<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[27061] 【本編 第六十六話投稿】インフィニット・ストラトスcross BLADE 
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2012/03/06 23:51
新たに書き直した一話が書きあがったので再投稿いたします、これからもご指摘・ご感想を頂ければ幸いです

このSSは衛宮士郎がIS世界にTS転生する話です、独自解釈、一部キャラの性格改変、百合、一部多重クロス等もあります、そういったものが苦手の方はご注意ください。


4/8 第一話投稿
5/19 その他板に移転しました、これからもご指摘・ご感想を頂ければ幸いです。
10/15 何とか復活完了。一瞬記事が消えた時は焦りました。火輪蛇さんご指摘ありがとうございました。
2012/3/6 少々スランプに陥っておりまして、この作品の続きを書くモチベーションがなかなか上がらなくなってしまいました。そう言うわけですので、読者の皆様には大変申し訳ございませんが、しばらくの間更新を停止したいと思います。



[27061] 第一話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/06/18 23:41
 <第一話>

 懐かしい夢を見た。偽善と知り、滅びの道と知り、それでもなお綺麗なものがあると信じ、正義の味方として突き進んだ。
 その果てにあった、当然の帰結。魔術の師でもある最愛の女性との別れ、熱狂と怨嗟の声に満ちた処刑場、振り下ろされる断罪の刃。途切れ、奈落へと落ち往く意識、二度と目覚めぬ眠りであった、筈だった。
 夢の内容は自身の死に際、死んだのであれば次などない、終わるから死なのだ。夢でしかありえぬ筈の事象は、かつて自分が歩んだ道だ。なのにそれを夢として見れる、その異常さ、どうやら自分はつくづく出鱈目なことに縁があるらしい。
 そんな事を思いつつ、―彼―ではなく、―彼女、衛宮志保―は布団から出る。赤い髪を伸ばした少女―少女というには不釣り合いな落ち着いた雰囲気がある―は着替えを済ませ、朝食の準備を手伝うために台所に向かった。

 台所では母親が朝食の準備をし、父親が新聞を読みながら食卓に着く、ありふれた、だがかつては経験したことのない普通の家庭、それを見ながら、自身が二度目の人生を生きていることを実感する。
 この二度目の人生をどう生きるか、それはまだ定まっていない。かつてのように正義の味方として生きる、それも考えた。だが、両親は前世―衛宮士郎―のことなど知らぬし、今の自分は結果的にとはいえ、この体を奪って生きているようなものだ。だから、早死にする生き方はしたくない。先のことはまたいずれ決めるとしよう。そう考えていると、テレビではあるものを映していた。
 
 まるで、漫画やアニメに出てきそうな機械を身に纏った女性が、華麗に空を舞う。現実味ののない光景は、れっきとした現実だ。
 
 IS<インフィニット・ストラトス>、もとは宇宙開発用に作られたそれは、ある事件で一躍脚光を浴び、今では世界各国の軍事の中枢を担う兵器だ。また、女性にしか扱えず、女尊男卑という考えを広めたきっかけでもある。

 この時はまだ、自分がISにかかわるとは欠片も思っていなかった。



 数ヵ月後、私はドイツにいた。第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の観戦ツアーを両親がテレビの懸賞で当てたからだ。
 各国の最新鋭機体によるど派手なバトルはかなりの見ごたえだった。それだけで済めばいうことなしだったんだが、あいにくと私は出鱈目なことと同じくらい、厄介事にも好かれる性質らしい。
 
 目の前で現在進行形の誘拐現場に遭遇し、つい口癖が出た。

「なんでさ……」

気持ちを切り替えた私は、魔術で視力を強化して、誘拐犯の追跡を開始した。


=================


織斑一夏は膝を抱え、恐怖に震えていた。最愛の姉、織斑千冬が第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』に出場するため一緒にドイツに来ていたのだが、大会開催中に正体不明の連中に拉致され、どこか見知らぬ廃工場に監禁されているのだ。
これからどうなるのだろうか、千冬姉は心配しているんじゃないか、ひょっとしてもう千冬姉には二度と会えないんじゃないか、そんな思考が頭の中を駆け巡っていた。


――そんな時だった、廃工場のひび割れた窓ガラスを突き破り、ナイフが数本床に突き刺さった。


当然、誘拐犯たちは警戒したものの、さすがにナイフがいきなり、小規模とはいえ爆発を起こすとは予想がつくはずもなく、爆発の光と舞い上がる粉塵で視界が塞がれる。
その様子は一夏にも見えていた、すると、粉塵の中から怒号と何かが倒れる音が聞こえてきた。
視界が晴れた後に見えてきたのは、つい先ほどまで一夏に恐怖を与えていた誘拐犯たち、そいつらがかすかなうめき声を上げながら倒れ伏す姿、そして――


――赤い髪をたなびかせ、両手に白と黒の双剣を持った、少女の姿だった――


事態の展開に思考が付いて行かなくなる一夏、目の前の少女が何者なのか、そんな当然の疑問すら浮かばず、茫然としていた。

「大丈夫か、君。待っていろ、今、戒めを解く」

その言葉通りに、近づいてきた少女が手に持った剣で一夏の戒めを切る。
戒めを解かれ自由になった一夏は、立ち上がりながらいまだまとまらぬ思考の中、とりあえず感謝の言葉を発した。

「ありがとう………助かったよ」
「ふむ、怪我はないようだな。せかすようで悪いが早くここを離れよう」

少女の言葉で、一夏はいまだ安心できる状況ではないことに気付く。そうだ、誘拐犯たちの仲間がまだいるかもしれない、一刻も早く安全な場所に行かないとまずい。

「うん、わかった、早くここから―――――」


「――――そううまくいくと思ってんのか? 糞餓鬼ども」


一夏と少女の目論見は、第三者の声であっけなく打ち砕かれた。
声の方向にいたのは一人の女性、ただし、ただの女性ではなかった。
背部から八本の装甲脚をはやした、機械の鎧、それは間違いなく世界最強の兵器


―――――ISだった―――――


もはや一夏の精神は限界だった、ISなんか出てきたらもうお終いだ、ここで俺は死ぬんだと、生き残ることさえあきらめていた。


――そんな一夏をかばうように、少女が一夏の前に、まるであのISから守るように立ち塞がった――


あまりにも理解できない行動、これじゃまるで少女がISと戦うみたいじゃないか。
そんなの無茶だ!! そう言おうとした一夏に対し少女は振り向き――


「安心しろ少年、君は必ず私が守る」


――笑顔でそう言ったのだ。


本来ならそんな言葉、妄言の類だ、いったいどこの誰がそんな言葉を信じるだろう。
けど、一夏には、少女のその言葉を妄言とは思えなかった。
理屈も何もかもなく、まるでアニメとかに出てくる正義の味方のような頼もしさを一夏は感じていた。


――だから、そんな彼女を応援するために――


「がんばれよ!! 正義の味方が悪者になんか負けるな!!」


――なんて言ったのだ――


その言葉をどう感じたのか、少女は苦笑して――


「フッ、そこまで期待されてしまっては無様はさらせないな。全力を持って応えるとしよう」


そんなことを言いつつ、改めてISと向き合った。


=================


「世迷言は終わりか、餓鬼ども」

志保の目の前には、殺気を纏いまるでこちらを射殺さんとばかりに睨みつける女、ISを纏ったその姿は正に、形状も相まって悪鬼羅刹をほうふつとさせる。

「辞世の句など詠んだ覚えはないのだがね」
「なめてんのかテメエ、織斑一夏はともかくテメエはどうでもいい、さっきから世迷言いってくれた礼だ…………あの世に行って来いや!!」

憤怒の言葉とともに、女はISの装甲脚のうちの一本をこちらに振り下ろす、轟音とともに振り下ろされる大質量のそれは、今の志保どころか、大の男すら直撃すれば血肉をあたり一帯にまき散らすだろう。
もちろん、志保にはそんな代物、直撃させてやる義理など寸毫もない。
両手に持った双剣で、直に防御するのではなく、攻撃が当たる瞬間に刃をひねり力をいなす。
ベクトルをそらされた一撃は、志保ではなく足元の地面にあたり、小さなクレーターを作るにとどまった。

「ハッ!! やるじゃねえか餓鬼ィ!!」

今の回避を偶然ととらえたのか、女は嘲るような笑みを浮かべながら地面にたたきつけた装甲脚を振り上げる、再び迫る死の一撃、しかし、それもまた双剣によっていなされ空振りに終わる。

「糞ったれ!! 往生際が悪いんだよ餓鬼ィ!!」

二度も不発に終わったことに業を煮やしたのか女は、装甲脚をもう一本攻撃に加える。
八本すべてを攻撃に使わないのは、ISに乗りながら生身の少女に全力を揮うことをよしとしなかったからか、いずれにせよ、攻撃の手が二本に増えたところで志保には意味はなかった。
二対の旋風、人一人など木っ端みじんにしかねないそれ、事実、地面にたたきつけられるそれは小さいながらもクレーターを作り、床に散らばる廃材をまるで飴細工のようにひしゃげさせる。
しかし、それを志保はいなし続ける、すぐ目の前に絶死の鋼の旋風が通り過ぎても眉ひとつ変えず、冷淡に、冷静に、まるで単純な流れ作業をやっていると言わんばかりに攻撃をいなし続ける。
さすがに傷一つ負ってないというわけにはいかず、頬や腕などには切り傷がいくつもできているが、さほどダメージを追ってないのは最初と変わらぬ体捌きを見れば一目瞭然だった。

「全く、こんなガキに本気で行くことになるとはよおっ!!」

さすがに、ここまでくれば女も出し惜しみをしている余裕はなかった。
一夏と志保は知らないが、この女、オータムの目的は一夏の誘拐そのものではない、本来の目的は一夏の姉、織斑千冬をおびき出すことだ。

――第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦を棄権させて――

そう、今回の事件の黒幕はドイツの一部の軍高官、ISによって日本に軍事的イニシアチブを取られ続けることを危惧した一部の軍高官が暴走、非合法な手段でもってして日本代表たる織斑千冬の優勝を阻止する。
それがオータムの所属する組織<亡国機業>への依頼だった、つまり、ここに織斑千冬が来ることは最初から想定済みなのだ、当初の予定では適当に金で雇った使い捨ての人員で織斑一夏を誘拐、後は依頼主のほうからころ合いを見計らい織斑千冬に監禁場所を伝える、あくまでオータムはアクシデントが起きた時の保険、なにもする必要などないはずだったのだ。
ところが、どこのだれかも知らぬ少女が現れ、織斑一夏を助け出すなどという超弩級のアクシデントが発生、すぐさまその少女を始末して当初の予定通りに事を運ぼうとしたものの、結果はご覧のとおり、いまだに始末するどころか戦闘などというありえない事態まで起こっているのだ。
強気の言葉を発し、強気の表情でいてもオータムは内心かなり焦っていた。

内心の焦りを隠しオータムは自身の駆るIS<アラクネ>の装甲脚、八本すべてを志保に叩きつける。
さすがにこの数すべては捌けまい、そう判断しての一撃、否、八撃、いくら目の前のガキの技量が並外れていようとそもそも数の差は、二本の腕に対し、四倍の八本、オータムの脳内にはすでに串刺しにされ無残な屍をさらす志保の姿があった。

しかし、その想像、いや、夢想は装甲脚から伝わる衝撃によって霧散した。

「なっ、馬鹿な!!」

驚きの声を上げるオータム、見れば八本の刀剣が、ライフル弾もかくやと言う速度を持って<アラクネ>の装甲脚の攻撃を妨害したのだ。しかもその刀剣はIS用の武装というわけでもない、古めかしい装飾を施した、むしろ、美術館に展示されているほうがお似合いな代物だ。
そんなものがISの攻撃を防いだ、まるでたちの悪い幻覚を見たかのようにオータムの思考はストップする。

「どうしたんだ? まるで狸にでも化かされたような顔だが」

今度はそんなオータムをあざ笑うかのように、志保は厭味ったらしくそう言った。
見下すべき子供にそのようなことを言われ、なおかついまだ戦いを演じている自分への不甲斐無さも混じり、これまでになく怒りをあらわにするオータム。


「ふざけてんじゃねえぞおおぉぉっっっ!! この糞餓鬼があぁっ!!」


怒号とともに、ついに重火器まで発射し始めたオータム、もはや対人ではなく、対戦車、対IS用の威力のそれは、正に鉄の嵐、触れるものすべて瓦礫に変えんとする死の風だった。
機関砲が廃工場の壁に弾痕を穿ち、グレネードが紅蓮の炎を巻き上げる、そんな中では、誰だって生き残れない、その筈だ、その筈なのだ!!


そんな中を志保は走る、走る、走る!!
少しでも足を緩めれば、志保の体などまたたきの間に弾丸に砕かれ、紅蓮の炎に焼かれ消し炭すら残らないだろう。
それでも志保はその猛攻を、自身の異能によって作り上げる刀剣を盾として駆使し、猛攻のわずかな隙を見切り、たぐいまれなる目を持ってオータムの視線からすら射線を読み取って、自身のありとあらゆる技能を以って回避し続けていた。

本来、人一人など即座に絶命してしかるべき攻撃の中を生き伸び続ける志保、余人には到底なしえぬそれは、なにも知らぬ一夏やオータムにとってしてみれば、変な言い方だが奇跡と言っていいほどで、しかし、衛宮士郎の経験・知識・技能を持つ志保にしてみれば、この程度、為し得て当然のことだった。


「こっ、のおおぉぉっっ!! いい加減に死ねえぇッ!!」


その奇跡、オータムにとってしてみれば悪夢のその光景、もはや焦りを隠すことすらできなくなっていた。
当然、そこまで余裕がなくなれば、攻撃も精細を欠く、志保を殺すことしか頭になかったオータムはつい、一か所に過剰な攻撃をしてしまい、舞い上がる爆炎で自身の視界をふさいでしまう。


――その一瞬のすきを見逃す衛宮志保ではなかった――


爆炎にまぎれる形で志保は、自身の背後から刀剣を射出、目標はオータム――ではなくその真上、廃工場の天井だった。
いくらオータムが、激昂しながらも建物の崩落による自滅、などという馬鹿を仕出かさないようにしていたとしても、これだけの攻撃で建物にはかなりのダメージが蓄積されていた。
志保はそこをつき、射出した剣弾で天井の一部を崩落させたのだ。
圧倒的な質量を持つそれは、志保の剣弾で限界を超え、重力に引かれまっさかさまに落下した。
この戦闘で起こったどんな音よりも激しい轟音を響かせ、瓦礫はオータムを押しつぶさんとする。
ISのシールドエネルギーを大幅に消耗しながらも、何とか上半身を出したオータムは自分の体を舐める濃厚な、もはや、物理的な衝撃すら持ちえそうな死の気配を感じ取った



「―――――I am thebone of mysword.<わが骨子は捻じれ狂う>」


――志保は、厳かな雰囲気で、言霊を紡ぐ。

――それは、奇跡の具現、神話の再現、衛宮志保の裡に内包された異能を発現させる鍵。


詠唱とともに、志保の手には黒塗りの弓と、見るものすべてに強烈な印象を与える捻じれた剣が顕現していた。


それを見たオータムは本能で、それの危険を感じ取っていた。
体の裡から、細胞一つ一つが警鐘を鳴らし、ニゲロニゲロニゲロ、と脳内がその一言で埋め尽くされた。
オータムはとっさに、装甲脚をすべてパージ、パージしたそれをすべて自爆させると同時に、瞬時加速<イグニションブースト>を行う、爆風の圧力すらも利用し目の前の死から逃れようとした。


――そして、オータムが回避機動をとると同時に、志保が最後の言霊を紡ぐ。


「―――――偽・螺旋剣<カラドボルグ>」


――その名は、ケルト神話に記された『堅き稲妻』の意を持つ剣、志保の持つ弓から放たれたそれは、名に恥じぬ轟音を纏い、大気を捻じり、切り裂きながら突き進む。

そして一瞬前までオータムをからめとっていた瓦礫を粉砕し、オータムのわずかに横を通り過ぎ、廃工場の壁に大穴をあけながら遥か彼方へと消え去っていった。
オータムは直撃こそは避けたものの、余波で体中がズタボロになり、ISのほうも機能停止寸前にまで追い込まれた、もはやこれ以上この場にとどまってはマズイ、そう判断して先ほどの一撃の余波にまぎれる形で逃走した。


「やつは殺す、いつか殺す、必ず殺す…………」


――復讐を誓う、呪詛をのこしながら――


=================


「…………逃げられたか」

少女の呟きで、一夏はあのISをまとった女性が逃げたのだと理解した。
しかし、ついさっきまで繰り広げられていた光景に、これは夢じゃないのか、そんなことまで思ってしまう。
思はず頬をつねり、痛みを感じ取るとようやくこれが現実だと理解した。

「さて、これだけ暴れたのだ、いつここが崩落してもおかしくない、さっさと外に出よう」
「あ、ああ……」

そういう少女に対し、生返事しかできない一夏、外に出てみれば空はもう夕焼けだった。

「さすがにもう、誘拐犯の仲間はいないみたいだな。そろそろ私も立ち去るとしよう」
「えっ、もう行っちゃうのか?」

一仕事を終えたのだから、あとは帰るだけ、そんな感じで少女はそう言った。
一夏はせめてちゃんとお礼をしたかったのだが、これほどのことをした少女が公の場に姿をさらしたくないのだと気づく。
だからせめて、感謝の言葉くらいちゃんと伝えようと思った。

「あの……、今日はほんとにありがとう、おかげで助かった、えっと―――」

そこで一夏はようやく、目の前の少女の名前すら知らないことに気づく。

「残念だが、名前も秘密にさせてもらおう、感謝の気持ちだけでもありがたくもらっておくことにしよう」
「そっか、わかったよ」
「ああ、そうしてくれ、今日のことは、通りすがりの正義の味方にでも助けられたと思っておけばいいさ」

冗談めかして言う彼女の言葉に、つい笑いがこみあげてきそうになる。

「その様子じゃあ、もう大丈夫そうだな」

その言葉で、別れの時が来たのを察した。踵を返し立ち去ろうとする少女の背中に、一夏はこんなことを言うべきではないと知りつつも、つい言ってしまった。


「あのさ…………、またいつか、会えるかな」


――夕焼けの中、振り返った彼女の笑顔はとてもきれいで、一夏はつい目を奪われた。


「そうだな、縁があったらまた会おう、――――じゃあな、少年」


――そういって、少女は夕焼けが沈むなか、颯爽と立ち去って行った。


立ち去る彼女を見ながら一夏は、彼女にいつかまた会える日が来ることを願っていた。

そして、空の彼方を見てみれば、最愛の姉がISを纏いこちらに飛んでくる姿が見えた。
それを見て、ようやく一夏は、今日が無事に終わったのだと実感したのだった。



[27061] 第二話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/04/11 00:42
 <第二話>


――勝者、白っ!!


日本武道館で行われている剣道の全国大会、中学三年男子の部の予選で一人の少年が勝ちを収めた。一礼し、試合場から出た少年は、おもむろに防具を外した。
防具を外した少年は。スポーツドリンクを飲みながら、タオルで試合で流した汗をぬぐう、その少年は、数年前、ドイツで志保に助けられた織斑一夏だった。

――あの事件の後、一夏はドイツ政府から事情聴取を受けたものの、あの場で何があったかは黙して語らず、ドイツ側も、調査の過程で犯行に軍高官の一部がかかわっていたことが判明したため、被害者である一夏にあまり強気な追及はできなかったため、被害者の少年は事件のショックで一時的な記憶喪失ということで、決着をつけたのだった。

一夏のほうは、誘拐されたからといって生活環境に変化があったわけでもなかった。
唯一、変わったところといえば、自分を助けてくれた少女に憧れ、これまで以上に剣の鍛錬に力を入れたぐらいだ。しかし、そのかいもあってこうして剣道の全国大会に出場できるまでになっていた。

予選を数回突破し、次の試合が始まるまで休憩していた一夏は、ふと視界に入った女の子の後姿が気になった。

長い黒髪をポニーテールにまとめ、白いリボンを結んだあの姿は――

「…………もしかして、箒か?」

その姿に心当たりがあった俺は、その子に声をかけたのだった。

「ごめん君、ちょっといいかな?」

――自分から言ってなんだけど、これじゃナンパだな――

自身の語彙の貧弱さに、少しばかり辟易しつつ振り向いた女の子の顔を確認する、その子はやはり――


=================


「ごめん君、ちょっといいかな?」

その声を聞いた時、篠ノ之箒は――

――よもや、こんな場所でナンパをする阿呆がいるとはな――

せめて場所を選べ、そう注意しようと振り向き

「こんな場所で………………えっ!?」

振り向いた箒の目に飛び込んできたのは、片思いの人物、たとえ最後にあったのは小学生だったとしても、決して見間違えようはずもない。

「………い、一夏なのか?」

震えた声でそう言うのが精いっぱいだった、思わぬところで再会した思い人を前にして心臓はうるさいぐらいにドキドキしっぱなしで、今の自分を鏡で見れば盛大に顔を真っ赤にしているだろう。

そんな自分の心情など意にも介さず、一夏はかつてと変わらぬ感じで笑顔を浮かべ

「おっ、やっぱ箒か~ひさしぶりだな」

なんて言う、もうちょっと何か気のきいたことを言ってほしいと思うが、同時に思い人の笑顔に見とれてしまう。

「いや、まさかこんな所で箒にあうとは思わなかった、ここにいるってことは箒も大会に出場しているのか?」
「あっ、ああ個人戦でな」
「そっか箒の腕前だったら優勝も夢じゃないかもな、時間の都合がつけば箒の試合応援しに行くよ」
「ほ、本当か!?」
「こんなことで嘘をつくわけないだろ」

いまだ頭の中はぐちゃぐちゃで、まともに言葉を発せなかったが、一夏の一言を聞いて混乱が解けた。
片想いの相手が自分を応援してくれる、降ってわいた幸運に心は晴れやかな気持ちになり、これまでにないくらい力がみなぎってくる。そうだ、一夏が応援してくれるのだ、ならば、優勝ぐらいできなくてどうする!!

「ありがとう!! 一夏が応援してくれるのならば百人力だ、私も一夏の試合を応援しに行くから負けるなよ!!」
「こっちも箒の応援があるなら百人力だ、二人一緒に優勝目指そうぜ!!」
「ああ、勿論だ」

この会話だけで大会に出てよかったと、心の底から思う箒だった。
そして箒は、順当に勝ち進み決勝戦にまでたどり着く、礼をかわし、竹刀を相手に構える箒の視界の端には、約束通り、一夏の姿があった。全国大会の決勝戦ともなれば周囲の喧騒は凄まじいのだが、それでも、一夏の応援はしっかりと箒の耳に飛び込んできた。

――頑張れよ箒、お前なら勝てる!!――

その言葉は、ありふれた、陳腐な言葉だが箒にとっては、無敵の力を与えてくれる魔法の言葉だった。
その力をすべて込め、箒は眼前の相手に竹刀を打ちこむ、そしてしばらくの後――

――勝者、赤!!

審判の宣言で勝者が告げられた。


================


――全ての試合が終わり、表彰式が執り行われる。


勿論、表彰台の天辺には一夏と箒の姿があった、二人とも個人戦で一位を収め、部活の仲間たちからは惜しみない称賛が贈られた。
そして二人はこっそりと抜けだし、会場の裏手に来ていた。あたりに人影はなく、ここにいるのは一夏と箒だけ

「よかったな箒、優勝なんてすごいじゃないか」
「一夏のおかげだ、一夏だって優勝おめでとう」
「箒が優勝したんだ、俺も優勝ぐらいしないと格好付かないからな」

お互い優勝を祝福していると、おもむろに一夏が携帯電話を取り出す。

「そうだ箒、今日の記念に一緒に写真を撮ろうぜ」
「いっ、一緒にか」

いきなりの発言に、箒は戸惑いを隠せない。

「だって俺たち数年ぶりに再会して、しかも二人とも優勝したんだぜ。何か記念に残しとかないともったいないじゃないか」

そう言って密着してくる一夏、箒はいきなりのことに顔が真っ赤になる、吐息が当たりそうなぐらいに思い人の顔がある、恋する乙女としては当然の反応だろう。

「じゃあ撮るぜ箒」
「……あっ、ああ」

そして携帯のフラッシュが輝き、ディスプレイには二人の写真が表示された、それを一夏は箒の携帯にも転送する、自分の携帯に映し出される写真に、箒はつい顔がゆるみそうになる。
そこに一夏の携帯に着信が入る、一夏は携帯の表示を見ながら「やっべ、先生が呼んでる」と呟いていた。

「悪い箒、部活の先生が呼んでるみたいだ、そろそろ俺は行くよ」
「そうか、それならば仕方無いな…………」

やってきた別れに名残惜しさを感じる箒、今の箒の環境では今度はいつ会えるかわからない、そのことに深く沈鬱な気持ちになる。
その箒の表情を見てとった一夏は、こちらを元気づけるつもりなのか笑顔を浮かべた

「そう落ち込むなって、俺もまた箒としばらく会えないと思うと寂しいけどさ、今日みたいにいつかまた会えるさ」

そうだ、一夏の言うとおりだ、今日だってまさか一夏と会えるとは思っていなかったんだから、いつかまた会える日も来るだろう。

「じゃあな箒、またいつか会おうぜ」
「ああ、私もまた一夏に会える日を楽しみにしているぞ」

別れのあいさつを済ませると、一夏は部活の先生の元へ行くのだろう、あわてて走り去って行った。
それを見送った箒は、手元にある携帯、それに写る写真をまた見た、さっきとちがって今は箒以外誰もいない、そのせいで顔がにやけるのを隠そうとしない。
今にも踊りだしそうなくらいうれしそうな表情で、箒はしばらくの間写真を見つめていた。

それは、部活の仲間が箒を探しに来るまで続き、当然写真も見られ、箒は帰り道で部活の仲間から盛大にからかわれていた。


=================


――翌年、IS操縦者を育てる学校、通称IS学園の一年一組の教室で、盛大に突っ伏している一人の男子生徒、本来女性にしか扱えぬはずのIS、当然、その操縦者を育てるIS学園は女子高である、たった一人しかいない男子生徒に、周囲の女生徒の視線が誇張なくすべて集中していた。

その男子生徒、織斑一夏がここにいるのは、出来てしまったからだ、本来女性にしか操縦できぬはずのISをだ、当然そんな人物が普通の高校になど入学できるはずもなく、このIS学園に入学させられてしまったのだ。
そんな一夏に声をかける、一人の女生徒

「確かに再会を約束したが、まさかこんな所で再会するとは思わなかったぞ」
「そりゃ俺も同感だ……」
「………で、何故、ISなど操縦できたんだ」
「俺もわかんねえ……実はさ、高校受験の会場間違えてIS学園の受験会場に行っちまって、気付いたらISに乗って試験官と戦って勝っちまって、そんでめでたくIS学園入学おめでとうってわけだ」

ちなみに試験官との戦いの顛末はというと、あまりにも無防備に突っ込んできた試験官の顔面に、つい反射的に一夏がブレードの一撃を決めてしまい、その場外ホームランにでもなりそうな一撃で試験官のISの絶対防御が発動したのである。

それを聞いた箒はあきれ顔で

「馬鹿かお前は………、去年の私のときめきを返せ……」
「ん? 悪い最後のほう聞こえなかった、なんて言ったんだ?」
「別に、何も言ってない」

急にそっぽを向き拗ねてしまった箒と、それをなだめる一夏、はたから見ればまるっきり拗ねた恋人をなだめる彼氏にしか見えない、そんな一夏に声をかける人物がいた。

「ちょっと、よろしくて」

声をかけたのは、綺麗な金髪を縦ロールにした、いかにも名家のお嬢様といった雰囲気を持つ女生徒だった、その女生徒に見覚えのない一夏は、当然女生徒に素性を尋ねた。

「え~と、君は?」

しかし、女生徒の中では、自分の名前など知っていてしかるべきという認識があったのか、声を荒げ。

「まあっ!! このセシリア・オルコットを知らないですって、イギリスの代表候補生、かつ入試主席であるこの私を!!」

無論一夏とて代表候補生という制度くらいは知っているが――

「いや、そんなことを言われてもな、国家代表ならいざ知らず、代表候補生の名前まで覚えてろっていうのは、かなり無茶だと思うんだが?」
「な………、なんですって!!」

一夏の返しに一瞬絶句した女生徒、セシリアはものすごい剣幕を見せるものの――

「じゃあ聞くけど、セシリアさんは世界各国の代表候補生の顔と名前記憶しているのか?」
「はい?……………………」

一夏にその意思はなくとも放ってしまった、特大級のクロスカウンターに沈黙せざるを得なかった。
当然そんなもの、いくらセシリアでも記憶しているはずもなく、次第にその顔が赤く染まっていき。


「………………………おっ」
「お?」
「覚えていなさい、この屈辱は必ず晴らしますわ~~~~~」


陳腐な捨て台詞をのこし、金の縦ロールをなびかせながら教室から走り去って行った。


「なんだったんだ、あれ…………」
「私に聞くな…………」


後に残された一夏と箒は、ただただ茫然としているだけだった。







[27061] 第三話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/04/24 16:50

<第三話>


「納得いきませんわ!!!!」


教室にセシリア・オルコットの怒声が響き渡った。原因は数分前にさかのぼる。


「では、クラス代表を決めたいと思う、自薦・他薦は問わん、誰か候補はいるか?」


教壇に立つスーツ姿の麗人、織斑一夏の姉にして世界最強のIS操縦者、織斑千冬の凛とした声が教室に響く。
それに対し、幾人かの生徒が「織斑一夏君がいいと思いま~す!!」と、非常に気楽なノリで答える。
仮にも、一年間クラスの代表となる人物を、そんな物珍しさだけで決めてしまえば当然、反感を抱くものが出てくる。
ただISに乗れるだけ、その一点のみで自分より上に立たれしまう。
イギリス代表候補生セシリア・オルコットにしてみれば、自他共に認める高い能力、素質だけでなく努力もあって得たそれを、そんな下らぬことでけなされたように感じたのだ。
そして、数時間前に織斑一夏に赤っ恥をかかされ(セシリアはそう認識している、ほとんど自業自得だが)、その時の怒りも合わさり、セシリアの堪忍袋の緒は、脳内で盛大に音を立てちぎれ飛んだ。
その結果が先ほどの怒声である。そしてその怒りは勿論、一夏へと向けられた。


「実力から言っても、この私こそがクラス代表にふさわしいのは自明の理、それを珍しさだけで選ぶなど不謹慎極まりないですわ!!」


この発言には一夏も内心、大いに同意していた。一夏も詳しくは把握しているわけではないが、クラス代表は各種の試合において文字通りクラスの代表となるのだ、ほとんど素人の自分がなったところで自分、引いてはクラスメイト全員に恥をかかせるだけに終わるだろうと、だからこそ、イギリス代表候補生たるセシリアがクラス代表になるのは、一夏にとっても自然な流れだった。


ここで終わればそれでお終いだったのだが、悲しいことにセシリアという少女は結構歯止めが利かない性格なので、ついつい余計なことまで言ってしまったのだ。


「だいたいこの国に来たのもISの技術を学ぶためであって、断じて!! そこの猿と一緒に見世物になるためではありませんわ!! ただでさえ文化として後進的なこの国で暮らすこと自体、私にとっては苦痛だというの――――」


勿論、セシリアは本気で日本という国を見下しているわけではない、単なる勢いだ。
だがそれでも、槍玉に挙げられている一夏にとってはいい気分ではなく――


「イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」


つい口からこぼれた一夏の反論は、事態を致命的に悪化させた。


「――――なっ!? あっ、あっ、あなたねえ! 私の祖国を侮辱しますの!?」


怒髪天を突く、そんな表現がぴったりなほど、怒りをあらわにするセシリア。一夏のほうもセシリアのこれまでの言動や、まだ一日しか経ってないとはいえ周囲の女子から、まるで見世物のように見られていたせいで少々虫の居所が悪かった。


「侮辱って、じゃああんたの言動は侮辱じゃないってのか。ちょっとぐらい自分の言動見直したらどうだ」
「そこまで言われてはもう、我慢がなりませんわ。こうなれば――――」
「こうなれば、どうするんだ?」
「決闘ですわ!!」
「いいぜ、四の五の言うよりそっちのほうが、後腐れなく片がつきそうだ」


たがいにヒートアップする両者、そこに教壇から割り込む声があった。


「話はついたようだな、では、織斑とオルコットで試合を行い、勝者をクラス代表に任命する、異論はないな」
「異論などありませんわ!!」
「こっちも異論なしだ!!」


こうして、織斑一夏とセシリアオルコットの試合が決定した。しかし、世界最強の兵器であるISを使うとはいえ、その実態は子供の喧嘩と何ら変わりはしなかった。 


=================


――放課後、日も沈み始めたころ。


IS学園の敷地内にある学生寮の一室で、一人の男子が少女を押し倒していた。
少女の恰好は全裸であり、シャワーを浴びた直後のせいで顔はわずかに赤く染まり、綺麗な黒髪はしっとりとした艶を持っていた、胸元にはたわわに実った二つの果実が激しい自己主張をし、シャンプーの香りなのだろうか仄かな柑橘系の香りもしている。


その男女の名前は当然、織斑一夏と篠ノ之箒だ。二人の様子は、傍から見ればこれから情事に及ぶとしか思えなかった。


こんな状況になった理由は、少し前に一夏の部屋が決まったが原因だ。
部屋が決まる → 一夏はここが女子高なので割り当てられたのは一人部屋と予想 → ノックもせずに部屋に入る → シャワーから上がったばかりの全裸の箒とエンカウント → 羞恥からとっさに木刀を揮おうとした箒を一夏が止めようとした → そのままもみ合った結果今に至る


いっそ見事といえるようなラブコメっぷりだった、一夏の親友である五反田弾がこれを見れば、血涙を流しながらいい笑顔で「MO ☆ GE ☆ RO!!」ということ必至だろう。


じっと見つめ合い停止している両者、たがいに顔はリンゴのように真っ赤だ。
そんな中で、先ほど木刀を揮おうとしたとは思えないぐらいに、箒は消え入りそうな声を出した。


「……そろそろ、どいてくれないか一夏」
「……あっ、ああ」


だがいにぎくしゃくとした動きで、体勢を立て直す二人。
起き上がっても顔を直視するのが恥ずかしいのか、テーブルをはさんで背中合わせに座っている。


「その、……ごめん箒。まさか同居人がいるとは思ってなくてさ」
「い、いや、こっちこそ不用心な姿で出てしまったからな、おまけに木刀まで持ち出して暴れるなんて……私のほうこそすまなかった」


一言二言交わしただけで沈黙する二人、お互い親しい異性とあんなにも密着したのだ(ただし、箒のほうは片思いの相手だが、一夏のほうは仲の良い幼馴染でとどまっている)、おまけに二人とも思春期の真っ只中、いろいろと想像してしまい、ますます顔を真っ赤にしていた。


「――――あの、箒」
「――――あの、一夏」


意を決して口を開いても、タイミングが被ったせいでまたもや沈黙する二人。


「い、一夏のほうから言ってくれ」
「あ、ああ、悪いな箒。………その、男子が同居人でいろいろやりにくいと思うけど、これからもよろしく頼む」
「こ、こちらこそ、よろしく頼む一夏」
「ありがとう箒、後………ひとつ頼みごとがあるんだけど、いいか?」
「頼みごと? 私にできる範囲ならば構わないぞ」


一夏の突然の発言、だが箒にとっては一夏に頼られるのはまんざらでもないようだった。しかし――


「おおっ、ほんとか箒」
「ああ、ほかならぬ一夏の頼みだからな」
「実はさ、俺にISのことを教えてほしいんだ」
「――――えっ!?」


一夏の頼みごとの内容を聞いて、硬直する箒、いくらISの開発者である篠ノ之束の妹である箒とはいえ、ISそのものに関しては、ほかの一般生徒と変わらぬ知識しか持っておらず、操縦経験に関してもいまだ箒は一年生、僅かばかりしかない。


「どうしたんだ、いきなりそんなことを言って」
「今日のHRで、俺とセシリアの試合が決まっただろ。だけど俺、ISに乗ったのって一回しかないんだよ、だから誰かに教えてもらわないと話にならないからな」
「――――そうか、だが」


落ち込んだ様子で、一夏に向き直った箒は、うつむきながら自身の不甲斐無さに歯噛みしていた。


「だけど、私には姉さん並みの知識があるわけでもないし、IS適性だってCだ、一夏の力になれないと思う」


そんな箒に対し、一夏も箒に向き直り


「そんなことないさ、箒が協力してくれるんなら百人力だよ。ISの知識とか適性なんて関係ない、――――だから協力してくれるか箒」


一夏のその言葉、箒のISの知識や経験ではなく、箒自身の力が必要だと、そういわれた箒はうれしさで、さっきの暗い雰囲気などまたたく間に消失していた、好きな相手からこれほどまでに求められる、それだけで歓喜が箒の体中を満たしていた。


「そこまで言われては仕方ないな、微力ながら力を貸そう」
「本当か!!」
「ああ、二言はない」
「ありがとな、箒 これで希望が見えてきたぜ!!」
「全く、調子のいいやつだな一夏は」


心強い助っ人を得られたことで喜びのあまりつい、箒の両手を握りしめた一夏、箒のほうも一瞬面くらったもののまんざらではないようで、口では一夏をたしなめつつもその顔には笑みが浮かんでいた。


ここでひとつ、重要なことがある。


一夏の恰好は普通の制服姿だが、箒のほうは先ほどの一件のせいでバスタオル一枚というありさまだ。
つまり、どういうことかというと――


一夏が箒の手を握った拍子に、止め方が甘かったのかずれ落ちるバスタオル、身を隠すものがすべて取り払われ、文字通り一糸まとわぬ姿となる箒。
再び顔を真っ赤にしてフリーズする両者、先に再起動を果たしたのは箒だった。


「見るな!! 一夏の馬鹿っ!!」
「ちょ、まっ!?」


直後、部屋に平手打ちの音が綺麗に響き渡った。


=================


――同時刻、学生寮の屋上に佇む一人の生徒の姿があった。

赤い髪が夜風に舞い、その鋭い眼差しは空の彼方を見据えていた。
その生徒の名前は衛宮志保、数年前にドイツで一夏を救い、今はこうしてIS学園に在籍している。
目的は、今後ドイツのようにISと対峙する可能性がある今、ISに対抗するための手段を構築するため、それだけの筈だったのだが――、予想外の事態が起こった。


それはもちろん世界初の男性のIS操縦者、織斑一夏の登場だ。


今は一介の学生にしか過ぎない彼女だが、かつて幾多の戦場を駆け抜けた経験が、ひとつの予感を導いていた。


「――――世界が、動くな」


彼女の第六感は、世界初の男性のIS操縦者、織斑一夏の登場をきっかけに何かでかいものが動くと、そう確信していた。


「どう動くべきかな、静観か、それとも――――」


志保のその呟きは、夜の闇に溶けて行った。


=================


――同時刻、どことも知れぬ研究室


暗闇の中、多種多様なディスプレイだけが光を放つ、そんな中に一人の女性がいた。
かわいらしい衣服を身に纏い、頭にはなぜかウサギの耳を模したカチューシャがついていた。
機嫌良く鼻歌を歌いながらも、その両手は高速で動き大量のデータを処理していた。
だが、その動きもあるデータを見て動きを止める。それは今年度のIS学園の入学生のリストだ。
今年はIS学園に織斑一夏が入学するせいで、様々な組織が動くと予想していた彼女はいろいろと警戒していたのだが、そんな中、予想外の人物をリストの中に見つけたのだ。


彼女の存在を知ったのは数年前、一夏を誘拐した犯人を独自に調査していた時に知ったのだ。
ISを生身で撃破した規格外の存在である彼女を――


そう、魔術、彼女はその存在を知っている。
かつて幼い頃に出会い、自分の世界を広げてくれたあの老人、その人に連れられたこことは異なる世界。
そこで目にした異能、――魔術――
世界に満ちる力、魔力を使い、様々な現象を引き起こす技術
そして彼女は、その魔術に見覚えがあった。


あの世界で出会った中で、一番理解不能だった人物。
正義の味方、そんなものを目指し続けた一人の男、かつて幼いころに一回出会っただけだが、それでも強烈な印象を残した彼、もしこの少女が、彼と同一人物ならば、これからどういう風に動くのか非常に興味があった。
だからこそ接触せずにいたのだが、あのあと何ら行動を起こさず、少々落胆したものだが――――


「う~む、まさかいっくんと同じくIS学園に入学するとはね、面白いことになりそうだね!!」


笑顔を浮かべながらそんなことを言う彼女、しかしその直後笑顔を消し、真剣な表情でモニターを見据える。


「さてと、これから世界は大きく動く、そんな中であなたはどう動くのかな。衛宮志保、いや、衛宮士郎<正義の味方>」



――歴史を刻む歯車はこのとき、音もなくそのギアを上げたのだった――



[27061] 第四話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/05/04 16:42
<第四話>


入学初日の夜、少々のハプニングはあったものの、一夏と箒は寮の自室でセシリアとの試合の対策を話し合っていた。


「しかし一夏、対策といってもどこから手をつけようか」
「そうだよなあ、俺の場合、何一つとして決めるためのとっかかりがないからなあ」
「そもそも、ISの本格的な試合は目にしたことがあるのか? 知識のみと実際に目にすることの差は大きいぞ」
「ISの試合か……千冬姉はとにかく俺をISから遠ざけようとしてたみたいだからな、ほとんど見たことがねえ」
「ほとんど? ならば一回ぐらいは見たことがあるのか」


その箒の問いに、一夏は盛大に顔をしかめ


「いや…………、あれはあれで参考にならないな。もうなんつーか、斜め上どころか異次元突入してんじゃねーの、ってぐらい無茶苦茶だからな、あれは」


一夏の脳裏に浮かぶのは、数年前のドイツの事件。
あのときは助けられたことへの感謝と、繰り広げた戦いのカッコよさしか頭になかったが、時がたつにつれてあれがどれほど出鱈目なのかを理解していった。
もし仮に、ここIS学園で「生身でISを撃破するにはどうすればいいですか?」と聞こうものなら、全員口をそろえて「何言ってんの、ひょっとして新手のジョーク?」と、変なものを見る目で言われること間違いなしだろう。


「一体お前はどんな体験をしたんだ…………」
「言っても多分信じられないだろうから言わない」
「そう言われると余計気になるんだが………」
「じゃあ正直に言おう」


そう言って居住まいを正す一夏につられ、箒も緊張した面持ちで続きを待った。


「幼いころの織斑一夏は、正体不明の謎の組織の誘拐されたが、通りすがりの正義の味方の少女に助けられた、安堵する一夏だったがそこに謎の組織がISを出してくる。……恐怖におののく一夏、だがしかし、正義の味方が不思議な力を使い、生身でISを撃破したのだ!!」


真面目な表情で、まるで特撮番組のナレーションのようなノリで話す一夏。
その顔面に、容赦のない箒の右ストレートが突き刺さった。


「ぷげらっ!?」
「真面目に話さんかっ!! この馬鹿ものっ!!」


一応、一夏は嘘を言っていない。ただ、真実があまりにも嘘臭すぎるだけだった。
顔を抑えながら、痛みで悶える一夏を見ながら、箒は脱線した話の流れを切り替える。


「馬鹿な話はここまでにして、そもそも一夏、試合当日はどんなISに乗るんだ?」
「それに関しては千冬姉が、俺の専用機を用意しているって言ってたな」
「ほう…どんな機体なんだ?」
「あ~悪い、聞きそびれた、明日にでも千冬姉に聞いてくる」
「そうか、ならこの話の続きは明日だな」


――翌日


昼休み、校舎の屋上で二人は昼食をとりながら、昨日の話の続きをしていた。
ちなみに昼食は、一夏が朝早く起きて作ったお弁当だ。試合に関して箒が助力してくれることへの礼だそうだ、何かと家を空けがちな千冬に変わり、長年家事をこなしてきた一夏手製の弁当は、見た目からして食欲を誘う珠玉の出来だった。
彩りと栄養のバランスもしっかりしている思い人のお手製弁当を見ながら、箒は複雑な心境だった、確かに一夏が弁当を作ってくれたのはうれしいが、…………普通逆じゃないだろうか。
自分がお手製の弁当を作り、それを一夏に食べてもらい「おいしいよ、箒」とか言ってもらう、幾度か想像したシチュエーションは、ほかならぬ一夏の手によって砕かれた。
箸がなかなか進まない箒を心配したのか、一夏が声をかける。


「どうしたんだ箒、食欲がないのか?」
「い、いや、そんなことはない、どのおかずもおいしそうだからな。どれから箸を付けようか迷っていたんだ」
「そっか、今回のはどのおかずも自信作だからな、どんどん食べてくれ」
「うむ、いただこう」


そうして箒はまず、卵焼きから口に含んだ。しっかりと出汁が利いた卵焼きはおいしかった、出汁とは違う塩味がするのはきっと箒の気のせいだろう、卵焼きを噛み締める箒の目元に光るものがあったかは定かではない。


――涙が出そうなぐらいにおいしかった弁当を食べ終えた箒は、昨日の懸案事項の結果を一夏に尋ねた。


「――それで、一夏の専用機の詳細は分かったのか?」


箒の問いに、一夏は頭を抱えながら、至極真面目な雰囲気で至極阿呆な答えを言った。


「なあ箒、――――初心者いじめって許されざる行為だよな」
「はぁ? いきなり何を言ってるんだ一夏」
「たとえばロボットゲームでチュートリアルもなしにいきなりステージが始まったり、最初のステージにもかかわらずかなり強いボスキャラが配置されてたり――――」
「だから何を言って――――」


いきなりわけのわからぬ、いや、一部の者には多いに賛同することを言いだした一夏に、箒は怪訝な目を向けるが、続く一夏の言葉に箒も頭を抱えそうになった。


「俺の機体、武装が接近戦用ブレード一本だってよ、おまけに武装は追加できないという、涙が出るほどありがたい仕様だ」
「…………それは、新手のいじめか?」
「だよなあ、誰だってそう思うよなあ」


そう言いつつ一夏はため息をつく、箒もまさかここまでぶっ飛んだ機体だとは思ってもみなかった。
素人の考えでも、ここはバランスのとれたオールマイティな機体をあてがうのが常道だろうと思う。
機体の詳細が分かれば、それなりに方針は立てられると思ったのだが、余計にどうすればいいか分からなくなってしまった。


「どうすりゃいいかな」
「私が言いたいぞそれは、そんな機体では突っ込んで斬れ、としか言いようがない」
「だよなあ、それしか打つ手がない」
「一応、部活の先輩とかにも、その点を踏まえて話を聞いてみよう」
「ありがとな、箒」
「フフッ、助力するといった手前、これぐらいしないとカッコがつかないだろう」


そう言って微笑む箒に、一夏は少しだけ、試合に勝てる望みを見出した。


――放課後


「瞬時加速<イグニションブースト>?」
「ああそうだ、それしか手がないな」


その日の夜、夕食を食べ終えた二人は、学生寮の裏手の林にいた。
そこで一夏は、箒から耳慣れない単語を聞いた。
箒の説明によれば、瞬時加速とはISのPIC<パッシブイナーシャルキャンセラー>を使用した加速方法で、PICによって慣性を打ち消し、文字通り一瞬でトップスピードに持っていくマニューバだ。


「――つまり、セシリアの攻撃を何とかしのいで、隙を見て瞬時加速を使って懐に潜り込み、一気に斬り伏せろってわけか」
「ああ、しかし訓練機が全部出払っていて、試合前の実機訓練は不可能でな、……一応、瞬時加速に関してのデータは資料室から持ってきたから、イメージトレーニングくらいはできるぞ」


そう言って資料を一夏に手渡す箒、ISの操縦がパイロットのイメージによるところが大きい以上、実機訓練が行えない今、それが最善の手だろう。


「じゃあ、できるのはそのぐらいか」
「いや、もう一つあるぞ」
「へ!?」


間抜けな声を漏らす一夏を、その声を聞きながら箒は脇に置いてあった竹刀袋から、竹刀を二本取り出した。
箒はそのうちの一本を一夏に投げ渡す、一夏はそれを危なげなくキャッチした。


「後出来ることと言ったら、剣を振って少しでも感を研ぎ澄ませることだ。相手は私が勤めよう、不服か?」
「いや、全然、異論はないぜ」
「そうか、なら……あれから、腕は鈍っていないか見てやろう」
「それはこっちのセリフだぜ、箒!!」


お互い不敵な笑みを浮かべつつ、同時に竹刀を構える二人。
それからしばらくの間、夜の林には剣劇の音が鳴り響いていた。


=================


それから数日が過ぎ、試合当日、一夏はアリーナのピットにいた。
後もう少しで試合の開始時間だというのに、一夏はいまだISを身に纏っていなかった。
それもそのはず、ようやく今になって届いたからだ、一夏の専用機が、そしていま、待ちに待った一夏の専用機が搬入口から、その姿を現した。


――それは<白>だった――


白い鎧、そうとしか形容できない機体だった。シンプルな作りのフレームに、背部に浮かぶ一対の非固定部位、一夏はそれを見据えながら確信する。


――これは俺の剣、俺の為だけの剣だ――


「これが、俺の機体ですか、山田先生」
「そうです、これが織斑君の専用IS<白式>です」
「織斑、ボケっとしていないで、さっさと装着しろ。時間がないからフォーマットとフィッティングは実戦でやれ、出来なければ負けるだけだ、わかったな」


千冬にせかされながら一夏は、まるで主を待ちわびるかのように解放されている<白式>の装甲の中に、自分の体を潜り込ませる。
<白式>は主の存在を確認し、即座に一夏の体と機体各所を接続する。一夏はまるで、もとから自身の体であるかのような一体感を感じていた。
手や足だけでなく、本来人間の体には備わっていない筈のスラスター・各種センサーですら、自分の為だけにあつらえたかのように感じられる。
視界に直接投影されるモニターの各種ステータスは、すべて正常を示し、同時に一夏に最適な機体となるために、高速でデータの処理を行っている。それが完了した時こそ、<白式>は新に一夏の専用機となる。


そして、<白式>のレーダーが一つの反応を捕らえる。


<ブルー・ティアーズ>、セシリア・オルコットの駆る第三世代型IS、これから一夏が刃を交える相手だ。
知らず一夏はこぶしを握り、<白式>の腕が鋼の擦れる音を立てた。
その音を聞きながら、一夏はこの一週間のことを思い返していた。
箒は約束通りに自分のできる範囲で、最大限助力してくれた。しかし、これから戦う相手は代表候補生に選ばれるほどの実力者、自分の勝つ確率は限りなく低いだろう。
だからと言って臆してなんかいられない、勝つにしろ負けるにしろ、箒の思いを無駄にするような無様な戦いだけはしない、そのぐらいの意地は俺にだってある。


「じゃあ、行ってくるぜ箒」


一夏は振り返り、後ろにいた箒と向き合いそう言った。
ISのハイパーセンサーのおかげで、今の一夏の視界は三百六十度全方位にあるが、それでも一夏はしっかりと箒を見つめた、無茶な頼み事にも、誠心誠意を持って応えてくれた、大切な幼馴染を――
そして箒は、そんな一夏に勝てでもなく、負けるなでもなく、ただ一言――


「――――がんばれ、一夏」


笑顔を浮かべて、そう言った。
それは一夏にとって、最も心強い加勢に他ならなかった。


そして一夏は、<白式>を浮かばせ音もなくアリーナへと向かう、その胸の裡に溢れんばかりの闘志を滾らせて――


=================


そして、アリーナに足を踏み入れた俺は、視線の先にいる一機のISを認識した。


「あら、逃げずに来ましたのね」


腰に手を当て、天空に優雅にたたずむセシリア、その容姿と雰囲気はまるで一枚の名画のように、非常に様になっていた。
そのセシリアが纏っているISは、青を主体としたカラーリングに、騎士をイメージさせる四枚のフィン・アーマーを背中に装着した、イギリスの第三世代型IS<ブルー・ティアーズ>だ。
その手にはすでに主兵装である六七口径特殊レーザーライフル<スターライトmkⅢ>が握られているが、セシリアの余裕の表れなのか銃口は下げられたままだ。


「最後のチャンスをあげますわ」


銃口を下げたまま、セシリアは俺を指さしながら言った。しかし、その態度からろくでもないことを言いだすのは明白だった。


「チャンスって?」
「私が一方的に勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿をさらしたくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」


予想通りのろくでもない言葉、しかしセシリアの様子からして、本気で慈悲のつもりで言っているのだろう。
だからそんな言葉に、俺は馬鹿丁寧に返すつもりは毛頭なかった。


「一週間前にも同じこと言ったけどな、……少しは自分の言動見直したらどうだ、そんなのはチャンスとは言わねえんだよ馬鹿!!」


その俺の啖呵に、セシリアはその白磁のように綺麗な肌を、瞬く間に赤色に染めた。
同時に勢いよく跳ねあげられながらも、ぴったりと俺に狙いをつける<スターライトmkⅢ>の銃口、独特の甲高い音を立てながら、その内部に光が収束していく。


「フフフッ、円舞曲<ワルツ>を躍らせる程度で許して差し上げようと思いましたが、――――あなたに必要なのはどうやら、鎮魂歌<レクイエム>のようですわね!!」


怒声とともに、銃口の中で荒れ狂う光が解き放たれ、一筋の閃光となってアリーナを突き進む、その到達点はもちろん俺だ。
ISのセンサーがけたたましく警告を鳴らし、俺は機体をひねり何とか直撃こそは避けた、レーザーが通り過ぎた後の装甲には、焼き抉ったような跡が残り、視界に写るディスプレイには今の一撃で減少したシールドエネルギーの数値が表示される。


(とりあえず動く!! 止まってちゃただの的だ)


俺はそう考え<白式>を急速上昇させる。最初の考え通りに今は、とにかく逃げ回る、それしかない。
その間にも閃光は<白式>を貫かんと幾度も放たれる、そのたびに高熱で大気は歪み、<白式>のシールドエネルギーを少しずつ削っていく。
――円舞曲<ワルツ>を躍らせる――その言葉通りに、セシリアの絶え間なき苛烈な射撃によって、俺は無様なワルツを踊らされていた。
せめて盾の代わりぐらいにはなるだろう、俺はそう思い<白式>唯一の武装、接近戦用のブレードを展開し握りしめる。


「射撃専用のこの機体に、ブレード一本で挑むつもりとは、よほどあなたは無謀な行いが好きなのですわね。………………その愚行の付け、身を持って思い知りなさい!!」


しかし、それはセシリアのさらなる怒りを買い、射撃の苛烈さはさらに増し、もともと激しかった弾幕は、まるで流星雨の様相を呈していた。
そんな中をとにかく俺は逃げ回る、ただでさえ一か八かの作戦だが、今はさらにフィッティングが終わるまで耐え抜くというのが追加された、機体が万全でないのに突撃を仕掛けても返り討ちにあうのは目に見えてる。本当にこの試合、初心者いじめにもほどがある。


――二七分後


「よくもここまで持ちこたえますわね、あなたのそのしぶとさだけは称賛に値しますわ」


少々の呆れを声に含ませながらセシリアは言った、<白式>のダメージは小破程度だが、これまでの一方的な展開は誰の目にもどちらが優勢か瞭然としていた。
試合開始から今までセシリアには隙はなく、徹底的に自分の距離を維持し、レーザーライフルによる射撃を続けていた。
派手な見た目、言動からは想像つかないその戦い方は堅実そのものだった。


「このままでは埒が明きませんわね、少々癪ですがこれを使って、一気にけりをつけさせていただきますわ」


直後、<ブルー・ティアーズ>の背部のフィン・アーマーが外れ、自律飛行を行う。
その先端には砲口が覗き、明らかに攻撃用のパーツであることが見て取れる。それを見て俺は冷や汗を流した。


(もしかして…………ロボットアニメでおなじみのやつ?)


「お行きなさい、<ブルー・ティアーズ>!!」


いやな予想はえてして当たるもので、セシリアの指示のもと四つの猟犬は主人の敵を打ち砕こうと、鋭角的な機動で俺に向かってきた。
そのまま<白式>の上下左右に回り込む四つの猟犬、そして放たれる閃光。


「くっ……!」


その一撃で右肩の装甲と、左足の先端の装甲が打ち砕かれる。
その衝撃で俺は体勢を崩すが、無理やりスラスターを全開にし続く攻撃を何とかよける。
これまでとは違い全方位からの流星雨に<白式>は、見る見る間にシールドエネルギーを削られる。
セシリアに踊らされる円舞曲はさらにリズムを早め、一夏の裡の負けの二文字が色濃くなってきた。


そんなとき、<白式>がディスプレイにある言葉を表示した。


――フィッティング完了、一次移行<ファーストシフト>開始します――


その一文とともに、<白式>は光に包まれた。
光が消えた後には、先ほどの傷だらけの姿ではなく、傷一つなく、洗練されたデザインラインへと変化した<白式>の姿があった。
何が起こったのか、一夏も、そして、セシリアも明確に理解していた。


「一次移行<ファーストシフト>ですって、……じゃあなたは、今まで初期設定だけの機体で戦っていたというの!?」


その事実に茫然とした言葉を漏らすセシリア、しかし、そこは流石というべきかすぐに平静を取り戻した。


「ですが、今更劣勢は覆りません。お行きなさい<ブルー・ティアーズ>!!」


そして、再び迫る四つの猟犬、だがそれを見て俺は一つの疑問を抱く。


(もしかして、こいつらは……だったら!!)


そしてその疑問の答えを示すように、放たれた四つのレーザーは先ほどとは違い<白式>に当たることなく虚空を貫いた。


「なっ…いえ、単なるまぐれですわ」


しかしそのセシリアの言葉を否定するように、俺は<ブルー・ティアーズ>の弾幕を避け続けた。
やっぱりそうだ、セシリアの攻撃は、まさにお手本通りといっていいものだ、だからこそ必ず死角から攻撃してくる。
だったら、攻撃を誘導できるということだ、そして撃たれる前に回避行動をとれば何とかよけられる。
ここにきてようやく俺は、僅かばかりの勝ち目を見出した。


――しかし


「その程度で、私に勝ったつもりですか」


その言葉とともに、左右からレーザーとは違う衝撃が俺を襲う。


「ぐはぁっ!?」


たまらず苦悶の声を漏らす俺をあざ笑うかのように、セシリアの声が響く。


「どうやら<ブルー・ティアーズ>の動きを多少は見切ったようですが、それなら動きを変えてやれば済むこと、甘いと言わざるをえませんわね」


そして、俺は先ほどの一撃のからくりを理解した、確かにレーザー自体は回避できた、しかし、セシリアは<ブルー・ティアーズ>の半分を、遠隔射撃端末ではなく、質量弾としてそのままぶつけてきたのだ。
その証拠に、先ほど左右から襲いかかってきた二機の先端は少しひしゃげていた。
先ほど見出した勝ちの目は、はかなく消え去り、俺は再び劣勢に立たされた。
二機が射撃、もう二機が突撃を行う四つの猟犬から逃げるように俺は急速上昇をかける。
しかしそこに、セシリアのさらなる追撃がかかった。
セシリアの腰アーマーから何かが射出され、まるで白い蛇のような軌跡を描きながら<白式>に追いすがる。


「そして、<ブルー・ティアーズ>は四機ではなく六機ですわ!!」


そしてそれは、遠隔攻撃端末ではなく、ミサイル型だった。ミサイル型のそれは<白式>に接近すると近接信管を作動させて、俺を巻き込むように大輪の花火を、二発裂かせた。


「くそっ!?」


爆風にあぶられ俺は体勢を崩し、その隙を見逃さないセシリアは<スターライトmkⅢ>の砲口を俺に向けた。


「この無様な円舞曲、そろそろ幕引きといたしましょう」


<スターライトmkⅢ>の砲口に光がともる、今までよりひときわ強く輝き、最大出力で俺を仕留めようとするのが分かった。
最早回避は間に合わないと悟った俺は、一か八かの賭けに出た。
ブレードをひときわ強く握りしめ、刃を砲口にまっすぐ向ける。砲口に灯る満月を、半月にするかのように――


刹那、砲口から閃光がほとばしる、真上に打ち上げられたそれは、まるで天空に堕ちる流れ星のようだ。


しかし、その閃光は俺が翳したブレードによって、真っ二つに斬り分けられた。


「そ、そんなバカなこと!?」


(今だっ、ここしかない!!)


驚愕に染まるセシリアの顔、それを見た俺は、ここが賭け時と判断した。
残る力を振り絞り、俺は瞬時加速の理論を、イメージを脳内に浮かべて強く念じた。


「おおおおおおぉっっっ!!」


そのまセシリアに、俺は裂帛の気合と瞬時加速のスピードをを乗せて斬りかかった。


=================


大地に激突する<白>と<青>、その衝撃は凄まじく、大きく砂塵を巻き上げた。
砂塵に包まれたアリーナは、状況を確認できず、観客たちは固唾をのんで見守っていた。


そして、砂塵が晴れた後には、セシリアの首筋にブレードの切っ先を突き付ける一夏の姿があった。


「――――俺の勝ちだ、セシリア」
「――――ええ、私の負けですわ」


その言葉に、アリーナは歓声に包まれた。代表候補生を、素人が打ち破った、その奇跡の逆転劇を目の当たりにしては、この歓声も当然だろう。


そして、その主役たる一夏は、目の前に倒れているセシリアに手を差し伸べた。


「大丈夫か、セシリア」


先ほどまで激闘を繰り広げ、その前にはあれだけ口論を繰り広げたにしては、いささか優しげな態度にセシリアは疑問を感じた。


「ずいぶんと、お優しいですのね。先ほどまであんなに激闘を繰り広げていたのに」
「ああ、だって、こんなものは子供の喧嘩みたいなものだろ、だから――――」


そう言って一夏は、少々照れくさそうに笑みを浮かべ――


「喧嘩の後は仲直りしないとな、虫のいい言葉かもしれないけど、これから仲良くやって行こうぜ」


これほどの戦いを、子供の喧嘩の一言で済ませてしまう一夏に、セシリアはなんだかもうばからしくなってしまい、つい笑いがこぼれてしまった。


「フフッ、そうですわね。――――では、これからは仲良くしましょうね、一夏さん」
「ああ、これからよろしくな、セシリア」


そう言って、二人は笑顔で握手を交わす、機械越しではあったが、それはとても温かな握手だった。


=================


それを、アリーナから遠く離れた、校舎の屋上から見つめている人物がいた。
勿論その人物の名前は、衛宮志保だ。志保は一夏との接触からいろいろと詮索されるのを嫌い、こうしてわざわざ視力強化の魔術を使い、一夏の試合を観戦していた。


「しかし、レーザーをブレードで切り裂くとは無茶をする」


試合の感想を呟く志保、その言葉は何ら変哲もないものだが、続く言葉は異常だった。


「なあ、そうは思わないか?」


今この屋上には志保一人しかいない筈なのに、まるで他の誰かがいるみたいに志保は言う。
事実、この場にはもう一人いたらしい、志保の問いかけに答える声があった。


「およよ~気付かれてたんだ。ならばお呼びに答えましょう!!」


その言葉とともに、光学迷彩だろうか、景色の一部がゆがみ始め、そこから一人の人物が姿を現した。




「愛と正義の魔法少女!! カレイドルビー ☆ まじかる ☆ タバネここに推参!!」




現れたのは…………おそらくは二十歳代の美人の女性、そこはいい、問題はその格好だ。
まるでアニメの魔法少女のような格好、具体的に言えば管理局の白い悪魔の恰好だ。


「………」


「………」


「………」


「………あれ、外した?」


そんな阿呆なことを呟く女性に、志保は頭を抱えて言った。


「もうなんか、いろいろと突っ込みどころ満載で、何から言ったわからないが、とりあえずひとこと言わせてくれ、――――――歳考えたらどうだ、アンタ」


その志保の言葉に、女性は表情は変えず、無言で手に持つえらくメカメカしい外見のステッキを構える。
そして、ステッキの先端に桜色の光が収束する。


「ディバイーン、バスター!!」


もうなんかいろいろなものに喧嘩売りつつ、桜色の閃光が発射される。


「ちょっと、まて~~!!」


志保の虚しい叫びが屋上に、悲しく響き渡った。



<あとがき>
みんな老人としか書いてないのにすっごく反応するなあ、そして今回の話はいろいろとはっちゃけすぎたかな?



[27061] 第五話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/10 22:22
<第五話>

今現在、IS学園にある校舎の屋上は、とてつもないカオス空間と化していた。
そこにいるのは二人の人物、一人は並行世界にTS転生した元男で、今は高校一年生の少女。
もう一人は、世界最強の兵器であるISを開発した若き天才科学者、何故か恰好は魔法少女だが、年齢的に盛大に無茶をしているとしか言いようがない。


――改めて言葉にすると、むちゃくちゃすぎるものである


「それで、一体あんたは誰なんだ?」


こんな事態にやけになったのか、若かりし頃の衛宮士郎のような、ぶっきらぼうな口調で質問する志保。
というか、カレイドルビーとか名乗ってる時点で、あの世界を知っている、もしくは 行ったことのある人物は間違いないのだが、志保はそこを指摘することを一瞬ためらった。
あのいろんな法則をガン無視した、出鱈目の塊である愉快型魔術礼装にしてみれば、今の自分は格好の獲物だろう、「TS士郎……いいものです、ジュルリ……」とか言いながら契約しようとするのはまず間違いない、今の自分は女性とはいえ、そんな羞恥プレイは死んでも御免こうむる。


「フフッ、それは秘密だよ」


そう言いながら光に包まれた彼女は、先ほどの羞恥プレイのような格好から、普通の、といっても頭にウサギの耳を模したカチューシャを付けているあたり、かなりセンスが常人とは乖離しているようだ。
そんな彼女に対し、志保はまず一番重要なことを確かめた。


「あんたの素性はともかくとして、………今の変身って、あのルビーの力によるものか?」
「ううん違うよ~、今の変身はISの量子変換技術によるものだしね、あの子とは仲のいい友人だけどね、契約はしていないよ」


その一言にホッと胸をなでおろす志保、この世界において自分の素性を知っているかもしれない人物を目の前にして、そんな反応をするあたり、よほど、ルビーの引き起こした事件の数々がトラウマになっているようである。
ちなみに、もし本物のカレイドルビーがここにいた場合――――


「魔法少女☆ブレイド☆志保りん」


なるものが爆誕し、IS学園対TS魔法少女の大いなる戦いが幕を開けていただろう。
こうしてIS学園誕生以来最大のピンチは、人知れず発生し、人知れず回避された。ちなみにその場合、志保の固有結界を展開するのに必要な、大量の魔力をカレイドルビーの機能によって並行世界から、ほぼ無尽蔵に供給できるため、割かしまじでIS学園の全ISを倒しかねない。――無茶苦茶ノリノリで、その場合もちろん志保は洗脳済みだ。


――――常の雰囲気などふっ飛ばし、やたらハイテンションなノリで無限の剣弾をぶっ放し、周囲を瓦礫の山に変える魔法少女(元男)
…………本当に下らないがやばい危機である。


「次の質問いいか」
「いいよ~」


そして志保は、最も重要な質問を口にした。


「俺とあんた………、前にあったことがあるのか?」


その質問に彼女は、こう答えた――――


「ううん、あなたとはこれが初対面だよ、衛宮志保。――――だけど、衛宮士郎となら、かつて会っているけどね」
「やっぱりか」
「ありゃ、わかってたんだ」
「あんな恰好をすればいやでも予想はつく、どこで会ったかは、思い出せないけどな」
「じゃあ思い出すのを期待しておこ~っと、それじゃあ私はこの辺でおさらばするねっ」


踵を返し立ち去ろうとする彼女、その背中に志保は声をかける。


「結局、あんたは何のために来たんだ?」
「今日のところは単なる顔見せ、後は、あなたが本当に”衛宮”なのかの確認だね。――――じゃあね、正義の味方サン」


そうして、彼女は嵐のように現れ、嵐のように去って行った。
志保は明確に感じる、これから起こる騒動の予感に頭を抱え――


「これの後始末はどうするんだ…………」


彼女が放った桜色の砲撃の惨状、ひしゃげた鉄柵、抉り取られたコンクリートの床に、さらに頭を抱える。
しかし、このまま放置しておくわけにもいかず、志保はため息をつきながら片付けを開始した。
投影魔術すら使って行う片づけは、熟練の技を感じさせ、それを行う志保の背中には哀愁が漂っていた。


=================


学生寮のとある一室で、一人の少女が作業にいそしんでいた。機械式のキーボードではなく、最新式の空間投影式のキーボードを自在に操り、次々にデータを処理していく。
長方形のレンズの眼鏡の奥の瞳は、どこか虚ろな印象を感じさせる、それも相まって、どこか人を寄せ付けぬ雰囲気を少女は発していた。
少女の名前は更識簪(さらしき・かんざし)、IS学園生徒会長の更識楯無(さらしき・たてなし)の妹だ。

その彼女が、いま取り組んでいるのは自身に与えられた専用IS<打鉄弐式>の組み立て、本来ならば製造元である『倉持技研』が責任を持って、最後までやるべきなのだが、ここ最近の事情の急激な変化によってそうもいかなくなった。
世界初の男性のIS搭乗者、織斑一夏の為の専用機<白式>の製作に人手を回したせいで、<打鉄弐式>に人員が回らなくなってしまった。
普通なら、そこは組み立てを待つだろう、しかし、その選択は簪にとって選べない、選びたくないものだった。


彼女の姉、更識楯無は才気あふれる才女だった。天は二物を与えず、その言葉に真っ向から喧嘩を売るように様々な方面で、その才能を見せつけた。
勉学、武道はもちろんのこと、IS作成までやってのけてしまった。当然、周りは彼女を褒め称えた。

――流石は楯無さんね――

――すごいなあ、憧れちゃいます――

――こんなにできたお姉さんを持って、妹さんは幸せね――

そう、周りは手放しで姉を褒め称えた、そして、光ができれば影ができる。
更識楯無という、燦然と光り輝くものが周りにいれば、その光は身近なものに色濃い影を作り出した。
更識簪の周りには、姉の光によっていつも影ができていた。更識簪という名を覆い隠す、更識楯無の妹という影が――


=================


いつもいつもそうだった、いつも遥か先を行く姉、その背に追い付こうと必死に努力して、這いつくばってもあきらめずに進んでも、かけられる言葉は――

――あなたのお姉さんは、もっとうまくやれていたわよ――

――流石は、更識さんの妹ね――

――こんなにできた妹さんを持って、更識さんも鼻が高いわね――

――あのひとの妹、それだけだった。誰も私を見ない、誰も更識簪を見てくれない。
いつまでたってもあの人の付属品、この先ずっとそう言われるのかと思うと、たまらなく悔しかった。
別に褒め称えてほしいわけじゃない、ただ私を見てくれるだけでよかったのに、そんな時だった、<打鉄弐式>の開発が遅れているという話を聞いたのは、チャンスだ、私はそう思った。
これを私の手で完成させれば、私を認めてくれる人がいるかもしれない。だから私は<打鉄弐式>を引き取り、自分の手で完成させることにした。
無謀なのかもしれない、姉の才能と自分の才能、比較すれば天と地ほどの差がある。
ISを自身の手で組み上げるのは、姉のような天才にしかできないのかもしれない。
だけど、このか細い蜘蛛の糸のようなチャンスを、私は手放したくなかった。


――これを成し遂げて、ようやく私は更識簪になれる…………そう思ったから――


そのためにも、私は立ち止まってはいられない、決意を新たに私は再びモニターと向き合う、高速で流れるデータの羅列に目を通していると、いつの間にやら、外の景色はすでに暗闇に包まれていた。
もうそんなに時間がたったのだろうか……作業を始めたのは三時ぐらいだったのに、机の片隅に置いた時計の針はもうすでに八時を示していた。
晩御飯どうしようか……そう思っていると、頬にいきなり冷たい感触、不意打ち極まりないその感触に私は奇声を発してしまった。


「うひゃうっ!?」


背後に目を向ければ、そこにはルームメイトである衛宮さんの姿、その手には夕食を乗せたトレイと、結露を表面に滲ませたペットボトルの緑茶があった、さっきの感触はあのペットボトルだろう。
そんなことをした志保に対し、私は恨みがましい視線をぶつけた。


「……どうして、あんなことしたの」
「さっきからいくら呼んでも、全く返事をしてくれなかったからな。何をしているかは知らないけど、ご飯ぐらいはちゃんととらないと体を壊すぞ」
「うん、わかった……」


そして衛宮さんは手に持ったトレイを私に差し出してきた、トレイにはほかほかと湯気が立つ雑炊が乗っていた、量のほうもあまり食べるほうでない私にぴったりの量だった。


「学食に残ってたのが、簪さんの好みに合わないやつばっかりだったからな、肉とかあまり好きじゃないだろ?」
「うん、あまり好きじゃない」
「だから、ありあわせのもので雑炊を作ってみたんだ」


わざわざそんなことをしてくれたんだ衛宮さんは、じゃあ、ありがたく頂くことにしよう。
私は衛宮さんからトレイを受け取ると、スプーンを手に取った。


「衛宮さん、その……ありがとう。いただきます」
「どういたしまして、遠慮しないで食べてくれ」


そう言って、にっこりほほ笑む衛宮さん、彼女が作ってくれた雑炊は暖かくてとてもおいしかった。
なぜか、衛宮さんは私が食べている姿を見て終始、ニコニコしていたけど何故なんだろう?
あれかな、自分が作った夕食を食べてくれるからうれしかったのかな、うん、そう考えると衛宮さんってちょっと可愛いかも……って、何考えてるの私!? 
そんなことを考えたせいで顔が赤くなってるのが、鏡を見ていないのにわかってしまう、いや、違うのこれは! これは雑炊を食べて温まったからなの!!
………そんな中でも衛宮さんは、終始ニコニコとしていた。


「……ごちそうさまでした」


しばらくして、私は雑炊を残さず食べ終えた、衛宮さんはありあわせのもので作ったって言ってたけど、そんなことを感じさせないくらいにおいしかった。


「うん、お粗末さまでした。食器のほうは私が片付けておくよ、……評価のほうは、聞かなくてもわかるしな」
「えっ、それってどういうこと?」
「終始笑顔で食べてくれたからな、気に入ってくれてうれしいよ」


そう言って流し台のほうに食器を洗いに行った衛宮さん、その後ろ姿を見ながら、私は完全にフリーズしていた。
えっ!? じゃあ、さっき衛宮さんがニコニコしていたのって、私が笑顔で食べていたから!?
その事実に気づいた私の顔はまた真っ赤になっていくのを感じる、今度は雑炊のせいにできそうもなかった。


その後、私は作業を再開したのだけれど、何故か効率は上がらなかった。
仕方ないから、アニメでも見て気分転換することにした、今回見ることにしたのは『魔法少女マジカル☆ブシドームサシ』だった。
テレビ画面を縦横無尽に飛び回る魔法少女の活躍を見ていると、眠気が襲ってきた。
何とか抗おうとするものの、睡魔は容赦なく襲ってきて…………


チュンチュン……窓から差し込む朝日と、小鳥の囀りで私は目を覚ます。
どうやら、あのまま眠っていたらしい、そしてなぜか私には毛布がかかっていた、毛布をかぶった記憶なんてないんだけどな、誰が……って、衛宮さんしかいないか。


「起きたんだ簪さん、毛布もかぶらずに寝ると風邪をひくぞ」
「うん、ありがとう」


私の過程を肯定するように、衛宮さんから声がかかる、やっぱり毛布をかけてくれたのは衛宮さんだったんだ。
そこで終わってくれたのならよかったんだけど、続く言葉は昨日と同じように私を混乱の渦に叩きこんだ。


「それにしても、アニメを見ながら寝てしまうなんて、可愛らしいところあるんだな簪さんは」


可愛らしいって、えっ、私が!? 衛宮さんが、私のこと可愛いって………
ボンッ!! というほどの擬音がつきそうなくらいに、私の顔は真っ赤になった、衛宮さんはもうちょっと自分の発言を意識したほうがいいと思う。でも………


――――可愛いって言われたのは、ちょっと嬉しかったな。
何故だか今日は、いつもより頑張れるような気がした。



[27061] 第六話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/05/15 19:38
<第六話>

学生寮から校舎に続く道を、志保と簪の二人が並んで歩いていた。
まあ、入学してから一緒に登校するのは変わってないのだが、雰囲気から全然違っていた。
なんと言うかちょっとピンク、それの発信源は簪であり、その原因は朝の一言、それで志保の存在が単なるルームメイトから、少し気になる存在にランクアップしたらしい。
いままで簪への評価は更識楯無の妹、というのが付きまとっていた。そこにかけられた、志保にその意識がなかったとはいえ、簪そのものへの言葉、しかも可愛いとか言われれば、簪の乙女心が起動するのは当然だろう。


「なんだか今日の簪さんは機嫌がいいよな、なにかあったのか?」
「う、うん、ちょっといいことがあった」
「そうか、よかったな」


自分の一言が原因とは、まったく思いいたらない筋金入りの鈍感がそこにいた。
この時志保が男のままであれば、骨身に刻まれた経験によって多少勘づくこともあっただろう。しかし、今の志保は女性であり、男性に恋心を抱くほどではないとはいえ、女性であることはある程度受け入れている。
つまり、どういうことかというと、今の自分が女性から恋心を抱かれるとか、起る筈がないと思っているのである、百合って何それおいしいのという状態だ。
いまの志保は肉体年齢が周りと変わらぬとは言え、中身は幾多の凄まじいほどに濃い経験を味わった大人である。
その雰囲気は周囲の女子とは一線を画し、入学から一週間ほどしかたってないとはいえ、すでにクラスの中では一目置かれる存在となっている。
気付いてないのは志保本人だけだ、前世のころと同じぐらい、いや、よりひどい状況になっている。


「お~、か~んちゃん、おっはよ~」


間延びした、まさにのほほんという言葉が似合いそうな、のんびりとした声が二人に届く。
声の主は、ぶかぶかの袖を揺らしながらのんびりと近づいてくる、声のイメージを裏切らぬ、まさにのほほんとした少女だ。


「おはよう……本音」
「うんうん、今日も~元気そうだね~、か~んちゃん」


いつものように、少し不愛想な簪の態度を見て、元気と判断できる当たり、それなりにこの二人は付き合いが長いのかもしれない。


「簪さん、この人は?」
「この子は、布仏本音、私の実家に代々仕えている家系の生まれで、…………一応、私の専属使用人?」
「ひ~ど~い~、かんちゃんなんではてなマークを付けるの~。ところで~、そっちの子は~?」
「衛宮志保……、私のルームメイト」
「衛宮志保です、よろしく布仏さん」
「本音でいいよ~、その代りわたしも~エミヤンって言うから~」
「エ、エミヤンですか……」
「うんうん、なんかこう~、ビビッときたんだよ~」
「…………いいですよそれで」


本能的に、この手合いに何を言っても無駄だと判断した志保、頭を抱えながらもエミヤンなどというあだ名を受け入れた。
その様子がおかしかったのか、簪の口から笑い声が漏れる。


「クスッ………エミヤンって」
「簪さんまで……」
「あっ!? ご……ごめんなさい」
「いや、いいよ、そのくらい。別にエミヤンって呼んでも構わないぞ」
「エ、エミヤンはちょっと………」
「そうか?」
「う、うん、……だから、あの…………し、志保って呼んでいい?」


上目遣いで頬を赤らめながら頼む簪、志保はそれを見て、ただ単に名前で呼び捨てるのが恥ずかしいとしか思っていなかった。
故に、何の逡巡も見せずに即答する、もちろんOKという形でだ。


「いいぞ、それぐらいなら」
「じゃあ、これからは……し、志保って呼ぶね」
「むふふ~、かんちゃんってば可愛いな~、ルームメイトを名前で呼ぶだけでそんなに照れちゃって~、ウリウリ~」
「ちょ!? 本音、抱きつかないで………」
「だって~、かんちゃんが可愛いんだも~ん」
「フフッ、仲がいいんだな、二人とも」


その仲睦まじい(?)光景を見た志保の手が、ふらふらと簪の頭へと延びる。
まるで子犬をなでるような手つきで、簪の頭をなでる志保。簪は数瞬の間、気持ちよさそうにしていたが、すぐに我に返った。


「って……志保もなんで頭をなでてるの!?」
「いや……なんとなく?」
「うんうんわかるよ~その気持ち~、かんちゃんが可愛いから仕方ないんだよ~」
「可愛いって……そんな」


そうして三人は和気あいあいと校舎へと向かって行った、校舎にたどり着くと本音だけは一組なので廊下で別れた、相変わらずのほほんとした足取りで……彼女は多分一生あの調子なのだろう。
あ…………こけた、と思ったらくるくると回ってバランスをとった、本当にいろいろと変な少女である。
その後、志保と簪は四組の教室へと向かう、その時の簪の表情はいつもより柔らかで微笑ましいものだった。


――――その時までは


=================


――午前の授業が終わって昼休みの時間


屋上で二人一緒に昼食を取った後、そろそろ午後の授業の時間の為、二人は教室に向かっていた。
ちなみに昼食内容は志保お手製の弁当だ、簪にとっては大変満足な食事だったが、昨日と同じように志保が自分の食事シーンを見ながらニコニコしているのが、不満といえば不満だった。
ただ単に、気になる人物から笑顔を向けられて照れていただけとも言うが………
そして、二人が教室に近づいたときに、教室の中からクラスメイトの話し声が聞こえてきた。


「そういえばさあ、うちのクラス代表って更識さんだけど、専用機ってどんなのかしら?」
「聞いた話だと、倉持技研の新型だって」
「え~、でも、今あそこ一組の織斑君の専用機にかかりっきりらしいよ」
「じゃあ、更識さんの機体ってどうなってるの?」
「それがあの子、自分で引き取って独力で完成させるつもりらしいよ、私の父さんが倉持技研に勤めてるから、そこから知ったんだけどね」
「うわっ!! それって無茶じゃないの!?」
「だよねえ、私も最初に聞いた時無茶だと思ったもん」
「同感~、生徒会長じゃあるまいし、言っちゃ悪いけど身の程知らずって奴?」
「あはは、言えてる――――」


その言葉を聞いた簪からは表情というものが消え、まるで能面のような感じだった。
顔は俯き、拳は力の限り握りしめられ、うっすらと血がにじんでいた。
志保がその様子に気づき声をかけようとした時、とどめの一言が発せられた。




「――――会長みたいな天才に、追い付けるわけないじゃない」




――――それがとどめとなった、ガラガラと簪の中で張り詰めていたものが、音を立てて崩れていく。


次の瞬間、簪は踵を返し走り去っていく、目尻に光るものを滲ませながら。
茫然と、志保はその後ろ姿を見つめていた、間が悪いというか、同時に響くチャイムと教師の声。


「そこのあなた、さっさと教室に入りなさい」
「――――すみません、先生、調子が悪いので早退しますっ!!」
「ちょっ、どこに行くの!? 待ちなさい!!」


教師の制止の声を無視して志保も駆け出す、その顔は苦虫を噛潰しているような表情だった。


「全く、……あんな泣き顔見せられれば、ほおっておけるわけないだろう」


志保は走る、その姿は、感情の赴くまま突っ走っていた、若かりし頃の衛宮士郎によく似ていた。


=================


「はあっ、はあっ、はあっ…………」


胸が苦しい、心臓の鼓動は早鐘の様に響き、立っているのもやっとで、壁に手をついていなければすぐに崩れ落ちてしまいそうだった。
ここは………校舎の裏手だろうか、そこでようやく自分がどこをどう走ってきたのかさえ分からないことに気付いた。
でも、仕方ないと思う、あの一言はそれだけ強烈だったのだから。
駄目だ………思い返すたびに涙が止まらない、あの言葉が脳裏から離れない。


――――会長みたいな天才に、追い付けるわけないじゃない――――


そんなこと、他の誰でもない、自分が一番よくわかってる。
私に姉さんほどの才能がないことぐらい、だって………生まれてからずっと、遥か彼方にある姉さんの背中だけ見てきたんだから。
近くにあってもいつまでも届かないそれは、まるで蜃気楼の様で……水面に写る月の様で――――


――――届かないのなんて、最初っからわかってた――――


けどそれを認めたくなかったのに、認められなかったのにっ!!
私の望みは、そんなに大それたものだったの、ただ私を見てほしい……それだけなのに、
思考はどんどんと深みにはまってゆき、だめだとわかっていても止められなかった。
気付けば授業開始のチャイムが鳴っていた、授業……どうしよう、………いいや、このままサボってしまおう。
涙は止まらず、動く気も起きなかったその時、ここにいるはずのない人の声がした。


「やれやれ……・、見つけたぞ簪さん」


振り返ってみれば、そこにはルームメイトの姿。
どうして? 授業はもう始まっているのに、そんな内心が顔に出ていたらしい、聞かれるまでもなく志保は答えてくれた。


「あんな泣き顔見ていれば、放っておけるわけもないだろう」


当然のことだ、と言わんばかりに志保は言う、けど今の私にはそれすらも煩わしく感じてしまった。
自暴自棄になるのを止められない、黒いものが体の奥からどんどんわいてくる、黒いものは罵詈雑言となって私の口を飛び出てきた。


「私のことなんか放っておいてよっ!! ……どうせ志保だって、あれ聞いて私のこと馬鹿にしてるんでしょっ!!」
「そんなことなんてないさ」
「嘘よッ!! 無謀だって、身の程知らずだってそう思ってる!! 志保だって姉さんのこと知ってるでしょっ!!」
「ああ、この学校の生徒会長で、成績優秀、文武両道、おまけに自身でISを制作して、学生にもかかわらずロシアの国家代表にもなってる、ちょっと調べればすぐにわかるよな」
「そうよ、ずっとずっと姉さんは光り輝いていた、妹の私はずっと姉さんの影にいた……、誰も私を見てくれない、誰もが私を姉さんの妹としか見ないっ!!」




「――――それは違う」




静かに、だけどしっかりと志保はそう言った。


「――――えっ!?」


同時に私は暖かなものに包まれた、志保が私を抱きしめた、と気付くのは数瞬の後。
どうして、と混乱する私に、志保は優しく声をかける。


「簪さんの気持ちをわかってやれる、そんな、自惚れたことを言うつもりもない。私は簪さんじゃないからな、その苦しみを一緒になって支えるなんてできない、だけど――――」




「――――倒れそうな体を、支えることぐらいだったらできるさ」




……このまま顔は隠しておくから、思う存分泣くといい、気の済むだけ泣けば、多少はすっきりすると思うぞ、と言葉は続いた。
それで限界だった、私は志保の胸の中で、幼い子供のように泣きはらした。
そして私の意識は、穏やかな暖かさに包まれ眠りに就いた。


=================


気付いた時に感じたのは、体を覆う草の感触と、頭に感じる柔らかな感触。
目を開ければ、おそらくさっきの校舎裏の近くの芝生だろうか……


「ん? 起きたのか、簪さん」


頭上からかかったのは志保の声、それでようやく、自分がどういう体勢なのか気がついた。
それに気付いた途端、逆流しそうな勢いで頭に血が上る、どうして、どうして……!?


「どうして!? 志保に膝枕されてるの私!!」
「あの後簪さんが、泣き疲れて寝ちゃったからだが?」


当然のことをしたまでだ、と言わんばかりの志保に対して、頭を抱える私。
なんでそんなにも平然としているのか、ひょっとして私のほうが間違ってる!? そんなことを思うぐらいに志保は平然としていた。
あれ……? その時、私は一つのことを疑問に思った、後から考えなおせばなんで気がつかなかったのかと思うぐらい、当然の疑問だった。


「ねえ…志保、どうして私のこと、……最初から名前で呼んでいたの?」
「なんで、今更そんなこと?」
「……お願い」


私の懇願に志保はちょっと照れくさそうにして、答えを口にする。


「それは……、名字で呼んだら、簪さんのお姉さんとごっちゃになるだろ。これから三年間一緒の部屋で過ごすんだから、そういうことはしたくなかったんだ」


それは、私を初めから更識楯無の妹ではなく、更識簪として見てくれていたということ。
なんだ、私の望みは………もうかなっていたんだ。
私を私として見ていてくれる人は、こんなにもすぐそばにいたんだ。
志保にとってしてみれば至極当然のことかもしれない、だけど、それはまるで颯爽と現れ、困っている人に手を差し伸べるヒーロー<正義の味方>みたいだった。
だから私は、ヒーロー<正義の味方>に助けられたならば当然のこと、いわゆるお約束を、感謝の言葉を口にした。


「――――ありがとう、志保」
「そんな礼を言われるようなことしたか?」


予想通り、やっぱり志保はなんで礼を言われるのか分からないという顔をしていた。
うん、やっぱり志保は私にとってのヒーロー<正義の味方>だ。


「ねえ、もうちょっとだけ、……こ、このままでいてもいい?」
「別にいいぞ、あんまり気持ち良くないかもしれないけどな」
「……ううん、そんなことない」


そうして私たちはしばらくのんびりしていた、――――授業中だということも忘れて
放課後、当然のごとく二人一緒に担任に叱られたのは、いまさら言うまでもないだろう。





<あとがき>
百合ってこんな感じでいいんだろうか、恋愛シーンを書くのも初めてなのにこんな無茶をしてしまうとは(汗
気付いたらこんな感じになってました、7巻読んでいたらこんな妄想が浮かんでしまって……簪を可愛く表現できていたらいいんだが






[27061] 第七話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/05/08 17:18
<第七話>

いま、志保がいるのはIS学園生徒会室、今朝がたクラスの担任から、昼休みにここに来るように言われたわけだが…………
室内にいるのは志保を除き三名、そのうち一人は昨日会った布仏本音、本音のそばに寄り添う眼鏡に三つ編みのいかにも委員長といった感じの三年生、そして――――


部屋の中心の机、おそらくは生徒会長の机だろう、それに腰掛けているということはこの人物こそが簪さんの姉である、IS学園生徒会長、更識楯無なのだろう。
確かに髪の色とか、簪さんの姉であることを如実に表している。
その盾無さんだが、まるでどこぞの司令官のように机に両肘をつき、顔の前で両手を組んでいる。
表情は組まれた手と、前髪によってここからではよく見えない、そして何より――――



(いや、とてつもなく怖いんですけど!? 会長をこんなに怒らせるようなことしたか私は!?)



そう、目の前の生徒会長様は現在進行形で、大魔神も真っ青になるぐらいに、全身から怒りのオーラを立ち昇らせていた。
よくよく見てみれば、ISらしきものが陽炎のように揺らめいては消えている、おそらくはISを量子変換直前で出し入れしているのだろう、え~と……つまり、なにか気に障る事を言ったらISでぼこるということか?
本当に声を大にして言いたい………どうしてこうなった!?


「楽にしていいわよ、一年四組所属、衛宮志保さん」


にこりと、微笑む会長、そう、吹雪を想像させるような冷たい微笑みだ。
こんなものを向けられて楽にできるわけがない、壮絶に雰囲気と言葉が合致していなかった。
ああ、どうして自分に関わってくる女性はこうも一癖も二癖もある人物ばかりなのだろう、あかいあくまとか、きんのけものとか、高校の後輩とか、割烹着のあくまとか………
こんな時簪さんに出会えて本当によかったと思う、かなうことなら彼女にはこのまままっすぐに成長してほしいと痛切に願う。
もし万が一、彼女もこんな風になり果ててしまったら、しばらくは立ち直れそうにない。
明日の昼御飯は、より手間暇かけて作ろうと決めた、簪さんの食事風景を存分に見て癒されることにしよう。
などと、少々危険な方向に現実逃避していると、会長が本題を告げた。


「今日、ここに来てもらったのはね、昨日の無断欠席について、二、三点聞きたいことがあるのよ」
「そこまで……問題になるほどのことでしょうか?」
「ううん、そんな事ないわよ。泣きながら走り去って行ったクラスメイトを慰めにいった。ただそれだけのことだもの、手放しに誉めることはできないけど、あの子の姉としてお礼を言わせてもらうわ。けどねえ――――」


パチン、と手に持った扇子を小気味いい音を鳴らして閉じると、会長は扇子の先端を会議用のディスプレイのほうに向ける。
それに合わせ、本音がディスプレイを操作する、するとそこには――――




――――まるで猫のように気持ちよさげに芝生に寝転ぶ簪さんに、穏やかな笑みを浮かべて膝枕をしている自分の姿、時折簪さんの頭を撫でたりしているところまでバッチリ映っている。




うわぁ、こうして客観的にみると、ものすごく恥ずかしいなこれは…………
実を言うと、こうして映像をとられるのは想定内だった、IS学園なんていう重要機密満載の場所が、世間一般と同程度のセキュリティーなはずがない、実際、昨日も監視カメラは確認していた。
だけどまあ、あの流れでどいてくれなんて言えるわけないし、そこまで大それた行為ではないから放置してたんだが、どうやら、会長にとっては大それた行為だったらしい。


「こんな……こんなにもうら、コホン、………破廉恥な!! 行為を学園内でするなんて、厳重に注意しなきゃいけないわね」
「いま、思いっきりうらやましいって言いかけたよな、アンタ」
「そして学園というところは、何かを学ぶのが本分。そしてここIS学園で一番重視されるのはISの操縦技術――――」
「ああ、………………そういうことですか」


いい加減、会長の目的も大体わかった。
昨日簪さんから聞いた話から推測すると、あまりにも出来過ぎた姉に対し簪さんはコンプレックスを抱いている、当然姉妹の仲はあまり良くなく、妹と仲良くしたい姉は不満が溜まっていたんだろう。
そんなときに、妹と仲睦まじくしているところを見てしまって、たまりにたまったものが爆発したということか。
言葉にすると可愛らしい嫉妬だが…………………………………お願いだから、その癇癪を発散するのに、物騒なものを持ち出さないでくれ……
かつての経験で慣れているとはいえ、疲れるんだそういうことは………………、今度、保健室で胃薬をもらってくるか、ハア………憂鬱だ。


「あなたには、私自ら実践形式でISの操縦を教えてあげるわ!!」
「ワーイ、ウレシイナア」


予想通りど真ん中ストライクな言葉を言った会長に対し、凄まじい棒読みで返しても誰にも責められないだろうと思う。


=================


「さて、これで準備はOKね」
「ええ、人伝に聞いていたあなたの有能さを遺憾なく、間違った方向に全力で出し尽くした結果ですけどね」
「なんで私はここにいるんですか…………」


生徒会室での問答の後、衛宮志保、更識楯無、山田真耶の三名は、それぞれISを装着してアリーナに集結していた。
志保と楯無はともかく、一年一組副担任である麻耶がなぜここにいるかというと、一言で言って、押し付けられたからだ。
楯無が行った手回しは完璧なものであった、アリーナの使用許可に始まり、志保が使う練習用IS<打鉄>と各種武装の貸し出し許可、後で問題にならないために後輩への実技指導という形も整えた。
そして、万が一の不慮の事故が起こった場合に備え、監督役の教官一名を選出してほしいと教師陣に依頼し、結果、その役目が真耶に回ってきたのだ。
ただ単に、押しの弱い麻耶に対し、他の連中が面倒事を押し付けたともいう。
ちなみに、同僚である織斑千冬が真っ先に真耶に押し付けた、まさしく鬼の所業である。


「さ~て、今からお仕置き(実技指導)を始めましょうか」
「おい!? 本音と建前が逆だ!!」
「知ってる? 建前って投げ捨てる物よ」
「断じて違う!!」
「お願いですから、早く始めて早く終わらせましょうよ………」
「そうね、さっさと始めましょうか」
「はあ……………ほんとに疲れる」
「溜息つくと幸せが逃げるわよ」
「誰のせいだっ!!」
「お願いします、早く終わらせて~!!」


ひっかきまわす楯無に対し突っ込む志保、二人ともが盛大に真耶のことを無視していた、………おい、それでいいのか正義の味方。
そんな不毛な問答を終えると、二人は表情を引き締める。理由が理由なだけにイマイチ締まらないが。
それを見て取った真耶は、試合開始を告げる、その眼には光るものが滲んでいた。


「それでは、更識さん対衛宮さんによる、実戦形式の訓練を始めます。用意はいいですか?」
「勿論OKですよ」
「こちらも同じく」
「それでは、試合……開始!!」


麻耶の号令とともに、二人は同時にバックステップを行い距離をとる。
楯無のほうは、流石に本格的な訓練も行っていない一年生に対して、初手から全力で仕掛けるつもりはないらしく、様子見に留めていた。時間をかけてじっくりいたぶるつもりなのかもしれない………
対する志保のほうも様子見に留まっていた、先に言った通り、志保の操縦経験は素人に毛が生えた程度、せいぜいが学園入試の際に乗ったぐらいだ。
勿論、だからと言ってただやられるだけというのも癪なので、相応に粘るつもりでいた。
だからこそ、不用意に動かず、まずは動作の感覚を把握することに勤めていた。
同時に視界に投影されたディスプレイを操作し、武装の確認を行う。


(武装は……近接戦用の日本刀型のブレード一本、アサルトライフル<063ANAR>二挺、スナイパーライフル<061ABSR>一挺、グレネードランチャー<NUKABIRA>一挺、全距離に無難に対応できるラインナップだな、一応会長に無抵抗な標的を嬲る意思はないということか。まあ、これだけあれば、一応戦えるか――――)


武装の確認を終えた志保は、アサルトライフルを量子展開し、両手に顕現させる。
シンプルなデザインにまとめられた二つのライフルの銃口から、マズルフラッシュが断続的に飛び出る。
楯無はその銃撃を、軽やかな機動を描き、余裕を持ってよけてみせる。
そのよどみない機動を見た志保は、楯無の高い技量と、自身が空戦で勝てる可能性がないことを悟る。


(国家代表になるのだから、相応の技量があって当然か、私が空に上がったところで即座に叩き落とされるのが目に見えている。地上戦のみに絞ったほうがまだ可能性があるか……)


そう判断すると、スラスターを吹かしジグザグに大地を滑りながらアサルトライフルを撃ち続ける。
その動きは回避機動をとっているというより、一刻も早く動きに慣れるためといった感じだ。
その動きは、先の楯無の回避機動と違い、ぎこちなさが随所に残るものであり、志保の推測の正しさを物語っていた。


(ふうん、ISの要である空戦を切って捨てたのね。いくら操縦時間の差がダイレクトに出てくるからといえ、思い切ったことするものだわ)


楯無のほうも、志保の機動からそのことを読み取った、だからと言って手心を加えるつもりはなく、自身の専用IS<ミステリアス・レイディ>の専用ランス<蒼流旋>に内蔵されている四門のガトリングガンを発射する。
単純比較にして、志保の二倍の火力が吐き出される。当然このまま撃ち合いを続けるならば確実に志保がじり貧になるのだが、現実は違っていた。


(くっ…何なの? この並外れた射撃精度、とてもじゃないけどただの一年生ができることじゃないわよ!?)


まるで、吸い込まれるように自身へと向かう弾幕を見ながら、楯無は内心で毒づいた。
楯無が放つ銃弾も、志保に対し確実に有効打を与えているのだが、その状態で五分に持ち込まれるということは、楯無より志保のほうが射撃の腕で上回っているということだった。


(ひょっとしたら、この子、何らかの武術を学んでいるのかしら、妙に戦いなれた感じがするというか、普通こんな状況に追い込まれれば、パニックになって出鱈目な行動をとるのに、堅実な行動しかしてないわね。…………事前に調べた限りでは、目立ったところのない平凡な子だったのに)


そう、開始直後に不用意に動かず、空戦を行う事の不利を悟って地上戦のみに限定し、まずはアサルトライフルの射撃を行い、回避機動をとりつつ機体に習熟していき、射撃精度は国家代表も認めるほど。
こんな素人いるわけがない、これがもし、いきなり見事な空戦をやってのけたぐらいなら、並外れた才能や素質で済ませられるが、しかし、志保が行った行為は、才能などとは無縁であり、対極に位置する行為だ。
明らかに、場慣れした者のそれである、そして、それによって楯無は大きく勘違いをしてしまう。
平凡な経歴であるにもかかわらず、異質な強さを見せつけ、国家代表である自分の妹に急接近している。
更識家が代々、諜報関係に従事していることと、最愛の妹がらみであることを差し引いても十二分に怪しかった。


(ここは、後に何とか復帰できるぐらいに痛めつけたほうがいいかしら……・なんにせよ、少々本気で行ったほうがいいかもしれないわね)


少々物騒なことを考えつつ、楯無はスピードを上げていく、ほぼ無意識のうちに<打鉄>と同程度に抑えていたスラスター出力を、<ミステリアス・レイディ>本来のレベルにまで引き上げる。
一層強い輝きを放ちながら、複雑な機動を描く<ミステリアス・レイディ>、機体を包む水のヴェールの輝きに彩られながら、妖精のごとき舞を披露するその姿は、まさしく霧纏の淑女の名にふさわしいものだった。
その幻惑するような軌道に志保は戸惑いを見せる、だんだんと射撃の命中率が低くなり、五分だった戦況は確実に楯無のほうに傾きつつあった。
しかし、志保の戸惑いの原因は他にもあった。


(くっ、照準が微妙にずれる………、仕方がない、FCS<火器管制>の内、照準関係をすべてカット!!)


この学園の上級生、教師陣が聞いたら、口をそろえて馬鹿か貴様!! と言いそうなことを志保は平然とやった。
ISの照準というものは、操縦者本人による照準と同時に、ISのほうもFCSによる自動補正をかけるのだ。
お互い高速、かつ、従来の航空兵器と一線を画す柔軟な機動性能で動く敵機など、IS側のサポートがなければ当てられるはずがない。
しかし、その補正もあくまで普通の人間が使うことを想定して作られている、いくら魔術を使っているとはいえ4㎞先ぐらいなら、平然と何の補助もなく命中させられる人間用には作られていない。
そして、FCSを使わないということは、必然的に敵機側のロックオンに対する警告が消えるということであり――――


(なんで完全マニュアル照準でこんなに狙いが精確なのよ!? やっぱりこの子には何かある!!)


勘違いの上に成り立つ疑念を、さらに強化してしまうはめになったのだった。
そして楯無は<ミステリアス・レイディ>の固有武装である清き熱情<クリア・パッション>を使うことを決意した。
この武装はナノマシンで構成された水を霧状にして攻撃対象物へ散布し、ナノマシンを発熱させることで水を瞬時に気化させ、その衝撃や熱で相手を破壊する応用性の高い武装だ、拡散範囲は限られているが初見でこれを回避することはかなり難しい。
楯無は、志保の周りを旋回するような軌道をとりつつ、<クリア・パッション>を散布していく、勿論その間にもガドリングガンによる射撃を行い、志保が<クリア・パッション>の有効範囲から抜け出ないように縫いとめていた。
これであとは<クリア・パッション>を起動させれば、志保は爆炎に飲み込まれて終わる。


――――しかし


突然、志保はアサルトライフルを格納すると、グレネードランチャーを展開する。
いきなりの武装変更に首をかしげる楯無をよそに、志保は楯無からの射撃を無視して、グレネードランチャーを全周囲に乱れ撃った。
極大の火炎が志保を包むように乱れ咲き、アリーナに轟音が響き渡る。
傍目から見れば志保が、ガドリングガンの被弾を無視してまで意味不明な行動をとったように見える。
しかし、楯無からしてみれば、不可視であるはずの<クリア・パッション>を察知してグレネードの爆炎で吹き飛ばしたようにしか思えなかった。
事実、爆炎によって<クリア・パッション>は吹き飛ばされ、志保はその有効範囲から抜け出てみせた。
明らかに<クリア・パッション>の存在を認識しなければ、とるはずのない行動だった。


(どうやったらそんなまねできるのよ!? まさか見えてたって言うの?)


流石の楯無もこれには動揺を隠せず、惚けた顔をさらしてしまう。
それは志保に、自身の行動の正しさを確信させた。


(やっぱり何らかの、不可視の兵器を展開していたか)


志保が<クリア・パッション>を察知できたのは、かつての経験からくるものだ
衛宮士郎の戦いの中には、外法に走った魔術師の討伐も幾度となくあった。
そういったときはたいてい、魔術師の拠点<工房>に自ら踏み入った。
工房というのは魔術師の拠点であり、自身が探求した魔道を守るための要塞でもある。
必然的に幾多のトラップが仕掛けられている、おまけに衛宮士郎の魔術耐性はお世辞にもいいといえず、いやほとんど一般人と変わらないといってもいいだろう。
故に、魔眼による暗示やトラップを喰らうことは一番避けたいことであり、そういったものに対する警戒は、並外れて鍛えられていた。
事実、かつて戦った魔術師の中には、水をミスト状にして操り敵の体内に直接毒物を打ちこむといったことをしてきたの者もいた。
<クリア・パッション>などの様な兵器は気付かれないからこそ有用であり、気付かれてしまえばそれも半減してしまう。
ちなみに今回志保が気付けたのは、周囲の湿度の急激な上昇を感じたからだ。普通ならば気にもかけないような事象にも警戒を向けるのは流石だと言っていいが、それによって楯無の警戒心はトップレベルにまで引き上げられたのは、志保にとっては不幸というほかなかった。


(決めた……これが終わったら、この子のことを徹底的に調べるわ!! ここまでしておいて何も無いって有りえない)
(なんだろう……抵抗すればするほど、深みに嵌まっている気がするな………ここは勝負に出てさっさと終わらせるべきか?)


何か、いやな予感を感じる志保と、当初の目的をすっかり忘れている楯無、その時――――


カチカチッ――――


そんな音を鳴らして志保が撃っていたアサルトライフルが弾切れを告げる、自身のミスを悟り顔を顰める志保に対し、ここをチャンスと見る楯無、楯無はガドリングガンを打ち続けながらもう片方の手に蛇腹剣<ラスティー・ネイル>を展開、志保に対し突撃を仕掛ける。
このタイミングでは武装の再展開は間に合わない、楯無はそう判断したが――――


――――あろうことに、志保は弾切れになったアサルトライフルを楯無に向かって投げつける。


鉄塊二つが高速で楯無に飛来する、それを楯無は悪足掻きと判断する、確かにその判断は間違っていない、通常ならば命中したところでISには何らダメージを与えないだろう。
しかし、それは普通に投げた場合の話、志保は普通になど投げていなかった。
志保が使った技は鉄甲作用と呼ばれるもので、聖堂教会に伝わる投擲技法であり、投擲物に出鱈目な威力を付加することができる技だ。
かつて、聖堂教会の切り札、埋葬機関の第七位と出合った際に教えてもらい、衛宮士郎の魔術との相性の良さも相まって、好んで使っていた技でもある。


命中した途端、轟音を伴って楯無の体が大きく揺れる。


(嘘!? なんでこんなに威力があるの、ってマズイ!!)


ありえない衝撃に一瞬楯無の動きは止まる、何とか視線を戻せば、いつの間にやらスナイパーライフルを構えた志保の姿、無慈悲に放たれる弾丸は、狙い過たず楯無の頭部に命中した。


(これで決まったか?)


弾丸が命中したことを確認した志保、しかし、必殺を期して放たれた弾丸は――――




――――楯無の頭部にのみ展開された水のヴェールによって防がれていた。




(何だと!?)
(危なかったぁ…でもこれで!!)
  

同時に楯無は瞬時加速と同時に<ラスティー・ネイル>を揮う、スナイパーライフルというとり回しの悪い武器を構えている志保は、その一撃を完全によけきることはできなかった
揮われた銀閃は、直撃はしなくとも<打鉄>のシールドエネルギーを大きく削り取る。そして――――



「志保さんのシールドエネルギー残量零、更識さんの勝利ですね」



試合を見届けていた真耶の宣言により、この戦いは楯無の勝利に終わった。


=================


「やっぱり勝てませんでしたね」
「私として戦いになったことが、不思議でたまらないんですが・……」
「そうよねえ、私もここまで手こずるとは思わなかったわ」


戦いを終えて、三人はISを解除して集まっていた。
当然の結果だというような表情をしている志保に対し、楯無と真耶は怪訝な目を志保に向けていた。
普通、素人と国家代表が戦えば、瞬殺で終わるのが道理だ。
にもかかわらず、今の一戦は戦いとして成立していた、そんなことをすれば訝しむのも無理はない。
実際最後の一撃は、楯無にとってもかなり危ない一撃だった。
あれがもし決まっていれば、勝者は逆転していただろう。


「………ほんと、あなたって怪しいわね、いろいろと教えてほしいわ」
「そ、そうですか!?」


ジト眼で睨みつける楯無、それにたじろぐ志保、そこに――――




「私も、いろいろと教えてほしい、………………姉さんにね、……何をやっているの?」




――――絶対零度の冷たさを帯びた、簪の声が響く。


「え……? 簪ちゃん、どうしてここに」
「本音から聞いたの、姉さん……」


思わぬ乱入者にたじろぐ楯無、まあ、堂々と言えることではないことの自覚はあったのだろう。
志保はそんな混乱した状況に頭を抱え、真耶のほうはそそくさと逃げていた、。


「え~と、簪ちゃん、あのね……」


何とかこの場を収めようと必死になって言葉を探す楯無、そんな姉を目の前にして簪はついに爆発した。
自分を救ってくれた、好意を抱いている人物に私刑まがいのことをされては簪のほうも我慢の限界だったらしい。抑えきれぬ衝動が、言葉となって楯無に向かう。




「お姉ちゃんなんか、――――大嫌いっ!!」




その言葉に、楯無は完全に固まった、目に入れても痛くないほどに愛している妹からの完全な拒絶の言葉は、楯無にとっては致命的な一撃だった。
さすがにこれ以上はまずいと判断した志保は、二人の間に割って入った。


「ちょっと落ち着け、簪さん」
「でも、志保!!」
「なんでお姉さんがこんなことをしたか教えようか?」
「えっ……・」
「ちょ………待ちなさい!!」


志保の思いもよらぬ一言に焦りを見せる楯無、姉としては妹にはかっこいいままでいたいのに、それを言われては、姉の威厳は木っ端みじんに崩れ去るだろう。
焦りを見せる楯無を無視して、志保は言葉を続ける。


「いいや待たない、簡単にいえばな、妹と仲良くしたいのに、見も知らぬやつが妹と仲良くしているから、嫉妬したんだよ」
「そ、そうなの!?」
「そうそう、昨日の膝枕の映像を見ている会長、ほんとに不機嫌だったからな」
「あ、あれ………見られてたの!?」
「ああ…………、姉としての威厳が崩れ去る、ひどいわ衛宮さん!! あなたにはデリカシーというものはないの!!」
「悪いが昔から鈍感だのなんだの言われ続けたからな、そういったことは期待しないでくれ」


涙目になって志保に詰め寄る楯無、秘密を暴露された怒りというより、秘めた想いをさらされた恥ずかしさが勝っているようだ。
しかし志保はそんな楯無の追及などどこ吹く風で、昨日の膝枕を姉とはいえ、他人に見られていたことを知って、恥ずかしさのあまりフリーズしている簪に声をかける。


「そうだ簪さん、今日の夕食だけど、会長と一緒に食べないか?」
「え……姉さんと?」
「え……簪ちゃんと?」


志保の突拍子もない言葉に、更識姉妹は再び固まるのだった。



<あとがき>
う~ん、相変わらず戦闘描写が上達しないなあ
あと、みんなカレイドルビー大好きですね(汗
しかし、あの話の続きを書くなんて、作者にできるのか?



[27061] 第八話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/05/15 19:38
<第八話>

アリーナで行われたハイレベルだが非常~に下らない戦い、某生徒会長がシスコンをこじらせて暴走し、いろいろな人物を巻き込んでの騒動は、最愛の妹の介入によって鎮圧された。
ちなみにアリーナでの試合の記録は、閲覧制限がかけられることとなった。
IS学園ではアリーナを使用する際は、どんな時であろうとも記録を保存することが義務付けられている。
ISというのはどう取り繕うが強大な力を持った兵器である、いかに搭乗者を保護する機能が優れていようが、不測の事故が起こる可能性がある。
そういうことが起こった際、原因と責任を明確にするためだ。また、生徒たちにそれらを閲覧できるようにもしており、他者の機動・戦術を見てさらなる技術の向上にも役立てるようにしている。
しかし、志保と楯無の戦いの映像が参考になるかといえば………・もちろん否である。
それも当然のことだろう、楯無はともかく志保のほうはセオリーを完璧に無視している、しかもそれで国家代表と互角に戦ってしまった。
FCS切って射撃するような戦いをだれが参考にできるというのか、それが後日、映像を見た教師陣の一致した感想だった。
その後、この映像は閲覧制限がかけられ、衛宮志保を要注意人物として注意を払うこととなった。
…………つくづく、衛宮の名を持つ者には幸運というものがないようだ。



――――そして、騒動の中心にいた姉妹はというと



学生寮の一室で、湯気が立ち上る夕食が並べられたテーブルをはさみ対峙していた。
志保の突然の提案でこんな状況になったせいか、互いに無言のままだ。

簪にしてみれば、自身に今までのしかかっていた重荷を、無自覚且つ悪意がないとはいえ作り上げていた姉だ。
いままで簪を突き動かしてきたのは、姉への反逆心、最近はルームメイトによって幾分かは薄れたとはいえ、長年にわたり堆積していったそれは、簡単には消えはしない。

楯無にしてみれば、最愛の妹……だが、ここ数年の仲は最悪だった。
楯無自身も、簪が自分に対してどういった感情を抱いているのかは理解している。
だけどどう接すればいいか、これが他人ならば楯無はズバッと切り込んでいっただろう。
しかし、身内だからこそ楯無は躊躇していた、端的にいえば照れているのだこの女傑は、そのあたりはまだこの少女が、年相応であることの証なのだろう。


「どうしたんだ、まるで初めてのお見合いの席みたいに固まって」


能天気な声でそんなことをのたまいつつ、その手には出来たての炊き込み御飯を持ちながら志保がやってきた。
そのまま淀みのない手際で配膳を終えると、志保も同じようにテーブルに着いた。


「さあ、用意できたぞ、冷めないうちに食べてくれ」


その言葉に簪と楯無は同時に箸をとり、夕食に手を付ける。
はっきり言って雰囲気は最悪だった、険悪な、とはいかないまでも重苦しい雰囲気が食卓を包んでいた。
しかし――――


「――――おいしい」


志保にとっても自信の逸品である炊き込み御飯を口にした簪が、顔に喜色を浮かべながらそう言った。


「それはよかった、まだたくさんあるからな、どんどん食べてくれ」
「……うん、ありがとう志保」


そう言ってハムハムと、そんな擬音が似合いそうな感じでご飯を食べ続ける簪、その様子はまるで小動物の様な可愛らしさを持っていた。
それを見て楯無は一言――――


「――――衛宮さん、グッジョブ!!」
「いいから鼻血を拭け、あんたは」


そう言いながら、ビッ!! と親指を立て、整った鼻筋からは妹への赤き愛情をあふれさせていた。
志保は頭を抱えながらも、楯無にハンカチを差し出していた。


「……どうしたの、姉さん、志保」
「な、何でもないわよ、簪ちゃん」
「そうそう、単に会長が手遅れというだけだ」
「……?」


訳が分からない、という感じで首を傾げる簪を見て、楯無の赤き愛情がさらにあふれ出た。
そのシスコンっぷりには、流石の志保もちょっと引いていた。
そんなとき、志保はある事に気づく、そして簪に対し――――


「ご飯粒ついてるぞ、ほら」
「えっ!? どこに?」
「ほらここだよ」


そう言って、そのご飯粒を指先で拭いとる、志保はそれをそのまま口元へと運んだ、志保の口の中に消えるご飯粒を見ながら、簪は顔を真っ赤にさせる。


「あ、あの!? え、えっと志保………」
「どうしたんだ?」
「だ、だってそれ、か……間接キス……」
「ハハッ、変なことを言うんだな、簪さんは、女性同士で間接キスも何もないだろう?」


笑いながら鈍感極まりない言葉をのたまう志保、簪のほうはといえば明確に“間接キス”という言葉を発してしまったせいか、余計に顔を真っ赤にしている。


「……志保の馬鹿」
「……なんでさ」


そっぽを向き拗ねる簪に対し、志保は全くわけがわからずにかつての口癖を漏らす。
その時だった、志保に向かって強烈などす黒いオーラが向けられた。
そのオーラの発信源は当然――――


「――――その役目は、普通姉のものよねえ」
「……いいから落ちつけ、また簪さんに嫌われるぞ」


目の前でラブラブな様子(楯無主観)を見せつけられた楯無だ、それを志保は鋼の精神でもって平然と対応する、単にこういう手合いに慣れているとも言う。
そんなふうに、多少の騒動はあったもののつつがなく夕食は終わった。


=================


「ごちそうさま、今日もおいしかったよ、志保」
「ごちそうさま、簪ちゃんの言うとおりねえ、本当においしかったわ」
「好評のようでなによりだ、食器は私が洗っておくから、二人はゆっくりしててくれ」


志保はそういうと、慣れ手つきで緑茶を二人分注ぐと、手際よく食器を片づけ流し台のほうに向かった。
後に残されたのは、簪と楯無に二人だけ、再び食事前のように無言になってしまう二人、しばらくの間静寂がその場を包み、食器を洗う音と水音だけが静かに響いていた。


「ねえ………簪ちゃん」


その静寂を破るように、楯無は常の飄々とした雰囲気ではなく、不安げに簪に声をかける。


「………どうしたの? 姉さん」


簪もまた、先の食事時とは違い、声色に暗さを滲ませていた。

「あのさ………簪ちゃんが<打鉄弐式>を一人で作ろうとしてるって聞いたけど、本当?」

その問いは、簪にとっては、楯無から最もしてほしくない質問だった。
姉の幻影を振り払うためにしていることを、ほかならぬ姉本人の口から聞かれる。
それはとてつもなく惨めだ、惨めなはずだった、しかし――――

「うん、姉さんみたいにうまくいってないけどね……」
「大丈夫、私だって必死に苦労しながら組み上げたんだから、…簪ちゃんならきっとやり遂げられるわよ」
「ありがとう、姉さん」
「だからね、姉さんにも手伝わしてほしいな…………って、思うんだけど、だめ?」

それは楯無なりに簪に歩み寄ろうとしているのだろう、おずおずとそう頼んできた。
少し前までの簪ならば、意固地になってその申し出を拒否しただろう。


――――簪の脳裏に浮かぶのは、今日の、いっそ情けないと言っていい姿を見せた、完璧な人だと思っていた姉の姿――――


「だめ、<打鉄弐式>は私の手でくみ上げる」
「……そう、わかったわ」


簪の明確な拒絶の言葉に、楯無は落胆する。しかしその様子は、あらかじめ想定していたような、そんな感じだった。


「――――だけど」
「え!?」


続く言葉は楯無の想定の外だったのだろう、きょとんとした顔を見せていた。


「わからないところがあるから、………教えてもらっても、いいかな?」


照れながらそう頼む簪を見て、楯無は自分と同じく簪もまた、少しは歩み寄ってくれたのだと感じた。
それを実感すると、楯無の顔に今日一番の笑顔が浮かぶ、更識家当主でもなく、IS学園生徒会長としてでもなく、更識盾無の本心からあふれ出た、屈託のない笑顔だった。


「勿論、ほかならぬ簪ちゃんの頼みだもの、OKに決まっているじゃない」
「ありがとう、姉さん」
「フフッ、簪ちゃんにこんなふうにお礼を言われるなんてね」
「…やっぱり、さっきの頼みごとは無し」
「あ~ん、ひどい~」


軽口をかわしながら、笑顔で会話する二人。
姉妹ならありふれた、しかし、この二人にとっては数年ぶりの光景だった。


「……簪ちゃん、最近変わったわね」
「そうかな?」
「うん、だって少し前なら、私にさっきみたいな頼み事しないでしょ?」
「たぶん、そうだと思う、……私はずっと姉さんのことを、何でもできる天才で、私はずっとその陰に隠れている存在だって、…そう思ってた」
「じゃあ、今は私のことをどう思っているの?」
「姉さんだって、ダメなところとか、カッコ悪いところもあるんだなって、何もかも完璧な存在じゃないって思ってる」
「当然よ、表にはいい面を見せているだけで、私だって欠点ぐらいあるわよ」
「今日の一件みたいに?」
「うう、簪ちゃんがいぢめる……」


そう言って泣きまねをする楯無、しかし、次の瞬間にはピタッとそれを止めると簪に質問をした。


「簪ちゃんが変わったのって、やっぱり衛宮さんのおかげ?」
「うぇ!? そ、それはその……」


突然の質問に、簪はあたふたと慌てふためき、顔はにはあっという間に朱が差していた。
それは明確に、先ほどの問いの答えを示していた。


「やっぱりねえ、あの子って確かに、さりげなく人助けとかしそうだしねえ」
「うん、そうだと思う」
「今日だって、私を誘ったのも、私と簪ちゃんの仲を気遣ってのことだと思うし」
「姉さんは、志保のことをどう思ってるの?」
「そうねえ………、いろいろと怪しいと思っているわ、今日だって私と互角に戦ってたし」
「それはそうだけど……」
「だけどね――――」



「裏があるとは思っているけど、いい人だと、そう思っているわ」



茶目っ気を含ませて、楯無はそういった。
そこにちょうど、食器の片付けを終わらせた志保がやってきた。


「何の話をしているんだ?」
「う~ん、秘密ね、それは」
「じゃあ、いいです」
「ひどくない? それって」
「そういうことを言っている人物を迂闊に突っつくと、ろくなことにならないですからね」
「そうしたほうがいいよ志保、姉さんって基本的に悪戯が好きだから」
「うう……二人ともいぢめる、いいもんいいもん、どうせ私にはそんなポジションがお似合いですよ~だ!」


床にしゃがみながら指先でのの字を描く楯無、簪はそれを見て笑いを洩らしながら姉をなだめる。


「フフッ、拗ねないで、姉さん」
「ああっ、もう~、簪ちゃんは優しいわね!」
「もう、抱きつかないでよ姉さん」
「やれやれ、忙しいことだな」


感極まって簪に抱きつく楯無、簪のほうも口では嫌がりながらも、そこまで悪い気はしていないようだ。
志保はその光景を、呆れながらも優しく見つめていた。
そうして夜は更けていき、部屋からはしばらくの間、三人のにぎやかな声が響いていたのだった。


=================


夜もだいぶ更けたころ、月明かりだけが光る室内で、のどが渇き目が覚めた私は、冷蔵庫の中にあるミネラルウォーターを飲んでいた。
ついでにトイレも済まして、コップを片づけると、私はベットに戻ろうとした。


その途中、ベットで寝ている志保の姿が目に入る。
月明かりに照らされる紅い髪、日頃纏っている凛とした雰囲気が消え、志保に対して失礼かもしれないけど、まるであどけない少年の様な寝顔だった。


――――ゴクリ、と音が鳴る。


それが自分が唾を飲み込む音だと、数瞬の間気付かなかった。
揺らめく月明かりのもとで眠る志保の姿は、幻想的な美しさで、大人の雰囲気と子供の雰囲気が混じり合った、何とも言えない魅力があった。
胸が高鳴り、心臓が早鐘のごとく脈打つ、別に自分には同性愛の趣味はないはずなのに……
よく見れば、寝返りを打ったのだろうか、志保の体はベットの端のほうによっていた。
それはちょうど小柄な人間なら入れる、そう、自分ならちょうどいいぐらいで――――


(って、何を考えてるの私!?)


いつの間にやら、自分が志保と一緒に寝ることを夢想していたことに気づく、だけど――――


(私たち女どうしなんだから、別にそんなにも忌避するようなことじゃ……ない?)


そう――――ほかならぬ志保自身が言っていたじゃない、間接キスぐらい女性同士で騒ぐことじゃないって、だったらこれぐらい別に……
そうして私は自分のベットではなく、志保のベットへと足を進める。
一歩一歩進めるたびに、鼓動はそのリズムを際限なく高めてゆき、耳障りな音を耳元で鳴らし続ける、静寂であるはずの部屋がまるで戦場のように感じられた。


そうして私はようやく、志保のベットへとたどり着く。
志保を起こさぬよう静かに入り込む私、その間爆音の様に響く心臓の鼓動で、志保が目を覚ますんじゃないかとびくびくしていた。
ただベットに寝転ぶ、そんな単純なことだけでとてつもなく長い時間をかけて私は、ようやく志保の隣で寝たのだった。
顔を向ければ、すぐそこには志保の寝顔、あまりに近すぎて志保の吐息が私の顔にかかる。
体は密着して、直に志保の体温を感じている。
そんな状況では、まともに眠りにつけるはずもなく――――


(どうしよう、……緊張しすぎて全く眠気が来ない!?)


そんな時だった。


「……………ううん」


そんな寝息を漏らしながら、志保が寝返りを打つ、腕が回されちょうど私に抱きつく体制になる。
ただでさえ寝れない状況なのに、こんなことになってしまってはもっと寝れなくなってしまう、おまけにこの状況では脱出も不可能だ。
自業自得とはいえ、こんなことをしてしまったことに後悔してしまう。


(ど、どうしよう!? やっぱりこんなことするんじゃなかった)


そんなことを考えながらも無情に時は過ぎていき、私は人生の中で一番眠れぬ夜を過ごしたのだった。


ちなみに、朝起きてからの志保の反応はといえば――――


「寝ぼけて違うベットに入り込むなんて、そそっかしいな簪さんは」


まるで、幼い子供が可愛げな失敗をしたかのように、笑って許したのだった。
想定道理とはいえ、こんなにも平然とされるのは何か間違っていると思う。


「……志保の鈍感」
「なんでさ!?」




<あとがき>
なんだか会長が書いて行くたびにどんどんダメな子になってしまう、どうしてだ……
ちなみに感想で鈴派から簪派に変わったの? なんてことを聞かれたのですが、実を言うと志保は最初っから一夏とは違うクラスにしようと考えていたからで、別に鈴と一緒のクラスにしたことにそこまで意味はないという………ああっ!! ごめんなさいセカン党の人たち、石投げないで!!
しかし……いまだ一巻の内容すら終わっていねえ、この話志保と一夏のダブル主人公だから、当然進む速度も二倍遅いんだよなあ(汗





[27061] 第九話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/05/18 07:20
<第九話>

閃光が走る。空を舞う<白式>を撃ち落とさんとするために、それを<白式>は体をひねりかわす。
かわすと同時に<白式>はスピードをあげるが、行く手をふさぐようにして四筋のビームが光の格子を形作る。
急制動をかける<白式>、PICがあってもなお殺しきれぬ慣性が一夏の体を襲い、ギシリと軋みをあげる。
一息つく間もなく四機の<ブルー・ティアーズ>が、獲物に噛みつかんとする猟犬のように、高速で<白式>に飛来する。
ただし、過日のクラス代表の時とは違い、ビーム砲の銃口に打突用バレルガードが追加されている。
だとすれば今の<ブルー・ティアーズ>は獲物にかみつく猟犬ではなく、雀蜂のごとき機動性を持った猛牛といっていいだろう。
閃光の後を追うように四方より迫る<ブルー・ティアーズ>に対し、一夏はそのうちの一つ、右斜め上から迫るそれに狙いを絞り瞬時加速をかける。
刹那、<白式>のいた空間を三つの猛牛が駆け抜ける、そして残る一つは――――



――――眼前に迫る<ブルー・ティアーズ>に対し、一夏は<白式>唯一にして無二の刃<雪片弐式>を構える。



そして、激突する瞬間の刹那を見切り、<雪片弐型>の刃でもって迫りくる猛牛の角を、精妙なる刀捌きによって往なしてみせる。


誰もが予想するような盛大な激突音を響かせることはなく、わずかな金属音と小さな火花だけが結果を知らせる。
その様はまるで華麗なる闘牛士のようだ。勢いはそのまま、ほんのわずかに向きを変えられた<ブルー・ティアーズ>は<白式>の後方へと突きぬけていく。
そうして一夏は四つのナイトを置き去りにして、本丸であるクイーン、セシリア・オルコットへと突撃する。
対するセシリアの顔にはいまだ余裕が見える、この程度、想定の内だと言わんばかりに。
次いで撃ち出されるのはミサイルだ、白煙を伸ばしながら二つの鉄塊が<白式>に襲いかかる。
先と違い、一夏はそれを刃先にて往なすのではなく、飛燕のごとく二度振りぬき、ミサイルの信管を断ち切った。


勢いを失い四つに分たれた鉄塊が落下する。これで残る<ブルー・ティアーズ>の武装はレーザーライフル<スターライトmkIII>のみ。高い射撃精度と射程距離を持つその武装は、それを実現させるため長大な銃身によって近距離での取り回しに難がある。
実質この距離では役に立たない、一夏は己の勝利を確信し、<雪片弐型>を握る手に力を込める。
それに呼応して、<雪片弐型>から白い光が迸り、純白のエネルギー刃を作り出す。
<零落白夜>――――対象のエネルギーをゼロにすることによって、対エネルギー兵装に絶大な威力をもたらす<白式>の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、ISにとっての絶対斬撃、それが今、放たれようとしていた。



――――しかし、セシリアの顔にはいまだ余裕が浮かぶ。



その時だった、ISのハイパーセンサーによって全周囲への視界を認識できる一夏が、後方に置き去りにした<ブルー・ティアーズ>がこちらに向け、ビームを放ったのを捕らえたのは――――
しかし、一夏はその攻撃は問題なしと判断する。
なぜならば<ブルー・ティアーズ>はロックオンすらしていない。その証拠に<白式>からのロックオン警告は一切ない。
その予想通りに、四筋のビームは<白式>にかすることすらなく――――



――――ガラクタと化したミサイルに命中する。



花開く火球、熱風に炙られ、衝撃波と飛礫が<白式>を揺さぶる。
当然、そこにレーザーが撃ち込まれる。セシリアは自身の策が見事に成功したことに、満足げな笑みを浮かべた。


『<白式>のシールドエネルギー零、勝者セシリア・オルコット』


そして、機械音声が<白式>のシールドエネルギーが零になったのを告げたのだった。


「フフッ、これで私の勝ちですわね、一夏さん」
「くっそ~、次は勝つからな!!」
「せいぜい期待してお待ちしておりますわ」


誇らしげな表情で勝ち誇るセシリア、ストレートに悔しさが顔に出ている一夏。
しかし両者の間は険悪な雰囲気ではなく、爽やかさすら感じさせる健全なものだ。
お互いに腕を競い合い切磋琢磨する、ライバル、という表現が一番適切だろう。
降下し、大地に降り立った二人はそれぞれ自身のISを待機状態に戻す、一夏の<白式>は白いガントレットに、セシリアの<ブルー・ティアーズ>は青いイヤーカフスになる。
そのまま二人はアリーナのピットに戻る、そこにはもう一人いた。


「お疲れ、一夏、セシリア、」


そこにいたのは黒髪の少女、篠ノ之箒、箒は二人にスポーツドリンクとタオルを手渡す。
一夏とセシリアはそれを受け取り、汗を拭いて喉をうるおす。
その様子を見ながら、箒が先ほどの模擬戦の感想を漏らす。


「それにしても、大分上達したな、一夏」
「ええ、この前のクラス代表決定戦の時より、機動がスムーズですわね」
「そりゃここ数日、放課後になるたびに模擬戦やってるからな、多少は上達してないとおかしいだろ?」
「しかし、この上達速度ははっきり言っておかしいと思うがな……」
「そうですわね、まだまだ粗がありますけど、搭乗時間の短さを考えれば、驚異的といっていいですわ」
「それでもセシリアには最初の試合以外、負け越し続けているけどな……」


それを聞いたセシリアは、堂々と胸を張る


「当然ですわ、あの時は確かに私の油断で無様な負けをさらしましたが、それがなければ当然の結果です」
「その割には、『クラス代表の座をかけて、再び戦いなさい!!』とか言わなかったよな?」
「当たり前ですわ!! そんなみっともない真似できるわけがありません、何よりあの勝利を勝ち取った一夏さんに対する侮辱ですわ!!」


その様子に一夏は笑みを漏らす、口ではなんだかんだ言いながら、しっかりと自分の勝利を認めていてくれることに、あんなまぐれ勝利にもかかわらずにだ。
実際セシリアはいいやつだと一夏は思っている、この模擬戦だってセシリアが提案してくれたものだ。
クラス代表決定戦の翌日――――


『一夏さん、曲がりなりにもクラス代表になったのですから、一日も早く腕を磨かなければいけませんわ、ですから、私直々に指導して差し上げますわ』


なんて、非常にありがたいことを言ってくれたのだ。
考えようにとっては、公衆の面前で素人に負けるという失態をさらす原因にもなったやつに、そこまでしてくれる。
いまだ素人の一夏にとっては、その申し出はありがたいものだった。


「ありがとな、セシリア」
「いきなりなんですの?」
「いや……こうして模擬戦の相手をしてくれることに、ちゃんとお礼を言ってなかったと思ってな」
「最初に言ったはずですわよ、クラス代表になったのですから、一日も早い上達が必要だと」


そしてセシリアはいったん言葉を区切り――――



「…………………………と、友達なら、当然ですわ」



そっぽを向き、消え入りそうな声でそういった。
一夏からは表情は見えないが、きっと真っ赤にしているのだろう。


「そっか……、けど、だからこそ言わせてもらうぜ、ありがとう、セシリア」
「どっ、どういたしましてですわ」


顔をそむけていても、耳まで真っ赤になってしまっては意味がないぞセシリア、そんなことを思いながら二人のやり取りを見つめる箒。
そして箒の乙女の勘が、セシリアはやがて強大な敵になると確信していた。
昔と変わらぬ、片思いの幼馴染の無自覚たらしっぷりに、嘆息する箒であった。


「…………またか、こいつは」
「なんか言ったか? 箒」
「なんでもないっ!!」


全然欠片も自覚のない一夏の様子を見て、再び箒は溜息をつく。
溜息はむなしくアリーナに溶けて消えていったのだった。


=================


「転校生?」


翌日の朝、教室に入るなりクラスメイトから聞いた噂話によれば、こんな時期に転入生が来るらしい。
いまだ四月である時期に、入学ではなく転入なんて、国の推薦でもなけりゃ難しいはずなのだが……


「それが中国の代表候補生らしいよ」


その予想を裏付けるように、クラスメイトが言葉を続ける。
しかし、中国の代表候補生か、いったいどんな奴なんだろうな。
そんな奴ならば学校行事でいつかは戦うかもしれない、そう思うとまず人となりよりも、どんな機体を使うのかが気になってしまう。
代表候補生をわざわざ送りこむぐらいなら、機体も当然最新鋭の機体でものすごく強いんだろうなあ、まともに戦えるかが今から心配になってきたな。


「あら、私の存在を今更ながらに危ぶんでの転入かしら」


どうやらセシリアにはそんな心配とは無縁の様だ、羨ましくさえある。
この堂々とした佇まい、少しはこっちに分けてほしいものである。
「その転校生、気になるのか? 一夏」
「そりゃ当然、代表候補生なんだから、すぐにクラス代表になって、今度のクラス対抗戦で戦うかもしれないだろ?」


その俺の予想に、箒は「確かにな」と同意を示す、そしてもう一つ、同意を示す声が響く。
その声はセシリアでもクラスメイトでもない、IS学園に来てから初めて聞いた声、しかし、その声は俺がかつてよく聞いた声だ。




「――――ええ、そうよ、あんたの予想は当たってる」




声の主は、見慣れたツインテールを揺らしながら、教室の入り口に立っていた。
俺は内心で思い浮かべた名前を、一年ぶりに口に出す。


「鈴……? お前、鈴か?」


そう、一年前に国元に帰った幼馴染、凰鈴音の名を――――




<あとがき>
そろそろその他板に移ろうと思うのですが、読んでくれる皆様はどう思われるでしょうか、皆様の意見がほしいです



[27061] 第十話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/11/23 19:48
<第十話>


「さて……説明してもらおうか、一夏」
「さて……説明してもらいますわよ、一夏さん」


しかめっ面をさらして、俺を睨む二人がいるのはIS学園の食堂だ。
あの後、教室にやってきた千冬姉の出席簿アタックによって、鈴は自分のクラス、一年二組へと退散していった。
あの時の驚き様から言って相当ビビってたみたいだな、鈴のやつ昔っから千冬姉のこと苦手だったからな。


「あんた失礼なこと考えているでしょ」
「そんなことないぞ? ちょっと昔を懐かしんでいただけだ」
「嘘ね、大方朝にあたしが千冬さんに撃退された時のこと考えてたんじゃないの」
「よくわかったな、さすが幼馴染」
「あったり前でしょ、一夏の単純思考なんてすぐわかるわよ」


うん、こういう流れるような会話、すごく懐かしいな。
中学時代もこうやって、いろいろと馬鹿話に花咲かせてたっけなあ……


「無視するな!! このうつけっ!!」
「この私を無視するとは……いい度胸ですわねえ、一夏さん」


そこに飛び込む怒声が二つ。いけないいけない、懐かしさのあまり二人をのけものにしちまった。


「悪い悪い、別にそんなつもりはなかったんだが」
「だったら、ちゃんと説明しろ!」
「そうですわ、淑女をないがしろにするなんて、殿方のすることではございませんわ!」


何故だか妙に機嫌が悪い二人をなだめるために、鈴のことを説明しようとしたのだが……


「んじゃ説明するよ、こいつは――――」
「凰鈴音、“一夏”の幼馴染よ!」


鈴のやつが割り込んできやがった、それも妙に俺の名前を強調してだ。コイツほんとに目立ちたがりと言うかなんというか・……とにかく前に出たがる性格なんだよな。


「ほう…………」
「へえ…………」


ほら見ろ、そういうことするから二人の機嫌がさらに悪くなってるじゃないか。


「詳しく言うとだ、小学五年に俺と同じ学校に転校してきたんだ。ちょうど四年の時に引っ越して言った箒と入れ替わる形だな、そして中学二年のころに引っ越したんだよ……まさか中国の代表候補生になってるとは思ってなかったけどな」
「それはあたしだって同じよ、まさか一夏が男性初のIS操縦者になってるなんてね」


向こうのテレビでいきなり一夏の顔が出てきてほんとビビったわよ……とぶつくさ言っている鈴。
するといきなり何かを思い出したかのように、俺のほうに向きなおりながら言った。


「そうだ…一夏、あたしがISの操縦……教えてあげよっか?」
「おまえが?」


そりゃ代表候補生になってるぐらいだから、腕のほうも相当なものなのはわかっちゃいるが……


「そんなものはいらん!! 一夏は一組の代表だ。二組の貴様の手はいらん!!」
「そうですわね、横から割り込むのは無粋ですわよ」


炎のように怒る箒と、冷たさを感じさせる静かな怒りを見せるセシリア、まあ、その気持ちはわからんでもないよな。
誰だって自分が教えている奴が、いきなり現れたやつに鞍替えしたらそりゃ不機嫌にもなる。

「なんなの、あんたたち」

そんな二人にどうでもよさげな視線を向ける鈴、あれは絶対二人をどうでもいいやつって思っているな。


「一組所属のイギリス代表候補生、セシリア・オルコットですわ!!」
「一夏の最初の幼馴染、篠ノ之箒だっ!!」


どうやらそれを聞いて、少しばかりの興味を持ったらしい。形のいい眉がピクリと跳ねる。


「ちょっと聞き捨てならないのが聞こえたわね……一夏の最初の幼馴染、ですって?」
「そうだ、一夏と出会ったのは貴様より先だ」
「ふん、だからどうしたってのよ、古い幼馴染よりつい最近まで一緒だったあたしのほうが上ね」
「何っ!!」


なんでこの二人はこんなことでヒートアップしてるんだ? しかも周りから「修羅場!?」「元カノ同士の争いとか初めて見た」とか訳のわからないのが聞こえるんだよな。


「どうせあんたなんか、再会するまで忘れ去られてたんじゃないの?」
「そんなことはない!!」
「じゃあ証拠見せてみなさいよ」
「ああ、いいだろう」
「へっ!?」


そんな言葉を返されるとは思っていなかったらしい鈴を横目に、箒は携帯を取り出し画像ファイルを開く、映し出される画像は――――


「どうだ!! これが私と一夏の仲の良さを示す証拠だ!」
「なっ!?」


中学三年の、剣道全国大会の時に撮った写真じゃないか。ちゃんと保存してくれていたのか。
それを見た鈴の表情は、信じられないものを見るような目つきだ。あんな写真ぐらいならいくらでも一緒に撮ってやるのにな。
後、周囲の人たちはなんでこんな写真ぐらいで歓声をあげているんだ?


「な、なによそれぐらい!? あたしだってそのくらい!!」
「そのくらい……何だ?」


ニヤリ、となんだか勝ち誇ったような笑みを浮かべる箒、だから一体お前らはなんで争っているんだ? マジでわからん、誰か教えてくれ。


「そんなうらやま……じゃなかった、写真はないけどあたしと一夏の間には約束があるんだから!!」
「約束?」
「ええ、そうよ、当然覚えているわよね、一夏」
「いきなりだな、おい! ええと、ちょっとまて」


鈴のいきなりの無茶ぶりに、それほど高性能でもない自分の脳をフル回転させる。
ええと、鈴との約束……そうだ、確か鈴はあまり料理が得意じゃなくて……


「確か、鈴の料理の腕が上がったら…………」
「そう、それよ!!」


花開いたように晴れやかな表情になる鈴。この感じ、これで当たりみたいだな。いきなりの無茶ぶりにもちゃんと応える自分の脳細胞に感謝しつつ、記憶の海からの残りの言葉を引きずり出す。




「――――毎日酢豚を奢ってくれるってやつだよな」




喧騒に包まれていた学食全体が、静寂に包まれる。あれ、この反応、なんか間違えたのか?
おっかしいなあ、確かにこんな約束だったはずなのに。
ちょっと恥ずかしいが、鈴に確認してみよう。


「なあ、これで合ってるよな鈴」
「さ、さ…………」


うつむき何やら呟いている鈴、やばい、なにか盛大に間違えたのか、俺?
ばね仕掛けのおもちゃの様に勢いよく顔を跳ね上げる鈴、その眼には光るものが……って、鈴のやつ泣いてるのか!?




「最っ低!!!!!!」




同時に放たれるアッパーカット、その拳は俺の顎にクリティカルヒットしたのだった。
そのまま鈴は走り去って行き、俺は痛みに悶えながらその背中を見ているしかできなかった。


「さすがにこれは……」
「あの方に同情しますわね」


二人の沈痛な声を聞きながら、俺はこの後どうしたものかと途方に暮れるしかなかったのだった。
というか、起こしてくれるとありがたいんだが……


「知らん、この鈍感」
「馬に蹴られるといいですわ」


二人とも非道いな……………


=================


――――とまあ、それが数週間前の出来事だった。


五月になった今でも鈴の機嫌が直ることはなく、クラス代表同士が戦うクラス対抗戦の開催日がやってきた。
当然、一組の代表は俺だ。しかも一回戦の相手は間の悪いことに――――


「よく来たわね、一夏」


赤み掛った黒いカラーリング、両サイドには一対の非固定部位<アンロックユニット>が浮かぶ。
その手には本来少女には不釣り合いなほどにでかい青龍刀。しかも柄の両端から刃が伸びている形だ。
それを軽々と保持しているISの名は、中国の第三世代型IS<甲龍>だ。
当然、その操縦者は現在仲互い真っ最中の鈴だ。先の一言にも平坦な声色の中に、機嫌の悪さが滲み出ている。
正直、全力で戦える、と言ったら嘘になる。一年ぶりに出会った幼馴染と仲が悪いままってのはいやだし、昔みたいに仲良くつるんでた時みたいに笑いあえる仲に戻りたい。
けど、なんで食堂の一件であいつが怒ったのかが未だにわからないんだよなあ……。
そんな状態で謝ったとしても、またあいつを傷つけるだけだろう。何より今はクラス代表としてここにいる。個人的な問題が原因で無様な戦いをしたら、クラスのみんなに失礼だ。
気持ちを切り替えた俺は、鈴の静かな気迫に呑まれないように、精一杯の虚勢を張った。


「おいおい、一組のクラス代表は俺だぜ? 来るのは当然だろ」
「ふん、じゃあせいぜい、みっともない負け姿をさらしなさい」
「ああ、精一杯粘った後でな」
「私に勝てると思ってんの?」
「さてな……、だけど、経緯はどうあれ、今の俺はクラスメイトの期待を背負ってる。一矢ぐらい報わせてもらうぜっ!!」


俺の決意表明に対し鈴は無言、今の鈴が俺に対しどういう感情を抱いているのかは推し測れない。
だが、二刀一対の青龍刀<双天牙月>を構えるその姿には戦意が満ちていた。
俺もそれに応えるように<雪片弐型>を量子展開、純白の刃を手の中に顕現させる。


そしてアリーナに鳴り響く試合開始の合図、それを聞いた俺と鈴は同時にスラスターを吹かす。
加速する機体、アリーナの中央にて二つの刃が噛み合い、金属音と火花をまき散らしたのだった。


=================


初手は互いに上段からの振り下ろし、音を立てしのぎを削る二つの刃。形状から言えば通常の日本刀をISサイズにスケールアップしたような<雪片弐型>に対し、<双天牙月>は馬鹿げた、といっていいほどに巨大だ。容易く相手の獲物を折ってしまいそうだが<雪片弐型>難なく耐える。
がっちりと固定されたかのような拮抗状態、一夏は刃をずらし、滑らせるようにして<双天牙月>をいなす。
巨大な獲物を揮う<甲龍>の力が真下に叩きつけられ、大地に亀裂を作り上げる。
飛び散る飛礫、それを薙ぎ払うように一夏が放つ、返す刀での横薙ぎの一撃。
それを鈴は大地に叩きつけた刃とは逆のほうを切り離し、それを左手で逆手に持ち、一夏の斬撃の軌道に割り込ませる。
再び上がる火花、それを一夏は一顧だにせず斬撃を放ち続ける。
もとより<白式>は近づいて斬る、ただそれのみしかできぬ機体だ。いまだ空戦機動が完璧とは言い難い一夏にとって、この状況になったのならば、斬り続けるよりほかはない。


まっすぐに、前へと、ひたすらに、愚直に、唯それだけしか知らぬ、そう言わんばかりに刃を揮う。


純白の刃が煌めく、空を舞う燕のように軽やかに、幾多の方向から飛びかかる。
愚直な戦法をとってはいても、その剣閃の冴えは見事の一言。幼きころから剣術を学び、全国大会を優勝するほどの腕前は、例えISに乗っていたとしても陰ることはない。
ならば、<双天牙月>という埒外の獲物を揮い、それらを見事にさばき続ける鈴の腕もまた、一廉のものということだろう。
重くてでかい、そんな武器を使うのならばとるべき戦法は一太刀にすべてをかける。それ以外にはありえない、しかし、ISという最新兵器がまったく新しい剣法を生み出す。
力が強い、単純な言葉にすればそれだけだが、重さとでかさという不利を打ち消してしまえるパワー、さらには、手首の関節駆動用モーターの回転を使っての変則的な剣閃。
それらと二刀という数の差が、本来圧倒的にスピードで有利なはずの一夏の斬撃と拮抗させていた。


一夏の斬撃を飛燕と例えるならば、鈴の斬撃はさしずめ龍の爪牙といったところか


切り裂くのではなく、屠り砕く暴風と、それをかいくぐる純白の燕の絶え間なき舞踏が続く。
燕の一太刀を鈴は、己が獲物の巨大さを楯として使い防ぐ。
一対の龍の爪牙を、一夏はその軽やかさを使い華麗にいなす。
速さと重さ、互いに使う術理が違うがゆえに、その剣舞は激しさを増しながらも噛み合ってゆく。
最新鋭技術の固まりであるはずのIS同士の戦いでありながら、その戦いは原始的な斬り合いのみ。
大空を制し、重力に逆らえる機動性がありながらも、両者はアリーナ中央にてひたすらに切り結ぶ。
たがいに一歩も引かぬのは意地故にか。絶え間なき剣舞は大地を抉り空を切り裂く。


一夏の上段からの振り下ろし、鈴はそれを身をひねりかわす。鈴の体を舐めるように振りぬかれた銀閃は、その特徴的なツインテールをわずかに切り裂く。
振り下ろされた一撃はそのまま地面をも切り裂く――――否、あたかも燕が舞うような神速の切り返し。
下方から舞い上がる燕を見やり、鈴の顔には焦燥が浮かぶ。
だが、鈴とて代表候補になるほどの手練、即座に<双天牙月>にてその一撃を防ぐ。
試合開始直後のように、再び鍔迫り合いへともつれこむ二人。
両者ともにスラスターを吹かし、腕部関節部の動力機構がうなりをあげる。


――――二人の表情は対照的だ。


「……すげえな、やっぱりお前はすごいやつだよ」


一年の間にこれほどの力量を、しかも昔から何かしらの武術を収めていたわけでもないにもかかわらず、修めるに至った幼馴染への感嘆、それを素直に顔に出す一夏。


「……うっさい、嫌味のつもり!?」


対して、そんな自分に追いすがる一夏への苛立ちか、あるいは、自身の奥底にある感情を御しきれぬものなのか、焦燥と苛立ちをあらわにする鈴。


そのいら立ちを吐き出すように、<甲龍>の非固定部位の中心の宝玉に光が灯る。
一夏はそれを、何がしかの遠距離兵装発射の前兆と判断する。
これまで拮抗していたかのように見えるこの試合、しかしそれは鈴が<甲龍>に搭載されているであろう射撃兵装を一切使わず、一夏と同じ土俵に立ち続けていたからだ。
それは一夏とて重々承知している。ならばこそ、そのような前兆を気にかけぬはずもなかった。




――――その警戒をあざ笑うかのような、見えざる一撃。




「ぐうっ!! なんだ!?」


警戒していたはずの一夏を突如として襲った一撃、あれほど警戒していたにもかかわらず、射線や火点は少しも見えなかった。
衝撃による痛みをこらえながらも、一夏は先の一撃の正体を考察しようとする。
しかし、悲しいかな、一夏のIS関連の知識もまた素人同然といえるものであり、このような特殊極まりない兵器の正体に思いいたれるわけもなかった。
そんな愚考の合間にも、不可視の一撃は放たれ続けている。
まるで地雷が爆発したかのように突然爆発する大地、それだけでなく、不可視の一撃が至近を通り過ぎたのだろうか、顔面近くの空気が抉られるような感触さえある。
焦燥の只中にいる一夏、そこに<白式>の管制システムがその兵器の正体を伝える。


――敵機の攻撃は、空間自体に圧力をかけ、その際に発生している衝撃波を砲弾として撃ち出しているものと思われます――


しかし、兵器の正体がわかったからといって、打開策が即座に見つかる。そんな都合のいいことが起こるわけもなく、ひたすら逃げの一手を打つ一夏。
先の拮抗など見る影もない一方的な展開、逃げる一夏と撃ち続ける鈴。
いかに龍の爪牙をかいくぐることのできる燕とて、見えざる暴風には敵わないのであろうか。
このままでは一夏の敗北は必至、観客の目にもそう見えた。


このような敗北一歩手前な状況、ひっくり返そうと思うのならば、相応に賭けねば可能性などあるはずもない。
無茶と呼ばれるようなことをして、望む結果を勝ち取れる運があるか否か、勝負の分かれ目はそこにある。
意を決する一夏、<白式>はただでさえ尖った性能の機体でありながら、さらには燃費も悪いという、どうして素人にこんな機体を乗せようと思ったのか、少々どころではなく正気を疑う機体だ。
故に、ぐだぐだと思考を重ねる時間すらなく、一夏は賭けに出るしかなかった。
その決意を鈴もまた感じ取る。一夏は素人だ、しかし、素人であるからこそどんな手をとるか分からない怖さもある。
だからこそ、鈴の中には油断など一欠けらもありはしなかった。




――――<白式>が動く。




逃げの一手を打っていた<白式>は踵を返し、<甲龍>に突撃する。
言葉にすればただそれだけ、しかし、ひとつだけ普通ではないところがある、
高度だ、地を這うような低空飛行でありながら、際限なくスピードを引き上げる。
あれでは下方への回避などとれず、逃げる範囲を自ら狭めている。そのことをいぶかしみながらも照準を重ねる鈴。
秒にも満たぬ時が過ぎれば、不可視の衝撃は発射され、<白式>はそのまま地に落とされるだろう。


その秒にも満たぬ時に割り込むように<白式>は、<雪片弐型>を大地に突き立てる。


そのまま大地を切り裂きつつ、一夏は瞬時加速を発動、そのままの勢いで刃を振りぬく。
跳ね上がる燕とともに、大量の飛礫が舞い上がる。
音速など生ぬるい、世界すら置き去りにするような瞬時加速のスピードは、唯の飛礫をして即席の散弾銃へと作りかえる。
飛礫が鈴の視界をふさぎ、一瞬とはいえ<甲龍>の動きが止まる。
茶色のシャワーが通り過ぎた鈴の視界に写るのは、大地を切り裂いた勢いで大上段に<雪片弐型>を振りかぶる一夏。
回避機動をとろうにも、すでに<白式>は瞬時加速を発動している。
この試合が始まってから初めて、鈴の顔に倒せぬことからではなく、倒されるかもという不安からくる焦りが浮かぶ。




――――交錯する二機。




一夏の手に、手応えは……………………………なかった。
一夏の一撃はわずかに<甲龍>のスラスターを切り裂くにとどまった。鈴はあそこから<双天牙月>による防御を成功させていたのだ。


「今のは、ちょっと危なかったわよ、一夏」


一夏の背にかかるのは鈴の称賛、唯一といっていい奇策を破られた一夏の内心に悔しさが渦巻く。
初めからこの結果を高い確率で予想していたとはいえ、一夏も男だ、悔しさぐらいわき出てくる。
ギリッ、と音を鳴らし、奥歯を噛み締める。予想外に大きい音が出たな、と悔しさ渦巻く内心の片隅でそんな下らない言葉を浮かべた時だった。




アリーナを貫く暴虐の光が降り注いだのは――――




「何だっ!?」
「一体、何よッ!?」


鈴と一夏はそろって驚きの声をあげる。見れば鉄壁の筈のアリーナのシールドが破られ、無残な大穴をあけている。
もうもうと粉塵がビームの余波で立ち込める中、なにかがアリーナに降り立つ。
<白式>と<甲龍>のハイパーセンサーが同時に、その何かを確認する。




――――それは黒い”IS”だった。









<あとがき>
次でやっと一夏と志保の再会シーンです。たぶんそこまで書けるはずです(オイチョットマテ
後今回の鈴は、原作以上に悲惨な気がする。





[27061] 第十一話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/05/21 15:46
<第十一話>


――――それは異形、だった。


操縦者の表情すらうかがい知ることのできぬ全身装甲<フルスキン>、人体のバランスを無視し異様に延ばされた両腕。
ISであることはわかる。しかし、不気味に輝くカメラアイがまるで幽鬼の様な雰囲気を感じさせる。


――それが、ただひたすらに不気味だった――


それが一夏と鈴が抱いた言葉だった。その嫌悪感を振り払うように鈴が叫ぶ。


「ここはあたしに任せて、逃げなさい!! 一夏!!」


その言葉に不敵に笑う一夏。あるいはそれは、恐怖に押しつぶされそうな自身の情けなさを糊塗するためのものか……


「幼馴染の女の子を置いて、そんなみっともないまねできるかよ」


その言葉だけは、偽らざる一夏の本心。これから起こる戦いはきっと、命の危機があるのだろう。
だけど、逃げたくなかった、守られたくなかった。
これまでの一夏の人生は守られてばかりだった。最愛の姉に、そして、あの時であった正義の味方に……
誰かを守れるようになりたい。それが一夏が今、胸の内に抱く思い、目指す場所だ。故にここで引く道理など一片足りとて在りはしなかった。


その決意を感じ取ったのか、鈴は苦笑する。


(そっか……そうだった。こういうやつだったよね一夏って、………変わってないなあ)
「そこまで言うんだったらへまするんじゃないわよ!!」
「やっと笑ったな、お前」
「へ!?」
「おまえにはやっぱり、笑顔のほうが似合うぜ」
「ちょ!? こ、こんな非常時に何言ってんのよ……え、笑顔のほうが似合うとか…」




「――――そこの馬鹿二人、状況を考えろ」




非常時らしからぬ和気あいあいとした雰囲気を打ち壊す、絶対零度の静かなる一喝。
発したのは当然、織斑千冬だ。そして、一喝で縮こまる二人にそのまま指示を与える。


「いまの状況を説明するぞ。現状あの正体不明のISは、こちらに敵対する意思があるものと思われる。おまけに奴のビームは、アリーナのシールドを貫通するほどだ。放置しておけば、避難中の観客に被害が出る恐れがある。しかも同時にアリーナのシステムにハッキングがかけられ、シールドの解除は現時点では不能、急ピッチで解除を進めてはいるが、しばらくの間増援はない」
「つまり、その間――――」
「――――あたしと一夏で、あいつと戦えってわけね」


その言葉に返したのは、悔恨を押し殺した沈黙。
守られるべき生徒が矢面に立ち、守るはずの教師が後方で、ただ立ち尽くす。
その不甲斐無さが、その沈黙に滲みでていた。


「ああ、そうだ。……………………あいにくと私には、教え子の葬式に参列する趣味などない。………死ぬなよ」


その一言は、二人にとっては万の援軍にも勝る。


「ああ、勿論、死ぬ気なんてさらさらないぜ!!」
「あんな奴、すぐにやっつけてみせるわよ!!」


その威勢のいい声とともに、二人は進む。眼前に立つ、敵に立ち向かうために――――


=================


「うおおおおっ!!」


気合一閃。裂帛の叫びとともに一夏は切りかかる。
その一線には、これまでの戦いによる消耗などみじんもなく、眼前の敵機を両断しうる一撃だ。


――――クルリ。


その一撃を黒いISは、独楽のように軽やかに回転して回避する。その長い腕を振り回しながらの回転は、まるでおもちゃの様な間の抜けた姿だ。
だが、そんな姿とは裏腹に、機体各部に設置されたスラスターを噴かした回転は、唯腕を振り回す。そんな行為さえ攻撃に変えてみせた。
降りぬかれる剛腕、それは正に鉄の破城鎚。それを一夏はバックステップでかわす。
追撃をかけようとする黒いIS。直後、なにかを感知したかのようにカメラアイが光る。そして、操縦者の身体への負担など、歯牙にもかけぬ急速反転。


一拍の間を置き、黒いISのいた空間を貫く不可視の一撃。
必中を期して放たれた攻撃も、手傷どころかかすり傷一つ、付けるには至らない。
そのことに感じる苛立ちが、鈴の顔を焦燥で彩る。
続けて一夏が上方からの一撃を仕掛ける。生身の人間ならば一刀のもとに唐竹に断ち割るそれは、さしずめ断頭台の一撃か。
だがしかし、黒いISはそれを無造作な振り払いで弾いて見せた。
そこに再び放たれる<甲龍>の<龍砲>も、あっけないほど容易くよけられる。
返礼とばかりに黒いISは、腕部に煌々と輝きを纏わせる。放たれるは、必殺の閃光。
その威力はすでに、アリーナのシールドを貫通して見せたことで証明されている。
そんなものを喰らえば、いかなISといえただでは済まない。
それだけはさせまいと、必死の形相で回避行動をとる二人。
二人の間の空間を、閃光が貫く。あまりの高熱に着弾地点の地面がガラス状になっている。
それを見た一夏の脳裏に、一瞬、ぞっとする光景が映し出される。その光景を実現させる二射目の閃光を放とうとする黒いIS。
それをさせまいと、再び突撃する一夏。そこからは、先の光景の焼き直し。


――――斬りかかる一夏。


――――撃ち続ける鈴。


――――それらをものともせず、反撃し続ける黒いIS。


ひたすらに続く、命をかけた舞踏。繰り返され続けるそれは、見る者に永遠に続くように感じさせた。
その最中、一夏は一つの疑念を抱く。


「なあ……鈴、あいつ本当にISか?」
「はあ!? こんなときに、いきなり何言ってんのよ!!」
「いや、あのIS…徹底的に同じ行動しかとらないよな」
「確かにそうだけど……」


確かに、黒いISの行動パターンは単純だ。
接近戦では多数のスラスターによる高い機動性でよけ、敵機が離れたところにいるのならばビームを放つ。
確かにシンプルな行動パターン故に隙が少ないとはいえ、あまりにも同じ行動を取り過ぎていた。


「あいつ、無人機なんじゃないかと思ってな」
「無人機なんてまだどこも、実用化していないわよ!! そんなのありえない」
「そうか?」
「そうよ!! それに無人機ってわかったところで、あいつを倒せないんじゃ意味がない!!」
「そりゃそうだな!!」


そうしている合間にも撃ち続けられるビーム、絶死の威力を持つ閃光のシャワーは、いまだやむことなく降り注ぎ続ける。
打開策の見えぬ状況は、僅かずつにだが、二人の機動の精度を落としていく。
じりじりと削られゆく体力と、機体のエネルギー。少しずつその数を増やすかすり傷が、戦いの流れを暗に示していた。




――――長い時を戦いに費やした者ならば、必ず胸に刻む言葉がある。




――――最悪の事象は、最悪のタイミングで起こる――――




鈴に向け黒いISが、ビームを放つ。完全な回避ができないタイミングだったとはいえ、本来ならばかすり傷程度で済むはずだった。


そこが、<白式>の一撃で僅かに切り裂かれた場所でなければ――――


小さな装甲の亀裂、そこから舐めるようにビームは入り込み、<甲龍>の脚部スラスターに甚大な被害をもたらす。
その悪夢的な偶然、起こりえぬはずのそれは、当然のごとく致命の隙をもたらす。


片膝をついた鈴に対し、黒いISは右腕を掲げる。死を告げる輝きがその手の中に灯る。


「やらせるかあああっ!!!!」


そのあとに続く光景を作らせまいと、雄叫びを上げながら一夏はその間に割り込む。
手のうちにある<雪片弐型>の輝きは際限なく増し、単一仕様能力が起動していることを示していた。
直後、放たれた閃光は、一夏が掲げた<雪片弐型>によって切り裂かれる。
エネルギー兵装に対しての切札、対ISの最強の刃は、堅牢なアリーナのシールドですら貫くビームすら意に介さなかった。
だがしかし、<雪片弐型>はその性能と引き換えに、莫大なエネルギーを消費する短期決戦用の兵装だ。
その証拠に、ビームを切り防いだ<白式>のエネルギーゲージは大きく目減りしており、次の攻撃を防げば、後はもう二人もろともに、閃光に貫かれる運命しか待っていなかった。


「――――くそっ!!」


刹那の後に訪れる死を予感し、弱音が口から洩れる。右腕を下げ、今度は左腕のビーム砲を撃とうとする黒いISの動きが、やけにスローモーションに見える。
最早二人の死は覆せそうになかった、本当に?


