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[2650] 最後の物語へようこそ   【本編完結】
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2019/10/30 22:07
初めましての方は初めまして。
お久しぶりの方がいらっしゃいましたら、お久しぶりです。
恥ずかしながら戻ってまいりました。
更新はゲームをチマチマ進めながら+他の小説を書きながらなので、いいとこ月一くらいの亀の歩みになると思いますが、今度こそ完結に向けて頑張りたいと思います。


※初めての方への注意

この小説は以下の成分を含みます。

・憑依
・登場人物性格改変
・設定捏造
・独自解釈
・ご都合主義

世界観や各種設定、キャラの背景や心情など、基本的にアルティマニア等を参考にしていますが、ゲームの描写からの推測や独自解釈など色々と混じっています。
ですので、原作を大事になさる方は注意です。
また、生き残るはずのキャラが死亡したり、逆に生き残ったりもあるのでその辺は予めご了承ください。

それでもいいと言う方は読んで頂けると幸いです。

※ハーメルン様でも投下中です


最後に、やっぱりFFシリーズでⅩこそ至高(異論は認める)



[2650] 最後の物語へようこそ    プロローグ
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:a2f5d030
Date: 2017/11/22 01:15
 

 朝。目覚ましのアラームで目を覚まし、ごそごそと枕元を探りスイッチを切る。目を覚ましたはいいもののどうにも眠気が抜けきらないようでベットの上でしばらくの間ボケーっとしていた。

 ある程度の時間そうしているとようやく眠気が抜けてきたのか、思考がだんだんクリアになってくる。その後、盛大な欠伸とともに大きく伸びをした俺はベットを後にして洗面所に向い顔を洗う。

 適当に顔を洗い終わった俺は、鏡に映った自分の顔を見る。

「………はぁぁ」

 もう分かりきっていたことだが、自分顔を確認するたびに自然とため息が出てきてしまう。いや、別に自分の顔が不細工だったりとか変なところにニキビが出来てしまったとかそういうことでため息をついたんじゃない。

 むしろ顔の造形はかなりいい。透き通るような蒼眼、鮮やかな金髪、肌はこんがり小麦色に焼けて実に健康的な好青年だと思う。おおよそため息がでる要素は見あたらない。

 ならば、なぜため息をついているのかと言うと………

「………この体が【本来の自分の体】ならどれだけ良かったことか」

 ぽつりと呟く。このルックスでブリッツボールのエースとくればやっぱり相当もてたんだろ?なぁ、ティーダ君?










 俺がティーダになったのは今から約一年前のこと。高三の二学期の終わり頃。俺の手元に第一志望の大学に推薦で受かった旨を伝える通知が届いた。はっきり言って駄目元で受けた推薦だったので受かった俺はもちろん大喜びだし、家族もある意味俺以上に喜んでくれた。

 で、夕食にはちょっと名の知れたレストランに行って美味いものをたらふく食った。少しはしゃぎ過ぎたのか、家に帰ってベットに潜り込むと急に瞼が重くなってくる。

 俺はその心地よい眠気に身を任せ、楽し気な大学生活を想像しながら眠りに落ちた。

「………で、朝起きて鏡を見たら文句なしにティーダになっていたっつーわけだ」

 誰ともなしにぽつりと呟く。いや、確かに俺がもっとイケメンだったらなーとか、願ったことがないわけではないが、こんな形で叶えられるんだったら年齢=彼女いない暦、な俺に戻った方が断然いい。

 これが実はよく出来たバーチャルゲームで死んでもコンテニュウあり、ってんなら大歓迎なんだけど………本当に残念ながらここにコンテニュウーボタンは存在しない。死んだらそれでおしまい。一部例外を除いて異界に行きそこを彷徨いつづけることになる。正直それだけは勘弁して欲しい。

 それに、もしこのままティーダのままでいたら、シナリオに従ってシンやエボンジュを倒すと消えてしまう。ゲームをクリアしたのは結構前でうろ覚えの所もあるけど、シンだかエボンジュだかラスボスを倒した後、体がだんだんと透けていって死人であるアーロンやジェクトと異界に行ってたのを覚えている。

「………やっぱしこのままだとFF的には感動?のフィナーレだが、俺的には問答無用でBADエンド直行になっちまうか………いや、ほんとに冗談じゃないっての………」








 その後もいろいろと世の不条理さを嘆いていたが、現状が変わるわけでもないので早々に切り上げて今後の方針を再確認する。

 基本方針としては、祈り子様に現状を打ち明けシンを倒しても俺が消えないですむ方法か元の世界に帰る方法を探るこにした。

 バハムートの祈り子様はいろいろな情報を持っていそうだし、実際にⅩ─Ⅱではどうにかしてティーダを生き返らせてた(体を再構成?)はず。少なくとも何か有益な情報を持っているだろう。

 いや、確かに人任せというか祈り子様任せというか、行き当たりばったりも甚だしい計画とも呼べない物だが俺は某第二魔法の使い手でもないのでこればっかりはどうしようもない。

 まあ、これが現実だと認めた最初の頃は、最悪元の世界に戻れなくてもいいから死にたくない───そう思ってスピラには行かずにどっかに隠れていようと思ったんだけどな。でも、雲隠れの準備をしている時にふと思った。

『そういえばジェクトは俺を迎えに来るためだけにわざわざザナルカンドに来るんだよな………』

 つまりだ、ジェクトは物語の鍵である俺を見つけるまで探し回るに可能性が高い。そして、その過程で文明に甚大な被害を与え膨大な数の死者を生産していくことだろう。

 たとえ百万歩譲ってザナルカンドでの犠牲はシナリオなのでしょうがないとしても、俺が逃げ回ったために犠牲が増えるのは後味が悪いどころの話ではない。流石にそんな犠牲の上で安穏とした生活を送れる自信はなかった。おそらく罪の意識に苛まれ、ろくな人生を送れないと思う。だが………

「スピラに行くと死亡率がむっちゃ高くなるんだよなぁ………」

 スピラはこのザナルカンドと比較してみれば、シンにより死者が大量生産されているため幻光虫の量が半端じゃない。当然魔物とのエンカウント率が高くなるし、魔物の力もこことは比較にならないくらい強い。魔物との戦闘が増えれば当然死ぬ確立も高くなる。

 確かに回復魔法を使いこなすユウナや伝説のガードであるアーロン達とパーティーを組んでいれば魔物との戦いで死ぬ確立はかなり低いと思う。だが、中にはモルボルのくさい息とかデスとか石化の魔眼?みたいな強さとは関係の無い厄介な攻撃がある。特にくさい息で全員が混乱+毒+暗闇+etc・・・状態におちいったらかなりピンチだ。前にゲームでモルボルの先制攻撃でくさい息を喰らって混乱状態になってなにも出来ないで死んだこともある。

 ちなみにザナルカンドに出没する魔物なんかは幻光虫の密度が極端に低いのでちょっと離れたところから拳大の石でもおもいっきりぶち当てれば簡単に倒せるのがほとんどだ。

 それから、なんと言っても一番やばいのは人間───ぶっちゃけエボンの狂信者の連中だ。一人一人は雑魚かもしれんが、スピラで最大の宗教なだけに人数が人数だし、なにより銃器が怖い。

 戦後数十年たって、今では平和ボケという言葉が嫌というほど良く似合う日本において銃なんてほとんど見たことなんてない。ましてや銃口を向けられるなんて事はまずない。

 ゲームでの戦闘みたいに銃弾を喰らってもポーションで減ったHPを回復すれば、はいOK、とはいかないだろう。Ⅹ─Ⅱではレンとシューインがエボンの僧兵に撃たれて死んじまったしな。

 本当ならエボンの連中とは関わらないか最低でも揉めないかのが一番いいのだろうが物語の進行上バハムートの祈り子様と会う頃には恐らくエボンの連中とは敵対することになると思うし………

「………はぁぁ、世界最大の宗教と敵対するなんて勘弁してほしいっての」

 絶望的な未来にやってられるかと叫びたくなる。しかもエボンの連中は機械の使用禁止とか言ってるくせに、機械人形やらガトリングやらでバリバリに武装してるのだ。本当にやってられない。

 まあ、そんなに嫌ならスピラに行ったあとで改めてどっかに隠れていればいいじゃん、と思う人もいるかもしれない。俺も切実にそうしたいところなのだが、そうも言ってられない。

 と言うのも、ユウナ達が俺(ティーダ)がいなくてもシンの体内に入って直接エボンジュを倒してしまうかもしれないからだ。

 俺がいなかった場合のシナリオがどう進むのか分からないが、ありえない話ではないと思う。そうなった場合、なんの対策も打たないままエボンジュを倒されてしまうと祈り子様が眠りに着くと同時に俺の体も消えてしまう。

 流石にそんなデットエンドは勘弁して欲しい。ってな訳で色々と考えて、前述の通りにユウナ達と旅をして祈り子様と相談し、解決策を練ることにした。

 それにFFファンの俺としては、やはり原作キャラに会いたいって気持ちが無いわけでもないしな。あ、そうそうアーロンとはこっちに来て一ヶ月くらいしてから会った。いやー、生アーロンは画面越しでみる倍は渋かった。

 右目の傷や鋭い眼光もそうだが、なにより体から滲み出る雰囲気というかオーラが半端じゃない。アーロンが幾多の死線を潜ってきたことが素人の俺でも容易に伺える。本人は嫌がるだろうが、まさしく英雄や伝説のガードと称えられるのに相応しい風格だった。

 俺としては中身が変わったのが何時ばれるか内心ひやひやしていたが、予想に反してアーロンはなにも言ってこなかった。アーロンはティーダが少年だった頃から彼のことを見守っていたのだから、何かしらの変化には気がついている筈なのだが、ブリッツボールをやめるといった時でさえも………そうか、と言っただけで後は何も言わなかった。

 これには俺も首を傾げたが、生き残るための準備も忙しかったし、下手に探りを入れられるよりはいいのであまり深く考えないことにした。

 後に俺はアーロンが何も言わなかった理由を知るのだが………それはもっと後の話になる。










「………うっし、これで準備完了だな。」

 荷物の最終点検をしてホルダーに収める。これで準備万端、スピラ行きの準備が整った。生存率を上げるため出来る限りの準備はしたのだが、おかげでザナルカンドエーブスとの契約金とかジェクトの遺産だとかほとんど消えてしまった。ここにはもう戻って来れないんだから関係ないんだけどさ。

 さて、後は明日のジェクト記念トーナメント決勝戦の途中でシンが来るのを待つだけだ。俺は妙な興奮を抑えながら明日に備え眠りにつく。



 この物語の結末がどうなるのか俺には分からない。
 けど、明るい未来を目指していっちょ頑張ってみますか───







[2650] 最後の物語へようこそ    第一話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:a2f5d030
Date: 2017/11/07 23:32
───シン

現実のザナルカンドに存在した召喚師であるエボン・ジュの最強の鎧。今までに4人の偉大な召喚師が己の命を代償にして究極召喚によりその存在を滅すが、僅かなナギ節を経て復活し、重力を用いた攻撃───テラ・グラビトンは小さな島なら一撃で跡形も無く消し飛ばす。もはや一匹の魔物というより天災と言ったほうが正しいかもしれない。

その荒ぶる天災の真下に俺とアーロンは立っていた。

「………いいんだな?」

アーロンはシンに向かって問いかける。そして今度は俺を見据える。

「覚悟を決めろ」

何もかも見通すような鋭い眼差しで。

「これは他の誰でもない───お前の物語だ」

アーロンが言い放つと同時にシンに吸い込まれる。一瞬の浮遊感。自分という意識が希薄になっていく。俺は必死に意識を繋ぎ止めていたがそれ以上は抵抗できずに意識を手放した。

意識を手放す寸前でなぜか懐かしい暖かさを感じた。












「ここは───スピラか?」

シンに飲み込まれ、スピラに飛ばされた俺はどこぞの遺跡の中で意識を取り戻した。どうやら無事についたみたいだ。現状を確認してからほっと一息つく。

俺が今いるのはどこぞの遺跡。老朽化が進んでいるのか水漏れしていて今にも崩れてきそうな雰囲気だ。それに薄暗くじめじめしていて肝試しにはもってこいの場所といったところか。いや、普通に魔物とかアンデット系の魔物がいるから肝試しの意味ないかもしれないが

「………って、あれ?遺跡の中?」

ふと気がついた。確かティーダが飛ばされた時は遺跡の外だったような気がする。それで歩き回ってたら水の中に落ちてジオスゲイノだっけ?に追いかけられ、逃げついたのがここだったような………

「考えたって仕方ないか」

ここに居ればそのうちリュックが来るだろうし、ジオスゲイノに襲われなかっただけ儲けものか。俺はあまり深く考えず、燃やせそうな物を集めて持参したライターで火を起こし、暖を取りながらリュックを待つことにした。無論、周囲の警戒も忘れずに。

目の前ので焚き火が行きおいよく爆ぜる。俺は炎を見つめながらザナルカンドで会ったバハムートの祈り子様のことについて思い返していた。

『………ごめん。君に賭けるしかないんだ』

逃げ惑う人々の合間を縫ってシンの方に近づいていくと、急に時が止まったように人も物もシンも動かなくなる。そんな中どこかの民族衣装みたいな服を着た少年───バハムートの祈り子様が俺に話しかける。

原作通りの展開。のはずなのだが、俺は混乱していた。確かに原作通りの展開なのだが、台詞が俺の知っているものと明らかに違っていた。いや、台詞が違うだけならまだいい。けど、今の『君に賭けるしかないんだ』はティーダではなく俺に言ったような感じがした。

これは一体………いや、俺の勘違いか?感じた疑問を問いかけようとするもすぐに祈り子様の体が急に透けだした。

『時間切れみたいだ』

祈り子様が完全に消えると同時に時が流れ出す。俺はその場に立ち尽くしていたが、大きな爆発音と共にはっと我に返った。そして今はアーロンと合流することが先だと考え、このことを一時頭の奥へと追いやっていた。

だが、改めてこのことをじっくりと考えて見ると、やはり祈り子様は俺に語りかけていたような気がしてならない。もし………本当にその通りだとしたら、これが指し示すものは──────

「………って、んな馬鹿な訳ないよな。何考えてんだか」

俺は脳裏に浮かんだ馬鹿馬鹿しい仮説を即座に破棄し、アホか、と苦笑した。だが、何故か不安が纏わりついて離れなかった。






「………ん?」

その後、装備点検をしながら待つこと約三十分。何処からともなく何かが蠢く音が辺りに響く。ゴキブリかなんかの昆虫にしては音がでかすぎる。ってことは───

「………きやがったか」

呟いて上を見ると、二階の廊下に魔物が張り付いていて俺の様子を伺っていた。体長は二メートル程で、その姿はまるで毒蜘蛛のように禍々しく、俺と目が合ったときニィと嘲笑ったような気がした。魔物がゆっくりと近づいてくる。

素早く立ち上がり、腰に吊るしてあったジェクトの土産である刀身が赤く染まった両刃の剣を構える。

───大丈夫。相手は雑魚なんだ。俺ならやれる。大丈夫だ落ち着け。

自分に言い聞かせるように心の中で何度も繰り返し呟く。そして深く、深く、深呼吸を繰り返して平常心を保とうとする。

だが、構えてから気がついた。

「………は、はは………………なんだよ………情けないな俺」

手が小刻みに震え、言ってる声も心なしか震えている。

スピラとは比べ物にならないが、平和なザナルカンドでも海辺の近くでは魔物が極稀に出現することがある。これを知った俺はブリッツボールをやめた後、海辺の近くに住むことにした。トレーニングがてら出現する魔物との戦闘を経験するためだ。

だが、前にも言ったと思うがザナルカンドの魔物はその体を構成する幻光虫の密度が低いので全般的にかなり弱い。子供でも逃げに徹すれば逃げられるのもがほとんどを占めるので、命の危険なんてないに等しかった。

しかし、ここスピラではそうはいかない。

本当の命の奪い合いがここにある。生か死か。食うか食われるか────ただそれだけの世界。そんな世界に俺はこれから足を踏み入れて行かなければならない。

そのことを改めて認識したせいか、体の振るえが大きくなり、一歩、二歩と後ずさる。分かっていたはずなのに、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。

そんな情けない感情に囚われた俺だったが、不意にアーロンの言葉が浮かび上がってきて後ずさる足を止めた。

『覚悟を決めろ。これは他の誰でもない───お前の物語だ』

その言葉が胸の中にすんなり入ってくる。

そう………だよな。この物語は借り物なのかもしれない。けど、俺はここにいる。これは俺の物語でもあるんだ───

「………覚悟を決めろ」

そう自分に向かってつぶやいて。ミシッ、と剣の柄を握り潰すくらいの勢いで握力を込める。手が震えないように、自分を奮い立たせるように、めいっぱい空気を吸い込んで叫ぶ───

「震えんな、俺!!ここはまだスタートラインに過ぎない!この先、俺はこんな雑魚とは比べ物になんねーバケモンどもと戦うんだ!!こんなところで怖気づいてんじゃねぇ!」

辺りかまわず反響してかなりうるさいが、そんなの今の俺には気にならない。魔物はというと自分が何か侮辱されていると雰囲気で分かったのか不気味な唸りを上げて今にも襲い掛かってきそうだ。

俺は初めての明確な殺意に、また震えだしそうになる体を抑えながらあらん限りの力を込めて魔物を睨み付ける。

そして、今できる精一杯の啖呵を切った。

「やってやる!かかってこいや!!」

その言葉と共に、襲い掛かる魔物を迎え撃つ。








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[2650] 最後の物語へようこそ    第二話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:a2f5d030
Date: 2017/11/08 20:18
 

 真上から脳天をかち割ろうとする巨大な爪の一撃。その一撃をサイドステップで躱す。

 俺という目的を失った爪の一撃が鈍い音を立てながら地面に突き刺る。魔物は突き刺さった足を素早く抜くと今度は俺の首をもぎ取ろうと強引に腕を横に薙ぎ払う。

 その一撃をしゃがんでと躱すと、足のバネを利用してバックステップ。置き土産に剣での一撃を魔物の足に加えながら攻撃範囲から離脱する。もっとも、体勢が悪い上に体が予想以上に固く、たいしてダメージを与えられなかったようが。

「………グルゥゥ」

 いかにも不満そうな唸り声が響く。僅かながらも傷を負わせられた魔物が動きを止めてこちらの様子を伺っていた。恐らくただの獲物に過ぎないと思った俺からの予想外の反撃に会って慎重になったのだと思う。

 一方、俺は魔物と距離を取り、ひとまず安堵の息を漏らしていた。体の硬さはまだ少し残ってはいるが、動きを妨げるほどじゃない。

 それに分かったことがある。魔物の巨大な爪は攻撃力はそこそこあるようだが、はっきり言って機動力はたいしたことがない。さらに言えば直線的かつ無駄な動きが多いのでかわし易い。

 この体の身体能力からすれば相手の動きを冷静に見ていれば十分に対処できる。とは言え、慎重になるということはある程度知能が有るということだから油断は禁物だと思うが。

 睨み合う俺と魔物。だったが、その睨み合いもすぐに中断することとなった。

 ドオンッと扉を爆砕する音が響き渡る。さしずめその音は俺にとっては福音で魔物にとっは葬送曲といったところか。さて、いよいよアルベド族の元気印のご登場だ。

 爆砕された扉の付近では、もうもうと土煙が立ち込めている。その中から一人の少女───リュックを先頭にマスクを付けたアルベド族の集団がなだれ込んできて俺と魔物を包囲する。

 リュックは俺と魔物を交互に見て、仲間に待てと合図を出し、なにやらバックの中を漁って丸みを帯びた物体を取り出す。

 それはまるで小さいパイナップルのような形状で………

「………って、おい!いきなりかよ!!」

 その正体に気がついた俺は慌てて魔物から距離を取る。リュックはそんな俺に構わず、慣れた手つきでピンっとバーを引っこ抜き魔物に向かって例の物体を投げつける。

 当然その正体を知らない魔物はその物体を叩き落とそうと腕を振り上げた瞬間───魔物を巻き込みながら大爆発を引き起こす。やがて爆煙が晴れた後をみてみると魔物の姿はそこになかった。多分即死して幻光虫に戻ったんだろうな。

 リュックはその爆発の威力を確かめて、うんうんと満足そうに頷いている。俺はというと少し離れたところから爆心地をただ呆然と見ていた。多分、頬を盛大に引きつらせながら。

 そして、次の瞬間、ちょんちょんと肩を突っつかれて初めてリュックが俺の背後に移動していたことに気がついた。

 い、いつの間に………

 口を開こうとした次の瞬間、俺は先ほどの魔物と対峙した時とは比べ物にならない凄まじい悪寒に襲われた。そしてリュックがニコっと可愛らしい笑顔と共に一言

「ゾレン」

 同時にボディーブローが腹部にクリーンヒット。それも体重の乗ったやつが鳩尾にだ………あまりの衝撃に俺は呻き声すら出せず、意識を朦朧とさせ床に崩れ落ちる。俺は薄れ行く意識の中、リュックを怒らすことだけはしまいと固く神に誓った。









 その少女は思考を停止させない。いつも考えている。

 本当にこのやり方しかないのかな?これが最良のやり方なのかな?昔からの決まりだからといっていつまでもそれに従っていないといけないの?と。

 エボンの教えでは機械を使ってはいけないことになっている。千年前にシンが現れた原因。それは人々が機械を使用し堕落して、機械戦争の果てにスピラをも滅ぼしかねない武器を作ってしまったからだ。

 人がその罪を償い終わるまでシンは消えることが無い。

 だからエボン寺院は反機械を唱える。そして、スピラに住むほとんどの人々はそれを信じて千年もの長い年月を機械に頼らずに過ごしてきた。何も疑問を持つことも無く、何も思考することも無く、いつか罪が許される日が来るのを信じて。

 だが、思考を停止させない少女はエボンの教えに疑問を持つ。

 本当にそうするしかないのかと。人が罪を償えばシンは消えると言う根拠はどこにあるのかと。教えの内側にいる人々は疑問すら抱かないだろうが、その外側に居る少女には気づいてる。機械禁止を強制する寺院からその根拠を明確に示されたことがない、ということを。そう教えにあるからだ、そんな言葉で曖昧にすませているということを。

 少女は、皆がこのような少し考えば疑問を抱くような教えに縋り付きたくなるのも分からないでもない。それほどまでにシンと言う存在は恐ろしい。

 恐怖を撒き散らす人知を超えた存在。実体を持った厄災。一度襲われれば、人などと言うちっぽけな存在はただ踏み潰されるしかない。その現実を直視したくなくて、人々は思考を停止させ妄信的にエボンの教えを信じる。さらに究極召喚という短いが甘い救済の道が示されているのもそれに拍車をかける。

 でも、少女は考える。

 もし、エボンの教えがただ現実を逃避するだけの甘言だとしたら、そこで止まってしまっていいのかと。シンと戦う辛く険しい道を召喚士やガード達だけに任せ、何も考えないで来るかも分からない罪が清算される日をただ待ち続けることが人類の選ぶ道なのかと。

 いや、それは違うはずだ。少女は、少女の一族は、そう思う。

 だから究極召喚以外でシンに対抗するための力を欲し、目を付けたのが機械の力───特に機械文明の頃の遺産だった。これならば使用しても究極召喚のように死なないし、もしかしたらシンを打倒しうるものがあるかもしれない。

 そんな淡い期待とともにスピラ中を探索してまわる。時には、アルベド族だということだけ謂れの無いで迫害を受けることもあった。エボンの僧兵に追い立てられたことも一度や二度ではない。それでも少女は持ち前の明るさを忘れずに根気強く探していく。

 そして今日、古びた遺跡を探索して回り、機械に関する収穫はゼロだったものの、少女はとある人物と出会う。見慣れない服を着て魔物と対峙していた彼とは初対面であったにも関わらず、なぜか待ち人が来たかのような、自分に欠けていた部品がそろったかのような気持ちになった。

 この気持ちが何なのか良く分からないが、悪い気持ちではないのは確かだった。なんとなくご機嫌になった少女は、とりあえずさっさと魔物を倒して彼を捕縛することに決めた。もし、彼がアルベド嫌いで話もできずに逃げられたら困るからだ。

 結果、彼を捕縛することには成功するが、少々浮かれていたため乱暴な方法になってしまった。起きたとき怒ってないといいけど………そんなことを考えながら彼の元へ向かう。

 普通は自分がぶん殴った相手に会うというのは気まずいはずなのだが、少女の足取りはなぜか軽やかだった。







「………っ、ここは?」

 船の側面に波が打ちつけられる音で目を覚ます。辺りを見回すと、そこは船の甲板の上だった。腹の空き具合からしてそんなに時間は経っていないようだ。やることがない俺はとりあえずホルダーの中身を点検しつつリュック達が来るのを待った。

 それから三十分後、アニキと他二名が甲板に現れた。モヒカン頭と体全体に刺青のアニキはどうみても堅気には見えなかったが、Ⅹ─Ⅱのアニキを知っているせいか、じろじろ見られても大して気にならなかった。やがて俺のことを観察し終わったアニキはいきなり珍妙な踊りを始めた。

「ぅお、えぁ、ばー、ぐっ」
「………いや、全然分かんねーって」

 アニキの珍妙な踊り、もとい必死のジェスチャーを見ながら肩を竦めて答える。まあ、恐らくは海底に行って飛空挺を引き上げるの手伝えって言いたいんだろう。だが、アニキのジェスチャーが妙につぼなのでリュックが来るまでもう少し知らん振りをしようか。ニヤニヤしそうになる顔を必死に抑えながらアニキで少し遊ぶ。

 その後も必死に頑張っていたアニキだったが、やがていくらやっても伝わらないのであきらめたようだ。俺はもう少し見ていたかったが、耳元で

「アニキが海底にあるアレを引き上げるの手伝えってさ」
「うおっ!」

 聞き覚えのある声がしたので驚きながら振り替える。そこには、やほー、さっきはごめんね~と能天気に手を振るリュックがいた。その様子に俺は毒気を抜かれながら話しかける。

「まあ、さっきのはもう気にしてないけど………びびるからもうちょっと普通に声を掛けてくれると助かる」
「あはは、それじゃあ面白く無いじゃん。それに他の人にはしないから大丈夫だよ」

 何が大丈夫なんだかさっぱり分からないが

「いや、なんで俺だけなんだよ?」
「ん~~何となく?あ、それとあたしリュックっていうんだ、よろしくね」
「あ、ああ、よろしく。って、なんで疑問形?」
「まあまあ、細かいことはいーじゃん、それで君の名前はなんての?」

 なんでか知らないが、テンション高目のリュックが聞いてくる。俺は若干その勢い押されながらも「ティーダ」と簡潔に答える。

「へー、ティーダっていうんだ。この辺じゃあんまり聞かない名前だね?それに服も見たこと無いものだし」
「ん~そうかもな。ここからずいぶんと遠く離れた所からきたからからな。」

 そう言って俺の第二の故郷───ザナルカンドを思い浮かべる。一年足らずしか居なかったが、綺麗な夜景や海に心癒されることもあったのでそれなりに愛着を持っていた。シンによって崩壊した今はどうなったことやら。

「遠い所?ってどこら辺なの?」
「………まあ、とにかくめちゃくちゃ遠い所だ。」
「むぅ~、遠いってだけじゃどこか分かんないよ。教えてくれたっていいじゃん!」

 リュックは俺の返答に不満げに頬を膨らまして、教えろ教えろとせがむが、今は教えない。ここでザナルカンドなんて答えたら、かわいそうな人を見る目で見られるに決まってる。年下の女の子からそんな目で見られて喜ぶ趣味はない。

「まあ、それは置いといて。海底にあるアレの引き上げを手伝えってのはどういうことだ?」

 強引に話を切り替えて本題に入ろうとする。そんな俺にリュックは話を摩り替えるなー、と頬を膨らまして不満をあらわにするが、まぁいっかと言って本題に入る。いや、切り替え早いな。

「んじゃ、本題に入るね。海底にあるアレって言うのは機械文明の頃の遺産のことだよ」
「機械文明の頃の遺産?」
「そそ、シンが現れるまでは機械文明が栄えてたのは知ってるでしょ?その頃に作られた物がこの海底に沈んでるんだ。さっきちょっと外だけ見たんだけど、大きな損傷はなかったから動力が生きてれば自力で浮上できるかもしれないんだよ。でも、海底まで行って返ってこれるくらい泳げる人って私くらいなんだ。それで私一人じゃ大変だから手伝ってほしいな~って思ってさ」

 リュックはそう言って、ね?と上目遣いで懇願する。一瞬、速攻でOKしそうになるが何とか思いとどまる。いや、どっちにしろOK出すことに変わりはないだが、今それ言うと何かいろいろ負けた気がするので少し考える振りをする。

「ん~~報酬は?」
「こんな美少女のお手伝いできるんだよ?最高の報酬だと思わない?」
「さようなら。短い付き合いでしたね。もう会うこともないでしょう」

 機械的な口調でそう告げるとリュックは慌てた様子で俺のことを引き止める。

「わ、わ、ちょっと待って、う、嘘だよ嘘。今のはただの冗談だってば!報酬はちゃんとあるって!」

 その小動物っぽい慌てぶりに少し苦笑しながら俺は足を止める。リュックは少しほっとしたように息をつき、報酬のことを話す。

「え、えと報酬ってのはとりあえずここに居る間の食事でしょ、それから少しだけどギルとポーションかな」
「食事、ギル、ポーションか………OK、交渉成立だ。」

 そう言って俺は手を差出しリュックと握手する。これが報酬として妥当かどうか分からないが、もともと報酬を求めている訳でもないし海底にある飛空挺は大事な戦力だから引き上げなくちゃなんないしな。

「それじゃあ無事に契約も成立したことだし、今から行ってぱっぱと終わらせちゃおっか」

 握手していた手を離すとリュックがそう言って、甲板の手すりから勢い良く海にダイブする。それを見て俺も軽く柔軟体操をし、海へと飛び込んでいった。








拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等々あればお手数ですが、感想にてお知らせください。
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[2650] 最後の物語へようこそ    第三話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:a2f5d030
Date: 2017/11/09 21:45
 
 ビサイド島

 その島は寺院の中でも一番新しいビサイド寺院、そして最弱と名高いブリッツチーム、ビサイド・オーラカで知られている南洋の小さな島だ。土地の大半が山岳地帯となっており、断崖の合間を大小様々な滝が流れ落ち、見る者の目を楽しませてくれる。

 そんなビサイド島の高台に位置し、コバルトブルーの海を見下ろすビサイド村は寺院を中心とし、漁業などで生活を営むものが多い平和な村だ。

 そんな平和な村に一人の少女がいる。大召喚士ブラスカを父に持ち、自身も召喚士を目指す少女だ。十年前、彼女は父ブラスカがシンを打ち破ると同時にベベルを離れ、ここビサイド村に移住してきた。

 ビサイド村は移り住んだ当初から平和で少女にやさしかった。無論、父が大召喚士であるということも理由の一つではあったが、それ以上に少女の性格的なものが大きかっただろう。

 母はシンに殺され、父はシンと相打って家族をなくした少女であったが、ここに来て頼もしい姉や少し頼りないが兄もできた。やがて少女は成長し、召喚士になることを決意する。

 召喚士とは誰でもなれるというものではない。彷徨う死者を弔い、異界へ葬送する異界送りの能力。祈り子と精神を通わせ、力の結晶たる超常存在───召喚獣を呼び出し使役する能力が必須となる。

 どちらも常人には扱いえない精神の高次領域を駆使し、とりわけ後者は高い素質を持ち、強い精神力を持ってその負荷に耐えられるものでなければならない。よってまず生まれ持つ素質を調べ、それに合格した者だけが本格的な修練の道に入ることが出来る。

 少女は素質からいうと最高のものをもっていた。大召喚士の直系であるのだから当然といえば当然だ。だが、その高すぎる素質故にまだ正式な召喚士となっていないにも関わらず、周囲からは過剰とも言える期待を一心に浴びてきた。

 本来それは避けるべき行為である。過剰ともいえる期待は多大な重圧となり、まだ途上の者を潰しかねないからだ。実際、並みの者なら潰れていただろう。しかし、少女の覚悟は並みの者とは比べ物にならない程際立っていた。

 過剰な期待を一心に浴びながら、人々の希望として見られることを常に意識し、重圧に負けそうになりながらも凛と立つ。少女は父と同じく大召喚士となるのに申し分なかった。

 少女は姉や兄、村の人々、高台から見える海や空、スピラが好きだった。だからみんなにナギ節をプレゼントしたいと思った。シンの影に怯えることのない、本当に笑って暮らせる日々を。スピラに幸福を───そんな思いと父からの教えを胸に少女は厳しい修練に耐えていく。

 例え、平和になった世界に自分がいないと分かっていても………



 一方で血のつながらない姉や兄、少女が小さかった時から見守ってきた者はそんな決意を押しとどめたいと思っていた。家族同然の彼女にこんな過酷な運命を背負わせたくない。彼らは万に一つもないだろうが、少女が意見をひるがえすことを切実に望んだ。

 でも、彼らはユウナの内面に押し入ってまで強引に止めようとはしない。いや、できない。シンと立ち向かうことを覚悟した召喚士はその引き換えとして自由を得る。それは誰にも犯されることのない絶対的な権利であり、この世界に住む者は魂にまでそのことを刻み込まれている。

 故に止めることはできない。長い慣習が生んだ呪縛に囚われ苦悩する彼ら。全てが予定調和の世界。だが、旅立ちの日の前日、少女らは海から現れた一人の異邦人と出会う。その出会いが予定調和にすぎなかった運命を徐々に変え始める。











 俺とリュックは交渉が成立した後、さっさと海底まで行って動力を生き返らせることに成功した。途中、蛸もどきな魔物に襲われもしたが、リュックが囮になって俺が後ろから脳天に剣をぶっさすと割とあっさりと倒すことが出来た。その後、船に戻った俺は報酬のギルとポーションを貰い、リュックと一緒に遅めの昼食を頂く。

「お疲れ様~。ティーダがいてくれたから仕事がさくさくっと終わったよ」
「ああ、お疲れ様。って、俺がいなくてもあんま変わらなかったんじゃねえか?」

 動力なんかに関しては俺はずっと見てるだけだったし、魔物にしてもそれほどまで強い奴はおらず、正直リュック一人でもどうにでもなったと思う。

 ………あれ?もしかして俺って役立たず?そんなことを考えていると、リュックがそれは違うと否定の言葉を返してきた。

「ううん、それは違うよ。例えば、あの中にいた蛸みたいな魔物はあっさり倒せたように見えるけどもし私一人で戦ってたらかなり苦戦してたと思う。水中じゃあ手榴弾の威力もガタ落ちしちゃって決定打にならないしね。あの蛸もどきをあっさり倒せたのはティーダがいてくれたお陰だよ」

 それに、と言ってリュックは続ける。

「一人で海の深くまで潜るのって、なんかこう、精神的にくるって言うか、少し………………心細いんだよね。私一人だけ世界から切り離された感覚っていうか………」

 リュックが心細いと言ったのは少し意外だったが、これは少し考えれば分かることだった。いくら頭の回転が速く、魔物との戦いに慣れているとはいえリュックはまだ15歳の少女だ。日本だったら親の庇護下でぬくぬくと学生生活を送っているはず。深く、暗く、不気味な海の底に一人でぽつんと居ることに心細くなるのは当たり前か。

「………だから今日はティーダがいてくれて本当に助かったよ」

 満面の笑みを見せながらお礼を言ってくるリュックに少し赤面した。照れ隠しに頬をぽりぽりかく。

「いや、まあ、役に立てたんなら良かったよ」
「うん。………あ、それとさちょっと聞きたいんだけどいいかな?ティーダがしてるそのネックレスってさ………………っ、なに!?」

 リュックが俺のネックレスについて何を聞こうとした時、船が大きく揺れる。俺とリュックは慌てて船から振り落とされないよう手すりにしがみつく。………もう来やがったのか。横を見るとリュックが目を見開いて海面を見ていた。

 そこに映る巨大な影───シンだ。

「………うそ、シン!?なんでこんなところに!?」

 リュックが叫ぶ。それとほぼ同時に海が盛り上がり、巨大な津波を引き起こしながらシンがその姿を現す。シンが引き起こした津波は俺たちの乗る船を直撃し、濁流に飲まれる木の葉のように激しく揺れ動いた。

「………くっ!!」

 俺とリュックは高波をもろに受けながらも必死に手すりにしがみついていたが、これでは振り落とされるのは時間の問題に思えた。

 いや、俺は振り落とされてもいい。仮に振り落とされてシンに接触しても、多分ビサイド島の近くに飛ばされるだけだ。が、このままではリュックまで振り落とされてしまいそうだ。

 そして万一リュックがシンに触れてしまった場合はどうなるか想像が付かない。不安になる俺だったが、その不安はすぐに現実のものとなった。

「きゃあっ!!」

 再度押し寄せた高波がリュックを直撃し、海中に引きずり込もうとする。

「くそっ!リュック!!」

 俺は一つ舌打ちをし、リュックに向かって駆け出した。くそ!間に合うか?リュックはもう甲板から海に放り出される寸前だ。普通に駆けたんじゃ間に合わない。

 それなら────アレを使うしかない。

 俺がザナルカンドにいた頃、死ぬほど訓練して習得できた二つの白魔法のうちの一つを。即座に決断してその名を呟く。

『加速魔法ヘイスト』

 瞬間、魔力の薄膜が体を包み込む。魔力の薄膜は神経伝達を加速させ、肉体の反応速度を大幅に引き上げる。その代償として決して多くない魔力がガリガリ削り取られるが、今はどうでもいいことだ。

 発動と同時、自分以外の全てが遅くなっているように感じる。………これならギリ間に合う。そう確信した俺は通常の倍以上の速度でリュックに肉薄し、リュックの手を掴む。

「………へ?」

 ほんの一瞬で目の前に現れた俺に状況も忘れてポカンとするリュック。その様子に苦笑しながら俺はリュックの手を力いっぱい引っ張った。

「きゃっ!ティ、ティーダ!!?」

 なんとかリュックだけは甲板の奥の方に引き戻すことに成功。そのかわりに体勢がもろに崩れた俺はシンが待ち構える海にまっしぐらだけどな。

 海に落ちるまでの数秒間、絶望に染まった眼差しでこちらを見つめるリュックと目が合う。そのとき俺は咄嗟に出来る限りの大声で叫んだ。

「リュックー!!またなー!!」

 そしてリュックが返事をする前に俺は高波に飲まれ、シンに接触して意識を失った。












「………………うっ」

 南国特有の強い日差しに目を開ける。周囲を見渡すとそこは一面コバルトブルーの海で少し離れたところに島が見える。目を凝らして浜辺を見てみると漁の準備をしている人やブリッツの練習をしている人々がいた。

 どうやら無事にビサイド島の近くまで飛ばされたらしい。とりあえず俺は島に向かって泳ぎだす。

「………ん?」

 すると目の前にボールが流れてくる。

 目を凝らして浜辺のほうを見ると前髪を逆立たせ、その真ん中だけを異常に伸ばしているというなんとも特徴的な髪型をしたお兄さんがいた。まあ、言わずとも分かるだろうがワッカだ。ワッカは俺に向かって大声で叫んだ。

「おーい!!悪い、そのボール取ってくれー!」

 その言葉に目の前のボールを見ながら思案する。確か原作ではティーダが強烈なシュートを放ち、それを見たワッカにスカウトされてルカまで付いて行くことになる。となると、ここはやはりブリッツ選手として有能なところを見せるためデモンストレーションするべきか

 一応、ザナルカンドにいたころに自分がどの程度ブリッツができるのか試したことがある。無論のこと全盛期には程遠かったが、ブリッツの仕方はある程度体が覚えていたので問題は無いと思う。

「………おっし、一発かましたるか」

 呟いて行動を開始する。まずは目の前にあるボールを高々と真上に蹴り上げる。それと同時に俺はボールとは正反対、海に深く潜り勢いをつけて海面から飛び出し、落ちてきたボールをオーバヘッドでワッカ目掛けて思いっきり蹴り飛ばす。ボールはワッカの横を物凄いスピードで通過した後、崖に当たりようやく止まった。

「………すげぇー」

 ワッカが目を見開かせたまま呟く。そしていいもん見つけた、とばかりにニヤと笑う。俺はとりあえずシュートが成功したことに安堵のため息をつき、浜まで泳いでいった。

 浜に到着すると、そこにはワッカが待ち構えていた。他のオーラカの選手はこちらが気になるのか練習しながらちらちら盗み見をしている。

「よう、ボール取ってくれてサンキューな」
「ああ、どういたしまして」

 言いながら俺はまじまじとワッカを見る。こうして近くで見るとワッカはかなり逞しい。筋肉で覆われた腕周りや胴回りはかなり太く、細身の女性の二倍くらいはある。

 原作ではルールーの尻に敷かれて少々頼りないキャラだったが、こうして見ると結構頼りになりそうな男だった。そんなことを考えているとワッカずいっと近寄って

「………あのよ、ちょっと聞いていいか?お前ってどっかブリッツのチームに入ってんのか?」

 と聞いてきた。もちろんその質問の答えはNO。

「いや、どこにも入ってないよ」
「マジか?ならよ、俺のチームに「グゥー」………………」

 チーム入らないか?ワッカがそう切り出そうとした所に突如、狙い済ましたかのように自己主張する俺の腹の音。………そういや、昼飯を食い始めてすぐにシンが来やがったんだよな。こっちに来てから殆ど何にも食べてないことを思い出す。

「………ぷっ、あははははは!!なんだ、お前そんなに腹減ってんのか?」
「………………うぅ、そ、そうだよ」

 ワッカは少しの間沈黙していたが、すぐに大爆笑。対する俺は顔からイフリートを召喚できそうなくらい真っ赤になっていた。………何もこのタイミングで鳴らなくてもいいのに。さめざめと涙を流す。穴があったら入りたいという気持ちを初めて知った俺であった。

 その後、なんとか精神的ダメージから回復した俺は食事をご馳走してくれるというのでワッカの後に付いていった。まだチームに入るとは言っていなかったが、いい物を見せてもらったお礼だそうな。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は名前はワッカ。ビサイドオーラカのコーチ兼選手だ。よろしくな」
「俺の名前はティーダ。自称さすらいの旅人ってことでよろしく」

 道すがら簡単に自己紹介を済ませると、ワッカは早速とばかりにブリッツのことを切り出した。

「そんでさ、お前はどこのチームにも所属してないって言ったよな?ならうちのチームに来てくんねえか?うちのチームは決定力の乏しさにいつも悩まされてたんだが、お前のあのシュートならそれが解消されるんだ。だから、ぜひうちのチームに入ってもらいたい。もし、入ってくれんならとりあえず衣食住の保障するし、もちろん活躍に合わせてギルも支払う」
「OK分かった。チームに入るよ。」
「いやいや、分かってる。お前みたいな凄い選手がうちのような弱小チームに入るのは抵抗があるだろうけど………………って、ちょい待ち………………今、何て言った?」
「だからチームに入るって言ったんだけど?」

 ぶっちゃけ、これからのことを考えるとこっちからお願いしたいくらいだ。それに俺としては衣食住が保障されるのなら文句はない。ワッカは少し間固まっていたが、ようやく言葉の意味を理解したのか俺に詰め寄ってくる。

「………本当か!?本当にチームに入ってくれるんだな!!?」
「あ、ああ。本当だって」

 こんなに早く返事が、しかもOKが貰えるとは思ってなかったのか、肩をがっしりと掴んで物凄い表情で何度も確認を取ってくる。俺はワッカの尋常じゃない剣幕に幾分か押されながら何度も頷く。

 やがてワッカはそんな俺に満足したのか掴んでた肩を離し、よっしゃーと叫んだ。俺は浮かれ気味のワッカに声を掛ける。

「………喜んでるところ悪いんだけど、そんなに期待されても困るんだけど?」
「いやいや、そんな謙遜することねーよ。あんな切れのいいシュート打てる奴はスピラ広しと言えどそういないからな!」
「いや、そういうことじゃなくて「さって、これからフォーメーションも再編しないといけないしな。おっとメンバー表も書き直さないとな」

 ワッカは言いながらスキップでも始めそうなくらい上機嫌のまま村へと向かっていく。いや、人の話ちゃんと聞こうよ………。軽くため息を付きながらワッカの後について行く。

 ビサイド村、そこは想像していた通りのどかな村だった。子供たちが村の中を走り回り、大人たちはその様子を見ながら談笑している。

「着いたぞ、ここが俺ん家だ。」

 村に入り、少し歩いたところにワッカの家があった。家の作りはかなり簡素なもので、骨組みとそこに防水性の布を貼り付けて作っただけのようだ。少し丈夫にしたテントといったところか。まあ、それなりに広さはあるし、慣れれば結構快適そうではある。

「そんじゃ、早速飯の準備を………うん?」

 飯の準備をしようとした直後ドアをノックする音がする。ワッカは外に出て少し話し込んだ後、飯はもう少し待っててくれと言うとどこかに行ってしまった。俺は腹が減ってはいたが、我慢できないほどでもなかったので、とりあえずベットに転がりながらワッカを待つことにした。

「………………ぅん?」

 外が騒がしくなる音に目を覚ます。どうやら何時の間にか寝てしまったようだ。俺は一つ大きな欠伸をしてベットから下りて外に出る。外には村中の人々が集まってきたのか、広場を中心に人垣が出来ている。

「お、起きたか。ちっとこっち来いよ」

 辺りを彷徨っていると、ワッカが俺に気がつき、声を掛けてくる。俺はワッカの隣に移動し、広場の中心を見る。

 そこには一人の少女がいた。強い覚悟を感じさせるオッドアイの瞳に、背中を大胆に露出させる着物を着た少女───ユウナだ。手には杖を持っていて、これから召喚獣を呼ぶようだ。

「お前は召喚獣を見たことってあるか?」
「………いや、ないよ」
「それじゃあ、よーく見ておくといいぞ。ついさっき誕生した召喚士様の初舞台だ」

 そう言うワッカは何処となく誇らしげだ。それにしても、ユウナがここにいるってことは、俺は結構な時間寝ていたらしく、一つイベントを逃したようだ。

 まあ、元々エボンの連中に目を付けられないように、ティーダみたく試練の間に突撃しようって気はなかったから別にいいんだけどな。俺がそんなことを考えていると、広場に凛としたユウナの声が響き渡った。一時思考を中断し、広場の方に目を向ける。

「───いきます」

 ユウナはそう言うと一つ深呼吸して杖を振り上げ、祈り子に呼びかける。手にした杖の動きに合わせて周囲には幾多の召喚陣が浮かび上がった。

 数瞬の後、召喚陣に秘められた高密度の幻光虫を依り代に、血肉なき召喚獣が実体を結びその姿を現す。広げられた翼には強靭な皮膜が張られ、真紅の棘状の鬣。尾や足などは鱗で覆われ、翼竜の特徴が随所に見られる召喚獣だ。

 呼び出された召喚獣───ヴァルファーレはその圧倒的な存在感と供にユウナの傍らに舞い降りる。現代日本では決してお目に掛かれない超常の現象に暫し魅入ってしまう。

 そして、不意にヴァルファーレと視線が交差する。

 ───ゴメン───
「………………え?」

 目が合ったのはほんの一瞬だけ。だが、その視線から感じたのは、何故か謝罪の意志だった。












拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等々あればお手数ですが、感想にてお知らせください。
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[2650] 最後の物語へようこそ    第四話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:a2f5d030
Date: 2017/11/10 19:08
 グアドサラムから見渡すことの出来る異界のような幻想的な風景。ほんの入り口にすぎないが、ある程度立ち入ることのできる異界とは違い、人の介入を一切許さない精神の高次元領域。そこに、一体、また一体と人知を超えた存在達が集結しつつあった。

 彼らは、ある者は人のような姿を、ある者は馬のような姿を、またある者は竜のような姿をしていてまとまりがなかった。唯一の共通点といえばその圧倒的なまでの存在感だろうか。やがて最後の一体が到着すると同時に竜の姿をした存在が口を開いた。

「………彼に会ってきたよ。僕達が■■■■した■■■■■の■■■■に」

 そう言うと竜の姿をした存在は振り返り、先ほど到着した存在に問いかける。

「君も………彼に会ったんだろ?」
「ええ。彼女に呼ばれたときに少しだけ」
「………彼は選んでくれるかな?」
「私は………選んでくれると思います」

 それを聞くと竜の姿をした存在は向き直り、集まった存在たちを見渡す。そして再び口を開いた。

「僕も同意見だ。というわけで、当初の予定通りに行こうと思うけど………異議はないね?」
「………………」

 人知を超えた存在たちは沈黙を持って肯定する。

「決まりだね。それじゃあ、今後は予定通りに────」

 会合が終わると一体、また一体とその場を去っていく。最後に残った竜はポツリと呟いた。

「悪夢が終わった後、僕は地獄に落ちるだろうね………いや、そんな上等なところには行けないか………」














 期待の星であった従召喚士が召喚獣を得て正式な召喚士になったその夜、ビサイド村はお祭り騒ぎだった。広場を中心に村の人々が集まり、ユウナに祝いの言葉を送ったり、美味しそうな料理の数々を薦めている。

 ユウナはその一つ一つに丁寧に対応していた。俺はその様子を少し離れた所からぼんやりと眺める。その後、お祭り騒ぎが始まって三時間、四時時間と経ち、十時を過ぎる頃になると村の人々もポツポツと自宅へと帰っていく。

 ユウナと談笑していたおばあさんとじいさんが帰るのを見ると、飲み物片手にユウナの側に移動する。

「ここ座っていい?」
「うん、どうぞ」

 俺はユウナの前に座り、自己紹介をする。

「どうも、初めまして。俺の名前はティーダ。年は十七。一応旅人で今はビサイドオーラカの一員かな」
「初めまして。私の名前はユウナっていいます。まだ新米だけど召喚士で、君と同じ十七歳だよ」

 そう言うとニッコリと微笑む。リュックの笑みを太陽のようだとするなら、ユウナの笑みは月の様に神秘的だった。俺がその笑顔に少し見惚れていると、ユウナが実は俺のことを知っていると言い出した。

「へ?なんで知ってんの?」
「えっとね、ワッカさんがオーラカの期待の星だって皆に言ってたから」
「………それ本当っすか?」
「うん、本当っす」

 俺はその言葉に思わず頭を抱えてしまった。………ワッカの奴、なにハードル上げてくれちゃってんだよ。ていうか、なんとなく視線を感じると思ったら原因はそれか。

「ふふ、あんまりワッカさんを怒らないであげて。悪気があった訳じゃないから」
「………まぁ、それは俺も分かってるけどな」

 ポリポリと頬を掻いて一つため息。ユウナはそんな俺を見て苦笑していた。

 その後、俺とユウナはブリッツボールのことなどとりとめもない話をしていた。ワッカの影響なのかユウナは思ってたよりブリッツに詳しく、気がつけば一時間以上話してた。本当はもう少し話していたかったが、明日起きられなくなるので頃合いを見てそろそろ宿舎に戻ることにした。

「明日は同じ船で出発だよね?」
「ああ、俺はこのままワッカに着いて行くから多分そうだと思う」
「よかった。また船でブリッツの話聞かせてね?」
「あいよ。それじゃ、もう今日は遅いからここまでにしてまた明日な」
「うん、お休みなさい」
「お休み」

 俺はユウナと別れて宿舎へと向かう。ベットにもぐりこんだ俺はたっぷり昼寝をしたにもかかわらず、数分後には規則正しい寝息をたてて夢の国へと落ちていった。











 朝。窓から差し込む強い日差しに俺は強制的に起こされた。一つ大きな欠伸をしながらベットから下り、洗面所で顔を洗って眠気を覚ますと外に出る。

「………ん?おー、寝ぼすけ。やっと起きたか」

 外に出るとそこにはワッカと

「………………」

 少し不機嫌そうな女性───ルールーがいた。ルールーは整った顔を僅かに顰めて鋭い視線で俺を見ている。突き刺すような視線にびくびくしながら自己紹介をすると、少し間を置いてからルールーよ、と一応は返してくれた。

 しかし、なんだ………その、昨日は遠目でチラッと見ただけだったが、こうして向き合うと目のやり場に非常に困る。俺も健全な青少年なのでついつい目線が、どーん!と自己主張する二つの膨らみに向いてしまいそうになる。それはまずいと慌てて目線を下に向ければ、大きく開いたスカートの裾を覆う十数本のベルトの間から艶かしい素足がもろに見えてしまう。実に目に毒だ

 俺は目のやり場に困って視線を泳がせていると、視界の端にワッカがちょいちょいと手招きをしているのが見えた。これ幸いとワッカの傍に移動する。

「あのよ、お前は魔物との戦闘では剣を使うんだよな?」
「………え?ああ、そうだけど?」
「なら、これいるか?名はフラタニティって言って、結構な業物なんだが」

 そう言って一振りの剣を差し出した。刀身が蒼く透き通った綺麗な剣だ。

「へぇ、綺麗な剣だな。………って、もらっていいのか?」
「おう、そいつを贈った奴は使おうともしなかったからな、家で埃を被ってるより何倍もいいだろ」
「………そっか。じゃあ、遠慮なくもらっとくよ」

 俺は剣を受け取りながらチラッとルールーの様子を伺う。やはりというか表情がまた少し険しくなっている。まあ、恋人だったチャップの形見を赤の他人に使われるのに抵抗があるのは当たり前か。ジェクトの土産の剣より軽いし切れ味が良さそうだから遠慮なく使わせてもらうけど。

「そんじゃ、この剣は大切に使わせてもらうよ。ありがとな、ワッカ」
「なに、いいってことよ」

 ワッカはそう言って照れくさそうに笑っていた。俺達がそんなやりとりをしていると、ユウナが大きめの旅行鞄を持って寺院から出てきた。それを見たルールーがユウナに声をかける。

「ユウナ、その荷物は置いていきなさい。邪魔になるだけよ」
「あ、私の荷物は何もないの。これはお世話になる寺院へのお土産だから」

 お土産だから、そう言って持っていこうとするユウナだったが、

「ユウナの旅はそんなんじゃないだろ?」
「………そっか。そうだよね」

 ワッカの一言で思い直し、お土産は置いていくことにしたようだ。ユウナは鞄を置いてくると今までお世話になった寺院に向かって深々と一礼する。それを見届けてから俺達は村を後にした。









 俺達が浜辺に着いて十分くらいすると、連絡船が到着する。

 ちなみに試練の間に乱入しなかったせいか、キマリは襲ってくることはなかった。一応対策は練っていたが、戦わないですんだのは嬉しい誤算だった。

 オーラカの選手達に続いて俺達も船に乗り込む。この船はリュック達の船と違い、機械を思わせる部品がほとんど見当たらず、エボンの教えを意識した作りになっていた。だが、その航行速度は中々のものらしく、動力にある生物を使っているらしい。その生物の名を尋ねると、FFをやったことがある奴なら誰でも聞いたことがある有名な名前が出てきた。俺はその名を聞くと、近くの船員から動力室のある場所を聞き出し、その部屋に直行した。

 ゆっくりと扉を開けるとそこには、

「おお、本物のチョコボだ」

 まわし車の中で休んでいるチョコボがいた。俺は側にいた飼育係りの人?に許可を貰いチョコボの嘴を軽く撫でる。するとチョコボがクエっと気持ち良さそうに鳴いて擦り寄ってきた。

 ………なにこの可愛い生物。めっちゃお持ち帰りしたいだが。いや、本気と書いてマジと読むくらいに。

 その後、十分にチョコボを堪能した俺は船の甲板に出てみると、偶然乗り合わせた人々がどこから嗅ぎつけたのかユウナの周りに集まっている。中にはユウナを拝んでいる老人までいて、ちょっとした騒ぎになっていた。俺はユウナの周りに人気がなくなるまで待ってから、声をかける。

「風が気持ちいいな」
「うん、そうだね」

 ユウナは風で乱れた髪を整えながら答える。なんというか、そんな何気ない動作の一つ一つがすごく様になっているな。

「ねえ、聞いてもいいかな?」
「ん?なに?」
「今はオーラカに入ってるけどティーダもまだ旅の途中だって言ったよね?」
「まあね」
「どうして旅をしてるの?」
「………知りたいことがあるからかな」
「知りたいこと?」

 小首を傾げながら聞いてくる。それは現実に帰る方法か、シンが消滅した後もおれが消えない方法。なんて今はまだ正直に言うわけにはいかない。

「それは秘密っすよ」

 訳あり顔でそう言ってお茶を濁した。ワッカほどではないけが、今はまだユウナもエボンの教えを妄信的に信じている所がある。言っても混乱するだけ。下手すると不信感を抱かれかねないし……………とにかく今はまだ言うべき時期じゃないのは確かだ。

「秘密って………………っ!な、なに!?」

 ユウナはそんな俺を見て何か言おうと口を開こうとしたが、その瞬間、船が大きく揺れだした。俺とユウナは船から振り落とされないように慌てて手すりに掴まる。

 それと同時、俺達の乗る船よりも遥かに巨大な背びれがその姿を現した。

「………っ!シン!?」

 まさかこうも早くシンに出会ってしまうとは思っても見なかったのか、ユウナは目を見開いて叫ぶ。甲板にいた他の人々は、シンのサプライズ出演とばかりに船に上がってくるコケラに既にパニック状態だ。

「ユウナ、ティーダ!無事か!?」
「ユウナ、少し下がってなさい」

 そこにワッカ、ルールーが素早く駆けつけ、甲板に這い上がってくるシンのコケラを次々に倒していく。キマリはユウナの前に仁王立ちしてユウナに近寄ってくるコケラを片っ端から切り捨てる。俺はワッカ達の邪魔にならない程度にコケラの相手をしていたが、揺れて足場の悪い船の上では持ち前のスピードが生かせず思うように戦えない。

「ユウナ!召喚獣は!?」
「………………だめ!誰かが召喚してて呼び出せないの!!」

 ワッカの叫びにユウナが召喚を試みるが、他の召喚士がヴァルファーレを使用中らしく、呼び出すことはできなかった。くそっ、なんて間の悪いと悪態をつく。が、そうしたところで状況は好転しない。すぐに気持ちを切り替えて目の前のコケラ共に集中する。

 シンはそんな俺たちを知ってかしらずか、巨大な尻尾を海面に叩きつけて膨大な水しぶきを巻き上げながら猛スピードでキーリカに向かって行く。キーリカに家族がいる船員はワイヤーフックを打ち込んででもシンを止めようともした。だが、そんな物でシンを止められるはずもなく、ワイヤーはすぐに切れてしまい海辺にあった集落はシンの直撃を受けて嘘のようにあっさりと壊滅した。

「………う、嘘だろ………なんで………………」
「そんな………………」

 キーリカに家族を持つ船員達は壊滅していく集落の様子を見て魂が抜けたかのように崩れ落ちる。他の乗客達も茫然自失となってただ立ち尽くす。

 ワッカは拳を床に叩きつけ、ルールーとキマリは険しい表情でシンを睨み付けていた。ユウナは口を真一文字に結び、杖をぎゅっと握り締めながら何かに耐えるようにその様子を見ている。

「私、シンを倒します」

 ユウナが不意に呟いた。それはすぐ近くにいた俺がかろうじて聞き取れるくらいの小さな声。

「───必ず倒します」

 だが、キーリカを見据える瞳と小さな声には絶対の意思が込められていた。













 俺はその言葉をひどく複雑な気持ちで聞いていた。

 俺の第一目標は生き残ること。だから何の解決策も何も見つからないままシンを倒される訳にはいかない。実を言うと気は進まないが、解決策が見つかるまでユウナ達がシンを倒さないように妨害することも視野にいれていた。

 例え白い目で見られようが軽蔑されようが、自分の命には代えられないと心の片隅ではそう思っていた。だが、今改めて自分に問う。

 もし、何の解決策もないままユウナがシンを倒そうとしたら………それを止められるか?

