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[26014] 竜皇騎士伝 ~勇者と同等に面倒な役割~ (異世界強制召喚ファンタジー)環部1話更新
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2016/11/20 22:14
初めましての皆さん、初めまして。
お馴染みの皆さん、また懲りずにやって参りました。

こちらは小説家になろう様にも投稿させていただいております。

注意事項
1:展開はご都合主義優先
2:主人公、その他の設定はテンプレート気味
3:出演男女比は女性過多
4:主人公は早い段階で能力インフレを起こす
5:設定語りが鬱陶しいレベル
6:展開が遅い

前作の2次同様、『誰得? 作者得』仕様で進めてまいります。

前作はとらハ板「魔法少女リリカルなのはStS IF チンクの逃走劇」です。


投稿開始 2011/02/14
前書き追加変更 2011/03/05
板移動:チラシの裏→オリジナル 2011/3/27
小説家になろう様へ投稿開始 2013/2/12

作者:かみうみ 十夜



[26014] 第1話 唐突感。プロローグは意味不明に 起部1話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/13 00:03
「ちょ、何だよこれ!!」

 彼の背後から叫び声が聞こえた。

 丁度教室を出ようとして、出入り口の引き戸に手を掛けていたところだったが、思わず振り返ってしまった。

「……は?」

 彼の眼にも、それは映った。

 教室の中心部に何時の間にか現れていた幾何学模様と意味の解らない文字らしきもの。

 それが急速に拡大していく様が。

「え? 待てよちょっと!?」

 思わず叫ぶが、教室の中でそれに気付いているものは極僅かしか居ないようだった。更に、模様に触れたクラスメイトがその構成を解かれ、末端部から『分解』され虚空に解け出していった。見えている、いないに関係なく。

「洒落になんねぇだろ……!!」

 即座に逃げようと引き戸に向き直ったが、拡大速度が上がったのか取り込まれしまった。

「何なんだ――」

 指先や裾などの末端から体や衣服が解かれ、最後には頭が分解された。


 とある学年の一クラス、計45人が、白昼にも拘らず『神隠し』に遭った。




 濃密な緑の匂い。

 周囲は夜露に濡れ、芳しく放香する夜咲きの草花に囲まれていた。

「……ここ、は……?」

 背を大樹の幹に預ける形で座り込んでいた彼が、眼を覚ました。

「ふむ、人間共が『英雄召喚』を行った余波か。少年よ、運が無かったな」

 彼の前には一人の女性。長くウェーブした漆黒の髪を持ち、深い蒼の瞳で、羅紗の衣服から豊満な体躯と透けるほど白い肌が覗いている。

「どうする? ここで朽ちるか? 選ばせてやろう」

 言われ、彼は自分の首から下を見る。思考が回らないが、何故か腹部から出血していた。

「上空に召喚されたようだったからな。落下した時に何かが貫いたのだろう」

 女性は淡々と教える。

 彼の前に膝を折ってしゃがみ、その白磁の手を傷に当てる。

「幾つかの内臓を巻き込んでいるようだ。目覚めたのは僥倖だったな」

 その手が他人の血に穢れる事など全く意に介せず、暗にそのまま死んでいたかもしれないと言っている。

「さて、どうするか決まったか? 私ならば対価と引き換えにお前を救えるぞ?」

「……対価は……何……?」

「ほほう、言葉が通じるな。なるほど、お前の持つ玉(ぎょく)の一つは『意思疎通』か。

 ああ、対価だったな。何、少々人間ではなくなってもらうだけだ」

 ただでさえ上手く回らない彼の思考は瞬間的に停止した。

「そして、役目に就いてもらう。それだけだ。生命の対価としては安いものだろう?」

「……解った……。願う」

「……素早い決断だな。面白くない」

 此処が何処で、何故こんな目にあっているのか。全てが解らない状況で命の選択を迫られる。こんな極限状況で一体他にどんな選択肢が在ると言うのか。彼に言わせればそう言う事だ。それに、彼は人間と言う存在にもう固執する必要は無いと考えていた。

「ならば契約だ、盟約だ、そして、誓約だ。

 『我、暗黒を統べる竜が皇。此処に我が騎士の誕生を祝福す。彼の者は我が永遠の従者と成り、共に散る定めとなる』」

 彼女の虹彩が金色に変わり、瞳孔が縦に割ける。竜眼の発露だ。

「『竜騎士転生』」

 自らの牙で唇を切り、滴る鮮血と共に口付ける。

 竜血は彼の口腔に溜まり、自然と嚥下される。

「あ、言い忘れた。今から激痛があるが、自我を壊されないようにな。私の血は強烈なはずだ」

 その言葉の通りに、彼の内側から今までの彼を全て打ち壊すような激しい痛みが発生した。

「――――!!」

 言葉に成らない。

 全身を暴れさせようとするが筋肉の全てが痛みで萎縮し、身動きが取れない。

 痛みを紛らわす動きの一切が出来ない。

 何かが組み変わる凄まじい不快感と、自意識を押し流そうとする激しい痛み。長時間晒されたのならばどんなに強固な意志を持った人間でも間違い無く廃人となってしまうだろう。

「まぁ、お前なら耐えられるだろう。この状況下で即決できるような思考をしているんだ。精神力にも問題なかろう。

 期待しているぞ、我が騎士殿」


 期待している。


 その言葉一つで、彼は何が何でもこの痛みを乗り越える決意をする。

 彼女はそのまま彼を抱きかかえる。

 皮膚の感覚はこの痛みの中でも彼女の温かさを感じていた。

 この感覚を、二度と裏切りたくなかった。




[26014] 第2話 状況把握は不十分。それでも事態は進展す 起部2話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:41
 すぅ。と、眼を開く。

「ん、目覚めたか。

 どうだ? きちんと自我を残しているか?」

 彼が横を向くと、そこには美しい黒髪の、美貌の女性が一人。凛々しい雰囲気を滲ませて佇んでいた。

「貴女は……。

 ああ、俺は俺のままみたいだ」

「上々だ。私の竜血を受け切ったな。見事だ」

 そうして、彼女は彼の頭を撫でる。

「さて、色々と説明しなければならないんだが……。まずは名前を教えてもらおう」

「確か……華月(かづき)」

「カヅキ……。どんな意味を持つかは知らんが、響きだけでも大層な感じが在るな」

「まったくだ。何を考えてこんな合わない名前を付けたんだか」

 彼、華月は自分の容姿が盛大に名前負けしていると知っている。弛んだ眦に締りの無い造りの顔だ。とてもではないが字面のようなものにはなれない。

「ほぅ、何やら自分自身と釣り合わんと思っているのか」

「ああ。まぁ、それはいい。それで、貴女の名は?」

 言われて、自分も名乗っていないことを思い出したのか、彼女はぽん。と、手を打った。

「私の名はアルヴェルラ。ヴェルラと呼んでくれ」

「解った。

 それで、俺に何をさせたいんだ? 役目が在ると言っていただろ」

「お、覚えていたか。ならば話が早いな。

 カヅキには私だけの騎士に成ってもらう。まぁ、もう下準備は済んだからな。後はそれらしい格好と技術を身に付けてもらうだけだが」

「女皇陛下。いつまで説明に時間を掛けていらっしゃるのですか」

 そこまで話した所で、二人の間に割ってはいった声があった。

「む、何用だテレジア」

 そこにはヴェルラには及ばないものの美女と言って差し支えの無い女性が居た。

「何用だ、ではありません。昨日から公務も放り出して……いい加減陛下の印が必要なものが溜まってきているのですよ」

「七面倒な。そういうものは任せると言っただろう。私はこれからカヅキに色々教えねば――」

「それこそ我らにお任せください。新米竜騎士の教育は、陛下のお手を煩わせるまでも在りません」

 そこまではっきりと言われ、自分の旗色の悪さを悟ったヴェルラは、降参したようだ。

「解った。ならばカヅキに状況の説明と、その後の教育について、しっかり教えてやってくれ」

「任されました。このテレジア=アンバーライド、名に賭けまして」

 右手を胸に当て、しっかりとアルヴェルラを見据えて宣言した。

「では、残りの事はテレジアから聞いてくれ。またな、カヅキ」

 ヴェルラは華月の返事も待たずに出て行った。何だかんだと言っていたが、自分をテレジアが呼びにきたと言う事の重大さをきちんと解っているのだろう。

 残された華月はテレジアを見、どう声を掛けたものか迷った。

「初めまして。私はテレジア=アンバーライドと申します。先ほどの会話を聞き逃していなければお分かりかとは思いますが」

「いえ、初めまして。瀬木 華月(せぎ かづき)です」

「成る程、本当に『意思疎通』の玉を持っているのですね。何とも都合の良い話ですが。

 と、今の貴方には理解出来ませんね。その辺りも追々説明いたしますが、まずは今の状況を説明いたします」

 はきはきとした口調で言葉を連ねるテレジアに、華月は少し戸惑った。が、ついていけないほどではない。

「貴方は此処ではない世界から、この世界に強制召喚されました」

「……え?」

「理解できないのは、何処でしょうか」

 テレジアの眼が鋭くなる。華月を探っている。試している。

「ここが違う世界だっていうのは、現実みたいだから納得できないけど理解はする。強制召喚ってどういうことだ?」

「強制召喚とは、対象の意志を無視した状態での召喚を指します。大抵の召喚はこれに属します。今回、貴方に作用したのは広範囲型英雄召喚だと推測されます。資質を持つ者を一斉召喚し、召喚後にそこから絞り込む為の召喚魔法ですが。

 貴方は魔法効果範囲の端に居たのでしょう。途中で振り落とされたようです。貴方と同様に途中で落とされた人間も居るかもしれませんが、アルヴェルラ女皇陛下の治めるこのドラグ・ダルク国に現れたのは貴方一人でした。

 ここまでで何か?」

 テレジアの視線は鋭くなるばかりだ。以前の彼なら萎縮し、質問など出来なかっただろうが、ここは前の世界ではない。もう萎縮する必要は無い。

「と、言うことは、俺の他にも何処かに大量に召喚された人間が居るはずって事か?」

「その通りです。何の為にその召喚が行われたのかは、推測ですが魔王討伐の為に勇者を異世界から呼び寄せるためだと思われます」

「魔王に、勇者か」

 華月は少し頭痛がした。と、同時に自分がその選別に掛けられなくて良かったとも思った。勇者なんて冗談じゃない。冷静に考えれば責任は重いわ面倒くさいわ、苦労した挙句に死ぬか、何の得も無いまま元の世界に戻される可能性だって高い。そんなものにされなくて済んだのだ。華月には滅身奉仕の精神など、もう在りはしないし、「勇者? マジ俺凄くね!?」等と言う自己中思考も持ち合わせていなかった。

「何を考えているのか知りませんが、今の貴方はある意味勇者と同じほど面倒な立場に在ります」

「は?」

 まるで華月の思考を読んだかのようなテレジアの言葉に、思わず聞き返してしまった。

「一つ。今、貴方は女皇陛下と契約を交わし、竜騎士として此処に存在しています。その身体は最早、人ではなく竜になっています。最も、純竜種と違い、一度竜化したら戻れませんが。当然、元の世界には帰れなくなりました。その身にこの世界の理が上書きされましたので。

 話が逸れましたね。

 二つ、竜騎士とは主たる竜に仕える下僕です。主が死なない限り粉微塵になっても死ねず、逆に主が死ねば自身が健常だろうと死にます」

 華月が頭を抱えたくなったのは当然だろう。

 元の世界に未練は無い。だが、あのままならば確実に死んでいたし、仮に怪我もなくこの世界に来たところで訳が解らないまま殺されていた可能性が高い。女皇や魔法、魔王に勇者という単語と、明らかに文明レベルが彼の居た世界より低いと推測できるこの部屋の造り。結果として導き出されるのは完全にRPGのような夢とロマン溢れる幻想世界なのだろうという結論だ。

「その表情からすると割と理解が早いようですね。手間が省けて助かります。

 そして、此処からが重要です。

 三つ、貴方はドラグ・ダルクの女皇陛下が竜騎士です。これから体術、適正が在る武器の扱いは元より学術に適正が在れば魔法も覚えていただきます。それも人間レベルの温い物ではなく、半不死となったその身体の限界の無い訓練です」

「それって、始めは何回も死ぬような事になるって訳か」

「その通りです。本当に理解が早いですね。こちらとしては好都合ですが。ただ、貴方が早々に必要なものを身につければ済む話です」

 正直洒落にならない話だ。

「口頭での説明は以上です。以降の教育は基本的に私が行います。疑問が在れば気兼ねなく尋ねてくれて構いません」

「了解……。で、訓練ってもしかしなくても今からだよな」

「当然です。そこの服に着替え、向かいます」

 華月が寝ていたベッドの脇には、黒い布で作られた服があった。というか、既に着ている服が自分の物では無い事に今気づいた。が、深く気にすると色々終わる気がしたので華月はその事に触れるのを止めた。

「私は扉の外に居ます。一応言っておきますが――」

「逃げたりしないよ。朦朧としてたが『契約』を交わしたんだし、何より……」

「何です?」

「何でも無い」

 ヴェルラに、「期待している」と、言われたから。なんて、とても言えるわけが無かった。




[26014] 第3話 無謀と果敢。履き違えると惨事 起部3話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:41

 華月は周囲の風景に呆然となった。

「なんだ、ここ……」

「これがドラグ・ダルクの全容です」

 目の前には高々と聳え、周囲をぐるっと囲んでいる山脈があり、そこに出来た広大な盆地に幾つも街のようなものが作られていた。山脈の山にも小さい穴が幾つも穿たれていて、何か在ると解る。

 街のようと表現したのは建物の間に道が無く、緑で埋められている為で、建物の間が狭いところが集落の単位なのだろう。幾つか広場らしき場所も見えるが、自然に開いていた場所をそのまま使っているのだろうと思われる。

「四方をヴェネスド山脈に囲まれ、大陸と繋がっているのはごく僅か、おまけに山脈の向こうは海です。つまりドラグ・ダルクは半島にある国となります。

 ドラグ・ダルクには基本的に闇黒竜種(ダークネス・ドラゴン)のみが住み、山にドワーフと、森の一角にエルフが少数居ます。若干、竜騎士を従える竜が居ますが、圧倒的少数ですし、貴方を含み竜騎士は人間では在りません。したがって人間は皆無です」

 そこで、テレジアは鋭い視線を華月に向ける。

「我ら竜種、それも特にダークネス・ドラゴンは人間を嫌悪しています。私も人間が嫌いです、個人的に。しかしながら竜騎士の皆さんはそれぞれが才覚を見初められて、高潔な精神を持ち此処に居ます。貴方がそうなるか否かは貴方次第です」

 そしてふいっと顔を逸らす。何と言っていいか浮かばなかった華月は黙っている他無かった。

「行きますよ。まずは貴方の基礎身体能力を確認します」

 大人しく後をついて行くと、皇宮の下部には訓練施設らしき場所があった。

 天然石で囲われ、地面が剥き出しになっている。そこの中央にテレジアが佇み、華月を見ている。

「出来るものなら私に一撃入れてみてください。もう始まっていますので」

 そう言われ、華月は自分の身体を意識する。何かが変わっているのだろうか? それとも身体能力自体は以前と同じなのだろうか。既に馴染んでいるのか変わっていないのか、感覚で解る事は無かった。

 軽く囲いに使われている天然石を殴ってみる。以前なら間違いなく痛みを感じるだろう力で。

 だが、痛みは無く、むしろ石が若干ずれた。

「……」

 無言で重心を落とし、軽く前傾姿勢を取る。

 両脚で思いっきり地面を蹴る。

 今まで感じた事の無い風を切る感覚。

 急激に迫るテレジア。

「でやっ!」

「……」

 華月の右ストレートはテレジアの半身だけズラす見事なスウェーで回避された。

「あれっ!?」

 むしろ引き残したテレジアの足に躓かされ、派手に真正面から地面にダイブする羽目になる。

「……擦り傷も無い?」

 地面を盛大に転がったはずなのに、体には傷一つついていなかった。

 そうなると、無様に転がされた事実が華月の頭に染み渡り、怒りを巻き起こす燃焼源となる。

 羞恥と不甲斐無さで握り締められた拳が、華月の怒りの度合いを窺わせる。

 ゆらりと立ち上がり、自然体を装う。

 そしてあくまで自然に、前のめりに倒れこむ。

「?」

 テレジアがその動きを怪訝に思ったときにはもう華月は行動に移っていた。

 右足で思い切り地面を蹴り、全力で走り出す。

 移動速度が人間の枠を超えていた。

 顔を上げてテレジアの位置を確認し、彼女の間合いの外で鋭く方向転換。以前では考えられない鋭い動きで背後を取る。

 左足を軸にし、右の回し蹴りを放つ。

「甘いですよ」

 それはテレジアの右手で掴まれていた。

 そのまま足を持ち上げられ、上空に放り投げられた。軽く十メートル程飛ばされ、落下する。下ではテレジアが迎撃する様子も無く立っているが、何もしないわけは無いだろう。

「このままだと、一回殺されるな……」

 確実な死の予感を感じるが、最早怖いとは思わなかった。感じなかった。

 想ったのは――。

「やられっぱなしってのは、面白くないな」

 姿勢を変え、足を地面に向け蹴りの形を取り、空気抵抗を出来るだけ減らせると思われる体勢を取る。

 空気抵抗を抑え、急加速しながら降下する。これを強襲降下(パワーダイヴ)と言うのだが、当然華月はそんな事は知らない。最も、生身でそんな事をすれば地面との接地時に足を大々的に損傷し、良くて再起不能、普通なら死亡となるだろう。

 急に加速した華月の動きにもテレジアは見事に対応した。

 自分の脚技の間合いに華月の足の裏が入った瞬間、自らの右足の裏を突き出し華月の重力加速度まで完全に相殺した。

「取りあえず、見事と言っておきましょう」

 一瞬の停滞時間でそう告げ、再び重力に引かれた華月を今度は左足で蹴り飛ばした。飛ばした先は周囲を囲う天然石の側面だ。普通の人間なら骨折その他で生きているかも解らない状態になる速度が出ている。

「……痛く、ない?」

「当然です。貴方の身体は最早竜種のそれと同等。先ほど説明したとおり、主の祝福を受けた竜血には激痛と引き換えに人間を竜化する効力が在るのです。体験したでしょう。それにより人間を殺すには十分な力程度では痛みなど感じません。

 さぁ、きなさい。まだ終わりませんよ。次からは、その竜化した身体でも軋む私の普通の力で反撃します」

 挑発する。徹底的に実地で学ばせる気だ。

「上等だ!」

 華月は無謀――いや、果敢に挑んで行った。





[26014] 第4話 フルボッコの後は 起部4話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:42

 全身の打撲が収まり、骨折が治っていく。

「ふむ、この程度ですか。意気込みは十分でしたが、やはり実力が伴っていませんね」

「……悪かったな」

 結局反撃だけで散々にボコボコにされ、だらしなく地面にへたばっている。

 殴られ、蹴られ、投げられ、極められ、徐々にその力加減が強くなって、気がつけば無数の打撲と骨折を負っていた。竜化の影響か痛みなど無視できたが身体が動かなくなって降参したのだ。

「しかし、竜化は上手くいったようですね。あれだけやられても動いていましたし、傷の回復も随分速い。竜騎士としての基礎性能は十二分に在ります。その点は評価しましょう」

 言われても、華月はあまりうれしくなかった。褒められているのかどうか、微妙な言い回しだったからだ。

「しばらく休んでいなさい。開始からそれなりの時間が経過しています。そろそろ昼食です。私は陛下に報告と食事の準備をしてきます。私か、他の誰かが呼びに来るまでそうして大人しくしているといいでしょう」

 言うだけ言ってテレジアは階段を登っていく。

 それを見送った後、華月は身体を起こす。

「は、転がってられるか。あれだけやられ放題で悔しくないわけ……」

 少し軋む程度まで回復した身体を動かす。

 さっきのテレジアの動きは捉えられる範囲で観察していた。中には速すぎで掴みきれない動きもあったが、基本的な拳打、蹴打、身体の動かし方、そして――。

「こう、か……?」

 握った右手に意識を集中する。すると、右手から薄く陽炎が見えた。

「お……、上手くいったか?」

 時折テレジアが自分の手や足から陽炎を立ち上らせているのが見えた。それがどういうものなのか、理屈も何も解らなかったがテレジアの動きはこの現象が起きるとき一瞬のタメがあった。そこから意識の集中が重要なのだろうと当たりを付けた。

 何より、この状態で殴られ、蹴られると物凄く痛かったのだ。

「しかし、これ何だ?」

 試しにそのままの状態で天然石を最初と同じ力で殴ってみる。

 するとどうだ。天然石に皹が入った。さっきは動くだけだったにも拘らず、だ。

「破壊力? が上がったのか?」

 よくは解らないが、攻撃を強化できるのだろう。そう当たりをつけ、納得しておく。

 そのまま陽炎を出した状態を維持しながら、身体を動かす。

 中々にその状態を維持し続け、行動する事は困難で、身体を動かすことに意識を振ると途端に陽炎は消えてしまう。

「あはは。意識しないと魔力を纏えないようじゃぁまだまだ、だねぇ」

「……誰だ?」

 突然声をかけられ、動きを止めてしまった華月。声をかけたのは漆黒の真っ直ぐな長髪を揺らしながら薄い蒼の瞳を細めて微笑する少女。何時から居たのか華月には解らなかったが、彼が居る位置とは丁度真逆の岩の上に腰掛けていた。

「キミが陛下の新米竜騎士だよね」

「誰だと、聞いてるんだけど」

「あ、あたし? あたしはフェリシア。フェリシア=リステンス」

 ひょい。っと、非常に軽い身のこなしで岩から飛び降り、華月に近づいてくる。

「いや~、まだまだとは言ったけど、凄いね。成り立ての竜騎士でこの岩に皹入れたのあたし初めて見たよ」

「君は、竜か」

「そうだよ。成長が遅いみたいで小さいけど、これでも500年は生きてるよ」

 華月が皹を入れた岩の表面を撫でながら答える。

「一度も竜騎士なんて持った事が無いから他の人が訓練してるの見てただけだったけど。契約から目覚めて初日の訓練で魔力に気づいて、このドワーフも手古摺るヴェネスド岩に皹を入れる騎士は初めて見た。

 キミ、テレジアはあんな事言ってたけど素質は一番なんじゃないかな」

 165cmの華月。決して大柄とは言えないはずだが、その華月と比べても明らかに頭一つ分ほどフェリシアは小さかった。腕を伸ばして華月の肩を叩くが、とても500歳を過ぎているとは思えない。

 傍から見ると兄を背伸びして褒めている少々ませた妹にしか見えない。

「……フェリシア様、何をしてらっしゃるのですか?」

「あ、テレジア……。早かったね?」

 華月が皹を入れた岩の上に、テレジアが立っていた。その顔が若干怒っている様に見えたのは、華月の錯覚だろうか。

「本日は、倉庫の手入れをなさる筈ですが?」

「あ、あはは……。飽きちゃっ――」

 肉と骨を打つ鈍い嫌な音が響いた。

 神速で地面に降りたテレジアがフェリシアの頭頂部に、鋭い手刀をこれまた神速で打ち下ろしたのだ。それも華月を相手にしていた時以上に力を籠めて。

「……痛い……痛いよ、テレジア……」

「当然です。痛くなければ意味が在りません」

 涙目で頭を抑えるフェリシアを見て、少しだけ可哀想になった華月だったが、仕事を放り出してこんな所に来る方が悪いよな。と、思ったので同情はしなかった。

「割り振られた仕事は、きちんと消化してください」

「解ってるよ。でも、息抜きぐらいいいでしょ? あんな穴倉に篭りっ放しじゃ心が病気になっちゃうよ」

「ああ言えばこう言いますね。本当に、こればかりは血筋でしょうか」

「あたし、母様ほど適当じゃないよ。

 それに、テレジアが直々に教育する竜騎士がどんな者なのか見たかったし」

「テレジアが直々にってのは、珍しい事なのか?」

 思わず口を挟んだ華月だったが、テレジアの無表情とフェリシアの呆れ顔にちょっと拙い事を言ったかと後悔した。

「あ~、テレジアの役職知らないんだ。

 テレジアはね、女皇付侍従総纏役なんだよ。女皇に付いてる近衛も、従者も、全部最終的にはテレジアの指示で動くの」

「……何、それってかなり重要な役職じゃ?」

「一応はそうなっていますが、私の仕事などたいした事では在りません。適度に各部署を確認し、異常が無いか見回るだけです」

 謙遜も甚だしいが、やってる本人に言わせればどんな事もこんなものだろう。自分の就いている仕事が難しいと思うようでは一人前とは言えない。

「しかし、私の役職を大変だと思うのであれば、早く一人前の竜騎士になることです。そうすれば私から貴方の面倒を見ると言う仕事が無くなります」

「……出来る限り――いや、それ以上やってやるさ」

「本当に、気概だけならば立派なものです。さっさと実力を追いつかせなさい。

 ですが、飲まず食わずで身体が保てるものでは在りません。竜騎士は死にはしませんが飢餓感などは普通にあるので。今から食事です」

「あ、そんな時間なの?」

「はい。もう昼食の時間です」

 テレジアはそういうと背を向けて歩き出す。





[26014] 第5話 食後に座学は寝落ちフラグ? 起部5話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 21:42

 食事の内容は、華月が考えていたものとは色んな意味で違っていた。

 まず、きちんと調理がされていた事。

 次に豪華絢爛と言う事は無く、普通もしくは質素と言っていいものだった。

「……」

「何ですか? その予想を裏切られたと言うような顔は」

「あ、ああ……。俺の先入観が悪いんだ。気にしないでくれ」

 テレジアの不審げな言葉に、華月は思ったとおりの事を言った。

「大方の予想は付きますが、何も生肉を貪り喰らうのが竜種の食事だ。などと言う事はありません。少なくとも、この姿をしている時は」

 空いた食器を片付けながら、テレジアは淡々と答える。

「竜化した状態では家畜一頭程度では到底足りませんが、この人化している姿なら味覚から必要な食料まで人間と大差ありません。味覚が十全に機能していると言う点のみ面倒ですが、限られた敷地で多数が生存するにはこの姿の方が利便ですからね」

「そりゃ、そうだろうな」

 食料の消費から何から、人化している方が少なくて済むのだから。というよりも、竜という生物は一体どのぐらいの食料をどの程度の期間でどの程度消費しなければ生存できないのかということすら、華月には解らなかった。

「竜化した状態では魔力運用以外のあらゆる面で消費が激しすぎるので、余程の変わり者でもない限り、人化しているのが竜種の常識です。とは言え、勘違いしないでください。

 いいですか? 私たちが人間の姿を真似ているのではありません。人間とは我々先発種族の反省点を踏まえ、最も後に創造され――」

「食事時に講釈を垂れるものではないだろう、テレジア」

「陛下……」

 優雅に食後の茶を啜りながら、ヴェルラがテレジアを嗜める。

「カヅキが異世界の人間で、神やら何やらの概念すら違うかもしれないのに、それらを無視して言った所で納得しないだろう。そう言う事も含め、講義の時にしっかり教えてやれ」

「……はい」

 少ししょんぼりしてしまったように感じるテレジアの反応だが、表面上本人は顔色一つ変えていないように見えた。

「では、午後は座学になります。居眠りは『決して』許しませんので、覚悟して望んでください」

「……ぉう」

「気の抜けた返事ですね。しゃんとしてください」

「了解!」

「宜しい」

「何だか、テレジアにカヅキを盗られた感じがするな。やはり私自らが――」

「陛下は公務に集中してください。

 ……私は騎士を必要としていません。それは陛下もご存知のはずですが」

 毅然としていたテレジアの表情が少しだけ曇った。

「そうだったな。

 余計なことを言った。私は公務に戻る。カヅキ、しっかり励め」

「ああ」

 少しだけテレジアのことが気になったが、アレコレ詮索するのは得策ではないと判断し、華月は黙った。

「では、講義に移りましょう。付いて来てください」

 片付けが終わったのか、テレジアは華月にそう言うと歩き始めた。置いて行かれないよう華月もその後を追う。

「座学ってどの位掛かる予定だ?」

「時間の感覚が私たちと貴方とでどう違うのかも知らないので、答えようが無いのですが」

「じゃぁ、この世界の時間の概念を教えてくれ」

「そうですね。この世界の時間の計り方は日が昇って沈み、また昇るまでで一日。一日は昼間十二時間、夜十二時間で計二十四時間」

 何だ、一緒か。と、華月が言おうとした所で。

「一時間は百二十分、一分は六十秒です」

「……。何で一時間が百二十分なんだ?」

「六十進数で一分、その後百二十進数になっているからですが、何か?」

「何で六十進数の後が百二十進数になるんだ? 六十進数のままでいいじゃないか」

「それでは昼夜合わせて四十八時間になってしまいます。後になればなるほど、位が大きくなって言い難く扱い辛くなります」

「結構違うなぁ……。

 それじゃ、一年って?」

「百八十二日で、一年置きに一回百八十三日になります」

 何とも言い知れない奇妙な感覚に襲われた華月だった。

(一日の長さが違うだけで、後の計算は一緒か)

「まぁ、解った。一時間の数えだけが違うけど、慣れるだろ」

「そうですか。

 では、最初に質問された座学の予定される必要時間ですが、ざっと丸七日と言う所でしょうか」

「あ、その程度で済むの?」

 華月の反応は、テレジアにとって意外なようだった。視線だけ華月に向けてきた。

「そんな眼を向けないでくれるかな? これでも元の世界じゃ一般教育を受けてたんだから」

「一般教育、ですか?」

「語学、世界史、自国史、数学、物理、化学……。まぁそう言う教育機関に都合十年以上通ってたんだよ。だから、丸七日程度で終わるなんて思ってなかったんだ」

(それでも俺の感覚だと二週間分の時間はちょっとキツそうだなぁ)

「……驚きました。貴方の世界は随分と余裕があるのですね。そんな長期間、勉学に費やせるなど」

「働くにしても最低限、九年は教育機関通いだからなぁ。そこから先、更に三年から七年勉強し続ける奴も居る」

「話に聞く人間の学習院みたいなものですか」

「ああ、この世界にもあるんだ」

 結構共通点が多いことに驚く。

「詳しくは知りませんが、数年から十数年の学習期間を取る、一部の階級のみが通えるところらしいですが」

「その辺も含みで教えてくれるんだろ?」

「この世界の概念から種族の在り方、一般常識を中心に教育します。それ以上は自分で書物を紐解くことをお勧めします。

 その辺は、貴方の方が慣れているでしょうし、得意でしょうから」

 テレジアは視線を前に戻した。

(あれ? それってテレジア自身は勉強が嫌いだってことか?)

「着きました。この部屋です」

 重苦しそうな扉を開け、テレジアが中に入っていく。華月も続いて入る。




[26014] 第6話 座学前編、基礎知識と因縁 起部6話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2012/05/01 22:50
「へぇ……凄いな」

 華月は感心の声を漏らした。

 部屋の左右には高々と聳える書架が在り、その全てに本らしきものや巻物っぽい何かが収められている。

「ダークネス・ドラゴンが貯蔵する書物です。創世の時代を記す物もある、歴代の長老達が書き連ねたものから近代史まで無節操に存在しています。

 これらは基本的に下位竜種言語(ロー・ドラゴニア)で書かれていますが、その身に『意思疎通』の玉を持っている貴方なら普通に読めるはずです」

「ん、そうなのか? 便利なんだな」

「偶々、運が良かっただけです。発現率の低い玉なのですから。まぁ、そのお陰で私たちとも言葉を交わすことが出来ているわけですが。

 此処を使います」

 部屋の中を進み、たどり着いた先は一つのテーブル。椅子は一脚で、羊皮紙のような色合いをした用紙が数十枚と、インクの小瓶と羽ペンらしきものがあった。

「こりゃまた古風な筆記用具だな……」

「古風とは随分な言い草ですね。これが一般的な製紙とペンです」

 華月の物言いが気に障ったのか、テレジアの声に険が載った。

「元の世界だとちょっと違う物を使ってたから」

「色々と、こちらの世界とは違うと言うことですか。

 服の素材から違っているようでしたし、当然かもしれませんね」

 そこで自分の制服がどうなったのか、聞いていない事を思い出した。

「そうだ。俺の制服はどうしたんだ?」

「貴方が着ていた服なら、洗濯して保管してありますよ。なんとも貧弱な素材なので、破かないように随分気を使いました」

「……え? そんなに弱いもんじゃないと思うんだけど」

 ナイロンや綿などが主な素材だ。前の世界においては簡単に破れる様な軟弱な生地ではないはずなのだが。

「そう思うなら、今着ている服を破こうとしてみてください」

「ん?」

 言われて、華月は服の裾を両手で左右に引っ張ってみた。

「堅っ? 何だこれ!?」

「それが我々の使う基本的な素材です。ある昆虫の繭を紡いで作っています」

「へぇ~、随分頑丈なんだなぁ。着心地は変わらないのに」

「その位の強度がないと、扱い辛いのです。うっかり加減を間違えて破けるようなものでは日常生活に支障をきたします」

 随分と生活臭のする発言だが、その格好で生きていれば当然かもしれない。

「そういや、竜でも服を着るんだな」

「……それは、我々を馬鹿にしているんですか?

 そうでした。その辺りもきっちり理解していただきます。雑談はここまでで講義に入ります。着席してください」

 華月の発言は薮蛇だった。テレジアの額に薄ら血管が浮いたようにも感じる。

 言われたとおりに大人しく着席し、テレジアの話を聞く事にする。

「必要なら自分の読める文字でメモを取ってください。では、始めます。

 まず、我々の住むこの世界は、総括して『アードレスト』と呼称されます。原始の創造神は『クリミナ』と呼ばれ、彼の存在が今の世のあらゆるモノの原型を創造したとされ、唯一無二の存在とされています。

 そうして築かれた世界なのですが、後ほど世界地図を見せますが海に果ては無く、東西南北のどの方向でも同じ方向に進み続けると始めの位置に戻ってくることから、平坦なわけではなく球状をしていることが解っています。これは闇黒竜族と白光竜族が協力して突き止めた事実です。

 大陸は全部で五つ。我々が住む中央大陸『ウェルデシア』、北大陸『ヴァネスティア』、東大陸『ヴォーディシア』、西大陸『ウィデスティア』、南大陸『ウェンティア』です。

 島は大小合わせると多く、総数は把握できていません。所有国と所有者のいる島だけで現在三百四十二」

 そこまで話された時点で、華月は取り合えず世界名、大陸数と大陸名、島の総数、そして言及されてなかったが、どうやら方角も東西南北で変わり無いらしい事を日本語でメモしていた。

「随分と変わった文字を使いますね」

「俺の国の母国語がこれなんだよ」

「……どこかで似たような文字を見た記憶がありますが、まぁそれは後回しですね。続けます。

 アードレストに生息する生物は何々種何々族と区別しますが、把握されているもので六百八十九種。その内、言語を持つ種族は大別して六種。

 一つ、神魔種。一つ、純竜種。一つ、精霊種。一つ、妖精種。一つ、亜人種。一つ、人類種」

「案外少ないんだな」

「当然です。原始の創造神『クリミナ』は、無駄に種を増やすことを好みませんでした。

 まず、手足となり、世界を管理する者として神魔種を創造し、最初の住人として純竜種を。

 そして肉の器に囚われない者として精霊種を。

 両者の特徴を受けた妖精種を。
 
 獣の特徴を受けた亜人種を。

 最後に今までの集大成として万能の器である人類種を創造しました。

 その間に細かな、言語を持たない獣などを少数種創造しましたが、あれらは実験種だったためか世代交代と変容が著しく、多様の枝分かれをしていきました」

「……。じゃぁ、初期に創られた種族ほど長寿命で世代交代が少ないって事か?」

「人類種は当てはまりませんが、その通りです。神魔種はほぼ代替わりしないと言われています。通常は己らに与えられた神魔階に我等とは違った形態で存在し、この世界には殆ど干渉しません。一説では不死不滅の存在だとか。

 我等純竜種も代替わりは殆どしません。強靭な肉体と莫大な魔力を持ち、滅多な事では死にません。固体が何らかの形で減少した際、同族の中から新たに出現します。

 精霊種は個体数が限定されていますが、肉体を持たないが故に基本不滅です。何かの原因で存在が維持できなくなると、世界へ回帰し、新たに再構成されるという話です。

 妖精種もその寿命は数百年から数千年です。肉体強度や魔力量は族によりバラけます。彼らまでいくとその個体数は自身等で調整するようになります。

 亜人種はこれまでの族種に比べ短命といえます。肉体強度、魔力量共に妖精種と同じく族により差が激しいようです。寿命は十数年から数十年で、個体数も族によってまちまちとなり、一概には言い切れません。

 人類種は数十年の寿命で、その肉体は全体的に脆弱、魔力量も少量な部類になります。ただ、これは個体差が激しく、環境によっても大きく異なります。そして個体数は全種族中最多を誇ります。万能の器として創造されたことに起因しますが、環境適応能力や知識・知恵の蓄積、次代への引継ぎが円滑に行われ、様々な方向へその進路を取れるが故に目覚しく種として成長しています。

 が、同時に最も愚かで、細かな差違が発端となり、同族での同士討ちが絶えません」

 テレジアの説明は淡々と円滑に進むが、人類種の説明だけは何か感情が混じっていたようだった。

「何か質問は?」

「今のところは。内容についての質問は無いよ」

「そうですか。

 では、まだ続けます。

 種族により各大陸の各地に集落や国が作られています。基本的に長年の暗黙の了解で互いに不可侵となっているのですが、人類種にはそれが通用しません。空白地を占領するだけでは飽き足らず、他種族の領域を侵略し、その地を簒奪することが此処数百年で数え切れないほど起こっています。それにより数を減じたり、地を追われ、他種族の領域に逃げ込んでくる者達も少なくありません。下手をするとその地に住む一族が揃って移動することもあります。

 我がドラグ・ダルクにも、ヴェネスド山脈には一部の妖精種ドワーフ族が、領地の外れに一部の妖精種エルフ族が避難してきました。何れも人類族にその居住地を脅かされ、我等を頼ってきた者達です」

「どの世界でも、人間ってのは似たような性質を持ってんだな」

「……続けます。

 世界がそういった形で変容し始めた800年程前から、突如として今まで存在しなかった特異なモノが現れました。『異界人』と呼ばれる他世界からこの世界に現れた人間達です。

 始めは混乱がありましたが、彼らにはその身に高純度の魔力結晶であり、魔力精製器官として機能する『玉』と呼ばれるモノを必ず二つ宿しており、それらには様々な能力が秘められていました。その中の一つが貴方の持つ『意思疎通』であり、それを持つ者との交流により様々な事が発覚していきました」

「始めは勝手に現れてたんだ?」

「はい。意図せず、何らかの理由によりこの世界に現れてしまったという事でした。

 様々な世界からこの世界へ現れたらしく、統一性が無いのが特徴で、姿こそ酷似していましたが、思想から何から、合致しない方が多かったようです。

 そうして、ただでさえ面倒だった人類種の成長が、異界人を受け入れた事で階段を飛ばすような勢いで加速しました。様々な世界からの来訪者だったことが連中にとっては幸いし、我々にとっては災いでした」

 テレジアの表情が歪み始めた。口調も若干荒れ始める。

「文明的に発展した世界、この世界とは別方向に発展した世界、本当に様々な世界から色々な人間が現れたようでした。そのおかげで連中は異世界の知識を手にし、とんでもないものを造り上げ始めました。

 そして500年前、人類種は我等純竜種、その中でもダークネス・ドラゴンに忌み嫌われる事になります」

「それは、何でだ?」

 テレジアはその顔を歪めたまま、華月の質問に答えようとしなかった。嫌な沈黙の中、こんな言葉が聞こえてきた。

「殺したからだ」

 聞こえてきた声に反応して華月が振り返ると、そこにはアルヴェルラが腕を組んで立っていた。その表情からは、何も伺えない。





[26014] 第7話 座学後編。※最後は手抜きではありません 起部7話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/08 22:06
 アルヴェルラはそのままの格好で続ける。何かを思い出すように片目を閉じたままで。

「今まで手も足も出なかった、この地上で最強の種族である純竜種が一つ、闇黒竜族の強力な個体を。私の妹であり、皆に慕われるほど愛嬌があり、テレジアの唯一無二の親友だった皇女・イナティルを。友好の為、各竜族の代表たちと共に国外活動に勤しんでいた、心優しいあの子を。

 当時の己らの知識、技術、その粋を集結し造り上げた、対竜種特化兵装である忌まわしき竜滅の大剣『ドラゴン・アニヒレイター』を使って、な」

 悠々と二人に向かって近づいていく。

「ヴェルラ……?」

 華月の呼び掛けを無視し、その脇をすり抜けるとテレジアに近づいていく。そしてテレジアの頭に右手を乗せると、幼い子供にするように髪が乱れるのも構わず、くしゃくしゃと撫でた。

「テレジア、やはりここで詰まったな。世界の成り立ちからの説明なら、ここは通るだろうと思って、一応見に来たわけだ。

 言い難い部分は私が代弁したんだ、その顔を戻せ。カヅキはイナティルを殺した人間ではないんだ」

「……はい。理解しています。

 ――失礼しました。無様を晒した事をお詫びします」

「いや、それは別に謝られることじゃないから」

 華月はそこで言葉を切る。安易に「それだけ大切だったんだろ」とか「それなら人間が嫌いになっても仕方ない」とは言わない。そんなことを言った所でテレジアにはなんの慰めにもならないし、寧ろ不快感を与える公算の方が高い。というか、自分ならそんな事は言われたくなかったからと言うだけだが。

「陛下。もう、大丈夫ですので」

「ああ。私は退散するよ。仕事を放り出してきたからな。

 また後でな、カヅキ」

 華月たちに背を向け、左手をひらひらさせながら軽い足取りでアルヴェルラは戻っていった。

「……見透かされていたとは、私も精進が足りませんね」

「さっきのが、テレジアたちが人間を嫌う一番の理由なのか?」

 華月の質問に、今度は一呼吸の間だけで簡潔に答えた。

「――その通りです」

「じゃぁ、そのイナティルって竜を殺した人間は、どうなったんだ?」

「……。

 先ず、人間の法には他種族を殺したからといって特に罰則があるわけではありません。ですので、その事実が発覚した時点で――」

 テレジアの瞳が真正面から華月を捉えた。華月の心胆を底冷えさせるほどの冷たさを宿した恐ろしい瞳だった。

「その人間を見つけ出し、八つ裂き、晒し、あの大剣を造った都市を丸ごと一つ灰燼に変えました。陛下と、私と、二人だけで。

 今ではその地は湖になっています。神魔種、純竜種、精霊種は特別な手順を踏まずとも魔法を行使することが出来ます。その威力を持ってすれば、地形を変えるなど造作も無いことです。

 如何に強力な剣を鍛えようが、その真価が発揮できない状態であれば消失させることなど容易いものです。あの大剣は、粉々に砕いて火山に撒いてやりました」

「なるほど。さすが、地上最強の種族って異名は伊達じゃないってことか。

 解った。それじゃ、その話はそこまでで、講義の続きを頼むよ」

 感心した風にそういうと、華月は講義の続きを促した。
テレジアが華月の顔を一度、奇妙な物を観る眼で凝視してから短く息を吐き、頭を左右に振ると、自分で自分の両頬を張った。

 軽快なパチンッ。と、いう音が響き、テレジアがいつもの顔に戻った。

「では、講義に戻ります。大まかな歴史の流れはここまでとします。今度は用語の解説を、貴方に関係のある部分から始めます。

 人類種の話の端々に出てきた『異界人』ですが、カヅキ。貴方も元々は異界人と言う事は理解できますね?」

「ああ。異世界からこの世界に来て、『意思疎通』の『玉』を持ってるんだからな」

「宜しい。では、それを踏まえ厄介な異界人について説明します。一部は貴方にも通じる部分があるので特に注意してください。

 異界人とは前述の通り、この世界に出現した時点で体内に『玉』を二つ宿します。これは異界人が死亡すると体外に排出され、手にしたモノの望むままに魔力を精製したり、特性を発揮します。ただ、特性を発揮させるには異界人が生きている内に一度、特性を発露させなければ意味がありません。発露されることがなかった特性は発揮されず、単なる魔力精製器としか機能しません。

 人間の身にしては莫大な魔力を精製する異界人ですが、その精製量は平均ではせいぜい下級神魔種程度で、我ら純竜種には到底敵いません。連中の真に厄介な点は、それらが保有する『知識』であり、『技術』なのです。現在用いられるようになっている殆どの単位が連中によって浸透されたものです。方角、距離、速度……。基準化、数値化されたものはそれこそ数知れません。

 おまけに異界人たちの中には、この世界とは時間の感覚から違う者がいたりするために、研究や労働に関する基準が違っていて、阿呆のようにそれらにのめり込む者も居ます。その結果が先述の対竜種武器を始めとする各種特化兵装であり、人々の生活を豊かにする各種技術であり、その発現分野は多岐に亘ります。
その全てが秘匿されている訳ではありませんが、他種族がその最先端の技術の恩恵に預かる事はあまりありません。人類種と交易を行っている場合や、奴隷として使役されている場合ぐらいでしょう。竜種に限って言えば絶無です」

 そう言うと、テレジアはポケットから一つの球体を取り出した。紫色のそれは、華月からすれば一見大きめの硝子玉にしか見えないものだった。

「……。それは?」

「一見、単なる色付きの硝子玉か、紫水晶のようですが、これは人類種が作りだした『擬似玉』と言い、異界人の玉に似せた魔力精製器です。本物には到底及びませんが、それでも連中にしたら画期的なものです。我らには全く必要ないものですが」

 ことり。と、その擬似玉をテーブルに置く。

「手に取って見て構いません。ただ、魔力を与えないようにしてください。迂闊に魔力を作用させると勝手に動き出してしまうので」

「そんな風に言われると、やりたくなる――」

「――」

 そこまで口にしたところで華月は冷ややかなテレジアの視線に気付き、軽口を叩くのを止めた。

「使用用途は多岐に渡りますが、魔力を少量与えてやると後は勝手に魔力を精製し続けるというものなので、基本的には魔力を消費して動く連中の発明品の動力源に使われます」

「随分詳しいんじゃないか?」

「敵を知れば百戦危うからず。どこの格言か知りませんが、正にその通りです。ある程度は知っていないと困る事になるのは自分たちです。それが世界中で版図を広げようと画策している相手なら尚更です」

 そこで、テレジアの右手が硬く握られ、バキンバキンと異音を発していた事に気付いた。

「このドラグ・ダルクには辿り着くまでに人間にとっては幾多の困難があるので、直接的に攻め込まれる事は無いはずですが、我等は友好関係にある妖精種の国や、亜人種の国、精霊種の顕現出来る地域を守護する事もあります。騎士を従える者が主ですが、私も赴くことがあります」

「友好関係にある他種族の国かぁ」

「妖精種であればドワーフ、エルフ、ピクシー等。亜人種であればラミア、スキュラ、ハーピィ、ケンタウロス等。精霊種はほぼ全てですね。

 ああ、ついでです。我ら闇黒竜族(ダークネス・ドラゴン)の他、純竜種には白光竜族(シャイニング・ドラゴン)、紅炎竜族(フレイム・ドラゴン)、蒼水竜族(アクア・ドラゴン)、緑樹竜族(フォレスト・ドラゴン)、黄地竜族(グランド・ドラゴン)が存在します。他に少数の混血種もありますが、勢力となるほどではありません。純竜種に及ばず、言語と知性を持たぬ者として亜竜種というものも存在します。

 純竜種の普段の姿はこの人型ですが、この姿は本来の姿を圧縮、更に各部を最適化した結果です。強大な力を振るう本来の姿に対し、世界に対する負担を減らし、合理的に生きる為の姿。それがこの姿です。我等は自在に姿を変えることが出来ますが、後の種族は出来ません。我らで出た結果がその後の種族にそれぞれ反映されたからです。

 純竜種の六族は相互同盟関係にあり、一定期間でそれぞれの代表が集まり合議する『六族会議』を開いたりします」

「仲が悪いわけじゃないんだな」

「当然です。

 我ら六竜族が本気で総力戦争などを起こしたら、この世界など三日と掛からず吹き飛びます。純竜種の六竜族の長、竜皇はそれぞれの種族で最強の個体が務めます。竜皇は単体で大陸を粉微塵にする事が出来るだけの実力を持っていると言われます」

 そこで、華月が奇妙な顔をした。

「ってことは、ヴェルラも一人で大陸を終わらせられるわけか?」

「当然です。陛下は闇黒竜族の歴代竜皇の中でも特に強大な力を持っています。もしかすると、単体でこの世界を滅ぼせるかもしれません」

 華月は口にしなかったが、「よくそんな奴の妹を手に掛けたな、当時の人間は」と、思った。示威行為にしても相手が悪すぎるだろう。下手をしたら自分たちのせいで世界が終わる所だったかもしれない。

 話が途切れたところで、テレジアが何やら華月の顔色を確認する。

「さて、今日の講義はここまでです」

「え? そんなに時間が経ったか?」

「そういうわけではありませんが、そろそろ貴方の頭が限界を迎えます。何せこの図書室の情報を片っ端から流し込んでいますから」

「は?」

 意味が理解できない。

 すると、テレジアは人の悪い笑顔でさらりと流す。

「あの程度の時間で済むのか。と、言われたので、その時間で最低限ではなく最大限、詰め込む事にしました。幸い、脳に直接情報を圧縮記録する魔法が存在しましたので、この図書室を管理する歴代の竜宝珠(カーヴァンクル)に協力して頂き、カヅキの頭部の玉に干渉していました」

「それって――」

 そこで、自分の頭の中に自分の知らない知識が渦を巻いている事を自覚した。それは洪水となって、華月の自意識を飲み込み始めた。

「あ――く、そ……」

「結果は良好です。全ての情報を転載出来ました。後は貴方がその情報を咀嚼出来れば万事問題ありません。

 ごゆっくり。恐らく酷く苦しいでしょうが、耐えてください」

「勝手な、事を……」

 身体は意識をシャットダウンし、情報の整理に全力を傾けようとしているらしい。急速に意識が遠のいていく。テレジアに文句を言うため、何とか最後の一線で踏み止まっている。

「陛下が期待すると言うカヅキ、私も貴方に期待してみたくなりました。

 一度しか言いませんが……頑張ってください、期待しています」

「……チッ、ずるい」

 意識を失う最後に、視界の橋に見えたテレジアは少し。ほんの少しだけ、微笑んでいた。





[26014] 第8話 休憩? いいえ、昏睡です 起部8話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/04/01 21:44

 様々な情報が駆け巡る。

 何かの数式だったり、化学式のような何かだったり、意味の分からない呪文だったり、幾何学模様だったり、紋章だったり、意匠だったり。


 溢れる情報の洪水が、自分の記憶と混ざっていく。


 それをただ眺めているわけにはいかなかった。一つ一つ、ラベルを付け何の情報だか分かるようにしておかなければならない。


 総数は一体どの程度になるのだろう。

 考えたくも無くなる。

 しかし、何の因果か、これら全てが理解できるし、何だか判ってしまう。

 相応に時間が掛かるが、出来ないことではない。


 華月はため息をつきたい所だったが、期待していると言ったアルヴェルラとテレジアの顔を思い出し、苦笑して作業に取り掛かった。



 ベッドで横になり、寝息を立てている華月の周りに、人垣が出来ていた。

「ねぇ、これが陛下の竜騎士なの?」

「そうです。

 というより、貴女たちは仕事に戻りなさい」

「今は休憩時間ですよ、纏め役」

 ベッドの脇にはテレジアが座っており、華月の様子を看ていたのだが、手隙になった皇宮に使える者たちが噂になった『女皇陛下の竜騎士』を見物にきたのだ。

「異界人の竜騎士って珍しいよね」

「確か二人目じゃない?」

「線が細いわね、大丈夫なの?」

 姦しくなっていく。

 直接的に人間を知らない大部分の同胞が大抵こんな反応をするのが、テレジアにしてみれば面白くないのだが。

「こうしてると、人間ってそんなに怖く無いわね」

「生物としたら、私たちより脆いんだよ? 怖がる事も無いじゃない」

「でも、ほら、変なもの使って色々するって話だし」

「いい加減にしなさい。

 彼は今、私が教育中の身です。全てが終わった後、陛下から全員に紹介があるでしょう。それまで待ちなさい」

『わ、解りました!』

 全員が声を揃えて返事し、そそくさと出て行った。こめかみに青筋を浮かせながらも何時も通りの口調で注意してきたテレジアが恐ろしかったのだろう。

「全く……」

「テレジアも大変だね」

 少し離れた窓枠に、一人の少女が座っていた。

「フェリシア様、今日は――」

「お休みだよ」

 窓枠から飛び降り、テレジアが座るのとは反対側に回り込む。

「あたしだってサボってばっかりってわけじゃないんだからね」

「解っています。貴女は優秀です」

 静かに目を瞑り、フェリシアに誰かの姿を重ねているようだった。

「あたしの事は、今はいいよ。

 それより、随分無茶したんじゃない?」

 寝ている華月の頬を突っつきながら、フェリシアはテレジアを見る。

「ほんの数日前まで唯の人間だった奴に、図書室の記述を全部転送するなんてさ」

「無茶ではありません。出来ると判断したから行ったまで、です」

「ふぅん。テレジアにしては、豪い高評価を付けたもんだね。異界人とは言え、人間にさ」

「能力的には問題ありません。人格もまずまずでしょう。胆力は十二分にあるようです。危うさはまだ見えませんが、大丈夫だと推測できます。

 交わした言葉の数、過ごした時間は私が一番長い物となっています。陛下より教育に関し全権を預かっている身です。その上で判断し、合理的な手段を取ったに過ぎません」

 フェリシアは意地の悪い笑顔を浮かべるだけで何も言わない。

 普段の、それこそ平常運転しているテレジアなら、まず言わない言葉が並んでいると分かっていながら黙っている。

「テレジアの人間嫌いは食わず嫌いと同じだったか」

「……どういう意味ですか? 私は変わらず人間が嫌いですよ。

 ただ、正当に評価しただけです」

 頑なに意見を曲げようとしないテレジアに、フェリシアは肩を竦めてため息をつく。

「まぁ、いいけどね。

 それで、今日で二日目の昏睡ってことになるけど、本当に大丈夫なの?」

「元々頭が良くない部類だったのでしょう。記録の整理に手間取っているだけのようですから、そんなに心配しなくても大丈夫です」

 テレジアはそんな質問に華月の額に左掌を乗せ、さらっと答える。

「竜宝珠(カーヴァンクル)使って干渉してるの?」

「一応の状態確認はして置きませんとなりませんから。こう言う時、異界人だと楽ですね」

「そりゃぁ、あたしら竜族のカーヴァンクルと異界人の玉は互換性があるからね」

 純竜種の竜族は、その身体のどこかに竜宝珠(カーヴァンクル)と呼ばれる属性色の宝珠を持つ。それらは竜の力が大きさを決め、竜の知識が色を深める。ダークネス・ドラゴンのカーヴァンクルは漆黒の宝珠だ。普段目にすることはできないが、それらは他の同色の宝石よりも美しいと言われる。

 カーヴァンクルは異界人の玉に干渉することができるが、異界人の玉はカーヴァンクルに干渉することはできない。保有魔力量の違いが大きすぎて、玉の方から干渉しようとすると弾かれてしまう。

「この調子だと、後三日ほどこのままでしょう」

「三日とか、長いね……。カヅキってそんなに頭悪かったんだ」

「……頭が悪いというより、これは要領が悪いというほうが正しそうですね。丁寧に一つ一つ片付けているようです」

 今も現在進行形で干渉中なのだろう。

「自分の判断でそうしちゃったから、カヅキにずっと憑いてるの? テレジアの仕事だってそんなに空けっ放しでいいもんじゃないでしょ。大丈夫だって思ってるなら放って置いていいんじゃないの?」

「確かに、放置していても問題ないでしょう。ですが、今後もこんな調子では困るので、今から強制介入を行います。変質した肉体の使い方に慣れてもらうには、やはり実践させないと駄目な様なので」

「え? ちょっと、まさかカヅキの中に意識を送るつもり!?」

「はい。一時間少々で戻ってきます」

「あ!」

 テレジアは目を閉じ、掌に意識を集中したかと思うと、寝息を立てていた。

「あ~あ……。テレジア、何だかんだ言って入れ込んでるじゃない。こんな無茶するの初めて見たよ」

 少しだけ呆れ顔になって、肩を竦めたフェリシアは窓に向かって歩き、おもむろに窓枠に足を掛けた後。

「まぁ、そういうテレジアも嫌いじゃないな」

 一度だけ眠るテレジアを見て、窓から外へ飛び出した。

 背中から皮膜の翼を一対生やし、皇宮の下へ滑空していく。




[26014] 第9話 楽しい昏睡学習 起部9話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/04/01 21:45
 360°の暗闇の世界。小さい無数の星が方向を問わずに薄蒼い心細い光で輝いている。

「カヅキの心象風景は、人間にしては我ら寄りですね……」

「へぇ、ダークネス・ドラゴンの意識の中も似たようなもんなのか」

「はい。基本的なダークネス・ドラゴンはこんな感じの心象風景をしています。暗闇は自らの属性、無数の星は記憶の塊です。

 カヅキ、何を手間取っているのですか。同時に幾つか仕分ければそんなに掛からないでしょう」

「簡単に言うけど、俺はそんな器用な真似出来な――」

「出来ます。下地はあるのです。竜騎士に変質したその身体は、無数の思考を同時に展開できます。人間が発動まで長い時間を使って呪文の詠唱をしないと魔法が使えないのは、無数の思考を同時展開し、連携演算できないからということも原因の一つです。竜族にはそれが出来ます。応用すれば記録の整理など手短に済ませられます」

「また無茶を……」

 だが、出来る事だと言われた以上、やってやれない筈は無い。

「具体的に、どんな感じで連携演算ってのをやればいいんだ?」

「他の竜騎士たちは口を揃えこう言います。『頭の中に、自分の他に無数の自分が居て、それらに何をするか指示を出す』感じらしいです。どの位別の自分が居るのかは個人差があるので貴方の中に何人居るかは知りません」

「そうですか……」

 なんとも参考にならない助言だ。だが、他の竜騎士たちがそう言うというなら、感覚としてはその通りなのだろう。

「自分の中に無数の自分ねぇ」

 軽く左目を閉じ、意識を凝らす。

 確かに、何か居る感覚がある。自分の周りに、自分と同じ何かが。

 すると、華月の目の前に華月そっくりの人型が一体現れた。

「なんだ、俺の場合はこれだけ――」

「では、無いようですね」

 華月の正面にいたテレジアは、華月の背後を見ながら呆れたような声を出した。

 華月も振り返って、空いた口が塞がらないというのを体感した。

「1、5、10……。どんだけ居るんだよ……」

「探知出来る範囲で35の分割意識体を確認できます。訓練無しでこれだけ分割出来るという事は、魔法適性も高いということになりますね」

 同時に、華月は覚えることが増えたことになり、テレジアは教えることが増えたことになる。

「ほら、カヅキ。この意識体たちに指示を出しなさい。総てが貴方なのですから、これらの作業結果も貴方の物になります」

「ぜ、全員でこの記録を記憶にする! 掛かれっ!!」

『おーっ!!』

 オリジナルと違って随分とノリが良い。

「……本来の貴方は快活な性格をしているのですね」

「さてな。これが俺の本質とは限らないだろう」

 華月は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「しかし便利だな、この分割思考は」

「統率する主体が脆弱だと破綻する事もあるんですが。貴方は大丈夫でしたね」

「テレジアの訓練を受けて思うんだけどさ……」

「何でしょう」

 華月が凄い微妙な顔をしながら呟いた。

「テレジア、俺が壊れたらどうするつもりだ?」

「さて。壊れる事など考慮していません」

「は? ――な?」

 何を馬鹿な事を。と、言う様な調子で返され、華月は流石に何も意味ある言葉を返せなくなった。何か言おうとするのだが、纏まってくれず、喘ぐように単音を発するのが限界だった。

 テレジアは両目を伏せ、事実勧告を開始した。

「私には、貴方が壊れることを、考慮する必要が、在りません」

「だ、だから、何で!? 理由は!!」

「理由、ですか」

 そこで半分だけ目を開いた。

「貴方がアルヴェルラ女皇陛下の竜騎士だからです」

「意味が解らないって!」

 女皇の騎士というなら、それこそ壊れないように教育するものではないか? そんな疑問が華月に芽生えるが、自らそれを問うほど華月は自己中心的な性格はしていなかった。だからそれの回答が聞けるように誘導する。

「何故竜皇の竜騎士が壊れる心配をしないのか。その答えは非常に簡単です」

 テレジアの目が完全に開いた。

「壊れないからです」

 言い切った。完全無欠に断言した。

「竜騎士についての説明も十分ではありませんでしたが、ここで少し教えましょう。

 竜皇の祝福を受けた竜血の作用は、同種のものよりも数倍……いえ、数十倍の効力を持ちます。それだけ、その血を享ける竜騎士候補に強い資質を要求します。今まで1000年間、陛下の血を享けた候補7名の中で、自我を残し、変質段階で崩壊しなかったのは貴方を除いて他に居ません。言い方は悪いですが、それ以下の資質で務まる竜騎士たちが同様の訓練で壊れることがそもそも稀です。

 故に、この程度の基礎訓練で壊れる心配など不要なのです。要らない事を考慮する必要は無いでしょう」

「……マテ、俺はヴェルラの血に耐えられなかったら、どうなってたんだ?」

「竜血の力に意識を喰い潰された場合、肉体が崩壊します。皮膚が剥げ、肉が腐り、血液が沸騰し、神経が爆ぜ、骨格が塵芥になります。

 一説には魂にまで傷を負い、取り返しがつかなくなるとかならないとか」

 これが本当だとすれば、文字通り『命懸け』だったわけだ。

「まぁ、そんな過ぎ去った事はどうでもいいのです。これから、その拾った命で陛下の為に頑張ってくれればいいのですから」

 このセリフだけを抜き出すと、トンデモなくアクどい奴の吐く最高に下衆な類のものだ。

「その為に必要な知識――は、揃いましたね。技術も何もかも、私が教えます。陛下に対し、私はこのテレジア=アンバーライドという『名』を懸けて約束しました」

 自分の胸に右手を当て、テレジアは華月を見据える。

「今、私たちはお互いの意識と意識で直に触れています。少し集中すればお互いの思考も筒抜けになるような状態です。そんな状態で、私は貴方にこう言います。

 セギ カヅキ、私は貴方を一人前の竜騎士にします。同時に、私の人間に対する志向を変えるべきかどうかの指針とします。

 どうか、強く在ってください。一番大きな期待は陛下ですが、その他にも貴方に期待する者が居ることを、忘れずにいてください」

「え――?」

 また、唐突に華月の意識は遠くへ行こうとし始める。

「整理が終了しましたね。現実へ戻る時です。私も自分の身体へ戻ります。

 今の話、努々忘れないように。戻ったら食事を摂って訓練です。今日からしばらくは体術をみっちり、文字通りに叩き込みます」

 今までのシリアスな顔を台無しにする素晴らしい笑顔で、テレジアは微笑んだ。





[26014] 第10話 竜なのに鬼教官 起部10話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/04/01 21:45

 全身が戦うことを拒否しようとする。

 竦む。

 ただ只管に敵わないと思う。実感する。

 放たれる見えない圧力がビリビリと皮膚と感覚を刺す。

「掛かってこないのですか? ならば――」

 すぅ。と、華月と対峙するテレジアが、涼しい顔で滑らかに、自然に重心を移動する。両足に魔力が纏われ、陽炎のように立ち上る。

「こちらからいきます」

 テレジアの踏みだした地面が爆ぜ、姿がかき消える。

 プレッシャーが一時的に消失したように感じられるが、それは違った。

 華月の右の脇腹に異様な衝撃。テレジアの左フックが深々と突き刺さっている。

「衝撃は徹しません。吹き飛びなさい」

 衝撃を対象の内部に浸透・拡散させず、わざと表面で炸裂させ、作用と反作用を生み出し華月の体を吹き飛ばす。

 上半身と下半身に分かれてしまいそうな威力を堪え、華月は衝撃に逆らわずに自ら跳ぶ。

「ほぅ?」

 領域を区切っているヴェネスド岩にぶつかりながら、華月は倒れることだけは避けた。

「理屈は、解ってんだけどなぁ」

 だが、やはり理解しているだけでは身体がついてこない。タイミング、その他の要素が掴めず上手く機能しない。

「二つにならないだけマシですね。ですが、いつまでもそのまま成長しないようでは仕方がないのですが」

 テレジアが変わらない無表情で淡々と喋る。これが華月の回復を待っている無駄な間だということは、間を与えられている華月も理解している。だが、悲しいかな。その与えられた間を使うしかない。正直、さっき食べた食事を逆流させないように堪えるだけでも一苦労なのだ。

 人前で反吐を吐くなど、華月にしたらそれこそ耐えがたい屈辱だ。華月の意識に潜ったテレジアは、華月のそういった部分だけ浚い、そこに漬け込むような手段をとっていた。

「さて、一発一発でそのザマでは――」

 また、テレジアの姿が消えた。

「私の連撃に、耐えられるのですか?」

 華月の正面に現れ、右のアッパーカット。

 寸前で何とか首を反らし回避。

 だが、伸びきった姿勢では、

「これは、どうします?」

 振り抜いた右腕が若干たわめられ、今度は全身の荷重が一点に集中された右肘が、魔力を纏った状態で肋骨の中心に炸裂する。

 今度は後ろに逃げるわけにはいかない。後ろは岩で塞がれている。

「がっ!!」

 今度は徹された衝撃が肋骨を圧し折り、

「まだ、ですよ」

 右足を軸に鋭く時計回りの回転。魔力を纏った左足が良く撓る鞭のように華月の右太腿を打ち据える。たったそれだけで大腿骨が砕かれ、姿勢が崩れる。

 下に少し落ちた華月の右頬にテレジアの魔力+の左拳がクリーンヒット。

「今の拳ぐらい、避けてもらいませんと」

 左足でローキックを放って、足を引き戻してから左拳で殴った。そこには一拍の間があった。少しでも反応できていれば多少は防御できたものだったのだが。

「まだ、無理でしたか」

 テレジアが追撃を止めた。

「ッメんじゃねぇ!!」

 華月は崩れるままに任せ、体勢がある形に変化したところで怒声を上げ、左のショルダータックルを敢行する。

「っ!」

「どぉだッ!?」

「まだ反撃を諦めなかった点は評価します。ですが」

 両腕をクロスし、完璧に防ぎきった後、華月の身体を跳ね飛ばし、

「詰めが甘い!」

 華月の首を左脇に抱え込み、そのまま後ろに飛んだ。

 結果、華月の頭は硬い筈の地面に見事にめり込んだ。

「まだまだ、児戯のレベルを脱しませんね」

 溜息でもつきそうな感じで、テレジアが起き上がる。

「テレジア、鬼だねぇ」

 その様子を岩の上から見学していたフェリシアが引き攣った笑いを浮かべていた。

「私は鬼ではなく竜ですよ」

「いや、そこに突っ込まれても……。よっと」

 軽い身のこなしで岩から飛び降り、顔の半分まで地面に埋まっている華月に近づく。

「カヅキ~? 生きてる~?」

「……あっ!? 糞っ!! 何だこりゃ!?」

 意識が飛んでいたらしく、反応までに少し間があったが、華月は大丈夫だったようだ。

「フェリシア様。カヅキは死にませんから、生きているかと問うのは間違っています」

「いや、解っているけどね? さすがにこんな恰好で地面に突き刺さってたらそう言いたくなるって」

「くっ! ぬ・け・ろぉ~っ!!」

 ばごん! と、いう奇妙な音と共に周囲の土をひっくり返しながら華月の頭が地面から抜けた。

「……うわっ、血みどろ……」

「さすがに一度、頭が割れましたか。まぁ、この辺の土は踏み固められていますから、滅多な事では割れたりしませんし。そんな処に頭をめり込ませれば割れもしますね」

 やっておいてテレジアは涼しい物言いだ。

「あ? 血がなんだ! まだ終わってねぇ!!」

「一方的にやられて悔しいのは解りました。気付くかと思ったのですが、気付かないようなので教えますから少し落ち着きなさい」

 ずどごん! と、これまた奇妙な音を立てながらテレジアの手刀が華月の脳天に叩きつけられた。

「……ぉふぅ……」

「あ~……痛いんだよねぇ、あれ」

 同情するような視線を向けるフェリシア。

「さて、カヅキ。初日の運動と先ほどの訓練で私が時々魔力を纏って攻撃していたことには気付いていましたね」

「……あの、陽炎みたいなののことか?」

「そうです。それが視認できるなら、魔力を扱うことができるということです」

「ああ、確かに集中すれば同じような事は出来るみたいだけど。でも、そんな状態じゃ戦えるわけが――」

「集中しないとダメというのは、分割意識体のどれかがその作業をしていれば済むでしょう。分割した思考も貴方なのですから」

 華月の悩みをテレジアがさらりと解決してしまった。

「……ああああっ!?」

「……まさか、そんな事にも気付かずに愚直に身体能力だけでどうにかしようと思っていたのですか? さすがの私も武術の心得も無さそうな貴方に、いきなりそんな無謀な事は言いませんよ。

 更に言うなら、戦うこと自体を分割した思考に任せて主体は総括すれば戦闘中に魔法を使ったり、スムーズな連携を簡単に行うことだってできます。慣れるまではそうすると思っていたのですが」

 またもさらりと簡単な戦い方を示唆され、華月は頭を抱えたくなった。

「おおおおっ!?」

「……何のために分割思考のやり方と総括するという方法を、貴方の意識に潜ってまで実践して教えたと思っていたのですか。あれは私なりのヒントのつもりだったのですが。評価マイナスですね」

 こんどこそ溜息をついて、テレジアが明後日の方向を見た。

「か、カヅキ、あんまり落ち込まないでね? 普通、これって実践の前に理屈で説明することだから」

「フェリシア様、甘やかさないでください。その為の知識はもう全部、カヅキの頭の中にあります。自己努力が足りないだけです」

「テレジアは意地悪だよ! 実践で教えるのも大事だけど、まずはやり方とか使い方とか、ちゃんと説明してあげないと!」

「全ての理屈はカヅキの知識として入っています。事前に何が必要か、その知識を浚えば全て揃います」

 頑として意見を曲げないテレジア。対してフェリシアも意固地になり始めている。

「それとも、フェリシア様は私の教育方針に何か文句がお有りですか?」

「有るよ! 何も丁寧に一から教えろって言ってるんじゃないんだから、取っ掛かり位は始める前に言ってあげたっていいじゃないって言ってるの!」

「平行線ですね。

 解りました。文句があるというのなら、陛下に直談判してください。私に命令できるのは陛下だけです」

「~~っ! 解った!!

 カヅキ、行くよ!!」

「え?」

 フェリシアは華月の手をとって、走り出した。

「あぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ドップラー効果で引き延ばされる声を残し、華月はフェリシアに連れ去られた。

「……」

 残されたテレジアは、少しだけ寂しそうな顔をしていた。




[26014] 第11話 信頼と実績。纏め役の実力(の、一部) 起部11話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/01 22:08


 皇宮の執務室は、とても質素なものだった。

「……」

「……」

「……」

 一通りの説明を終えたフェリシアは鼻息も荒く、興奮状態であることが容易に推測できる。

 一方、アルヴェルラはフェリシアの様子に一瞥もせず、淡々と書類を黙読していた。

「で、テレジアにそう言われ、言われた通り私の所へ来たわけか」

「そう!」

 女皇に対し、普段と同じ口調というのはいかがなものかと思う華月だったが、そんなことを一々口にすることもないかと思いなおし、テレジアの言葉を反芻しながら分割思考を連携させながら同時に幾つも色々と考え込んでいた。

「それで、フェリシア。お前は私にどうして欲しいんだ?」

「え?」

「テレジアを叱りつけ、もっと手緩く教えるように言って欲しいのか?」

「そ、それは――」

 そこでアルヴェルラが書類から目を離し、フェリシアを見据える。いつもと変わらないように見えるが、どこかが決定的に違っていた。

「テレジアにはカヅキの教育を全面的に一任した。テレジアはそれに対し、最敬礼で『名』を懸けてと答えた。どういう意味か、理解できるな?」

「……最敬礼での『名』を懸けるという答えは、己の総てを懸けてということ……」

「そうだ。その答えをもって引き受けた竜騎士の教育で、テレジア=アンバーライドは個人的な感情を挟んで効率を落とすような不真面目な奴か?」

「……」

 アルヴェルラにそう言われ、フェリシアは答えに窮する。その様子に少しだけ溜息をつき、アルヴェルラは傍からはボケっと話を聞いているようにしか見えない華月に矛先を変える。

「カヅキ、お前もテレジアがわざと回りくどく教えていると思うか?」

「ああ、いや。そうじゃないような気がする。

 さっきから考えてたんだけど、あの訓練の中には色々ヒントがあったんだよな。俺が分割思考の使い方に気付いていれば、それこそあっという間に身につけられるよう、わざと見せつけてたような」

 まだどこか上の空っぽい状態で華月が答える。どうやら主体ごと考え事に集中しているようだ。答えているのは問われた時用に空けてあった分割意識体の一つなのだろう。

「今現在も分割思考の自主訓練か。カヅキは頑張るな」

「ちょ、ちょっと待って! それってどういうこと!?」

 華月の襟首にとりついて、ガクガクと揺すりながらフェリシアが問い詰める。

「分割思考に気付いていれば、陽炎みたいに見えてた、魔力を攻撃に使う事について、テレジアの攻撃を凌ぎながら考えられたし、記憶を引っ張り出すこともできた。知識は詰め込まれたおかげでいくらでも引き出せるから……。

 ああ、そうか。今日の訓練は俺が教えられたことをちゃんと使えてれば、階段を飛ばすように幾つか上の段階へ上がってたんだな」

「そうだな。本来なら知識をある程度仕込んでから、分割思考を教え、魔力の在り方について実感させ、巧い身体の動かし方を教えるという、段階と手順を踏む。それだけでまともにやっていたら体術の訓練に漕ぎ着けるまでに半月程度は掛かるだろう。

 感覚さえ掴めれば、後は本人の才覚次第だが順調に慣れていくだろう。それは早ければ早いほど時間の短縮になる」

「それって――」

「そうだ。テレジアは決して不親切でもなければ理不尽でもない。下地を作り、本人が自覚すれば直ぐに動けるようにしていた」

 アルヴェルラが静かに結ぶ。

「『名』を懸けるとは、こういうことだ」

 立ち上がり、フェリシアに近づいていく。

「さぁ、フェリシア。お前がするべき事は何だ?」

「……」

 顔を背けるフェリシアの頭に手を載せ、くしゃくしゃと撫でる。そのアルヴェルラの顔は仕方がない奴だなぁ。と、言わんばかりだ。

「……カヅキ、戻るよ!」

「ん? ああ――あぁぁぁぁぁ」

 また、来るときと同じようにドップラー効果の音声を響かせながら、華月はフェリシアに引っ張られていった。

 執務室に残されたアルヴェルラは、右手を額に当て、苦笑していた。

「全く、誰に似たのやら」

 ひとしきり笑ってから、公務の続きに取り掛かった。




 こそこそと修練場に戻ってきた二人は、そこでえらいモノを見た。

 修練場に残されていたテレジアが直立不動で目を瞑り、魔力を高密度で全身に纏わせ、その圧力を高め続けていた。次第にそれは陽炎のように立ち上るのではなく、鱗の様に形を整えていった。

「うわ、凄い……」

「ん? 何だ、あれ?」

「あれは、人型のまま防御力を本来の姿並みに高める『竜楯』(りゅうじゅん)って技だよ。纏身(てんしん)防御系の技でも習得が難しくて、使い手が少ないんだ」

「へぇ……。あの状態だとどうなるんだ?」

「物理攻撃は一切通らないよ。通るのは高位魔力付与攻撃とか、中級以上の魔法攻撃ぐらいかな。恒常的に打撃の魔力付与効果もあるから、打撃力も高いよ」

「ふぅん。

 だったら丁度良いや」

 華月はフェリシアを残し、修練場に躍り出た。

「――戻りましたか。フェリシア様はどうしました?」

「ちょっとバツが悪いらしい。出てくるまで少し時間をやってくれないか?」

「そうですか。構いません。

 それで、その間どうします?」

「俺はテレジアのやり方に文句もなければ不満もない。さっきの続きといこう。ただ、もう簡単にはやられない」

 ぐっと拳を突き出し、ニヤリと笑う。

「さて、その言葉……どこまで信用したものか――」

 テレジアの姿が前触れもなく消失した。

「考え物ですね」

 華月の背中に強力な前蹴りが直撃した。

「これは――」

「見様見真似、でも、多少は何とかなるもんだな」

 華月は吹き飛ばされもせず、そこに立っていた。しかし、かなりの衝撃があったようで少し息苦しそうだ。

「竜楯程ではないですが、魔力を纏いましたか。一つ、階段を登りましたね」

「これで、多少は勝負になるか?」

「さて、どうでしょう。何も馬鹿正直に――」

 次の瞬間、華月は空中で縦回転していた。

「殴り合うだけが、体術ではありませんよ」

 テレジアに両足を片足で掬い上げられ、簡単に回されたのだ。一回転して地面に落ちる。

「ふっ――ははは! やっぱりまだ敵わねぇな!」

「当然です。私がどれだけの年月、月日を費やして修練に励んでいたと思っているのですか。文字通り年季が違います」

「そりゃそうだ。なら俺の教育はテレジアにやってもらうのがいい。この圧倒的な差を覆す瞬間が堪らなく気持ち良さそうだ」

「陛下が変えない限り、私が貴方の教育係です。

 それで、いつまで寝ているつもりですか」

 言われ、華月はひょいっと起き上がる。魔力を使った纏身防御の真似をしていた為か、殆どノーダメージ。今すぐにでも続きをやれる。

「まぁ、そろそろだろ。

 フェリシア、言う事言ったらどうだ?」

 華月の声に後押しされて、フェリシアが修練場に現れた。

「あの、テレジア……」

 言い辛そうに言葉に詰まる。テレジアは何も言わず、フェリシアを見ていた。

「生意気な事言ってごめんなさい!」

「はい。気にしていません。私が言いたい事は陛下が言ってくれたのでしょうから」

「私も、自分の騎士を持つ時は、テレジアみたいに教えるよ」

「いや、それはやめたほうがいいと思うぞ……」

 若干の悲壮感を漂わせる華月の呟きは、どうやら二人には聞こえなかったようだ。





[26014] 第12話 閑話休題1 起部12話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/03 22:30


 その日、結局ボコボコにされ続け、夜になってようやく解放された華月は、風呂に入っていた。

「くぅ~、このドラグ・ダルクはどっかに火山でもあるのか? 随分良い温泉が出てるな」

「小さい火山が海側にあるぞ。今は殆ど活動を停止している休火山だがな」

「へぇ、そうなん……だ?」

 自然に出来たらしい湯溜りに浸かっていた華月は、呟いた一言に答えが返ってくるとは思っていなかった。

 思わず振り返ると、威風堂々とアルヴェルラが全裸で立っていた。

「ぶはっ!?」

「ん? どうした」

 華月の奇妙な反応に首を傾げてから、何の躊躇もなく同じ湯に浸かった。

「ん~、最近少し温くなってきたか。そろそろ活を入れる時期か」

「な、な、な――」

「さっきからどうした?」

「いや、俺男なんだけど!」

「そうだな。その形で女という事はないな。それがどうかしたか?」

 一向に伝わらないのか、解っていても関係ないと思っているのか。

「いや人間の生態について理解があれば俺が慌ててる理由も解るんじゃないか!?」

「あ~……? ああ、女の裸体に発情するんだったか?

 細かい事は気にするな。純竜種は基本的に女しかしないんだ。その内慣れる」

「……は?」

「ん? テレジアに聞かなかったか?

 純竜種は個体数が減った時に同族から一人、一時的に雄体に変化して子を成すんだ。それ以外の時は全員が雌体だ」

「そこまで詳しくは説明されてない。今確認したよ……」

 同時にその辺りの風俗的な部分も検索し、様式の違いに溜息をつきたくなった。

「そうか。何ならこの体、抱いてみるか? 人間の様に反応するかどうかは解らんが」

「っ……。ご、ご主人様にそんな事はぁ、出来ないね」

「おや、そうか。少し興味があったんだがな」

 アルヴェルラがニヤニヤしながら華月に近づいてくる。華月としては非常に目のやり場に困る事になるのだが、どうやらアルヴェルラにそんな事は関係無いようだ。

「ちょっと、何で寄ってくるんだよ!」

「あんまり騒ぐな。知識を浚ったのなら解っているだろう? ダークネス・ドラゴンは、熱い湯に浸かるのを好むと。この時間帯のこの場所は私が使うと知っているから、他の者はあまり来ないが、時折誰かが来ることもあるんだ。私は困らないが、カヅキはどうだ?」

「ぐっ……!」

 伸ばされた右手が華月の頬を撫でる。見方によっては明らかに煽られているのだが。

「お、面白半分にからかわないでくれ!」

 たまらず、華月は湯から出てそそくさとその場を後にした。

「ふふっ、少し遊びすぎたか。

 テレジアの教育は順調なようだし、カヅキも頑張っている。見返りに少しぐらい。と、本気で思ったんだがなぁ」

 少し残念そうに、アルヴェルラは呟く。

「まぁ、もう少し時間が必要か」

 肩まで湯に浸かり、目を細める。




 宛がわれている部屋に戻り、華月はベッドに身を投げる。

「っは~……。ああいうからかわれ方は苦手だ……」

 さっきのアルヴェルラの悪ふざけが相当効いているようだ。

「に、しても……。ヴェルラもテレジアもフェリシアも、美人やら美少女なんだよなぁ。竜種ってみんなああなのか?」

 記憶を検索しても、容姿や容貌については何も出てこない。華月の頭に入っている知識が全てダークネス・ドラゴンの書き残した書物なら、それはそうだろう。わざわざ人間の価値観で『我らは美形揃いである』なんて書くことはないだろう。

「そういえば、こっちに来てから他の竜には一回も会ってないな……何でだ?」

 実は昏睡している間に見物されていたのだが、テレジアの一喝で華月に近づいたら拙いという空気が流れ、皆自粛している――というより、あえて避けているという状態だ。

「まぁ、いいか。どうせしばらくはテレジアの直下で訓練三昧――」

 そこまで呟いて、少しだけ気が重くなった。

「……こっちの時間は地球の二倍有るんだったな」

 思い直し、目を閉じ、意識を閉じ、心象風景の見える自意識の中へ埋没する。

「さて、時間は余計にあるわけだし、予習と復習はやっておくか」

 まず、分割意識体を三つ準備する。

「復習だ。この分割意識体は主体がなく、俺の指示で与えられた題目に対し、俺と同じ能力で思考・肉体の操作をする事が出来る。言葉での指示は本来要らない」

 この心象世界に来なければ、考えるだけでいいわけだ。

「そして、この分割意識体に思考を任せれば、少し前では考えられない身体の動かし方も簡単にできる」

 複雑なコンビネーションも複数に一つずつ行動させれば難無く行える。

「さらに、魔力を纏う集中も任せられる」

 そこまで復習し、どうにも気持ち悪い感覚に襲われる。分割意識体を、手を振る動作で消す。

「……揃い過ぎ、だな。技法じゃなく、俺に、要素が……」

 胡坐をかき、ふん、と、鼻息を荒くする。

「それで、体術を覚えて、武器の扱いを覚えて、さらに魔法か? 全部習得出来たら、何か裏があるって思ったほうがいいなぁ、こりゃ」

 都合がよすぎる。さすがに色々と疑いたくなるだろう。

「まぁ、おかげでこの世界ではやりたいようにやれるわけだ。裏があるとしても、それにだけは感謝するか」

 前の世界の記憶の一部がフラッシュバックし、顔を顰める。

「……ハッ、下らないな。もう関係無い世界の事だ。俺はここでやれる事を、やるだけだな。期待してくれる人が増えたからなぁ。それには、答えたいからな」

 自分で頭をガシガシとかき回し、立ち上がる。

「さて、それじゃ今度は予習といきますか。まずは体術関連の技術事項を――」

 思い直し、知識から引っ張り出した体術とそれに関係する技術の情報を片っ端から読みこんでいく。





[26014] 第13話 華月の努力、テレジアの本気(五分の一) 起部13話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/08 22:11


 翌日の早朝。

「随分と気合が入っていますね」

「ま、一日の時間が地球の倍あるからな。十分すぎるほど休めたわけだ」

「そうですか。

 では、始めましょうか。まずは魔力強化無し、単純な素の力です」

「おお!」

 テレジアが動き出した。その速度は華月に何とか捉えきれるものだった。

(強化無しでギリギリとか、悪い冗談だ!)

(眼が私の動きに反応していますね。これなら何とかなるわけですか)

 地面を蹴り、テレジアの右ストレートが華月の真芯を捉えようとする。

 華月はその動きに合わせ、左腕でそれを逸らす。

(ただ逸らすだけじゃねぇぞ!)

 そのまま左腕を捻りテレジアの右腕を右手で掴み、重心を落として背負い、全力で投げる。

 投げられたテレジアは空中で体勢を整え、華麗に着地する。

「少しは使い方が解ったようですね」

「まぁな!」

「では、ここは飛ばし、魔力付与状態での訓練に移りましょう。速度、破壊力、その他が跳ね上がりますから、気を抜かないように」

「ドンと来い!」

「では、纏身防御『竜楯』。加速『瞬足』」

 一気に速度が上がった。視認不可。

「纏身防御『壁楯』(へきじゅん)」

 竜楯に少々劣る纏身防御の技。だが、今の華月にはそれが限界だ。

(研ぎ澄ませ。魔力を纏って動いて、魔力を使って加速しているんだ。そこには大きな魔力の流れが、必ずある!)

 視覚を封じず、分割意識体の一つに感覚を使った探知をさせる。

 連動して防御か攻撃か、身体を動かすためにその為に分割意識体を一つ待機させている。

「そこかっ!」

「っ!?」

 華月の身体が反応し、虚空に蹴りを放つ。

「視覚ではなく、感覚で探知しましたか」

 腰溜めの姿勢で華月の足を両手で捕まえていた。攻撃に移った瞬間、華月の足の裏に円錐状の魔力の塊が形成され、あたかも千枚通しのようにテレジアを穿とうとしたからだ。

「纏身攻撃系『竜爪』(りゅうそう)……。不完全で一本のみでしたが、防御よりも攻撃を取ったという事ですか」

「いや、単に防御系は苦手みたいだ」

 軸足を半回転させ、その捻転力を蹴り足に伝播させ、テレジアの手から足を外す。

「……一晩で随分器用になりましたね」

「ん? テレジアのおかげだ。色々ヒントをくれるから、テレジアの言う自己努力ってもんをやってみただけだ」

「……貴方を甘く見ていたようですね。どうやら、戦闘技術については普通のペースを完全に無視しても問題なさそうです」

 テレジアが竜楯を解除した。

「ならば、段階を一気に繰り上げます。

 魅せましょう、純竜種の本当の姿を」

 言うなり、テレジアから膨大な魔力が溢れた。

 虹彩が金に輝き、瞳孔が縦に割ける。

 五指が節くれだち、爪が伸びる。

 肌の表面に金属光沢の様な輝きを持つ漆黒の鱗が生える。

 背中から一対の皮膜のある翼が展開される。

「お、おいおい……」

 身体自体が膨れ上がり衣服を破って膨張していく。

 見る間に、華月の知識にある西洋の竜、すなわち翼を持った巨大な蜥蜴のような姿へ変わっていく。

『どうですか。これが我ら純竜種の本来の姿。の、1/5です』

「いや、何というか……。1/5でも、圧巻です……」

 体長は7メートル程だろうか。前足の幅は直径60センチもあるだろうか。これで本来のサイズの1/5だというのだから文字通りスケールが違う。

『では、掛かってきなさい』

「……いやいやいや、さすがにこれは無理だろ!? その鉤爪で撫でられただけでスプラッタな惨殺死体の出来上がりだろ!?」

『出来ます。これは体術訓練の最終試験です。貴方なら、今日中にこれを終えると判断しました』

「幾らなんでも買いかぶり過ぎだ!」

『いいえ、出来ます。自らの可能性を否定する事は止めなさい。カヅキ、貴方の可能性こそ未知数なのです』

 と、ここまで言われ、テレジアの期待でもかなり大きいモノだという事をここでようやく悟った。

(……ヴェルラの期待はこれ以上だったな。ははは――)

「上等じゃねぇか! やれるだけやってやる!!」

(浚い出した体術関連の技術だけじゃ足りない。もっと多方面に、あらゆるジャンルから引っ張って来ないと!)

 普通の竜騎士とは素体の出来が違っている。なら、並の竜騎士がそれなりの期間で習得できる技術は簡単に習得できないと嘘だ。

(驕りだって言われたって構うもんか。そうでも言って無理でも通さなきゃ!)

「期待に応えたっていわねぇよな!!」

 華月が全身に纏っていた壁楯が変質し、鱗状に固定された。一気に竜楯へステップアップした。魔力の密度が上昇し、制御が緻密になったからだ。

(頭の玉が意思疎通なら、もう一個の玉はまだ覚醒してない。こいつは一体何の玉だ!?)

 華月の心臓にある玉が、明確に覚醒の意志を叩きこまれ、膨大な魔力を『生成』していた。

『この感覚……。まさか、カヅキ、貴方のもう一つの玉は――!!』

「ご託は後だ! 往くぜ!!」

 華月は今、使える能力を全て投入し、テレジアに挑みかかっていった。



 修練場の方から普段聞く事のない同朋の咆哮がとても大きく響いてきた。

「え? これ、テレジアの声……」

 皇宮の屋根の補修をしていたフェリシアは、慌てて修練場を覗く。そこには暴れる竜と豆粒みたいな華月っぽい何かが戦っている様子が見えた。

「ちょっと、何でテレジアが小竜化してるの!? まだ体術の訓練始めたばかりなのに!?」

 道具を放り出し、肩甲骨に意識を集中し、部分的に竜化する。一対の飛翼が展開される。

「ああ! ブレスまで吐いてる!! 少し本気出し過ぎじゃないの!?」

 飛翼の先端まで魔力が行き渡り、その華奢な作りに見合わない強度と揚力効果を発揮する。

 一気に踏み切り、宙へ身を躍らせる。

「幾らなんでも手順を省略しすぎだよ!?」

 あえて加速しながら滑空していく。



 執務室から、修練場の様子を見るアルヴェルラは落ち着いていた。

「昨日の今日で、体術の最終訓練か。テレジアも思い切った事をするな」

 絶対的な信頼をテレジアに置いているアルヴェルラは冷静そのものだ。判断に誤りはないと確信している。それに、どう転んでも華月は死なない。

「ま、私が無事ならカヅキは幾らでも復元されるからな。寧ろ死ぬのが何回で済むのか」

 と、修練場に向かって一直線に飛んでいくフェリシアに気付いた。

「はぁ、あの子も心配性だな。本当に誰に似たんだか」

 今現在、ついさっきまで頑張っていたおかげで公務は区切りが付いている。半日以上一日未満なら空けても問題はない。

「やれやれ、様子を見に行くか。まさかとは思うが、テレジアが殺されたりしたら洒落にならないからな」

 アルヴェルラは窓から飛んだりせず、歩いて修練場へ向かった。



 テレジアの後頭部に回し蹴り。

 直後に振られた翼に弾かれ、地面を転がる華月。即座に身を起こしそこから移動する。一瞬でも遅れればテレジアの尻尾が唸りをあげて襲ってくるからだ。既に何発か喰らい、肋骨が何か所も粉砕骨折した。

(デカイ図体で機敏に動きやがる!!)

 内心華月は焦っていたし辟易していた。可動範囲が狭いのかと思えば、予想以上に柔軟に動く竜の身体。視界も狭いだろうと思っていたらかなりの視野を持っていた。このあたりは知識に記載がない。

(対竜種戦闘は想定されてないってか! だったら今組み上げるしかないな!!)

 分割意識体は限界数で事態の対処と対策の模索を行っている。少しでも効率が落ちれば即座にミンチになるだろう。事実、攻撃を避けきれずに右腕は肉を三割以上持っていかれたし、引っ掛けられた左目とその周辺はまだ修復されていない。
丁寧に経験を積み上げていればここまで限界ギリギリのラインで動かなくても済んだのだろうが、ただでさえ平和ボケした国の出身である華月は、ここまで徹底的にやられてようやく、本物の恐怖を感じていた。

『――――――!!』

「ぐっ!?」

 さっき炎のブレスを左腕に喰らい、腕を一度炭化させてから、あのテレジアの腹に響く咆哮が恐ろしくて仕方がない。だが、動きを止めれば間違いなく終わる。

(大丈夫だ。まだいける!)

 折れそうになる心を奮い立たせ、必死に対策を考える。足にダメージがないのが唯一の救いで、足を止められたら即座に詰む。

(右腕が治ってきたし、左腕もそろそろ使えるか……。左目はまだかかる……)

 粉砕骨折はとっくに治っていたが、元が無くなっているものを復元するのは時間がかかるようだ。

(竜楯は維持できてる、加速の瞬足も大丈夫。反撃といくか!)

 華月が動きを変える。

 一瞬で切り返し、テレジアの身体の下に滑り込む。一気に反対側まで抜け、後ろ足の膝、腰、と跳ね上がり、右の翼の付け根に爪先で全力の蹴りを入れる。

 脱臼したのか力なく垂れ下がる。

『――――!!』

 大口を開けテレジアが華月を噛み砕こうとする。

「っとぉ!!」

 何とか避け、ついでとばかりに横っ面にこれまた全力で拳を叩きつける。大きく首を撓らせダメージを回避される。

 ここで華月の負った今までのダメージが完全に回復する。

 それに気を取られ、テレジアが竜のツラで器用に笑った事に気付かなかった。

 
 ばちこーん!


