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この作品は「秒速5センチメートル」の二次創作SSです。

本文とあとがきに映画、または小説版「秒速5センチメートル」のネタバレを含みます。
少なくともどちらかを観賞されてから読まれることをお勧めします。
あとコミックス版も読んでおくとちょっとわかりやすい……かも。
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　あまりの天気のよさに、子供と一緒に散歩に出た。遮るものの少ない空は、普段見ているものとは別物だった。高い建物が少ないのもあるけど、気のせいか、この空はちょっとだけ高くて色が濃いような。都会の灰色の下ではせわしなく見える雲の流れも、ここではどこかのんびりとしているように見えた。
「わあ、すごい！」
　角を曲がると、繋いだ手が歓声をあげた。そこには通りに面して、大きな桜が一本立っていた。その見事な枝ぶりを見て、このあたりではこんなに早く咲くんだな、と思った。はや散り際のその樹は、道路をピンクに染めている。
「ねえ、まるで雪みたいだね」
　桜の下を通りながら娘が言った言葉に、ふと懐かしさを覚えた。あれはもう遠い昔、ちょうど今のように薄紅の降る中だった。そうだ、確か桜の花びらは――
「秒速5センチなんだって」
「え？」
「桜の花びらの落ちるスピード」
　自らの言葉で思い出した。あのときもこんな会話をした。とても大事な、あの人と。
　それが切欠だったのか、脳裏にあの頃が蘇ってきた。読んだ本の話をしたこと。桜の咲く中、一緒に帰ったこと。雪の降る中、気持ちを確かめあったこと。そして思い出した。日々を繰り返す中で、あれほどまでに強固で、決して揺らぐことがないと思った気持ちが、薄れていってしまったこと。目の前の日常に追われるうち、どんなに離れても決して消えることはないと思った繋がりが、やがてぷつりと途絶えてしまったこと。
　桜の絨毯を越えると踏切に差し掛かった。線路の向こうを見ると、男女が連れ立って歩いてくる。
　やがて踏切の中央ですれ違う。
　瞬間、先ほど感じた郷愁が再びやってきた。今度はもっと、胸を突くくらい強く。
　線路の向こうとこちら側、互いに足を止める。

――いま振り返れば、きっとあの人も振り返ると、強く感じた。

「お母さん？」
　突然立ち止まった私に、手を繋いだ娘が声をかけた。
「どうしたの？」
　突然立ち止まった彼に、寄り添った女性が声をかけた。
　彼の隣にいる、私ではない人。すれ違ったときに見えたのは、髪の短い、活発そうな顔だった。
　彼との繋がりを確かに信じられた、あの頃の気持ち。もしそれをずっと持てていたら、また違う人生があったのではないか。そこでの彼と私は、すれ違うのではなく、同じ方向へ歩いて行けたかもしれない。でも後悔はなかった。時を経てあいまいになった部分や風化してしまった感情はあっても、彼の存在は確かに私の中にあって、これまでと今を形作っている。そしてそれは彼にとっても同じであると、彼の中にもかけがえのない思い出として私の存在があると、そう思えた。
「ううん、なんでもない」
　そう言って私は歩き出す。
「なんでもないよ」
　そう言って彼は歩き出す。お互い、違う途へ。でも――
　私は大丈夫だから。貴樹くんも、大丈夫だよね。もう、お互い振り返らなくても、大丈夫だよね。

<了>

読んでいただきありがとうございます_(._.)_
こちらには三度目の投稿となります。
今回は新海誠監督の「秒速5センチメートル」、その数年後を描いた妄想アフターストーリーでございます。
鹿児島の方まで旅行に来た明里親子が、偶然貴樹たちと出会った……なんて設定で書いております。

さて今回元ネタにさせていただきました「秒速5センチメートル」ですが、私は数年前に映画のDVDと小説で、この作品に触れました。
するとどうでしょう。映画版の映像美・小説のアッサリしつつも濃やかな描写は私の心を打ち、そしてなによりその非ご都合主義、予定不調和なストーリーは私の横っ面を強烈に叩いていきました。見終わった直後はいろんな意味で呆然としてなにもできなかったのを今でも覚えています。新海監督……容赦ない！

もっとも、ご都合主義の安易なハッピーエンドだと「ああいい話だった」で終わってすぐ忘れてしまう、逆に言うとあの展開だったからこそ話にリアリティが出て、数年経った今も印象に残っているのでは、と考えもします。ただ、それでもなお、私の中にはこの物語に救いを求める気持ちがありました。この場合の救いというのは、「秒速」全編を通して感情移入してきた存在である、貴樹が幸福になる姿とイコールです。
貴樹の幸福という点では、小説版の最後で貴樹が明里との思い出を消化(昇華？)して、前を向いて歩き始める描写がされています。これは確かに明るい未来を感じさせるものですが、エンターテイメントの観客としてはもっと直接的に、貴樹が幸せになったところが見たい―――身も蓋もない言い方をすれば、貴樹にも誰かお相手が欲しいよね！という気持ちがあったわけです。

ええと、その。何言ってんだよお前と思われるかもしれませんが、でも男ってのは往々にしてこういう「救い」を求めるものなんです。物語を通して感情移入してきた主人公はときに観客である男性自身にも重ねられて、主人公＝自分自身にもお相手が欲しい！女の子に好きって言ってもらいたい！という感情をもつことがあるのです。少なくとも自分はそう。ジブリアニメ版の「海がきこえる」のラストシーンで、原作にない里伽子の台詞を追加した人の気持ちもすごくわかります。

話が逸れかけましたが、自分は「秒速5センチメートル」という作品にハッキリした形での貴樹の幸福、という救いを求める気持ちを、かなわないと思いながらも数年来持ち続けていたわけです。
と、そこに満を持して現れたのが清家雪子さんが描かれたコミックス版「秒速～」です。
これには新海監督の原作に沿った話のほか、清家さんオリジナル（と思われる）エピソードが追加されていて、それは直接的な描写は含まないものの、十分に貴樹への救いを予感させるものでした。これをもって、自分の中の「秒速～」がすっと落ち着いたというか、甘い痛みをさせてた棘が抜けたというか。漫画を読みながらうんうん、やっぱりこういうのいいよねー！と思い、気付いたら三時間もかけて本SSを書いていました。
そんな妄想全開の拙い文章ではありますが、お楽しみいただけたなら幸いです。


それでは、今回も気になるところを以下に箇条書きで。

・「彼の隣にいる、私ではない人。すれ違ったときに見えたのは、髪の短い、活発そうな顔だった。」
貴樹の相手が花苗であると特定できるこの一文は、入れるかどうか迷いました。
前後の文を見ると、入れない方が文章としてはキレイ。
けどコミックスのあの流れを見ちゃうとなー。
……なんて悶々とした結果、入れることにしました。
だって花苗も好きなんだもの！貴樹とくっついて欲しかったんだもの！

・"男の恋は名前をつけて保存、女の恋は上書き保存"なんて話を聞きました。
「秒速～」本編でも貴樹だけが明里との関係を引きずってて、明里の方は割と早めに切り替えて前に向かって進んでいったように見えましたが、自分は明里の側も、貴樹と捉え方は違えど心に引っかかってたんじゃないかなーと思ってまして。本SSもその妄想の元に書いております。

・こんかい、にほんごがあやしいところ
1.「繋いだ手が歓声をあげた」って擬人法としてあり？なし？
2.「娘が言った言葉」って『馬から落馬する』？
悩んだけど結局そのままに……。
他にもここ日本語変だよ、という箇所があればご指摘ください。

以上、本文よりも長いあとがきになりましたが、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。



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