「………………」

 ユウナの独白を聞いてしまった今、俺は即座に答えを出すことができないでいた。消えたくない、でもユウナの覚悟を踏みにじることはできない。色々な思いが頭を駆け巡り、俺自身どうしていいのか分からない。

 もし、何の解決策もないままユウナがシンを倒そうとしたとき、俺は………














拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等々あればお手数ですが、感想にてお知らせください。
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[2650] 最後の物語へようこそ    第五話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/11/11 21:12
 キーリカ島


 歴史上シンを倒した五人の召喚士の内の一人であるオハランド。彼がここの寺院で修行時代を過ごしたことで有名になった島である。

 若かりし頃はブリッツボールの名選手として名を馳せていたことから、今日ではブリッツの必勝祈願寺として全国から参拝者を集め、オハランドがトレーニングに励んだ石段は当時と変わらずに残され、有名な観光スポットとなっている。其れゆえかキーリカ島では、あちこちでブリッツボールを興じる人々を見ることができた。

 シンが来るまでは………











 死者は迷う。

 自分が死んだことが理解できずに、あるいは理解したくなくて現世を迷い彷徨う。やがて死者の魂は生きている人々を羨望し、それは時が流れるにつれ嫉みや恨みに変わっていく。そして、その負の想いが幻光虫と結合し、魔物が形成される。

 異界送り───それは、そんな悲しい魂の魔物化を防ぎ、迷える魂を異界へと導く神聖な儀式だ。

 ユウナはキーリカの生き残りの人々に見守られるながら何かに耐えるように水の降り立つ。水中を見れば、そこには死んでしまった人達の亡骸が同心円状に沈めてあった。その亡骸の中央で立ち止まり、一つ深呼吸をすると異界送りの儀式を始める。

 儀式により淡く発行する幻光虫

 辺り一面を真紅に染め上げる夕日

 幻光虫に反応し、燃え盛る蒼き炎

 そして、ユウナの異界送りの舞

 この世のものとは思えぬほど幻想的な景色。儚くも美しい舞。恐らく今この瞬間、ここは世界中で一番美しい場所だ。

 ………けど、今ならよく分かる。ティーダがこの美しい舞を二度と見たくないと言ったその意味───俺もユウナが泣きながら舞うのは、もう見たくはない










「………私………ちゃんと踊れてたかな?」
「ええ、初めてにしては上出来よ………ただ、次があったら泣かないようにしないとね」
「………うん」

 異界送りを終えたユウナはルールーの側にいた。ルールーはそんなユウナの涙を拭って優しい声で慰めている。その様子は妹を慰める姉といった感じだった。

 俺はユウナに何て声を掛けたらいいのか分からず、そんな二人の様子を少し離れた所から見ていると、不意に顔を上げたユウナと目が合った。

「ユウナ………その、大丈夫か?」

 俺はそんなユウナに何て声をかけたらいいのか分からず、出てきた言葉はそれだけだった。気の利いた言葉の一つも掛けたやれない自分自身が歯痒い。

「うん………私は大丈夫だよ」

 ユウナは、質問に笑顔で返す。が、その声は少し強張っており、笑顔もいつもの自然な微笑みとは違い、無理に作った様などこか不自然な笑顔だった。

 誰が見ても大丈夫じゃないのは明白だ。もっとも、俺がそのことを指摘したところで妙に頑固なところがあるユウナは大丈夫だと言い張るだろうけど………

「………そっか。分かった」
「心配してくれてありがとう」

 ユウナはそう言って今度は作った笑顔ではなく、一瞬いつもの笑顔を見せると新たに運ばれてきた怪我人の元へと走って行った。ルールーもユウナを見送ると積極的に村人の手伝いを買って出る。俺はそんな二人を黙って見送った。それにしても───

「ありがとう、か」

 声に出して呟いてみる。果たして俺にはその言葉を受け取る資格なんてあるのか?ザナルカンドやキーリカが壊滅することを知っていたのに何もできなかった俺に………

「………ある訳ねーよなぁ」

 けど………もし言い訳をさせてくれるなら、俺にはどうしようもなかったと言いたい。

 ザナルカンドではそもそもシンと言う存在についての情報が皆無なので、シンが来るから何処か遠くに避難しろと訴えたところで聞く者なんかいやしない。

 キーリカ、というかこっちの世界では逆にシンの恐ろしさについては骨の髄まで染みているだろうが、エボンの教えにより電話等の機械が禁止されているので今度はその情報を伝達する手段がない。

 よしんば伝える手段があったとして、素性の知れない怪しい男にいきなり明日シンが来るので逃げたほうがいいですよ、と言われて素直に信じるだろうか?よっぽどの世間知らずかお人よしでもない限り、普通は信じない。だけど───

「事情がどうであれ、結局は見殺しにしたのも同然だよな………」

 そのことが俺の胸に重く圧し掛かってくる。どうしようもなく甘かった、と言うしかない。

 犠牲が出ることについて計画を立てた時には割り切ったつもりだったが、所詮は本当につもりでしかなかったようだ。ザナルカンドでは死体を見ることもなかったし、自分自身のことでいっぱいいっぱいだったので何処か現実味がなかった。だが、こうして死体を見て周りで泣き崩れている人々を見るとじわじわと罪悪感が湧き出してくる。その重みに押しつぶされそうになるが、

「………………いってぇ」

 自分で頬を思い切り引っ叩いて強引に気持ちを切り替える。少し力を入れすぎて頬が半端じゃなくヒリヒリするが、今はそれくらいが丁度よかった。

 とにかく、今は過ぎてしまったことでうだうだ悩んでる場合じゃない。ただ悩むなら後ででもできる。今はとにかく少しでも人手が必要なはずだ。そう思っててキョロキョロと辺りを見回す。すると瓦礫の除去に手間取っている人がいたので、すぐさま手伝いを買って出た。

 それからしばらくして、瓦礫の除去や仮設住居の設置の手伝いなどでへばってきた頃、被害を受けなかった近隣の村から少量ながらも救援物資が到着。

 また、キーリカ寺院の僧兵達や討伐隊の連中も駆けつけてきて作業は一気に進んだ。特に討伐隊の面々はこういった作業に慣れているのか、本職さながらにてきぱきと行動していた。

 聞いてみると、なんでもシンの被害にあった村を直して回っている内にこういった作業が得意になってしまったらしい。討伐隊を引退して大工にでもなるかな、なんて真剣に呟く奴もいるくらいだった。

 やがて辺りが暗くなり始めたので、これ以上は危険だということで今日の作業はストップとなった。ユウナ達と合流して討伐隊が用意した簡易宿舎へと向かう。

 慣れない事をしてへとへとになっていた俺は食事をとった後、ベットに倒れこむ。胸の底にはまだ罪悪感が燻っていたが、極度の疲労のお蔭か、すぐに寝付くことができた。









 翌朝。簡易宿舎で体の疲れを癒した俺は、村の復興作業を討伐隊の人達に託し、ユウナ達とキーリカ寺院に向かっていた。無論、ワッカやオーラカの面々も一緒である。

 本来は別々に行動するはずだったが、夕飯時に約束を取り付けておいたからだ。というのも、全てはキーリカ寺院の石段で出るシンのコケラ対策のため。

 原作ではユウナがティーダを誘って一緒に行くはずなのだが、こっちのユウナが俺を誘うかといったら、恐らくそれはない。ユウナを助けるために寺院に乗り込んでもいないし、ジェクト関連の話もしていない。

 ただユウナが正式に召喚士となった夜にブリッツの話で盛り上がっただけ。そんな中でユウナがわざわざ俺をガードに誘うかって言ったら………悲しいことに皆無と言ってもいいかもしれない。

 だが、それではまずい。なぜまずいのかというと、キーリカ寺院で出現するシンのコケラ(触手)が魔法を吸収するという厄介な能力を持っているからだ。

 このシンのコケラ(触手)を倒さない限り、俺達の中で最大の火力(召喚獣抜き)を持つルールーの黒魔法が通用しないことになる。

 もしユウナたちが俺とワッカを除いた三人で先にキーリカ寺院に行き、シンのコケラと接触してしまったら、実質的な戦力はキマリ一人だけとなる。

 ユウナがヴァルファーレを召喚することが出来れば何の問題もないだろうが、ゲームのように確実に呼べるという保障はない。実際、船の上でも別の誰かが召喚中でヴァルファーレを呼べなかったし。

 そうなってくると最悪の事態も十分にありえる。なので、誘われる可能性が低いのならば、いっそのことこっちから誘ってしまえと言う訳で、夕飯時にどうせなら皆で行こう、とユウナを誘ってみると………

「あっさりとOKを貰えて今に至ると言うわけだ」
「ん?何か言ったか?」

 ワッカが振り返りながら聞いてくる。俺は首を振りつつ否定する。と、丁度首を振った先にでかい蜂みたいな魔物の姿が見えた。

「いや、なんでもない。それよかワッカ、あの蜂みたいのは任せた」
「んお、早速お出ましか。よし、飛んでる敵はワッカさんに任せなさい!」

 ワッカはそう言うと、小脇に抱えてたブリッツボールを投げつけ、一撃で蜂の様な魔物を倒す。その手際は実に鮮やかなものだった。俺はヒュウと口笛を吹き、ワッカを賞賛する。

「へ~、凄いもんだな」
「ふふふ、どんなもんよ」

 えっへんとばかりに胸を張る様はちょっとアホっぽく見えるが、よくよく考えると実際にやってることは凄い。先程の蜂の様な魔物は体長は約4~50cm程度で、しかも結構なスピードで空を縦横無尽に飛び回っていた。にもかかわらず、ワッカは当たり前のように一撃でこいつを仕留めてみせた。

 しかも、ちゃんとボールが手元に戻ってくるように回転までかけて。少し冷静に考えてみれば、はっきり言ってこれは神業といっても言い過ぎじゃないような気がするような………

「なあ、ワッカちょっと聞いていいか?」
「おう、いいぞ」
「あのさ、なんでブリッツボールを武器にしてんだ?」

 考えてみればゲームをしているときは全く気にならなかったが、現実にここにいるとなんでブリッツボールを武器にしたのか不思議でならない。

 先程、俺はワッカの技を神業といっても過言ではないと言ったが、これはつまりブリッツボールを戦闘で使うには、神業級のテクニックが必要ということを意味する。果たしてその技術を身に付けるためには一体どれ程練習を積んだらいいのか俺にはちょっと想像がつかない。

 そんな練習をしなくても明らかに剣とか槍とかで攻撃した方が、ブリッツボールよりダメージを与えやすいとはずなのに………

 俺がそう言うとワッカは少し苦笑しながら返す。

「まあ、確かにお前の言うことも尤もだ。だがな、俺には剣や槍の才能なんてこれっぽっちもなかったんだ。まして魔法の才能なんてそれこそ微塵もない。………あまりの才能のなさに自分で言ってて悲しくなってくるけどよ、そんな才能のない俺にも一つだけ誰にも譲れないものがあった。────ブッリツボールに掛ける情熱だ」

 ワッカはブリッツボールをひょいひょいと操りながら話を続ける。

「と言ったって、俺も最初からブリッツボールを武器にしようとは思わなかったさ。実際、最初にガードをやったときは剣を使ってたしな。だが、実戦を経験してみると、さっき言ったように俺には剣の才能がないことがすぐに分かった。ま、そんなこんなで、剣や槍が手に合わなかった俺は、慣れ親しんだブリッツをどうにか実戦で使えないかってことを考え始めたんだ」

 もともとビサイド島では、ブリッツの練習をしに行く途中で弱い魔物に出くわすことが多々あって、その都度ブリッツボールをぶつけて魔物を追っ払っていた。

 なら、威力と命中率をどうにかすれば十分戦闘で使えるのではないか?少なくとも自分にとっては剣や槍より有効な武器になるんじゃないか?………ワッカはそう考えた。それからは試行錯誤の日々が続く。

「威力の方はボールを改造することでクリアーした。公式の試合だったら色々と制限があるけどよ、実戦ではそんな制限はないからな。ボールの表面を硬い材質で覆い、重量を調整してさらに当たった時にその衝撃で鋭い刃がでるように仕込んで威力を上げたんだ」

 もっとも、硬い材質を使ったことや仕込んだ刃で威力が上がったのはよかったが、逆にその刃で自分が傷つく危険性も十分にあった。しかし、そこは補球技術を徹底的に磨くことでクリアーした。というか、その捕球技術を磨くことが一番苦労した。

 ボールと直に接触する手足は生傷が絶えず、掌は跳ね返ってくるボールを受け止める衝撃で幾度となく膨れ上がった。だが、愛するブリッツの延長でユウナを守れると言うならそんな痛みは何てことはなかった。

「命中率なんかに関しては、足場を固めて動かず、じっくり狙いを定めることで飛躍的に上がった。それに魔物どものほとんどは本能に従って行動するから動きが読みやすい。はっきり言って試合でボールを奪おうとする百戦錬磨の相手選手の隙を掻い潜ってパスを通す方がよっぽど難しかったな」
「………なるほど、ワッカにしては考えてんだな」
「ふふん、まあな………って、ちょっと待て、ワッカにしては、てどういう意味だ!?」
「そのまんまの意味だけど?」
「ぅおい!なんじゃそりゃ!?俺は断固として前言の撤回を要求するぞ!」

 ワッカは、俺の少しからかいの混じった言葉に猛然と抗議する。俺はワッカの抗議の声をはいはい、と言って聞き流しながら少しワッカの評価を修正した。勿論いい方に。

 確かにルールーの言う通りワッカは優柔不断で周囲に流されやすい部分もあるが、やはりそれだけの男ではなかったようだ。ブリッツボールを用いた戦闘など、恐らく大召喚士にしてブリッツの名プレイヤーとして名を馳せたオハランドでさえ考えなかったものを、ユウナを守るためにおよそ尋常ではない修練をつみ、実戦可能な域にまで引き上げたワッカ。

 その点に関しては本当に凄いと思うし、素直に尊敬できる。けど、

「ワッカ、うるさいわよ」
「う………す、すまん」

 ルールーの冷たい視線を受け、へこへこと低姿勢で謝っているワッカの姿を見ていると、その評価も消し飛んでしまいそうだけどな。

 いや、むしろ微妙にヘタレな部分もあってこそのワッカか?こりゃあ、どっちにしろ結婚後の主導権をワッカが持つことはありえそうにないな。ルールーの尻に敷かれる様がリアルに想像できる。

「ワッカ、ご愁傷様………」

 俺はワッカの未来に向かって合掌した。











「そろそろか………」

 俺はスピラ一有名な石段を駆け上がりながら、ポツリと呟く。

 ワッカがルールーの冷たい視線を浴び、子犬のように縮こまってしまってからほどなくして、俺達一向は大召喚士オハランドが現役時代にトレーニングを積んだかの有名な石段にたどり着いた。

 石段にはいたるところに傷があり、その重厚さは積み重ねた年月の重みを肌で感じさせてくれる。そしてさらにその上には、ブリッツ選手にとってはもはや聖地といっても過言ではないキーリカ寺院が聳え立つ。本当ならここで観光の一つでもしたいのだが、生憎とこれからシンのコケラとのバトルが待っているのでそれは断念した。

「体調は良好、魔力もほぼ満タン、フラタニティの点検もOK、回復薬は準備万端と」

 俺は必死こいて石段を駆け上がるワッカやオーラカのメンバーをよそに、後方で少しゆっくり走りながら装備や道具の最終確認をする。一通り道具や装備の状態を確認すると、俺は呼吸を整えながらしながらシンのコケラの出現に備える。

 そして、それから一分もしない内に上の方から悲鳴があがった。と、同時にワッカの大声が響き渡る。

「シンのコケラだ!すぐ来てくれ!!」

 俺は両頬をひっぱたき、気合を入れて石段を駆け上がる。

 この時俺は、シンのコケラという存在を意識しすぎたがために、もう一匹の魔物の存在をすっかり忘れてしまっていた。







[2650] 最後の物語へようこそ    第六話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/11/13 19:49
 




階段をかけ上がれば、殻に閉じ籠るように丸くなって身を守るシンのコケラの姿が見える。家一軒分はあろうかという大きさだ。

 正面には既に戦闘態勢でシンのコケラと対峙するユウナ達。ワッカとキマリの二人が前衛、その少し後ろにルールーが控え、ユウナは最後尾で杖を構えている。

「お前は、ユウナの傍で万一に備えてくれ」 

 少し遅れて到着し、前衛に加わろうとしたらワッカから指示が飛ぶ。雑魚が相手ならともかく、俺達はまだお互いにどのような動きをするのか把握しきれていない。そんな状況でいきなり大物相手にしての戦闘は危険との判断だろう。万が一ワッカ達が抜かれた場合の保険という意味でも後衛にいたほうがいいか。

「了解。でも、危なくなったら助太刀に入ろうか?」
「へっ、そんな状況には陥らないから安心しろ」

 ワッカが力瘤を見せながら任せろと豪語する。その姿に頼もしさを感じるものの、ゲームの時と違って何が起きるかは分からない。いつでも動けるように準備だけはしておく。

「さて、そんじゃあ、まずは一発!」

 先手はワッカの一撃。鍛え抜かれたな筋肉としなやかなフォームから繰り出される剛速球は、一直線にシンのコケラへと向かって行き、当然の様に命中する。だが、衝撃や内蔵された刃による斬撃は、固い外殻によって阻まれ内部にまでは到達することはなかった。ダメージはほぼないようにみえる。

「ちっ、こいつは随分と硬てーな」
「………フンッ!」

 次いで攻撃に移ったのはキマリだ。ロンゾ族の獣のような俊敏性と強靭な筋力を存分に発揮した槍での一閃。通常の魔物であれば一撃で幻光虫に還される威力だが、硬く閉じこもっているシンのコケラに対しては外殻に傷をつけるのみ。『かたい』特性を持つシンのコケラにはどうしても物理攻撃は効果が薄い。ならばどうするか?

「キマリの槍でも効果なしか。ってことでルー、頼む!」
「はいはい、ここは私に任せなさい」

 答えは簡単。物理がダメなら魔法を使えばいい。ルール―は、シンのコケラを一瞥すると魔力を身に纏いながら呪文の詠唱を始める。

 黒魔法とは、世界のそこかしこにある四大の精霊力(火雷水氷)を引き出すことにより、超常の現象を引き起こす術のことを示す。精霊力を引き出すための呼び水として己の魔力を放出し、引き出された力に命令を与えるキーワードとして呪文を詠唱。この二つの工程を経ることにより魔法が発動する。

 今回ルール―が唱えている魔法はファイアという初級の魔法だ。初級なだけあって、魔力の低い者が使えば火種程度にしかならない魔法なのだが、熟練の黒魔導士が使えば魔物に対する有効な攻撃手段となる。三秒にも満たない僅かな時間。高速で詠唱を終えたルールーは、最後のキーワードを呟く。

「ファイア」

 その一言で周囲で急速に精霊力が高まる。魔力に惹かれて集まってきた炎の精霊力は、呪文という命令を受諾して具現化。そして、敵を焼き尽くす───はずだった。

「なっ!?」

 驚愕の声を上げたのはワッカだ。魔法が顕現する直前、シンのコケラの左右から触手が地面を突き破って出現した。そして、触手は一瞬輝いたかと思うと、ルール―の魔法を吸収してしまう。………やっぱりいたか。姿が見えないと思ったら、地中に隠れていたようだ。

「おいおい、まじかよ。そんなのありか?」

 左右から新たに表れた触手を警戒しながら悪態をつくワッカ。だが、魔法を吸収された当のルール―は、この事態も予測済みなのか涼しい顔のままだ。

「魔法を吸収する敵は珍しいけど、いないことはないでしょ。それに、わざわざ触手の方が出てきて魔法を吸収したのだから、殻に閉じこもっている本体と思わしきシンのコケラに魔法吸収能力はなさそうよ。ワッカ、キマリ、先に触手の処理をお願い」
「あいよ!」
「………(コクン)」

 流石に二度の旅に出ているだけあって冷静だ。自身の攻撃が吸収されても動じることなく、相手を観察し、瞬時に対処法を考え出す。

 触手の方にはかたい特性がない。よってダメージは普通に通るのでワッカが左の触手をキマリが右の触手を受け持ち、それぞれに攻撃を加えていく。時折、触手がその鞭のような触腕をしならせて襲い掛かるが、前衛の二人はなんなく躱すと攻撃の手を緩めず、ものの数分で触手を蹴散らすことに成功。残るは、未だに殻に閉じこもったままの本体のみ。それを確認したルールーは、薄く笑うと先程と同じ呪文を繰り返す。

「今度こそ喰らいなさい、ファイア」

 邪魔するものがいなくなった今、ルール―から解き放たれたファイアは本体に直撃。かたい特性も、魔法の前には無意味だ。物理的な攻撃には無反応だった本体が、殻の中で身じろぎを繰り返して苦しんでいるように見える。

「ヒュー、相変わらずスゲー威力だぜ」
「この程度は一人前の魔導士なら誰でもできるわ。それより無駄話している暇があるなら、あんたも攻撃の手を緩めないで」
「へいへい、わかりましたよっと!」

 ルール―の魔法で外殻も脆くなってきているのか、ワッカ、キマリの攻撃も徐々に外殻を削り取っていく。

 それにしても、今更だが、本体はどうして触手と一緒に仕掛けてこないのか理解できない。ゲーム時においては、ある一定以上のダメージを受けないと本体は殻から出てこない特性があった。そいつを利用して、まずは触手から片付けて、残る本体をユウナの召喚かルール―の魔法で焼き払う流れが基本的だ。その時は、そういう仕様だから、と疑問にも思わなかったが、こうして目の前でその光景を見ると本当に理解できない。魔法を吸収する触手と本体で同時に攻撃されると結構苦戦したはずだろうに。いや、そのほうが楽でいいんだけどさ。

「みんな凄いね。私の出る幕が全然ないよ」

 ユウナは誰かが怪我をしたときの為、いつでも回復魔法を放てるようにしているが、少し手持ち無沙汰になっているようで話しかけて来る。

「本来はそれが一番いいんだけど、何もしないでいるのも、ちょっとね」
「確かに、俺達だけのほほんとしているのも悪い気がするな」

 ちなみに、ユウナは白魔法の中でエスナやケアルなどの回復魔法しか使えないらしい。ゲームの時のようにスフィア板を進めていけば、誰でも簡単に白魔法も黒魔法も手に入れられる訳ではない。時折、戦闘中に魔法を閃いたりする人もいるらしいが、基本的には呪文を教わる座学と、実際に呪文を詠唱しての実践を経て覚えていく形だ。

「だけど、そろそろ出番もあるかもよ」
「え、なんで?このまま倒しちゃいそうだよ?」
「いやいや、流石にこのままで終わるってことはないと思うよ。………ほら」

 俺とユウナが話している間もガード総出の猛攻は続いていた。そして、とうとう耐えきれなくなったシンのコケラが、ようやくその本性を現す。外殻の中から出てきたシンのコケラは、両手に数本の触手を持ち、まるで食虫植物を思わせるフォルムをしていた。本体に目らしきものはなく、どうやって俺達の位置を捕捉しているのか分からないが、両手にある触手で攻撃を仕掛けてくる。

「いっつ!」

 狙いは前衛の二人。二人は触手を躱したり、ブリッツボールや槍で迎撃したりするが、先ほどの触手とは比べ物にならないほどの怒涛の連続攻撃が襲い掛かってくる。そして、ついに避けきれなくなったワッカが攻撃を貰ってしまった。傷自体はそこまで深くはない。だが、初めて仲間が負傷するところを見たユウナは血相を変えて回復魔法を放つ。

「ワッカさん!暖かき癒しを、ケアル!」

 魔法の発動と同時にワッカの体が淡く発光し、傷は即座に跡形もなく消え失せる。

「悪いな、ユウナ。助かったぜ」
「は、はい。でも、気を付けてくださいね」
「おう!」

 攻撃を喰らって気が引き締まったのか、その後は危なげなく触手を避けながら攻撃を続ける。

「まったく、油断してるからそんな攻撃に当たるのよ」
「いや、ほんとすまんかった。なにせ最近はビサイドでのぬるい魔物との戦闘ばっかりだったからな。動きが錆びついちまった」
「ならとっとと錆びを落としなさい」
「あいよっと!」

 一度体勢を立て直すと、ワッカ、キマリ、ルール―の猛攻が再び始まる。ルールの魔法は元から効いていたが、硬い外殻に籠っていたときには殆ど効果のなかったワッカ、キマリの攻撃も通るようになり、着実にダメージを重ねていく。

「最後に強烈なのをお見舞いするわ。詠唱が終わり次第下がって頂戴」
「了解!」

 いくら高い体力を誇るシンのコケラとはいえ、物理と魔法の両面から攻撃を仕掛け続ければ、そう時間はかからずに削り切ることはできる。三人の猛攻に晒されたシンのコケラは瞬く間に虫の息だ。だが、ここで油断することなく、ルール―は火力を一段階上げる。通常の魔物と違い、シンの体の一部であるコケラは、完全に滅する必要があるためだ。

 シンは自分の身から剥がれ落ちたコケラの存在を感じ取れば、それを回収しに来る習性がある。もし、滅しきれなければ、またシンが戻ってくる。そうなれば次こそ本当に壊滅してしまうだろう。植物系のシンのコケラに逃げられるとは思わないが、リスクは完全に消し去るに限る。

「これで終わりよ。燃え尽きなさい、ファイラ!」

 ファイアをガスバーナーとするのならばファイラは火炎放射器といったところか。大量の魔力を惹かれてやってきた精霊力はファイアの比ではなく、呪文の詠唱が終わると同時、高さが十メートル以上にもなる火柱が出現した。ただでさえ虫の息だったシンのコケラには、なす術もない。そのまま火柱に飲まれ、最後に断末魔を上げると幻光虫へと姿を変えることとなった。

「………討伐完了ね」
「流石だなルー。やっぱ頼りになるぜ」

 相変わらず調子のいいワッカに、溜息を付きながらもそうねと答えるルール―。キマリは念のためにシンのコケラが出現した場所を確認してる








 一方で殆ど観客と化していた俺とユウナは、今の戦闘を見ていて圧倒されていた。

「みんな凄い………」
「だな、特にルール―の火力は尋常じゃないな。個人であそこまでの火力をぶっ放せるなんて………ん?というかユウナはファイラ見たの初めてなのか?」
「ビサイドで出る魔物はかなり弱いらしいから、魔法は使ってもファイアくらいかな。だから、今回初めてファイラの威力を見てびっくりしたよ」

 スピラの中では、比較的平和なビサイド島。そこは死者の思念が薄く、魔物もそれほど強くなることがないため、戦闘は初級魔法で十分だったりする。中級魔法を使うなど明らかにオーバーキルもいいところだ。ゲームの時のように経験値が多く貰えるならともかく、ここではそのような保証はない。というか、ファイラ等のラ系でこれほどの威力だと、ファイガ等のガ系の威力はどうなってしまうのか恐ろしいくらいだ。

「ルール―がいれば火力に困ることもなさそうだし、知識に経験も豊富で頼もしい限りだな」
「うん。ワッカさんやキマリも凄く頼りになるけど、ルール―が居てくれるととっても頼もしいよ」

 その表情を見れば、どれほどの信頼を寄せているのが分かる。特にルール―に一際高い信頼をおいているようで、文字通り全幅の信頼を寄せているようだ。三人の事を話すユウナは、とても誇らしげな表情だ。

「今日改めて思ったけど、みんな本当に凄いと思う。でも、それに比べて私は………」

 だが、自分のことになると表情に陰りが出てきた。

「召喚獣はとても強力だけど、いつも呼び出せるわけじゃない。特に私は、まだ一体しか呼び出せないから、誰かが召喚中だと何もできない………」

 少し自嘲気味に呟くユウナ。恐らく、今のユウナの脳裏には、船の上で召喚できなかった記憶が蘇っているのだろう。仮に召喚できたとしても、究極召喚でない以上結果は変わらなかったはずだ。だが、それでももしかしたら………と思ってしまうのがユウナという少女だった。

 昨日、初めてシンという脅威を目の当たりにして少し気弱になっているのか、どんどんネガティブな思考に沈みかけている。どれほど大人びいていても、どれほど気丈に振る舞っても、ユウナはまだ十七の女の子だ。キーリカの惨状を目の当たりにして、落ち込んでしまうのも無理はない。

「大丈夫だって!今から二体目も呼び出せるようになるんだろ?それに、ユウナのには回復魔法があるじゃないか。それがあるから、皆安心して前に出ることが出来るんだよ、きっと」
「………そうなのかな?」
「そうそう、さっきだってワッカの怪我を治して勝利に貢献してたじゃないか。そんなユウナが何も出来ない、なんて言ったら、のほほんと見てるしかなかった俺の立場が………あれ?というか、俺ってば、今の戦闘は本当に何もしてないじゃん!」

 おどけた様に言ってみせる。大根演技もいいところだが、表情を和らげてくれたくれたので良しとする。

「励ましてくれたのかな?………ありがとう」
「俺は本当のことを言ったまでなんだけど。まあ、どういたしまして」
「それなら、私も言うけど、ティーダだって私の護衛をしてくれてたよね。そうじゃなければ、前衛に出て活躍できてたでしょ?」
「うーん、どうだろうな。震えて役立たずのまま、ルール―に怒られてたかもしれないしな。あんた邪魔よ、丸焦げになりたくなかったら後ろに下がってなさい!ってさ」
「ふふ、ルール―はそんなに怖くないから大丈夫。でも、それ以上言うと本当に怒られちゃうかもよ」

 しー、と人差し指を立てて口元にあてながら、微笑を浮かべる。その仕草に思わず息を飲んだ。

 ───綺麗だ。
素直にそう思い、見惚れてしまった。太陽のような大輪の笑顔ではないが、月のように神秘的な笑顔。語彙に乏しい俺では表現しきれないが、世界で一番綺麗な笑顔だと本気で思った。

「どうしたの?」
「………あ、いや、大丈夫。な、なんでもないっす」

 小首を傾げながら覗き込んでくる。俺は、はっとして我に返るが、心臓の音が今までにないくらいにうるさく聞こえてくる。チョロインか俺は!と内心で突っ込みをいれて、深呼吸を繰り返す。平常心には程遠いが、なんとか落ち着きを取りもどした。


───だからだろうか?ユウナの背後にある森の中から奇襲を仕掛けて来る『そいつ』に気が付けたのは。


「………なっ!?」

 完全に無警戒だった。大物を退治し、気持ちが緩んでいるところを奇襲されてしまう。

 森の中から凄まじいスピードで迫りくる触手。ずんぐりむっくりした巨体に、四本のツタのような触手を振りかざしたフォルム。脳裏に一匹の魔物の情報が浮かび上がった。

 くそったれ、思い出した!そういえばいたな!『はぐれオチュー』って奴が!!

 キーリカ寺院に行く途中にある森には、はぐれオチューという魔物が生息している。こいつは気性が荒く、討伐隊ですら手を出しあぐねている森の主だ。炎が弱点なのでルールーの恰好の餌食だが、そこそこ高い体力があるので少し面倒くさかった記憶がある。

 シンのコケラに気を取られ過ぎたというのもあるが、本来であれば、森でルッツとガッタに出会った時に警告を受けるはずだった。だが、今回は二人と出会わなかったため、その存在をすっかり忘れていた。それがここに来て仇になってしまう。

 オチューは自分の縄張りで暴れた俺達が気に入らないのか、殺意だけはヒシヒシと伝わってくる。

「ユウナ!避けろっ!」
「………え?………ぁ」

 避けろとは言ったが、背後からの鋭い攻撃は既にユウナの目前まで迫っている。不意打ちに動きが硬直しているユウナでは、避けることはできそうにない。

 触手の先にはまるで大鎌を思わせるほど鋭い爪。ぬらぬらと不気味に濡れているのを見るに、ご丁寧に毒までついているようだ。あれを受けてユウナが無事で済むか?

 ………無理だ。ゲームの時と同じで攻撃を受けたとしてもHPが減るだけとはいかない。そのまま引き裂くつもりか、捉えるつもりでいるのかは分からないが、どちらにせよかなりのダメージを負うのは必至。最悪の場合は、そのまま………

「っ、ざけんな!」

 ユウナの死、それを僅かにでも考えてしまった瞬間、自分でも驚くほどの激情が沸き上がってくる。

 俺は、ゲームの中でのユウナを一方的に知ってはいるが、実際に知り合ってまだ数日しか経っていない。だが、そんな短い間でもユウナがどれだけの思いで旅を決意したのか、その一端くらいは俺にも直に感じ取ることはできる。

 ───ナギ節をスピラの人々に送りたい

 ユウナの根底にある思い。シンの影に怯えることなく、安心して眠れる安息の日々。それは、死の螺旋に囚われたスピラにあって、何物にも代えがたい貴重なものだ。僅か数年で終わってしまっても、そんな素敵な日々をスピラの人々に送りたい。例え、自らの姿が平和になったスピラになかったとしても………

 そんな純粋な思いを胸に、自ら死出の旅を選んだユウナがこんなところで終わる?………そんなの認められるわけがないだろうがっ。

 シンが現れてから千年。その間に召喚師は幾百、幾千もの数が存在した。だが、実際にシンの討伐を成し遂げたのは僅かに五名のみ。それを考えれば、召喚師が志半ばで死に絶えることは、決して珍しい事ではない。仮にここでユウナが死んだとしても、死が渦巻くスピラにおいては、数ある悲劇の内の一つで終わってしまう。

 大召喚師の娘ということで期待が大きかった分、悲しも大きくなるがそれだけだ。ビサイドの人々は別だろうが、直接ユウナに出会ったことのない人々は、その存在をすぐに忘れ去るだろう。

 そう考えただけで、言葉にできない程の様々な衝動が沸き上がってくる。俺は、いつの間にかその衝動に任せて動き始めていた。

「ヘイスト!」

 反射的に加速魔法を発動。魔力の被膜が体を包み込み、神経の伝達速度、及び運動神経系を大幅に強化する。神経速度の加速により、自分以外の全てがコマ送りに見える光景の中、即座に動き出す。そして、動きの妨げになる邪魔なフラタ二ティを放り投げ、腰のホルスターから一粒のカプセルを取り出すと口に放り込んだ。使わずに済めばいいが、念のための保険だ。

 チラッと視線を横に移す。その先では、ガードの三人も動き始めているのが分かる。だが、キマリの槍の間合いには程遠く、ワッカのボールも狙いを定めるための時間がない。ましてやルールーの詠唱など到底間に合いそうにない。やはり、一番近くにいる俺がどうにかするしかない。

 視線を戻せば、死神の鎌にも思える攻撃は、ユウナの目と鼻の先にまで迫っていた。

 正直に言えば、今すぐに逃げ出したい気持ちもある。大鎌のような爪が迫ってくるのに、それに自分から向かっていくなど正気の沙汰じゃない。だが、元々護衛を頼まれたのは俺で、それを了承したのも俺だ。自分の役割くらいきっちり果たしてみせる。何より、万が一にもユウナを死なせてたまるか!と、沸き上がる感情が歩を前に進める。

 硬直しているユウナの腕を引っ張り、後ろから抱きしめる。そして、くるりと俺とユウナの位置を入れ替える。勿論そのまま素直に肉の盾になるつもりはない。即座にその場から離れようと地を蹴る。だが、いくらヘイスト状態であるとしても、人一人を抱えてそこまで素早い動きが出来るはずもなく、無防備な背中に攻撃を受ける。

 背中が引き裂かれる、というよりは抉られる感触。最初は痛いではなく、むしろ熱いと感じたが、次の瞬間には叫ぶことさえできなかった。みっともないが、あまりの激痛に涙が出て目の前が霞んで見える。

「~~~~っっ!!」

 歯を食いしばって耐えると共に、口に放り込んだカプセルを即座に噛み砕く。

 カプセルの中身は何かと言えば、濃縮したハイポーションが入っている。初めてポーションを使用した時は即座に傷が治ることに感動したが、よくよく考えると、戦闘中に瓶の蓋を開けてから飲んだり、患部にかけたりは、不便だとも思った。なるべく早く無駄なく、回復するのにどうしたらいいのか?色々考えた末に思いついた手段が、カプセルにして口に含んでおくことだった。これなら傷を負った瞬間、カプセルを噛み砕くだけで即座に回復することができる。わざわざ特注で作ってもらうのに時間と金が飛んだが、念の為に準備してよかったと本当に思う。

 噛み砕かれたカプセルからポーションが溢れ出し、即座に背中を癒し始める。流石にカプセルに入るほどの少量では全快とまではいかないが、痛みは大分ましになった。これならなんとか動けそうだ。

 ユウナを抱えながら三人の近くにまで駆ける。途中でヘイストが解けてしまったが、なんとか追撃を受けることなく逃げ切った。

「ユウナ、回復魔法、よろ、しく………」
「ティーダッ!だ、大丈夫!?怪我はどこ!?………っ」

 危機を脱して気が抜けたせいか、ユウナを解放してその場にへたり込む。毒が回り始めたのか、その場から一歩たりとも動ける気がしない。

 解放されたユウナは一瞬呆けていたが、すぐさま状況を認識すると、俺の背後に周り、息を飲む。………そんなに酷いのか?自分の背中だから見えないが、怖い物見たさでちょっとみたくもある。これでもポーションである程度ましになったはずなんだが、なかったら相当やばかったってことか。

「聖なる浄化を!エスナ!絶大なる光の癒しを!ケアルラ!………どう?大丈夫?他に痛みはない?」

 状態異常回復魔法のエスナと、ケアルの上位魔法、ケアルラが発動する。ポーションとは比べ物にならない程の癒しの力が俺に降り注いだ。

 回復魔法を受けるのは初めてだが、これは凄いな。傷口が盛り上がり、癒えていくのは少しむず痒い気もするけど、とても心地いい感覚を覚える。なんというか、凄く疲れた時に入る温泉?いや、それよりもずっと心地よい気がする。時間にして十秒も経ってないだろうが、痛みは完全に消え去った。恐る恐る背中に手を伸ばすが、抉れてるといったことはなく、普通の肌に戻っている。

「おお、すげーっ!ばっちり治ってる。もう全然痛くない」
「………よかったぁ」

 安堵の溜息を漏らすユウナだったが、怪我が治ったことを確認すると、今度は唇を噛みしめて俯く。

「私が動けなかった所為………だよね。だから、あんな怪我を………本当にごめ「違う」………え?」

 ユウナの性格上、こうなるのは分かり切ったことだったが、違う、俺は謝罪の言葉が聞きたい訳じゃない。

「俺はワッカから護衛を頼まれて、それを了承した。つまり、俺がユウナの身を守る責任があるのは当然のことだよ。背中の怪我だって、回復魔法で即座に治してくれたし、それでチャラだろ」
「で、でも………」
「でも、じゃない。ユウナは守られた。そして、俺は責任を全うした。それでいいんじゃないか?………もし、それでも何か言いたいことがあるのなら、俺としては謝罪の言葉じゃなく、もっと別の言葉が欲しいかな」
「別の……言葉?………あ………」

 謝罪じゃない、まだ言ってない言葉があることに気が付いたようだ。ユウナは、少しぎこちないながらも、笑顔を作ると、その言葉を口にした

「あの、助けてくれて、本当にありがとう」
「どういたしまして。俺の方こそ治療してくれてありがとうな」
「………うん。でも、またティーダに励まされちゃったね」

 言いながら、頬に手を当て少し恥ずかしそうにするユウナ。それだけであの激痛に耐えた価値は十分にある。









 一方で俺とユウナを守る形で陣形を組んだ三人は、はぐれオチューが向かって来るのを待ち構えていた。わざわざ森の中で戦うよりも、広場の様になったこの場所のほうがずっと戦いやすい。ただ、触手のようなツタでの攻撃はかなりの速度だったが、本体の移動速度は人の歩みよりも遅いので少し時間がかかっている。

「本当によくやってくれた。お前がいなかったら、肝が冷えるどころじゃなかったぜ………」
「………キマリデハ、届カナカッタ。オマエの行動二感謝スル」

 ワッカ、キマリは、今度こそ油断なく敵に向かい合い、背中越し言葉をかけてくる。だが、二人の気持ちは伝わってくる。ルール―は振り向いて俺に目を合わすと、今までに見たことがないくらいに柔らかい眼差しを向けてくる。

「ユウナを助けてくれて、本当に感謝するわ。………それにしても、ワッカに油断するな、なんて偉そうなこと言えないわね」

 感謝の言葉を口にすると、今度は自嘲気味に呟く。目に入れても痛くない程可愛い妹分を、危険に晒したのは相当に堪えたようだ。そして、またオチューへと向かい合った。

「まあ、なんにせよ───ユウナを狙った以上、楽に死ねると思わないで頂戴ね」

 振り返る途中、一瞬だけ見てしまった眼光は、今までと比べものにならないほどに鋭かった。………はぐれオチューの末路はもう完全に見えたな。


 その後、都合八度の雷鳴が辺り一帯に響く。炎ではなく、わざわざ雷の熱量でじわじわ焼かれ、そして引き裂かれる。無残な姿となったオチューは、幻光虫となって消え去っていった。



















拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等々あればお手数ですが、お知らせください。
また、その他にも何かあれば感想でお願いします。



[2650] 最後の物語へようこそ    第七話
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/11/13 19:51
 



 ───キーリカ寺院 

「な、なにすんだよ!」

 試練の間へと続く昇降機がある一室。そこで一人の金髪の青年が筋肉質の大男に抱えられ、声を荒らげていた。

「は、離せっ」

 青年の目の前には二人の人物がいた。女召喚士ドナと、そのガードであるバルテロ。どこかの民族衣装を思わせる露出の高い服に身を包んだドナは、意地の悪い笑みを浮かべながら目配せをして指示を出す。バルテロはその意図を受けて青年を昇降機へと放り投げた。

「いてっ、お前等、なにすんだよ!」

 青年は抗議の声を上げるも、目の前の二人は涼しい顔のままだ。そして、昇降機が重量に反応して静かに動き始めると、ドナは忌々しそうにポツリと呟いた。

「なにって?………さっきの仕返しよ」

 それだけ言い放つと、二人は嘲笑を浮かべ踵を返してその場から立ち去っていく。

「ま、待てよ、ふざけんな!」

 残されたのは昇降機に無理やり乗せられ、下へと向かっていく青年のみ。憤怒の表情と抗議の声を上げていた青年だったが、二人が部屋から出ていくとその表情が平静な物へと一変する。そしてポツリと一言。

「………計画通り、ってか」













 ───時は少し遡る

 はぐれオチューが幻光虫へと還った後、少しばかりの休息をとって再び長い階段を昇り始める。一応警戒は怠らなかったが、はぐれオチュー以降は奇襲を仕掛けてくる魔物もおらず、今度は何の問題もなくキーリカ寺院へと辿り着くことができた。

 そして、キーリカ寺院ではゲームとほぼ同じ展開をなぞることとなった。

 寺院の前ではブリッツボール大会の優勝常連チーム、ルカ・ゴワーズと我が最弱と呼ばれるビサイドオーラカの一悶着。いくら優勝常連のチームとはいえ、こちらを見下す態度にカチンとくるものがあるが、とりあえずここでは何も言うまい。ティーダではない俺がどこまで食らいつけるか分からないが、この感情はブリッツの試合で余すところなくぶつけてやる。

 次いで中に入れば、ドナという女召喚士との出会いが待っていた。彼女はユウナ一行を見るなり、ガードの数が多くてみっともないと、訳の分からない因縁をユウナにつけてくる。なんでも彼女の持論ではガードは量より質とのこと。故にガードが四人いるよに見えるユウナみっともないと表し、父の威光を笠に着た小娘と見なす。

 だが、ユウナが普段は見せない強い口調で反論する。ガードの人達の数は命を預けても、安心することのできる信頼できる人の数です、と。そして、ユウナはドナの考え方も否定しない。

 人それぞれの考え方があるのは当然のことです。ドナ先輩の考え方だって間違いではないと思います。だから私たちに構わないでください。

 そう言って、見下した視線を向けて来るドナに対し真っ向から自分の意見を述べる。大人しそうな外見に反し、怯むことなく強い意志の籠った視線を向けて来るユウナに、ドナの方が逆に怯みを見せて捨てセリフと共に去っていった。

 その後、ワッカの必勝祈願も済ませ、まだガードではない俺を除いた四人が昇降機に乗り込み試練の間へと降りていく。

 それを見届けて部屋から出ようとすると、逆に入って来る二人の人物がいた。先程ユウナと舌戦を繰り広げた召喚士ドナとガードのバルテロだ。

 俺が一人でいることと、ガードではないことを知ると、意地の悪い笑みを浮かべるドナは、バルテロに視線を送る。ドナの意を酌んだバルテロは即座に行動に出て───

 そして冒頭へと繋がる。

「………計画通り、ってか」

 エレベーターのように下がっていく昇降機の上で、一先ず予想通りに事態が動いてくれたことに安堵する。オチューの乱入以外は記憶にある流れとあまり変わらない物だったので、大丈夫だとは思っていたが望んだ展開となってくれてよかった。先程は表面上抵抗して見せたが、内心ではあの二人に感謝すらしていた。

「サンキュー、お二人さん」

 ドナの魂胆は分かり切っている。先程のユウナの態度がよほど気にいらなかったのだろう。これはその意趣返。

 試練の間には通常ガードや召喚士以外が入ってはいけない決まりとなっている。一般人である俺が入ったとばれたらユウナに処罰が下る。無理やり乗せられたと証言したとしても、俺はどこの誰とも知れない一般人で、相手は信頼ある召喚士。どちらの発言に重きが置かれるかは明白だ。となれば処分は避けられない。ワッカ曰く、最悪は寺院への出入りの禁止すらあり得るとのことだ。

 だが───

「試練の間は召喚士とガード以外は入ってはいけない………ならガードになればいい」

 これを利用する。
 現状ではジェクトの話をしていないため、俺とユウナには親父同士が召喚士とガードだったという話題がない。原作ではこの辺の話題でユウナと親しくなっていったはずなのだが、俺は旅人という立場を名乗り、まだ出会ってから数日しか経っていないので、ユウナのガードになる理由が殆ど存在しない。先程イレギュラーで助けたとはいえ、まだガードになる理由としては若干弱い。

 まあ、ルカに行けばアーロンと再開して自動的にガード加わることになるかもしれないが、万が一再会出来なければそこで別れることになるかもしれない。ルカから先にガードでもない人間が、いつまでも一緒にいるのは流石におかしいだろうしな。

 という訳で懸念は早い内に潰すに限る。前々からこのイベントが起きるようならこれを利用して、ガードになろうと思っていたので今回乗らせてもらった次第だ。










「しかし、この試練は何の意味があるんだ?正直、面倒なだけだと思うが………」

 壁に嵌められたスフィアを別に壁にはめ込む。すると壁が燃え上がり、先の通路に進むことが出来るようになる。面倒ではあるが、少し頭を使えば誰でもできるパズルのような仕掛けを次々にクリアーしながら独りごちる。

 試練と言う割には簡単すぎる。精神面を試している訳ではないだろうし、戦闘で頭を柔らかく使うためか?それにしたってもう少しいい試練があるとおもうが………。ゲームのミニイベントみたいな物と思えばそれまでだが、こうして現実に試練を進んでいると不思議でしょうがない。

「っと、この階段の先か」

 そんなことを考えながら試練をクリアーしていくと、とうとう目的地までもう少しのところまで来た。祈り子の間ではユウナが祈りを捧げ、その一歩手前の部屋では三人がユウナの帰還を待っているのだろう。

「ルール―には怒られるだろうな………」

 先程折角上げた株が暴落するだろうな、と覚悟しながら一歩一歩階段を昇っていく。

「………お、おいおいおい、どうしてお前がここに!?」

 出迎えはワッカの驚愕の声。階段を上がってきた俺を見るなり、血相を変えて寄って来る。その背後には鋭い視線を送るルール―とキマリの姿。うん、大暴落というかストップ安だわ。

「ごめん、さっき揉めた召喚士とそのガードに………」

 俺はばつの悪い顔ですぐさま頭を下げた。嘘はないのだが、抵抗しようと思えばできたのに自分の都合で抵抗しなかった負い目が少しある。

「まじかよ………」
「………理由はどうであれ、ここにガードでもない人がいるのがばれたら罰を受けるのはユウナよ」
「本当に悪い」

 キマリは無言で佇むだけだが、ワッカは天を仰ぎ、ルール―は頭が痛いとばかりに額を抑える。エボンの民にとって召喚に纏わる掟はかなり重い意味を持つため、当然の反応といえる。例え教え自体はまやかしであっても、人々の拠り所として存在し続けた歴史は本物だ。

 俺はもう一度謝ると、本題を切り出す。

「それでなんだけどさ………掟では、ガード以外がここにいると不味いんだよな?」
「ああ、そうだが、それがどうした?」
「………あんた?まさかとは思うけど」

 ワッカは頭に疑問符を浮かべながら聞き返す。対するルール―は今の質問だけで俺が何を言い出すのか察しがついたようだ。流石頭の回転が速いな。

「多分ルール―の思っていることで正解。………あのさ、俺をユウナのガードに入れてくれないか?」
「………へ?」
「………やっぱり」

 予想外だったのは分かるが、あまりにもな間抜け面を晒すワッカ。シリアスな状況なのに少し噴き出しかけた。だが、そんなワッカとは正反対にルール―は真剣な表情で俺を見据えている。その視線に慌てて居住まいを正す。

「あんた本気?」
「ああ、本気だ。罰を回避するため、ってのもない訳じゃないけど、それは決定的な理由じゃない。ユウナを守りたい、万が一でもユウナを無為に死なせるのは絶対に駄目だと思った。無論、ルール―達が頼りないって訳じゃないが、手は多いほうがいいだろ?」
「………ルカまではそこまで危険じゃないとしても、そこから先のナギ平原やガガゼト山は幾人もの召喚士やガードが息絶えている秘境なのよ?ましてやザナルカンドは魑魅魍魎の蠢く土地となっていると聞くわ。当然危険度は前二つの比じゃない。それでも?」
「それでもだ」
「………………」

 嘘は許さないとばかりの鋭い眼光。物理的な重さを感じるほどの重圧が伸し掛かってくるが、それを真っ向から受け止める。

 ユウナを守りたいと思っているのは本心だ。オチューが乱入した時に爆発した感情。それは胸の中に残って消えることはない。勿論、元の世界に帰ることを諦めた訳ではない。だが、ユウナを守りたいと言う気持ちもそれに準ずるほど大きくなっていた。多分、またユウナに危険が迫れば勝手に体が動く程度には。

「うーむ………お前を怪しんでいるわけじゃないが………いきなりガードにってのは……」

 俺とルール―が無言で視線を交わす中、ワッカの声が割って入る。視線を向ければ何とも言えない難しい表情をしている。

 さっきユウナを助けて貰ったことは感謝しているが、まだ出会って数日の奴をユウナのガードにするのは抵抗が………って感じか?キマリにも視線を向ければ表情こそよくわからないが、悩んでいるのか唸り声が微かに漏れている

 それも無理もないと思う。ユウナという存在はあまりにも大きい。三人にとっては人生の全てを賭すに値する存在だ。そこにポッと出の俺が簡単に割って入れるわけがない。

 とはいえ、なんとかここでガードになって置きたい俺はもうひと押ししようと口を開こうとしたが、その前に意外な所から承諾の声が上がった。

「私は構わないと思うわ。無論ユウナが断れば別だけどね」
「おい、ルー、マジか?」
「ええ、マジよ。こんなことで冗談は言わないわ」

 出所は一番渋るかと思ったルール―だ。思わず目が点になるが、何よ?と冷たい声に、フルフルと首を振って何でもないと誤魔化す。

「………大方私が一番反対するとでも思ってたんでしょ?」
「あ、あははは………そんなことはないですよ?」

 バレテーラ。大汗を掻きながら愛想笑いをするしかない。

「誤魔化すのが下手ね。………それは置いておくとして、理由はあんたがガードに足る行動を示したからよ。私は百の言葉より一の行動を重視する」

 だから賛成よ、とルールー。どうやら先程ユウナを助けたことがよほど高く評価されたらしい。それを聞いたワッカは少し悩みながらも同じく賛成の意を示す。

「確かにルーの言う通りだな………よし、俺も賛成だ。お前がいなかったらユウナもどうなっていたか分からないし、戦闘で動けるのも分かったからな。………で、キマリはどうだ?」
「………(コクリ)」

 ワッカは最後にキマリに確認をとると、少しの間があったが最終的に頷いてくれたので一安心と言ったところだ。

「さっきも言ったけどユウナが駄目と言ったらそれまでだからね。………十中八九大丈夫だろうけど」
「わかった」

 ガード三人の了解は得た。あとはユウナの返事のみだ。










 祈り子の間へと続く一室で待つこと暫く

「はぁ………はぁ………ごめんなさい……はぁ……待たせちゃって…………」
「頑張ったわね、ユウナ。私達のことは気にしないでいいから、まずは呼吸を整えなさい」

 扉の開く音に目を向ければ、ふらついた状態のユウナが姿を現す。それをルール―が真っ先に駆け寄り支えると、労いの言葉をかけている。

「はぁ………はぁ………ふぅ、なんとか落ち……………え?」

 ユウナは言われた通りに呼吸を整える。と、ようやく俺の存在に気が付いたようで驚きを顕わにした。

「ティ、ティーダ?どうしてここに?………って、あの、ここは召喚士とガード以外は立ち入り禁止なんだけど………えーと………」

 ガードじゃない俺がどうしてここにいるのかと、オロオロと他の三人に視線を送っている。ルール―はそんなユウナに苦笑しながら、落ち着きなさいと声をかける。

「驚くのも無理はないけど少し落ち着きなさい。ティーダから話があるそうよ」
「う、うん。それで、話しって?」
「あーなんだ、あのさ、唐突で悪いんだけど、俺をガードとして使ってくれないか?」
「…………え?…………あの、私の?」
「そう、ユウナのガードに」

 パチクリと目を瞬かせるユウナ。そこまで意外だったか。

 やがて状況が飲み込めたようで、ユウナは他の三人に確認をとる。既に根回しは済んでいるので当然三人ともOKだ。

 後はユウナの意志次第なのだが、どうにも困惑した様子を見せている。………あれ?もしかして駄目なのか?

「………えと、私としてはティーダがガードになってくれるのは凄く嬉しい。皆も賛成ならよろしくお願いします、って言いたい。………でも、ティーダは旅人だって言ってたよね?私の旅に付き合って目的とかは大丈夫なの?その、私の旅はあまり寄り道はできないから………」

 とのことだ。一瞬断られるのかと冷汗が流れたが、そうではなくてほっとする。俺としては勿論大丈夫だ。ユウナのガードとしてついて行く事が何よりの最優先である。

「そのことなら気にしなくても大丈夫。元々その目的を探すための旅って側面もあったから。で、ユウナのガードになりたいって目的が見つかったところ」
「本当?………でも、ザナルカンドまでの道のりはすっごく危険だから、さっきみたいに大怪我するかもしれない。最悪死んじゃうことだって………」
「それも覚悟の上ってね。でも、また怪我したら回復よろしくっす」
「う、うん、それは勿論だよ。………それじゃあ、ガードお願いしていいかな?」

 おずおずと手を差し出すユウナ。
 こっちから頼んだのに、これではどっちが頼む立場なのか分からないな。その謙虚な姿勢はユウナらしいっちゃユウナらしいけど。
 俺は差し出された手を軽く握る。

「勿論。というかお願いするのは俺の方だって」
「そんなことないよ。ティーダが守ってくれるなら凄く頼もしいと思うから」
「ああ、任せてくれっ!………っ、けほけほっ!」

 言いながらドンと、胸を叩いて見栄を張る。
 ゲームの時は女の子の前でいい恰好をしたがるティーダをお調子者だと思っていたが、前言撤回。やっぱり女の子の前ではいい恰好をしたいものだ。

 もっとも、強く叩きすぎた所為か咽ってしまって、残念ながら恰好つかなかったがな!

「ふふ、これからよろしくね」

 ユウナはその様子がツボに嵌ったのか、控えめながらもクスクスと笑い続けた。………鏡をみなくても分かる。今の俺は絶対顔が真っ赤だ。というかユウナはいいとしても、

「ぶっははははは!だっせー!この場面で咽ってるとか、くくく、あははっはは!腹がいてーぜ!」
「………っぐ、この野郎」

 ワッカは笑いすぎだ!いつか絶対にその立派な鶏冠を引っこ抜いてやると心に誓う。ま、まぁ、最後はちょっと締まらなかったが、過程はどうであれガードになることができたので良しとする。







 その後、キーリカの寺院を後にして再び港に戻る。そこでは討伐隊の面々が続々と集結し、手際よく復興を進めていた。とはいえ、まだまだやる事は多くあるようで、ある程度復興の手伝いをしてから床につく。

 明日は朝一の船でルカへと出発する。予定ではブリッツの大会、ユウナの誘拐、スタジアムの魔物の襲撃、アーロンやシーモアと出会うイベント等があるはずだ。全てのイベントが確実にあるとは言えないが、あると思って備えておく方がいいだろう。

 その内ブリッツの大会はただ全力を尽くすとして、ユウナの誘拐については阻止する方向で動く。あってもなくてもシナリオに関係ない上、ワッカのアルべド嫌いを助長させるだけだからな。

 魔物の襲撃については正直どうしようもない。魔物の侵入経路がさっぱり不明な上、あれはシーモアのマッチポンプだ。襲撃されたとしても召喚獣アニマの圧倒的な力で、被害はそこまで大きなものにならないはず。とにかく、目の前で襲われている人がいれば、助けに入るだけとなってしまうが仕方ない。

 警戒すべきはアーロンとの再会だ。
 頼もしい仲間ではあるが、人生や戦闘経験が豊富なアーロンはルール―以上に頭が切れる、というか勘が鋭い。再開した時に、どのような言動が飛び出すのか少々怖くもある。下手したら中身がティーダではないと、既にばれている可能性も十分にあるしな。

「戦力的には頼もしいことこの上ないだがな………会いたいような、会いたくないような」

 ジレンマだ。アーロンがいれば道中の旅の危険がグッと下がるが、胃によろしくない。原作通りに、俺(本物のティーダ)の父ジェクトがシンとなってしまった、という情報だけで済めばいいんだが………

「考えても仕方ないな………明日は早いし、寝るか」

 心の何処かで一抹の不安を覚えながらも明日に備えて眠りについた。


 翌日、懸念は見事に的中する。それもティーダが思っていたよりも予想の遥か斜め上の方向で。









 ───ルカ



 俺は一人の男を前に立ち尽くす。あまりに予想外の事態に頭が真っ白に染まる。

 イベントにないイレギュラー?そんなものじゃない。

 原因は男の放った一言。この男───アーロンから出るはずのない単語が飛び出した。

「………アーロン………あんた、今なんて言った?」













「『ファイナルファンタジーⅩ』───そう言ったんだ。この世界での出来事は、お前たちの世界ではそう呼ばれていたらしいな」















ここから先、さらなるオリ設定多数のためご注意ください。




[2650] 最後の物語へようこそ    第八話
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/11/15 00:15
 


 ───ルカ


 スピラ第二の規模を誇る都市。商業活動が盛んであり、広く整備された貿易港には日夜スピラ中からの物資や人が多く集まる。そのためか、ここでは珍しくエボンの教えをあまり感じさせぬ自由な気風があり、旅の途中でここに腰を落ちつかせる人々も少なくない。

 ルカを紹介する上でかかせないのが、何といってもブリッツボールだ。ここにはスピラで唯一のスタジアムがあり、ルカを拠点とするルカ・ゴワーズは大会の優勝候補筆頭でもある。

 娯楽の少ないスピラにおいてはブリッツは数少ないシンの恐怖を紛らわせる手段であるため、シーズン中はとにかく人が大勢集まり、中央広場のカフェやショップにはブリッツフリークスやグッズを買い求める人々でに大変な賑わいを見せている。

 通常、街がある程度以上に発展してしまうと、シンが街を破壊しにくるため、スピラでは大きな都市は育たない。だが、ここはブリッツスタジアムや流通の要でもあるため、討伐隊が命がけでシンの進行を逸らしている。そのため、べベルの他に唯一都市と呼べる規模を誇っていられる。

 現在はエボン寺院の最高指導者、マイカ総老師の即位五十周年記念大会が開催中だ。大会にはマイカ総老師が自ら足を運び、試合を観戦するとあって選手には気合が入り、観客も大いに盛り上がっていた。

 特に現在は決勝戦の最中だ。最弱と名高いビサイド・オーラカが番狂わせを起こして決勝に進出したということもあり、興奮のボルテージは青天井で上がり続けている。もし、このまま優勝すれば歴史に残る勝利になることは間違いないだろう。






 俺は選手の控室に一人残り、装備の最終確認を済ませて時が来るのを待っていた。

「………そろそろかな」

 控室の上、スタジアムから割れんばかりのワッカコールが聞こえてくる。スフィアモニターに目を向ければ、二十三年間初戦敗退だったにも関わらず、優勝候補筆頭であるルカ・ゴワーズに2対3という接戦で勝利し、歴史的な快挙をなしとげたビサイド・オーラカの姿が映し出されていた。

「おめでとう、ワッカ」

 その様子を見届けると呟きながら立ち上がり、フラタ二ティーとワッカのブリッツボールを手にして控室を後にする。

 俺は一回戦のアルべド・サイクスとの試合に出たが、決勝戦は辞退していた。というのも、ブリッツは思いのほか体力や気力を消耗するからだ。ザナルカンドにいた時に軽く練習をしていたが、一試合ぶっ通しで出たのは初めてだったし、本番ともなるとやはり疲労度も桁違いだった。ブリッツは水中の格闘技と呼ばれるほど激しいぶつかり合いもある。そこで下手に怪我をしてこの後の魔物の襲撃イベントに懸念を残したくもなかった。

 それに、ぽっとでの俺が参加するよりも、やっぱりワッカの引退試合は元々のチームメンバーで参加したほうが思い出に残る。俺はアルべド・サイクス戦で1ゴール2アシストでそこそこ活躍したし、十分に役目を果たしたとんじゃないかと思う。

 ちなみに、ユウナの誘拐イベントは計画通りに潰した。アルべドとの試合が始まるまで控室に籠り、何かと理由をつけてユウナをそこに留めておいたので、連中が誘拐するチャンスなどありはしなかった。

 階段を昇り、選手の入場口で魔物の襲撃を待つ。

 会場は皆スタンディングオベーションでワッカコールとオーラカコールの嵐が続いている。近年稀に見る大波乱、大接戦だったために、敗れ去ったルカ・ゴワーズのサポーターですらオーラカの健闘を称えていた。

 このまま何事もなく終わるのであれば、言うことなしなのだが………

「恐らくそういう訳には………来たっ!」

 盛り上がる会場に水を差すように魔物が何処からともなく侵入してくる。スフィアプール、観客席、上空、至る所に魔物が姿を現す。先程までの歓声が一瞬にして悲鳴へと変わった。

 魔物襲撃と同時にスフィアプールへと飛び込む。まずは武器を持っていないワッカを助け出さないといけない。

 ワッカの目の前には魚型の魔物サハギンが三体。他の選手を逃がす為にブリッツボールで牽制している。通常であれば苦戦する相手ではないが、公式のブリッツボールでは碌にダメージを与えることはできないようだ。

「ボッガ(ワッカ)!」

 というわけで、アン○○マン新しい顔よ!とばかりにワッカのブリッツボールをロングパス。ワッカは驚いた顔を作りながらも、難なく受け止めると親指を立てる。そして一匹、二匹と次々にサハギンを幻光虫に変えていく。最後の一匹はワッカに気を取られている隙に俺が背後から一撃で仕留めた。

 水中にいる魔物を全滅させるとプールから上がる。

「っ、ぷはー!いや、助かったぜ。公式ボールじゃあ碌にダメージが通らなかったからよ。やっぱりこの改造ボールじゃないと無理だな」
「どういたしまして。それより上に行こう」
「ああ、これだけの魔物が入り込んだのか気になるが………今はユウナを探しつつ魔物の駆除が先決だな」

 スフィアプールから出ると休む暇もことなく、階段を掛け上げっていく。先程まで試合をして疲れ切っているだろうに、疲労を感じさせない俊敏な動きだ。伊達にユウナのガードをやっている訳じゃないってことか。少しばかり感心しつつ後姿を追いかける。

「………こいつぁまじでえらい事態だな」

 階段を上がり、スタジアムを見渡すとそこかしこで魔物が暴れているのが目に入る。会場内の警備員も頑張って魔物を倒してはいるが、如何せん数が多い。俺達も手近な魔物を倒してはいるが、一匹、二匹倒しただけでは焼け石に水だ。やっぱりこいつらを一掃するには個人の力では厳しい。召喚獣の中でも一際強力な力を持つアニマの力が必要だろう。

 その召喚獣を持つ者は今のところただ一人。会場の特別席に一瞬目線を送る。そこには極めて特徴的な髪形をした一人の男───シーモア・グアドの姿があった。

 ───シーモア・グアド
 エボン寺院に四人いる老師の一人にしてグアド族の族長も兼任する人物。本人は召喚士としての立場もあり、その実力は凡百の召喚士が束で掛かろうと歯が立たない程に高い。理知的で物腰柔らかく人当たりもいいため、多くの人から熱狂的な支持を得ているスピラ有数の実力者だ。

 そこだけ見えれば大層な好人物のように見えるが、それは表面的な物にすぎない。一皮剥けば、そこにはどす黒い感情を隠し持つ。

 先代グアド族長とヒトとの間に生まれた混血児である彼は、幼少の頃に混血を嫌う一族の風習により母共々離島へと島流しにされた過去を持つ。今でこそ混血がヒトとグアド族との友好の懸け橋であるなどと言われているが、幼少時の彼にとってその血は呪われた物に過ぎなかった。

 元々は活発で無邪気だった彼は、迫害と最愛の母の死と引き換えにアニマという強大な力───究極召喚を得るが、それが切っ掛けで歪んだ思想を持つこととなる。孤独と絶望。究極召喚の意味。シンという厄災の正体。それらを知ってしまった時、彼は死こそがスピラに残された最後の希望であるという結論に到った。そして、いつしかスピラに救い(死)をもたらすため、自身がシンに成り代わるという妄執に憑りつかれることとなる。

 それがシーモア・グアドという男の本質だ。

 幼少時より迫害され、愛する母を失い、絶望しか残っていない状況では思想が歪むのも無理はないと思う。シーモアの背景を知り、少しも同情したことがないとは言わない。

 だが、港でも遠目に見たが、やはりシーモアのことは好きになれそうにもなかった。というか一方的で悪いが、ゲームをやっていた頃から大が付くほど嫌いだ。なぜなら、こいつはティーダの目の前でユウナの唇を奪った奴だからな。ゲームをしていた当時は怒りのあまりコントローラーをぶん投げた記憶がある。

 この世界では、まだユウナに手を出してはいないとはいえ、将来べベルで起きるであろうイベントを思い出すと腸が煮えくり返りそうになる。今後どうなるのか分からないが、あのイベントは何があろうと絶対に阻止してやるつもりだ。

(って、今はそれよりも目の前のことに集中しないと)

 当時のことを思い出すと腸が煮えくり返って仕方がないが、一度頭を振り、目の前の魔物に集中する。

 目の前の魔物共も侮っていい相手ではないのだ。空を飛んでいる大型の鳥類系の魔物や、まんま恐竜のような魔物がうようよしているのだ。油断すればここでお陀仏になってもおかしくはない。

「うん?あの人は………」

 魔物を間引きしていると隣からから怪訝そうな声が聞こえてくる。

 ワッカの目線の先に視線をやると、一人の男の後ろ姿が目に入った。男性は赤を基調とした流しのような服を着ており、腰には酒瓶が釣り下げられている。そして、その手には鉄塊の如き大剣が握られ、魔物を目の前にしても動揺の一欠けらも見受けられない。

 この特徴で俺が知っている人物はただ一人。

「「アーロン(さん)!」」

 ワッカも同じ結論に至ったようで同時に叫ぶ。その声を合図に恐竜型の馬ほどの大きさの魔物がアーロン目がけて突進を開始する。口から見える鋭利な牙や爪は下手な防具など気休めにもならない鋭さを有しており、巨体から繰り出される体当たりはまともに喰らえば全身の骨がバラバラになることは必至だ。

 だがアーロン、つまり伝説のガードと謳われる男にとっては、この程度では何の脅威にもならない。自然体のまま魔物が間合いに入ったその瞬間───

 一閃

 常人では持つことすら敵わない大剣をまるで小枝の如く片手で振るう。ただそれでけの動きだった。結果、その場には幻光虫が舞い散り、魔物の姿は消え去ってしまった。

「………すげぇ」

 思わず口から声が漏れ出た。ザナルカンドにいた頃から頼りになる人ではあったが、やはり戦闘になると段違いだ。この人の近くにいれば何も心配はいらない。そういった安心感がある。

「アーロンさん!どうしてここに?」

 憧れの伝説的ガードの登場に少し浮ついた声で話しかけるワッカ。対するアーロンはそんなワッカに何も答えずに、中空に目を向ける。俺とワッカも釣られて空を見上げれば、

「………え?うおっ!?」

 そこには像ほどの巨体を持つ怪鳥が舌なめずりをして此方を見下ろしていた。完全に捕食者の目をしており、俺達は獲物としてしか見ていない。

「………『飛んでる敵はワッカさんに任せなさい!』だったよな?よし、ワッカ後は任せた」
「い、いやぁ、確かに言ったけどよ………ちっとは手伝ってくれよ、あれを一人で倒すのは結構しんどそうだぜ」

 ちょっと前に言ったセリフを再現すると、たらりと冷汗を流すワッカ。

 まあ、任せたと言うのは冗談としても、剣だと飛んでる敵には攻撃手段が極端に限られてしまう。俺に出来ることと言えば、相手の攻撃の瞬間にカウンターを叩き込むこと位か。だが、あるいはアーロンであれば飛んでる敵への対処法の一つでも持っているのかもしれない。

「アーロン、あんたならあいつを落とせるか?」

 そう思って声をかける。だが、帰ってきた返答はイエスでもノーでもなかった。

「………その必要はない」
「え?それはどういう」

 そう言ったっきり魔物が襲い掛かろうとしているにも関わらず、大剣を背負いなおして戦闘態勢を解いてしまう。

「見ろ、お出ましだ」

 その言葉と同時、虚空より錨が降ってきた。錨は地面を突き破り、異形の化物を異次元より引き上げる。

 化物の名はアニマ。シーモアが持つ究極召喚獣だ。

 形だけでいえば人間のそれに酷似しているが、十メートルはあろうかという巨体を誇る。その姿はあばら骨が浮き出ており、両腕も干からびてまるでミイラを彷彿とさせる姿をしていた。顔は覆面のような物で覆われているが、露出している左目からはある種の狂気を感じさせる。

 胸の前で組んだ腕は太い帯で固定され、その体躯も鎖で幾重にも拘束されている様は、まるで途方もない力が暴走するのを押さえつけているかのようであった。

 そして、アニマは左目に力を貯めるとその力を解き放つ。

「………これがアニマの力」

 ほんの一瞬左目に力を貯めると、次の瞬間には魔物が幻光虫へと変わっていた。

 ただ力を込めた左目で相手を見るだけ。たったそれだけの動作で、魔物を容易く葬り去る。弱い魔物も強い魔物も、大きい魔物も小さい魔物も、アニマの前では全て塵に等しい。会場にいた百にも届こうかと言う魔物は、瞬く間にその姿を幻光虫に変えた。

 現存する唯一の究極召喚だけあって、その力はまさしく圧倒的だ。

「すっげー、流石シーモア様だぜ」

 特別席から見えるシーモアの姿にワッカが賞賛の声と視線を送っている。内情を知っている俺からすれば何とも言えない気持ちになるが、エボンの教えを信じ切っているワッカからすればシーモアのマッチポンプだとは考えもしないだろう。

「ティーダ、話がある。付いて来い」

 シーモアに対する賞賛の声が次々と上がる中、アーロンはそれだけ言うと踵を返してスタジアムを後にする。俺は一応ワッカに断りを入れてからアーロンの後を追いかけた。

 この後に何が待ち受けているのかも知らずに。









 ───ルカ三番ポート


「ここの辺でいいか」
「………で、今更現れて話ってなんだよ。こっちはあんたの所為で逃げ遅れて大変な目に合ったんだ」

 表面上はぶっきらぼうな感じに、内心は戦々恐々としながらティーダの振りをする。確かゲームでは胸倉を掴んで喚き散らしていたはずだが、いざアーロンを目の前にするとそこまでは出来なかった。