と、尻尾の強烈な一撃で背中から弾き飛ばされ、修練場を囲う岩に激突。中々砕けない事で定評のあるヴェネスド岩を粉々に砕いた、粉塵が巻き上がる。そこにテレジアの炎のブレスが放射される。

 黒焦げになったか、それとも芯まで焼けて消し炭になったか、どちらか。

『っ!?』

「おらぁっ!!」

 テレジアが上を向く前に、華月が強襲降下し、テレジアの脳天に右肘を叩き込んでいた。どうやら粉塵が巻き上がった直後に上に跳んでいたらしい。

(これで倒れなかったら、俺の負けだな!)

 出来る限りの纏身防御と纏身攻撃、それを合わせて叩き込んだ。

『合格です。ですが――』

 テレジアの首が捻られ、華月の身体を銜えた。

『一遍、死になさい』

 鋭い牙が華月の身体を貫通していく。

 そのままテレジアに噛み千切られ、華月の右上半身と、その他は泣き別れになった。






[26014] 第14話 殺された理由、散歩の誘い 起部14話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/10 15:04


 華月が意識を取り戻した時、すぐ近くにフェリシアとアルヴェルラの顔があった。

「あ! カヅキ、大丈夫!?」

「竜騎士となって初の死亡だ。何か違和感はないか?」

「……テレジアは?」

「ここに居ます」

 華月が身を起こすと、布を一枚羽織った、人型のテレジアがいた。……口元に生乾きの血液が大量に付着している以外はいつもと変わらない。

「俺、合格だったんだよな?」

「はい。合格です」

「……何で一回殺されたワケ?」

「痛かったからです」

「は?」

 しれっ。と、答えたテレジアだったが、理由が本当ならあまりにも酷いだろう。

「冗談です。確かに最後の一撃で私の頭蓋に罅が入りましたが、そんな事で殺したりしません。ただ、竜騎士は一度、必ずあの場で死を体験することになっているのです」

「そうなのか?」

 華月はアルヴェルラに確認を取る。

「ああ。それは確かだ。というより、体術の最終訓練を一回も死なずに切り抜ける奴が滅多にいないから説明しなかっただけだろう」

「何故陛下に確認を取ったのかは聞かないで置きます。

 竜騎士の不死不滅を、一度は身を持って体験しておいてもらうためです。有事の際に慌てたりしないように」

 一応筋は通っている。ように、聞こえる。聞こえなくも無い。

「確かに、滅茶苦茶痛くて、意識が途絶えた瞬間と、気が付いた瞬間は凄く焦った。

 でもな、これこそ事前に説明して ク レ ナ イ カ ? 」

「私相手に凄んでも仕方ないですよ。私の教育方針に文句も何も無いのでしたね」

「ははは、そう言ったな。確かに。

 でもな、心構えぐらいさせてくれ!」

「戦場において心構えなど……。何時死ぬか解らないのですから、自己満足以外の何物でもないでしょう。そんなもの、私が育てる竜騎士には不要です。常時戦場と心得てください」

 テレジアは暗に常に死ぬ覚悟をしていろと言った。こう言われては華月としては何も言い返せない。自分の発言を少々後悔した。

「まぁ、蘇生直後の硬直が解けるまでの時間も短かったし、成績は上々だろう?」

「そうですね。まぁ、及第点でしょう」

「テレジアは辛口だな。少しぐらい褒めたって良いだろう?」

「陛下。貴女の騎士はこの程度で満足していいものではありません。この国に居るどの竜騎士より強く、高潔に、魅力あるものでなければなりません」

 テレジアの理想の高さに、華月はさすがに辟易しかけた。そんなものに自分がな
れるなど、微塵も思えないからだ。

「ぷっ、あっはっは!

 それは高望みし過ぎだ! 我等六竜族の各竜皇と言えど、強く、高潔に、魅力ある皇が居るかと言えば答えは否だ。そんな絵に描いたような聖人が居るとすれば、それは創世神ぐらいだろう!

 人は、それぞれ何所かが欠けているからこそ味が在る。絵に描いた聖人など、無味乾燥のセースと同義だ!」

 アルヴェルラが腹を抱えて盛大に爆笑する。

(無味乾燥のセース……? ああ、味のしないガムのことか)

 浚った知識からセースが何か引っ張り出した。地球で言うところのガムのようなものだった。

「それじゃ、カヅキには一体何を求めてるの?」

「んん? 私がカヅキに望む事は強く在る事、心を亡くさない事。カヅキの人格なら、その二つを守れれば、後は特に求めない。むしろ、俗物なぐらいでも構わないな」

 最後の部分を流し目で言う。

「……何でそこまで――」

「竜騎士について知識を浚ってみるんだな。主と竜騎士の関係について」

「…………、畜生、そう言う事か!

 俺の人となりは最初に意識を取り戻した時に筒抜けだったのか!!」

「だから、私は最初に自我を残しているか確認したんだ。カヅキの性格は私好みだ。ならば、望む事はそう多くない」

 人の悪い笑顔でアルヴェルラが笑う。

 竜騎士として変質した後、主と触れた竜騎士は変質前の記憶以外の全てが主たる竜に把握される。作り上げられた人格から、身体の性能まで、全て。

「まぁ、お前が悪人でなくて良かった。どんな性格をしているかは、私とカヅキの秘密だから言わないが、な」

「……陛下好みの性格ということは結構ぐむっ!?」

「テレジア、言葉にしてはいけない事というものもある。そこは黙っていろ」

 アルヴェルラがテレジアの口を塞いだ。多少力が入っているのか、テレジアの頬にアルヴェルラの指が食い込んでいる様に見える。

 しかし一方で、フェリシアが首を傾げている。

 華月が項垂れる。

「さて、基礎体術の最終訓練が呆気なく終了したわけだが。テレジア、これからはどうするんだ?」

「私が個人で教育できるのは体術の基礎を叩き込む辺りまでです。武器の扱いと魔法についてはそれぞれ適任者を選出し、教育を要請します。

 あ、発展体術の技巧教育は引き続き私が担当します。教育工程を決めますので、今日のところはここまでとしましょう。私も纏め役としての職務を、いい加減に消化しないといけないぐらい溜めているので。

 と、言うことで今日は残り、自由にしてください。カヅキにしてみれば、随分密度のある数日だったでしょうし」

 そう言うと、テレジアは皇宮の方へ向かって歩き出した。

「さて。それじゃカヅキ、私と一緒にドラグ・ダルクを一周してみよう」

「は? いや、一周するのは構わないけど、時間が足りないだろ?」

「ん? 私が飛んで、カヅキをぶら下げて運べばいいだけだ」

「あ、あたしも――」

「フェリシアは、屋根の修理を終わらせること」

「……はぁい……」

 ばっさりと斬られ、フェリシアは涙目で飛翼を広げ、飛び立った。

「……ヴェルラ、飛ぶのってあの格好でか?」

「ああ。足でも腕でも腰だろうが摑まっていればいい」

 そこでまた、流し目で微笑む。

「何なら、ギュッと抱きついていても構わないぞ?」

「……腕に摑まるから」

「そうか」

 華月で遊んでいるような感じがするが、アルヴェルラは簡単に引き下がって飛翼を展開した。フェリシアよりも大きく、立派な翼だった。

「もしかして、テレジアもフェリシアもヴェルラも服の背中が大きく開いてるのはそういう風に翼を出すからか?」

「ああ、その通りだ。基本的に六竜族の服はこのような構造をしている。解りやすい特徴の一つだな。人間の男の感覚的には露出が大きくて役得だろう?」

「答えたくない」

「無理強いはしない。だが、その反応で解るが」

 やっぱり華月の反応を楽しんでいる。人の悪い笑顔がそこにあった。

「まぁ、カヅキはその前に風呂だな。その血糊と埃とその他諸々を洗い流して来い。

 私も飛ぶのは久しぶりだから、少し感覚を取り戻しておく」

「ああ。それじゃ行って――」

 アルヴェルラは一度の羽ばたきで一気に上昇していった。それを見送った華月は、呟いた。

「……加速度で、俺……千切れるんじゃねぇか?」

 次の瞬間に、華月はアルヴェルラの姿を見失っていたからだ。





[26014] 第15話 華月の乱入、この世の絶景 起部15話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/10 22:14


 部屋から着替えを取り、複数在る浴場の一つに向かう。

「そうか、俺の着替えってわざわざ仕立ててもらってたんだなぁ」

 代えの服に、一枚のメモが挟まっていた。

 『替えが少ないので、大事に使うこと。一々仕立てるのは面倒です』

 だったらこんな大穴空けないで欲しい。と、華月は少し溜息が漏れそうになった。と、同時に何だかんだと言いながら、代えの服にそういう注意事項のメモを挟んでおいてくれたテレジアは、やっぱり面倒見がいいんだなぁ。とも、思った。

 浴場の手前の脱衣所らしき場所で服を脱ぎ、浴場に入る。

 岩場をそのまま少し細工して作ったらしい浴室は、言わば半天然の露天風呂のような造りだ。

 湯船のようになっている場所にも流れている源泉の一部をその手前に引いてあり、打たせ湯のように流している場所もある。華月はまず血糊やら埃やらをそこで洗い流した。こびり付いた血糊は中々取れなかったりするが、軽石のようなものも置いてあったのでそれで擦り落とした。

 綺麗さっぱり汚れを落とし、湯に浸かってから行こうと思ったのが運の尽きだった。

「あ~……はぁ~――」

「気の抜けた声ですね」

「は、ぁ?」

 華月が脇を見れば、そこにはテレジアが居た。

(今度はこのパターンか!!)

 この間はアルヴェルラと遭遇し、今度はテレジアの入浴中に乱入をしでかした。

「カヅキ、どうしました?」

「え!? いや、別にどうもしてない!」

 テレジアは全く動じていない。

「? 十分、挙動不審のようですが――ああ、そうですか」

「何納得してんだ!?」

「いえ、若い人間の男なら仕方の無い事かと」

「濁さなくていい! ってか何で、一発で解るんだよ!!

 ああ、もう出るから!」

「別に構いませんよ。その事についてこれ以上何か言うつもりはありません。見られて困ることなど、一切ありませんから」

 やはりテレジアも泰然としていた。やはり根本的に違うのだろう。

(なんか悔しいなぁ)

 臍を噛むのはやはり華月で、仕方の無い事だった。他者に裸体を見られようとも何とも思わない種族が相手では分が悪すぎる。

「それよりも、カヅキには少々質問に答えてもらいます」

「は?」

 テレジアはいつも通りの感情が読み取りにくい真顔で、こんな事を聞いてきた。

「カヅキは、私や陛下、フェリシア様に欲情しますか?」

「何臆面も無く聞いてんだよっ!?」

 華月は思わずテレジアの頭に手刀を落としてしまった。それも加減せずに。

「カヅキ。技術が上達することは私としても嬉しい限りですが、こういう事をする場合、魔力を篭めないのが、我ら闇黒竜族流です」

「……突っ込み魔力を篭める竜族も居るのか?」

「黄地竜族は篭めますね」

 篭めるの居るんかい……。ゲンナリしたが、主題がズレていってしまっている事に、二人は同時に気がついた。

「それで、さっきの質問に対する答えを」

「……答えたくない」

「陛下はそれで許したかもしれませんが、私は許しませんよ」

 華月は内心ドキッとした。

「何の事だよ!?」

「陛下にも、同じような事を聞かれましたね。その時は答えなかったのでしょうが」

「み、見てたのか? 聞いてたのか!?」

「いいえ」

 テレジアのポーカーフェイスが怖い。と、華月は心底思った。

「ですが、カヅキと陛下の入浴時間が被った事は知っています。あの陛下の事ですから、この手の質問を半分冗談、半分本気で聞いたでしょうことは容易に想像できます。そして、その質問に対しカヅキが答えに詰まり、無言か無回答という選択をしたことは更に容易に予想できます」

「……その通りだけど、俺はその質問には答えないからな!」

 ざっ! と、湯から上がり、さっ!! と、逃げ出す。

「やれやれ。この調子で私たち以外の竜とやっていけると思っているのですかね……」

 止めもしなかったテレジアは、そう呟いて目を閉じる。

「入浴は、命の洗濯です――」

 心底心地よさそうに、柔らかく表情を崩す。



 華月が髪も乾かさずに服だけ着込んで修練場に戻ると、アルヴェルラが暇そうに豪快な欠伸をしていた。

「ま、待たせた……?」

「ん? そんなに待ってはいないが、こう、ゆとりのある時間はカヅキを拾った晩以来なんだ。少し気が緩んだ」

 テレジア以外にも煩いのが居てな。とは、アルヴェルラの弁だ。

「まぁ、気にするな。

 さ、では行こうか」

「ああ」

 ゆったりと羽ばたき、ふわっと浮いたアルヴェルラの両腕に摑まり、華月はそのまま吊り上げられていく。

「良し。カヅキ、人の身では叶わない空の散歩だ。楽しめ?」

「何故に疑問け――」

 華月は言葉を続けられなかった。

 恐ろしい加速度でアルヴェルラが飛んだからだ。

 瞬間的に魔力を纏い、千切れる事だけは回避した。

「あっはっは! 飛ぶぞ!! 飛ばすぞッ!!!!」

 一直線に飛び上り、あっという間に周囲の空気は肌寒さを超え、刺さるような凍てつき方をしていた。

「息苦し……耳イテェ……」

「ん~、やりすぎたか?」

 急激な変化に身体がついていけず、華月は凄まじい不快感に襲われるが、直ぐにそれらは治まっていった。竜騎士化した華月の適応能力は恐ろしい変化を遂げていた。高山病に罹る素振りすら無い。

「ヴェルラ、いきなり飛びすぎだろ……」

「済まんな。空を駆けるのは私にとって至高の楽しみなんだ。誰よりも速く、誰よりも華麗に、誰よりも遠くへ。それが私の矜持だ」

「そうかい……。

 で、何でこんな上空に?」

 問いかけると、アルヴェルラはゆったりとこう言った。

「ここは、我ら純竜種でも限界の高さ。周りを見ろ、カヅキ」

 華月が周囲の様子を改めて観ると、成程。

「成層圏か。もう直ぐ宇宙……。はは、これは絶景だな」

 緩く弧を描き、丸く見える地平と水平。少し視線を上げればそこには無数の星の煌きすら見える。

「少し上がりすぎたが、丁度直下にある大陸、これが我らの住む中央大陸『ウェルデシア』。

 その上に半分だけ見えるのが北大陸『ヴァネスティア』、右側が東大陸『ヴォーディシア』、左側が西大陸『ウィデスティア』、下が南大陸『ウェンティア』だ。

 壮観だろう?」

「文句は無いな」

 その風景は確かに壮観だった。人の身では簡単には御目に掛かれない。

「さて、世界の後は国の紹介だ。降りるぞ」

「それなりの速度で頼む」

「ああ」

 今度は行きのような阿呆な速度ではなく、高々秒速500メートル程度の速度で降りていく。それは徐々に緩くなる。

 芥子粒のようだった山が、森が、その姿をはっきりとさせてくる。

「皇宮は目立つな」

「あれはドラグ・ダルク最大の建築物だからな。初代がドワーフの職人を数百単位で呼び寄せ、百数十数年の時を掛け築き上げた芸術でもある。ノーブル・ダルクと言う名もあるぞ」

「へぇ、それはまた御大層な御名前で」

「ふむ、そうだな。その関連ついでに用もある。ドワーフ達の居住に行ってみようか」

 ぎゅんッ! と、急激な加速と方向転換。華月の三半規管が悲鳴を上げる。

「おおぅ、込み上げる……」

「戻すなよ。そして慣れろ」

「俺のご主人様は厳しいね」

「私の期待に、見事に答えてくれる可愛い騎士だからな。もっと期待してしまう」

 からからと笑いながら、アルヴェルラはヴェネスド山脈のある一角に向かっているようだ。

「おい、ヴェルラ……。あの山の噴火口っぽいところに突っ込む気か?」

「ああ。あ、安心しろ。あれはもう死火山だ。地中深くに降りないと溶岩流すら見る事が出来ない」

「いや、何でそんな所に突っ込むんだ?」

「ドワーフ達はあの山の中を刳り抜いて住居にしている。一番大きく、入りやすいのが採光口に使われているあの噴火口跡というわけだ」

 一旦火口よりも50メートルほど上昇し、そして噴火口跡に降下突入。



[26014] 第16話 穴倉の鍛冶小人、尊大に付き注意 起部16話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/15 23:20

 入ってすぐに無数の横穴が目につく。

「上の階層には誰も居ないな。

 下の鍛冶場まで行ってみるか」

 アルヴェルラはそのまま下へ下へと降っていく。

 どのぐらい降りたのか、それすらあやふやになりそうになった頃、ようやく足場が見えた。

「俺の眼がこんな薄暗さでもきっちり使える事に改めて驚くわけだが……。何だここ?」

「最下層、『アーズの鍛冶場』だ」

 熱気がある。湿度があるわけではないので単純にカラッと熱い。

 華月がアルヴェルラから手を離し、地面に降り立つ。

「随分と熱いな?」

「この岩盤を五十メートルも砕けば溶岩流だ。熱源はそれだ」

 アルヴェルラがさらっと、トンデモナイ事を言う。

「危険じゃないのか?」

「ドワーフは妖精種でも火と地の属性を持つ。その二つを備える溶岩は目に見える命こそないものの、彼らからすれば同類のようなものらしい。変調はすぐに判るし、滅多な事では脅かされることは無いらしい。

 まぁ、我らの住むこの大地も一つの生命だとすれば、納得できる話だな」

「こんな所でガイア論を聞くとは思わなかった」

 華月が溜息をつきながら周囲を見渡す。すると、暗闇からこちらを窺っていたらしい二対四つの瞳を見つける。

「ヴェルラ、誰か居るようだ」

「ん?

 ああ、久しいな。ドレン=ド=アーズ、ヴィシュル=アーズ」

 アルヴェルラが気安く声を掛けると、暗闇から名を呼ばれた二人が出てきた。

「確かに久しぶりだな、アルヴェルラ=ダ=ダルク」

「ご無沙汰しています、アルヴェルラ女皇陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 現れたのは小柄で、しかし筋肉の詰まった体躯の男性と、やはり小柄で女性的だが筋肉質な体躯の女性。どちらも身長が小さい上に童顔で、暗闇だと年齢が読み難い。が、華月の美的感覚で言うと、それなりの美少年と美少女のように見える。

「二人が揃ってこんな所に居るのは珍しいな?」

「ああ、少し前に溶岩流が厄介なモンを運んできてな。それの処理中だ。俺一人じゃ手に負えねぇから、ようやく使えるようになってきたコイツの実習を兼ねて潜ってんだ」

「ほう? ヴィシュルもようやく認めてもらえたのか」

「お恥ずかしながら、まだ仮免許の身です。アーズ流鍛冶の皆伝とまでは、とても」

「それでも十分進歩している。依然会った時は鎚を握ることすら許されていなかっただろう」

 アルヴェルラの言葉に、女性=ヴィシュルは苦笑する。

「もう十年も前の事です。流石に牛歩の速度では父に叩き潰されてしまいます」

「ああ、それもそうだな。ドレンは身内にも厳しいからな」

「ハン。アルヴェルラ、そりゃテメェもだろうが。未だに嬢ちゃんを認めてねぇじゃねぇか」

「さて、何の事だか。

 ああ、ドレンが居るなら丁度良い。仕事があるんだ」

「アン? 何だ、気色ワリィ……。何時も使いを寄越す癖に、直接か?」

「ああ、コレは他人任せに出来る事ではないからな。

 ドレン、私の騎士に、武器を創ってくれ」

 アルヴェルラがそう言って華月の肩を叩くと、少年=ドレンは、その言葉に「ハァ?」な、顔をする。

「騎士?

 俺の耳が腐ったか? この青瓢箪みたいな軟弱そうな兄ちゃんがお前の騎士だ。そう、聞こえたような気がするんだが」

「随分な言い様だな。聞こえた通りだ。このカヅキが私の騎士だ。そして、カヅキの為に武器を創ってくれ」

 アルヴェルラは、まだ笑っていられる。頼む側、下手に出るべきだと理解しているから。

「オイオイ、冗談は程々にしてくれ。この兄ちゃんに俺の鍛えた武器を? ハッ、幾らアルヴェルラ直々の頼みとはいえ、受けられねぇな」

 にべも無く拒絶される。アルヴェルラの雰囲気が変わる。

「冷たいな、ドレン。当時、お前たちの同朋を受け入れる。と、決めた私の判断は、間違えだったか?」

「……テメェ、解って言ってんのか?」

 吐き捨てるようなアルヴェルラのセリフに、ドレンの顔が凄まじく険しいものになる。見た目は少年の様だが、積み重ねた時間と経験は本物で、ドスが効いている。

「ああ、当然だ。ようやく見出した私の騎士にケチをつけ、軽い態度で頼みを断るような恩知らずには、丁度良いだろう?」

 二人の間で火花が散る。

「ヴェルラ、そこまでだ。どうやら俺は彼のお眼鏡に適わないらしい。またにしよう」

「カヅキ? お前が見縊られて――」

「ハハッ! よく弁えてるじゃねぇか!

 アルヴェルラ、この兄ちゃんの方が自分の『程度』が良く解ってるようだな!!」

 ドレンの嘲笑にアルヴェルラの言葉が搔き消される。

「そう、俺はまだ騎士に成り切れて無い。訓練中の未熟な身だ。どんな武器が使えるのかもこれから試すところだ」

 アルヴェルラとドレンの間に立ち、華月はドレンを真正面から見下ろす。いや、睨みつける。

「だから、『今』は、引く」

 華月の身体が魔力を纏い、それは竜楯に変わる。

「でもな、『次』は、どうなるか解らない。

 それと――」

 一歩踏み出す。

 それだけで、踏まれた岩盤は罅が入り、少し窪んだ。

 ドレンの後ろでずっと黙り、成り行きを見ているヴィシュルの顔が引き攣った。

「アルヴェルラを、俺の主を馬鹿にするのは許さない。アンタがどれだけ偉かろうが関係無い。

 それだけは忘れないし、絶対に赦さない」

 華月は怒っていた。ドレンがアルヴェルラを小馬鹿にした。よりにもよって、華月を出汁にして。

 アルヴェルラに見る目が無い。と、そう言われた事を。

「因縁の付け方だけは一人前ってか。

 アーズ流鍛冶の頭領、ナメんじゃねぇぞ、小僧」

「どれだけ偉かろうが関係無いって言っただろ。聞こえなかったか? オッサン」

 一触即発。この分だとドレンの方が先に手を出しそうだ。

「お、お父さん! ダメ!!」

 ヴィシュルがドレンを後ろから羽交い絞めにする。

「何しやがる! 離せ、馬鹿娘!!」

「ば、馬鹿娘!? ナンだとこのクソ親父!!」

 素が出た。

 ハッ! として、そのままドレンを持ち上げヴィシュルが反転。

「頭に血が上っちゃったみたいなので、後日私がお話を伺います! 本日はこれにて失礼します!!」

 ダッ! と、駆け出し、暗い洞穴の中に消えていった。反響する怒鳴りあう声。

「ふぅ、カヅキ」

「……」

 アルヴェルラが溜息を一つ。華月に声を掛ける。

「私の為に怒ってくれた事には礼を言う。だが、あれではお前の印象が悪くなるだろう」

「……そんな事はどうでもいい。

 頑固一徹のオッサンは、いくら口で言ったとこで無駄だ」

 肩を竦めて竜楯を解く。

「で、次は?」

「そうだな。次はエルフの所にでも行くか。あちらにも用事がある」

 アルヴェルラと華月は、次を目指して飛翔する。





[26014] 第17話 美貌のエルフ、性別不明 起部17話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/17 23:55

 盆地の北の方に広がる原生林。それは中央に大木群を有する森になっている。

「スゲェでかい樹だな~」

「セフィールという種類の樹だ。滅多なことでは枯れず、寿命も無いと言って差し支えない。我らが祖先と同時期に芽を出して以来この地に置いて枯れたのは数本だ」

 上空から近づくと、幾つもの巨木が固まり、一本の大樹のように見えていた事が解った。そして、その幹、枝に何か出来ていることも。

「もしかして、あれが?」

「ああ、エルフたちの住居などだ」

 大樹セフィールの主な枝は、人間が横並びで10人並んで歩いても余裕があるほどに太い。様々な位置に家っぽいものがある。

「さて、誰か捕まえないと」

「ん?」

「ああ、ここのセフィールの内部を歩くときは案内が要るんだ。施された迷宮の魔法で私でも迷う。それと」

「それと?」

「ドワーフ達に先に会っている事は言うな。大部分がかなり仲が悪いんだ」

 微妙な顔で、アルヴェルラが告げる。

「本当は、この領地においては種族間の揉め事は置いておいて欲しいんだがな。両者共に事情があって、近い場所に居を構えているのだから。

 しかし、何事も上手くいくとは限らないということだ」

 華月は知識から、火と地の属性を持つドワーフ族と、水と樹の属性を持つエルフ族は属性の反発があり、本能的に反りが合わない。と、言う事を理解する。

「属性って、そんなところにも影響するんだな」

「そうだな。織り成す四要素の属性は反発するもの同士は仲違いする事が多い。太極であり、完結する陰陽の光闇はそんな事は無いんだが」

 六竜族も、フレイム、アクア、フォレスト、グランドの四つのドラゴンたちは属性の影響を若干受け、フレイムとアクア、フォレストとグランドは微妙な関係だ。表立って罵り合ったりはしないが、あまり干渉しあったりはしない。

「まぁ、少し注意してくれ。

 お、誰か居たな」

 アルヴェルラが迷う前に見つかって良かったと一息つき、一本上の枝に腰掛け、布に刺繍をしているエルフに声を掛ける。

「セフィールのエルフよ、我が声に答えよ」

「――これは、闇黒竜族がアルヴェルラ殿」

 すっと視線を向け、刺繍していた布を手早く纏め、軽やかにこちらに降り立ったエルフ。

「なんだ、フィーリアスだったか。畏まって声を掛けた私が馬鹿みたいだな」

「何だ。とは、少々酷い物言いですね。私でなければ傷付いているところです。我等エルフは繊細なのですよ」

 口元に手を当て、くすり。と、柔らかく笑う。そして、その視線はアルヴェルラの半歩後ろに居た華月に向く。

「おや、人間……ではありませんね。貴方は竜騎士ですね」

「そうだ。カヅキと言う。私の可愛い騎士だ」

「ついに貴女の血を享けられる竜騎士が現れましたか……。おめでとうございます」

「有り難う? 随分と素直に祝ってくれるんだな」

 拍子抜けしたようにアルヴェルラがそう言うと、フィーリアスと呼ばれたエルフは首を傾げ、納得したように頷いた。

「竜騎士の実力は外見で決まるものではないと重々承知していますから。

 ああ、先にアーズ殿にでも会いましたか」

「……そう簡単に見透かさないでくれ。まぁ、その通りなんだが」

 バツが悪そうに、アルヴェルラが左手で左目の辺りを隠す。その顔には苦笑が浮かんでいた。

「あの方が言いそうな事は簡単に想像出来ますよ。おそらくは、彼を見て『これがお前の竜騎士か? 悪い冗談だ』とでも、言ったのではないですか?」

「お前には勝てないな。その通りだ」

 アルヴェルラの苦笑が深くなる。

 一方華月は、フィーリアスを注意深く視察する。

(このエルフは……男か? 女か?)

 全体的に線が細く、長身で、ゆったりとした服を着ており、肩までの金髪、エメラルドのような碧の瞳、顔の造詣も中性的に美しく、声も澄んでいて、どうにも性別が判断し辛い。というより、判断できない。

「おや、竜騎士殿? 私に自己紹介をして頂けないのですか?」

 じっと観察していたエルフに、首を傾げながら声を掛けられ、華月は戸惑った。

「――え? あ、ああ、失礼しました。

 自分は瀬木 華月と言います。少し前から主・アルヴェルラに仕えています。現在は侍従総纏役・テレジアに教えを請う立場にある、竜騎士見習いです」

 アルヴェルラの竜騎士として、失礼にならないよう、精一杯気を付けて、右手を胸に当てながら自己紹介をする。

「はい、有り難うございます。

 私はフィーリアス=ラ=セフィールです。ここ、大樹セフィールに暮らすエルフ族の族長を勤めています」

 にっこり笑顔で、やはり優雅に自己紹介される。

「テレジア殿に教えを受けているのですか。それは、その、随分と――」

 が、よくよく見てみればフィーリアスの笑顔は微妙に引き攣っていた。

「随分と、買われているのですね」

「テレジアの教えは嵌れば効率が良いが、合わない奴はとことん駄目だからな。カヅキは良くやっているぞ」

「でしょうね。彼女はある意味一途ですから」

 微妙な顔でテレジアをそう評価するフィーリアス。何か過去にあったのだろうか。

「さて、挨拶はこのくらいで。

 フィーリアス、実は頼みがあるんだ」

「おや、アルヴェルラ殿から直接そんな事を言われるのは、随分久しぶりですね。

 はい、ここで構わないのであれば、今伺いますよ」

「カヅキの為に、竜騎士細工と儀礼正装を作って欲しい。後、これは出来れば。で、構わないが、デルラン糸の黒染めで男物の普段着を十着」

「デルラン糸の黒染めで男物の普段着十着は何時もの通りで良いのですか?」

「ああ。カヅキの着れる大きさならな」

「それなら直ぐにでもお渡し出来ますが、竜騎士細工と儀礼正装を、となると……」

 フィーリアスの顔が少し困った顔になる。

「私が改めて言う必要は無いと思いますが……。

 アルヴェルラ殿、貴女はカヅキ君が、竜騎士としてそれらを纏う事が許される力量を持っていると、第三者の立場から見ても適うと、そう判断したのですね?」

「ああ、そうだ。その点については竜騎士契約の初期に確認済みだ。資質は十二分にあると、私が太鼓判を押す。教育係のテレジアも、筋は悪くないと判断している」

「では問います。彼は今現在、テレジア殿の教育でどの段階にありますか?」

「体術の基礎課程が修了している。これから武器と魔法、発展体術に入る」

「ここまでの訓練期間は?」

「知識を詰めるのに無茶をして、数日昏睡したが、それを含めて一週間ほどだ」

 それを聞き、フィーリアスが目を丸くする。

「テレジア殿の教育で、実質四日程で体術の基礎課程を修了しているのですか!?」

「ああ。私としても予想以上の速度で育っている事に若干驚いている。資質があることは解っていても、な」

「……アーズ殿に先に会われたのでしたね。彼には何か頼んだのですか?」

 フィーリアスに問われ、言うべきか瞬間的に悩んだアルヴェルラだったが、素直に話ことにした。

「無碍に断られたが、武器の製作を依頼した」

「その時、この話は?」

「していない。その前にカヅキを馬鹿にされて、私も少し大人気無い事を言ってしまってな。売り言葉に買い言葉だったんだが」

 後ろ頭を掻きながら、明後日の方を向きながらアルヴェルラが喋る。さっきの一件は自分にも非が有ると解ってはいるようだ。

「まぁ、一見頼り無さそうな青年ですからね。彼の性格からすれば仕方ないかもしれませんが……。

 解りました。アルヴェルラ=ダ=ダルクの依頼、引き受けましょう。フィーリアス=ラ=セフィールの名に懸けて」

 右手を胸に、フィーリアスがアルヴェルラに告げる。

「そうか。助かる。魔銀細工と服飾はエルフに頼むのが一番だからな」

「フィーリアスさん、有り難う御座います」

「お礼は出来上がった時にお願いします。

 では、採寸しましょう。工房へ案内します」

 フィーリアスが先頭となり、大樹セフィールの内部へと進んでいく。





[26014] 第18話 フィーリアスの解説、新手登場 起部18話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/04/24 22:36

 セフィールの中は驚くような構造をしていた。

「壁面に水路か? どうなってんだ……」

「フィーリアス、解説してくれるか?」

「構いませんよ。

 カヅキ君、我等が住処とするこのセフィールの大樹は、何本もの樹が寄り合い、絡み、共生して構成されています。そして、セフィールには流水管という水の通り道が目に見える形で存在し、それらは時々この様に内部構造の表面に露出するのです。自然発生するものなので、我々にも干渉できませんが、利用する事は出来るというわけです」

「はぁ~……」

「セフィールが濾過し、汲み上げているこの水は、文字通に無味無臭です。しかし、この水は調理に用いれば旨味を増し、武器鍛造に用いれば切れ味を増します。万能水の別名も付いているほどのものですよ。ダークネス・ドラゴンやアーズ一族も時折水汲みに現れます」

「群生しているセフィールは他の大陸を見ても数少なく、このドラグ・ダルクのセフィールの大樹が今現在、世界一だ」

 何故かアルヴェルラが得意気だった。

「この地に住むエルフがセフィール一族とダークネス・ドラゴンとの関係は、後でアルヴェルラ殿かテレジア殿に聞いてください。そこでドワーフのアーズ一族の事も解るかと思います」

 つまり、この三つの種族はそれぞれが此処に居る経緯が連動しているということだ。

「特に、セフィール一族はアルヴェルラ殿の先代の竜皇、リーディアル殿には感謝してもしきれない恩があるのです。路頭に迷う所だった一族を此処に受け入れてもらいましたから」

 フィーリアスの言葉を聞き、華月はアルヴェルラに確認する。

「先代竜皇は、人格者だったのか?」

「いいや、私と同じような性格をしていたぞ。先代は何を隠そう、私の母だからな」

「……そ、そうか……」

 何とも言えない微妙な答えに華月はそれだけ返して黙る。

「私と母は似ていたんだが……。何から何まで似るというわけではないらしい。特にイナティルは外から中まであまり似ていなかったな」

「そんなものか?」

「さぁ? 竜の世代交代自体、まだ数代分しか蓄積が無いからな。あまり解っていない」

「そういった面の話なら、最初期の種族にして地上最強の純竜種より、我々や、それ以降の後発種族の方が蓄積が多いですよ。といっても、エルフ族は参考になるほどの蓄積はありませんが」

 苦笑するフィーリアス。

(まぁ、エルフも寿命が半端無く長いらしいし、当然か)

「さて、もうすぐ着きますよ。

 ああ、と……。カヅキ君」

「はい?」

「工房の責任者のことなのですが、若輩者で思慮が足りないというか、慇懃無礼というか、こう、何とも言い難い性格をしているので、ご容赦を願います」

「は、はぁ……」

「ん~? お前にそこまで言わせるような奴が居たか? 責任者は誰だ?」

 アルヴェルラが首を捻る。思い当たる相手が居ないらしい。

「着けば解るかと思います。まぁ、アレもアルヴェルラ殿には敬意を払うでしょうから貴女には解らないかもしれませんが」

 随分と含みを持たせ、フィーリアスは言葉を切った。

 目の前に大きく開いた出口が見えた。

「この先です。セフィール一族最大の構造物をご覧ください」

 外に出ると、目の前に塔のように加工された一本の大きな枝が聳えていた。

「構造物って、真っ直ぐに突っ立ってる枝じゃないのか?」

「エルフの属性、水と樹。その二つを作用させ、植物に干渉し、ある程度自在に変形成長させる事で、この形を作りました。とは言っても、セフィールたちは中々に頑固で、説得するのに時間が掛かりました」

 疲労感を滲ませるフィーリアス。彼が時間が掛かったということは数年程度ではないのだろう。セフィールの成長速度がどんなものか、華月はその横顔を見るだけで調べる気にもならなかった。

「ここに来て早々に説得を始めて、完成したのはつい最近だったな」

「ええ、文字通り長い時間が必要でした」

「……」

 ますます記憶を浚う気にならなかった。

「ともかく、中へ」

 先へ進むフィーリアス。と、ここで華月はアルヴェルラに小声で聞いてみた。

「なぁ、フィーリアスさんって男なのか、女なのか?」

「フィーリアスの性別? 変なことを気にするな?」

「いいじゃないか、気になったんだ。今まで話してみても全く解らないし」

 アルヴェルラは、華月に人の悪い微笑を向けた。

「教えないほうが面白そうだ。教えてやらない」

「……そうかい」

 追求を諦め、フィーリアスの後を追う。


 その枝の中へ入ると、またも華月は驚いた。

「何だ、コリャ……」

「今現在の位置は、丁度工房の真ん中の階層です。地下まで合わせ、全二百六十五層になります」

「二百六十五層!?」

「最下層は殆ど素材の貯蔵庫になっています。染色やら金属加工が下層、中層に最も歩留まりの悪い縫製などの中間工程、上層で仕上げ等の最終工程です」

「ん? そんな構造になってたのか。しかし、染色なんかは風通しのいい上層の方が向いてるんじゃないのか?」

「アルヴェルラ殿、染料の中には乾燥に非常に時間が掛かるものがあります。それらを完全に乾かす為に、下層で染め上げ、上層まで一旦引き上げ、折り返して下層で巻き取るのです」

「ああ、この窓から見える細い紐は染色中の糸か」

「ええ。そちらから見えるのが染色した糸で、反対側から見えるのが乾燥が終わり、下層が巻き取っている糸です」

 二箇所の窓からそれぞれ何かが垂れていることが解る。目を凝らせば、それは正に糸のカーテンだ。

「しかし、一回の染色でどのくらいの長さを染めるんだ?」

「この時期はデルラン糸の染色時期ですからね、デルラン糸なら一回に5000メートルと言った所でしょうか」

「5000メートルもか」

「一番の収め先が貴女の所なのですが」

「う……。無茶をする連中がしょっちゅう服を燃やしたりしてくるからなぁ」

 アルヴェルラは居心地が悪そうだった。

「まぁ、我々はそれでも構わないのですが。何もせずにこの寿命と付き合うのは時々うんざりする事もありますから。時間に縛られず、ゆっくりやれる縫製は我々の性に合っています」

「……この糸って最初どうやって上まで上げるんですか?」

「ああ、いい質問ですね。

 我々エルフは、自慢ではありませんが非力です。その分、身軽さには自負がありますが、最上部が1500メートルの工房の上まで人手で上げるわけにはいきませんから、矢に結び付けて撃ち上げます」

「1500メートルも上に撃てるんですか?」

「エルフは目が良いですから」

「いえ、非力だって言ったじゃないですか」

「そこは魔法です。エアリス・アロウと言う魔法で射出した矢を風力加速させます。本来は長距離を高威力の状態で飛ばすための魔法なのですが」

 肝心な部分はアナログに地味だった。

「そこ! ここはお喋りする場所ではありません!!」

 上の階から鋭い声が降ってきた。

「全く、どこに無駄話をしている余裕があるというのです?」

 降りてきたのは金髪碧眼のエルフ。身長が低いが顔はフィーリアスに似ている。微妙に造りこみが違うのと、髪が腰まであること、声が幾分高いこと以外、大きな違いは無い。

(うわ、また性別不明なのが……)

「族長、アナタが率先して喋るとは、どういう了見ですか?」

「工房長、この場に居るのは私だけではありませんよ」

「……。

 闇黒竜族、アルヴェルラ陛下。ご無沙汰しております」

「ああ、リフェルア=セフィールか。久しぶりだな。益々親に似てきたようだな」

「……それは褒められているのでしょうか?」

「一応、な」

 リフェルアと呼ばれたエルフは微妙な顔をしたが、アルヴェルラはウィンクしてみせる。

「それでは。有り難うございます、陛下」

「その態度は昔っから変わらないな――。

 ああ、フィーリアス。そう言う事か」

「ええ、そう言う事です」

 何やら納得したアルヴェルラと、相槌を打つフィーリアス。

「さて。と、言うことは、私がすることはこれだな。

 リフェルア=セフィール、紹介しよう。私の竜騎士、カヅキだ」

「陛下の竜騎士? この少年が?」

 華月を前に引き出し、リフェルアと対面させる。二人の身長差はほとんど無く、若干華月の方が高い程度だった。

「主・アルヴェルラに仕える騎士見習い、瀬木 華月です」

「……フィーリアス=ラ=セフィールが一子、リフェルア=セフィールと申します。以後お見知りおきを」

 華月の挨拶に型に嵌った形式通り、丁寧に返すリフェルアだったが、その表情は微妙に胡散臭いものを見るものだった。

「それで、だ。リフェルアに依頼がある」

「解りました。リフェルア=セフィールの名に懸けて引き受けます」

「……内容とか聞かないのか?」

「竜騎士を連れた竜が、態々直接依頼に来るということで大体予想が付きます。そして、既に族長を連れているということは、了承されているということ。私に拒む理由は在りません。

 大方、竜騎士細工と儀礼正装一式の依頼なのでしょう」

「察しが良すぎて手間が省けるが……。そこも親譲りだな」

 あっさり済んでしまったことで、アルヴェルラの方は拍子抜けしているようだ。

「ただ、後日そちらに伺わせていただきます。私としても、実力の程度も知らない者の為に働くのは納得できませんので」

「ああ、構わない」

「では、今回は採寸だけさせていただきます。

 さ、カヅキ。脱いでください」

「は!?」

 真顔であっさり、観衆の前で脱げと告げるリフェルア。一方華月はアルヴェルラ、フィーリアス、リフェルアへと視線を行ったり来たりさせ、挙動不審になる。

「リーフェ、いくら何でもアルヴェルラ殿と貴女の前で、いきなり男に脱げというのは酷でしょう。せめて別室で測ってあげなさい」

「解りました。ならばカヅキ、貴方の裸に興味など欠片もありませんが、着いてきてください」

 リフェルアが踵を返して歩き出す。どうやら上の階に行くようだ。華月も置いていかれないよう素直に着いていく。

(……ん? ヴェルラとリフェルアの前で男に脱げは酷? と、言うことは、二人は女。フィーリアスさんの前は問題無い? ……フィーリアスさん、もしかして男なのか!?)

 内心、驚愕の事実が垣間見えたことに、かなりの衝撃を受けていた華月だった。







[26014] 第19話 華月を測量、明かされる性別 起部19話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/03 00:33
 別室に連れ込まれ、あっさり剥かれた華月だった。

「……エルフより筋肉質ね」

「そっちが華奢なんだろ。こっちの人間がどうかは知らないが、元の世界ならこのぐらい普通より下だ」

「……貴方、異界人なの?」

「こんな名前の人間、こっちの世界には居ないだろ?」

 流石に下着は勘弁してもらえたのか、下着姿だった。

 雑談しながら首周り、腕の長さ、肩幅、等等、隈なく数値を測られている。

「最近はそうでもないらしいわ。響きが独特だから、異界人風の名前を付ける事も多くなっているらしいの」

「へぇ、人間に詳しいのか?」

「まさか。他の国に材料の買い付けに行ったりする時に、人間と交流のある妖精種や亜人種に聞いた分だけよ」

 リフェルアは顔色一つ変えず、淡々と数値を測っていく。言葉遣いがアルヴェルラとフィーリアスが居たときより砕けているようだ。

「それじゃ、リフェルアも人間が嫌いな口か?」

「別に。人間について個人的な好悪は無いわ。そう在るから、そう有るだけでしょう。直接話した人間は、この世界のでも異界人でも、貴方が初めてだもの。私個人の意見として述べるには、実体験が無さ過ぎるわ」

「そうか。そいつは光栄だな」

「何が光栄なのか、解らないんだけど」

「記念すべき、かどうかは解らないが、初めて会話した人間が俺なんだろ。初めての人になれてって意味なんだけど」

「……貴方、馬鹿?」

 半眼で華月を見るリフェルア。

「……少し気を使ったつもりだったんだけど、悪かった。要らないお世話だったみたいだな」

「そんな気遣いは無用よ。私、とりあえず種族に関係なく、本人の容姿と性格で付き合いを決めることにしているの。貴方はギリギリ合格よ」

 さり気に基準に容姿が入っている辺り、リフェルアの性格が読める気がした華月だった。ただ、華月がギリギリ合格のラインなら、その線引きは随分緩いものだとも思った。

「後は、貴方の竜騎士としての実力が本物なら、私は貴方の為だけに、最高の竜騎士細工と儀礼正装を仕立てて魅せるわ」

「その、竜騎士細工と儀礼正装ってどういうものなんだ? 記録を探っても具体的な絵が見えないんだ」

「説明されなかった? 族長でもアルヴェルラ陛下でも」

「二人とも何も」

 華月の答えに、少し頭痛を覚えたらしい。左手を額に当て、はぁ。と、ため息をついた。

「仕方ない、教えてあげるわ。

 竜騎士細工は、土台を魔銀――魔法練成銀(ミスリル)で作り、どの竜族の竜騎士かを宝飾輝石で明示するの。形状は一定せず、指輪、腕輪、足輪、額飾り、首飾り、耳飾り、中には首輪っていうのもあったわ。そこはご主人様の趣味ってわけね」

「ヴェルラの趣味で決まるのか……厭な予感がするな」

「儀礼正装は、多種の魔法付与を施した竜騎士の戦装束でもある、最上級の正装ね。これも何竜族かで基本色が異なるわ。特殊素材も多いから、作るのは大変なんだけど、着心地や性能は他の追従を許さない。基本色が黒の闇黒竜族でも結構派手だから、普段着には向かないわ」

「……派手、なのか?」

「私たちエルフの感覚からすれば。の、話よ。貴方が派手と感じるかどうかは解らないわ」

「エルフの服って、大体そんな感じなのか?」

「そうね。私のこの作業着は機能性重視だから装飾は最低限で控えめだけど、どれも大差無いわ」

 華月はリフェルアの服を見て、確かに控えめというか装飾がほとんど無いと思った。

上下共に無地の若草色で、上着には無数の収納が付けられ、腰にはいくつものポーチをぶら下げている。ロングスカートは飾り気はゼロに等しい。

「良し、測り終わったから服を着ていいわ」

「ああ、解った」

 華月は服を着なおし、深く息をつく。人間ではなくとも美少女に裸を見られることに、少なからず緊張していたようだ。

「竜騎士になったら肉体の大幅な変化は無いから、消滅するその時まで着られる様、頑丈に作ってあげるわ」

「そいつは助かる」

「でも、やっぱり人間の男となると色々違ってくるわね。肩幅は広いし、腕周りや足周りの太さも私とはぜんぜん違うわ。身長は大差ないのに」

「下らない事を聞いても良いか?」

「程度によるわ。まぁ、聞いてみなさい」

 華月の数値をメモした紙を見ながら、頭の中で色々と生地の裁断の図形を考えているのだろう。若干上の空になっている。

「君は男か女か?」

「……私が男に見えるの? それはある意味侮辱なのかしら」

「いや、そういう意味じゃない。リフェルアは女だと思った。確信が無かっただけだ。フィーリアスさんが良く解らなかったから」

「族長ね。我が親ながら、あの性別不詳っぷりはある種の詐欺ね。正しく性別を一発で当てたのは私の母と、アルヴェルラ陛下、ドレン頭領ぐらいだもの」

「やっぱり、俺の感覚がおかしいんじゃなくて、解りにくいのか」

「そうね。ちなみに、カヅキはどっちだと思ったのかしら?」

「初めは本当に解らなかった。本人には聞き辛いし、ヴェルラは教えてくれないし。さっきのやり取りと、リフェルアの台詞でようやく男かと解ったところだ」

 華月の言葉に、リフェルアは目を細める。

「私の台詞に、族長の性別を判断させる材料があったかしら?」

「フィーリアスさんに関して話しているときに、別の人を指して私の母。と、言っただろ。ということは、フィーリアスさんは父親ってことになる」

「成る程、頭は悪くないのね」

「意外か?」

「外見からは、もっと抜けてそうに見えるわね」

「そのぐらいじゃないと、あの生活には耐えられなかったんだよ」

「何の話か、あんまり察したくないのだけれど。

 まぁいいわ。下に戻りましょう」

 華月の返事を待たずに、リフェルアは下に向かう。

 華月もその後ろを歩き、アルヴェルラたちと合流する。

「採寸は終ったようですね。

 リーフェ、やれますか?」

「お父様、誰に聞いているのですか?
 ここの工房長を任されているのは私、貴方の娘・リフェルア=セフィールです。私が出来なければ、誰がやるというのです。

 当然、やれるに決まっています」

 自信満々に言い切った。

「そいつは頼もしいな。期待しているぞ、リフェルア」

「お任せください、陛下。

 心配するべきはむしろ、彼の実力の程だと思います」

 一礼し、軽く冗談を言うリフェルア。

「ははは! 言ってくれるな。それは約束通り、後日確認してもらうさ。

 さて、今日のところはこれを貰って帰ることにする」

 アルヴェルラは腰の後ろに何かを括りつけていた。

「それは?」

「アルヴェルラ殿に頼まれた普段着十着ですよ。背中に背負わせる訳にはいかないので腰裏に括らせてもらいました」

「流石に背中だと邪魔になるからな。両手はカヅキを掴むから塞がってるし」

 そこでリフェルアが華月の脇腹に肘鉄を入れた。

「ぐぅ……」

 鋭く突き刺さり、竜騎士として強固な肉体になっているはずの華月が、思わず呻いた。

「な、何するんだ……」

「貴方、馬鹿なのかしら? 何で陛下に荷物持たせてるのよ。騎士で下僕なら、貴方が持つべきでしょう」

 小声でやり取りをするが、アルヴェルラとフィーリアスにはしっかり聞こえていた。ドラゴンとエルフの五感を甘く見てはいけない。

「ヴェルラ、荷物なら俺が――」

「気遣いは無用だ。それに、カヅキに持たせて途中で落とされでもしたら面倒だからな」

「そ、そうか……」

「さぁ、次に行くぞカヅキ」

「え? ドラグ・ダルクに住んでる他の種族ってエルフとドワーフだけじゃないのか?」

「今度は、一風変わった場所だ」

 アルヴェルラは華月の腕を掴んで歩き出した。

「フィーリアス、またな。枝から飛ぶから許可してくれ。リフェルア、後日皇宮で会おう」

「お邪魔しました」

 そのままアルヴェルラは華月を引っ張って出て行った。

「お二人とも、また会いましょう」

「では後日に」

 エルフ二人は見送り、アルヴェルラは枝から華月を吊り下げて飛び立った。




[26014] 第20話 闇黒竜国、最後の異種族 起部20話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/04 21:54

 風を切るアルヴェルラは、放たれた矢のように一直線に東の方へ翔けていく。

 目下には緑、翠、碧。

 色彩豊かな自然が広がる。

 人工物は殆ど無い。

「緑豊かだな」

「当然だ。悪戯に何かを造るような真似はしない。自然を切り開き、自らが都合によって建造物を築くのは人間ぐらいだ。我らも多少は居住などを作るが、それらは元から空いていた平地などを利用する。

 世界は、在るがまま。それが一番だ」

 当たり前だな。と結ぶアルヴェルラ。彼女らからしたら本当に当然のことなのだろう。

 そうして、辿り着いたのは、切り立った絶壁から滝が無数に落ちる、そう大きくも無く小さくも無い湖だった。

 辺に降り立ったアルヴェルラと華月。

「ここは?」

「水鏡の湖だ。ドラグ・ダルクに生息する他種族はエルフとドワーフだが、存在するのは他にも居る。

 例えば――」

「あらぁ? アルちゃん」

「……私をアルと呼ぶなと言っているだろう、ロミニア」

 水面が波打ち、水が形を作っていく。水は徐々に形を整え、美しい女性の姿に成る。元は透明なはずなのに、女性の形を取った水は蒼く染まっている。

「え~? アルちゃんはアルちゃんよ」

「呼ぶならヴェルラにしてくれと、会う度に言っているんだがな」

 苦笑して、女性の形に整った水に対し、アルヴェルラはぼやく。

「あらぁ、その子からアルちゃんの力を感じるわねぇ。もしかして、アルちゃんの竜騎士さんかしら?」

「初めまして。主・アルヴェルラが竜騎士見習い、瀬木 華月です」

「まあまあ、異界人さんだったの。

 私はロミニア。水精霊ロミニアよ。

 おめでとう、アルヴェルラ」

 そこで、徐々にロミニアの雰囲気、纏う空気が変質していく。アルヴェルラは意に介していないのか、意図的に無視しているのか、表立っては現さない。むしろ華月の方が顔に出ていた。

「彼女は四属性が水の精霊種だ。意志を持つ中級精霊で、私より古い存在だ」

「も~、アルちゃんだって私をロミィって呼んでくれないじゃない? 昔は呼んでくれたのに」

「礼儀を知らなかった頃を引き合いに出さないでくれ」

 昔話をされたくないのか、アルヴェルラはたんたんと足を踏み鳴らす。

「あら、そんなに苛々しないで。そう言う所もリディにそっくりね」

「……」

 アルヴェルラは物凄く何か言いたげだが、このほんわりした水精霊ロミニアには何を言っても勝てないと思い出したのか、黙っている。

「それにしても、リディに引き続き貴女も異界人を竜騎士に選んだのね」

「先代に習ったわけではない。私と契約できる人間が異界人のカヅキだっただけだ」

「そうね。この世界に資質を持つ者は数居れど、竜皇の血を享けられる者は本当に極々一部だけ」

 意味有りげな独白が始まった。

「そして、異界人はどういう基準か不明なまま、未だこの世界に出現し続ける。人類種に多大な影響を与え続けながら」

 華月に水が絡み付いてきた。華月は慌てず騒がず、動かない。

「この子、この間の大規模召喚魔法で呼ばれた一人でしょう?」

「そのようだ。途中で零れて、此処に――」

「零れた。本当にそうかしら?」

「――何が言いたいんだ、ロミニア」

「この子の裡の水の流れ、とても見事よ。例え竜騎士とならなくても、このアードレストでなら、何かしらの分野で一角の存在に成っていたはず。

 零れたのではなく、貴女が『呼んだ』――」

「私が?

 異世界への干渉が出来るほどの召喚魔法は大規模儀式級だ。それも複数の存在を同時召喚するなんて、竜種でも三人以上必要だ。魔力も莫大な量を必要とする。私がこの国でそんなものを使えば、同族は元より、精霊種も、妖精種も黙ってないだろう」

 そこでロミニアは意味深な笑顔を作る。

「そうね。あの召喚魔法はもっと大陸中央部の方で行使されていたわ。あの辺りは私たちが出現できる場所が無いから確認は出来なかったのだけれど。

 でもね、アルヴェルラ。その中から、偶々貴女の騎士に成れる人間が、都合良く零れてくるのかしら」

「……それこそ運命というものだろう」

「この世界に満ちるのは、偶然という名の必然だけよ。そう在るから、そう有るだけ。意識しているにしろ、いないにしろ」

「哲学で勝てるわけも無いな。発生より数千年、途切れていない貴女には」

「ごめんねぇ。アルちゃんが来るとついついからかいたくなるの。

 此処へ来たということの目的は解っているから、私は退散するわ」

 そう言うと、華月に纏わり憑いていた水を引き上げ、一時的に身体を構成させていた水を解放し、姿を散逸させていく。

 完全に元の湖面に戻ったところで、アルヴェルラが盛大に溜息をついた。

「未だもって、私は小娘扱いか。敵わないな、全く」

「ヴェルラより古い存在だったのか」

「彼女らは発生からこっち、一度も代替わりしていない。六属性全ての精霊種は、肉体を持たない代わりに文字通り不滅の存在だからな。人類種が気付かないのが幸いだが」

 アルヴェルラの言葉に何か引っかかるものを感じた華月だったが、本題が進まなくなりそうだったのであえて触れずに置いた。

「まぁ、その辺りはテレジアか、魔法の講師にでも聞いてくれ。彼女らの方が詳しいからな」

「ヴェルラは何が得意なんだ?」

「速く飛ぶ以外に得意というほどの得意は無いぞ。竜皇として、何でも他の者以上に出来て当たり前だからな」

「逆に言えば、出来ないことは何も無い。と?」

「ある意味では、な」

 その事では多少苦労したのか、アルヴェルラの顔色が悪くなる。

「先代――母は、強大な力を持って生まれた私が竜皇を継ぐと読んでいたのだろう。その教育に手加減など無かった。ありとあらゆる事を文字通り叩き込まれたな。自由に色々やっていた妹が羨ましく、妬ましい時も有ったが……」

 アルヴェルラが独白の途中で歩き出した。

「付いて来い、カヅキ。先達たちに紹介しよう」

「は?」

 言われた通りアルヴェルラについていくが、言われた内容の後半部分が理解できなかった。





[26014] 第21話 闇黒竜の先達たち 起部21話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/05 20:10


 アルヴェルラは湖の端から、湖に雪崩れ込む滝の裏を歩いていく。岩の足場は悪く、濡れていて滑りやすく、状態は最低だ。

「っと、ヴェルラ?」

「……」

 アルヴェルラから返事が無い。

 そうして丁度、湖の真ん中辺りの滝の裏に来たとき、アルヴェルラが足を止めた。

「『開門。我・血を継ぐ者』」

 アルヴェルラがそう言った途端、壁だと思っていた岩が消え、洞窟の入り口が姿を現した。

「行くぞ」

「ああ」

 光源が無い洞窟の中は深淵の闇が満ちているかのような暗さだった。華月の眼でも五メートル以上先が見えない。そんな中、アルヴェルラは危なげも無く進んでいく。

「何か、凄く暗くないか? 殆ど見えないんだけど」

「普通の闇ではないからな。カヅキ、私の手を掴め」

「え? ああ……」

 華月がアルヴェルラの手を握る。その直後、闇の濃度とでも言うべきものが上昇し、正に一寸先が闇になった。

「此処に満ちる闇は、我らダークネス・ドラゴンが創り出した闇黒だ。我らは竜族として闇の属性を持っている。その属性を発揮すると、この様に普通とは違う、永続する闇を生み出すことが出来る」

「何で、それがこんな所に?」

「此処が……。いや、この先がダークネス・ドラゴンにとって『聖域』であり『終着点』だからだ。他の存在に、無闇に踏み入られないようにこうして入り口の封印と迷宮構造と暗黙の闇の三重苦を仕掛けてある」

「迷宮構造?」

「普通に踏み入ると、ここは迷宮になっている。一直線に抜けるには条件がある。今はそれを満たしているから……ほら、抜けるぞ」

 闇を掻き分けるように開けた空間に出た。

 周囲は水晶のような結晶体が自発光しているらしく十分な明かりがあった。

「ここって……」

「先達たちの眠る場所。人間に言わせれば墓場と言う事になるか」

 一枚の黒い石版のようなものが中央にあり、他は光る結晶があるだけの、何も無い場所。ただ、空気だけが普通ではなかった。

 いや、石版の周囲には無数の武器が突き立っている。剣であり槍であり、形状に合致するカテゴリーが無いものもある。

「武器……?」

 主を失って久しいのか、朽ちてはいないが大半が苔生しているようだった。

「先達たちの竜騎士の武器だ。形状は千差万別だが、どれもミスリルやオリハルコンなどを筆頭とする希少な不朽金属製だ。だから数百、数千の時を経て尚、朽ちる事も無く在り続けている。

 墓標のようになっているのは、その竜騎士専用に創られている為、他の者に扱えず保管するしかないからだ。触るなよ、武器に拒絶されて怪我をする」

 触りそうになっていた華月は慌てて手を引っ込めた。アルヴェルラが怪我をすると忠告するぐらいだ、激しい拒絶があるのだろう。

「触るならその石版にしろ。というか、その石版に触れ」

「え? 触ればいいのか?」

「左掌で、な」

 変な条件をつけられたが、華月は言われた通りに左掌を石版に押し付けた。

「――っ!」

 その瞬間、意識が身体から引っ張り出され、石版の中に引き込まれた。

(な、何だっ!?)

【慌てるな、若き騎士よ】

【我らは、お前に害有るものではない】

【現在を生きる闇黒竜の親たちというわけだ】

 四方から様々な意識が触れてくる。

【肉体が滅んだ後、我らが竜宝珠はこの場で一つとなる】

【こうなれば何の力も無い。ただ、行く末を見守り、世界と同調する】

【精霊に近いものといえよう】

【む? お前は異界人か】

 その数はそんなに多くない。それに一斉に雪崩れ込んでこない。華月を確かめるように、優しく触れてくる。

【リーディアルの騎士以来だな】

【アルヴェルラも変わり者だな】

(ヴェルラが俺を選んだことに異論でもあるのか?)

 自分を確かめられることに何の感慨も無いが、アルヴェルラを誰かと比べられたり、揶揄されるのは我慢出来ない。

【ふ、気骨があるな。だが、猛るな】

【アルヴェルラの選択に間違いは無いだろう】

【あの者は現時点での我らが種族の最高の竜だ】

【性格に難が有るが】

(今、性格に難が有ると言った貴女、ヴェルラの母親ですね)

 華月は目の前に感じた意識がアルヴェルラの母、先代竜皇のリーディアルだと感じた。アルヴェルラから感じる感覚と似たものがあった。

【この領域で個を感じることは出来ないはず】

(ん? さっきから個別に俺に触れてるじゃないか。声も随分差が有るし)

【……《声》まで聴き分けるか】

【これは面白い者を騎士にしたものだ】

【知覚領域が人間の枠を超えている。成る程……】

(先達たちよ、あまり我が騎士で遊ばないで頂きたい)

【遊ぶなど、人聞きが悪い】

【少しばかり、確かめていただけよ】

(ヴェルラか?)

(ああ。お前が戻ってこないから、どうしたのかと思ってな。普通なら、もう戻ってくる頃なんだが)

 華月に寄り添うように一つの意識が現れた。どうやらアルヴェルラのようだ。

【少し掛けすぎたか】

【アルヴェルラ、良い騎士を見つけたな】

【竜騎士細工に精霊石を使え。この者なら六属性全ての精霊石と感応するだろう】

【入手は困難だろうが、それだけの価値がある】

【精霊石は加工が難しい。エルフによく頼むことだ】

(助言に感謝します。カヅキ、戻るぞ)

(あ、ああ……。ダークネス・ドラゴンの先達が皆様。自己紹介が遅れたこと、お詫び申し上げます。アルヴェルラが騎士、瀬木 華月です)

【アルヴェルラの良き助けとなれ】

【励め、若き騎士よ】

 そうして幾つもの意識が離れていくなか、一つだけ残っている意識があった。

【……】

(どうした? 戻るぞ)

(少し待ってくれ。

 総てを掛け、主・アルヴェルラの助けとなる事を誓います)

【娘を宜しく頼むぞ】

(か、母様か!?)

【……】

 アルヴェルラの問いかけには答えず、最後まで残っていたリーディアルの意識も去っていった。

 そして、弾かれるように二人の意識も身体へ戻された。

「……」

「……」

 戻ってみれば、華月の背後からアルヴェルラが覆い被さるように立っていて、左手を華月の左手に重ねていた。

「答えてくれなかったが、あれは母様だな……」

「ああ。ヴェルラと同じ感じがした」

 アルヴェルラは華月を右腕でそのまま抱きしめる。

「死して尚、私は心配されるほど未熟なのか」

「……竜の考え方は俺にはまだよく解らない。ヴェルラは本当にそう思うのか?」

 華月は右手をアルヴェルラの右手に重ねる。

「いや、違うな。そこまで未熟なら意識体をどつかれている。

 ……そうか。ああ、解った」

「人間なら、親が子供を心配するのは、どれだけ子供が成長しても変わらないもんだ」

「そう、だな。私だってそうだろう」

 アルヴェルラは華月を放し、背を向ける。

「皇宮に帰るぞ。もうそろそろ日が暮れる」

「え? もうそんな時間か?」

「あの中は時間の概念が少し可笑しい。数時間も放置された私は退屈で仕方なかったぞ」

「わ、悪い。此処について少し記憶を浚ってから入ればよかったな」

 少し拗ねたような声を出したアルヴェルラに、華月は詫びを入れた。

「だが、これで主要な他種族への一通りの紹介と、先達たちへのお目通しは済んだな。

 後は、お前が一人前になった時、同族にお披露目をするだけだ」

「順番が違うような気もするけど」

「これも考えての事だ。知識だけでなく、実際に見て、感じて欲しかった。

 それと――」

 アルヴェルラが振り返り、いつもの顔で笑う。

「こうした方が、カヅキには効果的だろう? 色々な意味でな」

「……性格を把握されてるってのは、こういう時に不利だな」

 華月は肩を竦めて、苦笑する。

「ふふっ。本当に、お前が私の騎士でよかったよ、カヅキ」

 アルヴェルラが華月の手を取って、歩き出す。

「さぁて、飛ばして帰るぞ」

「加減してくれよ」

 振り回されるのにも慣れてきて、こういうのも悪くないと思い始めている華月だった。







[26014] 第22話 女皇陛下の憂鬱、纏め役の素顔 起部22話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/08 22:06


 その日の深夜、最早虫の音も絶えた頃。自室で物思いに耽っていたアルヴェルラの元に来訪者が現れた。

「テレジアか」

「はい。お邪魔しても宜しいでしょうか」

 無表情でいつもの通りだ。

「二人だけの時は敬語は止めろ。と、言ってるだろう。お前に敬語を使われるとむず痒いんだ。本当に慣れないな」

「変わらないわね、いい加減慣れて欲しいわ」

 テレジアの口調が一変する。表情も苦笑の形になっている。

「お前の豹変振りのほうが変わらないがな。昔から自分を偽るのが巧い」

「無表情で動じない、礼儀正しく教本通りに見える方が、纏め役はやり易いのよ。カヅキの教育も、ね」

 実に表情豊かだ。普段のアレは何なのだろうと思うほど。

「そうだ、カヅキはどうだ? 直接テレジアからは聞いていなかったな」

「カヅキの前では辛口で言っているけど、正直驚いているわ。焚き付ければ焚き付けるだけ激しく燃え上がって成長していく。通常の何倍の速度よ? 信じられないわ」

 テレジアが肩を竦める。

「……今日、妖精種たちに会ってきた。ロミニアに先達たちにもな」

「随分気が早いわね。その段階にはまだ――」

「こちらの予想を遥かに超える成長を見せているんだ。先に色々済ませておかないと後でつっかえそうだったからな」

「まぁ、一理あるわね」

 テレジアはポケットから何かビンを取り出し、栓を銜えてキュッポンと引き抜いたと思ったら、口から栓を取るとビンの口に自分の口をつけて中身をラッパ飲みし始めた。

「……本当に豹変だな」

「ふぅ、飲む? 倉庫の奥で酢になりかけてた葡萄酒のケースに、何本か無事だったのがあったのよ。あの子に掃除させて正解だったわ」

「……。おいおい、何年物の葡萄酒だ?」

「さぁ? ラベルも霞んで全く読めないのよ」

「百年単位のものみたいだな。寄越せ」

 アルヴェルラもラッパ飲みで飲む。

「……はぁ、これは何とも言えない味になってるな」

 顰め面でテレジアにビンを返す。

「ま、管理もしなかったらこんなものでしょうよ。

 で? その様子だとロミニアと先達様たちに何か言われたみたいね」

「……お前のそう言うところが嫌いだ」

 楽しそうなテレジアに、アルヴェルラはぶすっとした顔になる。

「ロミニアに、カヅキは私が呼んだのではないかと言われた。この世にあるのは、偶然という名の必然だけだと」

「あの古精霊の言いそうなことね。それについては、私も同じ意見よ。昔聞いたっていう《声》を信じて、異界人を竜騎士にってずっと頑張ってたものね。無意識にあの召喚魔法に干渉していても不思議じゃないわ。都合よく、あの召喚魔法は資質者を一斉召喚する英雄召喚だったみたいだし」

 また葡萄酒をラッパする。

「同族で最強の貴女が干渉すれば、大規模儀式級とは言え、人間の召喚魔法から対象の一人を引っ張り出すことも余裕でしょうよ? まぁ、それでカヅキは死に掛けちゃったわけだけど。あ、それも好都合だったわね」

 くすくす。と、テレジアが笑う。普段のギャップと相まって非常に魅力的に見えるが、何処となく悪女の雰囲気がある。

「まぁ、そんなのどうでもいいじゃない。結果として、カヅキは貴女の騎士として変性し、慣れない世界で健気に頑張って急成長! 人柄から何から、貴女好み! 文句のつけようがないじゃない。何か気に入らないの?」

「カヅキに文句? 気に入らない? そんな事は何もない。ただ、ロミニアにカヅキは竜騎士に成らなくても、この世界で一角の存在になっていただろう。とか、私はカヅキを竜騎士にしてよかっ――」

「そんなものこそ予測でしかないじゃない。例えば竜騎士に成らず、私たちと知り合わなかったら、敵として相対していたかもしれない。そんな未来も、確かにあったかもしれないわ。

 でもね、アル? そんな事気にしてもしようがないわ。そんな未来は潰え、今があるのだから。貴女が呼んだかもしれない? 上等じゃない。貴女の問い掛けに、カヅキは即答したのよね。限られた状態であれど、彼は自分で選んだ。それについては与えられた状況かもしれないけど、そこに選択肢を出したのは貴女、選んだのは彼。そうして創った今」

 流暢に喋りながら、テレジアはアルヴェルラの口にビンの口を突っ込んだ。

「現在の結果に胸を張りなさい。貴女は最高の騎士を得たと思うのなら、その主人に相応しい者に成りなさいよ。普段の立ち振る舞いを地にしなさい。普段は自信満々にしている癖に、ちょっと不安になると途端に陰でウジウジするのは貴女の悪癖よ」

「好き勝手に言ってくれるな」

「反論できるなら聞くわよ」

「……ちっ」

 ビンを引っこ抜いて言い返すが、反論できない自分の性質だと理解しているのか、アルヴェルラは苦虫を噛んだような顔で舌打ちをする。

「まぁ、そのちょっと弱い所も、昔のアルを知っている私からすれば、変わらない可愛いところなんだけどね。

 泣きながらリーディアル様に扱かれていた頃が懐かしいわ」

「何時の話をしている」

「二千と百……細かい数字は忘れたわ」

「それだけ覚えていれば十分だろう。この性悪め」

「あら、品行方正な侍従総纏め役に向かって、それは酷いわね」

 テレジアはアルヴェルラの頬に手を添える。

「その弱った顔、カヅキに見せればもっと頑張るかもしれないわよ?」

「……」

「そんなことは出来ない? カヅキの前では、カヅキが誇れる主でありたい?」

「……」

「そんな調子だと、私かあの子がカヅキのこと盗っちゃうわよ?」

「なっ!? テレジアは竜騎士なんて要らないといっていただろう!」

「そうね。イナティルの一件で人間には絶望していたし、一生要らないかとも思ってたんだけど、カヅキみたいなのだったら居てもいいかな。何て、思い始めてるわ。本当に私も期待してるのよ、カヅキには」

「あの話の時は珍しく神妙な顔をしているかと思ったら!」

「あの時はアルが着てくれるって思ってたもの。カヅキの前であの性格を演じるなら、あそこはああしないとね」

 華月にダークネス・ドラゴンと人類種の確執を話していた時の事だろう。確かに今とは立場が逆転している。

「計算ずくか……」

「自分が知っている範囲なら、読めないことなんて無いわ」

「お前もロミニアと同類だな」

「あの天然の毒吐きと同類は言いすぎじゃない?」

「口が過ぎるのはどちらも同じだろう。いや、計算している分、テレジアの方が性質が悪いな」

 そこまで言われると、テレジアは肩を竦めるほかなかった。

「まぁいいわ。

 あ、そうそう。今日此処に来たのは、カヅキの教育で魔法担当と武器術担当を決めたから報告に来たのよ」

「ん、だったら最初からそれを言え」

「その前に文句を言ったのは貴女じゃない。

 カヅキの魔法担当はディーネ、武器術担当はトレイア。もう話は通してあるわ」

「……何で教え方に癖のあるヤツばかり選ぶんだ?」

「癖はあっても、どっちも国一番の使い手でしょう?」

 テレジアの言うことは正しいのだろう。アルヴェルラが反論しない。

「しかしなぁ、閉じ篭りのディーネと壊し屋トレイアか……」

「どこかの言葉に可愛い子には旅をさせろ。って、あるじゃない。少しぐらい手荒に扱ったほうがカヅキは伸びるわよ」

「その手荒さが悪い方向に両極端な気がするんだが」

「心配性ね、アルは。大丈夫よ、カヅキはちょっとやそっとじゃ壊れないわ。あの子の精神構造、馬鹿みたいに頑丈だったもの」

「観たのか?」

「昏睡させたときにちょっとね。本人には言ってないけど、あの頑強さと自己保持の構造は一線を画すわ。一体どんな環境で暮らしてたんだか……知りたいような、知りたくないような」

「お互いをもっと知れば、見えてくるだろう。

 もう解った。話を通したのなら彼女らに任せよう。責任はテレジアが持つのだろう?」

 テレジアは伸びをして、軽い感じで言った。

「そこは任せてもらうわ。貴女に誓ったのは私だしね。

 さて、話は済んだし、明日からまた忙しくなるわ。今日は戻るわね」

「そうだな。

 お休み、テレジア」

 アルヴェルラの言葉に、テレジアは一礼し。

「お休みなさいませ、陛下」

 あの顔に戻り、去っていった。

「……やっぱり違和感が拭えないな……」

 溜息をついて、ベッドに身を投げ、眠ることにする。テレジアのおかげで、悩んでいたことが馬鹿らしくなり、眠る気にようやくなったのだった。






[26014] 第23話 物臭魔法講師 承部1話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/13 22:29

 テレジアに案内され、辿り着いたのは妙な空間だった。

「ディーネ、連れてきました」

「……んあ~? 何を~?」

「……起きなさい」

 皇宮から少し歩いた岩山に空いた洞窟の奥、だだっ広い空間。半分以上の空間が書籍が詰まった本棚で埋められている。

 声の主は本棚の手前にある大きなテーブルに突っ伏していた。

 テレジアが近づき、その後頭部にいつもの手刀が叩き込まれる。

「のぅっ!?

 何するのよ~……」

「この時間に来ますと昨日言ったはずですが」

「ん~? ああ、もう時間なの。

 面倒ねぇ~……」

 懐中時計で時間を確認すると、こきこきと首を鳴らす。

「陛下の竜騎士の教育です。つべこべ言わないでください」

「私よりも適任が居ると思うのよ。私、誰かに教えるのって下手なのよ?」

 起き上がったのはテレジアより少し身長が小さい女性だった。前髪が眼を完全に遮っていて人相が良く解らない。輪郭は丸めであることは見て取れる。無造作に伸ばしているらしい黒髪はぼさぼさで、手入れなどされているようには見えない。

 着ているものもボロボロの黒いワンピースとフードつきのマントのようだ。体格も良く解らない。

「カヅキ、彼女が国一番のあらゆる魔法の使い手、ディーネです」

「ディーネ=アレイドよ」

「瀬木 華月です。宜しくお願いします」

「礼儀は問題なさそうね。私が引っ張り出されたってことは、相当の魔法資質があるってことなのね」

「そうですね。訓練無しで三十以上の分割意識体を統括していました」

「……へぇ~、面白いわね。ん~、少しやる気になってきたわ」

 テレジアの言葉に、ディーネの隠れた眼が光ったように見えた。

「魔法に関する知識は?」

「皇宮の図書室の総て。それと自己魔力による纏身系が使えます」

「テレジアの最終工程を突破するには纏身系は必須だけど、何よ? 図書室の総てって」

 訝しむ様なディーネの視線に、テレジアはいつもどおりに答える。

「彼の頭にあの図書室の全情報を流し込みました」

「……は? そりゃ、随分無茶したわね。

 でも、それでも平然と此処に居るコレ、本当に元人間?」

「酷い言われようだなぁ……」

 苦笑する華月。それもそうだろう。

「まぁ、昏睡されましたが。それでも一般的な魔法については説明不要かと」

「手間が省けるのは良い事だけど。

 じゃぁ、理屈は抜きで実践しますか。纏身防御系で身体強化して」

 そう言うと、ディーネは右手を前に突き出す。

「フレイム・スフィア」

「うわぁっ!?」

 でかい火の玉が華月に向かって飛んできた。竜楯を展開してそれの直撃に備える。

「耐えたわね。あら、竜楯? ふ~ん」

「いきなり何すんだ!!」

「五月蝿いわよ。次~。

 ダーク・ジャベリン」

 今度は槍のような闇の塊が華月を直撃する。

「いってぇ!!」

「防御力は平均的な竜楯ね。

 どう? 魔法攻撃の痛みは」

「いてぇよ!」

「……竜楯を抜かれて痛い程度って……あ~、竜皇の竜騎士は出来が違うわねぇ」

 華月の頑丈さに呆れているらしいディーネ。

「くそ……」

 華月は知識から魔法関連の情報を浚いだす。主に使い方についてだ。事前に調べてはいたものの、どうも巧いきっかけが掴めず、結局独力では使えなかったのだ。

 だが、二度ほど実際に魔法を見て、魔力の変異や何やらから自分の推察も付け加え、仮説を立てていく。

(全身から魔力が適量、手に集中していた。それをどうしてかあれらの形に変化させて撃ち出している)

 魔力を右手に集中。

(テレジアは同時演算がどうのって言ってた。頭の中で何か思考するはずだ。それについての記述は――)

「んあ? 少年、使い方も知らないのに魔法を使おうとしないほうがいいよ?」

 華月の様子に気付いたディーネが忠告めいたことを言う。

(魔法使用条件は、魔力集束、魔力変換? 標的設定、発動意志、宣言!)

 魔力変換が良く解らない。

(思い出せ、思い出せ! 魔法になる瞬間、魔力がどう変化したか?)

「……少年、果敢と無謀を履き違えないほうが良い。君の魔力で魔法を失敗すると、身体が一回消し飛ぶぞ」

「あ~、その手の台詞は逆効果になりますよ」

「は? なに、そんなに負けん気の強い子なの?」

 シリアスな顔で台詞を言ったディーネが、テレジアの呟きで元に戻る。

(変換、変換、変換? 魔力を何かに作り変える? AからBに変性する?)

 そこまで思考すると、頭の中で何かの式と紋様が浮かんできた。

(変性陣? 変性式?)

「あ……まさか、見つけたの!?」

 変性式によって魔力が編纂可能な状態に移り行く。

「案外早かったですね」

 変性陣が魔力を魔法へと作り変える。今現在、変性陣は華月自身の属性になっている。

 右手に闇の塊が出来始める。

(目標設定、ディーネ。発動意志、固定)

「ダーク・ジャベリン!」

 右手に集まってた闇の塊が、ディーネが見せたように槍の形になって――飛んだ。

 が、反動があったのか、華月は右腕を反対方向に弾かれただけでは済まず、体ごと後ろに吹っ飛んだ。

「ちっ、強固に創りやがって!」

「お任せを」

「ここ、壊すなよ!」

「善処します」

 テレジアが槍に向かって走り、

「『竜爪・一指』」

 右手に錐のような魔力の円錐が一本。

「はっ!」

 華月の放った魔法とテレジアの竜爪付の拳が正面衝突。

 華月の魔法が先端から徐々に欠けていく。同時に、テレジアの竜爪も欠けていく。

(硬いっ!?)

 が、テレジアは華月の魔法を見事打ち消した。

「あ~、いってぇ……」

 華月が右肩を抑えながら立ち上がる。右腕がぷらんぷらんしているので脱臼でもしているのだろう。

「バカねぇ。魔法を使うときでも作用と反作用が多少は働くのよ。それを考えも無しに矢鱈滅多らガッチガチに練り上げた魔力でぶっ放しちゃってまぁ……」

 呆れが入ったディーネの台詞に、テレジアは右手が痛いのか開いてぷらぷらさせている。

「魔法強度は十分でした。単純に発動だけさせれば上出来かと思っていたのですが」

 華月に近づき、華月の右手を取り上にあげる。

 がごん。

「っっっっ!?」

「肩を嵌めただけで大げさな」

「ふぅ。じゃぁ、今日のところはここの知識を流し込むだけにしておきましょうか。そうすれば明日以降、今日のような無様は晒さない様になると思うけど? どうする、カヅキくん?」

「え、いや、今日はこの後武器術担当のトレイアさんにも会う予定だって」

「分割意識体の統括が出来るんでしょ? ちゃんとやれば昏睡したりしないわよ。まぁ、その分トレイアの教えに対応できる意識体が減るわけだけど」

「……お願いします」

「決断早いわね。少しは悩みなさいよ。

 まぁ、いいわ。いくわよ」

 ディーネの右手の先に変性陣が現れた。

「トランス・メモリ」

「いっ!?」

 久々に感じる違和感。頭の中に情報の濁流が渦を巻く。

「ほらほら、もう取り掛からないと溢れるわよ」

「うっ、ぐっ!」

 華月は総力を挙げ、情報の仕分けを開始する。

「後一時間でこの部屋の情報全部流し込んであげるから、しっかり耐えなさい」

「一時間でこの量は、流石に無謀では?」

「テレジアに無謀とか言われたくないわね。鏡を見ることをお勧めするわよ。どうせ似たようなことを続けてきたんでしょ?」

「否定はしません」

 涼しい顔のテレジアに抜かりはない。あらゆる方向からの攻めの言葉に対し、素晴らしい受け流しの準備がされている。

「まぁ、今回は下地がありますし、何とかなるでしょう」

 珍しく楽観的なテレジアだった。





[26014] 第24話 正統派武器術講師 承部2話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/15 21:32


 鈍い頭の痛みを堪えながら、華月とテレジアは皇宮近くにあったディーネの住処を後にし、次に会う予定のトレイアの元へ向かった。

 トレイアの住処はディーネの住処よりも遠くにあるらしく、結構な距離を歩いていた。辺りは緑が深くなり始めている。

「なぁ、テレジア?」

「何でしょう」

「二人で歩くよりテレジアが飛んだほうが早くないか?」

「確かにそのほうが早いですよ。ですが、いまだボーっとしているそんな状態でトレイアの教えを受けられるのですか?」

「あ~、ちょっと無理だ」

 つまり、テレジアはわざと時間を掛けて歩いていることになる。勿論華月の為に。

「……苦労を掛けて――」

「それが仕事です。余計なことは考えず、貴方は貴方の務めを果たし、さっさと一人前と成ることを考えていてください」

 すっぱりと切る。

「そんな事より、まだ掛かりますか? もうそろそろ引き伸ばすのも限界です。トレイアに私たちの事を気取られました」

「え? ああ、もう大体片付いた。多分大丈夫だ」

 情報の渦は解体され、殆ど整理されている。しかし、自分の頭にこれだけの情報が詰め込めるのかと華月は驚いていた。

「着きました」

「……」

 森の中の開けた一角。その中央に仁王立ちする誰かが見えた。

「随分遅かったな」

「申し訳ありません。少々手間取りました」

「まぁ、いい。で、そいつがカヅキってヤツか?」

 こちらに近づいてくる女性。

 短い濃紫色の髪、少し釣り上がった切れ長の金の眼、全体的に鋭い顔つきで、やはり美人なのだが凄まれたら一発でビビる自信が華月にはあった。

「おい、挨拶も無しか?」

「お、遅れました。

 竜騎士見習い、瀬木 華月です」

 華月より頭一つほど背が高い。身体もテレジアたちより鍛えているらしく女性的な輪郭に硬質な雰囲気が滲んでいる。

「……。テレジア、本当に大丈夫なのか? あたしが撫でたら壊れそうなんだが」

「これでも私の基礎課程を突破しています」

「あ~、個別訓練に入ってんだからそりゃそうなんだがよ。あたしが言いたいのは――」

「見た目に惑わされないことです。こう見えて優秀ですよ」

 テレジアの口おから優秀などといわれ、華月が眼を丸くする。

「……。まぁ、竜騎士なら身体がどれだけ壊れても問題無いし、いいか。

 よし。あたしはトレイア=デネロだ。お前に武器の扱いを教える。ただ、あたしの教え方は優しくない事だけは覚えておけ」

「手荒いやり方には慣れています」

「ほぅ? 言うじゃねぇか。

 まぁ、基礎教育担当がテレジアの時点で手緩い教えは受けられねぇだろうがな」

「心外ですね。私は懇切丁寧に教えていますよ」

「けっ、どの口でほざきやがる。

 おいカヅキ」

「はいっ」

 顔を覗き込まれ、思わずビクッとする華月。

「お前、今まで何か武器を使ったことは?」

「特にありません」

「全くのド素人か。まぁ、真っ白な方が変な癖もつかなくて済むと考えるか」

「体術の基礎は私から盗み取っています。纏身系の身体強化も使えます」

「はぁん、そうか」

 そう言うと、トレイアは腰の裏から何か取り出した。二十センチぐらいの何かの金属の円筒だ。

「伸展」

 金属の円筒が伸び、長さ一メートルほどになる。

「ほれ」

「おっと」

 放り投げられた円筒を華月はキャッチする。見た目の割りにずっしりとした重量感。受け取った金属円筒は華月の予想より重かった。

「これは?」

「訓練用の汎用打棒・改だ。その長さなら剣としてでも棍としてでも槍としてでもある程度使えるだろ。形に囚われずまず使ってみろ」

 トレイアは少し離れ、地面に右手を向ける。

「あたしはこれを使う。展開、グラン・グレイヴ」

 唱え、右手を引き上げると地面に変性陣が描かれ、そこから槍が生えてきた。

「まぁ、とりあえず纏身系で強化しとけ。直撃するとその部分が吹っ飛ぶぜ?」

 槍を手に、トレイアが構える。淀みの無い熟練した動き。自然体のような風情で槍の穂先を華月に向ける。

 華月は言われた通りに纏身防御・竜楯を纏う。

「始めるぞ、せやぁっ!!」

 トレイアに魔力での身体強化の形跡無し。素の力のみで華月に襲い掛かる。

「うわっ!」

 最上段から打ち付けられる槍の穂先。頭上に翳した打棒は軋みすらせずそれを受けたが、華月の両肩が外れそうになるほど重く、両足が少し地面に沈みこんだ。

「グラン・グレイヴとその打棒は超密度のグラヴィ鋼で出来てる。あたしらの力でも壊れないから、このままだと圧し潰しちまうぞ?」

「う、ぐ……っ」

 ギリギリと地面に向け押し付けられていく。

「ち、くしょっ!」

 地面と平行にしている打棒を、握っていない左手側を沈ませ少し傾ける。

「お?」

 トレイアの槍、グラン・グレイヴが横に滑っていく。

 だが、華月は滑り落としきる前に、その状態から右手だけでトレイア目掛け打ち出す。

「おっと」

 呆気無くトレイアが跳ね上げた柄尻に打ち払われ、逆に大きくバランスを崩す華月。

 いつの間にかトレイアは持ち手の握りを入れ替えており、今度は穂先を華月に向けて切り上げる。

「えっ!?」

 華月の竜楯が易々と切り裂かれ、腹部から胸部にかけて鋭い裂傷を負った。血が飛沫く。

「このグラン・グレイヴは斬撃強化の高位魔力付与をされてる。掠っただけで深々と切り裂かれるぞ」

「先に言えよっ!」

 華月が打棒を両手で握って真っ直ぐに打ち込む。トレイアは回避。

 次、薙ぎ払い。トレイアは防御。

 切り返し、逆袈裟。トレイアはバックステップで間合いを取る。

「……緩い反り、中幅、両刃、両手持ち……」

 華月の打棒の扱いを見て、トレイアがブツブツと呟く。

 すると、打棒の形状が徐々に変化し始めた。華月は気付かない。トレイアに打ち込み、グラン・グレイヴの攻撃を回避し、防御する事に総ての意識を集中している。

 足の位置から身体の角度、重心の移動に至るまで細かく、最適だと思われる位置に持っていくことと、トレイアの動きを見定め、知覚し、先読みすることに全神経を集中している。

「初めてにしては良く動きますね。まともに喰らった一撃はあの一発のみですか。まぁ、武器を使っての攻防に慣れないせいか、矢鱈と動きが渋いですが」

 側から観ているテレジアも感心する。当然トレイアは相当手を抜いているのだろうが、それでも素人に対しては必要以上の攻勢を保っている。その状態で華月は巧く立ち回り、反撃のチャンスを狙っている。

「……ここにきて動きの淀みが減りましたね。一連の動作が連動し始めています……」

 テレジアは華月の動きが変化し始めていることに気づいた。一個一個確認するように動いていたぎこちなさが薄れ、どこかの動きに全体が追従するように連動して動き出し始めている。

(分割意識体、いくつか空いてきたな。そろそろ反撃に移るか!)

 華月がそう意識したとき、グラン・グレイヴが突き込まれた。

 手にしている元打棒を使い軌道を逸らし、引き戻されるタイミングに合わせ、間合いを詰める。

「おっ!?」

「だりゃぁっ!!」

 踏み込んで思いきり切り上げる。

 トレイアは冷静に刃先と塚尻を入れ替え、身体を後ろに逃がしつつ華月の切り上げの軌道を後追いし、下から更に弾き上げ、おまけに軌道を少し逸らした。

 急に加速させられた打棒は華月の手を離れ、宙へ弾き出された。回転しながら頭上へ飛んでいく。

「……案外、使えるじゃねぇか」

「……どうも」

 切っ先を喉元に突きつけられながら、華月が答える。

 トレイアは華月の喉元から切っ先を引き、落ちてきた打棒を軽々とキャッチ。

「どうやら、カヅキにはこの形の武器が合うようだな」

「……?」

 ずん。と、地面に突き立てられた打棒は、緩い曲線を持つ、少し幅のある両刃の形になっていた。柄に当たる部分は両手で持って多少余る程度。華月の知識には似たような武器は一つしか無かった。

「サーベル? か?」

「両刃の曲刀、刀身部分の形状だけなら一般にはサーベルって呼ばれる形状だな。柄が両手持ちでこんだけ刀身が長いのは、あんまり無いが。
お前の打棒の扱い方から推察した、お前が使い易い形状だ」

 と、言われ、華月は突き立てられた打棒を地面から引き抜いて何度か振ってみる。

「とりあえず形状だけ推察しただけだ。そのままじゃバランスが悪くて馴染まねぇよ。後でドワーフにでもその形状で注文するんだな」

 ドワーフに。というキーワードに華月は渋い顔になる。

「ん? 何だ?」

「ドワーフかぁ……」

「武器、防具ならドワーフの鍛冶師に頼むのが一番確かだ。問題でもあるのか?」

 華月の反応に戸惑うトレイア。華月はウンザリした調子で。

「頭領に喧嘩を売ってきた」

「はぁ? 一体どんなことで?」

「……ヴェルラが俺を騎士にした理由が解らない、見る眼がないんじゃないか。って、ヴェルラを馬鹿にされたから」

「……あ~、それは怒っていいな。でもなぁ、ドレンのおっさんに喧嘩売っちまったのか……。こりゃぁちょっと拙いな。

 テレジア、カヅキの武器はどうするつもりだ?」

「ドワーフに依頼します」

 さらっと告げるテレジアに、トレイアは「はぁ?」な、顔になる。

「何も、ドレン頭領だけがドワーフの鍛冶師ではありませんよ」

 ニヤッと笑うテレジア。何だかその顔が、凄く様になっているように華月には見えた。





[26014] 第25話 次世代を担う娘たち、参上・1 承部3話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/05/22 22:00

 トレイアの武器術訓練も今日は顔合わせが目的だったので早めに切り上げ、昼食時と言うこともあり皇宮に戻る。華月は先ず服を着替えた。

 そして昼食を腹に収め、午後はテレジアの発展体術だったのだが。

「……」

「……」

「……」

 技法などを実地で訓練中、華月とテレジアは物陰から伺うような視線を感じ、同じタイミングで動くのを止め、そちらを観る。

「ひぅっ!?」

 岩陰にさっ! と、隠れる小柄な人影。

「テレジア、睨むなよ」

「睨んでなどいませんよ。ただ、見ただけです」

 と、言いつつ、テレジアの視線は物凄く鋭かった。

「誰ですか? 居るのは判っているのです、出てきなさい」

「……」

 そう言われても、何故か出てこない人影。


 そのまま一分が経過。


「……ちっ!」

 イィィィィィィィ! と、何やら凄く耳障りな音がした。

「うぇっ!?」

 人影が隠れていた岩が、粉微塵に砕けた。

「えぇ~……何コレ……」

「少し岩に衝撃を与えてみました」

「衝撃ってレベルか? どうみても音波攻撃……。ヴェネスド岩だろ、あれ」

 涼しい顔のテレジアだが、その実舌打ちで発生した音波を口腔内で反響・増幅し、特定方向へ指向を持たせ放ったのだった。どういう原理か華月には理解できなかった。

「うぅぅ……」

 岩に隠れていた人影は、ドワーフのヴィシュルだった。可哀想にも突然目の前の岩が砕けたことでうろたえている。

「あれ? ドワーフの……」

「こ、こんにちわ! ドワーフのアーズ一族、ヴィシュルです!!」

「貴女でしたか。……珍しいですね、鍛冶場から出てくるというのは」

 そういわれると、ヴィシュルは物凄く申し訳なさそうな顔になった。

「昨日はウチの頭領が失礼なことを言ってしまい、誠に申し訳ありませんでした」

 華月に向かって深く頭を下げる。

「……あぁ、別にいいよ。言われた事が全く当たってないわけじゃないし。

 謝るなら俺じゃなくて、ヴェルラの所に行って――」

「いいえ! 貴方にも謝らないと気が済みません!!

 初対面であんな態度を取る親父が悪いんです!」

 声を荒げて自分の親を非難するヴィシュル。何か不満があるのだろうか。

「大体です、何かにつけ高圧的な態度になるのはどうかと思うんです! 私の事だって何時まで経っても半人前扱いで!」

 どうやらヴィシュルはそこに特大の不満を抱えているようだった。

 それを見て取ったテレジアが、堪えきれないらしい邪悪な笑顔を一瞬見せた。

「ヴィシュル。実は、カヅキの武器について相談があるのですが」

「え? 何ですか?」

「形状が決まったので、正式に依頼を。と、思っていたのですが、どうやらドレン頭領はカヅキが気に入らないようです。

 そこで、貴女がカヅキの武器を造り上げ、ドレン頭領の鼻を明かせてやりませんか?」

「……」

 テレジアの言葉に、ぽかんとなったヴィシュルだったが、ドレンの鼻を明かすということに非常に共感したらしい。

「やります! 私がやります!!

