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[25786] 普通の先生が頑張ります (更新再開…かな?
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/06/08 19:02
みなさん、初めまして。
今まで読む専門でしたが、自分なりにSSを書いてみたいと思い、書いてみました。
えー、なにぶん、慣れないもので
駄目な所とか、こうしたら読みやすいという意見がありましたら
ご意見のほどよろしくお願いいたします。

開始はネギが麻帆良に来る一月前からです。しばらく主人公でてきません。
オリ主モノで、あんまり戦闘とかは書けないと思うのでジャンルはほのぼのになると思います。

それでは、よろしければ読んで下さいorz

2011/04/27
57話から、内容を変更しようかと思います。
詳しく(?)は感想欄にて。

2011/06/08
ソ○モンよ、私は帰ってきたー?(違




[25786] 普通の先生が頑張ります 0話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 19:06
 子供の頃、夢見たモノがある。
 野球選手だったり、サッカー選手だったり、宇宙飛行士だったり、お菓子屋だったり、パン屋だったり。
 その夢が、俺は教師だった。
 だから、教師になった。教師に、なれた。
 小学校の頃の6年は、全員が男の先生だった。
 だからこそ、強く覚えているのかもしれない。


 ――ああ、こういう先生になりたいな、って。



「高畑先生」

「ん?」

 俺の先を歩いていた先輩に声を掛け、その隣に並ぶ。

「今日でもう1週間なんですが、どうしましょうか?」

「ああ――ああ、そうだねぇ」

 そう言って、先輩はいつも彼女の事になると困った顔をする。
 サボりの常習犯、というよりもここまで来ると不登校に近いのかもしれない。
 一応、朝一で登校してきてはいるようだけど、すぐ帰ってるし。
 どうしてそんな事をしているのかは、良く判らない。
 何か意味があるんだろうか?
 そして、その事について先輩どころか、学園側からも何も言わないし。

「自宅に訪問とかは、しなくて良いんですか?」

「うーん、一応、声は掛けてるんだけど」

 そうなんですか、と一言。
 黙認されている、というのはこの1年少しでよく判っている。
 が、それを認める事は――したくない、と思う。
 やっぱり、クラスの皆と仲良く……とまではいかなくても、
 クラス名簿を左手に、空いた手で頭を掻く。
 どうしたものか、と。
 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。
 ここ1週間、全く顔を見ていない生徒を思い出す。
 ……まぁ、真面目そうな少女ではない、な。

「あの子にも少し、事情があってね」

「はぁ」

 この話はここまで、とその足が止まる。
 2-A、自分たちが担当する教室である。
 毎回、こうやって話止まるよなぁ。
 どうしたもんか。
 そのまま、教室のドアを開け、その後ろについて行くように中に入ると

「おはようございますっ、高畑先生!」

 と、まず最初に元気な少女――神楽坂明日菜の声。
 それに続くように、少女たちの声が響き、それが終わると俺と先輩が「おはよう」と挨拶をする。
 毎日の光景……そこに、もうひとつ。

「お、今日はちゃんと登校してきたか。えらいぞ、マクダウェル」

「ふん」

 金髪の少女は、今日はちゃんと登校してきていた。
 ふぅ、良かった良かった。
 ……随分と、機嫌は悪そうだけど。

(今日はちゃんと来たようだよ)

(はい――このまま、続いてくれると良いんですが)

 難しいだろうなぁ、と。
 高畑先生は苦笑いし――多分、俺も。

「それじゃ、点呼とるぞー」

 クラス名簿を広げ、出席番号順に名前を呼んで行く。
 こうやって、俺の1日は始まる。







「来月からでしたっけ? 新しい先生が来るって言うのは?」

「ああ、確かその通り――だったっけ?」

「来月の頭にですよ、弐集院先生」

 昼休み、職員室で他の先生方とテーブルを囲みながら、コンビニの弁当を食べる。
 一人暮らしの独身なのだ。しょうがない。
 ちなみに、周りの皆さんは弁当の前に手作りだったり愛妻だったり別の単語が付いていたりする。
 ……そう考えると、余計に昼がわびしく感じるので、あまり気にしないようにしてる。
 いや、俺だってコンビニ弁当は、って考えてた事はあったけどね?
 やっぱり、独身男性は弁当作る時間より、寝る時間が大切なのだ。
 
「イギリスか、どっかからじゃなかったですか?」

「そうそう……良く覚えてるね、君」

 いや、普通覚えてるでしょ。
 そう顔には出さないように、少し苦笑い。
 でもまぁ、まだまだ先の話だしどーでも良いっては思うけど。

「たしか、2-Aの担任になるんでしょう?」

「ええ、高畑先生と入れ替わりらしいですね」

 つまり、副担任である俺はそのままという事だ。
 ……軽く、溜息が出そうである。
 あの面子を高畑先生抜きでとか。
 神楽坂、落胆するだろうなぁ……そうなるだろうから、まだ言ってない訳だけど。
 あの子は本当に、テンションで一日が決まるからなぁ。

「優秀な先生のようですし、大丈夫ですよ、きっと」

 とは源先生。
 はぁ、良いですよね、源先生のクラスは成績も評価も良くて。
 ウチはどっちもだからなぁ……。

「どうして学生って勉強嫌いなんですかね?」

「そりゃ、そこに授業があるからさ」

 何という事を言いますか、瀬流彦先生。
 いや、判りますけど。判りますけど……。

「そこは言っちゃあならんでしょ、瀬流彦先生」

 と、弐集院先生に窘められる瀬流彦先生。

「はっはっは、でも実際ねぇ」

「私達も、そうでしたからねぇ」

「普通に勉強してれば、それなりの点が取れるはずなんだけどなぁ」

 スイマセン。ウチの子達はそれなりの点が取れないで。
 はぁ。
 なんでウチのクラス、毎回最下位なんだろ?
 そんなに不真面目、って訳じゃないんだけどなぁ。

「次のテストは、新任の先生が来てからなんでしょう?」

「……そう言えば、そうですね」

 しかも、次は高畑先生抜きかぁ。
 何とか頑張ってくれないかなぁ。
 特に神楽坂筆頭の5人組。はぁ。
 どうしてあんなに点数が悪いんだろうか?
 うーむ。

「2-Aはクセのある生徒が多いからね」

「そう言われたら、何も言い返せないです……」

「ははは、お詫びにオカズの唐揚げを上げるよ」

「うぅ、ありがとうございます。弐集院先生」

 どうしたものかなぁ。
 教えるだけの授業じゃ、2-Aは次も最下位なんだろうし。
 はぁ。
 コンビニの割り箸って、なんか結構美味くない?

「割り箸を噛むもんじゃないですよ」

「考え事してると、なんか噛んじゃうんですよね」

 爪とか、指とか。
 そんな癖ってありません? と話を振ってみる。

「あー、あるよね」

「その癖治した方が良いと思うよ?」

 同意してくれたのは弐集院先生。
 治す方が良いと言ってくれたのは瀬流彦先生。
 源先生は……苦笑していた。

「子供の頃から、どうにも治らないんですよねぇ」

「ガムとか噛んでると良いらしいよ?」

「そうなんですか?」

 へぇ、それは知らなかった。
 と言うか、

「ガムって噛んでると、何だか間違えて飲み込んでしまったりしません?」

「ああ、あるある」

 だからガムってあんまり好きじゃないんですよねぇ、と。

「いや、無いですよ弐集院先生」

「体に悪いから、それだけは止めておいた方が良いですよ?」

 源先生からは、本気で心配されてしまった。
 むぅ……。
 まぁ、だからガムは買わないんですけどね?







 午後から2-Aでの授業があったので教室に向かうと

「……一応、聞いておくけど」

「はい、何でしょうか先生?」

 そう良く透る声で答えてくれたのは、クラス委員の雪広あやか。
 綺麗な金色の髪に、中学生離れした容姿の少女である。
 ちなみに、このクラスで一番の常識人だと俺は思っている。

「マクダウェルは?」

「早退しました」

「そうか」

「はい」

 ……せっかく登校してきたのに、なぜ最後まで授業を受けていかない。
 溜息が出そうになり――それを、止める。

「判った。それじゃ、授業を始めるぞ」

 教科書開いてー、と言いながら、心の中で溜息。
 アイツはまったく、どうしたらちゃんと学校に来てくれるのだろうか?
 別に苛められている、というわけでもなさそうなんだが……そう言うのって、やっぱりあるんだろうか?
 教師は、そういうのに気付かないってよく言われるしなぁ。
 今度、やっぱり一度話し合った方が良いのかもしれないな。
 数学の教科書、前回までの復習にと、黒板に問題を書きながら思う。


 教師って難しい。


 生徒全員を出席にするのだけでも、実はこんなにも難しいんだな、と。
 義務教育だからとか、生徒だからとか、教師だからとか。
 自分が学生だった頃には全然気にしてなかった事が、本当は凄く……面倒なのだ。
 そう思う事は、きっと悪い事なんだろうけど。
 でも――教師だから出来ない事、って言うのも確かにある。

「それじゃ、まずは前回の復習からだ。長瀬、那波、長谷川ー、この問題答えてくれ」

「うっ」

「はい」

「はい」

 一つ、返事が違ったなぁ。

「長瀬ー、次は小テストするからなぁ、勉強しとけよー」

「ナンデストっ」

「えーー!?」

「はい、静かにー」

 パンパン、と手を叩いて

「3人は、答えが判ったら手を挙げてくれ」

 こうして今日も、授業はそれなりに順調に進んでいく。
 何故それなりにかと言うと……まぁ、

「「うー」」

「「「あー」」」

 ちょっと5人ほど、居るのだ。
 色々と難しい子たちが。
 授業のやり方も、考えないとなぁ。
 このままじゃ、またテストじゃあんまり良い点取れないだろうし。
 やっぱり、テストで良い点取れたら、授業も、学校も今まで以上に楽しいだろうしな。
 どうしたものかなぁ。







「ただいまーっと」

 男子教員寮の自分の部屋に帰り、やっと一息つけるのは夕方も遅い時間である。
 明日行おうと思ってる小テストの準備やら、教材の準備やら。
 公務員は食いっぱぐれない、とよく言われるけど、これでもなかなか大変なのだ。
 最近はよく問題も起きてるから、世間の目も厳しいし。
 晩飯に買ってきたコンビニ弁当とおでんをテーブルに置き、さっさとスーツを脱いで着替えてしまう。
 ご飯を食べたら、クラスの成績を打ちこんだパソコンを立ち上げ、それと睨み合う。
 平均学力は……上がってはいるんだよな、上がっては。
 問題は――だ。

「はぁ」

 溜息も付きたくなる気持ち、誰か判ってくれるだろうか?
 頭が悪い、という事は無い。
 悪い事を悪いと言えば理解できる。
 駄目な事を駄目と言えば、理解できる。
 頑張っているんだと判る。
 必死に出来るようになろうとしている事も、判る。
 だが。だが、だ。
 成績が上がらない。
 頑張ってるのは知っている。
 でも、大人は“数値”でしか、見れないのだ。
 スーパーとか飲食店なら客数や売り上げ、学校なら――点数。
 テストと言うものは、生徒という個人を図るモノ。
 人間性ではなく、どれだけ社会に対応できるか、それを見るもの。
 それは酷く悲しいけれど、酷く合理的なのだろう。
 生徒は点数で自分を示して、教師は点数で評価を見る。
 良い子達なのだ。本当に。
 明るくて、楽しそうで、元気で。
 いつも元気を分けてもらってる。
 きっと、初めての副担任と言う仕事……担当があの子達だった事は、幸せだ。
 だから――。

「はぁ」

 ――どうにかして、もっと、学園を楽しんでもらいたい。
 そう考えて、もう一度溜息。
 ついでに立ちあがり、冷蔵庫から缶ビールを一本。
 こうやって小難しい事を考えながら、今日も夜は更けていく。







「おはよう、皆」

「せんせー、高畑先生は?」

「高畑先生は、今日からまた一週間出張だそうです」

「ナンデスト!?」

「はい神楽坂ー、魂抜くのも良いが、ちゃんと席について抜いてくれー」

 そんな目で見るなよ、出張は俺の所為じゃないだろうが。
 まぁ、こうなるだろうから今まで言わなかったんだけど。
 ……そう怖い目で見るなよ、朝倉。笑顔が怖いぞー。
 はぁ……ふと、視線を教室の一番奥の席に向ける。
 そして、もう一度心の中で溜息。

「それじゃ、点呼取るぞー。明石ー」

「はーい」

 ………………
 …………
 ……

「マクダウェルー」

「エヴァンジェリンさんはお休みです」

「マクダウェルは今日は休み、と」

 せっかく昨日は出席してくれたのになぁ。
 また振り出しに戻る、か。
 どうしたらちゃんと出席してくれるんだろうか。
 やっぱりイジメとかだろうか?
 不意に、クラスを見渡してみる――コイツらが、イジメなんてしないと思うんだがなぁ。

「今日の数学、昨日言ってたように小テストだから、勉強しとけよー」

 一応、10点満点で作ったけど、何点取ってくれる事やら。
 出来れば、平均7点以上は欲しいところだが。
 ……今までだと、5点くらいかな?

「あと、来月から新任の先生が来る事になってる」

 おー、とかえー、とか声が聞こえるが、あえて無視。
 一々反応してたらHRなんていくら時間あっても足らないし。

「詳しい事はまだ判らないから。判ったら教えるようにする」

 後質問はー? と、早速手が一つ挙がっていた。
 うん。まぁ判ってるんだけどな?

「朝倉ー」

「男ですか、女ですか!?」

 喰いつき良いなぁ。そんなお前は割と好きだぞー。

「男らしいぞ。年齢は聞いてない」

「どこからですか!?」

「外国からだそうだ」

 一応、イギリスとは伏せておく。
 一気に持ってるネタ出すと、後で苦労することになるというのは経験として知っている。
 この朝倉と言う少女は、どうにも情報に貪欲すぎて困る。楽しいけど。

「帰国子女ってヤツですか!?」

「いんや、純粋な外国人らしいぞ」

 言葉は!? とか作法とかは!? と言うのは、判らないという事で。
 そう言えば、新任の先生は日本語とか大丈夫なんだろうか。
 イギリスって、何語だっけ? イギリス語? 英語?
 俺、苦手なんだよなぁ。

「それじゃ、HR終わり」

 こうやって、一日が始まる。







「新田先生、物凄い食べますね……」

 何でコンビニ弁当2個? よく入るなぁ。

「そう言う先生は少なすぎませんか?」

「いや、給料日前で……」

 と言っても、いつもはコンビニ弁当にカップ麺かさらにおにぎりなのだが……今日はカップ麺抜きである。
 理由は簡単。金が無い……訳ではない。
 ただ単に食欲が無い。
 今日は帰ったら、早く寝よう。

「ははぁ、今日から高畑先生が出張だからですか」

「うっ」

 いえいえ、それだけじゃありませんよ? と弁当を食べて誤魔化してみる。

「大変でしょう、教師として見れば」

「でも、良い子たちなんですよ? ちゃんと、判らない所は聞きに来ますし」

 聞くのが恥ずかしいからって、判らないままにするより何倍もマシです、と。
 他の教科でも最近は判らない所は聞いているらしいし。
 ちゃんと、頑張ってるんですよ、あの子たちは。

「それに、元気ですしね」

「それは確かに。私も手を焼きますからね」

「す、すいません」

「いやいや、今度昼の時に飲み物でも奢って下さい」

 今度は何したんだ、あの子らは。
 新田先生に頭を下げると、笑っていて、さらに恥ずかしい。
 まったく。
 元気な事は良い事だけど、元気過ぎるのはどうなんだろう?
 ……きっと、良い事なんだろうなぁ。

「あら、今日は早いんですね」

「あ、源先生」

 ええ、今日は午前の最後に授業入ってませんでしたから。
 ……午後は授業しかないですけど。

「今日も弁当ですか?」

「ええ。先生はまた?」

「今日も、新田先生と二人仲好くコンビニ弁当ですよ。ねぇ、新田先生?」

「仲好くは遠慮したいんだが……」

 冗談じゃないですか、本気で返さないで下さいよ。
 ちょっとグサッときました。こっちも本気で。
 瀬流彦先生ー、弐集院先生ー、どこですかー?

「ふふ――栄養もちゃんと考えて下さいよ?」

「あー、はい」

 考えてます、一応。
 コンビニ弁当で考える栄養って何、って思う?
 幕の内と牛カルビとのり弁をちゃんとローテーション組んで食べてます。
 ……1年もしてると飽きるよなぁ。
 そろそろ期間限定の新商品が出ないものか。

「飽きたな」

「飽きましたね」

 はぁ。
 隣の源先生の弁当の美味そうな事旨そうな事。
 今度弁当でも作ってみるかなぁ……食費も、安上がりらしいし。
 うぅむ。
 まぁ、朝起きれたら考えよう。







 午後の授業も終わり、明日の授業の準備も終わらせて帰宅すると、

「はぁ」

 やっぱり、溜息が出た。
 疲れた。色々と。

「明日もマクダウェルは休むつもりかな」

 神楽坂たちの点数もアレだったし。
 アレ? とても口には出せません。と言うか出したくない。
 主に本人たちのプライドとかそんなのの為に。
 そして、晩御飯(やっぱりコンビニ弁当)を食べた後、いつものようにパソコンを立ち上げ……

「あれ?」

 ふと、気付いた。
 気付いてしまった。
 なんで今まで気付かなかったのか……多分、現実から目を逸らした的な何かの所為だろう。
 教師としてどうかとは思うが。

「マクダウェル、出席日数死んでない?」

 ヤバくない? とかヤバいとかじゃない。
 もっと言うなら、終わってる。

「……は?」

 慌てて2年の最初からの出席日数を計算する。もちろん自分で。
 エクセルで計算してたら死んでたから。
 ……………
 ………
 ほっ。

「……病欠が、多すぎる」

 出席日数もギリギリだというのに、なにこの中退率。
 えーっと……あと何日休めるんだ?
 いや、3学期だし、もうすぐ進級だし……休まなければ、いける。
 うん、大丈夫。
 休まなければ。

「――――――はぁ」

 深い、深いため息が出た。
 これをマクダウェルに言って……ちゃんと登校して、授業を受けてくれるだろうか?
 ぅ――難しいだろうなぁ。
 いや、でも流石に追試とかで免れるのも、嫌だろうし。
 変にプライド高いし。

「どうしたもんか」

 一番彼女と仲の良い高畑先生は、ちょうど今日から出張だし。
 ……にしても、あの人も出張多いよなぁ。とは思っても口には出さない。
 口に出したら、何だか挫けそうだから。色々と。

「はぁ」

 高畑先生からはあんまり関わらない方が、って言われてたけど、しょうがないよなぁ。
 教師と言うのは難しい。
 本当に、そう思う。
 教師になって3年。
 最初の1年で、そう思った。
 そして、3年目……だ。

「頑張ろう」

 嫌われてるかもしれないけど、ウザがられてるかもしれないけど。
 それでも、俺は教師に憧れてるのだ。
 だから、頑張ろう。うん。
 目覚まし時計の起床時間を1時間早くする。
 よし。

「頑張るぞー」

 俺は、明日から、毎日マクダウェルを登校させる。
 睡眠時間を1時間削っても。
 毎朝彼女の自宅まで迎えに行く事になっても。
 雨が降っても。
 風邪をひいても。
 俺は、何とか、マクダウェルを出席日数免除の追試無しで、進級させる。
 …………させたい。
 ………………無理かなぁ。
 でも、まずは明日頑張ろう。
 事情を説明すれば、判ってくれるさ。……多分。
 来月からは新任の先生も来るんだし、何とかしないといけないよなぁ。
 ……ガンバろ、マジで。






[25786] 普通の先生が頑張ります 1話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 16:49
「先生、どうぞ」

 そう言って見るからに高価と判るテーブルに置かれた紅茶から、良い香りが漂う。
 ……良い茶葉を使ってるんだろうなぁ。判らないけど。
 とりあえず、差し出されたので、一口啜る。
 確か、音をたてないのがマナーだったか?
 紅茶はあまり飲まないので、その辺りは全く判らない。
 俺はコーヒー派なのだ。

「マクダウェルは?」

「マスターの起床はあと13分後です」

 何その細かい数字。
 いつも、決まった時間に起こしてるんだろうか?
 細かいなぁ。

「まぁ、学校に間に合えばいいか」

「はい。昨日は起きられませんでしたが、本日は先生が居られますので、大丈夫かと」

 起きなかったって……遅刻とか仮病以前に、学校に行く気が無かったか。

「だと良いけどなぁ」

 あと、その物凄く畏まった言い方止めないか? と。
 そう言っても、やんわりと断られた。
 ……マスターとか言ってるし、根っからの従者体質?
  先祖からマクダウェル家に仕えてるとか?
 んなアホな。
 自分のボケに心の中でツッコミ、紅茶をもう一啜り。

「絡繰は、朝食はいいのか?」

「はい。私は特に、朝食は必要としていません」

「……朝から食べないで、大丈夫か?」

「問題ありません」

 そうかぁ?
 まぁ、こんな所が男と女の違いなのかもなぁ。
 あんまり強く言ってもアレだし、この話はここで終わりにする事にする。
 話題も、続かないし。

「絡繰、お前紅茶入れるの上手いな」

「ありがとうございます。調理・飲料のデータは一通り揃えてあります」

「……一通り出来るって事か?」

「はい」

 言い回しが独特すぎて、俺は早速挫けそうだ。
 うーん、ちゃんと上手くいくかなぁ。
 そう思いながら、紅茶をもう一啜り。あ。

「お注ぎします」

「すまん」

 はぁ。
 空になっていたカップに、絡繰が再度紅茶を注いでくれる。
 良い香りが、鼻孔を擽る。
 ……うーむ。
 紅茶も結構良いかもなぁ。

「絡繰」

「はい」

「座らないか?」

 そう声を掛ける。
 ずっと立ってるのである、後ろに。
 この場合控えてる、って言った方が良いのか?
 まぁ、どっちにしろ……非常に、気まずい。

「いえ、もうすぐマスターの起床時間ですので、起こしに行ってきます」

 そ、そうか……。
 マクダウェルって、金持ちの家の娘?
 そんなの聞いてないんだが……家、デカイしなぁ。
 それに、絡繰みたいなメイドさんが居るし。
 だからあんなにワガママなのか、と言うのは言い過ぎか。
 可愛らしい人形と、高価な家具で飾られた客間を見やる。
 明らかに、金かかってるよなぁ。
 飾られてる人形だって、一体どれくらいするんだろう?

「おい、茶々丸」

 そんな事を考えてたら、2階からそんな声が聞こえた。
 その声の方を見上げると、長い金色の髪を掻き上げる少女が居た。
 マクダウェルだ。

「どうして、家に、先生が居るんだ?」

 そんな一言一言を区切りながら言うな。
 ちょっと怖いから。

「マスターの出席日数の事で、お話があるそうです」

「こんな朝からか?」

「最近、欠席が目立ったからでは?」

「……ふん」

 そう言いながら、2階から降りてくる。

「何だ、今日は大丈夫だったみたいだな」

「ん? ああ、そろそろ出席日数もギリギリだろうからな」

 ……何だ。判ってたのか。
 それだと、俺の心配って結構意味無かったんだろうか?
 まぁ、ここで油断すると危ないから、今はそう考えないでおこう。

「判ってたのか」

「ふん、スケジュールとも言えんが、その辺りは茶々丸に管理させている。
進級できないと困るのは、私も一緒でね」

 どうしてそんなに偉そうなんだ、お前は?
 そこまで俺は気にしないけどさ、他の先生達にあんまり良い顔されないだろうに。

「それなら、そんなギリギリの生活をしないで、ちゃんと出てこいよ」

「―――断る」

「断るなよ」

 そう即答され、小さく溜息。
 ソファに腰を下ろした少女の前にも、いつの間に淹れたのか、紅茶が一杯。

「なんか、学校であったのか?」

「……はっ」

 鼻で笑われた。
 そして、用意されていた暖かな紅茶を一口啜る。

「先生に言っても判らんさ」

 そんな、当たり前みたいに言わなくてもさぁ。
 やっぱ、イジメ、とか……?

「先生は知らなくて良い事だよ」

 そして一言、そう突き放された。
 うぅむ。

「そうかぁ」

 と言う事は、精神的な問題、って事になるのかな?
 酷く挫けそうなので、その言葉から目を逸らし、別の理由で考えてみる。
 イジメ、ではないのだろうと思う。
 そう言う事なら、もっとこう……荒れる、と思うし。
 それに、ウチのクラスの子達が、とも考えられない。
 他のクラスの子達もだ。
 だったら、他に理由があるのか――




「あの子にも少し、事情があってね」




 ふと、その言葉を思い出した。
 それを聞いたのは、何日前だったか。
 ――って、不登校の言葉を真に受けすぎるのも変か。
 
「んじゃ、学校に行くか」

「……本当に、私を連れに来ただけなのか」

 出来れば、不登校の原因とか聞きたかったんだけどなぁ。
 そっちはおいおい頑張るか――本音は、この調子で毎日来てくれると嬉しいんだけど。
 はいはい、そんな呆れた顔をしないでくれ。
 自分でだってやり過ぎだって判ってるから。

「しょうがない、先生だからなぁ」

「ふん」

 そして、呆れ顔から、どこか人を小馬鹿にしたような――そんな、笑み。

「私達のクラスの副担とは、同情するよ、先生」

「同情するなら、ちゃんと登校してくれ」

 本当に。
 それが一番嬉しいから。

「“登校”はしているさ。茶々丸、荷物を用意しろ」

 マクダウェルの後ろに控えていた絡繰が、静かに一礼して二階に登っていく。
 それを目で追いながら、

「登校だけじゃなく、きちんと授業も受けてくれよ」

「そこまでの義理も無かろう?」

「それは、国語と古文の成績もちゃんと取れるようになってから言ってくれ」

 この2教科だけなら、あの5人に近いからなぁ。
 他のは、英語は学年トップクラスなのになぁ、と。
 そこまで言って、マクダウェルの笑顔が、小さく、でも確実に――固まる。
 はっはっは、これでも一応、君らの副担なんでね。
 笑顔が怖いぞぉ、マクダウェル。
 正直、お前本当に中学生かー?

「そこまで言ってくれたのは、私が麻帆良に来て、先生が二人目だよ」

 あ、そうなんだ?
 一人目は?

「タカミチさ」

 ふぅん。

「ちゃんと、高畑先生って言おうな?」

「……ふん」

 はぁ。
 これは本当に、先が長そうだ。



――――エヴァンジェリン

 朝と言うのは、憂鬱だ。
 それは私が、吸血鬼だからか。
 それとも……あのムカツク様に輝く太陽が気に食わないからか。
 きっとその両方だろう。
 朝は苦手だ。本当に。

「ほら、急ぐぞマクダウェル」

「まだHRには時間があるだろう、先生」

 それに今朝は、いつもに輪を掛けて憂鬱だ。
 まさか、先生が私を連れに来るとは……。
 流石にサボり過ぎたか。
 そう内心で溜息を吐く。
 最低限進級できるだけの出席日数で行けば“呪い”も大丈夫だと思ったんだが、変なのに目をつけられてしまった。
 はぁ。
 ただでさえ面倒だと言うのに。

「先生はHRの前に、教師のHRがあるんだよ」

「……だったら私なんか放っておけよ」

「そういう訳にはいかんだろ」

 まったく、と。
 その男は、困ったように、でも確かに笑って、そう言った。
 別に置いていけばいいじゃないか。
 人間と言うのは、そう言う生き方しか出来ないものだ。
 口ではどう言おうが、だ。

「何が可笑しい?」

「ん? ああ、いや」

 急ぐと言った割には、ゆっくりと、私の歩幅に合わせながら歩く。
 何と言うか、のんびりした奴だな。
 それが、私のこの先生への第一印象だった。

「今日はクラスの全員が揃うなぁ、と」

「何だそれは?」

 変なことで喜ぶ奴だな。
 そんなの……まぁ、私が登校しなければ全員は揃わないのか。
 しかし、そんな事が嬉しいか?
 別に、そんなのは誰も気にしないと思うんだがなぁ。

「マスターが出席なさらなければ、クラス全員が揃う事はありません」

「そんな事判っとるわ!」

 一々言わなくて良い、と言うと、

「おいおい、絡繰にあたるなよ」

「朝は機嫌が悪いんでね」

 茶々丸も、もう生まれて1年以上だが、機微と言うか、そう言うのが足りん。
 葉加瀬が言うには、そう言うのも含めて“成長”するらしいが。
 機械が成長、と言うのもおかしな話だと思う。
 まぁ、それが人間の夢、と葉加瀬は言うが。
 ……チャチャゼロのように魔法仕掛け、と言う訳でもないしな。
 コイツがどこまで“成長”することやら。

「おぉ、怖い怖い」

「ふん。本気で怖がっていない者の恐怖ほど、私をイラつかせるモノは無い」

「なんだそりゃ?」

 ふん――恐怖の代名詞であるバケモノが、今はこのザマか。
 内心で溜息。
 ……まったく。
 本当に、面倒な呪いだ。
 
「絡繰は学校の成績良いよなぁ」

 不意に、先を歩く先生がそう言った。
 なんだいきなり?
 それがあまりに突拍子も無くて、首を傾げてしまう。

「そうですね。一通りの知識は葉加瀬によって与えられています」

「んあ?」

 馬鹿か、コイツは。
 一般人にそう言っても、伝わらんだろうに。
 ……やはり、こう言う所は本当に学習しないな。

「葉加瀬と仲良いのか?」

「――はい。いつもお世話になっています」

「へぇ」

 その言い回しを、どうやら葉加瀬と茶々丸が仲が良いと解釈したらしい。
 ふぅん、なかなか頭は回るようじゃないか。
 ほとんどの教師は、茶々丸の言い回しに混乱してあまり話をしなくなるんだが。

「マクダウェルに国語と古文教えてやってくれないか?」

「ぶっ」

 なん、だと?