 対するアーロンは無言。鷹の目を思わせる鋭い視線で俺を真っすぐ見据えるのみ。

「………」
「な、なんだよ、何とか言えよっ」

 場の重圧に負けて虚勢を張るが、この男にそのようなものそよ風も同然だ。アーロンはそんな俺を一瞥すると、徐に切り出した。

「『ファイナルファンタジーⅩ』───知っているな?」
「………………………あ?」

 その単語を聞いた瞬間、俺は呆然と立ち尽くす。あまりに予想外の事態に頭が真っ白に染まってしまっている。

「………アーロン………あんた、今なんて言った?」
「ファイナルファンタジーⅩ───そう言ったんだ。この世界での出来事は、お前たちの世界ではそう呼ばれていたらしいな」
「………………」

 なぜアーロンがその言葉を知っている?どこから、誰から聞いた?真っ白になった頭でただひたすら同じ考えがループする。俺が本物のティーダでないことは見破られているかもしれないと思っていたが、ファイナルファンタジーの存在まで知っているとは完全に予想外もいいところだ。

「ああ、それから俺の前ではもう演技はしなくていい」

 アーロンは、続けて言う。

「体は確かにティーダの物。だが、精神のみ違っていることは把握している。だから演技は不要だ」
「………そうですか」

 一周回って逆に冷静になるとはこのことか。先程まで混乱状態だったが、自分でも驚くほどに一瞬で平静を取り戻せた。

 少し状況を整理する。

 情報源は分からないが、アーロンはファイナルファンタジーⅩの存在を知っている。そして、俺が本物のティーダではないことも。

 ………もう演技は無駄か。一つため息を付いて演技をやめる。

「………何時から知ってたのですか?」
「最初からだ」
「最初からって………」

 これでは俺はとんだ道化だ。いや、そもそも幼少の頃よりティーダを見守ってきたアーロンの目を誤魔化そうなどと甘い考えだったか。

 しかし、そうなると疑問が次々浮かび上がる。

「どうして黙ってたんです?なぜ糾弾しないんですか?そして、ファイナルファンタジーの存在をどこで知ったのですか?」

 意図したわけではないが、今の俺はティーダの体を乗っ取った形となっている。ティーダの精神が消滅してしまったのか、俺の中にまだ眠っているのか分からないが、友人の息子に寄生しているようなもの。罵倒なり、糾弾なりされても仕方がないはずだ。

 そして、ファイナルファンタジーという存在をどこで誰から教えられたのか………

「………お前があいつの体を使っていることに思うところがない訳じゃない。だが意図した訳でなく、むしろ被害者であるお前を責めるほど俺も狭量ではない」
「え?俺が……被害者ですか?」

 どういうことだ?俺が被害者?アーロンから帰ってきた答えにさらに疑問が深まる。

 だが、その疑問は次の言葉で吹き飛んだ。

「あいつ───バハムートの奴がティーダを依代としてお前を召喚した。そう聞いている」
「な………っ!?」

 思わず目を見開く。俺を召喚?別世界の存在だった俺を一体どうやって?いや、この際どうやって俺を召喚したのかその方法はどうでもいい。実際にこうしてここに俺がいる以上方法はあったのだろう。だが───

「………何故………バハムートが俺を召喚したんでしょうか?」

 何故俺をこの世界に召喚したのか、その理由だけでも知りたい。

「一つ言っておくが、俺も全てを知っている訳ではない。むしろ知らないことの方が圧倒的に多い」

 そう前置きして話を続ける。

「ファイナルファンタジーⅩという言葉はバハムートの奴から聞いた。詳しいことは濁されたが、この世界の出来事がお前の世界のゲームと酷似していると言っていた。そして、シンの呪縛からスピラを解放するにはティーダではなく───お前自身の存在が必要であるということ」

 馬鹿な、と思う。
 この世界の存在であるバハムートが向うのゲームを何故知っているんだ。それに、俺の存在が鍵となる?ありえない。ティーダなら分かるが、俺自身とこの世界にはなんの関わり合いもないはずだ。

「今からおよそ一年ほど前。バハムートの奴は何の説明もなしにティーダを依代とした召喚を強行した。ティーダの精神は眠りに付いただけで消滅したわけじゃないそうだが、問い詰める俺に対して、奴は謝りながらも絶対に必要な事だと、その一点張りだ。そして、挙句の果てに奴は頼み事をしてきた。召喚した奴には何も告げず、今迄と変わらずに見守りスピラに導いて欲しいと」

 ふざけた話だ、アーロンはそう吐き捨てる。

「ティーダの体を勝手に依代とした上、随分と勝手なことを言ってくれると思っていた。感情に任せて断ること出来たが………結局は引き受けた。そうしたところで事態がどうこうなる訳じゃない。それに奴のスピラを想う気持ちは本物だ。嘘を付く必要もない以上、それは本当に必要なことだったのだろう」

 アーロンは一拍置いてから続けた。

「………俺は真実が知りたい。スピラのザナルカンドに辿り着き、そこでシンの正体を、究極召喚の意味をユウナレスカから聞いたはずだった。だが、まだその奥には得体の知れない何かが潜んでいる。バハムートの思惑がどうであれ、俺は今度こそ真実を見極めるつもりだ」
「………………」

 アーロンからもたらされた情報を前に言葉が出ない。

「最後にバハムートの奴から伝言を預かっている。『聖べベル宮祈り子の間、そこで全てを話す』だそうだ」
「べベルで全てを………ですか」
「奴の秘密主義は今に始まったことじゃない。問い詰めはしたものの、俺が聞けたのはその程度だった」

 聖べベル宮の祈り子の間。そこでバハムートの口からどんな事実が飛び出るのか分からない。だが、ことの真相を知るためにはそこに辿り着かなければいけない。

 ティーダを依代とした召喚、バハムートの思惑、俺自身がスピラを解放する要だということ。それらがどのような事実を紡ぎ出すのか………

「真実を知るにはお前の協力がいる。俺もお前に力を貸す。だからお前も力を貸してくれ」
「………はい、こちらこそお願いします。俺も真実が知りたい」

 差し出されたアーロンの手を握る。
 アーロンという味方が出来たのは頼もしいが、心に残る一抹の不安は消えそうになかった。







拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等々あればお手数ですが、お知らせください。
また、その他にも何かあれば感想でお願いします。




[2650] 最後の物語へようこそ    第九話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/11/21 20:21
 
 ミヘン街道

 この街道が出来上がったのは今からおよそ八百年以上も昔の事。討伐隊の前身組織である『赤斬衆』を組織した英雄ミヘンはエボン寺院から反逆の疑いを向けられ、その釈明のためにこの道を通りべベルおもむいたことから名付けられた。アスファルトで舗装されている現代の道からすれば野道もいいところだが、ここスピラでは比較的整備された街道として多くの商人や旅人たちが行き交っている。

 俺達も旅人や商人達に混じり、次の目的地のジョゼ寺院に向けて街道をひた進む。

 ルカでアーロンとの再開を果たした後、アーロンはそのままユウナのガードに加わることとなった。俺以外の面々は伝説のガードの加入に驚きを隠せないが、拒む理由などあるはずもなく全員から好意的に受け入れる結果となる。

 それもそのはず。アーロンは召喚士をシンを倒すまでまで守り抜くという、ガードの本懐を成し遂げた現存する唯一のガードなのだ。そんな人物がパーティーに加われば、今までとは比較にならない程安定した戦闘が可能となる。

 現に街道に入ってから魔物との戦闘が幾度かあったのだが、その大半はアーロンの一太刀のもと切り捨てられていた。それはかたい特性を持った魔物でさえも例外ではない。キーリカの寺院でかたい特性を持つシンのコケラと戦ったが、その特性を前にしてワッカやキマリの物理攻撃は殆ど意味をなさなかったのに対し、アーロンの攻撃はまるでそれを無視するかのようにダメージを与えていく。

「やっぱり、アーロンさんはすっげーぜ!」

 ワッカがアーロンの戦いっぷりに興奮気味によいしょをしているが、そうしたくなる気持ちも分からないではない。前衛がたった一人増えた。客観的に見ればそれだけの事実なのだが、安心感や安定感は今までの何倍にもなった気がするのだ。いや、実際になっているのかもしれない。もうこの人だけでいいんじゃないかな?とすら思えてくる。それがアーロンという伝説的なガードの力だった。

「本当に凄いね、アーロンさん」
「ええ、キマリと並んで前衛に立ってくれると、これ以上に頼りがいのある人はまずいないわね」

 現状のパーティ―編成は前衛にキマリとアーロン。後衛にユウナ、ワッカ、ルールー。そして、俺はスピードを生かして中衛、というか遊撃的な立ち位置にいた。

 前衛の二人はその頑強な肉体と力で持って攻防一体の壁となり、後衛は強力な黒魔法を操る魔導士と飛んでいる敵を打ち落とす遠距離物理攻撃の使い手。さらには、そこに回復役のサポートが付く。………安定しすぎて俺の出番が全くない。まあ、俺の出番がないのはいいんだが、

「なんつーか、オーバーキルもいいところだよな………」
「う、うん。確かにそうかもね」

 ほんのちょっぴり魔物に同情する。当たり前だが、ゲームの時と違い三人だけしか戦闘に参加できないといった縛りはここではない。よって、魔物が出て来たら俺を含めた六人全員で戦闘に入ることとなる。

 だが、魔物側は基本的に多くても三体程度の群れでしか出てこないのだ。単純に手数で二倍の差があるし、そればかりか個々の能力も此方が断然上だ。つまりオーバーキルもいいところだったりする。

 特に一体だけでこのパーティーの前に飛び出してきてしまった魔物は、何もできずにその身を幻光虫に変えていく。怪人を五人がかりでフルボッコにするレンジャー系の特撮をふと思い出す。いや、命がかかっているので手を抜くなんてあり得ないから当たり前だけど。

「ん?あの二人は………」

 襲い掛かる魔物を鎧袖一触で薙ぎ倒しつつ、ミヘン街道を順調に進んでいると見覚えのある背中が見えてくる。いち早く気が付いたワッカは手を振り二人の名を呼ぶ。

「おーい、ルッツ!ガッタ!」

 ルカまでは一緒にいたのだが、ブリッツの大会と魔物の襲撃があった所為でどこにいるのか所在が掴めなかった。名前を呼ばれた二人はなんだと振り向き、ワッカを見ると破顔して寄って来る。

「こんな所でまた会うとはな。いや、それよりも優勝おめでとう!」
「試合見てましたよ!凄かったじゃないですか、俺感動しちゃいましたよ!」
「へへ、ありがとよ」

 ワッカは純粋な称賛の言葉に、照れくさそうに鼻の下を掻く。魔物の襲撃により表彰式などは簡易的な物になってしまったが、今まで二十三年間も初戦敗退のチームが起こした奇跡の優勝劇だ。観客から惜しみない称賛の声が雨あられと届けられていたのだが、それよりも二人の祝福の言葉の方が嬉しそうに見えた。

「あんたも決勝にこそでなかったが、一回戦は随分活躍してたじゃないか」
「あのシュートは凄かった。今度またズバッと一撃決めてくれよ!」
「いやー、まぐれっすよ」

 ワッカに次いで俺にも声をかけてくる。どうやら一回戦から見ていたようで、アルべドサイクス戦で俺が決めたシュートを気にいってくれたようだ。まあ、凄いシュートといってもただ単に全力でボールを蹴っただけなんだけどな。ジェクトシュートなんてお披露目したら(出来ないけど)凄いことになりそうだ。

「なにをサボっているんですか?」

 試合の事で談笑していると、その間に勝気な若い女性の声が割って入る。振り向けばそこには鎧を着たチョコボに乗った女性が二人。

「あ、いえ、そのこれは…………」
「余裕があるのは結構だが、作戦準備は一刻を争う。分かるな?」

 ガッタが返答にまごついていると、冷たい声が降ってくる。彼女たちは、確かチョコボ騎兵隊所属のエルマとその隊長を務めるルチルだったか。この後に控える重要な作戦を前にして神経が張り詰めているのだろうか?そこまで目くじらを立てるような事ではないと思うのだが、冷たい声の中には微かな苛立ちの感情が見え隠れする。

「はっ、申し訳ありません」
「………分かればいい。よろしく頼むぞ」

 上手く返答が出来なかったガッタの代わりに答えたのはルッツだ。即座に謝罪の意を表し、その場を切り抜ける。

「………な?素直に頭を下げた方が上手くいくんだよ」

 離れていく二人を見送ると、ルッツはガッタにこれも処世術だと教える。あまり謝ってばかりでも問題だが、今回の件は確かに討伐隊の任務とは関係のない無駄話だ。ならば言い訳せずに直ぐに謝った方がうまく収まるとのこと。ガッタは先輩の対処になるほど、と頷いていた。

「それじゃあ俺達はこの辺で失礼させてもらうか」
「なんか引き止めて悪かったな」
「なに、ルカでは魔物の襲撃があって祝いの言葉を言えなかったからな。ここで会えて丁度良かったさ」

 ルッツはひらひらと手を振りながら気にするなと言う。そして、別れの言葉を継げると任務に戻る二人だったが、その前にユウナ前で立ち止まった。

「ユウナちゃん、俺達は今回の作戦に参加することから寺院から破門されちまった。だけど、あんたのことはいつでも応援している。それは変わらないからな」
「勿論俺もです」
「ありがとう、ルッツさん、ガッタ君」

 討伐隊と召喚士。歩く道は違えど、二人とユウナの終着地点は同じところにある。即ちシンを倒す。ただそれのみ。例え寺院から破門されようとも二人のユウナを応援しようとする姿勢に変わることはないようだ。

「でも、もしできることならこのままビサイドに帰───」

 だからこそ、ユウナは二人に今回の作戦に参加せずにビサイド島に帰って欲しいと願う。

「急ぎましょう、先輩!また怒られてしまいます」
「ああ、そうだな。それじゃあ俺達はこれで、またな」
「………ぁ………はい………また」

 だが、その思いは届かない。いや、届いているのかもしれないが、そこで立ち止まる程度の覚悟ではないのだ。ユウナはそれ以上何も言うことはなく、ミヘン街道を駆けて行く二人の背中を色々な感情が混じり合った複雑な表情で見送っていた。

 鏡を見れば俺も同じ顔をしているだろう。この先の展開を思い浮かべると気が重くなる。

 ───ミヘンセッション

 それが二人が参加する予定の作戦の名前。いつもの防衛戦とは違う、機械を主軸としたシンの『討伐作戦』だ。

 ミヘン街道をこのまま進むとキノコ岩街道と言われる海岸沿いの街道に出る。過去に幾度となくシンの襲撃を受けているためかここに住もう考える人はおらず、大規模な作戦に適した場所となっていた。そこでこの作戦は実行される予定となっている。

 作戦内容はいたってシンプルだ。シンは自分の体から零れ落ちたコケラに反応してそれを回収しに来ると言う習性を持つ。これを利用してキノコ岩街道の入り江にコケラを集めてシンを誘き出し、のこのこやって来たところにアルべド族が用意した機械文明時代の遺産である主砲『ヴァジュラ』をブチかますといったものなのだが───

 結論から言えばこの作戦は失敗する。

 ヴァジュラは確かに高い火力を持つ兵器だ。まだ先の話しだが、最終決戦時に飛空艇に搭載されたこいつは、シンの両腕をもぎ取るという快挙を成し遂げる。討伐隊やアルべド族が自信を持って今回の作戦を実行しようと言うのも頷ける威力である。だが、ミヘンセッションの時はエネルギー不足だったのか、シンが展開する重力場のバリアを突破することは出来なかった。そして、逆にシンから放たれる重力砲は討伐隊の大部分を飲み込んでこの世から消し去ってしまう。

 また、最悪な事にゲームではこの作戦が始まる前の選択次第で、どちらかが確実に死ぬシナリオになっている。ガッタに前線に行くように仕向ければガッタが死に、ガッタを前線に行かないように諭せば今度はルッツが死ぬ。回避できる選択肢は存在しない。

 とはいえ、それはゲームの中の話しだ。現実には選択肢がいくつもあり、二択しか選べないという事はない。もしかしたら二人とも運よく死なないかもしれない。

(───と、そんなふうに楽観的に考えられればどれだけいいか………)

 現実を見れば二人とも死ぬ確率の方が遥かに高い。いや、ガッタは司令部に残ればまだ生き残る確率もあるが、前線に出るルッツは高確率で死ぬ。であるならばこの場で二人を引き留めてビサイドに帰すことが一番理想的なのだろう。が、それは出来そうになかった。

 俺の引き止めでシンの討伐を諦める。そんな柔な覚悟ならば最初からシンに挑もうとはしない。

 ガッタはただひたすら突き進むだけだ。機械の力でもなんでもいいからシンを倒せば全てが報われと、そして何より尊敬する先輩に自分の力を認めて貰えると信じて。

 一方でルッツは冷酷なまでの現実を見据えているが止まらない。止まれない。口には出さないが今回の作戦は失敗する可能が大きいと思っている節がある。自分はここで死ぬかもしれないとも。ただ、もしかしたら、万が一にも成功する可能性がある。ならばどれほど分の悪い賭けでもそれをやるだけだった。

 あるいは死に急いでいる面もあるのかもしれない。ワッカの弟であるチャップは、ルッツに誘われ討伐隊に入隊したのだが、一年前のジョゼ海岸の防衛作戦に参加し帰らぬ人となっている。ルッツはそのことを今でも引き摺っていた。俺があの時誘わなければチャップは死なずに済んだはずだと。そして、誘った自分だけがおめおめと生き残ってしまった。寺院を破門されてまで今回の作戦へと参加したのはその贖罪の意思も込められているのかもしれない。

 二人は、いや、二人に限らず今回の作戦に参加している人々は、心の拠り所であったエボンの教えから破門されてまで今回の作戦に参加している。それだけの覚悟。もはや俺の言葉は愚か、誰の言葉でも止めることはできない。

「………くそっ」
 
 小さく吐き捨てる。
 この先に起こり得る未来を知っていようとも、俺に出来ることはあまりに少ない。













「そこまで、もう十分だ」

 落ち着いた声がその場に響く。ユウナの目の前には一人の女性。女性は伝統的なエボンの服に身を包み、側頭部には小さな盾のような特徴的な飾りをつけている。

 彼女の名はベルゲミーネ。

 ミヘン街道を中ほどまで進んだところで出会った熟練の召喚士だ。彼女は、一目見てユウナが召喚士であることに気が付き、修行を付けてあげようと申し出てくれた。ユウナはその申し出を受け、ベルゲミーネはイフリートをユウナはヴァルファーレをそれぞれ召喚し召喚獣同士のバトルとなった。

 中空を飛び回り、殆ど溜のない衝撃波や四大の魔法を駆使するヴァルファーレ。
 対して火魔法一辺倒ではあるものの、圧倒的な火力を見せつけるイフリート。

 怪獣大決戦といってもいい召喚獣同士の一戦は、ベルゲミーネが手加減をしていたという部分が大きいのだが最終的にはユウナに軍配が上がった。まだ駆け出しにすぎないユウナに十分な素質を確認したのか、ベルゲミーネは満足げな表情だ。

「ありがとうございました」
「若いのにたいしたものだよ。正直ここまでとは思わなかった。これは褒美だ、取っておきなさい」
「………いいのですか?その、ありがとうございます」

 褒美として渡された指は、こだまの指輪といって沈黙状態を防ぎ、身体に活力を増加させる働きがあるそうだ。ユウナは早速指輪を装備し、再度頭を下げる。

「お前は筋がいい。たゆまず修行をすればいずれシンを倒せるかもな」
「はい!あ、でも、私よりも先にあなたが倒してしまいそうですが」

 召喚獣同士のバトルを通してベルゲミーネの力の一端を感じとったユウナはそう言うが、その言葉に首を振る。

「私には無理だ。いや、無理だった、といったほうがいいか」
「それは」

 彼女の正体は二百年前に死んでしまった死人だったはずだ。今はスピラの各地をまわり、生前には叶わなかった夢を叶える為に若い召喚士の育成に力入れてる、だったか。

「私はユウナのナギ節を期待して待っていよう」
「………はい、期待しててください」
「それから、そこの少年」
「え?あの、俺ですか?」
「そうだ、君に話がある。こっちに来てくれ。ユウナ、少しだけこの少年を借り受けるぞ」
「あ、ちょっと」
「え?あ、は、はい」

 突然の指名に驚く俺を余所に、ベルゲミーネさんは少し離れた場所を指差すと、歩いて行ってしまう。

(俺に話だって?)

 初対面なのに?思い当たる節はな………いや、もしかしてファイナルファンタジーのことか?
 この人はゲームの時からシンの正体やエボンの教えの真実の一端を知っていたりと、情報に詳しい人物だった。であるなら、話と言うのは今はこの状況についてなのかもしれない。この行動自体もゲームにはなかったはずだし、その可能性は高いか。

「さて、君に話がある。いや、話というかお願いだな」
「お願い?」
「ああ。君にこれを言うのは筋違いかもしれないし、そもそも的外れかもしれない。だが、万が一の為にな」
「で、一体なんですか?」

 どんな願いなのか少し警戒する。が、その警戒も次の瞬間には困惑に変わる。

「ユウナを恨むようなことはしないでくれ。ただそれだけだ」
「………は?俺がユウナを恨む?」

 訳が分からない。どうして俺がユウナを恨むことになるのか。何の脈絡もなくいきなりそんなことを言われても困惑するだけだ。混乱状態の俺を置いて、話は続く。

「ファイナルファンタジーという物語。異世界の存在である君。祈り子達と私はこの状況を九割九分把握している」
「っ!それなら───」
「悪いが私の口からは何も言えん。バハムートからは余計な発言を禁じられているからな。ただ、君はべベルで選択を迫られるとだけ言ってこう。そうなるように仕組んだ私達だ。正確には後二人いるが、真実を知った時に恨むのは私達だけにして欲しい」

 予想通りこの人もファイナルファンタジーを知っていた。それにバハムートの祈り子様の思惑も知っているようだが、この人も祈り子様と同様に意味深な言葉を残すだけか。

 選択とは何なのか、なぜ俺がユウナを恨む可能性があるのか。俺を召喚したのはバハムートの祈り子様というのは知っているが、仕組んだとは一体どういうことなのか───結局何も分からないままだ。

「アーロンの伝言。バハムートの祈り子様は聖べベル宮で全てを話すと言ってましたが、なぜそこじゃないとダメなんですか?俺に関することなら今すぐ教えてくれても───」
「今は私の口からは言えん」

 駄目元で聞いてみるが、やはりまともな答えは返ってこない。

「………ここに強制的に俺を召喚したのに、あんた達の目的もその理由も言えない。なのに、そちらのお願いは聞いてくれですか?………それで俺が納得するとでも?」

 ユウナを恨むつもりなど毛頭ないので、その件はお願いされるまでもない。が、こうも秘密主義に徹されると段々と苛立ちが大きくなってくる。口止めをしているのはバハムートの祈り子様なので、この人に八つ当たりしても意味はないのだが、どうしても口調が乱雑になってしまう。

「虫が良いのは重々承知。だが何卒お願いする」

 言いながらただ深く頭を下げた。それを見て一つため息。だめだ、この人は何があっても口を割らない。そう確信してしまった。一つ深呼吸して心を落ち着かせる。

「………元よりユウナを恨むことはないと思います。ですが、その選択や真実とやらを知った時、場合によっては貴方方に殴りかかるかもしれません」
「すまないな。それで贖罪になるとは思わないが、その時はそうしてくれ」

 べベルでの選択、そしてユウナを恨まないでくれ、か。謎は深まるばかりで一行に先が見えない。俺の物語の終着地点には一体何が待っているんだろうか………













拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等々あればお手数ですが、お知らせください。
また、その他にも何かあれば感想でお願いします。




[2650] 最後の物語へようこそ    第十話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/11/21 20:29
ちょっとばっさりカットしすぎたかもです。






















 人が死ぬ度にユウナは舞う。

 迷える死者を異界へと送る悲しき舞───異界送りを。俺はそこかしこに死体が散乱する海岸線に立ち尽くし、それを見守るしかできないでいた。

「………これで四回目」

 シンと遭遇した回数はこの短い期間に四回だ。ザナルカンド、アルべドの船の上、キーリカ、そして今回。遭遇するたびにシンの強大さをより一層実感させられる。

 ミヘンセッションは原作通り失敗に終わった。

 海岸線に並べられた数百門の大砲もアルべドの切り札たる主砲ヴァジュラもシンの体に傷を付けることすらできない。逆に討伐隊が受けた被害は甚大だ。チョコボ騎兵隊や歩兵に砲兵など千人以上がシンの一撃で跡形もなく消え去った。ガッタだけはなんとか司令部に引き止めることができたので助かったが、元から前線に配属されていたルッツは助けることができなかった。

 二人とは軽く数回会話をしたことがあるだけで、そこまで特別仲が良かった訳ではない。それでも知り合った人が死んでしまうというのはやはり堪える。

 だが、逆に討伐隊の死を望んでいた者もいた。

「………これで満足か?」
「アーロン、それはどういう意味だ?」
「教えに反した兵士達は死亡。そして従順な僧兵たちだけが残った………お前にとって実に都合のいいことにな」

 それはアーロンが声をかけた人物。ウェン=キノック老師。僧兵の指揮と討伐隊の監督を司るエボン四老師の一人だ。

 今回の作戦ミヘンセッションはエボンの教えから外れた物であり、参加した討伐隊の者達は尽く破門されている。だというのに、その指揮者としてキノックはシーモアと共にこの場にやって来た。

 実は今回の作戦は純粋なシンの討伐作戦、という訳ではない。その作戦には裏があった。キノックがここに来たのは、討伐作戦の指揮を取るためなのだが、その本当の目的は討伐隊を壊滅させることにある。より正確に言えば自分に従順な者達以外を処分するため。

 昨今の討伐隊はキノックの意思とは少し離れた場所にあった。討伐隊のメンバーは本気でシンの討伐を望む者達が多く、その思いが暴走しがちになり制御下から離れることがある。

 それが気に入らない。自分の思惑通りに動かない駒など何の価値もないと考える。故に今回の作戦は実に都合がよかった。

「………ふむ、昔と同じ訳にはいかんようだな」
「………………」

 かつてはアーロンの同僚であり親友でもあったキノック。だが、アーロンが上司の薦めた縁談を断り、出世の道を外れた後、その縁談を自分の者として出世コースをのし上がっていった。結果、かつてのスピラに平和と安定をという志など忘れ果て、権力のみを求める野心家の男に成り下がってしまった。アーロンはそれを少しだけ引きずっている。自分の行動が親友だった男を歪める原因となってしまったと。

 暫し無言で視線が交わされていたが、やがてシーモアが近づいて来るとどちらからともなく視線を外す。キノックはそれ以上は言葉を口にすることはなく、この場から立ち去って行った。その背を見つめるアーロンの目に微かに寂しそうな光が浮かんだのは俺の気のせいだろうか。

「顔色が優れませんねユウナ殿。しかし、こんな時にこそ気丈に振る舞わなければいけません」

 キノックと入れ違いでやってきたシーモアは、ユウナを気遣いながらも厳しい言葉をかけている。

 シンが残した爪痕は酷いものだ。死体がそこかしこに転がっており、辺りには仲間を失った討伐隊の慟哭が響き渡る。目を背けたくなる光景。だが、シーモアはそんな時にこそ気丈に振る舞わなければならないと説く。

 普通の人間ならば悲しみに浸っても仕方ない。だが、召喚士とはスピラの希望の光であり、エボンの民がその一挙手一投足に注目している。弱い姿を見せることは許されなかった。押し潰されそうな重圧の中でも凛として立っていなければならない。それが召喚士の義務でもある。厳しい意見ではあるが正論だった。

 無論ユウナもそれは分かっている。だから頷き、気丈に振る舞おうとする。けれどまだ十代の少女なのだ。悲しみや不安を完全にコントロールすることなどできるはずもない。

「悲しいですか?不安ですか?──────ならば、私が支えとなりましょう。ユウナレスカを支えたゼイオンのように」
「………え?」

 シーモアは最後に甘い言葉で締めくくる。その意味は遠回しなプロポーズに近い。歴史上初めてシンを倒した召喚士ユウナレスカとそれを支えた夫ゼイオン。自分達はその関係になりたいと言外に言っているも同然だった。

 ただ、ユウナは今まで召喚士の修行一辺倒だっためにその手の話しに疎い。そのため困惑した様子を見せるのみ。それを見たシーモアは、微笑を浮かべて続きはまたの機会にと去って行く。

「………………っ」

 俺はその背中を沸き上がる感情を抑えながら見送る。シーモアの魂胆は分かっている。口に出しそうになるのをぐっと堪え、心の中で吐き捨てた。

(支えになる?違うだろ。踏み台になってくれ、だろうがっ)

 全ては自分がシンに成り代わるために。

 シンは生まれ変わる。それはエボンの教えにあるように、シンが人の罪だから人々の罪が消えるまで死ぬことはない、といったことでは決してない。そのような曖昧な教えではなく、きちんと原因がある。

 過去に五度、究極召喚によって打倒されているシンだが、それはエボン=ジュを守る鎧のような物に過ぎず、シンの大元であるエボン=ジュにまでは手が届かない。そしてシンを倒した究極召喚にエボン=ジュは乗り移る。つまり、究極召喚でエボン=ジュの鎧たるシンを壊しても、その究極召喚自体が次代のシンとして生まれ変わってしまう。

 皮肉もいいところだ。文字通り命を捨ててシンを倒したのに次は自分が死を振り撒く存在になってしまうとは。これがスピラを取り巻く死の螺旋として千年物間続いていた。

 シーモアはこの事実に目を付けた。自身の目的はシンとなり、スピラに死をもたらすこと。つまり自分が究極召喚となり、シンを倒せば己が悲願は叶う。

 究極召喚は既存の召喚とは成り立ちが違う。召喚士の旅の終着地点は最果ての地ザナルカンド。彼等はそこで究極召喚の祈り子様が待っていると寺院から教え込まれているが、それは正しい情報ではない。そもそもザナルカンドに祈り子様は存在しない。そこで待っているのは人の身を捨て、千年もの間現世に留まっているユウナレスカその人だけだ。

 現在では彼女だけが行使できるエボンの秘法。それを使ってガードを祈り子へと変じる。これが究極召喚の祈り子の正体だ。過酷な旅で心身共に鍛え上げた召喚士とガードの間にある固く強い絆。それが究極召喚と言う形を成して初めてシンを打破しうる力となる。

 シンに成り代わるためには究極召喚になることが必要だ。だが、先に説明した通りそれには強い絆が必要となる。ユウナレスカとゼイオンの夫婦、歴代の大召喚士達のように固い絆で結ばれたガードと召喚士、果ては自分のように母と子の絆などの強固な繋がりが。

 グアド族の女性にも幾人か召喚士はいるが、彼女たちとの間に固い絆が結ばれることは未来永劫あり得ない。彼女たちはグアド族族長にしてエボン四老師の一人でもあるシーモアに対して厚い信頼と尊敬の念を抱いている。だが、その思いは一方通行だ。彼は忘れておらず、心の奥底に封をして隠し持っている。かつて母と共に自分を島流しにして絶望に落とした一族への憎しみを。

 そこで目を付けたのがユウナだった。十年前にシンを倒した大召喚士ブラスカの一人娘。血統は申し分なく、シンを倒すと言う強い意志もある。欲する人材としてこれ以上の者はいないだろう。後は婚姻関係となり、究極召喚の祈り子として選んでもらえばいいだけのことだ。そのために愛もなく愛の言葉を送る。それが俺には酷く腹立たしい。

 確かに政略結婚など愛のない婚姻の形もある。また、有力者同士の婚姻で純粋にスピラに明るい話題を届けたいと言うのならそれも百歩譲ってありだとしよう。だが、スピラに一時でもいいから平穏な日々を届けたいというユウナの決死の思い。それを踏みにじるつもりのシーモアとの婚姻など到底認められるはずがなかった











 ───ジョゼ寺院

 べベルに次いで長い歴史を持つ僧院ジョゼ。その形状は数ある寺院の中でも際立って特異であり、雷キノコ岩と呼ばれる特殊な岩で覆われている。この雷キノコ岩は、召喚士と祈り子の間に精神の交流がなされた時にのみ開かれる。まるで寺院の周辺が無重力空間となったかのように雷キノコ岩が空中を漂う様は一見の価値ありだ。また、英雄ミヘンと関わりが深く、旅の安全を願う旅人が日夜や参拝に訪れている。

 ミヘンセッションの後処理に一区切りをつけ、俺達は次の目的地であるジョゼ寺院に向かっていた。本当はもう少し治療や手伝いのために残るつもりだったのだが、大方の重症患者の治癒が済んだことと、ジョゼの寺院から僧兵たちが手伝いに来たことから俺達は旅の先を急がせてもらった次第だ。

 入り江から出発して海岸線を進んでいくと多くの魔物と遭遇するはめになった。また、数が多いだけじゃなく、ここの魔物はスピラの中でもかなり凶暴だ。特に厄介だったのが石化睨みを使用してくるバジリスクだ。対処法は目線を合わせず全体をぼかして見ること。それで石化を防ぐことができる。だが、じっくりと狙いを定める必要のあるワッカがうっかり視線を交わしてしまい、一度石像となるはめに。まあ、金の針は常備しているのでルール―がため息ととも石化を解除して事なきを得た。石化を解除されたワッカは、いやー面目ないと頭を掻いて罰が悪そうな表情で謝った。

 そんなちょっとしたハプニングもあったが、それ以上の問題は起こることなくジョゼ寺院に無事到着。

「やっと着いた。みんな、早く!」
「あ、おい、ユウナ。ちょっと待ってくれ!」
「ふふ、待ちませーん」

 ユウナは寺院を目前にすると、小走りに皆を追い抜いていく。その顔には微笑みを浮かべ、表面上は持ち直したように見えた。だが、実際は空元気なのだと何となく分かる。こんな時に何か気の利いた一言でもかけてやれればいいんだけどな………

「辛い時ほど努力して明るく振る舞う」
「え?」

 寡黙なキマリが唐突に口を開く。何事かと驚くと、真剣な表情で俺を見据えるキマリの姿があった。

「今も同じだ。ユウナは無理をしている」
「………それで?励ましの言葉でもかけてやれって?」
「逆だ。ガードが心配するとユウナはもっと無理をする。だからそのような心配そうな顔をしてはならない。お前も気を付けろ」
「あー、そんなに顔に出てた?」
「キマリにも分かる程度にはな」
「マジっすか」

 言われて初めて気が付いた。自分では隠しているつもりだったが、キマリが忠告するくらいなら相当心配そうな顔をしていたのだろう。ここ最近は色々とあって自分の表情に気が付かない程に心の余裕がなくなっていた。

「分かった。気を付ける」

 ならば今度こそは、と気合を入れて表情をつくる。どうだ、このイケメンスマイルは!とばかりに決め顔をキマリに披露するが、何故か頭を振られてしまう。

「むしろ少し肩の力を抜くといい。ルカを出発してから何故かお前は常に力を入れっぱなしだ。それではいつか疲れ果てて倒れてしまう」

 ………キマリは意外に人の事を見ているんだな。失礼かもしれないが、ユウナを守る事しか頭にないと思っていた。確かにルカでアーロンから衝撃的な話を聞いてから、常に気を張り続けていたかもしれない。───というか、もしかしてだが、

「ユウナだけじゃなくて、俺の心配もしてくれたり?」
「お前は仲間だ。無理をしていれば心配の一つもする」

 なんだかその言葉で肩の力が少し抜けた気がする。そして独り相撲をするとはこういう感覚なのかとも思った。

「………うっし」

 パンッと顔を張り、一度全てリセットする。無論それだけで抱え込んでいる事すべてがリセットされる訳ではないが、切り替えにはなった。今度こそ自然な表情になれた気がする。

「サンキュー、キマリ」

 気づかせてくれたことに礼を言う。キマリは俺の言葉にコクと頷くと、何事もなかったかのようにユウナの後を追う。普段は寡黙だけどしっかりと仲間のことを見てくれていた獅子の武人の背中に一礼して俺も後に続いた。









 ───夜

「………召喚士が行方不明か」

 借りた個室でベットに仰向けになりながら呟く。

 数時間前。ジョゼ寺院試練の間に入る前になにやら召喚士が行方不明になる事件が相次いでいるとの情報を得た。情報の出所は新たに出会った召喚士イサールのガードであるマローダからだ。

 召喚士が旅の途中で行方知れずになることは年に何度かはある。魔物にやられたり、自然災害に巻き込まれたり、あるいは怖気づいて逃亡したりなど理由は様々だが、ここ最近の行方不明者の数はいささか不自然なくらいに多いらしい。

 その話を聞いてアルべド族のお姫様の姿が脳裏に浮かんだ。アルべド族は旅の召喚士達を連れ去っている。それは別に何か強制的にやらせるために連れ去ったのではない。むしろ逆。何もさせないため、正確に言えば究極召喚を使わせないために保護しているのだ。

 召喚士が究極召喚を習得しました。それでシンを倒しました。シンが消えて皆幸せにくらせるようになりました。めでたしめでたし。

 と、そんな単純な話しならばアルべド族もこのような旅の邪魔をしたりはしない。究極召喚でシンを倒した召喚士は例外なく死ぬ。その事実がアルべド族をこのような行動に駆り立てている

 アルべド族の者達は老若男女全ての人間が自分の意思で道を切り開く確固とした意志を持つ。それは、かつてシンによって故郷を滅ぼされ、流浪の身となった彼等は機械を活用することでなんとか命を繋いできた経緯からだ。エボンの教えに反する行為により迫害を受けたことはもはや数え切れないほど。だが、もしもエボンの教えに従って機械の使用を放棄していたのならば今ここに彼らはいなかった。

 結果、自らの手で道を切り開くという考えはアルべド族の隅々にまで浸透している。召喚士任せに安寧を願い、無抵抗にシンに頭を垂れたりはしない。それが一族の総意。特に今代の族長であるシドはその意思の具現ともいえるほどの激情家であり人情家だ。故に、召喚士ばかりが覚悟を背負わされ、僅かな期間の安全と引き換えに死ななければならない現状を許しはしない。

 そしてつい最近のことだが、ようやく機械の力を使えばシンをどうにかできる目途も立った。ミヘンセッションもその一環だったが、まだ次の本命ともいえるプランも持ち合わせている。だから召喚士の保護に出たのだろう。

 無論、アルべド族も自分達のやっていることが如何に強引で、召喚士達の意思を無視したものなのかは分かっている。実際、保護と言えば聞こえはいいが、やっていることは誘拐に他ならない。なぜなら召喚士達は強制されてシンを討伐するための旅に出ている訳ではなく、旅に出ている召喚士達は自ら望んで旅に出た者達だけだからだ。

 召喚士達の意思を捻じ曲げて連れ行く以上、どれだけ崇高な意思があったとしても誘拐には違いない。だが、それを分かった上でアルべドは行動をやめることはない。機械の力でシンを倒せればそんな悲しい犠牲はもう出さなくて済むから。

 召喚士の意思を尊重し、犠牲を許容するのか。別の可能性を信じて、決死の覚悟を捻じ曲げさせるのか。どっちが正解でどっちが間違いなのかは分からない。いや、召喚士の意思を尊重するべきだという意見のほうが多いかもしれない。だが、俺はどちらかというとアルべド族の意見に傾いている。

 理由は単純。ユウナを死なせたくないから。たった数年の平穏。それがどれだけ貴重なのわかるが、その代わりにユウナがいない世界など認めたくない。それだけの理由だが、それが全てだ。













「さて、そろそろ寝る───誰?」

 明日の準備を整え、いざ夢の世界へと思った時、扉をノックする音がする。最初はワッカかと思ったが、返って来た声の主はユウナだった

「あの、ちょっと今いいかな?」
「ユウナ?ああ、大丈夫だけど」

 こんな時間にどうしたんだと疑問に思いつつも、扉を開け中に招き入れる。少しばかり表情が暗いのが気になるが、とりあえず適当に備え付けのソファーに座ってもらい、俺はそのままベットに腰かける。

「こんな時間にごめんね」
「いや、全然大丈夫。だけどどうかした?」

 時刻は既に十時をまわっている。現代日本ではまだまだこれからの時間だが、ここスピラではかなり遅い時間帯だ。ユウナはもごもごと言いにくそうにしながら口を開く。

「えっとね………話がしたいといか………その、情けない姿を見せてもいいかな?」
「情けない姿?」
「………うん………ちょっと弱音に付き合ってくれると嬉しいかも」

 その言葉に驚いた。ユウナはどちらかと言えば誰かに心配をかけまいと何でも一人で抱え込む性質だ。召喚士としての自覚を持ち、皆に心配をかけまいと弱った姿を晒そうとしない。この先の話しだが、それが原因でシーモアから求婚されたときは話が拗れることにもなった。

 だが、今は自ら弱音を吐露したいと言う。しかも、頼りになるルールーやアーロンではなく俺に。その辺を少し疑問に感じるが、今はそんなことはどうでもいいかと思い直す。

「勿論OK。俺になんかでよければいくらでも付き合うさ。なんなら朝までだって平気っすよ」

 正直に言えばちょっと、いや、かなり嬉しい。弱音を吐きたいってことはそれだけ心を許してくれてるってことに他ならない。つまりユウナがそれだけ俺を近くに感じてくれているということだ。それが何よりも嬉しく感じられた。

 ユウナはありがとうと言うとぽつりぽつりと話し始めた。

「私は駆け出しでも召喚士なのに………またシンを前にして何も出来なかったなって………」
「いや、それは───」
「うん、分かってるの………一人で出来ることなんて高が知れてる………究極召喚を習得していない私に、シンをどうにか出来るなんていうのは傲慢な考えだって」

 でも、それでも………と思うのがユウナだ。

 シンを前にして何もできないことを責める者などいない。なにせこの千年間でシンを討伐できたのはたったの五人に過ぎないのだ。それも究極召喚という対抗策があっての事。

 通常の召喚獣も強力ではあるが、シンという桁外れに強大な力にはなす術がない。どれほど熟練した召喚士が召喚したとしても、結果は変わりなかっただろう。それを十代の駆け出しの召喚士が何も出来なかったと言って責めるのはあまりに酷だ。この場合は自分で責めているので何とも言えないが。

「それから討伐隊の人達の言ってた切り札の機械。正直に言ってあそこまで凄い威力だとは思わなかった。けど、あんな凄い力でもシンには通用しなかった………仮に究極召喚を手にしても、普通の魔物にすら危うくなった私に本当にシンを倒せるのかなって、少しだけ不安になって………」

 キーリカではぐれオチューの強襲を受けた時、ただ呆然として何も出来なかったことは今もユウナの中に色濃く残っていた。それが不安の種として心の奥底に巣食っている。

 究極召喚は対シン用の召喚としてこれ以上ないほどに有効な手段だ。だが、いくら究極といっても召喚獣の根本的な理は破れない。つまり召喚士が死んでしまえば、その力も幻光虫に還るだけという理を。

 あの時はティーダが傍に居たからなんとかなったが、シンを相手にして同じようにはいかない。ユウナが死んでしまえばそこで全てが終わってしまう。もっともそれを防ぐためのガードの役目であり、時には肉の盾となるのが仕事なのだが、ユウナにはその辺の意識が欠落していた。

 キーリカで初めてシンを目の当たりにしてその強大さを思い知らされた。それまで漠然としたイメージだったシンという力。それが現実として目の前に現れた。

 あの時ユウナは、シンを倒しますと小さい声だったが確かに宣言した。その言葉に嘘はない。だが、同時に心の奥底で微かに思ってしまった。自分なんかに本当にシンを倒せるのだろうかと。そして、今回のミヘンセッションで心の奥底に封じていた思いが滲み出てしまった。

 その気持ちは痛いほど分かる。俺も既に四回シンに遭遇しているが、その度に思い知らされる。本当にこんな途方もない存在を俺達の手でどうにかできるのかと。

けど、いや、だからこそ言葉の上だけでも断言しようと思う。

「大丈夫!俺達なら絶対に倒せるって!」

 まだゲームの時と同じくシンの体内に潜り込んでエボン=ジュを倒すことになるのか、それとも祈り子様達の思惑に従って倒すのか分からない。だが、シンはどんな手段を使っても倒す。それは絶対だ。でなければユウナは止まらない。今の様に落ち込むときもあるだろうが、ユウナの中にある芯の部分は絶対に揺るがないだろうから。

もっともシンを倒す前に俺の生存ルートやら、日本に帰る手段見つけなければならない問題もあるのだが。まあ、その辺は祈り子様との交渉次第だろう。俺を召喚したのだから返す方法も何かあると思いたい。

「………そう………だよね、絶対に倒せるよね」

 ユウナはまるで自分に言い聞かせているように呟く。俺は力強く頷いて返す。

「そもそもシンは今までに五回も倒されてるんだ。なら俺達に出来ないはずがないだろ?シンを倒すまでユウナのことは俺達が、いや俺が守るからさ」

 だから任せろと胸をドンと叩く。今度は前の時のように咽るようなへまはしない。格好がつかないからな。

「うん、そこは信頼してるよ………あの時も守ってくれたから」
「任せてくれ。あ、そうだ、なんなら今度はもっとスマートに守ってみせるっすよ?例えばお姫様抱っこで颯爽と助けたりとかさ」

 ついでに重い空気を払拭しようと軽く冗談を飛ばす。

「え?お、お姫様抱っこ?そ、それはちょっとだけ………その、恥ずかしいかも」

 俯き加減だったユウナは顔を上げて薄く微笑んでくれたが、今度はお姫様抱っこの部分に反応して少し顔を赤くした。純情なユウナらしい反応だ。そんな姿に思わず悪戯心が沸き上がってしまった。

「そっか、ユウナは俺にお姫様抱っこされるのは嫌なのか………変なこと言ってごめんな」
「あ、ち、違うの。ティーダが嫌な訳じゃないからね?なんていうか、お姫様抱っこ自体が───」

 orzの体勢になってわざとらしいくらいに落ち込んだ演技をしてみせると、慌てて否定してくる。このユウナはちょっとレアかもな。普段からは想像もできないくらいにおろおろしている。

「なら、お姫様抱っこしてもいいっすよね?」
「え、えと………う、うん」
「………っぷふ」

 ニヤケそうになる顔を隠す為に顔を俯かせながら我慢していたのだが、頑固者なのに変なところであっさり流されてしまうユウナに思わず吹き出す。

「………え?………あ、今のは私をからかってたの!?」
「あはは、ついね」
「うー………からかうなんて酷いっす」

 からかわれていることに気が付いたのか、少しへそを曲げられてしまったようだ。

「はは、本当に悪かった。でも、少しは元気が出たようで良かったよ」
「………さっきのは私を元気付けるため?」
「半分の半分くらい本気だったけどな」
「も、もぅ、その話はなしだよ」

 ユウナは赤い顔のまま頬を膨らまして抗議の声を上げる。なんだろうこの可愛い生き物は?普段の凛としたユウナもいいけど、これはこれで凄くいじりがいがあるな。まあ、流石にこれ以上は本気でへそを曲げられかねないから自重するけど。

普段通りの落ち着きを取り戻したユウナは、礼をいいながらペコリと頭を下げる。

「………でも、ありがとう。弱音に付き合ってくれて。凄く気持ちが楽になったよ」
「いえいえ、どういたしまして」

 弱音を吐きたいと言うのであれば何時でも付き合う。というかむしろその方が頼られている気がしてこっちも嬉しい。

「それにしても、なんだが情けない姿ばっかり見せちゃってるね。召喚士がこんな姿を見せたらまたシーモア老師に言われちゃいそうかな?」
「そんなこと気にすんなって。確かに他の人の前ではちょっと不味いかもしれないけど、俺はユウナのガードだ。守るのは体だけじゃなくて心もってね。また心にもやもやが貯まったら俺に吐き出せばいいさ。まあ、アーロンなんかと比べると頼りないかもしれないけどな」
「ううん、そんなことない。アーロンさんも凄いけど同じくらい信頼してるから。話を聞いてもらって本当に良かったって思ってるよ」

 アーロンと同程度の信頼とはかなり評価してくれてるな。過剰な評価ではあるが、その評価に見合う働きをしないと。伝説のガードばりの働きとは中々きついハードルだが、心の中で決意を新たにする。

「そろそろ部屋に戻るね。今日は付き合ってくれてありがとう」
「あいよ。またいつでも付き合うからさ。気軽に来てくれよ」
「ふふ、そうさせてもらうね。それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」

 部屋に戻っていくユウナの表情は、来た時よりも大分明るくなっていた。そのことに確かな充足感を覚えつつ俺は明日に備えて眠りに落ちた。

























ちょっとユウナが弱すぎますかね?違和感を感じたら申し訳ないです。


拙い作品ですが、読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字等々あればお手数ですが、お知らせください。
また、その他にも何かあれば感想でお願いします。





[2650] 最後の物語へようこそ    第十一話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/12/01 19:19
 ───幻光河

 幻光河はジョゼ大陸を南北に分断するように流れるスピラで最長の河だ。水は澄み渡り抜群の透明度を誇るため、水底に目を向ければ沈んだ機械文明の残骸がみてとれる。

 ここでは対岸に渡る際は船ではなくシパーフを利用する。シパーフとは見た目はまんま象であり、この地に住むハイペロ族という少数民族が調教して手綱を取る。船がない訳でもないが、この地を訪れる観光客はどうせだからとシパーフを利用することが多い。

 また、川岸には名前の由来となった幻光花という紫色の花が常に咲き乱れている。この花は夜になると幻光虫を集め、淡く発光する性質がある。そのため、夜になると幻光河はまるで星の海となり、見る物を幻想的な世界へ誘う。夜の幻光河はスピラでも屈指の観光名所といってもいいだろう。

(ま、正直に言えばその辺はどうでもいいんだけど………)

 それよりも重要な事があった。なにせ幻光河は仲間の最後の一人、リュックがガードに加わる場所でもある。

 ゲーム時はシパーフでのんびりと河を渡っている最中に、水中に潜んだアルべド族にユウナを攫われてしまう。それをワッカと俺の二人だけで助けに行くのだが、向かった先では水中戦闘用の機械を操縦するリュックとのバトルが待ち構えている。これに勝利してユウナを取り戻して対岸に渡ると、機械の中で地味にダメージを受け、土左衛門一歩手前となった状態で打ち上げられたリュックを発見するのだ。

 その後はユウナ、ルールー、リュックの女性陣だけで何やら話し合い、リュックをガードとして迎え入れる流れとなる。

はずなのだが───

「………あれ?」
「どうかしたか?」
「あ、いや、なんでもない」

 一つ問題が発生中だ。その問題はというと、

「ほら、そろそろ着くから忘れ物がないか確認しときなさい。特にワッカ」
「俺だけ名指しかよ。ヘイヘイ、分かりましたよっと」
「私は大丈夫。忘れ物はないよ」

 現在俺達はシパーフに乗って渡河中なのだが、まだアルべド族に襲われてないのに対岸に到着してしまいそうなのだ。シパーフの移動速度はかなり遅いが、この分ならあと五分ほどで河を渡り切ってしまう。ちらっと水中を覗いてみるが、それらしき影は一つも見えなかった。これではもう襲撃はないだろう。

 一体どうしたのだろうか?ゲームとは違ってここでは襲う気はないのか?いや、単純にまだ来ていないだけ?それとも………様々な可能性が頭に浮かんでは消えるが、ふと一つの可能性が浮かんでくる。

(………まさか、あの後シンにやられちまったのか?)

 そんな最悪の可能性が。いや、そんな馬鹿な、と頭では否定しつつも可能性は完全には否定できないでいた。

 よくよく考えれば、あの時は数メートルを越す高波が容赦なく甲板に打ち付けていたのだ。俺がリュックを助け出した後、結局海に放り出されてしまってもなんら不思議はない。

 もっとも、単に荒れ狂う海に放り出されただけならなんとかなる可能性は高い。なにせリュックは並みのブリッツ選手を凌駕するほど水中での活動に慣れている。機械文明期の遺産は海に沈んでいることが多いので、回収するにはどうしても潜らなければならないために自然とそうなったからだ。だから海に投げ出されても多少の事であれば何とかなると思う。

 ただ、問題は近くにシンがいたことだ。一般的にシンに近づき過ぎた人間はシンの毒気にやられてしまう。毒といっても一般的な毒とは違い、シンの毒気とはその身に纏う高密度の幻光虫そのものを指す。幻光虫は人体を構成する一部でもあるが、あまりに高密度すぎるそれと接触することは体に害をもたらすので毒気と呼ばれている。症状としては軽い混乱程度ですぐに回復する場合もあるが、酷い時には記憶障害や精神喪失状態に陥ってしまうこともある。

 もしも、その毒気にやられた状態でシンのコケラに取り囲まれたら?

(………いや、ないない。あり得ない。襲ってこないのはちょっと機械がトラブってるだけに違いない)

 そう自分に言い聞かせる。だが、最悪の可能性は脳裏から消えることはなかった。







「ついた~よ~」

 結局、襲撃はなかった。

 無情にもハイペロ族特有の間延びした声で目的地到着の知らせが入る。俺は胸の内に燻る不安を押し殺して、何食わぬ顔でシパーフを降りた。

(リュックは大丈夫………きっと大丈夫だ)

 もう一度自分に言い聞かせつつ、次にリュックと合流できそうなポイントは何処だろうかと考える。

 ここからグアド族の本拠地であるグアドサラムまではすぐだ。ここで合流できないとなると次に合流できる機会はかなり先になるだろう。

 グアド族が目を光らせているグアドサラムでは活動しないはずだし、雷が大の苦手なリュックはその先の雷平原には近づきもしないはず。と、なると次に合流できる可能性があるのは………最短でも雷平原の先にあるマカラーニャの森か?あそこは隠れる場所が多くあるため、召喚士を攫うのに都合のいい場所でもある。故にアルべド族が潜んでいる可能性は非常に高い。希望があるとすればそこら辺だろう。

 そこで合流できればいいのだが………………考えたくもないが、最悪の可能性も考慮しておくべきか。仮にリュックが既に死んでしまっている場合はどうなる?

 まずビーカネル島での道案内にリュックは欠かせない。マカラーニャの森の先にあるマカラーニャ寺院では、再びシンと出会いビーカネル島という場所に飛ばされることになる。そこにはアルべド族のホームがあり、島の面積の多くが不毛の砂漠地帯となっている。大陸から離れた小島なので、土地勘のある者は当然リュックのみ。右も左もわからない砂漠にいきなり放り出されて無事で済むか?いや無理だ。案内人がいないと恐らく詰む。

 運よくアルべド族のホームの近くに飛ばされればいいが、遠くに飛ばされてしまったら彷徨い果ててミイラになってしまってもおかしくはない。その後も族長であるシドとの橋渡しやエボン寺院での機械の操作など、その力が必要となる場面は多い。やはり、リュックの存在は必要不可欠だ。

 無論、心配の理由はシナリオを進める上で重要だから、ってだけじゃない。行動を共にした時間はほんの数時間程度だが、その程度の時間でも俺はかなりの親近感を抱いていた。

 ゲームでのリュックを知っているからというのも理由の一つだが、あの明るい性格はスピラに一人で放り出された俺にとって凄く有り難いものだった。頼れる人もおらず、見知らぬ土地に一人で放り出される恐怖。いくら覚悟を決めていても、やはり怖いものは怖い。そんな時にリュックの明るい性格は俺にとって救いとなった。まあ、最初に拳を打ち込まれたことはあれだけど、そんなことはどうでもいいと思える程度には好感を持っている。

 今後のシナリオについても心配だが、とにかくリュックには無事でいて欲しいと思う。

「ティーダ!」

 ───もっとも、その心配もすぐに消え去るのだが。

「………え?この声………ぐっ!?」

 背後から聞き覚えのある声。振り返ろうとすると、背中に大きな衝撃を受けた。思わず前のめりに倒れそうになるが、そこは鍛えぬいた足腰でどうにか踏ん張る。なんとか顔面からのダイブは免れた。そして、首を回して背中に張り付いている人物に目を向ける。そこにいたのは、予想通りの人物。

「………リュック?」
「うん!無事でよかったーっ!」

 それはこっちのセリフだ、と言いたかったが声には出さずに飲み込む。とにかく、俺の心配がただの杞憂に終わったようでよかった。元気そうな様子に安堵の溜息をつく。

 リュックは満面の笑みを浮かべて俺との再会を喜んでくれたが、あ、と何かを思い出したようですぐに険しい表情となった。

「あたしを助ける為にあんな無茶して!もしかしたら死んじゃったかもって、本当に心配したんだからね!?」

 俺からすればあそこで船から落ちるのは予定通りだったので問題ないが、確かにリュックから見れば無茶以外の何物でもない。誰かが自分の身代わりで死んでしまったとしたら、そりゃ気が気じゃないだろう。

「何時まで経っても海から上がってこないし、シンがどっか行ったのを見計らって海中を探しまわっても見つからなかったし………でも、とにかく無事でよかったぁ~」

 リュックは再開できた喜び、無茶したことへの怒りと不安、そして最後はふにゃりと安堵の表情へと目まぐるしく表情を変える。俺はそのリュックらしい様子に苦笑しながら謝る。

「なんか随分と心配かけたみたいで悪かったよ。でも、あの時は咄嗟の事で他にいい方法も思い浮かばなくてさ」
「だけど私の代わりに落ちるなんて………ううん、今更過ぎたことを言ってもしょうがないかな?それより………コホン、あの時はあたしを助けてくれてありがとうございました!」
「どういたしまして。まあ、俺も遺跡では助けて貰ったしな。お互いさまってことで」

 仮定の話しだが、リュック達があの遺跡に来てくれなかったら今頃はどうなっていたことやら。念のために数日分の携帯食は用意していたが、あの遺跡───アニマの祈り子様が眠るバージ=エボン寺院はかなりの辺境に位置するため、食料が尽きる前に人の住む島まで辿り着けたかは定かではない。下手をすれば何も始まらない内にこの世からリタイヤしていてもおかしくはなかった。それを考えればお互いに命を助けられたってことでいいだろう。

 それよりも、こうしてリュックと合流できたのはいいのだが、またしてもちょっとした問題が発生しつつある。

「う~ん、全然割りに合ってないと思うけどねー。でも、ティーダがそう言ってくれるんだったらそういう事でいいかな?」
「ああ、そうしてくれ。というかそれよりもだな」
「なに?どうかした?」
「いつまで背中に引っ付いているんだ?そろそろ離れて欲しんだけど………」

 実はまだリュックが背中に張り付いたままだったり。表面上はなんでもないように会話を続けていたが、内心では割とテンパってたりする。なにせリュックのような可愛い女の子に抱き着かれて、何とも思わない思春期男子などいる訳がないからな。一周回って逆に落ち着き始めているが、女の子特有の甘い香りというか、柔らかい感触に意識を向けないように必死なのだ。

「へ?………あ、あはは、ごめんねー。まさかこんなところで再開できるなんて思ってなくてさ。つい勢い余っちゃって」

 リュックは一瞬キョトンとするも、すぐに今の状態を思い出したようで背中から離れた。ようやく背中から離れた感触に安心したような、若干惜しいことをしたような気になる。

「………あの、そろそろいいかな?その子は?」

 俺が少しばかり複雑な気持ちを抱えていると、前を行くユウナ達は此方を凝視していた。っと、いい加減にリュックを紹介しなくちゃな。

「この子はリュック。なんつーか、ちょっと前に世話になってさ」
「むしろ逆だと思うけど………ま、いいか。ども、初めまして!リュックでーす!」

 人見知りとは無縁の底抜けに明るい挨拶をするリュック。その様子に警戒心の薄いワッカやユウナは元より、ほんの少し警戒心を見せていたキマリやルールー、そしてアーロンまでも毒気を抜かれたようだ。

「えと、初めまして。召喚士のユウナです」
「もち知ってるよ。ユウナね!あ、ちなみに敬語はいらないからさ、代わりにあたしも敬語はなしでいい?」
「うん。それじゃあ、私も敬語はなしで話すね」
「やたっ、ありがとう」
「そんじゃ、俺にも敬語は使わないでいいぞ。俺の名前はワッカだ。よろしくなリュック」
「私はルールーよ。右に同じく敬語はいらないわ」
「キマリ」
「………アーロンだ」
「ワッカ、ルールー、キマリ、アーロンね。よろしく!」

 それぞれ手短に自己紹介を済ませる。

「………ん?」

 と、ワッカが何やらニヤニヤしながら此方を見ているのに気が付く。………断言しよう、あれは絶対碌な事を考えてない顔だ。

「なんだよワッカ。そんな気持ち悪い顔して」
「おいっ、気持ち悪いって!?………まあ、いいけどよ。それよかあれだ、お前等は付き合ってんのか?」
「………はい?」

 予想外の質問に反応が遅れた。このトサカ男は何を言っているんだろうか?

「………え、ティーダとリュックは恋人同士………なの?」

 見ろ、ワッカがいきなりアホな事聞くからリュックやユウナは目を丸くして驚いてるじゃないか。ちなみに、アーロンとキマリは我関せずと言った感じだが、ルールーは何やら呆れてる様子だった。

「いや、さっきの様子を見たらそう思うじゃねえか。まるっきし生き別れた恋人同士の再会って感じだったぜ?なあ、ユウナ?」
「えと………確かにそう見えなくもなかったけど」
「ほらな、やっぱりそう思うだろ」
「はぁ、このお馬鹿。例えそう見えたとしても、何でもかんでも口に出すんじゃないわよ。あんたはもう少しデリカシーってものを持ちなさい」
「いや、馬鹿ってなんだよ」

 ワッカはともかくとして、ルールーとユウナにもそう見えていたのか?先程の様子を客観的に思い浮かべてみる………………あー、確かに傍から見ればそう捉えてもおかしくはない構図だ。

 とはいえ、勿論付き合っているはずもないので、俺は否定しようとした。だが、その瞬間リュックの表情が変わったのに気が付く。驚きの顔から一転、どこか小悪魔的な笑みに。

 ………何か知らんがやばい。脳裏で危険を知らせるアラートが鳴り響いている。俺は本能に従ってすぐさま否定しようとした。が、一歩遅かった。

「ほほう、ワッカは中々勘が鋭いね。ふふふ、秘密にしておきたかったけど、ばれちゃったら仕方がないね。そうだよ、実はあたし達付き合ってまーす!」
「ふぁっ!?ちょ、おまっ!?」
「おー、やっぱりな!」
「そうなんだ………」

 こいつ、なんつーことを!俺は慌てて否定する。

「違うから!付き合ってないからな!?事実無根だ!」
「ティーダったら、そんなに照れなくてもいいじゃん。ばれちゃったらもう仕方ないよ」
「はは、そうだぞ、照れるな照れるな。可愛い彼女じゃねーか」
「………ほう、この短期間でとはな。中々に手が早い」
「キマリに恋愛は分からない。だが、否定はしない」
「アーロンにキマリまで!?いや、つーか照れるもクソもねーから!そもそも告白した記憶もされた記憶もねーのに、何時の間に付き合ったことになってるんだよ!?」

 勘違全開のワッカとそれに巻き込まれてリュックの冗談を真に受けるユウナ。先程まで我関せずだったのに、さりげなく流れに乗るアーロンとキマリ。ルールーは何となく察しがついていそうだが、巻き込まれるのはごめんだとばかりに額を抑えるのみ。

 そして、この流れを作った張本人はというと、しなを作りながら上目遣いで此方を見上げて純情そうな乙女を演出していた。

(こ、この野郎。完全に悪ノリしやがって………!)

 上目遣いのリュックが可愛いというのは認める。だが、俺にしか見えない角度で二ヤリと悪戯心満載で笑う様子を見せられるとそんな事言ってられない。気が付けばあっと言う間にリュックのペースとなっていた。鏡を見てないのに自分がどんな表情を作っているのか手に取る様に分かる。絶対に頬の筋肉を引き攣らせているだろう。

 だが、何時までも俺がやられっぱなしだと思うなよ。そろそろ反撃に出てやる。口では勝てそうにないから主に物理的に。まずは中指を折り曲げて親指で抑える。そして背景にゴゴゴと描写できるほど限界まで力を溜め込んで中指を解放する!

