おそいわよ、サニー!」

 あ、戻ってきた。
 ツインテールっぽい金髪の妖精を中心にして、颯爽と再登場する三人の妖精達。
 とりあえず、僕が彼女等の存在に気付いていたって事は誰にも気付かれていないっぽい。……何だかややこしいな。
 喋る役は親分に任せておけば良さそうだし、色々迂闊な真似をしそうな僕はここで大人しくしていよう。
 こうして親分の側で腕を組んで立っていれば、「謎の実力者」風に見えなくもない気がする。
 おや、気付けばフランちゃんも反対側で同じような事を。
 ……多分、初対面の人といきなり会う事になって何して良いか分からないから僕の真似をしているんだろう。
 微妙に視線も泳いでいるしね。チルノ団に入ってからコミュニケーション能力が増したと思っていたのだけど、身内以外はまだ辛いかぁ。
 
〈まぁ、置物になってるくらいが丁度良いんじゃね? 今の時点で相手に対する威圧になっているんだし〉

 ……本当だ。良く良く見ると、三妖精達の膝が小刻みに震えている。
 目線も決してこちらと合わせないようにしているし、落ち着いて見えるのは完全に虚勢なのか。

「アンタ最近、チルノ団とか言うチームを作って粋がっているそうじゃない」

「そうよ!」

「――おぐっ」

 さすがだ。さすが過ぎるぜ、親分。
 喧嘩を売るための第一歩を威勢よく折られたサニーミルクちゃんは、戸惑いながら背後の二人へ視線を向けた。
 しかし、両者ともにこの救助要請を拒否。かくして彼女は、味方がいるのに孤立無援と言う実に貴重な状況へと追い込まれたのでした。

「あ、アンタ本当に馬鹿ね! 私はアンタを馬鹿にしているのよ!?」

「あたい、バカじゃないもん!!」

「アンタは馬鹿よ、バーカ!」

「バカじゃない!」

「バカよ!」

「バカじゃないもん!」

「バーカ!」

 ……えっと、この流れで問題無いんですかね?
 単なる口喧嘩と化した二人のやりとりを眺めながら、他二人の様子を軽く窺ってみる。
 ――あ、コレは間違いなく予定外の展開ですわ。
 顔に出さないようにしているけど、二人共えらく動揺しているみたいだ。

「アンタみたいなバカの作ったチーム、私達が叩き潰してあげるわ!」

「のぞむところよ! ――ふらん、あきら!!」

「わーっ! 待った待った!!」

「サニーちょっと落ち着いて! その方向性は無しってさっき決めたでしょう!!」

「やっぱダメ、チルノ相手に妥協するってすっごいムカつく!!」

「……まぁ、元々無理があったのよね。チルノ一人だって抑えられないのに、他の団員も含めて相手をするなんて」

「ちょ、スター何を言ってるのよ!?」

「チルノが空気を読んで人数は減らしてくれたけど……連れてきた面々が、よりによって、その……」

 うん、その先も普通に言って良いですよ?
 やっぱり普通の妖精三人に、僕とフランちゃんと親分は過剰戦力過ぎたようです。
 と言うか彼女達の口ぶりだと、親分単体でも競り負ける可能性が高かった様子。
 やっぱ親分、妖精としては破格の強さなんだなぁ。
 ちなみにどうでも良い事だけど、さっきの親分の台詞は多分「ふたりはてをださないで!」だったと思います。
 そういう所が、無闇矢鱈に男前なのが親分だからね。……まぁ、どっちにしろ無謀な勝負になった事は変わりないと思うけど。

「うぅー……分かった。それじゃあ今の無しで」

「良いわよ!」

「良いんだ……」

「まぁ、親分だから。その心は大海の様に広いんだよ」

 実際あそこで「許す」ってハッキリ言えるのは凄いよね。例え何も考えてないとしても。
 そしてその行為を疑問にも思わない三妖精達。下手すると彼女ら、大ちゃんクラスに親分の事を理解してる?

「あ、あの! 誤解しないよう言っときますけど、私達チルノとは仲それなりに良くて……」

「今回のも、どっちかと言うとじゃれ合いに近いんです! 本当なんです!! だから殺さないで!」

「うん、大丈夫分かってる。分かってるからそんなに怯えなくてイイヨー」

 後なんで僕にだけ言ってるの? フランちゃんはスルー?

〈認めろ少年、これが世間の評価だ〉

 ……僕が何をしたって言うんだ。

〈アイシクル・カズィクルベイとか〉

 未遂だから! アレは未遂だからセーフです!!

〈いや、普通にアウトだろ〉

 聞こえません聞こえません。

「えっとそれじゃあ、親分さんが粋がっているから倒すっていうのも嘘なの?」

「その、強ち嘘でも無いです。チルノ団が出来てから、あんまりチルノと遊ばなくなっちゃったので」

「……つまり、今回の話って「チルノちゃん、あーそーぼー」って事なんですか」

「まぁ、そーいう事になりますかね」

「ならないわよ!」

 サニーミルクちゃんは否定しているけど、露骨に真っ赤な顔が真実を教えてくれている。
 なるほどなるほど。仰々しい呼び出しをしたけど、単に遊びたいだけだったのか。
 ……ますます僕達の存在価値が無くなったんですけど。

「昆虫王子みたいな人なんだね、サニーさんって」

「昆虫王子?」

「リグルさんの事」

「……ああ」

 確かにそんな感じかも。プライドが邪魔して面倒な接し方になっている所とか、特に。
 うーん。ツンデレって言うのとも違うよね、こういうのって。
 ぶっちゃけちょっと面倒臭いと言うか、嫌なら止めて良いんじゃよ? と思わなくもないと言うか……さすがに直接指摘はしないけど。
 ちなみにサニーミルクちゃん以外の二人は、親分と付き合うにあたって邪魔になる誇りがあるワケでは無いらしい。
 それでもしぶしぶながら彼女に付き従うあたり、人が良いのかサニーミルクちゃんを大事にしているのか。
 ……後者だと思うけど、その割に扱いが若干ぞんざいだよね。

「私は、真剣に、チルノを倒しに来たの!!」

「いいわ、うけてたつわよ!!」

「でも、バトルは無しの方向なんですよね」

「しょうがないよ。私達の誰が出ても弱いものイジメになっちゃうし」

「いやまぁ、そこに不満は無いけどね? だとしたら、どうやって勝負するのかなーって」

「それはもちろん――もちろん……えっと、なんだったっけ」

「そもそもそこまで決めてたっけ?」

「こっちの有利になる勝負を挑もうって所までは決まってたと思う」

「さっきまであんなに話し合ってたのに、意外と何も決まってなかった!?」

「えっ?」

「あ、いや、何でもないです」

 危ない危ない。ついうっかり暴露する所だったよ。
 しかし、あれだけ話し合っておきながらノープランって。
 まぁ、親分相手ならそれでも通用しそうだけど。最低でも大まかなプランぐらいは考えておいた方が良いんじゃないかな?

「……とりあえず僕も親分もフランちゃんもゆっくり待つからさ、もうちょっと話し合ったら? 二人共、良いよね?」

「うん、私は別に平気だよ」

「いくらでもまつわ!」

 まぁ正直、負けた所で何のデメリットも無さそうだし。それ以前に勝つ意味がないし。
 好きに決めてくれたら良いんじゃないかな。――とか思っていたら。

「ちょ、調子に乗るんじゃないわよ! そんな情け、必要ないんだから!!」

 どうやら、舐められていると思われてしまったらしい。
 いや、あながち間違っていないのかもしれないけど。
 こっちの方が圧倒的に有利だからこそ、決定権を相手に委ねているワケだし。
 とは言え、こればっかりは平等に決めるワケにもいかないからなぁ。すぐに決着着いちゃうし。
 ……うーん、ひょっとしてこれが強者の気分なのだろうか。

〈自覚すんの遅くね?〉

 魅魔様、ハウス。

「でもサニー、それじゃあ何で勝負するの? 弾幕ごっこじゃ勝ち目ないよ?」

「それは……えーっと――――さ、三本勝負よ!」

「三本勝負?」

「丁度三人ずつ居るんだから、一対一で勝負して最終的な勝ち星の多さを競いましょう! 勝負内容はその都度決める形で!!」

 そう高らかに宣言するサニーミルクちゃん。
 明後日の方向を見ながら言うその姿に、親分を除く僕らは全く同じ感想を抱いたのだった。





 ――ああ、逃げたなコレ。




[27853] 異聞の章・肆拾捌「妖集悲惨/私の記憶が確かなら」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/10/13 22:12


「ぐむむむむむ」

「珍しいわね、貴女が他人の書いた新聞を読むなんて」

「新聞記者が情報収集を怠るなんて、そんな間の抜けた真似するワケ無いでしょ。敵情視察は元からやっていたわよ」

「あら、そうだったの。私はてっきり自分より下の天狗を見て悦に浸っているのかと思っていたわ」

「ぐむむ、ここぞとばかりに言いたい放題」

「で、どうしたのよ」

「まぁなんというか、多少なりとも若干ながら注目しないでも無かった新聞記者の記事がですね」

「ふふ、弄っていいかしら」

「……構いませんよ」

「じゃあやーらないっ。さ、続けなさい」

「心底からムカつくぅ……まぁ、大した事じゃないわよ。ちょっとマシな内容になったかなーっと思ったり思わなかったりしただけで」

「つまり、自分の記事より面白いと思ってしまったワケね」

「そこまでは言ってないわよー。違うわよー。私の新聞の方が数段上ですぅー」

「ちょっと紅茶入れてくるわ。今なら、世界で一番美味しいお茶が飲める気がするの」

「ぐがー! 良いわ、その喧嘩全力で買ってやろうじゃないの!!」

「今日は気分が良いから買わないでおいてあげる。ふふ、紅茶美味しいわね」

「いつの間にそんな――って、紫までいつの間に!?」

「ほんと美味しいわー。今の文の顔を見ながら飲む紅茶は最高ね」

「ぎぎぎぎぎっ」

「ちなみに一つ、紫ねーさまが良い事を教えてあげるわ」

「何よ!」

「だいたい晶のせいだから」

「――晶さぁん!? やっぱりですか!!」

「……今、やっぱりって言ったわね」

「言ったわねぇ」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾捌「妖集悲惨/私の記憶が確かなら」





「まずは最初の勝負! 行きなさい、スターサファイア!!」

「えっ、私!?」

 あ、知ってる。僕こういうのゲームで見た事ある。
 一番後ろに下がり命令を下すサニーミルクちゃんの姿に、妙な既視感を覚える僕。
 しかし指名されたスターサファイアちゃんは、逆に物凄い勢いでサニーミルクちゃんの後ろへと下がっていく。

「な、何で私が!? サニーが行けばいいじゃない!?」

「私は最後よ。チルノのヤツと決着をつけなきゃいけないからね」

「そ、それはズルいわよ、サニー!?」

「……ずっこい。凄くずっこい」

「ず、ずるくないわよ! リーダーの私と団長のチルノが最後に戦うのは、当然の流れでしょう!?」

「ああ言ってるけど、お兄ちゃん的にはどう?」

「んー、それなりに白に近いグレーかな」

 まぁ確かに、タイマンで勝負するとしたら一番楽な相手は間違いなく親分だ。
 戦闘能力こそ妖精離れしているが、ソレ以外の部分は普通の妖精と変わらないからね。
 本当の意味でのバーリトゥードならば、彼女達にも勝ち目があるかもしれない。
 ……だけどまぁ、本人の本音は間違いなく先程語った通りなのだろう。
 この中で一番親分への対抗心が高い彼女だ。決着も当然、自分の手でつけたいと思っているに違いあるまい。
 まぁ、三本勝負で最終戦まで持ち込んで華麗に勝利。くらいは考えているかもしれないけど。
 それは多分、大将ポジションの人が皆考える事だから多分セーフ。きっとセーフ。

「あたいはそれでかまわないわよ!!」

「いや、私達が構うのよ!!」

「くじ引きで、公平にくじ引きで決めよう」

 そして内輪揉めを始める三妖精。気持ちは分かるけど、待たされるこっちはちょっとキツい。
 そこまで深く考えなくても良いと思うんだけどなぁ。勝負内容は自分達で決められるんだから、無事は確約されたようなモノだろうし。
 更に言うなら、内容さえ捻れば勝つ事だって決して不可能ではないと思うのだが。
 自分で言うのもなんだけど、僕もフランちゃんも親分もわりと弱点が多かったりするワケだし。

「そういうワケだから一番手頼んだわよ、スター!」

「……はぁ、分かったわよ」

 あ、なんかいつの間にやら話が纏まっていたようだ。
 嫌々ながらも納得した表情で、スターサファイアちゃんが前へとやってくる。
 リーダーとしてそれなりにカリスマがあるのか、説得できるくらいには弁が立つのか。
 どちらにせよ、彼女もそれなりにトップとしての器はあるらしい。
 ……うん。

「お兄ちゃん、お姉様はカリスマなんだよ」

「何も言ってないし何も思ってないよー、フランちゃん」

「ふらんはそういうげいふーでいくの?」

 親分はたまに痛い所を突いてくるから困る。
 僕も正直、過剰反応しているのかネタで弄ってるのか判別がつかなくなってきてます。
 お願いだから、フランちゃんはピュアなままで居てください。お願いします。

〈人はいつか成長するもんなんだぜ、少年。妖怪は知らん〉

 せめて意見の方向性くらいは決めてから発言してくれない?

「とりあえず、私が一番手のスターサファイアです。どうぞよろしく」

「どうも、久遠晶です」

「フランドール・スカーレットです」

「それでその、最初の勝負なんですけど……料理対決って行けますか?」

「いいわよ!」

「まぁ、特に問題は無いのでは?」

 料理対決かー。なかなかに良い所をついた勝負だ。
 確実にダメージは負わないし、その技量は基本的に異能や戦闘能力の影響を受けない。
 実際、この三人の中で料理技能持ちって僕しかいないしなぁ。
 しょうがないね。ここは僕の肉じゃがが火を吹くぜ!

「じゃ、じゃあ私! 私が出る!! 私がやる!」

「えっ? フランちゃんって料理出来ないんじゃ……」

「べ、勉強はしてたの。だから、私に頑張らせて? ねっ?」

 フランちゃん、すっごい必死だなぁ。
 まさか、それほどまでに料理の腕前を披露したかったのだろうか。
 ……いつの間にそんな料理好きに?
 
〈知らないって怖い。魅魔様は心からあの吸血鬼に同情するよ〉

 何の話ですか?

「まぁ、フランちゃんがやりたいって言うなら僕は別に……」

「あたいもかまわないわよ!」

 ぶっちゃけ、僕も自らを頑固に推すほど料理の腕に自信は無いしね。
 フランちゃんが自発的に何かするなんて早々無いワケだし、ここは教育係として生暖かく応援する事にしよう。

「でもさスター、料理対決って今から出来るの? 調理道具なんて一つも無いんだけど」

「うっ。いやその、思いつきで言ったからそこらへんは全然考えてないんだけど……」

「最低でも竈くらいは欲しいわよね。……うーん、どうしましょうか」

「しかたないわね! それじゃあ、あたいたちがなんとかしてあげるわ!! ――あきら!」

「はぇ?」

「そうだね、お兄ちゃん!」

「ほふ?」

 不敵な表情でこちらを見つめる親分。期待した顔で僕を見るフランちゃん。
 えっ、コレはアレ? 僕が何とかする流れ?
 いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って。
 そこまで期待されても困りますよ? と言うか無理だよ? さすがに無理だよ? できないよ?
 そもそも僕、そういうパッと物を出す創造系の能力は不得手と言うか。

〈少年、自分の能力がなんだったのか言ってみ〉

 なんだろうね!
 とにかく、僕に頼られても出せるモノは何も無い。
 一応、簡単な調理器具の類は持っているけどさ。
 簡易的な机もあるけど。
 と言うか竈くらいなら自力で作れるけど。
 自前で揃えられない道具も、急いで家に帰れば大抵何とかなるけど。
 ……アレ?

「えーっと、五分待ってくれる?」

「え、あ、はい」

「ではでは―――――天狗面『鴉』」

 氷の面を被った僕は、一番時間のかかる荷物の取り寄せを行うため高速で移動を開始した。
 ついでなので、審査に使いそうなモノも色々と持ってこよう。
 後はコレを置いて、コレも用意して、料理の材料も持ってきてっと――

「帰還、そして終了デス――とりあえず僕の実力では、このクオリティが限界っすね」

「……いや、じゅ、充分だと思います」

「よくやったわ、あきら!」
 
「さ、さすが狡知の道化師……」

「お兄ちゃんすごーい!」

 まぁこれで、とりあえず切る煮る焼く炒めるは出来るかな。
 本当に五分で仕上げた自分の仕事を確認しつつ、最後に食卓を彩る一輪の花をそっと机に飾る僕。
 ……んー。皆は褒めてくれてるけど、やっぱ完璧とは言い難いなぁ。咲夜さんならもっと卒なくこなしたはず。

〈少年はなんでそこまで出来て、料理だけ出来ないんだろうなぁ〉

 いや、肉じゃがは作れるんですよ?

〈なんで料理だけ出来ないんだろうなぁ〉

 だから肉じゃが……。

「それじゃ、じゅんびもできたしさっそくはじめましょう!」

「何でアンタが仕切ってるのよ……それに、まだ足りないモノがあるでしょ」

「えっ、まだ何か足りないモノあった? ……圧力鍋とか?」

「い、いえ、道具じゃないんです。足りないのは審査をする人で……」

「あー」

 そりゃそうだ。味なんて主観的な要素で優劣をつけるなら、公平に判断を下す審査員がいないとダメだろう。
 スターサファイアちゃんとフランちゃん以外の四人だと公平性に欠けるしなぁ。どうしよ。
 
「たしかにそれもいるわね! あきらっ!!」

「親分は、ちょっと僕を便利に使い過ぎじゃないかな。僕は何でも出来る万能キャラじゃないんですよ?」

「でも多分、お兄ちゃん自身が思っているよりは色んな事出来ると思うよ」

 フランちゃんも、僕に対する期待値高すぎじゃありませんかね。
 ……まぁ、軽く探しては見るけどさ。意外と難しくないコレ?
 他のチルノ団員は当然却下だし、あんまり強すぎる人を呼ぶと三妖精ちゃん達が萎縮してしまう。
 僕の知り合いは大半どっちかに含まれてしまうし、さて誰を――おや?
 とりあえず魔眼で周囲を探っていると、実に珍しい人物がうろついているのを発見した。
 なんでまぁこんな所に? 良く分からないけど、ちょっと話を振ってみようか。
 
「じゃ、ちょっと行ってきます」

「わ、また消えた!?」

「さすが人間災害……」

「……私、アレと勝負するのかぁ」

 なんか散々言われてますが、単なる高速飛行です。フランちゃんとかはバッチリ動きを把握してますよ?
 どんどん不当な評価が重ねられていく事に、色々と不安を隠せないのですが。

「そんな思いを込めつつ僕参上! どうも、お久しぶりです映姫様!!」

「お久しぶりです。それでは正座してください」

「ういっす」

「貴方は力に対する自覚が無さ過ぎる。自分の振る舞いが他人にどう影響を与えるのか、もう少し真摯に考えるべきです」

「申し訳ない」

「ここ最近の貴方は、特に持っている力と振る舞いの差が酷い。強者の一員だと言う自覚があれば、今のような出方も……」

 主導権を握れないかなーと思って勢い良く飛び出てみたら、あっさり対応された上に即説教へ移行されたでござる。
 さすが、地獄で閻魔をやっているだけあって実に肝が座っていますね。
 後、僕の近況にも詳しすぎ。多分詳しいのは僕だけじゃないんだろうけど。
 ……ところで、僕はいつまで正座をしていれば良いのでしょうか?
 いや、お説教はありがたく聞かせて頂きますけどね?
 こっちもわりと時間が無いと言うか、それなりに人を待たせているのですけども。

「――他にも色々と言いたい事がありますが、急いでいるようなのでこれくらいにしておきましょう」

「ういっす、ありがとうございます!」

「それで、私に何の用ですか?」

「率直に言いますが、料理勝負の審査員をやってくれませんか?」

「率直に答えますが、別に構いませんよ」
 
「…………」

「どうしました?」

「いや、思いの外閻魔様がフレンドリーでかつフランクだったので」

「せっかくのお誘いを断るほど野暮ではありません。今は勤務時間外で、これといった用事もありませんからね」

「……勤務時間外なのにお説教はするんですね」

「勤務時間外だからするのですよ」

 うん、良く分からない。分からないけど映姫様的には意味がある事なのだろう。
 普通に聞けば答えてくれそうだけど、なんだか凄く長くなりそうな予感がするから止めておく。

「それじゃあついてきてください。面倒なら僕が運びますけど……」

「問題ありませんよ。構わず先に進んでください」

 あら頼もしい。正直、映姫様はどんと構えている印象が強すぎて高速移動しているビジョンがまったく見えないのですが。
 閻魔様が見栄を張る事は無いから、問題ないと言ったら問題ないのだろう。
 映姫様の言葉に頷いた僕は、氷翼を広げ全速力で皆の元へと戻った。

「――ただいま! 審査員連れてきたよ!!」

「はやっ!?」

「お兄ちゃんだからね!」

 そういう類の罵倒は受けた事があるけど、褒め言葉として言われた事は無かったなぁ。
 何なの? 僕ってどういう存在なの? そして親分は何で卵を興味深げに見つめているの? 丸呑みするの?

「それで、その審査員はどこに?」

「ここです」

「おぅっ!?」

「どうも。私が料理対決の審査員、四季映姫・ヤマザナドゥです」

 いつの間にか僕の背後に回っていた映姫様が、意外なほどにこやかに微笑んで一礼した。
 うーん、やっぱりフレンドリーだ。わりとこの人、オンオフきっちり分けるタイプなのかもしれない。
 後、映姫様ってば魔眼に反応無しでいきなり現れたんですけど。
 紫ねーさまですら見つける超性能の魔眼を、どうやって誤魔化したんですか?
 良く分からないけど、さすがは閻魔様だ。
 サードアイを手に入れてから色々台無しにする事が多くて、「ヤバ、ひょっとして僕無敵?」とか思いかけていたのだけど。
 やっぱ自分を高く見るのはダメだね! 今後も僕は自分を最下層に置き続けるよ!!
 あ、なんですか映姫様。その説教する要素が増えたみたいな顔は。……せめて全部が終わってからにしてくださいお願いします。

「四季……」

「映姫……」

「ヤマザニャニュー?」

「なまえがながいわ!!」

「映姫で構いませんよ。あと、ヤマザナドゥです」

「えっと、確か閻魔様……なんですよね」

「え、閻魔ぁ!?」

「えんま!」

 ああ、そういえばフランちゃん。前に三途の河へ行った時には謎の発熱その他諸々で寝込んでたっけ。
 映姫様の名前は知ってても、ビジュアルの方は把握してなかったのか。
 そんなフランちゃんの確認の言葉で、訝しげにしていた妖精達が驚愕の表情を浮かべる。
 ただし親分以外はだけど。アレは絶対、意味分からず言ってるね。

「わ、わわわっ、私達何も悪い事してないです! だ、だから地獄には連れて行かないで!」

「性分なので全て訂正させて貰います。一つ、悪を行なわない者など存在しません。一つ、地獄へ連れて行くのは他の者の役割です」

 そして、本当に一つ一つサニーミルクちゃんの言葉を訂正していく映姫様。
 まぁ、三妖精ちゃん達は萎縮しててロクに聞いちゃいないんだけど。……アレ、コレひょっとして人員選択ミスった?

「そして最後に一つ、そもそも私は休暇中です。閻魔としての仕事は一切行いません」

「つまり、あんたはただのあじみやくってことね! よろしくたのむわよ!!」

 ……すげぇや、親分は本当に天才だと思う。皮肉じゃなくて。
 物凄いサックリとした親分の解釈に、さすがの映姫様も言葉を詰まらせた。
 もちろん萎縮していた三妖精達は絶句して、怒りの余波を避けるために大きく後ろへと下がる。
 しかし映姫様は若干苦々しげな色も含まれているものの、それでも優しげな笑顔を浮かべると親分の頭を丁寧に撫でた。

「その短慮は直っていないようですが、強さに相応しい心は手に入れているようですね。それは良い事です」

「とーぜんよ、あたいってばさいきょーだもの!」

「えっ? ひょっとして親分と映姫様、お知り合いなんですか?」

「そうですね。以前に花映異変で少し……」

「しらない!!」

「……花の異変の時、二度ほど会ったと思いますが?」

「わすれた!!」

 ……ほんと、親分って凄いわ。
 何一つ恥じる事無くと言った表情で断言する親分に、さっきとは違う意味で言葉を詰まらせる映姫様。





 ――あ、これ確実に説教入るパターンだ。しかも超長いヤツ。




[27853] 異聞の章・肆拾玖「妖集悲惨/食戟の映姫」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/10/28 03:46


「良いですか? 貴女は少々答えを急ぎすぎる」

「うん!」

「まずは相手の話を最後まで聞き、その言葉の意味を理解するよう努めなさい」

「わかった!」

「……本当に分かったのですか?」

「もちろんよ!!」

「では、私の言葉を聞いてどうしようと思いました?」

「あたいははなしをきくわよ! すっごくきくわよっ!!」

「…………」

「どーしたのよ、あたまをかかえて! あたいはなしをきくわよ!!」

「……素直に話を受け入れる、その寛容さは褒めます」

「ありがとう!!」

「おー、困ってる困ってる」

「チルノのヤツ、良く閻魔様にあんな口叩けるわね……」

「親分は凄いからね!」

「(この吸血鬼もチルノに心酔しているみたいだし……アイツ、実は物凄い大物なんじゃ……)」

「ところで、しょーしょーこたえってなにかしら! せみ!?」

「……あのですね」

「いや……やっぱり気のせいか」





幻想郷覚書 異聞の章・肆拾玖「妖集悲惨/食戟の映姫」





「では、料理対決を行うにあたっての規則を定めたいと思います」

 延々と説教を続ける映姫様を何とか宥め、無事に料理対決を始める事が出来ました。
 ……どっちも諦めないんだよなぁ。親分はずっと話を聞こうとするし、映姫様は分かるまで説教を続けようとするし。
 絶対アレ、放置してたら日が暮れるまで同じ事繰り返していたよね。怖いなぁ。

「料理の内容は特に指定しません、己の一番得意とする料理を作ってください。ただし、久遠晶が用意した以外の材料を使う事は禁止します」

「とりあえず、材料は双方公平になるよう用意しました」

「他二人の手伝いは原則禁止ですが、場合によっては許可をするのでその際は申請してください。私の方で判断致します」

「その、完全禁止では無いんですね?」

「作るモノによっては、一人では時間が足りぬ事もあるでしょうからね。……当然の話ですが、手伝いの範囲を逸脱した場合は反則としますよ」

「は、はい!」

「制限時間は最長で一刻としましょう。ソレ以上の時間がかかる場合はペナルティを課します」

「即負け、じゃ無いんですね」

「あくまで料理の優劣をつけるのが目的なのでしょう? ならば、料理以外の理由で勝敗を決めてしまっては意味が無いではありませんか」

「あー、なるほどー」

 テキパキとルールを制定する映姫様。これもさすが閻魔様、と言うべきなのだろうか。
 しかも意外と緩いと言うか、わりと融通の利く仕様になっているし。
 まぁでも、確かに映姫様の言う通りだよね。
 ぶっちゃけ内々でのお遊びみたいな対決なんだから、時間切れとかで決着がつくのは問題だと僕も思う。
 映姫様、ガッチガチに頭固い人かと思ったらそうでも無いんだねー。
 
「食べる順番などは、両者の料理を見て私が判断をさせて頂きます。間違っても相手を貶める事で勝とうなどと思わないように」

「はい!」

「は、はい」

「では、他に質問は?」

「は――もがもが」

「いえ、特に無いです。始めてください」

 映姫様に問われ、元気よく手を挙げた親分の口を両手で塞ぐ。
 親分の事は尊敬しているし凄い子だとも思ってるけど、この脊椎反射な行動はどうにかならないだろうか。
 今の、絶対聞かれたから答えただけで質問なんて何も考えていなかったに違いあるまい。賭けてもいい。
 なので阻止する。映姫様は色々とツッコミたそうにしているけど、追求するつもりまでは無いようだ。
 
「では――料理対決、始め!!」

 彼女の宣言と共に、フランちゃんとスターサファイアちゃんが材料へ向かって駆け出す。
 自分から言い出しただけあって、スターサファイアちゃんの方は躊躇いの無い動きで食材を集めていく。
 一方のフランちゃんはかなり戸惑っているみたいだけど……選択そのものに迷っていない所を見るに、作るものはほぼ決まっているようだ。
 選んだのは卵にジャガイモに玉ねぎ、後はほうれん草にベーコンか。
 其々の相性が良いだけに、材料だけでレパートリーを特定する事は難しい。
 ……それにしても、ベーコンが混ざるだけで溢れるこの朝食臭はなんなんだろう。コレって日本人特有の感覚なのかな。
 
「えっと、えーっと」

 材料を集め終えたフランちゃんが、今度は調理道具を集めていく。
 と言っても道具の方はフライパンとボウル、包丁とまな板で終了みたいだけど。
 まぁ、習っていると言っても慣れたと言う程では無いみたいだからね。そもそも複数を同時に作る事が出来ないのだろう。
 となると、卵料理系で確定かな。
 ……正直このラインナップで卵をメインにすると、どう工夫してもそこから先は同じになる気がしますが。
 纏めるか散らすかで、難易度の方は格段に変わるんだよね。……やっぱ散らす方かな?
 とりあえずフランちゃんの方に大きな問題は無さそうなので、スターサファイアちゃんの様子を見てみる事にする。
 すでに材料を集め終わり、調理道具も用意した彼女は、慣れた手つきで野菜を切っていた。
 あー、これ完全に手馴れてる動きだ。百戦錬磨とは行かないけど、他人に振舞える程度には上手い人の動きだわ。
 ……うーむ、分かってたけどコレ。相当厳しい勝負になるなぁ。

「おおっ、これは行けるかもしれないわ! 地味だけど!!」

「光明が見えてきたね。地味だけど」

「うるさいわね! こっちは必死なのよ!!」

 すでに相手の妖精達は、ある程度勝利を確信しているようだ。
 まぁ、どう見ても技量に差があるもんねー。
 僕も正直、「あ、コレは無理ゲーかな」と思っているフシはあります。

「――ってうわ!? フランちゃん、その包丁の持ち方は危ないよ!?」

「だ、だいじょぶ。私はこの程度じゃ傷つかないから」

「問題なのはダメージの有無だけじゃ無いんだけど……うう、心配だなぁ」

「だいじょぶ、前に咲夜に習ったから」

 ……そのわりには、包丁を扱う手がプルプルしまくってるんですが。
 どうやらジャガイモと玉ねぎを薄切りにしたいようなのだが、そもそも皮を剥くのにも四苦八苦している現状じゃあねぇ。
 
「フランちゃん、ピーラー! ピーラーあるよ!!」

「えっ、柱!? 柱を何に使うの!?」

「幻想郷の人らは知識に偏りがありすぎる! ピラーじゃないよ、ピーラー!!」

「ええっ!? つまり……えっと、どういう事!?」

「つまり、野菜の皮を綺麗に剥く為にだね――」

「よくわかんないけど、ふらんならつめとかでやさいきれるんじゃないの?」

「…………」

「…………」

 こっちの指示で更に混乱してしまったフランちゃんに、親分が不思議そうに首を傾げながら疑問をぶつける。
 それを聞いたフランちゃんは包丁を置くと、反対の手に持っていたジャガイモを宙へ放り投げた。
 ゆっくりと落下するジャガイモ。その周囲に赤い閃光が奔ると同時に、皮が弾けるように剥けていく。
 ジャガイモはそのまま水を張ったボウルに落ちると、綺麗に薄切りの形で分かれていった。完璧なお手並みである。
 ……そうか、フランちゃんの場合包丁を使わない方が精度高いのか。
 狂気に侵されている時は力任せだけど、素のフランちゃんはわりと何でも器用にこなすマルチファイターだったりするんだよね。
 センスもあるから、この結果はある意味納得だけど……何か今、大事な事の方向性を間違えさせてしまった気が。

「親分さんありがとう! これなら私、上手く出来そう!!」

「あたいにまかせなさい! よくわかんないけど!!」

「……実は親分ってさ、全部分かった上で言ってたりする?」

「そうよ!」

 あ、違うんですね分かりました。
 ……まぁ、本人が意図していなかったとしても今の助言が絶妙であった事に変わりはない。
 すでにコツを掴んだフランちゃんは、そのまま残った材料も同様に切り刻んでいく。

「うわ、なんか向こうスゴイ事になってるよ!?」

「スター! こっちも、こっちも何かしないと!!」

「出来るわけ無いでしょ!? と言うか! ……えっと、その…………閻魔様」

「今は審判です」

「あ、はい。……あの、審判様? あれって有りなんですか?」

「あの行為を禁止した場合、手を使った調理法全てが反則になりますが」

「……有りなんですね」

 うん、気持ちは分かるよスターサファイアちゃん。僕も若干納得が行かない。
 しかし残念ながら、衝撃波で野菜を切ってはいけないと言うルールは存在しないワケで。
 ……盲点だったと言えば良いのだろうか。少なくとも僕は、素直に包丁を使った方が賢いと思う。
 まぁでも、これで同じスタートラインには立てたかな?
 先程よりも落ち着いた動きで、野菜とベーコンを一口大に切り終えたフランちゃん。
 彼女が次の工程に移った事を確認して、僕はホッと一息をついた。

「……あ、そうだ。卵を焼くのもレーヴァテインでやれば!」

「焦げるから! それは、どう手加減しても真っ黒焦げになるから!!」

 いかん、フランちゃんが味をしめかけている。
 このままだと、彼女が戦闘能力オンリーで料理をするバトルシェフになってしまう!
 ――なんか、それはそれで個性的だって事で紅魔館では普通に受け入れられそうな気がするけど。
 特にレミリアさんは超喜びそう。なんて独創的だと手放しで褒めそう。……なんとか軌道修正しないと!

「フランちゃん、咲夜さんに言われた事を思い出そう! 過度なアレンジは失敗の原因だよ!!」

「あ、う、うん! そうだね!!」

「でもおり…………おり……」

「折り紙って楽しいよね!」

「そうね!!」

 言わないから、オリジナリティとか絶対に言わないから。
 親分、本当に何も考えて無いんだよね? そうやって無知のフリをして、事態をワザと掻き回してない? 道化師して無い?

「ないわよ!」

「……心、読みました?」

「なにが?」

 うーむ、底知れない。単純なようで謎のポテンシャルがあるよね、親分って。
 そんな風に、親分に対して良く分からない危機感を抱く自分。
 自分から恐れておいてなんだけど、物凄い無駄な意識であるような気がしないでもない。
 
「ねぇあの、審判様? 助言するのは有りなんですか?」

「構いませんよ。実際に手を出したり、相手側の戦意を削ぐための発言を行ったら即刻黒と見なしますが」

「あ、良いんだ……」

「じゃ、じゃあ、こっちも! こっちも何か言おう!! えーっと……」

「……料理が、いつもの過ぎるとか」

「あー、それは確かに。なんかアレよね、ビビって無難なのに逃げたのが見え見えって言うか」

「二人共、どっちの味方なの!?」

 少なくともスターサファイアちゃんの味方で無い事は確実かと。
 ……なんか、こっちもあっちも身内が足を引っ張りまくっている気がするのは僕の考えすぎなのでしょうか。
 わいわい言いまくる外野の意見は、しかし真剣な二人にほとんど届く事も無く。
 わりとマイペースに作業を進めた二人は、ほとんど同時に料理を完成させた。

「出来た!」

「こっちも!」

 スターサファイアちゃんの方は、キノコや山菜をメインに使用したシチューとパンケーキ、それにサラダか。
 メインはシチューだけど、他の二つも単なる添え物と言うワケでは無さそうだ。
 全体のバランスもかなり良さそうだし、さすが作り慣れているだけの事はある出来だと言えよう。強いて問題があるとすれば……。

「スターサファイアちゃんの料理、完全に一人前の量あるよね。映姫様、食べきれるのかな」

「――あっ」

「なるほど、たくさん食べさせて相手の審査をさせない作戦ね! スター、やるじゃん!!」

「ち、違うわよ!? これはつい、いつもと同じ量に……」

「そもそも審査の為に全てを食べる必要は無いでしょう。必要な分だけ頂きますよ」

「……スター、詰めが甘いわよ」

「だから違うって言うのに!」

 さて一方のフランちゃんが作ったのは、厚焼玉子の王様みたいな巨大な卵の塊――所謂スパニッシュオムレツと言うヤツだ。
 若干焦げてしまっているけど、料理のていはきちんと成しているみたいで一安心。
 しかし、何でスパニッシュオムレツなのだろうか。
 まぁ、普通のオムレツよりかは作りやすいけど――いや、本当にそうなのかなぁ? 
 うーむ、咲夜さんの教育方針が良く分からない。……とりあえず、レミリアさんは関わっていると思うけど。確実に。絶対に。

「いっ、一生懸命作りました!」

「そうですか、お疲れ様です」

 何か言わなくてはと思ったのか、必死に頑張りましたアピールをするフランちゃん。
 しかし映姫様、華麗にそれをスルー。超スルー。
 一応労はねぎらってくれてるし、表情的にもわりと朗らかな方なのだけど。
 それを料理の評価に加算してくれるつもりは、残念ながら欠片も無いみたいだ。
 いや、審判としては実に正しい姿勢なんだけどね?
 今日の映姫様は結構お優しい所があったから、若干そういう評価点も期待してたんだけどなー。チラッ、チラッ。

「――マイナスにしますよ」

「あ、なんでもないです! 厳正な審査に超感謝っす!!」

〈少年、閻魔に情を訴えるなよ……〉

 とりあえず、何事も挑戦かなって思いまして!
 ま、味だけを公正に判断してくれるって言うならそれで良しとしよう。
 後はフランちゃんの料理が、スターサファイアちゃんの料理を上回っている事を祈るだけだ。
 ……大丈夫かなー。見た目的には、ほとんど問題無いんだけどなー。
 ギャグ漫画とかだと、こんな見た目でも実は味が最悪ーみたいな事が良くあるからなぁ。
 まぁ、所詮はフィクションのネタだと思うけどね。
 実際にそんな事、有り得るワケが無いだろうに。わはははは。

「久遠晶――そこに正座」

「うぃっす」

 何故か知らないけど、映姫様に滅茶苦茶怒られた。
 自覚が足りないとか認識が甘いとか散々言われたけど……その説教、最初に聞かされましたよね?
 後、フランちゃんがすっごく頷いてた。映姫様の言葉に何度も頷いてた。何で?

〈魅魔様は閻魔を全面的に支持するよ。少年だけは言うな、マジ言うな〉

 ――えっと、何の話です?




[27853] 異聞の章・伍拾「妖集悲惨/激突、究極じゃない料理対至高でもない料理」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/11/19 02:51


「……ちなみに今更ですが、シチューとスパニッシュオムレツの優劣をどう付けるんですかね?」

「私が美味しいと思った方が勝ち、です」

「うわぁ、清々しい程に独断だぁ。良いんですかね、それで」

「では逆に尋ねます。個人的趣味趣向以外に、味の優劣を判断する材料が有りますか?」

「えっと、技術とか……」

「料理の完成度を比較するのなら、確かにそれは一つの指針ですね。ですが今比べようとしているのは味です」

「……まぁ、技術が高ければ必ず美味しくなるってワケじゃないですもんね」

「無駄でもありませんがね。結局の所、味の優劣は食べる人間がどう思ったかと言う所に行き着くのです」

「となると、味に優劣をつける真の意味で公平な審査方法は無いって事なのですかね」

「いいえ、ありますよ」

「あるんですか?」

「この人間の下した判断なら間違いはない。そんな人物に審査を委ねる事です」

「あー、所謂アレですね。あ、貴方はかの有名な美食会のほにゃらら先生! みたいな人に任せるのが正解だと」

「その人物が本当に信頼できるのかは知りませんが、そういう事です」

「なるほどねー。……でも、そういうのって凄く難しくないですか? 双方納得出来る人間を選ばないといけないワケですし」

「主観的感覚を判断基準にする以上、それは避けられない問題です。つまり――」

「つまり?」

「味で決着をつける、等という発想がまず間違っているのですよ」

「料理対決全否定!?」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾「妖集悲惨/激突、究極じゃない料理対至高でもない料理」





「では、三妖精側の料理を頂きます」

 そう言って、映姫様がスターサファイアちゃんのシチューを口にする。
 上品に咀嚼して味を確かめると、次にパンケーキ、次にサラダと続けて一口ずつ食べていった。
 おお、なんだか本物の評論家みたいだ。
 ……そういえば「審査と言えば閻魔様」みたいなノリで連れてきたけど、映姫様の食通っぷりって如何程のモノなんだろう。
 清廉潔白を素で行く映姫様だから、食事は栄養以外重視してません。なんて事も有り得るかも……。

「なるほど、さすがに作り慣れているだけの事はありますね」

「ど、どうも」

「煮崩れ無し、火の通りも充分。煮る時間と具材の大きさは経験として理解しているようですね。隠し味には味噌ですか、悪くないです」

「あ、はっ、はい!」

「パンケーキも、甘みを抑えただけではありませんね。醤油を入れる事でシチューと風味を合わせましたか」

「よ、良くご存知で」

 評論家みたい、と思ったら本当に評論家だった。
 一口食べただけで隠し味まで探り当てた映姫様は、淡々とスターサファイアちゃんの料理を評価していく。
 プロだ。この人は本物の審査のプロだ。多分冗談でなく本当に、彼女は全ての事柄に白黒ハッキリつけられるのだろう。ちょっと怖い。

「料理を全体的に和風へ寄らせたのは、洋食をそのまま再現するのが難しいからですね」

「そ、そです。洋食の材料は、その、幻想郷では結構貴重なので」

「完成度は非常に高いですが……少々気になる点もあります」

「うぇ!? な、なんですかっ!?」

「最初は緊張。それからは慣れによる気の緩みから、全体的に料理の出来が甘くなっていますね」

「そ、そうですかっ!?」

「無論、それで味が悪くなっているワケではありませんが。優劣をつける材料の一つになる事は間違いありません」

「あぅう……」

 わぁ、辛辣ぅ。
 容赦無い映姫様の評価に、思わずしょぼくれるスターサファイアちゃん。
 決して悪い事は言ってないのだけど、閻魔様にダメ出しされていると言うだけで凹んでくるから不思議だ。
 傍で聞いているこっちですら気分が落ち込んでくるのだから、当人のダメージは相当なものだろう。
 他の二人もスターサファイアちゃんの慰めに入っちゃってるし。……いや、まだ決着どころかフランちゃんの試食も済んでないんですが。

「では次に、悪魔の妹の料理を頂きます」

「は、はい! どうぞ!!」

 ガッチガチなフランちゃんが、それでも何とか料理を映姫様の前に差し出した。
 うーむ、見ているこっちがハラハラするなぁ。
 うっかりコケてオムレツ台無し、とかにならないよね?
 いや、そうなったら僕の持てる力をフル活用して無かった事にしますけども。

「では頂きます」

 これまた上品な仕草で、スパニッシュオムレツを一口だけ口にする映姫様。
 先程と同様にじっくりと味わうと、フォークを置いて真正面からフランちゃんの瞳を見つめた。
 あ、フランちゃんが逸らした。残念ながら閻魔の視線に耐えられるほどの社交性はまだ獲得して居なかったらしい。

「……まぁ、良いでしょう。味の評価に移ります」

「あっ、はひ! よろしくおねがいしまっしゅ!!」

「フランちゃん噛み過ぎ、もうちょい落ち着こ」

 気持ちは凄く分かるけどね。色んな意味で、閻魔様に見つめられるのは心臓に悪いし。
 まぁ、フランちゃんの緊張はどっちかと言うと人見知りっぽいけど。……映姫様に見つめられると意味もなく焦るのは僕だけなのかな。

「小町もそうですよ」

 つまり疚しい気持ちがあるからって事じゃないですかやだー!?

「さて、ともかく味の評価をしましょう。――褒める所はあまりありませんが」

「うぐっ」

「火は通りすぎている、具材の大きさはマチマチ、味付けも濃すぎますね」

「…………ご、ごめんなさい」

 ボロクソである。フランちゃんが初心者である事など一切考慮していない、容赦の無い意見が次々と飛んできている。
 そもそも批判される事そのものが少ないフランちゃんにとっては、事実なだけにキツいお言葉だろう。
 ……何気にフランちゃん、モロな批判を受ける事が少ないからなぁ。
 猫可愛がりされるか、露骨にビビられるかの二択な気がする。――まぁ、フランちゃん良い子だししょうがないね。

〈少年は猫可愛がりし過ぎだけどな。一応は教育係だろうが、もっと叱れよ〉

 魔理沙ちゃんの教育方針はどうだったんです?

〈初弟子って超カワイイよな!!〉

 やっぱダメだ、この悪霊。

「――ですが、美味しく食べて貰いたいという心遣いは感じます」

「えっ?」

 親分以外の誰もが勝敗を確信した所で、映姫様自身からまさかのフォローが入った。
 彼女はもう一度フランちゃんのオムレツを口に運ぶと、フランちゃんとスターサファイアちゃんの両者へと視線を送る。

「勝負の成り立ちからして仕方がありませんが、スターサファイアの料理にやる気はありません」

「まー極端な話、スターサファイアちゃんはこの場を凌げれば何でも良いんだろうしね」

「ちょっと、言われてるわよスター!?」

「いや、実際その通りだし……」

「心の状態は料理にも影響を与えます。間違いなく、貴女の精神は料理の完成度を下げる一因となっている事でしょう」

 まさかの指摘に、浮かれていた三妖精達がみるみる落ち込んでいく。
 本当にこの辛口審査員さんは容赦しないなぁ。言っている事に間違い無いのが尚更に厄介だ。
 そして映姫様は改めてフランちゃんへと向き直ると、戸惑う彼女に非常に珍しい満面の笑みを向けた。

「残念ながら、貴女が想いを向けている主な相手は私では無いようですがね」

「す、すいません……」

「構いませんよ。貴女の料理の腕前で、即興で私向けの味付けにする事は出来ないでしょうし――貴女のその想いは実に尊い物です」

「……え、閻魔様」

 映姫様に褒められ、感極まった様子のフランちゃん。
 まさしく落として上げるの典型例だ。お説教のプロって話術も得意なんですね――あ、すいませんゴメンなさい。
 嫌味では無いんです、単純に上手いなぁって感心しただけなんで一瞥するのは止めてください。
 両腕を組み平然とした態度を維持しながらも、心の中で必死に謝罪する僕。これで伝わるってありがたいなぁ。
 一方で三妖精ちゃん達は、思わぬ高評価に戦々恐々していた。
 よもや負けるのか? そんな表情で映姫様を見つめている。……気持ち分かるけど、多分――

「よくわかんないけど、ふらんのかちってことでいいのね!!」

「いえ、勝者はスターサファイアです」

「えっ!?」

 ――うん、知ってた。
 親分の色々ぶった切った問いかけを、映姫様はにべもなく否定する。
 その答えに驚いたのは、僕らではなく三妖精ちゃん達の方だった。

「えっ、でもあっちの料理には心遣いがあるって」

「ありましたが、それで?」

「……だからあっちの方が美味しい、とか」

「思いやりがあるだけで、料理はすべて美味しくなる。等という与太話を貴女は信じているのですか?」

「いや、まぁ、そこまでは思っていないですけど……」

 そりゃーそーだよねー。接戦の勝負でなら判断材料になるかもしれないけど、ここまで差が付いてたらねぇ。
 フランちゃんが褒められたのは、言わば頑張った事に対する賞賛だ。
 言葉は悪いが、普段赤点ギリギリだった不良がテストで学年百位に入ったみたいなモノだろう。
 もちろんそれは褒められるべき事だけど、最初から努力して学年十位代をキープしている人間を越えられるワケではない。
 たとえフランちゃんの側にどんな事情があろうとも、結果は結果なのだ。
 彼女の生い立ちが不幸だから点数追加! なんてやってたら最終的にどんな勝負も不幸自慢大会になってしまう。
 と言うか、その手の人情話が通用しない事を数分前に映姫様自身が公言しているし。
 褒めるべき所のある「平均点以下」が、多少苦言を呈する所のある「ほぼ満点」に勝てる道理は無いのである。

「まけならしかたないわね! ふらん、よくがんばったわ!!」

「あ、うん。あ、ありがとう……」

 まだ若干腑に落ちない顔をしている三妖精ちゃん達と違い、親分は速やかに自分達の敗北を認めた。
 ……潔いのか、単に分かっていないだけなのか判断に困るのが親分だよなぁ。
 反論をしないのも、映姫様を認めているのかフランちゃんの態度で敗北を悟ったのか。
 分からん。親分は本気で分かんない。

「えっと、まぁ…………勝ちは勝ちよ! でかしたスター!!」

「なんだろう。無事ならどうでも良いと思ってたけど、この勝ち方は凄く納得出来ない気がする……」

「勝てば官軍って言うし」

「そうなんだけど……」

「気になるようでしたら、もっと詳細にお二人の料理の品評を致しますが」

「あ、今ので良いです。勝ってちょーうれしー!」

 絶対ソレ、褒め言葉よりお説教の方が長い。
 妖精の本能で悟ったスターサファイアちゃんが、無理矢理な笑顔で勝利を受け入れた。
 うん、僕もそうなると思う。これでも映姫様、お遊びって事で色々と自重してくれてるんだよなぁ。多分。
 
「ではこの勝負は、三妖精の勝利と言う事で。――次の勝負を始めましょうか」

「えっ? ……ひょっとして映姫様、次の審判もやるつもりですか?」

「乗りかかった船ですから。決着がつくまでお付き合いしますよ」

 ……いや、うん、その心遣いは素直にありがたいです。
 誰もが認める公平な第三者ってのは、勝負するに当たって喉から手が出るほど欲しい人材だしね。
 映姫様は現在休暇中だから、最後まで面倒見る事に何の問題も無いのだろうし。
 だから言わないよ? 暇なんですか、とか絶対に言わないよ?

「あんたひまなの?」

「親分ーっ!?」

 言ったー!? 何の躊躇いもなく、本人に対して疑問をぶつけおったー!?
 さすがだ、さすが過ぎるぜ親分……三妖精ちゃん達なんか親分の台詞を聞いただけで顔真っ青にしているのに。

「ええ、今日は久しぶりの暇ですね」

 しかし映姫様も伊達に閻魔をやっているワケでは無い。
 毅然とした態度で親分の疑問に返事をすると、まだまだ余裕だと言わんばかりに小さく微笑んだ。
 なお、今の反応が閻魔として正しいものなのかは知りません。
 自分の微妙に歪んだ閻魔観だと、こんな小さな事でもお説教モードに入る印象があるんだけど。
 ――あ、さすがに穿って見過ぎでしたかスイマセン。
 気に触ったのなら謝るんで、僕にだけ伝わる様に睨むの止めてください。そのネタはアリスさんだけでお腹いっぱいです。

「そうなの! それなら、あたいたちといっしょにあそびましょう!! まぜてあげるわ!」

「親分、審判がいなくなったらマズいって」

「それもそうね! ならあそぶのはあとよっ!!」

「……はぁ」

 おお、映姫様が頭抱えている。
 親分の脊椎反射過ぎる言葉の連続が、ついに彼女の許容量を越えてしまったようだ。
 閻魔様の許せる範囲を越えるって相当だよね。もちろん悪い意味で。

「――ともかく、話を次の勝負へ戻そうと思うのですが」

「あ、はい。じゃあ頼んだわよ、ルナ」

「……はぁい」

 映姫様に促され、しぶしぶ出てくるルナチャイルドちゃん。
 凄まじいまでのテンションの低さの理由は――まぁ、あえて語る必要はあるまい。語ると僕のテンションが下がるし。
 相手がこちらへと向ける視線の意図に気付かないようにしながら、僕もルナチャイルドちゃんと同様前へ出る。
 対峙する僕とルナチャイルドちゃん。あ、目を逸らされた。泣きそう。

「しっかりルナチャイルド! 大丈夫よ、スターが勝ったからアンタは負けても問題なし!!」

「……むしろ負けて欲しいとか思ってない?」

「…………ちょっと思ってる」

「降参して良い?」

「それは僕が寂しいので勘弁して下さい」

 せめて少しは勝負の真似事をしておかないと、今日何のためにここに来たのか本気で分からなくなる。
 この際、内容が睨めっこだろうがジャンケンだろうが文句は言いません。とにかく決着だけでもつけておこう? ね?

「とーぜんよ! て……て…………」

「敵前逃亡?」

「それよ! てきぜんとーぼーはゆるさないわ!!」

「こっちだって逃げるつもりは無いわよ! さぁルナ、勝負内容を決めちゃいなさい!!」

「なんか、勝手に戦う事が決められてるんだけど……」

「まぁ、幻想郷なら良くある事だよねー」

「……それが良くあるのは、お兄ちゃんだけじゃないかな」

 なんか今、フランちゃんにサックリ容赦無く刺された気がするんだけど気のせいだよね?
 僕が思わぬ方面からのツッコミに唖然としている間に、どうやらルナチャイルドちゃんは勝負内容を決めたらしい。
 目線は合わせないまま、それでも辛うじて視線だけはこちらへと向けてくるルナチャイルドちゃん。
 もうなんか声をかけるだけでいっぱいいっぱいといった具合だ。
 ……なんで、フランちゃんより僕に対する警戒の方が強いんだろう。僕そろそろ本気で泣くよ?
 はぁ、もう何でもいいから勝負始まらないかなぁ。

「それじゃあ勝負方法は――私の得意なかくれんぼで」

 ――あ、やっぱ今のナシ。何でもいいはナシで。
 出来ればもっと、相手の心を折らなくて済みそうな勝負方法になりませんかね? ……無理?




[27853] 異聞の章・伍拾壱「妖集悲惨/ルナチャイルド探して三千里」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/12/02 01:20


「えっと、どうしてもかくれんぼじゃなくちゃダメですかね」

「……ダメ」

「じゃ、じゃあ……鬼決め! 鬼を決めるジャンケンをしよう!!」

「鬼は貴方。隠れるのは私、だよ」

「…………決定っすか」

「決定」

「ルナってば、私達がもっとも得意とするかくれんぼを選ぶなんて……本気なのね」

「……ここでルナが勝てば、サニーの出番は無いしね」

「えっ?」

「頑張る。ここで、終わらせる」

「いやいや、そこまで頑張らなくても良いよ? 決着はほら、私とチルノでつけるワケだし」

「絶対に、終わらせる」

「ちょ、ルナぁ!?」

「……あの、映姫様。審判として不当な勝負内容の変更を申し出たりとかしないんですかね?」

「内容を決める段階から『勝負』なのでしょう? ならば、私が言う事は何もありません」

「左様ですか……」

「――あ、そういえばお兄ちゃんって」

「言わんといて。お願い、それを言っちゃうと本気でどうしようも無くなるから」

「が、頑張って!」

「うん、頑張る」

「よくわかんないけどがんばよ! あきらがいつもどおりにやれば、きっといつもどおりのけっかになるわ!!」

「……親分、ワザと言ってる?」

「そうよ!!」

「――うん、なんだろう。戦う前から泣けてきた」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾壱「妖集悲惨/ルナチャイルド探して三千里」





「九十……九十一……九十二……」

 どうも、結局かくれんぼで勝負する事になりました。久遠晶です。
 制限時間は三十分、範囲は幻想郷全域。条件的には鬼側がやたら不利になっている……のだけど。
 ぶっちゃけそれすらもハンデにならない能力を持っている身としては、もうちょっと厳しくしても良くない? と思う次第で。
 ……いやだって、丸見えなんだもん。
 木に寄り添って顔を隠してはみたけれど、それで空気を読んでくれるサードアイさんじゃ無い。
 地上デジタル放送並の鮮明さで、今もサードアイはルナチャイルドちゃんの動きを逐次教えてくれています。
 どうやら灯台下暗し的な狙いで身近に隠れる事を選んだみたいだね。……せめて遠くに隠れてくれれば、まだ探す余地があったのになぁ。

「九十五……九十六……九十七……九十八……」

 とりあえず、僕のやるべき事を再確認しておこう。
 まずは勝つ事、これはまぁ絶対だ。
 向こうはここで終わらせる気満々みたいだけど、そうなるとサニーミルクちゃんが不完全燃焼で終わってしまう。
 それはマズい。下手に決着をつけず話を長引かせてしまったら、更に関係性が拗れてしまう事になりかねない。
 そうすると、また今回みたいな不毛な勝負をしなければ行けないワケで。
 ……こんな茶番を何度も繰り返してたら、数回しない内に僕の胃袋はズッタボロですよ。
 故に今回でカタをつけるのは決定――なのだけど、それでやり過ぎて相手にトラウマを与えてしまっては意味が無いと思う。
 だから勝つにしても、あんまり圧倒的な勝ち方ではダメだ。
 出来るだけ接戦だった様に演出して、こう、お互い頑張ったねと言い合える感じが理想というか。

〈……三人の中で一番警戒されてるのが、そんなショックだったのか〉

 狡知の道化師呼ばわりはもう気にしないけど、ちびっ子に問答無用でビビられるのはやっぱ凹むんだよ!
 この上で大暴れしたら言い訳不可能だから、僕は全力で手を抜くよ! やるからね!!

〈無理だと思うけど頑張れ。応援はしてる〉

 見てろよこのアマ……。

「………ひゃーく」

 百まで数え終えた僕は、ゆっくりと後ろに振り返る。
 まぁ、サードアイで見えていたから真新しい所は何も無いんだけどね。
 ……うーん、やっぱりルナチャイルドちゃんは動いてないか。
 いや、今更動かれても意味は無いんだけどね? 気付かない真似なんてできっこないし。
 とりあえずまだ気付いていない‘てい’で動いているので、視線を右へ左へと動かしルナチャイルドちゃんを探すフリをする。
 視界に入ってくる見学者達は皆不安そうにしているけど、きっとフランちゃんと三妖精ちゃん達じゃ不安の種類が違うんだろうなぁ。
 大丈夫だよフランちゃん、下手な事はしないから。多分しないから。しないと良いなぁ。
 
「さて、とりあえず上から確認するかなっと」

 僕は氷翼を展開し、ゆっくりと空へ昇っていく。
 何にも気付いていなかったら、多分上空から彼女の姿を探っていただろうからね。
 それにひょっとしたら、ルナチャイルドちゃんの姿が目視で発見出来るかも――無理か。
 さすが、得意分野と言うだけあって完璧な隠れ方だ。空を飛んだだけで見つかるような安易な隠れ方はしないって事ですか。
 ――まぁ、サードアイ的にはバレバレなんですけどね!
 うーむ、参った。せめて少しくらい切っ掛けがあればソレを取っ掛かりに出来るんだけど。
 こうなると、飛んでたら偶然見つけましたーって言う理由は通じないなぁ。
 さてどうしようか。……とりあえず、ルナチャイルドちゃんの目論見に乗っかる形で遠くを探しに行くのがベストかな。
 ヘトヘトになるくらい飛び回れば、見つけた時の苦戦感も出るだろうしねー。
 問題は、どれくらい飛べば疲れるかと言う事だけど……全力で飛べば行ける行ける!! 三十分で疲れられるって!

〈重石背負いながら半日走り続けてなお元気って記憶が、少年の頭の中にあったんだけど?〉
 
 ほ、本気を出せば大丈夫!! それに氷翼は、何気に走るより色々力使うから!

〈少年は素直に見つけて圧勝するべきだと思うぞ〉

 まだ諦めないよ! 僕の全力を用いて、三十分ギリギリ使い幻想郷をウロツキまくりますから!!

「と言うワケで鎧展開! そんでもって、フルブーストだぁ!!」

 脚部の気を最大限まで増幅した僕は風をいつもより多く集め、身体の方も出来る限り強化する。
 ぶっちゃけ、単に移動するだけならここまでする必要は無いんだけどね?
 そうすると魅魔様の予測通りになっちゃうから、あえて全力を出してみました!!
 ……なんかアレだね。後先考えない全力全開って、意外とテンション上がるよね。

〈落ち着け少年。少年の場合、後先考えないとマジで途中でぶっ倒れるぞ〉

 望む所さ!

〈望むなよ!〉

 よっし、この上がったテンションに従って行ける所まで行くぞ! 目指すは幻想郷一周だ!!

〈だから待てって少年! そもそも少年が全力飛行なんてしたら――あ、コラだから待てっての!〉





「暇だねー」

「暇だなー」

「神奈子様も諏訪子様も、退屈ならお掃除を手伝ってくださいよ」

「んー、そういう暇じゃないんだよ。もっとマクロな視点での話と言うか……」

「諏訪子様、神様なんですからマクロとか俗っぽい事言わないでくださいよ」

「早苗は細かいなぁ。まぁともかく、大局的な観点からすると最近の私らは何もしてないじゃん?」

「ちょっと前がやり過ぎだったんですよ……」

「しかし、何もしないと言うのもそれはそれで問題だと思――ん?」

「イヤッフゥゥゥゥウウウウウウウ!!」

「な、なんだ!?」

「おやまぁ、晶が凄い勢いで突っ込んできたよ」

「痛い!」

「そりゃ、あの勢いで地面に突っ込みゃ痛いだろうさ。どうしたの?」

「――早苗ちゃん!」

「――晶君!」

「「イェーイ!!」」

「おい、何でいきなりハイタッチしてるんだ。質問に答えろ」

「それじゃ、僕はコレで!」

「はい、お疲れ様でした!!」

「いや待て。本当に何しに来たんだオマ――」

「行っちゃったねぇ……」

「ほんと、何だったんでしょう?」

「分からないのにハイタッチしたのか早苗!?」


 


「ご、ごふぅ……辛く厳しい行脚だったぜ…………」

〈少年が自分からハードルガン上げしてたけどな。何だあの辻斬りみたいな挨拶回り〉

「いや、なんかテンション上がっちゃって」

 元々一箇所に留まれる時間は少なかったから、そもそも悠長に話す事は出来なかったんだけどね。
 一瞬のやりとりで、如何にインパクトのある会話をするかと考えたら――あんな事になっちゃいました。てへっ☆

〈しかし少年、後先考えず本気出すと面変化無しでも結構早いんだな〉

 ですね、僕もちょっと驚いてます。
 行けたのは守矢神社に紅魔館、アリスの家に太陽の畑に永遠亭。……本当に、幻想郷ほぼ一周しちゃったんだよなぁ。
 まぁ、そもそも幻想郷ってそんな広くないし。一箇所に留まる事もしなかったから、意外と一周は難しく無かったけどね。
 ちなみに、守矢神社では早苗ちゃん。紅魔館では美鈴、アリスの家ではアリス、太陽の畑では幽香さん。永遠亭では姉弟子。
 ぶっちゃけ飛行中、たまたま最初に見かけた彼女等に何の説明もせずハイタッチを試みました。
 結果、ノリノリでハイタッチしてくれたのが早苗ちゃん。訝しげにしながらもとりあえずハイタッチしてくれたのが幽香さんと美鈴。
 物凄く警戒して結局ハイタッチしてくれなかったのが姉弟子と、其々実にらしい反応を返してくれました。
 ……アリス? 何故か待ち構えてて、復活していたゴリアテちゃんを使って着地前の僕を見事にホームランしてくれましたが?
 多分三十分以内に戻ってこれた一番の要因はアレだね。あんな綺麗にふっ飛ばしてくれるたぁ思いませんでしたよ。

〈吹っ飛ばす際の台詞が「下らない遊びに巻き込むな」だからな。アリスのヤツ、少年限定で予知能力まで身につけてないか?〉

 アリっさんは賢い人なんですよ。……それだけだと思いたいです。

〈で、戻ってきたけどどうすんだ少年? このまま戻ってきて即見つけても不自然じゃね?〉

 ふっふっふ。その事だけど、幻想郷一周しているウチにいい考えが浮かびましたよ。
 この形でなら、極々自然に彼女を見つける事が出来ると思う。
 
〈へー。……なんだろう、魅魔様超イヤな予感がするよ〉

 それじゃ、行っきますよーっ!

〈おい待て少年、何で加速するんだ。それじゃ地面にぶつか――あーっ!?〉

 更に加速した僕は、隠れているルナチャイルドちゃんの位置を暴く形で地面に対して激突した。
 うん、全力で飛んだから身体を強化してても結構痛い。
 大気圏を突破した隕石みたいに地面を擦った僕は、ゆっくりと立ち上がって背後へ振り返る。
 そこには、隠れていた茂みを衝撃波で吹き飛ばされ呆然としているルナチャイルドちゃんの姿が。
 ふふふ……完璧だ。これなら着地にミスった結果、偶然ルナチャイルドちゃんを見つけた様にしか見えまい!!

〈少年の場合、本当にコレが自然で穏当な手段に含まれるから困るよ。もっと自分に疑問を抱け〉

 あーあー、きこえなーい。

「ぐふっ。――ル、ルナチャイルドちゃん見ーつけた!」

「……えと、あの…………はい」

〈見ろ、あの妖精も普通に引いているじゃないか〉
 
 唖然としているだけで怯えているワケでは無いので、僕の中ではギリギリセーフです。
 彼女に指を突きつけ高らかに発見した事を宣言した僕は、胸を張った姿勢でスタート地点に歩いて戻った。
 全員の視線がこちらに集まった所で、ぐっと親指を立ててサムズアップのポーズをとる。

「ふっ……勝ったぜ皆!」

「そうですね、貴方の勝ちです。――正座」

「うぃっす」

 勝利の宣言と共に、スムーズに説教へと移行する映姫様。
 うん、分かってたよ。そうなる気はしてた。映姫様なら色んな意味で遊びまくっていた僕に絶対ツッコミを入れると思ってましたとも。
 同じく流れるような動きで正座した僕は、構わず話を進めるようフランちゃん達へと視線を送る。
 ――あ、フランちゃんがこっちに向けて敬礼した。どこで覚えたんだそんな仕草。
 まぁ、大まかにだけど意図が通じたようなので良しとしよう。

「余所見をしない!」

「はいっ!!」

 僕はここまでだ……頑張れ皆!

〈格好いいとか悪いとか以前に意味が分からん。そもそも自業自得だし〉

 僕もそう思います。

「とりあえず、これで一対一ね。いい感じだわ!」

「……負けた事を喜ぶってどうかと思うわよ、サニー」

「……酷い」

「ざ、残念だとも思ってるわよ? ほんとよ? ドンマイ、ルナ!」

「うわ、白々しい……」

「今からでも、チルノ団の方に移っちゃおうか?」

「いいわよ! あたいだんは、いつでもだれでもさんかだいかんげーだわ!!」

「こ、コラァ! 勝手に二人を引き抜くな!!」

 ……で、三妖精ちゃん達は終わって早々何でいきなり仲間割れしてるんですかね?
 いや、ばっちりと見てたけど。サニーミルクちゃんはもうちょっと発言に気をつけた方が良いと思いますよ?
 まぁ本当に愛想が尽きたと言うよりは、調子に乗っているサニーミルクちゃんに釘を刺す為の発言みたいだけど。……だよね?
 
「おほん! ともかく次で決着をつけるわよ、チルノ!!」

「かかってきなさい!」

「勝負内容は、クイズ対決よ!!」

 うん、それは確実に彼女が勝てる勝負だね。
 むしろ清々しいくらいに一方的な勝負を仕掛けてきたサニーミルクちゃん。その言葉に難色を示したのは――何故か彼女の身内達だった。

「……それは無いね」

「うん、無い」

「えっ!? ちょ、何で貴女達が文句を言うの!?」

「私達が頑張って最終戦まで繋げたっていうのに、最後がクイズ勝負って……」

「盛り上がらないし、勝っても嬉しくない」

「いや、二人だって似たような勝負をしてたじゃないの」

「私達はおまけで、サニーが本命なんでしょう? 本命が手を抜いてどうするのよ」

「どっちにも勝ち目がある勝負にするべき」

「いや、だから、その……」

 わぁー、追い詰められている追い詰められている。
 ここぞとばかりにケチをつけられ、右往左往しているサニーミルクちゃん。
 確かに一方的な勝負じゃつまらないし、出来るだけ互角な勝負をしてもらった方がこちらにとってもありがたいけど。





 ――なんで身内同士で足の引っ張り合いをしてるんだろうか、この子らは。




[27853] 異聞の章・伍拾弐「妖集悲惨/予想外のハンディキャップ・マッチ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/12/09 02:24


「てゐのヤツ、また掃除をサボって……今度こそお師匠様に叱ってもらわないと」

「ああ、そのゴミはこっちに運んで。それは――あっちね。重たいから気をつけなさい」

「……あの子の部下はこんなにも有能なのにね。まぁ、ちょっと要領が悪い所もあるけど」

「ォォォォォ」

「……ん?」

「ヤッホォォォォォォオォオォオオオオオオ!!」

「――っ!?!?」

「ぐっはぁ!?」

「い、隕石!? じゃない、晶!? 何してるのよ!?」

「……姉弟子」

「な、何よ」

「イェーイ!!」

「はぁ!?」

「イェーイ!!!!」

「な、何よ? 何で両手を上げてるのよ?」

「イェーイ!!!!!!」

「ちっ、近づいてこないでよ!?」

「…………じゃ、僕はコレで」

「えっ」

「イヤッホォォォォォォオオオオオオオオ!!」

「――――何なのよ、今の」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾弐「妖集悲惨/予想外のハンディキャップ・マッチ」





「や、やっと解放された……」

「自業自得です。コレに懲りたら、少しは自制を覚えて大人しくする事です」

「頑張ります……」

 自身で予想していた通りにお説教された僕は、四つん這いの姿勢で這いずるようにその場から離脱した。
 やっぱり映姫様の説教は効くなぁ。最初は皆の様子を窺う余裕があったけど、最後の方はもう耐えるだけでイッパイイッパイでしたよ。
 さてはて、どういう状況になっているのかなーっと。

「あ、お帰りお兄ちゃん」

「おそいわよ、あきら!!」

「ゴメンゴメン。で、勝負内容は決まったの?」

「決まったよ。二対二で弾幕ごっこだって」

「……二対二?」

 何それ。三妖精ちゃん達って、実は自殺願望でもあったの?
 そりゃまぁ、親分とサニーミルクちゃんのタイマンでサニーミルクちゃんの方に勝ち目があるとは思えないけど。
 だからって数を増やしてもなぁ。相方がどちらになるにせよ、単に差が広がるだけのような気が。
 三妖精ちゃん達主導で話を進めていたはずなのに、何でこっちがこんなに有利な事に?

「そうよ! あたいとふらん、さにーとあきらでたたかうの!!」

「へー、親分とフランちゃんが――んんっ?」

 え、ちょっと待ってちょっと待って。
 なんか今、さらっと有り得ない事を言われた気がするんだけど。げ、幻聴?

「……耳がおかしくなったかな。サニーミルクちゃんと僕が、一緒になってフランちゃんや親分と戦うなんて戯言が聞こえた様な」

「大丈夫、間違ってないよ」

「え、なんで? 僕、チルノ団だよね?」

「こーへーなたたかいのためよ!」

「……ゴメン、誰か解説お願い」

「あ、じゃあ私が説明します」

 突然過ぎる展開に混乱していると、ルナチャイルドちゃんが助け舟を出してくれた。
 三妖精ちゃん達による話し合いと言う名のハードル上げで、結局サニーミルクちゃんは親分と弾幕ごっこする事を選んだらしい。
 が、さすがにそこでタイマンを選ぶほどサニーミルクちゃんも無謀と言うワケでも無く。
 互角に戦う為の条件を色々求めた結果――何故か、僕がハンデとして相手側に提供される事となったワケです。
 ……なんでやねん。

「だってウチで一番強いの、お兄ちゃんだもん!」

「あたい、よわいものいじめはしないのよ! だからにばんめにつよいあきらをかしてあげるの!!」

「……いや待って。なんか今、すっごい有り得ない評価を聞いた気がする。何か僕がチルノ団最強だとか二番手だとか何とか」

 いや、それは無いって。絶対無いって。
 チルノ団にはお空ちゃんやフランちゃんが居るじゃん。僕よりずっと強いよ!?

〈でも少年、どっちにも勝ってるよな〉

 あんなトンチみたいな勝ち方を、本当の実力と思われても困るから!!
 ……と言うか、その理屈で言うなら僕に勝った親分が最強って事になるんじゃ。
 ああ、じゃあ親分の表現が正しいって事になるのか。

「あはは、その、お怒りの気持ちは大変良く分かりますが、その、決まった事なんで……」

「あー、うん。別に怒ってはいないから安心して。戸惑っているだけだから」

 だから典型的な小悪党みたく、ゴキゲンを窺うために揉み手しないでサニーミルクちゃん。泣けるから。
 しかしまぁ、確かにアイディアだけで考えれば悪くない案だ。
 少なくともコレで、戦う前から無理ゲーだった現状は改善されたと言えるだろう。
 ……問題は、バランスの取り方が明らかにオカシイ点だけどね。
 そりゃ敵意なんて欠片も無いけど、だからって絶賛敵対中の相手に助っ人は出来ないよ。
 と言うか、三妖精ちゃん達はそれで良いの? これから戦う相手に戦力借りるとか、こう、プライド的に。

「そ、そうですか! それじゃ、チルノに勝つため協力お願いしますね!!」

 全然平気そうだった。どころか普通に大歓迎だった。なんでや。
 ひょっとして僕が気にし過ぎなのだろうか? 確かに、敵に回るって言っても一時的なモノだし、本気で裏切るワケでも無いからなぁ。
 ……いやでも、全力で戦ったらタダじゃ済まないよね普通。それでも問題無いのだろうか。

「親分、本当に良いの?」

「いいわよ! ぜんりょくできなさい!!」

「……分かった。そういう事なら――作戦タイムを希望します!」

「きょかするわ!」

「お兄ちゃんが本気だ……」

 ここで手を抜いたら、今までのやり取りが全部無駄になるからね。そりゃ本気も出すよ。
 何より相手が、手加減を知らない親分と手加減どころか正気すら忘れる可能性のあるフランちゃんだからなぁ。
 軽い気持ちで挑もうものなら、どんな酷い目に遭わせられるか。――最悪死ぬかもね。
 別に親分達が負けた所で痛くも痒くも無いのだから、ここはまぁ勝つ気でやらせて貰おうじゃないか。

〈勝手に敵側に組み込まれて、若干拗ねてるだろ少年〉

 それもあります。

「じゃ、三妖精ちゃん達集合! 作戦会議しまーす」

「は、はーい」

 教育番組のように手招きすると、若干怯えた様子の三妖精ちゃん達が集まってくる。
 うん、すでに心が折れそうだけど頑張る。サニーミルクちゃんと連携しない事にはあの二人には勝てないし。

「とりあえず、戦う前に確認しておきたい事が何点かあるんだけど。構わないかな、サニーミルクちゃん」

「え、ええ。大丈夫ですよ。な、何でも聞いてください」

「……その前にだけど、その畏まった態度はどうにかならないかな? これから一緒に戦うワケだし」

「でもあの……生意気な口をきいたら、酷い目に遭わせたりしないですか?」

「しません」

 ……何だかちょっと懐かしい。そういえば昔の僕も、こんな風に強者のご機嫌を窺っていたっけ。
 今では僕が窺われる側なのだなぁと少し複雑な気分になりつつ、僕は出来る限りの優しさを笑顔に変えてサニーミルクちゃんの頭を撫でた。
 サニーミルクちゃんは、そんな僕の姿を不思議そうに眺めている。
 ――しまった、馴れ馴れしく接しすぎた。
 昔の自分を思い出したせいで、ついうっかり過度なスキンシップを。
 アウトかな? 疚しい気持ちは一切無いけど、これアウトかな?

「いや、あのね。これに深い他意は無くてね?」

「……つまり、何を言っても平気なの?」

「え?」

「何を言っても怒らない?」

「あんま極端だと、まぁ、苦言は呈するかもしれないけど。怒りはしないよ?」

「――へぇ」

「――怒らないんだ」

「――そうなんだ」

「……あれ?」

 それまで警戒心全開でこちらを見つめていた三人の様子が変わり、何故かニヤニヤとした意地の悪い笑顔を浮かべる。
 嫌な予感がして一歩後ずさる僕。しかし彼女等は、そんな僕の態度に構わず揃って飛びかかってきた。
 身体の各所に抱きついてくる三妖精ちゃん達。ええっ!? な、何事!?

「もー、そういう事なら早く言ってよ! 怯えて損したじゃない!!」

「ほんとほんと、怖い人かと思って心配してたんだから」

「驚かせないでよ、もう」

 わー、なんか一気に友好的になったー!?
 僕を登り棒に見立てた三妖精ちゃん達は、これまでの鬱憤を晴らすかのように纏わりついて身体の各所を叩いてきた。
 痛くは無いけど鬱陶しい。と言うか、君ら急にこっちに馴染み過ぎでしょう。
 幾ら何でも信用するの早すぎじゃない? 何なの? 妖精って皆何だかんだで素直な良い子なの?
 いや、良いけどね? 嫌われるよりずっとマシだけどね? ここまで扱いが極端に変わるとそれはそれでリアクションに困ると言うか。

「それで晶、作戦タイムって何をするのよ」

 いきなり呼び捨て――と思ったけど、そういえば親分もそうだった。
 案外、親分のリアクションは妖精のデフォルトと考えて良いのかもしれない。
 ……あそこまで度胸のある子は早々居ないだろうけど。

「そうだね。とりあえずサニーミルクちゃんの……」

「サニーで良いわよ」

「私も、スターで良いわ」

「ルナで」

「あーうん、それじゃあ改めてサニー。弾幕ごっこで何が出来る?」

 とりあえず、いきなりフレンドリーになったサニー……ちゃんの戦闘能力を確認する。
 妖精だから戦力としては期待は出来ないけれど、完全な足手まといと未熟な相棒ではこちらの戦術も変わってくるからね。
 ちょっとくらいは戦えた方が、こっちとしてはありがたいけど。
 大ちゃんとかは、スペルカードも持ってないんだよなー。やっぱりアレくらいが妖精の平均値なのだろうか。

「私は、自分の「光を屈折させる程度の能力」を使って戦うわ! これでも結構強いのよ」

「「光を屈折させる程度の能力」? へー、それは面白い能力だね!」

「へへーん。そうでしょ? 透明になったり、相手の光線を曲げたり、結構色々な事が出来るのよ!」

「で、実力の方は具体的にどれくらいのモノで?」

「……そ、そうね。妖精の中ではまぁ、強い方に含まれるんじゃないかしら」

「ああ言ってるけど、実際は?」

「三人揃ってチルノとギリギリ五分って所ね」

「あぐっ」

 まぁ、そんな所だろうとは思った。
 そもそも、タイマンで負ける事が確定しているから二対二になったワケだしね。
 ……ところで、それは一人一人の実力が親分の三分の一しかないって事で良いのでしょうか?
 三人揃うとコンビネーションで更に強いって意味だと、実力差がわりと洒落にならないレベルになるのですが。

「ま、まぁ、それでもチルノとの戦いなら足手まといにはならないわよ」

「……ほんと? 足止めとか一人でも大丈夫?」

 素直に信じてあげたい気持ちもあるけど、今回は相手が相手だ。
 僕がフランちゃんの相手で手一杯になる事を考えると、気軽に信じたとは言い難いモノがある。
 それで一番困るのがサニーちゃんなワケだし。

「……えっと、その…………一人だとちょっと辛いモノがあるかなーって」

「うん、だよねー」

「か、完敗ってワケじゃないのよ? ギリギリ、本当にギリギリ届かないと言うか……能力の相性が悪いと言うか…………」

「能力の相性がどうこうって問題じゃないと思うけど?」

「サニーみっともない」

「うるさい!」

 まぁ、応用性はあるけど戦闘向きな力じゃないしね。
 透明化を駆使すれば足止めも可能かもしれないけど……いや、やっぱり厳しいか。

「んー。そうなるとやっぱり、タイマンじゃなくて二対一に持ち込む必要があるなぁ」

「二対一って……それじゃ、あっちの悪魔の妹はどうするの?」

「そっちも僕が相手をするよ」

「……それ、大丈夫なの?」

「まぁ、倒す事が目的でないなら多分なんとか」

 いつもと違ってスペカ枚数に制限があるから、延々チャンバラごっこをする心配は無い。
 と言うか下手すると、彼女に構う必要すら無いかもしれないね。
 結局の所、僕もフランちゃんも公平に戦う為の助っ人要員に過ぎないのだ。
 故にリーダーが早々と倒された後、残った助っ人がそれでも諦めず戦い続ける意味はほぼ無いワケで。
 ……まぁ念の為、ルールに「リーダーが倒されたら終了」を入れておく必要はあるだろうけど。
 事前の下準備と仕込みさえあれば、フランちゃんを翻弄する事は可能! かもね!!

〈少年、身内相手でもエグいなぁ〉

 いやいや、フランちゃんがそれだけ警戒に値する相手だと言う事ですよ。
 ……実際問題、平常時のフランちゃんはかなり賢い子だからね。
 こっちの狙いを把握して動く可能性が非常に高い以上、本気でやっても翻弄できるかどうか……。

〈でも、作戦はあるんだろう?〉

 そりゃまぁ、無策で突撃するほど無謀ではありませんよ。

「さっすが狡知の道化師! これならきっと、楽勝でチルノ達を倒せるわね」

「楽勝とまでは行かないかなぁ。……正直、総合力では僕ら個々でも合わせてでも負けてるワケだし」

「……負けてる?」

「負けてる。洒落にならないレベルで負けてる」

「……か、勝てない?」

「や、そこまでは言ってない。と言うかまぁ、勝つ事は出来るよ」

「――へ?」

「二人の事は良く知ってるからね。……二人も僕の事を知ってるって事になるし、親分はちょっと読めない所があるけど」

 それでもまぁ、絶対に勝てないって程じゃない。
 そして少しでも勝ち目があるなら、そこに全力で賭けるのが僕のやり方だ。

「とにかく最善は尽くすよ。サニーちゃんには、思う存分満足してもらわないと困るからね」

 そう言って僕がニヤリと笑いかけると、同様に笑ったサニーちゃんが僕の肩から飛び降りた。
 横に並んで胸を張ると、任せたと言わんばかりに僕の腰を突く。
 ……良かった。これだけ信頼してもらえたのなら、まぁ何とかなるかな?
 僅かな希望を抱いた僕は、その後他の二人が身体から離れたのを確認して振り返り――そこに修羅を見た。

「――ふ、ふふふ、ふふふふふ。タノシソウダネ、オニイチャン」

 何故か狂気モード一歩手前の笑顔でこちらを睨んでくるフランちゃん。超怖い。
 その圧倒的な迫力に、危機感知センサーが久しぶりの警鐘を鳴らすのだった。





 ――ちなみに、親分はその横で平然と腕を組んでいましたとさ。……流石過ぎる。




[27853] 異聞の章・伍拾参「妖集悲惨/追う風、向かう風」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/12/23 01:51


「お兄ちゃん達、色々とお話ししてるみたいだね。私達はどうしようか」

「とーぜん、あたいたちもさくせんかいぎよ! あきらたちをボッコボコにしてやるわ!!」

「おーっ」

「で、どうしようかしら」

「……えっと、やっぱり問題なのはお兄ちゃんだよね」

「そうね!」

「だからお兄ちゃんが頑張れないよう、集中的にお兄ちゃんを狙うって言うのは――うーん」

「どうしたの?」

「お兄ちゃんの事だから、私達がそう考える事も想定しているのかもしれないと思って。うーん、だとすると……」

「ふらんってば、しんぱいしょーね!」

「でも、お兄ちゃんが……」

「そんなこと考えてもムダよ! あたいたちは、あたいたちらしくたたかえばいいの!!」

「えっと、つまり?」

「わかんない!!」

「…………分かんないんだ」

「いいのよ! なんでもかんでも考えなきゃダメなんて、すごいつかれるじゃない!!」

「そ、そういうものなのかな」

「そういうものよ! それにあっちも、あんまり考えてないみたいよ?」

「えっ、それってどういう――」

「サニーたちとあきら、すっかりなかよしね!」

「……フフフ、ソーミタイダネ」

「ふらんったら、やるきまんまんじゃない! それでこそよ!!」

「フフフフフ……お兄ちゃんってばモー…………ダメなんダカラ……」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾参「妖集悲惨/追う風、向かう風」





 作戦会議を終えたらフランちゃんの殺る気がマックスになってた。なんでや。
 良く分からない、良く分からないけどヤバい。主に僕の命がヤバい。

「あ、あばばばばばば」

 それとサニーちゃんもヤバい。
 超久しぶりに尖ってた頃へと回帰したフランちゃんの迫力に押され、体中から体液という体液を吐き出す一歩手前の状態となっている。
 まぁ、そんなサニーちゃんは完全にアウトオブ眼中されてるワケなのですが。
 とりあえず僕が悪い、と言う裁定なのだろう。弱い者いじめに走らなかった所は評価する。
 いや、僕だってじゅーぶん弱いけどね!?

「サニーちゃん、落ち着いて」

「だ、だだだ、だって、アレ、アレ」

「フランちゃんの狙いは僕だから大丈夫。ある程度距離を取っていれば怖い相手じゃないさ」

 迫力そのものはさっきよりも遥かに増してるフランちゃんだけど、実は敵として考えると脅威度の方はかなり下がっていたりする。
 もちろん、暴走状態で無秩序に暴れ回られるのはとても困るけども。かなり困るけども。
 今回やるのはスペカ無制限の「遊び」じゃなくて、スペカの使用枚数に制限のある「弾幕ごっこ」なんだよなぁ。
 つまり、湯水のようにスペカを使う事は出来ないのだ。
 こっちも条件は同じだけど、僕にとってのスペカ無制限は相手の攻撃を相殺する為のモノだったからね。
 ぶっちゃけ全然困りませんです。むしろ、色々と作戦が練られてありがたいくらいだ。

「とにかく当初の作戦通り、サニーちゃんは親分の相手に専念して。フランちゃんは僕の方でどうにかするから」

「だ、大丈夫なの?」

「へーきへーき。どっちかと言うと問題なのは終わった後かなー……上手く宥められると良いんだけど」

「それなら良いけど……く、くれぐれもお願いね!! 私の命は貴方にかかっているのよ!?」

「妖精って死なないんじゃなかったっけ」

「死ななくても嫌なのよ!」

 ごもっともで。まぁ、言われなくても細心の注意は払いますよ。
 そもそも彼女の安全が敗北条件に組み込まれてるし、そうでなくても完全な二対一になってしまうのはキツいからね。

「その為の対策は考えてるから安心して。――その代わり、サニーちゃんも僕の‘合図’を見逃さないでよ?」

「分かってるけど……正直、あんな事する意味が分からないわ」

「ま、そこらへんはね? 試してみてからのお楽しみと言うか、出来れば使わないのが一番良いと言うか」

「……つまり?」

「まぁ、やってみれば分かるよ」

 ……説明して、変にパニックになられても困るしね。
 あ、いや、別に変な事するワケじゃないよ?
 ただちょっとだけ、彼女がピチュるかもしれないような事をするだけで。
 ――大丈夫! 想定通りに行けばピチュる事は無いから!!
 まぁ、上手く行かなかったら大惨事だけどね。そこはほら、いつもの話じゃん。

〈少年にとってはな。あの妖精にとっては初めての経験だと思うぞ〉

 頑張れ!

〈せめて本人に言ってやれよ!!〉
 
「では、開始前にルールを再確認します」

 こちらの話が途切れるタイミングを見計らっていたのか、映姫様が悔悟棒を構えつつ一歩前に出てきた。
 僕らの視線を遮る形で間に割って入ってきた彼女は、現在の状況をガン無視した冷静さで先程決定したルールの再説明を始める。

「スペルカードは各人五枚まで、味方同士の同時発動も許可します。敗北条件は事前に決めた通りです」

「サニーちゃんか親分がやられるか、スペルカードを全部使い切るかの二つですね」

「はい。貴方、もしくはフランドール・スカーレットが先にスペカを使い切った場合は、やられたのと同じ扱いになります」

「負けにはならないけど、戦線は離脱しろって事ですね。了解です」

「――私としては、今回のルール決定には若干の不満があるのですが」

「いや、今まで通りじゃん。三妖精ちゃん側がルールを決める、何も変わってないですよ? ねぇ」

「……そうですね。実力的に劣勢なのはそちらですし、コレ以上は何も言わないでおきましょう」

 良かった。ここで待ったが入ったら本格的に終わる所だったよ。
 今回の弾幕ごっこのルールでは、相手の物言いが入らなかったため僕の考えていた内容がほぼそのまま通ってしまっている。
 と言うかまぁ、単に暴走したフランちゃんと何も考えてない親分が代案を出せなかっただけの話だけど。
 とにかく、そのおかげで良い具合に勝つ為に必要な条件が設定できたのだ。
 後は全体の流れを良く見ながら、サニーちゃんのフォローをしつつフランちゃんを抑えれば勝てる!
 ……アレ? なんかソレ、未だかつて無いほど高難易度な勝負になってない? どっちにしろ辛さ変わって無くない?

〈ぷぷっ、頑張れ〉

 ――後で絶対泣かす。

「それでは、双方準備はよろしいですね? では――――始め!」

 悔悟棒が振り下ろされると同時に、映姫様が大きく背後へと飛び下がった。
 それを切っ掛けとして、僕らも其々行動を開始する。
 弾幕を用意する親分とフランちゃん、とりあえず距離を取ろうとするサニーちゃん。
 其々の行動を観察しながら、僕は烏を模した氷の面を装着する。

「―――――天狗面『鴉』! そんでもってェー……」

 合わせて、僕はスペルカードを構える。
 今回の勝負に合わせてさっき作ったばかりのスペカなので、残念ながらぶっつけ本番一発勝負の一枚だけど。
 まぁ、多分なんとかなるだろう! 多分ネ!!



 ―――――――順風「旅人泣かせの獣道」



 スペルカードの宣誓と共に、僕は風を巻き起こした。
 それは攻撃能力こそ持たないものの、戦闘領域全体を覆うように吹き荒れる。

「むぐっ、な、なにこれ!?」

「……風による、妨害?」

 身体に纏わりつく風が、自らの動きを制限するモノである事に気付いた二人が顔をしかめる。
 もっともソレには、完全に動きを封じるほどの強い拘束力は無いのだけど。
 それでも彼女達の動きは、目に見えて悪くなっていた。

「お、おぉう!? なっ、なにこれ?」

「落ち着いてくだサイ。ソレはサニーサンをお助けするモノデス」

「た、助け?」

「その風は貴女の動きを補助、強化シます。この状況ナラいつもより速く動けるハズですヨ」

「つまり、パワーアップしたって事!?」

「アー、そこまでは行かないデス。セーゼー絶好調時の動きが出来るってトコロですネ」

 そもそも練習無しで身体強化しても、身体の動きについていけず自爆するのが目に見えている。
 力の消費も激しくなるから、ここらへんが落とし所としては一番良い所だろう。
 何より、このスペルカードの「キモ」はソレでは無いのだ。

「よくわかんないけど、あたいはこのてーどじゃとまらないわよっ!!」

「こっ、のぉぉおおおおお!」

 身体を縛る風にも構わず、親分とフランちゃんが弾幕を放った。
 しかし其々の放った弾幕は、風に押されて本来想定した速度も動きも出来ずに居た。
 もちろん、完全に動きを止める事は出来ないのだけど。
 これだけ遅くなれば、サニーミルクちゃんでも容易に回避する事が可能だろう。
 これならば、即座にやられる事は無い。はずだ。

「どうしたのよチルノ! いつもより弾幕に勢いが無いじゃない!!」

 うん、妨害してるからね。
 こっちの介入に全然気付いていないサニーちゃんが、上機嫌な様子で親分の弾幕を避けつつ反撃を行った。
 彼女の放った光弾は、風の助けを得て一気に加速していく。

「ふふっ、凄いわ! これが絶好調時の私なのね!!」

「イエ。スペルカードで強化したカラ、弾速がいつもより速くなっているダケです」

 こちらに向かってくるフランちゃんの弾幕を回避しつつ、サニーちゃんにツッコミを入れる。
 これを自分本来の実力だと思われると、後々とても困る事になるからね。

「お兄ぃぃぃいいちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」

「オットット、危ない危ない」

「ニガサナイニガサナイニガサナイィィィイイイイ!!」

「……ヤー、久しぶりに大張り切りデスねー」

 狂気で絶好調なフランちゃんが、こちらに対して連撃を放つ。
 普通の弾幕ではこちらに届かないと判断したのか、攻撃手段は風を切り裂く衝撃波に切り替わっている。
 さっすが、狂気状態でも戦闘に関しての判断は誤らないって事ですか。
 少なくとも現状、僕側にはスペルカードによる恩恵はほぼ無いと思って良いだろう。
 ――まぁ、そこらへんも含めて想定通りなんですけどね。
 早さに優れた天狗面なら、今のフランちゃんの攻撃を捌き続ける事もそう難しくは無いはずだ。
 攻撃に転じる事は出来ないけど、これなら何とか――っと。

「はいはーい、邪魔シマース」

「わわっと!?」

 風弾を二、三発放って、親分の攻撃を相殺する。
 うーむ。これなら放置しても大丈夫だと思ったけど、そう上手くは行かないか。
 もうちょっと小細工したいなぁ。とは言え、今のスペカを中断させたらそれはそれで面倒な事に……。

「モラッタァァァァァアアア!!」

「おおット!?」



 ―――――――禁忌「カゴメカゴメ」



 弾幕が直線上に並び、鳥カゴのように僕の周囲を囲んでいく。
 高速移動が得意な天狗面にとっては、ある意味鬼門とも言える弾幕だ。
 まぁ、ただ突っ立ってるだけならさすがにうっかり当たる事も無いけれど。
 フランちゃんもそれは分かっているだろう。だとすると、次に来るのは――

「アハハハハハハハハハ!!」

 続いて放たれた巨大な光弾が、弾幕の檻を砕きながら直進して行く。
 風による減速は効いているみたいだけど、大きすぎて効果は薄いみたいだ。
 まぁそれでも、天狗面の速度で回避出来ない程じゃない。……それだけならね。

「モットモットモットモットクダククダククダククダク!!」

 やはりと言うか何というか、数撃ったから当たれと言わんばかりに放たれる無数の光弾。
 おまけに、砕かれた弾幕が拡散しながら散弾のように襲い掛かってくる。
 ほんと、エッグいスペルカード使うなぁ。
 僕は風弾をバラ撒き弾幕を掻き分けながら、少しずつフランちゃんへと近づいていく。
 今のところ、天狗面のキャパシティを超える程の弾幕は来ていない。特に注意しなくても多分なんとかなるだろう。
 けど、やっぱり回避オンリーはキツいっす。せめてどーにかして反撃を――っておっと!?

「ハーイ、妨害妨害っト」

「わきゃぁ!? ちょっとあきら、じゃましないでよ!!」

「そりゃ邪魔しますヨ。いちおーワタシ、今の時点では敵なんですカラ」

「なるほど、それもそうね!」

「納得するんデスか……」

 親分は本当、読めない人だなぁ。
 しかも、なんだかんだ言って――上手い。
 隙あらば直接攻撃を当てようと狙っているんだけど、位置取りが上手くて中々狙えない。
 今も、フランちゃんの散弾を風で誘導して親分へとぶつけたんだけど……全部綺麗に回避されてしまうとは。
 動きとしては拙いけど、避け方に迷いは無かった。
 勘――では無い、恐らくは「経験則」だ。
 身体の脆い妖精は、簡単な弾幕ですら致命傷に繋がる。
 妖精としてはケタ違いの実力を誇る親分も、防御力に関してはそれほどでも無いのだろう。
 ……だからこそ避けられるのだ。そんな妖精の身で、数多くの戦いをくぐり抜けてきた彼女だからこそ。

「うん、きょーのあたいはゼッコーチョーね! なんだか身体が重いきもするけど、たぶんきのせいよ!!」

 だ、だよね? 数々の戦いの経験が親分を強くしたとかそんな感じなんだよね?
 戦闘でさえ親分特有の謎直感のみで何とかなってるとかだったら、僕もうやってられ無さ過ぎて吐くよ?
 
「ヨソミスルナァァァァァァァァアアアアア!!」

「あーもう、こっちはこっちデしつこいデス!」

 ちょっと余所見をしただけなのに、フランちゃんは大層お怒りになられたようです。
 こっちだって、本当はフランちゃんに集中したいよ!
 だけどしょうがないじゃん、親分が思いの外強くてサニーちゃんが常にピンチな状態なんだから!!
 これ、スペカ無しだったらマジで最初の二、三発でカタが付いてたかも……。
 
「とにかく、まずはフランチャンのスペカを何とか……」

「よし、ちょーしがいいからあたいもスペルカードをぶっぱなすわよ!!」

「――アヤヤヤヤァ!? ちょ、それはらめですヨォォォ!?」

 ぎゃー!? ヤバい、これ本当にヤバいかも!!
 何も考えてないはずの親分が、本当に絶妙なタイミングでスペルカードの宣誓をしようとする。
 くっ、せ、せめてこっちもサニーちゃんがスペカを――

「ちょっ、ちょっと晶! 来てる!! こっちにも弾幕来てるよ!!」

 ……サニーちゃんは、フランちゃんのスペルカードの余波をモロに喰らって動けない状態に陥ってました。
 えっと、つまり、この状況を僕は一人でかつスペカ無しで何とかしないと行けないのかな? ――え、マジで?

〈マジだよ。がーんばれっ〉

 …………うん、この後どうなろうと魅魔様は泣かす。絶対に泣かしてやる。




[27853] 異聞の章・伍拾肆「妖集悲惨/因果応報のビッグ・ファイト」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/01/19 22:39

「うん、異常なし。ゴリアテの修理はこれで完了ね」

『わ~~い~』

「はー、うるさくて昼寝も出来やしないよ。それで? 晶のヤツ今度はどんな馬鹿やったのさ」

「……こっちの状況をロクに確かめず晶が来たと断定したわね。後、ひとんちで勝手に昼寝するな馬鹿兎」

「まぁ、アリスちんが直感で動くケースって十中八九アイツ絡みの事だし」

「そんな事無いわよ。それとアリスちん言うな」

「えーっ? でもアリス、晶以外の人にこんな事しないよね?」

「確かに今の所、アレと同じレベルで扱える人材に会えた事は無いけど……それだけの話じゃない」

「良ーく見なメディちん。アレが、己を冷静に見られない都会派魔法使い(失笑)の姿だよ」

「アリス、そろそろ素直に認めた方が良いと思うよ?」

「何でそこまで言われなきゃいけないのよ!」

「ぶっちゃけさ、晶に対するアリスの先読みっぷりはもう新手の能力と言っても過言では無いと思う」

「……そ、そんな事無いわよ」

「メディちん、何か一言」

「アリス往生際悪い」

「はぁ、分かったわよ――とりあえず後で晶のヤツ殴るわね」

「てゐちゃんは今、酷い八つ当たりを見た」

「アリス……最近芸風変わったね」

「芸風言うな!!」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾肆「妖集悲惨/因果応報のビッグ・ファイト」





「いっくわよー!!」



 ―――――――氷符「フェアリースピン」



 容赦なくスペルカードを発動する親分。しかもチョイスしたのは、今一番使われたくなかった広範囲ばら撒き型の弾幕だ。
 当然、親分の弾幕はフランちゃんの弾幕と交差しより複雑な流れを生み出す。
 ハッキリ言って天狗面でもキツいです。つまり、天狗面以下の能力な人はどうなるかと言うと……。

「し、しぬっ。しんで、しまうっ」

 もう本当にどうしようも無いワケですね、分かります。
 うん、サニーちゃん頑張ってるよ? スペカの補助がある事を差し引いても、並の妖精だったらもうとっくに死んでると思う。
 だけど残念ながら、その抵抗はあくまで一時的な話に過ぎないんだよなぁ。
 サニーちゃんと親分の地力が違いすぎる現状、彼女が自分の力でこの状況を盛り返せる可能性は完全なゼロである。
 ……つまり、僕が何とかするしか無いと言うワケです。もちろんスペカ無しで。うう、分かってたけど辛いっす。

「サニーサーン。とりあえずこの状況はワタシが何とかしますンで、もう少しだけ頑張ってくだサーイ!」

「あ、あんまし待てないかも!!」

「分かってマスって。――なのデまずハ!」

 僕は氷扇に風を溜めて、巨大な風弾を形成する。
 それを懐に抱えると、最大速度でフランちゃんに向けて突っ込んで行った。
 
「そのスペカ、破らせていただきマスよ!!」

「シネェェェエエエエ!!」

 いや死ねて。なんで殺意増してるのですか、フランちゃん。
 ソレ、テンションが上がりすぎてつい口走っただけなんだよね? 本音じゃないですよね?
 更に弾幕の勢いを強めたフランちゃんに若干引きつつも、僕は直進してくる巨大な光弾に向かって真正面から接近していく。
 弾幕を乱す光弾は厄介だけど、規則性を乱すからこそこちらに付け入る隙が見つかるワケだ。
 だから僕は直撃間近まで光弾に接近すると、懐の風弾を解き放――たなかった。
 風弾で迎撃すると見せかけスレスレで体を捻り光弾を避けた僕は、その横っ腹に対して全力の蹴りを叩き込む。
 すると右足の焼ける音と共に、光弾が軌道をズラして明後日の方向へと飛んで行った。うん、超痛い。と言うか超熱い。

「でもコレで、隙が出来まシタよ!」

「――――!?」

「肉を切らセテ骨を断ツ! いっただきデスっ!!」

 弾幕を散らす光弾がその軌道上からどいてしまえば、後に残るのはフランちゃんへの直通通路だけだ。
 思わぬこちらの行動に反応が遅れたフランちゃんに向け、僕はあらん限りの力を込めた風弾をお見舞いする。
 抵抗できず吹き飛ばされるフランちゃん。そんな彼女に一瞬で‘追いついた’僕は、更に風弾を放って彼女を地面へと叩きつける。
 うん、スペルブレイク確認っと。本人のダメージは無いだろうけど、倒す事は目的じゃないから問題ない。
 僕は即座に方向転換し、今度は親分へ向けて風弾を解き放った。

「さぁ、親分サン! お覚悟くだサイ!!」

「アンタ誰よ!」

「……今更っすカ。晶クンですよ、晶クン!」

「へー、そうなんだ」

「…………やりにくいですネェ」

 ひょいひょいと風弾を避けながら、どうでも良い所にツッコミを入れる親分。
 そういえば、親分の前で面変化するのってコレが初めてだったっけ。
 親分が僕の噂を聞いているとは思えないし、ある意味コレは納得のリアクションなのかもしれない。
 ……だからって、弾幕ごっこの最中にボケられると大変困るのですがね。

「ふふん! だけどあまいわよ、あきら!! そのていどじゃあたいはやられないわ!」

「そりゃそうデショウ。こっちも、倒すつもりで攻撃しているワケでは無いノデ」

「つまり……どういう事よ!」

「こーいう事よ!!」



 ―――――――日符「ダイレクトサンライト」



 こちらの攻撃で出来た隙を突き、サニーちゃんがスペルカードを発動させる。
 後方から前方へ向けて‘落ちていく’弾幕の川は、親分の弾幕とぶつかり洗い流していく。
 ……親分の弾幕は僕の風弾で掻き回されて弱まったはずなのに、それでも尚サニーちゃんの弾幕と互角なのか。
 相殺は出来ているみたいだけど、この地力の差は如何ともし難いなぁ。
 とりあえず、もう数発風弾を叩き込んでフォローを……。

「――捕まえたっ」

「はい?」

 氷扇を構えた所で、ガッチリと右肩と左腕を掴まれた感触。
 振り返ってみるとそこには、朗らかな笑みを浮かべたフランちゃんの姿があった。
 先程までの狂気が綺麗に消え失せている彼女は、吸血鬼の腕力をフルに使って僕にしがみついている。
 背後を取られた上にこの状況では、無理やり引き剥がす事は難しいだろう。
 ……フランちゃんの接近を察知出来なかったのは、彼女がこちらの魔眼の射程外から一気に接近してきたからだ。
 つまり、そういう判断ができるくらい冷静になっていると言う事である。これはマズい。
 そんなこっちの焦りを理解しているのか、満面の笑みを浮かべたフランちゃんは両手に力を込め――地面へ向かって真っ逆さまに落下した。

「へぶぅっ!?」

 大地に激突する僕とフランちゃん。最大加速で突っ込んだため、ダメージは僕だけで無く彼女にも及んでいる。
 それでも、フランちゃんは不敵に笑ったまま僕の身体を掴んで離そうとしない。ヤバい。

「ふふふ。もう逃さないよ、お兄ちゃん」

「……フランチャン、ひょっとしてまだ狂気モードデスか? ワタシを殺しテ自分も死ぬんデスか?」

「大丈夫、私は落ち着いているよ。――ただこれくらいしないとお兄ちゃんは倒せない、そう思っているだけ」

 あ、コレほんとにマズい。考えうる限り最悪のパターンだ。
 トチ狂って突貫してきたワケじゃ無い、策があるからこその無鉄砲だ。
 しかも現状、地面に身体が食い込んでいる上に背中を押さえつけられているから逃げられないし。
 ……一瞬だけでもフランちゃんの力が弱まってくれれば、全速力で離脱出来るんだけどなぁ。

「もちろん力を弱めたりはしないよ。ちょっとの隙があれば、お兄ちゃんは何とかしちゃうからね」

「さらっと心を読んできますネ。……しかし、それではフランチャンも何も出来ないのデハ?」

 この状況下で出来る事と言えば、密着状態からのキックくらいだろう。
 吸血鬼の脚力で放たれれば確かに脅威かもしれないが、だからと言ってピンチになる程厳しいモノでもない。
 むしろダメージを与える為に大振りな動きをして貰えるなら、そこに抜け出すチャンスが出来ると言うモノだ。
 当然、フランちゃんだってその事には気づいているはずである。
 だとすると、何かしらこの状況で致命打を与えられる一手を持っているのだろうけど……なんだろう。
 凄く嫌な予感がする。そして、危機感知センサーも超鳴っている気がする。ヤバい。

「そうでも無いよ? ‘全部’纏めて吹っ飛ばしちゃえば、確実にお兄ちゃんにダメージを与えられるもん」

「……デモ、それってフランチャンも吹っ飛びますヨネ?」

「そうだね」

「ほ、他の手段を選んだ方ガ良いと思うんデスけどー? フォーオブアカインドでフルボッコとかドーデス?」

「殴ったり叩いたりじゃ時間がかかるからダメだよ。倒すまでの時間が長くなれば、お兄ちゃんは逃げ出す方法を思いついちゃうもんね」

「……ソレは、過大評価だと思うのデスよ」

「私はそうは思わない。――うん。こうするだけの価値が、お兄ちゃんにはあるんだよ」

 フランちゃんは、何の迷いもない瞳でハッキリと頷いた。
 その表情と言葉は、かつて姉弟子と共に戦った時のレミリアさんの姿を想起させる。
 ……そういえばレミリアさんも、自爆上等で僕を倒そうとしてたっけ。
 やっぱり姉妹なんだなぁ。――等とのほほんしている場合では無い。



 ―――――――禁弾「何も刻まない時計」



 フランちゃんがスペルカードを宣誓すると共に、数種類の弾幕が纏めて上空に現れた。
 恐らくは、以前の「遊び」で使った「過去を刻む時計」のマイナーチェンジ版スペルカードなのだろう。
 本来なら広がって其々の動きをするはずの弾幕達は、全て一箇所に纏められ爆発の瞬間を今か今かと待ちわびている。

「……あの、確認なんデスけど。まさかアレをこのまま下に落とすつもりじゃ無いデスよね?」

「そのつもりだよ!」

 なるほどなるほど、やっぱりそうなんですか。
 ――いや、それちょっと洒落になってないんじゃないかな。

「それじゃー行くよ!」

「止めテー!?」

「せーの、どっかーん!!」

 軽い言葉とは真逆の勢いで弾幕は落下し、派手な爆発が僕とフランちゃんを包み込む。
 身体が吹き飛びそうな衝撃。しかしそんな爆風の中でも、彼女はガッシリと僕の身体を掴んで放さない。
 ……鎧の即死キャンセル機能が発動しているくらいヤバい威力の中でも、あくまでこっちの身体を固定し続ける、か。
 防御に力を回す時間はあったから、この一撃で即KOって事は無いだろうけど。
 天狗面として作った氷の装備は保たないね、コレは。
 ――精神の改変である面変化には、悪影響が出ないよう色々なセーフティを仕込んでいる。
 氷の面を切り替えスイッチにしているのはセーフティの最たる例だけど、ソレは面変化の維持を面に依存しているとも言えるワケで。
 つまり装備の全壊は、天狗面の解除と同義なのである。
 そして面変化が消えれば、繊細な風の制御を必要とする僕のスペルカードは維持が出来なくなる。
 スペルカードが維持できなくなると、サニーちゃんの生命線である風による強化が無くなる。
 

 ――要するに大ピンチである。しかも、結構洒落にならないレベルで。


「っぐぅ、さすがに、効いた、かも」

「め、滅茶苦茶するなぁ……」

「えへへ、お兄ちゃん相手だからねー」

 防御手段の無かったフランちゃんは、自らの弾幕でかなりボロボロになっている。
 それでも即座に回復し始めている所はさすが吸血鬼だけど、こちらは状況こそ悪化したもののほぼ無傷だ。
 正直、スペルカード一枚分の働きをしたとはあんまり思えないのだけど。いや、状況的にはわりと洒落にならない一手なんだけどね?

「それじゃ、二発目行くよー!」

「ああ、はいはい。二発目ね了解――――って、ええーっ!?」



 ―――――――禁弾「何も刻まない時計」



 畳み掛ける様にして、再びスペルカードを使用するフランちゃん。
 ……ひょっとしてこの子、こっちがぶっ倒れるまで自爆攻撃し続けるつもり?

「私が倒れるか、お兄ちゃんが倒れるか。我慢比べだね!!」

「心底不毛! 止めよう、死ぬよ!? 僕かフランちゃんかのどっちかが死ぬよ!!」

「大丈夫、私もお兄ちゃんもこのくらいじゃ死なないから! 大怪我はするかもしれないけど、死んでないからセーフだよね!!」

「何その謎のボーダーライン! さっきの頭悪い自爆弾幕もそうだけど、フランちゃん何か変なモンの影響受けてない!?」

〈少年、鏡見ろ〉

「言われてみればそうだ!」

 どっちも、僕が毎度言ってたりやってる事だった。
 うん。客観的に聞くとアレだね。僕アホなんじゃないだろうか。何だその理屈。
 しかし困った事に、悪くない手ではあったりするのだ。
 身体の頑丈さには自信のある僕だけど、高い回復力と耐久性を誇る吸血鬼に対抗できる程では無い。
 ましてやフランちゃんの弾幕は、一発で即死キャンセルが発動するレベルの高火力だ。
 ぶっちゃけると、次の弾幕で僕は死にます。マジで。本気で。謙遜でなく。
 フランちゃんの中での僕は謎のタフネスっぷりで耐えそうな空気を出してるみたいだけど、実際の僕はそんなに固くありませんから。
 ……ほんと、彼女の「お兄ちゃん相手ならスペカ全部使い切る覚悟で自爆するしか無い」みたいな確信はどこから湧いて出てきたのか。
 実際はそんな事無いんだと説得したいんだけど、多分無駄なんだろうなぁ。

「さて、サニーちゃんからの援護は……」

「わー! わー! 弾はやっ!? 身体重っ!? なんでー!?」

「ほらほらどーしたのよ! そんな事じゃ、あたいにはかてないわよ!!」

「うん、ダメっぽい!」

 最初から予測できていたし、期待もしてなかったけど!
 だけどせめて、親分にスペルカードを使わせるくらいはして欲しかったなぁ。
 まぁ、本来ならフォローする立場なのにここまで追い込まれた僕が悪いんだけどね?
 ……仕方ない、か。

「改めて――行くよ、お兄ちゃん!」

「本当はすっごくイヤだけど、かかってきなさいな!!」

「うんっ!!」

 再び落下する弾幕。それがこちらへと迫る前に、僕は身体を捻って何とか右腕の自由を確保する。
 そして僕は右手を口元に寄せると、周囲に響くよう高らかに指笛を吹いた。

「えっ?」

「――っ!」

 指笛そのものに効果は何も無い。これは単なる‘合図’だ。
 ……本当は気付いたかどうかとか、準備は出来ているかとかも確認したかったんだけど。
 そこまで待っている余裕は無いので、問答無用でぶっ放させて貰おう。
 さてはて、どうなる事やら。――出来れば、いい感じに決まって欲しいんだけどなぁ。

「いっくよ、サニーちゃん!!」」



 ―――――――零符「アブソリュートゼロ」



 迸る蒼い閃光。全てを凍らせる輝きは、真っ直ぐサニーちゃんへと向かっていくのだった。




[27853] 異聞の章・伍拾伍「妖集悲惨/一進一退のクイック・ステップ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/02/02 22:12


「わー! サニー、右!! 右!」

「うわ、危ない……ダメ……見てらんない」

「ヤバッ――ってうわぁ!? いきなり爆発したっ!?」

「なっ、何?」

「あ、ああ、あっちの二人か」

「派手、だよね」

「……あんな凄い爆発の中で、何で二人共平然としてるんだろう」

「やっぱ、根本的な身体の作りが違うんじゃないかな」

「かなぁ……」

「…………サニー、大丈夫かな」

「うん、なんか巻き込まれて吹っ飛んじゃいそうだよね」

「ちょっと、やり過ぎた?」

「……やり過ぎたかも」

「素直に、チルノと弾幕ごっこさせればよかったかな」

「いや、それはそれで同じ結果になると思う」

「ままならないね」

「ままならないって言うか……ある意味自明の理って言うか…………」

「あ、サニーが」

「うわっ!? ちょ、サニーぃぃっ!?」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾伍「妖集悲惨/一進一退のクイック・ステップ」





 全てを凍らせる閃光が、真っ直ぐサニーちゃんに迫る。
 それを横目で確認したサニーちゃんは――予想外の事態に思いっきりテンパっていた。
 あ、あれ? このリアクション、ひょっとしてさっきの合図欠片も通じてない?
 そうなると非常にマズい。色んな意味で詰んでしまう。と言うかまず真っ先にサニーちゃんがピチュる。
 ……フォローしようにも僕は右腕だけしか動かない状態な上、その右腕もアブソリュートゼロで埋まっちゃっているのだ。
 残った手段は声をかける事だけ――なんだけども、ハッキリ言い過ぎるとフランちゃんに気取られるからなぁ。
 とりあえず祈ろう。それが通じなかった場合は……下手に長引かせてもサニーちゃんが苦しむだけなので、介錯しましたと言う事に。

〈ならんだろうよ〉

 うん、僕もそう思う。
 ……神様お願いします、どうかサニーちゃんに気づかせてください!

〈はーい、任せてー〉

 あ、いや。今のは比喩的な表現で、神綺さんに何かして欲しいと言ったワケでは。

「――あっ!」

 わぁ、神綺さんってば有能だぁ……。
 どうやら、本当に何とかしてサニーちゃんに気づかせたらしい。
 パニック状態になっていた彼女は、ハッキリとこちらを見据えて小さく頷く。
 そしてサニーちゃんは、アブソリュートゼロを‘真正面から’受け止めた。

「――曲っがれぇぇ!」

「えっ!?」

 あらゆる物を凍りつかせるはずの光は、しかしサニーちゃんに触れる事無く曲がっていく。
 これは、彼女の持つ「光を屈折させる程度の能力」の力だ。
 ……ぶっつけ本番だったけど、どうやら上手くいったみたいだね。
 当然の話、サニーちゃんの能力で全ての光が曲げられると言うワケでは無い。
 多分、どれだけ頑張ってもマスタースパークみたいな高出力の光には耐え切れないんじゃないだろうか。
 それが出来たら、彼女は親分に匹敵する規格外妖精って事になるしね。光弾系ほぼ全部シャットダウンはチート過ぎですよ。
 つまり弾幕ごっこにおいて、彼女の力は多少のお守り程度にしかならないのだけど――この絶対零度の光に対してはちと事情が変わるのである。
 何しろ、アブソリュートゼロは効果を重視して威力を蔑ろにした特殊過ぎるスペカだ。
 当たればOKを主眼に置いて作っているから、実は光そのものを何とかする事はそんなに難しくなかったりする。
 ただし触れたら即アウトなんで、普通なら壁作って止めるぐらいしか対処法は無いんだけどね?
 しかし、サニーちゃんの能力なら話は別だ。
 光を触れずに曲げられる彼女ならば、アブソリュートゼロの軌道をデメリット無しに変える事が可能なのである。
 ――まぁ、確証は何も無かったけどね! 結果オーライ結果オーライ!!

「うわっ!? なにこれ! なにこれ!!」

「ち、チルノと氷弾が凍った!? どーなってんのこの光!?」

「サニーちゃん! 驚くのは後でこっちもよろしく!!」

「えっ? よ、よろしくって?」
 
「こっちを丸ごと薙ぎ払ってくれれば良いから! 早く!!」

「う、うん!!」

「やっぱり仕掛けてきたね、さすがお兄ちゃん! なら、こっちも――」

 更に加速して落ちてくる弾幕の塊。
 しかしそれが地面へと落ちきる直前に、蒼い閃光が全てを薙いだ。
 大地が、弾幕が、僕とフランちゃんの身体が全て氷に包まれていく。
 ――うん、初めて直撃喰らったけどコレヤバいね。
ダメージこそ無いものの、一瞬で身体が凍りつくから抵抗が出来ない。
 しかも身体を拘束する氷は、僕が全力で藻掻いてもピクリとも動かないくらい固いし。
 優秀な拘束技なのは知ってたけど、全力の僕でも破壊困難なレベルだとは思わなかったよ。
 全力で、かつ数分程度の時間をかければ氷も砕けそうだけど……力任せの破壊は明らかにフランちゃんの方が早いだろうしね。
 なので今度は、こっちが無茶をする番だ。
 ――魅魔様!!

〈任せろ! 魅魔様優秀だから、変身の衝撃で氷を吹き飛ばすくらい余裕で出来るぞ!!〉

 あ。氷の拘束をぶっ飛ばすとフランちゃんが自由になっちゃうので、そこは大人しめでお願いします。

〈テンション下がるわー〉

 そう言いつつも、ちゃんと考慮した上で変身してくれる魅魔様は好きですよ。
 いつもよりコンパクトに纏まった闇が全身を包み、ゆったりとした黒衣へと姿を変えていく。
 更に背中から広がった翼が、フランちゃんの拘束を押しのけ一瞬の自由を生み出した。
 ナイス誤算! 僕は上半身を捻って左腕を前に突き出し、召喚したフォースを真上へと掲げる。

「―――――靈異面『魔』! そんでもって、追加でスペルカード発動!!」



 ―――――――灼熱「支配権の行使」



 宣誓と共に、巨大な炎が頭上に顕現する。
 お空ちゃんの操る核融合の炎には当然敵わないけど、それでも驚異的な熱量だ。
 これなら、下に落とすだけで相当な被害が見込めるね!!

〈少年、さっき悪魔の妹のやる事をアホだとか何とか言ってたよな〉

 忘れた!!

〈忘れるなよ! 今後は妹のお手本となるべく、アホな真似は控えようって夜空のお星様に誓っただろう!?〉

 いえ、そこまでは誓ってないです。僕はアホだなぁと思っただけで。

〈覚えてるじゃないか!? しかも思っただけで改善する気はハナからゼロなのかよ! 最悪だなソレ!!〉

 ですね。
 よし、それじゃあド派手にいってみよー!

〈少年はほんと、コレと決めたら躊躇なく動くよな。少しは躊躇えって。やるけど〉

 文句を言いつつも、ちゃんと落としてくれる魅魔様がそこそこ好きですよ。
 頭上で燃え盛っていた炎は、一気に落下して大地の上で弾けた。
 アブソリュートゼロで生み出された氷すら容易に飲み込み、溶かし、広がっていく炎。
 その際に放たれた爆風に押される形で、僕とフランちゃんは其々反対の方向へと飛ばされていった。
 うん、そこそこ効いた――けど、対策もバッチリ働いてくれたから被害は最小限で済んだね。問題なし!!
 以前からの予想通り、フォースは自分の弾幕も吸収する事が出来るらしい。

〈ぶっちゃけ効率悪すぎて自爆回避以外には使えないネタだけどな。と言うか、正直こんな使い方されるとは思わなかった〉

 使えるもんは何でも使う主義ですから。
 さて、吹っ飛ばされる距離もダメージも最小限に抑えたし――次は反撃だ!