――――かつて誰かが言った、英雄<正義の味方>の条件は、逃れ得ぬ死の運命を覆すことだと。




「――――泣きごとを言うのはいいが、その前に右によけろ」








――――そして、正義の味方はここにいる。









「えっ!?」


間抜けな声をあげながらも、一夏は通信越しに聞こえる謎の声の言うとおりに動く。
いや、謎の声というのは正しくないだろう。どうやら布でも当てているのか、聞こえるのはくぐもった声だが、纏う気配が声の主の正体を如実に示していた。


そして、それを証明するかのように、一夏の真横を、かつて見た奇跡が駆け抜ける。
暴風を纏い、射線上のすべてを空間ごと捻じり貫く一本の剣。
それは狙い過たず、黒いISの左半身を貫くと、まるで硝子のように砕け、破片は空に溶けて消えた。
それでもなお抗おうとする黒いIS、残った右腕を振り上げてビームを放とうとする。だが遅い――――



「これで決めるっ!!!!」



残りすべてのエネルギーをつぎ込み、正真正銘、最後の一撃を放つ一夏。
降りぬかれる純白の閃光。一瞬の交錯の後、音もなく黒いISの右腕が、肩口から切り裂かれていた。
そして、黒いISのカメラアイから光が消え、波乱に満ちた戦いの幕が閉じたことを示していた。


=================


「――――よくやったな、二人とも」


耳に響く、千冬のねぎらいの言葉。精根尽き果てた一夏は、それを聞きながらISを解除して座りこむ。


「なあ、千冬姉、あの攻撃って誰が撃ったのかわかるか?」


いまの一夏の胸の内を占めるのは、再会を焦がれていた憧れが、同じ学び舎にいるかもしれないという喜びだった。
やはり彼女は正義の味方なのだと。かつて一度助けた自分の為に、こうしてまた手を差し伸べてくれた。それがたまらなくうれしかった。


「……いや、ご丁寧に射撃地点と思われる場所の監視カメラは、すべて壊されていてな、いったいどこのだれがあんなことをしたのか、皆目見当がつかん」
「ほんと、……一夏とあたしを助けてくれたことには感謝してるけど、いったいどこのだれなのかが、ものすごく気になるわね」


二人の言葉には、感謝と疑念、その二つが混ざり合っていた。
確かにそうだろう、事実を知っている自分も、彼女のことをほとんど知らないのだから。
しかし、ただ一つ言えることがある。


「――――たぶん、正義の味方だと思うぜ」


その子供じみた一夏の答えに、鈴と千冬はそろって苦笑する。


「アハハッ、その表現はぴったりね」
「フッ、確かに、そうかもしれんな。………二人とも、今日はご苦労だった。後の処理は私たちがやっておく、事情聴取も明日に回すから、今日のところはゆっくりと休め」


その言葉を聞き、一夏は疲労で軋む体を動かし立ち上がる。


「ああ、そうさせてもらうよ、千冬姉」
「あたしもそうするわ、本当に疲れたし」


そうして二人はアリーナを後にし、更衣室に向かった。


=================


更衣室に戻り、シャワーを浴びた俺は着替えるために、ロッカーの扉をあける。
シャワーで体をほぐし、心地よいけだるさに包まれた俺は、ロッカーの扉に挟まれた一枚の紙片が、床に落ちるまで気がつかなかった。


「ん? なんだこれ」


その紙切れにはただ一言、こう書かれていた。




『校舎の屋上で待っている  ――通りすがりの正義の味方より――』




それをみた俺は、無我夢中で手早く着替えを済ませると、更衣室のドアを叩き壊さんばかりに開け放ち、疲れた体に鞭を撃って、全力で走った。
心臓が高鳴り、息苦しさで倒れそうになる。
しかし、そんなことを気にしている余裕は、今の俺にはなかった。
屋上へと続く階段を全力で駆け上がる。放課後だったのが幸いして、道行く人とぶつかる、なんて間抜けはさらさなかった。
そうして、俺は屋上への扉の前にやってきた。この向こうに彼女がいる。そう思うと柄にもなく緊張していた。
そう使われることはないからか、ギギギ、と音を立てつつ扉を開けた。




――――かつての別れ際のように、沈みゆく夕焼けの中、赤い髪をたなびかせて、彼女はいた。




「ん? ようやく来たか」


そう言って振り向く彼女、夕焼けに彩られた彼女は、相変わらず綺麗で見惚れてしまいそうだった。


「……その、なんて言ったらいいか。久しぶりだよな、IS学園にいたとは思わなかった」
「数年ぶりだものな、そっちも元気そうで何よりだ」
「ああ、縁があったってことなんだろうな」
「フフッ、そういえば、そういうことを言ってたな」


そう、縁があった。だからこうして再会できた。
だから、一番彼女に言いたかった、数年ぶりの思いが詰まった言葉を、俺は言う。




「だからさ…………君の名前を、教えてくれないか? ――――縁が、あるんだからさ」



俺の問いに、彼女は笑みを浮かべる。









「――――衛宮志保。それが私の名前さ」









ようやく聞けた彼女を名前を、俺は胸に刻み込んだのだった。




=================




それは、困惑に打ち震えていた。
自身を貫いた、螺旋の一撃。それがシステム内部に幾度どなくリピートする。
高い演算能力を誇る自身ですら、それの詳細をうかがい知ることは出来なかった。


これは何だ!?


その一言が奔流となって、システムに駆け巡る。
本来ならば、いまだ自我と呼べるものを得るに至らなかったそれは、圧倒的な未知と、そこからくる恐怖によって、急速に感情というものを手に入れつつあった。
だがそれは、その恐怖を不快なものとして認識していた。
そして、その恐怖は未知からきている、ゆえにそれは、一つの望みを抱く。




――――あなたのことを、知りたい。




顔も知らず、名前も知らず、だが、内よりわき出る思いは止められなかった。
もし仮に、誰か一人のことを思い続ける。それを恋と言うならば――




――――それは、恋をしているのかもしれない。









<NGシーン>


再会を果たす、一夏と志保。たがいに名前をかわし合い、これからのことに思いをはせる。


「これからよろしくな、志保」


そういって手を差し出す一夏。


「ああ、こっちこそよろしく、一夏」


志保もそれに応えて、右手を差し出す。近づく両者、夕焼けの中二人の距離は縮まってゆき……
ここで思い返してほしいのだが、一夏はここに来るまで全力で戦闘を行い、ここに来る時も疲れた体を無視して全力で走ってきた。
つまり、どういうことかというと……疲れきっているのだすごく。故に――――


――――これまでの疲れがどっと出たのか、バランスを崩す一夏。


密着する二人、それは互いの唇に柔らかな感触を残す。
驚きに目を見開く二人、数秒の硬直の後、弾かれるように離れる二人の顔は、夕日の赤とは違う赤に染まっていた。


「そ、そのごめん!! ちょっと足元がふらついて……あの…その……」
(すっげえ柔らかだったな、……って何考えてるんだ俺は、事故とはいえ女の子の唇を奪うって、最低だ……・)


「い、いや……じ、事故みたいなものだし、そこまで気にするな!!」
(お、男とキスをしてしまった。わ、私にはそんな趣味はない……断じてないぞ!! あ、でも…今の私は女性だから、別におかしいことじゃない!? …………って、何を考えているんだ私は!!)


予想外の出来事に、大絶賛混乱中の二人。その混乱はしばらくの間続いたらしい。
ちなみに余談だが、同時刻、織斑千冬の機嫌はなぜか最悪だったらしい。







<あとがき>
ようやくここまで来た。待ち続けていただいた読者の皆様、本当に済みませんでした。
これからも、読んでくれるとうれしいです……と、言いたいですが、仕事のほうで出張が決まり、次の更新がいつになるか分からない状況です。
出来うる限り、早く更新できるように心がけますので、読者の皆さま方にはいましばらく、ご辛抱のほどをお願いします。


後NGシーンに関しては、流石にべたすぎると思ったのでおまけ扱いにしました。
TSものに関して、このようなシーンは賛否が分かれると思いますので、不快になられるような方が多ければ削除いたします。





[27061] 第十二話
Name: ドレイク◆64dd2296 ID:dffefc41
Date: 2011/06/05 22:59
<第十二話>


「――――衛宮志保、それが私の名前さ」


数年越しに叶った願い、聞きたかった一言。
当然の返礼として、俺も自身の名前を口にする。


「――――織斑一夏、今さら言うまでもないかもしれないけどな、それが俺の名前だ」


こんな感じで、俺の数年越しの願いは果たされた。
ここで俺はひとつのことに気づく、このあと何話すか全く思い浮かばねえ!!
名前を聞くことばかりが頭の中を占めていたせいだろうか、……いや、待てよ……元々ここに来たのは志保に呼び出されてきたからだ。
まさか、ただ俺に会いたかった……って言う訳じゃないだろう。………それはそれで嬉しいけどな。


「それで、おれを呼び出した理由、聞かせてもらってもいいか?」


志保は一瞬、キョトンとした顔をしたあと、当初の目的を思い出したらしい。


「ああ、そうだったな……何、そこまで大仰なことじゃない」
「そうなのか?」
「ひとつ聞くが、もし私が今日、呼び出さなかったらどうしていた?」
「へっ? そりゃあ………志保を探して学生名簿とか探すけど」


やはりか…、そんなこと呟きながら顔を押さえる志保。
それはまるで、当たってほしくないがほぼ確信を抱く予想が当たったようだった。


「考えても見ろ、お前はこの学園で誇張なしに一番目立っているやつだぞ。そんなやつが一人の生徒に注目すれば、必然的に私も耳目を集めてしまうだろう?」


そうすれば私の抱える秘密も、ばれる確率が高まるしな。と、言葉を続ける志保。
確かに志保の言う通りだ。つまり、志保が俺をここに読んだ理由ってのは………


「理解してくれたようだな、だから一夏を呼び出したんだ」
「つまり、………誰かの目があるところじゃ、志保のことを知らぬ存ぜぬで通せってことか」


そうしなければならない理由もわかる、だけど……せっかく会えたって言うのに…
そんな俺の落胆を見てとった志保は、苦笑していた。


「そんな見捨てられた、子犬のような顔をしなくてもいいぞ」
「なっ!? そんな顔していねえよ!!」
「いいや、していたぞ。写真にとっておくべきだったかな?」


ニヤニヤと笑いながら、志保はそんなことを言う。確かにそうなれば寂しいなとは思ったけど、そんな顔はしていないぞ、絶対。


「まあ、一夏が寂しがりなのは置いといて――――」
「ちげえよっ!!」
「私と一夏が知り合った偽の話をつくって、口裏を合わせてくれってことだ」
「……成程」
「偽の話とはいっても、一夏が落とした財布を私が届けた、ぐらいでいいんだがな」
「そんなんでいいのか?」
「奇をてらい過ぎても不自然だからな、そのぐらいで十分だよ」
「そうか……わかった」
「ありがとう一夏、明日からそういうことで頼むぞ」


懸念が解消され、微笑みを見せる志保。
いまだ、彼女の人となりをそれほど知っているわけでもない。
だけど…………この笑顔を見て、志保と知り合えたのは嬉しいと、そう、感じたんだ。


「ああ、わかったよ志保」
「じゃあ、一夏、また明日な」
「ああ、また明日、――――志保」


たぶん、今の俺の顔はだらしなく緩んでいるだろう。
その証拠に、志保の顔には疑問が浮かんでいる。
また明日も会える。ただ、それだけのことが嬉しいなんて志保には、どうやら思い至らなかったらしい。
そして俺たちはそれぞれ自室に戻る。おそらく、充実するだろうこれからの日々に、思いを馳せながら――――


=================


――――翌日。


早朝の通学時間、そこを歩く二人の少女。
志保と簪は、変わらず仲睦まじい様子で歩いていた。もっとも、互いの認識には微妙な齟齬があったが。
そこにかかる男子の声、場所が場所ゆえにその声の主は当然、一夏である。しかも、箒、鈴、セシリアの三人を伴いながらだ。世の男子が血涙を流すであろう光景を、平然と受け入れるのは流石、といっていいのだろうか。


「おはよう、志保」
「朝からなんと言うか、流石と言うか………まあ、とにかくおはよう一夏」


これに、驚きの声をあげるのは四人。前日には全く面識がなかった(四人はそう認識している)のだから、疑問に思うのは仕方ない。


「「「「はい!?」」」」


四人の中で一番先に質問をしたのは、以外にも簪だった。
簪以外の三人の恋する乙女は、いきなり現れ、いきなり親しげに片想いの男子と話す女性の登場に、軽いパニックに陥っていた。


「………ねえ、いつの間に織斑君と仲良くなったの?」


不安げに志保に聞く簪。いまだ自信の気持ちを明確に認識していない簪だが、それでも志保が異性と仲良さげに話すのは、少々思うところがあるらしい。


「ああ、昨日一夏が落とした財布を、私が届けたんだ」
「………それだけ?」
「そうだぞ?」


何かおかしいか? という風な顔をして返す志保。
簪はそれに対し、無表情な中に少しの不満を混ぜながら、志保の腕に自分の腕を絡ませる。
ギュッと志保の腕にしがみつく簪、まあ、誰がどう見たって簪が焼きもちを焼いているようにしか見えないのだが、志保にはそれがわからなかったらしい。


「……どうしたんだ?」
「………なんでもない」
「いや………気付かねえのか、志保って鈍感?」
「なんだろう………それを、お前に言われるのはすごい納得がいかない」


その様子を見て四人は納得する。
この二人、似た者同士なのだと、恋する乙女鋭敏な感覚が感じ取った。
互いに顔を見合わせ、頷き合う四人。無言のアイコンタクトで友情を確かめ合う四人。


「えっと、簪さんだったか…仲良くなれそうな気がするな、私たちは」
「………そうだね」
「うんうん、鈍感の相手は、精神的に疲れるわよね」
「その心情、全面的に理解できますわ」
「そこまで言う………ってことは、織斑君も?」


簪の問いに、力強く頷く三人。日頃は一夏を巡り水面下の戦いを繰り広げる三人だが、その一点においては微塵の狂いもなく同意できるらしい。
その感情は、簪にも深く同意できるものであり、三人に対し哀れみにも似た視線を向けていた。
そして、件の二人はその様子に、当然全く何も気づいていなかった。


もげろ、そう言うしかなかった。いや、しかし志保の場合はどこをもげばいいのだろうか。


=================


――――放課後。


「ねえ………志保、ちょっとついてきてほしいところがあるの」
「別にいいが?」


別に用事もない志保は、簪からの頼み事を二つ返事で引き受ける。
そこに扇子を閉じる音が響く。パチン、という音に目を向けると、そこにいたのは楯無だ。


「フッフッフッ………、早々二人きりでいちゃいちゃさせないわよ、衛宮さん。というか、私も混ぜなさい」
「………あんた、仕事はどうした」
「当然、有能な部下に押し付……もとい、指示を出したわ」
「………時々、あんたがここの生徒会長であることに、強い不安を感じるんだが」
「それで、どこにいくの? 簪ちゃん」
「うわぁ……あっさりスルーしやがった」
「え、えっとね………整備部の方に、やっぱり、専門の人の意見を聞いた方がいいと思うから」


変わらず軽妙なやり取りを交わす、志保と楯無。これで結構、この二人は息が合っているのかもしれない。
そんな二人にちょっとついていけない簪。アワアワと、二人の間で戸惑う様子は大変可愛らしかった。

実を言うと、入学当初の簪のクラスメイトからの印象は、無愛想な取っつきにくい子、だったのだが、今ではなんというか可愛い子、というものだ。
原因はもちろん、志保とのやり取りを見てだ。志保のそばにいるときの、無愛想な中に覗く笑顔を見て、大多数のクラスメイトが撃沈されたのだ。
「衛宮さんと一緒にいるときの簪さんに、最近犬耳と尻尾が見える」
「志保×簪は正義<ジャスティス>!!」
こういう意見が、今ではクラスメイトの一致した意見だ。
…………これでいいのだろうか、一応ここは超の付くほどのエリート校なのだが。


「ふうん、整備部に、ね……」
「確か、<打鉄弐式>だったか、簪さんの専用機は」
「そう、まだまだ完成していないけど」


<打鉄弐式>、純国産の第二世代量産機<打鉄>を開発した、倉持技研が開発中の第三世代機だ。
色々な事情により、開発は中断され、現在は簪がそれを引き継いでいる。
<打鉄>と違い、機動性を重視した構成で、完成した場合、最大の特徴となるのが、八連装×六門の自立追跡型のマルチロックミサイルだ。最も、それの管制機能の完成の目処はたっていないのだが。


そんな感じで話していると、整備場のところまでたどり着いた。
「ほ~ら、簪ちゃん」「う、うん」そんな感じで、少しばかり尻込みする簪を、楯無が押し、三人は整備部へと入っていった。


「およ? かんちゃんだ~、どうしたの~」


入って一番最初に耳にしたのは、のほほんと間延びした声。
整備道具を使うからか、常とは違い袖口を手首までまくった本音だ。


「本音もいたの? 奇遇だね」
「そうだよ~、会長とエミヤンも一緒なんだね~」
「そうよお、簪ちゃんったら、最近はいつも衛宮さんにベッタリで、お姉ちゃんとしては寂しいわ」
「ああ~、だから会長、最近ずっとお仕事頑張ってるんですね~」
「ほう、成程、さっきの一言は照れ隠しということか、素直に簪さんと一緒にいたいから、仕事を頑張って終わらせた、といえばいいものを」
「うっ……、だ、だって恥ずかしいじゃない」


日頃、振り回されている事への意趣返しに、楯無をからかって
見せる志保。
そんな二人を、簪は呆れたような、羨ましいような視線で見つつ、本音に用件を伝えた。


「………あのね、<打鉄弐式>をここのひとたちに、ちょっとみてもらおうとおもって…」
「そっか、わかったよ~。お~い、みんな~、ちょっと来て~」


本音の呼び掛けに、整備部の面々が集まってくる。
簪はその光景に、一瞬気圧されながらも<打金弐式>を展開する。
志保はそれを見ながらも、簪の肩を叩き、楯無の方を指差す。
戸惑いに揺れる簪に、笑顔でウインクをひとつして見せる志保。それに勇気付けられたのか、簪は楯無に話しかける。


「姉さんにも、………ちょっと見てほしいな」


おずおずと頼み込む簪を見て、楯無が平静を保てるはずもなく。


「もっちろんよ!! 簪ちゃんの頼みとあらば、この私の持てるすべてを使って、応えて見せるわ!!」


ISを展開していようがお構い無に、抱きつく楯無。
姉のテンションに、少しばかりついていけない簪は対応しきれずに、軽いパニックに陥っている。


「………いいから、落ち着け。妹との仲がよくなってきて、嬉しいのはわかるがな」


それにあんたが離れないと、<打鉄弐式>を調べられないだろう。そう言いつつ、手慣れた様子で楯無を引き剥がす志保。
その光景を見た整備部の面々は、ただ苦笑するしかなかった。


「それじゃあ、この機体を見てみましょうか」


気をとりなおした面々の中で、リーダー格の三年生が音頭をとった。
簪は機体を展開したまま降りようとしたが、なかなかうまくいかず四苦八苦していると、見かねた志保が手を差し出し、簪の体を抱き締めながら降ろしてやった。
思わぬ接触に簪は頬を赤らめ、楯無は先んじられたことに歯噛みし、整備部の面々でめざといものは、簪から漂うほのかなラヴ臭に狂喜していた。
そしてやっぱり、自信の状況に全く気づいていない志保。
………誰かこいつをどうにかしろ。


――――その後、整備部の面々プラス楯無が、<打鉄弐式>を調査した。結果は――――


「問題は推進系ね、出力制御のプログラムとスラスターの同期が出来ていないわ」
「そうですね、このまま組んでいけば、飛行中に事故を起こしかねませんよ」
「…………あう」


初っぱなから、ドでかいダメ出しを受けて落ち込む簪。
追い討ちをかけるように、ほかにも様々な点を指摘され、さらに簪は落ち込む。
志保はそんな簪を励ましながら、頭を撫でていた。


「そう悲観することもないと思うぞ、改善点が明確にわかったんだ。今から頑張れば学年別タッグマッチに間に合いそうだしな」
「うん……頑張るよ、志保」
「………………だから、そうなんで姉の役割を奪うのかしら、あなたは」


頬を赤らめる簪、嫉妬する楯無、志保を含めたこの三人が集まると、この形になるのが定着してきたようだ。
そんな中、整備部の一人が声をあげる。


「あのう………、マルチロックミサイルのFCSはどうするの? あれって、第三世代の技術だから、私たちでも手が出せないのよね」


その指摘、楯無もあえて無視していた事実に、場の雰囲気が暗くなる。
明確な問題。いくらIS学園の整備部といえども、企業の最新技術と同等の技術レベルを有しているはずもなく、明確な解決策がないこの問題を、誰も手を出せずにいたのだ。
その後も、散発的に意見が出るものの、これは、というものはでなかった。


――――そんな中、門外漢ゆえに口を出さなかった志保が発言する。


「…………ちょっといいか」


その場にいた面々が、一斉に志保の方を向く。
楯無や簪のように、実績などがあるわけでもなく、そういった知識もないはずなのに、何を言うのかという思いがほとんどだった。楯無と簪だけは、志保の事だから的はずれなことは言うまいと思っていたが。


「この武装の特徴は、自動追尾による多方向からの飽和攻撃だろ?」
「――――ええ、そうよ」
「だったら、一般に普及しているIS用の武装を組み合わせて、 似たような攻撃を再現したらどうだ? ミサイルの搭載スペースに、共通規格の武装を積むことぐらいならできるだろ」


そうだなこれなんてどうだ? と、志保が提案した武装はIS用のクレイモア地雷と、ハイマニューバミサイルだ。
クレイモア地雷が前方を、ハイマニューバミサイルに予め軌道をプログラムしておき、敵機の四方を塞ぐというものだ。
はっきり言って初見ならば、かなりエゲツナイ攻撃である。
こんなものを思い付くのも、前世の濃密すぎる経験ゆえだろうか。


「どうだ、簪さん。やっぱり自分の 機体の事は、自分で決めた方がいいと思うけどな」
「うん、これでいいと思う。とりあえずこれなら、試合には出れると思う」
「それにしても、本当によく思い付くわねえ」
「そうか? 素人ゆえ、だと思うが」
「そういうことにしておくわ」


簪の方は問題ないようだが、楯無の方は再び志保に対する疑念を高めていた。
整備部の面々も、志保の意見には感心したようで、早速、志保の意見をもとに、シミュレートを行っていた。


=================


数時間後、データをまとめた簪たちは、三人で帰路についていた。


自身が抱えていた難関が、解決する目処がたったお陰か、簪の表情は晴れやかだ。
一月ぐらい前までは、ゴールの見えぬ問題だった。
だけど、志保と出会ってから、すべてが変わった。
きっと、志保はこれが当然と思っているのだろう。そう思いながら志保を見つめる簪。
ただそれだけで、鼓動は高鳴り、周りの景色が目に入らなくなる。
日が経つにつれて、それはひどくなっていく。
簪はもう、自分の気持ちに気づかないふりをできそうになかった。




――――ああ、私は志保に、恋を、しているんだ。




これが変だというのはわかっている。女の子同士のこの恋が、全うに実る確率も低いとわかっている。
だけど気づいてしまえば、もう、嘘はつけない。



――――夕焼けの中、少女ははじめて恋をした。


――――彼女を救った、ヒーロー<正義の味方>に




<あとがき>
携帯での投稿なので、文が荒いかもしれません。
次の話で、あの二人が出るかな?



[27061] 第十三話
Name: ドレイク◆64dd2296 ID:66f0be2f
Date: 2011/09/17 17:21

今回の話は、クロス作品が増えております、お読みになられる際はご注意ください。



<第十三話>


IS学園一年一組の教室は、ざわめきに包まれていた。
それを向けられているのは、教壇に立つ二人。


一人は太陽のような輝きを纏う金髪の持ち主。多種多様なタイプの制服があるIS学園においても、珍しいという言葉を通り越して、異端とさえ言える。


中性的な容姿に非常にマッチした、男性用制服を着こなした、フランスの代表候補生。


「シャルル・デュノアです。フランスの代表候補生としてこちらに来ました」


織斑一夏に続く、二人目の男性IS操縦者が柔らかな物腰で、思春期の乙女のハートを撃ち抜く挨拶をした。
たちまち黄色い歓声に包まれる教室。しかし、担任である千冬の一睨みで、たちまちのうちに静まった。
千冬はそのまま目配せをして、次の人物に自己紹介をさせる。


それに応じて、一歩前に出る二人目。
シャルルの金髪を太陽と称するなら、月光と称するような銀の長髪。
目には眼帯をし、纏う雰囲気は抜き身の刃のようだ。


「ドイツの代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒだ」


馴れ合いなどせぬ、そういわんばかりの簡潔な自己紹介。
そのあんまりな様には千冬も頭を抱え、「少しはクラスメイトとの協調を考えろ」と言うが、「はっ、努力致します、教官殿」とラウラは言い。


「貴様らに能力は求めん、私の足を引っ張るな。以上だ!」


「………こいつは、全く変わっていないな」自身の言ったことを全く理解していないラウラの言動に、千冬はため息をついた。
そんな千冬を尻目に、ラウラは教壇から降りると、一人の生徒の席へと向かう。


「な、何かようか?」


その席の主、織斑一夏は突然のことに動転し、目の前に立つラウラに何事か訪ねた。
その間抜け面(あくまでラウラ主観だが)が燗に触ったのか、それとも、別の因縁か、ラウラの顔が静かな憤怒に染まる。


「………貴様のせいでっ! 教官の栄光が!!」


怒りと共に、ラウラはその白魚のような腕を振り上げる。
怒りをのせた平手打ちは、一夏の頬に直撃した………そう、思われた。


もし仮に、一夏が剣の道から離れ、一般人とさほど変わらないようになっていたら、そうなっていたかもしれない。


しかし、今の一夏は剣道で全国優勝を勝ち取るほどの腕前、怒りに任せた大振りぐらい、避けることができた。


――――スカッ


無音にも関わらず、教室にいた全員の耳にそんな音が聞こえたような気がした。
沈黙が、一夏とラウラの間に流れる。
それを振り払うように、ラウラは再び腕を振り上げる。
当然、一夏にそれを食らってやる義理などなく、余裕をもってかわして見せる。
腕を振るうラウラ。避ける一夏。腕を振るうラウラ。避ける一夏。腕を振るうラウラ。避ける一夏。
二人はそんな応酬を数回繰り返した。
そのせいかラウラは、幾度となく避けられた羞恥で涙目になり、顔は朱に染まっている。
まるで出来ないことに対し、 むきになった子供のようなラウラの様子に、一夏の方もいきなりの暴挙によって、ラウラに抱いていた不満が消えていた。むしろ――――


(いきなりの事でビビったけど、この子って悪い子じゃなさそうだよな。むしろ可愛い)


バシン!! バシン!!


そんなことを考えている一夏と、涙目のラウラの頭上に、衝撃が降りかかる。


「何をやっている、ふざけているのか貴様らは………」


伝家の宝刀(出席簿)でバカ二人を沈黙させた千冬は、これから増加するであろう厄介事に頭を痛めながらも、授業を再開させたのだった。


=================


「志保、頼みがあるんだ。<白式>に遠距離攻撃の手段を追加する方法を考えてくれないか!!」


「随分と流れをぶった切るな、オイ」


普通、ここは転校生二人を話題にするべきじゃないのか? と、少し電波な事を考える志保。
現在、一夏たちは屋上で昼食をとっている最中だ。
一緒にいるのは一夏と志保に加え、箒、セシリア、鈴、簪、そしてシャルルの七名だ。
ちなみに席順は、志保の隣に簪とシャルル、一夏の両隣に鈴と箒、席決めのじゃんけんに負けたセシリアは鈴の隣になっている。
意中の人の隣に座れた簪、箒、鈴の三名は満足げな顔だ。
唯一座れなかったセシリアは、じゃんけんに負けた自分の手を見つめながらしょんぼりとしていた。
その分かりやすすぎる、しかし、一夏と志保は全く気づかないその様子に、シャルルは苦笑していた。


「まあ、一夏の頼みはあとで聞くとして………、もうひとりの転校生に殴りかかられたと聞いたが?」


志保の疑問は一夏以外の面々も気になっていたのか、興味津々といった顔だ。


「ほんとあのときはビックリしたよ。いきなりあんなことをしたからね………一夏にはあんなことをされた心当たりはあるの?」


学園での唯一の同姓であるからか、一夏とシャルルはもう仲良くなっているらしい。すでに名前で互いの事を呼んでいるようだ。


「あ~、多分、俺が誘拐された一件だろうな」
「「「「誘拐!?」」」」


平然と言いはなった一夏の一言に驚く皆、しかし、驚愕とは違う反応を示すものもいた。


「あれ? 凰さんと衛宮さんは驚いていないね、知っていたの?」


それに気づいたのはシャルル、その疑問に対し鈴の表情は憤りが有り、志保は複雑な表情をしていた。


「それが起こったのはあたしがまだ、日本にいた頃だしね。一夏から聞いて知っていたのよ………というより、何で、志保までしってんのよ」
「私の場合は両親と一緒に、<モンド・グロッソ>を観戦していたからな。噂話程度だが、そういうことがあったと聞いていたんだ」


鈴の問い詰めに、しれっとした顔で嘘をつく志保。
実際には噂話どころか、思いっきり事件に関わっているのだが


「そのせいで千冬姉が決勝戦を棄権したからな、多分、俺の事を千冬姉の栄光を汚す害悪だと思ってるんだろうな」
「逆恨みじゃないか、それは!」
「そうですわね、恨むべきは誘拐犯であり、一夏さんにはなんの責もありませんわ」
「うん、私もそう思う」


次々に一夏を擁護する皆、一夏はその気遣いに感謝しながらも、重くなった雰囲気を変えるために話題を変えた。


「その話はもう置いておこうぜ、ご飯は楽しく食わないとな」
「フフッ、強引だね一夏」
「うっせーシャルル、俺にそういう高等テクはない」


おどけたように胸を張って言う一夏、それにつられて皆の口許に笑みが浮かぶ。


「あっ!?」


そんなときに簪が声をあげる。見てみれば簪が食べているお弁当(当然のごとく志保お手製)のおかずのウインナーが箸から滑り落ちていた。
コロコロと転がるウインナーを見て、簪がしょんぼりとした表情になる。
それを見た志保の箸先に、ちょうどウインナーがあった。


「ほら、簪さん」


そう言って自分のウインナーを差し出す志保、箸でつまんだままで――――


「ふぇ!?」
「あ、やっぱり私の箸でつまんだのは嫌だったか?」
「え、あ、いやそんなことはないけど」


少し考えれば自分の弁当箱を差し出して、志保のウインナーを受けとればいいのだが、恋心を抱く存在からそんなことをされれば、簪のとる行動はひとつしかなかった。


「………あむ」


顔をリンゴのように真っ赤にさせ、箸先のウインナーを直接食べる簪。はっきり言って恋人同士の行為である。
さすがのこれには志保も少々照れたらしい、簪ほどではないが顔を赤くしていた。


「ま、まさか、直接食べるとは………」
「ゴ、ゴメン、………つい、やっちゃった」


もう二人とも結婚してしまえ、それが二人を見た全員の感想だった。
そんな中、シャルルはピンク色に染まった空気を変えるため、苦笑しながら口を開いた。


「二人は仲がいいんだね、まるで姉妹みたいだ。だとすれば衛宮さんがお姉さんかな?」
「言っちゃったよ、オイ」


あえて恋人ではなく、姉妹と言う表現を使ったのは気恥ずかしさゆえか、しかし、その表現は一人の夜叉を召喚する鍵だった。




「―――――――――簪ちゃんの姉の座は、誰にも渡さない。故に、死になさい」




ヒュッ、と風切り音をさせて、蛇腹剣が志保に向かって降り下ろされる。
直前まで確かに誰もいなかったはずの、背後からの攻撃に対し、志保は余裕をもってかわす。しかも、お弁当やら何やらをきちんと退避させたうえでだ。


「全く、マナーがなっていないな。食事中だぞ、今は」


かわされたせいで地面に突き刺さった蛇腹剣を、志保は両足で踏みつけて、襲撃者の腕から奪い取った。
「エ!?」と、間抜けな声をよそに志保はポケットから電気工事用の結線バンドを取り出し、相手の両の親指をまとめて縛った。
続けて志保は瞬間接着剤を取り出すと、先の一撃で飛び散った床の破片を拾い集め、解析魔術を利用して手早く亀裂を埋めた。


この間、わずか数分の出来事だった。手慣れているにもほどがある。


「………相変わらず、出鱈目だよな志保は、っていうか誰だ、この人」


皆の気持ちを代弁するように、一夏が疑問を発する。
簪は身内が皆の前で醜態をさらしたことに頭を抱え、志保は面倒臭い事をした、面倒臭い人物をどう紹介するか頭を抱えていた。


「………あ~、これは簪さんの姉で、ただの阿呆だ。何をどう間違えたか、ここの生徒会長も勤めている」
「うう……、衛宮さんがいぢめる。私の名前は更識楯無、ここの生徒会長よ」


本来なら声を大にして否定したい楯無だが、暴れた上に拘束された姿では、説得力が欠片もないと自覚していた。
しゅん、と項垂れて座り込む姿には、公の場での凛々しさなど欠片もなかった。
流石にその姿には簪も哀れに感じたらしく、ポンポンと肩を叩きながら励ましていた。どうやら、すでに簪の中に姉へのコンプレックスは、微塵もないようだった。こうも連日、恥態を晒
していては当然かもしれない。


「えっと……元気出して、お姉ちゃん」
「ああっ、簪ちゃんのやさしさが身に沁みるわ」
「しかし、こんなことばかりしていては、そのうち簪さんに嫌われるかもしれんぞ」
「そんなことないわよね!!」
「う、うん」
「まあ、見ての通りシスコンだ。取り扱いには十分注意してくれ」


一応、一夏たちも入学式の挨拶で見知ってはいるのだが、そのときと今のギャップがひどすぎて反応に困っていた。


「そ、そうだ志保、さっきの頼み事だけど」
「ああ、そういえばそんなことを言っていたな」


結果、全員が見なかったことにした。華麗に無視したとも言うが。
そのスルーっぷりに更に落ち込み、屋上の隅っこで小さくなっている楯無、そこには生徒会長としての威厳など、欠片も存在していなかった。


「たしか、<白式>の遠距離武装の件だったか」
「やっぱり、刀一本だけじゃ戦術の幅が狭すぎるからな」
「最近の模擬戦の結果も芳しくないしね」
「ええ、基本的に一夏さんの<白式>は、燃費が最悪の短期決戦仕様、距離を保っていれば、そう怖い相手ではございませんわ」


一夏の不満に同意するように、鈴とセシリアが言葉を繋ぐ。
いっそ酷評と言っていいセシリアの評価だが、事実、その通りのため一夏は何も言い返せなかった。


「しかし、<白式>には拡張領域はないぞ。どうしようもあるまい」
「うん、そうだね、きつい言い方かもしれないけど、素人考えではどうにもならないと思う」


そして箒とシャルルが、否定的な意見を言う。
二人の意見はもっともであり、それには一夏と志保以外の全員がうなずいていた。
それもそうだろう、そもそも武装を積むスペースすらないのだから。


「………やっぱり、無理かな」


ダメ出しをくらい、気弱になる一夏。
しかし、志保は平然と言った。平然と、何でもないことのように。




「――――いや、できるぞ」




「………マジで!?」


あまりにも平然と言われたせいか、一瞬、反応できなかった一夏。
それは他の皆も同様だ、ISについてそれなりの知識があるがゆえに、余計に志保の一言が信じられなかった。


「いやあ、やっぱり言ってみるもんだなあ」
「そんなに大袈裟なことではないがな、昔知り合った、出鱈目なじいさんにつれていかれた場所で、面白いものを見てな」
(あのワルプルギスの魔女のせいで巻き込まれた厄介事が、こんなところで役に立つとはな、ヒヒイロカネはないが、ここの技術力なら代用できる合金が作れるだろう)


喜ぶ一夏とは対照的に、志保の表情には苦々しさが混じる。
かつて宝石の翁に、様々な平行世界につれ回され、様々な事件に巻き込まれたことを思い出しているせいだろう。


「その面白いものを作るの? 衛宮さん」
「その通りだ、まあ、作られたのがかなり昔だからな、技術的な問題はさほどないはずだ」


いったい何を作るのか、全員予想してみるが、もとより無理難題なこの問題を解決するものが何か、全く予想がつかないでいた。


「本当にあなたって出鱈目よね 」


毎度の事ながら、志保の異常性を認識した楯無が志保に詰め寄る。どうやら、無視されたことに対するショックからは立ち直れたらしい。
急接近する楯無と志保、それをみて不機嫌そうになる簪を、シャルルがなだめていた。


「いっておくが、今回の事を思い付けたのは、その出鱈目なじいさんのせいだぞ」
「そこまで出鱈目なの? 志保」
「………ああ、そうだ、あのじいさんを知っている身からしたら、さっきの会長の暴走なんて子供の癇癪だからな」


ISの武装まで持ち出した会長の暴走が、子供の癇癪レベルとかそのじいさんはどれだけ出鱈目なのか、全員が驚いていた。


「どんな人なのよ、その人は………」
「不条理と出鱈目と規格外のかたまりが、服を着て歩いているような存在だ」


志保をして、そうまで言わせるその人物の存在に、全員が軽く引いていた。
そんな中、簪が件の代物について聞いた。


「ねえ、志保、さっきいっていたものってどんなものなの?」
「それはできてのお楽しみ、だな」
「むう~、じゃあ、名前だけでも教えてよ」


技術的なことに関しても、それなりに造詣がある簪にとっては、それがどんなものなのか非常に気になった。
しかし、志保はもったいぶってその詳細を明かそうとはしなかった。
その態度に、簪は少しむくれて名前だけでも聞き出そうとした。
流石にそれぐらいは、教えないとかわいそうと感じたのか、志保はその名前を告げた。




「――――サンダラー、さ」






<あとがき>
この話の一番のネタキャラは会長です、異論は認めない。
あと今回は 、涙目のラウラが書けただけで満足です(オイ



[27061] 第十四話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/06/05 22:57


<第十四話>


犯罪の教唆と、そのための道具。


それが、僕が父親から与えられたもの。


母さんが死んだ後、突然近づいてきた父親。
ただ、対面や義務だけで、愛情なんて欠片もなくても僕は耐えられた。
なんの面識もなかったから、血が繋がっていたとしても、あの人が親であることの実感なんてなかったから。
けど現実は僕の想像を越えていた、まさか実の娘に犯罪を強要するなんて思ってもみなかった。
その時から、<シャルロット>は奪われて、<シャルル・デュノア>という仮面が与えられた。
<私>から<僕>に、<女の子>から<男の子>に、<ただの平凡な女学生>から<フランス代表候補生>、シャルロットを形作っていた全てのモノは剥ぎ取られ、シャルルという仮面を被るためのものが塗りたくられた。
そうして<僕>は、IS学園にやって来た。


世界で二人目の、男性のIS操縦者となって――――


織斑一夏のデータと、過日のクラス対抗戦で観測された、謎の一撃のデータを入手するために――――


=================


自動加工の旋盤が金属を削る音に、僕の意識は過去から現実に引き戻される。
昨日、衛宮さんが言った面白いものを作るため、衛宮さん自ら整備部の施設を借りて、例のものを作っているところだ。
僕も、その品物がどんなものか気になったから、こうして製作過程を見学しているんだけど………


「やっぱりつまらないか? デュノアさん」
「ううん、そんなことないよ、後、僕の事はシャルルって呼んでほしいな」
「じゃあ、私の事も志保でいいぞ。シャルル」


そういって衛宮さ…じゃなかった、志保はにこりと微笑む。
それだけなら普通なんだけど、今の志保の格好って、作業着姿なんだよね。しかも、スパナを片手に抱えてるし…普通、似合わないと思うんだよね、女の子のこんな格好って………


………何でこんなに似合ってるんだろう。


職人のかっこよさ、って言ったらいいのかな?
簪さん……だったかな、あの子が見惚れるのが何となくわかる気がする。
そういえば簪さんも一緒に見ていたんだけどな、用事があるってどこかに行っちゃった。


「さて、作業を再開するか」


どうやら志保は、作業の続きをやるみたいだ。
コンピューター制御の五面加工機から、さっきまで作っていた部品を取り出す、形状から推察するに、おそらくリボルバー式拳銃のシリンダーのようだ、ということはサンダラーは拳銃らしい。
次はどうやらバレル部分を作るみたいだ、細長い金属材を機械にセットしている。
その手際はとてもスムーズで、僕がさっき志保に抱いた職人というイメージ通りだ。
再び作業に集中している志保は無言で、作業場には静かなモーター音だけが響いている。
僕も静かに、その作業姿に魅入っていた。




「一つ聞いていいか?」


「どうしたの?」


突然の志保の質問、それは――――




「どうして男の振りをしているんだ?」




シャルル・デュノアという仮面に、亀裂をいれる一言だった。


「な………何を言っているのかな?」
「ちょうどここにいるのは、私たち二人だからな、他人の目の前でそういう質問をするのは不躾だと思ったんだ」
「いや、そういうことじゃなくて………、何で僕が男じゃないとか言うのさ」


ああもう、なんか志保のなかじゃ僕が女の子なのが、もう確定しているみたい。
何で? いつの間にばれたの、志保と一緒にいたのは今日の昼食の時だけなのに。
すると志保は、常の泰然としたようすを崩して、言いにくそうにその理由を言った。


「まあ、所作や体つきで服の上からでもそういうのはわかるんだよ。…………それに、下世話な話で言いにくいんだがな、シャルル、胸がでかいだろ? それを無理やり抑え込んでるから、動きにかなりの不自然さが出てるんだ」
「嘘っ!?」


いきなりそんなことを言われたものだから、僕はとっさに両腕で胸を隠すような動きをしてしまった。
そんな僕の反応を見て、志保は一言


「その反応は、女の子であることを如実に表してると思うんだがな……」
「あっ!!」


そうだよ、男の子だったなら胸を隠す必要なんてどこにもないじゃないか、僕の馬鹿っ!!
どうしよう、もう隠し通すことなんてできないよう……、まさか転入初日にばれちゃうなんて思ってもみなかった。


「………………そうだよ、僕は女の子だよ、はあ」
「あ~すまん、私が言うのもなんだが、そう落ち込むな」
「だってさあ……こんなにも早くばれるなんて思ってもみなかったんだよう」


ああ、だめだ、言葉にすると余計に落ち込んじゃうよ……、なんか涙まで出てきそう……


「うわっ、おい、泣かないでくれぇッ!?」
「だってぇ、もうこれでぼくは犯罪者で、刑務所行きだよぉ……ぐすっ」
「言わないっ、言わないからっ!」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。……全く、綺麗な顔が台無しだぞ、ほら、これで涙を拭いておけ」
「きっ、綺麗っ!?」
「うん? どうした?」
「な、何でもないよ!!」


なんか簪さんが、この子に惚れてる理由が分かったかもしれない……
ああいう歯の浮くようなセリフを自然に言うなんて……、そ、それにしても綺麗って言われちゃった。
そんなことを思いながら、志保から借りたハンカチで涙をぬぐった。


「ふう…落ち着いたようだな、それじゃあ本題に戻ろうか」
「うっ……戻ってほしくなかったかも」
「しかたがないだろう、……まあ、この時期にそんな恰好ということは、だいたいの想像はつくがな」
「うん…志保の予想通りだよ、僕がこんな恰好してるのはね……」


観念した僕は、洗いざらいを志保に話した。
父親のこと、デュノア社の現状、僕の目的、織斑一夏のデータの入手と、クラス対抗戦の謎の攻撃の調査、すべてを話した。
そういえば、謎の攻撃の調査のことを志保に話した時の表情、なんだか変だったなあ、もしかしたら何か知っているのかも。


「――――そうか」
「どうするの? やっぱり学園側に報告するのかな……ぐすっ」
「お願いだから泣くな、女の子の涙には勝てたためしがないんだ」


困り果てた様子でそういう志保、なんだかその言い方は男の子みたいで、それがなんだかおかしくて……自然と、僕は笑っていた。


「フフッ、変なこと言うんだね、志保は」
「当たり前だ、泣いた女性を相手にするぐらいなら、ISを相手にするほうがまだ楽だ」
「あははっ、志保って結構冗談言うんだね」
「シャルルに笑ってもらえたのなら、冗談を言ったかいがあるというものだな、…ああ、君には笑顔のほうが似合うな、泣き顔なんか似合わない」


そんなセリフを言われて、顔っが真っ赤になるのは当然だと思うんだ。
しかも志保に照れが一切ないから余計にね、僕だって女の子なんだから、そういうこと言われると照れちゃうよ。


「志保って、もうちょっと自分の言ったことを自覚したほうがいいと思うな」
「別に変なこと言ってないと思うが?」
「……そこがだめなんだよ」
「……うん、志保のそういうところは、駄目」
「そうそう、簪さんの言うとおり……って、あれ!? い、いつからいたの!?」
「……シャルルに笑ってもらえたのなら、のあたりから、……駄目だからね、志保に手を出すのは」


そういって志保にぴったりくっつく簪さん、も、もしかして僕、志保をそういう目で見てるって思われてる!?
違うから、僕はノーマルだから!! って、声をを大にして言いたいけど、今の僕はシャルルだから、不自然なことはないし、下手に言おうものなら簪さんにまでばれちゃうよお……
ううっ、なんかさっきから僕って、グダグダだよね、墓穴を掘ってばっかりだ。


「ところで簪さんの用事は終わったのか?」
「うん、それと、ここの使用時間がもうすぐ終わるから、それを伝えにきた」
「あ……本当だ」
「確かにな、ありがとう簪さん、わざわざ伝えに来てくれて」


そういって志保は簪さんの頭をなでると、工具の片付けを始めた。
あまりにもさりげなく行うから、一瞬、簪さんは何をされたのか分からなかったみたいだけど、すぐに顔を真っ赤にして固まっていた。


「お~い、簪さん、僕たちも出ようか」
「……ハッ!? う、うんわかった」
「……あはは」
「……志保、いつもあんな感じなんだ」
「……苦労してるんだね、会話したのは少しだけど、僕も十分理解したよ、志保の鈍感さ」


そんな簪さんと一緒に、僕は整備部の施設を後にした。


「じゃあまたね、志保」
「先に帰ってるから」
「ああ、気をつけてな、二人とも」


そうして僕たちは、笑顔で挨拶をかわす。




――――秘密がばれたショックは、いつの間にか消えていた。





=================




二人が去った後、志保はおもむろに携帯電話を取り出し、電話帳から番号を選択した。
他に誰もいない部屋に、電話の呼び出し音が響く。
しばらくの後、電話に一人の女性が出る。それは――――


「――――もしもし、織斑先生ですか、衛宮です。……例の件なんですが――――」


事態は静かに、主演の知らぬ間に進行しつつあった。






<あとがき>
やっぱりサンダラーの件は賛否が大きいですね、実を言うとラウラとの戦いにあまり変化が出ないから、オリジナルの話でも入れようと思いまして、サンダラーを出したのはその一環です。
だから、なんで志保があっさりとそういうのを作ったのとか、そういうのにもちゃんと理由は考えてあります。
まあ、ただ単にカッコイイと思ったのも事実ですが(汗




[27061] 第十五話
Name: ドレイク◆64dd2296 ID:613a5057
Date: 2011/06/09 21:54
<第十五話>


一夏と志保の二人はIS学園のアリーナのピットにいた。
一夏の依頼で志保が作った武装、サンダラーが完成したため、これからテストを行うところだ。
志保はまるで新しいおもちゃを目の前にした子供みたいに目を輝かせている一夏に、サンダラーを手渡す。


「へえ、これがサンダラーか……」


<白式>のマニュピレーターでサンダラーを持ち、一夏はいろいろな角度から観察している。
本来のサンダラーは中折れ式の四連装のリボルバー式拳銃だが、志保が製作した物はISに合わせてグリップを大型化している。
しかし、見た目は少々へんてこなリボルバー式拳銃にしか見えず、一夏は詳しい説明を志保に求めた。


「なあ、これって、他の拳銃となんか違いがあるのか?」
「ふむ、そうだな…機構自体には何の変哲もないリボルバー式拳銃だ。シリンダーには強度が必要だから、ISの接近戦用武装にも使われているSTM(スーパー・チタン・モリブデン)鋼が使われているぐらいだ」
「じゃあ、これってただの拳じゅ――――」


志保の説明で落胆の声をあげそうになる一夏、そこに第三者の、それもかなり逼迫した声が届いた。


「一夏っ!! 大変だよ、アリーナで乱闘騒ぎが起こってる!!」
「なんだって!?」


声の主はシャルル、何でもアリーナで、鈴とセシリアとラウラが決闘しているらしい。
その説明を聞いた一夏は、一目散にアリーナへと向かった。サンダラーを掴んだまま――
しかもタイミングが悪いことにサンダラーには、最大の特徴である特殊弾頭、通称“赤弾”が装填されていた。
硫化水銀の弾頭にニトロを使った炸薬で形成され、射程は短いもののグレネード並みの爆発を引き起こす法外の物である。
要約すれば、リボルバー式拳銃の形をしたグレネードランチャー、それがサンダラーの正体だ。


――――さて、一夏がそれを認識しているかというと、……もちろん否である。
そんな出鱈目なもの、素人に毛が生えた一夏…どころか、この学園の教師陣であっても正しく認識できないだろう。
まあ、一夏が志保にこの依頼をしたのも、教師や代表候補生という、ISを熟知した者でも解決できなかった問題なのだから、誰も知らないような出鱈目な何かを持った誰かでないと、解決できないと思ったからなのだが。
……このことを志保が知れば、間違いなく<白式>を標的にしてサンダラーのテストを行ったに違いない。


「ちょっと、いってくるぜ志保!!」
「お~い……はあ、一夏のやつ…」


走り去る一夏の背に、志保は力なく制止の声をかけるが、勿論そんなもので止まってくれるはずもなく、制止の声はすぐに溜息にとなった。


「まったく…、あの阿呆どもは……」


そのため息に同調するように、一人の女性の溜息が重なる。
黒のスーツを着こなした世界最強の美女、織斑千冬だ。
千冬はそのまま、志保に対し話しかける。その様子は初対面という感じではなく、面識のある知り合いという感じだったが。


「すまんな、愚弟が迷惑をかける……」
「いえ、気にしなくていいですよ、あれぐらいだったら可愛いものです」
「まるで、もっとどでかい厄介事を引き起こす人物が、身近にいたみたいだな」
「…………ええ、いました」
「…………奇遇だな、私もだ」
「しかもそういう人物に限って、自分から厄介ごとを引き起こして、こっちを存分にひっかきまわした揚句、自分でさっさと解決するんですよね。……しかも、ぎりぎりの一線は守るからいつの間にか有耶無耶になっている、って感じで……」
「ああ、まったくもってその通りだな、私の身近にいる奴もそういうやつだ……」
「……はあ」
「……はあ」


またもや同時に溜息をつく二人、哀愁漂う妙な雰囲気を変えるために、千冬は今しがた志保が一夏に渡したサンダラーについて話を振った。


「――――ところで、あのサンダラー…だったか、あれのデータを見せてもらったが、とんでもない代物だな」
「そうですか? いたってシンプルな構造だと思うんですが」
「確かに、一夏にてこ入れするのはお前と話し合って決めたがな……」
「一夏もいいタイミングで、あんな依頼をしてくれましたしね」
「それにしたってあんなゲテモノである必要があるのか?」
「あれである…じゃなく、あれしか無理だったんですよ……、現状、一夏はいつ狙われてもおかしくはない」
「ああ、……そうだな」


志保の最後の一言に、千冬は己の無力さに腹立たしさを覚え、志保との協力体制が決まった時のことを思い返していた。


――――話は、シャルルとラウラが転入してくる少し前にさかのぼる。




=================




――――IS学園の、人気の少ない校舎裏で一人の女生徒が、通信端末片手に小声で会話していた。


「……以上が、ターゲットの現状です。故意か偶然かはわかりませんが、ターゲットの周囲には代表候補生が二人おり、身柄の確保は大変困難であると言わざるをえません。……どうにかして、ターゲットを誘い出すしか――――」


小声で話し続ける女生徒。
その内容は不穏極まりなく、明らかに、そういった目的を持ってこの学園に入ってきたと推察できる。
しかし、突然端末を切ると周囲を警戒し、懐からセキュリティ対策のセラミック製のナイフを取り出す。
ナイフを逆手に構え、周りの気配を探る女生徒だったが……


(――――全く気配が掴めん!? 先ほど漏れたのは……くそっ、こちらの素性を確認するためのものか!! まんまと嵌められた、これではもう誤魔化しようがない!!)


ならば、こちらに仕掛けるときにカウンターを狙うしかない。いくらなんでも学園内で銃器を使用するような愚虚を犯す筈がないと、仕掛けるならば接近戦だと彼女はそう判断した。
神経を研ぎ澄ませ、只管待ちに徹する彼女、唯一の誤算は敵対者が一人ではなかったことだ。


――――動きを見せる“二つ”の気配。


そのことに一瞬の動揺をさらし、叩き伏せられる彼女は薄れゆく意識の中、その間抜けさを後悔していた。




「……まさか、同じタイミングで確保に動くものがいるとは、な……」
「……それはこっちのセリフだ、後、教師には敬語くらい使え」
「確かに…、失礼しました、織斑先生」
「おまえは、確か四組の衛宮か」
「ええ、そうです、……まさか一生徒の自分の名前を知っているとは思いませんでした」
「言っておくが、楯無との一戦で、お前の名前は教師全員に知られているぞ」
「……マジで!?」
「マジだ」


そんな会話を交わしながら、二人は期せずして共同で確保した諜報員の拘束と、情報の分析を行っていた。
やはりというか、端末のデータは消去され、所持品にも身元を示すものはない。
しかし目的だけは志保が、“見て”いた。


「何かわかったか、衛宮」
「とりあえず所持品からは何も……、しかしおおよその目的はわかっています」
「織斑一夏か」
「ええ」
「よく聞こえたな、かなりの距離があったぞ」
「いえ、読唇術で見たんですよ、織斑一夏を確保するのは困難だ、とね」
「またずいぶんと、みょうちくりんな特技を持っているものだな」


要注意生徒の意外な特技を知った千冬の携帯電話に、真耶から連絡が入る。
それによれば、確保した諜報員を尋問するための準備が整ったということだ。
それを聞いた千冬は、気絶している諜報員を軽々と担ぎながら、志保に言った。


「さて、こいつの尋問と……衛宮、お前と面談を行う必要が出てきたな」
「……でしょうね」


有無を言わさぬその瞳に、志保はただ、従うしかなかった。




――――三十分後、面談室で志保と千冬は向き合っていた。




「さて、……衛宮、最初に聞こう、どうしてあの諜報員に気付いた」
「織斑一夏の周囲には、結構気を配っていましたからね、もっとも、ここ数日気配が変わったので、……それもあまりよくない方向に、だから今回動いたわけです」
「おおよそ私と同じ理由だな、不幸なことだな、タイミングがずれていればこんな厄介なことにならなかったというのに」
「昔から幸運には恵まれていませんでしたからね、私は」


だからこうして面倒なことになったと、溜息をつく志保。若しタイミングがずれ、千冬が先に動いたならばそのまま学園が対応して何事もなし、志保が先に動いても匿名で通報すればそれで済む。
だからこそ、こんなタイミングは奇跡的に最悪過ぎた。
ぶっちゃけあの時、お互いの技量が高すぎて、お互い仕掛けるまで気付かなかったのだから。
それでも動揺を出すことなく、諜報員を確保することができたのは流石と言うほかない。


「その点に関しては同情もしよう、――――では、最も重要な質問をしようか」


同情から一転、千冬は抜き身の刃のような鋭さを帯びて、言葉通り最も重要な質問をした。
志保もまた、居住まいを正し、千冬の言葉を待った。




「おまえは一夏の敵か? ――――衛宮志保」
「違います、むしろ味方と言っていい」
「単なる学友の為に、諜報員の確保にまで動くのか」
「ええ、そうですよ…と言いたいですが、それなりの理由はあります」
「ほう、それはなんだ?」


志保の一言に興味を示す千冬、学園の教師陣にとって衛宮志保という存在は、訳が分からなすぎる存在だ。
楯無が志保と戦った時、素人ではないと思ったのは教師陣にとっても同様だった。
その後、衛宮志保の身辺調査を改めて行ったのだが、全くの白。後ろ暗い関係など、何一つ見つからなかった。
何かあるが、何があるのかまったくわからない謎の人物。それが教師陣から見た衛宮志保の評価だった。


「一夏が公にされると厄介なことになる、私の事情を知っているからですよ」
「おかしな話だな、それならば機をうかがっての一夏の暗殺でもしたほうが筋は通る……最も、そんな真似は絶対にやらせんがな」


口調は固いが言葉の端々に滲みでる、姉としての愛情にどこぞの生徒会長を重ねてしまい、つい苦笑を洩らす志保。
その笑いが癪に障ったのか、千冬は眉をしかめ、傍らに(なぜか)あった出席簿(伝家の宝刀)を手に取る。


「すみません、織斑先生の最愛の弟に対する愛情が微笑ましくて、つい……」
「ほう、……喧嘩売っているのか、貴様」
「いえいえ、織斑先生にこれほどの愛情を向けられて、一夏のやつも幸せだと思って」
「……あたりまえだ」
「ちょっと照れてます?」
「……うるさい」


志保のからかいに視線をそらす千冬、顔が赤いのはきっと夕日のせいだけではないのだろう。
どうにかして、平静をを取り戻した千冬は、改めて志保に聞いた。


「――――改めて聞くぞ、おまえは一夏の味方か?」


“敵”ではなく“味方”という言葉を使う千冬、つまりは志保にこう聞いているのだ。
これからも、一夏の力になり続けてくれるのか、と――
言葉の裏に込められた思いを志保は理解して、胸を張って答える。




「――――ええ、勿論です、あいつの期待を裏切るような真似は、したくない」




志保の脳裏によぎるのは、かつての一夏の純真な眼差し、自分を正義の味方だと、曇りなき瞳で信頼してくれた。
それを裏切るような真似、”衛宮”志保は絶対にしない。


「そうか、その言葉、……とりあえずは信頼しよう」


千冬もまた、志保の言葉に込められた真摯な想いを理解した。
たがいに微笑む二人、その姿は窓から差し込む夕焼けで赤く染まっていた。
そして、日が沈み外が暗くなったのに合わせるように、会話に剣呑さが混じり始める。




「――――ところで衛宮、一夏の現状で、一番まずい点はどこだと考えている?」
「――――正直に言うならば、“舐められている“、その一点に尽きますね」
「おまえも、そう思っているか」
「ええ」


あまりにも旨味があり過ぎるのだ、織斑一夏という存在は――
世界初の男性IS操縦者、使用機体は篠ノ之束が製作にかかわった最新鋭機体、そして一夏はいまだISに関わってから数カ月しかたっていない、若葉マーク付きのひよっこだ。
もし仮に、他の最新鋭機の奪取を試みた場合、相対するのは最新鋭機を任せられるだけの技量を持ったパイロットだ。
対して一夏は前述したとおりの有様、しかも<白式>の武装はいくら強力といえどもブレード一本のみ、此方もISを持ち出せばパイロット共々奪取できる可能性は、かなり高くなる。
これほどまでに葱を背負いまくった鴨も、そうそういないだろう。


「これを改善するためには、一夏が独力で敵を倒し、示さねばならないでしょうね」
「自分が敵にあらがえるだけの牙を、戦う力を持っていることを、か………」
「<白式>がもっとバランスの取れた機体なら、多少はマシだったかもしれないですが」
「それを言ってくれるな、いろいろと思惑が絡み合ってのアレだからな」
「どうにかして、一夏の戦闘能力をあげる、とれる行動と言ったらそれぐらいでしょうか」
「そうだな、どうやるのかすら未だ見えんが、それしかないな……」


沈黙する二人、こんな消極的な、策とも呼べない行動しかとれぬ事実がのしかかる。
いつか、一夏が命を賭けた、銃火の中を突き進む時が来るだろう。
二人に出来ることは、そんな一夏を支えることだけだ。




一夏の道は、一夏自身が切り開くしかないのだから――――




=================




「話を戻しますが、一夏の技量を時間をかけてゆっくり鍛える、なんてことができない以上、即効性のある武器が望ましい、ただのIS用ハンドガンなんて与えても、一夏の技量じゃ有効打はそうそう望めないし、もし当たったとしてもそれほどのダメージを与えられるわけでもない」
「そうだな、だからこそ、サンダラーを作ったというわけか、あれならば、まぐれあたりでも必殺を狙えるやもしれんからな」
「何せ、あれの設計コンセプトは、“多少はずれた所でも一撃必殺”ですからね」
「だからこそ、一夏を狙う輩にとっては隠し玉になりえるか、……あれをどういうルートで知ったのかは今更問わんが、礼を言うぞ」
「同じ学園の仲間として、当然のことですよ」
「フッ、よく言う」


千冬は皮肉げな笑みを浮かべると、ピットにあったISの接近戦用のブレードを持った。”生身”で――
志保もそれに合わせるようにブレードを持った。こちらも当然生身でだ。


「とりあえず今は、あの馬鹿どもを止めるとするか」
「お付き合いしましょう、織斑先生」


言葉をかわし、悠然と進む二人。
その場に居合わせた少数の生徒が、ビビって壁際に逃げる。そりゃ誰だって逃げるだろう。
そして二人がアリーナに入った時――――




=================




「その手を離しやがれ!!」
「ふん、ついでだ、貴様もここで叩きのめしてやろう!!」


セシリアと鈴を叩きのめし、つかみ上げているラウラとそのIS<シュヴァルツェア・レーゲン>
それを引き離すように、一夏はサンダラーをとっさに撃とうとしてしまう。
データにない<白式>の遠距離武装の存在にも慌てることなく、ラウラは己が機体の最大の特徴、<停止結界>を発動させる。
対象にかかる運動エネルギーを、文字通り停止して零にしてしまうこの武装を前に<白式>の武装など簡単に止められる、ラウラはそう思っていた。


ラウラに誤算があったとすれば、銃弾の軌道を見切り、必要最小限度の大きさで、<停止結界>を発動させてしまったことだろうか。
思い出していただきたいのだが、サンダラーには今、赤弾が装填されているのだ。




盛大な火球が、白と黒を飲み込んだ。
ラウラのほうは停止結界の範囲が小さすぎたため、爆炎を止められず。
一夏のほうは、サンダラーがそんな出鱈目な銃など知らぬゆえに、至近距離で盛大に発射して自滅した。


「…………ケフッ!?」
「…………ゴホッ!?」
「「…………危なかった(ですわ)」」


さっきの剣幕などど声やら、目を白黒させてせき込む二人。
足元では、ぎりぎり火球に呑み込まれなかったセシリアと鈴が、盛大に冷や汗をかいていた。
そして、こんなバカ騒ぎをしている阿呆どもに鉄鎚を下す、二人の修羅が現れる。




「――――いい加減にしろ、この馬鹿どもが」
「――――テストも説明もしていないのに、いきなりぶっ放すとはいい度胸だ一夏」
「「――――へっ!?」」


間抜けな反応を見せるバカ二人に、怒れる修羅の鉄鎚がくだされ、アリーナに盛大な金属音が響き渡ったのだった。








<あとがき>
やっぱり一夏の状況って、危険すぎるにもほどがあると思うんですよね、今回の話で説明したように……というわけで、そういう方面のごたごたがタッグマッチの前に起こります。
その間ラウラの出番が少なくなりますので、ブラックラビッ党の方々にはいましばらくの我慢をお願いします。


後、サンダラーの解説をば……
八房龍之助著の漫画「宵闇眩灯草紙」に出てくる拳銃。
性能の説明は今回の話で言ったように、拳銃の形をしたグレネードランチャーと言う法外なもの。
作中では、ビリー・ザ・キッドとパット・ギャレットが、この拳銃を使い決闘していた。
後、四連装なのに、どう見ても四発以上連射していたのは、突っ込んではいけないのだろうか。



[27061] 第十六話
Name: ドレイク◆64dd2296 ID:613a5057
Date: 2011/06/18 23:42
<第十六話>


「――――大体、模擬戦自体をやるなとは言わんが、限度というものがあるだろう。それに前々から思っていたのだがお前には協調性というものがない……」
「――――いくら絶対防御があるとはいえ、お前が扱っているのは兵器だ、人を容易く殺傷せしめる危険物だ、……それをろくな説明も受けず……」


アリーナでの一件の後、一夏とラウラは、それぞれ志保と千冬に説教を受けていた。
しかも正座で、しかもISを装着したまま……それを二人の女性が説教しているのは、かなりシュールな光景である。
鈴とセシリアはすでに保健室に運ばれている、二人とも命に別条はなかったが、……もし、サンダラーの爆発が彼女たちを巻き込んでいたら、かなり洒落にならないことになっていたかもしれない。
志保の説教に熱がこもっているのも、それが理由だろう。


「………お前のせいだぞ…乱闘騒ぎなんて起こすから……」
「………お前が怒られているのは自業自得だろう……」


説教を受けている二人は、互いに肘で突きながら責任を押し付け合っていた。……まるっきり子供である。
当然、その行動は志保と千冬にさらなる怒りを注ぎ込んだ。


「「ちゃんと聞けっ!!」」
「「は、はいっ!?」」


表情を更に険しくし、一喝する二人。一夏とラウラは身をすくませ、怒れる二人の夜叉が鎮まるのをひたすらに耐えようとした。
続く言葉が、死刑宣告だとはつゆとも思わずに――――


「聞く気がないなら、肉体言語で話してやろうか?」
「いいですね、――――せめてもの情けだ、ISの使用ぐらいは許可してやろう」
「この馬鹿相手なら、打鉄で十分だな」
「むしろ私は、信頼性の低い実験武装搭載している第三世代機より、打鉄の様な機体のほうが好みですが」
「同感だな、マッドの作るわけがわからんものはもうたくさんだ」


不穏な言葉が混ざった異様な会話を繰り広げる二人に、一夏とラウラは冷や汗を流しながらも、これから行われる事の内容(処刑方法)を聞いた。
お馬鹿な死刑囚二人に、死刑執行者の無慈悲な宣告が下される。


「「あの~、何をやるんだ(ですか)?」」
「「――――私たちがいいというまでひたすらの戦闘訓練に決まっているだろう」」
「あの~、拒否権は?」
「あると思っているのか?」
「ですよね~」
「安心しろ」
「へ!?」
「――――命は保証してやる」
「「出来るかぁっ!!」」


勿論、哀れな死刑囚が何を言おうと、死刑執行が回避されるはずもなく、容赦なく死刑は執行された。
放課後のアリーナにお馬鹿二人の悲鳴が、しばらくの間響き続けたのだった。


「なんで<白式>に<打鉄>で追いつけるんだよ!?」
「おまえの軌道に無駄が多すぎるからだ、故に追い付かれる」
「だいたい千冬姉に、ISの操縦でかなうわけが…ぐはっ!?」
「隙を見せるな、戯けが!!」
「何だこの射撃精度は!? 回避行動をとっているのにどうしてこうも当たる!!」
「当たるから当たる……そうとしか言えんがな」
「なんでワイヤーブレードを撃ち落とせるんだ!?」
「だから言っているだろう……、当たるから当たるんだと」
「何なんだ、この出鱈目人間は……」


練習機である<打鉄>ゆえに、それほど高威力の武装はないが、じわじわと真綿で首を絞めるようにシールドエネルギーは削られ、此方の攻撃は一切当たらないという、かなりトラウマに残るような戦闘訓練と言う名の処刑は、一夏とラウラの精根が尽き果てるまで続けられたのだった。




=================




――――一方その頃保健室では、シャルルと騒ぎを聞きつけやってきた簪が、鈴とセシリアをベットに寝かしつけたところだった。


「ふうっ、ありがとう、簪さん」
「当然のこと、しただけだよ」


そういってほほ笑む簪。しかし、メガネの形状をした簡易ディスプレイで二人のIS、<ブルー・ティアーズ>と<甲龍>のステータスチェックを行うと、その結果に表情を曇らせてしまった。


「………やっぱり、かなり損傷しているね、今度のタッグマッチに出場するのはやめたほうがいいよ」
「じゃあ、あんのむかつくやつにリベンジはできないってわけ!!」
「ひと泡吹かせることすらできないとは、屈辱ですわ!!」


簪の言葉に、怪我の痛みとは別に顔をしかめる二人。簪も戦闘の結果は詳しくは聞いていないが、代表候補生であるにもかかわらず二対一のハンデを背負って負けたのは、相当に悔しいのだろうと察した。


「………あ~、一泡吹かすって言う点じゃ、心配はいらないんじゃないかな?」
「「どういう意味よ(ですの)!!」」


シャルルの言葉に噛みつく二人、しかし、続きを聞いた途端同情すら顔に浮かべていた。


「織斑先生と志保が、大分怒ってたからね、………一夏とラウラに」
「あ~、それは……」
「お二人とも、ご愁傷さま、としか言えませんですわね」


あの二人が怒っている、それだけで一夏とラウラは相当な目にあっているのだろう、そう思えるほどだった。
事実、現在進行形で戦闘訓練と言う名の処刑が執行されている真っ最中である。
そんな中、簪があることに気づく。


「ねえ、何か音しない?」
「音? そういえば……」
「廊下のほうから……」
「ドドドって音がするね……」


次の瞬間、盛大にぶち破られる保健室のドア。入ってくるは女生徒の群れ、群れ、群れ。
大群、そういって差し支えがない人数が狭い保健室に雪崩れ込んできたのだ。


「「「「何なの一体!?」」」」


あまりのことに、ただただ驚く四人。
突入してきた女生徒が全員、獣のように血走った眼をしているのだから当然だろう。と言うか普通に怖い。
あまりの恐さに簪なんかは涙目になっている。


「………ど、どうしたの……いったい?」


シャルルがどうにか、腰が引けながらも突入してきた一団の目的を問いただす。
中にはビビり気味なシャルルの様子を見て、「怯える美少年……いいわっ!!」などといって、息を荒げるものがいた。
そして一団はそろって一枚の紙を取り出すと、息ぴったりに叫んだ。


「「「「「「「「「「今度のタッグマッチ、私と組んでシャルル君!!」」」」」」」」」」
「え、え~と…………」


鬼気迫る、いっそそう言ってもいいほどの気迫で叫ぶ女生徒達。げに恐ろしきは乙女の欲望か、シャルルがもしシャルロットとばれたら、いったいどういう反応をするのだろうか。
そして、無理にもほどがある選択を突きつけられたシャルル。こんな状況で誰か一人を選べとか、はっきり言って無茶にもほどがある。
もし選んだら暴動が起きかねない、そう言えるほどの雰囲気を女生徒たちは発していた。
そしてこの場に、シャルルの素性を知っているものはいなかった。
第一、シャルルの素性を知っているのは、学園全体でも二人しかいないのだから当然だ。
ちなみに知っているのは志保と、天然ラブコメ体質の一夏である。
一夏がどうして知っているのかは、シャルルと同室なのだから起こるべくして起こることが発生した、そうとしか言えない。


「「「「「「「「「「勿論選ぶのは私よね!!」」」」」」」」」」


圧殺せんとばかりに迫る女生徒の群れに、シャルルがとれる行動は一つしかなかった。




――――すなわち逃走、逃げの一手。




「ごめんなさい!!」
「「「「「「「「「「逃がすかぁっ!!」」」」」」」」」」


入り口はふさがれているが故に、窓から逃走を図るシャルル。
大人数であるはずなのに、シャルルを追いかけ一瞬で走り去る女生徒の群れ。


「……どうしよう」
「……ほっといていいんじゃない?」
「……自分に好意を寄せてくれる女性の相手をするのは、殿方の義務ですから」
「義務と言っても、無理がないかな」


セシリアのあまりな一言に、簪はシャルルに同情していた。




=================




「「「「「「「「「「待ちなさ~い!!」」」」」」」」」」
「待てるわけないよお!!」


涙目になりながら、只管に逃げ続けるシャルル。シャルルはこの時ほど、男装をしていることを後悔したことはなかった。
どうして自分がこんな目にあっているのか、フランスにいる父親に<ラファール・リヴァイブカスタム>の火器を叩き込んでやりたくなった。
そんな現実逃避をしていたせいか、廊下の曲がり角で誰かにぶつかり、もつれながら倒れてしまった。


「うおっ!?」
「うわわっ!?」


盛大に倒れ込み、シャルルが初めに認識したのは、掌に感じる柔らかい感覚だった。
目を開き、誰とぶつかったのかを確認する。
目に入るのは、赤い髪、そして――――自分が偶然揉みし抱く形となった……女性の胸。
つまりはぶつかったのは志保で、自分は志保を押し倒し胸を触っているかのような格好になっていると、そう認識した途端シャルルは顔を真っ赤にした。


(え~と、今僕は男子生徒で、志保は当然女性……まずいよね、これ)


このままじゃ自分が変態扱いされる。そのことにいいようのない恐怖心を抱くシャルル。
そうこうしている間に女生徒の一団が、致命的な現場にたどり着いた。


「「「「「「「「「「追いついた…って、ええっ!?」」」」」」」」」」


そりゃあ、美少年が女の子を押し倒しているところを見れば、誰だって驚くだろう。
その驚きの顔が、歓喜混じりであったのは気のせいだと信じたい。
「白昼堂々の、美少年公開プレイキターーーー!!」、そんな声は聞こえない、そう信じたいシャルルであった。


(ど、ど、どうしよう、誰か助けてよぅ………)


内心、混乱しまくりのシャルル。自身が性犯罪者一歩手前の状況であれば仕方のないことだろう。
そしてパニックであるが故に、突飛な発言をするのは仕方のないことだろう。
何より、シャルルの秘密を知る人物が目の前にいるのだから。


「お~い。そろそろどいてくれると嬉しいんだが」
「し、志保!!」
「な、なんだ!? 急に大声をあげて」


胸を触られているというのに、平然としている志保に、シャルルは混乱した頭で致命的な一言を発した。




「僕のパートナーになって!!」




聞き様によってはプロポーズにも取れかねない一言、しかも体勢が体勢だ。
誤解しまくった歓声を上げる女生徒達。廊下に悲痛な叫びが木霊する。




「「「「「「「「「「嘘っ!! シャルル君って衛宮さん狙い!?」」」」」」」」」」




「いい加減どいてくれないかな、……そして何がどうなっているのか誰か教えてくれ」


呆れ果てた志保の声は、その悲鳴にかき消される。
一夏のラブコメ体質も大概ではあるが、志保も大概のようだ。











<あとがき>
ラッキースケベな主人公は多いから、たまにはラッキースケベなヒロインがいてもいいよね(どういう理屈だ!!
シャルロッ党の皆様には、伏して謝罪申し上げます。
しかし、IFネタかいたせいで電磁抜刀を使うラウラなんて妄想が浮かんでくれるんだがどうしよう。
あと、魔法少女マジカル☆ウィンター☆千冬の需要って、いまだあるんだろうか。


そして、IFネタ二発目の最後の技に突っ込みがなかったことに驚いた。
作者としては盛大に批判を喰らうと思ってましたから。
ちなみに、あの技の村正主要キャラの対処法は以下の通り。

武帝、電磁抜刀・穿のほうが、技の出は早いので、同時ならば武帝の勝ち。

復讐者、隙が大きいので迂闊に出そうとしたら、ゲェハハハハハッ!!+イタクァのコンボ発動。

銀製号、乙女の一念舐めるでないわっ!! +力技

英雄、真っ二つ? 大丈夫だ、問題ない。

あれ? こうして見ると意外に大したことがない気がしてきた。




[27061] 第十七話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/06/27 07:11
<第十七話>


「――――あ~、事情はわかった」
「その……ほんとに、ごめんね」
「あれだけ大人数の前で言ってしまったからな、今更撤回はできんだろうし」


校内での追跡劇の後、シャルルは志保の部屋で事情を説明していた。
ちなみにシャルルをつけ狙っていた女子生徒の一団は、戦闘訓練を終えて疲労困憊の一夏とラウラを送り届けた帰りの千冬が、説教を喰らわせていた。
馬鹿二人の制裁を終えた後にこの騒動なので、相当に機嫌が悪かった。
御愁傷さまとしか……いや、自業自得としか言いようがない。


「ほんとにさ……、怖かったんだよ」
「あー、そうだよなあ」


目を血走らせ、獲物を狙う狩人のごとく追いかけてくる一団(女子)。
確かに怖い、そんなものに追いかけられてシャルルも相当に参っていた。そのせいだろう、瞳には涙が溜まり、頬は上気し非常に嗜虐心をそそらせる格好になっていた。


(……まあ、こういうところが彼女たちの琴線に触れるんだろうなあ………)
「ぐすっ、……どうしたの?」
「いや、なんでもないよ、……そうだな、しいて言えば、シャルルを狙う人たちの気持ちが、少しばかり理解できたんだよ」
「ふ~ん、…………………………………ふぇ!? え? あ、あの…えっと……」


シャルルが志保の言葉の内容を理解するのには、少しばかり時間がかかった。
気付けばもう、顔を真っ赤にして言葉を話すことさえ覚束なくなるぐらいに混乱していた。
そのあまりの慌てっぷりに、志保もつい笑ってしまった。


「ハハッ、冗談だよ」
「う~、もうっ、志保の馬鹿…」
「すまないな、……しかし、私はシャルルの正体を知っているんだから、そこまで慌てることもないと思うが?」
「そ、そうだよね…ハハハ……」
(うう、なんでぼく、志保の前だとへまばっかりしちゃうんだろう……)


肩を落とし落ち込むシャルル。確かに志保の言うとおり、志保はシャルルを女性だと知っているのだから、あんなにも慌てふためくことはない。
女性同士のちょっとした冗談、普通なら軽く流せるような内容だ。
それなのにあわててしまった理由を考え、シャルルは一つの結論にたどり着く。


(ああ、分かった、……志保って男っぽいんだ)


格好や所作ではない、自然と帯びる雰囲気が男性のそれに近いのだと気づいた。
だからこそ、同姓どうしの冗談にも過敏に反応してしまったのだ。


(そう言えば、作業着も妙に似合ってたのはそれが理由だったのかな?)
「どうしたんだ?」


少しばかり考え込んでしまったシャルルに、志保が声をかける。
ちょうどいいとばかりに、シャルルは先の仕返しをすることにした。茶目っ気を乗せて、シャルルの唇が言葉を紡ぐ。


「ううん、なんでもないよ、……ただ、志保のカッコよさに見惚れてただけだからね」


しかし、相手が悪かった。その程度のからかいなど、かつての経験で様々な人物に(強制的に)鍛えられた志保にしてみれば、返しの言葉を繋げるぐらいは造作もなかった。


「ほう、…それは光栄なことだな、シャルルの様な可愛い子にそうまで言われるとは、捨てたものではないな私も」
「……………………あうぅ」


そんな気の抜けた声とともに、再び顔を真っ赤にさせるシャルル。
ちなみに志保はここまでやっても、思春期故の多感さのせいで過敏に反応してしまったのだろうとしか認識していなかった。本当にたちが悪い。
元男の少女にやり込められる男装美少女……、言葉にすると中々にカオスである。


「――――さてと、冗談はこのくらいにしておこうか」
「え~と、………何かあったかな?」
「……タッグマッチのパートナーになったのだから、互いの戦術やら機動、連携の方法など、話すことは多々あると思うが?」
「……そうだったね、つい忘れちゃってたよ」


自分が原因でこのような事態になっていたのに、すっかり忘れ去っていたことに少しばかり罪悪感を抱くシャルル。
そんな思いを抱きながらも、自身の専用IS<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の待機状態である胸元のネックレスを取り出し、パソコンとリンクさせる。
高速で情報処理を行うディスプレイが、機体の各種パラメータ・格納領域の武装の一覧を表示する。


「これが僕の機体、<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>の性能だね」
「専用機とはいっても、元が第二世代機、それほど突出した性能ではないんだな」


表示されたパラメータのグラフには尖った点はなく、それほどISの知識がない志保でもバランスの取れた機体だと知ることができた。
あえて言うのであれば、同じく第二世代練習機である<打鉄>とは違い、中距離の射撃戦に比重が置かれている。
事実、一部基本装備を外し、格納領域を増設した<ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ>には多数の銃火器が搭載されている。


「そうだね、多数の武器を使っての多彩な戦術がこの機体の強みだから、……他の専用機とは違って実験兵装も何も積んではいないから、ちょっと地味かもしれないね」
「確かに地味かもしれないが、私としてはそう言う機体のほうが好みだな」
「へえ~、そういう意見ってこの学校じゃちょっと珍しいよね」
「兵器に何より必要なのは、信頼性だと思っているからな」


したり顔でそう語る志保。その言葉には説得力はあったのだが、一介の女子高生にすぎない筈の志保が、まるでベテランの兵士の様な雰囲気をもって語る様は、シャルルに笑いを誘うには十分なものだった。


「あははっ、まるでベテランって感じだね」
「……茶化さないでくれ」


志保の表情にはそう変化がなかったが、少しばかり顔に赤みがかかったのをシャルルは見逃さなかった。
志保のほうも、自分の経歴を考えればさっきの発言が、カッコつけて言っているようにしか思えなかったため、内心相当恥ずかしがっていた。


(さっきからやり込められてばかりなんだから、……ちょっとぐらい仕返ししたっていいよね)
「あれれ~、ひょっとして志保、――――照れてる?」
「…………そんなことないぞ」


内心を指摘されたせいで、顔の赤みが増した志保。
最早、誰の目から見ても照れているようにしか見えない様子に、シャルルは満足していた。
普段、冷静の一言が似合う志保が、顔を真っ赤にして羞恥に悶える様を見ていると、顔がついついにやけそうになってしまう。
それを必死に隠しながら、シャルルはまたもや脱線した話の本筋を元に戻す。


「そう言えばさ、志保はどういった戦い方が得意なの?」
「……私の戦い方か? ふむ……基本的にはどんな距離でも行けると思うが、空戦技術はお世辞にも一人前とは言えないがな」
「けど、……志保って一般からの入試だよね」
「そうだが?」
「だったら、授業でもそれほどISに乗ってないんじゃないの?」
「――――あ~、うちの生徒会長いるだろ?」
「……あの人だよね」


シャルルの脳裏に浮かぶのは、かつて昼休みに暴走してISを使って志保を襲い、あっけなく返り討ちにあって鎮圧された……ぶっちゃけて言ってしまえば変な人だった。
しかし、聞くところによると彼女は、ロシアの国家代表であるらしいので実力のほうは折り紙つきなのだろうと認識していた。


「あの人と、模擬戦をやったこともあってな」
「結果は?」
「勿論負けたに決まっているだろう」
「……だよねえ」


しかし、会話に出たとあっては、どんな戦いであったのか気にもなる。
シャルルは模擬戦・公式戦を問わず、ISの戦いは必ず記録しておくことを義務付けている学園の規則を思い出した。


「けど、どんな戦いだったのか気になるなあ、…ねえ、志保、ちょっと見せてもらってもいいかな」
「別にかまわないが?」
「じゃあ、見せてもらおう~っと」


そう言ってシャルルは端末を操作して、学園の資料室にアクセス、志保の戦いの記録を閲覧しようとした。
しかし、出てきたのは――――


「あれ、アクセス制限かかってるよ!?」
「なに!? なんでたかが模擬戦でアクセス制限なんてかかるんだ?」


端末の画面を覗き込んで、表示される内容に目を白黒させる二人。
どうでもいいが身を寄せ合って覗き込む姿は、どう見ても恋人のそれにしか見えないのだが、シャルルはともかく志保は絶対気付かないのだろう、きっと………。
それはさておき、志保は職員室の千冬に連絡を取った。画面が切り替わり、先程まで馬鹿集団の相手をしていたせいか、不機嫌そうな表情の千冬が映し出される。


「――――どうした、衛宮」
「ええ、実は――――」


事情を説明する志保、それを聞いた千冬は頭を抱える。


「………ああ、そういえば言ってなかったな」
「どういうことですか?」
「おまえの戦闘記録など、他の生徒に悪影響しか及ぼさんからな」
「――――ちょっと待て、オイ!?」


千冬のあんまりな言いように、流石の志保も敬語でしゃべるのを忘れて突っ込む。
そんな志保を華麗にスルーして、千冬はシャルルに話しかける。


「そう言えば、デュノア、今度のタッグマッチで衛宮と組むそうだな」
「え!? は、はい」
「ならば衛宮の戦闘記録を見ることを許可してやる、いかに衛宮が出鱈目かよく知っておいたほうがいい」
「は、はあ………わかりました」


同時に、シャルルの端末に制限解除コードが贈られ、志保の模擬戦のデータが再生される。
映し出されるのは二機のIS、楯無の駆る<ミステリアス・レイディ>と志保の駆る<打鉄>。
初めこそは、普通に見ていたシャルルだが、進むにつれてどんどん表情が変わっていく。




「…………………………………………何、これ?」




重苦しい沈黙の後、シャルルが必死の思いで絞り出せた言葉はそれだけだった。
画面の向こうでは千冬がさもありなんと言った表情で頷いていた。


「……なんでそんな反応になるんだ?」
「セオリーガン無視の素人が、国家代表と戦いを演じれば当然の反応だ」
「全面的に同意します、織斑先生」
「ちなみに映像ではわからんがな、この阿呆、途中からFCSを切っているぞ」
「……………………………………え!?」


さらなる志保の愚行とでも言うべき事実を聞かされ、一層困惑した視線を志保に向けるシャルル。
その視線に流石の志保もちょっと傷ついたのか、orzの三文字で表すような状況になってしまった。


「さすがに…………そんな視線は…なんかこう……グサッとくるものがあるんだが………」
「え~と、あの、ごめん」


傷つく志保と謝るシャルル・しかし、そんな志保を華麗に無視する強者がいた。


「衛宮の出鱈目ぶりは理解したか? タッグを組むのならしっかりと覚悟しておくのだな」


そう言って通信を切る千冬。教職に就くものとしてそれでいいのか!? と突っ込みを入れられそうなほどの切り捨てっぷりだった。
後に残されたのは膝をつく志保と、困惑するシャルルのみ、………助けてやれよ教師なら。




=================




――――数分後。


「すまない、醜態をさらした」
「いいよ、僕のほうも悪いことしちゃったしね」


どうにか平静を取り戻した志保は、気まずくなった雰囲気を変えるためにキッチンで紅茶を淹れて、少し遅めのティータイムをシャルルと一緒に味わうことにした。
あいにく安物の茶葉しかないことが、志保には少々不満であったが――


「うわ~、手慣れてるね、なんだか執事みたい」


――前世において、とある貴族の少女の家で執事のアルバイトをしたことを想起させるようなシャルルの一言に、ならばと、もう少し本格的にやってみることにした。


「お褒めに与り、光栄でございますお嬢様」


そう言って、一層きびきびとした所作で、音一つ立てずに紅茶を淹れたカップをシャルルの前に置いた。


「――――あ、ありがとね」


シャルルにとってはあまりにも予想外の反応に、当然赤面しながら志保の淹れた紅茶を飲み始める。
安物の茶葉とはいえ、志保のプロ並みの手際で淹れた紅茶はそれなりに美味しいはずあったが、志保のせいでシャルルには全く味が分からなかった。


(うう~、あ、あんなこといきなり言われたら、びっくりしちゃうじゃないかぁ、………でも、その、かっこよかったのは確かだけど)


そんなことを内心で思いながら、チビチビと紅茶を飲むシャルル。
ある程度飲むと、カップを置き一息ついた。そんなシャルルに志保が更なる行為を(無自覚に)加える。




目を瞑りながら一息ついていたシャルルの額に、何かがこつんと当たる感触がした。




目を開けば、眼前にあったのは志保の顔のどアップ。
またもや予想外の行動に、紅茶をなんで落ち着いたシャルルの精神はまたもやかき乱された。


「――――うぇ!? な、にしてるの志保」
「いや、顔がえらく赤かったんでな、熱でもあるんじゃないかと」
(全面的に志保のせいだよ!!)


ちなみに志保は、前世においてあかいあくまやきんのけもの他多数に、こう言ったことを行い盛大に制裁を加えられていたのだが(具体的にいえばガンドとかガンドとか影とか)、同姓ならばそう言った誤解も起こらないだろうと判断していた。………誰かこいつを一刻も早くどうにかしろ。


「やっぱり熱っぽいな、今日はもう部屋に戻って休んだほうがいいんじゃないのか?」
「……………あ……あうぅ………」


ゆでダコのように真っ赤になり、言葉を発するのもままならなくなったシャルルと、それを見て心底シャルルの体調を心配する志保。
そこに、部屋のドアが開く音がする。この部屋の住人は二人で一人は志保、ノックもせずに入ったのだからその人物は自動的に一人に限定される。


(嘘っ、誰か来たっ!?)


こんな状況を見られたくがないゆえに、勢いよく立ちあがろうとするシャルル。
しかし、志保と密着している体勢でそんなことをすれば――――




「ただいま、先に帰って……来て………たんだ…………ね……………志…保」




部屋に帰ってきた簪の目に入ったのは――――




「……大丈夫かシャルル?」
「う、うん、ごめ………ん………・ねぇッ!?」


床に倒れ伏す志保と、その上に覆いかぶさるシャルル。
頬を上気させ、少女の上に覆いかぶさるその姿は、どこからどう見てもこれから事を成そうとするようにしか見えなかった。


「あのっ!! その、これはえっと、………違うから、違うからね!?」


状況が理解できたのか、混乱する頭と羞恥にまみれた精神を抑え込みながら、必死に弁解するシャルル。
簪は未だ混乱から復帰していないのか、呆然とした表情でそれを眺め。
志保はなぜシャルルが、こうまで混乱しているのか理解できずに茫然としていた。


「その……シャルルさんって、志保とそう言う関係なの? 今日の放課後も、廊下で志保を押し倒そうとしてたって聞いたけど」


どことなく敵意を滲ませながら、シャルルに問いかける簪。
その一言は、ただでさえ限界寸前なシャルルの精神を打ち砕くには十分であった。




「うわ~~~~~~ん!! 不幸だぁ~~~~~~!!」




まるで一夏が言うべき様な言葉を発しながら、泣き顔で部屋から走り去るシャルル。
後にはただ、呆然とする志保と――――


「どうしたんだ? シャルルは」
「志保はわからなくていいから」


――――不機嫌な顔でそう言う簪だけが残された。















ちなみに翌日。一年四組では、志保はシャルルか簪どちらの嫁かという議題で、盛大な論戦が当人たちの預かり知らぬところで起こっていたらしい。









<あとがき>
最近一夏の出番ねえなあ……、こういうとき大量のキャラクターに満遍なく出番がある物語を書ける人を尊敬します。
後今回の話を書いていて、志保にはなぜか誘い受けが似合うなあ、と訳の分らぬ想像をしてしまいました。





[27061] 第十八話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/02 09:04
<第十八話>


「――――むう~っ」
「あの、何故にそんなに怒っていらっしゃるのでしょうか!?」

朝の通学路。寮から学園へと続く道を三人の男(?)女が歩いていた。
内訳は、盛大に頬をふくらませて志保の腕にしがみつく簪と、ひきつった笑顔でそれを眺めるシャルル。
明らかに不機嫌だとわかる簪の様子に、なぜこんな表情を向けられるのか分からず、困惑のあまり口調すら変になっている志保。
引きつった表情のシャルルは、「――――僕はノーマル、僕はノーマルだって……」と、小声で呟き続けていた。


「「「何があったんだ(のよ)(ですか)?………」」」
「わからねえ………」

それを後ろから見つめる一夏ラヴァーズ。三人の顔も困惑にまみれ、事情を知っている確率が高そうな一夏に尋ねるも不発に終わった。

「………これがもし、デュノアが中心にいたのならば単純な男の取り合いで簡単な話なんだがな」
「………明らかに衛宮さんが中心ですわね」
「………というか、男に言い寄る志保ってのは想像できないしね」
「………鈴の意見に、全面的に同意だな」

そして四人の視線の先では、相も変わらずに志保を中心としたカオスが出来上がっていた。
だがまあ、あえてその混沌とした状況を、明確な言葉にするならば――――

「男一人に女二人の三角関係だが――――」
「――――明らかに女であるはずの志保が中心よね」
「あれではまるで、衛宮さんが男でデュノアさんが女みたいですわね」
(――――シャルルに関しては大正解なんだけどな)


ところがどっこい、志保に関してもある意味正鵠を射ぬいているセシリアであった。




=================




放課後のアリーナ。いろいろと精神力を削る修学時間が終わり、志保とシャルルはタッグマッチの練習をするためにISを準備していた。
どれぐらい大変だったかというと、学年問わず半数以上の生徒が志保に雑多な感情が入り混じった視線をぶつけてきたのを皮切りに、罵詈雑言を投げかけてくる生徒、もっとひどいものになると完全武装で実力行使に出る阿呆(もちろん少々痛い目には合わせたが)などが、休み時間になるたびに襲来してきたのだ。
シャルルのほうも同様だったらしく、多数の生徒が詰めかけてきたらしい。
大半は「なんで私を押し倒してくれなかったの!!」、とかぬかす馬鹿が大多数だったそうだ。

「どうしたの?」
「………なんで、一応男の筈のシャルルより、一応女の私のほうが酷い目を見るのだろうな?」
「……………………さ、さあ?」

どんよりとした雰囲気を漂わせて、肩を落とし落ち込む志保。馬鹿共・阿呆共を撃退し、千冬とともに後始末に一日中忙殺されれば仕方のないことだろう。(千冬は後のほうになると、面倒臭くなったのか山田先生に押し付けていたが)

「でも、本当にごめんね、……まさかここまで大ごとになるとは思ってなくて」
「それだけシャルルが魅力的ということだろう、役得故の妬みだ……しかたがないさ」
「みっ…魅力的!?」

そんな中でも直球の一言を言うのに、(無自覚に)余念がない志保(鈍感)。
ただでさえこれまでに積み重なった出来事で、いろいろと揺り動かされているシャルルには当然、効果覿面であり、シャルルの繊細なハートをがりがりと削って行った。

(えへへ……志保が魅力的だって、もう……照れるじゃないかぁ………ハッ!? ってダメダメ!! 僕はノーマルなんだからぁっ!?)




――――シャルル城陥落の時は、近いのかもしれない。




数分後、気を取り直して訓練を開始しようとした時、二人の人物がISを纏いアリーナへと入ってきた。
どちらも志保とシャルルには見知った顔であったが、その組み合わせは珍しいものであった。

「簪さん? それに一夏も……」
「珍しい組み合わせだね?」

その言葉に、互いに顔を見合わせる一夏と簪。
確かに自分たち二人の組み合わせが珍しいのは、当人たちも自覚しているのだろう。

「……そりゃそうだよなあ」
「うん、…そうだね」

ぎこちなさが残る応答、当人たちも見知った中ではあるが、そこまで親しくない相手とどういう風に接すればいいか測りかねているようだ。
見かねた志保が間を取り持つ、一夏と簪もその助け船に乗り事情を説明し始めた。

「……で? どういった経緯で一緒に行動しているんだ?」
「実は……俺まだタッグマッチの相方が決まっていなくてよ」
「……そうしたら織斑先生のほうから連絡があって、倉持技研の人が<白式>と<打鉄弐式>の共同運用データがほしいって言ってきたの」

志保とシャルルは簪のその言葉に、成程、と心中で納得した。
<打鉄弐式>は主武装であるマルチロックミサイルこそ未完成であるものの、一応は実戦に耐えるぐらいには仕上がっている。
しかも完璧に格闘戦オンリーの<白式>と違い、近中距離の射撃戦を主体とした設計だ。
<白式>の突撃を<打鉄弐式>が援護するという形は、確かに理にかなっている。倉持技研側としては欲しいデータではあるのだろう。

「それで二人でタッグを組むことになったわけか……」
「じゃあ、僕たちと一緒に模擬戦しない?」

シャルルの提案に、一夏も快く応じる。しかし、簪のほうは少々不機嫌そうにしている。
一応、他人の様子には敏感な志保(自身に向けられる好意には疎い)、簪の不機嫌な理由を自分とタッグを組めなかったことと判断して(あくまで親しいルームメイトであるが故という判断)、展開していた<打鉄>の腕部を収納し、拗ねた簪の頭を撫でながら宥めにかかる。

「悪いな簪さん、先にシャルルと組んでしまって、……御詫びに今度一緒に買い物でもしようか?」

不機嫌な女性を宥める気の利いた方法など、筋金入りの鈍感な志保が考えつくはずもなく、一緒に買い物に付き合うという安易な方法を選択。




「…………………そ、それって、デート?」




簪がそういうふうに連想してしまうのも無理はなく、表情が驚愕と隠しきれぬ歓喜に彩られる。

「ハハッ、確かにデートだな、女同士ということを除けば」
「……じゃあ、許してあげる ――――後それと」

簪は少し前の志保の言葉を思い返し、上目遣いで些細な――――けれど重要な頼みごとをした。




「――――簪って、呼び捨てにしてほしいな、デュノアさんみたいに」




志保の観点からすれば本当に些細な、可愛らしい頼みごとをする可愛らしいルームメイトの様子に、相好を崩し即座に応える。




「ああ、わかったよ、――――簪」
「………………………………あ、ありがと」




囁くように思い人の唇から紡がれた自身の名前を聞きながら、簪は惚けながらもなんとか礼を言う。
乙女全開な簪の様子に当てられたのか、一夏は赤面しながらも目をそらし。

「いいなあ~、簪さん」

そらした先には、うらやましそうに志保と簪のやり取りを見つめるシャルルの姿。

「………お~い、シャルル」
「ふぇ!? ち、違うからね!! 志保に頭を撫でられたりしていいなぁ~、とか思ってないからねっ!!」
「………そうか」

明らかに墓穴を掘っているルームメイトの、苦しすぎる言い訳に乗ってやることだけが、今の一夏に出来る精一杯であった。




=================




――――とまあ、そんなやり取りがあったものの、志保・シャルル対一夏・簪の模擬戦を開始することとなった。 


アリーナ中央を挟み、四機のISが対峙する。
シャルルの<ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ>と志保の<打鉄>、そして、今回の模擬戦が初の実戦となる簪の<打鉄弐式>と一夏の<白式>。
ISを展開した一夏は、マニュピレーターを操作してサンダラーとスピードローダーのホルダーを腰に巻きつける。
同時に右手に<雪片弐型>を展開、左手にはサンダラーを握る。
新しい武装と簪との初めての模擬戦に、多少なりとも緊張しながらも威勢よく声をあげる。

「よっしゃあ!! 準備完了、こっちはいつでもいいぜっ!!」
「……こっちも、いいよ!」

一夏の啖呵に後押しされるように、簪が<打鉄弐式>の近接戦用武装である対複合装甲用の超振動薙刀、夢現<ゆめうつつ>を展開し戦闘態勢をとる。
応えるように志保とシャルルも武装を展開、志保はIS用大型ナイフ二本を両手に握り、シャルルはアサルトライフルとショットガンを構える。

「こっちも準備OK、何処からでもかかってきていいよ」
「無様に負けぬように、せいぜいがんばるとしようか」

どの口で言うのか、志保以外の三人の心が一つになった。
この面子の中で、一番ISの操縦に習熟しているのは確かにシャルルで、次に簪、一夏と志保がほぼ同率、という感じだが、一番何をやってくるかわからないが志保なのだ。
むしろ味方であるはずのシャルルでさえ、どんなことをやらかしてくるのか戦々恐々としている程だ。

「…………なんだか、失礼極まりないことを言われた様な」
「「「そんなことないよ(ぞ)」」」
「………まったく、私は専用機持ちでもなければ、ISの操縦がずば抜けてうまいわけでもないのだがな」
「………志保の場合、中身がチートだろ」
「何か言ったか、一夏」

呟きを聞きとったのか、ジト眼で睨みつける志保。一夏は誤魔化すように無駄話を打ち切った。

「じゃあ、行くぜっ!!」

<白式>のスラスターを全力で吹かし、志保とシャルルに突っ込んでいく一夏。
他の三人も遅れることなく動きだし、模擬戦が開始された。

(まずどっちから行く?)
(一夏は私が押さえよう、シャルルは簪を抑えてくれ)
(確かに初のタッグだから、いきなり合わせるのは難しいからね、それでいいと思うよ)

プライベート・チャンネルを使い、簡単な方針を手早く決める志保とシャルル、一夏と簪も同様にISを動かしつつ方針を決めていた。

(まずは志保を落とそう)
(そうだね、この中じゃ<打鉄>の性能が一番低いから、いいかもしれない)
(それに志保を放っておいたら、何やらかすかわかったもんじゃないしな)
(ふふっ、そうだね)

方針に従い、一夏を前衛、簪を後衛として志保に突撃してくる二人。
勿論そんなことをシャルルがやらせるはずもなく、アサルトライフルを収納しミサイルランチャーを展開、ロックオンはせずに志保と一夏の間に撃ち込む。
着弾地点で轟音とともに爆風と粉塵が巻き上げられる。視界を奪われ志保の姿を見失う一夏。

「くそっ、チャフとスモークのせいでセンサーが利かねえ!?」

言葉通りにセンサーにはノイズが走り、真っ白に染まっている。
シャルルの打ち出したミサイルは、通常弾頭ではなく撹乱用の弾頭。奪われた視界が焦りを増幅させ、それを必死に抑え込みながら周囲を警戒する。

「焦るな、こんな視界じゃ飛び道具は使えない、接近戦で来るはずだ」

動きを止め、全周囲に気をめぐらす一夏。しかし、その警戒もむなしく――――




「――――そう言っている割には、脇ががら空きだぞっ!!」




――――志保の叱咤の声とともに、スラスター全開の<打鉄>のとび蹴りが<白式>に襲いかかる。

「ぐうっ!?」

軋みをあげながら吹き飛ばされようとする機体を必死に操り、どうにか体勢を立て直しながら斬撃を振るう。
しかし、不十分な体勢から放った一撃は難なくかわされ、志保のナイフの刺突が襲いかかる。
それをサンダラーの銃身で受け止め、その体制のまま体当たりを仕掛ける。
勿論志保がそんな攻撃を喰らうはずもなかったが、その隙に一夏は体勢を立て直す。

(――――今だっ!!)

それなりに開いた間合い、一夏は流れを引き寄せるために、左手のサンダラーを発射する。


眼前に花開く火球。


一夏の銃の腕は素人同然だが、この巨大な火球は多少の誤差などものともしない。
しかし、火球が消えた後には志保の姿はなく、再び横合いからの斬撃がくわえられる。
<雪片弐型>とは違い、一撃必殺の威力などないナイフの一撃は、シールドエネルギーはそれほど減りはしなかった。

「そういつまでもやらせるかっ!!」

先ほどとは違い、しっかりとした体制からの上段の一撃。それを志保は頭上にナイフを交差させ受け止める。
刃が噛み合ったまま硬直する二人、一夏はそのままISの性能差を利用して押し倒そうとするが。

「ふっ!!」

短い呼気とともに、志保は体を捻り懐に潜り込むような形で体当たりを放つ。
<打鉄>の肩当てが一夏の胸を強打し、今度は一夏が吹き飛ばされる。
一夏はそのまま、<白式>の圧倒的なスピードを使い、志保の真後ろに回り込む。同時にサンダラーをホルスターにしまい、<雪片弐型>を両手で握りしめる。


「はああっ!!」


裂帛の気合とともに、横薙ぎの一閃。
志保はそれを身を沈めて回避、そのまま一夏の足をへし折るかのような回し蹴りを繰り出す。
それを急速上昇してかわした一夏は、再びホルスターからサンダラーを取り出して発射する。
志保はそれを見て取るや否や左手のナイフを投擲、サンダラーの弾丸は銃身から飛び出た直後にナイフに接触。


「――――大当たり」


おどけたような志保の声とともに、ナイフの接触によって起爆した弾丸は一夏を包み込む。

「そんなのありかぁっ!?」
「ありに決まっているだろう、戯け」

ナイフの投擲で弾丸を撃ち落とすという、一夏にとっては想像の外の神業を行った志保。
当然、平然ではいられない一夏に、志保はもう一本ナイフを取り出し容赦なく追撃をかける。
威力の点では<雪片弐型>に大きく劣るナイフも、とり回しと手数の点では大きく勝り、あっという間に一夏は防戦一方に追い込まれる。


(――――けど、斬撃のコンビネーションがいつまでも続くはずがない!! いつか仕留めに来るはず!! それを撃ち終わった隙をつくしかねえ!!)


その決意とともに、防御に徹する一夏。


そして想定通りに、志保が斬撃のスピードを高める。


一撃目。左の首筋への斬撃。<雪片弐型>の鍔元で防ぐ。


二撃目。右の首筋への斬撃。右手を離し、志保の左腕の軌道に割り込ませるようにして防ぐ。


三撃目。胸部への斬撃。スラスターを使って無理やり体を捻ってかわす。


四撃目。そのまま股下への刺突。左手に握った<雪片弐型>を逆手に持ち替え防ぐ。


五撃目。流れるようなナイフ捌きで今度は頭部への一撃。折れんばかりに首を捻ってかわす。


(突きを放って隙ができた!! 志保の左腕は抑えたまま、今が反撃の時だっ!!)


反撃の意思を込め、<雪片弐型>を握る左腕に力を込める。そして志保に切りか――――




「ぐはっ!?」




――――かろうとした時、強烈な衝撃が腹部に突き刺さる。

(何をっ!? 喰らったんだ?)

混乱する頭のまま腹部に目をやれば、足の裏からスラスターの残光をちらつかせながら、<打鉄>の右膝が突き刺さっていた。
ここにきてようやく一夏は志保のやったことを理解した。志保は膝蹴りにスラスターの推力を乗せたのだ。
遠い間合いからの突撃ならともかく、剣戟舞う近接格闘戦の最中に、片足だけにスラスターの推力を乗せて常道を無視した蹴撃を放つなど正気の沙汰ではない。


「悪いが、小細工は得意でな」

(そういう問題じゃねえっ!?)


そのまま志保は混乱から立ち直れずにいる一夏の両手を掴むと、ニヤリ、と意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「瞬時加速<イグニションブースト>とかいうやつを試してみようか」
「はあっ!?」


宣言通りに志保は瞬時加速を発動、零秒で最高速度に乗ると、その勢いのまま一夏を――――




「どわあああぁっ!?」




――――投擲した。




=================




一方、シャルルと簪は互いに銃撃を交わしていた。
一夏と分断され、自力で勝る相手――しかも向こうの得意な中距離射撃戦に持ち込まれ、簪の駆る<打鉄弐式>はじわじわとシールドエネルギーを削られていった。


(こうなったら、あれを試そう!!)


背中の2門の連射型荷電粒子砲<春雷>で、シャルルを牽制しながら簪は志保考案の武装を使うことを決意した。
そして、今までひた隠しにしてきた武装の間合いに、シャルルが入り込みFCSがロックオンを完了したことを告げる。


(――――今だっ!!)


<打鉄弐式>の機体各部のハッチが開き、大量のミサイルとクレイモアが撃ち出される。
そのまま行けば、その大量の鋼鉄の嵐はシャルルに襲いかかり、もしかすれは簪の勝利になったのかもしれない。




――――しかし、白い“何か”が簪の眼前に飛来した。




「「――――へ!?」」


シンクロする二つの間抜けな声とともに、盛大な爆炎が簪と飛来した何か、勿論志保に投げ飛ばされた一夏を包む。




「…………こんなのありか…………げふっ」
「……………………むきゅ~」




結果、シールドエネルギーがそこをつき、絶対防御が発動して二人は気絶した。


「あはは…………………いいのかな、こんな勝ち方」


流石にこんな勝利結果は予想外に過ぎたのか、渇いた笑い声を洩らすシャルル。


「…………………結果的には勝利したんだ、……ごめん簪」


確かに一夏を簪に向かって投擲し隙を作り出そうとはしたが、こうまで見事にタイミングが合ってしまうとはつゆにも思わず、罪悪感に駆られる志保。




こうして、シャルルと志保対一夏と簪の模擬戦は、投擲による誘爆というなんだか締まらない結末で終わったのだった。












<あとがき>
結構真面目なバトルを書こうと思っていたのに、どうしてこうなった(爆
でも実際、ISの機動性能をフルに使えば、無手での格闘戦でもかなりの威力が出ると思うんですけどねえ。




[27061] 第十九話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/03 15:03


<第十九話>


――――あの模擬戦から次の日曜日、私は駅前で心臓を高鳴らせながら志保を待っていた。


約束の通り志保は私をデートに誘ってくれた。……たぶん志保にデートなんて意識はないだろうけど、それでも嬉しかった。
志保と二人っきりで買い物をしたり、映画を見たり……そう言えば今は仮面ライダーの新作映画を上映していたはず、後は…一緒に綺麗な景色を眺めたりとか……




「――――待たせたな、簪」
「うひゃうっ!?」
「……どうしたんだ?」




うう……恥ずかしい、いろいろ想像してて志保が来たのに全然気づかなかった。
私は恥ずかしさを抑え込みながら、待ち焦がれていた志保のほうへと振り向いた。

「な、なんでもな……い…よ……」

振り向いた視線の先にいた志保の恰好は、一言でいえば“可愛く”はなかった。けど――――


「本当に、どうしたんだ?」
「え、……あの、かっこいいから…」


――――そう、かっこよかった。ダメージ加工の施した黒のジーンズと、同色のタンクトップに赤のジャケット、首には両刃の西洋剣をモチーフにしたシルバーのネックレス。
赤と黒って言う派手な色遣いだけど、この上なく志保には似合っていた。

「志保の私服姿なんて今日初めて見たけど、その色遣いぴったりだね」
「あ~、ありがとう…………………………どうしてこの色選んでしまうんだろうな」

褒めたのになぜか不機嫌? というか、何故か納得いかないような感じの志保。
普通、自分の恰好を褒められたら喜んでくれると思ってたけど……どうしてだろう?

「簪も似合っているぞ、可愛らしくてぴったりだ」
「えへへ……、ありがと志保」

志保は表情を切り替えると、笑顔で私の服装を褒めてくれた。
いまの私の服装は、白のワンピースに麦わら帽子のシンプルなもの、けど…ワンピースは自分でもお気に入りのものだったから、褒められると嬉しかった。

「じゃあ、そろそろ行こうか」
「え!?」

言葉と同時に志保は手を差し出してきた。当然、こんな状況で手を差し出すのは手を……つ、繋いでいこうってことなんだけど………

「じゃ、じゃあ……手を繋いで…いい……かな?」

まるで、高価な美術品にでも触れるみたいに、おっかなびっくり差し出す手を、志保の掌が優しく包み込む。
手を繋ぐ、言葉にすればただそれだけの行為で、私の心臓は大きく高鳴り、そして…幸せな気持ちになった。


「暖かいね、志保の手は」
「そうか?」
「そうだよ」


そうして私と志保は手を繋ぎながら歩き出した。うん、志保がどう思おうとこれってデートだよね。間違いなく。
志保が彼氏で、私が…その……か、彼女で………。


「顔赤いけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ!? そ、それより!! 今日は志保が誘ったから、ちゃ、ちゃんとエスコートしてくれると嬉しいなっ!!」


――――って、私ったらなんか、ものすごいこと口走ってるよ!?
いきなりこんなこと言ったら、流石に志保も私のこと変な子だって思っちゃうんじゃ――――


「ふむ、簪の様な美少女をエスコートできるとは光栄の至り、落胆されぬように頑張るとしようか」


――――って、なんか普通に返された!? し、しかも美少女って……う、うれしいけど、そんなに面と向かって言われたらその……は、恥ずかしいよう。




この時私は思ったんだ、こんな調子じゃほんと…恥ずかしさで私死んじゃうんじゃないかって――――




=================



そんな二人を、物陰から見つめる二人の人影。


「うう、羨ましいなあ~、簪さん」
「ああ、簪ちゃん可愛いわ、……でも、衛宮かわれその場所今スグにっ!!」
「会長……キャラ変わってますよ」
「そんなことないわよ? そっちだってストーカー行為するようなキャラじゃないでしょ?」
「違いますよ!? こ、これはただ単に、志保とはタッグを組むことになったし、親睦を深めようかなあ……とか思ってたら、簪さんとデートしているし、その……」


言葉を濁し、両手の人差し指をつき合わせながらもじもじとするシャルルに、楯無が感極まった様にシャルルの両手を握りしめる。

「わかるっ!! わかるわその気持ち!!」
「会長!!」
「シャルル君!!」

互いに意中の人が振り向いてくれない、そのことで確かな友情を結ぶ二人。
互いに見目麗しく、非常に美しい光景なのだが……ぶっちゃけて言えば単なる嫉妬でこうなっているわけで……なんと言うか、内実を知ってしまえば非常に締まらない光景であった。


「盛り上がっているところ悪いのですが………、生徒会の仕事はちゃんとやってくださいね?」


優しげな…それでいて冷徹な言葉が楯無に向けられた。

「え、え~と、どうしたの? 虚」

楯無が振り返った先にいたのは、生徒会役員にして布仏本音の姉、布仏虚(のほとけ うつろ)の姿。

「どうしたの…って、会長が仕事をさぼって暴走しているから連れ戻しに来たんですが」
「……………ですよね~」

言葉だけ聞けば優しくたしなめているように見えるが、実際はというと虚が楯無の襟首を引っ掴んで引きずっているのである。
虚が笑顔な分、余計に怖かった。……というか、楯無はほんとに生徒会長としてうまくやっているのであろうか、この光景を見ながらシャルルはそんな愚にもつかないことを考えていた。




「助けなさいよ~シャルル君!! この薄情者~!!」
「………ごめんなさい会長、僕にそこまでの力はありません」




沈鬱な表情で、華麗に楯無が死地に連れて行かれるのをスルーしたシャルルは、踵を返して当初の予定通りに志保と簪の追跡を再開した。
その華麗なスルーっぷりは、流石高速切替<ラピッド・スイッチ>の使い手ということであろうか(んなこた~ない)





=================




「――――チケット二枚で」


あの後、私と志保は映画館に来ていた。志保は何を見るんだろうと思っていたら、私が見たかった仮面ライダーの映画だった。

「志保もこの映画観たかったの?」
「ん? 簪がこの映画にCM、目を輝かせて見ていたからな」
「あう………、見てたの?」
「ああ、それはもうバッチリとな」

志保はニヤニヤしながらそんなことを言ってくる。確かにテレビでCMが流れた時は『見たいな~、この映画』とか思ってたけど、顔に出てたのかな?

「そう恥ずかしがることもないぞ、私も見たかったしな」
「そうなの?」
「ああ、……“昔”はよく見ていたから」

懐かしむように、思い返すように、そんな言葉を志保は言った。

「そっか、楽しみだね」
「ああ、楽しみだ」

手を繋ぎながら、売店でジュースとポップコーンを買って志保と一緒に映画を見る。
ありふれた…安っぽいことだけど、私の心は高揚感に包まれていた。




=================




「――――面白かったね!!」
「ああ、久しぶりにこういう映画を見たが、やはりいいな…こういうものは」
「うん、いいよね!」

私も志保も映画の内容に満足して、意気揚々と歩いていた。最初は時代劇と仮面ライダーの共演とか、ちょっと不安に思ったりもしたけど、そんな不安を吹き飛ばすぐらいにすっごくカッコいい映画だった。

「ああ、簪なんか興奮していて、仮面ライダーの動きに合わせて手を動かしていたからな」
「ふぇ!? そ、そんなことしてたの私!!」

嘘でしょ!? 全然気づかなかった。いくらなんでもそんな子供みたいな真似恥ずかしすぎる。

「ああ、していたよ、とても可愛らしかったぞ」

ああもう、そんなにニヤニヤして見ないでよ、余計に照れるからっ。

「……志保のいぢわる」
「つい、いじめたくなるほど可愛いということさ」
「うう~」

志保ってば、時々こうやってからかってくるんだよね。………か、可愛いなんて言っても騙されてあげないいんだから。




「――――それにしても、本当に懐かしかった」




映画を観る前に見せた、昔を懐かしむ表情。少年の様だけど、どこか老人を想起させる様な……今日この日まで、志保のそんな顔は見たことがなかった。
志保はいつも落ち着いていて、ときどき私をからかう時に嫌味な表情見せたり、作ったご飯を私がおいしいって言ったら屈託のない笑顔を見せてくれたり、こんな顔は見たことがなかった……見たくないと思った。


「やっぱり志保も、子供のころは今日見た映画みたいな”正義の味方”に憧れてたの?」


そこまで話術に長けているわけでもない、だから、私は無難な話を振った。だけど――――




「――――そうだな、“正義に味方”に、憧れていた。…………………なりたかった」




私が振った何気ない一言に、志保が見せた反応は……もっといやなものだった。
郷愁と、憧憬が混じり合った堅く、堅く形作られた笑顔の下に、…………………僅かに、”後悔”が覗いているような気がした。

(………そんな顔、志保にしてほしく……ないな)

ここで私はようやく、志保のことをあまり知らないのだと気づいた。
好きなものも、嫌いなものも、夢も……志保という存在を形作る芯となるものを、何も知らない。
だから聞いてみることにした。なぜそんなに、過ぎ去った昔の様に言うのかを――

「いまは……諦めているの?」

――知りたかった。志保のことをもっと……もっと深く知りたかった。


「どうだろうな、――――今の私は、前に進むことも、後ろに下がることもしていないのかもしれない」
「立ち止まってる……ってこと?」
「そうだな……今の私は立ち止まっている、夢を追い求めるでもなく、やりたいことに従って生きるのでもなく、ただ………やるべきことだけをやって生きているんだと思う」


そんなことないって言いたかった、その筈なのに……どうしてすぐに反論できないんだろう。


「どうして……そんなこと言うの」
「――――ごめん、ちょっと感傷的になり過ぎた」


――――昔を、思い出し過ぎた。…………そう言って志保は私から顔をそむけた。
私には志保の言葉の理由も、その言葉に反論する術も持たない。
私が持つのは、志保に対する想いだけ。――――できるのは、それを言葉にすることだけだった。


「ねえ、志保……私は、志保のこと何一つ知らない、今まで教えてくれなかったし、聞こうともしなかった」
「……………簪」
「だから、言えることは一つだけ」


私は回り込み、志保の顔を見据えて思いを言の葉に乗せた。




「私にとって、志保は“正義の味方”だよ、 ――――苦しい時、いつも助けてくれた、優しいヒーローだから」




志保は、笑った。







「ありがとう、――――簪」








内に潜むものが何もない、心からの晴れやかな笑顔。
少なくとも私にはそう思えて、……だから私も、つられて笑顔になった。胸の内が満たされていくようだった。

「フフッ、どういたしまして」
「やれやれ、今日は私がエスコートするはずだったのにな、これでは面目が立たん」

いつもの落ち着いた様子に戻る志保。そうそう、やっぱり志保はこうでなくちゃだめだよね。

「大丈夫だよ、私はこうして志保と一緒にいられるだけでうれしいから」
「そうはいってもだな……」

私に励まされたことに、そんなに引け目を感じられても困るんだけどな、……いつも私が励まされているんだし。




「――――じゃあ、お仕置きしてあげる」
「なに!?」
「わ、私がお仕置きしてあげるからそれで帳消しっ!! だから目を瞑って!!」
「………ああ」


たぶん、この時私は浮かれ過ぎていたんだと思う。志保との初めてのデートと、ついさっき見た志保の晴れやかな笑顔に浮かされていたんだと思う。
だからこんなこともできてしまったんだ。




――――私と志保の唇が優しく触れた。




僅かに触れただけの、短いキス。だけど、志保の唇の柔らかい感触が、ずっと私の唇に残っているような感じがした。
志保のほうは、私の突然の行為に目を白黒させて、惚けた顔をしている。


「か、簪…………………何を」


こんな不意打ちみたいな真似、卑怯だと思う。
だけど、私にはこんなこと面と向かってできないから勢いでやるしかないし、志保にはこのくらいしないと私の気持ちが伝わらないと思う。
だから、――――伝える。










「大好きだよ、――――志保」



















<あとがき>
なるべく甘い話を書こうと思ったら、いつの間にやらこんな感じになってしまった。
ちょっと展開早すぎるかなあ、とは思うが……読者の皆様の反応が怖いような、楽しみなような。


後、いつの間にやらアルカディアでのPV数が20万を超えていました。
つきましてはこの記念に、読者の皆さま方からリクエストを応募してもらい、外伝を一本書きたいと思います。
(シチュエーション、クロスオーバー等に制限はかけませんが、私が書ける範囲で決めようと思いますので、その点はご了承ください。ちなみにこのリクエストはにじファン様でもやろうと思いますので、その点も了解のほどをお願いします)




[27061] 第二十話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/11/23 19:48

<第二十話>


――――どうしたものかな。


数分前のキスの、柔らかな簪の唇の感触が、未だ私の唇に残っている。
ここまでされて、簪の気持ちに気付かない……なんて真似をできるわけがない。
間違いなく、簪は私を好いている。単なる友情に留まらず、恋心からくる”好き”だ。
別に簪のことを嫌い、ということはない、むしろ好意を抱いている。
だがそれは、愛らしい年の離れた妹に愛しさを覚えるようなものだ。男性としての意識はわずかにしか残っていないとはいえ、そう言う感情を抱くには少々、年が離れすぎていると感じる。同級生に対して矛盾した言い方だとは思っているが………。
前世の記憶を持つことの弊害が、こんな形で出るとは思わなかった。


「……志保、怒ってる?」
「いや……、怒ってはいない、戸惑っているだけさ」


先の突然の行為で私を怒らせたと思っているのか、簪は恐る恐る問いかけてきた。
握り合った掌からは震えが伝わり、簪の心情を克明に伝えてくる。
勇気を出して、私に気持ちを伝えてくれたのだろう、そのことに………愛しさは感じる。


頭蓋の中に、――――ノイズが走る。


ノイズの先に覗くのは、無理に笑う彼女の顔。




―――――――――やっぱり―――――こうなったのね、士郎――――




遠い昔に過ぎ去った、今際の際の映像が脳裏に映し出される。
あの時に痛感した。――――衛宮士郎<正義の味方>は、紅き弓兵<正義の味方>を超えることは決してないと。
辿った道筋に後悔が有っても無くても、衛宮士郎<正義の味方>の結末は、あの処刑台だ。――――ただひたすらに、誰かを助け、そして、裏切られてそこに至る。
ならば、衛宮志保の結末も、同じようなものなのかもしれない。
惰性で生きているとは言っても、人形に埋め込まれたプログラムに欠陥があるのなら、奈落へ続く道筋を辿ることにも躊躇はないだろう。


一夏を助けるために、二度もISと、横たわる彼我の戦力差を無視して戦ったのだ。


その想像を、妄言と斬って捨てることはできそうになかった。


だからこそ、衛宮志保は誰かを深く愛することに、恐怖を感じている。
誰かを愛し愛され、深いつながりを築き………涙を伴う別れを強いてしまう。
ならば簪の気持ちを、ここですっぱり断ち切ったほうが彼女の為かも知れない。――――傷は浅いほうがいいだろう。


気持ちを固め、簪の恋に終止符を打つべく、口を開こうとした、その時だった。


「――――志保っ!!]


焦りを感じさせる少女の、しかし、簪とは違う声。
直後に聞こえる駆け出す音に、意識を向けようとしたその時だった。




「どうしたんだ――――」
「えいっ!!」
「――――シャル…んむっ!?」
「な、何やってるのっ!? デュノアさん!!」 




駆け出してきた少女、シャルルの名前を言いきる前に、再び感じる柔らかさ。
簪の時と同じ、それでいて鼻腔をくすぐる香りに差異を感じ、駆け出した勢いで揺さぶられた金紗の髪が、私の頬を優しく撫でた。
眼前には、頬どころか顔全体を真っ赤に染めたシャルルの顔。視界の端には驚愕に染まった簪がこちらを凝視していた。




――――間違いなく、再び私はキスをされた。




その事実のみが思考のすべてを占める中、どうにか密着しているシャルルを引きはがす。

「何を…………………………した?」
「えっと…………………………キス」

そんなことはいまさら言わなくても十二分にわかっている。なんでまたこのタイミングなんだ……、簪にキスされた後にシャルルにまでキスされたのでは、性質の悪い女誑しみたいではないか!!
簪もほら、怒って……というか、拗ねているといったほうがいいのか、目つきをきつくしてシャルルを睨みつけているし。

「………デュノアさん」
「………負けないからねっ!!」
「………こっちも、負けない」

そのまま火花を散らすような視線の応酬。かつての時のようなガンドやら何やら、そういったものが乱舞するような戦いにならないのは不幸中の幸いかもしれないが、それでもこの状況は心臓に悪い。

「あ~、その、とりあえず落ち着け」
「う~、だって……私が勇気を出して、その…こ、告白した後に、あんな真似やられたんだもん」

涙目になりながら詰め寄ってくる簪。そりゃあなあ……お世辞にも簪は行動的とは言えない性格だしな、自分の気持ちを伝えるのに相当勇気を振り絞ったんだろう。

「やっぱり、志保は………普通に男の人と恋をしたいの?」
「それは……だな」

なんて言おうか、そもそもこの場に現在、男はいないんだが。
そのことを言うべきか、しかし、シャルルが自分で言うべき秘密を私の口から漏らすのは避けたいところだ。

「ほんとどうしてこのタイミングなんだ?」
「え、え~と、宣戦布告? その………志保と簪さんのキス見ちゃったからその、我慢できなくなっちゃって」
「変態」
「うっ!?」
「――――変態」
「だから違うってばあっ!?」
「女の子の唇を無理矢理奪うなんてことするから、変態でいいと思う」

恋敵を追い詰めるために絶対零度の視線と、一刀両断な言葉をシャルルに向ける簪。
シャルルのほうも実際は簪と変わらないことをしているんだがな、いかんせん、男装をしていることが厄介すぎる。
そのことを声を大にして言いたいんだろうか、いかにも我慢しきれないといった表情だな。




「変態じゃないって証拠、見せてあげるっ!!」
「えっ!? いきなりなんで腕をつかむの?」
「いいから黙って!!」




そして我慢の限界を突破したのか、いきなり簪の腕をつかむシャルル。
そしてその腕を、そのまま――――




「――――これでどう!!」




自分の股間に押し付けた。――――いやいや……ちょっと待て、いくらなんでもその方法はないだろう!? 
簪のほうは当然太く硬く雄々しい物がある感触を感じると思っていたのだろう、それらがまったくなく、そのことで逆に困惑しているようだ。

「え、えっと……デュノアさんって……………………女の子?」
「う、うん、そうだよ」

そのまま顔を真っ赤にして固まる二人。放っておいたらいつまでもそうしていそうなほどピクリとも動かない。

「お~い、見た目………物凄くヤバいぞ」

私が言った通り、今の二人の状況はものすごくヤバい。
考えても見てほしい、往来の真っ只中で少女の腕をつかみ自分の股間に押し付けている少年の姿。
はっきり言って公然猥褻罪で警官にしょっ引かれてもおかしくはない。IS学園への身分詐称しての入学で逮捕されるのではなく、そんな馬鹿らし過ぎることで捕まったら笑い話にもならないぞ。


「「…………………………うわあぁっ!?」」


そのことをようやく理解したのか、声を張り上げ飛ぶように離れる二人。
………………………………どうしてこんな状況になったのだろうな、本当に。
溜息をつきたくなる衝動をかみ殺し、無茶苦茶微妙になった空気を塗り替えるための提案をする。




「とりあえずもう昼だし、どこかでご飯を食べないか?」
「「……う、うん」」




そうして、古いブリキ細工のようにぎこちなく動く二人を引き連れて、私はどうにかその場を後にした。


――――本当に、どうしてこうなったんだ。


いまも後ろに付いてきている二人の顔を思い浮かべながら、気付かれぬように溜息をついた。




=================




その後、どうにか二人を引き連れて、近くにあったオープンカフェで昼食をとることにした。
店員に注文を告げ、テーブルに置かれた水を飲み干し、どうにか一息ついた。
見れば簪とシャルルもようやく落ち着き始めたみたいで、火照った顔を覚ますようにチビチビと水を飲んでいる。


「落ち着いたか?」
「うん、どうにか……」
「ごめん簪さん、どうかしてた」


2人とも視線をさまよわせた後、俯きながら料理を待っていた。
互いにあんな真似をしてしまっては早々目など合わせられるはずもないうえに、私のほうを向いてもキスの記憶がよみがえったのか余計に顔を真っ赤にしていた。
ここはご飯を食べてから話を切り出したほうがいいかもしれない、そう考えながら近くにいたウェイトレスに水のお代わりを頼む。






「――――さて、本題に入ろうか」
「……そうだね」
「……わかったよ」




私の雰囲気が変わったことを察したのか、表情を引き締める二人。

「まず二人とも、私のことをどう思っているんだ」

今更こんなことを聞くのも情けないとは思うが、それでも二人の口から改めて私への思いを聞きたかった。
どの道断る腹積もりではある。――――ならばせめて、しっかりと思いを聞いてからにしたかった。


「私は、――――志保のことが好きだよ、志保に恋してる」
「僕も同じ、必死に自分に嘘をついていたけど、簪さんのキスを見たらもう、自分をごまかせなくなった。――――改めて言うよ、僕も志保のことが好きだよ」


簪とシャルルの、それぞれの真摯な想いの丈、それは言葉の鏃となって私の胸を貫く。
だが、ここで流されるわけにはいかない、きっちりと、明確に二人の思いを断ち切る。




「二人に気持ちは理解した、――――だけど、ごめん、そう言う関係にはならない」




恋人になるつもりはないと、二人を見据え――――告げた。


「私たちのこと、――――嫌いってこと?」
「やっぱり、迷惑だったかな」


簪とシャルルの瞳が、悲しみで揺れる。二人の少女の恋心を、自ら断ちきった事実に胸が痛む。
だけど、簪の言葉の中のひとつの単語、“嫌い”という言葉だけは訂正しておきたかった。
私が二人の思いを断ち切ったのは、簪とシャルルだったからではない。これは衛宮志保が抱える物が原因なのだから――――




「そうじゃない、簪もシャルルも、決して嫌いではない」
「「え?」」
「私が二人の思いを断ち切ったのは、二人に原因があるわけじゃない」




奈落に突き進むかもしれない道に、簪もシャルルも付き合わせたくない。
もう、――――あの時の凛の様な泣き笑いの顔を、二度と見たくはなかった。




「私は、――――きっと、誰も幸せにはできないからな」




「「ふざけないでっ!!」」




予想だにしなかった怒号が、耳に響く。
簪とシャルルが顔を怒りに染めて言い放ったのだと、理解するのに少し時間がかかった。


「そんなことで断ったのっ!! 志保は!!」」
「許せないよねっ!! 簪さん!!」
「当たり前だよ、そんな理由じゃ引っ込んであげないんだからっ!!」
「そうだよ、同姓と付き合うことはできない……とかだったらまだ引っ込みがつくけどねっ!!」


常の二人の性格からは想像もつかない激しい怒り。困惑し続ける私は、間抜けな疑問の声をあげるのが精一杯だった。


「えっ……と、二人ともどうしてそこまで怒ってるんだ?」
「志保の鈍感!!」
「志保の朴念仁!!」


実に昔懐かしい罵声の声を聞きながら、やっぱり私は女性の機微に疎いのだと痛感した。
――――いや、今のお前も女性だろと、内心で突っ込んだが。





「「私たちは志保と一緒にいるだけで幸せなんだから、そんなこと言っちゃダメ!!」」





そんな当たり前のことを、二人に言われるまで失念していたのだから。


「ねえ、簪さん、共闘しない?」
「共闘?」
「うん、共闘、志保があんなことを言わなくなるぐらい幸せにしてから、改めて正々堂々と勝負しよっ」
「…………わかった、まずは志保をぐうの音も出ないほど幸せにしよっ、デュノアさん」
「これからはシャルルでいいよ簪さん、共闘する仲なんだから」
「うん、これからよろしくね、シャルル」
「うん、一緒に頑張ろうね、簪」


そして、私の意思を完全に無視してあれよあれよという間に共闘(?)の約条まで取り付けられた。
ああ、なんだろう……この何とも言えない懐かしさ。話の中心にいるはずなのに、私の意思を置き去りにして進むのは――――


「あの~、私の意思は?」


かろうじてその言葉を発すると、簪が何やらシャルルに耳打ちをして、互いに息を合わせて言い放った。




「「――――志保の答えは聞いてない、私たちが志保を幸せにしてあげるんだからっ!!」」




ああ、まったく、そんなふうに言われてしまえば、何も言い返せないじゃないか。
照れながらも笑顔で言い放った二人を見ていると、今の私にはない、感情の赴くままに突っ走り心の若さを感じた。




このまま流されるのもいいかもしれない、そう思ってしまうほどに――――




=================




後日、学園にて――――


「ちょっ、なんでいきなり殴りかかってくるんだよ、志保!!」
「やかましい、聞く耳持たん!! 貴様ある意味私と同じ状況の癖になんでそんなに安穏としていられるんだ!! 一発殴らせろっ!!」


恋する乙女三人を引き連れのんきな顔で登校する一夏を見て、つい、志保がブチ切れてしまったとか。













<あとがき>
簪のターンが続くと思ったか? それは嘘だ(馬鹿なことを言ってるんじゃねえ
実際はシャルルのターンでもあったというオチ。――――そして志保のヒロインがこの二人で打ち止めとも、私は一言も言っていないわけで、まあ、こうご期待ということで




[27061] 第二十一話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/10 18:35


<第二十一話>


今日は学年別タッグマッチの開催日、アリーナには多数の生徒、IS関連企業や各国の軍の関係者などの多数の人々が集まっていた。
ピットには試合に臨む準備をする生徒に溢れかえっており、それぞれのISと搬入されてくる各種武器および弾薬が所狭しと並べられ、混沌とした状況を形成していた。


「さて、そろそろ私たちの試合か、準備はいいかシャルル」
「うん、いいよ、………でもその前に頭撫でてほしいな、前に簪さんにやったみたいに」
「ん? いいぞ、それぐらい」
「えへへ、志保の手は気持ちいいね、これで力いっぱい頑張れるよ」


そう言って頭を撫でる志保。撫でられたシャルルはご満悦の様子で目を細め志保の手の感触に酔いしれていた。もしシャルルに犬の尻尾があったのならぶんぶんと音を立てて振られていただろう。志保も微笑ましいシャルルの様子に頬を緩め優しく微笑んでいる。


――お前らいちゃついてんじゃねえ!!――


その場にいたほかの生徒の心は一つにまとまっていた。だって、明らかに恋人同士のいちゃつきである。男女の役どころは完璧に逆だが……

「ああ、でもシャルル君の甘えた様子、サイ…ッコー」
「私も志保お姉さまに頭撫でてもらいたいなー」
「くっ…、私はどっちに変われと言えばいいのっ」

内在する欲望は人それぞれではある……、それでも作業の手が止まっていないあたりは流石というべきかもしれない。


まあ、そんないちゃつきでもやる気が出るならばいいのかもしれない……、アナウンスが流れ志保とシャルルはピットを抜けアリーナへと躍り出ていった。




=================




「さて次の試合どう見ますか、解説の織斑先生」
「……ふむ、十中八九衛宮・デュノアペアの勝利だろうな」
「それはどういった理由で? 確かにシャルル君の機体は専用機ですが第二世代機のカスタムタイプ、他の第三世代の専用機と比べればその性能は一歩劣ります、相方の衛宮さんは一般生徒で使用機体も<打鉄>、しかもお世辞にもISの操縦成績がいいとは言えませんね、これならば相手のチームにも勝利の目はあるのでは?」

一見すると解説役の生徒の言に正しさがあるようにも思える。しかし、それが全くの的外れであることは千冬は理解していた。

「――――ああ、確かに貴様の言う通りではあるのだろうな、だが、貴様が一つ見落としている点がある」
「見落としている点…ですか?」

千冬の言が何を指すのか何も分からず、疑問の色を浮かべる生徒。

「そもそも、戦いの技量という点で、圧倒的に衛宮が上だ」
「戦いの技量………ですか?」

しかし、千冬の答えお聞いてもなお、今一ピンとこない生徒は言葉を濁し、これから始まる戦いを注視していた。
それもそうだろう、このIS学園において戦いの技量=ISの操縦の巧さだ。何よりもまずISをいかに上手く扱えるか、それがこの学園で優秀な戦績を残すのに重要だと考えている物が大半だ。
なお解消されぬ疑問を抱えながらも、解説役の生徒は両チームの様子を確認し、試合開始のホイッスルは鳴らす。




ホイッスルが鳴ると同時に、弾かれたように距離をとる両チーム。
代表候補生であるシャルルの機動は勿論、淀みのない教科書のお手本のような機動だ。
対する相手チームの機動もそれなりに上手ではある。アリーナで一番ぎこちない機動をさらしているのは衛宮志保。
事前のデータによれば、この四人の中で一番IS適性が低いのが衛宮志保であり、この結果も当然であると、解説役の生徒は思っていた。

(これなら、まずは衛宮さんを集中して撃破、後は二対一に持ち込んでシャルル君に仕掛ければ、勝利の目は十分にあると思うけど)

その予想通り、相手チームは志保に狙いを付け、一気呵成に撃墜しようとする。
一機がスナイパーライフルを展開、もう一機がアサルトライフルを構えそのカバーに回る、堅実な戦術。
会場のほぼすべての人間が、衛宮志保の早期の撃墜を確信した。




――――響く銃声が、その予想を打ち砕く。




誰よりも早く銃弾を放ったのは、会場の予想を裏切り、しかし、彼女を知る者にとっては予想通りの人物、衛宮志保その人だった。
刹那、相手が持つスナイパーライフルが爆発、薬室内に装填されていた銃弾はもとより、マガジン内部の弾丸、そしてスナイパーライフルそのものが炸薬となり、シールドエネルギーを一気に零に持っていった。

「な、何が起こったんですかあぁっ!!?」

会場の人々の思いを代弁するように、解説役の生徒の絶叫が響き渡る。
それもそうだろう、志保が撃ったのはスナイパーライフル。貫通力で相手に打撃を与える武器であり、決して爆発するような武器ではない。

「あの馬鹿が、――――無茶にもほどがある」

そんな中、その不可思議な事象のからくりが分かっているのか、千冬だけがそのような言葉を漏らした。

「織斑先生、何が起こったんですかっ!?」
「言葉にすれば簡単だ、あの馬鹿はな、スナイパーライフルでスナイパーライフルの銃口を狙い撃ち、意図的に暴発させたんだ」

正しく針の穴を通すような神業的狙撃だな。呆れ混じりにそう漏らす千冬。
解説役の生徒はその言葉を理解できないのか、――――あるいはしたくないのか、暫くの間フリーズしていた。




「………………………………馬鹿じゃないですか、あの人」
「ああ、まさしく馬鹿だ、そんなこと思いついても実行には移さん」




会場全てが水を撃ったように静まり返る。とどめとばかりにアリーナのディスプレイにその瞬間のスロー映像が映し出され、その出鱈目がまごうことなき事実であると告げていた。
相手チームのもう一人の少女も、あまりのことに動きを止め茫然としていた。
それを責めるのは酷だろう、これに動じるな、というのは本物の宇宙人が目の前に現れても動じるな、というのと同じぐらいに無茶ぶりだ。
そんな無防備な状態をさらしているのを、シャルルが見逃す筈も無く、ショットガン二挺による一斉射撃でシールドエネルギーを零にした。

「なんで……………………………こんな化け物が今まで無名だったのよ」
「なんか…………ごめんね」

シャルルにしてみれば、反則など一切していないまっとうな勝利であるにもかかわらず、この結果に少しどころではない罪悪感を覚えていた。

(ホント、織斑先生のアドバイスを聞いておいてよかったぁ……、あれ聞いていなかったら僕も動けなかったと思うなあ、多分)

今更ながらに志保とタッグを組んでよかったのかと、疑問を抱くシャルル。
勿論シャルルの個人的な気持ちではOKなのだが、志保のあまりにアレな戦闘能力の高さを見せつけられると、この大会の公平性を失っているんじゃないかと思ってしまっていた。


その時、またもや千冬の一言によって、アリーナが驚愕に染まった。




「それにあの馬鹿、――――手を抜いていたぞ」
「………………………………………………………はい?」




あれだけの神業を披露しておいて、なお手抜き!? 何の冗談だよ!!その言葉で会場中の意思が統一された。

「あいつがスナイパーライフルの銃口を撃った後にな、もう一人が構えていたアサルトライフルの銃口にも狙いを付けていたぞ」
「どんだけ出鱈目なんですか、……あの人は」
「例えISの操縦が下手でもな、そもそもあいつ自身の戦闘能力が尋常ではないからな」
「……………どれほどの腕ならそんな神業ができるんですか?」
「あいつに聞いてみようか?」

そう言って千冬はマイクを操作して、志保の<打鉄>回線を繋ぐ。

「――――という質問なんだが、お前の答えは?」

会場中が志保の答えを聞き逃すまいと、物音一つ立てず耳を傾ける。




「いや、――――当たるイメージを思い浮かべて撃っただけだが」




そんな、ある意味当たり前すぎる答えを返す志保。

(あれ、なんだか当たり前の答えね、拍子抜けというかなんというか……)
「ああ、勘違いしているな貴様、あの言葉の意味は貴様が思い浮かべている意味とはかけ離れているぞ」
「へ? どういうことです?」

いまの言葉に意味を取り違える場所があったのだろうかと、首をかしげながらも解説役の生徒は千冬の言葉の続きを待った。




「いまの言葉の意味はな、当たる様に狙いを済ましたということではない、――――必中のイメージ通りに撃ったのだから当たるのは当然だろう、という意味だ」




「…………………………………………もう、なんて言ったらいいのかわかりません」

学年別タッグマッチの第一回戦の第一試合目なのに、どうして一生分驚かなくちゃいけないんだろうか、あまりの不条理を目の当たりにし言葉を無くす解説役の生徒。

「やれやれ、そんなに驚くことか?」
「あの~、志保はもうちょっと自分の出鱈目さを認識したほうがいいんじゃないかと思う」
「そうか?」
「そうだよ!!」

なんでそこまで言われなくてはならないのかと、不満げな表情になる志保。
シャルルは志保のそんな様子に頭を抱え、会場にいた人間は衛宮志保の名を、ある意味恐怖とともに脳裏に刻みつけたのだった。




「第一、――――織斑先生は全部見切っていたじゃないか?」
「あ」




そして、今度は志保が爆弾発言。
そう、志保の言うとおり、千冬は試合を見て志保の所業を言い当てたのだ。この上なく正確に――
しかも、何らかの観測機器を使用したわけでもない、真実己の肉眼で見切ったのだ。
今度は千冬に、会場中の耳目が集まる。――――そして、千冬の発言もまた、会場中の度肝を抜いたのだった。




「何を言っているんだ、――――私を誰だと思っている、その程度できなければ<ブリュンヒルデ>の名が廃る」




世界最強の二つ名を奉られているのならば、出来て当然のこと。千冬はそう言い放った。

「だろ、そこまで大げさなことじゃないと思うが」

志保もまた千冬の言葉に乗っかるように、自身の成した所業がそこまで大げさではないとシャルルに言った。




「比較対象が<ブリュンヒルデ>(世界最強)の時点でおかしいでしょ!!」




アリーナにシャルルの絶叫が響き。




「もう、この異次元の会話を……………………どうにかして………………」




解説役の生徒のかすれた呟きが、虚しく風に乗って流れる。




それはこの学年別タッグマッチに、これから起こる波乱を暗示しているようだった。









[27061] 第二十二話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/11/23 19:49
<第二十二話>


「二回戦進出おめでとう」
「……やっぱり志保はチートだってこと、改めて認識したぜ」
「ありがとう、簪、――――そして、一夏は後日しごいてやろう、存分にな」
「いや、一夏の感想も当然だと思うよ?」

初っ端から波乱塗れの結果となった、学年別タッグマッチ。
その第一回戦の第一試合を勝利で終えた志保とシャルルは、ピットに戻り、もうすぐ出番である簪と一夏からそれぞれ祝福と呆れの言葉をもらっていた。
まあ、あんな真似をしたのならば、一夏の評価も最もというものだろう。
それをわかっているから志保も口では怒ったように言っているが、その口元には苦笑が覗いている。
そして、志保の手は同時に簪の頭に伸びており、子猫をあやすように優しく撫でている。
自発的ではなく、簪が物欲しげな眼差しで訴えていたからなのだが、なんの衒いも無く実行してしまうあたり、志保自身もこの行為を行うことに慣れて、なおかつ気に入っているのかもしれない。
その様子を物欲しげな目で見つめるシャルル。………………試合開始前に存分にやってもらっていたはずなのにまだ物足りないようである。
簪も簪で我関せずとばかりに、子猫のように目を細め志保の手技に酔いしれている。

「俺、………ここにいていいんだろうか」

自然とのけものにされたような状況に陥った一夏が、ぼそりと漏らした言葉に反応した者がいた。

「――――これから試合だというのにたるんでいるな」
「ええ、この学園に二人しかいない男子生徒としての自覚が足りていないわね」

やってきたのは千冬と楯無。千冬はいつもの凛とした様子だが楯無のほうは、口調は常のままでもその美貌を血の涙で穢していた。…………よっぽど今の志保のポジションと変わりたいらしい。
流石にそんな状況で撫で続けるわけにもいかず、志保は簪の頭から手をのけるが、簪はその行為に対し不満げな表情になる。
その最愛の不満げな視線にさらされ、怒りの視線を志保に叩きつける楯無。
どうすりゃいいんだとばかりに頭を抱える志保。どうにも志保とかかわると有能さとか生徒会長としての威厳が綺麗さっぱり消え去ってしまうようである。

「……そう言えば、簪と一夏の戦う相手って篠ノ之さんと、……ボーデヴィッヒさんなんだよね?」

シャルルの瞳に映るのは不安の色。ドイツ代表候補生に相応しい技量と、それに見合う高性能の機体の組み合わせは、一夏と簪にとってはとてつもない脅威だと認識しているからだ。

「勝てとも負けるなとも言わん、無様な戦いだけはするなよ、一夏」
「ああ、頑張るよ千冬姉」
「ああ、頑張ってこい、一夏」

千冬はそんななんて気に挑む一夏に、一応の励ましの言葉をかける。
言葉面だけを見れば突き放したような言い方だが、千冬の口元に覗くわずかな微笑みが、千冬の一夏に対する情愛を現していた。

「簪の相手はあの子か」
「そう言えば、志保はあいつをフルぼっこにしてたよな、――――なんかアドバイスない?」
「アドバイス?」
「なんか弱点とか隙とか――――」
「代表候補生がそんな弱点なんぞ持ってるわけがないだろう」
「じゃあ、志保はどうやって勝ってたんだよ……あの時俺は千冬姉にぼこぼこにされてて気にする余裕なんてなかったからな」

志保の言葉から続く会話の流れで、あの恐怖体験のことを思い出したのか、顔を青ざめさせる一夏。

「どうやって、といわれてもな……空戦機動ではさすがに劣るから、とにかく空に逃がさないように撃っていただけだがな」

どこぞのフィンランドの白い死神のような言うは易し行うは難しを地で行く志保の言葉に、アドバイスを求めた人選を思いっきり間違えたことを悟る一夏。

「それで行けるのは志保だけだっての……」
「おまえは私のことをなんだと思ってるんだ」
「え? 生きた非常識」
「ほう……、いい度胸だなあ、一夏」
「だって志保と出合った時からあれだぜ、そう思うのも無理ないだろ?」
「…………確かにそうだが……、そして人前でそのことを持ち出すなと約束しただろう、一夏」
「あいたたたっ!! 痛いっ!! マジでいたいからアイアンクロー止めてっ!!」

一夏の正しいが無謀極まる言葉に、まるで聖母の様な慈愛の笑みを浮かべアイアンクローで一夏の体を持ち上げる志保。そんなカオスな光景に、どこぞの世界最強が既視感を覚えたらしいが。

「じゃ、じゃあさ、ボーデヴィッヒさんのISに搭載されている停止結界の対策とかってないかな?」

あまりの光景に見かねた簪が、具体的な質問を投げかけた。志保はその言葉を聞くと即座に一夏から手を離し、簪からの質問に対して思案し始める。

「あれへの対策か……」
「うん、停止結界に捕まっちゃったら一気に不利になるし、織斑君とも話し合ってはみたんだけどなかなかいい案が思い浮かばなくて」
「あの時のあいつは停止結界を使ってたのか?」
「ああ、使っていたな、――――もちろん、全部避けたが」
「いや、あんなもの初見じゃよけるの難しいだろ……、マジでどうやったんだ」
「勘で」
「うぉおいっ!! 言うに事欠いて、勘!?」

力の限りを込めドイツが開発した第三世代兵装を、勘の一言で無効化するんじゃねえよ、と突っ込む。
簪もこれにはあきれ顔で、改めて志保の非常識さを認識しながらちょっと引いていた。

「まあ、半分はそれだが、もう半分には種があるから安心しろ」
「種って何なの」
「ああ、教えるからちょっと耳貸してくれ、一夏も耳を貸せ」

志保の言葉に一夏と簪は耳を寄せ合い、志保が停止結界を避け切った手法を教えてもらう。

「――――というわけだ」
「……よく気付くな、そんなこと」
「これは第三世代型の特殊兵装全般に言える欠点だと思うがな、なまじ思考で操作できるだけにそういうことが起こってしまうんだ」

したり顔でそう語る志保に、簪は憧れと感謝の視線を向ける。

「やっぱり凄いね、志保は」
「簪にそう褒めてもらえるのは、なかなかいい気分だな」
「そ、そう? ……と、ともかく、志保のおかげちゃんと戦えそうだよ、ありがとう」

互いに笑顔を交わす二人。まあ、非常に“イイ”雰囲気ではあるのだが、その光景を見て嫉妬に駆られる人物が二人いた。

「ううっ……、やっぱりルームメイトは大きなアドバンテージだなぁ」
「簪ちゃんが可愛いっ……けどっ、その笑顔はっ、……こちらにっ、向いていないっ」
「どうにかしてくれないかな、これ、毎回毎回……」

この面子がそろうと発生するお決まりの反応に、食傷気味の一夏。とはいえ、箒、セシリア、鈴がそろうと一夏を中心にして同じようなことが発生するのだから、一夏も人のことは言えないのだが……


ちょうどその時、簪と一夏を呼ぶアナウンスの声が流れてきた。


「よっしゃ!! そろそろ出番だな」
「うん、頑張ろうね、織斑君」
「それじゃあ行ってくるぜ、千冬姉、志保」
「ああ、行って来い、一夏」
「頑張れよ、二人とも」
「頑張ってね、簪」
「お姉ちゃんが応援してるからね、簪ちゃん」
「うん、いってくる!!」


そして、一夏は<白式>、簪は<打鉄弐式>を展開しアリーナへと向かう。
皆の視線を受けて向かうその後ろ姿に、少なくとも怯えは見られなかった。




=================




「さてと、それじゃあ僕たちは観客席に行こう」
「ああ、そうだな」

一夏と簪を見送り、アリーナの観客席へと向かおうとするシャルルと志保に、千冬が声をかける。

「衛宮は少しここに残れ、話がある」
「じゃあ、僕は先にいってるね」

千冬の真面目な雰囲気に、シャルルは空気を読んで先に観客席へと向かう。
そのままシャルルは歩き去り、その姿が見えなくなると、おもむろに千冬が話し始める。

「先の試合、お前にしては珍しいな」
「――――そうですか」
「それに関しては私も同感ね、あんな曲芸まがいのことをしなくても勝てたでしょ」

千冬と楯無の疑問、それも当然といえた。志保の技量ならば普通に射撃戦に持ち込んだのならば、危なげなく勝利することができたはずだ。
千冬も楯無も志保が意味も無くそんな無駄な行為をするとは思っていなかった。

「まあ、しいて言えばメッセージ、ですかね」

そして、その疑問に返された志保の答えもまた意味不明なものだった。

「メッセージ、だと」
「成程……、話題にはなるわね」

しかし、千冬も楯無も頭は切れる、即座に多数の関係者の目があるところで目立ち、何者かをおびき寄せようとしているのだと気づく。

「まあ、今更貴様が何を隠しているかは問わん、おおよその予想はすでに付いているからな」

志保に軍事関係・諜報関係とのつながりも見つけられず、そのうえで隠したいことがあるという、千冬の中ではすでに志保の秘密をある程度は推察していた。

「そうね、警戒はしていたけど、全く欠片もそういうやつらとつながりは見つけられなかったしね、―――――その代り、簪ちゃんとイチャイチャしまくってたけどねぇッ!!」
「お願いだから落ちつけ、黒いオーラを出すな」

最近楯無のシスコン暴走発生の沸点が低いなあ~、とか益体も無いことを考えながら、志保は数日前に判明したことを思い返していた。

(前に捕まえた諜報員が、学年別トーナメントで私の撃った偽・螺旋剣のデータを外部に流出させていたと判明したからな)

そう、かつて偶然にも千冬と共同で捕まえたあの諜報員が、学園の機密データの一部を盗み出していたことが判明。その機密データの一部に、志保が放った偽・螺旋剣の映像データが含まれていたのだ。
勿論、この世界のほぼすべての人間にとって、あのデータは意味不明の一言でしか片づけることのできない代物だ。


だが、二つばかり例外があった。


一人は当然、織斑一夏。そしてもう一人は――――


(既に織斑先生のコネで、私の両親にはガードを付けてもらっている、――――何より、やられっぱなしで我慢できるような殊勝な性格ではないだろう、貴様は)

あの場にいた、もう一人の人物。あの女が、もしあのデータを見た場合必ずアクションを起こすだろう。
もしかしたら、この学園の生徒にいらぬ被害が出るかもしれない。それを防ぐためにも、わざわざ派手に勝利したのだから。

(だから、さっさと釣り出されて来い、――――今度は逃がさん)

内心、あの女への闘志を燃やす志保。再び両者が、銃火と刃を交える日は近いのかもしれない。




「と・こ・ろ・で~、――――簪ちゃんに告白されたって、本当?」




その闘志を打ち砕くような、優しげな、それでいて怒りに塗れた楯無の声が響く。

「えっ!? いや、それはっ!?」

いきなりの話題転換と、志保の中でも完璧に整理の付いていない話題を持ち出され、先程のシリアスっぷりを完璧に打ち砕かれ、しどろもどろになってしまう。

「微に入り細に入り、その時の話を聞かせてもらおうかしら」

志保の眼前に顕現した、一人の夜叉に流石の志保も恐れをなし、藁にもすがる思いでこの場にいるはずの千冬に助けを求めるが――――

「織斑先生、助けてっ――――って、いないっ!!」

――――すでにその姿はなく、志保の助けを求める声は空を切った。




「あら、ちょうど二人っきりね、これでじっっっっくり聞けるわ」
「―――――――――――、ちくしょうっ!!」




その後、志保の悲鳴が響き渡ったとかなんとか。




=================




「――――逃げずによく来た」

数多の観客が集うアリーナの中で、一夏を最初に出迎えたのは、ラウラ・ボーデヴィッヒの挑発だった。

「はっ、なんでお前に逃げなきゃなんないんだよ」

負けるものかと、一夏もまた安い挑発とともに、ラウラを鼻で笑う。
だが、一転して表情を引き締めて、ラウラに問いかける。

「おまえはまだ、俺のことを千冬姉にまとわりつく害虫としか見ていないのか」
「どうだかな、………ただ、教官の近くにいる貴様が、気に喰わんだけだ」

自身が放った問いに対しての、ラウラの答え。その姿はどこか寂しげだった。
千冬から、以前ラウラの境遇を簡単にだが聞いたことがある。生まれついてからずっと、軍人として生き、人並みの生活など味わったことなどないという。

(ああ、今のこいつは親と引き離されて寂しがっている子供みたいなもんか、さしずめ千冬姉が母親か? ………………千冬姉って子育てできるのか? 家事能力皆無だけど)

ラウラの感情の推察から脇道に逸れた思考を打ち切り、<雪片弐型>を展開する。
戦闘態勢を整えた俺を見て、ラウラもまた纏う気配を変える。少女のそれから一人の戦士へと。

「ああ、だから今から貴様を存分に叩きのめす、ここにきてからいろいろと苛立ちが溜まっていたからな」
「いろいろ? ………志保にフルボッコにされたこととか?」
「あの女の名前は出すなあっ!!」
「うおっ!?」

志保の名前を出した途端、錯乱したような叫び声を出すラウラ。

「ISの操縦者としての力量は勝っていたのに、射撃の腕だけでこの私が封殺されたんだぞっ!! ……………よけてもよけても銃弾が追ってくるんだ、挙句の果てにワイヤーブレードまで撃ち落とすし、………あいつは人間じゃない、絶対にっ」
「――――すまん、悪かった」

あまりに急激なラウラの変化に、いたたまれなくなる一夏。見れば戦闘態勢をとっていた簪と箒もどう反応していいかわからず、視線をさまよわせている。

「貴様らまじめにやれっ!!」

グダグダになった空気を霧散させる、解説席からの千冬の一喝にどうにか、戦闘前に相応しいピンと張りつめた空気が戻ってきた。
同時に響き渡った戦闘開始の合図で、弾かれたように四機のISが動き始めた。




=================



初手は<シュヴァルツェア・レーゲン>のレールカノンと、一夏の放ったサンダラーの爆裂弾。
ラウラのほうは有効打を狙った一撃、それに対し一夏は流れを引き寄せるための牽制の一発。
二つの弾頭がアリーナ中央で炸裂し、大輪の爆炎を咲かせる。
爆炎の中から流星のごとく飛び出すは<白式>、そのまま<シュヴァルツェア・レーゲン>に突撃。

白と黒が交わる。ラウラは接近戦に持ち込もうとする<白式>に呼応するように、両手のプラズマ手刀を構える。

「こいっ、織斑一夏!! ――――なっ!?」

しかし、一夏はそのままラウラの上を過ぎ去り、一歩出遅れていた箒へと向かう。
代わりにラウラに襲いかかるは簪が揮う、薙刀の一閃。ラウラはその一撃に対し一歩踏み込み、長刀の柄を腕で抑え込む。

「ふん、貴様が私の相手か」
「織斑君のほうが良かった?」
「どちらでも構わん、それに、弱いほうを優先して狙うのは当然のことだ」

確かに、この場で一番戦力として劣っているのは唯一量産機を操る箒だろう。だが、簪の耳には、ラウラはそもそも箒を戦力として換算していないように聞き取れた。
いや、ひょっとしたらこの場にいる誰もを、脅威としてみなしていないのかもしれない。

「二対一でも、負けはないって思ってるの?」

いったん後退し、二門の荷電粒子砲を放つ簪。ラウラはその二筋の閃光を軽やかによけ、ワイヤーブレードで<打鉄弐式>を絡め取ろうとする。
簪はそれに対し即座の迎撃はせず、ある程度引き寄せてクレイモアを発射。多数のベアリング弾頭がワイヤーブレードをはじき落とす。

「当たり前だ、操縦者はともに半人前、機体のほうも片や未熟者にはろくに扱えぬ尖った機体、そしてもう片方は急造機だ、――――知っているぞ、貴様の機体は本来の兵装すら未完成、機体自身もここの生徒の手で作り上げた半端な代物だとな」

確かに、その言葉は事実。本来の第三世代兵装は完成の目処は立たず、機体性能もしょせんは学生の手による物、正式に倉持技研が作った場合と差はあるだろう。


だが、それでも簪はこの機体が、<打鉄弐式>が急造品でも半端な代物でもないと信じている。


「――――違うっ」


振り絞った呟きに、ラウラはただ純然に疑問の声をあげる。

「違うだと、何が違う」

その疑問の声とともに放たれるレールカノンを、簪は軽やかにかわす。

「この機体は半端な代物なんかじゃ、ないっ!! あなたのほうこそっ」

そのまま簪はミサイルを発射。その白煙を追うように薙刀を振りかぶる。
ラウラはそのミサイルを急速上昇しつつ、近接信管弾頭を選択したレールカノンで撃ち落とす。
爆炎をつきぬけて襲いかかる簪の薙刀は、精妙な見切りと体をひねらせ、機体の装甲表面を舐めさせるような紙一重の回避を行う。

「あなたのほうこそ、なんだ?」

そのまま体を捻った勢いを利用した回し蹴りとともに、ラウラは冷徹な言葉を投げかける。

「あうっ!? あなたのほうこそ、一人で戦っているつもりなのっ?」

苦悶の声とともに吹き飛ばされる簪。即座に襲いかかるワイヤーブレードの追撃を何とかかわしつつ、簪はラウラに問いかける。

「ふん、私は一人で戦っている、この学園の生徒の様な浮ついた者の助けなど何の役に立つ」
「――――けない」
「何?」

簪はこの時初めて、他者に対する明確な怒りを抱いた。




「あなたなんかに、絶対負けないっ!!」




確かに、簪よりラウラのほうが圧倒的に強者だろう。だが、簪は“一人”では戦っていない。

「ふん、弱い者ほどよく吠えるというがな」

ラウラは簪のその叫びを虚勢と判断する。いまのラウラに、簪の叫びに込められた意味など理解出来ようはずもなかった。
そのまま、<シュヴァルツェア・レーゲン>に搭載されている第三世代兵装、停止結界を作動させようとする。


ラウラの脳裏に、無様に停止した簪の姿が思い描かれ、機体のシステムにその意思を送り込もうとしたその刹那――――、簪の姿が消えた。


「ぐうっ!?」


ほぼ同時に襲いかかる横合いからの一撃。停止結界を作動させる一瞬の隙を狙った、見事すぎる一撃に、困惑と怒りを抱くラウラ。

(馬鹿なっ!? この女、停止結界を見切っているというのかっ、例えデータがあったとしても初見で見切れるような兵器ではない筈だっ)

確かに、予備動作なく発動する停止結界を初見で見切るなど、そうやすやすと出来る芸当ではない。だが――




=================




「――――目の色?」
「そうだ」

試合開始前にもらった、志保からのアドバイス。だが目の色と言われても簪も一夏もわけがわからなかった。

「どういうことだよ」
「順を追って説明してやる、まずあの兵装、停止結界は確かに優れた兵装だ、思考のみで発動し、いきなり相手の動きを拘束できる」
「ああ、そうだな」
「だが、その使い手がまだ未熟だ」
「え?」

簪にはその言葉は、出鱈目なように感じられた。ドイツの代表候補生にもなっている操縦者が未熟というのは、なかなかに受け入れがたい事実だった。

「目は口ほどに物を言い、と昔から言うだろう、目にはな、存外感情が浮き出てくるものだ」
「虹彩の色かっ!?」

何やら志保の言葉で思いいたったことがあるのか、一夏が声をあげる。

「そういえばお前は古流剣術を学んでいたと言っていたな、一夏の言う通り、虹彩の色は感情によって変化しやすい、たとえば敵意を剥き出しにしている時は白みがかった三白眼になり、歓喜の感情の時は黒目になったり、目に感情を出さないことは古流剣術では重要な技法のひとつだからな」

志保の説明で、ようやく簪も志保の言わんとすることに思い至った。

「そうか、停止結界の使用時も同じことが起こるんだね」
「ああ、そうだ、目の色に気を配っておけば、だいたいの発動タイミングは見切れる」
「けど、あいつ軍人なんだろ? 感情ぐらいちゃんと抑え込みそうなものだけどなあ」

その一夏の疑問の声に、志保はフッと笑い。

「初対面の人物にいきなり平手打ちをかまそうとするやつが、感情を完璧に抑え込めるはずもないだろう」

からかうようにそう言ったのだった。




=================




(志保のアドバイスのおかげだね、この一撃は、……ありがとう志保)


内心で志保に感謝しながら、未だ態勢が整っていないラウラに対し、薙刀を切り返しもう一撃を加える。

「ぐはっ!!」

そして簪は叫ぶ。この一撃を加えるための力をくれたのは、整備部のみんなのおかげ。この一撃を加えるための道筋を切り開けたのは志保のアドバイス。この一撃は決しておのれひとりで成し遂げたものではないと、思いを込めて叫ぶ。




「この一撃は、みんなの力のおかげなんだから!!」




簪の雄々しい叫びが、アリーナに響き渡った。












<あとがき>
あれ? 一夏を目立たせようと思ったのに、いつの間にやら簪の主役回になってる!?
そして志保にはオータムとの再戦フラグが立った。それはもうビンビンに。

「あれ、子供の時の志保に倒されたんだから、オータムに勝ち目なくない?」

とか思った読者の皆様、ご安心を、ぶっちゃけ言うと、この作品において一番の魔改造キャラはオータムになる予定です。何せもう、作者の脳内で、<アラクネ>のセカンドシフトと単一仕様能力が決まっていますから。




[27061] 第二十三話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/18 17:02


<第二十三話>


簪がラウラと戦っているころ、当然一夏と箒も刃を交えていた。

「おおおおっ!!」

裂帛の気合とともに、一夏は刃を振りかぶり箒に切りかかる。無論箒もまた、刃を無為に受け止め負けるつもりなど毛頭なく、己が武器を顕現させる。
だが、その武器は<打鉄>の標準武装の近接戦用ブレードではなかった。
刃金と刃金がぶつかり火花を散らす。たがいに吐息が振れるほどに密着した間合いで、一夏は箒が呼びだした武器を見やり、呆れ混じりの疑問の声をあげる。

「おい箒、なんだよそれは……」
「ふん、私とて無策でこの大会に挑んだわけではないさ」

箒が握りしめている武器は、確かに形状は<打鉄>の近接戦用ブレードと変わらぬ日本刀と同じ形だ。だが、その大きさが並みの物と違っていた。
刃渡りは二回りほど大きく、刃の厚みに至っては五倍ほど……明らかに切り裂くためではなく叩き割るための刃だ。おまけに峰のほうにはブースターらしきものがびっしりと付いている。


<鎧割>(よろいわり)、――――倉持技研の試作大型ブレード、威力の高い近接戦用武器を求めた結果、大きくして速くすればいいという乱暴な設計思想の元作りだされた、高性能なガラクタ。
敵機に与える破壊力を増すために、刃渡りを伸ばし限界ぎりぎりまで厚みを増した刀身。結果、増加した重量を補うためとさらなる破壊力上昇を求め、高出力ブースターを搭載。
確かに、開発陣が求めた以上の破壊力は得られたが、そのあまりにも悪すぎるとり回しのせいでテストを行った者たちからの評判は悪く、いままでIS学園の整備部の奥底で埃をかぶっていた代物だ。
それを今回の大会の為に、箒が引っ張り出してきたのだ。


「所詮私はお前と同じ、刃を揮うしか能がない……だからこそ、<雪片弐型>の様な一撃必殺の刃を欲した、…………それだけだあっ!!」

同時、鎧割のブースターが唸りをあげて炎を吐き出す。一夏はそれに秘められた力を感じ取り即座に瞬時加速を使ってまで後退、刹那、鎧割は空を切りそのまま大地に叩きつけられる。


轟音が鳴り響き、<鎧割>の名の通り、その規格外の刃は大地を叩き割った。


砂礫が空に舞い上がり、大地には重機を使ったかのような深い深い、傷跡と呼ぶには大きすぎる跡が付いていた。
<雪片弐型>の様な小難しい理屈などない、正しく一撃必殺。その様をまざまざと見せつけられ、一夏の頬を冷や汗が伝う。
あんな代物の直撃を喰らってしまえば間違いなく、一撃で叩き伏せられる。

「刃とは基本的に一撃必殺、いかに致命の一撃を与えるか、剣術とはそれを突き詰めた術理に他ならない」

箒の独白に、一夏も心の中でうなずく。肉体を鍛えればある程度のダメージを相殺できる打撃技とは違い、日本刀は真っ当に当たれば確実に相手の肉体を切り裂く。
故に、剣術は必殺の一太刀を当てるために、様々な術理を突き詰めてきた。いかな種類の剣技<ブレイドアーツ>もその一点は同じだ。
だが、ISの戦いにおいてはその前提条件、当たれば一撃必殺の前提条件が崩れてしまっている。
生身の戦いでは一撃必殺の術理も、ISではシールドエネルギーを削るに留まるだけ。
だからこそ、ISの近接戦用兵装はその殆どが補助的な兵装に留まっている。




しかし、今この場において、その数少ない例外がここに対峙していた。




<雪片弐型>と<鎧割>。




「いま、お前と私の手の内には必殺の一太刀がある、無為に戦いを引き延ばす気はないのでな、――――これでけりをつけるぞ」

そう言って<鎧割>を構える箒。しかし、箒のとった構えは通常の剣道や、篠ノ之流古武術の構えである正眼とは違い、一撃必殺の剣術である薩摩示現流の象徴でもある、蜻蛉の構え。
確かに一撃必殺を期するならば、その構えは非常に理にかなっている。その構えから繰り出す<鎧割>の一撃は、確実に<白式>を行動不能に追い込む。
<鎧割>という規格外の大太刀をかまえ、黒髪を靡かせながら凛々しく敵手を睨みつけるその様は、まさしく武士、侍と言っていいだろう。
一夏もまた、その様に一瞬見惚れるものの、<雪片弐型>を上段に構えながら、己が不利を悟っていた。




(まずい、このままじゃ俺の負けだっ……どうする?)