 カヅキさん! 私に任せてくれませんか!?」

「え? ああ、うん……。俺は構わないけど……」

「ありがとうございます! では、アルヴェルラ女皇陛下にお詫びと報告をしてきます!!」

 だっ! と、非常に興奮した様子で駆け出したヴィシュルを、華月とテレジアは見送るだけだった。

「……あんなに焚き付けて、いいのか?」

「問題ありません。彼女はいずれアーズ流を継ぎます。それだけの実力を秘めている子です。ここらで荒く揉まれて一皮剥ければ化けるはずです」

「テレジアの分析か?」

「そうです。事実、彼女が鍛えた武具は近年質を上げてきています。ドレン頭領はいまだに彼女を半人前扱いしますが」

「へぇ、そうなん――」

「そこっ! 退きなさい!!」

 鋭い声が掛けられ、華月は言葉も途中でバックステップを刻んで一気に後退した。

 華月の立っていた所へ、一つの人型が降り立った。

「ふぅ、避けてくれてありがとう」

「ぶつかる様な下手は打ちたくないからな」

 肩を竦める華月。

 降り立ったのはリフェルアだった。ただ、服装が違っており、髪も一括りにされている。幾つかの宝飾品も身に付けているようだ。

「上からの登場とは、些か慎みが足りないようですね。

 リフェルア=セフィール」

「こんにちは、テレジア総纏役。

 少し遅れたので急いだだけです。お気になさらないよう」

 テレジアとリフェルアの間で火花が散っているようだ。お互いがお互いを気に入らないと思っていると、脇に居る華月にも読み取れるほどに。

「何だ? 二人は仲が悪いのか?」

「いいえ、そんな事はありません」

「そんな事無いわ」

 華月の質問に揃って即答で否定した。

(……仲、悪いんだな……)

 どうも同族嫌悪な雰囲気だが、華月はそれ以上を口にするのを止めた。藪蛇になる恐れが大だからだ。

 ここは華月が話題を提供して場の空気を変える必要がある。

「それで、リフェルアはどうしてここへ?」

「昨日、後日伺いますって言ったでしょう。今日にしたのよ」

「ああ、話は聞いています。カヅキを視察するのでしたね。

 でしたら、先ず陛下のところへ」

「言われるまでも無いわ。では、失礼」

 先ほどのヴィシュルに続き、リフェルアも皇宮の中へ入っていった。

「……テレジア、ヴィシュルとリフェルアって仲悪いのか?」

「属性的には反発します」

「それは知ってる」

「……まぁ、あの二人も例に漏れません」

「解っててリフェルアを行かせたな?」

「何のことでしょう。私はきちんと手順を踏むように言っただけですが」

「……」

 しれっ。と、答えるテレジアに、華月は深いため息をついた。

「俺も行ってくる。いいだろ?」

「構いませんよ。小休止としましょう」

 言うなり、テレジアは砕いたものとは違う岩に腰を下ろし、眼を閉じる。

「先ほどまでの組み手で、解ったことがあるので。それについての考えを纏めていますから、あちらを優先してください」

「助かる」

 テレジアの言葉に感謝して、華月も二人の後を追って皇宮に入っていく。

「……やれやれ。自分から面倒に首を突っ込こまなくてもいいのに」

(さて、カヅキには私が教えられることが無くなってきたわね。私はそろそろお役御免かしら)

 テレジアに一抹の寂寥感があった。過去に教育を頼まれたどの竜騎士より早く、華月はテレジアの手を離れようとしている。練度や行動の選択肢、経験がものを言う部分に関してはまだまだ未熟ではあるが、技術・技巧的な部分に関してはテレジアの持っている七割以上を吸収している。

「……優秀すぎる教え子というのも、面白くないものね」

 最終的に自分が持っている総てを教えるか否か、テレジアは静かに考え始めた。





[26014] 第26話 次世代を担う娘たち・2 承部4話 
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/05 22:15

 基本的に、女皇の仕事には密度にムラがあるものだ。

「今日は平和だな」

 数枚の書類を片付け、今日はもう基本的にやる事が無くなったアルヴェルラは、執務室で茶を飲みながら一息ついていた。

「ん~、やはりデジネア茶が一番だな」

 ゆっくりとお気に入りの茶を啜っていると、聞き馴染みの無い足音が近づいてくることに気付いた。

(……歩幅が小さいな。このリズムはフェリシアでは無いようだが……。誰かと約束があったか?)

 足音は執務室の前で止まり、ドアがノックされた。

「入れ」

「失礼します」

(ん? この声は――)

 ドアが開き、執務室にヴィシュルが入ってきた。

「ヴィシュルか。どうした?」

「先日のお詫びと、報告に上がりました」

 一礼し、ヴィシュルが来訪理由を述べる。

「先日の詫び?」

「はい。父が陛下の騎士に対し、大変な暴言を吐いたことへの謝罪です。

 誠に申し訳ありませんでした」

「……ああ、そのことか。いや、私も大人気ないことを言ってしまったからな。その事に関してはお互い様だろう。

 謝るなら、私ではなくカヅキに謝ってやって――」

「カヅキさんには陛下に謝るように言われました」

「ん、そうなのか?」

「はい」

 ヴィシュルは苦笑する。アルヴェルラも同様に苦笑する。

「なら、その件については手打ちだ。気に病む必要はない。

 それで、報告とは何だ?」

「竜騎士カヅキの武器、製作は私が担当させて頂きたく思います」

「ヴィシュルが、か?」

「はい。頭領からは未だ半人前と扱われている身ですが、是非私に」

 ヴィシュルの言葉から、強い意志を感じるアルヴェルラだったが、今一つ煮え切らなかった。

(確かに、ヴィシュルの腕が上がってきているということは聞いているし、普通の金属を扱わせれば十分な腕前になっているのだろうが……)

 一つの懸念があったからだ。

 竜騎士の武器には不朽金属を使うことが原則になっている。不朽金属に類するものは扱いが非常に難しく、アーズ流ならば上級鍛冶師以上の力量が要求される。ヴィシュルがそのレベルに達しているのか、そこが引っかかっている。

「ヴィシュル。一つ聞きたいんだが、構わないか?」

「私にお答えできることならば」

「不朽金属類を、扱えるのか?」

 アルヴェルラの言葉に、ヴィシュルの体が強張っていく。

「……まだ、精製法の修練段階です」

「それで、任せても大丈夫だと言えるのか?」

「……」

 真っ直ぐにアルヴェルラを見ていたヴィシュルが、視線を外した。

「職人とは、職種に係らず自らの仕事に確かな自信を持つと聞く。

 ヴィシュル、敢えて聞こう。

 
 ――任せても、大丈夫だ。と、答えられるか?」

 
 アルヴェルラから、異様な圧力が掛けられる。

 半端な答えで中途な仕事は許さない。と、全身が言っている。

 その圧力に、ヴィシュルは息を呑む。

(竜騎士の武器が不朽金属で作られるには、理由がある。主たる竜種の加護を享け、尋常ではない力を発揮する。それらに耐え、遺憾無く機能する必要があるからだ。

 生かな代物では役に立たないどころか、所有者を危険に晒す)

 その事があるから、アルヴェルラは確かな腕を持つドレンに頼もうとした。そして、それはヴィシュルも理解している。

 だが、それでも、ヴィシュルはテレジアに言われたあの言葉、「ドレンの鼻を明かす」という自分を最大限に燃やす燃焼剤で、燻っていた何もかもが燃えようとしていた。

 視線をアルヴェルラに戻し、決意を言葉にしようとした。

 そこで、ドアがノックされる。

「誰だ? 今は少し取り込んでいるのだが。急ぎでないのなら後にしてもらえるか?」

「セフィール一族のリフェルアです。お手間は取らせません。許可をいただきに参上しただけですので」

「リフェルア? 珍しい客が続くな。入れ」

「失礼致します」

 ドアを開け、リフェルアが入ってきた。

 室内に満ちる異様な雰囲気に一瞬繭を顰めるが、直ぐ何時もの顔に戻し、優雅に一礼した。

「陛下に置かれましては、本日もご機嫌麗しく――は、無いようですね」

「ん? そんな事は無いぞ。私が不機嫌だったら誰もこの部屋に入れたりしない。

 それで、どうした?」

「カヅキの視察を許可していただきたく思いまして。彼の儀礼正装の制作担当としましては、実力の程を確かめたく思います」

「ああ、今日にしたのか。

 いいぞ。好きに見ていってくれ。私も後で行く」

 リフェルアとアルヴェルラのやり取りに眼を丸くするヴィシュル。その内心に、父親に対するものとは別種の炎が盛ろうとしていた。

「はい。ありがとうございます。

 では、お取り込みのようなので、私はこれで失礼します」

 ちらり。と、ヴィシュルを一瞥し、アルヴェルラに一礼して、リフェルアは退室した。

「さて。それで――」

「陛下、儀礼正装と竜騎士細工はリフェルアさんが作るんですか?」

「ん? ああ。彼女が今、工房長をしているらしい。フィーリアスのお墨付きだからな。本人も自信満々で、むしろカヅキに不安があるというぐらいだ」

「……そう、なんですか……」

 ヴィシュルの裡で、悔しさと対抗意識、自身に対する不甲斐無さ等も追加で燃える。

「陛下、自分が未熟な身であることは重々承知の上です。

 ですが! 私にお任せください……!! 必ず、必ず自信を持って献上できる武器を鍛え上げてご覧にいれます!」

 最早アルヴェルラを睨む勢いだ。

「その言葉、後で後悔するなよ?」

「はい!!」

「なら、成し遂げて魅せろ。

 名に恥じない仕上がりに期待する。ヴィシュル=アーズ」

 そう結び、退室を促す。

「失礼します」

 最敬礼で一礼し、ヴィシュルも退室する。

「はは、若い者たちは元気だな。しかし、二人とも親によく似たなぁ」

 昔を思い出し、アルヴェルラはこみ上げる笑いを必死に堪えた。今でこそ涼しい顔で接するようになっているフィーリアスも、昔はリフェルアのような態度だったし、若い頃のドレンもヴィシュルのように真っ直ぐに熱い奴だった。

「やれやれ。こんな感覚を覚えるようになるとは、私も歳を取ったということか?」

 種族に違いからくる寿命の違い、思考の変化速度の違い、その辺りがそろそろ如実に出始める頃になっていた。

「フィーリアスとは千余年、ドレンとももう百数年の付き合いか。そう考えると、まぁ、仕方の無いことか」

 アルヴェルラは、冷めてしまった茶を淹れ直す事にした。





[26014] 第27話 次世代を担う娘たち・3 承部5話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/05 22:19

 華月が二人の後を追って皇宮内を歩いていると、前からリフェルアが歩いてきた。

「あら、どうしたの?」

「二人が気になったから追いかけてきたんだ」

「何が気になったのよ」

「いや、ほら、二人の属性の相性は――」

「属性の相性……ああ、あの子は火と土で、私が水と樹だってこと?」

「反発するだろ?」

 華月の言葉を、リフェルアは鼻先で笑った。

「そんなの、自分の意志一つでどうとでもなるわ。私は、だけどね」

「そうなのか?」

 不思議そうな顔になる華月に、リフェルアは勝ち誇ったような表情で返す。

「属性の相性は本能に作用するの。だから、反発する相手とは会話したりすると何と無く苛立ったりするわ。でも、それは属性の特徴が性格に現れたりするからで、それを踏まえていればそこまで引き摺られたりしないわ。

 私が飄々と手応えのない性格をしているのも、水の属性の影響よ」

 水は掴もうとしても手応えが無いでしょう。と、言われ、華月は納得した。が、納得したのは属性と性格の関係性の部分で、リフェルアの性格については認められなかった。

(リフェルアの性格はどう考えても絡み付く蔦だよ……間違いなく樹の属性が影響してるよ)

「まぁ、解説はこのくらいでいいわね。

 テレジアさんのところに戻るわよ」

「え?」

 華月の脇をすり抜け、先に進むリフェルアに、戸惑った。

「え? じゃ、無いわよ。私は貴方の訓練風景を見に来たの。貴方が、私が儀礼正装を作るに相応しい相手かどうか確認するために」

「あ、今日なのか」

「都合が悪かったかしら?」

「いや、いつでも変わらないな」

 リフェルアの脇に並んで歩く。ついつい華月の視線はリフェルアの横顔に向けられる。

「何?」

「え、いや、別に何も……」

「そう」

 君の横顔が綺麗だから。などと歯の浮くようなセリフは決して言えない。その手の言葉がリフェルアの気に障ると学習済みだからだ。同じ轍を踏み、失敗するのはもう御免だった。

(しかし、本当に凄い造形だよなぁ。このバランスは)

 つい、平々凡々な自分の容姿と比べて、軽く凹む華月だった。

(ヴェルラとテレジア、フェリシアにトレイア、ディーネ……は、よく見えなかったけど、ダークネス・ドラゴンも今のところ美人ばっかりだしなぁ……。エルフはまぁ、当然として。あの頭領とヴィシュルを基準にすると、この世界だとドワーフも美形が多いのか?)

「本当に何もないのかしら?」

「あ、悪い。不躾だったな」

「じっと観られると気になるのよ」

「いや、この世界の竜種や妖精種ってみんな美形なのか? って、気になってな」

「貴方の美意識の価値観が解らないから何とも言えないわ。どんなものが美しいとか思うの?」

「ヴェルラ、テレジア、フェリシア、トレイア、リフェルア、ヴィシュル……。俺が会った全員がそうだな」

 華月の言葉に、リフェルアは眉根を寄せた難しい顔になった。

「見慣れた名前ばかりだけど……まぁ、基準をそこに置くのなら、美形が多いということになるでしょうね。

 でも、それだと亜人種の全般には嫌悪感を感じそうね」

「は?」

「亜人種には、獣の特徴があるって知っているわね?

 オークやゴブリン、コボルト、オーガ、トロール、ケンタウロス……人間たちがモンスターなんて呼んでる種族は外観が異形よ。

 そして、注意しないといけないのが人類種の試作品として創られた、最低最悪の亜人種のニルダ族。他の種族に物凄く嫌悪されているのだけど、まぁ、気が向いたら調べてみるといいわ。多分、ダークネス・ドラゴンの蔵書には記載されていないと思うけど」

「そ、そうなのか?」

「亜人種の中にももっと人型に近いのも居るわ。詳しくは列挙するのが面倒だから人類種が括ってる呼び方で言うけど、俗に獣人族って呼ばれる、身体の一部にだけ――耳とか尻尾とか、手足ね。そこに獣の特徴を持って、それに応じた身体能力を発揮する亜人種がそうね。

 ……外見が人類種に近い種族は、何かと人類種相手に苦労しているのだけど」
最後は、苦虫を噛み潰した様な顔を一瞬見せ、声音に怨嗟が乗った。

「お話はここまでね。

 さぁ、魅せて。貴方の力を」

 リフェルアが指す先には、仁王立ちするトレイアとテレジアが居た。



 修練場に、何とも威圧感のある二人が揃っていた。

「テレジア、何でトレイアが居るんだ?」

「丁度ヴィシュルが来ましたから、あの原型を持ってきてもらいました」

 近づいてみれば、トレイアのこめかみにはちょっとだけ青筋が浮いていた。

「……昼寝してる最中に、大声で呼びつけられたんだよ……。共鳴音叉なんて使いやがって」

「共鳴音叉?」

「あの岩を砕いた技法の本来の使い方です。離れた相手に声を届かせるために使います」

「糞ウルセェからみんな使わねぇんだけどな。コイツはお構いなしに使いやがる」

 余程響くのだろう。トレイアは明らかに苛立っている。

「更に丁度良いので、二対一で訓練します。ああ、トレイアは素手でも強いので心配要りませんよ」

「心配すんな。加減なんかしねぇから」

「……そんな心配してない」

 華月が思わず溜息をつきたくなった時、テレジアとトレイアは同時に華月から距離を取った。

 空気が変わり、華月は反射的に二人に意識を向ける。

「ああ、一つ忠告します。

 眼は二つで、焦点は一つです。それでは全周囲を把握することはできません」

「あ? 当たり前――」

 華月はそこで言葉を止め、思考を廻す。含みと裏がありすぎる忠告だからだ。

「……了解。始めようか」

「結構。

 トレイア、行きますよ」

「あいよ。

 カヅキ、簡単に砕けんじゃねぇぞ」

 自然体のテレジアと、構えるトレイア。対照的な静と動だ。

(なら、先に仕掛けてくるのは、トレイアだ)

 と、判断し、トレイアに意識を集中し、竜楯を纏った華月だったが――。

「油断大敵、ですよ」

 聞こえたその声が、華月に空を仰がせた。

 下顎に峻烈なアッパーカットが綺麗に決まり、茫然としたまま宙に殴りあげられた。

「決まっちまうぞ」

 華月の飛ぶ高度に達したトレイアが右の回し蹴りを華月の腹に直撃させる。

 踏み固められているはずの修練場の地面に大きなクレーターが出来上がる。

 その中心から、華月が起き上がる。

「……」

「これ以上は教えませんよ」

「……解ってる」

(二人とも纏身系は使ってない。魔力を感知するのは無理、と……)

(竜楯でダメージは無し。全然動ける)

(習い始めの魔法は隙が大きすぎる。実戦での使用は不可……)

 同時にいくつも思考しながら、テレジアのヒントも合わせて考える。

(全体を確認するためには焦点を増やす? 構造的に無理だな。焦点を遠くに置く、のか? でも、それだけじゃ背後までカバーできない……)

 纏身防御を解き、全速でテレジアの背後を取る。

(ん?)

「甘いぜ」

 テレジアの背後に着いた瞬間、微妙な違和感を肌で感じた華月は、一瞬動きが鈍った。そこをトレイアに狙われ、横っ面に左ストレートをクリーンヒットされてしまった。

 通常あり得ない縦回転をしてから地面を滑る華月。

 起き上がり、纏身防御をまた纏い、二人に掛かっていく。

 答えが出るまで体を動かして体感するようだ。



 様子を見ながら、リフェルアは思考する。

(未知の状況に対する対応力が低いわね。基礎能力が高いから、それに頼ってる節が目立つ。気づけば一気に学習、応用するタイプね。

 だから、結果として評価が高くなるわけか……)

 現時点での戦闘能力は、正直リフェルア以下と言わざるを得ない。総合的にはリフェルアの方が経験値が高い。

(まぁ、竜騎士になって二週間程度でこの段階というのは、確かに凄い事だけど、速成な分熟練度で劣るわね。

 ああ、そこはその避け方じゃ――)

 また華月が宙を舞う。下に打ち下ろされる。真横に飛んでいく。岩に激突して何かが華月から剥離して周囲に散った。

「うわぁ……。悲惨に飛散……」

「ん? ああ、今のは肋骨ね。正面から殴られて広範囲で砕けた肋骨が、岩に背中から激突して、衝撃で弾け飛んだんでしょう」

「か、解説ありがとう……」

「いいえ。礼には及ばないわ。

 それより、許可は貰えたのかしら?」

 そこで、リフェルアが顔を横に来ていたヴィシュルに向ける。

「まぁ、条件を付けられたけどね。一応」

「そう。まぁ、頑張りなさい」

「リフェルアさんも――」

「私は私に出来るだけの事をするのよ。全力でね」

 冷たく感じる返し方だが、リフェルアが本気になっている。と、それが読み取れたヴィシュルは何も言わなかった。

「あ、リーフェとヴィシェだ。珍しいね?」

 上から、フェリシアがふわりと降りてきた。

「久し振り、元気だったかしら?」

「こんにちは。お邪魔してるよ」

「なんで二人がカヅキの訓練を――。あ! 華月の儀礼正装と武器、二人が作るの?」

「そうよ」

「一応、ね」

 普段通りのリフェルアと、少し決まりの悪いヴィシュル。自信の有り無しの差だろう。

 三人がそんなやり取りをやっている間にも、華月はどんどん削られていっていた。

「おらおら、そろそろ左腕をモグぞ!」

「右足は、要らないようですね」

 左上腕がトレイアに鷲掴みにされ、肉を千切り取られた。

 右脹脛がテレジアのローキックで吹き飛ばされる。

「うわ、グロい……」

「竜騎士の身体で竜楯を纏っていても、純竜には、今のままだと力比べで負けるわね。それに、早く気付かないかしら。知覚域に」

「か、カヅキ~……」

 三者三様にその様を観る。




 華月の内心の焦りは限界近くにまで高まっていた。

(突破口がっ! 見えないっ!?)

 分割意識体は戦闘に振っていない分が臨界速度で思考を廻している。

(テレジアに近づいた時の違和感、あれは――)

(二人の背後を取っても、まるで知っているように対処された)

(行動予測や先読みじゃない。パターンから外れた動きや、即興の動きも完全に捌かれた)

 今度は右胸部にテレジアの貫手が突き刺さる。

 構わず右手で殴ろうとすると、右腕を背後からトレイアに捻られ、肘関節を折られる。

「おいおい、いい加減学習しろよ」

「これは難しかったですか?」

 流石に動けないと判断したのか、二人が攻撃の手を止めた。

 テレジアが右手を抜き、トレイアが右手を放すと、竜楯の維持も出来なくなった華月が地面に倒れ伏す。

(……なん、だ? この違和感は――?)

 やはり感じる周囲の違和感。目には見えない何かが、薄く二人を囲んでいるように感じる。

(なぁ、やっぱり無理だったんじゃねぇか? コレをあれだけのヒントで体得させんのは)

(出来る筈です。認識できるよう隠蔽せず、こうしてやっているのですから。これでカヅキは予想外にも魔力察知を出来るようになりました。)

 華月の頭に、《声》が、幽かに聴こえた。

(とは言え、コレは本来気配察知が自然に出来るようになってから教えるもんだろ。拙速すぎるって)

(華月は魔力察知が出来ているのです。難易度の高い方が自然に出来ていて、より単純な気配察知が出来ないわけがありません)

 意識すると、声ははっきりと聴こえるようになってきた。

(拗ねてねぇといいけどな。普通、ここまで一方的に嬲られたら心が折れるぞ?)

(そんな軟弱になるような教育はしていません。この程度で折れるなど、論外です)

(この程度って……おいおい、どんな教え方してんだよ……)

(もっと削って、砕いても、カヅキは小竜化した私に挑んできました。この程度で音を上げる筈はありません)

 断言される絶対的なテレジアの信頼の言葉。これを聞いて裏切れる奴は、人でなしのレッテルを貼られても仕方ないだろう。

 身体は直った。もう動ける。

 華月は一挙動で撥ね起き、二人から距離を取る。

「お、もう動けるのか。まだ寝ててもいいぞ?」

「無理はしない事です。少し手加減しましょうか?」

 挑発ともとれる二人の言葉。だが、華月は怒ったりしない。

「……」

 静かに息を整え、二人を良く『視る』。視覚は元より、その他の部分でも。

(魔力察知と同じ……なら、気付けば視える筈だ。そのチャンネルが解れば――)

 一点集中し、意識を凝らすのではなく、二人を眺める感じに視点を遠く、焦点をあやふやに。

 自分を周囲と馴染ませ、知覚領域を拡大する。

 出身国の独自武道に通じる、静の状態に置ける観察術。相手の動きの総てを察知する、自身の背後すら見通す。

 その内に分割意識体の一つが、自然と身体から解放され、自分の周囲に広がる。その領域は次第に広がり、終に――。

(お~? これは……気付いたか)

(カヅキ、聴こえますね? 知覚域の展開が出来ましたか)

「な、何だ、これ?」

「自身の周囲を察知する、知覚域という領域です。それは自分の意識を周囲に薄く展開することで形成します。慣れれば意識せずとも常時展開していられます」

「基本的に視認不可。同じく知覚域の展開が出来る奴にも見えなくすることもできる。あたしらはお前に解り易いよう隠蔽も遮断もしていない状態だ」

 広がった華月の知覚域は、傍で見ている三人にも届いた。



 気付いたのはリフェルアだった。

「カヅキが知覚域の展開に成功したわね。これで二人と勝負になるわ」

「え、これ知覚域の訓練だったの? 二人が憂さ晴らししてるだけだと思ってた……」

「いくらあの二人でも、そんな事しないよ。

 でも、そっか……。テレジアの手を離れるのも、もうすぐだね」

 やはり三者三様の感想が出た。

「さ、再開みたいよ」

 リフェルアが自分の知覚域を不可視状態で広げる。遠くの目標を狙撃するリフェルアの知覚域の広さは、最大で華月が広げた三十倍以上にもなる。

 テレジアとトレイアの二人が同時に動く。華月は動かない。が、今度は正面から繰り出される攻撃、死角からの攻撃、フェイント有りの攻撃までも何とか避けられるようになっていた。

「応用力は高いのよね……だからテレジアさんも体感させて体得させる」

「一見単なる虐めだけど」

「あたしもそう勘違いしたんだよね。でも、もう解ってるから」

 そうして華月の訓練風景を見ている内、リフェルアの顔付きが普段よりも真面目なものになっていく。

(いまだに発展途上。でも、速成でも着実に進歩している。認めないわけにはいかないわね。戻ったら、地下に潜るとしましょうか)

 リフェルアは決めた。自分が華月の儀礼正装を、きっちりと作り上げると。

 ヴィシュルも神妙な顔つきになる。

(ぶっつけ本番で、あそこまでやられても諦めない……。私だって、負けられないね!)

 新たな領域に踏み込み、必ず約束を果たすと、心に刻む。

(カヅキがどんどん一人前に近づいていく……でも、あたしは――)

 一人、小さな孤独感を感じ始めたフェリシア。華月が眩しく見えてきていた。

 華月の訓練は、日が暮れるまで続いた。





[26014] 第28話 不具合発生 承部6話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/13 00:08


 日が傾き、山々の稜線に差し掛かる頃、ようやく華月の訓練は終わりとなった。

 訓練が終わる随分前に、リフェルアとヴィシュルはそれぞれの住処に帰っていった。フェリシアも割り振られている仕事を終わらせに戻った。

「ふぅ。久々に素手ってのも、悪くなかったな」

「お疲れ様です。

 カヅキ、知覚域の使い方は解りましたね」

「……お、おぅ……」

 まだ欠損箇所が復元されておらず、仰向けに倒れたまま喘ぐ様に返事する。

「なぁ、カヅキ? お前いつもこんな風に教えられてたのか?」

「だ、大体は……」

 ようやく機能を取り戻した両手で、腹部の裂傷から零れた腸を押し戻しながら、華月は覗き込んでくるトレイアに答える。

「……ここまでボロクソにされてる見習いは、ここ五百年は見たことねぇな。まぁ、大体が戦える連中だったからなぁ。ド素人がテレジアに扱かれちゃ、こうなるか」

「安心してください。今日で私の教える発展体術は、お仕舞いです」

 テレジアの何気ない一言に、華月は思わず頭を持ち上げてテレジアを見る。

「何を驚いているのです? 基礎固めから無手の戦闘技法は粗方、文字通りに叩き込みました。私の動きも十分に見ていたでしょう。ここから先は武器の扱いと魔法の訓練に集中してもらいます」

「え、でも……」

 釈然としない。まだまだ足りない気がした。

「貴方の成長速度が速すぎました。調子に乗って前倒しで教えた結果です。これ以降は自身で研鑽し、適した技を身に付けなさい。望めば、時々相手をして上げます。

 今日まで私の訓練に付いて来れた事、賞賛します」

「あ……」

 テレジアが反転し、皇宮へと消えていく。

「お~、あのテレジアがあんな事を言うとはねぇ」

「……」

「何だ? 嬉しくないのか?」

「いや、何だ? すっきりしない……。本当に、これで終わりなのか?」

「ん~、正直に言うとな。お前が知覚域を習得してからの攻撃はあたしもテレジアも随分やり方を変えてたんだ。それこそ人間が数十年修練してようやく体現できるような技も使ってた。お前は朧気にもそれらを自分の動きに取り込んでやってたんだよ。まぁ、あの集中っぷりだと無意識だろうがな」

 修復が終わっても立ち上がらない華月を、トレイアが引き起こす。

「ま、テレジアの言葉に嘘は無い。ここから先は自分で何とかする領域だ。これまでテレジアがお前につぎ込んだモンは、相当な価値がある。何せあいつがこの千年、磨き上げた身体操作の共通基礎なんだからな。

 さて、あたしも帰るわ。さっきヴィシュルにあの形状で一般的な金属で何振りか作ってくれるよう頼んどいたから、それが届くまであたしも教えられねぇから、しばらくはディーネに魔法でも教わってな」

 言い終わると、一気に飛翼を展開し、トレイアは飛び去った。

 その場に残された華月は、突然の終了宣言に呆然としてしまって、動けない。

「カヅキ? どうした」

「……ヴェルラ?」

 声を掛けられ、振り返るとアルヴェルラが近づいてきていた。

「済まないな、今日の訓練には顔を出そうと思っていたんだが、途中で急用が入ってしまった」

「そうか……」

「心此処に在らず、か。どうしたんだ?」

「テレジアに、もう教えることは無いって言われた」

「……そう、か。私の予想よりも早かったな。後三、四日は掛かると踏んでいたんだが」

「ヴェルラも早々にテレジアが教育を終わりにするって読んでたのか?」

 何故? と、言わんばかりの華月。

「聞いているだけで、実際に目にした回数こそ少ないが、カヅキの成長速度は異常だ。技術の吸収速度が可笑しい。まるで最初から知っていることを思い出しているだけのようだ。

 そんな風に思える程の成長ぶりだ。だから、何かで躓かない限り早い内にテレジアはお前に教えることがなくなるだろうと思っていた」

「そう、なのか……? いや、そうか……。

 ……そうだよな。前の世界で、こんなに上手く行ったことなんてなかったもんな……あれ?」

「そこの所は解らないが、ここではカヅキはどんな英雄譚に出てくる英傑より、速い速度で成長している。

 目下、魔法と武器術が終われば、私の竜騎士として、皆に披露するからな」

「……ああ」

 華月がどこか気の無い返事を返すと、アルヴェルラの表情が少し翳った。

「嬉しくないのか?」

「それは嬉しいんだ。でも何だか、昔、『期待』が凄く重くて、俺は――」

「カヅキ? どうしたんだ?」

 華月が右手を頭に当て、俯く。

「いや、今更だけど、混乱してる……。言われた通りに訓練してきたけど、本当に、今更……、何で、俺は――」

「あ~、陛下。この子ちょっと預かるわ」

「その声はディーネか?」

 アルヴェルラと向かい合っていた華月の背後に、黒い霧状の塊が現れたと思えば、それからはディーネの声が聞こえてきた。

「こんな格好で失礼するけど、大目に見て欲しいわ。ちょっと急を要するから。
この子に魔法の関連知識を流し込んだとき、ちょっと触ったんだけど、気になってね。精神構造の頑健さと、過去の記憶との接続が途切れすぎてたのが引っかかってたの。

 何かの拍子でそれらが繋がった場合、もしかしたら酷い混乱と、最悪は人格が破綻する危険があるって思って観てたんだけど、このタイミングで繋がりかけてるみたい。他人の精神に干渉するのが得意なの、皇宮内に居ないでしょう? だから私が預かるわ」

「確かに居ないが、カヅキは私の騎士だ。私が――」

「廃人になられたら、陛下を含めドラグ・ダルクの全員が困るのよ。失敗は許されないわ。

 明日、様子を見に来て」

 黒い霧が華月を取り込み、小さくなっていく。

「待て! 許可していな――」

「後で幾らでも叱られるから、一旦任せなさい。いいわね、アル」

「ディーネ!?」

 霧が完全に消失すると、そこにはアルヴェルラだけが取り残された。

「ディーネに姉面されるのは久しぶりだが、カヅキは私の騎士だ! テレジアもディーネも、揃って私から取り上げる!」

 テレジアはアルヴェルラよりほんの五十年ほど早く生まれ、ディーネは二百年ほど早く生まれている。竜の時間概念からすれば些細な差でしかない。

「自分の騎士の危機を、苦手だからと言って他人に丸投げる主が居ていいはずが無いだろう!」

 叫ぶと、アルヴェルラは飛翼を一気に展開する。

(私には黒霧転移は使えないが、飛翔速度は!)

 ディーネが使った空間転移の魔法は闇属性高位の魔法だ。万能型のアルヴェルラは魔法をそこまで使えない。

 一回の羽ばたきで周囲の木々の若干上まで飛び上がり、二回目の羽ばたきで剛弓から放たれた矢のように一直線に飛んでいく。

 ついに日は完全に山の向こうに沈みきり、紅い空が濃紺を経て漆黒に染まる。

 冷えた空気を裂きながら、アルヴェルラは目標地点手前で大減速し、飛翼を格納しながら地面に降り立つ。そしてディーネの住処である洞窟へ駆け込む。

「ディーネ!」

「……明日って言ったでしょう? 相変わらず言うことを聞かない子ねぇ。

 おねーさんの言うことは聞くものよ?」

「ほんの二百年程度で姉面しないでくれ。これも何度も言っていると思うが。

 大体、カヅキは私の騎士だ。自分の騎士の危機を他人に投げるわけには――」

「普通の竜の騎士なら、私だってこんな世話焼かないわ。でもね、貴女はこの国の女皇なの。その女皇の騎士が使い物にならなくなりました。何て、洒落になりはしないわ。

 冗談混じりに遊んだりすることもあるだろうけど、無視できない一線って物は護らないとね」

 テーブルの上に横たえた華月の頭に両手を翳しながら、ディーネは淡々と答える。華月に魔法を仕掛けていた時とは纏う雰囲気が違う。

「それに、記憶の整合性を取っておくって、これは目覚めた後の顔合わせの段階で調整しておくことよ。心に傷を負っていた人間を騎士にすると、竜騎士化した後で記憶の混乱や忘却が起こるって知らなかった?」

「……それは……」

 勿論、アルヴェルラはそれを知っていた。竜騎士についての知識は枝葉の記述まで読んで記憶していた。

「まぁ、この子の場合は過去に囚われたくないって想いが強すぎて、昔の記憶を殆ど思い出せなくても気にしなかったんでしょうけど。私も触れてみて初めて気付いたもの。『自分』の立脚点をアルの騎士に成った、あの時に固定したんでしょうね。

 と、仕方ないからアルもこっちに来なさい。私と同じように手を翳して」

「……私をアルと呼ばないでくれ」

「自分から逃げ道を奪ってでも『女皇』やってるのは凄いけど、意識して『演じて』いるようじゃぁ、私にアルと呼ばれ続けるわよ。

 自分で何とかするって気概が本物なら、さっさとしなさい。魔法で昏睡状態にして記憶の結合を遅延してるけど、眠ってたって記憶は整理されるものなんだから、余裕は無いのよ」

 アルヴェルラは言われたとおり、華月の頭に両手を翳す。

「アルも一緒に引っ張っていくから、逆らうんじゃないわよ。精神操作系の魔法は精密制御が必要なんだから」

「解っている」

「ならいいわ」

 ディーネの両手と華月の頭の間に変性陣が描かれる。同じものがアルヴェルラの側にも現れる。

「何を観ても、騒がないでね。記憶に干渉して変化させると、人格まで歪むから」

「声をかけるのも駄目なのか?」

「冷静に、この子が昔を受け入れられるように、囁く程度ならまぁ、いいでしょ。強い感情だけは、出さないように。この子がそっちに引っ張られるから。意識の全てがアルに吸収されちゃうわ」

「注意事項はそれだけか?」

「そうねぇ。ああ、私は記憶の結合順を調整したり、色々やってるからアルに構ってる余裕は無いからね。

 じゃ、始めるわ。インターセプト」

 二人の意識の主体が華月の裡へ入っていく。いつかのテレジアよりももっと深くへ。




[26014] 第29話 精神(ココロ)重ねて 承部7話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/18 22:41


 漆黒に無数の星。

 華月の心象世界。

「……私たちと同じような風景だな」

「基本属性は、元から闇だったみたいねぇ……。年季が入ってるわ」

 普通の格好のアルヴェルラに対し、その脇に居るディーネは随分と縮尺が縮んでいた。

「ディーネ、随分縮んでいるようだが?」

「この私はお目付け用よ。心配だから付けることにしたの。と言っても、最低限の分割意識体だから特に何か出来るわけじゃないわ。本体と他はカヅキ君の記憶をどうするか検討、処理中よ」

 SDディーネが指差した先に、あちこちが解け掛け、目を閉じた華月と、それの背後にいつものディーネ、周囲にはSDディーネが無数に動き回っていた。

「カヅキ……? 何であんなに欠けているんだ?」

「繋がった記憶に対しての防御反応よ。自分でも受け入れようとしたみたいだけど、受け入れる前に破綻しちゃったわけね。

 本人にとっては、それだけ重い過去ってことでしょ」

「本人にとっては。か」

「そう、本人にとっては。他人からすれば全然大したことないかもしれないし、何で受け入れたくないのか理解出来ないかもしれない。でも、この反応をするってことは、本人にとっては、拒否したいことなのよ。意識的、もしくは無意識的にね」

 SDディーネが腕を組んで告げる。

「まぁ、異世界の人間の生活様式や文化はほとんど知らないけど、根底は似たり寄ったりでしょ。

 ……あ~、あんまりコレ観せられないわねぇ」

「なんだ?」

「アルが知らない感情よ。残念な事に完璧な万能型だった貴女には理解できないわ」

「どういうことだ?」

 勿体ぶった会話に嫌気がさしてきたアルヴェルラは、苛立ちを隠さずぶつけた。

「ここで強い感情を出さないで。って、言ったでしょ。弾き出すわよ?

 要点だけ教えるわ。残念な事に、カヅキ君は向こうの世界で、何度も期待を掛けられ、いつも望まれた結果までは出せずに終わって、終わって、終わり続けてきたみたいね。ここまでの堅牢な精神構造体は、何度も心が折れて、それでも組み直してきた結果というわけ。期待の度合いは、そりゃ向こうの基準だから解らないけど」

「その時の言葉とか、聴けないのか?」

「深く心を削ったり抉ったりしたものは幾つか聴けるわよ。どういう感情を抱くかは保障しないけど」

「やってくれ」

「カヅキ君に知られたら、拒絶されるかもしれないわよ?」

「……構わない。ここでお前に任せっぱなしにはしたくない。独善だといわれても」

「アルがここまで入れ込むなんて思わなかったわ。何かあるの?」

 ディーネに言われ、アルヴェルラは考える。が、明確な答えは出なかった。

「解らない。だが、何か……。そう、何かが私と繋がっている気がするんだ。初めて逢った時から、強く、そう感じた」

「……カヅキ君の前世に、アルと係わりがあったのかもしれないわね。この世界じゃ、他の種族には稀にあることだけど」

「それもまた、憶測の域を出ないが」

「まぁね。

 それじゃ、少し流してみましょ」

 SDディーネが両腕を広げると、華月の背後にいるディーネの口から、ディーネでは無い声が流れ出した。

『華月……何で悠月(ゆづき)みたいに出来ないの? あの子はやれるのに……』

『華月、お前には失望したぞ。こんな点数を取ってくるなんて』

『華月、せめて、さ? あたしと同じぐらいに出来ないの? コレじゃあたしも恥ずかしいじゃない』

「なんだ? 女と男と、少女か?」

「どうやらカヅキ君の両親と、双子の姉みたいね。家族からの言葉が最深部にまで刺さってるわ」

「そんな……。一方的に責める様な、これが家族の言うことか!?」

「……怒らないの。他にも似たような、色々な関係の人間からの叱責と失望の声が色んな場所に刺さってる」

 SDディーネが華月に向かって左腕を突き出し、左手を開く。そして何かを掴むように手を握り、腕を引く。すると、華月の意識体から、虫に食われた林檎の様な、ボコボコに穴の開いた球体が引き抜かれるように現れた。

「これは華月の『心』よ。貫通するような傷こそ無いけど、核に至るような深いものが幾つか。記憶の再結合に、この傷が反応したのね」

「何故、直っていないんだ?」

「心の傷って、直るものじゃないでしょ。別の何かで埋めるか、忘れた振りして無視し続けるだけ。アルだって、昔の事を言われるのは嫌でも、過去を忘れていないでしょ」

「……」

「カヅキ君は、忘れた振りをしてた。こっちに来て、一時的に本当に忘れてた」

 SDディーネが華月とアルヴェルラの間に浮かび、アルヴェルラを見据える。

「さ、どうする? このまま記憶を繋ぐと、カヅキ君はこの世界でも失敗を恐れ、消極的になるでしょうね。掛けられている期待は経験したことの無い特大のものだし。もし、それで何かしくじれば、完全に壊れるかも」

「……教えてくれ。私に何が出来る」

「私を頼るのかしら?」

「……頼る。どうにかできる手段があるのなら、誰にだって頭を下げる。教えてくれ」

 アルヴェルラが深くSDディーネに頭を下げる。

「……はぁ。アルヴェルラに真摯に頭を下げられたら、教えないわけにはいかないわね。

 いいわ、教えてあげる」

 SDディーネが諦めた様に呟く。

「じゃ、服のイメージを消しなさい」



 心が痛んでいた。

 思い出してしまった。理由はまだ思い出せないが、自分が散々失敗を積み重ね、期待を裏切り続け、その結果として、係わったほとんどの人間から突き刺さる『失望』を告げられてきたこと。

その事実だけを思い出し、心がジクジクと、ズキズキと、痛んでいた――。

(痛い、なぁ……)

 考えたくない。

 思い出したくない。

 何もしたくない。

 失敗に身が竦み、失望に恐怖する。

 いっその事、このまま無意識の深淵に解けてしまえれば――。

「カヅキ……?」

「……ヴェルラ?」

 ふ、と。華月は自分に触れる暖かな感覚と声を聞いた。以前にも感じた、あの温もり。

「消えるな。大丈夫だ」

 触れていた温もりは、いつの間にか『華月』を完全に包み込んでいた。

「……大丈夫じゃない。いつも、俺は足りなくて――」

「足りない分は私が補ってやる。お前の中には私の血という『私の一部』がある。解けて混ざり、お前と一つになっている。お前はいつだって私と共に在る。

 この地上で最強の竜が一緒なんだ。何を恐れる必要がある?」

「でも、それはヴェルラの力で――」

「カヅキ自身の力だって、着実に増している。元の世界での価値基準がどうだかは知らないし、必要ない。この世界で、私が必要としている力が確実にカヅキに在るんだ」

「……」

 自分を包む温もりが、少しずつ、心の痛みを和らげていた。

「カヅキ。もう一度選べ。

 我が騎士として生きるか、死ぬか」

 自分を包んでいるものが、アルヴェルラの『心』だとようやく気付く。

「私の期待は大きいし、テレジアだって、他の誰かもこれからお前に期待する。だが、常に『私』が居る。カヅキを見限らない私が。それだけじゃ、お前の不安と恐怖は消せないか?」

 直に触れるこの状態で、虚勢も虚偽も意味を成さない。お互いに筒抜けになっているのだから。

 だから、華月には伝わった。言葉にしてないアルヴェルラの気持ちも。

 だから、アルヴェルラは理解する。華月の裡に巣食う不安と恐怖感を。

「ありがとう、ヴェルラ。

 ここまでしてもらわないと駄目とか、どうしようもないよな」

「私の方こそ、今まで気付いてやれなくて済まない」

「いや、大丈夫だ。もう大丈夫だ。

 もう一度誓う。

 俺は、アルヴェルラ=ダ=ダルクの騎士に成る」

「ああ、期待しているぞ。我が騎士殿」

 華月の心の傷は、『アルヴェルラ』が塞いだ。

『今から順に記憶を繋ぐわ。アルヴェルラ、離れなさい。カヅキ君、自分を保つことに全力を傾けなさい』

 華月の忘却していた記憶が繋がれていく。





[26014] 第30話 目覚めと休息。フェリシアの誘い 承部8話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/06/26 23:54


 華月の目覚めは、今までに無い気持ちで迎えられた。

「おはよう」

「ああ、おはよう」

「記憶の混乱は無いわね? ちゃんと『セギ カヅキ』のままかしら?」

「ディーネ? ああ、大丈夫だ。俺は俺のままだ」

 ゆっくりと上半身を起こし、しっかりとアルヴェルラとディーネを見据える。

 そして、頭を垂れた。

「迷惑を掛けた。助かった。ありがとう」

「気にするな。自分の騎士の為だ。この位苦労の内に入らない」

「竜皇の騎士が廃人じゃ、話にならないからね。

 ああ、記憶は繋いだけど、直ぐには繋がらないわ。何か切っ掛けがあれば思い出すと思うけど。

 さて、私は帰るわ。私に魔法を教わるつもりがあるのなら、また着なさい」

 ディーネが黒い霧の塊になって、消えていく。

「闇系の上位魔法、黒霧転移(ミスト・シフト)だ。使えれば便利な魔法なんだがな」

「ヴェルラ」

「ん? なんだ、カヅキ」

 アルヴェルラの手を取り、華月は真っ直ぐアルヴェルラの眼を見る。

「本当にありがとう。こんな俺を必要としてくれて」

「礼を言われることじゃない。それに、そう思うなら自分を卑下するな」

 アルヴェルラは華月に優しい笑顔を見せる。

「お前は私のモノだ。誰にもやらない」

 アルヴェルラは華月の唇に口付ける。

「私は何故か、お前がいいんだ。他の誰でも無い、カヅキが」

 華月の頭を撫でつけながら、アルヴェルラははっきりと告げる。

「私の為にも、簡単に自分を放棄しないでくれ」

「ああ」

 華月はアルヴェルラの手に自分の手を重ね、少しずらして立ち上がる。

「思い出せていれば、ヴェルラとちょっと話したいところだけど、ディーネが言った通り、思い出せてない。

 しばらくは――」

「カヅキ、落ち着くまでしばらく休め」

「そうも言ってられないだろ? 圧倒的に技術も何も足りないんだ。

 俺が、この世界でアルヴェルラの『求め』に応える為には」

「それは、確かにまだ予定している水準には達していないが……」

(その到達予定は本来はまだ、半年以上先の話だ)

「まぁ、今日の所は休むよ。少し、頭を空にしていたいから」

「そうしろ。短い間に身体を酷使しすぎだ。いくら死なないとはいえ、感覚は人間の頃のままだからな。少し精神の方を休ませろ。

 ついていてやりたいが、女皇の立場というものはままならない。済まないな」

「十分居てもらったよ。大丈夫だ。

 ヴェルラはしっかり、自分の務めを果たしてくれ」

 名残惜しそうなアルヴェルラを送り出し、華月は窓から外の風景を見据える。

 吸い込む空気の匂いも、感じる風の感覚も、差し込む日差しの眩しさも、世界の色付きさえ、少し前とは違っているように感じた。

「こっちの世界は、眩しすぎるな……」

 華月の思い出せた記憶は、全体量からすれば極、僅かなものなのだろうが、その全てが色彩を欠いていた。モノクロの、モノトーンの風景だった。

「俺は、本当に前の俺と同じなのか?」

 自分に自信が無くなってきていた。昔の自分と今の自分が、同一のものだという自信が。

「基幹は変わらないんだろうが、細かい部分で変わっているだろうな……。

 まぁ、いいか。

 何か不都合があるわけじゃないし、むしろ良い方向へ変わったんだろ」

 窓枠に腰掛け、静かに目を閉じる。

(しかし、この世界に着てから、他の連中に対してあまり関心が湧かなかったのは、こう言う訳だったか。

 ……俺は薄情なのか?)

 自問に自答できない。いや、今の自分の価値基準なら、否と言える。だが、それは昔の殆ど全てを思い出せないでいるからで、何か事情や理由があったらと思うと、断言できない。

(まぁ、考え込んでいても仕方ないか)

 頭を空にしたいと言ったのは自分だ。考え込むのは止めることにする。

「ん?」

 華月の耳に何か、聞こえてきた。

「これは、風切り音か……?」

 甲高いような、何かが高速で飛んでいる音がする。

 それは、段々近づいているようで――。

「カ~ヅキッ!!」

 窓から飛び込んだ何かが華月を直撃。人間だった頃なら胴体に穴が開きかねない速度で突っ込んできたソレを、華月は後ろに押されながらも難なく受け止めていた。

「危ないぞ、フェリシア」

「あはは、今のカヅキなら余裕でしょ?」

 華月の腕から抜け出たフェリシア。床に降り立つと、窓枠に腰掛ける。

「昨日は大変だったみたいだね」

「誰かに何か聞いたのか?」

「ううん、近くの木の上に居たから知ってるだけ。で、様子を見に来たの」

「そうか。まぁ、もう大丈夫だ」

「うん。大丈夫そうで安心したよ。

 で、さすがに今日はお休み?」

「まぁ、な。ディーネにも迷惑をかけたし、今日教えを乞うのもどうかと思った。武器が無いからトレイアの所も行っても意味が無いしな。テレジアには教えることが無いって言われてるし」

 華月がそう言うと、フェリシアは呆れ半分という様子で苦笑する。

「それじゃ、あたしにちょっと付き合ってよ」

「ん? どこか出かけるのか?」

「まぁね~。ヴィシェに頼まれたから森で薬草取り」

「ヴィシェ? 誰だ?」

「ドワーフのヴィシュルだよ。愛称ってやつ」

 フェリシアは窓枠から降りると、華月の背後に回る。おもむろに華月の両脇に腕を通すと、そのまま窓枠に向かって一気に走り出す。

「おいっ!?」

「いいから!」

 窓枠から窓の外へと出てしまった。華月の個室は皇宮でも上の方に在るので、地面までは相当距離があり――。

「お、落ちる!」

「大丈夫だよ~」

 小さいながらも飛翼を展開したフェリシアは、華月を抱えたまま飛び始めた。

「いくらあたしが小さいって言っても、人間一人ぐらい抱えて飛べるよ。闇黒竜族舐めちゃ困るなぁ」

 そのまま上空から森へと入っていく。

「よし、この辺にデジネ草とフェグラの花があるんだよね~」

 フェリシアは適当な所に降りると、華月を放して木の根元を丹念に探し始めた。

 華月はその様子を見ながら、周囲の風景を観察する。

(まぁ、気分転換にはなるか)

 部屋に篭っていてもしかないと、頭を切り替え薬草採集に付き合うことにする。

「フェリシア、見本を見せてくれ。手伝うから」

「あ、本当? じゃ、この形の花と草を集めて!」

 そう言ってフェリシアが華月に見せたフェグラの花は、小さいラフレシアの様で、デジネ草はドクダミの形と臭いがした。


 



[26014] 第31話 襲い掛かる影 承部9話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/02 02:58

 小一時間掛けて、採り集めた量は相当なものになっていた。

「ちょっと調子に乗っちゃったかな?」

「……これ、持っていけるのか?」

 ちょっとした山になっている、採集されたフェグラの花とデジネ草。それが放つ臭いもまた、相当なものになっている。特に、デジネ草の独特のドクダミ臭が堪らない。

「ん~、多分入ると思うけど……」

 フェリシアは懐から一枚の布を取り出した。黒い生地の、特別何の変哲も無いハンカチ程度の大きさだ。

「拡大っ」

 掛け声とともに振られた布が、一瞬で十倍程度にまで広がった。

「格納!」

 山になっていた薬草の上に被せ、さっと引き戻すと、不思議と全て消えていた。

「縮小」

 また掛け声とともに大きくなった布を振ると、今度は元通りの大きさに戻った。

「それ、収納布か?」

「そうだよ~。コレはあんまり容量は大きくないけどね」

「知識で知ってても、実物を見ると驚くな」

 目の前であれだけの量が一瞬に消失する様は確かに驚愕ものだろう。

「声に反応して自身の大きさを変え、内部に対象を格納する。便利だな」

「現象魔法が人間に使えない時代に、人間が自分の身体に紋章を刻んで使ってた魔法が起源らしいけどね~。まぁ、詳しくはディーネに聞いたらイイと思うよ」

「そうだな。

 さて、これで終わりか?」

「後は、セフィールの水が50リットルと樹液10リットル!」

「……何に使うんだ?」

「ヴィシェが言うには鍛造に必要なんだって」

 そう言われると、華月は何も言えない。鍛冶ついては無知に等しい。専門職の言葉だ。確かに必要なのだろう。使い道はさて置き。

「そうか。じゃぁ、さっさと――!?」

「カヅッ!?」

 華月がフェリシアを突き飛ばす。

 だが、突き飛ばしたはずの華月が、フェリシアを追い越して樹の幹に激突する。

「か、カヅキ……?」

 地面に尻もちをついたフェリシアは、自分から10数メートルも吹き飛んだ華月を見た後、反対側を向いて驚いた。

 そこには、ツルっ禿の緑色の巨漢が居た。腰に襤褸布の様な腰巻をしている以外、素っ裸と大差無い。手にはフェリシアの胴より太い棍棒を持っている。

「と、トロール!? ウソ、何でこんな所に!?」

 この国にトロールは存在しない。居る筈が無いのだ。

 だが、現にトロールが実在し、手にした巨大な棍棒で華月を吹き飛ばした、いや、本当ならフェリシアが吹き飛ばされていたのだろう。

「こちらに攻撃の意志は無いよ!」

「グ、ガァーーーーッ!!!!」

 巨大な棍棒が唸りを上げて振り抜かれる。何とか回避したフェリシアは思考する。

(言葉が通じない筈ないのに! 何かに操られてる? 反撃するべき!?)

 亜人種のトロール族には共通言語が通じる筈なのだ。フェリシアは共通言語で語りかけたが、返ってきたのは雄叫びのみ。

 あの棍棒の直撃を喰らった所で死にはしないが、昏倒してしまう可能性が高い。フェリシアは反撃に打って出るべきか悩んでいた。

(あたし、加減が下手だから……殺しちゃうよ!)

 平常時ならまだしも、こういった状況で気が昂った場合は、力加減や出力加減が極端に下手糞になる。

(せめて、武器だけでも!)

 大きく息を吸い、主肺も副肺も空気で満たす。

 口を閉じ、吸った空気にある特性を付与する。

 その間も振るわれる棍棒はかわし続ける。

「ーーっ!!」

 音にならない空気の解放。外気と触れた瞬間、爆発的に燃焼し、火線となってトロールに殺到する。

 知能まで低下しているのか、そのドラゴンの炎のブレスに棍棒で対抗しようとする。が、当然棍棒はドラゴンのブレスに耐えられるわけも無く、一瞬で消し炭になる。

「や、やった!」

「グルアァァァァ!!」

「えっ!?」

 持ち手だけになった棍棒を投げ捨て、トロールはフェリシアを掴みにきた。突然のことに反応できず、フェリシアは簡単にトロールに掴み上げられた。

「く、は、放せっ!」

「ギハッ!」

「くぅぅぅぅっ!?」

 ギリギリと握る力が強くなり、フェリシアの細い体躯を絞りあげていく。ドラゴンとは言えフェリシアは成体のドラゴンではない。まだ、ドラゴン本来の力を持たない。それに、竜化していない普通の姿では耐えられる限界が違いすぎる。纏身防御系も使えないフェリシアには、致命的な状況だ。

「か、カヅキ……助け――」

 ミシミシと聞きたくない音が体から聞こえ始め、フェリシアが泣き言を漏らした。

「何してんだ!!」

 怒号とともに華月の回し蹴りがトロールの手の甲を痛打した。

「グアァァァァ!?!?」

 華月の蹴りで手が麻痺したのか、トロールがフェリシアを取り落とす。

 難なくフェリシアを抱えた華月は一旦トロールから距離を取る。

「大丈夫か!?」

「う、うん……。何とか……」

「アレは、ブッ倒していいのか?」

 華月の眼が鋭くなっていく。戦(や)る気だ。

 フェリシアを降ろし、竜楯を纏う。

「出来れば、気絶させて」

「やってみる」

 訓練ではない戦いは初めてだが、華月は不思議と何の感慨も覚えなかった。冷静に相手の状態を観、全意識が今までの経験を引き出し、動きを決めていく。

「ふっ!」

 高速で正面から特攻。カウンターで繰り出される拳を跳躍して回避。その振りぬかれた腕を足場に使いもう一段ジャンプ。トロールの下顎を殴り上げる。

 打ち切ったらトロールの胸部を蹴り後方に退避。

「打たれ強いヤツだな」

「グフゥゥゥ」

 華月の一撃を受けても意識が残っていた。流石はトロールといったところだろう。

「だったら、もう少し強めに行く!」

 華月が今度は一瞬でトロールの背後を取る。そのまま左足の踵を蹴り抜く。トロールは突然ハイキックを打ったような状態になり、バランスを崩して仰向けに倒れてくる。

「その意識、刈り盗る!」

 本気で背中を足の裏で蹴り上げる。

 トロールの巨躯が地面から離れ、浮き上がる。

 華月は一回のバックステップでトロールの下から抜け出し、その側頭部に向け跳ぶ。

 そのままの勢いで蹴り抜く。

「墜ちろ!」

 おまけとばかりに反対の足でトロールの胸板を地面に向け蹴り落とす。

 急加速をつけられたトロールは地響きを立てて地面に落ち、しっかり白目を剥いていた。

「ふぅ、知能が無いヤツで楽だったな」

 読み合いも駆け引きも無い、単なる殴り合いだ。この程度なら華月には何てことは無い。もう慣れていた。

「カヅキ、一応耳塞いでて」

「ん? ああ」

 言われた通りに両手で耳を塞ぐ。

 フェリシアは大きく口を開け、皇宮に向け共鳴音叉を放つ。

「こんな所から届くのか?」

「竜の使う技、舐めちゃいけないなぁ……?」

 ふらり。と、揺れるフェリシアをさっと抱え、抱き上げる。どうやらまだダメージが抜け切っていないようだ。

「みっともないなぁ」

「いいから、大人しくしろ」

 ぼやくフェリシア。華月はそんなフェリシアに苦笑し、誰か来るのを待った。



[26014] 第32話 速度勝負、実感は大切 承部10話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/14 20:33


 フェリシアの『声』を聴き、真っ先に現れたのはテレジアだった。手にしている極太の鎖が何だか物々しさを放っている。

「……カヅキ、事の次第を」

「突然、そこで伸びてるトロールが襲いかかってきた。俺が初撃を喰らって動けなかった間、フェリシアが応戦してくれたが、荷が重かったらしい。復調した俺が気絶させた」

「殺してはいませんか、上出来です。

 フェリシア様、大丈夫ですか?」

「何とかね……成竜になってないのがこんな所で徒になるとは思わなかったけど」

 強烈に圧迫されていた両腕と胸が鈍く痛むのか、返事をしている最中にもフェリシアは顔を顰める。

「それは……。まぁ、纏身系の修練をしなかった己の不出来を憾む事です。

 さて――」

 テレジアが竜眼を発露し、トロールの全身を見据える。

「……額に変性陣……。この記述は……どうやら人間に操られていたようですね。忌々しい」

 テレジアは眉を顰めると手にしていた極太の鎖の一端を、自分が立つ位置からトロールの体の向こう側に投げた。

「何をするんだ?」

「拘束するに決まっているでしょう。私は魔法に明るくありません。この遠隔操作の変性陣を消せません。目を覚ましてまた暴れられる訳にはいきませんから」

「だったら、俺も手伝――」

「不要です」

 テレジアは華月の申し出をさらりと断ると、非常に軽い動作でひょいっとトロールの体を右腕一本で頭上まで持ち上げた。

 しかも縦に、だ。

 そして垂れている鎖を左手で何度も放り投げ、トロールの体に巻き付けていく。

 巻きつけ終わるとトロールの体を地面に降ろし、鎖の両端を持って絞り上げてから、自分の両手ぐらいありそうな錠前を懐から取り出して鎖を連結する。

「コレで良し。このトロールがどれだけ怪力であろうとも、この鎖は切れませんし、錠前は壊れません。

 カヅキはフェリシア様を運んでください。皇宮に戻ります」

「あ、ああ……」

 華月がフェリシアをお嬢様扱いでお姫様抱っこするのとは対照的に、テレジアはトロールを肩に担いで荷物扱いだ。

 しかし何より、華月はよくもまぁあんなデカブツをそんなに軽々と担ぐことが出来るものだと感心していた。

「さ、行きますよ」

 そのままテレジアが走り出した。華月も置いて行かれないようその速度で追いかける。

「やっぱり成竜になると扱える力が違うなぁ」

「早く成竜になる方法を見つける事です。条件が揃えば自然となれます。と、言うよりも、五百年も幼生体のままと言う方が珍しいのですが」

「うぐっ……」

 華月の腕の中でぼやいたフェリシアは、ちらりと裏を振り返ったテレジアの軽い一言で強制的に沈黙させられた。

「ね、ねぇテレジア。あたしの両親は、どんな条件付けをしたのか知ってる?」

「存じません。仮に知っていても周囲がそれを漏らすことはありませんし、在り得ません。それは本人の為になりませんから」

 テレジアの正論にやはり黙るしかないフェリシアだった。

「テレジア、少し急ぐか?」

「ついてこられますか?」

「ついていくさ」

「なら、少し速度を上げます」

 テレジアの走る速度が増した。ぐん。と、一気に加速される。

(あの荷物を担いでその速度は反則――!!)

 負けじとその後を必死で追いかける。

 だが、速度が上がれば上がるほど、樹木や岩塊などの障害物の回避が難しくなる。難しくなるはずなのだが。

「何でそんなにひょいひょい避けられるんだよ!?」

「慣れです」

 にべも無い。

 テレジアは目の前に現れる総てを最適な位置取り、角度で避け続けている。一方華月は危なっかしく、時々障害物に蹴りを入れながら何とか避けている状態が続く。そうしているとテレジアとの距離が徐々に空き始める。

「もう少しでこの森を抜けます。そうすれば皇宮までは一直線です。……根性を魅せなさい」

「ヴェルラみたいな事を言うな! 恨畜生!!」

 木々を蹴りながら、華月は半分ぐらい忍者のような動きになっていた。下を走るより枝を跳んで進んだ方が速かった。

 最後の枝を踏み越え、森を抜ける。

「加速勝負と行きましょう。私よりも先に皇宮に辿り着いたら、今晩の夕食は少々色を付けてあげます」

「言ったな!? 後悔すんなよ!」

 着地と同時に華月は両脚に魔力を纏わせる。森を抜けたテレジアも同様に魔力を纏う。

 二人が踏み出した地面が爆ぜる。跳ねるように前に進んでいく。加速度は互角。本来ならテレジアの方が速いのだろうが、背負っているウェイトが違いすぎる為、互角なだけだ。

(ハンデがコレで互角とか、話にならねぇだろ!)

 何とか先に進もうと、華月は自分の体を必死に動かす。

(味はともかく、ヘルシーすぎで物足んねぇんだよ!)

 食事の質素さが少々物寂しいらしい。

(もっと回れ、廻れ!)

 華月が意識を集中すると、脚を覆い強化していた魔力の他に、体内を流れる魔力が変化した。全身の隅々まで魔力が流れ込み、内側から身体を強化していく。

 骨格や筋肉、神経などが通常よりも出力や感度を上げていく。

 動作速度が跳ね上がる。

 加速度が増し、テレジアを置き去りにする速度で走り出す。

(な、何だコレ!?)

 本人が一番驚いていた。

「外環の纏身系と、内環の流身系の同時使用ですか。やりますね」

「る、流身系?」

 テレジアも速度を上げ、華月の横を並走していた。

「体内の魔力の流れを操作し、内側の機能を引き上げる技術です。森羅万象に魔力が宿るからこそ、意志を持つ存在が可能とする魔力の使用法です」

「そんなの知識になかったぞ!」

「当然です。純竜種ならこれは本能的に使いますから」

「何だよ、それ……」

 そうこうしている内に皇宮が近づいてくる。

「そろそろ減速しないと止まれませんよ」

 テレジアが速度を緩め始める。

「勝負だからな、ギリギリまで引っ張らせてもらう!」

「ご自由に。

 ああ、フェリシア様に怪我をさせないでください。カヅキとは違いますから」

 言われて華月は自分一人ではなかったことを思い出した。皇宮の入口へ続く大階段まで後約500m程。速度を緩めるには遅い。

「ち、畜生っ!」

 左足を前に、右足を後ろにし、全体重を両足に掛ける。

 地面を盛大に削りながらスライドしていく。

「と、止まれっ!!」

 速度は急激に落ちていくが、どう考えても間に合わない。

「うらぁっ!」

 ぶつかる寸前で大階段の三段目に左足の裏を使って蹴りを入れ、残っていた速度を完全に殺した。

「いっ……てぇ……」

 流石に無理が祟ったのか、左足全体にジンジンとした痺れに似た鈍痛が起こった。だが、これで華月の勝ちだ。

「負けてしまいましたね」

 少し遅れてテレジアが悠々と到着した。何だかどっちが本当の勝者か解り難い状況になっている。

「その余裕がムカつく……」

「ムカつく? どういう意味でしょう」

「腹が立つって意味だよ」

「何故です? カヅキの勝ちですよ」

「何だよその余裕! 勝った気がしない!」

 華月の完全な八つ当たりだが、何故だろう。理不尽という感じが全くしない。

「まぁ、カヅキの勝ちに間違いはありませんから。夕食は期待しているといいでしょう。

 私はこのトロールの処遇を決めるので、方々に連絡を入れてきます。

 カヅキは医務室にフェリシア様を連れて行ってください。失礼」

 テレジアは大階段を上らず、そのまま脇の方へ向って行った。

「医務室なんて知らないんだけど」

「……皇宮の一階、一番奥だよ」

「ああ、フェリシアは知ってるよな。案内宜しく」

「う、うん……任せて」

 黙っていたフェリシアは、何だか表情が硬かった。





[26014] 第33話 巨木のエルフ 承部11話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/21 20:13


 フェリシアの案内で医務室に着き、誰もいなかったのでフェリシアをベッドへ寝かせ、収納布を預かり、今度は一人でセフィールの大樹に向け走っていた。

 さっきの流身系の色々な実験をしながら、目的地までひた走った。

「……おお、あっさり着いたな」

 目の前には馬鹿デカイ巨木。

 しかし、ここで困った事があることを思い出した。

「エルフに案内してもらわないといけないんだったな……」

 そう、単身で乗り込もうものならこの中を彷徨う事になる。そう言う仕掛けがしてある。

「……あ、馬鹿正直に樹の中に入らなけりゃいいか」

 華月は上を見上げ、適当な凹凸を見つけると、セフィールをよじ登り始めた。常識的に考えればそれこそ馬鹿のすることだが、それを平然とやってのけるだけの力があるから性質が悪い。もっとも、そんな風に使うべき力ではないのだが。

「……」

 何かを引き絞る音。続いて鋭い風切り音。

「……え?」

 華月の後頭部に何かが刺さる。腕や足が動かなくなって、セフィールから落下し、地面に激突した。

「……この、馬鹿者は……」

 華月の身体をひっくり返し、後頭部から生えている何か――矢羽までつけられた、ものの見事に矢だった――の脇に足を置き、一気に引っこ抜き、溜息をつく一人のエルフ。

「……はっ!?」

 撥ね起き、左右を見て、自分の脇に誰かが居る事に気付く。

「あら、目が覚めたかしら」

「……さっきのはその矢か?」

「そうよ」

 涼しい顔で返事をするのは、リフェルアだった。

「な、何すんだよ! 一回死んだだ――」

「何すんだ。は、こっちのセリフよ。私だから一本で済んだけど、他のみんなに見つかったらその身体、矢で埋め尽くされてるわよ」

「……もしかして、アレって拙かったか?」

「もしかしなくても拙いわよ。常識で考えなさいよ、この馬鹿」

 容赦無く治りかけの華月の頭を引っ叩く。

「だったらどうやって中に入ればいいんだよ」

「は? エルフの静鈴は持ってきてないの?」

「……ああ、そういう便利なものがあったのか」

 華月は言われたものを脳内検索すると、エルフにしか聞こえない音を出す鈴があることを自覚した。

「仕方ないわね……。取り敢えず私についてきなさい」

「助かる」

 リフェルアは背負っていた矢筒に矢を戻すと、先を歩いてセフィールの中に向かう。華月もその後を追ってセフィールの中に入る。

「それで? 何をしにきたの?」

「セフィールの水を50リットルと、樹液を10リットル貰いにきた」

「……ヴィシュルのお使いかしら?」

「良く解るな。まぁ、本当はフェリシアが頼まれてるものだけど」

「そんなに大量の水と樹液を使うのは、縫製以外じゃこの辺だと鍛冶ぐらいしかないわ。

 でも、ちょっと多いわね。持てるの?」

「一応収納布は預かってるんだけど、中にフェグラの花とデジネ草が大量に入ってるんだ」

 華月は預かっている収納布を見せた。リフェルアは収納布に手を当てると、溜息をついた。

「もう入らないわね。というより、入れすぎよ」

 もう一度溜息をつくと、歩き出した。

「遅れないで。仕方ないから、準備を手伝ってあげるわ」

「あ、ああ。手間を掛けさせて悪い、な……?」

「気にしないで。どうせカヅキにはその内素材の採集に行ってもらうことになるから、その時に使う道具を先に渡すだけだもの」

「……え?」

 先を行くリフェルアは少しだけ華月に視線を向け、ニヤッと笑う。

「貴方の儀礼正装の材料だもの、一部は自分で採ってきてもらうわ。その時に渡す分の収納布とエルフの静鈴を今準備するわ」

「そういう事か。解った」

「あら、素直ね?

 ここよ」

 セフィールの中をそれなりに移動し、ついた先は何か、保管庫というか倉庫というか、非常に線引きが難しい混沌とした物置だった。

 棚はある。竜語とはまた違う文字でラベリングされてもいる。

 ただ、その場所に収まっておらずはみ出したり、垂れ下がったりしている。

「……」

「何か言いたそうね」

「いや、これが一番使い勝手がいい配置なんだろ、そうに決まってる」

「いいえ。単にきっちり収納されていないからよ」

「整理整頓清潔清掃躾しろよ……」

「なによ、それ」

「俺の居た世界で5Sって言うんだよ。親父が管理職に就いてて、部下を教育するみたいに口煩く言ってたんだ。『常日頃から判り易いよう整理、整頓し、清潔に保つため清掃し、これを躾ける』んだそうだ。新人に徹底して叩き込むことらしい」

 うんざりした口調で華月が語る。現職の管理職なら当然のことだろう。もっとも、華月の居た世界の事などは、リフェルアたちにはまったく関係が無いわけだが。

「ここがこんなになってるのは、族長が時々荒らすからよ。探し物が致命的に下手なのよね」

 リフェルアはひょいひょいと通り道の分だけ規定の位置に戻しながら先に進んでいく。どうやら手前が原料で、奥に完成品や道具が置いてあるようだ。

「フィーリアスさんが……?」

「そうよ。何か始めると夢中になっちゃう気質と相まって、ご覧の有様にしていくの。前はその度に戻してたんだけど、最近は面倒になってきて……。

 って、そんなのはどうでもいいわ。これよ、これ」

 一番奥の棚から収納布を四枚、小さい鈴を一つ。そして腰と太股にベルトを巻きつけて固定するポーチを二つ出してきた。

「精霊石と竜の皮膜、ケイスラーの樹皮とヴェネディクト鉱石……それ用の収納布。エルフの静鈴。亜竜・ロッキンの鞣革で作ったベルトとポーチのセット。

 ……普通に捌けば二十五万セイスは固い……。いいえ。先行投資よ、リフェルア」

 出してきた物を確かめ、一回盛大にため息をついた後に呟いた。が、割り切ったように華月に渡す。

「亜竜ロッキンの特徴として、非常に破れにくい外皮が上げられるわ。それを使った、まさに竜に引っ張られても破れないポーチよ。特別縫製で糸も強靭なものを使ってるから縫い目から裂けるなんて事も在り得ないわ。ベルトも同じ。コレは貴方に譲るわ。

 その鈴は持ち主が鳴らそうと思わないと鳴らないわ。そういう風に魔法が掛けられてるから。コレも譲るわね。

 収納布は後で返してもらうことになるけど、今回はその四枚を使わないと運べない量だから、貸してあげる」

「あ、ありがとう」

 華月はきっちり収納布を折りたたんでポーチの片方に納め、静鈴もポーチの中にあった二重ポケットに入れる。その時、ポーチがやけに固いことに気付いた。破れない鞣革なら柔軟性に富んでいると思っていただけに少し驚いた。それを察したリフェルアが補足をしてくれた。

「鞣革を二重に使って、間に軽量の不朽金属のアルヴェ鋼板を入れてあるのよ。大竜が踏んでも壊れないわ」

「小竜じゃなくて、本当に本来の姿になった竜が踏んでも、なのか?」

「そうよ。それ、エルフの耐性魔法も付与もされてるから、一般流通なんてしない最高級品よ。

 ……本当に、大損よ」

「最後になんか言ったか?」

「いいえ。何でもないわ。

 次は水と樹液だったわね。ちょうどドワーフに返す容器があるからそれに入れればいいわね」

 今度は反対方向へ動き出した。反対側は棚が無く、天井から管が何本か降りていた。先端にはコックが付いている。

「……。もしかして、ここで汲むのか?」

「そうよ。……っと、これね。本当にちょうどいいわ。100リットルと50リットルの圧縮容器がある」

「圧縮容器?」

「原理は収納布と同じよ。大きさで記載されてる容量があるの」

 リフェルアが両手に持っているポットみたいな容器にはでかでかと50と100の数字が刻まれている。

「あ、こっちでもこの数字なんだ、本当に」

「ん? ああ、この文字はカヅキの世界のものだったの? 何で使われてるか、私は説明しないわよ」

「大丈夫。もう習ってる」

 リフェルアはそれぞれ別の管のところに圧縮容器を置いた。そして蓋を開け、コックを捻る。

「さて、溜まるまで採ってきてもらう素材について話すわね」

「ああ、頼む。特に精霊石について教えてくれ」

 華月は自分の知識と照合するため、不確実な記述の多かった精霊石について聞くことにした。

「精霊石は別名、精霊核とも言うわ。中級以上の精霊に認められた者のみが手にすることの出来る、精霊の力の結晶。それと共鳴することで属性魔法の威力を底上げしてくれる。言わば魔法の増幅器ね。カヅキには六属性全ての精霊石を集めてもらうわ」

「……ハードル高いんじゃないのか?」

「言っている意味が解らないのだけど?」

「難しいんじゃないのか? って意味だよ」

「ああ、難易度? 五段階評価で私なら五を付けるわ」

 さらっと流された。

「世界の終わりみたいな顔をするんじゃないわよ。精霊たちの出す課題を乗り越えればいいだけだから」

「その課題が難しいんじゃないのか?」

「……精霊によるわ。中級でも下級に近い力の弱い精霊なら割と簡単よ。まぁ、竜皇の騎士が軟弱な結果では陛下の評価まで下げかねないけど。あの主にしてこの騎士在り、ね」

 宥めておいて最後に落とすリフェルアはサドだろう。

「まぁ、詳しくは陛下に聞くことね。とりあえず、今は届け物の事を優先しなさい」

 リフェルアは溜まり具合を確認しながらそれ以降の精霊石についての説明を放棄した。泣き言を聞かされるのは御免なのだろう。

 誰だって好き好んで他人の愚痴を聞く気にはならないだろう。

 華月も諦め、届け物を持って行く為にどうやってドワーフの住処へ『普通』に入るのか聞くことにした。





[26014] 第34話 洞窟のドワーフ 承部12話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/07/22 21:33


 またもひた走ってドワーフの住処であるとある死火山の麓に居た。

「……ここが、入り口なのか?」

 華月の目の前には、ヒュコォォ。と、不気味な空気の流れる音を立てる洞穴があった。

「確か、罠が仕掛けられてるんだったな」

 探知能力や察知能力を全開にして、華月は一歩を踏み出した。

「……え?」

 バコン。と、軽快な音と共に足元が消失した。

「初っ端から落とし穴かよっ!?」

 華月の体が自由落下を始める。

「くっそ! 何所にも届かねぇ!!」

 華月が落ちていく穴は五メートル四方の正方形をしていた。どこにも手も足も届かないし捕まれない。

 自由落下の時間はそう長くないはずだ。ならば、華月が取る手段はそう多くない。

(流身系、纏身系の同時使用!)

 肉体の内外を魔力が奔り、包み込む。

 夜目を最大限に使用し、底を見通す。

(保ってくれよ!)

 体勢を変え、見えた底にぶつかる前に両足で着地する。

 底から更に下にいってしまうような衝撃に耐え、華月の両足はそこに在った。しっかり底をぶち抜く感じに脛の半ばまで埋まっているが。

「し、死なずに済んだ……」

 へたり込んで、ほっと一息。

 しかしまさか、最初の一歩目から落とし穴に嵌るとは思ってもいなかった。しかもその落とし穴が深い事。

「リフェルアのヤツ……何が『入り口に隠されてる梯子を使えば直ぐ』だよ……」

「おい、そこの! 動くんじゃねぇぞ!!」

「動かないで!!」

 華月は、周辺から合計10対の眼に取り囲まれていた。

「……こちらはダークネス・ドラゴンの竜騎士見習い、瀬木 華月だ。フェリシアの代理でヴィシュル=アーズへ荷物を届けにきた」

「え? カヅキさんですか!?」

 夜目の利いている華月は、声の方に顔を向ける。そこには、大きな金鎚――仕事道具でも在るヴィシュルの戦鎚――を構えたヴィシュル本人が立っていた。

「よぉ。頼まれてた薬草二種、水と樹液を持ってきたよ」

 埋まっていた足を引っこ抜き、ヴィシュルの方へ歩くと――。

「動くなっつってんだろ!」

 戦鎚が振り下ろされた。

 華月は何の苦も無く、それを片手で受け止める。

「今回は、貴方に用は無いんだ。

 ヴィシュル。動くなって事らしいから、こっちに来てくれるか?」

「あ、はい」

 寄ってきたヴィシュルに、収納布を渡し、水と樹液は取り出してもらった。四枚だけ収納布を返してもらう。

「これで用は済んだな。帰り道を教えてくれるか?」

「あ、えっと……。

 頭領、いい加減にしてください。カヅキさんは私の『お客さん』です!」

「……ちっ」

「みんなも、お騒がせしました。仕事に戻ってください」

 周囲を取り囲んでいたドワーフたちが散っていく。ドレンも華月に一瞥くれて去っていった。

「物々しい歓迎になっちゃってご免なさい」

「いや、別に構わないけどさ」

「ちょっと一緒に来てもらえますか? カヅキさんが居ないと困ることがあるんです」

「解った」

 ヴィシュルの後に続いてドワーフの住処の奥へと進んでいく。

 上がったり下がったりしながら目的地に着いた。

 そこはこじんまりした鍛冶場だった。

「ここは?」

「私個人の鍛冶場です。中級鍛冶師になると自分で鍛冶場を構えるんです。

 それで、ですね……」

 ヴィシュルは圧縮容器をテーブルに置くと、金床の上に置いてあったものを華月に差し出す。それは銀一色の剣だった。

「刀身と握りだけですけど、頼まれていた形の試作品です。バランスは取ってありますけど、ちょっと実際に持って振ってもらえますか?」

「ああ、成る程ね」

 握りを掴み、持ち上げ、二、三回振ってみる。特に違和感も無く、実にスムーズに振れる。

「……」

「どうですか?」

「悪くないんじゃないかな? 本格的な武器を持ったのは初めてだけど、特に扱いづらいとか、そういう感じはしないな」

 華月がそれなりの速度で振り抜くと、小気味いい風切り音がした。

「うん。あの形だけのヤツより断然いい」

「良かった。形状の作りこみは成功ですね。じゃぁ、残りの部品も付けちゃいますね」

 華月から試作品を返されると、ヴィシュルはぱぱっと準備してあったナックルガードとグリップを取り付け、塚尻に留め具を付けると鞘に収めて華月にもう一度、差し出す。

「これは、現段階で私が扱える最硬度の金属で出来ています。ですが、とても竜や竜騎士の全力に耐えられる代物じゃありません。言わば間に合わせの急造品です。

 必ず、私が、カヅキさんの為だけの剣を作りますから、それまで待っていてください」

 確固たる決意を秘めた真っ直ぐな目をするヴィシュルに、華月は真摯に答えた。

「ああ、待ってる。俺も、それまでには一人前の竜騎士に成ってやる。ヴィシュルが作る剣、リフェルアが作る儀礼正装に恥じない騎士に」

「じゃぁ、約束です」

「ああ。約束だ」

 ヴィシュルが華月の右手を取る。華月もそれに答える。

「にしても、良く短い時間でこれを準備できたな?」

「あ、私、他の人より打つのだけは早いんです。他の人の……約三倍ですね。細く見えますけど、結構力持ちなんですよ」

 力瘤を作って笑うヴィシュル。小さい体躯と性別に似合わない、素晴らしい筋肉だ。

「人間のままだったら、ヴィシュルに殴られただけで死ねたかもしれないな」

「カヅキさんが細いんですよ」

 それは否定できない。華月のほうが身長が高いが、明らかに細身だ。

「竜騎士は体型がそんなに変わらないらしいからなぁ。もうちょっと筋肉質なほうが見栄えたんだろうけど」

「まぁ、そんな見かけでも私より膂力がありますからね。さすが竜騎士ですよ。普通、あの入り口の上から落ちたらドワーフだって大怪我するんですから」

 笑っているヴィシュルが気になることを言った。

「ちょっと待った。

 俺が落ちたのは、落とし穴じゃないのか?」

「え? 梯子から手を滑らせたんじゃないんですか? あれがここへの直通路ですよ。リフェルアさんに教わったから使ったと思ってたんですけど」

「いや、聞いてた。それを探そうと一歩踏み出したら、突然口が開いて落ちたんだ」

「……もしかして、ギアが壊れた? ……カヅキさん、手伝ってください!」

「え? あ、ああ!」

 ヴィシュルが道具箱を抱えて走り出した。華月も剣を左の腰のベルトに通してヴィシュルの後を追う。

 来た道を戻り、今度は梯子を使って上まで一気に登り上がる。

 すると、蓋が開きっぱなしになっていた。

「あ~、やっぱり……ギアが一個壊れてる……。だから蓋は円形にしようって言ったのに……。後で作り直さないと。

 カヅキさん、この蓋をこの位置で固定しててくれます?」

「解った」

 ヴィシュルに言われた角度で蓋を保持する。ヴィシュルは命綱を結んでから穴に半身を乗り出してギアの交換修理をし始めた。

 ものの五分程度で修理は終わった。

「済みませんでした。ここ、壊れてたみたいです」

「だから俺は落ちたのか」

「はい。二枚の扉で、本当は片方が上に上がって、片方が下に下がるんですけど、跳ね上げるためのギアが一個砕けてたみたいで。不朽金属で作ればいいのに、頭領が手抜きするから……。

 ともあれ、これでしばらくは大丈夫です」

「そっか。じゃぁ、届けるものも渡したし、受け取るものも受け取った。今日のところはこれで引き上げるよ」

「はい。次に剣を渡すときは吃驚させてみせますね」

「楽しみにしてる」

 華月はヴィシュルに別れを告げると、来た時同様に走り去った。

 それを見送ったヴィシュルは、生暖かい眼で遠くを見ながら呟いた。

「……まさか、カヅキさん走ってきたの? ノーブル・ダルクの近くにこことセフィールの所への直通の転移門があるのに……」

 知らぬが仏という内容だった。





[26014] 第35話 上級水精霊 承部13話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/08/15 01:29

 翌日、華月はアルヴェルラの執務室に居た。

 アルヴェルラは仕事の真っ最中だったらしく、資料を見ながら書類に何やら書き込んでいた。

「それで、直接私のところへ来るなんて、どうした?」

「精霊石はどうやって集めればいいか教えてほしいんだ」

 華月の言葉でアルヴェルラは書類を書くのを止め、顔を上げる。

「精霊石か。リフェルアに持ってくるように言われたのか?」

「今すぐって感じじゃないけど、必要になるんだろ?」

「そうだな。先達たちにも六属性の精霊石を集めるよう言われているしな。魔法の使えるカヅキの竜騎士細工の宝飾には必須の素材だ」

 カチッ。と、軽い音を立て、アルヴェルラは手にしていた羽ペンをペン立てに収める。

「精霊石がどういうものかは知識と、リフェルアから聞いているだろうから説明は省く。

 そして、カヅキに望むのは上級精霊からの精霊石の取得だ。今までの訓練などとは勝手が違うだろう。おそらくお前でも苦戦する」

「望むところ。って、粋がっておくよ。で、どうすればいい?」

「テレジア」

 パンッ。と、アルヴェルラが手を打ち鳴らすと、扉の影からテレジアが姿を見せる。

「はい、陛下。

 では、カヅキ。覚悟してください」

 テレジアは華月に軽い足取りで近づくと、首を掴む。

「な、何すん――」

「逝ってきなさい」

 テレジアは華月の足を払い、体が浮いたところで一歩踏み出し、窓の外へアンダースローで投げる。時速200Km/hほどの速度でかっ飛んでいった

「方角、角度、良し。速度も十分。目標地点は水精の湖」

「後はロミニアに任せよう。精霊のことは精霊に任せるのが一番だ。テレジア、ついでに茶を一杯頼む」

「はい、陛下」

 テレジアは言われたとおり茶の準備を始めた。



 水精の湖は今日も静かに水面を光らせていた。

 そこへ――。

「ぉぉぉぉぉおおおおおおお!?」

 入射角度50°、速度160Km/h。ド派手な着水音と同時に湖面に見事な水柱が立った。

「ぶぁっ!? な、何なんだよ!!」

「あらぁ? お客さんかしら?」

 華月の身体に水が纏わりつく。華月には覚えがある。これは水精霊の仕業だ。

「ろ、ロミニアさんか?」

「あらあら、こんにちは。アルちゃんの竜騎士の……アヅキくん?」

 華月の目の前で水が女性の形を取っていく。前回より精巧に、緻密に。

「華月です!」

「そうそう、カヅキくんだったわね。

 一人でここに何しに来たのかしら?」

 纏わりつく水の感じが変わる。答え一つで致命的な事になりそうだ。

「上級精霊たちから精霊石を譲り受けたい。ついてはその方法を教授していただきたく」

「そんな畏まって話さなくていいわよ? 私はそんなに凄い精霊でもないし?」

「あ、はぁ……」

 ロミニアは華月を持ち上げると、陸へと降ろす。

「タメ口でいいわよ。古い精霊はその辺に拘るのが多いけど、私は畏まられるのは嫌いなのよ。

 で、精霊石だったわね。上級精霊じゃないとダメなの?」

「ヴェルラからは上級精霊から精霊石を享けてこいと言われて」

「随分難しい事を要求するわね~、あの子は」

 ロミニアは呆れているのか、体の輪郭が少し甘くなった。

「俺がここに放り込まれたってことは、先ずは水の上級精霊から精霊石を譲ってもらってこいって事だと思うんだけど。水の上級精霊はどこに?」

「ん~……、仕方ないわねぇ。上級精霊は俗世に現れるのを嫌うのよ。位相をズラした特異空間――闇黒竜族の墓所の石版の中みたいなところに引き篭もってるの。

 だから、ちょっと体を置いていってもらうわ」

「え――?」

 次の瞬間、華月の意識はロミニアによって引き抜かれ、此処ではない何処かへ誘われた。




 虹色の空間。

 巡り廻る色彩が落ち着きなく、一瞬一瞬で全ての配色が変化していく。

「な、何だここ……」

「一枚の空間という壁を越えた先の空間。多分アルちゃんもきたことないわよ」

 華月の意識が横に居る何かを認識した。人の形をしたそれは、ドラゴンたちとはまた違った美を持っていた。

「あ……すげぇ美人だ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」

 華月の意識が何かに包まれる。この感覚には覚えがある。これは――。

「ろ、ロミニアさん……?」

「そうよ? ああ、あの仮の器じゃここまではっきりと形を取らなかったわね。

 さて、同朋・ミルドリィス」

「……騒がしいな。私は静かな平穏が好きなんだ」

 華月の前にもう一つ、ロミニアと同じような気配を持ち、それ以上の存在感を持ったモノが現れた。だが、華月の意識が認識したそれの姿は、まるで少女のような大きさだった。

「ほら、カヅキくん? お目当ての水の上級精霊よ」

「お目通り願えて光栄です。私はダークネス・ドラゴンがアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木 華月と申します」

「ふん? 一応の礼儀は弁えてるな、坊。ヴェルラ嬢の竜騎士見習いといったか?

 我が名はミルドリィス。

 して、何用だ? わざわざロミニアがこっちに連れてくるほど重要な用件か?」

「一人前の竜騎士となる為、上級精霊から精霊石を譲り享けてくる様、主より申し付かっています。つきましては、ミルドリィス様よりご享受願えれば、と」

「……ふん。ロミニア?」

「私で間に合うんなら、私はあげちゃうわよ」

「……運が良いな、坊。私、水の上級精霊・ミルドリィスはお前を試さない。無条件で精霊石をやろう」

 華月の意識体をロミニアと少し違うものが包む。

「享け取れ、これが精霊石だ。向こうに戻れば石となる」

 華月の意識体に何かが浸透してくる。物凄い圧力と勢いで。

「抗うな、享け入れろ。我が一部だ。お前を濾過器とし、結晶化する。それがお前だけの精霊石となる」

 自分の裡へと入り込んでくるミルドリィスの一部。アルヴェルラの血を享けた時とは違った異物感が全身から隈なく感じられる。それもやけに冷たく、透徹していく。

 それが末端から中を進んで、自分の鳩尾あたりに集中していくのも解る。

 だが、華月は苦悶の声を上げようとしなかった。

「ふん、竜血を享ける事に比べれば大した事でも無いか。一つも喚かないとは」

「……こちらから無理を言ってお願いしたこと、です。

 それに、力を分けてくれる方の一部を、苦悶の声で迎えては失礼でしょう。もう、そのような礼を欠く行為を、私はしないと決めているのです」

「……なんだか無性に虐めたくなるな」

「あら、ミルドリィス? 意地悪しちゃ駄目よ?」

「解っている。コレはヴェルラ嬢のモノだろう? 私が手を出すのはここまでだ」

 華月の鳩尾で、ミルドリィスの一部が凝結する。

「精製を経た。水の精霊石、確かに与えたぞ」

「感謝します」

 華月から意識を逸らし、冷たく告げる。

「用が済んだらさっさと去れ。ロミニア」

「はいは~い。カヅキくん、帰るわよ~」

「いずれ、改めてお礼に――」

「来なくていい。我が一部は常にお前と共に在る。わざわざ来る必要は無い」

 ミルドリィスが明後日の方を見たまま、華月たちに向かって腕を振る。巻き起こった圧力に押され、華月とロミニアは現実に吹き飛ばされた。




 湖畔で目を覚ました華月は、戻って早々に咳き込んでいた。

「ゲホッ!」

 すると、親指の爪程度の大きさの蒼い結晶体が出てきた。

「こ、これ……?」

「それが精霊石よ。

 やっぱりミルドリィスの精霊石は鮮やかに蒼いわね~。私のはちょっと濁るのよねぇ」

「う……そ、そうですか……」

 華月は湖の水で精霊石を洗ってから収納布に収め、ポーチに仕舞う。

「あの、他の精霊にはどうすれば会えますか?」

「他って、水以外の五属性の精霊?」

「はい」

「そうねぇ……火と土の精霊はドワーフの洞窟の最下層でなら顕現してくれるし、樹の精霊はセフィールの中でなら顕現してくれるはずよ。光と闇の精霊は……ちょっと変わってるから、私には教えられないわ」

 ちょっと変わっているという一言が気になったが、あえて追求せず、次の目標へ向かう事にする。次は――。

「解りました。次はドワーフの洞窟へ向かいます」

「そう? じゃぁ、そこの転移門を使うと早いわよ~。ノーブル・ダルクの近くに設えてある転移門に繋がっていて、そこからは――」

「もしかして、ドワーフやエルフの所に一瞬だったり?」

「そうよ? あら、知らなかった?」

「……はい」

 ちょっとだけ、涙が滲みそうになった華月だった。





[26014] 第36話 火と土の上級精霊 承部14話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/09/02 00:32


 転移門の使い方も教えてもらい、華月は昨日も訪れたドワーフの洞窟を歩いていた。

(とは言え、ヒカリゴケっぽいコレがあるから歩けるんだよなぁ)

 さすがに華月の眼は光源が無ければ何も見えない。完全な闇の中で動けるほどの万能性は有していない。

(え~っと、昨日の道だとそろそろヴィシュルの鍛冶場に着くはず……)

「だーっ!! 上手くいかない!」

 やけくそに金属を叩いているような音と、絶叫が響いてきた。声はヴィシュルのもののようだった。

「第一段階の抽出に間違いは無い……第二段階の粗精製も大丈夫……最終段階の錬成に失敗があるっていうの……?」

 一際大きく金属を打ち鳴らす音、そして床に幾つもの金属が落ちる音が聞こえる。どうやら鍛錬中の金属を叩き砕いたようだ。

 華月は気にせず鍛冶場に入る。

「ヴィシュル、ちょっといいか?」

「うぇっ!? か、カヅキさん?