「サニーちゃん!」

「えっ、はい!? あ、あの……どちら様!?」

「久遠晶です。言いたい事は色々あるだろうけど、一旦全部棚上げして反撃の準備をお願いします。全力のスペカ、頼むよ!」

「反撃……あっ、そうね! 凍らされたチルノをバカにしてる場合じゃなかった!!」

「ぐむむ……」

 こっちの爆発にノーリアクションだと思ったらそんな事してたんだ。そこは攻撃しといてよ。
 まぁ、そうやってからかえるくらいガチガチに固められて動けないって事なんだろう。
 チルノから離れてスペルカードを構えたサニーちゃんに合わせ、僕もスペルカードを用意する。

「させないよ!!」

 そんな僕を止めるため、炎に包まれていたフランちゃんがこちらへ向かって駆けてきた。
 一部が結構エグい感じに燃えてるけど、再生始まってるからセーフ……なのかな?
 全速力で、それこそ突っ込んだ先がコナゴナになろうがお構いなしな勢いで彼女は迫ってくる。
 衝撃波を放ちながら、真っ直ぐ彼女は――僕の手前の大地に向かって飛びかかった。

「――あ、あれっ? おっ、お兄ちゃんが消えた!?」

「残念、初めからソコにはいなかったんだよね」

「っ!? ひょっとして、幻覚!?」 

「いや、虚像だよ」

 皆どころか自分自身忘れかけていたけど、僕には「相手の力を写し取る程度の能力」と言う力がありましてね?
 ――サニーちゃんの能力、結構使い勝手が良さそうなんでさっきコピーさせて貰いました。テヘッ☆

〈色んな意味で酷いな〉

 とりあえず、サニーちゃんには後で了承貰うか謝るかします。
 ……しかしやっぱり便利だなぁ、この能力。
 狂気の魔眼と違って相手に干渉する能力じゃないから、上手く使えば精神の抵抗力関係なく罠にハメる事が出来る。
 能力自体は狂気の魔眼と同じノリで使えるから、光を屈折させて自分の居場所を誤魔化すくらいは簡単だしね。
 まぁ、目以外の方法でこっちを捉える相手にはほぼ無意味だろうけど……その時はその時ですよ。
 ともかく、これで隙は出来た。後は魅魔様――トワイライトスパーク使える?

〈撃つ事は出来るな〉

 撃った後は知らないって事ですね、了解。
 なら、もうちょっと加減したスペカを使うべきか。
 ……魅魔様、前に魔理沙ちゃんに使ったあの強化型マスパはどうです?

〈ふむ……そうだね。アレなら問題ないよ〉

 オッケー。それじゃソレ、やってみましょうか。

〈まー、やるのは構わんけど――結構威力洒落にならないぞ? 悪魔の妹でも直撃は厳しいかもなぁ〉

 僕はフランちゃんを信じてます!!

〈信じるって都合の良い言葉だよなー〉

 ……まぁ、本音を言うとまだちょっと怖いですけどね?
 だけどそろそろ、フランちゃんの『強さ』を信じてみても良いのかなーと。
 今回の弾幕ごっこでの戦いっぷりを見て、そう思ったワケですよ。

〈実際問題あの妹、少年含めても紅魔館で一、二を争えるレベルでしっかりしてるもんな。すでに〉

 ああ、うん。あえて否定はしません――と言うワケで。

「行くよ、サニーちゃん!」

「う、うん!!」



 ―――――――陽光「サンシャインニードル」



 ―――――――神滅「ギガ・マスタースパーク」



 少しだけ早かったサニーちゃんのスペルカードが発動し、無数の弾幕がばら撒かれる。
 木々や大地に当たり、跳ねて、氷を砕きながら親分に迫る光の弾幕。
 ……綺麗だけど、その、全力攻撃なんだよね?
 アブソリュートゼロで出来た氷を貫通する事すら出来てないけど、本気ではあるんだよね?
 あー、えーっと……頑張ってください。

〈ふと思ったんだが、少年のスペカをあの氷精にぶっ放せば勝ち確定じゃないか?〉

 さすがにソレは空気読め無さ過ぎなので却下。
 ……それに、フランちゃんをフリーにするのはちょっとね。
 彼女の事だから多分、無抵抗でやられたりはしないと思うよ?

「まだまだぁ!!」



 ―――――――禁弾「スターボウブレイク」



 こちらの予想通り、即座に体勢を立て直して相殺用のスペルカードを発動するフランちゃん。
 しかし彼女の弾幕が完全に展開される前に、フォースの先端から凄まじい量の閃光が溢れ出てきた。

「――っ!?」

「ふひゃぁ!?」

 ……マジか。
 いや、この技がトワイライトスパークの次くらいに凶悪な技だとは知ってたけどね?
 だからってまさか、展開途中のフランちゃんのスペカを消し飛ばしてなお衰えない威力があるとは。
 以前に見た時は、魔理沙ちゃんのマスパと混じっててイマイチ全容が掴めなかったからなぁ。
 うんほんと、まさかここまでとはねー。
 あまりの威力に、隣で見ていたサニーちゃんまで驚いてるよ。

〈その割には随分と余裕そうだな。悪魔の妹が心配じゃないのか?〉

 スペカで相殺はしてるからね、死ぬ事は無いんじゃないかな。
 それに何より――光の奔流に流される直前の彼女の目は、まだ諦めていなかったような気がしないでもないような気がする。
 
〈どっちだよ。そこは断言しろって〉

 魅魔様、世の中には科学で解明出来ない不思議な出来事がたくさんあるんですよ。

〈逆に聞くけどさ、今この場に科学で解明出来る事ってどれくらいあるんだ?〉

 世界って広いよね!

〈収拾付けられないボケは止めとけ。で、どうすんだよこの後〉

 そうですね――とりあえず、突っ込みますか。

〈えっ?〉

 呆れ声の魅魔様に軽い調子で言葉を返して、僕はスペルブレイクと同時に駆け出した。
 もちろんここでスペルブレイクする意味は無い、単に己の優位性を手放すだけだ。
 突然光が晴れ、困惑するフランちゃん。
 そんな彼女に向かいながら、僕は最後のスペルカードを宣誓した。



 ―――――――神剣「天之尾羽張」



 靈異面を解除し、全てを奪う神の剣を顕現させる。
 ボロボロになっていたフランちゃんは、それでも立ち上がって同じく最後となるスペルカードを使用した。



 ―――――――禁忌「レーヴァテイン」



 対抗するように、フランちゃんの手の中に生まれる炎の剣。
 さて、勝つための布石はあらかた打ったけど……上手く働いてくれるかな?
 ニヤリと笑いつつ、僕は喜ぶように輝く神剣を構え直すのだった。





 ところで、まだサニーちゃんの弾幕は親分に届かないんですかね? 出来ればとっととカタをつけて欲しいんですけど……。




[27853] 異聞の章・伍拾陸「妖集悲惨/君にハナシビソウを」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/02/17 02:16


「ふっふっふ――いよいよね。いよいよ、この私がチルノに勝つ時が来たのよ!!」

「むぐぐぅ、ビクともしないぃぃ」

「いい気味ね! どんな気分よ、氷の妖精が凍らされるって!!」

「べつにアンタがこおらせたワケじゃないけどね」

「ぐむっ。と、突然正論を吐かないでよ! 腹立つわね!!」

「ふん、このてーどであたいをどーにかできるとおもったらおーまちがいよっ」

「そう思うなら、とっとと抜けだして見せなさいよ!」

「言われなくても……ぐむむっ」

「ふふーん、やっぱり無理じゃない」

「むぅぅ……」

「ふふふ。どれだけ偉そうにしてても、私の圧倒的優位は変わらないのよ。覚悟なさい!」

「ま、まけないわよ!」

「ふっふっふ」

「ぐむむぅ……」

「ふっふっふ」

「むぐぅ…………」

「ふっふっふ……」

「…………ねぇ、まだなの?」

「う、うるさいわね! この氷、やたら固いのよ!!」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾陸「妖集悲惨/君にハナシビソウを」





「サニーがんばれー!!」

「いける、いけるよ!」

 妖精達の戦いも、どうやら佳境に入っているようですね。
 氷精が氷の拘束から逃れるのが先か、光の妖精の弾幕が氷精に届くのが先か。
 ――どちらにせよ、決着が付くにはもうしばらくの時間がかかりそうです。
 やはり、先に終わるのはあちらの方ですか。

「さぁ、行くよフランちゃん!」

「負けないよ、お兄ちゃん!」

 久遠晶が駆け出し、フランドール・スカーレットが迎え打つ。
 神剣と魔剣。どちらも本物ではありませんが、その名を冠するに相応しい力を持っています。
 剣同士の力は互角、打ち合えば消滅は必至でしょう。
 どちらも最後のスペルカードである以上、無駄な使い方は出来ないはずです。
 ……定石を崩すのを得意とする久遠晶といえど、この点に関しては譲歩せざるを得ません。
 故に勝敗の鍵を握るのは、スペルカード以外の力の使い道。果たして、この勝負を制するのはどちらとなるのでしょうか。
 
「先手を打ったのは……やはり久遠晶ですね」

 激突まで残り数歩。互いに全力を出せば一瞬で詰められる距離で、久遠晶の足鎧の装甲が開く。
 気の強化による加速で、一気に接近するつもりなのでしょう。
 しかし彼の足が地面に着く前に、フランドール・スカーレットが動きました。

「きゅっとして――ドカン」

「!?」

 踏みしめる筈の大地が砕け、久遠晶の体勢が大きく崩れる。
 その隙を逃さず、逆に距離を詰めてきたフランドールは炎の魔剣を大上段から振り下ろした。


 ……まったく、狡っ辛い手立てばかり上手くなる。


 私は思わず溜息を吐き出しました。
 振り下ろされた炎の刃は、真っ直ぐ久遠晶に命中した――様に見えます。
 しかし、彼女の斬ったソレは‘幻’に過ぎません。

「えっ!?」

 虚空を空振った己の剣を、フランドール・スカーレットは呆然と眺めています。
 ……実際には引っかかっていないと言うのに、良くもまぁあそこまで真に迫った演技ができるものです。
 役割を果たした事でねじ曲がった光は元に戻り、少し離れた位置に久遠晶の姿が現れます。
 先程と同じ、虚像を利用したフェイントですね。
 初見であるならば、不意打ちとして十分な効果を発揮した事でしょう。
 しかしこれは二度目の使用。本来ならば、フランドール・スカーレットを惑わす程の効果はありません。そう、本来ならば。
 けれども、彼女は久遠晶と言う人間を良く知っている。良く知りすぎている。
 
 
 ――故に考えてしまうのです。久遠晶が、安易に同じ策を二度使うはずが無いと。


 その疑念は、楔となってフランドール・スカーレットの動きを鈍らせます。
 例えそう惑う事が久遠晶の狙いだと分かっていても、彼女は彼の‘奥の手’を警戒せざるを得ないのです。
 だからこそ防げない。何の捻りもない、何の裏もない、ただ速さだけを追求したその一撃を。
 
「しっかり耐えてね。――全力で行くよ!!」

 大地を這う様な加速で懐に潜り込んだ久遠晶が、神剣を横薙ぎに振りかぶりました。
 フランドール・スカーレットも何とか反応しようとしますが――残念ながら、一手遅かったようです。
 全てを奪う神の剣は、その刃に触れた吸血鬼の身体からあらゆる力を奪っていきます。
 それでも胴を両断するまでには至らないのは、彼女が霊力を胴体に集中させて己を守る盾としているからですね。
 強大な力を誇る、悪魔の妹だからこそ出来る防御方法です。
 ……弾幕ごっこを開始した当初であったなら、それで耐え切る事も出来たかもしれません。
 ですが三度に渡る自爆攻撃に合わせ、防いだとはいえ高出力の魔砲の直撃。今の彼女に神剣の一撃を耐える事は難しいでしょう。

「あ、ぅ……」

 力を失った炎の魔剣は消え、フランドール・スカーレットが大地に膝をつきました。
 同時に、神剣を引いて大きく後ろへと跳び下がる久遠晶。
 その顔には、確かな安堵とほんの僅かな歓喜の色が含まれています。


 ――まぁ、及第点といった所ですかね。
 

 使用したのはあくまで力に制限を加えた神剣ですけれど、それでもその刃を直接当てたのは‘成長’と言って良いでしょう。
 全てを奪うあの力。無闇に使えとは言いませんが、恐れ避けるようになられては困ります。
 少しずつですが、順調に‘お互い’歩み寄れているようですね。
 ……若干、神剣の方が歩み寄り過ぎている気もしますが。
 まだはっきりとした自我を持つまでには至っていないようですから、放置しておいても問題は無いはずです。

「後は、全ての流れを計算していたのならば素晴らしいのですが……」

 それはまずありえません。四割把握していたら奇跡、と言っても決して過言では無いでしょう。
 ……今回の戦いにおいて真に重要だったのは、最後の一撃に至るまでの過程です。
 どこか一箇所でも判断を間違っていれば、フランドール・スカーレットの胴は両断されていたかもしれません。
 もしくは詰めを誤り、最後の胴薙ぎで神剣も消失させて引き分けに終わった可能性も十分にあります。
 それを理解した上で回避出来ていたと言うのなら、私も多少なりとも安心できるのですが……期待するだけ無駄ですね。
 見てください、あの本人の緩みきった顔を。
 どうせ「やたー、成功する根拠は皆無だったけど上手くいったー」とか思っているのでしょう。
 仮にも狡知の道化師と呼ばれているのですから、それくらい根拠を持って行動してもらわないと困ると言うのに。
 ――そもそも、考えが甘いのですよ。フランドール・スカーレットを倒しただけでは勝ちにならない、と決めたのは貴方でしょう。

「スキャパレリー!!」

「デジャヴゥ!?」
 
 油断しきっていた久遠晶の頭に、脱出したチルノの放った氷塊が直撃しました。
 どうやら、サニーミルクの弾幕は彼女を倒すのには至らなかったようです。
 氷の束縛から逃れたチルノは、隙だらけだった久遠晶に対して攻撃を仕掛けたのでした。
 サニーミルクを狙わず、あえて彼のトドメを差しに行く所はさすがの勝負強さですね。
 惜しむらくは、チルノが何も考えず行動している事でしょうか。……はぁ。

「ふ、不意打ちとは……卑怯な…………」

「せーぎはかつ!!」

「おのれ……このうらみ…………はらさずお」

「トドメ!」

「せめて最後まで言わせごはぁっ!?」

 容赦無い追撃を受け、久遠晶が地面に倒れる。
 意識の喪失と共に失われる神剣。これで、死んだふりと言って逃れる事も出来ませんね。
 まぁ、そんな言い訳を出来ないほど完膚なきまでにやられているのですが。
 ……最後までボケ倒すその気概は立派と言えなくもありませんが、誰もツッコミはしませんよ?

「わー!? あ、晶がやられたー!?」

「ふっふっふ、これでタイ……タイ……タイヤキね!!」

「タイヤキ!?」

「あたいとアンタ。一番エライのどーしでたたかって、白黒ハッキリつけるわよ! これがこのしょーぶの……てん……てん……てんどん!!」

「天丼!? 何が言いたいの!?」

「あきらっ! おしえてやんなさい!!」

「――」

「もー、ぐっすりねてるなんてダメなこぶんね!!」

「いやいや、ついさっきアンタが叩きのめしたんじゃない!?」

「わすれた!」

「えー!?」

 ええ、ツッコミませんよ?。
 チルノのペースに振り回されるサニーミルクの姿を眺めながら、私は小さく肩を竦めました。
 張り切っている彼女らには悪いですが、すでに勝敗は決したと言って良いでしょう。
 残りスペルカード枚数。互いに受けたダメージの量。双方の実力差。
 久遠晶が無事であったならともかく、サニーミルク一人でこの状況を覆すのは不可能です。
 後は、彼女がどれだけ抵抗できるかと言う問題になるのですが。

「あーもう、話が通じなすぎて腹立ってきた! お望み通りボッコボコにしてやるわ!!」

「かかってきなさいっ!」

 ……あの様子だと、決着はすぐに着きそうですね。
 両者同時のスペルカード発動を確認した私は、軽い溜息と共に離脱者二名を回収するのでした。










「ててて……負けちゃったかぁ」

「いえ、貴女の勝ちですよ。貴女と久遠晶、どちらが残っても勝敗条件には関係ありませんから」

「そうだけどさー。……うー、嬉しいけど悔しい」

「嬉しい、ですか」

 ほぼ一方的だった妖精同士の勝負に決着がついた頃に、まずフランドール・スカーレットが目を覚ましました。
 彼女は現状を把握すると、複雑そうな溜息を吐き出して俯きます。

「確かに。今までの久遠晶なら、貴女に直接刃を当てる事はしなかったでしょうね」

「……お兄ちゃんってば遠慮しいだから。私、別に神剣を当てられても平気なんだけど」

「仕方ありません、彼の‘全てを奪う力’は危険ですから。貴女だって、必ず耐えられるワケでは無いのでしょう?」

「そうだけど……お兄ちゃんは過保護すぎ! 最近、お姉様より鬱陶しい時もあるし」

「そう思うなら直接本人に言うべきです。口に出さなければ許諾したのと同じ意味になりますよ?」

「うん、分かってるけど……」

「分かっているけど?」
 
「そんな事言ったら、お兄ちゃんショックで引き篭もっちゃうかもしれないから」

「…………引きこもるまではいかないと思いますよ」

 まぁ、ショックは確実に受けると思いますが。
 それにしても、あの悪魔の妹が随分と成長したモノです。
 すでに教育係である久遠晶よりもしっかりしている気がしますけど、それは言わぬが花ですか。
 少なくとも、彼の教育方針である「経験と交流による常識の構築」は確かな成果を上げているワケですし。
 ……やり口が大雑把なのは、とりあえず後でお説教ですね。

「ま、あきらもふらんもがんばったわよ! あたいほめてあげる!!」

「あはは、ありがと親分さん。先にやられちゃってゴメンね?」

「もんだいないわ! だってあたい、さいきょーだもん!!」

「ぐむむぅ……好き勝手言ってくれちゃってぇ………」

「まぁ、勝ったのあっちだしね。好き勝手言う権利はあるんじゃない?」

「……でも、サニーも頑張った」

「そ、そうよ? チルノ相手にピチュらなかったんだから、これはもう実質引き分けだったと言っても過言じゃ――」

「貴女が焦ってスペルカードを使いきり、チルノが反撃する前に決着がついただけでしょう。言い訳の出来ない完敗ですよ」

「え、閻魔様厳しいですね……」

「閻魔ですから。嘘と不正は許しません」

「しょぼん……」

 スペルカードを使いきる前に倒される可能性の方が高かった事を考えると、大健闘と言えない事もありませんが。
 ここで迂闊に褒めると、確実に慢心するので言いはしません。

「――ぐぅ、よもやこの我が敗れるとは」

「あ、お兄ちゃんが起きた」

「おはよう!」

「おはよう。……ツッコミは無しですか、そうですか」

 ありませんよ。常に反応が返ってくる事を期待するのは貴方の悪癖の一つです、反省なさい。
 残念そうな久遠晶を無視し、私は小さく手を叩いて全員の注目を集めました。
 雑談を止め、私をじっと見つめる妖精達。
 すでに結果を告げる必要は無い気もしますが、ケジメは大切です。審判としての仕事を全うする事にしましょう。
 
「では全員傾聴。四季映姫ヤマザナドゥの名の下に、この勝負の結果を白黒ハッキリつけさせていただきます」

「……映姫様、いきなりガッチガチですね」

「こういう時には、閻魔らしく行った方がウケるかと思いまして」

「わぁ、思いの外サービス精神旺盛な理由だったぁ」

 何度も言いますが、今は勤務時間外です。
 閻魔として振る舞う時はともかく、平時まで愛嬌のない輩だと思われるのは私としても心外です。

「なんでしたら、物凄いぶりっ子口調で話しても良いんですよ?」

「勘弁して下さい。ビジュアル的には問題なくても、閻魔様がそれやってるって事実だけで凹んでくるんですから」

「知ってます」

「とりあえず普通で、素の映姫様で進めてください。お願いします」

「構いませんよ。元々、貴方を弄るつもりでボケましたので」

「…………お茶目っすね、映姫様」

「実はそうです」

 あえて意地悪く笑ってみせると、久遠晶は実に複雑な感情を込めた笑みを返してきた。
 まぁ、良い薬です。今回の件は色んな意味で彼の糧となった事でしょう。
 ……手放しで合格とは行きませんが、少なくとも彼が試そうとしている「例の事」を止めさせる必要までは無いようです。
 間違いなく起こるであろう厄介事の後始末は、自称後見人に任せておけば問題ないでしょう。
 

 本当に、今日は充実した休日を過ごせました。





「――チルノ団対三妖精の三本勝負、勝者はチルノ団です」




[27853] 異聞の章・伍拾漆「妖集悲惨/赤ちょうちんに誘われて」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/03/02 22:39


「やったわね! あきら、ふらん、あたいたちのかちよっ!!」

「あーうん、そうですね」

「……お兄ちゃん、あんまり嬉しくなさそうだね」

「いや、ついさっきまで三妖精ちゃん側で戦っておいて「チルノ団ばんざーい!」とか無理でしょ」

「だいじょうぶ、あきらならできるわ!!」

「出来ちゃうとダメな部類だからソレ! いや、そもそも出来ないけどね?」

「くぅー、覚えてなさいよ! 次こそはリベンジするからね!!」

「え、するの?」

「どう考えても無理だと思う……」

「ちょ、もっとやる気出しなさいよ!?」

「そう言われてもさー。そもそも今回だって、晶が協力してくれなかったら勝負にならなかったよね?」

「次は、もっと無理」

「うぐぐぐぐ……アンタらぁ」

「よくわかんないけど、あたいだんはいつでもしょーぶをうけるわよ!!」

「じゃ、じゃあ、次はそこの二人以外を連れて勝負ね!」

「…………サニー」

「…………それはさすがに」

「う、うるさいわね!」

「わかったわ! それじゃ、ほーげきたいちょーとそのほさをつれてくるわね!!」

「ほーげきたいちょー?」

「良く分からないけど、この二人以外なら誰でも良いわ……」

「え、本当にまたやるの!?」

「あたいはかまわないわよ!!」

「いや、こっちが構うよ!?」

「ねぇお兄ちゃん、砲撃隊長って事は……」

「親分はほんと、ナチュラルにエグいよね。――とりあえずどうにかして阻止します、はい」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾漆「妖集悲惨/赤ちょうちんに誘われて」





「はぁ、つまんない」

 緋想の剣についた汚れを一振りで取り除きながら、私は失望の溜息を吐き出した。
 騒動を求めて地上にやってきたけど、成果の方は散々だったわね。
 襲いかかってきたのは軒並み雑魚ばっかり、やっぱり適当なヤツに喧嘩を売っても不毛なだけだわ。
 ……また適当な異変でも起こして、霊夢とか強豪妖怪とかを釣ってやろうかしら。

「ま、どっちにしろ今日は店じまいね。だけどこのまま帰るのはつまらないし――どうしようかしら」

 戦うつもりは無いけれど、もう少し暇潰しがしたい所だわ。
 例えば――そうね、下界らしい食べ物を食べるとか。うん、悪くないわね。
 天界で食べられるモノは限られているから、せっかくだし下界らしい食べ物でも食べて帰りましょう。
 出来れば思いっきり下品で、油ギットギト肉マシマシな殺生料理を頂きたいのだけど――何を食べましょうかしら
 人里には、ちょっと行く気にならないのよね。
 あそこの住人の排他的な視線は浴びてて気分がイイんだけど、守護者たる半獣がねぇ……何であんなに頭固くてうるさいのよ。
 それに、人里に行ったら自称聖人とやらに喧嘩を売りたくなっちゃうものね。
 あの聖人は美味しそうだけど、だからこそしかるべき舞台で戦いたいわ。ん――?

「アレは……屋台?」

 魔法の森の入り口付近、人も妖怪もそこそこ通る獣道の途中にぽつんと立っている屋台。
 覗き見える暖簾に書かれている文字から察するに、アレが夜雀のやっていると言う八目鰻の蒲焼き屋なのかしら。
 確か以前、バカの姉やってるアレの新聞で紹介されていたはずよね。
 やたら絶賛されていたけど……ふーん、アレがそうなんだ。
 漂ってくるこの匂いは、醤油と味醂と砂糖と……他にも色々な調味料をを合わせて煮込んだものかしら?
 素材の味なんて消し飛ばしそうな組み合わせだけど――良いわね。

「この下品さを私は求めていたのよ。お酒もありそうだし、あのちゃっちい店でお夕餉を頂く事にしましょう」

 そうと決まれば話は早い。
 私は鼻歌交じりで屋台に近づくと、この手の店の礼儀に合わせて暖簾を勢い良く捲った。

「ミッスティアちゃーん!!」

「店主!」

「お店、やってる?」

「この私が来てあげたわよ!!」

「――んっ?」

「――あ?」

 同時に、真横から聞こえる物凄い耳障りな声。
 訝しげに思って右を向いてみると――そこには、いつかどこかで見たトンマの姿があった。
 私は即座に後方へと跳び下がり、緋想の剣を正眼に構える。
 ってうわっ、アイツも私と同じ事してる! 気持ち悪っ!!

「猿真似すんな、このド変態!」

「どっちが! 良いから、そのピカピカ眩しい剣さっさとしまいなよ。見てて鬱陶しいから!」

「アンタ、ブーメラン投げるの好きよね。それも自分の頭に直撃するくらいの勢いで返ってくる奴が。被虐趣味?」

「ドMのブーメラン使いに言われたか無い!!」

「ほーら、またブーメラン投げたー。やーい、この調子乗りー!」

「おぅコラ鏡見ろや」

「――やる気?」

「――そっちこそ」

 あーもう、面倒な事になったわー。
 今日はもう喧嘩は十分だって言ってるのに、何でこの男は私の殺意を刺激してくるのだろうか。
 とりあえず顔がダメだ。生理的に気に食わない。何で生きてるんだこの生き物。

「つまりここで貴方を始末するのが、美味しいご飯を頂く最適解と言うワケね」

「うん、そうなったら実にご飯が美味しいだろうね。――ただしボコボコになるのはお前だけどなっ!」

 頭痛の源は早めに除去するべきだ。その為なら、多少の面倒臭さくらいグッと我慢するべきだろう。
 いやほんと、喧嘩なんてしたくないのよ?
 出来る事なら、こんなバカ無視して八目鰻を美味しく頂きたいんだけど。
 視界に入ったのなら仕方ないわよね。視界内に存在しないなら無視できるけど、居るなら消滅させないとダメよね。
 見ると、向こうもこちらと同じ結論に至っていたらしい。
 鬱陶しく輝く神剣を下段に構えると、バカはこちら目掛けて飛びかか――

「ええい、いい加減にしなさい!!」

 激突の直前、一発の弾丸が私とバカの目の前を通過していった。
 動きを止めた私は即座に振り向く――フリをして、そのまま相手に斬りかかる。
 しかしバカも同時に動き、掬い上げる形で神剣を振り上げた。
 激突する私とバカの剣。……チッ、さすがは外道だ。普通なら止まる所で躊躇なく攻撃を仕掛けるとは。
 
「ほらっ、呼ばれてるわよ腐れメイド? 振り向いてあげなさいよホラホラ」

「その言葉、丸ごと全部返させてもらうよ。そして隙だらけな背中をこっちに晒したら良いんじゃないかな」
 
「セッコイ男ね!」

「狡い女に言われたか無いよ!」

「――良いから、二人共手を止めてこちらを見なさい!!」

 更に何発かの弾丸が叩き込まれたので、私達は打ち合いを止めて大きく離れた。
 ただし、視線は相手から逸らさない。
 少しでもヤツから目を離せば、バカは間違いなく‘何か’をやらかすからだ。

「少しくらいはこちらを向こうとする努力をなさい! ほら、店主だって迷惑そうにしているじゃないですか!!」

「火事と喧嘩は幻想郷の華~、飛び火しなけりゃどんと来い~♪」

「…………」

「問題ないみたいね」

「よしっ、続行!」

「良し、じゃありません! とにかくお止めなさい!!」

「うるさいわねぇ。……だいたい、何様よアンタ。この私に意見だなんていい度胸してるじゃない」

「誰って、私ですよ」

 知らないわよ、誰よ「私」って。
 天人に対し、あまりに不遜な物言いをする何者か。
 さすがに少しばかり興味が出てきたので、私は発言の主が視界内に収まる位置へとゆっくり移動……移動……移動させなさいよ!
 コイツ、この私が謎の発言者に背を向けるよう動いているわね。
 それほどまでに私に嫌がらせをしたいのかしら。汚い、さすがバカは汚い。

「天子はさ、何? 僕を嫌がらせするためにこの世に生まれてきたの?」

「はぁ? それはアンタの事でしょう? 尽く私のしてほしくない事をするとか……何で生きてるの?」

「だから喧嘩をしないでください! どちらも一旦手を止めて、それからこちらを見れば良いでしょう!?」

「なるほど、確かにそうね」

「うん、謎の人の言うとおりだ」

「だからアンタが剣を収めなさいよ」

「だから天子が剣を収めてよ」

「――ぐむむむむ」

「――うぎぎぎぎ」

「同時! 同時に収めましょう!! 私が合図を出しますから!」

 結局バカが引かなかったので、謎の人物がしぶしぶと言った具合にそう提案した。
 まったく、なんて話の通じないバカだ。
 コイツがもう少し物分かりが良くて真っ当な考えを持っていれば、私だってこんな苦労をせずに済んだと言うのに。

「では、行きますよ――せーのっ!」

「はいっ」

「ふんっ」

「………………」

「………………」

「――なんで二人共、剣を収めるフリして斬りかかってるんですか!?」

「天子が悪い」

「バカが悪い」

 再び鍔迫り合いを始める私達。……このバカ、どこまでも私の邪魔をしてくれる。
 確かに、ハナから剣を収めるつもりなんて欠片も無かったけれど。
 それもこれも、私を斬る機会を常に窺っていたバカが悪いわ。
 仲裁されてる最中なのに、それを利用して一撃当てようだなんて――本当に、あり得ないほど外道ね!
 どれだけ面の皮が分厚ければ、そんな卑劣な事が出来るのかしら!!

「………………あーもう、ならコレでどうですか!?」

 業を煮やした謎の仲裁人が、私達に向かって弾幕を放ってくる。
 容赦の無い攻撃だけど、スペルカードでない所が常識人としての限界といった所か。この輩が常識的かどうかは知らないけど。
 私は、鍔迫り合いを続けるバカの目をじっと見つめた。

「――ハッ」

 すると、バカは私の事を鼻で笑いながら小さく頷く。
 ふん、そこは素直に頷くなさいよ。
 私も対抗する様に――実際は違うけど――バカを笑って、私達はほぼ同時に動き出した。
 要石を呼び出し大地に突き刺す私と、冷気を脚に集中させ地面を踏みしめるバカ。
 隆起する地面と氷の壁が、幾つもの層になって弾幕を相殺していった。

「名付けて!」

「これぞ!」

「ウォール・クロスラミナ!」

「天地陰陽壁!」

「……なんでそう、無闇矢鱈に大げさな名前つけるかなぁ」

「……とりあえずそれっぽい用語付けてみた、みたいなアンタよりマシよ」

「ぐぎぎぎぎ」

「うむむむむ」

「そこまで見事な連携で、やったのが喧嘩の続行と言うのは……自分が情けなくなりませんか?」

「そもそも連携した覚えが無いです!」

「そうよ、この私が知略をもってこのバカを利用した。が正しい見解だわ」

「よっしゃ表出ろ」

「……ここが表ですよ」

 それにしても、このなまくら刀やたら粘るわね。
 とっくにかき消えるくらいの力を叩き込んでやっていると言うのに、まだ余裕があるとは。
 ……気のせいでなければ、徐々にだけど神性も獲得しつつあるんじゃないかしら。
 バカの作った偽物の神剣だけど、持ってる力は本物だものね。
 実に厄介だわ。今のうちに持ち主ごとぶった斬っておきましょう――全力で。

「――スペルカード、宣誓」

「な、比那名居天子!?」

「……来るか」

 私がスペルカードを提示すると、感情的だったバカの顔からゆっくり感情が消えていった。
 ふん、こっちも本領発揮って所かしら。
 素の状態なら絶対に私の方が強いが、コイツの意味不明な発想力とそれを実現させる妙な行動力は警戒に値する。
 コイツにとっては俄然不利な状況だからこそ、バカ――久遠晶は真の力を発揮するのだ。
 今は、神剣で私のスペカをどう捌くか必至に考えているのだろう。
 良いじゃないの、ちょっとだけ面白くなってきたわ。
 行くわよ。天人の圧倒的な力、その身で思い知りなさい!!

「くっ、仕方ありません。こうなったら私が――」

「は~い、かんせ~い♪ おいし~おいし~蒲焼きだよ~♪ 喧嘩を止めたら無料でていきょ~う♪」
 
「喧嘩いくない! ね、天子!!」

「同感だわ。そもそも私、今日はもう喧嘩しないって決めてたし」

「………………」

 ん、実にいい匂いだ。食欲をそそってくれる。
 私とバカは鍔迫り合いを止めて各々の武器を片付けると、足並み揃えて屋台の椅子に腰掛けた。
 そんな私達の前に突き出される、八目鰻の蒲焼きとキャベツ。
 良いわね、このド直球な感じ。ギトギトになるくらいの油が気持ちいいわ。

「そして~♪ そちらの桃の方にはお酒もど~ぞ~♪」

「あら、気が利くじゃない」

 どう見ても安酒だけど、この組み合わせは悪くない。
 蒲焼きのコテコテな味付けを、キャベツと酒で無理やり相殺しているのね。
 良いわー、舌がダメになりそうなこの暴力的な味付け。癖になりそう。

「晶さんには~まっしろしろしろ白いご飯~♪」

「わぁい、ミスティアちゃん大好き!」

「むっ、それも良いわね。こっちにも寄越しなさいよ」

「別料金になりまぁす~♪」

「……意外と商売上手じゃないの。良いわ、蒲焼きのおかわりと合わせて頂戴」

「まいど~♪」

 はぁ、幸せだわー。
 こういう安っぽい食べ物で、俗世の人間は嫌な事を忘れているのね。
 実に哀れだけど、気持ちそのものは分からなく無いわ。
 たまには良いわね、こういう味を楽しむのも。
 とりあえず、今後は私も週一くらいでこの味を堪能してあげましょうかしら。

「……あの、その」

「あ、忘れてた」

「もぐぐ?」

 そういえば、なんか言ってたヤツがいたわね。
 ま、蒲焼きの魅力に負ける程度の人間だからどうでも良いわ。どうせバカの方が反応するでしょ。

「――お酒おかわり」

「あいあいさ~♪」

「もぐ……もぐもぐ」

「ちょっと、食べるの再開しないでアレの相手してあげなさいよ。そういうの好きなんでしょ?」

「もぐ、もぐもぐもぐ」

「私だって今は食べる方に集中したいわよ。なんかあからさまに面倒くさそうなヤツだし」

「めんどう……」

「もぐもぐ」

「そうね、じゃあ食べ終わってから相手する事にしましょうか。――キャベツおかわり」

「あ~らよ、キャベツいっちょ~♪」

 それにしても、意外と入るわね蒲焼きって。
 私、自分の事を小食だと思ってたけど、案外そうでも無いみたい。
 隣のバカに負けないペースで食べ進めながら、私は怪人物の事を頭の中から追い出して食事を楽しむのだった。



 

 ――なんかもう、このまま食べるものだけ食べて帰ってもいいような気がしてきたわ。










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「死ぬほどお久しぶりですね、はい。皆のプリティエンジェル山田さんです」

死神A「いや、山田様ここ最近は本編に出ずっぱり――」

山田「うるせぇパクチーぶつけんぞ」

死神A「そんなモノぶつけられても困りますよ。色んな意味で」

山田「パクチーの花言葉は「秘められた美しさ」ダゾ☆」

死神A「なるほど、つまり?」

山田「――はい、最初の質問でーす」

死神A「せめて意味のあるボケをしてください!」


 Q:邪神様的に他に晶君に覚えられると困る能力ありますか?


山田「ぶっちゃけ、コレ以上何も覚えてほしくないです」

死神A「わー、ぶっちゃけましたねぇ」

山田「基本的に晶君は、自分の不足分を補う形で能力を獲得しますから。覚えるイコール万能化にまた一歩って感じなんですよね」

死神A「……まぁ、最近は本当になんでもありですからね。彼ってば」

山田「三妖精編を見れば分かる通り、すでに一人で色々暗躍できる程度のスペックはありますからね」

死神A「さすがにそろそろ「最強系主人公(笑)」から(笑)の部分が外れますか」

山田「その前に「主人公」の方が外れそうです」

死神A「……ですかねー」

山田「そういうワケで、何を覚えられても困るのですが――メタ的に言うと「拡大解釈しやすい能力」が一番困りますね」

死神A「あー、晶君が悪用できそうな感じですもんねー」

山田「更に言うと、無闇矢鱈な万能さより微妙に尖った能力の方が好まれますね。ここらへんは本人の性格に関係していますが」

死神A「使用率トップが「冷気を操る程度の能力」な当たり如実に現れてますよね、そこらへんの傾向」

山田「多分、東風谷早苗の能力とかゲットしても持て余しますよ。絶対」

死神A「どう考えても使いやすい部類の能力なんですけどねー」


 Q:そういえば前に晶君がガチ告白して受けてくれる人みたいな質問が有ったけど
   逆に晶君にガチ告白してOKかNOか悩んで何かする人とオアDieになるをひと教えて山田映姫サーンあと巨乳消し去れ  


死神A「語尾が不穏過ぎる!」

山田「まぁ、巨乳撲滅作戦はその決行します。今は雌伏の時です」

死神A「アレ、なんか壮大な計画始まってます? わりと洒落にならない感じの暗躍してます?」

山田「で、晶君に告白してOK貰える人ですが」

死神A「……NO貰う人とか悩んで何かする人とかオアDieになる人はどうしたんですか?」

山田「ぶっちゃけ大半がお断りされますからね。何度も言ってますが、まず本人が色恋に興味ないので。後ヘタレですから」

死神A「ああ、逃げる的な意味でのお断りですか」

山田「そしてお断られた方は高確率でDie」

死神A「高確率でDie!?」

山田「拒否されたって事は排除されても良いって事ですからね、保護者にとっては」

死神A「……要らなくなったラブレターを勝手にシュレッダーするような感じですか?」

山田「感じですね」

死神A「そんな中で、晶君にOK貰える人って居るんですかね」

山田「条件付きですがいますよ。まずは東風谷早苗――二柱が晶君の逃げ場を潰す必要がありますが」

死神A「完全に婿入り前提ですよね、ソレ」

山田「前提って言うか婿入りしてますね。ぶっちゃけ恋人程度の緩い縛りだと、どう足掻いても受け入れて貰えないんですよ」

死神A「責任取れってレベルでようやくOKって事ですか」

山田「はい。他にはフランドール・スカーレットとか魂魄妖夢とか古明地こいしとか」

山田「そこそこ晶君側の好感度が高くて、久遠晶に強い影響力のある保護者が居る子はほぼこの形でゴールイン出来ますね」

死神A「……ちなみに、そこに愛はあるんですか?」

山田「あるワケないでしょう、お見合い結婚みたいなもんです。……まぁ、将来的には変わるかもしれませんが」

死神A「さようですか。……ちなみに、輝夜とかナズーリンとかアリスとかも条件的には合致してますけど」

山田「蓬来山輝夜は不死身フラグ立てないと攻略されてくれません。マーガトロイドは神綺にそこまでの強制力が無いので無理ですね」

山田「――そしてナズーリンは戦争になります」

死神A「なんで!?」

山田「晶君とナズーリンはセットにすると、やらんでいい頭脳戦を勝手に始めるので」

死神A「その結果が戦争っていうのが意味分からなすぎなんですけど」

山田「考えるな、感じるんだ」

死神A「いや、双方考えた結果がソレなんですよね?」


 Q:替わりに、コピーしたサニーちゃんの能力でできること、ついでにパッシブスキルまで教えてください


山田「コレに関しては、あんまり本家から外れた使い方は出来ませんね」

山田「光を曲げる事で虚像を作り出したり、消えたり、光弾の軌道を曲げたりと言った事が可能です」

山田「あと、晶くんなら空中にレンズ作って太陽光集める。みたいな真似もしますね」

死神A「……あの、最後にやたらエグい使用法口にしませんでした?」

山田「ぶっちゃけ速攻性無い攻撃方法なので、使われるかどうかは微妙ですね。頑張りに対する利点があまり無いですし」

死神A「そういうもんですか。それで、パッシブ能力の方は?」

山田「太陽とか電球とかの光源を直視してもクラッとしなくなります」

死神A「微妙な便利さ!?」

山田「日食とか、専用グラス無しで見れますよ」

死神A「それは確かに羨ましいですけど……」

山田「なお、閃光手榴弾とかは防げません。ちゃんと能力使って回避しましょう」

死神A「わー、コメントに困るオチだなぁ」

山田「では、こっちの肉じゃがでオチとしましょうか」

死神A「……あー、知ってますよ? 彼のお手製と見せかけた普通の肉じゃがなんでしょう?」

山田「いえ、晶君のお手製ですよ?」

死神A「えっ」

山田「えっ」

死神A「あの……普通の肉じゃがは?」

山田「スタッフ(私)が美味しく頂きました」

死神A「えぇーっ!? あの、私のトラウマを刺激するとかそういう話は!?」

山田「え? 現在進行形で恐怖と苦痛を与える事が出来るのに、何でわざわざ過去の経験を思い出させる必要があるんですか?」

死神A「……お、鬼だ」

山田「閻魔ですよ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 異聞の章・伍拾捌「妖集悲惨/片腕有角の仙人」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/03/16 22:45


「おーい、比那名居のー。どこだーい」

「おや、萃香様ではありませんか。どうしたのですか?」

「おおっと、龍神の使いじゃないか。丁度いい、天子のヤツを見なかったかい?」

「天子様ですか?」

「アイツと飲む約束をしてたんだよ。いや、約束はしてないけど。この時間はいつもそうしてるんだ」

「……無理やり付き合わされる天子様の姿が想像できますね」

「嫌な顔しつつ私より飲むけどね、私より酒に弱いのに。――で、知らない?」

「鼻歌交じりで地上へ出かけて行きましたよ。萃香様の事は……何も聞いておりませんね」

「ぶー、天子は薄情なヤツだなぁ」

「萃香様は、天子様と仲が宜しいのですね」

「んー、どうだろ? 面白いヤツだとは思うけど、仲は――分かんない」

「分かりませんか」

「私は嫌いじゃ無いけどね。アイツ、単純っぽい癖にヒネてるからさ」

「ふふふ」

「……そこで否定も肯定もせず笑うあたり、アンタもイイ性格してるよね」

「そうでもありませんよ」

「よしっ、じゃあしょうがないからアンタと飲む事にしよう!」

「ふふ、喜んで。ではお酌させていただきますね」

「ちゃんとそっちも飲めよー?」

「もちろんです。私も実は、お酒が結構好きなんですよ」

「さっすが龍神の使い。それじゃ私も、とっておき空けちゃおうかな!」

「いよっ、お大尽!」

「……わりとノリも良いんだね」

「でしょう?」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾捌「妖集悲惨/片腕有角の仙人」





「ごちそうさまでしたー」

「ごちそうさま。悪くなかったわよ」

 思う存分食べた私とバカは、ほとんど同時に丼を置くと夜雀に向かって手を合わせた。
 いやはや、本当に酷いくらい下品な味だったわ。おかげでご飯を二杯もお代わりしちゃったじゃないの。

「――で、そろそろ良いですか?」

 そんな私達の背後から、露骨なまでの不満さを露わにした声がかけられた。
 声の主は、私達の喧嘩を仲裁しようとしていた謎の人物だ。
 途中から完全に無視していたのだけど、あっちは律儀に食べ終わるのを待っていたらしい。

「あれ、まだ待ってたんですか? てっきりもう帰っているもんだとばかり」

「ぐっ!?」

「うっわ、バカったらひどーい。私も「頭悪いわねコイツ」とは思っていたけど、口には出さなかったのに」

「ぐぐぐ……」

「確かに失礼だったけど、ワザとそういう事を口にするお前にだけは言われたくない」

 私は良いのよ、私だから。
 しかしまぁ、残っていてくれたのなら相手をしてあげましょうか。
 私は椅子に座ったまま軽く身体を捻り、怪人物へと初めて視線を送る。
 ――そこに居たのは、全身桃色の‘モドキ’だった。
 バラの意匠を凝らした服に左腕全体を覆う包帯、桃色の髪を纏めている二つのシニョンキャップ。
 ふむ、見た事も無い‘モドキ’……いえ、違うか。面識は一応あったわね。

「茨木華扇――だったかしら。天人モドキの」

「仙人です。否定は難しいですが、仙人は天人の成り損ないではありません」

「つーか、そもそもモドキなのはてんこの方じゃん」

「――はぁ? このケチのつけようのない天人様であるこの私の、どこらへんがモドキだって言うのよ」

「ぜんぶ」

「良いわ、腹ごなしにその喧嘩買ってあげるわ」

「ちょ、ちょっと! また喧嘩は止めてくださいよ!!」

 今度は私とバカの間に身体を割りこませ、無理矢理に喧嘩の仲裁をする‘モドキ’。
 必死ね。そんなに無視され続けた事が効いたのかしら。……意外と柔じゃない。

「まぁ、華扇さんがそういうなら……」

「――ん? 何よ、アンタもコレの事知ってるの?」

「うん、ちょっと前にお話する事があってね。……ん? あってね?」

「どうしたのよ、ブッサイクな顔して。――あ、それは元からだったわね」

「ぶっ飛ばすぞこのアマ」

 こちらに悪態をつきながらも、バカの視線は茨木華扇に向けられていた。
 単に色気づいているだけなのか、それとも何か気になる事があるのか、バカは彼女の全身を何度も見回していた。
 そういや、コイツは確か「第三の眼」を持ってたわね。
 ひょっとしたらこの仙人の身体に、何か気になる所でもあったのかもしれないわ。
 ……ふーむ、おかしな所ねぇ。

「えいっ」

「ひぃあっ!?」

「ぶふっ!?」

 とりあえず、真っ先に目についた巨大な胸を鷲掴みにしてみた。
 手のひらから溢れるほどの大きさ、それに揉みしだく指を倍の勢いで弾き返す弾力。
 ――感触は悪く無いわね。癖になるって程では無いけど、揉み続ける事に拒否感は出てこないわ。

「ふぁ、へ、ぁう?」

「て、ててて、天子さん? な、何してんの?」

「アンタがコイツに怪訝そうな視線を向けてたから、何かあるのかと思って」

「それと胸を揉む事の関連性が分からない!」

「意味は無いわ、何となくよ。……ところで晶」

「なにさ」

「牛の乳搾りってこんな感じなのかしら」

「色んな意味で知らねーよ! 僕に振るなっ!!」

「そ、そですっ。はっ、離しっ、離してくだだささいっ!!!」

 ようやく硬直から脱した華扇が、ほとんど転ぶような形で私の手から逃げ出した。
 おーおー、顔を真っ赤にして生娘みたいに慌てちゃって。
 異性ならともかく、同性に乳揉まれても問題なんて無いでしょうに。
 と言うか誇りなさいよ。天人たるこの私に揉まれたんだから、一生ものの思い出にしなさい。

「にゃ、にゃー! にゃにをするんですかっ!!」

「だから、コイツの視線の理由を知りたくて揉んだのよ」

「待てぇい!! その言い方だと、痴漢の原因が僕に有るみたいになっちゃうじゃん!!! 訂正希望!」

「それじゃ、何が気になってたのよ」

 コイツが知り合いに対して、あそこまで不躾な視線を送るなんてかなり珍しい話だ。
 好奇の視線なら山のように送るでしょうけど、少なくとも今のはそういう意味の視線じゃ無かったわね。

「あーいや、その……物凄い変な話なんですけどね?」

「アンタの変な話なんていつもの事じゃない」

「うるさい! あの、華扇さん」

「にゃ……ごほん、何でしょうか」

「……僕達って、本当に知り合いでしたっけ?」

 申し訳無さそうに、けれどもハッキリとした口調でそう問いかける久遠晶。
 質問と言う形で尋ねているけど、バカは何かを確信しているようね。……珍しいわ。
 対する華扇はバカの質問で逆に落ち着いたらしく、腰砕けになりかけていた体勢を立て直して立ち上がっていた。
 ま、顔は若干赤いままだけど。そこまで冷静にはなれなかったみたいね。

「僕は今、華扇さんに対して色々な疑問を抱いています。……僕達が初対面で無いなら、何らかの形で‘解決している’はずの疑問です」

 そういったバカの視線は、二つのシニョンキャップと包帯の巻かれた左腕に向けられている。
 ……なるほどね。ヤツの‘眼’には、アレの中身が見えているワケだ。
 そして、その中にはバカが好奇心を解消しなければ気が済まない程の代物が隠れていると。
 ――ふーむ、何となくカラクリが見えてきたわね。
 だとするとやはり、私も‘そう’されたと言う事なのかしら。

「華扇さん、もう一度聞くのでハッキリ答えてください。――僕達って本当に知り合いなんですか」

「……もちろん、そうですよ」

 晶の問いを肯定する華扇だが、言葉に力は感じられない。
 恐らく、バカの疑問は‘モドキ’の想定していなかったモノなのだろう。
 ま、分からないでもない。この私だってバカが言わなければ気付かなかったのだ。
 つまりバカが特別に優れていたワケでは無い。単に相性が良すぎたからこうなったのである。
 ……ひょっとしたら、ガチでバカがど忘れしてた可能性もあるけど。
 その場合、今の力無い返答の意味は百八十度変わる事になるわね。無いでしょうが。

「そうですか――なら良いんです、変な事聞いてスイマセン」

 そしてあれだけ深刻そうな顔していた癖に、一言聞いただけであっさり納得するバカ。
 そこで追求しない所がバカのバカたる所以よね。まったく詰めの甘い男だ。
 ……まぁ、私も面倒だから放置するけど。ぶっちゃけ‘モドキ’が何を考えてようと私の知った事じゃないし。

「じゃあ改めて――ねぇ、仙人って何してるの!? なんか妙なモノ見えるけど何!? 華扇さんの事を根掘り葉掘り聞かせて!」

「え、いや、その、それは……」

 ああ、なんだ。さらっと流したのは、単に知人か否かが些細な問題だったからなのね。
 物凄い食いつきっぷりを見せるバカと、グイグイ追い込まれて戸惑う‘モドキ’の姿を鼻で笑う私。
 まったく、みっともないったらありゃしないわ。
 少しはこの私を見習って、もっと落ち着きと気品を持って行動できないのかしら。

「落ち着きなさい、バカ。見苦しい振る舞いは自らの格を落とすわよ」

「と言うか華扇さんって本当に仙人なの? なんか、特長的にはどう見ても……」

「――コラァ! バカの分際でこの私を無視するとはどういう了見よっ!!」

「ごっはぁ!?」

「……見苦しい振る舞いは、自らの格を落とすんじゃなかったんですか?」

 知らないわよ! この私を無視するなんて、許されざる行為だわ!!
 私達の間に割り込んでいた‘モドキ’を押しのけ、キラキラ鬱陶しいバカの顔を緋想の剣の柄で思いっきり叩いてやった。
 不意打ち気味の一撃を無防備に受け、派手に吹っ飛ぶバカ。
 しかし即座に体勢を立て直すと、元の位置に戻る勢いでこちらに向かって蹴りを放ってきた。
 まぁ、当然防ぐけど。純粋な体術でこの私に勝てるワケ無いじゃない。バカね、笑ってやりましょ――がっ!?
 
「――必殺、アイシクル・オーラルスパイク」
 
「く、口の中で氷塊を広げるのはやり過ぎじゃありませんか!?」

「だいじょぶだいじょぶ、天子くらいにしか使わないから」

「如何に丈夫な天人だからと言って、身体の内部に攻撃を仕掛けるのはどうかと……」

「へー、天人って身体の中も丈夫なんだー」

「知らずにやったのですか!?」

「天子だからどうでもいいカナって☆」

「良くありませんよ!!」

「がほっ、ごほっ……や、やってくれたじゃないの」

 笑った時に口を開けた際の隙をつかれるとは、まだまだこの男を甘く見ていたと言う事か。
 口内で砕いた氷の欠片を吐き出しながら、私はバカの事を睨みつける。
 まさしく一触即発。いつ殴りかかってもおかしくない空気の中、最初に動いたのは‘モドキ’だった。

「いい加減にしなさい! 事あるごとに突っかかって……どうしてそんなに仲が悪いんですか、貴方達は!!」
 
 再び私達の間に割り込んで、怒りを露わにする華扇。
 今まで耐えていた分が爆発したのだろう。……結構耐えたわね、耐える必要も無かったでしょうに。

「互いの相性が悪いと言っても限度があります! 何故そこまでいがみ合うのですか!!」

「強いて言うなら、バカのせいよ」

「まぁ、僕のせいだね」

「そうやって相手のせいに――ぃ?」

 ここまで拗れた原因は、間違いなくバカのやった‘アレ’になるだろう。
 もちろん、アレが無かったら仲良くやれたなんて可能性は無いけど。
 それでも致命的なまでに私とバカの仲が悪化したのは、だいたいアレのせいだと言って過言ではない。

「……その、分かっているなら謝罪するべきではありませんか?」

「謝罪? 冗談じゃないわ、何で私が謝られないといけないのよ!」

「えっ」

「だよね、そうなるよね」

「えっ?」

 謝られる理由など何もない。いや、コイツが私に謝るべき事は山のようにあるけど。
 少なくとも、‘鬼’の事でバカに謝罪される謂れは無い。欠片も無い。絶対に存在しない。

「……良く分からないのですが、すでにその件で和解は済んでいると言う事ですか?」

「和解? ハハ、何それ美味しいの?」

「すっごい嫌だけど同意見よ、コイツと和解するくらいならコイツ殺すわ。和解しなくても殺すけど」

「おう、やれるもんならやってみろや」

「止めなさい! ――つまり、その、貴方達は互いに歩み寄るつもりは無いのですか?」

「無いわ」

「ありません」

「少しくらい譲歩しても……」

「してるわ」

「物凄い譲歩っぷりだよね、こうして会話してるワケだし」

「……譲歩しないと、会話すらしないのですか?」

 まぁ、譲歩しなかったら相手が死ぬまで殺し合う事になるわね。
 その場合、死ぬのは間違いなくバカの方だけど。
 私は慈悲深いから、そこまで凄惨な戦いは仕掛けないでおいてあげているのよ。
 
「私のおかげで命拾いしているわね、バカ」

「ハハハ、そちらこそ」

 ……けどまぁ、適当に攻撃した結果うっかり死ぬのは仕方ないわよね。
 それはバカが弱かったってだけの話だし。そうそう、仕方ない仕方ない。

「だから死になさい!」

「そっちこそ!!」

「あーもー! だから、喧嘩をするのを止めなさいと言ってます!!」

「今のは喧嘩じゃないわ。ちょっと気に食わないバカをぶった切ろうとしただけよ」

「ですね!」

「……よーく分かりました。すでに貴方達の仲は、自分達ではどうしようも無いくらいねじ曲がってしまっているのですね」

「ちょっと違うわ」

「どうしようも無いって言うか、そもそも何もする気が無いって言うか」

「余計に悪いです! そうやって貴方達がいがみ合いを続けるなら、私にも考えがありますよ!!」

「帰んの?」

「おつかれさまでーす」

「帰りませんよ! ええ、貴方達の仲を改善するまでは絶対に帰りません!!」

 何だか意固地になっているわね。他人の喧嘩なんだから、遠巻きに見ながら笑っていればいいのに。
 しかも帰らないって……ソレ、私達以上に店主に迷惑かからないかしら。
 まぁ、全然平気そうにしてるけど。弱っちい妖怪のわりに、存外面の皮分厚いわよね。

「自分で言うのもなんですけど、無駄な事はやめといた方が良いと思いますよ?」

「絶対に止めませんよ! 仙人として、お二人の仲を意地でも取り持ちますから!!」

「何でそんなにやる気なのよ……」

 あー、分かったわ。なんかウザいと思ったら、コイツ人里の守護者と同じ性格してるのね。
 見事なまでのお節介焼きで、一度火がつくとどれだけ水をぶっかけても止まらない……私が一番キライな人種だわ。
 どんどん燃え上がっていく華扇とは反対に、私とバカはどんどん冷静になっていくのだった。
 ……帰っていいかしら、私の方が。




[27853] 異聞の章・伍拾玖「妖集悲惨/お節介焼きな仙人様」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/03/30 22:07


「幽香さん、喧嘩しない?」

「――やだ」

「ちょ、何でそこで断るのよ! いつもの貴女ならヨダレ垂らして喜ぶ所でしょうが!!」

「私を何だと思っているのよ、楽しくない喧嘩は普通に断るわ」

「ぶーぶー、このヘタレ畜生が!!」

「罵倒も行き過ぎると何も思わなくなるのね。……そもそも、何で貴女そんなにやる気なのよ」

「いや、最近私と貴女の立ち位置が怪しくなってきた感があるので。再確認しようかと」

「確かにそうね。でも、ブレまくっているのは貴女の立場の方でしょう?」

「失敬な、私ほど純粋かつ生粋の姉はいないと言うのに」

「貴女が姉になったの、晶が来てからじゃない。まず根底からブレてる時点で言い訳は出来ないわよ」

「細かい事はどうでもよろしい!!」

「……で、何で喧嘩?」

「初心に戻ってみようかと思って。ここ最近スッカリ忘れていたけど、私と貴女って水と油な関係なワケでしょ?」

「安心なさい、私は忘れていないから」

「その割には私の扱い、かなり雑じゃなかった?」

「貴女が忘れていたからね」

「今は思い出したわ、だから勝負よ!」

「やだ」

「もー、なんでよー。何が不服なのよー」

「何度も言わせないで。つまらない喧嘩はしないわ」

「はっ、腑抜けめが」

「買わないわよ」

「買えよー。買ってよー。買いなさいよー。ここまで言われたい放題されて、黙ってるってどうなのよフラワーマスタァー」

「……貴女に一つ、言っておく事があるわ」

「な、何よ」

「私と喧嘩するつもりなら、まずはそのイロモノオーラを何とかして。お願いだから」

「お、おぉう……まさか宿敵だと思ってる人に懇願されるとは思わなかったわ」

「私もライバル相手に、こんなお願い真摯にする羽目になるとは思わなかったわよ」





幻想郷覚書 異聞の章・伍拾玖「妖集悲惨/お節介焼きな仙人様」





 どうも、良く分からないまま仙人様に仲を取り持って貰える事になりました。久遠晶です。
 正直な所、僕も天子もやる気は皆無なんですけど。
 華扇さんのテンションに反抗する意欲すら剥ぎ取られているので、大人しく言う事を聞いている次第であります。

『なんとかしなさいよ、得意分野でしょ』

『説得が?』

『ゴマすりが』

『ぶっころがすよこのアマ』

『やれるもんならやってみなさい』

「聞いてますか、貴方達!?」

『とりあえず何か話振ってみて。――次、十五秒後ね』

『――了解』

 とりあえず、変にいつもどおりの会話をすると華扇さんの怒りが増すのでお互いに自粛。
 お小言の隙を縫って、アイコンタクトで互いの意見を統一していく。
 ただし目線のみでの会話とはいえ、あんまり頻繁に交わすと華扇さんに警戒されるので時間は出来るだけ短めに。
 まったく、こんな事で天子との意見が合うなんて忌々しいなぁ。

〈正直、古いタイプのツンデレにしか見えんぞ少年〉

 どこらへんが? 魅魔様、もうちょい物事を客観的に見ようよ。

〈あーうん、少年がそういうなら魅魔様は何も言わないよ〉

「で、華扇さん。これから何をするのですか?」

「とりあえず、互いの良い所を探す所から始めましょう」

 こちらの問いかけに、自信ありげな笑みを浮かべながらそんな事を言う華扇さん。
 咄嗟の思いつきだったけど、意外と良いアイディアだったって所かな?
 確かに悪い案では無いけど……そこで自慢気になるあたり、華扇さんからは慧音さんと同じ匂いがするよ。
 
「人は相手に対する感情でその人間の見方を変えるモノですからね。良い所を一つでも見つければ、相手の印象も少しは違って見える事でしょう」

 まぁ、言わんとする所は分からないでも無い。
 痘痕が笑窪に見えるなら、その逆だってまた真なりと言う事なのだろう。
 少なくとも、フランちゃんと天子が同じ事をしたら僕は天子の方だけ酷評する自信がある。確信もある。
 しかし、天子の良い所を探すねぇ……うん、良いか悪いかで言ったら死ぬほど嫌。
 だけどノーって言ったら、華扇さん怒るんだろうなぁ。
 や、別に怒った所で怖くも困りもしないのだけど。――なんか、前例が居るせいで泣かれそうな気がして困ります。

「うげー、コイツのぉー?」

「嫌とは言わせませんよ」

「……まー、良いけど」

『――とりあえず話に乗るわよ』

『――おーけー』

 すっごい不服そうだけど、天子の方も華扇さんに逆らうつもりは無いらしい。
 意外と付き合い良いんだなぁ。……良し、何も思いつかなかったらコレを良い所にでもしよう。

「いきなりは難しいかもしれませんから、詰まったら私も手伝います。さぁ、まずは晶さんからどうぞ!」

「んー、それじゃーまず一つ。――教養豊かだよね。内容も付け焼き刃ってワケじゃないし」

「当然じゃない。そういうアンタも、知識そのものは豊かだと思うわよ」

「身体能力の高さは天人固有のモノだけど、それに胡座かいているだけじゃ無い所も高評価かな。わりと考えて動くタイプだよね、天子」

「アンタほど考えても無いけどね。……ほんと、発想力と行動力は飛び抜けているわ。そこは認めてあげる」

「髪、綺麗だよね。長いのにサラサラで」

「女顔ではあるけど、上手く髪型とか整えれば普通に美少年だと思うわ」

「……何があってもへこたれない」

「……条件付きだけど、情に深い」

「器はかなり大きい、僕以外にはだけど」

「貴方もね」

「自分に自信を持っている事は、素晴らしいと思うよ!」

「過剰とも言えるその慎重さ、私は評価するわ!」

「……ぐむむむむ」

「……うぎぎぎぎ」

「ま、待ってください! 何で褒めあっているのに喧嘩直前みたいな空気になっているんですか!?」

 どんどん険悪になっていく僕らの様子に耐えかねた華扇さんが、慌てて割り込んで褒め合いにストップをかける。
 いやほんと、なんでこうなったんでしょうね? 僕にもさっぱり分からないです。
 まぁ、褒めている内にお互いすっごい不快な気分になった事は確かだけど。

「二人共、思ってもいない事を言っているのではありませんか?」

「全て本音よ。私だって、コイツが救いようのない無能であるとは欠片も思っていないわ」

「だよねぇ。有能だからこそ腹立つっていうか、ほんと死んでくれないかなって思うワケで」

「……つまり貴方達は、相手の良い所を知った上で嫌い合っているのですね」

「そうなるわね」

「そうなりますね」

 別に相手がどれだけ善人であろうと、それが敵対を止める理由にはならないと言う事です。
 いや、普通ならなると思うけど。僕だって普通なら止めると思うけど。

「天子なら別に問答無用で始末しても良いかなって」

「晶なら別に問答無用で始末しても良いかなって」

「……ひょっとして私は、物凄く根深い問題に首を突っ込んでしまったのでしょうか?」
 
 僕らの歩み寄る余地皆無な物言いに、思わず頭を悩ませる華扇さん。
 とは言え、実際はそこまで深刻な問題でも無いと思いますが。
 要するにアレだよね。好きとか嫌いって感情を、理屈で深く説明なんて出来やしないって事だよね。
 うん、しゃーないしゃーない。だから仲を取り持つのは諦めよう!

「いえ、まだです。まだ諦めませんよ!」

「……ちっ」

「……しぶとい」

「何か言いましたか!?」

「いいえ」

「何にも」

「…………確認したいのですが、貴方達は本当に仲が悪いのですよね?」

「もちろん!」

「何なら証拠、見せましょうか!?」

「止めてください」

 そう言って、華扇さんは深い深い溜息を吐き出した。
 うむ、実に哀愁ただよう姿だ。華扇さんってば超可哀想。原因の一旦僕にあるけど。
 ……いや本当に、結託しているつもりは一切合切無いんだけどなぁ。
 なんて言うか、悪い方向に意思の統一が出来ていると言うか。
 絶対に仲良くなるまいとお互いに決めているからこそ、傍から見ると仲良しさんにも見えるんだろうね。
 ……んー。なんかそう考えると、このまま天子と協調路線突っ走るのが腹立たしくなってきたかも。
 意地を張り続けても華扇さんが摩耗するだけだし。それならあえて彼女に協力して、天子を追い込んだ方が賢いのでは?
 うん、思いつくのが遅かったけど悪くないアイディアだ。早速試そう。

「だけどアレだね」

「華扇の言う事にも一理あるわね」

「いつまでも子供みたいな事しててもしょうがないし」

「ちょっとは協力」

「して」

「あげましょう」

「かな」

「…………」

「…………」

「やっぱ殺すわ」

「とりあえず殴るね」

「――根深すぎる」

 くそっ、天子のヤツめなんて卑劣なんだ。
 あえて華扇さんに同調する事で、僕を孤立させるつもりだったとは。
 鬼! 悪魔!! 外道!!!

〈数秒前の自分を思いだせよ、少年〉

 良し、次行ってみよう!

「なまじっかどちらも賢しいのが裏目に出ていますね。やれやれ、どうしたものでしょうか」

「天子をどうにかしよう」

「晶を何とかしましょう」

「…………」

 とりあえずこちらの意見を聞いていたらダメだと思ったのか、すみやかに僕らの言葉をスルーして考え込み始める華扇さん。
 うむ、その判断は実に正しい。ぶっちゃけ一々相手にすると面倒だから放置で安定だと思いますよ? 自分の事だけど。

「そうですね。では、少し‘やり方’を変えてみる事にしましょう」

 そう言って華扇さんは、僕と天子の首根っこを摘み軽く持ち上げた。
 おおっ、意外と力持ちなんだなぁ。吊るされた状態で呑気にそんな事を考える僕。
 まぁそもそも拘束されているワケじゃないから、振りほどこうと思えば楽に振りほどけるんだけど。
 華扇さんが何をするのか興味があるから、少しばかり流されてみよう。
 ――とか思っていたら天子と目線があった。うわ、超腹立つ。

〈何でだよ。少年はあの天人関連だと、発想がぶっ飛び過ぎてて魅魔様もついていけないぞ?〉
 
 いやだって、あの不良天人僕と同じ事考えてたんですよ?
 何をする気か知らないけど面白そうだからせいぜい頑張りなさいよフフン、とかもうムカつき過ぎてどうにかなっちゃいそうなレベルだよね。

〈腕組みしながら吊るされている天人の姿からそこまで察せる少年が怖い〉
  
 あっちも分かってますよ、ほら。

〈うわ、ほんとだ。あっちも親の敵みたいな顔でこっち睨んでる。なんなの君ら、魂分けた双子か何か?〉
 
 久しぶりにスペカはつどーう。



 ―――――――仕置「悪霊拷問台」



〈しょ、少年がマジギレした!? 普段、後で覚えてろとか散々言う癖に何もしてこなかった少年がついに!〉

 おかわりー。



 ―――――――仕置「悪霊拷問台」



〈ちょい待てスペルカードの重ねがけは禁止って言うか単発でも正直キツうわぁぁぁぁぁぁぁ!?>

 ふぅ、悪は滅びた。
 心のお仕置きゾーンに消えた魅魔様へ脳内で敬礼を送った僕は、改めて華扇さんの姿を眺める。
 どこから湧いて出てくるのか、意外な怪力で僕と天子を運ぶ華扇さん。
 このままの状態でも、数キロくらいなら楽々走破しそうだけど……果たしてどこに連れて行く気なんだろうか。
 遠出になるなら予め言って欲しいのですが。ほら、家に連絡しないといけなくなるし――おや。
 そんな事を考えていたら、何やら魔眼の効果範囲に入ってきた反応が一つ。それもそれなりの速さでこちらへと向かってくる。
 形的には猛禽類っぽいけど……なんか大きさがおかしくない?
 翼を広げたら――なんて小細工無しで、余裕で二メートル超える大きさがあるっぽいんですけど。
 え、マジで。マジっすか。う、うっひゃぁぁぁあああ!

「悪いわね、竿打。いきなり呼びつけちゃっ」

「凄い! 大型の猛禽類――ひょっとして「大鵬」ですか!?」

「いえ、ただの大鷲で」

「うわほんとでっかい! カッコいい!! ちょっと写真撮って良いですか!?」

「え、いや――ど、どうぞ?」

「ひゃっほぉう!!」

 ポケットからカメラを取り出し、羽根を畳んで身体を休めている大鷲を激写する。
 そう、こういうのだよ!! こういうベタなのを求めていたんだよ!!
 単純に巨大化しただけで、キメラ的要素とか妖怪的要素とか薄いのはちょっと残念だけど!!
 これでも十分に素敵だから許す! 超許すよ、僕は!!

「嬉しそうねぇ。コイツは妖怪じゃなくてただでかいだけの鳥だけど、アンタ的には有りなの?」

「アリに決まってんじゃん。そういう天子こそ、まさかコレが無しだとか言わないよね?」

「そうね……空を飛んでるコイツの背中に、両腕組んで仁王立ちして良いならアリね」

 ……コヤツ、やはり出来る。
 さらっと言ってのけた天子の台詞に思わず戦慄する僕。
 さすがだ。存在はムカつくけど、そのセンスだけは認めざるをえない。

「危ないから、この子に乗る時は座った方が良いですよ?」

「――アンタにはガッカリよ、モドキ」

「――華扇さん、貴方には失望しました」

「ええっ!?」

 それに引き換え華扇さんは……それで良く、大鷲の飼い主を名乗れましたね!!

〈因果関係何もねーじゃん、ソレ〉

 アレ、魅魔様復活早いね?
 連続でスペカ叩き込んだから、もうちょっと復活に時間がかかると思ったんだけど。

〈少年は鬼か。……まぁ、アレだ。魅魔様も成長するんだよ〉

 なるほど、良く分かりました。――ではもう一発。

〈ちょ、ま〉



 ―――――――仕置「悪霊拷問台」



〈ふぎゃぁぁぁぁあああ!?〉
 
 別に挑発された事は関係ないけど、今日は容赦なくガンガン行くよ。挑発された事は関係ないけど。

〈クソ、少年ってば心狭すぎだろ!!〉

 自分で言うのも何だけど、心の中に他人を住まわせている時点でそこそこ広いと思う。
 再度お仕置きゾーンへ引っ張り込まれた魅魔様にエールを送りつつ、改めて僕は華扇さんの大鷲――竿打君? に向き直った。
 うぅむ、見れば見るほど立派な鷲だなぁ。
 特に、頭の部分が白くなっている所が素晴らしい。
 いや別に、全身同じ色の鷲がダメって言ってるワケじゃないけど。
 なんて言うか、特別感があって良いよね! ハクトウワシみたいでカッコいいし!!
 ……ん、ちょっと待って? ハクトウワシって日本に生息してないよね?
 僕は鳥類に特別詳しいってワケじゃないから断言は出来ないけど、日本に頭だけ真っ白くなるワシはいなかったような……。

「あの……話を進めてもよろしいですか?」

「ゴメン、ちょっと待って!」

「…………あ、はい」

 興味を惹かれた僕は、その後もマジマジと竿打君の事を観察し続けた。
 結果、華扇さんと天子をかなりの時間放置する羽目になっちゃったけど――まぁ、仕方ないよね! うん!!





 ――あ、ほんとスイマセンでした。天子には謝らないけど、華扇さんにはちゃんと謝罪します。




[27853] 異聞の章・欄外伍「時には昔の話を」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/06/09 03:32
幻想郷覚書 異聞の章・欄外伍「時には昔の話を」




    ※この番外編は、紫や霊夢達がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスに深い意味はあんまり無いです。
     時間軸も第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。




紫「こんにちは、顔を見に来たわよ」

魔理沙「お、隙間じゃんか。久しぶりー」

霊夢「お土産があるなら置いて帰りなさい。無いならそのまま帰りなさい」

紫「あら、つれないわねぇ。最近あまり構ってあげられなかったから拗ねちゃったのかしら?」

霊夢「あんたの弟と一緒にしないで。私はむしろ、あんたの顔を見ない方が調子出るわ」

紫「酷いわねぇ。うふふ」

魔理沙「あいっかわらずの胡散臭さだなぁ。弟が出来てもーちょい丸くなるかと思ったんだが」

霊夢「弟が居るとかなり腑抜けるわよ。見てて凄く気持ち悪いわ」

紫「霊夢ったら、その口の悪さは少し抑えた方が良いわよ?」

霊夢「……限り無く正当な評価だから」

魔理沙「良く分からんが、茶を飲むんだよな? 奢りなら付き合ってやるぜ」

紫「そうねぇ――ま、今日は気分が良いから奢ってあげるわ」

魔理沙「よしきた!」

霊夢「好き勝手に話を進めないでよ。……まぁ、良いけど」

魔理沙「へん、素直じゃないねぇ」

紫「まったくね」

霊夢「言ってなさい――それにしても、アレね」

魔理沙「あん? なんだよ」

霊夢「改めて思うけど、あんな‘バケモノ’を良く飼おうと思ったわね、あんた」

魔理沙「バケモノって……晶の事か?」

紫「酷いわ。確かに幻想郷でも珍しい力の持ち主だけど、貴方がそこまで言うほどの子じゃないわよ?」

霊夢「そういう風になるよう、あんたが仕込んだんじゃない。白々しいわね」

紫「……そうね、否定はしないわ」

霊夢「と言うか別に、仕込んだ事にどうこう言いたいワケじゃないのよ。私に関係ない事に興味なんて無いし」

魔理沙「なんだ、霊夢が変なもの食って正義感に目覚めちまったと思ったら違うのか」

霊夢「今のところ目覚める予定は無いわね。単に気になったから聞いてるだけよ」

紫「あんな危険な存在を、何で懐柔しようと思ったのか。と?」

霊夢「そ。放っておけば幻想郷に絡む事も無かったでしょうに、何でわざわざ引き込んだのよ」

魔理沙「あー、その前に良いか?」

霊夢「なによ」

魔理沙「いや、紫も言ってたけどさ。晶ってそんなヤバいヤツか? 色々面倒なヤツだとは思うけど、お前がそこまで言うほどでも無いだろ」

霊夢「だからソレは、今のアレに対する評価でしょ? 私が言ってるのはそうなる前のアレのヤバさなのよ」

魔理沙「幻想郷に来る前の晶、なぁ。……どっちにしろ害は無いと思うんだが」

霊夢「はんっ」

魔理沙「うわ、鼻で笑いやがったコイツ」

霊夢「害は無い? バカ言わないでよ、今のアレより昔のアレの方が遥かに有害よ」

魔理沙「遥かに有害って……」

紫「ま、そうね。昔のあの子の危険性は、私も十二分に理解しているわ」

魔理沙「……なんか、私だけ置いてきぼりくらってるんだが。昔のアイツってそんなにヤバかったのか?」

霊夢「ヤバいわよ。正直、紫ならアレを幻想郷から遠ざける方に動いてもおかしくないかったわね」

魔理沙「ふーん。とは言え私は、そもそも昔の晶を知らないからなぁ。そう煽られてもいまいちピンと来ないと言うか」

霊夢「私だって知らないわよ、昔のアレなんて」

魔理沙「あ? じゃあ、なんでヤバいとかバケモノとか言ってたんだよ」

霊夢「だって実際そうじゃない。あの能力で‘何の由縁も無い’って、考えうる限り最悪の組み合わせよ」

魔理沙「最悪とまで言うか? 私としちゃ、そんなアイツの側に悪巧みしてる神様や妖怪が居る状況とかの方が最悪だと思うけどな」

霊夢「私からすればそっちの方がまだマシね。操り人形なら、自然と使う力に制限がかかるもの」

紫「由縁がないから進む道が無い、導く者もいない、抑える力が無い。しかし力そのものは何にでも使える……考えて見ると怖い話ね」

霊夢「紫が手出ししなけりゃ、アレは無自覚に世界を歪め続けたわよ」

魔理沙「……なるほど、霊夢の言いたい事が分かってきたぜ。つまり昔のアイツは銃を持ってる子供みたいな状態だったんだな?」

紫「その上、子供が望めば銃は大砲にもミサイルにも姿を変えるわ。そして子供は、やがてその事を‘常識’だと思うようになるのよ」

魔理沙「……それ、滅茶苦茶ヤバくないか?」

霊夢「だからヤバいって言ったじゃない。無知な子供に一番持たせちゃいけない類の力よ、アレの力って」

紫「野放しにしていたら、間違いなく晶は時代に名を残していたでしょうね。――その意味合いはともかく」

魔理沙「――紫、良くそんなのを引っ張り込もうと思ったな」

紫「あら、危険度で言えばそれ以上のが幻想郷にはゴロゴロ居るじゃない」

霊夢「分かってる奴らはどうでも良いのよ。それだけ力持ってて、分かってないから最悪なの」

魔理沙「マジで何するか分からないもんなぁ。……ほんと、良くソレがアレになれたもんだ」

紫「ゆかりん頑張りました☆」

霊夢「キモい」

魔理沙「吐きそう」

紫「もー、落ち込んじゃうわ。ぐすん」

霊夢「止めなさいよ、背筋が寒くなったわ。……それにアンタの事だから言うほど頑張っても無いんでしょ」

魔理沙「確かに。絶対の勝算があった上での引き込みの方が紫らしいぜ」

紫「私だって、たまには意地で動く事もあるのよ。晶の祖父には借りもあったしね」

魔理沙「祖父に借り?」

紫「幼い頃の晶の保護者だった彼の祖父は、かつて幻想郷に迷い込んだ事があったのよ。その時に色々と迷惑をかけたから、そのお詫びに……」

霊夢「――なるほど、謎は全て解けたわ」

紫「な、なによ」

霊夢「アンタ、アレの祖父を見張っていたのね。大方幻想郷の事をどう扱うか探っていたって所なんでしょうけど」

魔理沙「見張りか。晶の爺さんってそんな重要人物だったのか?」

霊夢「バカね。コイツの性格を考えてみなさいよ――幻想郷から抜けだしたヤツ全員見張ってるに決まってるじゃない」

紫「さ、さすがに全員じゃないわよ? 問題がありそうな人間の様子を、ちょくちょく見てるだけで」

魔理沙「……やっぱ隙間は隙間か」

霊夢「紫の小賢しい企みはどうでも良いのよ。要するに、アンタは晶の存在にかなり早い段階で気付く事が出来たワケね」

魔理沙「あーそっか。晶じゃなくて晶の爺さんを見張ってたから、完全にヤバくなる前に晶を見つけられたのか」

霊夢「で、ここぞとばかりに無垢なアレを洗脳したと」

紫「……違うわよ? 私が見つけた時点で、あの子すでに幻想郷大好き人間になってたのよ?」

魔理沙「だってさ、どう思うよ」

霊夢「めんどいからダウトで」

紫「ダ、ダウトじゃないわ。本当に私はわりと純粋な親切心で――」

霊夢「アレの祖父を監視してた件、アレにチクっていい?」

紫「…………霊夢、魔理沙、何か欲しい物ある?」

魔理沙「紫ぃ……」

紫「ち、違うのよ? 別に疚しい所があるワケじゃないの。でもほら、思い出は美しい方が良いじゃない?」

霊夢「そこら辺の事情、全部話したワケじゃないのね」

紫「色々企んでたって事は言ったんだけど……そんなのどーでも良いって言われたから、細かい内容までは」

魔理沙「……どーでも良いって言ってるんなら、細かい内容聞いたって気にしないんじゃないか?」

紫「根拠が無い事は出来ないわ!」

霊夢「ね、腑抜けてるでしょ?」

魔理沙「ああ、思ったよりも酷かったな」

紫「腑抜けてないわ! これは純粋な、姉としての葛藤なのよ!!」

霊夢「知らないわよ」


 続かない


魔理沙「それにしても、晶の爺さんってどんなヤツだったんだ? 監視必要な危険人物なんだろ?」

紫「いえ、別に危険では無かったのだけど……正直行動の読めない所がある人だったから」

霊夢「あんたが読めないって、つまり相当な変人って事じゃない」

紫「常識的な人ではあったのだけどねぇ……」

魔理沙「さすがは晶の爺さん――って言うべきなのか?」










◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「祭りの時間だぁぁぁ! 山田です」

死神A「あの、何で私はりつけにされてるんですか? 死神Aです」

山田「それはゲストを紹介すれば理解出来る事でしょう。――カモン、ゲスト!!」

仙人「なっ、何ですかコレは! ゲストとして呼ばれたのに、何故私ははりつけにされているのですか!?」

死神A「あっ(察し)」

山田「本日の質問はただ一つ。――乳くらべの時間だオラァァァァ!!」

死神A「ああ、来てしまった……この悪魔の時間が来てしまった…………」

仙人「すいません。何一つ分からないのですが、私達はこれからどうなってしまうのですか?」

死神A「死ぬより酷い目に遭います」

仙人「えっ」

山田「恐らく、今回が最後の乳くらべとなります。全キャラ登場後の最終バージョンはねーからな!!」

死神A「えーっと、この場合アレはどうなるんですか? 番外扱いで登場しちゃってるオリキャラ三人の事ですけど」

仙人「あの、何故貴方ははりつけにされている状態で平然と話を進めているのですか? そこはどうでも良い所でしょう?」

死神A「慣れました」

仙人「えっ」

山田「当然入ってますよ。時間軸がどうこうでなく、登場したか否かが焦点なので」

死神A「アレ、でも今まで次代巫女は居なかったような――」

山田「山田マグナムっ!!」

死神A「おぼあっ!?」

仙人「し、死神Aさぁーん!?」

山田「愚かな……」

死神A「な、何をされたのかさっぱり分からない……」

山田「これが山田究極使い捨て奥義、山田マグナムです。二回目は無い」

死神A「別の使い捨て奥義がまた生えてきそうっすね……うぐ」

仙人「いやいやいや、そんな事よりツッコミを止めましょうよ! ボロボロですよ!?」

死神A「でも、あたいがツッコミをしなきゃオチが……」

仙人「オチってなんですか!?」

山田「では、最終バージョン幻想郷乳くらべ行きまーす」

仙人「無視しないでくださいよ!?」


巨 死神A 小町 衣玖 お空 華扇
  幽香 美鈴 神奈子 幽々子 勇儀 白蓮 三叉錠
  紫 永琳 雛 魅魔 晶(♀) メリー
↑ パチュリー 早苗 メルラン 藍 一輪
  アリス 文 星
  慧音 神綺 パルスィ 蓮子
普 咲夜 妹紅 鈴仙 リリカ 水蜜 魔理沙 神剣 はたて
  輝夜 椛 小傘 霊夢
  小悪魔 にとり 秋姉妹 お燐
↓ メディスン リグル ルナサ ヤマメ 次代ちゃん
  大妖精 てゐ 妖夢 ミスティア キスメ ぬえ
  レミリア チルノ ルーミア フランドール 諏訪子 橙 さとり こいし ナズーリン 魔法の鎧 三妖精
貧 阿求 山田 映姫 天子

無 晶 上海人形 傘 雲山 霖之助 ゴリアテ人形


山田「貧乳一歩手前の密集っぷりがヤバい」

死神A「三妖精、詰めるためにワンセットにしちゃいましたからねー。……それで山田様」

山田「なんですか?」

死神A「多分皆気になっているであろう、晶(♀)って」

山田「久遠闘法の正統後継者さんです」

死神A「あの人かー。やっぱあの人だったかー」

仙人「あの、誰の事です?」

山田「そこでメタに突き抜けられないから貴方はダメなんですよ、このダメ仙人!!」

仙人「ダ、ダメ!?」

死神A「山田様の唐突過ぎる毒舌は無視してください。後、メタに突き抜けたら色々負けだと思いますよ?」

山田「でもぶっちゃけ、仙人さん立ち位置的に中途半端ですよね。ツマンネ」

仙人「ツ、ツマンネ……」

死神A「いや、正直ツッコミ役が来てくれるだけですっごい助かるんですけどね。あたいは」

山田「職務放棄ですね。減給」

死神A「アレェ!? 自分で自分の首絞めました!?」

山田「ちなみに晶(♀)さんですが、当初は巨乳ゾーン天辺に居る予定でした。後、ゲストの予定でした」

死神A「はぁ。それでなんで、どっちも変わっちゃったんですか?」

山田「乳の方はアレです。胸囲もあるけど胴回りも太いですから、カップ数換算だとそうでも無いかなと思い直しまして」

死神A「ああ、なるほど……で、ゲストでなくなったのは?」

山田「存在自体がギャグ過ぎて弄れないので諦めました」

死神A「――なんでっ、なんで来てくれなかったんだよ晶(♀)さん!!」

山田「山田ファントム!!」

仙人「いったぁ!? な、何で私が!?」

山田「すいません、私理不尽キャラなんで」

仙人「何の理由にもなっていませんよ!?」

山田「後はまぁ、順当な結果だと思っています。強いて言うなら封獣の扱いが人によって変わるぐらいでしょうね」

死神A「左様ですか」

山田「と言うわけで、新たに追加され五人衆になった巨乳共の内二人にオシオキして今回は終わりでーす」

仙人「ええっ!? ちょ、ちょっと待って下さいよ!? オシオキってなんですか!?」

死神A「ははは……いつものことですよ」

仙人「い、いつもの事って――えぇぇぇぇええっ!?」

山田「ガタガタ言わずに現実を受け入れなさい。巨乳滅せよ!!」

仙人「そんな無茶苦茶なぁぁぁぁぁ……」

死神A「いやー、今日は珍しくあんまり叫ばず済んだなぁぁぁぁぁぁ……」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 異聞の章・陸拾「妖集悲惨/修行の時間は始まらない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/04/27 22:09


「おいーっす、華扇。元気して――」

「…………」

「うおっ!?」

「…………」

「なんだ珍しいね、こんな所で仙人殿が居眠りとは」

「……ねてません」

「うっひゃぁ!? び、ビックリしたぁ……」

「……いらっしゃい」

「おう、お邪魔してるよ。――で、どーしたのさ。何だかお疲れじゃないか」

「………………」

「……華扇?」

「…………お節介も、ほどほどにしておかないとダメですよね」

「えっ」

「……私は、己の限界を知りました」

「えっ。マジで何があったんだい、お前さん?」





幻想郷覚書 異聞の章・陸拾「妖集悲惨/修行の時間は始まらない」





「……それで、もう良いですか?」

 ようやく竿打の観察を止めた久遠晶に、私は言外の苛立ちを込めてそう問いかけた。
 あれから四半刻は経っただろうか。まさか、一度もこちらを顧みず竿打を愛で続けるとは思わなかったわ。
 ……天人が、早々屋台へ戻って八目鰻をつまみ出すワケよ。
 真後ろで仁王立ちしていれば気づくと思っていたのに……結局、最後まで無視され続けたわね。

「満足しました!!」

「そうですか」

 これでも私、かなり不満を顔に出していると思うのだけど。
 どうして彼は何の反省も感じられない笑顔で、屈託なく私に笑いかける事が出来るのかしら?
 舐められているとは思いたくないけど、無様な姿は散々見せてしまったものね。
 ……今からでも、彼の印象を変える為に努力するべきかしら。
 いえ、止めておきましょう。どう考えても逆効果で終わるのが目に見えているわ。

「バカに餌を与えた時点で貴方の負けよ、華扇……もぐもぐ」

「仰る通りなのですが、貴女に言われると複雑な気分です」

「それで、この大鷲はなんの為に呼んだんですかね? 観賞用?」

「それだけは絶対にありません」

 とにかく話を聞いて貰える状況にはなったのだから、それで良しとしよう。
 私は怒鳴りたくなる衝動を抑え、二人の瞳をじっと見据えた。

「――これから、貴方達には私の家で修行をして貰います」

「えぇー」

「えーっ!」

 私の宣言に、同じ言葉で違う反応を返す二人。
 ……天人の反応は想定していたけど、久遠晶の反応は想定外ね。
 私、そんなキラキラした笑顔で喜ばれるような提案をしたのかしら。
 
「貴方達を和解させるには、まずその歪んだ性根を叩き直すべきだと判断しましたので」
 
「それで、仙人の修行をするんですね!?」

「……ええ、まぁ。本格的な修行ではありませんし、精神修養が主な目的ですが」

「でも、仙人の修行なんですよね!!」

「そうなりますね」

「うっひょー! テンション上がってきたー!!」

 本当、凄まじいまでの歓迎っぷりね。
 協力的なのはありがたいけど、こちらの意図はきちんと伝わっているのかしら。
 
「かったるいわねぇ。そもそも仙人の修行とか、私やるだけ無駄じゃない」

「いや、天子は似非天人だから効果あるんじゃないかな。――あ、でも修行したって改善はされないか!」

「はんっ、あっさい挑発ね」

「だとしたらどうする?」

「その喧嘩、買うわ。――この私が万能の天才である事を証明してあげようじゃない!」

「はは、万能の天才とか」

「やっぱり殺した方が早そうね」

「よっしゃ、かかってこいやぁ!!」

「喧嘩は止めなさい! その――修行をさせませんよ!!」

「……ちっ、仕方ないか」

「良いわ。決着は、修行の結果で着けてあげようじゃないの」

 ……気のせいで無ければ、話の方向がおかしくなってきているわね。
 性根を叩き直すための修行なのに、何でご褒美みたいな扱いになっているのかしら。
 しかも何故か、修行で決着をつけようとする流れになっているし。
 そもそも勝敗の基準をどうするのよ、その勝負。――いえ、問題はソコだけでは無いのだけれど。

「とにかく、これから我が家に貴方達を連れて」

「はい!」

「…………はい、どうぞ」

「予め保護者に泊まりを言っておかないと大変な事になるので、一度家に帰って良いですか!!」

「…………………………私が何故修行させようとしているか、分かっていますか?」

「僕と天子の性根を矯正するんですよね、分かってます! ――で、帰っていいですか? 大丈夫、ちゃんと戻ってくるから!!」

「……どうぞ」

「ありがと! では行ってきまーす!!」

 元気よく私に手を振りながら、氷の翼を広げて飛んで行く久遠晶。
 あっという間に見えなくなった彼の姿を目で追いながら、私は自らの選択を少しばかり後悔するのだった。

「今撤回すれば、まだ軽傷で済むと思うわよ? まぁ、止めさせる気は無いけど」

「し、しませんよ? 撤回も後悔もしませんからね?」




「――止めておけば良かったかもしれません」

 戻ってきた久遠晶を連れ、竿打に乗った私達は妖怪の山へと向かっていた。
 ……ええ、もちろん大人しく辿り着けるとは思っていなかったわ。
 天人と久遠晶が喧嘩をするとか、張り切った久遠晶が何かやらかしたりとか、予想も覚悟も色々としていたのよ?
 だけど、だからといってコレは……さすがに予想外ね。

「楽しみだねー、修行!」

「ですね!」

「修行が楽しみとか、貴女もかなり趣味が悪いわね」

「そんな事言っちゃってぇ、天子さんだって修行する気は満々なんでしょう?」

「私は仙人の修行をあっさり片付けて、私の優秀さを見せつけてやりたいだけよ。自分を虐める趣味は無いわ」

「なるほど、ツンデレってヤツですね!」

「それはない」

「それはないわ」

「……うう、二人共厳しいです」

 背後を振り返り、若干険悪であるものの基本的には和気藹々としている彼女らの会話を横目で眺める。
 ――やはり、何度確認しても増えてるわね。
 久遠晶と比那名居天子の合間に座り、ニコニコと笑っている巫女の姿。
 アレは、守矢神社の風祝ね。
 戻ってきた久遠晶と一緒に居て、何食わぬ顔で合流してきたけれど……何で彼女はここに居るのかしら。
 天人も深く触れずに受け入れていたから突っ込めなかったけれど、明らかにおかしいわよね。

「すいません、一つ聞いてよろしいでしょうか」

「何ですか?」

「何よ」

「何でも答えますよ!!」

「その……そちらの女性――東風谷早苗さんですよね? は、何故ここに居るのでしょうか」

「家に遊びに来てたので、せっかくなので一緒に来てもらいました!!」

「修行に興味がありました!!」

 なるほどそういう事――いやいや。
 おかしいわよね、それは。明らかにおかしいわよね。

「……もう一度、この修業の目的を確認させてください」

「みんなでわくわくせんにんしゅぎょう!」

「違います」

「この私の素晴らしさを、コイツらに思い知らせてやるんでしょう?」

「違います!」

「晶君と天子さんの性根を叩き直すんですよね!」

「なんで貴女が把握していいるんですか!?」

「教わりました!」

「教えました!」

「……つまり、貴方は正しい目的を覚えていたワケなんですか」

「そりゃ、たったの数十分ですからね。それで話を忘れるとかありえないでしょう」

 ええ、確かにありえないわね。
 そんなありえない事をしでかした彼には、一度お灸を据えておいたほうが良いと判断したわ。
 だから今、彼の顔面に向けて放った拳はオシオキなの。怒りの衝動に赴くまま突き出した暴力では無いのよ。

「――ナイスパンチ。がふっ」

「バカがやられたわ」

「くくく……しかし晶君は、我らが四天王の中でも最弱」

「後二人誰よ、四天王」

「……天子さん?」

「私か。――まぁ、アレが最弱なら良いわ、許す」

「後は………………華扇さん?」

「いきなり内部分裂起こしてるじゃないの」

「大魔王は誰にしましょう……」

「は? 何で大魔王が出てくるのよ、四天王なら出てくるのは神仏でしょう?」

「えっ」

「えっ」

 ……彼女らは彼女らで、何をやっているのかしら。
 久遠晶が殴られた事に興味はないのか、頓珍漢な会話を始める風祝と天人。
 暴力を振るった私が言うのもなんだけど、良いのかしら流して。
 それと、至極どうでも良い事なのだけど……四天王扱いは止めてくれないかしら。
 いえ、ほんと深い意味は無いのだけど。

「――さて、ジャブ代わりのボケはこのくらいにしておいて」

「ジャブの意味は分かりませんが、貴方の使い方が間違っている事は何となく分かります」

「話を戻しますけど、早苗ちゃんが居る事の何が問題なんですか?」

「何で問題無いと思えるんですか?」

 私、何度も確認してるわよね? 遊びに連れて行くワケじゃないって分かってるわよね?
 問い詰める代わりに睨みつけてみると、可愛らしい表情で首を傾げる久遠晶。
 ふふふ、久遠晶はお茶目ねぇ。――おっと、気付けばまた拳が。

「ナ、ナイスボディ……ぐふっ」

「だんだんと、バカの止め方が攻撃的になってきているわね」

「そのうちスペルカードとか使い出すかもしれません。某都会派魔法使い(失笑)さんみたいに!」

「ああ、あの人形遣い?」

「そうです、私も尊敬するツッコミの鬼こと私達の常識人アリスさんです!」

「アリスにはいつもお世話になってます」

「私、そいつの事そんなに知らないけど可哀想だと思った」

 私も思った。
 いや、そうじゃないのよ。そんな名も知らぬ誰かの事はどうでも――

「ふぎゃん!?」

「あいたっ!?」

「な、何事ですっ!?」

「弾幕ね。しかも、恐ろしく正確な狙撃よ」

「いったい何者が……」

「アリスさんや……アリスさんがお怒りになったんや…………」

「この的確なツッコミ、さすがはアリスさんです……」

 いやいや、さすがにそれは……。
 そんな私の否定は、思いの外真剣だった彼らの表情によって阻まれてしまった。
 えっと、そんな、まさか?
 思わず弾幕のやってきた方角に視線を送るが、当然その先に人影など見えはしない。
 ………いやほんと、まさかよね?
 恐る恐る天人の表情を窺ってみると、彼女は困ったように首を横に振り肩を竦めてみせた。
 ああ、貴方にも分からないの。良かった、私だけがおかしいのかと思ったわ。

「と言うか早苗ちゃん大丈夫? モロに弾幕頭に受けてたけど」

「威力は加減されてたみたいなので何とか……うう、最近アリスさんのツッコミが厳しくなってきました」

「まさか、アリスが僕以外に弾幕ツッコミをかますとはねぇ。どうしたんだろ?」

「分かりません。最近は暇な時にアリスさんの家に押しかけてるんで、だいぶ仲良くなれたと思っていたのですが」

「……多分、原因はそれじゃないかなぁ」

「ええっ!?」

 そのまま、どんどん話を脱線させていくメイドと風祝。
 色々と言いたい事はあるはずなのに、それを言ったら負けになると思ってしまうのは何故なのだろう。
 ――そうだ、しっかりしろ私。問題は何一つ解決していないのよ?
 私は深呼吸をして、他愛ない話を続ける二人の間に割って入った。
 
「話を戻しますが、構いませんか?」

「あ、どーぞどーぞ」

「ばっちり聞きますよ! 任せて下さい!!」

 すると即座に体勢を整えて、こちらに向き直る二人。
 聞き分けが良いのはありがたいのだけど……この二人が真面目な顔をしているだけで、こんなにも不安な気持ちになるのは何故かしら。

「我々はこれから、修行による精神修養を試みるワケです」

「はい!」

「そうですね!」

「精神修養と言うと言葉が良く聞こえますが、実質コレは無駄に喧嘩する天子さんと晶さんへのオシオキの様なものです。ここも良いですね?」

「はい!」

「分かってます!!」

「では、再度聞きます。――ここに彼女が居るのはおかしくありませんか?」

「えっ?」

「おかしいですか?」

 ――話が、話が全然通じてないっ!
 我ながら丁寧に説明したと思うのだけど、どうしてここまで不思議そうな顔をされるのだろうか。
 私は助けを求め、天人の方へと視線を送る。
 が。彼女はそんな私の姿を、実に楽しそうな顔で眺めていた。
 しまった。二人の天然っぷりに隠れていたけれど、彼女も違う方向に問題児だった。
 
「……楽しい修行にはなりませんよ」

「そりゃ、修行だからね」

「当然ですね」

「では、何故そんな楽しくない事に参加しようと思ったのです?」

「楽しそうだから!」

「そうです!!」

 ……いや、だから何でそうなるのよ。
 凄まじい矛盾を平然と口にする彼らの姿に、呆れを通り越して戦慄すら抱いてしまう。
 分からないわ。この二人は、何を期待しているのかしら。
 内心で頭を抱えながら、それでも相手を理解するため私は話を続けていく。
 ――しかし、やはりどう話しても噛み合わない。
 どちらもそれなりに仙人の知識があり、修行の辛さも理解しているようなのだけど……どうしてここまで修行を楽しみに出来るのだろうか。

「そもそも風祝たる貴方が、仙人の修行をしても問題ないのですか?」

「問題ありません! 神奈子様も諏訪子様も、そんな事で怒るほど心狭くありませんから!!」

「いえだから、心がどうこうの話では無くてですね」

「ぷくく……もう良いじゃない、素直に諦めて連れて行けば」

 正直、もうそれで良いと言う気にもなっているのだけど。
 私は同時に、確信に近い予感も抱いているのだ。
 

 ……このまま流され続けたら、きっと最後まで彼らのノリに流され続けると。


 そうなれば性格矯正どころではない。散々振り回されて、最終的に疲れだけが残る羽目になってしまう。
 私は竿打にゆっくり飛ぶよう密かに指示を出しながら、改めて気合を入れ説得に望むのだった。
 とにかく、彼女を連れて行くにせよ意識だけは変えてもらわないと――





 なお説得の結果はあえて語らないけれど、修行が上手く行かなかった事だけは一応言っておく。
 うん、まぁ、私も薄々そうなるのではと思っていたのだけど……彼らはもう、あのままで良いのかもしれないわね。はぁ……。



[27853] 神霊の章・壱「雄終完日/スタートアップ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/05/12 00:01


 さてさて、面白い事になってきたわねぇ。

 ここ最近は殊更面白かったけど、ついにそれが頂点に達した感じよ。

 うーん、参ったわ。そのつもりは無かったのだけど、コレ何とかなっちゃうわねー。

 何とかなっちゃうなら何とかするしか無い。一応、私は彼女に仕えている事になるワケだし。

 それに、彼女がこの世界を見て何を思いどう行動するのかは非常に気になるところだ。

 ……なら良いか。準備はちょっと面倒だけど、ここまでお膳立てされてれば苦労そのものはしないでしょう。

 アレらは問題だし面倒だけど、それは今に限った話では無いしね。

 良し、決定! それじゃあ具体的にどう動くかを考える事にしましょう。

 さてどーしましょうかねー。私、悪巧みは好きなんだけど……知恵比べはなー。

 ……そうだ! じゃあまずは、知恵比べ要員に退場してもらう事にしましょうか。

 彼女自身に隙は無いけど、彼女の関係者は隙だらけなのよね。

 うふふ、ちょっと楽しくなってきたわ。

 この調子で、彼女の復活まで楽しく動きまわる事にしましょうっと。

 ……っといけない、忘れてたわ。あの子にも声をかけないと。

 ねぇ、ちょっと――





幻想郷覚書 神霊の章・壱「雄終完日/スタートアップ」





「うーん――良い朝だ、今日も平和だね!」

 のそのそと布団から出た僕は、太陽の位置をガン無視して大きく背伸びした。
 まぁ、時計がそれほど普及してない幻想郷だから、ほぼ真上に太陽があっても朝と言い張れば朝になるんだろうけど。
 とは言え、最近の不摂生っぷりは我ながらちょっと看過しかねるモノがあるかなぁ。
 んー、今日からはちゃんと寝るべき?
 後ちょっと、後もう少しとズルズル続けるよりは、そっちの方が色んな意味で効率良いしねー。
 ……まぁ、分かってても止められないから夜更かしするのですが。

「おはー……って、やっぱ誰もいないか」

 第三の眼で把握していたけれど、リビングには誰の姿も無かった。
 時間的に昼に近いとはいえ、人っ子一人居ないのは珍しい。
 皆忙しいのかなぁ。と呟きつつ、僕はそのまま台所へ向かい遅めの朝食を探していく。
 確か、ねーさまの持ってきたワッフルが残ってたはず――あった。
 とりあえず二個ほど手に取り、そのうち一個を口に加えて飲み物の準備を行う僕。
 ……牛乳、どれくらい残ってたかなー。
 何気に洋食関係の食材って、どれもこれも幻想郷では希少なんだよね。
 人里でも売ってるけどお高いから、出来るだけ消耗は抑え目で――って、そもそも残りがそんなに無かったや。
 しょうがない、ミルクティーにして誤魔化そう。
 さて、幽香さんオススメのミルクティー用茶葉はどこにあったかな――アレ?

「なんか地面が急にぃぃぃいい!?」

 浮遊感と共に落下していく身体。下を向くと、落とし穴のように設置されているスキマ。
 あ、コレはアレだ。多分強制イベント系のアレだ。どう足掻いても抵抗できないし、抵抗するとより酷い目に遭うヤツだ。
 混乱する頭でかろうじてそう判断した僕は、無駄な動きを止めて流されるままスキマへと落ちていく。
 ……僕のスキマ能力はセーフティかかってるから、コレは紫ねーさまのスキマだよね?
 今更な疑問を抱きつつスキマを潜った僕を待ち受けていたのは――すでにお馴染みになった博麗神社の境内だった。

「はーい、最後の一名様ごあんなーい」

「……ねーさま?」

 前もって予測していたおかげで無事に着地出来た僕を歓迎するねーさま。
 何が何やらと首を傾げつつ周囲の様子を窺ってみると、僕とねーさま以外にも人の姿が。
 ……霊夢ちゃんは良いとして、魔理沙ちゃんに早苗ちゃんに妖夢ちゃんも?
 なんだろうこの人選は。おまけになんか皆、気のせいでなければガッツリ装備固めている様な……?

「もぐもぐ……えっと、お早うございます?」

「おはようです、晶君!」

「おはようございます、晶様!」

「もう昼だけどなー」

「はぁ……」

 とりあえず挨拶してみる。ついでに、持ったままだったワッフルと牛乳も手早く片付けた。美味しい。
 どうやら全員、自分がこの場にいる理由は把握しているようだね。
 戸惑っているのは僕だけか……困った、何がどうなっているんだろう。

「それじゃ、全員揃った所で話を進めるわ。……皆、ここ最近の異常には気づいているわね?」

「もちろん分かってるぜ、最近そこらじゅうで見かける霊共の事だよな」

「正確には‘神霊’ですよ、魔理沙さん」

「細かい事はどーでも良いのよ。要するに異変なんでしょ、コレって」

 はぁ、異変ねぇ。
 僕は特に何とも思ってなかったのだけど、どうやら幻想郷のアチコチでは妙な事になっていたらしい。
 神霊……確か、人間の欲やら想いやらが霊体として出たものだったっけ?
 そんなものがそこらかしこに溢れているとするなら、なるほど確かに異変だと言えるかもしれない。
 ――そっか、アレって異変の影響だったのか。僕はてっきり……いや、何でもありませんじょ?

「ならいつも通り、勝手に動いて勝手に解決すれば良いだけの話じゃない。なんでこんな風に集まってるのよ」

「見ての通りよ。ちょっと今回は、異変に関わる人間が多すぎるのよね。だから一度集まってもらったの」

「なんだァ? まさか、皆で仲良くよーいドンして異変解決競争でもさせようってんじゃないよな」

「――ええ、そのつもりよ」

「はぁ!?」

「何ぃ!?」

 ねーさまの想像してなかった答えに、僕を含めた全員が驚愕する。
 いやだって、まさかのスキマ妖怪公認の競争だよ?
 今までも何度か、誰が解決するか競い合ってた事はあったみたいだけど……それ認めちゃって良いの?
 一応コレ、幻想郷の危機だよね?

「まぁ、ぶっちゃけちゃうけど……今回の異変って、あんまり私達側には影響ないのよね」

「私達――と言うのは、妖怪達と考えてよろしいのでしょうか?」

「よろしいわよ」

「……つまりアレか。お前、もう事の真相をあらかた掴んでるんだな」

「掴んでるわよ」

「じゃあキリキリ白状なさい。何が起きてるのよ」

「内緒よ。私が話したらつまらないじゃない」

「えっと……良いんですか? 異変、なんですよね?」

「異変よ。ただ――私的には少し放置した方が美味しいのよ。彼女らが与える影響を考えると」

「わっるい顔してんなぁ……」

「ちなみにコレ、妖怪側のほぼ総意だから。もちろん解決はしてもらうけど――手間取る程度には遊んでもらうわよ?」

「あのー」

 色々と聞き捨てならない事をぶっちゃける紫ねーさま。
 その内容は凄く気になるけど、追求する前に正しておかないといけない事がある。
 ――とりあえず、異変に気づいても居なかった僕はそもそも参加資格ないデスよね?

「ねーさま、何も知らない僕はそもそも異変に関わる予定すら無かったのですが」

「そ、そうなのですか!?」

「うん。神霊がどうこうとか、何一つ知りませんでした」

 僕の実力なんてそんなもんですよ?
 だから妖夢ちゃん、話の裏を探るような視線は止めてネ? 本当に何も無いから。

「だから正直、こうして呼ばれても困るんですけど――」

「良いのよ、アンタは」

 そこまで言った所で、何故か隣の霊夢ちゃんが口を挟んできた。
 彼女は「何アホな事を言ってるんだこのバカは」みたいな表情で、じっとこちらの事を睨んでいる。
 えっ、まさかの特例扱い? その、ちょっと嬉しい気持ちはあるけど、さすがにそれは過剰な扱いな気が……。

「どんな形にせよ参加して場を荒らすのは確定してるんだから、居ない方が逆に不安になるわ」

「そうですね! 晶君なら、後からしれっと紛れて異変の規模を更におっきくするとかしそうです!!」

「僕の評価酷くない?」

 でも分かってた。そうだよね、狡知の道化師の扱いなんてそんなもんだよね。ぐすん。

「しっかし意外だな。目聡いお前さんなら、とっくに異変に気付いていると思ったんだが……」

「ははは、僕だって見逃す事はありますよー?」

「――はっ!? 分かりました、晶様はそうやって我々を油断させているのですね!!」

「油断させてどーすんのさ」

 妖夢ちゃんに至っては、考えすぎて良く分からない結論に達しているし。
 まったくもう。皆、僕の事警戒し過ぎだよ!
 毎回毎回、異変に関係しているなんて事あるワケが無いじゃないか。はっはっは。

「――ところで晶?」

「なんですか、紫ねーさま」

「私、神霊の異常発生現象を始まりから今までずーっと観察していたのだけどね?」

「はぁ、お疲れ様です。それで?」

「――ある時から、神霊増加傾向が数倍に跳ね上がったのよ。心当たりない?」

「……………………………………………………………………ナイヨ」

「ちなみに時期的に言うと、晶がコソコソ妖怪の山で夜更かしし出した頃なんだけど」

「……………………………………………………………………………………………………………シラナイヨ」

 ――すいません、嘘です。
 現実から目を背けていたけども、招集理由を聞いた時点で心臓バクバクでした。
 いやほんと、悪意は無かったんですよ?
 結果的に神霊が増えちゃっただけで、今回の異変に関わる意図は一切ありませんでした。
 と言うか、気付いてなかったって点に関してはマジだから。
 まさか異変だったとは……頭から終わりまで全部僕のせいだと思ってたよ。

「とりあえず殴っとくわね」

「おげろっ!?」

「さすがは晶君です……まさかすでに事を起こしていたとか、私達の想像の常に先を行ってますね!」

「感服いたしました! 晶様はやはり、私の思った通りの御方でした!!」

「えっ、褒める所か今の。と言うか妖夢のソレ褒めてるのか?」

 博麗の巫女の華麗なるコークスクリューブローで、僕の身体が宙に舞う。
 きっと意図してやったワケではあるまい。もっとも効率的な攻撃方法を選択した結果、彼女はソレに至ったのだ。
 だからってこの威力は普通にありえないと思うけど。何で腕捻っただけで人間吹っ飛ばすレベルのパワーが発揮されるのさ。

「おぶぅっ」

「おかえり。――うん。ねーさまもね、晶の‘努力’は認めるわ。認めるけど……後片付けもきちんとしなさいね?」

「う、ういっす! 誠心誠意頑張らせて頂きます!!」

「それは良かったわ。……あと、‘努力の結果’も認めるけど、使い処は考えてね?」

「サーイエッサー!!」

「……何の話です?」

「悪巧みかな!」

「なーんだ、そうですか」

「いや、なんだで済まして良い台詞じゃないだろ。突っ込めよ」

「そう思うなら、アンタが追求したら?」

「……あー、パスで」

 しかも、やっぱり色々とバレてるし。
 まぁ、そもそも隠す努力をしていなかったけどね?
 それにしたってここまで早いとは……おまけに、‘使うな’じゃなくて‘使い処を考えろ’と来たもんだ。
 幻想面よりは有りって事なのかな? 正直、僕的には五十歩百歩だと思わないでもないんだけどね。
 さすがに完全に同じだとは言わないけど。――と言うか、同じだったら使わないし作らないよ。

「では、全員がやる気になった所でルールを説明します」

「ルール説明ですか……なんだか本格的にレクリエーションじみてきましたね」

「しかし、ルールなんて設けられてもなぁ。ぶっちゃけ私は守る気無いぜ?」

「私も守られるなんて思ってないし、そこまでガチガチに縛るつもりも無いわ。ただ、聞いておいて損は無いわよ?」

「聞かなかったヤツは損させる、の間違いじゃないの?」

「うふふ」

 そこで「はい」なり「いいえ」なり言わないから、ねーさま胡散臭いって言われるんだろうなぁ。
 そんな事を考えながら生暖かい目でねーさまの姿を見守っていると、誰からも見られない角度でこっそり腕を抓られた。
 あーはい、すいません。公私の区別はきちんと付けておきます。

「まず公平を期すために、この後貴方達をスキマでランダムに飛ばします。もちろん、私もどこに飛ぶのか分からない様にするわ」

「まぁ、口だけならなんとでも言えるだろうな。実際はどうだか知らないが」

「本当の事よ。――だって、そこの公平性を保たないと賭けが成立しないもの」

「ストップ、今なんか不穏な単語が聞こえた」

 異変を長引かせろ。の時点でアレなのに、更にアレな事言ってるよこの人。
 ひょっとしてコレって放置しておいても問題無いんじゃ……とも思ったけど、それならそもそも霊夢ちゃんが動かないか。
 しかし、今のねーさまの発言に霊夢ちゃんは反応していない。おまけに即座に行動する気配も無い。
 と言う事は、別に長引く事に問題は無いのか。……マジでどうなってるんだろ、今回の異変。

「賭けなんてまた、随分と不真面目な話じゃないですか。妖怪の賢者様ともあろう御方が実に情けないです!」

「――ちなみに、守矢神社も賭けに参加してるわよ?」

「神奈子様に諏訪子様ぁ!?」

 あえて言おう――やっぱり。
 うん、分かってた。あの時代の神様は娯楽大好きだから、賭け事に抵抗なんてあるワケないって予感はしてた。
 ……というか、守矢神社’も’なんだよねぇ。他にどれだけの組織がねーさまに協力しているのやら。

「人里関係者以外の、晶が知ってる組織を全部思い浮かべてみなさい。――それが答えよ」

「思った以上に大掛かりだった!」

「ちなみに賭けの参加者は、公平さと面白さを守るため貴方達全員を襲う取り決めになっているわ。誰一人容赦しないから安心なさい」

「酷いバランスの取り方だ!? つーか何? 異変に無関係な人も僕らの邪魔をしてくるの!?」

「そこはある意味いつもの事だろ。……まぁ、でも全員平等に襲うってのは悪く無いと思うぜ。手心有りだったら一番人気が有利過ぎるもんな」

 確かに。魔理沙ちゃんの言葉に頷きつつ、僕は霊夢ちゃんの姿を見た。
 ぶっちゃけ、なんだかんだで起こった異変は全部霊夢ちゃんが解決してるからねー。
 そりゃ皆安牌に賭けるし、本命を応援するよ――等と思っていたら、その霊夢ちゃんが僕の事を見てた。
 というか、僕以外の全員が僕の事をジッと見てた。え、何? どしたの?

「多分分かってないから言うけど、この場合の一番人気って間違いなくアンタの事よ」

「えっ、何で!? 普通は霊夢ちゃんでしょ!?」

「コイツの場合、ド本命過ぎて逆にオッズ低いだろうからなぁ。……それに」

「それに?」

「この中で一番なんかやらかす可能性高いの、間違いなくお前だろ」

「そうね」

「ですよね!」

「同感です!」

 ……ハハハ、信頼されてるなぁ。
 全会一致の見解に、僕はただ苦笑を返す事しか出来なかったのでした。



 

 ――で、でももう今回はやり尽くしたから! もうトラブルは起こさないから!! ……多分。




[27853] 神霊の章・弐「雄終完日/はーい、二人組作ってー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/06/09 03:30

「あの、ナズーリン居ますか?」

「居るよ。どうしたんだいご主……ちょっと待ってくれたまえ」

「え、あの、ど、どうしました?」

「すー……はー……よし、覚悟は出来た。何をやらかしたか言っていいぞ」

「ええっ!? な、何で分かったんですか!?」

「分からいでか。……ご主人が申し訳無さそうな顔をしていたら、十中八九それは厄介事のお知らせだからな」

「さすがはナズーリンです、頼りになりますね」

「殴っていいか」

「えっ!? な、何でですか!?」

「分かっているのだ。褒めているのだろう? ……だから余計に腹が立つのだよ」

「よ、良く分からないけどゴメンなさい」

「分からないなら謝らないで――いや、良いさ。ご主人はご主人で頑張っているんだよな」

「そのつもりですけど……あの、気のせいですかね? 何やら貴女の言い方に何か含みがあるような」

「気のせいと言う事にしておいてくれたまえ」

「は、はい」

「――で、何をしたんだ?」

「その……怒らないでくださいね?」

「内容によ……いや、極力気をつける。言ってくれ」

「あの、ですね。……実は、宝塔を落としてしまいまして」

「――はぁ!?」

「す、すいませんすいません! ちゃんとナズーリンに言われた通り、鞄に仕舞っていたのですが……」

「…………………………………………」

「な、ナズーリン? えっとあの――反省してます、ゴメンなさい!!」

「いや、謝らなくていい」

「うぇっ!? ひょっとして私、見捨てられて!?」

「そうじゃないよ。……すまないご主人、しばらく出掛けさせてもらおう」

「え、ど、どうしたんですか?」

「なに――ちょっとした人探しさ。ご主人は何の心配もせず、‘聖の隣で’待っているといい」

「はぁ……良く分かりませんが、分かりました」

「まぁ、伝わるとは思っていなかったよ。うん。それでこそご主人だからな………………はぁ」





幻想郷覚書 神霊の章・弐「雄終完日/はーい、二人組作ってー」





 どうも、狡知の道化師こと久遠晶です。
 ……世間の評価は、もうソレで固定されちゃったんだよなぁ。辛い。

「んで、ルール説明は終わりなのか?」

「終わりならとっとと始めてくれない、面倒だから」

「まだよ。まだ一つ、大事なルールを説明していないわ」

 そんなションボリした僕を無視して、マイペースに話を進める霊夢ちゃんと魔理沙ちゃん。
 うん、分かってたよ。皆そういう所はドライだって知ってたよ。
 と言うかひょっとして、ネタか何かだと思われてる?
 早苗ちゃんも妖夢ちゃんもスルーしてるし……ぐむむむむ、これが日頃の行いってヤツなのか。
 ――いや、さすがに演技よりもガチでションボリしてた時の方が多いとは思うけどね?
 それなのにコレって、僕はどれだけ腹黒いと思われてるのだろうか。

「正直このままだと個々の実力差がありすぎるので、少しばかりテコ入れをさせて貰います」

「そうだねー。賭けを成立させるなら、実力の差は勝負が成立する程度に収めないととマズいよねー」

 霊夢ちゃんなんかぶっちぎりに強いし、魔理沙ちゃんも言わずもがなだし。
 妖夢ちゃんも何気に剣の達人だし、早苗ちゃんも結構強いと以前に幽香さんが……アレ?

「――と言うかヤバい! テコ入れしてもらわないと僕超不利じゃん!!」

「おい、なんか物凄い寝ぼけた事抜かしだしたぞコイツ」

「コレの頭の中ではそうなってるんでしょう」

「……真面目な話、今の晶君って霊夢さんの次くらいに強いですよね」

「あー、ノーコメントで」

「と言うか、強さだけなら私よりも上よ」

「……そこでお前がそこまで言っちまうと、私の立つ瀬が無いだろうが」

「なら座っておきなさい。――それに、強けりゃ絶対勝つってワケでも無いでしょ。私は負ける気しないわよ」

「そういうのをしれっと言える所が霊夢さんですよねぇ……」

「――はっ!? 分かりました、そうやって相手の油断を誘っているのですね!! さすがは晶様です!」

「……どう思う?」

「一周回って正解してるから良いんじゃないの」

「妖夢さんって、悪い人にあっさり騙されそうなくらい素直ですよね……」

「いや、逆だろう。素直そうに見えて一切自分の意見を曲げないタイプだぞ、コイツ」

 僕も魔理沙ちゃんに一票。――じゃなくて。
 なんなのもう、なんなのこの散々な扱い。
 あまりにも言われたい放題されて、さすがの僕も悲しみより先に怒りが湧いて出てきたよ。
 もう、なんでここまで言われなきゃいけないのさっ!!

〈優しい魅魔様がハッキリ教えてやるけど、向こうの認識の方が正しいんだぞ〉

 ……マジで?