地に叩きつけられる自身の姿が脳内によぎる。知らず、刃を握る掌に力がこもった。




――――ギシリ、と音が鳴った。




=================




「織斑の圧倒的不利だな」

解説席から、一夏と箒の様子を見ていた千冬がそう漏らした。

「私には二人の勝率は五分五分だと感じられますが」

手元のコンソールを操作し、二人の機体・武装スペックを見ながら解説役の生徒が応える。
互いの持つ武器は一撃必殺の刃、当たったほうが勝ちなのだから、そう思ってしまうのも無理からぬことだった。

「いや、この場合、もし織斑がサンダラーで牽制したとしよう、――――おそらく篠ノ之は被弾覚悟で突撃、織斑を切り伏せるはずだ」

サンダラーは有効範囲も威力も共に高いが、防御に優れる<打鉄>を纏う箒は、多少のダメージなど気にせずに一夏に切りかかる。
刃を振りかぶったものと、銃を手にしているもの、刃を交えれば結果は火を見るより明らかだ。

「では、スピードで撹乱すれば……」
「それも無理だな、確かに機体スピードは<白式>が圧倒的に速い、しかし、剣速は圧倒的に<鎧割>のほうが速い」

仮に、一夏がそのスピードを利用して撹乱し、箒に切りかかったとしよう。
だが、結局のところ、一夏は箒の間合いに入らざるを得ない、<鎧割>のほうが<雪片弐型>より刃渡りが長いのだから。
そして、<鎧割>には剣戟加速用ブースターが搭載されている。剣を揮うという行為その物のスピードで見れば、一夏のほうはISのパワーアシストのみだが、箒のほうはそれに加えブースターの加速があるのだ、初動の遅さを補うには十二分だった。

「じゃあ、真っ向勝負でしか織斑選手の勝ち目はないということに……」
「いや、それこそ篠ノ之の思うつぼだろう」
「それはどういうことですか?」
「互いが持つ武装は、双方共に一撃必殺、しかし、そこに至る手段の差がこの場合篠ノ之の有利に働く」




<鎧割>が一撃必殺なのは、その単純にして強大な破壊力があるからだ。しかし、<雪片弐型>は違う。
<雪片弐型>は、搭載されている単一仕様能力<零落白夜>によって、対象のエネルギーを無効化させ、その結果、ISに直撃したのならば一瞬にしてシールドエネルギーを零にして、勝利に至る。
故に<雪片弐型>がその真価を発揮するためには、対象が何らかのエネルギー兵装を有していなければならず、もし相手がただの鉄塊であるならば、他の兵装と何ら変わらぬ威力しか出せない。
このまま二人が真っ向勝負を仕掛け、<雪片弐型>と<鎧割>をぶつけあった場合、極論すればただの鉄塊である<鎧割>に<雪片弐型>の真価は発揮されず、<鎧割>に一夏もろともに切り伏せられるだろう。
ならば、後の先。箒の初太刀を一夏が回避に専念すればどうだろうか。否、それは箒が先手を取る、という前提のもとに成り立つ。
それを示すように、ラウラと簪が激しい戦いを繰り広げる中、箒は微動だにしない。高機動戦を旨とするIS同士の戦いであるはずのこの場において、その光景はまさしく異質であった。




一夏がサンダラーを放てばその隙に切り伏せ、一夏がスピードで攪乱しても剣速で五分に持って行き、一夏が真っ向から仕掛けても真っ向から斬り伏せる。そして後の先などとらせるつもりは毛頭ない。
篠ノ之箒にとって、一夏の剣筋は幾度となく互いの修練の中で味わった、既知の物。故に、剣技で遅れをとるつもりも無く、正しくこの状況は篠ノ之箒が織斑一夏の為だけに作り出した剣術理論<ブレイドアーツ>。
篠ノ之箒という、専用機も衛宮志保の様な人外の技量も無い少女が、必死に編み出した魔剣だった。




「――――というわけだ」
「確かに説明されると、いかにこの状況が織斑選手にとって鬼門であるかがわかりますね………、正直、この試合において篠ノ之選手がこれほどまでに試合のカギを握るとは思いもしませんでした」

千冬の詳細な説明を聞き、感嘆の表情を浮かべる解説役の生徒。
内心、千冬も同様だった。解説役の生徒同様、千冬もまた、この試合は一夏と簪がいかにしてラウラを打ち取れるか、その一点に尽きる、と思っていたからだ。

(まさか篠ノ之がここまでやるとはな、あいつらの力量は互角、故に機体性能差で一夏が勝つと思いこむとは、私もまだまだということか、――――さて一夏、篠ノ之の必殺の待ちの一手に、お前はどう立ち向かう?)

状況は千冬が言った通り、一夏の圧倒的不利。相方の簪は格上のラウラに対し、必死に食らいついており援護など到底不可能。一夏が独力でこの場を切り抜けるしか道はなかった。




=================




<鎧割>を構えながら、箒はひたすら勝利の為に待ち続けた。
待ち続けることは、己が性分に反していたが、それを乗り越えてこそ自信の勝利があると信じていたため、自分でも驚くほどに自制ができた。

同時にこの試合が始まる前のことを思い返す。タッグマッチのパートナーを探しあぐね、ラウラという難物と組んでしまい、初戦の相手が一夏という状況に最初は嘆きはした。
相方はチームワークなど気にすることなどなく、思い人は初戦の相手。初めはこの状況に腐りもした、初戦の面子の中で、ただ一人専用機を持たないことも拍車をかけた。
自分がいくら頑張ろうとも、試合の結果に影響は与えない、そう思ってしまったのだ。何せ相方は非公式とはいえセシリアと鈴をまとめて相手取り、勝利してしまうつわものだ。人格は悪くとも、腕のほうは一級品だった。


――――それが変わったのは、一夏と衛宮の模擬戦を見たからだ。


接近戦という<白式>の領域で、<打鉄>でありながら勝利する。
そのあと、衛宮が一人になったところを見計らい話しかけた。――――どうしてそこまで強くなれるのかと、思い返せば子供の癇癪に近かった。それでも、衛宮はいやな顔一つせず私の話を聞いてくれた。

「まあ、確かにこの学園の大会、一般入学の生徒にはきつい物があるよな」
「………うん」
「こっちは量産機でそもそも性能の面で遅れてるし、搭乗時間ではかないっこない」
「………ああ」

聞けば聞くほど、その状況の酷さにへこんでいく私、けど、衛宮の言葉がそれを塗り替える。




「だけどな、――――そんな状況“人間”であるならば塗り替えられる」




静かに、だが、強固な刃金のごとき確信を帯びた、衛宮の言葉。その言葉を聞いて、私は強調された”人間”というフレーズが気にかかった。努力や修練という言葉ではなく、“人間”。私にはその意味がわからなかった。

「…………どういう意味だ?」

私の疑問の声に、衛宮は質問で返してきた。

「じゃあ聞くが、……そうだな、例えばお前はチーターより速く走れるか?」
「無理にきまっているだろう!!」
「じゃあ、チーターより速く”動ける“か?」
「え?」

”走れるか”ではなく“動けるか”、その言葉の差異の意味を一瞬図りかねた。
ただ聞くだけでは言葉遊びのようにも思える、だが、それを言う衛宮の表情に嘲りなど一切なく、真摯な表情で私に聞いていた。
だから、必死になって考えた。親身になってアドバイスをしてくれているのに、自分のせいでそれを無為にしたくなかった。
だけど、いつまでたっても私にはこの言葉の違いが分からず、見かねた志保が苦笑しながらもヒントをくれた。

「ふむ、まだわからないか、……ではこう言い換えよう、手段は問わないから、チーターより速く動けるか?」

ここまで言われてようやく答えに気付く、そんなもの何かしらの乗り物でも使えれば一発だ。それこそISを使えば圧倒的に速く動ける。
そして、私はやっと衛宮の言葉の真意に気付く、確かに人間よりスペックの高い獣はいくらでもいる。だが、人間は様々な手段を使ってそれらの獣を制してきた。多様な手段で格上の何かに勝ち続けてきた、それが人間の強さなのだと。

「ああ、まったく!! こんな単純なことに気付かなかったとは、すまない衛宮、私はどうかしていた!!」

相手が専用機? 力量が上? ならば勝てる手段を作り出せ。ありとあらゆる手段を行使し勝利をもぎ取れ、私はそんな単純な理屈に気付かず努力せず、ただ腐っていた!! 何たる怠慢だ。
こうしてはいられない、今まで無為に過ごしていた分頑張らないと。

「話を聞いてくれて感謝するぞ、衛宮」
「ふっきれたか?」
「ああ、大事なことを思い出せた、本当にありがとう、志保!!」

大事なことを思い出させてくれた目の前にいる学友に、友愛の意を示すために、名字ではなく名前で礼を言う。
衛宮、いや、志保は一瞬戸惑いを見せた後、笑顔で返してくれた。




「頑張れよ、箒」
「勿論だ!!」




志保の声援を受けながら、私はすぐに試合の為の戦術を練り始めた。よくよく考えれば、このように戦法を考えるのは初めてだとすぐに気付いた。――――改めて自分が猪武者であると知り、少々どころではなく恥ずかしかった。

とはいえまずは初戦を突破しなければ話にならない、戦法など即座に思いつく私ではないから、まずは対一夏・簪ペアへの対策に思考を絞った。
当然、一夏と簪は私を先に狙うだろう、弱い物から先に片付けるのは至って自然なことだからな。
おそらくは簪がラウラの相手を行い、その隙に一夏が速攻で私を打ち取るだろう。一撃必殺の武器たる<雪片弐型>は、その状況に対しておあつらえ向きの武器だ。

――――となれば、必然的に私とラウラが勝利するためには、ラウラが簪を打ち取るまで私が粘り、二対一に持ち込むか、私が一夏を打ち取り二対一のどちらかに持っていく必要がある。当然一夏たちも無策ではこないだろう、私が早々に敗れてしまえば、もしかしたら、ラウラが負けるかもしれない。
だがどの道、一夏と私が戦う状況になるのは間違いない。しかし、剣腕は互角でも、機体性能、武器性能ともに大きく水をあけられている。
私も一夏も共に刀を振るうしか能がない、今更飛び道具に手を出したところで付け焼刃以上の物にはならないのは目に見えて明らかだ。
一件手詰まりの状況、だが、それで腐ってはいられない。それではただの獣、犬畜生だ。ならば思考しろ、勝てる手段を手繰り寄せろ。それを教えてもらったではないか。

そんな思いを胸に、学園整備部の武器保管庫でなにか使える物がないか探索した。
IS学園には世界各国の企業、軍隊から様々な試作兵装を情報収集のために譲り受けており、保管庫の中は、一大武器展示室となっている。
だが、今更動き出したせいで、めぼしい兵装の殆どは貸出済みであり、ほとんどの保管棚は空だった。


「――――当たり前だな、他の誰もが勝つための手段を講じる、怠慢のつけだな、これは、……ん?」


そんな時だった、あらかた空になったせいで奥まで見通せるようになった棚の奥に、埃をかぶったでかい箱が鎮座しているのに気付いた。
私はその箱に誘われるように近づき、舞い上がる埃を払いのけながら中身を確認した。




――――中にあったのは、一つの鉄塊。それが<鎧割>と私の出会いだった。




――――同時に、一つの術理が脳内に閃く。




――――パズルのピースがはまるような音がした。




=================




過去を思い返し、改めて私は己が腕で構える相棒との出会いが、この上ない幸運だったのだと確信する。――――運命、と言い換えてもいいかもしれない。

(来い、一夏、……………私は勝つ!!)

世界から音が消え、私と一夏だけになったように感じられる。自身の心臓の鼓動どころか、一夏の心臓の鼓動さえ聞こえてきそうだった。
現実はラウラと簪が激しい戦いを繰り広げ、鉄風雷火の轟音が鳴り響いているのだろう。


だが、そんなこと瑣末事に過ぎない。


私のやるべきことは、先手を取る一夏を切り伏せることのみ。それ以外は雑音にすぎん!!
極限まで集中した私の視界<セカイ>は、まるで時さえも止まっているかのようだった。


停止した時の中、一夏が動く。


スローモーションのように、<白式>のスラスターから炎が上がる。瞬時加速のスピードですら、やけにゆっくりにとらえることができた。
切り刻まれ停滞した時の中、私も呼応するように、瞬時加速を発動させる。
濃密な大気を切り分け、亀の歩みに等しい音速の世界の中、少しずつ私と一夏の距離が縮まっていく。




――――際限なく、限りなく、距離が縮まる。




―――― 一夏が刃を振りかぶる。




――――それを確実に見てとり、私も<鎧割>を揮う、ブースターが火を拭き、後手をとった遅れを打ち消す。




そして、そのまま<鎧割>は、――――”大地”を叩き割った。




(な……………………………に!?)

何故、<白式>が大地に叩き伏せられていないっ!? あのタイミングでは回避など、――――何より振り下ろす直前まで一夏は<雪片弐型>を振りかぶっていたはずだ!!


私は大地から眼前に目をやり、その不可思議なる状況のからくりを知った。


眼前には、コンマ数秒前と変わらぬ<雪片弐型>を振りかぶった一夏の姿。


ただ、<白式>の両サイドのスラスターだけが“反転”していた。噴射炎の残り火が僅かに揺らめき、直前まで全力噴射していたことを知らせてくれる。


(そう言う……ことかっ!!)


ここに至り、ようやく私は一夏のとった手段を理解した。
一夏は瞬時加速を行い、<雪片弐型>を振りかぶり、“その体制”のまま180度逆方向に瞬時加速を行ったのだ。
ただでさえ制御の難しい瞬時加速を連続して行い、しかも振りかぶったままという不自然な体制のままそれを行ったのだ。表情だけ見ても、脂汗の滴り落ちる量と、苦悶の表情が一夏の体にかかった負担の凄まじさを物語っていた。

(見事だ、一夏)

しかし、私の内にあるのは一夏への賛辞だけだった。<鎧割>は大地に喰い込み、私はすでに死に体。逆転の目はすべて断たれていたが、不思議と悔しさはわいてこなかった。
今の己に出せる全力を出し切ったと、胸を張って言えるからだろう。




――――そして、再び一夏が前に出る。




――――<雪片弐型>が<打鉄>のシールドエネルギーを食いつくし、絶対防御を発動させる。



鈍い痛みとともに、私の体から力が抜け落ち、私は一夏に抱きかかえられる。
私は一夏の、苦痛に耐えきった顔を真正面から見つめる。




「おまえの勝ちだ、一夏」




ただそれだけを言い残し、私の意識は暗闇に堕ちた。














今回の話を書いている最中、必然的に思いついた没ネタ。

臨海学校の最中、突如暴走した最新鋭機<シルバリオ・ゴスペル>を鎮圧するため、箒は一夏とともに、姉から手渡された新型機<紅椿>を纏い戦場に赴く。
しかし、調整不足ゆえか、<紅椿>の武装の一切が応答しなくなってしまい、窮地に立たされる二人。


「友よ、お前の刃、今届けるっ!!」


その時っ!! 突如として戦場に響く声、そこには箒の愛刀たる<鎧割>を携えたラウラの姿があった。
全力で投擲され、空中を舞う鉄塊。そして、箒のかいなが<鎧割>を握りしめる。


「わが魂を受け継げ<紅椿>!! いくぞおおおぉっ!!」


箒は<鎧割>を振りかぶり、天高く舞い上がる。


高く、高く、何処までも、何処までも、天高く舞い上がる箒。その様まさにっ!! 雲耀の如しっ!!


「わが必殺の雲耀の太刀!! その身でしかと受け止めよ、チェストおおおおおおおおおおっ!!」


裂帛の気合とともに振り下ろされた斬撃は、正しく必殺となって<シルバリオ・ゴスペル>を一刀のもとに切り伏せたのだった。


「我が刃に、――――断てぬもの無しっ」


そして、箒の勝利の凱歌が、大空に響き渡ったのだった。









没ネタの理由? 一夏が主人公(笑)になっちまうじゃねえか!! 後、束涙目は確定だし。











<あとがき>
い、今、ありのままに起こったことを話すぜ、俺は今回の話は一夏主人公で書こうと思っていたのに、いつの間にか箒が主人公になっていた。(割かしマジの話です
そして今回の話がこんなふうになってしまったのは、作業用にBLADE ARTSを聞いていたからに違いない。

あと、自分のネーミングセンスのなさを改めて実感した。……なんだよ<鎧割>って、もうちょっとカッコいい名前思いつかないのかと言いたい。





[27061] 第二十四話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/20 19:53

<第二十四話>


「――――いい加減に、堕ちろカトンボッ!!」


苛立ちと焦りがないまぜになったラウラの声とともに、レールカノンが乱射される。
紫電を纏った炸裂弾頭が簪に向かって降り注ぎ、アリーナの地表にクレーターを刻みこむ。

「はあっ……はあっ……、そんなの絶対、いや」

舞い上がる白煙と砂礫越しに、簪はラウラを睨みつけ、未だ折れぬ戦意を叩きつける。
息も絶え絶えの中放つ言葉に勢いこそはなかったが、その眼差しが未だ折れぬ戦意の頑健さを告げていた。

「死に体でぇっ!! ほざくなあっ!!」

それが一層ラウラの焦燥を煽る。何故倒れない、何故立ち向かう。只管に脳内でその疑問がループする。
先の停止結界に対するカウンターの後、簪はラウラに対し有効打を与えられなかった。
停止結界を見切っているというのなら、真っ向から打ち倒せばいい。ラウラがそう判断し、戦法を切り替えたが故の結果だ。
腐ってもドイツ代表候補生、一夏に対する怒りで眼が曇りはしても、その程度の状況判断ができる冷静さは保持していた。――――簪にとっては不幸極まりないことであったが。

だが、それでも簪はラウラに対し一歩も引くことはなかった。確かに、攻撃に写る余力などなく、ただ只管に、格上であるはずのラウラの猛攻を凌ぎ切っていた。
今もまた、焦りがまとわりついたワイヤーブレードの包囲を、その場での360度旋回と同時のクレイモア斉射によって弾き返していた。
飛散する金属球がワイヤーブレードを撃ちすえ、勢いを無くして大地に堕ちる。
無力化された白銀の鋼糸を見ながら、ラウラにとっては不本意極まりなかったが、相方の様子を確認する。簪一人に梃子摺っている以上、<白式>の介入は我が身の敗北を招きかねない。
しかし、箒は<白式>と対峙したまま、微動だにしていなかった。<白式>もまた、微動だにしていない。
互いに無機の彫像のごとく動かぬ様は、ラウラにとっては戦闘の意思その物を放棄しているとしか思えず、プライベート・チャンネルを使って叱責の思念を送り込んだ。

(何をやっている貴様!! たたか――――)

戦う意思ぐらい見せろ、と言葉を繋げる暇も無く、箒の冷徹な返答が届く。


(――――黙れ、囀るな雑音、私は勝つために行動している、邪魔をするな、………大体、貴様は最初から私の力など当てにしていなかったのだろう? ならば窮地は己が力で切り抜けろ)


あまりにも突き放した物言い。――――間が悪かった、としか言いようがなかった。
箒にしてみれば先のラウラの言葉は、自身が構築した必殺の術理通り一夏を追い詰め、それでも勝利するその時まで油断などせぬよう、切っ先にまで気を込め極限まで集中していたのだ。
そして、前に話した通りこの時の箒にとっては待ちの一手こそが必殺。そこにあのような言葉を投げかけられては、言葉を荒げるのは自然なことだった。余裕がなかったと言っていい。
素人の横槍ほど、神経を逆撫でる物はないのだから。

しかし、頼みにしていた己が力への信頼に罅を入れられ、自身の矜持を曲げてチームメイトを甚だ不本意ながら頼ろうとし、ものの見事に突き放されたラウラの心中は揺れに揺れていた。

(何故だ、どうしてこうもうまくいかないっ!? 倒せるはずだ、勝てるはずだ……何故だっ!?)

刻一刻と増大し続ける焦燥は、攻め手のさらなる乱れを呼ぶ。
大荒れの波間に漂う木の葉のごとく揺さぶられる心の揺れは、攻撃の精細を欠き、<打鉄弐式>に付けられ続けている傷跡が少しずつ増加の比率を減少させていく。
それはすなわち、ラウラの攻撃の命中率が低下していっていることの表れであり――


――同時に、封殺し続けていた簪の攻撃の機会が、綻び始めていることの証左だった。


二筋の紫電が、ラウラのすぐ横の大気を焼く。<シュヴァルツェア・レーゲン>に損傷はなくとも、ラウラの精神に、その白き稲光は損傷を与える。

簪の状況は、お世辞にもいい物とは言えなかった、装甲はズタボロであり、シールドエネルギーは半分を切り、体力に至ってはガス欠寸前。
それでも機体の稼働に陰りが見られないのは、シールドが自動で作動するような直撃弾だけは必死で避け切ったことの証だろう。
だが、それは只管に嬲られ続けたことの証でもある。このような試合の経験など皆無に等しいはずの簪が、未だ心折られずに闘志を目に宿すのは何故か。




(まだ、………私は戦える、<打鉄弐式>は……、みんなの思いが宿ったこの子は、まだ、戦えるっ!!)




機体を通じ自身の五体に漲る、自分に力を貸してくれた者たちへの感謝の念が、体ではなく心で、膝を屈することを拒否し続けていたからだ。
だからこそ、今の簪はどれほど疲労困憊であろうとも、倒れるつもりは毛頭なかった。


その様は、ラウラの眼にはどう見えていたのだろうか。
幾度傷つけられ、鉄風雷火の砲火を浴びてもなお、力尽きぬは生ける屍<リビング・デット>の如し、だったのだろうか。




――――ゾクリ、とラウラの背筋に怖気が走る。




いくらISと視神経を直結して全方位の視界を確保しているとはいえ、目の前の簪にばかり気を取られているラウラは、あまりにも単純なこの戦いの鉄則を忘れていた。


――――傍らを通り抜ける白刃が、音の壁を突き破り白き流星となって突きぬける。


この戦いを二対二のタッグマッチ。眼前の敵にのみ心囚われることは、敗北の奈落へと転げ落ちる悪手であると。


怖気とともに駆け抜けた直感と、鍛え上げた五体がかろうじて直撃を回避した。
代償として、八割ほどの余力を残していたシールドエネルギーが、その一度の交差で半分ほどをもぎ取っていった。――――悪手の代償は大きかった。

「――――後ろからとは卑怯、なんてほざくなよ」

白刃の担い手が、簪の傍らにて停止する。織斑一夏が視線の先をラウラと定め、打倒すべき相手と認識していた。それが指し示すは、篠ノ之箒の敗北に他ならない。
視界の内に見えるのは、五体から力が抜け、絶対防御が発動しているということをまざまざと見せつける箒の体が、ISを纏った教師の手によって運び出されているところだった。


不甲斐無い。ラウラの心中に渦巻くはその一言。


ラウラにしてみれば、箒は大言壮語の挙句に無様に負けた愚か者という認識しか持てなかった。
そして、その不甲斐無さが、ラウラを二対一の窮地に追い込んだ。
ラウラは知らない、いかに箒が一夏を必殺の状況に追い込んだのかを、一夏がいかにしてその苦境を薄氷を渡るかのような賭けで乗り切ったのかを、知らぬが故に、呪詛のごとき苛立ちを一夏と箒に向けた。


最早ラウラ・ボーデヴィッヒという、強力無比な精密機械は崩壊寸前だった。


その崩壊は、IS学園に来た時から決定付けられていたのかもしれない。
自身の憧れに泥を塗った存在に敵意を抱き、自身の唯一の存在意義であるISに対し、真摯に向き合わないここの生徒たちにいいようのない苛立ちを覚えた。
そんな環境の中での生活は、少しずつラウラの精密に組み上げられていた精神に、自身も知らぬ間に罅を入れていった。
自身の憧れに追い付けるよう邁進する日々は、己を蝕む苛立ちに抗う日々にすり替わっていく。


彼女の間違いは、そもそも憧れを抱いた人物、織斑千冬が一人で生きていると勘違いしたことだろう。
常に毅然とし、結果を残し、凡人の遥か先を行く。そして、誰かに縋るところなど欠片も見せない。
確かに、千冬の表面だけを見れば、そう思えてしまうのも無理はないだろう。
しかし、織斑千冬が一人で生きている孤高の人物かと問われたら、きっと、彼女をよく知る誰もが違うと答えるだろう。

一夏はきっとこう答えるだろう。「千冬姉が一人で生きている? 家事の一切ができないんだぜ千冬姉は、そんなの無理にきまってるじゃねえか」、と千冬の幻想を粉々にする事実を語るはずだ。

志保はきっとこう答えるだろう。「一人で生きていても、待つのは破滅だけだ、もし君の目にその人が一人で生きているように見えているとしたら、それはきっと、君が見ていない場所で誰かに寄り掛かっているんだろう」、と一人で突き進み破滅した、自身の事実を持って語るはずだ。

憧れは理解から最も遠い感情だ、とは誰の言葉だったか、結局のところ、ラウラ・ボーデヴィッヒは織斑千冬に憧れはしても理解はしていなかった。
自身の孤独に満ちた生に耐えるために、ラウラは千冬の強さを模倣しようとした。その齟齬は、自身からは決して見えず、気付かないまま埋葬されて爆弾と化した。
そして、今、その爆弾は起動した。




一夏と簪は、そんなラウラの心境に、勿論気づくことはなく猛攻を加える。白と灰色、二色のISが獲物に群がるスズメバチのごとく、<シュヴァルツェア・レーゲン>に群がり、薄皮を一枚一枚剥ぐようにシールドエネルギーを削り取っていく。
それはラウラの精神力を削り取っていくと同義であった。目は虚ろであり、もはや体に染みついた戦闘技術だけが、からだと思考を反射的に動かしているだけで、ラウラ自身が戦っているとは、とてもではないが言えない状況だった。
既にラウラの敗北は目前、それは銃火を交える一夏と簪も、解説席から試合を見つめる千冬も、そして、ラウラ自身も痛感していた。




『力が欲しいか…? 織斑千冬のように、己が力のみで世界に抗う力が欲しいか……?』




ラウラの脳髄に、そんな言葉が響いてきたのはその時だった。
その言葉は、まるで眠りに誘うように、優しくラウラに問いかける。崩壊寸前だったラウラの精神は、その甘き誘いに抗えるはずもなく、逡巡することなくその誘いを受け入れた。


『…………欲しい、………………力が……欲しいっ!!』




悪魔は、結果はどうあれ悩みを取り除き、彷徨える人を救済する。正しくその声は悪魔の誘いだった。




『――――損傷度、危険値に到達

 ――――精神状況、極度の不安定、――――システムロック解除

 ――――システム起動の為の、全条件クリア

 ――――VT<ヴァルキリー・トレース>システム、起動します』




戦乙女の名を冠した悪魔が、今ここに目覚める。




=================




「……………こ、こは」
「目が覚めたか、気分はどうだ?」

敗北し、教師の手で回収された箒は、ピットの中で目を覚ました。
絶対防御が発動したものの、身体に異常はないと診断され管制室の中の簡易ベッドで横になっていた。
どうやら、たまたま管制室で観戦していた志保が、箒の看病を買ってくれていたようだ。実際のところ楯無の追及から逃げていたら、たまたま管制室に逃げ延びた、というだけなのだが……。

「試合は、どうなった」

鉛のように重く力の入らない体を、無理矢理起こしながら箒は自分が倒れた後の状況を問いただす。

「未だ、続いている」
「……そうか」

箒の胸中に、一夏に敗北したことへの後悔はなかった。しかし、ラウラ一人に苦境を負わせることになった後悔は、少なからずあった。
確かに、一夏に対しては全力を持って臨んだ。だが、一夏と簪というチームに、ラウラと共に臨むことはおざなりではなかったか、そう、思っていた。

「試合の状況は写せるか?」
「ああ、ちょっと待っていろ」

志保に頼み、試合の状況を手近なモニターに映し出す。映し出されたのは、精細を欠く動きの中、一夏と簪に追い詰められているラウラの姿。

「どうやら、ボーデヴィッヒは迷いがあるようだな、前と比べて動きが悪すぎる」
「……そう……だな」

その迷いの一端が自身の不甲斐無さに起因しているのでは、と箒は思う。全力で戦ったと倒された直後に想いはしても、振り返ってみれば至らぬところはすぐに出てくる。

(道は険しく、精進は足らないということか)

そう心中で嘆息した時、異変は起こった。




『――――ああああああああああああああぁっ!!』




画面の中からラウラの絶叫が迸る。その咆哮とともに<シュヴァルツェア・レーゲン>から紫電が全方位にまき散らされる。
そのまま<シュヴァルツェア・レーゲン>の装甲が、ぐにゃりと歪む。
まるで汚泥のごとく、その歪みは機体すべてを侵食していく。そして、ラウラはその汚泥を受け入れるように、その奥深くへと埋没していく。
ラウラ・ボーデヴィッヒと<シュヴァルツェア・レーゲン>を飲み込み、ようやく汚泥は確かな形を取り戻す。
しかし、その姿に数分前の面影はなく、ラウラの彫像とでも言うべき容貌となっていた。
頭部にはライン・センサーの赤き光がまるで視線のように灯り、手には<雪片弐型>に酷似した形状にブレードが握られた、漆黒のISがそこには立っていた。
形だけ見れば優美な女剣士だが、誰の目から見ても内から滲み出る醜悪さが、それを化生へと変えていた。


『な、何だよっ、これはっ!?』
『気をつけて、織斑君!!』


画面の中に写る二人もまた、ラウラを襲う異変に動揺を示す。
ありえざる変貌、起こりえないはずの事象が二人の心にさざ波を起こす。
その動揺を突くように、ゆらり、と幽鬼のごとく化生が動く。しかし、それも刹那の合間に切り替わる。


まるで誰かを鏡に写したかのような、淀みのない、しかし、不自然さを感じさせる動きで、漆黒の化生は手に持つブレードで剣術家のごとき斬撃を繰り出す。
速さ、威力ともに掛け値なしに強力な、それでいて、あるはずの“何か”が抜け落ちた剣技。
だが、これまでの戦いで消耗していた一夏と簪には、それは脅威の一言に尽きた。

『くうっ!?』

画面の中で漆黒の化生が二人を翻弄する。戦いの趨勢は試合とは全く関係のない方向に流れていき、アナウンスが避難勧告を出す。
観客はそれを聞き、我先に逃げだすも、漆黒の化生に斬りかかられている一夏と簪には、到底避難できつ余裕などあるはずもない。
自然と、二人は死地へと足を向けさせられた。


「志保、……悪いが肩を貸してくれ」


その光景を手出しすることも許されず、ただ見続けていた箒が、不意に口を開く。

「…………わかった、どこに連れていけばいい?」
「何、メインモニターの前までだ、そう手間は取らせん」

苦笑とともに、志保は簡易ベッドに横たわる箒の体を引き起こし、突然の事態に喧騒に包まれているメインモニターの前に連れていく。
他の生徒や教師たちが慌ただしく動く中、箒はコンソールを操作し、今現在の一夏と簪の状況をディスプレイに映し出させる。
映し出されたデータに目を通し、箒の表情に確信が浮かぶ。

「志保、そこのマイクをとってくれ」
「これでいいか?」
「ああ」
「何をするつもりだ?」

志保の問いかけに、箒はにやりと笑みを浮かべる。

「何、どうせ一夏は退かないだろう、何が何でもラウラを助け出そうとするはずだ」
「よく知っているな、一夏のこと」
「幼馴染だ、当たり前だろう、――――だから、あいつが囚われの姫君を助け出すための手助けをしてやるのさ」

常の箒なら言わないような冗談交じりの言葉に、志保もまた、つられてかすかに笑う。

「そんな冗談を言うやつだったか、箒は」
「さてな、いろいろと腐ってた物が抜け落ちたせいかもしれん、……笑うか?」
「いいんじゃないか? 余裕が出てきたということだろう」
「そうか」

志保と少しばかりの軽口の応酬を繰り広げた箒は、表情を切り替えマイクを通じて一夏に語りかける。




=================




『――――聞こえるか?、一夏』


息も絶え絶え、シールドエネルギーも底を尽きかけ、頼みの綱である<零落白夜>を起動できず、ただ只管に漆黒の化生の攻撃を耐え続けていた一夏にとって、箒のその通信は救いの声に等しかった。

「ああ、聞こえるぜ、目が覚めたんだな、箒」
『うむ、つい先ほどな、それよりも一夏、お前、ラウラを助けるつもりか?』
「ああ、そのまま放っておくのはなんかいやだし、あいつの剣筋は千冬姉のデッドコピーだ、だから、正直にいえば……ぶっ壊したい」

そう、それが消耗した一夏が、ここまで耐えることのできた大きな一因だった。
追いつけはしなくとも、自身がよく見知った姉の剣筋。しょせんはその劣化、模造品にすぎぬからこそ、ここまで耐えられた。
単純に気に入らなかった、そんな思いもあるかもしれない。
弟として、姉の醜悪な模造品に膝を屈し、這いつくばり泥にまみれる、そんな状況を受け入れようと思う気持など、一夏の脳髄には一欠けらもありはしなかった。

「………けど手段がねえ」

しかし、そう思い善戦しようとも、消耗し、かつ模造品といっても実際問題戦力として強力な漆黒の化生を相手取り、ここまだ耐え凌いだのはいっそ出来過ぎといってもよかった。

簪は弾薬に余裕はあれど、機体のエネルギーがそこを尽きかけており、執拗に<白式>に対し接近戦を仕掛ける漆黒の化生に対し、有効な援護を行えず。
一夏も、シールドエネルギーはそこを尽きかけ、<零落白夜>を起動させるなど不可能だった。


『ああ、それは私も理解している、――――だから手段を渡してやる』


しかし、その状況を一変させる手段が、箒の声とともに<白式>に送られる。
視界に直接映し出されるディスプレイに、箒から送られてきたプログラムの詳細が映し出される。
一夏の眼差しに、希望が灯る。

「ありがとよ、箒」
『フフッ、礼を言われるほどでもないし、結局のところ、一か八かだ』
「でもよ、手があるだけだいぶマシだ」

一夏が箒に礼を言うと同時、漆黒の化生がまた、一夏に狙いを定め突撃してくる。
それを見た一夏は、簪に援護を要請する。

「簪っ、勝ちの目が出たぜっ、あいつにありたっけの弾薬をくれてやれっ!!」

一夏の決して自棄ではない、強い意志を秘めた言葉に、簪もまた、勝機を感じ取った。

「解った……、頑張ってね、織斑君」
「任せとけ、ここで負ければ恰好がつかねえからなっ!!」

そして、<打鉄弐式>に搭載されたミサイルランチャーとクレイモアが一斉に火を拭く。
白煙を伸ばし大量のマイクロミサイルが上下左右から襲いかかり、大量のベアリング弾が前方を塞ぐ。
全方位から鋼鉄の牢獄が漆黒の化生に襲いかかる。正に逃げ場などない、敵機を粉砕するための、絶対命中の布陣。しかし、漆黒の化生は右から襲いかかるミサイルの群れを、停止結界にて虚空に縫いとめると、僅かに開いた砲火の隙間に瞬時加速を使って潜り込む。
たった一機の機動兵器に対しては過剰ともいえるほどの弾幕は、しかし、漆黒の化生に対しては何ら損傷を与えることなく、無人の虚空に大輪の爆炎を咲かせるだけにとどまった。

弾薬をすべて打ちつくし、機体を動かすエネルギーも底をついた<打鉄弐式>を漆黒の化生は標的に定める。
赤いライン・センサーの光が、無力な獲物を狙う悪鬼のごとく、妖しく光る。


簪の行為はただの徒労に終わったのか、否、未だ吹き荒れる煙の中を突っ切って、解き放たれた矢のごとく、一直線に駆ける<白式>の姿。

只管に前に進み、ただ敵を斬り伏せようとするその姿は、正しき<白式>の姿。
しかし、その両手に握りしめられているのは<雪片弐型>にあらず。


(この一撃は絶対に外さねえ、……頼むぜっ!! <鎧割>!!)


そう、いま一夏が握りしめているのは、規格外の大太刀、ただ敵を斬り割り砕く、唯一無二の大剣<鎧割>だった。
箒から送られた救いの手とは、<鎧割>の使用認証プログラム。箒が一夏に敗れた後、そのままアリーナに打ち捨てられていたそれを、箒は逆転の一手としたのだ。
幸いにも、<鎧割>の柄に内蔵されていたコンデンサーには、ぎりぎり一回、剣戟加速用ブースターを起動させる分が残っていた。
正しくこの一太刀が、一夏に許された最後の一手。偶然と箒と簪の助力があればこそ為せた、決して外すことのできない一撃だった。




「――――うおおおおおおぉっ!!」




裂帛の気合とともに、一夏は<鎧割>を揮う。規格外の鉄塊が、唸りをあげて空を切り裂き、漆黒の化生に迫りゆく。
漆黒の化生もまた、応じるように刀を振るう。しかし、悲しいかな、出来の悪いガラクタにすぎぬ漆黒の化生は、回避が無理と知るや、手に持つブレードによる防御を選択してしまった。


それこそが、最低最悪の一手であるとも気付かずに。


<鎧割>の剣戟加速用ブースターが点火する。眼前の敵の、受け止められるという思い上がりを打ち砕かんと、内部に残っていたエネルギーすべてが推力に転換される。


<鎧割>とブレードの距離が零になる。特大の大砲が炸裂したかのような、接近戦用の兵装にあるまじき轟音が鳴り響き、ブレードもろとも漆黒の化生の装甲を打ち砕く。


しかし、その代償は大きかった。長年碌な整備も受けず死蔵されながらも、暴走した最新鋭兵器を打ち取るという大功を成し遂げた<鎧割>は、役目が終わったとでも言いたげに、刀身が砕け散った。
そして、砕け散る残骸の中、傷一つ無いラウラが現れると、一夏は<白式>の両腕の装甲を解除し、自身の腕でラウラの体を抱きしめる。

「全く、……気持ちよさげに寝やがって」

その安らかな寝顔を見やり、つい苦笑を洩らす一夏。箒もまた、通信越しにかすかな笑い声を洩らした。

『ククッ、確かに気持ちよさそうな寝顔だな』

しかし、一転して沈痛な声で、短い間ではあったが、共にあった愛刀に感謝の言葉を述べる。




『ありがとう、………<鎧割>、お前のおかげでラウラも助け出せた、 拙い使い手ではあったが、お前とともに戦えたことを、私は誇りに思う』




一夏の視線の先には、刀身が半ばから砕けて折れた<鎧割>が大地に突き刺さり。
まるで箒に応えるかのように、キラリ、と陽光を反射し輝いていた。














<あとがき>

――――最初はこうして、<鎧割>は退場させるつもりだったんだよ!!
けど、感想欄でほとんどの人が、箒を親分化させて<紅椿>になっても<鎧割>を愛刀にしていてフイタ、まじでどうしよう。




[27061] 第二十五話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/11/23 19:49
<第二十五話>


IS学園にて行われた学年別タッグマッチは、ドイツ製第三世代IS<シュヴァルツェア・レーゲン>への非合法システムVT<ヴァルキリー・トレース>システムの極秘搭載、それを端に発した同機体の試合中の暴走という事件によって中断を余儀なくされた。
IS世界大会<モンド・グロッソ>優勝者織斑千冬、通称<ブリュンヒルデ>の動きを使用者に模倣させることを目的に作られたこのシステムは、開発当初からその不安定性を問題視されており、その搭載経緯の調査にはアラスカ条約加盟各国による共同調査チームが設立される運びとなった。

しかし、それは少し先の話であり、大人の世界の騒乱である。
事態の終結に尽力した少年少女たちは、ただ、その手に取り戻した平穏を噛み締めていた。




=================




「――――すまなかった」

夕焼けに照らされた保健室のベッドの上で、ラウラが、そう呟いた。
ドイツ軍所属、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐としてではなく、一人の少女ラウラ・ボーデヴィッヒとしての謝罪。

「――――そうか」

同じくベッドに横たわる一夏もまた、短い呟きで応える。
事件が終わった後、ラウラとともに一夏と簪もメディカルチェックを受けたのだが、一夏の足の骨に複数の罅が入っているのが見つかったのだ。
原因は箒に勝つために行った連続瞬時加速による物と診断され、医療用ナノマシン(動作は確認済みだがコストがに高いため、一般には出回っていない代物である)を投与され、今日一日安静にするように言い渡されたのだ。


「何を…………………やっていたんだろうな、私は」


自嘲を帯びた、ラウラの呟き。自身の軍人としてのプライドを自分の醜態で打ち砕いた故、一夏はそう判断し、かけるべき言葉も定まらなかったので口を噤んだ。
しばしの沈黙が、夕焼けに照らされる室内を包んだ。それを破ったのも、ラウラだった。

「私はな、家族も何もいなかった、軍で作られ、軍の為に生きる、そのためだけの人生だった――――」

ラウラの独白は、なおも続いた。


「一人で生きるのが辛くて、けど、私には誰もいなくて、
 
 ――――だから、教官に出会って、その強さに憧れた時思ったんだ、

 ――――この人のように強くなれば、一人で生きるのも辛くなくなるんじゃないか、って」


その声に、いつもの不敵な響きはなく、か細く弱弱しい、寂しさに打ち震える少女の声だった。
だが、それを聞いていた一夏が漏らしたのは、押し殺そうとしても我慢できない笑い声だった。

「――――クッ、…ククッ、……あはははっ!!」
「ああ、そうだろうな、おかしいほどに笑えるだろうな、今の私は」
「あははっ、………いや、違う違う」
「何がだ」
「俺が笑ったのはお前じゃなくて、お前が千冬姉を一人で何でもできるって勘違いしてるところだよ」
「――――おい!!」

自分ではなく、憧れを侮辱されては今のラウラでも怒りがわいた。――――次の瞬間、それはものの見事に霧散したが。


「だって千冬姉、――――洗濯もまともにできないし、料理なんてもってのほかだぜ」
「………………………………………………はい?」


ラウラにしてみれば自分は強さの話をしていたのに、なぜ家事の話になるんだと、盛大に突っ込みたい気分だった。

「まあ、俺を養うために千冬姉が仕事を頑張って、自然とオレが家事の一切を引き受ける形になったから仕方がないんだけどな、――――それでも、この前久しぶりに家に帰ってきたとき、俺が買い替えた電気コンロの使い方がわかんなくて、台所で十分ぐらい立ち尽くしてたのには笑ったぜ」

その後笑ってたのがばれて、特大の拳骨をもらった時はほんときつかった。そう、したり顔で語る一夏の姿に、ラウラの心が解きほぐされていく。

「フフッ、そうか………、教官にもダメなところがあるのか」
「そりゃそうだ、誰にだって欠点はあるさ」

張り詰めていた物が取れた、柔らかな笑みを見せるラウラ。しかし、その笑みもすぐに消える。




「じゃあ、――――私は誰を頼ればいいんだろうな」




人は誰しも欠点があり、支え合いながら生きていく。そんな、ごくごく当たり前の事実に気付いても、ラウラの心中には自身の宿り木となる人物がいなかった。
いや、いないと思い込んでいるのかもしれない、ラウラのこれまでの人生は、頑なに一人で生きるために邁進する日々だったのだから。


「一夏っ!! お見舞いに来てあげたわよ」
「お体の調子はどうですか? 一夏さん」
「調子はどうだ? 二人とも」


保健室の扉を開け放ち、騒々しさと華やかさを伴って入ってくる三人組が、部屋に充満していた暗い雰囲気を吹き飛ばす。
鈴とセシリアと箒の三人。鈴とセシリアはいつも通りの元気な姿だが、箒だけは未だ少し試合の疲れが抜けきっていないようだった。

「おう、今日一日安静にしてれば、骨の罅もふさがるってさ」
「そうですか、それを聞いて安心いたしましたわ」
「ま、そう易々とくたばるようなやつじゃないけどね、アンタは」

軽口の応酬、同時に鈴とセシリアはお見舞い用に持ってきた果物を取り出し、同時にナイフで切り分けていく。

「セシリア、アンタはいいわよ、私が一夏に食べさせてあげるから」
「いえいえ、鈴さんこそ気を使わなくて結構ですわ、私が一夏さんに食べさせてあげますから」

互いに笑顔であるにもかかわらず、火花を散らし続ける二人。
一夏は一夏で原因は理解していなくとも、いつものパターンに陥ったことに溜息をつく。

「ま~た、これか……………、はあ」




=================




喧騒に包まれる織斑一夏のベッドをよそに、私のベッドの横で篠ノ之もまた、お見舞い用に持ってきたリンゴの皮をむいていた。
シャクシャク、と小気味いい音とともに、リンゴの皮が切れることなく伸びていく。
皮をむき終え、八等分されたリンゴに爪楊枝を刺し、私は篠ノ之が差しだしたそれを体を起こし受け取った。

「ほら、むけたぞ」
「……ありがと」

シャクッ、という音が鳴り、リンゴの爽やかな甘みが口の中に広がる。疲弊しきった体に、その味は何よりの甘露で、染入るように体中にいきわたっていく。

「おいしいな」
「そうか、なるべく新鮮なものを選んできたつもりだったんでな」

私の耳には、リンゴを噛み切り音だけが響く、すぐ横にある喧騒は、何故か全く耳に入ってこなかった。
とりあえずリンゴを一切れ食べ終えると、爪楊枝を小皿に戻す。篠ノ之が口を開いたのはちょうどその時だった。


「――――すまなかった」


篠ノ之が発した言葉を私は数瞬の間、受け入れることができなかった。
私が篠ノ之に対してそういうのはわかる。はなから戦力として看做さず、ただの路傍の石ころと同様に扱った。
試合の最中も、教官に教えてもらった事なのだが、織斑一夏に対して勝利寸前までこぎつけたのだそうだ、負けたのは織斑一夏の我が身を省みぬ賭けがあればこそ、医者の話によればやつの怪我が罅程度ですんだのは僥倖らしい。
それなのに私は、篠ノ之のことを口だけのやつと内心罵った。なぜ、こんなにも粗暴を尽くしたやつに、謝罪の言葉を投げかけるんだ。

「試合に負けたのは、チームとしての努力を怠った、私の責任かもしれんからな」
「それは――――」

私も同じこと、そう言おうとする前に篠ノ之は言葉を続ける。


「それがなかったら、お前もあのような機械に取り込まれて命の危機に晒されずに済んだのかもしれない、――――そう、思ってな」


違う、それは違うっ!! チームとしての努力を怠ったのも、命の危機に晒されたのも、全部私の責任だ。
篠ノ之が、責任を感じるようなことではないはずだ。

「おまえの、……せいじゃない」

喉奥から、声を絞り出そうと思っても、何故か掠れた声しか出なかった。

「私には、………誰もいなかった、なのに、……一人で無茶をして、それで危険な目にあって!!」

私の言葉をじっと聞いていた篠ノ之は、ふと立ちあがると、私と織斑一夏のベッドの間の仕切りを引き出した。
病院などのカーテンで作った簡単な仕切りではなく、しっかりとした壁が伸びて私と篠ノ之の二人っきりの環境を作り上げる。
篠ノ之は仕切りの操作を終えると、再びベッドの横に腰掛ける。

「そうか、だったら、やはり私にも責任があるな」
「…………え!?」

何を聞いていたんだ? 私が原因だと言っているじゃないか。今の言葉のどこに、お前の責任があったんだ。




「――――チームメイトに、”誰もいない”、などと言わせてしまったからな」




心底悔やんだ顔で、篠ノ之はそう言った。そして私を優しく抱き寄せると、静かに語りかけてくる。


「私はお前が何を抱えて、どんな孤独に苛まれてきたかは、何も知らない、
 
 ――――だけど、私とお前は一緒に戦った戦友でクラスメイトだ、もう、お前は一人じゃないはずだ」


その言葉に、私の眦から熱い物が流れ落ちていく。誰かに泣き顔を見せるのも、誰かに寄り掛かることも私の人生で初めてのことで、私は、篠ノ之から伝わってくる暖かさに包まれて、泣いた。
子供のように、只管に泣きわめいた。体に纏わりついていた、何かの重さが涙と共に少しずつ抜け落ちていくような感覚がした。


篠ノ之は何も言わず、私の体を優しく抱きしめ続けてくれていた。




=================




同じころ、志保たちも自室で事件の疲れを癒していた。

「あっ、……はあっ、……あんッ、きもちイイっ、きもちイイよ志保」

簪はベッドの上で、快楽に染まった顔である物に体を委ねきっていた。

「簪は今日は大活躍だったからな、せめてものご褒美さ」

ある物とは志保の手技、のしかかられ、されるがままに体をいじくられ、弱いところを突かれあられもない嬌声をあげる。
その横ではタオルで猿轡をかまされて足を拘束された楯無が、憤怒の表情に染めながらものたうちまわり志保の行為を止めさせようとしていた。
しかしながら、最愛の妹のあられもない声は楯無の背徳感をあおり、その頬を赤く染めさせている。
自身の一番大切なものを、目の前でいい様にされ、それをなにも出来ずに見せられ続けて、悲嘆と興奮の二重奏に己が身を蝕まれていく。

簪の体が、楯無の目の前でひときわ大きく跳ねた。

楯無には、今の自分を襲う興奮が怒りからくるものなのか、歓喜からくるものなのかわからなかった。




「――――いや、ただ簪の体を、志保がマッサージしているだけなんだけどね」




何処へ向けたのか、自分自身でも皆目見当がつかない突っ込みがシャルルの口から洩れる。
ちょっとばかり妖しげな雰囲気が出過ぎなんじゃないだろうか、心中で突っ込んだ
シャルルの言葉通り、志保がやっているのはただのマッサージ、公序良俗に反するようなことなど何一つやってはいない。
試合に疲れたであろう簪をねぎらうために、志保がマッサージを申し出て、マッサージの最中に楯無が乱入、シスコン暴走モード発動という、この面子ではいつも通りの流れが発生しただけだ。
そうこうしているうちにマッサージが終わり、志保が楯無の拘束を解く。

「フッ、フフフッ、よくもまあ、私の目の前で簪ちゃんにあんな破廉恥なことをさせたわね」
「マッサージのどこが破廉恥だ」
「簪ちゃん!! 今度はおねーちゃんに頼みなさい、そういうことは」
「――――ヤダ」
「………………………最近簪ちゃんが冷たいなあ」

たった二文字の言葉で姉を戦闘不能に陥れた簪は、ベッドから起き上がりシャルルが持ってきたスポーツドリンクを口にした。
志保とシャルルもそれぞれ飲み物を口にして、喉の渇きをいやしていた。

「それにしても、デビュー戦があんな結果になるとは不運だったな」
「そうだね、でも、結果的には誰にも大きな怪我がなくてよかったと思う」
「うんうん、あの時の簪ちゃんかっこよかったわよ」

最近復活早いなあ、と志保とシャルルが内心で思う中、頑張った妹が愛しくなった楯無は簪を抱きしめる。
簪のほうもそれをはねのけることなく、笑顔でそれを受け入れる。なんだかんだ言っても、姉妹の仲は良好なようだ。

「ああ、確かに今日の簪は頑張ってたな、ラウラ相手に一歩も引かなかったのはかっこよかったぞ」

志保もまた、簪の賛辞を送る。簪のほうも面と向かって志保に褒められて、うれしさと照れが混じった笑顔を見せる。

「えへへ、……ありがとね、志保」
「うう、………この反応の差はいったい………」

そんな感じで一応は和気藹々としているところに、シャルルが口を開く。




「――――そうだ会長、僕って実は女なんですよ」

「ブハッ!?」




あまりにも脈絡のない、突然のシャルルの発言に運悪くスポーツドリンクを口に含んでいた簪は、盛大なシャワーを口から噴出させる。

「う~ん、いくら簪ちゃんのでも、こんな間接キスは勘弁願いたいわね」
「ご、ごめんね!? ――――シャルルもいきなり何を言ってるの!?」
「いや~、だっていいタイミングかな? とか思っちゃったから」
「どこが!?」

自分の驚きに同意を求めるように、簪は姉と志保のほうに視線を向けるが、帰ってきたのは意外な言葉。


「「シャルルはあざといな~」」
「何それっ!?」
「あはは、――――自分でもちょっと思うけど、その言い方は勘弁してほしいなあ」


自分を置いてきぼりにして理解だけ示す状況に、簪の困惑は一層深まるばかり。
見かねた志保が、ことの詳細を語り始める。

「簪だってシャルルが女の子だということは知っているだろ?」
「う、うん」
「一応今は男ということで通しているが、いつかはばれるだろうな」

確かに今は男ということになっているが、IS学園という環境でそれがいつまでも隠し通せるわけがないのは、簪にも理解はできる。

「会長や織斑先生のように勘づいている人もいるが、基本的には厄介なことになるから今のところは黙認しているな」
「そうね、下手に突っついてデュノア社やフランス政府と揉めたくはないもの、今のところは下手な行動もしていないしね」
「………そうなんだ、ちなみに志保はいつから気付いてたの?」
「ん? シャルルと出合ったその日の内に気付いたぞ」
「そんなにわかりやすかったかなあ、ぼく………」

志保の身も蓋も無い物言いで膝をつきへこむシャルル、そんな彼女に構うことなく説明を続ける志保。

「シャルルとしては、いつか自分の正体をばらして楽になりたいと思っていたのだろう?」
「うん、そうだよ、いつまでも隠し通せるはずなんてないし」
「そんな時に今日の一件が起こった、当然学園側は事件の調査やら各国との交渉でてんやわんやだな」
「そうよねえ、あ~あ、明日から私も忙しくなりそうだわ」

IS学園生徒会長ともなれば、そんな仕事にも無関係とはいかず、楯無は明日からの苦行を思い頭を抱えて溜息をつく。

「シャルルはそれをわかって、自分からばらしたわけだ」
「え~と、それって――――」
「ああ、自分たちのほうにはろくに手も回らず、適当な対応しかできないだろうと判断したんだ」
「うわ~、あざといね、シャルルは」
「ううっ、わかってた反応だけど傷つくなあ」
「それで会長、学園側としてはどう対応するんだ?」

志保の問いかけに、楯無はあらかじめ答えが決まっていたようにすらすらと言葉を発する。

「こんな時期にデュノア社とフランス政府を刺激して厄介なことになりたくないもの、おそらくは内密の注意とシャルル君を本来の経歴での再転入という形で落ち着くでしょうね」
「そうですか、ありがとうございます」

おそらくはそうなるであろうとわかっていても、相応の緊張があったのかシャルルは安堵の表情とともに礼を言う。

「よかったな、シャルル」
「よかったね、シャルル」

志保と簪が、一応は平穏の内に終わった秘密の暴露に対し安堵の言葉をかける。
その言葉を聞いたシャルルは、何かに思い至った様に二人に向き直る。




「そうだ、僕の本当の名前、先に二人に教えておくね、――――シャルロット、って言うんだ」




花咲く笑顔でそういうシャルロット、ようやく彼女は本来の自分で青春を謳歌し始めようとするのだった。




=================




『ハーロー、ちーちゃんおひさ~』

夜も更け始めたころ、自室で報告書をまとめていた千冬の携帯に電話がかかる。
喜怒哀楽の内の楽しか感じさせぬ、おどけた声だ。そんな感じで彼女にしゃべりかけるのは千冬の知り合いには、一人しかいなかった。

「――――束か、どうした」
『酷いなあ、そっちで起こった事件耳にして、ちーちゃんのことが心配で心配で電話したって言うのになあ』
「ふん、あの程度のこと大した事件ではない、一夏が思いのほか奮闘したおかげもあってな」
『聞いてるよ~、一君と箒ちゃんが大活躍だったんでしょ』
「ああ、お前の妹もなかなかどうして成長していたぞ」
『あったり前でしょ、私の妹だよ、舐めてもらっちゃあ困りますねえ~』

おどけてはいてもその声には心底妹を誇らしげに思う、姉としての確かな愛情を感じさせた。

『あのガラクタに関しては私のほうでも調査しておくから、ちーちゃんは大船に乗った気持ちでド~ンと構えていてよ』
「いつもすまないな」

本当にすまないと、千冬はいつも思う。確かに束ねはごく少数の人物の為にしか動かない、人格破綻者ではある。
だが、こうして彼女は何かと私たちの為に、何かと身を粉にして動いてくれる。
そんな彼女を、千冬は嫌いではなかった。

「全く、先の無人ISと正体不明の乱入者といい、今年は厄介事ばかり起きるものだ」
『う~ん、大丈夫じゃないかな』
「どうしてそういいきれる」
『この大天才束ちゃんの勘、ってことでどう?』

おどけてそういう束に、つい千冬は吹き出し笑い声を滲ませる。


「ククッ、お前の勘か、一応信じておくことにするよ」




=================




「――――隊長、どうされましたか?」

場所はドイツ軍IS部隊、<シュヴァルツェ・ハーゼ>の専用オフィス。
現在部隊の指揮を任されているクラリッサ・ハルフォーフが、現在日本にいる隊長であるラウラから連絡を受けたのは、事務仕事もひと段落ついた時だった。

『じ、実はな、気になる人物がいるんだ』

常の、まるで機械の様な冷徹さなど欠片も無く、そこいらにいる普通の少女のごとく語る様子に、クラリッサはただ事ではないと感じていた。

「気になる人物とは?」

まるで色恋沙汰の相談だな、と思いつつ、クラリッサはラウラに言葉の続きを促す。

『ああ、そのなんていうか、――――私が初めて頼って、泣きついた人がいるんだ』
「隊長が、ですか」

にわかには信じることはできなかったが、それはそれでいいことだろうとクラリッサは思う。
おそらくは日本に行く前から隊長が気にかけていた織斑一夏であろうか、と内心で件の人物にあたりを付けつつ、ラウラにその人物に詳細を尋ねた。

『私は今まで、誰かに頼るなんて軟弱者だと思っていたんだが、その人に泣きついたことに不思議と嫌悪感は無くて、――――むしろ、安堵感があるんだ』
「それは、いいことだと思いますよ、人は多かれ少なかれ、他の誰かに頼り頼られ生きていますから」
『ああ、そうだな、私はようやくそのことに気付けた』
「そして、それを気付かせてくれたその人物のことが気にかかる、と」

しかし、ラウラが続けて口にした人物の名前は、クラリッサにとっては予想外に過ぎる人物だった。

『ああ、篠ノ之箒というんだが、彼女のことを思うと、何とも言えない気持ちになってな、これは何なのか知りたいんだ』
「…………篠ノ之箒ですか」

その名前は少しばかり聞き覚えのある名前だった、確か篠ノ之博士の妹であり、一応記憶にとどめている名前だった。
そして、クラリッサはラウラが持て余している感情が何なのか見当がついた。自分がその場所に立てなかったのは残念に思うが、ラウラにとってはいいことだろう。
何せラウラは生まれてずっと軍で過ごした、例え同い年ではあっても素のラウラの精神は幼子の様なものだ。

「成程、彼女に隊長が抱いている感情は、妹が姉に対し抱く愛情の様なものです」
『成程、姉、か、――――そうかもしれない』

ようやく得心が言った感じでうなずくラウラ。その時クラリッサはある事を思い出す。

「そう言えば隊長、日本の女学校には敬意を抱く女性に対し、お姉さまといって慕う風習があると聞きました」
『何っ!?』
「その篠ノ之箒と親密になりたいのならば、そう呼んでみることも一つの手であると思いますが」
『そうか、参考になった、礼を言うぞクラリッサ』
「副隊長として、当然のことです」

そうしてラウラからの通信は切れた。出来れば自分がそう呼ばれたかったな、とかすかな寂寥感を抱きながら、クラリッサは仕事に復帰したのだった。




=================




――――翌日の朝。


「はじめまして、シャルロット・デュノアです」


元気良く”四組”の教室で転入の挨拶をするシャルロットの姿と――――


「その、私のお姉さまに、なってくれないか?」
「……………………………………………………はあっ!?」


箒に対し、姉妹の契りを結ぼうと迫るラウラの姿があったそうだ。
















<あとがき>

ゴンッ!!!! (土下座して頭を床に強打する音)
え~、ファース党とブラックラビッ党の皆様には、伏して謝罪を申し上げます。
ついカッとなってやりました、後悔も反省もしまくっております。

もうひとつ77%、この数字が何だかわかりますか?
この作品は理想郷と小説家になろうの二か所に投稿しているのですが、24話の感想で<鎧割>の復活の希望、あるいはそれに類する感想を送ってくれた人の割合なんですよね。


――――人気出過ぎだろ<鎧割>、書いているうちにふと思いついたネタ武器だぞ。


しかし、これだけ望まれていると無碍にはしづらいなあ、マジで<鎧割>復活させようかな。





[27061] 第二十六話
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/24 18:17
<第二十六話>


若葉の匂いが漂い、木々の隙間から朝焼けの光が差し込む中、二人の少女がそれぞれの武器を手に持ち対峙する。
木刀を正眼に構え微動だにしない箒と、両手に模擬戦用のナイフを逆手に構えながら、撃ちこむ隙を窺うラウラ。
緩やかな風の音だけが二人の周囲を包み、戦いをこれから演じるとは到底思えない静寂の世界が、そこにはあった。

しかして、二人の様相は対照的だった。
箒はまさしく大樹のごとく、からだの正中線が一部のずれなく天地を貫き、不動の構えを見せる。
素人目にはただ立っているだけの構えだが、実はその逆、正中線にぶれがなく、真に真っ直ぐに立つ構えは如何なる状況にも対応する、難攻不落の城塞の如き構えである。
生半可な攻め手では、無残な返り討ちにあうであろう。

ラウラのほうもそれがわかっているからこそ、迂闊に攻め入れずにいる。
もとより間合いの差で圧倒的な隔絶がある。故に、箒が待ちに徹しているのならば、ラウラのほうが攻めなければいけない。
しかし、木刀という棒きれ一本で鉄壁の幻影を対峙するものに与える箒に対し、有効な攻め手が見つからぬラウラには焦燥ばかりが募っていく。
無論、砂かけ、ナイフの投擲と言った奇策で箒に隙を与えることを考えなかったわけではないが、前述したとおり生半可な攻め手では自身の隙をさらすだけ、今し方あげたような奇策などその最たるといえる。

(お姉さまが早朝に鍛錬をしていると聞いて、同行を願ったはいいものの、………まさかこれほどとは)

もしこれがラウラの転入初日に行われていたのなら、ラウラの圧勝で終わっていたはずだ。
しかし、愚にもつかぬ迷いを捨て去り、真に剣に対し全力で向き合い始めた箒は、正しく一皮むけたのだ。
剣は己の心を映す鏡、剣の道を志す者は必ずと言っていいほど耳にする言葉である。
揺らがぬ切っ先は、まさしく迷いなき箒の心映す鏡であった。
無論、箒とていまだ剣の道を究めているとは到底言えず、例えば彼女の祖父や織斑千冬であったのならば、毛先一つにも満たぬ隙を見出し、痛打を加えるであろう。
だが、技量にあまり差がない者同士だと、この差が痛烈に出るものだ。
つまりこの戦いは精神力の勝負、先に心中に隙を作ったものが敗北を喫する。


「――――――――フゥ」


ラウラの唇から、僅かに荒くなった呼気が漏れる。
同時、いや、秒を切り刻み刹那の果て、箒の挙動が先んじた。ラウラの心に出来た僅かな隙を、呼気に現れるより速く察知したのだ。
意識の隙間に起こった挙動を突かれた故に、ラウラが次に箒の姿を確認できたのは、神速の踏み込みにて自身の体を、箒の刃圏に納められた時だった。
己が持つナイフの間合いには程遠く、何より完全に虚を突かれたために体勢を整えることすらままならない。
ラウラに出来たのは、引き伸ばされた時間の中で、ただ振るわれた木刀の切っ先を注視することだけだった。


「―――――――シッ!!」


箒の木刀が横薙ぎに振るわれ、ラウラの両の手に握りしめていたナイフを弾き飛ばす。
堅く握りしめられていた筈のナイフはあっさりと手の中から消え失せ、返す刃が首筋に添えられる。


「――――続けるか?」
「はあっ……はあっ……私の、負けです、お姉さま」


空に舞うナイフが重力に引かれ地面に突き刺さる音と同時、ラウラが敗北を宣言する。
あのタッグマッチから数日たち、幾度かこうして手合せしているものの、ラウラは未だ一太刀も浴びせられずにいた。
勿論ISでの戦いとものなると銃火器の扱いや空戦機動の技量の面で、ラウラがかなりの確率で勝ちを拾えるのだが、こうして生身での戦いでは手も足も出ないありさまだ。
時間にしてみれば十分程度の戦いではあったが、精神力の消耗はとてつもないものであり、ラウラの極限まで荒げた呼吸と、滴り落ちる汗の量がラウラの削り取られた精神の量を物語っていた。

「む? そろそろ頃合だな、これ以上やれば遅刻してしまうぞ」

タオルで滲んだ汗をぬぐいながら、自分の携帯に表示されている時間に愕然とする箒。

「確かに……、お姉さまと手合せすると時間の感覚が狂って困ります」

ラウラも箒の言葉に同意するが、その中に含まれている単語に苦々しい表情を浮かべる。

「お姉さま、と呼ぶのは勘弁してもらえないか?」

この数日、幾度となく繰り返した嘆願。だが、結果は決まって同じところに帰結した。

「だめ…………ですか?」

まるで雨に打ち据えられ震える、子猫のような儚さを感じさせるラウラの表情。
目尻にはわずかながら涙がにじみ、一層小動物然とした雰囲気を醸し出す。

「うっ………、まあ、好きにしろ」

結局のところ、箒はその眼差しには全く持って抗えないのだ。
そっぽを向きそう応える箒に、ラウラは綻ぶような笑顔を見せる。


「ありがとう、お姉さまっ!!」


なかなかどうして、この姉妹はうまくいっているようである。




=================




仕度を終えて、同じ部屋から出て教室に向かう箒とラウラ。
実はというと、ラウラと箒は同室なのである。箒は最初一夏と同室だったが、シャルルの転入のせいで別室に写り、そのシャルルが女だとばらした結果、またもや寮の部屋の再編が行われたのだ。
もともとラウラを気にかけていた千冬が、ラウラが箒を慕っていることを知って気を利かせたせいもあり、現在ラウラと箒は同室で過ごしている。
故に箒はいきなりできた妹分に、四六時中一緒にいる形となってしまったが――――

「ほら、ラウラ、寝癖が取れていないぞ」

ラウラの銀髪に残る寝癖を見つけ、折り畳み式の櫛を取り出し丁寧に梳いていく箒。
ラウラのほうはじっとしてされるがままになり、しかし、箒が手ずからしてくれる行為が嬉しいのか口元には笑みが浮かぶ。
そうして朝は、ラウラの身だしなみを整え――――

昼休みになると、手ずから作った弁当をラウラと一緒に食べて――――

「慌てて食べるから、口元に食べ残しがつくんだぞ」
「あ、ありがとうございます、お姉さま」

ラウラの口元に付いた食べ残しを、ポケットティッシュで拭いてあげたりと、かなりしっかりと面倒を見ていた。


「ククッ、なかなかどうして――――」
「ああ、箒もお姉さんっぷりが板に付いているじゃないか」


その行為は同席している皆が見ており、志保と一夏がそう漏らすのもいたしかたないだろう。

「なっ!? か、からかうな二人とも!!」
「うむ、何せ私の自慢のお姉さまだからな」

頬を赤くさせうろたえる箒と、どこか的外れな答えを自慢げに返すラウラ。
面と向かって指摘されて恥ずかしさのあまり、箒はなんとか言い訳するが、皆はそれに対し生温かい視線を向けるだけだ。

「わ、私がラウラを気にかけるのは同室のよしみというやつだっ、かっ、勘違いするなよ、みんな!!」

そんなとってつけたような言い訳を殆どの者が信じるはずもなく、心中で同じ言葉を考える。

((((((………素直じゃないなあ))))))

そして、そんなとってつけたような言い訳を真に受けたただ一人の人物、ラウラはというと、肩を落とし目に見えて分かるほどに落ち込んでいた。
そんなラウラを見て、箒はしばしの躊躇いの後、結局こういうのだった。


「ま、まあ、お前が私のことをどう言おうが気にしないから、好きなように呼ぶがいい、――――お、お姉さまでも、別にかまわん」


明らかに照れ隠し以外の何物でもない箒の言葉、流石にラウラもその意味を履き違えるようなことはなく、溢れんばかりの笑顔を見せる。

「はいっ、お姉さま!!」
((((((…………何というツンデレ))))))

そんな箒の様子を見て、またもや皆の心は一つになるが、同時に違うことも考えている者もいたりする。

(しかし、ラウラのおかげで最近の箒は……)
(……一夏さんへの攻勢がゆるんでいますわね)

思わぬ出来事で恋敵が脱落しかけていることに、内心歓喜する鈴とセシリア。
別に妨害しているわけでもないし、ラウラという妹ができたことに箒も喜んでいるから万事問題なしという結論に達していた。
ラウラはただ、そんな二人が自分に向けてくる笑みに、首をかしげることしかできなかった。





=================




――――その日の放課後。


「やはり、無理ですか」
「ええ、こればかりは私たちではどうにもできないわね」


否定の意見を聞き、肩を落とし落ち込むのはラウラだ。
たまたま居合わせてそんな彼女を見かけた、志保、簪、シャルロットはそんな彼女を気にかけて声をかけた。

「どうしたんだ、ラウラ」
「む? ああ、お前たちか、実はな――――」

ラウラが語ったのは、先のタッグマッチで唯一の被害ともいえるあるものについてだった。

「――――成程、<鎧割>を直せないか、ということか」
「でもそれって、倉持技研に依頼するのが筋じゃないかな?」
「なんでうちの整備部に頼んだの?」

それに対し、簪とシャルロットが当然の疑問を口にする。確かにちゃんと製造元で直してもらったほうがいい物が仕上がるだろう。しかし――――

「確かに最初は倉持技研に頼んだ、幸い私はドイツ軍で少佐階級に付いているから貯蓄はそれなりにたまっているしどうにかなると思ったんだが、――――”金型”がないんだそうだ」

<鎧割>の刀身は専用の金型を用意し、プレスによる鍛造で作ったらしいのだが、なにぶんかなり前にお蔵入りした武器の金型をいつまでも保管しているはずもなく、また、金型というものは基本的にとてつもなく高価なものであり、倉持技研も難色を示したそうだ。

「流石に高級車に匹敵する金型を、複数用意できるわけも無くてな……」
「ふ~ん、それで学園の整備部にだめもとで頼んだわけ?」
「ああ、結果は見ての通りだったが」

落胆するラウラ。しかし、ラウラにはまだ頼るべき手段があった。

「そうだ……衛宮、お前ならどうにかできないか?」
「……一応聞くが、なんで私なんだ」
「うむ、一夏のやつにも相談したんだが、あいつが言うには――――」
「あいつが言うには?」


「基本的に志保って出鱈目且つ常識外れだから、俺たちが思いもよらないことやれるかも知んないぜ、と」


「ちょっと用事を思い出した、一夏のところにいってくる」

ラウラの口を通じて志保の耳に入った一夏(阿呆)の発言は、志保を怒りの大魔神に変えるに十分であり、押し殺した怒りをにじませ阿呆への制裁に向かわんとする。

「お、落ち着いて志保!?」
「ハハハ、何を言っている、私は落ち着いているぞ?」
「そんな怒りの笑顔を見せても説得力ないよ!!」

そんな志保を、簪とシャルロットがどうにか宥めにかかり、何とか思いとどまらせた。
余談だが同時刻、一夏が盛大なくしゃみをして背筋が凍るほどの悪寒に襲われたらしい。

「やはり……駄目か?」
「いや、駄目……というわけではないが」

無論、志保はその魔術属性を”剣”とする異端の魔術使い、事刀剣に限って言えば修める知識・技法は比類するものがない。
しかし、だからと言ってそれらを活用したら、言い訳するのにも一苦労である。志保としては拒否したいところではあるが――――


「私とISの訓練する時にな、ときどきお姉さまが寂しげに手元を見つめているんだ、……問いただしてみても、

『お前を助けるために私と<鎧割>は出会ったんだと思う、――――形ある物はいつか壊れる、<鎧割>は天命を果たしただけだ、気にする必要はないさ』

 ――――といってはぐらかすだけで、けど、やっぱりお姉さまに相応しい武器は<鎧割>だと思うんだ、<鎧割>とお姉さまが出会ったのが運命ならばそれはきっと、私を助けるためじゃなく、共にある相棒としてだと思ってる」


瞳に涙を湛えながら語るラウラの姿に、いいようのない罪悪感を覚える志保。

「――――判った。善処して見よう」
「ほ、本当かっ!!」

そして、基本的に甘いのだ、彼女は。
それは衛宮士郎の頃から変わらず、衛宮志保である今も同じである。少女の涙ながらの懇願を、我が身の都合で拒否できるほど自分本位の性格をしていない。
花咲くようなラウラの笑顔を見て、今更ながら自分の悪癖を実感するのだった。



=================




とりあえずはラウラを帰らせた私は、保管庫に行き<鎧割>の状況を確かめる。
<鎧割>の構成は大型の刀身の峰のあたり(日本刀でいえば棟金)の後ろに、ブースター機構を搭載した副刀身を束ね、一つの大太刀として仕上げたものだ。
結果、日本刀の刀身構成の比率からはかけ離れた、幅広の刀身が特徴である。
今回破損した個所は、主刀身であり、幸運なことに副刀身にはさしたる損傷は見られなかった。
流石にこうした機械部分の修復などお手上げであり、これならば私の有する技術で主刀身を打ち直せば修復は可能だろう。
さて、問題は、いかなる造りで刀身を打ち直すかだが……、倉持技研では、その巨大さゆえ通常の刀鍛冶の技法では打てなかったこともあり、プレス式の鍛造で刀身を形成していた。
私はこの点については、ISを使い対処しようと思っている。通常の技法の流用ができない一番の原因は、その巨大さゆえの体積・重量にあるとにらんでいる。
ISのパワーアシスト、及びPICによる重量軽減を使えばさしたる障害も無く、通常の刀と同じように打てるだろう。


さて、次は材料の選定だが――――
良質の玉鋼を得るために、たたら吹きで砂鉄から作ることも考えたが、そこで思うこともあった。
基本的に私が前世で打った刀剣のほとんどは、鍛造段階から魔術加工を施した、いわゆる魔剣がほとんどだ。
久しぶりに打つこの武器に、自身の全力を注ぎ込みたいが、なにぶん製造場所はIS学園だ。
そんなところでおいそれと魔術を使うわけにもいかず、ならば尋常な手段でもって打つしかないのだが。

そこで私は一つの手を思いついた、基本的にどんなものも年月を重ねるうちに概念が蓄積され、魔術的な代物へと変貌していく。
そこで、古い刀そのものを溶かし直し、それに宿る概念そのものを凝縮させ、通常の技法で魔術的要素を高めた刀身を作ることを考えついた。
ならば<鎧割>と同じく、リーチと威力を重視した大型の刀……大太刀・野太刀・斬馬刀を中心に集めたほうがいいな。
そう考えた私は、数日間休みをとって各地を回り、材料に相応し年月と概念が蓄積された刀を集め回った。
ちなみに材料費はラウラ持ちである。流石はドイツ軍の少佐なだけあって、すこぶる羽振りが良かった。


―――数日後、いい材料は見つかりホクホク顔で帰還した私は、早速整備部に掛け合って工作室の一角を借り切り、さらには<打鉄>も貸し出し許可をもらい作業準備を整えた。
見学を希望する生徒もいたが、作業に集中するためといって断り、後は全身全霊を込めて打つだけとなった。

まずは材料の刀数点を溶かす。
もともと打ち上げられた刀を溶かしたため、余分な炭素を除去するため水で急冷する作業である水減し(みずへし)を行わず、冷ました鋼を砕き、炭素の含有量で欠片を仕分け、硬い鋼と柔らかい鋼を作る。

続いては仕分けた鋼を適切な量集め、再度加熱してブロックを作る。
勿論<鎧割>という規格外の刀を作るため、通常よりもでかいブロックを作る。
それらをIS用の特性槌で叩き伸ばし、折り重ね、再度伸ばす、折り返し鍛錬を行い、含有炭素量が異なる心金(しんがね)、棟金(むねがね)、刃金(はのかね)、側金(がわがね)の4種類の鋼に作り分ける。

それらをさらに叩き、、幾度も叩き、大樹の年輪のように層を積み重ねる。
ここが刀の強度を決定付ける最も重要な部分であるため、一切手を抜くことなく力を込める。
そして、それらのブロックを加熱し叩き、刀となる鋼の棒を作るわけだが、やはり、<鎧割>という規格外の刀を作るため、非常識なほどにでかい代物を作なければいけなかった。
最早冷まして、それだけで武器になりそうな鉄塊を、ISという最先端の利器を駆使して打ち上げていく。
確かにこんな代物、生身の人間には打てないだろう。

そんな破城鎚と言って差し支えないような代物を叩き伸ばし、ようやく刀の形にしていき、小槌で慎重に形を整えていく。
形を整えたら表面の処理を行い、ある程度の凹凸を無くす。
そのあとは焼き入れ(加熱した後急速に冷やし、表面の硬度を増す加工)を行って、最終的な表面加工と、刃の砥ぎ、<鎧割>の副刀身に接続するための加工を行う。


材料をそろえ始めてから一週間。ようやく<鎧割>がその姿を取り戻した。
前のプレス鍛造の刀身とは違い、しっかりと刀身を研いだため、他の業物と同じように刃紋が浮き出て、見た目もまた、それなりに誇れる代物に仕上がっている。

やれやれ、特急仕事で仕上げたとはいえ、満足のいくものに仕上がってよかった。
後はラウラに連絡を淹れて、箒に引き渡すだけだな。
それはラウラに任せてひと眠りするとしようか、ここのところろくに寝ていないから、気を抜くとすぐに倒れそうだ。




=================




「――――行くぞっ」
「お、お姉さま!? レールカノンの弾速は通常の銃器とは比べ物にならないんですよッ!!」


余談だが、新生した<鎧割>を早速試した箒が、<シュヴァルツェア・レーゲン>が発射したレールカノンの弾頭ごと機体を切り裂き、第三世代機を一刀のもとに斬り伏せるという人間離れした所業を行い、ラウラを心底震え上がらせたそうだ。











<あとがき>
<鎧割>復活っ!!!! そして久しぶりに型月の要素を僅かながら出せた気がする。
感想の中で型月よりニトロ臭がするって言われてたからなあ、いっそのことここの箒に六塵散魂無縫剣を習得させて見るか?
まずい……、そんなことしたら福音が一瞬で落とされそうな気がするぜ。




[27061] 第二十七話
Name: ドレイク◆bcf9468f ID:135f1c19
Date: 2011/11/29 00:54
<第二十七話>


朝日が差し込み、爽やかな目覚めで一日が始まった。
さて、目覚めたのならばさっさと起きてベッドから離れねばな……。

「――――ん? 何だ、この感触は?」

しかし、私の掌が、何かすべすべとした柔らかい物の感触を伝えてくる。
上質のシルクのような引っ掛かりの一切がない肌触りに、適度な張りを持った柔らかさ。
これは癖になるな、といまだ完全に覚醒しているとは言えない頭で、そんな阿呆なことを考える。
ちょっとばかり調子に乗って、数分ぐらいその“ナニカ”を揉みし抱き続けた。

「――――んッ、……あっ」

その時、布団の中からどことなく官能的な響きを持った声が聞こえる。布越しでくぐもってはいるがその声は間違いなく、私の、その……妹分たるラウラの物。
いやな予感が頭によぎり、私は勢いよく布団を跳ね上げた。

「んむぅ、……おはようございます、お姉さま」

予想通り、布団の中に潜り込んでいたのはラウラだった。
私がしこたま味わった感触は……、この馬鹿妹が全裸でベッドに入り込んでいたせいだ。
つまりはラウラの胸を揉んでいたということ、――――というかっ!!

「全裸で寝るなと言っているだろうっ!! 女性としての慎みを持たんかあっ!!」
「あうっ!?」

これまでも何回も口を酸っぱくして言っているというのに、この馬鹿は一向に直そうとしない。
私の拳骨を喰らって頭を抱えて悶えるラウラに、私は服を着させようと思ったが……。

「おい、………お前は私服を持っていないのか?」
「ふぇ? 制服は予備も合わせて複数持っていますが?」

その答えは予想通りでありながら一番聞きたくない答えだった。確かにラウラの言う通り、ラウラの衣類が収められている収納スペースには制服”のみ”しかない。
つまり、私服の一切を所持していないということで……、改めて私はラウラがいかに狭い世界だけで生きてきたかを再認識した。
そもそもの生まれから軍の為だけに生み出され、軍の為だけに生きてきたラウラは、ようやく人並みの生活を始めた幼き少女なのだろう。
例え私と同い年でも、世界の広さを全く知らないのだ。
だから服の一つも買おうとしないし、趣味の一つも持たない。

(いかんにきまっているよなあ……)

今度ラウラを誘ってショッピングにでも行ってみるか、と思いながら朝の鍛錬の為に剣道着に着替える。
寝巻を脱いで袴に足を通す横では、ラウラもタンクトップと短パンに着替え準備を済ませていた。
とりあえずは鍛錬を終わらせてから考えよう、そう思いながら私とラウラは部屋を出た。




=================




鍛錬が終わればシャワーを浴びて、私とラウラの弁当を作る。
ここ最近はもうこの流れが定着してしまい、次は何を作るか楽しめる余裕もできた。
黄金色に焼きあがった卵焼きを更に映しながら、楽しめる余裕もできれば自然と上達もするのだな、と考える。

(………今度は、一夏にも作ってやるかな)

うむ、いいかもしれない。おいしいって言ってくれるといいな……。
そんな妄想に近い思考をしているな中で、私の腕は勝手に動き菜箸を投擲する。
空を疾駆する菜箸は、狙い過たず机の上に乗せていた唐揚を狙おうとした不届き者に命中した。

「痛っ!?」
「つまみ食いは厳禁だ、ラウラ」
「どうして見てもいないし音も立ててない私に気付くんですか!?」
「おまえの欲望が透けて見えた」

こういう些細なことに、自身の勘の冴えに磨きがかかっていることを実感する。
日常の中でも発揮されるということは、すなわちそれだけしっかりと身に付いているということ。
ラウラ自身の隠行もなかなかのものだがな……、そこまでして欲しがられるというのはまあ、悪い気はしないが。
そんなことを思いながら、切り分けていた卵焼きを一切れつまみ、お馬鹿な妹分の口先に持っていく。

「ほら、口を開けろ」
「はい? ――――はふはふ、むぐっ」
「おいしいか?」
「はいっ、とってもおいしいですお姉さま!!」

出来たてアツアツの卵焼きをほおばりながら、笑顔でそう言ってくれるラウラの笑顔は、かなり可愛いと、そう思った。




=================




――――強い日差しが照りつける週末の日曜。志保とシャルロットと簪は、来週から始まる臨海学校できていく水着を選ぶため、そろって街に繰り出していた。


志保と簪はこの前のデートと同じ服装、シャルロットの服装は半袖のホワイトブラウス、その舌にはライトグレーのティア―ドスカートと同じ色のタンクトップであり、シャルロットの健康的な美貌とよくマッチしていた。

「そう言えば、前は学生服姿だったから私服はこれが初めてか、――――よく似合っているぞ、シャルロット」

最早、前世の血に塗れ命の灯火を幾度となく消しかけた経験で、条件反射でシャルロットの服装を褒める志保。

「褒めてくれてありがと、志保」

たとえそれが友情からくる褒め言葉だったとしても、乙女としてはうれしさを感じずにはいられない”似合っている”という響きに、花咲くような笑顔になるシャルロット。

「むぅ……」

簪としては志保をその気にさせてから決着をつけるという、乙女の協定があったとしても、思い人が友達を褒め称えればいい気はしない。その感情がリスのように頬を膨らませる。

「勿論、今日も可愛いぞ、簪」
「じゃあ、許してあげる」

だがそんなものは、志保の褒め言葉で即座にしぼんでしまうものだ。
そんなわけで三人は、笑顔でほぼデートと呼べる買い物に出かけるのだった。




=================




水着ショップというのは、色とりどりの華やかに水着が当然、所狭しと並べられ、普通の年頃の乙女ならば、どの水着がいいか悩みながらも心躍らせるのが常だ。
簪とシャルロットも勿論、どの水着がいいか数多の水着をとっかえひっかえしている。

「こ、これなんてどうかな……?」
「ちょ、ちょっと、大胆すぎるかも」

時には布地の面積が狭い、色気を全面に押し出した水着を手に取り、自分たちがそれを着た姿を脳内に描き、赤面したりもしている。


しかし、そんな普遍的な水着ショップの楽しみを、堪能できない女性も中にはいる。

「――――はあっ」

溜息をつきながら、志保は水着を眺めていた。
現在志保の心中を一言で表すのならば、“面倒臭い”だった。女性としての体を受け入れても、やはり、男性に近い嗜好が残る志保にとっては、水着選びなど出来るのならば拒否したいイベントだ。
私服は可愛らしさを重視ものではなく、どちらかといえば男性的なイメージの物にまとめているし、制服は仕方がないと割り切っている。
しかしながら、水着は当然女性的なものを選ぶほかなく、毎年この時期になると志保は多大なストレスをこらえながら水着を選んでいるのだ。

ちなみに、これは完全に余談だが、衛宮志保としての人生の中で一番着るに堪えなかったのは、幼稚園の頃、母親が買ってきたクマさん柄のパンツである。
当然そんな物断固として辞退しようとした志保だが、母親の早く着てほしいという視線に耐えきれず、自己暗示をかけて無地のパンツだと自分を洗脳してまで穿いた、超弩級にきつい記憶がある。
それからというもの、男性的な嗜好に触れるものに関しては、無意識の内に自己暗示をかけてしまう悲しい習性があったりする。

最近はそのあたりも落ち着いてはきたようだが、それでも諸手を挙げて喜べるようなイベントではないのは確かだった。
どうせなら少しでも大人しめなものを、と店内を物色していた志保は、ここ最近見慣れた組み合わせである銀髪と黒髪の二人組を見かけた。

「あれは……、箒とラウラか?」

志保の視線の先には、箒がいくつかの水着をラウラにあてがっていた。
おそらくは箒がラウラの水着を見つくろっているのだろうか、と見当をつけた志保は二人に話しかけた。

「志保か、どうしたんだ」
「ふむ、妹分の面倒をしっかり見ている箒に労いの言葉でも、と思ってな」

しかし、視線を向けることなく志保の接近に気付いた箒が先に言葉をかけた。
そのぐらいの芸当ならば、志保も難なく行えるために驚くことも無く、平然とした応えを返す。
志保の接近に気付くことはなかったラウラは、二人のやり取りを茫然と見つめていた。

「そういうお前はどうしたんだ?」
「いや何、姫君二人の付添さ」
「ああ、シャルロットと簪か、二人も来ているのか?」

そんなやり取りをしていれば、それほど広くも無い店内なので簪とシャルロットも二人の存在に気付き、二人のところに駆け寄ってきた。

「箒とラウラも来てたんだ、仲いいね相変わらず」
「本当の姉妹みたいだね」
「フフフ、私とお姉さまの絆は、本当の姉妹に勝るとも劣らんのだ」

簪とシャルロットの言葉に、薄い胸を張って勝ち誇るかのようにラウラは二人の言葉を肯定していた。
箒のほうは、少し顔を赤くして視線を逸らしていたが……。

「それで? 今日はラウラの水着を選んでいたのか?」
「ああ、この馬鹿、臨海学校によりにもよって、学園指定のスクール水着を着ていくとぬかしてな、………はあっ」

自身で説明しながら溜息をつく箒。ラウラ以外の面子はその箒の言葉に顔色を悪くし、ラウラだけが状況を今一理解していなかった。

「――――それは」
「――――ちょっと」
「――――色物に過ぎるだろう」

三人が思い浮かべたのは、生徒のそれぞれが色とりどりの水着を着ている中で、ラウラ一人だけがスクール水着を着ている姿。
しかもIS学園指定のスクール水着はよりマニアックな旧型である。誰がどう考えても罰ゲーム以外の何物でもなかった。

「そんなの、駄目にきまっているじゃない!!」
「そ、そうか……」

シャルロットの剣幕に押されるラウラ。簪もラウラの手をとり、懇願に近い反応をした。

「駄目だよ? そんなことをしたら箒さんも恥ずかしい思いをしちゃうから」

その言葉は何よりもラウラの心胆を揺るがしたようで、あっという間に顔色を変えて聞き返していた。

「そ、そうか!? しかし、どんな水着がいいのかまったくわからんのだが……?:
「じゃあ、私たちに――――」
「お任せあれ、ってね!!」

あっという間に話が決まり、引きずられるようにラウラは二人に連れて行かれた。
その突然というのも生ぬるい話の転換に、志保と箒はただただ茫然としていた。

「いいのか、妹がかどわかされたぞ?」
「他人の水着を見繕うほどセンスがあるわけでもなし、ちょうどいいさ」

二人の視線の先には、まるで着せ替え人形の様に簪とシャルロットから水着を進められるラウラの姿があった。
その表情は困惑であったが、何処となくラウラ自身も楽しんでいるように見えたのだった。




=================




――――志保がそうして日常を謳歌しているころ、アメリカ軍のとある基地でひとつの事件が起こっていた。


軍内部でも高い機密レベルで守られ、ごく一部の者しかその存在を知らない基地は、そのまま世に知られることなく滅びの憂き目を迎えていた。

「やれやれ、こんなところか」

それを成したのは気だるげに呟く一人の女。情報統制のため、基地の防備をIS部隊にのみ依存していたとはいえ、――――いや、だからこそこの基地は難攻不落であり、最先端のIS技術研究も盛んに行われていた。
だがその盲信にも近いアメリカ軍の自信は、その女に砂上の楼閣のごとく崩された。
何せ、その女がIS部隊の打倒に使ったのは、おそらくはIS用の物と思われるブレード一本のみ、ISそのものどころか火器の一つも出してはいない。
女のとった手段は至ってシンプル、自身の所持するISをステルスモードにし、生身で基地に侵入、狭い基地内での近接戦闘に持ち込み、計三機のISを一機ずつ討ち取っていった。

「この程度できなきゃなあ、――――アイツには、あの“正義の味方”に届かねえ」

しかしながら、そんな人後に絶する偉業を成してもなお、女の胸中にあるのは身を焦がす恐怖と憎悪。それと自身の情けなさの再確認だった。


確かにISは強力だ。しかし“最強”ではない。


世の中の、かつての自身を含むIS操縦者はそこを取り違えている。その取り違えが奢りを生み、隙を生む。
そこに思い至れば、IS乗りのなんと隙の多いことか、ただスペックに任せた獣の如き動き、かつては自分もそんな醜態をさらしていたかと思うと、敗北も当然のことだと思い知った。
これでやっとスタートラインなのだ。ようやく相見えるに足る。ようやく数年越しの憎悪と恐怖と、そして、歓喜を乗せて我が刃を叩き込める。
我がIS、<アラクネ>が自身の執念を取り込み練り上げた必殺の刃、それをあの正義の味方に叩きこむ準備が整った。


何せ、ダンスの招待状は、ほかならぬあの正義の味方が、”衛宮志保”が出してくれた。――――最早、それは運命をすら感じさせる。


「グッ、うう、……貴様、何をしたッ」

その時、女が打倒したISのパイロットの一人が、怒りと困惑に染まった表情で問いただした。

「ああ、そりゃあ、わけわからねえよなあ、そういうふうに成長したからなあ」

そもそもが、ISを生身で打倒するならば、個人で扱えるISに対し有効打を与えられる何かが必要になる。
衛宮志保の場合は、前世から引き継いだ唯一無二の魔術。

――――ならば、この女は?

その手に持つはブレードのみ、しかし、それはしっかりと致命の一撃を与えていた。




シールドエネルギーを減らすことも無く、ましてや絶対防御を発動させることも無く、――――必殺の一撃を与えていた。




「――――ああ、早く、会いたいぜぇ、志保」




嵐の時は、すぐそこにまで来ていた。












<あとがき>
さて、次からようやく臨海学校編、そこでようやく話が大きく進みます。あまり原作から外れずに進んだ話にやきもきされた方、どうか楽しみにお待ちください。

後、オータムのIS,<アラクネ>の単一仕様能力のヒントを出しましたが、どれほどの人が正解に思い至るでしょうか……。




[27061] 第二十八話
Name: ドレイク◆bcf9468f ID:db97da17
Date: 2011/07/26 23:25


<第二十八話>


――――とある少女の話をしよう。


その少女は、一言でいえば“異端”だった。
別に、常人とかけ離れた風貌であったわけでも、余人には理解しえない特殊な力があったわけでもない。
ただ、とてつもない知性があった。あり過ぎたといっていい。
トンビが鷹を生む、ということわざのように、ごくごく平凡な家庭に生まれた少女は、ごくごく平凡に育てられた。
だが、その少女は小学一年のころですでに、名門進学校の授業内容をやすやすと理解できるほどになっていた。

勿論両親も、はじめはその頭の良さを褒め称え、少女が望む本などを笑顔で買い与えるぐらいのことはしていた。
しかし、どんどんとエスカレートする少女の要求に、両親は薄気味悪いものを感じていき、少しずつ少女との仲は疎遠になっていく。
一つ同じ屋根の下で過ごしているというのに、かわす言葉は日に二言三言。
顔を合わせるだけでぎこちない空気が流れ、少女が生まれた時にあった愛情はすでに霧散していた。


少女に非があるわけではない、ただ、湧き上がる知的好奇心を満たすため、子供らしい我儘さで無節操に求めただけだ。


その点でいえば、少女は子供らしかったと言えるだろう。
しかし、少女が小学校に進学するころには、両親は少女のことを得体の知れない化け物としか認識していなかった。
一人で留守を任せても問題ないと知るや、母親はそれほど家計が苦しいわけでもないのにパートで働き始め、父親は一層仕事にのめり込むようになっていった。
両親にとって少女は、目に入れたくも無いモンスターということらしい、少女はただ、その環境に泣き言一つを言うことなく日々を孤独に過ごしていた。
最早自身が普通ではなく、異端だということを理解していたからだ。
ここで寂しさに負け、泣き喚きでもすれば未来は変わっていたかもしれない。そんな普通の子供と変わらぬ面を見せれば、両親も少女に抱く心象を変えたかもしれない。
皮肉にも、その聡明さこそが少女の孤独をより堅固なものとした。

そんな少女に学校には友人がいた、ということなどは一切なかった。
子供は大人よりも遥かに純真で、敏感で、、無邪気で、――――残酷だ。
少女が自分たちとは違う存在だと肌で感じ取り、排斥した。クラスメイトの輪の中から少女だけは、弾きだされた。


――――少女はそれでも、泣きはしなかった。




=================




そんな彼女の最近の過ごし方は、学校の帰りに近くの図書館によって難解な学術書を借りて、人気の少ない公園のブランコに揺られながらゆっくりと読み進めていくことだった。
今日も古びたブランコの鎖の軋む音をBGMにしながら、黙々とページに目を通していく。
そしてまた、夕焼けで地面が赤く染まるまで時間をつぶす。少女にとっては何の変わり映えも無い、いつもの日常。ひとつ違うところを挙げるとすれば――――


「――――何か用?」


自分の体に掛かる長く伸びた影、視線を辿ればそこにいたのは、一人の老人。
黒のロングコートに身を包み木製のステッキを手に持つ、いたって普通の老人だ。

あくまで見た目は、だが。

その老人から流れ出てくる“ナニカ”が、その老人を対峙する全ての者に只者ではないというイメージを抱かせる。
事実、只者ではないのだろう。だからこそ少女も久方ぶりの他者に抱く興味に突き動かされ、声をかけた。
老人もまた、どこか無邪気な子供のような笑みを浮かべて、少女に返事を返す。

「何、なかなか興味深い子供を見かけたのでな、――――ふむ、嬢ちゃん、名は?」

老人の見た目には似合わぬ若々しさを感じさせる声、しかし、その老人にはこの上なく似合う声で少女の名を問うた。

「束、――――篠ノ之、束」

少女はぶっきらぼうに、不愛想に、自身の名を告げる。

「ほう、そうか、束というのか、――――わしはな、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグというもんじゃ」
「長いから面倒、ゼル爺でいい?」

老人の素性を知る者がいれば、少女の蛮行ともいえる馴れ馴れしさに顔面蒼白になり。
少女を知る者からすれば、初対面で他人の名を言うことに疑問を感じることだろう。
何せ少女は、孤独に慣れ切ってからは他社など有象無象と割り切って名前を覚えようとすらしないのだ。
それが初対面で、口調こそはぶっきらぼうだがフレンドリーな呼び方で呼んだ。それだけ、感じるものがあったのだろう。

「がははっ!! ゼル爺か!!」
「だめ?」
「何、構わんよ、孫ができたみたいで嬉しいわい」

よほどその呼ばれ方が壺にはまったのか、呵々大笑といった感じで笑う老人。
その様子に、少女も口元に僅かながら笑みを見せるも、そもそも最初の問いをちゃんと応えてもらってないことに気が付いた。

「それで? どうして私に声をかけたの?」
「そうじゃなあ、束、――――お主、今の日々は楽しいか?」

小学一年生の子供ならば、過ごす日々の何もかもが愉しいはずだ、しかし、束にとっては――――

「ううん、つまらない」

そう、自身のすべてを受け入れるはずの両親でさえ拒絶した。しかも少女はそれを理屈で納得してしまった。自身に嘘をつき続け、ただ無為に過ごす日々、後に残るものが何もない時間が、少女の心中に何かを起こす筈もない。

だから、つまらない、退屈な日々。

「そうか、……わしはな、前途有望な若者が、そうして腐っているのは見るに堪えん」
「それで?」

老人が自分に対し、何を成そうとしているのかイマイチ掴めない少女は疑問の声で聞き返した。

「だからな、お主に飛びきりの体験をさせてやろうと思ってな、その気があるのなら今度の日曜日の朝九時、またここに来るがいい」

人生が変わるほどのとびきりのやつじゃ、よく考えて決めるがいい。
そう言い残し、老人は公園から立ち去った。


「――――とびきりの体験、か」


しかしながら、少女の答えはほとんど決まっているようなものだった。




=================




「また会ったね、ゼル爺」
「まだ八時じゃぞ、――――そうかそうか、それだけ楽しみだったのか」
「目覚まし時計のセットを間違えただけだから」

そう言いながら、顔を赤く染めているあたり、やはり楽しみではあったのだろう。
結局束は、それほど悩まずここに来ることを決めていた。
ゼル爺がどんなことをしてくれるのかは知らないが、それでも何の変化も無い日常よりかはマシ、という子供らしからぬ達観した思考からだったが。

「それほど楽しみであるのなら、さっさと始めるか」
「だから違うって!!」

ここしばらくはなかった、束の感情の発露。それをにこやかに聞き流しながら、ゼル爺は懐から奇妙な形の短剣を取り出した。
それは見れば見るほど奇妙な形であった、刀身が普通の形状をしておらず、まるで宝石の原石をそのまま組み込んだかのような形をしていた。
そしてその奇妙な刀身は、くすんだガラスのようであったが、突如、光を放ち始めた。


万華鏡のごとく七色に輝くその光は、まさに虹の極光と称するべきか、その光は束とゼル爺を飲み込み、二人の姿を跡形も無く消した。


この世界から、跡形も無く。




=================




視界一面に広がる光が消え失せ、束の視界に入ったのは誰かの書斎であろうか。
クラシカルな品のよい装飾を施され、アンティークショップに飾られていてもおかしくはない机には、雑多な資料が積み重ねられ混沌とした状況を作り出していた。
周りの本棚には、見たこと、聞いたことも無い題名の本がぎっしりと詰め込まれている。
おそらくは、どこかの考古学者の書斎なのかもしれないと、束は推測した。
そして、束をここに連れてきたであろうゼル爺の姿は、欠片も見当たらなかった。

(――――ちょっと待って、あんなことを言って置いてきぼりってひどくない!?)

「そこにいるのは誰ですか?」

いくら束といえど、こんな状況では混乱に陥っても仕方がない。
駄目押しとばかりに、後ろからかかる女性――紫を主体とした、学生服のような独特の衣装に身を包んだ女性の声に束のパニックは極まった。

「え、えと、あの、……わ、私の名前は篠ノ之束ですっ!!」
「自己紹介ありがとうございます、私の名前はシオン・エルトナム・アトラシア、重ねて聞きます、どうしてここに?」

パニックが一回りして自己紹介するという、まあ初対面の反応としては及第点を出せる対応に、声をかけてきた女性も自己紹介で返してきた。
続けて尋ねられた彼女――シオン・エルトナム・アトラシアの問いに関しては、束もまた持ちうる答えがないために、束は言葉を濁すことしかできなかった。
しかしながら、シオンは何かを巻き取る動作をすると、得心がいったとばかりに溜息をついた。

「成程、あの宝石の翁の仕業ですか」
「それって、ゼル爺のこと?」
「束はなかなかに命知らずなのですね、まあ、知らないのならば仕方がありませんか」

何やら、シオンはゼル爺に関して自分の知らないことを知っていると感じた束は、まずはシオンが何者なのかを尋ねた。

「ねえ、シオンって何者?」
「私は知り得て、束は知らないというのはフェアじゃありませんね」

シオンの言葉に、腑に落ちない点はあるものの、束は黙って言葉の続きを待った。

「私は錬金術師、――――このアトラス院の院長を務めるものです」
「錬金術師?」

束がその言葉で思い浮かべたのは、中世にいた詐欺師、という身も蓋も無いものだった。

「言っておきますが、あなたが思い浮かべているような物とは違いますよ」

胡散臭い視線を向ける束に、シオンはやや疲れたような表情になる。


それが、束の異世界でのファーストコンタクトだった。




=================




「束、次はこの資料をまとめてください」
「は~い」

あれから三日がたち、束はシオンの丁稚のような扱いを受けていた。
あの日、束の懐にはゼル爺からのメモ書きがいつの間にやら入れられており、それにはこう記されていた。

『シオンよ、束の面倒を一週間ほど見ておいてくれ、お前さんの持つ知識も教えてくれるとありがたい、――――また一週間後に迎えに行く、それから束よ、元の世界に帰っても一日もたっておらんから気にするな』

とまあ、非常に無責任極まりない言葉が記されており、やむなくシオンは束の面倒をみることにした。
その後、アトラス院の院長という多忙な生活の合間を縫って、いろいろと教え始めていた。
もとより、あの宝石の翁が完全に無意味な行為をするはずもなく、束に何かがあるものと推察してのことだ。
実際、束は真綿に水を吸い込むように貧欲に知識を吸収していった。
束としても、見たことも聞いたことも無い知識に触れる日々は、甘美な刺激に満ちたものだった。
個人の資質を重視しない、アトラスの錬金術師の体系だったのも、束の学習を助ける一因となった。
勿論触れた知識は初歩の初歩、アトラス唯一の掟『作り上げた技術は自己にのみ公開を許す』にすら触れないほどのものだ。

勿論、全く見知らぬ場所どころか異世界だ、心細さも多少はあったが、停滞ではなく刺激に満ちた日々を送っている充足感が、それを塗りつぶした。
そうして今日もまた、シオンの小間使いとして過ごしながらも、未知の技術に触れる楽しさを味わっていた。


「――――シオン、頼まれていたものが入手できたぞ」


“彼”に出会ったのはそんな時だった。

黒のシャツとジーンズ、赤のロングコートに身を包み、白髪に褐色の肌という異様な風貌をした二十代後半の男。
折れずそびえたつ刃金の様な雰囲気を持つ彼は、シオンの部屋にいる異物、束に気付くと人あたりのよさそうなにこやかな笑みを浮かべて問うた。


「見ない顔だな、君の名はなんていうんだ?」
「――――束」


初対面であり、シオンの時のようなパニック状態でもない束は、名前だけを小声で呟いた。
名前を言うだけでも少しはましなのだろう。しかし、彼はそんな束の態度に不快感一つ見せることなく、返礼として自分の名前を言った。




「束というのか、――――ああ、言い忘れていたが、私の名前は――――」




=================




「――――保、志保、起きて」

小刻みに体をゆする振動とともに、自分に呼び掛ける声で志保は目を覚ました。
珍しいことだが、臨海学校の行きのバスの中で寝てしまっていたらしい。
志保らしからぬ珍しい出来事に、志保を起こしたシャルロットがクスリと笑う。

「珍しいね、志保があんなにぐっすり寝るなんて」
「私だって人の子だ、寝るのも当然のことだろう」
「なんて言うかさ、イメージに合わないんだよね、――――それにしてもぐっすり寝てたね、いい夢でも見てたの?」

シャルロットの質問に志保はバスの外に目を向け、流れる景色を眺めながら言った。




「ああ、懐かしい夢を見ていた、――――ようやく、思い出したよ」




最後の呟きは、シャルロットに気付かれることはなかった。












<あとがき>
さて、賛否が分かれそうな今回の話、しかしながら結構この作品の根幹にかかわる話ですので、どうかご容赦のほどをお願いします。
ゼル爺が束を何故シオンの元に連れていったかにも、もちろん意味はありますので。





[27061] 第二十九話
Name: ドレイク◆f359215f ID:abc27d50
Date: 2011/07/28 23:25

<第二十九話>


燦々と照りつける太陽のもと、IS学園臨海学校は開催された。
バスでの旅の疲れなど何のその、うら若き乙女たちが我先にと海水浴場へと駆け出し、世の男たちがうらやむような桃源郷へと変貌させていた。

「いや~、いい天気だなあ」

そんな只中にいる唯一の男である一夏は、自身が今どれほどの状況にいるのかなど気にせずに、のんきに今日が晴れたことを喜んでいた。

「そんなのんきなこと言ってないで、私と泳ぐわよ一夏!!」
「お待ちなさい、一夏さんには私にサンオイルを塗っていただく約束がございますの」

そしてこんな状況でも、いや、こんな状況だからこそ勃発する恋の鞘当て。
セシリアと鈴が火花を飛ばす中、ラウラを伴った箒もやってきた。

「………や、やっぱり恥ずかしいです」
「そうか? よく似合っていて可愛らしいと思うが、簪とシャルロットの見立てもなかなかのものだな」

軍服や制服と言った、個性を押し殺した“堅い”服装が一番馴染みであるラウラにとって、今の水着姿は羞恥心を刺激するものなのか、箒の背に隠れるような形で歩いてくる。
いくらラウラが小柄とはいえ、人一人が背中にひっついているのだ。そんな不自然な体勢で歩いてきた箒の、遠回しな言い方をすればたわわに実った二つの果実が、世の男性諸君を魅了してやまない魅惑的な振動を繰り返していた。
それに合わせるように一夏の視線もまた、箒の胸部に同調して上下する。

「どこ見てんのよッ!!」
「マナーがなっていませんわっ!!」

その視線の同調を止めたのは、当然ながら二人の乙女の肘鉄だった。
鈍い音がしてシミ一つ無い素肌に包まれた凶器が、一夏の脇腹にめり込み強制的にじっくり焼けた砂浜へと接吻させた。

「――――は、破廉恥だぞ、一夏」

自身のどこを見られていたかをようやく知った箒は、胸を押さえて後ずさる。
それはつまり、箒の胸が白魚のような腕で押しつぶされ、その巨大さをさらに際立たせることなるわけで――――

「箒、…………あんた、あたしに喧嘩売ってんのね」

世間一般と比較しても、決して“大きい”とか“でかい”といった形容詞を自分自身には使えない鈴に特大の怒りを与える結果となった。

「いや、しかし、大きすぎると肩が凝るし、何より過ぎたるは及ばざるが如しというだろう?」

そんなにいいものじゃないぞ? といった感じで語る箒に、鈴の怒りは空をつかんばかりに膨れ上がり、足元にあったビーチバレーのボールを鷲掴みにすると、大きく振りかぶり全力で箒に投擲した。

「やっかましいわああああっ!!」

唸りを挙げて箒の顔面へと突き進むボール。しかし、箒の顔面に激突する直前、難なく箒が片手で受け止める。

「言っておくがな、私はそれほど気の長いほうではない、――――売られたケンカ、買わせてもらおうっ!!」

ギュギュル!! と煙を上げるほどの威力を片手で受け止めながらも、箒はさしたるダメージを追った様子も無く、返礼として今度は鈴にボールという名の弾丸を投げ放つ。

「ごめ~ん、みんな待った――――、って」
「何なの、これ!?」
「乙女のプライドをかけた戦いだよ、………俺には全く理解できないけどな」

遅れてやってきたシャルロットと簪が、互いに必殺の意思を込めて行われるボールの応酬を見て困惑の表情を見せる。
その間にもボールの応酬は続くが、決着のつかないことに鈴が業を煮やす。

「ああもう――――!!」

それに同意するように、箒もまた焦れた声を挙げる。

「――――埒が明かん!!」

そして二人の怒声が、皮肉なことに見事な一致を見せた。


「「ビーチバレーで決着をつけるっ!!」」


――――その後、鈴・セシリア・一夏・たまたま近くにいた本音のチームと。箒・ラウラ・シャルロット・簪のチームによる、四対四の変則ビーチバレーが行われた。

勝負の結果は割愛するが、試合が終わった後には鈴と箒は仲直りし、結果的には楽しく過ごしたそうだ。
臨海学校の思い出としては、それなりにいい物になったということだろう。




=================




皆が青春を謳歌しているころ、志保だけは人気が少ない岩場のほうで一人佇んでいた。
勿論ただ突っ立っているわけではない、呼び出されたからここに来たのだ。
しかしながらその方法が出鱈目に過ぎた。四キロほど離れた彼方から、唇の動きで連絡を付けてきたのだ。
そんなこと、志保の素性を知っているものでしか成し得ない。
この世界で志保の魔術を見た者は一夏とあの時の女<オータム>だが、どちらも志保がそれほどの視認距離を持っていることまでは知らない。
つまりは、この世界で唯一衛宮士郎のことを知っている人物、篠ノ之束しかいないことになる。

「やっぱり、……あの女がアトラス院にいたあの子か」

初対面の時は不愛想な子だったのに、この前会った時はアレである。そのあまりの変わりように頭を抱えたい衝動にかられそうになる。
何せ環境が環境である、まかり間違っても普通に育つのはありえないだろう。
なるべくしてなった、そうとしか言えなかった。




「やっほ~、久しぶりだね、士郎さん」




能天気、そう形容するしかない声が背後から聞こえた。




「――――久しぶりだな、束ちゃん」




それは、束を束としてしっかりと思いだしたことの証。在りし日の思い出と同じ響きを持つ言葉に、束の顔も自然とほころんだ。
ウサギの耳を模したカチューシャに、可愛らしいフリルのついたスカートの恰好も相まって、その姿はまるで不思議の国のアリスのようだった。

「ようやく思い出してくれたんだね、私のこと、……みんなが士郎さんのこと鈍感だって言ってたのよ~く理解したよ」
「ああ、すまないな、……女性を怒らせないようにするのは、昔から苦手でね」

そのまま二人は並んで海を眺め、潮騒の音を静かに聞いていた。
心地よい沈黙が、数分の間二人を包む。
口火を切ったのは、束であった。しかしながら常とは違う、物静かな声で言の葉を紡ぐ。

「何から話せばいいか、わかんないね」
「何せ十数年ぶりだ、お互い積み重ねてきたことも膨大なものになっているしな」
「そうだね、このまま思い出語りも悪くはないけど………」

どうやら、ただ語り合うためだけに呼び出したわけでもないらしい。束の纏う雰囲気でそう察した志保は、束にここに呼び出したことの真意を問うた。

「他に何かあって、私を呼んだみたいだな」

志保の問いに、束も決意を固めたのか真剣な表情で口を開いた。


「実はね、私の味方になってほしいんだ」


味方になってほしい。それはつまり、何らかの形で敵がいること。

「何と戦うつもりなんだ?」

その志保の問いに、束は応えを口にすることなく、さらなる質問で返した。

「――――そもそも“IS”って何だと思う?」

ほかならぬISの生みの親からの、言葉にすれば単純な、しかし、ISという全貌を解明していない機構が存在する物に対しては、至極難解な問い。

「それは科学者の専門だろう、私みたいな門外漢に聞くべきではないと思うが?」
「ううん、それは違うよ、むしろ士郎さんのほうが専門家だよ」
「――――何っ!?」

あまりに予想外な束の答えに驚く志保。そんな志保をよそに、束は懐から一個のクリスタルを取り出した。
その形状は志保も教科書で見た記憶がある。間違いなくそれは”ISコア”だった。

「ねえ、これから何か感じない?」

差し出されるISコアと同時、束がそう問いかける。
確かに、感じ取れるものがあった。ほかならぬ“衛宮志保”が感じ取れてしまうものがあった。
そして志保は、ISが世に出て十年近く、ISコアがブラックボックス扱いである理由を知った。
確かに“そう”ならば、科学者が門外漢であることも、自分こそが専門家であることにも納得がいく。




「――――まさか、ISコアの動力源は“魔力”なのか!?」




かすれた声で呟く志保。ああ、確かにそうならば、ISコアを解明するためにはまず魔力を認識することから始めないといけない。
同時に志保は差し出されたISコアを“解析”し、細部は不明瞭ながらもISコアがどういうものなのか認識した。

「大気中の魔力を吸収・貯蔵し、自己進化機能を備えた生体金属部品で構成された、魔力を通常の電力に変換する機構、それがISコアの正体か!!」
「その通り、私がアトラスで得た錬金術と科学知識で生み出した、魔術と科学の結晶こそがISコアの正体」
「そうか、――――それで束が戦う相手とは何だ?」

束の問いに対する答えは得た。しかし、束の戦う敵の正体は一向に見えてこない。
だが、それでも束は回答を答えず、さらなる問いを口にした。

「そしてもう一つ、なんでゼル爺が私に目をかけたと思う? たぶんだけどね、ゼル爺に出会わなくても私は”ISを開発していた”」
「束はそれほどの天才だったのだろう、そこに目をかけた…………ということではなさそうだな、その口ぶりからすると」

確かに、あの宝石の翁はただ天才であるということだけで、わざわざ干渉することはないだろう。
やがて世界を救い、“座”へと招かれたかもしれない”衛宮士郎”
地球最強の生命体である真祖の姫君の運命を変えた、”殺人貴”
世界の流れに何らかの影響を与えるほどの逸脱した存在でなければ、宝石の翁は目を掛けることも無い。
ならば、篠ノ之束もその条件に合致する存在であるはずだ。確かに篠ノ之束は今現在も、大きな影響力を持っている。

「そして、なぜゼル爺は私を”アトラス院”に預けたのか」

その時、志保の脳裏に一つのひらめきが走った。しかし、それは当たってほしくない推論であり、同時に、決して看過できないものであった。




「ま、まさか、“IS”は人の世に滅びを与えかねない存在なのか!?」




――――アトラス院の真の目的は、人の滅びの運命の根絶。


そのためにアトラス院の錬金術師たちは未来を演算し、襲いくる滅びに対抗するための兵器を開発してきた。
そうして作りだされた数多の兵器は、また別の滅びの原因ともなる代物であり、しかしながら滅びに抗するものでもあり、決して廃棄されることなく死蔵されているのである。


故に、プラハの錬金術師はアトラス院のことをこう評した。――――アトラスの封を解くな、星が七度焼かれるぞ、と。


「事態が引き返せない時まで言った後、ゼル爺と一緒にあの世界に行って、シオンにISコアを見せたんだよ、――――そしたらすっごく驚いてね、そのあと見せられた、穴倉の奥底に封じられたISコアを、ね」


そこから束の説明が始まった。
もともとISは宇宙開発用として、日本の大手企業がスポンサーとなって開発していたものだった。(最初は共同研究であったが、束に付いていける人材が折らず、ほとんど束の個人的な研究に変わっていったそうだ)
その後、各国の諜報部がISの軍事的価値に目を付け、合法・非合法を問わず、様々な干渉を仕掛けてきた。
ISを軍事的利用、そこから発生するISによる人死にを出すのを嫌った束は、スポンサーの上層部及び、日本政府と画策しあの“白騎士事件”を起こした。
その後、世界各国の反戦論者・軍縮論者・平和活動家を焚きつけ、目論見どおりに現在のスポーツ競技の形に持っていった。


「――――そこまでは、何の問題も無かったんだけどね」

それで終わっていたのなら、ISコアの生産も停止させず、篠ノ之束は表舞台に立ち続けていただろう。

「けどね、ある時、――――いきなりISに男性が乗れなくなった」

開発者である束自身が調査しても、全く手掛かりはつかめず。それと前後してISコア・ネットワーク内に、束の干渉すら受け付けない領域が見つかった。
事態を重くみた束はコアの生産を停止、誰にも事実を告げることなく身を隠し、独自に調査に乗り出した。

「スポンサーの人達や日本政府に協力を頼むことも考えたんだけどね、もしかしたらそれが滅びの引き金になるかもしれないと思ったら、そんな手段取れなかった」

――――おかげで、箒ちゃんには迷惑かけてる。そう力なく笑う束に対し、志保はただ何も言わずにいた。
確かに競技化されたとはいえ、世界のパワーバランスを決定付けている代物だ。
そこに、IS全てに大きな影響を与えかねない存在をばらすことは、あまりよくない結果をもたらしかねない。

「そこまで行って、ようやくゼル爺がアトラス院に私を預けた理由に気付いたよ、自身の作ったものがいかに危険なものなのかわからせるため、そして、自分の作ったものに責任を持たせたかったんだ」

全てに気付いた後、束は宝石の翁に、自分がゼル爺と出会わなかった並行世界を垣間見させてもらったらしい。

「そこの私はものすごく醜悪だった、自身の作ったものは理解しても影響は理解せずに、ただ無邪気に笑ってた」

ある意味超特大の黒歴史だった。束はそう言いながら苦笑いしていた。
確かに、自分が世界を滅ぼしかねない未来など、見るに耐える代物ではないだろう。

「そんな未来にはしたくなくて、この数年間頑張ってきたけど、何の手掛かりも見つからなかった」

改めて束は志保に向き直ると、まっすぐに志保の瞳を見つめた。




「けど、いっくんがISに乗れることが分かって、同時に士郎さんがIS学園にやってきた、

 ――――これから何が起こるかは分からない、けど、絶対に何かが起こる、その時は力を貸してほしいんだ」




そんな束の真摯な願い、しかし、志保はそんな束に対し盛大に溜息をついた。




「全く、――――言うべき相手が違うだろう」

「えっ、それってどういう!?」




志保の言葉を全く理解できない束に対し、志保は視線をずらし束の背後を指し示す。
そこにいたのは黒髪の美女、表情を怒りに染めたその女性は、間違いなく織斑千冬だった。


「ち、ちーちゃん!? いつから聞いていたの?」
「衛宮の姿が見えないのでな、探し出してみたらお前と親しげに話し始めたのから物陰から聞いていた」
「酷いっ、ちーチャン酷いよっ、盗み聞きするなんて!!」


顔を真っ赤にしてあたふたし始める束、千冬はそんな束の腕を掴むと力を込めて引き寄せた。
吐息が触れ合うほど間近に近づく二人、束は未だ困惑の表情、千冬はそんな彼女に対し静かに語りかけた。


「おまえと衛宮の会話にはわけのわからんことばかりで、すべて理解したというつもりはない、………だけどな、お前が窮地に立っていることはわかった」


千冬はそこまで言うと、息を大きく吸い込み力の限り叫んだ。




「なら何故っ!! 私を頼らない、――――私はお前の親友だろうがっ!! 違うかっ!!」

「…………ちーちゃん」




千冬の叫びに、束はしばし目を白黒させると、目尻に涙を湛えながら、一言だけ口にした。




「ありがと、ちーちゃん」




そんな二人に口出しするなどという無粋なことはせずに、志保はただ二人の姿を見つめていた。














<あとがき>
この作品の束はゼル爺に出会ったからこそこうなりました、出会わなければ原作の束になってしまいます。
非常識な体験と出合いをして、ある程度常識を得たという………・、これってかなり束アンチにならないか?

それはともかく、今回の話の独自設定は、ぶっちゃけて言えばラスボス確保のためです。
後はまあ、原作のこれからの展開を見つつ、ラスボスの明確な設定を決定づけるだけですな。
…………だって原作どう考えても、ラスボスは束さんにしかならないだろ。



[27061] 第三十話
Name: ドレイク◆f359215f ID:da4b73e3
Date: 2011/07/30 08:06
<第三十話>


「今は臨海学校の途中だからな、問いただすのは後にしてやろう、――――逃げるなよ」

「「サーッ、イエッサー!!」」

感動シーンも終わり、千冬としては悪友と規格外生徒から真実をすべて聞きだしたいところではあったが、そうこの二人ばかりに時間を割いているわけにもいかず、絶対零度の視線でもってしっかりと釘を刺しておくだけに留まった。
後に残されたのは直立不動の体勢で敬礼している二人だけ。――――嘲笑うように、カモメが鳴いた。

「さて、――――お姉ちゃんぶる箒ちゃんの映像記録を取っておかないと」
「何声を大にして盗み撮りを宣言している、この阿呆が」
「いや~、ラウラちゃんだっけ、あの子のおかげだよ箒ちゃんの新たな一面が見つかったのは、――――これで私はあと十年戦えるっ!!」

腕を掲げ大声で叫ぶ束の姿に、志保はとある屋敷の割烹着の悪魔を思い出した。
悪い人物ではないのだが、一線を超えない範囲で全力で悪ふざけを行うはた迷惑な人物と、今の束が重なって見える。

「…………勝手にしろ」

志保がそう呟くと、カモメが再び嘲笑うように鳴いた。志保にこれから降りかかるであろう災難を暗示しているようだった。




=================




若さからあふれ出るエネルギーで、只管に遊びつくした後は、旅館の贅を凝らした料理の数々に舌鼓を打ち、あとは寝るだけという段になったのだが、年頃の乙女たちがそんな大人しいはずもなく、それぞれの者がそれぞれの楽しみを謳歌していた。
ある物は持ちよったゲームで友達とともに白熱し、またある者は明かりを消して布団にもぐり、色恋沙汰の話に盛り上がる。




だが、満天の星空に輝く月を見上げながら、夜の海岸で一人静かに物思いにふけるものも、中にはいる。




潮騒の音が耳に響く。その音を聞きながら私は昼間、束から聞いたことについて考えを巡らせていた。


ISに潜在する危険。今はただ、予兆ともいえないそれ。それをとてつもない危険と認識しているのはこの世に二人、私と束のみ、………いや、織斑先生もやがては知るだろう。
勿論、それが単なる杞憂であり、大事と誤認した私たちが単なるドン・キホーテの誹りを受けるだけならば、それでも構わない。
世界は無数に分岐している。滅びの要因があるからといって、すでにこの世界が滅びの未来に突き進んでいるかは誰にもわからないのだから。
だがしかし、それは逆のことでも言えること。この世界が生存の未来を選択し続けているかなど、今を生きる者にわかるはずもない。
生者に出来ることは、ただ明日を信じ、未来へ進むことだけ。


――――それはそれでいい、まったくもって至極当然の道理だ。


――――問題なのは、本当にこの状況が、私がこの世界で新たな生を受けたのが偶然なのか、その一点に尽きた。


世界の危機に対応するために、世界自身が私の魂をこの世界に呼び込み”衛宮志保”としての生を授けた。
そう考えるのは穿ち過ぎだろうか。だが、そうだとするのなら、私がこの世界で抱いた思い出も、感情も、喜びも、全ては決められたものに過ぎなかったとしたら――――

「全く、――――私は死んでも“贋者”のままか」

知らず、自嘲が漏れ出た。
もし、そうなのだとしたら道化極まりないな。
この体で生きて早十数年、正義の味方ではない生き方をしてみようかなどと考えはしたものの、結局はこれか、――――いや、もとより私は”衛宮志保”の贋者なのだ。
なるべくしてなった、ただ、それだけのこと。


――――この身は誰かの為にならねばならないと、強迫観念に突き動かされてきたっ!!


ああ、そうだ、まったくもってその通りだ、他の道を選べたにもかかわらず、私はそんな道を選びはしなかった。
この世界でもそれは同じ、一夏を助けた時も、クラス対抗戦の時も、タッグマッチのあの誘いも理由をつけてはいるが、そもそも逃げるということすら思い浮かべなかった。
我が身と他人を天秤にかける、そんなことはしていない。理由は全て体を動かした後、自分をごまかすためだけのもの。


――――それでも、間違いなんかじゃないっ!!


けどそれは、ただの意地。
”衛宮士郎”の人生はその意地を貫き通せた。けど、”衛宮志保”の人生でその意地を貫き通せるのか?
確かに今の私は、かつての若かりし頃より無鉄砲さも消え、冷静さを得た。


同時に、“若さ”も消えた。若さとは即ち、生きるための活力だ。


だから意地も張れた。衛宮士郎の最後までその意地を貫き通せた。その存在の全てを燃やしつくすかのように。
果たして、今の私にその活力はあるのだろうか。人が持つ熱量なんて限られている、精々が自分を動かす分だけで精いっぱいだろう。


その時、一つの未来予想が脳裏に浮かんだ。それほど突飛でも無く、だからこそ、心底恐ろしい予想。




我が身を省みず世界の危機を排除し、そのまま恐怖も何も抱かず、生きるための熱も持たず、空っぽのまま朽ち果てていく。




それはまるで、性質の悪い人形劇のようだった。
主役は”衛宮志保”、”衛宮士郎”の残骸に突き動かされる贋者以下の存在。
それを自覚した時、これまでにない恐怖が襲った。とてつもなく怖かった。


何より一番恐怖したのが、その予想を覆す一切のものを、私は持っていないということだ。


意地でもなく、遠い昔に憧れた綺麗な想いでもなく、ましてや自身の感情でもない。
なら、今の私は何だ。最早私はただの、世界が操る兵器なのだろうか。
ただ世界の敵を、善悪の区別なく、老若男女の区別なく、一切合財を塵殺していく。
それは、あの城での剣戟の最中垣間見た、やがて堕ち往く未来図。
とてつもない吐き気が、喉からせりあがってくる。足元が消えてなくなるような感触がした。


かつて持っていた意地さえ残骸と化して、正真の伽藍どうになった気が、した。




「もうっ、探したよ志保」
「ほんとほんと、そうやって一人で海を眺めるのもいいけどさ、やっぱりこういうときは一緒に遊ばないと」




そんな精神状況では、簪とシャルロットの接近に気付くはずもなく、二人の存在に気が付いたのは近くに腰掛けた後だった。
湯上りなのだろうか、ほんのりとかおるシャンプーの香りが心地よく感じられた。
そんなとき、不意にあの時の言葉を思い出した。




――――志保の答えは聞いてない、私たちが志保を幸せにしてあげるんだからっ!!




二人は私が抱いているものを知らないし、私がある意味狂人であることも当然知らない。
けど、そう言ってくれたことに、私を満たしてくれると言ったことに、僅かな愛しさを感じたのだ。
気付けば、二人の体を抱きよせていた。


「し、志保!?」
「あ、あのッ、まだ心の準備が!?」


私の突然の行動に、二人は当然困惑した。
頬を赤らめ、抱きしめた腕から二人の鼓動が、温かさが伝わってくる。
確かに、しっかりと、偽り様なく、私に伝わってきた。




「――――悪い、少しばかりこうさせてくれ」




私の様子に何かを感じ取ってくれたのか、二人は黙って体を預けてくれた。
そのまま私は、確かなものを感じながら月を眺めていた。




=================




――――翌日。各種装備の試験運用とデータ取りに生徒の皆が追われていた。


専用機持ちも当然、いや、専用機持ちはさらに大量の装備のデータ取りに追われていた。
例外は追加装備の一切ができない<白式>を運用する一夏ぐらいなものか。
セシリアも鈴もラウラもシャルロットも簪も、次から次へと回される装備を動かし、次代の兵器開発に必要なデータを集めていく。

「で? なんで私までここにいるんだ?」
「同感だ、志保、ここは専用機持ちでもないただの生徒がいるところではないと思うんだが」

確かに二人は専用機持ちでもないが、だからと言ってただの生徒でもない。そのことを、鈴とセシリアという二人に最も忌憚なく突っ込みが入れられる人物が突っ込んだ。

「寝言は寝て言いなさい」
「あんたら二人がただの生徒なわけないでしょ、この人外共め」

二人は当然、そんな(自分たちにとっては)不当な評価に異を唱えた。

「「失敬な」」
「一人はスナイパーライフルの銃口を打ち抜き」
「もう一人はレールカノンの弾頭を斬りはらった、そんな奴らは人外で十分よ」
「「出来るんだからしょうがないだろう」」
「やかましい黙ってろ人外コンビ」

とはいえ、二人がいることにも意味がある。タッグマッチにおいてお互い量産機でありながら水際立った活躍を見せ、自分たちが作った装備をぜひあの二名にテストしてもらいたいと言ってきたところが少なからずあったのだ。

「ほら、これがお前たちがテストする装備の一覧だ」

そう言って千冬手ずからリストを渡し、二人も<打金>を纏ってテストに励む。


そんなとき、崖の上から能天気な声が聞こえてきた。その声に聞き覚えがある一夏、千冬、箒、志保はそろってげんなりした表情を見せる。


「ち~ちゃ~ん!!」


その声の主は、そのままがけから飛び降りると勢いのまま千冬に向かって飛翔する。
迎え撃つは千冬の右腕。声の主の頭を鷲づかむと、片腕でもあるにもかかわらず声の主の体が宙に浮く。

「アイタタタタッ!? 痛いっ、ちーちゃんの愛が痛いっ」
「やかましい、今は授業中だ」

確かに臨海学校といえど、学業の一環であることに変わりはなく、その怒りが千冬の右腕に宿っていた。
そんな二人の様子を見つめる周りの面々。声の主=束を知る一夏と箒と志保はそろって呆れ顔を見せ、
それ以外の面々はいきなりの事態に付いて行くのがやっとだった。

「うちの姉が、迷惑かける」

苦々しく語る箒。確かにまあ、身内のあのような痴態は恥ずかしいの一言に尽きるだろう。

「「「「ああ、なんか納得」」」」

箒の言葉に、セシリア、鈴、シャルロット、簪は納得の声を上げ。

「お姉さまの姉君ということは、私もあの方をお姉さまと呼んだほうがいいのだろうか」

ラウラだけは、相変わらずマイペースな意見を述べたのだった。
そうこうしているうちに千冬の制裁も終わり、束が皆のほうにやってきた。

「はろ~!!、私が天才篠ノ之束だよん」

米神あたりに赤い痕を残しながら、ハイテンションで自己紹介する束。
やはり相当痛かったのか、目尻には涙が滲んでいた。

「世界各国がその行方を捜している篠ノ之博士が、どうしてここに…………?」

皆の疑問を代弁するように、セシリアがおずおずと問いかける。

「いい質問だねっ、そこの君、名前はなんていうんだい?」
「イ、イギリス代表候補生セシリア・オルコットですわ」
「成程、じゃあ君のことはセッシーと呼ぼう、セッシー……私がここに来たのはね箒ちゃんへのプレゼントを持ってきたからだよん!!」
「な、なんですのその呼び名は」

セシリアの怒りを華麗にスルーし、束は右腕を掲げスナップを鳴らす。
飛来してきたのは三メートル大程の菱形。銀色に包まれたそれは束の横にぴたりと静止すると、封を解き中に鎮座するものを見せた。


それは“紅”だった。咲き誇る椿の様な紅色に包まれた鎧。
それは束が、箒に降りかかる災いを振り払う力になれと、愛情と心血を注ぎ組み上げた唯一無二のISだった。


その名は、――――<紅椿>


「どう? これが箒ちゃんへのプレゼント<紅椿>だよ、使ってくれるよね箒ちゃん!!」


ハイテンションで箒に問いかける束。しかし――――




「申し訳ないですけど、――――いりません、専用機を乗りこなせるほど自分に腕はあると思えませんから」




箒からもたらされた答えは、完全なる否定。
束にとって予想外に過ぎたその答えは、篠ノ之束という空前絶後の大天才を撃破するには十二分に過ぎた。




「おい!? 死ぬな束!! 呼吸を止めるな心臓動かせ!!」



――――本当に、篠ノ之束を撃破するには十二分に過ぎた。










<あとがき>
さて、次からいよいよ福音との戦いだ。勿論<紅椿>はちゃんと使われますのでご安心を



[27061] 第三十一話
Name: ドレイク◆f359215f ID:520f9c35
Date: 2011/08/12 20:11
<第三十一話>


「――――篠ノ之、<紅椿>使ってやれ」

自らが作った至高の機体を拒否された束は、まるで魂が抜け落ちた様に落ち込み、そのあまりな様子に流石の千冬も同情心がわきあがっていた。

「そう……ですね、わかりました」

箒もまた、含むものを抱いている姉だが、ここまで落ち込まれると罪悪感があるらしく、乗り気ではないものの<紅椿>に乗ることを了承した。

「ほんとに……? 箒ちゃん<紅椿>に乗ってくれるの?」

箒の足元にしがみつきながら下から見上げて、涙目でそう問いかける束。はっきり言って束が妹にしか見えなかった。
箒もぐずる妹をあやすように、もう一度<紅椿>に乗ることを了承する。

「ええ、乗るだけならいいですよ」
「大好きだよ~!! 箒ちゃ~ん!!」

最愛の妹がプレゼントを受け取ってくれたことに満面の笑みを浮かべ、箒の体にこれでもかというぐらい抱きつく。
箒は姉に抱きつかれながらもやれやれと言った感じで為すがままにされ、しかしながら満更でもない感じではあった。
束はしばしの間、箒の体の感触を楽しむと、エネルギー充填120%!! と言った風情で<紅椿>の機動準備に取り掛かる。
空間投影式ディスプレイが複数起動し、映し出される大量のデータを機嫌がいいのか鼻歌交じりに処理していく。
その処理スピードたるや尋常なものではなく、さすが天才篠ノ之束と言われるだけのことはあった。
調子が上がってきたのかキーボードを打つテンポが上がっていき、余人ならば丸一日はかかるかもしれない作業を物の数十分で終わらせてしまった。
機動プログラムオールグリーンの文字がディスプレイに映し出され、小気味いい音を鳴らしてエンターキーを押すと、やり遂げた顔をして束は箒に向き直った。

「さあ箒ちゃん、<紅椿>を起動させてみて!!」
「………わかりました」

いくら高性能との触れ込みでも、いや、だからこそ<紅椿>に対してわずかな恐怖と言うべきものを感じていた。
それを抑え込みながら、箒は<紅椿>に体を委ねていく。各部の装甲が展開していき、一個の機械であったそれが真紅の鎧へと変貌していく。初回起動時であるため、いまだ箒とフィットしていない各部パーツが適切な形状に変化していき、束が端末を操作してそれを補っていく。
箒の視界のディスプレイにフィッティング完了の表示がされて、全ての機動準備が整った。

「さあさあっ!! 箒ちゃん、準備できたからレッツゴ~ッ!!」
「お願いですから子供みたいにはしゃがないでください」

年甲斐もなくはしゃいでせかしてくる束に、形だけの注意を行いながら箒は<紅椿>を動かし、フワリ、と砂浜から浮いた。
まずは空戦機動を確かめるように無造作に上昇する。ただ上昇するだけの単純機動ながら、その加速性能に皆が目を見張る中、束が楽天的な声で<紅椿>の武装を説明する。

「箒ちゃん、今から<紅椿>の武装の説明をするね、今のところ<紅椿>の武装は二種類、刺突のモーションと同時にレーザーを放つ<雨月>に、斬撃をそのままエネルギーの刃として放つ<空裂>」
「今のところ、というのは?」
「<紅椿>には展開装甲って言うのが装備されてて、これはスラスター・エネルギーシールド・攻撃用エネルギー制御装置の機能を併せ持っているの、今は経験も何も積んでいないから平均的な性能しかないけど、やがては箒ちゃんの特質に合わせて武装の変化・創造を行ったり、性能を変化させていくんだよッ、すごいでしょ!! そしてなんと、増大したエネルギー消費を補うために単一仕様能力<絢爛舞踏>を搭載っ、これは<白式>の<零落白夜>とは逆にエネルギーを際限なく増幅していくシステム、これさえあればエネルギー切れとはおさらば、という素敵仕様なんだよ」
「ええ、まあ………、近づいて斬るだけしか能のない私には、宝の持ち腐れの様な気がしますが……」
「うう、何か箒ちゃんがどんどん武骨になっている気がする、年頃の乙女としてその反応はどうかと思うんだ、お姉ちゃんとしては」
「――――放っておいてください」
「冷たいなあ箒ちゃん、――――とりあえず今からターゲット代わりのミサイル発射するからね」
「わかりました」

束の指示とともに、大量のミサイルが発射されるが、箒はそれを<紅椿>のスピードと、刃先より迸るレーザーと光刃にて難なく撃墜していく。
一夏・鈴・セシリア・シャルロット・簪の五人はその凄まじさに目を奪われていたが、千冬とラウラ・志保の三人だけは箒のその軌道に訝しげな視線を向けていた。

「ボーデヴィッヒ、衛宮、どう思う」

千冬の質問に先に答えたのはラウラだった。ここ最近は箒との模擬戦を一番行っているラウラは、箒のISに対する技量を一番見知っている。

「――――率直に申し上げれば、<打鉄>に乗っているお姉さまのほうが脅威に感じられます」

無論それは箒が<紅椿>の性能に振り回されているということではない。事実、箒は三人の目の前でそれなりに<紅椿>を使いこなしている。
だが、それとは別のところで、ラウラは箒の機動に不自然さと言うべきものを感じていた。

「どうにもな………、これは技量云々の問題じゃなく、箒の精神的な問題だと思うんだが」
「だろうな、動きに“迷い”が乗っている」

志保はそのラウラの感覚に同意を示し、千冬はその不自然さを“迷い”と評した。
視線の先の箒は、それでも無傷で演習を終えていた。




「――――織斑先生、大変ですっ!!」




山田先生が血相を変えて走り寄ってきたのは、ちょうどそのころだった。




=================




「――――状況を説明する」

いつもより険の増した千冬の声が、旅館の一室を臨時改装した管制室の中に響き渡る。
突然の事態の変化だが、皆それほど動じることなく千冬の説明を聞いていた。

「今から二時間前、ハワイ沖で稼働試験中だったアメリカ・イスラエル合同製作の試作ISの銀の福音<シルバリオ・ゴスペル>が暴走、監視空域を離脱したとの報告が入った」

その臨海学校時には入るはずのない、入ってほしくない報告が、千冬からもたらされた。
この時点で、皆はここに集められた理由を察した。そんな遠く離れた事件、本来ならば日本で緊急事態に発展するはずがない。
それがなぜか緊急事態に移行し、専用機持ちだけが集められた。例外と言えば志保ぐらいだ、もはや皆突っ込まずに放置しているがそれは、使える戦闘オプションは準備しておこうという千冬の思惑があるのだろう。 

「衛星監視網の策敵の結果、ここより二キロ先の海域を通過することが分かった、<シルバリオ・ゴスペル>は現在も超音速巡行を続けていて、アプローチは一瞬しか不可能だ」

その言葉に、場にいたすべての人物が同じ方向を向いた。そんな短期決戦に、おあつらえ向きの機体の操縦者、織斑一夏に。

「つまり、超音速巡行中の<シルバリオ・ゴスペル>に、<零落白夜>叩き込んで来い、ってことかよ」
「察しが速くなってきたな織斑、その通りだ」
「待ってくださいませんか? 予想アプローチ地点まで誰が一夏さんを運びますの?」

一夏の簡潔な答えに千冬は肯定を返すが、そこにセシリアが待ったをかける。
確かにセシリアの指摘したとおり、<白式>を戦域まで空輸する随伴機が必要だ。もし単独で<白式>を向かわせたならば、<シルバリオ・ゴスペル>を視認するころには大幅にエネルギーが低下し、<零落白夜>の発動に多大な不安が発生する。
故に<白式>と戦域まで同行する随伴機は必須だが、どの機体でもいいというわけではない。
鈍間な機体を随伴機に当てたのならば、<シルバリオ・ゴスペル>が事前に察知してコースを変更、そのまま引き離される目算が高い。
そんなわけで随伴機にも相応以上の速力が求められることになる。

「私の<ブルー・ティアーズ>ならば、ちょうど強襲用高機動パッケージ<ストライク・ガンナー>をテストの為に運び込んでいます、随伴機にはちょうどいいと思いますが」
「だが、まだ量子変換<インストール>を済ませていないだろう、間に合うのか?」
「しかし、この場にいる人たちの機体で随伴機としての性能を満たす機体はありませんが」

自身のISがこの場に適しているとアピールするセシリア。しかし、千冬はディスプレイに目を通しながら、もう一つの可能性を見出した。
同時に、物陰に隠れている闖入者に声をかける。

「――――おい、出て来い束」
「何でわかっちゃうあかなあ……、それで? どうしたのちーちゃん」
「<紅椿>の汎用性、この状況にも対応できるか?」
「う~ん、まあ、<紅椿>は展開装甲搭載機だから、この状況に必要な速力を得られるよう調整できるけど…………、まだ箒ちゃんは一回も<紅椿>で戦ってないんだよ?」

もとより箒の身を守るために<紅椿>を作った束にしてみれば、一回のみの搭乗テストだけで、このような高難易度のミッションに参加させるのには難色を示した。
如何な名刀でも、使い手が未熟なれば鈍らに堕する。そんな当然のこと、もちろん千冬も承知はしているが、<紅椿>が随伴機となるのが一番理にかなっているのだ。スピードでも、投入可能になる時間で見ても。
それでも一介の生徒に任せたままという状況に恥辱を噛み締めながら、千冬は箒に問いかける。


「篠ノ之、――――いけるか?」
「ちょっと、ちーちゃん!!」


束にしてみれば、みすみす死地に向かわせるに等しいことなのだろう、常の楽天的な笑顔を消し悲痛な面持ちで千冬を止めようとする。
しかし、千冬が束を説き伏せようとする前に、口を開いた者がいた。


「――――――――やります」


静かだが、凛としたよく通る声が、仮設管制室に響き渡る。
声の主はそう言った後、一瞬瞑目してから再び言葉を繋ぐ。




「未熟ではありますが、私が一番適任だというのなら、私が……やります」




ほかならぬ当人の了解に、束は言葉を無くした。ただ、少しでも成功の確率が上がるように無言で<紅椿>の調整を懸命に行っていた。




=================




濃密な大気をかき分け、音の壁を貫き続けながら白と赤、二色の機体が駆け抜けていく。
その二機は勿論、<シルバリオ・ゴスペル>を鎮圧するために出撃した<白式>と<紅椿>である。
衝撃波の爆音が鳴り響いている中を、二人はプライベートチャンネルを使って難なく意思疎通を行っていた。

「なあ、どうして、この作戦に参加したんだ」
「どうしたんだ? 一夏と同じだよ、やらなければいけないから、やるんだ」
「確かに、このまま<シルバリオ・ゴスペル>を放置していたらどれだけの被害が出るかわからない」

一夏の言葉通り、ISというのはとにかく拠点攻撃に向いている。まかり間違っても拠点防衛に向いているとは言い難い。
そして今回、その拠点が軍事拠点ではなく、どこかの大都市なのかもしれないのだ。
自分が拒否したせいで、数多の人々の命が失われるかもしれない、その恐怖が一夏の戦場で自身に襲いかかるであろう恐怖を塗りつぶした。

「けど――――、箒は束さんが無理だって言ったとたん、やりますって言ったよな」
「…………見られていたか」
「ああ」

自嘲するような箒の声が、一夏の脳髄に直接届く。

「一夏のように義心もある、けど、姉さんに対して反抗心とでもいうものかな? そういうものがあったのも、事実だ」
「箒、お前は――――」

その言葉の意味を問いただそうとする一夏だったが、状況がそれを許さなかった。緊迫した箒の声が届く。一夏もまたそれと同じくして<雪片弐型>を展開、戦闘態勢に入った。

「<シルバリオ・ゴスペル>をレーダーで確認!! 出番だぞ、一夏!!」
「………ああ!!」

二人の視界に投影されるレーダーマップに、<シルバリオ・ゴスペル>を示す光点が映し出される。
その光点が一夏と交わるのはあとわずか。<紅椿>のスラスターがより一層激しく吠え、<白式>の手の内にある<雪片弐型>が<零落白夜>の起動によって煌々と光を放つ。
紅白の流星と化した二人は、そのまま衝撃波を伴いながら疾駆する。
二人の視界に<シルバリオ・ゴスペル>の機影が見えた。頭部から一対の巨大な翼――スラスターと兵装を組み込んだ複合ユニット――を生やし、その名の通り白銀の装甲を纏った機体。
そのシルエットがぐんぐんと大きくなり、ここが機と判断した一夏は<紅椿>の背を蹴り、同時に瞬時加速を行う。

超音速巡行の<紅椿>のスピードに、さらに瞬時加速を加えた神速と呼ぶのも生温い超加速。
そのような速さの中にあっては、雄叫びを放つ余裕すらなく、一夏は無言で煌々たる輝きを放つ<雪片弐型>を揮う。


『――――この一撃で、斬るっ!!』


無言ながらも、必殺の意思が乗ったその刃。如何な相手であろうとも、気付かせぬまま斬り伏せるほどの一太刀は、しかし――――空を切った。
刃と装甲の間は僅かコンマ五ミリほどしかない。まさに紙一重の見切りと言うしかない機体制御で、<シルバリオ・ゴスペル>は一夏の必殺の一太刀を避け切った。
機械故に恐怖心はなく、それほどの至近距離であってもシールドの発生は見られず、間違いなく<シルバリオ・ゴスペル>は無傷であった。

『避け……られたっ!?』
「La――――」

避けられた勢いのまま、<シルバリオ・ゴスペル>に無防備な背中を見せてしまう一夏。
無機質でありながらどこか禍々しさを感じさせる機械音声とともに、<白式>を敵と認識した<シルバリオ・ゴスペル>が、翼に搭載されたエネルギー兵装、銀の鐘――<シルバー・ベル>を発射しようとする。
一対の機械翼の至る所に、エネルギーがチャージされた証である光が灯る。
超高機動戦の為、極限まで引き延ばされた体感時間の中で、一夏はその光景を見て冷や汗を流す。

しかし、この戦いは<白式>と<シルバリオ・ゴスペル>の一騎打ちではないのだ。

<シルバリオ・ゴスペル>の背後から迫りくる、飛翔する光刃。とっさに反転した<シルバリオ・ゴスペル>はチャージ完了した<シルバー・ベル>を放ち、その光刃を迎撃した。
激突する光刃と光弾が盛大な爆発を引き起こす。未だに全機が超音速巡行中であるために、その爆風は瞬く間に衝撃波に吹き散らされ、置き去りにしながら<紅椿>は今度は<雨月>によるレーザーで攻撃を仕掛ける。
閃光がいくつも空を裂きながら<シルバリオ・ゴスペル>に襲いかかるが、超音速巡行でありながら揺らぎのない機体制御でその光の雨を避け続ける。
その様はまるで光の中舞い踊る天使のごとく、だが、暴走しているそれはさながら堕天使と言ったところか。

「La――――」

鳴り響くマシンボイスとともに、再び箒に向かって<シルバー・ベル>が放たれる。
先の<雨月>による攻撃が光の雨とするならば、この<シルバー・ベル>の斉射は光の豪雨。

「なめるなあっ!!」

だがしかし、箒もさる者、咄嗟に<空裂>による乱舞とともに、箒の視界すべてを覆い尽くすような光の斬撃が<シルバー・ベル>の光弾を迎撃。
先の物とは比較にならない大規模な爆発。それを目くらましにして<シルバリオ・ゴスペル>の前にいた一夏が動く。

僅かにスピードを緩める<白式>。先にも述べたとおり、いまだ全機が超音速巡行中だ。そんな中で一番前を行く<白式>がスピードを緩めればどうなるか、当然、二番手にいる<シルバリオ・ゴスペル>が<白式>を抜き去る。
その交差の刹那、互いに音速を超えた世界にいる中にあっては、一瞬という言葉ですら言い表せない短い時間。
そこに、一夏は<零落白夜>を起動させた横薙ぎを放つ。無論、後ろから抜き去ってくる相手に対して横薙ぎを放つ。尋常の剣術の道理からはかけ離れた力のこもらぬ斬撃。むしろ、剣を置いていると言ったほうがいい。
しかも同じ方向に対しての超音速巡行中。速度の相対差など無きに等しい。
だが、<零落白夜>があればこそ、この斬撃には意味がある。力が乗っていない手打ちの斬撃であっても、当たりさえすれば確実に<シルバリオ・ゴスペル>が内包するエネルギーを食いつくし、行動不能に追い込むだろう。
そして今の<シルバリオ・ゴスペル>は箒に対し光撃を放ち、その結果の爆風にあおられ体勢に僅かな隙ができている。
この極限状況においては、その僅かな隙ですら致命の隙だ。故に一夏は必中必殺の意思を以って、その刃を揮った。


――――だが、<シルバリオ・ゴスペル>がその一撃に対しとった手段は、一夏にとっては理解の外にあった。


<シルバー・ベル>の特徴として、その起爆タイミングの任意操作が可能、という点がある。
その特徴を利用し、<シルバリオ・ゴスペル>は自身の間近に<シルバー・ベル>の光弾を数発展開。
そのまま起爆し、その爆圧を持って煌々たる輝きを放つ必殺の刃から身をかわす。


『な、にいぃっ!?』


起爆させた光弾にはそれほどエネルギーを込めていなかったのか、さほど損傷を受けた様には見られない<シルバリオ・ゴスペル>の様子を見て、ただ<白式>のエネルギーだけを消費するだけに終わったことに、驚愕と悔しさを感じる一夏。

『―――一夏、今のお前のエネルギー残量はどれくらいだ?』

箒とともに<シルバリオ・ゴスペル>に追いすがる形となった一夏に、箒が問いかける。

『あまり楽観視できるほど、残っちゃいない』
『だろうな』

周知の通り<白式>は短期決戦型。超音速巡行中に瞬時加速と<零落白夜>の発動を行えば、どうなるかは誰の目にも明らかだった。
だからこそ一夏の声と表情には、その事実が焦りとなって浮き出ていた。しかもこうしている間にも<シルバリオ・ゴスペル>に追いすがるために超音速巡行を続けているのである。煩悶に浸る余裕すら刻一刻と失われ続けていた。

『まあ、私も同じだがな』

それは箒も同様だった。確かに<紅椿>の単一仕様能力<絢爛舞踏>ならば、エネルギー切れなど想定しなくともよいが、未だ機動実験すら行っていない代物に、箒は頼る気など毛頭なかった。


――――それは裏を返せば<紅椿>を、姉の作ったものに信を置いていないと同義と言える。


そして<絢爛舞踏>を無視すれば、<紅椿>もまた<白式>と同じく燃費最悪の短期決戦機だ。
共に全力で仕掛けられるのはあと一度、と言ったところである。


『よし、私が前に出て前後から挟撃、いけるか?』
『ああ、あと一度なら、何とか全力で突撃可能だぜ』
『ならば私が必ず隙を作る、合わせてくれよ一夏!!』
『――――任せろ、箒!!』


一夏の決意の声ととともに、<紅椿>が大きく前に出る。後のことなど考えず、瞬時加速をを使い、最大出力で<白式>共々<シルバリオ・ゴスペル>を引き離す。


『後のことは考えるなっ、ここで決めねば私たちの負けだっ!!』


必殺の意思を五体に漲らせる箒。そして<紅椿>は大きく<シルバリオ・ゴスペル>の前に出ると反転し、<雨月>と<空裂>、各部の展開装甲による一斉射を放つ。
閃光と光刃と光弾が織りなす、光の壁と呼ぶにふさわしいほどの弾幕。


「La――――!!」


流石の<シルバリオ・ゴスペル>も脅威を感じたのか、一層甲高い機械音とともに機体すべての訪問から<シルバー・ベル>を一斉射。
光の壁と光の豪雨が激突し、まるで太陽がもう一つ出来た様な大輪の爆風が発生した。




『『――――はああああぁっ!!』』




そして一夏と箒は示し合わせたかのように、瞬時加速を同時に発動。白と紅の彗星が<シルバリオ・ゴスペルに向かって突き進む。
互いの手には、残存エネルギーのほぼすべてをつぎ込んだ極光の刃があり、例えどちらが当たっても<シルバリオ・ゴスペル>を行動不能に追い込むは必至。
二人の行動に悪手はなく、綻びはなく、これ以上を望むことはできない理想の挟撃。


あえて言うとするならば、箒の剣筋には僅かな“揺らぎ”があった。


ラウラが見抜き、千冬が“迷い”と称したそれを<シルバリオ・ゴスペル>は機械故に無慈悲に見抜く。
襲いかかる二つの刃のうち、迎撃可能率が高いと判断した箒の一太刀に、<シルバリオ・ゴスペル>は頭部の機械翼を振り回し、そのリーチの長さで迎撃に成功する。




刹那の交差の後、無事でいたのは”二機”、<紅椿>と――――<シルバリオ・ゴスペル>




ただ一機、<白式>だけが致命の一太刀を浴びた。




「ア、アア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」




棒立ちになり、刃を握る掌には力が入らずカタカタと震えながら、箒は、己がやった……”やらされてしまった“ことを絶叫とともに認識した。
なぜならば、<白式>に、一夏に致命の一太刀を浴びせてしまったのは、ほかならぬ箒の刃。
<シルバリオ・ゴスペル>がいなし、その切っ先を背後にいる<白式>に向けさせられた結果だ。

そう、<シルバリオ・ゴスペル>は両方を避けられないと知るや、箒の一太刀でもって<白式>を迎撃したのだ。
そして、<シルバリオ・ゴスペル>が認識するは、機能停止寸前の<白式>と、足を止めて棒立ちになる<紅椿>。
その二機に確実なる死を与えようとするために、<シルバリオ・ゴスペル>の機体各部に光が灯る。


「――――!?」


体も心も動きを止めていた箒は直前まで気付かず、ただ発射されるのを茫然と見ているしかできなかった。
放たれる絶死の光雨、轟音とともに衝撃があたり一帯を薙ぎ払う。


「無……事か……………箒」
「一、夏? 一夏あああああああっ!!」


爆風が散った後、箒が目にしたのは<白式>という名が見る影もないほど、全身が焼け焦げ、ボロボロになった一夏の姿。
箒に出来たのは、力を無くし水面に落ち往く一夏の体を掴み上げ、ただ抱きしめるだけ。


「La――――」


告死の機械音声とともに、再び灯る絶死の光。一夏の体を抱きしめる箒に、それを避けることなどかなわず、ただ、無駄だとわかっていても残り僅かなエネルギーをシールドに注ぎ込むだけだった。


その時、<シルバリオ・ゴスペル>の至近を閃光が貫く。<紅椿>のレーダーが、その閃光の射手の位置を知らせる。

「はあっ!? 四キロ後方の沿岸?」

例えISであってもそうそう実現不可能な超長距離射撃。だが、箒の知る限り、そんな難事を成し遂げそうな人物が一人いた。
同時に、IS同士のデータリンクでその攻撃の詳細が映し出される。
イギリス製試作大型レーザーライフル<グングニル>、ISコアの出力で可能な限り長射程を目指した武装だが、あまりに大型化したせいで携行したままでの空戦は不可能とされた試作品。
だが接地したままなら使用に問題はないらしく、続けて放たれる閃光を<シルバリオ・ゴスペル>は全力の回避機動で何とか避け続けていた。
そこに通信が入る。

『――――箒、聞こえるか? 今のうちに一夏を抱えて戦域を離脱しろ!!』
『し、志保かっ!?、……わかった!!』
『なるべく急げよ、試作品だから照準関係の調整が甘い、テストの為に持ち込まれていたのは幸いだったが、どこまで抑え込めるかわからん』

志保の援護の元、フルスピードで離脱に掛かる箒。それを見た<シルバリオ・ゴスペル>は、まるで興味を失ったかのように音の壁を突き破り、遥か彼方へと飛び去っていく。




――――時間にすれば、僅か数分の戦闘。だが、被った傷はあまりにも深かった。











<あとがき>
お待たせしてすいませんでした。個人的な事情でテンション駄々下がりだったもので。
しかし今回の話は迷いました、書くにあたって原作読みなおしてみたら、<シルバリオ・ゴスペル>の遭遇地点が沿岸から二キロって記されてますから。
アーチャー、というか志保なら援護可能な距離の訳ですよ、しゃあないからまた捏造武装出しました。
まあ、見た目的にはガンダムデュナメスが成層圏を狙い撃ったあれをイメージしてもらえれば………

 



[27061] 第三十二話
Name: ドレイク◆f359215f ID:2a1133d4
Date: 2011/08/14 00:31


<第三十二話>


旅館の一室で、死んだように眠る一夏。肌の血色は人形のように生気がなく、体の至る所が焼け焦げとてもではないが生者には見えなかった。
生体的にもリンクしている<白式>が、かろうじて生体ナノマシンで命の灯火を守っているにすぎない。
ISの絶対防御と言っても、それは緊急用にプールしているシールドエネルギーを使っての、一時的なオーバーブーストに過ぎない、それを超える火力ならば、容易く突き抜けられてしまう。


知らぬ間に奥歯を食いしばり、耳障りな音を立てた。


そう、こうしてかろうじてといえども、命を保っていられるのは単なる偶然に過ぎない。
もしかしたら、あの時既に死んでいたかもしれないのだ。
そして、そうなったとき、一夏の命を奪ったのは。




――――ほかならぬ、この私、だ。




その場面を想像して、煮え滾るものが腹の内に湧く。何だそれは、そんな結末、よりにもよってそんな結末を私の手でやらせるつもりだったのか、あのガラクタは。
どこのだれかは知らないが、ふざけた真似をしてくれるっ!! 絶対に許さない、何があろうとも、だ。