 ……っ! あ、きっ、聞こえ、ました?」

 引き攣った笑顔でさっきの独り言などが聞こえたのか確認するヴィシュル。確かにアレを誰かに聞かれれば恥ずかしいだろう。

「まぁ、聞かなかった事にする。

 それで、忙しそうにしているところ、勝手な頼みで悪いんだが……」

「どうしたんですか?」

「火と土の精霊に会いたいんだ。最下層のどこに行けばいいのか教えてくれないか?」

「その格好で、ですか?」

「ああ。全身ずぶ濡れなのはさっきまで水の上級精霊に会ってたからだ。上級精霊から精霊石を享けてこいって主の指示でな」

「もしかして、あの湖に投げ込まれたんですか?」

「よく解るな。その通りだ」

 尤も、二人の認識には大きなズレがある。華月は大遠投され、湖に叩き込まれた。だが、ヴィシュルは湖の近くから普通に投げ込まれたと思っている。この違いは大きい。

「それで、ここに来たという事は、水の精霊石は享けられたんですね?」

「ああ。次は火と土の上級精霊にから精霊石を享けようと思ってな」

「……案内するのは構いませんよ。丁度、上手く行かなくて腐っていたところですし、気分転換がてらにそれぞれの精霊の顕現所にお連れします」

 ことり。と、小さい金槌(相槌)を置いて立ち上がって伸びをするヴィシュル。

「じゃ、地下十五階層のここから、最下層の地下三十六層まで降りましょう」

「随分下にあるんじゃないか?」

「大丈夫です。十階層毎に直通の縦穴が隠されているんですよ」

 出入り口と同じようなものらしい。外部からの侵入者除けのために隠されて作られているという話だ。通路を歩きながらヴィシュルが教えてくれる。

「そもそも、この鍛冶場とか生活空間自体が隠し部屋なんですけどね。普通に入ると迷宮構造ですから」

 外敵が入り込む事はほぼ無い闇黒竜族の治めるドラグ・ダルクだが、この地に移り住んだアーズ一族とセフィール一族はあえて住処にこういった構造を付帯した。

「まぁ、住処を追われたが故の防衛策と思ってください。

 さ、一気に降りていきますよ」

 行き止まりだと思った岩肌をヴィシュルが押すと、滑らかに壁が動き、下へ降りる縦穴が現れた。

「螺旋階段か」

「出入り口と同じに作ると、この中では面倒ですから」

 そして先ず五階層分降り、また少し移動して十階層分降る。同じくしてドン詰まりまで降る。

「最下層、第三十六階層です」

「……熱いな……」

「溶岩流がすぐ傍を流れてますからね。だからこそ、火の精霊と土の精霊が同時に顕現できる場所があるわけですよ。

 あ、溶岩流には落ちないでくださいね。回収できませんから」

「き、気を付けるよ」

 そんな事を言っていると、溶岩流の脇を通る道に出た。

「ぐ……、あ、アツっ!」

「大げさですよぉ、このくらいで~」

 汗がにじみ始めた華月に対し、余裕綽々のヴィシュル。この時、摂氏55℃だった。

「まぁ、少し我慢してくださいね」

「ん~……? ああ、大丈夫だ。もう慣れた」

「へっ!? あ、竜騎士の適応能力……。に、しても、ちょっと早すぎません?」

「まぁ、深く気にしちゃダメだな」

 溶岩流の脇を通り抜け、更に一段下がる。そこは大きな熔岩溜があり、中心の小島に一本橋が掛かっているような凄まじい場所だった。

「あの中心部が火と土の精霊が顕現できる場所です。ただ、出てきてくれるかは保証できませんが」

「まぁ、なるようになるだろ」

 華月は軽い足取りで一本橋を渡っていく。ほんの数十㎝下で、溶岩が煮えたぎりボコボコと音を立てているにも拘らず。

 そして中心部に辿りつく。

 知覚域を展開し、近くに何かの存在が無いか探りを入れる。

(魔力を持ってはいるだろうけど、それよりも精霊は存在を感じた方が早い)

 二度に渡りロミニアに接し、上級精霊であるミルドリィスの一部を享け入れたからこそ真に理解した、精霊の本質。

 精霊とは、物質の器を持たず、存在のそのものをこの世界に固定している、一種の高次生命。他の種族が昇華し、次の段階へ移った時の姿だ。この世界を創り上げた神は、そんな先の事まで見通して生命を創り上げたらしい。

(俺の頭の知識と、体感と、想像力が合っているなら、応えてくれるだろ?

 俺は求める! 火と、土の精霊よ!!)

 知覚域内だけで響く華月の呼び掛け。

 大きくはないが、芯が在る真摯な叫びは、確かに何かに届いた。


 溶岩から立ち昇る熱気が密度を増し、陽炎となり、次第に紅い人影となった。

 華月の傍らの地面が隆起し、人型に固まっていく。


 精霊の顕現の瞬間だ。


「火の精霊、ヴェルセア。顕参」

「土の精霊、ガトレア。此処に在り」

 やはり女性型だった二体の精霊は、名乗りを上げる。

「「我等に何用か?」」

「お初にお目に掛かります。私は瀬木 華月と申す、ダークネス・ドラゴンが女皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士見習いです。主の命により、上級精霊の方々より精霊石を享ける様にと申し付かっています。

 どうか、火と土の上級精霊にお目通り願えないでしょうか?」

 深く一礼し、華月はただ願った。

「「……」」

 それに対し、ヴェルセアとガトレアは互いに顔を見合わせ、何か悩んでいるようだった。

「カヅキと言ったな、幾つか聞こう。我等の前にどの精霊に会った?」

「は、水の精霊、ロミニアとミルドリィスに」

「……精霊石はミルドリィスからか?」

「は」

 華月がそこまで答えると、ヴェルゼア、ガトレアは互いに顔(?)を見合わせる。

「そうか。だから我等が呼び出されたのだな」

「ミルドリィスの仕業か。味な真似をしてくれる」

「……?」

 華月が首を傾げたくなったとき、脇から声が聞こえてきた。

「カヅキさん、この精霊たちは中級じゃなくて上級の火精霊と土精霊ですよ」

「え?」

「存在の輝きが違います。本当なら上級の精霊はこっちには顕現しないのに」

 何時の間にか華月の横にヴィシュルが居た。

「やれやれ、ロミニアに甘いのは相変わらずか」

「仕方ない。呼ばれてしまった以上、我等が試すしかない」

「「竜騎士見習い、我等の力を享けられるか、その身で示せ」」

 精霊たちが言うが早いか、華月の両足が盛り上がった地面に呑まれる。

 次は、溶岩から高熱だけが抜け出し、その熱が華月を包み込んだ。

 次第に足から下半身、腹部と、熱と土・岩が競り上がってくる。

「そのまま放置すれば、お前は溶岩が一部となるぞ」

「さぁ、我等の力、見事享けてみせろ」

 しかし、華月は反応せず、そのまま頭まで呑み込まれてしまった。

「カッ!? カヅキさん!!」

「……無理だったか」

「仕方な――」

 ガトレアが諦めの言葉を吐こうとしたとき、人型になった土と熱気の塊が、音も無く崩れ、先ほどと寸分違わぬ華月が居た。

「……ゲホッ!」

 一度咳き込むと、紅と黄金(こがね)の精霊石を自分の掌に吐き出した。

「御二方の力、確かに享け取りました」

「「我等、常に汝と供に」」

 ヴェルゼアとガトレアは顕現を解き、元の空間へ戻ったようだ。現身が崩れる。

「……ふぅ、これで半分か……。

 ヴィシュル、案内有難うな」

「い、一瞬死んだのかと思いましたよ……」

「竜騎士はある意味不死だろ? 精霊の力を享けるには、全身から取り込むのが一番みたいだったから、覆われるのを待ったんだ。

 無事、目標の半分を達成できた。後半分だ」

 華月は手にした二つの精霊石を仕舞い、ついでのようにヴィシュルに尋ねた。

「ところで、ヴェネディクト鉱石ってここで手に入る物だったりする?」





[26014] 第37話 樹の上級精霊 承部15話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/09/16 07:26

 今度はセフィールの大樹がある北の森林地帯に現れた。

「……ホント、こういう便利なものがあるなら教えておいて欲しいもんだな」

 転移門の便利さに改めてため息をついて、華月は天を突くほどの伸びているセフィールに向けて歩き出す。

 どうも顕現地点が確定しているのは六属性の精霊の内、四素精霊と別けられる火・水・土・樹の精霊だけで、闇と光の精霊は闇黒竜族と白光竜族しか顕現地点を知らないらしい。華月の頭に押し込まれている知識にも精霊の顕現地点の正確な位置は記されておらず、その二つの精霊は最後に回さないとならない。

 森を歩いていると、今までの木とは違った木が群生しているところに差し掛かった。

「……あ、これか。ケイスラーの木は」

 華月にはどうみても百日紅(さるすべり)にしか見えない木だったが、それがこの世界ではケイスラーと呼ばれる特殊な性質を持っている木だと解った。

「え~っと、30センチ×40センチの生皮が要るんだったな」

 華月は腰にぶら下げっぱなしだった剣を抜き、その大きさの生皮を剥げそうな太さの木を探し、切れ込みを入れる。

「簡単に剥がれてくれよ?」

 切っ先を切れ込みの端に差し込み、手首を捻って捲る。捲り上げた突端を摘み、少しずつ剥き始める。

「おぉ~? 簡単に剥がれるんだ」

 綺麗に剥けた表皮を仕舞い込み、今度こそセフィールに向け歩き出す。



「つまり、樹の精霊の顕現地点まで私に案内しろってことかしら?」

 これまでの経緯を簡単に説明すると、リフェルアは物凄く迷惑そうな顔をしながらコップを差し出してきた。

 コップを受け取って中身を飲むと、思わず噎せ返りそうになるほどの甘味に華月の思考が一瞬停止した。

 リフェルアは澄まし顔で自分が持っているコップの中身を飲んでいる。



「ん? 何よ」

「いや、何でも……。

 まぁ、簡単に言えばその通りなんだけど」

「自力であちこち回って、解る相手に協力を求めるのは悪くないわ。ただ、私に限っていえば、迷惑なのよね。素材の殆どは倉庫にあるけど、動いて調達しないといけないものが無いわけじゃない。今日もこれから出掛けるところだったのだけど」

「何を採りに行くんだ?」

「教えないわ。一族の秘儀に関わる材料だから」

「そ、そうか……」

 さて、どうしたものかと華月が考えていると。

「工房長、少し時間いいか?」

「構わないわ。何?」

 一人のエルフが入ってきた。例に漏れず美形で性別不詳だった。

「……来客中だったか」

「別にいいわ。大した者じゃないから」

「そうか。なら本題に入る……。

 例の儀礼正装の材料だが、使えなくなっているものがそれなりに出ている」

「……何ですって?」

 リフェルアの顔が険しくなる。

「保存期間に問題は無かったはずね。私が引き継いでからそういった品質面は殊更注意していたはずよ」

「ああ。工房長の管理には問題無かった。担当者が保管状況の確認を怠っていたせいだ。担当者には無駄にした分を補填させる。連帯責任で直属の上司と同僚を動員して集めさせるが、一つだけそうもいかないものがある」

「……予想できるけど、一応確認するわ」

「ああ、間違いなくそれだ。一株だけだったファルシルが枯れていた」

「やっぱりね……これは参ったわ。

 カヅキ、私は貴方を精霊の元へは絶対に案内できなくなったわ」

「そんなに重要なものが駄目になったのか?」

「ええ。アレの新鮮な葉と花弁が必要だったのよ。重要な染料になるの。

 ……族長に案内してもらうことにするわ。私はファルシルの採集に向かう。レツゥフィン、緊急で第一採集班に招集を掛けて」

「了解した、工房長」

 レツゥフィンと呼ばれたエルフが出て行った。リフェルアは自分の装備を一通り確かめ、不足していたらしい幾つかのものを部屋のあちこちから取り出すと、収納布に収めて仕舞い込んだ。

「それじゃ、私たちも行きましょう」

「ああ」



 セフィールの大樹の最上部、時折強い風が吹き抜ける。

「さて、ここが一番近い樹の精霊の顕現場所です」

「案内に感謝します、フィーリアスさん」

「いえいえ、礼には及びませんよ。いずれ来るであろう事は、予想していましたし。しかし、上級精霊の精霊石とは……難易度の高い注文ですね」

「フィーリアスさん的には、何段階でどの程度の難易度ですか?」

 華月の問いに、意味深な微笑を浮かべると、フィーリアスはさらりと言った。

「私的には十段階中八の難易度を付けます」

「……そ、そうですか」

 華月はやはり高難易度なんだな。と、内心肩を落とす。

「まぁ、その難易度になってしまう殆どの理由が、上級精霊の召喚に失敗するからなのですがね。

 その点、カヅキ君は優位です。何せ、盟友に樹の上級精霊を持つ私が居るのですから」

「え?」

「お節介かもしれませんが、樹の上級精霊を呼んであげましょう。

 来たれ、華憐なる神樹の精。盟約の元、フィーリアス=ラ=セフィールが御名を唱える。

 シュリゼリア」

 華月にウィンクしながらフィーリアスが朗々と紡ぐ。

 瞬間、周囲の空気が変わった。

 華月とフィーリアスの間に蔦が這い出し、見る間に質量を増していく。それはあっと言う間に華月の身長と同じ高さに増え、表面が滑らかになり、次第に女性の形を取り始める。

「ふむ、盟友に呼ばれて久方振りに現界したが、何用かな?」

「お久しぶりです、シュリゼリア。実は貴女に折り入ってお願いがありまして。

 ほら、カヅキ君」

「あ、はい。

 お初にお目にかかります。闇黒竜族がアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木華月と申します」

「アルヴェルラの竜騎士見習い? あの子が竜騎士を……。

 私は樹の上級精霊、シュリゼリア。それで、私に用とは何かな? フィーリアスの呼び出しだ。下らない事では無いとは解っているつもりだが」

 他の上級精霊達より話易いと感じた華月だったが、油断は禁物だと自分に言い聞かせ、失礼が無いように努める。

「実は、上級精霊の方々より精霊石を享けるよう主から下命され、実行している最中なのです。ここに辿り着くまでに、水のミルドリィス殿、火のヴェルセア殿、土のガトレア殿より精霊石を享け、ここで樹の上級精霊の方から精霊石を享けようと参上した次第です」

「あの三柱からは既に精霊石を享けていると? そんな話は聞いていないが」

「本日より始めましたので」

「立て続けに上級精霊の力を取り込んできたのか? また無茶をする竜騎士だ。よく中毒にならなかったな」

 呆れた様な雰囲気でシュリゼリアが言う。そこへ、フィーリアスが補足をしてくれた。

「精霊の持つ力は一度に大量に体内に取り込むと、結晶化するほか非常に危険な中毒症状を引き起こします。カヅキ君は運が良かったんですよ」

「……」

 詳しく精霊の力について調べなかった自分の迂闊さを呪った華月だった。

「フィーリアスの頼みだ。無碍に断るつもりは無いが……カヅキと言ったな、耐える自身はあるか? 結晶化するほどの力、短い間にそう何度も与えられるものではない」

「……体調に変化はありません。大丈夫です、見事耐えてご覧に入れます」

「よく言った。ならば与えよう。我が力、易いと思うな」

 シュリゼリアが右腕を模している部位を持ち上げると、四方八方から蔦が伸び、華月の全身に絡み付く。締め付ける力は非常に強く、完全に身動きを封じられた。

「暴れられても面倒なのでな」

「構いません」

「では、行くぞ」

 蔦を伝ってシュリゼリアの力が華月に流れ込む。

「……!!!!」

 ミルドリィスの力以上の刺激。これならヴェルゼアとガトレアの方が刺激が少なかった。

 だが、やはり華月は悲鳴を上げることも無ければ暴れることも無い。粛々と力を
享け入れて行く。

「ふむ、予想以上に優秀な竜騎士のようだな。アルヴェルラは人を視る眼が鋭いな」

「あれでも竜皇ですから」

 必死に耐える華月を脇目に、のほほんと会話するシュリゼリアとフィーリアス。

「これなら、少し時間短縮をしても問題無いな。

 圧力を上げるぞ」

 告げられた途端、華月が感じる刺激と不快感が増大した。が、同時に結晶化していく速度も増大した。

「ふ、完了だ」

 華月が蔦の拘束から開放される。

「ゲホッ」

 咳き込んで結晶化した精霊石を手に落とす。

「樹の精霊石、確かに享けました」

「我、常に汝と共に」

 シュリゼリアが実体化を解いて去っていった。

「さて、これで四素精霊は完了ですね。一旦戻った方がいいと思いますよ」

「はい、そうします。

 ありがとうございました」

「いえいえ。頑張って一人前の竜騎士になってくださいね」

 フィーリアスさんに激励され、華月は皇宮に戻ることにした。





[26014] 第38話 襲撃者の末路、理不尽に 承部16話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5bd77187
Date: 2011/09/23 19:39

 皇宮に戻ると、いつもの無表情の眉間に皺を刻んだテレジアが食堂の隅っこに座っていた。手には黒い液体の入った透明なコップが握られている。

「テレジア? どうしたんだ、難しい顔をして」

「……カヅキですか。いえ、あの捕獲したトロールなのですが……」

「何か問題が?」

 華月が尋ねると、テレジアの手の中でコップがピシッと悲鳴を上げる。

「ディーネに診てもらいましたが……どうやらあの変性陣は異界人の玉の『魔物使い』の特性で使われる特殊なもののようでした。術者が未熟だったのでしょう。制御を失い、結果、暴走」

「そうか……」

 何とも言えない華月。テレジアはコップの中身を一気に飲み干し、華月に鋭い目を向ける。

「私が難しい顔をしているのは、トロールが最早生きる屍になってしまったという事に対してです」

「俺が、加減を失敗してたのか?」

「いいえ。カヅキに手落ちはありませんでした。異界人の術者が未熟だったせいです。いきなり強制的に意識に割り込みを掛けられたトロールの脳は、その負荷に耐えきれず、脳機能を破壊されているとの事です。

 私たちは、あのトロールを故郷に帰す事すら出来なくなりました」

 テレジアの手の中でコップが微塵に砕け散る。

「もう、どうしようもない事ですが……。せめて、属性にあった土地に葬ろうと思います。

 カヅキ、手伝ってもらいますよ」

「ああ」

 テレジアは食堂の担当者に話し、砕いたコップの後始末を頼み、華月を連れてディーネの洞窟に向かった。

「ディーネ、処置は終わりましたか?」

「終わっているわよ。可哀想な事をしたと思うけどね」

 ディーネはテーブルの上にトロールを横たえ、その脇で椅子に座って腕を組んでいた。表情は前髪で窺えないが、声からテレジアと同じような憤りを感じる。

「ここまで見事に中身を壊されちゃ、私でも手が出せないからね。仕方ないと言ったらそこまでだけど」

「嫌な役を任せて――」

「謝らなくていいわよ。どうせ誰かがやるんだし。寧ろ私で良かったわ。ただ、後でアルヴェルラには報告してね」

「解っています。では、後は私とカヅキが」

「お願いね」

 テレジアはテーブルのトロールを担ぐと、来た道を引き返し、今度は転移門を使ってセフィールの大樹の近くに来た。

「何処に行くんだ?」

「樹と、土の属性が調和しているところです」

 テレジアが足を止めたのは、花も樹も生えず、ただ丈の短い草が生えるだけの草原だった。

「ここか?」

「はい。

 さ、カヅキ。深さ五メートル、長さ三メートル、幅二メートルの穴を掘ってください」

「え? 道具も無しにか?」

「『竜爪・一指』の応用技で掘れます。地面に竜爪を突き立てた後、何も考えずに魔力を周囲に開放してみれば解ります」

 言われたとおりに実行してみると――。

「ぶはっ!?」

 解放された魔力が周囲の土を巻き込んで派手に炸裂した。確かに言われた通りのサイズに近い円形の穴が空いたが。

「……これでいいのか?」

「上出来です」

 テレジアは穴の中へ降り、底にトロールを横たえると、跳躍一回で出てくる。

「さ、埋めますよ」

「え? まだ生きて――」

「ディーネに生命活動を停止してもらい、魂は解放済みです。アレは最早抜け殻です」

 テレジアが言った嫌な役とはトロールを『殺す』ことだった。何を持って死を定義するかで解釈は違ってくるだろうが、生命活動を停止させる事は間違いなく死ぬ事だ。その状態を死と定義するなら、その状態にする事は殺す事になる。

「……黙って埋めますよ」

 テレジアが竜爪を片手に三本、両手で六本発生させる。それで縁の土を崩してトロールの亡骸を埋めていく。華月もそれに倣い、テレジアとは逆回りで埋めていく。

 終われば周囲より一段低い窪地が出来た。

「カヅキ、土の上級精霊と樹の上級精霊から精霊石は享けられましたか?」

「あ、ああ。土のガトレア、樹のシュリゼリアから」

「なら、精霊石を媒介に精霊を呼び出してください」

 華月は二つの精霊石を取り出すと、呼びかけた。

「来たれ、豊饒を司る大地の精、華憐なる神樹の精。盟約の元、瀬木 華月が御名を唱える。

 ガトレア、シュリゼリア」

 精霊石に淡い光が漏れ、地面が隆起し、蔓草が集まりだした。

「盟約を結んでその日の内に呼ばれるとは思っていなかった」

「同感だな」

「「して、何用だ?」」

 顕現したガトレアとシュリゼリア。

「ガトレア様、シュリゼリア様、お久しぶりです」

「ん? ああ、テレジア殿」

「私たちに用があったのは、貴殿だったか」

「この地にトロールを葬りました。お二方、二柱の力でその亡骸を」

「地に還元しろ、そういう事だな?」

「事情があるようだな。いいだろう、ガトレア」

「応とも、シュリゼリア」

 二柱の写し身から優しい力が放たれ、掘り返した後の生々しい地面に変化が現れる。

「萌えよ、若草」

「広がれ、要素」

 地肌を露出させていた地面はすっかり草が生え、周囲と溶け込んだ。

「分解・還元完了」

「周囲との同化も完了だ」

「ご協力に感謝します」

「ありがとうございました」

「気にするな」

「この程度なら易いものだ。では、私たちは去るぞ」

 ガトレアとシュリゼリアは去って行った。

「これで、完了です。カヅキが上級精霊から精霊石を享けていてくれたおかげで早く済みました」

「いや、役に立ったならそれでいいよ」

「それでは、戻りましょう」

 華月とテレジアも皇宮に帰る。





[26014] 第39話 また混浴、図られた華月 承部17話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/12/04 23:55

 その日の夜、浮かぶ月を見ながら華月は風呂に入っていた。

「ふゅいぃぃぃ~……」

 どうやら自覚がなかっただけで身体には随分無理をさせていたらしい。リラックスした瞬間、身体が「動きたくないでござる」と言わんばかりに気だるさを訴えてきた。

「うぁ~……何だこのだるさ……」

「四柱もの上級精霊の力を一日で立て続けに享ければ当然だろう。私の竜血を享けた時はどれだけ苦しんでいたか忘れたのか?」

「……何でわざわざここに来るんだ? ヴェルラ」

「健気に頑張る自分の騎士を、主が労いに来るのが可笑しいか?」

 華月の左隣にいつの間にかヴェルラがいた。隠行でも使ったのだろうか。

 そもそもがアルヴェルラを含め他の者と風呂で会わないように常に人気のない、小さいところを見つけたのだ。なのに、華月の居所は簡単にアルヴェルラにバレていた。

「そう拗ねるな。自分の一部が混ざった者が何処に居るかなど、この国の中位の範囲なら感知できる」

 アルヴェルラは苦笑しながら華月の頭をぽんぽんと撫でる。

「別に拗ねてなんかいない」

「そうか? まぁ、そこは重要なところではないしな」

 アルヴェルラが言葉を切り、華月の正面に回り込む。更に華月の頭を両手で押さえ、顔の向きを自分の方へ固定する。

「カヅキ、頑張ってくれるのは嬉しい。だが、無理をするな。身体は幾らでも直る。私が存在す(い)れば。だが、魂や心と言った別次元に関する部分はそうもいかない」

「……」

「上級精霊から精霊石を享けろとは言ったが、一日で四柱も一気に済ますなんて無茶は止めてくれ……。下手をしたら、冗談抜きで――」

「壊れていたかもしれない、か?」

「そうだ」

 自分のやったことに文句を付けられる。これは面白くない事だ。

 だが、自分の迂闊さが招いている事で、アルヴェルラの叱責は当然で、心配はありがたいことだ。

「ゆっくりでいい。本当に、少しずつでいいから」

 ぎゅっと抱かれる。

「解った。心配性のご主人様に、負担を掛けたくないからな。適度にやる事にするよ」

「本当に解ってくれているか? 前にも似たような事を言っていなかったか?」

「今度こそ解った。解ったから――」

 鋼鉄の自制心も、欲情の熱で融解寸前だ。

「離れてくれ。我慢にも限界があるんだから……!」

「おや、何が限界なのですか?」

「えっ!?」

 華月の右脇にテレジアが居た。それこそ何時の間にか。吃驚して縮みあがった。

「い、何時の間に?」

「さっきですが、何か?」

「テレジア、私とカヅキの時間に何の用だ?」

 アルヴェルラの顔に若干険が乗る。

「別段用などありません。そもそも、ここは私が主に使っている場所なのですが」

「ここの使用頻度の低い事は、俺がそれなりに時間を掛けて調べたんだぞ?」

「カヅキが寝ている時間に使っていましたから」

 さらっとテレジアに言われ、華月は、諦めた。色々と。

「はぁ、もういい。

 じゃぁ、色々知ってそうな二人が居るから聞くけど、光と闇の精霊に会うにはどうすればいい?」

「……さっき言ったばかりだろう。立て続けに――」

「闇の精霊はこの国ならどこでも会えますよ。光の精霊は白光竜族の住処に向かわないとなりません」

「テレジア!」

 涼しい顔で教えてしまったテレジアをアルヴェルラが非難する。

「闇の精霊については放って置いても明日には気付かれたでしょう。口では無理をしないと言って無理をするのがカヅキの様です。そこは許容するところでしょう。

 保険は掛けてあります」

「くっ……。凄く面白くないな」

「拗ねないでください、陛下」

「拗ねてなんかいない」

「そうですか。まぁ、別に構いませんが」

 テレジアとアルヴェルラのやりとりを聞いていて、華月はつい噴き出した。

「何ですか、突然」

「いや、さっきの俺とヴェルラのやりとりと同じだな。と、思って」

「~~っ! カヅキ、上がるぞ! テレジアはゆっくりしていろ!!」

 上がったアルヴェルラに腕を掴まれ、湯船から引っこ抜かれた華月。そのまま連行されていく。

「湯冷めして体調を崩さないようにしてください」

「そんなに軟じゃない!」

 その姿を見送ったテレジアは、

「……アルって、意外と嫉妬深かったのね」

 小さく、仮面を外したテレジアは笑っていた。




 部屋に連れ込まれた華月は、

(さて、どうしたもんかな。ヴェルラの機嫌がすっごく悪い事は解るんだけど)

 見るからにイライラしているアルヴェルラは、戸棚から一本の瓶を取り出すと、そのまま、所謂ラッパ飲みを始めた。

「ヴェルラ、それは何の瓶だ?」

「ん? 蒸留酒だ」

 答えるアルヴェルラの呼気から強いアルコールの匂いがする。呼気に混じっただけだというのに、その香りは豊潤で、如何にも良質の酒だという事が窺える。

「酒か……。ドラゴンって酒に酔うのか?」

「一定量を飲めば酔うぞ。まぁ、よっぽどの下戸でもない限り正気を失くしたりしないが」

 またグイッと呑む。

「その酒はどのくらい強いんだ?」

「そんなに強くはない。火を近づけると燃える程度だ」

「大体40%って所か」

 華月は同じ戸棚からグラスを二つ取り出した。

「せめてグラスを使おう。それ、割りと良い酒だろ? 匂いが違う」

「……」

 アルヴェルラは素直にグラスを受け取り、窓を開け放って窓枠に腰掛ける。

「カヅキは椅子を持ってこい。まさか、そのグラスは私と呑むために出したんだろう?」

「え……。あ、はい……」

 正直酒を呑むつもりはなかったが、アルヴェルラの機嫌が若干とはいえ良くなったようだから、言われた通りにする。

(俺、そんなに強くなかったんだよな……。伯父さんとかによく潰されてたっけ)

 昔を少し思い出し、微妙な気分になった。

 アルヴェルラの対面位に椅子を置き、座ってグラスを出す。

 アルヴェルラはそのグラスに瓶の中身を注ぐ。月明かり越しに見る色は、薄ら蒼みが掛かっていた。

「原料は何なんだ?」

「詳しくは知らん。これはドワーフの火酒とか言うらしい。エルフの葡萄酒も悪くはないが、酔いたい時に呑むならこっちだな」

「自分たちでは作らないのか?」

「無論作っている。が、私が満足できるような味の物は中々出来なくてな。自分で醸してもみたが、上手くいかなかった」

「ひと段落したら、その辺をやってみるのも面白そうだな」

 華月が少し呑んでみると、強いアルコールの感覚に翻弄されそうになる。含んだ口はもとより、食道から最終的に広がった胃の形まで解りそうになるほどだ。

 香りと呑み口が悪くないだけに性質が悪い。

「……キッツい」

「酒好きのドワーフが一瓶空けられずに昏倒する程度だ」

 アルヴェルラは華月の様子を慈しむように見る。

「美味いけど……」

 アルヴェルラもグラスで呑み始める。

「俺が注ごうか?」

「今日は気にするな。今度はカヅキに注いでもらう」

「解った」

 そのまま一瓶空けるまで、華月はアルヴェルラに付き合った。





[26014] 第40話 お酒は程々に。飛行速度は何m/s? 承部18話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/12/04 23:54

 少し、吐き気がしていた。

「……二日酔い?」

 眼を覚ました華月は何とも言えない吐き気と胸焼けと格闘する事になった。

 そこへ、扉をノックする音が聞こえた。

「開いてるよ」

「失礼します。

 カヅキ、朝食の時間は過ぎていますよ?」

 入ってきたのはテレジアだった。いつも通りの顔で近づいてくる。

「……テレジア」

「……二日酔いですか」

 華月から情けない声が出た。

 その様子と、華月から漂ってくる昨夜の酒の残り香で、華月の変調に当たりを付ける。

「みたいだ……」

「陛下の晩酌なんかに付き合うからです。あの方は酒精に対する強さも闇黒竜族一ですから」

「体感したよ……。

 何か、コレに対する特効薬みたいなの無い?」

 華月が泣きを入れると、テレジアは華月の前では珍しく、柔らかい顔で溜息をついた。

「仕方ありませんね、食堂に来てください。朝食の前に準備しておきましょう」

「ありがとう……」

 テレジアが出て行ったあと、華月は着替えて食堂に向かう。

 どうやら吐き気と胸焼けだけでは済んでいなかったらしい。歩き出すと世界が回り始めた。

 フラフラと幽鬼のように歩きながら、食堂を目指す。

 途中でフェリシアと会った。

「あ、カヅキ~……?

 お酒臭いよ?」

「悪い、昨夜少し呑み過ぎてて、な」

「仕方ないなぁ」

 フラフラする華月の横にきて手を引く。

「食堂でしょ? 一緒に行ってあげる」

「悪いな」

「そう思うなら、次からこんな事にならないようにしてね」

 ウィンクしながらフェリシアが窘める。やはり彼女も華月以上に長い時を生きていると、こういう時に実感させられる華月だった。

「来ましたね」

「あ、テレジア?」

「フェリシア様、おはようございます。

 カヅキ、これを一気に飲みなさい」

 テレジアが差し出してきたのはコップ一杯の濃緑色の液体だった。

「テレジア、それって……」

「お察しの通りです」

「う、うわぁ~……。カヅキ、頑張って」

 フェリシアが顔を引き攣らせながら華月から離れ距離を取る。この液体について詳しいようだ。

「いいですね、一気に飲みなさい。途中で止まったりしてはいけません」

 テレジアも注意を言い、華月から距離を取る。

「お、おう……」

 華月は言われた通りコップの中身を一気に飲み下した。

 瞬間、華月の世界は「ピシッ」っと言う音と共に、ネガポジ反転した。

「……グハッ!? ゲ、ゲフッ!? ガハッ!」

 滅茶苦茶な噎せ方をする華月。

「吐かないでください」

「た、耐えてね……」

 微妙に顔が笑っているフェリシアと、一応ポーカーフェイスのテレジア。ただ、口元が微妙にピクピクと引き攣っているのはご愛敬だろう。

「~~っ! な、何だお、コレわっ!?」

「テレジア特製の酔い覚まし。数種類の薬草を配合してるんだけど、物凄くニガ不味いの」

「ニガ不味いとかいう次元じゃねぇ! 死んでたって蘇りそうだぞこの味!」

「死んでいては飲めませ――」

「例えだ! 真顔で返すな!!」

 だが、効果は覿面だったようで吐き気も胸焼けもすっきり収まっていた。

「……効果は抜群かっ」

「当然です。私の特製酔い覚ましです。効かないわけがありません」

 少し悔しくなる華月を尻目に、テレジアは自信に充ち溢れた様子で胸を張る。結構自己主張が強かった。

「さて、朝食を摂りながらで構いませんから、今日はどうするのか教えてもらえますか?」

「あ、ああ……」

 華月は食堂に入り朝食を食べながらテレジアに今日はどうするつもりだったのか告げる。

「それでは、今日は闇の精霊と会うつもりでしたか」

「ああ。光の精霊は明日に――」

「予定変更を提案します。本日光の精霊に会いに行きましょう。今日なら私が白光竜族の国まで連れて行ってあげます」

「あっ!? テレジア! 何それ!!」

 さらりと予定変更を強要してくるテレジア。そしてそれに対し非難を浴びせるフェリシア。

「陛下は公務、フェリシア様は皇宮の補修、手が空いていない事は把握済みです。そして、それは明日以降もしばらく続く事も解っています。ならば、私が手隙の時に連れていくのが順当でしょう」

「ぬぐっ……。へ、陛下に教えてく――」

「させません」

 さっとフェリシアの口元にハンカチを押しつけるテレジア。

いきなりの事で目を白黒させながらテレジアの腕を掴んだフェリシアだったが、突然脱力して椅子に凭れかかった。

「竜も一吸いで昏睡させる……。ああ、私の作った睡眠薬は強力ですね」

「自画自賛……じゃなくて、いいのか? こんな事して」

「ものの三十分程度で起きます。流石に竜にこの手の薬は効果が薄いですから」

 ガタッと椅子から立ち上がると、食べ終えていた華月の食器を手早く片付ける。

「さ、行きますよ。ドラグ・シャインまで長距離飛行です」

「え? 遠かったのか?」

「ここから二千キロほど先です」

 その一言で、華月のやる気は挫けそうになっていた。

「四の五の言わずに行きますよ。明日以降に延ばしても変わらないのですから」

「そりゃそうか」

 華月は諦め、一旦部屋に戻って両脚にポーチを取り付け、腰に剣を下げる。

 皇宮の入口で待っていたテレジアと合流し、抱き抱えられての移動が始まった。

 テレジアが飛翼を広げ、羽ばたく。

 一定の高度に達すると速度をゆっくり上げていく。

「どのくらいで着くんだ?」

「ざっと二十分というところですか。ただ、ドラグ・ダルクよりもドラグ・シャインの方が標高の高い位置にあります。

 ……聞かずとも知ってるはずですが?」

「一々情報を検索するのが面倒でな。聞いた方が早いし」

「……何のためにあんな手間を掛けたと――」

「いいじゃないか。テレジアだって、教えるのが嫌ってわけじゃないだろ?」

「その聞き方は卑怯ですよ」

 テレジアが一気に速度を上げた。

「そういえば陛下の速度でも平気だったのでしたね。私程度では遅いと感じるかもしれませんが」

「十分速いから」

 眼下をの景色は新幹線など目ではない勢いで流れていく。

「どのくらいの速度が出てるんだ?」

「現在は大体音よりも少し遅い程度だと思います」

「……亜音速……」

「音の壁を越えてみましょう」

 言うなり、テレジアは更に加速した。人間が生身で突破してはいけない壁を突き破り、ペーパーコーンを残して。

 華月は無意識に纏身防御を巡らせ、その衝撃に対応していた。

(ドラゴンの飛行方法ってどんな理屈でこんな速度を出すんだ?)

 ついでに知識を浚ってみるが、詳しい原理は記述されていなかった。ただ、どうも飛翼に魔力が作用する事でこの驚異的な加速を生み出しているらしい事だけが解った。

「別に纏身防御など展開しなくても、何の影響もありません。外部からの影響を受けないようにするために防御力場を全周囲に展開していますから」

「さ、流石に音の速度を超えると影響を受けるのか?」

「いいえ、今回は貴方の為ですよ。我々はこの程度の変化では影響を受けません。

 さて、少々陛下の速度へ挑んでみましょうか。更に加速しますよ」

 華月の耳に高周波の様な甲高い音が聞こえてきた。

「な、何だか不穏な音がするんだけど!」

「飛翼に魔力を集中しているからでしょう」

「なんでそんな――」

 華月は知識を浚って仮説を立てた。

(ま、まさか……ドラゴンは超高速飛行するときはジェットエンジンみたいに魔力を燃料に見立てて推進力に変換するって言うのか!?)

「さぁ、逝きますよ!」

「待て!? 今意味合いが――」

 華月の声も置き去りに、テレジアはアルヴェルラの最高速度へ挑むという言葉の通りに加速していった。





[26014] 第41話 疑惑の白光竜族竜皇 承部19話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/12/04 23:54

 超高速の曲芸飛行までやられ、三半規管が狂いそうになりながら、華月は何とかドラグ・シャインの近くまで到着した。

「……これが、ドラグ・シャイン……?」

「の、入口の一つです」

 二人の眼の前に現れたのは超巨大な高山の登山口だった。降り立ってみれば、すぐ近くに一枚の立て看板がり、何やら書いてある。

「標高一万六百三十七メートル、普通に登れば、まぁ、到着に三日ほど必要になりますか」

『警告! これより先はシャイニング・ドラゴンの領域。許可なく立ち入る者は死を覚悟するべし!』

 やたらと解りやすい注意書きだった。

「……何だか、入ったら殺すって書いてあるんだけど」

「ああ、お決まりの文句です。ドラグ・ダルクへの入り口にも同様の文句が書いてあります。

 まぁ、それは今回は関係ありません。私……他族の竜が居ますから、向こうから――」

「出向かざるを得ないというわけだ」

 華月とテレジアの眼の前に、何かが着地した。

「事前の連絡も無しに来るとは、ダークネス・ドラゴンは何時からこんなに浅慮になったんだ? テレジア」

「相変わらず小さい事を気にしますね、ファルア陛下」

 現れたのはダークネス・ドラゴンとは相対的な白を基調とした服に身を包み、銀髪を不機嫌そうに揺らしている、やはり美女。

「面倒な正式な祭儀の際には連絡してくる癖に、こういう時は好き勝手して」

「直ぐに現れたという事は、どうせ公務も放り出して――」

「……」

「何か?」

 三白眼でテレジアを睨みつける銀髪の美人は、そこでようやく華月の存在が眼に入ったらしい。

「ん? 何だ、この人間……ヴェルラの匂いが混じってるな」

「匂いって……相変わらず野性を捨てきれない方ですね。

 カヅキ、自己紹介を。言わずもがな、最敬礼でお願いします」

 華月は言われた通り、左膝を地面につき、右手を左胸に当てながら首を垂れる。
「私はダークネス・ドラゴンがアルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士見習い、瀬木 華月と申します。以後、お見知りおきを」

「……顔を上げろ。

 私はシャイニング・ドラゴンが竜皇、ファルアネイラ=シィ=シャインだ」

「……」

 華月の顔は、「マジでこれが竜皇?」という、何とも失礼極まりない表情で固まっていた。

「……ふぅ、『え? これが竜皇?』みたいな顔をするな。

 済まんな、私はヴェルラほど真面目な竜皇では無いのでね」

「カヅキ……。不敬罪で永久封印されたいのですか?」

 華月の後頭部をテレジアの拳が叩く。気配から怒りが滲んでいる。

「も、申し訳ありません」

「まぁ、ヴェルラの好きそうな素直な奴の様だな。今回は不問にしてやる。

 で、わざわざこっちに来た理由は何だ?」

「光の上級精霊に御目通り願いたく、参上いたしました」

「は? 光の上級精霊に? ダークネス・ドラゴンの竜騎士が、か?」

「不思議でしょうか?」

「いや、まぁ、属性が正反対だしなぁ。最悪、光の精霊自体が出てこないかもしれないぞ」

 過去の事例を思い出しながら、ファルアネイラは思考する。

「……まぁ、いいか。

 入国を許可する。セギ=カヅキ、テレジア=アンバーライド。両名を、ドラグ・シャインは歓迎する」

 入国の許可を口にしながら、ファルアネイラ=シィ=シャインはニヤリと笑った。


 テレジアに抱えられて宙を行く華月を見て、ファルアネイラはテレジアに聞いた。

「まだコレは単独飛行できないのか?」

「はい。私の基礎体術は突破しましたが、そこから先はまだですので」

「……コレがお前の試験を抜いたと? 冗談――では、無いな。

 見かけに依らぬ実力者なのか」

「素質だけなら、ですが」

 そうこうしている内に、先が霞んで見えなかった高山の上層部が見えてきた。

 周囲に幾つも浮島の様な巨大な岩塊が浮び、高山本体と、お互いとがとても太い鎖で連結されている。正直、華月には異様としか言いようのない光景だ。

「どうだ、面白い場所だろう」

「岩が浮いているんですか」

「浮き岩と言う。あの岩塊には魔力に反応して質量を無視して浮かび上がる性質があるラビテ鉱石が高密度に含有されている。この高山、レルフェグネ高山は、ドラグ・ダルクとはまた違った魔力の集中地でな、結果こうなっているわけだ」

「風で動いたりしないんですか?」

「良い着眼点だ。解説してやると、質量は無視されて浮いているが、質量が存在しないわけではない。あの質量を動かすほどの突風は、この高度では吹かんよ。と、言うより……そろそろか。纏身防御を纏え」

「え? はい」

 華月が言われた通り素直に纏身防御で自身を覆った瞬間。

「ぶっ!?」

 何かにぶつかって、テレジアにより強引に突破させられた。

「恒常的な広範囲に及ぶ魔力防護壁、所謂魔法結界というやつだな。これは物理現象もある程度以上の物は遮蔽する。そんな突風や暴風はこれで遮断されるわけだ。これを抜けられるのは竜族と、中級以上の纏身防御が出来る者のみだ」

「テレジア……知ってたんなら――」

「ファルア陛下とのお喋りで忙しそうでしたので」

 華月の視線をふいっと顔を逸らして避ける。

「そんな詰まらん事で仲違するな。

 ほら、そろそろ着地するぞ」

 ついに頂上に辿りつく。

 半径五キロ程だろうか。すり鉢状になっており、高山植物なのだろうが、それなりに草木が茂り水源まであるようだった。中央には、何やら大きな建物がある。

 三人はすり鉢の淵に降り立った。

「水源があるんですね」

「ああ。このレルフェグネ高山も火山だったからな。死火山となった今でも地下に溶岩溜は無いが溶岩流が存在する。そこで温められ、蒸気になった水分がこの山頂近くで湧き出している。

 鉱水で、ドラゴンすら中毒を起こすから濾過しないと飲めたものではない。ドワーフとエルフに頼んで細工をしてもらって、ようやく飲める水になっている」

  解説しながらファルアネイラは建物に向かって歩き出す。すり鉢の淵には全周の所々に階段が設けられ、降りられるようになっている。

「他のシャイニング・ドラゴンは何処に居るんですか?」

「周囲の浮き岩に住居を設けている。色々と細工を施してあるから、浮き岩での生活は中々快適だぞ。

 私も普段は一番大きい……あの浮き岩に居る」

 指された先には一際大きい……というより、山が一つ余計に浮いているような超巨大な岩塊があり、そこに荘厳な石造りの皇宮の様なものが建っているのが見て取れる。

「ノーブル・ダルクと双璧を成す、アーデル・シャインだ。まぁ、現物を知っている者は他の種族では数少ないがな」

 地上の植物とは一風変わった高山植物たちを脇目に建物を目指す。

「あの、あの建物は何ですか?」

「我々、シャイニング・ドラゴンの墓だ。お歴々が鎮睡する白色の石板がある。ダークネス・ドラゴンのは黒色石板だったな」

「石かどうか、怪しいモノですが」

「ははは。幾多の竜宝珠(カーヴァンクル)を呑み込んでいる正体不明の板っぱちだからな。創造神もよく解らないものを創っていかれたものだ。

 まぁ、ともあれ。光の精霊はそこに出現しやすい。このアードレストの中でも一・二を争う光源だからな」

「でも、いいんですか? 確かその場所は簡単に他の種族を入れないって――」

「属性は違えど、我ら純竜種は生物的にはあまり違わない」

 溜めを作り、ファルアネイラが華月に流し眼を送る。

「何より、竜皇から半権限を委譲されている特別代行者が付いているんだ。無碍に断るわけにもいくまい?」

 更にテレジアを流し眼で見る。一方のテレジアは涼しい顔でその眼を黙殺する。

「まぁ、今の君はそんな事を気にする必要はない。何せ未だ『見習い』だ。そういった部分を深く気するのは正騎士になってからにするんだな」

 華月の額を人差し指で突っつきながらからからと笑う。

「あまり弄らないでください。我が皇は嫉妬深いので」

「知っているさ。程々にさせてもらう」

 そうして三人は目的の場所に到着する。





[26014] 第42話 光の上級精霊、白光竜族の飽き性 承部20話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/12/04 23:53
 闇黒竜族のそことは雰囲気が全然違う。

「……何か、本当に何も感じない?」

「この世界に飽いたお歴々が進んで眠りについているからな。余程の事がない限りなにも感じないだろう」

「飽いたって……飽きたから?」

「そうだ。我らシャイニング・ドラゴンは大抵天寿やらを全うする前に自ら眠りにつく。ダークネス・ドラゴンと違って閉鎖的だからな、他の種族との摩擦もほぼ無い。この世界が恙無く廻っていれば我ら竜種も、神魔種も要らない。時々騒がしくもなるが、適度な刺激も必要というものだ」

 華月にはファルアが言っている意味が良く解らない。

「ここも気にするな。次第に解るだろう。

 さ、精霊を呼ぶなら試してみるといい」

 ファルアネイラは壁に背を預け、腕を組むと目を閉じた。華月の手助けをするつもりは全く無いようだ。

(本当に何も感じない……でも、俺にはやり遂げる必要がある)

 存在感を放つのはファルアネイラとテレジア、そして華月のみ。白色石版は沈黙を保ち、空間は静謐を保つ。

 華月は知覚域を広げるが、光の精霊の端すら掴む事が出来ない。

 必死に光の精霊の存在を探る華月を、薄く空けた片目で視察するファルアネイラ。

(無駄な努力――とは、『まだ』言わないでおこうか。同属性が呼び掛ければ容易く出てくるだろう。精霊とはそういうものだ。四属性の精霊は他の属性の者でも出現可能な土地ならば呼び掛けに応じてくれるしな。だが、光と闇の精霊が特殊と言われる由縁はその出現条件に在る。土地だけではない。

 さて、カヅキは自分のその裡側から滲む非常に強い闇の気配……。果たして巧く利用する事に気付くか?)

 光在る処に闇が在り、闇が在る故に光が意味を持つ。相剋するこの二つは、常にお互いを引き合い、弾き合う。

 大きな矛盾孕む表裏一体。

 同じく華月を見守るテレジア。

(闇が其処に在れば、光は自らの意味を示そうとする。

 カヅキ、発想の転換が必要なのですよ)

 決して言葉で助けない。

 助力は願われていない。

 思考停止し、容易に他者を頼るような者では、竜皇の騎士など務まらない。華月に求められるものは地力の発露で、自力の向上だ。

 華月の額に汗が浮いてきた。集中の持続と、焦りと、それらから滲む脂汗だ。

(……。

 見つからない、感じられない。俺の呼び掛けには応じない? いや、ヴェルラとファルアネイラ陛下が徒労に終わる事をさせるとは思えない。テレジアだって無謀な事に挑めとはまだ言わないはずだ。だったら、俺が何かを見落としているか、勘違いしているってことだ)

 華月は頭を切り替え、分割意識体を最大限利用し、あらゆる可能性の模索に入る。

(他の精霊とは違って特殊だと言われていた事)

(『何』が『特殊』なのか、問題はそこだろう)

(火、地、水、樹の精霊は呼び掛けに応じた。俺の基本属性が闇だったのにも関わらず――?)

 華月は頭の中でこの世界の属性相関図を描く。

(この四つはそれぞれが影響し合って、四角相剋を描く……光と闇は……?)

 そこに含まれない。

 火は樹を燃やし、樹は水を吸う。水は地に滲み、地は火で結晶化する。
ならば、光と闇は?

(四属性がそれで完結する四連完結なら、光と闇は二連完結になる。それは俺の世界の陰陽五行に似て、それより要素が省かれた形に……。確か、五行よりも古いのが陰陽の捉え方で――。

 っ!? だったら、俺が闇属性だから出てこないんじゃない! 『俺』が『闇』を発現出来ていないからだ!)

 陰陽は太極。どちらか一方のみが存在する事は在り得無い。

 此処に光の精霊を顕現させたいのであれば、同等の闇が必要になるという事だ。

(だったら!)

 華月の全身から漆黒の『闇』が眼に見える密度で滲み出してきた。

(お? 気付いたか)

(気付きましたね、応用力も順調に伸びているようですね)

 華月から滲み出す闇――それは、闇黒竜族が扱うモノと同じ。ナニカを消費して生み出すモノではなく、自分が存在するから在るモノだ。

 白色石板から、光の塊がすぅっ。と、現れ、人型を取っていく。

『闇が在る故に意味を持つ、我ら光の精霊に何の用だ?』

「おお、珍しいな? お前が現れるとは驚きだ、盟友」

『ふん。竜皇と同質の闇が現れて、私以外の誰が相応しいと言うんだ?

 我が名はセアルティス。もう一度問う、我ら光の精霊に何用だ?』

「自分は闇黒竜族が竜皇、アルヴェルラが竜騎士見習い、瀬木 華月と申します。

 光の上級精霊とお見受けしますが、相違無いでしょうか」

 片膝を着き、頭を下げて華月が名乗る。

『相違無い。

 話を進めよう。何用だ?』

「はい。闇黒竜族竜皇、我が主より上級精霊の方々より精霊石を享ける様申しつかっております。ついては、セアルティス様より精霊石を賜りたいと愚考する所存です」

『名を聞いて察しはしたが、耐えられるのか? 他の属性精霊から立て続けに精霊石を享けて回っていると聞いているが。

 言っておくが、対極属性はその反発で、最悪魂まで消し飛ぶぞ』

「覚悟の上で、お願い申し上げます」

『良し、ならば最大級の力を与えてやる。セアルティスが全力、享けてみろ!』

 華月が溢れさせる闇を押し退け、セアルティスが放った光が華月に沁み込んでいく。

 変化は、直ぐに起こった。


 先ず、全身の神経に針を刺されたような鋭い痛みが襲う。


 次いで、内側から外へ向かって圧力が高まっていく。


 ここまではいつも通りだ。これを乗り越えればいいのだが。

 しかし、光の精霊の力は一味違っていた。


 華月自身の精神が、心が、漂白されていくように真っ更になっていくような感覚に悩まされる。

(あ――? 俺、オレ? おれ、お・れ……)

 華月の持つ闇と、入ってきた光が拮抗する。

(だめ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!

 俺はここで消えるわけにはいかないん、だっ!)

 自らの内に意識を埋没させ、思考を全力全開で回転させる。


 考えるのはこの光の力を如何に自分へと摂り込み、精製し、精霊石へと結晶化させるか。


 悠長に構えていると華月自身が喪失しそうだ。

(抗いきれそうもない。俺が漂白される……。いや、諦めるわけにはいかない。

 だったら即行でコレを消化するしかない!)

(光の力と俺の闇が反発するのなら、俺の闇を抑えるか?)

(そんな事をすれば俺が漂白される)

(なら、闇をもっと盛るか?)

(光の力が消失する可能性がある)

《ならば、如何するのが最上の一手だ?》

 華月の思考がドン詰る瞬間、華月の奥底でナニカが動いた。

『濃い闇に呼ばれて来てみれば、光だけを享け入れようとする無謀な若者に遭遇したものだ。

 ……盟友の僕を見殺しにするのは義に反するな』

 聞いた事が在るようで、無い声がする。

 華月の意識に直接触れてくる。

『光と闇は表裏一体。精霊石を享ける時は、この二属性は[同時]が原則だ。

 まぁ、それを知っているのは光と闇の上級精霊だけだが』

 漂白されかけている華月に優しく触れる。

『しかし、セアルティスも意地が悪い。教えてやればいいものを。

 ……セギ=カヅキか。刻むと良い。お前の属性を司る上級精霊、ヴァルナルアの名を。我が力と主に』

 華月の中に、強大な闇の力が浸透する。

 異質二種の力が華月の中で渦を巻き、相剋螺旋の軌跡を描く。


 混ざり合うが、混じり合わない。


 巡り廻る力の渦が、華月の中で密度を上げ、縮小して行き、終に結晶として凝結する。

(ありが、とう……ございます!)

『礼は、また会った時に聞く事にする。今は表に戻れ。心配そうにしている者が居るぞ』

 ナニカ――闇の上級精霊であるヴァルナルア――は華月の内から去った。

 華月は言われた通りに意識を表へ浮上させる。


 戻って驚いたのは、自分の身体が倒れていたと、セアルティスが既に去っていた事だ。

 起き上がると、やはり吐き気を感じて結晶を吐きだした。

「……あれ? 白と黒の結晶?」

「……闇の上級精霊が手助けをしたか。命拾いしたな」

「ファルア陛下? 一体何を――」

「ああ、何でもない。なぁ? カヅキ」

 上手く思考が回らない華月だったが、ファルアネイラの一言には頷いた。

「……ああ、何でもない。

 さ、目的も果たしたし、帰ろう。テレジア。

 ファルアネイラ陛下、ありがとうございました」

 結晶二つを回収し、仕舞い、深く一礼し、華月はテレジアの手を取って歩き出した。

「くっくっくっ、そうだな。

 カヅキ、私をファルアと呼ぶ事を許そう。そして、次は正騎士としてヴェルラの隣に立っている時にでも会おう。お前なら――」

 ファルアネイラの言葉を最後まで聞かずに、華月はテレジアを引っ張って白光竜族の墓所から出て行った。

「ふははっ! 嫌われたか?

 しかし、連絡なしの不作法に対するお仕置き代わりに必要な事を教えなかったんだが、まさか切り抜けられるとはな。随分と強運じゃないか。

 あれは面白い騎士に成りそうだ」

 ファルアネイラの笑い声が、墓所に響いた。しかし、華月の無礼に対する憤りは全く無く、心から面白がっているようだ。

「飽きかけていた世界だが、もうしばらく粘ってみるか」

 ファルアネイラも墓所を後にする。その顔には喜悦が浮かんでいた。


 



[26014] 第43話 救難信号 承部21話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/12/05 00:01


 テレジアに抱えられ、ドラグ・ダルクへの飛行中。もう少しでドラグ・ダルクの領域という頃、テレジアが華月に疑問をぶつけた。

「……カヅキ、ファルア陛下に愛称で呼ぶことを許されるなんて、貴方は一体何をしたのですか?」

「特に何もしてないのは、見てただろ」

「あの方が理由も無くあの呼び方を許すはずが無いことも、同様に知っているのです。それに、何故闇の精霊石まで出てきたのか。それも私には解りません」

「……色々面倒が無くなったろ。それでいいじゃないか」

 華月は面倒そうに答える。

(また、無茶してたなんて知られたら面倒だからな。誤魔化しとくに限る)


 りぃぃん


「……?」

 華月の耳に何か、澄んだ音が聞こえた。

「テレジア、何か聞こえなかったか?」

「いいえ、何も。そもそも、防御力場を展開しているのですから、外から何か聞こえたりは――」


 りぃぃぃぃん


 今度は二人の耳にはっきりと聞こえた。

「カヅキ、そのポーチにエルフの静鈴が入っていたりしますか?」

「ああ。入ってるけど?」

「……すぐに出してください」

 テレジアの顔に少し焦燥が浮かんだ。

「解った」

 片手でポーチからエルフの静鈴を取り出すと、鈴は薄っすらと赤く光り、微振動しながらチリチリと音を立てていた。

「これ、どうなってるんだ?」

「近くでエルフが救援を求めています! 提携種族間相互条約に基づき急行します!!」

 テレジアが急加速を敢行する。

「方角、解るのか?」

「その静鈴が教えてくれます!」

「へ?」

『こちら、リフェルア=フィーリアス。現在リンシンの森最深部にて難敵に遭遇。私を含む総勢六名が闘争中。救援を求む』

「リンシンの森ですか!」

「リフェルア!?」

 テレジアが方向を修正し、更に加速する。

「こんな機能もあったんだ」

「感心するのは後です。

 カヅキ、ここから知覚域を全開で広げなさい。貴方が見つけるのです」

「……了解」

 テレジアと華月は既にリンシンの森に差し掛かっていた。上空からは生い茂る木々により下が見えない。そこから見つけ出すには――。

(とは言え、ちょっと広すぎだろう……。やるしかないのは解ってるけどさ!)

 華月は自分に活を入れて、知覚域を最大範囲で展開した。




 木々の間を縫いながら、リフェルア以下五名が必死に逃げていた。

「トリス、アイネ、衝かれない様に必要と判断したら射ちなさい」

「「了解」」

 最後尾を熟練の二人が固め、

「リフィル、落とさないように」

「わ、解ってます」

 採集物を若手が持ち、

「レツゥフィン、周囲の状況は?」

「追っ手以外は問題無い。それより、救援が来た様だ。隠されていない巨大な魔力を二つ感じる」

 先頭を探知能力が一番高い者が走る。

 リフェルアは手首に巻いていたエルフの静鈴に目をやる。鈴は薄く紫から黒の色の変化を見せていた。

(この変色は、ダークネス・ドラゴンに渡してる鈴だけど……こんなに早く?)

 考えている暇は無い。今はこれに縋るしかない。

「レツゥフィン」

「応」

 走りながらレツゥフィンは放てば轟音を発する矢を番え、真上に射ち上げた。

(気付いて!)

 レツゥフィンの放った矢にリフェルアは祈った。




 上空へ撃ち上げられた矢にいち早く華月が気付いた。

「テレジア、右後方!」

「――探知しました。降下します」

 右側の飛翼を折り畳み、急旋回。方向を固定し左の飛翼も畳んでそのまま急降下。

「カヅキ、この速度で着地はできません。貴方を先に降ろし、私は減速しつつ敵後方に降ります。巧く着地してください」

「了解」

 森へ突っ込み、テレジアは飛翼を広げて減速しつつ華月を投下する。

 放り出された華月は、滑空しながら先頭を走るレツゥフィンを確認し、その後ろを追走するリフィルも確認。

 少し離れてリフェルアと更にその後ろを走るトリスとアイネを確認し、最後の二人の更に後方から迫る何かも視認した。

「……四角狼(ダイアード・ウルフ)?」

 それは五つの個体で一ユニットとして行動する習性を持つ、この辺りには生息していない狼だった。

「リフェルア、どうするんだ!?」

「追い払うか、始末するの!」

 リフェルアの上を通り過ぎる刹那のやり取り。

 華月はそのままトリスとアイネも通り越し、エルフたちとダイアード・ウルフの間に地面を削りながら降り立った。

(こいつ等は高い知能と比較的優れた身体能力を持ち、爪や牙での纏身攻撃系を使う。か……)

 中心に司令塔を据え、四隅を他の個体が固める陣形を取るダイアード・ウルフ。

 詰め込まれている知識からそれらの特徴を引っ張り出す。

(属性は地か……)

 腰の剣も一応気に掛ける。まだ武器での戦闘は訓練すら行っていない事が気掛かりだった。持っているだけで重心の位置がズレている。戦闘時には投棄することも視野に入れなければならない。

 ダイアード・ウルフの司令塔が突然現れた華月を認識し、他の個体に指示を出したようだ。鏃のような形に陣形を組み替え、真正面から突っ込んでくる。

「あっちはやる気十分か……」

 少し、気分が高揚してくる事にウンザリしながら、華月は知覚域を展開し、纏身防御『竜楯』を纏う。

「――此処は通行止めだ」

 鏃の先端の個体は直進、左右の個体は加速しながら華月の左右へ回り込み、三方向から一斉に仕掛けるつもりのようだ。

(一気に潰させてもらう!)

 真正面から大口を開けて、自分の咽喉元目掛けて飛び掛ってきた一匹目の腹部を、華月は体を沈め、掬い上げる様な動きで何の躊躇いも無く全力で殴りつけた。

「うおっ!?」

 華月の拳がダイアード・ウルフの腹部を下から打った途端、湿った破裂音が響き、背中側が裂け、砕けた中身が派手にブチ撒けられた。

 華月の拳から伝わった衝撃がダイアード・ウルフの内臓を破砕したせいだ。

 だが驚いている暇は無い。左右から同時に二匹が仕掛けてきた。

(若干右の方が早い)

 僅かなタイミングのズレを見切った華月は、右のダイアード・ウルフに焦点を合わせ、その爪と牙を避けた後、脳天に手刀を叩き込んだ。

 こちらも頭蓋骨が砕け、脳髄を撒き散らした。

 左から迫っていた個体には、頭に回し蹴りを叩き込み、頚椎を圧し折りそのまま胴体から頭を千切り飛ばした。

 ものの数秒で過半数を始末。

 残るは二匹。窺うように華月を注視している。未だ、引く気はないようだ。

(こいつらは此処まで一方的にやられれば引くはずなんだけど)

 華月の知識と食い違っている現状。だが、躊躇していられない。

「……予想外の事態に戸惑うのは、仕方ないことですが」

 闇から滲み出る様に樹の影からテレジアが現れた。

 そのままD・ウルフ二匹が反応するより早くその首を掴み、持ち上げた。抵抗するように足を暴れさせ、身を捩るが、その程度で外れるほどテレジアの拘束は貧弱ではない。

「どうやら、また人間に操られているようですね。しかも、今度は意識が繋がっている。

 その状態なら答えられるでしょう。さぁ、答えなさい。我らの領域近くを探っていたのか」

「……」

「答えないというのなら、この端末は潰します」

 テレジアは狼達を掴む握力を強めていく。このままならテレジアの手は簡単に狼達の頚椎を折り砕くだろう。

「人間にはこの狼達を無傷で捕らえるのは大層苦労したでしょう。その努力、無に――」

「カヅキヲ、カエセ」

 司令塔だった狼から掠れた声が発せられた。狼の声帯で無理やり喋っている。

「カヅキヲ、カエセ!!」

 しかも、発せられているのは、『日本語』だった。どうやら操っている者はわざと日本語を喋っているようだ。

「……カヅキ以外の意味が解りませんね。こちらと疎通するつもりは無いという事ですか。

 やはり、潰します」

「テレジア、待っ――」

 華月の制止の声は間に合わなかった。テレジアの手は狼達の頚椎を折り砕いてしまった。

「テレジア……!」

「何ですか?」

 どしゃり。と、最早肉塊になった狼の残骸を放り投げ、テレジアは手に付いた血を拭っていた。

「あれは、俺を――」

「そこまでです、カヅキ。

 その表情を視れば、貴方の中では意外な事実があったと解ります。ですが、それは私に言うことですか? 私は、貴方の主ではありません。自身に関わる重大な問題なら、主である陛下に直接報告しなさい。

 この場はエルフ達の救命が最優先です。それは達しました。彼女らの無事を確かめ、撤収します」

 テレジアは華月の脇を通り過ぎ、エルフ達の方へ歩いていった。

 華月は何とも言えない微妙な気持ちを手近な樹に当たる事で堪え、テレジアの後を追った。





[26014] 第44話 侵入者・珍入者? 承部22話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2011/12/30 19:56


 テレジアはエルフたちの前を走って先導し、華月は後を追走していた。

(……エルフって走るの速いな)

 リフェルア率いるエルフたちは一糸乱れぬ動きで先導するテレジアの走りに追従している。最後尾を走る華月はその速度に内心舌を巻いていた。

 単純に最高速度ならテレジアや華月の方が速いが、森林地帯、平原、荒れ地、そして山岳と、変化した地形に左右される事無く、常に最適な走りを見せていた。華月は元よりテレジアですら地形の変化に若干の速度変化が在ったのだが、エルフたちにはそれが無かった。

 そのままドラグ・ダルクの直轄地である盆地に入る。

 ここでテレジアがその足を止める。

「一同、無事で何よりです」

「救援に感謝します、総纒役」

「条約ですので、お気に為さらず。ただ、直轄地から出る場合は、少なくとも闇黒竜の一人でも護衛に連れて行ってください。お忘れかもしれませんが、それも条約の一つですよ」

「……留意します。

 では、我々は失礼します」

 華月以外の誰も息が乱れているものが存在せず、エルフたちはセフィールの方へ帰って行った。

「私たちも城へ戻りますよ」

「ああ」

 テレジアは華月を抱えて再び空を飛び、城に戻るが、テレジアは職務に戻ると言い、すぐさま居なくなった。

(自由行動ってことか。まぁ、いいか。

 あ~……、ヴェルラの所に報告に行くか)

 城の中を歩き、アルヴェルラの執務室の前に立つ。

 扉をノックし、入室の許可が出てから中に入る。

「カヅキ……光と闇の上級精霊も味方につけたか。

 ……あれほど、無茶はするな。と、言ったのに」

 ちらりと一眼見るなり、アルヴェルラは華月の変容を見破った。そしてまた手にしていた書類に視線を戻す。

「全く、少しは主の言う事を守ってもらいたいものだが」

「まぁ、無事に済んだし、大目に見てくれ。

 それより、一つ報告が在るんだ」

 アルヴェルラはそこで少しだけ真面目な顔を作り、華月に視線を向ける。

「ほぅ、全ての上級精霊と盟約が結べた事よりも重要な事か?」

「ある意味では。

 ……どうやら、俺を探している者が居るようだ。厄介な事に、魔物使いの特性持ち」

「以前のトロールを使った奴か?」

「多分、同じだろうな。

 正体にも心当たりが在る」

 華月は少しだけ表情を硬くする。

「俺の姉、悠月だ」

「カヅキはあまり家族に好かれていなかったような気がするが?」

「まぁ、自分で言うのもなんだけどな。

 だが、下手をすると面倒な事になる。俺の記憶通りの人間なら」

「ほぉ、具体的にどうなると思っているんだ?」

「単身でもここに乗り込んできかねない」

「ふっ、心配要らん。魔力強化が出来る異界人とは言え、単身でドラグ・ダルクに侵入する事は出来ないだろう。『道』を知っていれば別だが、通常此処へ辿りつくには熟練の戦士で無ければ無理だ。我らの直轄地から少し離れれば、そこは知能は持つが知性を持たない人間からすれば強力な生物の群息地だ。そこで餌になるのがオチだな」

 アルヴェルラは、華月の言葉を一蹴し、書類から手を離し軽く伸びをする。

「それとも、里心がついたか?」

「……在り得ない。と、解っている事を聞くのか?」

「ふふっ、心は移ろうもの。常に確かめていないと、私は不安なのだよ」

 華月に向かって伸ばされるアルヴェルラの両手。華月はアルヴェルラに近づき、その両手に自分の両手を合わせる。

「不要な心配だな、俺は望んで此処に居る。ヴェルラの元が俺の在る場所で、還る場所だ。

 元の世界に未練も無い」

「はは、それは頼も――」

「――陛下、第三結界の最外縁を突破した飛翔物体が」

 カーテンの後ろから、テレジアが現れた。

「ああ、感知した。どうやら招いてもいないお客の様だ」

「飛翔物体は超高速でリンシンの森上空を通過中、第二結界に差し掛かります」

 突然現れたテレジアの行動など華麗に流し、アルヴェルラはテレジアと話を進める。

「この速度は亜竜種の飛行竜(ワイバーン)か……?」

「いえ、それにしては飛翔物体自体の魔力量が少なすぎます。魔力量と速度から推察するに、おそらく突大鷲(ストライク・イーグル)の類かと」

「まぁ、どちらもわざわざここへ来るようなモノではないな。

 カヅキ、挨拶に行くか?」

「え?」

 アルヴェルラは華月と合わせた手を離し、アルヴェルラが立ち上がる。

「お客は、お前のだろう」

 身を翻し、背後の大窓を開け放ち、テラスに歩み出る。

 テレジアは無言で追従し、アルヴェルラの右脇三歩後ろに控える。

「征くぞ」

 二人は同時に飛翼を広げ、アルヴェルラが顔半分だけ華月に向け、左手を肩の高さに持ち上げて広げる。

 華月は魅入られたようにその手を取り、アルヴェルラに身を委ねる。




 全身に玉からの魔力を行き渡らせ、高高度超速度飛行の風圧その他から身を守りつつ、『魔物使い』の特性制御に全力を傾け、ドラグ・ダルクの中心へ急ぐ。

(イグ、まだ行けるね?)

 支配するストライク・イーグルと意思疎通し、状態を確認する。

(必要なら私の魔力も貸すから、頑張って)

 言葉を持たない魔物との意思疎通は『魔物使い』の専売特許だ。返ってくる意思のイメージで状態を把握する。

 特性の発現からこっち、訓練を続けようやくこの域に達した。もう一人前の『魔物使い』として恥ずかしくないレベルだ。

(まさか、華月がこんな所に居るなんてね。でも、私がちゃんと連れ帰るから!)

 ストライク・イーグルの背に乗るのは小柄な人影だ。防寒着と帽子、ゴーグルにフェイス・マスクで人相は解らない。

(……? 後方から何か接近する?)

 飛行をストライク・イーグルに任せ、振り返って目視確認。

 肉眼では豆粒の様な黒い点が一つ。だが、それが隠行を止めて発した存在感と魔力量にストライク・イーグルが本能的な恐怖を伝えてきた。

(……ドラゴン!)

 急速に接近したダークネス・ドラゴンは、一定の距離を保って並行飛翔する。

「警告します。ここはダークネス・ドラゴンの領土、領空です。正式な手続きを経ていない方の無断飛行、及び通過は認められておりません。速やかに方向転換し、退散願います」

(うわ……。話通り人型で美人で露出多い服だ!)

 魔力を込めた言霊は確かに届いた。

「私はこの領域の監督を女皇陛下より一任されています。警告に従わない場合は、撃墜します。

 最終通告です。進路を変更し、我らが領域より去りなさい」

「冗談じゃないわ! こっちには譲れないものがあるのよ!

 墜とせるものならやってみなさいよ!!」

「……これより攻撃に移ります。精々、死なないよう頑張る事をお勧めします」

 ダークネス・ドラゴンが戦闘態勢に入った。両腕と両脚を魔力が覆う。

(部分纏身系? ちょっと、その魔力量でやられたら……!!)

 ストライク・イーグルが本能のままに回避行動を取った。

 数秒前まで居た位置をダークネス・ドラゴンの蹴りが薙いだ。

 飛行を続けながら、ダークネス・ドラゴンは右腕に纏う魔力を掌に集中させ、

(っ!? イグ、ローリング・ダウン!!)

 ストライク・イーグルが身体を回転させ、降下する。

 またもそのすぐ近くを散弾の様な魔力の弾丸が通り抜けた。

(本気で墜とす気ね! あと少しなのに!!)

 リンシンの森を抜け、アファド平原からガエンド荒野を飛んでいる。この先はヴェネスド山脈だ。そこを抜ければドラグ・ダルクの直轄地。

 だが、ダークネス・ドラゴンから正面に視線を戻した時、正面に突如、二つの人影が現れていた。

「テレジア、止めろ」

「はい、陛下」

(え? 何!?)

 空中で静止していたその人影の一つが、次の瞬間には目前に現れ、真正面からストライク・イーグルを受け止めていた。その位置から微動だにせず、簡単に、ストライク・イーグルにも、搭乗者にも怪我をさせずに。

「う、嘘ッ!?」

「純竜種を甘く見ない事ですね。鷲、暴れれば搭乗者諸共命は無いものと知りなさい」

 搭乗者を介し、ストライク・イーグルに警告し、動きを封じる。

「テレジア総纒役!」

「コルニア、ここは私が引き受けます。職務に戻ってください」

「はっ!」

 今まで追跡してきたダークネス・ドラゴン――コルニア監督官はテレジアの言葉に従い、敬礼一つ、すぐに退散した。テレジアの背後に控えるのが誰か理解したからだ。

「さて、今度こそ名乗ってもらいましょうか。お嬢さん?」

 テレジアが片手で搭乗者のマスク類を剥ぎ取る。現れたのは、どことなく華月と似た少女の顔だった。





[26014] 第45話 お騒がせ小娘 転部1話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2012/01/04 00:38


 一先ずストライク・イーグルと少女を拘束し、テレジアはそれらを両脇に抱えてアルヴェルラと抱えられている華月の元に戻ってくる。

「さて、どうする――」

「華月! あんたどうして――」

「黙りなさい」

 テレジアにギュッと絞められ、少女が声を詰まらせる。

「陛下、一旦城へ戻りましょう。このままでは話をすることも難しいでしょう」

「そうだな。テレジア、一応気遣ってやれ。私とカヅキは一足先に戻っているからな」

「はい」

 アルヴェルラは華月を抱えたまま飛び去った。

「さて、私も城へ戻ります。一応速度は緩めますが、辛いようでしたら声を掛けなさい。カヅキの姉と言う事らしいので、待遇はそれなりのものとさせて頂きます」

「……」

 テレジアもアルヴェルラを追って飛ぶ。

(何よ……何なのよ……!!)

 連れられるまま、少女は内心毒づく。

(こいつ等、華月華月って気安く呼んじゃってさ!)

 但し、暴れたりしない。暴れたところで拘束から抜けられるはずも無い上に、ストライク・イーグルに乗っていなければ単独飛行も出来ない。どのみち手詰まりなのだ。

 グツグツと自分の中で毒言を煮詰め、練り上げていく。




 ノーブル・ダルクにおいて、あまり使われる事無い謁見の間。

 最奥の三段ほど高い位置にある玉座に優雅に座るアルヴェルラ。

 その真横に直立不動で控える華月。

 丁度謁見の間の中央辺りで縛られたまま跪かされている少女と、その脇に転がされているストライク・イーグル。

 それらの背後に立ち、無言無表情で威圧するように佇むテレジア。

 重苦しい空気の中、アルヴェルラの声が響いた。

「さて、正体と名には見当が付いているが――。まぁ、自分で名乗ってくれるか?」

「……」

「…………沈黙を貫くというのであれば、こちらも相応の手段を持って対応させてもらうぞ。

 カヅキ」

「ああ」

 アルヴェルラが横に立つ華月に顔を向ける。

「取り敢えず、あの小娘の前に行け」

 言われた通り、華月は少女の眼前に移動し、立つ。少女は無表情の華月を睨むように見つめる。が、華月と何かが通じる事は無かった。

 アルヴェルラは頬杖をつきながら気だるそうに訊ねる。

「さて、まだ名乗る気にならないか?」

「……」

「…………仕方ない。

 カヅキ、その小娘の横っ面を引っ叩け。ああ、頭が千切れない様に加減してやれよ」

「今の俺には難しい事を言うな」

 溜息を吐きながら華月は最大限に加減した状態で少女の横っ面を、何の躊躇いも無く軽快な音を立てさせて引っ叩いた。

 少女が信じられないと言わんばかりの顔になる。

 華月に変化は無い。

「喋らないのであれば、これから段階的に手を出す。実行するのはカヅキだがな」

「まぁ、構わないが」

「っ!? 華月! あんたこれ以上私に手を出すの!?」

 少女が怒鳴る。華月は表情一つ変えず、淡々と答えた。

「主の命ならな。何か、断らないといけない理由でもあるのか?」

「私を忘れたの!?」

「いいや。俺の記憶には二卵性双生児の姉だと記憶されているが……間違っているか?」

 実に軽く華月が答えた。

「――ぁっ!? だぁ……っくっ、だったら! 何で!?」

 言葉を詰まらせながら、少女は華月に問いかける。それに対し、華月は本当に解らないという様子で逆に訊ねる。


「それが、『主の命』に逆らう理由になるのか?」


 絶望的なセリフに貌が蒼褪める少女。絶対的な断絶がそこに横たわっていた。

 俯き、小さく震える少女。

「カヅキはお前の味方はしない。理解したか? ここは言わば敵地だ。素直に答えた方が身のためだと思――」

「テメェ、このオオトカゲが! 華月に何しやがった!!」

 少女の全身から魔力の奔流が視覚化して虹色に光りながら立ち昇る。

 拘束用の強化荒縄を引き千切り、立ち上が――。

「動くな」

 加減した華月の拳が少女の鳩尾を打った。

「か、ぎゅっ!?」

 そのまま華月は少女の右手首を掴み、背後に回り込んで腕を捻り上げ、足を払って床に押し倒す。

「カヅキ、放してやれ」

「……解った」

 華月は手を離してまた少女の正面に戻る。

「……っく、か、華月……?」

「……」

 涙ぐみながら少女が縋る様に華月の名を呼ぶ。だが、華月は微動だにしない。

「……何で……? ねぇ、華月? なん――」

「俺はドラグ・ダルクが女皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士」

 華月が起き上がらない少女に向かって自らが何で在るかを滔々と告げる。

「悠月。お前の知っている瀬木 華月は、この世界で一度、死んでいる。今の俺は、ダークネス・ドラゴンにより再生された言わば二代目の瀬木 華月だ。

 今の俺には、アルヴェルラが総てだ」

 慙と告げる華月。信じられないという風体の少女。

「……このっ、愚弟があっ!!」

 裏切られた親愛は直様憤怒の激情へと転換し、少女の身体を突き動かし、華月へと向かう。

「私がどれだけ心配したと――」

「関係無いな」

 少女の繰り出す右ストレートを避け、右腕を取り足を払い背負い投げる。

 無様に床に叩きつけられる少女

「言ったろ? 俺は前の俺じゃない。見た目と記憶を引き継いだ二代目だ。悠月と姉弟だった事は知ってるが、実感は無い」

「……だとしても!」

 華月に掴まれている右腕を華月から引き剥がし、身を捻りながら跳ね起きる。

「あんたは!」

 少女の左、

「私!」

 右回し蹴り、

「瀬木 悠月(せぎ ゆづき)の!」

 左踵回し蹴り。

「弟だって事に『変わり』は無いんだよぉっ!!」

 右肘。

 全て、華月によって無効化された。

「言いたい事はそれだけか?

 だったら、不法侵入を詫びて此処から去れ。此処が俺の居場所だ」

 冷たくも凄然と言い放つ華月。

「~~っ! こ、この――」

「そこまでだ」

 華月と悠月のやり取りに、少し辟易したのか若干の疲労を滲ませたアルヴェルラが横槍を入れる。

「お互い、それでは平行線だろう?

 小娘、しばらくこの城に滞在する事を許可する。自分で納得するまでカヅキを説得してみるといい。

 テレジア、誰か適当につけてやれ」

「承知しました」

「おい、ヴェルラ。正気――」

「私は『小娘から話を聞く』つもりでお前を連れて出迎えに行ったんだぞ? 招いていない客だが、無碍に帰す言われも無い。変な遺恨を持たれると面倒そうだしな、訓練の合間にでも相手をしてやれ。

 私は執務室に戻る。後は好きにしろ」

 アルヴェルラはそれだけ言うと謁見の間を後にしようとする。

「ま、待って!」

「ん? 何だ、小娘。何か文句でもあるのか?」

「……私は瀬木 悠月よ! 小娘じゃないわ!」

「そうか。それは失礼した、ユヅキ。

 ならば、私もオオトカゲではなく、アルヴェルラ=ダ=ダルクと言う。見知っておけ」

 ひらひらと左手を振りながらアルヴェルラは去って行った。

「やれやれ、寿命が縮むかと思いました」

「嘘付け、涼しい顔してるじゃないか」

 アルヴェルラを見送ったテレジアと華月は溜息をつく。

「さて、俺もディーネとこれからの訓練について打ち合わせしてくる。後は任せるぞ」

「仕方ありませんね。

 お嬢さん、私はテレジア=アンバーライドです。貴女の世話を任せる者の所に案内します。付いて来なさい」

「華月! 待って!!」

「……後で、話には付き合う。少しぐらい待て」

 華月はさっさと謁見の間から出て行った。

「しばらくの滞在を許可されたのです、カヅキと話す機会はそれこそ無数に在ります。慌てずとも良いでしょう。

 私もそれなりに忙しい身です。貴女を任せる者の所へ連れますから、今は大人しく付いて来なさい」

 テレジアは転がされっ放しだったストライク・イーグルを拾うと、歩き出した。

「……う~……」

 納得がいかない悠月だったが、従うしかない事は理解できているので、素直にテレジアの後を追った。







[26014] 第46話 少女と少女、悠月の黙考 転部2話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:068b894d
Date: 2012/01/07 00:27


 テレジアは悠月を連れ、城の最上階から屋根に出た。

「フェリシア様、出てきてください」

「……ん~? 何、テレジア」

 端の方で補修作業をしていたフェリシアが軽い足取りで歩いてきた。

「フェリシア様、何も言わずしばらくこのユヅキの監視をお願いします」

「……は?」

「監視って、少しは隠そうよ」

 一発で事情を呑み込んだフェリシアは苦笑し、悠月は憤慨する。

「ちょっと、何よそれ。私が何かするって事?」

「失礼、そちらは保険です。フェリシア様、こちらはカヅキの姉、ユヅキです。しばらく滞在するという事ですので、その間の世話をお願いします」

「総纒役にそう言われちゃ断れないね。

 あたしはフェリシア、フェリシア=リステンス。宜しくね?」

「……瀬木 悠月よ」

 自分よりも頭一つ以上小さい少女にニコニコ笑顔で挨拶され、悠月は少しだけ気後れしながら名乗り返した。

「で、何? 私はこの子を引き廻していいの?」

「お好きにどうぞ。

 フェリシア様、後はお任せします。規約の範囲ならある程度は私の権限で好きになさってください。

 ああ、この鷲は食べない様に」

「了解~。

 鷲って肉が硬くて不味いから食べないよ~」

 フェリシアに悠月を任せると、テレジアは壁の影に入ると消えた。

「影隠しとか使わなくてもいいのに……。

 さ、ユヅキ。どうする?」

「え? いや、どうするって言われても……」

「ん~……。あんまりこの国については興味無いみたいだね。じゃぁ解説は省こうか。

 ドラゴンにも……興味無いね」

「ちょ、ちょっと!? 何でそんな事が――」

「こう見えてもそれなりの歳だからね。カヅキより上だからユヅキよりも上だよ」

 質問に答えなかったが、フェリシアの竜眼には相手の思考を読む能力がある。相手が無防備であったり、他者と共感しやすい体質だったりすると発露しなくても読めてしまう。

 しかし、悠月はそれ以上聞く事無く、追求を諦めた。この世界の人間が何かを隠している時、絶対に正直に話さないと体感しているからだった。

「まぁいいわ。

 私の関心は華月に関係している事だけだもの」

「カヅキに? だったらカヅキの立場の説明位はした方がいいね。

 カヅキはこの国の女皇陛下の騎士、竜騎士になってるの。竜騎士っていうのは主人の血液を体内に享け入れ、共に在り、共に散る存在。主人が死なない限り死ねない宿命を背負った――」

「……華月は自分を二代目って言ったけど?」

「あ~……。陛下が見つけた時にはもう瀕死だったらしいよ。それで、その状態で竜騎士に成ったからじゃないかな? 詳しくは本人に聞いた方がいいと思うけど」

 あたしも又聞きだからね~。と、断言は避けた。

「まぁ、早ければ今日の夕飯あたりでカヅキと話せるように手回ししておくよ。カヅキもユヅキと全く話したく無いわけじゃないと思うから」

「……割りと、便宜を図ってくれるのね」

「便宜を図るっていうか……。あ~……」

 フェリシアにしては珍しく微妙な顔を見せて溜息をつく。

「……正直、あたしはこの手の説明が巧くないよ。だから、こう言うと聞こえは悪いし、印象も最悪になると思うけど、でも勘違いされたくないからそのまま話すね」

 フェリシアの眼が細くなり、冷たくなる。

「『カヅキは貴女の所へ戻らない』」

 容赦のない、慈悲も何もない一言。

「その自信があるから、さっさと片付けたいんだ。陛下が滞在を許可したのも、多分自信が在ったから。この滞在はユヅキが納得する為だけのモノ」

「……あんたも、結局そっち側なわけだ」

 フェリシアの言葉で、悠月が敵意を見せる。

「あたしからすればそっち側もこっち側も無いよ。陛下辺りは「ここは敵地だ」とか言いそうだけどね。
続けると、主人と竜騎士は『血』を媒介に意識で、魂で繋がるの。共有された意識の繋がりは――あ~、やっぱり向いてないなぁ。ディーネ辺りなら巧く説明してくれると思うんだけど。

 ともかく、今のカヅキと陛下の繋がりは、家族が持つ血の絆と同等か、場合によってはそれ以上のものになってるの」

 フェリシアが苦い顔で頭を掻く。

「あたしが自分から説明できるのはこのぐらいかな。後は適当に質問してね。

 ……少し散歩でもしようか。頭に血が昇ってると回転が鈍るからね~」

 フェリシアは転がされているストライク・イーグルの拘束を解く。

 拘束を解かれたストライク・イーグルは翼を大きく広げ、体を解す様に身を捩る。

「ごめんね~、テレジアってばかなりキツく縛ってたみたいで」

「クァッ」

 一鳴きすると、ストライク・イーグルは悠月の傍へ侍った。

「随分と強い信頼関係が出来てるね」

「……まぁ、ね」

「陛下とカヅキの関係も、似たようなものだと思ってくれるといいんだけど。

 ま、それは後でカヅキと気の済むまで話してもらうとして、水辺にでも行こうか。森はエルフが、山はドワーフが居るからね~」

 フェリシアは飛翼を展開すると、その場で浮きあがった。

「ゆっくり飛ぶから」

「気遣いは無用よ」

 ストライク・イーグルの背に乗り、悠月は玉から魔力を汲み上げ、全身に行き渡らせる。

「纏身系は使えるわ」

「そう? じゃぁ、ある程度までにしとくよ」

 普段の飛行速度からは大分落とした速度でフェリシアは飛び始めた。ストライク・イーグルも悠月の指示でその後を追う。


 向かう先は水鏡の湖だ。


 風を切って飛行する最中、悠月のは少しだけ纏身系を緩め、肌で風を感じながら頭を冷やそうと、昂ぶっている気持ちを落ちつけようとしていた。

(……に、しても、面白くないわ)

 努力はしているが、どうも巧く行かない。

(何なの? このドラゴンたちからの華月に対する全幅の信頼は? 一体何があったの?

 トロールはコントロールに失敗してからはモニターできなかったし、ダイア・ウルフは華月に半分潰されるし、残りはあのテレジアってのに消されたし――。

 ……? そういえば華月って、あんなに戦えたっけ? いや、腕っ節はからっきしだった。喧嘩だって、小さいころから私の方が強かったのに……)

 ついさっき、華月にはいいようにやられ、無様にも二度も床に転がされた。それも殆どカウンターで。

(本当に、私の知ってる華月とは違ってるってこと……?)

「そろそろ着くよ~。高度下げるからね」

 前を飛ぶフェリシアの声が聞こえた。大分距離が空いているのに、緩めているとはいえ纏身系で防御を固めているのに。

 だが、空耳では無かったようで、フェリシアは高度を下げ始め、湖の畔へ向け降下していった。

 ストライク・イーグルに追うよう指示し、悠月も降りる。

「到着。ここなら静かでいいでしょ」

「……そうね」

 ストライク・イーグルに自由行動を許し、悠月は湖の端に腰掛け、水面に映る自分の顔を見る。

(……大きくなるにつれ、私と華月は違って行ったのよね……)

 小さい頃は一卵性双生児と言われても違和感がないぐらい似ていたのだが、小学に入った頃から差異が見え始め、今では言われれば似ている程度になっていた。

(ここでも、また違って行ったって事なのかな……)

 華月が自分と距離を取り始めていた事は、中学の頃にははっきり感じていた。

 自分と比較される事を嫌っていた事も。

(でも、華月……。私は何時だって、華月を心配していたんだよ……?)

 何かある度に火消しに回り、時には先回りして問題や障害を解消したり。裏方で動いたことも多い。

(華月がプレッシャーに弱いって、解ってたから――)

 そう考え出すと泣きたくなってきた。自分がしてきた事は華月にとっては余計な事だったのかもしれないと。舞台を整え、事後の面倒から華月を遠ざけていた事が、却って華月の成長を妨げていたのではないか。

 何の枷も無い状態で、短期間で華月は自分以上の腕っ節の強さと、揺るがない心を手にしているように見えた。

「……はぁ」

「あらぁ、溜息は良くないわよ?」

「……え?」

 水面が波打ち、盛り上がりだした。

「え? え、えぇっ!?」

「そんなに驚かれると、傷つくわぁ」

「あ、ロミニア。久しぶり~」

 大人しくしていたフェリシアが盛り上がった水に挨拶した。

「あら、フェリシアちゃん? 久しぶりねぇ」

 水はそのまま女性の形を取ると、深い蒼に染まった。

「な、何よコレッ!?」

「ユヅキは水の精霊って初めて?

 彼女は水の中級精霊の――」

「ロミニアよ」

 狼狽する悠月に非常に軽い感じで挨拶するロミニア。

「ん~? カヅキくんと同じような流れを持っている子ね?」

「……華月は私の弟よ」

「あら、そうなの? ……でも、カヅキくんと比べると、貴女……流れが淀んでるわねぇ。あの子は凄かったわよ、淀みが殆ど無い見事な流れ」

「……この世界で華月が優秀だってのは解ったわ。で、あんたは何で私の前に出てきたの?

 下らない事を言いに出たんなら、精霊が本当に不滅かどうかあんたで試す事にするわよ」

「あらあら、怖い事を言う子ね。

 一つ、言葉を掛けようと思っただけよ」

 ロミニアは顔だけ精巧にして、神妙に告げる。

「誰かと真剣に話そうとしているなら、素直に、飾らず話す事。相手がどう返そうが、それだけで貴女の心は届くはずよ」

「……解ったような事を言うのね」

「これまでも人には関わってきたし、様々な人間の死にも、関わってきたわ。だから、声を掛けただけよ。どう受け止めて、どうするかは貴女次第。

 またね、フェリシアちゃん」

「またね~」

 ロミニアは相変わらず意味深な事を言うだけ言って消えた。

「そろそろ、頭も冷えたかな?」

「……後は戻って城の屋根にでも居れば十分よ」

「そう? じゃぁ戻ろうか」

 悠月がストライク・イーグルを呼び戻し、背に乗るのを確認すると、フェリシアはまた行きと同じ速度で飛び始めた。悠月もそれを追う。

(……何にせよ、今までで一番真剣に、素直に、華月と正面から話さないと駄目ね)

 悠月は決意した。華月と正面から話し合うと。




[26014] 第47話 腑抜ける見習い 転部3話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/03/17 22:56


 一方その頃。

「魔力の練りが甘い、変性陣の展開が遅い、呪言の詠唱が不正確。

 魔法を馬鹿にしているのかしら?」

「……難しい」

「当然よ。そうおいそれと習得されちゃ、世の中の魔法使全員が号泣するわ。
 学術、体術、武器術……その他技能と呼ばれるものの中でも魔法は習得難易度が高いの。人間であれば本来なら下地を作るのに最低三年、そこから段階を経て一人前の魔法使になるのよ。

 魔族や竜種は効果を意識するだけで魔法を起こすけど、亜人種や人類種はそうはいかないからね。カヅキも元人間だから人間と同じ魔法の使い方をしないといけないし。

 まぁ、初心者ならこんなものね。魔法が不発にならないだけ上々ね」

 華月の魔法発動までの時間を観察しながらディーネは毒舌を披露する。

「でも、敢えて言うなら流身系と纏身防御系の竜楯が使えるんだから、もう少し巧く、無駄なく、魔力を練り上げられてもいいはずね。集中力不足かしら?

 変性陣の展開自体も分割意識体の一つに準備させておけばいいし。

 呪言の発音だけは要練習ね。そこだけは玉の特性が裏目ってるから」

「適正はあっても、こればっかりは練熟するには時間がかかりそうだな」

「ま、馬鹿正直に繰り返してれば何とかなるわよ。速度は体術や武器術なんかより遅れるだろうけどね。

 後は皇宮の魔力遮断室でも借りて魔力の錬成と陣の展開を自己習練しなさい。次にここへ来るのは特に意識しなくてもそれらが淀みなくできるようになってからね」

 ディーネは完全な天才型なのだろう。教える事に不慣れなようだ。

「……解った。少し一人でやってみる」

「悪いわね、私ってば人に教えるの苦手なのよ。少し、真面目に教え方を考えるから」

「いいさ。俺で教え方を試して、次に繋げてくれれば十分だ」

 とりあえず華月はディーネの下を離れ、トレイアの居場所へ向かった。



「くおぉらっ!」

「ぐっ!!」

 金属が噛み合う甲高い悲鳴が鳴り響き、気合一言と苦悶一言が重なる。

 トレイアの槍による振り降ろしの一撃を華月が手にした剣で防御する。

(こんなのを受け続けたら剣が保たなねぇな……)

 ギリギリと槍の切り刃が火花を散らし、剣の側面がギシギシと軋む。

 強烈な荷重が華月の全身を地面に埋めようと襲い掛かってくる。背を斜めにして受け流そうかとした時、トレイアが槍を繰り、石突きの方を横殴りに叩きつけてきた。

 右手を下げ、今度は切り刃でその一撃を辛くも弾く。

(やっぱり硬い! 刃が欠けるっ!)

 トレイアは弾かれた石突きの方向に逆らわず、またも手先の操縦で槍を取り回し、その勢いすら利用して穂先を加速させ、華月に右下からの斬り上げをお見舞いする。

(練達しすぎだろっ!)

 身体を捻りそれを避け、距離を取る。

(技巧じゃやっぱり圧倒的に不利……。基礎筋力も惨敗。魔力強化でギリギリ五分ってるってのに)

 その魔力強化――竜楯と流身系の併用――すら、トレイアの操る槍――グラン・グレイヴ――には、竜楯はスッパリと切り裂かれるし、内部の魔力流は寸断される。

「十合程度で限界か? そんなんじゃ先が思いやられるぞ。テレジアの基礎体術を突破した根性はどこに行った?」

「根性でどうになるか! 替えの服だってそんなに持ってないんだ、そうそうボロボロにされてたまるか!!」

「あ~ん? 服なんざテレジアに直してもらえばいいじゃねぇか。嫌味は言うがやってくれんだろ。アイツ器用だぜ?