「どうしてこの私がっ、よりによって茶々丸に!?」

「だって、お前絡繰と仲良いだろ?」

「クラス内では、マスターの会話した回数は私が一番です」

「だろ?」

「要らん事を言うな、茶々丸!」

 まったく――。

「ふん、期末も近いからな、どうせテストの点稼ぎが目的か」

「……いやぁ、あ、あはは」

「教師だろう? ちゃんと教えれば問題無いんだ」

「うっ」

 まぁ、ウチのクラスは特別なんだろうがな。
 神楽坂明日菜を筆頭としたバカレンジャーが居るから。
 あまりクラスと関わらない私ですら、その存在を知っているような馬鹿達を思い浮かべる。

「それで、どうして私なんだ? 問題なのは、5人だろ?」

「お前、自覚なかったのか?」

「……なに?」

 はぁ、と呆れたように溜息を一つ。
 ――殴り倒してやろうか、コイツ。

「マスターの成績は、バカレンジャーの次席という位置です」

「――――なに?」

「ありがとう絡繰。言い難い事をスッパリと」

「いえ」

 おい、何だって?
 後なんでお前ら判り合ってます、って雰囲気してる。

「そこまで悪くないはずだぞ?」

「お前は自分のテストの成績も把握しとらんのか」

 んな!?
 こ、の、私に向かってっ!?

「神楽坂達は雪広……は仲がアレだが、那波やら近衛に聞いて最近成績上げてきてるからな」

「ふん。それで?」

「言わなきゃならんか?」

「先生だろ?」

 ハッキリ言え、ハッキリと。
 そう先を促す。

「……お前は平行線だ」

「英語は完璧だ」

「他は並み。国語と古文は致命的だろうが」

 そう言って、溜息。
 おい、なんだその顔は!?

「判らない所、聞き辛いだろ?」

「……ふん」

 だから茶々丸か。
 まったく、私に成績なんか関係無いんだがな。
 どうせ後一年で忘れられる訳だしな。
 ……慣れたとはいえ、どうにも複雑な気分だ。本当に。
 はぁ。

「どうでも良い」

「そう言ってくれるなよ」

「ふん」

 この私が、茶々丸に聞けるか。
 まったく。
 今日は、厄日だ。
 今までこんな事は無かったというのに――。

「―――――」

「どうした?」

 そう言えば、今まで無かったな、と。
 今までは誰でも煙たがり、注意しても話を聞かない私から距離をとったんだがなぁ。
 そう考えると、どうにもこの先生は、その辺りは他の教師とは違うんだろう。

「いや」

 それに、私には関わらないように、じじいかタカミチの方から話が行くなり、魔法制約が掛かるなりする筈なんだが。
 どう言う事だ?
 ただのお人好しが過ぎるのか、それともまた違う要因があるのか。
 ……この先生が、他の一般人以上に他人に関わる、というのは何となく理解できるが。
 何せこの私に進んで関わってくるわけだからな。

「先生」

「ん?」

 ――魔法、と聞こうとして止めた。
 この私が記憶を弄るのも、面倒臭い。
 後でじじいに文句の一つでも言ってやるか。

「HRは大丈夫なのか?」

「あー……」

 ふん、その顔でよく判ったよ。

「さっさと行った方が良いんじゃないか、先生?」

「う、む」

 私は、殊更ゆっくりと足を進める。
 さっさと置いて行け。目障りな“人間”――。
 今までの誰もがそうだったように。

「……先に行かれないのですか、先生?」

「ああ、いい。今日は寝坊した事にする」

 十数秒たって、それでも先生は私のちょっと先に居た。
 歩幅はそのままで。

「置いていかないぞ」

「――そうか」

 はぁ。
 とんだ馬鹿に目を付けられたもんだ。

「だって、お前ここからUターンしそうだし」

「先生が私をどう見ているか、よぅっく判ったよ」




――――

「おはよう、皆」

「「「おはよー、せんせー」」」

 おー、良い返事だなぁ。
 さっきまで葛葉先生に絞られてた傷心に染み入るぞー。

「ちょっと時間押してるから、さっそく点呼取るなー」

 こうやって、今日も一日が始まる。
 ちなみに、今日は宮崎が軽い風邪で欠席だった。
 ……本当、全員出席させるのって難しい。







「んで、ここがこーなる訳だが、っと」

 さっき教えていた公式の応用式を黒板に1つ書き

「神楽坂、解いてみてくれ」

「は、はい!?」

 なんでそんな驚いた声出すかなぁ。

「か、ぐ、ら、ざ、か?」

「は、はいっ」

 本当に聞いていたのか?
 応用だから、聞いていたら答えれる問題なんだが。

「ええっと」

「まずは、自力で解いてみろ」

 黒板に向かう神楽坂にそう言い、クラスの皆に向き直る。

「皆も解いてみてくれ。それと、マクダウェルと春日は次当てるからな、ちゃんと理解しろよー」

「なんだと!?」

「はい」

 春日は良い返事だなぁ。
 うん。

「ほら、喋ってないでさっさと解けよー」

 そこまで言うと、次は神楽坂と一緒に黒板に向く。

「神楽坂、ここは、だ」

 っと。
 その手からチョークを取り、数字を丸で囲んでいく。

「こことここを割って」

 話して公式を覚えさせきれないなら、今度は見て覚えさせてみる。
 ついでに、見せて、自分で解かせてみる。
 これで、少なくとも一回は“自分で解いた”事になる。
 自分で解いたという事は、それだけ脳に残るらしい。
 なら、こうすれば覚えやすいのでは――と思うが。

「できた!」

「ああ、正解だ」

 おめでとう、と。

「やれば出来るんだから、ちゃんと復習を忘れるなよ?」

「は、はぁい」

 まぁ、新聞配達のバイトとかもあるしなぁ。
 ……先生としては、バイトより学業に精を出して欲しいのが本音なんだが、そうも言えないか。
 身体を壊さないように、気を付けてほしいものだ。

「頑張れよー」

「は、はは」

 さて、と。

「これが正解だ。ちゃんと合ってたか?」

 クラスを見渡し、書き直しているのは数人。
 その動きが止まるのを待ち、問題を消す。
 次は、二問。

「春日、マクダウェル。次解いてみろ」

 しばらくは、このやり方で行ってみるか。
 ……数学なんて、ちょっと悪い言い方をすれば公式を応用できるかどうかだからな。
 公式を覚えないと話にならないし。







「はぁ」

「どうしたんですか、源先生?」

 溜息なんて珍しい。
 昼休み、昼食を取ろうと喫煙所に行くと、源先生が湯呑み片手に溜息を吐いていた。
 どうしたんだろう?

「いえ、今朝は寝坊してお弁当が」

 あ、なるほど。
 そういえば、弁当持ってませんね。

「外に食べに出ます?」

「それも、給料日前ですし」

 まぁ、外食なんて高いですしねぇ。
 新田先生は、相変わらずコンビニ弁当2個。
 ちなみに俺も。

「カップ麺で良かったら、食べます?」

「良いんですか?」

「どうぞどうぞ。たまには美味いですよ、こー言うのも」

 ちなみに、俺はほぼ毎日食べてるんでほぼ飽きてます。
 カップ麺業者、及び弁当業者。
 早く新商品を出してくれ。
 俺と新田先生は、切に願ってるぞー。

「あれ? 今日は源先生、お弁当は?」

「弐集院先生。今日はちょっと寝坊しまして」

 と言って現れたのは、変わらず愛妻弁当持参の弐集院先生――と、コンビニ弁当の葛葉先生。
 ちなみに、料理が出来ない訳ではないらしい。
 赴任当初は弁当だったらしいが、最近は、ちょっと、楽に……してるらしい。うん。
 その辺りは教員の暗黙の了解と言うやつだ。
 ちなみに、身をもって知りました。はい。

「さ、てと。午後の授業の準備しますかねぇ」

「ははは、それじゃ先生、頑張って下さい」

 うへ、睨まれてるよ。
 怖い怖い。絶対朝の事、この後また言われるからな。
 葛葉先生、真面目だけど、真面目すぎて苦手です。
 他の先生たちはそれが良いって言ってるけど、俺はどっちかと言ったら優しい人が良いです。
 そう思いながら、さっさと弁当片付けて、職員室を後にするのだった。まる。
 弐集院先生、新田先生、笑いすぎです。







 次の日。
 今日も昨日に続きマクダウェル宅へ。
 実は教員寮からだと、行ったり来たりで結構な距離を歩くことになったりする。
 まぁ、良い運動だと思っておこう。実際、最近運動不足だったし。
 今日は2-Aは数学無かったし、明日は1日空くから抜き打ちで小テストも良いかもなぁ。
 そんな事を考えながら歩いていたら、一軒のログハウスが見えてきた。

「おー、おはよう、絡繰ー」

 その軒先で昨日と同じように掃除していた絡繰に声を掛ける。

「おはようございます、先生」

「おー」

 ふぅ、疲れた……運動不足だな、完全に。
 今度から、休みは少し歩くかなぁ。
 これじゃ、授業の前に体力が無くなってしまいそうだ。
 そこまで、運動不足だとは思ってなかっただけに、マクダウェル宅への訪問は、結構な運動になっている。
 お陰で昨夜は、良く眠れたもんだ。

「マクダウェルは?」

「……起こしてまいります」

 あれ?
 今日は後何分とかはないのか。

「いいのか?」

「はい、今日は起こすなと言われていませんので」

「そ、そうか」

 そう言うもんなのかな……昨日より30分くらい早いんだが。
 そう言って家に戻る絡繰を目で追いながら、大きく深呼吸。
 はぁ、落ち着いた。
 さって

「先生、お茶を淹れますので中でお待ち下さい」

「おう、すまないなぁ」

 そんなやり取りをして十数分、2階から降りてきたマクダウェルが一言。

「何故居る?」

「いや、これ以上お前に休まれると出席日数免除の追試受けてもらわないといけないし」

「そういう意味じゃ無くてだなっ」

 朝から機嫌悪いなぁ。
 二階から降りてきたマクダウェルは、昨日より機嫌が悪かった。
 多分、俺が一日で諦めるとか思ったのかもしれない。

「あのくそじじいっ」

「先生、女の子がその言葉遣いはどうかと思うぞー」

 うるさいっ、と少女の怒声を聞きながら、今日も1日が始まる。
 というか、そのお爺さんって誰だ?
 そう聞いたら、怒られた。
 ……うーむ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 2話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 22:17

 今日も今日とてマクダウェル宅にサボり魔(確定)を迎えに行く途中、

「おはようございます、先生」

「ん? おお、絡繰か。おはよう」

 その途中で、絡繰に見つかった。
 と言うか、朝早くからこんな所で何やってるんだ?
マクダウェル宅から離れた、川の近く。
 そこでぼんやりと立っている絡繰。
 ……しっかし、マクダウェルも良い所に住んでるよなぁ。
 きっとマイナスイオンとか出てるんだろう。

「こんな所でどうした?」

「いえ」

 そのまま一緒にマクダウェル宅に向かおうと歩き出し、数歩。
 ……絡繰が、もうすでに結構後ろに。
 ん?
 そんなに早く歩いたつもりはないんだがな。

「どうした?」

「いえ、少し困ってます」

「??」

 見た感じ荷物も無いし―――ん?
 そうして少し注意して見ると、絡繰が足元を気にしている事に気付く。

「猫?」

「はい、昨日晩御飯を上げましたら、家までついてきてしまいまして」

「それで?」

「その事に今朝気付きまして。お帰り願おうと、昨日会った場所まで連れてきたのですが、また付いてきます」

 そ、そうか。
 視線を下に向けると、真っ白いのと三毛の猫が二匹。彼女の足にじゃれついていた。
 歩くのが遅いのは振りきれないからか。

「家で飼えないのか?」

「はい、マスターが許可しない確率は97パーセントです」

「無茶苦茶高いな」

「残りの3パーセントは、気紛れで飼っていただけるかもしれません」

 ふぅん。そっか。
 というか、その確率はどうやって割り出したんだろう?
 もしかしたら、何度もそう言う事を頼んでるのかもしれない。
 ……100回くらい頼んだのだろうか?

「そうか、マクダウェルは猫が嫌いなのかー」

「いえ、判りません」

 へ?

「マスターは、この子達のような、小さな動物を見ると急いで行ってしまわれます」

「なるほどなぁ」

 よっぽど嫌いなのか、それとも自分のキャラに合わないと避けてるのか。
 俺としては後者であってほしいけど。

「一応、相談してみたらどうだ?」

「…………相談してよろしいのでしょうか?」

「いや、いいだろ」

 別に、相談したくらいで何かある訳でもないだろうに。

「良いなら家で飼って、駄目なら飼い主を探すなりすれば良いだけだと思うけど」

「ですが、私はマスターの従者ですので」

「そ、そうか」

 主従の関係って、こういうものなのかな?
 堅苦しいというか、何というか。
 そう言うのはなんか違うと思うけど……まぁ、そこはマクダウェルと絡繰の問題か。
 俺がそうそう口出しをしても、あまり良い顔はされないだろう。

「とりあえず、その二匹をどうにかしないとな」

 早速、しゃがみ込んで二匹の首の裏を持って掴み上げる。
 はいはい、男に持たれるのは嫌ですか。
 にゃーにゃー鳴くのを無視して、どうしたものかと足を止める。
 しかし可愛い……。
 むぅ。

「絡繰、先に戻ってろ」

「いいのですか?」

「俺は、こいつらにエサやってる間に逃げるから」

 お前じゃ、置いていく事が出来ないみたいだしなぁ。
 コンビニのおにぎりとか食べるかな?

「助かります、先生」

「んじゃ、マクダウェルを起こしといてくれ」

「判りました」

 そんなやり取りがあったのが、2日前の朝。







「すまなかったね、先生。急な出張が入って」

「いえ、特にこの一週間も問題ありませんでしたし」

「今度、何か奢るよ」

 出張から帰ってきた高畑先生は……何だか、晴れ晴れとした表情だった。
 出先で何か良い事でもあったんだろうか?

「何か良い事でもありました?」

「あ、判るかい?」

 ……うーむ、今までにない上機嫌ぶりだ。
 ここで女絡みだったら、惚気られたりするんだろうか…あの、学生から人気の高畑先生から。
 ちょっと嫌だ。自分でも、口元が引き攣ってしまったのが判った。

「昔の恩人の息子さんを見てきたんだが、その恩人に似てきててね」

「――――あ、そうですか」

 なぁんだ、恩人さんの息子の成長が嬉しかっただけか。
 この人、自分の子供とかできたら絶対親馬鹿になるな。うん。
 廊下を歩きながら、この人には子供の話題はNGかもな、と思ってしまったり。

「向こうの学校でも評判が良くてね、知り合いとして鼻が高いんだ」

「そ、そうですか」

 そんな事を話しながら歩いていたら、もう2-A教室前まで来てしまっていた。
 た、助かった。

「おはよう、皆」

「おは――」

「高畑先生っ、おはようございますっ」

「お、おはよう、明日菜くん」

 神楽坂、昨日までのお前は何処に行った?
 テンション高いなぁ。

「おはよう、みんな。神楽坂は少し落ちつけよー」

「はっ!? は、はい……」

 はい、皆もあんまり笑ってやるなよー。と一応注意し、クラス名簿を開く。

「んじゃ、出欠とるぞー。明石ー」

 ………………
 …………
 ……

「特に報告する事は無い……が、今日は3教科で小テストしてもらう事になってるから勉強しとくようになー」

「「「えー!?」」」

「「「なにぃ!?」」」

 はっはっは、良い声だ皆。

「お、ま、え、ら……昨日また新田先生に怒られたらしいなぁ」

 はいそこ目を逸らすなよ、長瀬、クーフェイ、神楽坂。
 まったく。

「またウルスラの高校生と昼の場所取りで揉めたらしいな?」

「い、い、今言わなくても良いんじゃないですか、先生っ!?」

「じゃあいつ言えば良いんだ、神楽坂?」

 う、と詰まってチラチラと高畑先生を見るな。まったく。
 だからこそ今言ってるんだけどな。

「国語と英語と数学だ。点数悪かったら放課後残らせるから覚悟しとけよー」

「横暴アルっ」

「そうですわっ」

「はいはい、静かに」

 パンパンと手を叩いて、静かにさせる。

「ちゃんと復習してれば問題無いはずだから、気にするな」

 範囲は前回と前々回の授業内容だ、と範囲まで教えておく。
 つまり。
 理解も復習もしていない生徒が残る事になる訳だ。
 ……ちなみに、問題は範囲を聞いて俺が作ったりしてる。
 朝確認してもらったら、特に問題は無いと言っていただけたから大丈夫だろう。
 ありがとうございます新田先生、源先生。
 そして良く頑張った俺。

「範囲まで教えるんだから、楽なもんだろ?」

 ちゃんと復習してれば。

「頑張れよー」

「はは、出張の間に皆どれだけ勉強したか見せてもらうとしようかな」

 その一言がトドメだったのか、神楽坂が机に沈んだ。
 ……自分で振っておいてなんだけど、ちょっと不安になってきたぞ、先生。







 昼食は、何でか葛葉先生と二人っきりだった。
 何の罰ゲーム?
 いや、先生綺麗だよ? 美人だよ? でも、でもさ?

「………………」

「………………」

 無言である。
 話題が無いのである。
 接点が無いのである。
 ……コンビニ弁当ぐらいしか。
 いや、無理です。
 命を投げ出す趣味は持っていない。

「先生」

「は、はい……」

 互いに無言で弁当を食べていたら、幸いにも向こうから話しかけてくれたので、それにのる。
 いや、無言は精神的にキツい。

「桜咲と近衛さんの調子はどうでしょうか?」

「え? ああ、桜咲と近衛ですか?」

 ああ、そう言えば出身は同じ京都でしたっけ?

「近衛はクラスの皆に交じって、楽しくやってるみたいですよ?」

 昨日、神楽坂達と一緒に新田先生に怒られるくらいに。
 桜咲は――と、ちょっと口籠ってしまう。

「少し、クラスメートと距離を取ってるような所が……」

「そうですか」

 ルームメイトの龍宮や、長瀬とは結構話してるみたいですけど。
 クラスだと、そう話してる所も見掛けないんだよなぁ。

「二人とも、成績の方も今の所は問題ありません」

「そうですか」

「お知り合いですか?」

「ええ、桜咲……刹那とは、同じ剣を学んでいまして」

 剣? 剣、ですと?

「剣道ですか?」

「剣術の方です」

 ほー、と我ながら間抜けな声が漏れた。
 いや、聞いた事はあるけど、実際身近にいるとは思わないって。
 そう言えば、桜咲は剣道部だったな……その関係もあるんだろうか?

「凄いですね」

 本心から、そう言えた。
 だって、あーいうのって修行とか凄く厳しいと思うし。

「……そうでもありませんよ」

 あ、あれ? 何で褒めたのにそんな悲しそうに眼を逸らすんです? あれ?
 …………も、もしかして地雷ですか? 自分から話振って、地雷だったんですか?
 っていうか、剣術が地雷って何?
 そこは格好良いと思うんだけどなぁ。

「男の人は、格好良い女、というのはあまり……」

「……そ、そうですか」

 思いっきり地雷か……。
 俺、何か悪い事した?

「それじゃ、小テストの採点しますんで、失礼しますね」

「はい、ちょっとお見苦しい所をお見せして申し訳ありません」

 い、いえいえ。
 それでは、と再度言い職員室の自分の机へ。
 うーん、もう離婚して何年になるんだったっけ?
 結構尾を引くものなのかなぁ。







 ちなみに、小テストは皆良い点だった。
 ちょっと不安だったけど、先生皆を信じてたぞ。
 しかし、マクダウェル。
 お前ついに、国語で佐々木と並んだぞ……い、言った方が良いんだろうか?
 やっぱり言った方が良いよな、こう言うの。
 そんな事を悩みながら、夕暮れ時の麻帆良の街を歩いていると、

「何をやってるんだ、絡繰?」

「困っています」

 そりゃ見れば判る。
 猫が集まるどころか、頭にまで乗ってるじゃないか。
 なんで? この前見た時は2匹じゃなかったか?
 また増えたなぁ……羨ましい。

「お、降ろしていいか?」

「是非お願いします」

 そうか。
 爪をたてないように、ゆっくりと掴むではなく……持ち上げる。
 ほっ。

「先生、ありがとうございます」

「それは良いんだが……どうしてこうなった?」

 聞かない方が良かったのかもしれないが、やっぱり聞いてみた。
 大体予想はつくけどさ。

「猫さん達に、晩御飯を」

 やっぱりか。

「また家までついてくるんじゃないのか?」

「いえ、話したらちゃんと判って下さいました」

 わかるんだ!?
 この場合、人語を解する猫が凄いのか、猫と意思疎通してる絡繰が凄いのか。
 ちなみに俺は、どっちも同じくらい凄いと思う。
 絡繰、お前将来動物園にでも勤めたらどうだ?
 覚えとこう。
 進路相談の時とか、勧めてみたいし。

「そう言えば、この前の猫の事はマクダウェルには相談したのか?」

「いえ」

「そうか」

 でも、相談したら案外飼ってくれそうだけどな。
 そんなに仲好くないけど、ちゃんと言ったら聞いてくれるし。
 まぁ、そこは家族の問題か。

「しっかし、懐かれたもんだな」

「そうでしょうか?」

 そりゃそうだろ。
 絡繰の周りには円作ってるけど、俺の方には一匹も来ないし。
 俺も腰をおろして猫に手を伸ばすが……逃げられた。
 ぬぅ。

「しかし、困りました」

「今度は何だ?」

 やっぱり餌か? 俺も今度なんか持ってくるかなー。

「超包子へ行く時間が迫ってきています」

「ああ」

 そう言えば、バイトしてたっけ。

「なら、急いで行かないとな」

「離れる事ができません」

 なんで!?
 ああ、また猫が登ってるし。

「昨日も遅刻してしまいました」

「あー、そう」

 この子も変わってるなぁ。
 ……ウチのクラス、皆そうか。
 あ、ちょっと泣きそうになってる……俺が。
 まぁでも、これだけの猫に囲まれたら、判らないでもないな。
 可愛いし。

「先生」

 はいはい。
 そう言い、立ち上がって絡繰に登っていた猫を一匹ずつ下ろし、囲んでいた猫も離れるように手を強く振る。
 ……ざ、罪悪感が。

「それじゃ、バイト頑張れよー」

「はい、ありがとうございました」

 そう言って、深々と頭を下げられ……そこまで礼儀正しくされても、困るんだが。
 俺は主人でも何でもないんだから、と。
 そう言うと、小さく首を振られる。
 むぅ。

「猫さん、また明日」

 もう一度、今度は猫達に頭を下げて、絡繰は雑踏に紛れていった。
 うーむ。

「馴れ馴れしくし過ぎたかなぁ……」

 猫を掴み上げた手を見て思う。
 今度から注意しよう。
 最近マクダウェルの家でよく会うとはいえ、生徒に今のは無いかもしれん。







「おはよう、絡繰」

「おはようございます、先生」

 最近恒例となった、マクダウェル宅前で朝の挨拶をし、深呼吸を一つ。
 これで少し荒かった息を整え、伸びをする。

「それでは先生、お茶を用意しますので中へどうぞ」

「毎日すまないな」

「いえ」

 そう言って、客間へ通され、用意してもらった紅茶を一口啜る。
 あー、ここ一週間くらい飲んでるけど、やっぱり美味いなぁ。

「先生、質問をよろしいでしょうか?」

「ん、なんだ? 後そんな畏まらなくて良いぞ?」

「はい。先生――」

「また来たのか」

 その高圧的とも取れそうな声は、二階からだった。
 おお。

「今日は起こされなくても起きてこれたのか」

「こう毎日来られたら、起こされるのも面倒なんでな」

「ただ単に目が覚めただけだろ」

 そんな言い回ししても、昨日寝坊した事忘れないからな。
 お陰で遅刻しかけて、また葛葉先生に怒られただろうが……別に良いけど。

「それより、茶々丸。朝食を用意しろ」

「はい」

 何だ、今日は食べるのか。

「先生はどうする?」

「良いよ、食べてきたから」

「そうか」

 その間にも、マクダウェルの前には美味そうな朝食が並んでいく。
 うーむ……食欲をそそられる。
 が、流石にくれとも言えないよな。

「先生は、今日は何を食べたんだ?」

 明日から、もう少し時間遅く来た方が良いかなぁ、とか考えたら珍しく話題を振られた。
 ん? 今日の朝飯?

「コンビニのおにぎり」

「は?」

 はいそこ、そんな顔をするなよー。
 分かるよ。その朝食に比べたら、その顔もしたくなるだろうよ。

「美味いんだぞ? コンビニのおにぎり」

「それだけで足りるのか?」

 ああ、3つ食ってるからな。

「流石に、昼までもつくらいは食べてるよ」

「ふぅん」

 それだけらしい。
 まぁ、間が持たなかっただけだろ。俺何も食べて無いし。
 ……さっきの、やっぱり一緒に食べた方が良かったかな?
 いや、流石にそれは変だろ。うん。
 やっぱり、明日から少し時間遅くするかな。

「先生。お茶のお代わりをどうぞ」

「お、すまん」

 絡繰の絶妙の間の持たせ方が心に沁みるなぁ。
 でも遅くしたら、その分寝そうだよな…マクダウェル。

「それで、いつまでウチに来るつもりだ?」

「そりゃ、マクダウェルがサボらなくなるまでだな」

「ちっ」

 そうあからさまに舌打ちするなよ。
 もうここまで来たら半分開き直ってるけどなー。

「じじいからは何もないのか?」

「また学園長をそんな風に呼ぶし……」

 まぁ、生徒から見たら爺ちゃんみたいなもんだろうけど。
 それでもせめて、学園長って呼んでくれよ。主に俺の為に。
 胃が痛くなるわ。

「別に何も言われないなぁ」

「あ、の、じじぃ……」

「まぁ、何か言われたら止めるぞ?」

「ああ、それは前も聞いたな」

 そして、何も言われない、と。
 もしかしなくても、マクダウェルって学園長と知り合いというか、面識あるんだろうなぁ。
 ……俺の首って、実は結構危ないのかも知れんと、ちょっと不安です。
 止められたら、すぐやめよう。

「ふん――茶々丸、登校の準備をしておけ」

「はい。先生、カップは帰宅後片付けますので、そのまま置いておいて下さい」

「ん、すまんな」

 もう少し学校を好きになってくれたら、俺も安心なんだがなぁ。
 どーしたもんか。




――――――エヴァンジェリン

「おい、じじぃ」

「なんじゃ、また今日もか? 入ってくるなり騒々しいのぅ」

 なんだ、だと? 今日も、だと?
 このタヌキ爺が。

「今日で何度目だと思う? ん?」

「さぁのぅ、何の事やら」

「判ってるだろうが、あの先生の事だよ」

 まったく、長く生きた爺ほど手の掛る者は居ない。
 全く聞こえない、と言った風に、驚きと待っていた手は、またいつもの作業に戻っている。
 くそっ。

「あまり私に関わらせるなよ」

「良いじゃろ、別に」

「――目障りなだけだ」

 まったく。
 ソファに腰をおろし、溜息を一つ。

「偶にゃ、あーいう先生も楽しくないか?」

「楽しい訳あるか……吸血鬼に早寝早起きを勧める人間が何処に居る?」

「あー……そりゃ、まぁ、しょうがない」

「訳あるかっ」

 だよねー、とまったくどうでも良さそうな声がまた神経を逆撫でする。

「それに、最近は――」

「また何かあったのか?」

 ――茶々丸も、あの先生を気に掛けているようだし。
 とは口を裂けても言えない。
 どうせ私の見間違い、気の所為だろう。
 あの男が私の家に来るから、接点が増えただけ……その程度だ。

「何でもない」

「ま、そう目くじらを立てるもんじゃなかろうて」

「私はせめて、麻帆良の中だけでも自由に生きたいんだがな」

「ふぉふぉふぉ、それはまた難しい事じゃな」

 まったくだ。
 学校なんて、もう通い飽きたというのに。

「とにかく、あの先生にもう関わるなと言ってやってくれ」

「どうしてじゃ?」

「これ以上関わられても、邪魔なだけだ」

 そうか、と静かな一言。
 やっと判ってくれたか?