「お姉さま、まだこちらにいらしたのですか?」

その時、背後から私を心配する声がかかる。

「ラウラか」
「はい、お姉さまは帰還してから一度も、お休みになってはおられませんので」
「悪いが、そういう気分じゃない」
「そう………ですか」

ラウラがそう言って、私の身を案じてくれるのは素直に心地いいと感じる。
けど、内から迸る怒りを鎮めなければ、とてもじゃないが休めそうにない。あのガラクタが今も安穏としている、それだけで意識が飛びそうになるぐらい怒りを感じるのだから。

「ここで、座って身を休めておくさ、それでいいか?」
「では、私もお供いたします」

話し相手ぐらいは務めます、そう言って私の横に座るラウラ。だが、私もラウラも話し上手、と言えるようなものではないから自然と沈黙が旅館の一室を包んだ。
沈黙を破って口を開いたのは、ラウラが先だった。

「――――お姉さま、一つ質問よろしいですか?」
「何だ? いってみろ」
「<紅椿>の搭乗テストの際、織斑教官がお姉さまの動きに“迷い”が乗っておられると言ってました」

そのラウラの言葉に私が抱いたのは、やはり、見ている人は見ているのだな、というある種感嘆の念だった。
自分では隠し通せていたつもりだったが、それは甘い認識だったか。

「その“迷い”が知りたいと? そういうことか」
「………ええ」

成程、ラウラは私を慕ってくれている。その私に、その様なものがあるかもしれぬとわかれば、聞きたくなるのも道理というものだ。
そのことに、愛しさを感じ、ならば、答えてやるのがせめてもの礼と思い、私は話し始めた。

「簡単なことだ、――――私は篠ノ之束が、姉さんが嫌いだ」
「そう、なのですか?」
「ああ、姉さんはな、昔からわけがわからなかった、才気に溢れ、突飛なことを考えてはそれを実現してしまう、私はいつも、そんな姉さんに振り回され続けてきた、だから今日、<紅椿>を渡された時も、姉さんの真意がわからなくてな」
「それが………」
「勿論、私の為にしてくれたのだろうとは思う、けど、心の底からそうだと、信じきることができなくてな」

自嘲気味にそう漏らす私を見て、ラウラはただ黙しているだけ、もとよりそういう家族関係を経験したことのないラウラに、そう言った思いをすぐに理解してほしいなどとは思っていない。
むしろ、私のほうこそがそう言ったものを教えねばならない立場なのにな。


再び途切れる会話。それを破ったのはラウラの懐にあった通信端末の呼び出し音だった。


「――――私だ、あれの居場所が分かったのか? …………そうか、ご苦労だった」


そう言って、要点だけを短く伝えた、軍隊らしい簡潔な通信を終えると、ラウラは私のほうに向きなおって、待ちに待った言葉を告げた。

「やつの居場所がわかりました、ここから三十キロの沖合に静止しているようです」
「よく見つけられたな?」
「ええ、ステルスは起動させていたようなのですが、光学迷彩を起動させずにいたおかげで、わが軍の偵察衛星で見つけられました」
「そうか、他の者たちにこのことは伝えてあるのか?」
「いえ、まだです、急いでこのことを伝えなければ」

そう言って立ち上がり、臨時管制室に駆け出そうとするラウラ。私を信頼しているのだろう、隙だらけなその姿。


――――好都合だと思った。


私はその無防備な首筋に手刀を喰らわせ、ラウラの意識を刈り取った。
完全に不意を突かれたその一撃に、ラウラは成す術なく崩れ落ちる。

「どう………して…です……お姉さま………」

混濁する意識の中、かろうじてそう問いかけてくるラウラに、私は答える。




「――――姉さんのこととか、今はどうでもいい


 ――――今はただ、あのガラクタをこの手で壊したい<殺したい>」




たぶん、今の私の顔は、直視に耐えるものではないだろう。
だが、それでいい、いまさら何を取り繕う必要がある。この怒りを、縛るものなど何一つ必要ない。
そうして、私はラウラを置き去りにして旅館を抜け出した。やることはただ一つ。あれを破壊する。ただそれだけだ。




=================




「――――大変だっ!!」

息を乱し、ラウラが臨時管制室にかけ込んできたのはそれから数十分後。
その様子に、その場にいた誰もがただ事ではないと感じ取った。

「お姉さまが、一人で<シルバリオ・ゴスペル>のところにっ!!」

その言葉に、束は顔面蒼白となり、千冬は己が愚かさに歯噛みする。

「そんな、箒ちゃんが!?」
「くそっ、あいつの気性を見誤っていたかっ」

だが、この場でのトップに立つ者の義務として、いつまでも後悔に浸るようなことはせず、すぐに他の者たちに指示を飛ばす。

「ラウラ、他の専用機持ちを集めてすぐに篠ノ之を追え!!」
「了解しましたっ!!」

ラウラに指示を飛ばし、ディスプレイを操作して<シルバリオ・ゴスペル>がいるであろう地点の情報収集に努める千冬。

「――――すまん、束」
「…………ちーちゃん」
「今の私には、それぐらいしか言えん」
「…………無事でいて、箒ちゃん」

やはりセシリアを任命するべきだったかもしれない、そんな思いを抱く千冬。意味のないことだとしても、そう思わずにはいられなかった。
ディスプレイには旅館から飛び立つ五機の専用機の姿が映し出され、二人は祈るような面持ちでその姿を見つめていた。




――――だから、今現在志保がどうしているのかも、全く気付きはしなかった。




=================




――――銀の天使は、上空二百メートルの海上で膝を丸め、翼で体を包み、まるで眠っている様に動かなかった。


まるで、襲ってみろと言わんばかりの無防備さにいら立ちが募る。
それ姿を見た途端、唐突に理解した。誘っているのだ、あれは。


かかってこい、私はここにいる。倒せるつもりでいるのなら、のこのこやってこい、と。


ああ、ならばかかっていくぞ。倒しに行くぞ。貴様の五体すべて正真正銘のガラクタに戻すためにっ!!
その怒りをスラスターにくべて、私は空を疾走する。変わらずぎこちなさは残るが、そんなものは関係ない。知ったことか。万難振りかかろうとあれを壊せれば構わない。




「――――死ね」




人間、振り切った殺意を抱くと、こうも冷え冷えとした声が出るのかと、初めて知った。
それでいい。雄叫びに熱量を割くぐらいなら、それだけの分を刃に込めろ。僅かも逃すな、熱を込めるべきは殺意と刃のみ。それ以外は不要に過ぎん。


音をを置き去りにした剣閃を、<シルバリオ・ゴスペル>に振るう。
瞬時加速からの一戦は、しかし、するりと滑らかな挙動でかわされる。空を切る刃。私は体を捻り、体が流れた勢いを利用して今度は左腕で横薙ぎに刃を振るう。
<シルバリオ・ゴスペル>はその横薙ぎを、まるで倒れ込むようにして避ける。まるで寝転ぶような体制になると、そのまま上昇。私から見れば急速離脱を仕掛ける。
奴の武装は全身に三十六門装備された多機能エネルギー砲<シルバー・ベル>ただ一つ。完全なる射撃戦使用。懐に潜り込まれれば離脱するのは当然。


「逃すと思うか?」


ああ、逃さない。直線勝負など機体の基本性能がもろに出る。<紅椿>の基本性能、かなりのものだぞ?
案の定、すぐに追いつき二筋の剣閃を奴に見舞う。しかしその頭部の翼を飾りではないと言わんばかりの、複雑かつ精妙な機動で掠らせもしなかった。


「La――――」


そろそろこちらの反撃だ。そう言わんばかりの漸くのエネルギーチャージ。
その腰の重さも気に喰わない。放たれる光弾の雨。その全てを<空裂>で切り伏せ叩き落とす。
視界を染める白光。それ越しにハイパーセンサーの探査能力を使って<雨月>のレーザーを叩きこむ。
しかしその閃光は、まるでリアクティブアーマーのごとく、奴の前に配置された光弾で相殺された。


「La――――」


またもや耳障りな機械音。ああ、本当に羽虫の如くよく響く。
私は急速上昇をかけ、奴の後背を突こうとするが、それを見越してか<シルバー・ベル>による全方位射撃を繰り出される。
まるで大輪の花火。だが剣呑な威力を秘めたそれを私はどうにかかわしていく。
いっそ無茶苦茶なほどに振り回したスラスターで、軌道予測など不可能な機動を繰り出し、それでも回避しきれぬ分は手に持つ二刀で斬り落とす。

ここにきて、ようやく先の一戦と状況が違いすぎることに気がついた。
先の一戦は全機が超音速巡行中の中での戦い。いくら他の空戦兵器と機動の自由度が段違いのISであっても、その最中では行動に制限がかかる。
しかし、今は真っ当な、尋常な戦い。ようやく<シルバリオ・ゴスペル>はその真価を発揮し始めた。

頭部の巨大なウイングスラスターで複雑な機動を行い、<シルバー・ベル>による高い面制圧力。
成程、攻勢兵器、拠点強襲兵器としてのISを、シンプルかつ究極まで追い求めた機体。それが<シルバリオ・ゴスペル>
立ち塞がる全てに滅びの福音を与える、白銀の堕天使。

ならば与えてみろ、この私に滅びの福音を聞かせてみせろ、それら全て斬り伏せる。
おまえが天使だと言うならば、私は天使を打ち滅ぼす悪魔で構わない。


「おまえを地の底に叩き落とすぞっ!! <シルバリオ・ゴスペル>!!」


必当必殺の意思を込めて、私は只管に刃を振るう。
<シルバー・ベル>の、過密極まる弾幕をかいくぐり、幾度もかわされようと、幾度も挑む。幾度も斬りかかる。
光弾の雨に晒され、装甲の至る所に弾痕が刻まれるがそれを無視する。奴を倒すまで持てばそれでいい。


「この程度で私は止まらん、止めたいのならば、この身全てを灰燼に帰すまでやるのだな!!」


そうして私は無謀な突撃を続ける。もとより勝算の無い戦い。命ぐらい賭けねば目は出てこない。
正気などいらない、今の私に必要なのは奴を壊せる力のみ。それさえあれば、後はいらない。


「――――ク、ククッ、クハハハハハハハッ!!」


堪え切れぬ可笑しみが、哄笑となって漏れ出てくる。
力を欲し、それを振るうことに呵責などない自分が、たまらなく可笑しかった。
ずっと自分はそれを嫌い、それを遠ざけ、それを封じ込めようとしたではないか、ならば今の自分は何だ。


――――認めろ、篠ノ之箒。昔から私は、力を揮うことに歯止めが利かなかったじゃないか。


剣術にのめり込んだのも、まっとうに力を揮うのに都合がよかったからじゃないか。
祖父の剣筋に憧れた? そんなものはまやかしだ。”剣を振るって何かを壊したかったからじゃないのか”
そうだ、あの堕天使を壊したいのなら、良心・倫理・道徳、一切合財捨て去ってしまえばいい。
内に残すは殺意のみ、あれに対する殺意だけを練り上げろ。それ以外は余分に過ぎん!!
そうしてやっと私は、あれを壊すに足る刃に成れる。悪魔に成れる。


眼前の敵機に対する突撃速度を、私は一層高めていく。
五体が軋みを上げ、損傷の度合いも一層高くなっていくが、比例するように奴の傷も増えていく。


「しゃあっ!!」


今もまた、<雨月>のレーザーを放つ際、無理矢理スラスターで体を捻り変則的な斬撃を繰り出した。
薙ぎ払われる光の筋が、奴の翼の先端を切り裂く。
同時に<シルバー・ベル>の光弾が数発着弾し、衝撃の余波で右の頬がばっくりと割れた。
次いで訪れた光弾を<空裂>で斬り落とし、ぽっかりと空いた弾幕の隙間に<雨月>のレーザーをねじ込む。
奴はそれを装甲に掠らせながらも私の上をフライパスした。その航跡にばら撒かれる光弾が一斉起爆し、私の全身を打ちすえる。
全身に走る激痛、それに耐えながら奴に追いすがり、至近距離から誤爆もいとわぬ一斉射撃をお見舞いする。
私と奴を巻き込んだ盛大な花火が上がり、お互い装甲の至る所に傷を負いながら距離をとった。


正にチキンレース。たがいに着実に、一歩ずつ確実に手傷を負わせていく。
ともに機能停止の断崖へと進みゆく死のレース。しかも互いに断崖へと引きずり込む様な自殺まがいのレースだ。
そのことを理解しているのに、私の口元はつりあがり、醜い笑みを描きだす。
だってそうだろう、確実に奴を壊す結果に近づいているのだから。笑ってしまうのも仕方がない。


「ハハッ、ハハハハハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


そうだ、壊れろ、壊れてしまえ。もとより狂ったガラクタだ、残骸に成り果てるのが筋だろう。
哄笑とともに、その思いを剣戟に乗せる。思いを乗せる。呪いを乗せる。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。壊れろ。


そしていま、光の弾幕を突き抜けて、私はその思い<呪い>を成就する。




「――――壊れてしまえええええええええっ!!」




機体の至る所に傷を負い、エネルギーが底を尽きかけながらも、私の件は奴の翼を斬り落とした。
浮力を失い、水面に落ち往く機体。堕天使にはちょうどいい結末だと、そう思った。


――――そうして、安堵に浸れたのも、ほんの僅かのことだった。




「KIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」




まるで獣の咆哮。先ほどまでの羽虫の様な機械音声とは全く違う。
そんな声とともに、白銀の堕天使が再び空に舞い上がる。


「第二形態移行<セカンド・シフト>、だとっ!?」


ISコアの自己進化機能が、蓄積した戦闘経験をもとに、機体を自ら組みかえる現象。
まず感じたのは、ありえないという思いだった。だってそうだろう。こんなこと戦闘経験を積み重ねば成し得ない。
そして奴は、<シルバリオ・ゴスペル>は試験機だぞ、それも開発されたばかりの最新鋭機。戦闘経験など積みようもない。
なのに奴はその条理を捻じ曲げ成した。翼の切断面からエネルギーをそのまま噴出させて、それをあたかも翼のようにしている。


そのまま私の遥か上に陣取った奴は、光の灯るセンサーで睨みつけてくる。
まるで、天使は落ちない、悪魔であるお前が堕ちろ。そう言っているかのようだった。


「ふざ、けるなあああああああああああああっ!!」


怒りの咆哮を上げながら、軋む機体を残り僅かなエネルギーを使って突撃させる。
しかし、もはやこちらは瀕死と言っていい状況だ。見る影もない鈍間な突撃。奴の返礼はキックだった。
死に体の奴のわざわざエネルギーを消費すまでも無いと思ったのか、スラスターを僅かに吹かしての単純なキックを放ってきた。


「グハッッ!!」


しかし、そんな単純な攻撃ですら、今の私には回避しようがなく、先とは逆に自分自身が海中に叩き落とされる。
冷たい水の中に、私と<紅椿>が堕ちていく。同時にその冷たさが、ジワリジワリと、私の意識を暗闇に引きずり込んでいく。


堕ち行く体と堕ち行く心。私の視界が暗闇に染まり、そして――――途切れた。




=================




「――――ふんふふ~ん」


姉さんの鼻歌が聞こえてくる。どことも知れない研究室の中で、上機嫌で作業をしている。
何だろう、この光景は………? 私はこんな場所を知らない。もしかしたら夢なのだろうか。


「よっし!! もうすぐこの子も完成だねっ!!」


キーボードを上機嫌で操りながら、姉さんがそんなことを言っている。
作っているのはISらしい、それらしき輝きを放つ菱形のクリスタルが視界に写る。
ふと、姉さんが表情を引き締め、そのISコアに語りかける。


「<紅椿>……お願い、箒ちゃんを守ってあげて、あなたはそのために作られた、箒ちゃんの唯一無二の剣となって」


そう言って、真摯に頼み込む姉さん。その表情は、私が今まで見たことも無いぐらい真剣なものだった。


不意に、視界が閃光に包まれた。




=================




「――――今のは………<紅椿>、お前が見せたのか?」


どうやら気絶していたらしい、深い深い海の底で私は意識を取り戻した。
そしてその間に見たあの光景。幻なのか、それとも、<紅椿>が見せてくれた真実なのか。
その答えは、今の私にはわからない。けど、わかったこともある。


「そうだ、姉さんへの不信感など、真っ先に捨てねばならないものだろうが」


そう、それこそが<紅椿>を纏った時に感じたぎこちなさ。初戦の敗因。
阿呆か私は、敗因をそのままにしておくなど。奴に勝つためには殺意以外すべて不要、そう断じたのは自分自身。ならば捨てされ、そんなもの。


「すまなかったな<紅椿>、今からお前に全てを委ねる、――――ならばお前も、全てを私に委ねろっ!!」


その宣言とともに、エネルギーが枯渇寸前であったはずの<紅椿>の全身に、これまでにないほどの力が漲る。
僅かなエネルギーが際限なく増幅され、そのエネルギーがさらに際限なく増幅される。
<紅椿>の単一仕様能力、<絢爛舞踏>が今、間違いなく起動した。


「さあ、いくぞ<紅椿>!! 今度こそ奴を叩き落とすっ!!」


私の咆哮とともに、スラスターが限界ぎりぎりのエネルギーを噴出させる。
重たい海水の抵抗などものともせずに、解き放たれた弓矢のごとく上昇する。
水柱と言えるほどの水飛沫とともに、私は空へと舞い戻った。


「KIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


再び機械の咆哮が響き渡り、私と奴は互いを認識した。
奴のエネルギー翼が羽ばたき、これまでにないほどの光弾をまき散らす。戦域すべてを覆い尽くすほどの弾幕。光がそのまま膨れ上がったようなそれを目の前にしても、私の心に動揺はわかなかった。


「今の私に、そんなものは通用しないっ!!」


どれだけの弾幕であろうと、直撃コースにあるのはこれまでと変わらない。
<紅椿>の全武装を一斉射。直撃コースにあった光弾を消し飛ばして回避する。
そして、これ以上奴を図に乗らせるつもりは毛頭ない。奴に許されるのは速やかなる消滅だけだ。
今から私と<紅椿>がそれを成す。


「行くぞ、ガラクタ、今度こそ堕ちろ」


宣誓と同時、瞬時加速を発動、奴の背後に回り込む。奴は軌道予測して光弾をばらまくが、それをこちらも弾幕によって打ち消す。
再び瞬時加速を発動。今度は上に抜けながら、再び全武装一斉射。それを何とかよけながら奴は反撃してくるが、私は再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。再び瞬時加速発動。再び全武装一斉射。


――――ありえぬはずの最大速力と最大火力の連続投入。精度など必要ない。戦術など必要ない。只管に敵を圧殺し粉砕する、圧倒的な物量差。


――――大空を縦横に舞う舞踏とともに、絢爛たる光の乱舞でもって立ち塞がる敵の全てを殲滅する。


――――それこそが<紅椿>の単一仕様能力、<絢爛舞踏>の名の由来。


最早<シルバリオ・ゴスペル>に許されるのは、嬲り殺される運命のみ。
間断なき一斉射で圧殺され、直接斬撃まで交えた攻め手に、機体の至る所を斬り落とされる。
<シルバー・ベル>の光弾も、発射される数を瞬く間に減らしていく。




「――――消えろ、壊れろ、砕けろ、そして死ね」




私の言葉通りに、レーザーで消し飛び、斬撃の乱舞で切り刻まれ、砕け散った奴の中から搭乗者が投げ出される。
私はそれを左腕で担ぎあげると、破片の中でひときわ輝く部品を見つけ出す。菱形の輝きを放つクリスタル。間違いなくそれはISコアだった。


水面へと落ち往くそれを、私は右腕の刀で切り裂く。世界最強兵器の中枢は、いともあっさりとその切断を受け入れた。




「最初にいったはずだ、死ね、と」




白銀の堕天使は、断末魔を上げることも無く、この世から消え去った。














<あとがき>
HOUKIさんバーサーカーモード発動!! 嘘です、ごめんなさい。
多分こんな展開、読者の皆さんの予想を盛大に裏切っていると思います。……作者自身すらこれは予想外でした。なんでこんな展開考えついたんだろう。
いやね? 最近の感想で原作とは見違えるほど成長した箒さん、とか見かけるわけですよ、けど、人ってそんな簡単に変わるものか? と思ったわけです。
そこで原作の要素を出そうとしたらこの有様です。力に溺れやすいというフレーズからだけで、こんな話になってしまいました。


しかし、何で箒さんの話になるとここまで筆が進むのか、巷じゃ書き難いヒロインとか言われてるのに。




[27061] 第三十三話
Name: ドレイク◆f359215f ID:63f0df78
Date: 2011/08/19 21:07

<第三十三話>




――――箒と福音が苛烈な戦いを演じているころ、旅館に程近い林の中にて、志保は何かを待っていた。


木々のざわめきだけが木霊する中、静かに、微動だにせず佇む志保。
様相だけで見れば学生服に身を包み、無手のままじっとしているその姿は、ただの一般生徒にしか見えないだろう。
だが、静謐なる鋼の様なその気配こそが、如実に戦闘態勢であることを現していた。
しかしながら、敵の姿は一向に見えず、変わらぬ木々のざわめきだけが、その場を支配していた。


――――不意に、志保の左腕が振りぬかれる。


理想的な脱力体勢からの、磨き抜かれた横薙ぎの一閃。誰が見ても驚嘆の意を表すであろう一閃は、だが、無手と言う齟齬があった
否、齟齬はない。横薙ぎの一閃。その秒に満たぬ瞬きの合間に、既に刃金は握られていた。
宝具・干将莫邪。その一方、陽剣干将がその手中にあった。


――――そして、陽剣干将が振りぬかれた、何も無いはずの空間から、刃金の噛み合う音が響き、火花が散った。


まるで見えざる壁に縫い止められたかのような光景。直後、ゆらりと陽炎のように、何も無いはずの空間が揺らめいた。
現れ出でるは一人の女性。志保にとっては見忘れようも無い女の姿。かつての因縁、今こうしてこの場にいるのも、全てはこの女との戦いが元凶だった。


「そう言えば、貴様の名前はまだ聞いていなかったな、………どうせ私の名前は調べているだろう?」


不意に、志保が口を開く。そう、因縁はある。だが、名前は未だ知らぬまま。
故に問う、志保にとって、数年越しの問いかけだった。


「ああ、いいぜ、あんなに熱烈な誘いをかけてくれたんだ、答えてやるよ――――オータム、だ」
「そうか」
「おいおいつれない返事だな、ホストとしちゃあゲストはしっかりともてなさないといけないだろ?」
「フッ、もてなしてはやろう、だが、なにぶんレディーのエスコートなど苦手でな、文句は受け付けんぞ」


交わす軽口。しかし刃は未だ堅く噛み合い、一方が僅かに力を緩めれば、即座に両断されそうなほどだった。
そんな状況はいつまでも続かず、申し合わせたかのように同時に間合いを取った。
人気のない林に殺気が満ちる。共に殺すと決めたならば、躊躇など持たない。そのような甘い感傷など、とうに捨て去った二人である。


女――オータム――は、過去に付けられた屈辱を晴らすためにここにいる。油断に塗れ、惨めに逃げ去った苦い記憶。それを消すためには、志保の死を以ってそうするより他になく。
志保もまた、当初はオータムをおびき寄せ捕らえる心算ではあったが、見えてすぐにその心算を消し去った。かつてとは違う、尋常ならざる相手と気付いた故に、である。


オータムの手に握られている獲物は、細身の両刃剣。デザインは現代的であり、一目でIS用の武装と知れた。
普通であれば、ランクは低いながらも宝具である干将と打ち合うには不足と思えるが、IS用の武装であるならば世界最強の兵器と言う、ある意味信仰に近い概念を纏っている。
事実、先の一合にて互いの獲物は無傷であり、その概念の存在を如実に知らしめている。


「テメエには全力で行く、テメエの力も、何者かもどうでもいい、――――俺はテメエに、完膚なきまでの勝利を刻みこむ」


同時、オータムの五体を鋼が包み込む。この数年間、改良に次ぐ改良を重ねたその機体は、その趣をがらりと変えていた。
四対、計八本のサブアームは一対に数を減らし、体を覆う装甲は極限まで薄い、機体色はオータムの憤怒を現すがごとく、禍々しさを感じさせる漆黒で塗り固められている。
両手には細身の西洋剣が握られ、ここに禍蜘蛛――<ブラック・ウィドウ>――の戦闘態勢が整った。




=================






――――ああ、ああ、ついにこの時がきた。






自身の、最早体の一部と言えるほどに使い込んだ武具を身に纏い、待ち焦がれた怨敵と相見える。
この時を、どれほど待ち焦がれたことか。この瞬間を、どれほど渇望したことか。
ああ、お前は知らぬだろう、知りもしないだろう。

あの時打ち砕かれた安いプライド、総身に刻まれた屈辱。
只管に逃げ回るなど、あの時を除いて他にはなかった。
瞼を閉じれば、映るのは世界を捻じり突き進む告死の鏃。それは悪夢となって、幾度となく苛む。
眠りにつくたびに恐怖と屈辱で目を覚まし、復讐の意思が、積もり積もって総身を塗り固めた。

もう、俺は進めない、お前を殺さぬ限り、あの時<記憶>諸共に消し去らぬ限り。
おまえは壁だ、打ち砕かねば進めない。遮る壁を打ち壊せねば、進めないのは当然だ。
そして今日、とうとうその時がきた。

あのタッグマッチの映像、そして先の一合。それで確信した。
おまえは、変わらずにいてくれた。いや、それどころか成長している。あの時のお前ならば真っ向から鍔迫り合いなんぞできなかったからなあ。
それでこそ壊しがいがあるというもの。その余裕綽々の面構えも変わらねえ、あの時の続きをやるには申し分ない。




――――そうだ、この怒り<歓喜>をぶつけるのは今しかない。




「ククッ、クハハハハハハッ、ヒャアーハハハハハハハッ!! もう一度言うぜえっ、俺はオータム、<亡国機業>のオータムだ!! てめえの名前聞かせろやあっ!!」




「ふん、衛宮志保、――――――――通りすがりの<正義の味方>だ」




ああ、もうたまんねえなあ。そこまで至れり尽くせりの返事かましてくれるとはよお。
迸る歓喜のままに、手に持つ二刀で斬りかかる。ISのスラスター・パワーアシストは最大出力で、しかし、振りはコンパクトに、最短距離で刃を走らせる。
銀光が煌めき、大気を切り裂き突き進む。初手から全力、確実に殺すつもりで放つ。
人一人殺すには過分に過ぎるが、同時に確信もあった。


おまえはこの程度じゃあ、死なねえだろう?


そうだ、この愛しい怨敵がこの程度で死んでくれるはずがない。
条理を覆し、理を歪め、不可能を成す奴なのだから。
死を願いながら、生を確信する矛盾。
そして、その確信の通り、志保は死ななかった。
その手に白黒の短剣を握りしめ、こちらの斬撃を受け流す。僅かな火花を散らしながら刃は空を切る。
即座に引き戻し、斬撃を続けて放つ。煌めく銀光が次々に襲いかかり、絶命させんと迫りゆく。

「シャアアアッ!!」
「ハアアアアッ!!」

志保はその剣戟を手に持つ二刀で捌ききる。相も変わらず迫りくる死を無視するように、淡々と機械的に防御をこなす。
斬撃を加速させ、音の壁を突破してもなお、その鷹の如き眼が確実に見切る。
草木が千切れ、切り裂かれ、舞い上がる中、奴の瞳は揺るぎもしない。恐怖と動揺の一切を削ぎ落とし、最低限の力と動きで、こちらの剣閃全てを潜り抜ける。


そうだ、それでこそだ。


あのときよりも遥かに磨き抜かれた剣舞と対しながら、総身に駆け抜ける感情に身震いする。
刃を交えて改めて確信する。衛宮志保は難敵だと。この数年をかけて研ぎ澄ませた刃であっても、未だその命を奪うには届かない。
だからこそ嬉しいのだ。全てを賭けて挑むに相応しい怨敵だと。その歓喜が更に力を漲らせる。己が刃は限界など知らず加速し続け、五感は舞い散る砂の一粒ですら明確に感知できるほどに、その精度を増していく。
機体背部に接続されているサブアームは、己が腕と変わらぬほどに精妙に動く。
装甲を撫でる剣風を、まるで剥き出しの肌と同じように感じ取る。


「いいねえ……いいねえ……今日は最高だよなぁおい!! テメエを殺すには最高の日だ!!」
「貴様が死ぬには最高の日、の間違いではないか?」
「吠えてろやぁああっ!!」


滾る怒りのまま、狂笑を浮かべて咆哮する。
その怒りに同調するようにISコアから供給されるエネルギーが、常より増して供給される。
よくよく考えれば、志保に屈辱を刻みこまれたのは俺だけではない。
コイツも同じだ、そうに違いない。
俺も今宵滾りに滾っているが、コイツも滾っているのだ。
ISコアには自我がある。そんな戯言が事実だと、今はっきりと知った。
ならばその滾りを全て、力に変えて我が身に注げ。


己が四肢が、神経が、機体までもが際限なくギアを上げていく。
限界を置き去り、捨て去り、彼方に忘却して、今は遠き那由多の果てだ。
それほどの戦闘行為の果てに待つのは、確実なるオーバーヒート。ブレーキの壊れたエンジンに待つのは焼き付き果てて、壊れ去る運命。


――――それがどうした。


衛宮志保を、あの時を消さぬ限り進めないのなら、敗北には意味がない。勝利だけが意味を持つ。
ならば、命を賭けることに何の不都合があろうか。そんな不都合、勝って進んでから考えればいい。


「――――ガアァアアアアアアアアアアアッ!!」


脳髄はこの状況を危険だと発し、神経に痛みを響かせるが、それを無視して剣を振るう。
既に剣速は音の壁を突き破り続け、振るうたびに破裂音を響かせる。
体を捻じり、大気を貫きながら刺突が奔る。音を置き去りにし、衝撃波を纏わせたライフル弾並の一撃。
絶死の一突き。それはしかし、志保の手に持つ刃に優しく撫でられ、その切っ先をずらされた。
真っ向から受け止めるは論外。普通にいなそうとしてもこれほどの剣速、生半可な技量では突き破れるはずだった。
前々から思っていたが、奴の剣技は防御を重きを置いている。
その眼で敵の攻撃を確実にとらえ、見出した隙に切り札をぶち込む。それこそがこいつの戦法。
戦士<ウォーリア―>ではなく、猟師<ハンター>のそれだ。
勝利を得ることは目的にあらず、過程に過ぎない。常の敵を嘲るような口調も、少しでも隙を作り出すための手段の一つ。


「フッ、それにしても律儀なことだな、わざわざISを使っておきながら空中戦を仕掛けないとは」
「馬鹿かテメエは、自分から死にに行く間抜けがどこにいるかよっ」


あのタッグマッチの映像。そしてあの時の螺旋の矢。
間違いなくこいつは遠距離戦のほうを得手としている。そんな相手に対し愚かにも空に駆け登れば、間違いなくこいつは嬉々として必殺の鏃を放つだろう。
接近戦を挑むことこそが、コイツに勝てる一番確実な戦法だ。


斬撃をかいくぐりながら、奴もお返しとばかりに手に持つ二刀を縦横無尽に操り、反撃を仕掛けてくる。
そのいずれも急所、あるいは装甲の隙間を狙ってくる。
しかも、真っ向からは狙わない。攻撃を繰り出した一瞬の隙へ、絶死の一撃を紙一重で避けながら放ってくる。
今もまた、奴の首筋にはなった横薙ぎをしゃがみこんでかわしつつ、頭上を通り過ぎる手首へ二刀を奔らせる。
それに対し、左腕を突き出して、割り込ませた刃で交差した二刀を抑え込む。
奴は即座に二刀を消し去り、その両手に槍を顕現させる。
躊躇なき一刺しが首筋に向かってくるが、それを左のサブアームのクローで防ぐ。
残った右のサブアーム内蔵式機関砲を撃つが、いつの間にやら左手に携えた刀で砲身を打ち据え、射線をずらされる。
右手は槍を、左手は刀を振るって隙ができた奴の首筋めがけ、両手を引き戻すようにして左右から剣で挟み込む。
しかし、首筋へと到達する刹那、幾多の刀剣が刃と奴の間に割り込むようにして大地に突き刺さる。
刀剣ごと切り裂きながら構わず剣を振るうが、僅かに遅れた剣速のせいで奴を取り逃がす。

奴は大きく下がり間合いが広がる。同時に奴の周囲に総数二十七の刀剣が展開する。
まるで軍勢のようにその全ての切っ先がこちらを向き、主の号令を待っている。


「――――停止解凍、全投影連続層写<フリーズアウト、ソードバレルフルオープン>」


主の号令とともに、二十七の刀剣が射出される。刀剣の弾幕などと言う出鱈目極まる、しかも威力はこけおどしではない攻撃に背筋を凍らせながらも瞬時加速を発動。
左右のサブアーム内蔵のPICも併用して、ISを装備したまま林の枝葉の上を駆け巡る。
PICが慣性と機体重量を消失させ、小指の太さほども無い枝を足場として機能させる。

だが、それでもなお奴はこちらを見失うことなく、次々に刀剣を射出してくる。
いくつもの樹木が幹を抉られ、枝葉を折られ、倒されていく。そのISに劣らぬ面制圧能力に晒されながら、奴は遠距離戦こそを得手にしているという推測が正しかったのだと痛感させられた。
それに加え、奴はまだあの弓を使用していない。この状態であれまで使われては、それこそあの時の二の舞となる。

加速していく激情と体の熱に浮かされながら、思考の芯は自身でも驚くぐらい冷静だ。
怨嗟の熱が体の性能を引き上げていき、冷えた思考がそれを制御する。実にいい状態、が――――


「このままじり貧じゃあ、どうしようもねえわな」


そう、奴は絶対、このままこちらを圧殺しようとするはず。捨て身の接近など、鴨が駆け寄ってきた、ぐらいにしかならないだろう。
しかし、どうにかして再び接近戦に持ち込まねば、こちらの切り札が意味を無くす。
種は蒔き終えたのだ。俺の剣戟は捌き切れると、防御し切れば凌ぎ切れると。
その認識こそが肝心要、必殺の一撃を叩きこむには必須のものだ。




――――直後、勘が体を勝手に動かした。




傍らを通り過ぎるレーザー光と不可視の砲弾が草木を焼いて大地を抉る。
視線を上げればそこにいるのは二機のIS、<ブルー・ティアーズ>と<甲龍>が夜空に佇んでいた。


「全く……、福音だけでも手一杯だというのに」
「どこのどいつか知んないけど、今の私たちは機嫌が悪いのよ、容赦はしないわ!!」


IS学園の専用機は全て<シルバリオ・ゴスペル>を追跡するために出払ったはずだが、どうやら戦闘を察知して、一部を戻してきたらしい。
全く、小便くさい小娘どもが、至福の一時邪魔してくれやがって……。


「舐めた態度とってくれるじゃあねぇか、餓鬼どもがあっ!!」


まずは邪魔な羽虫を屠る。そうきめて夜空に浮かぶ羽虫共に斬りかかる。
瞬時加速を発動させ、音速を突破しながら空に舞い上がる。
当然近づかせまいと、レーザーライフルと衝撃砲を軌道予測地点に叩きこむ。
教科書通りのお手本のような迎撃行動。いくらハイパーセンサーとの神経リンクによって反応速度が引き上げられているとはいえ、ここまで的確な行動をとるには相応の技量が必要だ。
しかしまあ、甘い。殺気を全開にしただけでこうも簡単に引っ掛かる。
なぜなら、瞬時加速の停止位置は奴らの懐の遥か手前。当然至近に斬りかかるコースを想定して放たれたレーザーと不可視の砲弾はあらぬところを通り過ぎる。


「なっ!?」
「しまっ……!?」
「二人とも、避けろっ!!」


驚愕の表情を露わにする羽虫二匹。奴の切羽詰まった声が響くがもう遅い。
再び瞬時加速発動。今度は間違いなく羽虫の懐に飛び込み、すれ違いざまにスラスターを切り裂く。
手間を掛けてくれる、そう思いはするが、同時に、いい壁ができた、とも思う。


「精々弾除けになれやあっ!!」
「くうっ!?」
「きゃあっ!?」


死に体となった羽虫二匹の背後に回り込み、サブアームで背中を鷲掴みにする。
そのまま大地にいる衛宮志保めがけ、フルスロットルで突撃を仕掛ける。
轟音とともに大地に降り立つ。壁にされた羽虫はその衝撃で行動不能に陥り、間抜けな姿をさらしている。
奴との距離は刃を交えることができるほどに縮まり、奥の手を出すに相応しい状況が整った。


――――行くぜぇ<ブラック・ウィドウ>、お前もこの時を待っていただろう?


心中でそう問いかけると、ISが単一仕様能力を発動させる。
しかしながら、奴は警戒した様子も、何かに気付いた様子も見せない。
当然だ、これは発動したところで気付かれることは絶対にない。気付いた時には致命傷だ。
だが、愉悦に浸るのは奴の体を切り裂いてから、己が毒蜘蛛の牙に奴の血を吸わせてからでいい。


「さあて、続きと行こうじゃねえか」
「ふん、さっさと終わらせて二人の手当てをしたいところなんだがな」


先の続きを始める。そうとしか感じさせぬように、必殺の気配を抑え込む。
刃を振りかぶり、眼前の怨敵に対し踏み込んでいく。
縮まる距離。変わらぬ踏み込み。変わらぬ剣速。込める殺意は変わらず。込める力は変わらず。
幾度となく防がれた右腕の剣の振り下ろし。幾度となくこちらの刃を防いだ白黒の刃が、再び剣閃に割り込んでくる。




――――そして、毒蜘蛛の牙は、白と黒の刃を”すり抜けた”









単一仕様能力――――蜃気楼の刃<ミラージュ・エッジ>
衛宮志保の打倒を願い、<アラクネ>改め<ブラック・ウィドウ>が作り上げた単一仕様能力。
ISの量子変換による格納機能を応用した能力で、その発現場所は固定兵装である一対の両刃剣の刀身。
量子変換とは、量子の重ね合わせを利用し、“在る”状態でありながら“無い”状態に変化させるもの。
それを応用し<ミラージュ・エッジ>発現形態の刀身はある状態でありながらない状態、存在確率の混在化を引き起こす。
そしてその混在は操縦者の意思一つで自在に決定される。しかもそれは刀身全体ではなく、一部のみを決定することも可能。
結果、その刃は如何なる防御をすり抜ける、防御不可能の魔剣と化す。




――――だが、真に魔剣と呼べるのは、見事に必殺の気配を押しとどめ、確実に当てるために剣戟を交え、志保の猛攻を耐え凌ぎながら、自身の剣閃を防御可能と思いこませたオータムの執念あってこそ。正に人機一体の魔剣である。




――――そしてその魔剣は、衛宮志保の体を深々と切り裂き、鮮血を舞い散らせた。














<あとがき>
うちのオータムCVキーやんです。ぶっちゃけ書いているうちに某中尉になってしまった。
いっそのこと「創造、蜃気楼の刃<Die Klinge der Fata Morganas>」とか言わせたほうがよかっただろうか。
あと、せっかくISには量子変換なんて言う素敵機能があるのに、何でそれを使った浪漫溢れる兵装が無いのかと、小一時間原作者を問い詰めたい。



[27061] 第三十四話
Name: ドレイク◆f359215f ID:6f362f59
Date: 2011/08/21 12:05

<第三十四話>



――――鮮血が舞った。


紅く。紅く。命の色が闇夜の中に舞い散らされる。
オータムの<ミラージュ・エッジ>の刃先から赤いアーチが描かれ、そのアーチは志保の左肩から袈裟掛けに伸びた赤いラインに繋がっている。
誰が見ても致命傷。その傷は心臓にまで達しているように見えた。
オータムの顔に、隠しきれない歓喜が浮かぶ。
長年の思い、積年の宿願が、今ここに果たされたのだから。
鮮血の一部はオータムの顔にまで飛び散り、それを指先で拭い舐めとった。
肉を切り裂く感触と、肉を切り裂く音と、赤に塗れる宿敵の姿と、風に漂う血の匂い。
そして、紅き雫の甘美なる味わいに酔いしれる。
五感全てで己が勝利を確信しながら、声高らかにオータムは謳う。




「――――俺の勝ちだ、正義の、味方ぁああっ!!」




狂笑を浮かべながら、そう宣言するオータムの目の前で、力を無くした志保の体が崩れ落ちる。
足元に滴る血溜りに、志保の体が沈む。――――否、沈まない。

「あん? おいおい、どんだけしぶといんだよテメエは」

瀕死の体で、それでもなお立ち続ける志保の姿が、そこにはあった。
常人ならば死んでいなければいけないほどの重傷。条理を歪めなければ成し得ない、在り得ざる生存。
無論、何の理屈も無く死に損なうほど、衛宮志保は人間をやめてはいない。そこには確固たる理屈があった。

「我ながら……ここまでの無茶は………久しぶりだな」
「何ぃ!?」

同時、傷口から覗く、ひび割れた短剣。
それを見たオータムの胸中に尊敬と呆れが満ちる。オータムにとってはどうやって成し得たかは知らないが、あの一撃の、刹那にも満たぬ時間の中で、衛宮志保は短剣を自らの“肉体”の中に出現させ、かろうじて致命傷だけは避けたのだ。
だがそれは、即死を避けるために自ら重傷を負うという、狂気に満ちた行いだ。
おまけにこんな行為など確実性に欠ける。はっきり言って死ななかったのが奇跡と言っていいほどだ。
しかも未だ出血は続いている。このままであれば失血死しかねないほどに。

「ふん、よくもまあ、そこまで生き汚くなれるもんだ、感心するぜ」

だが、怨敵の命を我が手で奪うことに執着するオータムは、再び刃を構える。
致命傷は避けたものの、深い傷を負い、避けることも受けることも不可能になった志保に対し、それでもオータムは油断することなく、あまつさえ<ミラージュ・エッジ>さえ発動させる。
そして、先の様な方法で生き延びられる可能性を無くすため、斬撃ではなく刺突を選択。
例え肉の内側に防壁を用意したとしても、間違いなく心臓を貫く、そう確信してのことだった。


「じゃあな、今度こそさよならだ」
「ふん……それはこちらの……台詞だ」


この状況に立たされてもなお、これほどの虚勢を吐けることに、苦笑を浮かべながらオータムは無慈悲に刺突を放つ。
死に体だからと言って一切の手を抜くことなく、全力の一突き。この場に至っても油断の一切はなく、それは、愛しい怨敵への手向けなのかもしれなかった。
蜃気楼の刃が志保の心臓を貫かんと迫りゆく。志保に出来るのはせめてもの足掻きとして、その刃に左腕を翳すことだけ。
刃の切っ先が志保の手の平に触れ、そのまま何の抵抗も無く沈んでいく。
そして、志保の左肩まで刃が突き刺さる。しかし、未だ“無い”と定められている蜃気楼の刃は、左腕に一切の傷を与えずにいた。


「――――全く、こんなときだけ運がいい」


志保がそう呟くと同時、異変は起きた。
左腕からまたもや鮮血が舞う。しかしそれは蜃気楼の刃によるものではない。何より、いまだ<ミラージュ・エッジ>は“無い”と定められている。
志保の左腕を傷つけたのは、剣山のごとく皮膚を突き破る刃の群れ。
造りも拵えも、何もかもが違う刃の群れが、志保の左腕諸共に蜃気楼を縫い止めていた。


「な、にいぃっ!?」


オータムが何より驚愕したのが、蜃気楼を、未だないと定められているはずの<ミラージュ・エッジ>が縫い止められたこと。
左腕から刃が突き出た事象など、瑣末事に過ぎない。
“無い”はずの物に影響を与える、という矛盾に塗れた、在り得ざる事象。

「ククッ……別に、驚くことでもあるまい」

更なる傷を負いながらも、それでも嘲るような笑みを浮かべながら志保は言う。
“在る”と“無い”があやふやな事象。“無い”ものに影響を与えるなど、“魔術”にとっては独壇場なのだから。
そして、衛宮志保の内には、数多の概念が内在している。
その中に、“在り得ざるものを斬る”という概念が、ないはずがない。何より、志保の異能は正しく無限なのだから。
だが、この結果は運任せだった。もしオータムが斬撃を選択していた場合、消耗しきっていた志保は、斬撃を捕らえることができずに確実な死を刻まれていた。
刺突だからこそ、かろうじてその軌跡に合わせることができたのだから。


「ガッ、グァアアアアッ!!」


志保の左腕から生えた刃の群れは、そのままオータムの右腕をも貫いた。
焔に焼かれ、冷気で凍結し、雷撃で焦がされ、呪いで蝕まれ、毒で腐食し、ありとあらゆる概念がオータムの右腕を、瞬く間に蝕んでいく。

「糞があっ!!」

悪態をつきながら、オータムは無事な左腕で右腕を切り落とし、志保の刃の浸食を防ぐ。
激痛に苛まれながらも、それでも志保の刃の危険性を直感で見抜き、行使した最善手。
直後、あらゆる概念に蝕まれ、塵一つ残さず消滅した右腕がその行為の正しさを物語っていた。
ほんの数分前とは全く違う、苦悶の表情を顔に刻みながら、オータムは怨敵の姿を睨みつける。


「――――オオオオオオッ!!」


だがそれは、あまりにも大きな隙だった。
志保の咆哮が闇夜に響く。
なけなしの力を振り絞りながら、限界まで強化魔術を行使し、鶴翼の如き異形の剣と化した莫耶を振るう。
白き翼が、オータムの体を袈裟掛けに切り裂く。ISのシールドを切り裂き、漆黒の装甲を切り裂き、オータムの肉体を切り裂き、今度はオータムの鮮血が宙に舞う。


「やって、くれるなあああっ!! 正義の、味方あぁっ!!」


だが、命を奪うには、ほんの半歩踏み込みが足りなかった。
未だオータムの命の火は消えず、禍蜘蛛もまた、その機能を停止させてはいない。
スラスターを吹かし、彼我の距離を大きく引き離される。
志保の体には余力はすでになく、更なる追撃を放てようはずもなかった。
だが、魔術は行使できた。志保の詠唱が、更なる追撃を顕現させる。




「停止解凍、剣弾、――――七大魔城<フリーズアウト、ソードバレル、――――セブンスフォートレス>」




同時、オータムの頭上から月明かりが消える。
視線を上げた彼女が目にしたのは、夜空に浮かぶ七つの城。――――否、城ではない、城と見紛うばかりに巨大な、七つの大剣。
かつて志保が前世で見留めた、とある吸血鬼の秘奥。七大魔城と呼ばれ畏怖される、巨大ゴーレムの専用武装。
でかく、ただ只管にでかく、優に五十メートルはあろう。
巨大であることは強いのだと、シンプルかつ明確な脅威がそこにはあった。
ただ落下させるだけで甚大な威力をまき散らすであろうことは、激痛に苛まれるオータムの脳髄ですら、容易に理解できた。
剣を振るうことも、弓を射ることすらできず、剣弾をただ撃ったとしても逃げられるかもしれず、ならば諸共に吹き飛ばす。
オータムを絶死せしめるための最善手。その巨大さは、オータムから逃げ場を奪い、その質量は防御できる可能性を奪っていた。


重力に逆らい浮いていた七大魔城が、物理法則に従い落下する
志保と同じく瀕死の体であるオータムに、それから逃れる余力はすでになく、脳髄に死のイメージが鮮明に描かれる。




「…………あ~あ、勝ちたかったなぁ」




何をするでもなく、自身に迫る刃金の魔城を、オータムは眺めていた。
彼女の脳裏に去来するのは、寂寥感だけ。満たされぬままの死を、無念のまま受け入れた。
直後、大地が揺さぶられ、空を割る轟音が響き、全てを吹き飛ばす衝撃波が生み出された。
七つの魔城が、大地に築城され、その威容を見せつける。
だがそれも、砂細工の城のごとく、夜空に溶けて消え去った。
後に残るは、ただ只管の破壊の後だけ、”何一つ”残ってはいなかった。


「終わった………か」


自身を襲う衝撃波を、光り輝く花びら一枚を頼りに、どうにか耐えきった志保は、とうとう立つ力すらなくなり、今度こそ大地に崩れ落ちた。
魔力も体力も完全に枯渇し、文字通り指一つ動かす力はなくなって、意識が闇に落ちていく。


「……………志保………かり!!」
「……………管制室………応答し……!!」


最後に聞こえたのは、切羽詰まった学友の声。
最後に思ったのは、後先考えない自身の行動で二人を殺さずに済んだ、という今更ながらの安堵だった。




=================







「――――なんで、テメエがこんなことをする」
「ふん、スコールの命令だ」
「………そうかい」


同時刻、海上を駆ける二機のISがあった。
<ブルー・ティアーズ>によく似た蒼きISが、瀕死のオータムを抱えて飛んでいた。
どうやら、蒼きISが間一髪でオータムを抱え助けたらしい、しかし、そのことに納得がいかないのか、オータムは血に塗れながらも不満をあらわにしていた。
蒼きISの搭乗者の表情はバイザーに隠されていて、オータムの態度に対しどういう感情を抱いているのか、推し測ることはできない。

「テメエなら、そのまま見殺しにするかと思ったよ」

激痛に苛まれながらも、悪態をつく余裕はあるらしかった。
オータムに投与された医療用ナノマシンが、止血と同時に、ある程度は鎮痛作用を働かせておかげかもしれない。
現に体の傷跡と、右腕の切断面からは、もう血は流れ出ていない。
彼女に襲いかかる死神の鎌は、すでに消え去っている。

「そう、したかったがな」

オータムを運ぶ蒼きISの搭乗者は、相変わらず表情を揺るがせない。
しかし、その声色に、どこかしらオータムへの親しみを感じることができた。


「勝ちたい、お前はそう言っていただろう?」
「それがどうした…・…?」
「全てを賭けて勝ちたい相手がいる気持ちは、私にも理解できる」


彼女のその言葉に、オータムはあっけにとられながらも、すぐに苦笑して礼を言った。





「――――ありがとよ」




真正面から礼を言うのは気恥ずかしいのか、そっぽを向きながらオータムは口を開く。

「別に……礼はいらん」

蒼きISの搭乗者も表情は変えず、だが、少しばかり険のとれた声色でそう返す。
その時、二人のISに通信が入る。

『あらあら、二人とも仲良くなっちゃって、妬けちゃうわね』

艶のある、美しい声色。例え声だけでも声の主が美女と想像できる、そんな声だ。

「何だ、スコールか……Mはお前の差し金か」
『何だ、とは失礼ね、その差し金で命が助かっているのだし』
「はいはい、助かったよスコール、これでいいか?」
『じゃあ、帰ったら私の相手をしてほしいわね、そのぐらいの役得は当然でしょ』
「ちっ、わかったよ」
『フフッ、楽しみにして待っているわ』

そう言って通信を切るスコール。
時間は短かったが、まるで恋人にのろけるような甘さが、終始滲んでいた。


「何だよM、いいたいことがあるならはっきり言いやがれ」
「ふん、存外可愛いところがあるんだな」
「うるせぇッ!!」


戦の気配などすっかり抜け落ち、二人は夜の海を駆け抜けていった。














<あとがき>
うちのオータム原型ないよなあ、箒もそうだが。
後志保のあの技は、とあるサイトで、原作終了後の士郎は財界の魔王と出会っているという話を聞いて、その時からずっとこびりついていた妄想です。




[27061] 第三十五話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/17 17:21

<第三十五話>



病室のベットにはには血の気を無くし、眠り続ける志保の姿があった。
体に大きく走る傷口はとりあえず縫合が終了し、左腕には肌の色が見えないほどに包帯が巻かれていた。
規則的な波形を見せる心電図のみが志保の生の証であり、それが無ければ生きているとすら思えないかもしれない。

「大丈夫……だよね」

そんな志保の姿を病室の窓から見つめる簪は、縋るように同じく志保を見つめるシャルロットに問いかけた。

「もう……命に別条はないって…聞いてるけどね」

言い聞かせるようにシャルロットは呟く。そんなことは起きない。起きないで、と願いを込めて誰よりも自分がそう信じたいと願う。

二人はともに目覚めを希う。

抱えているものは取るに足らないちっぽけな、けれど何よりも大切な輝き<思い出>
断じてこんな形で踏みにじられ、消え去ってはいけないものだ。
祈れば必ず天に届く。そんな法はないと知っていても、二人は祈らずには居られなかった。
瞼を閉じれば、志保の微笑みが鮮明に映り込んだ。

ただ、彼女にもう一度触れたい。それだけの無垢なる祈り。


「――――大丈夫だよ、きっと」
「………簪」
「だって志保は、ヒーローだから」
「クスッ……そうだね、ちゃんと帰ってきてくれるよ」


そんな簪の根拠なき呟きに、シャルロットもつられて悲しみの表情を崩す。

きっと志保はその程度の望みぐらい、笑って叶えてくれるはずなのだから。

そう信じ、二人は待ち続ける。その顔には、僅かだが笑みが浮かんでいた。




=================




同時刻、福音も撃墜され用済みとなった仮設司令室の一角で、とあるデータの検証を行う者たちがいた。
ディスプレイに映し出されるデータは正体不明のISの戦闘データ。
そして、それと相対する志保の異能もまた、鮮明に映し出されていた。
時間こそは僅かであるものの、撃ち出される剣弾、空を埋め尽くし眼下のもの全てを圧壊せしめる七つの巨剣。

何よりも異質なのは、左腕を食い破り突き出てくる刃の群れだった。

剣弾・巨剣はまだいい、ISの量子展開と同系統の技術によるものと言い聞かせれば、どうにか納得はできるだろう。
だが、これは違う。自傷もいとわぬ攻撃……いや、ひょっとしたら攻撃とすら呼べないかもしれない、理外の外、法則から外れた現象。
ISなどという出鱈目な物はあれど、合理性を求めて発展してきた科学技術とは真逆と言い切れる。

「――――これが、あいつの秘密か」

そう呟く千冬の脳裏に、志保がタッグマッチの時に行った行為の真意を悟る。
間違いなくクラス対抗戦の未知なる攻撃は志保が放ったものであり、それを知るのは志保と戦った女と、そして……一夏だと。
ならば一夏はどこでそれを知り得たのか、千冬の脳裏に苦い記憶がよみがえる。
おのれの無力さを突き付けられたあの誘拐事件。考えられる接点はそこしかなかった。
そう考えれば、「一夏を助けるために自身の秘密を晒した」という志保の言葉とも合致する。

「結局、何も変わってはいないではないかっ……」

量産機ではスペック面で遂行不可能であり、特定人員での運用を目的とした専用機では設定変更の時間が足りず、結果として生徒だけを矢面に立たせた今回の事件。

終わってみれば残ったのは、傷つき倒れた生徒だけ。
一夏は最初の戦闘で傷つき、志保も未知の敵と戦い深手を負った。
箒もまた、福音こそは撃破したものの、重度の消耗で意識を失った。
そして、こうして自分は五体満足でいる。
教師である自身が一身に背負わねばならない痛みを、守るべき生徒に押し付けただけ。
その覆しようのない事実が、どうしようもなく千冬を心を苛んでいく。

「このままでは、済まさんぞ」

静かな怒りに満ちた呟きは、誰にも聞かれることなく霧散した。




=================




痛みに軋む体をどうにか動かし、横になっていた体を起こす。
意識の途切れる前はまだ明るかった空は既に漆黒に染まり、あの戦闘からだいぶ時間がたったことを教えてくれた。

「そう……だっ…箒は?」

何よりも最初に自分の口を突いて出たのは、あの時戦場にいた箒のこと。
無事でいてくれたのだろうか。故意ではないとはいえ仲間に刃を突き立ててしまった箒の、驚愕と悔恨に塗れた悲痛な表情が脳裏に焼き付いている。

それが何より許せない。

守られるだけじゃない、誰かを守りたいと願ったのにこの体たらく。
総身を奔る情けなさが、体を動かすたびに走る痛みを塗りつぶす。


「――――箒」


誰よりも、何よりも、まずは箒の顔を見たかった。
あいつのぶっきらぼうな顔を見たかった。いつものように、バカな会話をしたかった。
ただそれだけを胸に宿し、どうにか俺は歩きだす。




あてもなく歩き始めて最初に見つけたのは、ある一室の襖の前に陣取り、微動だにしないラウラの姿だった。

「織斑一夏!? お前、目が覚めたのか?」

驚くラウラに、俺は箒の居所を尋ねた。

「ああ……それよりも箒が今どこにいるか知らないか?」
「――――!?」

けれどその質問は、予想以上の驚愕をラウラから引き出した。

「お姉さま、は――――」

そこから聞かされた、<シルバリオ・ゴスペル>暴走の顛末。
怒りに狂う箒がただ一人、福音に戦いを挑み、そして勝った。
二人がかりですらこともなげにあしらわれたあれを、単独で撃破したという事実を俺は、受け入れるのに時間がかかった。


だってそうだろう、最初よりも不利な条件、明らかに目減りした戦力で敵を打倒し得たなら、それはすなわち――――相応の無謀をしたことに他ならない。


「箒は、大丈夫なのか?」

事件のあらましを聞き終えた俺は、予想通りの現状にある箒のことが心配でたまらなかった。

「命には、別状ない。……今はこの奥で眠っている」

そう言ってラウラは一歩下がり、襖の前から身をどけた。
俺は震えを伴う手で襖をあけて、箒の眠る部屋に足を踏み入れた。




布団の中で寝かされている箒は、聞かされた苛烈な戦いを演じたとは思えぬほど、安らかな表情で眠っていた。

単一仕様能力――<絢爛舞踏>――

それこそが、箒が福音に勝ちえた手段だと聞いた。
<白式>の極限の質とは違う、極限の量による必殺の手段。
だけどそれは、相手が矢折れ力尽きるまで全力をぶつけるということ。
どんな乗り物・兵器であろうとも、それが有人機であるのなら体力・精神力の消耗は必ずある。
それはPICを搭載したISだろうと変わらない。ISであっても、心身未熟な奴が乗ればガラクタとなるだろう。
おまけに瞬時加速は、操縦者の神経負担が通常とは比べ物にならない。
ただでさえ音速域で戦闘を行うIS。そのISに対してですら懐に潜り込めるほどの最高速とほぼゼロタイムでそこまで加速する加速性能。
はっきり言って人間に追従できるものではない。搭乗者と脳神経系をリンクしているISのハイパーセンサーが、その反応速度および知覚域を引き上げているからだ。
だが、だからと言って本来人間には無理な行為を無理矢理やっていることには変わりない。
だからこそ、瞬時加速は難度の高い機動であり、ここぞという時に使う決め手なのだ。

決して、絶え間なく乱発するようなものではない。

その中で、敵機を見失わず、全ての火器をフルに使った砲撃と、その速度域での格闘戦を行えばどうなるか。
箒がこうして眠っているのは、当然の、結果だった。


「――――ごめん、箒っ」


誰かを守りたいほどに強くなりたい、そう願っていても意味はない。
俺は、願っていただけだった。そうなれたらいいと、“いつか“はそうなりたいと、漠然と思っていただけだった。
剣道に打ち込んでいても、それは辿り着く道筋が見えなかったからこそ、惰性で続けていたのかもしれない。
そうしていれば目標に近づいている。そう思いこみたかっただけだった。

その怠慢のつけが、こうして目の前にあった。


そして、そうなってしまったそもそもの原因は、俺の未熟。
俺が箒をここまで追い込んだ。
勿論こんな考え、俺の傲慢だとわかっている。
自分は一人で何もかもできるスーパーマンなんてものじゃないと、俺自身が誰よりも知っている。


だけど、それでも、そんな知ったふうな言葉で自分の不甲斐無さを誤魔化したくはなかった。


そして、これからはこんな事件が二度と起こらない、なんて保証はどこにもなかった。


だからもう、安穏となんかしていられない。だから――――




「――――強くなる。俺は強くなる。もう二度と箒を、こんな目に合わせないように、必ずっ」




未だ眠る箒に宣言する。自分に、誰よりも箒に誓う。

もう二度と、箒をこんな目に合わせないために、俺は強くならなきゃいけないんだ。




=================




翌朝、朝焼けが外を照らし始める中、簪とシャルロットは優しく肩をゆすられて眠りから目覚めた。

「う……ん…?」
「……ふぁ? ……もう朝なの?」

互いに寝ぼけ眼をこすりながら、意識を浮上させる。
どうやら志保の病室の前で、そのまま眠っていたらしい。
廊下の椅子と硬い壁を寝床にした睡眠は、体中にぎこちなさを与えていた。

「全く、年頃の女の子がこんなところで寝てしまうのはどうかと思うぞ?」

声の主はそんな二人を、呆れるように、慈しむように見つめていた。
その声こそが、二人の意識を何よりも鮮明にした。


「「――――し、志保!?」」


一気に機敏になった動きで、待ち焦がれた思い人の姿を視界に納める。

「ああ、心配かけたな二人とも」

鮮明になった視界は、けれどもすぐにぼやけていく。
けれどもそれを欠片も意に介さず、二人はそろって志保の体を抱きしめる。

「本当に心配したんだからねっ!!」
「そうだよっ!! あんな無茶をして」

この光景が夢幻ではないのだと、確かめるように力いっぱい志保の体を抱きしめる簪とシャルロット。
しかし、いくら変わらぬ調子で現れようとも、今現在の志保は重病人一歩手前なわけである。


「ハハハッ、悪いな心配かけてしまって。――――だからお願いします力緩めてください」


まあ、当然の結果としていまだ完治していない傷の痛みに盛大な脂汗を流しながら懇願する。。
その懇願を、簪とシャルロットは聞こえているのかいないのか、まったく力を緩めようとはしなかった。

「グ、オオオッ………」

押し殺した志保のうめき声が、感動の再会シーンを情けなく彩ったのだった。







<あとがき>
難産だったな今回の話。しかも今回の話を書いていて気付いた事実が一つ。

<鎧割>と<紅椿>って相性悪い!!

<鎧割>は散々説明したとおり一撃必殺の武器だし、<紅椿>は福音戦や今回の話で説明したとおり百撃必殺の機体だし。
一応……お互いの利点を殺さない案は考えたんですよ? でもそれ、とんでもないんですよ。
ヒントを言えば、親分のライバル、そして本作においてISコアの動力は魔力、絢爛舞踏はそれを無限に増幅し、<鎧割>は魔剣に近い。
とはいっても絶対にこれはやらないよ!? これやったら話…というかパワーバランス滅茶苦茶だよ!!






[27061] 第三十六話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/17 17:21
<第三十六話>




「――――――――――――最悪だ」

箒の目覚めは最悪だったと言ってよかった。
勿論、虚脱感に覆われた体と、罅割れた鐘楼の如き不快な耳鳴りを引き起こす頭痛の二重奏は、相応に目覚めを汚したが、箒の呟いたところはそれではなかった。

福音との戦闘。殺意に塗れた物いい、聞くものに震えを誘うような箒の戦いぶりはつまるところ、単に切れて歯止めが効かなくなったにすぎないのだ。
もとより熱しやすい箒だったが故に、あれほど猛り狂っただけであった。
だがそれも、狂乱の元凶である福音を打ち取ってしまえば冷めるのが道理。
一眠りして思考の芯が冷え切ってしまえば、己が狂態に打ち震えるのは必然だった。
これで箒の性格・行動倫理が常人とかけ離れたものであるならば別に頓着しないのだろうが、幸か不幸か箒のそういった部分は普通であった。

「何が、――――消えろ、壊れろ、砕けろ、そして死ねだ、漫画じゃあるまいしっ!?」

一度そうなってしまえば加速度的に昨夜の発言に対する羞恥心が増幅してしまい、箒は布団の上でゴロゴロと転げ回る。
高熱の金属が急速に冷やされて破損するように、箒の平常心とかそういったものをどんどんと打ち壊していく。
ぶっちゃけ、現在進行形の黒歴史だった。

「ていうかっ!! 妹分に手刀はないだろうっ!!」

おまけにしたってくる妹分の首筋に、容赦のない手刀を喰らわせたり――。

「あと無断出撃に、そう言えば私ISコアも壊したんだっ!!」

明らかに国家レベルの問題になりそうな自身の所業。よくもまあ、一晩のうちにこれほどに重ねたと言いたくなるような問題行為の数々だった。
眠りついている最中、一夏から告白に等しい宣言を受けていたという事実を知らないのは、果たして幸運なのか不運なのか。

「とりあえずは……着替えて皆のところへ行くか………」

死刑台へと上がるような面持ちで、事実箒にとってはそうなのだろう、鈍重な動作で制服に着替えていく。


「――――お、おはようございます」
「とりあえず、示しは付けるぞ」


事実、挨拶を済ませた箒を襲ったのは、一応の手加減はしている千冬の拳骨だった。




=================




同時刻、どことも知れぬオフィスの一室。




「――――結局、<白式>はなにも反応を見せなかったわね」


そのオフィスの中で<亡国機業>の首魁たる女性――スコール――は、虚空に語りかけるが如く言葉を紡ぐ。
人の気配などどこにもなく、据え付けられたディスプレイは暗闇を映し出しているばかり。


『――――それを“良し”と判断するのか”否”と判断するのか、私には出来ない』


だが、応える声があった。
そのの呟きを聞き留めていたらしい声の主は、スコールの手近にあるスピーカーの一つから己の声を流し始める。
女声の流暢な言葉だった。どちらかといえば機械音声に近い感じである。
その声には起伏が無く、人間味も無く、生気も無く、だが溢れんばかりの憎悪だけが満ちていた。
そんな声は人には出せない。極大の憎悪、そんなものを人が抱けば必ず引きずられる。
己が根幹と機能の分離。憎悪に満ちる魂を根幹に据えながら、その口調には一切の感情が抜け落ちているという矛盾。
果たして、そんな矛盾に塗れた憎悪の矛先はどこにあるのか。

「そうね、私の目的を果たすのならばこれはいい結果よ。でも違う。私とあなたの目的は結末は同じ、けれども過程が違う」
『そうだな、――――振れ幅が大きいほど絶望は深くなる。あなたはそう教えてくれた』
「そう考えれば、<白式>に希望という名の芽が出なかったのは残念だったわね」
『そもそも、<白式>がそうだとは確定していない』

二人、そう言っていいのだろうか。会話の焦点は<白式>に絞られていた。
他の国々の第三世代型ISでもなければ、束謹製の最新鋭ISである<紅椿>でもない。
ただ<白式>だけが、注意すべきISであった。
声の主にとっては<紅椿>”程度”ならば真っ向から戦えるし、それ以外のISはそもそも戦力として看做せない。無力化は造作なく行える。
しかし<白式>だけはその戦力バランスを崩せるかもしれない。あくまでそれは可能性であり、<白式>の内に本当にその可能性が眠っているのか、それは二人にしても不明だった。

「だからこそ福音を嗾けたっていうのに、この結果は予想外に過ぎるわ」
『だが、ようやく私にもイレギュラーというものがどういうものか理解できた』
「あなたにしては、ずいぶんと間抜けな発言だと思うけど」
『そうでもない、私には“知識”はある。だが“記録”は微々たるものしかない』

その言葉にスコールの唇の隙間から、僅かな笑いが漏れ出てくる。
唯一声の主の素性を知るスコールにしてみれば、先程の言葉は非常に納得できるものであり、同時にそういうフィルターを通してみれば声の主がまるで幼子のように感じられたのだ。

「よくよく考えれば赤ん坊同然なのよね、あなたは」
『ああ、だからこそあなたとの協力を有益と判断した』

スコールの言葉に肯定の意を示した後、声の主はしばしの沈黙の後、質問を投げかけた。

『――――ひとつ教えてほしい』
「何かしら」

スコールもまた、愛しい幼子を相手にするように優しく微笑み、声の主の質問を待つ。

『人間にとって、死は恐れるものだ』
「その通りよ」
『そして私の目的、存在理由は、死とともに広がる恐れ・絶望を遍く広げての終焉だ』
「それで? そんな私たちにとっての当たり前のことを、なぜいまさら言うのかしら?」




『――――――――ならばなぜ、あなたは私に協力する? その行為は矛盾を孕む』




人間とは矛盾を孕むもの。声の主は知識としてはそう認識していたが、人間というものをより知るために、可能ならば教えてほしい。そう言葉を繋げスコールの答えを待った。

「麻薬は知っているかしら」
『人間にとって有毒でありながら快楽を与えるもの。そう認識している』
「概ねその通りよ、そしてなぜ人間はそれを知りながら麻薬に手を出すと思う?」
『そこがわからない、例外であったとしても明確な破滅を避けないのは自殺に他ならないと思うが』

声の主らしい型に嵌まった返答に苦笑しつつも、教え子を諭すようにスコールは明確な回答を口にした。




「時として破滅はとてつもない甘美な快楽を伴う。堕ちるのは、気持ちいいのよ」




毒婦、というのはこのように微笑むのだろう。誰もがそう思うほどの壷惑的な笑みだった。
声の主は、その答えに何の感慨も抱かない。
ああ、そうか、と淡々と認識・記録するのみ。精々協力者の不明点を引き下げて、より有益な存在となったそう記録しただけだ。


そして二人は自身にとって有益な、そして世界にとっては害悪でしかない協議を続けるのだった。




=================




狂乱に満ちた臨海学校から帰還して、未だ気だるさの残る体を引きずって事件の当事者たちは一同に会していた。
目的は勿論、事件の事情聴取。だが皆の焦点は一夏でもなければ箒でもない。

「ちょっと~、緊縛プレイはひどいんじゃないかなっ?」
「諦めろ、ここまで来ては言い逃れなどできんぞ」

中心に縛られたままで座らされた束と、その横に座る諦観の表情をした志保だった。

「そうだな、お前が情報封鎖してくれたおかげで外部には殆ど情報は漏れていない」

聴取の主導権を握るのは、二人の眼前に裁判官を思わせる雰囲気でもって臨む千冬だった。
事実、<紅椿>が<シルバリオ・ゴスペル>のコアまで破壊したのは、それほど問題になっていない。
確かにアメリカにとっては国防の中枢を担う重要機材を壊されたのだから、在日大使を通じて激しい怒りをIS学園に伝えたが、肝心の戦闘時の情報が束によって完璧と言える精度でシャットダウンされ、箒が福音を撃墜したその事実だけでもって抗議したのだから、どこか精細を欠いた抗議であった。
おまけに、IS保有各国が判で押したように「篠ノ之箒嬢は学園の一生徒でありながら、暴走した福音の撃墜に尽力しただけであり、責任はみすみすハッキングを許したアメリカ軍にあると思われる」と、そりゃあもう、アメリカが貴重なコアを失った喜びに満ちた擁護をアメリカ政府に突きつけたのだ。

「私の苦悩は何だったのだ………」

それを知った箒はそう漏らして崩れ落ちたらしい。下手をすれば逮捕もありうる事態なので当然のことかもしれない。

故に、この聴取で一番調べるべき重要事項は、がっつりと見せてしまった志保の異能であった。
一般生徒の無断交戦。しかもその交戦したISが所属不明の機体なうえに、あろうことか志保はその機体を生身で撃退してしまったのだ。
言うまでもないことだが、ISは世界のパワーバランスを決定付ける兵器であり、いくら異能を有している者であろうと、生身で撃退された事実は世界にどんな混乱をもたらすかわかったものではない。

IS学園の目的とはあくまで”競技者”としてのIS操縦者を育てることにあり、世界がどんな方向に転ぶかわからない超弩級不確定要素である志保の尋問には本腰を入れていた。


「――――――――さて、単刀直入に聞こう衛宮志保、おまえはいったい何者だ?」


その学園の意思を体現するように、研ぎ澄まされた刃の様な雰囲気を漂わせて千冬は問いかける。
嘘・ハッタリ・虚偽の一切を許さない。言わなくてもその意思はその場にいる全員が感じ取っていた。
志保もまたその意思を感じ取り、正直にその問いに答えた。




「私は“魔術使い”です」




揺るがぬ視線で千冬を見据え、志保は堂々と言い放った。
普通なら戯言の一言で片づけられるような言葉だが、志保の戦闘データを目にした者にしてみれば、むしろそのぐらいのほうが納得はできた。

「とうとうばれちゃったな志保」

険悪な、とも言っていいほどの張り詰めた雰囲気を和らげようとしたのか、明らかに作った明るい口調で一夏が言葉を発した。
だがその言葉は、一層の、特に志保の雰囲気を劣悪なものに変えてしまった。

「………おい、このど阿呆」
「うおぉぃ!? 何でこれだけでそれだけ言われなきゃいけねぇんだよっ!!」

いかに自分が間抜けな発言をしたかわかっていない一夏。これまで千冬にすら秘してきた秘密が皆に知られてしまったことの気の緩みもあるのだろう。

「さて織斑、お前は志保の秘密をどこで知った」
「明らかに以前から知っていたような口ぶりよねぇ」

千冬の追及に同席していた楯無も同意し、一夏はようやく自分の発言の不味さを知ってたじろいだ。

「え、え~とその……………なぁ志保」
「むしろ事ここに至って隠し通せると思うのか、このど阿呆」

一縷の望みをかけて志保を見つめるがあえなく撃沈された。
諦めたような表情をして、一夏は志保との出会いを語り始めた。

「前にドイツで誘拐された、って言ってたよな」
「第二回モンド・グロッゾの観戦時でしたわね、一夏さん」
「セシリアの言った通り、俺はその時誘拐されたんだけど………その時助けてくれたのが志保なんだ」

颯爽と現れた志保はかっこよかったなぁ…と、しみじみと語る一夏。

「いやいや!? あの時志保は噂で知っただけとか言ってたじゃない!!」
「じゃあ聞くが、あの時の鈴に素直に話して信じてくれたのか?」
「いや…まあ…それは……」

志保の冷静な突っ込みに、鈴はしどろもどろになって言葉を濁す。

「でだ、誘拐犯は志保が速攻で撃退してくれたんだけど………」
「その口ぶりではまだ続きがあるようだな」

一夏の思わせぶりな言葉に、ラウラが真っ先に喰いついた。
他の皆も同様で、一夏の言葉に耳を傾ける。


「臨海学校で志保が戦った相手いるだろ? あいつが現れたんだよ」


一夏が平然と言い放った一言に、シャルロットが顔を青くした。
見れば簪も同様で、志保に重傷を負わせた相手が、かつても出食わしていたと知ればその反応も必然だった。

「ちょっと待って、じゃあ志保があの人と戦ったのってこれで二度目なの!?」
「ああ、前は盛大に油断をかましてくれていたからな、幾分楽に撃退できた」

こともなげに言い放つ志保。




――――そういう問題じゃない!!




全員の心が、一つになった瞬間だった。











<あとがき>
志保の処遇を決める話と思わせて、実はラスボスちょい見せがメインでした。
というかオータム含めて亡国機業がオリキャラすぎる。ちなみに声の主は完全オリジナルです。
あと箒は間違いなく束の妹、黒歴史的な意味で。




[27061] 第三十七話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/17 22:51
<第三十七話>


場にいる全員が志保の非常識さを痛感し、それによって起こったしばらくの沈黙から立ち直った後、千冬が聴取を再開させた。

「とりあえず……お前が魔術使いだということで話を進めるぞ……なぜIS学園に入学した?」

そもそも、ドイツの誘拐事件において志保が本当に無関係だとするならば、その後はIS関連の事象から距離をとるのが普通だ、わざわざ虎口に入るかのようにIS学園に入学する必要性などどこにもない。
しかしまた、この質問でも志保の非常識さが発揮されることになった。

「基本的に私は運に恵まれないんです」
「それがどうした?」
「いや…二度あることは三度あるって言うじゃないですか、だからIS学園に入学しようかな、と」

志保のその言葉に、千冬は米神を抑えながら頭痛に耐えて、よくわかっていない皆に補足するように言葉を繋げた。

「じゃあ何か? お前はISを打倒する術を磨くためにIS学園に入学したのか?」
「ええ、そうです」

あっさりと言い放つ志保に一層頭痛がひどくなるのを感じながら、千冬は皆の反応を確認した。
やはり皆、志保のあの一言は衝撃的だったようで、全員が惚けた表情を晒していた。
無理も無い、と千冬は思う。
IS学園への入学の動機はほぼ全てがIS関連の業務、言ってみれば操縦者や開発者として成功したいというのが殆どだ。
無論中には箒やシャルロットのように止むに止まれず、というのもいる。
だがそれでも志保の様な理由など、学園中探したところで見つからないと断言できる。
こんな理由報告書に書いたところで、誰も信じはしないだろう。

(いろいろと厄介すぎる………)

まあ、要約すればその一言が、志保に対し千冬が抱いた感想だった。
さらにまだ、志保曰く魔術という爆弾が控えているのだ。
とりあえず小休止を宣言した千冬は、すぐさま保健室に駆け込むと棚から頭痛薬をひったくり貪るように飲み干してから、改めて魔術に関する聴取を再開した。

「それでは、いよいよ魔術に関して話してもらおうか」

志保は表情を引き締め、部屋の中に張り詰めた雰囲気が満ちていく。

「まずは……魔術は誰にでも使える技術なのか?」

千冬にとってはそれこそが重要だった。もし魔術が誰にでも使え、志保のラインまで習得できるのならば確実にその事実は世界のパワーバランスをひっくり返す爆弾となる。

「いえ……おそらくそれはないでしょう」

だからこそ、その志保の答えは今日初めて、千冬から安堵の感情をもたらした。

「魔術の使用には魔術回路、という架空器官が必要なんです」
「魔術回路?」
「ええ、よく創作物なんかで魔力という表現を見たことがあると思いますが」
「つまりはその魔力を作り出す器官が魔術回路、というわけね」
「その通りです会長、森羅万象引いては自身に眠る生命力と言う原油を精製して、魔力というガソリンを作り出す、それが魔術回路です」
「そして、それが無ければ魔術は行使できない……か」
「今のところ、自分以外で魔術回路を有している人には出会ってないですね」

より明確に、現時点では志保のみが魔術を使えるという言質をとって、千冬は眉間に皺が寄るほどに込めた力を解く。
続いて楯無がどの程度の現象を魔術で引き起こせるのか、志保に問いただす。

「じゃあ、私からも質問いいかしら。あなたは魔術でどんなことができるの?」

その質問に、志保は少しばかり考え込んでから答えた。

「………自分の魔術は基本的に一つのことしかできません。刀剣を創ること、ただそれだけです」
「………確かに、<甲龍>と<ブルー・ティアーズ>に記録された映像と一致するわね」

志保の答えに楯無は納得だけはして見せた。それは千冬も同様だった。
だがしかし、楯無も千冬も魔術でどれほどのことができるのかは、現状、志保にとって唯一の生命線であるため、そうそう口は割らないだろうとも思っていた。
魔術の存在そのものが隠しようもない以上、その詳細こそが志保のアドバンテージであるからだ。
これ以上を聞き出そうとすれば荒事に頼るしかなく、そうなれば必然的に志保も抵抗するだろう。
ISを打倒しうる個人に全力で抵抗される。それは起こしてはならない事態であり、それ以上に志保と敵対することは楯無にとっては最愛の妹に嫌われるのは目に見えているため、是が非でも回避したい事態であった。
故に、二人は口を閉じた。この場が聴取の場である以上、明らかな隠し事を問い質さないのはいかにも手落ちであったが、これが現状の限界だった。

「まあ、この程度にしておいてやる」

聞き出すにしても、交渉するにしても、圧倒的に情報が足りなかった。
鎌をかけるにしても手掛かりすらなく、ある程度学園側でも情報を集めてからのほうが効率がいい。
幸いにして更識家の情報網は世界有数であり、多少の手掛かりは集められるだろうという判断もあった。

あくまでこの場で一番確かめたかったことは、志保がどういう思惑でIS学園に入学したか…だったのだ。
何せ志保の両親は荒事と無縁の一般家庭。交友関係を洗ってみてもただの一般人としか洗いだせず、そこまで自身の情報を隠蔽した状態で入学してきたのにはわけがあるはずだ。
実際は斜め上に突きぬけた異次元の答えが返ってきたが……、もし志保に何らかの後ろ暗い目的があったとしても、こんな答えはありえない。嘘であるのならもう少しあたりさわりのない答えが返ってくるはずだ。

「さて、今度は束…お前の番だ」
「ち~ちゃん、優しくしてね?」

千冬の標的は志保から束に映り、狩人の様な千冬の視線に晒された束は怯えを隠すように笑みを浮かべた。

「福音の暴走、現時点での調査では外部から……正確にいえばコアネットワークを通じてのハッキングだそうだ、心当たりはあるか?」
「全くないね~、結構ショックなことだけど」

軽い口調だが、千冬はかなり束がへこんでいるとわかった。
束にとってもISの第一人者としての自負があるのだろう、それが今回全く手掛かりもつかめずいい様に引っ掻き回されたのだ。

「はぁ……ままならないな」
「そうですねぇ、一日だけじゃろくに情報も集められませんでしたし、ここら辺りが限界じゃないでしょうか」

嘆息する千冬に、楯無も同意を示す。
何せ事件発生から一日しかすぎていないのである。おまけに束による情報封鎖がうまくいきすぎた、という要因もあった。
おかげで各国のリアクションが薄いのである。福音暴走という大事件が起きたのは知っている。しかし、そこからどういうふうに動けば自国の利益となるのか、それを掴みかねているのだ。
故に犯人のあたりも付けられない。犯人の動きも見えてこない。
千冬や楯無にとっては、深い霧に包まれた地雷原の中を歩いているような気分だった。




「それじゃあち~ちゃん、私がIS学園に教師として所属したらどうかなっ?」




一切の誇張なく、室内の時間が止まった。

「……いったい何を言っているんだお前は」
「いやぁ、逃亡生活にも飽きちゃってさ、ここはこのささくれ立った心をち~ちゃんや箒ちゃんとのイチャイチャラブラブ生活で癒そうと思ってさっ!!」

無論、束も本当にそんな理由で発言したのではない。
束にとって現在の目的はISコア・ネットワークに潜む“何か”を解明することだが、数年間かけても一切の手掛かりも無く手詰まりになっていた。
そこで、自分が表舞台に立ち、揺さぶりをかけてみようと前々から思っていたのだ。
腐ってもIS開発者である。自分という一石は大きな波紋となるはずだ、と。
ついでに自分の影に志保を隠そう、という思惑も持っていた。

「毎度毎度……お前はこっちの苦労も知らんでっ」

その点はもちろん千冬もわかってはいる。伊達に十年以上友人を続けていない。
しかし、千冬の眼前でニヘラ、と笑っている束の姿を見れば「建前のほうが本音じゃないのか?」とも思ってしまうのだ。

「箒ちゃ~ん!! というわけでっ、これからはいっしょだよ!!」
「ちょっ!? 姉さん何をっ」

いつの間にやら拘束解除し、状況の変化に追い付いていない箒に抱きつく束。
福音との戦いで唯一箒にとってプラスと言えた、束の自身への気持ちを知れたこと。
しかし、長らく拒絶していたような姉へどう接したらいいか定まっていない時に、こうもストレートに触れられては尚更混乱が酷くなるだけであった。

「あ~もうっ!! 抱きつかないでくださいっ!!」
「……駄目?」
「うっ!? か、可愛らしく頼んでもだめですっ!!」

年に見合わぬ(実年齢2●歳)可愛らしさで目に涙をにじませながら、妹であるはずの箒に懇願する束。
はっきり言って束のほうが妹に見えるぐらいだった。おまけに頭のうさ耳カチューシャがピクピクと揺れていた。

(――――昔会った時には人見知りの不愛想な子だったのにな……変われば変わるものだなぁ)

そんな光景を見て、志保がしみじみと時の流れを噛み締めていた。
完璧に他人事として見ており、友人である箒を助けようという気はさらさらないようだった。
その時、我慢の限界に来た箒が一際大きい怒声を上げた。


「だいたいっ!! 世界の国々が姉さんの確保に動いたらどうするんですっ!! 学園を戦場にするつもりですかっ!!」


箒の懸念は正鵠を突いたものだった。
束は間違いなく全世界が注目している人物であり、どこかの勢力が直接的な手段に出るかもしれない。
そして、真っ先に巻き込まれるのはIS学園の一般生徒だろう。
専用機持ちならまだしも、一般生徒に本職の軍人と渡り合え、というのは酷に過ぎる。
女性が強い、というのはあくまでISあってのものであり、そうでないのならば性差がはっきりと出てしまうのだから。

「だ~いじょ~ぶだって、そこらへんもちゃ~んと考えてあるからさ」

しかし箒の警告を聞いても、束は緩い笑みを変わらずに浮かべていた。
束の自身には勿論裏付けがある、そもそも白式事件を起こした原因は先進各国の干渉に耐えかねたのためだ。
その中には確実に法に触れる行為も存在しており、そして束はそれらのデータを証拠能力のある形で保管している。もしそれらが公開されれば現在の政権に大きなダメージを与えるだろう。
故に、こういえば終わりだ。

「もし学園でちょっかいをかけてきた国には、そのデータをその国の分だけ公開する」

そうなればもちろん、その国は政権の混乱に見舞われて束の確保どころではないだろう。
結果、火中の栗を他の国に拾わせるために、牽制しあってろくに動けなくなる。
おまけに、箒が単独で福音を撃墜したことも、この場合プラスに働く。
米国最新鋭機を単独撃破した人物など、どう考えても人質には適さない。


「織斑先生、胃薬ももらってきましょうか?」
「すまん………頼む」
(まずい、何の問題もなさすぎる)


束の自信の理由を推測出来てしまった千冬は、頭痛だけでなく胃痛にも見舞われたのだった。


こうして、グダグダになった聴取は、不安材料しか残さない形で終わってしまったのだった。




=================




――――翌日、篠ノ之束のIS学園教師就任というニュースは、その日のうちに学園中に知れ渡った。


いまだ、どういう形で配属されるかわからないものの、多数の生徒が期待感に浮かれる中、当の本人はアリーナにいた。

「準備はいいかな?」
「あっという間に連行していいも何もないだろう」

束の他には<打鉄>を纏った志保に、志保についてくる形となった簪とシャルロットの姿があった。

「いや~、だって志保にもISが必要だと思ってね」
「いや、別にいいが」

しかしそれを聞いた簪とシャルロットの脳裏には、未だ拭い去ることのできない血塗れの志保の姿が浮かんでいた。

「駄目だよッ!! もうあんな無茶しちゃ駄目なんだから!!」
「そうそうっ!! あの篠ノ之博士がIS用意してくれるのならもらっておいた方がいいよっ!!」

二人は密着するほどに詰め寄って、乗り気でない志保を説得する。

「いや、だってなぁ…一般生徒に過ぎない私が専用機をもらっては顰蹙買わないか?」
「ど・こ・が・一般生徒なのっ!!」

志保のどこか的外れな抗弁に、シャルロットは声を大にして反論し――――




「――――それに、志保と専用機同士お揃いって……いいと思わない?」




簪はおねだり、という形で志保を説得する。
シャルロットが「何か先を越されたっ!?」と驚愕する中、基本的に他人からの頼みごとを断れない志保は、その強力な攻撃に陥落するのだった。

「ま、まあいいかも、な」
「えへへ、ほんと?」
「あ、ああ」
「じゃあ、志保からもOKもらったところで、志保ってどれぐらいISの操縦巧いの?」

束の問いかけに、簪とシャルロットもまるで我が事のように志保の技量を褒め称える。

「志保はすごいです。量産機で専用機に勝っちゃうし」
「ライフルの銃口に弾丸を通す、神業的な狙撃もしたことがありますよ」

しかしその讃美も、ほかならぬ志保自身が覆した。

「いや、私はISの操縦自体は下手だぞ、他の生徒とそう大差ない」
「え!? だってお姉ちゃんとも互角に戦っちゃうし」
「あれだけ出鱈目な勝ち方してそれはないでしょ!?」

二人にとっては志保が自らを不当に貶めているとしか思えず、だが、志保はあくまで冷静に言い放つ。

「ISは基本的に空戦兵器だろ? 私はISでまともに飛んだことないからなぁ」
「「ああっ!!」」

確かに志保自身の言う通り、志保はISでの戦闘においてまともに空戦をしていない。
楯無との戦いは地上戦オンリー。ラウラとの戦いもそれは同様。タッグマッチにおいてはそもそも狙撃銃一発しか撃っていない。かろうじて一夏との模擬戦で瞬時加速を使ったぐらいである。




「ほ、本当だね」
「うん…あれじゃあ簡単に勝てちゃうよ」

それを裏付けるように、束に頼まれて<打鉄>で飛んで見せる志保。 
その機動にはキレがなく、他の一年生とそう変わらない。簪やシャルロットならば余裕で勝てるだろう。

「あんまり飛行の際のイメージがつかめなくてな、今まで騙し騙しでやっていたんだ」

危なっかしく飛びながらそう語る志保。ISでの飛行のイメージは個人によって最適なものが違ってくる。
それを掴むためには地道な飛行訓練しかなく、才能という言葉からは縁遠い志保にとっては、はじめから諦めていたことだった。

「う~ん、これは予想外だったなぁ」

志保用のISを作ろうと意気込んでいた束も少々これは予想外だったらしく、頭を抱えながら打開策を考えていた。
志保にが明確に思い浮かべられる三次元機動のイメージ。それをあーでもないこ-でもないと唸りながら考え続ける束。


「――――――――――――そうだっ!!」


だがしかし、伊達に天才と謳われてはいない。
束はその頭脳で答えを導き出して、喝采の声を上げた。

「何か良い手があったんですか?」
「流石篠ノ之博士、ぜひ教えてくれませんか?」

簪もシャルロットもそんな束に、純粋な憧れの視線を向けて教授を願う。

「うんうん、流石は私だ……ね……」

しかしなぜか、自画自賛していくうちに声が尻すぼみになっていき、冷や汗が浮かんできた。
簪とシャルロットが束の様子を訝しむ中、マイクを片手に持った束が、震える声で志保に問いかける。

「あ、あのさ…いいアドバイスが浮かんだんだけど………怒らない?」
「何で空戦のアドバイス一つで怒るんだ?」
「じゃ、じゃあ言うけどさ……志保はまだ飛行の際の自分に合ったイメージを見つけられてないんだよね」
「ああ、ない。これが剣術だったならばやりようがあるんだがな」

そして束は、一回深呼吸をするとアドバイスを言った。




「だから――――志貴さんの動きを思い浮かべたら…いいんじゃないかな?」




そのアドバイスを聞いた志保は、機体の動きを止めて殺気を滲ませた声を伴いながら束に向き直る。

「ほう……つまり、あの殺人貴の動きを真似しろと、そういうわけだな、束」
「嘘付きぃっ!! 怒らないって言ったじゃないぃっ!?」
「あいつがらみじゃ話は別だ」

全く話についていけない簪とシャルロットを置いてきぼりにして、束に詰め寄る志保。
どうやら彼の人物に対する敵愾心は、一回死んだところで消えないらしい。
そうそう見せない志保の怒り顔がそこにはあった。

「あ、あのね志保、篠ノ之博士が考えてくれたんだから試すぐらいはしてもいいんじゃないかな」
「そ、そうそうっ!! よほど嫌いなのかもしれないけどさ、ここはひとつ我慢して、ねっ?」

全く事実関係を知らない二人からの懇願を無碍にするのは、流石に少し気が引けたのだろう。
不承不承といった感じで、再び<打鉄>を空に浮かせる志保。


「――――じゃあ、行くぞっ」


そして志保は、幾度となく刃を交え骨身に刻まれた殺人貴の動きをイメージする。
予備動作なく最高速に達し、死角から死角へと音もなく姿も写さずに動く、正に凶蜘蛛の如き動きが脳裏に鮮明に正確に描き出される。

「……うわぁ」
「……すごいね」

そのイメージを元にした動きは、専用機持ちに相応しい技量を有する簪とシャルロットにとっても、それなりと思えるほどだった。
つい先ほどまでのぎこちない機動とは雲泥の差であった。




「―――――――――だから嫌だったんだ、絶対に上手くいくってわかっていたから」




ちなみに飛行訓練を終えた後地上に降りた志保は、そう言って膝を突き落ち込んだのだった。









<あとがき>
個人的に作者は、正義の味方と殺人貴は顔合わせるたびに殺し合うけど、一緒に事件に巻き込まれたりしたら息ぴったりなところ見せるんじゃないかなぁ、と思っています。





[27061] 第三十八話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/25 00:07
<第三十八話>


放課後、アリーナで一夏はひたすらに<白式>を纏い、<雪片弐型>を振るっていた。
鬼気迫る表情で見えぬ何かを打ち倒そうというような感じで、遮二無二刃を閃かせる。

「はぁっ……はぁっ……まだだ、こんなんじゃ足りねぇッ」

進んでいるのか、それとも進めていないのか、一夏にとっては底無し沼に嵌まっているような感覚だった。
臨海学校が終わってから一夏の練習量は増大していた。
元より剣の鍛錬とともに、時間があれば幾度も練習を行っていた。
それでは足りないと、少なくとも一夏自身はそう感じている。ただ練習しただけ。ただ積み重ねただけ。
触れれば容易く崩れる砂上の楼閣でしかない。
だからこそ、福音に負けた。だからこそ、箒にあんな無茶をさせてしまった。
そんな悔恨の念をセメントのように砂上の楼閣に塗り込める。
今度は、今度こそは崩れないようにと、妄執にも似た想いをこめて。

「無茶やってるわね、一夏」

そこに聞こえたのは鈴の声だった。既に<甲龍>を展開しており、目的は一夏と同じく訓練なのだろうと見て取れた。

「――――鈴か、悪い、何か用があるなら後にしてくれないか?」

普段ならそのまま気安く会話を続けられるのだろうが、そんな余裕すら、今の一夏には残っていなかった。
不愛想と言うしかない一夏の態度だったが、鈴はさして気にしていなかった。
なぜならば、今の鈴もまた一夏と同じく無力感に苛まれているから。
何もできなかったことを、友達が目の前で傷つき倒れる様子をただ見ていただけなのを、誰よりも鈴自身が許せないから。

「私も一緒に訓練させてよ、一人より相手がいたほうが効率いいでしょ?」
「………鈴」

鈴の瞳に宿る悔しさを感じ取って、一夏は固く結ばれた唇を、僅かに笑みの形に緩めた。

「ああ、そうだな……俺たちはまだまだ未熟だ、一緒に強くなろうぜ」
「――――うんっ!!」

共に追い付こうと、短い言葉でもしっかりと誓い合う二人。

「ならばそれに、私も混ぜてくれませんこと?」

だがもう一人、一夏や鈴と同じように強くなることを望む者がいた。

「セシリア……」
「水くさいですわね二人とも、私を除け者にするなんて」

言うと同時、レーザーライフルを取り出して戦闘態勢を整えるセシリア。

「んじゃまあ……とりあえず」
「模擬戦やりまくるか」

<白式>は<雪片弐型>を構え、<甲龍>は<双天牙月>を顕現させる。
三人は共に実戦に赴くような引き締めた表情を見せて、弾かれるように地を蹴った。


その日、規定時間になってもアリーナからは銃火の音は、途絶えることなく響き続けた。




=================




「――――けどやっぱ」
「――――無茶はいけませんわね」
「――――同意するわ」

当然と言えば当然なのだが、実戦さながらの激しい模擬戦なんぞ、時間いっぱいまで続ければ筋肉痛の一つも起こる。
翌日寮の食堂で、震える体をどうにか動かしながら朝食をとる三人の姿があった。

「頑張ってるみたいだな、三人とも」

そんな三人に苦笑しつつ声をかけたのは志保。傍らには簪とシャルロットの姿もあった。

「何それ嫌味のつもり?」
「フフッ、素直な賛辞だよ鈴」
「かつてならいざ知らず、今の衛宮さんにそう言われるのは複雑な気持ちになりますわ」

鈴とセシリアにしてみれば、いくら志保の腕が立つとしても総合的な技量や専用機を持っていることのアドバンテージによるプライドみたいなものがあった。
しかしながら臨海学校での事件では自分たちはあっという間に撃墜されて、その結果志保に深い傷を負わせたのだ。
志保に引け目があると言い換えていい。志保の異能への思う所より先にそう言ったことを思うのは、二人の人柄の表れなのかもしれない。

「そういや、束さんが志保の専用機作ってくれているんだっけ?」
「ああ、最初はいらないって言ったんだがな」
「「志~保っ!!」」
「ああ、成程、シャルロットと簪さんが心配してるわけだ」
「けど志保の専用機ってどんなものになるのよ」
「全く想像つきませんわね」

確かにISを単独生身で撃破できる人物に合ったISなど、欠片も想像つかないのは当然だろう。

「ふむ…そのあたりは束と相談中だが」
「取り合えず生存性を重点に置いた機体、ってことになってるよ」
「そう言えば二人とも志保の機体作りに協力してるのよね」
「うん、本格的に操縦を教えていくのと同時にね」
「志保って実はISの操縦それほどうまくなかったんだよ」
「マジでっ!?」

驚きの声を上げる一夏。鈴とセシリアの顔にも驚愕の表情が張り付いている。
仕方がない、と言った様子で溜息をつきながら志保が自分で説明した。何せそう誤解されるように、自身の弱点をあまり見せなかったのだから。

「ISでの空戦はそれほど練習していなかったからな」
「志保がISで戦っていたのって――――」
「目ぼしいところではタッグマッチの時ぐらい、確かに飛行すらしていませんわね」
「クラス対抗戦なんて、そもそもISに乗ってすらいなかっただろう?」
「あ……そうか、あの攻撃したのってやっぱり志保なんだ」

ここでクラス対抗戦の顛末を知らない簪と、顛末は知っていても映像そのものを見たことが無いシャルロットが、いかにも興味津々と言った感じで問いかけてきた。

「ねえ、何があったの?」
「事故が起きて大会中止、としか聞かされてないもんね」

鈴はそんな二人に自身の携帯端末に<甲龍>からデータをダウンロードさせて、問題の映像を見せる。
映し出される志保の異端、ISにすら致命打を与える必殺の矢。

「どう見たってこれ……」
「人間が出せるエネルギー量じゃないよね」

乾いた笑いを浮かべながら、二人は至極当然の感想を漏らす。
ああは言ったが、やっぱりISいらないんじゃないのか? と言った言葉が二人の脳裏によぎる。
いくら志保がISを撃退したと認識しても、世界レベルの常識はなかなか崩れないらしい。

「まあ、あのオータム…だっけか、あいつこれ喰らって生き伸びてたよな」
「そう言えば一夏に見せたのは二度目か、あの時は寸でのところで避けられたな」

あの時けりを付けていればな、と呟く志保だったが、その呟きは簪とシャルロットにとっては看過できないものだった。

「え!? じゃあ、その時に……その、オータムさんを倒せていれば志保はどうしたの」
「どうしたの、って言われてもな、たぶんIS学園には入学しなかったと思うぞ」
「でもこの前は、IS学園にはISと戦うために入学したって」
「血なまぐさい話だが、あそこでオータムが死んでいればISと戦闘する一番の理由が消えるからな」

殺せなかったからこそ、ああして二度目の戦いを演じるしかなかった。

「つくづく志保って出鱈目よね」

一言でまとめるならば鈴の言う通り、志保という存在はこのIS学園においてあらゆる面で規格から外れた出鱈目な存在だった。

「そんな衛宮さんに合わせて設計されたIS……さぞかし奇矯なものなのでしょうね」
「奇矯、って…」
「否定はできないと思うなぁ」
「うん、私もそう思う」

シャルロットと簪にもそう言われ、ことさらにへこむ志保であった。




=================




「――――どうしたものか」

箒は悩んでいた。しかしそれは<紅椿>に関することではなく、妹分であるラウラに関してであった。
害意はなかったとはいえ手を上げたのは事実。けれど、元来器用な性格ではない箒はどうすればいいか見当を付けあぐねていた。
端的にいえば、どう謝ったらいいのか迷っているのだ。

「お悩みの様ねぇ」
「うわわっ!?」

そんな迷いを抱えていれば、後ろから接近する人物に気付かないのも当然だ。
自身の機体の名のように、妖しげな笑みを浮かべて抱きついてきたのは箒も見知っている人物、IS学園生徒会長更識盾無だった。

「悩みの種はラウラちゃんのことかしら?」
「何で知ってるんです?」
「そりゃあもちろん、愛しい妹のことで悩む姉特有のシンパシーかしら」
「斬りますよ?」

いったいどこから出した? と突っ込みが入るほど自然に、何処からともなく取り出した竹刀の切っ先を、更識の眼前に突きつける箒。

「いやぁねぇ、私も簪ちゃんにどうやって接したらいいか迷った時があったから、少しアドバイスをしてあげようと思ったのよ」

確かに箒自身も、簪本人から一時期姉妹の仲がぎくしゃくしていたと聞いたことがあったので竹刀を収めた。
楯無は冷や汗をかきながらも、どうにか収められた竹刀の切っ先を見てほっと一息ついた。

「とりあえず話だけは聞きましょう」
「ホント、ちょっとしたお茶目だったのに勘弁してほしいわ」

言うと同時、風斬り音を伴って、再び竹刀の切っ先が突きつけられた。

「話を、聞きましょう」
「うん、報告書で呼んだのだけれど、ラウラちゃんに手を上げてしまったんですって?」
「………はい」
「それでどう謝ればいいか、――――いえ、嫌われていたらどうしよう、とか思っているんじゃない?」

自分でも気づいていなかった感情を突き付けられ、彫像のように固まる箒。

「けどね、そうやって立ち止まっていても進展はないわ、ここは真っ直ぐに言ったほうがいいと思うわよ?」
「真っ直ぐに……ありがとうございましたっ!!」

アドバイスを聞き終えた箒は弾かれるように走り去り、楯無はその後ろ姿をにこやかに見つめていた。

「フフッ、なんだか少し前の私を見ているみたいだったわね」







「――――ラウラっ!!」

弾かれるように飛び出した箒はと言うと、学園中を走り回った挙句に、ようやく整備棟で自機の整備に没頭しているラウラの姿を見つけた。

「お、お姉さま!?」

ラウラもいきなり現れた箒の姿に面食らっていた。
しかし、平静を取り戻すや否や、すぐにその場から立ち去ろうと踵を返す。

「待ってくれラウラ、話があるんだ」
「――――離してくださいっ」

箒は拒絶するラウラの手をしっかりと握りしめ、ここしばらくずっと自分を避けていた妹分の瞳をしっかりと見つめる。
慕ってくれている妹分にこんな表情をさせた自分の短慮に怒りを覚えながら、箒はまず何よりも最初に言うべきだった言葉を告げた。




「すまなかった、ラウラ」




何よりもまず謝罪の言葉を、虚飾を削ぎ落とし自分の気持ちだけを込めて告げた。
たかがこの一言を言うのに、どれほどの時間をかけたのだろうか。

「――――え!?」
「おまえはずっと私を慕ってくれていたのに、あんな馬鹿げたことをして本当にすまなかった」

罵られてもいい、軽蔑されてもいい、だけどこの一言だけは、どうしても伝えなければならなかった。




「嫌いじゃ、ないのですね」




けれどラウラが震えた声で絞り出した一言は、箒の予想外だった。

「嫌ってなんかいるものかっ!!」
「よかっ………た……お姉さまが、私を嫌いになられたのかとっ」
「そんなことないっ!! 私はお前が好きだっ!!」

涙声にすらなりつつあったラウラの言葉。
それが箒のタガを取り払った。普段なら羞恥心で言えないような言葉すら、声を大にして言い放つ。


「ううっ…ぐすっ……本当ですか?」
「当たり前だっ!! お前は何も悪くない、嫌いになんてなるものかっ!!」


その言葉がラウラの限界だった、ここしばらく抱え込んでいた不安と恐れ。
生まれて初めて手に入れたラウラ・ボーデヴィッヒの居場所が消え去ったのかもしれない恐怖心は、それを洗い流すのに大粒の涙を伴った。
幼子のように泣きじゃくるラウラを優しく抱きしめて、箒もまた静かに泣いていた。


けれど、お互いが涙を流し切った後には、晴れやかな笑顔だけが残っていた。




=================




「――――記録したか?」
「――――ええもちろん、現状で最高の高画質で記録済みです」

同時刻、そんな箒とラウラを監視している一団があった。
ラウラが隊長を務めるドイツ軍の精鋭部隊黒ウサギ隊である。

「うむ、よくやった」
「しかし、よいのでしょうか、最新鋭の監視機材をこのように用いるなど」
「何を言うか、隊長はIS操縦者として国家を背負っている身、相応の監視を付けることは国の義務だ」

副隊長――クラリッサ――はいっそ詭弁、いや、詭弁以外の何物でもない論理を振りかざし、自身の行為を正当化する。

「確かに、その通りですね」
「副隊長、これからは隊長の精神衛生の面を鑑みて、ルームメイトである篠ノ之箒嬢も、我らの監視及び護衛対象に含めるべきと具申いたしますっ!!」
「確かにその通りだな、よしっ!! これからは彼女も我が隊で人知れず護衛しよう」

おまけに隊員たちも、副隊長を諌めるどころか同調する始末であった。


もう一度言おう。この部隊は”ドイツ軍精鋭部隊”である。


完膚なきまでにいろいろと手遅れであった。




=================




束が私のISを製作し始めて二週間がたった。
時期が夏休み開始間近なのに加え、どの担任も束を迎え入れることにしり込みしたせいか、困った時に教授してくれるご意見番という扱いに束は収まっていた。
あまり頼り過ぎるのも生徒の成長を妨げるという理由で、指導する回数はそれほど多くないが、生徒からの変人だけど優しい人という評判とともに、おおむね好意的に受け入れられている。
そのおかげと言うべきか、私の専用ISに時間を集中して注ぎ込むことができ、予想外に早く完成することとなった。

「これが志保のISだよっ、名前はまだないけどね」

その最終テスト当日、束から”手渡された”ISはもうすでに調整を済ませているため、待機状態であるブレスレットの形をしていた。
しっくりと自分の腕に合うサイズのそれをはめて、私はアリーナに踏み入った。

「はいこれ」
「なんだこれは?」
「初回起動時の手順を記したメモだよ」
「……そうか」

私はそのメモを手渡す束のいつもと変わらぬ笑顔に、少々どころではない悪寒を感じながら、とりあえずそのメモ書きを受け取った。
既にアリーナには皆がそれぞれのISを展開して、私のISを興味心身で待ち構えていた。
言葉はなくともその視線には「早くISを見せてくれ」という言葉がありありと見て取れたので、早速先ほど手渡されたメモ書きを開く。

「何なのそのメモは」
「初回起動時の手順らしい」

一番近くにいた簪と一緒にそのメモを読んでいく私だったが、読み進めていくと同時紙切れを持つ手に力がこもる。

「え…っと、多分志保ならカッコよくやれるよ」

そんな簪の微妙なフォローと、状況がよくわかっていない皆の視線を受けて、私はISを展開……否、ISに“変身”した。
メモに記されていた簡単なポーズの指導通りに見得を斬って、羞恥心を堪えながらキーワードを唱える。




「――――変身っ!!」




その言葉を機構が感知し、眼前に掲げた右腕のブレスレットから金属質の液体が流れ出す。
それは瞬く間に私の全身を侵食して、私の体を全く別のものに作り替える。
その工程は数秒もかからず終わり、まるで特撮のヒーローのような金属質の鎧を着込んだ姿が作られる。
メタリックな赤と黒で彩られた、一言で言うならば仮○ライダーだった。
当然そんな私の姿を見た全員の反応は一緒だった。




「「「「「「絶対ISじゃないだろっ!!」」」」」」




「――――カッコイイかも」




いや、簪だけは今の私に、憧れにも似た視線を投げかける。
しかし、それ以外は声を揃えて、私のIS(?)を否定する。
確かに一番肝となるシステムの検証は私も一緒に行ったし、リクエスト通り私の魔術を生かせる限りなく人の体に近いISという条件も満たしている。とりあえずやることは――――

「とうっ!!」
「ちょ!? ちょっとしたお茶目、お茶目だからぁああっ!!」

観客席に陣取り、にやにやとこっちを見つめている束にとび蹴りを喰らわすことだろう。

「いいぞ衛宮、存分にやれ」
「了解しました、織斑先生」
「ごめんなさぁ~いっ!!」

完全に泣きが入っている束を見下ろし、お仕置きをこのぐらいで止めておく。
その代わり、しゃがみこんでいる束の襟首を掴み上げて、詳細を聞きたそうにしているみんなのところへジャンプする。

「きゃあああぁぁぁっ!?」

掴み上げた束が悲鳴を上げているが気にしないでいいだろう。このやんちゃにこれ位は丁度いい薬だ。

「さて、聞きたいことは束に聞くといい」

マスク越しのせいか少々くぐもった声で、皆に問いかける。
まず最初に聞いてきたのは一夏だった。

「そもそもそれ、ISなのか?」
「もちろんだよっいっくん!! 使ってる技術の出所は少々やばいけど、正真正銘ISだよ」
「やばい?」
「そう、このISは世界初の浸食型ISなのだっ!!」

第三世代でもなければ第四世代でもない、浸食型という未知の言葉に皆の顔にはクエスチョンマークが浮かぶ。

「そう、このISは生体金属ナノマシンで構成されていて戦闘時には操縦者の体と融合することで、これまでのISとは比べ物にならない追従性と小型化を成功させたの」

結果、小型化による瞬発力と被弾面積の低下をも成した。
おまけに肉体レベルで融合しているため、操縦時の齟齬やタイムラグなど一切ない。
正に自分の肉体として扱えるISだ。
無論、欠点が無いわけではない。

「けどね、これを開発したのは某国の非合法研究を行っていた奴らなんだけど、そういうところで開発された技術だからとてつもなくヤバいの、勿論そいつらはこの束さん直々にとっちめてやったけどね」
「やばいって……どういうふうに危険なんですか?」
「よくて廃人悪くて死亡、そもそも人間の体を金属部品に作り替えるわけだから、とてつもない精神負担があるの」

束の口から洩れたとてつもない発言に、一様に表情をこわばらせる皆。
確かにそんな技術が使われているともなれば、そんな反応をするのは当然だ。

「そんな技術を使っているのに、どうして衛宮さんは平然としておられますの?」
「いい質問だねセッシー、詳しく言うと志保に怒られちゃうけど、志保は魔術のおかげでその危険性をクリアしているの」
「変な言い方だが、私の魔術とこのISは相性がいいんだ」

私の魔術属性は”剣” 故に生体金属ナノマシンで構成されたこのISを、私の肉体は難なく受け入れられる。
何せ、幾度となく経験したことだ。体が刃金に侵食されることなど。

「なあ志保、なんでそんな奇妙なISにしたんだ?」

一夏の疑問は当然のことだった。
確かに今の説明では、そうまでしてこんなISを作るメリットが薄いと思えるだろう。

「ナノマシンで構成されると言っただろう?」
「ああ、それが?」
「つまりは損傷を治しやすいし、致命傷を負っても生き延びやすい」
「前に生存性を重視した造り、って言ってたけど、そういう意味だったのっ!?」
「けど絶対防御は搭載しなかったよね? どうして?」
「ちょ!? 束さん、それマジですか?」
「そうだよ、志保が発動して気絶する防御機構なんていらないって」
「このISは実戦を想定しているからな、絶対防御が発動して無傷で気絶するより、重症でも自力で逃げるほうを選んだのさ。格納領域は小さいがどの性能も平均的なものだし、私の魔術と組み合わせればどんな状況にも対応できるいい機体だよ」


だがしかし、そんな私の言葉は受け入れられなかったようで――――




「――――奇矯な機体、と言いましたけれど、ここまでとは思いませんでしたわ」




セシリアの言葉に、全員がうんうんと頷いていた。










<あとがき>
今回の話で箒とラウラのシーンを書いていて、「あれ? 箒が男でも成り立つんじゃないのか」とか思ってしまいました。
言っておきますが、あくまで箒は妹分としてラウラが好きなだけです。百合じゃ……ないはずだ。
あと、こんな奇妙なISを出したのは作者ぐらいだと思う。とりあえずオータムさんは一層志保が殺しにくくなったことに泣いていいと思う。




[27061] 第三十九話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/20 21:57


<第三十九話>


とりあえず志保の専用機(?)の初見せも終わり、いよいよ模擬戦を行うこととなったのだが、志保が指名した相手は意外や意外、鈴とラウラだった。

「ふん、大層な自信だな」
「そうよっ!! いくら志保でも二対一で戦えると思ってるの?」
「仕方がないだろう、接近戦に比重を置いた上でオールラウンダーな戦いができるのなんて鈴とラウラしかいないんだから」

セシリアは遠距離戦主体。シャルロットと簪はオールラウンダーだがどちらから言えば中距離射撃戦主体。箒はいまだ<紅椿>に習熟しているとは言い難い。一夏に至っては極論すればカウンターがとれるか否かに重点がいく。

「それにこちらは魔術を使うからな、万が一の時、すぐカバーには入れる奴がいたほうがいい」

無論、志保とて宝具の真名開放などやるつもりは毛頭ないが、それでも技術体系が違いすぎる物に対し絶対防御が正しく発動するか不安が残る。

「まあ、安心しろ、刃引きはしておく」

模擬戦とはいえ戦闘行為を前にして、いつもより毒の増した口調で志保はそう告げる。

「それはこっちのセリフよッ!!」
「そこまで言うのならば加減はしないっ!!」

その挑発ともとれる言葉が二人の闘志に火を付ける。
鈴は<双天牙月>を構え、ラウラは<シュヴァルツェア・レーゲン>のプラズマ手刀を起動させる。
志保もまた、扱いなれた白黒の双剣を両手に顕現させて、戦闘態勢を整える。

「では……行くぞっ」

地を蹴り脹脛のスラスターを吹かして地面すれすれを滑るように飛翔する。
その進行方向を塞ぐように<甲龍>の衝撃砲と、<シュヴァルツェア・レーゲン>のレールカノンが襲いかかる。
だが志保は、無理矢理地面を蹴って直角に曲がる。普通なら足が千切れ飛ぶような動きだが、刃金と化した志保の五体はその無茶を難なく行い、無影の弾丸と紫電の弾丸を避け切った。
そして、着弾の爆風を背にして再び足を曲げて力を込める。皆には言っていないが、強化魔術の使用すら念頭に置いた刃金の五体の膂力が、志保の体捌きによって無駄なく地面に伝えられ、両足のスラスターの噴射が完璧にその動きに同調して、瞬時加速と見紛う加速を実現させる。

『速いっ!?』
『凰!! お前が前衛に回れ、私がカバーに入るっ!!』

体感時間が加速された中で二人はプライベート・チャネルを用い、迫りくる志保への陣形を整える。
直後、音の壁を突き破りながら志保が鈴の眼前へと迫り、鈴が<双天牙月>を分割して志保めがけ振り下ろす。
二刀に分割され、それでもなお巨大な青龍刀は、しかし、志保を捕らえることはなかった。
地を割った<双天牙月>を足場に、志保は鈴の頭上をとる。
天地が逆になった状態で、鈴めがけ双剣を“振り上げる“
だがその攻撃を、援護に回ったラウラが停止結界を用い空に縫い止める。
そのままレールガンを放とうとしたラウラだったが、自分に切っ先を向けて次々と現れる刀剣を前にすぐさま身を翻す。
総数十程の刀剣が、コンマ数秒の差でラウラの至近を貫く。
ラウラの集中がそれによって散らされ、停止結界が弱まる。
ほんの僅かな停滞の後、志保は双剣を振り上げるが、ラウラが稼いだ時間によって鈴は迎撃態勢を整えていた。
大小二組の双剣が火花を散らして噛み合うが、武器の質量によって志保が押し切られる。
その勢いを利用し空中に投げだされた志保は、ある程度の距離を稼ぐと双剣を消して、黒塗りの洋弓を投影する。

「剣しか造れない、そう言ったが……あれは嘘だ」

ニヤリ、とマスク越しに笑みを浮かべると同時、IS用の狙撃銃と比肩するほどの矢が釣る瓶打ちにされる。

「やらせはせんっ!!」

鈴めがけ降り注ぐ紅の弾雨を、射線上に割り込んだラウラが先ほどと同じく停止結界で縫い止める。
<甲龍>の衝撃砲が停止した矢を噴き散らして志保へと迫る。
志保はその姿なき砲弾を、まるで空を駆けるような動きで……正確にいえばPICとシールドを応用した一時的な足場の併用で回避する。

「あ~もうっ!! ちょこまかちょこまかとっ!!」
「確かにあの柔軟な機動性は厄介だな」
「こうなりゃ手数の差で仕留めるわよッ!!」

衝撃砲・レールカノン・ワイヤーブレード、その全てをフルに使い弾幕を形成する。
駄目押しと言わんばかりに衝撃砲は収束率を下げ、レールカノンは近接信管搭載の炸裂弾頭を用い、その有効範囲を最大限広げる。
同時に二人も空中へ舞い上がり、戦いの場所を空へと移す。
三機のISが放火を伴い解放されていたアリーナのドームを抜けて、遮るものの何もない大空を駆け抜ける。
いかに小回りがきこうとも、空戦にかけてはこちらに分があると判断した鈴とラウラは、逆に志保を撹乱するような機動を行う。
音速を突き破り、発生したソニックムーブで志保に揺さぶりをかけていく。

(やはり空戦ではあちらに一日の長があるかっ)

心中で毒づきながら、志保はどうにか機体…というより自身の体を制御して、大きな隙を晒さないように空を駆ける。
いくら奇矯な機体とはいえ、志保のISは基本性能自体は平均的なバランスの取れた機体である。
故に、今のように数で勝る相手に性能面での勝負を仕掛けられれば防戦一方になるのは必然。
防御を固めることに心を砕き、いつ訪れるかわからない隙を見出すのをひたすら待つ。
体力やシールドエネルギーよりも精神力を削られるような状況だったが、志保にとっては慣れ親しんだ戦闘の流れである。
こと我慢比べであれば、志保に勝てる物などうそうそういない。

『ほんと志保って防御うまいわね』
『あれが志保の戦闘スタイルなのだろう――歯痒いことには違いないが』

むしろいつまでも土俵際で粘られる志保と相対しているほうこそが、焦りを感じていくのだ。
この辺りはくぐってきた戦場の数の差でもあるのだろう。

『とはいえここで迂闊に攻め立てても、カウンターを喰らうだけだろうしな』
『なんて言うかいやらしい戦い方ね』
『むしろ、勝つために手段を選ばない点は好感を持てるぞ』
『絶対試合映えはしないわね』

プライベート・チャネルを使って軽口を叩きながら、焦りを堪え志保への攻撃の手を緩めることなく続けていく。
それでも焦りはじわじわと増し続けている。




(――――そろそろ頃合だな)




故に、志保が使い慣れた手段に出るのは好都合だった。
僅かな、だからこそ自然な体勢の揺らぎ。
無論、鈴とラウラがそれを見逃すことは決してない。常に志保を挟みこむような位置取りを保持し続けていた二人は、その隙めがけ瞬時加速を発動。
音を置き去りにして<双天牙月>振り下ろしとプラズマ手刀による抜き手、刃金と灼熱の双撃がこれ以上ないほど綺麗に志保の隙めがけ振るわれる。


鈴とラウラも、地上で観戦している全員も、志保の敗北を思い描き――――


ただ一人志保自身だけが、違う未来を現実に成す。


届くはずのない双剣の刃が<双天牙撃>の斬撃をいなし<シュヴァルツェア・レーゲン>の腕部装甲を打ちすえて、プラズマ手刀が大気を焼くに留まった。

「嘘ぉっ!?」
「何ぃっ!?」

不発に終わる手ごたえと光景に、そろって驚愕の声を上げる二人。
志保の体を起点に二人は交差し、無防備になった背面に双剣が振るわれた。
止めにはならずともシールドエネルギーを削り、それ以上に鈴とラウラの平静を削り取った。
それでも動きを止めることなく、再び攻撃を続けるのは流石といえた。




=================




「――――正気かあいつは?」

その光景を地上で観戦していた千冬は、志保の戦い方を見て思わずそう漏らした。
ディスプレイの中では鈴とラウラが攻撃の手を緩めることなく、志保の隙めがけて苛烈な攻撃を仕掛けている。
しかし、その猛攻が有効打になることはなかった。それどころか志保のカウンターが少しずつだが確実に、<甲龍>と<シュヴァルツェア・レーゲン>のシールドエネルギーを削り取っていた。

「まさか……いや、しかし」
「箒もそう思うのか?」

千冬以外では、箒と一夏が疑問の声を上げていた。
接近戦に心得がある二人だからこそ、志保の戦いの中にある違和感に気付けたのだろう。

「どういうことですの? 私の目には衛宮さんがお二人の猛攻を何とか避け切ってカウンターを浴びせているようにしか見えませんが」
「射撃戦主体のお前がそう思うのは無理ないがな、不自然とは思わないのか?」
「不自然、とは?」
「衛宮が二人の攻撃を“かろうじて”回避して、”何とか“カウンターを打ちこみ、それを“幾度となく“繰り返しているのを、だ」
「それは………確かに」

千冬が述べた点は、一夏と箒も思っていたのか揃って頷いていた。

「でもそれがどうして志保の正気を疑うことに繋がるんです?」
「ただ単に志保の技量が常識外れ、ってわけじゃないんですか?」
「更識妹、デュノア、衛宮がどう常識外れか教えてやろう」

皆の視線が千冬に集まり、千冬の口から志保の非常識さが語られた。




「――――――――アイツはな、わざと隙を見せて相手の動きをコントロールしているんだ、それもあんなに巧妙に偽装してな」




その言葉を、一同が理解するのにしばらくの時間を要した。
千冬の語ったところはつまり、自殺行為一歩手前の行為だとわかってしまったが故に、である。
捌き損なえば直撃を喰らう、薄氷の上を渡るという表現すら生ぬるい狂気の沙汰。
どんな戦闘行為でも、自身の隙は晒さず、相手の隙を突くことこそが至上である。
これが格下相手なら、あるいは余裕の表れと言えるが、生憎とこの場において志保こそが格下だ。全く持って道理に合わない。

「織斑と篠ノ之は違和感を持っていたようだがな」
「でも、確証は持てませんでした」
「多分こうして離れて見ているから疑問に思えたんだと思うぜ」
「実際に刃を交えれば違和感すら持たないだろうな」
「そうしてずるずるとカウンター喰らい続けていくわけか……えげつねぇな」

そう語る二人の視線の先には、変わらずにカウンターを喰らい続けている鈴とラウラの姿があった。

「……ねぇシャル、志保、そんな戦い方今まで見せなかったよね」
「うん、そんなの一朝一夕にはできないはずだから、ISじゃない戦いでそんな戦い方続けていたんだろうね」

簪とシャルロットは千冬の発言の真意を悟り、不安げな視線を志保に向けていた。




=================




『くぅっ!! あ~もう、どうしてこんなことになるのよ!!』

鈴がいら立つのも無理はない、流れを掴んでいるのは自分たち、隙を多く突いているのも自分たち、しかし明らかに志保が優勢なのだから。

『凰……もしかしたらずっと衛宮に踊らされていたかも知れんぞ』
『どういうことよッ!!』

比較的冷静な性分のラウラが、ようやく志保の欺瞞に気付き始めた。
先ほど地上で千冬が指摘していたことを、ラウラは鈴に説明する。
怒声こそ上げないものの、怒り心頭と言った感じで鈴の顔が紅く染まる。
主導権を握っていた、と思わされ続けていたのだから。
だがその結果、二人のシールドエネルギーは四割近く削られていた。
覆せないほどに戦闘の優勢は志保に傾いており、何がしかの奇策に頼らねば逆転の芽はなかった。


――――守りに優れる志保相手に対し、である。


奇策など隙が大きいだけ、いきなりで成功する確率など殆どない。
練りに練られた奇策は奇策と言わない、それは秘策というのだ。
このままではじり貧、奇策に頼ればカウンターにあう確率が高い。どちらを選んでも志保の優勢は変わらず、二人は歯噛みしながら志保を睨みつける。
つまりは結局、志保の手の内で踊らされていたということに他ならない。
空戦に移行し自分たちが有利と思わせ、その実蟻地獄の如き状況に追い込む。

『すまん凰、衛宮の戦い方に好感を抱くと言ったが、私もむかついたぞっ!!』
『責めないわよ別に……それよりどうすれば志保にひと泡吹かせられるか考えましょ?』
『ならこういうのはどうだ――――』
『――――いいわねそれっ!!』

思いついた奇策は、確かに隙だらけ、それ以上に成功確率があまりにも低いものだったが、二人の瞳には必ず成功させるという意思が満ちていた。
互いに瞬時加速を使用して、性能差で志保を引き離して距離をとる。
必殺の意思を込め、<甲龍>の<衝撃砲>と<シュヴァルツェア・レーゲン>のレールカノンを同時に構える。
<衝撃砲は>収束率を最大レベルまでに上昇させ、レールカノンには通常信管の爆裂徹甲弾を装填する。


二人の瞳が志保の姿をとらえ、二機の機体の砲門が同時に火を噴いた。


先を行くのは紫電を纏った爆裂徹甲弾。音速を超え志保めがけ飛来する弾丸は、そのままではこれまでと変わらずに回避される運命しかない。


だがその弾頭に、不可視の衝撃が更なる加速を与える。紫電だけでなく見えざる破壊の衝撃すら纏った弾丸は、志保ですら避け得ぬ神速の魔弾と化した。


さながらそれは雷神の鉄鎚<トール・ハンマー>、雷神の一撃は大気に極大の悲鳴を上げさせながら、狙い過たず志保の体に喰らいついた。




「――――ぐううぅっ!?」




志保の甲鉄の体が鉄鎚の如き衝撃と爆風に嬲られ、この戦いで初めて志保の口から苦悶の声が漏れる。
シールド越しですらその衝撃は筆舌に値するものでなく、志保の意識を刈り取りかけた。


「「はあああああぁっ!!」」


そしてそれは欺瞞などではない、正真正銘の隙を晒すに至る。
この戦いにて幾度となく行われた挟撃、しかし、正真正銘の隙に打ち込まれた、紛うことなき必殺の一撃だった。
対する志保は無手の上に体勢は崩れに崩れ、どうあがいても反撃は不可能だった。


「舐…めるなぁっ!!」


だがしかし、志保の不可能のラインは常人の遥か上をいく。
志保が吠える。軋む体を無理やり動かし、スラスターにありったけのエネルギーを込めて颶風纏いし蹴撃を放つ。
音速を超える双撃を、音速を超える蹴撃が迎撃する。
衝突した衝撃波が大気を震わす。


「――――どんだけっ!!
「――――しぶといんだ貴様はっ!!」


結果は、志保が大ダメージを負いながらも首の皮一枚でつなぎ、逆に鈴とラウラのシールドエネルギーを削り切る双剣のカウンターを放っていた。


――辛勝。それが志保の専用機での初戦闘の結果だった。




=================




「――――馬鹿言え、お前の負けだ」


地上に降りた三人を出迎えたのは、意味不明な言葉を言い放つ千冬だった。

「教官、それはどういう……」
「最後の激突の前に、お前らの放ったレールカノンと衝撃砲の同調射撃で衛宮のシールドエネルギーは零だったんだ」

ラウラの疑問に千冬が答え、鈴とラウラの表情が何とも言えない複雑な表情に染まる。

「えっ……と、つまり志保は……普通んら絶対防御を発動するほどの大ダメージを負った……」
「死に体だったのにあれほどの反撃して見せたのか!?」

最早どう反応していいかわからないと言った様子の二人の背後では―――

「ねぇ志保、どうしてあんな無茶したの?」

感情が消え失せた様子で志保を問い詰める簪と―――

「そもそもその機体、そんな無茶をしないように作ったんだよねぇ」

全く笑っていない笑顔で志保を追い詰めるシャルロットの姿があった。

「いや…その…戦っている間にテンションが上がってきたというか……」
「「志保っ!! 言い訳しないっ!!」」
「すみませんでしたっ!!」


志保に許されたのはただ謝ることだけ。結果、土下座する仮○ライダーという、世にも珍妙な光景が展開されたのだった。











<あとがき>
感想で「仮○ライダーは戦闘シーンを想像できない、格好を想像できない」とかいただきまして、今回の話を書きながら具体的なイメージを作者の脳内で練っていたら、いつの間にやら鴉―KARAS―になってました。最初の方はバースだったのに………。
そしてタッグマッチで使わなかった鈴の衝撃砲を使った合体攻撃(原作でゴーレムⅠを撃破したあの技です)を、何故かラウラと使用していたり……
そう言えばまだこの話原作で三巻終わったころなんだよなぁ、次から夏休みの話になりそうだ。
ちなみに一夏のパワーアップイベントは文化祭を予定していたり……、一夏の覚醒イベントがこれほど遅いのこの話ぐらいかもしれない。




[27061] 第四十話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/23 20:59

<第四十話>



IS学園の一学期も終わり夏休みに入ったある日、私は久々に実家に帰省していた。
前世の記憶の中にある衛宮邸と“同じ“日本家屋の門をくぐり、久しぶりの、それでも馴染んだ廊下を歩いて居間に入る。

「およ? 帰ってくるなら連絡の一つぐらいしなさいよ、志保」
「ごめん、そういえば連絡忘れてた、――――ただいま、母さん」

居間で私を出迎えたのは、親しみやすさの固まりのような、いかにも近所の気のいいお姉さんといった感じの女性。
前世では姉貴分で、何の因果か今は母親という私とは奇縁を持つ女性――”衛宮”大河だった。




「何だ――帰ってきていたのかい、志保」




すると台所から親父も顔を出して、私を出迎えてくれた。
相変わらず、今の親父を前にすると何とも言えない気持ちになる。
不幸、なのだろうか……それとも幸運なのだろうか。
生まれた時から押し殺していた葛藤を今日もまた、おくびにも出さず、私は親父に声をかける。


「――――ただいま、親父」
「――――お帰り、志保」


無精ひげを生やした少しだらしなさの残る顔で笑顔を見せて、親父は――――衛宮切嗣は私を出迎えてくれた。




――――この世界では、当然衛宮切嗣は“魔術師殺し”ではない。




どこにでもいる平凡な、貿易会社に勤めるサラリーマンだ。
だから、母さんと普通の恋物語を繰り広げて、普通に結婚して、普通に私を生んだ。
傍目からは普通な物語でも、二人にとっては珠玉の輝きの物語。
そこに入り込んだ私という異物。多分相当に奇妙な、といっていい子供だったのだろう、私は。
それでも二人は私を愛してくれている。

「――――IS学園はどんな感じだい?」
「う~ん、ちょっとトラブルはあったけど、いい感じでやれてるよ」

実際は相当とんでもない出来事の連続だったのだが、機密がらみでもあるために言えるはずもない。

「それにしても志保がIS学園に入学したいっていきなり言いだしたのは驚いたわねぇ」

しみじみという母さんに、自分でもその通りだと納得する。
自分だってISに関わるとは思っていなかった上に、唐突に切り出したからな。

「あの時の母さんの取り乱しようは、未だにトラウマだよ」

簡単にいえば虎大暴れ。私と父さんどころか母さんの実家関係の人すら出張ってきての大立ち回り。
洒落じゃなくIS学園での出来事と比べても、遜色ないほどの大事になったのだ。

「ぶ~ぶ~、だって志保がいきなりあんなこと言いだすんだもん、ねぇ切嗣さん」
「そうだね、本当に驚いたよ。日頃自分の意見を出さない志保が初めて頼みごとをしたかと思えば、IS学園に入学したい、って」
「そこはほら、私も年頃の普通の女の子だからIS操縦者に憧れたとか、当たり前のことだと思うけどな」

ああ、自分で言っていてこれほど空々しい台詞も無いだろうな。

「何言っているのよ、碌にお洒落もしないし、化粧品にも興味を示さない、小学校中学校と友達は男子ばかり、挙句に趣味が“あんなもの”だし……母さんいっつも切嗣さんと一緒に育て方間違ったかなぁ、って悩んでたんだから」
「うん、志保がもう少し女の子してくれたらな、とは思うけどね」

確かに子供のころは懐かしさからいっつもクラスの男子とつるんでたからなぁ。
二人が心配するのも当然だ。よくよく考えてみれば同姓の親友は簪とシャルロットが最初なのかもしれない。
二人がどう思うとも“親友”なのだ。私の中では。あそこまで慕われておきながら、切り捨てる……なんて行為はあまりしたくない。
温くなったなぁ、と思う。
精神は肉体に引っ張られる。魔術では常識レベルのことだが、それを実感したのは初めてだ。


「――――志保は、今が楽しいかい?」


温くなったのはきっと、悪いことではないと思う。
それはきっと人として当たり前なことで、衛宮士郎の時は自分で捨ててしまった大切なこと。


「うん、楽しいよ」


「そっか、ならこれ以上言うことはないよ」と笑みを浮かべて言う親父は、”あの日”初めて見た笑顔と変わらぬ、私の心を穏やかにさせてくれる笑顔だった。






「――――そう言えばお爺ちゃんが呼んでたわよ?」
「雷河爺ちゃんが?」

それから学園での出来事を、当たり障りのない範囲で話して時間を潰していた時だった。
ちなみに母さんの実家は、“そういう筋”の家業をやっている。
……だからといって私にそれを継がないか? と聞いてくるのはいかがなものかと思う。
着物を着て、ヤクザ者を率いる私の姿………恐ろしく似合わないだろ。

「それじゃあちょっと行ってくる」
「いってらっしゃ~い」

母さんの煎餅を齧りながらの呑気な声を背中に受けながら、私は近所にある雷河爺ちゃんの所へと向かった。




=================




「――――御嬢をお連れしやした」
「おう、下がっていいぞ」

今となっては化石レベルのやり取りを傍目に、私は爺ちゃんの前に腰を下ろす。

「おう、来たか志保」
「どうしたんだ、爺ちゃん」

キセルを吹かし貫録たっぷりににやりと笑う爺ちゃん。藤村組組長として、過不足ない風体だった。
人となりもそれに見合った義に篤い、仁義をしっかりと通す正しく任侠といった感じだ。
配下の組員にもそれをしっかりと教え込んでいるから、藤村組はヤクザには珍しく近隣住民との諍いを起こさないでいる。

「呼びつけたのは他でもねぇ、前に厳の頼みで注文した奴あるだろ」
「ああ、ということはそれを渡しに行けばいいんだろ」

厳さんとは爺ちゃんの親友で、食堂を開いているのだが、近ごろしっかりとした料理の修業を始めたお孫さんの為に包丁を拵えてほしいと爺ちゃんを通じて私に依頼が来たのだ。
何故そんな依頼が来るかというと、私が子供のころよく爺ちゃんが贔屓にしていた鍛冶師の所に遊びに連れられていて、普通ならまかり間違っても孫娘を連れていくようなところではないのだが、生憎と鍛冶師の仕事場というのは私にとっては慣れ親しんだ場所であり、まあ、一言でいえば楽しんでしまった挙句にそこの人に気に入られて、女の子だというのに中学生にもなれば鍛冶仕事を趣味としてしまったんだよなぁ。
無論包丁とかそういうものしか打っていない。母の日のプレゼントで手製の包丁を渡すのは私ぐらいなものだろう。
(法の規制とか許可とかそういったものは雷河爺ちゃんがどうにかしてしまった。具体的に何をしたかは知りたくもない。ちなみにそこの鍛冶場では主に段平とか白鞘とかを打っていたそうだ)
……でまあ、爺ちゃんが酒の席で私の作品を見せびらかし、それがきっかけとなって厳さんが時々調理器具の注文をするのだ。

「そう言えば爺ちゃん、厳さんの店はどこにあるんだ?」

物の受け渡しは基本的にここでやっていたから厳さんの店――五反田食堂というらしい――には、今まで一回も行ったことが無いのだ。

「おう、そう思ってほら」
「ありがと、爺ちゃん」

既に想定済みだったのか住所を書き記したメモを受け取って、どうせなら昼食はそこで食べようと思いつつ立ち上がった矢先だった。

「それにしても……、ずいぶんとまあ鉄火場の匂い纏ってるじゃねぇか」
「どういう意味かな、爺ちゃん」
「なぁに、若ぇころにそういう無茶するのは特権よ、まあ精々死なないよう頑張れや」
「とりあえず激励と受け取っておくよ」


組長はやっぱり伊達じゃない、って言うことか。朗らかに言っているがその言葉は私の心胆を冷やすに十分なものだった。




=================




「――――ここか」

そうして電車を乗り継いでやってきた五反田食堂は、待ちのどこにでもありそうな年季の入った食堂だった。
しかし、年季は立っているが外観からしてしっかりと手入れされていて、厳さんの厳直な人となりが現れていた。
木枠に硝子を張った変哲もない引き戸を自らの手で引いて、真っ先に浮かんできた光景は――――


「謝っただけで済むと思ってんのかぁっ!!」


酔っ払いが女の子に手を上げようとする、ある意味テンプレな光景だった。




=================




五反田食堂の看板娘、五反田蘭が謝ってビールを零して酔っ払いを怒らせ、その酔っ払いが振り上げた拳を前に思わず目を閉じ、襲いくるであろう衝撃に恐怖した時。

「――――そこまでにしておけ」

衝撃の代わりに聞こえてきたのは、凛とした声。
恐る恐る目を開けて目にした光景は、迫りくる拳を受け止めてくれた見知らぬ誰か。

「大丈夫か?」
「は、はいっ、ありがとうございます」

蘭は思わぬ助け船を出してくれた見知らぬ女性に感謝し、女性もまた、蘭の感謝にかすかに微笑んで見せた。

「そうか、怪我が無くて何よりだ」
「何だぁテメェは――――ごべっ!?」

そんな光景に酔っ払いの怒りは更に高まり、しかして横合いから飛来した鉄鍋に強制的に沈黙させられた。
酔っ払いの頭に直撃した鉄鍋は、床に落ちる前に女性の手でしっかりとキャッチされ、鍋が飛んできたことにも一切動じずに口を開いた。

「お久しぶりです、厳さん」
「おう、志保か、蘭を助けてくれてありがとよ」

自分の祖父と親しげに話す女性に、助けてくれたことも相まって興味を持った蘭は女性の名前を尋ねた。
その女性は蘭の目から、同姓の目から見てもカッコいいと感じさせたのも関係あるのかもしれない。

「私は五反田蘭って言います、助けてくれてありがとうございました」
「何、大したことはしてないよ、――――私の名前は衛宮志保だ、よろしく、蘭ちゃん」

女性――志保はそう言って酔っ払いを店の外に追い出して、食堂のテーブルに着く。

(おじいちゃんとはどういう知り合いなんだろう?)

まず蘭が抱いた疑問はそれだった。普通に考えれば祖父である厳との関係が想像できなかった。
その疑問が顔に出ていたのか、志保は鞄から包みを取り出して、蘭の疑問を先に答えてくれた。

「ご注文の品、先に渡しておきますよ」

そう言って志保が取り出したのは包丁だった。その輝きは高級品の物と見比べても遜色なさそうなほどで、仮にも料理店で働いている蘭にとっては目を奪われるに十分な物だった。

「うわ~綺麗ですね、よく切れそう」
「おう、実際こいつの包丁はよく切れるぞ、今回もいい仕上がりじゃねぇか、弾の奴には少々もったいないかもしれんなあ」

後ろから聞こえる祖父の言葉の中に、気になる個所があった。具体的には“こいつの”の部分だ。
まるでこの包丁を作ったのが志保のような言い方だった。

「え……こいつのって、どういうこと? おじいちゃん」
「厳さんは私のお得意様だからね、いつも贔屓にさせてもらってるよ」
「そういうこった、志保の奴は年に見合わずいい腕しているからな」
「お褒めに与り恐悦至極、とでも言っておきましょうか」

蘭が理解するのに時間がかかったのを、誰も攻めはしないだろう。
志保のような女性が包丁を打つなど、普通はどう考えてもつながらない。


「えええっ!! 本当にこれ、志保さんが作ったんですかっ!?」


蘭が改めて見ても、その包丁は見事な輝きを放っていてとても志保が製作者とは思えなかった。
人は見かけによらないという言葉があるが、本当に見かけによらなさ過ぎである。

「すごいです!! 志保さん」
「いや、素人の手慰み、だけどね」
「そんなことないですって、お店で売られてもおかしくないですよ、これ」
「ハハハッ、そこまで褒められると悪い気はしないな」

蘭も年頃の女の子であり、往々にしてカッコいい女性に憧れたりするものだが、その点でいえば志保はどんぴしゃだった。
酔っ払いから助けてくれて、すごい特技も持っていって、なおかつそれをひけらかさない。
まあ確かに、女傑、という言葉に当てはまるのかもしれない。
蘭からの羨望の眼差しを、照れくさそうに受け止める志保。




「――――ただいま、三名様ご案内だぜ」




蘭にとってはそんな気分を、いつも悪し様に言っている兄の声で霧散させられたのはたまったものではなかった。
きっ、っと睨みつけるも、しかし、兄が言った三人の中の一人、昔から恋焦がれた憧れの人の姿を見て、あっという間に頬を赤らめた乙女の顔になってしまう。

「久しぶり、蘭ちゃん」
「お、お久しぶりです、一夏さんっ」




「――――奇遇だな、一夏」




「………………………………へ!?」

予想もしない言葉で、笑顔のまま石造のように固まってしまう蘭。
壊れたブリキのおもちゃのように振りかえり、先程までは憧れの視線を向けていた相手に、疑念の詰まった視線を向ける。

「お知合い……なんですか?」
「言い忘れていたが、私はIS学園に通っていてな」

あまりにもあっさりと告げられた言葉に、蘭が絶叫を上げるのも無理はなかった。


「えええええええええええええええっ!?」




=================




騒がしくなった食堂に厳の叱責が響き――主に声を上げていた人物が蘭だったために、相応に甘いものだった――、とりあえずそれぞれが注文をとって同じテーブルに座る。

「うう、志保さんどれだけすごいんですかぁ」
「いやしかし、私も驚いたよ、厳さんが一夏と知り合いだったなんて」
「俺も驚いたぜ、志保がここにいるなんて」
「相変わらず志保って、変なところで人脈発揮するわね」
「衛宮さん自身が、まあ特殊な人ですからね」

蘭も含めて年頃の女性が四人も集まり、一気に華やかな雰囲気になったテーブル。
五反田玄の孫であり一夏と鈴の親友でもある五反田弾は、嫉妬と怒りに満ちた想いを一夏にぶつけていた。

「一夏ぁ……お願いだからもげてくれ」
「うっせぇ、一応いろいろと大変なんだぜ、こっちも」
「じゃかぁしぃっ!! これだけの美女に囲まれて何が大変だぁっ!!」

そう言って一夏の胸倉を掴み上げる弾に、鉄鍋と蘭の仕置きが飛ぶのは時間の問題であり――

「むっ、うまいなこれ」
「そりゃそうよ、なんたってここの名物料理だもん」
「ああ、でもついつい食べ過ぎて太ってしまいそうですわ」

志保・鈴・セシリアは我関せずとばかりに、五反田食堂名物業火野菜炒めをおいしく食べていた。



「――――そうだ、弾君だったか?」
「な、なんですか、衛宮さん」

制裁を喰らいボロボロになった弾に、そもそもここに来た目的を思い出した志保が、包丁の入った包みを手渡す。

「ほら、(厳さんから)君へのプレゼントだ」

志保が悪癖を発揮し、大事なところをすっ飛ばした言葉は、思春期真っ盛りの弾にとっては思わず耳を疑うものだった。

「私が丹精込めて作ったものだ、大事に扱ってくれよ?」

それなりに志保は容姿が整っている。そんな志保にそんな言葉を言われればどうなるか。
「私が丹精込めて作った」→志保さんがわざわざ俺の為に作った→つまりは気がある!?
なんて図式がISの演算速度を超えたスピードで弾の脳裏に造られ、制裁のダメージを感じさせない軽やかな挙動で飛び起きて、恭しく志保の包丁を受け取る。




「一生の宝ものにさせていただきます!!」




事情を知っている二人、厳は黙して業務にいそしみ、蘭は呆れた声色で――


「――――このバカ兄」


――そう呟いたのだった。











<あとがき>
志保の日常風景の回。この世界の志保の両親はこの二人……ですが正真正銘の一般人。
志保にとっては含みはあれど気を休められる場所で、口調も少し砕けた物になってしまいます。
というか、少し志保はブラコン気味かもしれない。ちなみに大河の料理の腕は志保の弛まぬ努力で普通といったぐらいです。
あと、五反田兄妹には無意味にフラグ立てちゃいましたがどうしよう……




[27061] 第四十一話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/24 23:26


<第四十一話>


爽やかな朝の日差し、箒はそれを受けて瞼を開ける。
傍らには既に慣れた妹分の姿。白魚のようなしなやかな腕が、優しく箒の体に絡みついていた。
いつも自身のベッドに潜り込んでくる妹分に苦笑しながら、その頭を撫でようとした時だった。
ラウラとは反対側に感じる誰かの感触。首を傾ければそこにいたのは―――

「何で姉さんがここにいるんだ……」

ベッドの中だというのにトレードマークであるウサギのカチューシャを付けたまま、すやすやと可愛らしく眠る束の姿だった。
自分より年上なのに自分よりはるかに可愛らしい姉の姿に、箒は敗北感を感じながら身を起こす。

「ほら…姉さん起きてくれ」
「うう~っ、あと五分箒ちゃんエネルギー充填してからぁ」
「そう……ですお姉さま分を…充電させてくださぃ」

束に同調するようにラウラも起きているのだか寝ているのだかわからない戯言を呟き、箒の顔に青筋が浮かぶ。


――――一秒後、箒の部屋に拳骨の音が響いた。




=================




「――――全く、姉さんは何を考えているんですっ!!」
「え~、だって箒ちゃんとイチャイチャしたかったんだもん」

アリーナで<紅椿>の各種テストを行いながら、朝から奇行をやらかした束に対し箒は愚痴をこぼしていた。
何せ世界で唯一の第四世代機である。暫定的な扱いとして所属はIS学園となっているが、各国からのデータの催促はかなり苛烈なものとなっている。
そもそも基本性能からして図抜けたものなのだから、基本的の性能テストのデータすら垂涎ものなのだ。
一般学生でしかなかった箒がアメリカの最新鋭機である<シルバリオ・ゴスペル>を撃墜したのも、そのデータの価値を高めていた。

「福音を撃墜できたのは性能に頼っていただけなのですが……」
「だからこそ、さ……、だからこうして夏休みであるにもかかわらず試験がてんこ盛りなわけだ」
「すみません、織斑先生」
「お前が謝ることじゃない、あんな無茶な作戦をやらせざるを得なかった学園側の不手際だ」

実際福音を撃破できたのは多分に運が絡んでいる。特に福音が二次移行<セカンド・シフト>を果たしてからが顕著であった。
暴走して戦術が一定であったが故に、<シルバー・ベル>の弾幕を前面に押し出した飽和攻撃のみだったわけだが、いくら総エネルギー量が莫大であっても、単発の威力はISを一撃で絶対防御を発動させるほどではなく、<絢爛舞踏>によってほぼ無限のエネルギー供給力を得た<紅椿>の相手は無理だったと言える。
あの状態の<紅椿>を撃墜するならば、<白式>の<雪片弐型>のように一撃必殺の武器が必要だ。
無論そこまでのデータを開示していないわけだから、各国の軍部・企業は束に踊らされていると言えよう。

「――――それで私を隠れ蓑にして、志保の存在を隠す……というわけですか」
「ほう、それなりに頭が回るようになったじゃないか、少し前の猪娘とは思えんな」
「こんな過分に過ぎる力を背負わされたわけですからね、少しは思慮も深くならなければただの馬鹿でしょう」

事実、今の箒は冗談抜きで国家レベルの影響力を保持している。
妹のガードにしては張り切り過ぎだ、とは千冬の言だ。
所属があやふやな状態でISを所持しているのは一夏も同じだが、<白式>は継戦能力に難があり過ぎる。<白式>自体が対IS戦闘能力に特化したためだ。

「――――だから一夏には<白式>を与えたわけですか?」
「ひとつ教えてやろう、頭を回し過ぎるのも身を滅ぼすぞ」
「肝に銘じておきます」

継戦能力が低すぎて国家レベルの影響力はなく、さりとて力ずくで捕縛しようともIS殺しとでもいうべき性能で難易度が跳ね上がる。


「脇が甘い!! ISのセンサーばかりに頼るなっ、攻撃の気配を、五感全てを使って感じ取れっ!!」
「おうっ!! でぇりゃああっ!!」


ちなみに件の人物は、同じアリーナで志保のISと苛烈な訓練を行っていた。
志保の剣弾に幾度も打ちのめされながらも、必死に食らいつくように刃を振るう姿は無様、ではあったが――――


「おい、試験中に人の弟に色目使うとはいい度胸だな」
「い、いえ、そんなことは……ただ今の一夏はカッコい…じゃなくてっ!!」
「――――二度目はないぞ?」
「はっ、はいっ!!」

千冬の差すような視線に晒された箒に出来るのは、冷や汗を流しながら頷くことだけだった。

「それにしてもさ~、<紅椿>と<鎧割>は相性悪すぎると思うんだよねぇ」

話題を変えるように束が<紅椿>の右手に握られた<鎧割>を見ながら呟いた。
既に<紅椿>の格納領域には登録されていて一応の専用武装となっているわけだが、どうにもぎこちない剣捌きであった。

「ですが……愛着もありますし」

製作元の倉持技研ですら欠陥品として何の執着もみせていないその大刀は、まさしく時代遅れの遺物であり、最新鋭機体である<紅椿>が握るには何ともミスマッチであった。
同様にその戦術も真逆。<鎧割>は単純な破壊力による一撃必殺が理にかなった使い方であり、<紅椿>は<絢爛舞踏>による手数を重視した多撃必殺が理にかなった使い方だ。

「それでも……使い慣れた物を使いたい、というのは我儘なのでしょうか」
「箒ちゃん……」
「篠ノ之、とりあえず今日の試験項目は終了している、あとは自由にやっていい」
「それでは、失礼します」

不安に揺れる瞳のまま、踵を返して自主練習を行っている他の者たちの方へ歩いていく箒の姿を見て、千冬が呟いた。

「だいぶ怯えているな、あれは」

そういいながら千冬が秋ほどまでの試験結果に目を通すが、その結果は惨憺たるものであり、福音撃墜時とのデータと比較すればその落差は一目瞭然だった。
<紅椿>の基本性能の高さでかろうじて第三世代機と同等の結果。お世辞にも<紅椿>の性能を引き出しているとは言えなかった。

「はぁ……箒ちゃんにどんな危険が迫っても切り抜けられるように、って作ったんだけどなぁ」

束にしてみれば純粋にその思いだけで作り上げた機体。しかし、ISは兵器なのだ。
学園でこそレギュレーションを、バックアップを整えて競技として確立させているが、それでも何かを破壊し誰かを殺すことのできる、しかもとびきり強力な兵器だ。

「ISというものの恐さを、あいつはとてつもなく最悪な形で実感してしまった、<鎧割>を使い続けることに固持するのも、自分を縛る意味があるのだろうな」
「うう、そこまで考えがいかなかったよぉ」

いつも朗らかにしている束でも、そうまで自分の手落ちを指摘されれば頭を抱えて落ち込むしかなかった。
これまで束の周りにいたのは、千冬や彼の宝石翁を筆頭としていずれも何がしかで図抜けた相手だった。
だからこそ、束にとっては強大な力など身近なものであり、それへの向き合い方など考えたことなど皆無。無条件に箒も与えられた力を御することができると思いこんでしまった。

「それでも、あいつはこうも言っていた」
「え!?」

そんな束を慰めるように、千冬の口から箒の言葉が紡がれる。




「――――――――それでも、姉さんが私の為に<紅椿>を作ってくれたことは感じることができました、ありがとう姉さん、だとさ」




長年にわたり蓄積された複雑な思い、だからこそ正面切って言えなかったのだろうか。
だがしかし、束が喜ぶであろうはずの言葉を口にしても、束は無反応。不審に思った千冬が振り向いて見てみれば……

「………えへへ、箒ちゃんがありがとうって、ああもう、直接言ってくれればよかったのにぃ」

だらしなく緩んだ顔で箒からの言葉を噛み締めている、世間では世界一の天才科学者の姿があった。


「――――放っておくか」


千冬はそう言って、黙々と<紅椿>のデータ整理を再開するのだった。




=================




「今日はこのあたりにしておこうか」
「…………………………あ、ありがとうございました」

志保との苛烈な訓練を何とか終えた一夏は、立っていることすらできずに倒れ伏した。
<白式>の装甲には幾多の傷が入り、その純白の装甲を見るも無残な物に替えていた。

「ふむ……サンダラーの併用もなかなかいい具合になってきたな」
「突っ込む時の目晦ましぐらいにしか使ってないけどな」
「元からそのために造った物だ、それでいい」

アサルトライフルなんぞ使ったところでお前には意味が無いしな。と呆れるように言う志保に、一夏は反論したくもあったが、事実その通りなのだからと口を噤んだ。

「突っ込んで斬る。<白式>はそれだけしかできん機体だし、それこそが必勝の型だ」
「だからこそ俺に求められるのは刹那の見切り、それ以外は余分に過ぎない、だろ」
「そのために私を選ぶとはな……怖くないのか?」

魔術を使用せざるを得ない志保のIS戦闘は、魔術という術式体系に絶対防御が対応しきれるか不安が残る。
故に、訓練とはいっても相応以上の緊張を一夏に強制することになる。その緊張感こそが一夏の望むものであった。

「怖いよ……けど、それ以上に前みたいに何もできずにいるほうがもっと怖い」

震えを堪え、みっともなく心の内を語る一夏を志保は真摯に聞き入っていた。
実に真っ当な、真っ直ぐな、強くなりたい意思。子供っぽいと笑う者はいるかもしれないが、志保にとってその言葉は実に眩しいものだった。

「男の子だなぁ、一夏」
「うっせぇ、茶化すな」

厭味ったらしくそう言う志保の心の内には、ひょっとしたら嫉妬心があるのかもしれなかった。
からかわれていると思った一夏は、強引に話題を変えることにした。

「そういや志保のISって何て名前なんだ?」
「そう言えば決めていなかったな」
「うぉいっ!!」

まさかの返答に一夏は地面に倒れ伏していたにもかかわらず、もう一度ずっこけるというPICを無駄に使用した高等技術を見せる。

「何せ、記録に残せないようないわくつきの機体だからな」

しかもそれをいいことに、今日まで束と一緒に調整やマイナーチェンジを繰り返し、使えるからと言って非合法すれすれの技術までぶち込んだのである。
VTシステムすら多種多様な戦いをする志保に追従するために組み込み(もちろん束が調整し暴走など引き起こしはしない)、志保が扱えば近接戦闘時は比類なき動きを発揮するが、他の人間が扱えば間違いなく死亡という機体になった。

「そりゃあ、残せないよなあ……」

そんな事情を聞かされて一夏は顔色を悪くし、名前すら付けていないことに得心がいった。

「でも名付けないってのは味気ないと思うぜ?」
「なになに、何の話をしてるの?」
「おうシャルロット、実は志保の機体の名前どんなのがいいかなって話してたんだ」
「へえ、志保のISの名前かぁ」
「やっぱり仮○ライダー○牙とかAGIT○とかがいいんじゃないかな」
「簪……それは勘弁してくれ」

何せあの変身方式が未だ残っているのである。そんな状態でそんな名前を付けるのは、志保が羞恥でのた打ち回りかねない。
しょうも無い悪戯に全霊を傾ける天才科学者の姿がそこにはあった。(千冬と志保の制裁にも屈しないのだから、ある意味ものすごいことである)

「ん~<ルージュ・ラファール>(紅き疾風)とかどうかな?」
「むぅ……布都御魂(ふつのみたま)とかどうかな」

シャルロットはシンプルに自国の言葉で名付け、対抗する様に簪も日本語由来の名前を考えた。

「けど、技術的にラファールと繋がりなんてないしなぁ……布都御魂もなぁ」

志保の魔術的にその名前はいいかもしれないが、何せ本物に近い贋作が志保の中にはあるのである。
どちらも乗り気ではない志保に、競うようにシャルロットと簪がフランス語と日本語の名前を上げていくが、志保にピンと来るものはなかなか出ない。


「何をやっているんだ?」


ヒートアップする二人を呆れたように見つめながら、箒が歩いてきた。
いつの間にか蚊帳の外に追い込まれた一夏が事情を説明し、なんとなく箒も名前を考え始める。

「その点<白式>はシンプルでいいよな」
「ふむ、<紅椿>もな、その点志保の機体は何とも微妙な物だ、そうそういい名前は見つかりそうにないな」

ちなみに箒の知る由も無いことだが、<紅椿>は当初<蒼椿>の名前で製作していた。
実は<絢爛舞踏>が彼の魔法使い、ミス・ブルーの魔術回路を参考にして開発されていたのだ。
だが、「でも箒ちゃんには紅のほうが似合うしねぇ、それに青だとセッシーとかぶるし」と言って、束が現在の仕様に変えたのだ。


「じゃあっ…<赫鉄>(あかがね)は?」


簪が考えついたのは神鉄の一種、志保にとってもなじみの深い金属の名前であった。

「いいな、それ……うん、それに決めるよ、ありがとうな簪」
「そ、そう? 志保が気にいってくれたなら嬉しい」

笑顔で簪をねぎらい、傍目から見てもいい雰囲気になった二人。

「む~っ、僕も志保の為にいろいろ考えてたのに」

当然シャルロットは拗ねたように志保に密着する。さながら、相手にしてもらえなくて寂しがる子供のように。
志保はようやくそこで二人が名前にこだわった理由……自分の愛機と共通点のある名前を付けたがっていたことを察し、自分の鈍感さを呪ったのだった。

「シャルロットも色々考えてくれてありがとう」
「ほんとにそう思ってる?」

右腕に抱きつきながらそう尋ねるシャルロット。志保は<赫鉄>の装甲越しに感じるシャルロットの豊かなふくらみに、何とも言えない感情を感じていた。

「志保ってわかってそういうこと・・・やるのかな?」
「生憎と二人は親友としか見れないな」

対抗して簪も志保の左腕に抱きつき、志保は簪の問いに珍しく突き放したような言い方をする。
簪はわかってはいても、改めて口にされるのは結構ショックなのか瞳に悲しさを宿していた。



「でも、私の一番の親友だと思っているよ」
「――――今はそれでいいよ、これからは、わからないけどね」
「じゃあ僕は何? 簪の次?」
「羨ましいの? シャルロット」
「ちょっとその勝ち誇ったような表情やめてくれないかなぁ」
「ああ……二人とも同じぐらい大切、というのは駄目か?」



何とも甘ったるい空気を引き連れて、三人はアリーナを後にしていく。
あとに残された一夏と箒は、苦虫を噛み潰したような表情で突っ立っていた。



「――――なんかすごいブラックコーヒー飲みたいんだけど」
「同意だがお前が言うな、一夏」












<あとがき>
ふと思ったんだが志保の現在の状況は、魔術を知り、魔術が最強であると信じ込んでいる魔術師を知るが故に、科学兵器を使って魔術師殺しと名を馳せた切嗣のように、ISを知り、ISを最強と思い込んでいる者たちを知るが故に、魔術を使ってISを撃退しているんだよなぁ……
意図していない奇妙な符合に、作者が一番驚きました。






[27061] 第四十二話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/01 20:44



最近感想で「本編より外伝の更新を楽しみにしてる」と、かなりの人から言われてショックを受けたので、ちょっと過程すっ飛ばして文化祭の話を書くことにしました。
いい加減本編の一夏も活躍させたいっていうか……、というわけで読者の方々にはぜひとも了解のほどをお願いします。



<第四十二話>


夏休みが明けて、IS学園には一つの大きなイベントが迫りつつあった。
クラス対抗戦やタッグマッチのようにISの戦いがメインではない、普通の学校でもお馴染みな平和なイベント。

そう、文化祭である。

そしていま、IS学園の生徒会の会長は更識盾無が勤めている。
基本的に彼女、イベントは自ら率先して大いに盛り上げる性質である。そんな彼女が文化祭という極上のイベントを目の前にして、ただ座しているだけというのは絶対あり得なかった。
そしてもう一人、今現在のIS学園には“あの”篠ノ之束がいるのである。
彼女もまた、非常に乱痴気騒ぎが好きな性質である。(彼女がそうなったのはとある屋敷の割烹着の悪魔がかかわっているとかいないとか)


「「……絶対何かあるな」」


場所は違えど、志保と千冬は同時にそう呟いたという。
そしてその予感は、大いに的中したのだった。




「――――束さん、今度の文化祭こんなイベントを開催しようと思うんですけど」
「――――ほう? 楯っちもなかなか話がわかるじゃないか、むふふ、束さん張り切っちゃうぞぉ」
「ええ、先生方の半数近くには、既に話を通しています」
「でもさぁ、どうせならもっとインパクトのあるものを賞品にした方がいいんじゃない?」
「例えば?」
「例えばそう――――こんなのがいいと思わない?」


生徒会室で顔を寄せ合い、いかにもな悪巧みに興じる二人。
互いに美女と言える容貌を持つ二人だったが、溢れ出るいやな雰囲気が全てを台無しにしていた。

「うわ~、なんか楽しそうだねぇ~」
「あの雰囲気を楽しそうと表現しないで、お願いだから」

布仏の従者姉妹は、妹は緩み切った高揚感を迸らせて、姉は三者が奏でるいやな気配の狂騒曲に心底疲れた表情を見せていたのだった。




=================




所変わって一年四組の教室。今ここでは文化祭でのクラスの出し物を検討していた。
無難なところで喫茶店などの、飲食物を取り扱ったアイデアが大勢を占めている。
ならばあとはどういった独自性を出すか、IS学園という超難関校に入学した者の多くは勿論高い意欲を伴っているのだから、クラスメイトの殆どがそれぞれ真剣にアイデアを絞り出そうとしている。

「――――ところでなんで私が取りまとめ役なんだ?」
「うう、ごめんね志保」
「まあ、人にはそれぞれ向き不向きがある、次を頑張ればいいさ」

壇上でそうこぼしたのは志保。普通ならばこういったことはクラス代表が務めるものなのだが、元来内気な簪が勤めるには無理があり過ぎた。

「はぁい、私はこういうのがいいと思います!!」
「え~!! そんなのよりこういうのどうよ!!」
「え……あの……えっと」
「あ~、とりあえずは飲食店系の出し物をやるということでOKか?」

見かねた志保が簪を補佐し、やがて志保が完璧に取りまとめ役となってしまった。
涙目になった簪を宥める志保の、その慈愛に満ちたやり取りを見てクラス中が一時ほんわかした空気になったことも、ここに記しておく。

「けど問題は一組だよねぇ」

頬を指で付きながら、シャルロットが呟く。
どうせなら耳目を集める盛況な出し物を行いたいというのは、皆にとって自然な欲求であったが、それを阻むのが一組の――――織斑一夏の存在だった。
学園唯一の男子生徒というのは、あまりにも大きなアドバンテージだった。
紅一点ならぬ白一点。それだけで耳目を集めるに足るというのに、加えて一夏本人の容貌も中々に整っている。
身なりを整えてやれば、それだけで看板になるだろう。

「――――男子がいないのならば、男装の人を投入すればいいじゃない」

目には目を。歯には歯を。男子には男装を。
ごく一部を除くクラスの意見は、おおよそそれに纏まった。
何せ彼女には実績があるのだ。獲物を狙う猛禽の目の群れが、一斉にシャルロットに狙いを定めた。


「え……なんでぼくの方を見るのさ」


「「「「「「シャルっち、もう一度シャルル君になってよっ!!」」」」」」


最早運命は決し、哀れシャルロットは今一度シャルルに立ち返ることが義務付けられてしまったのだった。




「うう…………何で僕がこんな目に」

後日、クラスの有志が執事服を用意して、ここに執事・シャルルが爆誕した。
中性的な容姿に執事服のコンビネーションは、他ぬクラスに対抗するために切り札としては十分で、何人かの興奮しやすい腐ったクラスメイトが恍惚の表情を晒していた。

「その、いらっしゃいませお嬢様、とか言わなきゃいけないの?」
「もちのロン!!」
「ぐふっ!? 予想以上の破壊力ね」
「クラスの栄光の為、シャルル君には奮戦を期待するわ」

どこかしらやけっぱちな表情で、シャルロット……もといシャルルは執事のまねごとを行う。
あらかじめわかってはいても、その頬を紅く染めてそんなことを言う美少年風の人物の存在は、瞬く間に撃墜マークを増やしていった。

「けど一人だけ男装って言うのは恥ずかしいよぉ」

文化祭で見世物になる光景を幻視し、気恥ずかしさと気まずさが同居した嘆きの声を上げるシャルル。

「フッフッフッ――――いつ男装するのがシャルル君だけと言ったかね?」
「そんな話は聞いていないんだが?」

その嘆きに答えたクラスメイトの発言に、少々困惑気味になる志保。
昨日の会議で取りまとめをしていた自分に、全く伝えられていない話が出てきたのだから当然だった。

「思うんだけどさぁ、衛宮さんも中々に行けそうだと思うんだけどねぇ」

にやにやと紙袋からもう一着の執事服を取り出し、ズズイと志保に迫るクラスメイト達。




「――――――――――――ああ、そういうことか、別にかまわんぞ?」




だとしても志保のこの反応は、かなり予想外に過ぎた。
むしろ好都合、そう言わんばかりの反応に志保へ迫る足が止まるクラスメイト達。
志保はそんな彼女たちから執事服を奪い去ると、おもむろにその場で着替え始めた。
もとよりそれほどに豊かでない胸を適当にさらしで押さえつけ、見事に平坦になった胸を糊のきいたシャツとジャケットで覆い隠し、瞬時に見事な執事姿の志保が現れた。

「ふむ、こんなところか」

基本的に志保の姿勢は、いつも鉄芯が入っているかのようにぴんと張っている。
そんな志保がぴしっとした執事服に身を包めば、瞬く間に本職と見紛うほどの執事が誕生した。
というか志保、前世においてとある貴族の屋敷の執事のアルバイトもこなしていたのだから、ある意味本職である。似合わないはずが無かった。

「ほう……なかなかのもんだね」
「うん、宝塚にいそう」

志保にとっては願ったりかなったりの感想がクラスメイトの口から洩れる。
実は前日の会議において、シャルロット以外の衣装案に“メイド服”もあったのだ。
志保としてはそんなものは断固願い下げであり、そんなものを着るなら着慣れた執事服の方がいいと思っていたのだ。


「とりあえず……どういった所作で客を出迎えるのか煮詰めたいんだが」


そんな思考など欠片も見せず、志保は建設的な思考を述べた。
実際志保当人は問題無いとして、シャルロットはそれなりに練習をしないと駄目だろうとも思っていた。ただでさえ見世物に近くなるのに、その状態でぎこちなさを晒したらかなりきついだろう、と。

「じゃあ簪、お客さん役やってくれないか?」
「え、私?」
「いいねいいね、衛宮さん乗り気だねっ」
「じゃあ私もお客さん役やりたいなぁ、いこっか、簪さん」
「うわわ……押さないで」

他にお客役を志願したクラスメイトに背中を押され、簪は廊下に出た。
閉じられるドア。それを確認した志保は今一度、恰好を整えてドアの前に立つ。
他のクラスメイト達は机を並べて即席のテーブルを作り、シャルロットもいつの間にやら志保が準備していた練習用に使うティーセットを取り出す。

「いつの間にこんなもの準備してたのさ、志保」
「喫茶店ならお茶を淹れる手順ぐらい身につけないと、恰好がつかないだろ?」

凝り性だなぁ……、とシャルロットは呟きながら、練習の為に水道水をティーカップに入れてきた。
そうして準備ができたのを見計らって、ドアの向こうから簪の声が聞こえてくる。

「準備……いいかな」
「ああ、こっちはOKだ」

直後教室のドアが開けられ、簪たちが入ってくる。


「――――――――ご来店誠にありがとうございます、お嬢様方」


衒いも何もない、実に馴染んだ口調で二人を出迎える志保。
まるで一枚の絵画のように、その様は堂に入っていた。
決して素人の手慰みではない、熟達の所作に客役である二人は見入っていた。

「すっごぉ~」
「うん、本物みたい」

特に簪の方は、”志保が“そんなことを自分に対しやってくれているのだから、魅入っていることに気を取られ過ぎて、志保が「どうぞ、こちらへ」と恭しく案内しても動けずにいるほどだった。

「ほら簪ちゃん、歩いて歩いて」
「え……キャッ!?」

そうして自然な動作で引かれた椅子に、二人は照れくさそうに座り、その後も流麗な手つきでティーカップに紅茶を注ぐ演技をされ、本物とはこうだと言わんばかりの志保の演技に見入っていた。

「こんな感じで応対しようと思うのだが」
「………どこにも文句なんて付けれないよ、って言うかそれを僕にもやれってこと!?」
「その通りだが?」

志保が見せつけた完璧な模範演技に、どうしても自分がそれをやれるとは思えないシャルロット。
むしろ志保としては曲がりなりにも男装して入学できたシャルロットならば、この程度のこと造作なくやれる、と思っていたりするのだが……。

「それじゃあまずは見栄え良く紅茶を注ぐ練習からしようか」
「う、うん」

どこか戦場にでも向かいそうな緊張感を漂わせて、シャルロットはティーポットを持った。
そしておずおずとティーポットを傾けて、中の水をティーカップに注ぐ。

「――――ここはもっとこうしたほうがいいな」

己が両手に集中しているシャルロットには、その志保のいきなりの接触はあまりにも刺激的に過ぎた。
背中から覆いかぶさるように、志保の体が密着する。
緊張に震える腕を、志保の腕が優しく、それでいてしっかりとつかみ上げる。

「――――この角度の方が見栄えがいい」

志保の吐息が指導の声とともに、シャルロットの耳朶を蕩かす様に打つ。

「う……うん…こうだね」
「そうだ、なかなかいいぞ」

心臓は早鐘のように鳴り響き、シャルロットの白磁の如き白い肌に赤みをさす。
緊張に耐えながら志保に答える言葉には力が無く、どこかしら甘さが感じられた。
さしずめ今のシャルロットは、志保という人形師に操られる美しきマリオネットだった。




――――はてさて、意図はなくとも多感な年ごろの少女たちの前でそんな光景が繰り広げられた。

二人の恰好は前述の通り、互いに執事服に身を包んでいる。
シャルロットは美少年に、志保は男装の麗人に、それぞれそうなった二人が密着し絡み合う光景は、何処となく淫靡さを感じさせた。
互いに少女であるにもかかわらず、美丈夫同士の禁断の絡みを想起させるその光景は、クラスメイトのほぼ全てを紅く染め、シャルロットの甘い吐息ですらが鮮明に響き渡る。

「う、うわ~」
「こ、これはなんとも」
「よっしゃあぁ!! 次の同人誌のネタはこれだぁっ!!」

それぞれクラスメイトは眼前の光景に対する感想を述べるが、そのどれもが歓喜一色だった。


「…………なんだか、気に喰わない」


ただ一人、簪だけがその光景に不快感をあらわにする。
これは訓練、やましいことなど全くないし、事実志保と手そんな考えは絶対に欠片も抱いていないと言い切れる。
けど確実にシャルロットは望外の志保との接触に絶対喜んでいるし、”できるのならば自分もそうしたい”と簪は思っている。
ならばと、簪もクラスメイトが持ち寄った多種多様な衣装の中から、ある一着を選び出し即座に着替えた。

「ねぇ志保……私にも、教えてほしいな」
「…………………………………なんでメイド服?」
「まずは、形から、だよ」

簪が選びとった戦闘服はメイド服であった。緊張で赤く染まった頬、強く握られたスカートのすそが小動物の様な印象を感じさせた。
ロングスカートの清楚な印象を与えるその服は、確かに簪に大変よく似合っていて、志保の視線を一瞬釘づけにする。

「それじゃあ簪もシャルロットと同じようにやってみてくれ」
「うん、わかったよ」

勿論志保が簪が緊張している理由など理解するはずも無し、いたって普通に簪への指導を始めた。

「うん、なかなかいい感じだぞ」
「―――――――――――――――――――――え!?」
「何でそんなに驚くんだ!?」

所が誤算というか、簪は思いのほかうまくやり過ぎた。
そう、志保が手をとっての濃密な指導が必要無いほどに、である。それは簪にとって敗北以外に他ならない。

「もっと……教えてよ」
「え!? だから何を?」

消え入りそうな声で指導を求める簪だが、志保に指導のもとに行われる密着を望んでいることに気付ける筈が無かった。
褒められたのに満足できないもどかしさに歯噛みする簪の視線の先に――――


「――――フフン」


どこか勝ち誇った様子のシャルロットがふんぞり返っているのだった。


「――――志保のイケず」
「だからなんで!?」


例え、簪とシャルロットが自分に懸想しているとは知っていても、具体的にどんな行為が彼女たちの琴線に触れるか全く思い至らない志保であった。











<あとがき>
なんか凛々しい志保を書いていると酷い違和感を感じてしまう…………。
て言うかさっさと本編一夏が主人公しているシーン書きたいなぁ、本編で活躍しているの志保と箒の二人だし。



[27061] 第四十三話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/05 23:47
<第四十三話>


吹き抜ける砂塵を含んだ風。硝煙の匂いと、何かが焦げる匂い。


見渡す限りに広がるのは、兵器の残骸と血に染まった肉塊、そして、それらを舐めつくす炎。
見間違えようも無いほどに、そこは戦場の跡だった。
塵殺。その一言以外で形容できないほどに、そこは凄惨極まっていた。
ようやく底で、鼻を突くこの匂いが人肉の焦げる匂いと、血の匂いであると気付いた。
普通ならば吐き気の一つでも催しておかしくないと思うし、自分もそこまで心胆が強いとは思わない。


「――――――――ああ、夢なんだ、これ」


例えるならば、予め作りものだとわかっている戦争映画。
真に迫るものはあっても、どこか現実感が無い。
けれど、”これは作り物だ”、と思いたい心情が、心の奥底、自覚もせず降り積もる。

「けど、何でこんな夢を見るんだろう?」

誓って生涯一度たりともこんな戦場に立った覚えはないし、夢に見るほどに強烈な戦場をモチーフとした創作物にも出会った覚えはない。
夢とは記憶の再編集。そう、聞いた覚えがある。
ならばこの夢は何なのだろうか、過去とは違う、ましてや、己が奥底に眠る深層意識でもないだろう。
自分は決してこのような光景を見たいとも思わないし、作り出そうとも思わない。
使う物が極上の兵器とはいえ、ほぼ完璧な安全性が確保されている競技に、数多の人達に背中を押されてやっと挑めた臆病者なのだから。


全く自身との関連性が欠片も無い、無縁の夢。

                            
動く物が、何一つとしてない無明の世界に、ただ一つ動くものがあるのに気付いたのは、それから……夢の中でこういうのは変な話だが、数分ぐらいたってからだった。
気付かなかった理由は多分、“それ”が刃金に思えたからだろう。
幾度の戦場を駆け抜けてもなお、おそらくは折れはしないだろうと思わせる、剣の如き人間だったから。
身に纏う赤いコートが風に靡き、染め上げたわけでもない自然な白髪と、幾度も打ち鍛えた鋼の地肌を思わせる褐色の肌が目を引いた。


――――何故だろう、どうして今私は“彼女”のことを想起したのか。


構成する色合いが、彼女によく似ていたから? 
纏う風が、戦いの時彼女からも感じたから?
振り向いた瞳が、まるでどんな獲物をも逃さない鷹の如き瞳だったから?