 って、んなことを気にしてねぇで全力でこいってんだ」

 クイクイ。と、手招きして華月を挑発するトレイア。

「最初の時みたいに、よぉっ!!」

 華月の眼からも瞬間移動としか思えない動きでトレイアが華月に突きを繰り出す。

(回避!? 無理だ!!)

 総てが間に合わなかった。

 トレイアの突きは華月の身体を貫通した。

「行動の選択肢が増えた分、判断が遅れてんな。考える事が悪いとは言わねぇが、決断が遅くちゃ意味ねぇぞ」

 グラン・グレイヴを華月から引き抜き、トレイアが溜息をつく。

「ま、物事に慣れ始めた奴がよく陥る状態だな。

 身体が動きを覚えたんなら、直感で動くのも悪いとは言わねぇぞ」

「……頭を使って今まで潜り抜けてきたんだ、そうそう直感に頼れるか」

「ははっ、硬いねぇ。まぁ……」

 ヒュンヒュンと槍を回転させ、高速連続の突きを繰り出してくる。

 その全てが華月の視認限界速度だ。何とか全てを的確に捌き、受け流す。

「他人の意見に左右されない点は評価してやるよ。

 だが――」

 身体全体を使い捻り、偽装を加えた連続斬撃が華月を襲う。今度は視認速度を超えている。

「他人の意見を真っ向から否定する姿勢は減点だ。今のカヅキなら、あたしの穂先から殺気を感じて避けられるはずだ。その辺も含めて勘を頼れって言ってんだよ。わざと殺気を纏わせてんだから。

 頭ってのは、そういう解釈を引っ張り出すのに使うもんだろ」

 全身を皮一枚で刻まれた華月は、ショックを隠せなかった。

(……脳筋っぽいトレイアに頭の使い方について言われた……)

 見掛けで脳筋と思われがちだが、その実トレイアは思考の回転が速く、頭はキレる部類だ。教育者としても、癖はあるが巧い部類になる。

「気配察知に魔力察知、知覚域まで使えんだ。もうちっとその辺を活用しろよ。

 いいか? 眼で捉える情報は、頭が理解するのに微妙とはいえ間が在る。ディーネが言うには処理に時間が必要だからって話だが、感覚は違う。そこを使い分けるか統合して動かねぇと、やられるぞ」

「……みたいだな」

「しっかし、何だか今日は集中しきれてねぇな。気掛かりなことがあるなら、とっとと解消するか、それすら押し殺して集中できるようになれ。そんな状態じゃ上達なんざ夢のまた夢だ。

 今日はここまでだ。これ以上やっても駄目そうだからな」

「……ああ」

「服が駄目になったのは、あたしのせいにすんじゃねぇぞ」

 最後に冗談を飛ばして、トレイアは木の上に登って昼寝を始めてしまった。

 溜息をついて華月はノーブル・ダルクに戻ることにした。指摘された気掛かり――集中できない原因――は、今もそこに居るのだから。

 日が、暮れ始めてきた。





[26014] 第48話 華月と悠月、拗らせる関係 転部4話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/03/19 15:53

 そうしてその日の夕食、テレジアとフェリシアが給仕をする悠月と華月の重苦しい会食が始まった。

 双方、当初から無言で食事を進めていく。

 悠月は華月の様子を時々ちらちらと見ているが、一方華月はそんな事を気付いているが気にも留めずにいる。

≪テレジア、すっごく居辛いんだけど……≫

≪諦めてください。本日の私たちの務めです。……陛下からのせめてもの計らいなのですから≫

 近距離の同族と会話する際に単なる呼気に言霊を含ませる事ができることを利用して、フェリシアとテレジアは二人に悟られないように会話していた。

 給仕の人事はアルヴェルラが直接命じ、実行させていた。これは比較的人間に対し偏見の薄いフェリシアと、そんなものも押し殺せるテレジアの二人という部分が計らいなのだろう。華月は女皇の騎士見習いということで人間扱いやそう言った目では見られていないが、悠月は人間だ。

 穏健派の多い闇黒竜族にもやはり多少は存在する過激派の動きを制するという意味でテレジアの肩書が役に立つこともある。

 実際フェリシアは今日だけでも幾つもの視線を感じていた。興味からのものと、明らかな負の感情のものと。

「……悠月、話があるんじゃないのか?」

「えっ!? あ――う、うん……」

 いい加減うんざりしたのか、華月が訊いた。

「幾つか、言って置く事が在る。

 俺は俺の意志でそっちに戻らない。それに、仮に戻る気が在っても戻れない」

「……え?」

「逃げだと思ってもらって構わない、元の世界の人間関係にはうんざりしてたんだ。認められない努力の実行は疲れるだけだった。
結果が全てなのは解ってるが、理解しているのと実感は別物だからな」

 華月が今までフェリシアやテレジア、増してやアルヴェルラの前で見せなかった厭世観の強い酷く醜い貌を見せる。

「俺は、『嬉々』として『そんな世界』から『逃げさせて』もらう。折角のチャンスだ。この世界で、実感できる達成感を感じながら期待に応えて往く事にする」

「……な、何よ、それ……」

 悠月が目を見開いて華月を凝視する。

「ふ、巫山戯んじゃないわよ!? 何よその理由!! アンタ色々ナメんのも大概にしなさいよッ!!」

「優等生に、劣等生の気持ちは理解できないだろ。悠月、お前に朔の気持ちがわかるか?」

「……苑影が何よ」

「お前には解らないだろ? 俺が朔の名前を出す理由が」

 華月は完全に繋がった過去の記憶を夜な夜な整理しながら思い返していて思い出したことがあった。

 何人かの友人が残っていたこと。同じクラスに二人、友人が居たこと。その一人が、苑影 朔薙(そのかげ さくな)だ。

 華月と朔薙が友人だった事には、お互いの境遇に似たような部分があったからだ。


 他人の視線に弱く、肝心な場面で期待に今一歩届かない華月。

 他人の視線に華月以上に弱く、実力を全く発揮できず、期待されない朔薙。


 二人は、常に失望と呆れに晒されてきた。だから、弱者が集まるように、華月と朔薙は近づいた。

「華月は違うでしょ……」

「結果で見れば俺も変わらない。

 ああ、それじゃ今頃朔は大変な目にあってるのか? あいつだけは何とかしてやりたいな」

「華月ッ!」

 ついに悠月がキレた。華月の胸ぐらを左手でテーブル越しに掴みあげた。

「そうやって愚図って捻くれてみせて! でかい子供のつもり!?」

「人間、幾つになったって中身は子供だ。図体がでかくなって、見栄を張って『大人ぶってる』だけだ。体裁の為に相応に回る頭を使うようになるからな。
注意して見て観ろよ、いつも真面目に品行方正な奴だって、俺からしたらバカやって群れてる連中と同じだ。結局、糞下らない理由で他人を嫌うもんだろ。見た目が云々、あいつはこうだから云々」

 華月がニヤニヤと嗤う。これも、こっちに来てから誰にも見せていない、酷い貌。

「そんな連中に嫌気が差したんだ。こっちから切り捨てるつもりの所に、戻る阿呆が居ると思うか? それとも、悠月は阿呆だったか?」

「このッ……!」

 悠月の怒りは内から魔力を引き出して、振りかぶった右拳に収束される。

「私が昨日まで、どれだけ心配したと思ってんの!!」

「昨日も言ったが、そんなもの、俺は知らない。寧ろ、心配されていた事に驚いたな。出来の悪い弟なんて、居なくなって清々してたんじゃないのか?」

 悠月を嘲笑う華月。的確に悠月の怒りの琴線を、爪弾くどころか刃物で切断するような真似をする華月。テレジアとフェリシアからすれば、華月が非常に『らしくない』振る舞いをしているように見えて仕方がない。

 が、テレジアは何かを察したらしい。浮かべかけた僅かな動揺を消した。

「――もういい!!」

 悠月が華月の顔面に拳を叩き込んだ。

 何度も、何度も、何度でも。

 華月は血に塗れ、変形していく顔など全く気にせず、ただ、悠月を見ていた。その視線に、悠月は本能的な怖気を感じる。

「こんな、こんなのって――!!」

「……」

 華月の胸倉を両手で掴んで一回転。遠心力を足して投げる。

「カヅキ!」

 フェリシアが飛翼を展開して華月に向かって飛ぶ。華月が投げられた先には大窓。その先は――。

(地面まで結構落差があるのに!)

 地面まで約百三十メートル。このノーブル・ダルクの一階は地表から八十メートルの位置にあり、今、会食の会場に使われている部屋は四階部分にある。天井が高く作られているこの城は、通常の建物よりも地上高がある。

 フェリシアの瞬発力は素晴らしかったが、それでも間に合わなかった。窓を派手な音を立てながら突き破り、硝子の破片と窓の骨子を纏って華月の身体が宙へ舞う。運悪くテラスの無い窓だった。華月は重力に引かれ、地上へ向けて落下する。

 フェリシアは急激な加速と方向転換を敢行し、華月の後を追う。

 部屋に残ったテレジアと、思わず華月を投げ捨ててしまった悠月。

「気が済みましたか」

「……私、何で……」

「……理解したようですね」

 テレジアの言葉に、呆然としかかった意識を無理やりに引っ張り戻し、悠月は睨みを効かせ虚勢を張る。

「何が、理解したって?」

「貴女の無意識が、華月を『自分と違うモノ』だと、感じ取ったという事です。凄まじい拒絶反応でしたね。まさか窓から投げ捨てるとは思いませんでした」

 と、嘯くが、テレジアなら華月が窓から落ちる前に捕まえる事ができただろう。だが、それをしなかった。

(カヅキの意図など、気付かぬフリをした方が良かったかもしれませんが、まぁ、ここまでやれば効果は十分でしょう。私は仕上げるとします)

「拒絶? 私が華月を拒んだって言うの!?」

「事実、拒んでいるではありませんか。

 見たくなかったのでしょう? 感じたくなかったのでしょう? かつては己が傍らにあった者が、別なモノへと成り果てた姿など。だから、自分の視界の範囲外へと弾き出した。

 普通の人間のままなら、それで永久に貴女の前から消えたところですが、残念でしたね。カヅキはあのまま、在り続けます」

 テレジアが語りながら悠月の正面に廻り、両手でスカートを掴み広げながら足を交差させて一礼する。

「我ら一族の竜皇が竜騎士、セギ=カヅキ。彼は、如何でしたか?」

「――ッ!!」

 最早、否定の言葉すら出ない。悠月はテレジアから眼を逸らし、走って部屋を出た。

「小娘には、少々酷な事でしたか、ね……」

 小さく嘆息し、いつもの直立不動に戻った時、窓から華月を抱えたフェリシアが入ってきた。

「ふ~……焦ったよ」

「手間を掛けたな。でも、落ちても俺は別に――」

「そういう問題ではありませんよ。カヅキ、流石にやり過ぎです。しかし、見事な演技でしたね」

「演技ね……。

 ま、良い感じに演れてただろ? あれなら俺の事を切り捨てる口実が出来るだろ」

「やり過ぎです。と、言ったでしょう。あそこまで露骨にやるものじゃありません。気付かれはしないでしょうが、人生経験も浅い小娘に、あの手の搦め手は効き過ぎます」

 薬も過ぎれば毒となる。と、言う事だろう。

「やってしまった事はどうしようもないですから、なるようにしかなりませんね。

 明日、多少覚悟が要るかもしれませんね」

 テレジアはやはり小さく嘆息してその場を締めた。




[26014] 第49話 対決、元姉V.S.今主人 転部5話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/03/19 15:57


 翌日の早朝。清々しい朝の空気と日差しを感じながら、アルヴェルラが今日も一日書類仕事を。と、思っていた時、アルヴェルラの執務室に珍客が現れた。

 物々しい雰囲気を纏って。

「……ほぅ、何用だ?」

「……表に、出ろ!」

 訪問者は多くを語るでもなく、簡潔に、端的に、事情の説明など一切なしに用件のみを叩きつけた。

「――解った。出ようじゃないか」

 アルヴェルラは突然の申し出に戸惑う素振りも全く無く、承諾した。




「カ、カヅキーッ!!」

 その少し後、フェリシアの絶叫で華月は叩き起こされた。

「どうした?」

「たたた、大変! 大変な事にっ!?」

「……何が大変なんだ?」

「いーから! 行くよ!!」

 ガッ! と、華月の腕を掴むとフェリシアは走り出した。華月の身体が床に落ちる事も無い速度で。

「……腕が肩から抜けそうなんだけど」

「竜騎士なら抜けたって問題無いでしょ!!」

 実にその通りなのだが、華月が言いたいのはそういうことではない。

 そのまま城の正面出入り口から地表までの階段を駆け降りると、ようやくフェリシアは停止した、

「よ、よかった。まだ始まって無い」

「……。これは、一体どういう状況だ?」

 目の前には人垣が築かれ、中心の様子は窺えない。

「みんな、ちょっとどいて!」

 フェリシアが大声を出すと、フェリシアと華月に気付いた竜たちが二人が通れるだけのスペースを空けた。

 二人が騒ぎの中心地に着くと、華月にしてみれば更に理解が追いつかない風景が在った。

「……ヴェルラ?」

「ああ、お早う、カヅキ」

「……悠月?」

「……」

 優雅に挨拶をしてくるアルヴェルラと、不機嫌絶頂の悠月が距離を取って対峙していた。

 どういう経緯でこうなったのか、華月にはようやく何となく解ってきた。

「ヴェルラ、面倒を掛けるな」

「気にするな。私が撒いた種でもある。なら、自らの手で刈り取るのが普通というものだ。

 さぁ、取り巻いている皆! 手出し無用は心得ているな!?」

 アルヴェルラの一言で周囲が湧き上がる。

「これより行うは決闘だ! どちらかが負けを認めるまで、何人たりとも邪魔立ては許さん!!」

 歓声と、普段のこの国の雰囲気からは考えられない熱気。凄まじい盛り上がり方だ。

「おら、お前らも下がれ」

「トレイア?」

 トレイアに手を引かれ、華月とフェリシアも人垣の一部になる。

「何でこんなに盛り上がってるんだ?」

「娯楽が少ない竜種の国じゃ、こういった事が起こるとこんなお祭り騒ぎになっちまうんだ。おまけに今回は異界人が竜皇にケンカを売ったって事で、国中に一気に広まっちまった。まだまだ増えるぞ」

 そうこう話している間にわらわらと周囲に増えていく竜、竜、竜……。見れば宙に浮かんでいる者も多い。

「さぁさぁ! そろそろ頃合いか!! 人の身で私に挑む覚悟は出来たか!?」

「馬鹿にすんじゃないわ! そんなもんとっくに済ましてるっての!!

 そっちこそ、私にブッ殺される準備は完了してんのかしら!?」

 周囲に嘲笑と感嘆と困惑が広まる。

「なぁ、カヅキ?」

「……なんだ?」

「お前の姉なんだよな、アレ……」

「ああ」

「身の程知らずって言やいいのか? それとも本気で竜に素手で勝てると思ってるのか? それも竜皇に」

「……何とも言えない。状況は理解したが、こうなった経緯が解らない」

 華月がトレイアにそう返した時、フェリシアがビクリと身体を震わせた。

「「……」」

 無言の華月とトレイアの視線がフェリシアに刺さる。

「……あ~う~……。ゴメン、余計な事言ったかも……」

「あの嬢ちゃんに何を言ったんだい?」

「……竜騎士契約を、無効化する外法……」

「はぁ!? あ、あんな竜の尊厳を塵屑にする方法を教えたって!? このバカ娘が!」

 トレイアがフェリシアの頭を殴った。魔力を込めた強烈な一撃だった。

「い……痛いよぉ……」

 一発で半泣きになる。

「糞ッ! あの小娘、陛下を本気で殺る気か!!」

「お、おい……。トレイア?」

「喜んどけカヅキ。あの小娘は命懸けてもいいほどお前を想ってんだ。同様に、陛下も命懸けで護りたいんだ。二人にこんだけ想われるなんて冥利に尽きるな!」

「厭味はいい。で、そんな状況なのに止めないんだな?」

「陛下が手出し無用宣言をしちまってるからな。言った本人の矜持も無視して無碍にするなら止める事も出来る。だが――」

「竜種の矜持は高いんだ。邪魔したら今度は邪魔者相手に殺し合いだよ」

 現状、止める手段は存在しない事になる。

「まぁ、陛下が負ける事はないだろうが……。

 万が一の時は、カヅキ、覚悟しろよ」

「……」

 どういう意味で覚悟しろと言われたのか、華月は考える事を止めた。どちらにせよ、無駄だからだ。

 会場の熱気が最高潮に達したと判断したのだろう。アルヴェルラが啖呵を切った。

「さぁ、開幕だ! 嬉々として饗宴を開くぞ、異界人の少女よ!!」

「舞台から叩き落としてやるわ! 吠え面かかせてやる、竜の女皇様!!」

 悠月が返し、両者の身体を魔力が取り巻く。

 双方同時に、地を蹴った。





[26014] 第50話 決闘・上 転部6話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/04/02 01:31
 空気が弾ける、耳を劈く炸裂音。

 アルヴェルラの大ぶりの右ストレートと悠月の渾身の右ストレートが衝突した。

「このッ! 今合せやがったな!!」

「一撃で決着ではこの盛り上がりに水を差すだろう? 少し付き合ってもらうぞ」

 近距離で二人だけの会話。周囲にはさっきの余韻が響いている。

「うるぁぁぁああああっ!!」

「ははっ! その若さで良く動くな!」

 悠月の連撃を悉く弾きながらアルヴェルラが笑う。非常に楽しそうだ。

「ふ~む、魔物使いとしてだけかと思えば、自分の事も鍛えていたとは」

「地力が無けりゃ何事もこなせない。当り前よっ!」

 華月より数段落ちるが、それでも悠月の動きは十分に称賛されてしかるべきレベルに達している。

 だが、悠月が相手にしているのは幾数もの同朋を束ねる闇黒竜族の女皇たる者。その手腕は全般において悠月を凌駕した挙句、更に秀でている。

 悠月の攻撃を総て避けるでも流すでもなく、真っ向から相殺している。それも笑いながら。

「ん~、久々に楽しいな。しかし、最近私の相手をしてくれる者が少なくて、どうも鈍っているな」

 そんな事を言いながら、悠月の動きの隙を見てアルヴェルラが攻勢に出た。

 左、左、右。と、拳打で牽制し、意識を上に集めておいてから左足で足払い。体勢が崩れたところを狙い澄まし、身体を捻って下から右足の裏で掬い上げるように上空へと蹴り飛ばす。



 観戦していたトレイアが呟いた。

「あ~……陛下の連携が入っちまったな」

「ヴェルラの得意技なのか?」

「ああ。対地上戦必勝連携の一つ、旋風(つむじ)だ。あれのキメが顎に入って上に打ち上げられたら、その後は追撃の空中技が待ってる」

 トレイアが解説を終えると、丁度アルヴェルラが追撃の為に跳んだ。



 左フックが悠月の右わき腹に突き刺さり、次に右アッパーが背中を強打。そしてそのまま右手で悠月の背中を掴むと少し引っ張り、自分より下の位置に。手を離し、空中で身体を捻って回し蹴り。悠月は地面へと蹴り飛ばされた。

「普通なら、これで大抵片が付くんだが」

 悠月が地面に激突し、盛大な土煙が巻き上がった。

「お?」

 その土煙の中から、何かが高速で飛び出してきた。

 悠月だ。

 全力で魔力強化を施して跳んだのだろう。人間の上限を超えた速度と跳躍力だ。

「ふむ……」

 アルヴェルラが悠月に向かって降下した。

「うるぁっ!」

 悠月の全身全霊を賭けた一撃。今度も相殺しようと威力と速度を調整したアルヴェルラが右ストレートを繰り出す。

「なんてね!」

 悠月は突き出した右手を開き、アルヴェルラの右拳を掴むとアルヴェルラの拳打の威力を利用して自分の身体をアルヴェルラの身体に巻き付ける。そのまま順次手足の位置を組み換え、アルヴェルラの背中に上下逆さまに組み付き、自分の両足でアルヴェルラの両腕を、両腕で両足を固める。

「羽を出されて飛ばれちゃ敵わないからね!」

「ふむ……」

 そのままの体勢ならアルヴェルラは頭から地面に激突することになる。

「残念だが、この程度では私は殺せないぞ?」

「エンターテイメントなんだったら、威力が落ちようと多少派手にやるもんでしょ?」

「ははは! 私相手に大した余裕だ!」

 アルヴェルラはひとしきり笑った後、地面に叩き込まれた。



「おいおい陛下……。遊びが過ぎるぞ……」

「その分、周りは盛り上がってるみたいだな」

 すっかり観客になっているトレイアと華月。

 華月が周りを見れば、周囲は大盛り上がりだ。「陛下~!」と、黄色い声が上がり、「お嬢ちゃんいいぞー!」と、悠月への声援も聞こえてくる。

 尤も、どれも二人の耳には入っていないだろう。

「お、陛下も少しは本気を出す気か?」

「え?」

 地面から頭を抜いて髪に絡まった土を払うと、アルヴェルラの纏う魔力が一段と強くなった。

「ようやく一割って所か」

「今の、多少効いたって事か?」

「いいや、単純に単なる人間相手の対応を止めて、戦士相手の対応に切り替えただけだ。

 まぁ、その位まで陛下のやる気を刺激する奴はここしばらく居なかったんだが。

 お前も聞いてるだろ、理性が吹っ飛んで本気になった陛下は人間の都市一個を簡単に消滅させるんだぞ。そんな力をここで振るわれたら、この辺り一帯が焦土になっちまう。いくら血が滾ろうと、陛下は力を抑えないといけないんだ。そんな中で覚えたのが、相手に合わせて力を小出しにするなんて器用な真似だ」

「で、悠月はヴェルラに次の段階の力を出させたってわけか」

「ああ。だがまぁ、こうなってどこまで保つか……」

 人垣の前列各所に、テレジアと、テレジアと同じデザインの色違いの服を着た者が幾人か現れた。

「あ~、防御担当が出張ってきた。あたし等も纏身防御してたほうがいいな。ここからは衝撃波なんかが撒き散らされ始めるぞ」

 トレイアが言った矢先に、アルヴェルラが全周囲に魔力の解放による衝撃波を放った。





[26014] 第51話 決闘・下 転部7話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/03/26 00:40


「うわっ!?」

 不意の衝撃波に吹き飛ばされ、悠月が防御担当の者に受け止められる。

「あ……」

「油断なさいませんよう。ああなった陛下は、普段より些か手荒くなります」

「え……?」

「久方ぶりの決闘です。もうしばらくは、陛下とお遊びください」

 防御担当者はそう言って柔らかく笑うと、とん。と、悠月の背中を押し解放する。

 悠月は気合を入れなおすと、纏身系の魔力量を増加、流身系の循環速度を引き上げる。心拍は140、頭の中は脳内麻薬でかなりハイになってくる。

「この程度で吹き飛んでくれるな? ようやく身体の鈍りが抜けてきたんだ」

 アルヴェルラの方も抑制している中で随分楽しそうだ。二、三回軽くジャンプし、肩を回したりと体をほぐし始めた。

「その口、直ぐに閉じさせるわ!」

 不規則に軌道を変更しながら悠月が走る。

 そして大きく跳び、回し踵落とし。

 両腕を交差させそれを受け止め、弾く。ここでようやくアルヴェルラがまともに防御した。

「さて、こちらも手法を増やすとしよう」

 いきなり距離を詰めたアルヴェルラが無造作に右アッパー。

「くっ!」

 上半身を後ろへ逃がし、回避。

 アルヴェルラは更に前へ身体を出しながら右肘を悠月の胸部中央へ落とす。

「~~ッ!」

 が、悠月はそれを交差した両腕で防御し、背筋と両足に無理を強いて体勢を維持する。

 防御されたと見るや否や、アルヴェルラは覆い被せる様に左拳を悠月の脳天目掛け奔らせる。

 悠月は左膝を折り身体を沈めながら両腕を自由にし、右足を滑らせアルヴェルラの足を払う。バランスを崩したアルヴェルラは重心を前に移し過ぎていたために前に倒れてくる。悠月はそのまま右足と両手を地面につけ、腕立ての要領で身体を上下させる勢いも利用して左足の裏でアルヴェルラの鳩尾を全力で蹴り上げる。



「……お~……スゲェな。あの嬢ちゃん体術の才能あるんじゃねぇか?」

「否定できないな。悠月は昔から運動神経も良かった」

「はぁ、成程ねぇ。姉と弟の評価は成功作と失敗作ってわけか。やる瀬ねぇな」

「仕方ないだろ。向こうの世界じゃ、向いてない事の方が多かった。それだけだ」

 華月はあっさりと流した。トレイアがその物言いに目を丸くする。

「随分すっぱり言い切るじゃねぇか?」

「もう関係ないことだ。こっちでやってくって決めたから、こっちで結果を出せばいい」

「は、割り切り済みってか」

「ある程度は、な」

「お、嬢ちゃんが追撃に入るな」

 悠月が地を蹴り跳び上がる。



 蹴り飛ばされたアルヴェルラはそろそろケリをつけようと考え始めた

(久しぶりにここまで力を出したし、十分楽しんだ。そろそろ仕留める頃合いだな)

 あまり楽しみ過ぎるのは良くない。腹八分で止めておくのが正しいと判断した。

(向こうも差を見せつけられれば諦めるか? まぁ、何にせよ私の役目はこの辺で――)

「一撃で、仕留める所までだ!」

 追撃を仕掛けてきた悠月に向かい飛翼を展開して加速しながら突っ込む。

「えっ!?」

「ユヅキ、健闘を称えて少しばかり本気を見せてやろう!」

 アルヴェルラの行動に驚愕している悠月に言い放ち、両腕と両脚に魔力を纏身する。

「こなくそッ!」

 悠月も自分の限界まで魔力を引き出し、纏身系と流身系を最大限に強化する。

 アルヴェルラは両腕を交差し、加速。そのまま悠月に衝突。悠月の上に向かう力のベクトルを完全に相殺。そのまま地面に向け押しこんでいく。

「くっ!?」

 地面に悠月を叩きつけ、悠々と距離を取る。

「人間にしては上出来だった。

 さぁ、幕だ! 皆、締めは!?」

 アルヴェルラが声を張り、周囲に呼び掛ける。何で決めるかアンケートを取っているらしい。

「ここは双手・竜口砲だろ!?」

 周囲が何やら色々言っていたが、一際大きい声が響いた。主はトレイアだ。

「そうだな、それでいこう」

 アルヴェルラは両手に魔力を集中させ、

「では」

 球状に整え、

「幕だ」

 地を蹴る。同時に防御担当がテレジアを皮切りに全員悠月の背後に集合した。テレジア以外がスクラムを組む。

「好き勝手言ってくれたけど」

 対する悠月は着地した両脚の感覚が無くなっていた。両足の足首に変な感触が在る事しか解らない。、

「こっちだって取って置きが在るのよッ!!」

 感覚の無い両脚は無視して、残る魔力の総てを両手に集中。

 間合いに入った所でアルヴェルラが右足で踏み込みながら、両手を合わせ開きながら何かの口の様な形にし、

 間合いに入った所で悠月は両手を突き出し、親指以外の全て指を揃えて親指と人差し指だけが触れる形にし、

 お互いの手が触れた。

「双手・竜口砲!」

「魔砲撃!」

 どちらも技の系統は同じ、手の先から集中した魔力を放出する大威力攻撃だったようだ。

 だが、優劣は一目瞭然の結果となる。

 二人の手の間の僅かな隙間で放出された魔力が鬩ぎ合い、均衡が破れた方へ一気に雪崩れ込む。

 それは、当然――。

 轟音と共に、激しい虹色の光に呑み込まれ、悠月が豪快に吹き飛ばされていた。

 悠月自体はテレジアが受け止め、飛翼を展開し自身を包みこみ、防御フィールドを展開。放たれた残りの魔力はスクラムを組んでいた防御担当者たちが展開した防御壁で必死に防いだ。

「私の、勝ちだ」

 最後の一撃で魔力を使い果たし、更に膨大強力な魔力に曝され吹き飛ばされ、いまだテレジアの腕の中から抜け出す事も出来なくなった悠月に宣言する。

「……私の、負けよ……」

 悠月は、静かに負けを認めた。





[26014] 第52話 和解 転部8話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/04/02 01:35


 その日の深夜、悠月は窓辺に腰掛け、夜風を浴びながらすっかり見慣れてしまったこの世界、アードレストの星空と月を見ていた。月とは言っても、その実は隣を公転している別の惑星なのだが。その惑星も生物の生息が可能なのか、雲や海、陸地に緑が確認できる。まだ、この世界から向こうの星へ行った者はいないが。

 そんな事に思考を巡らせる事も無く、悠月はぼんやりと風景を眺めていた。

(……あ~……、張ってた何かが切れちゃったな……)

 遊びで相手をされるほどの実力差を見せつけられて、その上で完膚なきまでに打ちのめされた。大口を叩いたのに情けないにも程がある。

(こっちに呼ばれた中では、あいつを外せば一番強かったのに……。井の中の蛙もいい所だったわけよね。足首は右も左も、重度の捻挫とか……。流身系で回復を早めてるし、痛みも殆ど無いけど、被ダメは私だけ)

 口をついて出るのは溜息ばかり。

 言い伏せられなければ実力行使と思い切ったものの、戦闘能力でも及びもしなかった。文字通り、全てにおいて格が違ったと、嫌でも『実感』させられた。

「さぁて……。ここで私はどうする?」

 声に出して自問する。取れる選択肢は多くない。

「このままイグに乗って帰る、華月を縛りつけて連れ帰る、徹底的に話し合う、闇討ちす――」

「最後のは、悠月じゃ無理だ」

「……華月?」

 いつの間にか悠月に貸されている一室の扉が開かれ、扉の枠に華月が背を預けて悠月を見ていた。

「何の用よ……。もう、私に話なんて無いんでしょ」

「ああ、悠月が今日の内に素直に帰っていたならな」

「どういう事よ」

「納得できない、諦めきれない……。だから、迷っているんだろ」

 見透かしたような事を言いながら、華月は悠月に近づいていく。

「……随分、言うようになったわね」

「こっちには何のしがらみも無い。好き放題やれるわけだ。向こうじゃ、『学校』って閉鎖空間に作られた人間関係の上下関係があったからな。『今の俺』にはこう言ったものの一切が『関係無い』」

 窓の近くに置いてあった二脚の椅子の一脚に華月は座り、皮肉も、嘲笑も、負の感情が一切無い普通の顔で淡々と語っている。

「何よ……、人間らしい感情も忘れちゃったわけ?」

「いいや。ちゃんとあるさ。ドラゴンたちだって悠月とヴェルラの対決を楽しむような感性を持ってるんだ。そっちに移ったからって感情をなくすわけ無いだろ。ただ、もうその辺りは完全に割り切れてるから、どうでもいいから何の感慨も湧かないだけだ」

「……? 昨夜は物凄い顔してたじゃない」

「ああ、作ってたからな。悠月があれでキレてくれたのは予想通りだった」

 半分種明かしをされて、悠月の眉間に皺が寄る。

「怒るな」

「怒るわよ! 何? 私は華月に踊らされてたってわけ!?」

 窓枠から飛び降り、悠月が華月に掴みかかろうとする。

「途中までは、な」

 華月はそれをするりと避けると、体勢を入れ替えて自分の座っていた椅子に悠月を座らせる。そして自分はもう一脚の方に座り直す。

「……途中まで?」

「ああ。俺は悠月を怒らせて、俺を憎ませてその勢いで愛想も尽かして悠月が帰ると予想してた。まぁ、見込みが甘すぎた」

 華月が苦笑する。強情な姉の性格を読み違えたことに対するものだ。

「……あんたのご主人様にケンカを売った事?」

「ああ。予想外の予定外だ。まったく、悠月が生きてて良かった。正直殺されないかと冷や汗掻いてたんだからな」

「心配、してた……?」

 意外な事を知り、それを確認する。すると華月は馬鹿を見る顔で悠月を見る。

「元、とは言え、家族の心配をしない奴は居ない。そんな奴が居たら、そいつは人間じゃないな」

「解りにくいわよ、自分で自分を人間じゃないって言いきった奴が言ってるんだから。素直じゃないのは直らなかったのね」

「これでも前より素直だろ? まぁ、人間の定義については割愛だ。

 ……俺は、悠月を心配した。それは事実だ」

 そこを正面から言えない華月。明後日の方を見ていた。

「……? 華月、あんた、矛盾してる」

「何も矛盾してない。悠月が知らない事が多すぎて、俺の考えを理解できてないからそう感じるんだ」

 華月が腹を決めたらしく、一度だけ深呼吸する。

「俺はな――」

 華月が自分の状況をつぶさに説明する。



 その様子を、扉の外の壁に背を預けながら、聞いている影が在った。

 アルヴェルラだ。まだ拗れる様なら出しゃばるかと思い、待機していたが――。

(どうやら、杞憂だったか。まぁ、それならそれでいい)

 ほんの僅かな笑みを浮かべる。



 華月の説明を受けて、呆然となる悠月。

「さて、ここまで言えば何のために、俺が、あんな芝居を打ったか、悠月、解らないか? 俺より頭が良いんだ、客観的に考えれば解るんじゃないのか?」

「……そうね。ああ、客観的に考えれば理解出来るわ。重要なのは、華月に帰る意思がない。これが強制でも何でも無く、本人の自意識からの思考だってこと。

 そして、私たちの立場と、華月の立場……。そこが今後、交差すると予想される点と、その時現れる選択肢――これは竜種、とりわけ闇黒竜族と人類種の因縁に左右される。

 成程ね。それが理由なら、確かに私に憎まれていた方がやりやすいわね」

 悠月が華月の頬に両手を添え、切なげな表情を浮かべる。

「でもね――」

 添えられた両手が華月の顔を掴んで固定する。

「それなら最初ッからこの説明をしなさいよ!」

 悠月の貌が変貌し、こめかみに青筋が浮かび、華月の額に悠月のヘッドバッドが炸裂する。

「……」

「……痛い……」

「当り前だ。俺の身体は、竜種に近くなってるからな。もうその程度じゃ何ともない。

 それに、聞く耳が無かったのは悠月の方だろ。一方的にヴェルラやテレジアに噛みついてたじゃないか。

 親身になって動いてくれるのは感謝するけどな、冷静さを無くすのは何とかした方がいいぞ。これから先、俺はもう悠月をフォローできないんだからな」

 華月の一言に、悠月の顔が驚愕に染まる。

「……私をフォロー?」

「ああ。悠月が俺の為に色々やってくれた事、それの半分ぐらいは知ってる。それで、暴走しかけて周囲に撒いたヤバそうな種は、俺が刈っといた。幾つか間に合わなかった分は、そっちまで行ったのが在るけどな」

 そこまで言われて、思い出した記憶が幾つか。悔しい事に思い当たる事があった。

(……ああ、私が一方的に華月を護っていたわけじゃなかったんだ……)

「華月……本当に、戻るつもりは無いのね?」

「ああ。俺はこっちで選ばれた。俺は納得して、承諾した。盟約を結んだ。向こうには悠月が帰ればそれで充分だ」

 悠月は華月の眼を観て、ようやく納得した。

「解ったわ。私は明日、朝一でみんなの所に帰る。

 でも、何があっても私は華月の味方――」

「いいや、悠月は状況次第で俺の敵になれ。悠月が他の連中と敵対するのは許さない。この世界に縛られてない連中を纏めて元の世界に帰れ」

「なっ!? 事と次第によったら、華月……」

「解ってて、言ってるんだ。俺は大丈夫だ。説明したとおり、簡単には死ねなくなったからな。

 ただ、俺の事、この国の事は伏せておけ。勘繰られるな。俺は、見つからなかったんだ」

「それで、いいのね?」

「ああ」

 総てを決めた華月は、何の迷いも無くなっていた。

「話は、纏まったか?」

「あ……」

「ああ、一通りな。ヴェルラにも、迷惑を掛けた。ありがとう」

「何、私の騎士の為だ。それを苦にする主は居ない。予想以上に楽しめたしな。私も満足だ。

 初めは、礼儀を知らない小娘に現実の厳しさを教える為に、それこそ徹底的に潰してやろうかとも思ったんだが」

 アルヴェルラが二人に近づき、悠月の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。

「昨夜の経緯を聞いて、状況と事情を考慮して考え直し、カヅキがやろうとしている事の手助けをすることにしたんだ。だったら、楽しまなければ損だろう?
最近は、私と遊んでくれる者も居なくてな」

「……華月を、助けてくれてありがとうございました」

「ん?」

 撫でまわされるまま、悠月はアルヴェルラに礼を言った。

「華月から全部聞きました。色々変わっちゃったけど、華月の命を助けてくれて感謝しています。もう一度、私は華月に逢う事が出来ました」

「……あ~、いや、その……なんだ、そう素直に礼を言われると困るな……。こちらの都合で色々弄繰り回しているし、面倒に巻き込んだし、まだ厭味や皮肉を言われる事を覚悟していたんだが」

 悠月の頭を撫でまわすのを止め、自分の後ろ頭を掻く。どうにもバツが悪い。

「私はそこまで馬鹿じゃありません。貴女が放置すれば、華月は死んでいました」

「私が重傷すら治す回復魔法も使えればよかったんだがな。万能とは言え、得手不得手が無い訳ではなくてな。簡単なものなら使えるんだが、瀕死の人間を回復させるほどの魔法は使えなくてな」

 アルヴェルラの顔が少し引き攣る。

「教育係を付けてまで、華月の面倒を見てくれて」

「ほ、本当はもっと人当たりの良い適当な者を付けたかったんだがな……。少し癖のある者ばかりになってしまってなぁ」

 悠月が感謝すればするほど、アルヴェルラは肩身の狭い思いが強くなっていく。

「いいえ、それでも、華月がこうして私の前に居てくれる事が一番です。ありがとうございました」

「……そうだな。その感謝、受け取っておく」

「それと、華月の事……宜しくお願いします」

「ああ、それは全力で受けよう。任せてもらおう。この私、アルヴェルラ=ダ=ダルクの名に誓って」

 アルヴェルラは右手を左胸に当て、腰を折って一礼する。その行為に、華月が内心驚く。

(おいおい、それって皇が行う最敬礼だろ……)

「それでは、私は明日、仲間の元へ戻ります。お世話になりました。女皇陛下」

「私の名はアルヴェルラと言う。と、言っただろう? ヴェルラと呼べ、ユヅキ」

「え……でも……」

「まぁ、それなりの場では仕方無い場合もあるが、他に誰もいない時ぐらいはそう呼んでくれ。私の、これから先を共に往く者の肉親だ、その位構わん」

「――解りました、ヴェルラさん」

「では、私は戻る。

 残りの時間は、カヅキと語らうと良い。次があるかどうか、解らないからな」

 アルヴェルラは踵を返し、ひらひらと手を振りながらいつもと変わらない様子で出ていった。

 残された二人は、もう少しお互いの事を話し合う事にした。





[26014] 第53話 ドワーフの憂鬱 転部9話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/04/23 01:49


 朝日がヴェネスド山脈から顔を覗かせ始める早朝、ノーブル・ダルクの正面階段下に、防寒着を着こんだ悠月と、悠月を背に乗せるストライク・イーグル、華月にテレジア、フェリシアが集まっていた。

「それじゃ、世話になったわね。テレジアさんと、フェリシアちゃん」

 帽子を被り、フェイス・マスクを付ける前に、悠月は二人に感謝を述べる。それに対し、フェリシアは笑顔で手を振るが、テレジアはいつもの無表情のまま。

「感謝されるほど、何かをした覚えはありませんが――」

「テレジア……?」

「その謝意は、素直に受け取っておきます」

 そう言って、少しだけ笑みを見せた。怪訝そうにテレジアを覗きこんだフェリシアがしてやられた。と、言うような顔になった。

「二人とも、華月を宜しくね」

「その点はご心配無く。テレジア=アンバーライド、名に懸けて」

「任せてよ! ……まだ、成体になって無いから名には懸けられないけど」

 最敬礼を取るテレジアと、全く無い胸を張り、威勢良く応えるフェリシア。

「華月、それじゃぁ……元気で、ね……」

「ああ。悠月も――」

「ユヅキ!」

 最後の別れがしんみりと行われようとしていた時、鋭い声とともに正面階段の上から何かが悠月に向かって投げられる。

「わっ!?」

「土産だ。この世界の人間に見つからない様に肌身離さず持っていると良い」

「え……?」

 何とか掴み取ったそれを見れば、平たい六角形の黒い厚さ一センチ程度の板が付けられたペンダントだった。

「これは?」

「護符だ。この世界は何かと物騒だからな。

 それに、私と遊んでくれた礼でもある。突き返すような無礼は働いてくれるなよ」

 階段の最上段にアルヴェルラが居た。左手を腰に当て、斜に構えている。

「……ありがとうございます!」

「それでいい。

 楽しい一時だった。去らば、だ」

 アルヴェルラは直に引っ込んでしまった。

「……陛下がこれを、ですか。珍しい事もあるものですね」

「そうだね。こんなの初めて見たよ」

「え? これそんなに珍しいものなの?」

 悠月がテレジアとフェリシアに訊ねると、二人は顔を見合わせて苦笑した。

「そうですね。我が闇黒竜族がその護符を人類種に渡した事は、かつて二度ほどでしたか」

「他の竜族も、その護符を人類種に渡す事は殆ど無いんだよ。だから、他の人に見つからない様にね。それの正体がバレると一大事になるかも」

「え? えっ!?」

 そんな大層なものだと思っていなかった悠月は思いっきり慌てふためく。

「こ、これって――」

「それは、贈り主の鱗の一枚を、加工したものです。どのような効果が持たされているかは本人しか知りませんが、陛下が単に護符と言ったからには最上位の防御系の効果があるのでしょう。

 まぁ、この世界においてそれ以上の護符はそうそうありません」

「改めてお礼とか――」

「しない方がいいよ。陛下が遊んでくれたお礼って言ってたから、畏まられるのは嫌なんだと思うよ」

 少し戸惑った悠月だったが、最後にはペンダントを首から下げ、服の中にしまい込んだ。

「あ~あ、これだけしてもらって、私はただ帰るだけなんてなぁ」

「そっちは任せるんだ、役得だと思えよ」

「うん。戦えない特性持ちの奴とか、帰りたがってる奴が多いから、纏めておくよ。帰還方法はなんだかのらりくらり避けられてるのが気になるんだけど。

 それじゃ、今度こそ」

 ひらりとストライク・イーグルに乗り、悠月はフェイス・マスクをつけると纏身防御を纏うと大空へ飛び立った。

 それを見送った三人はそれぞれの感想を述べ始めた。

「騒がしい娘でしたね」

「楽しい子だったよ~」

「まぁ、記憶通りだったな。

 さて、二人とも、改めて礼を言――」

「それには及びません。私たちはあくまで職務を遂行したに過ぎません」

「嫌な役じゃ無かったしね。気にしないで~」

「そうか」

 そこで解散の運びとなる。

 華月は転移門を使ってエルフの住居、セフィールの大樹へ向かった。

 エルフの静鈴を使い、現れたエルフにリフェルアの元に案内してもらった。

「……何?」

 一声を掛けて部屋に入るやいなや、非常に険の強い声音でリフェルアが不機嫌そうに華月に聞いてきた。

「……いや、進捗状況を確認に」

「そう……。御覧の、通りよ」

 リフェルアはとある一室で硝子器具に何やら液体を入れ、蒸留やら何やら、科学実験の様な事を行っていた。

「何してるのか聞いていいか?」

「染料の調合よ。儀礼正装は染料も特殊なのよ。劣化速度が速すぎて作り置きも出来ないの、よっと!」

 ビーカーらしきものに液体が半分あり、そこに手を震わせながら絞り出した雫が一滴、落とされる。

 無色透明だった液体が何かの反応を起こし、一部が蒼く染まったかと思えば見る間に底の方が墨汁の様な漆黒へと変わった。それを手早く攪拌棒で均一の濃度に均していく。

「……ふぅ。

 まだまだこれからなの。貴方はさっさと残ってる素材を集めてくれるかしら?」

「解った」

 リフェルアは若干機嫌が悪そうだったので、華月は言われた通りに残りの素材を集める事にした。

 とりあえず、セフィールの大樹から離れ、次に一応、ヴェネスド山脈のドワーフの住居を訪ねた。

 出入り口から三階層も降りた所で先日の一件で駆け付けたドワーフの一人に見つかり、ヴィシュルの居場所を教えられた。

 先日と同様、自分の鍛冶場に引き篭もって延々試行錯誤を繰り返しているらしかった。

 ヴィシュルの鍛冶場に入ると、右手で小槌をペン回しのペンのようにぐるんぐるん回しながら唸っているヴィシュルが居た。

「……この組成の粗さは、純化工程で失敗してるってことで……。でも、考えられる添加材は一通り試したんだけどなぁ……」

 足元には砕けた金銀その他変わった色の金属片が小山を作っていた。

「あ~……もう本当にどうしよう……。こんな風に手詰まりになるなんてぇ……」

「難航してるみたいだな?」

「うぅえっ!? か、カヅキさんッ!?!?」

 軽い気持ちで声を掛けた華月だが、ヴィシュルは過剰ともいえる反応を示した。小槌を取り落とす。

「うわわっ!」

 自分の身体で足元の金属片を隠そうとするが、華月に両脇を持たれ、身体をひょいっと持ち上げられてしまい、目標は達成できなかった。

「これ、失敗作の?」

「うぅ……。そうです……」

 すとんとヴィシュルを床に下ろすと、へたんと座り込んでしまった。華月はその小山から一つ、蒼色の破片を左手で取り上げると、右の人差し指で表面を撫でる。

 それは鍛造されたとは思えないほど脆く、少し力を入れるだけで割れてしまった。

「……」

 別の銀色の破片は硬かったが、切刃の部分が全く指の指紋に引っかからない切れないナマクラだった。

 紅の破片は妙な質感で、ぐにゃりと曲がった。

「……言葉に困るな」

「あうぅ~……」

 率直な意見を言うと、ヴィシュルは眼に見えて解りやすく落ち込み始めた。床に指で「の」の字を書き始める。

「あっちは神経質に進めてて、こっちは手詰まりか……」

「……リフェルアさんの方は、順調なんですか?」

「作業自体は問題ないみたいだな。手間が掛かってるだけだと思う」

「そうですか……。

 済みません、少し外しますね」

 ヴィシュルがふらふらと立ち上がり、幽鬼のような足取りで出て行った。

「……しかし、こんな金属もこの世界にはあるのか……」

 更に別の破片で遊んでいると、誰かが入ってきた気配があった。

「ヴィシュル? 戻って――」

「……俺だ、小僧」

 入ってきたのは小難しい顔をしたドレンだった。

「ウチのバカ娘に依頼したんだってな」

「ああ。何か問題でも?」

「大在りだ、このバカ野郎! いいか、不朽金属類ってのはそうそう簡単に扱えるもんじゃねぇんだ。見ろ、この半端の山!」

 指した先にはヴィシュルが作った色とりどりの金属片の小山。

「あいつにゃまだ早いんだよ!!

 テメェにゃ金属の鍛造最適温度なんてモンは関係無ぇから知らねぇだろうが、不朽金属類をその特性通りに鍛造するにゃ半端じゃねぇ超高熱が必要なんだ! ここの炉じゃ満足に純化すら出来やしねぇ。温度不足だ!」

「……何で俺にそんな事を――」

「だが、この鍛冶場で一番の高炉だってその温度にゃ届かねぇ! ドワーフと言えど、単独で不朽金属を鍛え上げる事は不可能なんだよ!!」

 華月は自分に言っても意味の無い事を大声で喚くドレンに不信感を覚える。

「……あいつには、後二十年は必要だ。それまで待てるのか?」

「無理だ」

「だったら、今のテメェが手を貸すんだな」

 ドレンは華月を睨むと、踵を返して出て行こうとする。

「らしくねぇ事言っちまった」

 そう舌打ちして呟くとズボンのポケットに手を突っ込んで出て行った。

「一体何が……?」

 残された華月はドレンの言葉を分割意識体も交えて検証する。

(不朽金属類は超高熱で純化・鍛造する)

(ドワーフの設備でもその温度は出せない。単独での鍛造は不可能)

(習得に後二十年は掛かる?)

(俺が手を貸す必要がある?)

(習得できるという事は、技能の範囲。と、言う事は魔法的なものの類じゃないな)

(自然現象でも無い)

(今の俺でも手を貸せば成せるって所がポイントか)

(今の俺でも? いや、今の俺だから、か……?)

「前の俺と今の俺……違いは――」

 ポーチから、一つのモノを取り出す。それは赤く、紅く輝く結晶体。

「精霊契約が、出来ているかいないか。これだな」

 華月が取り出したのは火の上級精霊・ヴェルセアの精霊石だった。

「さて、ヴィシュルに言って試してみるか」

 華月は出て行ったヴィシュルを探す事にした。





[26014] 第54話 試行錯誤・上 転部10話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/05/01 22:54


 一方ヴィシュルはと言えば、ふらふらと最上層であるヴェネスド山の頂上を目指しているのか微妙な動きで上へ登っていた。

「はぁ~……」

 溜息をつきながら、注意力が散漫な状態で平然と岩肌を歩いていく。

「……はぁ~……。

 ……あれ? ここは……?」

 途中でふと我に返り、自分がどこにいるのか解らなくなっていた。

「……この岩質はヴェネスド山で、含有結晶の特徴がこうだから、中層付近だけど……。

 何でこんな所にいるんだろ?」

 周囲の岩を確認すると、自分の現在位置が何となく見えてくる。

「あ~……、もう、いいや……」

 歩くのも面倒になったのか、適当な岩に座り込み、眼下の風景をボケッと見下ろす。

 目立つノーブル・ダルクに、光を反射して輝く水鏡の湖、天を衝かんばかりのセフィールの大樹。青々と見える緑の平原。

 実に平和そのものの風景だ。

「あ~ぁ……。今頃リフェルアさんは順調に作業してるんだろうなぁ……」

 種族的な違いはあれど、ヴィシュルとリフェルアは歳が近い者同士と言える。属性的には反発するものの、ヴィシュルはリフェルアに対し、憧憬・畏敬の念の類を覚える一方、ライバル視もしていた。

 お互いに一族の長たる親の元、技術を学び、研鑽し、高みを目指す。

 しかし、現実は残酷で、壁に当たることもなく、淡々と結果を出し、次の段階に登っていくリフェルアに対し、しょっちゅう壁にぶつかっては悪戦苦闘しながら這い上がるように段階を繰り上げていくヴィシュル。

 ヴィシュルが気負って華月の武器製作に名乗りを上げた事には、父であるドレンに一泡吹かせる以外にも、リフェルアに負けたくないという敵愾心もあった。

「……悔しいなぁ……」

 そして情けない、不甲斐無いとも思う。

 不朽金属類の錬成方法だけが、一族の書物に記述されていないのだ。門外不出を謳っているのか、自分で至らないといけない何かがあるのか、それすらヴィシュルには解らなかった。



 かこん、かこん――。

 陽の光が差し込む部屋で、リフェルアが機織り機を動かしていた。

「……」

 しかし、確実に織り上げていく中、リフェルアはここから先の作業をどうするか悩んでいた。

(私が体得している技術でできるのは、単純な縫製と各種防護効果の織り込みまで。……それだけじゃ足りないのよね)

 その状態では、儀礼正装は通常の高価な服と変わりない。その性質、形状が不変のものとするには何かが足りない。

(耐腐食効果の保護をする……違うわね、それでは素材の劣化は遅延できても防げない。完全な不朽効果を持たせなければ意味が無いわ。不朽金属類なんて解りやすい物も無いし。

 全く、肝心な記述が一切無いっていうのは、嫌味なのかしら?)

 やはりエルフの書物にも一番重要かつ肝心な記述が一切無かった。

(まぁ、試されているのは解っていても、気分が悪いわね)

 工房長を任されようと、いまだリフェルアも修行中の身に変わりはない。

(族長とアルヴェルラ陛下の手前、見栄を張ってあんな事を言ったけれど……早計だったかしら)

 いつに無く弱気だ。

(素材は高級品や珍品ばかり。一回の失敗が取り返しのつかない事態に発展する。

 ……確実に仕上げられるのは現在の素材だと二着が限度。三度目は無いわ)

 普通なら、ここで「一回は失敗できる」と、安心するところだろうが、リフェルアは違っていた。

(ここで失敗なんてしていたら、笑い者ね。それは面白くないわ)

 生来の性格か、リフェルアは他者に笑われるのが物凄く嫌いだった。

(……まぁ、少し考えれば族長がここにきてから仕立てた儀礼正装が存在するのだから、此処に在る素材で作れない訳が無い。そして、それらの素材のいかなる組み合わせでも、そんな効果が得られないのは、今までの経験から証明済み)

 この段階へ至るまでに、様々な素材を扱い、物品を作り出してきた。あらゆる素材の組み合わせ、効果の増幅方法、記述にあったものは元より、仮定から実証に至った組み合わせも数多い。それらの結果。

(この世に、朽ちない布は通常、存在しない。しかし、それを覆す何かが在る)

 それも、自分自身の力で如何にかなる類のものではない。

 そこに至った時、リフェルアの手がピタリと止まった。

「……なら、自分以外の力を借りればいいって話よね。だったら、カヅキを帰したのは失敗だったかしら」

 リフェルアは結論を導き出した。



 地上に出た華月は知覚域を最大限に広げ、ヴィシュルをようやく捕捉した。

「ヴェネスド山の中腹? あの短時間でこんな所まで?」

 少し疑問があったが、無視する。あの落ち込み方は傍から見ていて気の毒な位だった。早く教えられた事を伝えて実践してみたかった。

「急ぐか」

 流身系と纏身系で自身を強化。岩肌を駆け抜ける。

 途中にある高さ十メートル程の岩壁を跳躍二回で跳び越え、

 オーバーハングしている個所も、身体を捻りながらの跳躍一回で突き出している先端に両手を掛け、振り子運動と両腕の伸縮力でクリア。

 自然の造形を意にも介さない最短距離を突っ走る。

(俺が飛べれば速いんだけど、無理だしなぁ)

 地道に山の斜面を奔り抜ける。

 そのまましばらく走ると、岩に腰掛けて亡っとしているヴィシュルを発見。

「ヴィシュル!」

「……ふぇ?」

 華月が大声で呼び掛けるとそこでヴィシュルが気付き、驚く。

「え? カヅキさん?」

「ようやく着いた。あの短時間でよくこんな所まで来れるな」

「ああ……。多分抜け道を使ったんだと思います――って、そんなことより、どうしたんですか?」

「いや、ちょっと思いついた事があって、試してみたいと思ったんだ」

「……何を思いついてんです?」

「金属って、鉱石から純化する時、それぞれ温度が違うんだよな?」

「そうですね。融点が違いますから」

 鍛冶屋にしてみれば当り前の事。何を確認されているのか、ヴィシュルには解らなかった。

「仮に、不朽金属類は、通常の金属より高温度でないと完全な純化が出来ないってことは無いか?」

「……って、摂氏六千℃以上とか言うんですか?」

「具体的な数字は俺には解らないけど、その可能性は?」

 そう言われて、ヴィシュルは判り易く顔を顰めた。素人考えで口を挟まれているような不快感があったからだが、自分の固定観念をちょっと無視して考え直す。

「融点がそれ以下なのに……。

 あれ? そういえば普通の金属なら沸点になってる温度でも沸騰してなかったような……」

 ヴィシュルの鍛冶場の炉は摂氏六千℃までしか加熱できない。限界まで温度を上げて熔かした時でさえ、不朽金属類は軒並み沸騰したりはしなかった。

「……え? もしかして沸点まで加熱しないと完全に純化できないの? でも、親父だって自分の鍛冶場の炉で創ってたのに……。あの炉だってそんな高温は出せない……」

 そこで、あの鍛冶場を開くにあたって、幾つか妙な事を言われたのを思い出した。

(『俺らの鍛冶場の炉は、精々六千℃程度しか出せねぇが、使用限界温度は一万を超える。頭の片隅にでも置いとけ』)

「……え? あれ!?」

(『金属の中にゃ、一回沸点以上まで加熱しねぇと全く使いモンになんねぇってのもあるからな』)

「うわ……。解かり難いな、この助言……」

「何か納得したのか?」

「あ~……。まぁ、ちょっと……。

 でも、助燃材やらを使っても、六千℃以上の高温は出せないんですよ。どうやったものか……」

 そこで華月が火の精霊石を取り出す。

「単独で出せないなら、手伝ってもらえばいい」

「火の精霊石……。って、じょ、上級精霊のヴェルセア様にですか!?」

「駄目なのか?」

「いや、駄目というか――」

(なんて恐れ多い事をさらっと!)

 しかし、火の上級精霊に力を貸してもらえれば、六千℃程度軽々と越える高温を出す事などそう難しくは無い。

「俺からヴェルセアに話してみる。やってみる価値はあると思うけど」

「……お願い、します!」

 ヴィシュルも、一先ず達した。




[26014] 第55話 試行錯誤・下 転部11話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/05/02 21:54


 ヴィシュルの鍛冶場に戻り、早速華月はヴェルセアの召喚を始める。

「来たれ、猛く盛る紅焔の精。盟約の元、瀬木 華月が御名を唱える。

 ヴェルセア」

 華月が手にする火の精霊石が紅く輝き、炎で姿を模るヴェルセアが顕現した。以前の陽炎と違い、くっきりと鮮明に姿を現しており、ぼやけていた顔もはっきり見て取れた。

「……何だか、前より鮮明に――」

『この姿を維持しているのがカヅキ、お前だからだ。我は仮の姿をここまで密に保とうとは思わないからな。それと、他の精霊がどうだかは知らんが、事、我に関しては盟約を交わした間柄だ。堅苦しい言葉遣いは無用だと言っておく。

 それで、何用だ?』

「実は、不朽金属類の純化・鍛造に力を貸してもらおうと――」

『それは、お前が自分で武器を創るという事か?』

「え……?」

『我が盟約を交わしたのはカヅキだ。お前の為に力を貸す事は吝かでは無いが、それ以外の為に力を振るう事は出来ない』

 すぱっと切り返され、一瞬呆気に取られた華月だったが、内容を理解すると同時に反論しないといけない事に気付いた。

「最終的には俺の為になる。それでも駄目という事か?」

『……純化は手伝える範囲だ。だが、鍛造はそうはいかないな。

 それは――』

 華月を見ていたヴェルセアの顔が、ヴィシュルの方を向く。

『ドワーフの娘が、自分の資質を持って、精霊と盟約を結び、そしてその力を引き出す。そうでなければならない。

 不朽金属類を扱う段階にいるドワーフは、皆、そうしてきた』

 ヴィシュルに向けられるヴェルセアの視線は割りと厳しいものだった。

『我と盟約を結んだドワーフは数少ない。不朽金属類の純化・鍛造が目的ならば中級精霊でも辛うじて対応可能だからな。

 だが、完全完璧を目指すなら、上級精霊を盟約を結ぶ他に無い。

 ドワーフの娘、お前はどうする? カヅキの頼みならば純化程度は我が力を貸してやってもいいぞ』

 ヴェルセアの非常に挑発的な言葉。コレに対し、ヴィシュルは――。



 リフェルアが父であるフィーリアスに連れられ、セフィールの精霊顕現地に向かっていた。

「どういう風の吹きまわしですか? 突然精霊契約を結びたいと言い出すなんて」

「解っている癖に、そういう聞き方は卑怯じゃありませんか」

「おや、心外ですね。私は単に不思議に思ったから聞いているだけですよ」

 相変わらず飄々としているフィーリアス。流石に若干の苛立ちがリフェルアに募る。

「私の推論が正しければ、儀礼正装の完成には少なくても樹の精霊の力が要ります。組み合わせ的な観点から言えば、更に水の精霊の力も必要になるでしょう。

 ですから、先ず樹の精霊と盟約を交わします」

「……。

 本当に、お前は良く出来た娘ですね。父としては、嬉しくもあり、少々寂しくもありますが。

 お前の推論は当たっていますよ。そう、樹と水の精霊の力無くして、儀礼正装は完成しません。二者の力をその身を徹し伝える事で、儀礼正装は構成物との相乗効果により不変性を獲得します」

「簡単に教えてくれるのですね」

「半信半疑とはいえ、自分の力と知識のみでそこに至ったわけですから。どの道結果として現れる事を言わずに先延ばしても無意味というものです。

 それに、教えられて少し安心したのではありませんか?」

 振り返らないフィーリアス。

 会話はそこで途切れ、目的地に着くまで二人が話す事は無かった。

「さ、着きましたね」

「そうですね。

 では、族長」

「何でしょう、工房長?」

 似たような顔を向い合せ、リフェルアが若干剣呑な雰囲気を醸し出す。

「上級精霊の召喚をお願いします」

「おや、自分で精霊の存在を掴んで呼びだすつもりだと思っていたのですが」

「……非常に不本意ですが、上級精霊を呼び出すまで延々続ける徒労に費やす時間は在りません。この結論に辿りつくのがもっと早ければ話は別でしたが……」

 リフェルアがギリッと、奥歯を鳴らす。

「既に染料の調合から糸の染め上げ、生地の機織り、刺繍、様々な工程が動いています。

 素材の劣化を考えれば、ここで長く時間を取られるわけにはいきません」

「それはそうでしょうね」

 フィーリアスはリフェルアから少し離れ、両腕を広げ、ほほ笑む。

「『初めての挫折は、特大のものでなければ意味がない』」

「……」

「才気に恵まれ過ぎた私の娘、『貴女はここで一度、大きく挫けてください。そして、学んでください。己の力を過信し、突き進む事が正しいとは、限らないという事を。

 深慮遠謀に総てを把握し、使えるモノは敬意を払って使い倒し、その上で最善を尽くす事こそ――』」

「講釈は結構です、父様。

 成程、私は余程昔の父様に似ているようですね。そして、ここが『分枝点』ですか」

 リフェルアの言葉に、フィーリアスが固まる。

「父様は、ここで挫折したのですね。

 しかし、私は諦めません。深慮遠謀に不足があった事実は認め、次への糧とします。

 ですが」

 リフェルアが非常に挑発的な笑みを浮かべる。

「私は諦めません。貴方からの協力が無いというのなら、自身の力で引き出して見せようじゃありませんか」

 リフェルアが両腕を広げ、知覚域を展開。

「何の次善策も準備せず挑む程、私も自分の力を過信しているわけではありません。

 『告げる。我、神森の娘。雄大なる自然の庇護に在り、緑と共に歩む者。我が切なる呼び声に答え、現れたまえ。この世全ての緑の化身。

 精霊召喚!』」

 リフェルアの展開した知覚域は顕現場所を覆い、その空間にリフェルアの意志を透徹した。

「……精霊記述書まで読み込んでいましたか。やれやれ、私よりも厄介な子ですね」

 フィーリアスは呆れたように苦笑した。

(私より才気に溢れている。先が楽しみであり、怖くもありますね)

 リフェルアの『声』は確かに、精霊に届いた。

 周囲から蔦がはい出し、リフェルアの眼前に集い、形作っていく。

『大声で騒ぐのは、誰か?』

「静寂を乱したこと、謝罪申し上げます」

 現れた精霊に対し、リフェルアは恭しく頭を下げる。

『ん? フィーリア――。違うな、フィーリアスの血族の者か』

「私の娘ですよ」

『フィーリアスの娘? 随分お前に良く似た娘だな』

「まぁ、そうですね。実に良く似ました」

『ふ、皮肉に皮肉で返すとはな。お前も変わらず良い性格をしている。

 して、娘よ。私を呼び出し、名乗りもしないのか?』

 リフェルアは顔を上げ、名乗りを上げる。

「申し遅れました。私、フィーリアス=ラ=セフィールが娘、リフェルア=セフィールと申します」

『私はシュリゼリア。樹の上級精霊だ。向こう側に私の格を呼び出す声が聞こえたからな。

 それで? 私を呼び出した用件は何だ?』

 リフェルアは真正面からシュリゼリアを見ながら告げる。

「私と、精霊契約を交わしていただきたく」

『何故?』

「とある竜騎士の、儀礼正装を完成させる為に。そして、私自身の向上の為に」

『……。

 どちらも本音であり、どちらも建前か。抜け目が無いな。

 いいだろう。だが、私の力に耐えられるだけの器量があるか?』

「私は、フィーリアスの娘。父に出来た事が、私に出来ない筈がありません」

 傲慢ともいえる回答。だが、シュリゼリアは怒る素振りも無い。

『本当に良く似ているな。解った。ならば、耐えて見せろ』

 苦笑しながら、シュリゼリアは蔦でリフェルアを拘束する。そして、力を叩き込んだ。



「ならば、私と精霊契約を交わしてください!」

『小娘、粋がるなよ?』

「いずれは通る道ならば、今、ここで通ります! これ以上足踏みしているなんて!」

「ヴィシュル……?」

『……娘、名は?』

「ヴィシュル=アーズと申します」

 そこで、ヴェルセアは苦笑する。

『ドレンの娘か。

 事情は何となく察した。いいだろう。我の力、くれてやる』

 ヴェルセアはヴィシュルの頭を掴むと、自分の力を叩き込んだ。





[26014] 第56話 周囲の進捗 転部12話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/06/04 00:08


 自らの内へと暴力的に浸透してくる精霊の力。

「……くっ、くぅっ……」

 小さく呻き声を上げてしまう。

『まぁ、これが正しい反応か』

「そうですね。カヅキ君は例外でしょう」

 リフェルアを眺めながら、シュリゼリアとフィーリアスは淡々と会話していた。

『あの見習い、六属性総ての上級精霊から精霊石を享け切ったな』

「おや、随分早いですね」

『歴代の最短記録更新だ』

「では、リフェルアも負けてはいられませんね」

(……好き放題、言ってくれるわね……。しかし、予想以上に……これは、辛い……っ!)

 自分の中に異物が入り込んでくる。その凄まじい感覚に普通の反応を返すわけにもいかない。

「リーフェ、カヅキ君は見事に乗り越えているのですよ。それと、自分で言っていた事ですが、あまり余裕はありませんよ」

「……言われる、までも……ありませんっ!」

 リフェルアは自分の意識で作っていた壁を総て取り払い、自意識にのみ集中する。身体の総てに一気に『力』を徹し、満たす。

『……ほぅ』

 シュリゼリアが感嘆の声を漏らす。

 そして、違和感が無くなり、馴染んだ所で一気に圧縮。

「これで、どうで――けほっ!」

 咳き込むと、深緑の結晶が口から飛び出した。

『私の力、確かに渡した。これで契約は成った』

 シュリゼリアは蔦を解くと、去って行った。

「……本当に、良く出来た娘ですよ」

 蔦の拘束が解かれ、脱力したリフェルアをフィーリアスが抱きあげる。当然、精霊石はその前に回収している。

「私の引退も、近づいて来ましたね」

 フィーリアスはリフェルアをそのまま運んで行った。



 しゃがみこみ。両腕で自分を抱き、必死に精霊の力を享けようとするヴィシュル。その顔には苦悶の表情が浮かんでいた。

『……この程度か?』

「……」

 ヴェルセアはどこか失望したような響きの声を発した。

 ヴィシュルの身体から時折、炎が漏れ出て噴き上がる。

『やはり、半人前にはまだ早すぎたようだな。

 諦めろ。そのまま無理をすれば焼け死ぬだけだ。カヅキと違い、小娘、お前は不死ではない』

「……半人前……じゃ、無い……!」

 ヴィシュルが、立ち上がる。

「私は……絶対、半人前なんかじゃ……無い!」

 キッ! と、ヴェルセアを睨み返し、言い放つ。

 ヴィシュルの内部で変化が起こる。湧き上がった怒りの感情に、ヴェルセアの力が絡み付き、一体と成って行く。

 それはすぐさまヴィシュルの全身を駆け巡り、一点で凝縮された。

「……あ……え?」

『アーズ一族の長たる者は、やはりこうでなければな』

 からかう様に笑い、ヴィシュルの頭を撫でると、

『契約は成った。何時でも呼び出すがいい』

 ヴェルセアは去った。

「……はひゅぅ……」

 口から精霊石を零れさせ、半透明の何かもはみ出させながら、ヴィシュルは前のめりに倒れ込んできた。

「おっと」

 精霊石を掴み、ヴィシュルを抱きとめ、華月は一息つく。

「頑張ったな」

「……まぁ、及第点だ」

「ドレン頭領?」

 入口からドレンが現れた。

「冷や冷やさせやがって、この馬鹿娘は。火の属性がどの感情に対応してんのか考えりゃ、直ぐに対応出来たモンを」

「……え?」

「あ? 火の力は怒りの感情で絡め取んだよ。テメェもそうしたんだろうが?」

「あ、いや……普通に――」

「……ああ゛? 普通に享け入れたってか? これだから出来の良いヤツはイケ好かねぇ……。

 ヴィシュルと精霊石を寄越しな。そのザマじゃ明日一杯起きやしねぇ。テメェも帰りな」

「あ、ああ……」

 華月からヴィシュルと精霊石を受け取ると、ドレンはそのままヴィシュルを運んで行った。残された華月も城へ帰る事にした。



 城に戻った華月は、魔力遮断室でディーネに言われていた事を実践し、魔法発動までの時間短縮と練度向上に励んだ。

「……こりゃ、予想以上にキツいな」

 変性式から魔力を魔法に変換可能にし、詠唱で変性陣に変換済みの魔力を通し、魔法として現象化する。

 人間はこの三ステップを間違いなくスムーズに行う事で魔法を使う。

 対し、神魔種、竜種や精霊種は意識するだけ、一ステップで魔法を使う。この違いは大きい。

「他の竜騎士に教わった方が速いんじゃないか?」

 同じ原理で魔法を扱う者に師事してもらった方が成果が上がるような気がしてきた華月だった。

「まぁ、そうは言っても、どの道コレは避けられない工程か」

 これらの一連の動きを淀みなく行えるようになっていなければ、どの道そこから先に進む意味は薄れる。いかに多種多様の魔法を覚えようと、その使用速度が並以下では戦闘時に使い物にならない。これは武器術にも入れる事だが。

「まぁ、練習あるのみ」

(……しかし、この工程を一々やっていたら埒が明かないのも確かなんだよなぁ。何か巧い方法が無いもんか?)

 華月はこの魔法の使い方が効率的だとは考えていなかった。

(変性式による魔力編纂と変性陣による魔法変換が絶対条件なんだよな。

 ……だったら、前もってこの二つを準備しておけばいいんじゃ?)

 試しに、分割意識体の二つにそれらをそれぞれ準備させる。そしていつでも使えるように待機。

 それから魔力を練り上げつつ、使用魔法を決定しておき、一気にその二つを連動させる。

「ダーク・ジャベリン!」

 この部屋の効果で魔法として発現はしなかったものの、確かに今までより速い速度で展開できた。

「やっぱり応用の問題か。でも、これじゃ分割意識体が最低二つ埋まる事になるのか。ん~……あんまり巧い手とは言えないか」

 しかしこれも成果の一つ。華月は頭の片隅に置いておく事にした。

「さて、単純に反復練習の続きをするか」

 こうなったらまずは、一瞬で必要量の魔力を練り上げられるようになろうと修練を再開した。



 いつもの執務室では無く、アルヴェルラは城のテラスで一息入れていた。

「……。

 ヴァーナティスか。どうした?」

「コルニア監督官から連絡がありました。結界外縁部に魔族が一名現れ、陛下への御目通りを要請しているとの事です」

 漆黒のストレートセミロングを姫カットにしている紫の眼をしたテレジアと同じ意匠の服を着た竜が、アルヴェルラの影から現れた。

「礼儀正しい魔族がいたものだな。名は名乗っていたか?」

 怪訝そうなアルヴェルラ。それも仕方ないだろう。大抵の魔族はこんな手順を踏んで現れる事が殆ど無い。

「はい。報告によればトキワ ユズルハと名乗っていると」

 名を聞き、アルヴェルラは手にしていたティーカップをソーサーの上に戻した。片目を瞑り、微笑する。

「ユヅルハで間違い無いのか?」

「少なくとも、偽名で無い限りは」

「珍客も珍客だな。

 ……通してかまわん。なんなら監視の一人か二人付けてもあいつなら文句は言わないだろう。その辺りはお前たちに任せる」

「はい。では、その様に」

 ヴァーナティスと呼ばれた竜はそのままアルヴェルラの影に溶けていった。

「この時期にユヅルハが来るとは……。

 さぁて、ついに魔族側にも動きがあったという事か?」

 アルヴェルラは立ち上がると、華月の存在を探った。

「魔力遮断室か。ディーネに何か吹き込まれたな」

 特殊な一室に華月が籠っていると解ると、誰の差し金かも見えてしまう。

 魔力遮断室には一気に影の中を潜って移動する事が出来ない。少なくても魔力の作用を応用しての技能で、自分と繋がりのある者の影へ自分を転送するというこの能力は、他の竜族にはない闇黒竜族のみの完全な固有技能で生来の技能だ。

「……歩くか」

 カッカッ。と、ヒールの音を立てながら、アルヴェルラは歩き出した。



 数十分後、謁見の間に帯剣し、それなりの格好をさせた華月を脇に侍らせたアルヴェルラが玉座についてその時を待っていた。

「……何も教えられずに連れられたわけだけど、誰が来るんだ?」

「魔族の将の一人、紅蒼刀(くれないそうとう)の魔刀士だ」

「くれないそうとう? 紅い剣を二本持っているのか?」

「字が違っているな。紅と蒼の二振りの、カタナという刀剣を振るう二刀流の剣士だ」

「刀? この世界にもあるのか?」

「ああ。刀匠と言うんだったか? 何人かこの世界に現れた事がある。彼らが鍛造法を残していたからな。ドワーフは元より人間にも打てるぞ。原本と同じかどうかは知らんがな」

 そんな会話をしていると、大扉の向こうから大声が聞こえてきた。

「魔王軍第三師団大将、トキワ ユヅルハ! 拝謁を請う!!」

「入れろ」

 アルヴェルラの合図で大扉が開かれる。

(トキワ ユヅルハ!? まさか、先輩!?)

 華月が名乗られた名に驚いていると、大扉が完全に開ききり、一人で堂々と歩んでくる者が華月の眼に入った。

 黒赫の頭髪に、左眼は赫、抜けるような白肌にそのコントラストは鮮やか過ぎた。服は外套の陰で見えないが、羽織っている外套も黒地に鮮やかな紅のファイヤーパターンを描いているような派手なものだ。

 所定の位置で立ち止まり、バッ! と、外套を広げ、片膝立ちになって首を垂れる。

「この度は突然の訪問、並び拝謁に快く許可を頂きました事、感謝申し上げます」

「気にするな。お前たちの中では丁寧な訪問だったからな。

 それで、何用だ? 説明する気があるなら、顔を上げろ」

「はい、失礼します」

 アルヴェルラに言われた通りにユヅルハは顔を上げる。ようやくはっきりと顔を見た華月は思わず声を出しそうになる。

(……先輩! 間違いない、あの顔は弓弦葉先輩だ!)

「本日は、闇黒竜族の方々に無礼を承知で要請したい議があり、参上いたしました。

 つきましては、最後までお聞きくださいますよう重ねてお願い申し上げます」

「……聞こう。話せ」

「今回、我ら魔王軍が人間の国々を攻めるに当たり、闇黒竜族――ひいては竜種全体に人間への助力をご遠慮願いたく」

「なんだ、そんな事か」

 拍子抜けした様子のアルヴェルラに、逆に驚く弓弦葉。

「いや、てっきり竜族にも宣戦布告に来たのかと思ったんだが」

「し、しかし、確か人類種とは盟約が――」

「ああ、後数週間で失効する盟約があるな。連中が覚えているかどうかは知らんが。

 だから、魔王軍には後数週間待ってもらいたい。それを過ぎれば、我らどころかお前たちの望み通り、竜種全体が自身や世界に影響が無ければ手出しせん」

「……ご助言、有り難く頂戴いたします。我らが主にご報告いたします。

 では、闇黒竜族は魔王軍とは不可侵を約束してくれたと、そう解釈して問題在りませんか?」

「ああ。期限と、規模の制限付きだがな。そこを違えなければ我ら、ダークネス・ドラゴンは魔王軍と戦闘行為の一切を行わないと約束しよう」

 アルヴェルラが笑顔で約束する。

「それで、直ぐ帰るのか?」

「いえ、アーズ一族の頭領に用事が少々あります。しばらくの滞在を許可していただけますか?」

「ああ。好きにしろ。お前にも馴染みの深い土地の一つだろう? 此処は」

「感謝します」

「そうだ。ついでにカヅキを連れて行け。アーズの洞窟は昔と少々違っているからな。案内役だ」

 華月はアルヴェルラに指示される前に動き出し、弓弦葉に近づいていく。近くになるにつれ、弓弦葉にも解ったようだ。

「……華月?」

「……話は後で」

「解った。

 では、アルヴェルラ女皇陛下、失礼いたします」

「また後で会おう」

 弓弦葉は立ち上がると、先に歩きだした華月の後について謁見の間を辞した。





[26014] 第57話 弓弦葉の用事 転部13話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/07/17 01:36


 城から出ようとすると、出入り口にヴァーナティスが佇んでいた。

「失礼ですが、其方の魔族の完全自由を許すわけには参りませんので、僭越ながら私が監視役として同行させていただきます」

「ああ、好きにしてくれ。俺は構わない。寧ろ、放置されては居心地が悪い」

 弓弦葉は鷹揚に答えた。

「カヅキ様も、構いませんね?」

「……え? あ、先輩が良いって言うなら、俺は別に」

「では、改めまして。

 本日只今より、しばらくの間行動を共にさせていただきます。女皇付侍従四番、ヴァーナティス=ヴィオレットと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 スカートを両手で持ち上げ、一礼。

「それで、これからどちらへ?」

「アーズの鍛冶場だ。所用があってな」

「左様ですか。では、ヴェネスド山までは私が先導いたします。転移門を使用しましょう」

「頼む」

 ヴァーナティスはささっと場を纏めると、踵を返して歩き出した。二人も後について歩き出す。

「……先輩、失踪したって聞いてたんですが、この世界に来てたんですね」

「向こうでは失踪扱いか。

 華月、お前がこの世界に来る前まででいい。俺が失踪してからどのくらい経っていた?」

「半年ぐらいですよ。先輩だって、そんなに老けてはいないし、あんまり長い時間こっちに居る訳じゃないんでしょう?」

「……老けていない、か……」

 華月に言葉に苦笑する弓弦葉。どことなく、老成した雰囲気がある。

「華月、俺は昔の俺と変わっていないか?」

「え? 見た目とか、喋りとか、そりゃ変ってますけど……」

「俺がこの世界に来てから、何年の月日が流れたと思う?」

 華月には弓弦葉の質問の意図が解らなかった。

「向こうと同じで、半年ぐらいじゃないんですか?」

「だったら、良かったんだがな……。

 俺がこの世界に迷い込んで、この世界の時間で六百年が過ぎた」

「……え? そんな……」

「向こうとは、流れ方が違うんだろうな」

「いや、だったら、なんで先輩、歳取って無いんですか?」

「取っているさ。

 魔族として、な」

 弓弦葉がそこまで答えた時、三人は転移門へ着いた。

「お話は、一旦そこまでにしていてください。

 転移門を起動します」

 ヴァーナティスが転移門の柱を指でなぞって紋様を印す。

 転移門は印された紋様により転移先を変える。今回はヴェネスド山の麓へ移動する紋様だ。

「さ、行きましょう。

 カヅキ様、最初に。ユヅルハ様、その後に。私は最後に」

「ああ」

「解りました」

 指示された順番で転移門をくぐり、一気にヴェネスド山の麓に移動する。

「ふぅ、懐かしいな」

「先輩、ここに来たことが?」

「ああ……百年ぐらい昔にな。ダーラス頭領には世話になった」

「ドレン頭領の先代ですね。彼は実に腕の良い鍛冶師でした」

 話を聞いていたヴァーナティスが補足する。どこか昔を懐かしむような顔で。

「過去形ということは、もう亡くなったのか?」

「はい。今からですと、八十五年ほど前になりますね」

「智華と琉獅華を打って貰ってから、そう間を置かずに亡くなられていたか」

「最後の十数年は一切鎚を握りませんでした。もしかすると、貴方の双刀が最後の作品かもしれませんね」

 喋りながらも淀み無く進んでいくヴァーナティス。その身のこなしは見事で、ただ歩いているだけだというのに、テレジア同様に長年体術を収めてきていることが窺えた。

「まぁ、その辺りはどうでもいいことですね。

 当代はドレン殿です。先代に跡目を譲られた彼に出来ない事は、アーズの誰にも出来ません」

「ああ、今はあのドレンが頭領か。まぁ、そう難しい事を頼みに来たわけではない」

 そう言って両手でそれぞれの刀の柄を撫でる。

「さて。では、ここから先はカヅキ様にお任せします」

 三人の前に、大きな洞窟があった。



 いつもの手順で内部に入った三人は、華月の先導でドレンの鍛冶場に向かった。

 鍛冶場に入ると華月を一瞥したドレンが不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「……何の用だ? あ?」

「用事があるのは俺じゃない。先輩だ」

「は?」

「久しいな、ドレン」

「あ……ユヅル、ハ……さん?」

 華月の後ろから弓弦葉が現れる。ドレンは思いがけない相手との再会に、言葉を詰まらせる。

「お前に――。アーズ流鍛冶師の頭領に依頼がある。受けてくれるか?」

「……相手がユヅルハさんでも、内容によるな。俺は――」

「『半端な仕事は受けないし、やらない』 だったな、ダーラス頭領の教え。

 依頼は、こいつらの手入れだ」

 弓弦葉は軽く笑うと、腰に佩いていた双刀を鞘ごと引き抜き、ドレンの前に差し出す。

「……そいつぁ、『智華(ともか)』と『琉獅華(りゅしか)』か……。

 ちっ……。断るわけにゃ、いかねぇな。

 ああ、受けた。引き受けた」

 後ろ頭を掻きながら、面倒臭そうに言った。

「お前らも久しぶりだな。俺を斬ってくれんなよ」

 ドレンは双刀に語りかけると、両手でそれぞれの鯉口を切り、鍔に指を引っ掛けて鞘を床に落とす。

 カラカラと乾いた音を立てて鞘が転がる。

「鞘は作り直しだな。音が歪んでやがる。

 ちゃんと血糊とか処理してから戻してなかったな?」

「……時々、な」

「この手の鞘は一品物だって知ってたろ?」

「そう言われると返す言葉がないな」

 弓弦葉の顔が少し硬くなる。

「まぁ、どの道寿命も近いから、作り直すつもりだったけどよ。ケイスラー材は火入れから百年ぐらいで砕け始める。表面は上薬で誤魔化しても、中はどうしようもねぇ」

 説明しながら刀をくるんと器用に取り回し、半回転。素手で刀身を掴む。普通なら両手に裂傷を負う所だが、ドレンは傷一つ負っていない。

 床と水平にし、切り刃を見る。

「大きな欠けや綻び、歪もパッと見はねぇな。不朽金属製の武具とやりあったりは?」

「希少金属製の武具は両断したりした。不朽金属製のものは無いな」

「……何を切ったんだ?」

「聖剣ライト・オブ・セントリー」

「……因縁のアレか。ま、あの程度のモンに親父の打ったこいつ等が負ける訳はねぇか」

 そのまましばらく刀身を点検する。

「よろしく頼む。俺には消耗部品の交換も出来ないからな」

「ああ。迂闊に弄りやがったら、むしろ許さねぇぞ」

 今度はテーブルに置いて両方の目釘を抜くと、刀身と柄を分離し、それぞれ点検を始めた。

「最長で一週間だ。それまで好きにしててくれ」

「解った」

「それと、小僧。しばらくここに来るんじゃねぇぞ」

「は? それは――」

「数日後からしばらく、ヴィシュルは極限の集中を余儀なくされんだよ。邪魔すんじゃねぇって言ってんだ。

 ついでにフィーリアスの野郎にロッキンの皮と四号デルラン糸の一メートル六十本束を俺の名前で頼んどけ。こいつ等の取り敢えずの交換品だ。柄がイカレかけてんだよ」

 華月の方を一切見ずに、言い放つ。

「解った。依頼するだけでいいんだな?」

「ああ。そろそろ定期の物品交換時期だからな。その時に纏めてやりとりする。

 ユヅルハさん、支払いは?」

「金か宝石でいいか?」

「そっちの方が有り難い。下手な通貨なんざ出されても困るからな」

「先輩、この後どうします? 俺はセフィールの方に行きますけど」

「同行しよう。俺の用事はこれだけだからな。

 邪魔したな、ドレン」

 二人がドレンの鍛冶場から出ると、出入り口の脇で佇んでいたヴァーナティスが顔を向ける。

「用事は済みましたか?」

「ああ。次に行く」

 三人は来た道を引き返し、今度はセフィールの大樹へと向かった。





[26014] 第58話 発注完了、依頼完了 転部14話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9f75de
Date: 2012/08/18 22:37


 さらさらと注文を書き留めると、フィーリアスは華月に微笑みかける。

「はい、確かに承りました。こちらの品はドレン頭領に渡しておきますね」

「宜しくお願いします。

 あ、ところでリフェルアは?」

「……あの子は、ちょっと手が離せない状態でして。何か御用ですか?」

「あ、その……これを――」

 華月はポーチから精霊石を六つ、取り出した。

「ああ、精霊石ですか。

 私でよろしければ、預かりますが?」

「お願いします」

「はい。こちらも確かに預かりました。

 さて。と、すると……残りは闇黒竜の飛翼の一部ですね」

「え!? これで最後じゃないんですか?」

 華月が聞き返すと、フィーリアスは首を傾げる。

「おや? 聞いていませんか……。

 儀礼正装の外套は、主の飛翼の一部を加工して作るのです」

「……ヴェルラの翼を斬って来いと?」

「そうですね」

 さらり。と、フィーリアスが軽い口調でエライ事を言った。

「まぁ、ドラゴンの飛翼を斬れる刃物が手元にあれば。ですがね。こればっかりは自分の武器が仕上がるのを待つしかないのが普通ですが。

 いくら自分の騎士の為とは言え、他の者に翼を斬られるのは竜種の自尊心が許しませんしね。ヴィシュルちゃんがしっかり武器を創り上げてから、アルヴェルラ陛下にお願いしてください」

 いつもの笑顔で締めくくる。

「解りました。その日まで武器の練習をもっとしておきます」

「そうしてください。巧く斬れば、そんなに痛くないらしいですから」

 そういう問題ではない気がして仕方なかった華月だったが、突っ込んでもフィーリアスには簡単に返されてしまうだろうという事が手に取る様に解るので、何も言わなかった。

「それじゃぁ、これで失礼します」

「はい。後の事は任せてください」

 笑顔でひらひらと手を振るフィーリアスに一礼し、華月は退室。

「あのっ、お帰りになるなら出口までご案内させていただきます!」

「ん?」

 華月の脇に、一人のエルフが居た。

「えっと、君は……」

「申し遅れました、フィーリアス=ラ=セフィールが子、リフィル=セフィールです。

 この間はありがとうございました!」

 良く見ればそのエルフはフィーリアス、リフェルアに似ていた。

「フィーリアスさんの子……リフェルアとは――」

「姉弟です。リフェルアは姉、僕は弟になります」

 やけに華月に向ける視線が、眼が輝いている。

 華月は記憶を浚って、どこかで会ったかを思い出そうとしていた。

(……あ、D・ウルフに追われてた一団に居たっけ)

「そうか。それじゃ、悪いけど出口まで連れてってくれるかな」

「はい!」

(……。ってことは、これは尊敬とか憧憬とか、その手の眼差しってことか……。居心地が悪いな)

 そんな眼で見られた経験が無い華月は、リフィルの眼差しが物凄くむず痒く、いたたまれない気分になる。

 リフィルに先導を任せ、華月はその後をついていく。

 弓弦葉とヴァーナティスはセフィールの大樹の外で休憩している。もしかすると昼寝しているかもしれない。



 ゆったり吹き抜けるそよ風を浴びながら、木陰で幹に体重を預け、弓弦葉が座り込んで眼を閉じている。

(こうしていると、あの頃を思い出すな)

 脳裏に過るのは、ある少女達の笑顔。凛々しく澄ました笑顔の金髪の少女、人懐っこく笑う黒髪の少女、何か企む人の悪い笑いを浮かべる茶髪の少女、自信に溢れ、他者を魅了する笑顔の銀髪の少女。

 いずれも、もう観る事の叶わない情景。今生きていると言えるのは、たった一人。

 それらを乗り越え、弓弦葉は今、此処に居る。

 眼を開き、周りを見直す。

 深い緑が茂り、生命に充ち満ちている。あらゆる意味で均整のとれた自然環境を残す闇黒竜族の国。

 普段、自分が動きまわる土地とはまさに天地の差がある。

「何を思想に耽っているのですか?」

「いや、大した事じゃない。

 ――此処は、素晴らしい。そう思っていただけだ」

「左様ですか。

 一つ、不躾な質問をしてもよろしいでしょうか」

「内容に依るな。

 聞こう、言ってみてくれ」

 ヴァーナティスが思考の読めない顔で弓弦葉に問う。

「貴方は、本当に『あの』《紅蒼刀》――万人殺しのユヅルハなのですか?」

「……。

 古い、呼び名だな」

 弓弦葉の顔が少し渋くなる。

「ああ、確かに俺は、万人殺しのユヅルハ。魔将軍《紅蒼刀》、常盤 弓弦葉だ。

 復讐心に駆り立てられ、破壊を振り撒く闘争に明け暮れ、無関係の人間を殺し続けた、愚かな魔族の成れの果てだ。既にあらゆる毒気が抜けた、力だけが残った抜け殻だ」

 自虐的な台詞が連なる。

「……。最早、『あの』ユヅルハは居ないという事ですか」

「ああ、居ない。今回の魔王には借りがあるから、働いているだけだ。こんな使い走りみたいな事だがな」

「それを聞いて安心しました。

 貴方が素晴らしいと言った此処が、戦火に巻かれる事は無いでしょうから」

「魔王も無闇に総てを破壊するつもりは無いらしいからな。人類種を始末できればいいらしい」

 何かを感じ取ったらしい弓弦葉が立ち上がる。

「さて、お喋りはここまでだ。華月が帰ってきた」

 出入り口からリフィルに連れられた華月が出てきた。

「お待たせしました」

「いいや、久しぶりにこれだけの自然を感じられた。もう少し長引いていても構わないくらいだ」

「そうですか。

 リフィル、ありがとう。リフェルアによろしく言っておいてくれ」

「はい! それじゃ失礼します」

 リフィルはぺこりと一礼すると大樹の中へ戻って行った。

「これで用事も一段落したんですけど――」

「そうか。

 ……華月はこれからどうするんだ?」

「ノーブル・ダルクに戻って、魔法か剣の練習でもと思ってたんですけど」

「剣の練習なら付き合ってやるぞ。今でこそ二刀流だが、一刀のみの時期もそれなりに長かったからな、お前に合わせてやれる」

 思いもよらない弓弦葉の提案。華月は一瞬躊躇ったが、頼む事にする。

「それじゃ、お願いします」

「ああ。初めは手加減してやる」

「ならば、私は審判と、防御壁を担当しましょう。全力で殺り合ってくださって構いませんよ」

 女皇付侍従の特徴なのだろうか。所々意味が違っている台詞を吐くのは。

「それじゃ、戻りましょうか」

 華月の一言で三名はノーブル・ダルクまで引き返した。



 毎度毎度クレーター状に凹まされたり砕かれたりと散々な扱いをうけている修練場が完璧に修復されていた。

 それどころか、石造りの舞台まで作られており、スケールアップしていた。

「総纒役も奮発しましたね。ここでは産出量の少ないアルテーセ石の岩塊をこんなに使うとは」

 舞台上に跳躍一回で降り立ったヴァーナティスは、右足で舞台を蹴る。硬質な石材らしく、カツンカツンと密度の高い何かを蹴る音が反響する。

「……ふむ、一級品ですね。

 さて、魔法付与は――」

 広げられたヴァーナティスの両手から魔力が放たれると、石造りの舞台が発光し出した。

「――成程。概ね把握しました。

 いつでも始められるようです。始めるなら、位置についてください」

 華月と弓弦葉は視線で合図を交わすと、舞台に登り対峙した。

「今、武器が無いから、先ずは素手でいいか?」

「ええ、そうしましょう」

「では、物理防御力場を展開します。次いで魔力防御力場を展開します。

 ……これで好きに暴れてくれて構いません」

 ヴァーナティスの言葉に、華月と弓弦葉は頷き、構え、両者同時に駆け出した。





[26014] 第59話 華月V.S弓弦葉 転部15話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:7baa69c8
Date: 2013/01/02 02:42
 両者の動きを見比べながら、ヴァーナティスは改めて華月の異様さに怖気が走った。冷や汗が一筋流れる。

(ユヅルハ様の動きはあれらの名に恥じぬほど見事です。……が、それに劣らないカヅキ様の近接戦の動作。総纒役はどれだけの密度で訓練をしたのでしょう)

 訓練期間との釣り合いが取れない程の動きを見せる華月。

 弓弦葉の右ストレートを自身の左腕を立て、引きながらいなし、自動的に右半身が前に出るのを利用し、更に腰を入れ、右の掌底を打ち出す。

 弓弦葉は右半身をもっと押し出し、左脇腹に掠らせるだけで掌底を回避した。

(掠っただけで、抉られそうな威力か。これで本気じゃないというのも……)

 お互いに本気など出していない事が解っている。

 だが、テレジアとトレイアの訓練により華月の白兵近接戦の地力は底上げされた揚句下駄を履かされている。

 元々人間だったという点で二人は共通する点を持つが、それぞれ辿った経緯が違う。

 片や数百年を魔族と化して生き抜いた字持ちの凶状付き。

 片や召喚直後に死に掛けて竜騎士化した半人前の竜騎士。

 どちらも能力の上限が高いが、強いて言えば華月の能力値の方が高い。

 だが、その能力差すら、弓弦葉には問題にはならなかった。

 攻防を続けながら弓弦葉が呟く。

「華月、少しキツイのが行くぞ」

「……!」

「独ツ月――」

 華月の右ストレートを左腕で下から跳ね上げ、そのまま身体を回転させ左手に遠心力を伴って華月の左脇腹目掛け手刀として打ち放つ。

 華月は跳ね上げられた右腕のせいで重心が後ろに行きかけていたが、何とか踏みとどまって打ち出された手刀を左肘と左膝で挟み込んで止めた。当然、弓弦葉の左手を叩き潰すつもりで打ち込んでいる。

「この程度は『見える』か」

「当然です!」

「そうか。

 ――伝播」

 弓弦葉が軽く――本当に軽くとしか見えない動きで左足を踏み込むと、華月の左膝が弓弦葉の左手から急速に離れ、地面に叩きつけられた。

「っ!?」

「まぁ、所謂発勁というやつだ」

 体勢を強制されれた華月に、弓弦葉の三連撃が襲い掛かる。

 右の掬い上げるような蹴りで宙に浮かされ、空中で跳び膝蹴り。そして縦回転後の踵落としで下へ。

「ぐっ……イッテェ……」

「それなりに効いたか?」

 悠々と着地し、腕組みで華月に声を掛ける弓弦葉。そこには焦りも何も無く、平然と変わらない。

「ただの学生が短期間でここまでになれば十分だろう。華月、お前はそれなりに強い」

「はは。そりゃ、どうも……。

 でもね、先輩……」

 ゆらっと起き上がった華月は、全身に魔力を纏う。

「それなりに強い程度じゃ、全っ然、足りないんですよ!