「それでね、あたし達の馴初めは───「ていっ!」いっ!?いったーーい!!うぅ、おでこが割れちゃうかと思った………もう、一体なにするのさ!」
「おう、それはこっちのセリフだ。いい加減に遊んでないで誤解とけや、この悪戯娘が」
「えー、まだイジリたりな「………あ?」わ、分かったから!だからもうさっきのはダメだって!」

 俺は少々やさぐれながら、もう一発デコピンの準備をしてみせる。すると流石にこれ以上はまずいと思ったのか、リュックは慌てて皆の誤解を解く。

「なんだ、違うのか。面白そうなネタを見つけたと思ったんだがな」
「悪趣味よワッカ」
「あの、それじゃあ、ティーダとリュックは恋人って訳じゃないんだよね?」
「うん、付き合ってるわけじゃないよ。さっきのはちょっとした冗談だから」
「そっか………そうなんだ」
「そうそう。さっきのはリュックが悪ノリした結果だからな?くれぐれも真に受けないように。まったく、本当に勘弁してくれよリュック」
「えへへ、ごめんってば。ついつい絶好のタイミングだったからさー」

 リュックは謝りながらも、てへぺろと舌を出す。こいつ………もう一発さっきより強力なのをお見舞いしてやろうか?内心そう思ったのだが、悪寒を感じ取ったのか、リュックはすぐさま俺から距離を取りつつユウナの背後に隠れる。ち、逃げ足の速い。一先ず追加のお仕置きは保留にする。あくまで保留だ。

「って、そうだ、ティーダで遊んでる場合じゃなかった。えーとさ、あたしはユウナに話があって来たんだけど、ちょっと向うでお話ししたいんだけどいいかな?」
「おい、ちょい待ち。俺で、ってどういう意味だ?」

 何やら聞き捨てならない単語を耳にしたので半眼ジト目でリュックを睨む。

「あ、あはは、ちょっと間違っちゃっただけ。言葉の綾ってやつだから気にしない気にしない。それよりもユウナはいい?」
「話って?えーと、私は構わないけど………」
「あん?話ならここですればいいじゃないか」
「あー………そうなんだけどね。うーんと………」

 先程までと違って随分と歯切れが悪いリュックに、ワッカはどうかしたか?と首を傾げている。まあ、話とは十中八九ガードに加わりたいという事だろうと察しは付く。

 何の理由もなくガードになれるわけがないので、リュックは自分の出自をユウナに打ち明けるつもりだろう。ユウナの母はアルべド族であり、その母の兄がリュックの父親である。つまり、リュックとユウナは従姉妹の関係である。故にその繋がりでガードに加わろうという魂胆だ。ユウナなら血の繋がりがあるリュックを無下にはしない。

 そして、皆と離れて話したいのは、自身がアルべド族であると打ち明けた時の一悶着を懸念しているのだろう。

 なにせ召喚士とガードといえば大概の連中はエボンの教えにどっぷりと浸かっているからな。教義に反しまくっているアルべド族がガードとして加入したいと言えば、反対されること必至だ。ルールーやキマリなんかは比較的寛容だが、少なくともワッカは確実に拒絶反応を起こす。ユウナの誘拐イベントを潰したので原作よりはアルべド嫌いが進行してないが、それでもその根は深い。………ここは一つ助け舟を出しておくか。

「ほら、ワッカ。さっきもルールーにデリカシーないって言われたばっかりだろう。あまり詮索するもんじゃないと思うぞ。ここは二人で、いや、女性陣で話し合ったら?」
「あ、そうそう!女子だけで話し合いでーす。だから男子は待っててください!んじゃ、ユウナにルールーちょっと向うに行こう」
「うん」
「私も?まあ、いいけど。ちょっと行ってくるわね」
「んんー?何か知らんが分かった」

 どこか釈然としない様子を見せるが、そこまで気にすることもないと思ったのか、暇つぶしにブリッツボールの点検を始めるワッカ。

(ふぅ………何とかなったか)

 心の中で呟きながら近くの岩に腰かける。なんか果てしなく疲れてた。戦闘をした訳でもないのに気力やら体力やらがガリガリ削れた気がする。
 正直、ゲームの時のように機械で襲ってきてくれた方がまだ楽だったかもしれない。

「………おい」
「なんですか?」
「あのリュックとやらはアルべド族だな?」

 女性陣を待っている間、アーロンが小声で話しかけてきた。俺はその問いに小さく頷く。

「この流れからしてあの娘がガードに加わるだろうと予想するが、それはファイナルファンタジーの正規の流れか?」
「出会い方に少し差異がありましたが、今のところは大まかな流れは一緒です。リュックはここで仲間になり、今後の流れに必要な人材となります」

 それを聞くと、そうか、と言ったきり黙り込む。アーロンはアルべド族にそこまで拒否感を持っていなかったはずだが、何か問題でもあるのか?

「なに、奴等は召喚士を誘拐していると聞いたのでな。内部からの手引きを懸念していただけだ。旅の邪魔にならなければ否はない」

 ああ、そっちの心配か。それなら大丈夫だろう。リュックもユウナが犠牲になる究極召喚には反対の立場だが、強引な手は使わないはず。むしろアニキ達が襲ってきたときには、自分はユウナのガードだと言ってアニキと対峙することになるくらいだし。

 そうこうしている内に女性陣の話も一段落したのか、ユウナが遠慮がちにアーロンへと話しかける。

「アーロンさん、あの、ちょっとお話が───」
「構わん」
「え?」

 既に用件は分かり切っているので、ユウナに先んじてアーロンは答えた。

「その娘をガードに望むのであれば構わん。ユウナの好きにしろ」
「は、はい。ありがとうございます」
「おー、おっちゃんってば話が分かるねー!ありがとう!」
「おいおい、リュック。伝説のガードに向っておっちゃんって………」

 初対面で伝説のガードをおっちゃん呼ばわりするなんて………と戦慄するワッカ。ちなみに、おっちゃん呼ばわりされた当の本人は気にもしてないようだ。

「ま、まあ、それは置いておくとして、リュックがガードになぁ」
「ワッカさんは反対?」
「いや、ユウナが連れて行きたいっていうなら構わないが………うーん、なんて言うかな」

 ワッカの懸念は分かる。リュックは見た目は普通の女の子だしな。ユウナがガードに望んだとはいえ、これから先に待ち受けている厳しい戦いに付いてこれるのか心配なのだろう。何も知らなければ渋る気持ちも分からないではない。

 だが、リュックに関してはいらぬ心配だ。戦闘に関して全く問題ない。というか、俺よりも数段戦闘に慣れているだろう。また、それにプラスして咄嗟の判断力にも優れる。そう伝えるとワッカは少し驚いたようだ。

「お前よりも動きがいいのか?マジで?」
「ああ、マジだよ。最低でも足手纏いになることはないと思う」
「そうそう、ティーダの言う通りだよ。あたしってばかなり役に立つよー」
「うーん、なら大丈夫か?それにリュックがいると賑やかになっていいかもしれないしな………よっし!そういうことなら歓迎するぜリュック!」
「了解。それじゃあ、改めてこれからよろしくお願いしまーす!」

 取りあえず、何とかなったか。その能天気なまでに明るい声を聞きながら、俺はほっと胸を撫で下ろした。





















FFⅩ─Ⅲが出るって本当なんでしょうかね?なんかネットの記事を漁ってるとなくはないような気もしますが………



[2650] 最後の物語へようこそ    第十二話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/12/08 19:06
 





 無事に最後の仲間であるリュックを迎え入れることが出来た俺達は、マカラーニャ寺院を目指して再び歩き始めた。

「あ、そうそう、次に魔物が出て来たらあたしに任せてよ。どの程度動けるか知っておいた方がいいでしょ?」

 目的地に向かう道すがら、リュックは魔物が出て来たら自分に任せてくれと言い放つ。

「確かに。リュックの動きを知っているのはティーダだけだから、確認はしておいたほうがいいわね」
「でも、あまり無茶はしないでね?」
「大丈夫!こうみえて経験豊富だから!」

 経験豊富と聞いて変な想像をしてしまった俺は多分アホだな。まあ、それは置いてくとして、リュックのポジションはとりあえず俺と同じく中衛となった。前衛はキマリとアーロンで十分だし、後衛が出来るほどの遠距離能力は有していない(機械を使えれば別だが)。また、咄嗟の機転も利くし、俺と同じく素早さに自信があるため、遊撃的な立ち位置が無難だろうとの判断からだ。リュックとしても自分の判断で自由に行動できるほうが好みのようなので、その辺はすんなりと決まった。

「………お、いたいた。一匹だし丁度いいや。あたしがサクッとやっちゃうね」

 魔物との戦闘の機会はすぐに訪れた。街道の端っこをうろうろしている魔物を発見。大きさは大型犬ほど。見るからに鈍重な動きをしている。だがその反面、全身が鎧のような外皮に覆われており、攻撃を通すのは中々難しそうだ。アルべド族ということを秘密にしている以上、手榴弾などの高火力攻撃は使えないはずだが、リュックはどのようにこいつを倒すのだろうか。

「お?あー、あいつは確か硬い特性持ちだったが大丈夫か?」
「大丈夫。任せて任せて。ビシッとやっちゃうよー、っと」

 言いながら軽やかに、されど力強く踏み込む。最初の一歩で殆ど最高速まで加速したリュックは、魔物との間合いを一気に詰める。

 リュックが突貫していった魔物の名はバニップ。硬い特性持ちの魔物だ。持ち合わせている攻撃方法はシンプルに体当たりのみであり、防御力に特化した魔物である。負けることはまずないだろうが、リュックの攻撃力では削り切るのに結構な時間がかかるだろう。

「よっ、ほいほいっと、もう一丁!………最後にこれで終わりっと!」

 と、思っていたら戦闘は割とあっさりと終了してしまった。時間にして五分もかかっていない。手榴弾を使えば簡単に始末できると思っていたが、それもなしでこの短時間で倒すとは俺の予想を大幅に超えてきた。

「ほー、ティーダが言うだけあって確かにいい動きだな。ここまで動けるとは思わなかったぜ」
「いや、ぶっちゃけ俺もここまでとは………」

 特別なことはなにもしていない。速さと手数で終始魔物を圧倒していた。

 リュックは間合いを詰めた後、初撃は外皮の硬さを確かめる為に普通に攻撃。右手に装着した鋭い刃付きのグローブで殴りつける。が、非力なリュックでは当然の如く大したダメージは与えられなかった。

 ただ単純に殴っているだけでは大したダメージを与えられないことを確認すると、次は外皮に覆われてないか薄い箇所を狙う。即ち関節部や鍛えようのない眼球などだ。如何に硬い特性を持っていようと、ここを狙えばある程度のダメージは通る。狙える箇所は限られてしまうが、リュックは正確に攻撃を加えていく。

 無論、相手もそこまで馬鹿じゃない。何度か攻撃を受けて関節部が狙われていることはすぐに理解する。魔物は基本的に本能に従って動くので動作は単純なものになりがちだが、流石に防御の薄い箇所を狙われて無反応という事はなかった。狙われている関節部分を庇う様に動く。特に目は腕を振り上げて庇う仕草をしていた。

 しかし、狙われている箇所を庇う様に動けば、他の箇所の防御が手薄になる。キーリカで戦ったシンのコケラのように攻撃を捨てて完全に丸くなっている訳ではないので、完全防御とはいかないようだった。

 その隙を見逃すようなリュックではない。持ち味の俊敏さを活かして前後左右へと目まぐるしく立ち位置を変え、僅かに狙える関節の隙間から一撃一撃を積み重ねてダメージを蓄積させていく。

 やがて、リュックの猛攻に耐えきれなくなったのか、最後は破れかぶれのように庇う動きをやめて体当たりで特攻を仕掛けてきた。だが、大したスピードもない直線的な動きなど絶好のカウンターチャンスでしかない。

 リュックは突進を紙一重で躱しながら、カウンターで眼球部分に拳を打ち込む。そして、グローブに付けられた刃の内の一本がそのまま脳天まで貫いたのか、魔物の体がビクンと震えるとその体を幻光虫へと変えていった。

 淡く光って消える幻光虫を見届けると、リュックは振り向きざまにドヤァ!とばかりに胸を張る。

「どう?そこそこやるもんでしょ?」
「ええ、その歳でそこまで動けるのなら大したものだわ」
「俺もルーの感想に同感だ」
「凄かったよリュック」
「えへへ、ありがとう」

 あまり褒められることに慣れていないのか、リュックは素直な賞賛の言葉に照れくさそうに頭を掻いていた。

(それにしても、本来の戦い方じゃないのにここまでやれるのか………)

 素直に凄いと思う。なにせ先程の戦い方はリュックの領分ではない。船の上で軽く聞いただけだが、リュック本来の戦闘方法は肉弾戦と手榴弾などの武器を併用したスタイルだという。

 まずは自慢の俊敏さで相手を攪乱しつつ、ある程度ダメージを与えた所で手榴弾や高火力の武器で止めを刺す。俺と出会った時のように開幕で手榴弾ぶっぱの時もあるが、基本的な戦闘方法は上記のようなものだ。

 確かに相手はこの辺でも比較的弱い部類の魔物だった。だが、ここまで鮮やかに倒せる連中はそう多くないだろう。俺も無傷で倒すことは可能だろうが、硬い特性持ちが相手ならリュックよりも手古摺っていたことは確実だ。

 それをこの短時間で倒すのだから、リュックが自分で経験豊富と豪語するのも納得だ。これならば、アルべド族特有の武器が使えずとも十分に戦力になってくれるだろう。

 つーか、俺よりも普通に強い。切り札を使えば勝てるだろうが、普通のタイマンでやれば十中八九俺が負けるだろう。

 前衛にキマリ、アーロン。中衛に俺とリュック。後衛にはルールーとユウナとワッカ。今迄でもかなり安定した戦闘が可能だったが、さらに強化された感じだな。これで魔物からの危険度がまた減った。まあ、だからといって油断していいわけではないが、純粋な戦力の強化は嬉しい限りである。

 また、それにプラスしてリュックが加入してからほんの二、三時間程度しか経ってないにも関わらず、パーティー内の雰囲気は随分と明るいものになっていた。それまでのパーティーの雰囲気が暗かったという訳ではないが、リュックが生来的に持つ明るい性格の所為なのか、以前よりも賑やかなのは明らかだ。原作で自分を賑やか担当と言っていただけのことはある。

 新たにリュックが仲間に加わって場の雰囲気も戦力的にも中々いい感じだ。ミヘンセッション以降どこか陰のあったユウナも、リュックとの絡みで笑顔が増えてきたし、それを見守るルールーやキマリの表情も優しいものだ。ワッカに至ってはリュックの軽い雰囲気と気が合うのか、この短時間の間にマブダチといっても言いくらいに気安い仲になっている。

 時折騒ぎ過ぎだとルールーから注意が飛ぶが、本気で周囲への警戒を怠っている訳でもなのでそれもご愛嬌だろう。最後にアーロンだけは微かな警戒心があったようだが、警戒するのも馬鹿らしくなったのか徐々に警戒を解いている。一時はどうなることかと思ったが、最終的には良い感じに収まったようで、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 ───が、この後に訪れるイベントを考えれば、そうも言ってられなかったりする。

(………そろそろか)

 幻光河の次に通過予定の地『グアドサラム』。明るいパーティーの雰囲気と裏腹に、そこに近づくに連れて俺の足取りは徐々に重くなっていく。







 ───グアドサラム

 グアドサラムはジョゼ大陸の中央付近に位置し、亜人種の一種であるグアド族が本拠地を構える土地だ。巨大な空洞のような内部は植物の根が張り巡らされおり、その根を避けるようにして居住空間を確保している。

 この地はスピラでも有数の観光名所となっている。というのも、グアドサラムには異界と繋がる唯一の道があるためだ。異界───つまり死後の世界。生者も足を踏み入れられるため、厳密に言えば違うのだが、今はそう捉えていい。

 中にはおどろおどろしい光景を思い浮かべる人もいるだろうが、現実は真逆。異界は大気中に高密度の幻光虫が漂う空間であり、そこには巨大な瀑布や美しい花畑や青白い光を放つ月など神秘的な景色が広がっている。

 また、ここは故人と会える唯一の場所としても有名だ。詳しい原理は未だに解明されていないが、有力な説では故人を想い浮かべると幻光虫が反応してその幻影を投影するからだという。

 ある者は生き別れた家族を懐かしむため、ある者は重大な決断をする勇気を貰うため、またある者は行方不明となった者の生死を確かめるために日夜スピラ中から人々が訪れている。

 異界はいまでこそ一大観光地帯であるが、数十年前までは気軽に行ける場所ではなかったという。現在のグアド族はエボンの民の一員として名を連ねているが、ほんの数十年前までは自身を異界の管理者であると豪語し、高すぎるエリート意識からヒトを見下す一面を持っていた。そして、ヒトもグアド族の高すぎるプライドと顔面を覆う葉脈のような身体的特徴に拒否感を感じていた。故に、互いの間には大きな溝があったのだが、先代の族長ジスカルの時代に状況は一変する。

 ジスカルは一族の掟を破り、ヒトの中から伴侶を選んだのだ。ヒトとグアド族の友好のために。無論、掟を破ることは族長と言えど、いや、族長だからこそ許されるものではない。上が模範を示さねば、下に示しがつかないのはどこも同じ。だが、ジスカルが今までに示してきた実績と不断の努力により、グアド族とヒトは徐々にだが友好関係を築き上げていった。

 友好の広がりは同時にエボンの教えを受け入れる動きに繋がる。多少の時間はかかったものの、グアド族の大部分がエボンの教えを受け入れるようになり、内部で完結していた閉鎖的な空気は消え、同胞たるエボンの民に異界を解放するまでになった。そしてさらに数年後、ジスカルはグアド族で初めて老師の地位を授かることとなる。これにより、ヒトとグアド族との友好の切っ掛けとなった人物として、ジスカルの名はグアド族の栄光の歴史の一ページに刻まれることとなった。

 だが、そんな輝ける栄光の歴史の裏側では、その流れにより歪められてしまった存在もいる。当然、その人物とはシーモアその人。今でこそ熱烈な支持を受けているが、その幼少期は悲惨の一言だ。ヒトとグアド族の友和の初期段階において、シーモアは友好反対派に汚らわしい混血児として母共々離島に島流しにされてしまう。

 ジスカルは族長として優秀であったが、父としての立場との板挟みになり悩まされていた。そして、悩んだ末に族長としての立場の方に天秤が傾いてしまった。それがシーモアが歪んでいく原因であり、最愛の母を失ったことで決定的なものとなってしまった。

 シーモアは、その歪みを抱えたまま成長し、長としての地位を受け継ぐことのできる準備を整えるとジスカルをその手で殺した。そこには、幼き日の自分や母を守ってくれなかったことに対する憎しみや恨みの感情は一切ない。

 自由に行動するのに邪魔だから。ただそれだけの理由で肉親を手にかけた。

 シーモアは生に対して何の希望も持ち合わせていない。死こそがスピラに残された唯一の救いであるという思想に憑りつかれているため、何の躊躇もなくこのような行動に出られる。聖人の如き外面とは真逆、内面はまさしく狂人そのものといって過言ではない。

 俺達はグアドサラムに入ると、そんな狂人の屋敷に招待されていた。そして、シーモアが姿を現すと映像スフィアが部屋に投影される。その後に起こることはもう分かるだろう。












 スフィアの再生が終了した直後、シーモアの隣には顔を真っ赤に染めたユウナの姿があった。そしてポツリと呟く。

「………………結婚を申し込まれました」

 出来れば聞きたくなかった。

 その言葉に動揺が走る。アーロンだけは動揺を見せなかったが、いつもは冷静沈着なキマリやルールーですら動揺を隠しきれてない。ワッカ、リュックは文字通り目を点にしている。

「マ、マジでか?」
「………うん」

 ワッカが恐る恐る確かめるように聞くが返ってきた答えは肯定。

(覚悟してたけど………駄目だ。敵意が抑えられそうにないな)

 俺は沸き立つ感情を抑え、ユウナに微笑みかけるシーモアを一瞥するに留めた。あまり長いこと視線を送っていると敵意を感知されそうだ。今度は床に視線を落とし、深呼吸をして心を落ち着かせようとするが、正直焼け石に水か。

 事の発端はつい数時間前。グアドサラムに入り、トワメル=グアドというシーモアのお付きの老人に屋敷に招待されたことだ。トワメル曰く、シーモアがユウナに大切な話があるそうで、屋敷に招待したいと言っているそうだ。ユウナは大切な話とはなんだろうかと疑問を抱きつつ、断る理由もないので素直に招待を受けた。

 一方、俺としてはこの後の展開は嫌と言うほど分かってしまうので、ここはスルーしてとっとと雷平原に進みたかった。だが、理由もなくエボンの四老師の言葉を無下にすることはできない。

 屋敷の広大な客間で待つこと暫し。トワメルが過剰にシーモアを持ち上げる中、本人が登場する。そして、簡単な挨拶を済ませると映像スフィアを部屋に投影。

 映し出されるのは、見上げるほどの高い建造物が所狭しと並んでいる近未来風の都市群。建物と建物の間には透明のパイプラインで結ばれ、そこを高速でシャトルが行き来している様子も映っている。

「これは異界を彷徨る死者の思念から再現した貴重なスフィア………そして、ここが千年前に繁栄の極みにあった機械仕掛けの都市ザナルカンド」

 そこは厳密に言えば俺がいた夢のザナルカンドとは少々異なるが、ほんの少しだけ懐かしさがこみ上げてくる。そして、場面は変わり、とある一室が映し出される。そこにいたのは二十代半ば程の一人の女性。その女性に見覚えのあったユウナは思わず叫ぶ。

「ユウナレスカ様!」
「ええ、歴史上初めてシンを倒し、世界を救ったお方です」

 召喚士ユウナレスカ。突如として現れた厄災シンを初めて倒した召喚士だ。彼女はシンを倒したが、大召喚士には数えられていない。というのも、大召喚士とはまた別格とされ、半ば神格化されているほどの存在である。そしてユウナの名前の由来にもなった。

「しかし、ユウナレスカ様はお一人で世界を救ったのではありません。無敵のシンを倒したのは………」

 コツコツと部屋に近づいて来る足音。派手な鎧に身を包んだ男性が姿を現す。男性───ゼイオンとユウナレスカが抱き合う姿が映された。

「二つの心を固く結んだ永遠に変わらぬ愛の絆です」

 そして、その後すぐにユウナの耳元で何かを囁くシーモアの姿があった。

(………とうとうこの場面がきちまったか)

 予想通りの展開に天を仰ぐ。スフィアの再生が終わり、そこに残されたのは顔を真っ赤に染めたユウナ。どうしたのかと尋ねるリュックにポツリと呟く。

「………………結婚を申し込まれました」

 自分では気が付かなかったが、無意識に拳を握りしめていた。










「ユウナの使命は知っているはずだが?」

 静まり返った客間でアーロンが半ば威圧的に問い詰める。召喚士の使命はシンを倒すこと。その妨げになるようなことをエボンの老師がなぜするのかと。

 一般人なら縮こまってしまうであろう威圧感の中、シーモアは微笑を崩さないで返す。

「もちろん知っています。召喚士の使命はスピラに安定と平穏をもたらすこと………ですが、なにもシンを倒すことだけが全てではありますまい。シンに苦しむ民の心を少しでも晴れやかにする。それもまた民を導く者の務めかと。私はエボンの老師としてユウナ殿に結婚を申し込んだのです」

 その言葉を額面通り取れば一理あるかもしれない。

「スピラは劇場ではない。一時の夢で観客を酔わせても現実は変わらん」

 だが、アーロンの言葉に全てが集約されている。確かに二人の結婚はスピラにとって明るいニュースとして伝わるだろう。だが、それもほんの一瞬だ。大部分の民の生活にはほとんど関係がない。謂わば線香花火の如く散っていく泡沫の夢みたいなものだ。

 シンの脅威は変わらず、夢はすぐに醒める。ましてや、それすらもシーモアの本当の目的のための隠れ蓑に過ぎない。そんなことにユウナを巻き込むじゃねーよ!と声を大にして言ってやりたい。

 そんなことを思っていた所為だろうか───

「それでも舞台に立つのが役者のつとめ」
「だったら一人芝居でもしてれば?」

 あ、と気が付いた時には遅かった。無意識のうちに口から言葉が滑り出ていた。アーロンとシーモアに注がれていた視線が俺へと移る。しくじった。心の中で舌打ちするが、口に出してしまったものはもう取り消せない。

(何やってんだ、俺は………)

 敵意を悟られないようにしていたのが、これでは全部水の泡だ。けど、やってしまったものは仕方ない。

「………キミは?」
「どうも、ユウナのガードをしているティーダといいます」

 若干棒読みになっているが、すぐ完全に敵対することになるだろうし、もうこのままで通すか。

「ティーダ殿ですか。分かりました。それで、先ほどの一人芝居とは?」
「いえ、深い意味はありませんよ。シーモア老師がシンを倒せばいいんじゃないかと思っただけですから。ナギ節に勝る吉報なんて存在しないでしょうし」
「………なるほど、確かにそういった意見もありますね」

 探るような目つきのシーモアを真正面から見返す。自分でも子供じみた考えだと思うが、目を逸らすのはなんか負けた気がして嫌だった。少しの間視線が交差していたが、やがてシーモアの方から目を逸らす。

「私も一召喚士として旅に出ていたらそうしていたでしょう。しかし、私は召喚士でありながら恐れ多くも、グアド族族長とエボンの老師の地位を授かりました。シンを倒すことが至上の命題とはいえ、その責任ある立場を投げ出すことはできないのです」
「そうですか、それは失礼しました」

 何を言っても無駄だろうと分かっているので、形だけの礼してこの場は引く。シーモアの探るような目つきは相変わらずだが、それ以上の追及はなく、再びユウナに向き合う。

「ユウナ殿、今すぐにお返事をとは言いません。どうか、じっくり考えてください」

 ユウナは曖昧にコクリと頷くと、アーロンは強引に話を切り上げる。

「そうさせてもらう。出るぞ」
「あいさー」

 俺もそれに乗っかって屋敷を出た。












 屋敷を出ると、パーティー内に微妙な雰囲気が漂っている。賑やか担当のリュックも流石にこの場では迂闊な事が言えないのか、何か言い出そうとしては口を閉じてを繰り返している。

 そんな中、最初に口火を切ったのはルールーだ。

「大召喚士の娘ユウナとグアド族族長のシーモア。その二人がエボンの名のもとで種族の壁を越えて結婚か。確かにスピラにとっては明るい話題になるわね」
「でもよ、アーロンさんの言う通り、ほんとに一時の夢って感じだ………なんつーか、余計なことに巻き込まれちまったな」

 ルールーの言葉にワッカはガリガリと頭を掻きながら返す。ちなみに、元々シーモアを気にいらないと言い放っていたキマリもワッカと同意見のようで深く頷いていた。アーロンは………まあ、言わなくても分かるか。

「余計なこと………なのかな」

 だが、ユウナにとってこの話は“なし”ではなかったようだ。この話を持ち掛けられた時から考え込んでいたようだったが、不意にポツリと呟く。

「私が結婚することでスピラ中の人達が喜んでくれのなら、少しでも明るい気持ちになれたら………そんな風に役に立つことができたのなら、それも素敵だなって思うんだ」

 ユウナの言葉を聞きながら、やっぱりこうなったかと気が重くなる。

 原作ではこの後異界に行き、色々と悩んだ末にシンを倒すことが一番だとして、この話を断るつもりだった。それで終われば万々歳なのだが、異界から出現したジスカルの幻影により状況は一変してしまう。

 ユウナはすぐにジスカルの幻影に異界送りをして再度異界に送るが、この時に幻影が一つの映像スフィアを落とすのだ。内容は自分は息子に殺されるであろうこと。そして、この映像を見た者はシーモアを止めて欲しいということ。

 これにより、ユウナはシーモアの真実の一端を知ってしまう。そして、自分との婚約を材料にしてシーモアに父殺しの罪を償うことを求めるつもりで行動することになる。無論、シーモアが罪を受け入れる訳はない。つまり、最終的にユウナはシーモアと敵対することになる。

 だが、例え本心からじゃなくてもユウナの口からシーモアと結婚するなどと言う言葉は聞きたくもなかった。ましてや、べベルでの“あのシーン”を思い浮かべると………いや、これ以上は考えるのはやめておこう。

「こういうこと、今まで想像してなかった………だから、よく考えてから返事をしたいと思うの」
「あたしは、結婚して旅をやめちゃうのもアリだと思うな」
「お、おい、リュックお前はユウナの結婚に賛成なのか?」
「うん、全てはユウナの選択次第だけどね。ワッカも絶対に反対って訳じゃないでしょ?」
「それは………そうだが」

 リュックとしては、今回の話しはむしろ都合がいいのかもしれない。究極召喚を使ってユウナが死んでしまうより、結婚して旅をやめさせてしまったほうがいいとの考えだろう。もっとも、シーモアの本性を知れば話は別だろうが。

「結婚したとしても旅は続けるよ。私は召喚士だもん………シンを倒すって決めたんだから、倒すまで絶対に諦めない」
「………そっか、そだよね」
「ごめんね、リュック」
「ううん。いいの」

 ユウナはリュックに謝ると、ゆっくり立ち上がり俺達を見渡す。

「私、異界に行ってきます。異界に行って父さんたちに会って考えてみます」
「そうね………気が済むまで考えなさい」
「うん。それじゃあ「ユウナっ」………どうしたの?」

 そして、異界に行く事になったのだが、思わずユウナを呼び止める。正直、呼び止めた今でも言うか言わないか迷っているが、どうしても一言だけ言いたくなってしまった。

「あー、なんだ、ユウナはさっき自分が結婚することでスピラ中の人々が喜んでくれたら嬉しいって言ってたよな?」
「うん、そう思ってくれる人達がいたら嬉しなって思う」

 その言葉はユウナらしいと言えばユウナらしい。俺としてもできれば水を差すような真似はしたくない。

 けど、今回だけは別だ。

「悪いけど、その中に俺は入ってないから」
「………え?」
「ただそれが言いたかっただけ」
「それって、あの………」
「うっし、そんじゃ異界に行こうか」

 ユウナが何か言いかけるが、それを遮って一直線に異界へと向かう。後ろからユウナや皆が付いて来る気配を感じるが、振り返ることなくただひたすら真っすぐに進む。異界がシーモアの屋敷から一本道で助かった。これなら初めてここに来た俺でも迷うことなく辿り着ける。

 それにしても───

(あーあ、俺は何を口走ってるんだろうな?ただでさえユウナは色々と抱え込んでいるのに………我ながら呆れ果てる)

 異界へと向かう道すがら、先程からの行動を思い出して無性に頭を掻きむしりたくなる。頭では余計な事を言わないようにしようと思っているのだが、何故かさっきから感情に任せて色々と口走ってしまう自分が居た。

昔からあまり自分の意見は言わず、典型的な周囲に流されるタイプだったのに………自分でもらしくないと思うが、どうにも感情の抑制が効かなかった。

 結果、恐らくシーモアには俺の心情をある程度見抜かれただろうし、ユウナを無駄に困惑させてしまった。シーモアの件はそれほど問題ないとしても、今思えば最後にユウナに言ってしまった一言は完全に蛇足だ。

(少し頭を冷やさないとな………)

 一先ず落ち着こう。俺は初めて目にする異界の光景に目もくれず、隅の方でただ一人気持ちを落ち着けることに専念することにした。










主人公の葛藤が表現できてるかどうか………どうにも自分で書いてると独りよがりになりがちなので、唐突過ぎると感じたり、ただ単にうじうじしているだけと感じた方がいたら申し訳ない。



[2650] 最後の物語へようこそ    第十三話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/12/15 18:13



 異界は故人と会える唯一の場所である。会えると言っても会話が出来る訳でもなく、実際は等身大の幻影、つまり思い出のような物だが、それでも人はここを訪れる。決断するため、前に進むため、あるいは諦めるため、理由は人其々に。思い出は優しく背中を押してくれる。

(もっとも、家族がここにはいない俺にはあまり関係のない事なんだけど)

 ただ静かな場所なので今の俺には丁度良かった。その辺の岩場に腰かけ、目の前に広がる幻想的な光景をただ無心で見詰める。

「隣いいかな?」
「………え?あ、ああ」

 どれくらいの時間をそうしていたのか分からない。頭を空っぽにしていたため、気配に気が付かなかった。よいしょ、と近くの岩に腰かけるユウナに空返事を返す。

「………………」

 先程のことがあるのでどうにも気まずい。俺は異界の景色を見ているふりをしながら、ユウナが何か言う前に先んじて謝ることにした。

「さっきは変なこと言って悪かった………混乱させちまったよな?」
「ちょっと驚いたけど大丈夫だよ」
「そっか、それならよかった。でも、出来ればさっきの事は深く考えないでくれると助かる」
「私としては………ううん、ティーダがそう言うのなら、わかったよ」
「サンキュー」

 追及がなくなったことにほっとする。今までにない感情の起伏に俺自身戸惑っていた。暫く気持ちを整理する時間が欲しい。

「それで、ユウナの方は結論は出たのか?」

 自分の事を一時棚に上げ、結論は出たのか尋ねる。ユウナはその問いに頷いた。

「ここに来て思い出したんだ………十年前、父さん達がシンを倒して街中が大騒ぎだった。普段は物静かな街なのに、あの時だけは皆ではしゃいで凄く嬉しそうで………………やっぱり、シンを倒すことが一番なんだなって」
「ああ、それ以上の明るい話題なんてあり得ないと思う」
「それに私は不器用だから、あれもこれもなんて欲張ってたらどれも中途半端になっちゃう。だから、シンを倒すことだけに集中しようと思うんだ。シーモア様には申し訳ないけど、分かってくれると思うし」
「………だな」

 俺は頷きつつも、シーモアに関することだけは、あり得ないと内心で否定する。三度殺してもなお蘇ってきた、あの執念の塊のような男がそう簡単にあきらめる筈がない。

「おーい、ユウナ。どうだ?結論は出たか?」
「あ、ワッカさん。はい、大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
「迷惑なんかじゃないぜ?もっとゆっくり考えたっていいくらいだしな。なあ、ルー?」
「ええ、ワッカの言う通り。重要な事なんだからもう少し時間を掛けても構わないのだけど………その顔はもう結論が出てるみたいね?」
「うん。今からシーモア老師に返事をしに行こうと思う」

 ユウナの結論が出たので、異界を後にする。異界には入らずに外で会っていたリュックとアーロンと合流し、シーモアの屋敷へと引き返す。

 ───と、そんな時だった。

「なんだ?異界の方が騒がしいな?」

 振り返ってみれば、異界の出入り口付近で人々が何やら騒いでいる。人だかりの中にぽっかりと空いた空間。そこにいたのは、

「あれは………まさか、ジスカル様!?」

 予想通り、シーモアの父であり、先代の族長ジスカルその人だった。もっとも、それは出来そこないの死人───つまり幻影に過ぎず、言葉を発することすら出来ない紛い物でだ。そんな体でうめき声を上げ、必死に何かを伝えようとしている。

「ジスカル様………どうして?」

 生前とは似ても似つかわしくない姿に呆然と呟くユウナ。

 グアド族の族長であるジスカルは葬儀の際に異界送りを受けている。だが、その上でこうして姿を現したということは、極めて強い迷いと未練に縛られているということに他ならない。それが何なのかは先に話した通りだ。

「迷っているな。ユウナ、今一度送ってやれ」
「………はい」

 ユウナはアーロンの言葉に従い、異界を送りを施す。ジスカルの幻影は苦悶の表情を浮かべながら消えていったが、その場に一つのスフィアを残した。ユウナはそれに気が付くと拾い上げて懐に仕舞い込む。

(今ここであれを壊し………いや、やっぱ駄目だ)

 ユウナが拾い上げたスフィアを複雑な感情で見詰める。あのスフィアは今後の計画に重要なアイテムだが、同時に厄介なアイテムでもある。
















「………シーモア様に会ってきます。皆はここで待っててください」

 ユウナは屋敷に到着するなり言い放つ。先ほどのジスカルの件が影響しているのだろう。その表情にはどこか陰りがあった。見かねたアーロンは釘を刺す。

「ユウナ、ジスカルのことはグアドの問題だ。お前が気にすることはない」
「………………」

 ユウナは返事をすることなく一人屋敷へと入っていく。その後姿を見送りながら思考する。

(やっぱりこうなるか)

 正直に言えば、あの場ですぐにでもあのスフィアを粉々に砕きたかった。そうすればユウナが悩んだり苦しまないで済む。

 だが、ジスカルの残したスフィアはシーモアの内面を皆に知らしめるための重要なアイテムだ。仮にあのスフィアの証言なしでシーモアを糾弾したとしても、まだ紳士然とした態度を崩していないので、恐らくは受け入れて貰えない。

 俺とて皆から結構信頼されていると思うが、相手はエボンの四老師。奴が今まで聖人の仮面を被りながら築き上げてきた実績と信頼の前では、どうしたって分が悪い。

 もしかしたらキマリ、アーロン、リュックは説得出来るかもしれないが、ユウナ、ルールー、ワッカはそう易々とは受け入れられないだろう。シーモアの内面を暴くには、やはりあのスフィアが必要だ。

(………マカラーニャ寺院。そこでケリを付ける)

 原作通りに事を進めていればマカラーニャ寺院でシーモアは死ぬ。正確に言えば真実を知ったティーダ達を殺そうとして戦闘となる。そして、その戦闘で返り討ちにした結果がシーモアの死に繋がるのだ。

 その後、シーモアを異界を送りをしようとしたところで、トワメルに見つかってしまう。結果、異界送りをすることが出来ずにシーモアは死人として蘇り、挙句の果てに魔物に変異して何度もティーダ達の前に立ち塞がってくる。今回はトワメルが来る前に、なんとかしてユウナに異界送りを完遂してもらうつもりだ。

(上手く事を進められればシーモアとの因縁はここで断ち切れる。原作から外れてしまうし、べベルでのイベントがどうなるか未知数になっちまうが、それでもこの先何度も襲われるよりはマシだ)

 魔物に変異したシーモアは『一撃の慈悲』という召喚獣に対する絶対のアドバンテージを持ち、体力も人間だった頃とは比べ物にならない。さらには石化などの特殊攻撃も使って来る。こうなると倒すのはかなり困難であり、最悪は全滅してしまう可能性も十分にありえる。

 ゲームではスフィア盤を成長させれば力押しで通せるが、現実にはそんな便利な物は存在しない。ここでケリを付けておかないとどんどんパワーアップして、それが三度も襲ってくる。はっきり言って冗談じゃない。

 それに対して人間であるシーモアに対する戦術は簡素ながらも構築済みだ。あまり使いたくないが切り札も用意した。準備万端とまでは言えないが、勝算は十分にある。ただし、問題は………俺が覚悟を決められるかということ。

 覚悟───つまり、シーモアをこの手で殺す覚悟。

 ここで因縁を断ち切るには、シーモアを殺してユウナに異界送りをして貰うということが絶対条件となる。

 当初の計画では殺さずに無力化できないか考えていた。どれほど憎たらしい敵であっても、ユウナに対する行動を鑑みても、流石に殺したいとまでは思えなかったからだ。

 だが、今ではそうも言っていられない。ルカで見せつけられたアニマの力───強大だとは思っていたが、現実に目の当たりにしてみると、あれは俺の想像を完全に超えていた。

 睨み付けただけで魔物を葬り去る力。それはさながら神話のバロールの直死の魔眼だ。しかも、殆どためもなく連発可能ときた。

 あの力を行使する相手に無力化?………無理だ。手加減してどうにか出来るとは到底思えない。また、無力化に成功した場合、その後どうするかという問題もあった。

 仮に殺さずに無力化しようとして、失敗すれば待っているのは俺達の死。ジスカルの幻影が出てきたことで、シーモアの内面が原作と変わらないということが分かっている。肉親ですら手にかけたシーモアが、今更俺達を殺すことを躊躇するはずもない。

 俺はまだ死にたくない。そして、仲間をユウナを殺されることなんて到底許容できない。ならば取るべき手段は一つだけ。

 ───覚悟を決めろ

 スピラに来る前にアーロンから言われた言葉を思い出す。この死が渦巻くスピラでは、中途半端な覚悟は何の意味も持たない。寧ろ邪魔ですらある。それ故の言葉。

 チラッと横目でアーロンを見れば、あの時と同じ目をして俺を見ていた。今後の展開についてアーロンは知らないはず。だが、今までの経験から何かを感じ取っているのかもしれない。

(人を殺す覚悟など決めたくはなかった。けど………)

「お待たせしました」

 俺が考え込んでいる内に屋敷からユウナが出てきた。シーモアは既にマカラーニャ寺院に向ってしまったらしく、この屋敷にはいなかったそうだ。だが、そんなことよりも、

「ユウナ、何があった?」
「………何もないです」

 アーロンが俺達を代表して尋ねた。ユウナの表情にはいつになく強い迷いが見受けられる。帰って来た答えは何もなかったと否定しているが、表情を見れば何かあるのは確実だ。だが、ユウナはそれでも何でもないと言い張る。

「ふ、隠し事が下手だな」
「本当に………何でもないんです。それよりもシーモア様はマカラーニャ寺院へ向ったそうです。私達も行きましょう」
「あ、おい、ユウナ待ってくれ!」

 皆に顔を見られたくないのか、それだけ言い放つと先頭に立って先に進んでしまう。それは先ほどの俺を見ているかのようだった。

 リュックとワッカは慌てて付いて行き、ルールーとキマリは心配そうにユウナを見つめるも、無言でその後に続いた。アーロンは俺に一瞥をくれると踵を返した。

 俺は最後尾に残り、皆の背中を見渡す。

(………迷うな、迷った分だけこの中の誰かが死ぬと思え)

 自分に言い聞かせて───覚悟を決めた。















 ───雷平原

「………あーあ………とうとう来ちゃっ………きゃああっ!?」

 リュックが憂鬱そうな声で呟くと同時、稲妻が鳴り響く。その音と光に驚いたリュックは悲鳴を上げて蹲った。

 ここは雷平原と呼ばれている危険地帯。正式名称はガンドフ雷平原。一年を通して雷雲が晴れることはなく、昼夜を問わず何時もどこかに雷が降り注いでいる。ここを無事に抜けるには、なるべく避雷針の近くを通るの鉄則だ。もっともそれでも完全に安全とはいえないが。

 ゲームでは雷避けなどと言うミニゲームがあり、二百回連続で成功するとルールーの七曜武器を強化できる火星の聖印が手に入るのだが、現実でやるのは狂気の沙汰だ。一発だって避けられる気はしない。

 グアドサラムからマカラーニャ寺院に向かうには、この平原を通過することになる。雷が大の苦手なリュックとってはまさしく地獄だろう。

「あ、あのさ、ちょーっとだけグアドサラムに戻らない?」
「なんだ、リュックは雷苦手か?意外だな」
「ぅぅ、小さい頃に馬鹿アニキの雷魔法が直撃して以来どうしても苦手で………」
「あー、それはご愁傷さまだな」

 雷平原の洗礼に早くも心が折れかけているリュック。いつもの元気な姿はなく、思いっきり腰が引けていた。

「か、雷が弱まるかもしれないし、一端戻ろうよ」
「ここの雷は止むことはないわ。一気に突っ切った方がまだましよ」
「無理だと言うのであれば………短い付き合いだったな」
「う~~~~あ~~~分かったよ、行くよ、もう!」

 リュックの弱音をばっさりと切り捨てるアーロンに対して、やけくそ気味になって叫ぶリュック。だが、何を思ったのか、俺の方に近寄って来ると手をおずおずと手を差し出した。

「あ、あのさ、できれば手、手を貸してくんない?」

 そこまでダメか。なんか原作より酷くなってる気がするのは気のせいか?ここも魔物がそこそこ生息する危険地帯には変わりないんだが………一つため息をついて手握る。

「ほら、でも魔物が出ちゃんと動けよ?」
「う、うん。ありがとう。がんば…………きゃうっ!?」

 …………やっぱ駄目そうだな。ここにいる間はリュックの働きに期待できそうにない。リュックの手を引っ張って歩き出す。

 ───それにしても

(そういえば、あいつも雷が苦手だったな……)

 こうして震えるリュック手を引いていると、日本にいる家族を妹のことを思い出してしまった。小学校の低学年くらいまでは、雷が鳴る度にこうして手を握ってやってたっけなぁ。今までは望郷の念が沸いてしまうのでなるべく思い出さないよう心掛けていたが、リュックと妹がダブって見えて不意に思い出した。

(元気でいてくれるといいんだけど)

 この世界に来てから一年以上が経過してしまった。俺の体がどうなっているのかも心配だが、それ以上に残された家族の事が心配でもある。

(とと、いけね。今は周囲を警戒しないと)

 すぐさま気持ちを切り替える。見晴らしのいい平原とは言え、いきなり発生する魔物もいる。警戒は怠れない。

 暫くの間、リュックのお守りをしながら進む。しかし、とにかく歩きずらい。というか、リュックが雷が鳴るたびに手をぶん回して驚くので腕がおかしくなりそうだ。

 避雷針から離れすぎないようにクネクネとした道を進んでいくと、やがて道の先に旅行公司が見えてくる。

「あ!ねね、ほら、あそこに宿が!ちょっとだけ休んで行こうよ!」

 それにいち早く反応したのはリュックだ。目を輝かせて一休みを提案する。

「駄目だ。ここの雷はやむことがないと言っているだろう。一気に抜けたほうがいい」

 が、速攻で却下されていた。

「わ、わかってるけどさ、理屈じゃないんだよ!ねー、頼むからー!ちょこっとだけでいいからー!」
「だってさ、どうする?」
「………ふぅ」

 よほど雷に参っているのか、子供のように駄々をこね始めるリュック。アーロンは呆れたように眉間を揉み解していた。

「………私も少しだけ疲れました。休んでいきましょう」

 結局はユウナの一言で休んで行く事になった。いつもは疲れていても無理をして大丈夫だと言い張るユウナだが、今回はスフィアを確認するための口実だろう。もっとも、リュックにとっては福音だったようだ。

「ほら!早く行こう!」
「はー、まったく現金なやっちゃな」
「うっさい!雷が平気なワッカはいいけど、あたしは本当にダメなの!」
「はいはい、そこまでにしときなさい。さっさと行くわよ」

 一先ず休息をとるために旅行公司に向かった。












Ⅹの最強の召喚獣といえばメイガス三姉妹と言う人が多いと思います(俺もそう思う)が、個人的にアニマの方が敵対したくないです。アニマさんまじ怖い





[2650] 最後の物語へようこそ    第十四話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2017/12/23 19:45






 客室の前に立ち、静かにノックをする。

「ユウナ、今大丈夫か?」
「───っ、ごめん、ちょっと待って」

 ユウナは旅行公司に入るなり、一人になりたいと言って部屋に直行していた。ルールー達はユウナの様子を気に掛けつつも、そっとしておく方針のようでそのままロビーで各自休息をとっている。

 一方で俺はタイミングを見計らってユウナの部屋に来ていた。もう入ってもいいよ、と許可が出たので中に入る。

「えっと、どうしたの?」
「ユウナが悩んでいるみたいだったからさ、何か力になれればと思って来たんだけど」
「………悩んでないよ………ティーダの気のせいじゃないかな?」

 ユウナの様子に思わず苦笑してしまう。そんな調子で言っても説得力ゼロだ。

「アーロンの言った通り、隠し事が本当に下手っすね」
「本当に何でも───」
「いや、ユウナって皆の前だと結構顔に出てるから」

 そう指摘するとさらに反論の言葉を口にしようとしたが、口を閉じる。どうやら観念したようだ。

「………私って、そんなに分かりやすいかな?」
「雷でパニック状態のリュックでも気が付いてるからな」
「心配………かけちゃってるよね」
「まあな」

 ビサイドからガードをしている三人は特にそうだろう。それこそ目に入れても痛くないほど可愛がってきた妹分が思い悩んでいるのだ、今は見守っているが、心配していないはずがない。

「で、悩んでるなら、せめて俺にだけでも話してくれると気が楽になるじゃないかと思ってさ」
「………そうしたいんだけど………でも、今はまだ………」
「そっか、分かった。俺も無理にとは言わない」

 ジョゼ寺院で俺に弱音を吐いてくれたことから、もしかしたら打ち明けてくれるかもと思って来たが………エボン最高指導部のスキャンダルとも言える事実はおいそれと口にできないか。話の全容はそれほど変わらないだろうし、無理に聞くことはしないでここは引き下がる。

「ごめんね。仲間なのに隠し事なんて………」
「まあ、誰にでも秘密くらいあるさ。かくいう俺にも一つや二つじゃすまない秘密があるしなぁ」

 ユウナは申し訳なさそうな顔で謝ってくるが、気にするなと軽い調子で言っておく。

 実際、俺の隠し事に比べたらユウナの隠し事はまだましだ。この世界では特大級の地雷情報であるFFⅩの内容等々。果たしてユウナが知ってしまったらどんな反応をするのやら。

「ティーダの秘密?」
「ん?知りたい?」

 俺が抱えている秘密にユウナは少し興味がありそうだった。

「えと、勿論無理にとは言わないけど、教えてくれるなら知りたいかも」
「そうだな………よし、特別に一つだけ教えてあげようじゃないか!」

 話題を変えるのに丁度いいかもしれない。そう思った俺は、意図的にテンションを上げて秘密を一個解禁する。もっとも、あまりに突拍子もない話だから流石に信じてはくれないだろうけどな。

「ユウナと最初に出会った時、俺は旅人だと自己紹介したよな?」
「覚えてるよ。たしか自称さすらいの旅人って言ってたよね」
「そう。でも、俺は旅人は旅人でも、そんじょそこ等の奴等とは訳が違う。実は、俺はな………」

 一拍置いて、

「なんと、異世界からの旅人だったんだよ!」

 な、なんだってー!と、世界の壁をぶち破って某四人組の声が聞こえてきそうな調子で言い放つ。ちょっとふざけ過ぎたかもしれないが、暗い雰囲気を吹き飛ばすにはこのくらいでいい。異世界からの旅人というのは事実とは少し違うが、嘘という訳でもない。ユウナなら笑って受け流してくれるだろう。

「異世界………そっか、ティーダはどこか皆と違う雰囲気があるなとは思ってたんだ。でも、それなら納得かも」

 ───と、考えていたが、甘かったらしい。ユウナの素直さを低く見積もりすぎていた。

「え、いや、信じちゃうのか?こんな冗談みたいな───」
「冗談ならそう言って。でも、ティーダが本気でそう言っているのなら、私は信じるよ」
「………………」

 正直に言えば予想外。いくら根が素直なユウナでもこんな突拍子もない話を本気で信じるとは流石に思わなかった。いや、予想以上に俺のことを信頼してくれている結果なのか?

(そうだとしたらスゲー嬉しい。でも………)

 この後どうすんだよ、と内心で頭を抱える。その場の雰囲気で、よく考えずに行動をした結果がこれだ。

 ………多分、今からでも誤魔化しは効く。実は冗談だよ、からかって悪かった、とでも言えばユウナはそういう事にしてくれるだろう。けど、そうやってユウナの信頼を自ら裏切る真似が出来るのか?………無理だ。自問してみれば、答えはすぐに出た。

 どうにも少し前からユウナの前だと行動が空回りしてばかりだ。もう、いっそのこと………

(………この際、現状を打ち明けるか?)

 そんな開き直りとも言える結論に達した。

 流石にFFⅩの内容は話せない。だが、もう俺が異世界の存在だとユウナに言ってしまった。なら、いっそのこと憑依した事実まで全部ゲロってしまったほうがいいかもしれない。

 なにせこの先は色々とイベントが立て込んでいて、ゆっくり話していられる状況じゃなくなってしまう。特にバハムートの祈り子様が待ち構えているべベルなどは、何が起こるのか分からない。今この時を逃すとずるずると後回しになってしまう気がした。

(どうする?打ち明けるか、否か)

 正直に言えば、どんな反応が返って来るのか怖くもある。だが、今のうちに伝えておきたい気持ちが強まっていくのも事実だ。

 少し悩んだ末に、ユウナに俺の現状を打ち明けることに決めた。

「………まさか本気で信じてくれると思ってなかったけど、今の話は本当なんだ。さらにぶっちゃけると………この体は俺の本当の体じゃない。俺とはまったく関係のない他人の物だ」
「え………体が他人の物?どういうことなの?」
「簡単に言えば他人の体を間借りさせてもらっている状態、と言ったらいいのかな」

 言葉に出してしまったからにはもう引き返せない。少し性急過ぎたと思うし、万一ユウナに拒絶された時のことを考えると寒気がするが………喋り始めたらもうこのまま突っ走るしかない。

「今から一年位前かな。俺は精神だか魂だか分からないけど、それのみでこの世界に来ちまったみたいなんだ。驚いたよ。いつも通りに寝ていつも通りに起きたら、なんの前触れもなくこの体の本来の持ち主であるティーダって奴の体に入り込んでたんだからさ」
「え、えーと………」

 言うだけ言って様子を窺ってみれば、流石に憑依のことまでは予想外過ぎたのか、俺の告白を聞いたユウナの表情には、驚きと困惑が混じっていた。もっとも、疑っているという訳ではなさそうで、理解が追いついてないと言ったところか?

 無理もない。いきなりこんなこと言われれば混乱するのも当然。拒絶されたりゴースト系の魔物をみるような目を向けられないだけありがたい。

「………その、ごめんね。疑ってる訳じゃないけど、少し整理させて欲しいかも」
「いや、こっちこそ悪い。ユウナ悩んでるところに、余計な事を言っちまって」
「ううん、そんなことない。この前は私が聞いてもらったんだから、今度は私が聞く番だよ」

 そう言ってくれているが、ユウナの悩み事を少しでも軽くするためにここに来たってのに、これでは本末転倒もいいところだよなぁ。いや、反省は後だ。

「………まとめると、その体の本当の持ち主はティーダという人。でも、今こうして私と話しているキミは異世界から精神だけで来た別人。何故か分からないけどスピラに来てしまって、偶然今の体に入り込んでしまった………で、いいんだよね?」
「ああ、大体その認識でいいと思う」

 本当はバハムートの祈り子様が───と言えたらいいんだが、そこまでは流石に言えない。少なくともべベルで祈り子様に会うまでは。

 それを聞くとユウナはそっと目を閉じて考え込むような仕草をする。そして、再び目を開けると真っすぐに俺を見据えた。

「正直に言えば、聞きたいことが色々あって上手くまとまらないんだけど………今は出来れば一つだけ教えて欲しい」
「俺に答えられることなら」

 ユウナの言葉に頷いて見せる。FFⅩことを除いて可能なことは全部答えるつもりだ。どんな質問が来るのかと身構えるが、ユウナが求めていたものは至極単純なことだった。

「キミの本当の名前を教えて欲しい」

 その言葉に心臓が大きく跳ね上がり、感情を乱される。ユウナは特別な事は何もしていない。ただ名前を聞いただけ。それなのに今までで一番衝撃を受けた。

(なんで、こんなに………)

 そして、ただ真っすぐに俺を見詰めるユウナの瞳。その二つの瞳に本当の俺を映してくれているかのようで、目を離すことが出来ない。

「勿論、無理にとは言わないよ。向うの世界の事をこっちの世───「実(みのる)」……え?」
「だから、実。俺の本当の名前は江本実」

 この世界に来て、初めて口に出した俺の名前。

「実………それがキミの本当の名前」

 まるで確かめるように、ユウナの口から俺の名が紡がれる。ただそれだけで感情がまた大きく揺さぶられているのを自覚した。

(………あー………まさかこれ…………)

 そして、何となく自分の状態を悟る。

「このこと他の皆には?」
「………いや、言ってない。アーロンだけは元から俺が異世界の存在だって知ってたけど、本当の名前までは知らないと思う。この世界では初めてユウナに教えた」
「私が初めての………」

 祈り子様は多分俺の名前を知っているだろうが、自発的に教えてのはユウナが初めてだ

「ありがとう………あ、でも、皆の前では実じゃなくてティーダって呼んだ方がいいのかな?」
「そうしてくれると助かる。折を見て話すつもりではいるけど、今はまだちょっとな」
「了解っす。それじゃあ、皆に話すまでは実と私だけの秘密だね」

 そう言って悪戯っぽく笑うユウナに、また心臓が跳ね上がる。

(………ほぼ確定だよなぁ………やっちまった)

 今更、本当に今更ながら自分の中にある感情を自覚する。この感情は十中八九………

「どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない。それよりさ───」

 咄嗟に何でもないと誤魔化して別の話題を振るが、うまく取り繕えているのか自信はない。会話をしながらも思考が宙に浮いているかのようで、現実味がないと言ったらいいのか。
 なんとか平静を取り戻して会話を続けるが、頃合いを見計らって話を切り上げる。

「さて、そろそろアーロンが痺れを切らす頃かな?」
「あ、確かにもう結構な時間になっちゃったね。リュックには悪いけどもう出発しないと」
「そんじゃ、俺は先にロビーに行って待ってるから」

 立ち上がり、部屋から出ようと扉に手をかける

「あ、待って」

 ───と、その時ユウナから待ったの声が掛かった。

「えっと………………ごめん、やっぱりなしで。何でもない」
「いや、そこまで言ったら最後まで言って欲しいんだけど。凄く気になるし」

 続きを促すと、複雑そうな表情で先程言いかけた質問をする。

「変な質問なんだけど…………子供が父親を殺そうとするとしたら、どんな理由があったらそんなことになると思う?」

 ………ジスカルのスフィアはやっぱり原作通りか。でなければこのタイミングでこの質問が来る訳がない。

「そうだな、虐待とか金銭トラブルなんかが絡めば殺そうと思うことはあるんじゃないか?」
「虐待に金銭トラブル………それじゃなかったら他の理由って何かあるかな?」
「うーん………」

 まあ、ユウナの質問の意図は分かるので、シーモアがジスカルを殺したのは、復讐と言う意味合いもないことはないだろうが、基本的に邪魔だったから、そう答えるのが正解なんだろうな。ただ、今それを言ってしまうと、なんでスフィアの内容を知っているのか説明しないといけないので言えないが。

 そして、ユウナの質問を少し考えてみたが、やっぱり一般的な殺す理由と言えば先に述べた物以外は思いつかない。世の中にはゲームの邪魔をされただけで殺したって話も聞くが、それは特殊な事例だろうし、それに──

「悪い、他には思いつかないわ。自分に当て嵌めて考えて見たけど、そもそも親父のことあんまり思い出せないしなぁ」
「え?………あの、もしかして」
「あ、違う違う。死んじまった訳じゃない。俺の親父は生きてるから………まあ、元気とは言えないけどさ」
「ご病気なの?」
「いや、事故だった。自動………あー、馬車みたいな乗り物に轢かれた時にちょっとな。打ち所が悪かったみたいでさ」

 意識不明の重体で病院に運び込まれ、一命は取り留めたが本当にそれだけだった。それ以来寝たきりで病院にいる。

「………その、ごめんね。辛いことを思い出させちゃったみたいで」
「大丈夫。なにせもう十年以上前の事だし、俺の中では一応折り合いはつけたしな」

 親父の事ははっきりとは思い出せないが、好きだったし尊敬していたと思う。地元ではちょっと名の知れた医者だった。人を救って感謝されている姿がうっすらと記憶に残っている。

 まあ、仕事が忙しすぎてあまり遊んでもらった記憶がなく、そのことだけが不満だったけど、感謝されている親父を凄い人だと思っていたのは確かだった。

 けど、俺が小学校に入る直前に事故が起きた。

 お袋が言うには、俺は最初の一週間くらい泣きっぱなしだったらしい。でも、一ヶ月が過ぎ一年が過ぎ、何時の頃からか分からないが、親父がいない日々を日常として受け入れていた。少なくとも小学校を卒業する頃には親父の記憶が大分薄れていて、たまにお見舞いに行くとき以外は日常生活の中で思い出すことは少なくなっていた。

 薄情かも知れないが、金銭的不安がなかったのも大きいだろうな。親父が高給取りの医者だったお蔭でそれなりの貯蓄はあったし、保険金もあったから残された俺達三人が暮らしていくのに不自由はしなかった。

 そして、最大の理由としてはお袋の存在だ。

「お袋は肝っ玉母ちゃんとでも言うべき性格で賑やかな人だったからな。なんつーか寂しく感じる暇がなかったというか」

 一番辛かったであろうお袋は、俺達の前では弱さを一切見せずに、いつも通りに明るく気丈に振る舞っていた。だから俺も何時までもうじうじしていられなかった。まあ、妹にあまり情けない姿を見せたくなかったというのもあるけど。

「ってな訳で、気にすることはないから」

 軽い調子で気にすんなと伝えると、ユウナの表情が幾分か和らぐ。

「素敵お母様なんだね」
「時々頭に降って来る拳骨が無ければもっと最高なんだけどな………さて、他に聞きたいことがないならそろそろ行くわ」
「………うん、私もすぐに行くね」
「了解っす」

 部屋を後にする。















 パタン、とドアが閉まる音を聞きながら深く息を吐いた

(不味いな)

 思い起こすのは、先程自覚した自分の感情の正体。

(………完全に惚れちまってる)

 シーモアの屋敷で抑えが効かなかったり、ユウナの結婚を喜ばないと自分らしくもない宣言したこと。また、自分の正体をバラしたのも、名前を呼ばれただけで感情が大きく揺さぶられたことも、つまりそういうことなのだろう。

 確かに出会った当初から、いや、出会う前からユウナに対する好意はあった。しかし、それは画面越しに見ていたユウナに対する好意であり、謂わば贔屓のアイドルに向ける感情と同じだ。好意はあるがそれは親愛の情であり、異性への愛情ではない。

 だが、今はFFⅩのヒロインとしてのユウナではなく、一人の女性として本気で好きになってしまった。それが少し不味い。

(仮に日本に帰れると言う選択肢が提示された時、俺はそれを取れるのか?)

 今までの一番の目標だった日本に帰る事。それがユウナへの思いを自覚した今、大きく揺らいでいた。少なくとも、即答で帰るとは言えそうにない。

(問題はそれだけじゃない)

 そもそも、俺は自分自身を取り巻く状況も把握できていない。日本に帰れるのか、帰れないのか。もし帰れなかったとしたらティーダの精神が眠っている以上、何時かはこの体も明け渡さなければいけないだろう。そうしたら俺は一体どうなるのか?