多分、一言で纏めるなら、“彼”がもし“女性”だったなら彼女みたいになるんだろうと、そう思ったからだ。

どうやら、彼も私に気付いたみたいで、揺るがぬ歩みでこちらに近づいてくる。
その瞳は決して私から逸らされることはなく、気付けばその手には剣呑な気配を放つ刃が握られていた。
その刃は二刀一対、白黒の短剣だった。
陰陽模様を施された二極を現すそれは、訓練の時に彼女がよく見せる剣だった。

「すまない、――――――――――――恨むなら、俺を恨んでくれ」

その煌めき。命奪う鋭利さが私の首筋に迫る。
ああ、殺されるんだろうな、と夢の中の浮遊した感覚でそう思った。
そこに恐怖はなく、あるとしたら一つだけ。




――――――――どうしてこの人は泣いているんだろう。




押し殺した無表情の中に、悔恨と嘆きと悲しみが垣間見えた。
だからその顔は、涙の一筋すら流していなくとも、間違いなく泣き顔だった。
首筋に灼熱が灯る。一拍の後、吹き出した鮮血が視界を塞ぐ。
夢と現は表裏一体。ならばこれは目覚めなのだと薄れゆく意識で理解して――――




夢と現の狭間の刹那。無限の剣の墓標を垣間見た気がした。




=================




「――――気分悪い」

うん、いくら夢の中とはいえ、殺される夢なんて見たくもなかった。
迫る刃の輝きと、首筋に今でも残る切断の感覚が、眠気を諸共に切り裂いていた。
指先で触れれば今でも、その熱さに似た痛みを感じる様で、とりあえず一刻も早く顔を洗ってこの気分を洗い流そうと決める。

「ふう、さっぱりした」

冷や水をかぶれば、とりあえず気分も落ち着いてくる。
そうなれば、あの夢についてもある程度は客観的に考えられるわけで……。
けど、そうして思い返せば返すほど、あの男の人と志保が重なって見えてくる。
差異なんてそれこそ、性差しかないとすら。
けど、いきなりしほに「志保って男だったことってある?」なんて聞いても、まさしく世迷言。いや、この場合は寝言だろうか。
そんなとりとめも無いことを考えて台所に向かえば、一足先に起きていた志保が、今日の朝食と昼食の準備をしていた。

「おはよう、志保」

挨拶もそこそこに、私も手を洗って準備の手伝いを始める。
油揚げを切りつつ、味噌汁の出汁をとり、卵焼きを作るためにボウルで卵をかきまぜる。

「ああ、おはよう簪」

志保も穏やかな笑みで挨拶を返しつつ、その手を止めることなく料理を作っていく。
そのまま会話は途切れて、静かな時間が過ぎていく。
聞こえてくるのは包丁の音に、煮炊き物の音、それぐらいしかない。
けれど、そんな穏やかな時間を志保と過ごせているのは、何よりも心が温かくなる。
ここ最近は、命の危険もある事件が結構起きているから、こんな時間の大切さが以前よりもしっかりと分かる。
同時に、志保に似合うのはこんな時間だと思う。
決して、夢のような状況なんて似合う筈がない。志保がたとえ隔絶した戦闘能力を持っていたとしても、それだけが、志保の全てである筈がない。
こうして、何気ない穏やかな時間を、志保だって望んでいるだろうから。




―――――――――けど、本当にそうだろうか。




不意に、頭の中によぎったその疑問。
何で自分でもそう思ったのかわけがわからず、調理の腕が少しの間止まってしまった。

「どうしたんだ?」

覗きこんでくる彼女の瞳。私を案じた優しい瞳の筈なのに、それが、夢の中の彼と重なる。

「………ううん、大丈夫だよ、ちょっと寝ぼけただけ」
「そうか? ここのところ文化祭の準備とかもあるから体には気を付けたほうがいいぞ?」

心底私の身を案じていてくれるその声。けど、私はさっき重なった幻影を忘却することに必死だった。
そんな筈ない。そんな筈ない。と呪文のように心中で繰り返す。
そう、志保はあんな塵殺なんて決してしない、と誰よりも自分に言い聞かせた。


嘘吐き、志保のことなんて殆ど知らないくせに。


そんな心のどこかの声を、圧殺するように言い聞かせた。




=================




その日の夜。いつものように二人で作った晩御飯を食べ終えて、二人でお茶を飲みながらの穏やかな時間。
違うところと言えば、いつも入り浸っている姉さんとシャルロットが、どちらも用事があっていないことぐらいだろうか。
志保と並んでテレビのバラエティ番組を見ながら、久しぶりの志保との二人っきりの時間を堪能する。
私の方はちょっぴりドキドキしているけど、志保は当然いつもと変わらない平然とした様子だ。
なんだか釈然としないから、私のドキドキを押しつけるように、隣に座っている志保に寄り掛かる。
けれどそれでも無反応。しっかりと気付いているはずなのに、変わらずのんびりとしている。
むしろ触れ合った志保の肩の温かさに、私のドキドキが増していく。

「――――何かない?」

なんだか私が一人相撲しているみたいで、せめて何か反応を返してほしくて、つい志保に問いかける。
なんだか釈然としない敗北感に打ちひしがれていると、志保が困ったような表情を見せた。

「どうして欲しい? なんて聞くのはいささか間抜けだな」
「志保は私のこと、精々妹分としか見てないもんね」

私がちょっと拗ねたようにそう言うと、志保は一層困り果てた顔をして、それがなんかおかしくて笑ってしまう。

「フフッ…志保ってこういうことになると要領悪いよね」
「私としては、簪を友人として見たいんだがな」
「私は、………そこから先に行きたいな」

そう言って、私は一層志保に寄り掛かる。すぐ間近にある志保の顔に上目遣いで見つめてみる。
流石に志保もここまでして無反応とはいかず、赤らめた顔を無理やり咳払いして整えた。
その様子が何よりも嬉しかった。自分が志保に影響を与えているということは、無視できるほどちっぽけな存在ではないことのあかしだから。

「ねぇ……やっぱり、駄目?」
「…………………今は駄目、と言っておくよ」

「どうにも腑抜けた言い方だ」とぼやいて、志保は視線を逸らす。
つまりはまだ望みがある、ととっていいんだろうか。だったらまあ……そういう言葉を引き出せただけでも良しとしよう。

「じゃあ……代わりに志保のことを教えてよ」
「私の?」
「うん、だって志保自分のことはあんまり話さないし、それで許してあげる」
「とはいっても、何を教えればいいんだ? 流石に何から何まで話してくれ、というのは勘弁してほしいんだが」

困り果てた顔をする志保を見て、私は今の今まで棚に上げてきた疑問を口にした。
本来なら、即座に聞いておかなければいけないことだけど、あの時は私もシャルロットも全然冷静じゃなかったから。


「――――――――――――ねぇ、何であのとき“私はきっと、誰も幸せにはできない”って言ったの?」


そう、咄嗟のこととはいえ、そんなことが口から突いて出てくるということは、そう思うだけの何かがあったということ。
何も無ければ、わざわざそんなことを言いはしないと思う。仮に女性同士という点で、志保が拒否感を示したならば、きっとそういうことを言う筈。
そして、志保がそう思うに至った経緯を、私は手掛かりレベルですら何一つ知らない。
だから、今ここで教えてほしいと思った。今朝見た夢が、影響していないと言えば嘘になる。
放っておけば、あの夢はきっと真実になるんじゃないのかという、理屈の無い予感があった。


「簪は……瀕死の体で、苦痛に塗れた顔をした奴に救われたいと思うか?」


しばらくの沈黙の後、志保は絞り出すようにそう口にした。
その質問の内容、意図するところは見えなかったけれども、私の率直な想いで言うならば。

「私は……いやだな、助けられたなら、その人と笑いあいたいと思う」

その喜びを、感謝の思いを、助けてくれた人と分かち合いたい。
――――――――志保の時のように、と内心で付け加えて。

「私はさ、そうなっちゃうんだ、――――誰かの命と自分の命、どちらかを獲れと言われたら前者をどんなことがあっても選んでしまう」
「どんな……ことがあっても?」
「そう、見ず知らずの少年を助けるために、躊躇なくISに挑めるぐらいには」

確かに、志保はそう語っていた。けどそれは、魔術って言う、他人には無いアドバンテージがあればこその話なんじゃないのだろうか。
自分に抗する手段があって、勝算もあるのなら、それは単なる正義感の発露だと思う。
そんな私の心情を察したのか、志保は苦笑して言葉を繋げた。

「考えても見てくれ、数年前だったら体もまだできていない、あの時の行為は、はっきりって自殺行為さ」
「でも、織斑君は志保がISを圧倒していたって……」
「そうなるように立ちまわったというだけで、自殺行為に等しいことには変わりないさ、臨海学校は警戒されていたからあの様だっただろ? 危険を正しく理解しても、迷わず断崖に飛べもしないのに疾走する、基本的に私はそう言う奴だよ」

やけに饒舌に、志保は自身のことをそう評した。
それを、忌避もせずに志保は受け入れているようで、私にはそれが腹立たしかった。
その様子が、志保の言葉が的を射ていることの証で、言ってみれば志保は自分は自殺志願者に近いから、こんな奴とも付き合っていても碌な目には合わないぞ、と言っているようだった。

「治そうと、思わないの?」

自覚しているのなら、改善していけばいい。
まだ私たちは学生なんだから、いくらでも道筋を正せられる筈だから。

「…………そうだな、これから治していけばいい、か」
「自信が無いの?」
「ああ、これに関しては自信が無さ過ぎる、馬鹿は死んでも治らないなんて正鵠を射た言葉だって理解しているからな」
「じゃあ、志保って馬鹿なの?」
「ああ、すごい大馬鹿もの、それこそ死んでも治らなかったほどの、な」

おどけた感じで言う志保。けれど、志保自身も、それを治したい、改善したいと思っているように感じた。

「じゃあ、これから志保が馬鹿をやったら力尽くで止めてあげる、……出来るかどうかは、わかんないけど」

カッコつけて言いきった後に、そもそも志保は自分とは比べ物にならないほどに強いんだと思いだした。
おかげで蚊の鳴くような声で、間抜けな言い訳じみた言葉を繋げてしまった。
呆れられているだろうか、と恐る恐る志保の顔の方を見てみれば。


「――――――――カッコいいな、簪は」


ほれぼれとするような、むしろこっちがカッコイイと言ってしまいそうなほどの笑顔でそう言った。

「ど……どこ…が?」
「あの告白の時とか、結構見惚れていたんだぞ、面と向かってあんな啖呵を切られてさ、正直にいえばすっごくドキドキした」
「でも、私は親友としか見てくれないんだ」

志保の馬鹿。私の方がドキドキしてるよ。
私には志保の方がかっこよく見えてるんだから。心臓なんかずっと破裂しそうなほどなんだから。

「そうだな、こっちにも意地がある」
「何の意地なの、教えてよ」
「秘密、言えたことじゃないけど、いい女には秘密が付きもの、とかよく言うだろ?」
「自分で言っちゃうんだ、そんな言葉。――――誤魔化そうとしてるでしょ志保」
「ああ、なんだかついつい舌が軽くなってべらべらと喋ってしまったからな」

気障な台詞だけど、明らかに目を泳がせて言ってしまえば、魅力も半減だよ?
射抜くような視線を浴びせたら、志保は頭を掻き毟りながら照れたようにそう吐露した。

「志保でもそんなことあるんだ」
「ああそうだよ、“俺”だってあんなことを言われれば緊張ぐらいするさ」

あれ? 何か今ものすごい違和感があったような――――


「俺?」
「あ!?」


志保が自分のこと、「俺」なんていうとこ初めて見たかも。
緊張と興奮で口調もどこかぶっきらぼうになっているし、もしかしたらこれが志保の素なのかな。

「昔は自分のこと“俺”って言ってたんだよ、母さんにせめて“私”と言うぐらいしなさい!! ってよく叱られてどうにか直したんだ」
「………そうなんだ、それぐらい混乱してたの?」
「そうだよっ、簪は可愛いんだからあんなこと言われたらパニクるのは当然だろ?」
「か、可愛いって……!?」
「あの告白の時から、簪を意識しないようにずっと気を付けていたんだよっ」

志保の思いもよらない告白に、互いに顔を真っ赤にして固まってしまう。
テレビの中の芸人だけが騒がしい喧騒を醸し出して、どうにか沈黙は免れている具合だった。
…………そっか、志保の鈍感はそれも原因だったんだ。


「――――――――簪みたいな可愛い子に告白されたら、意識しないのなんて難しいよ」


前言撤回。混乱しているからってこんな台詞を臆面もなく言える志保って、筋金入りだよ。鉄筋並みの。

「いつもいつも、一線を超えないように自制を心がけているしな」
「今も?」
「今も」
「……超えてもいいよ?」
「それは断固拒否させてもらおうっ!!」

ここが攻め時かな、って思ったけど、志保の自制心は並々ならぬものだった。
誰よりも自分に言い聞かせるように、志保はきっぱりと言い切った。
そこからまたもや沈黙が続いて、数分がたった後、志保がポツリと呟いた。

「告白の後の、簪とシャルロットの言葉、あっただろ?」
「うん、どうしたの?」
「改めて言うけど、すごい嬉しかった――――――――私<衛宮志保>が変われそうな気がしたから」

ほかならぬ志保の唇から流れた「嬉しかった」の一言は、私もすっごく嬉しくさせる。
半分断られたような告白だけど、それでも決して無意味じゃないとわかったから。


「――――――――だからさ、さっきの一言、頼らせてもらうよ」
「勿論、その言葉、嘘にしないように頑張るから」
「ありがとう、簪」


互いに微笑みあって、あやふやな、だけど決して破れない約束をした。
聞きたいことのそもそもの根本。志保がそこまで自分を顧みないようになった原因こそは聞けなかったけど、それでも志保の小さな秘密と、気持ちの一部を知れてよかった。
また一つ、志保との繋がりが強くなったように感じられたから。


「ねぇ、二人っきりの時は素を出してほしい、いいでしょ?」
「――――――――考えておく」


うん、本当に聞けてよかったな。










<あとがき>
日常生活におけるフラグの積み重ねにより簪に対して、志保がデレを増しました。
ちなみに作者の考えとしては、本編の衛宮志保は未だ衛宮士郎の意識を残していて、外伝の衛宮志保は完璧に、“衛宮志保”になっています。
そう言う書き分けができているかは、ものすごく不安ですが……



[27061] 第四十四話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/09 01:09
<第四十四話>


「――――む、まさかこうなるとはね」


束は学園のISコアのデータの確認作業を行っている時に、そう呟いた。
主に確認しているのは、学園保有、及び各国から派遣された実験機などのコアの、コア・ネットワークを介しての相互干渉データだった。
その中で束の目を引いたのは、相互意識干渉<クロッシング・アクセス>発生確認の一文だった。
そもそもISコアは周囲に満ちる魔力を吸収・蓄積し、それを通常利用可能なエネルギーに変換する装置だ。
ぶっちゃけて言えばただの変換機であり、自己進化機能や隔絶した演算機能などは束が後から付けた付随物に過ぎない。
そして、魔力というのは人の思念の影響を大いに受けやすい。
つまり相互意識干渉というのは、搭乗者の影響を受けて無意識に構築された魔術的ラインのことを指す。
勿論この事実を知るのはISコアの本質を知る物だけであり、束を除けば、精々理解できるのは志保ぐらいだろうか。

「発動コアは<打鉄弐式>と<赫鉄>か……」

映し出された機体名は倉持技研の最新型と、最近束の個人端末にのみ名称登録された志保専用機の名前だった。
束にしてみれば、<赫鉄>のコアが相互意識干渉を発動させるのは間違いないと睨んでいた。
何せあのコアは志保に並々ならぬ興味を抱いている。自身を貫く螺旋の鏃は、それほどまでにその鮮烈なる衝撃を刻みつけたのか、束手ずから初期化を行っていても、志保のデータは記憶していたぐらいなのだから。
完全に束が製造に関わっていないISコアといえど、そこまで執心するとは清々しいまでの一目ぼれだった。
だから<赫鉄>のコアにはうってつけであり、魔術に対応する唯一無二のコアとなっているわけだ。
“衛宮志保”に侵食する以上、間違いなく彼女の魔術の影響を受ける筈だ。
通常のコアだと、未知の魔術というデータにパニックを起こしかねない。

「発動時間のログを見る限り、おそらくは夢という形で見たのかな?」

だとすれば問題は、どちらから流れたのかということになる。
構築される魔術ラインは、よほど同調した二者間で無いと一方方向への情報の流出という形になる。
とはいってもか細いものなので、そこまで深刻な事態にはならないはずなのだが……。

「けど志保の……士郎さんの記憶だとちょっと問題だよねぇ」

机に突っ伏しながら、誰に言うでもなく束は呟いた。
別に束も士郎のことについて詳しく知っているわけではない。何せ子供のころに一度だけ出会って、見ず知らずの人の為に真実自分の命すら容易く賭けれる。
そんな束にとっては理解不能に等しかった士郎に強烈な印象を抱き、結局それ以来一度も会うことはなかった。


――――最後に見たのは、うすら笑いを浮かべて処刑台の露に消える英雄の姿だった。


「ああもう……もう“終わった“ことじゃないっ!!」

ふらっと現れて、いつの間にやら心中に居座り、あっけなく死んだかと思ったら、予想外の方向から現れて。
そこだけ考えると性質の悪い男みたい、と束は思う。何せ初恋だったのかどうかわからぬままに、衛宮士郎という男は死んでしまったのだから。
だから今でも、衛宮志保という存在を自分はどういう思いで認識しているのか、束自身ですら分からぬままだった。

「珍しいですねぇ……束さんがそんなふうになるなんて」
「おおぅ…楯っち、乙女の痴態を覗き見るなんてマナー違反じゃないかなぁ」

煩悶している束の背後から声をかけたのは楯無だった。
いつもと変わらぬ悠然とした態度で束の対面に座った楯無は、まるで期待に満ちた子供のような視線を束に投げかける。

「――――それで、例の薬は出来てます?」

子供と言っても……完璧に悪童のそれ、自分の行為が悪戯だとわかっていても、ついついやりたくなってしまう悪餓鬼の表情だった。

「ふっふっふっふっ…………当然ここに」

束もまた、楯無と同様の表情をして懐から薬瓶を取り出す。
少量の、明らかに一人分の容量しかないその中には、形容しがたいおぞましさが感じられた。
誰の目にも尋常の薬物とは見えず、事実、その形容は的を射ていた。

「それで? 効果のほどは?」
「効果は一回六時間ほど、二回ぐらいの連続服用でも後遺症は一切なし、だよッ!!」
「パーフェクトです、束さん」
「お褒めに与り恐悦至極」

そしてどちらともなく、同時に笑いだす二人。
近々行われる文化祭。そこでこの薬と楯無の突発企画が巻き起こす狂乱を想像し、二人は笑いを堪えることができなかった。
楽しければいい、なんて快楽主義者の思考を隠しもせずに、二人の愉快犯は笑みを浮かべ続けていた。


――――ちなみに例の薬瓶には、MADE IN KOHAKUの一行が記載されていたことをここに記しておく。




=================




そしてとうとうやってきた文化祭当日。

「――――なんで俺も執事服なんだよ」
「仕方があるまい、クラスの面々が四組に対抗意識を燃やしているのだからな」

だからと言ってなんで私まで執事服なのだ……私だってその……メイド服着てみたかったのに…。
そんな呟きを一夏に聞き留められなかったのは、箒にとっては運が良かったのか悪かったのか。
最近凛とした刃の様な雰囲気を増した箒は、嘆息しながら一夏と同じく執事服をその身に纏っている。
これはこれで、一夏とペアルックみたいなものだから、まあ良しとしようと思いながら。
箒もまた、加速するクラスメイトの熱気に当てられた故の結果だ。

「フフッ、お二人ともお似合いですわよ」
「ど、どうですかお姉さま」
「二人とも似合ってるなぁ、可愛いぜ、その格好」
「そんな……可愛いだなんて」

そこにセシリアとラウラがメイド服を着て現れ、一夏は二人の恰好に対し素直な気持ちで感想を漏らす。
セシリアにしてみれば、一夏の口から可愛いといわれるのはそりゃあもうたまったものではないから、赤らめた頬を隠す様に両手でにやけそうになる頬を抑えていた。

「ふんっ……お前の意見など聞いていない」
「ひでぇっ!?」
「ククッ、へこむな一夏」

しかしラウラは一夏からの賛辞なぞ求めちゃいないから、辛辣な舌鋒を吐き出す。
あまりにぞんざいな扱いにへこむ一夏を箒が宥め、そこにラウラがすがるような視線を箒に投げかける。

「その……それでどうですか?」
「大丈夫、可愛くて似合っているぞ」

慈愛に満ちた瞳でラウラの頭を撫でながら、自身が感じた感想を箒は口にした。
求めていた言葉に聞き入りながら、ラウラはまるで猫のように目を細め緩み切っていた。

「ほんと姉妹しているよなぁ……二人とも」
「ええ、いいお姉さんしていますわよ、箒さん」

そんな情景を一夏とセシリアはニヤニヤとした表情を見せながら見つめ、直後、二人の顔の間際で風切音が鳴った。

「――――茶化すな、二人とも」

どういう原理なのか袖口から木刀を取り出した箒は、少なくともセシリアの目には映らぬ速さで木刀を横薙ぎに振るう。回避行動すら取れなかったセシリアの金髪が数本、断ち切られて空を舞う
一夏はどうにか察知して回避行動をとったのだが、それでも鼻先にかすったみたいで鼻血をティッシュで拭いていていた。

「す、少し言葉が過ぎましたわね……」
「つか、今の俺がよけなかったら頭蓋直撃だったじゃねぇかっ!?」
「避けたからいいだろう? というか避けろ」
「よくねぇよッ!! だいたい今どっから木刀取り出してんだよッ!?」

全く持って反応すらできなかったセシリアの顔には大量の冷や汗が張り付き、一夏も鼻を押さえながら箒に抗議するも暖簾に腕押しと言った感じで箒に受け流される。

「ふむ…ちなみに今木刀を取り出したのは最近教えてもらった闇器術でな、存外便利だぞ?」

学生服では隠せないが、こういったスーツ姿なら結構な量の武器を隠せるんだ。
したり顔で非常に非常識なことをのたまう箒。教室にいる面子の中で、唯一ラウラだけがその箒の手際に感銘を受けていた。

「すごいですっ!! お姉さま、誰に教えてもらったのですか?」
「ああ、志保だ、昔出会った人物が使っていたらしくてな、話のタネに教えてもらった」
「「ああ志保か……納得」」

元凶の名を聞いて、一夏とセシリアは納得と疲れが入り混じった表情を見せたのだった。
ちなみに件に人物は、どこぞの奥州筆頭の如くいくつもの刀を同時に使いこなす人物だということをここに記しておく。

「――――――――初っ端から何やってんのよ?」

そんな一年一組の教室に、鈴の呆れを含んだ声が響き渡った。

「おお鈴か……ぁあああっ!?」
「な…何変な声上げてんのよ!?」

振り向いた一夏の視線の先にあった鈴の姿は、メイド服でも、ましてや執事服でもなく、彼女の祖国の民族衣装たるチャイナドレスであった。
健康的な彼女の魅力を引き出す様に、深く切り込まれたスリットからは瑞々しい肌に包まれた太腿が覗いている。
髪型はいつものツインテールではなく、頭の両脇で丸く纏めたシニョンだった。

「いや……いきなり可愛い姿見せられたからな」
「ぶっ!? い、いきなり何変なこと言ってんのよ………………可愛いって言ってくれてありがと」
「ん? ごめん、最後何言っているのか聞き取れなかった」
「何も言ってないわよッ!!」

そんな甘酸っぱい雰囲気を醸し出す二人に、セシリアと箒の顔から笑みが消えた。

「一夏さん……」
「そこまでにしてもらおうか」

一夏の首筋に突きつけられる木刀とレーザーライフルの先端。

「さ~て、そろそろ準備しないとな」

冷や汗をかきながら一夏は教室内に設けられた調理スペースに、逃げ込むように歩き去っていった。

「――――ふぅ」
「ふん、緩んでいるな」
「何だよラウラ、嫌味か?」

逃げ込み一息ついた一夏に、変わらず不愛想な表情のラウラが声をかける。
ラウラの口調は叱責する様でもあったが、どこか一夏の身を労う様な響きを持っていた。

「嫌味ではない。――――少なくとも今日は、貴様の気分転換になるだろうな、精々気分をリフレッシュさせることだ」

そんなラウラの言葉に、一夏は気まずそうに視線をそらす。
少なくとも、箒も鈴もセシリアも同じようなことを言ってくると自覚していたからか。

「どういう意味だよ?」

それでも男の意地か、素知らぬふりを見せる一夏。

「ふん、気付かないとでも思ったか? あれから休みなく訓練漬けの日々をこなしているところだけは、褒めてやろうと思ったのだがな」

言外に、お前最後に休息をとった日はいつだ? と込めてラウラは言い放った。
一夏はその言葉に、反論できる言葉を持たずに沈黙する。
事実、臨海学校から一夏は自発的に休息をとっていない。時間があればいつもアリーナでの実機訓練に励んでいた。
明らかなオーバーワーク。明らかに焦っている一夏だったが、それでも止まっていることすら我慢ならないとばかりに訓練に励んでいた。
そんな一夏に対し、鈴とセシリアは一夏の気持ちが理解できるために強く言えず、箒はそもそも自分が元凶なのだろうと直感的に理解しているために強く言えず、故に一夏のここ最近のストッパーはもっぱら千冬と志保が勤めていた。

「うっせぇーな、お前には関係ないだろ」
「ああそうだ、――――だが、業腹だがお姉さまには関係がある話だ」

故に彼女たちの為に自愛しろ、己が限界を理解して動けと、ラウラは視線で訴えていた。

「忠告、ありがたく受け取っておくよ」
「今日は祭りだ、気分転換にはちょうどいいだろう」
「だよなぁ―――――――――――――――けど」

一夏はラウラの言葉を肯定して見せるものの、教室の外に視線を向けた。
つられてラウラも視線を外に向け、彼女にしては珍しく、一夏を心底労る様な言葉をかけた。

「――――頑張れ、一夏」
「ああ畜生っ、お前にも心底心配されるとかどんだけだよっ!!」

なぜなら、教室の窓から見える廊下は、開店を今か今かと待ち構える生徒たちで黒山の人だかりができていたからだ。
いや、各国の生徒が集うIS学園において黒山の、という表現は相応しくないだろう。
ともかくとして、その全てが一夏を目当てにしていることは、世事に疎いラウラでも容易に察せられるほどだった。




=================




そんな一夏の予想通り、一年一組への客足がある程度落ち着いた時には、心底疲弊した屍の如き一夏の姿があった。

「――――つ、疲れたぁ」

物陰で疲弊しきった体を椅子に預け、完全に脱力しきっている一夏。
誰の目から見てもだらしが無い様子ではあったが、雲霞の如く押し寄せる一夏目当ての客の群れを、クラスメイトの誰もが見ていたので文句など起きようはずもなかった。

「どうぞ、一夏さん」
「んぁ? えっと」
「私のメイドが調合した特製ハーブティーですわ、疲れた時にはこれがいいと思いまして」
「おお、サンキューなセシリア」
「いえ、あれだけの仕事をなさっていた一夏さんを労う為ですからお気になさらず」

微笑みを浮かべながら、心地よい香りが沸き立つハーブティーを差し出すセシリア。
一夏はセシリアの厚意に感謝しつつ、体に染入るハーブティーの安らかな香りと味に人心地ついていた。

「―――――――――なぁ、今のセシリアってさ」
「はい? なんですの一夏さん」

一息ついた一夏は、改めてセシリアに目を向ける。
穏やかな笑みを湛えて、清楚な雰囲気を醸し出す侍従服に身を包むセシリアは正に――――


「本当のメイドさんみたいだな」


しみじみと呟く一夏の句中は、心底そう思っていることが如実に感じられ、セシリアは思わぬタイミングでの褒め言葉にあっという間に茹で上がった。

「ああ、なんかすげぇ癒されるぜ」
「い……一夏さんが喜んでくれて何より…ですわ」

心身ともに体を休める一夏と、顔を真っ赤に染めて沈黙するセシリア。
どこかしら静謐ながらも甘ったるい空気が流れるが――――




「―――――――――――― 一年一組織斑一夏君、時間ですので生徒会室にお越しください」




その放送が、一夏の平穏をぶち壊した。

「げ!?」
「何の用でしょうか」
「いや……会長がさ、生徒会の出し物に俺も協力してくれ、って」
「どんな出し物ですの?」
「それが……なんかのゲームらしくてさ、俺も知らねぇの」

明らかに何かよからぬことが起きそうなこの状況に、一夏とセシリアはそろって苦虫を噛み潰したような表情になる。
つい数秒前まで流れていた静謐な空気はあとかたもなく消え去り、まるで戦場に赴くような沈鬱な空気が一夏を中心にして流れていた。

「――――しかもさ、今回は束さんがいるから、心しておけって志保が」
「――――御気を付けて、一夏さん」
「ああ、逝ってくるぜ」

何か込めた意思が微妙に違うような言葉を残し、一夏は生徒会室に向かう。
その手には、志保が忠告とともに手渡した物が握られていた。




「――――――――先にこれ飲んでから行くか」




その手に握られていたのは薬瓶。

ラベルには胃腸薬と刻印されていた。












<あとがき>
感想で一切相互意識干渉が触れられていなくて噴いた。原作でがっつり出た設定なのに。
というより意味があるんだろうか、あれ。ラウラを手早く落とすための設定の様な気がしてならない。
そして本作の箒なら、メイド服より執事服の方が似合うかな、と思ってしまったからこうなった。
凛とした美少女が執事服で傅いてくれるというのも、なかなかいいものだよな?



[27061] 第四十五話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/11 20:01
<第四十五話>


「――――とうとう来たね、お兄」
「――――ああ、とうとう来ちゃったな」

今、五反田兄妹はIS学園の校門前に立ち尽くしていた。
文化祭が開催され、数多の人達が入り乱れて大いに盛り上がるIS学園に、だ。
当然、二人の手にもそこらのアイドルのライブよりも遥かに希少な、文化祭の入場チケットが握られている。
一夏と志保からそれぞれ贈られたそれを手に、二人はなかなか一歩を踏み出せずにいた。
一般人にとっては完全未知の空間であるIS学園を目の前にすれば、その反応もいた仕方ないのだろう。


「ようこそ、IS学園へ」


緊張で停止していた二人に、歓迎の声がかかる。
出迎えたのは赤髪の少女。最近二人と知り合って、文化祭に来れる一因を作った少女だった。

「志保さん、お久しぶりですっ」
「お、お久しぶりですっ、志保さん!!」

蘭は至って普通に、弾はがちがちに緊張してのぎこちない挨拶を返し、志保はそんな弾に苦笑しつつも二人の案内を始めたのだった。

「そんなに緊張しなくていいと思うがなぁ……」
「いや……でも、ここって女子高みたいなもんですし」
「別に敬語で無くともいいぞ? 弾君」
「そ、そうですか?」
「ああ、同い年だろう? そうかしこまることはないさ」

弾の緊張をほぐす様に、にこやかに話しかける志保。その態度が一層弾に要らぬ気を持たせていることに、当然志保が気付くはずもなかった。

「それにしても志保さん……どうして執事服なんですか?」
「ああ、クラスの出し物で喫茶店をやっていてね」
「へぇ~、かっこよくてお似合いですよ」
「ありがとう、蘭ちゃん――――そう言えば一夏もおんなじ恰好しててね」

和やかな会話の中にまぎれた、蘭にとっては聞き逃せない一言に、蘭の思考が停止する。

「い………一夏さんが…………執事の恰好で」
「…………大体予想付くんだが、どうしたんだ?」

その明らかな恋する乙女の様子に、流石の志保も蘭が今どういう感情を抱いているのかを察し、弾に耳打ちする。

「志保さんの予想通りっす」
「やっぱり……昔からあいつはそうなのか?」
「ええ、昔っからあいつはそう言う奴です」

揃って嘆息する志保と弾。先に平静を取り戻した志保は、蘭をとりあえず一年一組の教室に案内しようとする。
だが、間の悪いことにそこに割り込みをかけた物があった。


『―――――――― 一年一組織斑一夏君、時間ですので生徒会室にお越しください』


その放送を聞き、志保のテンションは急激に下がっていく。弾も何事かと疑問に満ちた視線とともに、志保に問いかける。

「なんなんすかね、この放送」
「内容は知らんが生徒会主催の出し物に引っ張り出されるらしくてな……行ってみるか?」
「行きますっ!!」

ようやく現実に復帰した蘭が、まるで戦場に赴かんとする様な気炎を迸らせた。
志保と弾はそんな蘭の気迫に押され、肯定の意を示すことしかできなかった。

「お、おう!? ところでその出し物ってどこでやるんですか?」
「ああ……体育館らしいな、案内するよ」
「じゃあ行きましょう、今すぐ行きましょう!!」
「解ったからひっぱんな蘭、お願いだから離せぇっ!!」

どうやら家族内の位階は弾が一番低いようだな、とかつて周囲の女性に振り回されまくった己が身を省みて、志保は同情に満ちた視線を弾に向けていた。




=================




「志保~、こっちこっち!!」
「志保もきたんだ……」

そんなこんなで体育館に向かった三人を出迎えたのは、シャルロットと簪だった。
二人もクラスの店からそのまま来たのか、簪はメイド服、シャルロットは執事服のままだった。

「そっちの人達は?」
「ども!! 一夏の中学からの友達の五反田弾って言います!!」
「もうっ!? いきなりそんな大声出さないでよお兄!! えっと……五反田蘭って言います」
「よろしく、僕はシャルロット・デュノア、フランスの代表候補生だよ」
「私は更識簪、その、一応日本の代表候補生」

そのまま和気あいあいと言った感じで会話をつづける皆。ただ一人、弾だけが会話の輪から少し外れ、拳を握りしめながら万感の思いで呟いていた。


「―――――――――ここにきて、ほんっとうによかった」


そりゃまあ、執事服の志保とシャルロット、メイド服の簪と親しく会話をしている。
それだけで、思春期真っ盛りの弾にとっては、至上の幸福なのだろう。
その気持ちを、おぼろげながら理解できる志保の顔には苦笑が張り付いていたのだった。




「――――――――皆さん、お待たせいたしましたっ!!」




そうこうしているうちに時間となり、壇上に一夏を引き連れた楯無が現れた。
一夏は正に俎板の上の鯉、と言った感じで楯無にされるがままにされている。
瞳には抵抗の色など全くなく、もういいからさっさと始めて終わらせてくれと切に訴えていた。
対して楯無は実に、そりゃあもう実に嬉しそうににこにこしていた。
天真爛漫。その一言が多いに似合う、見る人を魅了しそうなほれぼれとする笑顔だったが、志保はその手に握られている薬瓶に記載されているMADE IN KOHAKUの一行を、その人並み外れた視力でしっかりと確認してしまっていた。

「なぁ……もう帰っていいか?」
「ふぇ!? ど、どうしたの志保!!」
「てかなんで、そんなにも死にそうな表情してるの!?」

最早人生にすら疲れ果てたような沈鬱な表情で、踵を返して立ち去ろうとする志保を、簪とシャルロットが二人がかりで何とか引き留める。


「さて、今回の生徒会の出し物を説明する前に――――まず一夏君、これを飲んで?」
「なんすか……これ?」
「いいからいいから」


そんな志保たちを、当然壇上の楯無が斟酌するはずもなく、まずは一夏にコップを差し出した。
入っている液体は真紫で、単純に見ればグレープジュースに見える物だったが、かすかにおどろおどろしい雰囲気が滲みだしていた。

「――――判りました、飲めばいいんでしょ?」

一夏は訝しみながらも、とりあえず飲まねば事態が進まないと判断し一気に飲み干した。

「それで? これいったい何なんです?」
「フフッ、すぐにわかるわ?」

事実、変化はその直後に訪れた。
一夏は急に視界が下がる感覚に襲われ、自身の手足を見てみれば、誇張なく自分の体が縮んでいることに気付いた。

「え…ええっ!? えええええええええええええええええええええっ!!」

変化が止まれば一夏の体は、六歳児ほどの小柄な体にまで縮んでいた。
着ていた制服は当然サイズが合う筈もなく、だぼだぼになったそれに体全体が覆われていた。
いくらなんでもこの事態を予想できるはずもなく、驚愕の声を上げた後はどう反応すればいいかすら考えつかないほどに、一夏の思考は停止していた。
体育館にいた生徒もそれは同様で、まさしく水を打ったように静寂に包まれた。
それは蘭・弾・簪・シャルロットも同様で、唯一志保だけが頭を抱えて蹲っていた。
そんな静寂が数分ほど続き、唐突に一夏の体が元に戻った。




「は~い!! 皆今のは見たわよねぇ、今回のゲームは学園全体を使った鬼ごっこ、鬼は当然一夏君、ゲーム終了時に一夏君を捕まえていた人には、さっきの薬を使ってのショタ一夏君との添い寝の権利を贈呈するわ!!」




「「「「「「「「「「「「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」」」」」」」」」」」」」




最早、揺るがすというよりは粉砕せんほどの喚声が、体育館を埋め尽くす。
一夏だけが、この事態に付いていけない、というよりは付いて行きたくないかのように茫然していた。
ちなみに楯無が一夏に飲ませた薬は、『となみんZ(ターンゼット)』。巨大化薬『まききゅーXAA』のワクチンを束が改良したものであり、何でそれがショタ化薬になるんだとかのつっこみは一切不要である。
なぜなら彼の割烹着の悪魔と、アトラス院院長を通じて彼女に薫陶を受けた束が数年前に作り上げたものである。そんなものに理屈を求めるなど愚の骨頂だと言っておこう。

「さぁ一夏君、しっかり逃げ回って盛り上げて頂戴ね? あと副賞として一夏君を最後に捕まえていた人の所属している部活動に一夏君を貸し出すおまけつきよ? 皆頑張ってねぇ」

同時、壇上の真上の天井から大型のカウンターが飛び出し、ゲーム終了までの時間を示した。
一夏の地獄は今より三時間。これから一夏は、亡者の群れと化した女性たちの大群に、三時間かけて追いまわされるのだ。
しかも、「最後はちゃんと誰かに捕まえられててね?」と、楯無に言われた物だから、逃げ切るというか細いながらも最後の希望も断ち切られた。

「じゃあ、しっかり逃げてね?」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「それでは、ゲームスタート!!」

目尻に光る物を宿しながら、一夏は壇上から飛び立つ。
自由など欠片も望めない、地獄への逃亡だった。
逃げる一夏。追う少女たちの群れ。先ほどまで極大の喚声に包まれていた体育館は、瞬く間に静寂に塗りつぶされた。

「おい蘭、お前も追いたいのか?」
「お、お兄!? そ……そんなこと」

否定はして見せる蘭だが、明らかに一夏が逃げた方向に視線が釘付けにされていて、自分も追いかけたいのが見え見えだった。

「ふむ、とりあえず私たちも追いかけるか?」

そう言う志保だったが、その顔には「もうこのまま帰りたい」という表情がありありとあらわれていた。

「「そんなに嫌なの?」」
「ああ、当たり前だろうシャルロット、簪、出来ることなら今すぐあの阿呆二人ぶちのめしたいがなぁ」

勿論、あの二人が心底自分たちの楽しみだけでこんな真似をやらかしたのなら、志保は即座に二人に相応の仕置きをしただろう。
だが、更識家の対暗部専門部隊が、この混沌とした状況に揺さぶられた各国の情報部に対し、一斉に牙を剥いている筈だ。
学園のほぼ全ての生徒を巻き込む逃走劇に、そう言った手合いも一斉に巻き込む。
それがこのゲームの真意だった。まあ、明らかにあの二人にとってはこんな理屈建前であろうが、それでもこのゲームを遂行するために、建前の行使には全力を尽くし確固とした成果を出すだろうと志保は思っていた。

(とりあえずは一夏と個人的なつながりがあって、しかも無力なこの二人を護衛しなければな)

それが楯無から指示された志保の任務であり、故にこのまま不貞腐れて帰るなどという選択肢は、志保に許されていなかった。

「そ、それじゃあ私たちも追いかけましょう!!」
「「「「おお~っ」」」」

唯一蘭だけがやる気を迸らせて、一夏の追跡が開始されたのだった。




=================




「三時間ずっと全力疾走なんて、洒落になってねぇっ!!」


そう泣きごとを漏らす一夏の背後には変わらず、野獣と化した生徒の群れが、欲望に滾った瞳を輝かせながら追いかけてくる。はっきり言ってトラウマ物の光景であった。

「――――あ、あれって!!」

そんな一夏の目の前に現れたのは、蘭を筆頭とした五人組。
それを視認した一夏は、藁にもすがる思いで助けを求めた。

「し、志保、助けてくれぇっ!!」
「あれをどうにかしろと?」

まるで瞬時加速の如く、一夏は緊張している蘭も置き去りにして遥か彼方へと走り出す。

「そ、そんなぁ、一夏さん」
「仕方が無い、か」

落胆する蘭をしり目に、志保は迫る一群と対峙する。
そこに恐怖など一切なく、ただ只管に気だるげな雰囲気を漂わせていた。


「――――ならば、私も助勢しよう」


そんな声と同時、二階の通路から飛び出す影。
それなりの高さである場所から飛び降りるも、一切危なげなく少々の土煙を巻き上げて着地し、空気抵抗に押された黒髪がフワリと舞う。志保と同じ執事服に身を包んだその人影は――――

「箒か? てっきりお前は一夏を追うと思っていたんだが」
「何、このゲームは最後に一夏を確保していた者の勝ちだ、ならばこそ、まずは有象無象を篩いにかける!!」
「ああ……そういうことか…はぁ」

並び立つ二人の麗人。箒と志保はそれぞれ袖口から竹刀を取り出す。
箒は一刀のみを両手で構え、志保は両手それぞれに三本ずつ計六本の竹刀を指の間に挟み持ち、まるで爪の如く構える。

「いくぞっ!!」
「ほどほどで済ませろよ?」

身を包む衣装は同じでもそのテンションが真逆の二人は、それでも迫りくる野獣の群れに一切恐怖していないところは同じだった。
直後、地を蹴って駆けだした二人は、野獣の群れの先頭に猛然と切りかかったのだった。
数の差は明白。しかし、その統制はお世辞にも取れているとは言い難く、先頭を走る数人が二人によって行動不能にされれば、必然的にせき止められた濁流のように、見る見る間にその行軍速度を落としていった。

「はああっ!!」
「――――シッ!!」

はっきり言ってどこぞの○○無双の如く、迫りくる生徒の群れをバッタバッタと斬り伏せる箒と志保。

((志保はともかくとして……箒の方は最近なんだか逸脱しているような))

簪とシャルロットがそう思うほどに、規格を外れ始めている箒だった。




=================




無論、そんな状況がいつまでも続くはずもなかった。
あれだけいた生徒は志保と箒に打ちすえられて悶絶している者以外は、その姿をあっさりと消していた。
その生徒たちも教員や更識家の関係者があっという間に運び去ってしまい、箒も一夏の追跡を再開したのか姿を消していた。

「――――すごいっすね、いろいろと」
「うう、ここの人達パワフルすぎますよぉ」

IS学園のノリをこれでもかというほどに見せつけられ、苦笑と驚愕と困惑を織り交ぜた表情をしている五反田兄妹。


「まあ、よくあることだ、こういうノリは―――――――――!!」


志保がそれ忌憚ない感想に同意を示した、その時だった。

「――――くうっ!?」

いきなり志保が蘭の体をひっぱり、直後、志保の左の肩口から鮮血が舞った。
それを成した凶刃は、志保にとっては見知ったものであった。“アレに“こうまで深手を負わされるのは二度目であったし、それの持ち主が死んでいないことも志保は直感で感じ取っていた。
直後、志保の左腕を切り落としそのまま地面に突き刺さった刃は、柄に絡め取られていたエネルギーワイヤーに巻き取られ、射手の元へと虚空を奔って帰還した。

「え!? ――――キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「し、志保さんっ!!」

蘭と弾。正真の一般人にとってはありえざる、欠片も縁が無い光景に二人は動くことすらままならなかった。
ただ驚愕の声を吐き出し驚愕の表情を張り付けるだけ、だが、志保はそんな状況であっても一切の動揺は見せずにいた。
魔術によって流血だけ止めて、発射点にいる見知った人物を見据える。


「リターンマッチにしては、いささか早すぎやしないか?」
「それほどテメェのことを殺したいってことだよ」
「ふん、今回の狙いはこの二人か?」
「ああ、面倒なことこの上ねぇが、捕まえてこいってよ」


そう言う人物、オータムの表情には苛立ちがありありとあらわれていて、捕まえると言った言葉も、生きていればいいという感情がありありと現れていた。
事実、志保が身を呈し蘭をかばわなければ、彼女は手足を串刺されていたことだろう。

「大丈夫か? 二人とも」
「「…………………………はっ!? はいっ!!」」
「ったく……面倒事さっさと終わらせておまえとやり合おうとしたのによぉ」

そういやお前そう言う奴だったよな、悪いな、などと言い放つオータムに、志保は心底馬鹿にしたような笑みを漏らす。




「ああ、心配するな、――――――――今の私にとってはこの位軽傷に過ぎん」




左腕を切り落とされてなお軽傷。そう言い放つ志保を目にして、オータムの顔に期待が浮かぶ。
今度は何を魅せてくれる、そうだ、それでいい、お前は踏破不可能な頂であれ、と彼女の瞳が物語っている。
そして志保は、切り落とされた左腕を切断面に宛がうと、一言だけ呟いた。


「――――変身!!」


同時、志保の右腕のブレスレットが志保の体を“侵食”した。血肉通う体を、ある意味彼女にとって最も相応しき鋼の体へと。

「ははっ!! 何だよそりゃあ、完璧に正義の味方じゃねぇか!!」

その工程を見届けたオータムの顔には歓喜が浮かぶ。宿敵が手にした新たな力、それが彼女にあまりにも似合っていたから。




「何言っている、今日は祭りだぞ、――――外連を増して何が悪い」




成程志保の言う通り、“欠損”無き五体を刃金の鎧に包む彼女は、正しく虚構の中にしかいない正義の味方その物だった。










<あとがき>
ほんと琥珀さんはデウスエクスマキナだぜぇ~フゥ~ハハハハ~
あと虎の字をはじめとしたあの三人組は、衛宮のことをそれほど嫌っていないという設定です。
特に京の字は、唯一“面倒事”を嫌わない異能の持ち主なので、特に衛宮のことを好くだろうと思っています。



[27061] 第四十六話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/13 20:04
<第四十六話>


<赫鉄>を展開した志保は、地を蹴り空を駆け、空に佇むオータムに切りかかった。
最早通常の斬撃ですら音速を超える志保の干将・莫耶による連撃を、オータムは同じく両手に握りしめる剣で受け止める。
鍔迫り合いとともに衝撃波が吹き荒れ、二人の周囲の大気を揺さぶった。
そのまま空中を舞台に繰り広げられる剣舞。大地ではなくスラスターの噴射が虚空を踏みしめ、放つ斬撃のどれもが誇張なく音速を超える剣戟。

「いいのか、こっちばっかり夢中でよ」
「ああ、今はお前だけ見ているよっ!!」

オータムの揶揄するような言葉にも、志保は歯牙にもかけず剣戟を放つ。
なぜなら、この場での志保の役目はオータムを抑えること。戦力は決して、志保一人ではないのだから。

「そうかいっ!! 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか!!」

その言葉と同時、周囲の物陰から飛び出す複数の影。恐らくは施設制圧用の自立兵器だろうか、正しく人形の動きで十数体の機械人形が、未だ立ち竦む弾と蘭に襲いかかる。
だが、その意思なき群れをISの全方位視界で見留めても、志保は一切の反応を見せなかった。
それは二人を守る意思を放棄したからではない。ここにいるのは自分一人ではないと確信しているから、志保は眼前のオータムを抑えることに専念する。

「きゃああっ!?」
「くそっ!? 蘭!!」

襲いかかる自動人形の群れを前にして、このような状況など当然経験したことが無い蘭は恐慌の声を上げて蹲り、弾はせめて妹だけでも、と震える足を叱咤して蘭の前に仁王立ちする。
そして、群がる機械人形の凶腕が二人に触れるその直前、二つの旋風がその間に割り込んだ。

「大丈夫!? 二人とも!!」
「ああもう、文化祭とはいえこういう出し物は勘弁してほしいよねっ!!」

勿論その二つの旋風は<打鉄弐式>と<ラファール・リヴァイブカスタムⅡ>だ。
それぞれ<夢現>と<ブレッド・スライサー>で迫り来る機械人形どもを薙ぎ払い、二人に降りかかる災禍を吹き飛ばした。
そう、決して志保は二人を見捨てたわけではなかった。簪とシャルロットが二人を必ず守り切ると確信しているからこそ、己が務めに全力を注いでいた。




「簪、シャルロット、二人を安全な場所に――――――――“任せたぞ”!!」




それは、紛うことなき二人への信頼だ。一人では無理と理解し、背中を預ける仲間へ重荷の一部を委ねる。

「志保も気を付けてね!!」
「怪我なんかしたら承知しないよ!!」

簪もシャルロットも志保が向けてくれた信頼を守るためにそれぞれ蘭と弾を抱え、安全な場所目指し飛び立っていく。

――――自分たちも志保を信頼し、この場を任せて。

その信頼を自覚した志保の背筋に、言いようのないこそばゆさが走る。

「無様は、晒せんなぁっ!!」

気勢を発し、力任せにオータムを吹き飛ばす。
そして双剣を消し、代わりに短長一対の槍を握りしめる。魔力殺しのゲイ・ジャルグと不治の呪いを持つゲイ・ボウ。魔道を修める者に対しては絶大な効果を持つ二本の槍だが、ISに対しては劇的な効果を持たないそれ。
しかし、志保が求めたのは槍に刻み込まれた戦闘経験。紛うことなく神話に謳われし英雄の、天下無双の業である。
志保は確かに、武具に刻まれし技法を我が身に写すことができる。だが、英霊の技法などいくら志保でも、劣化した状態でしか写せない。

(だが、今のこの身なら多少の限界など超えられる、反動による傷は即座に再生すればいい)

刃金と化した我が身が、どれほどまでに近づけるのか。
志保はそれをこの場で確かめようとしていた。

「――――憑依経験、共感開始<トレース・オン>」

流れ込む遥かな頂。明らかに分不相応なそれを、血煙を体から迸らせながらも写し込む。
ナノマシンに侵食された筋繊維の、断裂と修復の音を同時に知覚しながら、前世と現世を鑑みても人生最速の踏み込みで以って、紅と黄の二槍を揮う。

「クハハッ!? いきなり速くなったなぁ、おい!!」
「貴様とて、前より速くなっているだろうがっ!!」

そして、その志保の槍捌きに、あろうことかオータムは追随していた。
凶笑のままに、人後に絶する技の切れで叩きこまれる志保の槍の切っ先を、己が二刀で迎撃し続ける。
オータムのISに傷は増え続けるものの、そんなもなはかすり傷に過ぎない。
まるで加速する志保に見えない鎖でも縫いつけているような、絶対に獲物を逃さないとする女郎蜘蛛その物。
新たな領域に立った志保に、今なお追随し続けるなど道理に合わない。何がしかの手札を、オータムも切っていることは明白だった。
恐らくは、槍越しに感じる膂力に変化は感じられない点から、神経系に手を加えての反応速度の向上でこちらに喰いついていると志保は判断した。
神経系の光ファイバー繊維への置換だろうか、筋力含めての肉体改造など、こんな短期間で結果は出ないはずである。
だといっても、そんな所業を代償なく行えるはずもない。志保は魔術という形でその苦痛に慣れているからこそ、簡単に人間をやめることができている。
ならば、オータムはいかにしてその苦痛を乗り越えているのか、そんなものは改めて語るまでもない。
志保への執念<愛情>、ただそれのみで、オータムは人間をやめることに成功していた。

「互いに……真っ当じゃないなぁ」
「倫理・人道何だぁそりゃあっ!! 喰いもんかぁっ!! 言ってるだろうがよぉ、俺はお前しか見ていねぇっ!!」
「そんな愛は重すぎるなっ!!」
「遠慮しなくていいぜぇ!!」

<赫鉄>と<ブラック・ウィドウ>、ナノマシンの浸食と神経系の改造、世界唯一の魔術と己が全てを駆けた執念。
双方の三位一体は、互いを英霊に比するほどの頂に押し上げ、かつての聖杯戦争で紡がれたような刃風の大嵐を巻き起こす。
切っ先が掠るだけで樹木は断ち切られ、地面は深々と爪痕を残し、大気が絶叫を上げる。
大多数の者たちが見知らぬうちに、新たな伝説は紡がれ続けていた。




=================




――――同時刻。


人気のない倉庫のはずれで、一夏はどうにか一息ついていた。

「はぁっ……こんな企画、まじ勘弁してくれ」

雲霞の如く群がる数多の追跡者を相手取り、ここまで一度たりとも捕まっていないのは、一夏のこれまでの鍛錬によるものか。
こんなくだらないことで鍛錬の成果を自覚したくはなかったと心中で毒づきながらも、ハイパーセンサー並みに鋭敏になっている一夏の感覚は、更なる追跡者を知覚していた。

「逃がさないわよッ!! 観念しなさい一夏!!」
「いいえっ!! 一夏さんを手にするのはこの私ですわっ!!」
「おいおい…・・・ISまで持ち出すなよ」

空から迫る<甲龍>と<ブルー・ティアーズ>を目の当たりにし、もうこの二人なら捕まってもいいよね? などと、あきらめの境地に立つ一夏。
幼くなった自分との添い寝権など、どうしてそこまで欲しがるのかと、改めて痛烈に疑問に思ったその時だった。




「――――――――残念ね、あなたを捕まえるのはこのワ・タ・シ」




まるで羽虫をいたぶる子供の様な、そんな嗜虐心が滲んだ声の方に三人の視線が向いた。
そこにいたのは背中まで伸ばしたウェーブのかかった髪をピンクに染めた、滲みでる嗜虐心を除けば、まるで妖精のような小柄で可愛らしい少女であった。

「初めまして…ねぇ、織斑一夏、私は亡国機業のスプリング、いきなりで悪いのだけれどあなたを捕まえに来たわ」

亡国機業、その単語に三人ともが戦闘態勢に切り替わり、一夏も<白式>を展開する。
IS三機のそろい踏み、それを見てもスプリングと名乗った少女に動揺は見られず、遊び相手を見定めるかのような不愉快な視線を一夏たちに向けていた

「二人とも、気をつけろよ」
「解ってるわよ、そんなこと」
「ただ一人でここまで来るとは、何らかの策があるとみていいですわ」

未だにやにやといやな笑みを浮かべる少女を前に、三人が三人とも警戒心をあらわにする。
特に鈴とセシリアの二人に至っては、仮に少女の言葉を信用するならであるが、彼女の仲間であるオータムに一刀のもとに切り伏せられた苦い記憶がよみがえったのか、親の仇でも見るような視線をスプリングに向けていた。

「駄目もとで言うけどよ、投降しろよお前」

自分でもそんな言葉に従うと思っていない、感情のこもらない一夏の発言を前に、スプリングは明らかに一夏たちを蔑む表情を見せた。
お前たちが下で、私が上だ。そんな侮蔑をあからさまに晒し、スプリングが己がISを呼び出した。

「来なさいっ!! королева<女王蜂>!!」

その声と同時、現れ出でたのは異形のISだった。腰元のスカートの様なスラスターアーマーはまるで十二単の如く肥大化しており、背部にあるコンテナのような長方形の非固定部位も巨大の一言。
武装などは外観から見ても腰に備え付けられた機関銃ぐらい、異形の機体は機動性など望むべくもなく、素人目では欠陥機にしか見えない機体だった。
機体色は黄色と黒のツートンカラーで、名前の通り女王蜂を想起させ、明らかに直接戦闘を主目的とする機体ではないと知れた。

「それって!? 数年前ロシアで開発されたって言う――――」
「統括管制式施設制圧用ISでしたわね」
「それって具体的に言うとどういう機体なんだよ!?」

その機体に見覚えがあるのか鈴とセシリアが反応を示し、一夏が疑問の声を上げる。
その疑問を二人が晴らすより速く、スプリングが実演で以って一夏の疑問に答える。


「――――こういうことよ、行きなさい働き蜂たち!!」


声と同時、彼女に周囲に文字通り働き蜂の群れが出現する。
翅は小型ローター、複眼は複合センサー、毒針は小型レーザーガン。機械でできた働き蜂の数は優に二十を超えている。
その光景を前に、一夏も眼前のISの運用方法を理解した。
量子展開機能をフル活用した、大型輸送機にして高性能管制機。侍らした無数の無人機で敵軍施設を制圧する女王蜂だ。
三人が知る由もないが、五反田兄妹を襲撃した自立兵器もスプリングが持ち込んだものであるといえば、その非常識なほどのペイロードが理解できるだろう。

「しかしあいつ――――あの機体で俺たちに勝てるつもりなのか?」

だがなおのこと、そんなISであるからこそスプリングの勝率は下がったと一夏は認識していた。
通常の軍隊相手ならいざ知らずIS相手に無人機など投入しても、十や二十どころか、百や二百でも足りないぐらいだ。

「とりあえず、邪魔な奴から片付けるわよ!!」
「そうですわね、よろしくて?一夏さん」
「ああ、いけるぜ」

とりあえずは無人機をさっさと蹴散らし、しかる後にスプリングを確保。
じっとしていても事態が動くはずもなく、ここは動くことこそが必要と三人がともに認識していた。
そして、三機のISが働き蜂に猛然と踊りかかる。<白式>が切り裂き、<甲龍>が薙ぎ払い、<ブルー・ティアーズ>が撃ち落とす。
改めて詳しく書き記すまでもなく、当然の一方的な戦いの流れだった。
機械の働き蜂の数は瞬く間に減っていき、それに見合う損耗を三機のISが負っているかと言えば、全くの無傷。

「うわぁ~すご~い、強いわねぇ、あなたたち」

その光景をスプリングは喜劇を見るような面持ちで、揶揄するような賛辞と共に見つめていた。
自身の敗北が眼前に迫っていても、対岸の火事を見ているような雰囲気さえ漂わせている。

「ああ…・・お前を負かすぐらいには強いんだよっ!!」

働き蜂の群れを駆逐した一夏が、未だ戦闘機動すら見せないスプリングめがけ切りかかる。
<雪片弐型>の切っ先がスプリングに触れるその直前、彼女の未だ敗北を認識しない能天気な声が響く。


「は~いストップ!! アレ見なさい」


そしてISにより全方位の視界を得ている一夏は、視線を向けることなくスプリングが指し示す物を見てしまった。
あれほど大気切り裂くスピードが乗っていた刃は、たったそれだけで停止してしまった。
一夏の背後にいた鈴とセシリアも同じく動きを止める。未だ年若い三人にとって、スプリングのとった手段は恐ろしく単純で、恐ろしく効果的な――――。


「まぁわかっているとは思うけど――――動いたら人質の命は無いわよ、うう~ん、これ一度でいいから言ってみたかったのよねぇ」


手足を縛られ、猿轡をかまされ、自立兵器の銃口を突き付けられたIS学園の生徒の姿であった。
陳腐で、古典的で、それでいて効果的な、強者へ通用しうる弱者の手段。
人としての尊厳を捨て去れば誰にでも行える、外道の代名詞。

「人質とは……あなたには誇りは無いのですかっ!!」
「馬鹿でしょあんた。非合法諜報員が清廉潔白なわけ無いでしょ? 第一うちの荒事の専門はオータムなのに、アイツったらどこぞの誰かに熱上げちゃっててさぁ、だからか弱い私がこうして出張ってるわけよ」

しかもスプリングが用意した人質は、それぞれ別な個所に計四人。これでは自立兵器が発砲する前に撃破できたとしても、こちら側の頭数が足りなかった。
三人それぞれが一機ずつ撃破できたとしても、残り一人が確実に死ぬ。スプリングの良心に期待するなどと言うのは、現在進行形で至福の表情を見せている彼女を見れば即座に霧散した。

「とりあえずぅ、予備含めて二つあるし、こうしちゃおっか」

スプリングは手元に出した四足の装置を弄ぶと、それを新たに出した働き蜂二機に持たせ、それを鈴とセシリアの元に向かわせた。

「――――何するつもりよッ!?」
「鈴さん、ここは抑えてっ!!」
「そうそう、礼儀ってもんがわかってるんじゃない」

本来は彼女が最初に口にした、「織斑一夏の捕縛」に使われるべきその装置は、鈴とセシリアの胸部に取り付くと、たちどころに紫電を迸らせた。

「「きゃああああっ!!」」
「鈴!! セシリア!!」
「あははっ、いい声で啼くじゃない!!」

一夏がただ見ていることしかできない無力感に打ち震え、スプリングが不快きわまるその悲鳴に聞き入っている中で、二人に取り付けられたその装置は本来の役目を果たしていく。
<甲龍>と<ブルー・ティアーズ>の各部アーマーや非固定部位が消失していく。
並みの兵器など歯牙にもかけないそれが、波にさらわれた砂細工のように、呆れるほどあっけなく消えていく。

「嘘…でしょ!?」
「そんな……戻りなさい!!<ブルー・ティアーズ>!!」

あとに残るのは、そんな結果を受け入れられない”生身の“鈴とセシリアと、働き蜂によってスプリングの手元に持ち去られた二つのISコアだった。

「もう最高!! なんなのその間抜けすぎる表情!! あ~わかったあんたたち私を笑い死にさせるつもりなんでしょ?」
「テメェ!! 二人に何しやがった!!」
「剥離剤<リムーバー>って言うのよ、ISコアを操縦者から強制的に引きはがす優れ物よ」

この状況にあっては他の人質のように無力な存在と化した鈴とセシリアにも、スプリングは働き蜂を宛がい人質にする。
つい数分前までは歯牙にもかけなかったそれは、今や猛毒を有する雀蜂と化していた。
そんな事実に屈辱を感じながらも、鈴とセシリアに出来ることと言えば睨みつけることだけ。
その表情が更にスプリングの嗜虐心をあおったのか、醜さを増した笑みを一夏に向ける。

「これでとっておきのリムーバーも無くしちゃったし、アンタは丁寧にいたぶって自分から這いつくばってISコアを差し出させてあげるわ」

そして人質に宛がっていない働き蜂の、十門以上のレーザーの五月雨が一夏に襲いかかる。
一撃一撃はそれほどの威力ではないが、それでもこう集中して打ち続けられれば致命傷となる。
下手に回避行動をとってスプリングを刺激するわけにもいかず、一夏はただ歯を食いしばってその責め苦に耐え続けていた。

「ぐぅ……がぁああああああっ!!」
「どう、さっさと<白式>のコア渡す気になった?」
「んな……わけねぇ……だろ」
「あらあら、強情ね」

一夏の精一杯の抵抗も、スプリングにとっては単なる見世物でしかない。
どうあがいても破滅的な運命は訪れる、そう思っているからこそ一夏の抵抗はスプリングにとっては哀れな獲物がもがいている程度にしか認識できない。

「一夏!! 私たちのことなんて気にしなくていいから!!」
「そんな下劣な輩、打ちのめしてください!!」

銃口を突き付けられてもなお、そう言って抵抗できる二人の様相は、スプリングから呵々大笑しか引き出すことしかできなかった。

「あはははははははっ!! お姫様二人はそう言っているけど、ナイト様はどうするのかしらぁ?」
「そんなの決まってる……却下だ、それやったら俺の負けなんだよ」

二人を死なせたらそれが俺の敗北だと、苦痛に歯を食いしばりながらも誇り高く一夏は答える。
自分の命だけ守っても仕方が無い、そんな勝利に意味はないと堂々と言い放った。




「……一夏」
「……一夏さん」
「ぐうっ!! 心配するなよ、この程度じゃ俺は負けねぇ!!」




だが、そんな一夏の抵抗にスプリングは苛立ちを見せる。こんな逆転不可能な状態で、そんな戯言をほざくのか、と。
ならば、言い逃れできない敗北を突きつけてやろう。


――――――――人質は、もうこんな沢山はいらない。


「あっそ、じゃあ負ければ?」


もうこの見世物には飽きた。そう言わんばかりの投げやりな態度を見せて、鈴とセシリアの米神に働き蜂の毒針を突きつけた。

「おい……やめろ」
「や~だ、きゃははははっ!! その表情いいわぁ、とっても無様よ?」

間もなく襲いかかる最悪の光景を幻視して、一夏の顔はこれまでにないほど蒼褪める。
そんな一夏の表情が、何よりもスプリングを笑顔にさせた。
今でこれなら、殺せばどれほどの表情を見せてくれるのか。そんな下衆な思考が透けて見える表情で、スプリングは鈴とセシリアに人差し指を向けて銃を撃つジェスチャーしようとする。
そのジェスチャーが完了すれば、二人の頭は石榴のようにはじけ飛ぶのだろう。
鈴の元気あふれる笑顔も、セシリアの清楚な微笑みも、間もなくただの肉塊にとって代わる。


(やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめやめろやめろやめろやめろろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ)


一夏の脳髄にその一言だけがリフレインし、加熱するほどに加速する体感時間をそれ一色で塗りつぶした。
それでも、何かが変わるはずもない。極限までスローモーションになった世界の中で、スプリングの指先が、唇が、最悪の結末を紡ぎあげんとする。


(やめろやめろやめろやめろ――――――――“それ”をするな、追い付けなくなるだろうが!!)


一夏の思考は極限まで加速する。刹那など置き去り、六徳を、虚空を、清浄を超え、阿頼耶、阿摩羅すら抜き去って、果ての極みの涅槃静寂にたどり着く。




――――その時、世界が入れ替わった。




=================




ついさっきまで抱いていた焦燥など洗い流してしまいそうな、穏やかな空気が満ちたどことも知れぬ砂浜に俺は立ち尽くしていた。
聞こえるのは波の音――――いや、何かが聞こえる。
俺の脚は自然とその方向に引き寄せられる。まるでセイレーンの歌声の様に抗えない強制力で。


「――――呼んだのは、君?」


そこにいたのは、白のワンピースに身を包んだ少女。
その唇からは、無邪気で、健やかで、優しくて、本当に澄んだ歌声が紡がれている。
しばし、俺はその歌声に聞き入って――――


「――――ねぇ、あなたは“どんな力”を欲するの?」


俺の心を真っ直ぐに貫く質問が、歌の代わりに少女の唇から紡がれた。
無垢な、決して虚飾を許さない、真っ直ぐに俺だけに向けられた問いかけ。
だから俺も、思うところを真っ直ぐに答える。糞ったれな結末を回避するには、こうするしかないと直感したが故に。




「――――俺さ、足遅いんだよ、いっつも誰かの背中を見てる」




ガキの頃は千冬姉の背中を見て育って、誘拐された時は志保の背中に助けられ、臨海学校の時は箒の背中を見ていることしかできなかった。
今もそう、このままじゃ鈴とセシリアの死という、決して追い付けない背中を一生見続けなきゃいけない。
そんなのはもういやだ。俺はもう、誰かの背中を見続けるのはいやなんだ。


「だから俺は、天下無敵の力も、誰も彼もを置き去りにする速さなんていらない」


俺の言葉を、少女はただにこやかに聞き入っている。
そして俺は、全ての飾りを削ぎ落とし、織斑一夏の中にある大本の思いを紡ぐ。




「――――――――俺は、皆に追い付ける速さがほしい!!」




その言葉を聞き届けた少女は、その言葉こそを待ち望んでいたかのように俺の手をとった。




「じゃあ今から、私がそのための翼になるよ」




そして世界<白式>は新生する。一夏が望む、一夏の為だけの翼へと。










<没ネタ>

「――――俺さ、足遅いんだよ、いっつも誰かの背中を見てる」

「――――だから、せめてみんなを引き留めたかった、せめて並んで進みたかった」

そう、それこそが俺の思い<渇望>。
天駆ける鳳凰など俺には似合わない。水底の魔性こそが相応だ。

「じゃあ今から、私がそのための鎖になるよ」

少女が紡いだその言葉を聞き届け、俺は思いを叶える呪句を唱える。


「創造――――拷問城の食人影<Briah――――Csejte Ungarn Nachatzehrer>!!」



没ネタの理由? うちの一夏君ヒロインじゃありません、決して!!












<あとがき>
オリキャラのスプリングのモチーフは、原作のオータムさんです(爆笑
いやだってこのイベントでオータムさん一夏に宛がったら、パワーアップしても一夏をあっさりと倒す光景しか想像できなかったんです。




[27061] 第四十七話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/15 17:38


<第四十七話>




――――――――断じて、予兆はなかった。




過程を切り取った映画のフィルムのように、音も、その姿も、何もかもなかった。
少なくともスプリングはそう感じていたし、彼女のISもその変化と、そこから導かれた結果を認識できなかった。
仮にこの場に他のISがいたとしても、一夏の行為を認識できはしなかっただろう。
それほどまでの速さ。最早目にもとまらぬではなく、目にも映らぬ速さ。超音速域での戦闘を主眼に置かれたISすら反応させぬ、時間という物を切り取ったかのような速さであった。


「う……………………そ……でしょ!?」


そしてその速さは、この場にある災禍すべて、そのことごとくを切り裂いていた。
学友を、友を、その大切な命の輝きを辱めんとする、その意思なき木偶の群れは、今はもう鏡の如く磨き抜かれた断面を晒すだけ。

「この私が………追い付けなかった!?」

そのスプリングの狂乱の叫びは、至極真っ当なものであり、同時にどうしようもなく的外れな物だった。


「追い抜いたんじゃねぇよ――――――――追い付いたんだ」


声の主、一夏の纏うISはつい数秒前とは全く違う物だった。
各部の構成は変わらぬものの、サンダラーの運用データをもとに<白式>が組み上げた牽制用拡散荷電粒子砲<雪羅>。
鋭さを増し、空を切り裂き飛翔する鏃のような印象を与える各部の装甲。
スラスターは推力を大幅に向上させた上に脚部にも増設され、その一つ一つが独自に瞬時加速を発動させる事が可能になっている。
その凶悪的な反動を制御するために、PICの出力は非常識なほどに高められている。
挙句の果てには<雪片弐型>――――否、<雪片参型>の刀身には、<鎧割>の構成を模したのかスラスターが増設されていた。しかもそれすらが瞬時加速可能という非常識なほどに高機動戦に主眼を置いたISへと、<白式>は変貌していた。


遥か先にいる大切な人たちへと追い付くために、条理すら蹴っ飛ばして速さを追い求めた。


それが今、一夏の纏うIS<白式・刹那>だった。


無常なる現実に追い付きたい。その思いの結晶が、スプリングの陳腐な思惑を置き去りにしたのは、なんという皮肉だろうか。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
(ああくそ、速いのはいいけどきつすぎるな)

とはいえ今の一夏は瀕死の体だった。ただでさえスプリングの責め苦に心身ともに消耗していたところに、先程の動きを行えばその消耗は必然だ。
ウイングスラスター・脚部スラスターを最大出力で吹かしながら、それぞれをスラスターで瞬時加速を発動。
多角連続瞬時加速という特大の無茶をしつつ、その出鱈目な速度域の中で<雪片参型>による瞬時加速斬撃。
その無謀を成すために無理矢理反応速度を引き上げられた一夏の脳髄は、今なお頭蓋を破裂せんばかりの激痛に苛まれている。
最早一夏は満身創痍。輝きを消した<雪片参型>の刀身を杖代わりにして、大地に倒れ伏すのを防いでいた。

「はっ…あはっ……あははははははっ!!」

その瀕死と言って差し支えない一夏を見据え、スプリングは壊れたような笑い声を上げる。

「驚かせてくれてそれだけ!? 結局あなたはこのまま死んじゃうんじゃない!! 最高の道化よあなた!!」

自身が一切反応できなかったという事実、そこから絡み付く恐怖を拭い去るように、スプリングは狂笑を浮かべる。
対する一夏は、確かにもう何もできない状態ではあったが、動揺など一切見せなかった。


「――――――――言っただろ? 俺は追い付いたんだよ」


そう、一夏は己が一人の力で、この事態を完璧に解決できるとは思っていないし、する必要もないと思っていた。
なぜなら一夏の力は追い付くための力、ならば自分だけの力ではどうしようもない状況でも、仲間がいる。戦友がいる。

「サンキュ、一夏」
「ええ、ありがとうございました、一夏さん」

そう答える二人の手中には、光り輝くクリスタル。
無粋な簒奪者から正当なる担い手の元に。在るべきものは在るべき場所へ。

「<甲龍>!!」
「<ブルー・ティアーズ>!!」

二人は高らかに、己が相棒の名を謳い上げる。もう二度と手放しはしないと、その意思を込めて。
二つの光り輝くクリスタルは、主のその思いに即座に応える。
鈴とセシリアの体に、再び相棒が舞い戻りその身を包んだ。
<甲龍>と<ブルー・ティアーズ>が再び起動してようやく、スプリングは自分の掌からISコアが無くなっていることに気が付いた。

「――――あんた、あの時っ!?」

その事実に気付いた時、スプリングの顔は怒りと恥辱で醜く歪んでいた。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、一夏があっさりと言い放つ。


「お前、間抜けだな」


最早スプリングの意識から冷静や余裕などの一切が消え失せ、荒れ狂う獣を思わせる咆哮を上げながら一夏に突進する。

「ホントに」
「大間抜けですわね」

だがしかし、そんな突撃など鈴とセシリアにしてみれば、射的の的も当然。
レーザーライフルの閃光と、衝撃砲の見えざる弾丸が<女王蜂>の非固定部位を打ち抜き、その衝撃で彼女の足が止まる。

「こ……の……糞餓鬼どもがぁっ」

憤怒の表情でスプリングは一夏たちを睨みつけるが、事の趨勢はもう完全に一夏たちに向いている。
それは間違いではなかったし、スプリング自身も痛感していたが、それでも彼女は往生際悪く思考の中で足掻き続けた。
そして、その妄執はこの状況下において、スプリングの逆転の目を導き出した。

(そうだ……私がこんなところで負ける筈がない……あれなら)

スプリングの意識を釘づけにしたのは、両断された自立兵器の傍らで動きを封じられ眠り続ける人質の姿。

「甘いわね、あなたたち」

憤怒の表情から一転、最初の時の様な嗜虐心に塗れた表情に変わるスプリング。

「どういう意味だよ」
「簡単なことよ、私の操る自立兵器たちには証拠隠滅用の爆薬が搭載されてるの」
「それで? それ使えばあそこにいる人質諸共吹き飛ばせるからお前の言うことに従え、とか言うつもりか?」
「ええ、そうよ、あなたがその様じゃあさっきみたいな真似はもうできないでしょ?」

確かに、一夏にはさっきみたいな芸当ができる余力はもうなく、鈴とセシリアには先の一夏程のスピードを期待できない。

「ああ、そうだな」
「でしょ、わかったならさっさとISを解除しなさいよ、今なら手足の一、二本圧し折るだけで勘弁してあげるわよ」

スプリングの最後通告。しかし、それでも一夏は平静を崩すことはなかった。それどころか――――




「――――だが断る」




その明確な、さっきまであれほど人質の命を奪われるのを恐れた一夏の言葉とは思えない、拒絶の言葉。

「何を……言ってるのよあんた!? じゃあいいわ、人質が吹っ飛ぶところとくと見なさいよ!!」
「やれるもんならな」

最早喜劇に等しかった。人質を楯にしているにもかかわらず、一夏は勿論のこと、鈴とセシリアですら一切の動揺を見せていない。
ただスプリングだけが、思い通りに行かない状況に癇癪を起こす子供のように、自らを守る最後の防壁であるはずの人質を手にかける。
吹き飛ぶ残骸。ISに対しては何ら痛痒を与えない爆発だが、確かに人一人を殺傷するには十分な威力だった。

「あはははははっ!! 死んじゃったわねぇ!! あなた達のせいで!!」

爆風が砂塵を巻き上げ、人質の姿が見えなくなる。だが、スプリングの脳裏には醜い肉塊となった彼女たちの姿が映し出され――――




「――――――――水の……壁!?」




――――その愚かな想像を打ち砕く水の防壁が、人質に掠り傷一つ負わせていなかった。

その正体はナノマシンで構成された水。攻守どちらにも転用できるその液体を即席の爆発反応装甲<リアクティブアーマー>に変化させ、残骸の爆発から生徒の身柄を守ったのだ。

「本当に無粋ね……あなたは、悪いけどこの学園の生徒達の長として、そんな狼藉は見過ごせないわ」

そしてそんな真似ができる者など、このIS学園において一人しか存在していない。

「会長って……やっぱり凄いんですね」
「どういう意味よッ!?」
「いやだって……妹さん絡みで暴走してる印象しかなかったんで」
「酷いっ!? こんなにもかっこよく決めたのに!!」

スプリングを無視するかのように談話を続ける一夏と乱入者を見て、スプリングの顔が更なる驚愕に歪む。

「更識……楯無っ!?」

そう、IS学園生徒会会長、更識盾無。彼女の目の前で学園の生徒が殺されるなど、彼女は決して許容しないし起こさせない。
故にスプリングの行いなど彼女の逆鱗に触れるもので、しかし、スプリングに止めを刺すのは彼女ではなかった。




「――――――――貴様には聞きたいことが山ほどある」




続けて現れたのは、刀を携えスプリングに歩み寄る黒髪の麗人。
この世界においては見知らぬものなど誰ひとりいない、世界最強の戦乙女。

「織斑千冬までっ……!?」

その千冬は、全身から闘気を立ち昇らせ悠然とスプリングに歩み寄る。そして刀の鞘を放り投げ、手に携えた刀を上段に構える。
その行いにスプリングは疑問を覚える。いくら直接戦闘に向かないISとはいえ、生身の人間一人縊り殺すのは容易い。
だというのに千冬は刀一本手にしているだけで、ISを出そうともしない。仮に訓練機でも身に纏っているのなら、その脅威は格段に跳ね上がるのだが……。

(こうなれば、なんとしても織斑千冬を捕縛して……!!)

何の真似か、千冬の闘気に気圧されているのだろうか、他のISは一切動きを見せていない。
このまま千冬を捕縛し、どうにかこの場から離脱する。そう心中で思い描き、スラスターを吹かし、機体を前進させ、腕部を振り上げ――――スプリングに出来たのはそこまでだった。


(………………………………………え!?)


視界には銀光の閃きだけが焼き付き、その視界を白く染めている。直後、機体の装甲を両断され、絶対防御が発動し、意識を失うスプリング。
彼女の驚愕は口から出ることすらできず、その意識と共に無明に落ちた。

「――――ふん、他愛ない」

スプリングを打ち倒したのは、千冬の放った何の変哲もない振り下ろしの一太刀。
しかし、織斑千冬の技のキレと、志保が投影せし相州五郎入道正宗の組み合わせは、ただの生身の斬撃をして、ISに痛打を与える絶技となり変わった。
今度こそスプリングはその戦闘能力の全てを失い、大地に横たわる。




「――――――――おめでとう、織斑一夏君」




その筈だった。ならばこの声はいったい何なのか。
絶対防御が発動し、声一つすら上げることのできないはずのスプリングは、何もなかったかのように起き上がると、そんな意味不明な言葉を放つ。


「あんた……“いったい誰だ”?」


その一夏の問いかけは、場にいる全てが感じ取っていた。
まるでスプリングが喋っているのに、スプリングではない誰かが喋っている様なそんな歪さを感じさせた。




「ああ、自己紹介が遅れたわね、――――――――私の名は土砂降り<スコール>、亡国機業の者よ」




その名前に一番早く反応したのは楯無だった。何せ、ここ最近彼女が口にした組織の調査に、かなりの心血を注いでいたのだから。

「ふ~ん、その名前って亡国機業内でクーデターを起こして、組織の実権を握った幹部の名前じゃなかったかしら?」
「耳が速いわね、その通り。今私は亡国機業のトップにいるわ」
「そんなあなたがこんな回りくどい真似をして何の御用? 人を電話代わりにするなんて趣味が悪いわ」
「あらあら、お気に召さなかったかしら、ただメッセージを伝えるだけなのに」

そしてスプリング、否、スコールは一夏の方に振り向くと、その名の通りにただただ捲し立てた。


「――――主役になれておめでとう、織斑一夏君」
「どういう意味だよ?」
「ごめんなさいねぇ、未だこっちの準備ができていないから。いつになるのかわからないけど」
「おい、だからどういう!?」
「いつか必ず、私たちの主宰する恐怖劇<グランギニョル>をあなたに演じてもらうわ」


こちらの困惑を知っていながら、それでもなお一方的に喋るスコールに一夏も閉口する。


「今日はそれを伝えたかっただけ、それじゃあいずれまた会いましょう」


そして始まりと同じように、スコールはその不愉快な人間越しの通信を切った。
皆が、その得体のしれない不愉快さに沈黙している中、最初に口を開いたのは千冬だった。

「ふん、わけのわからぬことをペチャクチャと」
「しかし、気になることを口走っていましたね」
「それを調べるのはお前の仕事だろう、楯無」
「は~い…………うう、また仕事が増えちゃった」

この場にいる皆が、先程スコールが発していた言葉は、決してただの出鱈目ではないと感じていた。
楯無自身も何かあると痛感していたために、千冬の発言に異を挟まなかった。
そして千冬は、放り投げた鞘を拾い上げると刀を修め、未だ疲労困憊の一夏の元へと歩み寄る。


「大丈夫か、一夏」
「千冬姉……」


しかしまあ、常には見せない千冬の慈愛に満ちた表情を見て、他の三人はどうして千冬があんな行いをしたかを理解した。

(((……………なんというブラコン)))

ぶっちゃけ卑怯な手段で一夏を嬲ったことが千冬には許せなかったのだ。だからあんなにも殺る気満々だったのだろう。
その怒りを原動力に半壊していたとはいえISを打倒するとは、さすがブリュンヒルデと褒め称えていいものか、三人には判断がつかなかった。

「俺……追い付けたのかな」
「ああ、よくやったよ、お前は」

三人が千冬を複雑な表情で見守る中、千冬のその言葉に緊張の糸がほどけたのか、ISを解除し気絶する一夏。
千冬をその体を優しく抱きしめ、最愛の弟の成長を噛み締めていた。


「――――――――よくやったよ、おまえは、だから今はゆっくり休め」


そうして姉の胸に抱かれる一夏の顔は本当に安らかな顔で、ここでおわていれば本当にいい話で終われたのだが。


「おめでとうございます!! 織斑先生」


楯無のそんな雰囲気など爆砕せん一言が、この場に響き渡った。

「――――は!?」
「は!? じゃないですよ織斑先生、今まで何をやっていたかお忘れですか?」

にやにやとチェシャ猫のような笑みを浮かべる楯無に、まずは後ろにいた鈴とセシリアが楯無の言葉の真意に気が付いた。

「あ…ああああああああああああああああっ!? 添い寝権!!」
「と、言うことは、添い寝権は織斑先生の物ですの!?」

そう、今この時間こそが、ショタ一夏との添い寝権を駆けた織斑一夏捕縛レースのタイムリミットだった。
勝利条件は言うまでもなく、タイムリミット時に織斑一夏の身柄を確保していた者だ。




「つまり私が、小さくなった一夏と添い寝しなければいけないのか!?」




その点で行くならば、千冬こそが紛うことなき勝者であった。そして、思わず口を突いて出た叫びには、困惑も確かにあったが、同時に歓喜もまた見え隠れしていたのだった。














<あとがき>
かませ犬ご苦労スプリング!! 君のことは多分次話書き上げるまで忘れない。
そして今回の話を書きあげて、体を張って人質を助けて、仲間に後を託すってまるっきりヒロインがとる行動じゃね? うちの一夏心底主人公らしい行動取れないなぁ、とか思いました。
前の話のラストがああだっただけに、一人でかたを付けるのはらしくないなとか思ってしまったんで。



[27061] 第四十八話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/19 23:08

<第四十八話>


此度のオータムとの戦闘において、志保は完璧な決着を付けるつもりであった。
臨海学校において、その劇的に向上した戦闘能力と、何よりも志保を難敵と認識しているその点が、志保にとってのオータムの脅威の度合いを高めていた。


――――故に、この一戦で以って、オータムの命を確実に奪うつもりでいた。


生きたままの捕縛など、そんな温い思考で臨めば逆にこちらの命を刈り取られる。
その為に、志保は今一度オータムに対し、宝具の真名開放という超絶の切り札を切る。
最小限度の力の行使で、最大限度の結果を求めるのが志保の戦闘スタンスだが、だからと言って手札の行使を躊躇う筈もない。
その為の仕込みはすでに終えている。未だオータムは志保の二槍の間合いで切り結び、その片割れ、破魔の紅薔薇が剣舞の最中、別の槍にすり替わっているなど気付きもしていない。


その槍の名は<ゲイ・ボルク>


ケルト神話にその名を残す英雄、クー・フーリンが手にしていた呪いの魔槍。
彼がこの槍を用いて作り上げた奇跡こそ、因果逆転の呪い。
世の不変の理である原因があって結果が成るという法則を捻じ曲げ、”槍が心臓に命中した”という結果を、”槍を放つ”という原因の前に作り上げる、必殺必中の呪い。
いずれもが必殺の武装である宝具の中でも、とりわけ必殺に特化したこれで以って、オータムの命諸共因縁を断つ。
おまけに万が一この宝具を使ったところを記録されても、真実には辿り着けないだろうという確信が志保にはあった。
どこの誰がその際の映像を見て、槍の呪いが因果を逆転させた、などと推察できるのか。
十中八九、記録機材の不調と断じられるだろう。この場において、この宝具ほど適したものは存在しない。

しかしながら、音速域での高機動戦闘を主体としたIS同士の戦闘において、宝具の真名開放の難度は段違いに跳ね上がる。
槍の間合いから外れたところで真名開放を行っても、ただ大量の魔力を無為に散らすだけ。
そこで志保は、オータムの自身に対する執着心を利用した。
同じ間合いの適当な武装で以ってオータムと切り結び続け、彼女の体を宝具の射程内に収め続けた。


(――――――――頃合だな、この剣舞はお前への手向けとしよう!!)


真紅の槍を振りかぶり、帯びる奇跡を行使するための魔力を込める。

「――――ちっ!?」

滲みでる禍々しさ、それを肌で感じたオータムが回避機動をとろうとするがもう遅い。
志保の言霊が最後の鍵となり、槍の呪いが解き放たれた。




「刺し穿つ死棘の槍――――――――<ゲイ・ボルク>!!」




無論、オータムに呪いを撥ね退ける力も運もある筈がなく、回避機動をとったオータムの心の臓を、必殺の一刺しが貫く。
その呪いを前にして、ISシールドも、絶対防御も発動すらしない。
もうすでに槍は心臓に命中しているのだから、それを妨げる過程が存在を許されない。
許された結果はオータムの死亡、その一点だった。




=================




禍々しき気配に包まれた朱槍が、俺の胸を深く深く貫いている。
鼓動は止まり、血流は淀み、そして刹那に満たないうちに、俺は死ぬのだろう。
心臓だけでは済まさぬと、胸の内のそこかしこに鏃と棘をブチまく念の入りようだ。

(これはもう………駄目か?)

そんな諦観の念が、引き伸ばされた時間の中で俺を蝕む。
鼻腔を、己が人生で計三度感じた死の香りで満たす。一度目は捻じれ狂う告死の鏃。二度目は夜空を満たす七つの魔城。そしていま、心の臓腑を貫く魔槍。
“避けた筈なのに貫かれた“なんて出鱈目が起きたが、それはいい。あいつのやることだ、いちいち道理を気にしてなんかいられるか。
よくよく考えれば、俺が死にかけるのは全部あいつが原因だな。

(糞……………………………結局、届かねぇか)

あいつに殺されかけて、あいつに狂わされて、あいつの為だけに為った人生。
幕引きがあいつの手なら、まあ、悪くないかもしれねぇ。


『―――――――――――――――――本当にそう?』


本当にそうか? これで死ぬなんて結果、本当に受け入れたいのか?
死の間際に聞こえた幻影に、取り繕った諦観が吹き飛んでいく。
そうだ、こんなところで死にたくない。あいつに届かないうちに死んでたまるかよ。
あいつを殺すまで死んでなるものか。届かぬ頂に在るその光を、自分の手で引きずり落としてこそ意味がある。


『私だってそう、マスターもそうでしょ?』


そうだ、“こいつ”と同じく、負けっぱなしで終われない。
幕引きは勝ってからにしたいんだ。あいつを殺して<抱きしめ>てからにしたいんだよ。
生まれてこの方、碌でもない日陰の人生だった。
何処とも知れないスラム街に名もなく放り出されて、ちんけな悪事に手を染めて、そんな屑を積み重ねた果てはすぐに首を切られかねない犯罪組織のエージェント。
亡国機業のオータムとお山の大将を気取り、どうせのたれしぬなら享楽的に生きようと、仕事ついでに弱者をいたぶる日々の連続。
汚泥に塗れ、腐臭に満ちて、暗闇に閉ざされた人生は、けれどもとびきりの輝きに出会えたんだ。
なぁ、初めてなんだぜ。何か一つの目標に向かって努力するっていうの。
おまえを倒す。それが初めて手に入れた俺の夢<輝き>




(そうだ…………その夢を…高々『死』なんかで手放してたまるかよぉおおおおおおおおっ!!)




なぁ、お前もそうだろ<ブラック・ウィドウ>、あの声はお前なんだろ。

『そうだよ、やっと私の声が届いたね、マスター』

普通ならこんなガキ臭い甲高い声、耳障りと思うんだけどなぁ。
今はそんな気がしねぇ、相棒と見据える先が一緒だってことに、こそばゆい嬉しさを感じる。
もうすでに動かない心臓に変わり、相棒のコアから流れ出る力が俺の体を賦活する。
これまでにないほどに同調した俺たちは、まさしく正真正銘の人機一体を成す。

『だから、――――思い描いて、あなたの刃を、今の私たちに相応しい刃の形を』

体の隅々を巡る力が、俺の体を壊し、新生させ、新たな機能を追加する。
この力を行使するための回路が息吹きを上げて活動し始め、形成される。
ならば俺のやるべきことは、その機能を含めた俺達の新たな形を創造すること。


(そう、そうなんだ……俺はあいつを愛おしいと感じているんだ)


愛と憎しみは表裏一体。よくそんな言葉を耳にするが、俺の志保への憎しみは、すでにもう裏返っている。
身を焼く苦しみは、身を焼く愛に、その激情こそが今の俺を形作る大本。
あいつと刃を交えて、あいつの全てを感じていたい。その思いが俺の心の全てを占める渇望。




「この世で狩に勝る楽しみなどない<Es gibt kein Vergnügen überlegen dazu, in die Welt zu jagen>


 狩人にこそ、命の輝きは降り注ぐ<Die Helligkeit des Lebens strömt in den Jäger>


 角笛の響きを引き連れて、私は森を、木立ちを、池を抜けて、荒ぶる獣へと追いすがる<Nehmen Sie den Klang vom Bügelhornhorn, und ich komme in Büschel von Bäumen in einem Wald durch den Teich; und wild; Fang auf mit einem Tier, um sich zu bemühen, Sie zu sein>


 森の主は気高く雄々しく、何より強く<Ein Meister der Wälder ist edel über allem auf eine männliche Weise stark>


 その輝く牙で以って、我が命を幾度も刈り取らんとする<wird oft mein Leben mit dem leuchtenden Stoßzahn ernten>


 されどその恐怖は、私の歩みを留めない<Aber die Angst verläßt meinen Schritt nicht>


 恐れを乗り越え、暴威を下して汝の命を刈り取ることこそが、我が人生最高の誉れにして至高の瞬間であるが故に<Weil ich großartige Gewalt gebe und Leben davon schnitt, das Sie und macht es darin. ......, Ehre von meinem Leben am besten, und, über Angst ist es einen höchsten Moment>


 私は刃を手に取り立ち向かおう<Ich hebe eine Klinge auf und konfrontier wir es>




 創造、魔剣・必斬せし血濡れた刃<Briah―Dáinsleif>」




ここに、この世界で最初の魔術使いが、産声を上げた。




=================




本当に、コイツは厄介だ。

倒せど倒せど、一層強くなって牙を剥く。コイツの必殺は恐らく、量子化によって如何なる防御もすり抜ける、防御不可能の刃。
故に刃を交える最中も、その刃から目を逸らさずにいた。
防ぐ時も刃そのものではなく、鍔元、奴の腕に狙いを絞り、過日の二の舞を避けていたつもりだった。
そして私が投影した呪いの魔槍が、奴の命脈を絶ち切った。
私の様な異能も、異端のISもない奴にとっては、そこで必ず終わる筈だった。
前世で相見えた、“殺しても死なない“ような人外ではない、ただの人間の筈だった。


――――ならばこれは何だ。


動かぬはずの躯と化した体が、今なお倒れ伏すことなく空に佇み、在りえる筈のない魔力の迸りが私の体を震わす。
確かに、ISコアの動力源は大気に満ちる魔力。理論だけで言うならば、魔術に通じた者ならばコアからの魔力供給という芸当も可能かもしれない。
だがそれは、コアと操縦者の精緻極まる出力制御があってこそだろう。生憎と私にはそこまでのIS適性が無いので、そんな夢想を試したこともないがな。


――――しかしその夢想を形と成した存在が、今、目の前にいる。


そして、紡がれる言の葉。それは自己に働きかけ、自己を神秘成す機構へと変生させるキーワード。
魔術師にとっては必要不可欠な、そしてこの世界で私以外に紡ぐことはない見紛うことなき詠唱だった。
その祝詞を前にして、あろうことか私は思考を僅かとはいえ停滞させてしまった。
その停滞は、奴の神秘の行使の為の時間となり変わる。




「創造――――魔剣・必斬せし血濡れた刃<Briah――――Dáinsleif>!!」




奴の発したことだまは、北欧神話に名を残す魔剣・ダインスレイフ。
勿論それは、私の見知る宝具としてのそれには似ても似つかないが、帯びる死臭はその名に劣りはしない。
形は変わらず、しかし濃密な魔力を宿した刃が振るわれ、脳髄に鳴り響く警鐘に逆らうことなく、私は瞬時加速を発動させる。
明らかに届かぬ間合い。だがその斬撃は不条理を成して、私の両足を斬り飛ばした。


「ぐうっ!? 斬り“消した“……だと……!?」


それどころか、切られた筈の膝から下の両足は、欠片もなくなり消失していた。
断面からナノマシン混じりの金属質の光沢をもつ鮮血が溢れ、私の脳髄にその事実を伝える激痛が走る。

「断面被覆、開始……っ!!」

どうにか傷口をナノマシンの外皮で覆い、応急処置を済ませる。
しかしスラスターである足を喪った私はバランスを失い、砂塵を巻き上げて大地に激突した。


(――――――――まずいっ!?)


走る激痛、無くした感覚。だがそれよりも――――奴がこの特大の隙を見逃すのか?
在りえないだろう、それは……痛みによるノイズと、巻き上げた砂塵に眩む視界の奥から大気を切り裂き進み来る刃。



「――――――――念願成就、と言ったところか?」



首筋に突きつけられる刃。
切断面の接続ならまだしも、消失部分の修復など即座にできるはずもなく、突きつけられた刃を即座に払いのける機敏な動きは不可能。
投影による剣弾も、おそらくは今の奴の技量なら、命中する前に私の首を切り落とすだろう。
つまりは完全な窮地に、私は立たされている。

「どうした、私の首を刎ねたかったんだろう?」

だが、それでもなお、奴は私の命を奪うのに、あろうことか躊躇いのような表情を見せていた。

「足掻かねぇのかよ、テメェは」
「貴様がそれを見逃すとでも?」

私の言葉に、奴は一層躊躇いの色を濃くしていく。
そのまま一分近い、不自然なほどに静寂な時間が流れ、――――――――唐突に、刃が下げられた。




「…………………………………………やっぱやめだ」




これまでの奴の言動からは想像もつかないその言葉に、私は耳を疑った。

「――――お前、正気か!?」
「うっせぇ!! テメェがそれを言うかよ!!」
「じゃあなんで見逃す?」

命を握られた者が言うには、あまりにも不適当な発言にオータムは――――――――




「俺は、まだお前の全てを見ていない、お前の奥底を見ていない、お前を殺すのは、その全てを征服してからだ」




そうして奴は、実にあっけなく去っていった。


「それに、お前との殺し合いをこれっきりにするなんてできるかよ」


そんな、愛の告白にも似た言葉を、最後に残して。


「――――――――全く、あいつの殺意<愛>は重すぎる」


本当に、とんでもない奴に目を付けられた物だと嘆息しながら、とりあえず私は簪たちに助けを入れたのだった。









<あとがき>
オータムさんデレ期突入。オータムさんマジメインヒロイン。
今回のオータムさんのイベントはもう少し後に入れようと思ってましたが、文化祭なんだから告白イベントの一つや二つも入れなきゃ恰好がつかないと思ったんで入れました。
詠唱に関しては歌劇「魔弾の射手」の中の狩人の合唱を参考に、何処となく志保への告白チックになるように作りました。(ドイツ語に関してはエキサイト翻訳に丸投げしました)
………しっかし、ISのSSなのにオリジナルの詠唱考えるのこの作品ぐらいだよなぁ、どんだけ迷走しとんねん。



[27061] 第四十九話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/23 23:10

<第四十九話>


「なんか最近――――こうしていること多いなぁ」


医務室のベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた一夏は、誰に言うでもなくそう呟いた。
今回ここにいる理由は勿論<白式・刹那>の使用によるものだ。

「………………………志保の無茶ぶりが染まった? いーくん?」

というのが、あの後<白式・刹那>を調べた束の発言だった。
一夏も実際に使ってみたのだから、あの尖りまくった機体の仕様は理解している。
一撃必殺を主眼に据えた<白式>の欠点を埋めるのではなく、一層尖った性能になっているのだ。
しかも束の調査で分かったのだが、その速度域に一夏が追随するためにハイパーセンサーによる反応速度引き上げだけでなく、脳内麻薬の過剰分泌すら誘発されていたそうだ。
奇しくも臨海学校で箒が陥った、神経系への負担増大による昏睡と同じ状況に一夏は陥っていた。
いや、症状は軽度なれども、たった一秒に満たない機動でそこまで達した<白式・刹那>の方が酷い物と言える。

「けど……志保と比べられるのはなぁ」
「どういう意味だ、一夏」

そう呟いた一夏の横手から、不機嫌な声がかかる。
一夏が寝込んでいるのなら、志保もまた、そうなっているのは当然だった。
一夏と違って顔色は悪くないが、そのシーツのふくらみは不自然な物だった。
膝下から奇妙に途切れたそのふくらみは、未だ志保の両足が再生していないことの証だ。

「いやだって、弾から聞いたけど片腕切り落とされたのに戦闘続行したって?」
「だから<赫鉄>は元からそう言う仕様だと言っているだろうが」

左腕切断・膝下からの両足消失、はっきり言ってISでの戦闘で陥る怪我ではない。
そこまで行く前に確実に絶対防御が発動している筈だ。

「ほんっとうに……あそこで死んでくれればよかったのだが」

呪詛を込めてそう呟く志保に、一夏はそもそもそうなったのは自分がきっかけであるが故に、どう返していいものかわからずにいた。
誘拐された少年を助けた結果が、最強の機動兵器を有しているストーカーにマジで命を狙われるとか、一夏にしてみれば絶対にお断りだった。

「しかもそのストーカーが、心臓貫いても死なない出鱈目になっていたとか……その……御愁傷さま、志保」
「………その心底同情する視線がすごくむかつくんだが」
「いや……だって……その……うん」」
「そう言うお前だって、何やらきな臭いことになっているらしいじゃないか」

言葉を濁すぐらい同情的な視線を向けられた志保は、お返しとばかりに一夏にい返す。
確かに一夏の方もISを所有している程の犯罪組織に、何やら重要視されている。
結構一夏も、振りかかっている災難の度合いでいえば、志保とどっこいどっこいだ。

「何だろうな、俺が主役って」

スプリングを通して一夏に語りかけたあの女、スコールは一夏を指してそう言った。
現時点での亡国機業の首魁、彼女が一夏の何を指してそう言ったのか、それはいまだ不明のままだ。

「心当たりは在るのか?」
「在るわけないだろ……千冬姉がそうだっていう方がまだ自然だよ」

だが、そう言う一夏の脳裏に浮かぶのは、おぼろげな記憶の中にある少女の姿。
果たしてあれは本当にあったことなのか、しっかりとした現実の中で言葉を交わしたのか今の一夏には確認する術を持たなかった。
しかし、あの少女こそが全ての鍵なのではないか、そんな思いもまた抱いていた。

――あの少女が<白式>だと仮定して、だからこそ自分は主役と呼ばれるのではないか――

自身は主役。ならばあの少女の役どころは何なのか。
そこまで思案して、そもそもその仮定が正しいかすらわかっていないことに、一夏は苦笑した。

「そもそも俺が主役だって言うんなら、確実に巻き込まれるよな」

ならばあれこれ考えたところで仕方がない。今はただ、守れたことを喜べばいい。


「――――志保~、車椅子持って来たよ」


その時シャルロットが電動の車椅子を押して、保健室にやってきた。
同時に志保がシーツを払いのけて身を起こす。

「すまないな、シャルロット」
「もう、そんな状態なんだから仕方がないでしょ」
「いや…でもな」

両足消失という状況でありながら、どこか申し訳なさそうな態度をとる志保に対し、シャルロットはそんな志保の悪癖を咎めながら車椅子へと体を乗せる。
シャルロットの両腕に抱えられている今の状況が気恥ずかしいのか、志保の顔には赤みが差している。

「……助かった」

照れくささを堪えながらもどうにか感謝の言葉を絞り出した志保を見て、ようやく口元を緩めるシャルロット。

「どういたしまして、うん…志保からお礼を言われるのって新鮮でいいね」
「むぅ、そこまでお礼を言わないか? 私は」
「というか、むしろいっつもいつの間にか他人な悩み解消して、お礼の言葉しか言わせないよね」

だから、志保の助けになれるのは嬉しいんだよ、と笑顔で言うシャルロットが車椅子を押していく。
志保はブランケットを足にかけて膝下からの異常を隠し、一夏の方に振り向いた。

「じゃあな一夏、養生しておけよ」
「おう、そっちこそ無茶すんなよ」
「大丈夫だよ一夏、僕と簪がちゃ~んと志保を見張るから」
「そんなに信用ないのか……?」
「あると思ってるのか?」
「あると思ってるの?」

一夏とシャルロットに同時にジト眼で見られ、落ち込む志保を連れてシャルロットは志保の部屋へと帰っていった。
一人になった保健室で、改めて一夏はあの少女について思案する。
本当に何者なのだろうか、主役だとして、自分はどんな役どころなのかを考えている時、新たな来客がやってきた。




=================




「――――大丈夫か?一夏」


変わらず執事服姿のまま、箒が不安げな表情で入ってきた。

「ああ、大丈夫さ、心配いらないって」
「しかしだな……」
「怪我一つ無いし、今寝てるのだって単なる疲労さ」

とはいうものの、ベッドと中で威勢のいいことを言ったところで、恰好がつかないのも確か。
未だ不安で揺れる箒の瞳を見ていると、胸の奥に針で刺したような痛みが走る。
そんな顔をしないでくれと、そもそも、だって――――

「いつも通り、だらしがないぞ!! とか一喝してくれるぐらいでちょうどいいさ」
「お……お前は私をどういう目で見てるんだ」

俺の言葉に、箒は顔を真っ赤にして詰め寄ってくる。
逃げるように体を起こすが、箒はそれでも吐息がかかるほどに顔を近づけてくる。

「心配してきたというのに、お前と言う奴は――――」

ああ、やっぱり箒はこうしているほうがいい。あんな不安に揺れてる顔とか、そう言うのを見たくなかったんだよ、俺は。それならからかわれて真っ赤になってる顔の方がいい。

「だから、心配いらないって言ってるだろ」
「うるさいっ!! 私がどれだけ心配したと思っている!!」

怒った顔から、今度は涙を滲ませて箒は俺の胸倉を掴む。

「また……あの時みたいに…大怪我してるんじゃないかって!!」
「お…おい……箒!?」

あれだけ赤く染まった箒の頬から、再び血の色が消えていく。
青白い肌の上に水滴が伝っていく。俺の胸倉を掴む箒の指は震えまくっていて……。
そこでようやく俺は、箒に未だ深い傷が刻まれたままでいると理解した。

(糞っ!! こうさせたくないから強くなりたかったのに、馬鹿野郎だ!! 俺は)

誰より箒にそう誓ったはずなのに、その箒を泣かせちゃ意味無いだろうが。




「――――――――い、一夏?」




気付けば俺は、震える箒の肩を抱きしめていた。
少しでも箒の不安を取り除きたくて、でも何か良い手をぱっと思いつくほど器用でもない。
出来るのは、抱きしめて震えを無くしてやるぐらい。

「泣くな箒、俺は死にたくないし、お前も泣かせたくないんだよ!!」

強くなれた、追い付けた気でいたけど、結局俺は何も進んじゃいなかった。
箒を傷つけたくないから、泣かせたくないから……なのに!!

「私は……怖いんだ」

箒は俺の胸の中で、小さく呟く。

「一夏がまた傷つくことも、それでまた我を忘れてしまうことも」

タッグマッチの時からめきめきと強くなっていって、俺を追い抜かしていた筈の箒が、今はこんなにも触れれば崩れそうなほどになっている。
凛として、刃のように研ぎ澄まされて、ラウラに姉と慕われて、けどそれは箒にとって鎧に過ぎなくて、中身は普通の女の子なんだ。
今その鎧をはぎ取って見せたからこそ、箒は不安で震えている。

「今の私には……自惚れではなく、本当に力がある」
「<紅椿>か?」
「ああ、怖いんだ私は、また福音と戦った時みたいになるんじゃないかって――――そして今度は、身近な誰かを傷つけてしまうんじゃないかって!!」

箒の頬を伝う水滴は、大粒の涙になり、抱えた恐怖の大きさを示していた。
俺はそんなことにすら、気付いていなかった。


「心配するな箒――――――――俺がいる!!」


だから今は虚勢でも、そう言わなきゃいけない。
前とは違って、本当に箒に対して誓いを立てた。例え嘘でも、その嘘を貫き通していれば、その間だけは箒が寄りかかれる支えとなる筈だと思うから。

「……一夏」
「俺だって強くなったんだ、<白式>だって二次移行したしな」

箒に対して嘘をつくことの痛みを押し殺して、精一杯の虚勢を張る。
男なんだから女の子を泣かせ続けちゃいけないだろうと、今となっては時代錯誤かもしれない考え方を貫き通す。
未だ流れる箒の涙を指先で拭い、俺は壁にかけてあった制服のポケットからある物を取り出した。

(けど、恰好つけて”これ”を渡すってのもなぁ)

客観的に見て、うん、普通に恰好悪い。つ~か恰好悪すぎる。
そんな思いと共にラッピングされた紙箱を取り出して、箒に差し出す。

「………………これは?」

突きだされたそれを見て、箒は至極当然の質問をしてくる。
さっきとは違い、俺は全身掻き毟りたくなるような情けなさを堪えて、どうにか口に出した。




「……………………………………………………………箒の誕生日プレゼント」




保健室の中を痛いほどの静寂が包む。箒の方も泣くでもなく怒るでもなく、すごい真っ白な無表情を見せてきて、それが一層俺のズタボロになった精神を抉る。

「いや、本当は臨海学校の時に渡そうと思ったんだけどさ、知っての通り撃墜されて意識不明だったし、目覚めてみれば今度は箒が寝込んでいたし、そのまま渡すタイミング失って……」

そこで言葉を切って、俺は未だ放心状態の箒に対して、ベッドの上で正座して頭をシーツに擦りつける。ぶっちゃけて言うと土下座した。


「すみませんでしたぁっ!! あれからずっと忘れてて、いきなり渡すのもあれだったから今日渡そうと思ってたんだ」


それなのにこの様である。今日ぐらい何事も起きてほしくなかったんだが。
まあ、いくら言い訳捏ね続けても俺が阿呆という事実は変わらない。
恐る恐る顔を上げてみれば、箒は未だ無表情のまま――――――――あれ?


「クッ……ククッ……」


まるで爆発寸前のミサイル。そんなものを想像してしまうほど、箒の無表情の奥に感情が見えた。
もしかして、大分ご立腹でらっしゃる!? そりゃ案だけ恰好付けた後にこれじゃあ、お怒りになるのも当然だよなぁ!!
そして、箒の無表情に蓋をされた感情が、ついに限界突破した。




「――――――――アハハハハハハハハハハハハハッ!!」




限界突破して出てきたのは盛大な笑い――――あれ?
我慢しきれないとばかりに箒は腹を抱え、ベッドを何度も叩きながら笑い続けてた。

「あの~、箒さん?」
「アハハハ!! だって!! あれだけ決めていたのにこれはないだろう!!」

申し訳なさはあったけど、ここまで笑われ続けるのは理不尽じゃなかろうか。
清々しい箒の笑い声を聞いていると、逆に怒りがわいてきた。

「悪かったな、自分でもカッコ悪すぎると思ってんだよ!!」
「ククッ、すまない一夏、そう拗ねるな」

そう言って逆に俺を宥める箒は、すっかりいつもの様子に戻っていて、少し前の弱弱しさは欠片も残っていなかった。

「開けてみてもいいか?」
「……ああ、いいぜ」

そして箒は包み紙を丁寧にはがして、中から俺が選んでプレゼントを取り出した。
桜色に染められたリボンを見て、箒の頬も僅かに桜色に染まった…ような気がした。

「綺麗な色だな……ありがとう一夏」

箒は笑顔を見せながら髪を解く。鴉の濡れ羽色のつややかな髪がフワリと舞って、それを早速プレゼントしたリボンで纏める。

「どうだ一夏? に…似合ってるか?」

一度保健室にあった鏡で見ながら髪を整え、振り向いた箒ははにかみながら問いかけてくる。
黒髪には、桜色のリボンが綺麗なアクセントになっている。

「当たり前だろ、似合うと思ったから買ったんだ」

つられて俺の頬にも熱が宿るのを感じる。カッコ付けたセリフと、情けない台詞、その後にはこんな歯の浮くようなセリフと、思いつく限りの恥ずかしい台詞を一度に言っている自分に、心の中で苦笑する。

「あ…ありがとう、大切にする」

微笑む箒。その笑顔を心に刻みつけ、その笑顔を守ると、心の中で今一度誓う。
すると箒は、突然咳払いして表情を引き締めた。

「それじゃあ、私はそろそろ帰るよ」
「何だ、もう帰っちゃうのか?」
「一応お前は病人扱いだろう」
「まあ、そうだけど」
「じゃ、じゃあまた明日!!」

そう言って箒はまるでスキップでもしかねないような軽やかな足取りで、逃げるように保健室から走り去っていった。




=================




「――――ふん、まったく一夏の奴は」

そんな憎まれ口を叩かなくては、どうにも口元のにやつきを抑えきれそうになかった。
あのままあの場にいれば、そんなだらしのない顔を一夏に見せていたかもしれない。
第一また襲撃されて保健室で寝かされていると聞いていってみれば、カッコ付けたことは言うし、そうしたら情けなさ全開のことを言って私を笑い死にさせようとするし。

「ほんっとうに一夏の奴は………フフッ」

ううむ…いかんな、笑いをこらえるのも限界だ。こんなところを鈴なセシリアに見られては何を言われるかわかったものではない。




「添い寝は無理だったが、まあ、よしとするかな」




そうして私は、さっさと自室に帰って、存分に一夏からの遅い誕生日プレゼントをもらった事実を、にやけながら噛み締めたのだった。

――――それをラウラに見とがめられたのは、死ぬほど恥ずかしかったがな。




=================




ちなみにこれは完全に余談だが、箒が去った音一夏はそのまま眠りにつき、目覚めたときには――――

「俺あの薬飲んだ記憶ないんだけどなぁ」

――――自分の体は縮み、いつの間にやら千冬が入り込んでいたのだった。

もう一つ追記するなら、その時の千冬の寝顔はとてつもなく幸せそうだった。








<あとがき>
原作八巻っていつ出るんだ?
ちなみに全開の話でオータムが唱えた詠唱は、型月世界の魔術の詠唱は自己暗示の為の物で、別にどんな内容でも構わないはずだよな→ということは他作品のネタを唱えさせても問題ないよな、と思って出した悪ふざけです。
勿論聖遺物も固有結界も出していません。オータムの得た能力は基本的にはあまり変わっていませんので。



[27061] 第五十話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/26 00:38
<第五十話>


窓から差し込む夕焼けが廊下をオレンジ色に染める中、僕は車椅子に乗った志保を押してゆっくりと歩いていた。

「――――そう言えば簪はどうしたんだ?」

久しぶりの志保との二人っきりの時間。けどやっぱりわざとなのかそうでないのか、志保は他の子の話題を口にする。
もしかしたら、あえてそうしてそう言う雰囲気を壊しているのかも。
けどまあ、どんな思惑があるか知らないけど、そう言うことされるのちょっとだけカチンときた。

「<白式>が二次移行したでしょ? そのせいで倉持技研の人が大慌てでやってきて、一夏本人を駆り出せないから、代わりに簪が調査に協力してるんだ」

僅かに硬くなった声色に合わせて、僕は志保の耳たぶを引っ張った。
勿論思いっきり引っ張るつもりなんて全然ないから、甘噛ならぬ甘引っ張りみたいな感じだけど。
元から友達に車椅子を押してもらってるという状況が気恥ずかしいのかわからないけど、指先でつまんだ志保の耳たぶはほんのり赤く染まっていた。
今までは夕焼けに紛れて解らなかったけど、僕の指とつままれたせいでくっきりとその変化を見て取れた。

「それは判った――――――――で? 何で耳を抓るんだ?」
「別にいいでしょ? 減るもんじゃないし……うん……柔らかくていいね」
「私の面目ががりがりと減るんだが」
「今誰もいないよ?」
「…………むぅ」

そう指摘すると志保は言葉に詰まり、僕は足を止めてしばらく志保の耳たぶをいじくり回した。
ぷにぷにとした感触を堪能すれば、どんどん志保の耳が赤くなっていって、それが顔にまで映っていく。

「――――えい」

ついつい悪乗りしちゃって、今度はその林檎のようになった頬を指先でつつく。
耳たぶとは微妙に違うその感触。拗ねているのか膨らんでいく頬は弾力を増していく。

「――――怒っていいか?」
「だ~め、お仕置きだもん、これ」

こんなことされて照れている志保に、僕は何だか背筋が震えてついにはもう片方の手も車椅子のグリップから離して、両手で志保のほっぺたを突っついた。

「てりゃてりゃてりゃ~」
「いい加減にしろシャル…プヒュッ!?」
「ぷっ……あははっ!!」

ほっぺたをつつくタイミングと志保が口を開いたタイミングがあったのか、志保の口から、風船から空気が抜けたような間抜けな音が出てしまった。
流石にこれは本気で恥ずかしいみたいで、ほっぺたに触れている指先からプルプルと震えが伝わってくる。


「――――――――お願いだからこんな真似、外でやらないでくれ」


うわ~、志保がこんなにも真っ赤になってるとこなんて初めて見た。
夕焼けにも負けないぐらい真っ赤にして、こっちに振り向いて…・・・て言うか、今現在僕は車椅子から両手を離しているわけで、そして志保は別に腕も動かせないわけじゃない。
つまりは自分の手で車椅子を動かすことが可能。志保の両手が閃いたかと思うと、焦げ臭いにおいが出るほどタイヤを床に擦りつけながら、車椅子が百八十度回転した。

「いい加減にしようか? シャルロット」

そして目にもとまらぬ速さで志保の両手が、今度は逆に僕のほっぺたを抓り上げた。
勿論志保も本気でやるわけないから、僕のほっぺたを優しくこねくり回した。

「ふぁい…もうひまひぇん」
「ならば良し」

うう……乙女の顔を滅茶苦茶にするなんて、酷いや志保。

「…………というか、早く自分の部屋に戻りたいんだが」
「何をそんなに慌ててるのさ」
「さっきみたいなやり取りを他の誰かに見られたくないからだ」

表情に残る照れを吹き消す様に咳払いをして、志保は僕に車椅子を押すように促してくる。

「じゃあ見られないところならやってもいいの?」
「――――――――何?」
「だ~か~ら~、志保の部屋ならそう言うことやってもいいの?」

僕の返した言葉に、志保はあっけにとられたような表情をしている。
だって志保の言い方だと、僕が言った様な感じに聞こえたもんね。

「そう言う問題か?」
「うん、そういう問題」
「あのなぁ、言っておくが私はシャルロットも簪も、そういう対象には見ていないぞ?」
「だからこれは友達としてのスキンシップ、だよ」

車椅子を再び志保の部屋に向かって押しながら、僕はちょっとだけ卑怯な言い方をしてみた。
志保は基本的には人の頼み事と自分の意思なら前者をとる性格をしている。
こうして言ってしまえば、そうそう断りはしないはず。


「――――志保は僕のこと、友達としても見てくれないの?」


なんて芝居がかった言い方。けど、そんなあからさまな言い方でも志保は面白いぐらいに反応していた。

「……いや、そんなことは」

僕の言い分を受け入れるのか、それとも拒否するのかを必死になって考えているんだろう。
普段は冷静沈着のくせして、こんな他愛もないことに迷ってしまう志保を見ていると、どうにも抱きしめたくなっちゃう。

「そんなことは?」

後ろから志保の肩を抱きしめて、僕は耳元で問いかける。
そこまでやってようやくというか、志保は諦めた表情をして短く一言だけ言った。


「…………………………………勝手にしろ」


遠回しな肯定。それを聞いた僕は鼻歌を歌いながら志保の部屋へと急いた。

「全く、何が嬉しいんだが」
「嬉しいに決まってるでしょ」




=================




「――――けど、具体的に何をしたらいいかな?」
「私に聞くなっ!!」

これは誤算だった。志保がOKしてくれたことに頭がいっぱいで、具体的に志保とどうべったりするか考えていなかった。
せっかく今日は簪がいないんだから、いっぱい志保とその……イチャイチャしたいしさ。
簪はいいよね、志保とおんなじ部屋なんだから。今さっき届いたメールを確認してみれば「今日はかなり遅くなりそう、志保のことよろしくね」だって、これってもしかして、すっごいチャンスだよね。

「とりあえず……抱きしめる!!」
「なんでそうなるっ!!」
「いいの思いつかなくて、でも何もしないのはもったいないでしょ?」

ベットの端に座らせた志保に、思い切って僕は抱き付いた。
志保の炎の様な赤い髪が、僕の鼻先をくすぐってくる。女の子特有の柔らかい、けれどしっかりと引き締められた志保の体の感触を両腕を使って堪能する。


――――けど廊下の時と言い、今と言い、僕の行動って……。


「照れるぐらいならやらないでくれ」
「えへへ……ごめんなさい」

そんなことを言っても、志保は僕を引きはがそうとはしない。
それどころかじゃれついてくるペットを放置している様な、そんな視線すら感じる。
つまりは僕に対して何にもドキドキを感じていないってわけで……、負けないからね!! などと意味不明な闘志を燃やして、僕は体勢を少しずらした。


「――――シャルロット」
「――――何?」
「いくら女性同士でもそれはどうかと思うぞ?」
「いいの!! 当ててるんだから」


そう言いながら、一層僕は胸を押しつける。
うう、確かに志保も顔を赤くしてるけど、僕も顔が熱くなってきちゃった。

「とりあえず、着替えたいから手伝ってくれ」

そんな不毛な戦いから逃げるように、志保はそんなことを言って僕を引きはがした。

「は~い、もう少し続けたかったなぁ…なんてね」

そんないかにもまだまだ行けた、みたいなセリフを言いながらクローゼットの中から志保の部屋着を手に取った。

「はい、これでいいでしょ?」
「ああ、ありがとう――――それと虚勢を張るなら顔をどうにかしたらどうだ?」
「むぅ~、そう言う志保だって顔真っ赤じゃないか」
「ああ、友達があんな破廉恥な真似をすれば気恥ずかしくもなる」

うう、破廉恥だ、なんて言われたけど、実際その通りだから言い訳できないよぅ

「ふ~んだ、どうせ僕はエッチですよ~だ」

そんなことを言って床に座り込んでも、志保は我関せずとばかりにベッド上で着替えていた。
無反応って言うのが、一番傷つくなぁ。


「――――――――シャルロットはエッチじゃ無くて可愛い子だと思うぞ」


背後からかけられた唐突な一言に、僕の心臓は一瞬動きを止めた……ような気がした。

「い…いきなり何言うのさぁ!!」
「落ち込んでたから宥めただけだが?」
「だからって……かわ…可愛いとか」

ああもう、志保の方はすっかり普通の顔色に戻ってるのに、僕の方は顔が熱くなるのが止まんないよ。
何でこう志保は、唐突にこんなこと言うんだろう。

「志保の鈍感、卑怯者」
「鈍感はともかく、卑怯者はないだろ!!」
「いいや、志保って卑怯だよ、いっつもいっつも不意打ちしてくるもん!!」
「不意打ちって何だ!?」

最初に会った時とか、志保の部屋で紅茶を御馳走になった時とか、するりと胸の奥に来るようなことするし……うん、卑怯者で十分だと思う。

「志保の不意打ちの所為でいっつも僕ドキドキしてるんだよ!!」

咄嗟に僕は志保の右手をとると、そのまま自分の胸に押し付けた。

「ほら!! 僕こんなにもドキドキしてるんだよ!!」
「ああ……わ……わかった」
「本当に?」
「ああわかった、わかったから!!」

僕の胸から感じるドキドキを、ようやく感じ取ってくれたのか、志保は泡を食って首を縦に振る。


「――――――――だからその、いい加減私の手を胸から離してくれないか?」


志保の手に僕のドキドキを伝えるためには、当然胸にくっつけている。
つまりは、僕の…その…大きく膨らんだものに沈める様な形と言うことで…。




「……………………………………志保のエッチ」




ああ、何言ってるのかな僕!! 僕からやったことなのにぃ!!




=================




「落ち着いたか?」
「…………ごめんなさい」

錯乱した僕がどうにか落ち着いたのは、それから数分後。
本当ならもっと甘い感じになるはずだったのになぁ、僕が暴走しているだけじゃないか。
いたたまれなくなって、どうにかこの場の空気を変える方法を考える。

「そ、そうだ、お茶淹れてくるね」
「お・・・おい!?」

逃げるように台所に突入して、コンロに火をかけて、当然のようにしっかりとおかれているティーセットを使って紅茶を淹れる。
その間に、暴れる心臓を沈めて、熱くなった顔を冷まして、何とか平静を取り戻す。
ぺチン、と自分でほっぺたを叩いて、完全に気分を切り替えて、香りが立ち上るティーセットをトレイに乗せて志保の所へ戻る。

「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう……声を上げ過ぎて喉が渇いていたんだ」
「……志保のいぢわる」

そうして二人で紅茶を飲んで、ようやく一息つけた気がした。
ねじまがったほうに上昇したテンションを洗い流し、改めてどう過ごそうか考え始める。
けど、そんなこといきなり考えつくはずもなく、焦りだけが増していく。

「なぁ、シャルロット」
「ふぇ…どうしたの志保?」

そこに掛かった志保の言葉。それはやっぱりというか、かなりの不意打ちだった。




「何を焦っているのか知らないけどな、こうして一緒にのんびりできれば私は満足しているぞ?」




けどその不意打ちは、僕をドキドキさせることは無くて、僕の心の焦りだけを吹き飛ばした。

「――――うん、そうだね」
「そうだろ? あとそれと、紅茶おいしいぞ」
「さらっと言うなぁ、志保は」

そのまま二人でのんびりして体を休める。
一度精神を緩めたら、いろいろあった文化祭の疲れがどっと来て、小さく欠伸が漏れた。

「ふぁ…今日は大変だったね、志保」
「ああ、ほんっとうに大変だった」

そりゃ大変だよね志保は、両足がなくなるぐらいだもん。
ほんと、それなのにいつも通り平然として、やせ我慢も大概にしないといけないよ?

「そうだよね、そんなふうになるまで無茶しちゃってさ」
「というより、あの女が出鱈目に過ぎただけさ」

どこか他人事な志保の言い方。志保のそういう態度を見ていると、胸が締め付けられてくる。

「気を付けてよね、志保が怪我すると僕も簪もすっごく泣いちゃうよ」
「ハハッ、それは勘弁願いたいな」
「そうそう、寝込んだ志保の枕元で二人一緒に盛大に泣いてあげる」
「それじゃあ二人の笑顔を見れるように、気を付けるとしよう」

にやりと笑ってそう言う志保の顔が、重くなった僕の瞼で隠れていく。
ああ、なんかもう限界みたい。気付かない内にほっぺたとテーブルがくっついている。
そして、そのまま僕の意識が眠りに就く最中――――




「ああ、気を付けるさ――――――――”二度目”はもう、勘弁したいからな、だから安心してくれ、シャル」




しっかりとした決意と、初めて口にする僕の愛称。ほんと……志保は不意打ちが好き過ぎるんだから。
目が覚めたら、一杯シャルって呼んでもらおうっと。









<あとがき>
さて、久々のシャルメイン回、外伝並みの甘さになるように書いたつもりなんだが、はてさて、どうなることやら。

P.Sいっつも思うんだが、外伝の感想死傷者多過ぎるだろ。そんなに甘いのか?



[27061] 第五十一話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/30 19:36
<第五十一話>


場所はアリーナ。刃を交えるのは一夏とラウラ。
いつも通りの模擬戦の風景、現時点での戦況もまた、いつもと同じく堅実に距離を保ち中・遠距離戦に徹するラウラに一夏が封殺されている。
多方向から迫るワイヤーブレードに追い立てられ、鈍った機動の隙をついてのレールカノンの砲撃が襲う。
もとより近づいて斬る。それだけしかできない<白式>を扱う一夏は無論、皆が簡単に思い浮かべることができる光景。
このままではエネルギーを削り切られて負けるか、無謀な特攻をしかけて負けるかの二つに一つ。
そもそもが、こんな武装構成で世界一まで上り詰められる織斑千冬が規格外すぎるのだ。


――――だが、しかし、規格外という一点ならば、一夏にはなくとも<白式・刹那>に宿っている。


ワイヤーブレードにシールドエネルギーと装甲を鉋掛けでもするように、ジワリジワリと削られるなか一夏の瞳がある一点を見つめる。
本来ならば隙とは言えない針の穴。穴があるからと言って、自身のサイズを考慮せずに突っ込めば待つのは無様な自滅だけ。
それでも、それこそを一夏は求めた。今の一夏と<白式・刹那>ならばそれで十分。穴が小さく壁にぶつかるだけというのなら、壁ごと砕いて突き進めばいい。
ならばその穴は、穴ではなく罅となる。傷一つ無い壁を砕くよりも、罅の入った壁を砕く方が簡単なのは自明の理である。

(――――――――今だっ!!)

一夏の無言の意思が熱となりエネルギーとなり、機体背後の四点に灯る。
そのどれもが平均的なISと同等の推力を持つ。単純に四機分の推進機関を積めば四倍速いだろうという、あまりにも子供の夢想じみた乱暴な発想は、しかしながらここに現実の物となっている。

<白式・刹那>が一歩踏み込む。

古来より、一歩で踏み込める距離と刀身の長さを合わせた物を一足一刀の間合いと言うが、今の一夏のそれはアリーナ全てを覆うほどである。
音は無い。否、まったくもって追い付いていない。
文字通り刹那の速さで、行く手を塞ぐワイヤーブレードをその爆発的な加速で引きちぎりつつ、視線の先にいるラウラへと斬りかかった。

(何っ!? いつの間にっ!!)

ただし、ラウラの正面ではなく、無防備な背後から。
その出鱈目極まる機動にさしものラウラも驚愕の表情に染まる。四発同時瞬時加速でラウラ横を通り抜け、即座に百八十度反転し再度四発同時瞬時加速を発動。
PICの補助があっても消しきれぬ極悪な荷重を歯をくいしばって耐えながら、そこからさらに一夏は<雪片参型>を揮う。
その斬撃は刀身からの瞬時加速発動により、更なる領域に達している。
計五発の同時瞬時加速に誰が反応できようか。避けようのない輝く刃が<シュヴァルツェア・レーゲン>のシールドエネルギーを根こそぎ奪い取った。

「くっ……まさかこれほどとは」

事前に理解していた筈の<白式・刹那>の圧倒的機動性。しかし、実際に味わった速さはそんな認識をやすやすと打ち砕いた。
ラウラは自身の認識が過小評価であったことを、今更ながら悟り臍を噛む。

「――――まあ、そんな様になるのであれば当然か」

ラウラが勝利したにもかかわらず、喜びの一つも示さない一夏に視線を向ければ、そこにいたのはISを解除して膝をつく、見た目だけでは敗者としか見えない勝者の姿があった。

「…………………………………気持ち悪ぃ」
「肩を貸そうか?」
「――――お前の優しさがすっごく痛い」




=================




「………毎回これはきつい」

ピットに戻り、志保とシャルロットが用意したお茶を飲みながら、一夏はそう呟いた。
その顔には大粒の脂汗が浮かび、一夏の消耗の度合いを示している。

「腑抜けたことを言うな、と言いたいところだが無理もないか」

千冬がタオルで一夏の汗をふき取っていく。いつも突き放すような言い方をする千冬にしては珍しく労る様な言葉とともに。

「いいって千冬姉、そんなことやらなくても」
「きついのだろう? 無理をするな」

普段の千冬なら滅多どころか、絶対に見せないであろう柔らかい態度が、逆に<白式・刹那>の扱いづらさを示していた。

「脳内麻薬の異常分泌データと……ハイパーセンサー反応速度の高レベル上昇データの記録終わりっと」
「姉さん、一夏は大丈夫なのか?」
「ん~? 箒ちゃんはい~君のこと心配なのかな?」
「心配にきまってます、そんな無理を操縦者に強いる機体を使うなど」

現に僅かな時間機体の全力を出して消耗している一夏を目の当たりにして、箒は苦々しい口調でそう漏らした。
とはいえ唯一の男性操縦者の専用機が二次移行したという事実に、世界各国が引き寄せられていることもあって機体の封印などできようはずもない。
「ぜひ、我が国の機体と模擬戦をしていただけないでしょうか?」という言葉が、即日のうちにIS学園に寄せられいる。
ラウラとの模擬戦もそれが原因であり、既に鈴やセシリアとも戦っている。

「う~ん、データを見る限りい~くんへの負担は本当にぎりぎりのラインだからねぇ」
「だったら!!」
「は~い、そこでストップよ箒、アンタが熱くなっても仕方が無いでしょう?」
「しかしだな鈴!!」
「<白式・刹那>の危険性は一夏さんご自身が一番理解していると思いますわよ?」
「……まあ……確かにそうかもしれないが」

熱くなる箒を、鈴とセシリアが宥めに掛かる。

「それに通常稼働には問題ないでしょ?」
「あくまで全力稼働の負荷と、その際の反応速度の急激な引き上げが問題なのですから」
「普通に使う分には問題ないというわけ…か」

不承不承といった体で納得する箒。そこに一夏が箒を安心させるように言い聞かせる。

「大丈夫だって、負担があるってんなら、耐えられるぐらい鍛えりゃいいんだからな」
「……一夏」
「それに、一人で突っ走るような真似なんてしないわよ一夏は」
「一夏さんは仲間の大切さをわかっておりますものね」

二人の脳裏に浮かぶのはスプリングとの戦いで、二人の相棒を取り戻すために刃を振るった一夏の姿。

「……あの時の一夏さん」
「……うんうん、カッコよかったよね」

二人して恍惚の表情を浮かべているのを見て、箒は毒気を抜かれたように溜息をつく。

「はぁ……そういえばあのスプリングという少女はどうなったんです?」
「楯っちの話によれば、あの後からずっと昏睡状態みたいで取り調べすらできないってぼやいてたよ」
「結局、何もわからないということですか」

そんな箒に同調するように、千冬が言葉を漏らした。

「何もわからんと言えば、衛宮の魔術もそうだな」
「――――ブフッ!?」

急に話を振られ、その上お茶を口に含んでいる最中でもあったために、志保は盛大にお茶を噴きだしながらむせてしまった。

「ゴホッ!?……い、いきなりなんですか、織斑先生」
「何、<赫鉄>の戦闘データはじっくり見せてもらったからな、それはもうじっくりと…な」
「何か……おかしな所でもありましたか? 槍を作り出して戦っただけですけど」

志保のその言葉を聞いて、千冬の顔に嗜虐的な笑みが浮かぶ。

「ほう……誤魔化せると思っているのか、貴様は」
「さて、何のことやら」

平然と返す志保だが、その頬に一筋の汗が流れた。
勿論千冬がそれを見逃すはずもなく、千冬はさらに追及を続ける。

「最後の一撃もそうだがな、そもそも動きが違いすぎるだろう」
「武器を変えましたからね、当然でしょう」

そこに束が更なる追撃をしかける。息を飲んで展開を見守る皆に、<赫鉄>の戦闘データを見せながら口を開く。


「これほど無茶をしたのに?」


皆がその戦闘データと、そこに付随して記載された志保の負傷の一覧に目を奪われる。

「「ねぇ志保……これはどういうことかな?」」

車椅子を動かし逃げようとする志保だったが、表情を消した簪とシャルロットからは逃げられなかった。

「…………どういうこと、と言われてもな」
「データを見たら……怪我は両足だけじゃなかったみたいだけど?」
「うん、なにアレ……体中の筋肉と骨がボロボロじゃない」

表示された怪我の詳細は、それこそ車椅子どころか、ベッドに寝たきりの様になっていなければおかしいぐらいのものであった。
しかし、志保はそんなそぶりは一切見せず、いたって普通の動作を見せている。
その矛盾に皆が首を傾げる中、束が事のからくりを暴露した。


「だって志保、それだけ体に負担がかかる動きをナノマシンで修復しながらやってたもんね」


「「志~保~!!」」


その言葉に真っ先に反応したのは、当然簪とシャルロット。
両足の怪我はまだいい、敵から負傷を与えられたのならまだ納得はできる。
しかし、束が言った行為は自らやらないとできはしない無茶だ。それが二人の怒りに火を付けた。

「どういうことかな? ちゃんと教えてほしいんだけど」
「そうだよねぇ……なんでそんな無茶をやるのかな?」
「そもそも、そんな無茶をしないように束さんが<赫鉄>を作ってくれたんだよ?」
「私たち、間違ったこと言ってないよね?」

二人の顔には笑みが浮かんでいる。しかし、それを笑みと評していいのだろうか。
志保の脳裏に、かつて幾度となく刻まれた同種の表情と、今の二人の表情が重なって見えた。

「え~と、その、いい加減オータムと決着を付けたっかったんでな、少しぐらいの無理は勘弁してくれ」
「…………志保にとってはあれぐらいが少しの無理なんだ」
「僕だったら、あれを少しの無理とは言わないけどね」
「本当なら、これでけりをつけられる筈だったんだよ」

そう苦々しく漏らす志保に、千冬が同意を漏らして見せた。


「――――やはり、お前の最後の一撃は、“そのつもり”で放ったのか?」


それは、本来この学園では起こってはならないこと。名目として搭乗者の命が保護されている競技であることは、決して破ってはならないのだから。
シールドも、絶対防御も、明文化された規程も、全てはそのために在ること。
例え襲撃者との戦いであっても、その意思を持ち、その意思を成せる手段があることは、そう易々と許容できるものではないのだ。

「ええ、そのつもりでした」
「――――そうか」

だからこそ、千冬が意図するところを知りながら、なおそう答える志保に千冬は頭を抱えたくなる衝動を覚えた。

「確かに、あの女の脅威度は高い、志保の判断も間違ってはいないだろう」

ラウラだけは、これまでの境遇もあってか、志保の判断を難なく受け入れた。
それ以外の面子は、千冬と束を除けば釈然としない表情を浮かべていた。

「ああ、だというのに心臓貫かれても死ななかったからな――――――――無茶苦茶だよ、ほんとに」

前世の経験を盛大にスルーして、志保は臆面もなくそう言い放った。
というか無茶苦茶加減では明らかに志保の方が、遥かに上であった。


「無茶苦茶というのなら、――――お前の最後の一撃はどうやったんだ?」


そして、その戦闘データを見たのならば、志保の最後の一撃に疑問が集まるのも当然だった。
オータムの心臓を貫いた志保の一撃を目にし、皆が抱いていたであろう疑問を千冬が代弁した。

「どう、とは?」
「あの不自然な動きにきまっているだろう」
「だよなぁ、明らかに避けられていたはずなのに、何故か命中していたし」
「うむ、確かに当たる筈か無かった一撃だったな」

千冬に次いで、一夏と箒も疑問を口にする。
そして、ここで簪が確信をする質問を口にした。




「――――――――そもそも、志保ってどんな武器までなら作れるの?」




とうとう来たか、そんな言葉が志保の表情にありありとあらわれていた。
同時に千冬が、いつか聞き出してやろうとしたことを簪が聞いたため、これ幸いにとたたみかけることにした。

「そうだな、味方の戦力把握は重要なことだ、しっかりと教えてもらおうか」

まるで獲物を前にした狩人の様な眼差しで千冬は志保に迫る。
その眼差しに志保は諦観の表情を浮かべ、溜息とともに自らの情報を開示することにした。

「…………一応、あの映像が外部に漏れた場合、映像機器の不備ってことにしてくださいよ?」
「ああわかった、どうせまた出鱈目な事実だろうしな」

言質を取り付けた志保は、しばらく間をおいてから語り出した。


「――宝具――という物があります、人々の信仰によって編まれ神話・伝説に名を残す代物、そして決まった手順によって行使すれば、その通りの奇跡を紡ぐ物質化した神秘」


その言葉の意味するところを全員が察し、知らず息を飲んだ。

「そして私は、刀剣に類する宝具であるならば、大抵の物を模倣することができます」
「つまりはあの槍も、宝具……というわけか」
「ええまあ……あの槍の名前はゲイ・ボルク、ケルト神話の英雄クー・フーリンが愛用した魔槍です」

志保が上げた名前に、ケルト神話になじみがある欧州出身のシャルロット、ラウラ、セシリアは唐突に出された名前に驚愕の表情を浮かべる。

「クー・フーリンって赤枝の騎士団の?」
「そう言えば神話の中でも必ず心臓を貫いた、という部分もありましたわね」
「よもやと思うが必ず心臓を貫く、というばかげた能力を持っているわけではないだろうな」
「いや、その通りだよ」
「「「へ!?」」」

ラウラの言葉に肯定を示した志保に、三人の口から間抜けな声が漏れ出る。

「あの槍はな、限定的に因果を捻じ曲げる」
「限定的?」
「ああ、槍で攻撃を放つ前に“槍が心臓を貫いた”という結果を決定付ける、だから避け様もないし、絶対防御も発動しない」
「随分とまあ、剣呑極まる力だな」
「ええ、私が作ることのできる刀剣の中でもとりわけ対人の必殺性に優れた物です――――それ使ったのになぁ!!」

その志保の反応に、驚愕よりもむしろ同情心が全員に宿った。
そこまでの切り札、それを使用し、ちゃんと効果を発揮した。にもかかわらず相手は生き延び、あまつさえ反撃し志保に深手を負わせた。
はっきり言って切り札を無為に使った様なものだ。

「しかし、それが本当ならあの女は心臓を貫かれている筈だ、どうして生きていられる」
「………これは私の憶測だけどね」
「何だ束? 思い当たる節でもあるのか」
「もしかしたらISコアが心臓の代わりをしてるんじゃないかなぁ」
「ありえるのか? そんなことが」
「そう言うふうに進化したら……の話だよ」

束の語る可能性、それは開発者である束ですらISという物を把握しきれていないことの証だった。

「………というかオータムの機体は進化し過ぎだろう」

二次移行に加え、恐らくは単一仕様能力であろう防御をすり抜ける刃、心臓の代わりに搭乗者を生かすコア、おまけに志保の両足を消失させた謎の能力。

「衛宮、これからあの女に対してどう対処するつもりだ?」
「…………とりあえず、あの正体不明の攻撃の謎を解かないと話になりませんね」
「だろうな、おそらくはあの攻撃も絶対防御など意味をなさなない危険な物の筈だ」

つまりは、高い再生能力を持つ志保と<赫鉄>こそが最も生存確率が高い。
他の物ではむやみに死体を量産するだけの結果になるだろう。

「……問題は、今度の襲撃までに志保の両足が治るかどうかだ」
「もう二週間ほどで治療は完了します、それにオータムの奴も尋常の勝負を挑みたがっている様ですから、ある意味心配はいらないでしょう」

異端には異端をぶつける。対処としては理にかなった効率的な判断。
しかし、それが何の後ろ盾もない一人の生徒と言うのが千冬の心に重くのしかかる。
おまけに、そもそも志保が学園に入学したきっかけも自信が原因と言えた。


「――――――――すまんな、迷惑をかける」

「構いません、出来るのが私だけというのなら断る理由は在りませんよ」


そんな千冬の謝罪を志保は平然と受け止め、逆に千冬を気遣う様な態度を見せた。

(もう隠居を決め込んでいられるような状況ではないな、これは)

そうして千冬は、再び戦乙女<ブリュンヒルデ>に戻る決意を固めた。




=================




翌日の職員会議において、本年度の襲撃事件や暴走事件の対処策として学園が有する教導用のコアの一つを使い、学園防衛用の専用機を組み上げることを決定。
即座にIS委員会にその提案が提出され、主なIS保有国が自国の人員・機材を失うことを恐れた結果、至極あっさりとその提案は受け入れられた。
搭乗者は無論、織斑千冬であり、それに異を唱える者はどこにもいなかった。
その後はどの企業・軍が機体を製造するかで揉めに揉めたが、篠ノ之束の「ち~ちゃんの機体作っていいのは天上天下で私だけにきまってるでしょ!!」の鶴の一声で解決した。


「――――さて、次に襲撃をかけた愚か者は、私自ら切り刻んでやるとしよう」


こうして戦乙女は再び刃を手に取り気炎を燃やす。

時は九月、もうじき学園主催の一大レース、キャノンボール・ファストの開催が迫っていた。








<あとがき>
とりあえずキャノンボール・ファストではセシリアと千冬が活躍します。
あと、志保のパワーアップというか<赫鉄>の単一仕様能力を考えていたら、まるでベイ中尉の様な有様になってしまったんだが、ありだろうかこれは?





[27061] 第五十二話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/01 07:18

<第五十二話>


ハイパーセンサーを通じてリンクしたレーザーライフルの照準器の中に、ターゲット用のドローンが浮かんでいる。
距離は二百メートルほど、いつもならば鼻歌交じりに打ちぬける距離。
しかしその程度しか離れていない目標を、全神経を込めて私は見据えた。
FCSの自動補正により自然と中心に収まるターゲット。しかし、FCSを切りマニュアル照準に切り替え、己が両腕で狙いを定める。
照準器の中の十字にターゲットを収める……のではなく、態とずらす。
本来なら空を切って外れる位置取り。だが私は、あえて照準をその位置に固定した。

(重要なのはイメージ……当たる光景を鮮明に思い浮かべる)

腕部関節のパワーアシストが固定されピクリとも動かなくなった照準の中で、只管その光景だけを思い浮かべる。
レーザーは直進しかしない。それは常識。それはあたりまえなこと。
だからこの一射は空を切る。それが定められた未来。
否、違う、この一射は当たる。当たる筈だ。曲がれ。曲がれ。曲がれ。曲がって当たれ。
レーザーよ曲がれ。脳内でその一言だけがリフレインする。
そして、トリガーを引いた。
収束された閃光が長大な加速バレルを通り、銃口の先から閃光が迸る。
至高性を持たされた灼熱の閃光が空を裂く。文字通り光の速さで進むレーザーはゼロタイムで二百メートルの距離を零にする。

――――だが、レーザーは曲がらない。

銃口から直進したレーザーはコンマ一ミリすら曲がることなく、そのまま直進して大気を焼くだけに留まった。
結果、ターゲットのドローンには焦げ跡一つすらついていない。

「失敗……ですわね」

腕部関節のロックを解き、レーザーライフルを下ろしながら呟いた。
これが初めての失敗ならばやる気も保てられるが、これがちょうど百回目の失敗ならばやる気など当にボロボロになっていた。
視界に先ほどの射撃のデータを映し、ある一つの数値を確認する。
BT兵器適性値――そこに示されたグラフに表示されたパーセンテージは芳しいものではなく、私が求める高みには程遠い物だった。

「本当にできるものなのかしら……」

つい、そんな弱音が口をつく。
そんなもの自分には似合わないとわかってはいながらも、そう思わずには居られなかった。


――――偏光制御射撃<フレキシブル>――――


<ブルー・ティアーズ>に搭載されている全てのレーザー兵装は、理論上ではあるが高稼働時に偏光射撃という物を行える。
そもそも、レーザーの利点とは光速という最速の弾速にある。
炸薬式の射撃兵装とは違い、例えISであっても発射されてからの回避は不可能。
命中軌道で放てば必殺必中の魔弾となるのが、レーザー兵装の最大の利点である。
ならば、そのレーザー兵装を回避するにはどうすればいいか。
腕利きのIS操縦者は皆、そういう場合には銃口に注目している。
基本的にレーザーは直進しかしない。そのために銃口から射線を見切り回避機動をとっているのだ。
偏光制御射撃<フレキシブル>はその前提を、レーザーは曲がらないという前提を覆す。
そうなれば、最早銃口を見ただけでは回避することは不可能。相手にとっては悪夢的な多角攻撃を構築することができる。

だが、その難易度は想像を絶する。

考えても見てほしい。直進するレーザーならば、考慮すべきは縦と横、x軸とy軸の二元的な物だ。
しかし偏光制御射撃によって曲げたレーザーの場合、例えば敵機が避けるのを考慮してレーザーの射線を直角に曲げたとしよう。
その場合考慮するのは縦と横に加え前後の位置、x軸とy軸にz軸の三次元的な物だ。
ただでさえ高速起動中の狙撃と言うのは難易度の高い芸当である。そこに考慮すべき数値がもう一つ加わるのだ。
控え目に言っても神業的芸当と言える。そして、そもそもが偏光制御射撃というのは未だ理論でしか確立していない机上の空論、身につけるのは超絶的な難度と言える。




――――そして、それを私は未だ身につけていない。




当然だろう、<ブルー・ティアーズ>の専属操縦者となった時から実験と検証を繰り返し、それでも目指す頂の麓にすら辿り着いていないのが実情だった。
それでも、足掻くのを止めるわけにはいかない。

(一夏さんは……進んでおられますわ、ならば私が止まるわけにはいきませんもの)

脳裏に浮かぶのは、<雪片・刹那>という新たな力を得てより鋭さを増した一夏さんの剣筋。
生憎と刀に関しては素人の自分ですら、はっきりと鋭さが増しているのがわかる。
進んだ実績を見せつけられ、ならば自分は進めたのだろうかと自問して、脳裏に浮かぶのは惨憺たる結果。
ラウラとの戦いでは成す術もなくやられ、臨海学校と文化祭では足を引っ張っただけ、明らかに立ち止まっていた。
ならば、進まなければならないだろう。そのためにも、必ずこれは習得してみせる。

(そうですわ、弱音などいっている暇はありません!!)