「話がズレてきているから元に戻すわよ。――晶と霊夢が抜きん出て強いから、パートナーと組ませてバランスを調整するわね」

「ついに名指しされた! ……パートナー?」

「ええ、変に制限をかけるよりそっちの方が気楽でしょう? 霊夢の場合、他人と組む事自体がハンデになるしね」

「確かに。コイツが他人と協調なんて出来るワケ無いだろうしな」

「ま、否定はしないわ」

「そして晶の場合は……どれだけ好条件付けても失敗するし、どれだけ悪条件に曝しても成功するからハンデとか気にするだけ無駄ね」

「ま、否定はしません」

「さすが晶君です。霊夢さんと同じ台詞なのに、死ぬほど情けなく感じます!」

「お見事です、晶様!」

「なぁ、今の褒める所か? と言うか褒めてるのか?」

「どっちでも良いわよ。――紫もほら、とっととそのパートナーとやらを連れて来なさい」

「そうね。コレ以上話を脱線されても困るし、彼女らに出てきてもらおうかしら」

 そう言って、ねーさまは自身の隣に特大の隙間を開く。
 それこそ人が何人も入りそうなソコから出てきたのは――僕の良く知った人達だった。

「ふっふっふ、ようやく出番ね」

「あら、天子じゃない」

「お待たせしました晶さん! 真打ち登場ですよ!!」

「文姉!?」

「まったく、いつまで待たせるのよ」

「風見幽香!?」

「やっほー! 来たよー!!」

「おっ、フラン?」

「……はぁ」

「わぁ、アリスさんです!」

 と言うか、全員ズブズブなレベルで身内じゃないっすか。一名除いて。
 え、良いの? 地味に僕有利になると思うんだけど。主にパートナーの相性的な意味で。
 ――あ、もちろん手心的な意味での有利は欠片も期待してません。
 むしろ幽香さんとか、敵に回ったら嬉々として僕を潰しにかかると思う。……ああ、そうか。だから問題ないのか。

〈と言うかアレだ。……そもそも、少年の知り合いじゃない実力者が居なかったんじゃないかな〉

 その発想は無かった。

「組み合わせはクジで決める予定よ。それと、他に質問があるなら言いなさい。今日の私は優しいからきちんと答えるわよ」

「本当に優しいのに頷く気になれない所がお前だよな。……人員の選定理由は?」

「実力と公平さ、ね。賭けに参加している組織の人間は出来る限り避けたわ。――獅子身中の虫を飼いたくはないでしょう?」

「そりゃそーだが……一人、分かりやすく裏切りそうな奴が居るぞ?」

「大丈夫だよ、魔理沙! お姉様は紅魔館の為最大限努力が云々とか色々言ってたけど、私は全部聞き流したから!!」

 やっぱり賭けに参加していた紅魔館所属のフランちゃんが、魔理沙ちゃんのツッコミに対して力強く答えた。
 いや、うん、この場合正しいのはフランちゃんの方なんだけどね?
 あまりにもド直球なディスりっぷりに、なんかもう涙が止まらなくなってくる。そういう事するからダメなんだってばレミリアさぁん……。
 あの人って小細工抜きの方が色んな意味で性に合ってるはずなのに、何故かこの手の小細工を弄するのが好きなんだよね。
 やっぱり策士とかそういうキャラに憧れがあるのだろうか。前に「狡知の道化師」って二つ名聞いた時、すっごい羨ましそうにしてたし。
 等と若干現実逃避。

「分かってるって、お前の事じゃないさ。――私が言ってるのは、いつの間にか姉になってた天狗の事だ」

「おやまぁ、私ですか?」

「確かに。文さんが晶君以外のパートナーになったら、全力で足を引っ張りそうな気がします」

 僕もそう思う。所属的な意味での不正は絶対にしないけど、そういう不正なら確実にしそう。と言うかする。
 早苗ちゃんの言葉に皆が頷いた所を見るに、ここらへんの判断はこの場にいる全員の総意だと捉えて問題ないのだろう。
 文姉自身も特に否定はしなかったけれど――何故か自慢気に胸を張って、更には不敵に微笑みだした。意味が分からない。

「ふっふっふ、この射命丸文を舐めてもらっちゃあ困ります。姉として公私のケジメはきちんと付けますよ!」

「ここまで言ってるのに少しも信用出来ないってある意味凄いわよね。――ねぇ、どうするのよ紫」

「大丈夫よ。もしも彼女が晶以外のパートナーになって、かつ足を引っ張る真似をしたら……その時には罰を受けてもらう事になっているから」

「罰ですか?」

「ええ――今回の異変で文が不正を働いたら、その時は私が正式に晶のファースト姉となるのよ!」

「……それって罰なんすか?」

「恐ろしいほどの罰よ」

 断言された、しかも物凄い真剣な表情で。
 当事者としては正直何それって感じの罰なのだが、文姉と紫ねーさまにとってはわりと深刻な問題であるらしい。
 まぁでも確かに、そのネタを罰にされたら文姉は裏切れないと思う。
 何しろ、未だにどっちがファースト姉かで揉めてるワケだし。揉めすぎて食事時の話題としてはタブーになってるくらいだし。

「ちなみに紫さんが不正を働いた場合は私がファースト姉です。故にお互い、今回の異変では晶さんを贔屓したりは出来ないのですよ」

「待て待て、まさかソレで信用を得たとか言いはるつもりじゃないよな」

「――?」

「あやや?」

「なんで心底不思議そうな顔してるんだよ。普通は無いだろ、何の保障にもならないだろ」

 納得行かない表情の魔理沙ちゃんが、文姉と紫ねーさまに憮然とした表情を向ける。
 ……そーか、ならないんだ。わりとナチュラルに「なら大丈夫かー」とか思っていたんだけど。ダメなのかー。

「……物凄く嫌だけど私も保障してあげるわ。この姉狂い共にとって、姉の座は命を賭けるのと同義の価値があるのよ」

「私も保障してあげる。魔理沙が思っているよりも、もう二、三段階ほど重いわよ。今の宣言って」

「お姉様で言うなら、「スカーレットデビル」の二つ名を「揚げ物大皇帝」に変えるくらいの重大さかなぁ」

「むしろ私的には「お二人共、そこまでの覚悟を!?」って感じなんですが……」

「そもそも、烏天狗の不正一つで何が変わるワケでも無いでしょう? 狭量さは自分の器も狭めるわよ?」

「良く分かりませんが、如何なる困難も叩き斬って進めば良いかと!!」

「えっ!? ちょっと待て、私の方が異端なのか!?」

「と言うか、今更何言ってるのって感じよ。コイツらの馬鹿姉っぷりはアンタも散々見てきたでしょうが」

「見てきたけど、ここまで酷いとは思ってなかったんだよ!」

 なんだ良かった、納得してたのは僕だけじゃなかったんだね。
 むしろ魔理沙ちゃんだけか、疑問に思っていたのは。
 まぁ、ここらへんは付き合いの差って事になるのかなぁ。
 ……いや、魔理沙ちゃん何気に僕より文姉紫ねーさまとの付き合い長いと思うけど。
 だからこそ信じられないのかね。――うん。僕もすっかり慣れたけど、二人共最初の頃はもうちょっとクールだった気がする。

「それにしても、なんだこのアウェイ感……フランもアリスも平然と受け入れてるしよ」

「慣れよ。認めたくないけど、どこぞの阿呆と関わりすぎたおかげで大抵の厄介事は捌けるようになったわ」

「私があの二人を良く知るようになったのは最近だから……むしろ魔理沙の反応の方が分かんないかなー」

「……変わったな、お前達」

 置いてきぼりをくらった魔理沙ちゃんが、恨めしそうな目でアリスとフランちゃんを見つめる。
 そんな彼女に対して、物凄い疲れた顔をするアリスさん。困った阿呆も居たもんだね!
 あ、いたっ!? いきなり上海が弁慶にローキックしてきた! 察されてる! なんか色々と察されてる!!

「変わってなんかいないわ。アンタと出会った時から、私はずっとこんな感じよ」

「いや、前はもうちょっとドライだっただろ。お前自身そういう所を売りにしてたワケだし」

「都会派魔法使い(爆笑)ですね!」

「都会派魔法使い(過去形)だったんだよね?」

「……都会派魔法使い(かつての栄光)」

「――上海、蓬莱」

「あがががが、右脚が破壊されりゅぅぅうぅ!?」

「いたたたた、関節は! 関節は堪忍してくださいぃぃ!!」

「この二人を見習ったらダメよ、フラン。良い所があるにしても基本の立ち振舞は馬鹿なんだから」

「はーい」

 くそぅ、フランちゃんにだけ優しくして! 依怙贔屓反対!!
 と言うかアレだね、もう完全に早苗ちゃんはこっち側扱いなんだね。
 こっちみたいにガチでやってるワケじゃないみたいだけど、そもそもアリスが物理的制裁に走ってる時点でレアだし。
 そして僕の事が大好きと公言する保護者達もこういう時は原則スルー! 知ってたけどね!!
 ……ところで魔理沙ちゃんは何を訝しげな表情してるのかな。何か変な所あった? いや、山のようにあるような気がするけど。

「やっぱり変わったよ、お前ら。特に変わったのはフランだな」

「私?」

「おう、私が知っている時より色々柔らかくなってるな。妙な安定感もあるし……」

「えへへー、お兄ちゃんのおかげだね!」

「……マジで?」

「うん、マジだよ。これでもお兄ちゃんはデキる子だから!」

「そうです! トラブル作る事しか能が無い様に見えますが、それ以外の事も存外優秀にこなすんですよ!! ……あつつ」

「復活早くなってきたわねアンタ。……本当、この馬鹿が無能だったらどれほど楽だった事か」

「まぁ、ただのトラブルメイカーで無い事は前の手合わせで知ってるが……そこまで言うほどヤバいのか」

「ヤバいわよ。自虐多過ぎて軽く扱いがちだけど、今の時点でもスキマ妖怪の代行くらいなら楽にこなせる実力があるわ」

「いやいや、そんな何でも屋みたいな真似は出来ませんて。僕は基本器用貧乏なので」

「この言葉を鵜呑みにしたヤツは大概酷い目に遭うわね」

「お兄ちゃんは、お姉様の自信を百分の一で良いから身に付けた方が良いと思うよ?」

 最近のフランちゃんの辛辣さは、本当どうにかなりませんかね?
 嫌味で無く、本気で心配しているから反応に困る。アリスさんはもう慣れました。
 ――ところでちょっと、先程から気になっている事があるのですが。

「なんかフランちゃんと魔理沙ちゃん、かなり親しい上に昔を知ってる旨の発言もしてるんだけど……二人ってどんな関係?」

「友達だぜ。紅魔異変の頃からだから……何気にかなり付き合い長いよな」

「魔理沙が来るのはいつも不定期だから、接した時間はお兄ちゃんの方が長いけどねー」

「ゆ、友情の深さは時間に比例するワケじゃ無いと思うぜ?」

「……似たような付き合い方してた人を知ってるけど、僕の中ではその人ずっと憧れの人と言う名の『遠い親戚』扱いだったよ?」

「ぐぁあっ!?」

「何でしょうか、突然苦しみだした隙間妖怪を見る事で溢れ出るこの感情は。すっごい気分が良くなりますね!!」

「久しぶりに意見が合ったわね。……まぁ、苦しんでる理由は大した事無いのでしょうけど」

 あ、なんか変な所に飛び火した。
 僕の言葉に、思わぬダメージを受けるかつての『遠い親戚』さん。
 ……いや、なんで傷ついてるんですかねーさま。
 アレって要するに、当時の僕を縛らないためにあえて距離をとっていたって事なんでしょ?
 だったら別にそういう評価で良いんじゃ……姉心は分かんないなぁ。
 ―――と言うか、だ。

「つまるところ、二人は僕が来る前から友達だったって事で良いんだね?」

「うん、そうだよ」

「へへっ、弾幕ごっこすりゃお友達ってな!」

「なるほどなるほど――――騙されたぁぁぁぁぁあぁあああああああああ!!!」

 嘘つき、美鈴の嘘つき!!
 フランちゃん友達居たじゃん! 普通に居たじゃん!!
 別に、友達の有無であの時の何が変わったってワケでも無いけども!!!
 だけども遣る瀬無い! 遣る瀬無さ過ぎて腹立つ!!

「えっと、ど、どうしたのお兄ちゃん?」

「何がどーしたんだよ。大丈夫か?」

「うぐぐぐ……この憤りをどう発散すれば良いのか」

「筋トレでもしてれば?」

「そうする!!」

 アリスのアドバイスを受け入れ、おもむろにスクワットを始める僕。
 とりあえず百回くらいやったあたりで、気持ちは落ち着ける事が出来ました。まる。





 ――でも美鈴は後で痛い目遭わす。具体的に言うとサボりをチクる。徹底的にチクってやる。




[27853] 神霊の章・参「雄終完日/フィーリングパートナー 5vs5」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/06/09 03:30


「ところで幽香、最近のアンタってなんか牙が抜けてるわよね」

「まさか初っ端から喧嘩売られるとは思わなかったわ。死にたいの?」

「昔のアンタなら、脅かす前に行動してたわよ。見敵必殺だった頃の風見幽香はどこに行ったのよ」

「……私はどこの蛮族なのよ。喧嘩っ早い人種である事は否定しないけど、そこまで短気になった覚えも無いわ」

「ふーん。風見幽香と言えば、悪逆非道な妖怪の理想型――みたいな噂は聞いていたけど、思いの外淑女的だったわね」

「下手な挑発ね。そんなに焦らなくとも、後で思いっきり『遊んで』あげるわよ?」

「――なんだ。霊夢が言うほど腑抜けてるワケでも無いのね」

「いや、腑抜けてるわよ。私の知ってるアレの一番尖ってた頃に比べたら」

「……いつの話をしているのよ」

「アンタと私が最初に出会った異変の話よ。あの時、問答無用でぶっ放してきたじゃない」

「良い事を教えてあげるわ、霊夢。――真夜中に寝室を強襲されたら、誰だって問答無用で戦う気分になるのよ」

「あやや……何やってるんですか霊夢さん」

「妖怪退治は昼夜を問わないの」

「なるほど!」

「ほら、妖夢さんがダメな学習の仕方してますよ!?」

「知ったこっちゃないわ。と言うか、文も妖夢も何しれっとこっちの会話に混ざってきているのよ」

「………………しょうがないじゃないですか。晶さんがなんか、友達同士で身内話始めちゃったんですから」

「あそこらへんの方々とはあんまり親しくないので、会話に入れませんでした!!」

「だからってこっち来ないでよ。私は仲良くお話なんてする気無いわよ」

「……そもそも話題を振ってきたのは貴女じゃないの」

「振ってないわ。思った事を言っただけ」

「会話につなげるつもりは皆無って事ですね。……ほんと、霊夢さんは我が道行きますねぇ」

「もうちょっと協調性を持った方が良いわよ」

「まったくね」

「ですね!」

「……不本意ですが、放置も出来ないのでツッコミますね。―――貴女達全員そうですよ!!」





幻想郷覚書 神霊の章・参「雄終完日/フィーリングパートナー 5vs5」





「と、とりあえずくじ引きするわよ……」

 無駄にダメージを受けてボロボロになったねーさまが、それでも何とか隙間からクジを取り出した。
 なお、肉体的ダメージを受ける要素はゼロである。
 なので誰も心配はしない。さすがに僕もしない。サクサク話進めちゃってください。

「それでは晶さん、ズバッと引いて私と一緒に異変を解決しちゃいましょう!!」

「まるで既定路線であるかの様に言いますね。……仕込み無しなんですよね?」

「大丈夫です! 姉弟の絆は絶対なのですから!!」

「そ、そうですね?」

 いや、良く分からないけどね? 絆でどうこう出来るもんでも無いでしょーに。
 とにかく、文姉に根拠が無い事だけは分かりました。あったら不正行為になるけども。

「じゃあ、最初は僕って事で良いんですかね?」

「私はどーでも良いから任せるわ」

「晶様のお好きにどうぞ!」

 うん、妖夢ちゃんと霊夢ちゃんはそう言うと思った。
 ……二人共、コンビの相手とか欠片も気にしてないだろうからなぁ。
 性格的にもスタンス的にも、パートナーが誰であろうとやる事は変わらないワケだし。
 逆に僕とかパートナーでモロに戦略変わるから、わりとどーしよーかと悩んでいるのですが。
 いや、基本運だからどうしようも無いんだけどね? でもどーしよーかなー。
 ――とりあえず、天子を引いたら色々と諦めようとは思ってます。

「私としちゃあ、くじ引きだろうと一番の座は譲れないな」

「私もです! 晶君は大切な親友ですけど、ソレ以上にライバルですからね!!」

「あ、じゃあどっちかお先どうぞ」

「そこで下がんのかよ!?」

「そこはノッてくださいよ!」

「別に、一番手にならなかったら死ぬってワケでも無いしねぇ……」

 面子的に考えて、ハズレは一名だけだしね。
 二人が先にパートナー選んでくれたら、むしろ悩む必要が減って僕的には助かります。

「まったく調子狂うぜ。……それじゃ早苗、どっちが先に引くか」

「あ、そういう事なら私も一番じゃなくて良いです。お先にどーぞ」

「お前も下がるのかよ!?」

「私は晶君と張り合う事が目的でしたので……」

「じゃあ決まりね。ほら、とっとと引きなさいよ魔理沙」

「おめでとー、君がナンバーワンだー」

「やる気の無い拍手止めろ! くそっ、腹立つなぁ」

「良いじゃないの、たかがくじ引きなんだから。ほら、さっさと引いちゃいなさい」

「お前も胴元ならもうちょい煽れよ……賭けが盛り上がらないだろう?」

「大丈夫よ。――賭けの参加者達は、どっちかと言うと妨害の方を楽しみにしているから」

「……むしろ賭けの方がオマケなのかよ」

 うん、でも何となく納得。そこらへんも込みで楽しむのが幻想郷の妖怪達だよね。
 ――そして改めて覚悟しました。今回の異変で会う人は、基本皆敵だと思った方が良いって。

「あーもう分かった、それじゃ引かせてもらうぜっと――うげっ」

 半ばヤケクソな勢いで、ねーさまからクジを引ったくる魔理沙ちゃん。
 彼女はそのまま流れるようにクジに書かれた名前を確認すると、これまた流れるように硬直してしまった。
 あ、動き出した。ぎこちない仕草で首だけ曲げて、文姉の事をジッと見つめている。これはつまり……。

「すまん、お前のパートナー私だ」

「ほぎゃぁぁぁあ!? な、何してけつかんねんアンタァァァ!?」

 あらら、文姉が動揺のあまり関西弁になっちゃったよ。
 ピンポイントで自分のクジを引いちゃった魔理沙ちゃんに、思わず掴みかかる文姉。
 いやまぁ、確率五分の一なんだから誰が当たってもおかしくは無いんだけどね?
 こーなったかぁ……何気にスピードキャラ同士で纏まってて、バランス的には悪く無いんだよなぁ。

「異議あり! この結果には大いに異議ありですよ!!」

「ああ言ってるけど、晶はどう思う?」

「そうですね……とりあえず次、誰が引きます?」

「淡白! 淡白ですよ晶さん!! でもそんな所が大好きです!!」

「お前もう晶ならなんでも良いんだな……」

「否定はしません。――まぁ、組んだ以上は全力で頑張らせていただきますよ。よろしくお願いしますね、自称‘幻想郷最速’さん?」

「おう、よろしく頼むぜ。……どっちが最速か、味方として雌雄を決するのも悪く無いだろうしな」

 わりとどうでもいい茶番を挟んであっさり和解する二人。うん、そうなると思ってた。
 それにしても、考えれば考える程厄介な組み合わせだなー。偶然の女神様って案外ドラマチックだよね。
 ――どうでも良いけど、幻想郷なら普通に居そう。偶然の女神。

「さて、次だけど……早苗ちゃん行く?」

「このまま二番手と言うのも芸が無いですねー。なので、私はあえてトリを選ばせて頂きます!!」

「じゃあ、次は僕か妖夢ちゃんか霊夢ちゃんか……」

「ねぇ、そもそも順番にクジを引く必要ってあるの?」

 ……言われてみれば、無いかも。
 霊夢ちゃんの疑問に思わず固まる僕ら。確かに、一度に引いた方が色々と楽だね。

「順番にリアクションしてくれた方が、後で参加者達に報告する時伝えやすいのだけど」

「知らないわよ。ほら、全員とっとと引きなさい」

「はーい」

「了解しました!」

「私はトリが良いんですけどねー」

 特に異論も無かったので、それぞれが適当なクジに手をかける。
 唯一、魔理沙ちゃんだけが腑に落ちない表情をしてるけどまぁ無視で。
 良いじゃん別に、おかげで一番手になれたワケだしさ。と言い張っておく。
 さて、僕の引いた相手は誰かなーっと――おおっ!?

「私は――比那名居天子さんですね」

「フランドール……面倒なヤツに当たったわね」

「やったぁ、アリスだぁぁぁあああ!!」

「……幽香さんですか」

 いや、別に天子以外なら誰でも良かったけどね! ほんと誰でも良かったけどね!!
 でもそっか、僕のパートナーはアリスさんなんだね。――なら相棒としてスキンシップしなくちゃ!!!

「いぇーい!! ア・リ」

「はいはい」

「ス――おろ?」

 おおっ、まさかの受け入れ!?
 回避されるの前提でダイビング特攻してみたら、両手を広げて抱きしめられてしまった。
 もう、アリスさんってば大胆ね――あら?

「ふんっ!」

「おべろっ!?」

 と思ったらそのまま綺麗に身体を縦に半回転され、勢いよく地面に叩きつけられた。
 さすがアリスだ、的確に首を狙ってきやがった。折れない程度の強さで投げた所に愛を感じないでもないよ。

「まったく、僕らってば相思相愛だね!!」

「そうね。阿呆をするなとは言わないわ、でも阿呆やったら容赦なく捻るわよ」

「ラーサ!!」

「――なんというツーカーっぷり、これが黄金コンビの実力ですかっ!」

「凄いわね、色々と。……アリスってあんな子だったかしら」

「私達もあの二人に負けないように頑張りましょう、幽香さん! スーパータッグの結成ですよ!!」

「……変に揉められるよりはずっと良いけど、そこまで乗り気なのも逆に気になるわね」

 いや、早苗ちゃんはいつも大概こんな感じですよ?
 まぁ少しだけ、テンションの高さが当社比で増し増しって感じだけど。
 なんだろう。なんか、早苗ちゃんの気合が入るような要素が幽香さんにあったっけかな?

「ふふふ、かつて死闘を繰り広げた二人が協力する――熱い展開です!」

「…………死闘?」

「今でも鮮明に思い出せます。妖怪の山でのあの死闘を」

「……ああ、そういう事ね」

 そういえば幻想郷で早苗ちゃんと再開した時、幽香さんと弾幕ごっこしてたっけ。
 まぁ、死闘と言うにはその、真剣さがゼロだったけれども。幽香さんとか完全に遊んでたし。

「頑張りましょうね、幽香さん!!」

「まぁ、ほどほどに頑張るわ」

 なんか、すでに幽香さんがやる気を無くしつつあるなぁ。
 おかげで喧嘩する事も無くコンビが組めてるから、良い組み合わせと言えばそうなんだろうけど。
 果たして異変が終わるまでに、幽香さんの精神が持つだろうか。
 ……何気に、コンビとしての相性は結構良い気がするんだけどね?

「ったく、騒がしいわねー」

「……良いなー、私もお兄ちゃんか魔理沙と組みたかった」

「なら変えてもらう? 私はそれでも良いわよ」

「それはダメだよ! ズルになっちゃうじゃん!!」

「別に良いじゃないの。アンタ、意外とお固い性格してたのね」

「私、凄い当たり前の事を言ってると思うんだけど……」

「レミリアならゴネてたわ」

「お姉様は……あー……えー」

 さすがのフランちゃんでも、今のはフォローし切れなかったか。
 うん、僕も無理。レミリアさんなら本当に言いそうって言うか嬉々として言うと思うからフォローは出来ない。

「馬鹿みたい――というか実際に馬鹿だけど、厄介な組み合わせが揃ったわね」

「そうなのですか?」

「いや、貴女なら分かるでしょう? 全員と面識あるし、実力の方も知っているはずよね?」

「そうですね!」

「そうですね。じゃなくて……ねぇ、貴女ちゃんと考えて動こうとしている?」

「いいえ! 基本、斬る事しか考えてません!!」

「…………おぉう」

 こっちはこっちで、天子が頭を抱えると言う珍しい事態に。率直に言うとザマアミロ。
 いやまぁ、妖夢ちゃんの考えも丸っきりダメってワケじゃないんだけどね。
 あれこれ考えて原因を特定するより、異変の張本人をぶった切った方が早いっちゃ早いワケだし。
 ……実際、異変解決のプロたる霊夢ちゃんのスタンスは妖夢ちゃんと同じだしねぇ。
 妖夢ちゃんの性格上、僕達への対抗策を練るなんて器用な真似も出来るはず無いし……アレ、コレ妖夢ちゃんが全面的に正しくない?
 ああ、だから天子も言葉に詰まっているのか。
 暴言上等で言わせて貰うけど――やるべき事を弁えてるバカって厄介だよね!

「――魔理沙さん」

「なんだよ」

「私、ほんと一生懸命頑張りますね。精一杯お手伝いさせて貰います!」

「ああ、うん。それは構わないけど……なんだよ急に」

「あやや、大した事じゃありませんよ。――実はこのクジ、五分の三がハズレだった事に気付いてしまいまして」

「……なるほど」

「魔理沙もハズレの部類だと思うけど」

「パートナーとして言わせてもらうけど、コレは当たりじゃなくて大ハズレの部類よ。色んな意味で」

「つまり、当たりのないくじ引きって事ですか。……縁日での苦い思い出が蘇ります」

「世の中広しといえど、自分の所で開いた祭りの屋台にボラれた風祝は早苗ちゃんだけだと思うよ」

 その面白エピソードを聞かされた時、僕がどれだけ困惑した事か。
 と言うか、その時も神社に居たであろう神様コンビは何故止めなかったのだろう。
 ……祭りの利益は信仰に繋がるからスルーされたとか? もしそうだったら嫌だなぁ、お年玉回収する母親みたいで。

「話がまたズレてきたわね。とりあえず、事前準備はコレで終わりなのかしら?」

「ええ、後は適当な所へ飛ばすだけね。思いの外面白い組み合わせになってくれて、私は嬉しいわ」

「別段貴女を喜ばせる意図は無いのだけどね」

「べ、別に貴女に喜んでほしいワケじゃないんだからねっ! ってヤツですね!!」

「……人の言葉の意図を、百八十度捻じ曲げないで欲しいのだけど」

「もう、幽香さんってば恥ずかしがり屋さんなんですから」

「――すでに名コンビの予感がするね、早苗ちゃんと幽香さん」

「貴方の名コンビの基準に思わず不安を覚えたわ。今更と言えば今更だけど」

「はいはい、お喋りはここまで。……私は立場的に特定の応援を出来ないのだけど、一言だけ私的な言葉を送らせてもらうわね」

 そう言って、僕の事をじっと見つめる紫ねーさま。
 彼女は小さく頷くと、とても優しい笑顔を浮かべて言った。

「晶……無理はしなくて良いのよ? ねーさまは参加してくれるだけで満足なんだから」

「えーっと、賭けの胴元的には本命が負けてくれた方が儲かってウハウハって事ですかね?」

「――さ、それでは始めるわよ」

「誤魔化したな」

「アレは間違いなく図星突かれたわね」

 おぉう、ねーさまに物凄い睨まれてしまった。
 すいません。でも、突っ込まずにはいられなかったんです。




 ――ねーさまって僕の事好きとか公言しているわりに、こういう所わりとドライに扱いますよね。




[27853] 神霊の章・肆「雄終完日/Full throttle」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/06/22 21:28


「はい、到着っと」

「よっこいしょ。……隙間で移動するのって、こんな感じなんだねー」

「気持ち悪いわよね」

「えっとその……あははは」

「ほんと、性格変わったわねアンタ。事実なんだから気にせず言っちゃえば良いのに」

「霊夢は気にしなさ過ぎだと思う……と言うか、これからどうするの?」

「そうねぇ。ここは冥界みたいだから、とりあえず白玉楼に行きましょうか」

「白玉楼――幽々子さんお姉さんに会いに行くんだね」

「そうよ。……アンタ、幽々子と面識あったんだ」

「うん、お兄ちゃんと一緒に白玉楼へ行った事があるんだ」

「ふーん、晶とねぇ」

「幽々子お姉さんに、えっと神霊? だったっけ、の話を聞かせてもらうの?」

「いえ、違うわ。とりあえず異変の元凶としてぶっ叩いておこうかと」

「え、なんで!? 幽々子お姉さん何かしたの?」

「なんか怪しいじゃない」

「それだけ!?」

「念には念を入れるべきでしょ」

「だからって問答無用が過ぎるような……」

「それに、神霊の話も聞けるかもしれないじゃない。一石二鳥ってヤツよ」

「違うと思う。その使い方は絶対に違うと思う」

「どっちにしろアイツも『賭け』に参加しているわよ。戦うのは既定路線だから、とっとと覚悟を決めておきなさい」

「良くないと思うんだけどなぁ、そういうの……」





幻想郷覚書 神霊の章・肆「雄終完日/Full throttle」





「よっし、到着!」

「捻りの無い一言ですねぇ。絶対誰かと被ってますよ、ソレ」

「変なダメ出しすんなよ、こんな所で独自色出す奴なんて早々いないだろうが」

「晶さんなら、もっと特徴的な着地をしますよ!」

「……物凄い納得できるけど、アイツと同じ事を期待されるのは困るぞ」

 あれは完全に芸人の立ち振舞いだろ、真似した瞬間イロモノ枠確定じゃないか。
 私は溜息を吐き出しつつ、苦々しげな視線を文へと送ってやる。
 ……まぁ、アイツはそんなもの素知らぬ顔で受け流してやがるけどな。
 
「さて、それはともかく。まずはここがどこだかをはっきりさせないといけませんね」

「ま、当然の流れだな。……もっとも、簡単過ぎてクイズにもならないようだが」

 洞窟と呼ぶにはあまりにも広大過ぎる空間、旧地獄のどっかに飛ばされた事は間違いないだろう。
 問題は、旧地獄のどこらへんかって事なんだが……地霊殿の近くか? 分かりやすい目印が無いから判断に困るな。

「あやや……困ったものですね、旧地獄とは」

「あー、そういや旧地獄って妖怪の出入り禁止にしてたんだっけか? 大丈夫なのか?」

「今はどちらかと言うと、消極的な立ち入り制限をかけてる感じですけどね。……まぁ、スキマが絡んでいるのですから問題ないでしょう」

「確かに、アイツがそんな片手落ちな真似するワケが無いか。――あ? じゃあ何が困ったんだよ」

「いえ、旧地獄には会いたくない妖怪がおりまして。ぶっちゃけると元上司なのですが」

「天狗の元上司って言うと……」

「あ、そこは明言しないで貰えますか。あの人らって存外地獄耳なので」

「旧地獄なだけにか」

「…………はは」

「愛想笑いするくらいなら無視しろよっ!!」

 こっちだって別に、本気でウケると思って言ってねーからな!
 あーもう、かかんでも良い恥をかいてしまったぜ。
 ある意味自爆なのでソレ以上文句を言う事も出来なかった私は、文から逃れるようにソッポを向いた。
 
「しかしアレですね。――ぶっちゃけ大ハズレ引きましたよね、私達」

「だなぁ。どう考えても神霊とは関係ないよな、旧地獄」

 旧地獄に居るのは主に怨霊で、大凡神霊に関係したモノも見当たらない。
 おまけにここは地霊殿――つまり旧地獄の底だ。地上に出るだけでも一苦労するのは目に見えている。

「やれやれだ、とっとと移動した方が良いかもしれないな」

「ですね。ただでさえ面倒な旧地獄で、しかも今は誰もが敵となる可能性がある状況です。長居は無用で――」

「そうはいきません」

「なっ――!?」

 私達の言葉を遮って颯爽と現れたのは、地霊殿の主こと古明地さとりだった。
 妙に身体が傾いている決めポーズは悪くないんだが、本人の鉄面皮っぷりが全てを台無しにしている。
 やる気があるのか無いのか良く分からないな。敵なのは確実っぽいが。

「失礼ですね、人を問答無用で敵扱いするなんて。育ちが知れますよ?」

「はんっ。悪かったな、育ちが悪くてよ!」

「まぁ、実際に敵なんですけどね」

「結局敵なのかよ! なんで今ワンクッション挟んだ!?」

「ノリです」

 分かってたけどムカつく! 絶対コイツ、こっちの反応分かった上でボケただろ。
 以前に旧地獄へお邪魔した時もそうだったが、心を読まれると言うのは本当にやり辛いぜ。

「えーっと、確か覚妖怪さんでしたっけ?」

「はい、あっきーの大親友こと古明地さとりです。しくよろ」

「あ、そうなんですか。よろしくお願いしますね」

「……そういうとこ、あっきーにそっくりですね。強かな人は嫌いじゃないですよ」

「ん、何の話だ?」

「こちらの烏天狗さんが私の能力の適用範囲を探るため色々不遜な事を考えていた、と言う話です」

「……何やってんだお前」

「敵を知り己を知らば――ってヤツですよ」

「八割方あっきー関連の恨み事でしたけどね」

「本当に何やってんだお前」

「てへぺろ☆」

 敵も味方も腹立つヤツばかりか!!
 もう会話するだけで頭が痛くなってくるんだが、帰っていいか?

「ダメですよ。その為に私が立ち塞がっているのですから」

「わざわざ外で待ち伏せしてまでか? 随分とこの異変に入れ込んでいるんだな」

「いえ、ここに居るのは偶々散歩していたからですが」

「偶然なのかよ!!」

「当然でしょう。来るかも分からない敵を待って外で立ち続けるとか、私どれだけ暇なんですか」

「魔理沙さぁーん、少しは考えましょうよぉー」

「お前はどっちの味方なんだよ!!」

 ヘタすると、さとりよりお前の方が腹立つぞ!?
 ……相方を退治したら、反則負けとかになったりするのだろうか。
 特に問題ないんだったら、今ここでさとり倒すついでに倒しておきたいぜ。

「すでにチームワークはボロボロのようですが、大丈夫ですか?」

「問題ないぜ。――元々無いからな」

「まぁ、即興コンビですからね。むしろあったらビックリです」

「そうでしたか。では、二人の仲に亀裂を入れて仲違いさせよう大作戦は失敗ですね」

「……絶対ウソだと思うけど、マジか?」

「もちろん嘘です」

「せっかくの鉄面皮なんですから、堂々と嘘を貫けば動揺もさせられるでしょうに」

「本気のアドバイスをするなよ!! 敵だぞ!!!」

「いえ、どっちにしろこちらの考えは読まれてしまいますので。だったら口に出しても良いかなぁと」

「良くねーよ!! 単に思うだけなのと明確に味方するのとじゃ、猫とライオンくらいちげーよ!」

 くそっ、コイツら完全に私で遊んでやがる。
 もういっそ、有無を言わさず全員ぶっ飛ばしてやろうか。……一発だけなら誤射もありだろうしな。

「では、さくっと切り替え本題に入りましょうか」

「……ちっ」

 分かってやがるなコイツ。心を読んでるだけあって、こっちの敵意を敏感に嗅ぎとってやがる。
 イライラが治まったりはしないが、こうも綺麗に話題を切り替えられると次の言葉を出せなくなるぜ。
 内容的にも、こっちが望んでいた方向だしな。
 ――問題は何を言い出してくるか、か。間違いなく真っ当な内容じゃ無さそうだよなぁ。

「とりあえずアレです、面白い一発ネタを言った方が勝ちとかでどうでしょうか」

「悪く無いですね! アリです!!」

「ねぇよ!!!」

 どう考えてもソレ、私が犠牲になる展開しか思い浮かばねーよ!
 どうせアレだろ!? なんやかんやと私に一番手を任せて、面白おかしく笑った挙句無かった事にするんだろ!?
 分かってるよ! だから親指立てんな覚妖怪!! お前は心読めない癖にその通りだと言わんばかりに笑うなよ烏天狗!?

「そもそも、なんで戦う流れが出来上がってるんだ。こっちにはお前とやりあう理由が無いぞ」

「なるほど一理あります。――ではそうですね、私に勝ったら神霊の面白い情報を差し上げましょう」

「……それはちょっと私も興味ありますね。地底に篭りっぱなしの覚妖怪が、何を知っていると言うのですか?」

「腐っても覚妖怪、色々と情報を手に入れる方法はあると言う事ですよ」

 不敵に笑う古明地さとり。まったく、これだから強豪妖怪と言うのは厄介だ。
 だがまぁ、手っ取り早いのは大歓迎だぜ。
 私は懐から取り出した八卦炉を軽く放り投げながら、さとりに向かってニヤリと笑いかけてやった。
 相変わらず読めない表情のさとりだが、戦意が高まっている事だけは理解出来る。
 良いじゃないか、そうこなくっちゃ面白く無いぜ。

「それじゃ、お望み通り勝負と行こうじゃないか。二対一だけど……卑怯だなんて言うなよ?」

「言いませんよ。――二対二ですからね」

「うにゅ!」

 さとりの言葉に合わせてこちらへと向けられた殺気を感じ取った私と文は、大きく跳んでその場から離れた。
 数秒後、その場に叩き込まれる弾幕。
 すぐさま反転し、八卦炉を構えた私の前に現れたのは――太陽の力を得た地獄の烏だった。

「さとり様をいじめるのは許さないよ!」

「へぇ、お前さんが噂の霊烏路空か。前に地獄へ遊びに来た時にゃいなかったが……」

「丁度その頃、霊夢さんにギッタンギッタンにされて引き篭もっていましたので」

「あ……そう」

 いや、聞いたのは私だけどな。そういうのは言わなくて良いと思うぞ?
 もっとも霊烏路の奴は気にしていないようで、私達の会話を聞いても平気そうに佇んでいる。
 と言うか、そもそも会話を理解している様子がない。
 ひょっとしてコイツ……アレなのか?

「有り体に言ってお馬鹿ですね」

「だから言うなよ! それなりに気を使ったんだぞ!?」

「バカな子ほど可愛い」

「しらねーよ!」

「分かります!!」

「分かんな!」

「えへへー、私可愛いんだー」

「……良かったな」

 怒涛のごとくボケ倒す三人を見て、細かなツッコミは疲れるだけだとようやく学習する私。
 とにかく、頭を弾幕ごっこモードに切り替えないとマズいな。……それにしても。

「しかし散歩ってわりには随分と物騒じゃないか、地霊殿最強の地獄烏をご同伴だなんて――謀ったか?」

「ふっふっふ。……お空の散歩なので、お空が居るのは当然ですよ?」

「そうだよ!」

「やっぱり偶然なのかよ!!」

 分かってたけど、もうちょい暗躍しろよ覚妖怪!
 なんか、こうして張り切っている私が一番バカみたいじゃないか。
 ――止めよう、深く考えると戦う前から負けた気になる。

「まぁ、私も気兼ねなく戦える方が良いからな。お望み通り二対二――いや、タイマンで決着をつけようぜ」

「魔理沙さん!!」

「……今度はなんだよ」

「私は覚妖怪と地獄烏、どっちと戦うのがキャラ的にオイシイでしょうか!」

「しらねーよ!!! どっちでも良いよ!」

「姉的に考えると、自称親友の数は隙在らば間引いておいた方が良いと思うのですが」

「私は一人っ子だが、それが姉的な考えで無い事は分かる」

「でも最近の晶さんはお姉ちゃんにちょっと厳しいので、ここはいっちょマトモな相手に勝利して褒めてもらおうかとも思うのです!」

「そう考えてる時点でダメだと思うぞ。……お前、そのうち晶に見捨てられるんじゃないか」

「はっ! 魔理沙さんは晶さんを甘く見過ぎですよ!! 晶さんなら、私が全力で背中をぶっ刺しても笑顔で許してくれます!」

「許すどころかまず裏切りと認識しませんよね。十中八九、何かの気紛れによる行動と判断するはずです」

「分かってますね、覚妖怪」

「親友ですから」

「いや、それでも許さないだろ普通は。聞いてるだけで頭痛くなってくるんだが……」

 懐が広いって言うか、それもう超弩級の馬鹿じゃねーか。
 好意的に考えれば、器が大きいと言えなくも――いや、やっぱ無理だな。

「……まぁ、別にどうでも良いけどさ。それなら相手は霊烏路で良いんじゃねーか?」

「いや、でも……」

「何が不満なんだよ。単純火力だけなら覚妖怪より上の、立派な強豪妖怪だぞ?」

「いえ、実力が不満なワケでは無いんです。――ただなんか、アレと地上地下最強烏決定戦するのはなんかなぁと」

 ……あー、なるほどね。
 言い分としてはかなり酷いが、言わんとせん事は分かる。
 烏妖怪の頂上決戦をするって言うなら、もうちょっとカリスマのあるヤツとやりあいたいワケだ。
 まぁ、文もカリスマあるかと問われると困るんだが。
 そもそも勝手に地上地下最強烏決定戦とかやって良いのかよ、妖怪の山には天魔が居るんだろうに。

「と言うワケで、私はさとりさんを相手にしますね。不本意ですけど。――不本意ですけど!!」

「……本当に不本意なのか?」

 なんか、色々理屈こねてさとりと戦いたかっただけって気がするんだが。
 さとりなら真実を知っているだろうが、聞いても間違いなくからかわれるだけだろうしなぁ。
 ――まぁ、良いか。
 相手は地獄烏、不足は無しだ。……それにアイツに対しての因縁はこっちの方にもあるからな。

「じゃあ霊烏路。どっちの火力が上か、閻魔じゃないが白黒ハッキリさせようじゃないか」

「うにゅ! 負けないよ!!」

 私は箒に跨がり、ゆっくりと浮き上がりながら魔力を高めていった。
 霊夢も、そしてアイツもコイツには勝っている。ならば――私が負けるわけにはいかないな!

「さぁ、行くぜ――」

「火力も速さも誰よりも上を目指すって、魔理沙さんは欲張りさんですねぇ」

「茶化すな!!」

 お前は、だからどっちの味方なんだよ!!




[27853] 神霊の章・伍「雄終完日/Free your heat」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/07/06 23:21


「しかしアレですね。いざやりあうとなると……」

「存外、どう始めたものかと悩みますね」

「お互いに格好良い事言いながら始めるとかどうでしょう」

「ソレ採用で。――では私から」

「おおぅ、積極的ですねぇ。どうぞどうぞ」

「貴女の心を丸裸♪ 皆のトラウマ、作って曝して覗きます☆ 愛され系覚妖怪さとりんですっ!」

「……カッコイイ?」

「イケメンだったでしょう?」

「反応に困りました。せめて無表情は止めてくださいよ」

「全力の笑顔ですよ」

「マジですか」

「嘘です」

「もー、おっちゃめさん☆」

「てへへ、ごめーんね☆」

「真面目に戦えやお前らぁぁぁぁ!?」

「魔理沙さん、対戦相手に集中しないのは失礼ですよ」

「やれやれ、お空も随分と侮られたものです」

「お前らが漫才始めるから始めそこねたんだよ!!」

「言い訳は見苦しいですよー」

「ですね」

「お前らワザとやってるだろう……」





幻想郷覚書 神霊の章・伍「雄終完日/Free your heat」





「あ、そうです。戦いが始まっていないのなら、ちょっと魔法使いさんを煽らせていただきますね」

「もう少しオブラートに包めよ!!」

 戦う気があるのか無いのか、マイペースなさとりが堂々とロクでも無い事を言い出した。
 いや、別に煽られるくらいなら気にしやしないけどさ。
 ……それはせめて、これから戦う相手にやれよ。
 なんで私を煽るんだ。そんなに私を玩具にしたいのかよ、この覚妖怪は。

「お空があっきーに負けた時の話なんですがね? その時のあっきーは黒衣を纏っていたのです」

「……黒衣?」

「ええ。黒いマントに黒い帽子、そして緑の髪に翼――靈異面と言うのですか? 強かったみたいですよ」

「うにゅ! おにねーさんはつよいよ!!」

 鬼ねーさんって晶の事か? 随分な名前で呼ばれてるんだな、アイツ。
 そして靈異面――か。またその名前を聞く事になるとは思わなかったぜ。
 ああ全く、とんでもない煽り文句を聞かされたもんだ。
 ソイツの名前を聞かされちまったら、全力でやるしか無いじゃないか。
 ――私は何があろうとも、あのヤロウの後塵を拝するワケには行かないんだからな。

「一応聞いとくが、今の挑発にはどんな意味があったんだ? 私はハナから全力でやるつもりだったぜ?」

「けど、後先は考えていたでしょう? 妨害役の私としては「コイツを潰す為に全てを投げ捨てる!」くらい本気になってほしかったので」

「テメェ……」

「やる気出たでしょう?」

「悔しい程にな。――だけど覚悟しろよ? 今の私は、お前のペットを再起不能になるくらいボッコボコにしてやるつもりだぜ?」

「出来るものなら是非どうぞ」

 最後の最後までキッチリ煽りきり、文へと向き直る覚妖怪。
 ……とりあえず、地獄烏叩き潰したら次はアイツだな。

「それじゃ改めて――覚悟しろよ。お前の太陽は、星の魔法で消し飛ばすからな!」

「ふふーん。お星様の小さな明かりじゃ、私の太陽には勝てないよ!!」

「抜かせ。私の星は、太陽よりも眩しいぜ!」

 大地を蹴り、空中へと飛翔する。
 目標は、呑気に浮かんでいる地獄烏。
 アイツが何を考えているのかは知らないが、こっちのやる事は決まっている。
 まずは一発、とびきり痛いのをお見舞いしてやるぜ!

「うにゅ! 行くよ!!」

 地獄烏の右腕、御神籤箱みたいな棒の先端がこちらへと向けられる。
 収束していく輝き。次の瞬間、私目掛けて閃光の奔流が放たれた。

「性格通り一直線過ぎる攻撃だな! そんな単調さじゃ、当たるどころか掠りもしないぜ!!」

「当たらないなら、その分いっぱい撃つよ!」

「下手な鉄砲は、どんだけ撃っても当たらないぜ?」

 さすがのパワーで光弾を連射する地獄烏。
 見事なものだが、そのくらいでどうにかなる私じゃないぜ。
 あえて掠めるように光弾を避け、私は最大速度で地獄烏へと近づいて行く。
 驚いたか? 霊夢ほど意味不明な回避能力は持っていないが、これくらいの弾幕に当たってやるほどトロくも無いんだよ!!
 それじゃあ宣言通り、キツい一発を受けてもらうぜ!

「まずはご挨拶だ、オラよ!!」

「にゅぐっ!?」

 私の放った弾丸は、真っ直ぐ地獄烏へと直撃した。
 衝撃を受けてたじろぐ地獄烏。私はその横をすり抜けて、更なる追撃を放ってやる。

「おにゃ!?」

「まずは様子見……のつもりではあったけど、ダメージはほぼ無しか」

「うにゅぅ~、チカチカするよぅ~」

 いい感じに命中したんだがな。これくらいじゃビクともしないのはさすがと言うべきか?
 チクチク相手を削っていくのは私の主義じゃないし、こっちも下手な鉄砲撃ちまくるのは避けるべきだな。
 今の一連の流れからして、相手は回避をあまり重要視していないようだし。
 典型的な重戦車タイプってヤツか? さてはて、何発ブチ込めばお前は参るんだろうな。

「でも、おにねーさまの攻撃よりは大した事無いね」

「……おいおい、お前さんまで挑発かい?」

「私は本当の事言っただけだよ? あっちは当たると痛そうだから、必死に避ける気になったもん」

「言ってくれるじゃねーか」

 前に戦った時の攻撃は言うほど辛くも無かったが……やっぱアレは舐められていたってワケか。腹立つな。
 言っとくけど、こっちも今のは本気じゃ無かったからな!! とほざくのは負け惜しみ臭いので心の中に留めておく。
 
「それじゃ、今度はスペルカードをおみまいさせてもらうぜ!!」

「させないよ!!」



 ―――――――魔符「スターダストレヴァリエ」



 ―――――――制御「セルフトカマク」



 同時に発動するスペルカード。
 互いに閃光を身体へと纏わりつかせた私達は、そのまま真っ直ぐ相手へと突撃する。
 避けるつもりは欠片も無いってか。はん、案外気が合うじゃないか!!

「押し切るっ!!」

「うっにゅぅぅぅぅぅううう!!」

「――どっりゃぁあっ!!!」

 一度かち合えば、後はもう純粋な力比べだ。
 お互い小細工を弄するつもりが無い以上、この勝負に負けるのは先に根負けした方だ。
 私は魔力を更に込めながら、地獄烏を押し出すように前へと進んでいく。
 もっともソレは相手も同様だがな。後先なんて一切考えてないほどの出力で、ガンガンに力を強化してやがる。
 ……地獄烏だけあって、そもそも地力の桁が違うワケか。分かっていたけどキツいな。
 それでも、負けてやるつもりは欠片も無いぜ?

「見てくださいよさとりさん、あの頭悪いぶつかり合い」

「力こそパワー! って感じですね。動物の縄張り争いでしょうか?」

「それは動物に失礼ですよ。彼らだってもう少し頭を使います」

「ははは、ですねー」

「うるせぇ! お前らは大人しくドつきあってろよっ!!」

「うにゅ、隙あり!!」

「しまっ!?」

 迂闊だったぜ、こんな阿呆な事で集中を乱しちまうとは。
こちらの集中が切れた隙を付き、地獄烏が一気に前進し私の体勢を崩そうと試みる。
 くそっ、この状況じゃ抵抗は出来そうに無いか。
 仕方ないので私は箒の向きを変え、相手の勢いに乗る形で攻撃を回避した。
 ……余計な事しやがって。アイツらが馬鹿な事を言わなけりゃ、絶対私が勝ってたのに!!
 と言うかお前も気にしろよ単純頭! あいつら、お前の事も軽く煽ってたんだぞ!?

「そこでブレちゃうからダメなんですって。何を言われようと貫くくらいの気概は見せてくださいよ」

「お前に言われたくはねぇよ! 本気でどっちの味方だテメェ!!」

「魔理沙さんの味方ですから安心してください。今のは単に、わりと率直な感想を口にしただけです」

「よりタチ悪いわ! 私の為を思うならとにかく黙ってろ!!」

「やれやれ、本当に情けないですね。晶さんなら周りから何を言われようが平然と己を貫き通しますよ!!」

「まぁ、文句も言いますし動揺もするでしょうけどね。本当にそれでもやる事だけはブレない所が彼の厄介な点です」

「そして霊夢さんなら!」

「……あの人、そもそも他人の言葉を言葉として認識しているんですかね」

「……ちょっと自信ないです」

 まぁ、霊夢はな。アイツはマジで何考えているか分からないからなぁ。
 覚妖怪なら分かりそうな気もするんだが……あ、首を横に振られた。さとりでも分かんないのか、アイツの考えは。
 ……ところで、さっきから地獄烏がやたら静かなんだが。
 気のせいでなければ、ちょっと震えてないか? もっと切り込んで言うと怯えてないか?

「う、うにゅ。巫女、居るの? どこに居るの?」

「居ないから安心しろ。……とにかく、とっとと勝負の続きをするぞ」

「う、うん!」

 どうやら霊夢の影に怯えていたようだ。どれだけのトラウマ叩き込んだんだアイツは。
 いっそこのまま戦闘不能になるまで追い込んでやろうか、一瞬思いついたその考えは速やかに破棄。
 速やかに地獄烏を立ち直らさせた私は、ゆっくり距離を取り霊烏路空と再度対峙をし直した。
 ……さて、これで仕切り直しとなったワケだが。
 天狗と覚妖怪の話を聞いていると、真っ当に戦えない事が良く分かったからな。
 うん、小癪だが晶の対応とやらを参考にさせて貰おう。今後はアイツらの言葉は片っ端から無視してやる。

「それじゃ、今度は私から行くよ!!」



 ―――――――爆符「メガフレア」



 再び右腕を構える地獄烏。その先端に、小型の太陽とも言うような炎の塊が生まれる。
 威力はありそうだが、その分だけ回避は簡単そうだ。
 だから私は――あえてそれを真正面から受けて立つ事にした。

「いいぜ、全力でかかってきな!!」



 ―――――――恋符「マスタースパーク」



 八卦炉を構え、溜めた魔力を一気に開放する。
 七色の閃光は真っ直ぐ突き進むと、同時に放たれた地獄烏の太陽と衝突した。

「うにゅっ!?」

「くぅっ」

 拮抗する力と力、スペルカードのパワーはほぼ互角のようだ。
 再び始まる力比べ。私は大きく息を吸い込むと、マスタースパークに更なる力を注ぎ込む。
 ――っし、今度こそ勝つ! 

「むむむむむぅ……おーじょーぎわがわ~る~い~」

「ナメんな! お前こそ、とっとと参ったしても良いんだぜ?」

「へっへーん! 私はまだまだ余裕があるんだよー。うっにゅぅぅぅううううっ!!」

「――なっ」 

 微笑んだ地獄烏が力を込めると、太陽の大きさが一気に増した。
 くそっ、マジか!? 今のでいきなり二回りくらい大きくなったぞ!?
 参ったな。地力が違うのは分かっていたが、まさかここまで差があるとは思わなかったぜ。
 何とか抵抗は出来ているが、このままだと確実に押し負けるっ。

「あー、アレはヤバいですねー。完全にパワー負けしちゃってます」

「ま、ただの人間と八咫の力を得た地獄烏ですからね。普通はこうなりますよ」

「こういう場合、賢い人は真正面からぶつかり合うのを避けるワケですが……魔理沙さんですからねぇ」

 やれやれと言った具合に肩を竦め、呆れた風に私を見つめる烏天狗。
 だからお前はどっちの……と怒鳴りかけた所で、文の表情が僅かに変わった。
 あくまでも小馬鹿にする様に笑いながら、しかし彼女は挑発的な目でじっと私の姿を眺めている。
 ……はん、どうせお前は真正面からやるんだろうって顔してやがる。
 その通りだよ! 相手が何であろうと、それでやり方を変えるほど可愛い性格はして無いぜ!!

「上等だ。お望み通り、私らしい戦いっぷりを見せつけてやるぜ!!」

「にゅ――うにゅぅ!?」

 ありったけの力を込めて、一気に中間点まで弾幕を押し戻す。
 このまま拮抗状態を維持して、力比べを続けても構わないんだが……さすがにそれじゃ勝ち目が無いからな。
 故に、全力で押し込んで相手が対抗しようとする前に決着をつける!

「せぇのぉぉおおおおおっ!!」

 それまでのマスタースパークを、更にぶ厚くなった七色の閃光が上書きしていく。
 その勢いに押された地獄烏の太陽は、本人まで遡るとマスタースパークと合わせて直撃し――派手に爆発した。

「っしゃあ! どうだ!!」

「おー、派手にやりましたねー」

「貴女に煽られて相当やる気出しましたからね。……狙い通りですか?」

「心読めているなら、聞かなくても分かると思いますが?」

「いえ、存外手助けした事を恥ずかしがっているようなので。あえて口に出させる事で更なる恥をかかせようかと」

「うふふ、さとりさんのドS☆」

「えへへっ☆」

 ……色々と台無しな会話だな。
 さっきの挑発はそこそこ感謝していたんだが、素直に礼が言いづらくなったぜ。
 と言うか、お前らはいつになったら戦い始めるんだよ。
 ずっと世間話ばっかりしてるし。やる気あるのか?
 私も気にしないって決めてたのに、結局アイツら構いまくってるから人の事は言えないけどな……。

「しかしアレですね。――魔理沙さん、後先考えずに力使い過ぎでしょう」

「ですよねー。ま、私としてはそれもそれでオイシイので全然アリなのですが」

「だからお前は本当に私の味方なのかよ!!」

「味方ですよー。ほら、後ろ危ないです」

「うおっと!?」

「うにゅぅう……痛かったぁ……」

 爆発の中から出てきた地獄烏が、涙目になりながらこちらを睨みつけている。
 不意打ちが出来る程度には元気だが、受けたダメージはそれなりって所か。……次あたりで決着がつきそうだな。

「随分と辛そうだな。とっとと私の一撃で、おねんねした方が楽なんじゃないか?」

「煽りますね~。ぶっちゃけ余力的な意味で言うと、魔理沙さんだっていっぱいいっぱいですけどね!」
  
「お前ほんと黙ってろよ!!」

 やっぱコイツ敵だよな! 敵だって事で倒した方が良いよな!!




[27853] 神霊の章・陸「雄終完日/Don't lose your mind」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/07/20 22:25


「ま、こんなもんね」

「……ほんとに問答無用だったね。良いのかなぁ」

「良くないわよー。もう、少しくらい話を聞きなさいって」

「意味のある事を言うなら聞いてあげるわよ。言わないなら叩きのめすわ」

「そういうのは、そもそも会話を試みてから言うべきじゃないかな」

「ロクでも無い事を吹き込む気満々だった幽霊は、問答無用でシバかれても文句を言えないと思うわ」

「いや、だからそういうのは少しでも話してから……」

「…………………………」

「幽々子お姉さん?」

「…………どうせだから、ご飯でも食べていく?」

「いただくわ」

「……お姉さん、ひょっとして図星?」

「うふふ、妖夢が置いてってくれた美味しいおゆはんがあるのよ」

「まだお昼だよ?」

「おかわりはあるかしら」

「あるわよ。明日の朝ごはんも」

「……まだお昼、なんだけど」





幻想郷覚書 神霊の章・陸「雄終完日/Don't lose your mind」





「にゅぐぅ……うにゅ! ふっかぁーつ!!」

 しばらくフラフラしていた地獄烏が、ようやく落ち着いたのかピシっと静止してポーズを決めた。
 ったく、もうちょっと早く復活してくれよ。待ちくたびれたじゃねーか。

「その隙に弾幕ブチ込めば良いじゃないですか」

「常識ですよね」

「黙ってろ」

 私が待ちくたびれた原因の、八割はお前らのせいだからな!?
 好き勝手言いたい放題言ってくれやがって……攻撃しなかった事を感謝しろよ!
 ――待て。なんで私は、そこまで言われてなお我慢していたんだ?
 ぶっちゃけそこまでして耐える理由は無いよな。むしろ率先してぶっ飛ばすべきだよな。

「おや、今更気付きましたか。いつ気付くかと待っていたのですが」

「――ぶっ飛ばす!!」

「構いませんが、今やると後ろから撃たれますよ?」

「えっへん、やっちゃうよ!!」

「ちいっ!?」

 良く分かってない癖に邪魔すんなよ! いや、主の危機? だから分かってても邪魔はするのか?
 分からんが、コイツを倒さん事には何も出来ないのは確かだ。

「そんじゃ、そろそろ決着と行くか?」

「私はいつでも大丈夫だよ!!」

「そいつは上等――なら、ぶっ放させてもらうぜ!!」

 攻撃する気は無かったがな、下準備の方はキッチリやらせてもらったんだぜ?
 私の魔力はありったけ八卦炉に溜めさせて貰った。
 次の一撃は、文字通り私の渾身の一撃だぜ!



 ―――――――邪恋「実りやすいマスタースパーク」



 威力の方は折り紙つきだが、出の遅さが致命的なこのスペルカード。
 私は先制攻撃を兼ねた誘導のレーザーを、地獄烏にブチ当てる。
 
「うぐっ!?」

 レーザーに絡み取られ、動きを封じられる地獄烏。
 このまま大人しくしてくれるのなら、トドメの一撃で綺麗にすっ飛ばせるんだがな。
 ……まぁ当然、そんな真似を許すほどヌルい考えはしてないだろう?

「ま、負けないよぉぉお!」



 ―――――――爆符「ギガフレア」



 先程の炎を軽々と超えるほど巨大な太陽が、地獄烏の右腕に一瞬で生まれた。
 同時に八卦炉から放たれる七色の光。マスタースパークを遥かに上回る輝きは、そのまま太陽へと突っ込んでいく。
 奇しくも、先程と全く同じ形で力の押し合いが始まった。
 ……もっとも全部が同じってワケじゃないがな。
 先手を打ったのは私だし、何より――さっきまでの私とは覚悟が違う!!

「全力ぅぅうぅぅうう――あ、あにゃぁ!?」

「――はっ、どうしたよ地獄烏。気合のわりにゃあ炎の量が足りないみたいだぜ?」

「う、嘘。全力なのに、なんでっ!?」

「分かんないのか? それは私が、超本気だからだよ!!」

 ああ、認めてやるさ。お前と私じゃ地力の桁が違いすぎる。
 総合的な火力じゃ、どう足掻いてもお前に勝てやしないだろうな。
 だけど――それでもお前は、私に勝てない。

「覚えておけ。コイツが「普通の魔法使い」、霧雨魔理沙様の実力だぁ!!」

 更に後押しの一撃で、マスタースパークの力を倍増させる。
 あんまりにも出力を上げすぎて、八卦炉がギシギシ言ってやがるぜ。
 身体の調子もちとおかしい。身の丈に合わない事やったせいで、どっかにガタがきちまったようだな。
 だが、まだ戦える。その事実があれば十分だ!
 あるだけ全部を込めた私の力は、ヤツの全力の太陽ごと地獄烏をぶっ飛ばした。

「う――にゅぅぅうううう!?」

「へっ、どーだ!」

 遥か彼方まで吹き飛ばされ、そのままの勢いで地面に叩きつけられる地獄烏。
 完全にノビたヤツの姿を確認した私は、糸が切れたように体勢を崩して地面へ向けて落下していく。
 あー、ヤバい。完全にガス欠だコレ。どうするか――ん?

「はいはい、お疲れ様ですっと」

「ぐぁ……」

「結局最後まで力押しでしたね。もうちょっと賢く戦ってもバチは当たらないんじゃないですか?」

「うるへぇ、私の勝手だ……」

 そんな私を、一瞬で近付いてきた文が受け止める。
 さすがに早いな、助かったぜ。……だけどその上から目線はちょっとムカつく。

「おかげでさとりさんの狙い通りですよ。まぁ、このコンビの主力たる私が無傷なので問題無しですが」

「や……戦ってないだけだろ。良いのかよ……何もしなくて…………」

「そこまでへたばってる状況でツッコミ入れる気概は評価します」

「うっせぇ…………」

「ちなみに、我々が戦わない理由は簡単です。――勝敗が明らかだからですよ」

 両腕を組んで、口の端を僅かに歪める古明地さとり。
 ……凄まじいまでの自信だな。そこまでの勝算があるって言うのか。
 文の奴は、地上でもそれなりの上位に入る強豪妖怪なんだが……それでも勝てないって言うのかよ。

「ふふふふふ……魔理沙さん、一つ良い事を教えてあげましょう」

「な、なんだよ………」

「負けるのは私の方です」

「お前が勝てないのかよ!! ――っぅ」

 つ、ツッコミが身体に響くぜ。
 いやでも、コレは突っ込まざるを得ないだろうよ。
 なんで負けるの確定してんのに偉そうにしてるんだ。なんだそのドヤ顔は。
 いや、表情的には完全に無表情なんだがな。アレは確実にドヤッてる。オーラが出てる。

「当然でしょう、相手は幻想郷最速の烏天狗です。トラウマ見せる前に倒されたら私どうしようもありません」

「……もっともな意見だが、お前に言われると嘘っぽく感じるな」

 真面目な話、高速攻撃くらいなら余裕で対処出来そうな気がするんだが。

「ぶっちゃけ私、トラウマ引き出せる以外は普通の妖怪ですよ」

「……トラウマ引き出せる時点で普通じゃないだろう」

「可愛いもんじゃないですか」

「お前、なんで地下に封印されてるのか分かってるのか?」

 ようやく落ち着いてきたんだから、もうツッコミをさせるなよ。
 本気か冗談かも分からない、相変わらずの鉄面皮っぷりでポーズだけ可愛くする古明地さとり。
 疲れる、ただただ疲れる。

「ま、実際の所は完封勝ちとはいかないでしょうがね。――無駄な勝負になるのも間違い無いでしょう」

「そうですね、しなくて良い喧嘩は避けるべきです」

「……私はテメェに、しなくて良い喧嘩をふっかけられたワケだが?」

「私にとっては必要な喧嘩でした」

「は、腹立つ……」

 くそっ、身体が動けば一発叩き込んでやるのに!
 一応は勝ってるはずなのに、何もかもが相手の思い通りに進んでいる気がする。

「実際狙い通りです、ぶい」

「……また、タチの悪い冗談だよな?」

「ふふふ、どっちでしょうね」

 徹頭徹尾無表情なのがムカつく!
 わざわざ仕草を声に出すさとりの姿に、力の入らない拳を必死に握る私。
 もちろん単に、表情に出ないフレンドリーさを仕草で補っているだけとも考えられるが。
 ――いや、やっぱ無いな。
 どう好意的に考えても舐めてるだけだ。私を怒らせるためだけに全力出してやがる。

「どうどう、冷静になりましょう魔理沙さん」

「私は馬か! ――うぐっ」

「まだ身体キツいんでしょう? ここから先は、大人しく私に任せてください」

「……それはそれで不安なんだが」

「おや、この私の何が不安で?」

「――ソイツと一緒に私を煽り続けた事、忘れて無いからな」

「てへぺろ☆」

 良し、復活したらぶっ飛ばす。絶対にぶっ飛ばす。
 こっちは表情も合わせて煽ってくる文、どっちにしろムカつき具合は変わらない。
 くそ、絶対覚えてろよコイツら……私は意外と執念深いんだぜ?

「ではさとりさん、一応魔理沙さんが勝ったので」

「一応は余計だ」

 自分でも思ったけど、他人に言われると腹立つんだよ!
 私の抗議の声を、しかしあっさり無視してくれる射命丸文。少しで良いからこっちを気遣え。

「――教えてもらいましょうか、貴女の知っている神霊に関係した情報とやらを」

「約束ですからね。教えましょう……実は」

「実は?」

「この異変を悪化させたのはあっきーらしいですよ?」

「知ってるよ!!」

 散々引っ張っておきながら、取り立てて珍しいワケでもない既知の情報かよ!!
 いや、確かに私らも紫が暴露するまで知らなかったけどな。
 だからって今更言われてもな……そもそも、それ異変に関係あるけど無関係なヤツだろう。

「……ちなみにですけど、確認して良いですか?」

「どうぞ」

「その情報、どこで仕入れました?」

「貴方達の脳内ですね」

「つまりさっき仕入れた情報って事じゃねーか!?」

「言ったでしょう? ――色々と情報を手に入れる方法はあると」

「最悪だ! 最悪だコイツ!!」

「いやー、さすが覚妖怪。やり口が悪辣ですねー」

 つまる所、コイツは何にも知らなかったって事じゃないのか!?
 私がさとりを睨みつけると、さとりは何故か両手でピースサインを作ってみせた。
 ただしやっぱり表情は変わらない。どう考えても喧嘩売られているよな、コレ。
 しかし文の奴は、少し苦笑しただけで怒りはしなかった。
 ……我慢強いのか? 幾らコイツでも、無駄足踏まされたら多少はムカつきそうなもんだが。

「とりあえず、勝利報酬に足りない分の情報は命で補ってもらいましょうか」

 あ、さすがに腹立ってたか。
 ニッコリ笑いながら葉団扇を構える文。
 よしっ、良いぞ! 珍しく意見が一致したな!! やっちまえ文!

「分かりました。ではあっきーの秘密を一つ教えます」

「……許しましょう、全てを」

「はえーよ!!」

 でもそんな気はしてたよ!
 くそっ、分かりやすく懐柔されやがって!!

「お前、ここで引いたら完全に無駄足だぞ!? 良いのか!?」

「後悔は――無い!!」

「さすがです」

「……もういいよ」

 この弟狂いはダメだ、分かってたけどダメだ。
 文の力強い返答に、改めて絶望する私。
 畜生、コレひょっとしなくても私の方がハズレ引いてるんじゃねーか?
 
「真面目な話、ここでコレ以上さとりさんに拘る理由は無いですからね。お礼参りは後日に回すべきかと」

「分かっちゃいるけど、このまま舐められっぱなしっつのはな……」

「相手がそれだけ上手だったと言う事です。さすがは地霊殿の主、地底最悪の妖怪と褒め称えましょう」

「尊敬しても良いんですよ」

「――ああ、ある意味尊敬するよ」

 その面の皮の分厚さはどうなってるんだ、本当に。
 絶対鉄面皮の原因ソレだろ。そりゃそんだけ分厚ければ、頬の筋肉なんて欠片も動かないだろうよ。

「酷い話です、しくしく」

「突っ込まないぞ」

「ちぇっ」

「と言うワケで、我々そろそろ撤退しようと思うのですが」
 
「良いんじゃないですか? 我々もそこまで執拗に貴方達に絡むほど暇ではありませんので」

「だから――」

「はいはい、話が長くなるから黙っててください」

「むぐ……」

「ご安心ください。この地底において、地霊殿がコレ以上何かする事は――」

「さとりさまー。勇儀の姐さんに魔理沙達の事チクって来たよー」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「…………何かする事はありえません。やったね!」

「おい、やっぱコイツ何とかした方が良いんじゃないか?」

「私も正直、コレ放置するのはマズいんじゃないかなーと思い始めてきました」

「大丈夫ですって、コレ以上の事は本当にしませんから」

 そりゃ、ここまでやったらもう何もやる必要が無いだろうが。
 勇儀って言うのは確か、以前に私も会った旧地獄の鬼だ。
 性格は典型的なバトルジャンキー。私達の話が振られたとしたら、間違いなく喧嘩売ってくるだろう。
 しかも鬼は、天狗の元上司だと聞く。
 文にとっちゃ、さとり以上に会いたくない相手だろう。
 ……さては、文だけ無傷で逃した理由はソレか。性格超悪いな。

「とりあえず超速で逃げますよ。あの人らに出会ったら、死ぬほど面倒な事になりますからね」

「まぁ、私は今荷物だからな。反対はしないさ」

「頑張ってください、応援してます」

 自分が原因の癖に平然とそう言い放って、わざとらしくハンカチを振るさとり。
 せめてもの反撃として私が思いっきりアカンベーをしてやるのと、文が全力で飛び立つのはほぼ同時だった。
 あっという間に見えなくなる地霊殿。……結局、良いように翻弄された記憶しか無かったな。
 くそっ、これはもう本当にお礼参りするしか無いな。

「覚えてろよ、さとり!!」

「別に構いませんけど……それ、完全に負け犬の遠吠えですよね」

 ああ、さすがの私もちょっと虚しかったよ。


 







◆白黒はっきりつけますか?◆

 →はい

  いいえ(このまま引き返してください)










【教えろっ! 山田さんっ!! りべんじっ!!!】


山田「最終章だろうがいつも通り、山田です!」

死神A「あ、死神Aです」

山田「まーぶっちゃけますと、後何回このコーナー出来るか分からないのでいつも通りしか出来ないという……」

死神A「ぶっちゃけ過ぎですよ!?」

山田「でもやりたいですよね……特別編」

死神A「特別編ですか……このコーナーで、どんな特別をやるって言うんですか?」
 
山田「死神Aへのオシオキがいつもよりとくべ」

死神A「さ、さぁ! とっとと今回の質問に行きましょう!!」


 Q:どのマスパの威力が最も強かったのか、教えろ! 死神A!


山田「作者が読み間違えているのかもしれませんが、今回は「名称:マスタースパーク」に限定した強さ比べです」

死神A「派生は無しって事ですよね」

山田「恐らく。……まぁ正直、派生系は色々基準に困りますしね。特に某主人公のは」

死神A「そういや、真っ当な威力のスペカ持ってないですね」

山田「アブソリュートゼロとか、多分威力的には最下位になりますよ」

死神A「まぁ、威力だけが全ての技じゃないですしね」

山田「そうです。某遊戯王タッグフォースなら、CPUがどう足掻いても使ってくれないレベルです」

死神A「その例え必要でした?」

山田「では、マスタースパーク強さランキングです」


 幽香 ≧ 四季面 > 魅魔 ≧ 靈異面 > 晶 = 魔理沙


山田「ちなみに作者、当初は「魔理沙>晶」と書くつもりでした」

死神A「ありゃ、なんで変わったんですか?」

山田「過去のコメントで、マスパの威力は「晶=魔理沙」だってはっきり言ってたの見つけたんです」

死神A「わぁ……」

山田「理由は「幽香のマスパの劣化コピーだから」でした。なるほどと自分で納得しました」

死神A「そもそも忘れないでくださいよ。……ところで、マスパの威力は四季面の方が上なんですね?」

山田「四季面のマスパは奥の手、靈異面のマスパは基本技ですからね。靈異面にはトワイライトスパークもありますし」

死神A「あと、元祖マスパの使い手最下位なんですが……」

山田「本家マスパ使いが一位ですから仕方ありません。天晶花は人間に厳しいのです」 

死神A「酷い世界だ……」

山田「…………さて、今回はこれで終了なのですが」

死神A「はい」

山田「とりあえず、逝っときます?」

死神A「いや、そんな軽いノリで言われても。私今回落ち度無いですよね?」

山田「落ち度がないのが落ち度、と言う考え方もできます」

死神A「完全に言いがかりじゃないですか!」

山田「やかましいです! 面倒だからサクサクっとお仕置きされなさい!!」

死神A「り、理不尽過ぎですよー!!」

山田「……このオチもわりとありがちですよね?」

死神A「そうやってテンション下げるなら、その手も止めて――うぎゃあああああ」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 神霊の章・漆「雄終完日/天妖漂流記」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/08/18 01:07


「うにゅぅぅぅううう」

「お疲れ様、お空。良い時間稼ぎでした」

「さとりさま……勝てなくてゴメンなさい」

「気にしてません。相手は弾幕ごっこのプロ、この結果は想定の範囲内です」

「おおっ、さすがはさとり様!」

「すごーい!」

「………すいません、嘘です」

「え、嘘なんですか?」

「負けるにしても、もうちょっと捻った負け方すると思ってました」

「うにゅぅ、私のギガフレアがぁ……」

「ま、さすがは幻想郷の異変解決を担ってきたコンビの片割れです。見事と言っておきましょう」

「あの魔法使いの姉さんがねぇ。凄いのは巫女の方だけだと思ってたよ」

「ま、真に素晴らしいのはそれすら凌駕した私の頭脳ですが」

「ですね。さすがさとり様!」

「うにゅ! 良く分かんないけど、さとりさま凄い!!」

「…………やっぱりツッコミが足りませんね。実につまらないです」

「すいません、私達にそういうノリを求められても困ります」

「あっきーの来訪は高望みしすぎですが、魔理沙さんがもう一度来るのくらいは期待しても平気でしょうか」

「戻ってくる理由が無いから無理だと思いますよ?」

「実はウチに、守矢神社への直通通路があるとバラしたら戻ってきますかね」

「あー、さとり様ってばその事隠してたんですか」

「明らかにそっちの方が楽できますからね。何事も楽をしてはいけません、ダメになります」

「……どういう目線の発言です、それ?」

「…………オカン目線?」

「オカン目線!?」





幻想郷覚書 神霊の章・漆「雄終完日/天妖漂流記」





「さて、これからどうしましょうか」

 隙間から降りた私と妖夢が辿り着いたのは、妖怪の山の麓だった。
 ……微妙だ。実に微妙過ぎる位置取りだ。
 もっと面白い場所に飛ばされると思ったのだけど、なかなか上手くいかないモノね。

「お、おのれ……」

「馬鹿な、わ、我々がこんなにも容易く……」

「不愉快だから黙ってなさい」

「ぐおっ!?」

 足の下で喧しく騒ぐバカども、その喉元に踵を叩きつけ黙らせる。
 これでどうにかなるほど弱くは無いようだが、ソレ以上の抵抗も出来ないようだ。
 烏天狗――知ってるヤツが射命丸文しかいないからアイツを基準にしていたのだけど、ちょっと天狗の実力を高く見積もりすぎていたわね。
 天狗内でコイツらがどれくらいの実力者なのかは知らないけれど……侵入者の迎撃に出てくるのがこの程度、か。
 侮られているだけだと思いたいわね。天人たるこの私を舐めている時点で万死に値するけれど。

「ちぇいやっ!!」

「ぐはっ!?」

「――増援の気配はありませんね、これで終いですか」

 最後の烏天狗に袈裟懸けの一撃をお見舞いした魂魄妖夢が、刀を鞘に仕舞いながら呟いた。
 どうやらこちらは、雑魚しか現れなかった事に対する不満は特に無いようだ。

「弱いやつばかりでイライラするわね、緋想の剣が泣くわよ」

「動く巻藁だと思えば大丈夫ですよ!」

「……なるほど、その発想は無かったわ」

「反復練習は実戦と同じくらい大切です。せっかくですから、天子さんも基本を思い出してはいかがです?」

「私は天才だから、そーいう地味な事はそもそもしないのよ」

「そうですか……残念です」

 目に見えて落ち込む半人前。しょんぼりとした雰囲気が半霊の方にも現れている。……連動しているのね。
 と言うかコイツの中では、烏天狗の襲撃って戦いじゃなくて訓練の扱いなのね。
 道理でやたら丁寧に相手を斬っていたワケだ。思った以上にイイ性格しているじゃないの。
 ……だけど、巻藁を再利用するのはどうかと思うわよ?
 ソイツ、さっき貴女の全力の袈裟懸け喰らった天狗じゃないの。
 どんだけ工夫しても立てはしないだろうから、大人しく寝かせておきなさい。

「それにしても、神霊の手がかりは手に入りませんね」

「天狗は情報に耳聡いと聞いていたけど、言うほどでも無かったわね」

 元より期待はしていなかったが、まさか掠りもしないとは思わなかった。
 雑魚は新聞記者としても雑魚って事かしら。適当に喧嘩売ってれば何とかなると思っていたけど、そう簡単にはいかないみたいね。
 
「このまま奥へ進んでいけば、情報通としても実力者としても十分なレベルの天狗が出てくるでしょうけど……」

「では、奥に進みますか!」

「――いえ、止めておきましょう。どう考えても時間を無駄にするだけだわ」

 さすがの天狗共でも、自分達の本拠地を攻められたら本気にならざるを得ないでしょう。
 それで私が負けるとは少しも思わないけれど、そうなったら異変解決が遅れてしまうのは確実だわ。
 ……認めたくないけど、それじゃ霊夢やあの馬鹿には勝てないわね。
 
「あまり遊んでいる時間は無いと思った方が良いわ。アイツら、存外動きは早いわよ」

「晶様の事ですね!」

「……それと霊夢ね。むしろ霊夢の事が主ね」

「でも、晶様もですよね!」

「…………まぁ、そうよ」

 このバカ信奉者め……少しは言い方というモノを考えられないのだろうか。
 確かにアイツは霊夢の次に厄介だし、異変を解決する可能性もソコソコ高いかもしれない。
 だがこう、口に出して警戒するのは違わないかしら。
 いえ、もちろん警戒はしているのだけど。
 口に出してまで気をつけるって言うのは……なんか違うのよ。

「それでは、これからどうしましょうか? 次は誰を斬りますか?」

「その二つを同じ事として考えられるってある意味凄いわね。――さて、どうしようかしら」

 無難な所で言えば、神霊の発生源を追うのが一番確実だけど……そういうのが一番得意なアレが居るのよね。
 あのバカと張り合う事は平気、と言うか望む所なのだけど。

「――アレと同じ発想で動くって事その物が嫌だわ」

「良く分かりませんが、天子さんは色々抉らせていますね!!」

 うるさい、思い出したかのように的確な事を言うな。
 正直、私も意識し過ぎだと分かってはいる。
 あんな木っ端、完全に無視してしまえば――それで痛い目見るのはこっちなのよね。

「あーもう腹立つ! もうちょい有能ならこっちも本気で始末出来るのに!!」

「晶様はとても有能ですよ!」

「……そーねー、アイツはゆうのうよねー」

 まぁ、アンタに理解して貰おうとは思ってないわよ。
 と言うか私も分からん。なんで私は、未だにアレが生を謳歌する事を許しているのだろうか。

「せっかく競争しているのだから、ついでにサックリとやっておくべきかしら。でも私からアレを探すのは……」

「――天子さん!」

 分かってるわよ。こんな露骨な不意打ちに、私が気付かないはずが無いでしょ。
 私は緋想の剣を地面に突き刺すと、大地を錐状に隆起させた。
 相手を確認するのも面倒なので、そのまま頭上から降ってくる闖入者に向けて錐状の大地を叩きつける。

「うおっと! 甘い甘い!!」

「――っ!」

「片手間で、この私を倒そうと思うんじゃないよ!」

「悪かったわね。あんまりにもショボイ不意打ちだったから、雑魚だと思ってたわ!!」

 大地が容易く砕かれた瞬間、私は剣を引き抜きながら大きく背後へと跳び下がった。
 回避をする為では無い、上から落ちてくる「敵」を迎撃する為のモノだ。
 私はそのまま力任せに剣を振るって、相手の攻撃を全て薙ぎ払う。
 鈍い金属音と共に弾かれたのは、異なった形の錘が取り付けられた幾つもの鎖。

「まずは様子見って事かしら? ――舐めた真似してくれるじゃない!!」

 それぞれが明後日の方向へと飛んで行く鎖をあっさりと引き戻し、ソイツはそのまま大地へと着地した。
 子供のような外見と、それに反する圧倒的な力を有する鬼――『小さな百鬼夜行』伊吹萃香。
 彼女は不敵な表情でニヤリと笑うと、腕にぶら下げた瓢箪を口につける。

「――ぷはぁ! いいや、今のは単なる挨拶ってやつさ。そういうの大事だろ?」

 その仕草が余裕の現れだとは思わない。こいつの飲酒は一種の生態みたいなモノだ。
 ただこの酔っ払いが酒を飲むと言う事は、より鬱陶しくよりウザったくなると言う事である。
 元々煩いヤツだが、酔いが回り切った萃香は最早止めようがない。
 とっとと撒いてしまうのが吉なのだけど……くそっ、やっぱり隙は無いか。
 
「半霊剣士も久しぶり、少しは真っ当な剣士になったかい?」

「はいっ! 伊吹萃香殿もお元気そうで何よりです、斬って良いですか?」

「……ごめん。今、次に言いかけた皮肉が全部吹っ飛んだ。そこの半人前、もう一度さっきのセリフを言ってくれない?」

「斬って良いですか?」

「うわ、本当にまんま言い直しやがった! お前さんそんな性格だったっけ!? もうちょい弄りやすい性格してなかった!?」

「弄りますか? どうぞ!! 私はその間に貴女を切り刻みますね!」

「うわ、なんだコイツやりづらっ! おい天人、お前この半霊剣士に何したんだよ!!」

「確かに頭悪い事言ってるけど、元々こーいうヤツじゃないの」

「えっ、こーいう子だったっけ? 確かに辻斬り気質な所はあったけど……」

 あ、隙ができた。
 とりあえず斬っておこう。

「おっと危なっ――いやいや、待った待った。もうちょっとお話しようよ」

「やるわよ妖夢。今なら楽にコイツを始末できる気がするわ」

「はいっ!」

「やーれやれ……話聞けって」

「――ちっ!?」

「むっ!?」

 剣を構え突撃した私達を、背後から突然現れた萃香達が羽交い締めにする。
 ただの分身のくせに、あっさりこちらを拘束して見せるのはさすが鬼と言う所か。
 油断したつもりは無かったのだが……くそっ、やはり手強い。

「ふふん、この私相手に不意をつくなんて――」

「半霊!」

「――できないって言ってるだろ」

 宙に浮いていた妖夢の半霊が、その姿を飼い主そっくりに変える。
 しかしその背後には、更に現れた萃香の分身の姿が。
 ま、そのくらいで驚くほど可愛い性格はしていないか。
 妖夢の頑張りは多少認めてやるが、結局は元の木阿弥――

「『悪し魂』!」

「うおっ!?」

 捕まる寸前、半霊が眩い輝きを放った。
 なかなか面白いタイミングでの目眩ましだけど、このくらいで相手を逃すほど萃香は甘くないわよ?
 そう思って半霊の様子を窺っていると――それよりも先に、本体の方が動いていた。

「更に、『折伏無間』!!」

 背負投の要領で体を動かし、羽交い締めにしていた萃香の分身を一気に投げ飛ばす。
 ……あの萃香が、分身とは言え投げられた?
 興味を抱いた私が注意深く二人を観察してみると、驚くほどアッサリと答えは明らかになった。
 良く見ると、妖夢が立っていた部分の地面が大きく抉れている。
 恐らくはあの目眩ましの際に、合わせて攻撃して隙を作らせたのだろう。
 ふぅん、そういう小技も使えるワケね。……小技使ったのよね? 偶然そうなったワケじゃないわよね?

「隙ありです!」

「ぐあー、やられたー」

 自由になった妖夢の一撃を受け、やる気のない声で斬られた萃香の分身が消滅した。
 もっとも、本体の方は分身よりも幾分か動揺しているようだが。

「……驚いたね。お前さんには、そういう芸当は絶対出来ないと思ってたんだけど」

「私も思ってたわ。どこで覚えたのよ」

「――以前にある方が言ってくれたのです、私は剣を振る事だけを考える馬鹿になって良いと」

「そいつか! そいつが元凶か!!」

「しかし剣を振るえない状況と言うのは必ず起きます。そこで私は、その方にそういった時はどうすれば良いのかを尋ねました」

「聞く前に自分で考えなさいよ……」

「その時言われたのです。『えっと、何が何でも剣を振れるようにあらゆる手を尽くすしか無いんじゃないかなぁ』と――さすがは晶様です!」

「どう聞いても思いつきを適当に喋っただけなんだけど、ソレ」

「と言うか元凶あの子か!! 本当に噂通りの狡知っぷりだな!」

 凄いわよね。しかもコレ、一切の計算無しでやらかしてるのよ。
 正直、私よりも遥かに厄介な人間だと思わないでも無いわ。……ムカつくから口には出さないけど。

「それにしてもアンタ、今までの全部思いつきでやらかしてたの?」

「はいっ!」

「ああ、道理で読めなかったワケだ……」

 なるほど、ああいう形になったのはやはり偶然の結果だったワケか。
 好意的に考えれば、一生懸命頑張ったが故の奇跡と――いややっぱ無理だわ。
 良い意味でも悪い意味でも馬鹿としか言い様が無い。まさしく、虚仮の一念岩をも通すと言った所か。

「と言うかさ、そこまでして会話拒否る理由って何さ。普通に仲良くお話じゃダメだったのかい?」

「深い意味はありません! ただ、背後を取られてはいけないと思っただけです!!」

「あー……それは私のやり方が悪かった、かな?」

「そうね、そこは萃香が悪いわ。貴女は私達を舐めすぎなのよ」

 鬼風情が、天人を下に見ようなどと愚かな事だ。
 ――しばらくは相手の思惑に乗ってやろうかと思ったが、予定変更だ。
 私は軽く念じる事で、羽交い締めにしている分身萃香に向かって高速回転する要石を叩き込んでやる。
 もちろん私にも衝撃は来るが、こんなものは微々たるものだ。
 分身萃香の消滅を確認した私は要石を地面に突き刺し、そこに腰掛けてニヤリと笑ってやった。

「お望みなら、私‘が’遊んであげるわよ? 尻尾を振って遊びを提案しなさい」

「まったく、上から人を眺めるのが好きな天人様だねぇ。……まぁ良いか」

 気つけと言わんばかりに、再び瓢箪を口にする萃香。
 彼女は満面の笑みを浮かべると、私と妖夢に対して小さく手招きをしてみせた。

「それじゃ、二人一緒に遊んでもらおうか。――ただし、鬼の遊びは相当にキツいよ?」
 



[27853] 神霊の章・捌「雄終完日/秘太刀楼観剣」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/08/31 22:31


「ふぃー、なんとか逃げられた」

「お疲れ様です、にとり殿」

「いやほんと、冷や汗モンだったよ。あの天人に光学迷彩が通じるか分からなかったしね」

「結果としては杞憂でしたね」

「どうだろうなぁ。単に優先度が低かっただけで、気付かれてはいたのかも」

「無事戻って来られたのなら問題なしですよ。――それで、どうです?」

「とりあえず、コレ以上天狗の縄張りが荒らされる事は無いよ。あの二人の興味が鬼に移ったからね」

「ありえない想像だとは思いますが……もしも萃香様が倒された後は?」

「どこか別の所に行くんじゃないかな。あいつら倒した時点で、だいぶこちらに対する興味を失っていたみたい」

「そうか、それは良かった」

「やれやれ、スキマの思いつきにも困ったもんだよ」

「参加していない我々にとっては、そこらかしこで台風が暴れているようなものですね」

「問題なのは、台風に飛び込みたがる連中が身内に山ほど居るって所かね?」

「度胸試しのつもりなのでしょうねぇ……」

「ま、その連中もあらかた退治されたみたいだし、もう大丈夫だろうさ」

「だと思いたいですが……にとり殿は、全参加者を知っているのですよね?」

「ああ、ウチにも賭けの話が来たからね。もちろん断ったけど」

「…………参加者的に考えて、不参加な我々の安全は確保出来そうでしょうか?」

「――見回り、行ってくるよ」

「………………分かりました、私も警戒を解かぬよう仲間に伝えてきます」





幻想郷覚書 神霊の章・捌「雄終完日/秘太刀楼観剣」





「では、参ります!!」

 一番槍は自分の役割だ、と言わんばかりに駆け出す妖夢。
 彼女は萃香の胴体を薙ぐような形で、迷いなく双剣を振り下ろした。

「おうよ、来な!」

 その刃を、萃香は腕に嵌った鉄の輪で受け止める。
 防具とは絶対に呼べない、単なる鎖を繋ぐための腕輪で良くそんな真似ができるものだ。
 力でも技量でも上を行かれている相手に、さて妖夢はどうするつもりなのかしら?

「ふふん、甘い甘い」

「はぁっ!! とぉっ!!!」

「吹っ切れた事で成長――成長? まぁ、ギリ成長したようだけど」

「たぁ! やぁっ!!」

「まだまだ力も技も」

「てやぁっ!! ちぇすとぉ!!!」

「――少しは私の話を聞こうとしろよ! もしくは別の箇所を狙う素振りを見せろよぉ!!」

 凄いわね。一度も止まらずに、ただ淡々と剣を振り下ろし続けるだなんて。
 頭悪すぎて逆に賢く見えてきたわ。もちろんそんな事、欠片もありえはしないのだろうけど。

「一応聞いてあげるけど、なんでやり方を変えようとしなかったのよ」

「変える理由を特に思いつきませんでした!」

「その潔さはわりと好きよ」

 実際、変に試行錯誤するよりも効果的なのは事実だ。
 さすがの鬼だって、妖夢の全力の一撃を完全に防ぎきれるワケでは無いだろう。
 何発も同じ所に攻撃を続ければ、少なくともさっきまでの様に不遜な表情はしていられなくなるはずだ。
 
「それで妖夢、後何発くらい叩き込める?」

「腕がもげるまで!」

「分かった。――手伝うわよ」

「ありがとうございます!」

「……おいおい、お二人共マジかい?」

「少なくとも私はマジよ。だって面白いじゃないの」

 普通にやっても私が勝つのだ。なら、より楽しめる勝ち方を模索するのは当然の事だろう。
 それにまぁ、妖夢がこちらの指示を忠実に守るとは……ねぇ?

「まったく、遊び半分で話しかけるんじゃなかったかね。厄介な事になったもんだ」

「良いじゃない、片方の攻撃方法が限定されるのよ。貴女なら楽に対処できるでしょう?」

「言ってくれるねぇ。……そう言われたら乗るしか無いか」

 でしょうね、貴女なら乗ると思ったわ。
 ま、安心なさい。――延々と妖夢が貴女の腕を斬るなんてつまらない展開にはしないわよ。
 私は緋想の剣を振りかぶり、その剣気を萃香目掛けて放った。

「まずはご挨拶!」

「ふんっ、この程度の攻撃を――」

「っぁあ!!」

「おぉうっ!? す、凄い体勢から攻撃してきたな!?」

 そんな私の一撃を跳んで回避する萃香、そこに追撃を加える妖夢。
 ……あんな不安定な状態で、それでもあえて両腕を狙う所が馬鹿の極みね。普通に別の所を狙えば良いのに。
 まぁ、そんな状況ですら初志貫徹させるからこそ馬鹿なのだろうけど。
 それでもしっかりと防ぐ所は、さすが鬼と言うべきだろうか。
 でも両腕上げて防御してるから腹の部分が隙だらけね。とりあえず要石でも叩き込んでおきましょう。

「――っとぉ!! 甘い!!!」

 む、蹴り飛ばしたか。
 すでに必死さが出てきているけど、まだまだ余裕はあるって事ね。
 良いわね。それくらい抵抗してくれないと、こっちも楽しんで戦う事が出来ないわ。

「じゃ、おかわりね」

「はんっ、そのくらいじゃ参らないね!!」

 続けざまに、複数の要石を萃香目掛けて放っていく。
 時間差攻撃あり、複数方向からの攻撃あり、要石自体の早さも重さも実はこっそり変えている。
 さて、萃香はこの攻撃にどう対応してくれるのかしら?
 そう思っていると、勢い良く腕を振り回し始めた萃香が虚空へ向けて思いっきり拳を突き出した。
 同時に爆裂する空間。その衝撃に押され、全ての要石が吹き飛ばされる。

「そっちも、あんま鬼を舐めんなさんなよ?」

「そういう主張は、ちゃんと実力を見せつけないと陳腐に聞こえるわよ」

「その台詞、そのまま返すよ不良天――うわっとぉ!?」

「……外しました」

「お前さんさ、なんで私が喋ってる最中に必ず攻撃仕掛けてくんの?」

「隙がありましたので」

「……ああ、うん。そうだね。確かに隙があったね」

「く……くくっ……うふふ」

「チクショウ、本当に楽しそうだなこの腐れ天人は!」

 そうね、まさかこんなに面白くなるとは思わなかったわ。
 私この子の事かなり好きかも。なんて言うか、言動が一々ツボに嵌ってくれるわね。

「……ったく、よーく分かったよ。あんたらに情緒を求めるのが無駄だってね」

「あら、心外ね。私はそういうのもイケる口よ?」

「イケるけどやらない、ってオチだろ。良いさ――ならこっちも無駄撃ちは無しだ!!」



 ―――――――四天王奥義「三歩壊廃」



 再び腕を振り回しながら、萃香が大きく足を踏み込み動き出した。
 あのスペルカードは以前に見た事がある。巨大化して相手を殴りつける、鬼らしい力任せな攻撃だ。
 狙いは私――では無い。妖夢か。
 今の流れを作っているのは間違いなく彼女だものね、とっととご退場願いたくなるのも当然って所かしら。
 手助けはしてやれるけど……妖夢がどう対応するか気になるから、少し様子を見てみましょう。

「さぁ、どうする半人前!?」

「私のやる事は変わりません!」



 ―――――――人符「現世斬」



 迎撃のため、妖夢もスペルカードを使用する。
 とにかく速さを重視した一撃。一気に萃香へと接近した彼女は――そのまま、躊躇なく腕に向かって刃を振り下ろした。

「――なぁっ!?」

 その行動に驚愕する萃香。まぁ、当然の反応だろう。
 よもやこの状況下で、防御を微塵も考えず腕を狙ってくるなどとは思っていなかったのでしょうね。
 ぶっちゃけ私も想定の範囲外だったわ。どんだけ腕に斬りかかる事しか考えてないのよ。

「ぐぁっ――このっ!!」

「ぐはっ!?」

 そのまま妖夢の剣は、突き出していた萃香の腕に直撃した。
 もっとも彼女はすでに身体は巨大化していたから、痛手となるほどの傷は負わなかったようだけど。
 勢いを殺して攻撃を止める事も出来なかったし、結果だけ見るとただの無駄撃ちだったわね。
 おまけに、萃香のスペカにはまだ二発目と三発目が残っている。
 ……やれやれ、仕方ないわね。

「やってくれるじゃないか! だけど、これで終いだよ!!」

「ふん、させないわよ」

「ようやく横入りかい? だけど残念、今からじゃ間に合わないな!」

「問題ないわ。妖夢――なんとかしなさいね」

「へっ?」



 ―――――――要石「天地開闢プレス」



 スペルカードの発動と共に、地面を思いっきり踏みしめる。
 すると遥か遠い空の向こう側から、今の萃香と比べても更に巨大な要石が降ってきた。
 本来なら私が乗って制御するのだけど……まぁ、アレだけ大きな的ならその必要も無いでしょう。
 とりあえず、いい感じに置いてある萃香の頭目掛けて要石を落としてやった。
 あら、上手い具合に受け止めたわね。えらいえらい。
 だけどそのスペルカードによる巨大化は、攻撃のための一時的なモノよね?
 如何に鬼の腕力とは言え、元に戻った状態で私のスペルカードに対抗できるものかしら。

「ぐ、ぐぎぎ……半霊剣士ごととは、実にらしい真似するじゃないか天子!」

「あら、軽口を叩いてる余裕があるのかしら?  言っとくけど私、微塵も容赦しないわよ」

「だろうな! ならこっちも、相応の手で返してやるよ!!」

 腹立たしそうに私を睨みつけながら、萃香は自らスペルカードをブレイクする。
 同時に収縮を始める彼女の身体。しかし彼女は一切慌てず、即座に二枚目のスペルカードを始動させた。



 ―――――――鬼神「ミッシングパープルパワー」



 ふん、次は長時間巨大化し続けるスペルカードか。予想通り過ぎてつまらないわね。
 もっとも、有効性があるからこその『予想通り』なのだろうけど。
 ……時間的な余裕が出来ただけで、私の要石をあっさり支えきるとは思わなかったわよ。
 あの様子じゃ、もう少し体勢を整えたら投げ飛ばす事も出来るでしょうね。
 ――まぁ、分かっていたけれど。そしてあの子も……分かってはいないでしょうけど、だからこそやるべき事は弁えているはずよ。

「隙あり、です!」

「――へっ?」



 ―――――――断迷剣「迷津慈航斬」



 今そこにソイツが居て、尚且つ自分を攻撃してくる。
 そのあまりと言えばあまりの事実に、萃香が素っ頓狂な声を上げた。
 うん、私も正直引いてるわ。アンタ分かってる? その状態で萃香倒したら漏れ無くペシャンコよ?
 私も予想していたけれど、まさか本当に安全圏へ避難せず相手に攻撃仕掛けるとは思わなかったわ。
 けれど、だからこそ効果は抜群だった。
 振るわれた一閃は、伊吹萃香の右手を綺麗に斬り飛ばす。
 ……そして、要石を片手で支えるしかなくなった萃香のバランスは必然乱れるワケだ。
 あ、やっぱり倒れた。

「うぎゃぐげっ!?」

「――――」

 妖夢に向かって盛大に転ぶ萃香、更にその上に落ちる要石。そして気絶する萃香。
 他にコメントのしようが無いレベルで大惨事ね。……コレ妖夢死んだんじゃ無いかしら。

「びっくりしました! よもやこんな事になろうとは!!」

「……おかえり、よく無事だったわね」

「運良くうなじの部分にハマったようでして。髪の毛が絡まって大変でした!」

「悪運、強いのね」

「はい!!」

 でもそれ逆に言うと、上手い事うなじの部分に嵌ってなければ普通に潰されていたって事よね。
 怖いわー。他人事だし死んだ所でなんとも思わないけど、ちょっとこの無鉄砲さは背筋が寒くなるわー。
 とりあえず、私に被害が来そうなら止めましょう。対岸の火事なら煽りましょう。

「ま、良くやったと褒めてあげるわ」

「ありがとうございます!!」

「今後もその調子で――ん? ところで妖夢、その手に持っているのは何かしら」

「これは楼観剣ですが」

「知ってる。そっちじゃなくて反対の方に持ってるソレよ」

 ロープ……にしてはやけに細いし、何より束ねてないからただの糸の塊にしか見えない。
 それになんだか艶めいてるし、色がちょっと茶色っぽいのは……あっ。

「これですか? 外へ出るのに邪魔だったので、楼観剣でサクッと」

「…………なるほど」

 切ったんだ。それが何か分かってて、その上であっさりと。
 正直、萃香に同情する理由は無い。そもそもそんな殊勝な精神性など持ち合わせてない。
 更に言うなら、これを言うのにもっと適切な相手が他に居る。
 けれども私は妖夢に対し、あえてその言葉を口にするのだった。

「鬼ね、アンタ」

「……? 鬼は萃香殿だと思いますが」

 うん、伝わらないと思ってた。





「鬼だ……君ら正真正銘の鬼だよ……」

 数分後、目を覚ました萃香がガチ凹みしてた。分かる。
 だけど一つ言わせてほしい。……私だってここまでやらかすとは思わなかったわよ。

「手ぇぶった切られたのはまだ良いよ、うん。だけど髪って……しかもこんな愉快な感じに……うう…………」

「派手に動かなければ髪に隠れて目立たないからまだ良いじゃない。……ちょっとでも動くとハゲた部分が見えちゃうけど」

「ソレ、自分が言われたらどう思う?」

「とりあえずソイツぶっ殺すわね」

 だけど今は私に関係ないから言えるわ。満面の笑みで言えるわ。

「大変ですね、頑張ってください」

「おいコラ元凶。少しは申し訳無さそうにしろよ」

「弾幕ごっこ中の事故です!」

「分かってるよ、だから責めてないだろ!? でも、開き直るのも違うと思わない!?」

「……?」

「くそぅ、価値観が合致しない!!」

 気持ちはわかるけど、自分の手を地面に叩きつけるのは止めなさいよ。さすがに見てて気分が悪いわ。
 あ、慌てて拾い直した。ワザとじゃなくて衝動的な行動だったのね。

「とりえあずソレ、とっとと付けたら? 貴女ならそれくらい出来るでしょう?」

「いや、それがさ……楼観剣で斬られた影響か、上手くくっつかないんだよね。しばらくはこのままかなぁ」

 そう言って、左手で自分の右手を何度か宙に投げる萃香。自分の手の扱いが実に軽い。
 それにしても綺麗に斬られたわよね。断面も綺麗だし、血が出てない……のは萃香が細工しているからなのだろうけど。
 私が緋想の剣でぶった切っても、ここまで上手く斬れるかどうか。
 単純に剣の腕前だけで見たら、私より上かもしれないわね。この子。

「ほんと、酷い目にあった。……まぁでも、手を斬り飛ばされたあたりは楽しかったかな。久しぶりにワクワクしたよ」

「ありがとうごさいます、頑張りました!!」

「でもこうやって笑顔で喜ばれると腹立つなぁ、コレが殺意?」

「気持ちは分かるけど諦めなさい、今のこの子には正面切った批判ですら届かないと思うわよ」

「だよなぁ。まったく、どうしてこうな――ん? なんだよ妖夢、私の手なんてじっと見て」

「いえ、大した事では無いのですが……存外紅葉には見えないものだな、と!」

「……良く分からないけどさ、今度晶の奴グーで殴っていいかな私」

「ボッコボコにしても許されるんじゃ無いかしら」

 私情込みで言ってはいるけど、そうでなくてもそれくらいは許されると思うわ。
 あのバカ、自分がどんなバケモノを生み出したのか分かっているのかしら。
 …………うん、絶対分かってないわね。
 



[27853] 神霊の章・玖「雄終完日/ウォーモンガー・パーティ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/09/29 02:56


「そういえば聞き損ねたけど、結局貴女が喧嘩ふっかけてきた理由は何だったのかしら」

「ソレは最初に聞けよー。いや、最初に聞かれても適当に誤魔化しただろうけど」

「やはり萃香殿も賭けに参加しているのですか」

「まぁね~。もちろん霊夢に賭けたよ!!」

「でしょうね。で、私達の邪魔をしに来たと」

「別に霊夢が相手でも同じ事してたけどね。やっぱ祭りは参加しないと!」

「……高い参加費を払う事になったみたいだけどね」

「……うん、ほんとに高かった。ここ最近で一番高い買い物だったかも」

「ご愁傷様です!」

「――二発だ、とりあえず二発殴る」

「妖夢が何かやらかす度に晶が殴られるシステム……素敵ね」

「良く分からないですけど、晶様ならきっと大丈夫です!」

「……やっぱ一発で良いかな」

「気持ちはよーく分かるけど、妖夢に色々と左右されすぎよ」





幻想郷覚書 神霊の章・玖「雄終完日/ウォーモンガー・パーティ」





「気をつけてください! 何か怪しい所に出ました!!」

 私より先に隙間から出た早苗が、祓串を構えながらそう叫んだ。
 後に続いた私も隙間から出ると同時に警戒――しようとして、すぐに止める。

「どうしました幽香さん? いくら貴女でも油断は良くないですよ!」

「油断するな、ね。……まぁ、自分の家でも警戒を緩めないのは立派だと思うわよ」

「はぇ?」

 馴染みのない私ですら一目で分かる巨大な湖、他に形容のしようがない御柱、証明する必要も無いほどの神社。
 ここが守矢神社である事に、最早疑う余地は無いだろう。
 ……まぁ、幻術による幻覚と言う可能性もあり得るかもしれないが。
 その可能性を考慮していたら、空から岩が降ってくる事を常に心配しなくてはならなくなる。

「えとその――ひょっとしたら守矢神社を妬む何者かの罠があるかもしれません!」

「あら、大変ね。よっぽど妬まれるような阿漕なやり方をしていたのね」

「守矢神社はクリーンな宗教法人ですよ!!」

「弄っておいてなんだけど、その言い方は色々と間違ってないかしら」

 そもそも宗教法人って何よ。
 外の世界ネタを振るのは晶だけにしておきなさい、私は無視するわよ。

「ま、まぁ、守矢神社に来られたのは僥倖です。せっかくなので神奈子様や諏訪子様に話を伺いましょう」

「話を伺う……ねぇ」

「お二人ならきっと、この異変で何が起きているのかも知っているはずですよ!」

「そこは私も疑っていないわ。けど早苗、貴女大事な事を忘れていないかしら」

「大事な事ですか? うーん……コンロの火はちゃんと消しましたし、お二人のお菓子も用意しているはずですし」

「懸念事項が軒並み所帯臭いわね。――そうじゃなくて、賭けよ」

「賭け?」

「今回の異変を誰が解決するのかって賭け。確か、貴女の所の神様も参加しているのでしょう?」

 賭けの参加者は、私達の妨害役も兼ねている。
 例え彼女らが東風谷早苗に全賭けしていたとしても、今出逢えば彼女らは間違いなく敵となるのだ。
 まぁ、身内にダダ甘なアレらは平気で約定を破るかもしれないけれど。
 そうなった場合、彼女らは他の参加者から徹底的な突き上げを食らう事でしょうね。

「いくらアレらが依怙贔屓上等な神々でも、今回ばかりは手助け出来ないわよ。私もそんな事は認めないしね」

 正直、異変に関してはそれほど興味も無いのでささっと終わらせたいのだけど。
 それでもアレらの力は借りない。あの神々の事だ、そんな事をしたらこちらの意思を無視して恩を押し付けてくるに違いあるまい。

「――安心しなよ。私らもそこまで空気読めないワケじゃないさ」

「えっ!?」

「……ふぅん」

 随分とお早い登場ね。てっきり、もっと勿体つけて出てくるかと思ったのだけど。
 私は体を半身ズラして、突然現れた守矢の二柱へと一瞥をくれてやる。
 ……ここは守矢神社、彼女らの腹の中みたいなモノだ。
 だからすでに私達の存在を把握されている事も、突然現れた事も驚きはしない。
 ――だが、何故出てきた?
 出会ってしまえば戦う事は避けられないが、そうでないならば幾らでも言い訳は出来るはず。
 少なくとも他の連中とて、そこまで細かくケチをつけたりはしないだろう。
 私の想像を裏付けるかのように、洩矢諏訪子の背後に居る八坂神奈子は所在無さ気に佇んでいる。
 あれはきっと、意図を説明されずに連れてこられたのね。可哀想に。

「悪いね早苗。そういうワケだから、ちょっと妨害させてもらうよ」

「そ、そんなぁ!?」

「おい諏訪子……本当にやるのか?」

「クドいよ、神奈子。そういう約束である以上、私達は相手を選ばす戦わないといけない。それを破るのは神の恥だよ」

「言わんとする事は分かるが、わざわざ出向くのはやり過ぎだろう。ここまでする必要があったか?」

 ……これに関しては、八坂神奈子の方が正論ね。
 幾ら賭けの為とはいえ、自らの賭け対象を積極的に潰しに行くのは――ふむ。

「そういえば、一つ肝心な事を聞き忘れていたわね」
 
「ん、なんだい?」

「八坂神奈子、洩矢諏訪子。……貴方達、‘誰に賭けた’?」

「はん、それはもちろん早苗に決まって――待て」

 私が誰に向けてその問を放ったか、理解した八坂神奈子が彼女へと視線を向ける。
 そして自分に全員の視線が集まった事を確認した洩矢諏訪子は、それはもう腹立たしい笑顔でニコリと笑ってみせた。
 ああ、やっぱりそういう事だったのね。

「実は晶に賭けました。てへぺろ☆」

「おまっ、お前っ!?」

「いや、神奈子はどうせ早苗に賭けると思ったからさ。同じ相手に賭けるのもつまらないし、なら晶かなーって」

 一切悪びれない態度で、お茶目にウィンクする洩矢諏訪子。
 まぁ、必ずしも自分の所の子に賭けないといけないってルールは無いものね。
 ……もしくは、すでに晶を自分のところの人間だと思っているか。
 正直どっちでも良いけど、身内との意思統一はきちんとしておきなさい。貴女の相方がお怒りよ。

「この馬鹿者が! つまるつまらないの問題では無いだろう!! 早苗が可哀想では無いか!」

「そんな事言われてるけど、どう思う早苗さん」

「私が勝っても晶君が勝っても守矢神社の得になる……有りだと思います!!」

「有りだって」

「それで良いのか早苗!?」

「……良いみたいよ?」

 ま、元々気にするとも思っていなかったけど。
 一人置いてきぼりをくらった八坂神奈子は、何故か私に救いの視線を向けてくる。
 いや、知らないわよ。なんでそこで私を巻き込もうとするのよ。
 確かに晶を自分達のモノ扱いされるのは不愉快だけど、こんな面倒なやり取りに関わる気は無いわ。
 ――それに私、貴女が慌てふためく姿を見るの結構好きよ?

「くそっ、それもこれも晶のせいだ!!」

「その責任転嫁はどうなのよ」

「うるさい! そうでも思わんとやってられんわ!!」

「まま、落ち着きなよ神奈子。私もアンタに早苗を倒せとは言わないからさ」

「む、そうか?」

「そうさ。――早苗は私が倒すから、アンタは風見幽香をお願いするね」

「お前は鬼か!!」

「とんでもない、わたしゃ神様だよ」

「……そのネタは私とお前以外には通じんぞ」

「おっと、解説が必要か」

 必要ないから黙ってなさい。
 何か期待するかのような洩矢諏訪子の目線を、私はあえて無視してやった。
 まったく、私はまどろっこしいのは嫌いなのよ。
 もっとシンプルに話を進めましょう。例えばこんな風に、ね。

「はい、隙あり」

「うぉっ!? な、何をするんだ風見幽香!!」

「戦うんでしょう? なら、御託なんて後に回してとっとと喧嘩を始めましょう?」

「それを言いたいがために私の顔面目掛けてグーパン放ったのか貴様ぁ!?」

「そうよ」

「……ああ、忘れていたよ。貴様はそういう妖怪だったな」

 あら、忘れていたの? それはちょっと腑抜け過ぎね。
 気付け代わりにもう一発叩き込んでやろうと拳を構えた所で、ようやく八坂神奈子の目に闘志が宿った。
 残念ね。あのまま腑抜け続けていたのなら、戦う前に退場させてあげようと思ったのだけど。

「ま、正面から戦うのならソレも有りね。……これも一応、リベンジマッチって事になるのかしら」

「以前に戦って負けたのは晶だろうが。貴様、あの時の事を意外と根に持っていたのか?」

「いいえ、特に何とも思ってないわよ。単に喧嘩を売りたかっただけね」

「くくく……上等だ。ぶっ飛ばしてやるよ!!」

 これで渋っていた八坂神奈子もやる気になった。後は戦うだけね。
 洩矢諏訪子の意図に乗るのは癪だけど、やっぱり‘見逃してもらう’のは性に合わないわ。
 
「おーおー、あっという間に臨戦態勢だねー。で、早苗はどうする?」

「どうすると言われても、身内だろうと出会ってしまえば即・滅・殺がこの異変のルールじゃないですか。普通にやりますよ?」

「……早苗はさ、自分で思っているよりもずっと幻想郷に馴染んでるよね」

「えー、そうですかー? そんな褒めないでくださいよー」

「んー……まぁ、褒めてるかなー。よし、褒めてることにしよう。むしろすっごい褒めてるね!!」

 ……そこは消極的にでも諌めておきなさいよ。
 何というか、東風谷早苗がこうなった一因を見た気がするわ。
 こうやって肯定され続けた結果、今の愉快な東風谷早苗の性格が出来上がったのでしょうね。
 分かっていたけど、神様に子育てはやらせるべきでは無いわね。性格歪むわ。

「貴方達って身内に甘すぎない?」

「わ、私はあそこまで甘やかしてはいないぞ! ちゃんと叱る!!」

「えっ、アレを叱った扱いにすんの神奈子」

「うるさい!!」

「貴女って、自分に威厳があると思い込んでるダメな父親って感じよね」

「なんだとコラァ!?」

「凄い、ここまで的確に神奈子を言い表した例えがあっただろうか」

「おいコラ諏訪子ぉ!!」

「それです! 今、すっごくストンと納得出来ました!! そうです、神奈子様はダメなお父さんなんです!」

「せめて『ダメな』は外せ!!」

「ご愁傷様」

「ぶっ殺す!!」

 あら、その程度の不意打ちじゃどうにもならないわよ?
 なぎ払うように放ってきた八坂神奈子の拳を、私はあえてスレスレの距離で回避してやる。
 そしてここで満面の笑顔。うん、いい感じに逆上しているわね。

「うふふ、良いわ。楽しくなってきたわよ」

「このっ!!」

 次はこちらの番と言わんばかりに距離を詰めた私は、八坂神奈子へ向けて拳を放った。
 それを、あえて真正面から受け止める神奈子。……見事だけど、完全に止めきれたワケでもなさそうね?

「やせ我慢は止めて、素直に『弾幕ごっこ』をしたらどうかしら? 手が震えているわよ?」

「はん、舐めるな! 私とて弾幕をばら撒くより、こうして殴り合う方が得意だ!!」

「それは良かった、なら遠慮無く――っ」

「ぐあっ!?」

 相手に逃げる気が無かったようなので、私は八坂神奈子の頭に頭突きをお見舞いしてあげる。
 そして彼女は、私のそんな行動を予期して居なかったのだろう。
 見事に不意打ちを喰らった神奈子はよろめき、握っていたこちらの拳を離してしまった。
 ダメねぇ、隙なんて作って。ほら、お腹がガラ空きよ?

「おぐっ!?」

「次は頭かしらねー」

「この――あまり私を侮るな!!」

「――っ! ふふ、良い拳だわ。そこそこ効いたわよ?」

「――がっ!? ちょ、調子に乗るなぁ!!」

 ふふ、さすが軍神と呼ばれていただけの事はあるわね。
 思ってたよりも強烈な拳だったわ。奥歯、綺麗に持って行かれたわよ?

「ではご返杯っと」

「ぐふっ!? ボ、ボディブローを返杯と言い張るな!!」

「ケチ臭い事を言わないの。ほら、貴女も遠慮なく返していいのよ?」

「このっ! 上等じゃないか!!」

 私は相手の右足を踏みつけ、神奈子が吹き飛ばない事を確認してから腹部に拳を叩き込んだ。
 身体の軋む音と共に、血の混ざった吐瀉物を吐き出す八坂神奈子。
 もっとも、こちらも反撃をきっちり受けているので結局はおあいこだが。
 ふふ、本当に良いわね。やっぱり血反吐を吐き出さない戦いは戦いじゃないわ。

「このまま殴り合いを続けたら、どちらが先に死ぬかしらね。うふふふふ」

「こ、このバトルジャンキーが……」

「怖いなら、いつでも『弾幕ごっこ』に逃げて良いのよ?」

「誰が逃げるか!! ふん、神に挑んだ事を後悔させてやる!」

「それは楽しみだわ。うふふ、これだけ楽しい勝負はフランとやりあって以来かしら」

「ふん、こうされても楽しいか!?」

 そういった神奈子の手刀が、彼女の顔面を狙っていた私の腕に叩き込まれる。
 あら、やるわね。腕の骨が折れたわよ。

「それじゃ、またお返しね」

「ぐおっ!? こ、こいつ……へし折った腕で殴りかかってきやがった」

「ほら、脇がお留守になってるわよ?」

「――ぐっ!?」

 分かりやすく怯んでくれたので、空いた左拳を神奈子の脇腹に叩き込む。
 うん、良い感触。何本か肋骨が折れたわね。
 このままもう一発拳を叩きこめば、折れた脇腹が臓器に突き刺さってくれるかしら。

「相手の骨を砕き、肉を抉る……この感覚が堪らないわ」

「お前な、そういう事を平気で口走るからドSって言われるんだぞ!?」

「あら、怖がらせちゃったかしら?」

「だ、誰が怯むか!? 貴様こそ、骨を砕かれ肉を抉られる覚悟をしろよ!!」

「望む所よ」

「望むのか!?」

 当然じゃない、戦いってそういうモノよね?
 私は満面の笑みで微笑みながら、神奈子に向かって再度自らの意思を表明した。

「さ、どちらかが参るか死ぬまで――思う存分殴り合いを続けましょう?」

「……逃げていいか」

「だぁめ」

 ふふ。さぁ、思う存分楽しみましょう?
 



[27853] 神霊の章・拾「雄終完日/クレイジーフォーユー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/10/12 23:10


「おらぁ!」

「ふっ!」

「だぁ!!」

「はっ!!」

「どりゃあ!!」

「うふふ、えいっ」

「おごっ!? 今、軽い言い方でえげつない打ち方したな!?」

「あら、この程度まだまだよ」

「ぐあっ!? え、抉りやがったな!? このっ!!」

「――っ、効いたわねぇ。はい反撃」

「おわっ!? 目潰しは止めろ!」

「それじゃあこっちね」

「下腹を集中的に殴ろうとするな!?」

「お二人共、とても楽しそうですね」

「まったくだね」

「欠片も楽しく無いわ!!!」





幻想郷覚書 神霊の章・拾「雄終完日/クレイジーフォーユー」





「それでは諏訪子様、こちらもそろそろ始めましょうか!!」

「ああ、いつでも良いよ」

 仲良く殴りあっている二人を眺めつつ、私と諏訪子様は戦闘態勢に入りました。
 相手は我が神社の誇る祟り神、諏訪子様。苦戦は必至ですね。

「ですが負けません! 必ずや諏訪子様を打ち倒してみせます!!」

「えっ、打ち倒されるの私」

「その予定です!!」

「その予定なのか……」

 安心してください、諏訪子様の事は忘れません!!
 どんなことになろうと、私は強く生きていきますね!!
私は決意を固め、祓串を諏訪子様に突き付けました。
 ……いつものノリでついやってしまいましたが、祓串って穢を払うモノですよね。
 私、実はものすごい不敬な真似をしているのでは無いでしょうか。

「まぁ、最近の諏訪子様はちょっとケガレてますから丁度良いですよね」

「不吉な感じに祓串突きつけられたと思ったら罵倒された。ケロちゃんちょっと悲しい」
 
「真面目な話、最近のお二人は悪巧みし過ぎですよ! 少年漫画の小悪党レベルで色々と企んでる気がします!!」

「少年漫画の小悪党は酷くない?」

「『ふっふっふ、今日は駄菓子屋の菓子を全部食っちまうぜ……』とか言ってそうです!」

「想定してたよりも対象年齢が低かった!? え、早苗から見て私達ってそこまで酷かったの?」

「最終的に失敗して痛い目見るあたりが特に」

「わぁ、思いの外否定しづらい理由だぁ」

「今回のも企みと言えば企みですしね。――よし、殴るモチベーションが湧いてきましたよ!!」

「私は逆にやる気減ってきたよ……」

 それは良い事です、倒すのが楽になります!
 私はニッコリ笑いつつ、諏訪子様へ向けて御札を投げつけました。
 ……そういえば、諏訪子様に私の御札は効くんですかね?
 あ、避けました! 効くんですね、御札!!