 ティーダと同じく祈り子様が体を作ってくれるのならばいいが、俺の役割が終わった途端にいきなり用済みにされる可能性もないとはいえない。

 この先の展開をある程度知っていても、俺自身の状況がさっぱり分からない現状が酷く歯痒い。

(………結局、べベルで話を聞かないといくら考えても無駄か)

 強引に思考を打ち切る。まずはシーモアと戦って生き延びることが先決だ。対策は立ててあるが、余計な事を考えて戦える相手ではない。

 それに、心の準備を整えておかなければならない。なぜなら───












 ────マカラーニャの森

「………………私は………シーモア様と結婚することにしました」

 分かっていた。けど、自覚した後だときついなぁ………
























DFFのOPムービーがカッコいいっすわ~



[2650] 最後の物語へようこそ    第十五話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/01/13 19:09
 





────マカラーニャの森

 マカラーニャの森は雷平原を越えた先にある幻想的な森だ。この森に生えている木々は全て半透明の鉱物のような物質で構成されており、陽の光を受けると反射して青白く神秘的に輝く。

 森の奥にある泉からは、スフィアの原料となる幻光虫を大量に含んだ水が湧き出ており、その他にも七曜の聖地があったり、ナギ平原、マカラーニャ湖やべベルへと繋がる道があるなど重要な場所だ

 ゲームをした人には、世界一ピュアなキスで有名な場所と言った方が分かるか。状況が状況でなければこの幻想的な森を探索したいところなのだが、今はそうも言っていられない。

「みんな、ちょっといいかな?」

 雷平原を抜けてマカラーニャの森に入った瞬間、ユウナが唐突に聞いて欲しいことがあると言い出したからだ。このタイミングで話があるということは、あの話題しかない。


「私は………シーモア様と結婚することにしました」


 心構えは済ませていたが、やはり自覚した後だと心に重くのしかかる。例えそれがユウナの本心からの言葉じゃなくてもだ。

「………やっぱりね」
「お、おい、おい、ユウナどうしたんだ?気い変わっちまったのか?」

 ルールーは薄々感づいていたようだが、ワッカにとっては青天の霹靂といったところか。血相を変えてユウナに詰め寄る。

「私に出来る事、もう一度よく考えてみたんだ。そして、スピラのため、エボンのため………そうすることが一番いいと思いました」
「そりゃ………確かに明るい話題にはなるけどよぉ」
「本当にそれだけ?ジスカル様の件が何か関係しているんじゃないかしら。違う?」

 スピラのため、エボンのために、結婚するとユウナは言い張る。が、別の要因があるのは誰の目から見ても明らかだった。

「………………」

 問いかけに返す答えは沈黙。嘘は付きたくないし、付けない。それ故の選択だろう。視線を下に落として口を閉ざす。

(ユウナらしいというか、なんというか)

 本当に嘘と隠し事が下手だなと思う。その沈黙がそのまま答えになってしまっているのだから。やがて沈黙を貫くユウナにアーロンが問いかける。

「ユウナ、結婚するもしないもお前の自由だ。だが、今一度聞く───」
「………旅は続けます。それは絶対です」
「ならば好きにしろ」

 それだけ聞くと、一瞬だけ俺に目線を向けるアーロン。その視線には、いいのか?と疑問が込められていたが、いい訳がない。けど、今はまだ動けない。ユウナはアーロンにすみませんと、謝ると次いで俺と向かい合った。

「ごめん。異界で言ったことを反故する形になっちゃって」
「………まあ、気にするなって。ユウナが真剣に考えたのならその考えを尊重するよ」

 絶対に祝福は出来ないだろうけど。と、内心で付け加える。雷平原でこの話が出なかったから、もしかしたらこのイベントが消えたのかもと思ったが、甘かったようだ。

「でも、本当にいいの?何があったのか分からないけど、一人で無理しなくても私達に相談してくれれば………」
「ありがとう、リュック。でも、大丈夫。私は大丈夫だよ」
「ユウナ………」

 心底心配そうに話しかけるリュックだが、大丈夫と繰り返すユウナにそれ以上は何も言えない。それはワッカ達も同じようで、納得のいかない表情ながらもそれ以上は言及しなかった。

「ともあれ、一先ずはマカラーニャ寺院に行かねばなるまい。ユウナはシーモアと結婚するもしないも自由にしろ。ただし、旅を続けることが条件だ。俺達ガードは事態の推移を見守りつつ、以降の旅の計画を考える。それでいいな?」

 納得するかしないかは別として、アーロンの言葉に全員が頷いた。







 ───マカラーニャ湖


 マカラーニャの森を抜けた先にある凍り付いた湖。寺院に居る祈り子の影響により一年を通してこの氷が解けることはなく、森を抜けると途端に辺りは氷の世界に早変わりする。

 俺達はルールーの火魔法により、普段と変わらぬ薄着でも快適に過ごせるが、魔法使いのいない召喚士とそのガードは防寒対策が必須の極寒の土地だ。だが、今は気温よりも───

「お前等知ってて黙ってたのか?………リュックがアルべド族だったってよ」

 ワッカとリュックの人間関係の方が冷え切っていた。もっとも、リュックの正体を知ったワッカが一方的に突っかかっているだけではあるが。

「………知ったらあんた怒るでしょう?」
「当たり前だろっ」

 事の発端はアニキ率いるアルべド族の襲撃だ。

 森を抜けると計ったようなタイミングでトワメルがユウナを迎えに来ていた。そして、ユウナはグアドのしきたりとやらでトワメルと先に寺院に向かうことになったのだが、その最中にアニキ率いるアルべド族が襲い掛かって来たのだ。

 大砲のような大型の機械が火力を担当し、魔法と召喚を封じ込めるファ○ネルのような機械を使用してこちらの攻撃手段を封じ込めつつ襲い掛かって来る。作戦としては悪くない。召喚もルールーの魔法も使えないのであれば、こちらの火力はガタ落ちだ。

 だが、ファ○ネルのような機械は複雑な機構故か衝撃には弱いようで、ワッカの一撃でスクラップに早変わり。そして、召喚が使えるようになれば後は簡単だ。ユウナがイクシオンを呼び出して、大砲を破壊したことで戦闘は危なげなく終了した。

 問題はその後。戦闘が終わるとトワメルが急かすようにユウナを寺院に連れて行き、残った俺達も寺院に向おうとするが、その時にアニキがリュックを非難するように何かを叫んだ。

 内容は分からなかったが、アルべド語で返答するリュックを見て流石にワッカも気付いてしまう。リュックは気まずそうにするも、今更隠すつもりはないらしく、素直に自分がアルべド族だと認めた。

「反エボンのアルべド族と一緒だったなんて、最悪だぜ………」

 で、ご覧のありさまだ。アルべド嫌いのワッカがリュックに向ける視線。それはマカラーニャ寺院から発する冷気の様に冷たい物となっていた。リュックは凍てつくような視線を受けて一瞬だけ怯む様子をみせるが、無論言われっぱなしではない。

「………一つ言わせて、あたしたちはエボンの全部を否定しているわけじゃない」
「はっ、お前等アルべド族はエボンで禁止されている機械を平気で使ってんじゃねえか!それのどこが否定してないって?なあ、分かってんのか?シンは人が機械を使って甘えたせいだろうがよ!」

 エボンの教えでは真っ先にそこが叩き込まれる。シンが生まれた原因は、機械を使って人が堕落した所為だと。それ故、エボンの教えに従って生きてきたワッカは機械に対する敵愾心を持っている。当然、教えに反して機械を使い続けるアルべド族に対しても同じだ。

「確かにあたしたちは機械を使ってる。けど、証拠はあるの?機械の所為でシンが生まれたっていう証拠は?」

 寺院はこれまでに機械の所為でシンが生まれ、機械の所為で人間の罪が許されることがない、と繰り返し断言している。だが、アルべド族は気づいている。寺院が今まで一度たりとも決定的な証拠を提示したことがないことに。

 当たり前だ、原因は別にあるのだから証拠など出せるわけがない。しかし、性質の悪いことにその事実を知っている人間がエボンの教えの上層部くらいにしかいない。上層部が自身の権力の源である教えが揺らぐようなことをするだろうか?まずありえない。

 それに、人は自分の信じたいものを信じるものだ。エボンの民の大部分は罪を償えば何時かは許される、と言う救済の道に縋りつくことで現状を受け入れていた。

「エボンの教えだからだ。教訓もたくさんある!」
「なにそれ、答えになってない!教え教えってさ、もっと自分の頭で考えたらどうなの?このままじゃ何も変わらないままだよ!それでいいっていうの!?」

 エボンの教えだから。その一言がまさしく現状を如実に物語っている。だが、アルべド族からすれば耳障りの良い言葉で人々を惑わすまやかしにしか見えない。まやかしの希望を取るか辛い現実をとるか。現状を見れば一目瞭然、まやかしの希望に縋る者の方が圧倒的に多い。

「じゃあ、教えてくれ。シンはどうして生まれた?どうやったらシンは消せるんだ?」
「それは………まだ分からないけど………」
「けっ、エボンの教えを馬鹿にしといて結局それかよ」
「でも───」

 吐き捨てるように言うワッカだが、その気持ちは分からないでもない。自の信じる教えを否定され、明確な答えが返ってこなければ悪態の一つも付きたくなるだろう。だが、エボンの上層部連中がどれほど信徒達を裏切っているのかを知っている俺からすれば、肩入れする方は決まっている。リュックの肩にポンと手を置く。

「………ティーダ?」
「リュック、選手交代だ」
「え、う、うん」

 二人の間に割って入り、ワッカと向き合う。

「なあ、ワッカ」
「………なんだよ?」

 いつもの緩い表情は何処へ消えたのやら。ワッカは険しい表情を崩さないでいる。

 アルべド族が関わるイベントは悉く潰したり潰れたりしたが、ワッカのアルべド嫌いはチャップの死がその大部分を占めている。この程度の原作改変では意味がなかったようだ。まあ、だからって、いきなりリュックに冷たくなるのは違うと思うんだけどな。

「ぶっちゃけると俺もエボンの教えは信じてない。さらに言っちまうと、機械を使う事が悪いなんてこれっぽっちも思ってない」

 ワッカは目を丸くして驚いていた。当然の反応だ。俺の言葉は教えに従う連中からすれば禁忌に等しいセリフなのだから。

「なっ………お、おい、お前もまさか………」
「あ、言っておくけど俺はアルべド族じゃないからな?それに機械の事を悪いと思ってなくても(スピラでは)触れたことすらないし」
「じゃあ!なんで教えを否定するようなことを言うんだよっ」
「なんでって?そりゃ、否定したくもなるさ。だって───」

 ワッカには悪いと思うが、直球で言い放つ。

「エボンの上層部の連中は、自ら禁じられた機械を使っているからな。移動を楽にする機械とか、ましてや戦争に使うような機械もだ。そんな連中に、機械を使わないで正しく生活していれば何時かは罪も消えてシンも消えます。って、言われたところで説得力ないだろ?」
「………あ?」

 一拍の間。その後、ワッカは呆けたような表情となった。信じたくないのも無理はないが、遅かれ早かれ知ることになる。なら、シーモアと対峙する前にある程度知っておいた方がいい。まだダメージが少なくて済むだろうから。

 俺の言葉にアーロンを除く全員が驚いた表情になるが、いち早く復帰したのはルールーだった。

「待ちなさい。それは本当なの?」
「勿論。こんなことで嘘は言わないっての」
「………あんたのことは信頼しているけど…………流石にこれは受け入れ難いわ」

 だろうな。今までずっと信じ続けてきた教えを真っ向から否定されればその反応も当然だ。むしろ、即断で否定しないだけ俺への信頼が高い証だと思う。

「お、おい、冗談はやめておこうぜ?流石に笑えねえって」
「そりゃそうだ。冗談なんかじゃないからな」
「ティーダ、いい加減にっ───」

 ルールーですら受け入れ難いと言っているのだから、ワッカならば尚更だろう。俺に先程の発言を取り消させようと詰め寄って来るが、意外な所から助け船が出た。

「その辺にしておけ」
「いや、ですが………」

 声の主は今まで静観していたアーロン。今は仲間割れしている場合ではない、と事態の収拾に動いた───かと思ったが、実際は真逆だった。

「エボンの教えの全てを否定する訳ではないが、上層部が自ら戒律を破っているのは事実だ。それと………この際だから言っておく。俺も既に教えを信じてはいない」
「なっ!アーロンさん!!?」

 さらっと爆弾を落とすアーロンに、悲鳴にも似た絶叫が木霊する。無理もない。かつてシンの討伐をなしえた伝説のガードまでもが、教えを信じていないと発言したのだ。俺のようなどこの誰とも知らない奴から否定されるのと、アーロンから否定されるのでは重みが全く違う。ワッカはもとより、ルールーまでもアーロンの言葉に絶句している。

「………にしても、キマリは驚かないんだな?」

 絶句するワッカとルールー。その二人に反してキマリだけは、そこまで大きなリアクションはなかった。分かりにくいが、表情筋がピクッと動いたくらいの反応しかない。

「これでも驚いている。だが、キマリにはエボンの教えよりも大事な事がある。それさえ守れれば教えに背こうとも構わない」
「なるほど」

 キマリの大事な事。言わずとも分かるが、ユウナを守る事だ。それを己が使命と決めている獅子の武人は、例えエボンの教えが嘘だろうがまやかしだろうと動じることはないだろう。

 ただそれだけを考えて行動できるキマリに憧れを抱く。手にした槍のよう真っすぐに揺らぐことのない決意。俺もそんな揺らぐことのない覚悟を持てたら、と思う。

 揺るがないキマリの一方で、教えを絶対視しているワッカの感情は大いに揺れていた。

「貴方は自分が何を言ったのか分かってんのか!?伝説のガードと謳われる貴方が、そんな事を言っちまったら………!」

 エボンの教えを絶対と信じている身としては看過できない発言。しかし、その発言者が伝説のガードであり、憧れを抱いていた存在であるならば、単なる嘘や戯言と切り捨てることもできない。

「伝説のガードか。生憎だが、俺は自分をそのようなものだと思ったことは一度もない。俺はブラスカとジェクトが成し遂げた偉業の残滓に過ぎん。それをザナルカンドで嫌と言うほど思い知らされたからな………」

 いつもとは違い自嘲気味に呟くアーロン。その様子にワッカは勢いを弱めて今度は困惑の表情を浮かべた。

「ザナルカンドで?あそこには究極召喚の祈り子様がいるだけのはず」
「ふん、究極召喚の祈り子か。あながち間違いではないが、あそこにいるのは………………いや、止めておこう。柄にもなく喋りすぎた」
「………納得できねーっすよ。一体そこで何があったんですか?」

 最果ての地、ザナルカンド。

 エボンの教えでは聖地とされ、究極召喚の祈り子が召喚士を待っているとされている神聖な場所。そこに辿り着き、究極召喚を得てシンを倒す。それこそが召喚士とガードにとって最高の誉れである。だというのに、それを成し遂げたはずの当の本人がこの様子である。ワッカが疑問に思うのも最もだ。

「時期に分かる。今はエボンとは妄信するべきものではない、と心の片隅にでも置いておけ」
「アーロンさん………」

 そう言って再び口を閉ざした。それにしても、

(援護してくれたのは有り難いけど、でかい爆弾を落としてくれたなぁ)

 俺の発言に端を発しているとはいえ、アーロンまでもがここまでぶっちゃけるのは予想外。だが、よくよく考えればアーロンは結構その場の勢いで行動する人種だったことを思い出す。一見して冷静沈着に見えるが、実際は感情で行動をするタイプだ。確かティーダにも、あんたってとりあえずやってから考えるって感じだよなー、と言われていた。

(まあ、ワッカの妄信を止めさせるには、このくらいのインパクトは必要か)

 結果的にいい方向に向っていると思うことにして、咳払いと共に仕切りなおす。

「なんにせよ、さっきの俺の話が信じられないってのは仕方がない。その辺は自分の目で見て確かめないと認められないだろうから一端置いておこう」
「………ああ」
「でも、アルべド族だからって理由だけでリュックを拒絶するのはやめない?ユウナを守りたいって気持ちは俺達となんら遜色ない。それさえはっきり分かっていれば、種族とかどうでもいいって俺なんかは思うだけど。それともエボンの教えに従ってないとユウナを守りたいと思っちゃダメなのか?」
「それは………」

 眉間に皺を寄せて言い淀むワッカに、リュックが前に出て力強く言い放つ。

「あたしはユウナを守りたい。アルべド族の考えが受け入れられないのは分かるけど、それでもこの思いだけは誰にも否定させない」
「………」

 ワッカも短い付き合いなりに、リュックが本気でユウナを守りたと思っているのは感じているはず。だが、感情が納得しないのだろう。主義主張の違いから対立するのはよくある話だ。特に宗教が絡む対立は根が深く、理屈じゃないことが多い。

「ユウナも最初からリュックがアルべド族だと知っていたわ。その上でリュックをガードに迎え入れているの。つまり、それが答えよ」
「………それ、マジか?」
「ええ。大マジよ。それでも納得できないなら、アルべド族を知るいい機会。そう考えてみることは出来ない?………まあ、あんたを諭すようなことを言っているけど、本音を言えば私もティーダやアーロン様の発言には混乱してる真っ最中なんだけどね」

 困ったように俺とアーロンを交互に見るルールー。正直すまんかったとしか言えないので、曖昧に頷いて返しす。

そして、長い沈黙を破って深いため息とともにワッカが口を開いた。

「………分かった。ユウナが了承してるんなら俺がとやかく言うことはねぇよ」
「それじゃあ、」
「だけど、勘違いすんな。機械を使うアルべド族はやっぱり嫌いだし、二人の言葉も受け入れられそうにない。俺が認めたのはリュックがガードでいることと、その思いが本物であるってことだけだ………今は頭ん中がごちゃごちゃしててそれしか言えねぇ」
「いや、十分だ。ありがと、ワッカ」

 今の時点でそれだけ言ってくれれば本当に十分すぎる。

「ティーダ、お前の言った事が法螺だったら後で酷いからな」
「了解、万が一そんなことがあれば覚悟しておくよ」
「その言葉忘れんなよ?」

 それだけ言うとワッカは鼻を鳴らしながらマカラーニャ寺院に向って歩き出した。心の整理が付いていないようなので、今はそっとしておいたほうがいいか。

「………ごめん、みんな。私の所為でこんなことになっちゃって」
「あんたが謝る必要なんてないわ。あの人はチャップの事があって、どうしてもアルべド族に良い感情を持てないから」
「リュックは仲間だ。ユウナが認め、キマリも認めた。今はそれだけ分かっていればいい」
「必要なのはシンの前に立ち、ユウナを守る覚悟だけだ。それさえあれば種族など細事に過ぎん」
「───だってさ。つまり、リュックが引け目を感じる必要は全くないってことだ。これからもよろしく頼むよ」
「うん………ありがとね」

 まだ少しばかりギクシャクとした雰囲気が残るが、この辺りが一先ずの落とし所だろう。ワッカも根っこは良い奴だし、時間が経てば分かってくれるはずだ。リュックもこの程度で落ち込んだままではない。すぐに復活してくれるだろう。

「うっし、そんじゃまあ、色々あったけど気を取り直して行くっすよ!」

 わざとらしい位に軽い調子で声を上げ、俺達も歩き出す。










 ───マカラーニャ寺院

 凍った湖面に突き刺さる形で建設された召喚獣シヴァを擁する寺院。恐らくはスピラでも一番幻想的かつ不可思議な寺院である

(………いよいよだ)

 だが、今はそんな美しき風景を楽しんでいる時間はない。シーモアとの決戦を前にして適度に緊張を高める。ここはFFⅩにおいてもシーモアを殺害したことで、一つのターニングポイントになった場所だ。

 ここで大きく物語を変えてみせる。

 みんなに気付かれないように深く深呼吸して、寺院の扉に手をかけた。































やっと地獄が終わりました(白目) お待たせして申し訳ない。そして今回凄く書きにくくて時間もかかった上に微妙な内容になってしまった………。ぶっゃけあまりに進まないのでちょっと色々と端折って妥協してしまいました。すみませぬ。 後一人で森を彷徨い続けているであろう筋肉さんもすまぬ。

次回はシーモア戦となりますが、この辺は気合を入れて上手く書きたいところです。





[2650] 最後の物語へようこそ    第十六話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/01/20 18:51


オリ設定、独自解釈、ご都合主義が満載となっております。読まれる方は胸焼けにご注意ください。










 ───マカラーニャ寺院 

 普段は物静で厳粛な雰囲気が漂う寺院だが、今はシーモアとユウナの結婚という朗報に明るい雰囲気に包まれていた。楽器と体が一体化した亜人種が祝いの音楽を演奏し、普段は厳つい顔のグアド族もこの時ばかりは柔らかな表情をしている。俺達はそんな彼らを横目に大広間でユウナが出て来るのを待っていたが、そこで一つの異変が起きた。

 先代の族長だったジスカルの名を叫び、一人の女性が控室からよろめきながら出てきたのだ。話を聞けば、原因はユウナの手荷物の中から出てきたジスカルのスフィアとのこと。すぐさま原因のスフィアを再生して内容を確かめる。

「なんだよ、これ………」

 重要な点は原作と変わらなかった。自分が近いうちに息子に殺されるであろうこと、そしてシーモアがスピラに大いなる災いをもたらす存在になってしまうだろう、とはっきりと語るジスカルの姿が映し出されている。

「見たまんまだろ。シーモアがジスカルを殺して、これからも何かやばい事をやらかす気だ。それ以外にどんな解釈が?」
「………嘘だろ」

 呆然自失のワッカを横目に、ジスカルのスフィアを仕舞い込む。このスフィアを証拠として扱ってもらえるか分からないが、ないよりはましだろう。トワメルに壊されるのも癪だしな。なんにせよ、これでシーモアの仮面は剥がれ落ちた。

 つまり、これからするべき事は一つだけ。

「行こう」

 一言呟く。たったそれだけの言葉でアーロンとキマリは瞬時に理解してくれたようだ。力強く頷くと、後に付いて来てくれる。次いでリュックに視線を向けると、任せて!とばかりに胸を叩いていた。ルールーは、ほんの少しだけ迷いを見せたが、すぐに覚悟を決めた表情となる。

「あ、お、おい、行くって何処へ………」

 覚悟が決まっていないのはワッカだけ。いや、それ以前にまだ混乱中か。先程リュックがアルべド族だと判明し、まだその整理が付いていない段階でジスカルのスフィアを見てしまった。怒涛の展開に頭が付いて行ってないのだ。そうなるのも無理はないが、今は呆けている暇はない。

「シーモアがやばい奴ってのが分かったんだ。なら俺達が行くべきところ、やるべきことは?」
「そ、それは………だが、相手はエボンの老師だぞ!?」
「………それが?迷ってるならそこで待っててくれて構わない」

 突き放すような言い方になってしまったが、訂正はしない。今は他に気を回せるほど俺も余裕がなかった。腰につけたホルダーからカプセルを数粒取り出し、口に放り込むと控室を後にする。

「ワッカ、行きましょう」
「ルー、お前は………」
「あんたにとって大事なのは教え?それともユウナ?………答えは決まってるわね?」
「………くそっ、ああ、そんなもんユウナに決まってんだろ!だけど、なんでこうも立て続けにっ!」

 ルールーに選択を付きつけられ、ワッカもようやく動き出す。本当に大事な物を見失わないでくれてよかった。後ろから聞こえてくる声に安堵の思いを抱きつつ、大広間を突っ切り制止するグアドの僧兵を振り切って試練の間へと突入する。

「………最初から奴に敵愾心を持っていたのはこういう訳か」

 祈り子の間へと向かう途中、アーロンが小声で話掛けてきた。俺は軽く頷いて返す。

「それから、本来の流れから外れますが、俺はここで奴を完全に仕留めるつもりです」
「いいのか?後の物語に支障が出ると思うが」
「多分大丈夫だと思います。それに、ここで決着を付けておかないと後々パワーアップを重ねてきて最悪は此方が全滅しかねません。まずは生き残ることが先決かと」

 この後のべベルでのイベントがどのようになるのか不透明になってしまうが、後々の生存率を考えればここで仕留めるメリットの方が確実にでかい。

「流れを変えるのはいいとしよう。しかし、バハムートの奴からお前は命のやり取りが殆どない土地から来たと聞いている。そんな状態で奴を躊躇いなく殺せるのか?躊躇いはお前を逆に殺す。なんなら俺が奴を「出来ます」───………ほぅ、言ったな」

 心を見透かされそうな強い視線。だが、目線は合わせたまま深く頷いて見せる。

「覚悟は決めました。手もあります。だから………俺がシーモアを殺ります」

 シーモアに対する作戦はアーロンよりも俺の方が適任だ。まあ、作戦などと言えないシンプルなものだが、それ故に覚悟さえあれば俺にも出来る。

「………いいだろう。そこまで言うのであればやってみせろ。必要ならば何でも言え、盾にでも何でもなってやる」
「はい!」

 アーロンの全面的な協力は本当にありがたい。おかげで精神的にも少し余裕を持つことが出来た。適度な緊張は必要だが、あまり気負いすぎても体が硬くなるだけだ。

 試練の間を駆け足で進む。既に試練は突破されているので面倒な手順を踏むことなく、真っ直ぐ一本道。すぐにシーモアがいるであろう部屋の一歩手前に到着する。

「各員覚悟を決めておけ。これから先は十中八九碌な事にはならんだろうからな」

 アーロンの言葉にワッカが表情を引き攣らせるが、他のメンバーは既に覚悟を決めていたのか動揺は少ない。

「………開けるぞ」

 軽く乱れた呼吸を整えると扉をゆっくり開く。



















「これはこれは皆さん………そのように怖い顔をなされて如何なさいましたか?」

 扉を開けた先。そこは祈り子の間に通じる大広間となっていた。バスケットコートが四、五面は入るであろう広さがあり、天井は遥か高く広大な空間となっている。

 そこに二人のグアドガードを引き連れたシーモアが静かに佇んでいた。いつもの聖人面した仮面を被り、微笑を浮かべている。ユウナの姿は見えない。今はさらに奥の祈り子の間で祈りを捧げているのだろう。

 俺は一歩前に出てスフィアを掲げる。

「さっきこいつ見させてもらった」
「それは?」
「ジスカルが残したスフィアだ。あんたに殺されるだろうって証言が記録されている」
「………ほぅ、そのような物があったとは知りませんでした。ふむ、なるほど、だからここに」

シーモアの視線は掲げられたスフィアに向けられるが、すぐに興味を失ったように視線を外す。そして、薄気味悪く笑うと今までの聖人の如きイメージとはかけ離れた言葉を放つ。

「………誤魔化しても無駄のようですね。ええ、父は確かに私が殺しました。───で、それが何か?」

 完全に開き直ったそのセリフに、背後で息を飲む気配がした。

 しかし、やっぱりというかこの程度では動揺は見受けられない。まあ、老師としての権力があればどうにでもなる程度に過ぎないからな。ジスカルのスフィアも大した痛手にもならないのだろう。

 そんなやりとりをしていると、シーモアの背後にある祈り子の間の扉が開く。中からは少し疲れた様子のユウナが出てくるが、俺達を見るや否や疲れた表情は一変した。

「ど、どうしてここに………っ!?」

 シーモアの横を通り過ぎて一直線にこちらに駆け寄って来る。

「これを」
「ぁ………そっか、見ちゃったんだね。だから………」

 俺の手にあるスフィアを見てユウナは瞬時に事態を把握したようだ。

「その様子ではユウナ殿も既にご存知のようで」
「………はい」
「しかし、それならばなぜ私のもとへ?」
「私は………」

 一方でシーモアも今のやり取りで察したようだ。そして、同時に疑問を抱く。知っていてなぜ自分のもとに来たのかと。

ユウナは一度目を閉じると手にした杖を握りしめる。そして、再び瞼を開けた時、その瞳には並々ならぬ意思が秘められていた。

「私は、貴方を止めに来ました」

 振り返り、シーモアと対峙する。

「なるほど、結婚の話を持ち出したのもそういう訳ですか」
「………はい」
「ユウナ殿、それはあまりに愚かで無謀な選択かと………ですが、一度だけ。これが最後の慈悲です」

 肯定するユウナに対してシーモアの笑みが濃くなる。そして、一歩前に出ると手を差し出した。

 それは言った通り最後の慈悲なのだろう。この手を取らなければ待ち受けるのは敵対する道のみ。アニマと言う強大な力、エボン老師という権力、これらを行使するシーモアに立ち向かうのは、確かにあまりに無謀な行為だ。普通に考えれば、敵対するなど考えたくもない。

 だが、ユウナがシーモアの手を取ることはない。一歩後ろに下がり明確に拒絶する。

「………残念です。では、ガード諸共その命を捨てて頂きましょう」

 その言葉と共に俺、キマリ、アーロンがユウナの前に出る。シーモアの前にはグアドガードが戦闘態勢で構え、お互いに睨み合う。一気に高まる緊張。肌を刺すようなピリピリした空気が流れる。

 そんな中でユウナは静かに、されど力強く宣言する。

「シーモア老師、ここにいるガードの皆は私の大切な仲間です。その大切な仲間に死ねと仰るのであれば、私も全力で戦います。例え───どのような結果になったとしても」
「よろしい。ならば覚悟を決めなさい。せめてもの慈悲に苦しませずに異界に送って差し上げよう」

 そして、決戦の火蓋は切って落とされた。















「私と敵対することが如何に無謀か知るがいい。出でよ───」
「させるかっつーの!」

 初っ端からアニマを召喚しようとするシーモアに先んじて動く。腰につけたホルダーに手を突っ込み、とある物体を取り出すとピンを抜いて上空に放り投げる。

 その場にいる全員の視線が放り投げられた物体に注がれた。これが何なのか分かるのは恐らくリュックのみ。初見ならばまず目で追ってしまう筒状の物体が弧を描くように空中を舞う。

 三秒後、物体は目も眩むほどの光を発しながら弾けた。物体の名を閃光手榴弾。この世界では殆どみかけないであろう非致死性の武器だ。

 本当は殺傷能力の高い手榴弾を直でぶっぱしてやろうかと思ったんだが、生憎と夢のザナルカンドでは攻撃能力の高い兵器の類は一切置かれてなかった。多分街を再現する時に戦争で使われた兵器の類は無意識の内に排除されたのだと思う。そんな中でなんとかこいつだけ見つけることができた。殺傷能力はないが、隙を作るのにはこれで十分。

 ちなみに、リュックに手榴弾があるかと聞いたが、今はその手の武器は持ってないらしい。アルべド族だと勘付かれないように俺達と合流する直前に仲間に預けてしまったとのこと。まあ、元々あればいいなくらいの感じだったので、それほど求めている訳じゃなかったが。

「………くっ、こんな子供騙しで」

 シーモアの呻き声が聞こえると同時、背後からも微かな悲鳴が聞こえてくる。内心でごめん、と謝りながらもすぐさま次の一手を打つ。

「ヘイスト!」

 魔法の発動とともに神経の伝達速度が加速し、肉体の反応速度が引き上げられる。それに伴って相対的に周囲がコマ送りの様に遅くなっていった。傍から見れば、まるで俺一人だけ早送りで再生されているかのような光景が見れるだろう。そんな中で俺はただひたすら一直線に駆ける。途中で目を抑える二人のグアドガードとすれ違うが、一切手を出すことなく完全に無視。

 狙うはシーモアの左胸、心臓のみ。

 そう、作戦は極めて単純だ。先手と一撃必殺。基本となるのはこれだけ。しかし、決まれば確実に勝てる。

 シーモアは召喚獣の中でも一際強いアニマを使いこなす。また召喚獣だけでなく、四大の魔法もルールーに匹敵するレベルで扱う強敵だ。また、引き連れているグアドガードは直接的な戦力としては微妙だが、シェルやプロテスなどの補助魔法でシーモアを強化してくる。アニマを召喚し、各種補助魔法を受け、万全の状態となったシーモアとまともに戦り合うなどあまりに馬鹿らしい。

 だからこそ、シンプルに速攻だ。アニマを召喚される前に心臓に風穴を開けてやる。

 閃光の炸裂から一秒にも満たない僅かな時間。十数メートルあった距離を瞬く間に潰すと、間合いの一歩手前でフラタ二ティーを持つ手を最大限に引き絞る。そして、最後の一歩を踏み込む瞬間、引き絞った手を全力で突き出す。

(………今更迷うな、このまま殺れ!)

 覚悟を決めたとはいえ、やはり殺人に対する葛藤は俺の中で一瞬だけ生まれた。だが、それを心の中で塗りつぶす。シーモアを仕留めそこなったがため、誰かが死んでしまったら悔やんでも悔やみきれない。

 幸いなことに勢いに乗った体は止まることなく、そのまま動いてくれた。踏み込みと同時に繰り出した突きは、タイミングもほぼ完璧。目を抑えているシーモアには防ぎようもなく、渾身の力を込めた突きがシーモアの心臓を貫く

 ───はずだった。

「………え?」

 手から伝わって来る感触に思わず声が漏れた。

 シーモアが身に纏っているのは、かなりゆったりした着流しのような服のみ。普通であればこんな薄っぺらい布では防御力など皆無に等しい。だが、攻撃が接触した瞬間の異質な感触。それは、まるで分厚い鎧に刃を突き立てたかのようだった。

 事実、フラタ二ティーがシーモアの心臓を貫くことはなく、布きれ一枚貫通していなかった。刃は心臓に届かず、その役割を果たすことなく沈黙する。

 ただ衝撃だけは伝わったようで奴の体を弾き飛ばす。迷いは一瞬。ならば今度は首を狙おうと追撃の体勢に入る。が、

「───出ろ、アニマ」

 飛ばされながらも放たれたその言葉。それが耳に届いた瞬間、濃厚な死の気配を感じ取る。追撃は中止。本能に従い、なりふり構わずその場から離れる。

(くそっ!)

 果たしてその選択は正解だった。俺の真上から巨大な錨が落下してくる。少しでも回避が遅れていたら俺は地面に落とされたトマトになっていただろう。そして、錨は地面を突き破ると異次元より一匹の化け物を引き上げた。

「■■■■■■■■■■■■!!」

 耳を劈く様な獣染みた咆哮。ただその場にいるだけで物理的な圧迫感すら感じさせる化け物───その名をアニマ。

 ただでさえ人知を超えた存在の召喚獣。その中でも最強の一角たるアニマの放つ強大な気配。それを直で感じてしまい思わず足が竦みそうになるが、ここで足を止めれば死あるのみ。止まりそうになる足を叱咤し、どうにか後退する。

「………すみません、しくじりました」

 ヘイストを解除して小声でアーロンに謝罪する。作戦は無残にも失敗。任せろと言っておいてこの様だ。合わせる顔がない。

「いや、気にすることはない。召喚前に倒す案は悪くなかった。無論、先の一撃もな。普通であれば確実に殺せていたはずだ。しかし………」

 油断なく大剣を構えて見つめる先には、立ち上がるシーモアの姿があった。血は流れてないようだが、左胸を抑えてよろめきながら立ち上がる様を見るにダメージが皆無という事もなさそうだ。

「ぐ、ごほっ………確かティーダ殿と言いましたね………今のは肝が冷えましたよ」

 ただ、そのダメージも駆け寄ったグアドガードのポーションで直ぐに消えてしまう程度の物だったが。殺せなかったとしても折角負わせたダメージなので回復を阻止したいところだが、アニマの睨みが効いている今は邪魔する手立てがない。さらにはダメ押しでグアドガードからシェルとプロテスの補助まで許してしまった。

「ふぅ………加速魔法の使い手とはこれまた珍しい。流石ユウナ殿のガードの一員。アーロン殿といい実に強力な札が揃っている」
「そいつはどうも。お褒めに預かり光栄ですってか?そのまま死んでくれたらよかったのに」
「グアド族長にしてエボンの老師たる私の装備を甘く見ないことです。あるいは最初から首を狙っていれば、決着が付いていたでしょうがね」
「あっそ、それなら次は確実に首を飛ばすだけだ」

 強がってみるが、今ので決めきれなったのは痛い誤算だ。

「ふふ、加速魔法は確かに厄介ですが、肉体にかかる負荷は甚大だ。そうそう連続して使うことは出来ない。違いますか?」
「………よくご存知で」

 ヘイストはFFⅩで登場する補助魔法の中でも最も重要と言って過言ではない。この魔法の有無で難易度が大きく変わるほどに。だが、それはあくまでゲーム内の話しだ。肉体を伴ったこの世界では、その負荷が半端な物ではなかった。

 通常の行動速度を倍以上に引き上げる加速魔法ヘイスト。オリンピック選手ですら軽く凌ぐ肉体性能を持つティーダならば数秒は持つが、それ以上は厳しい。短く連続して使うのもまた同様。その場合も日に三回か四回までが限界といったところだ。それ以上は肉体が悲鳴を上げてしまう。

 確かに強力な魔法に違いない。だが、明らかに短期決戦用であり、対人向き。膨大な体力を持つ魔物が相手では使い勝手がいいとは決して言えなかった。だからこそ対人戦の少ないスピラでは徐々に廃れていき、今では使い手はかなり希少となっっていった。

「加速魔法の使い手を相手に油断はしません。さらにはアニマも召喚した今、もはや貴方に勝ち目はない」

 言ってくれる。だが、現状を客観的に見れば確かにそう見える。なら本当に使いたく無かったけど最後の切り札を使うまで。準備に少し時間がかかる上に、終わった後に暫く地獄を見る羽目になるが、これ以上の札はない。もっとも、

「アニマ、やれ」

 アニマの攻撃を避けながら発動するのは中々骨が折れそうだ。攻撃モーションに全力で意識を集中させる。

「■■■■■■■■■■■■!!」

 咆哮を上げて左目に力を貯めるアニマ。二秒とかからず力を貯めると力を解放。高密度に圧縮された膨大な魔力が襲い掛かって来る

「………っ!」

 力が解放される一瞬前、俺はその場から全力で離脱。パンッと乾いたような音がしたと思えば、先程までいた場所が空間ごと弾けていた。

(くそっ、本気で洒落になんねぇなあ!)

 ゾッとする。あの場にそのままいたらどうなっていたのかは、火を見るより明らかだ。

 祈り子様達は俺に何かをさせたがっているので、手加減してくれるかもしれないとちょっとだけ期待していたのだが、甘かったようだ。今の攻撃は完全に殺しにきている。

 アニマの祈り子様はシーモアのお袋さんなので他の祈り子様とスタンスが違うのか、それとも使役されているので加減できないのかは分からない。だが、楽観的な予想は完全に捨てたほうがよさそうだ。

 その後も執拗に俺を狙って来る攻撃を全力で躱す。最初の一撃で仕留めきれなかった所為でシーモアを警戒させてしまい、完全に狙われている。ちょっとでも動きを止めれば待っているのは死だ。

「………ぇ?」
「かかりましたね」

 まずい、フェイントか。アニマは魔力を貯めた後、すぐさまそれを解放せずに攻撃のタイミングをずらしていた。今までは力が貯まったら即攻撃する流れを繰り返していたので、間抜けにも簡単に引っかかってしまった。これは本気でまずい。

 アニマの目線は俺が横っ飛びした着地地点に向けられている。ヘイストを発動させても地面に足が付いていない状態では意味がない。

 俺に出来ることと言えば着地と同時にヘイストを発動させ、全力でその場から逃げることくらいか。それでも無傷で凌ぐことはまず無理だろう。死ななければ御の字と思った方がよさそうだ。即死でなければ口に含んだカプセルポーションを即座に噛み砕いて回復できるし、何とか耐えるしかない。

「“鉄壁”」

 しかし、着地の寸前。赤い壁が間に割って入り、アニマの攻撃をその身で受け止めた。

「───なっ!?だ、大丈夫ですか!?」

 壁の正体はアーロン。俺の身代わりとなって攻撃を受け止めてくれたため、俺はかすり傷一つ負っていない。

「………そう騒ぐな。盾にでも何でもなってやると言ったはずだ」

 対するアーロンは至る所に怪我を負っており、全身から出血している。だが、体幹に揺らぎはなく、どっしりと構える様はボロボロにも関わらず、頼もしさすら感じさせてくれる。

「流石はアーロン殿。高等防御術『鉄壁』ですか。アニマの攻撃すら受け止めるとは、伝説のガードの名に偽りはないようで」
「ふん、貴様に言われてもな」

 アーロンが使用したのは特殊アビリティの鉄壁と呼ばれるものだ。味方が受けるダメージを自分で受け止めるアビリティ『かばう』の上位互換。かばうの効果にプラスして相手から受けるダメージを半減させるというまさしくガード向きの技である。使える者は殆どいないが、使いこなせればこれ以上ないほどの防御術となる

「しかし、いつまで続きますかね」

 攻撃力を半減させてなおアニマの攻撃は強力だ。高い体力を持つアーロンとていつまでも受けきれるものではない。

「何を勘違いしている?俺がいつまでもサンドバックでいるとでも思ったか?ユウナ、俺のことは気にせずともいい。やれ」
「───はい。遅くなってごめん、ティーダ。ここからは私も戦う」
「ユウナ?いや、でも」

 後方に目を向ければ残りのメンバーに守られ、そして幾重にも連なる召喚陣に囲まれたユウナの姿があった。召喚の前兆。確かに召喚獣には召喚獣で対抗するしかないのは分かる。しかし

「その陣は………愚かな。最弱と言われる召喚獣で私のアニマに挑むとは」

 シーモアの言う通り、見覚えがあるその召喚陣はビサイドで初めて見た物と同じものだ。つまり、今から呼び出そうとしているのはヴァルファーレでまず間違いない。通常なら頼もしい戦力だが、アニマと比べるとどうしても格下でしかない。

 しかし、ユウナの表情に迷いはなく、召喚を実行する。

「愚かかどうか、その目で確かめてください───お願い、力を貸して」

 ここより遥か遠く、ビサイド島の祈り子に祈りを捧げる。敵を倒す力を、皆を守れる力を、と。

 精神の高次元領域を通した祈りは距離に関係なく即座に祈り子のもとに届き、ユウナの思いに答えた。召喚陣に集められた膨大な量の幻光虫。その影響で召喚陣は目も眩むほどの光を放ち、血肉無き召喚獣に仮初の肉体を与える。幻に過ぎなかった羽ばたきは、やがて現実のものへと変わる。軽やかな飛翔音とともに幻想だった存在がユウナの傍らに舞い降りた。

 召喚獣 ヴァルファーレ

 ユウナが最初に手にした召喚獣であり、シーモアの言う通り召喚獣の中では最弱と呼ばれる存在だ。しかし、完全に具象化したヴァルファーレを見てシーモアの顔から嘲笑の色が消え失せていた。

「馬鹿な、これほどの力どうやって………」

 内心で俺も同じ思いを抱いている。通常の召喚と手順は一緒。だが、その結果に明確な差があったのだ。

 実体化したヴァルファーレはアニマと同等の、いや、それを上回る圧力を秘めていた。

 幾種もの獣の特徴を携えたその体躯からは、収まりきらぬ魔力が迸り、既に臨界状態なのが見て取れる。事実、溢れ出る魔力が時折放電にも似た現象を引き起こしていた。

 また、本来は格上であるはずのアニマを前にして臆する気配は皆無。その身に宿す力の解放を、今か今かと待ちわびてる様子さえあった。今の姿を見て誰が最弱の召喚獣と言えようか。召喚獣の中でも最強の一角たるアニマがどこか小さく見えるほどである。

 本来あり得ないほどの力を見せつけるヴァルファーレ。当然、それには絡繰りがあった。

「………まさかマスター召喚?私でさえも取得していない召喚術の秘奥をその若さで?」

 マスター召喚。それはゲーム内ではオーバードライブ技という簡単に言えば必殺技を放てる状態で召喚獣を呼び出すこと。それはこの現実となった世界では相当難しい召喚術のようだ。シーモアの唖然とした呟きがそれを裏付けていた。

 鋭角な嘴を優しく撫でられ、ヴァルファーレはふわりと浮かび上がる。そして、聖なる獣を従えたユウナはシーモアを見据えて宣告した。


「シーモア老師────お覚悟を」







































あかん、どうにも巧い事戦闘シーンが書けずにオリ主、ユウナ、アーロン、シーモア以外が空気状態になってしまった。多分次回もこんな感じになりそうな予感が………





[2650] 最後の物語へようこそ    第十七話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/01/27 18:59








引き続きオリ設定、独自解釈、ご都合主義が満載となっております。ご注意ください






















「シーモア老師───お覚悟を」

 方や最強の一角を占めるアニマを従えたシーモア。
 方や最弱と呼ばれるヴァルファーレを従えたユウナ。

「…………は」

 普通に考えればどちらが勝かなど考えずとも分かることだが、現時点においてヴァルファーレの力はアニマを上回る。

「…………ははは」

 今までシーモアに余裕があったのは、アニマの優位性があったからだ。ユウナの手持ちの召喚ではアニマに太刀打ちできないと思っていたからこそ、俺が速攻で片を付けようと思っていた。それが、ここにきて戦力はこちらが圧倒的に有利となった。

 はずだが───

「は、はははははははははは!!!」

 なぜこいつは嗤っていられるんだ?普段は一切表情に感情が現れないグアド族だが、今は狂相とでも言うべき歪な形の笑みが浮かべられている。

「………何がそんなにおかしいのですか?」
「くくく、いや、私としたことが失礼しましたユウナ殿。実に素晴らしいものを見せられて興奮のあまり我を忘れてしまいましたよ。やはり貴女であれば究極召喚に手が届く。それだけでなく確実にシンを倒せる。前言を撤回します。貴女は是が非でも我が手中に収めよう。例えどんな手段を使ったとしても」
「貴方の物になどなりません」

 召喚獣同士の対決で此方の力がアニマを上回れば、あとは人間同士の対決でこちら側が圧倒的に有利。人数、質ともに確実に勝っていると断言できる。しかし、立場は完全に逆転したはずなのに、この余裕はなんだ?勝利の二文字を目前にして嫌な予感が纏わりついて離れない。

「ヴァルファーレ」

 ユウナの言葉に反応し、ヴァルファーレは急激に上昇。天井ギリギリで止まると、首を激しく振り、長い鬣を旋回させる。旋回させた鬣は眼前に一つの魔法陣を浮かび上がらせ、高速で回転を開始した。同時にその咥内には今まで溢れさせてた魔力が収束し、放たれるその時を今か今かと待ちわびる。やがて限界まで貯めこんだ魔力は魔法陣に向って濁流の如く放出される。これが、

 ヴァルファーレの持つオーバードライブ技。シューティング・パワー。

 高速で回る魔法陣は、膨大な魔力を数十条もの光の矢に変換してアニマへ射出する。光の矢は一本一本が最上位魔法を軽く上回る威力を誇る力の奔流とでも言うべきものだ。まともに受ければアニマと言えども塵も残らない。

「アニマ、戻れ」

 一方でシーモアは予想外の行動に出ていた。アニマの召喚を解除すると、今までとはどこか違った召喚陣を浮かび上がらせる。

(………他に切り札が?バハムート?いや、メイガス三姉妹?どっちにしろ今のヴァルファーレなら勝てると思うけど)

 地面に展開された召喚陣から何かが出てきたと同時、シューティング・パワーが炸裂する。光の奔流は次々に何かに襲い掛かり、着弾と同時に轟音を撒き散らし大爆発を引き起こす。立っているのもままならない程の揺れ。無秩序に放てば寺院ごと吹き飛ばしてしまうのではないかと言う威力だった。

 超火力での怒涛の連続攻撃。普通の召喚獣ならば中核を破壊され、跡形も残らない。だが、視界が徐々に晴れてくると、グアドガードであろう倒れている影が二つ。そして、巨大な影が浮かび上がってきた。

「………そんな……今のでダメなの?」

 汗が吹き出て頬を伝う。今のを耐えるとか本気で勘弁してくれ。

「素晴らしい、その一言です」

 完全に土埃が消えたその先に居たのは白髪の異形だ。シーモアを守る様にその身を盾にしてシューティング・パワーを受けきった姿はボロボロだが、いまだ健在。俺はその姿にどことなく見覚えがあった。

「まさか“究極召喚としてのアニマ”をここまで削るとは」

 白髪に角を生やしたミイラのような異形。本来眼球があるはずの場所には暗い闇が埋められており、見ているだけで正気を持っていかれそうになる。

 そう、それはオーバードライブ技、カオティック・Dを使用した際にだけ現れる異次元に潜むもう一対のアニマ。鎖で繋がれた通常のアニマと違い、呪縛を解き放ちその力を完全に開放した正真正銘の化け物。これこそが『究極召喚アニマ』だった。

究極召喚という単語にその場に居合わせた全員が顔色を失う。

「究極召喚!?なぜシーモア老師が………いえ、しかし、究極召喚を使えば使用者は死んでしまうはずです!」
「ええ、確かに世間一般ではそう言われていますね。ですが、正確には究極召喚を使ってシンを倒すから死ぬのです。究極召喚自体は使ったところで死ぬことはありません」
「そんなっ………」

 そう、実はそれ単体で使っても死ぬことはない。シンを究極召喚で打倒すると、その中に潜むエボン=ジュがその究極召喚に乗り移り、新たなシンとして存在を作り変えてしまう。その時の存在自体を書き換えられる苦痛は想像を絶する。

 強い絆を利用した究極召喚は召喚獣と召喚士が心を文字通り一つしなければいけない。つまり、それが仇になる。心を一つにした召喚獣の苦痛は召喚士に直接フィードバックされ、そのショックにより召喚士は命を落とすのだ。

 究極召喚を得た歴代の大召喚士達は手にしたと同時にシンに挑むため、この事実を知る者はエボン上層部でもさらに一握りの者のみ。ユウナ達が知る由もない。そして、俺としてもそのことは知っていたが、流石にアニマに究極召喚としての真の姿があるなんて思いもしなかった。

「でも………もう一度、お願い!」

 相手が何であれ、ユウナは諦めようとしない。ヴァルファーレはオーバードライブ技こそもう撃てないが、まだ無傷で存在しているのだ。最後の瞬間まで諦めることはないだろう。

 しかし───

「無駄です」

 相手はシンを打倒すべく生み出された究極の名を持つ召喚獣。いくらマスター召喚により力を限界まで引き出されたとはいえ、勝ち目はゼロに等しい。

 通常のアニマとは違い、究極召喚としてのアニマは鎖から解放された為なのか肉弾戦を好む傾向があった。無造作に打ち出された振り下ろしの拳がヴァルファーレを襲う。しかし、間一髪でこれを回避するとアニマの拳が地面と接触する。

 瞬間、比喩でなく大地が揺れた。

「きゃあっ!」
「うおおおおっ!」

 立っていることもままならないほどの揺れ。まるで直下型の地震だ。ただの拳一発で局所的な地震を発生させるその力。生ける厄災と言われるシンに対抗するのも頷ける。

「手を休めず続けなさい」
「■■■■■■■■■■■■!!」

 しかもそれが通常攻撃なので魔力の貯めもなく、連発可能なところがさらに恐ろしい。今は何とかヴァルファーレが避けているが、限られた空間では何時かは追い詰められてしまう。

 いや、というかその前に寺院自体がいつ崩壊してもおかしくない。地面には深いクレーターが幾つも出来ており、攻撃の余波で建物を支える柱が何本も折れている。もはや無事な場所を探す方が難しいほどだ。

(………冗談きついっての。早く決めねーと)

 揺れる地面に四つん這いになりながら右奥に仕込んだカプセルを一個噛み砕く。右奥のカプセルの中身はポーションではなくエーテルだ。先ほど消費した魔力が急速に回復する。切り札を使うには最低でもヘイスト二回分の魔力を確保しておかないといけない。

「っっ!ヴァルファーレ!?」

 俺が魔力を確保しているうちに、追い詰められたヴァルファーレはついに拳を打ち込まれてしまう。たった一発で崩れゆく姿にユウナが悲鳴に近い声を上げた。物理的な力だけであるならば、恐らくもう一か二発は耐えられただろうが、その拳に特殊な力が上乗せされているため耐えきれなかったのだろう。

 それは幻光体の分解能力と呼ばれる究極召喚だけが持つ特殊能力。

 シンの体は大量の幻光虫で構成された幻光体だ。即ち、召喚獣に近い性質を持っている。厄介なのは召喚獣と比べても遥かに膨大な量の幻光虫を重力魔法で引き寄せているため、通常の攻撃方法では傷を負わせても膨大な量の幻光虫ですぐに再生されてしまう。

 その再生を阻害するのがこの分解能力だ。回復に使うための幻光虫自体を分解してシンの再生能力を封じ込める。この能力があるからこそ唯一シンを打倒できる手段としてスピラの希望となりえたのだ。

 もっとも、今回はシンと似通った性質を持つヴァルファーレもそれと同じことをされ、幻想に還ることになってしまったのだが………

「さて、それではそろそろ終わりにしましょう」
「ま、まだです!」

 ユウナは消えゆくヴァルファーレを唇を噛みしめ見送ると、次の召喚獣を呼ぼうと杖を振る。が、マスター召喚を破られたユウナには、もはや勝ち目はないだろう。隠そうとしているようだが、焦燥した表情がそれを物語っている。

「ユウナ、待った」
「………ティーダ?」

 俺はユウナの召喚に待ったをかける。魔力は十分量確保できたし、準備は整った。後は札を切るだけだ。

「取って置きの札を切る。もう一度だけ俺に任せてくれ」
「でも……………うん、わかったよ」

 ユウナは一瞬迷いを見せるが、召喚をキャンセルして素直に引き下がってくれた。ちらりとアーロンに視線を送れば頷くのが見える。もう一回任せてくれるようだ。

 深く深呼吸をして呼吸を整える。これがラスト。今度こそ確実に決める。

「また加速魔法ですか?確かに厄介な魔法ではありますが、距離を取って注意していれば対処は可能。そもそも今のアニマの攻撃を掻い潜れますか?」

 ヘイストを発動してないときの俺でも全力で集中すればアニマの攻撃を避けることができた。ということは通常のアニマであれば、ヘイスト状態の俺を捉えるのはまず無理だ。

 しかし、現在の相手は肉弾戦を得意とするアニマだ。各種ステータスも上昇しているだろうし、もしかしたらヘイスト状態といえども動きを捉えられてしまうかもしれない。捉えられたが最後。あんな非常識な威力を持つ拳なども掠っただけで死んでしまうかもしれない。

 それらを加味した上で俺は答える。

「はっ、余裕」
「………ほぅ」

 シーモアは目を細め、警戒心を顕わにする。これは強がりでもなく、ただの事実だ。

「ヘイスト」

 再び加速魔法を発動。俺を除いた全てが緩やかな時を刻む。

「やはりそれですか。ですが───」

 俺が使える魔法は二つ。その一つが加速魔法ヘイスト。そしてもう一個は………

「“もう一回ヘイスト”」
「───っ!?アニマッ、今すぐ───こ───────ろ───────────────」

 異常に気が付いたシーモアがアニマに命令を下し、アニマは拳を振り上げた状態となるがもう遅い。加速状態からさらに加速。結果、コマ送りのように緩慢だった世界が更に遅く、いや、ほとんど停止状態となる。

 これが切り札 『超加速魔法 ヘイスガ』

 簡単に言えば本来はあり得ないはずのヘイストの重ね掛け。その効力は疑似的な時間停止の領域にすらあった。

 通常のヘイスガはヘイストを全体化する魔法のことだが、このヘイスガはファイアとファイガの関係のように、より威力を高めた魔法のことを示す。まあ、俺が勝手にそう定義しただけだが、ヘイストとは桁が違う効力なのであながち間違いじゃないと思う。

 ザナルカンドで初めてヘイストの発動に成功した時、俺は心底喜んだ。これの有無で生存率が劇的に変わるし、仲間にもかければ戦闘がかなり楽になるはずだと。

 しかし、喜んだのも束の間。俺はどういうわけか他人にヘイストをかけてあげることが出来ず、自分にしか使う事が出来なかった。さらにヘイストを試していくうちに発動時間の短さ、連続使用の不可、魔力の消費量が非常に高いなどの欠陥に気が付く。

 結局、効果は高いがゲームで使っていた時のような便利な魔法ではないとの結論に落ち着くことになる。FFⅩでもっとも使い勝手のいい魔法だっただけに、正直落胆を隠せなかった。

 そして、落胆しながらもヘイストを試しているうちに、ふと思ったのだ。

(そういや、重ね掛けは出来ないんだっけ?出来ればとんでもないスピードになるんじゃないか?)

 同じ魔法は重複しない。後で調べて分かったことだが、それは魔法文明が始まって五千年以上の長い年月の中で分かり切っていた法則だ。しかし、この時は駄目で元々だとヘイスト中にもう一回自分にヘイストをかけてみた。

(………え、出来た?)

 結果は何故かすんなり成功。俺は思わぬ結果に喜んだ───後で地獄が待っているとも知らずに。

 先にも言ったが普通はあり得ない現象だ。ヘイスト中にヘイストを使用する実験は既に何度も検証されていたが、効果が上乗せされる現象など一度も確認されていない。ちなみに他の魔法も同様だ。本来ただの無駄撃ちになるだけだったはずのヘイストの重ね掛け。しかし、俺の場合は驚くほど簡単に成功してしまった。

 あの時はどうして成功したのかさっぱり分からなかった。だが、今ならなんとなく分かる。おそらく“俺とティーダ”の両方に魔法がかかったのだろう。しかし体は一つだから効果が上乗せされた。そんなところだと思う。

 まあ、もしかしたら見当違いの推測かもしれないが、原因はどうでもいい。効果が上乗せされるという結果が重要なのだ。俺だけに可能な魔法の重ね掛け。これは対人戦での、というかシーモア戦での切り札になると確信した。

 だが、問題もあった。時の止まった世界が展開されると同時に俺の顔が苦痛に歪む。

(本当に………これだけは使いたくなかった………)

 最初の攻防で決めきれなかった自分自身を呪いたくなる。

 ヘイストはゲームの時と違って体への負担が大きい魔法であると言ったが、当然ヘイスガはその比ではない。通常の倍速以上で行動を可能にするヘイスト。そこからさらに倍速以上に加速することで疑似的な時間停止の域にまで達するヘイスガ。その尋常ではない負荷は、ただ発動するだけでティーダの鍛え抜かれた肉体に苦痛をもたらす。

 一歩踏み出し、二歩、三歩と足を進めれば全身の筋肉から悲鳴が上がる。まるでギチギチと千切れそうな音が聞こえてくるかのようだ。内臓は急加速による慣性により押し潰され、いっそのこと口から全て吐き出したいほどの激痛と気持ち悪さをもたらす。

 また、体に浸透した魔力の被膜が神経の伝達速度を劇的に引き上げてくれるおかげで、この時間が極限まで圧縮された世界でも俺だけは動けるのだが、同時にそれらを処理する脳への負担も尋常なものではない。例えるならバットで頭をカチ割られたかのような痛みを常に伝えて来る。

 効果は絶大。対人戦で使えば恐らく最強に近い魔法。しかし、その反動もまた効果に比例して絶大だった。

(ぐっ、………くそったれ…………マジで洒落にならねぇなぁ………っ!)

 正直に言えば、今すぐヘイスガを解除してこの痛みから逃げ出したくなる。スピラに来た当初の俺だったら、多分痛みに耐えかねてとっくに解除していてもおかしくない。

 事実、ザナルカンドで初めて発動させてしまった時はたったの二歩でギブアップ。すぐに解除してその場で七転八倒していたところを通りがかった人に助けられ、即座に病院送りだ。あれ以来、よほどのことがない限りこれだけは封印しようと心に誓った。

 けど、歩みを止めることはしない。一歩、また一歩と歩を進める。

 全身の筋肉が断裂し、骨は歪み、幾つかの内臓が傷ついたのか、口からは血の味しかしない。切り札と言えばカッコいいが、自爆技もいいところである。あまりの激痛に思わず気が遠くなりかけるが、気力を振り絞って耐える。今この時だけは絶対に足を止められない。


 純白のウエディングドレスに身を包み、拳を握りしめて耐えるユウナの姿。


 ここで完全にシーモアを始末出来なかったら、訪れるかもしれない未来の光景。それが足を進める原動力となっていた。

 這い蹲ってでも必ず成し遂げる。体感時間で数秒。俺以外の連中からすればコンマ数秒にも満たない時間で、驚愕の表情のまま固まっているシーモアの眼前に辿り着く。そして、両手で握りしめたフタタ二ティーを掲げる。

 僅か二、三十メートル程度の移動。たったそれだけで俺の体はボロ雑巾のような有様となっていたが、目の前の男の首を取れるのであれば高くはない代償だ。

(許してくれなんて言わない。ただ───)

 全ての力と気力を振り絞り、フラタ二ティーを一閃。手応えは殆ど感じなかった。刃は狙った首筋を滑るかのように通過して、

(そのまま死んでくれ)

シーモアの首を刎ね飛ばした。







































色々と突っ込みどころ満載だと思いますが、当作品において究極召喚とかヘイストについてはこのような設定となってます。



[2650] 最後の物語へようこそ    第十八話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/02/06 18:57
 







 シーモアの首を飛ばした瞬間、停滞していた世界は通常の時を取り戻す。飛ばされたシーモアの顔には驚愕の表情が張り付けられ、やがて首から上を失った体は思い出したように徐々に傾き地面に倒れ込んだ。

「───────~~~~~ッッッ!!!」

 今度こそ確実にシーモアを仕留めたと思ったと同時、俺も声にすらならない悲鳴を上げて崩れ落ちる。全身無事な箇所を探す方が難しいほどの重体。正直、途中で気を失わなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。

「み………ティーダ!!」

 ユウナの叫び声に返事を返す余裕すらなかった。仕込んだハイポーションのカプセルをまとめて噛み砕くが、中々回復が追いつかない。冷たく嫌な汗を流しながら痛みに耐える。

「お、おい、いきなりティーダが消えたと思ったら老師の首が………」
「………これは、もしかしなくてもティーダ………しかないわよね」
「そんなのどうでもいいから!ユウナ、すぐに回復魔法をお願い!」
「う、うん!」

 混乱した様子を見せるワッカとルールーに叫ぶリュック。無理もない。傍から見れば、俺がいきなり消えてシーモアの首が突然吹っ飛んだ。こんな状況だっただろう。出来れば色々と説明してやりたいところだが、今はそんな余裕は一切ない。

「待ってて!今すぐ回復を───」
「ま………待った」

 駆け寄って即座に回復魔法の詠唱に入るユウナを止める。今は何よりも優先しなければならないことがある。

「ポ、ポーションで回復………してるから………そ、それよりも………異界、異界送りを………今すぐにっ!」

 俺の体は重症だが、ポーションで少し回復させたため治療に一刻を争うほどということもない。それよりも一秒でも早く確実に異界送りをして貰わなければ、ここまで無理をした意味がなくなってしまう。

「駄目だよ!異界送りなんて後にして、まず回復魔法で治療しない………と………」

 急に言葉を詰まらせ、目を見開くユウナ。その目線の先を追ってみれば、ゆっくりとその身を幻光虫に還していくアニマの姿があった。

 ただし、問題はそのアニマが最後に与えられた命令を実行しようと拳を地面に向けて振り下ろしていることだった。

 通常、召喚獣は主が死ねば即座に幻光虫に還ることになる。しかし、究極召喚は莫大な量の幻光虫をその身に纏うが故に、完全に消え去るまでに時間がかかってしまう。

 ただ、幸いと言っていいのか、その拳は制御を失っているため俺が先程までいた場所、つまりヘイスガを発動させた場所に定められている。無論もうそこには誰もいない。つまり、鼬の最後っ屁にもならずに終わるはずだった。

 ───この寺院が凍った湖の真上に建てられてなければの話しだが。

「ゆ、床が!」
「まずいぞ!このままじゃ真っ逆さまだ!」
「くっ、落下は免れん!全員防御態勢を取れ!」

 アニマの最後の一撃で寺院の床が崩落を始める。

 手抜き工事かよ!と内心で悪態を付くが、むしろ今までよく持った方かもしれない。なにせヴァルファーレのシューティーング・パワーと、シンに対抗する究極召喚の力が無秩序に暴れたのだ。いくら頑丈に作られた寺院とは言え、耐えきれなかったとしても何ら不思議ではない。

(これは………ダメか。逃げきれねぇ)

 動けない体に落下の浮遊感を感じて諦めた。広大な試練の間が既に七割方崩れ落ちている。今の俺には震える手で再びポーションを取り出して口に含みながら、頼むから瓦礫の下敷きになって即死しないようにと祈ることしか出来ない。万全の状態でヘイストが使えたらなら逃げ切れたかもしれないが、今の状態ではどう足掻いて無理だった。

「ちょ、ちょーっと、これはまずいんじゃないの!?」
「お、おい、ルー!魔法でなんとかならないか!」
「無茶言わないで!いくら魔法だって万能ではないのよ!?」
「慌てるな!とにかく空中で体勢を整えて落下の衝撃に備えろ!分かっているとは思うが、最低限頭だけは守っておけ!」

 それは他の皆も一緒のようで、落下に巻き込まれながらも空中でなんとか体勢を整えているのを目の端で捉える。唯一こんな状況でもなんとか動けているのはキマリくらいだった。獣の特有の身軽な動きを披露し、崩落する瓦礫をうまく利用しながらユウナの元にまで辿り付いた。

「ユウナ!」
「キマリ!?お願い、ティーダを!」
「ユウナが先だ。それと、すまないが手荒になる」
「え、わ、私じゃなく───」

 そのセリフとユウナを抱えながら上を見上げる仕草に嫌な予感がした。

「ま、待った………や、やめ………」
「オ、ォォォオオッ!」
「きゃああっ!?」

 遅かった。俺の声が届く前にユウナを崩落してない場所に渾身の力を込めて投げ飛ばす。結果、多少の擦り傷はあるだろうが、ユウナだけはどうにか落下を免れた───あまり喜ばしくないことに。

 通常であればキマリの行動はガードとして正しい。原作でも状況が少し違うが、湖の湖底に落下するシーンがあった。その時は奇跡的に全員それほどのダメージもなく助かっていたが、唯一ユウナだけが長いこと気絶してしまうはめになる。

 他の皆ほどの身体能力もないことを考えれば気絶で済んだだけ御の字だが、万が一を考えればユウナだけは落下を防いだ方がいいと俺も思う。

 ただし、ここがグアド族の巣窟でなければだ。今この時だけはまずい。一人取り残されたユウナはグアド族に捕まってしまう可能性が高い。さらに時間をかければシーモアも復活してしまう。

「~~~っっ!!みんなっ!?ま、待ってて、すぐ召喚するから!」

 落下を免れたユウナはすぐさま召喚獣で助けることを思いつく。そして、慌てて杖を構え召喚陣を構築しようとするが───






「残念ですが、それは無理というものです」
 しかし、それは背後から現れた人物に拘束され、阻まれてしまった。






 ───馬鹿な、どうしてお前がそこにいる?

 体に走る痛みも一瞬で忘れてしまうほどの衝撃。現在進行形で落下中だというのに俺達は半ば呆然と上を見上げていた。ユウナの背後にいる人物。そいつは

「………え、な、なんで?あ、あなたは………」
「くく、実に良い表情ですね、ユウナ殿」

 俺がたった今、首を刎ねたはずのシーモアその人だった。

(嘘だろ………もう死人に?いくらなんでも早すぎ………いや………まさか)

 本当にたったいま奴の首をこの手で確実に刎ねた。故に殺し損ねたということは絶対にない。となれば死人以外に答えはないのだろうが、その時間があまりに早過ぎる。

 ゲームではどの程度の時間がかかったのかは分からないが、死んだその場ですぐに死人となるなんてことはなかった。だからどんなに早くても数時間~数日はかかると予想していた。それが五分もかからずに死人として蘇ってきたのだ。予想外にもほどがある。

 そう思っていたが、ゲームの時との違いを思い出す。

(究極召喚とマスター召喚か………)

 思いつく原因はこれしかない。

 死人になるために必要な物は主に二つ。強い未練と、それらを現実に固着するための膨大な量の幻光虫だ。強い未練というか、怨念めいた執念をもつシーモアは前者を余裕でクリアーしている。となれば残る問題は大量の幻光虫を如何に集められるかということなのだが、今この時に限ってはそこも問題にならない。

 なにせ、今この場でマスター召喚されたヴァルファーレと究極召喚されたアニマが幻光虫へと還ったのだ。高濃度の幻光虫が辺りを漂い、死人として蘇る条件を完全に満たしてしまっている。それがここまで早く死人となった原因でまず間違いないだろう。

「は、離してください!」
「抵抗は無駄です。貴女にはこのまま見届けてもらいましょう。丁度下にはあれも来ているようですしね」

 ユウナは必死に拘束を振りほどこうとするが、シーモアは余裕の表情でそれを抑え込む。それも片手でだ。

 シーモアは召喚のイメージが強いが、実は純粋な肉体性能もかなり高い。なにせミヘンセッションで自分の数倍もあるシンのコケラを素手で押し返しているほどだ。一応鍛えているが、一般人より少し上程度のユウナでは一度捕まってしまえば抵抗は不可能。

(くそ、切り札を使ってこんな有様かよ………っ!)