 魔力を使ってやりましょう、竜楯!」

「ふ、若いな。

 いいだろう、魔鎧(まがい)」

「「同時に流身系」」

 双方、内外の魔力を制御する。ここからの戦闘は総てが高速高威力となる。

「魔力作用の技も在りか?」

「お好きにどうぞ」

「なら、幾つか俺の業を見せてやろう。一般には何やら秘拳と言われている」

 弓弦葉が大きく華月との距離を取り、両の肘から先に魔力を強く集中させる。

「先ず、断って置く。命名は俺じゃない。

それでは、拳撃中心の地上コンボだ。

火炎(かえん)」

 弓弦葉の両腕に赤い炎が燃え上がる。

「緋焔(ひえん)」

 赤みが増し、鮮やかな緋色になる。

「赫焰(あかいほむら)」

 腕に燈る炎は緋を通り越し、形容し難い悍ましい赫炎(あかいほのお)と化す。

「灯宴(ひえん)――」

 瞬間移動としか言いようの無い動きで華月の前に弓弦葉が現れる。

「楼蘭焰舞(ろうらんえんぶ)」

 次の瞬間から、華月の意識は途切れた。

 炎を纏った拳撃肘打掌底手刀の乱舞劇。

 腹顎額眉間脳天首肩腕背中――。

 前後左右に細かく移動しながら弓弦葉は華月の腰から上の人体急所を滅多打ちにする。両腕に灯る焔の作用で打撃の当たった個所が瞬間的に燃え、焦げ付く。

 正に乱打。

 そして――。

「そこまでです」

 ヴァーナティスが割って入った。弓弦葉の右腕を掴む。

 弓弦葉は最後の決め――フィニッシュ・ブローを放つ所を止められた。

「貴方の灯宴・楼蘭焰舞の最後は、特大の炸裂拳打とお聞きしています。意識を無くしているカヅキ様にそこまでする必要はないと判断いたします」

「……そうだな。久々に楽しみ過ぎた。

 華月、起きろ」

 弓弦葉は赫炎を消し、少しだけ魔力を込めたデコピンを放つ。

「――うぃっ!?」

 それで華月が意識を取り戻す。

「あ……先輩? 俺は――」

「俺の業の途中で意識を飛ばしたんだ。まぁ、今のは所謂初見殺しだからな。初見でこれを受け切れる奴はそうそう居ない。少し試してみたんだが、やっぱり経験が足りないな」

 弓弦葉が纏っていた魔力も霧散させ、一旦戦闘状態を解除した。

「今の動き、一つ一つ見せてやる。少しは勉強になるだろ」

「お願いします!」




 その後も延々と華月と弓弦葉の攻防は続く。

(……これは、飽きますね)

 ヴァーナティスはこの風景に飽き始めていた。

(何かないものですか……ん?)

 ヴァーナティスは舞台の端で動く何かに気が付いた。

(あれは――?)

 動いている何かはフェリシアだった。

(フェリシア様……? そんな所で一体何を――)

 ヴァーナティスが疑問に思った瞬間、舞台に異変が起こった。

「なっ!?」

「うん?」

 華月と弓弦葉の動きが極端に遅くなった。声にも顔にも出さないが、ヴァーナティスの身体にも異常が感じられる。

「ヴァーナティス、これは『グラヴィトン』か?」

「……そのようです」

 弓弦葉の質問にヴァーナティスが答える。

 舞台全面に魔法効果『グラヴィトン』が作用し、舞台上に居る三人の自重がそれぞれ通常の四十倍ほどになっていた。軟な足元だと重さに耐えきれずに罅割れて陥没しかねない重量だ。

「お前が小細工した様子は無かったな。と、いうことは他の誰かか」

 弓弦葉が増加した自重を無視し、またも舞台の外に瞬間移動したように見える速度で現れ、フェリシアの首根っこを掴んで釣り上げていた。

「お嬢さん、中々味な真似をしてくれるな」

「あ、あはは……気づいた?」

「これでも魔将軍の職にいるものでね。気配遮断も出来ないような奴を見つけることなど造作もない。そもそもこの程度でどうにかなるほど軟ではない。

 が、俺とヴァーナティスはまだしも、華月にこれは厳しいだろう」

 相変わらずの余裕でフェリシアを窘めると、華月に視線を送る。

「お、重……い」

 突然増加した自重に華月の身体が悲鳴を上げていた。腕は上がらないし、足は踏み出せない。頭を支える首は折れそうになり、背骨と腰も厳しい。

「華月、流身系の循環圧を上げろ。内循環を強化すればその程度のグラヴィトンは相殺できる。竜騎士の肉体なら魔族である俺以上の循環圧にも悠々と耐えられるはずだ」

 流身系の魔力内部循環圧力は通常それほど高くない。循環圧を上げれば循環する魔力の量も増える。あまりに循環圧を上げ過ぎると強化を通り越して魔力暴走により自己崩壊しかねないからだ。

 魔族の肉体も容量は大きいが、それでも調子に乗って循環圧を上げると末端から崩壊する危険性がある。

 この地上で流身系の循環圧に対する耐久性能は、竜種>魔族>亜人種>人間種となる。精霊種は除外だ。エネルギーの塊が意思を持った存在に肉体の崩壊の危険などないからだ。神魔種も除く。未知数だからだ。

 完全に竜種と完全に同等とはいかないが、竜騎士と成った者の魔力運用性能は限りなく竜種に近づく。

「やってみます……!」

 華月が言われたとおりに魔力の循環圧を少しずつ上げる。

「……こ、これで何とかなるのか……。

 あぁ……しんどかった」

「俺が超高速移動した原理はこれだ。知覚域を使い外部に対し自身の魔力作用を隠蔽。内循環圧を高め、身体の基本動作速度を底上げ。思考や感覚等もそれに合わせ加速。

 結果がさっきの超高速移動だ。この一連の技法を『最速行動(ファスト・ドライヴ)』と言う。異界人が命名したんだがな。

高速連続攻撃には大抵この手の技術が併用されている。底上げされる速度は、種族によって限界が決まるがな」

 弓弦葉の灯宴・楼蘭焰舞も『最速行動』を併用している。

「お前はほぼ無制限に加速できる下地がある。

 そうだな?」

「竜皇の騎士ともなれば理論上は。ただ、物理法則の限界を超える事は出来ないとされています。具体的に言いますと、光の速度では動けないということです」

 ヴァーナティスが淡々と補足する。

「あ、あの~……、悪戯したのは謝るから、手を放してほしいな~?」

「全く、以前に会った時と全く変わらず、成長しないな」

 パッと弓弦葉が手を放し、フェリシアを解放する。解放されたフェリシアは気安く弓弦葉の肩を叩く。

「まぁまぁ。ユヅルハだって、相変わらず死人みたいな目のまま――じゃ、無くなってるね? 何かあった?」

「それが今の魔王への借りが出来た理由だ。詳しく話す気がない」

「ふ~ん……。ま、いいけど。

 カヅキ~? その重さに慣れた?」

「あ、ああ……。慣れたというより、対処方法を教えてもらったから影響が無くなったというか――」

 舞台上の華月は重さに苦しむ素振りもない。体の内側で循環する魔力が、華月の身体性能を一時的に底上げしているおかげだ。

「訓練の時、テレジアとかトレイアがカヅキの反応よりも速く動いてたことがあったでしょ? アレもこれの応用なんだよ~」

 華月に全く気付かれないように使っていたとすれば、二人は完璧に隠蔽していたということだ。

「俺は、やっぱりまだまだって事か」

「……そこまで力を望むなら、俺が居る間、徹底して体術と剣術を教えてやる」

 弓弦葉が華月にどこか遠くを見ながら告げる。

「自分の無力を呪う事ほど苦しい事は無いからな」

 弓弦葉の無機質な瞳には遥か昔、あの日の惨状が写っていた。



[26014] 第60話 それぞれの想い 転部16話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1b198973
Date: 2012/11/01 00:22


 その日の夜。城の屋根から夜空を見ながら、弓弦葉が酒を飲んでいた。

 貸し出された部屋に備え付けられていたドワーフの火酒だ。だが、弓弦葉は一向に酔う気配がない。

「……」

「火酒を呷っても全く酔わないとはな。魔族は便利な体をしているな」

「そうでもない。これでもそれなりには酔っている。

 何か用か?」

 弓弦葉が振り返ると、アルヴェルラが立っていた。

「私は後で。と、言ったはずだぞ。お前が聞き流していたんじゃないのか?」

「かもしれないな」

「相変わらず連れない奴だ」

 アルヴェルラはそのまま弓弦葉の隣に座る。

「お前が動くなんて、『今回の魔王』は一体どんな手を使ったんだ?」

「……俺の、『目的』を邪魔しないと約束してくれただけだ」

「興味があるが、どうせ教えてはくれないんだろう?」

「言う必要がない」

 アルヴェルラが笑いを堪えながら「それはそうだ」と、答える。

「アルヴェルラも、ようやく騎士を見つけたみたいだな」

「ああ。実に好い騎士だぞ」

「解っている。アイツは環境が悪くてもひねくれはしても腐らなかったからな。俺とは違う」

 また酒瓶をラッパし、呷る。

「何だ、本当に知り合いだったのか」

「ああ、俺の後輩だ。『学校』という教育機関の、な」

「学校か。噂には聞いた事があるな」

「大人数が知識を、知恵を教示してもらうために通う所だ。それ以外は、シガラミの多い、小さな社会と変わらない」

「あんまり面白くなかったか?」

「……否定も肯定もしない。最早俺には――」

「関係無い事だ。か? カヅキも似たような事を言ったな」

 アルヴェルラの言葉に、弓弦葉はまた酒を呷る。

「おいおい、あんまりガバガバ飲むな……。それなりに上等な酒を準備しておいたんだぞ?」

「どうせ自分だって普段はこういう呑み方をするんだろう? 人にどうこう言えた口か?」

 弓弦葉にそう言い返され、キョトンとしたアルヴェルラだったが、「それもそうだな」と、爆笑する。

「……。話に出てきた華月だが、用事が済むまでの間、俺がしごいて構わないか?」

「何だ、カヅキに頼まれたか?」

「ああ、まぁ、そうだ、な」

「歯切れが悪いな。もしかして、ユヅルハから提案したのか?」

「……この世界に来た頃の俺と、ダブるんだ。力を求めて、それでも、力を得るのが遅すぎて、後悔しか残らなかった、あの無力だった俺と」

「ダブるの意味が解らないが、自分の昔と重なって観えるといいたいのか?」

「そうだな。己が必要としたときに、必要とするだけの力を、出来る限り与えてやりたいと思ったんだ。俺みたいに、後悔しか残らないような、そんなモノは――」

「……いいぞ。他の者には私から言っておく。好きにしてくれ」

「感謝する」

「感謝するのは私の方なんだがなぁ。何だか、カヅキに関してのことは礼を言うべきところで逆に礼を言われることが多いなぁ」

 アルヴェルラは苦笑する。悠月といい弓弦葉といい、どうも思考基準が自分と離れているようにアルヴェルラは感じた。

「まぁ、気の済むようにしてくれ。それがいずれ、どこかで実を結ぶと良いな」

「ああ、そうだな」

 弓弦葉は、気付けば手にしていた酒瓶を空にしてしまっていた。

「少し呑みすぎたな。今日はこのくらいにして寝ることにする」

「夜も更けてきたからな。ふぅぁ……。私も寝よう。

 お休み、ユヅルハ。中々楽しかったぞ」

「ああ、それは何よりだ。お休み、アルヴェルラ」

 そうして数十年振りに再会した二人はそれぞれ寝室に戻っていった。

 夜空には、半月が輝いていた。




 甲高い音が一定の間隔で鳴り続ける。

 深い地底の奥底で、ヴィシュルが一心不乱に金属を鍛造していた。

 直立し、全身を用いて大鎚を高速で、ただ正確に振りかぶり、振り下ろし続けている。だが、叩かれている金属は赤灼に焼ける金床の上で鍛造さているというのにほとんど火花を散らない。

 そして、終に完全に火花を散らすことがなくなった。

 そこでようやく、ヴィシュルは鎚を振るう事を止め、床にへたり込んだ。

「ようやく完全に火花が出なくなったぁ~……。これで下準備は完了!」

『開始からの時間を鑑みると、ギリギリだがな』

『ヴェルセア、そう厳しい事を言うな。まだ日が浅いのだから』

 ヴィシュルの背後には陽炎のようなヴェルセアと、土の塊のままのガトレアが居た。

『そうは言うがな、ガトレア。抽出、精製に掛けられる時間は制限付きだと解っているだろう』

『まぁ、な。だが、一回目から完璧を求めるのは行き過ぎというものだろう。寧ろ、この結果は上々の結果だろう』

『これから莫大な力を消費するお前がそういうなら構わないが。

 ヴィシュル、このまま鍛造まで始めるのか?』

「え? いや~……さすがに疲れが……」

 諸々に手間取ったおかげで時間に追われる精神的な疲労と、長時間連続で鎚を振り続けた全身が休息を要求していた。

 実際、ヴィシュルの全身は汗で濡れていない個所が存在しないほどだ。作業着も肌に張り付いているし、未だに汗は止まらない。

『だが、今ほど神経が冴えている事はそうそうないのではないか?』

 ヴェルセアに言われ、ヴィシュルは自分の神経が普通では考えられないほど研ぎ澄まされている現実に気が付いた。

『形状の粗製はガトレアが行える。ヴィシュル、先ずは一振り打ち上げてみた方がいい』

『それには賛同する。不朽金属類は完璧な鍛造が出来なければ、普通の金属よりかたい程度のモノに成り下がる。一回で完全な武器が出来ると思わないことだ』

 ガトレアもヴェルセアに同意し、先の工程をヴィシュルに要求する。

「で、でも……。そんなに失敗できるほどの素材が――」

『確かに余裕は余り無い。が――』

 ヴェルセアが不自然なほどの溜めを作る。

『アルヴェルラに、何よりドレンに、お前の実力を示す最高の一振りを見せるのだろう?

 カヅキがこの先、使命を終えるその時まで、傍らに在り、象徴として恥ずべく事の無い至高の一振りを授けるのだろう?

 お前が引き受けたのは、そう言う類のモノだ。後世にまで語り継がれ、聴く者を引き付け、観る者を虜にする曇り無き剣だ。

 我々が今までに力を貸し、打ち上げられた武具に、例外は無い』

 厳と言われ、ヴィシュルは再認識する。竜騎士の武具を創り上げると言う事。その重責を。

 だが、同時に理解する。それを打ち上げる事は鍛冶師としての到達点の一つであると言う事。

 ヴェルセアとガトレアの言葉が重なる。

『『打ち上げろ。己が総てを注ぎ込んだ、確実な納得と絶対の自信の基に、誇るべき刃を。その為の研鑽は、今、始まったばかりだ』』

 ヴィシュルは立ち上がり、ヴェルセアが超高温状態を保ち続けている金床に向き合った。

 その手にもう一度、大鎚の柄を握り締め、振りかぶる。

「ガトレア、お願いします。私の描く通りに」

 芯の通った声で、ガトレアに指示を出す。本来なら全て自身の手で作り込んでいく所だが、この金属塊はそこから始めると手間が掛かりすぎる。

 ガトレアが力を作用させ、粗く、ヴィシュルの空想通りの形に整える。

 刃の祖形が出来た所で、再び大鎚が振り下ろさせる。

 甲高い、独特の金属鍛造音が響き始める。

 ここには半月の光は差し込めない。



 住処としている大樹と枝で連結された、すぐ近くの泉の畔に生えるまだ歳若いセフィールの枝に設えられた裁縫所。大きなテーブルが一つに椅子が三脚。

 その内の一脚にリフェルアが座り、生地に刺繍を施していた。背後にはやはり、水と樹の精霊であるミルドリィスとシュリゼリアが、簡易形態で鎮座している。

 枝葉の間から差し込む月明かりに照らされた手元を見ながら、一針一針、確実に精霊の力を織り込んでいく。
織り上がった個所は月光の反射具合や、その存在感が違っている。

(精霊の力って、ここまで作用するのね)

 集中力は途切れる事は無く、寧ろ増していくばかりだ。ミルドリィスとシュリゼリア、両方と綿密に打ち合わせをし、描く紋様を図面に起こし、生地に書き込んであるが、二人の力と素材である生地と糸のバランスを感じ取り、現物合わせにその都度紋様を微修正しながら縫い続けている、

 その為に要求される集中力はとても高く、その水準を維持し続ける労力は計り知れないものがあったが、不思議と、ある一線を越えた所から、集中力は寧ろ増し、糸を手繰り、縫い込む針の速度は上がっていた。

『的確、適確。父親を上回る手際だな』

『……。まぁ、上々と言えるか』

 簡易形態の二柱は、手厳しい発言をしているが、言われている当のリフェルアは一顧だにしない。

『だが、ここから先が見所だろう』

 ミルドリィスがテーブルに広げられている生地と縫い糸の山を見ながら嗤う。

『難所は複数枚の薄い生地にそれぞれ異なる紋様を施し、全く目立たせる事無く裏地にし、それらを重ね繋いで一枚の生地とする事。

 その後に裁断し、効果を落としたり変えたりする事無く縫い合わせ、衣装とする事。

 一度の取り組みで何とかなるほど生易しくはないぞ。しかも三昼夜という期限付き』

『矛盾まで含む工程だ。そうそう易い事では無いのは確かだが……。これはもしかするかもしれないな』

 ミルドリィスとシュリゼリアのやり取りなど何処吹く風。リフェルアの集中力は完全に外部と意識を隔てていた。もう、朝から作業しているというのに。

(見える……視得る! 縫うべき軌跡、描くべき紋様! 避ける点、繋ぐ線!)

 最早リフェルア自身も今、自分の指がどんな動きをしているのか把握出来ていない。もしも華月がこの状況を見ていたのなら「刺繍ミシンみたいだ」と、形容するだろう。腕の反復に手首の反し、指の押し抜きが機械動作並みだ。

『こちらは至って順調。面白味が無いな』

『贅沢な話ではあるが、な。導く事も楽しみの一つと言う事だな。人間に言わせれば、手の掛かる子ほど可愛い。と、言う事だろう』

 両者から弛緩した雰囲気が滲み出てくる。

『まぁ、たまにはこっちの風景と空気を感じるのも悪くはないと思う事にしよう』

『そうだな。特に、ミルドリィスは引き籠りだ。たまにはこちらに在るのも悪くないと思っておけ』

 そう言われ、ミルドリィスは多少不機嫌になるが、怒りを持続させるのも面倒になったのか、その空気をすぐに霧散させていた。

『好きに言っていろ』

『ああ、好きに言う』

 対極の空気と雰囲気が一所に在る奇妙な空間を形成しながら、儀礼正装の製作は滞り無く続いて行った。

 半月の光は十分にリフェルアの手元を照らし続けている。



 自己鍛錬を終え、その汚れを温泉で落としていた華月の元へ、本日も侵入者が現れた。

「あ、カヅキ~」

「……今度はフェリシアか」

 やはり全裸である事に一切の羞恥を感じる様子が無い。

「ん? 他に誰か居たの?」

「いや、こういう状況が何回かあっただけだ。

 ……しかし、まぁ、見事に平らだな」

「どこ見て、誰と比べて言ってるかな……?

 ま、成体にならないとこの辺も大きくならないんだよ~」

 華月の脇に腰掛け、身体を洗い始める。

「人の事を言う割に、カヅキだって大して良い身体してるってわけじゃないでしょ」

「俺は体質だからな。筋肉が付き難かったんだ。人の倍鍛錬しても、腕も足も太くならなかったんだよなぁ」

 中肉……と言うにも少々足りない。アバラが浮いたりはしていないが、線は細い。

「それより、こんな夜中まで何してたんだ?」

「ん~?

 ま~色々と。年中暇してるわけじゃないんだよ」

 わしゃわしゃと身体を洗いながらフェリシアが気の無い返事を返す。

「そっか」

 沈黙が下りる。

 華月は自分の身体を洗い終えると、湯に浸かる。

 続いてフェリシアも湯に入ると、華月の首に腕を回し、背中側に抱きついた。

「……ねぇ、カヅキ?」

「……どうした?」

「何処にも、行かないよ、ね?」

「変なことを聞くな? 俺はヴェルラの騎士だ。ヴェルラの傍を離れて何処かになんか行かないさ」

「そうだよね……。ごめんね、変なこと聞いて」

「別にいいさ。突然、そんなことを聞きたくなることもあるもんだ」

 少しの間、そのままで。

 半月だけがその様子を見ていた。




[26014] 第61話 華月と弓弦葉・上 転部17話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:5d9d6d6d
Date: 2013/01/02 02:43
 翌日からの一週間、華月は実に良くやったと言える。

 高らかに金属音を響かせながら、華月は弓弦葉の連撃を全て弾き返す。

「随分上達したな。その辺の剣士では今の華月に勝てないだろう」

「ありがとうございます! ですけど、今日こそは先輩に一撃入れますからね!!」

 この一週間、体術・剣術・魔法と、華月は弓弦葉に付きっ切りで教わった。その甲斐あって、弓弦葉が初めて華月を認める発言をした。

 時刻は夜になりかける、世界が紅く燃える夕暮れ。

 その紅を切り裂いて銀線が奔り、銀閃が煌めく。

「しかし、類稀な習得、上達速度だな」

 弓弦葉が華月を大きく弾き飛ばす。

「燃盛爆炎(プロミネンス)」

 弓弦葉の右手から高温の炎が噴き出し、華月に襲い掛かる。

「氷厚壁(アイス・ウォール)」

 華月の右手の前に分厚い氷の壁が現れた。

 弓弦葉の炎を見事に遮る。その展開速度は一週間前とは比較にならないほど――速い。

「この距離での魔法攻撃に対しても十分な対応。見事だ」

 その分厚い氷を難なく切り刻み、弓弦葉が現れる。

 氷壁を氷塊へと変え、散り散りに蹴散らし、神速の踏込を持って華月に最速の袈裟斬りをお見舞いする。

 華月は剣の平を斬撃軌道の途中に晒し、斬線を逸らす。

「ふ、片手ではもう簡単に捌かれてしまうか」

「先輩のお蔭ですよ!」

 本来の二刀ではなく、弓弦葉は一刀のみで戦っていた。代用は一振りしかなかったのだ。

「ここいらで、俺の智華と琉獅華が戻ってくれば完璧に解るんだが……」

 弓弦葉の呟き。その真意は伺う事が出来ないが、あの二振りが必要なようだ。

 ぼやきながらも一刀で凄まじい斬撃密度で華月を攻め立てていた弓弦葉だったが、ある一撃を華月に弾かれた時、片眉がヒクッと動いた。

(……この代用品……もう限界か)

 弓弦葉の振るう代用品の刀の切刃が欠けた。一部が欠けたと言う事は、斬撃部位として使われている範囲は相当に金属疲労を起こしており、最早崩壊が近いと言う事だ。

 寧ろ良くココまで保ったものだと褒めた方がいいだろう。過酷を通り越して壮絶な、竜騎士に施す訓練に一週間も耐え、持ちこたえたのだから。

 華月と弓弦葉が切り結び、鍔迫り合いの様相となる。

「華月、お前には見せよう。俺の剣技の秘奥。覚えられるものなら写してみろ」

(保ってくれ。コレだけは一度、見せておきたいんだ)

 両者同時に距離を取る。

「防御を捨て、総ての魔力を一撃に費やす」

 最上段に構えられ、言葉通りに弓弦葉の纏身系防御に回されていた魔力までも刀身に収束していく。超束される魔力は物質に作用を起こし、刀身を蝕み、徐々に崩壊させ始める。

「秘奥・一閃破断(ひおう・いっせんはだん)」

 どうやっているのか、最速行動並みの速度で華月を間合いに収め、一刀両断。

 弓弦葉は両手で柄を握り締め、振り切った姿勢で止まっている。

 華月はギリギリのタイミングで防御に間に合ったはずの剣を頭上に翳した状態で止まっている。


 何がどうなったのか。


 結果はもう決まっていた。

 弓弦葉がゆっくり自然体に戻ると、華月は頂点から股間まで見事な一直線が走り、一瞬で大量の血飛沫が上がると二つに割れ、左右に倒れた。

 防御に成功していたはずの剣は見事に絶たれ、これも二つになっていた。

「……やり過ぎた、か?」

 弓弦葉は頬に一筋の冷や汗を流した後、刀を収めてから華月の断面同士を合わせる。

 その損傷は瞬く間に修復され、華月が意識を取り戻す。

「……。先輩、今のは……?」

「俺の見出した到達点の一つだ。お前に一番向いているだろう技だ。解説は無しだ。お前が見たものが総てだ」

 今回だけは丁寧に教えるつもりはないようだ。

「今日はこれまでだな。

 もう陽が持たない」

 ついに太陽が地平に沈み、辺りに夜の帳が降り始める。

「明日、総仕上げだ」

 弓弦葉はそう言い残し、その場を離れる。

 その場から動かない華月は、鋭い目つきで先程の弓弦葉の技を脳内で再生・検証していた。

「……あの技……。確かに俺向きだ……」

 何としてもモノにするため、分割意識体を総動員して多角度から考察を始めた。




 一夜明け、華月と弓弦葉は何故か揃ってドワーフの住処に向かっていた。

「……」

「……」

 両者無言のまま。

 下に降りた所で道が分かれた。



 暗い通路を歩き、弓弦葉が向かう先はドレンの鍛冶場だ。

「……ドレン。終わっているか?」

「……昨日の内に、一通りは、な」

 薄暗い鍛冶場に、ドレンが腕組みして立っていた。

 テーブルの上には組み上げられている智華と琉獅華が、蒼と紅の刀身を光らせていた。

「親父から引き継いだ研究の成果で、刀身の手入れは完全不要になってる。構成部品も殆ど使用目的に合わせた不朽金属類に取り換えた。消耗品は柄の柄巻の柄糸とその下のロッキンの皮だけだ。その二つだけは金属じゃ代用が利かないんでな」

「鞘は?」

「こいつだ……」

 差し出されたのは深い藍と深い緋の鞘。

「親父が完成させられなかった新合金。質量を無視した羽みたいな重量を実現した不朽金属だ。本来は純白だが、ユヅルハさんの為にそれぞれ専用色に染めておいた」

 鞘を受け取り、その言葉通りの軽さに驚く弓弦葉だった。

「グラヴィトンとは真逆の性質か」

「そうだ。原料は一緒なんだが……って、そんな事はどうでもいいか。

 ともかく、これでそいつ等は完全にアンタだけで管理できるようになった。親父とアンタの約束、何とか果たしたぞ。

 これで、俺に残された課題は達成だ」

 ドレンが大げさに腕を広げてため息をつく。

 いや、ため息というのは正しくないだろう。安堵の息だ。

 弓弦葉は鞘を腰に差し、弓弦葉は智華と琉獅華の柄を持つと、目の高さまで持ち上げる。

 二振りの刀は、まるで主に使われる事を喜ぶかのように魔力の光をハバキから顔を覗かせる玉と柄尻の玉から発し、刀身に燈す。

 そのまま少しだけ、確かめるように数回振り回し、鞘に納める。

「ああ。良くやってくれた。完璧な仕事だ」

 そして、テーブルに約束の物と代用品を置く。

「純度99.99%の純金、合計10㎏と百年物の陽結晶と月結晶それぞれ5㎏だ」

 格納布から取り出され、テーブルに置かれたものは相当の価値のあるものばかりだ。

「何なら確かめてくれて構わないぞ」

「必要ない。ここで詐欺るような馬鹿じゃないと信じてるからな。

 俺と親父に感謝すると言うんなら、大切に扱ってくれりゃそれでいい。そいつ等が無念の内に壊されなけりゃ、それでいい。そいつ等、揃って『ユヅルハの為に』って想いが強すぎらぁ。

 古式魔剣ってのは、どうしてこう差があるんだか」

 ぼやいて明後日の方を向くドレン。

「……それでも、感謝する」

 一礼し、弓弦葉はドレンの鍛冶場を後にした。足音がドレンの鍛冶場から遠ざかっていく。

「……やれやれ。やっと一つ、肩の荷が下りたぜ。

 親父、俺だってやるもんだろ?」

 ドレンの呟きは誰にも聞かれる事は無かった。



 華月の向う先はヴィシュルの鍛冶場だった。が――。

「あら? 見ない顔ね」

「え?」

 ヴィシュルの鍛冶場の近くで華月は誰かから声を掛けられた。

 見た目はヴィシュルより少し年上程度の少女だが。

「ん~? ……ああ、貴方ね。竜騎士見習いのカヅキって」

「はい、そうですが……」

「初めまして。ヴィシュルの母、ヴィネスと言います。ウチの娘と旦那が迷惑を掛けてます」

「あ、いえ、そんな……こちらこそ」

 思わず畏まる華月。

「今日はヴィシュルに何か?」

「ええ。ちょっと、コレの代わりを――」

 そういって弓弦葉に真っ二つにされた剣を鞘ごと出す。

「……これは、君の剣が出来るまでの代用品ね?」

「はい」

「これと同じものを持ってくればいいのね?」

「え? あ、はい」

「ちょっと待っててね」

 ヴィネスと名乗った少女(?)はヴィシュルの鍛冶場に入っていく。鍛冶場からは耳を澄ませば今でも物凄い甲高い音が連続で響いていた。

 そうして棒立ちで待っていると二分ほどで出てきた。

「はい。これで大丈夫よ」

「あ、ありがとうございます……?」

 華月が怪訝そうにヴィネスを見ると、ヴィネスは苦笑した。

「御免なさいね、ちょっと人様に見せられるような有様じゃないのよ。

 あの子に何か言いたいことがあるなら伝えておくわよ」

 にっこり笑顔を見せられると、それ以上聞けなくなってしまった華月は、状況次第では言おうと思っていたことを伝えてもらうことにした。

「頑張ってくれ。ただ、根を詰め過ぎないように。と」

「……解ったわ。伝えておきます」

「それじゃ、俺はこれで」

「ええ。貴方も頑張ってね」

 華月は新しくなった剣を持ち、地上へ向かう。

 華月の姿と足音が見えなくなったところで、ヴィネスが苦笑する。

「やれやれ。ウチの旦那はどうしてああいう真っ直ぐな子が嫌いなのかしらね。その点、ヴィシュルは私に似てくれて良かったわ」

 ヴィシュルとドレン、両方から華月のことを聞いていたのだろう。

「……もう少しだけど、間に合うかしら?」

 ヴィネスはちょっとだけ心配そうに鍛冶場を見やった。





[26014] 第62話 華月と弓弦葉・中 転部18話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:894879d2
Date: 2013/01/02 03:14


 そして、弓弦葉が『総仕上げ』と称したその日は来た。

 修練場の石材の舞台には華月と弓弦葉の二人と、ヴァーナティスが居た。

 ヴァーナティスは二人の間に立ち、優雅にスカートを両側に広げながら持ち上げ、一礼する。

「両者、準備はよろしいですね? この場は私、侍従四番、ヴァーナティスが取り仕切らせて頂きます。

 この試合に制限は在りません。双方、己が持てる全てを以て、相対者を叩き潰す為に全能を惜し気無く振り絞り――」

 両手を下腹部あたりで重ね、目を瞑り朗々と口上を唱えていく。

「――どうぞ、気の済むまで、死合ってください」

 片目を開き、妖艶に微笑むと、バックステップの跳躍一回。舞台の端ギリギリに着地。両腕を広げ、舞台に施されている魔法を作用させた。舞台の対物理防護と対魔法防護だ。更に重ねて舞台の外と舞台の内側を空間的に遮断し、外部に影響が出ないようにした。

 舞台の準備は整った。それを確認した弓弦葉が口を開く。

「華月、準備は良いか?」

「……はい!」

 華月は取り換えた剣を左腰に、闘気を滾らせ既に臨戦態勢だ。

 一方弓弦葉は両腰に一振りずつ刀を差し、何の高ぶりも感じさせない腕組みという装丁だ。

 両者、纏う気質が真逆。

「それでは昨日の宣言通り、今日で仕上げるぞ。先ずは格闘。

 着いて来い」

 弓弦葉が両膝を少し落とし、重心を落とす。

 華月はその動きを見て、即座に動いた。『最速行動』で弓弦葉の眼前に。

 瞬間移動に等しいその動き。繰り出される左の掬い上げる様な掌底。正確に弓弦葉の下顎を狙っている。

 少し前とは全く違う動き、攻撃精度。華月の基礎能力は弓弦葉によって一気に引き上げられていた。テレジアの仕込んだ基礎があったからこそ応用に発展できたお蔭だが、テレジアの「カヅキ自身が次第に身に着けられるように」と言う思惑は半分ほど砕かれてしまっている。

 弓弦葉はその掌底に右の手刀を叩きこんで止めた。

「動きの初動とキレは格段に上がったな。そして、ファスト・ドライブをモノにしたか」

「……」

 今の自分の最高速度で動いたというのに、あっさりと止められた事実に、華月は内心動揺していた。

 だが、今そんな動揺を見せれば直ぐに弓弦葉に叩き潰される。華月は前もって組み上げていたロジックを分割意識体に実行させる。

 止められた左を下げながら今度は右の拳で弓弦葉の左頬を狙う。

 しかし、今度も弓弦葉の右手に悠々と掴み止められる。

 更に弓弦葉が右手を捻る。たったそれだけで華月の右腕は肘関節と肩を鈍い音を立てて捻じり抜かれた。それだけで止まる弓弦葉ではなく、そのまま華月を放り投げた。

「鋭いが単調だ。その程度では魔将軍クラス以上には通用しないぞ。せめて――」

 着地した華月が弓弦葉を見ると、既にその場に弓弦葉は居なかった。

「この程度は、やらないとな」

 華月は声のした右側を見ようと顔をそちらに向ける最中、頭を鷲掴みにされ、顔面にクソ重い一撃を喰らった。頭を掴まれているので逃げることもできない。

「ほら、切り返せないと――」

 同じ威力の拳打が続々と襲い掛かってくる。

「顔面の原型どころか、頭が砕けるぞ」

 均等な威力で次々と打ち付けられる拳のダメージは華月の頭部に残留し始め、次第に頭蓋に亀裂を生み始めた。顔面の凹凸はとっくに均され、壊滅状態だ。

「おっ、と」

 華月が無言で左の貫手を無造作に放っていた。弓弦葉は危なげもなく華月の頭を手放して距離を取る。

「開始早々顔面と右腕か。少し情けないな」

 苦笑を浮かべる弓弦葉に対し、華月は修復されつつある歪な顔で、不敵にニヤリと哂う。

「……避けた、つもりですか?」

「何……?」

 突如、弓弦葉の右足が力を失い、姿勢が崩れる。

「……成程。既に抉っていたか」

 見れば、弓弦葉の右膝が大きく抉り取られ、一部分が消失していた。

 華月の貫手は抉っていたのだ。弓弦葉の右膝の一部を。

「だが、竜騎士ほどでは無いにしても、魔族も回復や修復速度には定評がある」

 弓弦葉の視線が一瞬自分の膝に向く。

 見る間に抉られたはずの膝が再生し、復元されていく。

「……それも知ってますよ」

 華月の声は弓弦葉の頭上から降ってきた。さっきの一瞬で弓弦葉の頭上に飛び上がり、空中で体を捻り、回転力と落下速度をつけながら、弓弦葉の頭へ向け強力な踵落としを打ち込んだ。

 視線を外した一瞬で対処が遅れ、弓弦葉はその破砕鎚のような鈍重な一撃を避ける事しかできなかった。

「……。

 左腕を、鎖骨と肋骨ごと持っていかれたか」

 華月の踵落としは左肩に直撃し、その衝撃と破砕力は左腕どころか鎖骨を砕き、肋骨に罅を入れていた。当然左肩の関節部は粉々に粉砕され、左腕は使い物にならない。

 弓弦葉の顔に苦笑が浮かぶ。

(……回復に約三分。それまで全く左腕が使えない他、背筋の一部も使えないか)

 支点として可動を確約する関節が完全に壊された。これではそこから先の機能は喪失したも同然だ。ましてや盾代わりに使うこともできない。千切れているわけではないのだから。

 華月の追撃は止まらない。弓弦葉のダメージを目測して次の行動に入った。

 肘と肩の関節を抜かれている右腕を鞭のように撓らせ、弓弦葉の顔面に右手を叩きこんだ。遠心力のみの平手かと思われたその一撃は、十分な流身系と纏身系で強化された『右拳』だった。同時に、肘と肩の関節が嵌る。

「筋肉と筋も、切っとくべきでしたね」

「それは、お互い様だろう……?」

 顔面に華月の右手をめり込ませたまま、弓弦葉は左手の指を真っ直ぐ揃え、手首を固定した。そして、右手で左手首を掴むと、華月の右腕に左手を突き立てた。左指は橈骨と尺骨の間を縫い、右腕を縦に貫通。そのまま橈骨側を握る。

(俺の流身系と竜楯を抜いた!?)

「右腕は、完全に貰うぞ」

 そのまま弓弦葉が左手を右手で引く。当然華月の右腕から橈骨が捥ぎ取られる。

 弓弦葉は右手を左手から離し、華月の右足を払った。自分の右側に向かって倒れる華月だが、右腕で手をつくわけにはいかない。今、右腕の強度は殆ど無いのだ。自分の体重を支えられる訳がない。

 咄嗟に右足を引き戻し、倒れる事だけは回避。だが、その隙に弓弦葉は華月から大きく距離を取っていた。

 まだ完全に治らない左腕を気にしつつ、弓弦葉は、今まで見せていなかった、愉しそうな貌をする。

「泥臭いやり方だ。お綺麗な騎士道や武士道なんぞの高潔を謳う精神は欠片も無い」

 くっくっく。

 まるでしゃっくりをするかのような、そんな哂い方。

「だが、いい。それがいい。寧ろそれでいい。

 そうだ。どこまでも意地汚く、最後に必ず勝利者として立って居る事。それが大事だ」

 華月はその語りが、時間稼ぎだと理解できた。自分の左腕が使えるようになるのを待っている。だが、それは華月としても同じことだ。右腕が使えるようになるまで、まだ掛かる。

「そろそろ、一段階上げよう」

 弓弦葉はそう言うと、ワザとだろう。解りやすく威圧するように魔力を放出した後、それを身に纏う。

(……今まで流身系のみでやってた、ってことか。まだまだ舐められてるな。

 まだ三指が動かない。が、やれる)

 華月の右腕は修復率七十%程度。骨格の復元が済み、筋肉、血管、神経との再接続と皮膚の再生待ちだ。だが、強度は確保できる。十分使える。

 無言で華月は立ち上がる。

 弓弦葉は頷くと、左腕は治ったと言う証明のように、握っていた華月の骨を投げ捨てると、今度は見える速度で突っ込んできた。だが、見える速度で来ると言う事は即ち――。

(一撃に込める魔力量が増えているってことだ!)

 霞んで消えた弓弦葉の拳打の嵐を、華月はギリギリのタイミングで受け流し続ける。

 このままでは防戦一方。それでは意味がない。

(ここだ!)

 弓弦葉の右拳を左腕で受け流し、左拳が放たれた瞬間に左腕を弓弦葉の引き戻され始める右腕に巻き付け固定。左拳を右手で払うと同時に右足で弓弦葉の左側頭部に蹴り込む。

 普通なら頭蓋が砕け、頸椎が折れて、首から頭が千切れた挙句に脳髄を撒き散らしている事間違い無しの一発。だが、弓弦葉には全くダメージが通っていない。

「纏身系防御を抜くには、こうするんだ」

 弓弦葉の右足だけ、魔力量が増えた。そして、その状態で華月の左脇腹に蹴りこんできた。

 蹴られた箇所の竜楯が中和されたように消失し、弓弦葉の蹴りの威力がそのまま華月の左脇腹に炸裂した。内臓を軒並み損傷し、寧ろ撒き散らしかねない威力だったが、流身系が功を奏し、そうなることだけは回避できた。ただ、それなりのダメージは徹ってしまった。

 華月の口から息が漏れる。

 それでも弓弦葉の右腕は離さない華月。弓弦葉は素早く足を引き戻すと、体を捻り、華月の足を払って投げ飛ばしにかかる。

 半円を描く軌道で地面に叩き付けられる前に、華月は弓弦葉の腕を離し、投げられた勢いを利用して距離を取る。

(竜楯が戻った……。と、言う事は一時的にこっちの竜楯以上の魔力出力で抜かれたってことか)

 非常に単純な話だ。

 そう、単純な話だ。単純な話と言う事は、それは華月にもできると言う事だ。

 両腕、両脚、そして頭部に纏う魔力量を一気に増やす。

(防御はあっさり捨てる。か……。自分の特性をよく理解し、利用することは良いことだ。だが、そう簡単に防御を捨てることは――)

「得策とは、言えないな」

 低姿勢で射られた矢のような速度で弓弦葉が距離を詰めながら体を捻ってさっきの華月のように加速度と回転力を加えた踵蹴りを華月の胸部目掛けて放つ。当然、華月の竜楯を抜くだけの魔力を纏った踵だ。

「四角防御(ダイア・プロテクト)」

 分割意識体が準備していた魔法を発動。華月は弓弦葉の踵を止めた。

 動きが止められた弓弦葉。そこへ、華月の左裏拳が直撃。当然纏身防御を抜いている。

「爆裂拳打(ブロウ・ブロー)」

 接触した瞬間、華月の魔法拳打が初めてのクリーン・ヒット。弓弦葉は煙に巻かれながら吹き飛び、一度地面をバウンドし、その後体勢を立て直し着地。

「一つ一つの技能では、先輩にはまだ、及ばないのは重々承知してます。なら、芸を凝らすことにしました」

「……良い、判断だ」

 弓弦葉はゆらっと起き上がり、両方の刀の鯉口を切り、柄に手を掛け、抜刀する。

「体術は俺の想定していたレベルに達している。魔法のタイミングと選定も、問題ないようだ」

 ひゅぅん、ひゅん。と、鋭い風切音がする。

「最後の確認だ。抜け、華月」

 きゅぅっ。と、弓弦葉の眼が鋭くなる。ヒュッ! と、言う音と共に、華月に右手の刀、紅色の刀身を持つ『琉獅華』(りゅしか)が真っ直ぐに向けられる。






[26014] 第63話 華月と弓弦葉・下 転部19話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:894879d2
Date: 2013/01/05 22:27


 赤熱する金属は、終に形を成した。

「……」

 ヴェルセアの力で轟々と火焔を上げながら燃える炉に打ちあがったそれを突っ込み、ふらふらとヴィシュルは戸棚に向かった。

「お願い、足りて……」

 取り出したのは100リットルの圧縮容器と50リットルの圧縮容器だ。中は、セフィールの水と樹液だ。

 それを石造りの風呂桶みたいなものの中に一気にぶちまける。

 粘度の低い樹液は水に簡単に溶け始める。更にそれを攪拌し、良く混ぜる。計算上、これで足りるはずだ。

 そこへ、炉から取り出したチンチンに焼けている金属を放り込む。


 耳を劈く混合水の悲鳴が、剣の誕生の産声にも聞こえる。


 膨大な熱量を持った金属を水で急冷する。これは金属加工では『焼き入れ』と言う工程だ。普通はこれで金属の組成を変え、強度を増すのだ。

「……」

 水位が見る間に減っていく。樹液の匂いを含む水蒸気が鍛冶場に充満し始める。

『……ヴィシュル、足りない』

「え?」

『これでは、必要な温度まで下がる前に冷却水が尽きる。後、ほんの2リットル程度なのだが』

 ヴェルセアとガトレアが脇から口を挟む。だが、たった2リットル程度の量など誤差と言えなくもない。しかし、ヴィシュルの顔から血の気が引く。

「ポット、ポットにまだ水が残ってたはず!」

 テーブルに載っている茶器から、お湯を入れて置くポットを掴みあげる。中の水は休憩の時にお茶を煮出すために使うセフィールの水だ。流石に長時間放置されていたため完全に熱を失い水に戻っていた。だが、今はそれが丁度良い。

「1リットルぐらいしか残ってない……」

 蓋を開けてみれば、微妙に足りない量しか入っていない。その事実に絶望感が足から這い上がってくる。

 この最後の工程でしくじれば、ここまでの努力が水泡に帰す。それほどにこの『焼き入れ』は重要な工程だ。

『済まない、火勢が強すぎた。熱量を持たせ過ぎていた』

 ヴェルセアが静かに詫びる。ヴィシュルはその言葉に、思わず反論してしまった。

「……わ、私は諦めません!!」

 テーブルの上にあった細工用の小刀を反対の手に取る。

 冷却槽の淵から先ず、ポットの中身をぶちまける。

 ポットを投げ捨て、ぼうぼうと蒸気が吹き上がり、ゴボゴボと沸騰する水面の上に左腕を出す。

『待て! それは――』

「こうするしかっ!!」

 右手に持った小刀で左腕を切り裂く。

「~~っ!!!!」

 傷口からは鮮血が噴き出す。どうやら狙ってそれなりに太い動脈まで切ったようだ。

 沸騰する水面が紅く染まっていく。

 蒸気の熱が傷口を焼いていく。

 自分の中から血液が失われていくのと同時に、意識も遠のき始める。

『もう十分だ! 早く傷口を手当てしろ!!

 ガトレア!!』

『解っている!』

 冷却槽の縁が不自然に盛り上がり、ヴィシュルの腕の傷口を塞ぐ。土属性の強いドワーフだから有効な緊急処置だ。

『無茶をする! また打ち直せば――』

「それじゃダメです!」

 ヴェルセアの言葉を強く否定する。

「ヴェルセアも、ガトレアも、どっちも力を使いすぎてるのは解ってます! 私が手間取ったから!!

 これ以上、短い間に力を使うことが難しい事は、私にだって解ります! 契ったんです、お二人の事は私にも感じられます!!」

 終に沸騰が止み、蒸気が薄れ始める。

 冷却槽の水位は殆ど無くなり、底の方にほんの1㎝あるかないかだ。

 ヴィシュルは恐る恐るその薄紅い水に浸かる金属の棒を取り出す。

 幾ら冷却水が足りないとはいえ、自分の血液を入れるなどという暴挙を行ったのだ。どんなモノになってしまったか予測すら出来ない。

 光源の近くに持っていき、確認する。

『「『…………ん!?』」』

 精霊を含め、三者三様の驚きの声を上げた。



 華月も剣を抜き、両手で柄を持って正面に構える。弓弦葉は琉獅華を突き出したまま、智華を左後方下に向け、右半身を前にし、重心を下げる。

 弓弦葉の構えは独特のものだが、華月の方は至ってオーソドックスな構え方だ。

「……」

「……」

 華月が仕掛ける。真正面から上段からの振り下ろし。琉獅華に遮られ、智華の横薙ぎが反撃に打たれる。

 自ら切刃の角度を変え、琉獅華の表面を滑らせ、鋭く切り替えし、智華を迎撃する。



 石舞台の遥か上空に、一つの影があった。

「……」

 舞台で繰り広げられる試合を静かな目で見続ける影。

(……思惑は大分外されたけれど、カヅキは半強制的に成長させられたわね)

 珍しく仮面を外しているテレジアだった。当然表情の仮面は外していないが、内心は本来の言葉使いで思考していた。

(ん~……。ユヅルハの秘技やらを盗めていれば儲け物程度に考えていたけれど、これは案外予想以上の効果があったかしら?)

 初めから見ていたわけだが、教えなかった技術や技法が幾つか見て取れた。

(まぁ、最後まで見てからどうするか決めましょうか)

 性悪のテレジアはまだしばらくここから傍観するようだ。



 華月の連撃を左右の刀で器用に捌きながら、適度に反撃を織り交ぜている弓弦葉。その表情には焦りも何もない。寧ろ華月の顔に焦りが浮かんだり消えたりしている。

 ここまで見事に切り返され、あまつさえ反撃までされているのだ。やはり技量には相当の違いがあると言わざるを得ない。

(解っててもキツイな。もう少し通じるかと思ってたんだけど!)

 渾身の振り下ろしを交差させた二刀でがっちり受け止められた。

「一刀での連撃には限界があったが……二刀の連撃、受けてみろ」

 華月の剣を弾き飛ばし、弓弦葉が両腕の纏身防御を強めた。華月には理解できない行動だったが、次の瞬間から襲い掛かってくる連撃を回避することに全ての脳内リソースを持って行かれた。

(――!)

 単純に攻撃回数が増えただけではなかった。

 防御する側が嫌う、もしくは回避が難しい角度で次が来る。または、そう思わせておいて最短距離で引き戻された刃が向かってきた。

 剣で防御、または弾くだけでは追いつかない。全身のあちこちに切創が出来始める。

(竜楯ごと切られてる!? トレイアの武器と同じ効果があるのか!)

(流石に最高位の纏身防御・竜楯は堅いな。琉獅華と智華でもすんなり切れないか。大抵の纏身防御は楽々と切るだけの魔法効果が付与されているんだがな)

 華月の意識が琉獅華と智華に十分集中したところで、弓弦葉はこの二刀の本領を発揮させることに決めた。

「琉獅華、灼熱を! 智華、凍結を!」

 弓弦葉の言葉が発せられると、琉獅華と智華、二刀が答えるようにハバキと柄尻にある『玉』が緋と蒼の光を発し、刀身に超高熱と極低温を纏わせる。

「迂闊にこいつ等に触れるな? 琉獅華は切断力が、智華は破砕力が上がっているからな」

 実に単純な話だ。琉獅華は高熱で焼き切る。智華は凍結させ砕く。

(……性質悪いな……。熱と冷気とか、人体にもモロに影響するじゃねぇか)

「元は完全殺傷武器として設計されたこの二刀は、森羅万象悉くを切り砕く」

 弓弦葉が刀を振るい、華月が回避するたびに、華月の近くを熱気と冷気が掠めていく。竜楯で防護しているのにもかかわらず熱気と冷気を感じると言う事は、その温度は計測したくないほどのものになっていると言う事だ。

 剣で琉獅華を打ち払うと、刀身同士が触れた辺りが一気に赤熱した。

 同様に智華を打ち払うと、刀身同士が触れた所から一気に凍結した。

 そんな事を繰り返したらどうなるか。

(金属にこんな事をしたら!)

 華月も理解している。これを繰り返したら、間違いなく、どんなに強靭な金属だろうが――簡単に、砕け散る。

 これは金属に限らない。過熱と冷却を繰り返せば、物質は脆くなる。

(畜生!!)

 華月が何度目か、刃を打ち払ったとき、剣から、聴きたくない音が聞こえた。

(もう保たない! 最後に斬り込むしかない!!)

 華月がそう判断し、ようやく掴んできた弓弦葉のリズムに乗り、起死回生の一撃を放つ。

「カヅキさん! ダメです!!」

 石舞台の脇に、いつの間にか布包みを持ったヴィシュルが居た。

 ヴィシュルの叫びは、カヅキには遅すぎた。既に停止不可能な勢いを載せた斬撃が奔る。

 だが、華月は何としてでも攻撃を停止――もしくは、せめて斬撃を逸らす必要があった。

「お前はいつも、詰めが甘い」

 弓弦葉の双刀が華月の剣を迎撃する。

 金属が奏でる悲鳴。

 華月の剣が半ばで砕かれ、切っ先が宙を舞う。

「な……!?」

「希少金属程度では、やはり足りないな。

 少し、頭を冷やすか?」

 弓弦葉が左手に持つ刀、『蒼闇き叡智の華婦人・智華』は刀身から周囲の空気すら凍てつかすような凍気を発している。

「無限凍結」

 その刃が優雅に華月の胸板を横一文字に刻む。

 肋骨ごと肺腑を切り裂かれ、その傷口から急速に全身が凍結していく。

「カヅキさん! これを!!」

 ヴィシュルが華月に向かって持ってきた何かを投擲する。
 
 怪我をしているからだろうか、どうも力加減と投射角を間違えている気がする軌道で、包みを自ら解く様に姿を現したソレは、剣だった。

 華月の為の形状で、華月に振るわれる為に、永劫とも言える時間を共に過ごす為に生み出された、華月の為にのみ存在する、一点の変色もない漆黒の刃。

「貴方の為の絶対武具、永劫を共に在る物!

 闇夜よりも尚昏く、惹き付ける闇! ファスネイト・ダルク(Fascinate Dark)!!」

 華月が柄を掴もうと、動きが鈍っている手を伸ばすが――。

「「「あ――」」」

 ファスネイト・ダルクと呼ばれた剣は、華月の腹に真正面から見事に刺さり、貫通した。





[26014] 第64話 決着……? 転部20話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:442cda0b
Date: 2013/03/11 01:00


 その光景の次には、声が響き渡る。

「あああああぁぁぁっぁぁぁっ!?」

 ヴィシュルが両手で頭を抱えて絶叫する。

 その声に吃驚したのか、弓弦葉とヴァーナティスがビクッと身をすくませる。一方、華月はそれどころではないようだ。

 両膝をつき、何か悶えている。

(痛くないけどっ、痒い!?)

 身体の内側から刃が貫通している部位が突っ突かれたり、撫でられたり、舐められているような感覚がある。だが、不思議と不快な感じではない。


 まるで、剣が自分を探っているようだ。と、華月は直感した。


 言葉を交わすような事は無い。

 意志を感じる事は無い。

 ただ、意思だけは感じた。

『アナタが、アルジなのか?』

 その意思に応える様に、華月は柄を握ると一息に自分から抜き放つ。

 涼しげな風切音を立て、刃がピタリと弓弦葉を向く。

 血が噴き出てくる事は無く、華月の身体に傷すら無い。

 抜き放たれた剣の刃の形状は、以前の通りで変更はない。だが、色が違っていた。光すら吸い込んでいるのでは無いかと思わせるような黒。一点の曇りもない完璧な漆黒。ダークネス・ドラゴンがが操る闇の如く闇黒。

 重量、重心、共に華月に違和感を覚えさせない。ずっと持っていたかのような一体感。

 
 正に、華月の剣。


「大丈夫、か?」

 弓弦葉が問う。

「問題在りません」

 華月が答える。

「そうか」

 華月に付けられた弓弦葉の刀傷も消え、凍結しかけていた身体は正常な状態に回帰している。

(……あの剣、特殊武器なのは解っているが、持っている効果も特殊中の特殊か?)

 弓弦葉は警戒を強める。
そう、ファスネイト・ダルクが発する雰囲気は普通では無いを通り越し、尋常では無かった。華月の戦意に反応し、自身の全能を現しているようだ。

 対し、弓弦葉の智華と琉獅華は静かに沈黙している。




 ドレンは、全身から血の気が引いていた。

「……無ぇ……」

 最後の処理をしようと、一人で最下層に降りてきたが、在る筈のモノが、無くなっているのだ。

「ヴァーヴェストの、最後の塊……!」

 ヴィシュルと一緒に処理していた、最後の一欠片。それが消失していた。

「あんなモン、使うバカは居ねぇと思い込んでた俺がバカだったか!」

 八つ当たりのようにハンマーを地面に叩き付ける。

『何を荒れている?』

「……ガトレア? なんでお前が――」

 割れた地面が盛り上がり、ガトレアが姿を顕した。

『ここにあった、あの代物がどうなったのかと思って、な』

「ヴァーヴェストの塊なら、殆ど砕いて溶岩に沈めたんだが……最後の塊が残ってたんだ、この間まで!」

『……無くなっているというのか?』

「そうだ! 確かにあった筈なのに!!」

『しかし、アレは殆どのドワーフが扱えない物だろう。一体誰が――』

「そうだ。アレはアーズの直系以外にゃ真価を発揮させることが出来ねぇ。それ以外は普通の希少金属程度の性能だ。

 だが、解っている発動条件がアーズの血ってだけで、他にも何かあるかも知れねぇから見つけ次第処分することにしてんだ。アレは危険だ。御先祖も一回しか手を出さなかった禁忌金属だ!」

 そこで、ドレンの脳裏に浮かんだのは、とある娘の顔。

 そこで、ガトレアの予想に当て嵌まったのは、一人の少女。


「『ヴィシュル!』」


 二人は同じ人物を連想していた。




 再び弓弦葉が智華と琉獅華にそれぞれ凍気と熱気を纏わせる。

 今度は華月から仕掛けた。

 先程とは速度から重さまで違う斬撃が弓弦葉に襲い掛かる。

(速さ、キレ、威力……桁が二つほど違うぞ……!?)

 先程とは一変した華月の攻撃。

 弓弦葉が防御一辺倒に抑え込まれ、揚句に捌ききれなくなり大きく距離を取る羽目になった。

 武器一つ変わっただけでここまでの変化があるとは到底思えない。

 一方の華月は、何処か呆けた様子で剣を構え直し、また弓弦葉に斬り掛かった。

 今までは華月の一撃など一刀でいなしていた弓弦葉が、ここにきて二刀で受け、流し、いなしている。

(これは……呑まれている、のか……?)

 弓弦葉には、この華月の様子に覚えがあった。


 聖剣と呼ばれた汚れた遺物に呑まれた少女。


 切り伏せ、切り離すしか手が無かった自分。


 何時も、自分は間に合わなかった過去。


(ならば、物理的に切り離して正気に戻すしかないな!)

 華月の癖か、ある連携の後に一瞬の隙が出来る。そこを狙い澄まし、弓弦葉は華月を大きく吹き飛ばした。

「秘奥ノ二、神殺・十字」

 纏身系と流身系を最大に引き上げ、両刀に生成・運用させる魔力も最大限に。身体は今の華月を悠々と上回る速度で稼働し、両刀の特性は最大限に発現している。

 華月が体勢を立て直す暇もなく、弓弦葉は先に智華で横薙ぎの一撃を神速で突き入れる。

 特性を最大限に発揮しているこの状態の智華は、あらゆるモノを一瞬すら掛けずに完全凍結する。

 事実、華月は斬られた腹から一瞬で凍り付いてしまった。

 そして間髪入れずに琉獅華が真上から相手を襲う。

 動けない華月は、易々と両断され、切断面から爆ぜた。




 またも絶叫が響く。

「うああああぁぁぁぁっぁぁ!!」

 これもヴィシュルのものだ。

「ちょっ! えっ!? カヅキさぁぁぁぁぁぁん??」

 あっさりと『殺されて』しまった華月に対する、何かこう、言い表しにくい感情の発露というか、そんな感じの絶叫だった。

 さっきとは別の意味で頭を抱えなくなったヴィシュルだった。

 しかし、次の光景には、ヴィシュルは正直吐き気を催しかけた。


 びゅるんっ!


 と、言い表すのが正しいだろう湿って濁って耳に残る音がしたら、華月の二つになった身体がくっついていた。それだけではなく、何事もなかったかのように立ち上がった。

 傷――破損痕と言った方が正しい炸裂面が驚異的な速度で再生されていく。

 波打ち蠕動する血管や筋肉。

 燃える紙の映像を逆再生するように表面を覆っていく皮膚。


 はっきり言って気色悪い。


 子供が見たら悪夢を観るだろうグロテスク具合。しかも相変わらず華月は半分呆けた表情のままだ。

「……腕を飛ばさないとダメか」

「……」

 最早弓弦葉の声にも反応しなくなった。華月は両腕をだらりと下げ、上体を前に倒しながら奔り出した。

 そして、右手に持った剣を両手で持ち、下から上へ一気に振り抜く。

 下で刃を交差させ、止めようとした弓弦葉の防御を吹き飛ばし、今度は最上段から一気に振り下ろす。

 完全に無防備にされた弓弦葉は、またも纏身系と流身系を最大にするが――。

(拙い……!!)

 同時に後ろへ体を逃がす。

 風切音すら断ち切って、華月の振り下ろしは石畳を打った。

「……っ!」

 一瞬遅れて、弓弦葉の右肩から左脇腹に掛けて裂傷が生じ、血が噴き出す。

「ここまで、深い傷を負ったのは、久しぶりだな」

 血が飛沫を上げたのは一瞬で、瞬く間に傷は塞がっていた。

「その状態で放置するのは、華月の意識に負担が掛かる。悪いが」

 もう一度、構える。

「次で、正気に戻ってもらう」

 弓弦葉の姿が、舞台から消えた――ように見えた。




「ヴィシュルは、一体何を創り出したわけ?」

 上空で観察していたテレジアが呆れていた。

「持ち主の意識を呑みこんで戦闘を続行するなんて、それは呪物(じゅぶつ)じゃない。あの子、まさか変なモノを材料に使ったんじゃないでしょうね……」

 そうして観察していると、ついに弓弦葉が華月の両腕を肘で切断し、剣と分離することに成功していた。

 だが、流石のテレジアもその次の行動は読めなかった。

「――え? 何で!?」

 弓弦葉は上空のテレジアが見えているかのように、華月の身体を更に『魔法強化』までして蹴り飛ばしてきた。

 猛スピードで飛んできた華月の身体を受け止めたテレジアは、抗議の為に直ぐに降りようとしたが、弓弦葉が下で、本体にくっ付こうとしている両腕を抑え込んでいることに気づき、先ずは華月の意識を覚醒させることにした。

「暢気に、気を失ってる場合か!」

 魔力を纏った渾身の頭突きが、華月の後頭部に炸裂した。

「ぉうふ……。イテェ……」

「目が覚めましたか?」

「……え? テレジア……?

 はっ!? え! あ!? どうなってんだ!?!?」

 どうやら完全に記憶が飛んでいるらしい。状況を把握出来ていない。

「え? 両腕が!? あ、え?」

「少し落ちつきなさい。

 ……貴方とユヅルハの試合は中止です。ヴィシュルにも聞く事が在ります」

 テレジアは、ゆっくりと下へ降り始めた。





[26014] 第65話 剣を廻って 転部21話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2013/04/01 22:59

 弓弦葉が華月の両手を踏み砕き、剣を蹴り飛ばした。

「……これで、戻しても大丈夫だろう」

 華月の両腕を串刺しにしていた両刀を引き抜き、戒めを解く。

「済みましたか?」

「ああ」

 そこにテレジアが着地する。同時に展開していた飛翼を格納し、何時もの姿に戻る。

 華月の両腕は本体が近づいた事で切断面から先程と同様に筋組織やら何やらが伸び、定位置に戻った。

「……再生能力が上がっていますね」

「一般的な竜騎士と同等の速度だな」

「あ……、はぁ……」

 普通の竜騎士はこんな気色の悪い傷の再生をするのだろうか。

「ヴァーナティス、舞台の効果を全て切りなさい」

「はい」

 テレジアから鋭い指示が飛び、ヴァーナティスが即座に応じ、舞台に展開されていた魔法結界、及び魔法効果が一斉に消失した。

「さて、ヴィシュル」

「う……はい」

 華月を解放し、ヴィシュルに向き直ったテレジアは、その眼をギラリと光らせる。その眼光たるや蛙を睨む蛇のようだ。

「貴女は、一体何を作ったのですか?」

「……竜騎士の武器です」

「確かに。

 その性能は十二分だと思います。しかし、傍から見ていて感じるほど、アレは禍々しいモノです。……もう一度聞きます。
何を、作ったのですか?」

 決して言葉は鋭くなく、重圧も感じない。しかし、ヴィシュルは感じた。純粋な恐怖だけを。

「数種の不朽金属を合金して、鋭利さ、重量、質量、魔力特性、魔法特性を今までの専用武器よりも高位に――」

「性能云々の話ではありません。誤魔化すつもりなら端的に言いましょう。


 呪物を、創っていませんか?」


 踏み込んだ、本当に端的な質問。

 しかし、それに対しヴィシュルはテレジアを睨み返した。

「創っていません!!

 どれだけ詰られようと、それだけは許しません!」

「……。持ち主の意識を侵食して、強制的に戦闘を続行させるようなモノは、呪物以外の何だと?」

「あれは――!」

「この、バカ娘がっ!!」

 二人の険悪な雰囲気を怒声が掻き散らした。

「へ――ぶっ!?」

 ヴィシュルは背後の森から、縦横に高速回転しながら飛んできた何かに激突され、鮮やかに吹き飛ばされた。

 ヴィシュルにぶち当たり、勢いを無くした物体は、ゴトン。と、重く鈍い音を立てて地面に落ちた。

 それは大きな鎚だった。使い込まれているのか、鈍い光を反射するガンメタリックの鎚。

「ヴィシュル! テメェ、ヴァーヴァストを使いやがったな!!」

「……~~っ! ッテェなクソ親父!! 何すんだよ!!!!」

 吹き飛んで地面に伏していたヴィシュルが跳ね起きて、森から現れたドレンに向かって吼えた。ついでに地が出ている。

「鍛冶に使うんじゃねぇって言っただろうが! よりによって禁忌金属に手ェ出しやがって!!」

「アタシの計算じゃアレを入れる事で全ての特性値が倍になるんだよ!

 使わない手があるかっ!!」

「やっぱり使いやがったのか!」

「あ!? テメェ、カマ掛けやがったな!!」

「親に向かってテメェだと!?」

 小さい身体で怒気を滲ませながらズンズンとヴィシュルに向かっていくドレン。その額には無数の血管が浮き上がり、全身の筋肉が隆起し、服がはち切れんばかりになっている。

「うわ……スゲェ筋肉……」

「そうだな。だが、これが普通のドワーフだ」

「感情の起伏で全身の筋肉があのようになります。怒りが強い時ほど派手に隆起します」

 思わず呟いた華月だったが、いつの間にかその近くには弓弦葉とヴァーナティスがいた。

 テレジアは静かに成り行きを見ている。

「アレがどれだけ危険か、ホントに小せぇ頃からさんざっぱら言い聞かしてきただろう、がっ!」

 ドレンの拳がヴィシュルの鳩尾に綺麗に入った。

「いつまでも昔を気にしてたら、進歩しねぇだろう、がっ!」

 ヴィシュルは何事も無かったかのようにドレンにアッパーカットを決めた。

「……え~……肉弾戦?」

「ドワーフの喧嘩は基本的に素手で殴り合いだ。どちらも頑丈だからな」

 殴り合う二人のドワーフからは普通の殴り合いとは思えない物凄い音が響いてくる。


 カタ、カタカタ……


 そんな中、華月の耳に、舞台端の方から小さな音が聞こえた。

「……?」

 華月がそちらに視線をやると、弓弦葉に蹴り飛ばされたファスネイト・ダルクが微妙に振動していた。まるで「放置しないで」と言っているようだ。
 
 しかし、華月は拾いに行くか一瞬悩んだ。

 それを敏感に感じ取ったのか、ファスネイト・ダルクは微振動を止め、存在感を小さくしていく。これは「どうでもいいの……」と、拗ねているようにも取れる。

「……」

「どうした?」

「いえ……何でも……」

 華月の挙動を不審に思った弓弦葉だったが、華月が何も答える気がなさそうだったのでそれ以上聞くのを止めた。

 しかし、何だかあんまりな反応をする剣だ。本当に意思を持っているようだった。

 放置しておくのも何だか忍びなくなった華月は、懸念を一旦頭から追い出し、拾うことにした。

 近づくと、さっきまであった存在感が本当に小さくなっていた。そこに在るのに無いかのように感じるほどだ。

 完全に治った右手で柄を持ち、拾い上げる。

「……特に、何も感じない?」

「オイ! コラァ!! ソレで揉めてんのに何拾ってんだテメェ!!!!」

「いや、だって何ともないし」

 ヴィシュルと殴り合っていたドレンから華月に怒声が向けられるが、華月は全く気にしなかった。

「むしろ、さっきより馴染んだような?」

 軽く振ってみる。

 そして感じるさっきとの違い。さっき以上に一体感が増していた。本当に自分の腕が伸び、振っているような感じだ。

「……おい、バカ娘。まさか、自分の血をかけたりしてねぇだろうな?」

「……え?」

 華月の様子から何かを察したドレンが、ヴィシュルがドキリとする質問を静かに投げる。

「……そんで、あの小僧の血も、かけてねぇだろうな?」

「な、何さ……」

「――……色々、言いてぇ事があるが……。

 テレジア」

「はい」

「……。

 あの剣は呪物じゃねぇ。ただ、似た性質を持った、魔性の剣だ」

 ドレンがうんざりした口調で言い放った。

「詳しく、お聞かせ願えますか?」

「ああ……解説してやるよ……」




 ノーブル・ダルクの一室に、正座させられたヴィシュル、椅子に座り、足組で肘掛けに肘をつけ、頬杖をついたアルヴェルラ、ヴィシュルの脇には大きな鎚をぶら下げ、不機嫌な顔で仁王立ちするドレン、アルヴェルラの両脇に華月とテレジアがそれぞれ立っている。

「……で?」

 物憂げなアルヴェルラが短く一言。

「ウチのバカ娘が、とんでもねぇモン創っちまった」

「これがそうか?」

 それぞれの組の間にぽつんと置かれ、存在感を小さくしているファスネイト・ダルクがあった。

「ああ、この剣の材料にヴァーヴァスト鉱石が使われてる」

「ん~? ……ああ、お前たちの祖先が使って、何やら大災害を引き起こしたっていうアレか」

「ああ。ヴァーヴァストは錬成して鍛造、成形した後に条件を満たすと、ある特性とともに不朽金属になる変性金属だ。

 問題は、その特性。自意識の獲得と、所有者との同調による性能乗数化だ」

 ドレンの説明に、アルヴェルラはため息をつく。

「その特性で、何故地方の歴史書に残るほどの大災害が起こったんだ?」

「武器が自意識を持つ。それにゃぁ特に問題は無ぇ。んな代物、古式魔剣とか腐るほどあるからな。厄介なのは所有者の意識と同調して、その性能を乗数で倍化していくことだ。備わっている機能が強力であればあるほど、所有者が強大であればあるほど、危険指数は跳ね上がっていく。

 昔、ご先祖が頼まれて作ったのは杖だった。魔法の増幅装置としての機能を持っていた。最初の所有者は貧弱だった自分の魔法を強化したかったんだろうな。そいつが使う分には問題なかった。だが、そいつは杖の秘密を知った他の魔法使いに殺られて、杖を奪われた。よく聞く悲劇だが、その杖を奪った魔法使いが問題だった」

 ドレンがヴィシュルを睨む。

「ドーランヴァナッシュ。爆炎のドーラの名で今も語られてるな。人間の魔法使いの知名度を、そこまで響かせるだけの力と、歴史書に記録されるほどの災害を引き起こす威力を発揮した。

 今も何処かに眠る、魔杖コールド・ブレス。ありゃぁ、アーズの恥だ」

「……。まぁ、言いたいことは解った」

 静かに話を聞いていたアルヴェルラは、面倒臭いという感情を隠そうともしていない。

 ただ、端的にドレンの考えを読んでいた。


「この剣、壊したいんだろう?」


 アルヴェルラの言葉に、ドレンが頷く。

「ま、待ってよ!

 そんな事――」

「黙ってろ!!」

 ドレンが食い下がろうとしたヴィシュルを一喝する。

「同じ事を繰り返すつもりは、ねぇ! 特に、俺の代でんな不始末を――」

「ほぉう、ドレン。つまりお前は、カヅキが、私の騎士が、災害を引き起こすような、そんな使い方をすると、そう思っているというわけだ?」

 アルヴェルラがドレンの言葉を遮って、流し目を送りながら何気ないような口調で、不満を表す。

「それは見過ごせないなぁ。頂けないなぁ。

 ……許せないなぁ」

 自身の騎士を過小評価される。それは即ち、その者を騎士に選んだ、ドラゴンすら過小評価されていると言う事だ。そんなことは到底――。

「赦せないぞ?」

 アルヴェルラの顔が歪んでいく。例え盟友であろうとも、プライドに傷をつける様な真似は赦せない。

「……適当な理由で、邪魔すんじゃねぇ」

「……ドレン。私はそれほど愚かではない。以前、お前が武器の作成を断った時とは状況が違うぞ?」

「アレは話を聞かなかった俺が悪かった。今度、改めて俺が作り直す。だからコレは――」

「そんな言葉で片付く事では無いんだ、ドレン。お前、私たちに慣れ過ぎて忘れたか?」

 アルヴェルラが嫌な、厭な笑顔を見せる。目が、眼が笑っていない。嘲笑(わら)っている。

「ドラゴンの誇りは、そんな言葉で慰められるほど、安くはないぞ」

 アルヴェルラの言葉に怒気が混じり始める。どうやらドレンが武器製作を断った事はアルヴェルラの中ではかなり大きなしこりとなっていたようだ。

「それに、な。この剣を使うかどうか……決めるのは私では、無い」

 アルヴェルラの顔が華月に向く。美貌の中、確固たる意志を示すその目が言っている。


『お前が決めろ』


 と。

 決定権を華月に委ねている。

「そんな風に観られると、な……」

「……小僧、コレは諦めろ」

「……カヅキ、さん……」

 華月を睨みつけるドレンに、どうすればいいのかわからない風のヴィシュル。

「……」

 当の剣は沈黙したまま。

 華月はため息ひとつ。アルヴェルラの脇を離れ、剣の方へ歩き、無造作に剣を拾い上げる。そして直感する。

「ヴィシュルが創ってくれた、俺の為の剣だ。不朽金属だって壊す自信があるなら、壊してみればいい」

 ドレンに刃を向ける。この状態なら剣の腹を強打されれば普通の剣なら砕けることもあるだろう。

「抜かせ青二才がぁっ!!」

 ドレンが脇に吊っていた大鎚を振りかぶる。

「在るべき姿へ、元素還元(エレメント・リターナ)!」

 ドレンが唱えると、大鎚が輝く。ドレンの上半身がバンプ・アップする。

「散らせ、デクレッシェ!」

 大鎚――デクレッシェが更に輝く。

 そして振り下ろす軌道を変え、ファスネイト・ダルクの横っ面を打ち据える。

「ぐっ……!?」

「まぁ、当然だな」

 甲高い金属音が響き渡る。

 
 が、ドレンはデクレッシェを振りきれず、華月は先ほどと同じ格好でファスネイト・ダルクを保持していた。

 砕けなかった。

「……クソッ!」

「と、言う訳だ。

 ヴィシュル、俺の剣はこのファスネイト・ダルクがいい」

「……え?」

「さっきのは、俺がこいつを『知らなかった』から起こったことだ。大丈夫、お前はちゃんと、竜騎士の専用武器を鍛え上げたよ」

「……ちっ、後で泣き入れんじゃねぇぞ。

 俺は帰る」

 ドレンが全員に背を向ける。

「ヴィシュル、テメェが創ったんだ。後の面倒はテメェで診ろ。

 小僧、精々ソレに喰い潰されねぇことだ」

 そのままの格好で続ける。

「……アルヴェルラ」

「何だ?」

「――俺が、悪かった……。用があるから二、三日したら来てくれるか?」

 ドレンの申し出に、アルヴェルラは周囲に解らないレベルで苦笑すると、答えた。

「解った。後で行こう」

「ああ。

 じゃぁな」

 ドレンはデクレッシェを担ぐと本当に帰ってしまった。

 その様子にアルヴェルラは今度は解りやすく苦笑する。

「やれやれ、素直になれない奴だ。

 ヴィシュル」

「は、はいっ!?」

「よくやったな。製造方法と出来上がった物には難があるようだが、ドレンの創造物破壊に対抗しきる、見事な一品だ」

「あ……ありがとうございます……?」

 ドレンが唱えたのは対人工物用の極大破砕魔法だ。人造物ならほぼ全てを無条件破砕する。鍛冶・鍛造を極めた者だけが使える特殊な魔法だ。

「これでヴィシュルに課していた課題は達成された。

 そして、報酬を支払わないとな。何がいい?」

「……少し、考えさせてください」

 笑顔のアルヴェルラに対し、神妙な顔のヴィシュル。

「解った。決まったら言うといい。

 さて、これでこの件は落着だな。テレジア、喉が渇いた。茶を淹れてくれ」

「畏まりました」

 アルヴェルラはテレジアに指示する。

「お前たちも飲んでいくか?」

 そのまま茶会になった。




 



[26014] 第66話 儀礼正装の完成? 転部22話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:442cda0b
Date: 2013/05/03 23:14


 リフェルアは時間制限付きの工程を難なく終わらせ最終調整に入っていた。

『おお、殆ど仕上がったな』

『ここまで不手際は無し。見事と言う他無いな』

「……」

(さすがに、疲れたわね……)

 ミルドリィスとシュリゼリアの二柱が相変わらず呑気に感想を述べる。顔には出さないが、リフェルアは休憩を挿みつつだが、都合八日に及ぶ極限の集中により、身体は元より精神も疲弊していた。

『この根気は母親譲りだな』

『確かにな。フィーリアスは挫けるのが早かったからな。休憩の回数はリフェルアの倍ぐらい取っていたな』

(……褒められているのかしら? だとしても微妙に喜べないわね。倍の休憩を入れて、期限内に間に合うのなら、それだけ族長は作業が早くて正確だってことになる)

 リフェルアの両目の下には見事な隈が出来ていた。右手は腕ごと反応が鈍い上、指は針を握る形で固まりかけている。

(しかし我ながら、無茶をしたわね……。ドワーフと違ってあんまり丈夫には出来ていない割には、よく保った方ね)

 何だかんだ言いながらも打ち上げ、剣を完成させた後も元気に動いていたヴィシュルに対し、完成まで後一歩の所で無理が利かなくなっているリフェルア。二人の種族的な肉体強度の差は如実だった。

 後は数か所、表面に刺繍を入れ、釦や金具を取り付けるだけになっている。ここで集中力を切らせ、眠りに落ちる事だけは回避しなければならない。そうなったら、恐らく数日は眠り続けることになってしまう。

(……あ――。刺繍糸が……)

 余分に準備してあったはずの刺繍糸が、一色だけ無くなっていた。予定以上を通り越して、修正範囲が広がってしまったことと、その場で閃いた縫い合わせをし過ぎたせいだ。そのおかげでリフェルア自身、今までで一番の出来でこの工程までこぎつけているという自負があるが。

 しかし、今回使用している刺繍糸は特定の魔力と精霊の力のみを導通させる特殊な染料で染められている特殊品なので、当然のことだが代用は利かない。

 リフェルアはまだ右手よりまともに動く左手で、ある物を取り出した。エルフの静鈴だ。

「――」

 何事か呟くと、鈴を揺らした。

 そうして待つこと三分ほど。

「姉様、何か用ですか?」

「ええ、リフィル……。悪いのだけれど、新鮮なベルラの花弁を四枚、セフィールの水五リットル、無染ヴィークス糸十メートル、撹拌棒と一緒に持ってきてくれるかしら」

 蚊の鳴くような細い声で、材料をつらつらと述べたリフェルアはそれで椅子に凭れ掛かって目を閉じてしまった。

「えっと……はい。解りました」

 大好きな姉に頼まれ、断る気配など微塵も無い。言われた通りの物を準備するために走っていく。

『弟を扱き使うか』

『まぁ、仕方ないだろう。普通ならとっくに倒れている状態だ』

 二柱の言葉にも反応せず、リフェルアは只々沈黙していた。




 材料保管室に入り、材料をごそごそと漁る。

「えっと……。セフィールの水は今汲んでるから、後は無染ヴィークス糸十メートルと――」

 言われていた材料の殆どはここで揃う。ただ一つを除いて。

「ん~……新鮮なベルラの花弁って事は、摘んで来いってことだよね」

 乾燥させ、粉末になっている花弁は染料として様々な種類がストックされているが、新鮮な――つまり生花の状態で栽培しているものは品種が限られている。セフィールの内部、または周辺で環境を再現できるものだけが栽培されているからだ。

 ベルラはセフィールの大樹から少し離れた辺りに他の植物と一緒に栽培されている。

(姉様の疲れ方だと、意識が一回でも途切れたら詰んじゃうから……それまでに何とかしないと)

 水が汲み終った事を確認し、収納布に容器を収めて走り出す。ここから栽培地までリフィルの足でおよそ三分弱。

(急がないと! ――あ!! これも必要だよね!?)

 リフェルアが揃った材料で染色から始める事は解りきっている。だが、染色の後には乾燥させなければ糸は使えない。その為の段取りも何も出来ないだろうと解るほど、リフェルアは目に見えて衰弱していた。魔力も大分使い込んでいる様子だった。あのリフェルアがあそこまで自分の身を削るような縫製を、リフィルは見たことが無かった。

 何時も、いつだって澄ました顔で涼しげに作業をこなしていたのに。

 一分――いや、一秒の遅れだって今のリフェルアには負担になる。いつも、他者の前では凛としているリフェルアが、形振り構っていない現状がどれほどのものなのか、リフィルは完全とはいかないものの、理解していた。

 最後に一つの道具を追加で収納布に入れると、セフィールを文字通り飛び出す。
そして外に出るなり、

「質量軽減!(マス・オリヴィエイション)」

 自身の質量を装備品ごと一時的に軽減。体に掛かる重量負担を軽減する。

 身体の性能は変わらないので単純に加速が早くなり、制動が効きやすくなるが、反面向かい風や横風に滅法弱くなる。この時間の森の中が比較的弱い風しか吹かないので効果がある魔法だ。持続時間は五分程度。駆け抜けなければ。

 リフィルは目的地までいつもより早くたどり着いた。

「え~っと……。ベルラ、ベルラ――」

 木札でどの列に何が植えられているか判るようになってはいるが、所々木札の文字が掠れているものがある。熟練者は葉の形状や花弁の形で簡単に見分けるのだろうが、それは本格的にこちらの仕事を始めたのが遅かったリフィルには出来ない真似だった。

「え……っと、ビュレア? ブレイ? ベルラ……!」

 アルファベット表記でいうところの「B」列を後ろから見て、ようやく発見した。

(四枚……。採取にあたって特記事項は無かったよね)

 特殊な採り方をするものもあるが、ベルラにそういった制限はなかったはずだ。

 収納布に纏めて収め、来た道を引き返す。




 眼を開いたリフェルアは、自分の視界に異常を発見していた。

(……参ったわね。色彩が消えてる)

 自分の目に映るのは、モノクロの世界になっていた。白と黒とそれのグラデーションで作られるグレースケールの世界だ。

(目と頭に負担を掛け過ぎね。まさか腕より先にコッチが参るとは)

 だが、ここからの作業に色彩感覚は不要だ。後一色の刺繍糸で刺繍を終わらせ、釦を縫い付けるだけなのだから。

「姉様! お待たせしました!!」

 リフェルの声が響いてきた。それはリフェルアの頭にも響くものだったが、それは瑣事だ。

「お帰りなさい。準備は?」

「ばっちりです」

 ばさっと収納布を広げると、中身をその表面に取り出した。

 リフェルアの眼には水の入った圧縮容器とそれを注ぐ輪郭しか見えない容器。半透明の撹拌棒と白の糸の束。頼んでいない巻き取り機。そして薄い灰色の花弁が四枚確認できた。

(気を遣わせてしまったようね。巻き取り機を頼み忘れていたわ。

 ……花弁が薄灰色?)

 少しだけ違和感を覚えたリフェルアだったが、気にしている体力と精神力的な余裕は余り無い。

(握力は……駄目ね。今素手で抽出なんてしたら、針が握れなくなる)

 余力も殆ど無い。最早自分との戦いだ。

「リフィル、私の代わりに圧縮容器から水を移して、花弁を四枚一気に絞って三摘垂らしたら均一に撹拌しなさい」

「はい」

 リフィルは言われたとおりに圧縮容器から水を移し、脇に綺麗な布を置いて、四枚を軽く丸めた花弁の塊を掌の中央で両手を合わせて揉む。

 花弁の持つ植物の堅さが無くなってきたところで、捻りながら一気に圧縮。

 下方向に少しだけ隙間を作り、絞り出した液体を垂らす。

 一滴、二滴、三摘――。

 三摘目が垂れた時点で手を水の上から退かし、余計に抽出液が入らないところで両手を離す。脇に置いた布で右手だけさっと拭き、撹拌棒を持って水と抽出液を撹拌する。

「姉様、色を均一にできました」

「次よ。無染ヴィークス糸を浸して」

「はい」

 無染ヴィークス糸は半径五㎝で巻いてある。束ねてある紐だけ処理してそれをそのまま染色水に投入する。

 糸は見る間に染色水を吸い、見事に染まっていく。

 染色水は一分と掛からず無くなった。

「染色水が無くなりました。乾燥させます」

「解っていると思うけど――」

「はい。微風揺々(ブリーズ)ですね」

 五リットルの水を残らず吸い上げてすっかり重くなったヴィークス糸を持ち上げ、この作業場にも設置してある二本の棒に解しながら引っ掛けて伸ばしていく。

 伸ばし終ると、棒に対して水平になる位置に移動し、両腕を肩の高さで広げ、

「微風揺々(ブリーズ)」

 リフィルを中心に扇状にそよ風が発生した。

 これで完全乾燥まで放置だ。




 凡そ十分少々で完全に乾燥できた。

 それを確認し、リフィルは巻き取り機を使い、糸を巻き取って使える状態にする。

「姉様、準備できました」

「ありがとう。手間を取らせたわね」

「いいえ。このくらい何でもないです。頑張ってください」

「ええ。後、少しだから」

 リフェルアはリフィルから出来上がった刺繍糸を左手で受け取ると、右手に刺繍針を持ち、一発で糸を通し、作業を再開した。どうやら色彩感覚が狂っても、魔力と精霊の力は通常の色彩感覚とは違う部位で認識しているらしく、はっきりと視得た。

 疲れなど無いかのようにまた、驚異的な速度で縫いだした。

(……一応、気配を殺してここに居ようっと。下がれって言われなかったし)

 リフィルは端の方にゆっくり移動し、気配を殺し、膝を抱えて座る。

 リフェルアはそれすら気に留めず一心不乱に縫い続ける。

(うわぁ……見る間に刺繍されてく……凄い、なぁ――)

『ん~、この調子で最後まで保つか?』

『微妙なところだな。我々はまだ余力があるが、リフェルアの魔力と体力が保たん可能性があるな』

「えっ? わっ……!」

 リフィルの両脇に二頭身のデフォルメ上級精霊が何時の間にかいた。大声にならないように自分の口を慌てて両手で押さえる。

『小僧、フィーリアスの息子か?』

「は、はい……」

『リフェルアとも違う、妙な流れを持っているな。まぁ、今はどうでもいいか。そこで大人しく指を咥えて観ていろ。いずれ、お前も辿り着くかもしれない境地だ』

「はい」

 そんなことを言われている間も、リフィルの眼はリフェルアの手元に集中していた。

 ほとんどが縫いあがり、最後の釦付けに入った。

 そこまできて、リフィルはその服に違和感を感じていた。

(……でも、何で黒地に紫色の刺繍なんだろう? 黄色とか、そっちの方が映えると思うんだけどな?)