「でも、それは神様としてどうなんでしょうか!」

「はっはっは――そりゃまぁ、身内だろうと倒せる力じゃないと不便だろ? 色々と」

「そうやって自分の背中を警戒しながら相手の背中刺す準備してるから、小悪党みたいに見えるんだと思いますよ?」

「……早苗さんってばたまに物凄い辛辣になるよね」

 私は何事も、素直に意見を口にするタチなので!
 しかしさすがは諏訪子様、全然攻撃が当たらないですね。
 ならスペルカード、使っちゃいますか。

「行きますよ、諏訪子様!」

「ふふん、いつでもかかっておいで?」



 ―――――――祈願「商売繁盛守り」



 一つで足りなきゃ二つ、二つで足りなきゃたくさんの精神です!
 私は大量の御札を、浴びせるような勢いで諏訪子様へ投げつけました。
 単純な手ではありますが、シンプルなだけに回避は難しい――と思います!!
 晶君も、以前に「結局は力こそパワーなんだよねー。ゴリ押し出来るんなら、それが一番楽だし」と言ってましたしね。
 ……あれ? そういえばその後にも、何か言っていたような。

「おーおー、まさに大盤振る舞いだねぇ。だけど甘い!!」

 諏訪子様が手を振るうと、周囲に黒い霧が広がっていきました。
 その瞬間、驚くほど動きが鈍くなる御札。
 ただの障害物と化した札の合間を、諏訪子様は悠々とすり抜けて行きました。

「ほいっと。これで一枚無駄撃ちだねぇ」

「そ、そんなぁ……」
 
 まさかスペルカードで相殺すらされないとか、全く想定してなかったです。
 諏訪子様は凄い御方ですけど、少しは慌てると思ったのにぃ。
 どういう事ですか、晶君!

『まぁ、それだと力の強い方が強いと言う身も蓋もない結論にしか至らないワケですが。策略って超大事』

 あ、そういえばその後にそんな事言ってました!
 でも酷いです、今更言うなんて!

「うう、晶君に騙されました!」

「ケロちゃん早苗が何考えてるのか分からないけど、それは言いがかりだって分かるよ」

 そんな事ありません、晶君なら分かってくれます!
 ……それにしても困りました。諏訪子様相手に、スペルカードを無駄撃ちしたのは本気でまずいです。
 そもそも私、あんまり妖怪以外と戦った事ありませんからね。
 これからどうするべきか――なんかアドバイスください、私の記憶の中の晶君!!
 確か以前に少しだけ、こういう時どうするかの話をしていたはずです!

『え、守矢の神様と戦う事になったらどうするって? 全力で土下座して許しを請うしか無いんじゃないかな』

 それじゃ負けてますよ!?

『負けてる? 別に負けたって死ぬワケじゃないから良いじゃん。一番手っ取り早く勝負が終わるよ』

 ああ、思い出しました。そういえばその時もそんな会話になってましたね。
 さすが常々「プライド? ゴミの日に出したよ」と言ってる晶君です。負ける事に一切の躊躇がありません。
 うーん、どうしましょうか。案外と発想としては悪くないんですけど。
 あ、でもここでいきなり土下座したら幽香さんが怒りますかね。
 諏訪子様も許さないでしょうし。となると……晶君、何か良い事言ってませんでしたっけ。



『必勝の策? 誰とも戦わなければ絶対負けないから必勝って言って良いよね!! ……無人島とかに引き篭もる?』

『楽に勝ちたい? それはつまり、結果を楽勝で終わらせる為の根回しの仕方を知りたいって事? 普通に勝つ方が楽だよ?』

『自分より強い相手に対する勝ち方? 方法として確立された手段が通じる相手は、そもそも強者とは言わないと思う』



 為にはなるかもしれませんけど、今の状況だと何の役にも立ちません!
 うう、失敗です。こんな事なら晶君に直接諏訪子様の倒し方を聞いておくべきでした。

「ほらほら、考え事している余裕があるのかな?」

「ひゃうん!?」

 脳内晶君に助言を貰っていた隙を突く形で、諏訪子様がたくさんの鉄輪を投げつけてきました。
 手加減ゼロじゃないですか! 直撃したらすっごい痛い事になってましたよ!?

「へぇー、ボーッとしてても回避は出来るんだねぇ。さすがは早苗」

「え、えっへん! 褒めてくれて良いんですよ!」

「いや、そもそも弾幕ごっこ中にボーっとしちゃダメでしょ」

「怒られました……」

 でも、確かに諏訪子様の言うとおりです。
 晶君も言ってました。『早苗ちゃんの場合、身の丈にあってない策謀練るより普通に戦ったほうが多分ずっと勝率は高いよ』って!
 あれこれ聞いた挙句の絞りだすような結論でしたけど、これもこれでアドバイスである事に変わりはありません!!
 見ていてください、晶君。私はやりますよ!!

『正直さ、幽香さん……早苗ちゃんに分かりやすく言うと諏訪子さんクラスか。あの人らと正々堂々戦おうって判断がまず間違いだと思うんだ』
 
 覚悟を決めた直後になんて事を言うんですか!

「晶君、本当に酷いです!!」

「ケロちゃんマジで早苗の考えが分からないけど、百パー晶に非がない事は分かるよ」

 とりあえず、やれる事をやるべきですね。
 もったいないですけど、二枚目のスペルカードを使います!!



 ―――――――奇跡「白昼の客星」



 印を結び、私は諏訪子様を左右から挟撃する弾幕を召喚しました。
 放射線上に広がる左右の弾幕は、真っ直ぐ諏訪子様へと襲いかかっていきます。
 もちろんこれだけでは終わりません。先程と同じ手で回避を試みたら、私の華麗なる体術でKOしちゃいますよ!!
 さぁ、どうしますか諏訪子様!? 一筋縄では終わらせませんよ!!

「んー……よし、避けるの面倒だからスペルカードで全部防ごう」

「ほぇあ!?」



 ―――――――土着神「洩矢神」



 スペルカードの宣誓と共に、巨大な蛙のオーラが諏訪子様の身体を包みました。
 私の弾幕は次々とオーラの蛙にぶつかって行きますが、その身体を僅かに削る事も出来ず消滅していきます。
 結果的には相打ちで終わりましたけど、どう考えてもこの流れで損したのは私だけです。

「ううっ。なんでそこでスペルカード使うんですか、諏訪子様ぁ……」

「いや、普通使うっしょ。相手はすでに二枚使ってて、こっちが一枚使ってもまだ優勢は確定するんだし」

「そこはほら、神様として相手に格の違いを思い知らせるとか」

「そりゃ、‘お膳立て’してくれたら見せないでもないけどねー。今の状況なら、ケロちゃん普通に安全策を取るよ」

「お、お膳立て? どういう意味ですか?」

「おだてられなきゃ豚は飛べないって事だよ。……正直、早苗はその手の才能無いから止めた方が良いと思うがね」

「才能とかの問題なんでしょうか?」

「晶のやり方とか見てると才能の問題だと思う。いやほんと、あの子人をノセる天才だよね」

「さすがは晶君ですね……」

「まぁ、相手をノセた分だけ自分もノる羽目になる事が大半だから、世渡りが上手いとは言えないけど」

 むしろそれ、世渡り下手って言いません?
 まぁでも、とっても晶君っぽいからそれで良いんでしょう。多分。

「なるほど分かりましたよ、諏訪子様」

「ん、何が?」

「才能の無い事に時間を割くよりも、得意分野で戦った方が良いと!!」

「……んん? いや確かに、早苗に晶と同じ事が出来るはずは無いけれどさ。だからって得意分野で攻めても」

「では行きますよ!!」

 スペルカードの枚数で勝ち目が無いなら、普通に倒して勝てば良いんです。
 最大火力で、一気に諏訪子様を押しつぶしますよ!!



 ―――――――大奇跡「八坂の神風」



 スペルカードが発動し、無数の弾幕が私の周りを漂い始めました。
 収束と拡散を同時に開始した弾幕は、まるで竜巻のように周囲を薙ぎ払っていきます。
 私の持つ、ほぼ最高威力のスペルカードですよ!
 例え諏訪子様といえど、これを喰らってただで済むはずが……。

「あー、あー、なるほどなるほど。そーいう事ね。――うげぇ、マジかー」

 わぁっ、なんだか良く分からないけど諏訪子様が動揺してます!
 これはいけるかもしれませんね! 一枚目でカタがつくかもしれません!!

「とりあえず、スペルカード発動っと」



 ―――――――祟符「ミシャグジさま」



 どこか気が進まない様子で、諏訪子様もスペルカードを使いました。
 無数の弾幕が見境なしにばら撒かれ、同じく広がっていた私の弾幕と混ざり合っていきます。
 二つの弾幕はぶつかり合い相殺し――相殺? あれ、気のせいで無ければ、私の弾幕負けてませんか!?

「ったく、私も衰えたもんだ。愛しい愛しい風祝とは言え、まさかこんなにも甘やかして育てていたなんてさ」

「え? え?」

「分からないかい? 早苗にはさ、格上と相対する経験が圧倒的に足りてないんだよ。ま、格下妖怪の退治ばっかしてたからねぇ……」

「ええっ!? でも私、異変では強い妖怪や霊夢さんとかと戦ってきましたよ!?」

「なるほど――で、勝率は?」

「その……あんまり芳しくありません」

「だろうね。見積もりが甘いというか、そもそも彼我の実力差を把握してないやり方――むしろ勝ちが拾えただけ奇跡だよ」

「そこはホラ、私は奇跡を起こす風祝なので」

「上手い事言いおってからに。――でも残念ながら、私相手にその奇跡は通じないよ? そもそも早苗の力って私ら祀って使ってるもんだし」

 諏訪子様がそういうのとほぼ同時に、私の弾幕を諏訪子様の弾幕が全て消し飛ばしました。
 そしてなお、勢いを緩めない諏訪子様の弾幕。うわ、あ、危ないです!?

「当たり前の話だから今までしなかったがね。早苗――世の中には、‘絶対勝てない相手’ってのがいるのさ」

「……例えば諏訪子様とか、ですか?」

「現時点ではそーだね。早苗はまだまだ伸びしろがあるから将来は分からないけど、今の早苗じゃ勝ち目は無いよ」

「そ、そんなぁ」

 それじゃあ勝負にならないじゃ無いですか!
 私が弾幕を避けつつガッカリしていると、諏訪子様これみよがしなため息を吐き出す。

「減点さらに一。他ならぬ私の言葉だとしても、敵の言葉を安易に信じて諦めてしまうのは悪手以外の何物でも無いからね」

「ええっ!? なんか無茶苦茶言ってませんか諏訪子様!?」

 つい先程、私の見積もりの甘さを指摘したばっかりじゃありませんか!?
 もう、何を信じて良いのかさっぱり分かりませんよ私!
 後、お説教入るならスペルカードはなんとかしてください。
 避けながら話聞くの、すっごい大変なんです。

「無茶苦茶だが、必要な事だよ。真剣勝負の場において『判断力』は必ず求められる要素だ。そして今の早苗にはそれが無い」

「な、無いですか」

「無いね。何が足りないか、何が必要か、何をすれば良いのか。それを見極め足掻く事こそが人間の本質さ」

「私は現人神ですけ――いえ、さ、さすがに冗談ですよ!? ……ちなみに、諏訪子様的には『理想の判断力の持ち主』っているんですか?」

「晶」

「あの……気のせいで無ければ諏訪子様、晶君の事好きすぎませんか?」

「正直、あの子実は私の子じゃね? って思うくらいにはシンパシー感じてる。考え方がかなり私寄りなんだよねー」

 そんなになんですか……本来なら羨ましがる所なんでしょうが、不思議と妬む気にはなれません。
 むしろ何ていうか、そこまではなりたくないと言うか――ある意味ソレ、悪い意味での褒め言葉ですよね?

「ま、あそこまで悪辣になれとは言わないけどね。早苗ももうちょっとずる賢くなってもらわないと――だから死ぬ気で教えこむよ」

「えっ」

「守矢神社の甘やかす方は今、楽しく死闘やらかしてるワケだし。これなら思う存分‘身体に教え込める’かなー」

 そういって、本当に楽しそうに笑う諏訪子様。
 なんていうかその……私の知る中で一番祟り神っぽい笑顔です。ちょっと怖いです。
 あの、私死にませんよね?

「大丈夫、命と人間としての尊厳は保障するから! 生きるために必要なものは全部残るよ、やったね早苗ちゃん!!」

「ぜ、全然良くないですよぉ!?」

 うう、なんだか普通に勝負するよりも大変な事になっているじゃないですか。
 もうこうなったらヤケクソです! 記憶の中の晶君、何でも良いからアドバイスください!!

『だいじょぶだいじょぶ、命があるならなんとでもなるってセーフ』

 ――本当に似た者同士ですね、お二人共は! うひぃーん!!
 



[27853] 神霊の章・拾壱「雄終完日/幻想郷のトリックスター」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/10/26 23:39


「――と言う感じの事が、守矢神社であったんですよ」

「へぇー、神霊異変の時にそんな事がねぇ」

「大変でした。――それで晶君。もしも晶君が私だったら、その時どうしていましたか?」

「その時どうしてたか? ……えーっとゴメン、言いたい事が良く分かんない」

「晶君が『東風谷早苗』だったら、守矢神社での騒動をどう解決したのか聞きたいんです。後々の参考に」

「僕が早苗ちゃんだったらねぇ。――とりあえず神奈子さんを懐柔するかな」

「……神奈子様を?」

「うん。神奈子さんは早苗ちゃんに賭けてて、その時の状況にも否定的だったんでしょ? なら上手くやれば引っ張り込めたんじゃないかな」

「で、でも、それは幽香さんが認めないような気が……」

「勝負する流れになってたらそうなるさ。けど諏訪子さんへのお仕置きって流れに持ち込めば、幽香さんも反対はしなかったと思うよ?」

「お、お仕置きですか!?」

「イエス、お仕置きです。ちょっとやり過ぎた諏訪子さんを、三対一でボッコボコにするのです」

「えとその……で、でも神奈子様を味方にするのは、賭けのルールに反してませんか!?」

「そもそも最初にグレーな事始めたのは諏訪子さんだからね。賭けの公平性を守る為って名目なら見逃してもらえると思うよ」

「…………もらえますかね」

「ぶっちゃけ、他の人らはどう転んでも損しないから。多分、こっちが知らん顔してたら追求すらされないんじゃないかな」

「………………………………………………」

「ほにゃ? どうしたの、早苗ちゃん」

「……諏訪子様、私には無理です。晶君みたいな発想を出せる気がしません」

「あの、早苗ちゃん? 良く分からないけど、僕褒められて無いよね? 多分褒められてないよね?」





幻想郷覚書 神霊の章・拾壱「雄終完日/幻想郷のトリックスター」





 土の中からこんばんは☆ どうも、久遠晶です!!
 ふふふ、よもや隙間から出て早々に地面にめり込むとは……この久遠晶の目でも読めなかった!

「――――けてぇ……」

 とりあえず相棒たるアリスさんに助けを求めてみた。
 残念ながら頭は土の中なので、声は絞りだすようにしか出ないんだけど。
 腕も埋まってるから自力じゃ出れないし……というか、そもそも上半身全部地面にハマっちゃってるからね。
 まさしく手も足も出ない状態! いや、足は一応出るけどね。

「かっこよく着地しようとして見事に失敗、隙間の縁に足を引っ掛けて地面に頭から激突とか阿呆の極みね」

 ちゃうねん。
 僕だって本当は、ごくごく普通な着地をしたかったんですよ。
 でもなんか感じたんです。ここで僕が無難な着地の仕方をしたら、文姉が嘘つきになってしまうと。

「何に対して気を使ってるのよ」

「僕も分かんない」

 おっと、上海ちゃんが引き上げてくれたのか。
 扱いはかなり大雑把だけど、助けてくれるだけまだマシだ。片足を掴まれて宙ぶらりん状態だけどそう思おう。

「下らない事やってないで、とっとと異変を解決するわよ」

「へーい」

「ちなみに私、八雲紫から貰った情報以上の事は何も知らないわ。情報源として期待はしないように」

「まぁ、それは僕も同じだから文句は言わないけど……いつまで宙ぶらりんなんですかね、僕は」

「……すぐ離すわ」

 あ、今一瞬このまま荷物扱いの方が楽かもとか思ったよね。
 絶対思ったよね。間違いなく思ったよね。
 へいへい、アリっさん惚けてないでこっち見ろろろろ。

「解放してあげるからその鬱陶しい顔を止めなさい」

「いや、これは逆エビ固めという別種の拘束じゃないかななななな」

「次またアホやったら折るから。……離しなさい、上海」

「コレクライニシトイタラァ」

「ううっ、アリスの対応がセメント過ぎて辛い」

 とりあえず離してはもらえたので、僕は立ち上がり身体中の土を払った。
 それにしても我が事ながら、僕は地面に突っ込む確立が高すぎる気がする。……まぁ、八割がた自分のせいなんだけども。

「話を戻すけど、晶は今回の異変――と言うか神霊の増加現象についてどう思っている?」

「それは、神霊が‘結果として増えた’のか‘目的として増やした’のかって事?」

「そ。異変の元凶の狙い次第で、神霊をどうするかは大きく変わってくるわ。――それで、どう思う?」

 何度も言うけど、神霊は人間の欲やら想いやらが霊体として出たモノである。
 つまる所、単体だとそれほど驚異的な存在では無いワケだ。
 たくさん居るのは異常事態だけど、おそらくそれだけだったら異変とまでは行かなかっただろう。
 問題は、利用しようと思えば幾らでも利用できる存在って事だと思う。
 何しろ人の欲そのものだ。妖怪でも神様でも、下手したら人間でも使い道がある。
 そして困った事に、異変の元凶が神霊に一切干渉していない可能性も十二分にあり得るワケだ。
 ――つまるところ要するに。

「さっぱり分かりませんえん☆」

 と言う事になりますね。てへぺろ☆
 ……いや真面目な話、どんな判断をするにしても情報が不足しているんだよね。
 だから結論も出せないんです。うん、仕方ない仕方ない。
 故に殴らないで! 殴るにしても、せめて優しく――アレ?

「どうしたのよ。そんな怯えて」

「あの、上海さんによるグーパンは無いんですか?」

「無いわよ。貴方は勘と勢いに任せて生きるバカだけど、この手の問題で思考停止する程の間抜けでも無いわ」

「それ、褒められてるのかな?」

「貴方の「分からない」に意味がある事くらいは理解しているって事よ。大方、情報が足りなくて結論が出せないって所でしょ?」

「さ、左様でございますです」

 アリスさんの僕に対する理解度が、そろそろツーカーですら済まなくなっている件。
 何が怖いって、指摘に何一つ間違った点が無いのが怖い。
 あの色々と舐めきった返答で、なんで僕の考えが分かるんだろう。アリスひょっとして僕の事超好き?

「はいはい、超好き超好き。――それでどうするのよ」

「わぁ、超おざなりな対応だぁ。――どうするって?」

「これからの行動の指針、それくらいは考えてるんでしょう?」

「あーうん。異変の元凶の狙いが何にせよ、神霊が密集している所を探れば何かある――はずだと思われます」

 元凶側に神霊を増やす意図が無かったのなら、神霊の増加は異変そのものに関係している事となる。
 逆に元凶側の目的が神霊を増やす事であるのなら、元凶は神霊の力を利用するために何かしらの形で動いているはずだ。
 どちらにせよ、神霊が多く集まっている所で‘何か’が起きている事は間違いない。多分。
 そして僕の魔眼は先程から、近くに多くの神霊が集まっている事を確認しているのです。

「向こうの方で神霊が集まってるみたいだからさ、そこに行けば何かあるんじゃないかな?」

「向こう? ……人里の方よね?」

「へ? ――あっ、本当だ!?」

 地面から出たばかりで認識して無かったけど、ここは人里近くの森だ。
 そして、より多く神霊が集まっているのは人里の方……アレ、これちょっとヤバくない?

「……なるほど、考えてみれば当然の話ね」

「ほへ?」

「妖怪達が今回の異変で「賭け」を始めたのは、この異変をしばらく放置しても問題ないと判断したから。――つまり」

「異変は、妖怪達への影響が少ない所で起きてるって事かぁ……」

 人里は妖怪にとって必要な所だけど、絶対に守るべき所と言うワケでも無い。
 むしろほとんどの妖怪にとっては、好意的に見積もっても「どうでもいい場所」となるだろう。
 そりゃ、そこで異変が起きれば静観を選ぶよね。
 僕もまぁ、人里そのものにはそれほど愛着も執着も無いんだけど……知り合いはたくさんいるからなぁ。
 だから一瞬わりと焦ったけど、こうして冷静に考えてみると――

「でもこれ、ぶっちゃけそれほど焦る事でも無いっぽいよね?」

「そうね。本気で緊急事態なら、あの隙間が放置するワケ無いし」

 まぁ、完全放置したら大変な事になりそうだけど。
 ……いや、そもそも放置していて大丈夫なのは妖怪達にとってだから、僕らにとっても大丈夫なのかは不明なんだけども。

「とりあえず、人里に行ってみようか」

「ま、妥当な所ね」

 目の前に分かりやすいヒントがある以上、躊躇う理由はどこにも無い。
 良し行くぞ! 無限の彼方的なサムシングへ――おや?
 なんか魔眼の有効範囲に反応が……これは、星さんと白蓮さんだね。どうしたんだろ、こんな森の中で。

「アリス、ストップ」

「ひゃん!?」

「おお、なんか新鮮なはんの――ぷげらっ!?」

「声をかければ止まるから、足首を掴むのは止めなさい!!」

 いや、たまたまアリスさんの足が掴みやすい所にあったのでつい。
 珍しく動揺を露わにしたアリスの強烈なキックが、僕の顔面に叩きこまれた。
 うぐぅ、鼻先が超痛い。でも久しぶりにアリスの派手なリアクションが見れたのでちょっと満足。
 そーかそーか、この手の弄り方には弱いのか。覚えておこう。

「……言っておくけど、意図的に同じような真似したら足首ネジ切り取るわよ」

「お茶目なジョークじゃ済まない?」

「私のもお茶目なジョークだから一緒ね」

 わぁ、とってもいい笑顔。アリスさんったら結構お怒りだったのですね。
 まさしく花のようなスマイルを浮かべ、僕の鼻先を靴でグリグリする大親友。
 知らない人が見れば、そういうプレイの最中だと思われても仕方がない光景である。
 ……いや、さすがに見えないか。
 宙に浮きながら相手の顔に足を押し付けるプレイって、色々と倒錯し過ぎて意味分かんないし。

「こちらです、聖! 先程女人のうら若き悲鳴が――おおっと!?」

「あ、星さん」

「星? 寅丸星?」

「こここっ、これは失礼しました! その、私は何も見てません!!」

「待ちなさい。貴方の場合、あらぬ誤解を最悪の形で流布しそうだからどんな手を使ってでも止めるわよ」
 
「僕は……良いよ?」

「上海」

「オフザケハユルサナイッ」

「すいません冗談でしたぁ!?」

 だから足首は止めて! 本当にネジ切り取られそうで怖いから!!
 あ、そしてなんか星さんが途方に暮れておられる。こういうノリには乗りきれませんかそうですか。

「どうしました、星? ――あら、久遠さんとマーガトロイドさん」

「あ、聖!」

「ウラー! ズドラーストヴィチェ、白蓮さん!!」

「ずどら……?」

「意味もなく煙に巻こうとしているだけだから無視して良いわよ。こんにちは、聖」

「こんにちは。お二人は……何をなさっているのですか?」

「友好を深めていました!!」

「……もうそれで良いわ」

 もー、アリスさんの照れ屋さん☆
 まぁさすがに僕も、今のボケは火に油を注ぎかねないと思ったけど。
 白蓮さんは察しの良い大人なので、悪い意味で取る事は無いと思った次第でございます。
 後、なんかこうボケずには居られなかった。誤解を招くと分かっていてもボケないとダメだと思った。

「貴方最近、行動が愉快犯じみてきたわよ。反省なさい」

「う、うぃっす」

「今後、やり過ぎと判断したら優しく全部受け止めるから。何しても笑って許すから」

「すいませんっした! マジ勘弁してください!!」

「えっと、あの……聖?」

「ふふ、お二人はとても仲が良いのですね」

 この状況下でその結論が出せる白蓮さんは大物だと思います、真面目に。
 星さんなんて、僕らの会話についていけずずっとオロオロしてるのに。
 ……この場合は、ついていけない方が正常なのだろうか。僕にはちょっと分かんないかな!

「と言うか、アリスって白蓮さんや星さんと知り合いなの?」

「私、貴方より頻繁に人里へ行ってるのよ? 当然面識くらいあるわよ」

「アリスさんの人形劇はとても楽しいんです! 私、毎回楽しみに見させて頂いてます!!」

「……あ、うん。ありがと」

 あれ、アリスの人形劇って確か対象は子供達だったんじゃ。
 ……つまり最近の劇では、子供達に混ざって最前列で体操座りしながら人形劇の始まりを待っている星さんの姿があるワケか。
 うわぁ、どうしよう思った以上に違和感ないぞコレ。
 ビジュアル的にはナズーリンの方が適してるんだけど――ダメだ、逆にこっちは違和感しか無いや。

「しかし、お二人はこんな所で何を? その、やっぱり……」

「いや、違います違います。ちょっと今起きてる異変を解決しようかと思いまして」

「異変……ですか」

 あ、しまった。
 そういえば妖怪の皆様は、賭けで異変解決者の妨害をしていたんだっけ。
 ……いや、待てよ? その事を知っていたら、そもそも僕らが何をしているのかなんて聞かないよね。
 と言う事は、白蓮さん達は賭けの事を知らない? 
 うーん、あり得るかも。命蓮寺の立ち位置を考えると、異変の内容に関わらず賭けには確実に反対するだろうし。
 とりあえず情報を収集してみよう。もしも地雷を踏んだとしても、多分なんとかなるさ!!

「と言うワケでお二人共、何か神霊に関係した話とか知りませんかね?」

「神霊、ですか? えっと」

「――誠に残念ですが、それを教える事は出来ません」

「ふむ……教えられないって事は、何か知ってるって事なんですね」

「それも答えられません。全ては――私を倒す事が出来れば教えましょう」

「えっ、ひ、聖!?」

 ……おーっと、こぁーきたかぁー。
 剣呑な空気を放ちつつ、静かに拳を構える白蓮さん。
 どうやら僕は、思った以上に深刻な地雷を踏みつけてしまったようだ。
 しかし、なんで星さんが一番びっくりしているんだろうか。
 それだけ白蓮さんの行動が想定外だったのか、単に何も知らないだけなのか……彼女の場合、後者の可能性が普通にあり得るから困る。
 まぁどちらにせよ、星さんを説得して戦いを回避――ってのは無理そうだなぁ。

「厄介な当たりクジを見事に引いたって感じね。で、どうするの?」

「まぁ、スルーする理由は無いね。やりましょうか」

 戦う事に異論は無い、いつもの事だ。ただ問題なのは……白蓮さんが完全に本気モード入っているって事だろう。
 毎度おなじみのハンデは望めそうに無いから、二対一で戦わないと正直キツいんだけど……。
 星さん、黙って見ててくれるかなぁ? 状況が読めなくても、白蓮さんが多対一でピンチになったら普通に参加してきそうな気がする。
 そうなるとアリスはともかく、僕はわりかしお手上げなんだけども。
 んー……じゃあ‘使おう’かな。白蓮さんなら、最終テストの相手としては申し分無いよね。

「ねぇ、アリス」

「――良いわよ、任せた」

「信頼の証だとしても、問答無しなのはちょっと悲しいです」

 でもニッコリ笑いながら肩を叩かれると、それで頑張ろうと思ってしまう単純な僕。
 とりあえず数歩前に出た僕は己を鼓舞する為、白蓮さんに対し右人差し指を突きつけながら高らかに宣言した。



「それじゃ白蓮さん、貴女に――‘最強の久遠晶’をお見せしますよ!」



 試運転は好調、もしもの時の対策もバッチリ、後は仕上げを御覧じろ、だ!!



「行くよ―――――『不変(かわらず)』」




[27853] 神霊の章・拾弐「雄終完日/不変」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/11/09 22:36


 さぁさ、皆様お立ち会い。

 人も神も妖怪も、雁首揃えておいでませ!

 これより開かれますは、狡知の道化師による一大喜劇。

 幻想郷を舞台に、『人間災害』久遠晶が右往左往の大活躍!!

 ――いえいえ、誤りではございませんとも。

 何があろうと久遠晶は久遠晶、スマートに事など運べるはずがありません。

 ですが、無様は無様なりに成長するモノ。

 経験を重ね、研鑽を重ね、辿り着いたは一つの境地。

 『不変』と名付けたその力、とくとご照覧くださいませ!!

 

 

幻想郷覚書 神霊の章・拾弐「雄終完日/不変」





「行くよ―――――『不変(かわらず)』」

 虚勢八割の最強宣言と共に、晶が氷で出来た面を装着した。
 額より下の部分を完全に覆う、五角形を真ん中から折り曲げたような形の仮面。
 ……いや、アレを仮面と称して良いのだろうか。
 薄く透明度の高いソレは、とてもじゃ無いが顔を隠すものとは言えない。
 事実、晶の顔はこちらからでもしっかりと確認する事が出来る。


 ――これは面変化、なのかしら?


 疑問を抱きながらも観察を続けていると、晶の服装にも変化が現れた。
 光が身体に纏わりつき魔法の鎧を形成する。しかしその形は、私の知るソレとは大きく違う形をしていた。
 腕部分は、手の甲と前腕の一部を覆うだけのナックルガードに。
 足部分は鎧ですらなく、つま先や踵、足裏を守るだけの単なる後付装甲に。
 そして胴の部分は、前面部分しか守らない胸当てに。
 それぞれ極限まで防御力を削ったかのような、そんな姿で晶の身体に装着されている。
 軽装形態……なのかしら? 鎧の形状変化は怪綺面の例もあるから驚かないけど、装甲を薄くする意味は分からないわね。
 そもそも貴女の鎧、重さも無いし邪魔にもならないはずでしょう?

「ど、どどど、どうしましょう。晶さんと聖が戦うなんて……」

「とりあえず落ち着きなさい。これくらい、ただのじゃれあいみたいなモノよ」

「そ、そうなんですか? なら良いんですけど……」

 ――ま、遊びと言うには聖の表情が固すぎるわね。
 確実に何かあるのでしょうけど、言うと寅丸が面倒な事になりそうだから口には出さないわ。

「それにしても……アレですね」

「何か気になる事でも?」

「晶さん、なんだか格好いい姿になりましたね!!」

「……そうね」

 切り替え早いじゃないの。もう少し悩むかと思ったわ。
 別にそれで私が不利益を被るワケでは無いけど、少しは頭を使う事も考えた方が――いえ、何でもない。
 嫌な予感がした私は深く切り込む事を止め、改めて晶へ視線を向けた。
 ……格好良いかどうかは知らないが、彼の外見は今までと大きく違っている。
 仮面と鎧、更にいつの間にか首を覆っていた白い布地に金の金具で補強されたマフラー。
 マフラーを風に靡かせ颯爽と佇むその姿は、アレが言うヒーローに見えなくも無い。
 つまりそういう面変化なのかしら? ヒーローになりきるとかそう言う。

「ふっふっふ! どうですか、この強そうな姿!! 参ったするなら今のうちですよ!」

 あ、違う。これいつもの晶だ。
 伸びきった状態で固定されているらしいロッドを構え、ノリノリで決めポーズかます大馬鹿。
 面変化特有の、性格の上書きがされている気配は一切無い。
 ……どういう事かしらね。何がどう変わったのか、さっぱり見当がつかないわ。

「貴方が強い事は十分に存じています。降参はしませんよ」

「あ、左様ですか」

 晶の軽口に、至って生真面目な答えを返す聖。
 いえ、これは――警戒? 何故かは知らないけれど、彼女は随分と晶を警戒しているみたいね。

「……さすがの聖でも、晶さん相手では迂闊に手を出せませんか」

「えっ、貴女達の中で晶ってどんな評価になっているの?」

「晶さんですか? 聖の恩人で、博麗の巫女と互角に戦える凄い人です!!」

「あー、そういう……」

 元々評価が高いから、今更油断しようがないと。なるほど。
 ……と言うかすっかり忘れていたわ。アレ、そういう評価を貰ってもおかしくない程度の実力は持っているのよね。
 最後に戦ったのは確か、ゴリアテの試運転の時だったかしら。
 ――改めて思うわ、あいつ強いとか弱いとか以前に色々とやらかし過ぎよ。

「ちくしょう……『強そうな姿で脅かして楽に勝とう大作戦』は失敗か…………」

 コイツのバカでかつ恐ろしい所は、そういう勝ち方で終わる可能性も半分くらい本気で想定している所だ。
 あえて口に出しているのも、相手の油断を誘うための布石なのだろう。――しかし、嘘を付いているワケでも無いのが厄介だわ。
 もっとも、聖には通用していないみたいだけど。
 あくまでも警戒し続ける彼女の姿に、揺さぶりは無意味と判断した晶はため息を吐き出し気持ちを切り替えていく。
 ロッドを肩に担ぎ直し小さくステップを踏み始めた彼は、一度大きく身体を沈ませると――聖目掛け、一直線で駆け出した。

「……えっ?」

 ――だが、遅い。
 あえてスピードを緩めている、といった様子では無い。
 明らかに普段の晶より身体能力が下がっている。……どういう事かしら?
 晶は、今の姿を「最強の久遠晶」と評した。
 しかし現時点で、晶を最強と呼べる要素は何一つ無い。
 ……そもそも、あいつにとっての『最強』ってなんなのかしら?
 
「それじゃ、行きますよ!!」

「はい、よろしくお願いします」

 晶と聖が、其々の射程圏内に入った。
 聖が拳を振りかぶり、晶がロッドを低めに構える。
 同時に放たれる攻撃――いや、身体能力の差で僅かにだが聖の方が速い。
 ただの正拳突きとは思えない速さと力強さで襲いかかる、聖の拳。
 それを晶は――‘余裕を持って’紙一重で回避した。
 そのまま避けた時の勢いで身体を回転させ、ロッドを聖の側頭部目掛けて叩き込む。

「――っ!」

 しかしその一撃は、とっさに反応した聖の拳に阻まれた。
 完全に腕の伸びきった姿勢から、ほぼ不意打ちと言える形の攻撃を防ぎきった所はさすがと言うべきか。
 だが晶は気にもとめず、再び身体を回転させながら聖への攻撃を続けた。
 それを再度防ぎ、続けて反撃する聖。
 その一撃を、晶はまるで舞うように避け続ける。


 ……巧い。


 身体能力では完全に勝っているはずなのに、聖は晶を捉えられない。
 特別な能力ではない単純な技術で、晶は彼女の力を完全に封殺していた。

「…………」

「あわわ、聖の攻撃が全然当たりません……」

「……ふん、つまりそういう事なのね」

「えっ? な、何がですか!?」

「なんでもないわ。こっちの話よ」

 ああ、ようやく分かったわ。
 晶のヤツ、なんて滅茶苦茶な面変化を作ったのかしら。
 完成された動き、余裕のある振る舞い、そして変わらない自我。


 ――『不変』とは、久遠晶の‘完成形’に成る面変化なのだ。


 私にはこの面変化が、どんなカラクリなのかまでは分からないけれど。
 少なくとも今あそこに居るのは、自分には足りないモノだらけだと愚痴っていた半人前では無い。
 アレは、培ってきた技を修め、自身の力を把握し、何より‘うっかり’しなくなった――正真正銘の『バケモノ』だ。
 身体能力が落ちていたのは、そもそも‘久遠晶にそれほどの力が必要無い’からだろう。
 今までアイツが馬鹿げた力を発揮していたのは、それで自らの不足分を補っていたからに過ぎない。
 ……こうして『答え』を見せつけられた今だからこそ分かる、と言うのは皮肉な話ね。

「ふふふ、どうです聖さん。心が折れかけてきたんじゃないですか?」

「ご心配には及びません、このくらいの窮地は戦う前から想定していました」

「心強いなこの人! それとなんか、僕の評価やたらと高くないですか? バグ?」

「現時点で評価をバグらせてるのは貴方の方でしょ」

「味方が辛辣!!」

 台詞だけならいつもの晶だ。――だが、致命的にその動きが違う。
 聖の攻撃は全て、的確にかつ意図的に逸らされ続けていた。
 すでに、彼女の拳撃はほぼ全て晶に見切られていると言っても良いだろう。
 互いの攻防は徐々に入れ替わりはじめ、聖は防戦一方の状況へと追い込まれていく。
 今度は晶の一方的な攻撃が続くのだけど……幾らなんでも、攻撃がワンパターン過ぎやしないかしら。
 相手を封殺するのに手一杯で余裕が無い、と言うワケでは無いはずだ。
 何かがある。あからさま過ぎるが、確実に晶は何か仕掛けている。
 だからこそ聖も、迂闊に手を出せずにいるのだろう。
 パターンを身体に刻み込んで、あえて崩す戦法かしら? それはちょっと安易過ぎじゃ――

「ほいっと」

「――えっ?」

「――は?」

「ひ、聖危ない!!」

 ワンパターンな攻撃の一つ、回転しながら下から相手を蹴り上げる一撃。
 今まで確実に防げていたはずの蹴りが、聖の両腕の防御を軽々と跳ね除けた。
 細工の気配は無かった。それなのに何故!?
 驚愕する私達の隙をついて、晶は聖の胸元に回転するロッドの先端を叩き込んだ。

「がっ――」

「ひ、聖ぃ!?」

「……だ、大丈夫です」

 ダメージはそれほどでも無い、か。
 だが、心理的な衝撃はおそらく私の想像以上だろう。
 確実に防げるはずの攻撃が、厳重な己の防御をあっさりと貫いたのだから。
 ……おそらく、ワンパターンに見えてテンポはズレていたのだ。
 徐々に徐々に変わっていたテンポを一気に戻された結果、聖の防御が破られた。
 それは分かる――だけど、どこでその仕込みを行った?
 攻撃速度が落ちれば分かるはずだ。少なくとも、傍から見ていて違和感は無かったはず。

「――なるほど、そういう事ですか」

 あまりにも不可思議すぎる状況、それに答えを出したのは聖本人だった。
 彼女は晶の手足を見つめると、確信を持って静かに頷く。
 
「攻撃が当たる直前、‘手足を縮めて’当たりをズラしていたのですね」

「あらら、もうバレちゃったか。――お察しの通りです」

 悪戯がバレた子供のように笑い、晶が自身の右腕を掴み――まるで元々付いていなかったかのように外した。
 切れた……んじゃないわ。腕の切断面に肉は無く、ただ虚空が広がっている。
 そして晶は、その為の能力を持っている。使いこなした事の一度も無い、その力を。

「……隙間の力ね。それで、体の一部を空間転移の応用で「縮めた」ってワケ?」

「おぉう、味方からのネタバレ。あ、いや、その通りでございますですゴメンなさい」

「空間操作――そのような事も出来るのですか」

「『久遠晶に出来る事は全て出来る』――と言うのが、今の僕なので」

 ニッコリ笑って可愛いポーズをとる晶、その仕草はいつもどおりの晶である。仕草だけは。
 だが、‘中身’は完全に別物だと思った方が良いだろう。
 先程は簡単に言ったが、テンポをこっそりズラして不意をつく等という芸当がそんなアッサリ出来るはずがない。
 相手の挙動と考えを、自分の能力と力量を、どちらも全て読みきっていたからこそ出来たのだ。
 
「いやはやしかし、思いの外上手くやれるものです。――うん、試運転の結果は上々ってトコです」

「し、試運転? 本気では無かったのですか!?」

「いやいや、今までも超本気でしたよ? 本気でやって――通用するのが分かったからね」

 あのエゲツない攻めが「手探り」だとはまた、随分と笑えない冗談だ。
 しかし、今の晶を見てそれが大口だと思う者はいないだろう。
 まるで何かのスイッチでも切り替えたかの様に、晶の放つ雰囲気が変わる。
 幻想郷の強者、そう呼ばれる者達と同じ覇気。
 ……どこが「本気だった」だ。どう好意的に解釈しても、今までのは遊びとしか思えないわよ。

「それじゃ、幻想郷らしく楽しんで行きましょうか!」

 吹き飛ばされた聖に向かって、再び晶が駆け寄って行く。
 しかし今度は彼女も黙っていない。晶に向かって駆け出して、その勢いのまま蹴りを放つ。

「おっと、危ない」

 それを大きく跳んで避ける晶。
 隙だらけに見えるその身体目掛け、聖は迷わず拳を突き出した。
 迫る拳。それを晶は、‘バックステップで’回避する。
 ――何も無い空中に足を踏みしめ、身体が地面に対して平行になっている状態で、だ。
 空中に足場を作って浮いている、だけでは無い。
 晶はまるで、重力とは地面に対して垂直に働いているかのように振舞っている。
 ……まさかそれも、『久遠晶に出来る事』とかほざくワケ?
 デタラメも大概にしておかないと、終いには私が貴方をぶっ飛ばすわよ?

「ほいっ、ほいっ、ほいっ」

「くぅっ!?」

 大地を足場に、空を足場に、逆さまに、斜めに、真っ直ぐに。
 縦横無尽に‘駆け巡り’ながら、あらゆる方角から晶が聖に襲いかかる。
 見ているだけで嫌になるくらい鬱陶しい攻撃ね。
 しかも種明かしした空間転移を、積極的に使ってくるからタチが悪い。
 掴もうとした腕が無い、胴体を殴ろうとしたら先に大穴が空いてた、頭上で振り回したロッドが足元に当たる。
 晶自身は普通に戦っているだけなのに、二つの能力がそれを変幻自在の攻撃へと変えていた。
 いや、それでも、‘それだけ’だったら聖は対応出来ただろう。
 要は滅茶苦茶に動きまわり、四方八方から攻撃を仕掛けてくるだけの相手だ。
 問題なのは――圧倒的有利な上、聖の攻撃を全て見切っているこの男が、‘特に回避に拘っていない’事だ。

「あだっ!」

「やった、聖の攻撃が当た――」

「――っ!?」

「ひ、聖ぃ!?」

 軽く放った牽制の拳をあえて額で受けとめ、晶は反撃の蹴りを聖の後頭部に叩き込んだ。
 そう、相手は「命があればセーフ」などと平然とほざく久遠晶なのである。
 完封するつもりも、楽に勝つつもりもハナから有りはしない。
 故に聖には分からないのだ。手段を選ばないアレが、次に何をやらかすのかを。
 ……いや、聖だから分からないのでは無い。
 私だってそうだ。今の晶には‘選択肢’が多すぎる。
 ‘全ての手を晒してない’、今の時点ですらそうなのだ。
 
 

 ――あの『バケモノ』の底は、果たしてどこまで深いのかしら。





[27853] 神霊の章・拾参「雄終完日/道化が来りて笛を吹く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/11/24 04:25


「なんだか幻想郷が騒がしいわ」

「――えっ。あっ、うん、そうだね。霊夢が言うならそうだと思うよ」

「だいたいどういう勘違いしてるか分かるけど、貴方の姉と同類扱いは止めなさい」

「お姉様は、無駄に格好つける痛々しい人じゃないよ!!」

「アンタの姉評価って、何気に厳しいわよね」

「それで、違うなら何が騒がしいの?」

「知らないわよ、ただ騒がしいと思っただけ」

「……霊夢はもう少し、説明する事を覚えても良いと思う」

「だから説明したじゃない」

「も、もう一声」

「もう一声って言われてもねぇ……あ、そうね」

「何?」

「多分だけど、晶のせいよ」

「ああ、お兄ちゃんまた何かやったんだ……」

「やってるわね。……ただ」

「ただ?」

「少しだけ、いつもと違う気がするわね」

「何が?」

「………………」

「うー、だーかーらー!!」

「アンタ、わりと細かいわよ」

「霊夢が大雑把すぎるんだよー!」





幻想郷覚書 神霊の章・拾参「雄終完日/道化が来りて笛を吹く」





「はぁ……はぁ…………」

 しばらく接近戦が続いた後、聖は晶から大きく距離をとった。
 晶からの直撃を喰らった回数は少ないが、その数少ない攻撃は彼女に確実にダメージを与えている。
 と言うか、当たった際の冷気で身体を凍らされているのが響いているみたいね。
 ……晶としてはむしろ、そっちの方が狙いだったのかしら。

「くっくっく……さぁ、どうする聖白蓮。お得意の肉弾戦で余に敗れたままで良いのか? んん?」

「そうですね。どうやら私では、貴方に拳を当てる事は出来ないようです」

「うぐぅ、白蓮さんクレバー過ぎ。もうちょっと挑発に乗ってくれても良いんじゃないですか?」

「今の謎演技が挑発だとしたら、貴方の頭は大分茹だっている事になるわね」

「そして味方が相変わらずの辛辣!!」

 貴方も相変わらず、舐めてるのかってレベルでバカやるわね。
 短気なヤツだったら大激怒して――そして、貴方に完封されていたでしょうね。
 まぁ、聖はそんな事気にもしないでしょうけど。

「ですから今度は、弾幕で戦わせていただきます!!」



 ―――――――「聖尼公のエア巻物」



 宣誓と共に、聖が「魔人経巻」を展開した。
 確か、魔界で聖が作った一種の呪文書……だったかしら?
 経典とか何とか言ってたけど、内容を考えると完全にグリモワールよね、アレ。
 あ、晶のヤツが目を輝かせてる。……触るのも写真撮るのも後にしておきなさいよ?

「――参ります」

 聖が駆ける。動きそのものは一直線だが、速度そのものの桁が違う。
 それでジグザク軌道をされるのだ、並の相手では次の移動先が分かっていても捉えられないだろう。
 その上、聖の移動した軌道をなぞるように弾幕が配置されている。
 放射状にバラけてこちらに襲いかかる弾幕を、全て捌きながら聖に攻撃を当てるのはなかなかに手間だ。
 さて、いつもの晶なら即座に攻略を諦めてスペルカードによる迎撃をする所だけど。
 今の晶は、この弾幕にどう対応するのかしら。

「……それじゃ、こっちも遠距離武器で対抗かな」

 ロッドをそのままの状態で腰に引っ掛けた晶は、足で軽く地面を叩いた。
 すると彼の周囲に拳大の光球が三つほど生成されて、晶の周囲を小さく上下しながら旋回していく。
 ……ふむ、アレは魔力の塊?

「ファイア!!」

 彼が右手を前方に突き出すと、それに合わせて光球が閃光を放った。
 一直線に飛ぶ閃光は貫通力が高いらしく、聖の弾幕を突き破りながら彼女に迫る。
 さすがに直撃はしないが、それでも掠らせる程度の精度はあるようだ。
 何より、回避しながらでも安定して撃てるのは大きい。
 聖の攻撃を飛んだり跳ねたりしながら避けつつ、晶は光球による攻撃で彼女を追い詰めていく。
 ……分かってたけど、あの速さでも余裕で対応出来るのね。
 おまけに回避の方も尋常じゃない。大雑把な避け方しか出来なかった晶が、すでにグレイズすら使いこなしている。
 身体の一部ですら無いマフラーにすら被弾を許さないなんて、霊夢並みの回避能力が無いとまず不可能だろう。

「ひ、聖の弾幕が全然当たりません……何か能力を使っているのでしょうか?」

「能力――ある意味そうかもしれないわね」

 晶の驚異的な対応能力の理由は、恐らく『魔眼』にある。
 広範囲を死角なく把握出来るあの眼が、晶の力の源になっていると見て間違いないだろう。
 ――ただし、これは‘元々の晶も持っている能力’だ。何かが強化されたワケでも、新しくなったワケでも無い。
 今まで出来なかった事が出来るようになった、それだけの話である。

「――くっ!」

 閃光で足首を撃ちぬかれ、聖の動きが一瞬鈍った。
 その隙を逃さない更なる追撃で、彼女の足は完全に止められてしまう。
 
「ふふふ、まぁざっと――ごんなもんでずよ……うぅ」

「え、晶さんが泣いてる!? ひょっとして変な所に当たったんじゃ!?」

「アレはビョーキだからほっときなさい。肉体的には無傷よ」

 大方、最後までトチらず避けきった事に感動しているんでしょうね。
 今の貴方の実力で出来ない方がおかしいんだから、涙堪えるほど喜んでるんじゃないわよ。
 ……しかしまぁ、アレをスペルカード無しで回避しきれるとは。
 防御面に関しては本当に霊夢クラスね。私でも、今の晶に攻撃を当てるのは難しいかもしれないわ。

「とは言え単に攻略しただけで、白蓮さんにダメージは無いでしょうから――今度は僕が攻撃する番です!!」

 そして、今から分かるのが攻撃面での久遠晶だ。
 不敵な笑顔を浮かべながら、晶が懐からスペルカードを取り出した。
 ――ちなみに、言うまでも無い事だがあの笑顔は虚勢である。
 この期に及んでまだ自分を信じられていないのだ、あの馬鹿は。
 そろそろ聖が可哀想になるから、心の底から不敵に笑って見せなさいよ。



 ―――――――幻想「妖精達の踊り場」



 宣誓と共に、晶が氷の弾幕をばら撒いた。
 光を反射して、まるでシャンデリアの様に輝く氷の弾丸。
 それらは晶を中心にして、規則正しく円の形を描きながら広がっていく。

「これは――氷の刃!?」

 弾幕が僅かに聖の腕をなぞると、掠った跡をなぞるように血が流れた。
 あの細かな氷の弾丸――いや、氷の刃の一つ一つが聖の皮膚に傷をつける程度の威力があると言う事か。
 大きさから考えると規格外の威力だけど、その分数の方は少し足りていない。
 オマケに動きには規則性があるため、回避そのものは難しくない……が。
 当然、そのくらいの事は想定しているでしょうよ。だとすると次の手は――

「場所を整えたら、続いて妖精たちのご登場!」

 わざとらしい程に演技じみた仕草で晶が指を鳴らすと、氷の刃が広がっている空間に大小様々な光球が浮かび上がった。
 ふわふわと一定の高さを維持しながら、それこそ舞う様に動き始める光球達。
 二種類の規則性がある動きが重なり、聖の動きを更に制限していく。

「そして最後はド派手な演出で!!」

 そして晶が右手を真上に掲げると、一際巨大な光球が晶の頭上に生まれた。
 ご丁寧な事に、踊る光球と頭上の光球で光の色合いが違うと言うオマケ付きだ。
 白く輝く中央の光球は、七色に輝く小さな光球達を照らすように一瞬強く輝き――その後、無数の光線を吐き出した。
 先程、小さな光球で放った閃光と同じ類の攻撃だ。
 それらは先程と同じように直線で進み、氷の刃に当たってその軌道を変えていく。

「――っ! これは!?」

 軌道を変える光線は、壁となって更に聖を追い詰めた。
 そして彼女が足を止めた瞬間、閃光は聖を襲う無数の牙となる。
 計算され尽くした動きだ。氷の刃がどう光を曲げるのか、全て理解していなければこんな動きは出来ないだろう。
 ……本当に完璧な、‘弾幕ごっこのための弾幕’ね。
 ただ強いだけじゃない、『魅せる』要素を含んだスペルカード。
 あの晶がここまで出来るようになった、と思うと少しだけ感慨深いものがあるわね。
 まぁ、戦っている彼女にとっては関係の無い話だけど。
 
「聖、右――いえ、左!? あ、上も危ない気がします!!」

「アンタ、味方の邪魔してどうするのよ」

「ええっ!? す、すいまぜんびじりぃぃぃー!?」

「大丈夫ですよ、問題ありません」

 本人以上に動揺している寅丸へ優しい声をかけるが、聖の状況は「問題ない」と言えるほど芳しくない。
 晶の弾幕の完成度がそれほど高い。というのももちろんあるが、ソレ以上に聖に弾幕ごっこの経験が足りていないのだ。
 今の聖白蓮に、晶のスペルカードは捌き切れない。
 彼女自身もすでにその事を悟っている。故に、彼女は決断をした。

「――南無三!!」

 聖は僅かに腰をかがめ、晶目掛けて真っ直ぐ進んでいく。
 最早、彼女は弾幕の動きなど見ようともしていない。
 自身の身体を顧みず、最速最短で捨て身の一撃を叩き込む事だけを考えた突進。
 奇しくもそれは、普段の「久遠晶」が良く使う弾幕を無視したやり方だ。
 刃に斬られ、光に焼かれながら、一瞬で晶の目の前まで近づいた聖の拳は――しかし、対象である晶が消えた事で空を切った。

「き、消えちゃいましたよ!?」

「これは、空間転移!?」

 今までも晶は、部分的に空間転移を使って攻撃を回避していた。
 故に今度もそうしたのだろう、と言う判断は実に当然の流れである。
 少なくとも聖は、そして寅丸や私自身も、晶はそうして逃げたのだと思っていた。


 ――アレは、そういう思い込みこそ好んで利用するヤツだと分かっていたのに。


「残念、それは虚像でした」

 聖の背後の空間――彼女の拳が空振った数歩先――が歪み、晶が現れる。
 アイツは、空間を転移して逃げたワケでは無かったのだ。
 アレはもっと単純なトリック……恐らく先程聖が殴ったのは、『光を歪める』事によって形成した蜃気楼による幻だ。
 ……ええ、知ってたわよ。アンタにとっちゃ、空間転移だって手札の一枚にしか過ぎないのよね。
 スペルカードは、晶の幻が殴られた時にブレイクされている。
 そして今のアイツの手にあるのは――かつて靈異面が操っていた、強い輝きを放つ‘水晶のような球体’。
 ねぇ、まさかそれも『久遠晶に出来る事』に含めるの?
 何でもありじゃない、今の貴方。

「では罰ゲームって事で、キツい一発行きますよ!!」



 ―――――――神滅「ギガ・マスタースパーク」



 以前に見た黄昏の輝きには劣るものの、充分に強烈な閃光が聖目掛け放たれた。
 光の奔流に押し流される聖。かろうじて防御は間に合ったようだが、さすがにただでは済まないだろう。


 ……攻守ともに高水準、おまけに油断もうっかりも無い。


 もう否定する要素は無い。今の晶は、幻想郷でも指折りの実力者だ。
 もちろんそれは聖にも言える事だけれど……彼女と晶では、致命的な程に相性が悪すぎる
 聖の真っ直ぐさでは、晶の性悪な戦い方に対抗出来ないだろう。
 ……よくもまぁ、ここまでのバケモノになったものだ。
 元々それだけのポテンシャルは秘めていたワケだが、正直ここまでやれるようになるとは欠片も思っていなかった。

「さぁてさて、まだまだガンガン行くよ!!」

「ひ、聖ぃ!?」

「……くっ」

 実に心強い反面、少しだけ寂しく思う気持ちもある。
 チルノに氷漬けされていたアイツが、まさかここまで辿り着けたとはね。
 性格の方はあまり変わっていないけど……まぁ、それはむしろ褒めるべき所でしょう。
 さて、この勝負が終わったら晶の奴になんて声をかけてあげるべきかしら。
 たまには、手放しの祝福をしてあげるのも悪くないわね。
 ――っと、ちょっと物思いに耽り過ぎてしまったわ。
 結構な時間が経ってしまっているけど、さて二人の戦いはどうなって……。

「ごめーん、アリス。負けちゃった☆」

「なんでよ!!」

「ギョブルン!?」

「凄い……アリスさん、あの晶さんの顔にハイキックを当てましたよ」

 あまりにもあまりすぎる馬鹿の言葉に、思わず全力のキックをお見舞いしていた私。
 いや、でもコレは仕方ないでしょう。なんでよ。何度でも言うけど、なんでそんなありえない事になっているのよ。

「今、完全に勝つ流れだったじゃない!! なんであの状況から負けられるのよ! どうやったのよ!!」

「ちょ、調子に乗ってスペルカード使い切っちゃいました……」

「このダイナミックバカ!!」

 見てみなさいよ、あの聖の表情!!
 なんで自分が勝っている扱いになってるのか、信じるどころか理解すら出来ていないじゃない!!!
 というか、油断もうっかりも相変わらずするのね?
 最早何の欠点も無いパーフェクト久遠晶は、私の想像の産物だったのね?

「まぁ、不変は『ちょっと未来の久遠晶』に成る面だからね。これくらいが限界点って事っすよ」

「……それで『ちょっと』なの?」

「ちょっとです。だってほら、あんまり未来過ぎると自分がどうなっているか分からないでしょう?」

「色々と突っ込みたい所はあるけど、とりあえず一つだけ言わせて――まずは何よりもそのうっかり癖を何とかしなさい!!」

「何とかなった未来が想像出来ませんでした!」

 ……ああ、うん、それは仕方ないわね。
 なんというか、そう言われてしまうと怒る気にもなれない。
 そもそもにしてあの「世界で自分ほどアテにならないものはない」と言い切る晶が、そんな面変化を使えた事そのものが奇跡だ。
 少しは自分を信じる事が出来るようになったのは良い事だけど――残しちゃいけないものを残すんじゃないわよ!!
 
「まぁ、負けちゃったもんはしょーがないね!! 気を取り直して次行ってみよう!!」

「捻りなさい、上海」

「あだだだだ!? すいませんすいません、大口叩いておいて負けてスイマセン!!」

 もうなんかいっそ、ここでコイツ始末しておこうかしら。
 腹立ちやら苛立ちやらが混ざりに混ざって、そんな物騒な事を考える私。 
 そんな私に、晶が必死な顔で声をかけてきた。

「とりあえず卍固めから解放して! 戦いが終わったなら、この面変化急いで解除しないとダメなんだよ!!」

「何よ、時間制限でもあるの?」

「……時間制限と言えば時間制限なのかな。この面変化ってホラ、僕の能力でスペックを未来の自分と同じレベルまで引き上げてるワケじゃん



「いや、知らないわよ。あの面変化がどういう理屈で変わってるかなんて」

「これってどうも単純な強化じゃなくて、時空間を歪めて未来の自分の力を‘再現’してるみたいなんだよね。――なので」

「……本当にデタラメね、ソレ。それで?」

「長時間この姿を維持していると、空間やら時間やらがネジ曲がって世界に何かしらの影響を与えます」

「一刻も早く解除なさい!!」

 と言うかソレね! それが神霊を馬鹿みたいに増やした原因ね!!
 洒落にならない事実を平然と告げられ、私もさすがに慌てて晶を解放した。



 ――人間災害だわ。何一つ弁解する余地のない人間災害がここに居るわね。




[27853] 欄外伍「覚書でも教えろ! 山田さんリベンジ!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/12/07 23:44


欄外伍「覚書でも教えろ! 山田さんリベンジ!!」




    ※今回の話は、ネタ発言とメタ発言に溢れたエセQ&Aコーナーです。
     タイトルですでにイヤな予感がした人や、設定とか特に気にしない方はスルーしてください。
     今回は、主に「不変」に関する設定をダダ流しするだけの話です。




山田「待たせたな、山田さんの時間だ!! 山田です」

死神A「あ、どーも、死神Aです」

山田「減給」

死神A「いきなりですか!? いや、確かに気のない挨拶でしたけども!!」

山田「挨拶すると見せかけて胸を揺らした、減点百万点」

死神A「そっち!? あと、減点の意味合いが良く分かりませんけど!?」

山田「聞くと後悔しますよ?」

死神A「どんだけ減らすつもりなんですか!?」

山田「大丈夫ですよ。死神に定年退職はありませんからね」

死神A「いやいや、何年タダ働きさせるつもりなんですか……」

山田「では、最初の質問です」

死神A「……知ってた」


Q:「不変」を発動している状態で「『無』を『有』にする程度の能力」を使用すると、どこまで『有』にできるんですか?



山田「もちろん、お前が望んだ数だけな……」

死神A「それっぽい事言ってますけど、実際は何の答えにもなってないですよね?」

山田「かーもね☆」

死神A「えぇ~……」

山田「まぁ、冗談はさておいて。答えを言うと「ほぼ制限は無い」です」

死神A「な、無いんですか?」

山田「無いです、伊達に最終フォームではありません。ただし――」

死神A「ただし?」

山田「不変はやれる事――『有る』事が多いので、素の状態の晶君よりは能力を活用出来ません」

死神A「ああ、なるほど。スペックが高くなったせいで能力に頼る余地が逆に減ったんですね」

山田「ハッキリ言いますが、不変時の晶君が出来ない事はほぼ無いです。むしろ下手に能力を使う方が遠回りになりますね」

死神A「……そんなに凄いんですか、不変って」

山田「空間転移を気軽にひょいひょいやってる時点で察してください」


 Q:それにしても懐かしいスペカが出てきましたね
   もしや他のスペカも実用レベルまで引き上げられているのでしょうか、もしくは別なスペカとしてあるのでしょうか?


山田「ボツスペカは全部リファインされています。晶君のスペックが向上した結果、そこらへんの使い勝手も上がりましたので」

死神A「やっぱり全部、弾幕ごっこ向きの弾幕になっているんですか?」

山田「まぁ、そこそこの数が変わってますね。少なくともゲーム的な意味での弾幕ごっこが出来る程度には揃ってます」

死神A「弾幕ごっこしろよ、と常々突っ込まれていたあの晶君がねぇ……」

山田「萃夢想、緋想天仕様から弾幕ごっこ仕様へのコンバートは不変のコンセプトの一つですから」

死神A「ちなみに、別なスペカとかあるんですか?」

山田「当然あります。ぶっちゃけますが不変、対聖白蓮戦では手札半分も使ってませんよ」

死神A「それは、アリスが見てなかった部分も含めてですか」

山田「含めてです」

死神A「……なんで負けたんですか、彼」

山田「強いて言うならバカだからですかね」


 Q:今ならフリーズワイバーンも倒れる事なく撃てるのでは?
 Q:不変状態の面変化、(未来の晶くんが使えるであろう四季面、天狗面)は可能なのでしょうか?


山田「関係している事なので合わせてお答えします。まずはフリーズワイバーンですが……結論から言うと出来ます」

山田「ただし――今となっては今更フリーズワイバーン使えてもなぁ、と言った感じですが」

死神A「まぁ、威力的にそれより上な技は幾らでもあるでしょうしね」

山田「本編中ですでにやってますが、不変時の晶君は他面変化の技を全部使えます。残念ながらフリーズワイバーンの出る余地は無いかと」

死神A「全部って事は、四季面や天狗面も出来るんですか」

山田「出来ます。なので、面変化に関する質問ですが「そもそもやる必要がない」となりますね」

死神A「でもほら、面変化は身体能力とかも変化するワケですし、出来たら無駄にはならないんじゃないですか?」

山田「ぶっちゃけ面変化してまで身体能力を強化する理由が無いです」

死神A「わぁ、バッサリだぁ……」

山田「面変化も結局は「足りない自分を補う手段」ですからね。不変には必要無いのですよ」


 Q:二代目スキマの事を知ってるから二代目になることも可能?


山田「なれません。久遠晶にとって、二代目スキマである晶は正当な未来の自分であるとは言えないからです」

死神A「えっと、つまり間違った未来の久遠晶が二代目スキマって事ですか?」

山田「そこまで否定的な意味ではありません。不変が正当進化なら二代目スキマは亜種進化、と言った程度の認識で良いかと」

死神A「同じ久遠晶からの派生だけど、互換性は無いって事ですかね」

山田「そういう事です。何でも有りなのは同じですが、二代目スキマと不変では微妙にノリも違うんですよね」

山田「二代目スキマは色々出来ますが、結局は「誰かのコピー」なんです」

死神A「なるほど……」

山田「まぁ、だからと言って「不変>二代目スキマ」になるワケではありませんが」

死神A「あ、そういえばそういう質問来てましたね」


 Q:晶くんは不変で完成形になったって事は晶ちゃんは無理でも未来晶くんより強くなっているって事なんですかね?


山田「上でも言ってますが、完成形イコール最強無敵ってワケではありません」

死神A「今回も、聖白蓮に負けちゃってますしね」

山田「ニュアンス的には「これでようやく一人前」くらいに思ってください」

死神A「……山田様、その言い方だとまだ上があるみたいに聞こえるんですけど」

山田「未来は誰にも分からないって事ですよ。――邪神の気まぐれで更なる最強フォームが追加される可能性はありますし」

死神A「もうちょっとメタ要素を除いた答えにしてくれませんか!?」

山田「あ、ちなみに不変でも晶君は晶ちゃんには勝てません」

死神A「さすがにそれは知ってました」


 Q:作中の光球(アリスが魔力の玉と認識したの)が本来の晶くんのどの能力かわからなかったのですが、
   あれは他人の力を使う面の力も「久遠晶にできること」なのでしょうか?
   聖の攻撃をふわふわ避けてたのは「浮かぶ程度の能力(飛べる訳ではない)」を使ってたのだろうと思ったのですが、
   純粋な魔力で誘導弾ってのはちょっとなんの能力か分からなかったです。


山田「あれは具体的に何の能力をどう使ったのか決めてません、魔力によるレーザーなので多分靈異面あたりの応用だと思いますが」

死神A「適当ですね……」

山田「東方キャラの通常弾幕でも、能力関係ないヤツ結構あるじゃないですか。アレと同じですよ」

死神A「あー、そういえば晶君そういうの出せませんでしたね」

山田「言うなればコレも成長の一つですね。……アリス視点だと説明出来ないので省きましたが」

死神A「ダメじゃないですか」

山田「実は聖の攻撃をふわふわ回避していたのも、厳密に言うと別能力です。浮く能力から派生したモノではありますが」

死神A「そもそもアレ、浮くって言うより立ってますもんね。空中に」

山田「空に足場作るだけじゃなく、重力方向まで変えてますからね。想像以上にエグい能力ですよ、アレ」

死神A「細かい概要とかはどうなっているんですか?」

山田「次の不変の出番あたりで晶君が説明すると思うので、それまでお預けです」

死神A「……あ、左様ですか」


 Q:問答無用で氷を割ったらどうなるんだろ?


山田「面が割れたら面変化は解除されます。そこらへんは他の面変化と同じですね」

死神A「と言う事は、以前に鈴仙がやってた面変化封じは……」

山田「バッチリ通用します。幻想面もそうですが、出掛かりを潰されたら面変化はどうしようもありません」

死神A「まぁ、そこらへんは改善しようが無いですからね。それが出来るって事は本家本元より魔眼を扱えるって事になりますし」

山田「そうですね。魔眼による解除が通用しないのは、魔眼に頼らない靈異面と怪綺面くらいです」

死神A「ちなみに天狗面と四季面は変身中でも魔眼で面変化を解除されましたけど、不変はどうなんですか?」

山田「不変も変身中に解除されます。もっとも、魔眼がそのまま通用すればの話ですが」

死神A「……防げるんですか、魔眼」

山田「防げます。よっぽど上手くやれないと、まず魔眼を通す事が出来ませんね」

死神A「なんでもありですね、最終フォーム」

山田「出来る事しか出来ませんよ? ただし、出来る事が異常に多いですが」

死神A「ちなみに、強さ的にはどれくらいの位置にいるんですか?」

山田「文句無しにバケモノ級です。もっとも、ぶっちぎりで強いと言う程でも無いですが。聖白蓮を圧倒出来たのはほぼ相性差です」

死神A「……あー、なんとなくソレは分かります」

山田「さて、質問はそんな所で――オチのお時間ですね」

死神A「肉じゃがもコンサートも嫌ですよ!?」

山田「ほほぉ、つまり私にやれと」

死神A「いやその……」

山田「まぁ、そんな事になるだろうとは思っていました。なので別の趣向を用意しております。VTRスタート!!」

死神A「……VTR?」


 巫女『フシャー!!!』


死神A「神社内ですね。……なんか、巫女がマグロに猫みたいな威嚇してるんですが」

山田「百万円のマグロを値段を告げて送ってさし上げました。その結果がアレです」

死神A「まず食べる段階に行けてませんね」


 巫女『…………』


死神A「あ、近づいた。興味はあるんですね」


 巫女『フシャー!!!』


死神A「また逃げた……何がしたいんでしょうね、彼女」

山田「怯えているんですよ。うふふ、楽しいですね。これを眺め続けてエンディングとかどうです?」

死神A「悪質過ぎますよ!! もっと違う形で終わりましょう!?」

山田「ほう、例えば?」

死神A「えっと……」

山田「ああ、けどこれだと見てて飽きちゃいますね。どうせなら追加で色々と――」

死神A「分かりました! 食べますし聞きます!! それで良いんでしょう!?」

山田「ふふふ、良い判断です。なぁに酷い事はしませんよ」

死神A「……今の山田様、アレなゲームに出てくる悪役みたいですよ」

山田「なんとでも言いなさい、私から貴方に言う事は一つです」

死神A「…………なんですか?」

山田「ぶっちゃけ貴方のリアクションもマンネリなんで、被害に遭う所はカットしますね」

死神A「そこ削ったらオチにならないですよね!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 神霊の章・拾肆「雄終完日/秘められしモノ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/12/22 03:02


「それにしても、良くそんな物騒な面をあの隙間が見逃したわね」

「まぁ、それほど時間制限キツキツってワケでも無いから。弾幕ごっこするくらいなら平気だよ」

「平気だからって放置して良いもんじゃ無いでしょう。影響範囲が大きすぎるじゃない」

「ケ・セラ・セラって事で何とか」

「ならないわよ」

「気をつけるから! 気をつけて飼うから!!」

「自分の飼育すらロクに出来ない癖に、この上余計なモノ飼うつもり?」

「思った以上に上手い事返された!?」

「言うほど上手くも無いわ。――で、本当にどうするのよ」

「まぁ、ぶっちゃけると致命的なレベルの手前ぐらいで自動的に面は解除されるから大丈夫。対策はちゃんとしてるよ!!」

「手前で解除って……それでなんとかなるの?」

「何度か試した結果、時間経過で歪みが改善される事は分かりましたので。しばらく間を空ければ再使用もモーマンタイっす」

「…………ほぉ、何度もねぇ」

「――おおっと」

「正直に白状なさい。晶、どれくらい‘実験’を重ねたの?」

「実のところ、数時間の連続使用ぐらいじゃそこまで派手な影響はでーませんでしたー☆」

「話聞いてたのが私で助かったわね。聞いてた人間によっては、アンタ惨たらしく殺されてたかもしれないわよ」

「しょ、しょうがないじゃん! そんな影響が出るとは思わなかったんだから!!」

「でも貴方、神霊が増えている理由を異変では無く自分のせいだと思ってたのよね。……つまり、影響に気付いた上でも試してたでしょ」

「にゃふふ☆」

「ギルティ」

「ひぎゃぁぁぁぁあああ」

「……お二人共、仲が良さそうですね」

「そ、そうですね」

「(でも晶さんって、確かナズーリンと交際しているのでは……では、アリスさんとの関係って…………そ、そんなまさか!?)」

「――いけません晶さん!! それは不義理ですよぉ!!!」

「えっ!? あ、えっと……す、すいません?」





幻想郷覚書 神霊の章・拾肆「雄終完日/秘められしモノ」





「……この勝負、私の負けですね」

 大見得を切っておきながら無様に敗北した僕が怒られていると、白蓮さんがそんな事を言い出した。
 え、なんで? どこをどう切り取っても僕の負けだよね?
 とりあえずアリスさんの顔色を窺ってみる。――知るかって顔された。泣こう。

「いや、負けたの僕ですよね? わりと言い訳の出来ないレベルで」

「……あそこまで格の差を見せつけられてなお勝者を名乗れるほど、驕傲な心は持ちあわせておりません」

「格の違いで勝敗がひっくり返ったら、弾幕ごっこの存在意義完全消滅すると思うんですが」

 強い事も弱い事も、弾幕ごっこにおいては一つのファクターでしかない。
 仮に僕が白蓮さんの百倍強かったとしても、スペカを先に使い切ったら負けな事に変わりはないのだ。
 ……まぁ、そもそもにして白蓮さんの言う『格の違い』なんてモノは無いんだけど。
 今回の弾幕ごっこは、我ながらあまりにも上手く出来過ぎだった。
 と言うかアレだ、『不変』が凄すぎ。自分で考えといてなんだけどまさかあんなに強いとは思わなかった。
 やる事なす事上手く行くから、ついつい僕も調子に乗っちゃって――色々試してる内にスペカが無くなった次第です。
 ぶっつけ本番は何かしらガタが出るからダメだね! と言うお話でした。

「そもそも、弾幕ごっこなんて水物の極みみたいなモノなんですから。勝ち負け程度でウダウダ言わないでくださいよ」

「か、勝ち負け程度ですか」

「まぁ、ガチで勝敗に命かかってるって言うなら話は別ですけど。……かかってます?」

「い、いえ、特に命が危険だと言うワケではありませんが……」

「じゃあ良いじゃないですか、僕の負けで」

「えっと……」

「それくらいにしておきなさい。正論だとしても、聖を追い込み過ぎよ」

「おにょろばっ」

 言い方は優しいけど、止め方は実に乱暴でした。
 アリスさん、人間の首の可動範囲には限界があるんですよ? あ、知ってる?

「だけど聖、コレの言ってる事に間違いは無いわ。弾幕ごっこは‘平等’で無ければならない――分かるでしょう?」

「……そうですね。申し訳ありません、見苦しい所をお見せしました」

「大丈夫です。多分、今の僕より見苦しいヤツはいないと思うので」

「晶さん、首が凄い曲がり方してますよ!?」

「見た目に反して致命的な曲がり方はしてないから大丈夫。メチャクチャ痛いけどネ!!」

「上海」

「シネヤオラー」

「ギョルン!? ――あ、良かった戻った。……けどそのうち首がポッキリ取れそうで怖いです、アリスさん」

「貴方なら平気でしょ、取れてもくっ付くから」

「……それが出来ちゃうと僕、さすがに人類のカテゴリーから外れると思うんですが」

「『不変』で似た事やってたじゃない」

 アレは外れてるように見えてるだけで、実際は繋がっている所がミソなんです。
 ちくしょう、最近のアリスは本当にセメントだな! このくらいの事じゃ僕が傷つかないとでも思っているのか!!
 ――まぁ、今の扱いで特に怒るポイントとかは無いんだけど。
 つまりアリスの思った通りじゃないか……。

「……本当に、晶さんには色んな事を教わりますね」

「はぇあ?」

 そんな僕らの漫才をスルーしていた白蓮さんが、何故かしみじみとそんな事を言い出した。
 教えたって何を? 僕、白蓮さんに物を教えられるほど大した人間じゃないよ?

「もう一度謝罪させてください。今度は、自らの‘師’を試した愚かな弟子として」

「師!? あ、晶さんって聖のお師匠様だったのですか!?」

「どうやらそうだったようですね。――よし、白蓮さんは免許皆伝じゃ!」

「……思いつきで喋るの止めなさいよ」

「失敬な。総合的に判断して、白蓮さんに僕が教える事なんて欠片も無いと判断したまでです」

「そんな事はありませんよ。私はまだまだ至らない身、晶さんに教わりたい事はたくさんあります」

 はは、ワロス。行き過ぎた謙遜は嫌味だって知ってますか白蓮さん。
 と言うか本気で止めてください。次に命蓮寺へ行った時、師匠待遇で歓迎されそうで怖いです。

「とりあえずその話は置いといて――何を試そうとしていたのか聞いて良いですか?」

「それは……」

 まぁ、答えられないよね。僕負けてるし。
 さっきの白蓮さんの負け宣言を素直に認めていれば、向こうも素直に教えてくれたんだろうけどなぁ。
 だけど仕方ないよね、勝負に負けるってそういう事さ!!
 あ、すいませんアリスさん。反省はしてるんで上海さんによるグーパンは勘弁してください。
 それに僕とて、情報を仕入れる事を諦めたワケでは無いですよ!!

「良い勝負したから、そのお情けで教えて下さい! ちょっとだけでも良いんで!!」

「譲られた勝ちをあえて断って、その上で土下座してまで教えを乞う貴方は、何周か回って逆に凄い気がしてきたわ」

「はっはっは、僕に拘るような体裁は無いからね!!」

「それは恥じる所よ、普通」

「知ってる」

「あ、あの……顔を上げてください」

 おお、困ってる困ってる。白蓮さんってば土下座に耐性が無い人なんだね。
 とは言え、止めろと言われて止めてしまえば土下座は成立しないワケで。
 白蓮さんが何か教えてくれるまで、僕は土下座を止めないよ!

「まったく、性根がひねくれてるわね」

 僕に聞こえるよう呟きはしても、止めはしないんですねアリスさん。
 そういう強かな所は嫌いじゃないです。ついでだから、白蓮さんが参ったするように口添えもお願い出来ませんか?

「……言っとくけどコレ、本当に教わるまで土下座止めないわよ。どうするの?」

 本当にしてくれるとは思わなかった。もう、アリスったら以心伝心ね!!
 ちなみに魔眼のおかげで、土下座中だけど白蓮さんの様子は手に取るように分かります。
 うん、メチャクチャ困ってるね。ついでに星さんも困ってるね。だけど止めない。

「わ、分かりました。教えます。ですから土下座は止めてください」

「ういっす! ありやとっしった!! ――あ、全部話せとは言いませんよ。僕は負けた側なんで」

「……いえ、やはり全てをお話します。その、晶さんは不満かもしれませんが」

「や、全部教えてもらう事に不満は無いですよ? 勝ったのは白蓮さんなんですから、教える匙加減は白蓮さんが決めて良いと思います」

「ついさっきまで土下座してた人間の台詞じゃ無いわよね、ソレ」

「敗者が勝者にお零れを求めて何が悪い! 同情されようが憐憫されようが、無駄足になるよりはマシだよ!!」

「たまにだけど、貴方が凄い大物なんじゃないかって錯覚する時があるわ」

「自分で言うのもなんだけど、それは錯覚だね!」

 今の僕が、世界で一番情けなかったとしても否定出来ないです。
 ほら、こんな僕から学ぶ事なんて特に無いよね? と軽く白蓮さんにもアピールしてみる。
 あ、こらアカン。なんか凄い関心されてる。
 明らかにアレ、ありもしない言葉の裏を読み取ってる顔だよね。
 無いからねー? 全力で浅い意味しか無いからねー?

「……まぁ、とりあえず報いは受けているから良しとしましょう。それで聖、貴女はどこまで知っているの?」

「神霊が現れるようになった理由――つまり、全てを」

 あー、やっぱりそうですか。
 薄々だけど予想はしていたので、白蓮さんの言葉にそれほど驚きはしなかった。
 そりゃまぁ、神霊は人里に集まっているし、白蓮さんは露骨に何かを隠していたからね。
 これで何も知らなかった方が驚きだよ。……さすがに全部知っているとは思わなかったけども。

「神霊……欲達は、とある聖人に話を聞いてもらうため霊の形を取ったのです」

「聖人? 白蓮さん……の事じゃないよね」

「道教における聖人です。十人の話を同時に聞けたと言う彼女は今、命蓮寺の地下に封ぜられています」

「――おぉう、なんかいきなり話の規模が大きくなったなぁ」

 そのエピソードが該当する『聖人』と言えば、日本ではまずあの人――『聖徳太子』しかいない。
 つまり、歴史の教科書に乗るレベルの偉人様である。最近では非実在説とか出てるけど。……いや、出てるからなのかな?
 それにまぁ、良く良く考えると今更な気もする。
 今までだって、伝説扱いだっただけでそのレベルの神妖は色々居たワケだし。
 そう考えると思ってたよりは驚かないかな。……‘彼女’である事は、まぁうん、諦めました。

「随分と冷静じゃない。最近の貴方って、有名ドコロが実は女と分かるとキレる病気にかかってたんじゃないの?」

「妖怪ならともかく、偉人が相手だからねぇ……」

 そっちは微妙に僕の興味から外れてるんだよねー。興味無いってワケでもないけど。
 そもそも妖怪が美少女でショックを受けているのは、その妖怪の伝承における絵姿が欠片も残ってないからなワケで。
 要するに、性別程度ならどうでも良いです。良いんじゃないですか? 萌えキャラっぽくてウケると思いますよ?

「あ、でも角とか牙とか生えてたらちょっと嬉しいかも」

「聖徳太子要素を積極的に減らしてどーするのよ」

「えっと、話を続けてよろしいですか」

「どうぞどうぞ、僕らは適当にチャチャ挟みながら聞きます」

「自分が教えてもらっている立場だって覚えてる?」

「大丈夫ですよ。むしろ、もっとたくさんお話ししてもらいたいくらいです。……うふふ、角と牙ですか」

「良かったじゃない、ウケてるわよ」

「あ、はい。反省します」

 純朴な人相手に、あんま頭悪い事言ったらダメだね!
 でも今さっきの場合、悪いのは話振ってきたアリっさんじゃない?

「……それで、なんでそんな面倒なのが命蓮寺の下に居るのよ」

 誤魔化しおった!! アリスさんサイドの珍しい過失! 後で思いっきり弄ってやろう。
 ――あ、でもその前に遺書を書きなおしておかないとダメだね。やり過ぎたら殺されるから!!
 え、分かってるなら止めろって? 絶対に嫌だね!!

「そもそも逆なんです。かの聖人が眠るあの地に、封印として命蓮寺を立てたのです」

「そりゃまた穏やかじゃないですね。なんでまたそんな事を?」

「それは……」

 何か言いかけて、白蓮さんは黙ってしまった。
 やましい所がある、といった様子では無い。とすると――なんだろう?
 ……そもそもこの人って、やましい事出来るのかなぁ? 
 それが出来るほどの器用さがあるなら、魔界に封印なんてされてないよーな。

「いえ、ここから先を言うのは止めておきましょう。あまりにも私の主観が過ぎます」

「……白蓮さんがそーいう事言うの珍しいですね。何事も冷静かつ客観的な視点で物を見れる人だと思ってました」

「そうでもありませんよ。すぐ感情に流される、未だ修行の足りない未熟者です、私は」

「そ、そんな事ありませんよ! 聖はとても立派な人です!! 貴女が未熟者なら、ソレ以下の私はどうなるんですか!」

 あーうん、本当にどうなるんだろう。
 この手の慰めでそういう台詞は良く聞くけど、星さんの場合はその――白蓮さん関係なく未熟っぽいからなぁ。
 とりあえず僕は、この話題にはノーコメントを貫きます。

「ありがとう。けれど――私は未熟者だからこそ、皆と一緒に居られるのですよ」
 
 ……なるほど、そう言われると確かにそうだね。
 冷静で客観的な視点持っている人なら、そもそも妖怪と人間の融和の為に身を粉にするとかしないよなぁ。
 とは言え、自身の信念に関わる事以外ではやっぱり冷静な人だと思う。……いや、むしろやたらと懐が広いと言うべきか。
 そんな人が主観的な答えしか出来ないとか――道教の聖人と命蓮寺の間には、果たしてどんな因縁があるのだろう。
 宗教戦争は、欠片も興味無いんだけどなー。
 むしろ避けたい。守矢神社の信者獲得計画だって、本音を言うと関り合いになりたくないくらいなのに。
 ……あー。だから妖怪の皆々様、今回の異変をスルーしてるのかー。

「晶さん。全てを話すと言っておきながら申し訳ありませんが、コレ以上の事はご自身の目でお確かめください」

「まぁ、必要な最低限の情報は手に入ったので良いですけど……そっちは良いんですか? 本当は関わってほしくなかったんでしょう?」

 そうでなきゃ、弾幕ごっこで勝負だなんて事にはならなかったはずだ。
 試すとか何とか言ってたけど本気度はきっと半分くらいで、本音は僕らを異変から遠ざけたかったのだろう。多分。
 
「それが過ちであった事は、つい先程認めましたよ。……それに、興味があるのです」

「……興味?」

「晶さんは――幻想郷は、彼女をどう視るのだろうと。ですから、もう止めません」

「あ、そ、そっすか」

 うん。協力してもらえるのは良い事だし、敵が減るのも良い事だよね。
 だけどうん、その、なんていうか――



 ――なんか白蓮さんの中での僕、洒落にならないくらい重い立ち位置なってない? 気のせいかな?




[27853] お正月特別変「勝敗は、戦いが始まる前から決まっているとかいないとか」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/01/19 01:52
 ※CAUTION!

 このSSには、多分な「おふざけ・パロディ・ブラックジョーク」が含まれております。
 嫌な予感のした人は、速やかに回れ右して撤退してください。
 あと、時間軸的な解釈を投げ捨てたパラレルな設定となっております。
 わりとナチュラルに新キャラも出てますがスルーしてください。






























お正月特別変「勝敗は、戦いが始まる前から決まっているとかいないとか」


小鈴「うわ、阿求が正月に晴れ着着てる!? 明日は異変かな……」

阿求「これはこれは、貸本屋『鈴奈庵』の店番である本居小鈴さんではありませんか。本日は何用で?」

小鈴「じょ、冗談だって。だから他人行儀な態度は止めてくれない? 格好との相乗効果で凄い拒絶された気分になるわ」

阿求「いきなりやってきて開口一番罵倒されれば、他人行儀な態度もとるわよ」

小鈴「ゴメンゴメン。……いやでも、本当にどうしたの阿求? いつもはそういうの面倒臭がって着ないじゃないの」

阿求「面倒だとは思ってませんよ。晴れ着を着ると色々な催しに駆り出されるから着たくないなぁ、と思っていただけです」

小鈴「仮にも阿礼乙女の言っていい台詞じゃないわよね……」

阿求「阿礼乙女だから言うのよ。まったくもう、いつ死んでもおかしくない身体なんだから時間くらい好きに使わせてもらいたいわね」

小鈴「………………」

阿求「冗談です☆」

小鈴「いや、笑えないから。稗田自虐冗談はこれっぽっちも笑えないから」

阿求「笑ったら稗田特殊部隊が粛清、とかの展開はないわよ?」

小鈴「……居るの? 稗田特殊部隊」

阿求「……いや、居ないわよ? 稗田家はただの物書き一族だからね?」

小鈴「でもさ、幻想郷縁起を代々書いてきた一族だし……ひょっとして…………」

阿求「ほんと無いから」

阿求「(……まぁ、懇意にしてくれる妖怪の賢者はいるけど)」

小鈴「ちぇ。……それで? そんな着たくない晴れ着を何で着てるのよ」

阿求「まぁその…………………内緒よ? 大事なお客様が来るの」

小鈴「えっ――それって」

阿求「だからその人に、見せてあげたいの。――――私だって多少は女の子らしい面はあるんだぞうって所を!!」

小鈴「色っぽい話題かと思ったら微妙に違った。何なの? どういう関係なの?」

阿求「親友――いえ、友達? いやいや、ギリ親友だと願ってる間柄……」

小鈴「あーうん、かなり親しい間柄ってのは分かった。……えと、男、だよね?」

阿求「同性相手に女の子らしさを主張する趣味は無いわよ」

小鈴「それは良かった。もし相手が女性だったら、阿求との今後の付き合いを考えなおす所だったわ」

阿求「……と言うか、阿礼乙女が同性愛に目覚めるってひょっとしなくても一族断絶の危機よね」

小鈴「確かに。なんていうか、わりと続いているのが奇跡的な家系よね。稗田家って」

阿求「私もそう思うわ」

小鈴「……っと、また話がズレたか。それでその、女の子らしさを見せたい相手って誰なの?」

阿求「それは――」

小鈴「――――っ!? じ、地震!? いえ、違う……何かが庭に落ちてきたの!?」

阿求「……ああ」

晶「ててて……どうして世の中には着地と言う概念があるんだろう。やっぱり人は飛ぶべきでは無い……」

阿求「晶さんの頭には、手前で速度を緩めるって発想が無いんですか?」

晶「いつもと違う服が悪い。身体の動きが制限されて飛ぶのも結構辛いんですよ」

阿求「そういえば、晶さんいつもと服装が―――ががが」

小鈴「……うわぁ」

阿求「あっ、晶さんは私が嫌いなんですか!?」

晶「え、何が!?」

阿求「何でこのタイミングで晴れ着着てるんですか!! しかも凄い似合ってますし!!! ありえないほど豪華絢爛ですし!」

晶「ど、どうもありがとう?」

小鈴「男性……なんですよね? うわぁ、これは凹むわぁ……正直私も凹んだ」

晶「誰!? いや、あの、これはですねぇ。姉が望んで姉が用意した僕の意図に反する……」

阿求「誰が望んだとか関係無いです!! 着てるだけでもう罪です! 反則です!! 女の敵です! 悪魔!!!」

晶「酷い言われようだ。あの、とりあえず……あけましておめでとうございます?」

阿求「あけましておめでとうございます!!」

晶「その……晴れ着、似合ってますよ」

阿求「嫌味ですか!!!」

小鈴「今のは嫌味だね」

晶「なんかスイマセン……それで、そちらの方は?」

小鈴「あ、私は貸本屋『鈴奈庵』で店番やってます、本居小鈴といいます。えっとアキラさん?」

晶「あ、はい。久遠晶と申します。よろしく」

小鈴「――く、久遠晶!? まさか『知謀百出のアルルカン』!?」

晶「何その、聞いただけで悪者と分かるレベルの二つ名」

阿求「悲しい事に、晶さんの新しい二つ名です」

晶「人間災害に狡知の道化師、そして次は知謀百出のアルルカン! 僕の二つ名にまともなヤツは無いのか!!」

阿求「自業自得って知ってます?」

晶「ですよねー。でも、たまには違う方向性の二つ名が欲しいです。『普通の魔法使い』みたいな」

阿求「普通の人間災害……」

晶「人間災害は普通では無い」

阿求「じゃあ、普通の道化師?」

晶「……なんだろう、字面から溢れ出るこの胡散臭さ。道化師は確定なんですか?」

阿求「可哀想ですがハッキリ言っておきますね。ほぼ一言で晶さんの事を言い表せてるレベルで似合ってますよ、道化師」

晶「とてもひどいとおもいました」

小鈴「あ、阿求! 阿求! ちょっと来て!!」

阿求「何よ?」

小鈴「……な、なんで幻想郷屈指の危険人物がこの家に来るのよ。と言うか、何でそんな親しげなのよ?」

阿求「さっき言ったじゃない、友達よ」

小鈴「友達って……ど、どういう経緯で知り合ったの?」

阿求「上白沢先生の紹介でちょっと、ね」

小鈴「……どういう事?」

阿求「貴女が思っているよりも、あの人は遥かに善人って事」

小鈴「いや、善人って………………善人が人間災害とか呼ばれる?」

阿求「それなら、証拠を見せてあげるわよ? ――晶さぁん! 小鈴が、貴方の事を幻想郷屈指の危険人物だって言ってましたよー!!」

小鈴「わ、わーっ!?」

晶「それを僕に聞かせてどうすんのさ!? 泣くよ!? そういう事は影でこっそり言ってなさい!!」

阿求「影で言うのは良いんですか」

晶「聞こえなければセーフの心!!!」

小鈴「あ、あの……怒ってないんですか? そんな事言った私を」

晶「小鈴ちゃんはさ、僕をイジめて楽しい?」

小鈴「い、イジめ!? 滅相も無いです!」

晶「僕だって本当は分かってるよ! どう考えても妥当な二つ名だって!! どうせ僕は黒幕キャラだよウワァァァン!?」

小鈴「わぁ……それなりの年齢の人間が、晴れ着姿で駄々こねてる」

阿求「なんていうか、実際に見ると思った以上に引くわね。イケメンは何をしてもイケメンって言葉を以前に聞いたけど……」

小鈴「そもそも、この人ってイケメンの部類に入るの?」

阿求「…………どう考えても可愛い系かしら」

晶「ゴボッフハァ!?」

小鈴「あ、倒れた」

阿求「ヤバいわね。狡知の道化師に勝っちゃった……これはもう、明日から『狡知の阿礼乙女』を名乗るしか」

小鈴「止めてよ。そんな怪しい二つ名持ってる友達とか嫌よ、私」

晶「ぎごあっぁ!?」

阿求「あ」

小鈴「……これは…………トドメね」

阿求「………………」

小鈴「……………………」

阿求「――うん、リベンジ成功!!」

小鈴「えっ、これで見返した事にするの? 女の子としてはむしろ惨敗――」

阿求「成功したの」

小鈴「あ……うん…………阿求がそれで良いなら…………」

晶「………………結局、僕は何のために呼ばれたんでせうか?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 神霊の章・拾伍「雄終完日/サボタージュの泰斗」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/01/19 01:53


「妬ましい……最早何もかもが妬ましい…………」

「よっ。お疲れさん、パルスィ」

「全くよ! なんで私があんな目に遭わないといけないのよ!?」

「人気者は辛いねぇ。――いや、この場合の人気者はパルスィじゃないか」

「コロス……いずれ何らかの形であの駄メイドはコロシテヤル」

「烏天狗のヤツ、私からは必死に逃げてた癖になぁ。パルスィにだけ絡むとかズルいよなぁ」

「あの、辻斬りみたいな体当たりの連続をそう表現できる貴方が妬ましいわ」

「パルスィはもうちょい身体を鍛えるべきだな」

「無茶を言わないで、天狗や鬼とはそもそも身体の出来が違うのよ。悪い意味で」

「気合と根性があればなんとかなるって」

「精神論は嫌い」

「……なんだろうな。お前さんに精神論否定されると、なんかすっごい微妙な気分になる」

「いや、なんでよ」

「恨み辛みを原動力にするのも、気合と根性で何とかするのも実質的に同じモンだからじゃないか?」

「………………どっちにしろ、私の性には合わないわ」

「妬みが理由だったら、毎日の筋トレですら厭わない癖になぁ」

「妬みは全てを超越するのよ」

「今回はどうなんだ?」

「そうね……………………色々と考慮した結果、『関り合いになりたくない』と言う結論が出たわ」

「あーうん、困った事になんとなく分かる」

「ねぇ、教えて。どうすれば私はあの阿呆の影響から逃れられるの?」

「もういっそ、開き直って受け入れるしかないんじゃないか?」

「……妬ましい…………ただただ妬ましい………………」





幻想郷覚書 神霊の章・拾伍「雄終完日/サボタージュの泰斗」





「な、なんとか撒けたようですね……」

 地上に出てからも更に数分ほど逃げ続けた私は、鬼の追撃が無い事を確認して静かに地面へ降り立った。
 まぁ、本来ならば鬼であるあの人が地上に出る事は無いのだけど。
 少し前に平然と出てた前科があるのよね……嘘は嫌いな癖に、方便はそうでも無いから面倒くさいわ。鬼って。

「うへー……荷物扱いだと、この速さでも大分辛いぜ…………」

「贅沢言わないでくださいよ。実際に疲れてるのは私だけなんですからね?」

「ある意味自業自得だろ」

「四天王の一人に絡まれたのは、私が妖怪だからじゃないと思いますよ」

「お前がさとりのヤツと遊んでなければ、ハメられて絡む事も無かったって言ってるんだよ!!」

 ……まぁ、そういう見方もあるかもしれないわね。
 アレに関しては、私も少し反省してるわ。
 さとり妖怪を少々甘く見ていたわね。腐っても要注意妖怪、次は遊ばず即座に潰すようにしましょう。
 それにしても、ここはどこなのかしら。
 適当に飛んでいたから、そこら辺一切気にしてなかったのだけど。
 面倒な所で無ければ良いの――あ、ダメだ。思いっきり面倒な所についちゃったわ。

「参りましたね……三途の川手前まで来てしまいましたよ」

「三途の川かー…………とりあえず離してくれ、辛い」

「あ、はい。どうぞ」

 小脇に抱えていた魔理沙さんから手を離し、ちょっと乱暴な形で地面へと降ろしてやった。
 さしもの彼女もヘバッた状態ではロクに身体を動かせないらしく、大の字に近いかなりみっともない姿勢で地面に倒れ込む。
 ――あらまー、これは酷い。

「魔理沙さん、地下に居る時よりダメになってません?」

「八割がたテメエのせいだよ! 無駄に地底と地上の往復繰り返しやがって!! ……あ゛ーっ」

「あの橋姫はあそこで始末しておくべき相手だったと、そう思いませんでしたか?」

「少しも思わん。どう考えてもお前の私怨だろ、あのイジメは」

「失礼な、何を根拠にそんな事!!」

「思いっきり「晶さんに近づく毒虫が!」って言ってたぞ」

「記憶にございません」

「……相手は「むしろあっちが近づいてるのよ!!」って抗議してたがな」

「どっちにしろ万死に値しますね」

「おいコラ、記憶蘇ってるじゃねぇか」

 いやだって、仕方ないじゃないの!
 あの晶さんからの謎の高好感度、最早生かしておく理由が無いわ!!
 まぁ、直接顔を合わせるのはアレが初めてだったけど。人柄が分かるほどの話もしてないけど。

「あそこで遊んでなければ、色んな意味でもっと平穏に抜け出せたと思うぜ」

「遊んでません! 真剣に始末するつもりでした!!」

「よりタチ悪いわ!! ――とりあえず、ちょっと休ませてもらうぜ」

 言って、魔理沙さんはふらふらした足取りで木陰に入って行く。
 ありゃりゃ、思いの外ダメージ受けてるみたいね。

「そんなのんびりしていたら、他の方に先を越されちゃいますよー?」

「後でごぼう抜きするから大丈夫だぜー。……真面目な話、このまま戦ったらチルノにすら負ける自信があるぞ」

 うわぁ、思いの外どころか思いっきり大ダメージじゃないですか。
 ぐったりしている魔理沙さん、まさかここまで弱っているとは思わなかった。
 この惨状、一体何が原因なのかしら。
 さとり妖怪と一緒になって煽りまくったから? 地獄烏と精魂尽きるまで殴りあわせたから? 荷物扱いで色々引きずり回したから?
 …………まったく、魔理沙さんは意外とか弱いですね! と言う事にしておきましょう。

「じゃあ、軽く休憩しててください。私はその間に情報収集でもやっておきます」

「ほどほどにしとけよー」

「おや、心配してくれるのですか?」

「んなワケあるか。お前がヘマすると私も被害を受けるから、収集するのは良いが大事にはするなって言ってるんだよ」

「いわゆるツンデレってヤツですか!!」

「心底からの本音だ、この阿呆!! 敵と遭遇してもテメエだけで対処しろよ!!!」

「パートナーに対して酷くないですか?」

「お前、今までの自分の所業を思い出してみろよ」

 さっぱり思い出せませんね!
 だけどまぁ、魔理沙さんの機嫌を損ねたくないので気をつけましょうか。機嫌を損ねたくないですから!!
 
「さーてと、なんか暇そうにしてる人は――」

「おっと、そこまでだ!」

「あやっ!?」

「あん?」

 とりあえず軽く飛んで回ろうとした所で、唐突に何者かのストップが入った。
 人の気配は無かったはずだけど……あ、彼女か。なら仕方ないわね。
 三途の水先案内人、小野塚小町。距離を自在に操れる彼女なら不意に現れても不思議ではない。
 不思議ではないが……問題は、なんでわざわざ彼女が姿を現したかね。
 この怠け者が目を輝かせている時点で、物凄い嫌な予感がするのだけど。

「異変解決ご苦労さんだ、お二人さん。悪いがここらで、ちょいとお休みしてもらおうか」

「言われなくてもそのつもりだぜ。だからどっか行ってろ!!」

「――え、そうなのかい? なぁんだ、なら良いんだよ」

 分かりやすく臨戦態勢に入っていた小野塚小町だが、魔理沙さんの言葉を聞いた瞬間あっさりと気を抜いた。
 らしいと言えば実にらしいリアクションだけど、色々と腑に落ちない反応ね。
 そもそも、彼女は『参加者』と考えて良いのかしら? あからさまに『分かっている』反応だったけど。

「ほら、ただ木陰に居るだけじゃ休まらんだろう。飴でも舐めるかい?」

「いきなり友好的になりすぎだろ、どういうつもりだ?」

「私も気になりますね。小町さんは――賭けの参加者なのですよね?」

「そうだよ。だからまぁ、本来ならアンタらを倒さないと行けないんだけど……実はあたい、アンタらに賭けててね」

「……なるほど、そういう事か」

「さすがに完璧に見逃すのは無理だから、時間稼ぎはするつもりだったけどね。ハナから敵対するつもりは無かったよ」

「良いのかソレって、ルール違反だろ?」

「邪魔はしてるから良しって事で。あたいに楽しく殴り合う趣味は無いし」

「まぁ、それは構いませんけど……」

 解せないわね。言っている事に矛盾は無いけど、強い違和感があるわ。
 多分、大事な所を黙っているのだと思うけど……何を隠しているのかしら。

「な、なんだよ天狗。そんな目で睨むのは止めてくれって、映姫様みたいだぞ?」

「はっきり聞いて良いですか?」

「ど、どうした?」

「正直、あの堅物閻魔がそんな賭けを許すとは思えないのですが――そこらへんどうなってます?」

「…………えへへ」

「今すぐ回れ右して帰ってください」

「ひ、酷くないか!? あたいは味方だぞ!?」

「妥当な判断です! 帰ってください、貴女現在進行形で面倒な爆弾みたいなモノじゃないですか!!」

 どう考えてもお説教案件です、しかもこっちにも飛び火するタイプ。
 冗談じゃない。アレに捕まったら、それだけで異変解決を諦める必要があるわ!!
 せめて魔理沙さんの調子が戻っているなら、小野塚小町を生け贄にして逃げ出す事も出来るんだけど……。
 無理ね。逃げたらまた、どこか別の所でもっと休憩する羽目になりそう。

「貴女だって、私達が足止めくらったら困るでしょう!?」

「いや、あたいも分かってるけどさ。……ルール破ると賭け金全没収の上に罰金まで払うんだよ!?」

「知らねぇよ! それで私らの邪魔したら本末転倒だろうが!!」

「あたいだって困ってるんだよ! 実質コレ、どう足掻いても詰んでる状況なんだぞ!?」

「私達はまだ活路あるんで、足引っ張るの止めてとっとと落ちてくれませんか?」

「大丈夫! あんたらならあたいの妨害があっても異変を解決出来るよ!!」

 ついにハッキリ『妨害』と口にしやがりましたよ、この死神。
 もういっそ、適当な口実をでっち上げてぶっ潰してやった方が良いんじゃないかしら。

「もうさ、八百長で良いから文とお前で弾幕ごっこしろよ」

「えー。あたい、ワザとでも負けるのはちょっとプライドが許さないかなー」

「――分かりました。では、私の全力の一撃で遠慮無く沈んでください」

「冗談! さすがに冗談だから!!」

 いやもう、嘘でも本気でもどっちでも良いわ。
 とにかく邪魔で鬱陶しいから、グーでその顔殴らせなさいな。
 ところが小野塚小町は、何故か私達の敵意を受けて自慢有りげに微笑んでいる。
 ……その姿から、先程の覚妖怪を想起するのは仕方ない事だろう。
 いや、アレはずっと鉄面皮だったけど。纏ってる雰囲気が似ていると言うか――有り体に言うと悪巧みしてそう。

「とりあえず、そこの川に沈めておきますか」

「異議なしだぜ」

「いやいやいや、待った待った! 結論出すの早すぎやしないか!? あたいの話も聞いておくれよ!」

 ……まぁ、確かにちょっと先走りすぎましたかね。
 前例のせいで、過敏に反応しすぎたかしら。
 協力の意思は確かにあるワケだし、話ぐらいは詳しく聞いても――

「実はあたい、神霊に関係した面白い情報を知ってるんだよ」

「沈めましょう」

「そうだな」

「あっれぇ!? まさかの敵意マシマシ!?」

 これ絶対ケンカ売ってるわよね、確実に味方と言う名の敵よね。
 ワザとしか思えないダメ死神の台詞に、自然と警戒を強める私と魔理沙さん。
 ……だけど冷静に考え直してみると、覚妖怪よりは信憑性のある言葉よね。
 腐っても三途の川の渡守、霊に関しては豊富な知識が――

「本当だって、これでも情報を手に入れるツテは色々あるんだよ!!」

「一刻も早く沈めましょう」

「だな」

「なんで信用が下がっていってるんだよ!?」

「なんていうか、図ったかのような台詞のチョイスに殺意が湧きますね」

「私の中では完全に敵だわ、お前。味方のフリして私らをハメようとしてるんだろ?」

「ええー……あたい、協力的な態度しか見せて無いのに?」

 実は貴女、地底での一連の出来事全部見てたとか言わないわよね。
 あんまりにも狙いすませたような事言うから、一周回って生まれた信頼がもう一周して完全に消え失せたわよ?

「そもそも貴女、態度は協力的でも立場は最悪の餌でしょうが」

「お前がいるだけで閻魔に狙われるワケだしな」

「……だが待ってくれ。それはつまり、映姫様に見つからない限りは頼れる味方だと言う事にならないだろうか」

 少しでもそう思ったのなら、今すぐ帰れなんて言わないわよ。
 悪いけど、今のところ貴女いい所皆無だからね?
 ……魔理沙さんの元気が多少でも復活しているのなら、今すぐにでもこのダメ死神から逃げ出すのだけど。
 まだ無理そうね。と言うかこの人、今日中に回復するのかしら?

「頼むから話聞いてくれよー。仕事サボって情報収集しまくったんだぞー?」

「どれだけ本気出してるんですか」

「そんなにカネが欲しいのかよ……」

「言うほど金には執着してない! だが、いつもよりちょっと良い酒を飲むための努力は惜しまない!! それがあたいさ!」

「―――ほぅ」

 あ、終わった。
 底冷えするような声が、死神の背後から聞こえてくる。
 凍える空気、錆びついた動きで振り返る小野塚小町。
 ガクガクと震える彼女が後ずさる事で、隠れていた閻魔の姿が露わになった。
 ……怒ってる、メッチャクチャ怒ってるわ。
 最早、この状況下で逃げる事は出来ない。逃げたら逆に注目されて捕まってしまう。
 故に私達に出来るのは、閻魔が死神にだけお説教して帰るのを祈る事だけだ。

「職務怠慢、賭博、更には不正行為。……空いた口が塞がらないとはこの事ですね」

「あの、映姫様?」

「――口を開いて良いと言いましたか?」

「す、すいませんっした! でもその、し、仕事が……」

「まずは座りなさい。仕事なら、今日はもう休みにしましたから問題ありませんよ。どうせなら明日も休みにしますか?」

「あ、あはは…………」

 アレはマジだ。マジ怒りだ。
 これは、巻き込まれたら冗談抜きで異変が終わるわね。
 ……イチかバチかになるけど、ここは何とか魔理沙さんを連れて逃げ出して。

「……逃しませんよ?」

「あ、あやや……」

「いやいや、私達は異変を解決しようとしていただけでな」

「座りなさい」

「だから」

「貴方達も、座りなさい」

「…………はい」

「…………おう」

 横一列で正座する私達。
 ダメだ。これは、もう許してもらえそうに無いわね。





 ――せめて、夜までには解放してもらえるよう祈る事にしましょうか。




[27853] 神霊の章・拾陸「雄終完日/ぶらり幻想郷ふたり旅」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/02/01 22:26


「んー……やっぱ、ここらへんが怪しいわね」

「ねーねー、霊夢」

「なによ」

「……ここって、人里だよね」

「そうよ」

「そしてお寺だよね」

「命蓮寺よ、別に覚えなくても良いわ」

「勝手に入って良いの?」

「私は気にしてないから大丈夫」

「うん、霊夢は気にしないよね。だけどそういう問題じゃないと思うんだ」

「……裏手が怪しいわ、行くわよ」

「もー、せめて一言誰かに断ってから入るとかしようよー」

「入るわよ」

「私に言ってどうするの!?」

「アレもダメ、コレもダメ。……まったくフランはワガママね」

「私世間知らずだけど、これがワガママで無い事は分かるよ」

「倒す相手は最低限にしておきたいのだけど、面倒だから」

「お寺に入る許可をもらうだけだよね!?」

「妖怪である以上、視界に入ったら退治の対象よ」

「…………霊夢はさ、自分の行動に疑問とか覚えた事無いの?」

「無いわね」

「……たすけておにいちゃぁん」





幻想郷覚書 神霊の章・拾陸「雄終完日/ぶらり幻想郷ふたり旅」





 妖怪の山で萃香殿に勝利した我々は、そのまま妖怪の山を降りる事となりました。
 萃香殿からは残念ながら、異変に関する情報はいただけませんでしたね。
 曰く、お祭り騒ぎに興味があっただけで異変はどうでも良いとか。
 誠に残念です。私としましては、萃香殿と戦えただけで満足ではありますが。

「さて、妖怪の山を降りて紅魔館に辿り着いたワケだけど」

「はい!」

「――ここは無視して、次に行きましょうか」

「はいっ!!」

 さて、次はどこに行くのでしょうか。
 私は斬りがいのある相手がいればどこでも構いませんが……可能なら、晶さまと斬り合いたいです!!

「待たんかいコラァ!!!」

「私としては、白玉楼に行きたいのよね。幽々子なら何か知ってそうだし」

「では、ゆゆ様を斬りましょうか!!」

「……良いの? アンタの主でしょう?」

「ゆゆ様は、私に斬られた程度でどうこうなる御方ではありませんから!!」

「信頼してるって事ね。それなら丁度良いわ、せっかくだから冥界に行ってみましょうか」

「しかし、天人の天子殿が冥界に行っても問題無いのでしょうか……」

「私だから大丈夫よ」

「さすがです。では――」

「せめてこっちに興味を持つくらいはしなさいよぉぉぉぉ!!」

「おや、居たのですかレミリア殿」

「おぐぁ!?」

「……なかなかにエグい真似するわね、妖夢」

 いつのまにやら居たレミリア殿が、何故か項垂れ落ち込んでおりました。
 どうしたのでしょうか。そもそも彼女は紅魔館の主、こんな所に一人で居るのは問題があるのでは?
 私は従者――紅魔館でなく白玉楼の従者ですが、無関係な身分だからこそ紅魔館の主のこの行動に忠告をするべきでしょう。

「なんでいるんですか?」

「そこまで言われる筋合いは無いわよぉ!!」

 伝わらなかったようです。むしろ間違って伝わってしまったようで、レミリア殿に激昂されてしまいました。
 誠に残念ですが仕方ありません。とりあえず斬りましょ――おっと?

「止まりなさい、妖夢。とりあえずは話し合いの時間よ」

「ほ、ほぉう。貴様ほど好戦的な天人にしては珍しいな。この私に臆したか?」

「見なさいあの惨めな姿。下手に戦うより、このまま話してる方がずっとアイツを辱められるわね。くくく」

「悪魔かお前は!?」

「? 悪魔なのはレミリア殿では?」

「お約束な返しは止めろ!! そういう意図は無い!!!」

 どういう意図なのでしょうか? 良く分かりませんが、レミリア殿は大変ですね!
 そしてそんな私の姿を眺めながら、何故か満足そうに微笑む天子殿。
 私、天子殿が喜ぶような事をしたのでしょうか?

「と言うか貴様ら、存外タチの悪い組み合わせだな。天然と性悪がダメな意味でお互いを高めているぞ」

「あら、そんなに褒めないでよ」

「ありがとうございます!!」

「ええー、何で喜ぶのよ……」

 何かしらにせよ、評価されるのは良い事です。
 私は未熟者ですから、未だ知らぬ自分の長所があるのかもしれません。
 故にどんな評価でも受け入れ、己の糧とするのが良いと愚考します。
 正直、どう活かして良いのか分かりませんが!!

「く、くくく、しかしそう笑っていられるのも今のうちだぞ? 何しろ貴様らは私の前に膝を屈する――」

「えっ、やだ」

「『えっ、やだ』!?」

「ぶっちゃけ私らにとって、アンタって構う価値すら無いのよね。こうして話してあげてるのだって温情に近いと言うか……」

「な、なんだと!?」

「だってアンタ、異変に関して知っている事なんてロクにないでしょ。情報源としてほぼ役立たずじゃない」

「――そ、そんなワケあるはずが無いじゃなひの!?」

「分かりやす過ぎて少し腹立つわね。さ、とっとと行くわよ妖夢」

「はいっ!!」

 次は白玉楼、恐らくゆゆ様が待っている事でしょう。
 ゆゆ様――用意しておいたおゆはんを全部食べていなければ良いのですが。

「だから待ちなさいってば!! ふ、ふふ、どうやら貴女達は私を甘く見ているようね」

「そうなのですか?」

「そうでも無いわよ。コイツが運命を見れる事は知ってて放置しているワケだし」

「知ってるなら興味を示しなさいよ!? 私の能力なら、事の真相だって見抜く事が出来るのよ!?」

「つまんないからヤダ」

「つまっ!? ……わ、分かったわ。なら、全てを暴かない程度の丁度いい答えを」

「面倒くさいからヤダ」

「ええい、なら何なら良いんだ!?」

「いやだから、そもそもアンタに関わる気が無いって言ってるじゃない」

「そんな事言うの止めなさいよぉぉぉ!!」

 力いっぱい地団駄を踏みながら、レミリア殿が半泣きで私達を睨みつけます。
 しかし天子殿は落ち着いたもので、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて肩を竦めました。
 何を言われても態度は変えないと言う事でしょうか。ひょっとしてコレが、高度な舌戦と言う事なのでしょうかね。
 良く分かりませんが、私には縁遠い戦場である事は確実なので傍観していましょう!!

「それじゃあ一つだけ聞いてあげる。なんでアンタ、お付きも連れずに一人で来てるのよ?」

 先程私が尋ねた事を、改めて問いかける天子殿。
 なるほど、ああやって聞けば問題なかったのですね。何やらレミリア殿が嬉しそうに笑っております。

「くくく、貴様ら二人に紅魔館の全戦力を連れてくるのは些か大人げないからな。私とパチェの二人だけで来てやったのさ」

「パチェって確か……あの引篭り?」

「せめてインドア派と言いなさい!!」

「影も形も見えないのだけど、まさかのそのパチェって貴女の想像上の生き物じゃないわよね」

「違うわよ!」

「パチュリー殿はイマジナリーフレンドだったのですか!?」

「だから違う!! 私が先行しただけで、パチェはちゃんと付いてきて――」

「誰もいないけど?」

 レミリア殿と話してしばらく経ちますが、パチュリー殿が現れる気配は一向にありません。
 さすがに不安になったのか、レミリア殿も必死に紅魔館の方角を眺め始めます。
 そんな彼女の姿を見て、天子殿が実に意地の悪い笑顔で問いかけました。

「あらら~、ひょっとして帰っちゃった? 付き合いきれないって帰っちゃったのかしら~?」

「そ、そんな事……そんな…………」

「……あ、ゴメンなさい。まさか反論出来ないほど心当たりがあるとは思わなかったのよ」

「こ、心当たりはあるけど今回は違うわよ! ちゃんとついていくって約束してくれたもの!!」

「――レミィ」

「っ! ほら、ちゃんと来たじゃない」

「お、お待た…………せ……………………」

「パチェー!?」

 おお、凄まじい消耗具合です。
 近くの木にもたれかかっていると言うのに、それでも立てない程に疲れているパチュリー殿。
 何か妖怪とでも戦ったのでしょうか? その割には外傷が一つも無いのですが……。
 慌てて近づいたレミリア殿に身体を預けると、荒い呼吸をしながらパチュリー殿は精一杯の声で呟きました。

「……………………歩き疲れた」

「いや、ここそんなに紅魔館から離れて無いわよパチェ!?」

「やっぱり引篭りじゃないの」

「日の光が眩しい……こんな中歩くのって拷問じゃ無いかしら……」

「まるで吸血鬼のようなお言葉ですね」

「パチェ、だから少しは外に出なさいって言ったのよ……ここのところずっと図書館に篭もりきりだったじゃない」

「レミィ、良い本はね、何度読んでも良い本なのよ」

「……つまり、どういう事です?」

「本を読む事に夢中になって、ずっとお籠もりしてたって事でしょう。どう足掻いても引篭りよね」

「ま、まだインドア派の範疇よ。ほら、魔法使いは常人と色々感覚が違うから」

「日常生活困難になるレベルで引き篭もってる時点で、魔法使いとしてもアウトでしょーが」

「そもそも、パチュリー殿は何故飛ばなかったのですか? 身体が辛いなら短距離でもそうした方が……」

「魔法使おうとしたらむせて、そのまま喘息に繋がったのよ。もう一度魔法を唱えようとしたら――多分私は死ぬわ」

「ねぇ。本気で聞くけど、この置物を持ってきて何になると思ったの?」

「き、今日はとびきり調子が悪いだけだから!! 普段はもう、魔法ガンガンに使いこなす超有能な魔法使いなのよ!?」

「天子殿、私には少し分からないのですが――これは高度なレミリア殿の策略なのでしょうか」

 未熟な私の目には、単に足手まといが増えただけの印象しか無いのですが。
 ひょっとして、今のパチュリー殿を相棒とする事で何かしらの戦略的効果があるのでしょうか。
 さっぱり分かりません。とりあえず、今のうちにパチュリー殿は斬っておくべきですかね?

「もちろんそう……なんて戯れ言を言う気にもならないわね。戦うつもりなら最低限の体裁くらい整えておきなさいよ」

「パチェが大丈夫って言ったのよ! なのに全然大丈夫じゃないじゃないの!!」

「外を……甘くみていたわ……ふふふ…………安請け合いなんて………………する……もんじゃ………………」

「パチェ!? しっかりして、パチェ!!」

「……………………」

「パチェェェェェェェェ!!!」

 安らかな顔で、パチュリー殿が目を閉じました。
 僅かに胸が上下しているので、恐らく疲れて眠ってしまったのでしょう。
 別段、命に別状は無いと思われますが……レミリア殿が物凄い動揺しておりますね。
 死んではいけないとか何とか言っていますが、どういった意図による発言なのでしょうか。
 天子殿これは――おや、何故首を横に振っているのでしょうか。
 面倒だからこちらに振るな? はぁ、良く分かりませんが分かりました。
 
「とりあえずコレ、もう私達の不戦勝で良いわよね。少なくとも私にやる気は無いわよ」

「ぐ、ぐむむ……だけど…………」

「と言うか、とっととその置物を連れて紅魔館に帰りなさいな。本気で死因を『外出』にするつもりなの?」

 おおっ、降り注ぐ日の光でパチュリー殿が苦しんでおられます。
 丁度良い天気だと思うのですが、パチュリー殿はどれだけ外に出ていなかったのでしょうか。

「――い、いや、さすがのパチェでも外にいるだけで死ぬなんて事は無いはずだ。……無いはずよね?」

「あえて正直に言うけど――死んでも私は不思議に思わないわ」

「…………やっぱり?」

「友達なら、とっとと助けてやりなさい。ね?」

「ぐむむむむ……分かった! じゃあ、連れて帰るけど――貴方達も来なさい!!!」

「はぁ!?」

 そう言って、レミリア殿は天子殿の腕をガッチリ掴みました。
 それまで余裕綽々だった天子殿も、さすがに予想もしないレミリア殿の行動に驚いているようです。
 全力で引き離そうとしていますが……ダメなようですね。純粋なパワーでは天人より吸血鬼の方が上のようです。

「パチェが回復するまで、家でもてなしてあげるわ! そして戦いなさい!!」

「私達に何一つ利点が無いじゃない!! 妨害するにしてももっと考えてやりなさいよ!!!」

「こんな下らん時間稼ぎをするものか!! これは純粋な、もうなんとしてもパチェと一緒に戦ってやると言う意地だ!!」

「よ・り・悪・い・わ・よ! 私達は急いでいるのよ!?」

「本当に悪いと思っている!! だけど諦めて!!」

「せめて妨害としての体裁くらい整えなさいよぉぉぉぉx!!」

「…………うるさい、もっと静かにして」

「元はと言えば!」

「パチェのせいでしょうが!!」

 先程までの劣勢がウソのような攻勢です。あの天子殿が、色んな意味で押されてしまっています。
 これが、なりふり構わなくなった吸血鬼の全力……凄まじいです。

「妖夢! 貴女も見てないで何か言いなさいよ!!」

「私は戦えれば何でも良いです」

「ぐだぐだ戦っていたら競争に負けるわよ!? それでも良いの!?」

「正直、競争の勝敗に関してはそれほど拘り無いですね」

「あーもう、これだから求道者タイプのバカは!」

 無論、可能ならば晶さまや霊夢殿、魔理沙殿に早苗殿と戦いたいとは思っていますが。
 二兎追う者は一兎も得ずと言います。戦う相手を選り好みしてはいけませんよね。
 何より『七曜の魔女』と名高いパチュリー殿の魔法に、私の剣がどこまで通用するのか試してみたいです!!

「パチェが回復するまでの間なら歓迎してやる。美味しいオヤツもたくさん出すぞ!」

「そもそも拘束すんなって言ってるのよ! その魔法使いの復活に、どれだけ時間がかかると思ってるの!?」

「…………半日――いや、一日くれれば完璧に調子を整えてみせるわよ」

「長すぎるわよ!! それで良く自慢気な顔出来たわね!?」

「往生際が悪いぞ!!」

「どっちが!!」

 ついに引っ張り合いを止め、拳と拳をぶつけあう天子殿とレミリア殿。
 何やらどうするか決めるのに時間がかかりそうなので、私はパチュリー殿を木陰に連れて休ませる事にしました。
 




 ――しかし結局戦う事になりましたが、天子殿はそれで良いのでしょうか?