 歯噛みする。現状はゲームのときより数段悪い。シーモアを完全に始末出来なかったどころか、この時点でユウナを捉えられてしまった。べベルでのイベントが何時行われるのかは分からないが確実に早まってしまう上に、これからのシーモア戦の難易度もかなり跳ね上がるだろう。かといって今この状況下ではもはや手も足も出ない。だったら、せめて───

「ユウナ!」

 まだ大声を出すだけでもきつい。幾分か治った体にまた鋭い痛みが走るが、それでも絶望の表情を浮かべるユウナにどうしても伝えたいことがあった。

 ───絶対に生き延びて必ず助けに行く。だから少しだけ待っててくれ

 視線に思いを乗せる。果たしてその思いが伝わったのか、ユウナが唇を噛みしめながら微かに頷いたのが見えた。

 次に会う事ができるのは恐らくエボンの総本山、聖べベル宮。究極召喚に至る貴重な召喚士を手荒に扱うことはないと思うが、シーモアの手の内にユウナがいると思うといてもたってもいられなくなる。しかし、今の俺には助けに行くまでどうか無事でいてくれと願う事しかできない。

(っ………これは………)

 そして、遠ざかるユウナとは対照的に落下するにしたがって強大な気配がどんどん近づいて来る。この気配は今までに何度も体感したことがある。祈りの歌を聞いていた為、今までの荒々しさはあまり感じられないが、間違いなくシンの気配。

 スピラにおいて夥しい数の死をまき散らし、それをもって千年もの間死の螺旋を形成してきた最悪の厄災、シン。この世界の人に最も出会いたくない存在は?と質問すれば、まず間違いなくこの名前が上がるだろう。

 だが、今だけはこの場に来てくれて安堵している自分がいた。なぜか?多分それは死ぬことよりも恐ろしいことが出来てしまったからだと思う。

(待っててくれ)

 もう殆ど見えなくなってしまったユウナを見上げる。

(何があろうと、必ず──────)

 シンとの距離が一定以上近くなり、意識が徐々に薄れていく。そして、俺達は意識を失うと同時にマカラーニャ湖の湖底からその姿を消した。

















「申し訳ありません、遅くなりました」
「ご苦労様。で、どうだったんだい?」

 とある建物の一室で二人の人物が向かい合っている。一人はアジア系の成人女性で一人は黒人の少年の姿。だだっ広い部屋には家具の一つも置いておらず、酷く殺風景な様子だ。唯一目を引くものと言えば、中央に設置された透明なドームの内部に竜を模った像があるくらいか。

 少年は挨拶もそこそこに女性に端的に問いかけ、女性もそれに答えた。

「一つイレギュラーが発生しましたが、修正の必要もなく概ね順調のようです。それから、彼女に呼ばれて心を重ねましたが………流石ですね。貴方の読み通りに事は動いています」
「それは重畳。僕も時折彼等の様子を覗いていたけど、もういつ真実を話しても大丈夫そうかな」
「………はい、まず間違いなく」
「浮かない顏だね。無理はないが、責任は全て僕にある。君がそこまで気に病む必要はないよ」
「いえ、この計画に賛同している時点で私も同罪ですから」

 ただその二人には少々、いや、かなり奇妙なところがあった。よく見れば体が半透明で向うの側の景色が透けてしまっているのだ。それもそのはず。二人は純粋な人ではなく謂わば幻のような存在だ。スピラに住む人々の希望、召喚獣という幻想が彼等の正体だった。

「相変わらず真面目っぷりだ。まあ、それが君らしくもあるけど………あの人はなんて?」
「一言だけ、手加減できずに申し訳ないと。それから、今は一人にして欲しいそうです」
「そっか………わかった、今はそっとしておこう。ああ、悪いけど後で気に病むことはないと伝えておいてくれるかい?手加減が出来なかったのは仕方ないし、なにより息子さんの今後を考えれば一人になりたい気持ちも理解できる」

 少年の言葉に女性は分かりましたと頷く。その後も彼等の計画が順調であるとの報告が続くものの、彼等の顔には決して喜ばしい色が浮かんでこなかった。

「───以上です」
「分かった。ありがとう」

 報告を聞き終えた少年は重苦しいため息を付きながら、それにしても、と思わず言葉を漏らした。女性はその言葉にどうしたのかと首を傾げる。

「ああ、いや、彼の人生は召喚に本当に縁があるなと思ってね。その原因の一端となってる僕が言う事じゃないと思うけどさ」

 彼───本来であれば異世界の平和な国で平穏な生活を送っているはずだった一人の青年。女性はその言葉に表情を曇らせながら深く頷いた。

「………ええ、本当に。彼からしてみたら何においても切り捨てたい縁でしょうけど」
「だろうね。召喚術によってこの世界に呼び出され、ここ千年で六回しか使われていない究極召喚と史上初めて敵対し、こうして僕ら召喚獣に利用されている。そしてなにより───」


「“本当の究極召喚”を追い求めた結果が、今の状況を作り出したのだから」


 少年は吐き捨てるかのようにその単語を口にする。“本当の究極召喚”それがどのような事象であるのか、このスピラで知っている者は極めて少ない。なにせエボンの上層部はおろか老師クラスの地位にあるシーモアやキノック達ですらも、現在の究極召喚と呼ばれている“出来損ないの究極召喚”の先に“本当の究極召喚”があることを知らないでいる。

「機械文明どころか魔法文明すら発達していなかった遥か昔、数多の優れた召喚士達がこぞって追い求めた召喚術の遥かなる到達点、ですね」
「因果な物だよ。千年どころか万年もの昔のしわ寄せが今ここに押し寄せている」
「そして、私達はそれを彼に押し付けようとしています………………すみません、今更こんなこと言っても無意味なのに」
「いや、いいさ。仕方ない、では済むことじゃないと僕も分かっている。しかし、これ以外に方法は………」

 沈黙と重苦しい空気が場を支配する。世界を救うためという御大層な名目があるが、ただ一人の青年に自分たちが突きつけようとしている選択はあまりに非情。そして選択だと言ってはいるが、実質選べるのは一つだけだった。

 無論、祈り子達とて好んでこのような手段を選んだ訳ではない。シンがこの世界に出現して千年。気の遠くなるような時間の果てにこれ以外の手段が見つからなかった。もし他に解決する手段があればそれに飛びついているだろう。

「なんにせよ計画は既に最終段階だ。近いうちに彼は必ずここに来る。その時にどのような罵倒も恨みも受け入れよう。彼が僕の消滅を願うなら無論それも受ける。もっとも、それで彼に対する僕らの仕打ちが無くなる訳じゃないけれどね」
「………はい」

 女性は静かに頷き、失礼しますと言うとその姿を完全に消す。残った少年はただ一人部屋の中心でどこか遠くを見詰める。

「あんなものを追い求めために………いや、あれがなければそもそも………現実ってやつは本当に───」

 ままならないね………そう呟いた少年の姿もやがて足元の竜の像の中に消えていった。























[2650] 最後の物語へようこそ    第十九話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/05/29 19:03
三ヶ月以上間が空いてしまい申し訳ないです。
時間が取れなかったのと、特大のスランプでした。
とりあえずある程度切のいいところまで書けたので投下します。




 ───ビーカネル島 サヌビア砂漠

 ビーカネル島はマカラーニャ寺院より遥か西方に位置し、アルべド族が本拠地を構えるスピラ最大の島だ。その土地の大半が乾いた砂で覆われ、およそ人が住むのに適した土地とは決して言えないが、それゆえに寺院からの迫害を逃れるのにうってつけの場所でもある。

 アルべド族は砂漠に潜む魔物達や飢えと乾きに耐え、長い年月をかけて少しずつ本拠地を作り上げた。場所こそ砂漠と言う極限環境ではあるが、機械を用いて作り上げた彼等の本拠地は砂漠に生息する魔物を寄せ付けず、アルべド族にとってはこの世界で唯一安心して過ごせる拠点としてその役割を全うしていた。

「悪い、キマリ」
「気にするな、この程度たいした負担にはならない。それよりも今は少しでも体の回復に努めたほうがいい」

 砂漠特有の強烈な日差しの中、キマリに背負われながら申し訳ない思いで俺は呟いた。

 俺達一行は、原作通りにマカラーニャ寺院からここサヌビア砂漠に飛ばされた。幸いなことに全員がある程度固まって飛ばされたようで、一人でいる時に魔物に襲撃されることもなく無事に皆と合流することができた。

 いや、ホントにすぐに合流できて助かった。平常時ならまだしもヘイスガの反動が残る今、一人で魔物に遭遇すれば下手すればそのまま死んでいたかもしれない。サンドウォームやズーといった超大型の魔物に遭遇してしまえばその時点でジ・エンド。雑魚敵を相手にしても今の状態では逃げることすらままならない。最初に見つけてくれて、さらにこうして背負ってくれるキマリには本当に感謝だ。

「そうそう、キマリの言う通りだよ。怪我自体は結構治ってきてるけど、急激な回復って体に負担がかかるからねー」

 そう言いながらリュックは少々特殊なポーションを俺に振りかけてくる。そのポーションの名をアルべド回復薬。こいつはHPの回復と石化や毒などの状態異常の治癒を同時に行ってくれる優れ物だ。ちなみにゲームでは“使う”のコマンドを習得しているキャラのみが使えるポーションだったが、この世界ではその様な制約は流石にないようだった。

「サンキュー、リュック。大分楽になったよ」
「どういたしまして」

 ヘイスガの反動で負った怪我は、ポーションとアルべド回復薬の併用でほぼ治ってきている。なので怪我が治ったら自分で歩こうとしたのだが、ゲームと同様にHPだけ回復させれば全快になる訳ではなかった。現状は謂わば極度の筋肉痛って感じか。全く動けない訳ではないが、体が鉛で出来ているかのように酷く重い。それ故にキマリには迷惑をかけてしまうが、背中を貸して貰い回復に専念している。

「あ、補給ポイントみっけ。ちょっと色々とちょろまかしてくるね」
「ああ、頼む」

 現在、俺達は砂漠の各所に設置されている補給ポイントから水や食料、ポーションなど必要物資をかき集めてアルべドのホームを目指している途中だ。

 合流した当初はとにかくユウナの身の安全が心配で、移動手段を確保すべく一直線にアルべドのホームに向かう事を提案したのだが、それはアーロンとリュックに即座に却下され、まずは必要物資を集めることとなった。

 アーロンやリュックは元より、ワッカやルールーもユウナのことを心配をしつつも同意見のようだ。砂漠では魔物はもとより、その環境を舐めると痛い目では済まないとのこと。

 さらに言えば、リュック曰く現在位置から本拠地までは急いでも三日程度はかかるらしい。幸いなことに、俺達にはルールーという凄腕の魔法使いがいるので日中の暑さや夜間の寒さは魔法でなんとかなるし、食料は一日二日食わなくても我慢できる。だが、水だけはある程度余裕を持って確保しておかなければいけない。ごく少量であればルールーの魔法で確保できなくもないだろうが、砂漠と言う土地故に水の精霊の集まりが極めて悪いので、あまり当てにするのは危険とのことだ。

(………焦るな、俺達がここでくたばったら何もかも終わっちまう)

 ユウナの事が気がかりだが、身の安全は大丈夫のはず。再度自分自身に言い聞かせて焦る気持ちを抑えつける。

 その後、極力魔物との戦闘を避けながら幾つかの補給ポイントを巡り、必要な物資を集めるとようやくアルべド族のホームへと進路を向けた。











 その日の夜。砂漠の夜は昼間の灼熱地獄とは真逆で、気温が零下にまで下がることも珍しくない極寒の地となる。俺達はルールーの魔法の影響下にあるのでそこまで気にせずに済むが、魔法使いがいないPTはこういった環境の変化にもしっかりと準備をしておかないと旅を止めるはめになるどころか命を落としかねない厳しい環境だ。

「ユウナ、大丈夫かな。あいつに洗脳とか変な事をされてないといいけど………」

 パチパチと小さく爆ぜる焚火の音を聞きながら、簡単な夕食を済ませたリュックが呟く。

 俺達は昼は最小限の休憩を取りつつ、ほぼぶっ通しで歩き続け(といっても俺はキマリの背中で揺られていただけだが)、今は夜の訪れとともに野営地で休息をとっていた。本当は夜も最低限の休憩を挟みつつ移動しようという意見もあったのだが、ここサヌビ砂漠の夜は移動するにはかなりの危険が付き纏うためにそれは断念することとなった。

 なにせ、視界の悪い夜にうっかりサンドウォームの巣に入り込んでしまい、そのまま全滅してしまうPTも年に数組はいるとのことだ。個々の能力も高く、さらには伝説のガードと呼ばれるアーロンまでいる俺達のPTだが、夜の砂漠で数体のサンドウォームに囲まれればどうなってしまうかは分からない。それ故に夜はしっかりと休息をとり、昼間に距離を稼ぐ方針となった。

 本音を言えば一秒でも早くユウナを助けに行きたいし、アルべド族のホームが襲撃されるであろう未来を知っている身としては気持ちばかりが逸るが、そう言われれば下手に動くことは出来なかった。

「その辺は大丈夫だろう。あいつはユウナの召喚士としての力に執着している。下手に心を操り、その力を失わせるような真似は間違ってもするまい」
「ならいいんだけど………でもやっぱり心配だなぁ」

 召喚士は召喚獣と心を通わせることが何より重要であり、仮初の心では究極召喚はおろか通常の召喚すらまともに行使することもできない。その辺を理解していないシーモアではないはずだ。

「それにしても、シーモア老師にあのような裏の顔があったなんて信じられない。いえ、信じたくなかったと言うべきでかしらね」
「でも実際にこの目で確認しちまったからなぁ。シーモア老師は、いや、あいつはジスカル様を殺したことを認めたし、俺達を殺すとも宣言した。さらにユウナを無理やり手に入れようとしてる」
「………そうね、いくら老師とはいえ到底許されることじゃない。けど、敵対した私達はまず間違いなく破門。それだけならまだいいけど既に反逆者として指名手配が回っていてもおかしくない状況よ。そんな中で私達はユウナの元にまで辿り着けるのかどうか」

 ルールーは眉間を揉み解しながら重々しいため息を付く。

 このスピラで生きる人々にとってエボンの教えは絶対である。そこの最高指導部と敵対してしまったら破門は免れないだろうし、最悪は反逆者としてその名はスピラ全土に広がっていく。そうなれば世界の殆どが敵に回るのと同義だ。アルべド族という例外はいるが、エボンの教えと敵対するという事はこの世界の人々にとってかなりの恐怖だろう。

 もっとも、ルールーとしてはシーモアと敵対した時から破門されることは既に覚悟をしていた。幼いころから信じてきたエボンの教えだが、何よりも大事に妹分と比べれば天秤は容易にユウナの方に傾く。だが、そうなっていればユウナを救出することは困難を極める。果たして自分たちはユウナを救出できるのか?そのことを何より危惧していた。

「………なあ、ティーダ、アーロンさん」

 重苦しい雰囲気が広がる中でワッカが口を開く。そこにいつもの能天気な様子は微塵もなかった。

「マカラーニャ湖で言ってた事───エボンの上層部が機械を使ってたり、二人が教えを信じていないっていったのは、やっぱり本当のことなんだよな?いや、二人の言う事が信じられないって訳じゃないんだが、今まで教えに従って生きてきた俺達にとっては………やっぱり、な」
「まぁ、ワッカの気持ちは何となくだけど分かる。けど、答えは変わらない。全部本当のこと」

 俺はワッカの質問を肯定する。あの時言った言葉に嘘はない。アーロンも頷き、答えた。

「再度言うが、教えの全てを否定するわけではない。確かにエボンの教えがあったからこそ秩序が形成され、生きる希望を見い出せた人々もいる………………が、俺個人としてはもう信じる気になど到底なれん」

 言い切る俺とアーロンにワッカは首を垂れる。今まで信じてきたエボンの教え。心の拠り所となっていた物が揺らいでいる。同じガード仲間である俺と憧れの存在である伝説のガードの証言。そして、シーモアによる蛮行を目の前で見てしまい、エボンの教えに不信感を抱いてしまった。

「………もう一個教えて欲しいんですけど、ザナルカンドで一体何が?元僧兵だったアーロンさんが教えを捨てるほどの事って………」
「その事ならば時期に分かると言ったはずだ───と、言いたいところだがそれでは納得いかんようだな?」

 その問いに深く頷いてみせる。アーロンはガードになる前は敬虔な信者であり僧兵だったとワッカは記憶している。それがブラスカとジェクトと旅に出て、シンを倒すという本懐を成し遂げたと言うのに、教えを信じる気になれないと言う有様だ。ザナルカンドで一体何があったのか分からないが、そこに教えの根幹を揺るがす何かが隠されているのは間違いないと考えていた。

「あの時はそう言ってはぐらかされましたけど、今は是が非でも教えて欲しいっす」

 今後、ユウナを助けに行く過程でエボンの教えと敵対することになる可能性は非常に高い。いくら楽観的過ぎると言われているワッカでもその程度は予想が付く。だからこそ今のうちに心の整理を付けておきたかったというのもあった。

 マカラーニャ寺院でエボンの教えとユウナのどっちを取るのか?とルールーに聞かれた時に切った啖呵に嘘はない。シーモアの本性を垣間見た今では可愛い妹分を任せる気になど到底なれなかった。例えその結果、長年信じてきた教えと敵対することになってもだ。

「アーロン様にも考えがあるのでしょうが、私からもお願いします」
「あたしも何があったのか知りたい。あの時は聞くタイミングを逃しちゃったけど今はたっぷり時間もあるし、おっちゃが知ってる事実を教えて欲しい」
「キマリも可能であれば知りたいと思う」
「………ふむ」

 顎を撫でつつ考え込むアーロンに突き刺さる四つの視線。一瞬、視線でどうするかと問われるが一つ頷いてアーロンに任せることにした。

 はぐらかすことも出来なくはないだろうが、一度気持ちの整理を付けておいた方がいいのも事実。それに仮にアーロンの話しを聞いてショックを受けても、そこで折れるような弱い連中じゃない。

「お前達、特にルールーとワッカにはかなり重いと思うが、いいんだな?」
「………はい、お願いします」
「そこまで言うのであればいいだろう。俺がザナルカンドで見たもの、それは───」

 アーロンの口から語られるのは、ザナルカンドに到達した者達が知ってしまう真実。

 エボンの聖地、ザナルカンド。そこでは究極召喚の祈り子様が強い心を持つ召喚士とガードを待っていると言われている。だが、その実態は少し違う。魑魅魍魎の跋扈する地にて召喚士を待っているのは、千年前に史上初のシン討伐を成し遂げたユウナレスカその人だ。

「ユウナレスカ様が?ですが、あの方は千年前に」
「ああ、究極召喚を使ってシンを打倒し死んだ。だが、奴は今も死人としてこの世に留まり続けている。究極召喚を授けるに足る召喚士とガードを待ちながらな」

 そして、ザナルカンドに到達した召喚士とガードは、ユウナレスカから決断を迫られる。誰を究極召喚の祈り子にするのかと。今迄にユウナレスカの元に到達した召喚士は五指に満たないが、彼らはその事実に少なくない衝撃を受けながらも、それしか方法がないのであればと全員がその命を捧げた。僅か数年で終わってしまう平和だが、エボンの教えにあるように何時の日か人類が背負った罪を償いシンが消える日を夢見て。

しかし

「そもそもエボンの教えの根幹を成す部分が嘘だった」

 アーロンは当時のことを思い出しながら、そう吐き捨てるように話を続ける。

 エボンの教えでは、機械を捨てて教えに従っていればいつの日か人類の罪が許され、その時こそシンが消えるとある。だが、ジェクトやブラスカの死に納得がいかず、問い詰めるアーロンに対してユウナレスカは無情にもそれを否定した。人類の罪が許される日など、シンが消える日など永遠に来ないと。

 いや、そもそもが機械を使うこと自体が罪でもなんでもない。償う罪などどこにもないのだ。仮にアルべド族を含む全ての人間がエボンの教えに従い、生活したとしてもシンが消滅する日など永遠に来るはずもなかった。

「無論、奴の言葉だけを鵜呑みにした訳ではない。俺はそれからエボンの経典や禁書、異端の指定を受けた文献まで隅々まで調べた。そして、スピラの現状と教えの矛盾点などから考えると辻褄があうと結論付けた。これが俺が教えを捨てた理由だ。エボンの教えとは嘘で残酷な真実を覆い隠すまやかしに過ぎん」
「………そう………っすか」

 絞り出すようなワッカの声を最後に沈黙が下りる。

 話を聞き終えたキマリは、表情筋がピクリと動く程度でそれほど動揺した様子は見られなかった。また、リュックも驚いているものの、元々エボンの教えを信じている訳ではないのでショックを受けることはない。

 問題はルールーとワッカだ。二人が受けた衝撃は少なくない。覚悟を決めていたが、それでも今まで信じていた物が根底から覆された衝撃はどれほどのものなのか。生まれてこの方宗教など信じたことのない俺には正確には理解できないが、精神的なダメージは相当なものだろう。

「………………」

 重苦しい沈黙が場を支配していたが、やがてアーロンがそれを破る。

「ルールー、ワッカ、今日の夜警からお前達を外す。その時間で無理にでも今晩中か遅くとも明日中には整理を付けておけ。もしもまだエボンに未練があるのであれば、砂漠を脱出次第ガードから抜けろ。迷いのある者は今後の行動の邪魔になるからな」
「ちょ、ちょっと、おっちゃん。流石に言い過ぎじゃ………」

 厳しい言葉に流石に言い過ぎじゃないかと声を上げるリュック。だが、それは他ならぬワッカとルールーに止められた。

「ありがとう、リュック。でも、アーロン様の言うことももっともよ」
「正直に言えば頭ん中が真っ白だが、ここで未練を断ち切れねえならいざと言う時に動けねえだろうしな。ユウナを助けるのに足手纏いになるのだけは勘弁だぜ」
「ええ、私もそれだけは嫌よ………それではすみませんが、今晩はお言葉に甘えてじっくり考えさせてもらいます。ワッカ、行きましょう」
「ああ」

 そう言うと二人は立ち上がり、設置したテントに消えていった。

「………ねえ、二人とも大丈夫だよね?」

 二人の背中を少し不安気な様子で見送ったリュックが呟く。

「心配いらん。二人のユウナに対する思いはこの程度で折れるほど弱くはあるまい」
「同感だ。キマリには分かる。二人とも答えは既に出ているが、今は未練を断ち切るための時間が欲しいだけだ」
「………ならいいんだけど。でも、おっちゃん厳しくない?今まで信じてたのに今日明日で整理を付けろって普通は無理だってば。ほら、ティーダも何か言ってやってよ」
「いや、あー、うーん………」

 急にふられて言葉に詰まるが、俺の意見はどっちかというとアーロン寄りだ。確かに厳しい言葉だし、あまりにも決断までの時間が短いとは思う。けど必要な事だ。

「確かにリュックの意見も尤もだと思う。でも、ここは二人を信じよう。明日にはきっといい答えを聞かせてくれるって」
「むう、ティーダまでおっちゃん派なの?そりゃ、あたしだって二人がユウナを選んでくれることを疑ってないけどさぁ………」

 人一倍仲間思いのリュックは少々不満だろうが、こればかりは致し方ない。俺としてもこの先の展開を知らなければもっと時間をあげるべきだと思っただろう。けど、この先はただでさえ厳しい道が待っている。酷なようだが、脱エボンが少し早まっただけだ。もしも迷いを抱えたままにして二人が死んでしまったら目も当てられない。

「まったく、それにしたってもうちょっと言い方ってものが───」
「はいはい、落ち着こうなリュック」

 その後、膨れっ面をするリュックを何とかなだめながら砂漠の夜は過ぎていった。

 翌日。テントから出てきた二人はうっすら隈が出来ていたものの、その目には強い決意を宿していた。それを確かめてほっとする。もう迷いはなさそうだ。

「………結論は出たようだな」
「ええ、お手数かけて申し訳ありませんでした」
「二人でじっくり話し合ってようやく踏ん切りがつきました」

 言い切る言葉は力強く、覚悟を決めたのだと伝わって来る。アーロンも二人の目と言葉に満足したのか一つ頷く。

「ならば俺がいう事はない。すぐにでも出発するぞ」
「うっす!………っとその前に」

 出発前にワッカが罰の悪い顔でリュックの傍に歩み寄る。そして勢いよく頭を下げた。

「すまん、リュック。俺はマカラーニャで随分と酷いことを言っちまった。知らなかったでは済まされないが、本当に悪かったと思ってる」
「あ、う、ううん、大丈夫。ええと、ちっちゃな頃からそう教えられてたらしょうがないって。その、あたしはもう気にしてないからワッカも頭を上げてよ」
「そう言ってくれると助かる」

 あまり正面から謝られたことのないリュックは、少々面食らった様子を見せていた。が、元々そこまで気にする性質ではないので、直ぐにワッカを許したようだ。流石にまだ少しギクシャクした雰囲気が漂っているが、元々ガード内で賑やか担当だった二人なので少しすれば元にもどるだろう。

 なんにせよ、この段階でワッカとリュックの仲が修復できたのはありがたいことだ。賑やか担当の二人が暗いと場の雰囲気もそれだけ暗くなってしまう。まあ、この先のことを思い浮かべると気分がまた重くなるが、今だけは素直に喜んでおくべきだろう。







 ワッカとリュックの仲直りから一昼夜が過ぎた頃、砂に足を取られる感覚を鬱陶しく思いながら俺はキマリの背中から降りて自力で歩き出していた。同時に軽いダッシュやフラタ二ティーを振って体の調子を念入りに確かめる。

(………大分戻ってきたな)

 結果は良好。流石は主人公の肉体というべきなのか?アルべド回復薬を惜しげもなく使ったお蔭もあるのだろうが、日本でなら一ヶ月以上ベット生活を強いられるであろう大怪我も、この短期間でかなり回復してきた。まだ若干の気怠さは感じるものの、この感触ならば短時間の戦闘なら参加しても耐えられそうだ。まあ、流石にヘイスガは愚かヘイストもよっぽどの事態じゃない限り発動させたくないけど。

「あ、あそこの砂丘を越えればホームが見えてくるよ」

 代わり映えのしない景色が続く砂漠をひたすら歩き続けることさらに半日ほど。幾度か魔物との戦闘があったものの、それ以外は特に問題もなくアルべド族のホームまであと少しとなった。

砂丘を越えた先には機械仕掛けの巨大な建造物。砂漠のど真ん中に突如として現れたそれは、まるで要塞といっても過言ではない威容を誇っていた。いくらアルべド族が機械を使うとはいえ、砂漠のど真ん中に一からこれだけの建造物を建築するのはどれほど困難なことなのか俺には想像することもできない。出来れば無事なホームの姿を見たかったが───

「皆、あれが私達の───え?」

 やはりと言うべきか、その願いは叶わなかった。
 
 現在は至る所から火の手と黒煙が立ち昇り、ホームは見るも無残な姿を俺達の前に晒していた。周囲にはグアド族が使役しているのであろう飛行タイプの魔物が飛び周り、耳を澄ませば微かな銃声が絶え間なく聞こえてくる。十中八九エボンの強襲だろう。こんなところだけは、本当に嫌になる位原作通りだ。

「………っ!」
「あ、おい、リュック!」

リュックは目の前の光景に一瞬我を忘れて呆然としていたが、すぐさま転げる勢いで駆け出した。俺達も慌ててリュックの背中を追い、ホームへと突入した。










[2650] 最後の物語へようこそ    第二十話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/05/31 19:10



「がははははっ!何もかも綺麗さっぱりだぜ!」

目の前には豪快な笑い声をあげるスキンヘッドの男がいる。パッと見どうみても堅気には見えない彼はアルべド族族長のシド。リュックの父親であり、ユウナの叔父にあたる人物だ。バイタリティー溢れるアルべド族の中でも特にずば抜けた行動力・統率力を持ち、流浪の民として長らく苦しんでいたアルべド族をまとめ上げ、長い年月を費やしながらもビーカネル島にアルべド族のホームを築き上げた。彼が傑物であることに間違いはないのだが、時々考えるよりも先に体が動いてしまうという、一族のトップとしてちょっとどうなのかという悪癖を持つ。いや、だからこそアルべド族で族長をしていられるのかもしれないが。

「これが禁じられた兵器………凄まじい威力ね」
「ああ」

俺達は現在、空飛ぶ船───つまり飛空艇のブリッジでホームが綺麗さっぱり消えてなくなる様子を目の当たりにしていた。使用したのは禁じられた兵器の一種。ミサイルのような物が十数発ホームに着弾すると同時、目に見える範囲が火の海に包まれるほどの凄まじい威力だった。これを見るとエボンの教えは許容できない部分が多々あるが、あまりに強すぎる兵器群を使用禁止にすることに関しては賛成だ。

(しかし、それにしても………)

威力よりも気になったのは、千年間も海底に沈んでいたのにいまだに使用可能な点だったりする。いくらアルべド族が点検したとしても千年前の兵器など普通に考えれば使い物になるはずもない。百歩譲って単純な構造の機械ならまだしも、飛空艇などと言った複雑な機構を有する機械であればなおさらだ。ゼ○魔の固定化でも掛かってるのか?と疑ってしまうほどの変態的な耐久性には凄いというよりもむしろ呆れる。

「───で、テメーらはユウナのガードだったはずだな?一体何があってこんな所に………いや、そもそもユウナは何処にいる?」

豪快に笑っていたシドだが、やがて落ち着くと俺達に尋ねてくる。シドに出会ったのは今から少し前。陥落寸前のアルべドのホームの中でだった。

無残な姿を晒すホームに一人で駆けていくリュックを追いかけ、その内部に入るとそこは地獄のような光景が広がっていた。至る所に転がっているアルべド族の死体、我が物顔で駆け回る魔物、そこかしこに響き渡る銃声に悲鳴。この世界に来て少しは耐性ができたと思っていたが、それでも目を逸らしたくなる惨状が広がっていた。

「ケヤック、みんな………どうして、誰がこんなことを………」

仲間の死体を目の前にして、唇を噛みしめるリュックになんて声をかけたらいいのか分からなかった。いや、黙って正解なのかもしれない。どうしようもなかったとはいえ、こうなると知っていた俺が何をどう言ったところで薄っぺらい言葉にしかならない。

「エボンの連中だ。奴等が魔物を引き連れて襲ってきやがった」
「オヤジ………」

そこで魔物の駆除と仲間の救出に駆けまわっていたシドと遭遇することになる。シドとしては本来であれば喜ばしい愛娘の帰還だったが、状況が状況なだけ厳しい顔つきのまま現状を端的に伝えた。

「何時の間に帰って来たのか知らんが、この際そんなことはどうでもいい。見りゃ分かるがホームはもう終わりだ。そっちの連中と地下行ってあれに乗り込め。脱出次第ホームごと魔物を全部ぶっ飛ばす!」

そして、その言葉に促され俺達も地下のあれ───飛空艇に乗り込んで今に至るという訳だ。

ちなみに召喚士のイサールとドナも無事に飛空艇に乗り込んでいたが、肉体的には兎も角二人とも精神的に大分参っているようだった。彼等は少し前にアルべド族に保護されている。いや、保護というか彼等の意思を無視して強制的に連れてきているので拉致と言っても過言ではないが、極めて丁重な扱いと、究極召喚を使わないでくれと自分の命を真剣に心配してくれるアルべド族にそこまでの悪感情を抱けないでいた。

そこにきてこの虐殺である。彼等はエボンの信者であり、元々は反エボンのアルべド族に対していい印象など持ち合わせていなかった。だが、それでも虐殺していいとまでは微塵も思っていない。直に触れ合い、決して悪い連中でないと知った今ならば尚更のことだ。結果、今回の事は彼等の信仰心に小さくない罅を入れることになる。特にドナは、ゲームでの話だが選択次第では旅をやめることになるほどに。

正直、彼等にもこの段階でエボンの真実を話そうかと思ったが、少し考えて取りやめることにした。ドナとは元々あまりいい関係ではないし、イサールとはジョゼの寺院で二三言交わしただけだ。そんな薄い関係では俺の言葉を信じられないだろう。エボンの教えと現実との間で苦しい思いをするかもしれないが、今はそっとしておくに限る。

というか、そもそも俺とて他人を助けてあげる余裕などどこにもない。

「その質問に答える前に、べベルの様子をモニターに出すことってできない?」
「あん?可能だが、べベルにユウナがいるってのか?」
「オヤジ、いいから早く」
「わーったよ、そう急かすんじゃねえ」

ブリッジに置かれた特大のスフィア球にシドが触れると、モニターの一部画面が切り替わる。

「ん?こいつぁなんかの式典、いや、結婚式か?………おい、まさか」

映像には煌びやかな装飾や色とりどりの花で絢爛豪華に飾られた聖べベル宮が映しだされている。その周辺には礼服に身を包んだエボンのお偉いさんと思わしき人々が集まっており、警備のための僧兵もかなりの数が配置されているのが分かる。だが、俺が確認したいのはそんなことじゃない。画面の隅々まで見渡す。

(………いた)

シドが操作するモニターの映像があるところでピタリと止まった。

そこに映し出されているのは一組の男女。男はその特徴的な髪形と顔面からグアド族と一目でわかる容姿をしており、エボンでも極一部しか着用が許されていない最上位の礼服に身を包んでいる。

対する女性は髪をアップにまとめ、背中と足元を大きく露出させた大胆なデザインのウエディングドレスを身に纏っている。薄いヴェールで顔が覆われているため少々分かりにくいが、その女性は間違いなく───

「「「ユウナ!?」」」

ブリッジに悲鳴に近い驚愕の声とシドの怒号が響いた。

「おい、リュック!どういうことだ!なんでユウナとあの腹黒野郎があんなことに!?」
「それはあたしが聞きたいよ!そもそもあいつがマカラーニャで───」

リュックがシドにマカラーニャで何が起きたのか説明している間、俺はモニターに映し出される光景をただただ見詰めていた。 

(ゲームの時から思ったけど行動が早過ぎる………けど、どうにか間に合いそうか)

この世界の有力者はその大部分がエボンの関係者であり、世界で一番安全といわれるべベルに居住している。そのため招待客を集めるのにそこまで時間はかからない。また、警備という点でもべベルは普段から厳重な警備を敷いているので、それを少し強化すればそれで済んでしまう。もっとも、それらを加味してもやはり動きが早過ぎるとは思うが、俺達等の不確定要素を警戒して多少の無理をしてでも強引に事を進めるつもりなのだろう。

ユウナの安否を確認すると視線を外してシドと向き合う。

(さてと………)

一つ深呼吸。モニターに映る光景を目の当たりにして、俺は思いのほか冷静でいることができた。といっても別にこの展開を知っていたからだとか、感情を上手く制御出来ているからとかそういった訳ではない。一周回って逆に冷静になっただけ。

しかし、この状態はある意味で望ましいものだった。これからシドに頼もうとしている事はあまりに無謀。まともな神経では無理だ。なにせ、

「つーわけで、リュックのオヤジさん。一族が大変な時に悪いんだけど、あそこまでよろしく」

世界最大宗教の総本山に直接殴り込むつもりなのだから。

「………おめぇ、自分が何言ってるのか分かってんのか?べベルの防衛網はハンパじゃねえ。陸は勿論、空から近づこうにも『あいつ』が領空を警戒している。無許可で近づこうものなら即攻撃されちまう。下手すりゃ自殺と変わらんぞ?」

シドの言う通りべベルの防衛網は尋常な物ではない。陸は数え切れないほどの武装した僧兵たちが見回り、上空は『あいつ』───最強の聖獣と言われているエフレイエが常時警戒にあたっている。少しでもその警戒網に触れれば即座に襲い掛かって来るだろう。ユウナがいない今、普通に考えれば召喚獣と同格の化け物を相手に空中戦などあまりに阿保らしい。禁じられた兵器での援護があるとはいえ、まともに戦えばどうなるか分からない。でも、

「勿論。べベルにユウナがいるなら乗り込んで助け出す。それだけっすよ」

スピラに来る前の俺ならば、間違いなく二の足を踏んでいたであろう状況。ここまで巨大な組織に喧嘩を売るなどどう考えても正気じゃない。マカラーニャでシーモアを殺すつもりだったのは、何度も襲われないようにするためというのもあるが、それと同じくらいにべベル突入イベントをなくしたかったという理由もあったのだ。だが、今は自分でも驚くほどに恐怖も緊張もしていない。少なくとも土壇場で足が竦んで動かない間抜けな展開はあり得ないと断言できるほどに。

(鉄火場に慣れたからか?まあ、それもあるだろう。けど、なにより───)

それだけ俺の中でユウナという存在が大きくなっていた。

ビサイド島で初めて出会った時、俺はユウナに対して綺麗な人だな、とその程度の感想を抱いたに過ぎなかった。無論、原作の登場人物に会えて感動したし、FFⅩのヒロインだった故に出会う前から好意的な感情があったのは確かだ。けどその時点において恋愛感情は皆無。最優先事項は俺の生存という点に変わりはなく、場合によってはシン討伐の妨害すら視野にいれていた。でも、一緒に旅をしていく間に優先順位が徐々に変わってしまった。

キーリカの船上で決死の覚悟を聞いて

泣きながら踊る姿を見て

ミヘンセッションやジョゼでその弱さに触れて

グアドサラムでユウナへの想いが溢れ出て

雷平原で自分の気持ちを自覚した。

仮に全ての厄介ごとが片付き、祈り子様から日本に帰るかスピラに残るかと選択肢を提示されれば、今の俺はスピラに残る選択を取る。日本に未練がない訳じゃない。家族がいる平和な日本に戻り、平凡に生活していく物語もあるのだろう。だがそれよりも、ユウナが心の底から笑って過ごせる日々を共に歩んで行けたらと思ってしまった。

それが俺の求める物語

それ故に答えは変わらない。ここで退く気は微塵もなかった。

「はっ、簡単に言ってくれるな小僧。だがよ、仮に上手くユウナを助けることが出来たとして、その後はどうするつもりだ?もし、このまま旅を続けるつもりならべベルには行かせねえ。たった数年の平和のためにユウナをみすみす死なせてたまるかってんだ!」

怒号を上げるシドにリュックが小さく頷く。

アルべド族は召喚士の犠牲の上に成り立つ平和を認めない。例え召喚士本人が自ら望んで進んだ道だとしても許容することはないだろう。それはイサールやドナの時のように拉致と言う強引な手を躊躇なく使ったことからも見て取れる。

ましてや犠牲になる召喚士が姪っ子であるユウナであればなおさらだ。ユウナ自身がなんて言おうが、どれほど嫌われようとも死ぬよりはましだと強制的に旅をやめさせるだろう。それがシドと言う男だ。

「旅は続けることになるかもしれない」
「なんでぇ!やっぱりお前等もそこらのエボンの連中と一緒か!?だったらここから───」
「でも、ユウナに究極召喚は使わせないし、死なせたりしない。その上でシンも倒すつもりだ」
「………おい、そんな夢物語が本気で可能だとでも思ってんのか?」

触れれば切れそうな鋭い眼光を真正面から受け止める。正直に言えば、まだ祈り子様から真実を聞いてない現状では、あまりに不確定要素が多すぎて今後どうなるのか分からない。でも、少なくともユウナを死なせないという言葉に嘘はない。例えべベルでどんな真実が待ち受けていようとも、そこだけは断言できる。

「その目、狂人が妄言を吐いてるって訳じゃなさそうだな?おめぇ、一体何を知ってる?」
「まだ断言はできないけど………究極召喚に頼らずにシンを倒せるかもしれない方法に心当たりがある、と言ったら?」
「なにっ!?」

俺の言葉にシドは目を見開いて驚きを顕わにする。もっとも驚きはシドだけでなく、ワッカ達も同様だ。その反応も無理はない。究極召喚以外でシンを倒す方法があると言われれば誰だって驚く。

「ちょ、ちょっと、ティーダ、それマジなの!?」
「ほ、本当か!?ユウナが死ななくても済む方法が本当にあんのか!?」

案の定、凄い勢いで詰め寄って来る面々を押し返しながら、頷いて返す。

この世界はFFⅩに酷似しているが、全く同じ世界という訳ではない。恐らくだが、単純にシンの内部に乗り込んでエボンジュを倒すだけでは永遠のナギ節にはならないはずだ。それは祈り子様がわざわざ俺を召喚したことから推測できる。原作と同じ方法で倒せるのなら、俺を召喚する必要はどこにもないからな。俺は、俺にしか出来ない『何か』をするためにここに呼ばれた。つまりその『何か』がシンを、エボンジュを倒す鍵になるとみて間違いないだろう。

「あんたどうして今までそんな重要な事を黙ってたの?」
「さっきも言ったけどまだ確証が持てないんだ。だから、悪いけどそれを確認するまでもう少しだけ待ってくれ。近いうちに必ず話す」
「………いいわ。今は聞かないであげる。でも後で必ず教えなさい」
「了解」

深く追及されずに済んでよかったと胸を撫で下ろす。ルールーは頭が切れる上に下手するとアーロン以上の威圧感があるからな。問い詰められればうっかりいらんことを漏らしてしまうかもしれないし。

「究極召喚に頼らずにシンを倒すか。それが本当なら乗らない手はねえ、だが………」

俺を見据えながら呟くシド。その目には隠しようもない疑いが見て取れる。

当然の反応だろう。この千年間、シンを倒せたのは究極召喚のみ。それをいきなり、どうやるかは詳しくは話せないがシンを倒す方法に心当たりがある。と言われたって、はいそうですか、とはならない。確証もなく、具体的な討伐方法すら話せない。それでも信じて欲しいなど自分でも虫がよすぎる話だと思う。だが、現時点ではこれ以上何も言えなかった。

そして、無言で俺とシドの視線が交差すること暫し

「もう一回確認するが、その話は本当だな?もし嘘だとしたら───」
「そん時は好きにしてくれ」
「ほう、言ったな。俺は容赦しねえぞ?」

シドは指を鳴らしつつ凶悪な笑みを浮かべていた。もし、万が一シンを倒す方法なんてありませんでした、なんてなったら最低でも骨折くらいは覚悟した方がいいかもな。いや、下手すると飛空艇からパラシュート無しのダイビングってことになるかもしれん。

「くく、一丁前に吹かしやがる。が、そこまで言うのであればそれに賭けてみるのも悪くねぇか」

幸いなことに俺の真剣さだけは伝わったようだ。シドはそう言ってふっと男臭く笑った。

「それじゃあ」
「おおよ、アルべド族の名にかけてべベルまできっちり送り届けたる!(お前等、進路をべベルに向けろ!全速でだ!)」
「(任せろ、オヤジ!)」

アニキの威勢のいい返事と共に、飛空艇は進路をべベルへと向けた。

「べベルまでは少しばかり時間がかかる。その間にお前等は準備を整えておけ。船にある物は何でも持って行っていいからよ」
「了解っす」

その後、俺達は突入の準備をするためブリッジを後にする。

(………第一関門はどうにか突破)

俺は密かに安堵の溜息を漏らした。万が一飛空艇が使えないとなれば、あのシーンを阻止するのに到底間に合わない。その上、今後のユウナの所在を掴むのも困難になってしまう。しかし、どうにかシドの協力を取り付けることができた。これで足に困ることはない。後はユウナを救出して祈り子の間へと向かうのみ。

(恐らくここが最大のターニングポイント)

べベルには、敵としてエボンの教えとシーモア。真実の語り部として祈り子様が。そしてなによりユウナが待っている。ある意味シンとの決戦よりも重要な局面といっていい。そう思うと否が応でも力が入る。

「おい、まだ早い。力を抜け」

そんな時だった。不意に横から声がかかる。見れば先程まで沈黙を守っていたアーロンが俺を見下ろしていた。

「え?」
「自分の手を見ろ」

言われて視線を右手に落とすと、いつの間にか固く握りしめられていた拳が目に入る。無意識に力を入れすぎていたのか血の気が引いて白くなっていた。

「あー………」
「べベル突入はかなりハードになる。今からそんな調子では持たんぞ」

どうやら自分では冷静なつもりだったが、いつの間にか気負い過ぎていたようだ。握りしめていた拳を解し、二度、三度と深呼吸をして少しでも気持ちを落ち着かせる。

「すみません。ちょっと気負い過ぎてたみたいです」
「構わん。お前の事情を考えれば無理はない」

かく言う俺も平常心ではいられないからな、とアーロン。俺から見ればいつも通りの自然体のように見えるのだが、この辺は経験の差ってやつか。

パンと両頬を張り、気持ちを切り替える。

「………もう大丈夫です。行きましょう」
「ああ、ユウナを助け出す。そして、今度こそ真実を聞かせてもらう」

様々な思惑が渦巻くべベルまでもうすぐだ。俺の物語が何処に向っていくのか不安はある。でも、ここまできたらもう止まるつもりはない。















次回べベル突入、の前にユウナ視点を挟みます。






[2650] 最後の物語へようこそ    第二十一話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/06/01 19:25


───べベル

大陸の北方に位置する水上に築き上げられたスピラ最大の都市。赤を基調とした石造りの建物が幾つも折り重なり、その中央にはエボン教の総本山である聖べベル宮が聳え立つ。

べベルはエボン教の中心地であり、上層部がこの地に居を構えていることから日常的に物々しい警備が敷かれている。上空には聖獣エフレイエ。また地上は武装した僧兵たちが常に巡回して治安を保っており、魔物一匹侵入する隙間はない。

そんな日常的に厳しい警備が敷かれているべベルだったが、とある日の警備はいつもより五割増しで僧兵達が増員されていた。過剰ともいえる警備の理由は、先日もたらされたとある重大なニュースにあった。

そのニュースとは、エボン老師シーモアと大召喚士の娘ユウナの婚姻発表だ。

三日ほど前に発表されたそのニュースは、少しばかりの混乱とそれ以上の興奮を持ってべベルに住む人々を歓喜させた。

スピラには明るいニュースがあまりに少ない。十年前にブラスカがシンを倒した時、世界中でそれはそれは盛大に盛り上がった。普段は物静かなべベルでさえ昼夜を問わずお祭り騒ぎが続き、人々は平和な日々の訪れに狂喜乱舞した。が、それもシンが復活するまで。数年後、当然のようにシンが復活してからは、どこそこの街がシンに壊滅させられた、討伐隊が壊滅した等々、そんな暗い話題ばかりである。いつしか鬱蒼とした雰囲気が再び社会を包み込んでいた。

そんな中、久しぶりに発表されたおめでたい話題に人々が食いつかない訳がなかった。

グアド族の族長にしてエボンの老師。人当たりがよく召喚士としても最高の技量を持つシーモア。対するユウナは大召喚士ブラスカの娘であり、シンの討伐に期待が寄せられている有望な召喚士。

誰もが羨むビックカップルの成立に普段は厳粛なべベルの雰囲気も一変。街の至る所でその話題で持ちきりとなり、人々はお祝いムード一色となっていた。

渦中の人物であるシーモアは、最上位の礼服に身を包み招待客に挨拶をして周っている。いつも通りの穏やかな仮面を被り、その内に秘めた黒い感情を一欠けらも表に出さない。理知的で物腰柔らかく人当たりのいいシーモアに人々は次々と祝福の声をかける。

一方でもう一人の主役であるユウナ。彼女にも祝福の言葉をかけようとした人々は、少しばかり首を傾げることになる。朗らかな表情のシーモアとは真逆。表情を強張らせ、返答する声もあからさまに固い声であった。

彼等は皆一様に疑問に思う。純白のウェディングドレスに身を包み、本来は使用できない聖べベル宮にて式を挙げる。女性であれば一度は夢見るシチュエーションだろう。しかも相手はエボンの老師という最優良物件。なのに何故これほどまでに表情を硬くしているのかと。

疑問に思いつつも、結局彼らの殆どはこれがマリッジブルーかと勝手に納得するに終わってしまう。おめでとうございます、と手短に祝福の声をかけるに留めてその場を去っていった。

これはある意味で仕方がない。彼らが見ているのはシーモアが十数年をかけて作り上げた虚像。そう易々と見破れるものではなく、彼らには裏の顔など想像すらできなかった。薄々シーモアに危険な気配を感じていたごく少数の者達も、決定的な証拠なしに老師を糾弾することなど出来ず、仮に証拠があったとしてもグアド族族長としての立場もあるため迂闊に動くことはできないでいた。

やがて挨拶回りも終わり、式は終盤へと向かう。残すところは聖べベル宮で待つマイカ総老師の前にて愛を宣誓し、誓いのキスを交わすのみ。式の主役である二人は、ゆっくりと聖べベル宮へと進み行く。

傍から見れば文句のつけようもない最上級の結婚式。人々に祝福され、夫となる人物はエボン教の老師の地位にある。あまりに出来すぎていて嫉妬の対象にさえならないほどの状況だ。だが、そんな誰もが羨む状況の中、主役の片割れが考えていることは式とは全く無縁のことだった。

(………皆、どうか無事で)

彼女の頭に浮かんでくるのはマカラーニャで離れ離れになってしまった仲間達のことばかり。その中でも特に考えてしまうのは一人の青年のことだった。

重傷を負ったまま落下してしまった彼。もしも一人で魔物の多い地帯に飛ばされてしまえばどうなるか、想像するだけでユウナの背筋には寒気が走った。ポーションで回復させていると言っていたが、あそこまでの重症ではポーションを多用しても治すのにそれなりに時間がかかってしまうだろう。あの時に無理にでも回復魔法を使用していれば………この三日間で何度そう思った事か分からない。

(………大丈夫………きっと大丈夫。あの時、私に待っててくれって言ってた)

不安になる気持ちを押し殺し、自分に言い聞かせる。その言葉は彼の口から直接聞いたわけではない。だが、落ちていく彼と視線が交差した時に感じ取った意思は、待っててくれ、と物語っていた。絶対に気のせいなんかじゃない。あの瞬間、彼の意思は確かに伝わってきた。

彼は約束を破るような人じゃない。時間的に見れば短い付き合いだが、彼に対する信頼は長年一緒にいたルールー達にも匹敵する。それだけの事をこれまでの旅で示してくれた。

本来であれば重傷を負った彼にこそ助けが必要だったはず。なのに、最後まで自分の身を案じてくれた彼の生存を信じて待つ。囚われの身となったユウナに許された数少ない出来ることがそれだった。

もっとも、ユウナ自身としてはただ座して待つだけのつもりはなかった。もう一つ出来ることが存在した。囚われの身となっても、いや、だからこそ出来ること。

隣を歩く男を横目に見ながら思う───異界送りの隙が少しでもあれば、と。

大人しく従っているのは、ただ助けが来るのを待っているだけではない。皆が来てくれた時の負担を少しでも減らそうと、シーモアに異界送りをするチャンスを窺っているためでもあった。

シーモアは特大の危険人物だ。マカラーニャ寺院で現した本性を見ればそれは疑いようもない。彼の目的が達成してしまえばスピラにとって極めて良くない事態になるとジスカルの証言もある。一体何をしでかすのか想像もつかないが、絶対に阻止せねばならない。だから、こうして大人しく花嫁を演じてまで隙ができるのを待ち構えている。

正直に言えば、本性を知った今では結婚などしたくはない。偽りとは言え、これから夫婦となると思うと嫌悪感すら覚える。しかし、元はと言えば自分が招いた事態だ。嫌悪感や敵意、その他全て飲み込んで今は耐えると決めた───はずだった。

「シーモア様、ユウナ様、ご成婚おめでとうございます!」
「ありがとう。皆からの祝福を嬉しく思う」
「………ありがとう………ございます」

集まった人々から笑顔で祝福の声をかけられる。その度にユウナは胸を締め付けられた。

スピラの人々に笑顔を届けたい。それが自分の願いであり、過程や原因はどうであれ、一度は自分が望んだ通りの光景が目の前に広がっているのに、何故か胸が痛くなり目を背けたくなった。目の前の人達はシーモアの本性を知らず、素直に今回の結婚を喜んでくれているというのに。

(なんで………なんで、こんなに痛いんだろう)

式が進むにつれて胸の痛みは増していく。

ユウナにとって、結婚とはそれほど重要なものではない。召喚士はシンと戦い死ぬ運命にあるため、元々幸せな結婚など考えたこともなかった。自分が結婚することで少しでもスピラの人々が笑顔になってくれればいいな、とそのような認識であり、自分自身の気持ちなど考慮の埒外であった。今回も同じこと。シーモアを討つチャンスを作るための一つの手段に過ぎない。

なのに何故、今更こんなにも胸が痛むのだろうか?

(………あぁ……そっか……)

少し考えて気が付いた。いや、気が付いたと言うより、今までその事実から目を背けていただけ。

横にいるのが彼ではないから。

単純で、何よりも重要なことだった。
ユウナは結婚を重要なものではないと考えていたが、それは少し違う。これまで自分は恋などしないだろうと思っていた。だからその先にある結婚についても無頓着でいられただけ。恋愛感情がなくとも、シーモアと結婚することでスピラが明るくなるのであればそれでも構わないと思っていたのは、そのような考えが根底にあったからである。

だが、彼に出会ってしまった。

(私は………実が好きなんだ)

自分の気持ちを自覚して、胸が一層締め付けられる。

恋などしないと思っていた───シンを倒す覚悟が鈍るかもしれないから。好きな人が出来ても辛いだけだから。しかし、彼に出会って気が付いてしまった。だから手段の一つに過ぎなかった結婚でこんなにも胸が痛くなる。

彼に好意を抱くようになったのは何時からなのか?明確には分からないが、興味だけなら出会った当初から抱いていたと思う。

スピラにおける召喚士の地位は極めて高い。それ故に老若男女問わず対等な立場で気楽に話せる友人のような存在は、姉や兄達を除いてほとんどいなかった。同世代でいえばそれこそ皆無。

彼と出会ったあの日、同世代の男の子と何気ない会話を楽しんだのは生まれて初めての出来事となった。いつもなら人前で召喚士としての立場を崩すことはないが、あの時はただのユウナとして、気が付けば素の状態を晒していた。家に帰ってから初めてその事に気が付いて、自分で驚いてしまったのを覚えている。それから彼に興味を覚えた。

無論、それだけでは恋愛感情にまでは発展しなかったはずだ。いい友人になれたかもしれないが、そこで終わっていた可能性の方が高い。

はっきり意識し始めたのは、恐らく命を救われてから。

キーリカではシンのコケラ討伐後、気の緩みから魔物に強襲される事態が起きてしまった。避けろ!と叫ぶ声に周囲を見渡せば、眼前には既に敵の攻撃が迫っていた。大鎌を思わせる鋭い爪は、さながら死神の鎌のよう。初めて感じる明確な死の気配。避けなければ、と思っても体は硬直して反応してくれない。ビサイド島で箱入り娘の如く大事に育てられた弊害がここにきて出ていた。

死を目前にして意識のみが加速する中でユウナは絶望していた。シンを倒すどころか、このまま何も出来ずに終わってしまうのかと。

だが、そうはならなかった。

グイッと急に体が引っ張られ、そして抱きしめられた。一瞬何が起きたのか分からなかったが、直ぐに庇われたのだと理解する。その結果、魔物の攻撃は自分には傷一つ付けることはなかったが、庇った彼の背中を深く抉っていた。

幸いといっていいのか、敵の攻撃は深く肉を切り裂いていたが、重要な臓器を傷つけることもなく致命傷には至らなかった。取り乱しながらもすぐに魔法を唱えて傷を癒す。ケアルラとエスナの併用で直ぐに傷は元通りに治った。そのことに安堵するも、ユウナは唇を噛みしめて俯く。

自分が動けなかった所為で彼に大怪我をさせてしまった。下手をすれば死んでいたかもしれない。謝って許されることじゃないかもしれないが、謝ろうとした。だが、ユウナの謝罪は他ならぬ彼により止められてしまう。そして、そんな言葉ではなく、もっと別の言葉が欲しいと言われた。そこで、まだ助けて貰ったお礼を言ってないことに気が付く。こんな重要な事を言われるまで気が付かないなんて、と自分のダメさ加減に落ち込んだりもした。

どうにか笑顔を作ってお礼を言うと、彼はそれを笑って受け入れてくれてた。いや、むしろ治療をしてくれてありがとうと言ってくる。自分の所為で怪我をさせてしまったのだから治癒するのは当然なのに………。少し前に励まされたばかりなのに、また励まされてしまった。どうにも彼の前では立て続けに情けない姿ばかり見せてしまう。そんな自分がどうしようもなく恥ずかしくて、召喚士失格だと思いながら、でも何故か悪い気はしなかった。

強く意識し始めたのは、やはりこの時からだろう。

ふとした瞬間に目で追ってしまう自分がいた。ブリッツの試合で彼にボールが渡る度に一喜一憂する自分がいた。召喚士にあるまじき行為なのに、彼に弱音を吐いている自分がいた。俺がユウナを守るよ、と言われて内心舞い上がっている自分がいた。リュックが彼に抱き着いているのをみて、心にもやもやした嫌な感情を抱いている自分がいた。誰も知らない本当の名前を教えてもらって、密かに優越感を感じてしまった自分がいた。彼がいれば、シーモア老師と敵対する事態になっても後悔しないと思う自分がいた。

今までこんな自分がいるなんて知らなかった。彼と一緒にいると今までに感じたことがない感情に振り回されてしまう。それを嫌だとは思ったことはない。むしろ心地よさすら感じていた。

でも、正直に言えば、心の片隅で薄々気が付いていた。これは自分が抱いてはいけない感情だと。気が付いていながら、この気持ちを捨てたくなくて、今この瞬間まで目を背けてた。

(覚悟を決めたはずなのに…………)

ユウナは唇を噛みしめる。自分の気持ちに正面から向き合った今、シーモアとの結婚に躊躇が生まれていた。気が付かなければ嫌悪感を覚える相手でも我慢できたはずなのに、今は感情が拒絶してしまっている。彼以外の人とこの道を歩いていることに寒気すら覚えた。

「会いたいな………」

思わずそんな言葉が漏れる。今すぐ会いたい。会って彼の暖かさに触れたい。無茶なことと分かっていても、考えずにはいられない。

もし、今この時、彼が助けに来てくれたなら…………

そこまで考えてユウナは自嘲した。生きててくれるだけで喜ぶべきなのに、なんて都合のいい妄想なのだろうか。そんな奇跡のようなことは物語の中でしかあり得ない。

「ん?………お、おい、あれ」

───そう思っていた。

私語一つない厳粛な雰囲気の中で、その小さな呟きは思いのほか響き渡った。思わず視線を向けると一人の参列者が呆然と上空を見上げていた。幾人かがそれにつられて上を見上げると、すぐに同じ表情となる。ユウナも見上げてその理由を知った。

「船が………飛んでる?」

空飛ぶ船が急降下でこちらに向かって来ている。見たままを言葉にすればそうなった。

「そ、空飛ぶ船………まさか、アルべドの襲撃か!?エフレイエは何をやっているんだ!?」
「騒ぐな!どうやってエフレイエの警戒網を掻い潜ったのかは知らんが、今はとにかく迎撃の準備を整えろ!」
「りょ、了解です!」

上空からの襲撃というありえない事態に周囲が騒めくが、警備責任者であるキノックの指揮の下すぐに迎撃の準備が進められる。ライフルを構えた一般的な僧兵に、さらに本来は教えに反する砲弾射出型の機械兵を全面に展開することで真っ向から空飛ぶ船を打ち落とすつもりのようだ。

慌ただしく動く僧兵達と、避難しようとする参列者。先程までの厳粛な雰囲気は吹き飛んでしまい、その場は混乱に包まれた。

(………来て………くれた)

そんな中、ユウナはその場に立ち尽くしていた。視線は船に固定され微動だにしない。いや、正確に言えば船の甲板にいる一人の青年の姿を見つけてから、その姿を捉えて離さなかった。

(本当に………来てくれたっ)

シーモアが何か言ってくるが、全く耳に入ってこない。業を煮やしたのか、ついには強引に腕を掴まれて壇上に連れていかれるが、そんなことどうでもよかった。

彼の姿を視界に捉えてから様々な感情が溢れてくる。怪我は大丈夫なのかと心配する気持ちがあれば、こんな無茶をしてと怒りたい気持ちもある。

でも、助けに来てくれたことが、何よりも嬉しくてしょうがなかった。

「………実っ!!」

捕まれていた腕を振り払い、彼の元へと駆けだす。

先程まで感じていた寒さは、いつの間にかどこかに吹き飛んでいた。











諸事情により急遽投下。土日も投下でその後に書き貯めに入ります。



[2650] 最後の物語へようこそ    第二十二話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/06/02 18:27



 「………実っ!!」

 その声を聞いて、反射的に飛空艇の甲板から飛び降りる。

 飛空艇から地面までは、高さにして優に二十メートル以上はあったが、両足をバネのように使って衝撃を吸収し、無事に着地。背後からも続々と着地を決める音がする。

「ユウナ!」

 ゲームとは違い、聖べベル宮のほぼ真上から急降下して飛び降りたので、ユウナとの距離は目と鼻の先だ。武装した僧兵もまだ駆けつけていない。幾つか想定していた中でもかなりいい状況だろう。となれば───

「待たせて悪い!」
「ううん!助けに来てくれただけで………って、きゃあっ!?」

 ここは、とにかく速攻でこの場を切り抜ける。階段を五段飛ばしで上り、逆に下りてきたユウナを有無を言わさずに両手で抱き上げる。右手は背中にまわし、左手は膝の裏あたりに添える。そう、俗にいうお姫様抱っこというやつだ。

 抱きかかえられたユウナは、一瞬ポカンとした表情になるも、直ぐに自分の体勢に気が付いたのか顔が真っ赤に染まる。

「こ、この格好って!?」
「ジョゼ寺院で言ったろ?今度は格好良く助けてみせるってさ」
「あ、あの時の………うんっ!」

 ウェディングドレスなんて着ていたらまともに走れる訳もなく、そのために必要な措置でもある。まあ、私情が大いに入っているのは否定しない。それにユウナが軽いとはいえ、人一人抱えて走るのは病み上がりの体には結構な負担だったりする。

 だが、この役目だけは他の誰であろうと譲れない。

「貴様………」

 ユウナを救出し、いざこの場から脱出しようとすると怒気を孕んだ声が壇上からかけられる。そこには何時もの仮面を脱ぎ捨て、憎悪に染まった瞳で俺を睨むシーモアの姿があった。こっちに来てすぐの俺ならば、その狂相に怯んでたかもしれない。だが、今となってはそよ風程度の圧力だ。

「あんたにユウナは勿体ない。返して貰うぞ」

 それだけ言い放って皆の元へと駆ける。可能なら置き土産で一発ぶん殴っておきたいところだったが、目的を履き違えるつもりはない。今はこいつに構わず、当初の予定通り二人に合図を送る。

「リュック!ワッカ!」
「オッケー!」
「おうよ!」

 待ってましたとばかりに、二人は手にしたアルべド印の閃光手榴弾を手当たり次第にばらまいた。数秒後、視界を真っ白に染め上げる光の奔流が辺りを覆い尽す。

「なんだ、この変な………っっっ!!?目、目がァアア!」
「っっ!光で目がっ!?」
「くそったれ!何も見えん!おい、侵入者を逃がすな!」

 閃光手榴弾の存在を知らない一般の僧兵は、その大部分がまともに閃光を見てしまったようだ。そこかしこから呻き声が上がっている。ちょっぴり悪いことをしたと思いつつも、容赦はしない。次の一手を打つ。

「アーロン、キマリ!」
「ああ」
「ユウナの前はキマリが守る!」

 二人は一瞬の逡巡もなく、敵に真っ向から突っ込んでいく。俺達を囲むように展開しつつあった包囲網の一角は、二人の突撃を受けて戦国○双の雑魚の如く吹き飛んでいった。

 そして、包囲網から抜け出すと同時。我らが最恐の黒魔法使いに最後の仕上げを頼む。

「ルールー、よろしく」
「ええ、任せなさい」

 薄く笑ったルールーは、魔力をその身に充実させ詠唱を開始。呪文詠唱は一瞬の内に十数回行われ、発動の条件を満たすと同時、天より雷の雨が降り注いだ。………何気にリュックが、あばばばと泡吹いているが、そこはスルーしておこう。

 青白い稲光が収まった後は、まさに死屍累々といった様子だった。といっても、流石に殺してはいない。式の会場にいた警備兵は殆どが倒れ伏しているが、使用したのが威力を抑えたサンダーだったので重症者もいない。これで暫く時間を稼げるだろう。

(なんとか上手くいって良かった………)

 一先ず山場を無事に超えられたことに安堵の溜息を漏らす。急遽決めた穴だらけの作戦にしては、最高に近い結果が得られたと思う。というのも、こんな無茶な作戦がまかり通ったのは、幾つかの予想外の要因があったからだ。

 一つ目の要因は、エフレイエの襲撃がなかったこと。奴の索敵網は、べベルを中心に周囲数キロに渡り敷かれている。それ故に気が付かれずにべベルに近づくのは無理だと諦めていたのだが、索敵範囲に入っても一向に襲ってこなかったのだ。というより影も形もなかった。もしかしたら祈り子様が手を回したのかも知れないが、正確な所は分からない。何か薄気味悪いものを感じるが、ともかく戦わずに済むのであればそれに越したことはない。

 二つ目は上の理由に関連しているが、エフレイエを倒さなかったことにより、聖べベル宮の真上から急降下するまで気が付かれなかったことだ。ゲームではエフレイエを倒した際に、大量の幻光虫が周囲に拡散してしまい、そこから接近に気付かれてしまった。今回は倒してないので発見されるのが相当遅れたため、乗り込む難易度がかなり下がったのだ。

 三つ目の要因は、プロテスの性能が思いのほか高かったことだ。知っている人が殆どだろうが、プロテスとは肉体の防御能力を劇的に引き上げる補助魔法を示す。この世界の効果時間はおよそ三十分間程度であり、プロテス状態であれば銃弾も致命傷にならず、当たっても物凄く痛いで済むらしい。ただし、流石に砲弾を受ければ即死こそしないが、まず動けなくなるだろうから注意とのこと。

 もともとティーダの肉体性能からすれば四、五メートルの高さから飛び降りてもどうにかなる。だが、流石に二十メートル以上の高さから飛び降りれば無事では済まない。それを無傷で済ませることができたのは、偏にアルべド族の白魔法使いがかけてくれたプロテスのお蔭だった。これがあったからこそ躊躇なく飛空艇から飛び降りて、ユウナを助けることができた。ほんとプロテス様様である。

(と、まあ、ここまでは文句のつけようがない位に順調だ。順調なんだけど………)

 あの絶望のキスイベントは阻止できたし、誰一人として怪我もせずにユウナを救出することが出来た。ほぼ最高の結果といって良いだろう。だが、あくまでここまでの話しだ。祈り子様が語る内容次第でどうにでも変わってしまう。

(さて、一体どんな真実が飛び出すことやら………)

 ユウナを無事に助け出せた喜びも束の間。俺達は一直線に祈り子の間を目指す。

 そして───













 やっと辿り着いた。

「よくここまで来てくれたね。待ってたよ」

 聖べベル宮の包囲網を抜けた俺達は、試練の間へと直行する。試練を手早くこなすと祈り子の間に到着。正確に言えば一歩手前の控室にあたる部屋なのだが、そこには一人の少年───バハムートの祈り子様が待ち構えていた。

 俺は即座に問い詰めたくなる気持ちを抑え、一先ずは様子を窺うに留める。流石に皆がいる前で問い詰めるのは不味いだろうし、アーロンも黙ったままなのでそれに習う。焦ることはない。ここに俺を招いたのは向うだ。ならば向うから何かしらのアクションを起こすだろう。

 俺とアーロン以外は、武器を構えて警戒していたが、やがてユウナが何かに気が付いたように恐る恐る声をかけた。

「この気配………貴方は………もしや祈り子様でしょうか?」
「うん、そうだよ」
「えっ、嘘………このちみっこい子が祈り子なの?」
「リュック!?だ、駄目だよ、そんなこと言ったら!」
「ああ、気にしてないから大丈夫。この姿はあまり表に出さないから信じられないのも無理はない」

 驚愕の表情を浮かべる面々に、祈り子様は肩を竦めてみせる。まあ、確かに召喚獣としての姿から今の姿を結びつけるのは無理だろう。失礼は失礼だが、リュックの反応も分からんではない。口に出したら駄目だけど。

「し、失礼いたしました。あの、私はビサイド島より参りました召喚士ユウナと申します。祈り子様、シンを倒す力をどうか私にお貸しください」

 ユウナは戸惑いつつも、その場に跪き、祈りを捧げる。目の前にいるのは最強の召喚獣と名高いバハムートの祈り子様。召喚士としての成長のためにも、そして、これからガガゼト山やザナルカンド等といった過酷な環境を踏破していくためにも、その絶大な力は必須となるだろう。

「召喚士ユウナ。悪いけど僕が君に力を貸すことはない」

 だが、その祈りは、ばっさりと切り捨てられる。

「………え?な、何故でしょか?」
「簡潔に言えば必要ないから」
「必要………ない?」

 そのあまりにも簡単な言い分に、閉口するユウナ。

「お待ちください!いくら祈り子様の仰る事とはいえ、納得できません。ユウナはこれまでシンを倒すために旅を続けてきました。それなのに今更必要ないとはどういう事ですか!?」
「そうっすよ!このまま引き下がる事なんてできません!」

 見かねたルールーとワッカが割って入る。二人は人生の全てを掛けてシンを倒すと決意したユウナを見てきた。必要ないからと、そんな簡単な説明で到底納得できるはずもない。

「………私が力不足だからでしょうか?」
「いや、僕から見ても君の力は十分だ。過去の大召喚士と比べてもなんら遜色ないほどには評価している」
「ならば何故ですか!?」

 せめて納得のいく理由を!と、普段は温厚なユウナであっても声を荒げて詰め寄った。

「さっきも言ったはずだよ。もう必要ないんだ。君の役目は既に終わっている」
「私の………役目?」
「召喚士ユウナ。君はこれまでよく頑張ってくれた。その気高い意思と覚悟は、スピラを救うのに十分に貢献してくれた。だから───」

 困惑するユウナに、まともに答えるつもりがないのか、祈り子様は淡々と言い放つ。そして、


「これまで本当にお疲れ様。君の旅はここで終わりだ」


 その言葉と同時に、背後で荒々しく扉を開く音と十数人分の足音が響き渡った。

「っち、お前達!呆けてないで構えろ!」

 突然の出来事に即座に反応できたのはアーロンのみ。背負った大太刀を抜き放ち、通路の入口へと向けた。俺も遅れて戦闘態勢を取るが、内心は混乱状態から抜け出せていなかった。

(なんでこんなに早く追手が!?)