 終わったら聞いてみようと、そう思った。

「……終わっ……た――」

 最後の釦の縫い糸を止め、糸切鋏で切る。

 そして、完成すると儀礼正装は一度、強力に発光した。

『む……随分派手に光ったな』

『ここは、ほんのり光る程度だったはずだが……』

 二柱は揃って同じ格好で小首を傾げた。

 その突然の発光で視界を焼かれたリフェルアは、目を閉じて頭を振る。

「……何よ、今の光は――?」

 一度焼かれたことで色彩感覚が戻ったのか、色が正常に見えるようになっていた。そして、縫い上げた服を見て、リフェルアが一度、身体を振るわせた。

「………………」

「ね、姉様?」

 何やら、リフェルアから物凄い圧力が周囲に撒き散らされ始めた。

「……リフィル……。貴方……本当に、ベルラを摘んできたのよね……?」

「は、はい……!」

 思わず直立してしまう。

「どの列から?」

「えっと、『B』列、です……」

 そこで、こちらを見ていなかったリフェルアが、ギ・ギ・ギ・と、ぎこちなく首を動かして振り向き、頭をかくんと斜めにする。

「……ベルラは、『V』列よ……! 貴方が摘んできたのはベイルラの花弁よ!!」

 言われた瞬間、リフィルの思考が凍り付く。

「……え? ええ!? そんな、そんな事……が……。

 それじゃ、その儀礼正装は――」

「どんな状態になっているのか、調べないと解らないわ! ああ、もう――!?」

 取り乱し、絶叫しかけた所で、プツっと、椅子から崩れ落ちた。

「わ、わ、わっ!? 姉様!!」

『む、限界が――』

『ここま――』

 二柱が強制送還され消失した。

「え、ちょっと!? ど、どうすればいいのーっ!?!?」

 その場に取り残されたリフィルの絶叫が響き渡った。





[26014] 第67話 魔族の退城、全ての引き渡し 転部23話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2014/01/14 00:34

 リフェルアが倒れた翌日。ノーブル・ダルク城の謁見の間には玉座に座るアルヴェルラ、脇に直立不動で控える華月、同じく反対側に控えるテレジア、三段ほど低い位置で直立する弓弦葉が居た。

「滞在中の持て成しに、最大限の感謝の意を」

「何、気にするな。礼儀正しく訪問してきた使者に対する当然の対応だ。魔族の皆がお前のように礼節を重んじてくれるなら、我らは同じように対応しよう。

 それより、私の方こそ礼を言う。我が竜騎士カヅキに稽古をつけてくれたこと、感謝するぞ」

「はっ。感謝の言葉、有難く頂戴いたします」

 まるで他人同士の会話だ。それも仕方ない事だろう。余人の居ない場とは言え、正式な退城の挨拶なのだから。

「それでは、これにて失礼いたします」

「ああ。新たなる魔王殿に宜しく伝えてくれ。

 その内、魔王の使者としてではなく、ユヅルハとして遊びに来てくれ。私は何時でも歓迎する」

 にこやかに誘いをかけるアルヴェルラ。それに対し、少しだけ笑顔で答える弓弦葉。

「はい。またいずれ」

「さて――、ヴァーナティス」

「はっ、此処に」

 アルヴェルラの一声。その声に答えたヴァーナティスは、柱の影から現れた。

「ユヅルハをドラグ・ダルク領の境界線まで送ってくれ」

「はい。承りました」

「お気遣いに感謝いたします。それでは、失礼致します」

 弓弦葉は深く一礼し、踵を返すと退室する。それに続いてヴァーナティスも出ていく。

 扉が閉じ、部屋の中に三人しか居なくなる。

「さぁて……。魔族とは不可侵の約束ができたが……。人類種側がどう出てくるか。それが問題だなぁ」

「そうですね。連中が五百年前の条約を穿り返してくると面倒ですね」

「……そんなもの、反故にしてもいいんだが、なぁ……」

 アルヴェルラの顔が少し歪む。

「イナティルの阿呆め……。油断ならないと言い含めていたのに」

「……今、あの子を責めても仕方ありません。それに条約の有効期限は後二週間程度です。連中がその間に此処へたどり着くことは先ず無いでしょう」

 テレジアが目を閉じ、吐き捨てるように呟く。

「まぁ、その一週間前に六竜会議だ。今回の会場はどこだった?」

「前回がドラグ・シャイン、シャイニング・ドラゴンの居住地でしたから……今回はウェンティアのドラグ・フェーム――フレイム・ドラゴンの居住地ですね」

「これは私とテレジアが出ないとならないからなぁ……。

 …………行きたくないな、あそこは」

「陛下はファルア陛下が苦手でしたね」

 うんざり気味なアルヴェルラに対し、テレジアは涼しい顔のままだ。

「カヅキも、苦手だろ?」

「……得意ではない。そう言う事にしておいてくれ」

 話を振られた華月は、ファルアネイラに仕掛けられた意趣返しで懲りているらしい。まぁ、軽く廃人コースへ送り込まれればそうなっても仕方ないだろう。

「……あ! そういえばテレジア……。あの時は勝手にカヅキを連れ出したな?」

「……陛下はお忙しいご様子でしたので、私が代行しましたが。何か問題でも?」

「この……抜け抜けと……!」

 ギリギリと歯軋りしそうになるアルヴェルラだったが、ここで重要な事を思い出した。

「……六竜会議……。不味いな、非常に不味い」

「どうしました?」

「カヅキの儀礼正装はどうなっている? 間に合わないと非常に不味いぞ」

「昨日、おおよそ完成したと連絡がありました。試験があるのでどうこう言っていましたが」

「……何故それを言わない?」

「今、申し上げました」

 変わらず涼しい顔のテレジア。本当にイイ性格をしている。

「……もう、いい。

 カヅキ」

「ん?」

「今から私は飛翼を展開する。綺麗に切り取って儀礼正装の具合を確認してくるついでに外套を仕立ててもらってこい」

「……ああ、外套の素材はヴェルラの飛翼だったっけ。解った」

 アルヴェルラは玉座から立ち上がると、部屋の中央辺りまで歩き、バサッと飛翼を展開した。

「……なんだか、いつもより大きくないか?」

「小竜の大きさにしてある。いつもの大きさでは足りないからな。

 あ、痛くするなよ」

「善処するよ」

 華月はファスネイト・ダルクを抜き、勢い良く走り、アルヴェルラの横を抜ける。

「巧くいったようですね」

 テレジアが言うと、アルヴェルラの飛翼の一部が、ハラリ。と、切り離されて落ちる。

「……驚いたな。いきなり随分剣の腕が上がったんじゃないか?」

「先輩に扱かれたからな。痛かったか?」

「いいや。だから驚いているんだ。もっと痛い思いをするかと思った」

 飛翼を格納し、アルヴェルラが嬉しそうに笑う。

「知識、体術、剣術は私の想定していた段階を通り越したな。後は取り敢えず魔法だけか」

「……難しいものが残ったな」

「まぁ、何とかなるだろうし、するんだろう?」

「まぁ、な」

 アルヴェルラにそう言われてしまうと、こう返すしかない華月だった。

「テレジア、カヅキについてフィーリアスの所へ行ってくれ。

 私はドレンの所へ行く」

「はい。了解しました」

 テレジアは返事をすると、切り取った飛翼を丸めている華月の首根っこを無造作に掴むと、引きずり始めた。

「お、おい、テレジア?」

「さっさと行きますよ。使者の様子が可笑しかったので、少し気になっているんです」

 華月はそのまま引きずられていった。

「……何だか、嫌な予感がするが……。あっちはテレジアに任せるとしようか。

 ドレンも、妙な様子だったし、な……」

 アルヴェルラも、少し早いがドレンの所へ向かった。




 ドワーフの住居はやけに静かだった。

 一つだけ、物凄い鍛造の打撃音が響いている以外は。

「この間隔は……ドレンだが、何だ? 相鎚が入っているな」

 擬音にするならドガキン! の、後にガギン! と、音が入っている。

「ん~? どういうことだ……。ドレンの相鎚をやれる奴は居ないという話だったはずだが」

「あら、アルヴェルラ陛下」

「む、ヴィネスか。何かあったのか> やけに静かだが」

「あ~、ウチの人がね、『テメェら、二~三日静かにしてやがれ』って一方的に言って工房にヴィシュルを連れ込んで仕事始めちゃったのよ。皆、ああなったあの人がアレだって解ってるから」

「ああ、そう言う事――ん? じゃぁ、この相鎚は」

「ヴィシュルよ。親子で何作ってるんだか」

 ヴィネスはやれやれと言わんばかりだ。

「もうすぐ出来上がるはずよ。音が変わって小刻みになってるから、最後の整形なんでしょうね」

「そうか。少し早いかと思ったが、丁度良かったか」

 二人がそんな話をしていると、音が途切れた。

「終わったようね。どうぞ、進んでくださいな」

「ああ、邪魔するぞ」

 アルヴェルラはそこで、ヴィネスが自分をここに足止めしていた事を理解した。

(相変わらず、ヴィネスはこの手のさり気無い搦め手が巧いな)

 少しだけ苦笑しながら、アルヴェルラはドレンの鍛冶場に入る。

「アルヴェルラだ。ドレン、私に用とは――?」

「……おう、少し早ぇんじゃねぇか? まぁ、モノは今出来上がったとこだ。もう少し待ってろ」

 ドレンは出来上がったという何かに細工している。アルヴェルラからはドレンの背中しか見えないので何なのか解らない。

「……ヴィシュル、大丈夫か?」

「…………きゅぅ~…………」

 情けない声を出しながら、ヴィシュルがへたり込んだ。床にぺったりと張り付き、アルヴェルラがしゃがみこんで突っ突いても動かなくなる。完全に力尽きた様だ。

『ああ、流石に堪えた様だな』

『まぁ、仕方ないだろう。あの剣を打ち上げた後、そのままコレだからな』

「ヴェルセア、ガトレア。お前たちが居ると言う事は、不朽金属を鍛造していたのか?」

 二人の周りに土くれの人形と炎の塊が現れる。

『ああ、アルヴェルラ』

『その通りだ。良いモノが出来上がったぞ』

「二人とも、ありがとう」

『何、礼は要らん』

『我々精霊も、ドラゴン達には日頃世話になっているからな』

 二柱が仮の器を解いて去って行った。

「は、終わったぜ」

「お、何を作っていたんだ?」

 ドレンが顔を半分だけ向いて、アルヴェルラに声を掛ける。

「……お前と小僧に、詫びの品だよ」

 ドレンが作業していた机の上には、黒と金の金属で作られたガントレットとグリーブ、サークレットがあった。

「竜騎士には、金属鎧は不要だからな。だから籠手と脚絆付具足、額当だ。持ってけ」

「……成程な。お前の誠意の証がコレならば、解った。受け取ろう」

「水に流せとは言わねェ。俺の眼が曇ってたのが悪いんだからな」

「……本当、素直じゃないな。

 いい、いい。解ったから」

 ソッポを向いているドレンに対し、アルヴェルラは苦笑する。

 そして机の上の物を一纏めに取ると、

「もう少し、ヴィシュルを可愛がってやったらどうだ? お前に認められるため、自分の限界を超えようと難題に挑んでみせたのだからな」

「……へっ、解ってる。認めねぇわけにゃいかねぇよ。

 もう行け。大きさは間違ってねぇから、そのまま使えるはずだ」

 ドレンが手を振る。アルヴェルラはソレに声では答えず、足音を立てながら去っていく。

「へっ、素直じゃねぇのはお前もだろうが」

 ドレンは、そこで苦笑してみせる。




「……」

「……」

「……」

「……」

 四人は、同じような理由で沈黙していた。

「微妙ね」

「微妙ですね」

「微妙ですねぇ」

「これは……微妙すぎる……」

 大きな姿見の鏡には、儀礼正装を身に纏った華月が写し出されているのだが、正直、似合っているかと言われれば、微妙としか言いようがない。似合っていないわけではないが、何故かこう、服に着られている感じがある。

「しかし、随分派手に仕上げましたね。表面の刺繍が紫の儀礼正装は初めて見ましたよ」

「……ちょっと、理由があるのよ」

「あ、カヅキ君。その竜騎士細工の装着感はどうですか? 個人的には悪くない仕上がりだと思うのですが」

「ええ、付け心地は悪くないですけど……。何でこの形状なんですか?」

 華月の首は白銀の使われているチョーカー――首輪とも言う――が、付けられていた。六枚のミスリル・プレートを何かの生地で繋いであるようで、その内の一枚に精霊石が埋め込まれている。

「アルヴェルラ陛下の注文なので、ご本人に訊ねてください」

「ヴェルラ……」

「陛下……」

 笑顔のフィーリアスに対し、華月とテレジアは少しだけ脱力した。

「では、私は外套を仕上げてきますので。

 リフェルア、ちゃんと説明してくださいね」

「……解っています」

 フィーリアスが切り出してきたアルヴェルラの飛翼を持って去っていく。リフェルアは物凄く体調が悪いようで、顔色が悪い。

「……その儀礼正装は、私、リフェルア独自の解釈で作られています。今までの物より、あらゆる性能面で向上している……筈。色々と既存の物と違うのはそのせいです」

「ほう、そうですか。

 では――」

 テレジアが突然、前振りも何もなく華月の腹に拳を突き入れる。

「え?」

「……ふむ」

 だが、その衝撃は全く華月に届かなかった。

「拡散できる程度の威力じゃ、届かないわよ」

「成程……。確かに、物理防御力は既存の儀礼正装より上がっていますね。普通なら竜騎士でも悶えるところなのですが」

「……テレジア、時々加減の調整が可笑しくないか?」

「いいえ。別に可笑しくなどありませんよ」

「あ、そうですか……」

 もう諦めた華月だった。

「その他、対魔法防御や諸々付加機能があるわ。詳しくは――」

 リフェルアが何か、紙の束を出してきた。

「纏めておいたから、これを読んで」

「あ、わざわざ悪いな」

「いいのよ。調査するついでに纏めただけだから」

「……調査、ですか」

 リフェルアの言葉に、テレジアが引っ掛かった。

「ええ。リフィルに着させて、色々と調べたわ。だから、ソレは万全の儀礼正装よ。これからの基準になるかもしれないわね」

「武器と違って他の奴が着ても効果があるのか」

「一応ね。本人が使ってる時が一番の効果を発揮するけど、他の者に着させても問題無いわ。ただ、その場合はちょっと頑丈で高機能な服程度になって、不朽性は無くなるわ」

「成程ね」

「カヅキが着てれば刃物で斬れない、火で燃えない、腐らない、風化しない。脱いでいるときも、最後に着たのがカヅキならそれは変わらないわ。着るという基準も書いてあるから、よく読んでおくことね」

「お、おう……」

 汎用性はあるようだが、専用武器より扱いが面倒そうだった。大雑把なドワーフと繊細なエルフの差。何てリフェルアに言われそうな気がした華月は、言うのを止めた。

「……私が気に入らないのは、竜騎士細工と外套を族長に作らせた事ね。私の体力と魔力が保てば、私が全部やったのに」

「無理はしない事ですよ」

『体力も魔力も一回尽きたヤツが大きな口を叩くな』

『現時点での限界を知っておきなさい、リフェルア』

 フィーリアスが戻ってきた。両脇にデフォルメされたミルドリィスとシュリゼリアが浮いていた。

「おや、ミルドリィス様がこちらにいるとは、珍しいですね」

『大きなお世話だ、侍女長』

「二人も、力を貸してくれたんですか」

『この辺りの四属性の上級精霊では、私、ミルドリィス、ガトレア、ヴェルセアの一番力が強いから、必然とそうなる』

「ありがとうございました」

『……ふん、礼は要らん』

『精進して、素晴らしい竜騎士になりなさい』

 二柱はそういって仮の器を解いて去った。

「お待たせしました、これで儀礼正装の引き渡しは完了です」

 そう言ってすっかりいい具合に鞣された外套を渡してきた。

「……この短時間でどうやったのですか?」

「ふふっ、ヒ・ミ・ツ、ですよ♪」

 そう笑顔で嘯くフィーリアスに、その場にいた三人はちょっとした恐れを感じた。



[26014] 第68話 魔法講師はお役御免 転部24話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2013/06/19 00:06


 儀礼正装を引き取り、一先ず『着て』から竜騎士細工以外をテレジアに預けた華月。

「……何故、私が持たされているんですか?」

 布包みを片手に、テレジアが半眼で華月を流し見る。

「ディーネの所に行ってくるから、持って帰ってくれ」

「……仕方ないですね。精霊石を使用しての属性魔法の実践ですか?」

「そうだ。いい加減魔法の使い方を何とかしないといけないからな。

 いつまでも、分割意識体頼みで使ってるわけにもいかないからな」

 そう、華月は仕方なく分割意識体を幾つか、魔法専用に使い、魔族と同等の速度で魔法を使っていた。だが、幾ら少しの割り当てとは言え、分割意識体を塞いだ状態でいるのは、納得できなかった。

 何か、もっと効率的な使い方があるはずだ。と、思っていた。

 テレジアは仕方ないと言わんばかり――。

「私は先に帰って陛下に報告してきます。好きにしなさい」

「ああ。頼んだ」

 華月はテレジアにそう告げると、転移門を起動し、一旦ノーブル・ダルク城へ戻る。そこから転身系と流身系を使い、走ってディーネの住処へ。

「さて、起きててくれるといいんだけど」

 最初の時は完全に眠っていたディーネ。後でアルヴェルラ、テレジア、フェリシアの三人に聞いた所、どうもディーネは普通のドラゴンより多くの睡眠を要するらしい。それが何故なのかは誰も教えてくれなかった。

「ディーネ? 華月だ。起きてるか?」

「……いっつも寝てるみたいに言わないでくれる? 起きてるわよ」

 ディーネは椅子に座り、集中して何かを書いていたようだった。紙を通してテーブルをペン先が叩く音がする。

「邪魔したか?」

「大丈夫よ。今、終わったわ」

 ディーネがペンを放り出し、一枚の紙を手にして華月の方へ歩いてくる。

「……推察から推測し、推論を展開して推定した」

「何を?」

「カヅキの持つ、もう一つの玉の『特性』よ」

「え? そんなことできるのか?」

「不可能ではないわ。確実とも言えないけど。正解確率60%ってところ。情報が少なすぎてね」

 ディーネはやれやれと肩を竦める。

「……でも、なんでそんなこと気にするんだ?」

「カヅキが余計な手順を踏まずに魔法を使うためよ。ただ、凄い危険性が――」

「そんな事ができるのか!?」

 ディーネの言葉に思いっきり食いついた。食らい付くような勢いだ。

「……よく聞きなさいよ、危険性があるの! カヅキの能力だと百分の一の確率で!!

 個人的にはお勧めしないわ……。テレジアが言うには、あの万人殺しに教示してもらって分割意識体を使って魔法を高速使用できるようになってるらしいじゃない? それで満足しないのかしら?」

「分割意識体をソレの為に割くのが納得できない」

「……その分割意識体を使う手法も、平均的な人間の魔法使いが普通に十年ぐらい修練して習得する技術なんだけど」

「一般的な事なんてどうでもいい」

「……その技術を習得すれば、大魔法使(だいまほうし)って呼ばれるんだけど」

「あくまで人間の基準でだろう? 俺にはそれじゃ足りない」

 きっぱり言い切った華月の姿を見て、ディーネが究極に深くて大きいため息をつく。

「全く、陛下もテレジアもこの子に背負わせ過ぎよ……」

 華月に聞こえないぐらい小さく呟いた。

「じゃぁ教えるわ。でもね、これだけは覚えておいて。貴方が私の『弟子』なら絶対に教えなかった。この手段はそれだけの危険がある」

「承知した」

「……ちょっとぐらい迷いなさいよ。

 失敗した時の被害も言って置くわ。

 先ず、一回死ぬ」

 その程度、華月には何ら躊躇う理由にはならない。

「次、その玉は永遠に喪失する」

「……構わない」

 今までも未覚醒の玉には頼らなかった。あの時の一回を除いて。だから、無くなった所で今なら問題ない。

「最後。魂の無事は保証は出来ない」

「…………それでも、だ」

 頑なな華月を論理で砕く事は出来ない。そう悟ったディーネは方向性を変えた。

「追記、失敗して魂が砕けたら陛下が号泣して塞ぎ込む」

「……それは、困る……。

 が、成功させれば問題ない」

「……もういいわ。教えるから……」

 ディーネが根負けして折れた。

「この方法で魔法を使えるようにになる条件は一つだけ。

 玉を半覚醒状態で維持する事」

「半覚醒……?」

「そう。非常に難しい事よ。普通は未覚醒か覚醒状態のどちらかのみ。それを無理して中途半端な半覚醒状態という不安定な状態で維持する。はっきり言ってこんな事を実践するのは馬鹿のする事ね」

「何で半覚醒の状態にする必要があるんだ?」

「カヅキのもう一つの玉の特性が、恐らく通称『魔弾』と呼ばれる特殊中の特殊な特性を持っているからよ。

 今もって完全覚醒しないから怪しいと思ったら……まさか、よ。面倒この上ないわ」

「どんな特性なんだ?」

「一般的に知られているのは膨大な魔力を『生成』して、弾けて大爆発する。だから通称が魔弾。上手い事やればドラゴンだってその爆発で殺せる威力ね」

 ディーネがさらりと告げるが、当の華月からすれば洒落に成らない特性だ。一回限りの核爆弾でも持っているようなものだ。

「でも、その玉の特性の解釈は間違っているわ。正確には、『真価発揮』とでも言うべきね。その異界人の『真価』を『発揮』させる特性よ。その為の手段として阿呆みたいな膨大な魔力を生成して、その魔力で異界人の身体から魂から『描き換える』の。異界人から、別の何かに、ね」

 ディーネが腕組みをし、左手の人差し指だけを立てながら、片目を閉じて持論を展開する。

「過去、魔弾と言われるに至った爆発事例は覚醒に失敗して制御を失った結果よ。そして、この玉の最も厄介な覚醒条件は、解っている範囲では魂の慟哭とも言うべき根底からの絶叫する意志。

 これはあの万人殺しから聞いた話から推察したわ」

「さっきから万人殺しって、弓弦葉先輩の事か?」

「そうよ。万人殺しのユヅルハ。魔将軍・紅蒼刀のユヅルハ。

 カヅキは知ってるわね、ユヅルハが元は異界人だって事」

「ああ。俺の学校の先輩だからな」

「そう、そして問題は、ユヅルハが魔族としてこの世界に生きている。何故だと思う?」

「……魔族になるような出来事があったぐらいにしか」

 華月は弓弦葉に聞かなかった。何故魔族になってしまったのか。人間を辞めてしまったのか。

「詳しくは教えられないけど、ユヅルハには五百年前から今も進行している悲劇があってね。ユヅルハは五百年前の最初の事件のその時、カヅキと同じように真価発揮の玉を持っていた。そして、制御に成功した結果が、魔族化という状態を生み出したわ。

 それからは、歴史書でも読んだ方が解るわね。

 ともかく、ユヅルハは人類種の上位互換である魔族に成り――」

「人類種の上位互換? 魔族が?」

「魔族の正式な種族名は人類種魔人族っていうのよ。人類種が世界との結び付きを強固にして、あらゆる機能を拡張した結果が魔人族という形態に至っただけなの。魔族も広義には人類種よ。混血の半魔人族なんてのも存在しているわ。まぁ、その辺の話も私の禁書書架でも読んで頂戴」

 ディーネは床を指さす。どうやらディーネが危険だと判断した書物は地下に隠されているらしい。

「カヅキの真価発揮の玉が覚醒したらカヅキの場合はドラゴンの因子がどう作用して何に成るか予測できないの。だから完全覚醒は避けて、半覚醒状態で根本が人間以上のモノに成りかければ、魔法は感覚で使えるようになる――筈よ」

「そこも推定か」

「仕方ないでしょう? その玉に関しては覚醒に成功させた存在を、ユヅルハ以外に知らないんだから。大体、その玉の発生率も低いし、覚醒させる条件を満たす者も少ないの。統計を立てられるほどの数が無い上に、成功した者はそんな事言いふらさないわ。ユヅルハは特殊例よ。
それに言った通り、条件が条件だから今のカヅキで覚醒させられるかどうかも怪しいわ」

 条件を満たすには、一心過ぎるほどの純粋且つ本心からの叫びだ。華月にそこまでのものが、今現時点で出せるものなのか。ディーネの疑問はそこだけだった。制御はなんとかするだろう。華月の事を、そう評価していた。

「魔法が感覚で使えるようになれば、私が教える事は特になくなるわ。元々、魔法を体系化したのは人類種だしね。連中は手順を効率化するために魔法を系統分けして分類、基本を反復作業で頭に焼き付けて、応用することで使用を易くしているに過ぎない。元々意識一つで魔法を使える他の種族とは決定的に違うのよ。

 あ、精霊との盟約は私たちにも有効で、魔法の威力が上がるから。多分カヅキがどうなっても有効に働くと思うわ」

 ディーネがペラペラと説明してくれる。が、華月は大半を聞き流し、必要な部分だけ覚えることにしていた。

「さて、覚悟を決めたなら始めていいわよ。

 私は全力で結界を張るから」

 ディーネが右手の人差し指を華月に向けると、華月の周囲を複数枚の結界魔法が取り囲む。百が一の大爆発に対する防御だ。

「じゃぁ、始める」

 華月は自分の内に意識を向け、心の中で絶叫し始めた。




 結果だけ言うと、ディーネの立てた仮説は正しく、華月の努力は実った。

「……本当に成功させるとはね、驚きよ」

「……成功してよかったけど、何だ? 凄く落ち着かないんだけど」

「恐らく半覚醒状態の玉の影響ね。魔力が不安定になっているんでしょうね。普段は眠らせるか、その状態に慣れる事ね」

「慣れる方向でやるよ。いざって時にこの状態で手間取るようじゃ話にならない」

 華月が結界に手を触れ、何時もの感覚で魔力を集中する。

 硝子が砕けるような音が響き、華月を取り囲んでいた結界魔法が全て粉々に砕け散る。

「……その結界、一枚でも私の半分本気の魔法を二回は防ぐ強度があるのよ。よくもまぁ簡単に砕いてくれるわね」

「……魔力の量が三倍以上になってる感じがする……」

「そりゃぁそうでしょう。本当なら別の何かに変わるための魔力だもの。それでも全開じゃないって事だけ覚えておきなさい。そして、玉の状態には気を付けるように。完全覚醒させたらどうなるか本当に解らないんだから。

 魔法は今までと違って『どうするか』、『どうなるか』を意識しただけで使えるようになってるわ。一瞬で使えるけど、どの程度で抑えるかも同時だから、魔力遮断室の設定を変えて一万分の一の解放度で実践しなさい」

「解った」

 カヅキの返事を聞き、ディーネは両手を腰に当て、ふんす。と、鼻で大きく息を吐く。

「これで私が魔法について教える事は無いわ。何か解らない事があったら来なさい。下の書庫も私に断れば見せてあげるわ」

「ああ。

 魔法の教示、ありがとうございました」

 華月は右手を胸に当て、そう言った後、深く頭を下げる。

「どういたしまして。カヅキが弟子じゃなくて単なる教育対象で良かったわ。弟子だったらその頑固な頭を何とかしようとして何回か殺してるもの。

 これからは女皇陛下に仕える対等の仲間ね。宜しく、竜騎士カヅキ」

 ディーネはそう言って右手を華月に向かって出す。華月もその右手を出し、しっかりと握手する。

「今の実力なら、トレイアもカヅキを認めてくれるんじゃないかしら。今度、卒業試験をしてもらったら?」

「近い内に行くことにするよ。剣技にも少しだけど自信が持てるようになったし。

 それじゃぁ、今日はこの辺で」

「そうね。じゃぁ、またね」

 ディーネに見送られ、華月はディーネの住処を後にする。

「高性能だけど、難儀な子になっちゃったわね。さてさて、どうなる事か。ちょっとだけ怖いわね」

 華月を見送ったディーネは呆れ顔で呟く。

「この国の結界、強化しといた方が良い気がするわ。近日中に取り掛かるとしますか。

 ……あ~、少し寝溜めしないと駄目ね。全く、自分の事だけど私も難儀な体だわ」

 ディーネは寝床へ向かう。どうやら今から寝溜めするようだ。

「……そう、私みたいなのを増やさないためにも、国の結界は手を抜けないのよ」

 ディーネは他人にはよく見えない顔を少しだけ顰め、寝床に潜り込む。そして、次の瞬間には寝息を立てていた。恐るべき早寝の技だった。




 華月がディーネの住処から少し離れた辺りを歩いていると、人影が見えた。

 近づいていくと、その姿が次第にはっきりしてきた。

「……トレイア?」

「……よう」

 立っていたのはトレイアだった。

「何でこんなところに?」

「城に行ったら、お前はディーネの所だって言われたんだよ。さっきまで飛んでたんだが、お前が見えたから降りてきた」

 トレイアはそういうなり、手を地面にかざすと――。

「展開、グラン・グレイヴ」

 自分の愛槍を呼び出した。

「あたしんトコに来ない間、あのユヅルハに扱かれてたんだって? 随分楽しい事してたじゃねぇか」

 くるくるとグラン・グレイヴを取回す。

「恐らく、いや、確実に腕が上がったはずだ。確かめさせてくれ」

「――ああ。期待に添えるかどうかは、解らないけど――」

 華月も腰のファスネイト・ダルクを抜き放つ。まだ、大人しい。

「それが噂の剣か……。イイねぇ、期待しちまうねェ……!」

 傍から見ても解るぐらい、トレイアは楽しそうに笑っていた。

「陛下ほどじゃないが、あたしも全力では相手になる奴が居ねぇんだ。久しぶりに楽しませてくれよ!?」

 すっかりバトル・マニアの顔でトレイアが叫ぶ。余程鬱憤が溜まっているようだ。

 華月は心を落ち着け、半覚醒状態の心臓の玉に注意を払いながら、戦闘状態へ移っていく。

「行くぞ、トレイア」

「ああ、始めようじゃねぇか!!」

 華月が先に仕掛けた。鋭い剣線が奔る!






[26014] 第69話 剣術講師の苦笑 転部25話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:442cda0b
Date: 2013/07/08 00:34


 華月の抜き打ちをトレイアは正面から受ける。

 金属の刃と金属の柄が噛み合い、軋みにも似た音を立てる。

 トレイアは柄を回しながら捻る。刃は巻き込まれるように逸らされ、華月が体勢を崩す。何時もと同じ様に、槍の刃が華月を急襲する。

 斬撃一閃。何ら危な気も無く、華月は槍を弾き飛ばず。

「~~っかー! イイね、イイねェ……!! これだけでも解るよ、ああ、解る。一気に武器の扱いが巧くなったじゃないか!!」

 トレイアが叫ぶ。絶称を絶叫し激昂する。

「チマチマ確かめんのは止めだ、辞め!」

 トレイアから隠そうともしない知覚域が展開される。放出され、収束される魔力が桁を穿き違える。

 他の竜より筋肉質な体は、血管を浮き上がらせるほど滾っている。

「カヅキ、お前も竜楯でも何でも使えよ? 今迄みたいに手加減なんざしてやんねぇぞ!?」

「ああ、そのつもりだ」

 言い終わるのと同時に、華月も知覚域を展開し、竜楯を纏う。速度・練度共に以前の比ではない。一瞬だった。

「もう達人域の速度に成ったか。益々イイねェ、後は――」

 トレイアが『最速行動』で華月の左手側に。

「それの強度が――」

「何か、問題が?」

 繰り出された刺突を、華月は事もあろうに左掌を出して止めた。以前は簡単に竜楯ごと切り裂かれて無残な姿を晒していたというのに。

「グランでも斬れないまでに密度を上げやがったか! 合格点だな!!

 グラン、切り裂け!」

 トレイアから魔力がグラン・グレイヴに伝播する。刃が燐光を纏い、華月の竜楯を貫こうと魔力の火花を散らす。

 しかし、貫けない。

 グラン・グレイヴの刃は1mmたりとも前進しない。トレイアが手を抜いているわけではない。華月の構築した竜楯が強固過ぎた。

 華月は掌を少しだけ逸らし、グラン・グレイヴの刃を滑らせる。そして握り込み、自分の側へ引き込む。

 まさかの行動に対処が遅れたトレイアは、踏ん張ることが間に合わず、そのまま体勢を崩す。

 華月の手にするファスネイト・ダルクの刃がトレイアを襲う。

「チィッ!」

 舌打ち一つ、トレイアが自分の両腕に鱗を生やす。竜の鱗は言うまでも無くこの地上で最強の生体防具だ。生半可な武器では傷一つつけられない。


 使われるのが、半端な武器ならば。の、話だ。


 黒い軌跡がトレイアの腕を薙ぐ。

 流石に右腕だけで、ファスネイト・ダルクもやる気のない状態では威力が出ないのか、ファスネイト・ダルクの刃はトレイアの鱗を裂き、下の皮膚に掠り傷を負わす程度しかできなかった。それでも戦い慣れしていないドラゴンからすれば脅威以外の何物でも無いのだが。

 生憎トレイアは自分の鱗が万壁の物だとは思っても居ないし、知っている。この程度で取り乱したりしない。

(武器の素性は聞いていたから、このぐらい驚く事じゃぁないね。本領を発揮してない状態でコレとは恐れ入るが。

 しかし、こうも簡単に斬られるとは)

 舞い上がっていた思考が急速冷却される。何時も通りの半分力押しは通用しそうにない。これは久々に技巧的に攻めなければならない。

 トレイアは瞬時に思考し、高速で次の行動に移った。

 右足が沈み込み、グラン・グレイヴを上に振り抜く。華月がそのまま上に吹き飛べばそれでよし。仮に手を離して居残っていても――。

「力押しはこれで最後だっ!」

 頭上でグラン・グレイヴを一回転。一直線に振り下ろす。

 華月は当然身を引きそれを避ける。
地面を大きく叩いた事で、弾けた地面が礫となって華月に散弾のごとく襲い掛かる。が、こんなもの華月には眼晦まし程度にしかならない。

「……トレイア?」

 本当に一瞬、華月が目を離した隙に、トレイアはその様相を一変させていた。

 武器を構え、確かに華月を狙っているのに。

 知覚域は完全に隠蔽され、気配も遮断。目視して認識していなければそこに居る事すらわからなくなってしまいそうだった。

 ドラゴン程の存在感と膨大な魔力がそこに在る筈なのに、其処に無い。

「人間に言わせると、これは静極隠蔽(サイレント・インビジブル)って技術らしい。

 あたしを見失うなよ?」

 トレイアが動いた。

 そう見えたから、捉えることが出来たから避けられた。一瞬で七回の急所狙いの高速連続突き。

 更に止まらない。

 自分を軸に時計回りに高速回転し始める。そしてその速度と遠心力を乗せた斬撃が横から繰り出される。

「っ!?」

 華月は攻撃方向が固定されているから簡単に捌けると思っていた。しかし、それは簡単に覆された。

 武器の斬線に宿る気配まで追えない上、トレイアの微妙な手首の切り返しや腕の位置調整で簡単に軌道が変わり、予定していた位置をズレ、防御をすり抜けて直撃を喰らう。おまけに、防御に回していた分の魔力もすべて穂先に集中しているらしく、魔力密度が格段に上がっている華月の竜楯すら切り裂いてダメージを入れてくる。

 戦闘慣れしているトレイアは、その攻撃方法も多彩だった。

 だが、経験を積んでスキルアップした華月だってやられっ放しではいなかった。

 どうしても出来る攻撃の隙間に、捻じ込むように切っ先を突っ込む。

 トレイアは右足を地面に打ち込んで回転を一瞬で止め、ファスネイト・ダルクを柄で巻き取り、巻き上げようとグラン・グレイヴを操るが――。

 華月は右手を捻りながらグラン・グレイヴが起こしているのとは逆の回転でファスネイト・ダルクの刃を走らせ、巻き取られることを避けながら間合いを詰める。

(はっ!?)

(貰った!!)

 最大威力で斬撃を放てる位置に着くと、ファスネイト・ダルクを両手で握り、防御の魔力も何もかも、総ての魔力を一瞬でファスネイト・ダルクの刃に一極集中させる。

 これはあの技。悲運と悲劇を生き抜いてきた力の塊が華月に見せた業の一つ。

 トレイアの顔が驚愕に染まる。

「これっ!?」

「秘奥・一閃破断」

 色々試した結果、解った事はいくつかある。放つ構えは何でも構わない。問題は自分にとって最適の位置で動けるかどうか。一切の無理無駄が無い状態での身体の最適行動線。それをなぞる事が最速行動並みの速度で体を駆動させるコツ。

 華月の渾身の一撃は、トレイアに確かに中った。

「……あたしの負けだ」

 トレイアは諸手を挙げて降参する。

 ファスネイト・ダルクはトレイアの左脇腹と、防御に回される途中だったらしい、地面に突き立つグラン・グレイヴの柄に少しだけ食い込んでいた。

「止めてくれて助かったよ。このまま振り抜かれてりゃ、あたしは死んでたからな」

「グラン・グレイヴは流石に斬れないだろう?」

 ファスネイト・ダルクを引き、鞘に納める。

「は、不朽金属が壊れないってのは、普通は。って前提が付くんだよ。一般には知られてねぇが、条件が幾つか揃えば不朽金属も壊せる場合があるんだ。

 一つ、阿呆みたいな量の魔力。一つ、それを収束できる希少金属、または不朽金属の武装。一つ、対象物以上の基礎強度。

 まぁ、その剣やあたしのグラン・グレイヴなら不朽金属も破壊できる場合があるってわけだ。おかげで、グランは修理に出さないとな。ちゃんと直ればいいんだが」

 柄に切れ目が入ってしまったグラン・グレイヴを見ながら、トレイアはため息をついた。継ぎ足しはできない不朽金属だ。柄を作り直すしかないだろう。

「まぁ、まさかあの紅蒼刀の秘技を使えるようになってるとは思わなかったあたしが甘かった結果だ。グダグダ言ったりしねぇが……。こりゃ、あたしが教える事は小手先の技術以外に無くなったなぁ。

 あたし相手に息が上がりもしなくなりやがって」

 微妙に困ったような苦笑いをしながら、トレイアが華月の頭を撫でる。

「お前が今までで一番早く伸びたよ。後は、感覚を錆びさせないように、日々精進することだ」

「今日までの教示に感謝します、トレイア」

「は、そんなに畏まるな。ガラじゃ無ねぇよ。

 時々あたしとも遊んでくれりゃいい。陛下の守護、竜騎士として頑張れよ。カヅキ」

 トレイアは華月の胸を拳でトンと叩くと、翼を展開して飛んで行った。どうやらドワーフの所へ向かうらしい。

 さて、これで華月は教示してくれていた二人の講師に卒業と言われたわけだが。

(妙な達成感……。でも、まだまだスキルを上げないとな)

 目指す先は霞んだような高みだ。アルヴェルラがどこに出しても恥をかくことが無いような、そんな騎士にならなければ。

 華月は、貪欲に強くなることを望んでいる。

「さて、一旦城に帰るか」

 華月は城に向けて歩き出した。流身系を使って走ることは、今直ぐは無理だ。

(最後のアレで魔力を殆ど使ったし、少し時間を置かないと、心臓の玉が暴走しそうだ)

 制御に慣れない状態であれだけの魔力を使った後遺症だ。しばらく平静にして落ち着かないとどうなるか自分にも解らなかった。




 華月がトレイアと一騎打ちをしている頃、アルヴェルラの執務室ではテレジアが近況報告をしていた。

「――以上です」

「そうか」

 ギシッ。と、椅子を少し軋ませてアルヴェルラが立ち上がる。

「テレジア、お前はどう思う?」

「何についてでしょう」

「カヅキを、竜騎士として同朋達に披露する時期だ」

「……そろそろ、機は熟すかと」

 テレジアが目を伏せ、静かにそう告げると、アルヴェルラは黙って頷く。

「六竜会議には私の竜騎士として、正式に紹介できそうだな」

「面倒なあの仕来りを、カヅキに受けさせるのは気が進みませんが」

「お前がそんな事を言うとは、少し意外だぞ?」

 アルヴェルラが珍しいものを見るというような顔をすると、テレジアはため息をついた。

「陛下……。今のカヅキは条件次第では最強と言って差し支えない状態ですよ? 他の竜皇の竜騎士――フレイムのハンナ、アクアのルーゼス、グランドのリーゼロッテ、フォレストのリィリス……それらすら、圧倒する可能性が有ります。竜種間での力関係に変化が起こるのはあまり望ましくありません」

「とは言え、竜皇の竜騎士は披露の際に実力を示さなければならない仕来りだからなぁ。手加減などさせたら――」

「向こうは歴戦の手練れ。間違いなく看破されますね。

 だから、気が進まないと言ったのです。今まで陛下の実力が竜種一でも竜騎士を従えていなかったから危険視はされていませんでしたが、主従揃って竜種一ともなれば、色々と危険視されることは想像に難くないですよ」

「そう言うものか? 私は争い事が嫌いだから、こちらから打って出る様な事はしないぞ」

「そう言われて、はいそうですか。と、応じるわけがないでしょう。

 まぁ、陛下はご心配なく。私の方で対策を考えておきます。そう言う謀は、陛下には不向きですからね」

 テレジアが少しだけ小馬鹿にしたような事を言うと、アルヴェルラが不機嫌そうになる。

「私は陰湿なことが嫌いなんだ。そういう事を平気で考え付くのは性格が捻じ曲がっている証拠だ」

「ええ、そうですね。

 では、失礼します。遠くで大きな魔力同士がぶつかっていたのが収まりましたから、カヅキもそろそろ帰ってくるでしょう。

 諸々の段取りを開始します。陛下は皆にする演説でも考えていてください」

 テレジアが言うだけ言って執務室を後にする。

「むぅ……。私も少しは捻じれた方がいいのか?」

 アルヴェルラは腕組みで呟く。

 言われるほど素直で真っ直ぐな性格をしているつもりはないのだが、他の竜皇が曲者揃いなので、テレジアにそう言われてしまうのもの仕方ないかもしれない。

 そのおかげか、他国の竜皇の竜騎士たちは苦労が絶えないとか。

「まぁ、今更か。

 あ~……何かいい台詞を考えないとなぁ」

 頭を切り替え、アルヴェルラは演説内容を考え始めた。

 華月の披露の日は、着実に近づいていた。





[26014] 第70話 お披露目の日 転部26話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:9f28d219
Date: 2013/08/16 00:26

 テレジアの報告から二日後の早朝、ノーブル・ダルク城の一番高い所に三つの影があった。

 一つは黒い侍従服を纏った、侍従総纏め役であるテレジア=アンバーライド。

 その右手側に深い紫の侍従服を纏い、腰に一振りの長剣を佩いた長い黒髪蒼眼の女性、侍従一番、トルネア=クレイン。

 左手側に他の二人よりも頭一つほど小さいが、明るい赤の侍従服を纏ったウェーブの掛かった肩までの茶髪金眼の女性、侍従二番、ユークリッド=アーコード。

 三人が三方向に顔を向け、大きく息を吸う。

 そして響く、三者の咆響。共鳴音叉がドラグ・ダルクに響き渡る。

「完了しましたね」

「はい、纏め役」

「こっちも完璧よ」

 トルネアは澄ました顔で、ユークリッドは満面の笑みを浮かべる。

「これで準備は完了しました」

「場内の準備も完了しています」

「いや~。でも、今までで一番早いねぇ。竜騎士の教育完了」

 義務的な報告をしたトルネアに対し、ユークリッドは笑顔で自分の感想を言った。

「そう思わない? とっちゃん」

「……とっちゃんは止めなさいって言っているでしょ。

 確かに、早いですね。纏め役的には、陛下の竜騎士はどうなのですか?」

 テレジアの背後で話していた二人だったが、意外にもトルネアがテレジアに話を振った。

「私の所見ですか?」

 テレジアが振り返り、何時もの顔で確認する。トルネアとユークリッドはどちらも方向性が違うが好奇心が表面に滲んでいる。トルネアはどこかそわそわしているし、ユークリッドは解りやすくワクワクしている。

「妙に期待の籠った視線ですね」

「だって、今まで殆どの侍従が会わせてもらえなかったんですよ? 普通に会えたのは侍従じゃない壊し屋と引き籠りだったし、フェリシア様は例外だし」

「ヴァーナティスだけは実力の一端を見たらしいですが、詳しく教えてくれませんでしたし」

「……。見た目は、普通の青年です。ただ、その実力は――」

 テレジアが溜めを作った。

「折紙付きです。それは私が保証しますよ」

「おぉ~? それじゃ、私たちより強いんですか?」

「……まさか。それが本当だとするなら聞き捨てなりませんね」

「強いですよ。彼は現時点で、私と並び立ちます。

 体術なら、ユークリッドを。剣術ならトルネアを凌駕します」

 はっきりとテレジアに宣言され、ユークリッドとトルネアが顔を突き合わせて笑う。

「私より体術が上とか」

「剣術で、私を凌駕ですか」

 二人とも在り得ないと言った事で笑っていたのだ。

「言っていませんでしたが、この後のお披露目の際、貴女達と御前試合をしてもらいます。貴女達は本気でやっていいですよ。彼には手加減するように言いますが」

 澄ました顔のテレジアが挑発的な発言をぽん。と、放り投げる。それを聞いた二人が真顔になる。

「「……」」

「何か、言いたい事でも?」

「本気出していいんですね? 打っ潰しちゃいますよ」

「竜騎士は、微塵切りにしても再生するか試してみましょう」

「ええ、どうぞご自由に。貴女達は死んでしまいますし、怪我もしますので、カヅキには最大限手加減して、一撃で沈める様に厳命しておきますから」

 テレジアの過激で露骨な挑発に、二人は色めきたった。

「纏め役がそこまで仰るなら、本物なのでしょう。全力でお相手いたします」

「……ぜってぇ、打っ潰す……」

 涼しく流したトルネアに対し、ユークリッドはこめかみに血管を浮かせる勢いで右の拳を左掌にバチンとぶつける。

「ええ。健闘を祈ります」

 と、言いながら、これっぽちも期待している感じが無い。それもそうだろう。テレジアの見立てでは開始一分以内で二人は撃沈するだろうと診ているからだ。

「では、後は段取り通りに」

「「了解しました」」

 テレジアはそう言い残してその場を去った。残った二人はテレジアが完全に去ったことを確認して。

「纏め役が話を盛っていないというのなら、相当な実力者と言う事に――」

「なんだよ、あの態度~! これでもそれぞれ纏め役にも引けを取らないんだよ!?」

 ユークリッドが可愛らしく憤慨している。髪の毛まで逆立ちそうな勢いだ。相当自分の実力に自信があるようだ。

「……話を聞きなさい」

 ぺしんっ。と、トルネアがユークリッドを軽く引っ叩く。

「ひゃんっ!?」

「あの纏め役が無駄な煽りをする訳が無いでしょうが。本当に、言っていた通りに近い、もしくはそれ以上の実力があるのでしょ」

「……む~。でも、竜騎士になって一番早いんだよ? お披露目」

「教育内容が秘匿に近い状態で、一週間程度で纏め役の一次試験を突破して、その後の講師は壊し屋と引き籠り。それだけで侍従上位番号に匹敵する実力を持つでしょ。

 それとこの間、紅蒼刀が来たでしょう? ヴァーナティスがぽろっと言っていたのだけど、あの万人殺しからも手解きを受けたと――」

「……なに、それ……」

 トルネアの言葉にユークリッドは絶句する。逆立ちそうだった髪も勢いを失いすっかり大人しくなってしまった。

「壊し屋と引き籠りは、まぁ、陛下の竜騎士だから解るけどっ!

 何であのユヅルハが手解きくれてんの!?」

 ユークリッドが背伸びしながらトルネアの襟首を両手で掴んでガクガクと揺さぶりながら叫ぶ。

「わ、私も知らないわ! ヴァーナティスもそこまで言ってなかっ――」

「直接聞いてくる!!」

 ポイッ! と、トルネアを放り出すと、ユークリッドは走り出した。

「……全く……」

 揺さぶられた事で乱れた着衣を直し、トルネアは嘆息する。

「……時間まで、武器の手入れでもしていますか」

 少しだけ柔らかい顔をしながら腰の長剣の柄をポン。と、叩く。そしてその場を後にする。




 けたたましい叫びによって起こされた華月は、一瞬何事だと軽くパニックになった。

「――は? 俺の披露の日?」

 共鳴音叉の内容もちゃんと聞き取れるようになっていた自分に少しだけ驚いて、その内容に更に驚いた。

「……何も聞いてねぇんだけど――って、毎度の事か」

 いきなりなのは何時もの事。右手で頭を掻きながら、取り敢えず起きてしまったからきちんと起きることにする。

 パパッと着替え、ファスネイト・ダルクを腰に佩く。

 そんな事をしていると、部屋の扉がノックされる。

「カヅキ、起きていますか?」

「ああ。起きてるぞ」

 扉越しに聞こえてきた声はテレジアのモノだ。

「説明していませんでしたが、本日――」

「ああ、さっきの共鳴音叉を聞いたから解ってる。俺のお披露目なんだって?」

「――はい。なので、正装して、三十分程度で城の修練場に出てください。それと、御前試合がありますが、手加減しつつ一撃で相手を屠りなさい」

「……解った」

 扉からテレジアの気配が消え、静かになる。しかし矛盾した挙句酷い注文を付けていったものだ。だが、華月はそんな事は全く気にしていなかった。

「着替え直しか……」

 華月は専用のトルソーに着せられている儀礼正装を纏う。竜騎士細工は受け取ったその日から常に身に着けている。

 全てを装着すると、相変わらず着せられている感が消えていない。

 全身が映るほどの姿見の鏡で全身の正面と背面を確認する。

「ま、問題無いか」

 少しだけ前髪を弄って、何時もより顔がよく見えるようにする。

 そうして会場に向け足を向ける。




 華月が修練場までのクソ長い階段を下っていると、既にかなりの人数が集まっていることが判った。

 テレジアや恐らく女皇付き侍従たちだろうと思われる十数名が動き回って整理している。

 大人しく整理されているのかと思いきや、テレジアと数名は逆に取り巻かれている。

「……何やってるんだ?」

 華月は知らないが、女皇付き侍従の中には他のドラゴンたちに人気が高い者がそれなりにいる。その結果がこの状況だった。この状況が幸いし、華月は特に注目されることもなく舞台の脇にたどり着いた。

 そこにはヴァーナティスが控えていた。

「ん? ヴァーナティスは整理に回らないのか?」

「上位番号が総て出払うわけにはいきませんので。

 貴方はあちら、フェリシア様の傍に居てください」

 ヴァーナティスが指す先にはフェリシアが暇そうに欠伸していた。見た所アルヴェルラはまだ現れていないようだ。

「あ、カヅキ~♪」

 華月に気づいたフェリシアが走ってきて華月に飛びつく。

 もう慣れたもの。華月は簡単にフェリシアを受け止めると同時に抱き上げる。

「少し見なかったけど、何してたんだ?」

「ん~? お使い……かな?」

 小首を傾げながらにっこり笑う。

 要領を得ない答えだが、華月は深く聞く事は無かった。

「ちょっとその辺のお話もしたいんだけど、そろそろ時間っぽいかな」

 華月の腕から抜け出し、上を差す。

 遥か上空から、黒い点が迫ってきていた。

「……」

(あ~……。派手だねぇ、俺のご主人様は)

 華月の眼には、その落下してくる物体が自分の主・アルヴェルラと言う事が解った。

 舞台の上を見れば、いつの間にかテレジア他二名、トルネアとユークリッドが上がり、陣取っていた。

(俺は呼ばれるまで待機だな)

 と、思っていたら、アルヴェルラがスカートの裾と髪をふわりと翻らせて着地していた。その姿に気づいた者達から感嘆が漏れる。

「ふむ、全員集合まであと二人か……。全く、教育係の名が泣くぞ」

 アルヴェルラが腕を組んで苦笑を浮かべる。

「いや~、遅れちゃってごめんねぇ」

「悪いな、少しやる事があったもんでよ」

 アルヴェルラが現れた少し後に、左右からディーネとトレイアが現れた。

「ふ、遅刻だな。ま、大事は無い。これで役者が揃った。

 テレジア」

「はい、陛下」

 テレジアがアルヴェルラに声を掛けられ、一歩前に出る。そして――。

「我々の呼びかけに応じ、集まりし同朋諸君! 刻は来ました!!

 これより、我等がアルヴェルラ女皇陛下よりお言葉があります! 総員、刮目するように!!」

 テレジアの良く通る声が響くと、全員がお喋りをピタリと止め、幾つもの双眸がテレジアに集中する。

 十分に視線を引き付けると、テレジアはすっと左手側に掃ける。

 カツ、カツ、カッ! と、ヒールの音を立て、アルヴェルラが前に出て、その視線を一手に受ける。威風堂々とするその姿からは何時も以上に威厳とカリスマが溢れていた。

 左手を腰に当て、右手を右前方向に突き出す。

「皆、私の呼び出しに応じ集った事、先ず礼を言う。

 本日、皆を集めたのには理由がある。色々な所で漏れ伝え聞いているとは思うが、ついに私は己が騎士を傍に置くことにした」

 アルヴェルラの言葉に、一同がざわつく。噂程度には浸透していたし、訓練風景を遠目に見ていた者もそれなりに居たが、それでも、だ。

「皆が戸惑うのも無理はない。通常の修練期間を大幅に短縮してのこの披露だ。その実力に疑問を抱く者も多いと思う。だが、これは急いだ結果ではない。私と、侍従総纏め役、更に専門分野の教育係たちの判断の一致によるものだ」

 アルヴェルラがそう言うと、アルヴェルラの一歩後ろの右側にトレイア、ディーネが、左側にテレジアが並ぶ。が、アルヴェルラとテレジアの間には一人分の空間が空いている。

 教育係が現れた時点で、どよめきが大きくなった。その様子は二つの意味で凄い人選だ。と、言う感じだ。

 アルヴェルラは各人が定位置に着いた事を気配で感知すると、続きを話し始める。

「それでは、披露と行こう。

 我が騎士、セギ・カヅキだ!!」

 名を呼ばれ、何の打ち合わせもしていなかったが、華月は自然とアルヴェルラの一歩後ろの左脇に立った。テレジアの隣だ。

 華月の登場でざわめきは止まり、盛大な拍手が送られた。

 しかし、それは自分たちの女皇を祝福するもので、華月の実力を認めてのものでは無かった。

⦅ああ、どうも違うな……⦆

 舞台上の全員がそれに気づいた。しかし、あえて訂正することは無かった。

(まぁ、この皆の態度が、この後まで続くか……少し楽しみでもある、な――)

 アルヴェルラだけが、ほくそ笑んでいた。

 そうして、適当な所で手を挙げ、拍手を止めた。

 次にテレジアを流し視る。

 見られたテレジアは嘆息し、一歩前に出る。

「さて、ここで通例のカヅキの実力披露ですが――」

 テレジアの言葉に反応し、舞台の前方両脇から戦意を漲らせたトルネアとユークリッドが現れ、スカートを両手で軽く持ち上げ、一礼する。

(あれ……? 何だかあの二人やけにやる気になってるように見えるんだけど……)

 華月の額に軽く汗が浮く。

 華月からすれば初見の二人で、あの二人に何かした覚えはない。あんなにやる気になられる理由が思いつかない。

 そこで、こちらを見ている視線に気づき、そちら――テレジアの方――を見れば、テレジアが涼しい顔で微笑んでいた。

(し、仕組みやがったな!)

 テレジアをにらみつけると、テレジアはその顔のままゆっくりと目を伏せ、前に向き直る。

「では、此度の対戦相手は侍従一番トルネアと、侍従二番ユークリッドの二人です。

 三人とも、御前である事を重々承知し、恥じる事の無い様、全力を尽くし臨んでください。

 三者、前へ!」

 テレジアの号が飛ぶと、トルネアとユークリッドが舞台端から舞台中央に移動し、正面から向き合う。

 テレジアの視線に促され、華月も前へ進む。一歩、一歩と歩みを進める度、華月の思考は切り替わり、闘志が充ち始める。

 三人を残し、舞台上の全員が舞台外へ一斉に移動する。一人を残して。

「では、この御前仕合は私、侍従四番ヴァーナティスが審判を務めさせていただきます。

 全員、心残りの無い様、試合ってくださいませ」

 ヴァーナティスは以前と同じように微笑むと、舞台に付与されている全保護魔法を一斉発動する。

 それを確認し、トルネアとユークリッドが華月に向け一礼する。華月もそれに返す。そうして二人が距離を取り、それぞれ構える。

 トルネアは腰の長剣を抜き放ち、正眼に。ユークリッドは金属製の籠手を嵌めて、独特の体制を。

 華月もファスネイト・ダルクを抜いて、自然体に。

 全員、闘気が漲っている。今、始まる。






[26014] 第71話 御前試合 転部27話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:1b198973
Date: 2013/09/22 00:01
 先に仕掛けたのはユークリッドだ。

 最速行動(ファスト・ドライヴ)で華月の眼前に現れ、渾身の左ストレートを打ち出す。華月は竜楯を瞬間的に纏って同じく左のストレートを遅滞無く打ち出し、対抗する。

 ユークリッドの籠手も不朽金属で出来ているため、華月が素手で破壊することは出来ない。そうなれば当然――。

「……素手で相手をするには厳しいか」

「へん、言ってろよ!」

 華月の左手は表皮をボロボロにされて弾かれる。どうやらユークリッドの籠手は攻撃対象の魔力が作用して起こす効果を完全に打ち消すか打ち壊しているらしい。その結果、華月は竜楯を抜かれ、左手をこんなにされた。

 だが、そんな損傷は瞬く間に回復する。

「そっちの、トルネアは来ないのか?」

「先ず、ユークリッドとどうぞごゆるりと」

「そうか」

 華月がトルネアからそれを聞き出すと、ファスネイト・ダルクを鞘に納める。

「体術相手には、体術だろ」

「随分とお優しい事で……。

 後で泣き見んなよ!」

 おちょくられたと思ったのか、ユークリッドはそう怒鳴って飛び掛かってきた。

 大振りな右ストレート。華月はいなす事すらせずに身体を縦にして回避する。

「読んでんだよ!」

 そこへ上半身を左方向へ前傾させ、勢いをそのままに右のハイキック。狙うは華月の顔面。

 華月は背を反らしてそれを回避。

「読んでるって言ってんだろ!」

 空振った右足を地につけると同時に全身を捻って今度は左の踵を華月の顔面目掛け繰り出す。

 流石に回避するのは限界だ。華月は向かってくるユークリッドの踵目掛けて打ち下ろしの右拳を叩き込む。

「わっ!? 嘘ッ!?」

 渾身の勢いで打ち出した踵が簡単に打ち返され、振り子のように同じ軌跡で足が宙を切り、逆に自分の顔の方に向かってくる。

 ユークリッドは身体の柔軟性が高かったのだろう、左足は垂直になった。
だが、それで勢いが無くなったわけも無く、今度は身体自体が左足に乗せられた勢いで後ろに押され、軸足が滑って浮いてしまった。最終的には強制的にムーンサルトキックを打ったような体勢になってしまった。

(で、でもまだ巻き返せ――!?)

 両手を付き、左足から着地しようと動いたユークリッドだったが、左足を付いて上体を起こした途端、その足を華月の右足でスパッと払われ、逆に華月の左踵の強烈な一撃を右脇腹に喰らって弾き飛ばされた。

「くっは~~っ!! 痛いなこんチクショウめ!」

 ユークリッドはどういう原理か空中で体勢を立て直した。

(翼状の魔力? 部分竜化しなくてもそういう真似ができるのか……)

 華月の眼には、飛翼の形に放出されていた魔力が視得ていた。

(俺の持ってる技術じゃ、一撃でノックアウトするのは無理だな。これは、先輩の技に頼るしかない、か)

 華月は両腕に魔力を集中する。

「火炎(かえん)」

 両腕の魔力が炎に変換される。

「緋焔(ひえん)」

 赤みが増し、鮮やかな緋色になる。

「赫焰(あかいほむら)」

 腕に燈る炎は緋を通り越し、あの日、あの時弓弦葉がみせた形容し難い悍ましい赫炎(あかいほのお)と化したかった――ようだが、そこまでの色にはならなかった。

(今の俺の限界はこの辺りか……)

 華月は少しだけ自分の技術などの限界と、弓弦葉のみせた技との開きに落胆するが、今はそんな事で凹んでいる場合ではない。

「灯宴(ひえん)――」

 瞬間移動としか言いようの無い動きで華月が着地したユークリッドの前に現れる。

「楼蘭焰舞(ろうらんえんぶ)」

「この技っ!?」

 ユークリッドが防御を固めようと動いた瞬間から、華月の最速行動での乱打が始まる。

 炎を纏った拳撃肘打掌底手刀の五月雨打ち。

 腹顎額眉間脳天首肩腕背中――。

 前後左右に細かく移動しながら華月はユークリッドの腰から上の人体急所を滅多打ちにする。両腕に灯る焔の作用で打撃の当たった個所が瞬間的に燃え、焦げ付く。

 正に乱打。

 何発か、ユークリッドの防御を突破してクリーン・ヒットしている。

「焔滅(えんめつ)!」

 最後の一撃。右腕に極限集中された魔力が、ユークリッドの鳩尾を打った瞬間、強烈な爆発を巻き起こし、爆裂した。

 ユークリッドは成す術無くまたも大きく吹き飛ばされる。勢いはかなりのもので、舞台にワンバウンドすらする事無く、端の魔法防護壁にぶち当たってようやく止まった。防護魔法壁は衝撃吸収の効果もあるのか、ユークリッドの身体は勢いを失ったボールのように、ぽてん。と、舞台の端に落ちた。

「き、きゅぅ~~……」

 ユークリッドは滅多打ちにされた衝撃と、最後の爆発の影響で意識を飛ばしていた。

 華月は煙が所々燻って、焦げ付いているユークリッドから情けない声が上がって動かなくなったのを確認してから、トルネアに向き直る。

「待たせたな」

「いいえ、予想よりも早い決着でしたよ。

 では、私のお相手を願います」

 トルネアが手にしているのは諸刃の直剣。両手持ちを前提とした幅広で厚めの刃に長めの柄。刃自体の長さもファスネイト・ダルクより長い。

(知識にあるのはクレイモアが近いか。本来なら武器としての破壊力は向こうの方が上、間合いも上。重量がアレだから大振りになって隙が多いんだけど……使ってるのはドラゴン……。まぁ、俊敏に扱うんだろうなぁ)

 華月の持っていた常識が全く役に立たないこの世界。埒外の存在が使う武器の威力など考えたくもない。

 華月は鞘に納めたまま、抜刀の格好で止まる。

(……先輩の秘奥・一閃破断、ちょっと打ち方を変えるとどうなる?)

 この状態で華月は刃に魔力を一極集中。鞘の中は刃が留め切れず、漏れた魔力が高密度の高圧で充満している。

(こうやるんだったか?)

 華月の気配から何から、視覚情報以外で得られるものが失せる。

「……静極隠蔽(サイレント・インビジブル)ですか。そこまでの技法を使いこなすとは……ユークリッドを軽々と気絶させたり、纏め役はやはり無駄に話を盛っていたわけではなさそうですね」 

「やっぱりテレジアが何か吹き込んでたか……」

「これは、壊し屋ではありませんが、少しばかり楽しくなってきましたね……!」

 トルネアはそう呟くと、隠す気が全く感じられない魔力を滾らせる。

「ユークリッドは貴方を侮り過ぎて瞬殺されましたが、私は油断無く参ります!」

 トルネアが『最速行動』で突貫してくる。切っ先が華月に向けられており、防ぐか避けるかしない限り串刺しにされる。

 しかし、華月がとったのはどちらでもない三つ目の選択肢だった。即ち――。

「秘奥・一閃破断!」

 トルネアが間合いに入った瞬間、華月は一閃破断を抜刀術として放った。取った行動は反撃行動(カウンター)だ。

「なっ!? ――くっ!!」

 突き込むつもりで構えていた長剣を弾かれ、その後に鞘の中で高圧になっていた魔力が鞘の口から一斉に放出された。巻き起こった魔力の奔流はトルネアを飲み込み、吹き飛ばした。

「……少しイメージと違うな……。これは練り直す必要が――」

「模擬とは言え真剣勝負の最中に考え事とは――」

 トルネアが瞬時に華月の背後に現れた。長剣は斬撃開始位置に振りかぶられている。

「余裕を見せ過ぎでっ!?」

 高速で振るわれる長剣。その刃は確実に華月の首を斬り飛ばし、振り抜いた――筈だった。

 しかし、その斬撃の斬線は、華月の首にある竜騎士細工によって完全に止められていた。当然華月の首には普通の人間なら頸骨を砕かれる程の恐ろしい圧力が掛ったが、そんなものは無効化できるだけの内外の魔力補強と強化が身体には行われている。

「竜騎士細工も儀礼正装と同じ、ですか。この剣、不朽金属のウェイビスで出来ているのですがね……」

 刀身を見て、トルネアがため息をつく。よくよく見れば、ほんの少し、本当にほんの少しだけ切り刃が欠けているようだった。

(纏め役の言っていた通り、本気を出さないと、陛下の目の前で無様を晒す羽目になりますか)

 それだけは侍従一番の自尊心が許さなかった。

 侍従一番という立場、それはテレジアが務める侍従総纏め役に次ぐ。つまり、テレジアを除く全ての侍従の中で最も『出来の良い』者が選ばれる。取り分け、武器術(剣術)で『壊し屋』トレイアと並ぶという理由で抜擢されていた。

「短期間での修練で、此処までに成長した貴方に敬意を表し、私が侍従一番を務めている理由、お見せします」

 トルネアが構えを変える。

 長剣を右手のみで背負う様に構える。

 そして、そのまま突っ込んできた。当然華月は切り結ぶつもりで構えていたが――。

 トルネアが自分の間合いに華月をとらえた瞬間、大きく自分の左手側に進行方向を変えた。

 だが、その動きは陽動で、攻撃はもう行われていた。何時の間にか左手も柄を握っており、剣は振られていた。進行方向を変える瞬間に斬撃は放たれていたわけだ。

 対処が百分の一秒単位で遅れた華月は、振りが遅れた剣を、十分な威力の乗った長剣に弾かれてしまう。

 トルネアの剣捌きはトレイアの槍捌きに似て、高速の斬り返しが華月を襲う。

 振り抜いた勢いを殺さないように柔軟に手首を返し、華月の露出している首を的確に狙った切り上げが放たれる。

(流石にコレはヤバイッ!!)

 しかし、剣は引き戻せる範囲外に弾かれ、無傷で防ぐ手立ては無い。


 普通なら――。


 華月は剣から左手を離し、斬撃が通るであろう軌跡上に左腕を晒す。

(っ! 気付かれてしまいましたか!!)

 トルネアの斬撃は、華月の左腕――正確には、左腕を包む儀礼正装の袖によって、防がれた。

「竜騎士が『着れ』ば不変の特性を発揮する竜騎士儀礼正装……絶対の鎧と成る戦装束。竜騎士が鎧を必要としない理由は、その一点に集約されます」

 エルフ族が文字通り丹精込めて創り上げる一張羅。これを着込んだ竜騎士に手傷を負わせた者は、有史以来片手で足りる程度だ。

「しかし、本物の竜騎士は、その性質を当て込んで戦ったりはしませんよ」

「だろうな。この無敵みたいな防禦力は、心配性な御主人様達の配慮なんだろう。

 悪かった。これは公平じゃない」

 華月が上着を脱ぎ、折りたたんでヴァーナティス目掛け放り投げる。下のシャツは普通の生地だ。それから両手で剣を構え直す。

「訓練感覚で相手をするのは止めだ。今の全力で――」

 静極隠蔽も止め、華月は可視状態で竜楯を纏う。静極隠蔽は知覚域を用いた気配や魔力の遮断効果を最大限に高めたものだが、代わりに知覚域は最少展開、且つあまり纏身系の強度を上げられないデメリットがあった。華月は自分の技能を向上させるために使ってみたが、そんな考えをしていること自体が間違いだと気付いた。

 全力で戦う事を決め、今、持てる全てをぶつける。

「一気に倒させてもらう!」

 流身系の内循環圧は制御出来る最大値。纏身系の竜楯も最高硬度。

 華月が仕掛ける。最速行動で全力疾走。同時にトルネアも最速行動で走り出す。

 両者大振りの一撃同士が噛み合う。恐ろしい威力同士の衝突は、お互い衝撃波を受ける形になった。が、そんなものでは微動だにしない。

 鍔迫り合いの状態で一瞬だけ膠着する。

(やっぱりトレイア並みに強い! 威力も互角か!?)

(トレイア直々に教示し、あの紅蒼刀が鍛えただけはありますね……! 私の想定以上の剣戟!!)

 膠着状態を華月が外す。腕の振りだけではなく全身を捻り、トルネアの剣を巻きながら弾く。急制動を掛け、今度は逆回転しながら横薙ぎの一撃を放つ。

 辛うじてトルネアの防御が間に合ったが、また剣を弾かれる。

 そうして華月が息つく暇もない超高速連続斬撃を縦横無尽に奔らせる。その全てを真正面から剣を弾かれつつも何とか防御するトルネア。

(じ、地力が高い……! 技術に傾倒している節がありましたが、単純な打ち合いもこなれている!!)

 弓弦葉の二刀を相手にして、連撃の速度と練度は格段に上がっている。

 トレイアの槍を相手にして、一撃で相手の武器を弾きつつ、連撃を繰り出す威力は見極めている。

 華月はきちんと下地を作ってから、その先の技巧を学んでいるところだ。

 その連撃の合間に、一瞬の隙が一定間隔で出来る事にトルネアが気付いた。

(息継ぎの時間……? それとも、誘っている?)

 どちらとも言えない微妙な間。だが、華月の連撃を抜けて反撃するにはその瞬間しかないように思える。

(普通なら、そこに一撃突き入れるところですが――)

 トルネアがどうするか逡巡した刹那、華月の攻めが変わった。

 トルネアが防御し、剣が噛み合ったところで右腕を小さく、左腕を大きく捻り、トルネアの剣を完全に絡め捕る。思考に少しだけ気を取られたトルネアは対処が間に合わない。

「しまっ――!」

「もらった!」

 思わず声を出した二人。次の瞬間、勝敗は決した。

 空中高くに回転しながら吹き飛ばされたのは、トルネアの長剣。その剣が舞台の上にがらん。と、音を立てて転がる頃には、華月の剣がトルネアの首筋ギリギリの所で止まっていた。

「――私の負け……です」

「俺の、勝ちだな」

 トルネアが両手を上げながら呆れたような顔で宣言する。そのセリフを聞いて、華月はにやりと笑いながら勝ちを確認する。

「勝敗が決しました!

 勝者、セギ カヅキ!!」

 ヴァーナティスがそう宣言すると、周囲から歓声ともどよめきとも言い難い咆哮が乱反射する。

「実に良い試合だった! 三名に称賛の声を!!」

 舞台の外からアルヴェルラが叫ぶと、ざわめきは一つの咆哮に統一され、国中に響き渡った。





[26014] 第72話 反省会と小旅行への出発 転部28話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2013/10/23 00:03
 そうしてお披露目は無事に終了したわけだったが、確かな実力を見せつけたはずの華月は、何故かテレジアによってユークリッド、トルネアの二名と共に、城の地下一階に連れられていた。

 テレジアの顔は何時もの無表情だった上、気配も魔力も何時もの通りだった。

(……厭な予感しかしないのは、俺だけじゃないようだな……)

 華月が視線を向けると、華月の後ろを歩いている二人もそれぞれに変な顔をしていた。

 ユークリッドは明らかに凹んでいるし、トルネアも平静を装おうとして失敗し、表情が強張っている。

 そのまま四人が無言で歩くと、開けた所に出た。四方百メートル、高さ三メートルほどの石造りの空間だ。

 四人は部屋の中央付近で止まる。

「さて……何故、呼ばれたか――。

 思い当たる節がある者は居ますか?」

 テレジアが華月たちの方を振り向く事無く、本当に普段通りの調子で聞く。

「「「……」」」

 三人はそれぞれの理由で無言。

(俺は特に無いんだけど……)

(やっばい……。私絶対簡単に負けた事を言われるっ!?)

(……)

「……そうですか。

 では、教えましょう」

 くるりと、華麗にターンを決めたテレジアは先ず、華月の前に一歩、歩を進める。

「カヅキ、私は、貴方に、どうしろと言いましたか?」

「手加減しつつ、一撃で屠れ。だったな」

「その通りです」

 更に一歩。

「手加減しろとは言いましたが、訓練しながら戦えとは、一言も言っていない――」

「……」

 ここで、華月の身体は冷や汗をかき始めた。テレジアの表面は変わらないが、内心が拙い事になっている気がしてならない。

「相手を侮れとは、言っていません、よ!」

 何の前振りもなく、華月の脳天にテレジアの拳が落ちていた。


 物凄い、鈍い音が地下に響いた。


「……悪かった」

「結果良ければ全て良し。と、言う言葉があるようですが、今回は認めません。

 それと、あまり他人の『業』に頼らないように。技巧を真似るのは好きにしなさい。しかし、『業』を真似るのは赦しません」

「……? 先輩の技を使ったのが拙かったか?」

「技巧――最速行動や魔力の収斂・放出は構いません。言うなら、『一閃破断』は構いません。あれはユヅルハの秘技です。しかし、『楼蘭焰舞』は今後使うのを禁じます。と、言っても、あの赫焔は、ユヅルハにしか扱えませんが」

「だったら――」

「『業』には由来が在り、知らずに使えば、己を削られます。今は解らないでしょうが」

 テレジアはそこまで捲し立てると、殴った華月の頭に右掌を乗せる。

「一撃で二人を倒した。それは認めます。良くやりました」

「……どうも」

 次に、テレジアはユークリッドの方へ歩き出す。テレジアが動き出した瞬間に、ユークリッドはビクッと身体を竦ませる。

「ユークリッド――」

「ご、御免なさいっ!!」

 ユークリッドは全力全開で謝る。

 高速で腰が90°折れ曲がる。

「……何故、謝るのですか?」

「事前に教えてもらっていながら、私はカヅキを侮って、無様を晒しました!」

 そのユークリッドに対し、テレジアは容赦無く右拳を無防備に晒されている後頭部に叩き込んだ。やはり鈍い音が響いた。

「後で謝るような事になるなら、初めから全力を出しなさい。相手を侮るな。と、私は教えたはずですが?」

「ほ、本当に、すみませんでした……」

「今後、このような事が無いように」

「は、はいぃ……」

 ユークリッドへのそれ以上の追及は無かった。テレジアは最後に、トレイアへ視線を向ける。

「トルネアは、何か言う事はありますか?」

「……申開く事はありません。ただ、自身の未熟を思い知りました」

「……そうですか。なら、私から言う事はありません」

 トルネアの答えに、テレジアはそう答えると流した。

(え……?)

(あぁれぇ~!?)

 華月とユークリッドの二人は盛大に肩透かしを喰らった気分だった。

「ですが、他の二人と同じように、一発だけ、殴ります」

 言い終る時には、テレジアはトルネアの左頬を思い切り張っていた。乾いた音が響く。

「では三人とも、以後、このような事が無い様に」

「はい」

「……お、ぉお」

「わっかりました~……」

「宜しい。三人とも、通常の業務に戻りなさい。私も通常業務に戻ります」

 テレジアはそう言い残して去った。

「私は職務に戻ります」

「私も戻る~……。あ~、頭痛いなぁ……」

 少し頬が赤くなったトルネアと、そのトルネアに凭れ掛かる毒気がさっぱり抜けてしまったユークリッド。二人もさっさと帰っていった。

「俺も――」

 そこまで口に出した所で、華月は肝心なことに気付いた。

「俺の仕事って、何だ?」

 華月は、自分の仕事を、全く知らなかった。




 地下での一件が済んだ後、テレジアはアルヴェルラの執務室に現れていた。

「お、テレジア? どうした?」

「陛下。三名のお仕置き、終了しました」

「そうか。手間をかけたな」

 テレジアが三人にそれぞれ折檻を実行したのは、アルヴェルラの命令だった。

「三人とも、それぞれがそれぞれの理由で、駄目だったからな」

 アルヴェルラの眼が少しだけ鋭くなった。

「まぁ、本気になってからの内容は文句無いがな。とは言え、ユークリッドは情けなさ過ぎだったな。いくらカヅキがユヅルハの『業』を真似したとは言え、絶技程度の威力でしかないだろうに、大袈裟に吹っ飛び過ぎだ」

 思い出しても、ユークリッドのやられ方はお粗末すぎた。皆の中で、前座扱いだった為、左程話題に上っていないが、あれは流石にいただけなかった。

「ん~、それにしても、カヅキは技量の均衡が悪いな。基礎を詰める事に躍起になり過ぎたか。多少技を教え、使えるようにするべきたったな。結果、習得は各種技法と、まだ技程度で、絶技、秘技には至らないか。まぁ、『業』なんて習得されても困るがな」

 アルヴェルラは苦笑する。自分らが率先して華月に『基礎』のみを叩きこんできた。弓弦葉が多少『味付け』した程度だ。それでこの言い様は、苦笑するしかない。

「その辺りは追々解消します。基礎をみっちり詰めた分、絶技は容易でしょう。秘技は……相性がありますので」

「一応、ユヅルハの秘技分類の一閃破断は使えている様だし、他の秘技も修練次第か?」

「と、思います。まぁ、一年以内には十数の絶技、数種の秘技は習得してもらいます。そうなれば、一先ず文句有りませんね」

 極めて軽い感じで会話しているが、内容がやはり普通の竜騎士の教育基準を大きく逸脱している。進行速度の圧縮具合は通常の十倍だ。つまり、華月は通常の1/10の工程で竜騎士として完成させられようとしている。普通なら、何かしら、どこかしらに異常をきたしても仕方ない密度だ。

「カヅキが気付いていたかは私には解りませんが、私もトレイアも、自らの絶技、秘技は一度も見せていません。上を目指して飢えに餓えた時、見せつけてやるつもりでしたが」

 相変わらず底意地が悪いにも程がある。苦しみもがく様を堪能した後、遥かな高みからその力を誇示すると言っている。

「自ら組み立てるもよし、誰かのモノを模倣するもよし。最終的には、それらを基礎の集大成として昇華出来るかどうかだけ、ですから」

「その通りなんだが……カヅキには素直に誰かの必技、秘技を覚えさせておいた方が良い気がする……。何だか、カヅキが自分で編むと悉く『業』になりそうな気がしてならない」

「自らの深い業(ごう)によって振るわれる『業』(わざ)ゆえに、威力は絶大。しかし、それだけの業を背負うと言う事は――」

「ユヅルハは、どの程度だったか?」

「殺した数は、それこそ万人を超えています。そして、人間『二人』だったかと」

「人間『二人』分で、アレか。カヅキには、業を技に乗せられるような適性が無い事を願うが」

「だと、いいのですが。大抵、それは素質として誰しもが持ち得るもの。聖人でもない限り、無理と言うものでしょう」

 二人の会話は基本的な説明が無い分、難解だった。どうやらゲームで言う所の必殺技の話なのだろう。ゲームであればキャラクターはレベルが上がったり、何かのイベントを消化すれば必殺技を簡単に覚えるが、現実にはそういったお手軽なシステムは存在しない。地道に基礎を積み上げて、それらを複合させたり、飛躍させることで技と成す。先人のモノを拝借するのが一番の近道だ。実際、基本的な技術は、華月にわざと模倣させた。纏身系、流身系、知覚域は、とっとと習得してもらわないと困る基礎中の基礎だ。そこから各種派生技法、最速行動、静極隠蔽が代表例だろう。

 そうして、最終形が絶技となり、それらを超えたものは秘技と分類される。

 弓弦葉がみせた一閃破断は、弓弦葉が使えば秘技、今の華月が使えば絶技の分類になるだろう。

 楼蘭焰舞は、弓弦葉が使えば『業』、華月が使えば絶技程度だ。あれは弓弦葉が使う、自らの業を灯す炎が、威力の決め手になっている。そう言った、本人由来の業(ごう)を利用(・・)する技は、『業(わざ)』という特殊分類になる。模倣しても本来の威力は絶対に引き出せない、固有の特殊技だ。また、自らの業を利用する素質は殆ど全ての意志在る者が有しているが、技の威力を引き上げるような利用は意識しても出来ない。本来、そういった業は、深く、奥底に沈めておきたいものだからだ。

「そっちは、テレジアに任せたから、私は口出ししないがな。覚えておいてくれると助かるな」

「心に留めて置きましょう。

 では、次の相談ですが――本当にカヅキも『六竜会議』に連れて行くのですね?」

「諄いな。その為に先日の披露をしたんじゃないか」

「しかし、今回の会場は紅炎竜族の国です。色々と問題が――」

「諄い。と、言っているだろう。良いじゃないか。『今のカヅキ』なら、他の竜騎士相手に勝ちすぎる事は無いだろう? そう、今のカヅキには決め手となる技が殆ど無い。まさか単純な技術だけで、他の、熟練の竜騎士たちが俄かの新参に惨敗を喫し続けるなんて、在り得ないだろう? それも、他の竜皇の竜騎士たちだ。これからは知らんが、今が最適の時期だと思うが?」

 成程、アルヴェルラも考えてはいたわけだ。そして、先日の披露の時に確信した。今が最適の時期だと。基礎は十分で打ち合いはこなせるが、決め手に欠いている今なら、他の竜騎士が負ける事は無いだろう、と。テレジアには考えなくてもいいと言われていたが、閃いたのだろう。

「……陛下から言い出していただいてほっとしました。考えてはいましたが、流石に言い出しにくかったので」

「まぁ、そうだろうな。テレジアに「今の中途半端な具合のカヅキなら、他の竜皇に警戒されないでしょう」なんて言われたら、流石に殴っていたかもしれないな」

「では、予定通り、陛下、私、カヅキの三名で向かう。それで宜しいですね?」

「ああ、連絡を入れておいてくれ。あの装置もたまには使わないとな」

 畏まりました。と、一言残してテレジアは適当なものの影に潜って消えた。

「さぁて。そろそろ着ていく服を決めるか」

 アルヴェルラは自分の部屋の服を思い返しながら、どれが適切か考え始めた。




 そして、その日は着た。

 執務室のテラスに、アルヴェルラ、テレジア、華月の三人が、それぞれ正装を纏って立っていた。と、言っても、アルヴェルラは普段の服よりも多少装飾と刺繍が多い程度で、テレジアに至ってはエプロンの随所にフリルが追加されているだけだったが。

(ホント、ダークネス・ドラゴンって地味な服を好むよなぁ)

 華月は内心そんな事を思っていたが、口に出さなかった。この出発の日まで、それなりに他のドラゴン達と会話したりしていたが、誰も彼も過度の装飾が施された服は着ている姿を見たことが無かった。

「さて、カヅキ」

「ん? 何だ?」

 アルヴェルラに声を掛けられ、華月は視線をそちらに向ける。アルヴェルラの表情はいつも通りだ。

「少し、自分で飛ぶ練習をしてみようか」

「え? 俺、単独で飛べるのか?」

 思わず質問してしまった。まさか自分が単独で飛行できるなんて思っていなかったからだ。

「ファルア陛下にも言われたでしょう。まだ、単独で飛べないのか? と」

「え? あ、あ~……そういえば、そんな事言われたな」

 すっかり忘れていたが、シャイニング・ドラゴンのファルアネイラからも、そんな事を言われていた。

「ユークリッドが飛翼を使わずに空中で姿勢制御をしていたのを、覚えているか?」

「ああ。あんな事も出来るんだ。って、思ったからな」

 あの試合でユークリッドが観せた飛翼を展開せず、魔力を使用しての空中姿勢制御。華月の眼には魔力が飛翼の骨格と皮膜の外形線に強く集まり、皮膜部分は薄い魔力が張っていたように見えていた。

「あれも技法の一つです。カヅキにも使えますよ」

「私の皮膜を使っている外套と、カヅキに溶けた血が補助してくれる。あの形を想像しながら魔力を背中に集中してみろ」

「……」

 テレジアとアルヴェルラに言われ、その通りに魔力を背中――肩甲骨の辺りに集中すると、今まで感じた事の無い奇妙な感覚と共にユークリッドが使っていたのと殆ど変わらない魔力で形成された飛翼が広がった。

「――出た」

「うん。形状に可笑しな点もなさそうだな。後は……感覚を言葉にするのは難しいな」

「陛下、簡単ですよ」

 アルヴェルラが小首を傾げて苦笑いをしていると、涼しい顔でテレジアが言った。

「実践、あるのみ。です」

 そのまま華月を引っ掴むと、テラスの先――何も無い空中へ放り投げた。

「――!!」

 何か叫ぼうとした華月だったが、そのままテラスから下に落下していき、二人の視界から消えた。

「……相変わらず、手荒いな」

「ご心配無く」

 テレジアが言うと同時に――。

「相変わらず、いきなり過ぎるんだって!」

 華月が見事に浮き上がってきた。

「テレジアのやり方は、褒められたものではないなぁ」

「手段などどうでも。要は結果を出せばいいのですから」

 それを否定するほど、アルヴェルラは馬鹿ではない。が――。

「手段も重要だ。相手は意思の無い人形ではないのだからな」

 アルヴェルラの言葉に、テレジアは肩を竦めるだけで答えなかった。

「まぁ、今回はこれ以上言わないが。

 カヅキ、練習がてらゆっくり飛んで行こうか」

「……ああ。そうだな」

 アルヴェルラは飛翼を展開し、少しだけ羽ばたくとふわりと浮き上がった。テレジアも後に続く。

「それでは、出発だ」

 三人はウェンティアに在る紅炎竜族――フレイム・ドラゴンの居住地へ向かって飛んで行った。





[26014] 第73話 今回の主催者 転部29話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2014/01/14 00:29


 道中は特に問題も無かった。

 華月は空を飛ぶことにも直ぐに慣れ、亜音速飛行も出来るようになった。

「案外、簡単なんだな」

「……本当に、面白くないですね」

「どういう意味だよ」

 華月の呟きに、テレジアが澄ました顔で答えた。

「もう少し四苦八苦してくれると、可愛げがあった。と、言う事です」

「……」

「全てに置いて優秀である事を望んだのは私たちだ。結果を出しているカヅキを少しは褒めたらどうだ?」

 流石にアルヴェルラがテレジアを窘める。

 テレジアは肩を竦めるだけだった。

「まぁ、冗談はこのくらいにして置きまして……。カヅキ、これから六竜会議に臨む訳ですが、貴方には一つ、その場でやってもらう事が在ります」

「相変わらず、嫌な予感しかしないんだが」

 物凄くかったるそうな表情になった華月に、テレジアは相変わらずの飄々とした無表情で告げる。

「まぁ、面倒な事ではあります。他の竜皇陛下付きの竜騎士との模擬戦です。誰も彼も歴戦の騎士なので、先ず殺されるでしょうが」

「通過儀式みたいなものか? テレジアの体術第一段階終了のアレみたいに」

「似たようなものですね。それより計算するのも馬鹿らしいほど苛烈ですが。基本、細切れにされないと敗北とされませんから」

「……完全な戦闘不能が敗北条件ってことでいいんだな」

 時々説明が可笑しいのにも慣れ、地味に修正しながら確認を取る。

「そうですね。細かい部分は審判によりますが」

「現在、竜皇の騎士はフレイムのハンナ、アクアのルーゼス、グランドのリーゼロッテ、フォレストのリィリスの四名だ。私とシャイニングのファルアネイラだけが竜騎士を擁していなかったんだが」

「名前の感じからすると、一人だけ男か?」

「そうだ。フレイムのハンナは男だ」

「…………?」

「「…………?」」

 一瞬の沈黙がゆっくりと飛翔する三人を包んだ。

「ルーゼスじゃなくて、ハンナが男なのか……?」

「ああ、そうだ――あ、ハンナは略称で、ハンナドルが本名だ。ルーゼスも本来の名はヴァルーゼスと言う」

 華月が疑問を呈すと、アルヴェルラが説明してくれた。どっちも性別不明な感じの響きだが。

「性別など些細な事です。あまり関係ないのですから。竜騎士にとって重要なのは、本人の資質と主との――」

「主との、何だ?」

「いえ、なんでもありません。

 兎も角、全員が望めば、四連戦となります。相手が同意しなければ、その分減ります」

 話だけ聞いている分には随分軽いものだ。内容はかなりハードなものだが。

「さて、カヅキも飛行に随分慣れた事だし、そろそろ速度を上げてさっさと目的地に到着してしまおう。

 二人とも、着いて来い」

 アルヴェルラが服の裾を翻すと、一気に加速し、二人の視界からも消えた。

「では、行きましょう」

「……おう」

 続いてテレジアが。そして華月も姿が消える速度で飛んで行った。




 残りの距離をものともせず、三人は目的地に到着した。と、言っても未だに空中で静止しているわけだが。

 降りない事にも理由がある。この辺りの地面は表面温度で摂氏60℃になっている。下でじっとしていると流石に熱い訳だ。

「……微妙に暑いな」

「火山活動が活発な大陸ですからね。それに、確か熱帯気候と言いましたか? そんな気候に分類されるらしいです」

「それ、分類したの俺の世界の異界人だな……。って、どうでもいいか。

 それで、目的地ってこれ、どでかい火山じゃないのか?」

 華月たち三人の前には、あのドラグ・シャインのあったレルフェグネ高山よりも大きく、高く、朦々と噴煙を上げている火山があった。

「フレイム・ドラゴンは火山の内部に横穴を掘って住んでいる。異界人の一部からは最もドラゴンらしいドラゴンと言われているな。どういう意味だか知らんが」

(あ~……。俺の世界の出身者だろうな)

 華月の世界での一般的なドラゴン像に最も合致するのはフレイム・ドラゴンだろう。それを言ったところで、アルヴェルラとテレジアは気に留めもしないだろうが。

「ともあれ、連中の住処はこの火山の中だ。普通に行こうとすると面倒だからな。上から――」

「ようこそお越しくださいました、アルヴェルラ陛下」

 アルヴェルラが相変わらず手順を無視し、ショートカットしようとしたところ、上から声が降ってきた。

「紅炎竜族竜皇付侍従総纏め役、フォーネティア=ディラです」

「久しぶりだな」

「お久しぶりです」

「初めまして」

「はい。お二方はお久しぶりです。そして、そちらがご連絡に在った――」

「私の騎士だ。カヅキ、挨拶を」

「初めまして、アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士、瀬木 華月です」

 華月が略式では最敬礼になる形で自己紹介する。対するフォーネティアも略式での最敬礼で返す。

(……ん~、やっぱり美人だ)

 華月の感想はそれに尽きた。

 テレジアより少し身長が高く、ダークネス・ドラゴンより若干浅黒い微褐色の肌、そこに澄んだ蒼の瞳。そして見事な腰までの金髪。

「……? 私の顔に、何かありますか?」

「あ、いえ……。何でもないです」

「……」

 じっとフォーネティアの顔を見ていた華月に、少し困惑したような、苦笑いのような微妙な表情で疑問をぶつけてきたフォーネティアに対し、少し慌てた様子で返した華月だったが、その華月の様子に少しだけムッとしたアルヴェルラだった。

 そして、その一連の様子に少しだけ苦笑するテレジア。

「フォーネティア、何時ものモノです。それで、我々で最後ですか?」

「あ、ありがとうございます。まだフォレストとシャイニングの方々が到着しておりませんので」

「ファルアめ……相変わらず、一番先に到着する能力を持っているくせに、最後の方か……」

「では、アクアとグランドの方々は到着していますか」

「はい。と言っても、昨日と数時間前に到着されたので、貴方方と大差ありませんよ。

 では、フェルフェース火山の内部、ドラグ・フェームへようこそ」

 こうしてフレイム・ドラゴンの治めるドラグ・フェームの中心へと通された。




 内部は予想外の状態になっていた。

「熱く、無い?」

 中心には溶岩溜りがあったり、熱源はしっかり近くにあるにも関わらず、だ。

 横穴が穿たれまくっている内部には、同時に光を発する何かが大量に埋め込まれていたり、良く解らない球体が多数埋まっていた。

「技術的な解説を必要としますか?」

「え?あ、と……」

 何気ない呟きに反応された華月は、思わずテレジアをチラ観したが、華月の視線に気づいたテレジアは、ふいっと視線を逸らした。

「い、一応お願いします」

「はい。畏まりました。

 それでは、このフェルフェース火山の内部が外部より低い気温を保っている理由ですが、非常に単純な事なのですが、溶岩の吹き溜まり付近に特殊効果のある鉱石を加工し、配置しているのです。その鉱石は一定以上の熱量を無制限に吸収し、貯蔵します。その為、この内部の温度は一定に保たれています」

 確かに聞いてしまえば簡単で単純な仕掛けだった。

「他にも、我々は外部から熱を取り込むことで諸々の要素へ変換する事も出来るので、ここは最適な場所なのです」

「説明ありがとうございます」

「いえ、構いません。

 それで、如何なさいましょう。一度、我等が女皇にお目通りいたしますか?」

「ん、そうだな。顔は出しておこう。今、ルティアは謁見の間か?」

「いえ、執務室です」

「なに!?」

 フォーネティアの答えにアルヴェルラがかなり驚く。

「ルティアが執務室にいるだと……。明日は雨か?」

「雨季はまだ先です。アルヴェルラ陛下の仰りたい事は重々承知していますが、我等の女皇も流石に何時も怠けているわけではありませんので」

 フォーネティアが堪え切れない苦笑を滲ませ、そう答える。

「まぁ、六竜会議までに粗方の雑務は片付けていて頂かないと困りますが」

「そうなのですが……テレジアさんはそういった意味では楽できているのではないですか? 真面目な方が竜皇として就いていてくださるのですから」

「そうですね。こう言ってはなんですが、私どもの主君は比較的真面目ですからね」

「おいおい……。本人を前にして比較的とか――」

「まぁ、この話題はここで止めておきましょう」

 そう言うと、フォーネティアは中腹程の位置で歩みを止め、それなりの造りの扉をノックする。ここが執務室なのだろう。

「陛下、ダークネス・ドラゴンのアルヴェルラ陛下御一行が到着されました。御挨拶を、との申し出ですが、宜しいでしょうか?」

「……あ? あ、ああ。入れ」

「失礼いたします」

 中からアルヴェルラと同質の威厳のある声が聞こた。少しだけ戸惑っていたように聞こえたのは気のせいだろう。

 扉を開き、フォーネティアが先導して執務室内に入っていく。

「アルヴェルラ陛下御一行をお連れ致しました」

「ああ、ご苦労」

 執務室には、フォーネティアと同じような浅黒い肌をした、長い銀髪で切れ長の鋭い紅瞳の極上の美人が居た。

「久しいな、ルティア」

「ああ。久しぶりだな、ヴェルラ」

「ご無沙汰しております、ルティアーナ陛下」

「相変わらずのようだな、テレジア侍従長」

 二人が軽い挨拶を終えると、フレイム・ドラゴンの竜皇は、その鋭い視線を華月に向ける。

「紹介する。ダークネス・ドラゴンが竜皇の竜騎士、セギ=カヅキだ」

 アルヴェルラがそう告げ、華月の背中をポンと叩く。華月が跪き、最敬礼を取ろうと動いた所で、静止の声が掛った。

「ああ、最敬礼とか要らん。あたしは面倒なのが嫌いでな。そのまま略式で済ませ」

「――それでは、このままで失礼致します。

 ダークネス・ドラゴンが竜皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクに仕えています瀬木 華月と申します。以後、お見知り置きを」

「ああ。フレイム・ドラゴンが竜皇、ルティアーナ=ファ=コロナだ」

 特に威圧する様子も無いのに、華月はルティアーナからかなりの重圧を掛けられているように感じた。

「で、この臍曲りをどうやって口説き落としたんだ?」

「……」

「コラ、誰が臍曲りだ? 誰が?」

「この場で臍曲りはお前以外に居ないだろ、解っていて聞くな。

 それで、どうなんだ?」

 華月が感じたはずのプレッシャーは何処へやら。ニッ。と、快活な人好きのする笑顔で実に楽しそうにそんな事を聞いてくる。一方アルヴェルラは『臍曲り』等と揶揄されて地味にご立腹だ。

「ルティアーナ陛下。僭越ながら、それらの話題は皆様方が揃う会食まで温存された方が宜しいかと」

「ん? ……。そうか、全員の前で晒し上げろと言う事か。お前はやはり人が悪いな、テレジア」

 快活な笑顔が粘着質なニヤニヤ笑いになった。

「解った。その辺りは後で突っ込む事にする。

 それじゃ、ここでダラダラ喋るのも要らんな。フォーネ、客室に案内しろ」

「はい、陛下。

 それでは、六竜会議の間皆様に提供いたします客室へご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

「また後でな。その時は根掘り葉掘り聞いてやる」

「後で。と、言うのは私も同様だが、総べてに答える訳ではないからな」

「それでは、失礼致します」

「失礼致します」

 フォーネティアが三人を連れて執務室を出る。

 扉が閉まると同時に、ルティアーナから少し離れた所で炎が一瞬燃え上がり、一人の男が現れた。

「また、ひ弱そうなヤツだったな」

「竜騎士は見た目通りとは限らない。常識だろう? 我が主」

「まぁ、そうなんだが。お前を見慣れているとどうしてもなぁ」

 現れた男は筋骨隆々の偉丈夫だ。短い赤髪に茶色の瞳、とても精悍な顔をしている。

「ハンナから見て、どうだった?」

「……魔力は俺以上だ。静極隠蔽サイレント・インビジブルでは無いようだが、その類の隠行を使っていてもそう感じ取れた」

「魔法使型か? それにしては厳つい剣を佩いていたが」

「何にせよ、そう容易い輩ではなさそうだ」

「お前との対戦を楽しみにするか。簡単に負けるなよ?」

「保証はし切れないな。俺は魔法が苦手だからな」

 どうやら見た目通りのパワーファイターのようだ。武器を使うかどうかは現時点では不明だ。

「ふん、まぁいい。あの甘ちゃんが良い顔していたからな、好いヤツなんだろうが――」

 ルティアーナの眼が細く、鋭くなる。

「現状の調和を乱す力量なら、今の内に教え込んでおけ。竜皇の竜騎士内で、貴様が最下位だ。と、な」

「――承った」

 ルティアーナの言葉に、ハンナは仰々しく頭を垂れた。




 部屋に通された三人は、ベッドやら椅子やらに腰かけてくつろいでいた。

「ハンナは姿を見せませんでしたね」

「ああ。居たようだが、出て来いと言われていなかったようだな」

「あ~、やっぱり誰か他に居たのか。気配は在ったけど、見えなかったからなぁ」

 ハンナは執務室に在った。ただ、居なかった。

「フレイム・ドラゴンの変換能力で、自分の身体を熱量に変換していたようでしたね」

「前の世界の物理じゃ、在り得ないことなんだけど……。まぁ、この世界なら在り得るんだろうな」

「ハンナは強いぞ。不公平になるから誰がどう強いのかは教えてやれないが」

「ああ、その辺はいい。事前情報が無い方がやり易い事もあるからな。

 そう言えば、勝手に出歩いていいのか?」

「ある程度はかまわん。ただ、今は私かテレジアか、他のドラゴンか竜騎士に付き添ってもらっていろ。まだ他から『認められていない』からな」

「……そうだった。他の竜皇陛下と竜騎士達から認めてもらう必要があるんだったな」

「そういう事だ。何処かに行きたいのか?」

 アルヴェルラが立ち上がり、華月に近づいてくる。

「何処かに行くなら当然私が付き添うぞ」

「え? 大丈夫なのか?」

「んん? どういう意味だ?」

「他国の竜皇が気安く出歩かないでください。他のフレイム・ドラゴンたちが驚くでしょう」

「たまにはいいじゃないか。私だってカヅキとの時間を楽しみたいぞ」

 アルヴェルラが軽く我が儘な事を言っているが、常識で考えればテレジアの言っている事が正論だ。普段なら自重して引くだろう。だが――。

「カヅキを竜騎士にしてから、教育、問題と立て続けに起こって、気付けば私自身がカヅキと過ごした時間はとても短いんだ。テレジアは――」

 テレジアを指さして文句を言おうとしたところ、今回はテレジアが折れた。

「解りました、好きにしてください」

「なんだ? やけにあっさり引き下がるじゃないか」

「……私は疲れましたので休んでいます」

 どうも呆れて疲れたようだった。だが、アルヴェルラはそれを無視して華月の腕を取った。

「さぁ、何処へ行く?」

 アルヴェルラの顔には、素直で真っ直ぐな、良い笑顔が浮かんでいた。



[26014] 第74話 お茶目な竜皇と、融通の利かない纏め役 転部30話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2014/02/27 22:01


 華月を連れてアルヴェルラがフェルフェース火山の内部をうろうろする。

 幸いと言うか、他のドラゴンにはまだ遭遇していない。

「さて、どこに行く?」

「何処に何があるか解らないのに、何とも言えないな」

「まぁ、それもそうか」

 等と緩い会話をして宛ても無く歩いていると、出会ってしまった。

「ん~? おお、アルヴェルラではないか」

「うわぁ……」

 二人の前に、小柄な青い長髪の美少女と、眼を閉じたセミロングの茶髪の女性が現れた。その二人に対し、アルヴェルラは思わず「うわぁ……」と、声を出してしまった。

「久しいのぅ」

「そう、ですね。お久しぶりです」

 気安い少女に対し、アルヴェルラは敬語で返した。

(ヴェルラが敬語? それと、この子随分古臭い喋り方するなぁ)

 華月がそこに引っ掛かりを覚えたが、当然、質問できる空気ではない。

「前の六竜会議以来か?」

「そうなりますね」

 アルヴェルラの顔が微妙に引き攣っている。

「所で、その連れは何じゃ?」

 少女が小首を傾げて物珍しいものを見る目で華月を見る。

「ん~、んん~? 何じゃ? 竜騎士か。テレジアのかのぅ?」

「いえ、私の竜騎士です」

「ほぅ? お主の竜騎士とな。この小僧が竜皇の竜血を享け切った器だというか」

 そう言うと、少女は自らの眼を竜眼へと変化させた。

「ほ~、ほ~ほ~。成程な。やはり人間は見た目と中身が合わん者が多いのぅ。

 うん、小僧。誇って良いぞ、お主の素質は類稀なモノじゃ」

「は、ぁ……。ありがとうございます?」

 気安く華月の腰辺りをバシバシと叩く少女。そんな事をされているのに、華月もつい敬語で返してしまった。いや、そうせざるを得ない重圧のようなモノが、少女から漂っていた。

「おお、そうだそうだ。名乗るのが遅れたのぅ。

 蒼水竜族が竜皇、フェイレイン=ア=アクネーズじゃ。こっちは吾の竜騎士――」

「ルーゼス=ギアラ。と、申します。

 ……初めまして?」

「アルヴェルラ=ダ=ダルクが竜騎士、瀬木 華月です。宜しくお願い致します。

 それと、初めまして」

 フェイレインと名乗った少女は両手を腰に当てて薄い胸を張っている。竜騎士のルーゼスが略式の最敬礼で名乗ったので、華月も合わせて略式の最敬礼で名乗る。

「に、しても……本当に見た目と中身が合わんのぅ。しかしまぁ、竜騎士としては十分やれているようだの。それだけ諸々を自然体で抑えていられるぐらいには」

「アクアの竜眼で、あまり観察しないでください。規定違反ですよ」

「おおっと、済まん済まん。だが、あまり固い事を言うでない。調和が理念の吾等アクア・ドラゴンとしては、新参の実力の方もある程度知っておかんと、なぁ?