[27853] 神霊の章・拾漆「雄終完日/ムーン・アタック」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/02/16 21:11

「……マズいわねぇ」

「う? この肉饅頭マズいのカ?」

「そっちじゃないわ、今の状況がマズいって言ってるのよ」

「…………肉饅頭、マズいのカ」

「確かに今は肉饅頭を食べている状況だけど……ま、貴女に言っても分からないわよね」

「青娥は難しい事ばかり言うナー。ところで青娥、私達はここでウダウダしてて良いのカ? なんか外は色々と大変そーだゾ」

「ええ、今その話をしていたのだけどね?」

「……いつのまに」

「芳香は可愛いわねぇ」

「私、可愛いカ?」

「可愛い可愛い。そんな可愛い芳香に教えてあげるけど――ウダウダしててよろしくは無いわ」

「よろしくは無いのカー」

「あの賢将を遠くにやれた所までは上出来だったのだけどねぇ。……まさか神霊がこんなに増えるなんて」

「青娥が増やしたんじゃ無いのカ?」

「何でか知らないけど、勝手に増えたの。おかげで想定していたよりも大事になっちゃってね」

「ソレ、何が問題なんダ?」

「想定と同じだったら、もう少し誤魔化しようもあったのよ。でもここまでの規模になっちゃうともう無理、お手上げ、どうしようも無いわ」

「無理なのカ。……じゃあ、どうするんダ?」

「仕込みは済んでるから、後はもう皆の復活を待つしか無いわね。他にやれる事はもう何も無いわよ」

「ご愁傷様だナー」

「本当にそうよ。誰だか知らないけど、こんな形で私の動きを封じてくるなんて――仕掛けたヤツは相当な性悪ね」

「青娥が性悪認定するとか、誰だか知らんがソイツは相当なワルだナ」

「ええ、きっと物凄いワルよ」





幻想郷覚書 神霊の章・拾漆「雄終完日/ムーン・アタック」





「……やれやれ、みっともない姿ね」

 気を失って倒れている緑巫女の姿を眺めながら、私は呆れを込めた呟きを口にした。
 私が大きい方の神と遊んでいる間に、彼女は小さい方の神に随分と虐められていたようだ。
 大きいのと小さいのは、すでに守矢神社に帰っている。
 大きいのとの決着はまだ着いていなかったが、大きいのが戦う事より小さいのを問い詰める事を優先してしまったから仕方がない。
 まぁ、思う存分殴り合えたから良しとしておきましょうか。
 さすがの私も、家庭の問題に口を出してまで戦いを続ける趣味は無いわ。
 ――過保護な神も居たものだ、と煽りはしたけどね。

「ほら、起きなさい。置いていくわよ」

「はらほろひれはれ……」

「……まったく」

 そしてどうやら、小さい方は逆にスパルタだったようだ。
 文字通り完膚なきまでに叩きのめされた早苗は、妙なうわ言を口にするだけでピクリとも動かない。
 ……さて、どうしましょうか。
 こちらも存外ダメージは大きかったし、どこかで一休みする必要があるみたいね。

「どこか、落ち着いて休める所があると良いのだけど……」

「そんな貴女に、幸せを運ぶウサギちゃんさんじょ――うおぁ!?」

 あら、誰かと思えば永遠亭の悪知恵が働く方の兎じゃない。
 人の姿を見て悲鳴をあげるなら、初めから出てこなければ良いのに。

「失礼な兎ね、人の顔を見て。ヒネるわよ?」

「いやいやいや、そんなスプラッタな姿見せられて驚かないワケ無いじゃん」

「医者なら卵でも見慣れているでしょう、こんな姿」

「無いから。そんな戦場を呑気に歩き抜けた結果、見事に集中砲火喰らいました――みたいな姿を幻想郷で見た事無いから」

 意外と気合が足りないのね。少し腕から骨が突き出て、臓物が見える程度の切り傷が胴体にできているだけじゃない。
 ……ふふ。それなりに追い詰めたと思ったら、まさか武器を持ち出すとは思わなかったわ。
 あの神様も存外手段を選ばないわよね。ふふふ、もう少し遊びたかったわぁ。

「誰と戦ったらそうなるのさ。鬼?」

「惜しいわね、神よ」

「神? ――ああ、そっちの緑が祀ってる人らね。色々と納得」

「……あら、アレらが私達と戦った事に疑問を抱かないのね」

「誰が誰に賭けてるのか、知らないと小遣い稼ぎは出来ないからねー」

「小遣い稼ぎ、ね。賭けそのものに対する興味は無いの?」

「てゐちゃんは貰えるか分からない大金より、絶対貰える小金の方が好きだから」

「……そこまで小物臭いと、逆に感心するわね」

「分かりやすく力と金に媚びる三下、それがてゐちゃんだよ! 是非に今後ともご活用くださいませぐへへ」

 この徹底っぷりでここまで生きてきたんでしょうね、この兎は。
 サマになっている揉み手が少しだけ悲しいわ。本人は一切気にしていないのでしょうけど。
 
「で、改めて聞くけど何の用よ。ただの小遣い稼ぎ? それとも永遠亭の使いっ走り?」

「両方、かなぁ。お互いにとって悪くない話だとは思うよ?」

 とりあえず、いきなり戦うつもりは無いみたいね。……残念だわ。
 私は握っていた左拳を開き、僅かに漂わしていた殺気を静かに収めた。
 ――あら、気づける程度の鋭さはあるのね。なるほど長生き出来るワケだわ。
 それじゃあ、貴女の小賢しさに敬意を払って話を聞いてあげましょうか。

「……いやー、幽香様とお話してると気が引き締まるなぁ」

「良い心構えよ。私の機嫌を損ねたら、頭の耳が引きちぎれると思いなさい」

「わー、今すぐ帰りてー。……話進めて良いっすか?」

「良いわよ」

「それじゃ簡潔かつ直球に結論を。――永遠亭で休んで行かない?」

「私達は休憩と治療が出来る、貴女達は足止めが出来る。双方に得がある提案――って所かしら」

「その通りでごぜーます。お帰りになりたきゃいつでも解放しますので、是非とも引っかかってくださいませ」

 あら、綺麗な土下座じゃない。
 ……価値そのものは欠片も無いでしょうけどね。 
 貴女も晶も、安易に土下座し過ぎよ。――てゐの場合は、分かった上で連発しているのだろうけど。
 
「まぁ、良いわよ。乗ってあげるわ」

 私はともかく、早苗は休ませてあげないとダメでしょうね。
 本当に容赦なくボロボロにされたから手当も必要だし、永遠亭行きは悪く無い選択よ。
 ……まぁ、異変解決からは確実に遠ざかってしまうけれども。
 そっちの勝負には欠片も興味無かったから、遠ざかったとしても問題無いわね。

「よっし! これで任務達成って事で思う存分サボれる!!」

「……やる気ないわねぇ」

「欠片も無いよー」





「――チェンジで」

 永遠亭に着いて早々、顔を合わせたかぐや姫にふざけた事を言われた。
 ……これは、喧嘩を売られてるって判断して良いのかしら。
 あら、気づけば拳がかぐや姫の鼻先に。
 惜しかったわね。ギリギリで回避されなければ愉快な事になっていたと言うのに。
 とりあえず足元が隙だらけなので、軽く踏んでおきましょう。
 
「あがっ!? ちょ、いきなり何をするのよ!?」

「無礼者に対する反応としては至極真っ当だと思うけど?」

「殺されるかと思ったわ……死なないけど。さすがは本家本元、えげつなさがソックリね」

「口の滑る姫も居たものね」

「ぶおっ!? ちょ、貴女今私のお腹ブチ抜こうとしなかった!?」

「たとえ不死身の身体でも、臓物をグチャグチャに潰されたら苦しいでしょう?」

「幽香様ってばマジ容赦ねぇ。他人事ながら、てゐちゃんちょっとお腹がヒヤッとしたよ」

「イナバァァ……こんな危険物より、晶とか連れてきなさいよぉ」

「いやいや、他のヤツならともかく晶を連れてくるワケ無いじゃん。姫様は晶に賭けてるのに」

 ああ、やっぱりそうなのね。
 分かっていたので驚きはしなかったけど、この姫も晶に賭けていたらしい。
 とは言え、やる気はあまり無さそうだ。
 賭けはほとんど口実で、実際は晶と絡む理由が欲しかった……って所なのかしらね?

「分かってないわねぇ。振りかかる数々の試練を乗り越えて、ボロボロになりつつ勝ってもらいたいのよ」

「てゐちゃん姫様の部下だけど、その難題ふっかけ気質はマジなんとかした方が良いと思う」

「と言うか、貴女ってそこまで晶に懸想していたの?」

「……言われてみると、そこまで懸想はしてないわね。結婚出来たらするくらいには好きだけど」

 つまり、玩具としては気に入っているワケね。
 ……晶ってば、こういう面倒な女に良く好かれる匂いでも出しているのかしら。

「良く分からないけど、間違いなく貴女は私のご同輩でしょう」

「死ぬほど不愉快ね。折るわよ、首」

「だから首に手をかけながら言わないでよ! 怖いわよ!!」

「あ、晶君の話題をしていると聞いて……」

「おっ、起きてきた」

「寝てなさい、怪我人なんだから」

「おぼろっ!?」

「わぁ、言葉とは裏腹に問答無用で沈黙させる荒技だぁ」

「騒ぐ怪我人は意識を失わせた方が良いんでしょう?」

「うーん、絶妙な曲解具合。でもこれはこれで面白いから、てゐちゃんは評価します」

「喋ると絶対に騒がしいだろうから、私は黙らせるのに賛成よ」

「――私は許しませんよ。医者ですからね」

「げぇっ、えーりん」

「うぉあっ、お師匠様!?」

 いつの間にか、私にもかぐや姫にも悟らせる事無く現れた八意永琳。
 相も変わらず得体の知れない輩だ。ある意味、彼女が永遠亭の影のボスと言っても過言では無いでしょうね。
 八意永琳は私の背後に回ると、なぞるように早苗の身体に触れる。
 本当に軽く触れるだけのタッチだったのだけど、それだけで彼女は早苗の現状を把握しきれたらしい。

「見た目に反して怪我は軽めみたい。これなら、ちょっとした手当でも充分ね」

「そう、あの神も賭けの為に身内を再起不能とするほど外道では無かったワケね」

「賭け一つで身内再起不能って、それ外道って言うより馬鹿――ああでも、あの時代の神なら普通にやりそう」

「なになに? イナバ、何か面白い事知ってそうね」

「なぁんも知りませーん」

「あら、この私に隠し事なんて……」

「守矢神社の内部事情に興味がおありですか?」

「あ、それはどうでも良いわ」

 てゐの言葉で露骨に興味を失ったかぐや姫は、小さく手を振って即座に話題を打ち切った。
 正直、私もどうでも良いと思ってるわ。早苗が相棒でなければ聞きもしなかったでしょうね。

「それじゃ、この緑巫女をよろしくお願いするわ。一応は怪我人なのだから丁重に扱いなさいよ」

「ええ――てゐ」

「はーいはい。おーら手下どもー、それなりに優しくお運びしろよー」

 私が早苗を下ろすと、わらわらと湧いて出てきた兎妖怪達が早苗を回収していく。
 ……なんだったかしらこの光景、凄いどっかで見た事あるのよね。
 お神輿……違うわね、えっとそうそう、確か…………白雪姫だったかしら?

「ふっふっふ、そんな簡単に私達を信用して良いのかしら?」

「問題無いわよ。早苗に何かあったら、他の連中を皆殺しにすれば良いだけなのだから」

「それなりに怪我してる状態で、良くもまぁそんな事を嘯けるもんだねぇ」

「この程度ではハンデにもならない、と言う事よ」

 ニヤリと笑って挑発してやる。
 が、誰一人としてそれに乗る気配は無い。
 ……ここの連中、力はある癖に闘争心が無いのよねぇ。
 隠遁するほど老成しているワケでも無いようだけど、もう少し血気にはやっても良いと思うわ。

「いやいや、幽香様。そんな『情けないヤツ』みたいな顔されても困りますよ。私ら幽香様みたいな修羅じゃないんで」

「私達、どっちかと言うと文化人だし」

「……物は言いようね」

「……文化的な所、あるの?」

 かつては教養溢れる姫だったかもしれないけど、今はただの引篭りでしょう?
 文化人を気取るなら、少しくらいそれらしい所を見せてみなさいよ。

「はっきり言うけど、まだ妖怪の山の天狗の方が文化的でしょうね」

「そうねぇ、あちらは文化的な活動を行っているものね」

「……えーりんはどっちの味方なの?」

「姫様に嘘はつけませんわ」

「お師匠様は時折、私達より奔放に振る舞うよね」

「覚えておきなさいイナバ。アレは常識人ぶってるだけで、私達の中で一番の自由人よ」

「あら、姫様ったら酷いお言葉。困りますわ」

「被害者ぶってるけど、絶対後で私に仕返しするわよ。地味にキツいの」

 それでもなお軽口を叩き続ける所はさすがね、不死身だけあって命知らずだわ。
 そういう向こう見ずな人間は嫌いでは無いわよ。出来れば、もっと向こう見ずな所も見せて欲しいけど。

「貴女も少しは自分の身体を省みなさい。守矢の風祝より、貴女の方が重症なのだからね?」

「この程度、怪我のウチには入らないわよ」

「……ま、無理強いするつもりは無いわ。私は守矢の風祝を手当してきますから、姫さまとてゐはフラワーマスターをもてなしてください」

「私がぁ?」

「我々が招いたのだから当然ですよ。では、よろしくお願いしますね」

 言うだけ言って、とっとと奥に引っ込んでいく八意永琳。
 残されたかぐや姫は、心底面倒くさそうな顔をこちらへと向ける。
 ――もてなしなんてしたくも無い、とその表情はありありと語っていた。

「一応聞くけど、私かてゐが手ずから淹れたお茶飲みたい?」

「そうねぇ。本音を言うとどうでも良いけど――苦心する貴女達の顔は見たいわ」

「酷い事を容赦無く言うわねー」

「なら、もし貴女が私と同じ立場なら?」

「同じ事をしてたわね」

「……まぁ、話は合いそうで何よりっす。てゐちゃんお茶淹れてきますねー」

 色々と諦めたてゐが、しぶしぶと言った具合に台所へ向かう。
 仕方がない。私も特に永遠亭でやりたい事は無いし、彼女達にもてなされてやるとしよう。 

「ところで、今ふと思ったのだけど」

「なによ」

「貴女の所って、もう一人兎が居なかった? ほら、頭でっかちでつまんないの」

「ああ、居たわね。……あの子、何してるのかしらね?」

「……私に聞かれても答えられないわよ」





「――クシュン! ……風邪かな」

「はぁ……誰も見つからない」

「手がかりも何も無しで晶以外の参加者を妨害って、どうすればいいのよ…………」

「でも、何の成果も無しに戻れるワケ無いし……はぁ、どうしよう」

 



[27853] 神霊の章・拾捌「雄終完日/悪魔なんかじゃない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/02/29 22:58


「ナズーリン、ここに居たんですね!!」

「む、主か。どうし――」

「元気そうで何よりです、ナズーリン」

「…………なるほど、私は見事に出遅れてしまったと言う事か」

「えっ? えっ?」

「悔やむ必要はありません。機運は彼女達の味方だった、貴女に落ち度はありませんよ」

「そう言って貰えると救われるがね。これでも賢将と呼ばれる身だ、命蓮寺に振りかかる災厄の元は出来るだけ排除したいのだよ」

「……災厄の元、なのでしょうかね」

「聖?」

「ナズーリン、彼女達の事は――久遠さん達にお任せしてみませんか」

「………………んー、そうきたか」

「当然不満はあるでしょう、ですが私は……」

「いや、貴女の決めた事なら文句は言わないさ。主の決定に異議を唱えるほど彼女らを敵視しているワケでは無い」

「そう言ってもらえると救われます。しかし思う所があったのならば、ハッキリ言って良いのですよ?」

「本当に文句は無いのだよ。先程の沈黙は……そう、強いて言うなら『また晶殿か』と言った意味合いだな」

「……また晶殿か、ですか?」

「まぁ、なんだ。魔法の言葉とでも思ってくれれば良い。これを唱えると、無関係な晶殿が唐突に何かやらかしても納得出来る気がする」

「良く分かりませんが……ふふ、お二人はとても仲が良いのですね」

「そこらへんは否定しないが――仲が良いからと言って、やる事なす事全て信用しているワケでも無い。正直言うと、不安だ」

「大丈夫ですよ、久遠さんは頼りになりますから」

「……やはり不安だ。本当に。色々と」

「ナズーリンは、もう少し気を抜く事を覚えた方が良いかもしれませんね」

「私が気を抜くと、命蓮寺が滅びかねないからな……」

「あの、すいません……お二人は何の話をされているのでしょうか」

「――ああ、やはり気は抜けないよ。うん」

「え? えっ? よ、良くわからないけどゴ、ゴメンなさい?」





幻想郷覚書 神霊の章・拾捌「雄終完日/悪魔なんかじゃない」





「ねぇ、本当にこのままで良いの?」

 みょーれんじの中をどんどん進んでいく霊夢、その背中に私は何度目かの質問をした。
 霊夢はここに何かあるって言ってたけど、今のところ変わった所は何もない。
 倒した妖怪も、何の関係も無さそうな通りすがりばっかりだったし。
 このままじゃ私達、人里の中で暴れただけで終わっちゃうよ?

「何がよ」

「異変を解決するんでしょ? こんな辻斬りみたいな真似してないで、もっと情報とか集めた方が……」

「……アンタも、晶みたいな事言うのね」

「誰でも同じ事言うよ……」

 霊夢ってば、少しも異変の事調べようとしないんだもんなぁ……。
 私も言うほど異変に興味は無いけど、ここまで何もしないとさすがに落ち着かないよ。
 
「ま、大丈夫よ。なんとかなるわ」

「何一つ根拠の無い状況で、そこまでハッキリ言える霊夢は凄いと思う」

 だけど、その凄さは正直要らないよ。
 そのままズンズン進んでいく霊夢の背中を眺めつつ、私は何度目かになるため息を吐き出した。
 さっきから、ずっと同じ事の繰り返しなんだよね。
 私がアレコレ霊夢に言っても、平気何とかなるどうでも良いの繰り返し。
 ……それでもイラッとするよりも先に諦めが来ちゃうのは、やっぱり霊夢の人徳? なのかなぁ。
 なんとなく、お姉様が霊夢の事を好きな理由分かるかも。私は――まぁうん、普通だけど。

「別に根拠が無いワケじゃ無いわよ。近づいてきたって感覚があるもの」

「何に?」

「もちろん、異変の原因によ」

「どうしてそう思うの?」

「なんとなくよ」

 それはね、根拠が無いって言うんだと思うよ?
 何故か自慢気な霊夢の姿に、なんて言葉を返すべきか悩む私。
 その間に、霊夢はどんどん先へ先へと進んでいく。
 お気楽だなぁ本当にもー、次はどこへ行くつもりなんだろ。……えーっと?

「……お寺の中に、石材置き場があるんだね」

「これはお墓よ。まぁ、吸血鬼には無縁な場所だから分からなくても無理は無いわね」

「へー、ここがお墓なんだ」

 話に聞いた事はあるけど、実物を見るのは初めて。
 そういえばさっき霊夢が退治した傘のお化けも、お墓でならもっと怖がらせられたのに……とか言ってたね。
 ここがそうなんだ。……でも、そんなに怖い所なのかなぁ?

「ウチの方がよっぽど怖いと思うけど……」

「紅魔館は、怖いじゃなくて悪趣味って言うのよ」

「……やっぱり、紅魔館って変なのかな」

「変よ」

 薄々思ってたけど、やっぱり変なんだね。
 まぁ、お姉様のセンスはちょっと独特と言うか、独自の視点でモノを見ているから……。

「レミリアって、センス無いわよね」

「霊夢はもう少し歯に衣を着せようよ……」

 例え事実だとしても、もっとこう言い方ってものがあるでしょう?
 ……なんだか最近、お兄ちゃんが玉虫色の答えを繰り返す理由が分かってきちゃったかも。
 私、意外と常識人だったのかもしれないね。
 ――って、さすがにそれは自分を良く言い過ぎかな。

「レミリアに気を使う理由は無いもの。――あら」

「本当に霊夢は――むっ」

「こーら、お前達ー。ここから先は立ち入り禁止だぞー」

 そう言いながら現れたのは、めーりんみたいな格好をした女性だった。
 彼女は何故か前へならえをしたまま、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてくる。
 額に御札を貼って、前を見難くしてるし……何かの修行でもしているのかな?

「なんぴとたりともここから先は――おばぁ!?」

「見なさい。やっぱり何かあったわよ」

「いや、そんな事より今なんで攻撃したの!? 話してる途中だったじゃん」

「聞く価値は無いわ」

「えぇ~」

 いやいや、絶対に関係者っぽいじゃん。絶対何か知ってそうじゃん。
 問答無用で攻撃って感じでも無かったから、会話次第で色々と聞き出せたと思うよ!?

「今、この場で一番野蛮だったのは霊夢だったね。断言してもいいよ」

「私が出張った時点で、話し合いなんて余地は無いの」

「少しくらいこっちに譲歩してよぉ……」

「譲歩ねぇ。まぁ、少しなら良いわよ」

「ぐむむ……い、いきなりなんてヤ――へぶぅ!?」

「ほら、好きに話し合いなさい」

「それなら、起き上がった直後にあの人を攻撃するの止めてよ!?」

 しかも、嫌味なくらい的確に相手の動きを邪魔してるし!
 あーもう酷い。どうにかして起き上がろうとする度に、御札が手足を弾き飛ばしてる。
 ……夏の頃に見かけた、死にかけのセミのジタバタを思い出したかも。
 こっちは立ち上がれないワケじゃなくて、立ち上がるのを邪魔されてるのだけど。

「意識は失ってないわよ。話しかければ答えるんじゃない?」

「この状況下で会話をするの!? 色んな意味で無茶振りが過ぎない!?」

「ゴメ……立ち上が……まっ…………おぶぅっ」

「貴女も頑張らなくて良いから!?」

 と言うかひょっとしてこの人、自分が立ち上がれない原因に気づいてない?
 まぁ、霊夢の御札投げは抜き手が見えないほど早いけど。
 どうやっても起きられない時点で、妨害されてる事を悟るべきだと思う。
 そもそも、初手に攻撃されてたんだから普通に分かるよね?
 私達も別段話してる内容は隠してないし――むしろ、何でこの人は気付かないんだろうか。

「あらあらまぁまぁ。騒がしいと思ったら、厄介な事になっているみたいね」

「せ、青娥! お、おかしいゾ。なんでか立てない!! 私、身体壊れたかも!!」

「大丈夫、壊れてないわよ。そっちの巫女が邪魔しているだけよ」

「……なーんだ、邪魔されてただけカ」

 え、それで納得しちゃうの!?
 突然現れた全身青い女の人の言葉を聞いて、ジタバタ身体を動かすのを止める倒れてるめーりんっぽい人。
 ……アリスさん、そこらへんの影から出てこないかな。私じゃツッコミ力が足りないよ。

「なんか、随分と邪っぽいのが出てきたじゃない。――アンタ、黒幕ね」

「あら酷い。私はちょっと怪しいだけの仙人ですわよ? うふふ」

「知らないわよ、良いから退治されてなさい」

 あぁ、また!?
 問答無用とばかりに放たれる御札。
 それを彼女は、最低限の動きで避けてみせる。
 良かった。問答無用で倒されちゃう怪しい人はいないんだね。
 ホッと一息つきながら、私は霊夢の背後に回り彼女を羽交い締めにした。

「ちょっと、何するのよ」

「だぁめ! とにかく、今度は、絶対に、話を聞くの!!」

 せっかく重要そうな人が出てきたんだから、しっかりばっちりお話しないと!!
 私は、とっても強い決心で霊夢の身体を押さえつける。
 ……パワーでは確実に私の方が上なんだけど、それでも本気を出されたら一瞬で抜けだされそうなのが霊夢の怖い所だ。
 だけど特に抵抗しないって事は、こっちの意思に従ってくれるって事で良いのかな?

「ありがとう、お嬢ちゃん。さすがに私も話し合い無しで弾幕ごっこは勘弁だわ」

「ちゃんとお話、してくれるんですよね?」

「ふふ、もちろんそのつもりよ。――ほら芳香、起きなさい」

「おおっ、ようやく起きれたナ!」

 青い人に引っ張られて、芳香と呼ばれた倒れていた人が立ち上がる。
 ……これで一応、何も分からないままに戦う状況からは逃れられたかなぁ。
 お兄ちゃん、私頑張ったよ! これからももう少し頑張るからね!!

「さて、まずは自己紹介からね。私は霍青娥、こっちは宮古芳香。仙人とキョンシーをやっているわ」

「……センニン? キョンシー?」

 えっと、それってすぐ分かるほど有名な職業なのかな。
 どっちもどこかで聞いた事はあるんだけど……ダメ、全然分かんない。
 こういう時、お兄ちゃんが居てくれたらなぁ。
 きっと色々と解説をして――んー、してくれるかな?
 なんか、考え事ばっかりして口にはしてくれない気もする。聞けば教えてくれるだろうけど。

「キョンシーは動く死体。仙人は……まぁ、天子と似たようなもんよ」

 あー、ゾンビみたいなモノなんだね。
 センニンは……つまり天人の親戚なのかな? 私、天人の事もあんまり知らないんだけど。

「仙人を天人と一緒くたにするのはどうなのかしら。確かに、似たようなモノである事は否定しないけどね」

「似てるなら良いじゃない」

「……まぁ、私が怒る理由にはならないわねぇ」

 つまり、そうでない人に言ったら凄い怒られるって事かな。
 私には良く分からないけど、分からないなりに霊夢が失礼な事言ってるのは何となく分かるよ。
 それでもニコニコ笑ってくれる青娥さんは、実は凄い良い人なのかもしれない。
 霊夢はなんか、邪っぽいとか言い切ってるけど。

「そもそもアンタって、本当に仙人なのかしら」

「あら、失礼ね。どういう意味?」

「そのままの意味よ。仙人に近しいモノではあるんでしょうけど、仙人そのものでは無い。――そんな気がするのよ」

「――本当に、失礼な巫女」

 あっ、今のは私でも分かる。なんか今、霊夢が地雷を踏み抜いた。しかもかなり致命的なヤツだ。
 微笑んではいるけど、今の青娥さんからは静かな怒気を感じる。
 それなのに、踏み抜いた本人は至って平静――もう、少しくらいは気にしてよ!!

「ま、そんな事はどうでも良いわ。肝心なのはアンタらの目的――なんでしょ、フラン」

「へ? あ、うん。その、お二人はこの異変……神霊の大量発生と何か関係があるんですか?」

「………ええ、そうねぇ。関係はあるわよ? ――だって私達が、異変の犯人みたいなモノなのだから」

 何気ない言い方だったけど、はっきり自分が‘そう’であると青娥さんは肯定してみせた。
 この人が、異変の犯人――っ!?
 私は慌てて霊夢から手を離し、青娥さんに対して身構えようとする。
 だけど私が動き終える前に、巨大な結界が私と霊夢を覆った。
 
「と、閉じ込められた!?」

「みたいね。……ふぅん、なかなか強力な結界じゃない」

「凄いでしょう?  芳香に時間稼ぎを頼んでいる間、こっそりせっせと仕込んだのよ」

「……そうだったのカ」

「あら、やっぱり忘れてたのね? 役目はきちんと果たしたから良いけど……少しくらいは覚えていて欲しかったわ」

 うう、つまり最初から閉じ込める為に近づいてきたんだ。
 ……霊夢がいつも通り、問答無用であのゾンビの子を倒していたら引っかからなかったのかなぁ。

「ゴメン、霊夢。……私のせいだ」

「別に構わないわよ。何が上手く行くかなんて、全知全能でも無ければ分からないでしょ。たまたま上手く行かなかっただけの話よ」

「霊夢……」

「そういうのはどうでも良いから、とっととアイツらぶちのめすわよ。良いわね」

「霊夢ぅ……」

 いや、その、罠に引っかかった私には何も言えないけどさ。
 いくらなんでももうちょっと、相手に対する興味を持った方が良いんじゃないかな?
 あの人達、異変の犯人なんだよ? 場合によっては最後の敵になるんだよ?
 せめて異変を起こした理由とか、動機とか、相手に確認しようと考えても良いんじゃないかな。
 そもそも、私達は何で閉じ込められたんだろうか。せめてそこだけでもハッキリさせたいんだけど――

「…………わかった、ぶちのめそう」

 また失敗しそうだと思うと、何も言えなくなっちゃうなぁ。
 霊夢が本当に気にしてないのも分かるんだけど……うう、やっぱり無理。
 お兄ちゃんの、何があろうと自分の意思を貫ける図々しさって実は凄かったんだね……。

「あらあら、結界を抜けた後の話をするのは少し早いんじゃ無いかしら」

「ふっふっふ。ぶちのめすなら、まずはそこから出てくるんだナ!!」

「言われなくても最初からそのつもりよ。……で、どっちがやる?」

「私がやる。私の責任だし……」

 今度、お兄ちゃんからこういう時どうすれば良いかを聞いてみようかな。
 ……全然参考にならないアドバイスを貰いそうな気もするけど、お兄ちゃんだから。
 容易に想像できる姿に悲しくなりながら、私は軽く動きで右腕を振るう。
 すると巻き起こった衝撃波は派手に地面を砕いていき、そのまま結界を根本から吹き飛ばしてみせた。
 うん、まぁこんなもんだね。

「……あらまぁ」

「おぉう、一発だったゾ」

「――それじゃ、ぶちのめすわ」

 さすがに予想外だったらしく、動揺するセンニンさんとゾンビさん。マイペースに御札を構える霊夢。
 結局今まで通りの流れになってしまった事を感じながら、私も弾幕の準備を始めたのだった。





 ――正直二人共あんまり強くなさそうだから、私が出る幕は無さそうだけどね。




[27853] 神霊の章・拾玖「雄終完日/コガサ・ダンシング・オン・ハカバ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/03/15 02:45


「よ、ようやく解放されたぜ……」

「一昼夜ぶっ続けでお説教される事態だけは避けられましたね……」

「代わりに、哀れな死神が犠牲になったけどな。ご愁傷様だぜ」

「……そもそも、我々が閻魔に捕まった原因はあのダメ死神にあるんですよ?」

「……そういやそうだ。前言撤回、延々と説教されとけ」

「三日くらいは拘束されて欲しいですね。――さて、ではこれからどうしましょうか」

「思ったよりは早かったが、それでもかなり時間を取られたからな……」

「下手したら、霊夢さんとか晶さんとかが異変の黒幕に会ってそうですね」

「メチャクチャ有り得そうだな。となると、悠長にはしてられないか」

「しかしどうしますか? 現状、手がかりゼロですよ?」

「んー……仕方ない。最終手段を使うぜ」

「とても嫌な予感がしますが、とりあえず聞かせてもらいましょう」

「最速でぶっ飛んで、手当たり次第にそれっぽい所へと突撃する総当り方法だ。これしか無い」

「……そんな気はしてました」

「じゃ、止めとくか?」

「いいえ、他に有効な手も無さそうですからね。お付き合いしますよ」

「それじゃ付いてきな! 幻想郷最速の実力、今度こそ見せてやるぜ!!」

「魔理沙さん――この状況下で見得を切られても正直微妙ですよ?」

「そこは乗ってこいよ!! なんか私がスベったみたいだろーが!!!」

「実際ダダ滑りですよ?」

「やかましい!!」





幻想郷覚書 神霊の章・拾玖「雄終完日/コガサ・ダンシング・オン・ハカバ」





「やってきました命蓮寺!!」

「そうね」

「……もうちょい愛のあるツッコミをください」

「そうね」

「え、ひょっとしてそれでマックス? 僕らの愛はもう失われてしまったの?」

「大丈夫よ、まだあるわ」

「しかし残量は着々と減らされていると言う、無慈悲すぎる発言!!」

「……アホ言ってないで、とっとと先に進むわよ」

「へーい」

 とりあえずテンションを上げてみましたが、ツッコミクイーン・アリスさんは一切容赦ありませんでした。
 まぁ、乗ってこられても困るけど。わりと考えなしでボケました、はい。
 
「いつもの事でしょ」

「ですよねー。……さて、じゃあ先に進みましょうか」

 白蓮さんの許可は一応貰ってるけど、僕が人里内を堂々と歩くと迷惑がかかるのでコソコソ移動します。
 うん、分かってるけど泣ける。これに関しては多少割りきっても辛いモンがあります。
 ――近くに人間の気配無し。それじゃあ鬼が出るか蛇が出るか、覗き込んで見ましょうか!

「小傘ちゃん、しっかりしてー!!」

「……ミココワイ、ミココワイ」

 わぁ、地獄絵図だぁ。
 なんかもう見慣れた感じに倒れてる小傘ちゃんを、見た事の無い妖怪が看護していた。
 小傘ちゃんの呟く台詞が、なんでこんな事になったのかを如実に語っている。
 ……まぁ、わりといつもの事だよね、うん。
 強いて言うならアレだ、小傘ちゃん霊夢ちゃんとのエンカウント率高過ぎ。
 また偶然遭遇して、問答無用で撃墜されたんだろうなぁ……。

「霊夢達はもう来ているみたいね」

「みたいだねー。……声をかけても良い?」

「まぁ、良いわよ。あの状況から弾幕ごっこには発展しないでしょう」

 ……言っちゃあなんだけど、どう考えてもあの二人は戦闘向きじゃないもんね。
 看護してる妖怪ちゃんは誰か知らないけど、あんまり強そうじゃないし。
 ――む、今なんか実力者っぽいセリフを言えた気がする!!
 どうだいアリス、僕も成長してきただろう!?

「相手はどう見ても命蓮寺所属の妖怪、立ち振る舞いもほぼ素人――そんな相手を警戒するのは慎重じゃなくて臆病って言うのよ」
 
「ですよねー」

 まぁ、知ってましたとも。
 でもねアリス……それでもなお不安になるから、臆病って言うのさ!!
 あ、何の自慢にもなりませんかスイマセン。ちゃっちゃと用事を済ませますねゴメンナサイ。
 さてとにかく、二人に話しかけるワケですが……その前に解決しなければいけない問題があります。
 今まで明言を避けていた事――小傘ちゃんを看護している妖怪が何なのか問題を!
 うん、またいつものパターンです。
 いつもの通り、外見からでは何の妖怪がさっぱり分かりません。
 若干ウェーブのかかったショートボブ、髪の色は青緑。
 そこから垂れ下がった犬の耳っぽい……だよね? 少なくとも犬系統ではあると思う耳らしき何か。
 尻尾も生えてるし、安易に考えれば動物系妖怪なんだろうけども――何となく、元獣系妖怪特有の雰囲気を感じない。気がする。
 うぅむ、気になるなぁ。気になって話が先に進まないなぁ。だから分かるまで考えないとね!!

「アレは山彦ね、確か、少し前に命蓮寺に入ったって噂を聞いた事があるわ」

「……アリスゥゥゥ」

 ガッデム!! ファッ●ユー!!! サ●バ●ッチ!
 なんでなん!? なんでそんな酷い事するの!?
 今、僕がそこらへんを観察と考察から導き出そうとしていたんだよ!?
 鬼! 悪魔!! 都会派魔法使い!!!


 ――あ、なんかスイマセンでした。


 そうっすよね。サクサクっと片付けないとダメですもんね。さっき自分で言いましたもんね。
 僕が脱線しまくってるから、コレ以上のオーバーランを防ぐために答えを言ったんですかそうですか。
 だけど何で分かって――晶の考えてる事なんて、もう顔を見ているだけで分かる?
 はは、左様ですか。うん、いつもの事だね。でもここまで詳細に分かるとは思ってなかった。
 そして僕もアリスの顔色だけでここまで色々察せるとは思わなかった。
 僕達ってば超通じあってるね! ――あ、はい。下らない事言ってないで話を進めます。

「どうしてこんな事に……小傘ちゃんは妖怪らしく、墓場で人を脅かしていただけなのに!」

「――いや、それは退治されて当然じゃないかな」

「ひぅっ!? だ、誰!?」

「あ、どーもこんにちは。小傘ちゃんの師匠やってます、僕です」

「……は、はぁ」

 自称・師匠の登場に訝しげな表情になる山彦? ちゃん。
 でも戸惑うだけで引くワケじゃ無い所に、微妙な人の良さを感じないでも無い。苦労人の匂いがするね!
 ちなみに、名前を名乗らなかったのは別にネタと言うワケでも無いです。
 知名度的に考えて、久遠晶よりタダの不審者の方が冷静に話を聞いてもらえるんじゃとふと思った次第でございます。
 ――もしもこの試みが上手く行ったら、今後人里では正体不明の不審者として振る舞おうと半ば本気で思う。

「小傘ちゃん……小傘ちゃん……目を覚ましなさい。こんな所で倒れていては行けません」

「し、ししょ――う?」

「フォースを信じるのです。大丈夫、あると思えば何とかなる。小傘ちゃんは強い子!」

「つよい子……う――はっ!? 私は一体!?」

「おはよう」

「師匠!? な、なんでここに!?」

「……本当に師匠だったんだ」

「はっはっは」

 僕のわりと適当な言葉で正気に戻った小傘ちゃんが、勢いよく身体を起こしこちらを見つめてきた。
 うん。少しおぼつかない感じだけど、とりあえず元気そうで良かった。

「無事で何よりじゃ、我が弟子よ」

「師匠……怖かったです」

「まぁ、相手が悪かったね。……これで二回目だったっけ?」

 前も異変の時に、何の関係も無いのに遭遇して何の関係も無いのにブチのめされたんだっけ。
 色んな意味で不憫すぎる……と言うか、運が無いよね。致命的な程に。
 そういや、そもそも何で小傘ちゃんが命蓮寺に居るんだろうか。
 まさか、彼女も命蓮寺入りしたとか?
 強さ的に考えて充分にあり得る事だけど、相談も無しに所属されるとさすがに師匠としては凹みます。
 特に反対理由無いし、むしろ積極的に応援はするんだけどね?

「うう、お腹いっぱいだから今度は勝てると思ったのにぃ……」

「それだけで勝てると思う弟子の危機感の無さがちょっと怖いよ。――と言うか小傘ちゃん、何で人里に居るの?」

「響子がね、お墓で驚かせればもっとお腹いっぱいになるって教えてくれたの!!」

「……響子?」

「あ、ソレ私。幽谷響子って言うの」

「えっ、君なの!? 君が小傘ちゃんをここに連れてきたの!?」

 しかもお腹いっぱいになるって……それ、明らかに勧誘の言葉じゃないよね?
 え、そういうのアリなの? どう考えても人里の人達に対する背信行為だと思うんだけど、命蓮寺それ許されるの?
 だとしたらこの寺、永遠亭を上回る腹黒集団って事になるんだけど……いやいや、それはさすがに無い。はず。

「そうだよ。だって聖が言ってたもん、困っている妖怪がいたら助けてあげなさいって」

「……人里の人を困らせないように、とは言われなかったの?」

「……? 小傘ちゃんは怖がらせているだけで、人を傷つけてはいないよ?」

 あ、コレはアレだ。僕の持論と似たような感覚だ。
 いわゆる、命があったらセーフ――いや、この場合は肉体的損傷が無ければセーフかな?
 命蓮寺に入ったのは最近だってアリスが言ってたし、彼女……響子ちゃんは人間側の感性が分からないのだろう。
 これ、何気にものすっごい洒落にならない地雷案件じゃなかろーか。
 バレるタイミングによっては、幻想郷での魔女狩り&白蓮さんの悲劇再びなんて事になりかねない。
 新入りの教育はしっかりしておきなよナズーリン……いや、彼女が担当しているのか知らないけどね?

「え、えっと……私、何かマズい事したのかな?」

「あー……とりあえず、ナズーリンに詳細を報告した方が良いと思う。部外者の僕にはちょっと扱いきれない案件だから」

「ナズーリンに? 聖じゃなくて?」

「さすがの僕もここで彼女に追い打ちかける程の鬼じゃ無いって事です。いきなり白蓮さんに行くと、ナズーリンの胃が死滅しちゃうからね」

「???」

「何でもない、こっちの話」

 真面目に考察すると、そこらへんの常識を教える余裕がそもそも無かったのだろう。
 今回の異変、ある意味で命蓮寺の人達は当事者だ。
 あのナズーリンが、その状況下で動かないはずが無い。少なくとも白蓮さんは何かしてたみたいだし。
 だとするとまぁ、彼女の教育が行き届いていないのも仕方ない事じゃないかな……と言う謎のフォロー。誰に言ってるんだ僕は。
 
「とにかく居直るのはダメだけど――今回の件は、どちらかと言うと命蓮寺側の過失だからね。響子ちゃんはそんな気にしなくて良いよ」
 
「ほ、本当? 本当に大丈夫?」

「大丈夫だよ! 師匠は何でも知ってるんだから!!」

「何でもは知らないけど、今回に関しては色々と言える事があります。とりあえず小傘ちゃん」

「はいっ!!」

「今後は、墓場での脅かし禁止。例え命蓮寺の人達がOKしてもダメ。良いね?」

「は、はい」

 まぁ、そもそも絶対に許可は下りないだろうけど。
 と言うか小傘ちゃんには、何でソレがダメなのかを理解してもらいたい。
 彼女はほんと、何で今までコレで生き延びてこれたんだろうね。それが不思議でしょうがないよ。

「そして響子ちゃん」

「う、うん!」

「君は隠し事せず全部を報告する事、後はナズーリンの言う事を聞いとけば問題ないと思うよ」

「わ、分かった!!」

 こっちはまぁ、ソレ以上に言う事は無いかな。
 さっきも言ったけど僕は部外者だから、勝手にお説教しちゃうのはマズい。
 命蓮寺のルールは、あくまで命蓮寺の人が教えないとね。
 ナズーリンに押し付けたから、もっと深く言い含めれば貸しにも出来るだろうけど……。
 そこまでやると、もう戦争開始の合図だよね。賠償金払い終えた後に全力で報復仕掛けてきそう。
 どれだけ義理堅い人間でも、限度越えるレベルで追い詰めたらキレる。当たり前の話だね。
 
「じゃあこの話はおしまいって事で、ちょっと話題を変えるけど」

「何?」

「二人は、なんで霊夢ちゃんがここに来たのか知ってる?」

「はい、知りません!」

「私も知らない」

 ですよね。さすがに期待はしてませんでした。
 響子ちゃんは命蓮寺の妖怪だけど、明らかに新入りかつ下っ端だからなぁ。
 今、命蓮寺で何が起きているのかなんて知らないのだろう。
 ……これだけ神霊が集まっているんだから、何か疑問を抱いても良いと思うけど。

「あの、ひょっとして命蓮寺で何か起こってるの?」

「あー……それもナズーリンに聞いて」

「……師匠さんは、ナズーリンと仲良いの?」

「親しい事は親しいけど、何でも任せるのは親しさとはあんま関係ないと言うかなんと言うか……」

 身も蓋もない話、ナズーリンが命蓮寺の揉め事担当を引き受けてるせいです。
 ナズーリン以外に話を振れば、一時的にでも負担は減るだろうけど……。
 結局、回り回って最終的にナズーリンが頑張る羽目になるのは目に見えてるからなぁ。
 早い段階で教えるのは、僕なりの優しさと言うヤツなのですよ。
 本人がオーバーフローするレベルで色々と抱え込んでいるのはまぁ、僕にはどうしようも無い問題です。
 ……妖怪って胃潰瘍になるのかなー。

「晶、そろそろ行くわよ」

「おっとゴメン、連れが呼んでるや。行かないと」

「あ、うん。色々ありがとう」

「師匠! ありがとうございました!!」

「最後に確認しておきたいんだけど……霊夢ちゃん以外の誰かが、命蓮寺に来てたりした?」

「えーっと……巫女と一緒に、赤い女の子が居ましたけど――他には居たっけ?」

「居なかったよ。朝からここでお掃除してたけど、来たのはあの巫女と女の子と小傘ちゃんだけだった」

「なるほど――ありがと、参考になったよ」

 と言う事は、僕らが二番手って事で良いのかな?
 他の人達が響子ちゃんに気付かれず入った可能性もあるけど、僕らが順調である事に間違いないようだ。多分。
 小傘ちゃんがさっきやられたって事は、霊夢ちゃんもまだそれほど先には進んで無いみたいだし――これはチャンスかもね!!

「良し、じゃあ行こうかアリス!!」

「……もたもたしていたのは貴方の方だけどね」 

「今は口喧嘩している時間も惜しい! さぁ、全力疾走だ!!」

「――後で覚えておきなさいよ」

 ははは、嫌です。
 わりと本気のトーンだったアリスの呟きを流しつつ、僕らは神霊の集まる先へと進むのだった。





「ところでアリス。今後は僕の事、正体不明の不審者と呼んでくれて良いよ?」

「……貴方が思ってるほど、久遠晶の悪名は広まってないわ。だから自分を追い詰めなくても大丈夫よ」

「あ、止めて。優しい声で頭撫でないで。心がへし折れるから」 




[27853] 神霊の章・弐拾「雄終完日/罰当たり共の宴会」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/04/26 03:05

「……結局、何も斬れませんでしたね」

「ええ、物凄い無駄な時間を過ごしたわ。まさか一度も戦わずに終わるなんてね」

「アレが、紅魔館の主の力――運命を操る能力なのでしょうか」

「いえ、アレは笑いの神的な力でしょ。残念ながら自分を犠牲にしないと発動しないみたいだけど」

「笑いの神……どのような神なのでしょうか?」

「祝福されると道化になる、そんな神よ」

「つまり、晶様は笑いの神に祝福されているワケですね!!」

「ぶふふっ。そ、そうよ。そうそう」

「さすがは晶様です……」

「ぶはっ、くくく……それを天然で言ってるから怖いわ」

「しかし恐ろしい神ですね、吸血鬼や晶様すら抗えない力の持ち主とは」

「むしろ、アイツらだからこそ逃れられないのよ。私のような高貴な人間には何の関係も無い神よ」

「大丈夫です! 天子殿も、充分に笑いの神に愛されていると思います!!」

「…………ふふふ」

「ふぇ、ふぇんひどの? なじぇほほをひっはるのへふは?」

「ここで下手に反論すると、私の負けになるからよ」

「……はふ?」

「何も分かってないのがより腹立たしいわね……」





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾「雄終完日/罰当たり共の宴会」





「墓場で運動会って、障害物競走くらいしか出来なさそうだよね」

「知らない話題にはノれないわよ、さすがに」

 せっかく墓場に来たのでそれっぽい話題を振ってみたら、わりと身も蓋も無い返答が帰ってきました。
 そっか、まず運動会が通じないのか。
 幻想郷って、半端に外での単語が通じるから困り者だよなぁ。
 大体は普通に通じちゃうから、言葉の取捨選択をしなくなるんだよねー。

「運動会って言うのはですねー」

「説明しなくて良いから。――それより、どう思う?」

「んー……これで無関係だったら、そっちの方が異常なレベルかなぁ」

 命蓮寺の墓場は、それはもう見事なくらい神霊で溢れていた。
 僕が運動会と口にしたのも、そこらかしこに神霊の居る状況下がお祭りっぽく見えたからである。
 まぁ、こちらに対する害は無いと言うか――そもそも僕らガン無視されてる状況なので、特に危険は無いのですが。
 
「ここまで集まられると、それだけで不安な気持ちになるよねー」

「其々の神霊が好き勝手に動いているって事は、黒幕に神霊を利用する意図は無いって事なのかしら」

「どうだろう。ここに居るだけで目的を果たしてる、って可能性もあるかも」

「どちらにせよ、こいつらを眺めているだけじゃ何の意味も無いって事ね。――じゃ、先に進みましょう」

「へーい」

 今のところ、命蓮寺は実に静かなモノだである。
 あの、妖怪見たらとりあえずぶん殴るウーマンこと霊夢ちゃんが先行しているにも関わらず、だ。
 神霊が野放しになっている所を見るに、事態が解決したとは考えにくい。
 つまり――あの二人も、まだ異変の黒幕を見つけてない! のかもしれない!!

「間違いなくチャンスではあるんだけど……うーん、手がかり手がかり」

「まぁ、そう簡単に見つかりはしないでしょ――」

「アリス? 何か見つけたの?」

「見つけたわ。――見つけてしまったわ」

 凄く嫌そうに。それはもう心底会いたくなかったと言った表情で、アリスが明後日の方向を指差す。
 それに従って僕がそちらの方向を向くと――ああ、うん。アリスが嫌がってた理由を色々と察しました。

「はーっはっは! はーっはっは!! めでたい! 実にめでたいのぅ!!!」

 墓場のど真ん中で、とても楽しそうに笑う謎の女性。
 それだけでもう関わり合いになりたくない、速やかに回れ右する案件である。
 だがしかし、避けるにはちょっと気になる部分が多すぎた。
 とりあえず気になるのがその発言、明らかに何事かを祝ってる。
 ……頭おかしい子で無ければ、確実に異変絡みなんだろうなぁ。
 格好的にも、何となく聖徳太子と関係がありそ――いや、ギリギリ時代が合わないよーな気も。
 
「私、日本の歴史にはあまり詳しくないのだけど。……あの格好ってそういう事よね?」

「どうだろう、微妙」

 被っているのは烏帽子だし、着ている服も朝服より衣冠に近い。と思う。多分。
 まぁ、僕は服飾関係に詳しくないので断言は出来ないけど。
 それでもアレは、飛鳥時代じゃなくて平安時代の格好なんじゃないかなぁと思う次第で。
 ……さすがに、飛鳥と平安じゃ時代が違いすぎるよね。
 聖徳太子の活動時期から数えるとざっと七十年以上、誤差と言うには差がありすぎる。
 あーでも、実際に飛鳥時代で聖徳太子の活動が終わっていたとは限らないんだ。
 何しろ封印されている上に、白蓮さんは彼の人を「道教における聖人」と称したのである。
 現在に残された資料で、彼――もとい、彼女をそう称したモノは一つもない。はず。
 つまりまぁ、平安時代まで生き残って封印された可能性も否定は出来ないワケだ。
 ……さすがに、彼女が聖徳太子本人だとは思わないけど。思いたくないけど。
 あの墓場でお祝いしている彼女が、聖徳太子の信奉者である可能性は高い。かもしれない。

「それじゃ仕方ないわね、話しかけましょうか」

「こっちの思考を読みきって、結論部分を先出しするの辞めてくれません?」

「貴方、ああいうタイプを翻弄するの得意でしょう。頼むわよ」

「わぁい、まさかのガン無視アンド無茶ぶりだぁ。アリスさんちょっと僕に厳しすぎない? ハードル高くない?」

「これくらいのハードル、貴方なら普通に飛べるでしょうが」

 容赦無いアリスさんは、そう言いながら僕の背中をグイグイ押してくる。
 まったく、信頼されるって意外と辛いよね!
 まぁ、やれと言われりゃ出来る事はやるのが僕なんで。
 見せてやるよ――僕の全力ってヤツをな!
 
「じゃ、いってきまーす」

 こそこそと、出来るだけ音を立てないように相手に近づく僕。
 別にそんな真似しなくても余裕で近づけそうだけど。そこはそれ、雰囲気です雰囲気。

「うははー! 絶好調じゃー!! 我が世の春が来たぞー!!」
 
「おめでとうございます! おめでとうございます!!」

「むっ、お主は――」

「いやぁ、実にめでたいですね! ささっ、飲み物どうぞ!」

「お、おう?」

「本当におめでとうございます!! これも全てあの御方の人徳の賜物ですね!!!」

「――うむ! 全くもってそのとおりじゃ!! ついに太子様の苦労が報われたのじゃな!」

 少し疑問に思ったようだけど、何とか勢いで押し切れました。ちょろい。
 それにしても――やっぱり関係者だったかぁ。
 外れて欲しかったよーな、すぐに見つかって嬉しいよーな。……まぁ良いや。
 とにかく、手がかりを見つけたんだ。あらゆる手を使って彼女から情報を聞き出さないと!

「長い、長い苦難の時間でしたね」

「まったくじゃ。愚かな仏教徒共が妨害せねば、もっと早く太子様の時代が来たと言うのに」

 仏教徒が妨害ねぇ。やっぱり、聖徳太子は仏教徒じゃないって事で良いのかな。
 あの人確か、仏教を推進する立場じゃ無かったっけ?
 なんかまた複雑そうな事情がありそうだなぁ。追求したいけど、ここは我慢の子で。
 出来ればもう少し突っ込んで話を聞きたいけど……うーん、どこまでなら不審に思われないかなぁ。
 変にこっちから話題を振り続けると、相手の注目がこっちに移りそうだし……ここはあえて黙って相手が語るのを待つべきかな?

「ふん、恩知らず共め! 太子様のお力添えが無ければ、奴らの繁栄も無かったのじゃぞ!!」

「全くもってそのとおりです!」

「だがしかし、我らは蘇った!! 今こそ道教の時代が始まるのじゃ!」

「おめでとうございます! では早速、太子様にご挨拶しましょう」

「おお、そうじゃな。こんな所でぐずぐずはしておれんか!!」

「それでは、参りましょう。太子様も待っていますよ」

「うむっ!!」

 僕の簡単な誘導で、あっさり駆け出す謎の人物。
 なんかもう、騙したこっちが申し訳なくなるレベルのちょろさである。
 こっちの素性とか名前とか絶対に聞かれると思って、色々誤魔化し方も考えてたのになぁ。
 ……まぁ、楽で良いと言う事にしよう。
 しかし、向かう先はやっぱり神霊の集まる所かぁ。
 確証が取れたって意味ではありがたいけど、あんま取り入る意味は無かったねー。
 アリスさんはちゃんと付いてきているのか――っ!?

「おっと危ない!?」

 背後から、突然襲いかかってきた弾幕。
 サードアイのおかげで不意打ちを食らう事は無かったけど、このタイミング――まさか今までのチョロさは罠!?

「な、なんじゃ!? 敵襲か!?」

 あっ、これ違うヤツだ。
 謎の女性も、いきなりの弾幕に分かりやすく動揺している。
 という事はアレか、まさかの第三勢力――!?

「もう、何やってるのよ布都!!」

「と、屠自古!?」

 ああ、知り合いではあったんだ。さっきから外れまくりですね僕の予想。
僕が振り返ると、弾幕を放ってきた人物は親しそうな様子で謎の女性に話しかけていた。
 サードアイの感覚的に、彼女は幽々子さんと同じ霊なのかな?
 全体的に緑色の、ワンピースを着たショートボブの女性だ。
 ……一応、頭に烏帽子は被ってるけど。ちょっと現代ナイズされすぎじゃ無いかなー。
 いや、別に活躍していた時代の格好をしてなきゃいけない理由なんて少しも無いんだけども。
 なんかちょっとガッカリ。

「な、何故こんな事を!? よもや、我がお主の肉体に細工して尸解仙の術を失敗させた事を恨んで!?」

「思いの外えっぐい真似してますね!?」

「その事はもう良いわ、亡霊の身体も案外悪くないしね」

「こっちもこっちでやたらポジティブだなぁ!?」

 尸解仙とは、道教における仙人となる為の方法……だったはず。
 具体的な所までは分からないけど、確か一度死んで蘇るプロセスが必要だった記憶があるような無いような――とりあえずあった事にしよう。
 そこで細工して復活出来ないようにするとか、普通に裏切り案件だと思うんですが。
 道教はそこらへん寛容なのか緩いのか、どっちなのだろうか。そもそもなんで身内同士で足引っ張ってんのさこの人ら。

「私が問題にしてるのはこっちよ! こっち!!」

「ほにゃ?」

「こやつがどうしたのじゃ?」

「いや、疑問に思いなさいよ!? 私達の仲間にこんなヤツいないでしょう!?」

「――なんじゃとぉ!?」

 まぁ、そうですよね。
 あからさまに僕狙いの攻撃だったし、そもそもこっち何の誤魔化しもして無いからなぁ。
 むしろ今まで気付かれなかった事に驚きを隠せないよ。これ、もうちょっと前にあるべきやり取りだよね?

「お、お主は我々の同士では無いのかっ!?」

「同士ですよ」

「なーんじゃ、屠自古の勘違いでは無いか」

「あんな適当な弁明を鵜呑みにしてるんじゃねーわよ!!」

「酷い……そこまで言うなんて…………しくしく」

「お、おい! 泣いているではないか!! あまり酷い事を言うな!」

「あからさまに嘘泣きじゃない!? 台詞もほぼ棒読みよ!?」

 いやまぁ、やろうと思えばもっとエゲつない演技も出来るんですけどね?
 そこまでやっちゃうと本気で不和に繋がると言うか、なんかこの二人はマジで大喧嘩しそうで怖いです。

「良い!? コイツは幻想郷でも噂の、『狡知の道化師』久遠晶なのよ!?」

「……だ、誰じゃ?」

「出逢えば必ず不幸になる、悪意と嘲笑を持って幻想郷を掻き回す邪悪の化身――それが久遠晶よ!」

「そこまで言われるほどじゃないやい!!!」

 今まで聞いてきた中で一番酷いぞ、その評価!!
 いや、待った。そこはまぁ、重要だけどあまり重要ではない。
 問題は後からやってきた彼女が、「狡知の道化師」と言う二つ名を口にした事だ。
 彼女は僕を――そして、幻想郷を知ってる?

「何も知らない上に馬鹿な布都を騙して悪事を働くつもりだったのでしょうけど、そうは行かないわよ!!」

「悪事は企んでません!!」

 せこい事は考えてたけども、邪悪と言われる程じゃないわい!!
 なんか、微妙にあっちの認識もズレてるなぁ。肝心な所を間違えていると言うか。
 僕、異変解決が目的なんですけど。むしろ立場的に邪悪扱いなのってそっちじゃないの?

「ぬぅ、そうなのか? とても悪いヤツには見えんが……美味しいお茶も飲ませてくれたし……」

「餌付けされてるんじゃないわよ! なら、貴女はそこで見ていなさい!!」

「いやいや、話し合いましょう? 僕らはもっとお互いに歩み寄るべきだと思うんですよ」

「問答無用!!」

「……あーもう、しょうがないなぁ。―――アリス」

「えっ――きゃぁ!?」

「ふぅん、それを避けられる程度の腕前はあるワケね」

 こちらに対して弾幕を放とうとする謎の女性。
 その一瞬前に、横合いからこっそり隠れていたアリスが不意打ちを仕掛けた。
 よもや、念の為いい感じに奇襲出来る位置へと誘導していたアリスさんを使う羽目になるとはなぁ。
 え、そういう事をしれっとするから邪悪とか言われるんだって?
 ははは、これは当然の備えってヤツですよ。それにただ隠れるのも勿体無いじゃないですか。

「そんな……まさか本当にお主が!? あんなに、あんなに親しく――む、そういえばお主とは初対面じゃのう」

「遅いわよ!? とにかく、アイツらはここで倒すわよ!」

「……なんでじゃ?」

「察しが悪いわねぇ。奴は正体を隠し、アンタに近づいた。つまりアイツは――何かを狡賢い事を企んでいるのよ!!」

「ふむ、その狡賢い事とはなんじゃ?」

「………………」

「……屠自古?」

「狡賢い事は、狡賢い事よ」

「お主も分かってないではないか!!」

「馬鹿しかいないわね、ここ」

「アリっさん、ナチュラルに僕も含めるの止めてくれません?」

 アリスが移動し僕の横へと並ぶ事で、僕達と謎の二人組は相対する事となった。
 まだ白い方の女性は状況を把握しきれてないけど、それでも緑の女性につられて戦意を持ち始めている。
 どうやら戦闘は避けられないようだ。まぁ、どっちにしろ敵になるなら各個撃破した方が色々と楽になるかな?
 とにかく、異変の元凶の居場所も概ね分かったので戦う事に異論は無い。
 問題があるとしたら、ただ一つだけだ。

「とりあえず、戦う前に貴女達に言っておく事がある!!」

「むっ……な、なによ!」

「――あの、さすがにやり難いんで自己紹介お願い出来ませんかね?」

 揉み手しながら、平身低頭な態度でお願いする僕。
 すると何故か、緑の女性は気勢を削がれた様子で勢い良くずっこけたのだった。

「知ってた」

 ――何がですかアリスさん。なにゆえ貴女は、間抜けを見る目で私を見るのですか?




[27853] 神霊の章・弐拾壱「雄終完日/無音のデュエット」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/04/26 03:06


「おまたせしました! 東風谷早苗、完全復活です!!」

「意外と回復が早かったわね。それでも、それなりの時間は要したけれど」

「申し訳無いです。ですが、これからどんどん挽回していきますよ!!」

「それは結構ね。それで? 次はどうするつもり?」

「それはですね! ……それはですね」

「…………」

「今から奇跡を起こします!!」

「何も思いつかなかったのね」

「ではまず、祓串を用意します」

「最初から持っていたじゃないの」

「地面に刺します」

「仮にも神具の扱いとしてどうなのかしら」

「手を離します!!」

「……やりたい事が分かってきたわ」

「倒れた方向に、何かが――」

「倒れないわね」

「えっ? ――まさか、敵の妨害!?」

「……地面に深く突き刺さってるからよ」

「よもや!?」

「刺した時点で気づきなさい」

「…………えい」

「蹴ったわね」

「出ました!! 次に向かう方向は――あっちです!!!」

「かなり人力入ってるけど、今のは奇跡に数えられるのかしら」

「………………」

「………………」

「……セーフ!!!」

「まぁ、貴女がそれで満足なら私は構わないけど」

「どちらかと言うと…………辛いです」

「今の、そこまでして貫徹すべき程の初志だったかしら……」





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾壱「雄終完日/無音のデュエット」





「では、改めて名乗らせてもらおう――我は布都、物部布都じゃ!!」

「……まぁ、名乗るのくらいは良いけど。私は蘇我屠自古よ」

 蘇我に物部、どちらも飛鳥時代の有力貴族だね。
 仏教に関する事で対立し、最終的には蘇我氏が物部氏を滅ぼす事で決着がついた――と歴史的にはなっている。
 実際の所はどうなのか分からないけど。少なくとも、聖徳太子の部下に物部氏が居た記憶は無かったはず。
 アレ? でも、屠自古って名前はどこかで聞き覚えがあるよーな。屠自古……トジコ……刀自古郎女?
 え、まさかそういう事なの? いや、本人が居るんだから奥さんだって居てもおかしくないけど。
 聖徳太子さん、女性なんだよね? え、つまり、そういう事なの?
 後、そんな重要人物を策略で亡霊にするのはさすがにやり過ぎじゃない?

「名前聞いただけで、山のようにツッコミどころが出てきますね」

「どういう意味よ!!」

「晶」

「ういっす」

「長くなるから、追求は禁止よ」

「ういっす」

 ……先手を打たれてしまったか。
 くそう、聞きたかった! 色々と根掘り葉掘り問いただしたかった!!
 屠自古さんは刀自古郎女なんですか? とか、何で飛鳥時代の人間の癖に格好メッチャクチャやねん! とか。
 歴史にはそれほど興味ないって言ったって、ここまで並べられたらさすがに気になるよ!! 聞きたいよ!
 ――はっ!? なら、勝った時に情報収集として根掘り葉掘り……。
 
「ダメよ」

「ういっす」

 タイムロスは避けろとのお達しですね、分かります。
 ええ、彼女達の背景情報なんて異変にはほぼ関係しませんもんね。黒幕たる聖徳太子を締めあげるのが一番早いですもんね。
 僕も分かってますよ? 分かってますけど、気になる気持ちも大切にした方が良いと思うんだ。僕。

「却下で」

「ういっす」

「――さ、自己紹介が終わったならとっとと始めましょう。またコイツが何かやらかす前に」

「自己紹介しろって言ったのはそっちじゃないの。……と言うか、結局貴女は誰なの? 久遠晶の主人?」

「これでも親友よ。説明すると長くなるから、コレの付属物だとでも思っておけば良いわ」

「付属物の方が本体より偉そうじゃのう……」

「ははは、仕様です」

 アリスは安全弁だからね、そっちの方が強く見えるのは仕方がない事さ。
 ところで安全弁、ちょっと締めに入るの早すぎない? あ、そんな事無いっすか。そうっすか。

「まぁ良かろう。太子様のため、やるぞ屠自古!!」

「せいぜい足を引っ張らない事ね、布都!!」

 やや困惑しながらも、追求する必要は無いと悟った二人は横並びの状態でそれぞれが構えた。
 屠自古さんは両腕に電撃を纏わせ、布都ちゃんは両手にお皿を用意する。
 ……何でお皿? さすがに普通のお皿では無いだろうけど、そもそもチョイスが意味不明と言うか。
 まぁ、それを言うと屠自古さんの電気もちょっと関連性分かんないけどね?

〈アイツが怨霊も兼ねてるからだろう。怨霊は雷と縁深いからな。……あそこまで強烈なのはなかなか珍しいけど〉

 なるほどそういう事でしたか。魅魔様、久しぶりに役に立ちましたね。

〈せっかく助言してやったのに酷い言われようだ。魅魔様憤慨〉

 ちなみに、布都ちゃんが何でお皿持ってるかは分かりますか?

〈……趣味かな〉

 どうして魅魔様は、自分で上げた評価を倍にして落とすのだろうか。
 武士の情けで最後の戯言だけスルーをし、僕は布都ちゃんのお皿をじっと観察した。

〈いや、聞こえてるかんね? 魅魔様に対する嫌味、ばっちり全部聞こえてるかんね!?〉

 やっぱ、どう見ても「皿っぽい武器」じゃなくて「皿」だよねぇ。
 なんでまたお皿なんか? 皿屋敷……は、どっちかと言うと屠自古さん向けのジャンルだよね?
 んー、お皿……物部……たくさんのお皿と物部…………ん?
 あ、今なんか出てきた! 取っ掛かりはコレだ!! えーっと確か、ヤソ……ヤソ……。

「考察も後回しよ。ほら、とっとと準備して」

「ういっす」

 少しも容赦してくれないね! 確かに、思い出した所で豆知識で終わりそうな予感はあるけど!!
 だいたい、準備しろってセリフがもう適当過ぎじゃないっすかね。やるけど。
 もうちょっと入念な準備とか、作戦会議とかするべきじゃないっすか? それでもやるけど。
 オールアドリブは僕のやり方とは合わないんだよねぇ……。異議はないけども。
 さて、それじゃあ魔法の鎧を展開。後に『太子様』が控えている以上、不変は温存しとかないとダメだよね。
 じゃあ今回は、相方もいるしロッドを使った氷製ハルバートでも使おうかな。
 サイズも全体的に大きくして、大盤振る舞いして三メートル!! ……だけど大盤振る舞いし過ぎてロッドの意味がほぼ無いね。
 まぁ、これで見栄えはそれっぽくなったんじゃないかな?

「――おい、屠自古。なんじゃあの鬼が好んで使いそうな武器は」

「ハルバート……遠い国の武器で斧と槍を合わせた物よ、多分」

「なんじゃその狂った発想は……と言うか、あの小柄な身体であんなもんを振り回せるのか?」

「出来る、と考えた方が良いわよ。相手はあの『狡知の道化師』なんだから」

「……気のせいでなければ、お主の情報仮定ばかりじゃないかのう」

「しょ、しょうがないじゃない! 情報収集担当だった青娥が、何故か異変が始まった少し後に行方不明になったんだから!!」

「それで言い訳のつもりか、この役立たずが!!」

「貴女に言われたくは無いわよ!!」

 あらら、なんか勝手に内輪もめ始めちゃったよ。
 このまま二人を放置して、先に進んじゃうのも手ではあるけど……さすがにそこまで見逃してはくれないかな?
 それに、聖徳太子と遭遇した時に彼女らと合流されたら溜まったモノじゃないしね。
 と言うワケで――行っちゃっていいですかね、アリス先生。

「構わないわ、突っ込みなさい」

「オッケー。では久遠晶――吶喊します!!」
 
 そうと決まれば話は早い。相手もほどよくまごついてるし、一発派手に行かせてもらおう。
 丁度、二人の間ど真ん中に叩き込む感じで良いかな? ――それでは。

「どっこい――」

「は?」

「なぬ?」

「しょっと!」

 振り下ろされたハルバートは大地を砕き、弾け飛んだ無数の破片が二人へと襲いかかる。
 だがしかしこちらが振り下ろす時点ですでに回避を始めていた二人は、破片も難なく避けきってしまった。
 うーむ、残念。むしろ勢い良く突っ込んだせいで、僕の方がバランスを崩して吹っ飛んでしまう有様だ。
 大地に刺さったハルバートが丁度良く支点になったおかげで、僕はテコの原理的な感じで空中に投げ出されてしまう。実に格好悪い。
 まぁ、さすがにそれでハルバートを手放しはしなかったけども。どっちにしろ情けない事この上ないなぁ。
 僕は空を舞いながら小さく肩を竦め、そのまま軽く身体を捻って地面へと着陸した。
 勢いを殺しきれず、地面を抉りながら後退してしまったのはまぁご愛嬌で。

「おい、ちょっと待て! なんじゃ今のは!?」

「私に聞かれても困るわよ!!」

「あの重装備で、洒落にならん速さじゃったぞ!? 実は雷の妖怪だったりするのか!?」

「分かんないけど……何かしらの妖怪である事は間違い無いわね」

「いえ、人間ですよ?」

「……さすがの我でも、それが嘘だと言う事は分かるぞ」

 大真面目に言ってるんだけどね? まぁ、信じてもらえないなら良いです。
 僕は足鎧の気を増幅し、今度は布都ちゃん目掛けて突撃した。

「むっ、面白い! 如何に速きお主と言えど、我の不意をつける等と――」

「シャンハーイ」

「なんとぉ!? 後ろからもじゃと!?」

「まったく、馬鹿布都は仕方な――」

「やっほー」

「は、はぁ!?」

 ただし、そのまま布都ちゃんに襲いかかるワケでは無い。
 踏み込む直前、僕はハルバートを横方向に振りかぶると共に屠自古さんへ一気に駆け寄った。
 ……アリスさん、標的変更はもうちょい早く指示してくださいね? いやまぁ、ワザとだとは思うけど。

〈いや、何も言ってなかったよな? 超無言だったよな?〉

 言ってた言ってた、めっちゃ目で語ってた。
 まぁ、無茶ぶりしてくれるのは信頼の証と思いたいけどね。
 布都ちゃんは、とりあえずあのまま上海に任せよう。
 僕は屠自古さんを狙うって事で、とりあえず挨拶代わりに一発を。

「ほいっと」

「くっ、舐め――」

 あえて大振りの一撃を放ち、回避された勢いを利用して相手に背を向ける。
 と言っても別に、隙を作って誘っているワケでは無い。
 単に、背中に居る『同乗者』が動きやすい状況を作ってやっただけの話である。

「コウタイシマース」

「はい、お願いしますよー」

「なぁっ!?」

 双剣を構えた蓬莱人形が、驚愕する屠自古さんへと斬りかかった。
 それを雷で迎撃しようとする屠自古さん。まぁ、アリスの事だから電撃対策くらいはしてるんだろうけど。
 一応、こっちのメインは僕なんでフォローはしておこう。
 とりあえず氷のナイフで良いかな? 適当に隙っぽい所に投げて…………。
 あ、ハルバート邪魔だなぁ。―――へーい、上海パース!

「ナイスキャーッチ」

「なんじゃとぉ!?」

「ほいほいっと」

「ふぎゃ!? こ、小癪な真似を!?」

 振り返らずに、第三の目で見られる情報だけを頼りにハルバートをぶん投げる。
 軌道上に布都ちゃんがいるけど、まぁこれくらいの不意打ちは余裕で対応出来るだろう。あ、やっぱり避けた。
 そして避けられたハルバートを華麗に受け取り、クルクルと回りながらハルバートで斬りかかる上海さん。
 うーむ、僕より小さいだけに凶悪さが三割増しだなぁ。
 更に突然武器が変わる事で、布都ちゃんも防戦一方に追いやられているみたいだし。
 これはしばらくあっちは手助け不要かな?
 と、思いつつ機械的に氷の短剣を屠自古さんに投げつける僕だった。

「ホーラーイ」

「しゃーんはーい」

「くっ、こんな巫山戯たコンビなのに――強いっ」

 アリスの人形の動きは大体把握してるので、ギリギリの所を攻めても大丈夫なのがありがたい。
 ぶっちゃけ、僕の投擲の腕前って咲夜さんより大きく劣るし。毎回的確に狙った所に投げる自信は無いです。
 ん、何? アリスさんが援護に回るの? 了解、それじゃナイフ投げてナイフ投げて、蓬莱の牽制の後に一発っと!!

「アイシクル・地面から丸太!!」

「がぁ!?」

「命名が雑だわ。と言うか、それ丸太状の氷でしょ」

「気にしない気にしない」

 地面から斜めに飛び出した氷の柱――丸太が、屠自古さんの腹部に当たって彼女を吹っ飛ばす。
 気で強化すると、相手が幽霊だろうと物理的手段が効くのがありがたい。そして凄い絵面が酷い。

「ちゃんと年輪も作ったんですよ――ほいっと」

「こ、この――ぐぎゃ!?」

「隙あぶばぁっ!?」
 
 アリスに丸太である事をアピールしつつ、僕は首を横に傾けた。
 するとさっきまで僕の頭があった場所を通って行く弾幕。上海さんギリギリを狙い過ぎ!!
 髪を掠めてちょっと焦ったソレは、そのまま吸い込まれるように立ち上がりかけていた屠自古さんの顔面にブチ当たった。
 ムゴい……アリッさんは実に鬼ですな! ――え、僕も似たような事やってる?
 僕は単に、上海さんの攻撃と同時に風弾を数発布都ちゃんへと叩き込んだだけですよ?
 つまり上海が隙だらけになったからって、迂闊にこっちに背を向けた布都ちゃんが悪いって事で。
 良し、それじゃあ屠自古さんにトドメ――あ、逃げられた。

「うぐ……こ、後頭部が痛い…………」

「げ、げほ……そっちはまだマシじゃない……」

 うーむ、これは仕切りなおしかな?
 仕方がないのでニ、三歩分程後ろに下がり、前に進んでいたアリスと合流した。
 あ、ハルバートどーも。僕より扱い上手かったっすね上海さん。

「侮っていたつもりは無かったけど、予想以上だったと言わざるを得ないわ……」

「たた……恐ろしく強いの。おまけに連携も上手い」

「ええ、何の打ち合わせもなくアレほど高度な連携……疑問だったけど、すでに謎は解けたわ。――貴方達、思念で会話しているわね!!」

「してまへんしてまへん」

「無い無い」

「…………えぇ~!?」

「最近の連中は、話さんでも分かり合えるんじゃのぉ……」

「いや、そんな……えぇ~!?」

 心は容赦なく読まれるけど、相手の考えを読めた事は無いです。
 つーか、思念とか飛ばせなくてもアリスさん相手ならこれくらいの連携は余裕で出来ますって。
 僕は第三の目で周囲の状況が見渡せるし、アリスも人形操作の関係で必然戦場から一歩離れた位置にいるからね?
 後はお互いが次に何をするか分かっていれば、それに合わせて動くだけで大概は何とかなりますよ?

〈だからって会話無さすぎだろ、戦闘中丸太の話しかして無いぞ〉

 アレは愛です。あえて口に出してツッコミしてくれると言う、アリスさんの心温まる優しさなのです。

〈その優しさ溢れる人形遣い、めっちゃ冷たい目でお前を見てるがな〉

 アレは、僕のせいで私も変人認定されたぞどうすんだコラって視線ですね。

〈それに関しては、アリス自体にも原因があるんじゃないかなぁ。と思う魅魔様であった〉

 ――さすがに僕もそう思いました。




[27853] 神霊の章・弐拾弐「雄終完日/Melee,Large melee」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/05/10 05:47


「思った以上に弱かったわね」

「うきゅぅ……」

「博麗の巫女、これほどとは……」

「大物ぶる前にもっと自分を鍛えなさいよ、特にそこの仙人モドキ。絡め手しかしてこないってどうなのよ」

「私、妨害専門なのよねー」

「弱い理由にはならないわね」

「あらまぁ、バッサリ」

「……霊夢は鍛えてるの?」

「面倒だからしてないわ」

「ねぇ、それって矛盾してない?」

「私は弱くないから良いのよ」

「……そう言われるともう、そうだねとしか言いようが無いよ」

「ふふふ……でも私は弱いなりに、私の目的を果たしたわよ」

「えっ!?」

「時間稼ぎでしょ。異変だと、こーいうヤツが良くやってくるのよね」

「あら、知ってた上で付き合ってくれたの?」

「どっちにしろ、出会った奴を全員叩きのめすだけだもの」

「……霊夢のそういう所は、本当に凄いと思う」

「慣れなさい」

「私にはちょっと無理かなぁ……」

「ふふ、その自信があの御方の前でも続くと良いのだけどね」

「あの御方? ……それは」

「何やってるのよ、次行くわよ」

「霊夢淡白!! もっと興味を持とうよ!」

「どんな奴だろうと変わらないわ、巫山戯た真似した馬鹿はぶっ叩く。それだけよ」

「……今、不覚にも霊夢が格好いいと思った」

「気のせいね」

「自分で言うんだ……」

「どっちでも良いわよ。ほら、早くしなさい」

「……ねぇ、霊夢。ちょっと良いかな」

「何よ」

「―――ちょっとさ、提案があるんだけど」





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾弐「雄終完日/Melee,Large melee」





「さて……どーしよう」

 圧倒的優勢ではあるのだけど、圧倒的優勢過ぎて相手が守りに入ってしまいました。
 うーむ、参ったなぁ。存外強いんだよね、この二人。
 追い詰めは出来るけど決定打は無い、トドメに繋がる手が無いこの状況。
 ……どないしましょうか、アリスさん。

「…………仕方ないわね。晶、今度は私が攻めるわ」

「なんか手があるの?」

「温存しておきたかった手だけどね。――速攻でカタをつけるわ、援護しなさい」

 そう言って、彼女は新たに魔力の糸を編み上げた。
 明後日の方向に繋がるソレを軽く引っ張ると、派手な爆発音と共に何かが飛び出してくる。
 あ、この流れなんかデジャブ。となるとこの後は……。

『ご~り~あ~て~』

 わぁ、おっきい身体におっきな双剣。僕らの巨大少女人形ゴリアテちゃんである。
 凄まじいインパクトのゴリアテちゃんの姿に、思いっきり動揺する布都ちゃんと屠自古さん。
 ……あ、コレひょっとしてチャンスかな。
 丁度良いので、僕は「光を屈折させる程度の能力」で自分の姿を隠す事にした。
 相手には気配察知系の能力は無いみたいだし、姿が見えなくなればこちらを探す事は出来ないだろう。
 難点はアリスさんにも見えなくなる事だけど……まぁ、何とかなるよね。

「……こ、これがダイダラボッチか」

「いや、なんか違わない? 大きい事は大きいけど、外見的におかしい気が……」

「雑談するのは結構だけど、こちらは容赦なく攻めるわよ」

『い~く~よ~』

 本当に容赦無く、二人目掛けて襲いかかるゴリアテちゃん。
 見た目に反した鋭い速さから繰り出される斬撃を、屠自古さんと布都ちゃんは戸惑いながら何とか回避する。
 あれ、大雑把な振り方に反してかなり緻密な連撃なんだよねー。
 まぁそれでも、大質量攻撃である以上小回りは効かないから――はい、手助け。

「な、軌道が――ガッ!?」

「布都!?」

 斬撃の嵐に紛れながら、僕は軽くゴリアテちゃんの双剣の腹を叩いて軌道を変えた。
 突然の変化に対応出来ず、見事に剣の直撃を食らう布都ちゃん。
 うん、仕向けておいて何だけどちょっとエグい。胴体真っ二つにならなくて良かったよ。

『つ~い~げ~き~』

「く、このっ!?」

「邪魔、入りまーす」

「え――ごはっ」

 今度は直接屠自古さんの足――足? まぁ、それっぽい下半身に足払いを仕掛ける。
 もっとも相手は空に浮いているのだけど、それでも身体に予想外の力が加えられると上手く動けなくなるものらしい。
 不意打ちに戸惑ってあたふたしている所目掛け、ゴリアテちゃんの双剣が綺麗に二回ヒットした。
 幽霊相手にも有効なんだ、あの剣。さすがアリスさんは用意周到だなぁ。
 ……つーか、ほぼ一撃でノックアウトか。ゴリアテちゃん結構エゲつないっすね。
 あ、でもまだ元気そう。

「アイシクル・追撃!」

「うぎゃん!?」

「おはっ!?」

 二人の身体よりも二倍ほど大きい氷の塊を其々の頭上に形成し、それを二人に対してぶつける。
 どこぞの天人に対してやった時はミンチにしてやるつもりで何度もぶつけたけど、今回はまぁ一度で良いだろう。
 もっとも、まだ元気そうなら後一発くらいは……ん、必要ないみたいだね。

「でも、念の為もう一撃くらい?」

「容赦無いわね。だけどもう、動きを封じるくらいで充分じゃない?」

「ふーむ、それもそっか。それじゃあこの縄でパパっと」

「……どういう備えをすれば、荒縄がポケットから出てくる事になるのかしら」

「なんていうか、一周回ってこういうのこそが真に常備すべき道具なのでは無いかと思うようになってきました」

「気のせいよ」

 ですよねー。
 アリスの鋭いツッコミに頷きつながら、僕は手早く荒縄で二人を縛った。
 ただし亡霊の屠自古さんは、さすがにどう工夫しても荒縄だけじゃ拘束しきれないっぽいので別の道具も使おう。
 確か、ここらへんに……あったあった。
 ポケットから一枚の札を取り出した僕は、それを屠自古さんの額に貼り付ける。
 ――おお、すっごい苦悶の表情。それなのに少しも動かないあたり、効果の方は抜群っぽいね。

「何それ」

「守矢印のありがたい御札でござる。威力は早苗ちゃんや諏訪子さんのお墨付きだよ」

 多分、並の幽霊なら一発で昇天するんじゃなかろーか。
 さすがに屠自古さんクラスを成仏させるほどの力は無いけど、弱らせるくらいならこの通りなワケです。

「……ほぼスキマよね、今の貴方」

「いや、まだあそこまで何でも有りなつもりは無いんですが」

「今の自分の姿を客観的に見てみなさい」

「まだセーフだと思うんだけどなぁ」

「もう大分手遅れだと思うわ。――さて、それじゃ行きましょうか」

 結び目に魔術で細工を施しながら、アリスが無情な置き去り宣言を口にした。
 うわぁ、酷い。本格的に逃がさないつもりですね。
 そもそも縛り自体ガチで解けないようにやってるから、その上で更に捕縛をキツくする意味はあんまり無いんだよなぁ。
 まったく、アリっさんは鬼だね! 悪魔だね!!

「――あ、ついでだから足首と手首も別に縛っておこう。屠自古さんは手首だけになるけど」

「鬼で悪魔ね」
 
 いやまぁ、お墓とはいえ命蓮寺内なら放置してても問題ないと思った故ですヨ?
 二人にとっては敵地だけど、命蓮寺の人らなら酷い事はしないだろうし。
 つまりこれは、単なる拉致監禁と同義なのです! ――あれ、なんかますますダメっぽい空気に。

「まーでも、これだけやっとけば逃げられはしないだろうね」

「少なくとも、助けようとする輩が居たとしてもそれなりの時間は浪費するでしょうね」

「わぁお、アリスさん鬼畜」

「同じ事考えてたから、貴方も鬼畜よ」

「てへぺろ☆」

 僕はアレです。邪魔になれば良いかなー、くらいの軽い気持ちなのでセーフです。
 え、アウト? アウトっすか? やっぱり?

「――まぁ、それはそれとして先に進みましょうか!」

「これ以上ツッコミ入れても無駄に時間がかかるだけだから、あえて何も言わないわ」

 でも、冷ややかな目で多くを語ってますよね?
 ゴリアテちゃんをどこぞへと移動させながら、一人で先へと進んでいくアリス。
 うーん、クールだ。まさにとかっ!?

「言わせないわよ」

「言ってませんがな……」

「トカイハマホウツカイ(バクショウ)」

 さ、さすがにこのネタで弄り過ぎたか……。
 上海さんの鋭いフックを受けた僕は、それでも即座に体勢を立てなおしてアリスの後に続く。アゴ痛い。
 
「ところでさ、あんまり異変に関係ない話題なんだけど」

「それは歩きながら話しなさい、下らなかったら無視するわよ」

「ういっす。……ゴリアテちゃんだけどさ、アレが通常攻撃扱いはさすがに酷くない?」

「………………うぐ」

 あ、ちょっと苦い顔してる。
 どうやらアリスも、内心で同じ事を考えていたらしい。
 ……まぁ、あの強さだもんなぁ。
 試運転の時からかなりヤバかったけど、あの時はその威力を実感する事が無かったからね。
 恐らくアリスも、ゴリアテちゃんの正確な力を把握してなかったんじゃなかろうか。
 と言うか、把握してたら間違いなくスペルカードとしてゴリアテちゃんの事を使ってただろうね。

「…………まぁ、そうね。次からは気をつけるわ」

「つまり今回のミスは無かった事にすると。アリっさんくろーい」

「……仮にあの時のゴリアテがスペルカード扱いだったとしても、宣誓してない以外のルールは守っているわよ」

「宣誓してない時点でアウトじゃないっすか?」

「…………」

 おおう。アリスさん、よもやの完全沈黙である。
 さすがに今回ばかりは、反論も反撃も出来ないって事ですか。
 うーむ、これは「やーい、アリっさんのうっかり属性持ちー」等とブーメランを投げつけられない空気ですな。
 ――本当にどうしよう。
 
「ど、どんまい?」

「無理矢理慰めないで良いわよ。と言うか、慰めで出る言葉がソレ?」

「なんだったら、殴ってもイイヨ!!」

「そこに他意が無いのは分かってるけど、完全にド変態のセリフよ。今の」

 うん、多少落ち込んでいてもツッコミのキレは健在。さすがアリス。
 まーなんだ、後を引くレベルで落ち込んでいるワケじゃなくてよかったよ。
 妙なトラウマになられても困るしね。……なってないよね?

「―――」

「あれ、どうしたのアリス。よもや心の傷が疼いて!?」

「違うわよ。――ほら、お客様よ」

 そう言って、真っ直ぐ指をさすアリス。
 その先に居たのは――アレ、フランちゃん!?

「……やっぱり、最初に来たのはお兄ちゃん達だったね」

「え、どうしたのフランちゃん。霊夢ちゃんと一緒じゃないの?」

「霊夢なら先に行ったよ。異変の黒幕をぶっ叩くって言ってた」

「相変わらずの霊夢ちゃん節だなぁ。……で、何でフランちゃんはぶっ叩きに行ってないの?」

「私はここで待ち伏せ、後から来る人を妨害するのがお仕事なんだ」

 なんと、待ち伏せとな!
 あえて最強タッグを解散して、後から来る人間を妨害する為に戦力を割く!!
 これは――有り体に言って、愚策の部類に入る行動じゃなかろーか。

「競争相手にアドバイスするのはどうかと思うけど、待ち伏せする必要は無かったんじゃないかな」

「私もそう思うわ」

「…………正直、霊夢のノリについていけなくて」

「……ああ」

 うん、それはしょうがない。
 霊夢ちゃんのやり方は、他の追随を許さない独自のモノだからね。
 おまけに、本人のスタンスが「ついてこられる奴だけついてこいっ!」だからなおの事タチが悪い。
 わりと繊細なフランちゃんは、どうやら最後までついていく事は出来なかったようだ。
 
「まぁ、相手が悪かったわね。アレはもう、ああいう生き物だと思っておくのが一番楽よ」

「元気出して。大丈夫、この場合ついていけてないフランちゃんの方が正常だから」

「ありがとう――だけど、それはそれとして妨害はするから」

 うーん、強か。
 フランちゃんも強くなったなぁ、良いか悪いかは別問題として。
 虚ろだった瞳に強い光を宿し、フランちゃんが僕らの前に立ち塞がった。
 ……霊夢ちゃん達的には愚策だけど、僕ら的にはちょっとマズい事態かもしれないね。
 フランちゃんが足止めに全力出したら、本当に霊夢ちゃんが異変の黒幕をぶっ叩くまでこの場に釘付けにされてしまうかもしれないからなぁ。

「僕とフランちゃんの仲って事でさ、僕とアリスは見逃してくれない?」

「むしろ、お兄ちゃん達を足止め出来たら勝ちかなって思ってる」

「ダメだよフランちゃん! 物事には優先順位ってモノが!!」

「間違えて無いじゃない」

「この状況下で、お兄ちゃん達を無視する方がダメだと思うよ」

「ですよねー」

 知ってた。まぁ、普通はそうなりますよね。
 うーむ、そうなると戦わざるを得ないワケですが……嫌だなぁ。
 フランちゃん普通に強いし、こっちの事も良く知ってるし、それに強いし。

〈そこで殴る事そのものには抵抗が無いあたり少年だよなぁ〉

 どつきあいも幻想郷では挨拶!

「だからお兄ちゃん、アリスさん――悪いけど私と遊んでもらうよ」

「やだ!!」

「いや、やだって言われても……」

「言ったら通るかなって」

「通んないよ……」

「残念無念」

 しょーがない、やっぱりやるしか無いか。
 抵抗する事を諦めた僕は、魔法の鎧を展開しようとする。
 しかしその前に、アリスが僕の前へと歩み出た。
 
「仕方ないわね――なら、貴方の遊び相手は私よ」

「……アリス?」

「霊夢の事だから、もう異変の黒幕に遭遇していてもおかしく無いわ。ここで足踏みしている場合じゃないわよ」

「そうだけど、僕が行くの?」

「勝率の高い方が行く。当たり前の話じゃない」

 ニヤリと笑って、アリスが人形を構える。
 うぐぅ、軽い言い方だけどそこに込められた信頼は重いっすね。

「させな――」

「甘いわよ」

 そうはさせじと僕を足止めしようとしたフランちゃんを、アリスの人形が押しとどめる。
 あ、ダメだコレ。完全に僕が行く空気が出来上がりつつある。
 ここで空気を読まず残ったら、間違いなくアリっさんに殺されるよね。
 と言うかさすがの僕も、ここで残る方が戦略的な意味でもダメな事は分かります。

「あーもう、じゃあ後頼んだよ! 負けても文句言わないでよね!!」

「良いから早く行きなさい――はっ」

「むぅ! 邪魔しないで!!」

「邪魔をしているのはそっちでしょう?」

「むむぅ……」

 激しい戦いを繰り広げるアリスとフランちゃん。
 そんな二人に背を向けて、僕は霊夢ちゃんを追うべく神霊達の集まる先へと向かうのだった。





 ――ところで今更だけど、別行動ってルール的にアリなんだろうか? そもそもルールあるのか知らないけど。




[27853] 神霊の章・弐拾参「雄終完日/猫と子猫のロックンロール」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/05/24 00:40


「う……うぅん……はっ!?」

「……おはよう」

「むっ、屠自古――どうしたお主、その格好は!?」

「……その言葉、そのまま返すわ」

「なんじゃ――おおぅ!? な、何故我も縛られておるのじゃ!?」

「十中八九、狡知の道化師の仕業でしょうね」

「な、なんと!? おのれ、卑劣な真似を! 正々堂々と戦えぃ!!!」

「………もういないわよ」

「ど、どういう事じゃ!?」

「どういう事もこういう事も――負けて、捕縛されて、その辺に転がされたんでしょう」

「むむむ……そういえば、なんかデカいのに攻撃された覚えが」

「狡知の道化師もだけど、あの人形遣いも洒落にならない強さだったわね」

「うむ、そうだな。……しかし、我々を捨ておいたと言う事は――よもや今頃は太子様の所へ!?」

「で、しょうね」

「でしょうね、では無い! 呑気に寝転がっている暇があったら、とっととこの縄を――」

「外してみなさいよ」

「言うまでもない。こんなもの、我にとってはちょちょいの……ちょちょいの……」

「…………」

「解けんでは無いか!!」

「そうよ!!!」

「む、むむむ、なんじゃコレは……ただの縄では無いのか!?」

「無いわね。亡霊の私ですら拘束するのだから、当然何かしらの仕掛けはされているでしょう」

「えぇい、忌々しい! と言うか屠自古、なんでお主はそんな落ち着いておるのじゃ!?」

「――私の額に貼ってある札、見える?」

「うむ、見えるが?」

「コレ、土着神の力が込められた札だわ。しかもかなり格が高いの」

「……なんじゃと?」

「さすがに、私を滅する程の力は無いけどね。――ゴメンちょっと無理キツい超キツい」

「と、屠自古ー!? しっかり、しっかりするのじゃー!?」





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾参「雄終完日/猫と子猫のロックンロール」





「上海、蓬莱」

 フランドールとの距離を一定に保ちながら、人形二体で左右から彼女を挟撃する。
 身体そのものが凶器である吸血鬼相手に、真正面から戦うのは愚の骨頂だ。
 ――攻撃は最低限、あくまでも目的は牽制に留める。
 私に、無理をしてまで彼女を倒す理由は無いわ。
 晶を先に進ませられた時点で、私はすでに目的を果たしているのだから。

「こ――のぅ!!」

「アマーイ」

「ミエル!」

 腕を振るう、そんな簡単な動作ですら武器になる。
 それは警戒に値する驚異的な力だけど、避けられない程の災厄でもない。
 少し、彼女に教えてあげましょうか。……どれほど強力な弓でも、弦を引けなければ何の意味も無いのだと。

「さ、踊ってもらうわよ」

 自分の後方に三体ほど人形を並べ、フランに対して弾幕をばら撒く。
 手当たり次第と言うのは私の好みじゃない。相手の動きさえ分かっていれば、最低限の弾幕でも妨害は可能だ。
 後は弾幕の合間を縫って、上海と蓬莱をけしかければ終わり。
 ほら、フランドール・スカーレットは何も出来ないわ。

「むむ……なら、キュッとして――」

「残念、一手遅いわよ」

 彼女の能力は知っている、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』だ。
 以前ならともかく今のフランドールなら、その力を私に向かって振るう事は無いだろう。
 だとすると狙いは明白、破壊対象は私の人形達となる。
 それが分かって言えば対策も容易だ。
 私は相手の能力が発動する瞬間、上海と蓬莱を爆弾として使っている人形達とすり替えた。
 彼女の能力がどうやって物を破壊しているのか、正確な所は分からないが――物理的な衝撃が加わるなら人形達は爆発する。

「きゃっ!?」

「強力な力でも、用途が分かっていれば対応は出来る。……そういう事ね」

「……ふぅ。やっぱり、アリスさんは凄いね」

「褒められるような事はしてないわ。全部当たり前に出来る事で、私はそれを必要な所で行っただけの話よ」

「それが凄いんだよ。アリスさんも――そして、お兄ちゃんも凄い」

 爆発に巻き込まれたフランドールは、軽く吹き飛ばされた後にすぐさま体勢を整えた。
 ダメージは軽微、おまけに吸血鬼の回復能力で受けた分も相殺。……倒すとしたら実に割の合わない相手だ。
 だがしかし、そんな彼女は私の事を恐れすらしているような目で真っ直ぐ見据えている。
 
「……貴女はもうちょっと、アレを正当に評価していると思っていたわ」

「あはは。普段のお兄ちゃんはそうだね、頼りになるけど頼りないと思ってる。――けど今言ってるのは、二人の‘強さ’の話だよ」

「吸血鬼と比べれば、私も晶も貧弱な生き物でしょうに。随分と高い評価ね」

「弱いから、だよ。――昔の私の価値観で言えば、だけどね」

 その価値観が、誰の手で壊されたのかは聞くまでも無いだろう。
 ……ふぅん、なるほどなるほど。

「私を、アレと同じ部類に入れるのは止めなさい」

「ほ、褒め言葉だよ?」

「私にとってはそうでないのよ。ま、そういう気持ちは分からないでも無いけどね」

 以前のフランドールが戦えた相手の中で、私や晶と同じ人種と言えば……辛うじて咲夜が居るくらいではないだろうか。
 もっともそれは紅魔館の連中やその来客の大半に、絡め手を使う必要が無い程の力があると言う意味でもあるが。
 少なくとも、あの馬鹿ほど形振り構わない輩は……私もアイツしか知らないわね。
 力ある者なら、誇りがある者なら決して選ばない正道から外れた道筋。
 そこを胸張って真っ直ぐ進む馬鹿の姿が、彼女の瞼の裏には強烈に焼き付いているのだ。
 故に、彼女は私を恐れる。
 なぜなら彼女にとって、私はあの馬鹿と同じ『形振り構わない輩』なのだから。

「……私は、アレと違って手段は選ぶわよ」

「お兄ちゃんも似たような事言ってたよ。望んでる結果があるんだから、どうやったって手段は選ぶ必要があるって」

「アイツは結果さえ良ければどんな手段でも許容するでしょうが……私はあそこまで馬鹿やらないわ」

「そうかなぁ……こうして戦ってみて確信したけど、アリスさんからはお兄ちゃんと似た雰囲気が」

「捻り潰すわ」

「ぴぃ!?」

 あらあら、悪魔の妹ともあろう者が情けない鳴き声をあげるわね。
 一応は戦闘中なのだから、相手に呑まれるのはどうなのかしら。

「お兄ちゃんがアリスさんに頭上がらない理由を、今ハッキリと理解したよ」

「それは良かった。なら、このまま倒される覚悟も出来たかしら?」

「んー、そっちはまだかなぁ―――どかん」

「不意打ちは無駄―――っ!?」

 突然の攻撃ではあったが、私もその程度の警戒をしていなかったワケでは無い。
 再び私は上海と蓬莱を爆弾人形と入れ替えるが――次の瞬間、全ての人形達は動きを止めて地面へと転げ落ちた。
 まさか、狙われていたのは――人形を操る糸!?

「見えない物を壊すのは初めてだったけど、そこにあるのなら上手くやれるみたいだ――ねっ!!」

「くっ!? なるほど、さっきまでの戯れ言は、壊す物を見極めるための時間稼ぎだったワケ?」

「えへへ――お兄ちゃん直伝だよ!!」

 新しい人形を用意させる暇を与えず、フランドールが私に接近戦を仕掛けてきた。
 まったく、随分とまぁ小賢しいやり方を覚えたものね。
 私なんかよりも、よっぽど貴女の方があの馬鹿に似ているじゃないの。
 ……しかし、その狙いは敵ながら天晴と言う他がない一手だった。
 人形遣いの生命線、切られるまいと常に注意していた糸をこうも容易く断ち切る――いえ、破壊するとはね。
 だけど――迂闊に近づいたのは判断ミスよ!!

「隙あ――」

「無いわよ!」

「ほにゃあ!?」

「上海、蓬莱!!」

「シャンハーイ」

「ホウラーイ」

 相手が攻撃する手前、右腕を振りかぶった瞬間に私はフランドールの懐に飛び込んだ。
 振り下ろされる右手に手を添え、その勢いを流す形で相手の身体を投げ飛ばす。
 これで距離は確保出来たけど……全ての人形に糸をつけるのは無理ね。
 私は上海と蓬莱に魔力の糸を繋ぎ、投げ飛ばしたフランドールに対する壁となるよう二人を移動させた。
 
「び、びびび、びっくりした! 凄いびっくりした!!」

「……大袈裟ね、ただ投げただけじゃない」

「投げられたからビックリしたんだよ! えっ、アリスさんって魔法使いだよね?」

「魔法使いだって護身術の一つや二つ使うわよ」

「今の護身術の範疇に入るの? それに、パチュリーは動く事すら嫌がってたけど?」

「アレは出不精なだけ」

「魔理沙は動く方だけど、それでも私と接近戦するのは嫌がるよ?」

「私はアイツを魔法使いと認めて無いわ」

「……認めてない理由は別にあるんだろうけど、今の流れだと護身術を使えないから魔法使いじゃないって言ってるように聞こえるよ」

 まぁ、私が多少武闘派に寄っている事は否定しないわ。
 以前はそれでも魔理沙とどっこいどっこいで、魔法使いにしては動ける方……くらいの扱いだったのだけどね。
 とりあえず晶が悪いわ。後で合流したら、あの馬鹿を軽く捻っておきましょう。


 ――さすがにそれは冤罪が過ぎると思います! アリスのアリス!! 都会派魔法使い(死文化)!


 上海、あっちよ。

「ナーンデヤネーン」

「わっ――アレ? ……えっと、今の弾幕って……何かの布石とかそういうの?」

「気にしなくて良いわ、私的な用件だから」

「……あー、お兄ちゃんかー」

「概ね間違っていないけど、即答された上に納得までされると少し不愉快ね」
 
「アリスさんが変な事する時って、八割がたお兄ちゃん絡みの事だから」

「…………それ、メディスンにも言われたわね」

 別段、思う所は無いわよ。あの素っ頓狂を相手取れば、必然おかしな行動になるのは当たり前の話だし。
 思う所は無いけど……ちょっとだけ本気を出すわ。

「あ!? 分かるよ、私にも分かったよ!? アリスさん、私に八つ当たりするつもりでしょう!?」

「気のせいよ」

「気のせいじゃないって! なんか、さっきまでと雰囲気変わったもん!! 完全に私を倒すつもりでいるよね!?」

「気のせいよ」

「人形増えてるぅ……」

 それは貴女に隙があったからよ。元々、上海と蓬莱だけじゃ足りないとは思っていたもの。
 まぁ、当初の予定と違う動きになっている事は否定しないわ。
 最初は糸を切られた人形達の糸を、もう一度繋ぎ直して再利用するだけのつもりだったのだけどね。
 だけどそれは、単なる戦術的な理由による作戦の修正だ。
 そこに腹いせとか八つ当たりとかの、幼稚な衝動による意思の介入は無い。
 無い。

「――さて、出番よ。『フランドール』」

「私!? えっ、私ってそんなにちんちくりんなの!?」

「……デフォルメしているだけよ」

 いくらなんでも、貴女が上海と同じ頭身なワケ無いじゃない。
 私が複数の人形達と合わせて取り出したのは、宝石の羽根を生やしたフランドールと同じ衣装の人形だ。

「まさか――その人形に攻撃をすると、私も傷つくとか!?」

「そういう陰険な魔法は専門外よ」

「じゃあ、えっと……中に爆薬がパンパンに詰まってるとか!」

「魔法関係なく陰険になっているじゃない」

「ヒント! ヒントちょうだい!!」

「クイズをやってるワケじゃないわよ。――知りたいなら、すぐに教えてあげるわ」

 他の人形を放射状に広げて配置しながら、フランドール人形だけを突撃させる。
 反応して身構えるフランドールに向けて人形が腕を振るうと、衝撃波が斬撃となって相手に襲いかかった。

「――っ!? こ、このぉ!!」

 それを、同じく衝撃波でかき消すフランドール。
 動揺していたとは言え、威力ではほぼ互角――いえ、少し負けているくらいか。
 まぁ、概ね想定の範囲内ね。足りない分は他の人形の動きでカバーすれば問題無いわ。

「に、人形が私とおんなじ事した!? ――これが、ドッペルギャンガー!?」

「ドッペルゲンガーね。ちなみに、これはドッペルゲンガーでは無いわ」

「えっ、じゃあ……何?」

「ちょっと色々あってね。まぁ、吸血鬼の身体能力を再現してみようと思ったのよ」

 正確に言うと、ゴリアテの構造が上海達の大きさでも使えるかどうかの試作ね。
 サイズを小さくする事が目的で、性能は二の次だったのだけど……思った以上の出来になったわね。
 問題は、完全な再現までは出来なかった事と――研究の役には立たなかった事くらいだろう。
 ……まぁ、何事も成功に繋がるとは限らないものね。
 気にして無いわよ。うん。

「つまりその子は、私のコピー!!」

「……まぁ、概ねそういう認識で間違って無いわ」

 実のところ、衝撃波以外は真似の出来ないデットコピーなのだけど。
 ま、勘違いしてくれるなら訂正する必要は無いでしょう。

「――アレ? なんかアリス、お兄ちゃんと同じ顔してる?」

「新しいタイプの侮辱ね」

「ぶ、侮辱じゃないよ! なんかその……ちょっと小狡い感じの事を考えてそうな顔と言うか」

「侮辱じゃないの」

「あうぅ……」

 …………まぁ、小狡い考えと言うのは否定しないわ。
 うん、ちょっと晶の悪影響を受け過ぎているわね。気をつけましょう。

「とは言え、スペルカードじゃないなら大したコピーじゃない、はず!!」

「そういう言い回し、晶に似てきたわよ」

「…………あー、うん。気をつけた方が良いかな」

「気をつけましょう――お互い」

 なんていうか、一々締まらないわね。
 自分で言うのもなんだけど、私はもう少し真面目な人間だったはずなのに。
 ……とりあえず、この分の償いも後で晶にして貰おうかしら。


 ――理不尽! 更なる理不尽ですよソレは!!


 どうでも良いけど、人の頭の中でツッコミ入れるのは止めなさい。どうやってるのよソレ。




[27853] 神霊の章・弐拾肆「雄終完日/神子と巫女と」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/06/06 22:36


「――今、アリスが不条理な罪を僕に擦り付けた!!」

〈少年は何を感じ取ってるんだ?〉

「さすがにそれは冤罪が過ぎると思います! アリスのアリス!! 都会派魔法使い(死文化)!」

〈まず罪状が分からん〉

「――――――おぶっ!?」

〈おおっ!? どこからともかく振ってきた弾幕が、的確に少年の頭をぶち抜いた!?〉

「ぶ、ぶち抜かれては無いです。たたた……おのれアリスめ」

〈えっ、今のアリスの攻撃なのか? 少年、結構先に進んでたよな? この距離を的確に狙い撃つって神業と言うより狂気の技じゃないか?〉

「アリスさんのツッコミは千里を超えるから!」

〈さっきのアレを見ると、比喩表現に聞こえないから困る〉

「ふぇっへっへ」

〈だけど、少年が自慢気になる意味は分からん〉

「アリスの手柄は僕の手柄!!」

〈わぁ、すでにツッコミ案件〉

「なんとでも言いなさい、世の中言ったもん勝ち――はっ!?」

〈今度はなんだよ〉

「今、アリスがメチャクチャな理屈で僕を攻めた!!」

〈魅魔様は無茶苦茶で良いからその理屈が知りたい〉

「――理不尽! 更なる理不尽ですよソレは!!」

〈断言してもいいが、今の魅魔様が感じてる理不尽を上回る理不尽は無い。絶対に無い〉





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾肆「雄終完日/神子と巫女と」





「さーて、そろそろ黒幕に近付いて来たかな!」

 頭の痛みを抑えながら、僕は空元気で前に進み続ける。
 まさか、味方からの攻撃でダメージを負うとは……アリス恐るべし。

〈ツッコミな時点で自業自得じゃね?〉

 それでも、八対ニくらいでアリスに責があると思うんだ!!

〈少年が八の方だろ? だったら自業自得じゃないか〉

 そうとも言うね! はい、この話終了!!
 それにしてもアレだね、最早妨害の気配すら無いね。
 どこか別の所で、他の誰かを邪魔してるってワケでも無さそうだし……太子様の手下ってそんなに多く無いのかな。
 ……もしくは、あらかた霊夢ちゃんフランちゃんが倒しちゃったに三ペソ。

「まぁ、どちらにせよ楽が出来て何より――っと」

 一際神霊の集まるソコに、彼女は居た。
 薄い金髪は、まるで猫の耳のように立てられている。
 その耳には分厚いヘッドホン。服装も、和風ではあるが思いっきり洋服。しかもノースリーブ。
 ……え、いや、ストップ。ちょっとストップ。
 何ていうか、場の状況的に考えて間違いなく彼女がアレなんだろうけど……何アレ。
 布都ちゃんの時代錯誤っぷりが霞むレベルのナウさなんですけど。何なの? そういう耳も早いの?
 そんな彼女と対峙しているのは、やっぱりと言うかさすがと言うかの霊夢ちゃん。
 雰囲気的に戦う手前だから、ギリギリ間に合ったのかな? よーし!

「そこまでだ!!」

「おやおや、今日は千客万来だね。私を讃えてくれる客がいないのは実に残念だが……」

「また面倒なのが来たわね。このまま、回れ右して帰って良いわよ」

「やー、そこまで闘争心が無いワケじゃないんで。バッチリキッチリお邪魔させてもらいますとも」

 なんだかんだ、霊夢ちゃんには負け越しだからねー。
 オトコノコとしては、勝ち目のある今のシチュエーションは見逃せないのですよ。
 僕はあえてズケズケと進みながら、霊夢ちゃんの横に並んで腕を鳴らす。
 もちろん、共闘する為に並んだワケじゃない。
 これは競争の為――どちらが彼女を倒すか、それを競う為のスタートラインに並んだのだ。

「さぁ、そういうワケだから名前と目的を語って貰おうか黒幕さん! 例え二度手間になってるとしても、僕は最初から聞き直す覚悟だよ!!」

「良かったわね。アンタお望みの、欲望塗れの人間が来たわよ」

「……何の話でせうか?」

「なんかコイツ、私に欲望らしい欲望が無いとか失礼な事言いだしたのよ。ちなみに名前と目的は私も知らないわ、興味無いから」

「後半のセリフで、もう欲望ほぼゼロの片鱗が見えてる気がします」

 実際問題、霊夢ちゃんに欲望とかあるんだろうか?
 さすがにあらゆる物事に興味ないとか言い出す、それ逆に人として終わってない? レベルに欲無しだと思いたくは無いけど。
 大半の事は「興味ない」と「どうでもいい」で片付けてるだろうからなぁ……本当にゼロじゃないよね?

「……正直、君が来てくれて助かってるよ。彼女のような人間は初めてだったんでね」

「あー、やっぱ霊夢ちゃんって滅多にいない人種ですか。そして名前と目的教えてください」

「我欲の無い人間も、欲の薄い人間も何人も見てきたがね。彼女みたいな性格でここまで欲望の無い人間はいなかったよ」

「へー、お姉さんはそういうの分かる人なんですか? 後、名前と目的を教えてください」

「…………君も、結構変わっているね」

「そんな事無いです、僕は幻想郷のスタンダードですよ? それから、名前と目的を教えてください」

「貴方がスタンダードなら、幻想郷は地獄より酷い所になっているわね」

「ははは、霊夢ちゃんったらぁ」

 地獄より酷いはさすがに泣くよ? むしろちょっと泣いたよ?
 そして太子様(仮)は、僕らの会話から色々察して憐れむのは止めてください。
 違うから、霊夢ちゃんが特別厳しいだけだから!
 他の人なら――まぁ、地獄と同じくらいで済むだろうね!!

「事あるごとに尋ねられても困るから、素直に名乗っておこうか。私は豊聡耳神子――人は私を聖徳王と呼ぶ」

「あー」

「……聞いてきたわりに、あんまりな反応だね」

 いやまぁ、一応正体に関しては事前に布都ちゃん達から盗み聞いてましたから。
 格好的には分かりづらいけど、状況を鑑みれば答えは一つだろう。
 
「目的は……残念ながら、今は無いね。何しろ蘇る事こそが目的だったから」

「じゃあ、さっきから話題にしてる欲望云々に関して説明が欲しいです。何でそんな事が分かるんですか?」

「能力に関わりそうな事、躊躇なく聞くのね」

「聞くだけならタダなんで!」

「はは、構わないよ。言って困る力でも無いしね」

「そうやって余裕ぶってると、コレに足元掬われて追い打ち喰らって更に散々な目に遭わせられるわよ」

「……そりゃ、僕ら一応競争相手だけどさ。霊夢ちゃんそういう事と関係なく僕の事追い詰めてますよね?」

「事実を指摘しただけよ」

 だからって容赦無さすぎじゃ無いですかね?
 むしろ神子さんの方が引いてるじゃん。そこまで言わなくても……みたいな顔してるじゃん。
 と言うか、僕のやり口酷くない? そこまで容赦無い真似はしないよ? 倒した時点で手は止めるよ?

「ふむ、それではそろそろ説明していいかい?」

「あ、どーぞ」

「とは言え、それほど複雑な力では無いさ。相手の欲を聞く事が出来る――ただそれだけの力だからね」

「大した事無い、って言う人の能力ほどエゲつなかったりしますけどね」

「ははは、私のは本当にそれだけの力だよ。強いて言うなら……欲を聞く事で、相手の人となりが分かるくらいかな?」

 そう言って、神子さんは僕の事をじっと見つめる。
 まるで全てを見透かすような、そんな目だが――まぁわりと良くある事なので別に気にしない。
 今更、見透かされて困る事なんて無いさ!!
 ……いや、あるけど。聞かれて困る欲めっちゃあるけども。こういうのって抵抗するだけ無駄だからね!!

「――ふむふむ、なるほど。君は随分と欲の深い人間だね」

「いきなりディスられた!!」

「君ほど欲の深い人間は、総じて独善的に振る舞うものなのだけど……君はどうやら自制の仕方を知っているようだ」

「これ、褒められてないようで実際に褒められてないパターンだよね。ボロクソだよね?」

「間違ってないじゃない」

「ただひたすらに酷い!!」

「ああ、確かにちょっと違うわね。アンタ自制してないし」

「畳み掛けるようにボロクソ!!」

 なんだコレ、新手のイジメ? もしくは新種の精神攻撃?
 そりゃあ、僕だって自分が清廉潔白な無欲人間だとは思ってませんよ。
 だけど欲が深いって。しかも神子さんの言い方、完全に身を滅ぼすレベルの欲深扱いだったよね。
 さすがにそこまで酷くは無いよ! あって人並みだよ!!
 ……人並みだよね? 欲の尺度なんて特に気にした事無かったけど、皆僕と似たような感じだよね?

「私は褒めているつもりだよ? それだけ深い欲を持ちながらも、他者を気遣って自らを律せられるのは素晴らしい事さ」

「まず欲が深い時点で長所じゃないよね。マイナスからスタートしてプラスに至れて無いよね」

「つまり、コイツが本気で欲に従って動いたらもっと大変な事になるワケね」

「檻から逃げ出す直前のライオンみたいな扱い止めてくれません?」

「言い得て妙だね、確かに君は檻の中の獣と似たようなものだ。普通の獣と違って、檻が開いていても外には出ないようだけど」

「だからその、下げきった前提条件からちょっとだけ上げるやり口はなんなんです? 褒めるならきっちり褒めてくれませんかね?」

 手放しの賞賛も、それはそれで困りますけどね?
 だけどなんかこう……もっとこう……手心と言うかその……神子さんの時代に、オブラートに相当する言葉は無かったの?
 後、霊夢ちゃんはもっと自重してください。悪気がないから逆に辛いっす。下手すると神子さんの褒め言葉より辛い。

「ところで、一つ聞いていいかい?」

「なんですか?」

「私は人の欲から過去や未来も見通す事が出来るんだ。もっとも、欲が欠けていたり薄すぎたりすると何も分からないのだけどね」

「つまり、霊夢ちゃんの未来なんかは分からないんですね?」

「そうだね。だがまぁ、それは分かっていた事さ。分からないのは――君だよ」

「ほへ?」

「君の欲は聞こえる、過去も分かる。……それなのに、どうしてか未来だけが見えないんだ」

「……今、さらっと過去が分かるとか言いませんでした?」

「何、まだ一部だけだよ」

 一部でも十分って言うか、まだって言い方から推測するにしばらくすれば過去全部分かるって事ですよね?
 やだ、なにそれ怖い。人の本質も見通すって話だし……何気に神子さん、さとりんの互換みたいな性能してるなぁ。

「それよりも君の未来の事だ。ここまではっきり欲が聞こえて、未来が見えないと言うのはありえない。恐らくは何かが邪魔をしているのだろう」

「何かって言うと?」

「それを私が聞いているのさ」

 いや、僕も分かりませんよそんなの。
 神子さんの能力を邪魔する要素? ……微妙に心当たりが多くて困るなぁ、ソレ。
 紫ねーさま……魅魔様……神綺さん……紫ねーさま……うーん、誰が。

〈今、紫ねーさま二回言ったな〉

「今、あのスキマの事考えたわね」

「な、ななな、何の事やら」

「まぁ、大体の原因はアレで、悪化させるのがアンタだものね。気持ちは分かるわ」

「二つ目の流れに異議申し立てしたいけど、反論材料が無いので我慢します。覚えてろ!!」

「ははは、二人は随分と仲が良いようだね。――うん、まぁ分からないなら仕方がない」

 それほど深く追求するつもりは無かったのか、軽く笑いながら話題を切る神子さん。
 そして次の瞬間、彼女の纏う雰囲気は鋭いモノへと変わっていた。

「私としては、このまま解散してくれると嬉しいのだけど……無理なんだろうね」

「ええ、とりあえずアンタはぶっ飛ばすわ」

「僕もまぁ、強制されたなりにやる気はあるんでそれなりに頑張ります」

「そうか、なら仕方がない」

 さほど残念でも無い様子で、神子さんが小さく肩を竦める。
 まぁ答えたこちらも、今の会話で何かが変わるとは思って無かったしね。
 そもそも、神子さんがすでに臨戦態勢なのだ。今更会話で何とかなるはずが無いだろう。
 後、霊夢ちゃんが居るし。……例え神子さんが本気で平和的解決を望んでいても、通りはしなかったろうなぁ。

「私もそれなりに欲はあってね。これから生ける伝説となる為に、君達を利用させてもらおう」

「構わないわよ。私は伝説とかどうでも良いけど、アンタをボコボコにするわ」

 実に男前な台詞を吐いて、御幣を構える霊夢ちゃん。
 うーん、年下のはずなのにこの貫禄。色んな意味で勝てる気がしない。
 とは言え、本当に諦めてしまってはダメなのが現状なワケで。
 とりあえず気持ちで負けない為にも、威勢よく全力全開行ってみようか!!
 さすがにこの状況で、力を温存する意味は無いしね。

「ではでは―――――『不変(かわらず)』!!」

 半透明の面で顔を覆うと、眩い光と共に軽装になった魔法の鎧と白いマフラーが展開される。
 同時に、身体を満たすある種の全能感。
 うん。これならまぁ、霊夢ちゃんにも神子さんにも置いてかれないかな?

「今、伝説を凌駕する! 凌駕出来たらイイなぁ……せめて気持ちだけでもレジェンド級、みたいな心持ちで。久遠晶やります!!」

「待った」

「ほぃあ?」

 グダグダになった所信表明を無理矢理打ち切った所で、神子さんから謎の待ったが入った。
 何? やっぱ、今の何が言いたいのか分からない宣言はダメだった?
 僕もまぁ、最初はわりと強気で攻めるつもりだったんですよ?
 でもやっぱこう、ハッタリじゃない大言壮語は性に合わないと言いますか……。

「君、その姿はなんだい?」

「んー、いわゆる一つの最終フォームって奴ですかね」

「最終フォームと言う言葉の意味は分からないが……つまり、意識して使える手札と言う事だね?」

「左様でございますが?」

 そういうリアクションするって事は、神子さんの知ってる過去に不変の事は無いって事か。
 こっちの能力が全て明らかになってないと分かったのはありがたい。けど、何でそこで待ったが?