 このタイミングで大勢の足音。となれば十中八九追手が来たとしか考えられない。だが、それにしてもあまりに早過ぎる。俺達がここに来てまだ数分だぞ?閃光弾にルールーのT・サンダーのコンボを食らったら、まともに動けるようになるまでそれなりの時間が必要なはず。なのに、もうここまで来るなんてありえない。

 仮に別部隊が動いたとしても、時間的に見て最初からここに来ると知って動かなければ………いや、まさか───

「おい、バハムート、これは貴様の差し金か?」

 アーロンは視線を通路に向けたまま祈り子様に問いかける。考えたくもないが、俺も同じことが頭に浮かんていた。

「………そうだよ。万が一にも逃げられたら厄介だからね」
「そんなっ………」

 祈り子様の返答に、もはや絶句することしか出来ない。祈り子様は俺に何かさせたい事があり、ここに呼んだのではなかったのか?ここに誘い込んだのは捕らえる為の罠だったのか?俺の脳裏に様々な考えが浮かんでは消えていく。

 俺は祈り子様を問いただそうとするが、時すでに遅し。

「くく、一網打尽という奴だ」

 耳障りな声が響く。声の主は僧兵を従えたキノック老師。此方を小馬鹿にした表情で見下していた。

「ユウナ殿ならば、逃げる前に祈り子の間へと行くと考えるのは当然のこと」

 奥からはさらに二人が現れる。一人はシーモア。そして、もう一人はエボン教の頂点に立つ人物、

「さよう。実に分かりやすいな、召喚士ユウナとそのガード共よ」
「………マイカ様まで」

 ヨー・マイカ総老師。スピラの覇権を握って半世紀になる絶対なる権力者。彼はロンゾ族やグアド族との融和政策を打ち出し、それを実現させるなど数々の功績を打ち立て、民からは慈悲深く温和な人物であると思われている。しかし、その正体は死人。エボンの秩序を乱すものは、誰であろうが許さない冷徹な顔を持つ。

「大層な歓迎っぷりだ。トップ3が揃い踏みとはな」
「なぁに、遠慮することはないぞアーロン。同期の好だ。この盛大な歓迎をたっぷりと味わい尽くしてくれよ?」

 キノックの合図と共にライフルが向けられる。

 不味い。この状況は相当不味い。閃光弾での目晦ましは打ち止め。プロテスの効果はまだ続いているが、持ってあと数分程度。後ろは祈り子の間があるだけで行き止まり。前に進もうとも武装した僧兵が道を塞いでいる。シーモアがいなければ召喚獣で蹴散らすという手段もあったかもしれないが、呼んだ瞬間に一撃の慈悲が飛んでくるだろう。絶体絶命のピンチといって良いい。この状況を、どうするか………

(もう一度使うしかないか?)

 二度と使いたくなかったヘイスガの使用を考える。ヘイスガでシーモアさえ葬ってしまえば召喚獣が使用可能となる。そうすれば強引に突破口を開けるかもしれない。

 だが、幾つか問題もある。
 一つ目が、今のシーモアを一撃で殺せるかということ。ただの人間だった頃ならプロテスがかかった状態でも首を刎ねることはできた。しかし、今のシーモアは魔物化しているため、当然人間だった頃よりも体力、防御力は飛躍的に上昇している。死ぬ気でヘイスガを発動させて攻撃したとしても、一撃で仕留め切れるかと言われれば、絶対の自信はない。

 二つ目に、仮に首尾よくシーモアを倒したとしても、召喚獣がこちらの味方だとは限らないことだ。この罠を仕掛けたのがバハムートの独断ならいいのだが、最悪全ての召喚獣がグルの場合もある。いや、むしろそちらの可能性の方が高い。そうだとすれば、ここから逃げられる確率はほぼゼロだろう。

 ヘイスガを使ったところで結局無駄になる公算がでかい。下手すればそのまま死んでしまう。

(なら、ここは原作通りに大人しく捕まって浄罪の路に落とされるという手もあるか?)

 ………いや、だめだ。原作を知っていて罠を仕掛けてきた以上、大人しく捕まっても何かしらの手は打ってあると考えるべき。あるいは浄罪の路に落とすと言う処罰ではなく、そのまま処刑になるかもしれない。

(どちらにせよタダでは済まないか。なら、大人しく捕まるよりもいっそのこと………)

 あまりに分の悪い賭けになりそうだが、せめてもの意趣返しにバハムートの思惑をぶち壊して、あの余裕ぶったシーモアの首をもう一度刎ね飛ばしてやるのもいいだろう。

 自分でも過激な思考に染まりつつあるのは自覚している。或いは自棄になっているのかもしれない。だが、それでも今までの努力も苦労も覚悟も、全てが無駄になるよりはましだ。

 俺はヘイスガを発動させる準備を整えるために、アーロンの陰に隠れてカプセルをホルダーから取り出す。

「おっと、そこのお前、動くな」
「………っち」

 その動きをキノックに見咎められた。いくら慎重に動いたとしても、流石にここまで注目されていてはちょっとの動きでもばれてしまうか。

「無駄な抵抗はやめておけ。大人しくしていれば貴様らは公平な裁判で裁かれる。だが、ここで抵抗するのであればそのまま射殺もやむなしだ」
「待ってください!私達は────」
「黙れ、どんな理由があろうと貴様等はエボンに反逆し盾突いたんだ。有無を言わさずに殺されないだけ有り難いと思う事だ」
「っ、それは………」
「それで、どうする?大人しく捕まるか、抵抗するか?」

 俺はどっちでもいいぞ、と嗜虐的に笑いながら片手を上げるキノック。それに呼応するかのようにライフルの引き金に指がかけられた。

 やはり大人しく捕まった所で処刑される道しか見えない。あるいはユウナだけは生き延びられるかもしれないが、その場合も結局はシーモアの操り人形になってしまう。

 やっぱり戦るしか───

「ふむ、少し待たれよ、キノック老師」

 そう、思った瞬間だった。皺枯れた声が割り込んでくる。

「マイカ様?如何なさいましたか?」
「なに、少しばかりこやつ等と話がしたくてな」
「………は、ですがお気お付けください」
「分かっておる」

 話がしたいと言うマイカに、キノックは怪訝そうな表情を浮かべるも素直に従う。マイカはゆったりと前に出てくると口ひげを撫でつつ、俺達を見渡した。

「さて、召喚士ユウナ一行よ。此度は、よくもエボンの聖なる儀式に泥を塗ってくれよった。そればかりかシーモア老師に危害を加える重罪まで犯した」
「お言葉ですが、マイカ様。先に罪を犯したのはシーモア老師の方です!老師は父君ジスカル様をその手で───」
「そのようなこと既に知っておる」
「………ぇ、マイカ様………知っていてなぜ………」
「エボンに逆らい秩序を乱した。この事実こそが重要なのだ。エボンの老師としては、この罪見過ごすわけにはいかぬ。それ以外は些細なことよ」

 親殺しを些細な事と言ってのけるマイカに絶句するユウナ達。元々エボンの民ではないリュックでさえも、その歪な考えに息を飲んだ。

 マイカは現状の維持こそが最良だと考えている。エボンの名の下、召喚士が命を投げだしてシンを倒し、数年間の平和を享受する。そして、またシンが復活し、それを倒す。千年続いた死の螺旋。死してなお、それを維持することに全てをかけている。

「エボンの秩序を乱した汝らの罪は重い。その罪は極刑にすら値するであろう。儂はスピラに仇為す者を何人たりとも許しはしない」

 失意の溜息を付く。期待していなかったが、話して分かってくれる相手じゃないか。しかも裁判をすると言ったのにその前に極刑を宣告されるとはな。だが、これで気持ちが固まった。こうなれば徹底的に───

「だが、それとは別に話しておきたいことがあってな?先の聖べベル宮での大立ち回りは誠に見事であった。あそこまで鮮やかに警備を抜かれるとは思わなんだ」

 ───いきなり何だ?突然の話題転換と褒め言葉に眉を寄せる。

「儂は齢百に近いが、あれほど見事なものを見せて貰ったのは初めてであった」
「ふん、で?それがどうした?」
「いやなに、然るに褒美を与えようかと思ったまでのこと。そら、何が欲しいか、述べてみよ」
「………呆けたか?ヨー・マイカ、貴様何を言っている?」

 状況が飲み込めない。マイカは何を言っているんだ?先程まではエボンに反逆したのを許さないと言っておきながら、見事な大立ち回りだった?褒美を与える?………やっぱり状況が全く飲み込めない。

「マイカ様?」
「反逆者を相手に何を………」
「なに、単なる戯れだ」

 シーモアやキノックですらマイカの言葉に困惑の様子を見せている。

 一体何なんだ?マイカは何がしたい?ここで俺達を見逃せと言えば見逃して貰えるのか?僅かな希望をチラつかせて後で絶望を味合わせるためか?だが、そんな事をして何になる?

 分からない。混乱状態にある頭を必死に回転させるが、いくら考えてもマイカの考えが読めない。

「あ、あの………」
「ふむ、いきなり言われても困惑するのも当然か。ならば儂が自ら選んでやろう。そうさな───

















     ─────この痴れ者の死、なんぞ如何であろうか?」




 その言葉と共にドスッ、と鈍い音が聞こえた。音の発生源はシーモアの背中。簡単に現状を説明すれば、今まで背後に控えていた僧兵が短剣でシーモアの心臓を貫いていた。

「………は?」

 それだけの事なのだが、目の前の光景に理解が追いつかない。背後から刺されたシーモアでさえも、何が起きたのか分からなといった顔をしている。

 そして、静寂を貫いて絶叫が上がる。

「────がっっっ!?マイカ、貴様これはどういう事だ!?」

 マイカはシーモアの叫びを無視して冷静に観察を続けていた。

「ふむ、流石に魔物化しているだけあって、心臓を貫いても即死とはならんか」
「ぐっ、こんなちっぽけな短剣で、私をどうにかしようなど………………っ!?」

 シーモアは力任せに短剣を引っ張り出そうとするも、短剣はビクともしない。それどこころか短剣を掴んでいる手が爛れ始めている。

「それは主の為に特注した一品でな。聖堂にて十年以上も祈りを捧げた特別な清めの塩を混ぜ込んである。主のような存在にはさぞ効くであろう?無論、それだけではない」

 マイカが片手を上げると、今まで俺達に向けられていた銃口が一斉にシーモアに向けられる。

「マ、マイカ様?これは一体………」
「キノック。貴様は何もせずに黙って見ておれ。詳細は追って話してやろう」

 口をあんぐりと開けて間抜け面を晒していたキノックは、ようやく我に返ったように恐る恐る尋ねる。が、マイカの威圧を受けてですごすごと後ろに下がることしか出来なかった。

「マイカ、貴様………何のつもりでこんなことをっ………」
「先程も言うたであろうが。儂はスピラに仇為す者を何人たりとも許しはしない」

 呪詛の如き叫びが木霊する。が、マイカは眉すら動かさずに淡々と話す。

「何を馬鹿なことを………それならば、そこにいる者達の方がエボンに仇を───」
「人の話しはきちんと聞くがいい。儂は『エボン』と言う小さな枠ではなく『スピラ』と言ったのだ。シーモア=グアド。貴様がシンに取って代わり、スピラを死で満たそうという考えは既に知っておるわ」
「っっ!?」

 シーモアの顔にはっきりとした動揺が浮かび上がる。誰にも打ち明けたことのない己の計画を何故知っているのか。

「何故儂が貴様の計画を知っているのか。それは、とある御方から聞いたからだ」
「………とある御方だと?」

 その言葉にはっとして祈り子様を見る。シーモアの計画を知っていて、尚且つ権力の頂点を極めたマイカが敬う相手など極々限られる。

「マイカ、少々時間を掛け過ぎですよ」
「これは申し訳ありませぬ」

 そう思ったのだが、違った。とある御方とは、祈り子の間から新たに姿を現した人物。

「馬鹿な………お前は………」
「感謝なさい、シーモア。貴方のためにわざわざザナルカンドから出向いて来たのですから。もっとも、貴方の方はついででしかありませんが」

 誰もがその存在に目を奪われた。

 彼女は、一見して若い女性の姿をしていた。抜群のスタイルをこれでもかと強調する煽情的な衣装を身に纏い、鮮やかな銀髪を自身の身長と同じくらいにまで伸ばしている。

 エボンの信徒であれば、一度はその人の肖像画を目にしたことがあるだろう。大召喚士とはまた別格とされ、半ば神格化された存在。本来はザナルカンドの最奥にいるべき者。死の螺旋の原点。

「なぜ………なぜ、お前がここにいる!?答えろ!ユウナレスカ!」

 感情を顕わにしたアーロンがその人物の名を叫ぶ。俺も信じられない思いで一杯だが、特にアーロンが受けた衝撃はどれほどのものか。

 十年前にジェクトを究極召喚の祈り子に変え、ブラスカと共に死に追いやった存在。そして、アーロンに致命傷を負わせ、死ぬ原因となった存在が目の前にいる。

「久しいですね、アーロン。十年振りですか。死人に言うのも変ですが、お元気そうでなにより」
「………御託はいい。俺は質問に答えろと言ったはずだ」
「せっかちは死んでも変わりませんね。まあ、いいでしょう。私がここに来た理由は二つありますが、その内の一つはあれをここで確実に処理するため」

 すっ、と指さす先には、憎悪と苦痛に顔を歪めているシーモアがいた。

「何故、私を………マイカも貴様も、死こそが救いだと理解していたはずだ」
「ええ、物語での私達はそうだったようですね。だから今までそのように演じていただけのこと」
「物語………演じていた?………一体何を言っている?」
「っ!そうか、あれを知っているのか」

 シーモアには分かるはずもないが、俺とアーロンには今ので十分に伝わった。物語。演じていた。そこから考えられることは一つしかない。

『悪いが私の口からは何も言えん。バハムートからは余計な発言を禁じられているからな。ただ、君はべベルで選択を迫られるとだけ言ってこう。そうなるように仕組んだのは私達だ。正確には後二人いるが、真実を知った時に恨むのは私達だけにして欲しい』

 ベルゲミーネがあの時言っていた二人とは、つまりマイカとユウナレスカのこと。考えてみればこの二人を味方に引き入れることが出来れば、何をするにしても融通が利く。

 そして、もう一つ分かった。『万が一にも逃がしたら厄介だからね』とは、シーモアのことだったのか。だが、タイミングといい、言い方といい、誤解を招く様な発言は本当にやめてほしい。危うく自滅覚悟で無意味な特攻をするところだった。

「死に行く者にこれ以上は蛇足というもの。この私が貴方の為だけに組み上げた術式で、痛みもなくこの世から消して差し上げましょう」

 ユウナレスカはエボンの印を切ると、ゆったりとした動きで舞い始める。どこまでも美しく、それでいて恐ろしくも感じる。キーリカで見たユウナの異界送りと似ているが、何処かが決定的に違う。死そのものを体現したかのような舞い。

「………消える?………この私がこんなところで?」

 腕の一振りごとにシーモアの体が崩れる。見る見るうちに体の半分以上が消失し、もはや消滅から逃れられないのは誰の目から見ても明らかだった。

「………認めたくないが、ここまでか。だが、私を消したところで、スピラの悲しみは消せやしない。絶望しかない世界で、せいぜいもがき足掻くといい」

 そして、死の舞踊が終わりを告げる。

「消えなさい『異界葬送』」

 体を構成していた幻光虫が強制的に分解され、シーモアという個は完全にこの世から消し去られた。その場に残されたのは、微かに漂う幻光虫の残滓のみ。

 FFシリーズでも屈指のしつこさを誇っていた男は、今俺の目の前であっさりと消滅した。













次回はさらにご都合主義、オリ設定、独自解釈がふんだんに盛り込まれております。大丈夫だ問題ない。という方は読んでやってください





[2650] 最後の物語へようこそ    第二十三話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/06/03 18:25
最初に謝っておきます。ご都合主義、オリ設定、独自解釈をぶっこみ過ぎました。なんとか形にはなっていると思いますが、ちょいちょい矛盾があるかもです













「さて、これで懸念事項は消え去った。約束通り真実を話すよ。けど、その前に場所を移そうか。ティーダ、アーロン。君達は付いて来るといい」

祈り子様はそれだけ言うと、返答も待たずに祈り子の間へと姿を消した。ユウナレスカも俺達を一瞥すると祈り後様の後を追う。

「両名を除き、他の者はこの場にて暫し待っておれ」

マイカはというと、祈り子の間の扉を守る様に警備兵を並べるとそう言い放った。どうやら俺とアーロン以外を通す気はないらしい。

一方。残された俺達は少しの間その場から動けなかった。あまりの急展開。そして、あのシーモアがここまであっさり死ぬなど今でも信じられない。

「あの、これって一体どういう状況なの?シーモア死んじゃったし、あたしにはちっとも理解できないんだけど」
「キマリにもわからない」
「つーか、あの方は本物のユウナレスカ様………なんだよな?」
「………恐らくとしか。それを含めて分からないことだらけだわ。旅がここで終わり?約束?真実?シーモア老師がシンに成り代わる?………駄目ね。重要そうなキーワードは幾つか出ていたけど、推測するには不明確なことが多すぎる」

四人は訳が分からない現状に戸惑っている様子だった。無理もない。ある程度事情を知っている俺でさえついて行けない。FFⅩを知らない連中からすれば、現状を把握するのは余計に無理だ。

「あの、祈り子様は二人を名指しで呼んでたけどどうして?真実を話すって?それにあのお方はユウナレスカ様………だよね?一体何が起こっているの?」
「あー、なんつーか………」
「お願い、知っていることがあるなら教えて」

真っ直ぐに此方を見詰めるユウナに、どうしたものか思案する。ユウナには話してもいいと思っているが、俺の持つ情報もここまで原作が壊れた状況でどれほど当てになるのか………。そもそも俺も知るためにここにいる。ユウナには悪いが、やっぱり祈り子様に話を聞くのが先だ。

「悪い、先に祈り子様の話しを聞いてくる。だから、少しだけ待っててくれ」
「でも………それなら、私も一緒に行っ───」
「ならぬ。先程も言うたであろう。ここから先へ進むことが出来るのは二人のみ」

珍しく食い下がるユウナだったが、そこにマイカが割って入る。

「召喚士ユウナ、お主はここで大人しく待っておれ。何と言おうととここは通さぬ」
「マイカ様………っ………はい………」

ここは通さないと断言する様子を見て、ユウナも引き下がるしかなかった。俺は少しだけ罪悪感を覚えながらも、行って来ると声をかけて祈り子の間の扉を開く。









祈り子の間

扉を空けた先では、祈り子様が待ち構えていた。部屋の中央に設置された透明なドームの上に浮かんでいる。そして、その傍にはユウナレスカの姿もあった。一応、そちらにも常に気を配っておく。大丈夫だと思うが、魔物としてのユウナレスカを知っていると全面的に信用することは出来ない。

「さて、改めてよくここまで来てくれたねティーダ、アーロン。君は何から聞きたいかな?」

何を聞きたいか、そんなこと決まっている。

「全部です。何故この世界に俺を召喚したのか、俺に何をさせたいのか。その訳を一から全て話してください」
「まさかここまで来て嫌とは言うまいな?」

ここまで来たからには、当然全てを知りたい。俺を呼んだ理由だけじゃなく、この世界で起きていること全てを。

「分かった。少し長くなるけど、全部話すよ。でもその前に、君はこの世界をどう思ってる?ゲームの中の世界だと思っているかい?」
「………いえ、思ってません。この世界の人達は皆確固たる自分の意思で動いています。到底ゲームの中とは思えない。俺はこの世界がFFⅩと酷似している並行世界のような物だと考えてます」
「そうだね、概ねその認識でいいと思う。そして、同じでなく酷似している世界ということは、FFⅩとは幾つかの相違点があるということだ」

相違点があるのは分かっている。全く同じなら俺がここにいる理由がないからな。そこに俺が呼ばれた原因がある。

祈り子様は、一拍置いて話し始めた。

「………事の始まりは遥か昔。機械文明どころか魔法文明すら存在しない、召喚士達の最盛期。史上最高の召喚士と言われた男が、とある召喚術を目指したことから全てが始まった」










機械文明が栄えたのが千年前。魔法文明が栄えたのが三千年前。そして、それよりもさらに遥か昔。事の始まりである一万年前。召喚文明は最盛期を迎えていた。

この時代の召喚士達は現代の召喚士達と比べると圧倒的に質、量の両面で勝っていた。ユウナレスカ程の召喚士でさえ、この時代では、そこそこの才能と評価される程度でしかないほどに。

そんな中で史上最高と言われた召喚士がいた。その名は十四代目エボン。

「エボン?いや、エボンって千年前のザナルカンドの召喚士だったんじゃ………」
「十四代目と言ったろう?エボンとは当代最高の召喚士に与えられる称号のようなものであり、人名ではなかった。この点でまずFFⅩと少し違う」

彼は幼いころから砂が水を吸収するかのように召喚術をマスターしていき、一通り召喚術を修めると、今度は独自の召喚術の開発に乗り出す。

史上最高と謳われる彼は、その才能に見合った成果を残していった。

複数の召喚獣を一度に呼び出す多重召喚。
召喚獣の力を限界まで引き出すマスター召喚
マスター召喚すら超えて限界以上に力を引き出す狂化召喚(ヘレティック召喚)
召喚獣の一部を自分の体に反映させる憑依召喚
召喚術を応用して自分を特定座標に召喚する逆召喚

難易度が高すぎて当時の優秀な召喚士ですら使える者が一握りだったが、本当に様々な召喚術を編み出していった。そんな彼はほどなくして十四代目エボンの名を獲得する。誰も反対する者はいなかった。それだけのことを見せつけていたからだ。

若くして召喚士の頂点を極めた十四代目エボン。だが、彼はそこで満足することはなかった。今までの召喚術では飽き足らず、さらなる召喚術の高みを追い求めた。

それが究極召喚だ。そして、FFⅩとの決定的な相違点となった。

「待て、究極召喚とはシンを倒すためにユウナレスカが考案した召喚のはずだ」
「そうだね、アーロンの言う通り。今まで僕らはそれを究極召喚と呼んでいた。けど、実際には出来損ないの究極召喚でしかない」
「出来損ないだと?」
「正確に言えば、本来の究極召喚の第一段階といったところかな。………ティーダ、いや、実。君は究極の召喚って何だと思う?」

いきなり究極の召喚と言われても、ゲームでのイメージが強すぎてジェクトが究極召喚獣となった姿しか思いつかない。幻光虫の分解能力を持っていて、シンをも打ち倒すほど強力な召喚獣。それが俺の持つ究極召喚のイメージだ。

「召喚術は何も召喚獣という形にこだわる必要はないんだ。君はそれを知っているだろう?」

召喚獣ではない?召喚獣でなく召喚された物なんて………いや、ある。一つだけ思い当たる物があった。

「………夢のザナルカンド?」
「そう、それが究極召喚に最も近い召喚だ。もし、夢を現実に召喚することができたなら、それは究極の召喚と呼ぶに相応しいだろ?」

十四代目エボンが追い求めた究極召喚───またの名を夢幻召喚とも言う。術者の夢(想い)を現実に召喚するというでたらめな召喚術。

構想当初は、いくら彼であっても無理だと言われていた。普通に考えれば夢や空想を現実に召喚するなどど無茶にもほどがある。事実、彼を持ってしても究極召喚の第一段階を形にした段階で行き詰まることになった。

だが、その研究過程で幾つかの召喚術が偶発的に見つかることになる。その内の一つが異世界の物を召喚する異界召喚という召喚術だ。

当初はスピラの何処かにある物をランダムに呼び寄せてしまう術だと思われていた、しかし、明らかにスピラでは再現できない物が召喚されると、この召喚術の本質が判明することになった。

究極召喚の開発に行き詰っていたエボンは、異世界の存在に目を付ける。異世界に行けば何か新しい発見や発想が生まれるのではないか、そう考えた。

自分ならば危険な世界でもどうにかなる。数多の強力な召喚術があるし、万が一危険になれば逆召喚で逃げればいい。反対する周囲を押し切り、エボンは異界召喚の先の座標を特定すると逆召喚で自分を異世界に召喚する。

これがスピラで目撃された最後の姿となる。

それから何日経とうとも、エボンが戻ってくる気配はなかった。助けに行こうと言う声もあったが、エボンですら帰ってこれない世界に誰が助けに行けるというのか。

やがて、エボンのことは不幸な召喚事故として処理され、異界召喚と究極召喚は禁術として封印されることになった───エボンを異世界に残したまま。

「その異世界ってまさか………」
「君達の世界だ」

エボンは、百年前の日本に辿り着いていた。

日本に来た当初は、物珍しそうに辺りを観察していたエボンだが、やがて違和感に気が付く。この世界には幻光虫が殆どいないことに。これはイコールで召喚術が使えないことを示す。いくら優れたドライバーであっても、燃料のない車に乗った所で何の意味もない。つまりはそういうことだった。

召喚先の世界に幻光虫が殆どいないとは、エボンには予想もつかなかった。あって当たり前の物は、失ってから初めてその重要性に気が付くのはどの世界でも一緒だ。召喚術に全てを捧げてきたエボンは絶望に沈んでいたが、そんな時に近くの村に住む一人の女性が声をかけた。

エボンにとって召喚術の使えない世界に来てしまったのは不幸だった。だが、そんな中でも幸いだったのが、その女性がこの時代には珍しいほどによそ者に寛容だったこと。彼の顔がアジア系であり、日本人と言えないこともないことだった。

一人暮らしをしていた彼女は、絶望に打ちひしがれている彼を放っておけず、無防備にも家に上げて何かと世話を焼いた。最初の頃は無気力状態だったエボンも、彼女の献身的な支えにより、徐々に生気を取り戻していくことになる。

さて、一人暮らしの女性の所に男性が上がり込めばどうなるか?一概に同じ結果になるとは言えないが、紆余曲折あったものの、二人は例に漏れずやがて惹かれ合っていった。

そして、惹かれ合った二人が行きつく先となれば結婚だ。戸籍のない彼に結婚など出来るのかという問題があったが、ある程度の金と権力への繋がりがあれば、この時代において偽造はさして難しくはない。

結婚に際して戸籍の問題はなくなった。が、唯一問題があるとすれば、名前に関してだった。エボンは自分の名前に誇りを持っている。正確に言えば称号だが、この名前を捨てたくはなかった。だが、明らかに日本人らしくない名前であり、周りから奇妙にみられてしまう。彼は戸籍を偽造する際に名前を日本風にするか、誇りをとるかで真剣に悩んだ。そんな彼を見かねて女性は言った。

『私の苗字は【江本】です。だから読みようによってはエボンとも読めます。その、私はエボンの名を忘れたりしません。それだけではダメでしょうか?』

その言葉に、エボンは力が抜けた様にふっと笑い、名前の変更を了承した。

「そして、エボンは江本と名を変え、現代にその最高の召喚士の血脈を残してきた───江本実。君の一族のことだ」
「………っ」

話の途中で何となく予想出来ていたが、それでも衝撃が大きい。こんな時は、【悲報 俺氏異世界人の血を引いていた】とかスレでも立てればいいのか?いや、悲報じゃなくてファンタジー好きには朗報か?そんな馬鹿なことを考えつつ先を促す。

「………俺がスピラと妙な繋がりがあるのは分かりました。でも、それがどうして俺を召喚することに繋がるんですか?」

今までの説明では、まだ俺が召喚される原因は見えてこない。

「話を続けよう。十四代目エボンがスピラから去ってからというもの、召喚文明は徐々にだけど衰退を始めた。召喚術の大家同士の争いや魔法文明が始まったことが原因だったり理由は幾つかあるけどね。次いで機械文明が始まり、瞬く間に隆盛の時を迎える。そして、今から凡そ千年前。べベルとザナルカンドで戦争が始まった」

両者とも戦争の主力は機械の武器であり、べベルは質、量ともにザナルカンドに勝っていた。ザナルカンドが優位に立てるのは、無駄にある歴史と召喚術くらいだった。徐々に、だが確実に劣勢に陥っていくザナルカンドは、形勢逆転を狙って禁術に指定されている召喚術に手を出してしまう。そして、見つけたのが、異界召喚や究極召喚の文字だ。その時の権力者達は藁にもすがる思いでこれに飛びついた。

しかし、如何に厳重に保管されていたとはいえ、なにせ一万年近く前の古い資料だ。劣化が激しく、至る所が霞んでいたり、腐食してしまって解読は中々進まなかった。仮に解読できても難易度があまりに高すぎて発動できない術もあったりした。

そんな中、どうにか不完全ながらも異界召喚を再現することに成功。これで異世界の有用な武器でも引っ張ってこれれば、逆転の目も出てくるかもしれない。あまりに楽観的な考えだが、そんな考えすら浮かんでくるほどザナルカンドは劣勢に追い込まれていた。

そして、ザナルカンドの召喚士は、祈る気持ちで異界召喚を発動させる。結果、呼び出されたのは武器ではなく、一人の男性だった。正確には不完全な異界召喚だったため、スピラと深い繋がりを持つ男性の精神が呼び出された。

「その男性の名前は江本樹………君のお父さんだ」

その名前を聞いて、一瞬頭が真っ白に染まった。

訳が分からない。親父が千年前のザナルカンドに召喚されていた?しかも精神のみで?まさか、精神のみが召喚されていたから意識不明が続いていたのか?いや、しかし

「オヤジが意識不明になったのは十年前です。千年前の機械戦争のときには………」
「ここと地球とでは時間の流れに大きな差があるんだ。その差は実に百倍。この世界が時間経過の早いゲームを元に生まれたからなのか、それとも単純に世界が違うからなのかは分からないけど」

つまり、地球の十年前はスピラの千年前に相当する。時間的にはほぼ同時期だ。

「召喚した当初はお互いに随分と混乱していたらしいが、父君の調査を進めていく内にとある事実が判明した。それは───」
「規格外ともいえる召喚術の才能です」

ここまで一言もしゃべらなかったユウナレスカが、突如として割り込んでくる。

「突然申し訳ありません、お兄様。ですが、お父様の事だけは私から話したいと思います」
「え?お、お兄様?お父様?」

驚いて視線を向ければ、ユウナレスカが大真面目に俺を見てお兄様と言ってくる。というか、お父様って親父のことかなのか?

「はい。私は樹お父様に救われ、家族同然に育てて頂きました。なのでお兄様と呼びたいのですが………その、駄目でしょうか」
「いや、あー、駄目じゃないですけど………」
「よかった。ありがとうございます。お兄様にはどうしても認めてもらいたかったので」

心底ほっとした表情のユウナレスカに激しい違和感を覚える。ぶっちゃけ誰だこれってレベルだ。先程まで見せていた高圧的な態度や原作のキャラと違い過ぎる。アーロンもユウナレスカの変わりっぷりに目を丸くして驚いているほどだ。

いや、だけどこちらの方が素なのか?FFⅩの自分を演じていたと言ってたし、今のユウナレスカからは魔物化するような禍々しさは感じられない。とにかくゲームの時とは全くの別人だ。

「すみません、話を戻します。お父様は検査の際に規格外の召喚術の才能を発揮してしまいます」

召喚文明最盛期において、史上最高の召喚士と言われた十四代目エボン直系の血筋。その血は伊達ではなかった。江本樹は、召喚獣と異常なまでの親和性を示し、何の知識も経験もなしに召喚獣を従えることができた。また、多重召喚や通常の召喚が他の召喚士のマスター召喚に匹敵するほど召喚獣の力を自在に引き出すことすら可能だった。

これが悲劇に繋がった。追い詰められつつあったザナルカンドが、この力を使わない訳がない。ザナルカンドの上層部は即座に江本樹の前線投入を決定する。

無論、彼はこれを拒否した。人として医者として、人殺しなどできないと要求を突っぱねた。が、戦時中は勝つためにあらゆる手段が肯定される。上層部は何の躊躇もなく彼を脅した。

『君が拒否するならいいだろう。代わりに君の大切な人を呼び出して戦わせるだけだ』

無論、そんな器用なことは無理だ。これはただのブラフに過ぎなかったが、そんなこと知る由もない。彼は、家族がこんな危険な世界に呼び出され、戦争に加担させられるなど考えたくもなかった。

結局、家族の安全と戦争への加担を天秤にかけた結果、家族の方に天秤は傾く。

それから地獄のような日々を過ごした。前線を飛び回り、指示に従って召喚獣で敵を蹂躙していく。元々医者であり、人を救う仕事に何よりの生きがいを感じていた彼にとっては、耐えがたい苦痛な日々が続く。一時は自殺も考えただが、出来なかった。もし自分がいなくなれば家族が呼び出されてしまうかもしれない。それだけは避けねばならなかった。

そして、前線を駆け巡り半年が経った頃。彼はべベルからとある街を奪還した際、ユウナレスカとゼイオンに出会うことになる。二人はべベル兵に銃を向けられ、今にも殺されそうになっていたが間一髪のところで召喚獣を盾にしてなんとか助けることができた。

ほっとしたのも束の間。彼女達から話を聞けば、戦争で両親は既に亡くなっおり、引き取り手もいないとのこと。今まで二人で身を寄せあってなんとか生き延びてきたと聞いて、彼は少し悩みながらも二人を引き取ることにした。

恐らく代償行為といった側面もあったのだろう。彼は時折二人を通して日本にいる娘と息子を見ていた。彼女達もそのことに何となく気が付いていたが、不満はなかった。理由がどうであれ、二人が彼に救われたことに違いはなく、確かな愛情と温もりをもって接してくれたからだ。

ユウナレスカは成長するにしたがって、せめて父の負担を少しでも減らそうと召喚士となることを決める。幸いと言っていいのか分からないが、彼女は召喚士として極めて高い適性を持ち、正式な召喚士となるのにそう時間はかからなかった。

十分な実力が付いたと判断すると自分も戦争に参加することを父に伝える。当然の如く反対されたが、そこは無理に押し切った。会うたびに生気を失っていく父を見ていられなかったからだ。

長く続いている戦争は激化の一途を辿り、ザナルカンドで最大の戦力を誇る彼は、連日のようにその力を発揮させられていた。マスター召喚した時と同等の力を発揮する召喚獣達は、敵の兵器を物ともせず、戦場にて建物を薙ぎ払い、敵を無慈悲に消していく。

自らの手で行われる破壊と殺戮。敵からは死神と恐れられ、助けたはずの味方からさえ畏怖や拒絶の視線を向けられる。そんな日々は彼の心を少しづつ確実に削り取る。

やがて、彼はただ命令に従うだけになっていった。心を空っぽにして、ただ命令に従っていれば耐え難い苦痛から逃れられるから。

ユウナレスカが本格的に戦争に参加し、彼の支えになれるくらいの実力を得る頃には、彼の感情は既に殆どが失われていた。もはや命令をこなすだけの機械と言っても過言ではなかった。

そして、戦争に参加して十年。積み上げたその比類なき戦績により、彼には最高の召喚士であるエボンの称号が送られた。江本と名を変えたエボンの子孫がスピラに舞い戻る。そればかりか、欲しくもないエボンの名を再び獲得するとは、どれほどの皮肉だろうか。

彼がエボンの名を獲得する頃、ザナルカンドは戦況をなんとか拮抗状態にまで盛り返していた。

だが、結局出来たのはそこまでだった。いくら優れた個であっても戦況を完全にひっくり返すには至らない。一時的にでも拮抗状態に持っていけただけ奇跡という物だろう。複数の召喚士で取り囲み、とにかく彼をその場に釘付けにする遅滞戦闘など、彼に対する戦術が確立され始めてからは、べベルが再び戦況を優位に傾けていった。

更に時は流れ、戦争の末期。ザナルカンドの敗北は、もはや覆らないところまで来ていた。上層部はこのままべベルに蹂躙されるくらいなら、と究極召喚を利用してザナルカンドを永遠の夢として召喚、保存することを決定した。彼はその決定に従い、生き残った数万人もの住民を祈り子にすることで究極召喚を不完全ながらも強引に発動させ、夢と現実の狭間にザナルカンドを召喚した。

そして、夢のザナルカンドを永遠に守れとの最後の命令に従って、大量の幻光虫を元にシンを生み出し、世界に厄災を振り撒く存在に生まれ変わった。

人々を救うはずの手を赤く染め、心を失い、最悪の魔物に成り果てる。それが江本樹に背負わされた運命。

「私が………私がもっと早く支えになれていれば………夢のザナルカンドを召喚するなど馬鹿げた決定が下された時にお父様の傍に居られれば………こんな愚行を防ぐことが出来たかもしれないのに………千年経った今でも悔やんでも悔やみきれません」

止めることが出来ずに、申し訳ありませんでした。そう言いながら悲痛な表情を浮かべて深々と頭を下げるユウナレスカ。それを見下ろしながら俺は歯を食い縛っていた。

本当は、ふざけるなと叫びたい。思いつく限り罵倒する言葉をぶつけたい。でも、それは当時のザナルカンド上層部に向けるべきであって、ここで叫んだところで意味はない。いや、それどころか親父を支えてくれようとしたユウナレスカを傷つけるだけだ。

「反吐が出る悪辣さだな。シーモアも霞むぞ」

アーロンがそう吐き捨てるのを聞きながら、俺は深呼吸を繰り返して、煮えくり返った感情を少しでも静めようとする。もっとも、焼け石に水程度の効果しかなかったが。

「………ここからは僕が引き継ぐよ。彼がシンとなってしまった後は、およそ原作と同じ歴史を辿ることになった」

ユウナレスカは残された究極召喚の資料を基礎に、何とか今の出来損ないの究極召喚を生み出すことに成功する。スピラを救うためといった大層な理由ではない。今の究極召喚を生み出したのは、父と慕った人が魔物として無差別に死を振り撒くことを止めたかっただけだ。

結果としては、外側のシンを壊すだけに終わり、彼を楽にすることは出来なかった。その後は、独力では限界があるとしてバハムートと手を組み様々な方法を試みたが、究極召喚以上に有効的な手段を見つけることは出来なかった。以降、数百年の長きに渡って一筋の光さえ見えない期間が続くことになる。

だが、ある日、転機が訪れた。

「スピラに召喚された君のお父さんの精神と、肉体の間に繋がりを見つけたんだ」

バハムートはその繋がりを辿って日本に到達し、父の見舞いに来ていた実と出会う。

と言ってもその出会いは一方通行だった。実には出会った覚えなどない。なにせスピラと違って日本には幻光虫が殆ど存在しないので、バハムートは人々に認識されることがなく、謂わば幽霊のような極めて希薄な存在でしかなかった。

なんとか話を聞かせて貰おうにも誰からも認識されず、途方に暮れるバハムートだったが、とあるゲームをプレイしている実を見て、計り知れない衝撃を受けた。そのゲームの名はファイナルファンタジーⅩ。まさか自分たちの世界が舞台となっているゲームがあるなど思いもしなかった。

それからは、実の後ろに張り付きながらゲームの情報を収集する。無論、そのままその情報が使えると思ってはいないが、自分たちの世界との差異を比較し分析することで使える情報を抜き出していった。さらには家の中や倉庫を隈なく探し、見つけだした十四代目エボンの遺品から残留思念を引き出して、大凡の状況を把握するに至った。

スピラに戻ったバハムートは、一つの計画を練り上げると、ユウナレスカ達や他の祈り子にも協力してもらいながら計画の準備を整え、FFⅩの開始時期を待つことになる。

「そして、原作開始の一年前。何も知らずにぐっすり眠る君を異界召喚でスピラへと呼び出した。これが君がスピラに来るまでにあった出来事だ。一先ずここまで話したけど、何か質問はあるかい?」
「………今はまだいいです。先に進めてください」

聞きたいこととか、言いたいことは腐るほどある。けど、今は話の全容を知ることが先だ。全てを知った後に、どう動くのか決めればいい。………今でも結構我慢しているから事と次第によれば、途中で爆発するかもしれないが。

「分かったよ………それじゃあ、君をここに呼んだ理由を。そして君にして貰いたい事を話すとしよう」

バハムートが江本実をこの世界に呼び出した最大の理由、それは江本樹が原因だった。

FFⅩにおいてシンを完全に消滅させるためには、大本であるエボン=ジュを倒すしか方法はない。ティーダ達はシンの体内に乗り込み、エボン=ジュが寄生した全ての召喚獣を倒した上で、逃げ場がなくなったエボン=ジュに止めを刺した。この手順ならばシンを完全に消滅させることが可能だった。

しかし、この世界ではその方法が使えない。簡単に言えばエボン=ジュの性質が違うからだ。この世界のエボン=ジュは原作と違い、江本樹である。正確に言えば、呼び出された精神の成れの果て。これが問題だった。

仮にFFⅩと同じ手順で、シンの中にいる江本樹を討伐したところでその行為に意味はない。数年後に何事もなかったかのようにシンが復活するだけだ。

何故かといえば、彼の肉体が日本で生きているからだ。皮肉にも彼の肉体が祈り子像のような役目を果たしてしまっている。召喚獣は祈り子像が無事な限り、何度やられても復活できる。それと同じだ。

つまり───

「日本で彼が生き続ける限りシンは不滅なんだ」
「………おい、待て。まさか、俺にやらせたいことって───」
「そうだよ」

バハムートは言った。日本で彼が生き続ける限りシンは不滅だと。ならば、逆のことも言える。


「日本に戻って君のお父さんを………殺してほしい」


江本樹が生き続ける限りシンが不滅であるのならば、彼を殺せばいい。ただそれだけの事だ。

「…………ざ……んな」
「どれだけ恥知らずな事を言っているのかは承知している。けど───」
「ざけんな!!!誰がそんなことっ!」

抑えていた感情が爆発する。獣の咆哮にも似た叫びが祈り子の間に響いた。

「アンタは、自分が何を言ってるのか分かってんのかっ!?」
「………勿論、分かってる」
「だったら!俺の答えなんて聞くまでもないだろうが!」
「それでもお願いだ。それしか方法がない」

マグマの如き煮えたぎった激情を受けてなお、バハムートは表情を変えずに淡々と返事を返す。

「何度も言わせんな!俺が親父を殺すなんてこと引き受ける……………はず…………が………」

実はさらに激昂しかけるが、途中で何かに気が付いたように目を見開くと徐々に言葉が弱弱しくなり、最後は沈黙する。

「………………………………だから、べベルだったのか」

長い沈黙の後、ポツリと呟きその場で項垂れる。

普通は特別な恨みでもない限り、自分の親を殺せと言われて殺す奴などいない。無論、実は父に恨みなどある訳もなく、むしろ人々から感謝される父を尊敬している。スピラのためにそれしか方法がないと言われても殺すなどあり得ない。

だが、気が付いてしまった。バハムートは、スピラや夢のザナルカンドの何処にでも現れることができる。なのに何故、わざわざべベルで真実を話すなんて回りくどい事をしたのか。

「あんたは………スピラの現状を見せつける為に、何より俺がユウナに惚れるのを待ってたな?」
「………そうなれば最善だと思ってた」

肯定する言葉に膝を付く。全部バハムートの思惑通りだった。

ザナルカンドに召喚された直後であれば、絶対に頷かなかった。スピラなんて知った事かと議論の余地もなく断ったはずだ。だが、彼はこれまでの旅でスピラの悲惨な現状を直接見てきてた。壊滅させられたキーリカやミヘンセッションで散っていった討伐隊の人々。その他にもシンが残していった爪痕があちこちに残されている。これを見て何も思わないほど実は冷徹な人間ではない。

そして、なにより一人の少女の存在が大きかった。

召喚士ユウナ

押し潰されそうな期待と重圧を背負いながらも、それを感じさせない凛とした姿。嘘や隠し事が苦手で、困った人を見捨てられない優しい性格。スピラの幸福を願う純粋で強い心を持った少女。

ゲームをしている時からユウナに対する好意は存在していた。そして、そんな彼女が現実のものとなり、ティーダの立ち位置で一緒に旅をしていれば、べベルに来る頃にはそれが恋心に昇華されていても不思議はない。仮に恋愛感情に発展しなくても、ユウナのために何かをしたいと思う可能性は高い。

『君はべベルで選択を迫られるとだけ言っておこう ユウナを恨まないでほしい』

ベルゲミーネの言っていた言葉を思い出す。彼女はべベルで選択を迫られると、そして、ユウナを恨まないでくれと言ってたが、その意味がようやく分かった。

ユウナはシンを倒すまで止まらない。信じていたエボンの教えに裏切られ、反逆者として追い立てられようともシンを倒すことをやめようとはしなかった。時に迷う事があっても、立ち止まることがあっても、シンを倒す術を見つけるまでは絶対に諦めない。例え、これからの自分の人生を犠牲にしようとも。

ユウナか父親か

シンがいる限りユウナに平穏は訪れない。しかし、シンを倒すには父を殺さなければならない。どちらを取るか二つに一つ。

「本当に………本当に親父を殺す以外にシンを倒す手はないのですか?」
「残念だけどない。他に方法があればこんな回りくどい事をせずに、最初に呼び出した時点で君に事情を話している」

一抹の願いを抱きながら問いかけるも、即座に否定される。

「僕も好き好んでこんな手段を取りたくはない。けど、千年もスピラを隈なく探し回った末の結論なんだ。せめて逆召喚の技術さえ失われていなかったら………いや、どちらにせよ同じ結果か」

召喚術の中でも特異な位置に属する逆召喚は、召喚術の中でもさらに使い手を選ぶ。それ故に召喚文明の最盛期でさえ十四代目エボンと他数名程度しか使い手がいなかった。マスター召喚ですら習得できる召喚士が中々現れない現代では、例え詳細が残っていようとも、さらに高度な逆召喚を扱えるような召喚士が現れるのは一体どれほど待てばいいのか………

だからこそ、恥知らずと分かっていて江本樹の殺害を頼んだ。現状では日本に到達できる存在は、江本実か祈り子、または死人のみ。彼はバハムートが召喚を解除すれば、精神が日本の肉体に戻る。祈り子や死人達は、シンを通して夢のザナルカンドに行き来できるように、江本樹の精神と肉体の間にある繋がりを辿って日本に行く事ができる。

ただし、後者の場合は本当に日本に行くだけだ。身体が幻光虫のみで構成されている存在は、物理的干渉ができなくなってしまう。それに対して、実の場合は自分の肉体に戻るため、当然物理的な干渉が可能となる。

つまり、シンを倒せるのは、江本樹を殺せるのは実だけ。

「………は、はは………ははは」

乾いた笑い声が漏れ出た。今までの話しが事実だとすれば、選べる選択肢は実質一つ。

「………ちくしょう」

最悪の魔物に成り果て、望まぬ殺戮を繰り返す父。
日本に帰れなくなったとしても、共に歩んで行きたいと思ったユウナ。

「………悪い、親父………俺はあんたを………………」

釣り合いを許さない天秤は、やがて一方に傾いた。












色々と説明不足なところがありますが、バハムートの思惑はこんな形となりました。
ちなみにどこぞのランキングではFFシリーズ内の一番悲惨な主人公の第一位はティーダだそうです。FFⅩは主人公に厳しい。

辛口の批評や感想等あれば是非お願いします。ってな訳で切りがいい?のでこれにて連続投下終了です。次回更新は未定ですが、よろしければ気長にお待ちください。








[2650] 最後の物語へようこそ    第二十四話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/09/25 15:12
 長らくお待たせしてすみません。忙しかったのと、書いては消してを繰り返してたらいつの間にか三ヶ月が過ぎてました。
一応ラストまで書くことができましたが、色々と削ってかなりシンプルな形になってます。それでも主人公がどのような結末を迎えるのか最後までお付き合い頂ければ幸いです。三日連続投稿で一応の区切りとなってます











 激しい運動をした訳でもないのに呼吸が乱れる。水の中にいる訳でもないのに全ての音が遠ざかっていく。頭が真っ白に染まり、思考を放棄したくなる。

 何かの冗談だと思いたかった。バハムートの言葉を嘘だと言いたかった。だが、彼自身の持つ知識と現状を照らし合わせて考えれば、ここまで回りくどい真似をして嘘を付く必要はどこにもなく、本当に父を殺すしか方法がないのだろうと理性が判断してしまう。

 ただ疑問もあった。

「………俺がそもそも原作に関わらないつもりだったら、この計画は成り立たなかったはずだ」

 実にはスピラのどこかでひっそりと暮らすという選択肢もあった。事実、最初の頃は生存第一でそのように考えていた時期もある。それに、ユウナと一緒に旅をしても父を選択する可能性も十分にあっただろう。そうなればこの計画は成り立たないはず。

 当然バハムートもその可能性は考えており、そうなった場合の手も用意していた。

「その時は千年前の再現をするつもりだった。妹さんを異界召喚でこの世界に呼び出すと言えば、君は否とは言わない」

 フラタ二ティーを抜いて反射的に斬りかからなかったことが奇跡に近い。

「妹を………彩葉まで巻き込もうとしてたのか、あんたはっ!」
「僕としても出来れば使いたくない最終手段だが、スピラのためなら手段を選ぶつもりはない」
「………っっ!」

 一瞬で頭に血が上る。ここまで誰かを憎悪したのは生まれて初めてだった。今にも剣に手が伸びそうになるのを必死で抑えつける。

「スピラのためという免罪符があれば、何をやってもいいとでも思っているのか?」

 静かに、だが、怒気を孕んだ声で尋ねるアーロンに、バハムートは首を振る。

「そこまでは思ってはいない。けど、優先順位の違いだ。一番はスピラで、それ以外は後から付いてくるものに過ぎない」
「………御大層なスピラ愛だ」

 今のやり取りで実はバハムートが絶対に揺るがないことを悟る。これまでの言動やゲームでの描写から分かっていたが、バハムートは多少の罪悪感はあれど目的のためならばどのような手段も辞さない。殺すことを拒否すれば、躊躇なく妹を呼び出して人質に使うくらいやってのけるだろう。

 そして、万が一そうなってしまった場合、妹の事も問題だが、それ以上に一人残されてしまう母のことも問題だった。彼女は精神的に強い方ではあるが、そうは言ってもやはり普通の主婦だ。もし、最後に残された娘まで意識不明となってしまえば、そのショックは計り知れない。今までは息子と娘の前だからこそ気丈に振る舞ってきたが、その二人まで失ってしまえばどうなるか………。下手をすればそのまま心が壊れてもおかしくはない。それでは樹が心を失ってまで家族を守った意味がなくなってしまう。

 ユウナと父を天秤に掛けさせ、ユウナを選べばベスト。仮に拒否したとしても妹を人質にすれば言う事を聞かせることが出来る。二択のようで選択肢はないに等しい。悪辣で、反吐が出るほどに効果的な計画だった。

 実は理解した。この世界に呼び出された時点で、いや、それ以前の段階で既に詰んでいたのだと。

「………聞きたいことがある」
「僕に答えられることなら」

 バハムートに対する憎悪を極力抑え、努めて平静に質問をする。

「俺は………スピラに戻って来れるのか?」

 バハムートからすれば、戻ってこない方が都合がいいのは間違いない。さらに言えば現状の体もティーダからの借りものだ。借りている以上は何時か返さなければならない。召喚獣のような不安定な状態であっても此方に戻ってこれるのかどうか。

「君が望むのであれば異界召喚で再度ここに呼び出すことも可能だ。今度は憑依させる形ではなく、召喚獣やティーダと同じような存在としてだけど」

 バハムート曰く、そのような状態でも普通の人間と同じように生活することが可能だそうだ。召喚者が召喚し続ける限りにおいての話しだが。

「その辺のことも含めて今後の事を話そう。まず意識が戻ったら彼の病室に行ってほしい」

 実の体は現在父親と同じ病院に移されている。此方で一年以上過ごしているが、向うの時間ではおよそ四日程度。多少の筋肉の衰えはあるものの歩行する程度は可能だ。

 また、バハムートや他の召喚獣達はこれまで何度も日本とスピラを行き来しており、病院内の見回りの時間帯や防犯カメラの死角をほぼ全て把握している。よって、バハムートの誘導に従えば誰にも気づかれずに樹の病室へと向かうのはそれほど難しい事ではない。日本において彼等のような幻光体は普通の人には認識できないが、エボンの直系であり、幻光虫に慣れた実ならば認識する程度の事は可能だ。

 そして、病室に進入したら後は簡単だ。樹に繋がれている人工呼吸器の電源を落とすだけで事は済む。

「でも、異変があればすぐに警報が───」
「その辺も僕の指示に従って動いてもらえればいい。人工呼吸器の操作は何度も確認済みだ」
「………本当に準備のいいことで」

 本来患者の生命維持に重要な機器に異変があればすぐにナースステーションの警報がなる。そうなればすぐに医者や看護師がすっ飛んでくるはずだが、正規の手順で操作を行えばその心配もない。警報は鳴らず、僅か数分で江本樹は静かに死に至る。

 全ての行動をひっくるめても三十分に満たない。このためだけにバハムートは数百年の年月を費やした。

「その後は君の判断に任せるつもりだ。スピラに戻るつもりであれば、少なくても金銭に困ることのない生活を約束するし、君の要望には可能な限り答えよう。または、そのまま日本での日常に戻るのであればそれでも構わない。僕らは今後一切君達に関わらないことを誓う。勿論、異界召喚に関する全てを破棄して二度と迷惑をかけたりはしない」

 さあ、どうする?とバハムートは問いかける。が、実は返事を返す前に一つ確認しておきたいことがあった。

「………向うであんたの依頼を終わらせたら、本当に俺を再召喚してくれるのか?」

 これまでの言動から鑑みて、約束を破る程度は普通にしてくると見たほうがいい。可能性は低いだろうが、エボンの血を受け継ぐ実は第二のシンになるかもしれない存在だ。ならば、居ないほうがいいに決まっている。最悪の場合、樹を殺してそのままご苦労様でした、で終わりになりかねなかった。

 仮にユウナの事を考えなかったとしても、実には父を殺してそのまま日本に残る選択肢は選べない。いくらばれないと言っても、いくら強制されたと言っても、殺した事実に変わりはなく、どの面下げて母と妹に会えばいいのか分からなかった。少なくとも心を整理するための時間がどうしても必要だ。

「君の懸念ももっともだけど、その辺の心配はしなくていい」

 スピラを第一に考えているバハムートにとって、実は用が済めば邪魔な存在だ。できることなら日本にそのまま残ってくれた方が有り難いのだが、彼等も一枚岩ではなかった。

「その点につきましてはお任せください。私がお兄様を召喚致します」

 ユウナレスカが名乗り出る。

 確かにバハムートの一番はスピラだが、ユウナレスカの一番は樹である。また、その息子であり兄と呼ぶべき実もスピラより優先度が高い。今までは、樹をこれ以上苦しめないための手段が共通していたから計画に協力してきたが、はっきり言えばその後のスピラがどうなろうとも構わなかった。故にバハムートが約束を破ろうとしても、ユウナレスカがそれを許さない。

「貴女が俺を?」
「はい、スピラにお戻りになる選択をするのであれば、私がお兄様を支えます」
「そして、僕等祈り子がティーダを。そういう手筈になっている」

 実をユウナレスカが、ティーダを祈り子達が召喚し、彼等の人生が終わるその時まで存在を支え続ける。この無慈悲ともいえる計画に参加するにあたり、彼女が出した条件の一つがこれだった。

「………もっとも、私もこの愚かな計画に賛同してしまった一人なのは事実です。お兄様からすれば信じることは難しいかもしれません。ですが、それでもどうか私に任せて頂きたいのです」

 そう言って、お願いしますと深々と頭を下げる。実の目には、ユウナレスカが嘘を付いているようには到底見えなかった。そもそも元より信じて任せることしかできない身としては、彼女を信じるより他ない。

「貴女は信じられると思います。でも………………少しだけ時間をください」

 しかし、すぐに返事を返すことは出来なかった。既に答えは出ている。というよりも選べる選択肢は実質一つだけ。だが、それを明確に言葉にする覚悟が決まらない。

「お兄様………分かりました。バハムート、貴方もいいですね?」
「勿論。十分に考えるといい」

 実は力なく頷くと、立ち上がり二人に背を向けて歩き出す。

「………ティーダ、いや、実」

 彼に並ぶ形で歩くアーロンは、前を見据えながら声をかける。

「俺はお前の苦しみを理解してやれるとは言えん。そして、情けないことに力になってやれそうにもない。だが、これだけは覚えておけ」
「………………」
「他人の手が入った物語ではあるが、それでもこれはお前の物語だ。どんな選択をして、どんな結末になろうとも誰にも文句は言わせん。俺はお前が選んだ道を肯定してやる。それだけだ」
「………はい」














「今の声は」
「ティーダ………だよな?」

 祈り子の間の外で待機していたユウナ達は、奥から聞こえてくる怒号に顔を見合わせる。声の主は仲間の一人、ティーダの物だった。

「何があったのかしら?」
「分かんないけど、ティーダのあんなに怒った声あたし初めて聞いたよ」
「キマリもだ」

 扉を隔てているため内容は聞き取れないが、普段の彼からは想像もつかない激しい感情の発露に一同は驚きを隠せなかった。リュックやワッカと共に賑やか担当のティーダがこれほどまでに怒りの感情を顕わにするとは、一体何が起きているのかと。しかし、中の様子は気になるが、扉の前にはマイカと武装兵が陣取っており、聞き耳を立てることは出来なかった。

 それからほどなくして、祈り子の間の扉が重々しく開かれる。

「あ、出てきた。二人とも話しを…………ティ、ティーダ?」

 中から出てきた二人に、早速何があったのか聞き出そうとしたリュックだったが思わず言葉を詰まらせた。アーロンは眉間に皺を寄せ、何時にも増して険しい表情をしていたが、それはまだいい。問題なのはもう一人、ティーダの方だ。顔面蒼白とまでは言わないが、いつもと比べて明らかに顔色が悪く、足元も少しふらついているようだった。

「だ、大丈夫!?中で一体何があったの?」
「………悪い、少しだけ一人にさせてくれ」

 駆け寄って心配するユウナに答えることもなく、ティーダは一人試練の間を後にする。その尋常ではない様子に誰も声を掛けることすら出来なかった。

「ぁ………」

 ユウナは引き留めようとしたが、思わず途中で手が止まってしまう。一言で言うなら危ういと感じたからだろうか。今の彼は、少しの力で折れてしまうそうな脆さを纏っていた。

「………アーロンさん」
「俺に聞いても無駄だ。あいつが答えを出すまで話すつもりはない」

 残された一同は事情を知るもう一人に目を向けるが、アーロンは口を堅く閉ざした。


















「………………」

 べベルのどことも知れない路地裏。人通りの殆どない場所に座り込み、建物の間から見える空をただ漠然と眺める。どれほどの時間そうしていたのか分からないが、気が付けば空はうっすら赤く染まっていた。

「流石FFⅩ………容赦ねーなぁ………」

 ファイナルファンタジーⅩ。ファンタジーの名を冠するのに、現実は非情であるとまざまざと見せつけられた。

 元々原作においても主人公であるティーダの境遇は悲惨の一言に尽きる。和解したばかりの父を倒さねばならず、倒したら倒したで今度は自分も消滅してしまう。続編で復活するエンディングもあれど、それもプレイヤーの行動次第で容易に消滅する程度のもの。下手をすれば鬱ゲーと言われてもおかしくないだろう。

 だが、それでも物語が全体を通して暗くならなかったのは、ティーダ本人が残酷な真実を前にしても、持ち前の明るい性格を失わなかったからに他ならない。

 青臭くて、無鉄砲で、ただ我武者羅に前を向いて突き進む。時にはただの考えなしの行動をしてしまうこともあったけど、失敗を恐れずに自分の感じたままに物事にぶつかっていく。人によっては馬鹿だと言う人もいるかもしれないが、俺の目にはその姿が眩しく映った。

「………すげーよ」

 俺はそこまで強くなれそうにない。最後には奇跡的に誰もが助かって、そんでもって主人公とヒロインが結ばれてハッピーエンド。もう既に答えは出ているのに、そんな都合のいい展開ばかりを想像してしまう。そんな方法があればバハムートやユウナレスカが使わない訳がないというのに。ある種の現実逃避でもあるのだろう。何時までもそんな甘い夢に浸っていたくなる。

「ティーダ、お前本当にすげー奴だったんだなぁ」

 泣き虫のくせに、最後は笑って物語を終わらせた本当の主人公。この世界とゲームは似て非なる世界。だが、俺の中にいるティーダも同じように決断をしただろう、と何故か確信していた。

 そんな時だった。

『いやー、俺じゃない俺を褒められるのは、なんか変な感じっすね』
「………え?」

 ただの独り言に返事が返され驚く。周囲には誰もいなかったはず。

「だ、誰だ?」
『誰って酷いな。今までずっと一緒にいたっつーのに』
「その声………」

 周囲を見渡せば、そこには予想通りの人物がいた。甘い顔立ちに金髪青目、健康的な小麦色の肌をした一人の青年。そう、まさしくFFⅩの主人公───

『知ってると思うけど。俺はティーダ。よろしくな実』
「え、あ、………よ、よろしく?」
『なんで疑問形なんだよ。まあ、混乱するのも無理ないけどさ』

 驚きと混乱で頭が回らない。ただ呆然とティーダを見上げることしかできなかった。

『隣、座らせてもらうぞ』
「あ、ああ」

 よっと、と隣に腰かけるティーダを横目で何度も確認する。やはり本物としか思えない。ただ、よく見れば体が透けているので幻光体、それとも精神体だろうか?そもそもティーダの意識は眠っていると聞いていたがどうやって………

 聞きたいことが色々とあるものの、言葉が出てこない。口を開いては閉じてを数回繰り返して、結局何も言えずじまいに終わる。ティーダもティーダで横に座ってから無言のままだ。

『………………』
「………………」

 二人してただ空を見上げたまま時間が過ぎていく。

 何故だろうか、不思議とこの沈黙を気まずいとは感じない。初対面だと言うのに、まるで十年来の親友といるような妙な安心感すらあった。

『………俺さ、最初から見ていたんだ』

 そして、十分程度そうしていただろうか。ティーダが唐突に口を開いた。

『ヘイスガなんて無茶な魔法作ったり、ユウナを助けて大怪我したり、シーモアに挑んだり、べベルに真っ向から乗り込んだり………無茶ばっかりする実をついさっきまで見てたんだ。夢って形でな』
「その、悪い」
『あ、別に責めようって訳じゃないんだ。そもそも実は被害者だし、今ならあの無茶な行動も必要な事だったって理解できるから。バハムートは後でぶん殴るけど』

 そう言ってくれるが、ハイスペックなティーダの体を使って無茶をしたのは事実だ。特にヘイスガは自爆技といっても過言ではないし、何度もこの体を危険に晒したことに間違いない。だから恨まれても仕方ないと思っていたが、そんな様子はなさそうだった。

『それと、俺が見た夢はスピラのことだけじゃなく日本での事やFFⅩの事もな』
「そっちもか………」

 憑依した影響から記憶が流れ込んだのか?なんにせよ、それが本当ならティーダは俺と同程度には現状を把握していることになる。ティーダが目覚めたときにどう説明するか悩んでいた身としては、手間が省けてありがたい反面、FFⅩのことまでは教えるつもりはなかったので少し複雑だ。

「それにしても、何時から目覚めてたんだ?」
『ついさっき、バハムートが話している途中でだ。実が精神的に大きなショックを受けたからなのか、叩き起こされたよ』

 先程のバハムートが語った真実は、確かに俺にとってかなり衝撃的だった。頭が真っ白になり、何も考えたくない程に。その時の衝撃でティーダは目覚めたようだ。そして、目覚めてからは話しかけるタイミングを見計らっていたと。

『………それでさ、俺がこうして出てきたのは謝りたかったからなんだ』
「謝る?」
『スピラやザナルカンドが実の親父さんや実にどんな仕打ちをしたのか知ったから。勿論、謝って済む事じゃないのは分かってる。でも、夢のザナルカンドで暮らしていた者としてどうしても謝りたかったんだ』