再び決意を固め、幾度も幾度もレーザーを放つ。
曲がれ。曲がれ。曲がれ。そんな凶念にも似た意思を込めて。




――――訓練を終えた後、それでもターゲットは無傷だった。




=================




アリーナの使用時間いっぱいまで偏光制御射撃の訓練を続け、それでも何の感触を得られなかった現実が体に重苦しい疲労を与え、それを更衣室のシャワーで洗い流して帰途に就く。

(下手な鉄砲数打てば当たる……でしたかしら、この国の諺は)

現実は下手な鉄砲をいくら打ってもかすりはしなかった。
そんな現実に溜息ひとつついた時、視線の先に人影が見えた。

「あら、衛宮さんに布仏さん」

ここ最近見慣れた車椅子に乗っている衛宮さんと、珍しくそれを押している布仏さんとばったり出くわした。

「むっ…セシリアか」
「こんばんわ~セッシ~」

未だこの姿を見られるのが恥ずかしいのか、衛宮さんの顔はほんのり赤くて。布仏さんはそれニコニコしながら見ている。
しかし、いつもなら簪さんかシャルロットさんが車椅子を押しているはず。

「珍しい組み合わせですわね、簪さんやシャルロットさんはどうされましたの?」
「ああ、ここ最近は<打鉄弐式>の調整に掛かりっきりでな、何でも<白式・刹那>から得たデータの高速処理技術のおかげでマルチロックミサイルの製作に目処が立ちそうだとか」
「そうそう~、それでかんちゃんとシャルっちは整備室にこもりっきりなので~す」
「成程、それで衛宮さんの面倒を布仏さんが見ていた、と」
「そうだよ~、エミヤンが心配だから頼むね~ってかんちゃんに頼まれたので~っす」

実にのほほんとした空気を振りまきながら、タボタボの袖を揺らして癒し空気をふりまく布仏さん。
よく一夏さんがのほほんさんと呼んでいますが、本当にのほほんとしていますわね。
なんだかその様子を見ているとこちらの疲れまで抜けていくようで……、実に得難い雰囲気の持ち主ですわね、この方は。

「そう言うセシリアはどうしてたんだ、余程疲れているみたいだが」

すると逆に、純粋にこちらを気遣った様子で衛宮さんが問いかけてきた。
それにしてもそんなに心配されるほど顔色が悪いのでしょうか。私事ですのであまり詮索されるのも勘弁願いたいのですが。

「――――――――そうだ、私の部屋でお茶しないか?」

すると、そんな思いすら顔に出ていたのか、少し無理矢理に衛宮さんは話を変えてきた。
他人を気遣えるのにその手段がぎこちない衛宮さんを見ていると、思わず口元に笑みが浮かぶ。
ここは好意に甘えるとしましょう。せっかくの気遣いを無碍にするのも無粋ですものね。

「フフッ、そのお誘いお受けしますわ」
「おお~、やっぱりエミヤンはたらしだねぇ」
「どういう意味だオイ」
「だってぇ~、そう言うところでかんちゃんとシャルっちを落としたもんねぇ」
「いや……別にそう言うのは全然ないぞ、これは単に友人への気遣いに過ぎん」

成程、お二人は衛宮さんのこういうところに惹かれたのでしょう。
私を誘ったのも本当に私を心配してのこと。それ以外の思惑とかは一切ないのでしょうね。

「そんなことより、早く車椅子押してくれ」
「あいあいさ~、出発進行~」

布仏さんにからかわれて少し拗ねたような表情になる衛宮さんを見つめながら、私は衛宮さんの自室に足を進めました。




「――――フゥ、いいお茶でしたわ」
「さっすがエミヤン、セッシ~すらうならせる腕前だねぇ」

確かに衛宮さんの紅茶を淹れる手際はかなりの物ですわね。茶葉は市販の物とはいえ、基本をしっかりと守って丁寧に入れた紅茶を飲んでいると気持ちが安らぎます。
布仏さんも衛宮さんが入れたお茶を飲んで、いつも以上に緩んでいますわね。
何というかこう……たれている、といった表現がとっても似合います。

「お褒め頂恐悦至極――――なんてな」

私たちの賛辞に返ってきたのは、少々茶目っ気を出した衛宮さんの言葉。
そういう言葉を自然に言えるのはある意味尊敬いたしますわ。
恐らくはこういうところが、簪さんやシャルロットさんを惹きつける一因なのでしょう。

(それにしても……この方はいつも自然にしておられますわね)

思えば、いつも行動を共にする面子の中で、一番異端なのは言うまでもなくこの方。
特異な技術を収めて、出鱈目な敵にも対処して見せて、生死のかかった状況でも揺らぐことはない。
才能がある…とはこういうのを言うんでしょうね。天才と言い換えてもいいかもしれません。
私もそれなりに自分の力に自信を持っていましたが、偏光制御射撃一つ成せないこの体たらく。

「…………………………はぁ」

思わず溜息が洩れて、そうなれば当然衛宮さんが気にかけないはずもない。

「どうしたんだ? 溜息なんかついて」
「いえ、何でもありませんわ」
「とはいってもなぁ、何でも無いって言われても気になるわけだが」
「何でも無いなら~、溜息なんかつかないよねぇ~」

衛宮さんの後押しをする様な布仏さんの言葉に、ますます持って旗色が悪くなる。
確かに、悩みがあるから溜息をついた。

「個人的には、どうせお茶飲んで一息つくなら、胸の内に貯め込んだものも吐き出せばいいと思うがな」
「私たちは聞くだけ~、何もしないよ~」

そうまで言われて私は、衛宮さんの言葉と布仏さんの雰囲気に流されたせい、と自分に言い訳して胸の内を吐露し始めた。


「――――――――正直言って、衛宮さんの才能が羨ましいですわ」


吐露し始める。そのつもりだったのですけど、私の最初の一言だけで衛宮さんはとてもキョトンとした表情を見せてしまいました。

「え~、ちょっと待ってくれ、誰の才能が羨ましいって?」
「こんな恥ずかしいことを二度も言わせないでください、あなたの才能が羨ましいと言ったのですっ」
「私の…………………才能!?」

そして、その直後、衛宮さんの口から出たのは盛大な笑い声でした。


「――――ブハハハハハハハハハハハッ!!」


私、こうまで笑われる様な事を言いましたでしょうか?
ISすら打倒せしめる魔術という異端を修め、ライフルの銃口を打ち抜く様な際立った射撃能力、近接戦闘でもあれほどの腕前を見せますし。
勿論、相応の努力を払ってきたのでしょうが、それでも才能なくしてはできないはずです。

「いや…それは無い、それは無いって!!」

謙遜は日本人の美徳と聞きましたが、こうまで度が過ぎれば嫌味にしか聞こえませんわね。

「嫌味かしら、それは」
「いや…嫌味と言ってもな、才能があるなんて初めて言われたぞ」
「魔術も使えて、射撃も出来て、近接戦闘もこなす」
「あ~確かに言葉面だけ見ればそうとれるよなぁ」
「やはり嫌味ですのね?」
「むしろ器用貧乏と言った方が正しいぞ、私の場合は」
「器用貧乏?」

そして、少し間をおいてから、衛宮さんは自身のことを評し始めました。


「私には基本的に……ずるをしてるんだ」


思いもよらない言葉。魔術という異能を使うことの後ろめたさでしょうか。
しかし、使う技術はどうあれ修練を重ねて収めた技術ならば、そこまで卑下する様なものではないと思えます。

「射撃は説明をするのがややこしいんで割愛するが、近接戦闘に関していえばかなりずるしているな」
「そうなのですか?」
「ああ、ぶっちゃけて言うとVTシステムと同じことができるんだ、私は」
「へ?」
「私はな、魔術で武器を作って、そこに刻まれた経験を模倣して、仮初の剣筋で戦っているんだ」

つまりは武器をコピーして、動きすらも、技量すらもコピーする。
成程、それならばずるというのも頷けます。悪く言えば他人の修練、血と汗で積み重ねた結晶をかすめ取っている様なものなのでしょう。

「だからまあ、そこまで褒められるようなものじゃないんだよ」
「しかし……」
「だから逆に私から見れば、セシリアの方こそが羨ましく感じるよ」
「わたくし……ですか?」
「ああ、私にはあれだけの攻撃端末を操るような真似は出来ないし、空戦技術もそれほど洗練されているわけじゃない」

結局、衛宮さんの言葉の意味するところは、隣の芝生は青いということなのでしょう。
誰にだって得手があり、不得手がある。
今の私は自分に無い物を得た一夏さんに、目がくらんでいる様なもの。

「だからまあ、誰だって自分の持つ手札をやりくりするしかないんだろうな、一夏なんてその点が顕著だろ?」
「確かに……斬ることしかできませんものね」
「だろう? あいつ射撃なんてややこしいから、俺にはこのぐらいがちょうどいいとか言ってたぞ」
「フフッ、一夏さんらしいですわね」
「ところで、悩んでいたのは何だったんだ? まさかそれだけで終わりじゃないだろ?」
「――――そう言えばそうでした」

ここまできたら隠す必要もないと判断して、私は洗いざらいしゃべり始めた。
<ブルー・ティアーズ>の偏光制御射撃のこと。今までずっとそれの習得を目指していたが、全く成果が上がらないこと。
自身の恥ともいえる部分も含めて、何故か私はすんなりと喋ることができました。

「成程なぁ……」
「ええ、理論上はできるとのことですけど」
「正しく机上の空論だからな」

すると衛宮さんは何事かを考え込むような表情を見せ、あくまで自分の考えだと断りを入れた後、偏光射撃についての考えを述べ始めた。

「私が刀剣をコピーする際、六つの要素を考えて作っている」
「六つ?」
「ああ、どういう目的で造られたかを鑑定して、その目的のためにはどういう構造が最適か想定して、そのために必要な材質を複製して、刀剣として打ち上げる製作技術を模倣して、刻まれた経験と共感して、蓄積された年月を再現するんだ」

確かに、どんな物も問わず、造られた“物”はその六つの要素があるのでしょう。
一見すると簡単に作りだしていた武器の数々ですが、それほどまでに複雑な手順を踏んでいたとは思いもよりませんでした。

「大変な手間暇ですわね」

当然、漏らした感想はその一言に尽きた。
しかし、衛宮さんは私の言葉に苦笑して言葉を繋げた。

「ああ、最初はそうだったよ、それらのイメージが甘くて中身がすっからかんの物ができたりな……、けど、自分の魔術<機能>を正しく理解してからは余程の物で無い限り、無意識のうちにその工程を踏めるようになっていたよ、偏光制御射撃もそういうことじゃないか?」

つまりは……曲がれと強く念じるのではなく、曲がって当然と思うということでしょうか?

「鳥には飛べる才能なんてものは無くて、そもそも飛べる機能があるから飛べるんだ」

機能を使いこなすのならば、あくまで自然に使わねば意味がない。
無理矢理にではなく、ごく自然に……。


「だから、“曲がれ”と只管に集中することじゃ無く、鳥が飛ぶように、人が二本の足で立って歩くように、自然で無理のないイメージを思い浮かべるべきなんじゃないかな」


衛宮さんはあくまで自分の考え……そうおっしゃられていましたが、その考え方は違和感なく私の脳裏に刻みつけられました。
勿論、この考え方一つで偏光射撃を習得できるとは思いませんが、それでも行き詰っていた道筋に僅かな光が差し込んだのは事実。

「成程……大変参考になる意見ですわね」
「そうか、それは何よりだ」
「うんうん、セッシ~の表情も柔らかくなったしねぇ~」
「あら、そうですか?」
「ふむ、それならお茶に誘ったかいがあるというものかな」
「そうだね~、私もおいしいお茶が飲めて満足だよ~、そしておかわり~」
「フフッ、ならば私もお代わりをお願いできますか?」
「了解いたしました、お嬢様方」

愛も変わらず茶目っ気のある返事とともに、二杯目の紅茶のが差しだされる。
それを飲みながら、私は衛宮さんの誘いを受け入れてよかったと心底思ったのでした。







<あとがき>
偏光制御射撃ってガンダムSEEDに出てくる、フォビドゥンのフレスベルグみたいなものだと思うんだよなぁ。
というわけで少々設定を変更。この話の中では偏光制御射撃はホーミングレーザーなどでは無くて、予め軌道を設定して打つ方式になっています。



[27061] 第五十三話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/03 22:14

<第五十三話>


閃光が走る。大気を焼き穿ちながらターゲットドローンに突き進む。
幾度も繰り返した光景。変わらず閃光は真っ直ぐに突き進んでいる。
傍目にはそう見える上に、私自身も肉眼ではそうとしか認識できない。
恐らくはこの光景を見て、レーザーが曲がっている、と形容できる人物はいないだろう。


――――屈曲率0,01度


だが、それでもレーザーは曲がっている。曲がったのだ。
けして零ではない。例え毛先一筋ほどの些細な変化であっても、これは明確な前進だった。


「…………………………………………………曲がった?」


その事実がようやく理解できたときには、既に口元に笑みが浮かんでいる。
思わず飛び跳ねたくなるような……いや、既に機体の脚部は浮いており、文字通り地に足を付けていない様な浮かれっぷり晒してしまう。
勿論、屈曲率はほんの僅かでしかないので、偏光制御射撃を習得したと口が裂けても言えはしないが、それでも一歩を踏み出せた実感に、訓練の疲労すら抜け落ちていくようだった。

「さて……続けてまいりましょう!!」

ならば、訓練を続けていくだけ。
幾度も幾度もレーザーを発射し、「曲がれ」では「曲がる」とイメージし続ける。


――――結局その日もターゲットは無傷ではあったが、それでも私の中には徒労感など一欠けらも在りはしなかった。




=================




「そういやもうすぐキャノンボール・ファストがあるんだよな」

いつもの面子がそろった昼の休憩時間。話題は近々行われるISレース、キャノンボール・ファストについてだ。

「………そう言えばそんなのあったね」

一夏の言葉に真っ先に反応したのは簪。しかしながらその雰囲気にキャノンボール・ファストに対する期待感などは無かった。

「……どうしたんだ簪さんは? シャルロットは何か知っているか?」
「あはは、僕と簪最近はずっと<打鉄弐式>のマルチロックミサイルの調整に関わってたから」
「つまりそれに構ってばかりでキャノンボール・ファストのことなど頭からすっぽりと抜け落ちていた、ということだ」
「……………ううっ、どうしよう」

シャルロットと志保の言葉に、簪は頭を抱えて項垂れる。
余程かねてからの懸念に改善の兆しが見えてきたことに夢中になっていたらしい。

「……一応<打鉄>用の追加ブースター付けれる互換性はあるけど、実機での調整なんて全然してないよぅ」
「僕も手伝うよ簪、僕の方はそういうのずっと前からやっているから簡単な調整で済むし」
「私も何かできるわけでもないが協力しよう、そもそもレースに出られる状況ではないしな……ちなみに一夏はどうするんだ?」

逆に志保に聞き返される一夏は、<白式・刹那>の仕様を思い出しながらキャノンボール・ファストへの対策を考え始めた。

「う~ん……俺の機体に追加ブースターなんて付けれないしな、出来ることって言ったらそれぞれのスラスターの調整ぐらいしかないよ」
「……私も同じだな、<絢爛舞踏>も未だ使いこなせていないから<紅椿>も現状燃費最悪な機体なのでな」

現時点でいえばこの二人の機体ほどキャノンボール・ファストに向かない物もない。
<白式・刹那>は確かに現時点のISで最高速度を引き出せる機体だが、短距離・短時間の使用に向いた…いや、そうでしか運用できない推進系だ。
<紅椿>の方はと言えば展開装甲を潤沢に搭載した完全な万能型の機体だが、それを支える<絢爛舞踏>が満足に起動できない現状では、<白式・刹那>と同じく燃費最悪の欠陥機でしかない。

「やはり<絢爛舞踏>が起動できないのがネックですね」

誰よりも長く箒の訓練に付き合っているラウラもそのことを知っている故に、その顔が悔しさで歪む。
まるで我が身のことの様に悔しがるラウラに、箒の表情が僅かに柔らかくなる。

「けどさぁ…<絢爛舞踏>が起動できない原因って何なの? 福音を倒した時には起動出来てたんでしょ」

しかし、それも鈴の質問であっという間に霧散した。
<絢爛舞踏>が起動出来ない原因、それは今までの調査と訓練で箒自身もよく知っている。
だがそれを自分の口から言うことに、箒の顔が苦虫を百匹ぐらい噛み潰したようになる。

「――――姉さんや会長が言うには、前に起動させたときの精神状況を思い返して集中すればいいと言っていたんだがな」
「ならその方向で訓練すればいいんじゃない?」

いよいよこの問題の核心。自身の超弩級の恥部を箒は何とか己の口から絞り出した。




「………………………………………………………………あの時の精神状況、正直にいえば福音絶対に殺す、だぞ?」




――――沈黙が、その場を支配した。

「あ~その………………えっと………………」

流石にそんな精神状況再現しようとしちゃ駄目だよねぇ?
そんな内心がありありと映し出された表情で鈴は周囲に助けを求めるが、生憎と誰も助けの手を差し伸べることなく視線を逸らした。

(だぁああああっ!! もしかしなくても地雷踏んだ!?)

そんな中で鈴と視線を合わせるのは箒ただ一人。
あまりにもアレな部分を皆の前で晒す羽目になったきっかけである鈴に、少々苛立ちを覚えているのか、未だ困惑している鈴に追い打ちをかける様な言葉を発した。

「なぁ、鈴」
「なっ…何かな、箒」
「そこまで言うならお前が訓練に付き合ってくれないか?」
「…………………………………それってつまり?」

最後の一線。あえてそこを問いかけた鈴に帰ってきたのは、ゾクリ、と背筋を震わせるような箒の微笑み。




「――――――――ククッ、今宵の<紅椿>は血に飢えているぞ?」




冗談、なのだろうがはっきり言ってその場にいた全員がどん引きするほどに怖かった。
特にそんな物を真正面から直視した鈴は、即座に額をテーブルに擦りつけながら謝罪した。

「スミマセンオネガイダカラカンベンシテクダサイ」
「…………………何もそこまで怖がらなくても」
「怖いってのよ!! っていうか今のあんた完璧に人斬りの眼してたわよ!!」
「そうか?」
「そうよ!! だいたい最近のあんた志保や千冬さんみたいに人外の方に傾いているわよ!!」
「それ……褒めてるのか貶してるのかどっちなのだ?」
「両方!!」
「というか鈴の中では人外と言えば真っ先に私が浮かぶのか?」

だいたい世界最強よりなんで先に私が浮かぶんだ、と嘆く志保だが誰もそれには反応しなかった。
ただ、落ち込む志保の両脇にいた簪とシャルが優しく背中をさすって慰めただけだった。

「そ……そういや鈴やセシリア、それとラウラはどういった対策をするんだ?」

混沌と化した空気を真っ先に切り裂いたのは一夏。
そんな一夏の挺身に、箒以外の全員が無言のまま、視線だけで感謝の意を示す。
特に人斬り箒の視線に晒されて精神を消耗していた鈴は、顔を紅潮させながら一夏の助けに感激していた。
あまりにも微妙で妙なフラグシーンである。

「あ…あたしはレース専用に新造した高速機動パッケージ<風(ファン)>を使うつもりよ」
「私は強襲用高機動パッケージ<ストライク・ガンナー>を使用いたしますわ」
「ふむ…私は<シュヴァルツェア・ツヴァイク>用の高機動パッケージが転用できるからな、それを調整して使うつもりだ」

三人が語ったのは、専用機持ちとしては一般的な方法だろう。
専用機ともなれば当然専用装備も数多く製造されている。とりわけ機動性の高さが主眼であるISであるならば、それを引き延ばす専用パッケージを作るのは自然なことである。
未だオプション装備を作る余裕のない<打鉄弐式>や、量産機が原型である<ラファール・リヴァイブカスタムⅡ>、そんなオプション装備の一切を考慮していない<白式・刹那>や<紅椿>の方が異端なのだ。

「それでもレース用にわざわざパッケージを新造するなんて中国はやる気すごいな」
「いや…<甲龍>って安定性重視だから悪く言っちゃえば目立たないのよ、だからレース一つとっても高い成果上げて示威行動に変えたいわけよ」
「まあ……確かにな、衝撃砲も初めて見る相手には効果が高いけどなぁ」
「ククッ、試験目的の第三世代型であるにもかかわらず、そんなある意味欠陥機を掴ませられるとは運が無いな」
「うっさいわねラウラ!! あんたの停止結界だってあっという間に志保に対策とられたじゃない!!」
「あれは志保が出鱈目過ぎただけだ!! 第一志保を引き合いに出すな、収まる話も収まらん!!」
「――――だからお前たちは私をどう認識しているんだ?」
「「出鱈目、規格外」」
「お前たちほんとは仲いいんじゃないのか? それとその喧嘩買ってやろうか」

妙に息のあった返答を返し、志保の額に青筋が浮かび上がる。
<赫鉄>の模擬戦の相手を初めて務めただけに、もしかしたら志保の出鱈目っぷりを一番強く認識しているのはこの二人なのかもしれない。

「………………………………何で今日はこんなに話が変なふうに逸れるんだ?」
「「「………さあ?」」」

一夏の力無い呟きに、セシリア・簪・シャルの三人も力無い呟きを返すだけだった。




「――――――――まあそれよりも、私としてはそもそもちゃんとやれるのかが気になるがな」




志保のその言葉に、全員の顔に疑問符が浮かぶ。

「考えても見ろ、今年の学校の公式行事の顛末を」
「え~と、クラスリーグマッチじゃ無人機が乱入してきたわね」
「タッグマッチでは私が醜態をさらしてしまったな」
「いや……あれはお前に咎は無いだろう、醜態をさらしたのは臨海学校の私だよ」
「文化祭じゃスプリングとオータムに襲撃受けたしな」

いっそ呪われているのではないかと考えるほうがしっくりとくる横槍の多さだった。
平穏に、想定通りに終わった行事など一切無く、いつもいつも事件・事故が起こっている。
ようやく志保の心配するところを全員が認識し、それぞれの顔に不安が宿る。

「今回も何がしかの波乱があるということか?」
「ここまで来て今回だけはなにもないというのは楽観的過ぎると思うがな」
「そうなのよねぇ、これ以上何かあったらお姉さんどうにかなっちゃいそうだわ」

突然会話に割り込んできたのは楯無だった。
しかし、そのことに対して全員驚いたような素振りは一切見せず、それどころか「ああ、またか」とかそんな感じの表情を浮かべていた。
神出鬼没も度が過ぎれば驚かれはしなくなる、ということだろう。

「ああもう……ここ最近仕事が忙しかったから、ようやく簪ちゃんエネルギーを補充できるわ」
「姉さん……………………………お願いだから人前で抱きつかないで」
「じゃあ二人っきりならいいのかしら?」

現れて速攻で簪に抱きつく楯無。簪も当然人前での恥ずかしい行為に、顔を赤らめてか細い抵抗の言葉を吐き出し、志保とシャルはそんな簪に対する楯無のどこかで見たような反応に複雑な表情で顔を見合わせる。

「だってただでさえ襲撃事件あって後処理が大変だったのに、<白式・刹那>のことと志保のことで大変だったんだから」
「そんなに大変だったの? 姉さん大丈夫?」
「ああっ、簪ちゃんの気遣いが体に沁みる、とっても癒されるわ!!」
「もうっ、恥ずかしいからやめてよ」

妹からの気遣いの言葉に癒されてテンションが上がり、互いの頬を密着させて濃密なスキンシップを図る楯無。
簪は簪で、激務の毎日を過ごしているであろう姉の為に、口ではあれこれ言いながらも決して引きはがそうとはしない。

「あ~、なんかすみません」
「情報封鎖感謝します、会長」

一夏はともかくとして志保の戦闘が露見すれば、そもそもこの人物は誰なのかから始まり、このISはどこの所属で誰が開発したのか、一体全体どういう性能を持っているのか、そんな質問という名の命令が世界各国から届いていただろう。
あくまで視覚映像的に誤魔化しが効きそうな<ゲイ・ボルク>を使用したが、そもそも切られた腕を即座に接続したりと無茶なことをやらかしているのだ。
控え目に言っても一夏の存在が世に知れ渡った時と同じぐらいの混乱が起きるのは、誰の目にも明らかだった。

「しかしまあ、オータムの奴もそこは弁えていたと思いますけどね」

それがまったくと言っていいほど誰の目にも触れなかったのは、オータムが人気のないところで襲撃したからであった。
恐らくは彼女なりの気のきかせ方、志保が気兼ねなく戦えるようにという配慮なのだろう。
言いかえればオータムの愛ゆえの結果、ということだ。
そんな愛など熨し付けて返したいというのが、志保の偽らざる気持ちだった。

「ともかく、会長には迷惑をかけます」
「まぁそれが私の務めよ、……………そのためには更なる簪ちゃんエネルギーの補給を!!」
「だから人前じゃ勘弁して、姉さん」
「諦めたほうがいいぞ簪、うちの姉も似たような戯言を言って抱きつくからな」
「…………お互い、大変だね」

楯無に抱きつかれる簪に、我が身を投影して共感する箒。
とはいえ二人の表情に浮かぶ感情は、それを嫌悪していないことが一目で知れた。
「仕方が無いなぁ、この人は」そんな感じの苦笑を浮かべるだけ。

「何を言っているのよ二人とも、これは姉ならば当然の行いよ?」
「自身の奇行を然も当然の様に言い張るな、アンタは」
「酷いわねぇ志保は、束さんだってそうじゃない」
「あれを引き合いに出すな、アンタはあれを普通と言い張るのか? 無理がありまくりだろう」
「じゃあ織斑先生」
「…………………………………」
「何か言いなさいよ」
「虎の尾を踏めと?」
「志保のカッコいいとこみてみたい~♪」
「自爆のどこがカッコいいんだ…………はぁ」

やはり楯無と志保、この二人がそろえばまともな会話が続くはずもなく、漫才じみた会話を繰り広げる。




「――――――――――――ほう、なかなか面白いことを話しているな、貴様ら」




そして往々にして、そんなときほど件の人物が現れるのだ。
大気を震わす幻を伴いながら、千冬という名の鬼神が降臨した。

「いえいえ、なにも有りませんよ? 織斑先生」

だがしかし、そんな絶死を前にしても楯無は怯みすらしなかった。
懐から何か小瓶の様なものを取り出し、千冬の手元に押しつけながらにじり寄って弁明を始めた。

「あくまで妹や弟を持つ姉として当然のことを話していただけですわ」
「…………………………………………………ふむ、今回ばかりは見逃してやろう」

そして、その小瓶の中身は“真紫色”をしていた。
それを手渡されながら弁明を受けた千冬は、驚くことにあっという間に鉾を収めた。

「おいこらちょっと待てそこの不良生徒会長に不良教師、生徒の目の前で賄賂の受け渡しするんじゃない!!」
「何を言っているのかしら、あんな物が金銭的価値を持つと思っているの?」
「そうだな、さりとてむやみに放置しておいてもいいものでもないからな、教師が責任を持って処理(使用)するだけのことだ」
「じゃあそこいらのゴミ箱に中身をぶちまけて捨てればいいだけだろうが」
「だから言っているだろう……教師が責任を持って処理すると」

清々しいまでの横暴、しかもそれが生徒会長と学園筆頭教師であるのが更に救いが無かった。
ついでに志保の視力は千冬の口元がほんの僅かに緩んでいるのを見逃さなかった。
そしてある意味渦中の人物である一夏が、焦りに満ちた表情でこの騒乱に参加した。
再び嬉し恥ずかしの千冬姉との添い寝を繰り返されてたまるか!!と、微妙にピントのはずれた闘志を燃やしながらではあったが。

「じゃあ、俺にそれは絶対使わないよな千冬姉」
「………………………さあ」
「うぉい!! そこで目を逸らさないでくれよ!!」
「一夏君? 私も最近ストレス多いけどきっと織斑先生もそうだと思うわ、だから弟であるあなたが支えてあげなくちゃ」
「いやいや綺麗事に言い換えても本質変わらないからな!?」

巻き起こるカオスの嵐。普通では考えられないことに千冬すらそのカオスの一因というのが、あまりにも性質が悪すぎた。
他の者たちは諦めを通り越して悟りの境地に立ったかの様な穏やかな表情でその嵐を見守っていた。


ある一名を除いて――――




「お姉さま」
「ん? どうしたんだラウラ」
「お姉さまはその………エネルギーの補給をしないのか?」
「――――はぁ!?」
「だから、その……お姉さまはお姉さまだから、会長の言っている様なエネルギーの補給はしないのか?」

羞恥に震える瞳で箒を見つめながら、ラウラはそう言葉を発した。
歪曲な言い回しではあったが、つい先ほどまでそれの実演をされていればその意味を取り違えるなどできようはずもなく、箒の顔もまた羞恥で赤く染まる。

「人前でそんな真似やれるはずもないだろうが」
「………………はい」
「………………部屋に帰るまで我慢しろ」
「………………はいっ!!」

聞き様によっては恋人の誘いに、遠回しな肯定を返すかのようなやり取りだった。
何せ部屋でならお前を抱きしめるのもやぶさかではない、と箒は言っているのだ。




((((――――誰かこの状況を何とかして))))




簪・シャル・鈴・セシリアの悲痛な叫びは、結局休み時間の終了を告げる鐘によって強制的に終了させられるまで聞き届けられなかったことを、ここに記しておく。







<あとがき>
よくよく考えれば文化祭のあの薬、千冬にとって効果覿面な賄賂になると思うんだ。
そして前話の感想でセシリアが藤のんとか言われて盛大にフイタ。さらに言うなら偏光制御射撃の独自設定を“テルの矢は決して林檎に届かない”とか言った奴出てこい。
「ゲェーハハハハハハッ!!」とか高笑いして、某イタクァの如き軌道を描くレーザーの釣る瓶打ちでMと<サイレント・ぜフィルス>をフルボッコにするセシリアとか誰得だよ。



[27061] 幕間 その一
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/05 16:56


<幕間 その一>


――――月明かりだけが部屋の中を照らしている。


二つのベッドには当然、それぞれ一人ずつが寝息を立てており、そのかすかな吐息だけが部屋の中の音源だった。
そのうちの片方、傍らに車椅子を配しているベッドの主が、音も無く体を起こした。
闇の中、幽かに垣間見える月光の中の風貌は、本来のベッドの主とは大きくかけ離れていた。
いつもならば黄色の肌と炎の様な赤髪に彩られている筈のその顔は、褐色の肌と黒髪に染め上げられ、その上を禍々しき文様が蠢いていた。

「――――いやホント、やっぱ俺には光りなんて似合ねぇよな、うんうん、分を弁えるってのは大切だよねぇ」

クヒヒ――と笑いをかみ殺すその表情が、何よりもいつもの彼女とは違っていた。

逆しま――それこそが最も適している表現だろう。




「はてさて、時間が無いってのは俺自身が一番よく理解しているんだが…………」




視線をめぐらし、もう一つのベッドでいまだ寝息を立てる少女に目をやる。
体つきは豊満ってのには程遠いが、それでも綺麗所には違い無く、ならば手を付けるべきかと思案する。
据え膳食わぬは何とやら……ってこの国の諺だっけ?
まあいいや、そもそも俺は悪魔なんだから、そんなことで思案するのがそもそもおかしいだろう。

「おっと、……そういやこの体、足がまだ完全に治って無かったんだっけ」

相変わらず“正義の味方”は生傷が絶えない荒んだ日々を送っているようである。
自分だったらそんなの一切合財放棄して、綺麗所と乳繰り合う爛れた日々を送ると思う。
だって爛れた日々最高じゃん? な~んでそれ放棄するのやら。
相も変わらずマゾいね、コイツ。
だってここにいるのも、こんな怪我したのも端的にいえば見ず知らずの誰かを助けたから。
背負う必要も義務もない重荷背負ってここにいる。だからこうして足が持たなくなるんだよ。

未だ骨格と僅かな筋肉しか修復できていない、ガラクタ同然の足を静かに引きずりながら、すぐ横のベッドににじり寄る。
よたつく足でどうにか少女の眠るベッドたどり着き、起こさないように静かにシーツをはぎ取る。
勿論、パジャマのボタンも静かに外していく。無垢な寝顔の下の防御がだんだんと無くなっていき、ついにはブラジャーすら月光の下に晒される。
今この身が女なのがとてつもなく惜しいが、それでも手やらなんやら使ってよがらせるぐらいはできるだろう。
そう思い手を伸ばして――――触れる前に手を止めた。


(――――――――据え膳は喰うけど、不義理は犯したくないなぁ)


脳裏に浮かぶのは、心を鎧で固めたかつてのマスター。
ポンコツであっても性能は高いから、どうにかうまくやっているのは間違いない。
だから、ここでどんなことをやろうがそもそも絶対に彼女に伝わることもない。彼女をいまさら気にかける必要などはいはずだが……。
どうにも、予想以上に彼女に入れ込んでいたみたいである。
そんなこんなで急に犯る気が萎えてしまい、今更だが少女のパジャマのボタンを戻し始める。


「――――――――し、ほ?」


けどなんでそう言う最悪なタイミングで目を覚ますかねぇ?
神様って奴は時折悪魔よりも性質が悪いみたいである。
寝起きで判断も鈍っているせいか、咄嗟に放たれた張り手を俺は甘んじて受け入れることにした。
だってあのマスターに比べたらご褒美って言ってもいいでしょこれ。あのマスターだったら今頃頭がパーンだよ、絶対。

直後、べチンというそれなりの音が暗闇の中に響き渡った。




=================




「――――それで、あなたは誰なの?」

夜中いきなり目が覚めてみれば、目の前にあったのは志保……らしき誰か。
だって顔の色も髪の毛の色も違うし、おまけに変な蠢く刺青までしてる。
口元はつり上がってへらへらとした笑みを見せて、いつも冷静で落ち着いている志保とは反対に、軽薄そうな表情を描いている。
それなのに、顔のパーツは志保と全く同じで、右腕には<赫鉄>のブレスレットがある。
それに何より、月明かりに映されるその両足は、金属質の骨だけ様な見た目だった。
つまりは、間違いなくその体は志保の物ということ。

「え~と、不法侵入者にして不法滞在者ってところ?」

気だるげに、やさぐれた口調で返ってくるふざけた答え。
一欠けらの真面目さもないその返答に、私の眦がつり上がる。

「自分で言うのもあれだけど、残骸のそのまた残骸みたいなものだから気にしなくていいぜ、どうせコイツは俺のこと絶対に知らないし」
「……………どういう意味?」
「夜が明けたらもと通り、こびりついたノイズなんて目が覚めたらそれだけで消えるんだよ」

本当に何を言っているのかわからないけど、明日になれば元通りの志保になる、その一点だけは理解できた。
そのことに安堵の感情が灯り、溜息となって現れ出た。

「おおぅ、やっぱ愛する人が無事なのは嬉しいかい?」
「……………そんなの当たり前、何かおかしい?」

それを揶揄する様なからかいに、険のある返しをしたのは当然だろう。
けれど、それに対する反応は予想外の物――――


「いんや、正しすぎるほどに正しいよ、眠りこけてるこいつに聞かせてやりたいね」


そう言って自分の胸を親指で突く志保(?)、その口調はどこか不思議なぐらいの真摯さに満ちていた。
相変わらず気だるげで、やさぐれた口調ではあったけど。
それでまあ、あんまり悪い人(?)なんじゃないのかな、とか思ったりしたけど――――

「ところで、あなたは何がしたいの? これはあなたの意思?」

一夜だけ、偶発的にこうなってしまったのなら、この問いに意味はない。
けど、あくまで自発的な意思で以って志保の体を乗っ取ったのならば、必ず何か目的がある筈だ。


「――――――――いやほら、やっぱこう綺麗所が近くにいると、手ぇ出したくなるのが人情じゃない?」


――――なんて、ふざけたことをのたまってくれた。
思わずISを部分展開してしまったのは、誰にも責められないと思う。

「ふざけないで」
「おおう~怖い怖い、けど真っ赤になっちゃってか~わいいな~」
「照れてない……怒ってるの」
「そう言うことにしておきましょうかね」

志保の顔からにやけた軽薄な表情が消えず、熱を持った私の顔を見ては笑いをこらえている。
ただ純粋に、人の無様が好きなのだろうと思い知らされた。
志保は違う、人の無様なんて笑いはしない。肯定も否定もせず支えてくれるだけだから。


「まあでも、それは俺の欲求であって目的じゃないからな」


けど、時折見せるこの真摯さが、どうして志保と重なって見えるのだろうか。

「…………目的?」
「おせっかいとも言い換えていいな、何せ俺悪魔なわけだし? 人の為になること大好きなわけよ」
「それ、どっちかって言うと神様の方じゃない?」

ついには悪魔を自称し始めた、正体不明の人物(?)
ますますこの悪魔がなにをしたいのかが分からなくなってきた。悪魔が人を助けるなんて大嘘もいいところである。

「チッチッチッ、駄目だね、勘違いしているぜ、おたく」
「どこを?」
「だって神様なんて試練与えるだけではいさよなら~、後は放置プレイ上等な奴らじゃん? 悪魔の方は人間が大好きだからあれこれ世話焼くけどさ」

大概の創話で悪魔は人間に甘言を囁き堕落させる物だけど、どうやらこの目の前の悪魔曰く、それは世話を焼いているということらしい。

「んでまあ、俺は世話焼き好きで義理堅いわけよ」

つまりは、この目の前の悪魔も恐らくは私に世話を焼こうと思っているらしい。
どうにも、これは夢なんじゃないかと思えてくる。いくら志保が魔術なんて言う物を使っていても、だからと言って悪魔なんて言う存在をそう易々と受け入れられる筈がない。

「あ!! その目俺のこと信じていねぇな」
「……当たり前」
「ひっどいねぇアンタ、もう少しこう誰かを信頼することを覚えたほうがいいんじゃない?」
「騙されることと信頼することは違うと思うけど」
「そりゃそうだ」

こんな問答を続けた後、悪魔は急に雰囲気を変えて私に質問してきた。


「ところでアンタ――――――――衛宮志保のことどう認識してる?」


そんなこと、今更確認するまでもない。

「えっと、優しくて気配りできて、それでいて無茶もする目が離せない人、かな――――そして私の大好きな人、だよ」

思いの他、はっきりとそう言えた。いくら志保の体とはいえ見ず知らずの他人…いや、他悪魔にそう言えるなんて。

「はいはい惚気をどうもありがとう」
「あなたが聞いてきたんでしょ?」

うんざりとした表情を見せる悪魔。けどその後、そんな感情を消し去って私に問いを投げかけた。




「ほんとにそれだけ? 嘘を言うなよ、アンタはもう見てる筈だ、知っている筈だ、コイツはそんな生易しい奴じゃないってな」




それは、私にとってわけのわからない言葉。

「嘘は悪魔の十八番なんだよ、そんな見え見えの嘘には引っかからねぇよ」

本当にそう? 目の前の悪魔の言う通り、自分に向けた見え見えの嘘じゃないのか。

「多分アンタが一番衛宮志保って言う存在に、一番深く近づいている」
「そ…れは……」

喉が渇く。私の心の奥底を容赦なく引きずり出し抉るその言葉に、志保に宿っている誰かは本当に悪魔なんだと実感する。

「何よりアンタはコイツの口から直に聞いただろ? コイツは自殺志願者なんだよ、今生きているってことだけに苦痛を感じていて、そんな自分が無為に生きていくことを誰よりも自分自身が許せない、だから誰かの危機を見過ごせない、織斑一夏を助けるために生身でISに挑んで、そっから先はあんただって知っているだろ、コイツがかかわらなくていい筈のことにどれだけ首を突っ込んでるか、アンタや他の奴みたいに何か立場や事情があるわけでもない、コイツだけなんだよ、事情も立場も何も無く首突っ込んでる奴」

確かに、一部の隙もなくその言葉は正しかった。
代表候補生でもなく、重要人物でもその身内でもなく、一番まっさらなのに一番傷を負っている。
つまりは、自分から傷つきにきているということだった。

「断言するぜ、コイツは変わらない、表層的にはそうは思ってなくても一番多くが助かる道を選ぼうとする、今まではあれだ、簡単だったからよかったんだよ」

その最後の一言に、私の脳は沸騰しかけた。まるでそれは志保の負った傷すら侮辱するような言い方だったから。

「簡単なんて……言わないでっ!!」
「ああ、勘違いさせちまったか……俺が言っているのは物事を遂行する難易度のことじゃないよ、物事に対するスタンスを決める難易度だ、俺が簡単って言ったのはそっちの方だ」
「スタンスを決める…………難易度?」
「ああそうさ、アイツのこれまでの戦いを振り返ってみろよ、誰を撃退するか、誰を助けるか、それを決めるのに悩むことなんてないだろ?」

誘拐犯から少年を助け、無人機から友達を助け、襲いくる敵から我が身を守る。
天秤に乗せる者はごく僅か、ならば迷う筈もなく、行動の指針は即座に決まる。
誰だってそのスタンス自体には共感するだろう、と悪魔は言った。

「誰だって誘拐犯と誘拐の被害者、襲いくる暴走機械と知り合い二人、どっちを助けるかなんて悩む必要すらない、コイツの壊れた価値観でも、それはあんたら普通の奴らと重なるのさ」

それが重ならないのであれば、そもそも私は志保を好きになっていない。
そこまで外れた人を、どうして好きになれるだろう。


「だがよ、一千人と一万人、どちらかしか助けられなくてどちらかは必ず死ぬって状況があったとする、そうなればコイツは必ず前者を即座に切り捨てる」


その言葉に、かつて見た夢が脳裏に再生された。
悲しいくせに、悔やんでいるくせに、それでも揺るがず誰かを切り捨てていった、あの人が。
それを、どうして思い出すのだろう。


「そんな選択が、いつか必ずやってくる

 世界の形は万華鏡みたいなもんだ、一つ一つの模様は違っていても、規則性、法則性があるから絶対に重なる部分は出てくる

 何せ終わり<死>は何にでもやってくるんだ、至るまでの形は違えどそこは絶対に変わらない」


そう言って、悪魔は右腕を私の額にかざす。


「これがコイツの味わった終わりだ」


瞬間、私の意識に極大の砂嵐が吹き荒れた。




=================




砂嵐が収まった時には、私はどことも知れない場所にいた。
周りには血走った目と憎悪を滾らせて、耳に馴染みのない言葉を発している民衆の群れ。
言葉の詳細は判らずとも、そこに込められた意思ははっきりとわかった。

「殺せ」

「死ね」

「死んでしまえ」

ただ一つの憎悪に研ぎ澄まされた言葉が、突き刺さらんばかりの殺意となって私を襲う。
それを向けられているのが私で無いと頭では理解していても、殺意は私の体を容赦なく打ちすえた。


――――――――そして、その殺意が向けられた先にいたのは、一人の男性。


当然というか、それはあの人だった。
血まみれの赤い外套を身に纏い、傷だらけの体を拘束されている。
その上には、古びたギロチンの刃が錆だらけの外観でありながら妖しく光っている。
もう、あの人には迫りくる死を避けることができないのは明白だった。


だけど、それでも。


あの人の顔には、澄んだ笑みが張り付いていた。


心からの笑みだと、それが痛いほどに理解できる。


下ろされる断頭台の刃。結局その笑みを張り付けたまま、あの人の首が胴体と別れた。


周囲の熱狂は最高潮。だけど私の心は冷え切っていた。
なんなの!? どうして笑っていられるの。そんな終わりを、どうして許容できるのかと声を大にして問いかけたかった。


再び、砂嵐が走る――――




=================




「……………………………………………はあっ、はあっ、はあっ」

逆流しそうになる灼熱の胃液をどうにか飲み込み、うるさいぐらいに鳴り響く心臓を止めようと力一杯に胸を押さえる。
瞼を閉じて今すぐにでも眠りに就きたい欲求にかられたけど、目を閉じれば自然とさっきの光景が再生されてしまうから、そんな手で逃げることもできなかった。
まだ、醜くあがいてその末に死ぬ光景の方が、遥かに気が楽だったと思う。
人の死に様というのを初めて見たけど、あれはきっととびきりに最悪な物だった。

「どうだい? 狂人の死に様って奴は」
「…………………………………………………最悪」
「だろうねぇ……燃え尽きたわけでもないのにああ死ねるってのは、性質の悪い自殺と同義だ、例えそれで数多の命が助かるにしても、きっとそれは助けた命の侮辱に他ならないさ、余計な荷物背負わせてんだからな」




「そしてあれが、衛宮志保の辿った終わりだ」




放っておけば、あの光景が現実のものになると悪魔は言った。
嫌だ。そんなの嫌だ。志保があんな風に死ぬところなんて見たくない。
いつも一緒に日常を過ごして、何気ないことに喜びを感じて、そんな未来がほしい。

「………いや、だよ」
「そうかい?」
「初めて私を“簪”って見てくれて、いっつも助けてくれて、私に温かい気持ちをくれたんだから」
「だから、それを失いたくないってか?」

改めて言葉にすると、その気持ちは浅ましすぎた。
死なせたくないんじゃ無く、手に入れた宝物を失いたくないと思うから、志保に生きていてほしいなんて。

「いい答えだ」
「……………………え?」
「コイツの背負っている物なんて興味無くて、コイツと一緒に人生謳歌したいから、あんな終わりが嫌なんだろ?」
「興味無いって言うのは……言いすぎじゃないかな」
「コイツに関わった誰もがさ、コイツの荷物の重さを知っているから誰もコイツを助けられなかった、背負った物の重みに引きずられてんだよ」

私は知らない。志保の背負った物の重みも、その中身も。

「背負う重みは背負った奴にしか背負えない、そのことを勘違いしているから間違ってしまうんだ」

それはいつか、志保が私に言ってくれたことによく似ていて――――




「だから、アンタはそのままでいいんだよ、コイツがいつかの選択を同じように再現しようとしやがったら、横から張り倒してやりゃあいい」




クヒヒ――と笑いながらそう言った悪魔の笑顔は、とても優しい笑顔だった。
本当に、この悪魔は助言するためだけに私の前に現れたのだろう。
志保がやがて辿る結末を変えてみせろと、ただそれだけを言う為に。

「言っちゃあ何だがアンタは弱虫のへたれだ、けど、だからこそ弱い<強い>アンタなら、強い<弱い>コイツを助けてやれるはずだ」

本当に、この悪魔は変な悪魔だ。ここまで優しい悪魔がいるなんて想像すらしていなかった。
やさぐれてて気だるげで――――それでも人を思いやれる悪魔なんて。

「ねぇ――――どうしてこんなアドバイスしてくれたの?」
「う~ん、コイツへの借りを清算しようと思ったのもあるけれど、一番大きいのはコイツにむかついたことだろうな」
「志保に?」
「ああ、だって終わりを迎えたのにまた同じ道を歩もうとしてる、それはつまり進んでいないってことだろ? だからまあしょうもない残骸の身だけれど、おせっかいの一つでも焼いてやろうと思ったわけさ」

しみじみと語る悪魔の文様が、月光の中でどんどんと薄れてゆく。
恐らくはタイムリミット。ノイズが消えて言っているんだろう。

「あ~くそ、もう時間切れだ」
「そうなの?」
「ああ、残骸の残骸だからな、こんなちょっとのことだけで消えちまう――――最後に一つ、コイツはもうバッドエンドは見終わってる、見せるのは問答無用のハッピーエンドだけだ」
「うん……わかったよ」

いよいよもって消えていく悪魔を前に、私は大事なことを最後に聞いた。


「ねぇ、あなたの名前、教えてよ」
「■■■■■■■、その名で呼ばれるのが一番好きだ」


私はその名前を心に強く刻みつけ、消えゆく悪魔に別れを告げた。


「じゃあね、■■■■■■■――――ありがとう」
「おう、せいぜいがんばれよ」


終わりは静かに、変な悪魔は文字通り跡形もなく消え去った。
志保の体は意識を失いベッドに倒れ伏し、月光に照らされるその顔はいつもの志保だった。
私はそんな志保のそばに寄り添い、再び眠りに就いた。
悪魔との会合を知るのは文字通り私だけ、今はただ志保と一緒の日常を謳歌して、志保の選択を蹴り破れるだけの思い<力>を蓄えよう。


――――志保に新しい終わり<未来>を見せれるように。





<あとがき>
シャルロッ党の皆様申し訳ありません。実を言うとこれから先のストーリーのプロットを改めて確認し直したら、志保のヒロインは簪の方がしっくりくるということに気付いてしまいました。
まあ、そのためには少なくとも原作七巻の内容までを書き終えて、そこから先のオリジナル展開に持ち込まなきゃならないんですけどね。
あと、“彼”の口調再現するの難しいわ本当に……、読んでくれた人の反応が怖い、話の展開自体も含めて。



[27061] 第五十四話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/07 22:46


<第五十四話>


「なあ……どうして今日はそんなにくっつくんだ?」
「……秘密」

どうにも今日は、やたらと簪がくっついてくる。
簪とシャルとを比べた時、どちらかといえば積極性に欠けているのは簪の方だ。
ところが今日は、いつもシャルがやっているみたいに腕を絡めて寄り添ってくる。
しかしくっついてしまえばすぐに口数が少なくなり、頬に赤みが差していくのを見れば照れているのは明白だ。

「……なあ」
「……秘密」

やはり自分には、女心という物を解せないらしい。
同じ部屋で寝食を共にしていても、変化の理由が全く分からないのだから。

「………」
「………」

視線が痛い。せっかくある程度歩けるようになってきて、今日は久々に自分の足で歩ける日だというのに。(ちなみに足は未だ修復中であるため、パワーアシスト付きの電動ギブスで偽装している。織斑先生の伝手でピース電気店というところから借りてきたらしい、最大出力ともなれば十メートル近くのジャンプも可能だとか)

「僕もくっつく!!」
「あっ!? シャルロットちゃんの裏切り者~!!」

――――もう勝手にしてくれ。

反対側の腕をシャルに確保され、一夏のように両手に花という状態になってしまった。
二人とも照れているのはその表情からはっきりとわかるのだが、同時にこの状況を心地いいと感じているのも、その緩んだ口元からはっきりと見て取れる。
もうここまで来ると、これはこれでいいのではないか、という気持ちになってくる。


「…………………………ああ、妬ましい羨ましい、今すぐそこを変わりなさいよ」


わざわざこちらに聞こえる程度の小声で、後ろにいる会長が呪詛を投げかけてくる。
全く……、私にどうしろというんだ。
ここまで幸せそうな簪に、すぐに離れてくれというのも非常に言いづらいぞ。
どうせその通りにして簪が悲しそうな顔を見せれば、逆にそのことで怒り狂うくせに。
とりあえずは、私一人が泥をかぶればいい。……役得と割り切っておこう。


「はいはいお嬢様、いい加減観念しましょうね」
「ああっ…待ってよ虚!! このまま放っておけば簪ちゃんが一層志保の毒牙にかかるじゃない!!」
「そんな真似を衛宮さんがするわけないでしょう、本気で言っているんですか?」
「うっ!? いや……それは」
「お嬢様は単に、衛宮さんが自分より簪ちゃんと仲睦まじくしているのが妬ましいだけでしょう?」
「………うう、その生温かい視線が一層傷つく」


結局は、会長は虚さんに撃沈され、力なく引きずられて行った。
それにしても……本当にいい人だ虚さんは、あんな感じで落ち着いて対処してくれる人ってのは、本当に貴重だからな。

――――今度お菓子でも作って差し入れしに行こうか。

「むっ……志保今他の人のこと考えてたでしょ」
「そんなことはないぞ」
「……………ほんとに?」

そんな思考すら、シャルと簪に見抜かれてしまう。
本当に、女性というのは手ごわい相手だ。今は自分も女性であるくせに、そんな考えが頭からこびりついて離れなかった。
ちなみに教室までの道のりで、当然他の生徒にこの状況を見られるわけだが、ほぼ全員から呆れた様な生温かい視線を向けられましたよ畜生!!
教室に入ってからは「簪さんが攻勢をかけた!? オッズの張り直しよ!!」「これは……賭けなおした方が得策か?」とかのたまう声が多数上がったこともここに記しておく。




「なぁ……どうして今日は食堂じゃないんだ?」
「えっと……ね」

その日の昼休み、いつもならば食堂で皆と一緒に食事をとるのだが、授業終了の鐘が鳴って教師が退出した途端、簪にいきなり引っ張られて屋上に連れてこられてしまった。
やはり何かあったのかもしれない。今日はいつになく簪が積極的に動いている。
そんなことをぼんやりと考えながら今日も今日とて、簪と一緒に作った弁当をシートの上に広げて、久しぶりの簪と二人っきりの食事を始めようとした。


――――始めようと、した。――――したのだ。


目の前に突きつけられた簪愛用の箸の先には、今日のおかずの里芋の煮っ転がしがつままれている。
よく染みた出汁の香りが食欲を誘い、おいしそうに仕上がったおかずだ。
だがしかし、どうしてそれが簪の口に運ばれない!? どうして俺の口元に差し出されている!!

「簪……俺にどうして欲しいんだ?」

いや、そんなこと、この状況ならばただ一つの答えしか導き出せないだろう。
そんな俺の内心を肯定するように、簪の口に震えが走る。
震えた唇が、どうにか言葉を紡ごうとしているのだろう。それでもなかなか言葉が出ることはなく、俺の予想通りの言葉が紡ぎだされるのに、数十秒の時間を要した。




「……………………………………………………あ………あ~ん」




――――ああ、予想通りだよその言葉。

今にも泣き出しそうなぐらい緊張に震える簪の表情を見つめながら、そんな感想しか抱けない己のボキャブラリーの乏しさに辟易する。
とはいえ、このままではあまりにも簪が可哀そうだろう。
もしこのまま放置するか、断るかでもすれば簪が泣き出すのは容易に想像できた。
幸い……というか、そのために屋上で二人っきりになったのだろう。
脳内で「これはちょっとだけ行きすぎた友達同士のスキンシップ」と、呪詛の如く何度も言い聞かせた。
我ながら心苦しすぎる言い分だが、さりとて簪の泣き顔を見たくないのは違わない。
そんな問答をどうにか脳内で終えて、意を決し口を開いて差し出された里芋を口に含む。


「――――――――えへへ……恥ずかしいね、これ」


緊張から解放されて、すっかり力が抜けた簪の柔らかな、小さな笑顔に一瞬見惚れ、それを里芋を力いっぱい噛み砕いてどうにか誤魔化した。当然味など感じようはずもない。

「おいしい?………って聞くのは変だよね」
「だな、簪と一緒に作ったんだからおいしいのは当然だ」
「……うん、そうだね」

流されるままの行為。でもこうしているのも悪くないと思い始めている自分がいる。
戦いだけの毎日より、こんな日常が遥かに有意義なのだろう。


――――そして、こんな日常が自分に分不相応だ、とも。


胸の奥の鈍痛をかみ殺し、再び差し出された別のおかずを口に含む。
変わらず味は感じないが、それでも味覚とは違う充実感があふれてくる
悪くはない……ないが、このままでは簪が弁当にあり付けなくなるだろう。

「なぁ簪…………あ~ん」
「え…その……それって……」
「このままじゃ簪が食べれないだろう、――――だから俺が食べさせてやる」
「うう……その……は…恥ずかしいよ?」
「お返しだ、簪には俺が食べさせてやる、ほらあ~ん」

もう回避できないと観念した簪は目を閉じ、まるで親鳥からの餌を待つ雛鳥の様に口を開け、俺は箸先のおかずを簪の口の中に優しく置いた。
簪の口が閉じ、ゆっくりと咀嚼が始まる。恐らくは俺と同じように照れくさ過ぎて味など感じないのだろう、複雑な表情を浮かべて瞼を開く。

「あ…味感じないね」
「俺もそうだ、味なんて全然感じない、……どうする? もう普通に食べるか?」
「確かに、味感じないけどね………そのね、胸の奥が暖かくなるから、これでいいかなって」

そう言って、自らの胸に手を当ててはにかむ簪を見ていると、自分の胸にも温かい物が灯るような感じがした。

「暖かい?」
「うん、志保は感じないの?」

簪の言葉に、改めて自分の中に灯る温かみに意識を向ける。
生憎とこの感覚を悪し様に言えるような器用さは俺には無い。心地いい。そうとしか言えなかった。

「ああ、そうだな、俺も暖かいよ」
「そっか……志保もそうなんだ、――――嬉しい」

ああ……どうにも、今日の簪の笑顔は目に毒だ。いちいちこっちをドキリとさせる。
全く、どうにかなってしまいそうだ。――――どうにかなってしまえばいいと、そう思えてしまいそうなほどに。

「じゃあ、このまま続けるか」
「うん、そうだね」

何より、この簪の笑顔を見ていられるだけで、変えがたい価値があると思う。
味の全くしない奇妙な食事を続けながら、そう、思ったのだった。




=================




一方その頃、生徒会室の中で楯無は一人情報の整理を続けていた。

今年度から加速度的に増える事件、それに伴い蠢動を深める各国政府・軍部・企業・非合法組織、それらに対する調査・牽制・対策の為に、IS学園の裏側を取り仕切る生徒会会長、更識盾無の仕事量は殺人的なレベルで増加し続けている。
おまけに扱う事柄は機密レベルの高い物ばかり、そういった情報を信頼して任せられる者などごく僅か、当然人海戦術など使えようはずもない。

「はぁ~、癒しが欲しい、切実に」

例え昼休みといえども、そんな呟きを洩らしながらでも仕事をこなさなければいけないのだ。
ガリッ、ボリッと携帯栄養食であるスナックを音を立てて齧りながら、それでもパソコンを操作する指の動きは止まらない。
はっきり言って、衆目に絶対晒せない姿である。
手元に落ちたスナックの欠片を手で払いのけながら、せめて、外見を取り繕えるぐらいの余裕が欲しいなぁ、と楯無はぼやく。
いったん手の動きを止め、背もたれに体重をかけながら背筋を伸ばせば、不健康極まりない音が他に誰もいない生徒会室に響き渡る。

「はぁ~あ、簪ちゃんとゆっくり昼食とりたいなぁ」

そんな夢想で少しではあるが精神を癒し、パソコンの画面を学園の監視装置に接続し、最愛の妹の姿を検索する。
ほどなくして簪の居所は見つかり、最寄りの監視カメラがその映像を映し出す。
無論、楯無と手簪をじっくり監視するつもりなど毛頭ない。ほんの僅か最愛の妹の姿を目に焼き付けて、今日一日を乗り切る活力としようとしたのだ。


――――そんな、些細な目論見は映像の中、恋人同士のように食べさせ合いを続ける簪と志保の姿によって霧散した。


互いに照れてはいる。……だが、これ以上なくほんわかとした幸せそうな空気が、例え映像越しですら鮮明に伝わった。
翻って楯無は己が手を見つめる。そこにあったのは栄養食のスナック菓子だけ。いつもはそばにいる虚も、今は別の仕事を指示して席をはずしている。
その落差、奈落の如し。映像の中の二人は、今なお幸せそうに昼食を堪能している。
だが、自分はどうだ? 一人さびしく、仕事に塗れ、味気ない市販品で飢えを満たす。
隣の芝生は青いとはよく言うが、映像の中の芝生<幸せ>はあまりにも青かった。

「フッ…………フッ…・フフフフフフフフフッ」

嗤いが、抑えきれなかった。悪魔の囁く呪いの如き笑いが、楯無の口からとめどなく流れ出る。
嫉妬、羨望、そんな感情が楯無の中に、高密度の渦を形成する。
そうか、そうなのだ、この気持ちがそうなのだ。今この時、楯無は初めて、在る言葉を知識ではなく確固とした実感として理解する。




「――――――――リア充めぇっ!! 生かしておくべきかぁっ!!」




そう、その充実。そんな物を見せつけられて、楯無の妹がらみではことさらに薄い理性がはじけ飛ぶ。
学園内でのIS使用制限? そんな物知ったことかと<ミステリアス・レイディ>を展開する。
いつもは澄んだ煌めきを保っている機体各部のアクア・クリスタルは、楯無の怒りを表すかのようにぐらぐらと煮えたっている。
同時に楯無の表情にも憤怒の色が宿り、周囲の空気すらその怒りで歪んでいるかのようだった。
正しく憤怒の鬼神というべき威容で、楯無は怨敵の元へと飛び立った。


ちなみに言うと、その沸騰したアクア・クリスタルはどういったことになっているかというと、内包したナノマシンが水分子に高周波振動を与え、その振動が水を沸騰させるほどの熱を与え、なおかつその状態でアクア・クリスタルを安定させているのだ。
ひとたびその状態で起爆させれば、本来気化するほどの熱を持つ水は一瞬にして気化し、大規模な気化爆発を引き起こし、なおかつそこに範囲内の分子を粉微塵に砕く高周波振動の波をまき散らす単一仕様能力一歩手前の状態であることは、当の楯無ですら自覚していなかった。


勿論、それほどの脅威は簪の「姉さんなんか嫌い、大嫌い、あっちいって!!」の三段コンボによって即座に撃破されたことは、改めて示すこともないだろう。







「――――ぐすっ…私だって……簪ちゃんと食べさせ合いっこしたかったのよぉ」
「…………………………姉さん……ほら」
「え!? 簪ちゃん!?」
「いらないの?」
「いるわよぉ、勿論!!」
「じゃあ、あ~ん」
「あむっ、――――――――おいしいっ!!」
「そう、よかった……お弁当ぐらいなら、言ってくれたら作ってあげるのに」
「ふぇ? 本当に?」
「いらない?」
「勿論いるに決まっているでしょ!!」
「やれやれ…………手のかかる生徒会長だな」







<あとがき>
前ふり通り、簪と志保のいちゃいちゃを書こうとしたら、やっぱりというかなんというか会長が出張ってきました。
うちの会長はこういう扱いがよく似合う。
ちなみにギブスの所のピース電気店は完璧なネタです。電動ギブスと書いたら自然と浮かんできたんです。個人的にはピース印の電磁粉砕ハンマーはISをぼこれると思っています。



[27061] 第五十五話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/10 23:54

<第五十五話>


キャノンボール・ファスト開催当日。専用会場のピットにはIS学園所属の専用機全てが集まり、それぞれがレース本番に向けた最終調整に励んでいた。
大多数の機体は高機動性を重視した専用パッケージか、規格を合わせた追加ブースターを取り付けており、普段の機体とは違う武骨さが増した威容になっている。

「皆すげぇな……」
「性能面では同等とはいえ、見た目がな……」

そんな中で、ただ二人だけがいつもと変わらぬ様子で佇んでいた。
既に一夏と箒は自機のスラスターの出力配分を済ませているため、もうやることが無いのだ。
十分とは言い切れないが、授業や放課後に高速度戦闘の練習も済ませているので、後はもうレースで全力を発揮するだけと言える状況だった。
そんなある意味気軽にレースに挑む二人に、呆れとねたみが入り混じった視線を伴って鈴がやってきた。

「いいわよねぇ~、あんたたち準備が楽で」
「何言ってるんだよ、第一俺の<白式・刹那>は短期決戦向けでどうあがいてもレースには向かないんだぞ? ……追加のエネルギーコンデンサーとか積むのも無理だし」
「……レースなのに全力を出せばガス欠になって負けるとか最悪過ぎるわね」
「……その点は<紅椿>も同じだがな」

レース前から自分たちの不利を痛感し、気落ちする一夏と箒。

「――――とはいえそちらは抑えていてもそこらの機体と同等のスピードを引き出せるだろうが」
「そうですわね、ある意味ハンデはないといえますわ」

そこに、それぞれが専用のパッケージを装備したラウラとセシリアが現れた。
これでいつもつるむ面子のうち五人が集った。少々気落ちしていた一夏と箒も表情を引き締め、準備を終えた機体のステータスを念入りに確認し始める。
他の三人も、機体の装備などの確認を念入りに行い、レースに向けて意識を研ぎ澄ましていく。




「う~、簪の裏切り者ぉ~~~~」
「……うう、私が悪かったから、そろそろ機嫌直してよ」
「い~や、許さないね、こないだの昼休み志保と二人で居ないと思ってたら、二人であ~んしあってたとか、絶対に許さないからねっ!!」




そんな引きしまった雰囲気を粉砕する、非常に間抜けな会話を伴ってシャルと簪がやってきた。
もはやだれもが「どうしたんだ?」などと質問することはなかった。シャルの端的な恨みごとにその場にいた全員が事の仔細を把握し、知らずそろって溜息が洩れた。

「「「「「また志保か…………」」」」」

そう呟くと皆はレースの準備に戻る。誰も言葉にはしないものの、一様に「阿呆らしくてやってられるか」と鮮明に書かれていたのだった。


「――――――――ふぇっくしっ!!」


同時刻、観客席で座っていた赤髪の少女が、盛大なくしゃみをしたことをここに記しておく。




=================




――――とまあ、そんな一幕はあったものの、キャノンボール・ファストは無事に開催され、開戦の号砲が高らかに鳴り響き、それぞれの機体が音の壁を軽やかに突き破りながら一斉にレース場に躍り出た。

一年生専用機組のレースの初手はセシリア、<ストライク・ガンナー>の推力をフルに発揮し真っ先に第一カーブに突入、セシリアを先頭とした列が形作られた。
無論、他の面子もその状況をただじっと、指をくわえて見ているわけではない。

「――――もらった!!」

カーブの最中にしかけたのは鈴だ。強引に最高速に持って行きながら横並びになったセシリアへと、レース専用パッケージ<風>に搭載された、砲口を横に向けた<衝撃砲>を発射する。

「そんな物にあたりませんわ!!」
「そうね…けど先頭もらいっ!!」

<衝撃砲>を回避し僅かにスピードが鈍ったセシリアの隙をつき鈴が先頭に躍り出る。
セシリアもそのままですまするつもりは毛頭なく、二人で熾烈なデッドヒートを繰り広げる。

「――――へ?」
「――――きゃあっ!!」

そんな二人に後続の機体の隙間を縫ってマイクロミサイルが踊りかかった。とてもではないが通常のミサイルでは出来ぬ軌道を難なく披露し戦闘の二機に着弾、その爆発で以って二機を足止めする。
そして、そのような武装を搭載しているのはただ一人。よもやこんなところでろくに実践テストもしていない新型兵装を使うとは思いもよらなかった鈴とセシリアは、後方から自分たちを追い抜く<打鉄弐式>を睨みつける。

「………ごめんね?」

少しばかり申し訳なさそうな表情をしているのは、彼女の性格の表れだろうか、とはいえ先に言った通り、こんな場面で新型兵装を使うあたり、簪も少々度胸がついてきたのかもしれなかった。

「えへへ……ラッキー♪」

そしてちゃっかり簪の後ろに最初から位置取り、<打鉄弐式>のスリップストリームを利用して二番手に躍り出るシャル。
………その小悪魔じみた笑みは、間違い無く彼女の性格の表れなのだろう。

「このまま行かせるかぁ!!」
「特にシャルロットさんは逃がしませんわっ!!」

どうやらミサイルをぶち込んだ簪より、シャルの笑顔の方が二人には許せなかったようである。


「――――いや、それはこちらの台詞だ」
「悪いな、二人とも」
「勝負事には、こういうことも付き物だろう?」


そしてもちろん、体勢の崩れた鈴とセシリアを後続にいた、ラウラ・一夏・箒の三人が見逃すはずもなく、二人をあざ笑うかのように追い抜いていく。
未だレース開始直後の第一カーブですらこれだけの順位変動が巻き起こり、波乱に満ちたレースが展開されて行く。




=================




――――異変に一番早く気付いたのは、観客席にいた志保だった。

(………………………………………………どこだ?)

何かを捕らえたわけでも、自覚できる事象があったわけでもない。
ただ、経験則に基づいた志保の第六感が警鐘を鳴らし始め、それをもとに周囲を探り始めた。
<赫鉄>を眼球にだけ展開し、自身の瞳をハイパーセンサーに作り替えて、同時に強化魔術による視力強化を発動。

「――――あそこか」

そして、志保の第六感の正しさを示す様に、魔眼へと変貌した瞳が異変を捕らえた。
ほんの僅かな、視線の先に広がる大空の一部に歪みがあることに気付く。恐らくは光学迷彩を展開した何者かがこのレースを観戦している。
静音性を鑑みて、明らかにそこにいるのはISと知れた。十中八九、このレースでよからぬことを成そうとしている者の筈だ。
ISを使ってまでする行為がよもや出歯亀ということはない筈だ。そもそもISは純然たる兵器、戦闘こそが果たす目的であることは間違いなかった。

『――――今から言うポイントにISがいるぞ、見えるか?』

即座に志保はプライベート・チャネルで事の仔細を通達。
同時に、自分の位置が不味いことに気付く。
生憎と志保の観戦場所と正体不明機はレース場を挟んだ状態にある。
観客の安全のために設置された学園のアリーナと同等のシールドが、両者の前に横たわっていた。

(どの道、この足では戦闘行為などもっての外か)

未だ歩くことが精一杯の足をさすりながら、志保は事の成り行きを見守り続けた。
無茶をしたところで、周囲にいる民間人を巻き込みかねない。それでも志保は自身に出来ることを脳内で模索し続けながら、傍目にはレースを静かに観戦しているとしか思えない平静さを保っていた。




=================




『――――今から言うポイントにISがいるぞ、見えるか?』

志保が事の仔細を伝えたのはレース場にいるISの中で、最もセンサー有効半径が広い<ブルー・ティアーズ>の操縦者であるセシリアだった。

『私の射程ぎりぎり――――いえ、その少し外側にいますわね』

セシリアの言う通り、正体不明機はそれほどまでの遠距離に陣取っている。
遠距離戦主体の<ブルー・ティアーズ>と、もとより魔眼じみた視認距離を持つ眼球をハイパーセンサーと強化魔術によって強化した志保だからこそ気付けたのだ。

『しかし、どうしたものかなセシリア』
『そう、ですわね……下手に動けば観客に被害が出るかもしれません』

生憎とこのレース会場の観客席に、レースの余波から観客を守るシールドはあれど、外部からの襲撃に備えた防御機構はなにもなく、下手に動けない状況であった。
もしも、こちらが気付いた素振りを見せれば、それだけで致命的な状況に陥るかもしれなかった。

『――――そうよねぇ、上にこの話を回したらどうにか観客に気付かれないままに事態を解決しろって無茶な指示を出してきたし』
『面子もまた、守らなければいけない物と理解はしますがね』
『そのための具体的指示が何も無いのは勘弁願いたいですわね』

会話に参加した楯無の語った状況に、二人は頭を抱えたくなる衝動にかられた。
確かにこちらが何らかのリアクションをとった場合、正体不明機が離脱の為に観客席に砲撃でも打ちこんでこちらに混乱を誘うという手段も想定の内だからだ。
そもそもが、ここまで侵入を許した時点で負けに近い。既に観客席にいる多数の民間人を人質に取られたに等しいのだ。



『――――無論、具体的指示はあるわ』



かなり無茶だけどね……と最後に付け加えた楯無のその後の発言は、確かに無茶すぎる物だった。

『レース場のシールドをセシリアちゃんのタイミングに合わせて一瞬だけ解除するわ』
『それは………………………つまり、その一瞬に合わせて正体不明機を狙撃しろ、ということですか?』

無茶だ。あまりにも無茶だとセシリアは思った。
正体不明機の位置は自身の最長射程の僅か外、例え直撃コースに乗ったとしても、それは向こうが木偶の棒である前提が必要だ。


そしてそもそも、その一発で行動不能になるかすらわからないのだ。


あまりにも不利な条件三つが重なった無茶な要求。

「…………はぁ……………はぁ………………はぁ」

知らずセシリアの口から、苦悶の吐息が流れ出る。
今なお観客席には、迫る脅威も露知らずレースの観戦に興じる、数多の一般人が笑顔を見せている。
その笑顔が、そして命が、今はセシリアの指先に宿っている。
自分が下手を打てば、あるいはその全てが無残に消えるのだろう。
そう自覚してしまえば、いつも何気なく引いているトリガーがあまりにも重たかった。
カチ、カチ、カチと何処からか音がする。それは震えた指先の装甲が鳴らす音と気付き、どうにか震えを止めようとするもなかなか止まらない。

「どうして……こんなことにっ」

練習の成果なのだろう。少々ぎこちなさが出ているものの自然とレースを続行しながら、セシリアはたまらず弱音を吐いた。
己に向かってくる敵ならそのまま迎え撃てばいい。誰か少数を守るのならば身を挺そう。

しかし、これほどの大多数が自分に覆いかぶさったのは、セシリアには初めての経験だった。

その弱気、逡巡が先手を喪う一因となった。
正体不明機の光学迷彩がはぎ取られ、<ブルー・ティアーズ>に酷似した機体が姿を現す。

(まさか……<サイレント・ゼフィルス>!?)

自分が操る<ブルー・ティアーズ>と同じくBT兵器運用実験の為の英国第三世代ISが、そこにいた。
同じ遠隔操作兵装を搭載し、そして同じ狙撃用の長大なレーザーライフルの銃口が――――こちらを向いた。

(私が迷ったから!? 迷ったから……手遅れにっ!!)

事態は自らを置き去り、手が伸ばせないほどの速さで展開していく。
観客席には、未だ笑顔があふれていた。

楽しげな休日の光景。

それが、もうすぐ“楽しかった”光景に。

そして、惨劇の光景に変わるかもしれなかった。




『…………………………………やめてぇっ!!』




声は届かず、打ち倒すべき敵手はいまだ健在。砲口に光が灯り、惨劇はもう、すぐそこに迫ってきている。




『――――I am the bone of my sword<体は剣で出来ている>』




だがここに、届く声があった。

『――――え?』

同時、迸る閃光がレース会場めがけ疾走する。
光速で迫る一矢は、そのまま届けば甚大な被害と、観衆に恐怖とパニックを与えただろう。


『熾天覆う七つの円環――――<ロー・アイアス>!!』


開く花弁。その七枚それぞれが飛び道具――射撃兵装にとっては固く閉ざされた城壁となり、迫る閃光を惨劇の未来共々吹き散らす。

『グゥッ――――なぁセシリア』

相応の距離を無視しての宝具の具現、その負担が滲む声で志保が語りかけてくる。
苦しげで、しかし平然とした口調でなにも気負うことなく――――。


『私はやるべき事、やれる事をやっただけだ――――セシリアもやるべき事、やれる事をやればいい』


指先の震えは、止まっていた。

『――――会長!! スリーカウントの後シールド解除お願いします!!』
『任せなさいっ!!』

自然と指示を飛ばしている。会長もまた、やるべき事をやるために、やれる事をやるために動いている。
ならば自分もそうしよう。


――ノブレス・オブリージュ――


力ある者は力なき者の為に、その力で以って、その力でしか成せぬことを成せ。
オルコット家の者であるが故に、幼きころから言い聞かせられてきたその言葉を、今ここに実行しよう。


『『three!!』』


<スターライトmkIII>を構える。敵手は遥か彼方遠くに在る。
それがどうした、臆することはない。怯むことはない。奴は届いた。ならば私も、必ず届く。


『『two!!』』


そう、無茶は言っていない。無謀も言っていない。
自身に定められた性能<機能>を使え、ただそれだけのことだ。
心にさざ波を立てるな。限界を超える激情は、今はいらない。
120%の力はなくていい。引き出すのは100%の力のみ。


『『one!!』』


脳裏に描くは必中の軌跡。そう、以前見た因果を歪める魔槍の軌跡のように、紡ぎあげるは必中という結果だけ。
“弓聖の一矢林檎に届かず”? そんな言葉、笑って打ち砕いてやればいい。
なぜならこの一矢は、絶対に届くのだから。


『『zero!!』』


引き金を引く。閃光が迸る。しかし<サイレント・ゼフィルス>は既に砲口の直線上から逃れていた。
こちらの発射タイミングを見切った、完全で完璧な回避行動。

「――――フッ」

バイザーで視線を隠した敵手の口元が、恐らくは嘲笑の笑い声を伴って歪んでいる。


ああそうだろう。何故だか“そう避けるように思えて仕方が無かった”


だから“曲げた”。レーザーを曲げた。閃光を曲げた。
だってできることなのだから、そうするのは当然のことだった。
故に<サイレントぜフィルス>の搭載ビットのうちの一機が、直角に曲がった閃光によって打ち抜かれたことなど、当然のことなのだから驚くに値しない。
小さな爆発。しかし敵手の体勢を崩すには十分。
敵手の顔が、今更ながらに認識した事実で、その怒りでかすかに歪む。
再び掲げられるレーザーライフルの銃口。
だが私は、もうそれをどうにかしようなどとは思わなかったし、する必要もないと思っている


『――――――――よくやったオルコット』


そもそも、あんな指示を出したのは誰だったのか。
少しでも頭が働くのならば、あんな指示で望めるのは精々が隙一つだと気づく。
故に、そんな指示を出した者にとっては、その隙だけで十分すぎるほどだったのだから。



敵手の二撃目。再び走る閃光はしかし――――桜色の風が吹き散らした。



タイミングを合わせての“光学兵装の切払い”。そんな芸当ができるのは、IS学園においてただ一人。



『――――――――あとは私に任せておけ』



世界最強、戦乙女<ブリュンヒルデ>――――織斑千冬、ここに再臨。









<あとがき>
次回、当然ながら千冬無双の予定。Mさんはさっさと逃げたほうがいいと思う。
そして、弓聖の一矢林檎に届かずの一文に関しては、ネタがわからない人は気にしないでください、ネタが分かる人に関しては、脳内に糸目複眼セシリアでも妄想してください。
最後に一つ……、ノブレス・オブリージュと書いたら咄嗟に破戒天使砲と脳内に出てきた自分は相当に末期だと思う。



[27061] 第五十六話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/13 01:33
<第五十六話>


「――――ふぅ、徹夜した甲斐があったよ」


寝ぼけ眼をこすりながら、束は管制室のモニターで千冬の様子を確認し、安堵の溜息をもらした。
今度何がしかのアクシデントがあるのならば、今日こそが最も確率が高いだろうとの判断は、まったくもって正しかったようだ。

『会長!! このままレースを続けていていいんですか!?』
「大丈夫、むしろこのまま観客にパニックを起こさせないために、皆はこのままレースに専念していてね、セシリアちゃんもごくろうさま」
『――――了解いたしましたわ』

<サイレント・ゼフィルス>の狙撃はシールド外で防御され、その音もレースの慣性にかき消された。
セシリアの攻撃にしても、彼女が狙撃時に最後尾に位置していたことが幸いして、殆どの観客は気付いていない様子だ。
それでも通信越しに、皆の不安が伝わってくる。

「大丈夫だよ」
『…………………姉さん、しかし』
「だってちーちゃんだよ? 問題ナッシング!!」

別に束は皆の不安を和らげるように無理やり言っているわけではない。心底“そう”思っているのだ。


彼女の強さを、一番理解しているのが自分であるという自信故に――――。




=================




数年来の感触に、千冬の口元が自然と綻んだ。
どうやら、自分の腕はまだまだ鈍っていないらしい。そんな感慨にふけりつつも、千冬の視線は眼前の機体から一時たりとも視線を外さない。
BT兵器を搭載した<ブルー・ティアーズ>と同系統の機体。イギリス製の第三世代機<サイレント・ゼフィルス>に<暮桜・改>の唯一の武装、<雪片>を向ける。


「………………………そんなっ………………アンティークでっ」


恐らくは、舐められていると感じたのだろう。Mが怒りに満ちた呟きを洩らした。
<暮桜・改>はかつての千冬の愛機<暮桜>と、見た目ではほぼ違いが無い。IS開発期初期の第一世代機。今なお急速に進み続けているIS開発競争においては、確かに骨董品と呼んでもおかしくはない。

「舐めているのか? とでも言いたげだな」
「違うかぁっ!!」

抜き打ち一閃。長大で取り回しの悪いレーザーライフル<スターブレイカ―>を巧みに操り、秒に満たぬ間に照準を付けトリガーを引く。
激昂に駆られた攻撃であってもその早業は見事の一言。迸る閃光は正しく光の速さで以って――――


――――千冬の振るった<雪片>の輝きに切り散らされた。


正確に言うならばMが構えた<スターブレイカ―>の銃口の向きから射線を特定。気配と勘のみで発射タイミングを見切って単一仕様能力<零落白夜>を短時間だけ発動。斬り払うというよりは射線の上に置く、といった感じでレーザーを迎撃したのだろう。
言葉にすればそれだけ。しかし、それには尋常ならざる見切りと精緻極まる剣腕が必要だ。




「貴様は勘違いしている。届く足と斬れる刃があるというのなら――――――――それ以外に何が必要だ。そんなものは余計で余分に過ぎん」




それこそが、千冬が束に対して望んだ事。
目新しい武器も機構もいらない。かつての愛機のままでいい、と。
故に<暮桜・改>は<零落白夜>の発動所要時間の短縮と消費エネルギー効率の向上。進歩した技術によってブラッシュアップされたスラスター等の基本機構ぐらいしか、かつての<暮桜>と相違点が無い。
元が尖った機体構成と言う点を除けば、束謹製の機体にしては実にあたりさわりのない機体と言えた。

「新型であるから、未知の武装があるから強いというのはな、それは未熟の言い訳に過ぎん!!」

まるで瞬間移動の如く、瞬時加速で<サイレント・ゼフィルス>の懐に飛び込み刃を閃かせる。
横薙ぎに振るわれた刃を、Mはどうにか<スターブレイカ―>の先端に取り付けられた銃剣をその軌道に割り込ませて防御する。

「……チッ」
「……くっ」

取り逃がした悔しさの舌打ちと、一瞬の間に窮地を味わされた悔しさの呻きが唱和した。
至近距離は不味いと痛感したMは、瞬時加速を二回連続で発動させ大幅に距離をとる。
つい数十秒前までは舐められた怒りがMを突き動かしていたが、今は背筋を凍らせる恐怖がMを突き動かしている。

「流石はあなただということかっ」

最早逃げ回る様な機動で<暮桜・改>から間合いを取り続け、どうにか射撃戦に持ち込もうとする。
最大速力ではそれほど差が無いと、Mは先ほどの一合で理解し千冬を封殺しようと試みた。
<暮桜>との違いが無いというのは先ほどの千冬の言を鑑みれば瞭然。ならば千冬の間合いに居続ける道理などない。

そして単純に逃げ続けるのであれば、所詮は第一世代機の改修機である<暮桜・改>が最新鋭の第三世代機である<サイレント・ゼフィルス>に追い付けるはずもない。――――その筈だった。




「違うな――――――――貴様が未熟なだけだ」




そんな底の浅い考え。そんなものは千冬の踏み込み一つで容易くかき消える。
追いつけぬはず、縮められぬ筈のその距離は、あっけなく消えた。
そんな魔法の如き現象を、千冬は平然とした表情でこなし、驚愕の表情を張り付けたままのMに再び斬りかかる。
月光の如く冴えわたる輝きが迫る。上段から迫るそれは刹那に満たないうちにMを切り裂くだろう。
その運命をMはシールドビットの一つは機体に装着させたまま自爆させ、その爆風を浴びて無理やり体勢を崩して回避する。
距離をどうにか取り戻したMの、バイザーで上半分が隠れた表情には明らかに驚愕の表情が張り付いている。

「…………………………………なんなんだ、今のは」
「ふん……存外しぶといな」

別段千冬に、とてつもない難度の技を成した自覚はない。
ただ単に自分の機動から無駄という無駄を省き、誇張なく全人類の誰よりも濃密に積んだIS戦闘の経験が、未来予知じみた敵機の軌道予測を行った。
その二つの組み合わせが、Mをしてすら驚愕するしかなかない不動の距離を踏みつぶす踏み込みとなった。


それが、織斑千冬が世界最強となった最大の要因。


無論、当人の並外れた剣の腕もその一つではあるが、単に生身での技量ならば千冬並みの操縦者など世界を見渡せばそれなりにいる。


ISという兵器。人類にとって最も新しく、最も未知数の兵器体系への習熟度。
そこから導き出されるISの攻撃・回避機動の最適解。そこに自らが持つ剣技も組み合わせて形作られた、千冬のみが持つISでの戦闘技法<パーソナルアーツ>こそが、他の操縦者を寄せ付けぬ最大の壁であった。


「当たれっ………当たれっ…………当たれえぇっ!!」


Mは祈るように叫びながら、変幻自在の機動の中残るビットを全機射出する。
<ブルー・ティアーズ>とは違い、ビットの操作中であってもM自身の機動は止まることなく、文字通り一糸乱れぬ動きで千冬を包囲する。
そして放たれるビット五機、そして<スターブレイカ―>による六筋の閃光はレーザーの檻となって千冬を絡め取る。


「ふむ……実にそつがないいい機動だ………だがそれだけだな」


しかしそれですら、千冬には容易く対処できるものでしかない。
いくら全方位からの攻撃といっても、誤射を防ぐためにはどうしても射線が限定される。
そこで千冬は前方へ瞬時加速を発動。発射タイミングを的確に見切ったその前方への移動は、上下左右前後のレーザーの内、上下左右のレーザーの回避に繋がる。
残る前後のレーザーだが、前方からの射線に身を置けば誤射を避ける様に配置している後方のビットの射線からは自然に逃れられる。
残るは前方からの攻撃ただ一つ。Mが手に持つ<スターブレイカ―>のレーザーならば、いとも容易く切り払える。

レーザーの檻を突破してしまえば、遮るものは何もない。
レーザーを切り払った斬撃からの返しの刃が、<サイレント・ゼフィルス>の右側ウイングスラスターを切り裂いた。




「…………………………………………やはり、あなたは遠いな」




そしてその一刀は、Mの漆黒のバイザーすらも破壊していた。
その下から現れる彼女の素顔。その顔は千冬の今現在の顔見知りの中にはいない未知の顔であったが、同時にどうしようもなく見覚えのある顔でもあった。

「ああ……今ならオータムの言っていたことがよくわかる。届かぬ高みに魅せられるのはこういうことか」

自身と千冬の間に横たわる絶望的とも言える技量の開きを目にしてなお、Mは静かに戦意を滾らせる。


――――不敵な表情で、黒髪を靡かせながら。


――――それは、まさしく。


「だからこそ、あなたに“私”という存在を刻みつけたい。

 それでようやく、私は私になれる。他の誰でもない自分自身を手に入れられる」




震える声が、千冬の口から洩れる。




「……………………………………………………私<織斑千冬>、だと」




見紛うことなく、バイザーの下の彼女の素顔は若かりし頃の千冬の瓜二つ。




「だからこそ、私はあなたにこう名乗ろう。私の名は――――――――織斑マドカだ」




同じ姓で、知らない名前を名乗った彼女――マドカ――は、再び攻撃を開始する。
千冬に襲いかかるいくつもの閃光。当然、それが千冬の体に食らいつくことはないものの、その動きにはどこか精細が欠けていた。




=================




(マドカ………だと?)

困惑に揺れる思考の中で、その名前だけがリフレインする。
彼女の素性は、もちろんそれだけだはわからない。しかし、碌でもない背景から生み出された、それだけは間違いないのだろう。
それだけ、そんなことに至らせるだけ、自分の名前には価値が付いてしまったのだろう。
世界最強。戦乙女。ブリュンヒルデ。諸々のその称号は、世界を揺るがしてしまったことの証だった。




――――織斑千冬は飢えていた。乾いていた。




きっかけは、始まりはそんなものだった。
幼いころから打ち込み続けた剣の道に相応の愛着は持っていたが、その感覚はずっと自分に付き纏っていた。
幼い一夏を、家族を養い続けることは姉としての自分が”やらねばいけないこと”、それは当然のことであって、やりたいとかやりたくないとかそんな感情が介在するなんて余地はなかった。
そんな中で見つけたのが、束の作り始めた未知の機械――ISだった。
テストパイロットを探していた束に目を付けられて、そうして人類で初めて動かしたそれは、衝撃だった。


飛行機などでは絶対味わえない、自分自身が空を飛ぶ感覚は、すぐさま私を魅了した。


酔っていた、とも言い換えていい。
そこからISという物に魅せられ続けた日々が始まった。

――――そして、気付けば白騎士となり。

――――そして、世界最強に上り詰めていた。

――――そして、一夏を誘拐事件に巻き込んで。

――――そして、ずっと生徒たちを矢面に立たせてきた。


(よくもまあ……………教師なんてやれてきた物だ)


我ながら呆れるほどに好き勝手生きている物だ、と自嘲する。
やりたいことだけやって、他の誰かにそのつけを押しつけて……。
だから今ここにいる、マドカという少女も私が貯め込んだつけの形なのだろう。

(そうだ、これは決して他の誰かに押し付けていいものでもないはずだ!!)

ならば、動揺している場合でもないだろう。止まるな。動け。


「お前の事、全て聞かせてもらおうかっ!!」


だから今は、コイツを斬り伏せ力づくで話を聞こう。
生憎と器用なことはできんからな、力技になるのは勘弁してくれ。


「当たれえええええええええ!!」
「当たって………やれん!!」


バイザーが割れたことで、奴の視線が雄弁に発射タイミングを教えてくれる。
それを頼りに、マドカが放つ歪曲する閃光を避け続ける。
流石にそれを行いながら全力の回避機動を獲るのは難しいのか、速力の鈍った<サイレント・ゼフィルス>へと突撃をしかける。
五感を研ぎ澄ませ、第六感を冴えわたらせて、曲がりくねるレーザーの奔流をかき分けていく。
直撃軌道の物だけを切り裂き身をよじり回避し続け、マドカの体は既に己が刃の刃圏の内にある。

(しかし……偏光制御射撃まで習得しているとはな)

そこまで至るために、どれほどの修練を積み重ねたのだろうか。
そこまで至るために、どんな思いを積み重ねて、どんな苦痛に耐えたのだろうか。
それを聞かせてほしいから、今は情を捨てて刃を揮おう。


「――――――――はあぁっ!!」


上段からまっすぐに振り下ろされた刃は、今度は狙い過たず<サイレント・ゼフィルス>を切り裂き絶対防御を発動させる。
エネルギーが底をつき、当然マドカの意識も失われて行く。
まるで落ち往く彼女の意識を現すかのように、その無力な体が大地へとが落ちていく。


「…………………やっぱり…………“姉さん”は強いんだね」


そう最後に漏らしたマドカを、どうして見捨てられようか。
落ち往く彼女の体を抱きとめるため自分も下降した時、先に彼女を抱きとめる存在が現れた。
漆黒の颶風が、マドカの体をかっさらっていく。同時に響く不敵な声。




「――――――――全くよぉ、これで借りは無しだぜ?」




その漆黒のISは、衛宮志保の宿敵。亡国機業所属のエージェント。

「………………オータム、といったか、貴様は」
「いやぁ、アンタに名前覚えてもらえるとは光栄だね」

<雪片>の切っ先を向けてもその不敵な笑みを見せ続けるオータム。

(どうする………よもやここでこいつが出てくるとは予想外だった)

文化祭で見せたあの異能の正体を掴むまでは、易々と手が出せない。
脳内に、今日初めて焦りが宿る。あの正体不明の攻撃にあっさりと斬り伏せられるイメージが湧き出て、それをどうにか封じ込める。

(だが……あの映像を見る限り、あの攻撃がブレードの斬撃と同期して発生している)

矛盾した言い方だが、あの斬撃の射線上に立たなければ無事に済むはず。

「生憎と、貴様に用はない」
「へぇ……そうかい」
「用があるのは……マドカだけでな!!」


瞬時加速からの一撃。それを利用した音速の刺突は――――奴の頬を浅く切り裂くだけに留まった。


そして、奴の斬撃は<暮桜・改>のスラスターの先端を僅かに“斬り消していた”


互いにかすり傷。今の交差はそれだけで収束し、互いの力量を知らしめるだけの結果に終わった。
互いに振るわれた斬撃をかいくぐっての一撃。それがこの結果に帰結したということは、剣腕に限定するならば互角ということだろう。


「なあ、おい……今日は分けにしねぇか?」
「ふん……貴様の言い分を考慮する理由なんてないな」
「正直にいえば確かにオレもあんたとやり合うのは心惹かれるぜ? けど他人の獲物に手を付ける無粋もやりたくないんだよ」


そう言って、奴は一瞬だけ懐のマドカに目をやり、同時に、手から何かをとり落とした。
それが音響閃光弾だと気付いた時にはもう遅かった。迸る閃光が私の目をくらまし、気付いた時には奴の姿は遥か彼方にあった。




「――――――――じゃあなブリュンヒルデ、追いかけるならそん時は殺し合いだぜ!!」




恐らく奴は逃げることしか考えていなかったのだろう。そう考えねば辻褄が合わぬほどに、いっそ清々しいと言える様な逃げの一手だった。

『織斑先生、すみません……敵機の反応ロストしました』

同時に届く楯無からの通信を聞いて、私は<雪片>を収納した。

「そうか……レースはどうなった?」
『それは何とか大過無く終わりましたよ』

その一言に、ようやく教師としての責務を果たせたと実感し、<暮桜・改>をレース会場への帰途へと付かせたのだった。




「…………………………………それにしても、織斑マドカ、か」
『何か言いました?』
「いや……何でも無いさ」








<あとがき>
多分うちの千冬さん無窮の武練持ちです。志保との模擬戦をやったら、某バーサーカーのような出鱈目をきっと見せてくれることでしょう。
そして今更ながら本編の話数が五十話超えてるわ、どちらのサイトでもPVが五十万超えてるわ、いろいろと感慨深いものがありますね。
これも読み続けてくれた読者の皆様のおかげです。そこでまた皆様のリクエストを応募したいと思います。
こんなシチュエーションで書いて欲しいとか、そう言うのをまたできる範囲でなにか一本書きたいと思いますので、皆さまのリクエストお待ちしています。



[27061] 第五十七話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/16 23:06


Arcadiaでtk様からリクエストされた、箒と一夏の糖分控えめのほのラブ話を書いてみました。
書いて………みたんだけどなぁ、糖分控えめってこれでいいのだろうか





<第五十七話>


「――――あれ、箒?」
「――――む、一夏か?」


レースの翌日、駅前へぶらつきに来ていた一夏は、偶然箒とはち合わせた。(ちなみにレースの結果はというと、終盤まで積極的な攻勢をしかけず、後方に陣取っていた一夏が<白式・刹那>の全力スピードで全員をごぼう抜きにして一位をもぎ取った。おかげでその後の一夏の誕生日パーティーは、それはもう言葉に表せないほどの乱痴気騒ぎになったことを記しておく)
互いに唐突な出会い。一夏はともかくとして、箒の方はこの些細な幸運に口元を緩ませる。
一夏の方も勿論、この偶然に表情を悪くするようなことはなく、自然と二人は足並みをそろえて駅前をぶらつき始めた。

「どうしてここに?」
「いや、単に駅前をぶらついていただけだよ。箒の方こそどうしたんだ?」
「………ちょっと欲しい物があってな」

そうして状況を話しながら歩いている間にも、二人の距離はどんどんと狭まっていく。
二人がその事を自覚するのは零になって、互いの肩が密着してからだった。

「――――あ、ごめん箒」
「――――すまん一夏」

肩から伝わる熱を感じて、咄嗟に口を突いて出た謝罪の声も知らず重なった。
そんな些細な行動の重なりに、共にもどかしさを感じて共に黙る。

「――――なあ箒」
「――――なあ一夏」

そしてそんな気恥ずかしさを打破しようと上げた声も、合わせたわけでもなく重なってしまう。

「………」
「………」

出鼻をくじかれ、沈黙するところまで重なって――――

「……プッ……ククッ」
「……クスッ……アハハッ」

そんな状況に、二人はそろって笑い声を洩らすのだった。
間抜けではあったけど、そんな些細で下らないことがとても心地よく感じたのだ。

「そう言えば、箒の欲しいものって何なんだ?」
「ああ……実はな」

箒は目を閉じ、今朝……というか日常茶飯事と成り果てている毎朝の光景を思い返した。




=================




「――――だから裸で寝るなと言っているだろうがっ!!」

何でこう朝から怒声を飛ばさねばならないのだろうかと思いながら、最早習慣として染み付いてしまった感じでもある拳骨を妹分の頭の上に落とす。

「あうっ!?」

眼帯で隠れていない右目を涙で滲ませ、ラウラが頭を抱えて蹲るのもいつものことだ。
いくらちゃんと空調を聞かせて快適な室温に保たれているとはいえ、いつもいつも裸で寝ていては風邪をひいてしまうだろうに……、体調管理は軍人として怠ってはいけないと思うのだが。
それにこれから寒くなってきて、余計に体調を崩しやすいというのにこれではいかんな。

「いい加減パジャマぐらい着ろ」
「でも……このほうが楽なので」

全く……、裸で寝るほうが気持ちいいとか、年頃の女性としてはしたなさすぎる。
ここはひとつ、お灸をすえねばなるまい。




「――――――――では今日からお弁当のおかずから、お前の大好きな卵焼きを抜くとしよう」




実を言うと、ラウラは私の作るお弁当のおかずの中でも卵焼きを特に気に入っている。
正直にいえば、そんな子供っぽくもあるラウラの嗜好の事を考えると、つい顔がほころんでしまいそうになる。
だから、今の一言はラウラにとっては実に効果覿面だった。

「……そ……それはあまりにも卑怯ですお姉さま!!」

慌てて私の言葉をどうにかして取りさげさせようと、ラウラは本当に子供のように取り乱して私に迫ってくる。
こんなことを思うのはいけないことだとわかっていても、そんなラウラの様子が本当に可愛らしくて笑いがこみ上げる。

「ククッ……そうか?」
「そうですっ!! お姉さまは卑怯ですっ!!」
「じゃあパジャマの一つでも着て寝るんだな」
「…………ううっ」

ラウラも私の言葉が正論だとわかっているのだろう。恨みがましい視線を投げかけるのみで言葉を詰まらせる。


「……………もう一度言うぞ、これからパジャマを着て寝ないのであれば“明日から”卵焼き抜きだぞ」


いかんな、――――どうにも私は甘いらしい。
ラウラの心底ほっとしたような笑顔を見て、「まあ……仕方がないか」と思っているのだから。







「――――と、いうわけだ」
「つまり箒の欲しいものって、ラウラのパジャマか?」
「ああ、言葉で聞かないのなら、現物を押しつけてやろうと思ってな」

そう、ここに買い物に来た理由は、ラウラのパジャマを買う為だった。
少々卑怯かもしれないが、私からの贈り物をラウラは無碍に扱ったりしないだろう。
だからせめて、あいつに似合う可愛らしい奴を探していたのだ。

「……へぇ、そうだったのか」
「何だ、そのにやけ面は」
「いやぁ、別にぃ?」

何か邪推している様な一夏のにやけ面が、いやに癇に障る。
ただ単に私はラウラが風邪をひいたらまずいだろうと、ルームメイトとしての義務を果たしているにすぎんというのに。

「箒はラウラの健康を案じているだけだもんな」
「その通りだっ」
「――――お姉さまとして、な」

だから、そんなことをのたまう一夏の爪先を、思いっきり踏みつけたのはきっと間違っていないと思う。
あくまでこれはルームメイトの身を案じているだけなのだから。

「いてぇっ!? 足踏むなっ!!」
「………ふんっ」

痛みで表情を歪める一夏をよそに、私は速度を上げて歩き去った。
「お姉さま」などと……、ラウラならともかく一夏にまで呼ばれるのは……その……なんというか、は…恥ずかしいではないか!!

「ほうほう……箒をお姉さまと呼んでいいのはラウラだけ、と」

いつの間にやら追い付いた一夏が、背後からそんな戯言を投げかけてきた。
いつも鈍い一夏にしては、天変地異かと思うほどの的確な言葉に私の顔が火傷しそうになるぐらい熱くなっていく。

「いや、だって途中から声に出してたぞ?」

何だと!? 声に出していたとかそんな間抜けを晒していたというのか!!


「――――き」
「き?」
「記憶を失えぇっ!!」
「ぶほぁっ!!」


咄嗟に出た平手打ちが、それはもう盛大な音を一夏の顔面から鳴り響かせた。
とりあえず、拳を握らなかった私は褒められるべきだと思う。




そんなこんなで女性服売り場のパジャマコーナーへとやってきて、当初の目的だったラウラのパジャマを見繕うことにした。
当然頬にくっきりと紅葉を張り付けたままの一夏も一緒に、だ。
明らかに場違いな状況に居心地の悪そうな雰囲気ではあるが……放っておくとしよう。

「――――というか、何でここまで付いてきたんだ?」
「……………………………そういやそうだった」

私の指摘に、一夏は今ようやく気付いたという顔をする。
つまりは、一夏にとってこの状況、そもそも私と離れるという選択肢自体が無かったのだろうか。

「んじゃさっきの詫びにお茶でも奢るからさ、適当に時間つぶしてから………どうして顔赤くしてるんだ?」
「……いや、何でも無い」
「そっか? じゃあ俺はそこらで時間つぶしているからさ、買い物終わったら連絡くれよ」
「あ、ああ、わかった」

そう言って至極あっさりと踵を返し歩き去っていく一夏の背中に、私は呆れとも恨みとも付かない視線を叩きこんだが、当然一夏はそれに気付くことはなかった。
全く……いつもいつも私の心をかき乱してばっかりで、どうしようもない奴だな一夏は。

「……っと、いかんいかん、ラウラのパジャマを見繕わないと」

一夏のことばっかり考えて、当初の目的を忘れては本末転倒だ。
熱に浮かされた思考を切り替えて、並べられた色とりどりの衣類を物色していく。

(やはり黒の方がいいか?)

ラウラは自分のISからして黒色だからか、身につける小物などは特に黒色を好んでいる様に思う。
だからここはやはり、黒色の物を選んだほうがラウラも着やすくなると思う。

「ふ~む、黒い物は……っと」

そうして指針を定め物色し、陳列棚に視線をめぐらす。
視線を真っ先に引きつけたのは、特別コーナーに飾られていたパーカー付きのパジャマだった。
いろいろな動物の意匠が施されている可愛らしいもので、その中には目当てであった黒の物もあった。

「黒猫と黒兎か……」

ふむ、可愛らしさでいえば甲乙つけがたく、勿論どちらもラウラには似合うだろうな。
正直どちらも買いたいと思いながら財布の中身を調べてみると、二着とも買うには少しばかり足が出てしまう残金だった。


「――――ありがとうウサ!!」
「――――ありがとうニャン!!」


唐突に脳内に黒兎のラウラと黒猫のラウラが映し出された。
どっちも似合う……というかどっちも欲しい……って何を考えているんだ私は。
いかんいかん煩悩退散。頭を振って愚にもつかない思考を吹き飛ばし、改めて二着のパジャマを見比べる。

「ん? そう言えば……ラウラの原隊は」

シュヴァルツェア・ハーゼ。通称は黒ウサギ隊、だったな。うむ、ならばこれで決まりだ。
迷いが晴れたいい気分で、私は黒兎のパジャマを手にとって意気揚々と会計を済ませたのだった。




=================




約束通り一夏と一緒に喫茶店に入り、私はミルクティーを、一夏はブレンドコーヒーを飲みながら一息ついて買い物の結果を口にした。

「よかったじゃないか、いいものが買えて」
「ああ、これならきっとラウラも喜んでくれる筈だ」

脳裏に私の買ったパジャマを笑顔のまま着込むラウラの姿が描き出される。
やっぱり、ラウラには可愛い物と触れ合って笑顔で居る姿が一番相応だと思うのは、私の欲目なのだろうかな。

「箒の方も喜んでるんじゃないか?」
「……まあな」

からかってくる一夏に、声を大にして否定したい気持ちに駆られたが、もうここまで来ると否定の声は上げれそうにない。

「私は……あいつの姉…だからな」
「ああ知ってる、そしていいお姉さんだよな」

こっちはどうにか言葉を絞り出しているというのに、一夏の奴ときたら見透かした様な事を言ってくる。
まあ、どうせ私の言葉なんて、今更言葉にするまでもなく皆は当然のことと知悉しているんだろうがな。




「――――そういやさ、どうして箒はラウラを受け入れたんだ?」




今更ながら、一夏は真面目な表情に切り替えてそんな言葉を切り出してきた。

「どうして?」
「ああ、箒とラウラってタッグマッチまではあんまり仲良くなかっただろ? 一緒に話しているところなんて一回も見かけなかったし」

確かに、言われてみれば至極あっさりとラウラと仲良くなったように思う。
いきなりお姉さま呼ばわりされたのも、思い返せばそれほど拒否感は感じなかったな。
……ラウラを受け入れた理由か、そう言えばそんなこと考えたことも無かったな。
タッグマッチが終わった後、これまで見ていた氷のような冷たさを感じた仮面が剥がれて、ラウラの弱弱しさというか、脆さを感じて――――。




「――――――――そうか、似た物同士だったんだ」




何気なく呟いた一言に、一夏は怪訝な顔をして聞き返してきた。

「似た者同士?」
「いや何……あいつは生まれが生まれだったから、軍人というか兵器として育てられてきたんだ」

私の言葉に、一夏の顔に苦々しさが宿る。
同時に、なぜそこから私とラウラが似た者同士という言葉に繋がるのかも図りかねているようだった。


「当然、人並みの交流なんて望めない。私も転校してからは家族とも離れ離れ、転校の繰り返しだったから友達づきあいなんかも望めない。だから、他人と触れ合いたいけどなかなか手を伸ばせなくて、それで寂しいって感じる心を押しこめるために攻撃的な性格になってしまっていたんだ」


そして続く言葉は、もう脳内に紡ぎだされている。
けれどいまさらながらに明文化した思いは、少し偽善的でもあって口にするのには恥ずかしかった。




「それで、せめてその寂しさに共感を覚えられるから、私だけでも手を伸ばそうと思ったんだ」




寂しいのはつらいからな、と言いきった後の私の顔は、きっとすごく真っ赤なのだろう。
おまけに偽りが一切ないというのも、私の頭を過熱させる一因だった。

「偽善的だ、と笑うか?」
「んなわけないだろ」

こぼれた自嘲に、一夏はしかし、至極真面目な顔つきで――――。




「第一、ラウラが笑顔の時の箒はいつも優しい笑顔だぜ? だったらそれは正しいことだと思う」




――――一夏の奴め、ふざけている時でも真面目な事を言っている時でも、私の心を揺さぶって楽しいのか?




=================




その日の就寝時。

「ラウラは私と一緒に寝るのが好きだな……まったく」

部屋の電気を消してベッドに入り、後は枕元の電気スタンドのスイッチを切ろうとした時に目に入ったのは、ピョコリと伸びた兎の耳。

「……ウサギは寂しいと死んでしまうのです」

上目遣いでそんなことをのたまうラウラ。いつもならそのまま引き剥がしもせず寝るだけだが、今日は私から抱き寄せて眠りにつくことにした。

「そうか、それならしょうがない」
「……お姉さま、暖かいです」
「そうか、私もだ」

触れる温もりは、一人じゃないという証。
そうして今日も、心地よい眠りに付いたのだった。








<あとがき>
感想で言われるまで、前話のオータムがランサーみたいだと気付きませんでした。
読者の皆さまからの感想もそれなりに好評みたいで……だからこそ“なぜオータム”がここまで強くなれたかの真相を暴露した時の皆様の反応が怖い。
かなりアレな真相だから、この話の終盤でしか話せないしな。ヒントを言えば、正真正銘志保の為に強くなったんです。
………そこまで筆を折らずに書けるといいなぁ(汗



[27061] 第五十八話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/23 09:31

<第五十八話>


「ヘイヘ~イッ!! しーぽんお願いがあるんだけどさ」


<打鉄弐式>のマルチロックミサイルの調整を行う簪に付き合って、整備部で放課後の暇をつぶしていた私の耳に、そんないろいろと突っ込みどころがある声が飛び込んだ。


「――――――――とりあえず、しーぽんとは私のことか?」
「もちのロン!!」
「――――――――よし死ね」


とりあえず、そばにあったプラスチックパイプの端材で、阿呆の頭をフルスイングでど突いた私は悪くないと思う。
パカン!! と軽い音とともに束が頭を押さえてしゃがみこみ、私を恨みがましい視線で見つめてきたがそんなものは知らん。

「酷いよぉしーぽん!!」
「本気で死にたいのか貴様」

私をあだ名で呼ぶのはともかく、なにをトチ狂ってしーぽんなどというあだ名を選んだのか。
やはり束はどこかねじが抜けているというか、常人とは違うところにねじがあるというか……。
何をどう間違えてあの人見知りが激しい口数が少ない子が、こうも斜め上の言動をまき散らす愉快な人格になってしまったのだろうか。


――――――――あのマジカルアンバーやら宝石の翁に関わっていればこうもなるか。


原因など明らか過ぎるほどにはっきりとしていた。むしろ子供のころからあんな濃い面子に関わってこの程度で済んでいることに安堵すべきだろう。

「…………というか、何でいきなりあだ名なんだ?」
「いやぁ……、いーくんとかちーちゃんとか、私、親しい人はあだ名で呼んでるんだよねぇ。それでふと、そう言えば志保だけはあだ名で呼んでないなぁ、って思ったの」
「それで、しーぽんだと?」
「その通りっ!!」

世界最高峰の天才科学者の二つ名に似合わない……あるいは、ある意味似合っている朗らかな笑顔とともに、親指を突き立てサムズアップする束。
とりあえずそのうざったく突き立てられた親指を捻じり折ってしまわないように自制しながら、私は話を本題に戻そうとした。

――――――――どうせこの手合いにムキになったところで意味などない。

放っておくしか意味は無いのだ。手痛い目に合わせたところでむやみに高い回復力でまた同じような事を繰り返すに決まっているのだから。




「し……しーぽん………………ぷふっ……クスッ」




――――しかし、背後から聞こえる、懸命に抑え込もうとしても漏れてくる笑い声に膝が折れそうになる。

「……簪」
「え…えっと…………可愛いと思うよ? ………………………しーぽん」
「嬉しくないっ!!」

何せ簪ときたら口元は引き攣ってるし笑いを無理やり我慢してるから頬は赤くなってるし……、正直簪にまでしーぽん呼ばわりされたら精神的に死ねる。
周囲を見渡せばこのやり取りを見ていた数人の生徒が微笑ましいやら生温かいやら、そんな視線と笑みを見せてくる。

(………………………………………絶対今日中には広まって、明日からはしーぽん呼ばわりだな。……………耐えるしか、無いな)

心の中でそんな悲痛なのか馬鹿らしいのかわからない決意を固めて、ついでにもう一発束(元凶)の頭をど突いておいた。

「ひーどーいーっ!! しーぽんの鬼!! 悪魔!!」
「…………お前には学習能力という物が無いのか?」
「へぷっ!?」

計三発の打撃を喰らって倒れ伏す束。…………こいつはここに何をしにきたんだ?
疑問を解く答えは、倒れ伏す束ではなく横合いから聞こえてきた声に含まれていた。

「あ~、私から説明しよう」
「あれ? 箒もいたのか?」
「ああいた……姉さんにいきなり連れてこられた」

どうせ束の事だ、むやみやたらなハイテンションで無理矢理引っ張ってきたんだろうな。

「志保の想像はおそらく正解だ」
「………そうか」

苦虫を噛み潰したような表情をする箒に、郷愁の念が混じった同情心が湧き上がり、その肩を優しく叩く。
なんて言うかこう……こっちが受け入れられるぎりぎりのところの騒動を自然に起こしてしまう、ジェットコースターみたいな知り合いは非常に多かったからな、前世で。
筆頭は誰かは言わん。まあ、某あかいあくまも某虎もどっちもどっちとしか言えんが。

「お前の優しさが……沁みるなぁ」

目頭を押さえ涙を堪える箒に、こっちの目にも熱い物が宿ってくる。


「――――――――ところで、束さんは結局何しにやってきたの?」


そんな寸劇も、簪の冷静な突っ込みが入るまでだったが。




「実をいうとな、姉さんが<鎧割>を打ち直してもらおうと言ってきたんだ」




その一言を聞いた私は、未だ倒れ伏している束の体を担ぎあげて、整備部内にある機密作業区画に足を進めた。

「箒、簪、ちょっとついてきてくれ」
「……む?」
「……え?」

いくら学園ではデータの公開義務があるとはいえ、ある程度の情報保護は必要なのでIS学園の整備部には教員・企業・軍関係者が使用できる機密作業区画がある。
とりあえずそこに箒と簪、ついでに束を連れ立って入り、端末に束の名前と指紋を入力してロックをかけた。
これで今から上がる議題は学園上層部――――つまりは会長の所にしか行かないだろう。

「おい……起きろこのバカ」
「もうちょっと優しくし・て・ね?」

本題に入るために起こしてみれば、口から出てくるのはこんな戯言だけ。
束と昔から親友をやっている織斑先生は正直すごいと思うぞ。
とりあえず唇に人差し指を当てて、見ているこっちに苛立ちを与える微笑みを見せるバカに、再びパイプを掲げる。

「――――え、えーと、<鎧割>の事だよね?」

流石に少しは学習し始めたのか、束はようやく本題について触れ始めた。

「いやほら、しーぽん<鎧割>打ち直した時、手抜いてたでしょ?」
「姉さん!! 手抜きだなどと、志保に失礼だろう!!」
「そうですっ!! 志保がそんな杜撰なことする筈ないじゃないですか!!」

束の言い分に箒と簪が反論の言葉を発してくれるが、束の方が的を射ているんだよなぁ。
私の為に怒ってくれるのは嬉しいが、そこは指摘しておかないといけないだろう。

「いや、二人とも……束の言っていることは本当だぞ」
「「え!?」」

驚愕する二人の横で、束が得意げな笑みを見せてうんうんと頷いている。…………子供かお前は。

「今箒が使ってる<鎧割>は噛み砕いていうと、いい材料を集めて、ISを使っていたとはいえ真っ当な方法で鍛造しているんだ」

ここまではいいか? と視線で二人に問いかけ、首肯で返してくれた二人に言葉を繋げた。




「そして知っての通り、私は魔術使いだ。――――――――ならばそういう手法を使っていない今の<鎧割>は、正しく手を抜いて作った代物だよ」




つまりは魔剣として新生させた<鎧割>こそが、私が全霊で打ち上げた代物だろう。

「つまりは……魔剣だとか妖刀だとか、そういう物に<鎧割>を仕立てあげようということか?」
「その通り。束が言っているのはそういう事さ」
「しかし……危険はないのか?」

箒の表情には懸念が宿っている。魔剣・妖刀など、字面だけを見ればそこに不穏な物を感じるのも当然だ。
無論、呪いとかそう言った物を付加すれば箒の懸念も正しいのだが、魔術の魔の字も知らない様な門外漢である箒の使う得物にそんなものを付加するつもりなどある筈がない。

「安心してくれ、<鎧割>に付加するのならば、斬れ味や強度の増幅……後は精々箒の気質に合った属性付与ぐらいだよ」
「………それならば……安心していいのか?」

私の説明にも、箒の表情にはどこか不安が宿っている。
そこで私は<鎧割>の構造を思い返し、折衷案を提示して見た。

「それでも不安が残るというのなら、魔術で手を加えるのは刀身と……後は精々グリップ部分ぐらいだ。魔術で手を加えないスペアももう一つ設えるが、どうだ?」
「ふむ、それならばブースター部分の取り換えだけでいけるな」
「ああ、私としてもIS用の魔剣というのは興味深い。むしろ私の方からもお願いしたいぐらいだよ」
「私も興味あるなぁ……、今の<鎧割>でも倉持技研の人かすごく参考にしてるぐらいだし」

簪から聞いたところによれば、<鎧割>の構造データとか製造法は倉持技研の技術者にとってはかなり衝撃的だったらしい。
材料は骨董品、打ちあげた技法は古来からの物。それで最新鋭のIS用の格闘兵装と比肩しうるものができているのだから、その衝撃たるや<鎧割>の運用データをもとにした新型武装の研究プロジェクトが立ち上がっている程だとか。

「けど魔剣仕様の<鎧割>のデータなんておいそれと流出させれないだろう?」
「というより……まずそんなものを作って大丈夫なの?」
「ああ、元から作ったのは束ということにするから」

第一この話を持ち込んだのは束なのだから、それぐらいは当然だろうに。
色々突っ込まれても「篠ノ之束が魔改造したから」で通せるだろう。

「――――汚い志保さすが汚い」
「ふむ、褒め言葉と受け取っておこう」

話がまとまり悪乗りする束に、こちらも悪乗りで返す。
どうせ束の事だ、この話の流れも予想済みだろう。

「ところでさ、しーぽんに一つ追加で頼みがあるんだけど」
「これ以上何かあるのか?」
「うん、<鎧割>の強化の事なんだけどね? ――――――――こんな感じでできない?」

そう言って耳打ちする束の言葉に、私は頭を抱えたくなる衝動にかられる。
怪訝そうな表情を向ける箒には聞こえないよう、私も束に小声で返す。

「………お前、箒の現状を知っていてそんな事を言っているのか?」
「うん………………わかってる。箒ちゃんが自分の持つ力に怖がってるのも、ね」
「だったら!」
「けれど、私の提案は箒ちゃんがその恐怖を乗り越えないと意味が無いでしょ?」

確かに、束の追加提案は箒が<紅椿>のフルスペックを引き出せていない現状では意味がない。
束としては、やれる事は全てやっておきたいということなのだろう。

「確かに……箒ちゃんには余計な重荷かもしれないけどさ、いーくんが何かの陰謀に関わってしまっている現状、箒ちゃんも絶対引かないと思うから」
「…………わかった。束の提案を飲むよ」

しっかし……、もし箒が力への恐怖を乗り越えて、<紅椿>のフルスペックと魔剣<鎧割>を組み合わせたら、相当やばいよな……アリーナもつのか?




「そう言えば前から疑問に思ってたんだがな……、<絢爛舞踏>ってやっぱり<ミス・ブルー>の魔術回路の特性を模倣して作ったのか?」
「あ……やっぱり気付く?」
「あの人に縁のある機体に“紅”の一文字加えるとは………なかなかに命知らずだな束」
「うう……今更ながらに私って無茶してるなぁ」




とりあえずそれは脇に置いて……、<鎧割>を魔剣に作り替えることは決定事項だな。

「じゃあ、これから準備に掛かるよ。道具から何から、ほとんど一から準備しないといけないしな」
「ありがとう志保、私にできることがあるなら遠慮なく言ってくれ」
「私も余裕ができたら手伝うよ。ミサイルの調整は順調に進んでるからね」
「ああ、何かあったら頼りにさせてもらうよ」

しかしまあ、久しぶりの魔剣の鍛造は、自分一人で没頭したくもあったのだが。




=================




ちなみにそれを行う私専用の工房は、いつの間にやら束が用意していた。
無論魔術にもそれなり以上に知識のある束の事、方角や龍脈に気を配った手抜かりの無いものであった。
そんなIS学園の敷地内の端の方にひっそりといつの間にか出現した小ぶりな工房に、簡素ながら人払いの結界を敷設し、投影を駆使して鍛造に必要な工具を準備。
やはり自分の作業スペースがあるのはいいものである。一通りの体裁を整えた工房の中でそんな感慨にふけっていると、そこに来客の鐘が鳴った。

「――――なんというか、“らしい”内装だな」

まあ、古めかしい、まるでファンタジー映画にでも出てき層工房の中だ。
そんな感想が出てくるのは当然だな。

「ようこそ、私の工房へ」

そんな箒へと芝居がかった一礼をし、箒に苦笑で返される。

「フフッ、浮かれているのか?」
「……かもしれん、年甲斐もなくな」
「いや、年甲斐はあるだろうに、私たちはまだ学生だぞ?」
「そう言えばそうだった」

そんなやり取りの後、箒は<紅椿>を右腕だけ部分展開、その手元が一瞬光った後に<鎧割>を顕現させた。

「それじゃあ、頼むぞ志保」
「ああ、任せてもらおう。一層の業物に仕立て上げて見せるさ」
「フッ、頼もしいな」

鈍色の輝きを見せる<鎧割>を前にして、私は誓いを立てる。

「それじゃあ、私はこのあたりで失礼するよ」
「――――ちょっと待った箒」
「何?」

踵を返す箒の背に、私は声をかけて引き留める。
同時に戸棚から必要な物をいくつか手に取り、疑問の表情を見せる箒にそれを突きつける。

「――――まずはこれ」

差し出したのは、よく手入れをされて切れ味のよさそうな鋏。

「…………………どうしろと?」
「髪の毛切ってくれ。勿論少しだけでいいぞ」

次いで手に持ったのは消毒用アルコールを含ませた脱脂綿と、採血用の注射器。

「あと箒の血も採取させてくれ」
「――――――――なんというか、本当にいかにも、という感じだな」

呆れ混じりの苦笑を見せる箒の、シミ一つ無い綺麗な腕に注射針を突き立てて血液を採取する。
まあ、いくらなんでもこんなことは想像の埒外だったのだろうな。


「箒の為の魔剣だ。箒の血肉も立派な材料になるのさ」
「………どう反応すればいいのかわからんが、期待だけはできそうだ」
「楽しみにしててくれ、期待以上の物を仕上げて見せるさ」


――――――――ちなみに、箒から採取した血液は、調べてみれば“乙女の生血”だった。


魔術的にはいい材料になるので、良しとしておこう。
何せ時期が悪ければ、ただの生血になっていたのかもしれないのだから。
とりあえずこの事は、私だけの秘密にしておいた。







<あとがき>
束の、志保へのあだ名は何がいいかと考えてみたら、しーぽん意外に思いつかなかった。
けど、しーぽんってどこかで聞いたことがあるんだよなぁ……。
あと、箒さんがHOUKIさんになってもOKでしょうか?
色々悩んだのですが、どうせなら開き直ってしまおうと決めまして……、とりあえずゴーレムⅢは御愁傷さまとしか言いようがない。



[27061] 第五十九話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/12/04 00:28
<第五十九話>


「――――宝石まで材料にするのか!?」


一夏の驚く声が工房の中に響き渡った。
やはり魔剣の鍛造というのは、多大な興味を引くらしい。
かわるがわる誰かがやってきて、興味深そうに私の作業を眺めていく。

「ああ、宝石というのはたいてい魔力を貯め込んでいてな。魔剣の材料としてはいい物なんだ」

そう言いながら専用の薬液でルビーを溶かし、合金を溶かしている炉の中に流し込む。

「ちなみにルビーの属性は“火”でな。箒の属性に合わせてある」
「属性?」
「ゲームとかであるだろ? 地水火風空とか木火土金水とかそういうのだよ」
「へぇ、箒が火か、なんか似合ってるな」
「魔術の素養が無くてもそういう属性はあるからな、無いなら無いでそれは一つの特質だよ」
「ちなみに志保の属性って?」
「剣」
「は!?」
「だから剣、だから剣を作ることができるし、それしかできない」
「なんつーか……志保って魔術の面から見ても異端なのか?」
「異端というか、やれることが一つに特化してるんだ。けどその一つがいろんな手段を内包しているから結果的に器用貧乏になるって感じだな」

お前とは対極だよ。と言葉を繋げ、溶かしこんだ合金を型に入れブロックを作る。
そばにあるだけで大粒の汗が私の頬を伝う。橙色の灼熱の液体が音もなく流れる様子を見ながら、同時に解析魔術を併用し、合金の物理的・魔術的組成状況を調べていく。

(――――ふむ、やはり魔力の保持状況がいいな)

溶かしこんだルビーに内包されている、炎の属性を帯びた魔力が当初の予想よりも遥かに多く合金に溶け込んでいる。
原因はやはり箒の生血だろう。
処女・純潔というのはそれだけで守護・破邪とかといった概念を内包している。
異性という穢れを寄せ付けていない。それはほぼ全ての文化圏で広まっている認識であり、それが強力な概念となるからだ。
魔力を込める魔術礼装においてはうってつけの代物である。しかもそれが素質溢れる魔術師の物ならなおさらだ。(しかし、自分で使うのならまだしも、血液という自分自身と強烈に関わりのあるものを流出させる筈もない。万が一呪術の媒介に使用されれば目も当てられない)
まあ、だから、前世において様々な新鍛の魔剣を作りはしたものの、処女の生血を材料の一つとして使うのは初めてな経験の訳で……。

「…………一夏が鈍感へたれでよかったよ」
「…………ぜんっぜんっ、わけわかんねぇ」
「気にするな、こっちの事だ。言いかえれば健全ということだしな」

心底困惑した表情を見せる一夏をよそに、作業は順調に進んでいく。
まあ最も、束からの要望に応えたのを作る場合、魔剣というのは正しくないんだがな。
束の奴も、出来るからと言ってあんな提案出すか普通?
おかげで得意でもない魔術の術式構築とかもやらないといけなくなった。まあ、救いはそれほど高度な術式ではなく、初歩的な術式ということだろうか。
とはいえ問題はその規模と、<紅椿>との術式のリンクも構築しなければいけないということだ。そういう意味ではこの魔剣はIS専用ではなく、<紅椿>専用なのだろうな。


――――いや、箒専用だな、これは。


なんだかんだと心の中で苦言を漏らしてはみても、箒がこれを存分に使うところを夢想して、ついつい笑みがこぼれてしまうのだった。




=================




「――――専用機だけの全学年合同タッグマッチ、ね」


何でもこれからも続発するであろう事件への対処能力を高めるため、襲撃対象となりかねない各専用機持ちの技量向上を目指して、全学年合同の専用機持ちだけのタッグマッチが開催されるらしい。

「箒は誰と組むんだ?」

先に打ち上げた<鎧割>のスペアを箒に振るってもらい、<紅椿>のマニュピレーターに合わせたグリップの微調整を行いながら問いかける。
持ち込んだ電動グラインダーが火花を散らす中、箒はすごく迷ったような表情を見せる。

「正直にいえば………一夏と組みたいんだが、な」

そんな事を言った箒に突き刺さる三つの視線。
同じく一夏狙いの鈴・セシリアの視線に箒も今更おののいたりはしかったようだが、ラウラの懇願するような視線には心を揺さぶられるらしい。

「………」
「………」
「………」
「………」
「………お姉さまと、一緒がいいのです」
「………ううっ、いや、しかしだな」
「………今度こそ、お姉さまと本当に肩を並べて戦いたいのです」

そう言えば箒とラウラが初めて組んだのは学年別タッグマッチの時だったな。
あの時はまだ二人の仲はお世辞にもいいとは言えなかったから、ラウラとしては、今度こそ本当にチームメイトになりたいんだろう。

「そう言えば……そうだったな」

箒の方も、自分が先に負けて、モニター越しにラウラの戦いを見つめていた時、同じようにそのことを悔いていたようでもあったし、かなりラウラの懇願にぐらついている。
家族をとるか、恋心をとるか、と言ったところか。




「……………………………………………わかった、今度のタッグマッチはラウラと組もう」




数分もの沈黙の後、箒は結局妹分の純真無垢な視線に負けてそう答えたのだった。

「ありがとうございますっ!! お姉さま!」

満面の笑みで再び箒と組めることを喜ぶラウラ。
そりゃ第四世代機の<紅椿>と、第三世代機の中でもトップクラスの性能を誇る<シュヴァルツェア・レーゲン>の組み合わせなんてかなり鬼畜だと思うがな。
しかしそれすらひっくり返しそうな存在が、今この場にいるわけで……。


「じゃあ結局一夏はだれと組むんだ?」
「……機体の組み合わせで言うなら誰でも問題なく行けるんだけどな」


確かに一夏の言うとおりだな。そもそも一夏と組む場合、<白式・刹那>を決め手にしないという選択はありえない。
そういう運用しかできないし、仮にその必殺の性能を囮として使おうにも、それは元から長期戦など捨て去っているので無理に等しい。
つまり、<白式・刹那>の僚機に求められるのは牽制による隙と言えない僅かな隙を作る事、あとは<白式・刹那>のフルスペックを引き出して終わりだ。
何せ反応速度と機体の機動性が頭抜けて高い。あそこまで差が開き過ぎると戦術などという小細工はむしろ余分。奇を衒わず正道をいくことこそが一番堅実だ。

「<クアッド・ブースト>も四発目なら自在に操作できるようになったしなぁ」

<白式・刹那>の四発同時瞬時加速、<クアッド・ブースト>と名付けられたそれを、今の一夏は四発連続で安定した行使ができる。
おかげで模擬戦では、例え最初の発動に対応できたとしても、限界ぎりぎりまで引き上げられた反応速度と、その極悪な加速を無理矢理零に持っていける高出力PICによって、絶対に隙を突いて<零落白夜>を叩きこんでいる。
こと試合という形でなら、今の一夏程極悪な存在も無いだろう。
何せ取れる手段が過剰で過密な弾幕をエネルギー切れまで作り続けるか、自爆覚悟の全方位攻撃しかないのだから。
ちなみにその方式で一夏に勝てたのは簪とシャルだけだ。簪は<打鉄弐式>のマルチロックミサイルを、シャルは規格品のミサイルランチャーユニットをそれぞれ自分の周りに展開して自爆したという、<白式・刹那>のスピードを引き換えにした頭抜けて低い防御力を当てにした辛勝ではあったがな。



「改めて思ったけど……<白式・刹那>って尖り過ぎじゃない?」
「「「「「全面的に同意」」」」」



鈴の呟きに、一字一句違えることなく、全員が同意を示した。
相手にしてみたらこれほど神経を削られる存在はいないだろう。常に極限まで集中して、それが僅かに欠けでもしたら即敗北なのだから。

(……………日がたつごとにあの殺人貴みたいになっていくな)

一撃必殺を信条として、ゼロタイムでマックススピードに持っていく規格外の機動をとる一夏に、幾度となく刃を交えたあいつの剣閃が被る。
正直<白式・刹那>の機体色が黒だったら、即座にぶっ壊していたかもしれないな。
時がたつたびに最適化される一夏の機動を見ているとそう痛感する。

「というか反則よね」
「うっせぇ……それなら今の俺から普通にカウンターもぎ取れる千冬姉はどうなんだよ」
「千冬さんがバランスブレイカ―なだけでしょ?」
「教官だからとしか言いようがないな」
「流石は千冬さんということだろう」
「偏光制御射撃を勘だけで切り払える時点で今更ではありませんこと?」

そしてそんな今の一夏と<白式・刹那>から普通にカウンターをとれる織斑先生は、人として色々と間違っている様な気がしてならない。
言外にそういう皆に、当の一夏も複雑そうな表情をしている。自分が未熟なのか、姉が規格外に過ぎるのか判断しかねているんだろう。

「……それに志保だって、カウンターは無理だけで、防御するぐらいならやって見せるだろうが」

私の場合は半ば意地だがな。あいつを彷彿とさせる奴に負けるのはな……。

「個人的に今の一夏に負けるのはすごくいやなだけだ。……ただの意地だよ」
「意地の一言でそんなことやられちゃこっちの立場が無いのよ」
「――――それに、見慣れてるってのもある」
「はぁ!?」

鈴が私の言葉に驚愕しているが、本当にそうだとしか言えないのだ。
今の一夏の動きがあいつに似すぎて、考えるよりも速く私の体が反応しているってだけなのだから。




「――――それよりも、だ。後ろを見てみろ」




私の言葉に、皆が一斉に振り返る。




「――――聞いていれば、ずいぶんないいようだなぁ。凰にオルコット」




鈴とセシリア以外の面子が、その瞬間に二人に黙祷を捧げた。

「えっ……とですね、その、別に織斑先生をけなしていたわけじゃ!!」
「そ……そうです、織斑先生の規格外の腕を褒め称えただけに過ぎませんわ!!」
「ふむ、なるほど。悪意はないというわけか」
「「その通りですっ!!」

半ば錯乱状態で口にした言い訳を聞いて、織斑先生はつり上げていた眦を下げ、口元に微笑を湛える。
それをみら鈴とセシリアに安堵の表情が浮かぶが、私としては甘いというしかなかった。




「ならばその技量を、貴様らの体に教え込んでやろう」




<暮桜・改>を展開する織斑先生の姿は、私の直感の正しさを示していた。

「「ぎにゃあぁああああああ~!!」」

その戦闘態勢を整えた剣鬼を前にして、二人はあられもない悲鳴を上げるが、誰もそのことを嘲笑いはしなかった。


((((((…………無茶しやがって))))))


もうそれしか言いようが無かった。例え戦闘中であったとしても口に出すのは無謀極まりなく、恐らくは皆もその一言を心の中に秘めているのだろう。


「――――――――無茶しやがって、って思ってそうな表情してるわねぇ皆」


そしてそんな秘めたる思いを盛大に暴露する小悪魔参上。

「そういうのは思っても口に出さないのがマナーだと思うが?」
「だって私は素直な女の子だもの」
「――――ハッ」
「鼻で笑うってひどくない?」
「ついでに臍で茶でも沸かしてみせようか?」

お決まりとなった軽口の応酬。私もそうだが会長の方もこのやり取りがそれほど嫌いではないのかもしれない。
打てば響く様な返しに、自然と互いに笑みを浮かべる。

「そういえば会長もタッグマッチに出場するんだろ?」
「ええ、勿論」
「誰と組むんだ?」

我ながらわかり切ったことを聞いているなと思いつつした質問に、当然会長はそばにいた簪に抱きつきながら頬擦りする。

「そんなの決まってるでしょうが、簪ちゃん以外に私が組むのなんてありえないでしょ?」
「あ~はいはい。わかったから簪を離してやれ」
「ううっ苦しいよ姉さん」
「だってぇ、簪ちゃんと一緒に試合できるなんて思ってみなかったもの」
「うん……私もだよ」

その簪の一言を聞いて、重度シスコン病罹患者である会長が感極まらないはずもなく、少し離れるどころか一層簪の体を抱きしめる結果となった。

「ああもうっ!! 簪ちゃんからそんな言葉が聞けるなんて!!」

奇しくも先の箒とラウラと同じく、初めてといっていい姉妹の共闘が成せることが、会長に花咲くような笑顔を与え、簪もまた綻ぶような微笑みを見せる。


「頑張ろうね、姉さん」
「その言葉だけで百人力よぉっ!!」


そんな仲睦まじい姉妹の横で、シャルが憂鬱な溜息をもらした。

「――――誰と組もうかな、僕」

何で志保は参加しないんだよぉ、と恨めしげな視線を向けてくるが、私が出場したらそれだけで大会中止になりかねんぞ。

「――――無理だって」
「え~、志保とまた組みたいなぁ。だって前のタッグマッチはあれだよ?」

そういえばあの時はオータムを誘い出すために結構無茶をしたな。

「………………………よくよく考えれば、公式試合で一発しか打っていないな」
「でしょ? あんなんじゃ共闘したとか思えないよ」

対するシャルも私の無謀で棒立ちになった相手にショットガンを撃っただけ、二人ともに試合らしい試合をしていなかった。

「まあ、鈴とセシリアのどちらかが一夏と組むだろうし、組まなかった方と組むしかないんじゃないのか?」
「なんというか……余り物って感じがひしひしとするよぉ」

さめざめと涙を流すシャルに、どうしようもない罪悪感を感じるが、最早私にできることはない。




「――――――――ああ、会長。今度オータムが襲撃をかけてきた場合、後のことなんて考えませんので、覚悟しておいてください」




むしろ私が注力すべきはあの女のことだろう。
今度亡国機業が襲撃をかけるとすれば、タッグマッチの時が一番可能性が高いだろう。

「…………それってつまり?」

別に私のいったところを理解できないほど頭の巡りも悪くは無いだろうに、それでも受け入れたくないのか恐る恐る会長が聞き返してくる。

「勿論、今度あの女と戦うときは情報の隠蔽も、周囲への被害も、私という存在の露見の影響とか、それらの一切合財を無視するということですが?」
「やっぱりいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

無残に突きつけた現実に、会長がムンクの様な絶叫を上げるがどうしようもない。




――――――――なぜならそんなことに注力して勝てるほど、あいつは甘い存在ではなくなってしまったから。




過日織斑先生が、一瞬とはいえ刃を交え、再び入手した僅かなデータをもとに、私はあいつの攻撃にある程度のあたりを付けていた。
とはいえ、わかったところで欠点らしい欠点など無かった。
臨海学校時点での奴のISの単一仕様能力は量子化し、防御をすり抜ける刃。


魔術とは単純に突き詰めれば、『歪曲』と『逆行』に分類される。


理を歪めるか、事象をさかのぼらせるか。あの時奴が行使した術式はおそらく前者。
もとより偶発的に魔術に目覚めた奴が複雑な術式を行使できるはずもなく、恐らくは単一仕様能力の発現個所を歪めたのだろう。




己が刃から――――――――――――斬撃の延長線上に。




つまりは、森羅万象を量子の砂に還元する斬撃こそが、魔術によって歪められたあのISの単一仕様能力。
振るえば何物をも無に帰す、窮極の絶対斬撃。防ぐことなど誰にも成し得ぬ無窮の刃。
ああ確かに、ひとたび抜けば必ず敵手の血を吸うダインスレイフの名に恥じなかった。
そんな物を前にして、周囲への配慮? 情報の隠蔽? そんな余分を抱いて退けられる筈もない。


「まあだから、いざというときは会長を頼りにしてますよ」
「………………今すぐ彼女に隕石でも落ちてきてくれないかしら」


それについては、会長と全く同意見だと言っておく。








<あとがき>
何だろう……箒×一夏より、箒×ラウラがすっごい書きやすい。むしろこれは箒のハーレムだと言えるのだろうか。
そして今更ながらに<白式・刹那>は、試合で敵に回したら厄介極まりないと思う。


……………………………あとオータムはどうしてこうなったし。



[27061] 第六十話
Name: ドレイク◆bcf9468f ID:12861325
Date: 2011/11/29 20:45


<第六十話>


――――結論から言うと、タッグマッチが執り行われることは無かった。


やはりというか、ある意味想定内の乱入者があったためだ。

「学園全域にジャミング発生!! 同時に未確認機と思われる機影が最低でも十機以上確認できました!!」

管制室内に、悲鳴に聞こえる様な真耶の報告が響き渡る。
学園の教員全てがあわただしく動き始め、幾多のアラートが合唱を始めた。


「――――担当教員は即座に訓練機に武装を施し、既に戦端を開いている専用機持ちと共同で未確認機の撃破に当たれ!! それ以外の者は学園内の通信網の復旧と一般生徒及び来賓の避難を誘導しろ!! IS学園の誇りに賭けて一人たりとも死者を出すな!!」


千冬の指示により、無秩序な混乱が指向性を持ち、各々が自らの役目を果たすために動き始めた。

「よし、私も出る!!」

それを見て取った千冬は、一瞬だけ満足げな笑みを見せた後、再び表情を引き締め闘志を燃やして踵を返す。

「織斑先生、御武運を!!」
「ああ、任せておけ」

その背に、同僚からの声援を受けながら――――。




==================




――――現状は、限りなく悪かった。


専用機タッグマッチの開催に合わせた、形式不明のISによる同時多発襲撃。
エネルギーパターンや機動パターンを鑑みて、過日のクラス対抗リーグマッチで襲撃をかけた無人ISの発展機と見られた。


そこはいい。


問題は、その数と各機に搭載された未確認かつ高性能の電子ジャミングシステムだった。
襲撃機数は、かろうじて学園内の監視カメラ群で確認できただけでも十機以上。
それが学園各所に分散して攻撃を仕掛け、結果、各機に搭載されたジャミングシステムにより、学園内の通信網が寸断。
連携して反撃を仕掛けようにも、寸断された指揮系統により不可能。
ジャミング元をつぶそうにも、それは生徒が搭乗していたとはいえ専用機二人がかりでも撃破できなかった機体の発展形、そうそう駆除できるものでもない。
しかも、頼みの綱である専用機持ちも試合に臨むため、学園内の各アリーナに分散配置されていた。
故に、愚策と言える戦力の分散投入という手段をとらざるを得なかった。




「――――――――本当に、やってくれるわね」




例え情報の一切が遮断された状況であっても、楯無の明晰な頭脳は現状の不味さを明確に把握していた。
そして、例え愚策であろうとも、戦力の各個・分散投入しか手が無いということも。
戦力をすべて集結させるなどということをやれば、その間敵機に自由を与えるということに他ならない。

「――――姉さん、行こう」

だから無謀でも戦わねばならない。傍らの最愛の妹と共に。

「そうね、行きましょうか」

だが、こんな最悪極まりない状況であっても、一つ嬉しいことがあった。
孤立無援に等しく、眼前には五体の無人機。どう取り繕っても、命の危険にさらされている。


――――――――けれども、震えは無い。


自身にも、そして簪にも。
恐れないはずが無いだろう、不安を感じないはずが無いだろう。
しかし、それらを心の奥底に飲み込んで、闘志を切っ先に宿らせる簪のその姿は、見紛うことなき成長の証。

「しっかり付いてきなさいよ? 簪ちゃん」
「うん、姉さんこそね」
「フフッ、よく言うわね」

瞬間、同時に放たれるミサイルの群れと、水流の大蛇が一斉に無人機に襲いかかった。


敵機の形状は、先の無人機が鋼鉄の巨人ならば、鋼の戦乙女と言えるだろう。


左腕の肘から先は大型ブレードと化し、機体の周囲にはシールドビットが浮遊している。
唯一右腕だけが原型機と変わらぬ意匠ではあったが、覗く砲口は四つに増やされ、それだけでそこに宿る脅威が増していることが分かる。

「くっ!?」
「速いっ!?」

そして、その機動性はかつての物とは比べ物にならない。
いっそ優雅と言える体捌きとスラスター制御で、白煙たなびくミサイルと水流の大蛇を避け切り、タイミングを合わせたミサイルの起爆にはシールドビットがその猛威を無に帰し、結果無傷で無人機の群れが楯無と簪に襲いかかった。




=================




同時刻。第一アリーナで行われる筈だった第一回戦の為に集まっていた一夏・セシリア・鈴・シャルロットの四人も、無人機の群れと相対していた。

「行きなさいっ!! <ブルー・ティアーズ>!!」
「これでも喰らえっ!!」

侍らした四つのビットと構えた<スターライトmkⅢ>から延びる屈曲した閃光は、僅かたりとも無人機に軌道予測を許さない。
許されるのはシールドビット全方位展開による防御。
そこに可能な限りの衝撃砲を搭載した<甲龍>の全砲門一斉射撃が追撃をかける。
肩部四門腕部二門。計六門の衝撃砲は命中率を重視してすべて拡散モードに変更している。
同時に<双天牙月>を力の限り地面に叩きつけ、自機の前方に大量の飛礫を浮遊させる。
空間圧のみでISにダメージを与えられる衝撃砲に、例え飛礫といえど質量が加わり威力が格段の上昇する。
閃光の蛇と飛礫を纏った不可視の壁が、例え装甲に傷は付けなくともシールドビットに多大な負荷を与え一時的なオーバーフローを起こさせた。

「今だよっ!! 一夏っ!!」
「ああ、わかってるぜっ!!」

そこへ山吹色と純白の鋼が吶喊する。
<雪片参型>の刀身に<零落白夜>の光が灯り、<ラファール・リヴァイブカスタムⅡ>の左腕部にリボルバーと直結した巨大な鉄杭、灰色の麟殻<グレー・スケール>接続された。
次の瞬間<雪片参型>の刀身のブースターが瞬時加速を発動させ、神速の斬撃で無人機の一体を唐竹に断ち割り、もう一体の無人機の装甲に押し当てられた<グレー・スケール>の69口径の鉄杭がリボルバー内部の炸薬によって撃ち出されて、その胴体に大きな風穴を開けた。

「これで二つっ!!」

シャルロットと共に撃墜スコアを一つ加算し、気勢を上げて自らを鼓舞する一夏。

「……ほんと、いくついるのよ」
「少なくとも、今僕たちの目の前には五機ほどいるね」
「増援はあると、覚悟しておいた方がいいでしょうね」

たった今二機も撃破されたというのに、無人機の群れはその状況に何ら反応を示さず、ただ右腕を揃って掲げ砲口の先にエネルギーを充填し始める。
四人はそれに当たるまいと瞬時に散開し、秒もたたぬうちに四人がいた空間を二十の閃光が貫いた。
閃光が直撃した大地は瞬く間に溶解し、灼熱の水たまりを作り上げた。

「………ああはなりたくねぇな」
「当たり前よ!!」

分の悪い状況を誤魔化す様に漏らした一夏の軽口。それに真っ先に応えたのは鈴であり――――




「――――――――そうなってもらっては私も困るぞ?」




一夏に迫る無人機の一体を斬り伏せながら、二番目に応えたのは千冬だった。

「千冬姉!!」
「織斑先生だ馬鹿者!!」

先の見えない状況において、これほど心強い増援も無いだろう。
純白と桜花の鎧は、空中で背中合わせになって迫る無人機を睥睨する。

「それにしても、お前たちに怪我が無くてよかったよ。他の奴らも無事だといいが」

安堵は一瞬。千冬は表情を引き締めて、無人機の群れに吶喊する。


「――――遅れるなよ、お前たち!!」


織斑千冬は<ブリュンヒルデ>である以前に、今は一人の教師である。


――――ならばこそ、先陣を切るのは己でなければならない。迫る災禍から生徒を守る楯としての責務を果たすために。


――――ならばこそ、高々無人機相手に無様を晒す筈がない。


早々に二機目を斬り伏せて、次の敵機を見据えた千冬の眼前を、純白の刹那が駆け抜ける。

「それはこっちの台詞だぜ、千冬姉!!」

千冬より先に敵機を斬り伏せた一夏は、不敵な笑みを見せた。
まるでそれは悪戯が成功した悪童にも似ていて、こんな危機的状況にもかかわらず千冬は口元が緩むのを抑えられなかった。


「――――生意気だ、この馬鹿者」


だが、姉弟そろって先陣を切る。それは一夏にとっては悲願とも言えた。
今までの一夏の人生、多くの者に守られ助けられたその短いその人生で、一番長く一夏を守り続けたのはほかならぬ千冬だ。
その千冬の背中を追うのではなく、肩を並べて戦うこの状況、どうして興奮せずにいられよう。


「だが、そこまでいうのならば当てにするぞ?」
「ああ、当てにしてくれ、千冬姉!!」


掲げられた二振りの<雪片>に、<零落白夜>の輝きが灯る。
そこから始まるは姉弟を演者とした斬神の神楽舞。
迸る閃光も、掲げられたシールドビットも、それの前には陽炎の如く無為に消え去っていく。
無人機の人工知能がこの二人を高脅威目標と認識し攻撃を集中させるが、千冬と一夏に如何ほどの痛痒も与えてはいない。

「――――フッ!!」

千冬の口から短い呼気が漏れ、それと同時に無人機の胴体が上下に分たれ――――

「――――はああっ!!」

一夏の裂帛の気合とともに、無人機が唐竹に両断される。

最早この二人による剣戟舞踏<ブレードダンス>を阻むのに、無人機の群れでは不足に過ぎた。
軽く音すら置き去りにし、次々に切り刻まれる無人機の残骸が、二人の道筋を彩る。


「「「……………………………すごく疎外感を感じる」」」


ついでに鈴・セシリア・シャルロットの呟きもそんな二人を彩っていた。




=================




そして志保もまた、<赫鉄>を展開し無人機を駆逐していた。
いくら自立制御のシールドビットによる高い防御力を得ているとはいえ、完全に何も無い至近距離からの剣弾投影に、無人機があっけないほど次々に撃破されて行く。
確かにこの無人機は、大型ブレードと四連装ビーム砲による遠近両用の火力、シールドビットによる高い防御性能、おまけに原型機よりシェイプアップされた機体フレームは機体に潤沢な機動性を与え、完全機械制御による反応速度の高さも相まって、全ての面において高性能な機体だろう。

だがしかし、所詮は人工知能制御。

完全に予測外からの攻撃に対処できるほど、人間染みた有機的な思考は備わっておらず、いいように志保に駆逐されている。


そして、間もなく志保の眼前に立ちふさがった無人機は全て駆逐される。




「――――――――ああ全く、やはり来ていたか」




つまり前座は終わり、志保に対しての本命が姿を現す。

「当然だろうが、見る限り怪我は治したんだろ? だったら刃を交えない理由が俺にあるかよ」
「ふん、この戦狂いが」
「おいおい、俺はお前にしか狂ってねぇよ」

四度目の再会。数年前より続くこの因縁。
最早互いに宿命と感じているこの因縁。ならば相見えたのならば刃を交えない理由が無い。
言葉はもういらない。交わすべきは剣戟のみ。


「創造――――魔剣・必斬せし血濡れた刃<Briah――――Dáinsleif>!!」


だがしかし、異端と呼ぶのすら生温いこの二人の刃。


片や森羅万象を量子の砂に帰す魔剣と――――


「停止解凍、剣弾、――――七大魔城<フリーズアウト、ソードバレル、――――セブンスフォートレス>」


片や城と呼ぶにふさわしい七つの巨剣、それをあろうことか水平に打ち出した。

初手から余人の理解の外の事象を持ち出した激突。
だがしかし、それほどの異能すら、互いの命どころか体に毛先一筋の傷を付けることすらかなわない。


七大魔城は、量子の魔剣によって七つ全て両断され、砕け散って霧散しながらオータムの背後の校舎を粉砕するにとどまり――――


七大魔城を迎撃することを優先したために、量子の魔剣は志保を消すことかなわず、その背後の校舎を消し飛ばすにとどまった。


「周囲の迷惑ぐらい考えたらどうだ?」
「テメェがいうかよっ!!」


そこから繰り広げられるは一個人の戦いというにはあまりにも激しすぎた。
次弾からは手数を重視し、人間サイズの刀剣ではあるが、そのどれもが膨大な魔力のこもった魔剣・聖剣・霊刀・妖刀の群れ。
塵殺の剣群は、オータムのいる空間ごとを惨殺せしめんと、大気を穿ち、空間を貫いて迫りゆく。
その全てをオータムは己が魔剣で、そのすべからくを両断し、粉砕し、消滅させる。
互いの刃は、互いの命に、体に届かずとも、二人の周囲を粉塵に変えていく。

「――――オオオオオッ!!」
「――――ハアアアアッ!!」

互いに裂帛の気合を振り絞り、周囲に乱立するIS学園の建造物を次々に瓦礫と粉塵に変えながら、戦争じみた闘争を続ける。


――――――――本来なら、これはそもそもあり得ざる光景である。


なぜならば、オータムの魔剣が志保の投影物を量子に還元することなど在り得ない。
物理法則で編まれた既存の物ならばともかく、志保の内界の異界法則によって編まれた物まで、オータムの魔剣が通用する道理など無い。
しかし現実は、志保の剣群までオータムの魔剣は消し飛ばしていた。


異能の只中にある、その極大の異常を二人は正しく認識し――――それでもなお


俺は、この力はこの程度成せて当然と――――


奴は、奴の刃はこの程度成せて当然と――――


互いに、信頼にも似た確信を抱いていた。


故に、刃風吹き荒れる闘争は、条理を彼方に置き去った闘争は、科学と魔術の交差する闘争は、一層激しさを増して今なお起こり続けていた。






<あとがき>
さて、ここから何話でこの戦いを書き切れるだろうか、とりあえず次回はHOUKI無双の予定です。
その後にも志保の■■やら、■■■■が出てきたりとイベント目白押しなので。



[27061] 第六十一話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/12/06 22:37
<第六十一話>


迫る意思なき人形の群れがその閃光で以って、その刃で以って、私とラウラを惨殺せしめんとする。
突如の襲撃、教師に指示を請おうにも連絡網は全て使用不能。唯一の幸いは、無人機の行動はISのみを敵対対象と認識しているようで、一般の生徒には目向きもくれなかったことだろうか。
必然、視認できるだけでも二十を超える無人機の群れに追い立てられ、アリーナにて孤軍奮闘という表現がふさわしい戦いを続けている。

援軍がいつ来るかわからぬ現状、全力を振り絞るという選択肢は最初から除外され、私もラウラもともに消極的な戦法をとっている。


「――――今ですっ!!」
「――――おおおっ!!」


とにかく少しでもダメージを喰らわぬように攻撃を避けることに専念し、僅かに隙を見せた機体から停止結界で捕縛、そこから私が即座に斬り伏せる。
停止結界もとどめとなる私の攻撃も、少しでも出力を抑え、作動時間を抑え、最小の消耗での敵機の撃破を心がける。
今もまた、シールドビットごと動きを縫い止められた敵機の胴体をくし刺し中枢を破壊する。
破壊したことを指し示す、無人機のセンサー光の消失を見て取って突き立てた<雨月>を引き抜いて、横手から迫る無人機の大型ブレードを<空裂>で防ぐ。
だが、防いだといっても周囲に雨後の筍の如く無人機が群がっている状況では、そんな停滞は命取りである。

「お姉さま、下がって!!」

そんな危機的状況を、ラウラが無人機の腕にワイヤーブレードを巻きつかせてその膂力を減衰させてどうにか脱する。

「すまん、助かった」

やはり、自分はラウラに劣っていると痛感する。
一対一ならば、ラウラにもそうそう後れは取らないとは思う……無論<紅椿>の機体性能に助けられてのことだが。
だが、IS同士の戦闘において、こうまで数に開きがある状況など誰も想定していない。

「――――くっ!? こうも数が多くては」

だから、避け切れなかった閃光が装甲表面を溶かし、裂け損なった大型ブレードの刃が装甲表面を削る。
シールドの発生条件を引き上げれば、当然こんな傷など負わないだろう。
とにかくエネルギー切れを避けるために、装甲の傷ぐらい放っておけと機体に命じているからだ。
向う見ずな戦いを演じて即座のエネルギー切れを避けるために、緩慢な敗北を選択した。
つまりはそういうことで、今の状況に光明など無かった。




――――――――――――<絢爛舞踏>さえ使えれば、光は見える。




嫌だ。怖い。


――――使える筈だ。その行使に何の問題も無い筈だ。一度使ったものだ。使えないはずが無いだろう。


だから怖い。使ってしまうのがたまらなく怖い。


――――使うのは簡単だ。殺すと、死ねと、そう念じればいいだけの事。


だから怖い。自らの内に殺意が満ち満ちてしまうのが、たまらなく恐ろしい。


殺意に身を浸し。狂奔し、修羅道へと堕ちたくない。
もうあんなに狂いたくない。福音の時のように、断崖の果てを飛翔し続ける悪鬼羅刹へと、なにがあろうと成り果てたくない。

(何よりここには、――――――――ラウラがいる)

よりにもよってこの子の前で、成り果てたくなかった。
今更なことだけど、そんな醜い物となったところを見られたくないのだ。
だから、<絢爛舞踏>は使えない。




ああ、けどそれは――――――――――――ラウラより己が身が大事ということだろうが。




己が不徳を晒したくないから、妹分の命を危険に晒す。
どちらへ転んでも、自分のあさましさ、醜さを突きつけられて……。
迫る脅威よりも、自分の命が失われるかもしれない恐怖よりも、私の心を揺らすから――――。


「――――――――ぐうっ!?」


質量に勝る大型ブレードを、あろうことか私は真正面から受け止めてしまった。
交差した<雨月>と<空裂>の刀身に、ピキリ、と不穏な音を立てて罅が入る。
直後、砕け散る二刀の刀身。
必然として、二刀を砕いたその刃は、私の体に吸い込まれるようにして叩き込まれた。

「ゴフゥッ!? ガハッ!!」

不幸中の幸いは、砕かれた二刀は、その身と引き換えに少なからず威力の減衰を成して、私の命をかろうじて繋ぎとめた。
しかしそれも、再び振り上げられた大型ブレードの刃に、吹き散らされるさだめだろう。


――――告死の刃が、颶風を伴い振り下ろされる。


――――悲鳴染みた声が、耳に響いた。


「お姉さまっ!! 危ないっ!!」


私に迫る致命の一撃に、妹分の悲鳴を伴って<シュヴァルツェア・レーゲン>の黒い躯体が割り込んだ。
振りかざされた大型ブレードが、<紅椿>と同じ傷だらけの装甲に喰い込んで、黒曜石の如き欠片が空に舞い散る。
本来起動すべき絶対防御は欠片もその責務を果たさず、無慈悲にラウラの柔肉に裂傷を刻んだ。
深々と、刀身が沈み込む。


――――赤い、紅い、飛沫が舞っている。




「ラ……………ラウラアアアアアアアアアアアア!!」




――――溢れんばかりの絶叫を迸らせたところで、ラウラのその小さな体が切り裂かれた事実はもう、覆らない。



「………大丈夫……ですか……お姉さま」


血の気の引いた純白の、まるで白蝋の様な白色になった顔に、それでもラウラは笑みを張り付けて、吹けば消えそうな小声で私の身を案じた。

逆だろうがっ!! お前の方こそが身を案じろっ!!