「まぁ、会うたら言っておくからの」

「絶対だからな、タカミチにも言っておけよ?」

「判った判った」

 なんだその投げ遣りな言い方は。
 本当に言う気あるのか?
 くそ。
 絶対楽しんでるだろ。このくそじじい。



――――――

 さて、と。
 明日の準備も終わったし、帰るとするかねぇ。

「それじゃ新田先生、先に上がりますね」

「ええ、先生ももう遅いんで気をつけて下さい」

 ははは、流石に男を襲う変質者も居ないでしょ――居たら、本気で危険ですけど。
 そう笑いながら職員室を出、帰路につく。
 その途中で弁当を買い、部屋に……って。

「神楽坂と近衛か?」

「へ?」

「あ、先生」

「もう遅いんだから、あんまり出歩くなよ?」

 流石にまだ真っ暗とは言わないが、もう日も落ちかけた時間だ。
 いくらこの麻帆良が事件なんかそうそう起きないって言っても、夜は物騒だからなぁ。

「あ、あははは」

「ちょっと、小腹が空いたんですよ」

「はぁ……もうすぐ新田先生もここ通ると思うから、早く帰った方が良いぞー」

 あと、夜の間食は太るぞー、と。

「大丈夫です先生、その分動いてますから」

 はいはい。気付いた時は手遅れだと思っとけよー。
 あと近衛、男の前で腹を摘むな、腹を。
 服の上からとはいえ、先生はツッコミ辛い。

「友達と遊ぶのも良いけど、ちゃんと授業の復習もしろよ?」

「あ、は、はい」

「先生、大丈夫え。明日菜はちゃんと出来る子やもん」

 な? と神楽坂に笑顔で振る近衛。
 振られた方の笑顔は引き攣っていたが。
 そこまで悪くも無いと思うんだがな、担任としては。

「神楽坂はちゃんと成績上がってきてるんだから、自信持って良いと思うんだがなぁ」

「え? そ、そうかな?」

「今の調子で頑張れば、期末試験は良い線いけると思うぞ」

「おお、明日菜が褒められとるえ」

 そりゃ、俺だって良い所は褒めるよ。
 近衛の言葉に苦笑いし、まぁ、こんな所で言う話ではないかとも思う。

「ま、期末も近いし頑張れよー。おやすみ、二人とも」

「あ、おやすみ、先生」

「おやすみなさいー」

 手を振って別れ、そのまま帰路に。
 …………。

「……桜咲?」

「は、はい?」

 何やってるんだ、お前は。
 木の陰に隠れてるんだろうが、俺の方からは丸見えだぞ、お前。

「もうすぐ新田先生が来ると思うから、お前も早く帰れよー」

「……はぃ」

 声掛けない方が良かったかなぁ、と後悔しない事も無い。
 まだ制服だったし。何やってたんだ?

「はぁ」

 一応、明日注意しとくか。
 そうして帰路につきながら、今日も一日が終わっていく。






[25786] 普通の先生が頑張ります 3話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 22:52

「それじゃ、別に何もしてなかったんだな?」

「はい」

 まぁ、木に隠れてただけだし。
 ……いや、暗くなる時間に木に隠れてるだけでも十分怪しいんだけどさ。
 職員室に桜咲を呼び出してはみたけど、特に注意する事も無いんだよなぁ。
 何かやってた訳でもないし。
 クラス名簿の桜咲の隣の欄をボールペンで突きながら、もう一度その顔を見る。

「あーいうのは勘違いされるから、今後は気をつけるようにな?」

「ぅ……申し訳ありませんでした」

「んじゃ、もう戻って良いぞー」

 失礼しました、と礼儀正しく礼をして職員室から出ていく背を見送り、溜息を一つ。
 散歩の途中でクラスメイトを見つけて、まだ制服姿だったのが恥ずかしくて隠れた、ねぇ。
 そりゃ無いだろ。と思うのだが、ここで詳しくも聞けないよなぁ。
 素行も良いし、問題も起こしてない、優等生って言えば優等生。
 あまり目立つのも好きじゃないみたいだし、職員室も居心地が悪そうだったしな。

「ま、もう少し様子見た方が良いか」

 そのまま、何も書かずに名簿を閉じる。
 なんだかんだで、ウチのクラスってよく怒られてるけど問題はそう起こしてないんだよな。

「桜咲さん、どうかしたんですか?」

「いえ、まぁ、昨日の夕方に制服でうろついてたんで。せめて制服は止めろ、と」

「……結構落ち着いているようですけど、彼女もそう言う年頃なんですねぇ」

 ははは、まぁ、全部ウソじゃないよな。
 そう言うと、源先生が机にコーヒーの入ったカップを置いてくれた。

「ああ、すいません」

「長くなりそうでしたけど、そうでも無かったですね」

「いやー、自分に生徒指導とかは難しいってのは判りましたけどね」

 こういう時は、多分もう少し厳しく言わないといけないんだと思うんだけど。
 そのコーヒーを一啜り。
 うん、苦い。砂糖、砂糖っと。

「あ、どうぞ」

「すいません」

 弐集院先生も一服しませんかー、と声を掛けて、小さじ一杯の砂糖を入れる。
 ……もう一杯。
 もう授業中なので、他に先生たちも居ないし、少しゆっくりしますかね。

「そう言えば、この前の小テストなんですけど」

 はい?

「2-Aの皆さん、最近調子良いみたいですね」

「おー、そうですか?」

 最近点数上がってきてたって思ってたけど、そうかそうかぁ。
 これじゃ本当に、次の期末は結構いけるんじゃないか?
 今までが今までだから、余計に期待してしまうな。

「次の期末で、最下位脱出できるか……」

「頑張ってますね、先生」

 おぅ、声に出てました?
 口にすると、なんかこう言うのって逃げてく気がするから気をつけないと。

「神楽坂達が頑張ってくれてますからねぇ、今の調子を維持してくれると良いんですが」

「ウチのクラスもそう簡単に負けませんよ?」

 あ、弐集院先生。

「いや、今回はウチ調子良いですからね」

 あわよくば最下位脱出どころか、もう少しいけるかも……?
 って、高望みしすぎか。

「まぁ、でも。今は生徒が自主的に頑張って成績を上げてくれてるのが、一番嬉しいですね」

 やっぱり、ウチのクラスは褒めて伸ばすのが性に合ってるんだろうか?
 問題出して、ヒントを与えてから自分の力で解かせて褒める。
 褒めてもらえると嬉しいし、自分でもやれると思うから、勉強も苦にならない。
 そしたら、次はヒント無しで自分だけで出来るように努力する……らしい。本の受け売りだけど。
 最近の小テストも良い点取ってるし。しばらくはこの方法で行ってみるかなぁ。
 こうやって2-Aの皆が他の先生に褒められてると、俺も嬉しいし。

「でも、来月の末には新しい先生もきますし、3学期なのに考える事が多いんじゃないかしら?」

 はぁ。あまり考えたくない事をイキナリ言ってきますね、源先生。
 それには苦笑を浮かべるしかないですよ……はは。

「は、はは……まぁ、引き継ぎは高畑先生が引き受けてくれてますし」

「高畑先生も出張が多くて、忙しいだろうね」

 そうですねぇ。
 人気もあるし、仕事も出来ますから、しょうがないですよ、と。

「そうだね、まぁその分先生の腕の見せどころじゃないかい? 次の期末テストは」

「自分に出来る事なんて、授業で公式教える程度ですよ」

「覚えるのは生徒の仕事、覚えさせれるかは教師の仕事だよ」

 難しいですねぇ。
 そうだねー、そうですねぇと3人で笑い合ってコーヒーを一啜り。

「年も明けたばっかりだって言うのに、全然楽にならないなぁ」

「しょうがないですよ、教職なんですから」

「むしろ、勤めれば勤めるだけ難しくなるかもねぇ」

 それだけは勘弁してほしいものだ。
 でも今の状況では全く笑えない事に思えるのはなんでだろう?







 数日後の日曜日、天気も良かったので何となく散歩していた。
 いや、結構良いもんだね、散歩。
 部屋でゴロゴロしてるより、よっぽどのんびり出来てる気がする。
 そして、新しい発見も。
 結構休みの日でも生徒を見かけるんもんだなぁ。 

「休日まで先生に会うなんて、最悪だにゃー」

「明石ー、そんな事言われたら先生傷つくからやめようなー」

 笑顔で言われてもヘコむ事はヘコむぞー、まったく。
 
「でも実際、先生と休みの日に会うのって初めてだよね」

「せやねぇ」

 私服の先生って初めて見た、とまで言われてしまった。
 でも副担の私服なんか見ても別に何も無いだろ。
 そのまま散歩の休憩に着飾った神楽坂、近衛、明石の三人の少女に囲まれてお喋りの時間にするかね。
 いやー、こう言うのは女子校勤務の役得かね。

「先生って、休みの日何してんの?」

「ん? …………まぁ、本読んだり、勉強したり?」

 あれ? 俺って休みの日って結構動いてない?
 自分ではもう少し運動してた気がするんだが、そう言うのが思い浮かばないんだけど。

「先生ってインドア派なんだ」

「そんな事は無いんだが、最近は休みの日はゴロゴロしてたなぁ」

 ああ、そうか。
 ここ最近はマクダウェル宅まで歩いてたから、休みの日は動けなかったんだ。疲れて。
 ほぼ2週間、毎日だったからな。
 ……我ながら、危ない橋を渡ってるもんだ。
 これ絶対、他の人に知られたら問題になるよな……。

「っていうか、先生でも勉強するの!?」

「そりゃするさ。神楽坂は教師を何だと思ってるんだ?」

 高畑先生だってしてると思うぞー、と付け加えておく。
 ちなみに神楽坂の事は……教師としては応援できないが、まぁ楽しむ分には良いだろうと思ってる。
 あの人には結構困らされてるし。出張多いし。
 まぁ、本人気付いてないみたいだけどなぁ。

「……先生って、勉強好き?」

 いや、多分そこまで好きじゃない。
 と答えようとして、生徒に答えるような事じゃないよな、と思い直す。
 うーん。

「勉強が好きやから、教師になりはったんと違うんですか?」

「どうだろうな。どう答えたら良いかなぁ」

 近衛の言葉に苦笑したが……それ以上に、上手い言葉が浮かばなかった。
 勉強が好きだから、だとなるのは教師じゃなくて学者だな、と。
 だから、勉強が好きだから教師になった――は、違う、と言えた。
 どう答えたもんかなぁ。
 教師になりたかったから、教師になった。
 きっと、それが一番しっくりくる答えだろう。
 憧れた。
 それが、俺が教師を目指した理由なのだから。
 ……まぁ、そう言うのは恥ずかしくて、とても口にはできないんだけどさ。

「近衛は教師に興味があるのか?」

「どうでしょ? 先生見てると楽しそうなんやけど、教えるのはどうかなぁ」

「木乃香は教師とか保育園の先生とか似合いそうだよねー」

「そう?」

 楽しそうに笑うなぁ。
 俺が中学の時って、こんなに笑ってたかな? と思ってしまうくらいに楽しそうに笑う。
 ……ああ、年取ったんだなぁ、と実感させられる。
 ちょっと俺の笑顔は引き攣ってると思う。

「まぁ、将来なんてまだ決めるには早いだろ」

 だってまだ、中学2年だし。
 進学か就職か決めるには早過ぎる。

「うちはやっぱ先生なりたいかもなぁ」

「あたしは就職かなぁ」

「じゃあ私も就職でー」

 じゃあってなんだよ、じゃあって。まったく。
 ウチのクラスは……何というか、自由だなぁ、と苦笑い。

「昼、何か食うか? 折角だし奢るぞ?」

「え、ホント!?」

「おー、暇だしな」

 やったー、とそれだけ喜ぶ顔を見てるとこっちも嬉しくなるもんだ。

「でも、あんまし高いのは勘弁な」

「最後はキまらへん先生やなぁ」

「公務員だからなぁ」

 答えになって無い答えを口にし、4人で並んで歩いていく。
 中学生って、歩くの速いのなぁ。
 これで、俺はまた一つ勉強になった訳だ。







「えー、この前言ったように来月の頭から新しい先生が来る事になってます」

 その瞬間、教室の窓割れるんじゃないかってくらいの声が響いた。
 全体的にはそうだった的な意味で。
 うん、今日もウチのクラスは元気だ。良き哉良き哉。
 あとでまた新田先生と葛葉先生に怒られるんだろうなぁ……まぁ、しょうがないか。
 内心で諦めの溜息を吐きながら、続ける。

「まぁ、詳しい紹介はその先生が来た時にするから……朝倉、落ちつけ」

 さっきからお前、瞬きしてないぞ。
 怖い、あと鼻息荒い。
 女の子がそんなでどうする。

「先生っ」

「出身はイギリス、向こうの学校じゃ天才みたいに言われてた、まだ若いらしいぞ」

 ちなみに、残ってた手持ちの情報はここで出しきります。
 これで、今週は何も言われないだろう。
 しきりにさっき言った事をメモ帳に書きながら、それでもその目はチラチラとこっちに向いている。
 正直こういう時の朝倉は怖い。
 さすがジャーナリスト志望。ネタへの欲望が凄い。ある意味尊敬できる。
 ……真似しようとは思わないけど。

「先生っ」

「顔写真も履歴書もまだ届いてないから、顔は判らないぞ。でも、学園長が一押しするくらいだから相当優秀な先生だと思われる」

「そんな信じられない話があるかっ」

「本当なんだからしょうがないだろー」

 あと、先生にタメ口か。
 今日の数学の時間は当ててやるから覚悟しとけよ。
 ちなみに、朝倉が言った事は俺も学園長に言いました。タメ口じゃなかったけど。
 どうにも送った書類が別の所に届いたらしい。
 まぁ、人事とかそう言うのは学園長とかもっと上の役職の仕事だから、俺はそう困らないけど。

「名前は?」

「ネギ先生らしい」

「美味しそうな名前だねー」

 まったくだ。
 鍋とかに合う名前だなー、とは俺が初めて聞いた時の感想だ。

「ネギ=スプリングフィールド先生。まぁ、赴任して来られた時、また紹介するけど」

「春野菜?」

「ネギは冬野菜だ」

 野菜言うな、失礼な。

「格好良いのかなぁ?」

「どうなんですか、先生?」

「まぁ、天才らしいしどうだろうな?」

「天は二物も三物も与えるかもって事かー」

 鳴滝姉妹には注意しといたほうが良いかな?
 まぁ、教師にだし、そう無茶はしないと思うけど。
 個人的にはメガネは掛けてると思う。イメージ的に。

「そんな所だ。高畑先生からは、何かありますか?」

「んー、言わなきゃいけない事は先生が言ってくれたからね」

 そうですか、と。まぁいつもの流れである。
 後は特に無かったよな。

「それじゃ、HR終わり。一時間目は移動教室だから、遅れないようにしろよー」

 ちなみに、高畑先生が担任から外れるとはまだ伝えていない。
 いや、神楽坂がどういう行動に出るかもう判るし……。
 これも一つの問題なんだろうなぁ。高畑先生、どうにかしてくれないかな?

「ん?」

「いえ」

 どうにもしてくれない気がするなぁ。
 だってまず、神楽坂の気持ちに気付いてないし。
 だから安心して、神楽坂を見てられるんだけど。







 最近はちゃんと授業受けてくれてたと思ったんだがなぁ。
 というのが、最初の感想。
 そして、職員室まで報告に来てくれた雪広に聞こえないように、心中で小さく溜息を一つ。

「すまなかったな、雪広」

「いえ、クラス委員ですから」

 うーん。
 また早退か。

「次の授業の準備があるだろ? 急いで戻れよー」

「はい、失礼しました」

 でも廊下は走るなよー、と声を掛けクラス名簿を開く。
 えーっと、確かあと……何日休めたんだっけ?

「またエヴァンジェリンですか?」

 あ、新田先生。

「はは、彼女は気紛れな所がありますから」

 っと、あったあった。
 あと2日かぁ。

「最近は真面目に登校してきてたようでしたけど」

「ええ、まぁ明日はちゃんと来てくれますよ」

「だと良いんですが」

 今朝は普段通りだったと思ったんだが……絡繰は、ちゃんと残ってるんだよな。
 一人で帰ったらしいし。何かあったのかな?
 注意しとかないとな、やっぱり。
 そこは明日の朝で良いか。

「まぁ、彼女にも事情があるんですよ」

 へ? ああ、瀬流彦先生。
 いきなり後ろから話しかけられたんで、少しびっくりした。
 って、それどっかでも聞いたような……。

「そう言えば、高畑先生もそう言ってました」

「ちょっと家庭の事情が複雑なんですよ、彼女は」

 …………俺、そう言うの全然聞いてないんですけど。
 担任の高畑先生が知ってるから、別に良いのかな?

「どう言いう事情なんですか?」

「さぁ、それは……僕の口からは、ちょっと」

「そうですか」

 ふむ。やっぱり、根本的な問題はその“事情”が関係してるんだろうな。
 その事情が解決すればきちんと登校してくれるようになる、可能性は低くは無いんだろうけど。

「そっかぁ」

 どーしたものかなぁ。
 家庭の事情かぁ、やっぱり。
 あんな大きな家に絡繰と二人で暮らしてるし。
 聞き辛くはあるよなぁ……そう言えば、関係無いとか言われたし。

「あまり悩まない方が良いですよ」

「そういう訳にもいきませんよ」

 一応、あんまり役に立てないんだろうけど彼女の副担任ですからね。

「……まぁ、ほどほどに」

 そんな瀬流彦先生の声を聞くと、やっぱり、マクダウェルは学校に来させないといけない、と思ってしまう。
 口は悪いし、態度も悪いけど……生徒なんだから。
 教師にさ……悪く思われっぱなしって言うのは、やっぱりどうかと思う。
 それに――俺は、彼女の副担任なのだ。
 なら、やっぱり自分の生徒はちゃんと見てもらいたい。
 あの子にだって、きっと良い所はあるんだから。

「明日からはまた来てくれますよ」

「――先生は肩の力を抜かない方が良いのかもしれないですね」

「いや、抜かせて下さいよ」

 何という事を言いますか。
 はいそこ、笑わないで下さいよ新田先生も。





――――――エヴァンジェリン

「おはよう、マクダウェル」

 制服に着替えリビングに降りていくと、ここ最近で聞き慣れた声がまた聞こえた。
 自然と、頭痛でもしたように頭を抱えてしまう。

「……いい加減言うのも飽きたが、また来たのか」

 そして、その男の後ろに控えている茶々丸を一瞥し……溜息を一つ。
 しょうがないだろう。
 溜息を吐きたくもなるさ。
 ――その光景が、見慣れたモノになりつつあるのだから。

「昨日はなんで早退したんだ?」

「先生には関係ない事だよ」

 明日辺り、チャチャゼロもくわえてやるのも良いかもな、と思いながら茶々丸が引いた席に座る。

「まぁ、日数……本当にギリギリだから気をつけろよ?」

「判ってるよ。大丈夫だ」

 本当だと良いんだけどなぁ、という声を無視して用意された紅茶を一口。
 ふむ。

「しかし、昨日話してた新任の先生の話は前から出てたのか?」

「んあ?」

 何だ、その顔は?
 どうせ私から話題を振ったのが意外だったんだろうがな。

「いや、えーっと……去年の暮れには言われてたかな?」

「そうか」

 あのくそじじい、私にナギの息子の事を隠してたな……まったく。
 まぁ、隠したくなる気持ちも判るが。
 ナギ――私を、麻帆良に縛った張本人。
 はぁ、と自然と溜息が出る。

「そういえば、マクダウェルと絡繰が休んでた時にその事言ったのかもな」

「…………そうだったのか」

 基本、私が休んだら茶々丸も一緒に休んでいたからな。
 今度からは極力茶々丸は学校の方に行かせた方が良いかもしれないな。

「やっぱり、マクダウェルも新任の先生ってのは気になるか?」

「何だその顔は。別に――天才と言っていたが、どれほどのものかと思っただけだ」

「そうかそうか」

 何嬉しそうにしてるんだ、この男は。
 ああ――さっさと諦めてくれないものか。
 朝は苦手なんだよ……もっと、静かでゆっくりとした朝が、私は好きなのだ。

「絡繰も気になるか、やっぱり?」

「いえ、私は気にしません」

 そうかぁ、と今度は頭を落として落ち込むし。
 判りやすい奴だな、と。呆れてしまう。

「しかし、これで先生ともお別れだな」

 このよく判らない関係も、もう数週間だけだと思うと……嬉しくて仕方が無いな。
 最後の日くらいは、朝食を食わせてやっても良いかもな、と思えるくらいに。

「ん?」

「何故そんな不思議そうな顔をする?」

 ネギ=スプリングフィールドは副担任になるんだろう? と言うと、ああ、とまた可笑しそうに笑う。
 何だ?

「高畑先生と入れ替わり。ネギ先生は君らの担任だよ」

「なに?」

 たん、にん……?
 ネギ=スプリングフィールドが?
 ナギの息子が、担任?

「副担任は?」

「俺」

「本当にか?」

「……そんなに嫌か」

 ええい、大の大人がそう簡単に落ち込むなっ。
 まったく。

「本当に副担任は先生なんだな?」

「……ああ、そうだよ」

「別にそうまで嫌じゃないから落ち込むな、鬱陶しい」

「絡繰、お前のご主人さまが酷い……」

「しょうがありません。マスターの口の悪さは先生も判っておられるはずです」

 うるさい、ボケロボ。
 しかし――そうか。
 ネギ=スプリングフィールドが担任で、先生が副担任か。
 そうか、そうか。

「タカミチは2-Aのクラスから外れるわけだ」

「高畑先生なー」

 無視。

「はぁ」

「気を落とさないで下さい、先生。お茶のおかわりをどうぞ」

「おお、すまないな絡繰」

 あー、鬱陶しい。
 少しは静かに出来ないのか、この先生は。

「来月の頭から、だったな」

「そうだな。情報だけ来て、書類がまだ無いから前後するかもしれないが」

「ふん――来るのが判ってるなら良いさ」

 英雄の息子の情報だ、間違いは無いだろうさ。
 ――ああ、その日が早く来ないものか。
 停まってしまった心臓が、心が、まるで高鳴るような錯覚。
 ナギの息子が来ると言う事。
 タカミチが私の監視から外れると言う事。
 それはきっと、じじいの考えの内なんだと判る……が。

「茶々丸、登校の準備をしろ」

「かしこまりました。先生、カップはまた置いておいて下さい」

「ん、判った」

 もしかしたら、と思ってしまう。
 もしかしたら、この身を縛る呪い――蝕む“毒”とも言えるソレを、解く事が出来るのでは、と。

「嬉しそうだなぁ」

「最高の気分だよ」

 ああ――こんなにも“その時”を楽しみにするのは……12年ぶりか。

「それじゃ、その調子でちゃんと進級できるよう頑張ってくれな」

「……気が向いたらな」

 もう少しで授業を受ける意味もなくなるからな。
 最後くらいは、言う事を聞いてやるのも良いかもな……と思ってしまうのは、ここ最近に慣れてしまったからか。
 やはり、少し慣れ合いが過ぎたのかもしれんなぁ。

「先生」

「ん?」

 ……………………

「そろそろ出ないと、遅刻してしまうぞ」

「おー、そうだな」

 絡繰ー、と呼ぶ声を聞きながら――何も知らないから、そう呼べる先生の背を、目で追った。
 



[25786] 普通の先生が頑張ります 4話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 23:22

「それじゃ雪広、このプリントを授業の前に皆に配っといてくれ」

「判りました、それでは失礼します」

 おー、すまないな、と声を掛けて、もう冷めてしまったコーヒーの残りを全部飲む。
 ……底に砂糖が溜まっていて、妙に甘ったるい。
 しかし、ネギ先生って何者なんだろうか?
 あまりにこっちに情報が回ってこないからネットとかで向こうの学校を調べてみたけど、
 HPを作っていないのか、どんな学校なのかも判らないしなぁ。
 メルディアナ、って学校自体聞いた事も無いしなぁ。

「先生」

 っと。

「ガンドルフィーニ先生?」

 珍しい。あんまり話さないどころか、向こうから話しかけてくれたのって初めてじゃないだろうか?
 まぁ、教科も担当の学年も違うからそれも……当たり前というのはアレだけど。
 と言うか、何で高校教諭が女子中の職員室に? まぁ、偶に見かけるんだけど。

「どうかしましたか?」

「ああ、いえ。少し時間が出来ましたので、お話でもと」

「は、はぁ」

 今まで話した事も無かったですし、と言われても。
 俺、何かしたかな……?
 本当に、今まで話した事が無かったので、逆に驚いてしまう。
 どうしたんだろう?

「はは、そう畏まらなくても良いですよ」

 そう言われてもですね。

「そうだ。コーヒーとお茶、どっちが良いですか?」

「それじゃ、コーヒーで」

 とりあえず、飲み物で場をもたせるか。
 ……どんな話振ればいいんだろう?
 いきなり来られると、困るなぁ……他に誰も居ないし。
 コーヒーを淹れながら、昨日見たバラエティ番組とか話題にしたら駄目かなぁ、と考えてみる。
 なんか雰囲気的に、堅そうだし。
 そんな失礼な事を考えながら、コーヒーをもって机へ。

「どうぞ」

「すまないね。こっちから来たのに、気を遣わせてしまって」

「いえいえ。あ、どうぞ椅子にかけて下さい。それに、先生と話す機会も無かったですし、時間を作ってもらって助かります」

 二人揃って、笑い合う。
 うーん、気まずい。何か用があって来たんだろうけど……。

「それで、どうしたんですか?」

「んー……今度来る、新任の先生について、少しね」

 ああ。
 ネギ先生の事ですか……情報無いですもんねぇ。
 でも、ガンドルフィーニ先生って高等部ですよね?

「高等部の方でも話題になってるんですか?」

「少しね。外国からの先生のようだし、ね」

 そうか。
 ガンドルフィーニ先生も、外国からだもんな。
 心配、してくれてるんだろうな。その先生の事。
 異国の地で新任。しかもこんな時期に。

「新任だと言うし、少し心配でね」

 それにこんな時期だし、と。
 まぁ確かに。普通なら新学期からだよなぁ。
 何か向こうさんの方で色々あったらしいけど。
 その理由も詳しく聞けてないし。

「先生は、学園長から何か聞いてますか?」

「いえ。まだ名前とかしか聞いてないんですよ」

 優秀な先生だってのは聞いてますけど、顔も知らないんですよねぇ、と。
 苦笑して……ガンドルフィーニ先生は真顔で頷いていた。
 ……うーん。

「やっぱりおかしいですよね?」

「そうですね。でも……」

 ?
 変な所で言葉を切られて、首を傾げてしまう。

「まぁ、スプリングフィールド先生にも良い経験でしょうね」

「あ、名前まで知ってるんですね」

 それも当然か。こうやって、俺に話を聞きにくるくらいだし。

「ガンドルフィーニ先生は、そのネギ先生がどういう人か聞いてますか?」

「……少し、風の噂で聞いてるだけですよ」

 へぇ、って、もしかして俺より詳しい……のだろうか?