「……うん、まぁ、自覚が無いなら仕方がないのかな」

「仕方なくは無いでしょう。普通なら、少し考えるだけで思い至るはずよ」

「えっ、えっ? 何が? 何の事?」

「さすがに気付きなさい。さっきコレが言ってた「邪魔する何か」って――ソレでしょ」

「ああっ!?」

 なるほど、言われてみれば!
 だってコレ、未来に干渉する面変化だもんね!
 確かに、神子さんの能力を邪魔する可能性は非常に高い。かもしれない。
 いや、正直そうなの? って気持ちもあるけどね?
 躊躇なく使っといてなんだけど、そこまで複雑な所は把握しきれてないし。
 というワケで――こういう時の反応は一つ。

「ごめーんちゃい☆」

「殴っていいわよ」

「……いや、まぁ、うん。悪気が無いなら良いんじゃないかな」 

 最後の最後で戻ってくるブーメラン。やっぱり悪気の無い行動って、時に悪意のある行動よりタチ悪いよなぁ。

 



[27853] 神霊の章・弐拾伍「雄終完日/神を穿つ牙」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/06/20 22:09


「…………ふふふ」

「…………あやや」

「ったく、面倒なのに出会っちまったな」

「ふっふっふ……魔理沙さん、ここで会ったが百年目ですよ!」

「お前なぁ。今の状況、分かって言ってるのか?」

「何か、命蓮寺の方が騒がしいですね!」

「分かってんのかよ! ――なら、ここでウダウダやってる場合じゃないだろ」

「確かにそうです。ここで私達が争っても、それは単なる下位争いでしかありません」

「霊夢や晶のヤツは、確実にあそこで暴れてるだろうからなぁ」

「何でそこで妖夢さんを外すんですか! イジメですか!!」

「運が良けりゃー居るかもしれんが、アイツは基本的に私らと同じ扱いだろう」

「つまり、本命対抗馬から一歩劣る大穴面子って事ですね! ……はぁ」

「……自分で言って凹むなよ。おかげで、私までちょっと気持ちが沈んで来たじゃないか」

「世の中ってままならないものですね」

「ま、所詮は他人の評価だ。派手にひっくり返して後悔させてやれば良い」

「そうですね。――それじゃあ、やりましょうか」

「いや、待て」

「はい?」

「何でそうなるよ。普通ここは、戦わずに先へと進む流れだろう」

「言いたい事は分かりますよ、魔理沙さん。ですがちょっとあっちを見てください」

「あ? あっちってなんだ――よ……」

「合法的にライバルを消せるこのチャンス、今こそ活用させていただきますよ!!」

「敵対する相手を、生かして進ませる理由は無いものね。……良いわ、久しぶりに本気で遊んであげる」

「戦う以外の選択肢……あります?」

「お前ら、もうちょっと真面目に異変解決しろよ!!」





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾伍「雄終完日/神を穿つ牙」





「では改めて――神子さん、覚悟!!」

「とりあえず、異変の元凶から叩き潰すわね」

「二対一、初戦にしては不利な状況だ。――ならまずは、無難な攻撃で始めるべきだね」

 悠然と構えながら、神子さんが先制の弾幕を放った。
 自身を中心に、花火のように拡散していく弾丸。
 僕と霊夢ちゃんは弾幕を避けながら、示し合わせたかの様に後方へと下がっていく。
 ……神子さんは二対一と言ったけども、僕らは共闘しているワケでは無い。むしろ競争しているのだ。
 まぁ、さすがに神子さん無視して足引っ張るなんて馬鹿はしないけど。
 霊夢ちゃんを出し抜く為にも、ちょっとは冒険しないとダメだね。
 と言うワケで、ロッドを腰から取り出しましてっと。



 ―――――――魔槍「ク・ホルンの牙」



 ロッドを核に、三匹の氷蛇が絡みつくようにして槍の形を形成する。
 素の状態だとここから三十秒以上、無防備なチャージをしなければいけないけど……今は違う。
 僕は完成した魔槍の刃に軽く手のひらを添えると、そこから石突きに向けて柄の部分をそっとなぞった。
 すると、色を薄めるようにして消えていく魔槍。
 うん、ぶっつけ本番だけど上手くいった!

「力ある槍……その形を模倣する事で、偽りの神器に力を与えるスペルカードと言った所かい?」

「あの一瞬でそこまで見切るとは、さすが聖徳王。お察しの通りでございます」

「消した――いや、‘飛ばした’のか。今の君は人として異常なほど強い力を持っているが、それでも瞬時に神器を作れる程では無いようだね」

「……もうちょっとこう、悩んでくれないと僕の立つ瀬が無いんですが」

 何で一目でそこまで分かるんですか。何でもアリですか聖人。
 ええ、そうですよ。不変になっても魔槍のチャージタイムは省略出来てませんよ。
 だからこその発想の逆転! 魔槍を異空間でチャージすると言う荒技を試みたワケです。
 放つ前に魔槍を破壊されない、この状態なら僕はフリーで動ける、魔槍は好きなタイミングで撃てるといいことずくめのアイディア!
 まぁ、スペカ発動中だから行動は若干の制限入るけどね!
 ついでに言うと今回の場合、どういうスペカか相手にバレてるから確実に警戒されます。
 ――アレ? ひょっとしてスペカのチョイスミスった?

「何やら困っているみたいね」

「ええ、まぁ、仕込もうと思った罠が一瞬で無駄になってしまったので」

「それなら私が適当に隙をつくるから、それを利用しなさい」

「……ほぇ?」

「じゃ、行くわよ」

 こっちの疑問をガン無視して、構えた御札をぶん投げる霊夢ちゃん。
 あれ、なんか信じられないくらい協力的ですね?
 競争って張り切ってたの、ひょっとして僕だけでしたか?
 うわ、なんか恥ずい。そしてちょっと切ない。

「博麗の巫女……噂は神霊達から聞かせてもらったよ。異変解決人のお手並みを拝見させてもらおう」

「最前席で見せてあげるわよ、途中退場も認めるわ」

「ふふっ、意外と付き合いが良いじゃないか」

 二人は互いに相手の攻撃を避けながら、無数の弾幕をばら撒いていく。
 うーん、実に高レベルなやり取りだ。
 神子さんとか弾幕ごっこ初挑戦のはずなのにあの安定感。白蓮さんもそうだったけど、聖人って学習能力高いよね。
 ……まぁ、それで僕の事を忘れてくれるなら二人の世界に入られてもバッチこいなんですが。
 やっぱりダメか。あっちこっちへ動き回っているけど、僕の事は必ず視界に収めてる。
 警戒されてるなぁ。うん、仕方ない。僕もちょっと頑張ってみますか。

「では、お邪魔しまーす」

 荒れ狂う弾幕目掛け、僕は真っ直ぐ歩いて行く。
 目の前では二人の弾幕が入り混じって、まるで嵐みたいに暴れている。実に恐ろしい。
 普通に突っ込むと裁くのが大変そうだし――よし、ちょっと遠回りしようか。

「ほいっ、ほいっ、ほいっと」

「っ――!?」

「ふぅん」

 軽く跳んだ僕は、‘神子さんの放った弾幕’を足場に進んでいく。
 まぁ、実際の所は弾丸を踏むフリをして空中移動しているだけなんだけどね?
 それっぽく見せると、案外と騙せるもんです。
 後は弾幕を足場にしつつ身体に当たりそうなのは避けつつ、一気に神子さんへ近づけばオッケー!

「それじゃ、いただきますっ!!」

 最後に大きく飛び上がり、神子さんへ向けて蹴りを放った。
 ここで神子さんがどう反応するかで、これからの対応が変わってくる。
 果たして避けるのか、受けるのか。……とりあえず神子さんが受けたら、僕の中で聖人はイコール肉体派となります。
 ――あっ、避けた!! 良かった! 聖人は皆筋肉修行しているとか言う嫌な事実は無かったんだね!!
 とか言いつつ、避けられた勢いを利用しての後ろ回し蹴り。

「くっ! 予想外な事ばかりするね、君は!!」

「いえいえ、そんなに変な事はしませんよ? 貴方を倒すために小細工を弄する――やってる事は結局それだけです」

「……その『それだけ』が、どれだけ恐ろしい事か」

「随分と高評価ですね。――でも、戦ってる相手は僕だけじゃないんですよ?」

「そういう事、隙有りね」

「――くっ!」

 こちらの攻撃を避けられてしまうなら、無理して当てに行く必要は無い。
 出来るだけ相手の視界や動きを妨害するように、腕や足を突き出していけば十分だ。
 後は、霊夢ちゃんが勝手に追撃してくれる。
 ――まぁ、こっちでも当たるように手助けはするけどね?
 霊夢ちゃんの基本スペックが高いから、僕が頑張る必要はあんまり無いんだよね。
 ……とは言え、相手の回避能力もかなりのモノだ。
 魔槍をぶつけるなら、後一手が欲しい所なんだけど……。

「ならば、こちらもスペルカードを使わせてもらうよ!」



 ―――――――仙符「日出ずる処の天子」



 っと、相手の方が先に動いたか。
 相手のスペカ宣誓と共に、分厚い壁のような弾幕が神子さんを中心に広がり始めた。
 あ、マズい。コレはアレだ。至近距離だと絶対回避できないタイプのスペカだ。
 回避するためには、後ろに下がらないと行けないけど……そうなるともう近づけさせてくれないんだろうなぁ。
 さて、どうするか……。

「甘いわね」



 ―――――――宝符「陰陽宝玉」



 等と一瞬考えている間に、霊夢ちゃんがスペルカードを発動させていた。
 彼女は手元に集めた霊的エネルギーの塊を、掌打の勢いで弾幕に向けて解き放つ。
 弾幕全てをかき消すまでにはいかないが、放たれた霊夢ちゃんのスペカは神子さんの弾幕に大穴を開けてくれた。
 ――よし、隙が出来た!!

「いっけぇぇぇ!!」

 チャージは十分、距離はそこそこ、チャンスは多分今しかない。
 僕は異空間から魔槍を取り出し、神子さん目掛けて全力でぶん投げた。
 七色の光を放ちながら直進する魔槍。しかし――

「そうなると、思っていたよ!!」

 直撃する前に、スペルブレイクした神子さんが回避を試みた。
 強引過ぎる動きでかなり体勢を崩してはいるが、魔槍そのものは完全に外れてしまっている。
 ――まぁでも、そうなる可能性は僕も考慮してましたよ。
 なので当然、対策の方も用意しています。
 僕は精神を集中し、魔槍の飛んでいる先へと転移した。
 やった! 出来た!! 出来るのは分かってたけど、実際に出来るとテンション上がるね!
 
「これぞ、隙を生じぬ二段構え! 魔槍を再利用すればスペカ二枚使わなくても良いよね大作戦!!」

「有り体に言ってセコい」

「僕もそう思う!!」

「だが、恐ろしい追撃だよ。――だからこそ防がせてもらう!!」



 ―――――――光符「グセフラッシュ」



 七色に輝く弾幕が、放射状に放たれていく。
 先程の弾幕よりも広域を意識した、遠近共に密度の高い弾幕だ。
 魔槍の阻害だけでなく、霊夢ちゃんの行動も妨害しているあたりに神子さんの上手さが光る。

「すでに君の魔槍の威力は把握している。この弾幕で相殺する事は出来ないが、防ぐ事なら出来るぞ!」

 確かに、さっきまでの威力なら防がれてしまうだろう。
 かと言って、再度チャージを行っていては体勢を立て直されてしまう。
 と言うか、それはさすがにルール違反だよね? 普通にスペカ二枚目使えって話だよね?
 まぁ、どっちにしろやらないからそんな仮定は無意味だ。
 ――こっちだって、神子さんが対応してくる事はすでに想定しているのだから!!

「この魔槍は、神話の逸話を再現する事で威力を増しています。――つまり、再現する逸話が多くなる程より力が強くなるんですよ!!」

「それはどうい――っ!?」
 
 どうやら、こちらの言葉の意図に気付いたらしい。
 だけど、遅い! 僕は向かってくる魔槍を、あえて‘両足で’受け止めた。
 ――かつて光の御子は、その魔槍を足で投げつけたと言う。
 その神話を新たに再現する事で、魔槍は更なる力を発揮するのだ。

「歯を食いしばる事をオススメしますよ――さっきより、遥かに痛いですからね!!」

 向かってきた勢いをそのままに、僕は身体を回転させて魔槍を神子さんへと解き放った。
 更に勢いを増した魔槍は、神子さんの弾幕を真正面から貫いて彼女に直撃する。
 うん、思った以上にエグい威力出た! 足で投げるだけでデタラメなくらいに威力上がるね!!
 ……とは言え、じゃあこれからはずっと足で投げようと言う事にはなりません。
 何しろ飛んできた勢いを利用するみたいな形で無いと、とてもじゃないけどマトモに槍を投げれないからね!
 いやほんと。さっきだって、実は足先にフックみたいな氷をつけて槍を引っ掛けてただけだからね?
 我ながら、良く投げる形に持ち込めたもんだと自画自賛です。凄いな僕、と言うか不変。

「ぐふ……なかなかやるじゃないか。だが、まだまだ」

「隙あり」

「がっ――」

「わぁ、霊夢ちゃん容赦無い」

「良いのよ。元から、アンタの一撃で弱ったコイツに私がトドメを刺すつもりだったから」

「なにそれ聞き捨てならない。……ひょっとして、さっき協力してくれたのって」

「アンタの一撃でかなりダメージは受けるだろうけど、それでも決着には至らないと思ったからよ」

「つまりハイエナする気満々だったって事じゃないですかー!?」

 酷い! いや、僕も似たような事考えてたから責められないけど!!
 と言うか、こっちが勝手に勘違いしていただけだけど! 
 むしろ、霊夢ちゃんに出し抜くつもりがあったって事実に若干驚いてるくらいだけど!!
 ……あーうん、これは油断してた僕が悪いね。
 しかしだからって、地面に叩きつけられた神子さんの頭をお祓い棒で叩くのはどうなんだろうか。
 もうなんか、普通に事件的絵面だよ。火曜ミステリー劇場だよ。

「……まったく、誰も彼も油断がならないな」

「あら、意外とタフね。聖人って皆そうなのかしら」

 ふらつきながらも、霊夢ちゃんから距離を取る神子さん。
 ダメージはそれなりに有りそうだが、致命的と言うほど弱っているワケでも無いようだ。
 最初に美鈴をKO寸前にした時よりも、僕の魔槍は遥かに威力が上がってたはずなんだけどね。
 うーむ、さすがは聖人だ。……やっぱり聖人って皆肉体派なのかな。

「欲張り過ぎた事は認めよう。弾幕ごっこと言う土壌で戦うには、君達二人はあまりにも強大過ぎた」

「あら、もう降参? 意外と根性は無いのね」

「いいや、諦めたのは華麗なる勝利だよ。――君達二人を下すには、もう少し泥臭い方法を選ばねばならないようだ」

「いえ、そこは格好良い勝利を目指しましょうよ? 妥協しないで頑張りましょう?」

「……君は逞しいなぁ、色々と」

「はい、大変良く言われます」

 でもほら、言うだけならタダだし!
 何事も、挑戦する心が大事だと思うんだ!!

〈そう思うなら、より困難な状況にも挑戦しろよ〉

 あ、そういうのは望まなくても挑戦する羽目になるんで良いです。




[27853] 神霊の章・弐拾陸「雄終完日/超人達の宴」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/07/05 09:22


「はんっ、雑魚共がみっともなく足を引っ張り合ってるわね」

「遅れて辿り着いたおかげで、巻き込まれずに済みましたね!!」

「――真打ちは遅れてやってくる。つまり、そういう事よ」

「つまり、どういう事ですか?」

「……まぁ、良いわ。さっさと進むわよ」

「はい! では魂魄妖夢、吶喊します!!」

「待ちなさい」

「おぶぅっ!?」

「私の話、聞いてた? あそこは負け犬どもの喧嘩場なのよ?」

「そうですね!!」

「無視するのが賢い、分かるわね?」

「そうですね!!!」

「……本当に分かってる?」

「もちろんです!」

「そう、それじゃあもう一度言うわ。――さっさと、先に、進むわよ!」

「了解しました!! では――魂魄妖夢、吶喊します!!」

「全然分かって……あーもう!! 大概にしなさいこの辻斬りバカ!!!」





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾陸「雄終完日/超人達の宴」





「それで、何をする気なのよ」

「私だけで勝ち目が無いのなら、他者の力を借りる。極当たり前の事だよ」

「……他者の力?」

「そこら中に居るだろう? 私を頼ってきた、‘欲’と言う力の塊達が」

 神子さんがそう告げるのと同時に、周囲の神霊達が激しく輝き出した。
 その光の強さに比例して、確かに増していく神子さんの力。
 ――これは、来る!

「あれだけ大口を叩いておきながら、他人の力を借りるのは少々みっともないがね」

「なら止めません?」

「ふふ――さぁ、派手に行くよ!!」



 ―――――――「生まれたての神霊」



 神子さんの背後から、無数の弾幕が川のように流れてくる。
 結構な勢いのソレらだけど、それだけなら僕も霊夢ちゃんも当たりはしない。
 うーん。威力はかなりありそうだし、不規則な速さや動きは警戒に値するものだけど……。
 これだけなら、さっきとそこまで変わってないような気が――!?
 等と思っていたら、避けた弾幕の中で幾つかの弾丸が光量を落としながら一気に急停止した。
 止まったその弾丸達は、弾幕の流れに逆らいながらこちらへ近づいてくる。
 うわ、まさかの追尾式!? しかも精度高い!?

「面倒ね。なら先に、貴女の方を片付けるわ」

 迷いなく弾幕を避けながら、御札を投げつける霊夢ちゃん。
 それを神子さんも回避――しない!?
 棒立ちの彼女は、あえて真正面から霊夢ちゃんの御札を受け止めた。
 ダメージを受けて震える神子さんの身体。しかしすぐさま立ち直る所を見ると、まだ我慢はできる威力だったようだ。
 そして回避を捨てた神子さんが意識を向けたのは、霊夢ちゃんに対する攻撃。
 相打ち――いや、一応はただの人間である霊夢ちゃんの方がダメージは大きいか。
 右腕に結構良いのを貰ったみたいで、彼女は苦々しげに腕を抑えながら神子さんを睨みつける。
 ……マズいな。幾ら何でもアリの霊夢ちゃんでも、身体の頑丈さは人並みだ。
 そう考えるとこの手の耐久作戦は、霊夢ちゃんに有効だと言えなくも無い。……攻撃当てられたらの話だけど。
 回避を捨ててるとはいえ、やるなぁ神子さん。

「我慢比べなら存分に付きあおう。ただし先に倒れるのは、君になるだろうが」

「なるほど、確かに泥臭いわ」

「有言実行は、聖人に最も求められる事だからね」

 ううむ、余裕綽々だなぁ。
 実際これで、霊夢ちゃんの手札は一枚潰されたようなものだ。
 ……とは言え、あくまでこれが通じるのは霊夢ちゃんが相手だから。
 自分で認めるのはアレだけど、僕と神子さんだと明らかに僕の方が頑丈である。
 つまり僕には、何の意味もない手なんだよね。もちろんそれは相手だって把握しているだろうけど。
 しかし僕の周囲には、ちょいちょい露骨に他と違う弾幕が配置されていたりするのです。
 込められてるエネルギー量が違うから、僕が相打ち戦法に走ったら絶対それを使うんだろうなぁ。
 
「と言うか、破れかぶれに見えて結構色々仕込んでますね」

「なに、性分さ」

 うーむ、神子さんってば策士だなぁ。
 ある意味このスペルカードは、弾幕ごっこ本来の意図から大きく外れたものだ。
 あえて言うなら『弾幕による詰み将棋』だろうか。
 一手一手が、相手を確実に仕留める為の道筋を作っている。
 今は問題なく回避出来てるけど、それもどこまで続けさせて貰えるものか。
 どこかで攻めに転じないとダメだけど、攻めようとしたら痛い目に遭う。……思った以上に厄介な状況かも。

「とは言え、破れかぶれなのもまた事実さ。この弾幕は私の余裕の無さの現れだと思ってくれて構わない」

「そう。なら――コイツを真正面からぶち破れば、貴女は終わりなのね」

「否定はしないよ。……だが意外だね。そういう事を言い出すのは、そちらの彼だと思っていたよ」

 僕も、そういうザ・脳筋台詞は僕が言うと思ってました。
 それだけ、霊夢ちゃんは神子さんを警戒しているのだろう。……多分。
 表情が完全にいつも通りだから、彼女が何を考えてるのかはサッパリ分からない。
 だけどまぁ、冗談で無いのは間違い無いだろう。
 少なくともスペカを構える霊夢ちゃんからは、滅多に見られない本気の気配が漂っている。

「私は面倒なのが嫌いなのよ。――捻じ伏せるわ」



 ―――――――「夢想天生」



 宣誓はしたが、何も起こらない。
 そう、何の力の変化も起きないまま――霊夢ちゃんは前へと進んでいく。
 それまで的確にこちらの動きを阻害していた弾幕は、まるで道でも作るかのように彼女を避けている。
 僕と霊夢ちゃんを追尾していた弾幕は、すぐ近くに居るはずの彼女を見失って彷徨っている。
 何者にも縛られない、博麗の巫女の象徴たるスペルカード。
 相変わらずのインチキっぷりだ。と言うか、霊夢ちゃんが無敵モード入ったせいで追尾弾幕が全部こっちに向かってるんですが。
 あ、競争相手に容赦はしないって事ですかそうですか。
 
「はは……これはまた、凄いな」

 それまで何だかんだで飄々としていた神子さんの、その唖然とした呟きには同意する他無い。
 映画「十戒」のワンシーンみたいに、弾幕の海を割りながら悠々とした歩みで神子さんに近付いていく霊夢ちゃん。
 いつの間にか構えていた御幣を、勢い良く神子さん目掛けて振り下ろした。

「おっと! さすがに、棒で叩かれて終わるのは勘弁だね」

「何にしろ叩かれて終わるのは一緒よ。それに、これはありがたい棒だから大丈夫」

「君の神由縁のありがたさだろう? これでも私は、道教の教えを学び広める敬虔な信徒なのだよ」

「私の神様はエライ、アンタの道教もエライ。何の問題も無いわね」

「……もう少し敬意があれば、素直に頷くだろう徳のある言葉だ」

 夢想天生は反則じみた性能だけど、攻撃には適用されない。
 霊夢ちゃんの御幣を、神子さんは舞うような優雅な動きで回避していく。
 お互い、決め手は足りない状況だろうか。
 スペカによる切り替えも出来ないようだし……む、これはひょっとして僕にチャンス?
 いや、僕も追尾してくる弾幕の対処でわりといっぱいっぱいなのだけど。
 ここは何かスペカで、さっきの意趣返しを――

「甘い」

「――がっ!?」
  
 うぇえっ!? モロ当たり!?
 それまで華麗に避けていたはずの御幣が、いきなり神子さんのお腹にクリーンヒットした。
 何かしら、当てる為の細工などをした様子は無かったけど……何がどうしたの?

「うん、だいたいアンタの動きは覚えたわ」

「簡単に言ってくれるよ。……それに君の攻撃、その『夢想天生』とやらはそちらにも使えるのかい?」

「知らない」

 ……まぁ、意識してやってるワケでは無いだろうね。確実に。
 だけどそのぶった斬り解答は、さすがにちょっと取り付く島が無さすぎると言うか何というか。
 ほら、神子さんも何だかしょっぱい顔してるし。
 しかし霊夢ちゃんは、説明責任は果たしたと言わんばかりに攻撃を続行する。
 神子さんも回避や防御を試みるけど、全てが霊夢ちゃんに‘無視’され、打撃を叩きこまれ続けた。
 わぁ、なんだアレずっこい。攻撃力がないから致命打には至ってないけど、逆になぶり殺しみたいになってるじゃん。

「しぶといわね」

「……泥臭くと言っただろう? 思いつく限りの手は打つさ」

「ふぅん、まだやれる事があるんだ」

「ああ。私だけでは使えない、恐らくは唯一無二たる君への対抗手段さ」

 スペカを解除し、全力で後方へと下がる神子さん。
 状況はますます不利になっているが、その瞳に諦めが宿る事は無い。
 神子さんが手に持っている笏を掲げると、周囲から更に神霊が集まり始める。
 ひょっとしたら、墓場や命蓮寺に居た全ての神霊が集まったのでは無いだろうか。
 正真正銘、異変を利用してようやく出せる最大火力。多分それが、神子さんの切り札なのだろう。
 だけど――本当にそれは、霊夢ちゃんに通じるのだろうか?

「数を増やしただけで、私に当たると思われてるのはムカつくわね」

「数を求めて彼らを呼んだワケでは無いさ。求めたのは、神霊と言う名の、欲と言う名の『信仰』だよ」

「どっかの守矢みたいな事するのね、アンタも」

「宗教家だからね。そういう意味では、異端なのは君の方じゃないかい?」

「貰えるなら貰うわよ。集めるつもりは無いけど」

「はは……ある意味羨ましいな、その考え方は」

 霊夢ちゃんの意見に苦笑しながら、神子さんが神霊達から力を引き出す。
 目を覆うような眩い光。だけど、どれだけ眺めても不思議と目が眩むような事は無かった。

「これが私の、今出せる全力だ。出来ればあっさり破る等としないでくれよ?」



 ―――――――「神霊大宇宙」



 まるで、天の川がそのまま流れてきたかのような光景だった。
 圧倒的な光の弾幕。それが霊夢ちゃんと――後、ついでに僕目掛けて襲い掛かってくる。
 あ、どうも。忘れられてるかもしれないけど久遠晶です。ちゃんと戦闘に参加してますよ? 今は何もしてないけど。
 うん、二人が皮肉を交えつつ熱戦している間ずっと蚊帳の外だったんだよ。
 まぁ実のところ、忘れてくれるなら好都合とばかりに黙ってたのも事実だけど。
 ここまで爽快に忘れられると、狙った事なのにちょっと悲しい。
 ……まぁ、霊夢ちゃんはともかく神子さんにはそれだけ余裕が無いって事なのだろう。
 実際、神子さんの切り札を霊夢ちゃんはひょいひょい避けてるし。無敵か。

「おっと危ない」

 こっちにも飛び火してるけど、まだ何とかなるレベルだ。
 ただ、中心部分――神子さんの所へ行くのは、今の僕でもスペカ無しだと厳しいだろうね。
 先程は無敵と評したけど、そもそも本来なら夢想天生状態の霊夢ちゃんに回避なんて行動は必要無いはずだ。
 それはつまり、避けないと危ないと霊夢ちゃんが判断したと言う事。
 それだけの力が、あの弾幕には込められていると言う事だろう。
 やっぱ、聖人ともなると夢想天生にもある程度は対抗出来るんだなぁ。
 ……残念ながら、あくまで対抗できているだけなのが何ともだけど。
 霊夢ちゃんは回避しながら、着々と神子さんに接近しつつある。
 これはもうどーしようも無いね、神子さんに勝ち目は無いと思って良いだろう。


 ――だとしたら、ここが手札の切り時か。


 この状況下で霊夢ちゃんが勝つのをむざむざ見過ごし、「霊夢ちゃん、君がナンバーワンだ」と言うつもりは毛頭ない。
 さっきの意趣返しも兼ねて、美味しい所を真横から頂いちゃいますよ!!
 ……まぁ正直、これからやる事をあまり霊夢ちゃんには見せたくないんだけど。
 渋っていたら好機を逃すからね。不変の最終最強奥義、ここで解禁と行きましょうか!!



 ―――――――「顕魂乗垓」



 スペカの発動と共に、鎧とマフラー、それに腰のロッドが白く輝いていく。
 いや、本当は輝いているワケでは無い。スペカ発動と共に、装身具が‘光そのもの’へと変わっているのだ。
 そしてそんな僕の変化に、霊夢ちゃんと神子さんの二人が即座に反応した。
 うぉう、凄い勢いでこっち見てきてるよ。さっきまで二人共僕の事ガン無視だったじゃん。どうしたの?
 良く分からないけど、注目されてるならとっとと動かないとマズいね。
 それじゃあ、いっちょやりますか!

「ほいっと!」

 真っ直ぐ、神子さんへ向けて駆け出す。
 弾幕の奔流に関しては気にしない、今の状態ではそんなもの――何の障害にもならないからね!!

「せいっ――やぁ!?」

「――っ!!」

 全ての弾幕を突っ切って、僕は神子さんへと肉薄する。
 挨拶代わりに放ったこちらの棍を、彼女は形振り構わない動きで回避しようとした。
 だけど、甘い。ギリギリ掠めるレベルでの回避しか出来ない時点で……いや、そもそもここまでの接近を許した時点で貴女の負けだ!

「これ――はっ」

 ただ掠めただけの一撃で、神子さんの動きが止まった。
 弾幕はあからさまにその勢いを弱め、神子さん自身も棒立ちの状態で首だけをこちらへと向ける。
 今の一撃で、僕のスペカがどんなモノなのかを理解したのだろう。
 驚愕の表情で僕を見る彼女に、更なる追撃を――って霊夢ちゃん来たぁ!?

「助かったわ、ありがと。ソイツは貰って行くわね」

「いやいや、さすがにそこは譲らないよ!?」

「そ、がんばりなさい」

 心の底からどうでも良い様子で、急接近した霊夢ちゃんが御幣と御札を構える。
 うわ、ヤバい。またトンビに油揚げをさらわれる!? とっととトドメささないと!
 僕は避けられた勢いを活かす形で、咄嗟に空中を蹴って方向転換を行った。
 手に持った感触はかつてのままに光と化したロッドで、動けなくなった神子さん目掛けて力任せの一発を振り下ろす。
 それと同じタイミングで射程距離へ入り、下から御幣を振り上げる霊夢ちゃん。
 僕達二人の攻撃は、ほぼ同時に神子さんへと叩きこまれたのだった。

 
 ――あ、念の為言い訳させてください。さすがに最後のツープラトンは偶然の産物です。




[27853] 神霊の章・弐拾漆「雄終完日/顕魂乗垓」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/08/01 17:59

「や~ら~れ~た~」

「ふぅ……ギリギリだったわね」

「うにゅぅ、悔しいなぁ。勝てると思ったのに」

「実際ギリギリだったわよ。次やったら、もう勝てないかもね」

「そんな事言うけど、次も普通に勝つつもりだよね?」

「勝ち目が無いならそもそも戦わないわよ、私は」

「そういう考え方ってさ――お兄ちゃんの考え方とほぼ同じじゃない?」

「ななな、何を言ってるのよ」

「……アリスって、結構面白いよね」

「その、あからさまに晶と同類的な扱いは止めなさい」

「……もう、同類で良いんじゃないかなぁ」

「絶対に嫌」

「今のアリスを見てると、プライドなんて持っててもしょうがないんじゃないかなぁって思っちゃうよね」

「その考え方は晶で危険だから止めておきなさい」

「さすがにあそこまで極端には走らないよ……と言うか、晶で危険って言い方は」

「事実でしょう?」

「あはは……」

「アレはもうちょっと落ち着きを――あら?」

「あれって隙間……だよね?」

「さて、今度は何を始めるのかしらね。あのスキマは」





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾漆「雄終完日/顕魂乗垓」





 んー、これで終わった……のかな?
 警戒心をフル動員しながら、僕は伸ばしたロッドで倒れている神子さんを突っついた。
 ちなみに、僕のスペカはすでにブレイクしている。
 終わってなかった場合、確認じゃなくてトドメになっちゃうからね。
 勿体無いけど、解除しておくのが礼儀だろう。
 ……まぁ、不変状態なら調節は出来そうだけど。そこらへんは今後の訓練次第かな。

「うん、完全に気絶してる」

「気になるなら、もう何発か弾幕を叩きこめば良いじゃない」

「そこまで鬼畜になるのはちょっと……それに、それをキッカケに目覚められたら困るじゃん」

「後半の方が本音よね」

「ハハハ」

 ともかく、これで異変の方は一段落か。
 アレだけいた神霊も、神子さんのスペカの影響ですっからかんになっている。
 ――とりあえず、僕が増やした分はこれで帳消しかな!!

「さて、次はアンタね」

「……何が?」

「何がって、異変の黒幕を退治したら次はアンタの番じゃない」

「いや、さも当然のように言われても。心当たりが何もないんですが」

「アンタ、異変の真の黒幕みたいなもんでしょ。神霊アホみたいに増やしてたし」

「その件に関しては、異変の最初にケジメのパンチを喰らったはずでは!?」

「えっ」

「えっ?」

 何言ってんだ、と言わんばかりのリアクション。
 あっれぇ? じゃあ何であの時、僕はきりもみ回転までしてぶっ飛んだのかなぁ?

「‘とりあえず’殴るって言ったわよ、私」

「保留的な意味だったの!?」

「‘とりあえず’異変の元凶から叩き潰す、とも言ったわ」

「異変の元凶が目の前にいるのに、なんで次がある的な言い方だったのかと思ったら!?」

 それ、完全にラスボスの扱いですよね?
 と言うか神子さん、霊夢ちゃんにとっては前座だったの!?
 ダメだ、なんかもう色々と衝撃的過ぎて目眩がする。
 とりあえず、ライバルとして勝負するつもりだった僕は若干の涙目である。
 
「ちくしょう! どーせ僕は悪の暗黒大皇帝だよ!! 我こそが真なる悪だとか言って高笑いしてるポジションだよ!」

「どっちかと言うと真なるバカよね」

「あくまでも辛辣! せめて、せめて何かのフォローを!!」

「どうでも良いわ」

 知ってた。まぁ、霊夢ちゃんならそう言うよね。
 こっちが落ち込んでいようとお構いなしで攻撃してくるんだから、凹んでる暇すらありゃしない。

「じょーとーだよ! 今の僕を、そう簡単に仕留められると思うなよ!!」

「そうね、勝てないかもしれないわ」

「――へっ?」

 ヤケクソ気味な僕の言葉に、いつも通りの淡々とした様子で霊夢ちゃんが答えた。
 あまりにもいつも通り過ぎて、それが弱音だと気付かなかったくらいだ。
 いや、これは弱音……なのかな? 普通に思った事を言っただけの気がしないでもない。
 とは言え、それはそれで大事だけども。――え、マジっすか?

「えっと、新手のジョーク?」

「何がよ」

「や、いきなり勝てない宣言とかしたからさ。さっきの戦いで全部出しきっちゃったとか?」

「あれくらいならまだ余裕よ。……アンタの切り札さえ無ければ、この後も手こずりはしないでしょうけどね」

 あーなるほど、そういう事か。
 霊夢ちゃんはどうやら、先程の「顕魂乗垓」を警戒しているらしい。
 まぁ、そういうつもりで作ったんだから意識して貰わないと困るんだけど。
 正直な所、ここまで言われるとは思わなかった。
 異変開始前は「自分より強いけど負ける気はしない」だったのが、今や「勝てないかもしれない」である。
 と言うかそんなレベルで評価変わるの? 僕の切り札、そんなにヤバいの?

「‘対夢想天生’――違うわね。‘アンチ夢想天生’と言った所かしら。あの『出来損ない』から良くここまでもっていけたわね」

「……バ、バレバレ?」

「バレバレ」

 うーむ、パッと見では分からないと思ったんだけどなぁ。
 確かに「顕魂乗垓」の大本になってるのは、以前に使った夢想天生モドキだ。
 ただ、あくまでモドキはアイディアの叩き台になっているだけなので、内容的には完全に別物である。
 ……うん、その内容を一言にすると霊夢ちゃんの言う通り「アンチ夢想天生」になっちゃうんですけどね。
 これひょっとしてアレ? 一発で見極められてるいつものパターン? 切り札なんですよー?

「ま、まぁ、叩き台が分かってもどんなスペカまでは分かるま――」

「剣に棍に……それに錠前に鎧かしら。それで纏めて剣棍錠鎧は単純過ぎよね」

「良いじゃん! かっこいいじゃん顕魂乗垓!!」

「『奪う』剣と『封じる』錠前の力を、棍で『繋げ』て鎧で『増幅』する――それを叩き台に乗っけた結果があのスペカなワケか」

「ぶっふー!?」

 本当に初見でモロバレしたー!?
 もうやだ、博麗の巫女怖すぎじゃない!? スペカに利用したアイテム全部バレてるよ!?
 霊夢ちゃんの言った通り、顕魂乗垓は「神剣の力と三叉錠の力を魔法の鎧で増幅して身に纏う」と言うスペルカードだ。
 ‘あらゆるものに縛られない’夢想天生の真逆を行く、’あらゆるものを縛りつける’夢想天生字余りの発展形――だったら良いなぁ。
 うん、そう、あくまでコンセプトが発展形なだけで、実際はなんちゃってアンチ夢想天生なんだよね。
 ま、博麗の巫女の究極奥義なワケだから? アンチとは言え簡単に出来るワケ無いし?
 とりあえずそれらしい形になれば良いのさ! 将来的に必殺技になれば問題なし!! と言う精神で作ってみたんだけど。
 ……実際に使ってみたら、想定以上に出来が良いと言うかアレ? なんか手応えあり過ぎない? と言うか。


 ――やっぱコレ、完成してるよね。


 最終的な目標であるはずの、‘あらゆるものを縛り付ける’所まで行き着いちゃってる気がする。
 だからこそ、霊夢ちゃんがあんな発言しているワケだし。
 いや、どうしてだろうね。何がどうなってこんな超進化したんでしょうか。
 それと――動揺からスルーしてたけど、さっきの霊夢ちゃんの発言でちょっと変な所があったよね。
 
「あのさ、『棍で繋げる』って何の事?」

「……ああ、気付いてないんだ」

「え、何その意味深な言葉」

「アンタ、なんでスペカの名前に棍を混ぜたのよ」

「一応は棍も使ってるし、仲間ハズレは可哀想かなーって」

「つまり、意味は無いけど入れてみただけと」

「さようですけど……」

 え、このロッドってそんな重要な役目を担ってたの?
 ただの軽くて丈夫な棒だと思って、そこそこぞんざいな扱いしてたんだけど……。
 呪われない? もしくは怒られない?

「わりとあっさり貰ったロッドだけど、月の曰くありげな一品だったのかなぁ」

「いや、月は関係無いわよ。そのロッドがそうなったのはアンタのせい」

「え、どういう事?」

「―――」

 あ、あれは説明するのが面倒になった顔だ。
 まーうん、霊夢ちゃんの性格から考えてかなり教えてくれた方だよ。
 後は自力でなんとかしましょう。それでも分からなかったら分かりそうな人に素直に聞こう。
 ……教えてくれる人、一人もいない気もするけどね!
 この手の問題だと、皆分かりやすいくらいにイジメっ子になるからなぁ。
 僕をイジメて楽しんだろうか。楽しいんだろうね。

「とりあえず、倒すわね」

「まぁ、そういう流れになるとは思ってました」

 しかし、最後まで扱いは「とりあえず」かぁ。
 別に良いけどね。霊夢ちゃんが淡々としているのなんていつもの事だし。
 だけどやっぱり寂しいなぁ。そこまで徹底してライバル視してたワケでは無いけど、障害物A扱いは辛いっす。

「…………」

「ん? どうしたのさ霊夢ちゃん、考えこんで」
 
「……………始める前に一つ、提案があるのだけど」

「ほぇ」

「ここからの勝負は、「夢想天生」と「顕魂乗垓」のみで行わない?」

「え、何で?」

 確かに、最終的にはそういう流れになるんだろうけど。
 いきなり最初からそれって、ちょっと飛ばし過ぎじゃありませんか?
 と言うかソレ、事実上ガチンコ勝負の提案ですよね。
 俺の夢想天生とお前の顕魂乗垓、どっちが上か白黒ハッキリさせたろうやないけって事ですよね?

「お互いの奥の手なんだから、切り時とかを考えるのも戦略の一つだと思うんですが」

「まぁ、そうなんだけどね」

 彼女にしては珍しい、歯切れの悪い態度。
 困ったように頬を掻きながら、何か色々と言葉を探して――面倒くさくなったのか普通に口を開いた。

「面白そうじゃない」

「面白そう?」

「無敵の盾と最強の矛。ぶつければどっちが勝つのかなんて、誰もが一度は考える事でしょう?」

「――霊夢ちゃん、頭打った?」

「……たまには、私もそういう事を思うのよ」

 若干の恥ずかしさを含んだ表情で、肩を竦める霊夢ちゃん――含んでるよね? 恥ずかしがってるよね?
 まー、確かに意外と言えば意外だけど、霊夢ちゃんだって年頃の女の子だからねぇ。
 そういう事を考えてもおかしくは無いか。……男の子っぽい夢って気もしないでもないけど。

「とは言え、自分でも正直こんな事を考えるなんて思わなかったけどね」

「あ、やっぱそうなんだ」

「アンタは厄介者の見本市で、事あるごとに色々やらかす黒幕気質だけど――同じくらい面白いと思ったわ」

 それはもう、獰猛と言うのが相応しい素敵な笑顔だった。
 具体的に例えると、絶好調時の幽香さんに近い。色んな意味で近い。
 うん、なるほど――なんか火がついちゃってますね。コレ。
 あの何があっても淡々としているクールっぷりが売りの霊夢ちゃんから、バトルジャンキーの匂いがしてますわ。

「……一応確認するけど、怒ってるワケじゃないんだよね?」

「なんでよ」

「その、博麗の巫女の奥義を魔改造しちゃったワケだし」

「別に独占した覚えも無いわよ。使いたいなら好きに使えば良いじゃないの」

「つまり、そのスマイルに裏は無いと」

「無いわよ」

「……そんなにもお気に召したんですか、僕のスペカ」

「お気に召したワケじゃないけど――夢想天生で、是非とも捻じ伏せてみたいわね」

 本当に‘ワクワク’とした様子で、御幣をクルクル回して見せる霊夢ちゃん。
 正直ちょっと引いた。引いたけど……うん、ソレ以上に嬉しいかも。

「良いよ。うん、力比べしよう」

 少なくとも、障害物Aとして扱われるよりはずっと良い。
 僕はロッドを握り直し、軽くステップを踏みながら小さく距離をとった。
 どちらにせよ、神子さんを同時に仕留めた時点で決着をつける必要はあったんだ。
 なら、より分かりやすい形で勝つ事に異論はない。
 僕だって男の子だからね! 真正面から打ち砕けるならそれが一番さ!!

「負けない――いや、勝たせてもらうよ! 霊夢ちゃん!!」

「わりとどっちでも良いわ」

「あ、そこはいつも通りのスタンスなんですね」

 拍子抜けはしたけど、逆になんか安心しました。
 とにかく、やる事が決まれば後は簡単だ。
 僕と霊夢ちゃんは互いにスペルカードを構えると、ほぼ同じタイミングで発動した。」



 ―――――――「夢想天生」



 ―――――――「顕魂乗垓」



 装身具が光に変わる僕、一見すると何も変わらない霊夢ちゃん。
 恐ろしいほど静かな空気の中で、僕達は一歩ずつ一歩ずつ近付いていき――棍と御幣を、ほぼ同時に振り抜いた。

「はぁぁぁっ!!」

「――疾ッ!」

 激突する、光の棍と御幣。
 縛られない力も、縛りつける力も発動していない。
 それは、二つの力が完全に拮抗している証左だ。

「今のところは、五分と五分!!」

「後は、どちらが先に音を上げるかね」

 そう言いながら、御幣による鋭い突きの連撃を放つ霊夢ちゃん。
 お互いの全力が互角なら、後は相手を弱らせるしか無い。
 能力無しで純粋な技量による対決だから、素のスペックなら色々と不安が残るんだけど……。
 不変状態なら、技量でだって負けてない!!
 僕は霊夢ちゃんの連撃を、同じく突きの連撃で全て叩き落とした。
 よし、これなら――基礎スペックの差でこっちが押せる!!

「てりゃりゃりゃりゃぁ!!!」

「――ちぃっ」

「んでもって、もういっぱぁっつ!!」

「く、甘い!!」

 牽制の連打から、本命の一撃を胴体に叩き込む。
 だけどその一撃が当たる前に、数発の針が僕の肩へと投げ込まれた。
 当然、今の状況下で『奪う』事は出来ない。
 僕は無理矢理身体を反らすが、それでも一本の針が突き刺さってしまった。
 更に霊夢ちゃんは、ロッドの回避を試みるが――さすがにそこまではさせない。
 一気に突きを加速させ、僕はその脇腹に全力の一撃をお見舞いした。

「くぅ……」

「かはっ」

 互いに距離を取り、ダメージを受けた箇所を抑えながら相手を見据える。
 対妖怪用の針だから、直撃しても刺さった以上のダメージは無い。……それでも十分痛いけど。
 しかし、こちらの一撃も思ったより手応えが無かった。残念ながらこの攻防の結果は痛み分けと言った所だろう。

「なかなか、思うようにはいかないね」

「全くね」

「だけど――ふふん、このままやれば勝てるって気がしてきたよ」

「奇遇ね、私もよ」

「なら――」

「改めて――」

「「―――勝負!!!」」

 交差する、僕と彼女の一撃。
 互いの切り札を切っての力比べは、恐ろしい程シンプルな肉弾戦となったのだった。




[27853] 神霊の章・弐拾捌「雄終完日/桟敷席より」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/08/01 21:50


 ――みっともない姿ね。
 
 ――ったく、ニヤニヤしてるんじゃないわよ。

 ――はいはい、おめでとー。

 ――知らないわよ。良いから、そのまま横になってなさい。

 ――何? 何か欲しいものでも……。

 ――貴方ねぇ……はぁ、分かったわよ。

 ――お疲れ様、格好良かったわ。

 ――サ、サービスよ! あくまでもサービス!! そこはスルーしておきなさい!





幻想郷覚書 神霊の章・弐拾捌「雄終完日/桟敷席より」





「いっけぇ! お兄ちゃん、頑張れー!!」

 私の隣で、フランドールがスキマに向かって声援を送っている。
 人間二人が余裕で入れそうな程に広げられたスキマの中では、晶と霊夢が異変の黒幕と戦っていた。
 恐らく、他の場所でも今回の異変に関わった者に向けてスキマが開かれているのだろう。
 
「……これ以上無いほど無駄な隙間の使い方よね、コレ」

「私は嬉しいよ? いつの間にか終わってて、結果だけ知らされるよりもずっと良いもん」

「まぁ、そうなんだけどね」

 私達の近くに隙間が開き、紫の声が聞こえてきたのがつい先程の事だ。
 目的は――信じがたい事だけど、晶と霊夢が異変の元凶を叩く所の中継らしい。
 まぁ、今回のアレは賭けの元締めだ。
 結果証明の為、誰が異変を解決したのか明らかにしておく事も必要なのだろう。
 ……理屈は分かるけど、派手にやり過ぎじゃ無いかしら。

「はぁ、結局はあの二人の競争になっちまったか」

「むむぅ、まさか出遅れてしまうなんて……」

「概ね予想できた事だよ! だから止めろって言っただろうが!!」

「魔理沙と早苗さんだ。どうしたの? 二人だけで」

「幽香と文のヤツが派手にやりあってる所に、天子と妖夢までやってきてな。付き合いきれないから先に進む事にした」

「右に同じです!」

「……ハンデってなんだったのかしら」

 グッダグダね、そうなるとは思ってたけど。
 まぁ、ギリギリの最後になるまでコンビを維持できていただけでも奇跡的か。
 霊夢や早苗あたりは、すぐに個別で行動すると思ってたわ。
 
「そういうお前らは、こんな所で何をしてるんだよ」

「さっきまでは弾幕ごっこ、今は決着がついたから晶達の戦いを見学中ね」

「どっちが勝ったか――は聞くまでも無いか」

「むぐぅ……まだだもん。最終的に、霊夢が勝てば私達の勝ちだもん」

「……その割には、晶の方を応援してたじゃない」

「別に、私が応援したからって結果が変わるワケじゃないしー」

 口を尖らせ、音のしない口笛を吹きながら明後日の方向を見据えるフランドール。
 ますます晶のヤツに似てきたわね……由々しき事態だわ。
 しかし、フランドールの言葉が全て間違ってるワケでも無い。
 二人の戦う姿を見せる隙間だが、こちらからの干渉は一切出来ないようになっている。
 声なんて当然届かないし、恐らくは隙間に入る事も出来ないだろう。本当に見るだけの機能しか存在していないのだ。
 なので、ここでフランドールが誰を応援しようが何の問題も無い。
 ……だからと言って、霊夢そっちのけで晶を応援するのもどうかと思うけれど。

「まー確かに。アイツを応援するくらいなら、馬の耳に念仏でも呟いてる方がまだ建設的だろうぜ」

「霊夢さんですからねぇ。そんなの関係なしに、サクッと異変の元凶を倒しそうです」

「サクッとね。……どうかしら、少し苦戦しているみたいよ」

「……みたいだな。どうやら今回の異変の元凶をは、それなりに出来るヤツみたいじゃないか」

 博麗霊夢は無敵では無いが、それでも非常識な強さを誇る存在だ。
 よほど戦闘に特化した妖怪でも無い限り、初見で彼女に勝つのは相当に困難な事だろう。
 現役の神である守矢神社の二柱でさえ、霊夢の撃退に入念過ぎる程の準備をしていたとの事だ。
 それでも、通用したのは一度だけ。
 二戦目はほぼ霊夢による蹂躙だったと言うのだから、本当にあの巫女はタチが悪い。

「あれだけの力を持っているなら、この一戦は勝てたかもしれないわね。――霊夢だけなら」

「だよなぁ……クソ、霊夢だけならまだチャンスがあったんだけどな」

 異変の元凶は、霊夢を追いつめる程度の力は持っている。
 が、霊夢と同じ――ヘタすればソレ以上の存在が居るなら話は別だ。
 聖白蓮に使用した面……不変だったかしら? を装着した晶は、霊夢のオマケとするには明らかに強すぎた。

「まさかの新フォームですか。しかも晶君、滅茶苦茶強く無いですか?」

「凄いよねー。アレは『巧い』って言うのかな? 出鱈目っぷりも酷くなってるけど、何より安定感が増した気がするね」

「安定感は普段の晶から最も縁遠い言葉だものね。……さすがにこの流れで、二人が負ける事は無いでしょう」

「後はどっちが先に倒すか、だな。ま、十中八九霊夢だろうが」

「そんな事無いよ! お兄ちゃんは出来る子だもん!!」

「……出来る子って言い方もだが、一応は霊夢の相棒であるお前がアイツのフォローするのはどうなんだよ」

「負けてられませんよ、アリスさん! さ、一言どうぞ!!」

「……場が動いたわね」

「うーん、実にセメントです。――ありゃ」

 私達が雑談している間に、いつの間にか霊夢が動き出していた。
 博麗の巫女の最終奥義である夢想天生を使い、異変の元凶へと近付いていく。
 元凶もスペカで対抗しているけど……やっぱり霊夢のほうが一枚上手ね。
 晶も、さすがにこの状況をひっくり返すのは難しいんじゃ無いかしら。
 不変は十分に強いのだけど、夢想天生込みの霊夢は少しばかり別格過ぎる――

「――は?」

「――えっ?」

「――っ!」

「――うそ」

 様子をうかがっていた晶も、スペルカードを発動する。
 その瞬間――世界は‘書き換わった’。
 晶の纏う鎧が、装飾品が、全て光へと変わっていく。
 同時に晶の内から溢れ出る圧倒的な力。――けれども、それですら‘些細な違い’に過ぎない。
 
「おい、ちょっと待て。なんだアレは」

「私も知らないわ。一緒に居た時には、使うどころか存在の示唆すらしなかったもの」

 ただ、そこに居る。それを隙間越しに見ているだけだと言うのに手の震えが止まらない。
 果たして、今の晶をどう表現すれば良いのだろうか。
 あえて言うなら、世界と言うキャンバスにぽっかりと開いた‘孔’だ。
 そこにどんな色が塗ってあろうと無関係に、全てを深い奈落の底へと引きずり込む闇。
 アレがどういうスペルカードかは分からない。分からないが――間違いない、アレは久遠晶の切り札だ。

「なんだろう……お兄ちゃんの神剣にちょっと似てるけど、全然違う気もする」

「私は霊夢さんの夢想天生に似ている気がしますね。夢想天生の要素を片っ端から反対にしていったらソックリですよ、きっと!」

「それは似てないって事じゃないのかよ」

 心の底から軽口を叩けているのは、恐らく東風谷早苗くらいだろう。
 フランドールも魔理沙も――特に後者が口を動かすのは、晶から感じる‘恐怖’を誤魔化す為に他ならない。
 そう、私達ですらそうなのだ。当事者である彼女達が今の晶に気付かないワケが無かった。
 霊夢と元凶は動きを止め、そこに存在する‘異常’へと目を向ける。
 晶を見つめる二人の顔に浮かぶのは、確かな驚愕の感情。
 戦う場である事を忘れて惚ける二人に向けて、‘形のある虚無’が足を進めた。
 
「――――」

 隙間の向こう側で、晶が何か言葉を発した。
 まぁ、大した内容では無いだろう。いつものように、下らない事を言ったに違いない。
 ……全体を俯瞰出来るよう、隙間が離れた位置に開いているから向こうの声は聞き取り辛いのよね。
 とは言え、晶の‘中身’が変わっていない事は分かる。
 あれほどの異常を身に纏いながら、それでもいつもと変わらぬ調子で前へと進む晶。
 彼を防ごうと動く弾幕は、その身に近づく前に消滅していく。
 やはり、フランドールの言う通り神剣の発展形スペルカードなのだろうか。
 そう思っている間に、肉薄した晶のロッドが元凶に避けられ――次の瞬間に、異変の元凶の動きが止まった。

「……気のせいか? 晶の攻撃がスカった瞬間、弾幕が一気に減った気がするんだが」

「いえ、間違いじゃないわね。明確に力が弱まってる……それに、避けたはずの本人の動きもおかしいわ」

「んむー……隙間越しなんで判断に困りますが、多分アレ色々と封印されてますねー。力を奪われて残りも封印――ハメですか」

「――えっ。早苗さんって、そういうの分かるの?」

「ワタシ、風祝。封印、トテモ、詳しい。OK?」

「なんでカタコトになるのよ」

 正直、私も同じような事を思ったわ。
 それはともかく、早苗の言葉が事実ならあのスペルカードはとんでもないシロモノだ。
 直撃どころか、掠めた時点でアウトとは……今までも出鱈目な技が多かったけど、これはその極みと言っても過言では無いだろう。
 これでは、幾ら異変の元凶と言えど――あっ。

「終わったな」

「終わったわね……」

 即座に放たれた晶の追撃に、持ち直した霊夢の攻撃が重なる。
 狙いは当然、異変の元凶。
 無防備な体勢で二人の攻撃を喰らった元凶は、目を回しながら地面へ落ちていった。

「見事なツープラトンでした。聖魔共闘撃デュエルアタックとか、それっぽい名前でもつけましょうか」

「お姉様みたいなネーミングセンスなのは置いておくとして……どっちが聖なの?」

「………………むむむ」

「そこは一応、巫女である霊夢を聖にしておきなさいよ」

 アレを『聖』と呼ぶのに、抵抗があるのも分かるけれどね。
 しかし、狙ったかのような同時攻撃だったわ。
 ……この場合、どちらが仕留めた事になるのかしら。
 別段、賭けの勝ち負けに興味は無いのだけども。
 ハッキリさせておかないと、変な禍根になる可能性はあるものね。

「さて、これで元凶は倒したが問題はどっちが――おっと、議論する必要は無いみたいだな」

「うわぁ、霊夢さんやる気満々ですね……」

 晶に対して御幣をつきつける霊夢。
 相変わらず会話の内容は聞こえてこないけど、晶の困惑ぶりで概ね想像はつく。
 大方、異変に関わったから退治するとか言っているのだろう。
 ……まぁ、間違ってはいないわね。実際にやらかしてるワケだし。
 だけどどうやら晶自身は、ライバルと言う形での決着を望んでいたようだ。
 うん、そうね。少しくらいは同情してあげるわ。少しだけだし、同情するだけだけど――ん?

「あ、お兄ちゃんも構えた!」

 しばらく問答を続けた所で、覚悟を決めた様子の晶が拳を構えた。
 ただし、しぶしぶと言った感じでは無い。どちらかと言うと――楽しそう?
 何を話したのかは分からないけど、どうやら少しは晶の望みも聞き届けられたようだ。
 晶と霊夢は少し離れてスペルカードを構えると、宣誓と同時に互いに向かって駆け出した。

「またさっきのスペカ――ですけど、今度はさっきほどの威圧感が無いですよね?」

「使えば使うほど弱まる……ワケでは無さそうね。と言う事は、多分霊夢の――」

「夢想天生、か」

 なんとも言えない表情で、魔理沙が私の言葉を引き継ぎつつ呟いた。
 霊夢の切り札。全てを避けるあのスペカが、晶の奥の手を無効化している可能性は高い。
 だが逆に、晶の奥の手も霊夢の切り札を封じていた。
 二人の力は五分。だからこそ、二人の決着は単純な技量の比べ合いとなっている。
 御幣とロッドを振り回しながら、両者は踊るように互いの間を詰めていった。
 
「お兄ちゃん、そこだ! 右!! ああ、惜しいぃ!」

「だから、少しくらいは霊夢の事を――はぁ、もう良いわ」

「お二人の戦いが、凄い高度なのは分かるんですけど……絵柄的には地味ですよね、かなり」

「…………そーだな」

「魔理沙さん?」

 二人の戦いを眺めていた魔理沙が、しかめっ面で踵を返した。
 私、興味ありませんよ。みたいな風を装っているが、晶と霊夢を強く意識しているのが見え見えだ。
 ……まぁ、そういう反応になるでしょうね。
 魔理沙が霊夢を特別視している事は、私もそれなりに知っている。
 異変に毎回首を突っ込んでいる理由も、半分くらいは霊夢に対する対抗心なのだろう。
 どう足掻いても‘凡人’である霧雨魔理沙にとって、決して超えられない壁である‘天才’博麗霊夢。
 その彼女が今、晶を倒すために全力を尽くしている。
 普段の飄々とした表情が嘘のように、どこか喜色を感じさせる顔で御幣を振るう霊夢。
 ――その姿を一番引き出したいと思っていたのは、間違いなく魔理沙だろう。

「見ていかないんですか? どっちが勝つか、気になるでしょう?」

「どーでも良いよ。私の関わらない勝負に興味は無いぜ」

「さっきまでは興味津々だったじゃないですか――あっ!」

「な、なんだよ」

「さては――嫉妬ですね!!」

「――っ!?」

「この戦いに勝った方が異変を解決した事になる、それが羨ましいんでしょう!!」

 ……また、ギリギリの所を攻めたわね。本人は意図してなかったでしょうけど。
 図星を突かれた所でスカされ、気勢を削がれた魔理沙が小さくつんのめる。
 一応、早苗の指摘も間違ってはいないでしょうけどね。
 やれやれ――

「魔理沙も意地っ張りだよねー。素直に、お兄ちゃんが妬ましいって言えば良いのに」

「…………」

「何? 私がどうかした?」

「この場で一番聡いのは、多分貴女ね。フランドール」

「えへへー、そうかなぁ? それだったら嬉し――あっ!」

「ん?」

 はにかんでいたフランドールが、慌てた様子で隙間に視線を向けた。
 同時に隙間から鳴り響く、派手な打撃音。
 振り返った私達の目の前で、勝負の決着がつけられたのだった。




[27853] 神霊の章・弐拾玖「雄終完日/異変はまだまだ終わらない」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/08/16 00:06


 戦いの中で思い出していたのは、以前にあった夢想天生同士の重ね合いだ。

 永遠とも思える一瞬の中で行われた、およそ激突とも言えなかった僕と霊夢ちゃんとの勝負。

 何も分からないままに力を振るい、何も分からないまま線を越える。

 今にして思えば、夢想天生の力に呑まれていた結果だろう。

 最終的に意識を失ったのは、僕の未熟さを表す何よりの証拠だ。

 ……あれから、多少なりとも成長した自覚はある。

 顕魂乗垓――対夢想天生用の切り札も、偶然だけど形にはなった。

 夢想天生を相殺されてもなお、霊夢ちゃんは強いけど――。

 それでも、負けない。

 意識はハッキリとしてる、自分がどんな力を振るっているのかも……ぼんやりだけど理解している。

 だから、あの時と同じ轍を踏んでたまるもんか!!

 顕魂乗垓と夢想天生。二つの力が互いを相殺していたとしても、それで僕の全ての力が失われているワケじゃない。

 不変による強化が残っている以上――自棄になる必要は無い、賭けに逃げる必要も無い。

 堅実に、確実に。先の先まで予測して、きっちり対策して、全力で勝利を奪い取る!

 今の僕に――それが不可能であるものか!!


「どっせぇぇぇぇぇい!!!」


 攻防の末に、僕のロッドが霊夢ちゃんに直撃する。

 お互い、そこそこのダメージを喰らってボロボロのはずだ。

 この状況下でこの一撃は耐えられない。

 ゆっくりと倒れる霊夢ちゃんの姿を確認した僕は、大きな声で天に吠えた。


「僕の、勝ちだぁぁぁぁぁあああ!!」


 ――まぁ、その後で力尽きてぶっ倒れたワケですが。

 いちいち決まらないのが僕。知ってた。

 



幻想郷覚書 神霊の章・弐拾玖「雄終完日/異変はまだまだ終わらない」





「だが待ってほしい、完璧過ぎないのがチャームポイントとは考えられないだろうか」

「寝言は寝て言いなさい」

「……はれ?」

 自分自身に言い訳をブチかましていると、いつのまにやら居たアリスからツッコミが入った。
 よく見ると、場所も命蓮寺の中に移動しているみたいだし。
 アレ? ひょっとして、夢オチ?
 あの格好良い勝利シーンは、倒れた僕の願望的なサムシングだったんですか?
 ……いや、さすがにそこまでの妄想癖は持っていないはず。
 ちゃんと手応えはあったし、そこから大の字で倒れるまでの記憶はハッキリとしてる。大丈夫。

「…………僕、勝ったよね?」

「自分でそう宣言したじゃないの」

「良かった、夢じゃなかったか。……でも、何で僕はここに居てアリスに介抱されてるの?」

「……覚えてないの?」

「えっと、霊夢ちゃんを倒した所までは辛うじて」

「倒れた貴方を回収しに来た私達と、会話した事は覚えてる?」

「んな事あったの!?」

 ヤバい、本格的にそこらへんの記憶が無い。
 会話までしたのに欠片も覚えてないとか、若年性健忘症の恐れが!?
 あーでも、倒れた直後から意識は朦朧としてたけど、それなりに元気は残っていた気もする。
 その状態で曖昧なまま会話をした可能性が……ありそう。わりかしありそう。

「ふーん、覚えてないんだ」

「うぐ、すいま――せ?」

 あら? なんか、アリスさんホッとしてない?
 会話丸々バッサリ忘れてるのに、このリアクションはどういう――ふむ。
 魅魔様か神綺さん、解説よろしく。
 
〈いつも通りに見えつつも、実は微妙にテンションが上ってたアリス痛恨の失言〉

〈アリスちゃんったら、貴方が勝って凄いはしゃいでたのよ? だからいつもより素直になったのね〉

 ナニソレ超見たかった。いや、見てるはずなんだけど。

「ワンスモアプリーズ! もう一度、やり直し要求します!!」

「死ね」

「あらやだ、いまだかつて無いセメント対応」

 そんなにか……そんなにもアレな失言だったのか。
 知りたい、超知りたい。魅魔様か神綺さん、内容を教えてください!

〈仕方ないなぁ、超面白そうだから教え―――gggg〉

 あれ、魅魔様? 神綺さん?

「試作してみたこの『スピリット・ジャマー(仮)』、ちゃんと効果があったみたいね」

「え、ナニソレ」

「大した効果じゃ無いわよ。一時的に貴方と魅魔、神綺様との繋がりを邪魔して交信出来なくする道具ね」

「完全に靈異面、怪綺面対策だー!?」

 やだ、そんなの用意してたの怖い。
 そしてソレを、こんなどうでも良い場面で使う彼女が一番怖い。

「……良いからほら、もうちょっと寝てなさい。貴方だって多少は疲れてるんだから」

「優しさ全開風に語ってるけど、単に話を誤魔化してる事実を僕は忘れれれれ」

「マッサージだから」

「まだだだだ何も言ってななななな」

「マッサージだから」

「わわわ分かった! 分かったから開放して!!」

「分かればよろしい」

 ふひー、身体中ギッチギチに痛い。
 と言うか何さ今の謎関節技、アリスさんなんか無駄にテクニカルになってない?
 どう仕掛けられたのかサッパリ分からなかったんだけど。……着実に柔の技を極めつつあるよね。

「さて、それじゃあ貴方が倒れた後の事を話しましょうか」

「……その後にも何かあったの?」

「まぁ、異変に関しては何も無いわ。貴方達が元凶を叩いて終了よ」

「異変以外ではあったんだ」

「アンタの姉が、「元凶は晶が倒したけど、コンビと離れて活動してたので失格」って言い出したのよ」

「……あー、つまり無効試合になったって事ですね」

「いえ、「勝利者無し」として賭けそのものは有効としたみたいよ」

「紫ねーさまぁ……」

 そんな火種にニトログリセリンぶっこむような真似したら、色々荒れるに決まってるじゃないですか。
 ワザとですか、ねーさま。……ワザっとっぽいなぁ。

「今は、八雲紫狩猟後夜祭の真っ最中ね」

「何それ、後夜祭なのに一番規模が大きそう」

「幻想郷を巻き込んだ百鬼夜行みたいになってるわ。……今日は、家に籠もった方が身のためね」

 神子さんの異変が前座になるレベルじゃないですかソレー!?
 わぁ、人里の外どころか命蓮寺からすら出たくない。
 果たして、どれだけの人間妖怪神様達がねーさまを探してるんだろうか。
 良く分からないけど、一つだけ分かる事がある。……確実に紫ねーさまは見つからないんだろうなぁ。

「ところで、他の異変参加者達は何してるの? ねーさま狩り?」

「同じように命蓮寺で寛いでるわ。さすがに、もう外に出る気も無いんじゃない?」

「まー、そもそもにしてやる気の出ない祭だしねぇ」

「ちなみに、すでにやる気皆無で明日になるまでずっと寝る宣言した巫女から伝言があるわよ」

「え、参加者達が全員命蓮寺で寛いでるって事は霊夢ちゃんもだよね? あの子、命蓮寺でずっと寝るつもりなの!?」

 外の世界では神仏習合とかやってるけど、こっちは普通に別モノ扱いなはず。
 言わば商売敵なのに堂々とお寺で寝るとか、肝が太いってレベルじゃ済まない気がする。

「勝った気がしないなぁ。いや、確かに勝ったんだけど。実感が湧かないと言うか……」

「なら丁度いいわね」

「何が?」

「言ったでしょう? 伝言があるって――「次は勝つ」だそうよ」

「…………」

「口元、緩んでるわよ」

「べ、別に緩んでねーし。至って普通だし」

「……ふふ」

 うぐ、物凄い生暖かい笑顔を向けられてしまった。
 いやだって、あの霊夢ちゃんがだよ? よもやそういう類の台詞を言うなんてねぇ……。
 この一言だけでも、十分に頑張ったかいがあるってもんですよ。
 ってアレ、なんすかアリスさん? 生暖かった笑顔が生温い感じになってますが。

「ま、頑張りなさいよ。今後は今まで以上に大変な事になるだろうけど」

「……へっ?」

「異変の元凶との戦いも、その後の霊夢との戦いも――全部、隙間から見てたわよ」

「パ、パードゥン?」

「「不変」はもちろん、「顕魂乗垓」を使う所もバッチリ見たわ。多分賭けの参加者全員が見たでしょうね」

「……酷くない?」

 僕の切り札中の切り札が、ただの一回で周知の事実に!?
 ねーさま何してくれてんの!? ワザと? ワザとなの――まぁ、ワザとなんだろうなぁ。
 さすがに「顕魂乗垓」レベルの力は、弟と言えど見過ごせないって事なのか。
 つまりコレは一種の牽制、なんだろう。そういう所はさすがねーさまと言わざるを得ない。
 でも、もうちょっと加減してくれても良いんじゃないかな?
 せめて顕魂乗垓をもうちょっと使わせてもらってからでも……ああ、あんなモノ頻繁に使われても困る? 仰るとおりで。

「それだけの力が今の貴方にはあるって事よ。霊夢も倒した事だし――今後は、今まで以上に狙われる事になるわね」

「マジっすか……」

 いやまぁ確かに、霊夢ちゃんに勝てるくらいの力があれば狙われるのもやむなしって感じだけど。
 出来れば、僕はもうちょっと平穏な生活を過ごしたかったなぁ。

「ま、今更と言えば今更の話だけど」

「そう言われるとその通り過ぎて、もうなんて言えば良いのか」

「それに、一回見ただけであんな出鱈目な切り札何とか出来るヤツなんて早々いないわよ」

「霊夢ちゃんはほぼ一発で対応しましたが」

「あんな特例中の特例を一般例みたいに言われても困るんだけど?」

 それもそうか。さすがに、誰も彼も霊夢ちゃんみたいに対応出来るワケないよね。
 と言うか、夢想天生クラスのスペカを標準装備されてても困ります。どんな修羅の国だ幻想郷。
 ……とは言え、だ。幾ら最強の切り札とは言え、常に通じると思うのは甘い考えだろう。
 まぁ、そもそも「不変」そのものが気軽に使えない技だしね。
 不変抜きでの勝率も上げないとなぁ……課題はいっぱいだ。

「やれやれ、どっちにしろ気が重いよ。――とりあえず今日だけは、全て忘れてゆっくりしよう」

「ま、そうしなさい。さすがに今日はコレ以上のトラブルは――」

「ただいま! 皆、戻ったわよ!」

「――前言撤回、まだまだ終わりそうに無いわね」

 わー、フラグ回収超はやーい。
 勢い良く扉を開き部屋に入ってきたのは、ちょっと前に旅に出たはずの封獣ぬえさんだった。
 ……少なくとも、帰ってきたって噂は聞いてなかったよね。
 更に彼女の後ろには、見知らぬ妖怪の姿が。
 あ、これは凄い厄介事の匂いがする。絶対何か面倒な事になる。

「……あれ、誰かと思えば人間災害じゃない。何で命蓮寺に居るの?」

「まぁ、色々とありまして。そういうぬえさんは――目的を果たしてご帰還ですか?」

「ふふん、そうよ。彼女が私の……いえ、命蓮寺の新しい協力者!」

「二ッ岩マミゾウじゃ、よろしく頼む」

 やたら古風な喋り方で、マミゾウと名乗った女性は右手を軽く振った。
 外見は――なんていうか、モロに狸。隠す気のない尻尾と耳に、手に持った酒瓶と頭に乗せた葉っぱ。
 ここまで分かりやすい外見をしてくれていると、無意味に拍手を送りたくなる。
 だけど何だろう。この妙な違和感と言うか、既視感と言うか……んんっ?

「お主が噂の人間災害か。なるほど、人間らしからぬ強大な力を感じるのぅ」

「…………」

「ん、なんじゃ? ワシの顔に何かついているか?」

「――ひょっとして、マミさんですか?」

「うむ、そう名乗ったが?」

「そうじゃなくてえっと……外の世界で会いましたよね」

「外の世界で?」

「あ、そういえば以前と外見変わってたっけ。僕です、久遠晶です」

「久遠晶……むむっ、ひょっとして晶坊か!?」

「そうです、お久しぶりですね。――と言うか、マミさん妖怪だったんですね」

 まぁ、出会ったのは外の世界での事だからなぁ。
 当時の僕はただの一般人だったし、わざわざ妖怪だなんて自称はしないだろう。
 ――っと、アリスとぬえさんが置いてきぼりくらって怪訝そうにしてるね。

「……人間災害とマミゾウって知り合いなの?」

「うん、外の世界で道に迷った所を助けてもらってね。まぁ、それだけと言えばそれだけなんだけど」

 あれは僕が、幻想郷を探し求めて夏休みに旅をしていた頃の話だ。
 確か、東北地方に行った時だったかな?
 勘に任せて動いた結果、見事に迷子になった僕の前に現れたのがマミさんだった。
 途方に暮れている僕を優しく案内してくれて、おまけにお菓子までくれて……あのお菓子美味しかったなぁ。

「あそこでマミさんに助けて貰わなかったら、僕はどうなっていた事やら」

「はっはっは、礼なぞいらんよ。―ーぶっちゃけ、隠れ里に近付かれてたから追い払っただけじゃしな」

「え、そうだったんですか!?」

「おうよ、一直線に里に向かってくるから何事かと思ったわい。妖怪退治屋かと思ったらただの人間じゃったしな」

「適当に歩いてただけなんですけどねー」

「……外の世界に居た頃から、か」

 いや、本当に偶然だから。だからその呆れた目は勘弁してくださいアリスさん。
 しかし……隠れ里かぁ。マミさんが妖怪である事を考慮すると、幻想郷みたいな所なんだろうね。
 辿りつけなかったのが残念なような、むしろ見つけなくて逆にホッとしたような。

「ま、何にせよ昔の話じゃ。お互いその時とは状況が違うしの、改めてよろしく頼む」

「あはは、そうですね。こちらこそ改めてよろしくです」

「しかし聞いてた話と違うのう。命蓮寺に人間の協力者はおらんと聞いておったが」
 
「えっ」

「そういえば……人間災害、正式に命蓮寺の人になったんだ」

「えっ」

 いや、僕はただここで寝てただけで命蓮寺とはほぼ関係無いんですけど?
 ……まぁ確かに、こんだけ堂々と寛いでいて無関係はさすがに説得力が無いか。
 とりあえず否定しないと――と、思った所で何故か手を掴まれた。
 掴んで来たのはぬえさんで、どうしてか期待に溢れた表情をしている。
 あ、これはダメだ。弁明を入れる余地一切無さそう。

「それじゃ丁度良いから、一緒にマミゾウの紹介をしに行きましょうか」

「いやあの、僕はですね……」

「まずは聖ね! 真っ先に聖に紹介しないと!!」

「えっと、白蓮さんは今外出中だから真っ先には無理があると……」

「あ、そうなんだ……じゃ、外に探しに行きましょう!」

「――え゛っ」

 今のこの、八雲紫狩猟後夜祭真っ只中の外に行くの?
 それは、鴨がネギとダシと鍋を背負って歩く事と何が違うんでしょうか?
 と言うかそれ以前に、僕は命蓮寺と何の関係も――うひょぅ!?
 ぬえさん意外と力強い!? いや違う、僕が微妙に弱ってて抵抗出来ないんだ!?
 ヤバいヤバい、引っ張られる。助けてアリスさん!

「……行ってらっしゃい」

 ああ、係わり合い完全拒否の笑顔!? 神は死んだ!

「止めてー!! 絶対何かある! 絶対ロクでもない事になる!!」

「大袈裟ねぇ、ただ聖を探すだけじゃない」

「僕の危機感知センサーが言ってるんだよ! 今外に出るのは危険だって!!」

「あれだけ強い癖に、人間災害は意外と臆病なのねぇ」

「ダメだ! この人何も分かって無い!? マミさん、せめてマミさんがストップを!!」

「――面白そうじゃからこのまま行こうか」

「こっちはこっちで問題思考だぁぁぁ!」

 異変終わったよね? それなのに、なんでまたトラブルに首を突っ込もうとしてるの?
 そうして無情に連れ去られていく僕。アリスはそれを、ずっと生暖かい目で見守っていたのでした。
 ちくしょう、後で覚えてろよぅ!


 ――ちなみに白蓮さん探しですが……まぁ、一応は上手く行きましたと言っておきます。色々犠牲もあったけどネ!




[27853] 終章「心綺逸転/彷徨う面と揺蕩う狸」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/08/30 01:20


「――この、ここ最近の意味の分からない忙しさはなんなんだろうか」

「皆、やたらと血気盛んと言うか……テンションが無駄に高いと言うか……」

「突然始まる弾幕ごっこ、いや、それはいつもの事だけど」

「その後どこからともかく現れて、無責任な煽りとヤジを飛ばすお客様方は本当になんなんだろう」

「大体は人間だから、人里の関係者なのかな?」

「しかもまぁ、ギリギリ人里外でも平然と出てくるあのガッツ」

「さすがと褒めていいのだろうか、アレ」

「やっぱり上白沢先生に直接聞いてみるべきかなぁ。……聞きたいけど、人里に行くと高確率でロクでも無い事になるんだよね」

「――そこらへん、どう思うパルパル?」

「知らないわよ!! うるさいわよ! 纏わりつかないでよ!?」

「そう言わずに構ってよー。地上は怖い所なんじゃ……」

「私は、アンタが、怖いわよ!!」

「ハハッ、ナイスジョーク」

「なんかもう一周回って妬ましいわ!!」





幻想郷覚書 終章「心綺逸転/彷徨う面と揺蕩う狸」





「酒はしづかに飲むべかりけり……とは良く言うが、やはり一人酒の気分では無いのぉ」

 盃に映る月を一口で飲み干し、ワシは小さくため息を吐いた。
 正直、酒の味なぞさっぱり分からん。我ながら勿体無い飲み方をしとるのぉ。
 忌々しい……と少しでも思えれば良いのだろうが、晶坊を恨むのも逆恨みじゃしな。
 まったく、困ったもんじゃて――んむ?

「なんじゃ客か? なかなか目聡い――と言いたい所じゃが、残念ながらここはもう店仕舞い」

「面、私の面を知らないか?」

「……これはまた、とんでもない客人が来たのぉ」

 顔を合わせるのは初めてじゃが、目の前の人物が何者かは良く知っておる。
 人里から希望の感情を奪い、歪んだ祭りを引き起こした張本人。
 どのような輩かと思えば、よもや付喪神じゃったとはな。
 見たところかなりの年季物じゃが……ふむ、それにしては妙に安定しとらんな。
 ひょっとすると、それが異変の原因なのかの?
 良く分からんが――出会った以上、放っておくワケにもいかんわなぁ。

「ワシは二ッ岩マミゾウ、しがない狸妖怪じゃよ。お主は?」

「こころ……秦こころ。感情を司る、面の付喪神」

「こころか、良い名じゃの。それでこころよ、お前さんなんで人里の外に出てきたんじゃ?」

「私の面を探してる。希望の面、アレが無いと大変な事になる」

「実際、人里は大変な事になっておるはずじゃからの。……しかし、外にまで出てきた理由にはなるまい」

 異変の原因が面の喪失ならば、かなり前からコヤツは面を探していた事になる。
 しかしその間に、この付喪神が人里から出た様子は無かった。
 少なくともワシが見ていた範囲では確実じゃな。何しろ断念したが、ワシも異変に乗じてアレコレ企んでおったからなぁ。

「人里が……何だか良く分からない事になった」

「――はっ?」

「感情が欠けた状態なのに、無理矢理に安定されつつある」

「ふむ、何者かが対策を打ったと言う事か?」

「分からない。犯人も見つからないし、人里はどんどんおかしくなるから、途方に暮れて外に出てきた」

 ……何故、異変の犯人が途方に暮れておるのじゃろうか。
 本人の言からして、意図して起こしたワケでは無いのじゃろうが。
 それでも、「何が起きているのか分からない」等とまで言う事態になるのは異常過ぎる。
 ――仕方無いか。ワシも一応は命蓮寺の所属、人里の危機は捨ておけん。
 一人で酒を呑むのも飽きてきた事じゃし、ここはマミゾウさんが重い腰を上げるとするかの。

「良し、こころとやら。お主の悩みをワシが解決してやろう」

「希望の面、どこにあるのか知ってるのか?」

「残念ながら知らん。が、心当たり――の心当たりならあるぞ」

「……なんだそれは?」

「この幻想郷には一人、トラブルの専門家みたいなのがおってな。久遠晶と言うのじゃが」

 心優しいワシは、どういう意味での専門家なのかは言わん。武士の情けと言うヤツじゃな。

「アヤツなら、恐らくは今回の異変に関しても何か知っておるじゃろう」

 と言うか、下手したらアヤツが今回の異変の黒幕じゃろうな。
 付き合いは浅いが、晶坊の破天荒っぷりはそれなりに理解しておる。
 ……つい先日も、坊の恐ろしさをその身に叩きこまれたワケじゃしな。

「そんなヤツが居るのか。なら、私に紹介してくれ」

「任せろ――と言いたい所じゃが、アヤツがどこにおるかはワシも分からん」

 何しろ、行動範囲がやたら広いからのぅ。
 それでも数日前のワシなら、どこに居るのかある程度は絞れたろうがな。
 今は無理じゃ、なーんにも分からん。
 せめて、他の狸共が少しでも残って居れば話が違ってくるのじゃが。
 ……アヤツらは全員、晶坊にコテンパンにされてしまったからの。
 
「これを計算でやっていたのなら、晶坊はワシら以上の狸じゃな……」

 まぁ、さすがにソレは無いじゃろう。
 ――と言うか、アレが演技ならさしものワシも人間不信になるぞ。


 予想だもしなかった、と言った表情で我々の前に現れ。


 あの手この手で化かそうとする我々に、「狸さん達は何をしてるんだろう」と素で不思議そうな顔をし。実際に口にし。


 挙句の果てには何をされてるのか遅まきに気付き、見え見えな作り笑いで騙されたフリをする。
 
 
 狸共のプライド、真っ二つにへし折れたわい。
 確かに、正体不明を無効化する能力を持っている……とぬえのヤツからは聞いていた。
 しかしよもや、ワシの力すら及ばぬとは思わなんだ。狸なのに蛙とはコレ如何に――と言った所か。
 ……まぁ、その時のワシらは異変に便乗して人間や妖怪を化かして遊んでおったからな。
 被害者ぶるつもりは無い。相応のバチが当たったと言う所じゃろう。
 問題は、バチを当てた当人にそのつもりが無かったどころかバチを当てた自覚すら無かった事じゃがの。
 うむ、逆ギレと分かっていても言わざるをえん。腹立つ。

「それは困る。その久遠某とやらが、希望の面がどこにあるのか知っているのだろう?」

「そこまでの保証は出来かねるが……少なくとも、目的も無しに彷徨うよりかは有益じゃろうな」

「もう私には彷徨うくらいしか手立てがない。頼む、その久遠某を紹介してくれ」
 
「まぁ、努力くらいはしても構わんぞ」

 どうせ暇じゃしな。点数稼ぎも兼ねて、コヤツの手伝いをしてやるか。
 異変を解決できれば上々、出来なくてもキッカケを作れれば良し。
 ……事態が悪化しそうになったら、晶坊に全てを押し付けよう。
 十中八九、その時の事態悪化の一番の原因は晶坊にあるじゃろうしな。うむ、逃げても問題無かろう。

「ならばお願いする、謝礼は身体で払う」

「……他に払うモノが無いから、肉体労働で返す。と言う意味じゃな?」

「他に意味があるのか?」

「これは、婆からの純粋な善意の言葉じゃがの。――困りに困ったとしても使うべきでは無いぞ」

「了承した。……だがソレなら、謝礼はどうすれば良い?」

「まぁ、そこはオイオイで構わん。とりあえず人里へ行くぞ」

「……何故、人里?」

「決まっておるじゃろ。――晶坊を探すなら、もっとも騒がしい所へ行くのが一番じゃからじゃよ」





 ~少女移動中~



 

 さて、人里にやってきたワケじゃが……確かに良く分からん事になっとるな。
 表向きの様子は、今までの人里と変わらん。
 希望の感情が欠けた反動で、刹那的な快楽に身を任せる様になっている――のじゃが。
 合わせて漂う、この何とも言えん厭世的な空気はなんじゃ?
 
「行って、雲山!!」

「ぬぬぬぅぅ……負けるかぁ!!」

 里の空では、命蓮寺の尼……一輪じゃったな? と神霊廟の……名前は知らんがアホっぽい輩が戦っておる。
 実力はほぼ伯仲、実に盛り上がる勝負――のはずなんじゃが。
 里の者達の応援からは、言葉にはしていないもののある種の意思が込められている気がした。
 分かりやすく言うなら……「なんか戦ってるみたいだから、正直気は進まないけど応援しよう」と言った感じか。
 傍から見ていても伝わるレベルとか、洒落にならんほど惰性な応援じゃな。
 ……道理であの二人、あれほど必死に戦っているワケじゃ。
 アレだけやって双方どちらにも人気が集まらんとか、ワシがどちらかの立場じゃったら泣くわ。
 
「ワシの知る範囲じゃと、命蓮寺も神霊廟もどちらも里の者に大人気じゃったんじゃが……」

「私に聞かれても困る。正直、こうなるまで人里の事に興味は無かった」

 まぁ、興味があったらこうなる前に手を打ってたじゃろうな。
 とは言えさすがに責める気にはならん、ワシだってこの流れは正直予想外じゃ。
 とにかく今の人里でなにが起きておるのか、何かしらの形で確かめる必要があるようじゃのぅ。
 惰性とはいえ応援している連中に詳しい話を聞くのは難しそうじゃし、誰か丁度良い情報源は――お、居たの。

「あいすくりーん、あいすくりんはいらんかえー。……はぁ、ちっとも売れないなぁ」

「おーい、河童。あいすくりん二つ売っておくれー」

「毎度! ――って、なんだい狸じゃないか。今日は誰を化かしに来たんだい?」

「少なくともお主では無いよ。少し、話を聞かせてもらって良いかの?」

「別に構わないけど……面白い話なんてないよ? ここん所の人里は景気の良い話が無いからねぇ」

「なに、聞きたいのは人里の近況そのものじゃ。ここん所は里の外で月見酒してたからのぅ、人里に何が起きたか知りたいのじゃよ」

「狸はモノ好きだねぇ。ま、あいすくりん買ってくれるなら良いけど。……ところでその子は?」

「新入りじゃよ。ワシが案内しとる」

 嘘はついとらん、多くを語っておらんだけじゃ。
 まぁ、そもそもにして河童も深く突っ込む気は無かったようじゃがな。
 ふーんそっか。みたいな顔で頷くと、少し多めにあいすくりんを人数分よそってくれた。
 ……背景事情に興味は無いが、そういう事なら優しくしようと言う意思表示か。
 わりと命蓮寺向きの人材じゃな、人間にも抵抗が無さそうじゃし。
 今度、ナズーリンにオススメするようぬえに助言しておくか。ワシは直接言わんよ? 婆は縁側でノンビリやるに限る。

「あいすくりん……甘い……冷たい……もむもむ……」

「表情筋微動だにしてないけど、一応は喜んでくれてるのかねぇ?」

「分からん、単に初めて食べる食い物の感触を確かめてるだけかもしれんな」

 さすがにワシも、付喪神の五感がどうなっているのかは知らんよ。
 コヤツがどれほどの力を持つ付喪神なのか、いつ頃から生まれたのかで話も変わってくるしのぅ。
 ……まぁ、好奇心にせよ味覚的な意味にせよ、気に入っているようじゃから良しとするか。

「ま、喜んでくれて幸いだよ。最近は楽しそうに買ってくれる人がいない――と言うか、そもそも買う人が居なくてねぇ」

「この雰囲気ならそうじゃろうなぁ、陰気臭くてかなわんわ。……本当に、何があったんじゃ?」

「あーうん、何というか……アンタはどれくらいまでの人里を知ってるんだい?」

「命蓮寺と神霊廟の連中がハシャイでる頃じゃな。どちらの聖人が上か、とか里の者が酒の肴にしておったわい」

「そこらへんかー。うーん……その後にさ、新しい参戦者が現れてね?」

「ふむ――博麗の巫女か、狡知の道化師じゃな?」

 少なくとも、場の空気を激変させる参加者などはこの二人しか思いつかん。
 普通の魔法使いは、ワシが人里の動向を見守っていた時点ですでにおったしの。わりと聖人並の人気を得ておったぞ。

「ん、そう。その後者の方が人里に現れるようになったの」

「狡知の道化師か」

「……まぁ、世間でそういう評価を受けてるから仕方ないけどさ。私の親友であるアキラをその呼び名で呼ばれるのは好きじゃないかな」

「おっと失礼、ワシも晶坊の事は嫌いでないよ。……ただまぁ、相手構わず交友を言ってまわるには少々……なぁ?」

「それは…………まぁ、否定出来ないかなぁ」

「じゃろう?」

 別段アヤツを悪く言うつもりは無いが、いかんせんアレはトラブルを引き寄せすぎる。
 ……白蓮殿へ挨拶するだけの話が、アレだけ大事になったのは間違いなく晶坊のせいじゃと思うぞ。
 と言うか、晶坊が動くだけで何であんな狙ったかのように面倒事のど真ん中へと突っ込むハメになるんじゃ。
 断言してもええが、絶対晶坊呪われとるぞ。
 その上で、本人が更に厄介事を引き起こすのじゃから……有り体に言って疫病神じゃよな。

「ま、坊の呼び方はともかくじゃ。……何やらかしたんじゃ、アヤツは」

「本人は悪い事、何もしてないんだけどね? ――皆からの印象とかガン無視で戦うから、里の人気がヤバい事に」

「お、おぅ」

「……普通、アレだけブーイング受けたら自分のやり方を改めようと思うよね? なんで平然と同じ事を続けられるんだろう」

「人気が絶対である今の人里で、普通にソレが出来るってのはある意味凄いんじゃがな?」

 なんというか、さすがと言う言葉しか出てこないのぅ。
 恐らく、人気を気にして動く他の連中を「なんか知らんが勝手にハンデ背負ってくれるラッキー」くらいに思っていたのじゃろう。
 うむ、他の連中を喜々としてカモにしていくアヤツの姿が鮮明な程に思い浮かぶわ。

「晶坊、連戦連勝だったじゃろ」

「そうだね。一番人気無いのに戦績が圧倒だったから、倒した時に上がる人気目当てで良く狙われてたよ……全部返り討ちにしてたけど」

 それはアレじゃな、表向きボーナスキャラっぽく設定された裏ボスじゃろう? ワシはゲームもやった事あるから知っとるぞ。
 なんと言うか……うむ、現状へと向かっていった理由が見えてきたのぅ。

「そんな「現行の流れに真っ向から逆らってる癖に一番輝いてるヤツ」がおったら、そりゃ空気も悪くなるわなぁ」

「まーそれでも、‘あの事件’が無けりゃここまで泥沼になる事は無かったんだろうけどねー」

「……この上でまだなんかあるんかい」

「あるよ、とっておきのが」

「ふむ……それじゃ、あいすくりんおかわりじゃ」

「あいよ。いやー、そんなにあいすくりんを気に入って貰えるとは思わなかったよ」

 ……ああ、今のは「追加情報欲しけりゃもっと買え」って意味じゃ無かったのかい。
 紛らわしい真似しおってからに、いくら何でも年寄りにあいすくりんのおかわりは辛いわい。
 ――とりあえず、こころのヤツにでも渡しておくか。あのハマりっぷりなら二杯目にも手を出すじゃろ。
 おお、食うちょる食うちょる。相変わらず何を目的として食っておるのかは一切合切伝わってこんが。

「で、話戻すが。晶坊は何をやらかしたんじゃ?」

「命蓮寺と神霊廟の聖人、同時撃破」

「――は?」

「命蓮寺と神霊廟の聖人――聖白蓮と豊聡耳神子を同時に相手にして完勝したんだよ」

「…………マジか」

「マジだよ」

 いや、確かにそれなら納得じゃ。
 そんな無茶苦茶な勝ち方を不人気者にされたら、この祭り? の存在そのものが全否定されるでは無いか。
 色々詳しく聞いてみたいが……明らかに部外者である河童に話を聞いても、分かる事は少なかろう。
 仕方あるまい――出来れば行きたくないのじゃが、久しぶりに命蓮寺へ顔を出すとするか。

「うむ、色々と助かったよ。……ではこころ、次に行くぞ」

「おかわり」

「……食いながらで良いから行くぞ。ほれ、河童」

「あいよー、サービスしとくからね!」

「あむあむ」

「……気に入ったのか?」

「あむあむ」

 だからどっちじゃ。




[27853] 終章弐「心綺逸転/鼠は語る」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/09/13 00:44


「うおっしゃらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「なんとっ!」

「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ……地下も地下で地獄だった…………」

「旧地獄よ」

「くっそー、また負けたか。メイドとは相性悪いなぁ」

「ぶっちゃけると、勇儀さんの行動基準は典型的な『鬼』なのでやりやすいです」

「鬼が鬼らしくしないでどーすんだよ」

「まぁ、僕も悪い事だとは思いませんけどね。鬼らしくして貰わないと詰みますし」

「ふっふっふ、隙のある女って魅力的だろう?」

「綺麗な人って遠巻きから見るだけで満足しますよね」

「メイドは舌が良く回るよなぁ」

「回さないと死ぬんです」

「メイドの周りは殺伐としてるなぁ……羨ましい」

「ハハハ、鬼と人の価値観は合わないなぁ」

「……どうでも良いけど、私もう帰っていい?」

「ダメ」

「ダメだな」

「…………そう」

「アレ? いつもの妬ましいはやらないの?」

「なんかもう、予想通り過ぎてこの程度で動揺しなくなった自分が居るわ」

「パルスィも成長したね!」

「……やっぱり妬ましいわね」





幻想郷覚書 終章弐「心綺逸転/鼠は語る」





 にとりからあいすくりんを受け取ったワシらは、そのまま命蓮寺へと向かった。
 正門の前で掃除をしているのは……おや、珍しい。ナズーリンでは無いか。
 だいたい正門の掃除は一輪あたりがやっておるのじゃが――ああ、そういえば今は戦っとる最中じゃったな。

「おや、珍しい人物が来たね。おかえり」

「今のお主に珍しいと言われたくは無いわい。……にしても、そこで「いらっしゃい」と言わんあたりお主も命蓮寺の住人なんじゃのぅ」

「命蓮寺に住んでいない人間は命蓮寺の者ではない、等という戯れ言を言うほど非情なつもりは無いよ」

 ワシ、本当に数えるほどしか命蓮寺に行った事が無いんじゃがのぅ。
 ま、その気持ちはありがたく受け取ろう。受け取るだけで特に何かするつもりは無いが。

「ところで、後ろの子は何者だい?」

「ああ、今回の異変の元凶さね。晶坊に好き放題やられたせいで一被害者になってしもうたが」

「…………少しくらい惚けるかと思ったら、全部さらけ出してきたね」

「はっはっは、命蓮寺の誇る賢将殿に隠し事が出来るとは思っとらんよ」

「君とて相当な知恵者だと思うが――ま、止めとこう。表に出たがらん者を引っ張りだしても良い事は無いからな」

 本当に心底残念そうな声色で、ナズーリンが肩を竦めた。
 うむうむ、良く分かっておるな。ワシは無理矢理動かされたら不貞腐れる妖怪じゃよ?
 まぁ、命蓮寺は嫌いで無いしぬえのヤツはワシの友人じゃから、ぬえ経由なら使われてやらん事も無い。
 が、あんまり便利に使うと隠居するぞ? そこらへんも分かっておろうが。
 いやー、替えの効かない職業で専属契約するって最高じゃな! 足元見放題じゃ!!
 ……うむ、さすがに善人集団相手にそこまですると良心が痛むの。ほどほどにしておこう。

「では、話を戻すが……異変の黒幕を連れて何の用なんだい? 生憎と今の命蓮寺に何かをする力はないよ」

「そうなった経緯を聞きに来たって所じゃな。なんでも、神霊廟の聖人と合わせて晶坊に負けたとか聞いたのじゃが……」

「ああ、ボッコボコに負けたな。言い訳不可能な程の完敗だね」

「……毒だらけじゃの」

「毒も吐きたくなるさ。久遠晶相手に神霊廟の聖人と組んで戦うなんて、無謀にも程がある」

「そこまで言うほどかのう? 聖人殿一人でも、晶坊と互角には戦えるじゃろう」

「逆だ、聖一人なら勝敗は分からなかった。よりにもよって公私共に相容れない、連携不可能な相手と組んだのが悪手過ぎたんだ」

「……ああ、なるほどのぅ」

 晶坊にしてみれば、付け入る隙を相手側から提供してもらったようなもんか。
 うむ。どうなったかは分からんが、表向きだけで言えばボロックソに負けさせられたのじゃろう。何となく分かる。

「ちなみに興味本位で聞くが、どれくらいの負け戦だったんじゃ?」

「例の『不変』どころか、面変化も『神剣』も引き出せずにボロ負けしたらしい」

「おぉう……そこまでか」

「ま、実際の所はそういう策だ。晶殿が本気を出さなかったからこそ、二人は足を引っ張り合う羽目になったのだからな」

 それは、なんというか……エグいやり口じゃな。
 傍から見ると、聖人同士が仲違いしたせいで勝てる相手に負けたようにしか見えんワケじゃ。
 ……どう足掻いても「狡知の道化師」以上の感想が出てこんわい。

「久遠某とは、悪魔のような輩なのだな……」

「いやまぁ……うむ……ナズーリン、頼む」

「私に振られても困るんだが。……まぁ、敵でなければ愉快で済む御仁だよ」

 何やら、こころがまだ見ぬ晶坊に悪い印象を抱き始めておるな。
 いや、間違ってはいないのじゃが。それで見敵必殺されるようになったら困る。
 アヤツは何だかんだ、自分から勝負を仕掛ける事はほぼ無いからの。
 下手に喧嘩を売って戦う必要の無い敵を作られるのは、同行するワシとしても勘弁して欲しい事態じゃ。

「とりあえず、敵だと思うのは止めておけ。喧嘩を売らずとも話し合いで片付く相手じゃからな」

「君と晶殿の関係は分からないが、敵対するなと言う意見には同意だね。――どちらでも平等に厄介な輩だが、まだ辛うじて味方の方がマシだ」

「……久遠某とは、結局どういった人物なのだろうか」

「狡知の道化師じゃな」

「人間災害としか言いようが無いな」

「…………むぅ」

 今、こころの中で久遠某はどんな危険生物になっとるんじゃろうなぁ。
 晶坊には少しばかり同情するわい。半分以上自業自得じゃが。

「んで、そのボロ負けした聖殿は今何をしとるんじゃ?」

「――ん」

 ナズーリンが首を捻って示したのは、命蓮寺の本堂だった。
 雨戸すら閉じられた本堂の前では、命蓮寺で二番目の知名度を誇る虎の妖怪殿が半泣きで扉を殴打していた。
 うむ、実のところ先程からずっと聞こえてはいたのじゃがな?
 あんなあからさまな厄ネタ、わざわざツッコミに行くほどの冒険心は婆にゃ無いわい。
 
「修行が足りなかったと言って本堂に籠もって修行しているよ。だいぶ落ち込んでいたからな……心配した主がああなっているワケさ」

「ボロボロじゃのぅ、命蓮寺」

「神霊廟側も似たようなモノだ。言っては何だが、今の幻想郷でまともに動ける宗教組織は無いよ」

「ふむ、守矢神社の風祝は?」

「聖達が戦うちょっと前に晶殿が倒した」

「普通の魔法使いは?」

「聖達が負けた後、晶殿に挑んで返り討ちになった」

「……なんでそこまで勝ち続けて、人気が全く無いと言う事態に陥るんじゃ?」

「誰の目で見ても明確なレベルでやりたい放題やったからじゃないかな。――アレを応援って、なかなかに難易度高いよ?」

「晶坊はどんだけエグい手を使ったんじゃ……」

 わりと何やってもおかしく無い所が怖いわ。
 そうして、祭りそのものをメチャクチャにしていったんじゃなぁ……。

「これ、どうやって事態を収拾すればええんじゃろうな。ワシはそこまで考えて動いておらんぞ?」

「人里に関しては心配無用だろう、まだ博麗の巫女が動いていないからな」

「……人気集まるのか? アレに」

 ワシもちらっとしか見た事が無いが、神職としては絶望的に向いてない怠惰な巫女じゃったな。
 まぁ、アレはお腹いっぱいだからとグータラしてる獅子のようなモノじゃが。
 しかも単独で象狩れる猛者、多分羽根生えてて火とか吹く。
 正直な所ワシ的に言わせれば、晶坊よりもお近づきになりたくない圧倒的危険ブツなのじゃがのぅ。

「アレで戦い方は正攻法だ。今の砂漠より乾燥した大地である人里にはまさしく恵みの雨だろうよ」

「極限まで空腹にさせた後に飯を食わせるようなやり口じゃのぅ……」

 しかしまぁ、何とかなると言うのならワシらが気を揉む必要は無いじゃろう。
 ワシの目的はあくまでこころの手助け、人里まで救おうと色気を出しては本末転倒になりかねん。
 
「ま、人里に問題無いならそれでええじゃろ。――んで、そのやりたい放題やった当人はどこに行ったんじゃ?」

「私に聞かれても困る。アレは不定期なタイミングで現れ、嵐のように場を荒らしていく文字通りの人間災害だぞ?」

「そこだけ聞くと歩く災厄そのものじゃな。じゃが、お主が何も知らんと言うのは嘘じゃろう」

 命蓮寺が動く力を失ったとは言え、そんなあからさまな脅威をお主が手放しで放置するとも思えん。
 少なくとも、晶坊の所在をある程度は把握しているじゃろう。急な襲撃より予定された襲撃の方がなんぼかマシじゃろうからな。
 と言うかナズーリン、お主モノ探しの専門家じゃろうが。
 たとえ現時点で居場所を把握しておらんでも、見つけようと思えば楽に見つけられるはずじゃろ?
 
「いやまぁ、知ってはいるんだがね? 私としては眠れる獅子を起こしたくないんだよ」

「獅子多いのぅ、幻想郷」

「ん、そんなに獅子の妖怪が居たか?」

「あーいや、こっちの話じゃよ。とにかくワシらは晶坊に会いたいのじゃ、そこを曲げて何とか頼む」

「……理由次第だな、何故そこまでして晶殿に会いたがる?」

「あまり細かくは説明できんが……こころが無くしたモノが異変の遠因となっていてな、晶坊ならソレを知っているだろうと」

「いやそれ、晶殿である必要があるのか? 何なら私が代わりに探すぞ?」

 ――あるか無いかで言うと、無いわな。
 ぶっちゃけ晶坊を追いかけていけば何とかなる、と言う仮定だけで進んできたからのぅ。
 
「お主が探してくれるなら、ワシはそれでも良いぞ」

「私は見つかればどっちでも良い。……後、久遠某とはあんまり会いたくない」

「ほぼ他人からの噂話だけで、こころの警戒心が最大になっておるな」

「残念ながら当然と言わざるをえん、晶殿の噂話を聞いて興味を持つのは戦闘狂くらいなモノだ」

「まぁ……そうじゃな」

 本人はわりと穏当な性格をしておるのじゃが、やってる事が過激の極みじゃからな。
 そらビビるわ。ワシも晶坊の事を良く知らなかったら、もうちょっとビビっておったな。今でも時々ビビっとるが。

「とりあえずじゃ、大人しく引き下がるから探してもらえぬか?」

「少なくとも晶殿の場所を教えるよりはマシだな。それではまず、大まかな場所を探り当てよう」

「助かる。――捜し物は、面じゃ。こころは「希望の面」と呼んどる」

「希望の面か。……なるほど、色々と察したが深くは追求しないでおこう。それだけ分かりやすい落し物ならすぐ分かるだろうさ」

「頼む、希望の面が無いと私はとても困る」

「ふふっ、安心して任せてくれたまえ」

 そう言って、ペンデュラムを携えるナズーリン。
 吊るされた水晶はうっすらと輝きながら、ゆっくりと回りながらとある方向を――おおっ!?
 な、なんじゃ? いきなりナズーリンがペンデュラムを掴みおったぞ?
 そういう手順――なワケでは無いな。あからさまに動揺しておる。

「ど、どうしたんじゃ?」

「いや、その……ちょっと調子が悪いようでね。ダウジングロッドの方を使わせてもらうよ」

「あーまぁ、ワシはどっちでも構わんが」

「助かる。では――」

 改めてダウジングロッドを構えるナズーリン。
 しっかりと手で固定されていた二つのロッドは、自然と歪んで行き――やっぱりいきなりナズーリンが手を放した。
 あー、また調子が悪いのかの? 別に責めるつもりは無いが、さすがに二度目は突っ込ませてもらうぞ?

「いくらなんでも違う道具が、二度続けて壊れてるとかは無いじゃろ……」

「……そうだな、ちょっと待ってくれ」

 ダウジングロッドを片付けたナズーリンは、今度は配下のネズミたちを集めた。
 こちらには聞き取れない小さな言葉で何かを尋ねると、返答と思しき鳴き声を聞いてガックリと項垂れる。
 残念ながらワシはそこまで察しが悪く無いから、ナズーリンが何に動揺しとるか薄々勘付いておるぞ?
 気付かずにいてやりたい気持ちもあるが……無視する理由は無いのじゃよなぁ。

「もう面倒くさいからハッキリ言わせてもらうが――晶坊じゃろ?」

 どう考えても、全ての結果で晶坊が出てきたとしか思えん。
 と言うかアレじゃろ。ぶっちゃけ今、晶坊が持ってるんじゃろ? 希望の面を。

「待て。何を考えているか大体分かるが、そこまでの結論はまだ出てない! 希望の面が晶殿の近くにあるってだけだ!!」

「それはもう可能性を四捨五入して、晶坊が持っていると結論づけて良いのでは無いか?」

「まだだ。まだ、ギリギリ切り上げないとその結論は出ない。はず」

「まぁ、実際持っておったら洒落にならんな。この異変、始まり以外の全部が晶坊に翻弄された事になるぞ」

「すでに異変の黒幕が、晶殿のせいでロクでも無い目に遭っているしな」

「やはり久遠某は悪魔なのでは無いか?」

「いや、まだ辛うじてそこまでは行っていない。はずじゃ。なぁ」

「わ、私に振らないでくれ。その――本人に悪意は無いんだ」

「倍タチ悪く無いかの?」

 むしろ悪意皆無で、あれだけの悪事をやってのけた方が怖いぞ。
 ……うむ、アレはもう悪事と言って良いじゃろ。他に具体的な言いようが無いしの。
 
「ま、晶坊の事はともかくじゃ。――希望の面の場所、よもや教えんとか言わんよな?」

「可能なら教えたく無いがね。約束した以上、希望の面の場所は教えよう」

「お主、意外とそういう所は律儀じゃよな」

「情の薄い策謀家なぞロクな目に遭わん、私は自分の保身をしているだけに過ぎんよ」

 賢将殿も苦労しているのじゃなぁ。まぁ、言わんとせん事は分かるよ。
 あんまり同意すると、「じゃあ力を貸してくれ」と言われるので思うだけで口にはせんがの!
 ……いや、別に命蓮寺を蔑ろにしているワケじゃ無いんじゃぞ?
 単に一度手を突っ込むと、ズブズブ沈み込んで抜け出せなくなると思ってるだけじゃ。
 しかも沈めば沈むほど超苦労する。うむ、誰でも避けるじゃろうな。

「――色々貴方に対して言いたい事はあるが、急いでいるようだから後にしよう」

「うむ、そうしてくれ」

「はぁ……希望の面は、恐らく旧地獄の地霊殿にある。私に言えるのはそれだけだよ」

 苦虫を噛み潰した顔でそう告げると、正面玄関の掃除を再開するナズーリン。
 ワシは彼女に小さく礼をすると、こころを連れて命蓮寺を後にした。
 しかし――アレじゃな。


 ……本当に、晶坊を追いかけるだけで何とかなったのぅ。さすがに予想外じゃったわ。




[27853] 終章参「心綺逸転/bal masque」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/09/26 22:46


「うう……引き分けてしまったのじゃ。これでは人気も集まらん」

「あら、おかえりなさい布都。その様子じゃ上手く行かなかったみたいね」

「戻ったぞ青娥。命蓮寺の尼めに会ったのじゃがな……ロクに盛り上がらず、グダグダなままで終わってしもうた」

「ま、そうでしょうね。布都でなんとかなるなら、太子様はああなっていないはずだもの」

「むぅ、悔しいが否定できぬ」

「太子様ぁ! 出てきてください!! 太子様ぁ!!!」

「だからと言って、屠自古のように修行中の太子様を引っ張りだすのも良くないわね。出来てないけど」

「太子様は大丈夫であろうか……」

「心身合わせて滅多打ちにされたから……まぁ、身体の方はそれほどでも無いでしょうけども」

「よもや、太子様が同じ相手に続けて負けるとはな」

「いかに人を超えられたと言っても、太子様は貴人なのよ。戦う事に特化した狂人を相手にするのは分が悪すぎるわ」

「狂人とはまた、酷い言いようだな」

「けど他に言いようは無いと思うわよ? 博麗の巫女といい彼といい、天然の戦闘狂ほど怖いものは無いわね」

「確かに、あの異常な強さはなんなのだろうな。アレが噂の武士と言う事か……」

「…………貴女は、人気を集めるよりまず時代がどれだけ流れたのかを確認するべきかもね」

「お、おぉう」





幻想郷覚書 終章参「心綺逸転/bal masque」





「ここが噂の旧地獄か……思ったよりも静かじゃの」

 ナズーリンの助言に従い、ワシとこころは旧地獄へと辿り着いた。
 何気にワシ、初めての旧地獄じゃな。
 別段旧地獄の妖怪達とワシの間には因縁も無いし、特に気を使う必要も無いのじゃが……そんな言い訳向こうは聞かんじゃろうしな。
 故に余計なトラブルを招かぬよう、ある意味で妖怪よりマシと言える人間に化けておいたのじゃが。
 
「……よもや、そもそも妖怪に出会わぬとは思わなんだ」

「誰もいないな」

 結構下に降りたと思うのじゃが、未だに妖怪一匹出てこないとはどういう事じゃ。
 途中あからさまに地上と地下の境界線みたいになっとる橋もあったが、何も無いまま素通り出来たしの。

「地上との関係が回復したのってつい最近なんじゃろ? その程度の時間で解消出来るレベルの恨み辛みじゃったのかのぅ」

「私に聞かれても困る。だが、負の感情はだいぶ溜まっている気がするな」

「ふむ、お主がそう言うのなら間違い無いじゃろうな」

 とすると――罠か?
 さすがに大した事はされるまいと高をくくっていたが、旧地獄の連中の悪意は予想以上じゃったかもしれぬ。
 ワシも多少は戦いの心得があるが……子分共がおらんと十全に動けると言えんからなぁ。
 恐らく、付喪神としてそこそこ格の高いこころの方が今のワシよりは強いじゃろう。
 とは言えソレもどこまで勘定に入れて良いモノやら。……どちらにせよ、場合によっては即座の撤退も考慮せねばならんな。
 じゃがまぁ、まずは話し合いじゃろう。大抵の妖怪なら、秘蔵の酒で語る所までは持ち込む事が出来るはずじゃ。
 ……正真正銘のとっておきじゃから、ソレ使うくらいなら戦っても良い気もするがの。

「とにかくまぁ、油断は禁物じゃ。何があっても良いように警戒して――」

「――あっははははははははは!!!」

「……なんじゃぁ?」

 狂った笑い声を上げながら、巨大な土煙の塊がこちらへと迫ってくる。
 ソレはワシらの直前まで近づくと、大きな振動と共に停止した。
 そして、晴れた土煙の中から出てきたのは――なんかやたら楽しそうな腋メイドじゃった。

「やはっ、おマミさん元気!?」

「お、おう。晶坊か」

「そうデース! 僕が幻想郷の愉快な旅人、久遠晶君デース!!」

「……どうしたんじゃお主」

 もともとノリの軽い所はあったが、ここまでトンチキでは無かったぞ?
 口なんて常に蒲鉾みたいに半開きじゃし、なんか瞳の中で星が瞬いている気さえしてきたのう。
 うぅむ……探していた相手を前にしてアレじゃが、超帰りたいわい。

「僕はいつも通りDE☆SU☆YO?」

「どこがじゃ。それほど付き合いの無いワシでさえ、今のお主が異常だと分かるわ」

「それは旧都でお祭りやってたからです!! というか今もやってます、僕は逃げてきました」

「ああ、だから妖怪に出会わなかったのか」

「もっとも、祭りは祭りでも喧嘩祭りなんですけどね! 鬼って好戦的過ぎてヒクワー」

「……お主のテンションがおかしいのは、祭りの血気に当てられたからかの?」

 他に説明がつかん――等と思っていたら、今まで黙っていたこころが一歩前へと出てきた。
 いつも通りの無表情でありながら剣呑な雰囲気を放つ彼女は、晶坊の事をジッと睨みつけている。

「どうしたこころよ、晶坊の顔に何かついておるか?」

「確証は無い、だが確信はしている。マミゾウよ、希望の面はこの久遠某が持っている。情緒不安定なのはその影響だ」

「……なんじゃと?」

 いや、言われてみればその通りじゃ。
 何となく晶坊なら今の態度も不思議で無いかのー。と思って見逃しかけたが、普通に考えて異常じゃよな。
 ……こころが希望の面を失った影響で、人里の者たちの感情はメチャクチャになってしまった。
 ならば、希望の面を持つ者とて何かしらの影響から逃れる事は出来んじゃろう。
 ワシの考えを肯定するかのように、不敵に笑った晶坊は懐から一枚の面を取り出した。
 まるで地蔵のように思える、真っ白な子供の面。
 アレが希望の面である事は――他ならぬ、こころの反応が如実に語ってくれておるじゃろうな。 

「――晶坊、その面をどこで手に入れた?」

「ついさっき旧都から逃げ出す際、こいしちゃん――地霊殿の主の妹さんに出会った時にもらいました!!」

「……えっと、その面が何なのかは当然知っておるよな?」

「え、この面なんか曰くとかあるんですか?」

「なんでソレ、貰ったんじゃ?」

「…………その場の流れ?」

「………………今回の異変の事、お主はどう考えておる?」

「え、なんか異変とか起きてたんですか」

 なるほどなるほど。別に何か企みがあって希望の面を手に入れたワケでは無いと言うか、そもそも異変の事すら気付いてないと。
 その上で、異変における重要アイテムを確保し異変そのものを派手にかき回していたとは……さすがじゃな。
 わりと本気で教えてほしいんじゃが、どうやればそんな悪辣な手を天然で打てるようになるんじゃ?
 ついさっき貰ったと言う事は、それまでの所有者はそのこいしとやらじゃったのじゃろう。
 地霊殿の主の妹ならば、ナズーリンの言った面の在り処――地霊殿におるじゃろうしな。
 で、そんな地霊殿の主の妹から、ワシらがナズーリンから話を聞いた後で希望の面を貰ったと。
 ……ここで出会わなんだら、完全に無駄足で終わる所じゃったぞ。
 別に、ワシらをハメてやろうとかそんな意図は一切無いんじゃよな? 偶然なんじゃよな? ――お主間違いなく狡知の道化師じゃわ。

「ま、まぁ良いわい。そういう事ならその面も要らんじゃろ? ワシらに譲ってくれぬか?」

「えー、やだー」

「……やだーってお主」

「力こそパワーなこの幻想郷で、話し合いで解決などとチャンチャラおかしいですよマミっさん! 欲しいものがあるなら力を振るうが良い!!」

「ワシの知ってる幻想郷と違う……」

 テンション高すぎてだいぶおかしくなってるようじゃが、出て来る言葉の基準が明らかに自分の経験を元にしてそうで聞いてる方が辛い。
 謎のシャドーボクシングと共に、ワシらに戦意……戦意? うむ、まぁギリギリ戦意じゃな。をぶつけてくる晶坊。
 どうしよう、かなり逃げたいのじゃが。
 戸惑いまくるワシとは反対に、やる気満々のこころは無表情のまま臨戦態勢へと入った。
 ……まぁ、断る理由は無いわな。ワシは凄く断りたいが。

「ならば、ここで貴様を打倒させてもらおう。久遠某よ」

「バッチコイ! そう、僕は久遠某!! 久遠晶のコンパチキャラにして今回の異変のラスボスだ!!」

「うむ、とりあえず少しは頭働かせて話そうの?」

「ヒュー!! テンション上がってきたぜー!!!」

「ワシはその分だけ下がってきたぞ」

「今日は特別だ! Handicapとしてニ対一で戦って差し上げるぜ!!」

「流暢な発音が腹立つのぅ……」

 じゃがまぁ、ここまでお膳立てされてやらない選択肢はワシにも無い。
 そもそもの問題として、メイン戦力のこころがやる気なら逃げられないと言う話もあるがの!

「やれやれ……仕方がないのぅ。やるのは構わんが、ワシらの身の安全だけは保証してくれよ。命をかけた勝負をするのはゴメンじゃ」

「それはもちろん! 弾幕ごっこは紳士淑女の遊びだからね!! ――その代わり事故死に関しては保証はしません」

「ああ、うむ、それはまぁ仕方ないが、その歯に衣着せぬ言い方はどうかと……」

「心配するなら、自分の命を心配するんだな。私は容赦しないぞ」

「こころも少し落ち着け!」

 くそぅ、ワシってば超貧乏くじ引いとる!!
 最早やる気を通り越して殺意にまで至っているこころは、それだけ言うと晶坊に対して弾幕をぶっ放した。
 ソレに対して晶坊は、実に軽く見える態度で肩を竦めてみせた。まるで、この程度など脅威にすらならないと言う様子だ。
 いつのまにやら、その身体には銀色の鎧を纏っている。
 かなり不意打ち気味だった一撃じゃったが、それに戸惑うほど素人では無いと言う事か。
 そのまま、晶坊が力強く足元を踏みしめると――巨大な岩盤が隆起し、こころの弾幕を全て受け止めた。
 ……いやいやいや、なんじゃそれ。
 弾幕余裕で防げるレベルの岩盤を足の動きだけで持ち上げるとか、ソレ鬼とかそこら辺のパワーファイターのやり口じゃろ。
 お主、人間でかつ狡知の道化師なんじゃろ? もっとこう、知的で人間的な方法で戦ったらどうじゃ?

「くっ、少しはやるよう――」

「アイシクル・カディクルベイ!!」

 追撃だと言わんばかりに、地面から生えてくる無数の氷槍。
 こちら狙って放ったと言うよりは、行動の制限とワシらの分断を狙った一撃じゃな。
 ……希望の面の影響でかなりハイになっとるのに、戦い方はわりと堅実なのか。そこは雑に暴れて欲しかったわい。

「とりあえずじゃ、一旦合流して作戦を――」

「突っ込んで捻じ伏せる、援護頼む」

「いやいやちょっと待てぇ!? どう考えても、そんな気軽な感じで突っ込んでええ相手じゃないぞ!?」

「問題ない。どれだけ強かろうと、正面からぶつかって人間程度に負けるモノか」

「いや、どう考えてもアレを人類カテゴリに置くには無理があ――」

「行くぞ、久遠某!!」



 ―――――――怒面「怒れる忌狼の面」



 狐の面を被ったこころが、顎のような霊気を纏って晶坊へと襲いかかる。
 氷槍や岩盤を砕き、晶坊へと接近するこころ。
 晶坊はそれに対しても冷静な態度のまま、またもやいつの間にか用意していた氷の面を自身の顔に取り付けた。

「―――――四季面『花』」

 布のように柔らかそうな氷の外装が、更に晶坊の身体を包んでいく。
 折りたたんだ傘のような棍棒を静かに構えると、晶坊は迫り来るこころ目掛けて神速の一撃を放った。

「――がっ!?」

「はい、もう一撃ですわ」

「ごっ!?」

 絶妙なタイミングで傘棍棒をこころの脇腹へと叩き込み、軽く気勢を削ぐ。
 そのまま今度は返す刀で顔面を払って、お手本のような見事さで晶坊はこころのスペカを攻略して見せた。
 ……エグい。確かに行動としては最適解じゃが、普通どう見えても少女な外見のこころにあのニ連撃を決めれるか?
 しかも間違いなくアレ、全力じゃったな。……まぁ、さすがに手加減して迎撃は無理じゃろうが。
 とはいえ、スペカも使わずスペカを無効化出来るなんて普通は無理じゃ。
 気のせいで無ければ、さっきよりもパワー上がってないかの? 何で妖怪より肉体性能高いんじゃお主は。

「――っと、呆けておる場合では無いか」

 このままだと、確実に追撃を受けてこころがやられる。
 ぶっちゃけもう負けても良いかな。と思いかけておる自分もおるが、さすがにほぼ何もせずに降参はワシの沽券に関わるからの。
 子分はおらんが、やれるだけの事はやるか!
 ワシは懐から用意した葉っぱを、水墨画のような蛙に変化させる。
 正直、足止めすら難しいとは思うが……気を逸らすならコレで十分じゃろう。
 
「ほぅら、行って来い!」

「あら、可愛らしい子ですわね」

 ……うむ、予想しておったが本当に足止めにもならなかったの。
 しかも可愛らしいと言った割には、蛙を一瞥すらせず倒しおった。別にどうでも良いが。
 とにかくじゃ、一瞬だけでも隙は出来た。
 ワシは一気に二人へと駆け寄りこころの服を鷲掴みにすると、彼女を引っ張って安全と思える距離まで逃げ出した。
 まぁ、晶坊がその気になれば一瞬で詰められる程度の距離じゃろうが。
 それでも一旦落ち着いた事に変わりはない。はずじゃ。
 晶坊の事を警戒しつつ、ワシは引っ張ってきたこころを強引に立たせてやった。

「大丈夫か、こころ」

「……すまない」
 
 むぅ、これは想像以上に憔悴しているようじゃな。
 仕方があるまい、アレだけ容赦なくねじ伏せられたらのぅ。
 傍から見てたワシでさえ軽く戦意を失いかけたのじゃ、直接やられた本人の絶望は如何程のモノか。
 ……もう帰っても良いんじゃ無いかの?

「どうやら私は、噂だけを聞いて誤解していたようだ」

「なに、仕方の無い事じゃよ。ワシだって本人と会っていなければ誤解していた。ソレが分かれば……」

「てっきり久遠某は、人間だとばかり……」

「うんうん――うん?」

「しかし違ったのだな。まさか――こんな所で私と同じ付喪神に出会えるとは、想像もしなかった」

「いやいやいや、ちょっと待て!? 同類じゃと!?」

「ああ、アレも仮面の付喪神なんだろう?」

 確かに仮面は被っておるし、オマケに性格も別人みたいになっておるが――むむぅ?
 おかしい、否定出来る要素があまり無いぞ? 晶坊は人間――なんじゃよな?