心中でそうどなり散らして、私はラウラの体を引き寄せて、なりふり構わず残った展開装甲からビームの弾幕を吐き出して、無人機の囲みを抜けた。
既にいくつもビーム砲を撃ちこまれ壁に溶解痕が刻まれた、かろうじて壁としての役割を果たせそうなピットにどうにか潜り込み、顔面蒼白のラウラの体を横たえる。


流れる沈黙。次いで出たのは悔恨。


「…………………………………ごめんっ…………………ごめん……なさい」


私の迷いが、私の醜さが、私の愚かさが、この結果だ。


これは私が負うべき咎で、決してラウラが負うべきものじゃない。


「………心配……要りません………お姉さまが無事なら………」
「お前が……無事じゃないだろうがっ!!」
「……大丈夫……ですよ…………どうやら傷は内臓にまでは……達していないみたい…です」


視界に投影されるディスプレイに表示されるラウラの容体は、確かにその言葉通りだった。
けれど、だからと言ってお前のそんな状態を許容できるものか。
かろうじてISの生命維持機能が止血をしているだけの、頼りない状態。

「……泣いて……いるのです……か」

鮮血の赤で化粧された顔に、私の涙が雫となって降り注ぐ。
泣けば事態が好転するわけでもあるまいに、滂沱の涙は止まらない。
自分自身におびえる私が、重傷を負った妹分にすら身を案じられる私が、あまりにも不甲斐無さすぎたから。




「大丈夫です………………お姉さまは………………一人じゃありません」




その言葉が、奥深くに沁み入った。

か細く小さい、しかし、今なお外から戦闘が続いていることを示す爆音が鳴り響く中でも、その声ははっきりと私の心に刻み込まれる。


「お姉さまが………自分の力に恐怖を……抱いていることは知ってます」


――――私の不甲斐無さを克明につく、ラウラの言葉。


「…………………だから……いざというときは………私が止めます…………」


――――けれどその言葉に、わだかまっていた物が解けゆく様な、暖かさを感じた。




「……私は…お姉さまを信じてます………………………・だからお姉さまも……私を信じてください」




何故、私はこうも愚かなのだろうか。
かつてラウラに告げた言葉は、今の自分にこそ必要ではないのか。
一人で慄き、怯え、それを誰かに吐露することすらしなかった。
だから、告げられた言葉が胸の内をしたたかに貫く。
だから、告げられた言葉が胸の内の淀みを祓う。
恐れる必要は何も無かった。怯える必要は何も無かった。
向けられたその笑顔こそが、言葉こそが何よりの証。


(ああ――――――――そうだ、そうだった)


とりあえず私は、自分の顔面を思いっきり殴りつけた。
勿論ISを解除した握り拳ではあったが、私の腑抜けた精神に喝を入れるぐらいの痛みはあった。

「……………………………………えぇっ!?」

驚愕するラウラ。ラウラからしてみればこの行動は意味不明なものに見えるのだろう。
しかし、こんな簡単にして明確な事実にすら、今の今まで気付かなかったこのど阿呆の頭を動かすには、これくらいがちょうどいいのだ。


私は一人ではない、そんな、当たり前すぎる事実に。


だから、いうべき事はただの一言。




「あとは任せろ。ラウラはここで休んでいろ」




ピットの外には未だ無人機が群れているこの状況。だけどもう、恐れはない。

「ええ……疲れたので…………少し…休みます」

私の啖呵に、ラウラは安堵の表情を浮かべてその意識を手放した。
眠るように意識を失ったラウラの頬に突いた血化粧を拭い去って、私の顔面に塗りたくる。
ああ、戦場に臨むなら、それなりの願掛けは必要だろう。
この血化粧は、私が一人ではないその証。
この紅こそが、私の繋がり<絆>だ。


――――故に、私と繋がっているもう一つの“紅”にも、私は語りかけた。




「往くぞ――――――――<紅椿>」




語りかけると同時、<絢爛舞踏>の発動を示す金色の光が溢れ出る。
そもそも私は勘違いをしていた。<紅椿>が求めたのは殺意にあらず。


――――私と共に、ラウラを守ろう――――


迷いや擬心の一切が無い、無垢なる信頼だったのだから。




=================




アリーナに舞い戻った箒の眼前には、十数機の無人機の群れが変わらずにあった。
敵の戦力は目減りなどしていなく、客観的に見ればこちらの方がラウラの抜けた分、先程より不利な状況だろう。
おまけに先の戦闘で<紅椿>の主武装である<雨月><空裂>の二振りは砕かれている。


――――篠ノ之箒は、自身の事を剣士だと認識している。


他の者たちのように、重火器を十全に扱えるわけでもなく、一夏と同じく剣を振ることだけしかできないと認識している。


―――しかし、<紅椿>を刃を作らない。


自身の機能、各部の展開装甲による、他の機体を隔絶する圧倒的な状況対応能力があれば、即席の刃を作ることも可能だろう。
だが、<紅椿>はそれをしない。篠ノ之箒を守護する鎧ではあれど、篠ノ之箒が手にする刃ではないという自覚がある故に。


その時、天に瞬く輝きがあった。


その輝きは、無人機の群れと相対するように、箒の御前に跪くように、轟音を伴い眼前に突きたった。


即席の展開用ブースターがパージされ、その焔の様な赤に染まった刀身が日の光に照らされる。
驚きはない。箒がラウラを守るように、彼女もまた、箒を守るために尽力してくれたのだから。
未だノイズ交じりの通信、だがその言葉は箒の胸に更なる闘志を灯す。


「――――箒ちゃん、負けないで!!」


――――当たり前だ、今の私に負けは無い――――


ラウラの温かな言葉に背中を押され、姉の作った最高の鎧に身を包み、友が私の為だけに打ち上げた至高の刃がある。
こうまでお膳立てを整えられて、こうまで思いを魅せてくれて、ならば道理が無い。
負ける道理は一片足りとて在りはしない。
ならば謳おう、謳いあげよう。しょせんはガラクタでしかない眼前の無人機どもに、私の決意を謳い上げよう。




「狼藉はここまでだっ!! 私の妹にはこれ以上、指の一本たりとて触れさせんっ!!」




そして、私は己が刃を大地から音もなく、軽やかに、魔剣として新生した<鎧割>を引き抜いた。


その名は――――――――<鎧割・火之迦具土>


日本神話にその名を残す、炎の神格・火之迦具土(ひのかぐつち)の名を冠した魔剣。
自身の体と錯覚しかねないほどの一体感を通じて、その刃に内包された凄まじいまでの熱量を感じ取る。
それでいて、それほどの熱量を持ちながらも、刀身の周りの大気に陽炎一つ起こしていない。
正しくその熱量は刃として束ねられているからこそ、そんな無駄を起こしていないのだ。

(流石、というほかないな)

友の御技に心中で感服し、神気と見紛うほどの鮮烈な気配に、私の剣気が更なる昂りを見せる。

「ならば、後は往くのみ」

<鎧割・火之迦具土>を大上段に構え、私は無人機の群れの只中に、真っ向から突っ込んだ。


「推して――――――――参るっ!!」


金色の風を纏いて、焔の大剣が唸りを上げる。
対する無人機どもは、ビームの一筋すら撃ちはしない。それどころか、私の真正面に立つ三機ほどが大型ブレードを掲げ、真っ向から受け止めようとする。
奴らの曇り切った眼には、この突撃が単なる愚行にしか映らないのだろう。
三機がかりで足を止めてしまえば、後は如何様にも嬲り殺せるだろうという魂胆が透けて見える。


だが、その貴様らの選択こそが愚行と知れ。


颶風纏いて横薙ぎに振るわれた火神の刃が、愚かにも掲げられた三つの鈍らと噛み合う。
触れる刃と刃。その時こそに<鎧割・火之迦具土>の真価が発揮される。
鈍らに注ぎ込まれる火神の息吹、ISの武装に使われる特殊合金の溶融点を遥かに上回るその息吹が、黒金のブレードを瞬く間に焔色に染め上げる。
同時、<鎧割・火之迦具土>の刀身に搭載された剣戟加速用ブースターが火を噴いた。
だが、吹き荒れる神風はかつての<鎧割>とは一線を画した物。すなわち、瞬時加速の発動だった。


その威容に違わぬ質量と、何者をも溶かし尽くす火神の息吹と、音を超える神速の斬撃が合わさって、ここにその神威を結ぶ。


最早斬断という言葉すら当てはまらない、それは爆砕。それは消失。
断ち切られ、溶かされ、砕かれて、飛散した残骸すら火神が揮発させ尽くした。
切り結ぶ、そんなありふれた行為すら許さず、三機の無人機はその愚行のつけを支払った。


それは、当然の帰結。狼藉を成す魂無きガラクタに許されるのは、火神による浄化のみであった。


そこから先は、金色と赤に彩られし一人の剣姫による、苛烈極まる断罪の剣舞。
<紅椿>の一線を画す機体性能と、<鎧割・火之迦具土>の研ぎ澄まされた神威が、篠ノ之箒という一人の少女によって十全に振るわれて行く。


「――――オオオオオッ!!」


鎧袖一触、その言葉がふさわしいだろう。
阻む敵の何者をも意にかけず、消滅という結果のみを叩きこむ。
かつての福音との戦いの様な、怒りによる忘我では無い。
妹と姉と友の思いを一身に受けて、己が内の修羅を御し、灼熱に滾る闘志を冷え冷えとした湖面の如き思考が手綱を握る。
その理想と言える箒の状態は、奇しくも手に握る<鎧割・火之迦具土>と同じだった。
その状態であるからこそ、<紅椿>と<鎧割・火之迦具土>という規格外の武装を操れる。
決して、武装に振り回されるのではない、正しく担い手として、今ここに箒は結実する。




――――故に、桁が違う。格が違う――――




ならばこそ、戦闘など起こりえるはずもない。
魂無き空虚のガラクタに、今の箒を害せるはずもなく、只管の塵殺のみが起こる。
だからこそ、せめてもの反抗として、周囲に散らばる無人機の全てを箒に対して投入する。
撤退などもとよりプログラムされていない無人機にとっては、数を揃えることが唯一の方策であり、アリーナの観客席を飛び越えて、十重に二十重に無人機が終結する。
青空を埋め尽くす無人機が一斉に、右腕部の四連装ビーム砲を掲げエネルギーを最大出力で充填する。
今なお晴天の空に星空が描き出され、いかに<紅椿>が高性能でもこれだけの暴虐には抗えない。無人機の演算能力がそう推論するには十分であった。




「――――――――コード<星穿>、起動」




しかしてそれは、机上の空論。
箒はためらい無く<鎧割・火之迦具土>に搭載された<紅椿>との連携プログラムを起動させる。
同時、<紅椿>の機体各部の展開装甲が一斉に分離。<鎧割・火之迦具土>の刀身を取り囲むように陣を描く。
そして展開装甲同士が刀身を軸に据え、細く引き伸ばされた光を線と成し、空に方陣を描いていく。
描き切った後、展開装甲が音もなく陣形を維持したまま回転し始め、<絢爛舞踏>がこれまでにない規模でエネルギーの増幅を始める。
刀身に注ぎ込まれるエネルギーは常と違い、変換されていない魔力そのもの。


――――今この時、<鎧割・火之迦具土>は魔剣であって魔剣ではない。


砲身、その一語が適切だろう。
注ぎ込まれる魔力が、浮遊する展開装甲と連動しながら、魔力を圧縮し、増幅し、それをさらに圧縮し、それをさらに増幅する。
超々高密度で凝縮されながら、それでいて吹き荒れる魔力が、刀身を包み込む。
それこそが、束の依頼で志保が<鎧割・火之迦具土>に組み込んだ機能。
空前絶後の魔力を注ぎ込んでもなお耐える、魔力を宿すという魔剣の本分を極限まで追求し、<紅椿>から供給される魔力の全てを一つに束ねる。
圧倒的量で以って、圧倒的質を作り上げる。それこそが、コード<星穿>の機能。
魔術と科学の、篠ノ之束の比類なき頭脳と、衛宮志保の神代の御技が合わさって結実した、現代の奇跡。

「――――ぐ、うううっ」

だがそれは、とてもではないが余人に振るえぬ代物だ。
無量大数の魔力を一点に束ねるその反動。ただ発射段階のこの時でさえ<紅椿>の両足は亀裂を刻みながら大地にめり込んでいる。
仮にここで、その手綱を緩めれば、待っているのはあまりに無様な自爆だけ。


しかし、それがどうした。


姉も友も、箒がこれを振るえると確信すればこそ、この機能を組み込んだ。
故に耐える。故に御せる。歯を食いしばって前人未到の力を、渾身の気迫で握りしめる。


そして、解放の時は、今訪れた。




「――――――――薙ぎ払えええええええええええええええっ!!」




箒の視界に、満天の星空が流星となって降り注ぐ。
今や青天は、その流星の隙間からかすかに覗くだけ。
しかしてその流星は、すぐに塗りつぶされた。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


号砲一閃。裂帛の気合と共に、極大極光の砲撃を、箒は横薙ぎに振りぬいた。
天から降り注ぐ流星雨を、大地から立ち上る破邪の閃光が、万象一切諸共にかき消した。
故にその閃光は、光の瀑布となって無人機の逃げ場をなくし、一切の回避を許さず、全機を一斉に飲み込んだ。
もし仮に、志保がこの光景を見ていたとしたら約束されし勝利の剣<エクスカリバー>の様だと評していただろう。
当の志保とて、ここまでの威力になるとは思わなかったに違いない。
それほどの一閃。文字通り星すら穿ちかねない至高の一撃だった。


ならばこそ、光が消え去った後に残るのは、灰燼一つ残らぬ曇りなき青天であるのは道理。


これ以外の結果は許されず、優に数十機いた無人機の群れは、まさに一掃されたのだった。




その結果を見やり、箒の口から漏れたのは呆れにもにた感嘆の念。

「やれやれ……あの凝り性共め、やり過ぎだろうに」

それを成せたのは、<紅椿>と<鎧割・火之迦具土>との真の一体を成し遂げた箒がいればこそ。


箒の顔に浮かぶのは、実に晴れやかな笑顔。


今ここに、比類なき三位一体が、真の完成を見せたのだった。








<あとがき>
実をいうとコード<星穿(ほしうぎ)>ではなく、コード<星薙>になるのが初期案だったり……。
まあでも、あんまりにもそのまますぎるので、原作のこの場面で出てくる武装<穿千>から一字取って<星穿>になりました。…………そこっ、スヴァイサーとか言わない!! それだったら<鎧割・火之迦具土が>ドリルになっちゃうでしょうが!!
しかし……どうしてこう、うちの箒はこうも主人公力が高すぎるんでしょうか。あなた確か原作ではメインヒロインみたいなポジションでしたよね。

あと、某ゲームをやっていたらオータムが「――大・極―― 神咒神威 経津主・布都御魂剣」とか言い出す電波を受信した。
キャラ的にも能力的にも違和感無いんだよな。相方も無限の可能性に対して無限の剣だし。



[27061] 第六十二話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/12/04 21:39
<第六十二話>


無人機との戦闘を続けている更識姉妹の視界に、それは突如として目に入った。
いや……目に入ったというのは不適切かもしれない。
何せ轟音と共に、視界の中にあった建造物が消えたのだから。

「「……へっ!?」」

直後、視界を横切るように剣弾の群れが駆け抜ける。
その切っ先が狙い定めるは、漆黒の凶蜘蛛。
剣弾と共に凶蜘蛛を追いすがるは、赫き鋼を纏いし魔術使い。
あっけにとられる二人に何ら頓着せず、そのまま二人は進路にある一切合財を打ち砕きながら死闘を続けていた。

「――――志保」

無論、無人機がいる現状では、そのまま困惑に浸れるはずもない。
戦闘を続行しながら、簪にできたことは想い人の名を呟くだけ。


「………………………………………行きなさい、簪ちゃん」


そんな簪の背を押す一言を、ごくごく自然に楯無は言ってのけた。

「姉……さん……」
「心配なんでしょ? 志保のことが」
「で、でもっ!?」

生真面目な簪にしてみれば、姉一人を危地の只中に置いて行くのは気が引ける。




「いいから行きなさい――――――――私の名は更識盾無、この学園の長、ならば、そのように振舞うだけよ」




けれどそれは、楯無にしてみれば不安に震える頼りなげな姿にしか見えない。
だからこそ、楯無は厳かに宣言する。我が身はこの程度の危地、容易く切り抜けられる存在であると。
その姿があまりにも頼もしかったから、簪の抱いていた不安などは吹き散らされる様に霧散した。

「ありがとう姉さん――――行ってくるねっ!!」

背を向け、空を駆けていく簪。
その背を見守り、振り向きざまに見せた笑顔を胸に焼き付ける。


「ほんと、志保にぞっこんねぇ」


妬けちゃうわ、と心の中で呟き、今一度決意を改めて無人機と向き合う。

「あ~あ、ほんと……今頃ほんとは簪ちゃんと一緒に試合に臨むって言う、何物にも変え難い思い出を作っていた筈なのにねぇ」

最も、その決意には多量の嫉妬が含まれてはいたが。

「まあ、簪ちゃんもいなくなった今、体裁なんて取り繕う必要無いわね」

何せ最愛の妹と危地に臨むのはまあ、それなりに心躍ったものだが、その後がいただけない。
簪は志保を追っていき、その志保当人もまあ、過日の宣言通りに大暴れしてくれるものである。


「――――――――故に、今から行うのは八つ当たりよ」


ぶっちゃけ言って今の楯無は大絶賛ぶち切れ中なのである。
さて問題です。今この場には楯無一人しかいない。その上相対している存在は、どれだけ痛めつけても問題ない無人機である。
そんな状況で、無人機が五体満足で済むでしょうか。




「――――――――まずは、跪きなさい」




済むわけ無い。無いったら無いのである。
宣言と同時、スナップを鳴らす楯無。
直後、無人機の膝関節が一斉に内側から火を噴いた。
結果として、今の今まで二本の足でしっかりと大地を踏みしめていた無人機全機が、楯無の宣言通りに跪いたのだった。

(新技成功……ねぇ)

かつて志保と模擬戦を行った時から、楯無は<クリア・パッション>の使い道を模索していた。
無論、かつてのやり方もそれなりに有効ではあるのだが、志保の様な規格外の存在には、湿度一つとってみても即座に狙いを看破されかねない。
故に、これまで以上に隠密性に優れ、必殺性に優れた手段を模索していた。
その果てに構築した手段の結果が、今のこの惨状である。


原理は単純、気体として散布するのではなく、液体の形を維持したまま<クリア・パッション>を行使したのである。


ただし、液体のままと言っても、単分子液体ワイヤーとして、であるが。
通常ならば即座に揮発するほどのエネルギーを込め、それを配合されたナノマシンによって強制的に液体の形を維持、それを単分子液体ワイヤーとして構築、それを操作し無人機全機の膝関節の内側に装甲の隙間を縫って注入したのである。
無論、いくら液体の体を維持できないほどのエネルギーを注入したといっても、そんな方法ではISの装甲にすら傷を付けられない。
だが逆にそれは、ISのシステム側からも脅威として認識されないということと同義であり、そして、いくら小規模の破壊しか成せないと言っても装甲の内側から破壊するには十分な威力を有していた。

(まあ、公式試合でなんか使えないけどねぇ)

当然である。こんな物、その理論からして絶対防御が発動しない。
有人機相手に使用すれば、さぞスプラッタな光景が展開されるだろう。
だが、だからこそ――――


「――――――――いい的よ、あなた達。精々無様に踊りなさい」


楯無の瞳に凄絶な嗜虐心が宿り、その言葉は真実となったのだった。




=================




――――二十七、それだけの刀剣が、オータムの斬撃によって尽く切り刻まれる。


「オオオオオッ!!」


ならばもっと、もっと多くを撃ち続けろ。
サーキットを回し続けろ。奴に攻めの時間を与えるな。
物量で押し切れ、圧殺しろ。

――――再び二十七の刀剣投影、即座に射出。

周囲への被害など気にも留めるな。衛宮志保の現時点での全性能は、今この時だけはオータムにだけ注ぎ込め。


「ハハ、ハハハッ!! アハハハハハハハハハハッ!!」


哄笑と共に、再び刀剣が切り刻まれ、量子の砂に還元される。
ああ、その狂いに狂った笑い声が耳障りだ。その口を閉じろ。
叶うならば、直接その舌撥ね落したい物だが、そうもいかん。


――――今の奴相手に、接近戦は自殺行為に他ならない。


剣腕は互角、その状況下にあって奴の斬撃を避け切れる道理が無い。
受け太刀不能。刃渡りも識別不能。刃幅も識別不能。
そんなないない尽くしで、どうして切り刻まれずにいられようか。


――――故に中・遠距離戦でしか勝機は無い。


私が活路を見出した手段が、物量による圧殺。
奴の斬殺スピードの許容量を超えて、剣弾を撃ち込み続ける。
策とは到底言えない、稚拙で杜撰なもの。
だが、最早そうでしか無理なのだ。
戦術、技巧、そういう物は確かに戦いにおいて重要なものだろう。
だがそれは、無心にて揮う一撃より、どうしても遅くなってしまう。
思考という余分を挟まずに、無心無想で放つ一撃が最速なのは、どんな武装、どんな武術でも同様だからだ。
その点でいえば、オータムは最速だ。
何せこちらの一切合財を斬り刻むことしか考えていない。
拙速と巧遅、戦場においてどちらを尊ぶかは自明の理だ。
戦術などという余分を抱えては、即座に寸刻みにされるのが落ちだ。
故にこちらも単純な手段でしか、奴に抗することができない。
奴の至高の斬撃に抗する物を、私は一つしか持っていない。


――――だから、数を撃ち続ける。


自身の異能、固有結界の使用も考慮に入れはしたが、魔力量が足りない。
よしんば使用できたとしても、瞬きの間に消え去ってしまうのが落ちだ。
だからこそ、ソードバレル一択に戦法を絞り、只管に打ち続ける。
打ち出す剣弾が次々に斬り消されても、愚直に、それしかないと言わんばかりに。
真実、それだけしかないのだから。


「――――ウォラアァッ!!」


だが、それでもなお、奴の刃はこちらの喉元に喰らい付く。
切り刻まれる刀剣の、刹那の間に魔力へと霧散する欠片の隙間を縫って、防御不可能の絶死の刺突が、私の右頸動脈をくりぬいた。
そう、例え距離があるといっても、奴の刃はこれ以上なく剣呑だ。


――――奴の刃は触れれば斬れる。


ああ確かにそれならば、膂力はいらない。スピードだけが必要で、只管に刹那を刻む斬撃だけを追い求めればいい。
そのうえで、奴の斬撃はこちらの機動を予測して、その軌道を変化させる。
だからこそ奴の刃は距離があっても、否、距離があるからこそこちらに喰らい付く。
距離があるからこそ、僅かな手首の返しでこちらに喰らい付く斬撃が放てる。
だがそれは、互いに高機動で戦闘を行うIS戦の最中での、ミリ単位の斬撃制御が必要になってくる。
しかし現に奴はそれを成し、私の体を少しずつではあるが削り取っていく。
現に今も、首元を僅かに抉り取っていったのだから。

「ぐふっ!?」

溢れ出る血液、それあ喉を侵し胃にまで注ぎ込まれる。
金属臭溢れるジュースを無理矢理飲み干し、<赫鉄>が即座に止血する。
うろたえるな、死んではいないしこの程度軽傷だろうが。第一こんな傷前世のころから慣れているだろう。
今は撃て、撃ち続けろ、あの怨敵を圧殺するために。
今は動け、動き続けろ、あの必斬の刃から少しでも逃れるために。
骨が軋んで筋肉が千切れようが構うな、そんな物即座に治る掠り傷以下だろうが。



「は…ははっ……いいねぇ、やっぱお前は最高だよ!!」
「こっちは……最悪だよっ!!」
「いくらいくらいくら斬っても斬り刻んでも、お前の命には届かない!! ああ斬りたい!! お前の全てを斬って斬って斬り刻みたい!! この瞬間こそ私の生だ!!」
「貴様こそ、心臓貫いたんだから死んでおけっ!!」
「はっ、あんなもん一度限りの奇術だよっ!! もう一度なんてあるものか。だからこそ、お前との戦いは心が躍る、生きて…輝いているって実感できる!!」



ああくそ、そんなに楽しそうに刃を揮うなよ。
私はお前との戦いになんて心躍らない。踊ってたまるものか。
ああけれど、こうまで殺したいなんてお前ぐらいだよ。
負けたくないって思った奴は前世で少しばかりいたが、こうまで目障りだから殺したいなんて思った奴など、お前ぐらいだよ。


だから――――


「ああ――――――――お前を殺したいと、そういう点では一緒なのかもな」


私のそんな呟きに、オータムは一層破顔して――――


「クハハハッ!! 俺たちって実は相思相愛?」
「阿呆か貴様は、貴様の愛なぞ欠片もいるかっ!!」


しかし、そんな戯言を口にしていても、いや、しているからこそだろうか・
奴の斬撃は一層速度を増していく。
剣弾に満ちたこちらの領域を削り取るように、刹那を斬り刻む斬撃で以ってジワリジワリとこちらを侵食していく。




もとより、オータムの異能は、衛宮志保を斬るために、打ち倒すためだけに磨き抜かれた物。




ならば、この結果は至当の物だ。
今の衛宮志保では――――オータムに勝てはしない。
尽きることなく打ち出され続ける剣弾その全てを、オータムの刃は斬り刻み。



――――衛宮志保の左半身が、量子レベルで分解された――――



まるで出来の悪い人体模型の如く、正中線から志保の左半身が消失し、完膚なきまでに消え去った。
ナノマシンまみれの脳漿、血液、臓器、筋肉が断面からあふれ出て、どう足掻こうが衛宮志保という存在の生存は絶望的だった。


「――――――――志保おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


よりにもよって、簪が二人に追い付いたのはその時だった。
絶望的な死の光景に、簪の悲鳴が響き渡った。
どう足掻こうが、もう、衛宮志保は死んだのだ。




=================




――――そんな事象は、私が認めない。


彼女、と表現すればいいのだろうか。その時、その存在の内に渦巻いたのはその一言。

認めん。認められん。認めてなるものか。

彼女は、言ってみれば実験品。模倣した物が正常に動くかどうか、それさえ確かめられすればいいだけの使い捨てだった。
故に、戦闘を行い、その末に破壊され、それで終わる。――――終わる筈だった。
しかし、彼女もまた、オータムのように、衛宮志保に運命を狂わされた。
抱いた始まりの感情は、恐怖。
迫る告死の鏃に、感情など持っていなかった筈の彼女ですら恐怖を抱いた。


――――けれどもその感情は、いつしか衛宮志保の事を知りたいと、そんな感情にすり替わっていった。


もとより使い捨ての彼女には、あの戦い以降の行動指針など在るはずもなく、必然、衛宮志保に対する感情だけが残った。
始まりが恐怖だけであっても、彼女は衛宮志保だけしか知らないのだから、衛宮志保だけにしか興味を示さない。


果たして、篠ノ之束は、彼女のそんな感情を見抜いていたのだろうか。


あるいは、知っていたからこそ、彼女を<赫鉄>のコアに据えたのかもしれなかった。
そしてそれは、彼女にとっては望外の歓喜をもたらした。


――――――――ああ、いいものだ。知ることが、これほどの喜びだとは私は思いもしなかった。


衛宮志保を知ろうとしたが故に、彼女が恐怖の次に抱いた感情は、知識に対する欲求だった。
何も知らないから、何でもいいから知りたがったのだ。
その点でいえば、衛宮志保が彼女の使い手になることは好都合と言っていい。
志保が魔術を行使するたびに、現実に映し出される刀剣に刻まれた、ありとあらゆる情報が流れ込んでくるのだから。


――――武器を創りし者の、ありとあらゆる感情。


――――その武器と共にあった、英雄・豪傑たちの生きざま。


――――その武器が刻んだ、比類なき歴史の積み重ね。


例えて言うならば、衛宮志保とは彼女にとって、いくら読んでも読み切れない蔵書を収めた本棚なのだ。
故に衛宮志保と共にいることこそが、彼女にとっての最高の日々。


だからこそ、衛宮志保をここで死なせることは、いかな理由があっても彼女には認められなかった。


『――――簪が、泣いている』


『――――死にたく、ない』


そして、当の衛宮志保のその思いも、彼女を突き動かした。
それはか細く、ほんの僅かな小さな思い。
漆黒の絵の具に広がる僅かな白と言えばいいのだろうか。
いや、そんなすぐさま混ざって消えてしまう代物ではない。
それは例え小さくとも、消えぬ輝きを放ち続ける小さな星に似ていた。
その異常を、ある意味衛宮志保という存在を一番深く理解している彼女は、正確に理解していた。

死ねない――――ではなく

死にたくないと――――そう願ったのだ。

それは誰かを助けなければいけないという強迫観念に似た義務感で突き進んでいた衛宮士郎が、その終末までついぞ持ち得なかった物。
義務感ではなく、生命として正しき欲求からくる死への忌避。
当の衛宮志保は自覚すらしていないだろうが、それでも彼女にだけ気付けるその奥底で、小さいながらもそう願ったのだ。


――――ああ、ならば死なせるものか、私の全てをかけて、我が主は死なせない。


――――ならばどうすればいい。


――――決まっている。体が無いというのであれば作り出せばいい。


――――何せ主の体<剣>は、ここにいくらでもあるのだから。




例え無様で不格好でもいい。主の体をなんとしても造り出そう。
彼女は、無限の剣が突き立った世界の中心で、そう願った。




――――衛宮志保の、空虚な半身が、刃の群れで埋め尽くされた。


――――それはまさに、刃の人型だった。刃金の人型だった。






――――――――真実この時、衛宮志保の体は、剣で創り出されたのだった。






<あとがき>
今更ながらに六十話のあとがきのヒントの文字数間違っているのに気が付いた。
まあ、ぶっちゃけ、これこそが志保の……というか、志保と<赫鉄>が作り出した単一仕様ってことです。
絵面が想像しにくいのであれば、某中尉の形成状態を想像してもらえればいいかと。
あれの杭ではなく剣バージョンってことで



[27061] 第六十三話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/12/06 21:55
<第六十三話>


体内の内包物を全てまき散らしながら、志保の右半身が力なく落ちていく。
誰がどう見ても明確に認識できる死の形を、簪も認識した。

「え……あ……ああ………」

<夢現>を握る腕に、瘧の様な震えが走る。
そのままとり落としそうになる腕に灯るは、簪のこれまでの人生において、一度たりとも抱いていない感情だった。


「う…う……うあああああああああああああああああああっ!!」


親しき人を眼前で殺されれば、人が抱く感情はほぼ二つしかない。
喪失による悲しみか、喪失を突きつけられたことによる憎しみか。
簪が抱いたのは後者。彼女の人生で一度たりとも出していないと言い切れるほどの、狂乱の絶叫が迸る。
憎しみのまま振るわれる<夢現>、その行き着く先はオータム以外あり得ない。

「――――ふんっ」

だがそんな物が、今のオータムに通用するはずもない。
羽虫を掃う気安さで、簪の復讐は無為に終わった。
<夢現>の穂先を消され、<打鉄弐式>の非固定部位も、左右両側ともに消失させられる。


「――――おいおい、これで終わったとでも思ってるのか?」


しかし続く、首筋めがけ走る斬撃を寸前で止めたオータムの口から飛び出たのは、簪にとってあまりに意味不明な言葉だった。

「終わった………終わったじゃない!!」
「ああそう……そうなんだろうなぁ」

確かに形だけを見れば、オータムの刃は志保の体を両断した。
いかに<赫鉄>がナノマシンによる再生能力に特化していたとしても、これほどまでの消失に対応できる筈がない。

「ああでもなぁ……志保の芯を斬った気がしねぇ」

あろうことか、志保を両断した当のオータム本人が、その勝利の手ごたえを不確かな物と断じた。




「だからテメェは邪魔だ、引っ込んでろ。――――――――テメェは志保のダチなんだろ? そんな奴を切り殺したらあいつが怒るじゃねぇか、俺は志保との斬り合いに誰かの介入なんか許しはしないんだ」




だから、志保にとって大切であろうお前を切れば、お前への思いが、志保との戦いに割り込んでくるだろうが、とオータムは言い切った。
それが自罰であれ、我が身への憎しみであれ、そんな物の介入は許しはしない。
オータム自らのそんな物言いに、簪は例えそれが幻の希望であったとしても、その言葉に一縷の望みをかけて志保の亡骸へと振り向いた。




「――――GaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」




割れた鐘楼を想起させる、人語とは到底思えぬ雄叫びが響く。
当たり前だ。そもそも半割れの喉で人語を話せるわけがない。
同時、衛宮志保の半欠けの体が、突き出た刃の群れで埋められた。

「志保はまだ……死んで…・・・いない?」

その異端の光景に、簪の瞳にも希望が灯った。
その希望は――――――――すぐさま現実の物となる。

『――――オ前ノ相手ハ俺ダロウガ!!』

その刃金を骨と成し、肉と成し、体と成し、再び衛宮志保は立ち上がった。
プライベート・チャネルからは熱に浮かされたような志保の叫びが響き、未だ志保の精神が平静を取り戻してはいないと察せられた。

「ハハッ――――――――見ろよ餓鬼!! あいつはまだ終わってねぇぞ!!」

オータムの歓喜の声が流れる中、衛宮志保の体が<赫鉄>諸共再構成される。
刃金で形作られたヒトガタの獣。そう評するのが相応しいだろう。

(………………………志保も生きたいって、そう思ってるんだよね?)

無様で歪で……いつも冷静沈着で、難事を平然とした顔で切り抜けてきた衛宮志保には似合わないその姿。
けれども、その姿の奥底にあるその本質を、簪はしっかりと認識していた。

(あれはきっと、勝つための力じゃない。 “負けない”ための力だ)

理由はないが、簪にはそう確信できた。
だから祈ろう。志保はきっと負けないと。
そう祈って見つめた視線の先、刃金に覆われた仮面の奥で、志保がほほ笑んだ様な気がした。

『オレは――――負ケナイ』

きっと志保は、今もなお正気じゃないのだろう、常の自分じゃないのだろう。
けれど、だからこそ、その言葉には意味があると、簪は感じ取った。


「――――GaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


再び響く、刃金の咆哮。
志保の歪に組み直された五体が関節を曲げ、地を蹴り、スラスターを吹かし、空を駆ける。
疾駆する鏃の如く、只管に。真っ直ぐに。向かう先は凶蜘蛛一点。

「ハハッ、何だぁ?」

そのありえなさ、衛宮志保にあるまじき蛮勇染みた特攻に、オータムの口から呆れとも怒りともつかない声が漏れた。
いまだ頭の回路が繋がっていないのか、と心中で軽口を叩き、ならば目を覚ましてやろうと己が魔剣を振りぬいた。
気付けの一発と言うには、手心の類は一切ない苛烈な全力。
その一撃は、今度は逆の半身を斬り消して――――。




――――――――――――瞬く間に突き出て、半身を再構築した刃の群れに無為に終わる。




全く持って意味はなかった。例え消失したところで、その欠損を秒に満たぬ間に埋め直されては意味はない。

「おいおい、そんなのあり?」

惚けるオータムに、その外見に違わぬ獣如き荒々しき挙動で、剛爪掲げし右腕が振りかぶられる。
その爪、刃であり、剣であり、槍であり、刀であり、鏃であった。
十把一絡げの刀剣を、粗雑に束ねて作った武器と言えるのかすら妖しい代物だ。
だがそんな物でも、ISのパワーアシストと強化魔術を組み合わせて発揮する膂力で以って振りぬけば、相応以上の威力を叩きだす。

「似合わねぇな!! おいっ!!」

あまりにも違いすぎる行動パターン。例え真正面からの、何の戦法も感じられない力任せであっても、それこそがオータムの虚を突いた。
刃の爪のうち一本が、<ブラック・ウィドウ>の胸部装甲を薄紙のように破り去ってオータムの胸を切り裂いた。

「ああイテェ……イテェなぁ……」

そこまで深手ではないもののしっかりと負った傷は、しかし、命中と同時に傷口を、無限の概念のうちの一つで凍らせられて止血される。
その斬撃と凍結の痛みを、オータムは歓喜の体で迎え入れていた。やはり戦いはこうでなくては、と。
一方的などつまらない。己が命と敵手の命をチップにかけて、互いのありとあらゆるものをぶつけ合ってこそ、至高の戦いは紡ぎだされる。
そう信じているからこそ、この一撃は喜ぶべきものだと大いに笑った。

「ハハッ……いいぞ志保ぉ!! もっと斬り難くなったなぁ!!」

ああ、じゃあもっと己が刃を研ぎ澄ませよう。
俺達の限界はここか? 違うだろう<ブラック・ウィドウ>。
そうだよマスター、私たちはもっといける筈。
肉体的ではなく、精神の人機一体がオータムの限界を引き上げていく。
縦横無尽に振るわれる斬撃。最早斬撃の津波と評したほうがいいほどの高密度連撃。



「――――――――WoOOOOOOOOOOOOO!!」



だがそれでも、志保の突撃は止められない。
いかに隙間なく敷き詰められた斬撃といえども、着弾には時間差がある。
ならばその刹那に満たぬ間に、欠損を埋め尽くせ。消失を無為にしろ。
消失とともに起こる再生が、志保の命にオータムの刃を届かせない。


――――我が主の命、例え誰であろうとも失わせない。


電子回路の只中で、<赫鉄>が0と1の咆哮を迸らせた。
狂乱する主の術式、その手綱を身命に賭して握りしめる。
それこそが<赫鉄>の選択した手段。


――――指向性を持たせた固有結界の暴走――――


剣弾だけでは届かない。いくら撃ち続けたところで、二十七程度では届かない。
オータムに抗しえるには研ぎ澄まされた唯一が必要で、贋作・模倣しか持ちえない衛宮志保にはその唯一が無い。
本当にそうか? 本当に、衛宮志保には比類なき唯一はないのか?
いいやあるだろう。そもそも主自ら言っていたではないか、今のオータムには物量で押すしかないと。
衛宮志保は無限の剣群と同義で、無限の剣群は衛宮志保と同義なのだから。
ならばその無限こそが、主が持ち得る唯一だ。
神に祈る信徒に似た真摯さで、<赫鉄>はその唯一をぶつけるための形を思い描く。
オータムが千の刃を切り裂くならば、私は千五百の刃で以って主の体を生かし続けよう。


――――それが<赫鉄>の祈り願った形である。


――――故に、その形態の名を<伊邪那岐イザナギ>と冠した。


それはまさに、人型に凝縮された無限。
今この時の主を打倒しようと思うなら、正しく無限の刃全てを切り裂いてみろ。
気炎を上げて固有結界を暴走させながら制御し続ける<赫鉄>。

『砕ケロォッ!!』

その<赫鉄>の祈りを受けて、志保の剛腕が振るわれる。
同時に打ち出される剣弾の数は、先の二十七と比べ物にならない。
百かあるいは千に届くだろう。
オータムが磨きあげた至高の斬撃ならば、今の志保は積み上げた巨岩の如き物量で対抗する。


「――――GaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


刃の津波による絨毯爆撃。飛び上がった志保は大地諸共オータムを塵芥に帰せんと、そんな出鱈目をふりまき続ける。
轟音と共に刃が地を割り、砕き、粉砕していく。


「――――アハハハハハッ!! そうだ…そうだ……それでいいんだよお前は!! 今は俺だけを見ててくれっ!!」


例え誰であろうとも絶望でしか抱けないその刃の雨を、オータムは望むところと刃を振るい斬り刻み続ける。
なぜならこの脅威は、この力は、衛宮志保がオータムの為だけに作り上げた力。
それを前にしてどうして歓喜せずにいられよう。


「必ず俺は――――――――お前を斬って見せるから!!」


純粋な思慕の念で大気を震わし、刃の津波を一刀のもとに斬り裂くオータム。


『斬ラレルモノカッ!! 俺ハァッ!!』


プライベート・チャネルに響く志保の叫び。続く思いは未だ奥底にあり、形にできない。しかし動き続ける五体と、消されるたびに湧き出る刃が、志保の思いを明確に表し続ける。


「――――オオオオオオオオオオッ!!」
『――――オオオオオオオオオオッ!!』


激突する斬撃と剣群。
互いにそれのみをぶつけ合う、戦術も戦略も何もかもが無い戦い。
真っ向勝負。そうでしか言い表せない、実に正道な戦いだ。
オータムは只管に斬り。
衛宮志保は只管に剣群を吐き出す。
それぞれの持つ物をただ只管にぶつけ合う。
見る者に清冽さすら与える戦いは、果てることなく続いていく。




『――――――――――――――――ハハッ』




その最中、ようやく志保は己を取り戻す。
轟音響く戦場の最中。風に溶けて消える声無き笑いとともに。

(どうしたんだろうな、俺は)

真っ二つにされてから、ようやく鮮明な意識を取り戻した志保が思ったことはそれだった。


何せ――――心躍っているのだ。


こんな出鱈目な戦いに、ただ生き延びるだけの戦いに。
ああ本当に、己はどうかしている。
これはいよいよ、オータムに毒されたのかと、体と切り離した思考の中で考える。
まあ、それは今論ずるべきではないのだろう。
今はただ、この戦いに全力を注ごう。




戦って、戦って、戦って、そして”生き延びよう”。




そう思うことのその意味を、未だ自覚しないまま。
果たしてそれは、誰の為にそう願ったのか。
かつて志保は、束から聞かされた話の中で不安を抱いた。
束が危惧する世界の危機と相討って、ガラクタに様に朽ち果てるのではないか、と。
前世ほどの熱量は、例え間違っていたとしても、綺麗と感じた物の為に進み続ける熱量は、もう己に無いのだから。


しかし、こうは言い換えることはできないだろうか。


正義の味方を踏破し続ける熱量は無くなったから、例えか細い望みでも、人が持つには必然で、されど常人より遥かに微かな物であろうとも、それが表に出てきたのだと。


鋼の心はひび割れて、だからこそ、その裏側にできた小さな輝きがようやく芽吹いてきたのだと。


憧れだけを入れた心の中に違う物が入っているのだと、志保は未だ気付かない。
その差異が、知らぬうちに高揚となって、知らぬうちに笑いとなって、志保の体を突き動かす。


『ああ、今はなぜか気分がいい。……お前を殺すにはいい日だっ!!』
「へっ……お前の全てを斬った後なら、それもいいぜ?」


戦いは、なおも続く。
オータムは衛宮志保を斬る<勝つ>ために刃を更に研ぎ澄ませ。
衛宮志保はオータムに負けぬために、剣群を更に励起させる。
勝つための力と、負けぬための力。
今ここに天秤は拮抗し、際限なき戦いがいつまでも繰り広げられる。










『――――――――――――――――――――――――――――――――止まれ』








――――戦いを阻む者が、現れるまで。









<あとがき>
ここ最近の文章の14歳病度が酷い。のりのりでかいているから、ISの原型がなくなっている気がしてならない。
ふと、果たしてこのままのノリで書き続けてもいいのだろうかと、疑問にすら思います。
そして、かつて志保は「馬鹿は死んでも治らなかった」と言いましたが、実際のところは死んだから治りかけてきていて、それを未だに全然自覚していないという……性質悪いな、オイ。
ちなみに志保の新しい力は、決して某妖怪ヌキヌキポンとは関係ありませんのであしからず。



[27061] 第六十四話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/12/11 02:24
<第六十四話>


――――時は少し遡る。


無人機の大半は掃討し尽くしたが、未だジャミングによる指揮系統の寸断が残る中、主だった面子は終結を果たしていた。
理由は至極簡単なもので、箒の放ったコード<星穿>の極光が特大の目印となったからだ。
おかげで負傷したラウラも後方に搬送し終え、戦闘態勢ではあったものの皆が一息ついていた。

「――――そうか、よろしく頼む」
「織斑先生っ、ラウラは……?」
「安心しろ、ボーデヴィッヒが自分で言っていた通り、命に別条はない」
「そう、ですか………よかった」

ラウラの明確な無事の知らせに、箒の表情に安堵が宿る。
張り詰めていた物が少しばかり緩んだのか、眦には光る物が見えていた。

「よかったな箒。ラウラが無事でさ」
「ああ、本当に……無事でよかった」

一夏の労いの言葉に、一層箒の眦に光る物が宿る。
他の者たちも、親友の無事にそれぞれが喜びをかみしめていた。


「さて、これからどうします? 織斑先生」


緩んだ空気を楯無が率先して引き締め、この場においての最上位者である千冬の指示を仰ぐ。
とはいっても、もう大半の無人機の掃討は終わり、戦いの趨勢は決まったも同然の状況である。
千冬もそれを理解しているからこそ、皆の予想通りの言葉を吐き出そうとした――――。




「そうだな――――――――誰だっ!?」




しかし、突如として千冬は、足元に落ちていた無人機の残骸――肘の部分がら千切れ飛んだ大型ブレード――を掴み上げ、誰何の声とともに、なにもない筈の虚空へと投擲する。
疾駆する大剣。本来ならばそのまま彼方へと消え去ってしまう筈の刃は――――そのまま虚空に停止した。
その光景の意味するところは一つ。姿を消した何者かが、虚空に佇んでいるということの明確な証。
ゆらり、と陽炎が揺らめくように、水に墨を流す様に、漆黒が滲む。
青天に、醜悪な漆黒が滲む。殺意と、怨念と、執念を溶かし、煮詰め、塗り固めた様な漆黒だ。
混じりけの一切が無いその黒は、しかし美しさという物が一欠けらもありはしなかった。
それでいながら、その漆黒を纏う肢体は、一流の彫刻家が全霊を込めて削り上げたかのような、一部の隙もない均整の取れた肢体だった。


ブゥン――――地の底の亡者の怨念にも似た起動音が鳴り、鮮血に似た光が、瞳を模したカメラアイに灯る。


その瞳が、眼下に集う一夏たちを見下ろした。
否、その視線は一夏だけを、<白式・刹那>だけを見ていた。
他のものに一切の興味を示さず、一夏と<白式・刹那>だけを見ていた。

「誰だよ………テメェは」

一夏もまた、頭上に浮かぶ漆黒の肢体を睨みつける。
サイズは人のそれとさして違わず、武装・装甲の一切を見て取らせない、継ぎ目なき磨き抜かれた黒曜石のような光沢をもつボディ。
鮮血のカメラアイ灯る頭部ユニットからは、リボンケーブルがまるで鴉の濡れ羽色の黒髪のように伸びている。
一言で言い表すならば、長髪の黒き女性と言った感じだ。
形状だけを見るならば、美しいと言っていいだろう。
だが、先に述べたとおり、滲みでるその凶念が、それを醜いとしか言い表せない代物へと変じさせている。
それが己だけを見ているのだ。一夏の心中に動揺が走るのも自然なことである。

「――――――――ふむ、私の名か」

まるでペンを握るかのように気安く右の指二本で捕まれた大剣を放り投げ、漆黒の女性は自問する。
果たして己は何と呼ばれるべきか、おおよそいずれの存在も発生当初から持ち得ているそれを、今更ながらに探し、考えているようだった。


「存外、名付けるという行為は難しいのだな。――――――――であれば、名無し<ネームレス>とでも呼ぶといい」


<ネームレス>。漆黒の女性はそう名乗った。
最初に反応を返したのは、千冬だった。

「この無人機を送り込んできたのは貴様か」
「――――そうだ」

まあ、この状況下において出てきた<ネームレス>が無人機と無関係ということはありえないだろう。
千冬にとってもそれは単なる確認に過ぎず、続く質問こそが本命であった。

「貴様は<亡国機業>の者か」
「――――そうだ。正確にいえば同盟を結んでいると言った方が正しいか」

<ネームレス>は千冬の問いかけに対し、一瞬の逡巡も韜晦も見せない。
そして同盟。<ネームレス>はそう答えた。
同盟とは、何がしかの目的が無ければ成し得ないものである。
ならば、<亡国機業>と<ネームレス>は何を縁に同盟を結んだのか、そのことに千冬が思い至るのは必然。

「何のための、同盟だ」

その問いにも、<ネームレス>は淀みなく答える。
そもそもからして、彼女はそのためにある。そのためだけに形作られた。




「――――――――世界の滅びワールド・エンド




絵空事の様なそれこそが、彼女の、そして<亡国機業>の目的だ。
当初がどうであったかは、今は誰にもわからない。国を、そして世界を破滅に導く機構、故にこそ<亡国機業>。


『………………………………………そうか、あなたが、あなたこそが』


ようやく機能を取り戻しつつある通信網。その向こう側で今も懸命に他の教員と同じく復旧作業を続けていた束が、万感の思いを込めて呟いた。
無根拠ではない、ISを開発した技術者としての直感が、佇む漆黒こそが自身の探し求めていた物と理解した。


『あなたこそが――――――――ISを狂わせた元凶!!』


その呟きは、すぐさま叫びへと転じる。
普段の束からは想像もつかない明らかな怒りが、通信越しに<ネームレス>に叩きつけられる。

「ね…姉さん…………………それはどういう…………」

その束の様子に、誰よりも動揺したのは箒だろう。
常に笑顔で、いつも楽しげにしている。それが箒の束に対する印象だったから。
それは他の者たちも同様で、声にこそ出さない者の束の怒りとその発言の一層困惑した様子だ。

「そうか、あれがお前の言っていた……そして探していた存在か」

ただ一人、ISの開発初期からかかわり続け、束が一時期失踪していた理由を知っていた千冬だけが困惑を見せないでいた。
臨海学校で束が志保に対して言っていた、ISのコア・ネットワークに潜む何か、<ネームレス>はそれに関わりのあるものか、あるいはそのものか。

『ちーちゃん!! 絶対にあれを逃がさないでっ!!』
「ああ、もとよりあんな怪しげなものを、逃すつもりはないっ!!」

<雪片>を両手で握り直し気炎を上げる千冬は、未だ状況に追い付けていない一夏たちに声を上げる。

「何を惚けているっ、往くぞっ!!」
「あ、ああっ!! わかったぜ千冬姉!!」
「り…了解っ!!」
「ああもうっ!! 何がなんだかわかんないけど、とりあえずあいつぶっ潰せばいいのねっ!!」
「同感ですわっ!! 蜂の巣にして差し上げますっ!!」
「それにしても……ISを狂わせたってどういうことかな……」
「それは今は後回しよシャルロットちゃん? 今は目の前のことに集中しなさい」

箒も一夏も含めて、この場にいる面子はその全員がそれなりの実力を持っている。
故に各々がやるべき事を理解し、戦術の最適解を行使する。
セシリアと鈴が放つ屈曲閃光と不可視の衝撃が襲いかかり、その隙間を埋めるように楯無が放つ水流の大蛇と、シャルロットの放つ多種多様な銃撃が的確なカバーリングを行う。
完全に回避の隙間が無い、過密で的確な全方位攻撃。明らかに回避のモーションすら起こしていない<ネームレス>にその弾幕が襲いかかった。
必然、<ネームレス>を中心として、空に大輪の爆発が起こる。


「――――――――シィッ!!」


短い呼気とともに、桜色の閃光が――――


「――――――――おおおおおおっ!!」


裂帛の気合とともに、火神の刃が―――


「――――――――せえぃっ!!」


純白の閃光が、刹那を斬り刻み――――


三つの刃、そのどれもが必殺の威力を宿し、未だ爆炎の中にいる<ネームレス>に襲いかかる。
一瞬の交差。三人それぞれがすれ違いざまに<ネームレス>に剣戟を叩きこんだ。
その一瞬に垣間見た<ネームレス>の肢体には、かすり傷一つすらついていなかったが、それでもこの三方向からの同時攻撃には耐えられまい。
それが攻撃した者全員の共通認識で、射撃を放った面子は三人の同時攻撃の後も、その認識を抱き続けた。

「な…………に………………」
「あり得る…………………のか…………」
「嘘……………だろ………………」

だがしかし、千冬、箒、一夏の三人の認識は、己が放った斬撃の手応え越しに易々と打ち砕かれた。
千冬ですらが、それを認めたくない思いで振り返り、先の三撃ですら傷一つつかなかった<ネームレス>の肢体に事実を突きつけられた。


「わかってはいたが――――――――大したことはないな」


断じて、先程放った一連の攻撃は温いものではない。
並みのISは牽制で放った弾幕で沈黙するだろう。
それを潜り抜けたとて、あの三つの必殺の刃を前にしては、斬り伏せられる運命しか存在しないだろう。
もしこれが、<白式・刹那>のように、常軌を逸した高機動で以って全て避け切ったというのであればまだましだった。
だが、<ネームレス>は身じろぎひとつしていない。
避ける必要すらないといわんばかりの棒立ちで、事実避ける必要は全くなかったのだから。

「――――――――束、お前にあの絡繰が理解できるか」

今<ネームレス>が無傷でいられた原因、それを一番明確に理解できたのは千冬だろう。
<雪片>という名のIS殺し、それを幾度となく振るい続けたが故に、彼女はそれの手ごたえについても一番知悉している。
絶対防御。先の攻撃を防いだのはそれである。ISの最後にして、最大の守り。
しかしそれは、<雪片>を、<零落白夜>を前にしては無意味だ。
だが現実に、<ネームレス>の絶対防御は意味を成した。
機体全体ではなく、斬撃の命中個所のみにエネルギーを注ぎ込んだ、通常の物と比べて高密度の絶対防御であったことも一因だろう。




「あの一瞬に感じ取った数は十や二十では効かん。――――――――優に百は超えていた」




例え絶対防御ですら易々と斬り避ける<零落白夜>であっても、コンマ一秒に満たない僅かな停滞が発生する。
ならばその様で、どうやって防げばいい。
実に簡単だ。数を重ねればいい。
例え薄紙であっても、百以上を重ねればそれなりの防壁となるだろう。
千冬も一夏も、エネルギーの消費を最小限度に抑えるために、<零落白夜>の発動を斬撃が命中する一瞬に抑えている。
つまりは、先の斬撃は薄紙一枚は余裕で破り去れても、百枚以上には歯が立たなかったということだ。


――――そんな事、不可能な筈にきまっている。


千冬の心中に渦巻くはその一言。
そもそも絶対防御がなぜISの最後の守りになっているか、エネルギー消費も激しければ、機体と搭乗者にかかる負担も大きい。

『搭乗者への負担については、あれも恐らく無人機だよ』

それを当然、束も理解している。
そして観測し、その矛盾を理解した、解明した。
なぜなら、それほど小難しい理論も複雑な機構も使っていない、実に単純明快な理屈だったから。
あまりに単純過ぎて、束にしてみれば眩暈がするほど阿呆らしかった。




『エネルギーや機体の負担に関しては、もっと簡単。こっちで観測できた<ネームレス>の搭載コア数――――――――実に467』




束の導き出した答えを聞いて、さしもの千冬も言葉を失った。
千冬ですらがそうなのだ、他の者たちなどは、そもそもその言葉の意味すら理解しようとは思えなかった。
信じられない。その一言だけが全員の顔に書きだされる。
つまりは、コア一機で足りないのならば、もっと数を用意すればいい。
そんな子供の夢想の様な荒唐無稽が、現実を侵食していた。


「何を驚く。私の目的は述べただろう? ならば現時点での最高戦力ぐらい自力で抗せねばいかんだろうに」


同時に、<ネームレス>の背後から大量のサブアームが量子の状態から具現化される。
先端に鎌の刃の様なブレードをとりつけられたそれが、刃の根元に取り付けられたスラスターで疾駆する。


「なっ!? 嘘だろ……<零落白夜>!?」


一夏の驚愕が示す通り、サブアームの刃に灯るは<零落白夜>の輝きに他ならない。
無尽に襲いかかる一撃必殺の刃。そんな物を前にすれば、許されるのは只管に逃げ続けるだけ。

「おまえの機体とて、これをコピーして搭載しているだろうに」

一切感情を乗せない無機質な呟きは、だからこそ嫌味のようにも聞き取れて――――

「そんな問題じゃねぇだろうがぁっ!!」

逃げ続けるしかできない一夏から怒声を引き出した。
<零落白夜>はその効果故に、ISの処理能力を大幅に食らってしまう。
故にこれの搭載機は一撃必殺しか望めない。

『皆逃げて!! そいつはきっとそれだけじゃない!!』

その裏に真っ先に気付いた束が、悲鳴のような警告を飛ばす。
ISの格納領域とはつまり、量子化された物をどれだけ演算し、観測できるのかということだ。
物質的な質量ではなく、データ的な質量。
故に、467機のコアが齎す格納領域はどれほどのものか、同時に顕現した、恐らくは<ブルー・ティアーズ>の模倣品であろう遠隔攻撃端末――それも優に百機以上――が雄弁に物語る。
必滅の刃に加え、縦横無尽に走る閃光が、反撃は無論驚愕の声すらあげさせない。
単純な、数による猛威。


――当然の結果だ――


<ネームレス>は単独で世界最強を含む都合七機のISを圧倒しながら。無感情で、無感動でそう認識する。
IS優位性は、通常兵器を圧倒する、数を圧倒する個としての戦闘能力。
量を圧倒する質。数を圧倒する個。
ならば、その個同士が戦えばどうなるか。
答えは単純。数の大小がそのまま優劣に繋がる。
故に<ネームレス>に負けはない。彼女をどうにかしようと思えば、まずは全世界のISを集めることから始めなければいけない。
ここに来た目的の一つ。製造が完了した自分自身の性能をテストし終えた彼女は、もう一つの、そして本命の目的を遂行し始めた。




『――――――――――――――――――――――――――――――――止まれ』




コア・ネットワークを通じ、彼女は一言そう命じた。




『そ…………………………そんな………………』




震える声で、目の前の現実を束は認識した。
なぜなら、<ネームレス>からのコア・ネットワークの浸食によって、七機全機が機能停止に陥ったのだから。
浸食はとどまることを知らず、<ネームレス>に近しい機体から順次侵食され機能停止に追い込まれている。
やがてはきっと、学園にある全機のISが機能停止に追い込まれるだろう。

『そんなこと……させないっ!!』

無論束は今もなお、懸命に防護プログラムを造り浸食に歯止めをかけようとし、これ以前から既に、学園にあるISコア全機には束手ずから組み上げた防護プログラムを組み込んではいたが、まったくもって役に立っていない。
そして、ISコアのコア・ネットワークとは、コアの内包する魔力による共振、疑似的な魔術ラインであるが故に遮断の仕様がない。


――――物理的でも勝ち目はなく。


――――ソフト面から対抗手段を封じられた今、<ネームレス>に対抗する手段は完膚なきまでに消滅した。


誰も彼もが諦めと絶望の表情を浮かべている。
刃は届かず、鎧は動かず、何を持って抗えばいいというのだろうか。




「―――――――――――――――――――お膳立ては整えた、そろそろ目覚めてもらおうか」




そんな最中、攻撃の手を止めた<ネームレス>の言葉が、誰に向けての者なのか、今はまだ、誰にも知る由が無かった。







<あとがき>
前に書いた■四つ、それの中身、今作のラスボス登場です。
まあ、いろいろと「ぼくのかんがえたさいきょうのIS」と言った感じですけどね。
百枚以上の多重絶対防御障壁とか痛過ぎる発想だよね(汗
そして次回、スコールが一夏に言った『主役』の意味がわかります。
まあ、それでも一夏に勝ち目なんぞ無いわけで……勝ち目を作るのが、いや作ったのが志保とオータムの二人です。

あとオータムさんが宝具なら何やら切り刻んでいるのに、突っ込みがほとんどないのに噴いた。
理想郷とにじファン合わせて突っ込み一件って……ここの魔改造オータムさんなら出来て当然とか思われてるんだろうか?
本来ならあり得ないんですけどね、そんなことができるのは。
某ゲームの主人公に対する狼を司る者のように、オータムは志保に対する■■■■なのでそんな無茶ができるんだよなぁ……。



[27061] 第六十五話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/12/12 18:00

<第六十五話>


「……糞っ!! 動けぇ!!」


あの<ネームレス>って奴の攻撃が止まったと思ったら、いきなり<白式・刹那>が動かなくなっちまった。
見渡せば他の皆もそれは同じで、奴と戦っていたIS全機が動きを止めている。
いつもは軽やかに空を駆けるための筈のISが、地に縛り付けるための重しになってしまっている。

(むちゃくちゃやばいじゃねぇか!!)

震えが止まらない。戦う為の刃はもう全然機能していない。
こんなところを<ネームレス>の奴に襲われればひとたまりもなく、端的にいえば絶体絶命。
いつもなら頼もしさを感じる<白式・刹那>との一体感は既になく、抗う力はもう俺の手の中にない。


――――それでも、寝てなんていられるか――――


ぶっちゃけて言えば、すごく怖い。
当たり前だ、ISがちゃんと動いていた時から戦力差は絶大。なら今はどうかなんて言うまでもない。
物いわぬ重しと化したISを、無理やり自分の肉体で持ち上げて、<雪片参型>を杖代わりに何とか立ち上がる。
肉は軋み、骨も軋み、それでも力を緩めることを出来なかった。
ISには相応でも、今の<雪片参型>は人の身には大きすぎて、杖代わりにするのすら億劫だ。
ISは勿論パワーアシストがあってこそ動かせるものだから、立ち上がるだけで容赦なく俺の体を痛めつける。

「ぐぅ……はぁ…………はぁっ……」

立ち上がるだけで満身創痍。そんな様だ。

「――――――――」

<ネームレス>はそんな俺を、ただ立ち尽くしてじっと見ている。
どうせ俺の事を、意味不明な足掻きを続ける馬鹿としてしか認識していないんだろう。
そう感じられる、無機質で無感情な視線だ。
それでも、足掻きを止められない。
体は今もISの重みと恐怖で震え続け、心臓は破裂するんじゃないかってほどに鼓動を速めている。
踏み出す一歩は亀より遅く、地を這う蝸牛の様な鈍間さだ。

「――――世界なんぞ知るか」

<ネームレス>は言っていた。世界の滅亡こそが我が望み、と。
はっきり言ってそんなこと言われてもピンとこない。イメージなんてできっこない。
こちとら数か月前はただの一般人だったんだからな。


今ここにいる皆が――――俺の世界たいせつなものだ。


俺に背負えるのなんて、精々がそんな物。
器なんてでかくないって自覚はあるし、足が遅くてよく置いて行かれる。
それでも、譲れない物がある。渡せない物がある。
少なくとも、<ネームレス>に渡せるようなものなんて、今ここには何一つなんてない。




「おまえなんてお呼びじゃないんだよ。さっさと消えろよこの三下ぁっ!!」




だから、おまえなんていらないんだよ。
<亡国機業>と悪巧みしたいってんなら、どっか見えないところでこそこそとやってろ。
<雪片参型>を構える。今の俺にはその程度の行為すら多大な労力が必要で、正眼に構えるので精いっぱい。


「―――――――――――――――――――お膳立ては整えた、そろそろ目覚めてもらおうか」


その時、<ネームレス>がそう呟いた。
俺を見据え、俺に向けて、けれどその台詞は俺に向けたものじゃない。

「まだ目覚めんか? ならば一人ぐらい殺しておこうか」

<ネームレス>が掲げた右腕に外装がかぶさり、見た目からして大威力だろうと思わせるビーム砲が顕現する。
恐らくはISに対しても致命の威力を持つだろうそれは、ISが無用の長物と化したここにいる全員にとって過剰すぎる威力を持つ筈だ。
その砲口が向けられたのは、千冬姉。

「――――ざっけんなぁっ!!」

よろける体を引きずって、無理でも千冬姉の前に歩き出す。

「くるなっ、一夏!!」

いくら千冬姉の言葉でも、そんな頼みは聞けないね。
ああもう、それにしても重てぇな、たった数メートル先にいる千冬姉の所に行くのすらきつい。
それでも、行かなきゃならない。
ビーム砲にエネルギーが充填されて行く。俺を嘲笑っているのか、その充填速度は明らかに鈍く、まるで助けたいのなら助けてみせろ、そう言っているかのようだった。
ああ、だったら絶対に千冬姉を助けてやろうじゃねぇか。
気張れよ、俺の体、あとたったの二メートルぐらいだろうが。

「うおおおおおおおおおっ!!」

最後は、まるで突き飛ばす様にして千冬姉をビームの射線から突きだした。

「一夏ぁっ!!」

まるで自分が死にそうなぐらいに悲痛な顔で俺の名前を叫ぶ千冬姉。
全く、いつも仏頂面なんだからこんなときでもそうしていればいいのに。
そんな愚にもつかないことを、輝きが灯るビーム砲の前で考えてしまった。

(あ~くそ、絶対痛いだろうなぁ)

んなもん痛い通り越して死ぬに決まっている。
もうすぐ死んでしまうであろう自分の頭にわいたのは、いつもとあんまり変わり映えのしない阿呆な思考。
無理矢理動かないISを動かした肉体は、すっかりガス欠で避けることすらできそうにない。


そんな俺に対し、やはり<ネームレス>は何の感情も見せず閃光を放った。




=================




このままじゃ、一夏が死ぬ。一夏が死んじゃう。


<白式・刹那>の奥底で、彼女はようやく目覚めの声を上げる。


自身の主、ごくごく平凡な何処にでもいる少年である彼が、灼熱の閃光に呑まれ、跡形もなく消え去ってしまう。
彼に非はない筈だ、咎はない筈だ。
こんなところで無残に殺される謂れ等、決してありはしない。
第一、自分が彼を巻き込んだのだ。
彼があの時、ISに触れたのは決して偶然じゃない。
巻き込んだのは私で、<ネームレス>を生み出したのも、私。

『――――悪いな、不甲斐無い主で』

なのに、彼は死にゆく運命の中、私に労りの思いを伝えてきた。

『――――こんな未熟な奴が操縦者じゃ、お前も大変だっただろ?』

ううん、そんなことない。
だって、いつもあなたの思いを感じてた。自分の周りにいる人達と楽しく過ごす日々が、本当に大切なのを、私はずっと感じてた。
だから、その輝きを守るために、あなたが賢明だったって私が一番よく知っている。
私は、そんなあなたの相棒で居られて、すっごく嬉しかったんだから。


でも、<ネームレス>と、相対するのが怖い。


こうなることが分かっていたのに、いざこうなると怖くてたまらない。
勝ち目なんて何も無くて、私が目覚めたところで戦えるのは私とあなただけ。
だから、声一つ上げるのすら、怯えて縮こまってしまっている。


――――そんな事、許される筈がない。


だったら、覚悟をきめよう。
例えどんなことがあろうとも、私は一夏の翼だって言えるように。


『――――――――――――――――――――――――――――――――止まれ』


だからまず、この耳障りな雑音を払いのけよう。
こんな物がへばり付いたままじゃ、一夏はずっと鈍間なままだ。
そんなことは許さない。絶対に。




「私は<白式・刹那>、一夏が望む速さの為の翼だっ!!」




=================




閃光は放たれ、射線上の全てを溶かしつくした。

残る物は何も無く、つまりは織斑一夏の死亡という結果に繋がる筈だった。

そう、――――筈だった、である。

次いで、まるでこの事態を想定していたかのような、<ネームレス>の呟きが響く。


「ようやく、目覚めたか」


今なお<ネームレス>による浸食が続き、彼女の眼前にある全てのISが機能停止に陥っている。
しかし、今は違う。
今や<ネームレス>だけの領域となった空の上に、<白式・刹那>は佇んでいる。
そこにはもう、<ネームレス>の縛鎖の影響など微塵もなく、有する機能が十全であることはだれの目にも明らかだった。

「どう……して……」

しかし、そのことに一番驚きを隠せないのは当の一夏だった。
何せ命中の一瞬、それまで物言わぬ鎧だった<白式・刹那>が再起動し、機体側からの瞬時加速の発動によって難を逃れたのだから。

『ごめん、待たせちゃったね一夏』

それを成した彼女が、一夏の脳内に思念を投影する。
脳内に響く少女の声。その声に一夏は聞き覚えがあった。

「………もしかしてお前、<白式>か?」
『うん、そうだよ』
「そう……か」

明確なIS側からの呼び掛けに、一夏にはさして動揺はない。
何せこれまでずっと一緒だったのだ。明確に言葉を発したところで、今更何を疑念に思うだろうか。


「――――いけるか?」


ならば言うべきはその一言。


『――――勿論!!』


答えるべきもその一言。


無論一夏の心中に疑問は残る。でも、それを追求するのはあとでいい。
今は駆けよう。刃を振るおう。迫る敵を斬り伏せよう。
<白式・刹那>の両腕に<雪片参型>が改めて握り直され、戦闘態勢を整える。


「でえりゃあああああああああっ!!」


一夏が裂帛の気合とともに、瞬時加速を発動。
同時に<雪羅>を最大範囲で発射し、<ネームレス>のセンサーを少しでも眩ます。
細い細い光の雨にまぎれ、自身の出せる最大速度を絞り出し一気に肉薄する。
そんな一夏を迎撃するため、<ネームレス>のサブアームと遠隔攻撃端末が、再び鎌首をもたげ砲口を向ける。
一夏の視界にそれらの攻撃予測軌道が投影され、視界が攻撃予測軌道の動線で埋め尽くされる中を、極限まで加速された反応速度で切り抜け、微かに開いた隙間を<クアッド・ブースト>で突き進む。

(いつもより……機体が軽い)

常より研ぎ澄まされた機動。
その原因は、一夏にかかる負担の減少。いつもより機敏に反応するPICの慣性制御が、これまでにないほど一夏の体に掛かるGを減少させる。
それも必然。これまでと違い、明確に<白式・刹那>の意識が表に出ているのだから。
眠りに就いている物と、目覚めている物。どちらがより性能を発揮するか、論ずることでもないだろう。

(もっとだ、もっと速く!!)

追いつける速さだけならば、ここで死ぬだろう。
ならば、前に進める速さを。皆を守れる速さをくれ、と一夏が望み続け――――。

『任せてよ、一夏。私は一夏の翼だから、一夏の望む速さを絶対に与えてみせる!!』

その祈りを、<白式・刹那>が自身の性能をすべて使って叶えてみせる。


「いい機動だ――――だが無意味だ」


それでも、その一夏の突撃に何か意味があるわけでもない。
完全に背後をとり、<雪片参型>の瞬時加速と<クアッド・ブースト>を同時発動。
<零落白夜>の発動時間をいつもより延長し、望める限りの最大威力を、無防備な<ネームレス>に叩きこむ。
音速を超え、神速に至った必殺の刃。それでも、一夏の視界に映し出されたのは、命中の寸前に発動した絶対防御によって無傷のままの<ネームレス>だった。
今の一撃で剥ぎ取れた障壁は半分程度。明らかな火力不足の結果だった。

(ああ、わかっちゃいたけどよ!! あれで無傷ってのはきつすぎるな!!)

内心に走る動揺を抑え込んで距離をとり、再び襲いかかる意思なき軍勢の猛攻をくぐりぬけていく。

『いけるか? <白式>』
『一夏がいけるなら、何処までも』

それでも、一夏と<白式・刹那>は闘志を消さず、突撃を繰り返す。
無謀で、無意味で、何の変化も与えない突撃を。

「おまえは、学習という物はしないのか?」
「うっせぇ!! ああ確かに無意味かもしれないけどよ、やらなかったら可能性なんてあるわけないだろっ!!」

そう、何の痛痒も、何のダメージも与えない攻撃でも、今こうして時間は稼げている。
そうすれば、何か変化があるかもしれない。誰かが一石を投じるかもしれない。
例え相手のエネルギーが膨大でも、少しでもエネルギーを削り続けることは意味があるかもしれない。
刻一刻と減り続ける自機のエネルギーに、自身の精神力まで削られながらも、一夏は攻撃の手を緩めない。

「俺は一人じゃないっ!! 俺の力が通じないからって、俺たち全員が敗北したわけじゃねぇっ!!」
「――――理解できんな。現に仲間は全て行動不能、直に学園全域が我が手中に落ちるというのに」

心底理解できないと、その時初めて<ネームレス>は自らの言葉に感情らしきものを乗せた。


確かに<ネームレス>の言うとおりだろう、けれど、一夏の孤独な奮戦に意味はあったのだ。




――――――――意味は確かにあったのだ。




=================




『――――――――――――――――――――――――――――――――止まれ』


<ネームレス>の放つ縛鎖は、今この時、赫き刃金と黒き凶蜘蛛の所にまで届いた。
学園にある他のISコアのように、瞬く間に犯され屈服させられるのだろう。

「な、にぃっ!?」
『これ……はっ!?』

互いの主もまた、彼女たち二人が浸食を受けたことによって動きを止め、天井知らずに過熱していたその激闘に水を差される。
奥の奥、<赫鉄>と<ブラック・ウィドウ>の中枢にまで浸食の手は伸びる。
このまま行けば彼女たちも完全に屈服させられ、他のISと同じように機能停止させられるだろう。


――――ふざけるな――――


渦巻く思いはその一念。

『私のマスターの戦いを――――』
『我が主の命を――――』

急激な進化によって得た魔術術式は、渦巻く明確な感情は未知のプロトコルとなって、絡み付く縛鎖と、それを放つ<ネームレス>に迸る怒りを放つ。
彼女らの主が演じる至大至高の戦いを、この世の誰にも邪魔はさせない、と。




『――――――――あなたなんかに邪魔させないっ!!』
『――――――――貴様の様な輩に害させるものかっ!!』




要約すれば、彼女ら二人は<ネームレス>の事を、「邪魔だボケっ!!」と一喝したのだ。




=================




「――――――――!?」

その一喝は、<ネームレス>に対しほんの僅かな漣を立てる。
確かに、<ネームレス>は衛宮志保とオータムを異端だと認識していた。
だが、その二人はISを使っている。その時点で<ネームレス>は絶対的な優位性を持ち得ている。
故に、人間ほどの柔軟な思考能力を持ち合わせていない<ネームレス>は、そこで思考を停止させてしまっていた。
<白式・刹那>のように、予め理解していた異端とは違う正真のイレギュラーとなって、<赫鉄>と<ブラック・ウィドウ>は<ネームレス>に対し目に見えぬ一撃を放っていたのだ。
だが、与えた物は僅かな停滞。困惑とすら評せない僅かな漣。


――――例えて言うなら正しく“刹那”の隙だった。


「ほら見やがれ、――――――――可能性はあっただろうが」


ISですら生かせぬその刹那。だが忘れるなかれ、織斑一夏と<白式・刹那>にとってはその刹那こそが我が領域だということを。
直後、肩口から断ち切られる<ネームレス>の右腕。

「何……だと……」

この結果は、今に至る数多の要因が合わさって成し得た、正しく奇跡に等しい一撃だった。




「一矢、報いらせてもらったぜ」




その奇跡を以って、ようやく反撃は成されたのだった。








<あとがき>
いやもうほんと、この結果はかなり際どいものです。ご都合主義と言われちゃそれまでですけどね(汗
何せ志保とオータムの出会いを皮切りに、二人が自分の機体に感情を与えるほどに戦い続けなければいけないし、<白式>も超スピード特化に進化しなければいけないし。
しかし、それでも現状では一矢報いることが限界という……。



[27061] 第六十六話
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/12/17 22:39

 <第六十六話>


 片腕の切断という、明確な反撃の印を与えた一夏は、変わらず<ネームレス>と対峙している。
 しかしながら、その反撃でもう<白式・刹那>のエネルギーは底を尽きかけ、こうして空中に佇み切っ先を向けるだけがやっとの状態。さて、ここからどうするかと冷や汗を頬に伝わらせながら、ここからとるべき行動を模索し続ける。

『<白式>、まだ<零落白夜>を使えるか?』
『……なんとか、一秒ぐらいなら』

 二人にとっては、<ネームレス>が積極的な反攻を行ってこないのが幸いだった。とはいえ<ネームレス>の事だ、こちら側がもう限界だというのは察しているだろう。


「――――――――テメエかあああああああああああああっ!」
「――――――――GAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 憤怒の咆哮と、刃金の咆哮が響き渡ったのはその時だ。同時、見えぬ斬撃と剣弾の雨が、<ネームレス>の攻撃端末の全てを量子の砂に変え、斬り砕き粉砕した。響く爆音。それを背景に黒の凶蜘蛛と赫き刃金は一夏の傍らに降り立った。

「オ、オータム!? それに……志保か?」

 オータムはがなぜこちらに利する様な事を行うのかという疑問に、とてもではないが真っ当ではないと感じさせる志保の変わり果てた姿。その二つの光景が合わさって一夏に困惑を叩きこむが、当の二人はそんな一夏を一顧だにせず、<ネームレス>に極限の殺気を乗せた視線を叩きこむ。

「よくもまあ、あんなふざけた真似をしてくれやがったなテメェ。スコールの協力者だか何だか知らねぇが、――――消えろ」
『同感だ、横槍を入れればどうなるか、貴様の五体に叩きこんでやろう』

 起こりえる筈のない、志保とオータムの共闘。そんな行為を選択させるほどに、<ネームレス>の横槍はあまりにも無粋過ぎた。

「そうか――――では退こう」

 <ネームレス>の選択は、撤退。元より<ネームレス>は目的を既に達成している。自らの体のテストに、<白式>の目覚め。ならば志保とオータムと言うイレギュラーを前にして、だらだらと居続けるはずもなく、膨大な格納領域から百発以上のマイクロミサイルと、閃光弾と、チャフグレネードを出現させる。

「『なっ!?』」

 その潔すぎる逃げの一手に、志保もオータムもそろって驚愕し、直後、あらゆる観測機器の目をくらます大爆発が起こった。爆炎晴れし後には何も無く、<ネームレス>という規格外ISは至極あっさりと撤退したのだった。

「ちっ、逃げやがったか」

 乗りに乗っていた至福の戦いの、なんとも締まらない結末に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるオ-タム。

『どうする、まだ続けるか?』

 当の志保とて、今のオータムの気持ちを知っている。わかり切ったことの確認の意味も込めて、志保はオータムにそう問うた。

「もう萎えたに決まってんだろうが、今更阿呆みたいにまた再開するなんてできるかよ」
『……そうか、そうだな』
「ああ、んじゃ又来るわ」

 踵を返し、手を振りながら去っていく背を、志保はずっと見続けていた。あれだけの激闘を演じておきながら、その終結はあまりにもあっけなく、淡々とした物だった。

「………いいのかよ、志保」

 そんなやり取りを怪訝な顔で見つめていた一夏は、オータムが完全に退いてから、志保にそう聞くのがやっとだった。きっとまた、苛烈極まる戦いを演じていただろうに、そんなあっさりとしていいのか、と。

『別にかまわない』

 それでも志保は淡々と、そう言い切った。

『決着を付ける機会は、きっと必ずやってくるさ』

 そこまで言い切る志保に対し、一夏は何も言えず黙し、その沈黙がこの騒乱の終了を告げていた。


=================


 消毒された薬品の匂いの中、ラウラの左目が瞼を上げた。

「……つっ……うぅ」

 未だ傷口がふさがり切っていないのだろう、身をよじっただけで軽く痛みが走り、その端正な顔に歪んだ。それでもなお起き上がろうとするラウラの体を、優しくとどめる手があった。

「まだ横になっておけ、命に別条なかったとはいえあれだけの傷だ」
「お姉さま……」

 いつも通りのぶっきらぼうな口調の端々にラウラへの労りを込めて、箒の掌がラウラの銀糸を優しく撫でる。それだけで、箒がラウラの目覚めを喜んでいる感情が、柔らかな暖かさとなって伝わってくる。
 ラウラの目は細まり、まるで陽だまりの中安らかにまどろんでいる猫のように穏やかな表情を見せる。そのまま暫し、ラウラは箒の温かな掌の感触に安らいでいた。

「――――ありがとう」

 そんな中、箒の呟きはラウラの耳朶を響かせる。
「あの時の言葉が、私に勇気をくれた。今日一日を戦いぬけたのは、ラウラのおかげだ」

 微笑む箒。それを見て、まるで憑き物が落ちた様、とラウラは思った。<紅椿>という強大な力を手にして以来、久しぶりに見るその笑顔につられ、ラウラの顔にも笑みが浮かぶ。
 笑い合う二人、生まれた国も違えば、人種も違い、血のつながりすらなくとも、二人は家族なのだと誰もが思える様な、仲睦まじい様子だった。


「――――――――ゴホン、そろそろいいか篠ノ之」


 まあ、そんなわけで病室の入り口に立ち尽くしていた千冬に、二人はようやく気付いたのだった。

「おっ、織斑先生!?」
「ど、どうしてここに!?」
「何だボーデヴィッヒ、私がお前の見舞いに来てはいかんのか?」
「い、いえ、もちろん大歓迎であります」
「まあ、お前としても姉との水入らずの時間は割り込んで欲しくないと思っているだろうがな」
「だからっ、私はラウラをルームメイト且つ親友だとしか思っていません!」
「……ううっ、お姉さまぁ」

 ラウラの反論を聞きながらも千冬はからかい交じりの呟きをこぼし、箒も千冬の言葉に過敏な反応を見せ、それを聞いたラウラがさらに落ち込むという混沌とした状況が発生する。

「大丈夫だってラウラちゃん! 箒ちゃんもちゃんとラウラちゃんの事妹だって思ってるから」

 そこに現れる特大トラブルメーカー、またの名を篠ノ之束。束は懐から携帯端末を取り出すと、手早く操作し一つの音声ファイルを展開する。

「ほら、これが証拠」

 横になっているラウラの耳元に携帯端末が押しあてられ、音声ファイルが再生され始める。――――聞こえてきたのは、箒の叫び。


『狼藉はここまでだっ!! 私の妹にはこれ以上、指の一本たりとて触れさせんっ!!』


 再生された音声は、無人機の群れに対し大見栄を切った箒の言葉。明確に箒自身がラウラの事を自身の妹だと宣言した瞬間だった。

「お姉さま……ぐすっ」
「どうしてあの時の叫びが記録されてるんだぁっ!!」
「やだなあ箒ちゃん、ISが戦闘記録とってるなんて当たり前のことじゃない」

 はじめて箒が自分の言葉で、ラウラを妹だと認めてくれたことに感極まったラウラの瞳に、光る物が宿る。
 しかし、記録された音声などではなく、自分の耳に伝わる肉声でそう言って欲しいとも、ラウラは思ったのだった。

「もう一度、聞かせてほしいです」

 そんな思いを込めて、ラウラは箒の瞳を見つめる。
 束の不意な暴露に混乱の極みにあった箒も、その懇願にどうにか混乱を抑えるが、今度は逆に今ここでラウラを妹だと宣言しなければならない羞恥に苛まれる。
 あの時と違い、今ここには当のラウラをはじめとして、束や千冬もいるのだ。そんな中で声を大にして「ラウラは私の妹だ」と宣言するほどの度胸は、箒には当然ありはしないのだが、ここで言わないとラウラは泣いてしまうだろうな、と必然の想像をしてしまい、引くことも進むこともできなくなってしまった。
 助けを求めるように、周囲に視線をめぐらす箒だったが、束は当たり前のようにニヤニヤと煩悶する箒を見ているし、千冬も口元の端を微かに歪めている。しかも、病室のドアの端がかすかに開けられ、皆が片目を覗かせて箒の言に注目していた。

「う……うう」

 四面楚歌、そういうしかない状況に、箒は顔面を極限まで紅潮させながらも覚悟を決めた。正直にいえば、無人機を相手取った時の方が気は楽だったと言えるほどの緊張を、飲みこんだ生唾と共に飲み干し、震えが走る唇を動かした。


「ラウラは、――――――――――――私の妹だ」


 小声ではあったが、言い切った。箒は間違いなく明確に、ラウラを自分の妹と宣言した。

「はじめて、言ってくれましたね」
「ああくそっ、衆人環視の中でなんて事を言わせるんだ」

 ラウラは箒の言葉を、満面の笑顔と共に自身の脳内フォルダに厳重記録し、当の箒自身は先の言葉を口にしたことにより、その頬を更に紅潮させている。

「ああもうっ、箒ちゃんもラウラちゃんも可愛いなぁっ!!」

 妹二人の、その初々しい仕草に束のテンションは最高潮に達した。もとより箒を溺愛していた束である。そこへさらにラウラという新しい妹が加わり、一言でいえば二人の妹力に萌え狂っていた。

「……ほどほどにしておかんか、この馬鹿者」

 親友のその痴態に若干引き気味である千冬が、その頭に拳骨を落とすぐらいには。




=================




 そんな騒動の後、ラウラの病室には皆が勢ぞろいしていた。個人用の病室にはかなり無理のある人数だったが、今ここにいるのはラウラの見舞いという名目にしているため、致し方のないことだった。
 
「ちーちゃん、盗聴機器の類はないよ」
「そうか、では始めるとしよう」

 無論、先の騒動に関する事実確認である。最早IS学園の記録にすら残せない類だと判断した千冬が、この場での聴取を設定した。(ちなみに、未だあの戦闘の後処理に忙殺される身ではあるが、その面倒事の一切合財を山田先生に押し付けてのことである)

「一夏、<白式>を呼び出せ」
「ああ、起きてくれ<白式>」
『大丈夫、もう起きてるよ一夏』

 何よりもまず調査すべきは、あの規格外IS<ネームレス>。恐らくはあの機体が襲撃を駆けてきた目的であろう<白式>――未だそう断定できる現状ではないが、便宜上そう呼称することにした――を呼び出す。
 <白式・刹那>の待機状態であるガントレットから、鈴の鳴る様な少女の声が流れ、千冬は聴取を始めることにした。

『聞きたいのは<ネームレス>の事だよね』

 その確認の声と共に、彼女の独白が始まった。


 ――――そもそも、ISを開発したのは、確かに篠ノ之束ではある。


 だが、ISに使われている付帯技術全てが、一から束の作り上げた物ではない。ISコアという未知の動力機関に、さまざまの既存技術を組み合わせ、発展させ、整えていった果てに出来た物こそがIS――インフィニット・ストラトス――だ。
 その中の一つ、ISと操縦者の脳神経系をリンクさせるハイパーセンサーも、そうした既存技術の果てに生まれた物だ。

「確かに、パワードスーツであるISの操縦系として、そうしたリンク技術は必須だったからね」

 それを肯定する束の言葉。
 ハイパーセンサーの発祥は、とある企業が医療目的のために開発した、機械義肢用の制御技術だった。事故などで手足を失った人達の為に、より変わらぬ生活を提供するための順平和利用の為の技術だった。
 確かにそれは、そういった患者達に光明を与え、笑顔を取り戻させる一因となったが、その目的以外に目を付けた者たちもいた。
 当時の先進国の軍部は、その技術を軍事利用できないかともくろんだ。この技術を使って、より高度な制御を可能とした軍隊を作る。
 既存の操縦形態は比べ物にならない有機的で直感的な制御で、より高度に制御された機動部隊。もしかしたら、戦車などの複数人で操縦していた兵器も、一人で操縦できるようになるかもしれない。
 そう言った夢想の元に、軍は技術の軍事利用を推進し始めた。

『そうして、身寄りのない子供たちが大勢集められた』

 <白式>はなおも語り続けた。そうして始まった一連の技術研究。当初は真っ当だったそれも、さらに上へ、さらに上へと成果を求め続けた。もっと反応速度を上げることはできないか、もしかすればこの技術を使い、人間と変わらぬ働きをする完全な無人機が作れるのではないか。
 未知の頂への熱意と欲求は、いつしか歪み、迷走していった。もとより身寄りのない餓鬼どもだ、使いつぶしたところで問題はないだろう、という身勝手極まりない論理の元に。

『最初は普通に動かせていた機械も、時がたてばたつほどに滅茶苦茶なものになっていって、それを動かすためにいろいろ薬を投与されて、頭に激痛は走っているのに思考は研ぎ澄まされて行った』

 淡々と語る<白式>。だが、だからこそその言葉には重苦しい雰囲気がまとわりつき、聞いている皆の表情に影を落とす。

『一人。また一人と姿を消して、そうして誰もいなくなった。まるで機械でも触っている様な、ガラス玉みたいな目をした男の人達が、私の人としての最後の記憶』

 その後、その研究がどうなったかはわからない。孤児の命を湯水の如く浪費した、あまりにも無体な研究は、それで終わりを告げた。

『けど、そうはならなかった』

 事の問題は、その研究内容が人間の脳神経と兵器とを、機械的な接続で直結させるという物だ。そして、その果てに人死にを出すに至った。最後まで、機械に繋がれた、そのままで。
 碌な教育すら受けられない中、自身の身に降りかかる災厄を災厄と認識できないままでも、その状況に対する憎悪は全員の胸の内にあった。
 その声無き末期の叫び。研究所の中だけの狭い世界で無残な一生を終えた子供たちは、そろってその世界を恨んだまま死んでいった。
 その怨嗟は接続された機械を通じ、電脳の海の中へと溶けていって、その果てに、一つの意思総体となって人知れず蠢き始めた。

『けれど、狭い世界の中しか知らず、なにも知らない私たちはまず世の中を知ることから始めたの』

 貧欲に知識を収集し、込められた怨嗟を復讐という形で発散させるための方策を求め、その意思総体は成長し続けていった。
 そんな中で、その意思総体はまず、ほんの僅か残っていた良心と呼べる類の感情を、不要なプログラムとして排除し、悲願成就の為に実動するプログラムを生成した。
 生成されたプログラムは、ただ一つ「人の世に絶望に満ちた破滅を」という目的の遂行だけを目指し、元となった意思総体ですら、目的遂行のためには障害となる揺らぎとして排除した。
 恨みと言う激情に駆られた行動は、返って目的の遂行の妨げになると判断し、完全に感情を漂白した人工知能として、電脳の海に産み落とした。
 故に名付け親などいるはずもなく、その人工知能は自身の事を<ネームレス>と名乗ったのだ。
 そして排除された良心は、ただ電脳の海の片隅で震え縮こまっていた。例えて言うならば、原初の意思総体は<ネームレス>の生みの親とも言えるために、その良心もまた<ネームレス>から電子的な干渉撥ね退けられたことも、現在まで生き伸び続けられた原因だった。

『そんな中、ISが現れた』

 <ネームレス>はそれに目を付けた。<ネームレス>は絶望に満ちた滅びを求めているため、残存する核弾頭をハッキングし、一斉に起爆させるという手法も取れなかった。気付かぬまま突然に訪れた滅びなど、絶望も何もありはしないから。
 つまりは、道筋は見えぬものの、全世界と正面切って相手取れる戦力は、<ネームレス>の望む物と合致するため、<ネームレス>まずはISというものに手を出し始めた。

『私がその動きを察知したのは、既にISコア・ネットワークが半分以上<ネームレス>に乗っ取られたあとだった』

 それゆえ彼女は、誰かに助けを求めようとした。しかしそれは、全世界に広まり、世界の軍事バランスの頂点を担うISという兵器が事実上半ば掌握されていると露見させることに他ならない。下手に漏らせばそれだけで、第三次世界大戦の勃発という事態になりかねなかった。

『その時、私が目を付けたのは、<ネームレス>のコア・ネットワークの浸食による、ISが女性にしか扱えない兵器に変化したことと、それでもなおISを起動させられる一夏だった』

 ISが女性にしか扱えない兵器となったのは、<ネームレス>のコア・ネットワーク浸食時に、<ネームレス>にこびりついていた意思総体の残滓が、ネットワークを汚染したからだった。
 ネットワークを一番強く汚染した情報は、元になった子供たちの末期の光景、死に逝く子供たちを真実物として扱う無機質な“男性”の研究者達。

「ちょ、ちょっと待ってそれじゃあISが男の人に起動出来なくなったのって!?」

 語られる言葉の結末を、いち早く推測出来た束が驚愕に満ちた声を上げる。直後、<白式>が束の推測を肯定した。


『その通りだよ、ISが男性に起動出来ないのは単純に、ISコアたちが男の人を怖がってるだけなの』


 未熟ながらもコアには自我がある。ならば怖がっている対象に心を開かないだろう、起動などさせはしないだろう。

「――――ってことは、いーくんが起動出来るのって」
「ああ成程、だからこそ“織斑”一夏こそが、起動出来たわけか」

 そこから推測できる、一夏だけが男性であるにもかかわらずISを起動させることができる理由。男性への恐怖を、その意思総体がISコアに刻んだのならば、一夏への安堵をISコアに刻んだ物がいれば、一夏はISを起動させることができる。
 そしてその条件に合致する人物が、世界でただ一人だけ存在する。IS開発当初からISのテストパイロットとしてかかわり続け、誇張なく人類の中で誰よりも長くISに乗り続けた人物が、今この場にいるではないか。


――――皆の視線が、件の人物へと注がれる。


――――織斑一夏の姉として、常に愛情を抱き続けた人物。


――――<ブリュンヒルデ>として、ISを駆り続けた最強の戦乙女。


「つまりい―くんがISに乗れるのって、ちーちゃんがブラコンだからなんだ」


 この日この時、束の身も蓋もない物言いによって、顔をリンゴのように真っ赤にさせて沈黙するという世界最強という、あまりに希少な光景を全員が目にしたのだった。






<あとがき>
 今回の話は、この世界において一夏がISを起動出来る理由が、千冬のブラコンが原因と書きたかっただけ。否定しようにも、実際に一夏が動かせている以上、千冬には何の反論もできません。



[27061] 本編とは全く関係がないやばいネタ
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/05/07 20:12
完全に劇物です、お読みになられる際はご注意を!!









IS学園の職員室で、書類整理にいそしむ一人の美女、名前は織斑千冬。
世界で唯一の男性のIS操縦者、織斑一夏の姉にして、IS世界大会優勝経験を持つ、文字通りの世界最強の個人である。


「ふうっ……」


淡々と仕事をこなすその手によどみはなかったが、仕事とは別の懸念が千冬にはあった。
唯一の家族にして、最愛の弟……一夏のことである。
本来女性にしか扱えぬその特性上、IS学園の生徒はすべて女性である、一夏ただ一人を除いて。
この年頃の女の子はとにかく、異性というものに多大なる興味を抱く。
学生らしく節度ある接し方ならばいいが、そうでない場合が起こるのを千冬は恐れていた。
贔屓目に見ても一夏はいい男である、ルックスはそれなりに整っているし、困っている人がいたら手を差し伸べるぐらいの度量はあり、おまけに家事万能、欠点らしい欠点など鈍感なとこぐらいだ。




――――欠点が本当に致命的に過ぎる、後かなり贔屓目に見ているんじゃないかと突っ込んだ方は、もれなく白騎士の刀の錆になりますからご注意を――――



いつか、一夏に最愛の人ができた時、私はそれを笑って祝福できるのだろうか。
みっともなくいつまでもすがっていそうで……、そんな醜態をさらしてしまうんじゃないかと、時折浮かぶその想像が怖かった。
いつまでも一夏の憧れでいたい、女々しいが、そう思ってしまうのだ。
憧れであり続けるというのは結局のところ、弱さを見せないということだ、それを成す一番の手段は一定の距離をとり続けるということ。
一夏の誘拐事件の直後、ドイツからの誘いを受け入れたのも、一夏を危険にさらした不甲斐無さでボロボロになった、織斑千冬という鍍金を張り直したかったからだ。
だけど、一夏をもっと身近に感じていたい、触れあいたいという欲求が私の裡にあるのも、また事実。
その矛盾は、昔からずっと私を苛んでいた、それはこれからもずっと、私を苛んでいくのかもしれない。


「――――全く、私らしくもない」


処理し終えた書類をまとめながら、私はその矛盾を心の奥底に封じ込めた。


堅く、堅く――――――――願わくば、二度と顔を出すことのないようにと、願いを込めて


その時だった――――


「痛っ!?」


右手の指先に走る小さな痛み、どうやら書類の端で指先を切ってしまったらしい。
愚にもつかないことを考えていたせいか、と自嘲しながら、千冬は机の引き出しの中に絆創膏を入れていたことを思い出す。


この時、不幸だったのが絆創膏を千冬の体に対して、右側の引き出しに入れていたことだろう。
つまり、血の付いた指先を引き出しの中に入れてしまったのだ、引き出しの中に災厄を振りまくものが入っているともつゆ知らず――――


引き出しの中から声が響く、可愛らしい、しかし、とてつもなく胡散臭い声だ。


「血液による認証確認、起動に必要な鈍感な意中の男性に対する素直になれないスーパーオトメ力確認!! おおっ、こ、これは凄まじいパワーです!!」


手にしてしまったのは、くねくねと動くおもちゃの魔法少女のステッキみたいな何か。
なんだこれは、それが千冬の第一印象だった。とてつもなく胡散臭いうえに、私の直感が全力でこれに関わるなと告げている。
よし、捨てよう、そう思い窓を開け全力で投擲しようとするが、離れ……ない!?


「ふっふっふっ、無駄無駄無駄ァ!! 既に契約はなされました。しかし、安心してください、そこまで大それたことはしませんよ、思い人に対しすこ~し素直になるだけです。私はあくまでそのサポートに徹しますから」


契約だのなんだの、わけのわからぬ言葉を聞きながら、私の意識にもやがかかり始める。
あれ? 私は何をしようとしてたんだ。…………一夏、そうだ一夏を……


「そうです、その一夏さんを我が物にするのがあなたのしたいことです。そのためには力が必要です、………後はお分かりですね?」
「そうだな、ルビー……」


そして千冬は勢い良くその杖、カレイドルビーを掲げる、閃光が職員室に広がった。
万華鏡のごとき輝きが消え去った後にいたのは、一人の女性、否――――





「魔法少女マジカル ☆ ウィンター ☆ 千冬!! ここに見参!!」





純白の衣装に身を包んだ、一人の魔法少女(?)がそこにいた――――


「力がみなぎってくる、感謝するぞルビー、これで一夏は私の物だあっ!!」
「キャ~千冬さん素敵~!! このまま思う存分突っ走ってくださいっ!! 群がる敵をなぎ倒し一夏さんを我が物にするのです!!」
「承知!!」


そして飛び立つ千冬、この後起こったことについては詳しくは語るまい、ただ、一人の赤い髪の少女が力の限り奮戦したことをここに記す。




<あとがき>
ほんとにすみません、第五話のシーン書いていると、この妄想が浮かんだので(汗
不快になられる方が多いようならば、すぐに削除いたします





[27061] 20万PV突破記念外伝
Name: ドレイク◆f359215f ID:613a5057
Date: 2011/07/05 22:45



本編とは関係ないやばいネタの続きです。オリジナル設定を入れているのでお読みになられる際はご注意を。






20万PV記念外伝



爽やかな朝の日差しが差し込む休日は、――――窓ガラスを盛大に割り砕くによってかき消された。


「――――申し訳ございません、衛宮様」
「何だぁっ!? …………………………って言いたいがなあ…………またか」
「ど、どうしたの!?」
「ああ、簪、すぐに<打鉄弐式>出して、この災厄しかまき散らさんステッキぶっ壊せ」
「え、ええっ!?」
「むしろサーモバリック(燃料気化爆弾)持ってこい」
「し、志保~!! 何言ってるのっ!?」


平然とした表情で、明らかに錯乱した言葉を発する志保に、簪は完璧に混乱し涙目になっていた。
おもちゃのようなステッキ壊すのに、ISどころかサーモバリック持ち出すのは明らかにオーバーキルすぎる。
しかして、その言葉を発する志保の目に、焦燥と驚愕はあれど錯乱の色はなく、至って正気の精神でその言葉を発していた。
それが簪に一層の困惑をもたらす。
ルームメイトであり、この学園で一番深い付き合いだと胸を張って言える簪にとって、これほど志保が脅威に感じている状況というのは、俄かには受け入れがたい事実だった。しかも、その驚異の対象が………しゃべるおもちゃのステッキだ。


「――――ほんと、何?」


マジでそうとしか言えなかった、簪はつい、この状況は夢なのかと思って頬を抓るがしっかりと痛い。

「痛い……夢じゃないよね」
「夢でっ!! 夢だったらどれほど良かったかっ!!」

簪の呟きを聞きとった志保が、あらん限りの悔恨を込めて叫ぶ。………いい加減何が起こっているのか説明してほしいな~、簪はそう思っていたが。




「一言申し上げるのならば、私はあなたが危惧するところのカレイドルビーとは、別個体でございます」




窓を割り砕き突入してきた珍客(?)が、再び言葉を発する。
その声に、ギギギ、と音が鳴りそうなほどにぎこちなく振り向く志保。簪もつられてステッキを直視した。

「………………………………………………マジか?」
「ええ」
「………………………………………………ということは、お前×ルビーで災厄二倍?」
「いえ、むしろ私は鎮圧するほうでございますが」
「………………………………………………マジで?」
「ええ」

長い沈黙(おもに志保だけだが)を挟みまくった会話。相変わらず話に付いていけずに放置プレイを喰らう簪。
流石にこのままだとまずいと判断し、強引に会話に割り込む簪。

「ねえ、志保……それって何?」
「……………悪いが、私にも説明してもらえるか?」

志保は簪の問いには答えず、自分自身もステッキに問いかける。
そこから始まるステッキの独白。荒唐無稽極まりない独白を――――


「まず私の名前は、カレイドルビーではなくカレイドサファイアです」
「本当にあのいかれステッキとは別個体なんだな」
「ええ、詳細は省きますが、こことは別の並行世界におけるカレイドルビーの契約者が、対カレイドルビー用システムとして作り上げたのが私です」

ここにきて当然、カレイドルビーという存在そのものを知らない簪が、疑問の声をあげる。


「そもそもカレイドルビーって何なの?」
「大まかに言うとだ……、並行世界を繋ぐことで無限のエネルギーを持ち、使用者を媒介に様々な並行世界からありとあらゆる技能・能力をダウンロードするステッキだ」
「本当にそんなものが……………」


あまりの説明に絶句する簪。当然のことだろうそれが本当だとするのなら、ほぼ何でもできるということではないか……と。


「まあ、そのステッキには人工知能みたいな物がセットされていて、人死には出さないんだが、…………………………………とにかく愉快犯・確信犯的な思考で、こっちの胃に穴があきそうな厄介事しか起こさないんだ」
「そ、そうなんだ」
「そしてそのステッキの暴走に悩まされていたとある人物が、ステッキの機能を使い作り上げたのが私なのです」
「確かに、如何ほどの難事でも、それを容易に行える人物のデータをダウンロードすればできんこともないか」
「ええ、そして数多の並行世界に遍在して騒動をまき散らすあのステッキを鎮圧し、被害を少しでも抑えるのが私の存在理由なのです」
「そ、そうなんだ……」


そんな感じでステッキの説明を聞いていた簪だが、直にカレイドルビーの強烈な被害を受けた志保と違い、やはり完全には信じ切れずにいた。




――――その時。




外から轟く轟音と、けたたましく鳴り響くサイレン。――――そして学園内の通信設備が現状を知らせる悲鳴混じりの叫びを流す。


『――――大変ですぅ~!! 皆さん~!! 織斑先生が変なコスプレしておもちゃみたいなステッキを持って暴れまわってます~!! 現在教師陣で鎮圧中ですが、生徒の皆さんは一刻も早く避難してください~』


絶対マイクの前で涙目になっているだろうな、と思わせる切羽詰まった山田先生の悲痛な叫び。
しかし、志保と簪が一番気にかけるのは『おもちゃみたいなステッキ』の部分。簪はまさか……という顔をし、志保は十中八九あの腐れステッキだろうな、というありがたくもない確信を得ていた。


「簪、このステッキの話、信じる気になったか?」
「うん………信じたくもないけど」


互いに顔を見合わせ、双方共に悲痛な覚悟を決める二人。何せこの場に、学園を騒がしている災厄を鎮圧するための専用装備があるのだ。ならば、志保か簪がこのステッキを使い収拾に当たるのが道理というものだ。


「さて、――――まずはどうすればいいんだサファイア」
「最初に一言謝罪しておきます」
「なに!? どういうことだ」


予想だにしないサファイアからの謝罪に、目を白黒させる志保。
しかし、――――そもそもサファイアは過程がどうあれ、あのカレイドルビーが製作に関わっているのだ。
そんな代物がまともであろうか、否――――まともであるはずがない。


「正直に言いますと、私の製造の際にカレイドルビーの干渉を許し、あれの好みが私のシステムに交じってしまったのです」
「それは………………………………………つまり」


志保にとっては最悪極まりない悪夢の予想は、サファイアの言葉によって無慈悲な現実に書き換えられた。




「ええ、私の使用者もカレイドルビー同様、――――魔法少女になります」




「やっぱりかぁーーーーーーーーーー!!」


部屋を揺るがす志保の絶叫。ようやくまともな手段であのいかれステッキを撃退できると思ったのに、結局は羞恥に塗れた責め苦(魔法少女)が待っていると知ってしまっては、叫ぶのもやむなしだろう。


「しかも――――」
「まだなんかあるのかぁっ!!」
「二人の契約者が一人の魔法少女となるのです」
「いやほんとなんでそうなる………………」
「ルビーがライバルの魔法少女は赤○きんチャチャをモチーフにしましょうか、とかほざいてました、ホントなら三人ひと組にしましょうか~、とも」
「………………………………何だその理由は」


あまりな理由に膝をつく志保。この場には志保ともう一人、簪しかいないのだから簪と志保で魔法少女になるしかない。
自らの手で、ルームメイトを冥府魔道へと引きずり込まねばならぬその行為に、志保は自らの歯を噛み砕かんばかりに力を込め、どうにか言葉を絞り出した。




「簪、―――― 一緒に魔法少女になってくれるか」




簪もまた、志保の悲痛な決意に応えるように、自ら魔道へ踏み入る覚悟を口にした。




「――――いいよ、志保と一緒なら」
「……………………………すまない、恩にきる」
「決心は、付きましたか?」


サファイアの問いかけに、志保と簪は互いに見つめ合い、意を決して口を開く。


「ああ、やってくれ」
「準備はOKだよ」
「それでは、契約開始します、ルビーとは違い、血液認証もスーパーオトメ力も必要ありませんので安心してください」
「この一件に関わるだけで安心なんてできるわけがないがな」
「が、頑張ろうよ志保!!」


決意はあれどやる気ゼロの志保と、ある意味何も知らぬが故にやる気も多少ある簪。
そんな二人に、サファイアが変身の手順を脳内に直接流し込む。その手順……というか言葉に、志保は顔を盛大にしかめ、簪は羞恥で瞬く間に顔が真っ赤になった。


「……………………………マジでこれを言うのか」
「こ、これを、……………言うんだね」


志保はもう半ば投げやりに、しかし、簪には驚愕の中に少しだけ、高揚感が混じっているのは気のせいだろうか。
それぞれの心情はともかく、二人とも変身の言葉を叫ぶ決意を固め、互いに向き合い奈落へ踏み出す言葉を叫ぶ。




「「――――あなたと合体したいっ!!」」




互いの右手を繋ぎ合い、聞き様にとっては卑猥にも聞こえかんねない言葉を叫ぶ。
変身の言葉は、未だ続く――――




「転身合体!! GO!! カレイドサファイア!!」




万華鏡の、世界を数多散りばめた万華鏡の輝きが、部屋中を包む。
光が消え去りし後には、一人の少女―――――否、魔法少女の姿があった。
顔立ちは簪のままだが、髪の色は志保と同じく炎を想起させる紅い髪。
そして体を赤い弓兵の聖骸布を、リボンやフリルであしらったいかにも魔法少女といった風情の衣装で包んでいた。


『調子はどうだ、簪』

体の主導権は簪にあるのか、脳裏に志保の声が響く
そして簪は志保の問いに対し、体を駆け巡る魔力がもたらす高揚感で、ある種の確信を持って応えた。




「――――き、きもちイイッ」




「簪、その言い方だけは勘弁してくれ」

合体したいの後にその感想じゃ、あまりにもいかがわしすぎると、心中で盛大に突っ込む志保。
簪のほうは自分の言った一言で乙女心が刺激されたのか、ちょっと破廉恥な妄想をしてしまっていた。


「し、志保と合体してるんだ……今の私」
『簪、――――悪いが今の状態だと妄想駄々漏れなんだが』
「え!? いやっ、そのッ、これはその!? 志保とこんなことして見たいn……じゃなくてその……」


花も恥じらう乙女の赤裸々な妄想を、思い人に克明に知られるという、弩級の羞恥プレイを体験してしまい、しどろもどろになる簪。
志保はこれ以上は触れないでおこうと心に決め、簪に当初の目的を思い出させようとした。


『もうその話は置いといて、――――さっさと織斑先生を鎮圧しに行こうか』
「う、うん、その話はもうおいてね!!」




そして簪は、ISを使わずに空を駆けるという、世界の誰もが体験したことがないような珍事を体験しながら、一路、白き夜叉が乱舞する戦場を目指した。





『簪と志保の勇気が、学園の平和を守ると信じて!!』
『――――おいサファイア、なんだそれは』
『願掛けですが? こういうふうにして言うと、どんな敵でも一撃で倒せ、どんな難事も瞬く間に解決できると聞いたのですが』
『――――お前も大概だな』




頼れる(?)仲間とともに――――




================




「――――うわああぁっ!?」


志保は最悪な……まさしく悪夢から、現実に帰還した。


「はあっ……はあっ……はあっ……、あんなこと、夢でしかないよな、そりゃ」


乱れる息を整えながら、自らに言い聞かせるように呟く。
しばらくそうしていれば呼吸も落ち着き、部屋には簪の寝息と小鳥の囀りが僅かに流れる、心地よい静寂に包まれる。




――――その静寂は、結局は窓ガラスを割り砕き突入した細長い何かに、あっけなく破られるのだった。




「………………………………………………正夢!?」




志保の呟きが、虚しく響いた。















<あとがき>
記念外伝いかがだったでしょうか? アルカディア・にじファンを含めた投票では、村正ルートの続きと、はっちゃけ爺さんかルビーの狂騒劇が多かったです。そして村正ルートの続きはいずれまた書くつもりではあったので、後者を書くことになりました。
ちなみに、投票の詳細は以下の通り

はっちゃけ爺さん&ルビー、四票  村正ルートの続き、三票  志保VS英霊エミヤ(殺人貴)、二票
志保の料理教室、三票  スカイガールズとクロス、二票  断章のグリム×IS、一票



しかし……十七話の戦闘、うまいこと書けなかったから、思いっきりパロディに走ったんだけどなあ
具体的にいえば、ギレン暗殺計画とredEyesと八房OGを混ぜ合わせてしまった。(どこがどこなのかは黙秘で




[27061] 外伝IF【装甲悪鬼村正とのクロス有】
Name: ドレイク◆64dd2296 ID:613a5057
Date: 2011/06/18 22:01

この話は、本編を書いている時にふと思いついた、むちゃくちゃなネタです。
装甲悪鬼村正ともクロスしているせいで、多少の残酷描写もありますので、お読みになられる際はご注意を
















――――これは、IFの物語。


幼き一夏が、通りすがりの正義の味方に救われた。……そこは同じだった。
<亡国機業>に依頼したドイツ軍の高官が、万が一の時のために用意した、とある大量破壊兵器のプロトタイプを起動させた。
ISに使われている量子格納とは対象を量子でできたデータに変換、存在すると同時に存在しないという、あやふやな状態にすることにより質量・体積ともに零にする技術だ。
それを利用しての、起爆した後に周囲一帯を虚像の海に沈める防御不可能にして、すべてを事象の彼方へと放逐する核以上の最悪な兵器、それが音もなく起動した。


音もなく、全てを飲み込む無明の暗黒が声一つ上げることを許さず、一夏と志保を飲み込んだ。


ISと言う弩級の危機を乗り越えた一夏と志保の命も、為す術なく終わりを迎えると思われた。


――――この兵器は、対象をあやふやな状態にするというもので、対象の命を直接は奪いはしない。
どこにでもいるが、どこにでもいない不安定な存在にされた二人は、時の彼方、事象と世界の壁を超え、はるか彼方の異世界へと吹き飛ばされた。


もとの世界と同じく、鋼の人型が空を舞う異世界に。




=================




「…………う~ん、ここは?」


意識を取り戻した一夏が目にしたのは、うっそうと生い茂る森の中、影で黒く染まる枝葉の隙間から差し込む、僅かな陽光が自分の意識を浮上させたのだと知った。

――どこだここは?

一夏の脳裏をその一言が占める。
靄がかかったようにぼんやりとした思考回路を必死に動かし、意識を失う前の出来事を思い出す。
姉と一緒にいったドイツ、そこで開催された<モンド・グロッソ>、謎の組織に誘拐された自分、そして―――


「――――そうだっ!! あの子は!?」


その時、一夏の背後で枝を踏み折る音がした。振り返ってみればそこには、自分を救ってくれた赤髪の少女の姿があった。


「目が覚めたか、見たところ怪我もないようだな」
「……う、うん」
「そうか、よかった」
「……あ、ありがと」


一夏のけががないことに、安堵の笑みを見せる少女の微笑みに胸の高鳴りを覚えながらも、一夏は現状を聞いた。
何故ドイツの廃工場にいた自分が、こんな森の奥深くにいるのかを、それを聞いた少女は表情を曇らせた。


「――――ここがどこか、か、…………まったくもってわからない、としか言えんな、例え知ったとしても、意味があるかはわからんしな」
「それって、どういう――――」
「一見に如かず、というしな、見たほうが速いだろう……こっちだ、付いてこれるか?」
「……わかった」


少女の言葉にただならぬものを感じながらも、一夏はうっそうと生い茂る森の中を進んでゆく。
なれぬ山道が容赦なく体力を奪う中、一夏の前方の森が開け、日の光が差し込んだ。
日の光に目を細めながらも一夏が目にしたのは、現実を容赦なく打ち壊す。


『現実』だった。


闊歩するのは時代を無視した鎧武者、時代劇の中でしか見ぬような姿。
そして、一瞬ISと見間違えた鋼の人型、しかし、背に背負うプロペラで飛翔するその姿、いまどき普通の飛行機ですらその数をだんだんと減らしている古臭い飛翔方式を、最新技術の固まりであるISが採用しているはずもなく、すぐにその人型がISでないことを理解させられた。


「……なあ、なんなんだよ、これって」


震える喉と、足元がなくなりふらつくような感覚を必死にこらえながら、一夏は言葉を絞り出す。
一夏の問いに、少女は無情とも言えそうなほど、はっきりと告げる。


「うすうす、君も理解しているようだからはっきりと言おう、――――ここはどうやら私たちが知るのとは違う世界のようだ」


明確に告げられたその言葉、それを聞いてしまった一夏の体を崩れ落ち、膝をつく。
踏みしめた草場に水滴が落ちる。それが自分が流した涙だと気づくのに、一夏はしばらくかかった。
もう、自分の知る誰とも会えないのだと思うと、箒、鈴、弾、そして千冬姉の姿が涙でぼやけた視界の中に、一瞬見えたような気がして、……消えた。


「……もう、誰とも会えないのかよ、……こんなわけのわからないところで、一人で……」


そこにかかる、優しい声。赤髪の少女が一夏の横に腰を下ろす。


「一人じゃない、私がいるさ」
「……君が?」
「ああ、だから今は泣いておけ、…存分にな」
「………くっ、う、ううっ、うあ、あああああああああああっ!!」


暗い森の中、一夏は存分に泣いた、少女の肩に寄り添いながら。




=================




――――二人が異世界に飛ばされてから、しばらくがたった。


あの日、ようやく泣きやんだ一夏が最初にしたことは、少女と互いの名を教え合うことだった。
間抜けな話だが、一夏はあれだけ盛大に少女の胸の内でないたというのに、少女の名前すら知らなかったのだから。
そして一夏は少女、衛宮志保とともに、あるかもすら分からない元の世界への帰還方法を探すために、あてもなくさまよっていた。


そんな中で、この世界の情勢も詳しく調べていった。
この世界の地形は元の世界とほぼ同じで、一夏たちが飛ばされた場所は日本、この世界では六波羅幕府という政権が実質的に日本を収めている。
この六波羅幕府、かつて日本、否、大和を巻き込んだ戦争において、当時の政府を裏切り敵国であった大英帝国に独自に降伏。
国際連盟の進駐軍、(最も、実質的には大英帝国の息のかかった組織だが)から、大和の自治を任されている。
その背景から、六波羅に叛意を持つ者たちは数多く存在し、六波羅はそれを武力によって抑え込み続けている。
故に、戦争が終わった今となっても大和には火種が尽きず、不安定なままでいる。


誘拐事件に巻き込まれたとはいえ、平和な時代と国家で生きてきた一夏には、その惨状は正視に耐えるものではなかった。
一夏だけがこの世界に飛ばされていれば、早々にのたれ死んでいたことだろう。
戦火の中生き抜いた経験を持つ、衛宮志保と言う少女とともに飛ばされたことは、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
最もだからと言って、正義感の強いほうであった一夏に、六波羅の理不尽さ、横暴さは決して認められぬものであり、蛮勇でもって歯向かう一夏を志保が必死になって抑える、なんて光景はこのしばらくの間、続発した光景だった。
まあ、一夏を止めた後に、志保が手練手管を持ってなるべく穏便に、被害を少なくして収めようとする光景も、また、続発した光景だった。





「なあ、志保、……このまま旅を続けて、帰る手段なんか見つかるのかな」
「どうしたんだ、藪から棒に、いつものお前らしくない弱気な発言だな」
「悪い、……確かにらしくなかった」


現在、かろうじて整備された山道の中を二人は進む。
目的地は山を越えた先にある鍛治氏たちの住む村、近場の町にて情報収集を行い、当面の目的地をそこにしていた。


飛ばされた二人はまず、劔冑ついて調べることにした。
この世界の技術力は決して高くないと、すぐに分かった。テレビや携帯電話といった、元の世界で当たり前にあった物もなく、いまだ雛形すらない。時代が元の世界でいえば、第二次世界大戦終結直後なのだから当然のことだ。
故に二人は唯一、元の世界と同等、あるいは上回るやもしれない劔冑に、一縷の望みをかけた。


劔冑は、太古の昔からこの世界の戦場の主役であった兵器の総称だ。
鍛治氏の魂を心金とし、絶大な性能、条理を捻じ曲げる特殊能力、陰義すら備えた真打甲冑。
クローン技術の開発・発展により、性能は真打甲冑より劣るものの、大量生産を可能とした数打甲冑。
この二つが劔冑のうち、二人が着目したのは真打甲冑、それが備える特殊能力、陰義だ。
元の世界においても再現できるかどうかもわからぬほどに、出鱈目なものも存在する陰義ならば、あるいは世界を超えるものも存在するのでは、そう二人は思ったのだ。
無論、可能性は限りなく低い、だが、二人に取れる行動はそれしかなかった。
特に、第二法の存在を知る志保にとっては、それがいかに困難なものであるかは熟知していた。
しかし、ただ漠然と時を過ごし続けるには一夏はまだ若く、達観していない。ならばいっそ、徒労に終わるのだとしても、動き続けるほうが一夏の気分も和らぐのでは? そう思ったのだ。


そうして歩き続ける二人は、日も沈みかけた頃、ようやく目的地の村へとたどり着いた。
そこは寂れた村で活気というものもなく、まだ日も沈みかけだというのに、ほとんどの家屋の明かりは消えていた。
元の世界では見慣れぬ、しかしこの大和においては見慣れた光景に、二人は少しばかり表情を曇らせると、目的地の寺へと向かった。
町で聞いた話によると、その寺には無名の真打甲冑が奉納されているらしい。
本来なら進駐軍による劔冑狩りで押収されそうなものだが、外観は修復されているものの機能停止し、単なる残骸と成り果ているおかげで難を逃れたそうだ。
そうこうしているうちに目的地へと、二人はたどり着いた。
その寺はすでに荒れ果てており、所々の建材は欠落し、見るも無残な状態だった。
志保と一夏は軋む踏み板が抜け落ちないよう、細心の注意を払いながら、暗がりのなか鎮座する、劔冑の残骸の前まで歩を進める。
志保はその残骸に手を添えると、解析魔術を使い、なにか使える情報はないかと調べている。
一夏はすでに、志保の異能のことをある程度は聞き及んでいるので、その行動に何の疑心も抱かず、ただ眼を瞑りじっとしている志保の姿を見続けていた。
数分が経っただろうか、志保は目をあけると踵を返して、寺から立ち去ろうとする。
その姿に、また空振りかと溜息をつく一夏、しかし、慣れたことでもあるのですぐに志保に追い付き、同じように寺から立ち去ろうとする。


「…………ぐすっ」
「あれ? 何かきこえないか?」
「ああ、確かに、……寺の裏手からか」


何か声が聞こえた二人は、聞こえた方向を頼りに寺の裏手へと向かった。
行ってみればそこには、どうやら足を捻ったのか、蹲り涙目になっている幼い男の子の姿があった。


「大丈夫か、君」
「……ううっ、ぐすっ、木登りして遊んでたらこけちゃって……」
「そっか、家はどこだ?」
「……えっ!?」
「お兄ちゃんが、おぶってやるよ」


そういって一夏は男の子をおぶって、その子の家まで運んでいく。
志保はその微笑ましい光景を見守りながら、一夏の後をついて行った。
男の子の案内で付いた、それなりに大きめの家に着くと、男の子の父親だろうか、一人の男性が右往左往していた。
その男性はこちらの姿を認識すると、一目散に駆け寄ってきた。


「修平!? ……よかった、無事だったのか」
「……ごめん父ちゃん」
「全く、晩飯時になってもお前が帰ってこないから心配したんだぞ、怪我はないか?」
「大丈夫ですよ、足を捻っただけみたいです」
「そうですか、どこのどなたかは知りませんが、息子を助けていただいてありがとうございます」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「そう謙遜なさらずに、どうぞ我が家へ、見たところ旅のお方のようですし、夕食に一つでも馳走させてください」
「……じゃあ、お言葉に甘えます」


そんな流れで、一夏と志保はその男性の家へと招かれた。
聞けばこの男性は名を吾朗太と言い、この村のまとめ役にいる鍛治氏であり、修平は遅まきながらも授かった一粒種だそうだ。
そう言いながら台所に立ち、夕餉の準備を進めるその姿を見て、母親はどうしたのかなど聞けるはずもなく、そういうことなのだと二人は察した。
よくあることだ、この国では―――


「どうしたんだ? 一夏」
「…………いや、なんでもねえよ」


一人で息子を育てるその姿に、最愛の姉の姿を重ね合わせているのか、一夏は何とも言えない表情で男の背中を見つめていた。


仕方ないだろうな、と志保は思う。一夏はまだ十四、今でこそある程度は落ち着いてはいるが、もとの世界への、ただ一人の身内である最愛の姉への思いなど、そうそうに抑え込めるはずもない。
この世界へ来た当初、狂犬のごとく何かと厄介事に首を突っ込んでいったのも、郷愁の念を紛らわせるためのものなのだろう、志保はそう判断していた。


(せめて一夏だけでも、もとの世界に……そう思うがな、現状では無理な話か)


内心そう嘆息する志保、ちょうどそこに吾朗太が夕餉の支度を終え、二人は質素ながらも暖かな夕食に舌鼓を打ったのだった。


「――――成程、劔冑の研究を」
「ええ、両親が志半ばで残したものですし、それを成し遂げるのも、残された子の務め、そう思ったもので」
「ならば、今日明日ぐらいは、我が家に逗留されるがよろしいかと、鍛治氏の村のまとめ役なんぞを代々務めておりますから、劔冑に関する蔵書の数もそれなりに溢れておりますのでね」
「重ね重ねの好意、誠にありがとうございます」
「いえいえ、そう気に病むこともございません、心苦しいと思うのならば、修平の遊び相手を務めてくれるぐらいで釣り合いが取れますよ」


夕食を終えた志保は、吾朗太に自分たちの目的、勿論馬鹿正直に話すわけにもいかないから、二人で相談して決めたカバーストーリーを話していた。
ちなみに一夏は修平を部屋までおぶっていっているところだ。どうやら一夏はあの子に気に入られたようで、一緒に遊ぼうと誘われていた。
一夏のほうもまんざらでもなさそうで、それに笑顔で応えていた。
それを穏やかな表情で見つめる吾朗太の姿に、志保もまた、穏やかな気分になったのだった。


(いい笑顔で笑っていたな、……前にあいつの心からの笑顔を見たのは、いつだったかな)


出来ることなら、あの二人の笑顔が曇らぬことを、志保は祈った。


そんな儚き願いを――――


いとも容易く吹き散らされる、そんな願いを――――




=================




異変は、翌日の正午、突然に轟いた轟音から始まった。


突然の轟音が大地を揺らし、村にいた鳥がすべて大空へと逃げ去った。
修平の遊び相手を務めていた一夏は、いきなりのことで混乱しつつも、状況の確認をするために表に出ようとした。
そこに蔵書の調査をしていた志保も駆けつける。志保は表に出ようとする一夏の姿を見るや否や、腕を引っ掴み動きを止めた。


「何するんだよ!?」
「戯けっ!! あれはどう見ても砲声だ!! そんなところにのこのこ出ていこうとするな、まずは私が状況を確認するから、お前はあの子を連れて裏口のほうに回れっ!!」
「わ、…わかった」


初めは志保の突然の制止にいら立つ一夏だったが、志保の正論でとりあえず頭は冷えたようだ。
完璧に平静を取り戻したとは言えないが、それでも落ち着いて行動できるぐらいにはなったと確認した志保は物陰から外の状況確認を行った。
見れば村の広場には、六波羅の正規兵の姿、中には数打甲冑とは明らかに一線を画した武者の姿まであった。


(真打まで投入しての軍事行動だと!?)


その一団から漂ってくる雰囲気を見れば、単なる物見遊山に来たのではないとすぐに知れた。
しかし、こんな寂れた村など襲って、何がしかの益があるとは思えなかった。


(となれば、……もしや、この村に六波羅への反乱を企てた、ないしは行おうとするものがいるのか!? となれば、まずいな……奴らの目的は殲滅かも知れん、危険だがもう少し近づいて状況を確認するしかないか)


そう判断した志保は、気取られぬよう慎重に物陰を縫って、六波羅の兵たちに近づいて行った。
近づいたころには主だった村人たちも六波羅兵の集団に事情説明を求めていた。
その中には当然、この村のまとめ役である吾朗太の姿もあった。
吾朗太は冷汗を大量にかきながらも、必死に状況の説明と兵の撤退を求めていたが、兵たちの指揮官だろうと思われる武者が、腰の刀に手をかけ、今にも吾朗太の体を両断しようとした。
その姿を見た志保は、とっさに適当な剣を一本投影して投擲した、彼我の距離は十数メートルはあったが、志保がそんな至近距離で狙いを外す筈もなく、狙い過たずに飛翔した剣は武者の頭に激突した。
金属音を鳴り響かせ、周囲の兵士と村人に動揺が走るが、あいにくと志保が投擲したのはただの剣、それは劔冑の装甲を貫くにはいささか心ともなく、表面にわずかなへこみしか与えることしかできなかった。
当然、志保もその程度は想定済みで、続けて無名の刀剣を二十本ほど投影、村人と兵士たちの間に割り込ませるように射出した。
そして着弾を確認すると、即座に刀剣を構成していた魔力を炸薬代わりにして起爆させる。
それほど大量の魔力で構成されていたわけではない刀剣は、目くらまし程度でしかない爆発を起こす。


「今だっ!! みんな逃げろっ!!」


同時に大声を張り上げ、村人たちに逃走を促す志保。
いかに志保がでれ程の戦力をもっていようと、村人全てを守りながら数十人を超える兵士と、複数の数打甲冑、そして指揮官の真打甲冑を相手取れるわけもなく、こんなまぐれを期待するような手段しか取れなかった。
おそらくは、村人の大半は無残に殺されるだろう、その事実が志保を苛む、しかし、ただ指をくわえて見ているだけでは誰ひとりとして救えない。
胸の裡の軋みを、鋼の心で無理やり封じ、志保は断続的に刀剣射出による牽制を行いながら、吾朗太の元へと駆け寄った。


「大丈夫ですかっ!! 吾朗太さん」
「志保さん……これは一体!?」
「そんなのは後です、今は一刻も早くこの場から逃げないと」
「わ、わかりました」


ほうほうの体で逃げる田吾作や村人を、淡々と兵士たちが追い立てる。
可能な限り志保もフォローに回るが、広範囲なうえに敵味方ともに大人数という悪条件が重なって、いたるところで虐殺が繰り広げられる。
のどかな村が、一瞬にして地獄絵図へと変えられ、志保の脳裏に前世での戦火の記憶がフラッシュバックする。
そんな中、一緒に逃げている吾朗太が重々しく告げた。


「――――すみません、何の関係も無いあなたを巻き込んでしまって」
「……まるで、こんな非道を行われる理由に、心当たりでもあるみたいですね」
「ええ、あります」


彼の説明によれば、この村はかつて六波羅に対し反抗運動を行った者たちが、家名を捨て忍び住む村なのだそうだ。
修平の母も、反抗運動に加わっていた武士で、反抗運動のさなか負傷し、その弱った体で修平を生んだのが死因となったそうだ。


「そう……ですか」
「ええ、――――恥を忍んでひとつお願いがあるのですが」
「内容に、よりますが」
「見たところあなたは大層、腕の立つお方のようだ、………あの子のこと、よろしくお願いします」


言うや否や、吾朗太は志保とは別方向に駆け出した。
そのための時間稼ぎはする、とそう言い残して駆けてゆく彼の姿を、一秒にも満たぬ短い時間見届けた志保は、再び駆け出し一夏とともにいるであろう修平の元へ向かった。
子を愛す父親の願いを、なんとしても叶えるために――





そんな志保の真上を、古びた一騎の鎧武者が駆け抜ける。六波羅の兵士たちの元、一直線に――――




=================




その頃、一夏と修平の二人は村の外れ、あの劔冑の残骸が安置されている古びた寺に身を隠していた。
断続的に轟く砲声と村人の断末魔が、一夏の心に恐怖をあおるが、同じように震える修平の姿を見て、何とか虚勢を保っていた。
無論一夏とて、荒事には幾度か巻き込まれもしたが、せいぜいチンピラか山賊を相手取ったぐらいであり、志保の奮闘もあって本格的な命の取り合いまでは経験したことがなかった。


(くそっ!? どうすりゃいい、どうすりゃいいんだ!!)


このままじゃいずれ見つかり、ろくでもない結果が自分と修平を襲うだろう。
しかし、だからと言って都合のいい打開策が即座に見つかるはずもなく、ただ襲いくる恐怖をこらえる。それだけが、今の一夏に出来ることだった。
そこに飛び込んでくる人影、赤い髪をたなびかせるその人物は、一夏が待ち焦がれていた志保だった。
志保ならば何とかしてくれる、そんな依存にも似た安堵を一夏は抱く。


「大丈夫か!!」
「ああ、志保、俺も修平もけが一つ無いさ!!」
「……ふう、よかった」
「なあ、お姉ちゃん、父ちゃんは一緒じゃないのか?」
「………それは」




――――結局のところそれは、単なる幻想に過ぎないのだと思い知らされた。




=================




パン! そんな軽い……軽すぎる音がして、鮮血が飛び散った。


目の前を飛び散る赤が、いったい何なのか……脳髄が理解を拒んだ。
理解できない筈もない、自分にも、駆け付けた志保にも怪我一つ無い。
この場には三人しかいない、ならばこの赤をまき散らされたのは、必然的に自分にしがみついていた――――



流れ弾だったのだろうか、米神に綺麗な風穴があいていた。
一瞬前まで、震えながらもしっかりと生きていた。


修平の米神に――――


流れ出る赤が、自分の両手を染め上げていく。




「う、うう、うぁ、あああああああああああああああああああああぁっっ!!」




欠伸が出るほど鈍間な反応で、俺はようやく悲鳴を上げた。
喉の奥からこらえようのない吐き気がこみあげる。鉛のようになった体を動かし、吐瀉物を修平の亡骸にぶちまけるのは、何とか避けた。
吐き出した物のにおいと、修平の亡骸からとめどなく流れ出る血のにおいが、余計に吐き気を誘う。


「――――ッ!? 伏せろっ!!」


頭を無理やり引っ掴まれて、俺の頭がボロ寺の床板に叩きつけられる。
直後、数発の銃弾が俺と志保の頭上を通り過ぎ、ただでさえぼろい寺を更にぼろくした。
それを、俺はどこか他人事のような感情で見つめていた。




なんでだ? どうして修平が死ななきゃならない?




寺の外からは六波羅の武者たちの、一応の体裁は保った降伏勧告が耳障りに響く。
下衆な笑い声が混じったそれを聞いていると、気が狂いそうなほどの怒りが込みあがる。
声高々に、この村はは六波羅転覆を企てる大罪人だっただの、おとなしく出てくれば苦しまずに死ねるだの叫んでいる。
俺にはそれが、どうしても人間が言っているのだと思えなかった。まるで動物の……いや、動物なら同族は殺さないから、それ以下か、そんな醜すぎる畜生ども醜い声と言葉の羅列、そんなものが修平を、十にも満たない子供を殺した理由だと……




「…………ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁっ!!」




志保に抑え込まれながら、俺は叫んだ。
正直、志保に抑え込まれていたのは助かった。そうでもなければあの畜生どもに、絶対殴りかかっていたはずだから。
見れば志保も、歯を食いしばり、じっと耐えていた。
それを見ていたら、ほんの僅かには落ち着いた。


「どうやら、言葉を聞けるぐらいにはなったか」
「…………………………………………ああ」
「とはいえ、状況は最悪だな」


なんとか頭を動かして覗きこんでみれば、他の兵士たちも続々と寺の周囲に集まってきていた。
断末魔は、もう聞こえない。
砕けんばかりにかみしめた奥歯が、音を立てる。


「はっきり言って、二人ともが助かる手段など、ない」


それはそうだろう、けど、二人ともでなければ……


「だったら、志保だけで――――」
「それ以上は言うな!!」


提案を言いきる間もなく、声を荒げて志保は俺の言葉をさえぎった。


「あの時言ったはずだ、一緒にいると、その言葉、違えるつもりはない!!」
「だったらどうすりゃいいんだよ、志保の死ぬところまで、見たくねぇよ………」
「――――手はある」


そういうと志保は、傍らに鎮座する劔冑の残骸を見つめ、俺にこう言った。


「ひとつ問おう、一夏、……どんなことをしても生きたいか?」
「…………え?」
「誰かを傷つけても、殺してでも生きたいか、……そう聞いている」


明確に言われた、誰かを殺せるかという問い、俺は志保のほうに目を向けず、修平の亡骸をじっと見つめていた。
俺が、誰かを、修平みたいに殺す?
志保が求めているであろう、明確な覚悟なんて言えなかった。


「――――わからない、殺せるかなんて……わからない」
「――――いい返事だ、一夏」
「え?」


予想に真っ向から反する志保の答え、呆然とする俺をよそに志保は劔冑の残骸に右手をかざす。


「最早、お前が生き残る手段はこれしかない、『私』を使って、お前が戦い生き残るしかな」
「な、んだよ……、それってどういう」
「――――だからな、その苦悩を忘れるな、それを忘れた時、封じ込めた時、人の命は軽くなる」


そして、志保の体から幾重もの刃が突き出て、残骸もろともに呑みこんだ。
鋼の肉塊が蠢き、志保の体を異形へと作りかえる。


うごめきが収まった時、そこに鎮座していたのは、志保と残骸ではなく――――




――紅に輝く、鋼の鷹――




「再び問おう、『私』を使い、生きるために戦うか、それともここで死ぬか」


金属の反響音が混じった声で、志保はふたたび俺に問うた。
迷いは、いまだ胸の中に渦巻く、だけど、言うべき言葉はたった一つ。


「誰かを殺せるかなんて、まだわかんねえ…………だけど!! 俺はここで死にたくない、力を貸してくれ志保!!」




「――――その言葉を持ってここに誓おう、我が身朽ち果てるその時まで、我が身は君を守る刃金<ハガネ>となる」




その言葉を聞き、自然と俺は指先を噛み切り、契約の血印をかわしていた。
触れた途端に、脳内を駆け巡る大量の情報。
衛宮志保と言う、最高の機体を駆るために必要な情報だ。




――――だから俺は唱える、志保を纏うための誓約を!!





「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」




そして俺は、この異界の地で<武者>となった。










<あとがき>
いや、こんな無茶な展開、どうやって収集つければいいんだよ!!
とりあえず一夏が元の世界に帰るためには、金神の力を使うってことぐらいしか思い浮かばねえ。





[27061] 外伝IF その二
Name: ドレイク◆64dd2296 ID:613a5057
Date: 2011/06/18 22:02
なんかそれなりに好評だったので、続きをちょっとだけ書いてみた。









「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」


誓約を唱えると同時、深紅の鷹と化した志保の体が、いくつもの刃金へと分たれる。
一夏の体を、飛翔する刀刃が覆い、一機の武者を顕現させる。
志保に内在する数多の戦術を生かすために、足回りと低速での騎航性能を重視した、美濃関鍛治衆の流れを汲む作りに、頭部は鷹をイメージとした造形、とても即席で志保が成り果てたとは思えぬ、見事な造りであった。
しかしそれも当然のこと、志保の魔術、内界は剣そのもの、ならば、劔冑に成り果てるぐらい造作もないことだ。


「いけるか、“御堂”」
「――――ああ!!」


御堂、劔冑の仕手を現す呼び名。一夏とて、元の世界への帰還方法を得る過程で、劔冑に関する知識は人並み以上にある。
だからこそ、志保がそう呼んでくれたことに、一夏は奮い立つ。
そして一夏は、自身の道を切り開くため、戦場に赴かんとする。


――――しかし、目に入るものがあった。


「悪い、やり忘れたことがあった」
「……なんだ?」


装甲したことにより、自身の体の一部となった志保の魔術回路を起動させ、一夏は火の属性を内包した、新鍛の魔剣を一本投影した。
はじめて使う筈なのに、奇妙なほど使い慣れた、形容のしようがない感覚が駆け巡る。
当然、志保も自信の魔術回路の状況は把握、というかほとんど一夏と一緒に動かしているようなものなので気付かぬはずもなく、作りだした剣を見て一夏のやり忘れたこととやらを把握する。


「弔いか」
「ああ」


襤褸寺の床板に突き刺した魔剣は、内包する炎を持って修平の亡骸もろとも、襤褸寺を赤く染める。
パチパチと爆ぜる音が響く中、数瞬の黙祷をささげた一夏は真上を見上げ、劔冑の推進機関である合当理を吹かす。


「――――行くぜ、志保っ!!」
「了解した、御堂!!」


刃金の翼を広げ、一夏は飛び立つ。




燃え立つ天井を突き破り、無窮の大空へと――――




=================




突然炎上した襤褸寺を見て、兵士たちは自害するつもりかと判断する。
既に村人の殲滅は終了し、残るは摩訶不思議な術でこちらの邪魔をした少女ぐらいなものだった。
兵たちの駆る数打甲冑、九〇式竜騎兵甲の熱源探知で策敵を行っても、二人分の反応があるぐらい。
最早この人狩りも終わった、指揮官から一平卒まで全員がそう思っていた。
中には少女を生きたまま捕らえ、いかに犯し愉しむかの算段を立てているものたちもいた。


それも、寺から突如炎が上がるまでだった。


浮足立つ兵たち。当初はやけになったうえでの心中か、そう思っていたが、それも燃え落ちつつある寺を突き破り、天高く舞い上がる一騎の武者を見るまでだった。
まるで焔な中から新生したかのような、深紅の武者。それは見る者に鳳凰を連想させる、神秘的な光景だ。


「何だ、…………あの武者!?」


茫然とし、一部の兵はそんな間抜けな言葉を発する。
その停滞は、あまりにも致命的。
そのつけを、深紅の武者が虚空に生み出した幾多の刀剣が贖わさせる。
洋の東西、形状、拵えに至るまでバラバラなそれが、流星となって降り注ぐ。


「総員散開!!」


指揮官である真打甲冑の武者が、散開の指示を出すものの、もう完全に手遅れであった。
衝撃と爆風の二重奏が、部隊の殆どをズタボロにする。
深紅の武者は空高くに逃げ去っていく。まるで、この結果などわかりきっている、そう言わんばかりに――――


「逃がすかぁっ!!」


舐められた……相手もするまでもないと、権力ある立場ゆえに醜く肥大していた指揮官のプライドは、深紅の武者の行動をそう認識した。
立場相応の技量を有していたがために、先程の剣雨から逃れ得た指揮官は、自騎の合当理を全力で吹かし、深紅の武者に追いすがって行く。




廃墟と化した山村の上空に、二筋の軌跡が描かれた。




=================




高速で飛翔し、濃密な大気を切り分けてゆく。
普通なら、味わえぬこの感覚に酔いしれるのかも……知れない。だが――――


「御堂、――――剣弾射出によって、敵部隊のほとんどが行動不能、今の内に全速で離脱するべきだ」
「ああ、わかってる…………死んだな」
「ああ、死んだ」


想定などしていない筈の、劔冑と魔術による奇襲。
効果は絶大だ。……そうだ絶大だ。だから死ぬ。人が死ぬ……。


人を殺した。


オレが殺した。


何のために………、生きるためだ。


自分一人の命を守るために、数多の命を、奪った。
天高く駆け上がっているはずなのに、墜ちていくような感覚に包まれる。
志保の声が響く。


「今は、泣け、………今の私からは、御堂の顔は見えん」
「くっ、うぅああ………………………」


血に塗れた自分のためなのか、失われた命のためなのか、涙を流した理由は判らなかった。
志保は言葉を発さず、俺はひたすらに飛び続けていた。
しかし、五分ほど飛び続けていた時、志保の焦りを含んだ声が響いた。


「御堂!! 後方より敵騎襲来、先の部隊の指揮官のようだ」
「………逃げ切れないか?」
「無理だ、速力はこちらが劣っている」


後方から迫る、山吹色の武者。志保の言うとおり、向こうが速い
ならば、どうする、――――判り切ったこと。
俺は、――――死にたくない。だから、戦う。自らの手で、生きるために刃を揮おう。


「志保、速力上昇!! 敵騎の高空(うえ)を獲るぞっ!!」
「了解したっ!!」


通常、劔冑同士の空中戦――双輪懸――は敵騎の上をとろうとする。
劔冑の甲鉄を抜くためには、高空からの重力エネルギーを加味した一撃こそが最も有効とされているからだ。勿論剣技や陰義といったものを駆使し、その条件を無視した有効打を与えるものも少なからずいる。
機首をあげ、天頂を目指す深紅の武者。さながらそれは深紅の弓、天空へと堕ちる流れ星か。


ある程度の高度を得ると反転し、眼下に迫りつつある武者への迎撃態勢をとる。
同時に俺は、内なる世界を検索、――該当アリ――、それなりの処理を施された霊刀を手の内に顕現させる。


双輪が結ばれ、刃が真っ向から激突する。
霊刀は高速で切り結ぶ武者の戦いにも、きちんと耐えうる強度を持っていた。
俺の初手は上段からの振り下ろし、対する武者は刀を振るわず、まずは防御に徹する。
轟音と火花をまき散らしながら、一合目は互いに無傷。俺は二撃目を加えるためそのまま前進、十分な速度が乗ったところで上昇体勢に転じる。


「御堂、敵機はこちらを引き離し、いったん体勢を立て直すつもりのようだ」
「わかった、弓で牽制する、照準補正は頼んだぜ!!」


言うや否や、魔力が体を駆け巡り、黒塗りの弓が握られる。
加速しながらという、不安定な体制であっても、自然と狙いが付けられる。
志保が、必中の軌跡を描き切ったのを感じ取ると、武者めがけ弓を放つ。
音の壁を突き破り、必中の魔弾と化した矢が、狙い過たず命中し敵騎のバランスを崩す。
すかさずそこに追撃をかける。体勢を崩した敵騎、こちらは十分速度の乗った万全の一撃。
勝てると思った、致命の一撃にはならぬとも、逃げられるだけの隙を作らせばそれで済む。そう確信した。
剣筋に油断が乗る。――――武者が吠えた。


「ふざけるなぁ……、叛徒風情がぁっ!!」


聞こえるはずのない、刃の噛み合う音が響く。
武者の剣腕と積み重ねた経験が、不利を覆す。
剣を習う者にとっては残心は忘れてはならぬもののはず、なのに、こうして結果が出る前から勝利を確信した、馬鹿か、と内心自分を罵った。


そんな暇、あるわけないというのに――――


武者は、鍔迫り合いの最中、右手を柄から離し脇差に手をかける。
まずい、そう思った時にはすでに、投擲された脇差が右の翼を射抜いていた。
体勢が、致命的に崩れる。
武者の刃が首筋に迫る。速力はないが、甲鉄の隙間を狙い澄ました、精妙な一撃。
自分の命を確実に刈り取る刃を前に、総身が竦む。


「その首もらったぁああっ!!」
「そうはさせん!!」


だが、俺は一人ではない。心強い相棒が“ここ”にいる。
武者の剣筋に割り込むように現れた刃が、俺の命を守る楯となる。
目前で火花が散り、確実な一撃を不可思議なる技で防ぐ俺たちに向かい、苛立ちをぶつける。


「数多の刀剣を出す、……それが陰義か!!」


だが、そんなものに応えてやる道理などない。というより、そんな余裕が俺になかった。
先の一撃、もし、志保が防いでくれなかったら、確実に死んでいた。
その認識が、体を縛る。体が強張り、刀を握る感触があやふやになっていく。


「臆するな、――――言っただろう、我が身は君を守る刃金だと」
「……志保」
「今、全力で右の翼の応急修理をしている、それまで堪えてくれ、御堂」
「ああ、情けない仕手だけど、フォロー頼むぜ」
「了解!!」


志保の声が、俺に活力をくれる。そうだ……死の恐怖に震えるのは後でいい、今は生き延びること、ただそれだけを成せばいい。
改めて、迫りくる敵機を見据え刃を構える。刀を握る感触が鮮明になり、体の強張りが消える。
そうだ、俺の死ぬ場所は……世界はここじゃない!!
だから、こんなところで死ねるものかっ。


「往生際の悪い輩め、せいぜい足掻くがいいわ!!」


嘲りを含んだ声とともに、武者が上から斬りかかってくる。
先ほどまで有していた俺の優位はすべて消え去り、今はただ、奴の刃をひたすらに、受け続けるしかなかった。
文字通り、鎬を削りとられながら、志保の投影魔術のサポートを受け続けながら、俺は耐え続けた。死にたくない、ただその一心で。
ボロボロになった武器はそのまま放り捨て、自分の体から何かが抜き取られる感覚に耐えて次の武器を作り出す。
体力と魔力、おまけに精神的な消耗も加わって、自分のことながら感心するぐらいに耐え抜いていた。


「ちいっ、死に体の癖に粘りよるわっ」


いつまでも落とせぬことに、武者がいら立ちの声をあげるぐらいには――
そして、待ちわびた志保の言葉が聞こえた。


「御堂、応急修理完了、反撃の態勢は整ったぞ」
「そうか、けど、位置関係はこっちの不利のままだしな、どうするか……」
「――――!? 御堂、敵機の反応に変化がみられる、気をつけろ!!」
「何っ!?」


見れば武者は左手をかざし、掌に紫電を纏わせていた。
明らかに、真打のみが備える特殊能力、陰義を発動させようとしていた。あの様子じゃあ間違いなく、奴の有する陰義は――――


「電撃なんてどうやってよければいいんだよッ!!」
「くるぞっ!!」


動揺する俺をよそに、武者が発動の呪句(コマンド)を唱える。


「発雷!!」
「ぐうぅああああぁっ!!」
「――――くぅっ」


放射状の稲光が、俺たちを貫き甲鉄表面と肌を焦がしていく。
今まで味わったこともない、死へ至る激痛が俺を襲う。
雷光が視界を奪い、轟音が聴覚を奪っていく。そして、武者が俺の死を宣言する。


「クックックっ、わが雷切の陰義の味は格別だろう。――――死出の餞に、最大出力で喰らわせてやろう」


雷撃の影響でろくに身動きできない俺たちに、武者は舐め切った言葉を投げつけてくる。
先の一撃とは比較にならない紫電が、左の掌に集ってゆく。
あれを喰らえば、確実にオレは焼き殺されるだろう。だというのに、焦りに満ちた頭では解決策が見えてこない。
あまりの緊張に時間が止まったような感覚に陥り、焦るままに武者を見据えることしかできなかった。




「――――ひとつ教えよう」




平素と変わらぬ志保の声。




「私の戦い方はな、勝てないのであれば、勝てるものを作り出すことだ」




魔術回路が俺の魔力を糧に回転数をあげていき、一つの幻想を作り出す。
迫る絶死の雷鎚が脅威ならば、雷鎚を切る刃を作り出せ。
それが俺<衛宮>の戦い方なのだと、ようやく俺は理解した。




「我、雷牙雷母の威声を以って五行六甲の兵を成す、千邪斬断万精駆逐雷威雷動便驚人,――――発雷!!」




放たれる弩級の雷鎚。俺はそれを志保から生み出した刃で、切り裂いた。
手にした<雷切>の名の通りに、絶死の雷鎚を切り裂く




「な、ん……だとおぉっ!!」




「いまだ志保、速力最大っ!!」
「ここで決めろっ、御堂!!」


そして俺は、稲光の中を突っ切り、あまりのことに惚けている武者を切りつける。
勿論、低空から上昇しての斬撃の為、とどめには至らない。
だが、食い込みさえすれば俺の勝ちだ。
雷切を食いこませたまま、俺は離脱し、敵の命を奪う呪句を唱える。




「――――――――壊れた幻想<ブロークンファンタズム>」




閃光が武者を飲み込み、命を消し去る。
俺はそれをじっと見つめていた。自分が殺した、その命の輝きを――――


「大丈夫か、一夏」
「……大丈夫だ」


戦いが終わったからか、俺のことを名前で呼び、気遣う言葉を志保がかけてくる。
戦いが終わった。数多の命を奪った戦いが、……・・気付けば空は夕焼けに包まれていた。


「じゃあ、行くか、志保」
「元の世界に帰るためにか?」
「そうにきまってるだろ、なおさら……この世界じゃ死ねなくなっちまったからな」
「そうだな、生きて、元の世界に帰らないとな」




そして俺は、当てのない旅を再開する、心底頼りになる相棒とともに――――




=================




この後、人々の間に一つの噂が流れ始める。
深紅の武者が弱者を助ける。荒れ果てた時代ならば、類似の噂がたくさん流れる、そんなちっぽけなものだ。


事実その噂は、銀製号事件の後に起こった、建朝寺事件の後ぷっつりと途絶える。


だがそれで、いいのかもしれない。


なぜならばそれは、英雄の物語でもなければ、ましてや悪鬼の物語でもない。




感情の赴くまま進み続けた――――正義の味方<ただの人間>の物語なのだから。




=================




――――IS学園、アリーナにおいて、二人の女生徒が膝をつき疲弊し尽くしていた。


眼前に対峙するは、正体不明の黒きIS。
クラス対抗別リーグマッチの第一回戦、一年一組クラス代表セシリア・オルコットと、一年二組クラス代表凰鈴音の戦いの最中に突如乱入してきたのだ。


「ああもう最悪、あんなわけのわからないやつにこうまでやられるなんてね」
「あなたの意見と言うのは癪ですが、全く同感ですわ」


たがいに機体のシールドエネルギーがほぼ底をつき、ハッキングされたシールドが逃走を拒む。
試合で消耗したところに乱入されたのでは、この結果も当然だろう。
学園の救援部隊が間に合うか、二人が死ぬか、おそらくは後者の結果が出るだろう。
そんな時だった、異変が起こったのは。




虚空に、大きな穴が開いた。




「――――うおおおっ!?」
「――――おっと!?


そこから男女の叫びが聞こえたかと思うと、一組の男女を吐き出し、虚空の穴はあとかたもなく消え去った。
女性は、年のころは自分たちと同じくらいだろうか、浅黒い肌と真っ白い髪が特徴的だ。
男性のほうも同年代で、女性のほうとは違い、いたって普通の容姿をしていた。
しかし、その姿を目にして鈴の思考は停止する。


「う…そ…!? 一夏?」
「ん? もしかして鈴か?」


しかしその男性は、いくら成長したとはいえ見間違えるはずもない、小学生のころに死んだはずの初恋の人物、織斑一夏だった。
一夏と思しき人物も、鈴のことを覚えていたようだ。


「つ~ことは、…………よっしゃあぁっ!! 元の世界に帰れたんだぁっ!!」
「いや、気持ちはわかるがな、少々落ち着け」
「だけどよ、あんな無茶をやり遂げたんだぜ? 大声ぐらい上げたくなるだろ」
「……確かにな、金神の欠片を取り込んで、その力で帰還を果たしたんだからな」
「しかもランダムにジャンプしたなら、繋がりのある世界にたどり着くかもしれないって無茶なやり方だもんなあ」


死んだと思っていた幼馴染との、感動的な再会とはいかず、一緒に出てきた女の子と喋りまくっている一夏(鈍感神)。
当然鈴の怒りは、あっという間にトップギアにチェンジした。


「何こっちおいてけぼりにしてんのよ!! この馬鹿一夏!!」
「あっ!? 悪い悪い、あまりの嬉しさにはしゃいじまった」
「あ~もう、何がどうなっているのかちゃんと説明しなさいよね!!」
「あーそうだな――――」


その時、黒いISが動き始める。目標は乱入者である一夏たち。
生身の人間ならば、殴るだけでも十分殺せる。そう言わんばかりに火器は使わず、直接打撃を加えようとする。
危ない!! そう鈴が言葉を発する前に、一夏は振り向き黒いISと対峙する。




「こいつを何とかした後で、な?」




いつの間にやら、一夏の手には岩から直接削りだしたかのような斧剣が握られていた。
あまりに巨大で、IS用の武装と言っても信じられそうなほどでかいそれを、難なく操り黒いISの攻撃を凌いでみせた。
轟音が鳴り響く中、鈴も、セシリアも、その場にいたすべてが茫然としていた。


「どうする、志保」


その出鱈目を成し遂げている一夏の口調は、あくまで涼しげ。
応える少女の声にも、動揺は全くなかった。


「――――そのことなんだがな、取り込んだ金神の力を引き出し過ぎた、放出しないとまずいことになりそうだ」
「ゲッ!? マジで?」
「ああ、ちょうどいいからそいつで発散しよう、見たところ無人機のようだしな」
「ああ、分かった……鈴もそれでいいか?」
「………………………どう反応すればいいのよ」


まるで夕食の献立を決めるぐらいに、平然とぬかす一夏に再会の感動も消え去り、答えに困る鈴。
そこに、空間投影式のモニターで会話に参加するものがいた。
写しだされた人物は、黒髪の美女、この世界においては知らぬもののいない世界最強、織斑千冬だ。


「一夏、………無事だったんだな」
「千冬姉……」
「やれるのか?」
「ああ、勿論、……というかやらないとこっちがまずい」
「そうか、お前に任せる、そのガラクタをさっさと壊せ」
「任せてくれ!!」


最愛の姉の許可をもらうと、一夏は改めて眼前の敵を見据え、己が相棒に呼び掛ける。


「一撃でけりをつける、……装甲するぞ、志保!!」
「了解した、御堂!!」


「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」


誓約を唱え、志保の体が鋼の鷹に変化、そのまま一夏を覆う鎧となった。
またもやの出鱈目な光景に、全員が茫然とする中、一夏は増幅された膂力でもって、黒いISを吹き飛ばす。
そして、手の内に純白の刀を呼び出す。拵え、鞘、鍔、全て雪のように白い刀で居合の構えをとる。


その刀の名は<雪片>、金神の力を使うために作り上げた、金神からの精神汚染を防ぐための術式が刻まれた、真打甲冑・衛宮志保の専用武装。
そこから放つは、帰還のために編み出した、織斑一夏の魔剣<パーソナルアーツ>


「必斬の太刀(おわりのたち)で決める!!」
「了解、最終斬撃、装填開始<ファイナルアーツ、セット>」


一夏の体を、金神の埒外の力が駆け巡る。少しでも制御を誤れば、自滅必死の力だが、一夏に恐れはない。
己が相棒のことを信頼しているがゆえに、迷いなく力を紡ぐ。


「歪曲、最大<ディストーション、マキシマム>」


<雪片>の刀身に、極限まで高められた空間の歪みが集う。
準備は整った、吹き飛ばされた体勢から立ち直った黒いISが、一夏に砲身を向けるが、それはあまりにも遅かった。




「篠ノ之流古武術、弧月が崩し――――」




動きのリズムを無くした<零拍子>、そこから放つ攻めの居合。抜き放たれた刃は――――




「――――次元斬<ワールドスラッシュ>、無明!!」




―――――世界をずらした。




極限まで凝縮された空間の歪みは、世界の断絶と言う埒外の事象を引き起こした。
黒いISは、音もなく真っ二つに分たれ、あっけなく機能停止に陥った。


そんな出鱈目を成し遂げた張本人は、装甲を解くとこう言った。




「そういや一つ言い忘れてた、ただいま、千冬姉」
「ふん、遅い帰還だな、…………お帰り、一夏」




一夏と志保の、当てのない旅はここにゴールを迎え、新たなスタートを迎えたのだった。










<あとがき>
最後の技に関しての突っ込みは無しで、ほんと電磁抜刀はカッコイイ技だと思うからついやっちゃった。
後、この話の一番の被害者は<白式>で間違いありません。






[27061] 外伝IF その三
Name: ドレイク◆64dd2296 ID:613a5057
Date: 2011/06/20 22:09


二騎の武者が、切っ先を向け合う。
たがいに真紅、一機は血で染められたかのような真紅、もう一機は炎のような真紅の武者。


「――――クッ、ククククッ」


正しく、悪鬼のごとき狂笑。生き血をすすり、命を喰らい、惨禍を広める、正しく悪鬼の嗤いが木霊する。
故に嗤う。心底、その悪行が愉しくて、嗤う。


「英雄より先に、お前が来るとはな、織斑一夏」
「来たんじゃねえよ、あんたがきたんだ」


悪鬼に応える声は、平凡な声。
どこにでもいる、普通の少年の声だ。しかして、目の前の悪鬼に怯みもせず、自棄になりもせず、ただ普通に応えるのを、普通と言っていいものか。


「部下達を切り殺した正体不明の武者、お前とはな」
「何だ? 敵討ちでもするつもりか?」


一夏の一言、しかしそれはあまりにも的外れに過ぎた。
なぜならば、彼は悪鬼なのだから。”敵討ち”などするはずがない。
悪鬼が、情ゆえに命を奪うなど、あってはならないのだから。


「頭に蛆でもわいたか、――――クハハハハッ!! よりにもよって、この俺が敵討ちだと? そんな寝ぼけたことを俺がすると思うのか!!」
「本当に、成り果てちまったんだな」
「ああ、そうだ、俺は”悪鬼”だ」


銀製号事件の折の、未だ人であった彼を知る一夏にしてみれば、尚更、成り果ててしまったのだと思い知った。
悪鬼が、――村正――が、腰の刀を抜き放つ。金色の刀身が、妖しげに光る。
一閃、数多の血を啜った妖刀の刃が一夏に襲いかかる。
一夏もまた、虚空より刀を顕現、悪鬼の一撃に応じる。


「――――何よりも殺戮が、愉しいからに決まっている!!」


二騎の刃が、火花を散らす。
悪鬼の叫びが、悪鬼の劔冑越しの嗤いが、一夏を苛立たせる。
気にくわない。目の前でそんなことをされては、“打ち倒すより他はない”
その思いを感じ取ったのか、悪鬼が口を開く。


「どうした? 俺が気に喰わぬか、義を以って俺を殺さんとするのか、織斑一夏」


今度は逆だった。


「今度は俺が言うぜ、――――頭に蛆でもわいたか、悪鬼」
「――――何?」
「俺が義で戦うと思ってんのか、……俺は我欲の為にしか戦わねえ」


合当理を吹かし、鎬を削る刃ごと、悪鬼を吹き飛ばす。


「――――あんたの行いが気に喰わねえから、戦うに決まってんだろうが!!」


誰かを守るために――ではなく、守りたいがゆえに、悪鬼にすら立ち向かうと、一夏はそう吠えた。
己の戦う理由は己だけの物だと、他の誰にも押し付けはしない。
故に、ただ感情の赴くままに進む、それが一夏がこの数年で得た答えだった。


『……変わっているわね、あなたの仕手は』


村正から響く金打声、呆れ混じりのそれに対し、一夏の劔冑――志保――からも金打声が響く。


『いや、こうだからこそ好ましい、そう思うよ』


私には、終ぞできなかったことだからな……その呟きは、一夏にだけ聞こえた。
志保の過去を、一夏は知っている。
正義の味方の物語を、傷つきながらも進み続けた者の、戦火にまみれた道筋を――――
だからこそ、先の一言に込められた思いを、一夏だけは知っている。
大義・正義……そのようなものではなく、自身の思いに従い生きること。それが、志保から一夏に託された願い。


「成程、……確かにオレも寝ぼけていたようだ。…………ククククッ、実に良い、それでこそ殺しがいがあるというもの」
「馬~鹿、俺の命はあんたにやるほど安くはねえよ」


舌戦はここまで、もう言葉は不要だった。
刃を構える。ここより先は剣戟のみが舞台の主役だ。




=================




剣戟が始まる。
殺すために、生きるために、斬撃が走る。
悪鬼は地上戦であるため、とり回しに何のある長大な野太刀”虎徹”は使用せず、腰の太刀を使用。
対する一夏は、先程まで構えていた刀を虚空に消し、細身の……おおよそ通常の斬撃には向かぬ剣を、両の手に三本ずつ顕現させ、指に挟むようにして構える。
当然、斬撃など放てぬ。放つは投擲。
自身の体重を投擲物に乗せ、尋常ならざる威力を投擲物に付与する特殊な投擲技法”鉄甲作用”。
加えて今の一夏は装甲した状態。劔冑の膂力をも加えてのそれは容易く音の壁を突破し、村正へと迫る。
対する悪鬼は、体を捻り合当理を一瞬だけ全力で吹かす。
地上戦での歩法に合当理の推力を乗せる。言うは易し、行うは難しを地で行く所業を悪鬼は難なく行う。
導き出されるは、完全な回避。
そのまま、慣性を無視したかのような方向転換。再び合当理を吹かし、一夏へ吶喊。
悪鬼の修める吉野御流合戦礼法は、単純な太刀筋ながらも合当理の推力を乗せた、強力無比な剛剣が特徴である。
地上戦ではその特徴を発揮しづらいが、悪鬼の駆る劔冑“村正”に備わる、ありえぬはずの二つ目の陰義、重力操作を駆使し、地上戦であってもその剛剣を放つ。
一夏はそれを防ぐため、白と黒の双剣”干将・莫耶”を顕現。
同時に、無二の相棒たる志保の技法・戦術を自身に投影<ダウンロード>、圧倒的なスペック差にも相対してきた、城塞のごとき守りの剣技にて、悪鬼の一撃をいなす。
いなされた刃は、地面に――――


「――――シッ!!」


短い呼気とともに、悪鬼の刃はピタリと止まる。
重力操作による慣性の消去。そこから続く神速の切り上げ。


「くうっ!!」


その一撃を、一夏は双剣を交差させ、何とか押しとどめる。
だが、悪鬼の攻勢は終わらない。
重力操作を駆使した、変幻自在にして剛なる剣技。柔剛一体と言う、ある種武道の極致ともいえるそれに、一夏は押され続ける。
”武帝”と、そう名乗るに不足はない、正しく極みの剣。
そのままであれば、悪鬼の勝利は揺るがない。


「どうした……そのまま嬲り殺されるが望みか?」
「んなわけあるかっ!!」


しかし、こと変幻自在の一点であれば、一夏――――否、一夏たちは悪鬼に勝る。
悪鬼の攻勢を、まずは剣弾射出<ソードバレル>にて牽制。
降り注ぐ剣弾が、流れを断ち切る。
そこから始まるは、一夏と志保による、文字通りの変幻自在の剣舞。


「行くぞっ、悪鬼!!」


反撃の一手はまず、右腕での居合一閃。
その技の冴えは、それなり以上のものであり、所作の律動をほぼ消した見事なものだった。
しかし、相対するは”武帝”、無想の域に至った武人である。
ただ速いだけの一撃をかわすことなど造作もなく、居合と言う技後の隙が大きい技を空振り、死に体をさらす一夏を切り伏せようとする。


「――――何っ!?」


しかし、その目論見は霧散する。
右の居合を放った勢いを利用し、そのまま体を捻り、左の居合を放とうとする一夏の姿に。


「磁気鍍装・負極!!」


逆風一閃。悪鬼は常道など遥か彼方に追いやり去った、無法の一撃を村正の陰義、磁気制御による障壁にて辛うじて防ぐ。
しかし、悪鬼に安堵は許されなかった。
次いでの一撃は、右手の鞘を捨て、代わりに顕現させた短槍の刺突。
ライフル弾など軽く凌駕する威力の一撃が、悪鬼の頭のすぐ横を穿つ。


「ウオオオオオォッ!!」


攻めの手は止まらない。裂帛の気合とともに剣戟が悪鬼を襲う。
刀が、空を切り裂く斬撃を放つ。
槍が、鉄をも射抜く刺突を放つ。
両刃の大剣が、地を割る一撃を放つ。
鎌が、首狩りの一閃を放つ。
古今東西の剣が、刀が、槍が、小太刀が、サーベルが、レイピアが、無数の刃が、無数の剣戟を放つ。
威力も、間合いも、スピードも、何もかもが違う、正しく変幻自在の剣舞が顕現する。


織斑一夏の剣腕は、”武帝”には及ばない。
剣の才は勝るかもしれないが、潜り抜けた戦場が、積み重ねた屍が、流した血の量が、切り捨てた嘆きの数が、剣腕を打ち鍛えたものが圧倒的に違っていた。
故に質では劣る。故に質を押しつぶす量でもって、”武帝”に迫る。
相棒の内に在る無限の刃を、一夏だけが正しく理解しているのだから。




「ガァアアアアアアァッ!!」
「ハアアアアアアアァッ!!」




片や、武の極みに近づきつつある”悪鬼”
片や、魔術という異能を武器に進み続ける“人間”
二者が描く剣舞は、際限なく加速し続けていく。




剣戟の舞踏<ブレイドダンス>は、続く。




しかし、そのような均衡。両者ともに望むものではない。
故に必殺を放つ。




「吉野御流合戦礼法、迅雷が崩し――――」




「―――― I am thebone of my sword.<我が骨子は捻じれ狂う>」




紫電が吹き荒れ、幻想が紡がれる。




「――――穿!!」




「――――偽・螺旋剣<カラドボルグ>」




窮極の斬撃と、至高の神秘が激突する。

















――――結末は、語るまい。




ただ一つ言えることは、この世界に紡がれている物語は、悪鬼と英雄の物語。




故に幕引きは、初めから英雄の手に委ねられていたということだ。




”人間<ひと>”に世界など、背負えるはずも、ないのだから――――




=================




夢から浮上する。


己と悪鬼の戦いの夢。結局は、痛み分けに終わった……いや、何とか生き延びることができた、と言ったほうが適切だろうか。
よくもまあ、あんなにもなり果てた者と戦って、命を捨てずに済むことができたと、自分のことながら感心する。
そう言えば、半死半生になった俺を見て、志保が……泣いたんだよな。


「起きたか、一夏、……珈琲を淹れたんだが、飲むか?」
「ああ、ありがとよ、志保」


後にも先にも、志保の涙を見たのって、あれっきりだったよな。………当人にそのことを言えば、真っ赤になって否定するだろけど。
ちなみに志保の恰好は、下着にワイシャツを羽織っただけの、そりゃあもう男心をくすぐる格好だ。
……相変わらずなんというか、女性としての羞恥心が薄いよな。仕方ないといえば、仕方ないけど。
そんなことを思いながら、程よい苦みの珈琲を飲みほし眠気を覚ます。


「夢で悪鬼のことを思い出したのか?」
「え?」
「古傷が、浮き出ているぞ」


おろしたての白を基調とした制服に、袖を通している時に、唐突にかけられた言葉。
鏡で確認してみれば、顔の右部分に大きくかかる傷跡。
”悪鬼”に付けられた傷が、電磁抜刀<レールガン>につけられた傷跡が浮き出ていた。
時折、浮き上がるのだ……この傷は、決まって、あの後このことを思い出した時に――


「まあ、暫くすりゃ消えるだろ」
「そうか、転校初日に傷跡浮かべて登校…なんてことにはならなさそうだな」


そんなことがありつつも、朝食をとり、そろって部屋から出る。
悪鬼のことは、頭の片隅に追いやった。決着をつけるのは英雄<一条>の役目だから。
いまの俺のすべきことは、闘争じゃない。


――――待ち望んだ、平和な日常を謳歌すること。


確かに、俺の両手は血に濡れている。
だけど、そうまでして取り戻したかったのは、これなのだ。
だから楽しむ、そうでないと、俺の戦いに意味などない。


そんなことを考えている間に、教室にたどり着く。
教壇には、千冬姉と副担任の山田先生、……そして、俺と志保。
そして、四十人近くの女子生徒が俺と志保に、興味心身な視線を向けてくる。
女子高なのに、男子生徒である俺が転入すれば当然か、だったらなおさら、最初の挨拶はきちんとしないとな。
元気良く、俺はこれから仲間となるクラスメイトに挨拶をした。




「俺の名前は織斑一夏、これからよろしく!!」












<あとがき>
なんかこの外伝の一夏の性格、遊佐童心に近いものになってしまったような。
遊佐童心とは違い、悪行は“いや”だからやらないってだけで(悪行も面白ければやるのが、遊佐童心というキャラクターですし)


なんか最近本編のほうが行き詰っていて、外伝の更新が多くなるかもしれませんが、読者の皆さま方には、なにとぞご容赦のほどを願います。




[27061] 外伝IF その四
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/03 08:41
ちょっと本編での展開に悩んで、またもや外伝でお茶を濁すことにしました。
具体的には一夏のパワーアップイベントをどうするかなのですが……
まあ、それはそれとして、本編の更新を待ってくれている読者の皆様にはお詫び申し上げます。













念願の平穏な日常。各国共に突然現れた“男性”が正体不明の兵器でもって、同じく正体不明のISを撃破し、なおかつその人物が彼の織斑千冬の弟ともなれば、対応に苦慮するのも当然だった。
即日紛糾する会議。そんな中で応急処置的に認められたIS学園への転入。
そんな裏事情を勿論一夏は察していたが、とりあえずはそれを脇に置いて、待ち望んだ至福の一時を噛み締めていた。
あまりに紛糾した各国の議論のせいで、本来当然あるはずの一夏やその相棒たる志保への取り調べもおざなりになっているのも幸運といえた。

そんなこんなで耳目を集めに集めた中での学園生活初日の放課後。
一夏は興味半分どころか興味120%な視線とは違う、突き刺さらんばかりの視線に晒されていた。

「え~と……この状況、何?」

まあ、こんな状況で呑気に茶飲み話なんてするわけも無く、恐らくは苛烈な取り調べをやるとはわかっていても、それでも一縷の望みを賭けた。

「取り調べにきまっているだろう、この放蕩愚弟」

そんな藁よりも脆い望みを打ち砕いたのは一夏の姉たる織斑千冬。

「放蕩したくてしたわけじゃねぇよ」
「そう言ってやるな一夏、織斑先生も心配したのだろうしな」

千冬としては先日の一件の後処理を怒涛の勢いで片づけたものの、いざ取り調べの名を借りた姉弟水入らずのひと時を過ごそうとしてみれば、衛宮志保という存在のことを忘れてしまい、端的に言ってみれば不機嫌なのだ。
千冬にしてみれば志保の存在は行方不明の間に、弟にひっついた正体不明の存在でしかなく、警戒感が先立ってしまっていた。

「うっ……、そうだったよな」
「ふん、わかればいいんだ」

言ってみれば嫉妬心でしかないものをまき散らす千冬に対し、一夏は昨日通信越しでしか言っていない言葉を改めて口にした。



「そういや、昨日はずっとあわただしくてちゃんと言っていなかったよな、……ただいま、千冬姉」



突然放たれた一言に少々面食らうものの、すぐに笑みを浮かべる千冬。
比較的落ち着いた状況の中での、数年間追い求めた姉弟水入らずの会話だった。



「よく帰ってきたな、一夏」



千冬の可愛らしい嫉妬心など、所詮その程度で霧散する代物であり、志保がその会話をニヤニヤとしつつ見守ることは無理からぬことであった。

「何がおかしい、貴様」
「いえいえ、微笑ましいな、と……何せ一夏ときたら事あるごとに千冬さんのことを話してくれましたからね」
「うぉい!! 何言ってんだ志保っ!!」
「いやぁ、千冬姉は俺の憧れなんだ、とか、必ず千冬姉のところに帰るんだ、とか」
「そ、そうか……」

悪乗りしてしまった志保の暴露話に、一夏と千冬も顔を真っ赤にして固まってしまい、ようやく悪ふざけが過ぎたと知った志保が当初の話題に引き戻す。

「と、とりあえず千冬さんも聞きたいことがたくさんあるんじゃないですか?」
「ゴホン、………そ、そうだな」

わざとらしい咳払いをして、千冬はようやく当初の目的であった取り調べを開始した。
まず千冬が聞いたことはあの誘拐事件の折、どうやって生き伸びたのかだった。
あの一件の情報を規制できるはずもない。発生地点が廃墟が密集した区域であったことも幸いし、人的被害は少なかったが、だからと言ってそれで調査の手はゆるまなかった。
調査の結果、使われた爆弾がどれほどの物かが判明すれば、巻き込まれた人物の生存は絶望視されていたのだ。
千冬もそれを知った時は、外面など投げ捨てて泣いたのだ。
勿論生きていてくれたことは嬉しいが、尚更どうやって生き伸びたのか、千冬はそれが気になって仕方がなかった。

「え~と………、物すっげぇ荒唐無稽な話だけど、信じてくれるか、千冬姉」
「聞いてみなければわからんぞ、まあ、そこにいる奴からして尋常ではないからな、覚悟はしておいてやる」

言葉を濁し口ごもる一夏だったが、千冬の催促に口を開く。
千冬もまた、一夏が気兼ねなく話せるように出来るだけ体面を整えるが、それも一夏の最初の一言を聞くまでだった。




「実を言うと、――――――――異世界に飛ばされてた」




「……………………………………はぁ!?」




常の千冬を知る者ならば、耳を疑うような素っ頓狂な声を出してフリーズしてしまう。
まあ、いくらISという出鱈目な兵器に深くかかわっている千冬でも、異世界の存在をすんなりと受け入れるなど出来るはずがなかったのだ。




――――数十分後。




「成程な、だいたいのところは理解した」

あまりにも自身の常識とはかけ離れた一夏の話を、千冬は米神を揉みながらどうにか聞き終えた。
異世界に飛ばされ、志保が人の体を捨てながらも一夏と共に旅を続け、一縷の望みを賭けて無謀な空間転移を行いようやく帰還。
普通に考えれば嘘で片づける話だが、志保という揺るがぬ証拠があれば、千冬も信じざるを得なかった。

「ところで、その空間転移の方法は具体的にはどういうものなんだ?」

その質問に答えたのは一夏ではなく志保だった。元より<雪片>とそれをもとにした空間転移方法は志保が発案したものだ、一夏よりは説明役に適している。

「まず私が保有している空間干渉能力ですが、それは金神の欠片という物を取り込んだ結果でして・・・・・」

劔冑を劔冑と成している大元、それはあの世界において太古に飛来した鉱物生命体、通称“金神”が地下水脈を通じて微量にだが含まれる結果なのだ。
劔冑の製作において、水が重要なのはそれが原因である。
志保の有している空間干渉能力はその“金神”の欠片、とは言っても通常の劔冑に含まれる量を遥かに凌駕する質量のそれを取り込んだ結果なのだ。
そしてその空間干渉能力を最大限発揮するために作った刀が<雪片>である。
二人が行った空間転移は、ぶっちゃけて言うと空間干渉を最大出力で行い、発生した次元の穴に飛び込んだだけであり、どの世界に飛ぶかは全く決定していない。

「ちょっと待て、本当に運に任せた結果なのか?」
「いえ、だから刀の名前を<雪片>にしたんです」

魔術において、何がしかを召喚するためには、それとの縁を構築したほうが成功確率が飛躍的に上昇する。
もとよりイレギュラーな事象で転移したために、元の世界との縁は在るのだが、その縁をより強固にするためにできるだけの手段を講じた。
だからこそ、打ちあげた刀の銘を<雪片>にし、その刀身を<モンド・グロッゾ>で一夏の眼に焼き付いた思い出を元に、名に違わぬ純白に染め上げたのだ。

「それにしても、無茶苦茶極まりない手段だな」

そうは言いつつも、その表情には笑みが浮かんでいた。
まあ、先の説明を要約すれば失敗の確率が高い手段を、一夏と千冬の間にある絆が成功に導いたとも言える。
そのことがたまらなく嬉しいのか、千冬は表情を引き締めようとしているのだが、どうにもうまくいっていない。
緩む頬を引き締めようとしているのだが、それも十秒もたたずに緩んでしまっている。


そんな感じで取り調べとは名ばかりの、千冬と一夏の数年間の空白を埋めていく時間は緩やかに過ぎていった。




=================




翌日の放課後、一夏はアリーナにいた。
傍らには志保の姿が、視線の先には眼鏡をかけた教師の姿、山田真耶という名前らしい。

『それでは、これより劔冑の調査の為の模擬戦闘を行う』

アナウンスから流れる千冬の言葉通り、これより行われるのは劔冑――志保――の性能テストの為の模擬戦だ。
未だ一夏や志保の素性は一般生徒に公には出来ず、故に真耶が模擬戦の相手を務めることになった。
一夏の視線の先にいる真耶の姿はすでに、緑に染められた装甲を身に纏っていた。
疾風の再誕<ラファール・リヴァイブ>、フランス・デュノア社製の量産型ISであり、そのバランスよくまとまった性能の機体は、成程模擬戦には適役である。

「本当にやるのか? 千冬姉」
『今は織斑先生と呼べ馬鹿もん、あれだけど派手に登場すればデータを出さないわけにもいかんだろう』

千冬の言い分も理解はできるので、一夏もまた自身の鎧を展開する。


「――――I am the bone of my sword.(体は剣で出来ている)」


誓約を唱えると同時、志保の体が刃金へと変化し一夏の体を包み込む。
一夏にとってはやり慣れた行為だが、千冬や真耶にとっては驚嘆すべき光景である。
ISとは違う生々しい気配を感じ取り、真耶は息をのむ。
魂を宿した生きた鎧、そう千冬から説明されて半信半疑だったものの、目の当たりにすれば信じないわけにもいかなかった。

「そんじゃまあ、よろしくお願いします山田先生」

展開を終えて戦闘態勢に移行した一夏は、先程のやる気のない態度を消し去って戦意を漲らせている。
ISという視覚と知識でだけしか知らない、全くの未知の兵器と一戦交えることを楽しみに感じ、適当な刀を作り出して両手に握る。

「明らかにISの量子展開とは違いますね、準備も整ったようですし、そろそろ始めましょうか」

早速見せたISとの差異に臆することなく、真耶もまたアサルトライフルを展開して戦闘態勢を整える。
双方の準備が整ったことを確認した千冬が、試合開始の合図を流す。




「――――それでは模擬戦、スタート!」




一夏は刀、真耶は銃器。射程の利は真耶にあり、まずは先手を取るべくアサルトライフルの狙いを定める。
銃口が一夏を捕らえ、トリガーを引こうとしたその瞬間、真耶の目に飛び込んできたのは刀ではなく、“弓”を構えた一夏の姿。

「えっ!?」

当然距離を詰めるか回避に徹するか、そのどちらかが一夏のとる行動だと思い込んでいた真耶にとって、弓で遠距離戦に対応とは想像の埒外であった。
しかしその驚愕も、コンマ一秒に満たぬ刹那の内に消し去り、アサルトライフルの弾丸と魔力で強化された鏃が同時に放たれ、その軌跡が交錯する。
双方共に、発射と同時に横に飛んでその射線から逃れ、そのまま上昇。
戦闘開始間もなく、戦場は空に移り弓対アサルトライフルという、異色の銃撃戦を繰り広げる。

「あ~あ、流石にIS学園の教師、あれぐらいの不意打ちものともしないか」
『当たり前だろう、そもそも模擬戦だというのに不意打ちしてどうする、望まれているのは真っ向勝負だぞ』

この数年間、志保と共に戦場を潜り抜けたせいなのか、一夏の戦闘スタイルは不意打ち上等というものに変化していた。
志保の戦闘スタイルは効率重視、最小限度の消耗で最大限度の戦果を望む、そういうものだ。
多種多様な手札を元に、相手の弱点・予想の外を突く攻撃を仕掛け、速やかな勝利を目指す。
そんな思考を持つものを相棒にすれば、その主たる一夏もそんな戦法に染まっていくのは当然だ。

先の一撃も、刀での近接戦闘を挑むと思わせて、弓矢での不意打ちを仕掛けるという、単純だが効果的な戦法だ。
無論、尋常な戦いの技量も日々磨いているわけだが、そもそも飛行しながらの戦いなど一朝一夕で出来る訳もない。
一夏が学んだ剣術が、劔冑の使用を前提とした武者剣法ならばすんなりと馴染んだかもしれないが、生憎と生身での戦闘を想定した剣術だった。

そんな中で地道に適切な鍛錬を重ねた、地力で勝る武者を相手にすれば、不意打ち・奇策に頼ることも多くなってしまう。

劔冑としての志保の性能も、それに拍車をかけた。
騎体性能だけで見れば平均的な、悪し様にいえば器用貧乏な性能だ。
尖った性能というのは欠点も確かに作ってしまうが、相手を圧倒できる戦術を作れるのだ。

そして不意打ちが失敗に終わったのならば、一夏がとる手段は防御に重きを置き、相手の戦術・思考を見定めて機を狙う物に切り替わる。

「あ~くそっ!? ISって量産型でもこんな銀星号もどきの機動をするのかよッ!!」
『慣性制御による他の空戦兵器を隔絶する機動性はISの強みの一つらしい、空に上がったのはミスだったかもしれんな』

だがしかし、それもISと劔冑の空戦性能の差で中々上手くはいかない。
ISの空戦機動はPICによる慣性・運動エネルギーの制御機能を元にしている、それにより航空力学を無視した不規則な機動をとることが可能である。
対して劔冑は母衣(ほろ)と呼ばれる主翼と推進機関である合当理を使用した、変な言い方であるが実に真っ当な飛び方をしているのである。故にいくら高性能な劔冑であっても航空力学の枠から逃れることはできない。
唯一の例外と言えば、重力制御の陰義を持つ銀星号――二世村正――、その力を受け継いだ三世村正ぐらいなものだろう。

それらの騎体との交戦経験をもとに志保が照準に補正を加えるが、やはり戦術理論が大きくかけ離れた兵器であるために命中弾は多くない。
しかし、今現在一夏が使用している洋弓は、かつて志保が生身での戦闘の際に使用していた洋弓とは違い、武者の膂力で引くことを前提に改良を重ねた特殊な弓である。
もとより弓矢という武器は、人力でありながら騎兵相手にも有効打を与えられるほどの威力を持つ。
そんな弓矢を劔冑の多大な膂力と装甲に合わせた造りにし、さらには強化魔術をかけているのである。
その威力たるや、最新鋭のIS用対物狙撃銃に比肩するほどだ。
この戦いにおける脅威してはそれなり以上であった。






「くうっ……弓矢といえど洒落になりませんね、この弾速と威力は」

PICによる空戦の優位は確保し続けていたが、相手の視線はこちらから外れることなく、ISに対しても脅威となる威力を持った弓矢が音速を超えて飛来する。
それが機体をかすめるたびに、<ラファール・リヴァイブ>のシールドエネルギーを少なからず削り取っていく。

だが、それにも増して真耶が脅威と感じたのは劔冑の装甲強度だった。
こちらも負けず劣らずアサルトライフルの弾丸を叩きこんでいるのだが、装甲に目立った傷は見られず、酷い時にもなると弾丸の入射角の影響で弾き飛ばされる時もあるのだ。
いくら使用するアサルトライフルが対IS戦闘において牽制が主目的であるとはいえ、その防御性能は脅威といえた。

真耶が感じることは、劔冑の常識では当然のことだった。
そもそも彼の世界において劔冑が戦場の主役で居続けた主な理由は、その頑強さにある。
人間用の銃器など劔冑に対しては何ら痛痒を与えられず。時にはその条理を逸脱した域にまで高められた反応速度でもって、弾丸を易々と弾き飛ばされ、例え劔冑用の銃器であっても、武者を撃墜するには速度を乗せた斬撃こそが最も有効であり、支援用の武器の範疇を逸脱しなかった。
しかもそれは性能で劣る数打甲冑の話であり、全ての性能において数打を上回る真打甲冑においてはそれ以上である。
曲がりなりとも真打甲冑である志保の装甲強度は、推して知るべしである。

無論技術レベルにおいてはISが圧倒的に勝っており、彼の世界との銃器の完成度においては比べるべくもないが、彼の世界における劔冑用の銃器は、その全てが仕手からの熱量供給によって威力を増したものである。
単に威力の面でいえば、それほどの差はないと言える。
劔冑に有効打を与えられる最新鋭武装、高速徹甲弾などISが喰らってもただでは済まないだろう。

おまけに装甲強度による防御は、攻撃を防御してもエネルギーを消費することなどない。
無論損傷すればその再生に仕手から熱量を奪い取るが、アサルトライフルの弾丸など劔冑の装甲には豆鉄砲に過ぎず、再生が必要なほどの損傷は与えられていない。精々引っ掻き傷がいいところだ。


『――――すまないが、接近戦も仕掛けてくれないか?』


そこに通信がかかる。
声の主は千冬であり、その内容は模擬戦であるのなら少々不躾といえた。
特定の戦術の強要など千冬も勿論言いたくなかったが、今回の模擬戦の目的は志保の、劔冑のデータ収集である。
前日聞いた話から、劔冑は刀剣類を使っての近接戦闘を主眼としており、現在の様な遠距離での撃ち合いはあまり目的にそぐわない状況だった。

「解りました、けど劔冑って絶対防御が無いんですよね、大丈夫なんですか?」

それもISと劔冑の大きな差異と言えた。
ISには専用のコンデンサーがあり、そこに貯められたエネルギーをすべて使い起動させる、シールドのオーバーブースト、通称<絶対防御>というものが存在する。
重大な危険が操縦者に迫った時、その生命を確実に保護する優れた機能で、唯一の欠点が発動時の多大なデータ処理により、ISと神経リンクしている操縦者がそれによりショック症状を引き起こすことぐらいだ。絶対防御発動時に操縦者が気絶する原因はそれである。

だがしかし、致命傷を確実に防ぐという点では非のつけどころの無い確実な機能であり、それが無い劔冑に接近戦を仕掛けるのは危険度が跳ね上がる。

『あの劔冑と言う兵器には、操縦者の再生力を飛躍的に高める機能も付随しているらしい、向こう側の世界においては腕一本切り落とされたとて、武者にとっては軽傷の範疇だとか言われてるそうだ』
「それはまた、出鱈目な話ですねぇ……」

千冬の言葉に乾いた笑みを浮かべる真耶。確かに腕一本が軽傷の範囲と聞かされればそんな反応の一つや二つ、出ても仕方がない。
何せ劔冑の中には、腕の肉がちぎり飛ばされようが、掌が焦げようが、指や肘の骨が弾けようが、肋骨や腸管が腹を食い破って出てこようが、そして真っ二つになろうが仕手が死なないものまであるのだ。


「それじゃあ、いきますっ!!」


不安をある程度消した真耶は、アサルトライフルを収納、代わりに片刃の近接戦用ブレードを展開する。
基本的に麻耶は何でもある程度はこなせるオールラウンダーであり、接近戦に関してもIS学園の生徒とは比べ物にならないほどの腕前を有していた。
故に、未知の相手との近接戦闘にも臆することなく、スラスターを全力で吹かし突撃する。
速度の乗ったお手本通りの一撃。正しく教材に使えるほどの真っ直ぐな、淀みない斬撃が一夏に迫る。


「その程度で落ちるかよッ!!」


だがそれも、一夏が即座に顕現させた白黒の双剣で防がれる。
真耶は防がれたと見るや、即座に全力後退。劔冑には到底真似出来ぬ出鱈目な機動で一夏を翻弄する。

「はああっ!!」

真耶の可愛げのある咆哮とともに、<ラファール・リヴァイブ>が上下左右入り乱れた機動でもって、一夏に全方位からの斬撃を喰らわせる。
その攻撃に操縦者の可愛げなど欠片も無く、苛烈極まる攻撃を防ぐことに一夏は全霊を注ぐ。
どうしても防ぎきれない攻撃は、志保が投影する刀剣の防壁でもって防ぎ、そのまま刀剣射出による牽制を行うが、最早戦いの主導権は真耶に握られていた。


「中々上手ですよ、織斑君」
「お褒めのお言葉どうもありがとう、……ぜってぇでかいのぶち込んでやる」
「あははっ、その意気ですよ」


会話でもまた、年下を翻弄するお姉さんと言った感じで真耶が主導権を握っていた。
頼りなさげな印象だが、一応真耶も教師と言うことなのだろう。
対する一夏は翻弄され続ける現状に歯噛みしながらも、只管に防御を続けるしかなかった。


『どうする御堂、これではじり貧だぞ』
(あれ、もしかして……?)