「どう言う先生なんですか?」

「優秀、ですよ。向こうの学校を首席で卒業したほどですし」

「おー。主席って事は、やっぱり頭良いんですね」

 学園長が優秀とか天才とか言ってたけど、本当だったんだ。
 それはそれは、ネギ先生の赴任がますます楽しみだな。

「将来は有望でしょうね」

「そうですかー」

 将来有望と言う事は、学生である今も優秀と言う事だろう。
 じゃあこの時期に来るのは、在学中に教師を経験して、来年に備えてるってことなのかな?
 教育実習とかもあるし――外国の学校じゃ、良くある事なのかもしれない。
 聞いた事無いけど。
 その後も話題はネギ先生中心で、気付いたら結構な時間を話し合っていた。

「それじゃ、先生はスプリングフィールド先生については何も知らされてないんですね」

「ええ。名前と、出身とか……ネットで調べても判らなくて、少し不安だったんですが
 今日は良い話を有難うございました」

「いや――こっちの方が、時間を取ってもらって悪かったね」

 いえいえ。
 
「ガンドルフィーニ先生も、自分だけじゃフォローしきれない時は、よろしくお願いします」

 主に言葉的な所で。
 そう言うと、また小さく笑われてしまう。
 ああ、良い先生だなぁ――と。
 なにせ、新任の先生が心配だからと自分で時間作ってこっちに来るくらいだし。

「それじゃ、また時間が出来たら来て良いかな?」

「どうぞどうぞ。今度はお茶菓子用意しときますよ」

 うーん、俺もまだまだだなぁ。
 あんな風に少しでも時間に余裕を持って、周りを気にする事が出来るようになりたいもんだ。
 そう考えていたら、授業終了のチャイムが響く。
 あ、次は1-Bで授業だったっけ。
 準備してないぞ……。







 新任の先生も、遂に来週には来るのかーと。
 最近好きになった放課後の散歩をしながら、考えてみる。
 日は落ちたけど、街灯の明かりの下はまだたくさんの人が歩いている。
 ……中に見知った生徒の顔があるのは、あまり褒められたものじゃないけど。
 そこまで目くじらを立てるもんでもないかと思い、そう注意もしていない。
 もう少し遅い時間に出歩いてたら、注意しないといけないなぁ。

「――――?」

 そんな事を考えながら歩いてたら、服の裾を引っ張られた。

「……ザジか?」

 こくん、と小さく頷いたのは、2-Aのザジだった。

「どうしたんだ?」

 もう一度、裾を引っ張られる。今度は少し強く。

「っとと」

「………………」

 裾を掴んでいたのとは反対の手で、今度はある方向を指さす。
 ん?

「ああ、超包子か――で?」

 もう一度、裾を引かれ、指さしていた手で、今度は何かを食べるようなジェスチャー。
 ああ、なるほど。

「お腹空いたのか?」

 首を横に振られた。
 まぁ、そうだろうなぁ。
 いくら副担だからって、いきなり晩御飯要求されても反応に困る。
 そんな事を考えていたら、今度はさっきほどの食べるジェスチャーの後に、頭を下げられた。

「晩御飯を食べてくれ、って事か?」

 コクコク、と二度頷かれる。
 ……思っちゃ駄目なんだろうが、判り辛い。

「――なぁ、喋った方が早くないか?」

 首を横に振られた。
 いや、喋れること知ってるから良いだろ……と言うのは無粋なんだろうなぁ。

「ま、いいか」

 客寄せか? と聞くと頷かれた。
 曲芸手品部のピエロをやってると言う事で、普通の会話はジェスチャーで行っているというだけでも変わってるしなぁ。
 まぁ確かに、サーカスのピエロってよく考えたら喋らないよなぁ、とその時妙に納得もしたけど。
 でも、授業中もこの調子だから困るんだが……言っても聞いてくれないんだよな。
 成績も悪くなく、クラスの中でも孤立してないからそう強くも言えないし。

「先生」

「おー、そう言えば絡繰もここでバイトしてたんだったな」

「珍しいです、先生が外食とは」

 とは葉加瀬。
 まぁ、そうだなぁ……超包子で食べるのって、何時振りだっけ?
 もうしばらく食べてないからなぁ。

「散歩してたらザジに捕まってな」

 まぁ、確かに外食は珍しいかもしれないな、と自分でも思う。
 前は仕事終わったら部屋に戻ってすぐに次の日の準備して寝てたからなぁ。
 それに、超包子には意図してあまり来ていない。
 自分の生徒が店を切り盛りしてるのだ、先生が来たら気まずいだろうし。
 美味いって評判はよく聞くから、人気があるのはよく知ってるけど。

「それじゃ、何食べるかなぁ」

 空いていた席に座ると、水をもってきたのは絡繰だった。
 よく見るとクーフェイに超も居る……この店って、よく考えたらウチのクラスのバイト多いんだなぁ。
 顔見知りの店だし、頼みやすいんだろうな。
 しかし、

「それじゃ……何食うかな。四葉、すぐ出来るのを一個くれ」

「あ、判りました」

 ……作ってるのもウチのクラスの生徒ってどう思う?
 いや、良いんだけどさ。食中毒とか出なかったら。
 一応、そう言うのは細心の注意を払ってます、っては言われたけど。
 出店許可証も持ってるし。アレって未成年でも許可出すものなのかな?
 許可証の発行って、なんか学園長が一枚噛んでるって噂だったけど。

「最近調子はどうだ?」

「はい、お客さんも定着してきましたし、良い感じです」

「そうかー」

 将来の夢は料理人、と言うだけあって、四葉の料理は美味い。
 中学生で、もう夢を持ってるのも凄いと思うし、その為に努力もして、こうやって店を切り盛りしてる。
 ある意味で皆に見習ってほしく、でも、ある意味で皆みたいにもっと遊ぶべきなんじゃ、とも思う。
 教師としては、どう応援すべきか難しい所である。

「さっきまで新田先生と弐集院先生もいらしてました」

「ありゃ、もう少し早く来ればよかったな」

 先生達、今日の晩飯はこっちで済ませたのか。

「そうですね……先生は、中華はあまり好きじゃないんですか?」

「ん? いや、そうでもないかなぁ」

 チャーハンはよく作るし。
 ……あの男の料理を中華と言って良いのかは不安だが。
 多分駄目だろうな、うん。
 しょうがないじゃないか。
 男の一人暮らしなんてそんなものだ。

「辛いのが苦手なんだよな」

「ふふ――中華料理って辛いイメージがありますもんね」

 と、差し出されたのは彼女が良く作っている肉まんだった。

「これなら辛くありません」

 そう言って本当に楽しそうに笑顔を浮かべる。
 客商売も、ずいぶん板に付いたんだなぁ。
 これなら客も来るよなぁ。うん。
 笑顔は良いもんだ。ご飯が美味くなる。

「おー、すまんな」

 んぐ。

「お、あち……ん、また美味くなったなぁ」

「そうですか? 少し、材料をまた変えてみたんです」

「へー」

 俺は料理をしないからよく判らないけど、この歳でこれだけの肉まん作れるなら、
 料理学校行けばすぐ調理師免許取れるんだろう、と思うくらいに美味い。
 これなら固定客もできるよな。安いし。
 もう少し値段上げても大丈夫だと思うけど、相手にするのは学生だし、ちょうど良いのかもな。

「んじゃ、お代は……絡繰」

「はい」

 傍に居た絡繰を呼び、代金を渡す。
 忙しくて、レジにまで人手が足りてないようだし。

「ごちそうさま。それじゃ、また明日なー」

「はい、先生。よろしければまた来てください」

「先生、それではまた」

 おー、と応え店を出ると……少し離れた所で、ザジがジャグリングしてた。
 糸で繋がった棒を使って重なったコマみたいなのを回すアレだ。

「……おー」

 せっかくなので、その近くに腰を下ろして見ていく事にする。
 自分の体に絡ませるようにしたり、コマみたいなのを投げたりして――素人目にも、物凄くレベルが高いと判る。
 ギャラリーも多いし――アレって、ピエロの練習だろうか?
 それから数分して、投げたコマを手にとって一礼。
 次は足元に置いてあったヨーヨーを取って、それでまた技のようなものを繰り出していく。
 ――レベルが高過ぎて、凄いという事しか判らない。
 多分名前とかあるんだろうな、あのクルクル回すやつも。
 アイツ、もうサーカスとかでも食っていけるレベルなんじゃないか? と思ってしまう。
 それでも練習が必要と言ってたし……奥が深いんだなぁ、芸って。

「凄いんだな、ザジ」

 その後も使う道具を変えての練習は30分ほどで終わった。
 いや、本当に凄いと思うよ。
 あっという間に時間が過ぎたんだから。
 そう声を掛けると、ザジは振り向き――その顔はこの寒空の下でも汗が滲んでいるほどだ。

「ん?」

 首を横に振られる。

「凄くないって?」

 今度は縦に。
 片付けの邪魔にならないように離れて、彼女特有のジェスチャーを自分なりに解釈していく。

「いや、凄いと思うぞ? 最後は拍手までしてしまった」

「…………………」

 それでも、首は横に。

「まだまだ、って所か?」

 その問いには一瞬止まり、首は縦に振られる。
 凄いんだなぁ、お前って。
 今度は、俺が指差された。

「俺?」

 頷かれる。

「俺がどうかしたのか?」

 小さく笑い、自分を指さした後、首を振り、俺を指差す。

「……スマン、喋ってくれ」

 限界だ、と両手を上げると……笑って後片づけに戻るし。
 ――もしかして、俺も凄いって言ってくれてたのかなぁ、と。
 いや、そりゃないな。
 自分の考えに恥ずかしくなってしまう。

「帰りはどうするんだ?」

 送っていくか? と聞くと首を横に振られた。
 続いて超包子を指す。

「ああ、一緒に帰るのか」

 頷く。
 まぁなら大丈夫かな。そう遅くも無いし。

「それじゃ、また明日な」

「………はい、また明日」

 そこは喋るのか。

「風邪ひくなよー」







 数日後の昼休み。

「ああ、私も見てましたよ。凄いですね、彼女」

 何となくザジの話題を振った所、源先生と弐集院先生はあの場に居た事が判った。
 と言うか一緒に見ていて、俺の事には気付いていたらしい。
 ……全然気付いてなかった。
 コンビニの幕の内弁当を箸で突きながら、小さく気付かれないように溜息を一つ。
 いやまぁ、ザジのパフォーマンスが周囲に目がいかないくらい凄かったという事で。

「あの歳であのレベルなら、麻帆良を出る頃には本職顔負けなんだろうね」

「ですねぇ」

 いや、本当。
 アレは凄い……そう素直に言えるくらいに凄い。

「四葉さんも軌道に乗ってるみたいだし、彼女たちの進路は心配無いんじゃないですか?」

「いやぁ、それはまだ判りませんよ」

「まぁ、あの年頃は多感な時期ですからね。今の夢が一年後の夢とも限りませんか」

 そうですね、と。
 でも――出来れば彼女たちには、今の夢を叶えて欲しいと思う。
 源先生の言った通り、一年後がどうなるかなんて判らないけど。
 それでもあんなに楽しそうに自分の夢を話せるんなら、それはきっと本当に“好き”なんだと判るから。

「でも、四葉さんは料理学校に進学とか就職とかで道はわかりますけど、
 ザジさんのような方の就職って、どうなるんでしょうか?」

 ああ。

「本人はサーカスに弟子入りするらしいですよ。それに、それが駄目でもそういうパフォーマンスの学校もありますし」

「そういう学校もあるんだ」

「最近は、そう珍しくも……無いのかな?」

 あんまり聞きませんね、とは弐集院先生。
 ちなみに、俺も調べるまではどうすればいいのか分からなかったです。

「麻帆良にそういう学校ありましたっけ?」

「無いんですよねぇ」

 流石に、大学まで揃ってるこの麻帆良でも、サーカスの学校までは揃ってなかった。
 と言う事は、ザジとは長くて高校まで。
 もしかしたら中学卒業したら麻帆良を出る可能性もある。
 料理の専門学校は高校からあったので、四葉の進学はそっちになるかもしれない。
 中学までは学業の差はそこまで無いが、高校になったらみんなバラバラになるのかもなぁ。
 ……今の2-Aの皆が一緒に居られるのは、後1年。
 判ってはいたけど、時が経つのって早いよな。
 ついこの間中学1年生だったと思ったのに。

「将来を考えるなら高校進学から考えないといけないですからね」

「この時期が一番大事なんですよ、あの子達にとっては」

 そうですね。
 副担任とはいえ、初めて担当のクラスを持ったから判る。
 進学するか、就職するか。何を目指すのかで――あの子達の中学卒業後が決まるのだ。
 プレッシャーになるからそう難しく考えない方が良いのかもしれないけど。
 やっぱり、教師ってのは大変だ。

「教師って大変ですね」

「大変ですよ。今更気付いたんですか?」

 いえ、そんな当たり前の事最初の1年で気付いてました。
 そう答えずに、はは、と苦笑い。
 弐集院先生も源先生も笑ってくれてるので、なんか助けられた気分だな。

「あー、そう考えるともうすでに寂しくなってきますね」

「気が早過ぎますよ、先生」

 そうですね、と笑い淹れてもらっていたお茶を一啜り。

「まぁ、その前に彼女たちが大嫌いな期末テストがあるんですけどね」

 ですねー……そろそろ、テスト内容考えないとなぁ。







「おはよー、絡繰」

「おはようございます、先生」

 そう言って、深々と一礼。
 ここ最近の朝の光景である。
 前はそう畏まらなくていいと言っていたが、もう諦めた。

「本日はいつもより早かったですね」

「お、そうか?」

 同じ時間に出たんだが……体力がついたって事かな?
 息もそう上がらなくなったし。
 ……本当に良い運動になってるのかもな、マクダウェルの迎えって。

「掃除が終わるまで、もうしばらくお待ちください」

「ああ、いい、いい。のんびりしてるから、キチンとしといてくれ」

「はい」

 ……しっかし、

「毎日掃除してるんだな」

「それが私の仕事ですので」

 偉いなぁ。
 ――俺の部屋って、最後に掃除したの何時だっけ?
 今度の休みは、本格的に掃除するかな。
 近くにあった座れそうな岩に腰を下ろし、絡繰を何となく目で追う。
 ……家庭の事情、ねぇ。

「なー、絡繰」

「なんでしょうか?」

「……マクダウェルとは、長い付き合いなのか?」

 どう切り出したものか。

「私が生まれた時からの付き合いです」

「長いんだなぁ」

 生まれた時からかー。
 やっぱり家族ぐるみとかの付き合いなのかな? ドラマみたいに。

「いえ。……先生は」

 ん?
 何時の間にか、その手は止まっていた。

「先生は、どうしてマスターをそんなに気になさるのですか?」

「そりゃ、先生だからなぁ」

 先生ってのは自分の生徒には、ちゃんと登校してほしいもんだ。
 それに、他の先生達にもキチンと見てほしいし。
 マクダウェルがどう言う生徒なのかって……そう思う事は、甘いのだろうか?
 ……そうかもしれないなぁ、とは思うけど。
 それでも、やっぱり俺は、マクダウェルがそう悪い生徒には思えないのだ。
 だから、俺は俺の出来る事をするだけだ。

「こんな朝早くから、何をやってるんだ」

 そんな事を話してたら、話中の人物がドアを開けてきた。
 今日も珍しく、自分から起きれたようだ。
 このまま早起きできるようになってくれると良いんだが……難しいのかなぁ。 

「おはようございます、マスター」

「おはよう、マクダウェル」

「ふん――茶々丸、朝食を用意しろ」

 そんな俺たちを一瞥して、小さな少女は家の中に戻っていった。
 うーん、今度は朝の挨拶の事を言わないといけないのか。




――――――エヴァンジェリン

「凄いな……」

 ふ、そうだろそうだろ。
 私が朝食を摂っている間、あの男が目を付けたのは昨日まで無かった人形だった。
 私の手作り、茶々丸の姉とも言える人形――チャチャゼロ。
 長い時間一緒に居た、家族とも言える存在。

「これ、本当にマクダウェルが造ったのか?」

「ああ」

「器用なんだなぁ」

 両手で持ち上げたり、関節を動かしたりしてる姿は、まるで子供だな。
 何をやってるんだか。

「この服もか?」

「ああ」

 そう感心されると悪い気もしないが、傍から見ると危ない人間だぞ、先生。
 まぁそう思っても、止めたりはしないが。
 あの年上然とした先生のこういう姿は、見ていてなかなか面白い。
 茶々丸が淹れた紅茶を飲みながら、他の人形にも目が行ってるし。

「もしかして、ここの人形全部か?」

「……買ったヤツもある」

「へぇ。これは?」

「それは買ったヤツだ」

「これ」

「それもだ」

 リビングに置いてある人形の半分は買ったヤツだったかな?
 そう考えると、私も相当数の人形を造ったものだ。

「器用だなぁ」

「先生は裁縫などは苦手なのですか?」

「おー、ボタンの付け方も忘れてるなぁ」

 それはどうかと思うが、まぁ男と言うのはそういうものなのかもな。

「ふん、最低限の身嗜みだけは整えといてくれよ、先生」

「……気を付ける」

 一応の嫌味をキチンと受け取ってくれてなによりだ。
 朝食を食べ終え、茶々丸に下げさせる。
 そろそろ学校に行く時間か。

「それで先生、あの天才先生の話はどうなった?」

「ん? ああ、ネギ先生か」

 チャチャゼロを見ながら喋るな。
 お前は、人を見ながら喋るように教わらなかったのか? まったく。

「どうにもなぁ、なんか書類も送り直してもらうのに時間が掛るからって、本人見るまで顔判らないかも」

「……手抜きだな」

「そう言ってくれるなよ。人事の人も忙しいんだろ、きっと」

 ただ単に、アレの情報を必要以上に残したくないだけかもな。
 英雄の息子がこれから何を成すか――魔法界は欠片も見逃す事は無いだろう。
 そして――見られ続けるのだ。監視されるのだ。私のように。

「教師、ねぇ」

「ん?」

「いや、楽しみだな、と」

 私が最後にナギを見たのが15年前……10歳前後の教師なんてあり得るか?
 あり得る筈も無いだろう。それがどんなに賢く、聡くてもだ。
 だから、楽しみだ。楽しみで、楽しみでしょうが無い。
 どのような馬鹿をやらかしてくれるのか。
 そして、その血はどれほど純粋に澄み、どれほど純粋に濁りきっているのか。
 見てみたい、と思う。
 英雄の息子を。
 ナギの子供を。
 私を縛る血族を。

「そうかぁ」

「……先生」

「んー?」

 その顔をやめろ、まったく。

「その顔はムカツクからやめろ」

「……最近容赦が無くなってきたな、マクダウェル」

 当たり前だ。
 ふん……どうせ、どういっても明日も迎えに来るんだろうしな。
 それが当然のようになっている事が、気にくわない。
 お陰で、私は最近は早起きをさせられている訳だし。

「人形遊びが好きな先生には、ちょうど良いくらいだろう?」

「もう少し目上の人を敬おうなぁ」

「敬うほどの人格者か」

「まぁ……そりゃそうだ」

 そこは否定しろよ、先生。
 仮にも教師だろうが……。

「マクダウェルは、将来は人形造りの仕事に就きたいのか?」

「何だ、いきなり」

 話題を振るにしても、もう少し空気を読んで話せ。
 まったく。

「いや。これだけ上手なら、そういう風に考えてるのかな、と」

「ああ」

 まぁ、教師なら当然の考えか。
 来年は高校受験とやらだしな。

「さぁな――そう言えば、考えた事も無かったな」

「そうなのか」

「ああ」

 そうだな呪いが解けたら、まず何をするかな――。
 解くことに躍起になって、その先は考えて無かった。
 ふむ。

「ま、これから考えれば良いだろ。まだ一年あるし」

「そうだな」

 将来、か。
 私に将来なんてあるのかどうかも判らないというのに。

「とりあえず、まずは期末だな」

「……嫌な事を思い出させてくれるな、先生」

「先生だからなぁ」

 その答えになって無い答えに、苦笑してしまう。
 まったく――本当に、変な先生だ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 5話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/08 23:43

――――――エヴァンジェリン

「おはよう、先生」

 もう慣れつつもある朝の光景に頭を痛めながら挨拶をすると、
 茶々丸と話していた顔が、こちらを向く。

「おはよう、マクダウェル」

「おはようございます、マスター」

「うむ」

 まったく――本当に一月来たな、この男は。
 普通は途中で嫌気がさすと思うがな、私の相手は。
 あのタカミチですら諦めたんだがなぁ……と思いながら、席に着く。

「先生、朝食は?」

「おー、ちゃんと食べてきたから大丈夫だ」

「それは良かった」

 何気ない会話をしながら、朝食を摂る。
 本当なら、別に食べなくても良い――と言うか、私は朝食は摂らない主義なんだが。
 どうにもこの先生、煩い。
 はぁ……お陰で、ここ最近は規則正しい吸血鬼になってしまって困る。
 早寝早起き、ちゃんと朝食を摂って挨拶をする吸血鬼なんてどんな文献にも載って無いだろうな。

「そうそう、今日は新しい先生が来るぞー」

「それは昨日も聞いた」

「いやー、嬉しそうだったからもう一回」

「別に、嬉しそうではなかったと思うがな」

「そうか?」

 普通に先生の話を聞いていただけだと思うがね。
 良い方に解釈し過ぎだ……ポジティブと言えば聞こえは良いが。

「先生は、今日は急いで行かなくて大丈夫なのですか?」

「ああ、迎えには高畑先生が行ってくれるんだと」

 俺も行くって言ったら、断られたんだよなぁと。
 ……なんだそれは?

「大丈夫なのか? 副担任」

「しょうがないだろ、あんなに念押して大丈夫って言われたら」

「何をやってるんだ、タカミチは」

「高畑先生な?」

「はいはい」

 あーもう、だからそう簡単に落ち込むなっ。

「判った。高畑先生、これで良いな?」

「物凄い投げ遣りだな……」

 五月蠅い、黙れ。
 まったく……私の静かな朝は何処に行ったんだ?
 はぁ……。

「先生、お茶のおかわりは如何ですか?」

「ん、いつもありがとうな、絡繰」

「……茶々丸、私にもだ」

「判りました」

 ふぅ。
 やはり、朝からだとそう食べれないな。
 もとから少食だし。

「まぁ、そういう訳で、今日は早めに登校すると言う事で良いか?」

「どう言う訳か判らんが……まぁ、偶には良いだろう」

 私も、早くその天才先生とやらを拝みたいしな。
 ……どうして自分から話を振ったくせに、そんな驚いた顔なんだ先生?

「おい」

「いや、すまんすまん」

「どういう意味だ?」

「あー……特に意味は無い。うん」

「こっちを見ろ、せ、ん、せ、い?」

 おい、怖いとか言うな。
 最近は結構おとなしくしてる方なんだぞ? まったく。

「茶々丸、用意しろ」

「判りました。先生、少々お待ち下さい」

「あ、ああ。すまないな、こっちの都合で」

「いえ、構いません」

 おい、その言葉は普通私に向けるんじゃないのか?

「先生?」

「ん、な、なんだ?」

「その言葉は私に向けるもんじゃないのか?」

「あ、すまん。こっちの都合で早く登校する事になってすまないな」

 お前の言葉も投げ遣りに聞こえるのは気の所為か?
 まったく、この先生は。

「……はぁ。いや、副担任と言うのも大変なんだな」

「あー、いや。そうでもないぞ?」

 そんな私の嫌味に若干引き攣った笑みで応える先生。
 そんなに怖がるなら、近寄らなければ良いだろうに。まったく。
 確かに私は、多少過虐的な所が無いでもないが……その顔を見てると、そんな気も起きんな。
 先生は私の趣味ではない、うん。
 それが判っただけでも、この朝の時間は無駄では無かったという事か。

「そんな風には見えんがな」

「ぅ――まぁ、好きでやってる事だしな」

「もの好きだな、本当に」

 心からそう思うよ。

「はぁ……」

「くく――溜息を吐いたら、その分幸せが逃げるらしいぞ?」

「あ、すまん」

 ふん。茶を一口啜り、気を落ちつける。
 まぁ、落ち着かせるほど乱れてもいないが。

「それで、新任の先生の担当は何になるんだ?」

「ん? あー、英語だ」

「そうか」

 英語か。なら、私には問題無いな。

「でも、テストの点数とかは逐一見ると思うから油断するなよ?」

「……ふん」

 笑うな、くそ。
 判っているよ、自分の成績くらいはな。

「だから絡繰に勉強を教えてもらえと、あれほど」

「判った判った。まったく、教師と言うのは皆先生みたいに小言が多いのか?」

「それが仕事だからな」

 開き直るなよ、まったく。
 変な所は打たれ強いな、この男は。
 すぐ落ち込む癖に。

「マスター、先生。準備が出来ました」

「おー、それじゃ行くか」

「はぁ」

 自然と溜息が洩れてしまうのも、しかたがないだろう?
 この変わり者の先生の所為で、この私が、真祖の吸血鬼が、普通の学生の真似事をさせられてるんだからな。
 大体なんで、お前はそんなに茶々丸と親しげなんだ?

「先生、一つ予言をしてやろう」

「ん? 予言?」

「ああ、当たる確率100%の予言だ」

 ありがたいだろう? と言うと……本当に、楽しそうに笑う。
 ……どうせ冗談だとでも思ってるんだろう。
 だが、私には確信があった――この気紛れに言う予言は、必ず当たると。

「先生はこの後、そうだな……とても苦労する羽目になるぞ」

「は、はは――それは怖いな」

 その笑顔が引き攣る。はは、良い気味だ。
 それで、どんな? と聞かれたが、そこまで答える義理も無い。無視して歩き出す。
 先生はきっと、ネギ=スプリングフィールド、そして私の事で苦労する……辛い目にあう。
 必ずだ――その確信が、あった。





――――――

 いつもより早く職員室につくと、それとなく新しい顔を探してみる……が、あれ?

「おはようございます、新田先生。新任の先生知りません?」

 まだ来てないのかな?
 まぁ、高畑先生が迎えに行ってるから問題ないと思うけど。

「あ、ああ。おはよう、先生……今は学園長室の方に、挨拶に」

「そうですか」

 なら、その後で会えるかな……と?
 荷物は机に置き、自分の席に腰を下ろす。
 さって、HRはネギ先生を2-Aに紹介するんだったな。

「どうしたんですか?」

 顔色悪いですよ? と言うと、ぎこちなく頷かれた。
 本当にどうしたんだ?

「大丈夫ですか?」

 風邪ですか?

「いや。まぁ……なぁ」

「??」

 全然要領を得ない新田先生……あ、

「源先生、おはようございます」

「おはようございます、先生。もう新任の先生は見られましたか?」

「いえ、どうも入れ違いだったようで……見ました?」

「え、ええ」

 ……副担の俺だけ見てないのか。
 やっぱり、マクダウェルは絡繰に任せて、早く来るべきだったか。
 だがアイツの事だ。あと2日の余裕がある――絶対ギリギリまでサボろうとするだろうからな。
 まぁ、マクダウェル宅で朝話すのも結構楽しいと思ってたりもするけど。

「どんな先生でした?」

 鳴滝姉妹ではないがやはり、天は二物も三物も与えたんだろうか?
 まずそこが気になる。

「まぁ、えー……可愛らしい方でした、よ?」

 その感想は予想外だった。
 ソッチ系か。ウチのクラス、悪乗りしないと良いんだが。

「可愛い、ですか」

「というか、若い?」

 まぁ、そりゃ学生ですからね。
 ……俺より、は若いでしょうけど。

「先生」

「は、はい?」

「一応、私も新田先生も注意しときますけど……何かあったら、相談して下さいね?」

「はぁ……」

 何だ? どうなってるんだ?

「日本語は流暢でしたけど、私も英語教師ですから相談には乗れますから」

「それは助かります」

 正直、英語は苦手なんで。

「ああ。私も相談に乗りますよ」

 あ……復活した。

 
「ど、どうしたんですか? 二人とも」

 それに、瀬流彦先生達は?

「他の先生方は授業の準備とか……」

「それより先生、新任の先生ですよ」

「は、はぁ……」

 何があったんだ?