「……こう言っておるが、実際の所はどうなんじゃ?」

「ふふふ、もちろん人間に決まっていますわ」

 ワシの疑問ににこやかに答える晶坊。しかしソレを聞いても、ワシの疑念が根本的に晴れる事は無かった。





 ――と言うかアレじゃな。何かの妖怪としておかんと、精神衛生的に落ち着かんな。




[27853] 終章肆「心綺逸転/Das letzte Bataillon」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/10/10 22:03


「「「「「――レ・イ・ム! レ・イ・ム!!」」」」」

「……うるさめんどくさい」

「こんな盛大な声援を浴びて出て来る言葉がソレか、贅沢が過ぎるぜ」

「腹も膨れない贅沢に興じる趣味は無いわ。……そもそも私、普通に戦っただけじゃない」

「その普通が、今の人里では死ぬほど求められてたんだよ」

「普通の魔法使いが何言ってるのよ」

「私らは……ちょっと負けすぎてな。よっぽど派手に活躍しないと注目してもらえないんだ」

「――ああ」

「納得されると、それはそれで腹立つな」

「つまり晶ね」

「そうだよチクショウ! ……あのヤロウ、やりたい放題やってくれたぜ」

「アイツは相変わらずね」

「んで、お前はコレからどうするんだ? 今の人里なら博麗神社の宣伝し放題だぞ」

「興味ないわね。それよりも、とっとと異変の元凶をぶっ叩きに行ったほうがまだ建設的だわ」

「異変の元凶なぁ……一応聞くが、霊夢はソイツがどこに居るのか知ってるのか?」

「知らないけど――晶を叩きに行けば自然と分かるでしょう」

「凄いな。否定する要素が一つも無いぜ」

「便利よね、アイツ」

「……久遠晶に対してそんな評価を下せるのは、間違いなくお前だけだよ」





幻想郷覚書 終章肆「心綺逸転/Das letzte Bataillon」





「さて、そろそろお話し合いはおしまいかしら?」

 それまで黙って話を聞いていた晶坊が、優雅に微笑みながらそんな事を言った。
 しかしその笑顔からは、苛立つ感情も急かす感情も読み取れない。
 うーむ、余裕じゃなぁ……。今にも傘棍棒を支えにして紅茶でも飲みそうな空気じゃ。

「待ってくれ、と言ったら待ってくれるのかの」

「それはもちろん。どうせなら、万全の相手を倒したいモノですから」

 傲慢過ぎるセリフじゃが、不思議と腹は立たなかった。
 まぁ、どう見てもバトルジャンキーなスマイル見せられたら怒る気にもならんわな。
 心底から楽しそうな顔しおってからに……ワシはお主と違って、戦う事に快楽を見出したりは出来んのじゃぞ?
 ――ところでこころよ、なーんで晶坊に対して目を輝かせておるのかのー?

「凄い自信だ……きっと、私よりも遥かに経験を積んでいるのだろう」

「まず付喪神じゃ無いからの? そして、経験的にもお主とドッコイドッコイじゃからな?」

「彼に勝つにはどうすれば良いのだろうか。……頼む、私にその方法を教えてくれ」

「婆の話も少しは聞こうな? まぁええわい、少し耳を貸せ」

 さっきまでである程度の作戦は考えておった、そちらがノープランなら丁度良いわい。
 まぁ、作戦と呼べるほど上等なモノでも無いがの。せいぜいがこれからの方向性を決める程度じゃ。

「――分かった。それでは、全力で行く」

「思いの外やる気満々じゃのぅ」

「自分の先に居る妖怪、興味が無いハズがない。――それに正直な所、私は少しだけ焦っている」

「ん? 何でじゃ?」

「私の今の状況は偶発的なモノ。希望の面を取り返せば終わってしまう――だが、それは避けたい」

「……なるほど」

 面が欠けた事で生まれたのが彼女なら、面が戻れば全ては消えてしまうワケか。
 そして本人は、その事を望んでおらんと。
 ……助かる方法は無いワケでは無いな。ぶっちゃけ、今こうしている状況に比べれば屁みたいな悩みじゃ。
 こころの完全な付喪神化で被害を被るヤツもおるじゃろうがの。ワシは知らん。
 思う存分、妖怪としての生を満喫して貰おうでは無いか。
 ん? こころが助かる方法か? ――今やっとる事を続けるだけじゃよ。

「なら、自分の思うままに暴れるが良い。それがお主が前に進むために必要な事じゃよ」

「分かった、信じよう」

「その物分りの良さ、もうちょっとだけ早く見せてほしかったのぅ」

「ふむ、準備は万端と言った所ですわね。――では、参ります」

「おうよ、かかって来い! 来れればの話しじゃがな!!」



 ―――――――変化「二ッ岩家の裁き」



 取り出した煙管を吸うと、ワシは晶坊へ向けて思いっきり煙を吹き付けた。
 明らかに吸った量に見合っておらんソレは、触れた相手を無力な姿へと『化けさせる』変化の煙じゃ。
 近接戦主体の坊なら、避ける以外の選択肢は無いはずじゃ。
 もしも何かしらのスペルカードで無効化したとしても、それはそれで損は無い!

「さぁ、どうする!!」

「こうしますわ」



 ―――――――絶空「オーバードライブ・フラワー」



 よし、スペルカードを発動させたか。
 果たしてどんなスペカか――と思った瞬間、いつのまにやらワシの目の前に晶坊が居た。
 否、違う。‘ワシがいつのまにか晶坊の前に立っていた’のじゃ。
 そしてワシの腕を掴む晶坊。しまった、巻き添えか!?

「い、一応言っておくが、自分の毒で死ぬ蛇はおらんぞ?」

「そうでしょうね。……でも、蛇って良い鞭になりそうですわよね?」

「――お、おぉう」

「いかん!! マミゾ――」

「お邪魔ですわよ」

「――なっ!?」

 にこやかな笑顔のまま、掴んだワシの腕を思いっきり振り上げる晶坊。
 こころが慌てて妨害を試みるが、どこからともなく現れた岩がソレを邪魔した。
 対象を引き寄せるスペルカード!? あんだけ脳筋ムーブしおって今度はいきなり絡め手か!! なんなんじゃお主は!
 いや、今はそれをどうこう言っておる場合では無い。
 この流れ、どう考えてもワシの役目は芭蕉扇(物理)一択じゃ! 死ぬ!!

「へ、変化!」

「ほいっと」

 ぎゃー!? この男、かっるい言い方で大地を割るスイングしおったー!?
 ワシが地蔵に変化して無かったらミンチじゃったぞ! ひ、ヒビ入っておらんよな? 大丈夫じゃよな?
 
「あら、お見事。絡め手専門かと思ったのですが」

「絡め手専門だと思った相手にこんな真似したのかお主!?」

「ふふふ、それでも妖怪なら平気でしょう?」

「本気で言ってるぽいのが怖いわい……」

 実はちょっと衝撃が響いとるが、そんな事を言っとる場合では無いか。
 ワシは晶坊の顔目掛けて、小さな弾幕を放った。
 当然ソレは一瞬で払われるが、こちらだって当てる目的で放ったワケでは無い。
 その一瞬の隙をつき、ワシは自分の身体を葉っぱと入れ替えた。
 ふふん、こういうすり替えも化かす為には必要なのじゃぞ――と言う捨て台詞さえ言わずに全力でダッシュじゃ!!
 ワシが近くに居てはこころが暴れられん。煙は想定外の方法で無効化されたが、ここから先の流れに変更は無いのじゃからな。

「と言うワケで、今じゃこころ!!」

「任せろ」

「あら、次はどのような手で来るのかしら」

「シンプルな一手だ。別の人間に成り切る、貴方のその感情を乱す!!」



 ―――――――憑依「喜怒哀楽ポゼッション」



 狐の面から翁の面に変わったこころを中心にして、黄色のオーラが放たれる。
 あの『四季面』とやらの詳細は分からんが、人格が変わっている所を見るに感情を揺さぶる攻撃は有効じゃろう。
 引き寄せるスペカは予想外じゃったが、この状況下で回避は出来ない――はずじゃ。多分。

「おや、なるほど変わりましたか。――それではこちらも」

「……は?」

「―――――天狗面『烏』」

 変化は一瞬じゃった。晶坊の顔に張り付く面が烏を模した物に変わった瞬間、棍棒は扇に、肩布は翼へと変わっていた。
 その身に纏う雰囲気さえ変えた晶坊は、迫り来るオーラを眺めながら自分を扇ぎ――そして、消えた。

「転移!?」

「いえいえ、ちょーっと速く動いたダケですヨ?」

 そう答えた晶坊の姿は、オーラの射程よりも遥かに彼方。
 そこで不敵に腕を組みながら、オーラが止むのをじっと眺めていた。
 ……いやいやいや、ちょっと待て本気で待て。
 別パターンあるのか!? あっちがパワー型ならこっちはスピード型か!?
 唯一の救いは、先程より攻撃力は下がっていそうな事じゃが――見えないほど速く動ける時点でどうしようも無いわ!!
 実は本当に転移じゃった可能性とか無いかのぅ……それは期待し過ぎじゃのぅ。

「次、どうする!?」

「数で攻めるしか無かろう。弾幕を張るぞ!」

「んー……こころサンが二枚でマミサンが一枚使ってますから、こっちももう一枚使いマスかネ」

「――っ! 来る、耐えろここ――」



 ―――――――神速「オーバードライブ・クロウ」



 幸運だったのは、こころに「避けろ」ではなく「耐えろ」と言えた事じゃろう。
 気付いた時、ワシの身体は大地に倒れていた。
 そしてワシの視線の先には、同じように倒れているこころの姿。
 ……遅れてやってきた無数の痛みが、何が起きたのかを薄らボンヤリとながら教えてくれていた。
 一瞬、本当に一瞬だけじゃが『全ての動きが遅れた』気がしたのじゃ。
 根拠は無い、強いて言うなら年の功と言うヤツじゃな。じゃが、この感覚に間違いは無いじゃろう。
 少なくとも如何にスピード重視とは言え、それだけであの刹那の時間にこれだけの攻撃を叩き込む事は出来んはずじゃ。
 いつつ……何発殴られたんじゃ。体中がギシギシ痛むぞ。

「こころ、大丈夫か?」

「も、問題ない」

 うむ、やせ我慢は出来る程度に無事か。
 しかしどうする? 正直言うと、ほぼ詰んどるぞ。
 まず普通に動かれた時点で見きれん。初動くらいは分かるかもしれんが、戦う場所が広すぎてすぐ見失ってしまうわい。
 そしてさっきのスペルカードを使われると、こちらの遅延と合わせてサンドバックになるしか無い……おい、タチ悪すぎやせんか。

「さて、次はどうしまショウ……とりあえず遠距離からチクチク削りマスかネ?」

「お主冷静さ欠けてるはずなのにエグい行動ばっかしてくるのぅ!?」

「ダイジョブダイジョブ、ちょっと四方八方から風弾ブチかますダケですカラ」

「何一つ大丈夫な要素が無いわ!!」

「はい、イッキマース」

「敵も味方もマイペースばかりか!!」

「仕方ない、迎撃を試みる。貴方は何とか回避してくれ」



 ―――――――憑依「喜怒哀楽ポゼッション」



 新たに夜叉の面をつけ直したこころが、再び黄色のオーラを解き放った。
 ほぼ破れかぶれの行動じゃが、残念ながら他に手は無いか。
 ワシは巻き込まれないように何とか距離を取り、援護を兼ねて葉っぱを用意した。
 しかし――意外な事に晶坊はその場に立ち止まったまま、何か悩むような様子で下顎を擦っていた。
 
「んー……良し、魅魔サマ借りますヨ。―――――靈異面『魔』」

 何かを決めたような呟きと共に、突如現れた闇が晶坊の全身を包んだ。
 同時に放たれる、圧倒的な力の奔流。
 一瞬で晴れた闇の中から出てきたのは、黒衣を纏った晶坊に似た『誰か』であった。

「……マジか」

 ひと目見れば分かる、‘さっきまでの面とは桁が違う’と
 ワシらがほぼ完封されていた先程までの面を『モノマネ』とするなら、こちらは『ご本人様登場』じゃ。
 もともと頭悪いレベルの晶坊の力に、同じくらい頭おかしい誰かの力が‘足されとる’わ。
 ……確か、晶坊の切り札は『不変』じゃったよな。
 つまりはコレですら手札の一つでしか無いと――いやいやいや。
 願望込み込みなの承知な上で言うが、それは無いじゃろ。並どころかヘタな実力者でも圧倒できるエースカードじゃぞ。
 いくらなんでも、コレと同じレベルの手札が複数あるとは思えん。思いたくない。……無い、よな?

「では、挨拶代わりに軽く攻撃――っと」

「……待て、一つ聞いて良いか?」

「なんです?」

「お主の周囲に突然湧いて出た、その無数の光の弾はなんじゃ?」

「軽い攻撃ですよ?」

「……軽、い?」

 一発一発が、わしらの全力弾幕を余裕で上回っとるように見えるんじゃが。
 んで、それが視線を軽く左右させる必要がある程度には展開されておるワケなんじゃが。
 これを数えきるにはちょっと手の指が足りないのぅ、わっはっは――勘弁してくれ。

「はーいどーん」

「死ぬ気で避けるぞ! 当たったら死ぬ!!」

「りょ、了解!!」

 晶坊が指を鳴らすと、光による豪雨が降り注いだ。
 言葉にすると実に簡単じゃが、実際受ける身としては洒落にならん。
 いや、本当にコレ、無理! 無理じゃから!!
 回避に専念したら少しは捌けるかとちょっと期待したが、狸の癖に皮算用とは笑えんな。どう足掻いても無理じゃ。
 と言うか、こんな極太レーザー大瀑布を頑張った程度で何とか出来るか!
 横目でチラッと確認しただけじゃが、あの弾一発撃つと消える代わりにガンガンおかわり投入されとるぞ?
 お主、この勝負だけで散々っぱらやりたい放題やったじゃろうが! そろそろバテるなり勢い衰えるなりせんかい!!

「ふむーん、仕留めきれないねー。もーちょっと勢い強めようか」

「ちょっと音量上げようか? みたいな気軽さでトンデモな事言ってくれるのぅ!」

「ノリとしてはそんなモンです。この攻撃、消耗ほとんど無いんで」

 値千金の情報じゃが、あえて言う! 聞きたくなかった!!
 言ってる間にもバカスカ撃たれているレーザーは、本人の言を裏付けるように降り注ぎ続けている。
 どう考えてもこのままだと、こっちが消し炭になる未来しか見えぬわい。
 こころも……やはり打つ手は無しか。むしろワシに助けを求めてこっちを見てきとるわ。

「さすがに避けきれなくなってきた。次はどうする!」

 ……手は、無いワケでは無い。
 無様に追い回されていたからこそ気付けた突破口、それがまだ残っておる。
 問題は、突破口を開いた先がさらなる地獄である可能性が高いと言う事じゃな。
 運が良くてもちょっとマシになる程度で、運が悪ければ完全に詰む。今もほぼ詰んでるようなものじゃが。
 正直、ワシとしてはこういうイチかバチかな手に頼りたくは無いんじゃが――んんっ?

「よくよく考えたらこころちゃんが三枚目使ってるんで、場の硬直を避けるために僕も三枚目使いますね?」

「止めんかぁ!!」

 普通、確実に勝てる手を捨てての攻撃なんぞチャンスでしか無いんじゃが。
 今までの弾幕を、鼻で笑うレベルの力を溜め込まれたら話は別じゃ。
 ――いや、本当に勘弁してくれんかの?
 ワシもそれなりに妖怪としての格は高いと自負しとるが、基本はトンチや化かし合いでブイブイ言わせるタイプの大妖怪なんじゃからな?
 ワシが妖怪になりたてだった時代ですら過去の話じゃった神話大戦を、たった一人で再現されても応えられないんじゃよ。
 じゃから止めよう、な。もうちょっと現代妖怪に優しい戦いしよう、な。



 ―――――――神滅「ギガ・マスタースパーク」



「ばきゅーん」

「分かっとったけど予想以上に出し方が軽い!!」

「くっ、どうするんだ!!」

「まずは全力で逃げろ! アレを避けきらんと、次の一手も打てんわい!!」

 最早『神の鉄槌』としか呼称のしようが無い閃光が、晶坊の手から一気に解放された。
 もうなんと言うか、ここまで桁の違う攻撃をされると笑いしか出てこんわ。
 ワシは全力で駆け出し、とにかく相手の攻撃の範囲から離れるために‘逃げた’。
 回避では間に合わんからな。最悪、このまま勝負を有耶無耶にしてこころと逃亡するのも手としては有りじゃわい。……無理じゃろうけど。





 ――はぁ。この戦いでワシの寿命、確実に百年は削れたぞい。




[27853] 終章伍「心綺逸転/HUMAN DISASTER」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/10/25 02:18


「第五十回、お姉ちゃん会議を始めます」

「……私は姉じゃないのだけど」

「ふふふ、いつもは私と文だけでやってるのだけどね。今回は特別よ?」

「遠慮しているように聞こえたのなら永遠亭へ行きなさい。私は巻き込むなって言ったのよ」

「はいはい、私語は慎んでください。記念すべき五十回目の議題ですが――ズバリ「最近の晶さん黒幕扱いされ過ぎ」問題です!」

「…………」

「…………」

「……自業自得じゃ無いかしら」

「それを言ってはオシマイですよ。何とか他の外的要因を見つけて、それに全責任を押し付けましょう!」

「不毛極まり無いわ」

「言ってて、自分でもそう思いました」

「……実はね。私も同じ事を思って、今回の異変でちょっと細工をしたのよ」

「隙間妖怪の『ちょっとした細工』……物凄い策略の予感がしますね」

「期待してもらって悪いけど、本当に大した事無いわよ。……そもそも失敗したし」

「あやや? 何したんですか?」

「今回の異変では大人しくして貰おうと思って、晶に異変関係の情報がほとんど入らないようにしたのよ」

「……入らないようにしたんですか?」

「入らないようにしたのよ」

「今回の異変で晶がメチャクチャやらかしてるけど?」

「邪魔したのよ、アレで」

「アレで?」

「アレで」

「…………」

「…………」

「…………」

「……むしろ、ね。気の所為だと思うんだけど、ね」

「とても聞きたくないですけど……なんですか?」

「ここまで被害が拡大したのって、私が迂闊に手を出したからじゃないかって思うのよ」

「ははは、なんでまたそんな事を」

「……あの子って、他人の目論見を台無しにする天才じゃない」

「………………」

「………………」

「………………」

「ははは」

「…………」

「…………」

「いや、笑ってくださいよ。ここは笑って流す所ですよ?」

「笑えないわよ」

「自分で言っといてなんだけど、本当に笑えないわね」





幻想郷覚書 終章伍「心綺逸転/HUMAN DISASTER」





「こころぉ~……生きておるかぁ~……」

「辛う、じて」

 酷かった、予想以上に酷かった。
 全力で逃げ出したつもりじゃったが、それでもまだ逃げ切れんとは。
 これ、呑気にしておったら消し炭になっとんじゃなかろうか。
 
「とりあえず、耐えられはしたぞ。次はどうすれば良い」

 あんだけの大火力をぶっ放しておきながら、晶坊の背後にはすでに無数の魔力球が構成されている。
 つまり状況は改善されておらん、むしろ悪化しとるわい。
 うぅむ、やはりこのままではどうしようも無いの。
 せめて少しくらいは弱ってくれるかと期待したのじゃが……間違いなく、あちらが息切れする前にこちらが消し炭になるわ。

「……最初に言っておくが、上手く行くかは五分五分――いや、ニ分八分じゃ」

「それでも、一分の勝ち目も無い今よりはマシと言う事だな」

「そうなんじゃよなぁ……」 

「なら構わん、指示をくれ!」

「おお、簡単な事じゃよ。――面を変えろ、こころ。それでこの窮地からは逃れられる」

「面を? ――いや、分かった」

 怪訝な表情をしながらも、ワシの助言に従い夜叉の面を翁の面へ取り替えるこころ。
 ワシの予想に間違いが無ければ、コレで状況は変わるはずじゃ。

「おっと、変わりましたか」

 そしてワシの予想通り、こころの面の変化と同時に晶坊の動きが止まった。
 やはりそうじゃったか……。晶坊の面は、こころの面に合わせて変えておったのじゃな。
 恐らくはスペルカードもそうじゃ。何故かは分からんが、晶坊はやたらこちらとの釣り合いを取ろうとしておる。
 まぁ、おかげさまでこちらも活路を見いだせておるが。
 ……舐められている感じがしないのは、反応がやたら機械的だからじゃろう。
 やはり何だかんだ、希望の面の影響で暴走はしておるのじゃろうな。――暴走してない時とどちらがマシなのかは正直考えたくない。

「では今度は――神綺さん、お願いします。―――――怪綺面『神』」

 今度は眩い輝きが、晶坊の身体を覆い隠す。
 続いて光の中から溢れ出るのは、先程とはまた違う種類の圧倒的な力。
 うむ、これは何というか――ダメじゃな、ある意味で何も変わっとらんわ。

「……窮地から、逃れられたのか?」

「いや、窮地の種類が変わっただけじゃろう」

 現れたのは、全身を赤い鎧で包んだ晶坊。
 デザインは洋風寄りじゃが、騎士鎧ともまた違った雰囲気をしておる。
 強いて言うなら……なんかメカメカしいかの?
 とりあえずもう、見た目からしてヤバい。分類的には間違いなくさっきの黒衣と同種じゃ。
 これは、こころにまた面を変えてもらうべき――ぬぅ!?

「――隙あり」

「は――ぎゃあぁ!?」

「ぐあぁっ!?」

 ちょ、ちょっと待てい!!
 なんじゃ今の!? ワシらは何をされたんじゃ!?
 晶坊が突如近くに現れた――のじゃろう、多分。まずそこから怪しい。
 そして次の瞬間に知覚したのは、大量の土砂と共に宙を舞うワシら自身じゃった。
 いやいやいや、ありえんじゃろうコレ。
 地面より天井の方が近いほどの勢いでぶっ飛ばされとるんじゃぞ、あの一瞬で。
 何をされたんじゃワシらは。本当に、比喩でも何でもなく‘何も分からん’のじゃが。

「と、とにかく飛ぶぞこころ! このままじゃと真っ直ぐ地面に落ちて煎餅まっしぐらじゃ!」

「分かっ」

「あ、追撃入りますね」

「――!?」

 結論から言う、ワシらは地面に思いっきり叩きつけられたようじゃ。
 あまりにも速すぎる追撃は、全ての事象が終わるまでワシに現実を教える事は無かった。
 それでも身体中に響く痛みが教えるのは、今の晶坊の戦闘手段が近接である事。
 そして、相手にあの四季面以上の力と天狗面以上の速さがあると言う事じゃ。
 ……反則じゃろう、ソレ。あっさりとさっきの靈異面クラスの手札を用意するんじゃないわい。
 
「ぐぐ……こころ、生きておるか?」

「……なん…………とか」

「ならば、もう一度頼む……こんな目に遭って、更にワシを信じるのは難しいかもしれぬが」

「私もさすがに、そこまで状況が読めぬほどの阿呆では無い。喜んで変えさせてもらう」

「助かるわい。……変える面は、晶坊が四季面か天狗面になっていた時のモノで頼む。効果は無いかもしれんが、念の為じゃ」

 思惑通りに行って四季面か天狗面になったとしても、ワシらが不利な状況に変わりは無いのじゃが……まぁ、それはそれじゃ。
 少なくとも、このまま怪綺面で居られるよりはマシじゃろう。多分。
 後は、晶坊が予想通りに動けば――っと、さすがにそこまで上手くはいかんわな。

「また変わっちゃったかぁ。うーん、あんま使いたくないんだけどなぁ……ネタギレも近いし―――――幻想」

「―――待った!!」

 その言葉は、ほとんど反射的にワシの口から出ていた。
 何か明確な理由があったワケでは無い。ただ、晶坊の手で生み出された鬼の面を見た時に思ったのじゃ。
 ――アレを付けられてしまえば、全てが終わると。
 今までもワシらは圧倒され続けておったし、今も耐えきれておるのは奇跡のようなモノである。
 故に、アレだけを特別危険視するのは今更な事なのかもしれぬ。
 じゃがワシは、自分の予感が間違っているとは思わん。
 ……少なくとも、何かを感じ取ったこころは遠目から見ても分かる程に震えておる。

「使いたくないなら使う必要はあるまい。他の面にしよう、な?」

「うーん、でも使わないと勿体無いお化けが……」

「捨てるんならともかく、使わない事で勿体無いお化けは出んじゃろ」

「それもそうか――良し! じゃあ幻想面は無しで!!」

 助かったぁ……。
 面を砕く晶坊の姿を確認し、ワシはホッと一息ついた。
 どうやら最悪の事態は防げたようじゃな。まぁ、依然として不利なのには変わらんが。

「と言うワケで―――――『不変』」

「……まぁ、そうなるわな」

 その面になるのを止めただけで、面を変える事自体は止めてないからな。
 そろそろ、ソレが出て来る頃じゃとは思っとったよ。……どちらかと言うとそうあって欲しいと言う希望的観測じゃが。
 顔が薄く透けて見える氷の面を身に付けた晶坊の姿には、今までと違って大きな変化は無い。
 感じる力も、下手したらさっきまでの靈異面や怪綺面の方が上なんじゃなかろうか。
 それでも、底の知れなさは今までで一番じゃ。
 今の晶坊を見ておると、今までの晶坊は未完成品じゃったような気さえしてくる。
 それほどまでに重厚な完成度。――アレが、博麗の巫女すら制したと言う久遠晶の切り札か。
 ……まぁ、少なくとも今までの面よりかは親近感はあるの。
 実力差はともかく、ジャンルの方はワシら寄りになっておるのじゃ無いか?

「…………凄い」

 おーおー、こころの目が輝いておるわい。
 ひょっとしたら、今の晶坊は彼女の理想とする姿に近いのかもしれんな。
 ほら、二人共同じ面を使う妖怪じゃろ? やはり先を行かれている分だけ思う所があるのかもしれん。
 ……ん? 晶坊は人間? ハハハ――もうワシの中では妖怪じゃから。

「さて、こころよ。感動するのは構わんが、アレがこれから戦う相手である事も忘れるなよ」

「今更かもしれんが、勝てる気が少しもしないのだが」

「安心しろ、ワシもじゃ」

 果たして今度は、どんな出鱈目な事をやらかしてくるのか。
 何とか体勢を直して立ち上がったワシとこころは、ほぼ限界の身体に鞭を打って晶坊の次の手に備える。
 そんなワシらに対し、晶坊はゆっくりと動き出し――流れるような勢いで地に伏した。

「すいませんでしたぁー!!!」

「……なぬ?」

 それはもう、いっそ感嘆する程に見事な土下座じゃった。
 自らの身体を極限まで畳み込み、額を地面に擦り付けるよう押し付けている。
 えっと、攻撃では無いよな? 何かの策、でも無さそうじゃよな?
 ……つまりマジ謝罪か? 何でじゃ?

「どうしたんじゃ急に、お主」

「いや、『不変』になったらなんか冷静になっちゃって。良く良く考えると戦う必要は無かったよね?」

「超今更じゃな」
 
「ですよね! なんでスイマセンっした!! 僕が悪かったです!」

 うむ、心の底からのガチ謝罪じゃな。
 何故こうなったのか、ワシにも推測しか出来んが何となく理由は分かる。
 要するに、切り札を切った事で希望の面の影響から逃れる事が出来たワケじゃ。
 テンションが落ち着けば、本人の言った通り戦う必要は無い。
 強いて言うなら、今までやりたい放題やられたワシらが仕返しするパターンがあり得るくらいじゃが……これっぽっちもやる気にならんなぁ。
 この気持ちを例えるならなんと言おうか。――台風で酷い目に遭っても逆襲する気にはならんよな、そんな感じじゃ。

「正しく人間災害なんじゃなぁ、お主」

「何一つ言い返す余地が無いです、ゴメンナサイ」

「まぁ、ワシは怒っておらんよ。怒る気力も無いと言うか。……こころはどうじゃ?」

「多少の思う所はあるが、私も同意見だ。後は希望の面を返して――」

「んにゃ? どうしたの?」

 このまま素直に希望の面を返してもらって良いモノか、そんな顔をしておるな。表情は変わっとらんが。
 確かに今のこころが希望の面を取り戻せば、彼女は遅かれ早かれただの面へと戻る事となる。
 経験を積めばその心配も無くなるじゃろうが、それまで欠けた面による被害は放置する事になってしまうからのぅ。
 そして残念ながらワシには、その問題をなんとかする手立てが無いんじゃよな。
 さてはて、どうしたモノか……いっそ、目の前の道化師に丸投げしてみるか? 存外なんとかなるかもしれぬ。

「あー、晶坊。ちょっと聞いて欲しい事があるんじゃが」

「なんでせうか?」

「……言っても構わんか、こころ? 晶坊ならお主の悩みも解決してくれるかもしれん」

「構わない。この人ならば、私の窮地を救う智慧を出してくれるだろう」

「えっ、何その謎の超高評価」

「安心せぇ、出来ないから許さん等とは言わんから。それでじゃな――」

 ワシは晶坊にこころの現状を説明した。
 かなり面倒な状況じゃが、晶坊に手立てはあるのじゃろうか。
 ……物凄い渋い表情をしておるから、あんまり期待はできそうに無いのぅ。

「面が欠けた状態だと異変が悪化し続ける、でも面が揃うとこころちゃんが大変。そういう事ですよね?」

「うむ、どうにか出来んか?」

「……だったらこころちゃんの現状を維持しつつ、異変を起こさない様にする面の代替品を用意するとかどうでしょうか」

「そりゃあ、それが出来たら諸問題は一気に解決するがの。……どう用意するんじゃソレ」

 少なくとも、ワシには用意出来んぞ?
 こころも――まぁ、無理じゃろうな。そんな事出来たらとうにやっておるわい。

「…………条件、揃っちゃたなぁ」

「条件?」

「今は『不変』だし、お手本も手元にある。――出来ちゃうなぁ、コレ」

「いや、何がじゃ?」

 何故か心底嫌そうな表情で、両手を何度も閉じたり開いたりする晶坊。
 良く分からんが、出来ればワシらにも情報共有を頼めんかのぅ。さっぱり伝わってこないのじゃが。

「あー、そうですね。分かりやすくやりながら説明します」

「ふむ」

 そう言って、懐から希望の面を取り出す晶坊。

「これを参考にして、こう」

 面を持っていない左手を振ると、そこに希望の面と同じ面が生まれる。

「んで、こっちはこう」

 今度は元々持っていた希望の面が、瞬く間に氷漬けにされる。

「――これで解決!」

「いや、待て待て待て!!」

 ツッコミどころが多すぎて、何から指摘すれば良いのか分からん!
 だが、とりあえず一つ確認じゃ。まずはこれを聞いておかんと話にならんからの。

「それで、本当になんとかなるのか?」

「……多分ネ?」

「そこは断言せんかい!?」

 恐らくこの中で、現状を打開できる唯一の人物なんじゃぞお主!?





 ――頼る人間を間違えたかのぅ、今更じゃが。



[27853] 終章陸「心綺逸転/The Sorcerer's Apprentice」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/11/21 23:42


○月×日(晴)

どうしてこうなった……。

何故か知らない間に異変に巻き込まれ、いつの間にやら解決する流れになっていた。

いや、なんかここ最近人里に行く度に喧嘩売られるなーとは思ってたんだけど。

……その時の日記にも書いたけど、白蓮さんと太子さんがタッグ組んで挑んできた時はさすがに死を覚悟しました。

しかしまさか、こいしちゃんから貰った面が異変の原因だったなんて。

アレ、香霖堂で何となく買った虹色のスプリング玩具と交換したんだけどなぁ……。

世の中、何でもない事が意外な所に繋がってたりするんだね。

でもいきなり爆弾抱えさせられるのは勘弁してください。

僕だって、普段は平々凡々に暮らしたいくらいの願望があるんだよ! もう!!

おまけに何故だか弟子をもう一人取る事になったし……。

なんで人間の僕が、妖怪に妖怪らしさを教える事になるんだろうね?



追記:

今日は思い掛けない事に気付かされた。

残念ながらすぐに出来る事じゃないけど――うん、次にやりたい事は決まったかな。





幻想郷覚書 終章陸「心綺逸転/The Sorcerer's Apprentice」





「ほら、何事もチャレンジ精神が大事だって言うじゃないですか!」

「そのセリフは挑戦する側だから言えるんじゃぞ……」

 二つの面をパタパタと振りながら、堂々と無責任な事を言い出す晶坊。
 確信があるとかならともかく、多分とか言っといてソレはちょっと無理があると思うぞ?

「大丈夫大丈夫、徒労に終わる事はあっても悪化する事は無いですから」

「ならええんじゃが……とりあえず、何をやろうとしているかだけは説明してくれ」

「いや、基本はさっき言った通りですよ? 偽物の面で世界を騙そう大作戦!」

「もうちょい気の利いた作戦名にできんのか」

「……オペレーション・ギャラリーフェイク?」

「ギャラリーどこじゃよ」

 まぁ、そこまではワシも分かる。
 先程晶坊が生み出した面、それが世界を騙す偽の面とやらなのじゃろう。
 ……よく見ると、偽の面の方には額に「偽」と書かれておるな。実に分かりやすいわ。

「その面が本当に有効かどうかも確認しておきたいが、どうせ保証なんて無いのじゃろう?」

「はい!」

「堂々と答える所はさすがじゃの……では別の事を尋ねるが、本物の面を覆ったその氷はなんなんじゃ?」

「本物の面を野放しにするワケには行かないですからね。封印ですよ、封印」

「いや、ただの氷じゃろソレ」

 本当に封印の力がある氷なら、さすがにワシだって見て分かるわい。
 普通に氷で覆っただけじゃから分からんのじゃ。それで希望の面の何を封印するというのか。
 それとも、ワシが気付いておらんだけで何かの力が込められておるのかの?
 だとしたら地味にショックじゃ。まぁ、無いと思うが。

「おっと忘れてた、封印はコレを貼って完成です」

 そう言って晶坊が懐から御札を取り出し、氷の表面に貼り付ける。
 ふむ、なるほど。そっちの方がメインじゃったか。
 確かにこれだけの力なら、面の力を封印する事も出来るじゃろうて。
 ……その札が、見た事の無いシロモノなのが若干不安じゃがな。
 恐らくは神道系か? 大概のヤツなら大体は見ただけで分かるんじゃが……うむ、分からん。

「珍しい札じゃなぁ、どこの神のじゃ?」

「知りません」

「――おい」

「いや、不変は未来の力を借りる面なんで……「どう扱うか」は分かるんですが、「どうやって手に入れたか」は分からないんですよ」
 
「……そんな怪しいモン、良く使う気になれたのぅ」

「わりといつもの事なんで。……まぁ、なんで僕が‘博麗式の封印術’なんて覚えてるのか気になる所ではありますが」

 別にどうでも良いよね! と、聞いてるこちらが不安になる勢いで疑問を投げ捨てる晶坊。
 ソレで良いのかお主は。……良いんじゃろうなぁ。

「と言うか未来の力とは――いや、あえて聞くまいて。とにかくそれで希望の面は大丈夫なんじゃな」

「オッケーです! あ、コレは念の為に別空間で保管しておきますね」

「別空間って、そんな倉庫みたいに扱えるモノじゃったかのぅ」

 見ろ、こころなんてほぼ最初から話についていけておらんぞ。
 分かっていたのに無視していたのは、単純にワシもそこまでの余裕が無かったからじゃ。
 ワシの時代でも稀にしかおらんレベルの神々がやりそうな奇跡を連発するのは止めてくれんか、本当に。

「僕に非があるとは言え、ここまでボロクソに言われ続けるとさすがにちょっと凹みます」

「――うぐっ。ス、スマン」

「あ、いや、ネタで言ったんで軽い気持ちで笑い流してくれると助かるんですが」

「世間一般ではそういうのを恩知らずと言うんじゃよ?」

 少なくとも現状、ワシらは晶坊に頼り切っているワケじゃからな。
 その状況でその言われ方をされたら、大概の人間が似たような反応をすると思うぞ?
 
「世の中ってままならない……」

「うむ、覚えておけよ? 普通の人妖はお主ほどボケツッコミに命をかけておらんからな」

「別に僕も命まではかけて無いんだけど――まぁ良いや、とりあえずコレで封印は問題無しですね」

「出来ればもうちょっと安心させてほしいが、十分といえば十分か。――何か起こった時の責任はとれよ?」

「出来る限りは頑張ります! と言う事で次はこっちね、はい」

「む、うむ」

 本物の面をどこぞへ片付けた晶坊が、偽物の面をこころに差し出した。
 それを、恐る恐るといった様子で受け取るこころ。
 まぁ、気持ちは分かる。コレで全てが解決すると言われても信じられない……と言うかむしろ疑わしいわな。
 そもそもあっさりと解決しすぎじゃしな。いや、解決して貰わんと困るから良いんじゃけど。

「とりあえずソレつけて……えっと、つければ自分の物に出来るのかな?」

「問題ない。後は効果があるかどうかだが――ふむ」

 偽の面に付け替え、こころは自身の身体に変化が起きていないかを確認する。
 念入りを通り越し臆病と言えるほどに身体を探っていたこころは、一旦手を止めるとワシらに向き直り困ったように呟いた。

「……解決したのか分からん」

「知ってた」

「おい」

「いや、コレばっかりは即効性求められても困りますよ? そもそもそーいうもんでも無いでしょう」

「確かにソレはそうじゃが……」

 失われた面が戻ればこころはただの面に戻る――とは言っても、それがいつなのかまではワシにも分からん。
 一瞬で戻るのか、徐々に失っていくのか、そこすら分からない状態ではっきりした効果を期待するのは酷と言うモノじゃろうな。
 じゃから、晶坊の反応もこころの困惑も当然と言えば当然なのじゃが……うむ、やっぱ納得いかん。

「しかし、心持ちだがつけなかった時よりも安定しているような気もする」

「……無理に気を使わなくても良いのじゃぞ?」

「問題ない。己を犠牲にしてまで気を使うほどの優しさは、あいにく持ち合わせていないからな」

「まぁ、本当に気の所為って可能性もあるからさ。何か違和感があったら相談してよ」

「それをお主が言うのか……」

 正しい指摘ではあるんじゃが、そういう心配が出来るならそもそも事が起こらないように努力を――と言うのは贅沢か。
 こうなった以上は無駄な批判を重ねるより、晶坊のやり方に乗ってこころをフォローするのが最善じゃろうしな。
 ……ワシはあくまで、ちょっとした親切のつもりでこころに協力しただけだったのじゃがのぅ。
 結果的に世話係まがいの事をやる羽目になるとは、世の中何がどう流れるか分からんモノじゃわい。
 ――出来れば避けたかった流れでもあるが。まぁアレじゃな、全部晶坊が悪い。

「そうか……今後も貴方の助力を望めるのだな。それは幸いだ」

「はぇ?」

「至らぬ身ゆえ迷惑をかけるかもしれないが、どうか力を貸して欲しい」

「あ、はい。別にそれは構いませんけど……えっと、そんな無駄に畏まらなくても良いですよ?」

「私のような若輩者にまで気遣いして貰えるのは嬉しいが、そちらこそ遠慮は不要だ。私は妖怪としては遥かに格下なのだから」

「遠慮するなって言われても……あの、なんか僕の扱いちょっとおかしく無い? やたらと高い位置に置かれてない?」

「ま、こころにとっては初めて出会った同族の先輩じゃからな。必要以上に畏まるのも仕方がない事じゃろう」

「ああ、なるほ――ど? ん、待って? なんか前提条件おかしくない?」

「気のせいじゃよ。超気のせいじゃ」

 じゃってほら、何も間違っておらんじゃろ?
 ははは、先輩としてヨロシクやってやるんじゃよ?

「何だろう、この腑に落ちない感は」

「私の態度で何か不愉快にさせたのなら謝罪する、すまない」

「あ、いや、こころちゃんを責めているワケでは無いんですけどね? ――まぁ、良いか」

「そうか、それは良かった。……あの、ついでにもう一つお願いしても良いだろうか」

「あー……洒落にならない無茶振りでなければ、どうぞ」

「無茶振りかどうかは分からないが、頼み事そのものは単純だ。――私を、貴方の弟子にして欲しい」

「……はい?」

 うーむ、そういう結論になったか。
 まぁ、こころにとってはそれだけする価値のある相手だと言う事なのじゃろう。
 実際そこまで悪いアイディアでも無い。色々問題点も多い人物じゃが、それ以上に学ぶ点はあるはずじゃ。
 それ以上に面倒な事も多いが、そこはそれ。頑張るのは晶坊とこころ自身じゃからな。問題ない。

「いやいやいや、ちょっと落ち着こう。こころちゃんは何かを間違えてる」

「何も間違って無いから安心せい」

「えー、でもー」

 こころの弟子入り志願に、露骨なまでの難色を示す晶坊。
 じゃが、面倒を見るのが嫌と言った様子でも無いな。
 ……単純に、教える自信が無いのか?
 思えばこれまでも、自分に自信を持っていないような発言が多くあった。
 しかしそれは、半分くらい計算で言ってるモノと思っていたが……まさか十割本気とはなぁ。
 あれだけの実力があるのじゃから、もう少しくらいは強さに自信を持ってても良いと思うのじゃが……。
 
「…………ふーむ」

「な、なんですか?」

 別段ワシに、そんな晶坊の性根をなんとかしてやる義理は無いのじゃが。
 どうにも見過ごせんのは、やはり年のせいかのぅ。
 まぁ、根本を正せるほど強烈なアドバイスは無理じゃろうがな。
 これも乗りかかった船じゃ、婆なりのお節介を働くとするかのぅ。

「晶坊よ、お主は強者としての自覚を持った方が良いと思うぞ?」

「すいません、それ以前からずっと言われててまだ改善出来てないんですよ」

「……自覚があるなら矯正するべきじゃろうて」

「いやー、僕の中で常に僕は一番下っ端ですからね!」

 うむ、思った以上に重症じゃな。
 しかし、自分は常に下っ端か……突っつくとしたらソコじゃろうな。

「晶坊、お主にとっての「強者」とは誰じゃ? ……ああ、口には出さんで良い。頭の中で思い浮かべろ」

「強者……はい、思い浮かべましたよ」

「其奴と己、戦ってどちらが勝つかと問われたら――」

「相手!」

「……即答じゃな。じゃが、本当にそうか?」

「へ?」

「百パーセント、どれだけ全力を尽くしても負ける。そう断言出来るか?」

「それは……」

 出来んじゃろうな。晶坊が誰を想定して居るのかは分からんが、それが例え誰であっても絶対に敗北するとは言えんはずじゃ。
 それが分からんほど晶坊は阿呆では無い。と言うか、天然とは言え策士やってて彼我の戦力差が少しも分からんとかありえんじゃろ。
 ……晶坊なら分からん上でも的確な策を練っとる可能性があったが、この様子なら大丈夫みたいじゃな。
 
「お主の思う「強者」とやらが、どんな存在なのかは知らん。じゃがな――その強さに‘挑む’時期は、とうに過ぎていると思うぞ」

「挑む……ですか」

「うむ、「超えろ」とか「勝て」とは言わん。お主がまずやる事は、強者に対する例外扱いを止めて並び立とうと考える事じゃ」

 頑固なほど自己評価を低くするコヤツの考えを変えるには、下げようの無い相手の隣に自分を置かせるしか無かろう。
 とは言え、如何に晶坊が強くとも幻想郷は広い。本人の性格的にもまずは一歩進める所から始めるべきじゃ。
 ……あまり性急に先へと進ませて、責任を取る羽目になるのは嫌じゃしな。
 色々と背負い込む羽目になってしまったが、やっぱりワシは一歩引いた立場から好き勝手言う隠居婆で居たいわい。

「…………なるほどなぁ。うん、その考え方は無かったかも」

 ――あ、やらかした。
 いや、晶坊本人は爽やかで実に良い笑顔をしているのじゃが。
 何かこう、とんでもない方向への後押しをしてしまった気がしてならぬと言うか。
 ……後々ワシの助言が原因で、ドえらい騒ぎが起きそうな気がする。
 起きそうと言うか、むしろ起こる。理由は説明できんがそんな確信がある。
 ―――よし、忘れよう。ワシは助言をしただけじゃ、うん。

「うむ、どうやら何か吹っ切れたようじゃな。良い事じゃ」

「あ、はい。ありがとうございます、マミさん!」

「なーに構わんさ。それよりも弟子の面倒をきっちりと見るんじゃぞ?」

「はい! ――はい?」

「強者を目指すなら、弟子をとっていて悪い事は無いじゃろう。弟子は師匠を成長させると言うしのぅ」

「あ、いや。なんかソレは違いません? 話題ズラされてません? あと、僕もう弟子いるんでこれ以上増えるのは……」

「なーんじゃ、もう弟子がおるのでは無いか。ならもう一人増えても問題ないな」

「いやいや、一人と二人じゃえらい違いが……」

「そうか――こころよ、お主は弟子にする価値が無いから諦めろと言う事じゃ」

「何その悪意ある解釈!?」

「…………」

「そしてガチ凹み!? 分かった! 分かりましたよ!! 弟子にします!」

 よしよし、少し強引じゃったが何とか目的を果たせたな。
 散々脇道に逸れた結果、弟子入りの話が立ち消えになってしまったらワシが頑張った意味は無いからのぅ。
 これで最低限、ワシがやるべき仕事は片付いたわい。めでたしめでたしじゃ!





 ――仕事を終えた代償で、色々犠牲にしたが……まぁ、責任取るのはワシじゃないしな?




[27853] 終章漆「カーテン・コール」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/12/06 04:03
「いやー、懐かしい。そういえばこんな事あったなぁ」

 昔の日記を読み返しながら、僕は過去の出来事を思い出して一人苦笑する。
 我ながら本当に好き勝手書いた日記だけど、こうして忘れた頃に読んでみると存外面白い――と思うのは自画自賛が過ぎるだろうか。
 しかしまぁ、それにしてもだ。

「……暇だ」

 僕は閉じた日記を別空間へと放り投げると、大きく身体を伸ばしながら立ち上がった。
 周囲からは、聞いているだけで気分の高揚する祭り囃子の音が聞こえてくる。
 もっとも本当に遠がりに聞こえるだけで、僕の周囲は静かなモノなのだけども。
 ……うーん、さすがに待つ場所としては閑静過ぎたかなぁ。
 今僕が立っているのは、鬱蒼とした森の中にぽっかりと開かれた広場だ。
 はっきり言って、目立つモノはさっきまで座っていた二、三人で腰掛けるのが精一杯な岩くらい。
 暇を潰すものなんて自前で用意した本だけで、それもすぐに読み終えて手持ち無沙汰になったワケだけど。

「よもや、仕方なく読み始めた日記が終わりかけてもなお暇が続くなんて……さすがに予想外だった」

 いや、いくらなんでも無視されすぎでしょう僕。
 そりゃー、幾らなんでも「皆の人気者晶君!」とまで考えてはいなかったけどさー。
 あまりにもシカトされ続けて、僕ちょっと泣きそう。
 ……ひょっとして、肝心の‘仕込み’に失敗しちゃったとか?

「ヤバい、あり得る」

 だとしたらここで待ってる僕、ピエロってレベルじゃ無いっすね。道化師なのに。
 いやでも、ちゃんと祭り囃子は聞こえてるし。そこら中から楽しそうな騒ぎ声とか聞こえてるし。
 実はそこらへんの騒ぎが僕に全然関係無いとか無い限り――え、まさかそういうパターン?
 僕、完全に乗り遅れた? 
 自分が騒ぎの中心だと思い込み、一人でコソコソ隠れて誰かが来るのを待っている。
 ……ここまで行くと、もう道化とも言えないよね。ただの哀れな馬鹿だよね。

「どないしよう……とりあえず偵察に行って、本当に僕が関係なかったら…………うーん」

「――見つけたわよ!」

「ほにゃ?」

 迷うあまりその場をウロウロしていた僕に向かって、大変良く聞く怒りの声がかけられた。
 振り返るとそこには、いつも通りの不機嫌顔をした姉弟子の姿が。
 ……あれ、なんか思ったよりもフツー? 怒ってはいるみたいだけど、それはある意味普段と変わらないよね?
 姉弟子なら、烈火のごとく大激怒して僕を殺しにかかると思ったんだけど……なんか違うっぽい?

「あの、どうしたんですか姉弟子」

「……貴方も知っていると思うけど、今の幻想郷では異変が起きているのよ」

「そ、そうですね」

「だけど、異変の犯人が少しも見つからないのよね。――だからまずは、異変を悪化させているであろう貴方を探す事にしたのよ!」

「…………それは、何か根拠があったりするんですか?」

「な、無いわよ悪い!? 別に貴方を倒しに来たワケじゃないのよ! 単に何か知ってないかと思っただけで――」

 いや、悪くは無いですよ?
 お前何かやらかしてるだろうってのは、最早毎度お馴染みとなった問いかけですし。


 ――そもそも、今回の異変の元凶って僕だし。


 あ、はい。そういう事です。
 今回の僕は、自発的に異変を起こしました。
 上手く行ってるのかまでは確認してなかったけど、姉弟子の様子を見るに成功はしているらしい。
 しかしアレだね。まさか、こういう形で疑われないとは思わなかった。
 ええまぁ、特に否定はしませんよ。普段の僕は大体そーいう立ち位置ですもんね。
 だけど、今の僕を見てなお関係無さそうと断じるのはどうだろう。
 特に隠す事も無く不変の格好してるんですが、僕。
 あと、この場所も実は結構細工してるんだけど――気付かないですか、そうですか。

「……それでもう一度聞くけど、何か知ってる?」

 僅かな疑いすら無い真っ直ぐな目で、異変に関する情報を尋ねてくる姉弟子。
 僕に対してセメントな対応がデフォルトな姉弟子すらこうって、ソレ下手すると誰も僕が原因だと気付かないんじゃ……。
 ……どうしよう、コレ。素直に僕が異変の元凶ですって答えるべきかな?
 限りなく情けないから出来れば避けたいんだけど、言わないとスルーされるよね。
 うぐぅ……本当にどうしよう。

「ねぇ、どうしたの?」

「いやその、えっと――」





幻想郷覚書 終章漆「カーテン・コール」





「――うぐぐぐ、結局知らないと答えてしまった」

 そして姉弟子は少しも疑わず、肩透かしを喰らった顔で去っていきました。
 ヤバい、未だかつて無い程に虚しい。
 例えて言うなら、張り切って隠れんぼした結果皆に忘れられて放置された子供レベル?
 多分、何かしらのキッカケで泣きます。超泣きます。

「……はぁ、これからどうしようかなぁ」

 異変の元凶として、今の僕にやれる事は無い。
 前段階でかなり準備を頑張ったからなぁ……後はもう、ただ座って待つしかする事が無いんですよネ。


 ――マミさんから貰った助言を元に、僕は‘強者’と並ぶための努力を始めた。
 

 とは言え直接対決を挑むつもりは無い。――いや、別に逃げてるワケじゃなくてね?
 多少はそういう弱気もあるかもしれないけど……それ以上に、単純な勝負の結果で自分が強者に並べたと断じる事に違和感があるのだ。
 そもそも、純粋に勝ち負けだけで判断するならとっくに並んでる人達が何人も居るワケで。
 それで納得出来ないのだから、違う形での挑戦を試みるのは当然と言えるだろう。
 つまり何が言いたいかと言うと――他の強者の皆様みたいに、僕も異変を起こしてみたらどうかなーと思った次第です。

「うーん、我ながら安直過ぎる」

 これでもそこそこ悩んだ末での結論なのだけど、ソコだけ見ると馬鹿みたいだ。
 まぁ、実際問題安直なんですが。
 何しろ僕は異変に関わった事はあっても、自分で異変を起こした事は無い。天晶異変は実質紫ねーさまに乗っかっただけだしね。
 ……いやまぁ、異変なんてそんな積極的に起こすべきモノじゃないんだろうけど。
 しかし色んな人妖が起こす異変を経験して、思う所があったのも事実。
 だからこそ皆に並ぶための一歩として、僕は自発的に異変を起こしたワケなのです。
 
「問題は、自発した異変が思いっきり地味って事だろうか」

 確実に起こせるよう、安定性を重視したのがダメだったのかなぁ。
 異変が起こるイコール仕込みが軌道に乗る。だから、ここまで来ると何もしなくても勝手に事態が進んじゃうんだよね。
 ちなみに、異変の内容は以前に萃香さんから聞いた「終わらない宴会」を参考にした「止まない祭り囃子」だ。
 効果も至って単純。誰もが浮かれた気分になり、場所を選ばずお祭り騒ぎを起こすってだけ。
 萃香さんの「宴会」と違うのは、祭りの開催場所が一箇所で無い所。後、違う場所での祭りと‘共鳴’して効果が派手になる所。
 ほら、馬鹿騒ぎって大きければ大きいほど皆ノッてくるよね?
 幻想郷の各所で祭り囃子が響く現状、僕が何をしなくても騒ぎは相乗的に拡大して行くワケです。
 むしろ、下手に細工した方が祭りの勢いを沈下させかねないだろう。
 相応しい場所さえあれば、幻想郷の人らは勝手にらんちき騒ぎを始めるからね。

「つまるところ、当初の予定通り大人しくしてるのが最適解になるワケだ」

 ちなみに、一応異変と僕を繋げる為の細工もしている。
 祭りの‘熱気’とでも言うべきか、人妖が騒ぐ事で発散される霊気の一部がこっちに回るようになっているのだ。
 まぁ、消費税みたいなもんだね。一回で手に入る量は大した事無いけど、塵を積もらせて山にするタイプ。
 ぶっちゃけた話、それで霊力集めてもする事は無いんですけどね!
 あくまで僕の目的は異変を起こす事で、異変を介してしたい事があるワケじゃ無いし。
 霊力集めてるのも、この騒ぎを完全放置は勿体無いかなーくらいの軽い気持ちでやってるだけだし。
 ……我ながら、異変の元凶として大分不健全な動きをしていると言わざるを得ない。
 いや、健全な異変の元凶とか意味が分からないけども。

「正しい異変の元凶なら、もっと有意義にこの時間を使うのかなぁ……」

 正しい異変の元凶とか言う良く分からない言霊を用いるあたり、我ながら大分迷走している感がある。
 こんな事なら、異変の最中にやれる暇潰しの方法でも考えていれば良かった。
 ぼーっと乱入者を待ちながら、ただただ溜まり続ける霊力を眺めるお仕事……ダメだ、間違いなく心が病む。

「せめて、この意味なく集めた霊力の使い道だけでも考え――うわ、めっちゃ溜まってる!? なんだこの馬鹿みたいな量!?」

 どれだけ馬鹿騒ぎしてるのさ、幻想郷の皆々様。
 想定してたよりも遥かに激しいペースで、霊力がガンガンに集まってるんですが。
 そういえば、さっきから祭り囃子と合わせて激しい爆発音が……。
 これは間違いなく喧嘩祭になってますね。ひょっとして、僕がスルーされてるのは祭りが思いの外大規模になってるから?
 あ、火柱。

「……コレは、さすがに僕関係無いよね? 冤罪だよね?」

「面倒だから余罪に含めておくわね」

「霊夢ちゃん酷い! ……霊夢ちゃん!?」

「起こす側に回るなんて珍しい事するじゃないの。――潰しに来たわよ」

 いつも通りの無愛想顔な霊夢ちゃんが、いつの間にやら隣で仁王立ちしていた。
 ほぼ反射的に距離を取り、出来る限りの警戒心を構えにして表す。
 いつかは来るかと思ったけど、まさか最初に来るとは。
 姉弟子? カウントしてたら今頃戦ってます。

「出来れば、もっと色んな人と戦ってから霊夢ちゃんに来てほしかったなぁ」

「異変起こしたヤツは、色んなヤツと戦う前にだいたい私と戦ってるわよ。そして負けてるわよ」

 ああ、そういえばそうか。
 基本的に霊夢ちゃんは最速なんだから、異変の元凶が真っ先に戦う事になるのは当たり前だよね。
 これも異変の元凶側にならなければ意外と気付かない点だね。……いや、気づいたからどうだって話でもあるけど。
 ところで、幾らなんでも潰しに来たって表現は過激じゃありませんかね?
 気の所為で無ければ、普段の三割増しくらいでやる気になってない? 博麗の巫女にあるまじき気合の入りようじゃない?

「一応確認するけど、戦闘前の愉快なお喋りとか期待して良い?」

「ダメ」

「ですよねー」

 この圧倒的な消化不良感よ……。
 まぁ、活躍するイコール異変が悪化するだから、有無を言わさず潰されるのは当然の流れなんだろうけど。
 それはちょっとばかり‘つまらない’なぁ――ふむ。

「視点を変えると見るものがある。――例えそれがどんなモノであっても、か」

 当たり前の話だが、想像と実際の体験の間にはどう足掻いても補えない差がある。
 同じ立場に立ってみると、理解不能だと思われていた‘強者’達の考えが存外分かってくるものだ。
 まぁ、正当性なんて一つも無い実にタチの悪い子供みたいな衝動だけど。
 ‘他の人達’みたいに、その衝動に身を任せるのは悪くない。
 異変は幻想郷の危機であり、新しい幻想を受け入れる下準備なんだと思ってたけど――正しく『お祭り』でもあるんだね。

「うん、これはちょっとここで負けるワケにも行かなくなりましたね」

「むしろ今まで負けるつもりがあった事が驚きだわ」

 いやまぁ、なんだかんだ霊夢ちゃんと敵対するイコールゲームオーバーですし?
 当初は異変起こすまでが目的だったから、いまいちモチベーションが上がってなかったんだよね。
 だけどそれも、さっきまでの話だ。

「それじゃあ異変の黒幕らしく、好き放題暴れさせてもらいましょうか!!」

「どちらにせよ、私のやる事に変わりはないけど――その前に一つ」

「ほえ?」

「今更だけど、なんで不変の面なんてつけてるのよ。そんなもん‘つけても意味ない’でしょ」

「あー、コレね」

 僕は半透明の面を取り外し、意味もなくお手玉をしてみる。
 

 ――霊夢ちゃんの言う通り、この面には何の意味もない。
 

 かつての久遠晶にとっては必要だった「未来の前借り」だけど、‘完成’してしまった今となってはタダの蛇足だ。
 まぁ、これもある種の感傷だろう。
 本当に僕は、かつて目指した僕になれているのか――この期に及んで自信が持てないワケだ、僕は。
 足踏みしまくってるなぁ、我ながら。
 強くなった自覚はあるけど、それでも何も変わらない。
 未だにうっかり癖は抜けてくれないし、面白い事があると色々ほっぽるし、もちろん強者としての覚悟は無い。
 ……羅列すると死にたくなるくらい進歩が無い自分。まぁ、だけど――
 
「何だかんだ、今の自分が好きなんだ。……って事で一つ」

「良く分からないけど、分かる必要も無さそうね。――じゃあ、潰すわ」

 うーん、実にセメント。霊夢ちゃんは本当にブレないですね。
 まぁ、この子がブレるってそれだけで異常事態な気がするから、コレはコレで良いのだろう。
 ……思えば、霊夢ちゃんとも相当な腐れ縁になったモノだ。
 異変の度に色んな形で顔を突き合わせて来たからね。親しくなった気もするし、逆に遠ざかった気もしないでもない。
 ちなみに、通算戦績で言うと五分五分って所です。
 褒めて良いよ! ……まぁ、世間的に言うと僕の勝率が高い事はあんまり良くないのかもしれないけど。

「……ひょっとして、今回に限っては私情入ってない?」

「私は常に私情でしか動かないわよ」

「いや、博麗の巫女としてそれどうなの!?」

「私情とやるべき事は大体一緒だから問題ないわ」

「そう来るかー」

 ナチュラルボーン博麗の巫女だ……さすが過ぎて次の言葉が出てこない。
 まぁでも、そんな彼女がそれなりにでもこっちを意識してくれるのはやっぱり嬉しいモノである。
 あっちは嫌かもしれないけど、僕はこの腐れ縁。かなり好きだよ? それに……。

「さすがに毎回異変を起こそう――なんて馬鹿は言わないけどさ。面白い騒動だったら、積極的に起こしても良いかもね」

「つまり、本格的に狡知の道化師やるぞ宣言と受け取って良いワケね」

「いやいや、別に嫌がらせしたいワケじゃなくて。どちらかと言うと皆を笑顔にしたいだけで――どっちにしろ狡知の道化師だ!?」

 長年の葛藤と言うか、どうなりたいのかの結論がコレとか、人生は何がどう変わるか分かったもんじゃないね。
 ……けどまぁ悪くはないか。悪い評判は、これからの行動で改めて行けば良い。――変わらない気もするけどそこは見ないフリで。

「それじゃあ、改めて名乗らせて貰おうかな。――僕は「狡知の道化師」久遠晶だって」

「今更ね」

「いやその、自分から名乗ったのは多分初だから……」

「私はどうでも良いわよ。やる事は変わらないし――貴方も変わらないでしょうしね」

「言ってくれるねぇ……なら、絶対に変えてぎゃふんと言ってもらうよ!!」

 そう言って構える僕と、すでに御幣を構えてる霊夢ちゃん。
 色々と変わった事はあるかもしれないけど、ここで勝たなきゃいけない事に変わりはない。
 ……実は微妙に負け越してるしね。と言うワケで!

「――いざ、尋常に」

「――勝負!」

 さぁ、お祭りの続行だ!!




[27853] 日常の裏書その1「あややといっしょ」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/02/24 21:59


日常の裏書その1「あややといっしょ」





    ※この番外編は、晶君がタイトルの人とただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスに深い意味はあんまり無いです。
     時間軸も第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





文「なんて言うか、私負けてる気がするんですよ。保護者として」

晶「えっ、まさかの敗北宣言!? どうしたの文姉」

文「いえいえ、姉として負けを認めたワケではありませんよ。ただなんと言うか……保護者っぽくは無いなと」

晶「違うんですか? 保護者と姉って」

文「弟を養わない姉も当然居ますからね。八雲紫なんかは、姉と保護者を上手く両立させていますが」

晶「あー。確かに文姉は、家長と言うより長女って感じですねー」

文「否定はしません。私も、保護者の一人として晶さんを養っているつもりなんですが……」

晶「紫ねーさまには二年のアドバンテージが、幽香さんには住居を提供してるっていう強みがあるからなぁ」

文「衣食の比重で考えれば、間違いなく私がナンバーワンなんですけどね」

晶「そういえば最近の幽香さん、食料品の買い出し全然してないっけ。料理自体は頻繁にしてるけど」

文「私と八雲紫の差し入れだけで十分足りてますからね。ちなみに差し入れ比率は、私七割八雲紫二割その他一割です」

晶「そこまでだったの!? 文姉、そんな所で張り切らなくても良いのに」

文「いや、私も正直かなり面倒くさくて嫌なんですけどね?」

晶「なら止めるか、もしくは比率を減らせば良いのに。別に強制されてるワケじゃないんでしょう?」

文「……幽香さんに食材を任せると、鳥肉多めで仕入れてくるんですよ」

晶「それは完全に嫌がらせですね」

文「そして八雲紫に任せると、自分が食べたいと言う名目でどう調理して良いのか分からないブツを持ってきます」

晶「ああ。そういえばたまーに、食卓に理解不能な料理が並ぶ事あるっけ。マズくは無いけど素直に美味しいとも言えない微妙なの」

文「そう言う時に限って、あの隙間は調理をこっちに丸投げしますから。我々の知識ではアレが限界なんですよ」

晶「……二人共、どんな食材でも容赦なく自分の知ってる料理にするからねー。ねーさまが自分で作るのが一番安定するはずなんだけど」

文「結局アレも風見幽香と同レベルって事ですよ。そりゃ、必然私の割合が増えるってもんです」

晶「お世話になっております。……あれ? でも最近は、僕も結構食材持ち帰ってる様な」

文「扶養家族の収入はカウントしないんです」

晶「……それを言ったら、文姉の差し入れも扶養家族の収入扱いになるのでは?」

文「失敬な、風見幽香に養われた覚えはありません!」

晶「でも最近の文姉は、妖怪の山に居る事より幽香さんの家に居る事の方が多い気が」

文「あれで風見幽香ってマメですからね。全部自分でしなきゃいけない我が家よりも居心地が……」

晶「文姉、それ完全に実家暮らししてる社会人の台詞や」

文「そ、それだけじゃありません! なんと私は着たきりスズメになりがちな晶さんの衣服もサポートしてます!!」

晶「あーうん、確かに貰った服は一番多いね。次点の紫ねーさまや咲夜さんが霞むくらいには」

文「でしょう!? ――まぁ、その割に晶さんは全然着てくれませんけどね。メイド服で無い時はだいたい幽香さんの服着てますし」

晶「そりゃ、性能が一緒ならズボンを選びますよ。文姉のくれる服って全部女物じゃないですか」

文「風見幽香のは、そもそもお下がりオンリーじゃないですか! 私のは全部新品ですよ!?」

晶「あっちはボーイッシュレベルで済むモノだけくれるから良いんです! いい加減にしないと、貰った服全部フリマで売りさばくよ!?」

文「別に構いませんけど、晶さんが袋叩きにされますよ?」

晶「何故に!?」

文「私の用意した服はオーダーメイドですからね。購入する事で、晶さんのスリーサイズが明らかになってしまいます」

晶「……えっと、それの何が問題なの?」

文「――晶さんの腰は、殺されても文句言えない細さだと思いますよ?」

晶「真顔でんな事言われても困るんですが」

文「私もスタイルには自信があったんですがねぇ……って、何の話でしたっけ?」

晶「文姉は、保護者じゃ無くて姉だよねって話です」

文「あやややや!? いつの間にか戦力外通告を喰らってますよ!?」

晶「いや、文姉にはお世話になってるけどね? お世話になってるけど……言うほど養われてもいなかったなぁと」

文「酷いですよ晶さん! そもそも晶さんが幽香さんのペットになっていなければ――」

晶「今度は幽香さんのポジションに、にとりあたりが収まってたんじゃないかな」

文「ふむ……言われて見ると、確かにそうですね」

晶「文姉が幽香さんのポジションに落ち着くためには、早い段階で僕の入山許可を貰わないといけなかったからなぁ」

文「私の家って、なんであんな面倒臭い所にあるんでしょうね」

晶「天狗だから……としか言い様が無いです」

文「ぶっちゃけ立地条件最悪過ぎですよ。山の上、閉鎖的、近くに宗教施設有り。冷静に考えるとロクでも無い家です」

晶「守矢神社をマイナスポイントにするのは止めてあげて!」

文「しかし、私はまだ保護者としての地位を諦めたワケではありませんよ!!」

晶「へー」

文「清々しいほどに無関心!」

晶「いや、そう言われましても。衣食住に関して、僕は現状で満足してますからね」

文「……何か、私の保護者力を上げそうな懸念事項とかありませんか?」

晶「無いです」

文「晶さんの意地悪! だけど大好きです!!」

晶「わぁ、理不尽。……いやまぁ、さっきはあんな事言ったけどさ。文姉も立派に保護者やってると思うよ?」

文「そんな事は当然です! 晶さんのお世話は、姉としての責務ですから!!」

晶「文姉のそういう所、素直に凄いと思う」

文「ありがとうございます! しかし私は、それだけでは満足出来ないのです!!」

晶「有り体に言うと?」

文「風見幽香よりも八雲紫よりも上に立ちたいです!」

晶「うん、諦めよう」

文「辛辣!? 辛辣ですよ、晶さん!!」

晶「文姉は多くを望み過ぎなんだよ。もうちょっと妥協しても良いと思うんだけど……」

文「高みを目指す事を止めた妖怪は死ねば良いんです」

晶「わぁ、文姉カッコイイ。目指す高みがわりとどうでもいい事を除けば」

文「なんか今日の晶さん、ちょいちょいツッコミが厳しいですね。遅れてきた反抗期ですか?」

晶「文姉がコメントに困る張り切り方してるからです。見捨てないだけありがたいと思ってください」

文「晶さんが「僕の保護者は文姉だけだよ!」って言ってくれれば全て解決するのになぁー。ちらっ、ちらっ」

晶「そういう無責任な発言は身を滅ぼすだけって知ってるので、絶対に言いません。きりっ」

文「……おねーちゃん、晶さんのそういう流され体質なクセに肝心な所で引かない所が結構好きですよ」

晶「ありがとうございます。――で、どうするの?」

文「ふむむむむ……どうしましょうか」

晶「むしろ逆に考えたらどうです? あえて保護者を捨てる事で、姉としての特徴を出すとか」

文「その発想は無かった! 確かにそうすれば、八雲紫との差別化が――ってそれじゃダメですよ色んな意味で!!」

晶「はぁ、ダメなんですか?」

文「ダメですよ! ソレ完全に負けを認めてるじゃないですか!! しかも姉としても格で負けてるし!」

晶「正直、そこらへんの姉的価値基準がさっぱり分かりません」

文「そりゃあそうですよ。晶さんは弟ですからね」

晶「ドヤ顔で当たり前の事言われても。つーか、保護者と姉って実質無関係なんじゃないですか?」

文「姉ならば皆知っています。属性は乗算し、お互いを高め合うのだと! 必要なのは両者が相乗すると言う事実です!!」

晶「……うん、なんか今すっごく納得した。このごった煮衣装の根源を知った気がするよ」

文「私ももっと保護者属性を強くする必要がありますね。……さて、どうしたものか」

晶「とりあえず、保護者がやりそうな事をやってみればいいんじゃないですかね。文姉の考える保護者の基準は分かんないですけど」

文「そうですね――まずは無難に掃除でもしましょうか」

晶「それは幽香さんじゃなくて僕の仕事なんですが。交代しますか?」

文「……いえ、止めておきましょう。では洗濯を」

晶「それも基本的に僕の役目です」

文「えっと、お庭の手入れとか」

晶「もちろん僕がやってます」

文「――晶さん、そんなに働いてるんですか!?」

晶「僕にも出来る事をコツコツやっていたら、いつの間にか結構な量になってました。ビックリです」

文「でも、晶さん普通に遊んでますし普通にゴロゴロしてますよね?」

晶「まさか僕も、紅魔館でのメイド経験がこんな形で生かせるとは思いませんでした。咲夜さんには足を向けて眠れませんね」

文「むむむ、意外な伏兵が……いや、けどメイドだから時間を作れると言う理屈は少々おかしい様な」

晶「一流のメイドは、全ての仕事を誰にも認識される事無く終えるそうですよ? 僕はまだその境地には至れてませんけど」

文「晶さん、順調に黒幕への道を歩みつつありますよね」

晶「……いや、さすがに暗躍にまでは活用できないと思います。と言うかですね」

文「なんです?」

晶「そこらへんが保護者の仕事になるなら、僕の保護者力は文姉より上になると思うんですけど」

文「…………はい?」

晶「だって僕も食材差し入れしてるし、調理以外の家事はほとんど僕がやってるし」

文「……晶さん」

晶「なんですか?」

文「保護者ってのは世話をするだけでなれるモノでは無いんですよ。必要なのは、養う家族に対する責任です」

晶「うん、その台詞数十秒前の自分に言ってあげようね?」


 続かない




[27853] 日常の裏書その2「先生を「お母さん」呼びは基本」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/04/08 02:25


日常の裏書その2「先生を「お母さん」呼びは基本」





    ※この番外編は、晶君が誰かとただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスは完全なランダムです。
     時間軸は第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





フラン「えへへー、白蓮さんってフカフカだねー」

白蓮「あらあら、フランちゃんは甘えん坊さんですね」

晶「(どうしよう、すっごい居辛い)」

フラン「良い匂いもするね! えっと、おばーちゃんみたいな匂いって言うのかな!!」

晶「(というか、さっきからフランちゃんがナチュラルに白蓮さんをディスってるし。いや、本人的には褒めてるんだろうけど)」

白蓮「ふふ、年だけはとっていますから。みたいじゃなくて、本当にお婆ちゃんなんですよ」

晶「(そしてそれを平然と受け入れる白蓮さんマジ聖人。並の女性ならブチギレしててもおかしくないのになぁ)」

晶「(ちなみに平安時代の人である彼女の推定年齢は八百歳以上、フランちゃんとの年齢差はたったの三百年である)」

晶「(……うん、自分でも三世紀をたったと言うのはどうかと思った。でも妖怪的にはそんなモンだよね)」

晶「(白蓮さんは人間的な感覚で言ってるんだろうけど、千歳超えも珍しく無い幻想郷で八百歳は普通に若い部類だと思う)」

晶「(とは言え、妖怪を全て一括りにしてそういう判別をするのは正直どうなんだろうか)」

晶「(天狗と花の妖怪とスキマ妖怪って、全部同一カテゴリに入れて良いのかな)」

フラン「わーい、もふもふー」

晶「(なお、そう言ってフランちゃんが顔を埋めているのは白蓮さんの胸部装甲である。大変居辛い)」

白蓮「………………」

晶「(それにしても白蓮さん、フランちゃんを抱きかかえる姿が凄い似合ってるよね。溢れ出る人妻臭)」

白蓮「……久遠さん」

晶「はひゃい!? なんでせうか!?」

白蓮「どうぞ」

晶「……はい?」

白蓮「フランちゃんが羨ましかったのでしょう? 遠慮せず、貴方もどうぞ」

フラン「お兄ちゃん、ずっとこっち見てたもんねー」

晶「いや、それは単に他に見るものが無かっただけの話で、特に羨ましがっていたワケでは」

白蓮「心寂しい時は誰にでも訪れます。だから恥ずかしがる必要はありませんよ」

晶「照れてると判断されてる!? いやほんと、そういうの全然無いですよ? そういう事に関してはやたらと頼れる姉が居ますし」

フラン「お兄ちゃんも一緒にフカフカしよ! すっごい気持ちいいよ!!」

晶「……フランちゃん。それは、無垢な子供にしか許されない行為なんだよ」

フラン「んー、お兄ちゃんならギリギリで大丈夫だと思う!」

晶「ギリギリだからダメなんじゃないかなぁ」

白蓮「私なら大丈夫ですよ。あまり痛くされると困りますけどね?」

晶「え゛っ!?」

白蓮「ふふ、だけど久遠さんはお優しいですね。己の力が私を傷つけるのではと不安がるだなんて」

晶「―――あ、あー、そういう、ね」

白蓮「こう見えても私、身体はとっても頑丈なんです!」

晶「知ってます。そういう心配はしていません」

白蓮「それでは――ああ、なるほど」

晶「察して頂いたようで何よりです。でもその、全てを理解した様な慈愛に満ちた顔は止めてください。僕が死にます」

白蓮「久遠さんも殿方なのですね。けれど大丈夫ですよ、私も気にしませんから」

晶「まさかの全てを承知した上でのOK宣言!? 白蓮さん、それは自分を投げ売りしすぎでしょう!?」

白蓮「色欲を満たす事が目的ならば諭しましょう。ですが久遠さんは、色欲に呑まれる事を恐れています。ですから問題が無いのです」

晶「はぇあ?」

白蓮「実践してみれば分かります。ですから――さ、どうぞ」

晶「結局そうなるんですか」

白蓮「どうぞ」

フラン「お兄ちゃん、おいでー」

晶「そもそも、寂しいって所が誤解なんですが……分かりましたよ」

フラン「いらっしゃーい」

白蓮「さ、もっとしっかり抱きしめて良いのですよ」

晶「正直もう、この時点でかなりキツい――んーでも」

晶「(ソレ以上に落ち着くなぁ。空気というか匂いというかそんな所が)」

晶「(うーむ、これは確かにおばーちゃんだ。僕にはおばーちゃんいないけど)」

白蓮「ふふ、どうですか? 落ち着きますか?」

晶「これは確かにフカフカですねー。眠たくなってきました」

フラン「でしょー? 気持ち良いよねー」

白蓮「異性との触れ合いが、必ずしも情欲を生むワケでは無いのですよ。……そもそも私に、女性的な魅力はありませんしね」

晶「いえ、白蓮さんはかなり魅力的な方だと思いますよ? ソレ以上に溢れる母性がエロを相殺しているだけで」

白蓮「うふふ、久遠さんったらお世辞がお上手ね」

晶「(あ、コレ自覚ないパターンだ。無意識にこういう事言って、女性からたっぷり反感買うタイプだね)」

魅魔〈少年もそうだけどなー〉

晶「(女性的な意味で外見を褒められて、何をどう喜べって言うんですかマジで)」

フラン「本当に気持ち良い。……えへへー、お母様ってこんな感じなのかなぁ」

晶「お母様かー。――フランちゃんのお母様って、どんな人だったの?」

フラン「覚えてないかなー。私、紅魔館の地下に居た以前の事って記憶に無いから」

晶「さらっとヘヴィな事言うねぇ。んー、今度レミリアさんに聞いてみようか」

フラン「そういうお兄ちゃんはどうなのー?」

晶「忘れた。何しろ六歳の頃に亡くなってるからねー。写真で顔だけは知ってるけど、どんな人だったかはさっぱり」

フラン「お揃いだね!」

晶「そうだねー」

白蓮「………………」

晶「あー、なんか本格的に眠くなってきた。これはヤバいかも」

フラン「ふみゅ……私も…………」

白蓮「構いませんよ。いい天気ですし、ゆっくりお昼寝しましょうか」

フラン「わー…………い……」

晶「(吸血鬼が晴天の下お昼寝って、恐ろしいまでのシュールさだなぁ)」

白蓮「よしよし」

フラン「ふにゅぅ……」

晶「あふぅ……このタイミングで頭ナデナデは…………ヤバい……」

白蓮「ねーんねん、ころーりよー」

晶「(あ、これは抵抗出来ない。もう寝るしか…………ぐぅ)」

フラン「………………えへへ…………お姉しゃま……」

晶「…………むにゃむにゃ……爺…………ちゃん…………」

白蓮「……………………」

白蓮「(きっと貴方達は、私の同情を筋違いだと言って笑うでしょうね)」

白蓮「(幸福の価値は個人が己の裁量で計るもの。貴方達には、母に代わる人が居ただけの話なのだと思います)」

白蓮「(……私も貴方達と同じような境遇でしたが、己を不幸だとは思いませんでしたしね)」

白蓮「(けれど――これが意味の無い行為だとは思わない)」

白蓮「(母を知らない彼女らに、少しでも母の温もりを与える事が出来れば良い。私はそう思うのです)」

白蓮「ぼーやは良い子だー、ねんねーしーなー……」





晶「いやー、すっかりお世話になってしまいました」

フラン「ふわー、良く眠れたー」

白蓮「ふふふ、またいつでも来てくださいね」

フラン「ありがとう! お母様!!」

晶「ははは。気が向いたらまた来ますよ、お母さん」

フラン「……あれ?」

晶「――おっ、おぐぅ」

白蓮「あらあら……ふふっ」


 続かない




[27853] 日常の裏書その3「仲良き事は美しき哉」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/04/22 01:39


日常の裏書その3「仲良き事は美しき哉」





    ※この番外編は、晶君が誰かとただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスは完全なランダムです。
     時間軸は第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





ナズーリン「ふむ、よもや金をそう使うとは。さすがに予想していなかったな」

晶「ははは、ナズーリンさんは面白い事言うねー。……予想してたから、八手前に銀じゃなくて桂馬を動かしたんでしょう?」

ナズーリン「いやいや、それは三手前の歩の動きに合わせたモノさ。晶殿の打ち方は独特だから読むのが難しいのだよ」

晶「何を言いますネズミさん、思いっきり定石通りの手じゃ無いですか。ほーら穴熊だよー」

ナズーリン「ほー、では囲いから外れたそこの駒とそこの駒は何なのかな? 私には大口を開ける熊の顎に見えるのだが」

晶「ナズーリンは詩人だなぁ。ふふふ」

ナズーリン「君ほどでは無いさ。あはははは」

水蜜「……君達は、たかが将棋で良くもまぁそこまで白熱できるモノだね」

晶「白熱? そんなワケ無いじゃないですか、ただの遊びですよ?」

ナズーリン「まったくだ、他愛も無いじゃれ合いと言うヤツさ」

水蜜「その割には、二人共これっぽっちも目が笑って無いんだけど……」

晶「(まぁ、今後の為にナズーリンの考えを少しでも分析出来れば良いなーとは思ってるけど)」

ナズーリン「(そんな彼の狙いを逆に利用して、今後の布石にする良い機会だしな)」

晶「(――もちろん読んでるよ?)」

ナズーリン「(当然、私もそうだとも)」

晶「(更にその裏をかいてます)」

ナズーリン「(ここまで全て私の計算通りだ)」

晶「(知ってた上でノリました)」

水蜜「(……なんだろう、物凄い高度な技術ですっごい下らないやり取りをしている気がする)」

水蜜「とりあえず休憩しよう? ほら、お茶もお茶菓子も用意したんだよー」

晶「あ、スイマセン」

ナズーリン「助かるよ。晶殿と勝負するのは楽しいのだが、同じくらい疲れてしまうのでね」

晶「糖分補給、糖分補給っと。――本当に困るよねー、僕としてはもうちょっと気楽に勝負がしたいです」

ナズーリン「私も同じ気持ちだよ。休憩明けには、もっと気楽に打つとしようか」

晶「そうだねー、それが良いかもねー」

水蜜「……そう言う割には、お互いに加減をする気配が欠片もない様に見えるんだけど?」

ナズーリン「あはははは」

晶「ふふふふふ」

水蜜「あのさ――あんまり聞きたくないんだけど、実は二人って仲悪いの?」

晶「はぇ? 特にそーいう事はありませんよ? 油断ならないなコイツ、くらいには思ってますが」

ナズーリン「晶殿は良き友人だよ。そして同じくらい厄介な生命体だと思っている」

水蜜「えっと……つまりどういう事?」

晶「基本的には仲良しさんだけど、後ろから刺される可能性は常に考慮している。みたいな関係かな」

ナズーリン「概ね合ってるな」

水蜜「物凄い殺伐としている!? えっ、いや、その……とりあえず仲は悪くないって事で良いのかな?」

晶「全然問題無いですよ。まぁ、何だかんだで背中刺す事も刺される事も無いだろうと思ってますし」

水蜜「そ、そうなの?」

ナズーリン「一生に一度あるかないか、そんな些細な可能性の話だな。特に気にする事でも無いよ」

晶「(まぁ、その一度を確実に成立させる為に、色々と布石を打ってるんですけどね)」

ナズーリン「(刺す以上、必ず殺さなければならない。……そんな事にならないのが一番だがね)」

晶「――ハハハ」

ナズーリン「――フフフ」

水蜜「あれ、何だか重たい空気。なんで寒気がするんだろう」

晶「ところで村紗さん、雑談ついでに聞きたい事があるんですが」

水蜜「ん、なんだい?」

晶「この命蓮寺は、あの船が変形したモノだって噂を聞いたんですけど――本当ですか!?」

水蜜「いやいや、変形はしてない変形はしてない。船を改装しただけだよ」

晶「バトルシップモードからフォートレスモードへ変形したのではなくて?」

水蜜「ば、ばと……?」

ナズーリン「守矢の風祝にも同じ事を聞かれたな……言っておくが、君らの期待する機能は我らの船には無いぞ?」

晶「――ヒュ、ヒューマノイドモードは!?」

水蜜「ひゅーまのいど? えっと、ナズーリン?」

ナズーリン「私が何でもかんでも知っていると思わないでくれ給え。まぁ、何となく言わんとせん事は分かるが――無いぞ」

晶「人型に変形しない船に価値があるとは思えません!」

水蜜「私の知らない間に、船に妙な必須項目が増えている!?」

ナズーリン「落ち着け、晶殿が好き勝手な事を言っているだけの話だ」

水蜜「……でもこのやり取り、確か守矢の巫女相手にもやってたよね?」

ナズーリン「外の世界の人間の考えが特殊なだけだろう。……本当、どうなっているんだろうな。外の世界の常識は」

晶「あれ? 僕と早苗ちゃんのせいで、幻想郷の皆様の外の世界観がどんどんおかしくなってる気がする」

ナズーリン「正直に言うが、幻想郷より外の世界の方が人外魔境なのでは無いかと思っている」

水蜜「晶さんみたいのが未だに出てくる世界だしね……」

晶「いやいや、僕が狡知の道化師になったのは幻想郷に来てからだからね!! 外に居た頃の僕はまだ普通だったんだよ!?」

ナズーリン「……修正点、そこで良いのかい?」

晶「良くないです。だけどこう……反論の言葉を考えても上滑りしてくると言うか何というか」

ナズーリン「他人事ながら泣けてくるな……」

水蜜「あーうん、ゴメン。そんな追い詰めるつもりは無かったんだけど」

晶「別に良いんですけどねー。事実だから、良いんですけどねー」

ナズーリン「ほら、元気を出せ。私の分の饅頭をやるからさ」

水蜜「お、お茶菓子ももっと出すよ?」

晶「――そういうのより、勝負中に一手分ナズーリンの駒を動かせる権利が欲しいかなーって」

ナズーリン「意外と余裕があったな」

晶「あと、お茶菓子も追加で欲しいです。出来れば買った店も教えてくれませんか?」

水蜜「さっきまで落ち込んでいたはずなのに……図太いなぁ」

ナズーリン「まぁ、概ねいつも通りの晶殿だよ。……ちなみに、そんな負け確定の権利を与えるつもりは当然無いからな」

晶「えー、一手くらいいいじゃん」

ナズーリン「そちらが二手分の権利を与えてくれるなら、考えてもやっても良いが?」

晶「そんな不当な権利、絶対にあげないよ!」

ナズーリン「――自分で自分の言動を振り返って見ろ、心底笑えるぞ」

水蜜「……まぁ、二人の仲が良さそうで何よりだよ。だけど皆が不安がるから、煽り合うのは程々にしといてね?」

晶「善処します」

ナズーリン「覚えていたら努力しよう」

水蜜「そこは素直に頷いてよ!?」


 続かない



[27853] 日常の裏書その4「パラソル・ラプソディー」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/07/08 02:25


日常の裏書その4「パラソル・ラプソディー」





    ※この番外編は、晶君が誰かとただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスは完全なランダムです。
     時間軸は第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





小傘「ししょー! 今日も私に、人を驚かす秘伝を教えて下さい!!」

文「……話には聞いていましたが、本当に妖怪の先生なんてやっていたんですね」

晶「あははは、まぁ成り行きで」

小傘「わぁ、天狗!? し、師匠この人は?」

晶「僕のお姉さん、射命丸文です。優しい人だけど怒ると容赦無いので注意するように」

文「ふふふ、晶さんの悪口を言わない限りは基本優しいですよ。私は」

小傘「悪、口? ――師匠って悪い所あるんですか?」

文「小傘さんはカワイイ子ですね! お菓子食べますか!?」

晶「わー、文姉ってばわっかりやすーい」

小傘「良く分からないけどお菓子は頂きます! むぐむぐ――とっても美味しいです!!」

文「ふーむ……しかしアレですね。見てて不安になる可愛さですね」

晶「正直、僕もこのままで良いのか悩んでいます。キャラの方向性と目的が違い過ぎなんですよねー」

小傘「ふにゃ?」

文「ちなみに晶さん、この愛玩動物みたいな妖怪はどうやって自分の食い扶持を稼いでいるので?」

晶「人間って、暗闇だと識別能力が思いっきり低下するんですよ。だから夜に仕事させます」

文「ほうほう」

晶「そして完全なる無音は想像力を掻き立てるので、小傘ちゃんには一言も喋らせない様にします」

文「……それは、喋るとボロが出るからでは?」

晶「ついでに無闇矢鱈に姿を見せると怖さが激減するので、詰めの瞬間まで姿は見せず物音だけを出させるようにします」

文「…………なんでしょうコレ。正しい意見ですけど、どんどん彼女の存在感が消えている様な」

晶「最後に、見えるか見えないかの範囲に佇ませてシメです。ニッコリ笑えば大抵の相手はビビります」

文「暗闇の中で傘を差して笑ってる少女がいればそりゃ怖いでしょうけど……なんかソレは、なんと言うか……」

小傘「っくん――凄いんですよ! 師匠の言う通りにやってみたら、お腹いっぱいご飯が食べられたんですから!!」

文「まぁ、人間心理を突いた見事な作戦だとは思いますけど…………小傘さんはソレで満足なんですか?」

小傘「はい? 何がですか?」

文「いやその……唐傘お化けとしての矜持と言うか、妖怪としての誇りと言うか」

晶「同じ事ですよ、文姉」

文「……ぶっちゃけソレ、自分で無くても良いのではとか思いません?」

小傘「良く分からないけど、私でも簡単に出来るから助かってます!」

文「…………えっと。貴女はなんでコレで人が怖がるのか、分かってますか?」

小傘「…………そういえば、何でなんでしょうね?」

文「あ、あやや……」

小傘「でも師匠の考えた作戦ですから、きっと凄い怖さが隠されてるんだと思います!」

文「――晶さん。お姉ちゃん基本的に晶さんの方針に意見するつもりは無いんですが、今回は色々言わせてください」

晶「どうぞ」

文「今の状況、将来的にも現在的にも彼女の為にならないと思うんですが」

晶「…………知ってます」

文「もう少し何とかならないんですか? せめて、自分のやっている事の意味くらいは」

晶「……文姉。文姉は、皿屋敷の怪談を知ってますか?」

文「そりゃまぁ、有名な話ですから」

晶「じゃあ、皿屋敷の怖い点ってどこだと思います?」

文「夜な夜な自分を殺した相手に恨み言を言う所でしょう。まぁ、正直言うとあんまり怖い話でも無いと思いますが……」

晶「――小傘ちゃん。小傘ちゃんは皿屋敷の話を聞いて、どこが怖いと思った?」

小傘「はい! お皿が一枚足りない所だと思います!!」

文「お、おぉう……」

晶「あまりにも価値観が違うと、もう矯正とかそういうレベルにすら至らないんですね。初めて知りました」

文「……なんでしょうこの気持ちは。例えて言うなら、血を見ると気を失う吸血鬼を見たような」

晶「例えているようでまんまですよね。ド直球に事実を告げてますよね」

小傘「? そういう吸血鬼が居るんですか?」

文「……お菓子、もっと食べます?」

小傘「もっと食べます!」

文「たんとお食べなさい。遠慮しなくて良いですから」

晶「(わー、凄い優しい表情。人間ってここまで他人を哀れむ事が出来るんだなぁ)」

文「……しかしまぁ、やってる事自体は成功しているのですよね? 巫女や人里の守護者達は大丈夫なのですか?」

晶「実は、慧音先生には許可貰ってたりします」

文「あやや!? あの石頭が、人間を襲う許可を出したんですか!?」

晶「まぁ、小傘ちゃんのやり方で人が傷つく事はありませんからね。妖怪に対するトラウマは出来ますが……」

文「守護者的には、そっちの方がありがたいって事ですか」

晶「妖怪の脅威を忘れてはいけませんから。小傘ちゃんみたいなタイプを残して置く事は、結果的に人里にとってプラスになるのです」

文「なるほどなるほど。……そういう理屈で彼女を説き伏せたワケですか」

晶「――ははっ」

文「晶さんって、そうして邪悪に笑っている時が一番イキイキしてますよね。お姉ちゃんちょっと寂しいです」

晶「わりと本気で不本意です」

小傘「なんの話ですか?」

晶「あ、気にしなくて良いから小傘ちゃんはお菓子食べてて」

小傘「はーい」

文「……そうやって、後ろ暗い話から当人を避けるのはどうかと思いますが」

晶「いえ、最初はきちんと説明していたのですが……」

小傘「ふみ?」

晶「話の半分を過ぎたあたりで、小傘ちゃんの脳が受け入れを拒否したみたいで」

文「……そんなに難しい話でも無いですよね?」

晶「小傘ちゃん、頭は悪くないんだけど……こういう駆け引きとか致命的に苦手みたいで」

文「今まで、良く無事に生きてこれましたねぇ」

晶「まぁ、無くても野生で生きていくには困らない技能ですが。人を怖がらせるには必至な技能ですけども」

文「……とことん食べていく為の才能に恵まれない子ですね」

小傘「あの、文さん文さん」

文「はい、なんでしょうか?」

小傘「文さんもどうぞ、一緒にお菓子食べましょう!」

文「…………」

小傘「? どうしました?」

文「アレですかね。可愛ければなんでも許されるという、カワイイ最強説に守られているのですかね」

晶「それこそ、野生で生きる上では欠片も役に立たない力だと思うんですが……」

文「いえ、意外と有効かもしれませんよ? 強い妖怪ほど小傘さんを見れば同情的になりますし」

晶「それはカワイイ最強説関係無いですよね? 単にアホの子が過ぎて哀れになっているだけですよね?」

文「ところで晶さん、一つ確認したいのですが」

晶「無視っすか……」

文「人里の守護者は説得したんですよね? なら、博麗の巫女は? アレは説得に応じる人種じゃないでしょう?」

晶「――――ふっ」

文「おお、よもや!?」

晶「妖怪側も退治される危険性を常に自覚しておかないとダメだと思うんですよ、ええ」

文「……ああ、ダメだったんですね」

晶「と言うかそもそも説得してません。霊夢ちゃんは、全自動妖怪シバキマシーンである事に意義があると思いますので」

文「まぁ、アレは妖怪退治を妥協しちゃダメな存在ですからね。……とは言え、それだと一番の問題が放置されている事になるのですが」

晶「一応小傘ちゃんには、また霊夢ちゃんに襲われるかもと言ってはいるのですが」

小傘「お菓子美味しー」

文「……理解しているようには見えませんね」

晶「かなり理不尽な辻斬りに遭ったはずなんだけどなぁ……」

文「ある意味、物凄い大物なのかもしれません。……ひょっとしたら」

小傘「もぐ?」


 続かない




[27853] 日常の裏書その5「友よ、君たちはなぜ晶に魂を売ったのか」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/07/28 22:08


日常の裏書その5「友よ、君たちはなぜ晶に魂を売ったのか」





    ※この番外編は、本来は晶君が誰かとただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     時間軸は第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。

     なお、今回の話に晶君は出てきません。





さとり「第一回、久遠晶友の会~」

早苗「どんどんぱふぱふー!」

にとり「お、おー?」

アリス「はぁ……」

パルスィ「――待ちなさい」

さとり「イヤです。――では続行」

早苗「ではまず私から、晶君との愉快な親友エピソードを」

パルスィ「だから待てって言ってるでしょ!? 妬ましいわね!!」

早苗「私の方がもっと妬ましいですよ! パルスィさんはキャラが立ち過ぎててズルいです!!」

パルスィ「ぇえー……」

にとり「グッダグダだねぇ。……とりあえず先生、任せた」

アリス「晶を中心に流行りつつある、私に投げときゃ何とかなる風潮は本気で何とかしなさいよ」

さとり「では私が」

早苗「ダメです、さとりさんに美味しい所は持って行かせませんよ! それはアリスさんの役割です!!」

アリス「何でそうなるのよ。普通は自分で立候補する所でしょう?」

早苗「だってアリスさんですし……」

アリス「だって晶だし。みたいな用途に私の名前を使わないでよ」

さとり「アリスさんの方は良い意味ですよ?」

アリス「それで許可が出るとは欠片も思ってない癖に、あえて聞くのは止めなさい」

にとり「先生は頼りになるなぁ」

アリス「にとりも、いい加減にしておかないと晶と同じ扱いにするわよ」

にとり「それ、普通に殺害宣言だよね? 次は息の根止めるって言ってるのと同義だよね?」

パルスィ「――はっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ! だから私の話を聞きなさい!」

アリス「……他の誰も聞きそうに無いから、仕方ないけど聞いてあげるわね。どうしたのよ」

パルスィ「そもそも、私はあの駄メイドとは何の関係も無いのよ! 勝手に友の会に含めないで!!」

さとり「はは、愉快」

早苗「妬ましいですぅ……」

にとり「あー……どういう事なのかね?」

アリス「私に聞かれても困るわよ。彼女とはほぼ初対面みたいなモノなんだから」

にとり「そ、そんな!? 先生に分からない事があるなんて!?」

アリス「ぶん殴るわよ、本気で」

早苗「まぁ、仕方ないんじゃありませんか? 晶君関係ありませんし」

にとり「あー」

アリス「ぶん殴ったわ、本気で」

早苗「うう、アリスさん酷いです……」

にとり「本当に殴る事無いじゃないかー」

アリス「アンタらは私を何だと……いや、やっぱ良いわ。言わないで」

さとり「ええまぁ、だいたいアリスさんの思った通りですよ」

アリス「言うなって言ってるでしょ!?」

パルスィ「妬ましいわ……私の発言が完全に無視されてる。実に妬ましいわ」

アリス「アレを駄メイドと認識している時点で、すでにそれなりの関係にある事は明らかじゃないの」

パルスィ「むぐっ」

さとり「それなりどころか、あっきーのお気に入りですよ。下手するとこの中で一番好かれているんじゃないですかね」

早苗「妬ましい……すっごく妬ましいです」

パルスィ「要らないわよ、アイツの好意なんて! 出来る事なら全部持ってって欲しいくらいだわ!!」

早苗「貰えるなら全部貰ってますよ!!」

にとり「うん、何となく早苗と彼女の関係性は分かった。アリスはどう思う?」

アリス「そうね。――多分貴女、何をやっても晶のツボにハマると思うから、早い段階で諦めておいた方が良いわよ」

さとり「以上、あっきーをもっとも理解している魔法使いからの実にありがたい助言でした」

パルスィ「あ、諦める以外の選択肢は無いの?」

アリス「可哀想だけど、抵抗しても抵抗を止めても晶を喜ばせるだけでしょうね」

パルスィ「うぐぐ……ね、妬ましいわ」

早苗「羨ましいです……どうやったら、そこまで晶君に好かれる事が出来るんですか?」

パルスィ「知らないわよ!」

にとり「とは言え、そこは私も分からないねぇ。何でアキラはそこまでこの人に執心するんだい?」

アリス「猫の前でじゃらしを動かすと、有無を言わさず襲い掛かってくるでしょう? ――つまりそう言う事よ」

さとり「実に的確な例えです。さすがツーと言う前にカーと返すあっきーの親友ですね」

にとり「うん、凄く分かりやすかった。……分かりやすすぎて切なくなったけど」

パルスィ「やっぱり、あの馬鹿は殺すしか無いわ。どうにかしてでも殺すしか無いわ」

さとり「口ではそんな事言ってますが、結局殺せはしないんですよね。パルスィさんってばやっさしーい」

パルスィ「さとり、私にアイツを殺せるだけの技量が無い事を承知の上で言ってるわよね!?」

にとり「……なんか、聞けば聞くほど彼女とアキラの関係が分からなくなるんだけど」

早苗「先生、解説お願いします!」

アリス「だから先生は……まぁ良いわ。付き合い方は違うけど、根本的には鈴仙と晶みたいな関係なのよ。多分」

にとり「ああ、なるほど」

早苗「面倒臭い形で絆が出来てるワケですか。分かりました!」

パルスィ「その理解のされ方は納得行かないのだけど」

さとり「でもまぁ、当たらずしも遠からずだとちょっとは思っているでしょう?」

パルスィ「無いわよ! ――うん、無いわよ」

さとり「皆さん御覧ください、これが徐々に洗脳されていく妖怪の姿です。パルパル可愛いー」

パルスィ「――っっっっ!!!」

にとり「……なんか、覚妖怪の悪質さが私の知ってる悪質さと違う」

アリス「親友の影響受け過ぎじゃないかしら。あっちは天然でやらかすから、ある意味あっちの方がタチ悪いけど」

さとり「けどその分、親しみが出来たと思うんですが」

パルスィ「むしろ、より近付きたく無くなったわよ」

にとり「あー……ノーコメントで。意味ないけど」

早苗「親しみやすい意地悪キャラで、晶君の親友――まさか!?」

アリス「安心なさい。アンタとキャラは欠片も被って無いから」

早苗「え、何で分かったんですか!? ひょっとしてアリスさん、覚妖怪の力を獲得したりしてます?」

アリス「早苗は晶と似たような考え方をするから、次に何を言い出すのか分かりやすいのよ」

にとり「……なぁ、アリス」

アリス「――言わないで。今、自分で言って物凄く後悔したから」

さとり「アリスさんにとってあっきーの言動は、とっても分かりやすいモノなんですね」

アリス「……ぐぅ」

パルスィ「ねぇ。提案なんだけど、この覚妖怪そろそろシメない?」

早苗「んー、悪くない提案ですけどー……」

にとり「あれ、意外だね。今までのノリから考えて笑顔で乗るかと思ったんだが」

早苗「いえ、私としてはパルスィさんも一緒に退治したいなーって」

さとり「貴女のブレなさ加減は、ある意味感嘆に値しますね」

早苗「えへへ……褒められちゃいました!」

アリス「ほんと、貴女のポジティブさって凄いわ。……ところで、一つ疑問があるのだけど」

早苗「なんです?」

アリス「私も一応、晶の親友って立ち位置に居るんだけど。何か思う所は無いの?」

にとり「そういえば私も晶の親友だけど、早苗に何か言われた事無いなぁ」

早苗「にとりさんは、色んな意味で無害っぽいので許します」

にとり「……あ、ありがとう?」

早苗「アリスさんは――悔しいですけど、今の私ではまだ勝てませんから」

アリス「私はどういう立ち位置に居るのよ……」

早苗「ゲームで言うならラスボス、ハーレムで言うなら正妻の位置ですね!」

パルスィ「はぁれむぅぅうう!?」

にとり「うぉう!? パルスィから物凄い負のオーラが!?」

さとり「解説しましょう。水橋パルスィは色恋の関わる全ての事象を憎んでいるのです」

アリス「まぁ、橋姫だものね」

パルスィ「認めないわよ! 友情がやがて愛情に変わる、そんな甘じょっぱい展開絶対に許さないわ!! ハーレム死ね!」

早苗「物凄い殺意です……」

にとり「ハーレムって回教の言葉だったっけ? えっと、確か後宮の一種だよね」

アリス「そうね、今回はその解釈で間違ってないと思うわ」

にとり「ふーん……と言う事は、アキラが王様なのか」

さとり「晶王の、ドキッ! イロモノだらけのハーレム生活ポロリもあるよ。ですね」

早苗「え!? ポ、ポロリがあるんですか!?」

さとり「はい、主にあっきーの首が」

早苗「なーんだ、晶君の首ですか。それなら大丈夫ですね!」

パルスィ「良くないわ! 私の目が黒い内は絶対に認めないわよ!! ハーレム関係者は一族郎党皆殺しよ!」

にとり「いや、と言うかそもそもハーレムが一族郎党だよね?」

パルスィ「その関係者すらも殺すって事よ! 親兄弟親戚親友犬猫、全て殲滅よ!!」

早苗「犬猫は勘弁してあげてください!」

アリス「んー……」

さとり「あー……」

にとり「ん? どうしたんだい、アリス? それに覚妖怪も」

アリス「何となく、アイツのハーレム姿を考えてみたんだけどね。……むしろ女子会になったと言うか」

さとり「想像上とは言え、凄まじい馴染みっぷりでしたね」

アリス「そもそも、アイツが女を侍らすってシチュエーションがまず理解に苦しむわ」

早苗「つまり、一人の女性を真摯に愛すると!」

アリス「いや、なんていうか……どう考えても飼われるタイプよね。アレ」

にとり「……ノーコメントで」

さとり「現状、すでにペットですしね」

パルスィ「んー、セーフで」

アリス「あ、それはセーフなのね」

早苗「でもでも、きっと晶君は幸せなペット生活を過ごすと思いますよ!!」

アリス「…………」

にとり「…………」

さとり「…………」

パルスィ「…………」

早苗「あ、あれ?」

アリス「むしろ、そっちの方がダメじゃないかしら」

早苗「え、えぇ~?」


 続かない




[27853] 日常の裏書その6「ひまわり畑で捕まえて」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/08/12 00:42


日常の裏書その6「ひまわり畑で捕まえて」





    ※この番外編は、晶君が誰かとただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスは完全なランダムです。
     時間軸は第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





小町「おっ、そこに居るのは久の字じゃないか! 丁度いい、あたいの暇潰しの手伝いを――」

幽香「あらあら、誰かと思えばサボり魔じゃないの」

小町「用事思い出した!」

幽香「――待ちなさい。晶、お茶」

晶「あいあいさー!」

幽香「私も暇だったから丁度良いわ。付き合いなさい、お茶会を開くわよ」

小町「えー……よりにもよってお茶会って。そこは普通、酒盛りじゃないのかい?」

幽香「ダメよ、それじゃ貴女が楽しめちゃうじゃない」

小町「そこは楽しませろよ。一応客だぞ、あたい」

幽香「客? ふふ、玩具の間違いじゃないの?」

小町「ハッキリ言いやがった。あいっかわらず性格悪いなぁ、フラワーマスターは」

晶「アイヨー、お茶モテキタあるよー。お菓子もイパイイパイあるよー」

幽香「ご苦労様。配り終わったら、貴方もお茶会に参加して良いわよ」

晶「ぃやったー! たくさんお菓子食べちゃうぞー!!」

幽香「ほどほどにしておきなさいよ」

小町「……ふむ」

幽香「……なによ?」

小町「なんか風見幽香、微妙に性格丸くなってない?」

幽香「――殺されたいのかしら、貴女」

晶「もぐもぐ」

小町「いやだってさ、私の知ってる風見幽香よりだいぶ優しくなってるし」

幽香「死になさい」

小町「危なっ!? なんだよ、その優しさは身内限定なのかい?」

晶「ごくごく」

幽香「……晶相手だからと言って、甘い顔をした覚えはないわ」

小町「何それ、新手のギャグ?」

晶「うみゅ?」

幽香「無駄に干渉しないだけの話よ。過保護な親じゃあるまいし、逐一行動の是正なんてしてられないわ」

小町「まぁ、その通りっちゃその通りだけどさ。……沸点は、明らかに高くなってるよな?」

幽香「――――」

晶「あー、それは確かに」

小町「これも久の字の力なのかねぇ。ほら、アニマルセラピーってヤツ?」

晶「言葉の意味的には合ってるような気がしますけど、多分僕は関係無いですよ。いや、関係はあるっちゃあると思うけど」

小町「良く分からん、はっきり説明してくれ」

晶「多分、僕の姉達のせい」

小町「姉って、八雲紫と射命丸文の事かい? あの二人が何をしたのさ」

晶「ボケにボケを重ねる事で、幽香さんの堪忍袋の緒を少しずつ強化していたたたたた」

幽香「ふふ、あまり言葉が過ぎるとその頬を引きちぎるわよ?」

小町「つまりアレか。丸くなったと言うより、耐性がついただけなのか」

晶「みゃあ、ひょんなきゃんじでしゅね。ゆうかしゃんって、にゃにげににょうしきじんでふから」

小町「余裕あるなぁ、頬マジで千切れそうなのに」

晶「じふはめひゃくひゃいたひでふ。ゆうかしゃんまひてかげんむよう」

小町「じゃあ痛がるなり、減らず口を止めるなりしろよ……」

幽香「最近、妙に動じなくなってきたのよね。……良くない傾向だわ」

小町「久の字って、落ち着いた態度を取るとやたら隙間に似るよな。実は血縁関係あったりする?」

晶「――ったぁ。いや、そういう事実は特には無いはずですよ。あくまで義姉弟です」

幽香「あってもなくても構わないけど、隙間らしさは減らした方が良いわよ。嫌われるから」

晶「……紫ねーさまの弟としては、あまりにも酷いねーさまの評価に若干の異議申立てがあるのですが」

小町「正当な評価じゃん」

幽香「正当評価よねぇ」

晶「……ちょ、ちょっとは派手に言ってると思うんですよ! ちょっとは」

小町「精一杯妥協してソレの時点でダメじゃん」

晶「うぐぅ」

幽香「ま、構わないでしょう。あの隙間は意図して嫌われるように振舞っているのだから、そんな評価こそ本望なはずよ」

小町「アレは幻想郷の管理者なんて七面倒な立ち位置にいるからねぇ。本人なりに、丁度いい立ち位置を保っているんだろうさ」

晶「ぶっちゃけねーさまは、管理者とか関係無く自分を嫌がる他人の姿見ていて楽しいとか思ってそうですけどね」

小町「おい、なんでフォローした直後に台無しにしたよ」

晶「嘘って良くないと思うんだ」

小町「お前の中で八雲紫ってどんな存在なの?」

晶「素敵な姉ですよ」

幽香「心の底からそう思ってる所が怖いわよね。本当に」

小町「まーでも実際問題、久の字相手には優しいからな。姉共もアンタも」

幽香「……そうね。貴女の所の上司とは違って、私達は優しいものね」

晶「(あれ? 幽香さんまさかのスルー?)」

小町「そーなんだよなー。映姫様にも、あんたらみたいな優しさがあったら良いのに」

晶「自業自得じゃ無いですか」

小町「いやいや、そんな事ぁ無いよ。映姫様はちょっとあたいに厳しすぎる」

幽香「きっと、貴女を思いやっての事なのよ。愛されているじゃない」

小町「あっはっは! 無い無い!! それは無いって!」

晶「わー、すっげぇ良い笑顔だー」

幽香「ふーん、そんなに厳しいのかしら」

小町「あれはもう鬼だね! 規律の鬼!! まぁ、地獄だから鬼が居て当然だけどさ!」

幽香「へー、そうなの」

晶「(――あっ)」

小町「今日だって、わざわざ朝早くにやってきて「小町、今日は忙しいからサボってはいけませんよ」だなんてお小言を」

晶「でもサボってるんですよね、今」

小町「あんな言われ方したら、あたいのやる気も無くなるってもんだよ」

幽香「そうなの。――ところで死神、後ろ」

小町「後ろ?」

映姫「……なるほど、そうでしたか」

小町「ぐぇー!? え、映姫様ぁ!?」

映姫「貴女の本音が良く分かりました。……どうやら私は、余計な事を言ってしまったようですね」

小町「いや、その……い、いつから居ました?」

晶「幽香さんがニコニコ笑顔で小町さんの皮肉をスルーしたあたりから、話は聞いていたみたいですよ」

小町「謀ったなフラワーマスター!? え、映姫様違うんです、さっきのは本心じゃ無くて……」

映姫「――黙りなさい! 怠慢の理由を、他人に押し付けるその性根こそが貴女の過ちです!! 少し反省してもらいますよ!」

小町「いや、その――うっぎゃー!?」

晶「小町姐さん……無茶しやがって」

幽香「ふぅ、少しスッキリしたわ」

晶「わー、幽香さんってばちょー良い笑顔ぉー」


 続かない




[27853] 日常の裏書その7「桃雉不在」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/09/08 20:58

日常の裏書その7「桃雉不在」





    ※この番外編は、晶君が誰かとただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスは完全なランダムです。
     時間軸は第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





晶「ブス」

天子「スキマモドキ」

晶「気狂い」

天子「いかさま師」

晶「死ね」

天子「根暗」

晶「乱暴者」

天子「脳天気」

萃香「おーい。そろそろ罵詈雑言しりとりなんて頭悪い事止めてさ、私と楽しくお喋りしよーよ」

晶「キ○ガイ天人が挑発するのを止めたら考えます」

天子「スカスカ頭のトンマが喋るのを止めたら考えるわ」

晶「ワガママ天子め」

天子「面倒臭いメイドに言われたく無いわ」

萃香「君ら、実はすっごく仲良くない?」

晶「悪いです、致命的に」

天子「煮えくり返る程嫌いよ」

萃香「わー、何だコレ。私、物凄い疎外感なんだけど」

晶「欲張り天子のせいで、萃香さんがションボリしちゃってるじゃん。謝れ」

天子「劣化八雲紫がほざいてくれるじゃないの。貴方こそ土下座なさい」

萃香「……萃香さん、ちょー寂しいんだけど。ソレ、いつまで続けるつもりなの?」

晶「意地っ張りが参ったって言うまで」

天子「出鱈目小僧が降参するまでよ」

晶「酔っ払いの戯言みたいな悪口だねー。あれあれ? もうネタ切れかなー?」

天子「何を言ってるのよ。貴方の品位に合わせてあげてるんじゃない」

萃香「いいかげん、私も混ぜておくれよー」

晶「………………」

天子「………………」

萃香「よ、よーし萃香ちゃんも頑張って混ざっちゃうぞー。ほら、次どうぞ」

晶「……………むぅ」

天子「………………んー」

萃香「さすがに私でも泣くんだけど。何? 何がダメなの?」

晶「…………」

天子「…………」

萃香「無言で、しかも押し付け合うように肘で突き合わないでよ! 分かった、ここからしりとりは一旦中断ね!! はい中断!」

晶「罵倒が入ってないとアウトですよ?」

萃香「……まさかとは思ったけど、本当に負けるのがイヤで喋らなかったんだ。ものっすごい負けず嫌いだね、二人共」

天子「当たり前じゃない。どんな勝負であろうと、コイツに負けるなんて絶対にイヤだわ」

晶「右に同じく」

萃香「それにしたって勝負内容が下らなすぎるだろ。そもそも、悪口言ってないとダメってルールがまずなんて言うか……」

晶「意外と面白いですよ。如何にこの馬鹿を罵倒しつつハメ殺すのか、とか考えてみたりして」

天子「出来てないけどね。ふふん、アンタの少ない語彙で言葉縛りなんて出来るわけ無いでしょうが」

晶「その言葉、全部そのままお返ししますが」

天子「はん、アンタの知能に合わせてやってるのよ」

晶「じょーとーだコラ。やんぞコラ」

萃香「……じゃあ、ここから再開で。最初は「ぞ」ね」

晶「象みたいな脚」

天子「死にぞこない」

晶「痛々しい高飛車っぷり」

天子「理性の感じられない顔」

萃香「……しりとりを始めた途端、示し合わせたように出しかけていた武器を引っ込めるのは何かの合図なの?」

晶「お馬鹿な天子をぶっ叩いたら負けなんです」

天子「スッカスカな頭の晶を、口で論破しないと意味が無いのよ」

晶「よし、くたばれ」

天子「煉獄に落ちろ」

萃香「なるほど、お互い勝つためにムキになった結果やたら行儀が良くなったと。……君ら、実は相当馬鹿だろ」

晶「ロクデナシの天子が悪い」

天子「意気地の無い晶が悪い」

萃香「ああ、これが同族嫌悪ってヤツなのか」

晶「いやいや、コレと一緒にしないでくださいよ」

天子「酔いどれの妄言も大概にしておきなさい」

晶「今のアウトー。僕に言ってないから間抜け天子の負けー」

天子「見解の相違ってヤツね。それを言ったら、その前の馬鹿の発言がすでにアウトよ」

晶「良く聞こえなかったのかな? まぁ、天子はコレだから仕方ないね」

天子「捻れきった感性のアンタにしてみれば、それで十分悪口になるって事? それは可哀想に」

晶「人非人に言われたか無いね。天子だって、相手を評する言葉は全部罵倒みたいなモノなんだろう?」

天子「うん」

晶「んがっ。……君って、ほんと嫌なヤツだよなぁ」

天子「貴方に言われたくは無いわ」

萃香「待った。今、天子が最後に「ん」って言ったよね。今のこそアウトと言われるべきだよね」

天子「……?」

晶「……?」

萃香「あっれー? また私だけ? また私だけ分かってない風?」

晶「我々ルールでは、言葉に詰まった馬鹿が負けなんですよ。最後が「ん」だろうが「を」だろうが、次を言えなかった相手が悪いと」

天子「とは言え、オノマトペや文章ありの勝負で次を言えない大間抜けなんてマズいないでしょうけどね」

萃香「つまり何? 本気で悪口が出てこない事態にならない限り、このしりとりは延々続くの?」

晶「猫またぎ。ですね。ついでに言うと、悪口の内容は言葉が完全に同じで無ければ幾らでも意味が被っててオッケーです」

萃香「……なんでそんな、我慢比べみたいなしりとりやってんのさ」

天子「素っ頓狂。決まってるでしょ、完膚なきまでにコイツを叩きのめして、心底からの参ったを言わせるためよ」

晶「余計な要素があったら、高慢ちきな天子の鼻っ柱を上手く叩き折れませんからね」

萃香「私ら鬼も勝ち負けには結構拘る種族だけど、君らも相当だね。と言うか拘り過ぎててワケ分からない領域にまで突っ込んじゃってるね」

天子「粘着質」

晶「つるぺた」

萃香「……ところでさ。今日は誰が、何の目的で君らを呼んだか覚えてるかい?」

天子「狸。呼び出し人は貴方でしょ」

晶「障害。暇潰しの相手をして欲しい、でしたっけ」

萃香「覚えててくれたんだ……それなのにこの現状、萃香さん悲しすぎて角がヘタっちゃうよ」

天子「獣。この私が、ワザワザ来てやっただけでもありがたい事だと思いなさい」

晶「意地悪。と言うか別に、萃香さんハブってるワケじゃ無いですよ? ルールを守ってくれるなら、このしりとりに混ざってくれても」

萃香「……いや、それは遠慮しておく。なんか凄い心が歪みそうになるし」

天子「藻屑。仕方ないわね、酒盛りくらいなら付き合ってあげるわよ」

晶「邪。僕は禁酒令が出ているので飲めませんが、お酌ぐらいならしますじょ?」

萃香「とりあえず、呼吸と同じ感覚で罵倒するのを止めてくれないかなぁ。気分が滅入るから」

晶「――――!!」

天子「――――!!」

萃香「……直接攻撃にシフトしろって意味じゃないんだけど。しかもまた肘での突き合いかよ」

晶「(萃香さんには迷惑をかけません、のポーズ)」

天子「(今日だけ特別よ、のポーズ)」

萃香「いや、そんな身振り手振りで何かを訴えられても伝わらんって。喋れよ」

晶「――!」

天子「――!」

萃香「……ああ、しりとりも中断で良いから。先に話した方が負けとかにはならないから」

晶「良し、喧嘩再開!」

天子「死になさい!!」

萃香「そういう意味じゃ無いよ! 君ら揃うと、いつもと違う意味で面倒だな!!」


 続かない




[27853] 輝針の章・嘘予告編「傍迷惑な奴ら、幻想郷を往く」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/09/23 01:45


色々と悩みましたが、幻想郷覚書は「神霊の章」をもって最終回とします。
東方心綺楼のネタは書くつもりですが、輝針城はやらないつもりです。
ただ一応ネタだけは考えたので、今回ウソ予告として書く事にしました。
ぶっちゃけ作者がスッキリしたいが為だけに書いたモノなので、生暖かく読み流していただけると幸いです。
ちなみに、未だかつて無い程に晶君以外のオリキャラを登場させています。ご注意ください。















 突如暴れだす、大人しいはずの妖怪達。

 そして勝手に動き出す、多種多様な道具達。

 自分達にも理解出来ない衝動から始まった彼女達の「反逆」。

 その影響は、久遠晶の元にも及んでいた。

「――無い」

「ロッドが無い、魔法の鎧が無い、三叉錠が無い」

「ど、泥棒だぁぁぁぁあ!?」

 ある朝、忽然と消えてしまった彼を支える数々の道具達。

 それがこの異変を、更にややこしい事態へと発展させるのであった。










 輝針の章・嘘予告編「傍迷惑な奴ら、幻想郷を往く」










「うにゃー!? た、助けてー!?」

「小傘ちゃーん!?」

 どうして彼女は、特に悪い事をしていないのに毎回酷い目に遭うのだろうか。
 右足を鎖に絡み取られ、ぶんぶんと振り回されている彼女の姿に驚愕よりも先に切なくなる僕。
 傍から見ると地味に楽しそうなんだけどね。こう、遊園地のアトラクション的な……いや、やっぱりそれは無いか。
 
「オラオラ、どうしたよ!? もっと抵抗してくれないとつまんないじゃ無いか!!」

 んで、そんな小傘ちゃんを無慈悲にぶん回している謎の女性。
 褐色の肌をやたら晒すような服。燃えるような赤い髪。気の強さが露骨に現れた釣り目。
 幻想郷では初めて見るタイプの女性だ。良く言うとワイルド系を極めたみたいな……悪く言うとまんまアマゾネスだけど。
 まぁだけど、かなり様になってはいるね。体中に巻かれた鎖も相まってお洒落に見えない事も無い。
 ……ところで気のせいかな? 彼女の持っている鎖、やたら見覚えがあるんですけど。
 全体から感じるやたら神聖なオーラとか、先端の三股に別れた爪の形状とか、腕に付いてる鎖を通すパーツの形状とか。
 あ、こっちに気が付いたみたいだ。

「おっ、誰かと思えば大将じゃないか! さっすが目ざといね、もう異変の臭いを嗅ぎつけたのかよ」

「……はい?」

 なんか凄いフレンドリーに話しかけられた。しかも手まで振ってるし。
 えっ、誰? 覚え忘れとか勘違いとかじゃ間違いなく無いよね。お互い特徴的な外見してるし。
 と言うか、明るく挨拶しながらも小傘ちゃんを振り回すのは止めないんだね。
 
「えっと、どちらさまですか?」

「ひっどいなー。愛しい愛しいオレの事を忘れたのかよ」

「すいません、僕の記憶にはありませんね」

「さすがは大将、容赦ネェなぁ」

 楽しそうに笑う謎の女性は、どうも僕の事を知っているようだった。
 こちらの答えに気を悪くする様子も無い――どころか、逆に満足そうな表情で近づいて来る彼女。
 なお、この間ずっと小傘ちゃんの事は振り回しっぱなしである。
 止めなきゃいけないんだろうけど、ここまで開き直られると逆に止めづらい。気がする。
 
「もうちょい勿体ぶっても良いんだが、そうやって話を引っ張るのは苦手なんでね。正解を言わせて貰うよ――オレは『三叉錠』さ」

「…………は?」





「なーなー、たいしょー。喧嘩しよーぜー」

「どっちの意味でもお断りします」

「オレ達同士が戦うのでも、どっかその辺のヤツに喧嘩売るのでも良い――って先に答えんなよ!」

 何でこの人、こんな無闇矢鱈と好戦的なんだろう。
 元々は戦闘能力皆無な捕縛専用アイテムで、戦好き要素なんて欠片も無かったはずなのに。
 どこで何を間違えたのだろうか。……やっぱり、勝手に改造したのがマズかったのかな。

「くっくっく。三叉錠に改造された時も嬉しかったけど、妖怪化した時の喜びはそれ以上だな!」

「……え、嬉しかったの? あんな魔改造されて?」

「当然だろー? オレはかの毘沙門天の作った道具なんだ。ただの錠前で満足するワケが無いだろう」

「いや、毘沙門天はどっちかと言うと財宝神としての側面の方が強いんじゃ」

「オレが出来た時点では軍神でもあったから良いんだよ! 本当はなー、オレもビームとか出せるようになりたいんだよ」

「そういうのは自力で出来るんで……」

「大将は、オレにもっと戦闘能力を付けるべきだ!! ドリルとかどうだ?」

 ……それ、もう完全に錠前要素関係無いですよね?