 それに、そろそろ見返りもあるぞ」

 口ではそう嘯くフェイレインだが、全く悪びれた様子が無い。アルヴェルラはそれを見て取ると小さくため息をついた。

 一方で華月はと言うと、フェイレインの眼がどうやら水精霊のロミニアに触れられていた時と同じような感覚を覚えていた。

(……ああ、アクア・ドラゴンの竜眼が持つ能力は『流れ』を観るわけか)

 知識を浚って引っ張り出した。使い方によっては面倒な能力だ。

(魔力やらの流れまで観られちゃ、隠せないわけか)

「全く……。最年長の貴女がそんな調子では他の竜皇に示しが――」

「は? 最年長?」

「む、何じゃ。吾が最年長と言う事に疑問かの?」

 華月はついアルヴェルラの言葉を遮って、碌でも無い事を口走ってしまった。その華月のセリフを聞いたフェイレインが不機嫌になる。が、それも一瞬の事で、何か思い当ったかのようにポンと手を打つ。

「おお、そうか。吾の背が低いからそう思うのか」

(いや、それだけじゃないけど……まぁ、見た目小学中学年ぐらいだってのは確かにあるけど)

「あんまりにも自らを圧縮したら、こんな姿になってしまってなぁ。そこだけは失敗だったわ」

「自分を圧縮?」

「歳を経た竜は、色々『肥大』するんじゃ。鬱陶しかったから圧縮したわけなんじゃが、どうもやり過ぎてな。見た目だけ若返り過ぎたと言う訳じゃ」

 カラカラと笑うフェイレインだったが、アルヴェルラはまたも顔を引き攣らせ、

「……中身も若返っている癖に、よく言う」

 ボソッと呟いた。

 そんな事を喋っている間に、華月の横にルーゼスが近寄っていた。

「……」

「……?」

 そして、徐にペタペタと華月に両手で触り始めた。

「……え?」

「はぁ……。こんな顔をしているのですか。把握しました」

「あ~っと、ルーゼスは眼が見えんのでな。少しばかり不作法だが、気を悪くせんでくれ」

 ひとしきり華月を撫でまわすと、何か納得したのか頷いて離れた。

「大変ですね」

「……え?」

「その業、人の身で背負うには重く、深過ぎます」

「は、ぁ?」

「人ならざる身と成れば、あるいは――」

 華月には理解できない事を唐突に語りだすルーゼス。竜皇二人は何も言わない。

「――いえ、そうならない方が、貴方の為? しかし、それではその輪環からは抜けられない。ああ、そう。全てを絶つ為には、思い出さないと。

 今生が、貴方にとってのその機会で在る事を――」

 唐突に喋りだし、唐突に終わった。

「ん~、今回は要領を得ん宣託だのぅ」

 フェイレインがガシガシと自分の頭を掻く。アルヴェルラも何やら難しい顔をしている。

「あの、今のは?」

「ん? ルーゼスは眼が見えん。だが、稀に他者の運命と言うか、宿命と言うか、そう言ったモノが観得る。理解できる言葉に直して喋っているんじゃが、その時にならんと理解出来ないほど曖昧で漠然とした内容なんじゃ。おまけに喋りきると本人は内容を忘れとる。

しっかし、今回は意味不明じゃ」

 両掌を肩の高さに持ち上げてさっぱり。と、いうポーズをとる。ルーゼスは我に返ったのか、はっとしたように顔を上げ、周囲の雰囲気を読むと、小首を傾げる。

「あら? 私、何か面倒な事を言いました?」

「いや、何時も以上に意味不明だっただけじゃ」

「申し訳ありません。もう少し解り易く喋れれば良いのですが」

「仕方あるまい。意識して干渉できるモノではなかろう。あの時のお主は飛んでいるからのぅ。

 済まんな、アルヴェルラ。視察した見返りにもう少し役立つ事を言ってやれれば良かったんじゃが」

「まぁ、正直当てにはしていませんでしたから。私とカヅキの先は二人で切り開きます」

「……豪胆なんだか、何なんだかのぅ。

 さて、これ以上二人の時間を邪魔するのも忍びない。ルーゼス、行くぞ」

「はい」

 何気ない動きでフェイレインとルーゼスは華月とアルヴェルラの横を通り過ぎていく。

「――カヅキ。と、言ったな。

 道を見誤らない事じゃ。自分で判断せい」

 フェイレインが擦れ違い様、華月にそう呟いた。

 華月がその意味を問おうとした時には、フェイレインとルーゼスは離れて行き過ぎていた。

「カヅキ? どうした」

「ヴェルラ……。いや、何でも。

 さ、時間を喰った。どこに連れて行ってくれる?」

「そうだな……。あんまり見所が無い。と、言ったら失礼だが、取り敢えず外に出るか」

 アルヴェルラが華月の腕を引き、歩き出す。その表情は変わりないが、何処となく、影が落ちているように見えた。




 アルヴェルラと華月が連れ立って出て行ったあと、テレジアはベッドに身を投げ出し、眼を閉じて体から力を抜き、すっかり弛緩していた。

「……」

 だが、その緩み切った身体が一瞬で緊張し、ベッドから跳ね起きる。

 同時に扉がノックされ、声が掛る。

「テレジアさん。少し、いいですか?」

「……どうぞ」

 テレジアが了承の意を伝えると、扉が開き、そこにはフォーネティアが立っていた。

「珍しいですね、私を訪ねてくるとは。個人的な要件ですか?」

「はい。非常に個人的な要件で申し訳ないのですが……」

 苦笑を浮かべるフォーネティアに対し、テレジアは取り敢えず部屋の中へ入るよう促す。その言葉に素直に従い、フォーネティアが部屋の中に入る。

「わざわざ陛下と華月が出て行った後に来たと言う事は、二人には聞かれたくない事ですか」

「いえ、そう言う訳ではないのですが……。

 あの、私と一戦、何も言わず手合せ願えませんか?」

「……総纏め役同士の戦いは、模擬戦といえど禁止されていることを踏まえて、ですか?」

「……はい」

 フォーネティアが冗談で言っていない事は、テレジアには簡単に読み取れた。だからこそ、テレジアは即答できない。

「何故、貴女がそんな事を言っているのか。それを詮索するつもりはありませんが……規定ですから。の、一言で済ますわけには――いかないようですね」

 テレジアにはフォーネティアの内側で高圧に保たれている魔力が感知できた。断ってもここで強引にでも始める腹積もりのようだ。

「フレイムが短気なのは理解しているつもりでしたが……。やはり貴女も種族の性には逆らえませんか」

「申し訳ありません」

「謝るくらいなら、こんな真似はしないでほしいものですが……。
仕方ありませんね。事を荒立てる気も大事にする気も無いので、場所を移しましょう」

 テレジアはフォーネティアの脅しに屈した。ただ、機嫌が悪くなっているように感じられる。

「承諾に感謝します。では、こちらへ――」

 総纏め役同士の戦闘は、竜皇同士がそうであるように、その全てが禁じられている。互いの実力の程を知らせる訳にはいかないからだ。竜皇や、その次の者の実力が知れてしまえば、自分にとって何処の竜族が邪魔なのか、それが把握できてしまう。

テレジアはフォーネティアの後をついていく。

 多少入り組んだ経路を通り、着いたのは魔力遮断室だった。ただ、ノーブル・ダルクに設けられているものとは違い、かなり広々とした空間になっていた。

テレジアがその形容に少し戸惑っていると、フォーネティアが苦笑しながら喋る。

「闘技場も兼ねていますので、他国の魔力遮断室より大きいかもしれませんね。

 ですが、その分強固に造られています。竜皇陛下がある程度までなら力を振るっても問題ありません。なので、我々が全力を出しても――」

「問題無い。と、言う事ですか? だとすれば――」

 テレジアがわざとらしくフォーネティアの言葉を嘲笑する。どうやらやはり機嫌が悪いらしい。

「私、テレジア=アンバーライドも随分易く見られたものですね。

 フォーネティア=ディラ、貴女は……誰を脅迫したのか、思い知りましょうか」

「……。竜が相手の名を全て呼ぶ事、その意味を知って、ですよね?」

「当然です。

 さぁ、やると決めたからにはさっさと決着を付けてしまいましょう。私は、久々の自由時間なのですよ。自堕落に過ごしたい時もあります」

「……。

いいでしょう、テレジア=アンバーライド。始めます」

 テレジアのあまりの挑発に、フォーネティアの何かがキレた。フレイム・ドラゴンの沸点は本当に低く、簡単に爆発した。

 フォーネティアが宣言すると同時に戦闘態勢に入るが――。

「――遅い」

 テレジアはフォーネティアが体勢を整える前に、あの宣言の直後に動き、フォーネティアの眼前にまで距離を詰め、吐き捨てるように言うと同時に右の五指を開き、フォーネティアの顔面を鷲掴むと、全力で駆け出す。

当然テレジアの全速力は一瞬で魔力遮断室の端まで到達し、壁面にフォーネティアを多少手加減しているとは言え、並の竜ならその威力だけで身動き出来なくなる程度の勢いで叩き付ける。

 炸裂音のような鈍い音が響く。

「ほぅ、本当に多少は頑丈に造ってあるようですね」

 フォーネティアを叩き付けた壁面は陥没どころか亀裂一つ入っていない。

「出し抜けの不意打ち、とは――」

「不意打ちするなら貴女の宣言を待たずに、その前に仕掛けていますよ。それとも、厳正に決め事をしてからの方が良かったですか?」

「抜かせ!!」

 テレジアの手を外そうと、テレジアの右腕を両手で掴もうとするフォーネティア。だが、それはテレジアが言う通りに遅かった。

 テレジアはフォーネティアが両腕を動かすと見るや身体を反転させ、今度は大振りな動作で床に叩き付ける。

 またも大きな音が響く。

 そのままテレジアはフォーネティアに馬乗りになり、左手を抜き手の形に整える。

「このまま心臓を抉ってあげましょうか?」

 テレジアの左手に収束する魔力は明らかにフォーネティアの防御を突破するのに過剰と言えるほどだった。

 そんなテレジアの貌は、いつも通りの無表情のままだった――いや、微妙にいつもより視線が冷たい。

(は、早い……速い! 私と速度の桁が違う!?)

 フォーネティアはテレジアの行動速度の速さに本気で驚いていた。フォーネティア自身、紅炎竜族竜皇付侍従総纏め役に就くほどの実力だ。断じて『弱い』などと言う事は無い。

 ただ、テレジアの――テレジア=アンバーライドという闇黒竜族の性能が異常と言うわけだ。

「――このまま内臓を抉る事も、顔面を握り潰す事も、私には容易な事です。

 解りますか?

貴女と私では、どの程度の差が存在するか」

 テレジアの瞳が、瞳孔が縦に割け、竜眼に変化する。

 ミシッ。と、テレジアの右腕が軋む音がすると、フォーネティアの顔面を掴む右手の五指がフォーネティアの顔面を圧搾するように、少しだけ窄んだ。

「っ!!」

「ほぅら。この様に少し、ほんの少し力を解放するだけで――」

「わ、解りましたっ! 私が失礼な事を言いました!! 申し訳ありま――」

「解ればいいんです」

 テレジアはフォーネティアに最後まで言わせずに、手を離し、立ち上がる。

 そしてササッと着衣の乱れを直し、フォーネティアにすっかりいつも通りの調子に戻って話しかける。

「立てますか? 何なら手を貸しますが」

「……ご心配には及びません。大丈夫です」

 フォーネティアも立ち上がり、着衣の乱れを直す。ただ、テレジアに握られていた部分には五か所、くっきり指先の跡が残っていた。

「大変失礼致しました」

「いいえ、大した事ではありません。

 ただ、私以外にはこの様な真似はしない方が良いでしょう。命の保証しかありませんよ」

「……肝に銘じます」

 フォーネティアは内心冷や汗をかいていた。まさかここまでの実力差がテレジアとの間に在るとは思ってもいなかった。

(テレジアさんとの年齢差は約500程度のはずですが……それでここまで……)

「フォーネティア、貴女が弱い。と、言う事はありません」

 テレジアが何時もの顔、何時もの調子で、

「ただ、私が貴女より強い。と、言うだけです」

 そう嘯く。

「私は部屋に戻ります。自由時間はだらけると決めました」

 テレジアは踵を返し、魔力遮断室から出て行った。

「……はぁ。やはり一番若い私は、色々不足しているようですね」

 はっきりと見えた事実に、多少凹んだフォーネティアだった。





[26014] 第75話 残りの竜皇と竜騎士、険悪な打ち合わせ 転部31話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2014/07/20 23:39

 アルヴェルラと華月は、フェルフェース火山から少し離れた、緑がある辺りまで来ていた。

「このくらい離れると、あんまり暑くないんだな」

「何もこの大陸一帯が暑い訳じゃない。火山から離れれば中央大陸より多少暑いかな? 程度だ。

 だが、その数度の差が、植生に大きく影響する。良く見て観ろ」

 アルヴェルラに言われた通り、華月は周辺の植物を観察してみる。

「……確かに。樹から下草から、結構違ってるな」

 ドラグ・ダルク辺りでは見かけない物が多く、生態環境が大きく違っていることが理解できた。

「私は解説が得意と言うわけでも好きと言うわけでもないから、あんまり詳しく解説してはやれないが――」

「だったら~、私(わたくし)がお引き受けしましょうか~?」

 唐突にアルヴェルラと華月の会話に割り込んできた声があった。

「……この声、フォレストの――」

「はい~。緑樹竜族(フォレスト・ドラゴン)のクレンレイドさんですよ~」

 木々の間から、柔和な微笑みを湛えた薄緑色のロングの髪を靡かせた美女が現れた。脇には竜騎士のリィリスと思われる金の短髪で眼つきの鋭い女性を従えている。

「ヴェルラちゃんお久しぶり~」

「ああ、久しいな。

 こんな所で何をしている?」

「あっちはあんまり長居したくないのよ~。緑が少なすぎてね~」

「ああ、まぁ、解らなくはないが……」

 アルヴェルラが脱力する。

(だからか……。開催地によって現れる時間が大きく違うのは)

 アルヴェルラの記憶ではここと、グランド・ドラゴン、それにシャイニング・ドラゴンの領地が開催地の場合、クレンレイドはかなり遅く現れていた。

「でも、緑があるからと言っても~、ここは暑すぎるのよね~」

 パタパタと自分の右手で胸元を扇いでいる。

「否定はしないがな。それでも貴女もドラゴンの端くれだ、この程度の気候などどうと言う事もないだろう」

「それはそうだけどね~? リィリスも暑いって思うでしょ~?」

「……。愚問です」

 やはりリィリスで間違い無かったようだ。目を伏せてクレンレイドの言葉を一笑に付す。

「暑いに決まっているではありませんか」

 この答えに、華月が盛大に脱力する。

(竜騎士こそ、この程度の気候どうって事無いだろ……)

 何やら主従揃って残念な感じがする。

「この程度の気候でガタガタ抜かすな」

 更に横から割って入る別の声。

 華月がそちらに視線を向けると、トレイア並みに身体が鍛えられている茶の短髪の厳つい顔つき――とは言え、やはり美人――な女性が、横に小柄な少女を従えていた。

「ああ、ヴェルネティア。貴女も外に出ていたのか」

「あの中も居心地が悪いわけではないが、どうにも退屈でしようが無い。少しばかりな」

「こっちは鈍感なグランドと違って繊細なのよ~」

「こっちは軟弱なフォレストと違ってこの程度どうと言う事は無いからな」

 何やら険悪な雰囲気となる。が、アルヴェルラはそんな事はお構いなしだった。

「丁度良い。これで挨拶回りの手間が省けた。

 二人とも、紹介する。私の竜騎士に就いたカヅキだ」

 アルヴェルラがポンと華月の背中を叩く。

 華月は一歩前に出ると、フォレストとグランドの竜皇二人に対し、最敬礼で名乗る。

「ダークネス・ドラゴンが竜皇、アルヴェルラ=ダ=ダルクの竜騎士、瀬木 華月です。以後、お見知り置きを」

「フォレスト・ドラゴンの竜皇、クレンレイド=ファ=デラドルよ。宜しくね」

「黄地竜族(グランド・ドラゴン)、竜皇のヴェルネティア=ク=エンティファー。覚えるかどうかは、この後次第だな」

「竜騎士、リィリス=エイアです」

「同じく竜騎士のリーゼロッテ=テシャスだよ」

 それぞれ華月に名乗り返す。

「さて、これで全員に挨拶が終わったな」

「あれ~? ファルアったらもう来てたの~?」

「アイツがもう来ているとは聞いていないが……」

「あ~……。あれは……――うん、別に……」

 ヴェルラが物凄く嫌そうな顔になる。

「そう露骨に嫌ってやるな、シャイニングの気質は知っているだろう?」

「種族の性には逆らいにくいのは、みんな一緒よ~?」

「いや、別に嫌っているわけでは……。ファルアのせいでカヅキが危うく廃人になるとこだったと報告を受けているから、どうにも、な……」

 アルヴェルラの話を聞いて、アルヴェルラを窘めていた二人も少々顔つきが変わる。

「まさか……。幾ら暇つぶしの為に色々仕掛けてくる奴だとは言え、そんな事をする筈は――」

「そうよ~。あの子、そんな馬鹿じゃ無い筈よ~?」

「今回、それも問い質す。返答次第では――」

「ヴェルラ。そこまでで止めておいてくれ」

 華月が口を挿んだ。

「テレジアから報告を受けたんだろうけど、悪気があっての事じゃない。……はず……だから――」

「カヅキ、私は他人から常々甘いと言われているが、お前も大概だぞ」

「まぁ、事実なら確かに返答次第では少し『注意』しなければならないか」

「そうね~。事実ならね~」

 クレンレイドとヴェルネティアは何やら思案顔だ。

「まぁいい。ファルアは遅刻だけはせんし、明日には間に合わせるのだろう」

「そうね~。遅刻『だけ』は、しないものね~。

それよりも今日の夕飯の方が心配よ~。フレイムの料理って、味付けが大雑把なのよね~」

「そこまで言う程か?」

「グランドも大差ないから気にしないのかもしれないけど、私からすれば雑なのよ~」

「それに関してはクレンに同意する」

 三人で何やら料理の味に関して言い合っている。が、竜騎士三人の内心は、変な所で揃っていた。

(いや、料理に関しては人間の方が美味い)

(料理は、人間の方が美味く作りますよ)

(料理だけは人間の方が上手なんだけどな)

 どうやら三人とも、竜族の料理の味には中々馴染めないようだ。基本的に食べなくても死ぬ事が無いがゆえ、食べ物や飲み物は人間だった頃以上に嗜好品としての比重が大きくなっているのだろう。

 主三人の不毛なやり取りを聞いているのにも飽きたらしいリーゼロッテが、華月の佩いているファスネイト・ダルクに気付き、何やら興味を覚えたらしい。

「ねぇ、カヅキ?」

「何か、リーゼロッテさん」

「リゼでいいし、敬語止めてね。竜騎士に成ったら年齢関係無いから。

 それよりさ、カヅキは剣士?」

「一応、剣も使える。まだまだ未熟だけど」

「ふ~ん……。ね、誰に教わったの?」

「あ~……」

 華月はここで素直に堪えてもいいのだろうかと迷った。実力云々ではなく、師の一人がどうやら曰く付きの札付きらしい弓弦葉だからだ。かなり驚かれるような気がしていた。

 だが、目をキラキラと輝かせているリーゼロッテに観られると、教えないと悪いな。と、言う妙な罪悪感を覚えた。

「一人はトレイア――」

「おぉ、ダークネスきっての武器術師かぁ。一人ってことは、もう一人いるの?」

「もう一人は……弓弦葉、先輩」

「ユヅルハ・センパイ? ……ユヅル、ハ……って、え! ユヅルハ!? 魔将軍、紅蒼刀のトキワ=ユヅルハ!?」

 華月の予想以上にリーゼロッテが驚く。大声で弓弦葉の名前を出すものだから、竜皇たちも何事かと顔を向けてくる。

「どうした、リゼ? 大声でユヅルハの名前を叫ぶとは」

「だって、カヅキが剣の師匠の一人がユヅルハだって言うから……」

「何? おい、本当か?」

 ヴェルネティアが鋭い視線を華月に向ける。

「はい。私の剣の師匠の一人は弓弦葉です。とは言っても、ドラグ・ダルクに立ち寄られた際に一週間ほどの期間ですが」

「アレが他人に剣を師事するとは……お前、何者だ?」

「弓弦葉と同じ世界出身の異界人です。弓弦葉とは同じ学校で一学年違いでした」

「……奴と同じ世界出身だったか。やはり異界人の名前は響きだけではどこの出身か解り難くて好かんな。

 一週間程度と言う事は、軽く基礎だけか?」

「何を基準にすればいいか解らないので、アレが基礎程度なのかまでは……」

 当然弓弦葉が華月に施したことは基礎などすっ飛ばして発展応用の上級技術だ。

「……それも、明日になれば解るか。

 さて、そろそろ戻るぞ、リゼ」

「は~い。

 じゃぁね~」

「私たちも挨拶に出向きましょうか~。

 リィリス、行きますよ~」

「はい。

 では、失礼します」

 リーゼロッテがぶんぶんと手を振っている。華月が小さく手を振り返すと満足したのか、先を歩いているヴェルネティアを追って走り出した。

 その華月の脇を、最後にちらりと盗み見て、呟きながらリィリスが既に歩き出していたクレンレイドの後ろを絶妙な位置取りで歩いて行った。
四人が去って、一気に場が静かになった。

「……やれやれ、結局誰かしらに捕まって、あまり二人で居られなかったな」

「まぁ、こんな事もあるんだろ。

 それに、二人で居る時間は、これからいくらでも出来るんじゃないか?」

「それも、そうだな……」

 てっきり笑顔で返してくるのかと思ったアルヴェルラの表情は、何処か物憂げな苦笑だった。




 外ではすっかり日が落ち、暗闇が辺りを包む頃。フェルフェース火山の内部も、光量が落ちていた。

 フォーネティアが華月に説明してくれたが、どうやら外の光量に合わせ、内部の光量も自動で調節されるようになっているらしい。

 そして、食堂らしい広い空間で各竜皇と竜騎士が集合していた。一名を除いて。

「……今回は、直前まで来ないつもりか、アイツは」

「ま、そんな事もあるだろうて。奴が毎度遅く来るのはいつもの事であろうに」

 若干イラついているらしいルティアーナに、やる気の無い言葉を投げるフェイレイン。

「でも、一応晩餐までには来てたわよね~?」

「何か、来たくない理由でもあるのか?」

 疑問符を浮かべるクレンレイドに、何か思案しているヴェルネティア。

「……本当に、人の神経を逆なでするのが巧い奴だな」

 アルヴェルラも何だか苛立っている様だ。


 そんな時――。


「いや、悪いな。少し遅れたか?」

 何て言う、非常に軽い調子の声がしたと思えば、天井の光源から光の柱が出ると、そこからファルアネイラが現れた。

「ファルア、直接光渡りで来るとは……ふざけているのか?」

 ルティアーナが軽く怒気を滲ませる。

「コレに遅れる事の方が拙いだろう? 今回は大目に見てくれ」

「抜け抜けと……。

 まぁ、いい。確かにコレに遅れられる方が問題だ」

 チッ。と、舌打ちするルティアーナだったが、一旦その腹立たしさは忘れることにしたようだ。

「さて、所でお前の所の侍従総纏め役はどうした?」

「厨房に直接叩き込んでおいた。今頃仲良く料理しているんじゃないか?」

 席に座りながらそう嘯くファルアネイラに呆れ果てた様に疲れた顔で、ルティアーナが眉間を抑えながら投げ遣りに言う。

「……もう、いい。

 さて、気を取り直して始めようか。六竜会議の前哨戦を」

 ルティアーナの一言で、場の空気がビッ! と、引き締まった。

「明日の本番の前に議題の取り纏めだ。何か問題となっている事が在るか?」

「ダークネスから二つ」

「珍しいな、普段は何も無いのにか?」

 アルヴェルラが発言すると、ルティアーナが本当に珍しそうに言う。

「それで?」

「一つは前回、皆と確認し合ったように、後少しで人類種との盟約が期限を迎える。仮に延長の申し入れがあっても拒否することで一致していたな」

「そうだな」

「それに合わせるような時機に、魔族から不可侵協定の申し入れがあった。人類種への攻勢に限っての限定的なモノだが。ダークネスはこれを許容し、受け入れる事にした」

「あ~……。それ、こっちにもきたのぅ。一応受け入れたと返事しておいたわ」

「私の所にも来ましたよ~。当然肯定的な答えを返しておきました」

「こちらにも現れた。他が解らんから保留しておいた」

「ここにも来たな。グランドと同様に保留している」

 フェイレイン、クレンレイド、ヴェルネティア、ルティアーナから反応があるが、ファルアネイラは答えない。

「ん~……? ああ、そんなのも来たな。確か禍黄(まがき)のイーレロッテが来た。詰まらない話だったから、取り敢えず了解してさっさと返したんだった」

 今思い出したという適当さ加減だ。

「……ヴェルネティア、どうする?」

「グランドとフレイムのみ拒否するわけにもいかないだろう。特に問題のある協定でも無い事だしな」

「それもそうだな。

 では、魔族との不可侵協定は六竜族の総意として受諾するとしよう」

 ルティアーナが取り纏める。

「で、もう一つは?」

「もう一つだが、これは名指しで絶対に回答してもらわなければならない」

 アルヴェルラの顔に少々険が乗る。そして、その眼はジロリとファルアネイラを睨みつける。

「ファルア。お前、私の騎士に何をしてくれた?」

「……お? 割と本気で何を怒っている?」

 飄々と質問に質問で返すファルアネイラの様子に、アルヴェルラの堪忍袋の緒は千切れていく。

「……カヅキがお前の下へ向かった時、一体何をした?」

「別段変わった事はしていないぞ? 光の上級精霊に会いたいと言うから、召喚し易い場所へ連れて行っただけだ」

「連れて行っただけ……?」

「ああ。連れて行っただけだ」

「貴様……! 光と闇の精霊は、他属性の者が召喚するのには召喚方法が特殊だと知っていて、連れて行っただけだというのか!!」

 確認の上、そう返されたアルヴェルラの堪忍袋の緒は、完全にブッ千切れた。自分では意識できていないが、言葉が厳しく、そして怒鳴りつけるような言い方になっている。

 それに対し、ファルアネイラは肩を竦めると――。

「――ああ、そうだ」

 と、あっけらかんと言ってのけた。

「反対属性のカヅキが光の精霊だけを呼んでしまったら、存在が漂白される可能性の方が比較にならない程高いと理解してか!!」

 アルヴェルラが椅子を弾き飛ばして立ち上がり、両手で大円卓を叩く。

「詰まらない事を延々確認するのは止せ。

 だったら、どうだって言うんだ?」

「この――」

 すっかり激昂したアルヴェルラが、ファルアネイラに向かおうと動いた瞬間――。

「そこまで、だ。ヴェルラ」

 全員が華月の声に気付いた時には、何時の間にか椅子を元に戻し、アルヴェルラの両肩を背後から抑えると、簡単にそこへ引き下ろして座らせていた。

「俺の為に怒ってくれるのは非常に嬉しい。が――」

 華月がアルヴェルラの耳元で囁く。

「竜皇が本気で喧嘩なんか仕掛けたら、全面戦争が起こるだろ?」

「う――」

 華月にそう言われ、アルヴェルラの頭から血が下がっていく。

「申し訳ありません、我が主がお騒がせいたしました」

 華月がアルヴェルラの代わりに頭を下げて謝罪する。

「ファルア陛下に対しましても、傲岸不遜な台詞の数々、主に代わりお詫び申し上げます」

「……ふん」

 華月の謝罪に対し、ファルアネイラは鼻を鳴らし、不満そうだ。

 ただ、その不満の原因は――。
「これで終わりか? これからが面白くなるところだっただろ?」

「――っ!?」

「ははは……、お戯れを」

 再度挑発してくるファルアネイラに、今度こそ殴り掛かろうかと思ったアルヴェルラは、自分が動けない事に気付いた。そして驚いた。

「これ以上、我が主をからかわないでいただきたい」

 自分が動けないのは、華月が両肩に置いた手がガッチリと身体を固定しているからで、

「それ以上は、流石に保証いたしかねますよ」

 華月が自然体で、朗らかな笑顔で、凄まじい殺気を絞り込んで、ファルアネイラに向けていたからだ。

 そして、その殺気を受けて、楽しそうにしているファルアネイラ。あろう事か、ファルアネイラも華月に対し、周りが気付けない程絞り抜いた、錐の様な刺々しい殺気を放ち返している。

 そんな殺気を受けても華月は微動だにしない。

「――ああ。本当にお前は面白いな、カヅキ」

「そうですか? 自分ではそんな事は無いと思いますが」

 二人の表情はコロコロと変わっていくが、一貫して互いに殺気を放ち続けている。

「面白いのは、貴女のそのインサニティだと思いますよ」

「異界の言葉か? 言っている意味が解らないが、褒められていると直感したぞ」

「おや、パラノイアもお持ちでしたか」

 最早二人の会話に大した意味など無いのだろう。どちらが先に折れるか、そんな感じになっている。

「え~ぃ! いい加減にせんか!!」

 華月とファルアネイラの顔面に突然、水で出来た拳大の球が炸裂した。

「「……」」

 二人の視線がゆっくりと声の主――フェイレインに向かう。

「そこだけで盛り上がりおって! 吾らも居るぞ!」

「……ご老体にそう言われては、止める他無いな」

 一発で毒気を抜かれたファルアネイラは、肩を竦める。

「ん? なんじゃ、もう終わりか?」

「……アルヴェルラ、注意してくれ。

 では、続けよう。他に何か在るか?」

 少し残念そうなフェイレインと、場が収まったことで、次の話題を求めるルティアーナ。

 その後も幾つか、それぞれが持ち込んだ話が上がった所で、料理が運び込まれてきた。



[26014] 第76話 会食の肴 模擬戦開始 転部32話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:6f85088f
Date: 2014/12/01 00:17

 ある程度腹が膨れてくると、雑談が始まる。

「そう言えば……。なぁ、アルヴェルラ?」

「……?」

 ルティアーナがアルヴェルラに話しかけてくる。

「一応お前に許可を取ってからにしてやる」

「何だ?」

 その返事を了承と取ったルティアーナはニヤッと笑い――。

「カヅキ、お前、どうやってコイツを口説いたんだ?」

 と、事も無げに聞いてきた。

「「……ふぁ?」」

 アルヴェルラと華月の間抜けな声が重なった。

 その質問は当然、その食卓に着いている全員に聞こえていたわけで、他の会話が一時的に止まる。

「な、何だ急に」

「いや、テレジアに会食の時にと言われたからな。言われた通りに今まで温存していたわけだ。

 で、どうなんだ?」

 ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるルティアーナ。他の竜皇や竜騎士、総纏め役たちも聞き耳を立てている様だ。特に、ファルアネイラは興味津々のようだ。

「べ、別に特別な事は無いぞ」

「何を言うんだ。我等六竜族の中で最も人間嫌いで、竜騎士の数が少ないダークネスの竜皇が竜騎士を召し上げた。十分大きな話題だろう」

「……」

 アルヴェルラが言いこめられてしまった。

「そんなアルヴェルラを絆す何かが、カヅキに在ったんだろう? ソレは何だと聞いているだけだ。大体、皆が竜騎士を従えた時もそれぞれ話したじゃぁないか」

 どんどんと外堀を埋められていく。

「ほ、本当に特別な事は無い。ただ、夜の散歩に何となく出た時に――」

「ほほぅ、二人の出会いは散歩に出たくなるような良い夜か。なんともいい雰囲気じゃないか」

「……茶化すな」

「いや、男の竜騎士を従えているのは私だけだったし、私たちの場合は色気もへったくれもあったものではなかったからな。

 続けてくれ?」

 ルティアーナはヤジを飛ばしながら実に楽しそうだ。竜族にとって何かしらの変化と言うものは、本当に楽しい事なのだろう。

「私の前に空から突然、カヅキが降ってきたんだ。少し前に人間の都市の方で大きな魔力の揺らぎがあったことで、それが何らかの召喚儀式だったと分かったわけだが。

 で、近づいてみたら、何故か腹部に大きな裂傷を負っていて、そのままでは死にそうだった。私は瀕死の状態からの回復魔法など使えないからな、そのまま看取るか、竜騎士化する、二つの選択肢しか無かった」

「普段のお前ならそのまま看取っただろう?」

「そうだな。人間一人ぐらい、そのまま放置していた。

 だが、先ず異界人であると言う事がカヅキを助けた理由の一つだ。私は自分の竜騎士は異界人にすると決めていたからな。

 それで取り敢えず近づいて、その傷、血に触れて感じたんだ」

 アルヴェルラが眼を閉じる。

「私は、この者を従えるべきだ。と。

 だから、言葉が通じるかどうかも解らないのに、問い掛けた。死にたいか? 生きたいか?

 生きたいのなら、私と契約を結べ、役目に就け。

 そうしたら、実に素早く答えたよ」

「解った、願う。

 俺は、そう答えたな」

 アルヴェルラの独白に、華月が言葉を添える。

「……何とも、まぁ……。直感が決め手か」

「ああ。機会は逃すものではないからな」

「……色々、後を考えると、アルヴェルラの行動は正しい選択だったとは言えないな。竜騎士を決める基準に――」

「そんなものは後付けの理由だろう? 皆、一番の理由は、自分が気に入ったかどうか。その一点だろう」

「「「「……」」」」

 竜騎士を従える四人の竜皇は、アルヴェルラがそう言い切ると難しい顔になった。

「……はぁ。そう言い切られると、何も言えんのぅ」

「まぁ、確かにそうなんですけどねぇ……」

「気に入らん者を、傍に置こうとは思わないが、資質の問題もあるわけだしな……」

「んん……、否定できないのが辛いな」

 その様子に、アルヴェルラは得意げになる。

「何、我々竜種の勘は確かだ。明日、それもハッキリする。竜騎士としても、カヅキは優秀だぞ。

 さぁ、これで知りたい事は解っただろう」

 アルヴェルラはこれ以上喋る気が無いのか、そう言って口を閉ざした。





 会食が盛り上がったり盛り下がったりしながら終了し、それぞれ部屋に戻った。

「何だか、どっと疲れたな。本番は明日だというのに」

「まぁ、あそこまで絡まれれば仕方ないな」

「今回のファルア陛下は、随分今までと違いましたね。どうも、カヅキに何か――」

「止めろ、テレジア。もう明日までアイツの事は考えたくない」

 アルヴェルラはテレジアの言葉を遮り、目を伏せる。本気で疲れている様だ。それに対し、ファルアネイラとあれだけ派手に殺気の応酬をしていた華月は平然としている。

「カヅキ、体調に変化はありませんね」

「ああ、何ともない。明日は頑張ってみる」

「そうですね。ええ、是非頑張ってください」

 テレジアは意気込む華月に対し、含みのある声音で応援する。

「全力を出し切っても構いません。ここの魔力遮断室は頑丈に出来ていますから」

「……? おい、テレジア。いつここの魔力遮断室の状態を確認したんだ?」

「陛下とカヅキが出ている間に、ですが。何か?」

 流石にそこで一戦交えて「体験してきました」とは、言えないだろう。テレジアの言葉に胡散臭げな顔になるアルヴェルラだったが、問い質したりしない。

「……いや、何でもない。

テレジアがそう言うなら本当なんだろう。カヅキ、明日は期待している」

「ああ、出来る限りやってみる……?」

 答えた華月だったが、二人の様子に微妙な違和感を何処かで感じた。それも仕方がないだろう。何せ本心ではあるものの、二人は華月が負けることを当然だとしている。それこそが華月が感じた違和感の正体だ。

 だが、華月はその違和感について二人に聞こうとは思わなかった。どんな思惑が在ろうとも、自分は自分の力を証明するだけだと考えているからだ。

「そうでした、カヅキに言い忘れていました。

 明日の模擬戦は訓練服で行います。武器・武装はそのままです。精霊の力を借りるかどうかは、決まりがありませんのでご自由にどうぞ」

「要するに、儀礼正装の絶対防御だけは無しって事か」

「そうだな。アレは私たち心配性の主が騎士にお仕着せているものだ。竜騎士同士の戦いでは、使わない。お互い死ぬ事は無いしな」

 と、なれば、本当に素の実力だけでの勝負と言う事になる。

「過去の事例から言いますと、精霊の力を借りた者は居ません」

「なら、決まりが無くても慣例に従うさ。精霊の力は借りない。ドレン頭領のくれた籠手と具足、それにファスだけでやる」

「なら、それで。

 明日は三連戦です。恐らく、アクアのルーゼスは棄権すると思います」

「え?」

「今まで見た限りでは、彼女は直接戦闘向きではありません。体術、武器術、魔法、どれも竜騎士としての及第点ギリギリです」

「フェイレインの大婆は、ある日突然「コレが私の竜騎士だ」といって、あの盲目の少女を従えた。私はカヅキとの出会いを話したが、フェイレインの大婆は未だに誰にもルーゼスとの出会いの話はしたことが無い。

 ただ、あの予言とも言える能力が何らかの関係があるのだとは思うが、な」

 テレジアとアルヴェルラはアクアの主従について胡散臭そうに話す。

「笑えるのはフレイムの出会いの話か」

「そうですね」

「単身ここに乗り込んできて、大暴れしたハンナをルティアーナが死なない程度にぶちのめしたら、懐かれたんだったか?」

「……表現に難がありますが、大筋そんな感じですね」

「……なんだそりゃ」

 二人の話に呆れた顔の華月。

「語ると長くなるから、また今度、な」

「よくある馬鹿がバカなことをして莫迦に気に入られたという話ですよ

 そんな事より、もう休みなさい。身体は平気でも――」

「ああ、『俺』が疲れてたら意味が無いな。じゃぁ、休む」

「そうしろ。お休み」

「お休みなさい」

 二人に断ると、華月は身支度を整えて割り当てられているベッドに潜り込む。そうして10秒も掛からず眠りに落ちた。

「さて、私も寝る」

「はい。私も休ませてもらいます

お休みなさいませ」

「お休み」

 アルヴェルラとテレジアもそれぞれベッドに入ると、スッと眠りに落ちた。

 三人が眠る部屋に沈黙が横たわる。

 そうして夜は深まり、明日へ向かって刻は進む。




 翌日、各部屋で朝食を軽く済ませた全員が、地下の魔力遮断室に集まっていた。

「さて、本来なら昨日の議題を詰めるところなんだが……」

「昨日で殆ど済んでしまっとるからの。改めて重苦しく話し合う事もあるまい。

 それより、カヅキがどの程度の実力なのか。そっちの方が気になるわ」

 ルティアーナも同意見なのか、フェイレインの横槍にも気を悪くした様子もない。

「と、言うわけで竜皇は揃って観戦させてもらう。

 ハンナ、解っているな」

「は」

「リィリス、やってしまいなさい~」

「承りました」

「リゼ、全力で叩き潰せ」

「うんっ!」

「あ、我らは不参加じゃ。ルーゼスは戦いに向いてないからの。ルーゼス、視通せい」

「はい」

 各竜皇がそれぞれ竜騎士に言葉を掛ける中、ファルアネイラは少し離れた所で壁に背を預け、ニヤニヤと薄笑いを浮かべていた。

 アルヴェルラはそれを怪訝に思ったが、あまり関わり合いたくないので無視することにした。

「では、一番手はハンナでいいな」

「会場の提供がフレイムだからな」

「構いませんよ~」

 ハンナが華月に視線で合図を寄越す。

 二人は丁度、魔力遮断室の真ん中あたりで距離を取って相対する。

「武装はそれでいいのか?」

「はい」

 ハンナは華月が剣を持っておらず、籠手と具足をつけている事を疑問に思ったらしかった。

「格闘も、教示されています。徒手空拳を相手に剣は無粋かと」

「そうか。

 審判は無し、どちらかが戦闘不能になるのが終了条件だ」

「解りました」

 ともに構える。

「来い」

 ハンナが初手を華月に譲った。

 華月は纏身・流身を瞬時に使用し、最速行動で移動。真正面からハンナの土手っ腹に右のストレートを叩き込んだ。

 派手な炸音が響きハンナが弾き飛ぶ。

「……え?」

 まさかここまで綺麗に決まるとは思っていなかった華月が間抜けな声を出す。

「……」

 弾き飛んだハンナは綺麗に着地すると、殴られた腹を左手でぽんぽんと叩く。

 何かを確認し、今度はハンナが最速行動で動き、華月の頭を蹴り飛ばす。

 が、華月の左腕が防御に間に合っていた。

(……。先輩やテレジアより、遅い?)

 華月はハンナの速度が弓弦葉やテレジアの平均的な速度より若干遅く感じている。これなら十分に渡り合える。

 ハンナは防御された足を上へ跳ね上げ踵落としに切り替える。華月は一歩踏み込み下ろされる足に右腕を斜めに合わせ、方向を滑らせる。

 逸らされた右足が地面を踏むと同時にハンナは全身を捻りながら華月の腹に左の後ろ回し蹴りの変化で左踵を叩き込む。

 華月は接近していた為回避は間に合わない。両腕を交差させ竜楯を纏って防御。

(威力がっ!?)

 ハンナの動作で得られるとは到底思えない強烈な衝撃が華月に叩き付けられ、華月は呆気なく飛ばされる。

(だったら速度と手数にモノを言わせる!)

 そう判断した華月だったが。

「蹴鞠」

 後ろからハンナの声がした。華月の着地予想点にハンナが既に居る。

 ハンナの全身は異様なまでに練られた魔力の纏身・流身で強化の桁が可笑しい。

(この人、全部の魔力をこう使う事に特化してる!)

 華月が気付いた時にはハンナにまた蹴られた。さっきより少し威力が高い。

 弾かれた先にはもうハンナが居る。

 また蹴られる。またさっきより威力が高い。

 まだ華月の防御力の方が上だが、この調子で蹴られ続ければ直ぐに防御を抜かれる。

(巻き返さないと!!)

 華月はハンナを負かす方法を高速で思考する。





[26014] 第77話 模擬戦の決着 意識への侵食 転部33話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:6f85088f
Date: 2015/06/18 23:47

 フェイレインは半眼で蹴られる華月を眺めていた。

「ん~……? どうにも微妙に違和感があるの……」

 ぼそっと呟かれた一言に、脇に居たルティアーナが反応した。

「何か?」

「ハンナの打撃における攻撃力は、吾等竜皇の竜騎士の中でも一段と高い。普通ならこの辺りで大抵の竜騎士が挽肉に、リィリス辺りでも竜楯を抜かれて骨の五、六本は持って行かれている頃合いじゃ。

 だと言うに、カヅキは未だ竜楯を抜かれてすらおらん。竜眼で視ておるが、ハンナは何時も通り全力、カヅキの竜楯もそこまで『堅い』わけでは無い様だしのぅ」

「……それは、確かに可笑しいですね」

「のぅ、アルヴェルラ」

「……何か?」

 フェイレインの竜眼がアルヴェルラに向けられる。

「カヅキに、一体何を教えてきたんじゃ?」

「戦闘技能関係は、その総てテレジアを始め、他の教育係に任せました。報告は一通り聞きはしましたが、その内容までは私にも把握しきれていない部分があります」

「嘘は言っていないのぅ。

 だが――」

 非常に滑らかな動きで、フェイレインはアルヴェルラに近づくと、その手を取った。

「真実(ほんとう)の事を、言ってもいないの。

 まぁ、秘匿するもお主の自由じゃ。無理に聞き出す気も、今の所は無い」

「……」

(貴女が居るから、余計に言えないんだが)

 フェイレインにアルヴェルラを問い詰める気は本当に無い様だ。だが、観察を止めるつもりも無い様だ。

 アルヴェルラには、思い当たる節があった。何度も何度も、それこそ嫌になるほど華月はテレジアの拳撃を、蹴りを受けてきた。恐らく、打撃が当たる瞬間、華月は無意識に部分的に竜楯の強度を引き上げているのではないか。そういう癖が、ついているのではないか、と。

(肉を抉られたり、引き千切られたり、叩き潰されたり、結構やられていたらしいし、なぁ……)

「んっ!?」

 そんな事をアルヴェルラが考えていると、脇でフェイレインが奇妙な声を上げた。

 アルヴェルラが華月とハンナの方に意識を向けると、意外な光景が目に入ってきた。



 これ以上は拙い。

 そう判断した華月の身体は、ハンナの蹴りに来た足の膝の関節目掛け、カウンターの手刀を走らせていた。当然、それはただの手刀なんて事は無く――。

「ほぅ……」

 ハンナが蹴り抜いた状態で動きを止めた。

 最後に蹴り飛ばされた華月は、ゆっくりと着地する。

「随分、器用だな」

「色々と、仕込まれていますから」

 華月の手刀は、見事にハンナの蹴り足を狙い通り斬り飛ばしていた。膝から下は華月の左手に握られている、

「似た様な技能は、割と習得が難しい。俺は苦手だ」

 ハンナが無駄口を叩いていると、斬り飛ばされた足が、華月の手から霧の様に霞んで消え、元の場所に衣服ごと復元された。

「随分と優しいじゃないか。俺の復元を待つなんて」

「別に優しくありませんよ。

 ただ、さっきのは咄嗟に手を出した不可抗力です。それは、自分の望んだ行動ではないので」

「……はっ」

 ハンナが嘲笑(わ)らう。この状況で自分をナメるような真似をされた。そして、その状況判断の甘さを嘲笑った、

「どうやら、まだ解らないらしいな。

 盛れ、炎熱(えんねつ)」

 ハンナの両腕が高熱を纏った。

「教えておいてやる。約三千℃だ」

 ハンナが霞んで消える。

 華月がハンナを捉えて反応した時には、華月の左脇腹にハンナの右拳が突き刺さり、左腎臓から胃の一部、大腸の三分の一、小腸の四割が焼けて蒸発していた。その瞬間的だが強烈な痛みは、華月の意識を刹那、焼いた。

 意識が一瞬ブレた。

「……っ!」

 瞬間的にさっきの手刀の倍の魔力を掛け、狙い澄まして肘関節をまた手刀で斬り飛ばした。

 そのまま離脱。

 内臓の何割かを潰されても動ける。ハンナの腕はまた霧の様に消え始めている。華月はその腕を引っこ抜き、自身の裡から滲む闇で侵蝕し、黒化させてそのまま崩壊させた。

(ゼロからの復元には少し多く時間が掛かる。これで時間を稼げる……。あれ? なんで俺、こんな事出来るんだ?)

 華月は自分がダークネス・ドラゴンの闇を扱えるのは知っているが、どういう風に応用できるか。それはまだ知らなかったはずだ。

 注意して自分の頭を探ると、微妙な頭痛と、何か霞が掛かったような感覚があった。そして、それは次第に強く、深くなっていった。

 気付いた時、華月の意識は霞んでしまっていた。

「……」

 華月の身体は、構えを取ったまま。ただ、全身から闇が滲み出ている。

「……?」

 その華月の異常に、腕の復元を待っていたハンナが気付いた。

(なんだ? 気配が極端に薄くなっているが、穏行の類は使っていないな……。それに、何故闇が溢れている?)

 ハンナの腕と、華月の内臓が同時に復元終了する。

(気にしていては終わらんな。コレで仕留める)

 ハンナが現時点で扱える全ての魔力を攻撃力に転換した。その状態で、自身の秘技を用い、華月をバラバラに解体し、勝負を決めようと、した。

 だが、ハンナが動くより先に、華月がハンナを間合いに収めた位置に居た。

「なっ!?」

 思わず声を漏らしてしまったハンナ。完全に華月の動きを見逃していた。

 反射的にハンナは絶技を繰り出した。

 胡乱な眼をした華月が、そのまま攻撃モーションに入った。

「!?」

 華月の動きはハンナの絶技、右ショートフックからの肘の振り下ろしという連携の天肘破(てんちゅうは)をスウェー、そして左から右に踏み込んで完全に回避し、

「双掌破(そうしょうは)」

 踏込の勢いと両掌を打ち込む力、更に震脚を利用した発勁の使用。ガラ空きになっていた腹部にそれを直撃されたハンナは、背中側から内臓の全てを噴出させた。背中側の筋肉が弾け、背骨を巻き込んで中身が飛び出した。

 ハンナの両手が華月の頭を掴むが、

「手鋏(てばさみ)・腕(かいな)」

 華月の両腕はハンナのまだ繋がっていた腹筋を、ハサミのように斬り飛ばした。

「独ツ月(ひとつづき)・脚槌(きゃくづち)」

 華月の全身が一回転。ハンナの下半身を蹴り飛ばした。

(焼けないだとっ!?)

 ハンナは腕を復元した後もあの超高温を保ったままだったにも拘らず、華月を焦がす事さえ出来なかった。

 その事実に驚いた心の隙を、華月は逃さなかった。振り抜いた手刀を、


 返し、


 ハンナの両肘を斬り割いた。

 身体を固定する支点を失ったハンナの上半身が落下を開始するより早く、速く、華月の秘技が炸裂した。

 華月の身体が沈み込んで跳ね上がり、ハンナの両脇から両鎖骨に華月の両手刀が何の抵抗も無く奔り、ハンナの身体を四分割し、その中心点を突き抜け、反転。

 ハンナの四分割された破片は回転しながら散っていく。

(下半身と内臓は復元が間に合わない! ……この手刀の傷は復元が始まらない!?)

「神殺十字(しんさつじゅうじ)・魔砲撃(まほうげき)」

 ハンナの破片の向こうへ抜けた華月は、両手を合わせ、圧縮魔力を放出し、ハンナの破片を文字通り消し飛ばした。

 床に降り立った華月は、ハンナが消し飛んだのを確認し、構えを解いて亡っと立ち尽くす。




 ただ一人を除いて、嫌な空気が立ち込める。

 全員が動けなくなっていた。
(ふむ、これは――)

 だが、その嫌な空気の中、一人、行動を起こした。

「これは、どうも可笑しいのぅ」

 歩き出したのはフェイレインだ。しかも、全身から魔力が漏れている。

「小僧、お前、何者だ?」

 そして、フェイレインの身体に亀裂が走ったかと思えば、爆ぜ、随分と各部がボリュームアップした美女が現れた。

 額から、立派な一本の角が生えているのが一際目を引く。

 全く無防備な華月に無造作に近づき、華月の頭を両手で掴み、自分の方を向かせる。

「……ちっ、何処へ行った?

 アルヴェルラ!」

「……は、はい?」

「ちと、調べさせてもらう――」

 くっ。と、フェイレインが顔を上に逸らす。

「ぞっ!!」

 そのまま、その立派な角を、華月の額の中央から、脳へと突き刺した。

「さぁて、お前は一体ナニモノだ?」

 フェイレインの意識が、華月の裡へ入り込んでいく。



[26014] 第78話 後味の悪い結末 転部34話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:6f85088f
Date: 2015/08/14 00:37


 フェイレインは、華月の意識を中央へ、深奥へと向かう。

「……根っからの闇属性か。だが、この星……記憶では無い、のぅ」

 フェイレインの眼には、テレジアは記憶が光っていると言っていた物が、別のモノに見えているらしい。

 手近な光に触れようとするが、その手は光を掴めない。

「……目測点と実在点がかなりボケとるな。色々歪んどるし、ヤレヤレ……一個人としても面倒臭い性質たちの――」

 フェイレインの左頬を、何かが掠めた。

「意識体で傷を負うのは、お互い避けるべきではないかのぅ。カヅキ?」

「……オレの裡に、入るな」

「ソレが、本性か? 成程、成程。

所でお前、何処でそれだけの業を背負ってきた?」

 華月の意識体は、昏く黒く禍々しい、ナニカを纏っていた。それは可視化されている業そのもの。離そうとしても離れない、べったりと本人にまとわりつく。

「随分と濃く圧縮された業……。だが、何だ? 吾――いや、純竜種に近い気配が――」

「秘剣・混沌断罪剣」

 竜眼の能力を全開で華月を観察し始めたフェイレインの胴体を、その業を盛大に巻いた一撃が横薙ぎにしようとした。

「……秘技を名乗ったが、そんな温いものでは無く、業か。それも、カヅキには使えない高みの。

それにその憑代、表のカヅキが持っていた剣では無いのぅ」

 華月の意識体と思われるものが持っているのは、華月の竜騎剣ファスネイト・ダルクではなかった。大きく幅広の直剣。

「竜騎剣、ダーク・インサニティ」

「…………。

 ……。

 ――はっ!?」

「竜騎槍、シャープネス・ダーク」

「竜騎弓、インフィニット・ダルク」

「竜騎斧、クラッシュ・ド・ダルク」

「竜騎槍斧、トリニティ・ダルク」

「竜騎籠手、ダークネス・フィスト」

 その他、表の華月とは違う武装を纏い、同じように業を纏った無数の華月がフェイレインを取り囲んでいた。

(何だ……? これは、どうなっている……!?)

 思考が混乱し、方向性が定まらない。

(分割意識体……? いや、違う。分割意識体はあくまで本人の意識を分割化したもので、総て同根同一。だが、これは異根同一!?)

 そこで、フェイレインは自分の竜騎士、ルーゼスの予言を思い出した。

(「その業、人の身で背負うには重く、深過ぎます 人ならざる身と成れば、あるいは―― ――いえ、そうならない方が、貴方の為? しかし、それではその輪環からは抜けられない。ああ、そう。全てを絶つ為には、思い出さないと 今生が、貴方にとってのその機会で在る事を――」か。ルーゼスめ、これでは相当に頭が巡らんと理解出来んわ)

「だが、そうか。理由は解らんが結果がお前か」

「…………」

「語らないのか、語れないのか。どちらにせよ、吾に情報を明かすつもりは無い様だのぅ。

 なら、直接――」

「竜騎斬糸、ダークネス・ストリング。

 禁技・支点斬噛してんざんごう」

 いつの間にか、フェイレインの意識体は、華月の一体が一帯に張った正体不明の黒色糸に絡められていた。その糸は無数の華月達が手にする、身に纏う竜騎士武器に対角に繋がっていて、両方から引っ張られれば、フェイレインの全身が斬り飛ばされるように仕掛けられている。

「糸使い……。流石に多様過ぎだ」

 フェイレインが流石に呆れる。

「本当に、お前は――」

 フェイレインが華月の意識体に触れようと腕を動かそうとした瞬間、華月の意識体たちは一斉に武装を引いた。

 廻らされた斬糸がフェイレインの全てを斬り裂く。

(――! 惑わされるな!! 此処ではそういった破損は現実に影響しない!

 吾の腕、脚、何処も欠けておらん!!)

 斬られたように見えた、が。フェイレインの意思は華月の破壊の意思を弾き、何も影響されなかった。

「何なんだ!?」

「オレに、触るな!」

 フェイレインの右手が、華月の意識体に触れた。

「――!? お前、カヅキ……!? どれだけのっ!?」

「……出て、行け!」

 フェイレインが何かを察したが、華月が両手をフェイレインの両肩に当て、一拍の後、自分の身体まで意識を強制的に弾き飛ばされる。




「ぐあぁっ!!」

 フェイレインが華月の身体から物理的に弾き飛ばされた。

「カヅキ!」

「姐御!?」

 倒れようとする華月の身体をアルヴェルラが、弾き飛ばされ、地面に落下するフェイレインをルティアーナが、それぞれ支える。

「ぐっ……」

 華月は意識を飛ばしたまま、角の刺さっていた個所の修復が自動的に始まっていた。一方のフェイレインは華月に突き刺していた角の随所に亀裂が走って今にも砕けそうだ。良く見れば亀裂から血が流れている。

「……カヅキ?」

 華月の意識が戻らない。傷はもう塞がったのに。華月の身体はアルヴェルラの腕の中でぐったりと、全身の力が抜けた状態のままだ。

「姐御! 姐御、大丈夫か!?」

「ぬっ……。ルティアーナ……?

 ああ、大丈夫だ」

 一方、フェイレインは早々に復帰した。角の亀裂も見事に治っている。

「アルヴェルラ! お前には悪いがカヅキは封じるぞ!!」

 ルティアーナが大声で叫ぶ。

「竜皇に危害を加えられる竜騎士が存在していい訳が無い!!」

「待て、ルティアーナ」

 ルティアーナの言葉を遮ろうとフェイレインが動こうとするが、巧く体が動いてくれない。

(……角から頭に響いていたか……。このままでは――)

「フォーネティア!」

「はい」

 各々壁に解けているのではないかと思える程の存在感の無さだった侍従総纏め役たちが、何時の間にかそれぞれ主の元へ寄っていた。当然、アルヴェルラの斜め後ろにテレジアが居る。

 魔力遮断室内の空気が一気に悪化する。発生源はルティアーナだ。さっきの一言から殺気にも似た怒気が噴き出している。

 フォーネティアが右手を挙げ、魔力遮断室の『機構』を使おうとしたところ、

「空間を隔離させていただき――」

「許すとお思いですか?」

 テレジアが瞬時にフォーネティアを背後から組み伏せ、背乗り、左足の裏で左腕を、右膝で右腕を。左手で首を抑え、右手の貫手を後頭部に当てる。

「遮断室の『機構』を動かす等の、余計な『動き』を見せたら、その頭、刳り貫きます」

「テレジア!!」

 ルティアーナから抗議の声が上がる。普通のドラゴンなら簡単に委縮するほどの圧力があったが、テレジアは全く気にした様子も無く、視線だけをルティアーナに向け、

「一方的にやられる――そんな真似、如何に温和なダークネス・ドラゴンと言えど、許容出来るモノではありません」

 と、言い放つ。

「更に――」

「テレジア、いい……」

 アルヴェルラが華月を抱いたまま立ち上がる。伏せられた貌がどうなっているのか、伺う事は出来ない。ただ、発せられた声は平坦過ぎた。

「色々、準備したんだ。こんな結果を望んでいた訳では、無い」

 アルヴェルラの身体から、闇が、滲み出てきた。

 その様子に、フレイム、フォレスト、グランドの竜皇と竜騎士、動ける侍従総纏め役達が臨戦態勢を取る。アクア、シャイニングは動かない。

「致命的な破局を望むなら、私はテレジアにフォーネティアを殺せと命じる。

 だが、私はそれを望まない。私は、個人的にしばらく引き籠るとしよう。この場は退散させてもらう」

「待て、アルヴェルラ……!」

 フェイレインが声を上げるが、アルヴェルラは少しだけ顔を上げ、視線でそれを一瞥し、

「『黒蝕霧アシッド・フォッグ』」

 アルヴェルラの身体から滲んでいた闇が霧状に変化し、薄くアルヴェルラを中心に広がっていく。触れれば黒化し崩壊する侵蝕性の霧だ。ふわりと瞬間的にこの空間に満ちた。この中で自由に動けるのは、同じ特性を備えるダークネス・ドラゴンの血族と、その眷属だけだ。

「全員動くな。触れれば黒く染まって崩れるぞ」

 テレジアがフォーネティアを開放し、アルヴェルラの正面に背を向けて立つ。

「指一本でも動かして、霧に触れたなら、そこから一気に侵食されますのでご注意を。あぁ、呼吸に支障はありませんのでご安心を。

 では、我々は退散させて頂き――」

「はっはっは! やっぱり面白くなったなぁ!!」

 奇的な嬌声が上がる。主は――。

「なぁ、ヴェルラ?」

 シャイニング・ドラゴンが竜皇、ファルアネイラ=シィ=シャイン。実に楽しそうにワラっている。

「私なら、お前のこの霧を中和して、今なら三人纏めて取り押さえることもできるぞ?」

 ファルアネイラの横で、シャイニングの侍従総纏め役クウェル=アトランが、「何言ってんですか!?」みたいな顔でファルアネイラを見ていた。

「かもしれないな。だが――」

 アルヴェルラはそこで、ファルアネイラの言葉を肯定した上で、

「そんな事をしてみろ、塵も残さず消し飛ばす」

 顔を上げ、ファルアネイラを見据え、感情の欠落した面白味のない声で、淡々と告げた。

 その顔を見たファルアネイラは、

「チッ、詰まらない顔してるな。私が見たいのはそんな顔じゃない」

 と、のたまう。一方、位置的にアルヴェルラの顔が見えたクウェルは、

「ヒッ!?」

 と、小さく悲鳴を上げた。

「各々、言いたい事はあるのでしょうが、今、この場でそれらを聞いて平然としていられる自信が、アルヴェルラ陛下は元より、私にもありませんので、ここいらで退場させて頂きます。

 悪しからず」

 テレジアがスカートを両手で広げるように持ち上げ、綺麗に一礼。

「『影渡り(シャドウ・ウォーカー)』」

 テレジア、華月を抱いたアルヴェルラが自分の足元の影に沈んでいく。




 三人の姿が魔力遮断室から消えると、黒蝕霧も薄れて消えた。

「ファルア! 止められたなら何故止めなかった!?」

「私にそう言うのはお門違いだろう? 初手を間違ったのはフェイレインの婆さんだ」

 ファルアネイラは歩き出す。クウェルが何かを察して止めようとファルアネイラの右腕にしがみ付くが、悲しいかな。ファルアネイラより二回りほど身体の小さいクウェルは引き摺られてしまい、重りの役割すらままならない。

「なぁ、そうだろう?」

 ルティアーナの抱くフェイレインの胸倉を左手で掴み、引き起こす。ファルアネイラは何故か苛立っており、その様子を隠す事もしない。威圧的にフェイレインを揺する。

「で、何を観た? お得意の竜眼はカヅキから何を読んだ?」

「……お主には教えんよ」

「何なら、その角から直に聞いてやってもかまわ――」

 ファルアネイラがそう言って凄んだ所でフェイレインがポンっ! と、ポップな音で縮んだ。

「残念、時間切れだのぅ。魔力総量も削ってこの姿になったからの、あの姿は長時間維持できん」

「この、クソババ――」

「ファルア!」

 堪りかねたルティアーナがファルアネイラに一撃入れようと動いた瞬間、

「だから、私に」

 ファルアネイラは、

「駄目よ~、それ以上は」

「お前もだ、ルティアーナ」

 ルティアーナ共々、クレンレイドとヴェルネティアによって拘束された。

「ルティアーナ、お前はそれより先にハンナを呼び戻してやらないと拙いのではないか?」

「何?」

「一向に復元する様子が無いぞ。魂が『気絶』しているのではないか?」

 ヴェルネティアに指摘され、ハンナの下半身から上半身が復元されていない事にようやく気付いたルティアーナ。

「まさか、カヅキの攻撃は『魂絶』の……」

「存在係数まで削りきられていたら、手遅れになるぞ」

 ルティアーナが慌ててハンナの『存在』を探る。

「――……居た。戻れ、ハンナ」

 ルティアーナに喝を入れられ、ようやく復元が始まった。

「気絶で済んでいた。少し、胆が冷えた」

「チッ、すっかり興醒めだ。帰る」

 パッとクレンレイドの拘束を外すと、照明の光へ解け始めた。クウェルがファルアネイラから離れ、ぺこりと頭を下げて共に消えた。

「騒がしいのが居なくなったわね~」

「今回は揉めたな。しかも、しばらく尾を引くぞ、これは」

 ため息をついているクレンレイドとヴェルネティア。

「――どうな、った?」

「あ、ハンナ。ようやく戻った?」

「随分酷くやられましたね」

 リーゼロッテとリィリスに言われ、ハンナはそこでようく自分が負けた事、そして、しばらく再生すらできなかったことに気付いた。

「無様を晒し、この体たらくか」

「いい、カヅキが予想外に壊れた性能だった。そういう事だ。

 それに、テレジアはやはりかなりの使い手だな。フォーネティアが子ども扱いか」

「面目次第もありません」

 ぐったりしているフレイムの面々、今後を考え頭が痛くなっているフォレストとグランド。しかしアクアの主従だけは違っていた。

「……ルーゼス」

「はい」

「宣託の意味が解った。が、これは、どうしようもない。その癖、世界を巻き込むぞ」

「そうなんですか?」

「……ああ。

 まぁ、やれるだけ、やるかのぅ」

 開き直ったかのようなフェイレイン。

「そうとなれば、ファルア以外は纏めねばならん。ちと、忙しくなるかのぅ。

 ルーゼス、アートラ。始めるぞ」

 竜騎士ルーゼス、侍従総纏め役アートラに向かってそう言い、何故か生き生きとし始めたフェイレインだった。



[26014] 第79話 心象世界に潜む影 転部35話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:da0becfb
Date: 2016/06/09 00:14


 ドラグ・ダルクのノーブル・ダルクその謁見の間。日課の清掃を仲間と共に行っていたヴァーナティスは、玉座の後ろ、影の部分から不穏な気配を感じ取った。

(何か、来る!?)

 身体が勝手に臨戦態勢を取る。他の侍従たちも一拍遅れでそれぞれ迎撃態勢に入る。

 そして、玉座の影が波打った。


 ぬ゛る゛ん゛


 と、形容するような奇妙な音を立て、華月を抱いたアルヴェルラ、何時もと変わらないように見えるテレジアが滑り出てきた。

 現れたのが三人だと気付いたヴァーナティスは、右手を左胸に添え、一礼。

「ご帰還を心待ちにしておりました」

「……ああ、今戻った」

 ヴァーナティスにそう答え、アルヴェルラは歩き出す。

「陛下――」

「全員、己の職務を全うしなさい。必要とあれば、陛下は全員に応えます」

 ヴァーナティスを始め、怪訝そうな侍従たちにそう告げ、テレジアはアルヴェルラの後を追う。

 この行動が許されるのも、テレジアだけだ。

 アルヴェルラは謁見の間からそこまで離れていない自室に戻る。

「テレジア、待て」

「はい、陛下」

 部屋の前でテレジアに待機するよう言い付け、アルヴェルラは華月を抱えて自室に籠る。

 一人残されたテレジアは部屋の扉の前に立ち、周囲を多少警戒する。その傍ら、思考の海に没入する。

(今回、フレイムの警戒の仕方が異様でしたね。無意識の内に力を望みながら、自らが欲する高みに至れない事に気付いているようですね。
アクアは宣託の件と言い、何か掴んでいるようでしたし……。下手をすると我々より踏み込んでいるかもしれませんね。

 フォレストとグランドは読めません。が、警戒するほどの『力』があるとも思えません。基軸たる二属性より派生する四属性は、どう足掻いても基軸を脅かすだけの力を備える事が出来ない。だからこそ、それぞれがこんな種族的性格をしているわけですが。

 逸れましたね、戻しましょう。

 シャイニングは……思考するだけ無駄ですね。ファルアネイラ陛下はシャイニングでも飛び抜けて享楽主義。恐らく、こちらの状勢が落ち着けば、仕掛けてくるでしょう。それまでは無害と考えて差し支えありません。裏でこそこそ動かれると面倒ですが、そこはアクアに期待しましょう。牽制程度はするでしょうし。

 そうなれば、我々が目下取り組むべきは……?)

 仮面はそのまま、油断無く二つを並行する。

 警戒はする必要が無いと言えば、無い。強大無比な外敵がこの国の近くに居るわけでもない。根本的にダークネス・ドラゴンに離反者は在り得ない。


『純竜種はそういう風に創られている』


 大原則が存在する。

 では、テレジアが何を警戒しているのかと言えば?

(カヅキにまつわる諸々を解かないと――!?)

 テレジアがそこまで思考した時、アルヴェルラの部屋から純竜種すら圧倒する気配が唐突に現れた。

「陛下!」

 何も考える事無く、テレジアは叫びながら扉に体当たりする。何時もなら簡単に吹き飛ぶ筈の扉が、テレジアを弾き飛ばした。

「なっ!?」

 テレジアは慌てず、次の瞬間には自身の眼を竜眼に切り替え、魔力の流れを観る。

(部屋全体に虹の魔力光……。属性に染まっていない純魔力? と、言う事は、これはカヅキの玉の魔力!)

 魔力は属性によって色が付く。あらゆる属性に染まる可能性のある、属性を持たない純粋な魔力は虹色に輝く。そして、純粋な魔力、純魔力を生み出せるのは異界人の玉と、それを模倣した疑似玉。最後に、『運悪く』属性を持たずに生まれ、成長してしまったハグレ者達だ。

(暴走したとでもいうのですか! ――考えるのは後!!

 貫けろ!)

「竜爪・一指」

 右半身を引き、左半身を前に。右手を後ろに引き絞りながら小指から握り込む。指と指が擦れ合い、ギリギリと軋んだ音が擂る。

「剛・」

 まずは握り込んだ右手に竜爪・一指を作り、出来た『爪』を纏身系で魔力強化。

「撃・」

 流身系による自己内部強化。ぐっと力が溜められる。

「破!!」

 全てのタイミングが揃った瞬間、テレジアの一撃は放たれた。準備から三拍程度。テレジアにしてはやけに慎重に打った。

(一撃で、穿ち抜く!!)

 普通ではここまで強化しない。テレジアの半分程度は本気の一撃が扉に炸裂した。魔力同士がぶつかり合う火花すら散らさず、扉は耐え切れず吹き飛び、大穴が空いた。

「……やり過ぎました、か?」

 そう呟いたが、身体はその穴から部屋へと侵入していた。




 テレジアを部屋の前で待機させ、アルヴェルラは華月を自分のベッドに降ろし、額に左手を当てる。

「本当に、こんな結末は望んでいなかったんだ……」

 アルヴェルラの声に乗るのは、後悔と落胆。

「あぁ、カヅキ……何処へ行った……?」

 華月に触れる左手を介し、華月の裡へと潜る。

 一面の暗闇。輝く無数の星のように見える何か。

 その原風景の中で、華月の意識体が一つ、浮かんで居るのが見つかった。

「カヅキ!」

「……」

 アルヴェルラの呼びかけに、その華月は反応しない。

「……カヅキ?」

 アルヴェルラが、その華月に触れようとした時、強烈な違和感がアルヴェルラを襲い、アルヴェルラは不意に周囲を見渡し、そして絶句する。

『――』

 アルヴェルラが見たのは、上下左右四方六方八方、見る限りに明後日の方向を向いて、重力の概念を完全無視して浮かぶ、これこそ無数と表現するべき数の『華月』だった。

「カ、カヅ、キ……?」

 アルヴェルラから漏れる、困惑が色濃い声音。

 その声に反応したのか、周囲周辺の華月が、完全同時に顔を動かし、その視線にアルヴェルラを捉える。

「――失敗した」

「――敗北した」

「――守れなかった」

「――護れなかった」

「――見殺した」

「――見送った」

 口々に呟く。果てしないほどのネガティブな感情がそのままアルヴェルラに向けられる。その負の圧力はとても強く大きく、心の底、魂の根幹から出ていると理解できる。出来てしまう。

 それはとても悲しい事だと、アルヴェルラは思うが、自分の芯まで響く声ではなかった。どこか、この声の群れは、『アルヴェルラ』を向いているが、『自分』に向けられていないと、そう感じていた。

(この中に、私の『カヅキ』が居る。これが何で、どんな状態なのか、そんなことは後回しだ。先ずは、カヅキを起こしてやらないと、何も進まないし始まれない!)

 アルヴェルラは自分と『繋がっている』華月を探す。そして、それはそんなに難しい事では無い。

(……見つけた!)

 自分の華月を見つけ出したアルヴェルラは、一直線に其処へ向かって走り抜ける。

「除けとは言わない、退け」

 自分の華月と自分の間に居る他の華月の意識体に向かって、アルヴェルラは言い放つ。

 その声、その意志に、無数の華月達はすっと道を空ける。

「――失敗したくない」

「――勝利するべきだ」

「――守り切りたい」

「――護り抜きたい」

「――見殺したくない」

「――見送りたくない」

 彼らが、アルヴェルラに向けた言葉を口にする。そして、一斉に振り返り、

『――だから、瀬木 華月は最強に成らなければならない』

 合唱された言葉は、アルヴェルラの華月に向けられていた。

「言われるまでもない、カヅキは最強に成る」

 すいっと華月の方に向かいながら、アルヴェルラが言い切る。

「私の為に、華月は最強に成る」

 そして、目を覚まさない自分の華月を抱きしめる。

「そうだろう? 私の、私だけの騎士殿」

「……そうだ。俺は、アルヴェルラの為、最も強いモノに成る」

 眼を開かない華月が、アルヴェルラの言葉に答える。

「こんな処で、沈んでいられない……!」

 華月が眼を見開く。すると、周囲の華月はすぅっと薄れていった。

「俺も懲りないな。またか……」

「そう言うな。今回に限っては不可抗力だ。あの方に干渉されてしまったからな。

 もう、大丈夫だな」

「ああ、手間を掛けさせた。

 まぁ、今回は多少収穫もあったが」

 華月は自分の裡にあるナニカに明確に気付いた。

「さぁ、戻ろう。国に引き籠もる事にしたが、やる事はあるからな」

「そうだな。何をするにも取り敢えず起きないとならないな」

 アルヴェルラは朗らかな笑顔で華月に手を差し出す。華月はちょっとだけ複雑な顔でその手を取る。

「……いつか、俺が手を差し出せるようにならないと、な」

「期待しているぞ」

 アルヴェルラが華月の言葉を聞いて嬉しそうにする。思わず握っている華月の手を大きく上下に振ってしまうほどに。

 そうしながら二人は現実に回帰する。




 二人が現実に回帰すると、丁度テレジアが扉を打ち抜いて室内に入ってきたところだった。

「陛下!!」

「……ん? どうした、テレジア?」

「……少し、頭が重い……」

 テレジアの剣幕にキョトンとしたアルヴェルラ。華月は頭の調子がイマイチなのか、コンコンと左手で叩いている。

「治まりましたか。ならば、問題ありません」

「何かあったのか?」

「カヅキの魔力が大々的に漏れていただけです。もう治まったようなので大丈夫だと思われます」

 テレジアが華月の頭に掌を置く。

「人騒がせも程々に。

 ……一度殺すか、悩んだじゃありませんか」

 後半を華月にだけ聞こえるように耳元で囁く。

「悪い」

「いいえ。おそらく、もうこんな事は無いのでしょうから」

 テレジアが意味深に呟く。

 そんな二人の様子を、やはりあんまり面白く無さそうな面持ちで見ているアルヴェルラ。

(カヅキは、私の、なんだがなぁ……)

 他の者に華月を受け入れてもらえている事は、単純に嬉しいのだが、こうも親しげにされているのを見るのは、どうにも不快感が伴った。それが独占欲なのか、他の何かなのか、アルヴェルラにはイマイチ判断がつかなかった。

「しかし、これからどうしたものか。

 引き籠ると宣言した手前、大っぴらに出歩くわけにもなぁ」

「そうですね。陛下はしばらく何時も通りに内政に励んでください。今までの積み重ねで、後少し進めれば、今年必要な分は終わるでしょう。

 そうしたら、カヅキと二人で好きにしたらいいでしょう。国内でだらけている分には何の問題も有りません」

「……いや、そんな姿を見られたら、私の風体に在らぬ批評が起こりそうだが?」

「やる気の無い時の陛下のお姿を、わたくし以外の誰も知らないとお思いですか?」

「いや、そうは言わないが……。

 まぁ、いい。解った。残っているものを片付ければいいんだろう? やってやるさ、見ていろ? 明後日までにケリを付けてやる」

 ビッとテレジアを指差して、アルヴェルラが宣言する。

「カヅキ、待ってろ。直ぐに片付けて、二人でしばらく『遊び』に出るぞ」

「あ、ああ。解った」

 アルヴェルラの勢いに圧されながら頷く華月。アルヴェルラは華月の答えに満足したのか、ニヘッと破顔してから首をコキコキ鳴らしたかと思ったら、華月が今まで観た事の無いほど真面目でキリッとした表情を浮かべると、

「さて、久しぶりに真面目にやるか」

 一オクターブほど普段より低い声音で呟くと、カッ! と、ヒールの音を立て、歩いて行った。

 そして、アルヴェルラは本当に当日夜から翌日一日で今年分の内務を大筋で仕上げてしまった。



[26014] 第80話 総纏め役という事、不穏の国 環部1話
Name: かみうみ十夜◆2310bdc6 ID:b91a5a00
Date: 2016/11/20 23:01
 修練場の舞台の上、ヴァーナティスが佇んでいた。

 ゆっくりと右手を振り上げ、一閃。

 そこから流れる様に手刀を振り、拳を衝き、蹴りを放つ。

 息を乱す事も、汗を流す事も無く、その一連の動きは唐突に終わる。

「……何か、用でしょうか?」

 ヴァーナティスが振り返ると、そこには、テレジアが立っていた。

「いえ、特に用事と言うわけではありませんよ。

 ただ、暇になりましてね。そう言えば、貴女とはしばらく手合せをしていないな。と、思い出したので」

 ふぃっ。と、実に自然に流れる動きで、テレジアがヴァーナティスの眼前に滑り込んだ。

「実力監査です。一本お突き合い願います」

「……ご遠慮願いたい所なのですが……。私の近接戦闘術は、ユークリッドに及びません。彼女を簡単にあしらう纏め役に――」

「今なら昔の様に、シア姉って呼んでくれてもいいですよ?」

「職務中です。昔の事を持ち出さないでください。

 ……今迄、私は昔の貴女について誰にも話していません。先程の発言も聞かなかったことにします。

 私に構っていないで、他の――」

「ヴァルナ、私は一番、私の後継としては貴女に期待してい――」

 その言葉に、ヴァーナティスの表情が固まった。


勿論、悪い意味で。だ



それを見て、テレジアが解り易く、少しだけ意地の悪い笑みを見せる。

「――おや、ようやくやる気になってくれましたか?」

「よくも抜け抜けと……。やはり、貴女のそう言った態度だけは好きになれません」

 先程までテレジアの顔の在った空間を、ヴァーナティスの左の貫手が穿っていた。当のテレジアの顔はそれより拳一個分右に逸れている。

「嘘も何も、言っていないのですが、ね。信用できませんか?」

 テレジアはヴァーナティスの左手を瞬時に掴み取り、巻き込むようにすくい投げた。

 投げられたヴァーナティスは縦と横の回転を滑らかに織り交ぜ着地。同時に自分の正面に向け大きく右の回し蹴りを、着地点を始点に自分の胸の位置で頂点という軌道を描かせた。

 その回し蹴りは追撃の為に突っ込んできていたテレジアに当たりそうになったが、そこは錬磨のテレジア。受けると見せてその実、タイミングを見事に合わせてまた右足を掴んで投げる。

 しかも今度は投げ飛ばさずに足を掴んだまま振り抜く。それはヴァーナティスを床に叩き付けることを意味する。

 ヴァーナティスは叩きつけられる前に両手を着いて屈伸。威力を完全相殺。両手捻ってから床に完全に貼り付け真空状態に。そして床に吸着した両手の捻りを解放して反時計回りに身体を回す。

「切り返しが、何だか私の動きに似てきましたね」

「人が嫌がる対応が、貴女の得意技ですからね。その貴女を相手取るなら必然、対応は貴女に似ざるをえません」

 そんな事をほざき合いながら拳打・蹴撃の応酬は行っている。

「何だかんだ、ヴァルナが一番器用なんですよ」

「褒められている気が、しませんね……っ!」

 きっちりヴァーナティスの攻撃を捌き切りながらテレジアが嘯く。

 繰り出す攻撃全ての先を読まれ、きっちり防がれているヴァーナティスは面白くない。

(解ってはいても、苛々するのは抑えられませんね!)

 ヴァーナティスの攻撃の速度が上がる。それでもテレジアに掠りもしない。

(やはり、未だ及びもしませんか……ですが、それでも――!!)

「この程度では、まだ――」

「減らず口はそこまでです」

 通常の左ストレートと見せて、回避される前提でヴァーナティスは一歩前に踏み込んでいた。前に出した右足に負荷を掛け、強引に切り返した。

 身体を捻る動きに連動させ、左手を引き戻すと不思議。何故かそのままの流れで勝手に裏拳に変化する。

 それはついに、テレジアの側頭部を直撃した。

(ここで畳み掛け――っ!?)

 確かな手応えを得た。しかし、振り返ったヴァーナティスは不可解なモノを観た。

 テレジアの両手が無くなっているように見えた。そして次には床が視界一杯に広がっていた。

 首を回して後ろを観ようとすると、左腕から左肩に掛けて激痛が走った。これは関節を極められている時の動く度に走る鋭痛だ。

(……この人には、最早物理法則が通用しないのですか?)

 ヴァーナティスは自身が組伏されてからも、組伏されたことに気付かなかった。つまり、ヴァーナティスの動体視力は元より、触覚などの他の感覚すら感知する事無くテレジアはヴァーナティスを組み伏せていた。

「ようやく、私に一撃入れられましたね」

「そう、ですね……。思えば、初めて、ですか」

「普段の貴女なら、あの左を避けられた時点で諦めていましたからね。そこから追撃するようになるとは、どういった心境の変化ですか?」

「別に……。ただ、強く在る事に貪欲になれば、自然と手が出る。それを見ただけです」

 ヴァーナティスの脳裏に、一人の青年が浮かぶ。強く、只々強く。幾ら命に限りが無く、痛みに強固になろうとも、精神は磨り減り自意識は磨滅する。それでも、強者に対し怯む事無く挑み続ける。自身の実体がどこまで抉り取られようとも、切り刻まれようとも、弾けて吹き飛ぼうとも。

求める先がその向こうなら、躊躇せずに踏み抜く勢いで前に出る。

「先に余裕があるからと、今出来る限界を突き詰めないのは、自分の『生』に対し、不真面目に他ならないと」

 関節が壊れる一歩手前で抑えられているだけなら、壊してしまえば動ける。

 ヴァーナティスの思考は、今までの殻を破って動き出した。

「そう、思うようになっただけです」

 骨がズレ、擦れる鈍くて不快な音がした。

 自分から動いて肩の関節を外し、テレジアの拘束を一瞬緩めたヴァーナティスは、右手に瞬時に集められるだけの魔力を極限集中し、手刀に纏って一閃。その一撃はテレジアの腕の竜楯を抜いて、右腕に喰い込んでいた。

「思わず右腕を防御に回しましたが、正解でしたね。危うく肋骨を持っていかれる所でした。

 しかし、ここで今の貴女の『限界』ですね」

 ヴァーナティスが起き上がろうとするが、胸から下に巧く力が入らない。具体的に言えば、腹筋と背筋が動いている感じがしない。

「え……?」

「あんな無理な体勢から抜き打ちなんて真似をするからですよ。普段から柔軟を行っていなければ、筋肉と関節は硬く、可動範囲は狭まってしまいますからね。

今、ヴァルナの胸から下は至る所で筋繊維が断裂し、伸縮出来ない状態になっているのでしょう。

 今回は少し苛め過ぎました。だから――」

 テレジアは少しだけ苦笑する形に顔を緩めると、動けないヴァーナティスを抱き上げた。

「シア姉っ! この格好は嫌です!!」

「大人しくしなさい。三時間はまともに動けませんよ」

 この格好とは、所謂お姫様抱っこだ。

「ちゃんと肩も入れなおしてあげますからね。頑張った後輩には、優しくしてあげないといけませんから、ね」

 ヴァーナティスが一歩、進めたことが嬉しかったのか、妙に優しいテレジアだった。




 周囲から、どうも変な視線を感じている。

(やれやれ……。胡散臭い国だとは思っていたけど、そろそろ本格的に動き出したって事かな?)

 気付かない振りをしながら、悠月は適当に城内をうろついていた。

(監視してるのが、自分たちだけだと思わない事だね)

 自分の支配下に入った魔獣だちの他、城に住み着いていた鼠や猫といった動物にも玉の特性【魔物使い】は機能していた。今や悠月は無数の目と耳を城内に放っているも同然だった。

(これぞ正に壁に耳あり障子に目有りってね)

 その目と耳の一つ、地下研究所内を動いていた鼠・忠3(ちゅうさん)が何かを見つけた。

(これは……!?)

 その視覚には二人の男が映っていた。どちらも知っている。片方は実務担当のボーゲル大臣だ。そしてもう一人は、研究所所長のシリボンと言う。

「本当に、上手く行くのだな? シリボン」

「間違い無く。既に実験・検証は完璧に済ませています。量産体制も整い、後は現行の武具に組み込むだけで機能します」

「ようやく、500年前の水準に復帰する事が出来たか。いや、当時は汎用性も無く量産に失敗していたな。と、言う事は我々は追い越す事に成功したのだ。ここから人類種の更なる進化が始まる」

 どうにも不穏な内容が語り合われている。

「ええ、そうですとも。此処から、正に此の地此の場所から人類種の新たなる繁栄の時代が幕開き、華開くのです!」

 大仰な動きで声を張る。

(一体何を……?)

 忠3の視覚を一時的に操作し、辺りを探る。よく見れば大臣の手には小さいが疑似玉のような球体が握られている。

(ん~? 何アレ?? あんなの、そんな喜ぶ物なの?)

 悠月にはそれの正体も何も解らなかった。ただ、今の状況へこの国の人間たちを動かした物だとすれば、かなり重要な物なのだと思う。

(ちょっと拝借できないかな……。忠3の近くには他に居ないのかな……っと、忠2(ちゅうじ)と忠5(ちゅうご)、それに忠7(ちゅうな)か。外にはミケとタマ……。いける、かな)

 悠月がその六匹全部の感覚を掌握し、一斉に行動させた。

 ミケは外で待機。タマが地下に侵入する。

 タマが配置に就くまでに忠2、忠3、忠5を動かし天井近くの梁に集める。忠7は大臣と所長の近くにあるテーブルの下へ。

(忠2、忠3、忠5! 目晦ましと大臣の右手に攻撃!!)

「んぐるぃ!? 何だっ!! イダッ!?」

「オフェッ!?」

 凄まじい連携で大臣と所長の視界を塞ぐと、大臣の右手の甲に引っ掻き傷を付け、零れ落ちた疑似玉っぽい何かを見事に奪取してのけた。

 転がり落ちた物は、テーブルの下から滑り出た忠7が転がし始め、あっという間に壁の隙間を通し、建築物の狭間に落とし込み、鼠の通り道を使ってタマの前まで運ぶ。

『じゅっ!』

「にゃ!」

 タマがそれを銜え、地上へ。そこでミケに渡し、最終的に――。

「……にゃぁ」

「ご苦労様」

 悠月は自分の前に現れたミケの頭を撫で、例のブツを手にする。

「……解んないなぁ。誰なら解るかなぁ」

 どう見ても疑似玉。しかも色が黄色で、悠月が知っているどの疑似玉にも当てはまらない色味だ。

「……500年前がどうこう言ってたなぁ。もしかして、ドラゴンなら?」

 悠月は瞬時にブツを隠し持ち、ストライク・イーグルの所在を探し始めた。

(第三尖塔の屋根の上か。準備して向かうかな)

 悠月は自分用に与えられている部屋に戻り、防寒装備を引っ張り出し、着込みながら第三尖塔へ向かう。

 尖塔に続く一本道に入る寸前の踊り場で、悠月が予想していなかった事態になってしまった。

「おや、何処へ向かうつもりかな?」

「……確か、大臣さん? ちょっとした散歩よ」

「ほぉ? モンスターを使って空の散歩とは、随分豪勢ではないか」

 引き攣った笑顔を浮かべるボーゲル大臣。この様子では到底役者は務まらないだろう。

 それに対し、悠月はいけしゃあしゃあと言ってのけた。面の皮の厚さなら、間違いなく悠月の圧勝だ。

(……っち、気付かれた? と言うか、何で私だってバレた? まぁ、どっちにしろ、私は――)

「陛下には、好きにしていいって言われてるし、自分の仕事は最初にこなしたでしょ。もう今更、私が必要だとは思わない――」

「この盗人が! いい気に成るなよ小娘!!」

 大臣が悠月に掴み掛る! が……。

「――その程度で」

 伸びてきた大臣の腕を取り、簡単に投げ飛ばす。

「げへぇっ!?」

 背中から壁に叩きつけられ、大臣が潰された蛙の断末魔みたいな声を上げてズルズルと崩れ落ちる。

(イグ! 来て!!)

 ストライク・イーグルに指示を出しながら、尖塔への道を走りだす。

「だ、大臣!?」

「こっ、こっちはいい……! あの小娘を止めろッ!!」

 異変を察知して近づいてきた見張りの兵が、崩れ落ちる大臣に駆け寄った。悠月は背後からそんな声が聞こえて、気付いたが、振り返らずに走った。尖塔の上からストライク・イーグルが翼を広げて飛び立ったのが確認できたからだ。

「止まれ! 止まらなければ――」

「構うな! やれッ!!」

 その声が聞こえて一秒後、悠月は右足に激痛を感じると同時に、バランスを崩して石材の床を顔面で滑った。

(イッタイ!! くっそ、何!?)

 自分の右足を確認すると、矢が深々と突き刺さり、骨に当たって止まっているようだった。

「はぁ!?」

 悠月は自分の纏身防御を貫いて矢が刺さるとは思っていなかった。

「馬鹿が! 異界人を飼っているのに対策せん訳ないだろうが!!

 次、行動不能にしろ!!」

「りょ、了か――」

「クァアアァァーー!!」

 大臣の命令で兵士が次の矢を番えようとした時、ストライク・イーグルが威嚇しながら降りてきた。

(怪我した私を連れて飛ばしたら、流石に射ち落される……)

「イグ、これを持ってあそこへ!」

 隠し持っていたブツを入れた巾着を、ストライク・イーグルに投げ渡す。器用に銜えて飛び上がる態勢に入る。悠月は同時に思念でドラグ・ダルクへ飛ぶように伝える。

「その鳥を落とせ!!」

「は、はいっ!」

 兵士が番えた矢の照準をストライク・イーグルに合わせる。

「だらぁっ!」

 悠月が振りかぶった拳に集中した魔力を、空を打つのと同時に雄叫びを上げながら放つ。すると、魔力は野球ボール大の塊となって兵士を直撃した。

 喰らった兵士は吹き飛んで、気絶した。

 だが、喰らう直前、文字通り一矢報いていた。寸前で放たれた矢は見事、ストライク・イーグルの左足、その付け根に刺さっていた。

「イグ!」

「クァッ!!」

 大丈夫だと言わんばかりに一鳴きし、飛び去った。

 それを見送った悠月の後頭部に、重い一撃が下った。

「小娘が、やってくれたな……! 言え、アレを何処へ飛ばした!?」

「……言うとでも?」

「だろうな! だが安心しろ、お前のような小娘の口を割らす事など、我々には造作も無いのだからな!!」

 迫りくる大臣の右拳、激高した醜い顔。それが、悠月が見た最後の映像だった。


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