「そのですね、非常に言い辛いんですが」

「どうしたんですか?」

 そんな改まって言われると、物凄く不安なんですが?
 昨日何かしたかな……別に、何もなかったと思うんだけど。
 今日の準備もちゃんと終わらせたし。

「その、新任の先生」

「ああ、ネギ先生ですか?」

「子供だったんですよ」

 はぁ。

「学生ですし……見た目が幼いって事ですか?」

 でも、優秀な先生らしいですよ? 学園長と高畑先生曰く。
 まぁ第一印象が可愛いと言うくらいだし、結構幼い外見なんだろうな。

「いや、もうそう言うレベルじゃなくて」

「先生、ネギ先生なんですが……おそらく先生の予想より、10歳ほど若いと思うぞ」

「……はい?」

 10歳? 新田先生、今なんて言いました?

「も、もう一度良いですか?」

「確か、数えで10歳……いま9歳だそうだ」

 ちょっと頭痛がしたので、目頭を指で揉む。
 う、うーん……ええ?

「10歳?」

「一応、9歳ですね」

 訂正ありがとうございます、源先生
 でもここは、せめて10歳で。何一つ変わらないけど。

「天才?」

「なんじゃないですか?」

 10歳ですし、と。
 ……えぇ。

「アレですか。偶に聞く大学の飛び級とかですか?」

「だと思いますよ?」

 居るんだ。
 本当に居るんだ、そんな人。

「――――えー」

「まさか、ウチの学園にそんな天才が来るとは思いませんでしたね」

「いや、そうは言うがな源先生。……未成年って、大丈夫だと思いますか?」

「まぁ……問題はあると思いますが、その辺りの契約をどうされてるか判りませんからね」

 二人の遣り取りが、どこか遠い。
 だって、なぁ。

「はぁ」

「まぁ不安なのは判りますが、大丈夫ですよ」

「そう思います?」

 俺は果てしなく不安なのですが。
 ……さっそく、今朝のマクダウェルの“予言”が現実味を帯びてきたなぁ、と。
 苦労、か。
 それが生徒のための苦労なら別に良いんだが……はぁ。

「私達も居るじゃないですか」

「そう言ってもらえると助かります」

 担任に据えるくらいだし、優秀なんだろうが。
 ――生徒にどう説明しよう。
 小学生の先生とか……誰も言う事聞かないぞ、絶対。
 特にウチのクラス。
 ……自分のクラスなのにその筆頭とか、ちょっと泣けるんだが。







「初めまして、今日から一緒に働く事になりましたネギ=スプリングフィールドです」

「え、ええ……初めまして」

 初めて見たネギ先生は――やっぱり、さっき新田先生達に聞いたように、小さかった。
 身長で表すなら、俺の予想より40cmほど小さい。
 さらに言うなら、見下ろさなきゃならないくらいに。
 それと、自身の身長くらいの木の棒……杖のような物を持っていた。
 ………………イギリスじゃ流行ってるのかな? 

「それでは、学園長。こちらの少年が?」

「あー、うん。ネギ=スプリングフィールド先生じゃ」

 はぁ。
 やっぱりそうなんですね。
 まぁ、さっき自己紹介してたけど。綺麗に流しましたね。

「それで」

「ん?」

「どないしました、先生?」

「どうして神楽坂と近衛も居るんだ?」

 あと、何で神楽坂はジャージ姿?
 その事を聞くと、何故か神楽坂は顔を赤くし、ネギ先生は顔を逸らせた。
 何かあったのかな?
 まぁ、それは後で聞くか。

「ネギ先生は修行で、日本の学校の先生を――と聞いておる」

「はぁ」

 それで2-Aに、らしい。

「は、はい。よろしくお願いします」

 頭を下げられてしまった……こっちは、どうにも対応に困っているのに話はトントン拍子で進んでしまってる。
 でも断る事も出来ない訳だ。こっちは一教員でしかないんだし。

「ええ、こちらこそよろしくお願いします、ネギ先生」

「先生もあっさり認めちゃうんですか!?」

 いや、こっちも苦渋――とまではいかないけど、結構もう一杯一杯なんだよ、神楽坂。
 まさかこんな子供が来るとは予想してなかった。

「もうここまで話が進んでるからなぁ、先生じゃどうにも出来んのよ」

「そんなぁ」

 いや、まぁ。
 神楽坂にとっては、と言うか2-Aにとっては担任は高畑先生のままが良かっただろうけど。
 もう決まった事だからなぁ。
 学園長が近衛の婿にー、とか言ってるのを聞きながら、二人で小さく溜息。
 まさかこんな事になろうとは。

「こんな子供が担任だなんて、おかしいじゃないですかっ」

「そうは言ってものぅ、もう決まってしまった事じゃ」

「ぅ」

 そこで俺を見ないでくれ、神楽坂。
 俺ももうどうしようもないんだ。

「ネギ君。二度のチャンスは無い――失敗したら故郷へ帰る事になるが、やるかね?」

「はいっ」

 返事は良いんだが……ねぇ。

「えー」

「よろしくなぁ、ネギ先生」

 特に異論のない近衛と、不満たっぷりの神楽坂。
 何と判りやすい対比だろう。
 ちなみに俺は、多分引き攣った笑顔だろう。

「それでは先生、ネギ君の補佐をよろしくの」

「はい、これからよろしくお願いします、ネギ先生」

「よろしくお願いしますっ、先生っ」

 ……本当に小さいなぁ。
 そんな元気いっぱいに言われると、余計に子供に見えてしまう。
 うーん……本当に大丈夫なのかなぁ。

「あ、それとアスナちゃん、木乃香」

 ん?

「しばらくの間、ネギ君を二人の部屋に泊めてくれんかのぅ」

 はい?
 空いた部屋が無いんじゃ、と言われても。

「学園長、流石にそれはどうかと」

「えー!?」

「ええよ」

 あ、良いんだ。
 ……って、良いわけあるか近衛。

「ネギ君もまだ10歳じゃ。そう問題は無いかと思うが……」

「生徒と教師が同室は、どう考えても問題あると思いますが」

 年齢とか、そんな問題以上に。
 性別的にも、社会的にも。
 しかも二人は女子寮住まいだし。
 あ、頭が痛い。

「ウチは構へんけど」

「ちょっと、このかっ」

 ……本気ですか?
 近衛の天然っぷりが、余計に現実味をおびさせて怖いんだが。

「学園長、部屋はどうにもならないんですか? 二人は女子寮住まいですよ?」

「うむ。申し訳ないんじゃがの」

 そう即答されてもなぁ。
 風紀とか体裁とか考えてるんだろうか、この人。

「部屋に空きが出来るまで、自分と同室でも」

「先生の部屋は独身用――いくら子供とはいえ、二人で住むには狭すぎるじゃろ?」

「………………女子寮ですよ?」

 それでも、生徒と一緒に住まわせるなら、と言いそうになるが――相手は学園長である。
 下手に機嫌を損ねても、なぁ。
 きっと、もうそういう風に手配してるんだろうし……。

「……木乃香、明日菜ちゃん。ちょっと外で待っておいて貰ってよいかの?」

「うん」

「判りました」

 小声で頑張って、先生。と神楽坂の声援を頂いたが――現状は、厳しい。
 相手は学園長。この学園の頭である。
 この人が白だと言えば、黒でも白なのだ……そんな事は無いと思うけど。
 さっき自分の部屋を提供したのが、俺の精一杯の抵抗だったのだ。
 それが駄目だしされた今、もう俺に切れるカードは無いのである……。

「ネギ君はどうじゃ? あの二人と一緒は嫌か?」

「いえ、アスナさんは少し怖いですけど、このかさんは優しいですし」

 少し恥ずかしいですけど、と。
 頭痛がして、目頭を指で押さえる。
 本心からそう言ってるんだろう、学園長の問いに間も開けず答えたし。
 この子は、教師と生徒が同室という状況をどう考えてるんだ?

「だ、そうじゃが?」

 そこで俺に振りますか。

「ネギ先生は、歳が近い女の子と同室でも大丈夫なんですか?」

「はい、向こうでもお姉ちゃんと一緒に暮らしてましたから」

 近衛達とお姉ちゃんは違うだろ、とツッコミたい。
 これじゃまるで、クラスの子を相手にしてるようだ……。

「さて」

「……何でしょうか?」

「そろそろ、HRを始めんと授業に間に合わんのではないか?」

「そう、ですね」

 すまん、神楽坂。
 最初から勝ち目の無い勝負だったのだろうが、心中でそう謝罪しておいた。







 とりあえず、職員室まで戻って荷物を置き、教室に向かう。
 向かう。
 無言で廊下を歩く……何で神楽坂とネギ先生はギスギスしてるんだ?
 部屋の問題以前に、何か様子が変だったけど。

「近衛、あの二人何かあったのか?」

「まぁ、明日菜の名誉のために伏せさせといて下さい……多分すぐ仲直りできますえ」

「……そうか」

 何やったんだ、ネギ先生?
 空気が重いなぁ。

「こほん」

 お、先手は神楽坂か。

「私は、あんたと同室なんてお断りよ」

 そっちかよ。
 近衛と二人で、同時につっこんでしまう。
 まぁ、言いたい事も判るが……俺も、出来ればどうにかしたいんだが。
 どうやって学園長を説得したもんかな。

「じゃぁ先生、先に行ってますねっ」

「え、え? あ、あすなーーー」

 そう言うと、近衛を引っ張って走って行ってしまった。

「廊下は走るなよー」

 一応、注意はしないといけないので言っておく。
 うーん。
 やっぱり、どうにかしないとなぁ。

「うぅ、何ですか、あの人は」

「まぁ、神楽坂は……そう悪い生徒じゃないですよ」

 むしろ、こっちが聞きたい。何やらかしたんですか、ネギ先生。
 長引くようなら、近衛から話聞かないとなぁ。
 っと。

「ネギ先生、これ。クラス名簿です」

「あ、ありがとうございます」

 日本語は読む事も出来るんですよね? と一応確認しておく。
 大丈夫らしいので、そっちは心配ないだろう……多分。

「日本語は、いつ覚えたんですか?」

「こちらに赴任が決まった時から勉強しまして」

 へぇ。
 少し、見直した。
 優秀だと聞いていたが、そっちは本当なのかもなぁ。
 外国語を短期間で習得できるなんて、やっぱり飛び級で卒業しただけはあるな。

「賑やかなクラスで、振りまわされるでしょうけど……ま、頑張りましょう」

「はいっ」

 元気だなぁ。
 俺はもう、朝一で疲れてるのはなんでだろう?
 さっきの学園長室の遣り取りは、疲れたなぁ……本当に。

「それじゃ、ここが今日からネギ先生の職場です」

 さて、と。
 ドアに挟まれていた黒板消しを取り、ドアを開ける。

「おはよう、皆」

 って、今度は足を引っ掛ける紐か。
 危ないな、まったく。
 バケツには――水か。
 何という古典的な……。

「これ誰だー?」

「ちっ」

 思いっきり舌打ちしたな、鳴滝姉。
 はぁ。注意しといてよかった。
 いきなり先生に怪我させるのも問題だしな。

「後で覚悟しとけよー、まったく。じゃぁ、ネギ先生どうぞ」

「は、はい」

 そこからは地獄だった……少なくとも、ネギ先生にとっては。
 やっぱりなぁ、と。
 この年頃の子にしたら、弟とか、そんな感じだよな、あの子。

「はいはい、落ち付けー」

 ぱんぱん、と手を叩いて落ち付けると、皆を席に着かせる。

「それじゃネギ先生、自己紹介を」

「はい。みなさん、初めまして――」

 ネギ先生の自己紹介を聞きながら、次はそのまま英語の授業だったなぁ。
 大丈夫なんだろうか……っと。

「それじゃ、ネギ先生。点呼もお願いします」

「あ、はい。判りました」

 ――マクダウェル?
 楽しそうに笑ってるなぁ。そんなに嬉しかったんだろうか?
 普通は、逆に落ち込むと思うんだが。こんな子供が来たら……あ。
 学園長と知り合いみたいだし、もしかして知ってたとか?
 ……無いな。

「神楽坂、何しようとしてるんだ?」

「い、いえっ!!」

 しかし、心配だ。はぁ。
 イタズラ好きが多いからなぁ、このクラス。







 ……特に放課後まで問題は無かったなぁ。
 ネギ先生は落ち込んでたけど。
 どうやら授業中、またクラスの連中にイタズラされたらしい。
 ネギ先生の住む部屋も考えないといけないし、ネギ先生の授業も一回確認しに行かないとなぁ。
 でも、ネギ先生ってまだ10歳だから一人暮らしって無理だよなぁ。
 やっぱり神楽坂達に面倒見てもらった方が良いのかもしれん。
 こんな感じで思考が堂々巡りしてます。
 ――――担任が変わって仕事が増えるとは判ってたけど、こうまで疲れるとは。
 どうにも落ち付かないなぁ……。

「おー、絡繰。また猫にエサやってたのか」

 そういう時は動くのが良い、と言う事で散歩していたらいつもの場所で絡繰を見つけた。

「先生。お疲れですか?」

「んー、どうだろう」

 猫達に触ろうと腰を下ろし……逃げられた。
 何故だ?
 タバコも吸わないんだけどなぁ。
 そうやってしばらくの間遊んでいたら

「マスターが楽しそうでした」

 そう、絡繰が言った。
 ん? ああ、朝の事か。

「そうだな」

 英語の授業も真面目に受けたみたいだし、やっぱり知り合いなのかな?

「なぁ、絡繰」

「どうかしましたか、先生?」

「マクダウェルって、ネギ先生と知り合いなのか?」

「……ネギ先生と直接の面識は無いかと」

 そうなのか、やっぱり。
 うーん、だとすると……純粋に“天才”に興味があるのかな?
 ま、なんにせよあの子が何かに興味を持ってくれるのは良いな。
 クラスでも孤立気味だし、これが何か少しは切っ掛けみたいなのになると良いけど。

「おー、お前は撫でさせてくれるのかー」

 4匹目にして、やっと逃げない猫発見。
 真っ黒いから覚えやすいな、うん。

「この後ネギ先生の歓迎会がありますが、先生は行かれるのですか?」

「ああ。絡繰たちは?」

「マスターは欠席されるそうです」

「そうかぁ」

 なら、また迎えに行かないとな。
 マクダウェル宅は遠いから、今から行くか。

「マクダウェルはもう帰ったのか?」

「はい」

 今日は朝と夕の二回……良い運動になるね、まったく。

「お仕事の方は大丈夫なのですか?」

「……生徒はそういう事を気にしなくても良いんだよ」

「すみません」

 絡繰のこの堅苦しい喋り方にも慣れたもんだ。
 前は肩が凝りそうな気がしてたんだけどな。

「そうだ、絡繰。マクダウェルの携帯番号知ってる?」

「マスターは携帯電話を持っていません」

 機械が苦手なのです、と。
 今時珍しいアナログだな、アイツは。
 ちょっと笑ってしまった。

「あ、笑ったのマクダウェルに内緒な?」

「……はい」

 怒ると怖いんだよな。
 あの雰囲気は絶対中学生に思えない。
 さすがどこかのお嬢様。

「それじゃ、呼びにいくとするか」

 ん、と立ち上がって伸びを一つ。
 あー、猫に癒された。

「はい」

 あれ?

「絡繰は教室に行って良いぞ?」

 一人で行ってくるから。
 そう言おうとしたが、隣に並ばれていた。
 猫も散っていくし……もしかしたら、本当に絡繰と意思疎通してるのかもしれん。

「参りましょう」

「……絡繰は、マクダウェルが本当に好きなんだなぁ」

「そう、思われますか?」

「おー」

 前言ってたけど、“従者”って絡繰みたいな人の事を言うんだろうな、と。
 そう思った。
 今の時代は見かけなくなったけど、昔はこうだったのかもなぁ。

「そうですか」

「あ、そうだ」

「何でしょうか、先生」

「ネギ先生と仲良くしてくれな」

 絡繰は礼儀正しいから、他の連中みたいにはならないだろ。多分。
 ウチのクラスって、本当悪乗りが好きだからなぁ。

「……善処します」

「よろしくな」

 ちなみに、迎えに行ったマクダウェルに同じ事を言ったら物凄く怒られた。
 怒られたと言うか、何も喋ってもらえなくなったと言うか、睨まれたと言うか。
 とにかく怖かった。うん。
 迫力あるなぁ、アイツ。

「絡繰、さっきの内緒は、本当に内緒にしてくれ」

「判りました」

「………………何か言ったか?」

「いや、別に、何でも無い」

「ふん」

 ちなみに、ネギ先生は気付いたら宮崎と仲良くなってた。
 接点が無いと思ったんだが、意外な組み合わせである。
 神楽坂とも仲直りしてた。
 思ってたより、行動力があるのかもしれないな。
 この調子なら、大丈夫かもなぁ、と……淡い期待を抱いてみたり。
 しっかし、夜は大丈夫なんだろうか?
 はぁ……。




[25786] 普通の先生が頑張ります 6話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 10:03

「大丈夫ですか、ネギ先生?」

「ぁぅ~……はい」

 教師がなんて声出してるんですか。
 まぁ、しょうがない、とも言えるのかもしれないが。
 アレから数日経ったが、どうにもネギ先生周囲の状況は改善されていない。
 住まいはそのままだし、授業内容もそのまま。
 神楽坂との関係は多少――本当に多少改善されたようだけど。
 ちょうど一緒に授業が無かったんで、少し話でも聞こうかと校舎外の広場で黄昏ていたネギ先生に話しかけてみる。
 ちなみに、職員室の窓からその小さな背中は丸見えで、生贄に捧げられた感じがしないでもない。
 あんな小さな背中で黄昏られたらなぁ……。

「あ、先生」

「……何を悩んでるんですか?」

 俺と気付かずに返事したのか。
 相当追いつめられてるなぁ……まぁ、この歳で異国に一人ぼっちじゃ、当然か。
 俺だったら、きっと不安で押し潰されてしまうだろう。
 というか、この歳になっても、誰も知らない所に一人とか……きっと勇気が要るだろうし。
 その隣に腰を下ろし、持っていた缶の紅茶をどうぞ、と渡す。

「いえ、アスナさんにまた酷い事をしてしまいまして」

「……まぁ、神楽坂は根は良い奴ですから、許してくれますよ」

 長引くかもしれませんけど、とは心の中で。
 まぁそれもしょうがないかな、とは思ってしまう。
 いきなり同室に、子供とは言え男の子が入って来たのだ。
 きっと、近衛みたいに受け入れてくれる方が珍しいと思う。
 まぁそれでも、学園長の決定だから……神楽坂にはもうしばらく我慢してもらわないとなぁ。
 何とか改善できると良いんだが。

「近衛とはどうです?」

「木乃香さんですか?」

 ええ。
 近衛は面倒見も良いし、確か自炊していたはずだ。
 話の聞き方として食べ物からでも、まぁ良いだろ。
 神楽坂から聞いたら、話が進まない可能性だって低くは無いだろう。

「朝ご飯とかは近衛が作ってるんじゃないんですか?」

「そうなんですよ。木乃香さん、アスナさんと同い年なのに凄く料理が上手なんです」

「そうなんですか?」

 でも、想像はつくなぁ。
 雰囲気的に……和食が良く似合いそうだ。

「はいっ、和食もそうですけど、洋食も凄く上手なんです」

「ほー。それは羨ましいですね」

 近衛とは仲が良いんだな。
 と言うより、近衛とは仲は悪くないんだな。
 ……いや、神楽坂の反応が普通だって判るんだけどさ。

「そうだ、今度先生も食べてみませんか?」

「は、はは……自分は遠慮しときますよ」

 流石に、生徒に食事を作ってもらうのは抵抗がある。
 それに、何度も言うが神楽坂と近衛は女子寮住まいなのだ……普通は男は入れん。
 そこはいくら教師だろうと、越えてはならない一線だ。

「そうですか……?」

「ええ」

 ついでに、半端に断ったらどうなるか判らないので、きっぱり断っておく。
 今度、とか言ったらこの先生の事だ、自分で話を進めかねん。
 そして、そうだ、と一言区切り、

「悩んでたようですけど……神楽坂の方とは、上手くいってないんですか?」

「……はい。さっきの時間なんですが、アスナさんの為に、って思って授業で当てたんですけど」

 授業で当てられて、問題を解けたら気持ちいいじゃないですか、と。
 いや、判りますけど――神楽坂相手には、どうだろうなぁ。
 多分、今の英語の範囲だとヒント無しじゃ難しいんじゃないだろうか?
 それで悩んでるのか。

「まぁ……考えは、間違ってないと思いますよ?」

「そうですか? でも、怒られました」

 そうですか、と。
 というか、いくら当てられたからって、教師を怒るのもどうかと思うけど。
 ……しばらくは、その辺りも注意しておかないといけないか。
 でも、まずは言っておかない事があるので、そっちを言うか。

「神楽坂、問題解けなかったんじゃないですか?」

「はい。基本的な訳で、誰でも分かる問題だったんですけど……」

 いや、その考えはどうかと。
 確かに――天才、なんだろうな。
 だから、分からない人が何で“分からない”のか気付けないのか。
 全部分かるっていうのも、問題なんだろうなぁ。

「そうですねぇ」

 なんて言えば良いかな……。

「英語は苦手なんで、偉い事は言えないんですが……」

「はい」

「ネギ先生は日本語を勉強する時に、どういう風に勉強しましたか?」

「単語の意味を調べて覚えました」

 ……簡単に言うなぁ。
 まぁ、いいけど。

「書き方は?」

「それはもちろん、書いて覚えました」

「どんな風に?」

「えっと……辞書で調べてです」

「何度も?」

「え、ええ」

 でしょ、と。

「神楽坂はきちんと単語を読めて、意味を理解してましたか?」

「いえ……訳も、読み方もバラバラでした」

 でも、最近の小テストを見る限り点数は以前より上がってきている。
 つまり、神楽坂達は書く事は、出来るのだ。
 多分源先生がそういう方針で教えていたんだろう。

「それで、どうすれば良いんでしょうか?」

「さっき、自分で言ったじゃないですか」

「え?」

 勉強は、凄く難しくて、ある意味凄く単純だ。
 覚える事も学ぶ事も多い――けど、覚え方も学び方も復習しかないのだ。
 一度で覚えれる人間だって、忘れるから復習する……んだと思う。

「勉強は復習ですよ。何度も書いて、日本語を覚えたんでしょう?」

「あ」

「神楽坂は読めないんでしょう? なら、何度も読ませましょう」

 まぁ、辞書片手でも良いんですけど、教えた方が感謝されるかもしれませんね。
 それに、時間も掛らないでしょうし。
 そこは神楽坂次第だけど……あの子はやり方さえ分かれば、結構覚えは良いからなぁ。
 そう言うと、ネギ先生は判りやすいくらいに嬉しそうだった。

「そ、そうかっ」

「でも、神楽坂ばかり当てても駄目ですよ?」

「はっ!? そ、そうですね」

 分かり易いなぁ。
 でも、その方が年相応で良いのかも。

「英語は源先生が自分より詳しいですから、授業の進め方で判らない所があったら聞いて下さい」

「はい」

 これで明日は大丈夫……かな?
 頭は良いらしいから、他のクラスでもちゃんとやれるだろ。
 さて、と

「ぁの、ネギ先生」

 ん?

「どうしたんですか、早乙女ハルナさん?」

 あ、呼ぶ時はフルネームで呼んでるんだ。
 声を掛けてきたのは早乙女に宮崎、綾瀬の3人だった。

「あ、用があるのはこっち。ね、のどか」

「あ、ああの。今日の授業で、判らない所が……」

 落ち込んでた割には、授業はきちんと進めてたのかな?

「あ、先生はこっちねー」

「こっちです」

「あー、はいはい」

 早乙女と綾瀬に引かれ、ネギ先生達より少し離れた位置で、ストップ。
 声はギリギリ聞こえる範囲――そこにあったベンチに腰を下ろす。

「で?」

「先生、馬に蹴られたいですか?」

「そういう事ね」

 この前の歓迎会で妙に仲良かったけど、宮崎の琴線にネギ先生が触れたのか。
 まぁ、幼くて可愛らしいからなぁ。
 生徒と教師が、とは思うけど……まぁ、こう言った事もあった方がクラスには馴染みやすいか。
 しばらくは様子見、の方が良いかもな。

「ネギ先生の授業、どうだ? 分かり易いか?」

「楽しいよ」

「そうか」

 答えになって無い答えに納得し、綾瀬へ。

「綾瀬はどうだ?」

「……少し」

 はいはい、目を逸らさずに言ってくれ。

「ネギ先生、自分の意見だけ言ってどんどん先に進むです……」

 なるほどなぁ。こっちが理解する前に、要点だけ言って終わってしまってるのかもな。
 そっちは明日からは大丈夫だと思うが。

「それもネギ先生に言っとくよ」

「え、えっ」

「別に陰口って訳でもないんだし、そう驚かなくてもいいだろ」

 授業に不満があるのは、教師の問題だ。

「ネギ先生だって、教師は初めてなんだ。悪い所は悪い、分からない所は判らないって、そう言ってやらないと」

「ぅ……」

「誰だって、自分の悪い所なんて誰かに教えてもらわないと気付かないもんだ」

 そう縮こまらないでくれよ。
 俺が怒ってるみたいに感じるんだが。

「大丈夫大丈夫、綾瀬の名前は出さないから」

「はぁ」

「真面目だねぇ、先生」

「先生だからなぁ」

 その後二三喋っていたら、向こうの宮崎がネギ先生に会釈していた。
 お、向こうも落ち着いたか?
 こっちに駆けてくる宮崎に二人も気付き、立ち上がる。

「んじゃなー」

「先生、また明日」

「またです」

「おー」

 三人の背中を目で追い、ネギ先生の元に行く。

「何やってるんですか?」

「え!? あ、いえ」

 何故そんなに驚きますか。
 何か探していたのか、手荷物のバッグに手を突っこんだまま、少し慌てているネギ先生に、訝しげな視線を向ける。
 どうしたんだろう?

「宮崎と何話してたんです?」

「あ、授業で判らない所があったらしくて」

 そうですか、と。

「そ、それじゃこれで。相談に乗ってくれて、ありがとうございましたっ」

 って。

「足早いなー」

 ……職員室、そっちじゃないんだが。
 はぁ――呼びに行くか。







「それで、なにやってたんですか?」

「え、えーっと、ですね」

 何を急いでたかと思えば、草むらに隠れて実験していた。
 実験である。草むらで火を使ってるのである。

「火事になったらどうするんですか」

「あ、はは……」

 まったく。

「没収です」

「ええっ」

 当たり前でしょうが。
 使っていた道具をネギ先生のカバンに詰め込んでいく。

「危ないでしょうが」

「も、もうしませんからっ」

「そういう問題でもないでしょう……」

 はぁ。
 また、頭が痛くなってきたよ。

「本当に必要な時は言って下さい、返しますから」

 別に触ったり、漁ったりもしません、と一応言っておく。
 ……出来れば持ち物検査したいところだが、流石にそれはやり過ぎだろう。

「ひ、必要なんです」

「どうしてですか?」

「アスナさんの為に……です」

 神楽坂?

「神楽坂が何か頼んだんですか?」

「い、いえ……そうじゃなくてですね」

 そうだったら、神楽坂に一言言わないといけない所だったが、違うらしい。

「……ネギ先生」

 溜息は、我慢。

「次の授業の準備もしないで、遊ばないで下さい」

 あまり言いたくなかったが、強く言ってしまった。
 そう言うと、まるで怒られる子供のように首を竦められてしまう。
 ……いや、子供なんだけどさ。

「だ、だって」

「どうして、こんな事をしたんですか?」

 深呼吸して、気を落ちつける。
 まぁ――この後どうするにしても、理由は聞かなきゃならんだろう。
 悪い事は悪いって言っておかないと、いけないし。
 流石に、良識の分別くらいはあるとは……思うし。

「その……アスナさんって、タカミチの事が、好きらしいんです」

「はぁ」

 ネギ先生も高畑先生の事そう呼ぶのか。
 それで、と先を促す。
 ……正直、苛めてるように周りから見えるんじゃなかろうか?