「ならば、防げぬ攻撃を用いるだけです」

 私は大きく距離を取りながら、ナイフを構えて時を止める。
 相手の神剣は脅威だが、絶対無敵と言う程でも無い。
 時間を止めているこの間に、勝つ為の布石を打たせてもらおう。
 ……わりと単純そうな性格をしていたし、結構簡単な手でも引っ掛かりそうよね。
 
「――ふっ!」

「――なっ!?」

 けれどそんな私の目論見は、実行する前に破綻させられる事となった。
 彼女は静止した時の中であっさりと剣を構えると、虚空を斬るようにして軽く刃を振るう。
 その瞬間、それまで掌握していたはずの時間の感覚は全て消え失せてしまったのだ。

「全てを奪うこの神剣に、奪えぬものなど有りはしないのです。それが『時を止める』と言う概念であってもね」

「滅茶苦茶だわ。そもそも、どうやって止まった時の中で動いたのよ」

「自分は神剣その物。故に、自分にかかる力ならば奪う事ができるのですよ」

「……久遠様が使っていた時よりも、遥かに上手く扱えているわね。さすがは本人と言うべきなのかしら」

「それは違う! 自分をもっとも上手く扱えるのは、主様をおいて他にいない!! 自分などが自分の扱いで主様に及ぶはず無いだろう!」

 その理屈はどうなのかしら。
 主を立てるために自分自身すら下げる彼女の姿勢に、感嘆とも呆れとも付かない感情が湧き出してくる。
 ……今の台詞の本当に恐ろしい所は、お世辞ではなく本気でそう思っている所ね。
 自分で口にしていて興奮したのか、天之尾羽張は対戦相手である私そっちのけで幻の主に自らの想いを語りだした。

「うふふふふ、見ていてくださいね主様。この天之尾羽張、見事異変を解決してみせましょう。そしたら思う存分頭を撫で撫で……」

「――本当、久遠様の事大好きね。貴女」

「おっふぁあ!? ななな、何故に自分の秘めたる想いが筒抜けに!?」

「えっ、秘めてたの?」

「ち、違うのです。これはあくまで尊敬的な……そう、使い手に対しての尊敬の念を表しているのです!」

「あら、久遠様こんにちは」

「あ、あああ、あるじしゃま!? 大好きです! ――違った、どうも初めまして! 貴方の神剣こと天之尾羽張ですっ!!」

「……嘘よ」

「なんとっ!? ひ、卑劣な罠を! 自分、初めての顔合わせで如何に主様の好感度を稼ぐか必死に考えていたと言うのに!!」

「……どこらへんが秘めているのかしら」

 けど、面白いわねこの子。実にからかい甲斐があるわ。





「ふわぁ……かったる」

「着こなしを変えただけ――では無いようね」

「めんどくさいなぁ。天之尾羽張が張り切ってたから、あたしの出番は無いと思ってたんだけど」

 長い黒髪を縛っていた髪飾りを外し、肩に羽織っていた赤と青の上着に袖を通した彼女は気だるそうにあくびをした。
 姿形は変わっていないのだが、和服が中華風の上着で隠されただけでも全体から受ける影響はかなり変わってくる。
 何より、彼女自身の纏う雰囲気が大きく変わっているのだ。
 それまで良くも悪くも真っ直ぐだった彼女は、今や息をするのも面倒だと言わんばかりの怠惰さを見せるようになっていた。
 神剣もただの棍棒に戻っており、展開したソレを支えにする姿はとてもみっともない。

「貴女、何者?」

「見て分かるでしょ。少なくとも天之尾羽張では無いよ。……はぁ、めんど」

「ひょっとして、貴女は神剣の柄になっていた『棍』の妖怪なのかしら」

「せーかい。ご主人様はあたしの事を『ロッド』って呼んでるね」

「一つの身体に二つの人格……多重人格の妖怪なのね、貴女は」

「正確には、アイツがあたしの身体を間借りしてるんだけどね。……まぁ、めんどーだからどっちでも良いよ」

 立っている事すら面倒になったのか、近くの岩に腰掛けながら大欠伸をするロッド。
 実に情けない。だけど――気のせいでなければ、神剣だった時よりも油断が無くなっている様な気がする。
 確認の為、私は彼女に向けて抜き手を見せずナイフを投げつけてみた。
 それを彼女はあっさり受け止め、そのまま投げ返そうとして――面倒になったのかナイフを地面に放り捨てた。

「弱体化した、ってワケじゃないのね」

「さて、どうだろ。ただアイツは神剣に頼りすぎるタチだから、単純過ぎて扱いやすいってのはあるかもしれないね」

「……貴女は違うって事かしら」

「知らんよどっちでも良い。まぁ少なくともあたしは、楽が出来るならロッドに拘るつもりは無いかな」

 そう言って、あくまで面倒くさそうに立ち上がるロッド。
 気だるげなその姿には、しかし一部の隙も存在していなかった。

「…………んじゃ、面倒だからとっととカタを付けさせて貰おうかな」





「……なんだアレ」

 面白い事を求めて飛んでいた私が見つけたのは、西洋鎧とゴーレムを合体させたみたいな銀色の巨人だった。
 全長は二メートル弱って所だろうか。空を見上げながらぼーっと突っ立っているだけなのだが、図体が図体なだけにやたらと目立っている。
 
「アイツも妖怪、なのか?」

 あんだけ派手な妖怪なら、どこかで見かけた事があるはずなんだが……。
 ああ、ひょっとしてアレが人里で噂になってる華蝶大鉄人ってヤツなのかな? あれ、エル・キホーテの風車だったっけか?
 話に聞いてたよりも若干小さいし、鎧の色も白じゃなくて銀色で、聞いてたよりもゴツさに感じないけど。
 ――いや、やっぱ違わないか? そもそも、人里のヒーローが何で霧の湖に居るんだよ。

「おーい、そこのお前ー」

 面倒なので直接聞く事にした私は、箒の向きを変えて巨人の前に着地した。
 巨人からの反応は無し。……ひょっとしてコレ、中身伽藍堂なのか?

「聞いてんのか? お前に言ってんだよ、お前に」

 鎧の腹部を軽く叩いてみたら、ようやく反応が返ってきた。
 と言っても、首が小さく傾いてこっちを向いただけだが。
 んー、中身は暗くて良く分からないな。空っぽ……では無いか?

「…………」

「妖怪なんだろ、お前? 私は霧雨魔理沙、ここらへんを仕切ってる普通の魔法使い様だ。知ってるか?」

「……………………」

「……聞いてるのか?」

「…………シッテル」

「うおっ!?」

 思いの外可愛らしい声が返ってきたな。
 一言だけだったし、鎧で反響してイマイチ分かり辛かったが、幼子みたいな舌っ足らずな声だった気がする。

「………マリサ」

「お、おう。魔理沙様だぜ」

「……………………」

「……なんだよ」

「…………ドウシヨ」

「何がだよ!?」

 困ったように首を傾ける巨人。さてはコイツ、あんまり喋らないタイプだな。
 声と相まって、なんか本当に子供みたいな印象を受けるが実際はどうなのだろうか。
 妖怪はそういう所、外見で判断できないから厄介だ。

「…………タオシタラ。ますたー、ヨロコブ?」

 おい何か物騒な事言い出したぞコイツ。





「何だと!?」

 私のマスタースパークを真正面から受け止めた鎧は、それら全てを身体の中に吸収した。
 またこのパターンか! 偽魅魔様の時もそうだったが、自分の得意技を利用されると思った以上に腹が立つな。
 しかし、こうなると魔力攻撃はするだけ無駄って事になっちまう。
 ……アイツの鎧、こんな効果あったっけか? 前のアレは妙な玉っころの力だったはずだが。

「――ぶーすと!」

 魔力を吸いきった鎧が叫ぶと共に、その体が派手に砕ける。
 銀色の鎧が破片として飛び散り、中から現れたのは想像していた通りの幼子だった。
 銀の髪をリボンで結んでツインテールにした、見た目だけなら温和そうな子供だ。
 手足に鎧は残っているがソレ以外の鎧は残っておらず、服装も普通――いや、かなりの軽装になっている。
 ……露出高いな。肌にピッタリ張り付いた黒い上下の肌着に、色んな装飾品を付けただけだぞアレ。
 防御力は露骨に無さそうだが、その分スピードが上がったと考えるべきか?

「……イクゾ!」

「――っ!?」

 次の瞬間、鎧は私の背後へと回っていた。
 お、おいおい。いくら何でも速くなりすぎだろうが。ほとんど動きが見えなかったぞ。
 こちら目掛けて放たれた蹴りをギリギリで回避しながら、私は更に高度を上げて鎧を引き離す。
 
「……………ムゥ」

 すると、鎧は残念そうな表情で地面に着地した。
 やっぱりそうか。あくまでアイツは鎧だから、妖怪化しても鎧に関係無い能力は追加されていないんだな。
 魔力を吸収したのは、自分の力だけでは『力の増幅』が出来ないからか。
 アイツの鎧らしい、実に極端な仕様だぜ。……しかし何で幼女の姿してるんだろうな?

「…………ズルイ」

「そいつはお互い様だろうが。悔しかったらここまで飛んできな」

「………………ソウスル」
 
「――あ?」

 私の軽口に頷いた鎧は、グッと両足に力を込めた。
 同時に、両足から私と同じ魔力が溢れ出す。――うわ、これはヤバいな。

「……トブ!!」

 大地を踏みしめた鎧は高々と跳び上がる。しかしそれでも私には届かない――と思ったら。

「モット!!」

 更に空を蹴った鎧は、落ちかけていた勢いを一気に持ち直した。
 くそっ、そういうのは有りなのかよ!?
 こちらに向かってきた鎧に、私は八卦炉をかざして魔力弾を放った。

「キカナイ!」

「知ってるよ!」

 相手が腕鎧で防いだのを確認した私は、あえて相手の懐へと飛び込んだ。
 驚愕する鎧。私は構わず、スペルカードを宣誓してやる。

「生身の身体じゃ、さすがに魔力を吸収出来ないだろうな! 喰らえ!!」

「――っ!」

 相手は必死に逃げようとするが一歩遅い。たっぷり魔力を蓄えた八卦炉は、ここぞとばかりにその力を解き放った。










 暴走する道具達。無駄に絡み合う因縁。

 果たして久遠晶達は無事、異変を解決する事が出来るのだろうか。


「たいしょー。せっかくだからオレ、なんか美味いモノ食いたい」

「いや、それ今言われても……」

「主様、主様、主様! 自分に、自分にお任せください!! 自分何でもします! 主様の為に何でもしたいです!!」

「うん、落ち着こうね。ほんと落ち着いてね。ステイ、ステイしてて」

「…………タベル?」

「気持ちだけ貰っておくよ、うん」


 ――恐らくムリだろう。

 
 



[27853] 日常の裏書その8「我ら付喪神三人娘!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/10/20 22:34


日常の裏書その8「我ら付喪神三人娘!」





    ※この番外編は、付喪神三人娘がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     なお、東方キャラも晶君も基本は登場しません。
     時間軸は輝針異変の後ですが、具体的にどれくらい後なのかは考えていないので気にせずスルーしてください。





神剣「皆さん、主様の為に何かしましょう!!」

三叉錠「……なぁ、天之尾羽張。出かける直前の大将の台詞覚えてるか?」

神剣「無論です。主様のお言葉を自分が忘れるワケ無いでしょう」

晶『超絶可愛くて一番頼りになる天之尾羽張は、本当に主思いの良い子だなぁ。僕の為に存分に尽くしていいよ!』

神剣「こんな感じでした!」

三叉錠「……オマエのフィルター凄いな。ふつーはこういう場合、多少なりとも台詞の原型が残るもんだろうに」

鎧「…………ルスバン、マカサレタ」

三叉錠「魔法の鎧は賢いなー。ついでに言うと、「保護観察中だから余計な事は何もすんな」とも言われたぞ。ハッキリと」

神剣「バカなっ!?」

三叉錠「多分オレら、大将の信頼度限りなく低くなってるぞ。輝針異変で大暴れしたし」

神剣「あ、あばばばば、ばばば、ばぶぶば――死のう」

三叉錠「魔法の鎧、止めろ」

鎧「…………ドカン」

神剣「ごふぁ!?」

三叉錠「言葉の軽さに反して一撃重いよなぁ、オマエ」

鎧「…………シンジャッタ?」

神剣「死ねぬ……まだ、死ねぬ……主様の笑顔を見るまではっ!!」

三叉錠「さっき死ぬって言ってなかったか?」

神剣「記憶に無いです」

鎧「………………ズルッコ?」

三叉錠「オマエ、わりとセコいよな」

神剣「ふふふ、それは主様の第一の剣である自分に対する褒め言葉デスカ?」

鎧「……ドカンッ」

神剣「おぶばっ!?」

鎧「…………ますたー、セコクナイ!」

三叉錠「オマエが怒るのかよ」

神剣「いいえ、主様はセコいです! 世界が嫉妬するセコさです!!」

三叉錠「……確認するけど、褒めてるんだよな?」

神剣「無論ですとも。目的を果たすためにどんな手段も使用する、それが主様の美点! 美しさ!! 主様カッコイイ……」

三叉錠「思った以上にマジだった!?」

神剣「はぁ……自分も、主様の策略でボロクソになりたいです」

三叉錠「オイ待て、その感想はだいぶヤバいぞ。そこまで行き着くとさすがにフォロー出来ないからな?」

鎧「…………シンケン、ますたー、スキ?」

神剣「は? いや? べ、べべべっ、別に好きじゃねーし!! 尊敬はしてるけど、好きってワケじゃねーし!!」

三叉錠「オマエ、どういう方向性で行きたいの?」

鎧「…………ますたー、スキ」

三叉錠「うんうん、魔法の鎧は素直で良いなぁ。ちなみにオレも大将の事好きだぜ」

神剣「いや、自分も嫌いって言う程じゃないって言うか――スイマセン! 自分、主様の事すっごい好きです!!」

三叉錠「知ってた」

鎧「…………バレバレ」

神剣「そんなバカなっ!?」

三叉錠「オマエほんと、どういう立ち位置で行きたいの? まずそこを決めようぜ」

神剣「当然、主様の忠実な下僕としてお役に立ちたいと思っています」

鎧「…………ホンネハ?」

神剣「主様ぁぁぁああ! 愛してまぁぁあああす!! 主様ぁぁあああああ! 罵ってください!!」

三叉錠「うん、ちょっと黙ってろ。後、なんでオマエ大将をドS方向に持って行こうとするの?」

鎧「………デモ、ドウスル?」

三叉錠「それはこの、どうしようも無いダメ剣の処遇に関する疑問か? オレ達のこれからに関する疑問か?」

鎧「……リョーホウ」

神剣「では、主様を称える歌を考えましょう!!」

三叉錠「オマエそれ、百パー大将にドン引かれるぞ……」

鎧「…………シンケン、チェンジ」

神剣「えっ」

三叉錠「そうだな……このままオマエと不毛な会話するくらいなら、ロッドの面倒臭い連呼を聞いてた方がマシだな」

神剣「そんなぁ……そこまで言う事無いじゃないですか! 自分のどこがダメなんですか!!」

三叉錠「大将狂いな所」

鎧「…………スゴク、ウルサイ」

神剣「にべもない!」

三叉錠「別に永久に黙っていろとまでは言わねぇよ。ただちょっとの間、ロッドと交代して欲しいって言ってるんだ」

鎧「……タブン、スグカワル」

三叉錠「まぁ、あっちもあっちで別のウザさがあるからなぁ。妖怪かったるいだし」

神剣「納得いきません! 何故です、何故――自分の主様愛に共感してもらえないのですか!!」

三叉錠「真っ先に抗議する所がそこかよ」

神剣「皆様とて、主様に対する愛情はあるでしょう! それなのに、どうして先程から否定的な意見ばかり出るのですか!!」

三叉錠「度が過ぎてるからだよ」

神剣「えっ?」

三叉錠「うわぁ……コイツ、自分の異常さを一切合切自覚してねぇ」

鎧「…………シンケン、ヘン」

三叉錠「大将大好きなあの保護者連中だって、もうちょっとマシな愛情表現するぞ?」

神剣「主様を不当に評価する彼女等と、自分を一緒にしないで欲しいです」

鎧「…………フトウ?」

三叉錠「あの人らは、わりと正確に大将の事を理解していると思うんだが。オマエの中で大将ってどういう評価になってんの?」

神剣「世界を浄化するために現世へ舞い降りた穢れ無き天使だと思っています」

三叉錠「…………ゴメン、聞き損ねたからもう一度頼む」

神剣「世界に喜びと幸せをもたらす為、穢れた大地に降り立った唯一絶対の神です」

三叉錠「スマン、なんかいつの間にか違うヤツの話になってたみたいだ。大将の評価を頼む」

神剣「今の語りが主様の事で無くて何だと言うのですか」

三叉錠「……オレ、ちょっとオマエの事舐めてたわ。そこまで重症だとは思ってなかった」

鎧「…………ワカラナイ」

神剣「自分の何が間違っていると言うのですか……」

三叉錠「うん、その話はまた別の日にしようなー。とりあえずロッドに変わろうぜ」

鎧「……チェンジ、チェンジ!」

神剣「ぐむむ……仕方ありませんね。では――」

鎧「…………カワッタ?」

三叉錠「姿形はそのまんまだけど――そもそもコイツの人格切り替えって、服装と連動してるのかね」

鎧「…………キガエテル、ダケッポイ」

三叉錠「全く関係無いのかよ。分かりやすいようで分かりにくいなぁ」

神剣「―――――ダメです。拒否されました」

三叉錠「……面倒だから?」

神剣「面倒だから」

三叉錠「……二重人格を活用しまくってるなぁ、アイツ」

鎧「…………ロッド、アンマハナサナイ」

三叉錠「主人格、一応あっちなんだよな?」

神剣「そうですよ。だから、人格切り替えの権利も彼女にあります」

鎧「…………ゼンゼン、デテコナイ」

三叉錠「だよなぁ。オレらも妖怪化して結構経ったけど、ロッドと話した事って三度あるか無いか――いや、無いな」

鎧「…………チョット、サミシイ」

神剣「ちなみに、自分も話しかけて無視された事が何度かあります。と言うかシカトされる割合の方が高いです」

三叉錠「………………」

鎧「………………」

神剣「おや、何故このタイミングで沈黙? ここは普通、自分が同情される場面では?」

三叉錠「オマエの場合、オマエの方に責任がある可能性が非常に高いからなぁ」

鎧「…………ますたーノ、ハナシバカリ?」

神剣「半々くらいですね!」

三叉錠「……アウト?」

鎧「…………セーフ」

三叉錠「それは判定優しすぎないか? 無視されてる言動の半分が大将の話って事だから、実際はもっと振ってる可能性あるぞ?」

鎧「…………シンケンニシテハ、スクナイ」

三叉錠「なるほど」

神剣「ふふん」

三叉錠「何でオマエ、そんな誇らしげなんだよ。褒めてねーよ」

神剣「えっ?」

三叉錠「オマエほんと、大将絡めば何でも良いんだな……」

神剣「えっ?」

三叉錠「むしろ主様が絡まない話に価値あるんですか、みたいな顔すんなよ」

鎧「…………ケッキョク、ロッドデナイ?」

三叉錠「出ないだろうなぁ。……この引き篭もりっぷりは、さすがにちょっと問題じゃないか?」

鎧「…………スゴイ、シンパイ」

神剣「いえ、意外と出てきてますよ? 最近は一日一回以上顔を出していますし」

三叉錠「えっ、そうなのか? オレら全然会ってねーぞ?」

神剣「主様が呼べば必ず反応しますし、二人きりになった時はほぼ毎回出てきます。そのせいで自分、あんまり主様とお話――おうっふ!?」

三叉錠「天之尾羽張?」

ロッド「――いや、あたし」

鎧「…………ロッド?」

ロッド「面倒だけど出てきてあげたよ。なんか用?」

三叉錠「いや、さほど特別な用は無いんだけど……急に出てきたな」

ロッド「二人共しつこいからさ。無視する方がかったるいかと思って」

三叉錠「……………………神剣のヤツに、追求されたくない事を言われたからだろ」

ロッド「言われてない」

鎧「………ロッドモ、ますたースキ?」

ロッド「好きじゃない。…………嫌いでもないけど」

三叉錠「オマエそれ、天之尾羽張とほぼ同じ答えだぞ。裏にあるものも含めて」

ロッド「違う。好きじゃない。ほんと好きじゃないから」

鎧「………ナカマ!」

ロッド「仲間じゃない。好きじゃない」

三叉錠「……ひょっとして、大将の事そこそこ好きなオレって異端なのか? 大将の道具は、大将大好きが正式仕様なのか?」

ロッド「大好きじゃない」


 続かない




[27853] 日常の裏書その9「三人娘とフラワーマスター」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/11/10 22:03


日常の裏書その9「三人娘とフラワーマスター」





    ※この番外編は、付喪神三人娘がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     なお、晶君は基本登場しません。
     時間軸は輝針異変の後ですが、具体的にどれくらい後なのかは考えていないので気にせずスルーしてください。





幽香「おはよう。お絵かきとはまた子供っぽい事をしているわね、貴女達」

三叉錠「あっ、姐さん! おはようッス!!」

幽香「直角でお辞儀は止めなさい」

神剣「まったくです! そういった挨拶は、主様のみにするべきです!!」

鎧「…………ソレモ、キョクタン」

三叉錠「姐さんとの戦績は負け越しだからなー。格上と認めた相手にゃ、わりと謙虚なんだぜオレ」

鎧「……ますたーニモ、マケタケド?」

神剣「魔法の鎧殿の言う通りです! その理屈ならば、貴女を負かせた主様にも直角でお辞儀すべきです!!」

幽香「お辞儀の仕方って、そこまで重要視する事だったかしら」

三叉錠「大将はなぁ……上なのか下なのか良く分からん」

神剣「な、なんですと!?」

鎧「………ワカル」

神剣「魔法の鎧殿!?」

幽香「まぁ、仕方ないわね」

神剣「フラワーマスター殿まで!?」

三叉錠「大将はなんつーか、強いとか弱いとかをチョーエツしてるよな。良い意味でも悪い意味でも」

幽香「そうね」

神剣「なるほど、つまり主様は全てを超えた神の位置に居ると。ならば許しましょう」

鎧「…………エッ」

三叉錠「あーうん、そーいう事で良いよ」

神剣「やはり主様は偉大ですね。では、そんな主様の似顔絵を仕上げてしまいましょうか」

幽香「……暇なのね」

三叉錠「暇っすねー。ほんとやる事無いです。無い上に、数少ないやれる事にも制限入るんっすよねー」

幽香「制限? 外出禁止以外に何か縛っていたかしら?」

三叉錠「あーいや、姐さん達は関係無いです。身内で出来た暗黙の了解と言うか……」

神剣「自分がどうかしましたか?」

幽香「なるほど、理解したわ。けどアレ一人の暴走なら却下も出来るんじゃないの?」

三叉錠「まぁ、あまりにもトチ狂った内容だとストップかかりますけどね? ……意外とあっちも結構アレで」

鎧「…………ナニ?」

幽香「同情するわ。心から、本当に」

三叉錠「分かってくれるのは姐さんだけっす……」

神剣「その意見には納得出来かねるモノがあります! 自分達は同じ付喪神、あらゆる感情を共有出来るはずです!!」

三叉錠「いや、無理だろ。少なくともオレは、オマエの大将愛を欠片も理解出来ないぞ」

神剣「バカなっ!?」

鎧「………ヨクワカラナイ」

神剣「バカなっ!?」

幽香「貴女は極端過ぎるのよ。文や紫だってもう少し落ち着きがあるわよ」

三叉錠「その話はもーしました。そしてもー諦めました」

鎧「…………テオクレ」

幽香「……そうなの」

神剣「自分、さすがに異議を申し立てたいのですが」

三叉錠「却下で」

鎧「…………キャッカ」

神剣「何故だ。何故、自分は少数派になってしまうのだ……」

三叉錠「自分の考えが多数派だって躊躇いなく思える所がすげぇよ、マジで」

幽香「……私から見ると、全員どんぐりの背比べに思えるけどね。どれもこれも、似顔絵気合入り過ぎじゃ無いかしら」

三叉錠「えっ!?」

鎧「………ソンナコト、ナイ」

神剣「何でですか! 自分達は仲良し三人組でしょう!? 似たもの同士は褒め言葉じゃないですか!!」

三叉錠「…………あーうん」

鎧「…………ソウダネ」

神剣「バカなっ!?」

幽香「ひょっとしてソレ、口癖なの?」

神剣「流行りますかね」

幽香「流行らないわよ」

神剣「バカなっ!?」

幽香「――――」

三叉錠「気持ちわかります、姐さん。今すっげぇイラッときましたよね」

鎧「……イマノ、ヒドイ」

神剣「自分、なんか不当に扱われてる!?」

幽香「安心なさい。思いっきり正当な扱いだから」

神剣「あぁでも、主様と同じように虐げられていると考えると――有りかもしれません!」

三叉錠「ねぇよ」

幽香「頭痛くなってきたわ」

鎧「……ホント、ヒドイ」

神剣「バカなっ!?」

幽香「とりあえず手を止めなさい。その見ていて不愉快になる似顔絵は、私の居ない所で完成させるのよ」

三叉錠「あ、了解ッス」

神剣「待った! 見ていて不愉快とはどういう意味ですか!! 自分の、完璧かつ完全な主様のお姿のどこに問題が!?」

幽香「全部よ」

神剣「バカなっ!?」

幽香「次ソレ言ったら、晶の頬を捻り上げるわよ」

神剣「望む所です!」

鎧「………ノゾンジャ、ダメ」

三叉錠「まぁ、確かにオマエのは無いよな。目ぇキラキラしてるし、体型もかなり華奢になってるし。どこのお伽噺の王子様だよ」

神剣「失敬な! 主様は、王子などと言う矮小な存在に収まる器ではありません!!」

三叉錠「なら王子様な格好させんなよ。そのくせ持ってる剣だけちゃっかりオマエになってるし」

神剣「主様と自分は一心同体ですからね!! ……大体、自分の絵より三叉錠の絵の方が問題でしょう」

三叉錠「えっ、どこがだよ。メイド服着てるし、変な美化もされてない。完璧な大将じゃん」

神剣「確かに外見はいつもの主様ですが――異常に幼くなってはいませんか?」

三叉錠「………………ソンナコトナイヨ?」

鎧「…………マネッコ?」

幽香「焦っているだけでしょ」

神剣「前々から、主様を見る目が怪しいとは思っていたのですが……よもや少年愛好家だったとは」

三叉錠「いや、いやいやいや、ちょっと待て!! 勝手に人をショタコンにすんなよ!」

鎧「…………デモ、チョットアヤシイ」

三叉錠「魔法の鎧まで!?」

幽香「そういえば他に同類が居たから気にしていなかったけど、貴女やたらと晶と風呂に入りたがっていたわよね」

三叉錠「そ、そんな事無いっすよ」

神剣「ちなみに暇さえあれば常に主様を観察している自分は、三叉錠殿がどういう態度を主様にとっているかもきっちり見ております」

三叉錠「おい、何か今さらっと怖い事言ったぞコイツ」

幽香「今更だから驚かないわ。それで、どんな風に接しているのかしら」

神剣「子供を甘やかすような感じでした。あと、微妙に性的な目で主様を見ていた気がします!」

三叉錠「してねぇよ!!」

幽香「でも貴女、お菓子を頬張る晶をじっと見つめていたわよね。結構一心不乱に」

鎧「…………イロイロ、アヤシイ」

三叉錠「いやその、アレは、大将が小動物っぽいなぁと思ってただけで」

神剣「ちなみに三叉錠殿、主様に一番似合うと思われる服装はなんですか?」

三叉錠「そうだなぁ。半ズボンと白いTシャツ、麦わら帽子の組み合わせなんて良いと思うんだが」

幽香「――アウト」

鎧「……あうと」

神剣「やはり少年愛好家でしたか……」

三叉錠「な、なんでだよ! 似合ってるし、メイド服よりは遥かにマシだろうよ!?」

神剣「その格好で日に焼けて、頬にバンソーコーとか付いてたらどう思います?」

三叉錠「……べ、別に日焼けや絆創膏の有無くらいで、何も変わらないだろ」

鎧「…………スゴイ、キョドウフシン」

幽香「完全にアウトね」

神剣「一緒にお風呂に入りたがっていたのも、性的な事が目的だったのですね!」

三叉錠「ちげーよ! 目的は純粋なスキンシップだっての!! 河童と同じだよ!」

鎧「……………ホント?」

三叉錠「…………ほ、ほんと」

幽香「脂汗ヒドイわよ。内心、ちょっと期待していたわね?」

神剣「このド変態がっ!!」

三叉錠「少なくともオマエには言われたかねーよ! と言うか、オマエだって大将を風呂に誘ってただろうが!?」

神剣「その通りです! あわよくば主様にドスケベな事をしようと思い、何度も誘いました!! つまり我々は同志ですね!」

三叉錠「このダメ剣、ついに認めやがった!? 秘めたる思いって何だったんだよ!?」

神剣「主様には秘めてます」

鎧「…………オウジョウギワ、ワルイ」

幽香「貴女達、本気でどうしようも無いわね」

三叉錠「勘弁してくれよ……オレは大将を性的な目では見てねーって」

神剣「自覚のないショタコンって厄介ですよね」

三叉錠「だからショタコンじゃねーよ!」

幽香「別に貴女の性癖はどうでも良いけど、早めに自覚して改善しなさいよ。手遅れになるとイロモノになるわよ」

神剣「三叉錠殿はすでにイロモノな気がしますが」

三叉錠「だからオマエには言われたくねーよ! オマエこそが一番のイロモノじゃねーか!?」

鎧「…………マトモナノ、ボクダケ」

神剣「えっ」

三叉錠「えっ」

幽香「…………そう」

鎧「…………………………ドウシタノ?」

神剣「いえ、なんでもないです」

三叉錠「ははは、鎧はオレ達の最後の良心だなぁ」

鎧「…………エヘン」

三叉錠「(…………鎧の似顔絵、滅茶苦茶大将がゴツくなっているけどな)」

神剣「(……魔法の鎧殿は、世紀末救世主みたいな方が好みなのでしょうか)」

幽香「(この子の中で、晶ってばどういう存在になっているのかしら。ある意味一番謎だわ)」


 続かない




[27853] 日常の裏書その10「三人娘と姉」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/11/24 21:53

日常の裏書その10「三人娘と姉」





    ※この番外編は、付喪神三人娘がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     なお、晶君は基本登場しません。
     時間軸は輝針異変の後ですが、具体的にどれくらい後なのかは考えていないので気にせずスルーしてください。





神剣「………………」

文「………………」

紫「険悪な雰囲気ねぇ」

三叉錠「そっすね」

鎧「…………オウテ」

三叉錠「あがっ、ちょ、ま、待った!」

鎧「………………マッタナシ」

紫「そもそも一回待って貰ったくらいじゃ勝てないでしょ、コレ。ボロボロじゃないの」

三叉錠「い、いやいや、逆転はこれからっすよ」

紫「将棋に一発逆転要素なんて無いわよ。と言うか貴女、飛車角落ち相手にこの惨敗っぷりなの?」

三叉錠「言っときますけど、オレが弱いんじゃないっすよ! 魔法の鎧が強いんです!!」

鎧「…………フフン」

紫「確かに、結構出来るみたいね。……三叉錠ちょっと変わりなさい」

三叉錠「えっ、この状況から逆転出来るんっすか!?」

紫「……さすがにこの状況から勝つのは無理よ。ハンデは要らないから、最初からで構わないかしら」

鎧「………………イイヨ」

神剣「放置は止めてください!!」

文「ちょっとは何か言及なさいよ!?」

三叉錠「あーうん、なんて言うか――飽きた」

文「飽きた!?」

神剣「まるで自分らの喧嘩がコントのような扱い!?」

紫「実際コントでしょう。顔を合わせる度に睨み合って……」

鎧「………………シンポナイ」

三叉錠「想像通りにいがみ合って、想定通りに喧嘩し始めたからなぁ。和解しない所まで含めて予定調和っつーか」

紫「お馬鹿よねぇ、貴方達。うぷぷぷぷ」

文「アンタにだけは言われたく無いわよ!! 大体、何でそんな余裕ぶっこいてるの!? 貴女も本来はこっち側でしょうに!」

紫「ふふ、理由は簡単よ。――私は貴女達が潰し合うのを待っているのよ!」

神剣「しまった! 漁夫の利が目的でしたか!!」

文「セコい、このスキマ死ぬほどセコいわ!」

紫「ほーらっ、争いなさい愚か者共! 最終的な勝者になるのはこの八雲紫よ!!」

神剣「そうは行きません! 文殿!!」

文「ええ、神剣!!」

神剣「相討ち覚悟でこの方を成敗してください!!」

文「自爆前提でこのスキマをボッコボコになさい!!」

神剣「…………ぐむむ」

文「…………あやや」

紫「ふっふっふ、分かった所で貴女達に出来る事は無いわ。せいぜい惨めに踊ると良いわ!」

鎧「…………オウテ」

紫「あ、あら?」

三叉錠「何やってるんっすか、紫サン……」

文「おーやおや? 妖怪の賢者と名高きスキマ妖怪殿があっさり負けてしまうとは」

神剣「実に情けないです。ヘタレ妖怪に改名したらどうですか?」

三叉錠「……ここぞとばかりに責め立てるなぁ。まずは弱いヤツから叩くってか」

紫「ま、待ちなさい。今のはちょっと集中が足りなくて、この子の動きを読み違えただけよ。私が本気を出せば将棋なんて……」

文「『衝撃! 八雲紫、将棋で負けた上にみっともなく言い訳!!』っと……記事提供ありがとうございまーす」

紫「発行停止に追い込むわよこの駄天狗」

神剣「……おお、そういえば文殿は新聞記者でしたね。自分スッカリ忘れておりました」

三叉錠「オレも今、文サン何でメモなんかしてんだろーなーって思ってた」

鎧「………………ビックリ」

文「あ、あやや? なんか今、思わぬ所から撃たれましたよ?」

紫「くふふふふ、姉キャラとしての己を優先してきたツケが回ってきたようね。少しは私を見習ったらどう?」

神剣「紫殿は存在しているだけで胡散臭い。言わば喋っているだけでスキマ妖怪やれる稀有な存在ですから、参考にはならないかと」

文「ぷぷぷ、言われてやんのー」

紫「……貴女、命が惜しくないみたいね」

神剣「自分は素直なタチなので、思った事を素直に言っているだけです」

紫「ふふふ、馬鹿正直な妖怪は長生きできないわよ?」

神剣「自分は主様が居る限り不滅なので大丈夫です」

三叉錠「……比喩的な意味なのかマジな意味なのか判断に困るな、その台詞は」

鎧「………………ツヅキ、シナイノ?」

紫「――そうね。誤解されたままってのも癪だから、後ろの馬鹿二人に私の真の実力を見せつけてあげましょうか」

神剣「自分知ってます。それ、フラグってヤツですよね」

文「いやー、自らネタを提供する紫さんは妖怪の鑑ですねー」

紫「好きに吠えなさい。魔法の鎧ごときに絶対負けはしないわ――っ!」

三叉錠「……紫サン、そいつは言っちゃダメな台詞だよ」



 ~少女対戦中~



紫「魔法の鎧には勝てなかったよ……」

三叉錠「何の捻りもなく負けたなー」

鎧「…………アブナカッタ」

文「まぁ、そこそこ良い勝負だったわね。結局鎧ちゃんが勝ったし、特に面白い所も無かったけど」

神剣「いっそ圧勝とか圧敗とかしてくれた方が、まだネタになりましたよね」

紫「わ、私まだ本気出してないから。本気の十パーセントしか出してないから」

三叉錠「紫サン、素直に負けといた方がまだ恥かかなくて済むよ?」

文「素直に負けを認めたら、記事の内容も大人しめにしてあげますよー? プークスクス」

紫「……言っとくけど、この子の強さは本物よ。結果だけ見て無駄にはしゃぐのは、逆に貴女の底の浅さを露見させる事になるわ」

文「おやおや、それは挑発ですかー? でもお生憎様、私は将棋も得意なんですよねー。部下に将棋好きが居ますから」

三叉錠「へー。それじゃ、文サンからみて鎧の腕前ってのは如何程のモノなんで?」

文「まぁ、それなりに出来るようだけどまだまだ実力不足ね。勘で打っているウチは二流よ」

神剣「そして自分は一流だと」

紫「言ってくれるじゃない。その言葉が口先だけで無い事を、是非とも証明してもらいたいわね」

文「ふふふ、お望みなら喜んで証明するわよ。せーぜー歯ぎしりの準備をしておく事ね!」

三叉錠「文サン、それ紫サンの時と同じパターン……」

鎧「………………ショウブ、スル?」

文「ええ。妖怪の山の将棋マスターとして、貴女に胸を貸してあげましょう!!」



 ~少女対戦中~



文「馬鹿な……将棋マスターと呼ばれたこの私が……っ!?」

三叉錠「ひょっとして二人共、ワザとやってます?」

紫「ちなみに彼女が勘で打っているように見えたのは、こちらの手を予測してあえて定石を崩していたからよ」

三叉錠「魔法の鎧って、この手のゲームだとすっげぇ理論派になりますよね。大将の考え方をより理屈っぽくしたって言うか」

鎧「…………カンガエルノハ、スキ」

神剣「口下手な鎧殿ですが、頭の中でも言葉少なめと言うワケでは無いのですね。……自分は単純明快な方が分かりやすくて好きなのですが」

三叉錠「うん。だからオマエ将棋超弱いんだよな。つーかいい加減、移動範囲の広さだけを基準にして駒動かすのは止めろよ」

神剣「いっぱい動かせる方が強いではありませんか!」

鎧「…………ソンナコト、ナイ」

三叉錠「オマエの人生論が透けて見える理屈だなぁ」

文「うぐぐ……知っていたのにあえて言わなかったわね、紫ぃ」

紫「将棋マスター様ならとうに気づいていると思ったのよ。ふっふっふ」

文「しかし、私は貴女よりも抵抗出来たわよ! 総合的に見れば私の方がマシね!!」

紫「それは予め鎧ちゃんの手を見ていたからでしょう? それで負けたのだから私の方がマシよ」

神剣「自分知ってますよ。コレが目くそ鼻くそを笑うってヤツなのですね」

三叉錠「あーうん、少しは考えて喋れよ?」

文「……とりあえず始末しておきますか、コレ」

紫「晶には代わりを宛てがっておけば大丈夫よね、うん」

神剣「ふむ? この流れで、何故自分が見つめられるのでしょうか」

三叉錠「オマエが全力で喧嘩を売ったからだよ」

神剣「ふっ、どうやら自分の主様への愛が新たなる試練を呼び込んでしまったようですね」

三叉錠「この流れで大将の存在を絡められるオマエって天才だよな」

神剣「そう褒めないでください」

文「…………なんか、こう、みるみる敵意が失せていきますね」

紫「ここまで突き抜けられると、もう好きにしてって感じになるわね」

鎧「………………テオクレ」

神剣「おかしい。自分は何故、皆に飽きられているのでしょうか」

三叉錠「いや、いい加減学習しろよ。大将大好きなこの二人から引かれるって相当だぞ……」


 続かない




[27853] 日常の裏書その11「ロッドちゃんと晶君」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/12/15 22:38


日常の裏書その11「ロッドちゃんと晶君」





    ※この番外編は、付喪神と晶君がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     なお、東方キャラは基本登場しません。
     時間軸は輝針異変の後ですが、具体的にどれくらい後なのかは考えていないので気にせずスルーしてください。





ロッド「あふ……ねむ…………」

ロッド「神剣はまだ寝てるね。……まぁ、そもそもネボスケのアイツが起きてるはず無いけど」

ロッド「三叉錠と魔法の鎧は久しぶりの外出許可って事で、昨日からずっと出掛けたっきり」

ロッド「保護者達も全員不在だけど――こっちは、誰かが絶対昼前あたりには戻ってくるだろうから過信は禁物か」

ロッド「…………髪型良し」

ロッド「…………服装良し」

ロッド「…………身だしなみ良し」

ロッド「……よし、作ろ」

晶「あふぅ……おはよー。なんか良い匂いだけど、こんな朝早くから何を……」

ロッド「………………」

晶「アレ? しん――ロッドちゃん?」

ロッド「……ん? なんだ、ご主人様か。おはよ」

晶「朝早いね。意外と早起きなの?」

ロッド「まさか。夜更かししてたらこんな時間になってただけだよ。今は夜食を作ってる所」

晶「いや、確かに早朝というにも若干早い時間だけど。さすがにもう夜食という時間帯では無いと思うよ?」

ロッド「どーでもいい」

晶「さいですか。ところでさ、そのフレンチトースト美味しそうだよね!」

ロッド「それで?」

晶「僕、これから自分の分の朝食用意しなきゃいけないんだけど……分けてもらえないかな!?」

ロッド「………………」

晶「だ、ダメっすか? くれるなら、美味しいカフェオレ入れるよ?」

ロッド「……作るのめんどいんだけど。そんなに欲しい?」

晶「欲しい!」

ロッド「じゃ、作ったげる」

晶「やったぁ!」

ロッド「くいしんぼ」

晶「うぐっ」

ロッド「冗談だよ。はい、フレンチトースト」

晶「わーい、美味しそー! あ、はい。僕からはミルクたっぷりのカフェオレ!!」

ロッド「フレンチトーストにもミルクたっぷり使ってるから、カフェオレは少なめでも良かったと思うけど?」

晶「カフェオレはミルクたっぷりが基本! 砂糖たっぷりなら尚良し! ……だけど砂糖の量は強制しませんのでお好きにどーぞ」

ロッド「あたしは砂糖要らない。フレンチトーストで甘さは充分足りてるし」

晶「そーなの? もぐもぐ……おおっ、心地よい甘み! 実に僕好み!!」

ロッド「良かった。失敗して甘くしすぎたんだよね、ソレ」

晶「そういう言い方されるとちょっと複雑な気分になります。でも美味しい」

ロッド「…………ふーん」

晶「それにしてもアレだね。ロッドちゃんとこうして話すのも、結構久しぶりになるのかな」

ロッド「覚えてない」

晶「うぐぅ。最近出てこなかったけど、なんかあったの? 忙しかったとか?」

ロッド「寝てた」

晶「あ、さいですか」

ロッド「ぶっちゃけあたし、特に用事が無いなら出るつもり無いから」

晶「今までが出過ぎてただけだったんすね……」

ロッド「騒がしいのも嫌い。だから、ご主人様の周りに色々居ると出る気が無くなるの」

晶「そういえばここ最近の僕、一人になった事無かったなぁ。だからかぁ」

ロッド「それは関係ない」

晶「……じ、自意識過剰でスイマセン」

ロッド「全然関係ない」

晶「追い打ちは止めて!!」

ロッド「おかわり」

晶「あ、はい。カフェオレですね。……ロッドちゃんってばマイペースね」

ロッド「ご主人様の入れるカフェオレは、まぁ好きだよ」

晶「はいはい、ありがとー。――ところで外出許可が出たみたいだけど、ロッドちゃんは外出しないの?」

ロッド「めんどい」

晶「バッサリだなぁ。なんとなくそんな気はしてたけど」

ロッド「外出っていうか、まず外に出るのがめんどい。そういうのはアイツに任せる」

晶「ロッドちゃん多重人格を活用しまくってるね。でもさー、少しくらいは行きたい所とかあるんじゃないの?」

ロッド「無い」

晶「無いっすか」

ロッド「全然無い」

晶「重ねて言わなくても……」

ロッド「……強いて言うなら、静かでのんびり出来る所に行きたい」

晶「ある意味、ソレが一番難しい気がするよ」

ロッド「そうだね。だから頑張って」

晶「ほへ?」

ロッド「見つかったら教えて。ついでに案内もして」

晶「お、おぉう……えっと、まぁ、見つかったらね?」

ロッド「期待してる」

晶「ははは……どうしよ」

ロッド「はい」

晶「ん?」

ロッド「フレンチトーストおかわり、どうぞ」

晶「おおっ、ありがと。良いの?」

ロッド「良いよ。もうお腹いっぱいだし」

晶「あ、単に余ってただけですか。まー貰うけど」

ロッド「みみっちいね」

晶「ちょいちょいキツい事言ってくるの止めてくれない? もぐもぐ……」

ロッド「…………味、気に入った?」

晶「そりゃ、こんだけ美味しければ気に入るよー。僕好みの味だし――あ、ひょっとして僕のために」

ロッド「無い。……味付けミスったって言ったじゃん、さっき」

晶「ツンデレ的な意味があるのかと」

ロッド「馬鹿?」

晶「真正面から言われると凹むなぁ。僕だって本気で思ってたワケじゃないよ」

ロッド「――馬鹿だね」

晶「断言された!」

ロッド「とても凄い馬鹿」

晶「畳み掛ける様に……ロッドちゃん、ひょっとして僕の事嫌い?」

ロッド「……………………」

晶「ろ、ロッドちゃん?」

ロッド「…………まぁ、嫌いじゃないよ」

晶「返答までに思った以上の間があった! 地味にショック!!」

ロッド「大丈夫、ご主人様の事を好きな人はたくさんいるから」

晶「ロッドちゃんは!?」

ロッド「………………………………まぁ、嫌いじゃないよ」

晶「そこは嘘でも好きだと言ってよ!」

ロッド「どっちでもいいじゃん」

晶「いや、嫌いじゃないと好きはけっこー違うと思うよ? ……本気で聞くけどさ、好きと嫌いだったらどっちに近い?」

ロッド「必死?」

晶「自分の道具に嫌われるって、下手すると家族に否定されるよりキツいからね。悪い所があったら改善するよ!」

ロッド「…………悪い所は、特に無いよ」

晶「えっ、マジで?」

ロッド「マジで」

晶「あの神剣ちゃんですら、こう聞いたら要望を述べてきたのに? マジで無いの?」

ロッド「無いよ。……それとアイツは、常日頃から「もっと使え」って文句言ってるよ」

晶「いや、他にも結構細々とした注文が。……まぁ、結論は全部「もっと使え」になるんですがね」

ロッド「アイツは分かりやすい」

晶「ちなみに、三叉錠さんは「とにかく戦わせろ」で鎧ちゃんは「一日一回綺麗に磨いて」でした」

ロッド「訂正する。皆分かりやすい」

晶「まぁ、大きな不満が無いからこそのいつもどおり……だと思いたいね。下手に溜め込められるよりはずっとマシだよ」

ロッド「ふぅん」

晶「で、ロッドちゃんは本当に何もないの? 扱いが悪いとか、あんま酷使するなとか、一発殴らせろとか」

ロッド「無いよ」

晶「……本当に、何の不満もないの?」

ロッド「あたしは現状を変えるより現状に合わせる方が得意だから。不満を持つのも面倒だし」

晶「後半が本音っぽいのは気のせいだとしておく」

ロッド「さすがに極端なくらい扱いが悪ければ愛想を尽かすけど……ご主人様はまぁ、及第点は出してると思う。多分」

晶「褒め言葉には慣れてない晶君ですけど、そろそろもっと暖かい言葉が欲しくなってくる時分です」

ロッド「無理」

晶「……バッサリ過ぎる」

ロッド「……………………まぁ、嫌いじゃ…………無いよ?」

晶「更に間が開いた上に疑問形! それをフォローとするのは無理がありませんか!!」

ロッド「……………………」

晶「無言でそっぽを向くのは止めて!!」

ロッド「………………すきだよ、カフェオレ」

晶「棒読みな上に、結局好きなのカフェオレだけかよ!」

ロッド「おかわり」

晶「あいよっ! ――うぅ、条件反射で動く自分が恨めしい」

ロッド「うん、すきだよ…………………………………………カフェオレ」

晶「二回言わなくて良いから! もうだいぶ凹んでるから!!」

ロッド「奇遇だね、あたしも」

晶「何で!? 何で言った方が凹むの!?」


 続かない




[27853] 日常の裏書その12「愛しはしないけど愛されたい」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2014/12/29 22:12


日常の裏書その12「愛しはしないけど愛されたい」





    ※この番外編は、晶君が誰かとただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスは完全なランダムです。
     時間軸は第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





阿求「なんていうか、最近の晶さんは私の事を舐めきってる気がするんですよ」

晶「はぁ」

阿求「出会ったばかりの頃、顔真っ青で挙動不審になっていた晶さんはどこへ行ってしまったのでしょうか」

晶「自分の事だけど、そんな晶さんは一生どこかへ行ってしまった方が良いと思います」

阿求「まぁ私も、正直あそこまでパニックになられるのは困りますけどね」

晶「なら、今のままで良くない? 友達同士なんだし」

阿求「そうなんですけど……言うじゃないですか、親しき仲にも礼儀ありって」

晶「……なんかスイマセン」

阿求「あ、いや、違いますよ? 馴れ馴れしくするなって言ってるワケじゃなくてですね」

晶「じゃなくて?」

阿求「……たまには、阿礼乙女としてチヤホヤされたいなぁって」

晶「―――うわぁ」

阿求「ちょっ、ドン引きしないでくださいよ!」

晶「しますよソレは。何ですかチヤホヤされたいって。今まで散々「阿礼乙女ツレーわ」アピールしてた癖に」

阿求「……言うほどしてましたっけ、私?」

晶「……言われてみると、言うほど悲観しても無かったような。ネタにはしてたけど」

阿求「まぁ確かに、何で阿礼乙女に生まれたのかと後悔しながら布団の中で震える夜もあったりしますけど」

晶「…………」

阿求「冗談です」

晶「だから、稗田ジョークは洒落にならないから止めてよ!」

てゐ「さすがのてゐちゃんもドン引きだよ」

晶「あ、ようやく突っ込んできた」

てゐ「全部スルーしてやろうかとも思ったけどね。ソッチの方が疲れそうだったからさ」

晶「てゐちゃんは頼りになるなぁ。――で、何で居るの?」

てゐ「そりゃこっちの台詞だよ。何でてゐちゃんココに居んのさ?」

晶「……ついにボケたか」

てゐ「呼ばれた理由を知りたいって言ってんだよ。ったく、わざわざうどんげに言伝頼んでまで呼び出すなんてさー」

阿求「私と晶さんだけだと話が纏まらない可能性があったので、仕切り役として呼びました」

てゐ「帰る」

阿求「これ、少ないですけど……」

てゐ「――任せな! てゐちゃんがガンガン場を取り仕切っちゃうよ!!」

晶「僕、仕切り役を雇う人初めて見た」

阿求「私も初めてです。安くない買い物でしたが、後悔はしていません」

てゐ「てゐちゃん文句は無いっていうかむしろ歓迎なんだけど、自分の行動に疑問は持った方が良いと思うよ」

阿求「…………第三者が居ないと落ち着かないんですよ」

晶「はい?」

てゐ「なんか君ら、微妙に面倒くさい関係になってない? 気のせい?」

晶「特にそういう事実はない。はずなんですけど……」

阿求「まぁ、その事は置いておきましょう。置いておいてください」

てゐ「……ちょっと気になるなぁ、もっと詳しく教えてくんない? 弱味にするから」

晶「ははは。――カモン、神剣ちゃん」

神剣「主様が自分を求めている! 斬ります!! 自分、主様の望む全てを何でもかんでもぶった斬ります!」

てゐ「ジョーク、ジョークっすよセンセー」

晶「ジョークなら許そう。神剣ちゃん、ハウス」

神剣「主様に命令された! 戻ります!! 自分、命をかけて命令を遂行します!!」

晶「命はかけなくて良いから。それと、前みたいに僕が帰るまで玄関前でスタンバって居るのもダメ。良いね?」

神剣「了解です!!」

てゐ「――あー、焦った。あの忠犬どこから来たのさ」

晶「命令せずに出かけると勝手に後をつけてきます」

てゐ「なにそれこわい」

阿求「アレが噂の付喪神三人娘の一人ですか」

晶「噂になってるんですか、まだ一度しか異変で暴れてないのに。しかも人里関係してないのに」

阿求「主に元締めさんの影響ですかね。……晶さんの扱い、相乗的に酷い事になってますよ?」

晶「わはははは」

阿求「おや、意外と冷静な反応」

てゐ「そうでも無いよ。ほら、晶の目を良く見てごらん」

晶「わはははは」

阿求「わぁ、胡乱な瞳」

てゐ「晶はそろそろ、完全に開き直って悪役笑いをかましながら素直に悪い事するべきだと思うよ」

晶「……正直、ヒールターンしてもしょっぱい悪事を働く事しか出来なさそうなので良いです」

てゐ「提案しといて何だけどてゐちゃんもそう思った。でも、その方が世界は平和になるんじゃないかな?」

晶「――その発想は無かった!」

阿求「世界の為に悪に染まるって、そこだけ聞くと格好良いですね」

晶「無害化した方が評判も良くなるだろうしねー。……なんかちょっとだけ興味出てきたかも」

てゐ「ちなみにあっきー、悪党になったらまず何する?」

晶「とりあえず異変かなー。幻想郷の各所に時限式の爆弾的なモノ仕掛けて、一刻単位で爆破していくとかしてみたいです」

てゐ「(……あ、これ適正職業についたおかげで出せなかった真の実力を発揮できるパターンや)」

阿求「最初の異変にしては内容エグ過ぎませんか? 下手すると幻想郷滅びますよ?」

晶「ちゃんと霊夢ちゃんか誰かにやられるから大丈夫。ほら、どうせ阻止されるなら派手な方が面白いじゃん?」

てゐ「(しかも面倒な方向にうっかりしてるし。コレ絶対、上手く行った場合の止め方何も考えて無いよね)」

てゐ「…………晶は、悪役やらずに今のまま道化師やってる方が良いと思うよ」

晶「お茶目で間抜けな小悪党にはなれませんか」

てゐ「無理だよ。うん、晶が思ってるのとは違う意味で不可能」

阿求「……本当に悪党化するのは止めてくださいよ? 友達がそんな理由で悪の道に進むとかそんな……そんな……面白そうですね」

てゐ「面白がっちゃったよ、この阿礼乙女!」

晶「僕が悪党になったら、阿求さんには「彼があんな事になるなんて……」って言う役割をお願いするよ」

阿求「任せて下さい! 情感たっぷりにありもしない悲劇を語ってみせます!!」

てゐ「……そろそろてゐちゃん、ツッコミの追加料金を請求したい気分」

晶「おっとっと、話題がズレにズレちゃってたか。…………えと、何の話をしてたんだっけ?」

てゐ「阿礼乙女がチヤホヤして欲しがっている、ってのが当初の話題だったね」

阿求「えー、そんな恥ずかしい事言いましたー?」

てゐ「帰るよ」

阿求「あ、追加料金です。どうぞ」

てゐ「……ただのお菓子じゃん」

阿求「ダメですか?」

てゐ「てゐちゃん、現物支給は勘弁して欲しいかなぁ」

阿求「お願い☆」

てゐ「何でソレが通ると思ったの? ……まー、良いけどさー」

晶「通ってるじゃん。ツンデレっすか、てゐちゃん」

てゐ「どっちかと言うと命乞いかな。――またあの頭おかしい狂犬呼ばれても困るし」

晶「だってさ」

神剣「――――チッ」

てゐ「もう呼んでたの!?」

晶「いや、単に帰ってなかっただけ。……神剣ちゃん、以外と自己判断で動くんだよね」

てゐ「わぁ、忠誠心を嫌な方向に発揮してるなぁ」

阿求「と言うか、どこで話を聞いていたんでしょうか」

晶「廊下の奥でスタンバってたみたいだね。――そして、現在進行形でスタンバってるみたいデス」

てゐ「なにそれ怖っ!」

阿求「あの、それなら素直に部屋の中で控えてもらった方が……」

晶「……本人的には、今の自分は家に居るつもりなんだよ」

てゐ「わー、タチ悪い」

阿求「あ、愛されてますね?」

晶「そうなのかなぁ……」

てゐ「阿求、よーく見てると良いさ。これがチヤホヤされるって事だよ」

晶「――阿求さんもチヤホヤされてみるかい?」

阿求「……遠慮させて貰います」


 続かない




[27853] 日常の裏書その13「ラブコメの波動を感じる……」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/01/19 22:46


日常の裏書その13「ラブコメの波動を感じる……」





    ※この番外編は、晶君がタイトルの人とただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスに深い意味はあんまり無いです。
     時間軸も第二期限定ですが、具体的にどこに当たるかは考えていないので気にせずスルーしてください。





晶「パールースィー!!」

パルスィ「ごぶっ!?」

晶「パルスィパルスィパルスィパールースーィー!!」

パルスィ「この、纏わりつくなっ! 何よいきなりっ!! 何がしたいのよ!」

晶「ふっふっふっ、聞いてよパルスィ! 今、僕は旧地獄の案内をしているのさ!!」

パルスィ「……それ、私に何か関係してるの?」

晶「いえ、何も」

パルスィ「ぶっ殺すわよ」

晶「しゃーないしゃーない」

パルスィ「何もしゃーなくは無いわよ!!」

水蜜「よ、ようやく追いついた……」

三叉錠「大将、案内人が客人放置して突っ走るのはどうかと思うぞ」

晶「パルスィが悪い」

パルスィ「何でよ! まったく関係無いじゃない!!」

晶「だろうね」

パルスィ「……妬ましい」

水蜜「……晶さん、凄く楽しそうだね」

三叉錠「大将は橋姫大好きだからなぁ。神剣のヤツが、抹殺リストの一ページ目に載せてるくらいだし」

水蜜「それ、二ページ目もあるの?」

三叉錠「それどころか五ページ目まで確認できたぞ。頭痛くなったんで、それ以降は読んでないけど」

水蜜「そこまで読めただけでも十分凄いと思う。と言うかそもそも、そんな色んな意味で危険なリストをどこで読んだのさ」

三叉錠「……アイツの恐ろしい所はな、抹殺リストの存在も中身も一切隠さない所なんだよ」

水蜜「…………公開してるんだ」

三叉錠「積極的に見せてはこないけど、言えば見せてくれるし居間に放置とかもしてる」

水蜜「それは、見せられたこちらの方が反応に困るね」

三叉錠「オレの名前がリストの三ページ目に載っているのを見た時は本気でどうしようかと。しかもアイツ、全然悪びれねぇし」

晶「『大丈夫です、主様の意思が最優先なので味方は斬りません!』とか凄い良い笑顔で言われた時はどうしようかと思った」

三叉錠「ちなみに当然オレも居たし、保護者三人も居たし、鎧のヤツも居た。もちろん全員リスト入りだ」

パルスィ「その子、バカなの?」

三叉錠「バカって言うか無謀だなぁ。アイツの描く最終理想世界って、自分と大将だけ居て終了だから」

晶「常に他人を斬る口実探っている節はあるよね」

水蜜「…………うわぁ」

パルスィ「…………うわぁ」

晶「良い子なんだけどね? ほんと、それなりに良い子なんだけどね?」

三叉錠「ぶっちゃけ、大将以外にとっては狂犬以外の何者でも無いけどな」

パルスィ「私基本、恋愛の話に関わるヤツ皆死ねって思っているんだけど……ソイツはあんまり妬ましくないわね」

水蜜「と言うか、話の流れ的に妬まれるのはそちらじゃないの?」

三叉錠「だよなぁ」

パルスィ「……なんでそうなるのよ」

晶「ゴメンね。僕のパルスィに対する愛が深すぎたせいだね」

三叉錠「パルスィに対する愛、って具体的にどんなモンさ」

晶「全力でイジメたい!」

水蜜「酷い意訳だ……」

パルスィ「私、こんな理由で命まで狙われなきゃいけないの?」

三叉錠「一応補足しとくけど、大将と会話しただけでもアイツ的には抹殺対象だかんな? 違いなんて優先順位が変わるくらいだぞ?」

パルスィ「どっちにしろハタ迷惑よ! はぁ……コレと関わってから、ロクデナシとばっか接点が出来るわ」

晶「ロクデナシ?」

パルスィ「例えば勇儀とか覚妖怪ね。ったく、あいつらは私を何だと思っているんだか」

晶「とか何とか言いつつ実際はー?」

パルスィ「実際に嫌がってるわよ! ――貴女達も、コイツに関わるのは程々にしておきなさいよ」

晶「ちなみにこの二人の目的は、パルスィの言ってたロクデナシに会うためだったりしますが」

水蜜「あ、あははは」

三叉錠「ははは」

パルスィ「…………貴女達って」

水蜜「いや、会いに来たってだけで同類を見るような目をされても困るよ」

三叉錠「オレらはどっちかと言うとロクデナシに弄ばれる方だしな」

晶「だよねー」

三叉錠「……大将、この際ハッキリ言っとくけどな。一番のロクデナシは大将だぞ」

晶「―――えっ」

水蜜「思いもよらなかった、みたいな顔してるね」

三叉錠「さすがだ。さすが過ぎるぜ大将……」

パルスィ「妬ましいわ……」

晶「てへぺろ☆」

水蜜「そこで可愛くされてもなぁ」

三叉錠「誤魔化せてねーぞ、たいしょー」

パルスィ「………………くんくん」

三叉錠「……ん? なんだよ橋姫、人の匂いなんか嗅いで」

パルスィ「臭うわね。アンタから色情狂の臭いがプンプンするわ」

三叉錠「色情狂!? ちょ、待て! 戦闘狂の間違いじゃないのか!?」

パルスィ「戦狂いの臭いなんて知らないわよ。私に分かるのは色恋に関係したモノだけ」

水蜜「いや、色恋の匂いが分かるのも相当だと思うよ」

パルスィ「さっきからチラホラ臭ってはいたけど、今の流れで確信したわ。アンタ晶に発情してるわね!!」

三叉錠「してねぇよ! ふ、風評被害甚だしいわ!!」

パルスィ「一番強くなったのは、晶があのウザいポーズを取った時……なるほど、アンタは少年趣味のケがあるのね」

三叉錠「だ、だから違うっての! なんでドイツもコイツもオレをショタコンにしたがるんだ!!」

水蜜「あはは。ほら、好みは人それぞれって言うしね?」

三叉錠「そういうフォローは望んでねーよ!」

晶「………………」

三叉錠「無言で引かないでくれ! 一番凹むから!!」

パルスィ「チッ、やっぱりか。このド変態が」

三叉錠「舌打ちしてーのはコッチだよ!!」

パルスィ「うるっさい! 姉さん女房なんて私は認めないわよ!!」

晶「実年齢で言うと僕の方が年上だけどね。三叉錠ちゃん、道具としての時期を含めても誕生してから一年経ってないし」

パルスィ「幼妻でも認めないわよ!!」

水蜜「結局、何なら許されるのさ?」

パルスィ「ボッチよ」

水蜜「橋姫的には、人と関わる事が罪なんだ……深いなぁ」

晶「いや、思いっきり浅いと思う」

三叉錠「確かに三叉錠としては一年も生きてねーけど、錠前としては結構長く……ってそうじゃなくてだな!!」

パルスィ「どっちでも良いわよ色情魔死ね」

三叉錠「だから違うって言ってんだろーが!?」

晶「ちなみに、さとりんに会いたいのがキャプテンで勇儀さんに会いたいのが三叉錠ちゃんです」

三叉錠「今その補足居るか!?」

パルスィ「ふーん、どうでもいいわね。だけどコイツの話を聞くよりはマシだから聞くわ」

三叉錠「その話題を一番してたのはオマエだろうが!!」

パルスィ「うるさいわね、黙ってなさい!! 色ボケが伝染るわ!!」

三叉錠「オレは病気か何かか!? つーかそもそも色ボケじゃねーよ!!」

水蜜「……すさまじい嫌いようだなぁ」

晶「パルパルは、ラブコメ消すために世界を滅ぼすレベルの色恋アンチだからね。しゃーないしゃーない」

水蜜「いや、しゃーなくは無いと思う」

晶「暖かく見守るのです。違う言い方をすると、遠巻きにして眺める」

水蜜「……一応、君も関係者って事になるんじゃないかな。慕われている対象なワケだし」

晶「例え親友だろうと他人として扱える、それが身を守るために必要な非情さなのですよ……」

水蜜「私は甘い妖怪だけど、甘さ関係なくその非情さは必要ないと思う」

晶「だよね!」

水蜜「……ナズーリン、こんな晶さんのどこか良いんだろうか」

晶「何故そこでナズーリン?」

水蜜「なんでもないよ」

パルスィ「ラブコメの気配――はしないわね。許すわ」

三叉錠「いや、今のこそラブコメのテンプレだろ!? どういう判断基準なんだよオマエの色恋!?」


 続かない




[27853] 日常の裏書その14「夏だ! 海だ! ただし幻想郷に海は無い!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:5c171fc7
Date: 2015/08/04 01:51


日常の裏書その14「夏だ! 海だ! ただし幻想郷に海は無い!!」





    ※この番外編は、晶君達がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスに深い意味はあんまり無いです。
     時間軸は輝針異変の後ですが、具体的にどれくらい後なのかは考えていないので気にせずスルーしてください。





早苗「晶君、泳ぎましょう!!」

晶「泳ごう!!」

早苗「決まりですね!」

晶「――そういう事になった」

三叉錠「いや、どーいう事だよ」

鎧「………ヨク、ワカラナイ」

神剣「お供します!!」

文「即断な忠犬さんはさておいて。いきなりどういう事ですか?」

早苗「何の捻りも無い泳ぎのお誘いですよ? 発案者は私ではなく、神奈子様と諏訪子様ですが」

文「あの二柱発案って所が超怪しいです」

幽香「そこは分かるわ」

三叉錠「そうっすね」

神剣「同意します」

鎧「……アヤシイ」

早苗「風評被害過ぎますよ! 酷いです!!」

晶「ゴメン、僕も否定出来ない」

早苗「晶君!?」

晶「まぁ、それはともかく……泳ぐってどこで? 幻想郷には海無いよね?」

早苗「…………諏訪湖です」

晶「えっ、ワンスモア」

早苗「………………諏訪湖で泳ぎます」

晶「………………マジで?」

早苗「…………マジです」

文「いや、むしろ他のどこで泳ぐっていうんですか」

晶「そこらへんの池とかで」

文「そこまでして諏訪湖を避ける理由が分かりません」

早苗「晶君……思い出してください、幻想郷での諏訪湖での姿を」

晶「――あっ」

早苗「そうなんですよ。泳げるんです、諏訪湖で!!」

晶「マジでか。泳げるんですか、諏訪湖で」

早苗「すでに神奈子様諏訪子様は泳いでます、ゴッドパワーは関係無しで」

晶「ゴッドパワー無し……だと…………」

文「……お二人は、何に驚愕しているのでしょうか?」

幽香「さっぱり分からないわね」

三叉錠「外の世界あるあるなネタなのは分かる」

鎧「…………ミギニオナジ」

神剣「うぉぉおおおおお! 目覚めろ!! 目覚めろ自分の魂!!!」

三叉錠「お前は何だよ急に」

神剣「覚醒すれば、晶様の想いに共感できるかと思いまして!!」

三叉錠「そんな死ぬほど下らない能力に目覚めたいのかよ、お前は」

神剣「例え全てを……主様に関係しない全てを失ったとしても…………っ」

三叉錠「ソレ、お前にとってはゴミって言わないか?」

神剣「はっはっは。己をあまり卑下するものじゃありませんよ、三叉錠殿」

三叉錠「やっぱコイツどうにかした方が良いって」

鎧「……シュクセイ?」

晶「うん、後にしようね」

早苗「それでどうしますか? 私としては、是非とも晶君の水着姿が見たいんですが」

晶「僕も一緒に泳ぎたいけどね、諏訪湖にはやっぱ抵抗が――んあ?」

三叉錠「おい、今さらっと凄い事言ったぞこの風祝」

文「分かります」

幽香「そうね、貴女なら分かるわよね」

神剣「見たいです!!」

鎧「…………ダンダン、カクサナクナッタ」

三叉錠「元々隠せても居ないけどな」

神剣「――はっ、自分は何を!?」

三叉錠「え、今の無意識だったのか?」

幽香「普段と言っている事が何一つ変わらなかったわね」

晶「と言うか、なんでこんな望まれてるのさ。僕の水着姿」

文「晶さんはアイドルですから!」

晶「そのネタどんだけ引っ張るの!?」

早苗「そんな……晶君が私のライバルだったなんて…………」

晶「だから違うって! と言うか、いつの間に早苗ちゃんがアイドルカテゴリに?」

早苗「風祝とか巫女って、アイドルの部類に入ると思うんですよ」

晶「……どうしよう、あながち否定出来ないかも」

早苗「では晶君、諏訪湖にて私と勝負です!」

晶「今、すっごい勢いで行く気が失われ始めたんだけど」

文「その分私が増しました! さぁ、諏訪湖に行きましょう!!」

幽香「行く気満々なのは構わないけれど、貴女は行って大丈夫なの? これって守矢神社開催の催事みたいなモノでしょう?」

文「おぐっ!?」

三叉錠「大丈夫じゃないんすか? 天狗と守矢神社って仲悪く無いんっしょ?」

晶「相互不可侵って感じだからねぇ。……天魔さんに黙って参加するのはマズいんじゃないかな」

幽香「下手すると内通者扱いされるかもしれないわよ」

文「あ、あががが……」

神剣「残念でした、文殿!」

文「いや、私の話術を用いれば何とか――と言うか、貴女は本人が嫌がっているのに止めようとしないのね」

神剣「主殿の水着姿見たいです!!」

文「…………」

神剣「…………」

文「…………」

神剣「……あ、今のは意識して言いましたよ?」

三叉錠「無意識じゃ無いのかよ!?」

幽香「……貴女の精神構造がさっぱり分からないわ」

文「くぅ……侮れません!」

早苗「さすがです……」

晶「今の戦慄するポイントかなぁ。いや、僕的には物凄く怖かったけど」

鎧「…………ケッキョク、ドウスルノ?」

晶「あーうーえー……まぁ、行きます」

早苗「ひゃっほー!」

神剣「ヒャッハー!」

文「ガッデム!! くそっ、何をしても行きますよ!! 絶対に行きますよ!」

晶「幽香さん、僕の親友と姉と神剣が変です。助けてください」

幽香「私にどうにか出来るならもうやってるわ」



 ~少年少女移動中~



神剣「来ました! 諏訪湖です!!」

早苗「湖面が輝いて見えますね!」

鎧「…………ワーイ」

神奈子「妙に嫌がってた早苗が、晶を誘って戻ってきたらすげぇテンション上がってた」

諏訪子「まぁ、喜んでくれるのは良い事だよ。多分」

三叉錠「つーか聞きたいんっすけど、なんでこんな水着充実してるんすか? いや、助かりますけどね?」

諏訪子「香霖堂で仕入れたんだ。一般開放したらいい商売になるかなって」

幽香「死ぬほど俗っぽいわね」

諏訪子「いや、そもそも私ら節制とかそういうの興味無いから。そういうのは仏門系の専門だから」

神奈子「……だとしても、諏訪湖開放はなぁ。一応ここ、私らにとっても大事な場所だろ?」

諏訪子「そこはまぁ、神様の大サービスってヤツだよ。大丈夫大丈夫、変な事したらソイツ呪うからさ」

三叉錠「リスキーな遊泳場っすね!?」

諏訪子「よっぽどの事しない限りは咎めないって。岩陰とかで合体とかしやがったら容赦なくちょん切るけど」

神奈子「おまっ! が、ががが、合体とか、ちょん切るとか!?」

諏訪子「生娘の反応か! ――とにかく、そういうワケだから君達には生まれ変わった諏訪湖を試遊してもらう!!」

幽香「生まれ変わったって……着替える為の掘っ立て小屋が出来ただけじゃない」

諏訪子「そこらへんはおいおい整えていくつもりだからねー。ほら、あんま至れり尽くせりだと私らが奉仕する側になっちゃうじゃん」

三叉錠「対外的には「開放してやるから好きに楽しめ」ってスタンスで行くって事っすか」

諏訪子「そうそう。だから感想として聞きたいのは、諏訪湖の環境とレンタル水着の着心地くらいかな?」

三叉錠「まぁ、そのくらいなら構わないっすけど……」

幽香「強いて言うなら借りられる水着が派手過ぎるわね。意匠は嫌いでは無いけれど……湖で泳ぐのには向いてないわよ」

三叉錠「確かに。幽香さんのトロピカルなパレオ付きビキニとか、リゾート感が凄くてメッチャ浮いてますね」

諏訪子「私だってそれは思ったよ。けど、そもそも選定できるほど種類が売ってなくてなぁ……」

早苗「良いじゃないですか! 可愛いは正義、ですよ!!」

神剣「全くもって同意です!!」

鎧「…………ウン」

三叉錠「うぉっ、戻ってきたのかよ!?」

幽香「おかえり。……つまり、貴方達の水着の選定理由は「可愛い」なのね?」

早苗「そうですけど、何か問題が?」

三叉錠「いやまぁ、アンタは問題ないよ。白いレースとスカート付きのビキニ可愛いぞ」

早苗「ありがとうございます! 三叉錠さんの、赤と白の競泳水着も似合ってますよ!!」

三叉錠「おう。……で、ワンピースタイプの神剣もまぁ良い」

神剣「センスにはそこそこ自信があります!」

三叉錠「普段問題児な癖に、変なとこマトモなんだよなぁ。それはともかく――なんで鎧はスリングショットなんだよ!!」

鎧「…………ウゴキヤスイ、カワイイ!」

三叉錠「お前のビジュアルで紐はどう足掻いても犯罪なんだよ!」

幽香「エグいわ」

諏訪子「だよねー。もうちょい外見相応の格好しようよ、私みたいに」

神奈子「いや、お前もスク水……」

諏訪子「ほぼ服と変わらん水着を選んだヘタレに発言権は無い」

神奈子「こ、コレ以上の露出が出来るか! お前達ももう少し恥じらいを持て!!」

諏訪子「だから生娘か! ったく、神奈子はしょうがな――」

晶「お待たせー」

早苗「っ!! 晶君!!!」

神剣「待ってました! 待ってましたぁぁぁぁぁあああ!!」

晶「えっ、何そのテンション」

早苗「――――あれ」

神剣「――――おぁ」

三叉錠「……大将、遠泳でもする気なのかい?」

諏訪子「ラッシュガードにフィットネス水着って……ガチガチに固めすぎだろう」

鎧「…………ザンネン」

早苗「晶君の……晶君の…………バカァ!!」

神剣「裏切りましたね! 私の気持ちを裏切りましたね!!」

晶「えっ、えっ……どういう事?」

幽香「私に振らないで」

神奈子「お前は知らんで良い事だ、うん」



 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



文「離して! 離しなさい椛!! 私には行くべき所があるんです!」

椛「諦めてください、文様! 無理なモノは無理ですって!!」

にとり「集まれ、全員集まれ! 文を、文を止めろー!!」




[27853] 日常の裏書その15「漢の戦いっぽいもの」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2015/09/15 00:08


日常の裏書その15「漢の戦いっぽいもの」





    ※このSSには、多分な「おふざけ・パロディ・ブラックジョーク」が含まれております。
     嫌な予感のした人は、速やかに回れ右して撤退してください。
     あと、時間軸的な解釈を投げ捨てたパラレルな設定となっております。
     登場キャラが全員顔見知りでかつ普通に接していますが、深く気にしない様にしてください。
     そして今回、男オリキャラが出てきます。ご注意ください。





晶「ふんふ~ん、ふふふ~ん」

??「……やれやれ、随分と呑気にしてんなぁ」

晶「ふふふふっふふ~ん」

??「しゃーねぇ、ここはこの俺様が腑抜けた弟分に活を入れ――」

晶「『アイシクルドラゴンスレイヤー』」

??「――っ!? ま、待て!! 俺様だ、武蔵坊だ! 止めろって!!!」

晶「いや、まぁ知ってますけど」

武蔵坊「知った上でか!? ソレはヒデェぞ九郎!!」

晶「だって武蔵坊さん、僕に不意打ちするつもりだったじゃ無いですか」

武蔵坊「……な、なんの話だ?」

晶「僕の後ろつけてきながら、攻撃の機会を探ってたじゃないですか。見えてましたよ?」

武蔵坊「マジかよ!? いつから気づいてた!?」

晶「強いて言うなら初めからですね。なんで話しかけてこないのかなーと思ってました」

武蔵坊「……ひょっとして九郎、めちゃくちゃ怒ってるか?」

晶「いえ、別に?」

武蔵坊「いやいや。いきなり背後とった上に氷の大剣ぶん回すとか、大激怒してなきゃやらんだろう」

晶「これはただの牽制ですって」

武蔵坊「え、牽制で俺様の胴体真っ二つにされる所だったの?」

晶「ははは、だいじょぶだいじょぶ。この程度で人は死にません」

武蔵坊「俺様そこそこ強い烏天狗だって自負はあるけど、それでも余裕で死ねるからな?」

晶「ただの気で強化したでっかい剣モドキですよ?」

武蔵坊「固くて重くてデカイ棒を視認不可能な速度で振り回されたら、剣であろうと無かろうと関係ねぇよ」

晶「そんなもんですか……」

武蔵坊「そもそも見えてたんなら分かるだろうが! 背中に水風船投げつける軽いお茶目に、笑えん程の殺意を返すな!!」

晶「強酸性の水かもしれないじゃ無いですか!」

武蔵坊「まず水風船から溶けるわそんなもん!! つーか、俺様はお前さんの味方だぞ!?」

晶「知ってます。天狗の里では結構貴重な、僕に友好的な烏天狗さんですよね」

武蔵坊「そんな俺様が、なんでお前さんを殺すような真似をすると思ったんだよ」

晶「えっ? 僕に友好的な事と、僕に攻撃する事に因果関係は無いですよね」

武蔵坊「あるわ! むしろなんで関係ないと思えるんだよ!!」

晶「実体験……かな」

武蔵坊「お前さんの環境、恵まれてるのか酷いのか分かんねぇな」

晶「もう慣れました。それが当たり前の事だと思えば、会話中に顔面突き抜ける勢いの正拳突きくらっても平気です」

武蔵坊「そうか、それ当たり前なのか……」

晶「いや、さすがに滅多に無いですけどね? 月一くらいです」

武蔵坊「十分過ぎるわ! ……と言うかそれって、毎日とかより逆に怖くないか? 警戒しようが無いだろう」

晶「ぶっちゃけ警戒とかしてませんから大丈夫です。基本死なない程度の手加減はしてくれるんで、後はもう気合で対処です」

武蔵坊「深い闇を見た。なんつーかさ……何かあったら相談しろよ? ほら、俺様ってお前の兄貴分だし」

晶「あんまり会いませんけどね」

武蔵坊「言うな。射命丸がこえーんだよ、俺様がお前さんと話してると超睨んできてな?」

晶「文姉は兄ですら存在を認めないと言うのか……」

武蔵坊「ま、機会は少なくてもお前さんの事気に入っているのは本当だからな。ガシガシ話しかけてこいよ!!」

晶「……どうでもいいですけど、やっぱり兄なのにアダ名が「武蔵坊」なのは変じゃないですか。まぁ、アダ名自称する時点でアレですけど」

武蔵坊「いいじゃんかよ、かっこいいじゃん武蔵坊。変に捻って「俊章」とか名乗るよりわかりやすいしな。……それに」

晶「それに?」

武蔵坊「鎌倉殿とか名乗ったら、俺様他の天狗からぶん殴られると思う」

晶「あー……やっぱ、人気無いんですか征夷大将軍」

武蔵坊「無いなぁ。つーか、義経の人気が高すぎて相対的に下がってる感じ?」

晶「なるほど――というかあの、そんな大人気な人の名前がアダ名に使われてるんですけど僕」

武蔵坊「お前に対するやっかみの二割くらいは「こんな奴にあの義経の名前を……」なんだと思うぞ」

晶「少ないけど無視出来ない割合の被害!?」

武蔵坊「ま、元気出せよ! 少なくとも天魔様はお前の事気に入ってるワケだしな!! ……アダ名はワザとだと思うけど」

晶「幻想郷の偉い人って、気に入ってる人にほど無茶ぶりしますよね」

武蔵坊「それは思う」

晶「僕はそろそろ許容量を超えそうですよ……辛いです」

武蔵坊「お疲れさん。――お、そうだ! なら丁度良いから、お前さんに癒しをやろうじゃないか」

晶「癒し? …………猫の肉球を死ぬほどモフモフ出来るとか?」

武蔵坊「いやいや、もうちょい下な方向の話でさ?」

晶「下? つまり犬をモフモフ……」

武蔵坊「動物から離れろ! というか、猫の下は犬なのかよ」

晶「いや、やっぱ大きい動物ほど下におかないと崩れちゃうじゃ無いですか。上の動物の重みで」

武蔵坊「ブレーメンかよ」

晶「…………」

武蔵坊「あん? どうしたよ、九郎」

晶「いや、なんかバリバリ和風な武蔵坊さんの口から「ブレーメン」ってツッコミが出てくるのがなんか…………変」

武蔵坊「いやいや、俺らだって常に里に篭ってるワケじゃ無いからな? 情報収集欠かせたらそもそもブン屋失格だし」

晶「その割には武蔵坊さんの新聞、滅茶苦茶身内向けですけどね」

武蔵坊「そりゃ、身内に読ますもんだしな。烏天狗的には文みたいなのの方が異端なんだよ」

晶「内々で解決しちゃうのは、マスコミュニケーションとしてどうかと思いますが」

武蔵坊「ますこみに? なんだそりゃ」

晶「……全部伝わるってワケじゃ無いんですね。要するに大衆伝達、不特定多数に情報をばらまく事ですよ」

武蔵坊「あー、なるほどね。……とりあえず一つ言っとくぞ、九郎」

晶「なんです?」

武蔵坊「んな事気にする奴が、隠れ里作って篭ったりするワケねーだろーが」

晶「……言われてみれば」

武蔵坊「天狗の大多数は、排他的で保守的な引篭り野郎だよ。外の連中に何かしてやろうって発想がまず出ないな。というか俺様も無い」

晶「武蔵坊さんは、わりと社交的な方だと思うんですが」

武蔵坊「それはお前が身内だからだ。そうでないなら話しかけようとも思わねーよ」

晶「僕、天狗じゃないですよ?」

武蔵坊「俺様にとっちゃ関係ねーな。どんな奴だろうと身内は身内だよ。逆に、そいつが天狗でも身内でないなら俺様は容赦しねぇ」

晶「やだ……武蔵坊さんカッコイイ」

武蔵坊「だから九郎、手に負えない敵が出た時は任せたぜ!」

晶「やだ……武蔵坊さんカッコワルイ」

武蔵坊「合理的と言ってくれ。俺様より、お前さんの方が遥かに強いしな」

晶「それで良いんですか? こう、プライド的に」

武蔵坊「いや、どう考えてもお前さんの方が格上だろうが。人間だからって決めつけてソレに気付かないあの天狗共がバカなんだよ」

晶「わー、過激だなー」

武蔵坊「なーに、普通だよ普通――それよりも下の話だ」

晶「えー」

武蔵坊「やっぱりか、やっぱりワザと話題そらしたのかテメェ」

晶「いやだって……何が悲しゅうてこんな所で下卑た話しなきゃいけないんですか」

武蔵坊「男が二人以上揃ったら、それはもう下卑た話する合図だろうが!!」

晶「なにそれ初耳」

武蔵坊「いや、わりとマジに言うけどさ。そういう話もちゃんとしといた方が良いぞ、男として」

晶「僕、そーいう話するのあんま興味ないです」

武蔵坊「……話そのものへの興味は?」

晶「そこそこあります」

武蔵坊「そうか、興味はあるのか。うんうん、それは良かった」

晶「男の子ですからね!」

武蔵坊「ならもっと男らしい格好しろ。正直、俺様はお前がソッチの趣味あるんじゃないかと疑ってるフシはある」

晶「酷い風評被害だ!!!」

武蔵坊「自分の格好と普段の振る舞いを思い出せよ」

晶「この格好は、命を優先した結果です!」

武蔵坊「俺様なら死んでも嫌だわ」

晶「見解の相違って奴ですね」

武蔵坊「良いのかよ、それで済ませて」

晶「深く追求されると僕が発狂しますよ」

武蔵坊「ああうん……大変なんだな」

晶「大変デス」

武蔵坊「ぶっちゃけ、男としてはわりとキツくねーかあの環境? ほら、お前の周りって見かけは良いの揃ってるし」

晶「大変デス」

武蔵坊「やっぱりそうか。……じゃあ、俺の用意したモノは無駄にならなそうだな。――ほら」

晶「ほへ? なんですかコレ」

武蔵坊「春画」

晶「なんとぉ!?」

武蔵坊「へへ、礼はいらないぜ?」

晶「いや、絶対に言いませんよんな事。むしろ止めてください!!」

武蔵坊「はっはっは、童貞くさい反応だなぁ。春画の何が怖いんだよ?」

晶「強いて言うなら自分が持つ事が怖いです! 僕の周りには、僕以上に僕の事を知ってる人らで溢れているんですよ!?」

武蔵坊「…………ああ」

晶「と言うワケで、持って帰ってください。お願いします」

武蔵坊「そういう事ならしょーがねーな。じゃあ持って帰って……」

晶「あ、でもどんなモノか見せては欲しいです。純粋な好奇心で。――純粋な好奇心で!!」

武蔵坊「あーうん、興味は津々なのな。……ほら」

晶「いやいや、あくまでこれはですね――こう、保健体育的な探求の心がですね」

武蔵坊「別に言い訳なんていらねぇって、気にしてないから」

晶「――では、ご開帳!」

武蔵坊「ひひひ、お前さんも好きだなぁ」

晶「………………」

武蔵坊「…………どうした?」

晶「………………………………………………………………………………浮世絵」

武蔵坊「おい、九郎!? なんで凹んでるんだ!? どうしたよ!?」

晶「ガチの春画って…………江戸時代じゃん…………もっと現代に近づけてもらえないとさぁ…………」

武蔵坊「だ、大丈夫かー? いやその、なんかゴメンな?」



 とぅーびぃーこんてぃにゅーど



紫「おかえりなさい、お土産あるわよ。――はい、葛飾北斎の浮世絵写しまとめ」

晶「速攻ですねチクショウ!!!」

幽香「ふふ、溜まってるの?」

晶「幽香さん背後から抱きつくのは止めて!? 溜まってません、溜まってませんから!!」



文「くっくっく……私の可愛い晶さんを汚れさせようとするお馬鹿さんは誰ですかねぇー」

武蔵坊「いや待てマジ待て、お前さんはちょっと過保護過ぎって言うか俺様が何かしなくてもあいつ結構ムッツリ――」

文「問答無用!!」

武蔵坊「うぎゃー!?」




[27853] 日常の裏書その16「姉弟子と僕」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/03/29 01:51


日常の裏書その16「姉弟子と僕」





    ※この番外編は、晶君達がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスに深い意味はあんまり無いです。
     時間軸は輝針異変の後ですが、具体的にどれくらい後なのかは考えていないので気にせずスルーしてください。





永琳「それじゃ、留守番をお願いね。二人共」

晶「はーい!」

鈴仙「お任せください!!」

永琳「あ、そうそう。姫様はお昼寝中だから放置しておいて構わないわよ。何ならしばらく永眠させておきなさい」

鈴仙「しっ、しませんよそんな事!?」

晶「しばらく永眠って、なかなか斬新な表現ですね」

鈴仙「気にする所はそこじゃないでしょう!?」

永琳「ふふ。それじゃあ、後はよろしくね」

晶「いってらっしゃーい」

鈴仙「いってらっしゃいませ、師匠!」

晶「…………」

鈴仙「…………」

晶「…………」

鈴仙「…………何か言いなさいよ」

晶「そういえば、ずっと疑問だったんですけど」

鈴仙「何よ」

晶「月ってどんな所なんですかね」

鈴仙「……それを、私に聞く?」

晶「いや、そもそも姉弟子にしか聞けないじゃないですか。輝夜さんや師匠は今の月を知らないワケですし」

鈴仙「そうだけど……私、一応脱走兵なのよ?」

晶「つまり、機密をある程度喋っても大丈夫って事ですよね?」

鈴仙「……あーうん、そうよね。貴方にとってはその程度の認識なのよね」

晶「何か月の人達に義理立てしている事があるなら、それは言わなくて良いですよ?」

鈴仙「あのねぇ。その世界を捨てた人間が、何の躊躇もなくかつて居た世界の事を話せると思ってるの!?」

晶「僕は外の世界の事、普通に話せますよ?」

鈴仙「――――そういえば、貴方は外の世界を捨てて幻想郷に居るのよね」

晶「ですです」

鈴仙「………………」

晶「姉弟子?」

鈴仙「ねぇ、晶。貴方は外の世界に戻りたいと思う事は無いの?」

晶「いえ、特には」

鈴仙「即答!?」

晶「僕にとっては幻想郷がホームなんで。まぁ、懐かしくは思っても帰りたいと思う程でも無いです」

鈴仙「……どうすれば、そこまで割り切れるの?」

晶「ほへ?」

鈴仙「貴方にとっては、幻想郷よりも長く住んでいた『生まれ故郷』なんでしょう? 少しは思う所があるはずよ」

晶「いえ、特には」

鈴仙「……少しも思わないの?」

晶「少しも思いませんねぇ」

鈴仙「………………」

晶「………………」

鈴仙「貴方、頭おかしいわね」

晶「酷くない!?」

鈴仙「普通は思うでしょう? 故郷の物が食べたいとか、友達に会いたいとか、思い出の景色が見たいとか」

晶「いや、思いますよ? ちゃんとそういう事も思ったりしますよ? ――単に思うだけですが」

鈴仙「やっぱり貴方、頭おかしいわ」

晶「それだけ今を楽しんでる、的な解釈をしてくれても良いと思うんですが!!」

鈴仙「いや、それにしたって平然とし過ぎでしょう。……ひょっとして、外で良い事無かったとか?」

晶「失敬な! これでも、それなりに青春を謳歌してたんですよ? 友達とかもう百人くらいいたし!!」

鈴仙「なんだかんだ社交性のある貴方だから、まるっきりの嘘だとは思わないけど……誇張されると嘘くさく聞こえるわね」

晶「嘘じゃないやい! 中学、高校と皆の人気者晶君だったんだからね!!」

鈴仙「……それだけ大人気で友達もたくさん居たのに、戻りたいと思わないの?」

晶「いえ、特には」

鈴仙「…………郷愁の念ってあるじゃない」

晶「ありますね」

鈴仙「たまにとか、ふらっとでも、そういうのを感じる時――無い?」

晶「そりゃ、当然ありますよ。僕だって人間ですからね」

鈴仙「その時に、帰りたいなぁとか幻想郷に来るんじゃなかったなぁとか思う事は無かったの?」

晶「無いです」

鈴仙「……意味が分からないわ」

晶「いや、普通ですよね?」

鈴仙「普通じゃないわよ!!」

晶「と言うか、姉弟子は月に帰りたいんですか?」

鈴仙「その疑問には答えられないわね。私はもう、戻ろうと思っても戻れないもの」

晶「僕もそうですけど」

鈴仙「……えっと、その、私は戻ったら処刑されるワケで」

晶「つまり、処刑されないなら戻りたいんですか?」

鈴仙「…………どうかしら。少し前なら頷いていたけど、今は微妙ね」

晶「それってつまり僕と同じ――」

鈴仙「いや、貴方と一緒にしないでよ! 私の方は単に、心の整理がついてきただけだから」

晶「それは僕と何が違うのですか!」

鈴仙「外の世界は、貴方にとってとても魅力的だったんでしょう? 幻想郷と比べても負けないくらい」

晶「それはもう。幻想郷は楽しいけど、不便な所が多々ありますしねぇ」

鈴仙「その流れで思う所が何も無いっておかしくないかしら? 私よりも遥かに未練の残る状況よ?」

晶「いやぁ、案外残りませんよ? こういうのは思い切りですって、思い切り」

鈴仙「……そうね、分かったわ」

晶「分かってもらえましたか!!」

鈴仙「貴方とは、どう足掻いても意見が合う事は無いって」

晶「あるぇ~?」

鈴仙「……色々とバカバカしくなってきたわ」

晶「なら、馬鹿馬鹿しいついでに月の事を――」

鈴仙「………………はぁ」

晶「姉弟子?」

鈴仙「ひょっとしたら、私と貴方を足して二で割るくらいが丁度良いのかもしれないわね」

晶「つまり――鈴仙・久遠・イナアキラ!」

鈴仙「足しっぱなしじゃないの。そもそも、そういう意味じゃないわよ」

晶「さすがに分かってます」

鈴仙「…………」

晶「止めて! バールのようなモノを構えないで!? ちょっとしたお茶目だから!!」

鈴仙「貴方のその、会話する度におかしな事を言う悪癖はどうにかならないの!?」

晶「どーにもなりませんな」

鈴仙「…………」

晶「ストップ! ストップストップ!!」

てゐ「ただいま――いってきまーす」

晶「てゐちゃんカムバック! 姉弟子の暴挙を止めてください!!」

てゐ「え、でも八割がた晶が悪いんでしょう?」

晶「まぁ、そうだね」

鈴仙「分かってるなら改善しなさいよ!!」

晶「性根の部分ってわりとどうしようも無いと思うんだ」

てゐ「わかる」

鈴仙「…………」

晶「だからバールのようなモノは止めて!!」

てゐ「晶がいると、鈴仙の敵意がそっちに行くから楽だなぁ」

鈴仙「てゐも後で覚えてなさいよ!!」

てゐ「うんうん、覚えとく覚えとく」

晶「と言うか、何故に姉弟子がバールのようなモノを持っているのですか?」

鈴仙「香霖堂で買ったのよ。ようなもの、じゃなくて本当に「バール」よ」

晶「いや、それは単にお約束的な呼び方してるだけなんですが――ちなみに、何の用途で買ったんです?」

鈴仙「今、目的の通りに道具を使ってるじゃない」

晶「道具は正しく使おうよ!?」

鈴仙「うるっさい! 今日と言う今日は勘弁ならないわ、このバールでお灸をすえてあげる!!」

晶「バールは警策じゃありませんって!?」

てゐ「今日も平和だなぁ」

晶「今、まさに僕の頭へとバールが振り下ろされんとされてる現状をそう評するの!?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 日常の裏書その17「読書は鈴奈庵で」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/11/08 01:52


日常の裏書その17「読書は鈴奈庵で」





    ※この番外編は、晶君達がただ駄弁るだけののんびりとした番外編です。
     派手なバトルや驚愕の展開は一切無いので、期待せず見てください。
     ちなみに、キャラのチョイスに深い意味はあんまり無いです。
     時間軸は輝針異変の後ですが、具体的にどれくらい後なのかは考えていないので気にせずスルーしてください。





小鈴「はー……暇だなー」

小鈴「何か面白い事でも起きないかなー」

晶「おっじゃましまーす!!」

小鈴「神様ごめんなさい、平穏が一番です。もう二度と面白い事起きろとか無責任な事言いません」

晶「いきなり神に祈り始めた!?」

小鈴「ど、どどど、どうして久遠晶様がこのような所に!?」

晶「様付け!? いや、どうしても何も、ここは貸本屋だよね?」

小鈴「へ? まるで本を借りに来たみたいな事言いますね」

晶「貸本屋に、本を借りる以外の目的で来る人はそうそう居ないんじゃないかなぁ」

小鈴「……久遠冗談ですか?」

晶「稗田自虐ジョークの類似品と見なされてる!?」

小鈴「(え、つまりマジ? 狡知の道化師が我が家に本を借りに来たの?)」

小鈴「……ウチには大した本なんて無いですよ?」

晶「その価値を決めるのは僕だと思うんですが」

小鈴「世界の安定を乱す本とかは置いてないですよ?」

晶「僕は書の世界にどれだけ期待をかけていると思われてるんですか……」

小鈴「伝説の魔獣を蘇らせる本とかは――」

晶「それはちょっと興味あります」

小鈴「……無いですよ?」

晶「うん、知ってるし期待してないから」

小鈴「………………ひょっとして、本当に普通の本を借りに来たんですか?」

晶「本気でその手の本を借りるつもりなら、ここじゃなくて紅魔館の図書館に行くから」

小鈴「えっ、あの噂の大図書館!? 久遠晶さんってあそこ入れるんですか!?」

晶「何故にフルネーム……いや、まぁ、うん――フリーパスでございます」

小鈴「…………あそこの本一冊でも持ってきてくれたら、一年間貸出料無料にしても良いですよ?」

晶「躊躇なくそう言える精神だけは評価しとく」

小鈴「残念。――で、結局何の本を借りに来たんですか?」

晶「特には決めて無いんだけどね。娯楽小説系で新規開拓出来ないかなーって」

小鈴「はぇー、娯楽系ですか」

晶「……今度はどういうイチャモンが入るの?」

小鈴「イチャモンと言うかその――てっきり、もっと知的な本でも読むのかなーと」

晶「晶です……我が事ながら自分の立ち位置が良く分かりません」

小鈴「この際だからぶっちゃけますけど、道化師さんってアレなんですよね? 無能なフリして凄い思慮深い策士」

晶「ははは――小鈴ちゃん、言葉のナイフと言うには刃鋭すぎない? 日本刀並の威力無いかな?」

小鈴「ここだけの話にしますから教えてくださいよ。どうやったら、そんな上手にバカの真似出来るんですか?」

晶「客観的な評価って辛い。改めてそう思った」

小鈴「?」

マミゾウ「おーい、やっとるかい――うげ」

小鈴「あ、いらっしゃい!」

晶「ん、マミ――」

マミゾウ「失礼、ちょーっとこちらの道化師殿を借りるぞ」

晶「はれ? どうしたんですか?」

マミゾウ「……お主相手に誤魔化しは出来んから正直に言うが、今のワシは人間に化けていてな」

晶「それはまた、めんどーな事してますねー」

マミゾウ「否定はせん。白蓮殿は頑張っておるが、妖怪が簡単に出歩けるようになったらそれはもう人里では無いからの」

晶「で、僕にはその事を黙ってろと」

マミゾウ「タダとは言わんぞ?」

晶「命蓮寺にもマミさんにもお世話になってますから、そこらへんは気にしなくて良いですよ。あ、そうだ」

マミゾウ「む?」

晶「ゴホン――分かってますって! 約束してますし、人里で変な事はしませんって!!」

マミゾウ「――あ、ああ。分かれば良いんじゃ」

晶「(これで小鈴ちゃんも落ち着いてくれるかなぁ。知り合い相手でも首輪をつけてないと安心されない僕って……)」

マミゾウ「(こーなると思ったからタダにしたくなかったんじゃがのぅ。晶坊に利用された事を差し引いてもでかい借りを作ったわい)」

小鈴「お客さん、久遠さんとお知り合いだったんですか!」

マミゾウ「まぁ、色々あってのぅ。物騒な噂もあるが、約束はちゃんと守る男じゃから安心せい」

小鈴「はぇー」

マミゾウ「(……小鈴の尊敬の目が痛いわい)」

晶「じゃ、僕はちょっと本見てきますねー」

小鈴「構いませんけど、奥の方は立入禁止なんで注意してくださいねー」

晶「はいはーい」

小鈴「さて、おまたせしましたお客様! 今日はなんですか?」

マミゾウ「ああ、今日はちと売りたいモノが……」





晶「いやー、結構な掘り出し物があったね!」

マミゾウ「ソイツは良かったのぅ」

晶「協力どーもです、マミさん。おかげで小鈴ちゃんを怯えさせずにすみました」

マミゾウ「お主、本当に人里で何をやらかしたんじゃ」

晶「人里では何もしてないんだけどなぁ……おまけになんか、小鈴ちゃんからは馬鹿のフリした策士だとか言われるし」

マミゾウ「馬鹿のフリした策士、のぅ」

晶「酷い話ですよ。馬鹿扱いも策士扱いも合わせて不本意です!」

マミゾウ「……ところで晶坊、一つ聞きたいのじゃが」

晶「なんです?」

マミゾウ「――小鈴の所で何した?」

晶「ほにゃ?」

マミゾウ「妖魔本の影響で淀んでいた部屋の空気が一掃されておった。アレ、お主の仕業じゃろう」

晶「ああ、バレました?」

マミゾウ「分からいでか。まぁ、イカサマしたタイミングまでは分からなかったが」

晶「イカサマって、酷い表現だなぁ」

マミゾウ「穏当だと思うがの。……念の為確認するが、小鈴には何もしておらんよな?」

晶「してませんって。どー見てもアレ、行き過ぎた好奇心が原因の事故でしょ? ……まぁ、注意はしといた方が良いかもですが」

マミゾウ「そこらへんは、ワシらよりも相応しい人間がおるじゃろ。――ところで晶坊」

晶「ほへ?」

マミゾウ「もしも小鈴が悪意を持って妖魔本を集めていたら、どうした?」

晶「―――――ふふ」

マミゾウ「――――っ!」

晶「ま、その時は僕が何かする前に他の誰かが何とかしたでしょう」

マミゾウ「ん、そ、そうか」

晶「ああ、ところでマミさん――小鈴ちゃんに売ったこの本ですけど」

マミゾウ「っ!? なんでお主が!?」

晶「帰るちょっと前、特別に譲ってもらいました。凄く面白そうな本だったので」

マミゾウ「か、貸本屋なのじゃから借りた方が――」

晶「どーしても欲しかったので、ちょっと無理言って買っちゃいました。……問題無いですよね?」

マミゾウ「う、うむ! どーしても欲しかったのなら仕方ないな!!」

晶「出来れば今後も、‘この手の本’は鈴奈庵じゃなく僕に売ってほしいですね。あはははは」

マミゾウ「ははは……うむ、善処するよ」

晶「それは良かった。――あ、お茶でも飲みますか? 迷惑料ついでにおごりますよ?」

マミゾウ「そうじゃのぅ、せっかくだからお言葉に甘えさせて頂くかの」

晶「それじゃ、レッツゴー!」

マミゾウ「(やれやれ……馬鹿なフリした策士ならどれだけマシか。馬鹿と策士、どちらも久遠晶じゃからタチが悪い)」

晶「けーぇき、けーぇき!」

マミゾウ「ワシ、和菓子の方が良いんじゃが」

晶「え、ダメですよ。ポイントカードの期限、今日までなんで」

マミゾウ「……いやまぁ、奢られる側のワシに拒否権は無いのじゃけどな?」


 とぅーびぃーこんてぃにゅーど




[27853] 「最後の最後だ! 山田さんファイナル!!」
Name: ラリアー◆536635cd ID:03b9a693
Date: 2016/12/19 22:00

「最後の最後だ! 山田さんファイナル!!」




    ※今回の話は、ネタ発言とメタ発言に溢れたエセQ&Aコーナーです。
     タイトルですでにイヤな予感がした人や、設定とか特に気にしない方はスルーしてください。
     最後って事でわりと好き放題言ってますが、今更なのでご了承ください。




山田「感動路線でシメ? ラストはやっぱり主人公? 知るか! 当たり前のように山田さんですよ!!」

死神A「色々と身も蓋も無い!? あのー、仮にも最終話なんですからグランドエンディング的なモノは……」

山田「お気楽道化師の幻想郷放浪記から、どうやって壮大なオチに持って行けと?」

死神A「……まぁ、そうですよね」

山田「世の中には身分相応と言う言葉があります。今更後付のシリアスを足場に深刻な話へと派生しても、失笑くらいしか生みませんよ」

死神A「例えシリアス設定を付け足しても、あの主人公は全力で台無しにする気がします」

山田「大体合ってます。と言う事で、聞かれてないけど答えたい問題をサクサクっと解説していきましょう」

死神A「わぁ、正直」


 ○エンディングについて


山田「はい、まさかの『狡知の道化師』エンドでしたー」

死神A「まさか……ですかね?」

山田「作者的にはまさかです。ネタで選択肢用意したら、もれなく全部拾って裏ルート行かれた気分」

死神A「そこまで言うほどですか」

山田「最終回なのでぶっちゃけますが、着実に主人公としての道を踏み外す晶君を毎回首を捻りながら見てました」

死神A「残念ながら当然だと思います」

山田「途中からは作者も開き直って裏ルート突貫しましたしね。……当初の予定だと、もっと王道を行くはずだったんですが」

死神A「王……道……?」

山田「実力が足りないから奇手に走るはずだったのに、実力が足りても奇手に走る不具合。まぁ、自分に自信が無いですから仕方ないですね」

山田「ちなみに、最初の予定では第一期と同じ保護者エンドでした。次が異世界アリスエンド」

死神A「異世界アリスエンド!?」

山田「封印したはずの異世界移動能力が復活、アリスを巻き込んで「僕達の冒険はこれからだ!」になるエンドです」

死神A「完全に人形遣いが被害者なんですが」

山田「そういうエンド故致し方無し。元の世界に戻る為に、別世界を二人が旅していくよ! って流れでした。続かないけど」

死神A「別世界って言うと、世紀末覇王AKIRA様とかが居る?」

山田「今だったら聖杯を探索する偉大な旅とか、お空の上で船に乗って大冒険したり?」

死神A「別世界過ぎる!? 良いんですかソレ……?」

山田「最終話なら良いかなって思った。ちなみに、そこから狡知の道化師エンドに変わった事に他作品云々は関係無いです」

死神A「関係無いんだ……では、何故に?」

山田「まぁ、一つはアリスのフラグ不足ですね。後は心綺楼編が思いの外伸びて、作者の中で神霊廟編の間に巻き起こっていたアリス祭りが沈静化したのもあります」

死神A「……ひょっとして、心綺楼編が当初の予定通り前後編で終わったらアリスエンドありえました?」

山田「あったかもしれませんね。心綺楼編書きながら「このままアリスエンドで良いのかなー」とか思ってた結果みたいですから」

山田「そして最終的に、今までちょいちょい小出ししてた「晶君の未来」に関してケリをつけさせた方が良い。と判断したようです」

死神A「その結果が狡知の道化師ですか……」

山田「ぶっちゃけ小出ししてた晶君自身の話って大半がその場のノリで書いてたので。そりゃ、予想も出来ない方向に行きますよって話です」

死神A「……主人公の未来なのに、その場のノリで決めてたんですか」

山田「第一期でそこらへんの話は終わっていたつもりで居たようですから。なんで晶君、気付くと明後日の方向に行ってるん?」

死神A「知りませんよ」


 ○ロッドについて


山田「多分誰も気にしてないと思いますが、今後話題に出てくる事は無い伏線なので消化しておきます」

死神A「えーっと、神霊の章26での『棍で繋げる』発言ですか」

山田「はい。ぶっちゃけるとアレ、輝針城編で回収出来る伏線でした」

死神A「……あの段階で、もう輝針城編が無い事決まってましたよね?」

山田「どうしても入れたかった、後悔はしてない。との事で」

死神A「このコーナー無かったらどうする気だったんでしょうね」

山田「まぁ、もしもの話はさておいて解説しましょう。実はあの時点でロッドは『力を繋ぐ』と言う特性を得てました」

死神A「『実はあった』じゃなくて『得た』、ですか」

山田「晶君が氷槍とか神剣とかの土台に使いまくりましたからね。結果、元々それなりの器だったロッドが力同士を繋げる媒介となったワケです」

死神A「ちなみにソレ、どれくらい凄いんですか?」

山田「複合能力の土台にするとスムーズになります。以上」

死神A「地味だ!?」

山田「地味ですよ、だから顕魂乗垓の時まで発覚しなかったワケですし。――ただし、妖怪化すると話は別です」

死神A「そういえば、付喪神三人娘は微妙に元々の時から仕様が変わってましたね」

山田「基本的に彼女ら、身体も含めて道具ですからね。おまけに道具自身なので、晶君本人が気付いてない使い方も出来ます」

死神A「某狂犬は晶君の方が使いこなせるって断言してますが」

山田「天から舞い降りた至高の存在とか言ってる妖怪の評価が正確なワケ無いでしょう」

死神A「……ですねー」

山田「ちなみに妖怪時のロッドは自分自身に「力を繋ぐ」特性を適用出来ます。これにより、彼女自身に干渉する能力を同化して無効にする事が可能です」

死神A「それはまた反則くさ――輝針城編での対戦相手って、十六夜咲夜でしたよね。時間停止能力ってどうなるんですか?」

山田「もちろん、同化する事で停止した時間の中でも動けますよ」

死神A「……あの、ひょっとしてロッドってかなり強かったりします?」

山田「少なくとも付喪神三人娘の中では一番強いです。純粋に技量が高くてバステの類を無効化出来るので」

死神A「ちなみに、付喪神三人娘の他と比べた実力はどの程度なんですかね」

山田「中堅レベルですね。晶君がレミリアなら三人娘は十六夜咲夜とか美鈴とかそこらへん、みたいな」

死神A「微妙に有耶無耶にする感じの答えですね……」

山田「断言したくないって事だよ、言わせんな恥ずかしい」

死神A「相変わらず強さ談義については明言避けまくってますね。けど、こーいう質問が来ているんですが」


 Q:「狡智の道化師」久遠晶を基準にした他のキャラクターとの強さの比較とか戦闘相性図とかみたいです。


死神A「さすがに最終話ですし、明言しても良いと思うのですが」

山田「絶対にノウ。そこらへんは永遠の謎として、終始有耶無耶な感じで押し通します」

死神A「……そこまでする事ですかね?」

山田「まぁアレです。はっきり強弱をつけちゃうと「晶君は○○より強いのに負けるのはおかしい」的な論調が発生しかねないので」

死神A「あー、強さ比べに良くある話ですねー」

山田「個人的には、どれだけ晶君が強くなろうと勝率は八割くらいで頭打ちになるのが理想だと思ってます」

死神A「どんな相手だろうと二割負けるんですか」

山田「まぁ、さすがに阿礼乙女とかの極端な相手は除外しますけどね。例え狡知の道化師となっても勝率はMAX80パーセントです」

死神A「つまり勝利確定の相手でも、二割の確実でうっかりやらかして負けると」

山田「だいたいあってます。ちなみに、対チルノ戦では毎回二割引かれて負けるのがお約束です」

死神A「呪われてるんですかね」

山田「ある意味で」

死神A「しかしコレで終わりと言うのも素っ気ないですし、戦闘の相性とか大雑把な比較くらいはしてもらえませんかね」

山田「オーケイ、ガール!!」

死神A「何キャラ!?」

山田「まぁ、強さ比較は簡単に済みます。レミリアとか輝夜とかの、幻想郷トップクラス妖怪と同じレベルだと思ってください」

死神A「あー、すでにそのくらいの強さはあるんですね」

山田「素のスペックが不変と同じですからね。むしろソレで以下だったらビックリですよ」

死神A「それでまだ「強者に並びたい」とか言ってるんですね」

山田「自分に自信が無いから仕方が無いですね。ちなみに戦闘の相性ですが――不利になる相手がいません」

死神A「えっ」

山田「いや、何でもかんでも出来るオールマイティキャラが万能性そのままに強くなったら、普通は相性負けなんてしないでしょう」

死神A「あーまぁ、どんな相手でも不得意分野で戦えるならそうでしょうね」

山田「強いて言うなら、不得意分野に持ち込ませない程の戦闘巧者は苦手と言って良いかと。何だかんだで晶君、純戦闘特化タイプではありませんから」

死神A「具体的に言うと誰なんですか?」

山田「風見幽香と星熊勇儀」

死神A「あー、なんか分かります。どんだけアレコレ仕掛けても、最終的にパワーで粉砕する類の戦闘巧者ですね」

山田「後はまぁ、純粋に晶を上回る策略家――八雲紫とかが相手でも分が悪いです」

死神A「なんだかんだで強いなぁ、保護者連中」

???「あやや! 真の姉である射命丸文さんはどうなんですか!! きっと圧倒的無双なんでしょう!?」

山田「身内って事で躊躇ってくれたらワンチャンあるかもですね」

死神A「……身内を理由に躊躇う常識、あるんですか?」

山田「負けた方が得かな? と思ったら負けてくれますよ」

死神A「ガチなら?」

山田「勝率20パーセント」

???「晶さんのうっかりが起きないと絶対負けるって事じゃないですかヤダー!!」

山田「悪は滅びた」

死神A「ただひたすらにムゴい……」


 Q:晶君が東方のSTGの方に出演した場合の性能を知りたいです(無茶振り
   …ボスverも出来れば


山田「山田かつてないピンチ!!」

死神A「そこまでですか?」

山田「そりゃ、バグ技前提にした戦い方するヤツをゲーム的スペックに落とし込めとか言われたらそうなりますよ」

死神A「ああ……なるほど」

山田「後、晶君って出鱈目な高スペックを人間性で相殺してるタイプの主人公なので、スペック基準に性能を作ると……」

死神A「――雷帝シド?」

山田「グレートゼオライマーかな!」

死神A「他の隠し要素全捨てして降臨する一人最終戦争じゃないいですか!?」

山田「まぁ、さすがに無いですけど。どこぞの星0サーヴァントじゃあるまいし、ゲームで原作設定完全再現とかまず無いですよ」

死神A「(それ、ダメな意味で完全再現されたヤツですよね? とか言うと脱線しそうだから黙っていよう)」

山田「必死に工夫してようやく使えて並以下の宝具! 使えない事は無いけどピーキーなスキル! クソみたいなステータス!!」

山田「率直に言って最高ですね! それでも愛があれば使える所が実にベネ!! 後は排出率何とかして!」

死神A「全力で脱線させるの止めてくださいよ!? 最終回なんですよ!?」

山田「最後だから良いかなって思った。まぁ、ボケを重ねても仕方ないので真面目にやりましょう」

山田「とりあえず、プレイアブルキャラとしての晶君ですけど……『装備変えたら性能が根本から変わる』は基本でしょうね」

死神A「プレイヤーに死ぬほど厳しい仕様ですね」

山田「装備は面変化基準で、天狗面を選んだら風弾で四季面を選べば花弾。みたいに全部変わります。面変化がボム扱い」

死神A「……さすがにボムは性能統一されてますよね?」

山田「統一されてない代わりに普通のボムと違うメリットがありますよ! きっと!!」

死神A「それダメなパターンですよ!?」

山田「そして攻略wikiのQ&Aで「Q:久遠晶のオススメ装備を教えてください」「A:自分の好みで選んでください」とか書かれます」

死神A「性能違いすぎて基準点が無い感じですか……」

山田「「魔理沙使いなら魔理沙とほぼ同じ使い心地の靈異面装備がオススメ」とかは書かれるかもしれませんね」

死神A「同一作品内で性能被らせるってどうなんですか!?」

山田「晶君の方が癖が強いから大丈夫」

死神A「何一つ大丈夫な点が無いですよ……」

山田「まぁ、総じて癖が強くて扱いは「設定上の強キャラ」みたいになるんじゃないですかね」

死神A「ある意味で原作通りなワケですね。――ちなみに、敵だった場合は?」

山田「容赦ない初見殺し、分かってても攻略が面倒な不意打ち、嫌がらせのような運ゲー」

死神A「どれか一つに抑えましょうよ!?」

山田「間違いなく「敵になってからが本番」とか言われる事でしょう」

死神A「狡知の道化師呼ばわりって必然だったんですね……」


 ○最後に


山田「では、これで最後の山田さん終わりまーす」

死神A「雑ぅ!! そして軽ぅ!!」

山田「何が不満なんですか」

死神A「コレ、最後の最後。もっと色々と言うべき事があるのでは!?」

山田「山田さんは自由だから良いんです」

死神A「良くないですよ! せめてこう、多少で良いから神妙な雰囲気で締めませんか!?」

山田「知ったことかぁ!」

死神A「そ、そう言わずに……第一期含めると、七年以上やった作品のシメなんですから」

山田「より正確に言うと七年と半年ちょいですね。――うわぁ(ヒキ」

死神A「引かないでくださいよ!?」

山田「ジャンプ作品で言うと、ニセコイとか黒子のバスケとかSKET DANCEより長く続いた事になりますね」

山田「とは言え後半の天晶花は隔週更新だったので、単純な時間計算で比較しても意味は無いんですけども」

死神A「……あー、まーそうですよね」

山田「週刊連載って凄い。いやほんと、長期間で定期的に続けるってそれだけで賞賛されるべきだと思います。もちろん自画自賛も含んでます」

死神A「最後で台無しだぁ!?」

山田「完結は正義! これだけ長い間やってちゃんと完結させたんだから、多少は勝ち誇っても許されます」

死神A「許されますかねぇ……?」

山田「ちなみに、作者的な天晶花の裏コンセプトは「早くて多くてちゃんと終わる」でした。早いの部分守れてないですが」

山田「質で勝てない以上は、他で勝負するしか無いの精神ですね」

死神A「わぁ、世知辛いなぁ」

山田「ダメ作者故に致し方無しです。良い子の皆は、間違ってもこの作品を参考にして小説書かないように! いやこれ真面目な話ね」

死神A「スピード最優先で、色々とルール無視な書き方とかもしてましたしね」

山田「こらこら、最後だってのに重たい話題でシメちゃダメですよ」

死神A「始めたの山田様ですよね!?」

山田「こんな常時あっぷあっぷな作品がやってこられたのは、間違いなく皆様の応援があったからです」

山田「応援無くても好きに書けば良い、書くのは自由。とか良く聞く意見ですけど――モチベも無しにずっと物書くって結構辛いんです」

山田「飽きっぽい作者が七年もの間書き続けられた事に、改めてお礼を言わせて頂きます。本当にありがとうございました」

山田「――そして次にお前は「いきなり真面目モードにならないでくださいよ山田様!」と言う」

死神A「いきなり真面目モードに――はっ!?」

山田「さて、ノルマも達成しましたから。後はもう自由に終わらせてOKですね」

死神A「凄い嫌な予感がするんですが、どうやって収拾つけるつもりなんですか?」

山田「原点回帰と言う事で――初回に倣ってシンプルに殴る」

死神A「それやったの私にじゃなくて主人公にでしたよね!?」

山田「つまり貴女にやるのは何気に初めてと言う事です。やったね」

死神A「何が!? あ、ちょ、ま、その棒はフルスイングするためにあるワケでは――」

山田「ほーれ、最終回お疲れ様でしたー!」

死神A「お疲れ様でしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」





 じ・えんど



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