 そう言って、本当にごめんと頭を下げた。

 良くも悪くも実直なティーダらしい。夢のザナルカンドは親父の犠牲の上に成り立っている。それ故にその事実を知ってしまったティーダは罪悪感を抱いてしまった。

「分かった。謝罪は受け取っておくよ」
『そうしてくれると助かる』

 ティーダに責はないと思うけど、本人が負い目を感じているなら素直に謝罪を受けたほうがいいか。俺としてもティーダの体を好き勝手に使ってたし、お互い様ってことにしておくべきだろう。

 謝罪を受け取った後は、何気ない会話が続いていた。ティーダの方から積極的に話題を振ってくる。内容はブリッツボールや日本のスポーツのことなど当たり障りのないものが多く、もしかしたら気を使って話題を選んでいるのかもしれない。

 そして、話題が尽きかけた頃、ティーダは若干の躊躇いを見せながら問いかけてきた。

『実は………もう決めたのか?』

 何を?とは聞かない。この場で聞くことなど決まっている。

「ああ、というか選べる選択肢がないからな」

 親父は心を失ってまで家族を守ろうとしてくれた。俺もその意思を受け継ぐつもりだ。既に召喚されてしまった俺は仕方ないとしても、これ以上家族を巻き込むことは絶対にさせない。そして、その上でユウナと共に生きて行こうとすれば、俺に残された道は一つだけ。

『そうだよな………悪い、無神経な質問だった』
「いや、いいさ。こうしてティーダと話しができて踏ん切りがついたしな」

 ティーダは俺以上に悲惨な決意を胸に最終決戦へと赴いた。和解したばかりの父を倒し、そして自分も消えてしまう。それが分かってて物語を終わらせた。

 なら───

「俺も全部終わらせるよ。親父だけじゃくてジェクトさんも楽にしてやらないといけないしな」
『………だな。あいつの思惑通りに動かされるのは癪けど、実の親父さんは千年も苦しんでるんだ。いい加減に死の螺旋から解放してあげないと。まあ、うちのクソ親父はそのついででいいからさ』
「ついで扱いとはひっでーな」

 そのあまりの物言いに苦笑する。ジェクトが本当は愛してくれてたことは、もう既に知っているはずなのに。どうしても気恥ずかしくてこんな言い方になってしまうのだろう。不器用な親子だ。

『で、事が済んだら実はどうするつもりなんだ?日本に残るのか、それともこっちに戻って来るのか?俺としては戻ってきてくれると嬉しいんだけどさ』
「戻って来るつもりだ。ただ、お袋と彩葉の事が心配ではあるけど………」

 初めて人を本気で好きになり、ユウナと共にこれからを歩んで行きたい思った。また、親父を殺してそのまま日本には居られない。だからスピラに戻ってくるつもりではいる。しかし、そう思う反面、日本に残してしまうお袋たちの事が心配でもあった。二人からすれば親父の突然死に俺も原因不明の昏睡状態が続く。そのショックがどれ程のものか想像に難くない。

『そっか………そうだよな、向うに家族がいるんだもんな』

 事情を説明出来ればいいんだけどそんな時間はないし、仮に説明したところで流石に信じて貰えないだろう。意識が錯乱していると思われるのがおちだ。スピラに戻ってくると決めたが、そこだけが気掛かりだった。

『………なら、こうすんのはどうだろう?』
「ん?」
『お袋さん達にはもう暫く我慢してもらうけど─────────』

 そして、ティーダから一つ提案された。

「それは………」

 問題が根本から解決するわけではないし、諸手を挙げて賛成できるような考えではない。だが、現状の限られた道では、俺にとって最善に近い考えだと思う。

『悪い、俺にはこの程度のことしか思いつかないんだけどさ』
「いや、そんなことねーよ」

 少なくとも立ち上がって歩き出せる程度には気が楽になった。

「サンキュー、ティーダ」
『どういたしまして』

 反動をつけて勢いよく立ち上がり、両頬を張る。ヒリヒリした痛み。いまはそれが少し心地いい。そして、ティーダは薄く輝いたかと思うと、目の前から消えて再び俺の中に戻る。

「行くか」
『ああ』

 路地裏を出て聖べベル宮へと歩き出す。

 千年、いや、万年前から始まったこの物語を終わらせるために。



























実際の病院のシステムがどうなっているのか分かりませんが、ここではそういう物だと思ってください。





[2650] 最後の物語へようこそ    第二十五話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/09/26 19:51






聖べベル宮、祈り子の間控室。

ユウナ達は、いつ戻ってくるか分からないティーダをひたすら待ち続けていた。アーロンは腕を組み壁に寄りかかると目を瞑り微動だにせず、賑やか担当のリュックとワッカは場の重々しい空気を前に沈黙。ルールーやキマリは何やら思案していたようだが、情報の少なさに推測するのも限界があった。

そんな状態が小一時間以上続いていたが、やがて入り口が開く。その先にはティーダの姿。ユウナは弾かれたように駆け寄った。

「………もう大丈夫なの?」
「ああ、この通り大丈夫」
「そっか、よかったぁ」

深い安堵の表情を浮かべるユウナに、心配かけてごめんとティーダは軽く頭を下げる。出て行った時の弱弱しい感じは既にない。その様子に重々しかった空気もようやく少し軽くなった。

「ま、俺等の事は気にすんな。それよか中で何があったのか聞いてもいいか?」
「ああ。って言っても、説明すんのは俺じゃないけどな。まずは祈り子の間に行こう」
「え、いや、そっちはマイカ様が通してくれないんじゃ………」
「大丈夫」

ティーダは祈り子の前に陣取るマイカに近づく。

「皆も通してください。俺はもう決めましたから」
「………さようか、ならばよかろう」

先程まで頑なに通行を拒んでいたはずのマイカは、その一言でいともあっさりと退く。ユウナ達はその変わり身に驚くが、次の瞬間にはさらなら驚愕に目を見開いた。

「何を言った所で償いにもならんが………主に全てを押し付けてしまい、誠に申し訳ない」

エボン教の頂点に立つマイカ総老師。つまりイコールでスピラの頂点に立っている絶対的権力者が一人の人物に深々と頭を下げたままでいるのだ。在位五十年の長きに渡り、このような光景は一度たりともありはしない。既にエボンの教えから脱却している彼等であっても、つい先日までは敬虔な信者だったのだ。その衝撃は計り知れないものがあった。

「いえ、俺のためでもありますから」
「………すまぬ」

対するティーダは、頭を下げたままのマイカにそう言い残し、何事もなかったかのように横を通り過ぎて進んで行ってしまう。ユウナ達は、ティーダとマイカの行動に困惑しつつも、後を追って祈り子の間へと入る。

祈り子の間では、バハムートとユウナレスカが待ち構えていた。

「もう決めたのかい?」
「ああ、あんたの思惑通りに終わらせてやる。それと………」

ユウナレスカへ近づくと頼みごとをする。

「全部終わったらお願いします」
「承りました。私が全身全霊を持ってお兄様をお支えします」
「ありがとうござます、それから………」
「分かっております。後の事はお任せください。上手くぼかして説明しておきますので」
「頼みます」

軽く頭を下げると、今度は振り返る。

「そんじゃ、やらなきゃいけない事があるからちょっと行ってくるよ」

片腕を上げ、そんな事をのたまうティーダに即待ったがかかる。

「待ちなさい。行くって何処に?あんた一体何をするつもり?」
「そうだよ。いきなりそんなこと言われたって訳分かんないって」

ルールーとリュックから至極尤もな指摘が入る。何の説明もなしにこれでは、理解しろと言う方が無理というもの。唯一あの場にいたアーロンは察しがついているが、他のメンバーからすれば当然の反応だ。

「ああ、悪い。どうも気が急ってたみたいだ。まあ、何をするのか簡単に言えば───」

訝し気な彼等をよそに、ティーダは一拍置いて返す。

「シンを倒しに、ってね」

痛いほどの沈黙。シンを倒す?彼等は一瞬自分の耳を疑ったが、どうやら聞き間違いではなかったらしい。召喚士以外の人間がシンを倒すなど世迷言だ。記憶に新しいミヘンセッションでもそれを証明している。この千年間で一体それほどの人間が究極召喚なしでシンに挑み、そして傷一つ付けられずに死んでいった事か。シンは究極召喚でしか倒せない。それがスピラの常識である。

「冗談………じゃないんだよね?」

ティーダの発言を常識外れだと切り捨てるのは簡単だ。だが、目の前の青年は声こそ軽い調子ではあるものの、その目が本気であるとユウナは感じ取った。

「勿論。今までは絶対に倒せるって保証がなかったから黙っていたけど、実を言うと俺にはシンを倒す心当たりがあったんだ」
「あ!もしかして飛空艇でオヤジに言ってたやつ?」
「そう、それ。で、ついさっきシンを倒せる確証が得られたってわけ」
「………マジでか?」
「マジで。こんなことで冗談いうほど俺も馬鹿じゃない」
「そ、それじゃあ………まさか本当にシンを倒せる?究極召喚なしで本当にシンを倒せるのか!?ユウナは死ななくても済むのか!?」

詰め寄るワッカに、ティーダは親指を立てて見せる。

瞬間、アーロンを除く全員が歓喜に沸いた。リュックとワッカは喜びを爆発させ、普段はあまり感情を表に出さないルールーやキマリですら隠し切れぬ喜びに表情を崩した。

究極召喚は今までスピラの唯一の希望であると思われ、実際にそうだった。しかし、召喚士が犠牲にならないで済む方法があればそれに越したことはない。一部の例外(エボン教上層部)を除いて誰もが待ち望んだ究極召喚以外のシンを倒す手段。それがとうとう見つかったのだ。喜ばない訳がない。特に妹分を犠牲にしなくて済んだ彼らの喜びは一塩だろう。

しかし、それとは対照的にユウナの顔に笑みはない。手放しで喜べない理由があった。

「………代償は何?」

喜びに満ちていた場が一瞬で静まり返る。

「え、ユウナ?」
「私だって命を捨てたい訳じゃない。シンを倒すことが出来て、私も助かる道があるなら嬉しいと思う。けど、何の代償もなしにそれが出来るとは思えないの。だって………」

ユウナの脳裏に浮かび上がるのは、小一時間前の出来事。

「………あの時凄く辛そうにしてた」

ユウナの言葉に浮かれていた者達もはっとする。祈り子の間から出てきたティーダは、触れることを躊躇うほどに脆く不安定な状態だった。単純にシンを倒すことが出来て、めでたしめでたし、となるのであればあのような事になるはずもない。究極召喚ですら代償が必要なのだ。シンを倒せるのが本当だったとしても、それを成し遂げるには何か重大な犠牲が伴う。それも、ティーダ自身かそれに関わる何か大切なものが犠牲になるのではないかとユウナは直感した。

「お願い、教えて。シンを倒す代償は何?」

真っ直ぐにティーダを見詰めるユウナに、下手な誤魔化しは効きそうになかった。

「………本当に妙な所で鋭いよな、ユウナって」
「諦めろ。ブラスカもこうなった時は梃でも動かなかったからな。ユウナはそれよりも頑固だ」

アーロンは肩を竦めて早々に降参することを進めた。ティーダは思わず視線を外して頭を掻くと溜息を付く。

「ユウナレスカ様、すみませんが全部教えてあげてください」
「よろしいので?」

真実をそのまま知ってしまえば、大きなショックを受けることになるのは明白だ。だから重要な所は隠して伝えてもらおうと思ったのだが、今のユウナは誤魔化す事も諦めさせる事も出来るとは思えない。なにせ、シンを倒すと誓った時と同じ目をしているのだから。

「ええ、お願いします………………それじゃ、やってくれ」

後の事はユウナレスカに任せて、召喚解除を願い出る。バハムートは深く頷くとエボンの印を切る。

「待って、何を───」

不穏な空気を感じ取ったユウナだったが、既に何もかもが遅かった。ティーダの体が微かに発光したかと思うとふらっとよろけてしまう。

「お、おい!?」
「ちょっと、ティーダってば大丈夫!?」

倒れ込む前に慌てて駆け寄ったワッカが体を支える。リュックも反対側に回り、同じく肩を貸した。

「そこまで体調が悪いなら無理しなくていいのよ?」
「キマリも後で構わない。今のお前には休息が必要だ」

ルールーは、ティーダが一体どうやってシンを倒すのか、祈り子の間で何を聞いたのか気になっていたが、時間的に余裕がない訳じゃないので話を聞くのは明日以降でも構いはしなかった。キマリも同様に気になってはいるが、不調の仲間に無理をさせてまで知りたいとは思わない。

彼等はティーダの体調を気遣い、話を切り上げようとした。今日は本当に色々あったのだ。アルべド族のホーム襲撃やべベル突入など神経をすり減らす事ばかり。ただでさえ病み上がりのティーダには相当堪えたのだろう考えた。

しかし、

「………キミは誰?」

何時もなら真っ先に心配するはずのユウナは、そんな言葉を投げかけた。

ポカンと、ユウナは何を言っているんだとばかりに彼等は顔を見合わせる。だが、真剣な表情のままティーダを見詰めるユウナは、何かを思い出したかのように、あっ、と小さく声を漏らした。

「キミは………もしかしてティーダなの?」
「ユ、ユウナ?ちょっと、どうしちゃったの?」

事情を知らない彼等からすれば、支離滅裂な言動に見えただろう。だが、ユウナは確信していた。目の前の青年はどういうわけか違う。よろけた前後で姿形は何一つ変わっていないが、今まで一緒に旅をしていた彼とは別人だということに。

「………まさか一目で見分けるなんてな」

それを裏付けるかのように、目の前の青年は苦笑しながらも流石っすねと賞賛の声を送る。

「実は?」
「元の世界に行ったよ。………って、そんな顔しないでくれ。後で実にぶっ飛ばされちまう。安心しろよ、戻って来るって言ってたからさ」

彼が元の世界に戻ったと聞いて言い知れない感情が込み上げてくるユウナだったが、続く言葉に安堵の溜息を漏らした。

一方でおかしな言動をするユウナとそれを肯定するティーダにリュック達は軽い混乱状態にあった。ただでさえ現状が全く把握できていないのに、実とは誰なのか、元の世界とは何なのか、分からないことがさらに増えた。

「あのさ、あたし達完全に置いてきぼりなんだけど。ユウナも何か知ってるの?」
「あ、ええと、私も知ってることは多くないんだけど………」

言い淀むユウナに、ユウナレスカが助け船が出す。

「その辺も含めて私が真実を語りましょう。ですが、その前に………」

言いながら視線をバハムートへ。

「分かってる、後はよろしく頼むよ」

意を汲み取ったバハムートはユウナレスカに後を託して消えていく。行く先は言うまでもないだろう。それを見送ったユウナレスカは、残された面々を見渡すと静かに語り始めた。

「それでは話しましょう」

彼の要望通り、物語の全てを。

「全ての始まりは、とある召喚術を追い求めたことから───」









































とある病院の個室に一人の患者が横たわっていた。年のころは十代後半。これといった特徴はなく、ごくごく平凡な容姿をした青年だった。

青年───江本実は四日ほど前に意識不明の状態で運び込まれた。病院では様々な検査を行ったものの、倒れた原因は不明。分かったことと言えば彼が至って健康体であり、意識を失う要因は何一つない事だけ。

「………ん………ここは………そうか………」

そんな実だったが、病院に運び込まれてから四日目の深夜に人知れず意識を取り戻す。しばし周囲を見渡すのみだったが、徐々に意識が覚醒してくるとゆっくりと体を起こした。

「体は………歩くくらいなら大丈夫か」

四日間寝たきりで弱った体の状態を確認するとベットから降り立つ。ただ立つだけのなんてことない動作でも結構な重労働に感じられたが、院内を歩き回る程度はできそうだ。

「………ああ、案内しろよ」

突然何もない空間に話しかける。病室は彼の個室となっており、話しかけるような相手はいない。誰かに見られれば、この人は頭大丈夫だろうかと心配されること間違いない光景だ。だが、もしも霊感が恐ろしく強い人がいれば、感じることくらいは出来たかもしれない。視線の先に見えない何かがいることを。

『──────』

見えない何か───バハムートは、実を病室の外に導く。あちらこちらと遠回りしながら防犯カメラに映らぬ様に移動すると、とある病室の前に辿り着いた。壁には江本樹の表札。十年間の長きに渡り昏睡状態が続く男性。そして、実の父でもあった。静かに扉を開いて中に入る。

「………久しぶり」

様々な感情が入り混じった声で呟く。最後にお見舞いに来たのはこっちの時間で一週間前のはずだが、体感では一年以上も前のことだった。久しぶり見る父の姿。その懐かしさに今まで彼自身が忘れかけていた記憶が蘇って来る。

あまりに多忙で中々遊びに連れて行ってくれない不満をぶつけたこと。夜勤空けで疲れてる体に鞭打ってそんな不貞腐れてる自分を遊びにつれていってくれたこと。妹を目に入れても痛くない程に可愛がっていたこと。私生活がちょっとだらしなかったこと。母に頭が上がらなかったこと………何気ない日常の光景が脳裏に浮かんでは消えていく。

思い出はいつも綺麗だというが、思い出した記憶には情けない姿も多くあった。しかし、病院で働く頼もしい後姿もしっかりと覚えてる。救った人々から感謝されている父を内心で誇らしく思っていたことも。

そんな父を今から殺さなければならない。

「………ああ、分かってる」

このまま何時までも思い出に埋もれていられたら、どれほど幸せだろうか。しかし、見回りまでの時間を考えればこれ以上感傷に浸っている時間はなかった。

人工呼吸器を操作。指紋を残さぬ様に注意を払いながら指示されたボタンを押していく。その僅かな指の動きが死へのカウントダウンとなっていた。

そして───

「…………ごめん」

躊躇いは一瞬。微かに震える指先で人工呼吸機の電源を落とす。















数分後────江本樹は全ての生命活動を停止した。
















実にとって父の死を待つ数分は、まるで永遠のように長く地獄のように感じられた。既に一度シーモアを殺めているが、その時とはまるで比較にならない罪の意識。

「本当に………」

尊属殺人罪。簡単に言えば親殺しを示す言葉がある。現代においては法の下の平等により、この規定は既に廃止されているが、一昔前まではただの殺人とは区別され、同じ一人を殺したとしてもより重い刑で裁かれていた。これは、子は親を敬い、親は子を慈しむべきという封建的な道徳観から基づくものであったが、かつてはそれほどまでに子が親を殺すことは罪深いとされていたのだ。実にはどうしても殺さねばならない事情があったのが、それでも親殺しという重い罪の意識が完全になくなることはない。

「………敵わないな」

しかし、そんな地獄の中で一つだけ彼の心を救った出来事がある。

それは死ぬ間際、父の表情が微かに変わったことだ。今まではただ無表情で眠っていただけ。しかし、少しだけだが、確かに表情に変化があったのだ。

それは、もしかしたらただの筋肉の萎縮だったのかもしれない。江本樹の精神は此処にはなく、スピラにて完全に変質してしまっている。故に感情を表現することは不可能のはずだ。

しかし、その穏やかな表情は、まるで実にありがとうと語り掛けているかのようだった。親殺しの業を背負わされた彼にとって、それがどれほどの救いになったことか………。

江本樹は医者として多くの人々を救ってきた。そんな彼は、死の間際でさえ息子の心を救った。

彼の人生を振り返ってみれば、多くの人は彼を不幸だったと言うだろう。見知らぬ土地に突然召喚され、あまつさえ望まぬ人殺しを強制される。その結果、心を失って最悪の魔物に成り果てる。不幸以外の何物でもない。

だが、もし彼に貴方の人生は不幸でしたか?と聞くことが出来たなら、いいえと返って来るだろう。血に塗れてしまった両手だが、それでも救う事が出来た人々は確かにいた。それに、自分には愛する妻が、息子達が、娘達がいる。

そして、何より最後に息子が自分を救ってくれた。

医者としては、死とは忌むべきものである。だが、同時に時として何にも代えがたい救いであるとも知っている。今がまさにそれだ。望まぬ殺戮を繰り返すくらいなら、愛する者の手で楽になれるのであれば、それは紛れもない救いだ。

不幸な事は多々あった。けれど、自分の人生は決してそれだけではない。それ以上に幸せな事があったのだと、彼はそう断言するだろう。

「………一年以内に戻って来る」

実は父の亡骸に向って宣言すると、踵を返す。

「今まで俺達を守ってくれてありがとう………さようなら、親父」

そして、振り返ることなく病室を後にした。














聖べベル宮襲撃事件。

二日前に起きた歴史的にも類まれな大事件に、人々は並々ならぬ関心を寄せていた。その熱は時間とともに冷めるどころかより過熱して様々な憶測が飛び交う始末。エボン教は箝口令を敷いて対処するが、これほどの大事件ではその効果も薄い。人々の口に戸は立てられないようで、ネットや電話などがないにも関わらず異様な速度でスピラ中に広がっていった。

しかし、その熱が続いたのもそこまで。事件から二日目の夜、襲撃事件があったことなど人々の記憶から吹っ飛んでしまう特大の事件が起きた。

最初に気が付いたのは、とあるべベルの住民だ。彼は夜道を歩いている時に何気なく空を見上げて、遥か上空にいる存在に気が付いた。目を凝らして見ればそれは一匹の魔物だった。

彼はそんな馬鹿なと自分の目を疑った。しかし、何度も目を擦ってその存在を確かめ、頬をつねっては夢を見ているのではないかと確認したが、現実は変わらなかった。

「シ、シン………」

絶望の名を口にして、その場に座り込む。

べベルの上空は数十キロに渡り聖獣エフレイエの守護する領域である。それ故に、魔物が存在できるはずもないのだが、厄災の魔物は小さな島ほどもあるその巨体を空に浮かべていた。

やがて、彼だけでなく他の住民や警備兵たちもシンの存在に気が付き、一時的な混乱が生まれた。だが、寺院から派遣された僧兵達は混乱する住民たちを素早く都市外へと避難させ、また何よりシンが何もせずその場にじっと浮かんでいるだけだったことで混乱は最小限に留められた。

そして、人々が不安に包まれる中、その場に浮いていただけのシンに変化が訪れた。

「お、おい、あれ………」
「嘘………」

最初は薄く、しかし段々と光量を増して発光していくシン。そして、眩いまでに輝いたかと思うとその姿を幻光虫へと崩していく。あまりに巨大なその存在の消滅は、光の奔流となり夜空を天の川のよう流れる。その光景は、べベルだけでなくスピラ全土の人々の目に触れた。

千年に渡り、死の螺旋を作り上げた厄災がたった今目の前で消え去った。

人々が目の前に光景を理解するに従って、スピラの各地で喜びが爆発する。シンの影に怯えないで暮らせる日々。その何にも代えがたい平和な日々の訪れを彼等は心の底から喜んでいた。

















一方で避難が完了し、静まり返ったべベル。

その中央にある自然豊かな広場に数人が集まっていた。彼等は幻想的なまでに美しく照らし出される夜空を胸が締め付けられる思いで見ていた。

「あたし現実を認めたくないのって初めてだよ………」

その内の一人、リュックがポツリと零した。

アルべド族はいつだって現実を見据えている。エボンの教えにある甘言に惑わされず、どれほど蔑まれようとも厳しい現実から逃げようとはしない。そんなアルべドの精神を具現化したようなリュックでさえ、シンの消滅が何を意味するのか、現実から目を背けたかった。

「くそっ、こんな胸糞悪い事ってあるのかよ」
「本当にね………」

シンの消滅。それはユウナの命が助かることを意味する。実の妹のように可愛がってきた彼等からすれば喜んで当然のはず。実際に一時はただ無邪気に喜んだ時もあった。だが、そんな彼等は苦虫を噛み潰したかのような表情で歯を食い縛る。

「キマリはこれほどまでに無力な自分を恨んだことはない」

キマリはかつてのことを思い出す。それはロンゾ族の誇りである角を折られた時のこと。仲間から小さな体を馬鹿にされ、挙句に角なしと揶揄される屈辱な日々。どうしてこんなに弱いのかと自分を呪っていた。しかし、そんなことは今この時の無力感に比べれば無いも同然だった。

「…………」

伝説のガードは無言で佇んでいた。キマリと同じく己の無力さを噛みしめながら、それを表には出さない。その目に映るのは、目の前のありのままの光景。かつて幾度となく衝突しつつも認め合った仲間を見送り、そして一人の青年の出した答えにただ敬意を払う。

「ごめん、そして、ありがとう」

“ティーダ”は短い間で親友とも呼べる存在になった彼に謝罪と感謝の気持ちを送る。背負わせてしまってごめん。そして父を解放してくれてありがとう、と。

「………実」

ユウナは無意識の内に彼の名を口にしていた。

シンの消滅は彼女の悲願である。大召喚士である父ブラスカを心から敬愛し、いつか自分も父のようにスピラに幸福を届けたいと思い、命を捧げてでも絶対に倒すと誓った。しかし、望んだはずの光景を前にしてもその顔に一切の笑顔はない。ただ悲しみの表情で拳を握りしめる。

「お兄様………ありがとうございます」

ユウナレスカは、深々と一礼すると鎮魂の舞を踊る。その表情にあるのは、ようやく解放してあげることができた喜びか、それとも愛する人との離別への悲しみか。

「………お父様………安らかにお眠りください」

ただただ“父”の安らかなる眠りを祈っていた。























ティーダとジェクト、実と樹、二組の親子が会話する場面も考えたのですが、ジェクトと特に樹は無理やり入れ込むとどうにも違和感のある感じにしかならなかったのでいっそのことカット。というか最終決戦のジェクトの泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ、が印象に残りすぎて改変するのがちょっと………




[2650] 最後の物語へようこそ    第二十六話 
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2018/09/27 18:24







「彼の準備は整ってる。何時でも構わないよ」

草木も寝静まる深夜。聖べベル宮祈り子の間にて異界召喚が行われようとしていた。異界召喚は禁術に指定されている術であり、その難易度もあって現在スピラで使えるのはたったの二人だけ。

「………では召喚します」

その希少な使い手の一人、ユウナレスカは最後になるであろう異界召喚を行使する。通常の召喚と比べてさらに大きく、複雑な召喚陣が展開されていく。対象は異世界の住民であり、彼女が兄と呼ぶ人物。

ユウナ達はそれを少し離れた位置から見守る。会いたくもあるが、会って何と言えばいいのか分からない。その胸中は彼に対する負い目で溢れていた。

やがて、展開した召喚陣の上で高密度の幻光虫が一人の青年へと姿を変えていく。彼は召喚獣と同じ幻光体でありながら人と殆ど変わらぬ肉体を持って現界した。

ユウナレスカは現れた人物にお帰りなさいませと頭を下げると、体に何か不都合はないかと尋ねる。

「………大丈夫みたいです。召喚ありがとうございます」
「いえ、お兄様にして頂いたことに比べれば、この程度では恩返しの一部にもなりません」

現れた極々平凡な容姿をした青年───江本実は、自分の体を一通り確かめると礼を言う。正直に言えば不具合というか、前よりも体が軽くなって力強さが増している気がするのだが、多少身体能力が向上している程度であれば問題はないだろうと結論付けた。この辺は違和感を感じない程度にユウナレスカが強化した所為だったりする。

「実………あの………」

消え入りそうな声で彼の名が呼ばれる。実が視線を向ければ、そこにはギュッと手を握りしめ、まるで迷子になって今にも泣き出しそうな子供と同じ表情をしたユウナがいた。

実はその様子に、一つため息を付くとユウナに近づいて行く。そして、顔を俯かせてしまったユウナの両頬をおもむろに摘むとそのまま上を向かせる。まさか、いきなり頬を摘まれるなど夢にも思わなかったユウナは思わず目を白黒させていた。

「た・だ・い・ま!」
「………お、おひゃえりなはい」
「はい、よくできました。それにしても柔らかいな」

花丸を上げよう等と言いながら、伸ばしてた頬を名残惜しそうに離す。解放されたユウナは、半ば呆然としながら頬を擦っている。

「しかし、よかった。本来の俺がティーダみたいにイケメンじゃないから、てっきりお帰りも言って貰えないのかと思ったじゃないか」
「そんなことないよ!実は実だし、私にとっては誰よりも格好いいから!」
「はは、サンキュー」

すぐさま強く否定するユウナに、少し照れくさそうにする。正直な所、ほんの少しだけ不安な気持ちがあったが、それも今のユウナの一言でそれも吹き飛んだ。

「そう、本当に恰好よくて………いつも私を守ってくれて………今回の事だって………」

だが、実の気持ちが晴れた一方で、ユウナの心は荒れたままだった。ユウナレスカから語られた真実。それを思い起こせば自分の存在が彼にとってどれほど迷惑だったのかは明白だ。私なんかの所為で彼に一生消えない傷を負わせてしまった。この罪は一生を懸けても償いきれない。

───そんなことを考えているんだろうな、と当たりを付けた実はもう一度ユウナの頬を摘む。今度は先ほどよりもっと強く。

「い、いひゃい」
「痛くしてるんだから当たり前。ったく、ユウナが何を考えているか当ててやろうか?大方、私の所為で~とか、俺に重荷を背負わせてしまった~とか、この罪をどう償うか~とか、考えてるんだろ?」
「………ひゃい」
「はっはっは、本当に分かりやすいな。このほっぺたもちもち娘は」

ユウナのほっぺたを笑顔でみょんみょんと伸ばしながらも、その目はまるで笑ってなかったと、後にリュックは語る。

「ユウナ、それから皆もだけど、お前等は一つ勘違いしてる」
「………勘違い?一体何を勘違いしていると言うの?計画を立てて実行したのは祈り子様だけど、それでも私達の世界が実にしたことは───」
「ああ、そうだ。俺が親父を殺す原因となった」

その事実は変わらない。あの時の気持ちは、多分一生忘れることは出来ないだろう。

「でも、それはユウナの所為なんかじゃない」
「………」
「俺は家族の為、ユウナの為、そして自分の為に行動した。言葉遊びのように聞こえるかもしれないが、『誰かの為にすること』と『誰かの所為ですること』は決定的に違う」

例え、どれ程選択肢を狭められようとも、最後は自分で選んだ。なら、その結果は受け止める。

「もう一回言う。ユウナの為というのはあれど、ユウナの所為なんかじゃない。俺の物語の行く末は俺が決めたんだ………だから、もう自分を責めるのは止めてくれ」
「………うん………ぁ………」

ユウナの所為じゃない。そう力強く断言するその言葉に、力が抜けて崩れ落ちそうになる。実はその華奢な体をそっと受け止めた。

「ご、ごめん」
「いいからこのまま………ろくに眠れてないんだろ?」

多分に内罰的な側面がある彼女は、真実を聞いてからずっと自分を責め続けていた。無論、ユウナとてそうしたところで何の解決にもならないのは理解している。事は一個人の力の及ぶ範疇ではなく、自分の生まれる遥か前から計画されていたものをどうこうできる筈もない。しかし、だからといってきっぱり割り切れるような器用な少女でもない。結果、ユウナはこの二日間一睡も出来ず、精神的にも限界に達しようとしていた。ルールーが薄く化粧を施したが、顔色の悪さや目の下の隈は隠しきれていない。

それが、彼のお蔭でようやく自分を責めることを止めることが出来た。ピンと張り詰めていた糸が切れ、睡眠不足と精神的な疲労によりふらついてしまうのも無理はなかった。

「………ねえ、一つ聞いてもいいかな」
「何?」
「えっとね───」

答えを聞くのがほんの少し怖くもあるが、ユウナは実の腕の中から意を決して尋ねる。

「実の物語に………私の場所はあるのかな?」

シンが消滅した世界で自分が生存しているとは思ってもみなかった。だからユウナは将来の事を具体的に考えたことがない。しかし、もうシンは存在せず、彼女が犠牲になる必要はなかった。今まで閉ざされていた道が急に開けたのだ。

初めて自分の将来を思い描いてみる。中々に難しい。というか、具体的な事が殆ど思いつかなかった。ただ、一つだけはっきりと分かったことがある。それは、どんな未来でも彼の傍に居るであろうことだ。自分の居場所はそこしかない。そこ以外は考えたくもない。結婚式の最中に自覚した恋心。それはもう抑えられそうにもなかった。

恐る恐る顔を上げると、そこには少し驚きつつも嬉しそうな表情。

「勿論、特等席が空いてる」
「………よかったぁ」

その言葉を最後にユウナの意識はプツリと切れる。彼の腕の中、安心しきった寝顔で眠りに落ちていった。
















「ここは謝罪ではなく感謝の言葉、でいいのかしらね?スピラを、いえ、ユウナを助けてくれてありがとう」

頭を下げたルールーは、随分と変わった仲間に心の底から感謝の言葉を伝える。

彼が愛する妹分を救ったのはこれで何度目だろうか。一度目はキーリカ、二度目はマカラーニャ。それ以降もユウナの心の支えとなっていた。そして、今回の事でユウナは文字通り身も心も救われることとなった。辛い選択を迫られながらも、ユウナを救ってくれた彼にはいくら感謝をしても足りそうにない。ルールー同様の思いを抱えているガードの面々も、それぞれ感謝の言葉とともに頭を下げる。

「あいよ、皆の感謝の気持ちは確かに受け取った。これ以上はもう十分だから」
「そうね、あんたがそう言うのであればそうするわ」

ユウナと違ってルールーはその辺きっぱりと割り切った。これも二度の旅に出ている経験故にだろうか。また、そうでもしないと何処かの誰かさんみたいにほっぺたを伸ばされそうだし、と珍しく冗談めいて肩を竦めてみせた。

実は苦笑しながらふとルールーの頬を引っ張る想像をしてみるが、ブリザガ級の冷たい視線に襲われるイメージしか沸かなかった。仮に実行してしまったら、視線だけで凍え死んでしまいそうだ。

「はは、俺はそこまで命知らずじゃ………あ、いえ、何でもないです。すみません」

そんな想像をしてしまったせいか、思わず漏らしてしまった本音にイメージ通りのブリザガ級の視線が突き刺さる。実は一瞬も持たずにルールーに屈した。

「あはは、よわーい」
「実、もうちょっと頑張るっすよ」
「まったくだぜ、と言いたいところだがルーのあの視線に晒されればしょうがねーよ。俺も何度か食らったが、あの視線を前にしちまったら凍り付いたかのように動けなくなるんだぜ?」
「まじで?」
「ああ、直で食らった俺が言うんだから間違いない。確実にブリザガ級はある」
「「うへ~」」

ワッカは遠くを見ながら語り、リュックとティーダは絶対零度の視線を想像してしまったのか渋い顔となる。彼等は精神年齢が近いのか、この二日間で急速に打ち解けていた。

「あら、あんた達は氷漬けがお望みかしら?」

青筋を立てたルールーが微笑と共に問いかける。周囲に氷の精霊が漂い始めているところを見ると割と本気だったりするのかもしれない。

新賑やか担当トリオは、地雷を踏んだことに気が付いたのか米つきバッタの如くペコペコと必死に謝る。ルールーはそんな情けない三人を見て一つため息を付き、彼等の背筋に氷柱を生成することで一先ず許すことにした。

「………アホだなぁ」

悲鳴を上げる三人に成仏しろよと合掌しながら呆れ顔を作る。だが、内心ではこうして依然と変わらない態度で接してくれる彼等に感謝していた。

「実」

背後からの声に振り向けば、そこにはキマリとアーロン。

「戦友を送ってくれたことに感謝する」
「キマリはお前の覚悟に敬意を払う」

二人は言葉少ないながらに感謝と敬意を払う。

本当はもっと色々と言いたいことがあった。自らの無力さを謝りたくもあった。しかし、実はそれを望まないだろうと理解していた。だから、ただ真剣に思いを伝えた。元々口数の多い方ではない自分達は、言葉を重ねるよりも思いを込めた短い言葉の方がいいはず。

実もそんな二人の思いを汲み取ったのか、分かってるとばかりに頷いて返した。

「さて、ちょっといいかい?」

バハムートの発言と共にその場が静まり返る。背中に氷柱を突っ込まれ大騒ぎをしていた三人もピタリと動きを止めた。

「………何か?」

先程までとは打って変わって温度を感じさせない冷たい声。バハムートはそんな実の態度を気にも留めていない素振りで話しを続ける。

「そう警戒しないで欲しいんだけど、今までの事を考えれば無理もないか。まあ、話は簡単に言えば僕の処遇はどうするってことなんだけど」

バハムートが実に尋ねたのは、自らに対する処分のことだった。

「僕はこれまで君に対して数々の非道を行ってきた。スピラ救済のためその行為自体は後悔はしていない。けど、信じられないかもしれないが、これでも罪の意識はある。だから、君が望むのであればどんな罰でも受け入れるつもりだ。殴るのであれば気が済むまで殴っていいし、祈り子像を砕いて僕を消滅させても構わない」
「………へえ、本当に何をしてもいいのか?」
「勿論。ただ、その範囲は僕だけにしてくれると助かる」

全てを受け入れると言ったバハムートを冷ややかに見る。その目は本気のようだった。実が望めば本当に何でも受け入れるだろう。

「ティーダはもう殴ったのか?」
「ああ、実が向こうに行った後でな」

聞けば全力で一発ぶん殴ってチャラにしたと言う。祈り子はそのままでは実体を持たないが、召喚獣として呼ばれなくても幻光虫の密度を高くすれば触れること位は可能だ。

「分かった。それじゃあ、遠慮なく言わせてもらう。俺はあんたに───」
「うん」
「何もしない」
「………え?」

初めてバハムートの表情が崩れた。

「ああ、言っておくが俺はティーダほど優しくはない」

何もしないと言ったのは、バハムートを許したからではない。むしろその真逆。

先程ユウナに話したことに嘘はない。父を殺す選択したのは自分で、誰かにその責任を擦り付けるつもりはなかった。が、実は聖人君子ではないのだ。これだけの事をされて恨みを持つなと言う方が無理というもの。その心の奥底には、バハムートに対する恨みが渦巻いている。

だからこそ何もしない。

「殴ったらそこで一区切りついちまう。消滅はそこで終わっちまう………はっ、そんな簡単に許せるはずがないだろが。俺は一生恨む。アンタはそれを抱えてティーダが寿命を全うするまで存在し続けろ」

それが実の下した罰。殴って終わり、消滅して終わり、等とすぐに楽にさせるつもりはなかった。罪悪感と罪の意識に苛まれながら存在し続けることで復讐とする。

実は、今この時ユウナが気を失っていて良かったと心から思っていた。人は誰しもが多かれ少なかれ負の感情を持っている。普段は理性で蓋をしていても、今の実のように時には抑えが効かなくなり爆発してしまうこともあるだろう。しかし、そうと分かっていても、負の感情を剥き出しにした自分を見て欲しくはなかった。

「それは………確かに殴られるよりもずっと堪えるね………」

バハムートは計画が予定通りに進行した場合、どんな罰でも受ける覚悟をしていた。だが、何もされないとは思いもしなかった。彼にとっては、単純な苦痛や消滅よりもその方がよっぽど辛い。

「でも、それこそ僕に相応しい末路か………分かった、君の言う通りにするよ」

一瞬、目を伏せて辛そうな素振りを見せるも、それはすぐに消えた。元の淡々とした表情に戻ると粛々と罰を受け入れる。

「用件がこれで終わりなら俺はもう行く。あんたの顔はもう見たくないからな」

眠るユウナをそっと抱き抱え、バハムートを一瞥すると出口に向かい歩き出す。他の者達も実の後に続いて祈り子の間を後にした。最後にユウナレスカも姿を消し、その場に残るのはバハムートただ一人。

「………これでいい」

小さく呟いたその言葉は、誰の耳にも届かず消え去っていった。










───その後


エボン寺院から永遠のナギ節の訪れが正式に発表されると世間は大いに賑わった。あの日の光の奔流はスピラの全土の人々の目に触れ、各地でシンが討伐されたのでは? と話題となっていた。だが、それが永遠のナギ節とまでは思っていなかったようで、その旨が伝わると一部では怪我人が出るほどの狂喜乱舞っぷりとなった。それほどまでにシンの影に怯えずに済む平穏な日々の到来に人々は酔いしれ、大いに開放的となっていた。

また、それが原因なのか分からないが、ナギ節から数年間は結婚する若者達が急増していた。至る所でカップルが成立し、既にカップルだった者は結婚の道へと進む。

その中にユウナ達の姿もあった。ワッカとルールー、ティーダとリュック、そして実とユウナ。彼等は紆余曲折を経て結ばれることとなる。

ワッカとルールーは三組の中で一番に式を挙げ、そして順当にかかあ天下となった。外ではビサイドオーラカの頼れる監督としてメキメキその実力を発揮し始めるも、家庭では哀愁漂う姿が度々目撃されている。

次に結ばれたのはティーダとリュックだ。お互いにどこか波長が合うところがあったのか急速に仲を深め、付き合い始めて一年後に無事ゴールインとなった。ちなみにティーダはユウナに対して好意を持っていたが、恋愛感情とはならなかった。実がいたからというのもあるが、彼女に対する好意は、言うなれば画面越しに見るアイドルに対する感情であり、奇しくも実が日本でFFをプレイしている時にユウナに抱いた感情とほぼ変わらなかった。

そして、最後に実とユウナだ。ユウナはシーモアと結婚した(正式にはまだ完了してないが)と知っている者が多くいるので式自体はひっそりと仲間内でのみ行った。規模が小さくても実やユウナとってはどうでもいい話なのでなんのマイナスにもならない。それよりも仲間達が心の底から祝ってくれることが嬉しかった。なお、式には神父としてマイカが、そして実の親族としてユウナレスカが参加していた。規模自体は小さいが、その二人にプラスして伝説のガードも加わり、スピラ史上でも滅多にない程の豪華メンバーだったりする。

アーロンは式の数日後、ユウナの手で送られた。本当はジェクトと共に異界へと行くつもりだったようだが、実がスピラに戻って来るのを待っていたため、機を逃した形だ。その後はスピラの各地に残った強大な魔物を屠りつつ、実とユウナが正式に結ばれるのを見届けてからジェクト達の待つ異界へ送られた。

キマリはユウナを守る役割を実に託し、ロンゾ族の故郷であるガガゼト山に帰った。帰った矢先にビランとエンケに絡まれることとなるが、見事にこれを打ち破りその数年後に族長としての地位を得る。かつては小さな体と角なしと蔑まれながらも以降の数十年、偉大なる族長としてロンゾの頂点に立ち続けた。

彼等の結婚後は穏やかで平穏な日々が続いた。無論、争いが全く起きなかったわけではないが、元々国と言う枠組みではなく、エボンの名のもとに大部分が纏まっていたスピラでは火種になるものは少ない。アルべド族への弾圧もマイカが巧みに舵取りを行う事により少しづつ減っていった。Ⅹ2のようなマキナ派や青年同盟のような組織もぽつぽつ出てきてはいるが、もう少しはエボン一強の時代は続くだろう。










そして、さらに時は流れ───シンの完全消滅から六十年後。ビサイド島にある小ぢんまりとした一軒家に一組の老夫婦の姿があった。

「………あなた………そこにいる?」
「ああ、ここにいる」

少し前から寝たきりとなってしまった妻が夫の名を呼ぶ。そのあまりにも弱弱しく消え入りそうな声は、彼女の命が尽き掛けていることを物語っていた。

「そろそろ………お別れみたい」
「………そうか」

覚悟はしていたが、やはりショックは大きい。最愛の妻との別れに夫は声を震わせた。

「今まで一緒に居てくれて………本当にありがとう」
「いや、それを言うのは俺の方だ」

彼女との生活は掛け替えのないものだった、と今までの人生を振り返る。あの旅が終わってからずっと一緒の時を過ごした。長い夫婦生活の中では、楽しい事ばかりではなく、辛い事も悲しいこともあった。時にはつまらないことで喧嘩もしたりした。でも、その一つ一つが彼にとってはかけがえのない宝物となって胸に残っている。

「出会えて良かった。心からそう思うよ」
「ふふ、ありがとう」

万の思いを乗せて伝える。言葉は少なくとも、それだけで分かり合える確固たる絆が二人の間にはあった。

「……っ………もう限界みたい」

和やかな談笑の果てにとうとう別れの時が訪れる。瞼は自分の意思に反して重くなり、意識は次第に遠くなっていく。最後の時はもうすぐそこまで来ているようだ。彼女は力尽きる前、気力を振り絞って別れの言葉を告げる。

「お休みなさい、実」
「ああ、お休み、ユウナ」

そして、愛する夫に見送られながら彼女は静かに息を引き取った。

「ユウナは………悪い、間に合わなかったか」

一時間後、ティーダが実の元に駆けつけた。

「いや、こうして来てくれただけでありがたい………俺ももう行くつもりだったから」
「そっか、寂しくなるな」

実の他に唯一生き残っていたのはティーダだけだ。二人はそれぞれ仲間を看取って来た。そして最後の仲間との別れの時が来た。

「すまん」
「ま、向うにいるお袋さん達を散々待たせているからな………じゃあな、向うでも元気でやれよ、実」
「ああ、今までありがとう。さよなら、ティーダ」

二人の間に多くの言葉は要らなかった。顔を見合わせ最後に拳を合わせると永遠の別れをすませた。









聖べベル宮。祈り子の間。

「ユウ、バハムート、出てきてくれ」
「はい、お兄様」
「ここにいるよ」

ユウナを埋葬し、身辺の整理を終えた実は千年前から変わらぬ姿の二人を呼び出す。彼等は実の呼びかけにすぐさま答え、姿を現した。

「久しぶり、ユウ」
「お久しぶりです、お兄様」

実がユウナレスカのことをユウと呼び捨てにしているのは、本人からの要望があったからだ。曰く、様付けは他人行儀のような気がしてあまり好きではないとのこと。そして兄は妹を呼び捨てにするものだと熱く語るのでユウの愛称で呼ぶことになった。

「用件は分かっております。召喚解除ですね?」
「ああ、頼むよ」

ここに来たのはユウナレスカに召喚を解除して貰い、日本に帰るため。六十年前、苦悩する実を見かねたティーダからの提案。それは、スピラで人生を全うした後、日本に帰って母と妹のために生きることだった。

実はユウナと共に生きることを望み、また父を殺したまま日本にいることが出来ずにスピラに戻るしかなかった。しかし、残された家族の事が心配でもある。それ故の提案だ。母と妹には半年以上待ってもらうことになるが、日本に帰った後は家族を支えるために生きる。ティーダからの提案を受けて実はそう決心していた。

「これまで俺を支えてくれてありがとう」
「いいえ、そのようなこと………お礼を言うのは私の方です。お父様を救って頂き本当にありがとございました」

ユウナレスカと別れの挨拶を交わす。彼女は約束を違わずこれまで実を支え続けてくれた。最初は千歳も年上の妹にお兄様と親しみを込めて呼ばれることに戸惑いもしたが、今では本当の妹のように親しみを感じている。

「バハムート」

それとここに来たもう一つの理由。済ませておきたい野暮用があった。

「………なん───っ!?」

実はバハムートに歩み寄ると、その右頬に拳を叩きこんだ。年の所為で少しよろけさせる程度の威力しか出なかったが、目を見開いて驚きを顕わにする彼に満足そうに頷く。

「ユウ、やってくれ」
「………はい、さようならお兄様。お母様と妹様をよろしくお願いします」

深々と頭を下げたユウナレスカはエボンの印を切り、召喚を解除しようとする。

「待って!今のはどうして………」

右頬を抑え、バハムートは半ば呆然としたまま問いかける。実はかつて何もしない事で彼への罰とした。ならば今殴った事が意味することは───

「さてな、俺が殴った理由は自分で考えろ」

実は意地の悪い笑みを浮かべて答えない。

正直に言えば、心の奥底にあった恨みはとうの昔に薄れていた。誰かを恨み続けると言うのは、とてつもないエネルギーが必要になる。バハムートが悪意を持って実に父を殺させたのなら今でも許すことはなかっただろうが、彼もまた限られた選択肢の中でもがいていただけ。当時は理性では分かっていても感情が納得しなかった。

そして、絶対に口に出さないが、実の中にはバハムートに対する感謝の気持ちもあった。彼が居なければ実は日本で平穏に暮らしていたはずだが、それは裏を返せばユウナに会えたのは彼のお蔭でもある。その事実は何があろうとも覆せない。だから最後の最後に拳に全てを乗せて清算した。答えは自分で考えろと言ったのはつまらない意地だ。バハムートがどのように捉えるかは彼次第。

「………ごめんなさい!」

印が完成する直前にバハムートは叫ぶ。

バハムートが謝ったのはこれが初めてのことだ。これは実に対する罪悪感や負い目を感じていなかったからではない。今まで一言も謝らなかったのは、全ての恨みを自分に向けさせて発散させるため。

実はエボンの一族である。その並外れた才能が負の方面に落ちればどのような事態になるか予想がつかない。万が一スピラの全てを恨むようなことになれば、最悪は第二のシンが生まれる可能性もないとはいえないだろう。それだけは避けねばならない。恐らくだが、あの当時でも誠心誠意謝れば許して貰えたかもしれない。しかし、そうなった場合は心の奥底にある憎悪を向ける矛先がなくなって、恨みを溜めこみかねなかった。

だから誘導した。バハムート個人に恨みを集中させれば、それがスピラに向かう事はない。最悪の場合は、祈り子像を破壊され、異界に行くことも出来ずに消滅するかもしれないが、それもまた今まで彼にしてきたことを考えれば当然だろう考えていた。結果は予想外の方向に動いたが、ならばこのまま恨まれたままでいようと決意した。それが自分に唯一出来る贖罪として。

しかし、最後に許されて今まで抱え込んでいた思いが吹き出でしまった。

「君を巻き込んでしまって、酷い事をして本当にごめんなさい!」

声を震わせて謝るバハムートに目を向けると、ふと表情を柔らかくする。

「………じゃあな」

その一言を最後に実はスピラから消え去った。










斯くしてファイナルファンタジーⅩと呼ばれた物語は本当の終わりを迎えた。


そして───











「お早う、実君。今日もいい天気で………え………せ、先生!実君に反応が!微かに目を空けてこちらの行動に反応も示してます!」
「っ!江本先生の息子さんがか!?今行く!すぐにご家族にも連絡をとりたまえ!」
「は、はい!」










「お兄ちゃん!」
「実!」










「た………だ………いま」




















最後の物語へようこそ   fin











ここまでお付き合い頂きありがとうございます。最後は駆け足気味で終わりましたが、これにて完結とさせて頂きます。出来れば感想など頂けるとありがたいです。

番外編や実のその後などは何時か書けたらと思うますが、いまのところ予定は未定です。今度は『糸(縁)に導かれて』というオリジナルの作品を更新してますので、そちらの方もよろしければ見てやってください。


『最後の物語へようこそ』をご覧いただき本当にありがとうございました。





[2650] 最後の物語へようこそ 外伝1
Name: その場の勢い◆0967c580 ID:1179191e
Date: 2019/07/09 20:24

お久しぶりです。何とか書く時間と気力が確保できましたので、感想欄やメッセージなどにあった日本に戻った実のその後や、ユウナが日本に転生してきたら?などを見てみたいと言った声があったので、ちょっとばっかし外伝という形で書いてみます。

本来は日本での話は書く予定がなかったので、時系列とか設定とかにかなりの矛盾や無理があるかもしれませんが、「その時不思議な事が起こった」で納得してください。お願いします。何でもしま(ry

多分、超不定期更新になると思いますが、長い目で見てやってください。



















「………またあの夢」

 小鳥の囀りを聞きながら、一人の女性が目を覚ます。まだ少し眠気の残る頭を軽く振り、意識を覚醒させると女性は無意識に呟いた。

「あの人は………」

 はっきりしてくる意識とは逆に、夢で見た光景は徐々に薄れていく。

 思い出そうとするのは、夢に出て来る一人の青年のこと。名前も顔も靄がかかったようにはっきりとは思い出せないが、物心付く頃からいつも夢で見ていた。自分がピンチの時には必ず助けにきてくれて、思うだけで心が暖かくなるあの人のことを。

 女性───北瀬優奈は、ベットの上でどうにか夢の内容を思い出そうとするが、いつもおぼろげな記憶しか思い出すことができないでいた。

 最初は自分自身が夢の中で作り上げた理想の男性像なのではないかと思っていた。でも、時が経つにつれてその考えは薄れていく。何故か分からないが、あの人は何処かにいるという根拠もない確信を抱くようになる。特にここ一年間はその思いが益々強まるばかり。

「あ、いけない。もうこんな時間」

 いつの間にか時計の針は進み、そろそろ支度を済ませないと遅刻してしまう時刻を示していた。下から聞こえてくる母の声に慌ててベットから飛び起きて軽く身だしなみを整える。そして、下に降りるとぼんやりとテレビを眺めながら用意してあったトーストを口にする。

「今日一番運勢なのは………おめでとうございます!おとめ座の貴方です!」

 朝食を完食してそろそろ家を出ようと席を立つと、テレビでは丁度占いのコーナーが始まっていた。自分の星座が一番の運勢だと聞いてなんとなく立ち止まる。

「今日は思いがけない運命的な出会いが貴方を待っている事でしょう。気になるラッキーカラーは───」

 運命的な出会いがあると聞いて、夢に出て来るあの人の事を思い浮かべる。

「………会えるかな」

 優奈は占いというものをあまり信じていない。が、人は自分の信じたいものを信じる傾向にある。普段は占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦と思いながらも、もしかしたら………と少し気分が高揚している自分に我ながら単純だなと苦笑する。

「いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けるのよ」
「はーい」

 家を出ると大学へと向かう。その足取りは心なしかいつもより軽やかだった。



















「北瀬先輩!いきなりですみませんが、前から好きでした!俺と付き合ってください!お願いします!」

 大学の2コマ目の講義が終わった後。天気がいいのでどうせなら外でお昼ご飯を食べようと友人と後輩に誘われて中庭に向う。その移動中に優奈は唐突に呼び止められ、空き教室でこれまた唐突に告白されていた。

 相手は確か同じ講義を受けている一つ年下の子だったかと思い出す。以前に講義を受けた時に少しノート見せてあげたことと、何度か挨拶を交わした事があるくらいでその他に接点はない。なのにいきなり呼び止められ、告白をしてくるものだから驚いて少し固まってしまった。が、優奈は硬直から復帰すると頭を下げて手を差し出し続ける後輩に、いつもと同じ言葉を口にする。

「その、ごめんなさい」
「………っ!駄目ですか」
「はい、心に決めた人がいるのでお付き合いできません」
「心に決めた人………ですか………その人は………いえ、何でもありません………」
「あの、ごめんね」
「いえ、此方こそいきなりですみませんでした………」

 優奈は、とぼとぼと肩を落として去っていく青年を申し訳なさそうに見送る。

「いやはや、相変わらずの人気だね。そろそろ告白された回数が三桁に届くんじゃない?」
「夕映」

 先程の彼の代わりに一人の女性が教室に入って来る。彼女の名は、緑川夕映。優奈とは中学校から大学まで一緒に過ごした仲であり、一番の親友だ。さっぱりとした性格でどこか男っぽさを感じさせる彼女は、優奈をいじることを毎日の楽しみにしていたりする。

「え、三桁って、それ本当ですか!?」
「本当だよ、優奈は昔からモテモテだったからねー」
「はぁ~、モテるのは知ってましたが、そこまで凄いとは思いませんでした。流石は優奈先輩ですね!」
「あの、美亜ちゃん、あんまり夕映の話を真面目に聞かないでね?」

 キラキラとした目で凄いと捲し立てるのは、優奈の後輩である天城美亜。身長が百七十を超えてスレンダーなモデル体型の夕映とは違い、ぴょんと跳ねたサイドテールが特徴で、へたをすれば中学生にも間違われかねないほど童顔かつ小柄な女性だ

「でも、毎回もったいないよねー。今の子って確かサッカー部のホープでかなり人気のある子じゃなかったっけ?何度かテレビにも出たことがあるって聞いたこともあるし。ってか、美亜ちゃん確か同学年だよね?何か知ってる?」
「天野君ですか?確かにイケメンの部類ですし人気がありますね。国体経験者ですし、勉強も上から数えたほうが早かったと思います。狙ってる子は多いですよ~」
「ほほう、そんな将来有望そうな子をいつも通りばっさりと切った訳ですな」
「ばっさりって………お付き合いするつもりがないから、きっぱり断ってるだけなんだけだけど」

 困り顔で溜息を付く。

 優奈はとにかくモテる。容姿は控えめに言ってもその辺のモデルやアイドルの数段上。夕映が勝手にエントリーした大学のミスコンで、特に何もアピールしていないのにぶっちぎりで優勝してしまったり、街に買い物に出かけた際に一日で3人もの芸能スカウトから声を掛けらる等の伝説が残っている。そんな彼女には玉砕覚悟で告白してくる男が後を絶たない。その結果が三桁近い撃沈数だった。

 また、物腰柔らかく穏やかで優しい性格から男性のみでならず同性からも広く好かれている。一部の女性達からは良い子ぶって、と嫌われてたりもするがそんな連中は極少数。特に年下の後輩達からはその落ち着いた雰囲気と相まって憧れのお姉様といった目で見られていたりする。ちなみに天城美亜もその一人だ。

「それにしてもさ、前から気になってたけど心に決めた人って一体誰なの?長い付き合いの私ですら全く心当たりがないんだけど」
「あ、それ私も気になります」
「………え、えーと」
「断るための方便って感じでもないよね。優奈は嘘付けばすぐ顔に出るからそれもないし」

 そんな彼女は生まれてから今日まで一度たりとも誰かと付き合ったことがない。告白してきた男達の中には、イケメンな男、勉強ができる男、スポーツが出来る男、果てはその全てを兼ね揃えたハイスペックな男もいた。だが、どれほど顔がよくても、勉強やスポーツが出来ようとも、誰一人として受け入れようとは思えなかった。友達としてならまだしも、そこから先は全く考えられない。

 もし、例外がいるとすれば───それはたった一人だけ。

「その、秘密ってことで」
「えぇ~」

 流石に夢の中に出て来る名前すら知らない人とは言えず、言葉を濁した。口を尖らせてブーイングをする夕映を適当にあしらいながら、早くお昼にしようと話題を逸らす。






 昼食を食べ終わると三コマ目の講義が行われる大講義室へと向う。次の講義まではまだ少し時間があるが、テレビに何度も呼ばれたことがある人気の教授が教鞭を振るうので、なるべく早めに席を取っておかないとバラバラに座る羽目になってしまう。

 大講義室に到着すると優奈達と同じ考えの学生は多く、既に半分近い席が埋まっていた。二百人規模で座れる大講義室も講義開始の十分前にもなれば超満員となってしまうだろう。何処かいい席がないかと、すり鉢状の講義室の上からキョロキョロ見渡す。

「おーい、優奈~、夕映~、美亜ちゃん、こっちこっち!」

 席を探していると、最前列の少し後ろに陣取った友人が手を振って優奈達を呼んでいた。彼女は天海萌菜。大学に入学して初めて出来た友達であり、幾つかの講義を一緒に受ける仲だ。セミロングの綺麗な黒髪で黙っていれば良家のお嬢様っぽい女性だが、性格は真逆。所謂ムードメーカータイプのお調子者で時々面倒事を引き起こしたりもする。

「席とっといたよー」
「ありがとう、萌菜」
「こんな前の方を取っておくなんてやるじゃん」
「ありがとうございます、先輩」

 礼を言って席に着く。

「いいの、いいの、でもその代わりといったらなんだけど、昨日の政経のノートを見せてください!優奈様、おなしゃす!」
「………見当たらないと思ったらやっぱり寝坊してたんだね」
「………えへへ」

 思いっきり目を泳がせる萌菜に、優奈はまったくもう、と一つ溜息を付く。あまり甘やかすのは本人の為にならないと分かっているが、萌菜の事情を思えば仕方がないかと思いながらノートを手渡す。無論、次は寝坊しちゃダメよと釘を刺すことも忘れない。

「流石私の嫁!いや、本当に助かるわ~!」
「優奈、ちょっと甘やかし過ぎじゃない?それから萌菜、優奈は私の嫁だからね。何度も言わせないで」
「お願いだからその嫁って言うのはやめて………」
「ふふふ、先輩達は本当に相変わらずですね」

 ノートを掲げてありがたや~と拝む萌菜。その頭をうりうりと小突く夕映に美亜は苦笑を浮かべる。優奈は自分を嫁呼ばわりする二人に米神を抑えるも、いつもの事かと早々に諦めた。

『そろそろ席に付いてください。私語は慎むように』

 そんなやり取りをしていると講義が始まる時間となっていた。二百人が収容可能な講義室はいつの間にか満席となっており、禿げ上がった頭部が眩しい教授が講義の準備を済ませるとマイクを使って学生たちに呼びかける。それまでガヤガヤと騒いでいた連中もすぐさま静かになり、優奈達もノートを広げると真面目に講義を受ける。











『───それでは今日はここまで。次週は確認を兼ねた小テストを予定してますので復習を忘れずに』

 講義が終わり、教授が出ていくと同時に学生達は机に突っ伏したり、その場で体を伸ばしたりして体を解す。

「ふいー、終わったー!」
「ん~体がバキバキだわ。司馬先生の授業は面白いんだけど1コマ90分は長いよねー」
「ですね、まだ慣れないです」
「まあ、ちょっと長いかなって思うけどね」

 講義の途中で少し休憩を挟む人もいれば、時間が勿体ないとそのままぶっ通しで講義を行う教授もいる。先程の教授は後者だったので講義の終了後は疲れた学生達で埋め尽くされている。とはいえ、内容自体は分かりやすく面白いので授業を途中で抜ける学生は殆どいなかったりもするが。

 少し休憩した後、レジュメとノートを鞄にしまうと講義室の出口へと向かう。

「せっかくだからこの後遊びに行こうよ。夕映も今日はバイトなかったよね?」
「や、昨日急に連絡が来て出ることになってる。けど8時からだからそれまでは付き合うよ。優奈と美亜ちゃんはなんか予定ある?」
「今日は特に予定がないので、遊びに行くのならご一緒させてもらいたいです」

 萌菜が遊びに行こうと提案すると夕映と美亜も乗り気のようだ。優奈が今日受ける予定の講義は先程ので最後であり、この後は家に帰るだけとなっている。なので優奈も萌菜の誘いに乗ろうとした。


「私も特に予定は───………」
 講義室の出口付近に座っていた一人の青年を見るまでは。


「………」
「優奈?どうかした?」

 硬直する。
 指一本動かすことすら出来ない。足はその場に根を張ってしまったかのように地面から離れようとしなかった。体がまるで自分の物ではないかのよう。呼吸すらままならない中で、優奈は視線の先にいる青年から目を離すことが出来ない。

「ゆ、優奈先輩?」
「ちょっと、本当にどうしちゃったのよ?」

 その場で呆然と立ち尽くす優奈に、一体どうしたのかと三人は顔を見合わせた。特に夕映は腐れ縁と言っていいほどの長い付き合いだが、このような反応をするのは初めて見る。何時も冷静で大抵の物事には動じない優奈。それがここまで呆然自失としている姿など想像もできなかった。また、近くにいた他の学生達も優奈の異変に気付いたようで、一体何事かと注目が集まりつつあった。

「………あの人がどうかしたの?」
「………」

 夕映は優奈の視線の先に一人の青年がいることに気が付いた。恐らくその人物が異変の原因だと思って問いかけてみるも反応は返ってこない。いよいよもって本格的に心配する三人だったが、優奈は今それどころではなかった。全く動かない体とは正反対に、その脳裏には様々な光景が流れ込んでくる。

(何これ………)

 知らない景色、知らない文化、知らない人々、知らない世界。

 知るはずのない光景が浮かんでは消えていく。見たことも聞いたこともない、まるでファンタジーのような世界。現実にあるはずのない世界に何故か懐かしさを感じる。そんな自分自身に困惑する事しかできない。

 そして、不意に視線の先にいる青年と目が合った。

「っ!?………ユウナ?」
「………ぁ」

 目を見開き驚きを顕わにする青年。決して大きくない声。思わず漏れ出たかの様に呟かれたその名は、しかし喧騒の広がる講義室の中で優奈の耳にしっかりと届いた。

優奈ではなくユウナ。言葉に出せば同じはずのその一言を聞いた途端、先程とは比較にならない感情が濁流の如く流れ込んでくる。


 瞬間、全てを思い出す。


 シン、召喚、究極召喚、ガード、祈り子、ザナルカンド、ブリッツボール、幻光虫、エボンの教え、スピラという世界、信頼できる仲間達、


 そして、最愛の───

「………っ!」


 無意識に駆け出す。鞄をその場に放り出し、人目も気にしないで広いとは言えない通路を青年に向って真っ直ぐに駆ける。

「な、ちょっと!?」
「優奈!?」
「先輩!?」

 ぎょっとしたのは夕映達だ。まさかの優奈の行動に驚いて制止することも出来ず、声を上げることしか出来ない。まだその場に残っていた学生達も何事かと視線を向ける。

「実っ!」

 だが、周囲の目など気にも留めないで、優奈はあろうことか勢いそのままに青年の胸の中に飛び込んだ。







 授業終わりで何時もならば喧騒に満ち溢れているはずの大講義室は、あまりの事態に静まり返っていた。それもそのはず。大学では下手なアイドルよりもよほど有名人である優奈が公衆の面前でいきなり男に抱き着き、あろうことかそのまま押し倒してしまったのだ。その光景を目撃してしまった学生達の衝撃は計り知れない。

 当の本人はそんな周囲の状況に目もくれず、男性の胸に飛び込んだまま頭をぐりぐりとこすりつけて幸せそうな表情をしている。誰にでも優しく、御淑やかの代名詞であると同時に、告白してきた男の悉くをばっさり切り捨ててきたあの優奈がだ。

 ある者は自分の頬を思いっきり捻り夢ではないことを確認し、またあるものは意識が飛びそうになっている。優奈とは長い付き合いである夕映は親友のあり得ない行動に目を点しており、美亜はあわあわと慌てるばかり。そして、特にその中でも反応が顕著な萌菜はというと我に返るとわなわなと震えながら叫んだ。


「わ……わた、私の嫁が寝取られたああああぁぁぁぁぁっ!?」































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