「それで、お手伝いできるように……ですね」

「あのですね、ネギ先生」

 目頭を、指で押さえる。
 根本的に、間違ってる……その事に、気付いてない。

「教師と生徒の恋愛に、貴方が手を出してどうするんですか……」

「え?」

 普通、止める事はあっても、手を貸そうとはしないと思うんだが。
 生徒指導の新田先生が最近疲れるわけだ……。
 その苦労が、少しだけだろうけど、判った気がした。

「大体、高畑先生と神楽坂……どれだけ年の差があると思ってるんですか?」

「え――でも、アスナさんは」

 まぁ、確かに判り易くはあるけど。
 好きだからって、何でもして良い訳じゃない。
 生徒と教師。
 これは、確かな問題なのだから。
 本人達がどうであれ……世の中は、きっと良く思わない。

「別に、止めさせろとは言いません――けど、手を貸しちゃ駄目です」

「そんな……」

「当たり前でしょうが」

 高畑先生、クビになるぞ。そんな事になったら。
 しかも、結構不名誉な肩書つけて。

「アスナさんに……」

 ん?

「アスナさんに、失恋の相が出ているんです」

「……占いも出来るんですか?」

 何でもありだな、この子。
 はぁ、と先を促す。
 しかし、占いでも駄目なのか、神楽坂は……。

「それを言ったら、怒られたんです」

 そりゃ怒るわ。

「だから、もしタカミチと上手くいったら――仲良くしてくれるかも、って」

「先生……」

 そりゃ、神楽坂と仲悪くなるよなぁ。
 まぁこっちは子供だから、この問題はあっちに折れてもらうしかないんだが。
 どうにも、この先生が空回りして神楽坂を何度も怒らせてるのか……すまん、神楽坂。
 心中で謝っておく。気付かなくて済まなかった。

「貴方は先生になりたいんですか?」

「え?」

「先生になるために、麻帆良に居るんじゃないんですか?」

 そうですっ、と力一杯答えられた。
 でしょう、と。

「神楽坂の先生になりたいのか、神楽坂と友達になりたいのか……今の先生からじゃ判りませんよ」

「……え?」

 先生と友達は、違いますよ、と。
 まったく。
 ネギ先生の荷物を詰め終え、立ち上がる。

「そんな事してる暇があるなら、教師としてやる事をやって下さい」

「……は、はい」

「生徒が言ってましたよ。先生の授業はこっちが分かる前に先に進むから、理解できないって」

 その顔が、曇る。
 俺も新任の時はこうだったんだろうなぁ。
 まだ3年目だけど、妙に歳とったように感じるのはなんでだろう。

「もっと授業内容を考えるとか、先生としてやる事があるんじゃないですか?」

「はい」

「そうやって担任として見てもらえるように努力すれば、きっと神楽坂とだって仲良く出来ますよ」

 大丈夫です、自信を持って、と。
 前の学校を飛び級で卒業したんでしょう?

「この荷物は、放課後まで待っていて下さい。すぐに返しますから」

「あ、杖は……」

 ん?

「父の、贈り物なんです」

 ……あー。

「じゃあ、杖だけ……けど、これも出来れば職員室に置いておいて下さいよ?」

「はい、分かりました」

 本当かなぁ……まぁ、大丈夫だと信じよう。

「それじゃ僕、授業の準備してきます!」

 そう言って駆けていく背を目で追い――溜息。
 せ、説教してしまった……新任の、しかも子供の先生に。
 自己嫌悪である。
 もう少し言い様は無かったんだろうか……あーーー。

「先生、ありがとうございましたっ」

 その元気を、少し分けてもらいたいなぁ。
 はぁ。







 えー……誠に残念である。
 最初にそう一言言い、

「それでは、毎度恒例の放課後居残り勉強を始めるぞー」

「恒例ってなんですか!? 失礼なっ」

「……え? アスナさん達は毎回だって」

 はい、こっちを見ないで下さいネギ先生。
 神楽坂ー、先生が言ったんじゃないぞ、それは。
 ちなみに毎回と言われたのは神楽坂たち、5人衆である。
 今回はそれにマクダウェルが加わっている。さっき、絡繰に頼んで連れてきてもらった。
 その絡繰はマクダウェルの後ろに控えているだけで、この勉強会には一応の不参加と言う扱いで。

「良いからさっさと始めろ」

「そう怒るなよ、マクダウェル」

 ちゃんと勉強しないお前が悪いんだからな?
 俺はちゃんと勉強しろって言ってたのに。
 ――俺だって、まだまだやる事残ってるんだぞ……。

「ちなみに、プリントは数学と英語を用意していますので、出来た人から帰って良いです」

 そう言ってプリントを配るネギ先生を目で追い、クラス名簿に目を落とす。
 ……何時の間にあの先生は、落書きしたんだ?
 後で怒らないと。
 はぁ、修正液で消すのもなぁ。
 これ、どうしよう?
 新しいクラス名簿って、誰に言えば良いんだろうか?
 事務所?

「一度解いてみて下さい。分からなかった所は、後で皆さんと一緒に勉強しましょう」

「何点以上で合格アルか?」

 はい、毎回こっち見るのは止めて下さい、ネギ先生。

「6点以上ならそのまま帰って良いが……それ以下だったら居残り勉強会な」

「だそうです。それじゃ、はじめて下さい」

 ……あ、そうだ。

「マクダウェル」

「なんだ?」

 それなりに真面目に問題を解いているその机に、一枚プリントを置く。

「国語」

「殺すぞ、キサマっ」

「女の子がそんな言葉遣いはどうかと思うぞー」

 だってしょうがないだろうが。
 お前数学も英語もそれなりに取ってるけど……一番の問題はコレだし。

「どうして私だけ一教科多いんだっ」

「いや、数学と英語は問題ないだろうから」

 喜べ、新田先生の手書きだぞ、と言ってもその目は親の仇を見るソレである。
 いや見られた事無いけど。
 とりあえず、怖いからやめてくれ。
 お前は本当に中学生か?

「マスター、落ち着いて下さい」

「……茶々丸、お前は先生の味方か?」

「いえ、皆さん見られております」

「……ちっ」

「それに、マクダウェル一人じゃない」

「なに?」

 教師に向けて舌打ちする生徒って一体……。
 そのまま次は神楽坂に

「すまんが、神楽坂もだ」

「え、私も!?」

 しょうがないだろ、点数悪いんだから。
 ちなみに、国語の追加はこの二人だけである。

「それじゃ、頑張ってくれなー」

 …………………
 ……………
 ………

「ふむ、綾瀬は帰って良いぞー」

「はいです」

 真面目に授業受ければこのくらいの点数は取るんだな。
 ちなみに、綾瀬夕映は入学当初のテストで結構な高得点を取ってたりする。
 それがなんでこんな補習組の常連になってるのかは、ちょっと分からないが。
 うーん……もう少し頑張ってくれないかなぁ。

「なぁ、綾瀬」

「勉強は嫌いです」

 そうか……。
 もう言われる事も予想済みか……。
 それはそれでどうかと思うけどさ。

「出来た方が、何かと都合が良いと思うんだけど?」

「……勉強の時間より」

 チラリ、と教室の外――宮崎と早乙女、近衛の部活動仲間たち、か。
 はぁ。

「ま、そういう約束だしな。帰って良いぞー」

「はい、ごめんなさいです、先生」

 謝るくらいなら勉強してくれ、と言いたいところだが……ま、友達も大事だよな。
 高校からでも――まぁ、その時はその時か。
 教師としての考えじゃないかもしれないが、この麻帆良に……2-Aに居る間くらいは。

「相談とか、勉強の事で分からない事があったら、何時でも来ていいかなら」

「――すみませんです」

 おー。

「長瀬とクーフェイと佐々木は、英語か」

「……………」

「……………」

「……………」

「はいはい、笑って固まってないでネギ先生に聞いてこい」

 採点したテストを返し、困ったように固まってるネギ先生を指差す。
 でもまぁ、数学は合格点いったから、別に俺から言う事は無い。

「で、だ」

「なんだ?」

「えーっと、何でしょうか?」

 不貞腐れてるマクダウェルと、妙に卑屈な神楽坂の二人を見る。
 ああ、そうだろうな。

「勉強するか」

「……ふん」

「……はい」

 神楽坂は、全滅。
 それはまぁ、言っちゃあ悪いが、分かってた。今までの事から。
 でも、惜しかったけど。凄く、惜しかった。
 5点ばかりとか、良く頑張ったよと褒めたいくらいだ。
 次はやれるな、うん。やっぱりやれば出来るんだよ、ウチのクラス。
 しかし、

「マクダウェル」

「なんだ」

「……国語はともかく、何で数学……この点数なんだ?」

「知らん」

 お前、前はそう悪くなかっただろうが。
 まったく。嫌がらせか?
 こっちは毎回の小テストの結果はちゃんと知ってるから、分かるんだぞ?

「ま、いいか」

 間違えてる所は、神楽坂とほぼ一緒だし。
 復習ついでに一緒に教えよう。
 国語の方は、間違えた漢字を10回ずつ書き写させる事にする。きちんと読み付きで。

「やれば出来るんだから、頑張ってくれよ」

「そう言ってくれるのは先生だけだよー」

 そんな事は無いと思うが。

「ネ、ギ……先生なんて、バカなんて言うんですよっ」

「分かった分かった、落ち付け」

 それは後でちゃんと言っておくから。
 しかし、生徒をバカ呼ばわりとは……神楽坂と同室だから、慣れ合いがあるのかもなぁ。
 注意しとかないと。

「んで、ここが……っと。マクダウェル、解いてくれ」

「何で私が」

 お前が手を抜くからだろうが。
 自業自得だ。

「絡繰、バイトとかは大丈夫なのか?」

「はい、問題ありません」

 なら良いんだが……ずっと後ろに立ってるし。

「席に座って待ってて良いんだからな」

「先生。それは私のセリフだ」

「別に誰が言っても良いだろ……出来たのか?」

「ああ、ほら」

 差し出されたプリントには、ちゃんとした正解が書かれていた。
 公式も……うん、問題無し。

「やっぱり出来るじゃないか。神楽坂、この公式は覚えてるな?」

「はぁー、エヴァちゃんが凄い」

「ふん――って、誰がエヴァちゃんだ、神楽坂明日菜っ」

 はいはい、そう怒るなよ。

「良いか、神楽坂」

「なに、先生?」

 うーん。

「バイトが忙しいのは、知ってるんだが……復習はちゃんとやってるんだろ?」

「え? うん」

「前は2点とか3点だった問題が、今日はいきなり5点だ。頑張ってるじゃないか」

「……そんなに悪かったのか、バカレッド」

「うっさいっ」

 はぁ。

「そうバカとか言うもんじゃないぞ、マクダウェル」

 まったく――相変わらず口が悪いなぁ。

「ふん――」

「次は一発合格、頑張ってくれよ?」

「は、はいっ」

 素直だなぁ、神楽坂は。
 それに比べて、マクダウェルは。

「今、失礼な事を考えただろ?」

「まさか」

 プリントを集め、それを綺麗にまとめる。
 今日はこんなもんだろう。
 一気に詰め込んでも、覚えれるか不安だし。

「それに、神楽坂は覚えは悪いが馬鹿じゃない」

「えー、そうかな?」

 自分で馬鹿を肯定しないでくれ、頼むから。
 苦笑して、違う、と答える。

「ちゃんと点数上がってきてるだろ? これからも復習をちゃんとすれば、テストでも点数取れるさ」

「そうかな?」

「ああ。次の期末は、きっと大丈夫だ」

 えへへ、と笑うその顔には、少しの自信。
 今まで悪かったから、次は神楽坂にとって大事なテストだなぁ。
 この自信が実を結べば、この子だって大丈夫だと思うんだが。

「本当にそう思う?」

「おお。担任外れた後だけど、高畑先生もきっと見直してくれるぞ」

「そ、そっかな?」

「あの朴念仁が褒めるなんて、相当だな」

「や、やっぱりそう思う、エヴァちゃんっ」

「だからそう呼ぶな、神楽坂明日菜っ」

 しかし、判り易い。
 微笑ましい、とも言えるんだけど。

「マスターが楽しそう」

 だなぁ。
 絡繰の小さな呟きに、心中で同意しておく。
 もしかしたらマクダウェル、人付き合いが苦手なだけじゃなかろうか?
 口は悪いけど、神楽坂とかだとウマが合うのかもな。
 その口喧嘩とも言えない言葉遊びを聞きながら、ネギ先生の方を見る。

「ネギ先生、そっちはどうです?」

「はい、こっちももう大丈夫だと思います」

 んじゃ、帰りますかー、と。
 さて……まだこの後明日の準備とか残ってるんだよなぁ。
 はぁ。





――――――エヴァンジェリン

「ご苦労様でした、マスター」

「ふん」

 別に、あんなのはどうという事も無い――と、言いそうになり、溜息を吐く。
 何をやってるんだ、私は。
 ……補習だなんて。
 15年通って、初めてだぞ……はぁ。

「まったく……この私が」

 先生から来るように言われたとはいえ、ナギの息子に不用意に近付いてしまうとは。
 この先の計画のためには、あまり存在を覚えられない方が良いというのに。

「全部あの先生の所為だ」

「何がでしょうか?」

「……なんでもない」

 ふん。
 憎らしいほどに、私に関わってきおって。

「大体、お前はどうしてあの先生の言う事を聞くんだ?」

「彼は教師で、マスターは生徒ですので」

 正論ではあるが、何か違わないか?
 私はお前のマスターなんだが……コイツの中ではあの先生はどうなってるんだ?
 まぁ――今はどうでも良いか。

「あ、エヴァちゃん」

「…………そう呼ぶなと何度言えば分かる、神楽坂明日菜」

「マスターが楽しそう」

 何処をどう見ればそう見えるんだ、このボケロボは。
 今度、葉加瀬に視覚関係を診せるか?

「はぁはぁ」

「……そんなに急いでどうしたんだ?」

 ネギ先生と一緒に戻るんじゃなかったのか?

「そうなんだけど、えっと」

 なんだ?

「今日はありがとね、エヴァちゃん」

「……何がだ? 主語を話せ、神楽坂明日菜」

 お前と話してると頭が痛くなりそうなんだが。
 軽い頭痛を感じ、目頭を押さえる。

「ほら、放課後の勉強会。勉強教えてくれたじゃない」

「ああ」

 別に礼を言われるような事はしていないがな。
 ただ単に、先生に聞かれた事を答えただけだ……説明もさせられたが。

「私は何もしてないぞ?」

「ううん。すっごく助かったわ」

「…………そうか」

「ネギの奴より、ずっと分かり易かったわ」

 そうかい。それは良かったよ……ったく。
 しかし、こんな遅くまで残らされたのに、コイツは本当に能天気だな。
 私はこんなにイライラしてるのに。

「言いたい事はそれだけか?」

「うん。それじゃまた明日ね、エヴァちゃん」

 はぁ。

「神楽坂明日菜――私を、二度と、エヴァちゃんなどと、呼ぶな」

 この私を。真祖の吸血鬼を、闇の福音を、ちゃん付けなどと――。

「分かったわ、エヴァ」

「……はぁ」

 疲れる。
 バカの相手は本当に疲れる……。

「わかった、もういい。もう良いからさっさと帰れ」

「うん。それじゃね、エヴァ。また明日」

 ………………。

「おい、茶々丸」

「なんでしょうか」

「アイツは馬鹿か?」

「いえ、覚えが良くないだけだと伺っております」

 ……ふん。

「茶々丸、アレは真性の馬鹿だ」

 ただの人間が、私の名を呼ぶか……まったく。
 今日はどうにも、気に障る事ばかりだ――。

「マスター、楽しそう」

「どうやら本格的に、葉加瀬に診せる必要がありそうだな」

「その必要はありません。定期の診察まであと1週間あります」

 ふん。

「おい、先生は?」

「明日の教材の準備があるそうです」

「……なら、帰るぞ」

「分かりました」

 夜の闇に包まれはじめた校舎を見る。
 もうどこの部活も終わったのだろう、電気が付いているのは職員室だけ。
 先生は、そこだろう。

「――ふん」

 そんなに仕事ばかりして、何が楽しいのか。
 私は理解に苦しむよ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 7話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 10:16

「それでは、先生。これがネギ先生の課題――だそうです」

「はぁ。それでは、責任もってネギ先生に渡しておきますね」

「はい。よろしくお願いします」

 失礼します、と一礼して去っていく葛葉先生の背を目で追いながら……渡された手紙を電灯にかざす。
 ふむ……。
 まぁ、3学期ももう終りだし……何か課題は来る、とは思ってたけど。
 これが実質の、ネギ先生の卒業試験か。

「大丈夫かな」

 本心である。
 神楽坂とは、最近はそれなりに仲良くしてるようだし、クラスにも溶け込んでる。
 ……溶け込み過ぎ、とも思わなくはないが、あの歳で嘗められるな、と言う方が難しいだろう。
 放課後、明日の準備の途中だが――さて。

「大丈夫ですか、先生?」

「え、ええ――まぁ、どうでしょうね……」

 はは、と自分でもその声が引き攣っているのが分かる。
 きっと、今の俺より新田先生の方が絶対元気だろうな……。
 しかし、赴任してきて約一月。ネギ先生に出来る事は――そう多くないだろうけど。
 それでも、あの子が教職を目指してこの学園に来たのなら、これはどうしようもない問題でもある。
 内容が内容なら、手伝いもできないのかもしれない。
 はぁ……最近、頭痛を抑えるために目頭を手で押さえるのが癖になりつつあるな。
 その事に内心苦笑しながら、目頭を手で押さえる。

「どうです、先生。この後久しぶりに飲みに行きませんか?」

「あ、あー……」

 どうしようか。
 きっと、今の俺の顔は教師らしくない顔をしているんだろう。自分でも何となく判る。
 この前はまた黒百合の生徒と揉めたらしいし、女子寮の管理人からも苦情が来たし。
 しかも、黒百合の方は高畑先生から報告受けた……勘弁してくれ。
 まさか担任から外れられた後に迷惑を掛けてしまうとは。
 女子寮の方は……まぁ、苦情と言うよりも注意に近いのだが。
 どうにも、ネギ先生が入寮してから寮が騒がしいらしい。就寝も遅いし。
 一応注意はしたが――こればかりは、ネギ先生にどうにかしてもらうしかない問題だ。
 遊んでいる、というより遊ばれているんだろうけど。

「少しくらい息抜きしないと、パンクしてしまいますよ?」

「そ、それじゃ、少しだけ」

 あまり羽目を外し過ぎないようにしないとな。明日も仕事だし。
 自分で思っていた以上に疲れていたのか、そうと決まると気分も軽くなる。
 我ながら現金なもんだ。

「急いで準備終わらせてしまいますから」

「いいですよ。こっちもあと何人か声掛けてきますから」

「そ、そうですか? すいません」

 でも、あまり待たせるのも失礼だよな。

「考え込んだ時は、酒も良いもんですよ」

「は、はは」

 バレバレですか。
 恥ずかしいなぁ……。

「それでは、失礼。源せんせー」

 はぁ……顔に出るようじゃ教師失格だなぁ。
 もう少ししっかりしないと、担任なんて任せてもらえないんだろうな。







「そんなペースで大丈夫なんですか、瀬流彦先生?」

「大丈夫大丈夫、僕肝臓強いから」

 いやまぁ、大丈夫ならいいんですけど。
 明日二日酔いにならないで下さいよ?
 俺も注文したビールで喉を潤しながら、焼き鳥を食べる。
 どうして屋台の焼き鳥とかって、他のより美味しく感じるんだろう? 出来立てだからだろうか?

「飲んでますか、先生?」

「はい。あ、どうぞ源先生」

 ちょうど、コップのビールが少し減っていたので注ぐのも忘れない。
 しかし源先生、目の毒だ。うん。

「しっかし、大変だねぇ、先生も」

「そんな事は無いです――よ? はい」

「その間が非常に気になるけど、そういう事にしておくよ」

 ちなみに、一緒に飲んでいるのは新田先生、源先生、瀬流彦先生と俺の4人である。
 最初は弐集院先生も来る予定だったが、奥さんから電話があって来れなくなってしまっていた。
 しょうがないよな、家庭持ちだし。
 瀬流彦先生にもそれとなく聞いておいたが、先生は大丈夫らしい。

「それで、最近はどうなんだい? ……まぁ、噂は聞いてるが」

「ぅ……やっぱり噂してますか」

「女子寮に新任の先生が、と言うだけでも話題になりますからね」

 ちなみに、その話題をネタにしたのは我がクラスの朝倉である。
 ……保護者側から苦情が来ないのが唯一の救いか。
 まぁ、まだ知られてないだけかもしれないが。
 はぁ。胃が痛くなる毎日だ……。

「私の部屋に招待出来れば良いんですけど」

「いや、それも問題でしょう」

 男性職員と女性職員が同室とか……結婚やら婚約やらしてるなら、話は違ってくるんだろうけど。

「だねぇ。僕の家も家族が居るからね」

 その気持ちだけで十分です、と残っていたビールを一気に煽る。
 うー。

「お、いけるねぇ。どうぞ」

「……すいません」

 おー、喉が熱い。
 あんまり酒に強くないので、すでに出来上がりかけてます。
 新田先生に酌をしてもらいながら、焼き鳥を口に含む。

「大丈夫かい?」

「まだ、大丈夫です」

 もう少しは、多分。
 俺だって、こうやってても毎日色々と疲れてるのだ。
 これくらい飲んだって、別に罰は当たらないだろう。うん。
 うぅ……。

「あんまり無理しないで下さいね?」

「二日酔いにならないくらいには、止めておきますよ」

「なら良いですけど……先生、あんまりお酒強くないんですね」

「ええ。寝付けに一杯飲むだけで、毎日ぐっすりです」

 っと。
 どうぞ、と新田先生に酌をし、自分のコップを空にする。

「ちょっとストップで」

「おや、もう限界かい?」

「はは、ちょっと休憩です」

 もともと、そんなに量飲めないですし、食べれないんですよ。
 飲みながら食べるのが、苦手なんだよな。
 それに、これ以上は流石に明日に残りそうだ。

「どうです、先生。学校の方は?」

「楽しくやってますよ? 皆良い子ですし。新田先生の方こそ大変でしょう?」

 生徒指導員は、生徒から煙たがれるでしょう? と。

「はは……でもその内、先生に任せる事になるかもしれませんねぇ」

「勘弁して下さいよ――自分なんかじゃ、クラス一つでも手に余ってるんですから」

 そうみたいですね、と源先生に小さく笑われた。
 そうなんですよ、と笑って答え、屋台の店主に焼き鳥を追加で注文する。
 塩焼きでお願いしますー。
 とりあえず、もう晩飯食べないで良いようにもう少し腹に入れておこう。

「真面目だねぇ、先生は」

「うぉぅ」

 後ろからいきなり叩かないで下さいよ、瀬流彦先生。
 酔ってるなぁ。

「どうぞどうぞ、もう一杯」

「お、すまないねー」

 それに悪乗りして、酔い潰そうとする俺も俺か。
 久しぶりに量飲んで、酔ってるなぁ。

「二日酔いにならないように、気を付けて下さいね?」

「大丈夫、僕肝臓強いから」

 ……さっきも聞いたような気がする。
 顔は何時ものままだけど、もう止めないといけないようだ。
 ふむ。

「もうそろそろ時間ですね」

「お、もうか……」

 久しぶりに飲んだら、結構盛り上がってしまった。
 はー……良い気分だ。
 きっとまた明日から頑張れるな。

「瀬流彦先生、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよぉ」

 一応、呂律が回らないほど、じゃないのか。
 本当に強いなぁ、俺の倍くらい飲んでると思うんだけど……。
 羨ましいもんだ。

「どうします? 家の方に連絡入れましょうか?」

「はい、先生。お水を飲ませてあげて下さい」

 ああ、すいません。

「水飲めますかー?」

「う、ん。大丈夫」

 っと、勘定もしないとな。

「新田先生、ちょっと、勘定お願いしていいですか?」

 重い、瀬流彦先生重い――体重かけないで下さいよっ。
 新田先生に財布を渡し屋台の椅子から立ち上がって、夜風に当たれるように移動する。
 おー、涼しー。

「涼しーねー」

「ですねー」

 ふぅ。

「大丈夫ですか?」

「……源先生は、お酒強いんですね」

 俺とあんまり変わらないくらい飲んでたと思ったんだけど、顔が火照ってるくらいで、全然大丈夫そうだ。
 明日は大丈夫そうですね、と言うと笑われてしまった。

「先生は真っ赤ですけど、大丈夫なんですか?」

「あー、多分……大丈夫かと」

 そんなに顔赤いんだろうか?
 夜風がこんなに気持ち良いんだから、そうとう赤いのかもしれない。

「瀬流彦先生も大丈夫ですか?」

「うん……だいぶ良くなってきたよー」

 意識ははっきりしてるし、大丈夫そうだ。
 多分、今日のメンバーの中じゃ俺が一番酒弱いんだろうなぁ。
 別に意味も無いんだけど、ちょっとショックだ。

「瀬流彦先生も大丈夫そうだし、お開きにするか」

「あ、新田先生」

 その声に振りかえり、渡された財布をちゃんとしまう。
 酔って失くしたりしたら、目も当てられないしな。

「っと。瀬流彦先生と源先生は送っていくから、先生はまっすぐ帰って寝なさい」

「え? いや、瀬流彦先生は自分が送っていきますよ」

「そんな顔じゃ、瀬流彦先生が心配になってしまいますからね」

 ぅ。
 ペタペタと顔を触ると、やっぱり熱い。
 顔に出やすいんだな、俺。
 さっきも源先生に言われたけど、きっと真っ赤なんだろうなぁ。

「それじゃ、また明日な」

「気を付けて帰って下さい」

「じゃ、またねー」

 うぅ。

「スイマセン、よろしくお願いします」

 ……気を、使ってもらったんだろうな。
 酒の所為か、妙に感傷的な気分で帰路につく。
 明日また、お礼を言おう――まだまだ俺も新米の一人なんだなぁ。

「はぁ――さむ」

 まだまだ夜は冷えるなぁ。
 明日も頑張ろ。
 ちなみに、財布の中身は一円も減っていなかった……
 ありがとうございます、新田先生、源先生、瀬流彦先生。







「あ、ネギ先生」

「え? あ、おはようございます、先生」

 ちょうど職員室に入ろうとしていたネギ先生の小さな背を見つけ、声を掛ける。
 おはようございます、と返し昨日葛葉先生に渡されて便箋を取り出す。

「ネギ先生の課題だそうです。昨日の夜渡されました」

「え!?」

 内容、何なんだろう?

「何て書いてありました?」

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい」

 流石に自分から見るのもアレなので、ちゃんと見えない位置に移動して、待つ。
 おー、やっぱり少し緊張してるなぁ。

「………………」

「………………」

 あれ?