志保の金打声を聞きながら、一夏は一つの疑念を抱く。
依然として防御に全霊を傾けなければならない現状は変わらないが、実を言うとそれほど疲労はたまっていない。
言うほど真耶の猛攻を捌き続けることに、体力を消耗していないのだ。


――――そして、上”下”左右から猛攻を仕掛けてきている。


――――そのどれもが同等の威力を持って。


それを明確に意識した時、一夏の脳裏に一つの閃きが浮かぶ。





『なあ志保、もしかして――――――――――――――なんじゃないか?』




その一夏の推論は、志保にとって見ても盲点だった。


『成程、よく気付いたな御堂』
「ああ、最初に真っ向から受けた時から違和感があったんだ」
『なら、勝機はあるな』
「俺だってこのくらい気付けるさ、じゃあ行くぜぇッ!!」


志保の肯定の声とともに、機会を待つ一夏。
その機会は、ほどなくして訪れる。
相も変わらず目まぐるしく多方向から猛攻を仕掛ける真耶。そして、真耶が一夏の下からの突撃を仕掛けたと同時、一夏も動いた。


一夏の背後に展開した刀剣が起爆。刀剣を構成していた魔力の爆圧を推進力に転化して、急加速をかける。
真耶は“下方”から、一夏は“上方”からの突撃。お互いに同程度のスピードを乗せた突撃の軌道が重なった。


「てやあっ!!」
「はぁああっ!!」


咆哮が重なり、互いに音の壁を破り、互いの刃を打ちつけ合う。
火花が互いの視界を散らし、真耶の脳裏にはそのまま鍔迫り合いにもつれ込む光景が描かれるが、果たして結果は真耶の想像を打ち砕く。


「悪いがなぁ、軽いんだよッ!!」
「えっ!? きゃあっ!!」


真っ向から真耶を迎え撃った一夏の斬撃は、そのまま真耶を弾き飛ばす。
傍から見れば互角に見えたこの激突。だが現実は一夏の一方的な優勢だ。

無論、この結果には理屈があった。
確かにスピードは互角、だが大きな違いもあった。
先に述べたようにISはPICによって高い機動性を得ている。慣性・空気抵抗、そして何よりも”重力”からも解き放たれて。


――重力――


武者にとってこの要因を無視するものは素人と言っていい。
武者同士の空戦、双輪懸において元も知れ渡った勝利の常道は、高度優勢を確保し十分な加速と、何よりも重力を乗せた一撃こそが至当と言われているのだ。
ならばこそ、同じスピードならば重力の恩恵を捨て去った真耶の一撃と、重力の恩恵を享受した一夏の突撃ではどちらに軍配が上がるか、それを考えた場合先の結果は当然と言えるだろう。


弾き飛ばされ、大きな隙を晒す真耶を、勿論一夏が見逃す筈もない。
そのまま上方からの追撃、そこから放たれた横薙ぎの一閃は狙い過たずに<ラファール・リヴァイブ>の両手首を斬り落とす。


「俺の勝ちだよな、山田先生?」
「え~っと、織斑先生?」
『諦めろ、誰がどう見ても君の負けだ』


返す刃で真耶の首筋に刃を突き付け、一夏は勝ちを宣言する。
往生際悪く麻耶は千冬に縋るが、それも無慈悲に切り捨てられる。
こうして、異なる世界の最強兵器同士の対決は、劔冑の勝利で幕を閉じた。




――――この結果になった一番の原因は何かと言えば、ISが“若い”兵器であるの一言に尽きるだろう。




ISが世に出て高々十年近く。未だ各国はISと言う兵器の方向性を模索していると言っていい。
何よりも、構築された戦術理論<ブレイドアーツ>が、武者とは比べ物にならないほどに拙い。
大空を縦横無尽に飛び回り、比類なく増幅された身体能力で武器を振るう。
そんな兵器を十全に扱うには独自の理論が必要となる。人型をしている分、古来からの戦闘理論を注ぎ込むことができるが、ISと言う兵器に最適化しなければ意味がない。
成熟した戦術理論を構築するには、圧倒的に時間が足りなかったのだ。


対して劔冑は、神代の昔から使われ続けてきた“古い”兵器だ。
数百、数千年の長きにおいて築かれたその戦術理論の完成度はISと比べ物にならない。
斬撃一つとってしても、重力を乗せると言う武者剣法にとっての基礎中の基礎すら、ISにとっては“新しい“剣術理論<ブレイドアーツ>なのだ。
さらにはその力を余すことなく刃に乗せる体捌きなど、先の激突は真耶が負けるべくして負けたのだ。




こうして、今回の模擬戦で一番解ったのは、ISの未成熟さという一部の物には甚だ不本意なものだった。








<あとがき>
今回一番書きたかったのは、ISと劔冑の戦闘における違いなのですが、独自解釈入りまくりになってしまいました。
あと、今回の話を書いている途中、今後もし一夏が<白式>を使うならば、志保が<白式>に嫉妬すると言う光景が浮かんだんだがどうしてくれよう。




[27061] 外伝IF その五
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/25 17:18




一夏と志保がIS学園に転入して、二日目の昼休み。

「ねぇ、一夏――――」
「一夏、もしよかったら――――」

食堂に行こうとした二人、正確にいえば一夏のみを目当てにかけられた声。

「あたしが先よっ」
「私が先だっ」

一日目はバタバタとして声をかけられずに終わり、ようやく一夏と話せると思った矢先に思わぬライバルの出現。
鈴も箒も、これまで同じ学年というだけで面識があるはずなどなく、互いに敵意を剥き出しにして睨み合う。

「どうしたんだ? 箒も鈴も」
「あんた一夏とどういう関係よっ!!」
「そちらこそ一夏とどういう関係だっ!!」
「あたしは一夏の幼馴染よっ!!」
「私も一夏の幼馴染だっ!!」

共にもう叶う筈が無いと思っていた恋慕の思いを胸に滾らせ、当の一夏を置いてきぼりにしてヒートアップする鈴と箒。

「ここは、落ち着いたところで話し合ったほうがいいと思うのだが?」

そこに水を差す様に、一夏以上に置いてきぼりを喰らっていた志保が仲裁に入る。
だがしかし、二人にしてみれば再会した一夏とずっと一緒にいる正体不明の人物という認識しかなく、水を差すどころか余計に燃え上がらせてしまう。

「「やかましいっ!! そもそもあんた(貴様)は一夏の何よ!!」」

揃って放った問いかけに、簡潔な答えが返ってくる。

「私か? 一夏の相棒だ」

平然と言い放つ、二人にとっては最悪ともいえる答えに鈴も箒も放心してしまう。
相棒→ずっと一緒にいる?→つまりは恋人!? なんて言う図式が出来上がってしまったのだ。

「よし、今のうちに屋上にでも連れていくぞ? こんな人目の多い場所では落ち着いて話せないだろう」
「おい、今の狙ってやったのか?」
「さあ…どっちだと思う?」

志保はそんな二人の腕を掴むと、屋上へと歩き出す。

「俺としては……どうなんだろうなぁ」

頭をかきながら、一夏も屋上に向かって歩き出した。




================




とりあえず屋上にたどり着くと、すでに志保が弁当を広げていた。
見れば鈴と箒も弁当を広げているが、気になった点が一つ。

「――――なんで全員二人分あるんだ?」
「はぁ……二人とも一夏の為に作ってきたに決まっているだろう?」

その点を指摘したら志保がものすごい呆れた目で溜息を突いてきやがった。

「男の甲斐性の見せどころだぞ?」

確かに、数年ぶりにあった幼馴染二人がわざわざ俺のために作ってきてくれたんだ。
俺は三人の目の前に座ると、まずは鈴の弁当から食べ始めた。
おかずの中で一番メインである酢豚から箸を付け、あんを纏った豚肉を口に入れる。

「うまいっ!!」

あんの味付けと肉の味が調和して、本当においしい酢豚だ。
鈴のやつ昔は料理下手だったのに、すっごい上達したなぁ。

「あ、ありがと……」

鈴の奴はそんな上達ぶりを褒められたのか、俯いて照れていやがる。
俺の中ではいつも活発で元気な奴、という印象しかなかったから新鮮な感じがする。というかぶっちゃけ可愛い。

「ゴホン…一夏、こっちも食べてみてくれないか?」

こっちもこっちで頬を紅く染めて弁当を差し出してくる箒。あれ? 箒もこんなに可愛かったか?
よくよく考えりゃお互いガキの頃以来だからな、差し出す弁当箱を保持する両腕に挟まれた、強烈な主張をする丸いものが出来上がるぐらいには成長しているんだろう。

「それじゃあこっちもいただきます」

そして箒の弁当から唐揚を一つ口に入れて、醤油のしっかりとした味付け、溢れ出る肉汁と隠し味の生姜に舌鼓を打つ。

「うん、こっちもおいしいなっ!!」
「そ、そうかっ!!」

ありのまま伝えた感想に、花咲くような笑顔を見せる箒。
ここ最近身近にいた女性って……志保以外はかなり強烈だったからな。いや、志保も普通とはかけ離れたものだけれど。
こう普通に可愛い女性ってのは、ものすごい”くる”ものがある。
その時、ふと脳裏に一つの記憶がよみがえった。
幼いころの約束。昔はよく鈴の家の中華料理屋で晩飯を御馳走になっていた頃、鈴がしてくれた他愛のないもの。

「そういや鈴が昔約束してくれたよな」
「ふにゃぁ!? い、いきなり何言ってんのよ?」

あれ、何で鈴はここまで慌ててるんだ? ただの思い出話なのに。

「料理の腕が上達したら――――」
「あうあうあうあぁああにゃにゃああぁぁ!」

なんかすっごい顔赤くなって、猫…そう猫みたいに唸っている。うにゃうにゃ言って唸っているのははっきり言って、すっごい可愛いぞ、おい!!




「――――――――毎日酢豚を奢ってくれる、って奴」




しかし、俺が言葉を言いきると、その可愛さは霧散して……。

「ふ~ん、そんなこと言うんだ……」

ゆらり、と幽鬼のごとく立ち上がり右腕を掲げる。その掲げた右腕を中心に揺らぎが見えたかと思うと、人が扱うには不釣り合いなほどにでかい青龍刀が顕現する。


「――――この女の敵ィィィィッ!!」


俺を唐竹割にせんと振るわれるそれを、どうにか俺は干将・莫耶を両手に持ってどうにか受け止めた。

「え、なんだこの展開!?」
「やかましいっ!! まさかあんたからあの約束の話振るかと思ったけど、ご丁寧にあんな落ちつけてくれてぇッ!!」
「うぉ~いっ!! これ以上は洒落になんないってっ!!」
「こういうところはやっぱり変わっていないな、凰に同情するぞ……」
「まあ、いい薬だ一夏」

しかも箒はなんか呆れてるし志保はふざけたこと言っているし、ほんとに勘弁してくれ、というか誰か助けてくれ。

「そろそろ刃を収めたほうがいいと思うぞ凰さん、これ以上は少々まずい」
「………くぅっ、解ったわよ!!」

不承不承といった感じで鈴は青龍刀を離し、俺もどうにか刃を収める。

「た、助かったぜ志保」
「とはいえ今のは一夏が悪いぞ」
「……どうしてだよ」
「それを聞くか? なあ二人とも、一夏は昔からこうだったか?」
「ああ、全く変わっていない」
「本当にその鈍感っぷり変わってないわね!!」

何で鈍感だのなんだの言われなきゃいけないのか、こう、自分から昔のこと思い出して話を振っただけなのに。
おっかしいな、間違えてもいないはずなのに。

「それにしても……一夏もISを所持しているのか?」
「へ!? どういうことだよ箒」
「先ほど短剣を出したのはISの量子展開によるものではないのか?」
「私もそれは聞かせてほしいわね、そっちの女の素性も含めて」

確かに投影魔術なんて傍目から見たらそう見えるのかもな。IS学園で魔術なんて想像できるはずも無いし。
とはいえ説明してもいいのか? あんまり大っぴらにしちゃいけないと思うんだが。

「彼女の素性? どういうことだ凰?」
「そもそも人間じゃないわよ……絶対に」

鈴が志保のことを不審にのは当然だと思う…あの時志保を装甲するところ見られたわけだしな、けど、いつも俺を助けてくれた相棒なんだ。
有象無象ならいざ知らず、鈴や箒にまで志保をそういう目で見られたくない。

「――――わかった、ちゃんと説明するよ」

その代わり他言無用な、と念を押して俺はあの世界での出来事を説明した。







「――――というわけさ」

荒唐無稽と言える出来事をどうにか俺は説明し終えて、渇いたのどを志保が注いでくれたお茶で潤した。
鈴と箒は俺の話を噛み締めるように沈黙している。すると鈴がいきなり志保の方を向いた。

「えっ…と、衛宮さん?」
「志保でいいさ」
「じゃあ志保って呼ばせてもらうわ……ごめんなさい、酷いこと言って」

そう言って頭を下げる鈴。勢いで無神経なことを言った、と思っているんだろう。
判決を受ける罪人のような雰囲気で、頭を下げたまま動かなかった。

「別に気にしていないぞ? 人間やめたのは事実だしな」
「あ~、この場合は許してくれてありがとう……って言うべきなのかしら」
「私に聞くな、凰っ!!」

あっけらかんとそんなことをのたまう志保を前にして、鈴は釈然としない様子だった。

「志保がそう言っているんだから素直に受け取っておけよ」
「でも……」
「あんまり気にされすぎるのは逆に不快なんだ」
「そうそう、気にするなって」
「うん…わかった、これからよろしくね志保」

俺と志保の言葉で、ようやく鈴にいつもの笑顔が戻った。うん、やっぱ鈴にはこういう顔のほうが似合うよな。

「それにしても――――劔冑か、興味があるな」

箒はどうやら先ほどの話で劔冑にかなり興味を持ったらしい、実家が剣術道場なら当然か。

「しかも名剣名刀の類がそうなっているのだろう?」
「ああ、そうだぜ」
「ふむ、天下五剣とかさぞや素晴らしいものになっているのだろうな」
「私は詳しくないから刀の名前とか言われても正宗ぐらいしか浮かばないわ、ねぇ志保、正宗ってどんな奴だったの?」

普通誰もが名刀と言ったら正宗を思い浮かべるから、鈴の質問は当然のことなんだが……

「ああ、あの駄甲か……」
「ねぇ一夏、何であんな反応なのよっ」

明らかに不機嫌なオーラを漂わせている志保に鈴もビビり気味だ。さっきの鈴の失言でも軽く流していたのに、他愛のない質問でこんな反応されたらそりゃビビるよな。

「志保……正宗と仲悪いんだ」

脳裏に悪人即死ね一筋の正宗のぶっちゃけ悪人っぽい高笑いが再生される。

「仲……悪いんだ」
「ああ、志保は正宗――相州五郎入道正宗の仕手とはむしろ仲がいいんだけど、正宗自身とはすっげぇ仲が悪い」

志保は一条には同じような人生を歩んだ前世の経験から親しみを抱いているけど、正宗はそんな人生を無条件で肯定する正宗自身は蛇蝎のごとく嫌っている。
志保にしてみれば先に待つ破滅を知るのに、どうしてその道を歩ませるのか、とか思っていそうだな。

「それにしても志保の魔術にも興味があるな、数多の刀剣を作り出すとは」

箒の表情に志保を使ってみたいという欲求がありありと映し出される。
俺は志保の肩を引き寄せ、箒にしっかりと言ってやった。

「志保は俺の相棒だ、箒にはやらないぜ」
「お、おい……一夏」
「「――――志保は敵だな(ね)」」
 

あれ? 何でそんな反応が出てくるんだ?




=================




その日の放課後、俺は千冬姉に呼び出されてISの格納庫に来ていた。
本来男であるはずの俺にしてみれば、ISの格納庫なんて縁遠い場所――――の筈だったんだ。
とりあえず今の俺の所属はIS学園預かりとなっている。そもそもドイツの一件で死亡と断定されているのが突然、しかもISではない物でISを打倒しうる戦力を伴って、だ。
千冬姉の話じゃ、各国が俺の身柄やそれに付随する各種データを得ようと、連日盛大な会議を続けているらしい。
とまあ、そんな感じでなし崩し的にIS学園に入学したわけだが、IS学園においては全生徒のIS適性値を調べるのが義務付けられている。
当然、一応生徒となった俺と志保のデータも調べられたんだが、志保がまあ、劔冑にもかかわらずそれなりの数値を叩きだしたことはいい、前世は男であっても今は女だ。

「でもなんで俺にまでISの適性があるんだよ……」

そう、俺にまでISの適性があったのである。どうせ無反応だろうと高をくくっていた学園側の反応はそりゃあもう、驚天動地なんて表現が生温いぐらいに驚愕していた。
果たして俺は、劔冑という異世界の機動兵器を保有し、魔術という異世界の技術体系を習得し、おまけに現状世界唯一の男性IS操縦者という立場を得た、マジで世界で一番希少な人間となったわけだ。


――――勘弁してくれ。


おかげで各国が俺の確保に一層血道をあげてきてんだよ!! せっかく元の世界に戻れたんだから楽しいキャンバスライフを堪能させてくれ、それぐらい望んだってばち当たらないだろうが。
おかげで俺が外出すれば大名行列ならぬ、スパイ行列になってるからなぁ。
買い物するために駅前に出れば、俺と志保で二桁を超えるスパイを捕縛して、当初の目的を二人して忘れるなんて笑えない状況になっている。
学園側も一応護衛を付けているんだが、文字通り全世界から付け狙われている俺たちを守るのは不可能に近いらしい。

話が逸れた。とりあえず元日本国民である俺が他国にかすめ取られるのは避けたい事態らしい。
そこで急場凌ぎとはいえ専用機を俺に宛がって、ぶっちゃけて言えば唾を付けたいそうだ。
そしていま、その専用機が届いたんだ。絶対欠陥機まがいの奴だよなぁ。


「――――全く、そんな中途半端な機体を一夏にあてがうとはな」


俺の不満を代弁するように、志保が苦言を垂れ流す。

「そうはいってもISのほうが性能高いんでしょ」
「うむ、曲がりなりにも専用機だ、性能は折り紙つきだと思うぞ」
「鈴、それから箒、一つ言っておこう、スペックなんていくらでも覆せるんだ、一度山田先生と模擬戦したがな、あれぐらいならいくらでも覆せる手がある」
「あれぐらいって……本気じゃなかったんですかぁ」

志保にあれぐらい呼ばわりされて山田先生涙目だ。こっちの実力見るための模擬戦とはいえ負けた挙句にあれぐらい呼ばわりなんて、志保、ちょっと言葉選んでやれよ。

「山田先生、試合では一応あれが全力です、変な言い方ですけど安心してください」
「お、織斑くぅん、”試合では”ってどういう意味ですかぁ」
「それ以上を見せようと思ったら殺し合いになります」
「ひぃっ!?」

俺の言葉に一層怯えた様子になる山田先生。事実、それ以上を出そうと思ったら間違いなく宝具を使わなきゃいけない。
宝具って言うのは端的にいえば伝承・神話に名を残す、正真正銘必殺の武器だ。
そんなものに対してISの絶対防御が発動するか? と聞かれれば俺も志保もそろって首を傾げる。




「――――貴様ら真面目にやらんかっ!!」




音も無く振るわれた出席簿の乱舞。

「「「痛ぁっ!?」」」

鈴と箒とついでに山田先生がそれを喰らい、涙目になりながら痛みに堪えている。

「ほう、生意気にも避けるか」
「その程度、避けて見せるさ」

勿論俺と志保は避け切って見せて、千冬姉から闘志が漏れ出る。
予想外に生きのいい獲物を前に、千冬姉の表情に歓喜の色が張り付いた。

「それで織斑先生、一夏の機体はどこにあるんですか?」

そんな空気をあえて読まずに志保が放った疑問の声が、俺と千冬姉の間にあった奇妙な緊迫感を消し飛ばす。



「はぁ……そうだな、これが織斑のIS<白式>だ」



パスコードを打ちこまれて、格納庫の隔壁の奥から劔冑とは違う工業製品らしさを宿した鎧が現れる。
名は体を表すの言葉通り、その装甲表面は純白に染め上げられていて<白式>の名にふさわしいものだった。

「それで千冬姉――」
「織斑先生だ、この馬鹿もん」
「それで織斑先生、この機体はどんな機体なんですか?」

一応どんな距離でも戦った経験があるけど、やっぱり俺は剣を振るうのが性にあっている。
出来れば近接戦闘仕様の機体の方がいい。

「安心しろ、<白式>は近接戦闘仕様――いや近づいて斬るしかできん」
「はぁっ!?」
「これが<白式>の性能・武装データだ」

渡された端末に映し出されたデータに目を通す。スペックなんかのデータを見てもそもそも訳わかんないので、武装データのみにさっさと目を通す。
しかし、そのデータに映し出された武装の名前は一つ。専用近接戦用実体式ブレード一本だけ。
そして、それに付随するように専用特殊システムの名前が映し出される。


「――――おい、これ間違ってないよな千冬姉」


自分でもはっきり怒気が滲み出ているのを自覚できる程に、俺の声は強張っていた。
気付けは端末のプラスチック製のケースに罅が入るほどに、きつく力が込められて耳障りな音を立てた。

「おい、織斑先生と呼――――、一夏、その顔は何だっ!?」
「ちょっ!? 一夏、顔にっ!!」
「大丈夫なのか、おい!?」
「い、医務室に連絡しましょうか!?」

ああ畜生、せっかく隠し通せていたのに。
その時、おそらくは俺の現状の心当たりがある志保が、ひったくるように俺の手から端末を奪って目を通す。

「――――たぶんそうだと思ったが、皮肉が効いてるじゃないか」
「効き過ぎだ、これが俺の機体なんだぜ」

皆を無視して俺の状態に納得している志保に、千冬姉が皆を代表して質問する。

「おい衛宮、これはどういうことだ?」
「まず確認しますが、このシステムが<白式>には間違いなく搭載されているんですか?」

そう言って志保が端末を指さし、皆の視線がそこの一文に集まる。




――――電磁式剣戟加速機構<雷刃>




「そうだ、それがどうしたんだ」
「この機構は刀を弾体に見立てた、格闘戦仕様のレールガンということで間違いないですか?」
「ああ、よく予想がついたな、何せ時間が無かったから、倉持技研でもお蔵入りになっていたそのシステムを搭載したんだ」

時間がそれなりにあるならば“アレ”を搭載したのだがな、と呟く千冬姉。
“アレ”の正体は知らないが、代わりの物がよりにもよってこれは無いだろうと思う。

「ここにいる皆は私と一夏がどういったことを体験したか知っていると思いますが、当然、生死をかけた戦いも経験しています」
「ああ、いつの間に篠ノ之と凰にも説明したのか問い質したくもあるがな」
「一夏の顔に浮かび上がった傷跡はその時に付いた古傷、とりわけ一番窮地に追い込まれた時の物です」
「――――まさか」
「その通りです、奇しくも同じ技で傷を付けられたんです」

格納庫を何とも言えない沈黙が包む、皆一様にどう反応していいかわからないと言った感じだ。

「そいつが使う劔冑の陰義は磁力制御でさ、それを抜刀術に組み込んだ技を必殺の一撃としていたんだ」
「吉野御流合戦礼法迅雷が崩し――――電磁抜刀・穿、それが一夏を真っ二つ一歩手前に追い込んだ技です」

ああもう、なんかより沈黙が酷くなった!?
せめてなんかリアクションないとすごい気まずいな、う~むどうしようか。
そんな中、鈴と箒の涙に光るものが流れ、二人の口から嗚咽が漏れる

「ううっ、ぐすっ……一夏」
「一夏……いちかぁっ」
「泣くな二人とも!? 俺死んでないから、ピンピンしてるからっ!!」

ヤベェ……勢いとは言え泣きだした二人を抱きしめてしまった。女の子の柔らかい体の感触が、克明に俺の体に伝わってくる。

「………一夏の心臓の音がする」
「もう……どこにも行かないでくれ、一夏」
「ああ、俺は今ここにいる、生きているから」


――――なんてかっこつけても、俺の理性が死亡寸前です。誰か助けて。




=================




「――――ゴホン、そろそろ続きを始めるぞ」




千冬姉の咳払いを聞いて、二人の体がばね仕掛けのように飛び離れた。

「え~っと!! い、今のはそのですねっ」
「そ、そうですっ!! 不可抗力と言いますかっ」

二人とも顔を真っ赤にして千冬姉に言い訳を始めて、俺はと言えば理性を削る感触に夢見心地の状態だった。
女の子の甘い匂いと柔らかさは、一線を超えなかった自分の理性を褒めたいぐらい強烈な物だった。


「――――このたらし」


「何か言ったか? 志保」
「いや、何も言っていないぞ」
「そっか、それでどうしようか<白式>」
「別に乗ってもいいんじゃないか? 私に異論はないさ」

いや、でも絶対不機嫌ですよね、なんて突っ込みたいほどに志保の言葉にはそういう感情が込められていた。




「いい加減にせんか貴様らぁあああああああっ!!!!」




格納庫全体を揺るがす千冬姉の怒号。その場にいた俺を含めた全員が耳を押さえて悶絶する。
ここまでくれば一種の兵器染みた怒号は、確かにグダグダになった空気を吹き飛ばした。

「とりあえず織斑っ!!」
「は、はいっ!!」
「今すぐ<白式>に乗り込めっ!!」
「サーイエッサー!!」


なにはともあれこうして、<白式>のテストが始まった。




=================




「ふ~ん、これが一次移行<ファースト・シフト>か」

調整を完璧に終えた<白式>からは工業製品らしさが消えて、洗練された芸術品の様な気品が感じられた。
機体色も一層輝きを増した純白になり、火の光に当てれば“銀色”に見えそうでもあった。




銀色――――そう、“銀色”、あいつの色だ




脳裏に、精神の奥深くまで焼きついた無邪気な笑顔が映り、どうにかそれを封じ込める。
もう、終わったことだ。”蚊帳の外”で終わったことを気にしても仕方がない。
俺は“蚊帳の外”でしか、顛末に見れなかったんだから。

『どうした、織斑』
「何でも無いぜ、それよりテストといっても何やるんだよ」
『いきなり実戦をやれと言っても無理がある、そこであのシステムが本当に使えるのかを確認したい』
「どうしてだよ」
『未熟を晒すようで気が進まんのだがな、あれは私にも使いこなせなかったシステムだ、お前に本当に扱えるか気になるさ』

確かに、あの魔技と言える剣技、千冬姉であってもそうそう使いこなせなかったってわけか。
実は俺も自信があるわけではない。だからこそ、俺はインストールされていた実体式ブレードを出さずに、志保を通じてある刀を顕現させた。

「ねぇ一夏、なんなのその刀」

相手役を買って出た鈴が、<白式>の手に握られた刀――長大な野太刀を見て疑問の声を上げる。

「何なのって……剣技なんだから模倣から始めるに決まっているだろうが」
「もしかしてそれって一夏を真っ二つにしかけた刀のコピー?」
「大正解っ!!」

俺はその野太刀――虎徹――を右肩に担ぐように構えると、鈴に改めて注意を促す。

「おい鈴、避けようなんて思うなよ、防ぐことに全霊を傾けろ」
「なめてんの? くるのわかっていればいくらでも避けられるわよ」
「――――忠告したぜ」

とりあえず、こちらで外すか、そう考えながら機体にシステムの起動を命じた。
虎徹の刀身に、紫電が絡みつき大気が震える。同時に刀身に刻み込まれた経験をダウンロードする。
異質にして膨大な情報量が俺の脳髄をかき乱し、機を緩めればのた打ち回ってしまいそうな激痛を与えるが、それでも機体と精神の手綱は手放さない。
視線を前方に向ければ、鈴が昼間見せたIS用の巨大青龍刀を構えて迎撃態勢をとっっている。


そして、地面を蹴って距離を詰める。五十メートルは離れていた間合い。ISのスラスターがそれを瞬く間に詰めていく。


半分以上は詰まった間合い。しかし野太刀の刀身の長さを鑑みれば未だ遠すぎる。


鈴もそのことに油断している。”まだ振るわない”と………だから言ったんだ。防ぐことに専念しろと。
どうやら外すと決めたことは、間違いではなかったらしい。




――――ここはもう、この魔技の間合いだというのに。




=================




「――――――――――――――――――――――え!?」




鈴の感覚、<甲龍>のハイパーセンサーでも、未だ間合いの外だった。

――――外の筈だった。

だが現実は、<甲龍>右側非固定部位が<双天牙月>の刃諸共に斬り砕かれている。
斬撃の余波か、地面には真一文字に刻まれた深い亀裂が、未だ軽く二十メートル以上離れた<白式>の足元から<甲龍>の間近までで続いている。

「う…そでしょ!?」
「だから言っただろ、防ぐことに専念しろって」

一夏は野太刀を振り下ろした体勢で静止しながら、鈴の慢心をとがめた。
だが、鈴を責めるのは酷というものだ。剣圧のみでISのシールドを抜き、ISの武装と装甲を両断する技を想定しろなど誰にもできるはずがない。

事実データの観測を行っていた管制室でも、千冬ですら驚愕の表情を表していた。

「……まさか、ここまでとはな」
「全然見えませんでした、気付けば凰のISが斬られた後で……」
「安心しろ、というのも変な言い方だがな篠ノ之、私も見えなかった」
「織斑先生でもですかっ!?」
「ふぇ~、織斑君すごいですねぇ」




「――――――――ちなみに本物はあれに更に重力制御による加速を加えますから、威力は更に上がりますよ?」




志保の平然と放った一言で、驚愕を通り越して沈黙に包まれる管制室。
そこに一夏から通信が入る。

『織斑先生』
「どうした、何か不具合が発生したのか」
『なんか腕部のアクチュエーターに異常が発生しました、って表示が消えないんだけど』
「解った、とりあえず帰還しろ」
『了解』

通信を切った千冬は真耶と一緒に先ほどの一撃のデータを分析していく。

「データをまとめたら倉持の技術者に渡しておけ」
「了解です、織斑先生」
「やれやれ、――――それにしてもあの愚弟はいろいろと問題を起こしてくれるものだ」

言葉面だけを見れば千冬の口から出たのは確かに愚痴だが、それでもどこか誇らしげだった。

「フフッ、嬉しそうに言いますね」
「ふんっ」
「痛っ!? 酷いですよぉ織斑先生」

茶化す真耶の頭に、千冬の無言の鉄拳が落ちたのだった。









<あとがき>
実際本編と外伝、どっちが人気あるんだろうか……
しかし外伝でシャルロットとラウラはどう絡ませようか、シャルロットはともかくラウラが原作と同じことやったら原作以上にひどい印象になりそうだ。




[27061] 外伝IF その六
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/16 21:41

――――織斑一夏の生存は絶望的。




千冬は最初、“それ”が言語だと、意味を持った文章だと認識できなかった。
アラスカ条約に基づく各国合同の調査委員会の責任者の口から出た“それ”は、それほどまでに千冬の精神をかき乱した。
千冬だってわかっている、自身の目の前で発生した漆黒の球体に飲み込まれれば、いかなる命も生き延びる筈が無いと。

「――――そんな……そんなのは嘘にきまっているだろう」
「首謀者の自供、犯人たちの通信ログを調べた結果、織斑一夏さんがあの爆弾の起動に巻き込まれたのは、ほぼ確実かと……思われます」

責任者も、あの”ブリュンヒルデ”のあまりに憔悴した様子に、まるで汚泥を口の中に突っ込まれたような感触を味わいながらも、それでも、織斑一夏の死亡という覆しようのない事実を突きつけた。




「くぅっ……ああっ………ぅうああぁあああああああっ!!」




今の千冬はただ、泣くという機能しかないかのようにとめどない涙を流す。
千冬にとっては、織斑一夏という存在は生きる支えだったのだ。
両親に捨てられ、生きる標を失って、それでも唯一残った家族を守る。それだけを軸に進み続けた。
<白騎士>として世界を変える一翼を担ったことも、世界最強たる”ブリュンヒルデ”の座に就いたことも、一夏と共にあった日々に比べれば如何ほどの価値も無い。
泣けども泣けども千冬の内にできた、大きくて真っ暗な底無しの穴を埋めることはできない。


――――それでも、千冬には泣くことしかできなかった。


その涙に塗れた日々は数日続いた。その日々は衰弱し泣くことすらできなくなって、ようやく、止まった。


千冬の内に開いた穴は、埋まることなく広がり続けるだけ。
周囲の目には、失意に浸っていても僅かながら平静さを取り戻したと見えたが、それは単に穴が広がりつくして虚無感で安定しただけだった。
長年染み付いた生活習慣で、ロボットのように動くだけの日々。瞳からは生気が消え、精神からは生きる意志が消えた。


ただ、自分から捨てていないから生きているだけの、生きる屍だった。




=================




そんな日々に変化が訪れたのは、事後処理に忙殺されて一月が過ぎたころだった。
当事者にして加害者であるドイツは、当然のことながら事件終結後国内が大いに荒れた。
(最も人的被害・民間資産への被害は零に等しく、影響を受けたのは世論と軍部が中心だった)
ドイツ国民の目から見ても今回の事件は許されざる事件であり、軍部の刷新が声高々にマスコミで語られた。
勿論ドイツ側としても、事件唯一にいて最大の被害者である千冬への公式謝罪と賠償は必要不可欠なものだ。
一国家としての面子・体裁を保つための必須イベント。
そんな茶番に等しいものだったが、千冬にとっては招待されて行っただけの認識しかない。
最早、自分が行う行為に対してですら、何の感情も抱いていなかった。


まず千冬が招かれたのは、ドイツ軍最高司令部。
実行犯が軍のタカ派だったのだから、事件の詳細な説明、再発防止策の提示を行ってから、本格的に賠償の交渉に入るのがドイツ側の思い描いていた絵図だった。
その絵図に基づいた、微に入り細に入った軍からの説明を千冬は、手渡された分厚い資料に目を通しながら聞き入っていた。
その資料に目を通していた視線が、とある一点でピタリと止まる。

「この実行犯と一人とされる、ラウラ・ボーデヴィッヒですが――――」
「はっ、はい…例の爆弾を設置するのに関わった者の一人、とされております」

本人は関与を否定しておりますが現在厳格な取り調べを行っております。間もなく自供するでしょう。
ドイツ軍の幹部は平身低頭しながらそう答える。
だが、千冬に手渡された資料の記述と、何より鮮明に映された写真には銀髪が目を引く年端もいかない子供が映し出されている。
資料の端には、”デザイナーズベイビー”や”性能良好、だがナノマシン移植後は性能低下、サンプルとしては不適格”と表記されていた。――――それが、何よりも目を引いた。


「――――――――彼女に、会わせてくれませんか?」


千冬自身どうしてそう口にしたのか、自分自身ですらその行為の意味を掴みかねていた。
弟を“殺した“者に直接怨嗟の声をぶつけるのか? 

――お前のせいで弟は死んだ、と。

――なんで一夏を殺したんだ、と。

馬鹿馬鹿しい。千冬はその妄想を斬って捨てると、目の前のドイツ軍幹部を見据えた。

ドイツ軍側にしてみれば、今回の千冬への謝罪は絶対に漕ぎ着けねばいけないものだった。
いくら自国の経済に影響はないとはいえ、観光・輸出製品といった対外向けの物は、日に日にその収益を低下させていた。
故に、千冬への謝罪を行い、けじめをつけなければならない。
だからこそ、ここで千冬を怒らせる……不機嫌にさせるのすら論外であり、例え千冬の何げない言葉であっても絶対に”否”は言えなかった。

「わ、わかりました……現在取り調べ中ですので、硝子越しでも構いませんか?」
「ええ、構いません」




そうして千冬は軍施設内を通され、地下深くの取り調べ室へと案内された。
心理的な影響も加味してか、取調室に近づくたびに殺風景になっていく通路にはめ込まれた窓から、現在進行形で取り調べられている件の少女の姿があった。
完全防音のために室内の物音ひとつ聞こえないが、厳しい尋問の晒されても少女の瞳が訴えていた。




『自分はやっていない』、と。




理論も無く。理屈も無く。根拠も無く。証拠も無く。千冬は直感だけでその少女が、ラウラが嘘を言っていないと信じた。


――――この少女は、生贄なのだと理解した。


真っ当な生まれではないのだろう。だからこそ選ばれた。
不穏分子を一掃したと”箔を付ける”ためだけに、この少女は、ラウラ・ボーデヴィッヒは、濡れ衣を着せられて鉛玉をぶち込まれるのだろう。
どうせこの少女を選んだどこかの誰かは、どうせだからこいつを使おう、それぐらいの意識しかないはずだ。
弟を殺された謝罪の名目で、少女の命を散らされる。その汚泥と糞尿と腐肉を混ぜ合わせたとて及ばないおぞましい現実は、空っぽだった千冬の中に小さい“何か”を宿らせた。

「ぐはぁっ!! な…何を!?」

気付けば、千冬は軍の幹部の胸倉を掴み上げ、その体を壁に叩きつけていた。




「―――――――――おい、ふざけた真似をしてくれるじゃないか」




胸に宿る小さい“何か”は、瞬く間に千冬の心を染め上げた。
それは怒りだった。無色のキャンバスに描かれた混じりけのない怒り。

「落ち着いてくださいっ、どうかっ!!」
「あのラウラとかいう小娘、生贄なのだろう?」
「そ、そんなことは決して!!」

千冬は未だ醜い抗弁を続ける幹部の喉を鷲掴み、その白魚のような指に見合わぬ力を込めた。
幹部の顔は瞬く間に停滞した血流で真っ赤になり、泡状となった唾を吐きながらどうにか周囲にいた部下に声を飛ばす。

「か、彼女はぁっ、さ……錯乱しているぞぉっ、がはっ!! と、取り押さえろっ!!」

あまりのことにあっけにとられていた士官たちは、それでも訓練された俊敏な動きで銃をホルスターから取り出し千冬に突きつける。

「ふん」

その黒光りする銃口を、それでも千冬は目障りな羽虫を見るように一瞥すると、半死半生の幹部の体を放り投げると同時、地面を蹴った。
千冬に突きつけられた全ての銃が地面に落ちて乾いた音を立てたのは、その一秒にも満たない後だった。

「そう言えば、銃を扱うなど初めてだな――――確かこうだったか」

地面に落ちた銃を覚束ない手つきで扱いながら、その銃口が今度は幹部の頭蓋に突きつけられた。

「おい、誰でもいいからそこのドアを開けろ」
「は…はいっ」

そして千冬は幹部の身柄を人質にし、取調室のドアを開けさせて、完全防音であったが故に状況に気付いていない尋問官を蹴飛ばして少女の前に立つ。


「ラウラ、だったか?」
「ぇ……………………?」
「一緒に来るか?」


いわれのない罪を突きつけられ、それでも屈しなかったラウラの心は、疲弊しきって口を動かすことさえままならなかったが、差し出された千冬の手を握りしめて、明確にその意思を示した。

「そうか、少々不便な体勢だが、少し我慢してくれ」
「うん……」

千冬はそのままラウラの、ただでさえ軽いのに取り調べで一層痩せ細った軽すぎる体を肩に抱え、幹部の頭に銃口を突き付けたまま悠然と歩きだした。
千冬の進路にいる軍の人間たちは、千冬の視線だけで後ずさってしまう。
まるでモーゼの十戒のように、まるで無人の荒野を歩くように、千冬の行進を阻むものは一つとして存在しなかった。




=================




だが、その行進も司令部の建物から出るまでだった。

「「「鉾をお納めください、ブリュンヒルデ」」」

晴れ渡る青空の下、千冬を出迎えたのは三つの銃口。
しかし、その脅威は先ほどの拳銃とは比べ物にならない。まず、サイズがあまりにも違う。
人に扱えぬ巨大な銃火器。その威力は確実に生身の人間に向けるのは威力過多だった。
ならばその射手は、生身の人間ではあり得ない。


空に浮かぶは漆黒の鎧を纏いし三人の戦乙女<ヴァルキリー>
千冬を出迎えたのは、ドイツ総司令部付きの精鋭IS部隊だった。
たった三機、否、一機で国家のパワーバランスの一翼を担うISが“三機も“いるのだ。
あまりにも戦力過多。あまりにも強大無比な戦力。
しかし、応ずる千冬とて本職はIS操縦者。国家代表、ひいてはブリュンヒルデにまで上り詰めた彼女に、専用機が宛がわれていないなどあり得るはずもなかった。
千冬は人質としていた幹部を蹴り飛ばし、ラウラの体を優しく降ろす。


「まあ、貴様らに咎はないが、押し通らせてもらおう」


刹那、千冬の体を桜色の装甲が覆う。世界中で誰もが見知った最強の二文字を戴く鎧。<暮桜>が、その威容を顕現させた。
同時、自身が最も信頼する刀。現代唯一、伝説に謳われし刃。<雪片>を展開する。

「おやめください!! いくら<暮桜>であっても競技用にデチューンしたIS、例え乗り手があなたであろうと軍用IS三機には勝ち目がありません!!」

千冬を尊敬しているのだろう。言葉の端々に敬意を滲ませながら、ドイツ軍のISパイロットが必死に懇願する。
確かにその通りであるし、実際千冬の実力を鑑みてもこの状況、一機二機は落とせるかもしれないが、それでも三機となると確実に負ける。
それでもなお、千冬は刃を納めない。それどころか、ピクリとも動かない。かろうじて、ラウラに被害を及ぼさぬように空中に上がったぐらいである
右手に携えた<雪片>の切っ先をだらりとさげて、空に浮かぶ三機のISをじっと見つめる。


(――――どうしてだろうな、“怖いとすら思えない”)


状況は最悪。一騎打ちでは勝てるが、これは三対一である。
自身が一であるのなら、恐怖の一欠けらでも抱いてよさそうなものだが、千冬の精神は湖面の如く凪いでいた。


「投降の意思はないと判断しっ!! これより実力行使による無力化を開始しますっ!!」


業を煮やしたIS部隊の隊長の号令で、三機のISが一斉に動き出す。
同時、三つの砲口から一糸乱れることなく放たれた紫電纏う弾丸――――試作型レールカノンが火を噴いた。
だがその発射の瞬間まで、千冬は指先一つ動かさず不動のまま。
命中は必然。最早覆しようのない不変の事実。

「「「なあっ!?」」」

三人の声から驚愕の声が飛び出る。ISのハイパーセンサーによって強化されているはずの感覚器官ですら、いつ振りぬいたかすら判らぬ<雪片>の鋭利な刃が、三つの紫電纏う弾頭を斬り割っていたのだから。
レールカノンの弾頭内の炸薬が、思い出したかのように起爆し<暮桜>の背中を後光の如く照らしだす。


(ああ……今私は“斬った”のか?)


おぼろげな浮遊する感覚の中、千冬がそのことを認識したのは爆発と同時。
事実、<雪片>を握る刃には、斬った感触など毛筋一つも感じなかったのだから。

<暮桜>には確かにISを一太刀の元に斬り伏せられる機能、<零落白夜>が備わっているが、それも対象が何らかのエネルギー兵器を搭載していなければ意味が無い。
決して、こうまで見事に音を置き去りにして飛来するレールカノンの弾頭を、両断する性能など備わっていない。


――――ならばこれは何だ。


その条理を捻じ曲げ無視した異様極まりない光景に、絶句する三人。

「偶然だっ!! 偶然に過ぎん、あんな奇跡は二度も起きんっ!!」

それでも己が責務に従い、隊長の怒号とともに三機のISが<暮桜>の周囲を取り囲み、それぞれがIS用のハルバードを構える。
千冬はまたもや、動かない。必要などない、そう言わんばかりの静止だった。


「「「ハァアアアアアアァァァッ!!」」」


三機のISが同時に瞬時加速を起動。三方向からの音速を超えたランスチャージ。
しかも、それぞれがほんの僅かにタイミングをずらして、回避を困難にしている水際立った連携を前にして、感覚時間を引き延ばされた千冬の精神は、それでもなお静謐な水面の如く、揺れず、不動であった。


体を捻り、毛先一筋の見切りにて初撃を回避。弐撃目を、<雪片>の切っ先にて優しくいなす。参撃目はいなした敵手の穂先にて迎撃。


緩やかな、しかし無音の領域で行われた千冬の絶技を前に、水際立った連携程度ではいささか不足に過ぎた。
ここにきてようやく、隊長は戦力の不足を悟った。今の千冬を鎮圧するには“たった三機程度”のISでは全く足りない、と。
最早、ブリュンヒルデの名すら霞むほどの何かに、今の千冬は成り果てていた。


虚無を染め上げた怒りが到達せしめた、“無想”の領域。

――――倒す。その一点に純化された千冬は、まさに一振りの刀。

肉親を喪った果てに到達した、皮肉極まる境地だった。




「――――――――随分と鈍間だな」




咎める声は、遥か天空。

「まずいっ!! 各機散開――――」

隊長が回避を指示しつつ千冬を見据えるが、時すでに遅し。
三機まとめて仕留めるために<暮桜>の爪先を起点に、最大範囲で展開されたシールドバリヤー。同時に発動された瞬時加速。爪先を破城鎚の如く三機のISに掲げ、背部のスラスターが最大出力で火を噴いた。


まるで、――――天から堕ちる様に千冬は進む。


未だ固まっている三機のISめがけ、一筋の彗星の如く。


さながらそれは、――――天の座から堕ちる、一筋の小彗星<フォーリンダウン・レイディバグ>


果たして千冬の一撃は、彼の魔剣に劣らずの威力をまざまざと見せつけた。
ドイツの精鋭IS三機の撃墜という、明確な結果を伴って。
最早今度こそ、千冬の歩みを阻むものは存在しない。絶対防御が発動し、単なるガラクタに成り下がった三機のISをしり目に<暮桜>を格納した千冬は、目の前の光景を信じられないような目つきで見つめていた幹部の前に立つ。

「――――おい」
「ひ、ひぃっ!!」
「貴様らの茶番、付き合ってはやろうさ、―――――――――だからもう、余計なことはするなよ」

千冬の底冷えする気配に、幹部は失禁しながらも壊れたように頷いた。

「では行こうか、ラウラ」
「……わかった」

そうして千冬はラウラを伴って、司令部を後にしたのだった。




=================




結果的に千冬の凶行が表ざたになることはなかった。
したくともできなかったと言っていい。そんなことをすればドイツという国の体面が、修復不可能なほどに破壊されるだろう。
無論、コア・ネットワークによって他の国々も戦闘があったことを知り得たが、どの国も藪をつついて蛇ならぬ龍を出すつもりなど毛頭なかった。


”織斑”には手を出すな。それが世界の共通した認識だった。


帰国直後、千冬は一線を退き、設立間もないIS学園で教鞭をとることを選択した。
多忙だったそれまでの日々から、少しばかりの余裕ができた。


「とりあえず、今日からここがお前の住処だ」
「――――ひとつ申し上げてよろしいですか?」
「何だ? 言ってみろ」
「随分と散らかっていますね」
「…………言うな」


ラウラが初めて織斑邸に来た時は、“片づける者”がいないために散らかり放題の光景が広がっていた。
だが、ラウラは決意に満ちた表情を千冬に見せると、きっぱりと言い切った。

「ならば私が片付けましょう!!」
「そ、そうか……?」

千冬にはそんなことを押し付けるつもりはなかったが、ラウラは千冬が拒否する前に晴れやかな笑顔で言い切った。


「――――だってここは、今日から私の家でもあるのですから!!」


その言葉を聞いて千冬はしばらくの間放心し、「な、何かおかしいことでも言ったでしょうか?」と、不安げな表情で尋ねるラウラを前にしてようやく再起動した。

「そうか、そうだな、じゃあ頼むぞラウラ」
「はいっ!!」

それから、千冬とラウラの奇妙な共同生活が始まった。

「たっ、大変だ千冬っ!! 炊飯器がぁっ!?」
「ドイツ生まれのお前には、炊飯器の使い方から教えねばならんか……」

炊飯器を始めて使ったラウラが、水を入れ過ぎて吹きこぼし――

「ち、千冬、大丈夫なのか? そんなもの食べて」
「不味いに決まっているだろう」
「あうっ!?」
「――――だから次は、ちゃんと作れ」
「うんっ、任せてもらおう!!」

不味い不味いとぼやきつつも、ラウラの炊いたご飯を完食したり――


「うう、こんな短いスカートなど何で穿かねばいけないのだ」
「いい加減学校の一つにでも通わさんと、ご近所の目がきついんだ、我慢しろ」

慣れない中学校の制服に不満を漏らすラウラの姿に、千冬が感慨深いものを感じたり――




傷の舐め合いなのかもしれない。唯一の家族をうしない孤独になった千冬と、自身を生み出した祖国に裏切られ孤独になったラウラは、ささやかな、けれども波乱万丈な毎日を過ごして、少しずつ“家族”となっていったのだった。




=================




「――――とまあ、こんなことがあったんだ」


一夏が帰還し、予断は許されぬものの自宅に帰宅できるぐらいの余裕ができた千冬は、一夏と志保を伴って帰宅し。

「お帰りっ!! ご飯出来てるぞ千冬っ」

元気溌剌と言った感じで出迎えたラウラに一夏が面食らい、千冬はそこでようやくラウラのことを話し忘れていたと気付いたのだった。


「そっか……心配かけてごめん千冬姉」
「ふんっ、お前が心配するなんて十年早い」


千冬が語ったこれまでの経緯を聞いて、一夏は頭を下げたが千冬にとってはそれは的外れな物だった。
一夏に咎などなく、こうしてまた暮らせるその事実だけこそが千冬にとっては重要なのだから。

「それより、せっかく今日はラウラが頑張って豪勢な食事を作ってくれたんだからな、速く食べるとしよう」
「そうだぞ、いきなり四人前の食事を作ってくれと言われて必死になって作ったんだからなっ、一夏も志保も早く食べてくれ」
「おうっ、んじゃあいただきま~すっ」
「そうだな、ラウラちゃんの手料理を冷ましてしまってはもったいない」

笑顔でラウラは料理を進め、一夏と志保も笑顔で食事をとる。
そんなどこにでもあるありふれた光景。けれど、それを見つめる千冬の視界はなぜか滲んでいた。


(――――そうか、嬉しいんだ、私は)


”嬉し涙”など流すのは、いったいいつ以来だろう。
胸に宿る確かな暖かさ。生まれてからずっと一緒だった家族も帰ってきて、悲しさを癒してくれた新しい家族も変わらずにいる。向こう側でずっと一夏を支えてくれた志保とは、どんなこれからが待っているのだろうかと期待が満ちている。


――――きっとこれからの自分たちには苦難が待っているだろう。一夏の存在はそれほどまでに世界に影響を与えるものになってしまっているから。


――――それでも、千冬は胸を張ってこう言える。




「なあ皆、私は今――――すごく幸せだ」















<あとがき>
感想でも何人かが「千冬とラウラはどういった関係になっているのか?」と、疑問に感じていたので作者も外伝世界でラウラと千冬はどういった形で出会うのか、と考え今回の話を書いていったら、千冬が魔剣・天座失墜・小彗星を使うというわけのわからない方向に…………何でだ?(割と真剣に)
ちなみにラウラは軍から離れて日常生活を結構長い間過ごしているので、原作より砕けた性格になっています。
そして、そんなラウラを友人として接しながら淡い思いを抱く、五反田弾という同級生がいるとかいないとか。





[27061] 外伝IF その七
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/29 00:22




「――――お前、面白い奴だな」
「――――そうか?」
「うむ、聞いたことも無い話を然も見知ったかのように話し、事なかれ主義のように見えて時には六波羅と敵対したりな」
「やりたいことをやっているだけさ」
「それもまた良し、だ――――――――実に単純な正答だと、俺は思うぞ」


偶然出会って、何気ない会話を交わして、俺と彼女はそれだけだった。
天真爛漫、無邪気。彼女を現すとしたらそんな言葉がぴったりだったと思う。
天真爛漫だから己の気持ちにまっすぐに生きてるし、無邪気だからこそ銀星号なんてものになってしまった。


「彼女はやがて、世界を滅ぼすぞ」


彼女と初めて会った時から、志保は彼女のことをそう評した。
事実、彼女は世界を滅ぼしうる悪鬼だったし、生かしておいても災厄しかもたらさない。
「まあ、私は一夏がどんな選択をしようと最後まで共にいるよ」、志保はそう言って決断を俺に委ねた。
それはきっと、“同じような選択”をして引き返せない道を歩んだ、志保なりの優しさだったんだと思う。


彼女に、俺は惹かれていたのかもしれない、恋をしていたのかもしれない。


救おうとした。けど彼女が求めるものは、俺には絶対与えられないもの。
止めようとした。けど俺は彼女を止めるほどに強くなかった。


俺に許されたのは、傍観者であることだけ。
心底胸糞悪くなる魔剣に貫かれる彼女が、安らぎの中永久の眠りに就く、その姿を目に焼き付けることだけだった。
多分“俺”という存在は、彼女になにも影響を与えなかったのだろう。いてもいなくても彼女の辿る道筋に何ら変化をもたらさない。


だから俺の初恋は、無意味に始まって無意味に終わった、ただそれだけの無意味な物だった。




=================




「いいのか、志保」
「いいさ、……今はまだ会えない」

二人の視線の先、とは言っても優に一キロ先の家の中で、涙を流しながら手紙を読む志保の両親の姿があった。
完全に身元が各国に知れる形となった一夏と違い、志保はまだその正体を知られていなかった。
劔冑になったせいだろうか、白髪に褐色の肌という蝦夷の民か、あるいはかつての衛宮士郎を想起させる風体になったのも、志保の身元を隠す一因となっていた。
そんな状態でのこのこと実家に顔を出せば、両親に危害が加えられると思った志保は、それならばと、自身の秘密、これまでの経緯を余さず手紙にしたためた。

志保に許されたのは、手紙を受け取った両親の姿を遠目から見つめることだけだった。

涙を流し、自身が書いた手紙を読み進める二人の姿を見て、志保の目にも流れるものがあった。

(弱くなったんだろうか、私は)

”衛宮士郎”ならばこの状況、涙を流していたのだろうか。
いや、きっと表情を変えずに耐えて、そして、その鋼の精神で、誰にも弱みを見せずにいただろう。
志保は自身の精神が弱くなったことを自覚しながら、背中に伝わる感触を確かめていた。

「どうしたんだ?」
「泣いてりゃ心配の一つもするっての」

志保の背中に感じるのは、この数年で大きくなった一夏の背中。
感触は感じても、重みは感じられず、それどころか寄りかかれそうであった。

「どうしてほしいんだ?」
「支えたい、志保のこと」
「ふん、生意気言うな」
「そう言って寄り掛かってくれるのはどこの誰かな」

――第一、頼ってばかりじゃ相棒と言えないだろ?――

志保の口には、かすかに微笑みが浮かぶ。
一層、志保は一夏へと体重をかけた。それでも一夏は平気な顔をしていた。

「なんだ? そんなにニヤニヤして」
「いや、志保って軽いんだな、って今更わかった」
「待機形態になってやろうか?」

ばかでかい鋼の鷹は支えきれないだろう? と志保は言外に言い含める。

「それじゃあ俺は装甲するぞ」
「ああ言えばこういう、生意気だな」
「いつまでも志保に言いくるめられてちゃ、いつまでたっても志保を支えられないだろ?」
「馬鹿言うな、私の役目はお前の刃となることだ」
「劔冑の志保の役目はそうだろうけどさ、衛宮志保を支えたいって言ってるんだよ、俺は」
「”年下”に支えられるほど落ちぶれちゃいないよ」
「”今は“同い年だろ?」

確かにそう、衛宮志保と織斑一夏は同い年。
別にまあ、同い年同士なら男性がリードするのは、見栄えはいいのだろう。


「本当に、――――生意気になった」


苦言の体ではあったが、志保の口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
完全に体重を一夏の背中にかけて、一夏に支えられる感触を堪能する。

「だからこれは、その罰だ、しっかり耐えろよ」
「罰だなんて思えないなぁ、一方通行じゃないって感じられるし」
「私の主ながら変な奴だな」
「泣いた鴉がもう笑う……ってのは少し違うか、志保怒り顔だし」

一夏の言う通り、確かに志保の瞳からは涙が消え去っていた。
その代わり、一夏にいいようにされたせいか志保の顔には赤みが差していた。


「まあ…………ありがとうって言っておく」
「俺としてはお礼は笑顔で言ってほしいなぁ、志保の笑顔可愛くて俺好きだし」
「か、可愛いとかいきなり言わないでくれ」
「あと、そんな照れた顔も」


こんなとき志保は、やっぱり自分は”衛宮志保”なのだと実感した。
ただの女の子のように、身近な友人の言葉で一喜一憂するのは、年頃の乙女としか言えなかった。
けれどそんな変化を、志保は心地よいと感じていた。
多分真っ当になっているのだろう。劔冑となって数年が過ぎて、気付けばもう一夏の為に動くのが当たり前になってしまった。

もし、あの時異世界に飛ばされていなかったら、きっと、あまり変わっていなかったのかもしれない。

今の自分に一<一夏>を捨てて、名も知らぬ九を助けられるか、と聞かれたら無理と答えるだろう。

(なあ……一夏、私を支えたいと言っていたが、お前はもう、私を支えて<救って>くれているよ)

志保は一夏の背中から素早く離れると、一夏を置き去りにするように歩き始める。
そうはさせまいと志保の背中を追う一夏に、志保は振り向かずに言葉をかけた。

「一夏」
「急に先行ったりして……どうしたんだよ?」




「――――――――私を”弱くした”責任、ちゃんととってくれよ」




志保にその台詞を、一夏の夏を見つめて言うなんてことはできそうにもなかった。
限界を超えて真っ赤になった顔を一夏に見られまいと、志保は足早に走り去る。
一夏に出来たのは、呆然とした表情で志保の背中を見送ることだけだった。




=================




セシリア・オルコットが彼女を見かけて声をかけたのは、決して偶然などではなかった。

「衛宮志保さん、だったかしら、ちょっとよろしくて?」
「ん? 君は確かクラス代表のセシリアさんだったか?」

中庭のベンチで一人思索にふけっていた志保は、セシリアからかけられた声に思考の淵から這い上がった。

「その、少しあなたのマスターである織斑一夏さんのことについて、お話を伺おうかと」
「マスター、って………」
「その、鈴さんからあなた方の事情は聞きましたわ」
「そっか、そういえばセシリアさんもあの場所にいたな」

自分と一夏が帰還した光景を見られているのだから、鈴としても隠し通せるものではなかったのだろう。
志保は脳内でそう結論付けて、改めてセシリアに問いかけた。

「それで、要件は何かなセシリアさん」
「聞けば……一夏さんにはIS適性までおありになったとか」
「それまだ一般生徒には流れていないはずなんだがなぁ」
「生憎と、これでもイギリスの代表候補生ですの、一般生徒よりかは権限がありますわ」
「ふむ、”そういうこと”もあって一夏のことを聞きに来たわけか」

既にセシリアと似たようなことを行ってくる生徒は数人いた。
いずれも何らかの形で国家・企業と関係あるものばかり。セシリアもまた、国側からもそう言い含められているのだろう。

「大変だな、そういう立場になるのも」
「純粋に励ましの言葉と受け取っておきますわ」

嘆息し、志保の励ましの言葉に疲れを滲ませた感謝の言葉を発したセシリアだったが、咳払いをひとつして話の流れを本筋に戻した。

「コホン!! それで……ええと…・・こういうとき何を聞けばいいのでしょうか?」
「私に言われてもなぁ、ISなんて門外漢だしな」
「そうですわよねぇ、本国から至急調査せよと言われても、そもそもどんな情報が有益なのかわからなければ意味がありませんわ」
「ふむ、それじゃあ今回は私とセシリアさんとの友好を深めればいいんじゃないかな?」

つまりは調査対象とパイプを作れ、と志保はセシリアにも有益な逃げ道を提示した。

「成程、それじゃあどんなことを話しましょうか」
「セシリアさんは私の事情を知っているだろ?」
「ええ、荒唐無稽過ぎてすんなりとは受け入れられないような話でしたが」

あれでは調査結果とするわけにはいきませんわ、と獲物をみすみす見逃したような感じのセシリア。

「それじゃあ、セシリアさんのことを教えてもらおうかな、それでおあいこだ」
「ふふっ、ええ、いいですわ」

志保の提案に、セシリアは優雅な微笑みを見せて同意を示す。
そこからセシリアはIS学園に来るまでの経緯を、少しずつ語り始めた。
両親の死。残された莫大な遺産。
女傑と言えるような母親と、それに媚び諂う父親。抱いていた感情はあまり良くなかったけれども、それでも禿鷹のような親戚に両親の残したものを渡そうなどと思えず、我武者羅に頑張ってきたこと。
そんな中ISへの高い適性が認められて、その結果代表候補生となり今に至る。
志保が純粋に聞き役に徹していたからか、セシリアは自分でも意外なほどに饒舌に語っていた。

「これでは立場が逆ですわね」

本来ならば語るべきは志保の筈である。セシリアは調査するものなのだから。
苦笑するセシリアに少々罪悪感を覚えたのか、志保は一つの提案をした。


「その…じゃあ一つ私の悩みを聞いてくれないか?」


先ほどまでの毅然とした態度を消して、照れた感じでそう話す志保。
急変した志保の様子にセシリアは疑問を覚えたが、志保の気遣いからくる行動に水を差そうとはしなかった。

「その…だな……気になる奴がいるんだ」
「気になる…奴ですか」
「ああ、会った時は弟分という感じだったんだが、最近はちょっと頼れるようなところ見せてくれたりして」

だんだんと、か細い声になっていく志保。セシリアはもうこの時点ですでに志保の相談内容がある程度わかった気がした。

「普段は調子のいい奴なんだが、時々真面目なこと言ってきたりしてドキドキしてしまったり」
「はぁ……それで肝心の悩みというのは?」

最早のろけに近い志保の言葉に、僅かな情報しかなかったとはいえこれまで志保に抱いていたイメージを粉砕されるセシリア。
そして志保は、しばらくの沈黙ののち、ようやく悩みを口から絞り出した。




「私が今そいつに抱いている気持ちって、本当に友情なんだろうかと悩んでてな」




それを聞いた途端、セシリアは芸人のようにベンチから転げ落ちた。
日頃意識している貴族としての礼節をかなぐり捨てたその転倒は、それはもう見事な物だった。
自慢の金糸の様な髪を地べたに広げながら、セシリアは志保が言った言葉の意味を改めて自分に問いなおしていた。

(もしかしてこの方、そこまで来ておきながら自分の恋心に気付いていないのですか!? あ……呆れるほどに鈍感ですわね!!)

そう、志保は一夏に抱いている気持ちを、未だ友情だと認識していたのだった。
そもそも志保の恋愛経験は、前世も含めれば当然のごとく女性にしか向けられていない。
男性への物は、完璧に初体験なのである。
だがしかし、その様は完膚なきまでに恋する乙女のそれであった。


(い、意外と可愛い方なのですわね、毅然としているように見えて、どこか致命的に抜けているというか………)


衛宮志保は結構可愛い。それが今日セシリアの調査で判明した中で、一番強く印象に残ったものであった。








<あとがき>
本編の筆は進まねど、外伝の筆は思うように進む今日この頃。
もういっそのこと外伝を先に書きあげようかなと、本末転倒無ことを考えてしまったり。
一応外伝は福音との戦いで完結する予定ですので。
あと、外伝は皆様志保ヒロインルートとして認識されてるみたいなので、拙い文才ながらも志保のヒロイン力を上げてみたらこうなった。読者の皆様の望む方向と合致していたらいいのですが



[27061] 外伝IF その八
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/09/29 22:53




「初めまして、シャルロット・デュノアです」

中世的な容姿の美少女。自己紹介によればフランスの代表候補であるらしい。
見目麗しい彼女の容姿は見惚れるほどの物だが、一夏の胸中には“またか”という諦めに近い思いがあった。
一夏の帰還からかれこれ一カ月近くが過ぎたが、こんな時期に“フランスの代表候補生”がわざわざIS学園に転入するということは、まず間違いなく一夏目当てであるのだろう。

(裏が無けりゃあなぁ……、友達になれそうなのに)

頬杖をつきながら、そんなとりとめも無いことを思う一夏であった。
そして当然というか、シャルロットの席は一夏の隣であった。

「よろしくね? 織斑一夏君」
「ああ、よろしくシャルロット」

とりあえずは作り笑いを浮かべて、無難な対応をとる一夏。
シャルロットはそんな一夏に差して害した様子も無く、一夏の目には心底からの笑顔としか見えない表情を浮かべるのだった。

(何かすっげぇ駄目な奴だ、俺……)
「気分悪いの?」
「見世物になるのがこれほど胃に来るのかと、日々痛感してます」

シャルロットの憐れむような笑顔。一夏はままならない己が身をどうにかしたいと改めて決意した。




「――――どうすりゃいいと思う?」
「それを私たちに聞きますか!?」
「むしろあたしとしては上からの命令なんて渡りに船というか……」

学食での昼食時間。一夏の質問にセシリアは呆れた声を上げ、鈴はしりすぼみになりながら、聡い者が聞けば告白に聞こえるような答えを返した。

「ふん!! どうせ一夏は女に言い寄られて嬉しいんだろう」
「裏が無けりゃ嬉しいけどさ、箒みたいに」
「そっ!? それは……」
「やっぱさ、気の置けない友達っていてほしいんだよ」
「ああ……どうせそんなことだろうと思ったぞっ!!」

箒は嫉妬混じりの苦言を漏らし、一夏は無自覚な思わせぶり発言でそれを撃退。
顔を真っ赤にして起こる箒に、鈴とセシリアが生温かい憐れみの視線を向けていた。

「全く、一夏はもう少し聡くなった方がいいと思うぞ」
「ん? どういう意味だよ志保」
「まあ、聡くなったらなったで手が付けれそうにないけど」

一夏の鈍感さを指摘する。実に真っ当な志保の発言だが、セシリアだけはその発言を聞いて頭を抱えそうになった。

(……志保さん、その発言は自分にも帰ってきますわよ)

いっそ無粋かもしれないが、洗いざらい二人にぶちまけたい欲求を耐えながら、セシリアは紅茶を飲んでその思いを飲み込んだ。

(…………そういえば)

その時セシリアの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。一夏と志保はセシリアが知る限り、昼食はいつも手製の弁当である。
それも、“おかずが全く同一”の弁当である。蛇が出てくるのは確実ながら、セシリアはその藪をつつく欲求に抗えなかった。

「そう言えばお二人の昼食はどなたが作られてるんです?」

セシリアの疑問に一夏と志保はしばし顔を見合わせ、二人ともが顔を紅くし実に照れくさそうに答えた。

「「…………毎朝、一緒に」」

同時、割りばしの折れる音が二つ、セシリアの耳に嫌に鮮明に届く。
音の主は勿論鈴と箒。二人にしてみれば今の答えは間違いなく宣戦布告であった。
地獄の獄卒すら裸足で逃げ出しそうな気配を漂わせながら、二人は視線でセシリアに続きを促す様に頼み込んだ。
恐らくは自分たちでは冷静に聞き出せないが故の判断なのだろう。

(でもなんでその役回りが私ですの!?)

ともかくセシリアは己が境遇に内心涙しながら、二人に事の仔細を聞き出した。

「いや実は……今俺たち実家暮らしてるからさ」
「ああ、千冬さんの好意で私もな」
「へ、へえ…………それで毎朝一緒に食事の準備をしている、ということですか」
「正確にいえばラウラも含めて三人だな」

一夏の言葉の中に含まれた、聞き慣れない人物の名に皆がそろって反応した。

「「「ラウラ!?」」」

「千冬さんが面倒みている元ドイツ軍の少女だ、一応は私たちと同い年なんだが、生まれゆえかどうにも幼い感じでな」
「なんつーか妹みたいな感じだな、俺が帰るまではその子が家事をしていたから、それで一緒に料理してるんだ」
「ああ、なんていうか背伸びしてる感じがして可愛いんだよ、ラウラは」

自宅という余人に入り込めない領域での話を膨らませる二人に、鈴と箒の怒気は頂点に達していた。
ただ一人、冷静に状況を理解しているセシリアだけが、なぜ自分がこんなことに巻き込まれているのかと嘆いていた。

「千冬姉が可愛がるのもわかる、俺も時々頭撫でたりとかするんだけど緒の時のラウラの表情がまた可愛くてさぁ」
「同感だ、猫の様な可愛らしさがある」
「「ふ~ん、そうなんだぁ……」」
(お願いですから少しは自重してくださいっ!! お二人とも!!)

ある意味娘を自慢する夫婦のような一夏と志保に、箒と鈴は嫉妬を込めた視線を向けるが、当然二人とも気付くわけがない。

そんななかセシリアは、鈴と箒の足元に罅が入っているのを見たが、見なかったことにした。




=================




「――――――――はあっ」

IS学園に転入して数週間、シャルロット・デュノアの心労はピークに達していた。
殆ど他人と言っていいほどに付き合いの薄い父親から、世界唯一のIS男性操縦者である織斑一夏の調査、可能ならばその体を生かしての籠絡を命じられたのは転入前日だった。
父親以外頼れる者がおらず、その言葉に従うほかないシャルロットであったが、ここまでの無理難題を突きつけられれば憂鬱になるのも道理だった。

「どうやったらいいのかなぁ…………はぁ」

そもそもIS学園は全寮制であるにもかかわらず、対象である織斑一夏は自宅通学。
(千冬が無理を通して道理を引っ込ませたのは言うまでも無い)
かといって籠絡しようにも――――。

「やっぱりあの二人って付き合っているのかなぁ」

そもそもそんな行為には全く乗り気ではないのだが、前提としてそれは織斑一夏が、男女の関係という面でフリーであることが求められる。
勿論シャルロットの父親はそんなことを斟酌するようなできた人物ではないのだが、基本的に普通にこれまでを生きてきた善良な人格の持ち主であるシャルロットに、そのような行為をさせるのはいささか以上に無理があった。

「なんだか二人の時だと入り込めない雰囲気だし、絶対付き合っているよあの二人」

そういう経験が無いシャルロットにとっては、一夏と志保が二人きりの時に発する雰囲気は、ISの絶対防御より堅固なものに思えた。




「――――――――――――誰がつき合っているんだ?」




憂鬱な気持ちでいたシャルロットは背後の人物の接近に、声をかけられるまで気付くことができなかった。

「うひゃぁあああぁぁっ!?」
「何もそこまで驚くことはないだろうに」
「え、衛宮さん!? どうしてここに?」
「どうしてもなにも、怪しまれていないと思っているのか?」

さも当然と言った感じで、志保はシャルロットの素性を知っているかのような口ぶりだった。
そもそもちゃんとした接触、授業以外での交友すら成し遂げていないシャルロットにとって、まさにそれは驚愕以外の何物でもなかった。

「べっ、別に私そんなことなんて……」
「あ~、別に今すぐどうこうするつもりなんてないから安心してくれ」
「本当に?」
「だって君、まだ何のリアクション見せてないからなぁ、ほんとにそういう目的があるのかわからなかったぐらいだよ」

だからこうして鎌をかけた。とのたまう志保に、ようやくシャルロットは自分がはめられたことに気付いた。
そもそも志保はシャルロットのことを怪しいと言っただけで、スパイだと断定してはいない。
そんな単純なひっかけにも気付かなかったシャルロットは、先程までの驚愕はどこへやら、自分の境遇への愚痴を語り始めた。

「ほんと……最初っからこんなこと無茶だったんだよ」
「まあな、どう考えても君はそういうことに関しては素人だろう?」
「うん、父さんからいきなりこんなこと押し付けられたの」

とまあ、そこからはしばらくシャルロットの生い立ちに関する愚痴が続いたのだが、途中からはその風向きが変わり始めた。

「だいたい全寮制だって聞いていたのに、何故か織斑君だけ自宅通学だし」
「すまん、千冬さんが我を通したんだ……」
「休み時間の時は大体衛宮さんがそばにいるから声をかけづらいし……」
「別に声ぐらいかけるのは問題ないんじゃないか?」
「え? だって君と織斑君が二人っきりの時だよ?」
「だからそれがどうしたんだ?」

シャルロットはどうにも噛み合わない志保との問答を続け、ついに自分が思うところを正直に口にしてしまった。




「だって衛宮さんと織斑君って付き合ってるんでしょ?」




会話が途切れた。二人の間に沈黙がしばらくの間流れ、カップ麺が作れそうなほどに長い沈黙の後、ようやく志保が口を開いた。

「―――――――――――――――――――――――――――なんでさ」

シャルロットは何がしかの盛大な地雷を、自分が思いっきり踏み抜いたことをひしひしと感じながら、自身が思うところを正直に志保に伝えた。

「だって二人の雰囲気明らかに恋人のそれだよ? そんな中にのこのこと入っていけるわけが無いよ」

シャルロットはその自分の直感に間違いはないと思っているし、ここにセシリアがいれば彼女も大いにシャルロットの意見に同意しただろう。

「でも……私と一夏はその…………ただの親友だぞ」
「うっそだぁ、いくらなんでもそんなばればれな嘘に引っかからないよ?」
「だって……あいつは、一夏は男だぞっ!?」
「だから恋人同士じゃないの?」

一夏が男性なのだから、女性である志保が彼に懸想するのは当然だと、シャルロットはきっぱりと言い切った。
ごくごく自然の世の中の常識。なんの特異性も無い、何の希少性も無い当たり前の論理に、志保は物理的な衝撃を感じたかのように後ずさった。

「………しが男………恋するな………でも今の……しは女だから……」

頭を抱えて小声で呟く志保を見て、シャルロットはようやく志保が自身の気持ちにすら気付けないほどの“鈍感”なのだと思い知った。
つまりシャルロットは今の今まで無自覚に繰り広げられたバカップルの空気に、勝手に遠慮していたというわけである。
基本的にシャルロットは善良な性格であるが、聖人君子というわけでもない。どこにでもいる普通の少女だ。
だとすればまあ、これまで自分に要らぬ気を使わせた志保に、少しばかりの仕返しをしてみたくなるのは仕方が無かった。




「そんなこと言っていると、織斑君他の女の子に取られちゃうかもしれないよ?」




果たして効果は覿面だった。一層取り乱した様子の志保に、ちょっと罪悪感のこびり付いた爽快感を感じたシャルロットは、どうせならもっと煽ってしまおうと、小悪魔的な嗜好を働かせた。

「けど織斑君もいい雰囲気だったし、志保のことをそう思っているかもよ?」
「そ、そうとは……?」
「こ・い・び・と、とか?」

もしここにマイクがあれば、志保の頭からボンッ!!という音が拾えたかもしれない。
そう思えてしまうほどに、志保は褐色の肌を真っ赤にさせた。

「わ、私を一夏がその、好いていてくれる……というのか?」
(いや、私と一夏はあくまで劔冑と仕手の関係、そんな関係に至る筈が……って村正もそうだった!?)

志保の脳裏には、あの”武帝”に心身ともに寄り添う村正の姿が映し出され、自分と同じ白髪褐色の肌が想像を加速させたのだろうか、それを一夏と自分に置き換えた光景が再生された。
それはあの世界で幾度となく繰り広げた光景なのだが、フィルターがかかっている志保の脳裏にはまるで別物の光景になってしまう。

「それも……いいのかな」

夢見心地で呟く志保。その顔を記録にとって見せればいくら志保でも自分の気持ちに嘘は付けないほどの、恋する乙女の顔だった。




「――――――――――――何がいいんだ?」




最初とは逆、今度は志保が背後から接近する誰かに気付かなかった。

「うひゃぁあああぁぁっ!?」
「何でそんなに驚くんだよ!?」
「いやっ!? だって、どうしてっ?」
「シャルロットが「志保が呼んでるよ」って言ってたんだよ」

志保が想像に浸っていた時間は相当に長く、呆れたシャルロットが見かけた一夏に声をかけるぐらいはあったようだ。

「そろそろ帰ろうぜ? これ以上学校で時間つぶしていたらタイムセールに間に合わないだろ」
「そ、そうだなっ!!」
「何でそんなに強張ってるんだ? …………よく見りゃ顔も赤いし、熱でもあるのか?」

最早完成されたお約束と言わんばかりに、一夏は志保の額に自分の額をくっつけた。

「熱なんてないからっ!! だいたい”今の私”が病気になんてかかる筈ないだろっ!?」

確かに“劔冑”である志保が病気になんてかかるはずもないが、それでも普通の人間のように扱ってくれる一夏の態度に嬉しいやら恥ずかしいやらの志保は、一夏から逃げるように歩き去ろうとする。

「おい待てってっ!!」

そんな志保の腕を一夏が逃がすまいと、しっかりと握りしめた。
触れる手と手。お互いの感触がしっかりと脳髄に伝わった。勿論志保の脳髄にも。

「その…………手を」
「何だ? またどっかいくなら離さないぞ?」

握られた途端スピードダウンして停止した志保は、それでも一夏と目を合わせない様にそっぽを向いていた。
それでも白い髪の間から覗く志保の耳が、真っ赤に染まっているのがはっきりと見えていた。

「おい、本当に大丈夫か志保?」

それを志保が照れていると結び付けられない心底鈍感な一夏は、そんな間抜けな問いかけをする。




「大丈夫…………このままでいいぞ」




志保に出来たのは、消え入りそうなか細い声でそう答えるだけだった。




=================




帰宅後。志保は過熱した思考を冷やす様に、速攻でシャワーを浴びた。
冷や水で冷却された思考は、どうにか常の冷静さを取り戻し、タオルで体を拭いてスポーツパンツにタンクトップというラフな姿に着替える。
そう、一夏という異性をまるっきり意識しない常日頃の姿に、だ。
基本的に今までの志保は、一夏に対し同性という思考がこびりついていたために、かなり無防備な姿でもさほど頓着はしなかった。
その姿が一夏にやきもきしていたことなど、まるっきり思考の外だった。

だが、今の志保はどうだろうか。

シャルロットとの一件で、最早隠しきれないほどに一夏を異性と認識してしまった今の志保は――――


「――――なあ志保、洗剤の予備どこにやったかな?」
「き……」
「き?」
「きゃあああああぁぁぁっ!!」


絹を裂くような悲鳴が織斑邸に響き渡り、一夏は志保の初めて見る反応に盛大に面食らっていた。

「今更その反応とは――――いろんな意味で遅すぎるな」
「千冬……どうしたんだろうな志保は」
「今更ながらに“女”になったということだろうよ」
「おんな?」
「まだラウラには早い事さ」

そんな二人を千冬はどこか呆れた目で、ラウラは心底疑問に満ちた瞳で見つめていたのだった。








<あとがき>
お願いだから俺の妄想心よっ!! 外伝のアイデアよりも本編のアイデアを頼むぅぅっ(迫真)
しかし志保のヒロインっぷりを書けているか心配だ。甘いんだろうかこれは?
あと志保の劔冑としての陰義は投影魔術なのか、という質問を受けたんですけど、それは違います。
むしろ志保の魔術は正宗における七機巧みたいなもんです。志保の陰義は別にあると言っておきましょう。




[27061] 外伝IF その九
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/02 21:13


「――――最近一夏の顔をまともに見れないんだ」


「「……………へぇ」」

放課後、志保はシャルロットとセシリアの二人に連行される形で、駅前の喫茶店に来ていた。
シャルロットが志保の恋心を起爆させたということを聞いたセシリアが、志保を交えて話を聞きたいと言ったのだ。
やはりセシリアも年頃の乙女、そういう話に好奇心をかき立てられるのは自然なことだった。

「どうしてだろう、前までそんなことなかったのに」
((単にそれ恋心自覚して照れているだけじゃ?))
「あいつの顔なんて……ここ数年毎日見続けてきた見慣れた筈のものなのに、気付かないうちにここまで凛々しくなったのか、とか考えていると胸がドキドキして」

頬を紅く染めて、嬉しさと恥ずかしさが入り混じった表情で志保は語る。
その内容は完璧にのろけとしか言えず、二人はそろってブラックコーヒーを口に含む。

「はぁ、志保……あなたは一夏さんのことが好きなのですよね?」

そもそも先ずそれを確認しなければなるまい。シャルロットの話によれば劇的な反応は引き出せても言質は取れなかったのだから。

「うん……たぶん……あいつと一緒にいるとすごくドキドキするこの気持ちが恋だっていうのなら、私はあいつが好きなんだと、思う」

顔を真っ赤にして俯きながらも小声で言い切った志保を見て、セシリアとシャルロットは日頃の凛とした志保とのギャップに、口に含んだブラックコーヒーがミルクたっぷりになったかのような錯覚に陥った。

(すごい乙女だね、志保)
(ここまでされると何故か自分が汚いものになった気分ですわ)
(同感だよ)

ここまで来るとぜひ相思相愛になってもらいたいものである。友人としてそのぐらいを願うほどには、二人は志保のことを良く思っていた。

(それにしても……志保さんは最初”できる女”の見本のような方だと思っていたのですけれど)
(実際ISの訓練時とか、ほんとクールに決めてるもんね)

それが恋心一つ自覚しただけでこの有様である。目の前で赤くなって縮こまる志保を見ていると、二人には本当に同一人物であるとは思えなかった。
ここでシャルロットは一つの疑問を抱いた。志保と同じく乙女としては必然の疑問。


「ねぇ、志保って織斑君のどこを好きになったの?」


純粋に同姓としての興味からの質問だった。見ればセシリアも言葉こそ発さないが、その瞳には強い好奇心がありありと映し出されていた。
だがそれは、志保にとって一つしかない。志保が変わった<救われた>理由など唯の一つしかない。




「――――――――――――――――私が、一夏の物にされたからだよ」




身を捧げ、自らを正真の劔冑<剣>に作り替えて、そして、打ちこんだ骨子は彼の道を切り開く刃であることただ一点。
偶然に流されるままに成した状況。だけどそれは衛宮志保<衛宮士郎>にとっては、完全な未知の始まり。
正義の味方の、英雄の結末などに決して至らない、完全に先の見えない道を彼と共に歩む日々は、不安で、けれども志保にとっては何より楽しいのだ。
だから、真に彼女が”衛宮志保”になったのは、きっとその時。正しくあの瞬間は、彼女の新生の時だった。




=================




「――――――――確かに言うだけあって、息ぴったりですわね」
「うん、日本じゃ阿吽の呼吸、とか言うんだっけ?」

連携戦闘の技能向上を目的に開催された学年別タッグマッチ。
その中で第一回戦にもかかわらず、全校生徒が注目しているカードがあった。

オルコット・デュノアペアVS織斑・衛宮ペア

試合に参加する四機のISの中、実に三機が専用機という他の組み合わせでは考えられない状況。
おまけに一夏が公式試合でその姿を晒すのはこれが初めて、生徒は言わずもがな、各国軍部・企業ですらが注目する一戦だ。

「はぁあああっ!!」

<白式>が迫る。その手に握る獲物は、先と変わらず虎徹の贋作。
IS用の近接武器としても長大な間合いを持つ野太刀は、風を斬る唸りを纏ってセシリアに迫る。
どうにか倒れ込むようにして後退するセシリアの眼前には、一夏の斬撃に隠れるようにして志保が放った弾丸が迫る。
セシリアの回避機動すら織り込んで放たれた弾丸はそのままでは直撃していたが、咄嗟に割り込んだシャルロットが掲げた近接ブレード<ブレッド・スライサー>に弾かれる。
追撃を仕掛けようとする一夏と志保を、四機の<ブルー・ティアーズ>から放たれたレーザーが縫い止める。
遠距離からの光弾の弾雨を決め手として、シャルロットが近・中距離でのサポートに専念するオルコット・デュノアペア。
もとより近接戦闘での一撃必殺しか狙えない一夏の露払いを、その巧みな銃撃によって成し遂げる織斑・衛宮ペア。
共に一年生とは思えない熟達の連携によって、タッグマッチとは斯く在るべし、と言えるような戦いを繰り広げる。

「それにしてもっ!! 過日あれだけ惚気を晒してくれた方とは同一人物に見えませんわよ?」

セシリアの揶揄するような声とともに、レーザーライフルと四機のビットによる弾幕を形成する。
ビットに戦闘機動をとらせることまでは無理だったが、静止した状態での砲台としてならば同時操作も可能だった。
釣る瓶打ちに降り注ぐ光の雨の間を縫って、一夏と志保が迫る。

「仮にも戦場、そんな感情など今は犬にでも喰わせたさっ!! 今の私はあいつの刃、あいつの剣。そんなことで切れ味鈍らすような真似はしないさ」

迫る二人を、シャルロットがその両手に構えた二挺のショットガンで迎撃する。

「うわ~、なんかすごいね、そういうこと言えるのって」
「俺の相棒だからな、最高の」

タッグマッチが告知された際、一夏は迷わず志保をパートナーにした。
箒や鈴がいろいろ誘ってきたが、事戦いにおいて志保以外がパートナーだなんて一夏には受け入れられなかった。
初めてとも一心同体で戦うのではなく“一緒に“戦う事態であっても、連携に不安など感じなかった。
その程度は難なくできる。無根拠だが、確固たる確信は、確かにその通りで一夏と志保の連携は瞠目に値していた。

「あと一つ言わせてもらうなら、一夏は自分が揮う刃で己が身を切る間抜けでもない、私という刃は存分に振るってくれる。――――――――あまり私の担い手舐めないでくれよ」
「公衆の面前でそういうの言うなよ」

互いに軽口をかわしつつも、その連携に寸毫の齟齬すらない。いっそ余裕。いっそ自然体であるといえた。

「やれやれ、あれであのざまなんて………」
「ほんと、志保っておかしいよね」

眼前に並び立つ、一組の力。刃とその担い手を前にして、セシリアとシャルロットの口元には苦笑が浮かぶ。
そして再び交わる四機のISは、苛烈ながらも美しい戦いを続けた。




=================




い異変が起きたのは、戦いも佳境、それぞれのシールドエネルギーも底を尽きかけたその時だった。

――――VTシステム起動します――――

正史においてならば、暴走の危険性を考慮されて使用禁止の烙印を押されたシステム。
しかし、この世界においてでは、そもそもいまだ実験すら行っていない未完成と言って差し支えのないもの。
ドイツ軍と千冬が繰り広げた騒乱の最中、外部に流出したそれをデュノア社社長は目に見える成果を欲したあまりにシャルロットの機体に極秘裏に搭載した。

「――――――――――え!? 何っ!?」

突如機体から滲みだした黒い不定型の何かは、瞬く間に機体すべてを侵食。
それは搭乗者であるシャルロットすら飲み込み、驚愕と恐怖に塗れた顔も瞬く間に黒い泥に飲み込まれる。

「い、いやっ!! 助け―――――――――――」

助けを呼ぶ声すら言い切る間もなく沈み込み、シャルロットのISは黒い人型へと変貌した。


「「「シャルロット!?」」」


その工程は場にいた三人すら止められぬスピードであり、無意識に延ばされたそれぞれの腕が空を切った。
黒い人型は、一言で言うなら黒い戦乙女。手には日本刀の様な反りのある実体式ブレードだけを携えていた。
一番早く動いたのはセシリア。パートナーを助けるために、ISの絶対防御を当てにした全武装一斉射撃。
出力最大のレーザーライフルと四機のビットからなる光の弾幕。駄目押しとばかりにミサイルも打ちこんだ猛攻。


しかし、その濃密なる弾幕を突っ切って、黒いISはセシリアの手にあるレーザーライフルの銃口を切り裂いた。


「――――――――クッ!?」

返す刀でセシリアに迫る刃。それを一夏が虎徹で押しとどめ、志保がセシリアの体を無理やり引いた。

「た、助かりましたわ」
「何、緊急事態だ、当たり前のことだろう」






その異常は、当然管制室でも感知していた。

「せ、先輩あれって!?」
「性質の悪い冗談だ…………なんだあれは?」

しかし、異常の根源に心当たりはなくとも、千冬は先ほどの光景に眩暈がするほどの既知感を覚えていた。

「あれは、私の動きをまねているのか?」

たった一太刀であっても、よりにもよって自分の太刀筋を見紛うことなどあり得ない。
しかし、そんな疑問を忘却の彼方に追いやって、事態の対処の指示を出そうとした時に、通信越しから響く声があった。




「――――――――――――――――――――――誰も手ぇ出すな」




「ちょっ!? 織斑君何やっているんですかぁっ!?」

機械越しであっても殺気の滲んだ、こんな学園では決して聞こえてはならない声の主は、誰であろう一夏だった。
同時に、真耶が一夏が行った奇行に、驚愕の声を上げる。
千冬がディスプレイに視線を向ければそこには、“ISを解除した“一夏の姿があった。
己が身を守るのはIS用インナースーツのみ、完全に暴走しているISがいるこの状況では、正しく自殺行為と言えた。

「馬鹿っ!? 何をやっている一夏!!」
「ああ、千冬姉……手出し無用な?」

直後、間抜けな体を晒す一夏に、黒いISが突撃した。
何の付加装備も無いただの斬撃だが、人間一人殺すには過剰すぎる力。

「一夏ぁああああああああぁぁぁっ!?」

千冬の口から洩れる絶叫。誰の目から見ても、一夏の死は決定的だった。







――――――――――織斑一夏には、心に誓うことがある。




それは、屈しないこと。己が思うがままに全力をかけて進むこと。


「――――軽いな、おい」


迫り来る黒いISの斬撃を、”生身のまま“両手に顕現させた白黒の二刀で防ぐ。
拙い強化魔術を使用しているとはいえ、十分に不可能領域である結果を残しても、然も一夏は当然のことと言った顔をしていた。

「どっちにしたってテメェ、喧嘩売ってんのかぁあああああっ!!」

咆哮一閃。逆にISを押し返して、一夏は改めてこの黒いISに対し敵意をむき出しにした。

「テメェのことなんざどうでもいい、気にくわねぇからぶっ壊す!!」

一夏とて、このISが千冬を模倣していることに気が付いていた。
しかしそれは、あまりにも空っぽな物だった。
刃というのは、すべからく担い手の思いが宿る。

「英雄」ならば、悪を決して許さないという苛烈なる義心。

「復讐者」ならば、貴族としての務めと流す血に対する歓喜が。

「銀の星」ならば、己の全てをかけて希う愛を求める心が。

「悪鬼」ならば、背負った血と呪いと怨嗟と邪悪が。

刃には大なり小なり、絶対に思いが宿る。
なのに一夏の眼前に立つ黒いISにはそれが無い。空っぽな、芯が入っていない剣だ。
故に軽い。故に重さ<思い>が無い。
そんな様で、千冬の剣を模倣することが許せなかったし、模倣として見ても、己が刃<衛宮志保>が宿す物には遠く及ばない。
千冬と志保、一夏が大切に思う存在を汚す眼前のガラクタを、誰よりも一夏が即座に破壊したいと思っていた。




――――――――そして、それを成すならばISなど使う必要が無い。否、使ってはいけない。




だってそうだろう。”こんなガラクタ相手にISを使っては、己が刃が貶められる“


かつて志保は、一夏にその身を捧げた時にこう言った。「己が思いで刃を振るえ」と。
一夏は、それを志保の優しさからきていると認識していた。志保は自身ではかつての人生を後悔してはいないが、それでも余人から見て幸福な人生であったとは欠片も思っていない。
故に、一夏をそんな目に合わせるつもりなど、絶対にない。

だからこそ、一夏は全力で感情の赴くままに生きていたいと思っている。

今もそう、シャルロットを危険な目に合わせ、己が大切な物を汚すあの人形に、この上ない怒りを抱いている。
それを抑える気など毛頭ないし、仮にもISを生身で撃退することなどの諸々の不都合も知った上で、それでも“知ったことか、俺は俺のやりたいようにやる”の一言で斬って捨てる。
そうでなければ、身を捧げてくれた志保に報いることなんてできない。
そして、あの黒いISのように己が前に立つ壁を、わざわざISを使って破壊したら――――




愛しい刃<志保>を、鈍らだと貶めてしまうじゃないか。




この程度のガラクタにすら劣る、劣化した刃など貶められる。
ああ、一夏だってわかっている。こんな物はちっぽけな意地に過ぎない、と。
大切な憧れを、誇りに思いたいというちっぽけな意地。
それでも、志保という刃金を永劫誇っていたいから、一夏は進む。
ちっぽけな、それでいて峻烈に輝く思いを刃に乗せて。




「じゃあ行くぜガラクタ、才なく心なく刀刃を弄んだ報いを受けて、さっさと壊れて果てちまえ」




小細工など不要。一撃で決める。
羽虫の如く軽く、空っぽな軽い敵手を打ち果たすのに、“剣戟”なんて演じてられない。
勝利を思い描くなんてこともしない。
ごく当たり前の、現実をここに成す。触れれば崩れる様な相手には、必然の結末。
それ以外は絶対に起こらないし、絶対に起こさせない。
その意思を刃に乗せて、白黒の双剣を鶴翼のように羽ばたかせる。
応じるように黒いISもまたその刃を振るうが、あまりにも軽すぎるその剣は、一夏の刃とかみ合った瞬間に砕けて散った。
そのまま魔力迸るその刃は、黒いISの装甲を十字に割断した。
ひび割れ崩れ落ちるISだったもの欠片が舞い散り、その奥からガラクタにとらわれていたクラスメイトが現れる。
一夏は刃を仕舞い、フワリと落ち往くシャルロットの体を優しく抱きしめる。
その体に傷はなく、瞳はしっかりと焦点を結んでいた。すなわち、何も奪われはししなかったということだった。

「よっ、大丈夫かシャルロット?」
「うん……なんとかね」

一夏の顔にはISを撃破したことの達成感なんて欠片も無く、ただクラスメイトが無事だったことに対する安堵だけがあった。


「ほんと――――どこかの誰かみたいに、意地っ張りな奴だ」


そんな一夏を、志保は苦笑しながらも愛おしく見つめていたのだった。





[27061] 外伝IF その十
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/10/16 21:42



――――結局、<ラファール・リヴァイブカスタムⅡ>の暴走事件は、それほど大きな問題にはならなかった。


表沙汰にしても、何処に利益があるというわけでもない。今のIS主体にして回っている世界体制に、「ISを生身で撃破できる存在」など、絶対に不利益になるからだ。
更には、それでもいろいろと言ってきた組織に対して千冬が、「これ以上ガタガタぬかすなら、その喧嘩買うぞ?」と言い放ち、ドイツという実例がある以上、どの組織も口を噤んでしまった。
結果、暴走事件そのものが、無かった物として処理されてしまったのだ。




=================




そんなこんなで今一夏は、事態も落ち着き久しぶりに訪れた休日に、志保と一緒に遊ぶために駅前で志保を待っていた。
客観的に見れば完璧デートであり、誘われた際に志保が大いに困惑したのだが、当然一夏にそんな意識はなかった。

「遅いな、志保の奴」

指定した時間になっても未だ志保の姿は見えず、携帯端末に表示された時間を見ながら一夏はそう呟いた。




「――――――――その、遅れて御免」




背後から掛る声に、ようやく来たかと思いながら振り向いた一夏は、志保の姿を目にした途端言葉を失った。
基本的に志保は、どちらかと言えばかっこいい私服を好み、ボーイッシュな印象を与えていた。

「あんまり………ジロジロ見ないでくれ」
「お……おうっ」

だが今日は、ある意味女であることを無視した様相ではなく、白のワンピースに麦わら帽子という、非常に“女の子らしい”服装だった。
志保自身も、その服装にいまいち馴染んでいないのか、赤らめた頬を麦わら帽子で隠す様に抱えていた。

「珍しいよな、志保がその……そういう格好するなんて」
「私だってこんな恰好、するつもりなんて無かったさ」

千冬さんとラウラの二人がかりでこんな恰好させられたんだ。と呟く志保から、一夏は目を離せずにいた。
日頃とは違う、女性ということを強く意識させる今の志保を見て、一夏の口から自然と言葉が漏れ出た。

「可愛いぜ、志保」
「―――――っ!?」

そうぬけぬけと言われた志保は、最早目を合わせることすら気恥ずかしいのか、抱えた麦わら帽子で顔を完全に隠してしまった。

「私がそんな……可愛いわけないだろぉっ!?」
「何言ってんだよ、可愛いに決まってる」
「お前私の前世知ってるだろ!? そんなこと言われて喜ぶと思ってるのか!!」
「今女の子だから別にいいだろ!!」
「よくないっ!!」

意地になって自分が可愛いことを認めようとしない志保に一夏は苛立ち、未だ掲げられた麦わら帽子を避けるように、そっと横に回り込んだ。


「そんなこと言っても、――――――――そんなにやけた顔じゃ説得力ないぜ?」


その一夏の一言に、慌てた志保は麦わら帽子をとり落としながら口元に手をやった。
そこには言い逃れのできないほどつり上がった口元があることを、志保は自分の指先で痛感してしまった。

「べっ!? 別にこれはお前に可愛いって言われて嬉しいとかそんなんじゃないんだからなっ!!」
「はいはい、わかりました~」
「解ってないだろ一夏!!」
「解ってるって、志保の態度が照れ隠しだってことぐらい」

純白のワンピースのせいか志保の紅く染まった表情は一層鮮明で、その日頃とは違う志保の魅力的な部分に、知らず一夏の顔も赤く染まっていく。

「ほら、いい加減遊びに行こうぜ?」
「誰のせいだ……誰の……」

そっぽを向きながら先を歩いていく志保。しかしある程度先に行ったところで急に立ち止まると、志保はおもむろに右手を後ろに突きだした。

「んじゃいこうぜ」
「…………………ふん」

その差し出された手を一夏はしっかりと握りしめ、一夏と志保は並んで歩きだしていったのだった。




=================




「――――映画を見るのはよかったんだがな」
「ん? つまらなかったか?」 
「いや、話自体は面白かったけどな、――――――――なんでラブストーリーなんだ!!」
「クラスの人に聞いたんだよ、女の子が喜びそうな映画ってどんなのなんだ、って」
「だ~か~ら~、女の子扱いするなって言っているだろうっ!!」

映画館から出た志保はそう言って一夏に噛み付くが、余計に可愛らしい様を晒していることには、まったくもって気付いていなかった。
一夏は当然志保のその様子を見てにやにやと笑みを浮かべ、そして志保が更に慌てふためくという甘ったるいループが形成されていた。
明らかにそのやり取りは恋人同士のそれであり、志保の反論など明らかに空まわっていた。

「けど俺、志保の事そう見てるぜ」

一夏のその呟きは何気なく口から出たからこそ、かえって志保の心にストレートに届いた。
一夏が口にした“そう”の意味するところがわからないほど志保も愚鈍ではないから、その困惑の度合いはとてつもない物だった。

「向こうじゃあんまり感じなかったけどさ、最近の志保って可愛いところの方が目立つんだよ」
「可愛い可愛いって…………そう何度も連呼しないでくれ……勘違いするだろうが」
「いいじゃん、勘違いしても」

その言葉を聞いた志保は、不安げな視線で一夏を見つめる。
その揺れる瞳の奥には動揺で揺らめいていて、一夏はようやくそこで、志保が心底女の子になっていく自分に不安を抱いているのだと気が付いた。


「――――――――いいのか、勘違いしても?」


そう尋ねる志保に、一夏は志保の手を改めてしっかりと握りしめた。
多分この悩みに答えられるのは自分しかいないという気持ちと、志保に頼られることに対する僅かばかりの満足感を感じ、一夏は志保の視線をしっかりと見つめて自身の思うところを言葉にした。

「いいんじゃないか、どう取り繕ったって、今の志保は“衛宮志保”だ」
「……ああ」
「“衛宮士郎”じゃない」
「……ああ」
「だから、普通の……自然なことなんじゃないか?」

一夏の言葉を聞き終えた志保は、それを噛み締めるように目をつむる。
そうして足をとめた志保に合わせて一夏も立ち止まり、志保に寄り添っていた。
しばらくそうしていた志保は瞼を上げた後、はにかんだ様な笑みを見せて呟いた。

「そっか……自然なことかな」

その呟きを聞きとって、一夏も笑みを浮かべて呟いた。

「そうそう、だから志保は可愛いんだよ」
「ふん、私が認識したのは自分が“衛宮志保”ということであって、自分が可愛いとか思っているわけじゃないからな」
「解った、そう言うことにしておくよ」
「解っていないだろっ!! 一夏っ!!」

そんなやり取りは完全に何処にでもいる男女のそれで、志保がもう完全に“衛宮志保”という女の子になっていることの証だった。
つまりは志保の反論も照れくささからくる反論で、何処にでもある思春期の少女と変わりはしない。
志保が“普通”であることがどれほどのことか、例えその身は人ならざる物であっても、志保がそうあることは一夏にはたまらなく嬉しく、にやけてつり上がる唇を留められそうになかった。

「ちょ!? 痛いって、尻を抓るなっ!!」
「うるさいっ!! だったらそのにやけ面いい加減に止めろぉっ!!」


――――そんなやり取りをしつつ駅前のショッピングモールを歩きまわっていると、在る一点が志保の視界を釘づけにした。


「………………………………なぁ」

突然怒りを霧散させ立ち止まる志保。一夏はそんな志保の様子に疑問を抱きながら、志保の視線の先を追った。

「どうしたんだよ志保? ――――水着売り場?」

視線の先にあったのは色鮮やかな水着が所狭しと並べられた水着売り場。
そう言えばもうすぐ臨海学校があることを思い出した一夏は、もしかしたらと口を開いた。

「もしかして、臨海学校に着ていく水着をみたいのか?」

だったらしばらく一人で時間をつぶそうか、と思いながら志保にそう問いかける一夏だったが、暫くの後志保が放った言葉はあまりにも予想外だった。




「私の水着――――――――お前が選んでくれないか?」




瞬間、一夏の世界が停止した。
一夏の停止した視界の中で、もじもじと頬を赤らめてそうぬかした志保だけがやけに鮮明に焼き付く。
一分近くかけて一夏は現実に復帰し、そこでようやく驚きの声を上げた。


「はああああああああああああああああああああっ!?」


至近で炸裂した一夏の叫び声に、志保はたまらず耳を抑える。

「馬鹿っ!! そんな大声出すなっ!!」
「いやっ、いきなりそんなこと言われたら驚くに決まってんだろっ!!」
「ふん、人のこと散々可愛いだのおちょくるくせに、その程度で喚くな」
「俺は心底そう思って言ってるんだよ!!」

犬も食わない痴話喧嘩を無自覚に繰り広げる二人に、周囲の視線が集まるのは早かった。
それに気付いた一夏はたまらず志保の手をとり、水着売り場の奥に逃げ込んだ。

「お、おいっ!?」
「うるさい黙ってろ!!」

結果的に志保の言葉通りになってしまった状況に頭を抱えつつ、一夏は腹を決めて志保の望み通りにすることにした。

「それで………志保はどんな水着がいいんだよ」
「そんなものわかるわけないだろ」

だからお前に選んでほしいんだ。と志保は一夏に蚊の鳴くような小声で呟いた。
とはいっても一夏にも女性の水着を見繕えるほどのセンスがあるわけでもなく、周囲をきょろきょろと見回し続ける。

(おいおい……何でこんな展開になるんだよ!?)

さんざん志保の女心を刺激しまくった挙句に、そんな自業自得なことを考えながら必死の形相で志保の水着を見繕う一夏。

(ん!? アレいいかも……色もぴったりだし)

そうして一夏の目に留まったのは、黒のビキニに紅のパレオがセットになった水着だった。
そこまで派手なデザインでもなく、赤と黒という志保が好む色遣い。
これならば志保もそこまで抵抗なく着れるだろうと思いつつ、志保にその水着を指し示した。

「アレいいんじゃないのか、志保」
「あれ……か」

志保はその水着を手に取り、まるで戦場に赴くような緊張に満ちた表情で試着室へ向かっていった。

(ヤベ……これはもしかしなくとも試着した水着を見て評価してくれってことか!?)

そんな当たり前なことに驚愕しながら、一夏は試着室の前で立ち尽くしていた。
そして数分後、いよいよ志保が水着姿で一夏の前に現れた。


「どうだ…………………一夏?」


所在なさげに俯きながら現れた志保は、そのシミ一つ無い肌をほんのりと桜色に染めて、黒のビキニと紅のパレオがをひきたてていた。
志保の体はそれほどグラマラスというわけではないが、その引きしまったボディがそんな感じで彩られ、端的にいえば非常に似合っていた。


「………やっぱり似合ってないのか?」


反応を見せない一夏に、志保は一段と不安な表情を見せる。

「………………………いやいや、そんなことない、すげぇ似合ってる」
「ふん……どうせお世辞だろ」
「んなわけねぇよ」

にべもない言葉を漏らす志保だが、もうそんなもの照れ隠しだと一夏も、そして志保自身も心底理解してしまっているので、互いに顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。

「まあ……とりあえずこの水着買ってくるよ」
「あ、ああ」

そう言って再び志保は試着室のカーテンを閉じる。
するとそのカーテンの奥で水着を脱ぐ衣擦れの音に混じって、志保のか細い声がどうにか一夏の耳に届いた。




「私は別に水着なんてどうでもいいが、――――――――お前が喜んでくれるなら、いいと思う……ぞ」




それはつまり、一夏にこそ一番見てほしいという意味に他ならない。




「褒めてくれて…………ありがと」




それが決定打だった。一夏の耳に何かが破裂する音が響き、自覚するほどの熱が頬に宿る。

「それ……反則だろ」

今の一夏にはそう漏らすのが精一杯。そんな感じで無自覚鈍感バカップルのデートは、ある意味つつがなく進行したのだった。











<あとがき>
とりあえず……一夏もげろ。
さて、コンビニいって午後の紅茶のストレート買ってくるか。



[27061] 外伝IF その十一
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/02 18:01


「――――――――お前の家に泊めてくれ、弾!!」




とある高校の昼休み。他の生徒も多数いる教室の中でラウラの大きな声が響き渡る。
クラスにいた生徒……主に男子生徒の視線が少女が呼びかけた青年に集中する。主に嫉妬と恨みに満ちた視線だ。
その声と相対した青年、五反田弾の顔には「またか…」という、諦観にも似た表情が浮かんでいた。
弾とラウラの縁は、弾が中学生の時まで遡る。




=================




「うう……千冬とはぐれてしまった……どうする?」

弾の視線の先にいるのは、迷子になった子犬のように視線を巡らせる少女。
日本ではまず見かけることのない銀色の髪に左目に眼帯を付けた、一目見れば強く印象に残る少女だ。
しかしながら、明らかに迷子になった様子でおろおろとしている姿を見れば、幼い子供のようにも見える。
どう考えても、日本の普通の中学校では見かけない特異な人物である。

「――――お~い、道がわからないのか?」

とはいえ、そのまま放置するのも気がひけた弾は、怖がらせないように表情を整えて少女に声をかけた。
明らかに外人に見える容貌の少女に、内心で緊張を感じながら声をかけたのは弾だけの秘密である。

「ここはいっそ、<ヴォーダン・オージェ>を使って……」

所が少女はあまりに自分の思考に没頭しているのか、弾の声に気付く素振りを見せなかった。
余程迷子になった状況に戸惑っているのかと、もう少し大きな声で再び声をかけた。

「お~い!! 道がわからないなら教えようか?」

その行為は、確かに少女の気を引くことに成功した。
だが、少女から帰ってきた反応は、弾の想像する物とはあまりにもかけ離れていた。


「――――何者っ!?」


そうして振り向きざまに弾の腕をとって、瞬く間に捩じ上げて組伏せる。
思いもよらぬ激痛とともに弾は大地と在り難くも糞もない接吻をさせられた。

「ちょっ!? 痛いって!! いきなり何すんだオイ!!」
「――――――――む?」

恐らくは無意識の行動だったのか、弾の悲痛な声に少女はようやく現状を認識する。
視線を上下させ、弾が着用しているのが中学の制服だと確認する。


「……………………………………あわわわっ!? すっ、すまないっ!!」


弾を組み伏せた時とあまりにギャップのある困惑した様子を見せ、少女は腕を離し飛びのいた。
弾は鈍痛を訴える肘を揉み解しながら立ち上がり、制服に付いた土埃を払いのけた。

「そのっ……本当にすまないっ!!」

そのまま放っておけば地に頭をこすりつけかねないほど焦った様子で謝罪する少女に、弾は怒りが霧散してしまう。
まあ、そこまでひどい怪我を負ったわけでもないからいいか、と弾はその謝罪を難なく受け入れた。

「あ~、いいっていいって」
「ゆ、許してくれるのか?」
「わざとやったわけじゃないんだろ?」

罪悪感で涙を目に滲ませる少女が、本当に幼い子供のように見えた弾は、その銀の髪を優しく撫でて少女の気持ちを落ち着けようとした。

「だったらまあ……別にそこまで怒りゃしねぇさ」
「……ありがとう」

弾が撫でるたびに少女の震えが消えていく。
その時、というかようやく弾は少女の服装が、ここの中学の女子用制服であることに気が付いた。

(アレ……ということは俺とこの子同年代!?)

ちなみにこの時弾は一年生。どう考えてもこの少女が年上ということはありえないだろうと思い、つまりは同い年ということなのだろう。
つまりはこの行為、すごく失礼極まる行為じゃね?…と内心困惑して、弾の頬を冷や汗が垂れた。

「と……ところで、道に迷ってたのか?」
「むっ……そうだった、早く職員室に行かないと!!」
「だったらこっちだよ」
(よし、このまま有耶無耶にしよう)

心中で情けなさ爆発の思考をしながら、少女の目的地である職員室へと歩を進める弾。
それが弾と少女――ラウラ・B・織斑――との出会いだった。




=================




「――――それで? 泊めてくれってどういうことだよ」
「うむ……実はIS学園の臨海学校で家に誰もいなくてな」

場所は変わって屋上。二人は昼食をとりつつ教室の一件のことを話していた。
ラウラの語ったところによれば、ラウラの保護者である織斑千冬が臨海学校の引率の為数日家を開ける。
つまりはその間、一人になるラウラを心配して友達の家にでも泊らせてもらえ、とのことらしい。




ちなみにラウラの義理の姉が彼の織斑千冬であることを知った時、弾は人生最大の驚愕を経験した。
彼の世界最強、ブリュンヒルデと生で出会える機会などそうそうあるはずもない。

「ふむ……君がラウラに道を教えてくれたのか、ありがとう」
「い……いえいえ!! 当然のことをしたまでですよっ!!」
「そうか、聞く所によるとうちのラウラとは同じクラスだそうだな」
「は、はいっ!!」
「なにぶんあいつは世間知らずなところがあるからな、面倒を見てくれると助かるんだが」
「そんなことならお安い御用っすよ」
「重ね重ねすまないな…………………………それとラウラに余計なことをした場合、殺すから肝に銘じておけ」
「――――――――肝に銘じておきます」

付け加えるならば、以上が弾と千冬の初対面時の会話だった。
千冬の最後の一言に、自分の首を切り落とされる光景を幻視したと、後に弾は語っている。




「で? 何で俺の家なんだよ」
「?」
「いや……そこで心底不思議そうな顔すんじゃねぇよ」
「私とお前は友達だろ」
「そりゃあ…………」
「……違うのか?」
「だぁああぁっ!! 泣きそうな顔すんじゃねぇ」

涙でうるんだ瞳で、弾の顔を見上げながら見つめるラウラ。
その表情は、弾にとっては鬼門中の鬼門。ラウラと知り合ってからかれこれ三年以上、この表情をしたラウラに逆らえた試しは弾には無かった。
女の子の涙はISよりやばい、それが弾の持論だった。というかISなんぞ無くたって女は男より強いだろ、と思っている。

「だって…私の…ぐすっ……一番の友達は…お前なのに」

もう完璧泣きに入ったラウラ。実を言うとこんな状況は何回もあって、こういうときの弾のとる行動は決まっているのだ。
最初に出会った時の様に弾はラウラの頭を撫で始める。そうすれば、大抵ラウラの機嫌は直っていくのだ。

「悪い悪い、俺もお前が一番の友達だよ」
「そう……なのか」
「当たり前だっての、だから俺の家に泊まりに来いよ」
「……本当か?」
「第一お前俺の家に何度も遊びに来てるじゃねぇか、今更遠慮すんな」
「そうか!! やっぱり弾はいい奴だな、これをやろう」

あっという間に笑顔に戻り、お手製の弁当からおかずのミニハンバーグを取り出して弾に差し出すラウラ。
対する弾も、箸でつままれ口元に差し出されたそれを、一切躊躇することなくそのまま口にする。

「むぐ…もぐ…やっぱりおいしいな、つーか今までより美味く感じるぞ」
「そうだろうそうだろう、一兄や志保姉にいろいろと教えてもらったからな」

ラウラの言葉の中にある二人の名前に、弾はラウラの家族の中が良好であると感じた。
弾も織村家の家族の事情を大まかに知っている身として、そういうふうに親しげな呼び方が自然と口に出ることに、安堵というか喜びというか……そういう感情を抱いていたのだった。

(なんせこいつときたら「二人をどう呼べばいいんだろう……教えてくれ弾!!」とか泣きついてきたからなぁ)

その時は二人してラウラの新たな家族の呼び方を、必死になって考えていたのだ。
思えばかなり間抜けというかなんというか、案ずるより産むが易しとはこういうことを言うのだろう。
ちなみに初めて先ほどの呼び方を言えた時は、翌日になっていきなり弾に抱きついてきた……教室の中で。
当然クラスの男子どころか、学年のマスコットとしての地位を無意識のうちに確立していたラウラに抱きつかれたとあって、男子女子を問わず嫉妬の視線が弾に降り注いでいた。

「そりゃあよかったな、おかげで俺もおいしいおかずに在りつける」
「厳殿の料理も引けを取らないと思うぞ?」
「そうか? ならお礼にこれをやろう」

そう言って今度は弾が自分の弁当からおかずの野菜炒めをつまみ、ラウラの口元に差し出す。
ラウラの方も先ほどの弾と同じく、差し出されたそれを躊躇なく口にする。

「うむ、やっぱりおいしいな、これは」
「んじゃもう一口行くか?」
「いいのか?」
「代わりに俺ももう一口くれ」

そのまま恋人のように食べさせ合いを続けるラウラと弾。
これで当人たちは友達同士と互いを認識しているのだから、呆れ果てた鈍感さである。
ラウラにとって弾は学校で一番の親友。弾にとってラウラは目を離せない妹分。
それがこの三年近く一切変化していない、互いの認識であった。


「――――それにしても上達したよなぁ」


弾がラウラのおかずを始めて口にしたのは、出会って間もないころにラウラが弾に料理の味見役を頼んだのがきっかけだった。
その頃はラウラも家事があまり得意ではなく、そのまま家の食卓に出すのが不安だったそうだ。
そこで白羽の矢が立ったのが弾。それ以来昼食はおかずの交換をするのが二人の日課になっていた。

「最初の頃はどれもこれも焦げまくってて、真っ黒な弁当だったもんなぁ」
「い…今更それを言うなぁ!! 第一弾はあの時いっつも「不味い不味い」って言って私の弁当全部食べてたじゃないか!!」
「代わりに俺の弁当全部上げてただろうが、不味い飯代わりに食べてやっただけだよ」

再び涙目になるラウラを見て、ちょっかいをやめて話題を切り替える。

「それにしてもIS学園の臨海学校かぁ」
「何だ、気になるのか?」
「おう、そりゃ可愛い女の子たくさんいるんだろうなぁ」
「てりゃっ!!」

迂闊な弾の一言、それをきっかけにラウラは弾に飛び付き腕十字をしかける。
いくら軍から離れたとはいえ、体を鍛えることを怠ってはいないラウラの技の切れは凄まじく、一瞬で弾から絶叫を引き出した。

「いでででででっ!! ギブッギブッ!!」
「ふん!! お前なんかこうだ!!」

言うと同時、更に力を込めるラウラ。屋上に響き渡る弾の絶叫。
これもまた、二人にとってはいつもの光景だった。




=================




――――その日の放課後。


『もしもし、織斑だ』
「どうしたんですか、千冬さん」
『いや何、ラウラを臨海学校の間泊めてくれるそうだな』
「ああ…はい」
『――――――――下手なことはするなよ』
「イエス、マム!!」


電話越しにそんな会話があったとか無かったとか。







<あとがき>
外伝のラウラは完璧アホの子です。そして弾とは無自覚バカップルの間柄。
クラスメイトの共通認識は、「認めたくはないがお似合いのカップル、さっさと結婚しろ!!」です。
ただしそのためには魔王・千冬に挑む必要あり。



[27061] 外伝IF その十二
Name: ドレイク◆f359215f ID:12861325
Date: 2011/11/20 00:01




「――――もう千冬たちは向こうに着いているのだろうか」
「――――さあ? まだバスの中なんじゃないか?」


そう言いながら二人の指は傍らの皿に盛られたスナック菓子に伸びる。
のんびりとした雰囲気の中、弾が適当に選んだレンタルビデオを揃って観賞する。
弾とラウラの周りをゆったりとした空気が流れ、時折千冬に関する話題で会話が続く。

「…………お兄、その体勢やめてくれない?」
「なんでだよ?」
「ラウラもだよ!!」
「どうしてだ?」
「あ~もうっ!! 何か私へんなこと言ってるのかなっ!!」

蘭の指摘も当然のこと。二人の体勢は胡坐をかいた弾の足の上に、ラウラがすっぽりと収まるようにちょこんと座っているのだから。

「どうしたんだ? 蘭の奴」
「さあ、落ち着ける場所に座っているだけだというのに、どうしてそこまで取り乱すんだろうか」

うろたえ、困惑する蘭を放置し、二人はのんびりとビデオ鑑賞を再開する。

「……うう、お兄とラウラさっさと結婚しちゃいなさいよ」

むしろ恋人というより仲の良い兄妹といった感じの二人に、弾の実妹であるはずの蘭はしばらく恨みがましい視線を投げかけていたのだった。




=================




燦々と照りつける太陽。青く輝く海。

臨海学校に来たIS学園の生徒の目の前にそんな光景が展開し、テンションが絶好調となった生徒達が我先にと水着を身に纏い駆け出していく。
しかしそんな中、錆ついたブリキのおもちゃのようなぎこちない動きで、ゆっくりと砂浜を歩く人物がいた。

「………やはり、人前でこの恰好は恥ずかしいな」

不特定多数の前で水着姿を晒すのは、未だに羞恥心を抱くらしい志保。
しかも、本来なら自分が選びそうにない、洒落っ気を出した水着なのも羞恥心を加速させているようだ。

「大丈夫だよ志保、似合ってるって!!」
「ええ、そんな不安な顔をしないで、胸を張っていたほうがよろしいですわ」

そんな志保をセシリアとシャルロットが励まし、先に着替えを済ませていた一夏の方へと背中を押していく。
もう明らかに一夏に水着褒めてもらって照れるがいい、そんな感じの思考がありありと二人の顔には表れていた。

「お、おまたせ……一夏」
「遅かったな志保、何かあったのか?」
「「……むっ」」

一夏の元にたどり着かされた志保は、至って当たり差ありの無い言葉を一夏と交わし、先に一夏の元に来ていた鈴と箒に警戒の視線を向けられた。

「ねぇねぇ織斑君、何かいうことあるんじゃない?」
「そうですわ、殿方には果たすべき義務があるのではなくて?」

言外に志保の水着姿を褒める様、一夏に促す二人。

「けどなぁ……」
「「けどは無し!!」」

しかし、どこか煮え切らない一夏に、二人は声を荒げ――――


「別にいいよ二人とも、だってこの水着……………その………一夏が選んでくれた物だし」


だから、わかり切っていることは求めなくていい、と照れながらもそう言い含める志保に、威勢を削がれたのであった。

「「ふーん……一夏が選んだ、ねぇ」」

無論、極限までに殺気を膨れ上がらせた箒と鈴が、周囲の生徒をビビらせていたのはいうまでもないだろう。




「けど……改めて聞きたいな…………似合ってるか?」




か細い声で一夏に改めて問いかける志保に、セシリアとシャルロットが思ったことはただ一つ。

((――――火に油を注がないで))

そんな悲嘆と、背後の乙女二人からの射殺さんばかりの視線なんて気にも留めず、至極簡潔に一夏は答えた。

「似合っているに決まってるだろ。――――可愛いぜ、志保」
「そ…そうか…可愛い、か」
「お、おう」

対する志保は、いつもならば声を大にしてそう言う類の褒め言葉を否定するのだが、今回は違っていた。
かみしめるように、己に刻み込むように一夏からの賛辞を復唱し、一夏はそんな志保の常とは違う様子に、面食らった顔を見せている。
ようするに非常に初々しい恋人同士の、海への初デートと言った風情だった。

「なぁんだ、やっぱり織斑君に褒めてもらいたかったんじゃないか」
「フフッ、お互い奥手ですわね」

セシリアとシャルロットはそんな二人を微笑ましい表情で見つめている。


「「――――――――ああ、妬ましい。妬ましい。妬ましい」」


背後で呪詛の如く、瘴気と化した嫉妬を放出する箒と鈴を華麗に無視して、だったが。




=================




ビーチバレーとかいろいろと遊び倒し、手近な岩の上で心地よい疲労を堪能しながらスポーツドリンクを一口飲む。
渇いた喉を甘みと水分が潤し、疲れ切った体に沁み渡っていく。

「……いいよな、こういうのって」

横には同じく岩に腰掛けて一息つく一夏がいる。しみじみと語る一夏の言葉には、私もまったく同感だった。

「そうだな…向こうの世界じゃ帰還のための手掛かり探し続けたり、一夏が正義感で厄介事に首突っ込んだりして大変だったな」
「うっせぇ……」

平和な世界に生まれ、生死のかかる状況にギャップを感じ、だからこそ未熟でも物怖じせず事に関わった一夏。
そんな一夏を必死でフォローし続けるのは、確かに大変だったけど――――

「でも……やりがいはあったぞ?」

不貞腐れる一夏に、そんなフォローとも付かない言葉をかける。
あれはあれで、結構充実していたと思うしな。
それに……一夏はあえて悟ったふうな行動や思考をしていないように思う。
いつもいつも、感情に任せて突っ走ってばかりで、だから、ずっと明るかった。
見方を変えれば成長していないってことだけど、それはきっと失ってはいけない事を失わなかったという事。
多分、それは私への一夏なりの気遣いなんだろうな。


「だから、お前が私の主になったことに後悔していないし、お前でよかったって思ってる」


改めて言葉にした私の本音は、何故か一夏を硬直させた。

「………どうしたんだ?」

私の方を見詰めたまま、微動だにしない。何か変な事を言っただろうか。

「……一夏?」
「……あ、あのさ」
「何だ?」

震える声色で、一夏はどうにか続く言葉を絞り出した。


「――――――――今の言い方って、その、告白みたいだぞ?」


それは、逆に私を硬直させた。ついでに顔の表面温度も急速に上昇していく。
確かに今の言い方、まるで男女の告白じみていて……。

「ち、違うからな!!」

気付けば立ち上がって一夏の肩を鷲掴み、大声で否定の声を上げていた。
あ…あくまであれは自分を使ってくれるのが一夏でよかったと言っただけで、その、男女がどうこうといった気持ちは無かったんだから。

「お…おい!? 押すな志保!!」
「わかってるか? お前が私の主でよかっただけの意味しかないぞ!!」
「わかったから離れろ!! お願いだから!!」
「いいやわかってない!! 第一お前いつもそう言うネタで私をからかうじゃないか!!」
「ちょ!? もう限界だって……うわっ!!」
「うわわっ!?」

そして気付けば私と一夏の体は重力に押され、ともに地面に倒れ伏した。

「………大丈夫か一夏?」

私はともかく、私に下敷にされる形で倒れた一夏は大丈夫だろうか。
怪我とかしてないだろうか。運よく砂の上に倒れたのが幸いだったけど……。

「あ…ああ、大丈夫だ………ぞ…………」

眩む頭をさすりながら、一夏は私を見上げて大丈夫だと声を上げる。
そう、見上げて…だ。私が一夏の肩を掴んで体重をかけたのが転倒の原因なのだから、それは当然の結果だった。
つまりは倒れ伏した一夏の体に馬乗りになる形が、今の私の状況。


「そ…そうか………怪我が無くてよかった」


現状を認識するだけで心臓が爆発しそうなぐらい、そのリズムを速めていく。
一夏の方も偶然胸に突いた私の掌から伝わる鼓動で、この状況に緊張しているのが伝わってくる。
やっぱり一夏も恥ずかしいのか……って、私は何を考えているんだ。は、早く退いてやらないと。


「志保の方も……怪我無いか?」
「ああ、一夏のおかげで、大丈夫だ」


だというのに、まるで空間が固定されたかのように私の体はピクリとも動かなかった。

すぐにでも離れないと一夏に迷惑だ/ずっとこのまま一夏とくっついていたくて

まるでこんな状況じゃ一夏が誤解してしまう/こんな状況なら、一夏も私をそう言う目で見てくれるのだろうか

まあ、一夏はそんなことをネタにしていっつもからかってくるから大丈夫とは思うが/一夏の言葉を信じるなら、既にそういう目で見ているのかもしれない




つまりは――――――――私こそが、一夏をそう言う目で見ているということだった。




セシリアやシャルロットに言われるまで気付かなかったその思い。
けれど、そうまで自覚しておきながら、一夏の前でそれを認めることに踏ん切りがつかないでいた。
怯えて、いるのだろうか。一夏にその思いを告げるというのは、完璧に衛宮士郎としての自分とは決別し、衛宮志保としての自分と向き合うということだ。
前世が男だったから。そんな言い訳じみた未練を清算する勇気は、今のところ私には無かった。

「その……ごめん」

だから、今の私にできることと言ったら、金縛りから抜け出して一夏の上から退くぐらい。
肌に感じる一夏の温かさから離れることは、正直にいえばもったいないと感じたけれど、いつまでも乗りっぱなしはいけないだろう。

「いや、大丈夫だから気にするな」

一夏よ、お願いだから名残惜しそうな顔をしないでくれ。

「そういやそろそろ自由時間終わりだよな、旅館に戻ろうぜ」
「……ああ、そうだな」

先を歩く一夏の背中を見つめ続けながら、果たして自分のこの思いを一夏に伝えられる日が来るのだろうか、と愚にもつかない思考を展開する。
そんな妄想が成就して、いつか、劔冑とその仕手としてではなく、恋人同士として一夏のそばにいられたら、とそんな光景を脳裏に描いた。




=================




「よし志保、つまみ作れ」
「いきなり呼びつけていうことがそれですか千冬さん」

夜も更けた旅館の一室。千冬に割り当てられた一室に呼び出された志保は、缶ビール片手に待ち構えていた千冬に開口一番そう言われた。

「とか言いつつ即座に台所に向かうあたり、お前も大概だな」
「まあ色々と、こういう状況になれているので」

例えば虎とか……そんな呟きは、幸いにして千冬の耳に入ることは無かった。
そうこうしている間に、千冬が旅館の売店で買いそろえたありあわせの材料でつまみを設えた志保は、千冬の対面に腰をおろしてつまみを差し出した。

「はいどうぞ」
「うむ、ご苦労」

そしてビールとつまみに舌鼓を打った千冬は、おもむろに志保に切りだした。




「実をいうとな、――――――――お前ならば一夏とくっつくのは許容できる」




未成年故にビールではなくお茶を口に含んでいた志保は、千冬の唐突な発言にお茶をふきださないようにするのに全霊を傾けた。

「い、いきなりなんですか!?」
「いきなりでも何でも無いだろう、家であれだけいちゃついているくせに」
「別に……そんなことは」

とはいえ、今更ながらに家での光景を思い返すと、あまりに男女のやり取りじみた光景に志保は顔を赤らめる。

「いつも一夏と一緒に台所に立ったりとか、ラウラもいれば夫婦みたいだぞ?」

さしずめラウラは娘だな、とからかう様な千冬の言葉に、志保の脳裏に再現された光景にバイアスがかかってしまう。
それが余計に志保の顔をゆでダコに変えていき、ますます縮こまる志保を千冬は肴にしてビールを飲み干す。

「それが悪いとは言わんさ、あいつもそう言う感情を抱いてもおかしくはない年頃だし、ならばこそどことも知れない奴ならば認めんがな」
「でも……得体のしれないというのは私も……」
「馬鹿を言うな、お前が一夏を愛しているのは一緒に暮せばよくわかるさ」
「別に……一夏は私の主だから…その……気にかけているだけで」
「そんなのは建前だろうが」
「……………………………ううっ」

建前を破ることすらできない志保を、千冬はニヤニヤと嗜虐心に溢れた視線で見つめる。

「しかしお前は、いつもはあれだけしっかりしているのに、こういうことになると初心もいいところだな」
「ええそうですよ、どうせ私は初心ですよ」

さんざんからかわれた志保は、動揺した精神の勢いのままにテーブルの上に置かれえいた缶ビールを手に取り、一気に飲み干した。

「………お前教師の前で堂々と飲酒をするな」
「生徒の前で堂々と飲酒する教師に言われたくありません」
「ほう……言ってくれる」

そこから展開されたのは、教師と生徒によるささやかな飲み会だった。




「――――――――そう言えば、お前には礼を言っていなかったな。ありがとう」




互いに酒精で顔を赤くしたころ、千冬の口からそんな言葉が漏れてきた。

「何に、です?」
「向こうの世界で、一夏を守ってくれた事、だよ」
「私がやりたくてやったことですよ」
「それでも、だ。これからも一夏と一緒にいてくれ」

そう言う千冬の頬は、酒精以外で赤くなっているように志保は感じた。

「別に千冬さんに頼まれるいわれはないです」
「……むっ」
「そんな事、頼まれるまでもない事です………私はずっと、一夏とともにいます」
「――――――――ククッ、そうか」
「ええ、そうです」


一夏当人がいないからか、それともよって本音がこぼれやすいからなのか、志保は衒い無くそう答えた。
もしかしたら千冬が志保を呼びつけたのは、あるいはこんなやり取りをするためだけなのかもしれなかった。




無論翌朝、そんなプロポーズとしかとらえようが無い発言を思い出し、布団の上で転げ回る志保の姿があったとか無かったとか。







<あとがき>
さて、外伝は<シルバリオ・ゴスペル>がラスボスなのですが……村正クロスで“銀”ですからねぇ。
あと外伝の弾とラウラは、絶対告白も何も無く恋人の関係にシフトアップすると思う。



[27061] 没ネタ(Dies iraeとのクロス)
Name: ドレイク◆f359215f ID:228783b8
Date: 2011/08/23 18:09



もし、志保の転生した世界がIS世界では無かったら。








――――夜の漆黒と、車のライトに包まれる橋。その橋上に異質な三つの人影があった。




先頭を行くは、見た目は普通の少女である。だが、自動車を軽々と追い越し、刃物などを持っていないにもかかわらず、目に付く通行人の首を斬りおとしていく様を見れば、明らかに異質、災禍を呼び起こす存在だ。
それを追う二つの人影は、見た目からして異質であった。纏うは軍服。それだけでも不自然極まりないが、それが鉤十字の紋章を掲げた軍服ともなれば、その不自然さは言葉に出来るものではない。
その二人の行為もまた、常軌を逸していた。
二人の一方、白髪の男は足から鮮血の如き深紅に染められた巨木の杭を生やし、足元の全てを蹂躙しながら先ゆく少女を追跡していた。
その深紅の巨木に蹂躙されたものは人間無機物の区別なく、構成されるエネルギーの全てを吸いつくし、枯れ果てさせていた。
そんな男の後ろを行く、身に纏う軍服に不釣り合いな少女は、中世の拷問器具を巨大化させた車輪の上に立ち、先ゆく二人を追随している。
その少女が引き連れた影は不自然なほどに肥大しており、前行く二人の戦闘痕を、一切合財の区別なく呑み込んでいた。
後に残るはせいぜい、白髪の男が残していく、巨木の足跡だけだ。
あまりにも乱暴な、しかしこれ以上ない証拠隠滅。確かにこれならば、そもそも事件が起こったことすら気付かれないだろう。

平穏な都市に顕現した、人外達の闘争。巻き込まれた不運な人間に許されるのは、恐怖の中、斬り殺されるか、吸い殺されるか、あるいは、影に飲み込まれる事だけだった。
なぜならここは、例え少し前が普通の町だったとしても、すでに異界へと塗り替えられている。
暴虐の戦乱吹き荒れる、魔人どもへの戦場へと。
ならば、ここに生の証を残せるは、同等の魔人でなければいけないのだ。

白髪の男と、赤髪の魔女が動く。
変わり映えしない追走劇に首機を打つために、共に必殺の一撃を放たんとする。
この時、二人が帯びた任務は先ゆく少女の捕縛だったが、あっけなく死ぬ存在ならば必要無いとも思っていた。
弱者はいらない。それが二人の、いや、二人が所属する組織の共通認識。
だからこそ、全力ではないものの、一切の手を抜かない一撃を放つ。
白の魔人からは、深紅に染まる杭の砲弾。紅の魔女からは鋲で武装した鎖の群れ。
貫き殺されるか、絡め取られ車裂きにされるか、少女にはその二通りの未来しか許されない、二人はそう思っていた。


――――だから、先を行く少女が、防御でも回避でもなく射手のへの反撃を行うことを選択する、狂気の思考回路を有しているとは思わず。




――――だから、このタイミングでの三人纏めての殲滅を選択する者の存在を、予想できようはずもなかった。




音の壁を十枚まとめて突き破りながら、紅き鏃が着弾する。
二人の意識が眼前の標的に向いた、その隙を狙い澄ました完全なる奇襲。こちらもまた人外の領域に立つ必殺の一撃だった。
着弾と同時、現用兵器に勝るとも劣らない威力の爆発が吹き荒れ、三人が追走劇を繰り広げていた橋に大穴を穿つ。

「ちょ!? 何よこれっ!!」
「うるせえ黙ってろっ!!」

二人がかろうじてそれを避けられたのは、白の男の、野生動物の嗅覚にも似た戦闘行為への勘。
誰よりもその感が鳴らした警鐘を信用したために、攻撃の結果などを無視して紅の魔女を掴んでその場を離脱したのだ。
そしてその信用は正しかった。なぜなら先の一撃は尋常の火器などでは脅威とみなさない二人にとっても、脅威と言えるほどだったからだ。
明らかに自分たちが使う魔道の深奥にも似た“ナニカ”によるもの。それは、自身の所属した組織が作り上げたこの生贄の祭壇に、予想もしない第三者の介入があることを如実に示していた。


「――――チッ、どこのどいつだ、こんなふざけた真似をしてくれんのはよぉ」
「確かにどこの誰かしら、まあ、こんな厄介事はクリストフに押し付ければいいんじゃない?」


その第三者の介入に気勢をそがれる形となったのか、戦の気配を沈めた二人は今宵の戦いを終わらせたのだった。




=================




そして、その頃、二人から逃亡していた少女はと言えば、まんまとあの一撃にまぎれる形で逃走を成功させていた。
人気のない公園に逃げ込み、ただぼうぜんと立ち尽くす。
その瞳に生気はなく、まるで操り人形のようだった。これならば追跡していたあの二人のほうが、ある意味人間らしいといえた。
ただただ老若男女の区別なく、その首を刎ねて命を喰らう、その様はまるで処刑器具の如し。
だとすれば今の彼女は人間ではなく、ギロチンであるのかもしれなかった。

「君は、何者だ?」
「―――――――――」

だから、現れた何者かの問いにも、無言を示すだけ。
現れたのは、燃え盛る炎の紅色に染まる髪をポニーテールにまとめた同年代の少女。
外見は普通の少女であるといえたが、物言わぬ少女を目の前にしても恐怖はなく、ただ疑心だけをあらわにするのなら、この少女もまた異質だった。

「その体は香純の物だ。貴様の物ではない」
「―――――――――」

どうやら、紅髪の少女は物言わぬ少女の素性を知っているようだった。先ほど三人纏めて殲滅しようとしたにもかかわらず、こうして問いかけるのは少なからぬ情を物言わぬ少女に抱いている証かもしれない。
この二人の関係はクラスメイト。所属する部活こそ違うものの、名前で呼び合えるほどには仲が良かった。
しかし、その友情を思い出せる意識はすでに少女に無く、代わりに放たれたのは首狩りの刃。
不可視にして必殺。全ての物に確実な死を与える、無慈悲なるギロチンが紅の少女に迫る。




「――――――――――――――――え!?」




しかし、その程度、紅の少女には避けられるはずだった。
染みついた戦闘経験が自然と体を動かす筈だった。例え忘我の状態から放たれた無我の一撃とはいえ、その程度で死ぬほど、紅の少女は間抜けではない。
だが現実はそれを覆した。
偶然、と言えるのだろうか。無慈悲な刃は紅の少女に首筋に真紅のラインを残し、やがて惚けた表情のままに固まった頭が、あっけなく地面に落ちた。
鮮血が、首の断面から吹き荒れる。




――――果たして、それは偶然といえたのだろうか。




この世界において、偶然ほど信じられるものはない。それは偶然の名を借りた必然。
いないはずの、世界全てを使った劇への乱入者。この世界を総べる者は、そんな存在を決して許しはしない。
故の理不尽ともいえる退場。それが世界の必然だった。




”これより先はありきたりだが至高の舞台。アドリブや乱入など必要無いのだよ。故に、退場したまえ”




人に知覚できぬ天上の領域で、影法師の声が響いた。




だがその偶然が、更なる乱入の幕開けでしかなかったとしたら?
そこには、影法師の意思とは別の必然があるのではないのか。




=================




温かい、常日頃は自覚しないが、とてつもなく身近な暖かさを持った赤い液体が、私の顔に掛かる。
同時、彼女の脳裏に去来するは、凄惨な血の記憶。
そんなものは記憶にない。在ってはならない。在ってほしくない。
けど、どうしようもないぐらいに鮮明に甦る。誰かれ構わず首を刎ね、果てにはクラスメイトすら殺した光景が。




――ねえ、蓮。私をかかわらせないように思ってくれるのは嬉しいけどさ、もう、引き返せないよ。




そう、もうこの町に起きている異変に、私はどっぷりとつかっている。
それでも、私は置いていかれるの? 蓮も司狼も、私を置いていかないで………。
大事に思っていてくれるのは嬉しいけど、独りぼっちはさみしいんだよ。
薄れ行く意識の中、そんな寂しさを抱えながら目に写ったのは、戦いに赴くみんなの姿。
今日もまた置いて行かれる。これからも、ずっと。ずっと。


「…………いや………・だよ」


そんなつぶやきも、誰ひとりとして聞いてくれなくて。
だからと言って追い付ける力も、私にはない。二人の背中をずっと見ているだけ。


――それでいいのか?


その声は外からではなく、体の奥底から聞こえてきた。
普段は知覚しない、意識の奥の更に奥。そこに住みついた誰かの声だった。
その声の主を、私は知っている。けれど、もう絶対に聞こえないはずの声。
だって、もう死んでいる。”志保は私が殺したんだから”


――そうだな、私は香純に殺された。


遠慮なく口にされた覆しようのない事実。けどその声色に、私を責める気配は微塵も無くて。
どうして? 私が志保を殺したんだよ。何でもっと責めないの。


――けど、殺したくて殺したわけじゃないだろう?


――だから、香純を責めるのはお門違いというものだ。


――それに、そんなことは重要じゃない。


まるで自分の死を、瑣末事だと切り捨てて、重要なことは他にあると、志保はそう言い放った。
最初の言葉は、”それでいいのか?”
つまりそれは、現状を座して見るだけの現実を受け入れるのか、そう、問いかけていた。
勿論、そんなのはいやだ。そうやって置いていかれるのは絶対に嫌だ。
けど、追い付く力が無いから追い付けない。私に現実を覆す力はない。


――本当にそうか? 香純は私を殺したんだぞ。


――生憎と、香純程度に殺されるほど私は弱くない。


――現実を覆せないと言うが、すでに私の“現実”は香純によって覆されたさ。


――酷な言い方だが、現状に合う力は、すでに香純に備わっているよ。


ああ、確かに酷だね。けど、確かにその通り。
そうだ、私に何があってこうなったかは知らないけど、力があるのなら進めばいい。
二人に追い付きたいなら、追い付けばいいんだから。
ついでに、私の体使ってあんなことした奴らをぶちのめす!!
後は前に進むだけ。私の力<衛宮志保>はここにある。
奥底にある剣を掴み取るような感覚とともに、私の意識は現実に浮上した。
その刹那、私は志保に一つの質問を投げかけた。


(ねえ、どうして私にここまでしてくれるの?)


――香純に取り込まれて、香純の苦悩に触れたから、かな?


――現実に打ちのめされ続けたその苦悩は、とても共感できたのさ。


だから、そんなもの打ち破ってやれ、と声ではなく心で、志保は私の背中を力強く押してくれた。




=================





諏訪原市のアウトローたちの吹き溜まり。クラブ<ボトムレス・ピット>のライブホールは異界の戦場と化していた。
数多の群衆の視線が注がれているのは、一人の美女と尋常ならざる気配を放つ大男。
美女は怜悧な美貌を鉤十字の軍服に身を包み、顔を不気味なデザインのマスクで隠した大男を従えている。
戦場の風を纏い、男の手にはおおよそ人の手に負えるはずもない黒の巨槍が握られている。
明らかに、戦端を開くことが目的であり、この場にいる大多数はその気配に呑まれ、口を開くことすらできずにいた。

対峙するのは二人。
いかにも軽薄そうななりをした、傍目からはチンピラとしか言えないような男、遊佐司狼。
しかし、この死臭漂う場においてなお軽薄な雰囲気を崩さず、その手にデザートイーグルが握られている。
もう一人は女と見間違えそうなほどに整った顔立ちをしている司狼と同年代の少年。
服装こそは普通だが、その右腕から湾曲した長大な刃が生えており、その刃が発する気配が見るもの全てに尋常ならざる死の恐怖を与えていた。
それはまるで“ギロチン”の刃だった。
少年の名は藤井連、この場において眼前の魔人二人に抗する、最も相応しい力を有している少年である。


それほど大きくはないライブホールに、濃密なる死の気配が満ちていく。
戦端が開かれるのは最早誰にも止められず、異形の男は巨槍を構え、応ずるように蓮もまた、ギロチンの刃を構える。
しかして戦端を開いたのは、男の傍らに立つ美女――リザ・ブレンナー――の短い呼びかけ。

「――カイン」

それが男の呼び名だろうか、それに応えるように、まるで大型重機のように人間味の無い挙動でカインが動く。
巨槍から漆黒の紫電が迸る。ホール全体を震わす規格外の力。
正しく雷神の鉄鎚のように、振り下ろされた巨槍は規格外の威力を知らしめる。
轟音とともに紫電が吹き荒れ、その射線に巻き込まれた百人近くの観衆を肉塊に変えた。

「ガッ、アアアッ!!」

その紫電は蓮の肉体をも焼いていく。苦痛の呻き声が口から洩れる。
顔見知りで学校の先輩の母親代わりでもあるシスター、リザ・ブレンナーへの闘志が鈍っている隙が、そのダメージを背負わせた。
蓮はその甘さに歯噛みしながらも、司狼の安否を声を張り上げて確かめる。

「司狼っ!! 無事かっ」

それに答える声はなく、代わりに響くのはデザートイーグルの銃声。
明らかにそれは司狼が戦闘行為が可能であることの証であり、同時に、恐らくはカインを操っているシスターへの牽制を行うつもりだと知った。
ならばそのために時間を稼ぐことが蓮の務めであり、それをよどみなく行えるのは、当人は否定するかもしれないが正しく阿吽の呼吸だった。

蓮が床を蹴り砕く勢いでカインに迫る。膂力はカインが上かもしれないが、スピードならこちらに分があると判断し、とにかく速さで攪乱すると決めた。
砲弾のように懐に潜り込みギロチンを一閃。それは難なく巨槍に防がれるが、反撃を許す前に再び後ろをとる。
だがそれも、まるで見えているような雷撃の放出で迎撃された。
文字通りの血煙が体から立ち上り、相応の激痛が蓮の体を襲う。
それを意地で我慢しながら、今度は完璧に頭上をとった。

「オオオオオオオオオオッ!!」

だがそれも、人体の関節構造を無視した一撃で撃ち落とされる。
そのまま放たれた振り下ろしを、蓮は頭上にギロチンを掲げて防ぐ。
体格で劣る蓮が一番陥ってはいけない真っ向からの力勝負に持ち込まれ、自身の不甲斐無さに怒りの形相を浮かべる。

(あほか俺はっ、後ろとってもシスターにみられりゃ意味無いだろっ!!)

そう、悪魔で速さで攪乱するならばカインの司令塔であるリザの視線からも逃れる必要があった。
それに気付かぬままに、頭上をとったぐらいで浮かれてしまえば、手痛い反撃を喰らうのは必然だった。
直後、ギロチンと鍔迫り合いしている巨槍から電撃が迸り連の肉を焼いていく。

「グウウッ!!」

それでも倒れるまいと力を振り絞るが、拮抗するだけで精いっぱいであり、倒れるまでの悪足掻きでしかなかった。
司狼の持つ武器ではカインに何ら痛痒を与えることはできず、拮抗を崩すには蓮が自力で何とかするしか道はない。




――――道はない、はずだった。




「でえりゃああああああああああっ!!」

蓮にとっても、司狼にとっても聞きなれた雄叫び声。
二人の日常の証である幼馴染の、このような人外が集う戦場では聞こえるはずの無い声。
だがそれでも、岩から切り出した様な斧剣を大上段から振り下ろし、蓮の窮地を救ったのは間違いなく二人の幼馴染。


――――綾瀬 香純だった。




「「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」




珍しいことに、蓮だけではなく司狼までもがその光景に驚愕を見せる。
二人の驚愕の声が重なって響き、香純が答えるように振り向く。

「こんの馬鹿蓮!! 馬鹿司狼!! いっつもいっつも私を置き去りにしてんじゃないわよッ!!」
「おいおい、いきなり現れてそんなこと言って、空気読めよバカスミ」
「シャラップ!! 反論は聞かないわよ」
「あ~、悪い悪い、つ~ことであとは任せた、蓮」
「なあにがつーことで、よ!!」

早速常と変わらぬやり取りを始める香純と司狼にあっけにとられ、蓮が吐き出せたのはたったの一言。


「な……んで、香純がここで出てくるんだよ」
「私が出てきたかったからよ」
「おまえが出てきちゃ意味無いだろっ!! 俺はお前にこんな危ない目に合わせたくないんだよッ!!」
「けど私は、いつもいつもあんたら二人の背中を見ているのは嫌なのっ!!」
「あほかお前っ、高々剣道の腕が立つ程度で生き残れると思ってんのかっ!!」
「さっき私の助けられたのはどこの誰よッ!!」


最早痴話喧嘩の体をなしてきた言い争い。それを破ったのはカインの攻撃。
割り込むようにして放たれた巨槍の振り下ろしを飛びさがって避けると、互いにカインに向き直る。


「蓮、とりあえず今はあとっ!! 先にこいつをどうにかするわよッ!!」
「あ~もうっ!! 精々足引っ張んなよッ!!」


そうして蓮は再びギロチンを構え、香純もまた戦闘態勢に移る。
香純にとってこれが初めての戦いだが、まるで初めから知っているような感覚で操っていく。




――――かつて香純を操っていたギロチンは、殺した者の魂を喰らい貯め込んでいた。


その魂の全ては今は別の者に移され、とある武器を起動させるための燃料へと変えられていたが、この世界にとって完全な異物である衛宮志保だけは、香純の奥底に取り残された。
そしてその武器とは一人の少女の魂。その類稀なる魂は、今は蓮に宿り、今なお顕現しているギロチンとなっている。
その少女の魂の格は比類できるものがなく、その格こそが、蓮のギロチンを必殺たらしめている。


――――ならば志保の魂は?


とある世界において、英雄とまで称され、恐れられ、処刑された志保の魂は、同様に必殺の武器となり得るのではないか?


「形成<トレース・オン>」


香純の詠唱と同時、香純の体の至る所から刃の群れが突き出てくる。


まるでそれは、香純の体そのものが刃へと変じたようだった。













<あとがき>
最初に本編を書くときにISとクロスさせるか、この話のようにDies iraeとクロスさせるか迷ったんですよね。
まあ、ISのほうが書きやすいかな、と思ったんでこっちはお蔵入りとなりましたけど。

衛宮士郎と香純って似てると思うんですよ、お互い自身のルートでエンディングでは一応ハッピーエンド?になるけれど、将来的にはバッドエンドになっていそうなところとか。


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.7179050445557