「な、なーんだ。簡単そうじゃないですかー」

 びっくりしたー、と笑いながら、その中身をこちらへ向けてくる。
 ふむ。
 中には達筆な字で2-Aの最下位脱出が条件と、書かれていた……。

「なるほど」

「ど、どうしたんですか?」

 確かに、教育実習のシメには良い……のかな?
 普通、論文やら報告書やら書くと思うんだが――それはまた別なんだろう。

「いえ――頑張りましょう、ネギ先生」

「はいっ」

 しかし、これなら俺も少しは役に立てそうだ。
 ――と言っても、実際頑張るのはネギ先生でも俺でもなく、生徒達なのだが。
 だが……と、思ってしまう。
 不謹慎なんだろうけど……それでも、この2-Aが試されるのである。
 今までずっと最下位だったが、今回は、違う。
 あいつらはちゃんと勉強し、ちゃんと成績を上げてきているのだ。
 今の調子なら――きっと、大丈夫。

「それじゃ、教室に行きましょうか」

「そ、そうですね」

 クラス名簿を片手に、職員室を後にする。

「その」

「はい?」

 生徒の居ない廊下を歩いていたら、話しかけられた。

「どうしました?」

「いえ――やっぱり、2-Aの皆さんは、成績が悪かったんですね」

「……ああ」

 まぁ、そうですね。
 そうなんですけど、

「ネギ先生」

「はい?」

「あまり、生徒の前で成績が悪いとか、そういうのは言わないで下さいね?」

 前、神楽坂に言ったらしいですね、と。

「す、すいませんっ。あの時は、初めてだったんで……」

「じゃあ、もう駄目ですからね?」

「……はい、気をつけます」

 そう言って頭を下げる姿を見ると、礼儀正しいし好感が持てるんですが。
 どうにも押しに弱くて、生徒に巻き込まれるんだよなぁ、この先生。

「まぁ、そうですね。2年の時は、少し……ですね」

 でも、下から2位との差もそれほどある訳じゃない。
 平均点計算なので、問題さえ解決すれば一気に盛り返せる差だ。

「順位の計算は平均点の上位からですから、どうすれば点数が上がるか判りますか?」

「え? それなら、点数が……低い人に頑張ってもらえば」

「そうです」

 ウチのクラスには雪広、那波と言った成績上位者もいる。
 なのに毎回最下位なのは――まぁ、言わずもがなである。
 でも、神楽坂達も、今の所は小テストを見る限り成績を上げてきている。
 ――問題は無いと思うんだが、油断はできないよな。

「それじゃ、今日の僕の授業の時に勉強会をっ」

 この前の放課後した居残り勉強会で、味でも占めたんだろうか?
 でも、

「……授業自体が、クラスでの勉強会みたいなものだと思いますけどね」

「ぅ」

 まぁ、もう期末まであと一週間である。
 何か対策をたてるなら今日からが良いだろう。
 さって。

「どうしますか、ネギ先生?」

「え?」

「……だって、この問題はネギ先生の課題でしょう?」

 はいはい、そんな顔で見上げてこないで下さい。
 俺だって悪いと思ってるんですから。
 俺だって副担任なんです――やるだけの事は、やりますよ?
 でも、

「どうやって最下位脱出するか、ネギ先生が考えないと」

「あ、そ、そうですね……」

「何か手伝える事があったら言って下さい、手伝いますから」

「はい、ありがとうございますっ」

 この1年一緒に居たんですから……ちゃんと、その結果を残したいですし。
 2-Aのドアの前で、一度立ち止まり深呼吸を一回。

「それじゃ、今日も頑張りましょう」

 はい、どうぞ、とクラス名簿をネギ先生に渡す。

「はいっ」

 さて、今日も一日頑張りますか。







「それじゃ、この問題を――長谷川と桜咲、解いてくれ」

「ぅ」

「……はい」

「前教えた奴だからな。教科書見直していいから、自力で解いてみろ」

 他の皆も、ちゃんと解いてみろ、と言っておく。
 まぁ、試験範囲は終わらせてしまっているので、今日から数学は復習の時間になるんだが。
 若い頃は記憶力が良い、と聞いた事があるが……覚えてるかな?
 数学は、問題に公式を当て嵌める問題だ。
 逆に言えば、公式が分からなければどうしようもない。
 それを思い出してもらいたい訳だが――さて、どうしたものか。
 2学期の時は、範囲を終わらせるだけで精一杯だったから、今学期はこの為に少し駆け足で進んだんだが。

「出来ました」

「それじゃ長谷川、黒板に答えを書いてくれ」

「はい」

 うん、出来たみたいだな……桜咲は、もう少しか。
 
「ちゃんと思い出したか?」

 教室の前に来た長谷川に、そう声を掛ける。

「えっと、教科書見たんですけど……」

「見て良いって言ったからな。間違って思い出すより良い」

 本当なら、こう言うのは生徒のテスト前の復習勉強を信じたいのだが……。
 生徒と言うのは、勉強嫌いである。
 全員が全員そうだとは限らないんだろうが――きっと勉強好きな生徒はそういないだろう。
 だから、授業時間に勉強をさせる。
 今日から一週間。毎日約一時間の数学の勉強という訳だ。

「そうか――じゃ、解いてみてくれ」

「はい」

 ――うん、正解だ。

「その通りだ。良くやったな、長谷川。戻って良いぞ」

 一度思い出せば、テストの時まで記憶に残ってくれてるかもしれないが……どうだろうか。

「桜咲?」

「あ、はい。出来ました」

「おう。それじゃ前に出て解いてくれ」

 次は、神楽坂と……誰に当てるかなぁ。







「どうですか、ネギ先生。調子の方は?」

「は、はは……本気でマズイです」

 授業から戻ってきたら、小さな頭が机に突っ伏していた。
 まー、現実はそうだよなぁ。

「こ、こうなったら、やっぱりあの方法しか……」

 あの方法?

「何かあるんですか?」

「実は、3日間だけ頭が良くなる魔法が――」

「へぇ」

 どう言うおまじないだろうか?
 隣の自分の席に座り、先ほど行った小テストの採点を始める準備をする。
 うーん……ぱっと見た限りじゃ、間違いは少ないのは流石F組だなぁ。
 毎回学年トップは伊達じゃない、と。

「どんなおまじないなんですか?」

「その代り、一月ほどパーになってしまうんです」

「止めて下さい」

 なんて怖い事を試そうとするんですか。まったく。

「テストなんて普段の積み重ねですよ? そういう怖い事に頼らなくても大丈夫ですって」

「で、でも……授業中にじゃんけんして遊ぶんですよ!?」

「……………それは、帰りのHRで自分の方から言っておきます」

 何をやってるんだ、あいつらは。
 やっぱり、この歳じゃ嘗められるよなぁ……いくら頭良くても、まだ10歳だし。
 どうしたもんかなぁ。
 こればっかりは、どうしようもない気がするな。ネギ先生に頑張ってもらわないと。
 はぁ。

「授業の方は、期末までの範囲は終わってるんですか?」

「そ、それが……」

「……もう一週間前ですよ?」

 まだ終わってなかったのか。
 まぁ、さっきの話を聞く限り、授業中にも遊んでるんだろう。
 少し、厳しく言った方が良いのかもしれないな。

「期末までに範囲までいけそうなんですか?」

「それは、はい」

「……それじゃ、テスト問題の方は考えてます?」

「あ、問題も……」

 はいはい、落ち込まないで下さい。
 まぁ気持ちは判りますが。

「テスト問題の方は、土日で片付けるとして、問題は授業ですね」

「は、はい」

 じゃんけんかぁ……どう怒ってやろうか、まったく。
 それよりも、

「やっぱり、僕が子供だから……」

「…………」

 上手い言葉が、浮かばない。
 実際その通りと言えば、それまでなんだけど……どうしたもんか。
 うーん。

「そればっかりは、どうしようもないですからね」

「あう……」

 実際、見た目と言うのは大事なんだよなぁ。
 新田先生が、まぁ例に出すのは失礼だが……見た目で仕事をしていると言える。
 鬼の新田――この年代の子らには、怒った年配の方は鬼に見えるらしい。
 ……本当は、生徒思いで怒ってもそう怖くないんだけど。
 逆にネギ先生は、怒ってもそう怖くないから、遊び感覚で授業を受ける。
 可哀想な言い方かもしれないけど、教師として見られていないのだろう……最初から、心配していたが。

「どうしたら良いんでしょうか?」

「……そうですねぇ」

 そんな顔で見ないで下さいよ。
 あんまりこういうのは他人から言うもんじゃないと思うんだが……もう時間も無いしな。
 でも、俺の方に正しい回答がある訳でもない。

「新田先生が、何で生徒達から怖がられてるか知ってますか?」

「え? 生徒指導の厳しい先生だから、ですか?」

「そうですね」

 でも、少し違う。

「それは、間違った事をちゃんと怒るからなんです」

「怒る、ですか?」

「ネギ先生の事ですから、アイツらが遊んでいても、止めて下さい、って注意するだけじゃないですか?」

「ぅ……そうかも、しれません」

 まぁ、でも。
 この歳の子に、あの子達を怒れと言うのも酷かもなぁ。

「そういう事です」

「でも、怒って嫌われたら……」

「教師なんて嫌われる仕事ですよ」

 全部の生徒から好かれてる教師なんていません、と。
 あの高畑先生だって、そうなのだ。

「今度遊んだら、机でも思いっきり叩いてみたらどうです? 大声で止めるように言って」

「そ、それはちょっと……」

 まぁ、そこまではまだネギ先生には難しいかもしれませんね、と小さく笑う。

「でも、怒る時は怒らないと駄目ですよ? 手は上げたらだめですけど」

「う――次は頑張ってみます」

「期末まで時間が無いですから、頑張って下さい」

 ただでさえ、課題が課題なんですから。
 後で新田先生達にもお願いしておこう。ネギ先生の課題の件。

「期末の結果は、先生に掛ってるんですから」

「プ、プレッシャーかけないで下さいよっ」

 ははは、良いじゃないですか。

「大丈夫――上手く行きますって」

「そうでしょうか……」

「そうですよ」

 そう不安そうな顔をするもんじゃないですよ、と。

「ネギ先生」

「はい?」

「先生なんですから、生徒を信じて下さいよ」

 もう一度、大丈夫ですよ、と言い、俺は小テストの採点に戻る。
 ……もう少し上手い事を言えたら良いんですけど、すいませんネギ先生。






――――――エヴァンジェリン

「図書館島?」

「うむ」

 学園長室に呼ばれたから何かと思えば……。
 頭が良くなる魔法の本だと?

「2-Aの成績は、言うたら悪いがよろしくない――食いつくとは思わんか?」

「思わんな。いくらガキでも、そこまで馬鹿じゃないだろ」

 ……胡散臭すぎるだろ、それは。

「そんな噂を流してどうする? あの子供先生に取りに行かせるのか?」

「うむ」

「もしじじいの思惑通りに動いたら、教師失格だな」

「ほほ、手厳しいの」

 ふん――くだらん。
 そんな都合のいいもの、何処に存在するものか。
 無条件で頭が良くなるなど、誰が信じるものか。
 ……ウチのクラスの連中は、信じるかもな、と一瞬思ったが、大丈夫だろ。うん。

「そんなのに頼るようじゃ、教師としては最低以下だ」

「しょうがないじゃろ。ネギくんに実戦を知ってもらう為に麻帆良に呼んだのに、ここんとこ、とんと襲撃者もこん」

「――そう言う狙いか」

 確かに、図書館島の地下なら、確かに魔法を使っても問題は無いだろうが……。

「あのガキ、日常でもそれなりに魔法を使っているぞ?」

「……なんじゃと?」

「なかなかの魔力量じゃないか、オコジョになるのも時間の問題だと思うぞ?」

「―――マジで?」

「ああ。神楽坂明日菜には初日から気付かれているぞ?」

 あと、宮崎のどかも怪しんでいるな、と伝えておく。
 はは、頭を抱えるなよ学園長。
 あんな魔力バカを呼んだのはお前じゃないか。

「ま、面白そうだ。噂は流してやるさ――どうなるかは知らんがな」

「う、うむ。よろしく頼む」

 さて、どう揉み消す気なのか……それとも、このまま神楽坂明日菜を巻き込むのか。

「話がそれだけなら、帰るぞ?」

「……すまなかったな。話はこれだけじゃ」

 どうする気なのかは知らんが、巻き込むなよ、と釘を刺して退室する。

「お疲れ様でした、マスター」

「ふん……無駄な時間だったな」

 外に控えていた茶々丸を連れ、校舎の外に出ると――そこは黄昏色だった。
 普通の吸血鬼なら、この時間帯から起きて活動するんだがなぁ。
 どうにも、最近は調子が出ない。はぁ。

「溜息なんてついてどうした、マクダウェル?」

「……また先生か」

 もう一度、溜息。

「それは流石に酷くないか?」

「気にするな。そういう気分なんだよ」

「機嫌悪いな、何かあったのか?」

 ええい、鬱陶しい。

「何でも無い――それより、今日は早く帰るんだな」

「ん? そりゃ、仕事が終われば、俺だって早く帰るよ」

 ったく。能天気な顔を……。

「マクダウェル達も、今から帰りか?」

「ああ」

「んじゃ、途中までどうだ?」

「断る」

「おー。それじゃ、また明日なー」

 ……なんだ。自分から誘っておいて、あっさり引くじゃないか。
 まぁ、どうせ私が断るのが判ってたんだろうが――断らない方が面白い顔を見れたかもしれんな。

「なぁ、先生?」

 私達を置いて歩き出した背に、声を掛ける。
 ふと、面白い事を思いついたのだ。

「んー?」

「もし、もしもだ」

「ああ、どうした?」

「頭が良くなる魔法の本があったら、生徒に使うか?」

 答えは判って入るが、聞いてみた――この先生とあの子供が、どれだけ違うのか、興味が湧いたのだ。
 その問いに、最初はよく判らない、と言った風に首を傾げ……笑う。

「いきなりだな……まぁ、使わないけど」

「……だろうな」

 ま、判り切った答えだな。

「どうしてだ? 次の期末、2年最後のテストで学年トップになれるかもしれないぞ?」

「でもそれじゃ、マクダウェルや神楽坂達の努力が無駄になるだろ?」

「……私は別に努力してないがな」

 そこはしてくれよ、という呟きは無視。

「折角小テストとかで良い点とってるのに、本一冊でそれがチャラじゃ、誰も努力なんかしなくなる」

「ま、正論だな」

「マクダウェルはその本があったら使うのか?」

 まさか、と首を振る。
 そんな怪しいもの誰が使うものか。

「こっちから願い下げだ」

「……その本で、何かあったのか?」

「別に」

 妙な所は鋭いな、まったく。

「そういう噂があるだけだ」

「魔法の本?」

「そう」

 へー、と少し――本当に少しの驚いた声。

「ま、先生には必要ないものだろ」

「そんな本を探すなら、その時間をテスト問題考える時間に使うよ」

「嫌に現実的だな……」

「先生だからなぁ」

 そういう問題か?
 まぁ、もう期末の時期だしな――憂鬱だよ、まったく。

「簡単な問題にしてくれよ?」

「復習をちゃんとしてれば、点数取れるさ……多分」

 だと良いが。

「じゃあな、先生」

「おー、また明日な」

 ふむ――やはり、あの先生は飛び付かないか。
 ま、信じてなかったというのもあるんだろうが……な。

「帰るぞ、茶々丸」

「はい」

 さて、どうなることやら……。

「魔法の本の件、お前はどうなると思う?」

「……判りません」

「ふん」

 まぁ、まだ“考える”機能が不完全だからな。
 葉加瀬の話ならソレは成長するらしいが……何処までの物か。

「ですが、手に入らなければ良い、と思います」

「そうか」

 ……そうだな。
 ま、じじいの思惑通りに事が運ぶのも、癪だしな。



[25786] 普通の先生が頑張ります 8話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 10:36

――――――エヴァンジェリン

「綾瀬さん達が今夜、図書館島に忍び込むそうです」

 学校が終わり、ちょうど帰宅すると茶々丸がそんな事を言いだした。
 ふと、何の事か考え――そう言えば、じじいにそんな事を頼まれていたな、と。
 しかし――我がクラスながら、本当に食い付くとは。

「ほう……随分と遅かったな」

「はい。彼女は図書館島の罠、通路をおそらく2-Aの中の誰よりも熟知しています。
 準備を万全にして臨むつもりだと思われます」

「……入った事は無いが、そこまで酷いのか?」

「一般人では、地下三階以降は踏破は不可能かと」

 どうして学園にそんなものがあるのか……全くもって理解に苦しむな。
 まぁ、地下には貴重な魔道書やら、マジックアイテムが置いてあるらしいが。
 現状、必要な者はじじいに頼めば手に入るので、いまだ入った事はない。面倒だし。

「しかし、綾瀬という事は、バカレンジャーが行くのか?」

「はい。それと図書館探検部の面々で」

「――何だ、その珍妙な部活は?」

「図書館島を踏破し、マップを作る部活だと報告してあります」

「……そうか」

 一般人では踏破が不可能な場所を踏破し、マッピングする部活、か。
 よく創部の許可が下りたものだ。

「どうなさいますか?」

「ん?」

 そう、だな――。
 どうしたものか……。

「ぼーやはどう動くか判るか?」

「ネギ先生は、おそらく参加されるかと」

「おそらく?」

「同室の木乃香さんが参加されるので、その流れで明日菜さんとネギ先生も」

 なるほどな。
 何だかんだで押しに弱いからな、あの二人は。
 ふむ。

「様子を見に行く、時間の確認と準備をしておけ」

「わかりました」

 そう一礼し、部屋を出ていく。
 ――どうなる事か。
 制服から着替えをしながら、溜息を一つ。

「じじいの掌の上、か」

 もし本当にそうだとしたら――それだけでしかなかったという事か。
 期待していた訳ではないが、それでも落胆してしまう。
 所詮は、まだ子供か……。

「ふ……まぁいい」

 愚かな子供なら、それだけ踊らせやすいというものだ。
 手応えのある獲物も悪くないが、愚かな獲物もそれなりに楽しめる。

「マスター、楽しそう」

「ああ、それなりに悪くない気分ではある」

 メイド服に着替えた茶々丸が戻り、制服を洗濯しに持っていく。
 楽しそう、か。
 そうなのだろうか? 自分の事だが、良く判らんな。







 その夜、皆が寝静まる時間帯――吸血鬼の時間に、図書館島に赴く。
 目的はもちろん、魔法の本なわけだが。
 あのじじい、本当にそんなのを用意したんだろうか?
 それはそれで、どんなものか興味があるな。

「楽しそうな事をするらしいじゃないか?」

「……エヴァンジェリンさん?」

 最初に声を掛けたのは、この中で最も“本”に興味を示しているであろう綾瀬。
 どうにも、私が流した噂に飛び付いたのはこいつらしい。

「どうしたんですか?」

「一枚噛ませろ。図書館島に入るなら、茶々丸も役に立つぞ?」

「……何が目的なのです?」

「“本”に興味があるだけさ――どんなものか、な」

 疑っている?
 まぁ、当然か。自分で言うのもアレだが、私も人付き合いが良い方ではないからな。
 準備をしていた早乙女、宮崎、長瀬、佐々木もこちらを見る。
 しかし、揃ったのはバカレンジャーばっかりか。
 宮崎のどかと早乙女ハルナは、綾瀬夕映の付き添いと言ったところか。
 もしくは、ただ楽しそうだからか。
 ……どうでも良いか。

「判ったです」

「そうか」

 別に、お前がどう言おうが、私は参加――見学するのを止める気は無いがな。
 一言そう言い、皆とは少し離れた場所に、腰を下ろす。

「茶々丸、お前は私を守れ」

「判りました」

 流石に、こんな事に魔法を使うのも馬鹿らしい。
 万が一があっても、茶々丸ならどうにでも対処できるだろう。

「先生は来ないのか?」

「木乃香にネギ先生を連れてきてもらうように、頼んでるです」

「……神楽坂明日菜は?」

「来ないと言ってたです」

 ほ、う。

「来ないと言ったのか?」

「アスナは明日のバイトがあるから、来ないアル」

 真面目な事だな――じじいが喜ぶ訳だ。
 教育者からすれば、それより勉強を……と、あの男は言うんだろうが。
 他人事ながら、そう的外れでは無いであろう考えを浮かべ、小さく笑う。

「しかし、魔法の本とやらは、本当にあるのでござろうか?」

「どうだろうな」

 さて、じじいが何を用意しているのかは判らんが……本当に、どうなる事やら。
 これだけの一般人を巻き込んで、どうするつもりか。
 こいつら全員と仮契約でも結ばせるか?
 身体能力的には問題無いだろう、長瀬とクー。
 綾瀬達も、アーティファクト次第では戦力になるかもしれんしな。

「しかし、エヴァンジェリン嬢と茶々丸殿もそういうのに興味があるでござるか?」

「そうだな……まぁ、な」

「私は、マスターがこちらに来られましたので」

 もう少し、歪曲な物言いはできないのか、このボケロボは。
 マスターなんか、普通は聞かないだろうに。
 しかし、長瀬楓はそうでござるか、と。あっさり頷いてるし。
 相手がバカで助かったぞ……それとも、私が考え過ぎなんだろうか?

「それにしても、ネギ先生の卒業課題が2-Aの最下位脱出なんて、難しいアル」

「……何?」

 何だそれは、と茶々丸を見上げるが、首を横に振る。
 どうやら、茶々丸もその情報は持っていないらしい。
 私も、そんな話は聞いていないんだが。

「知らないアルか? ネギ先生、次のテストで2-Aが最下位ならクビらしいアル」

「それに、拙者達も小学生をもう一度とか、色々噂がたってるでござる」

 あ、の、くそじじい。
 私の情報以外にも、噂をバラ播いたのか……。
 しかし小学生とは……もう少し、マシな噂は無かったのか?
 それは流石に、誰も信じないだろう。

「そうか……いや、流石に小学生云々は無いだろ」

「そうでござろうが、何か罰が下るのはあるかもしれないでござる」

 まー、毎回最下位だったからな……あるとしても、春休みに勉強会くらいだと思うが。
 それに、ぼーやもどんな事があれ、きちんと課題はクリアすると思うがな。
 それが本人の実力か、それとも誰かの助けが入るのか。
 ……まったく。あのじじいの身内への甘さも、考え物だな。

「お、来たでござる」

「む」

 茶々丸を見上げると、それから数瞬して、図書館島と学園を繋ぐ橋に目をやる。
 ……こいつ、気配の感知範囲は私達以上か?

「あれ、アスナも来たアル」

「うわ、夜の図書館って怖っ」

 何でお前まで来てるんだ……まったく。

「バイトが忙しくて来ないんじゃなかったのか?」

「あれ、エヴァ? あ、茶々丸さんも」

「こんばんは、明日菜さん」

「エヴァはどうしたのー?」

 はぁ、相変わらず能天気な奴だな。
 その後ろでは遅れてきた近衛が皆に謝っている。
 ぼーやは、

「ふぁ」

 欠伸をしていた。パジャマ姿で。
 ……頭痛を抑えるために、目頭を指で押さえる。
 どういう状況だ、これは。
 まぁ、しっかり杖だけは持っているのは褒めても良いが。

「あ、エヴァも国語悪かったもんね」

「……お前らと一緒にするな」

 それに、私は点数なんか気にしていない。
 とりあえず、補習を受けるような点数でもないしな。

「はー、魔法の本なんて信じてるの?」

「ふん――お前はどうなんだ?」

 ぼーやの魔法を見た事があるお前なら、それも現実にあると感じるんじゃないか?
 正直に言えば、この中で一番その存在を信じれるのも、コイツかも知れん。

「信じないわよ、胡散臭い」

「ほう」

「それに――まぁ、魔法なんて、胡散臭いじゃない」

 ――ほぅ。

「碌なもんじゃないわよ、魔法なんて。どうせエッチなもんじゃないの?」

「そ、それもどうかと思うが……」

 魔法って、あんまり好きじゃないんだよねー、と言いながらぼーやについて行った背を目で追う。
 ……はぁ。

「あまり、ネギ先生の事を信用してないようですね」

「そーみたいだなぁ」

 疲れたと言うか、何というか。
 一気に気力を持っていかれた気分だ……。

「揃ったですか?」

「どう言う事ですか、コレ?」

 何の集まりですか? と言う声に耳を傾ける。
 さて――。

「ネギ先生の為だよ。皆で集まったの」

「佐々木さん?」

「水臭いアル、先生」

「クーさん?」

「そうでござるよ」

「え? え? どう言う事ですか?」

 ふぁ――欠伸を一つし、そのやり取りを離れた場所から観察する。
 さて、どうなる事か。じじいの思惑通りか、それとも……。
 自然と頬が緩むのが判った。

「マスター、楽しそう」

 ああ、と
 そうだな、と。――認めよう。私は今、楽しんでいる。
 この、じじいの用意した茶番劇を。
 その結末を。
 ナギ……お前の息子がどれほどのものか、見せてくれ。
 どれほど澄み、どれほど淀んでいるのか。

「な、何で僕の課題の事知ってるんですか!?」

「皆知ってるアル」

「えーーっ!?」

 しかし、課題内容をバラすのはどうかと思うぞ?
 まったく……。
 それとも、ぼーやがその辺りをキチンと情報管理をしていなかったのか。
 どっちもありそうで、余計に頭が痛くなってしまう。
 はぁ……ナギ、お前の息子は、何と言うか……なぁ。
 まぁまだ10にも満たないガキだしな。

「それで、そんなネギ君の為に魔法の本を探しに来たんよ」

「木乃香さん……え? 魔法の本、ですか?」

「そうえ、読むだけで頭が良くなるらしいしなぁ」

「いや。そんなの無いから、木乃香」

 ……この中で一番の常識人がお前か、神楽坂明日菜。
 あの先生の苦労が何となく判った気がするよ。
 頭痛を抑えるために、目頭を押さえる。
 ついでに、気付かれないように小さく溜息も吐く。

「それじゃ、揃った事ですし、早速潜るです」

「え? え?」

「明日も学校でござるしな」

「図書館の下は罠ばかりですから、気をつけないと」

 さて――と。
 進み始めた一団に付いていこうとし

「ま、待って下さいっ! 罠ってなんですか!?」

「え? 図書館の地下の罠ですよ」

「……な、なにそれ? 聞いてないんだけど?」

 さも当然と言った風に言うな、宮崎のどか。
 その異常性に少しは気付け。
 普通の図書館に、罠なんか無いからな?

「危ないですよ!?」

「大丈夫です。今回は長瀬さんとクーさんも居るですし、私達も地下に潜るのは慣れてるです」

「そんな問題じゃないですよ」

 まぁ、そうなんだがな。
 ふむ――上げた腰を再度下ろし、ぼーやの出方を見る事にするか。

「皆さんにもしもの事があったらどうするんですか!?」

「大丈夫アル。ワタシ達馬鹿な分、荒事は得意ネ」

「そういう問題じゃないでしょ!? 何、罠って!?」

「貴重書狙いの盗掘者から本を守るための罠です」

「あっさり言うなっ! そんな危ない事――」

「駄目ですよー」

 ……そんな罠なのか、ここのは。
 たかが本に、物騒だな……まぁ、地下に置いてある魔道書の類だけだろうが。
 しかし、一般人が立ち入る事が出来る所に魔道書とは……流石にどうかと思うぞ、じじい?

「でも、テストで点数取らないと、ネギ先生課題合格できないんでしょ?」

「……大丈夫、です」

「そんなの良いですから、危ないのは駄目ですっ」

 ――ほぅ。
 少し離れていたが、その声はハッキリと耳に届いた。

「ネギ先生……お前にとっては、課題は“そんなの”程度なのか?」

「え? ――ぁ」

 は、はは。
 面白い事を言うじゃないか、ネギ=スプリングフィールド。
 本当に、面白い事を。

「そうだよ、ネギ先生。課題クリアしないと」

「で、でも」

 私が言いたいのはそんな事じゃないんだがな、佐々木。

「皆さんにもしもの事があったらどうするんですかっ」

「拙者とクーが居るでござるよ」

「長瀬さん達の手が届かない所に居たら、どうするんですか?」

「ぅ……それは、離れないように」

 ふん、私を見るなよ。
 私は離れて動くぞ? その方が楽しそうだからな。
 笑ってその視線に答えると、長瀬は頭を垂れた。

「でも、それじゃどうするです? 2-Aが最下位脱出なんて」

「大丈夫です、きっと出来ますから」

 ……そうは思えないがな。
 少なくとも、今までのままなら。

「先生から聞いてますし、僕も確認しました。
 皆さんちゃんと成績が上がってきてるんです。今の状態なら、きっと最下位脱出できますっ」

「うーん、そうアルか?」

「はいっ。それに、そんな魔法に頼ったら、きっとまた来年もその魔法の本を探さないといけませんし」

「それもそうアルね。……流石にもう一度は、面倒臭いアル」

「大丈夫です。自信を持って下さい――皆さんは、馬鹿じゃないんですから」

 そう言った顔は、笑顔。
 ふぅん――。

「でも、私達皆からバカレンジャーって呼ばれてるし」

「なら、期末テストが終わったら、誰にも呼ばせません。きっと誰も呼ばなくなります」

 ――随分と、前向きな事を言うじゃないか。
 まるで、一端の教師のようだな。
 しかしそれは、結果ありきの答えだ。
 結果が散々だったら、きっとまた誰もがバカと呼ぶだろう。

「明日菜さんだって、先生から褒められてましたし、夕映さんだってきちんと勉強すれば出来たじゃないですか」

「ぅ」

「まだ3日あります。土日もあります。きっと大丈夫です、魔法の本なんかに頼らなくても、皆で頑張りましょう」

「ですが……」

 最後の抵抗は、綾瀬。
 まぁ、この雰囲気ではもう無理かもしれないが……。

「ぼーや」

「何ですか、エヴァンジェリンさん?」

 それじゃ、じじいは納得しないんだよ。

「その魔法の本があれば、最下位脱出どころか、学年トップだって狙えるんだぞ?」

「そ、そうですっ。やっぱり、一度はトップも取りたいですっ」

「――」

 お前の場合は、魔法の本が目当てだろうが、綾瀬。
 ……私は、どうでもいいが。

「綾瀬さん、本当に学年トップが取りたいんですか?」

「――はい」

 そして、一呼吸置いて

「なら、今から一緒に勉強しましょう」

「へ?」

「一夜漬けじゃなくて、三日漬けですけど、綾瀬さんなら詰め込めば大丈夫なはずですっ」

「いえ、そうじゃなくてですね……」

「綾瀬さん」

 その顔は、今まで見た事の無いネギ=スプリングフィールドの顔。

「魔法の本なんか頼って点数を取っても、駄目です。きっと、駄目なんです」

「………ぅ」

「それは、担任として許可しません。出来ません」

 ――迫力のある、怒り。
 だがそれも、吸血鬼である私にとっては可愛いものだが。
 そして、その怒りは、何に対してか……。

「大丈夫です、皆さんなら出来るって僕は信じてますから」

「………はい」

 それも一瞬。
 だが、

「よくもまぁ、今までが今までの奴らを信じられるな」

「え?」

「判ってるのか? 信じた結果が、駄目だったら」

 課題失敗。おそらく、魔法界へ帰される――事は無いだろう。
 だが、信じた結果、裏切られた者の末路が――。
 その目は、まっすぐに私を見、

「それでも、信じます」

 それは、まるでどっかの先生を思い出させる目だった。
 まっすぐと、ちゃんと目の前の人を“見ている”目。
 ……まぁ、アレと比べると、まだ弱々しいものだが。



「僕は先生ですから」



 さぁ、帰って勉強しますよー、と言う声は遠い。

「マスター」

「ああ、帰るか」

 なんだ……と、自然と笑みが零れた。
 じじいの茶番を潰したのは結局、ネギ=スプリングフィールドでも、私でも、予想外の生徒でもなかったのか、と。
 本当に、ただの茶番だった訳だ。

「案外化けるかもな」

「誰が、でしょうか?」

 考えろ、と答え、帰路につく。
 文字通り茶番に付き合わされたのに、そう気分は悪くない。

「これから面白くなりそうだな」

「そうですか?」

「ああ――」

 魔法使いとしては、間違った答えだ。
 だが教師としては、正しい答えだろう。
 なら……あのぼーやが目指す“立派な魔法使い”としては、どうなのだろうか?
 本当に、化けるかもしれんな――。





――――――

「おはよう、絡繰」

「おはようございます、先生」

 毎朝恒例となった、マクダウェル宅前での朝のあいさつの後、いつものようにリビングに通されると、

「おはよう、先生」

「……おはよう、マクダウェル」

 なんと、マクダウェルが起きて朝食を摂っていた。

「どうした、私が起きているのに……そんなに驚いたか?」

「ああ、いや。うん。おはよう」

 すまん、驚いた。
 それはさっき聞いた、という声を聞きながらソファに腰を下ろす。

「ふん――それより」

「ん?」

 なんだ? やたら機嫌が良いな。
 まぁ、生徒が機嫌が良いのは良い事だ、うん。

「どうした? 昨日何かあったのか?」

「話の腰を折るな。それより、期末の調子はどうだ?」

「んー?」

 生徒がそんな事聞いてくれるなよ……。
 苦笑し、

「答えられる訳無いだろ。お、すまんな絡繰」

「いえ」

 差し出された紅茶を受け取り、一口啜る。

「相変わらず、絡繰はお茶を入れるのが上手いなー」

「恐れ入ります」

 この会話も何度目か。
 そんな事を思いながら、もう一口。

「なんか機嫌が良いな。良い事でもあったのか?」

 この前の……何だっけ? そう、魔法の本とかの時とは正反対だ。
 うん。朝から機嫌が良いのは良い事だ。

「そうでもない――が、一つ予言をしてやろう」

「……またか?」

「そう言うな」

 いや、正直お前の予言は嫌な予感しかしないんだ。
 最初が最初だっただけに……。
 自分でも頬が引き攣るのが判った。

「くく――今回は、先生にもそう悪い話じゃないと思うがな」

「……ふぅん」

 もう一口――と、あ、紅茶無くなった。

「ま、そんなに聞くのが嫌なら、言わんよ」

「って、ここでそれか」

「ああ」

 楽しそうだなぁ。
 何でそんなに機嫌が良いんだろう?
 ……でも、他の生徒達のご機嫌に比べたら、まだほんの些細な変化なんだよな。
 飛び上がって喜んだりしないんだろうか?
 まぁ、キャラじゃないか。
 自分の中のマクダウェルがあまりに可笑しくて、小さく笑ってしまう。

「何を笑ってる?」

「んー、ま、マクダウェルが朝から機嫌が良いからな」

「なんだそれは――それに、そんなに機嫌が良い訳じゃない」

「はいはい」

 あ、絡繰おかわりー、と声を掛けて、時計を見る。

「もう少ししたら出ないとなぁ」

 しかし、今朝はゆっくりできるな。

「今日は時間があるな」

「マクダウェルが起きてるからなぁ」

 これからもこの調子で頼む、と言ったら一言で断られた。
 はぁ。

「ふん――こういうのは偶にだから価値があるんだ」

「いや、それは自分で言うなよ……」

「誰が言っても意味は変わらんだろ」

 まぁそうなんだけどなー。

「それより、ちゃんと試験勉強はしてるか?」

「……ま、気が向いたらな」

「絡繰、マクダウェルがちゃんとしてるか、見といてくれないか?」

「判りました」

「……だから、何故――まぁ、いい」

 その小さな溜息を聞きながら、紅茶をもう一啜り。

「魔法の本」

「ん?」

「魔法の本、もし手に入ったらどうする?」

 あの頭の良くなる? と聞くと首肯された。
 うーん、手に入ったらねぇ。

「マクダウェル、要るか?」

「……もういい、判った」

 どうせ、そんなの手に入らないからなぁ。
 どうすると言われても答えようがないのが本音なんだが。

「真面目だな」

「ま、先生だからなぁ」

 生徒の見本にならないと。
 結構大変なんだよ、先生も。




[25786] 普通の先生が頑張ります 9話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 13:58

「あら先生、ご機嫌ですね」

 あ、源先生。

「いやー、そうでもないですよ? ええ」

 そんなに顔に出てい……るんだろうな。
 正直、嬉しくて仕方が無い。

「あらあら、本当かしら?」

「は、はは」

「何か良い事があったんでしょう」

「い、いやー」

 新田先生からもそう言われ、緩んでいるであろう頬を引き締める。
 今日、全学年、全教科の期末テストが終わった。
 そして――教師としてあるまじきことではあるのだが……2-Aのテストから先に採点してしまった。
 ……これくらい、なぁ。
 そして今現在、授業も終わり日も落ちた時間――頬がにやけてます。
 ご機嫌ですか? ええ、ご機嫌ですよ。
 だって。

「平均76……」

 今までより約10点の点数アップである。
 ちなみに、計算は3回したので、間違っていないと思う。
 これが喜ばずにいられようか? いや、無理だ。
 おぉ、皆頑張ったなぁ。
 教師として、これほど嬉しい事もないんじゃないだろうか?
 この調子で他の教科も頑張っていてくれよ。

「よっぽど、2-Aの皆さんは頑張ったみたいですね」

「あ、はは――バレてます?」

「もちろん。バレバレですよ」

 は、は……うーん、そんなに俺は判り易いか。
 あんまり、生徒の前じゃ顔に出さないように注意しないとな。
 嬉しいという気持ちはあるが、顔には出さないようにしないと。

「さて、今回はどのクラスが最下位かしら」

「まだわかりませんよ……」

 でも、ウチのクラスが最下位じゃないなら、別のクラスが最下位なんだよな。
 そう考えると、素直に喜べない……か。
 やっぱり、教師は難しい。
 自分と、自分のクラスだけを考えるだけじゃ、なぁ。

「でも、今くらいは良いんじゃないですか?」

「え、えーと」

「今は私と新田先生だけですから、喜んでも大丈夫ですよ?」

「あ、あー」

 そ、そんなに顔に出てるかな、俺。
 これでもトランプとかは得意なんだけどな。

「でも、早く帰らないといけませんからね?」

「は、はい」

 それはまるで、子供に言い聞かせるような言い方で――だからこそ、余計に恥ずかしく感じてしまう。
 うん。帰ろう――テストも終わったし、後はテスト返却と数日の授業で……終わりだ。

「――はぁ」

「今度は溜息ですか?」

「あー、すいません」

「いえいえ。どうしたんです?」

 くすくすと、職員室に小さな笑い声とチクタクと時計の秒針の音が響く。
 あー。

「……これで、2年生ももう終わりだなぁ、と」

「……そうですね」

 あっという間だったなぁ……1年。
 そう考えると、余計に感慨深く感じるのは――年取ったからかなぁ。

「今そんな事を言ってると、来年の今頃はどうなってる事やら」

「は、はは」

 そうですね、と。
 来年はあの子達も3年――卒業である。
 早いものだ……ついこのあいだ中学一年生として入学してきたのにな……。
 ……副担任なのに、卒業式で泣くかもしれん。
 それは流石に恥ずかしいなぁ。

「ですが、先生の気持も判りますよ」

「そ、そうですか?」

 新田先生も嬉しいですか? と聞くともちろんです、という答え。

「……先生。この後、一杯どうです?」

「あ、良いですねー」

 明日は休日ですし、この時間なら生徒もそう居ないだろうし。
 今日くらいは……。

「それなら、私もご一緒して良いでしょうか?」

「もちろんです」

 さって、そうと決まれば帰る準備をするか。
 残りのテストの採点は、明日、部屋でやろう。




――――――エヴァンジェリン

「それで、今度は何の用だ?」

「むぅ、そう毛嫌いせんでもええじゃろ」

 じじいがそう唇を尖らせるな、気色悪い。
 その様を一瞥し、先を促す。

「図書館島の件なんじゃが」

「言っておくが、私は何も手出ししてないからな?」

「それは判っておる。あの場には居たようじゃがの」

「ちっ」

 やっぱり覗いてたのか、このくそじじい。
 それで? と、促す。

「エヴァ、お主はどう思う?」

「今のところ、魔法使いとしては三流だな」

「……厳しいのぅ」

 ま、私も魔力しか見てないからな。
 どれほどの技術と頭を持ってるかは知らん。
 ――あのナギの息子なら、頭は切れるのかもしれんが。
 が、もうすでに一般人に魔法使いだとばれてるのは減点だろう。
 それに、

「どうせ、まだ実戦の一つもしてないんだろ?」

「うむ、そうなんじゃ」

 どうせ、今日呼んだのはその事だろう。
 年寄りの話は、どうしてこうも回りくどいのか。
 さっさと終わらせる為、こっちからその話題を振ってやる。

「ネギくんの事なんじゃが」

「ああ」

「お主、鍛えてみる気は無いか?」

「無いな。次言ったら殺すぞ、じじい」

 話は終わりだ、と立ち上がる。
 下らん。時間の無駄だったな。
 私があのぼーやに――。

「せっかちじゃなぁ」

「こうなる事は判って言ったんだろう?」

「そう悪い話じゃないじゃろ? 対価を言う事も出来る」

 それは――私の“呪い”の解呪法の事を、言っているのか。
 学園の長公認で、スプリングフィールドの血を、望んで良いと言う事か。
 ――――ふん。

「学園長の言葉じゃないな」

 魔法使いとしては――きっと正しい姿だ。
 闇の福音よりも、英雄の息子の方を優先すると言う事。
 ……だから、気に食わん。

「それだけか?」

「いや。それと、3-A……お主たちのクラスの担任、ネギ君じゃから」

「そうか」

 それは、きっと最初から決まっていた事だろう。
 アレがネギ=スプリングフィールドで、ここが麻帆良だから。
 しばらくは、この魔法使いの街に、英雄の息子を飼うと言う事か。

「エヴァ」

「なんだ?」

 扉を開ける。
 まったく……本当に無駄な時間だ。

「呪いを解くのは、自由にして構わん」

「ふん」

「お主はもう十分、“光”を知ったじゃろ?」

 そして、学園長室を出る。
 入り口に控えていた茶々丸に声を掛け、廊下を歩きだす。

「お疲れさまでした、マスター」

「――――ああ」

 そのまま無言で外に出……職員室にまだ電気が付いている事に気がついた。

「先生は居るのか?」

「判りません」

 そうか、と。

「ふ、ぁ」

 今はこんなにも吸血鬼の時間なのに――少し眠い。
 ……まったく。
 どうしてこうなったんだか――去年までの私は、何処に行ったのか。

「帰るか」

「はい」

 ――これから、どうなるのか。


――――――

「ふぁ」

「どうしたんだ? ずいぶん眠そうだなぁ」

 まぁ、いつも眠そうだとは言わないでおくけど。
 欠伸するほどじゃないからな。

「ふん。テストも終わったしな」

 テスト終了から数日後。
 学園へ向かう途中、あまりに眠そうなマクダウェルにそう声を掛けると、そんな答え。
 まぁ、判らなくは無いけど。
 俺もテスト終了の翌日は何時もより遅くに目が覚めたし。軽い二日酔いだったし。

「それで、夜遅くまで起きていた、と」

「はい。就寝なされたのは、深夜の2時過ぎでした」

「おい、バラすなっ!」

 まったく……。

「授業中に寝るんじゃないぞ?」

「テストはもう終わったんだ。どう足掻いても、今更だろ」

「それとは関係なく、だ。授業中は勉強するもんだ」

 はぁ。
 いくらテストが終わったからって、テストの点が最近落ちてきてるのは変わらないんだからな、と。
 少しは勉強して、3年で楽をさせてくれ。

「判った判った、ちゃんと寝ずに起きてるよ」

 また投げ遣りに言うなぁ。
 真面目に授業受ければ、もっと高い点数狙えるだろうに。

「絡繰、マクダウェルが寝たら起こしてくれな?」

「畏まりました」

「だから、何でそこで茶々丸に頼むんだっ」

「……だって、お前確実に寝るだろ」

「ぐ――ふ、ふん。教師は生徒を信頼するもんじゃないのか?」

「信頼していても、注意する所は注意するんだよ」

 大体、そう言うのは信頼とは言わん。

「ちっ、正論を……」

「諦めるんだな。俺の授業の時は、問答無用で起こしてやるから」

「はぁ――面倒な奴に目を付けられた……」

「お前がサボらなければ、大丈夫だったんだがなぁ」

「他人事のように言うなっ」

 はいはい。
 俺も、マクダウェルの扱いに慣れてきたもんだ。
 最近は素行も良いし――3年になったら、皆勤賞でも狙ってもらうかね。
 ……ああ、でも。

「そう言えば、そろそろ花粉の季節だけど、大丈夫なのか?」

「ふん――今年はそう花粉の量も多くないんだろ」

「酷くなったら休んでいいからな?」

「――ふん」

 マクダウェルって、花粉に酷く弱いんだったな。
 去年の今頃も、それで休んでたし。
 このまま、今学期中は大丈夫だと良いんだが。

「休むなと言ったり、休んでいいと言ったり」

「はは――まぁ、あんまり無理はするなと言う事だな」

「私にとっては、朝起きる事も無理の一つなんだがな」

「はいはい」

「……まぁ、別に良いがな」

 それじゃ、今日も一日頑張りますか。







「しっかし、毎回思うが派手だよなー、この学園」

 今、電光掲示板に表示されるのは一年生の期末での順位。
 一位から表示されるから、残ると本当に心臓に悪いよなぁ。
 まぁ、最下位から表示されても嫌なんだけど。

「うー、ドキドキするー」

「はは。まぁ、落ち付け佐々木」

 1年の時からそんなに力んでどうするんだ。
 だが、それももうすぐ終わる――次は、俺達2年である。
 いいから隣でハァハァ言うな。

「今からそんな調子じゃ、2年の時は気絶するぞ」

「う、うぅ」

 しかし、集まってきたな。
 周囲は人人人。何でも祭みたいに騒ぐのは、個人的には好きだけど、学校としてはどうだろう?
 ……これを楽しみにしてる生徒もいるみたいだし、良いのかなぁ。

「大丈夫かなぁ」

「……どうだろうなぁ」

「いや、そこは嘘でも大丈夫って言おうよ、先生」

「そうですえ、先生」

 おー、近衛達も一緒に来たのか。
 あれ?
 てっきり神楽坂も一緒だと思っていたが、来たのはネギ先生と近衛の二人だった。

「神楽坂は?」

「明日菜さんは、なんか用事があるそうです」

 場所は教えてたので、後で来られるかと、と。
 ネギ先生と神楽坂って、いつも一緒に居るイメージがあったが、そうでもないのか。
 まぁ、それはそうか。
 自分の考えに苦笑し、視線を電光掲示板に戻す。
 それにしてもどうしたんだろう?
 神楽坂も、こういう祭事は好きだと思ったんだが。

「それより、どう思います?」

「え? えっと……どうでしょうか」

 全教科の点数を聞いていないので、断言は出来ないが――数学だけなら、学年でも中位。
 おそらく最下位は無い――と思うが、問題は他の教科である。
 特に、英語は平均点が64点台……前回の中間より数点だけ上の状態である。
 ……良く授業中に喋ったり遊んだりしてたらしいし。
 来年はちゃんと授業を受けてくれたらいいんだが。

「ま、どっちにしろもうすぐ判りますか」

「で、ですね」

 さて、と。
 1年も終わったか……次は、2年。

「うー、ドキドキする」

「……俺も緊張して来たから、深呼吸でもしろ」

「ぅ。すーはーー」

 素直だなぁ、佐々木。
 その素直さで緊張を和らげ、俺も気付かれないように、小さく息を吸って、吐く。
 佐々木ほどじゃないけど、俺も結構緊張しているのだ。
 しょうがない――やっぱり、自分の受け持った生徒達の事なのだ。
 ……緊張しない訳が無い。

「あ、見つけたっ」

 ん?

「おー、神楽坂――マクダウェル達も来たのか」

 珍しい。神楽坂と一緒だなんて。
 気になって見るにしても、一人で見てると思ったんだが。

「えぇい、判ったから手を引っ張るな、神楽坂明日菜っ」

「だって、見失うじゃない」

「それは私の身長の事かっ」

「うん」

 あっさり言ってやるなよ……。
 それにしても、仲良くなったよなぁ、この2人も。
 良い事だ、うん。

「楽しそうだなぁ」

「何処をどう見たらそう見えるっ」

「先生、順位の方はどうですか?」

「あ、そうだった」

「無視するなっ」

 しかし、何時の間にこいつらは仲良くなったんだ?
 まぁ、この調子なら次の学年じゃマクダウェルのサボりも大丈夫だろうな。
 うん……神楽坂には感謝だな。

「私は別に、順位などどうでも良いんだがな……」

「いーじゃない、どうせ茶々丸さんと一緒に暇してたんだし。ねぇ?」

「はい」

「茶々丸っ! お前が同意するなっ」

 ネギ先生と佐々木は可哀想なくらい緊張してるのに、この二人は楽しそうだなぁ。
 ま、緊張が無いってのも、良いのかもな。

「おい、何だその顔は」

「ん?」

 そんな事を考えてたら、思いっきり睨まれていた。
 うーん……相変わらず、こういう顔は怖いなぁ。
 と言うか、教師を睨むな、教師を。

「いや、何時の間に神楽坂と仲良くなったんだ?」

「ふん……別に仲良くなんかない」

「そうかー」

 こういう所は判り易いなぁ、と。

「おいっ」

「ねー、エヴァ。ウチってどのくらいの順位か賭けようよ」

「あ、うちもー」

 おいおい、まったく。

「教師の前でそういう事を言ってくれるなよ」

「あ、えーっと……お昼の飲み物くらいで」

 しかも、小さいなぁ。

「じゃあ、うちは10位で」

「私は下から2番目かなぁ」

 それで、と二人の視線がマクダウェルに向く。

「…………7位だ」

 結局お前も乗るのな。
 それがまた微笑ましくて、苦笑してしまい……また睨まれた。
 だから怖いって。

「茶々丸さんは?」

「私もですか?」

 神楽坂は、本当に誰とでも仲良くなるなぁ。
 きっと、一種の才能なんだろうな。

「いや、絡繰が思ったように言って良いと思うぞ?」

 どうして俺を見る?
 流石に、俺も順位までは知らんからな。

「僕は4位ですっ」

「じゃあ私は9位」

 それだけ緊張しても、この話には乗ってくる二人に苦笑してしまう。
 ネギ先生も、随分2-Aに馴染んできたんですね。

「なら俺は5位でいこうかな」

「先生も高い所狙ってはるんですねー」

「はは――それだけ、皆が頑張ってたのを見てたからなぁ」

 テスト前の休日なんて、皆で集まって勉強会してたみたいだし。
 ……内緒にされてたのは結構ショックだけどなぁ。

「始まります」

「ふん」

 絡繰の声に、一斉に電光掲示板を見上げた。







 ふと、手が汗まみれなのに気付いた。
 俺も緊張してるんだな、と。

「今9位が終わった?」

「ああ……大丈夫か佐々木?」

「うん」

 流石に――そろそろ笑ってられなくなってきたな。

『第10位っ……2-M』

 遠くで、溜息の声。
 こっちは溜息もつけないと言うのに――。

「おいおい先生、大丈夫なのか?」

「いや、流石に順位までは知らされてないしな……」

「ちっ。肝心な所で役に立たんな」

「……本当に、もう容赦無いなのな、マクダウェル」

「ふん」

 お前だって、順位なんか関係無いとか言ってたくせに見入ってるじゃないか、とは言わない。
 きっと、この変化はマクダウェルにとっては良い事だと思うから。
 ――ああ、少しだけ……気が楽になった。
 だから、油断した。

『第11位――なんとっ、2-Aっ』

 だから、周りの皆が歓声を上げた時――俺一人だけ、声が出なかった。
 ぼんやりと、ただ……やった、と。そう思った。 

「おめでとうネギ先生っ、これでクビにならなくて済むねっ」

「おめでとう、ネギ」

「よかったえ、最下位やのぅて」

 一瞬で生徒に揉みくちゃにされてしまったネギ先生を、少し離れた位置から眺める。
 良かったですね、と。
 しかし、何時の間にあれだけ揃ったんだ? 全然気付かなかった……。
 それに、何でネギ先生の課題の事知ってるんだろう?
 ま――今は良いか。

「良かったじゃないか、先生」

「おー」

 気が抜けたと言うか、何というか。
 うん。
 やっぱり、俺は自分で思っていた以上に緊張していたみたいだ。

「何だその気の抜けた声は」

「ぅ……まぁ、なんというかな」

 絡繰は? と聞くと、彼女は何時ものようにマクダウェルの後ろに控えていた。

「先生、嬉しそうです」

「そ、そうか?」

 ま、あ――なぁ。
 最下位は無いって、思ってたが……実際、そうじゃないと判ると嬉しいもんだ。
 どれだけ頑張っていたのか知っている。
 それを見ていたし、少しは力に慣れたと思うから。
 でも、だ。
 世の中、どんなに頑張って無駄な事って言うのは確かにあるんだ。
 ――俺は、それを知っている。
 大人になると、それが嫌でも判ってしまう。
 だから……うん。
 ネギ先生を中心に、揃ったクラスの皆を見る。
 この子達の頑張りは無駄じゃなかった。
 その事が、一番嬉しい。
 今までが今までだったから。

「まぁ……そりゃ、嬉しいさ。皆が頑張った“結果”が出たんだから」

 一言一言に、感情が乗ってしまう。
 嬉しいという気持ちと一緒に、こう、何というか――自然と、笑ってしまった。

「ふん。その割には、先生が生徒より喜んでそうだがな」

「ぅ」

 そんなに顔に出てるのだろうか?
 手の平で両の頬を揉み解し、ソレを抑える。
 恥ずかしいなぁ。

「マクダウェルは嬉しくないのか?」

「ふん……別に、いつもと変わらんさ」

「……ふぅん」

 その割には、その視線はネギ先生達の方から動かない。

「――なんだ?」

「いや、別に……なぁ、絡繰?」

「はい」

「どうしてそこで茶々丸に振るっ」

 お前は本当に、最近は怒りやすくなったなぁ。
 それだけ感情を出すようになったのは良い事なんだけど、笑ったりはしてくれないものか。
 まぁそこは、神楽坂に期待するとするか。

「おいっ」

「しっかし、このクラスの来年が楽しみだな」

「……無理やり話題を変えたな」

「……さて、何の事やら」

 ネギ先生の方は生徒達に任せて、その様をぼんやりと眺める。
 うーん、羨ましい。
 俺も生徒達に囲まれてみたいものだ……相手は中学生だから反応に困ってしまうし、やっぱりいいや。

「来年、ね」

「来年こそサボるなよ? また迎えに行くのはしんどいからな」

「ふ――授業がつまらなかったら、判らんな」

 おー、そりゃ責任重大だなぁ……はぁ。

「喜んだり落ち込んだり、忙しい奴だな」

「あ、すまん」

 っと……生徒の前で顔に出てたかな?

「いや、これで後は卒業式だけだからな」

 もう、2年生の時間も終わる。
 ――それを、少しだけ寂しいと感じてしまった。

「来年はマクダウェルも受験だなぁ」

「……そうかもな」

「就職するのか?」

「そうかもしれないな」

「まだ決めてないんだな」

「――――そうだな、先生?」

「ん?」

 何気なく見上げてきた顔。
 その目。
 変わらない声音。
 なのにいつもより真剣に聞こえる声。
 そんな声で、

「あと1年、よろしくな」

「おう」

 それは、どんな意味があったのか。
 妙な言い回しに聞こえた。
 もしかしたらその言葉には、この子の“家庭の事情”が絡まっていたのかもしれない。
 でも、それがどんな意味であれ、答えは決まっている。
 だから、一瞬の間も置く事無く応える事が出来た。

「本当にか?」

「おー。先生がちゃんと卒業できるようにしてやる」

 進学か就職かも、相談に乗ってやる――。
 だから、変な事は心配しなくて良いからな、と。

「…………は。なら、来年も先生は苦労するな」

「そ、そうか」

 それは勘弁してほしいんだが、と呟き、ポンポン、とその低い位置にある頭を撫でてやる。
 まぁ、周りに生徒もいるし一瞬だけだが。
 やってしまった後、怒られるか? とも思ったが、お咎めは無し。
 よっぽど機嫌が良いらしい。
 いつもこの調子なら何の心配もないんだがなぁ。

「大変だな、先生」

「ま、しょうがない。先生だからなぁ」

 そうか、という小さな呟き。
 嬉しかった。
 テストの順位もそうだが……マクダウェルが、そう言ってくれた事が。
 教師として頼られた事が。
 うん――きっと、俺のこの一ヶ月は無駄じゃなかったんだ。

「その為にも、皆勤賞を狙ってくれるとありがたい」

「それは無理だな」

 即答か。
 まったく。

「絡繰、来年もこのダメなご主人さまをよろしく頼む」

「判りました」

「おいっ。茶々丸、そこは否定しろっ」

 だって、朝起きれないなんて駄目だろ。学生として。
 


 そして、終業式の日。
 3-Aの担任が誰になるか聞く事になる。
 大変な……本当に大変な、1年が始まる。




[25786] 普通の先生が頑張ります 10話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 14:38

「先生、何してはるんですか?」

 春休み。
 実家に帰る事もなく、麻帆良の中をのんびりと散歩していたら声を掛けられた。
 ……着物姿の近衛に。

「おー……近衛か?」

 着物姿の女の子なんて成人式以来なので、少し自信は無かったが。
 この独特の話し方は、間違いないだろう。

「ややわー、うち以外に誰に見えます?」

「いやー、着物姿なんて初めて見たからなぁ」

 どうしたんだ? と聞くと曖昧に笑われた。

「良く似合ってるなぁ」

「おおきにー」

 そう言ってクルリと一回転。
 うん。いつもの近衛だ。

「神楽坂は?」

「明日菜は今日は他の皆と遊んどるえ」

「そうか。今日はなんか用事でもあるのか?」

「うん。今からちょっと学校の方に」

 学校?

「春休みで閉まってるぞ?」

「大丈夫。おじーちゃんからの用事やから」

 お爺さんって……。

「学園長?」

「そやー……もう、朝から憂鬱やわぁ」

「憂鬱って」

 その顔が、目に見えて曇る。
 まったく――まぁ、この年代だと用事って嫌がるよな。
 俺も身内からの用事とか結構嫌ってたし。
 せっかく綺麗な着物なのに、勿体無い。

「時間があるなら、なんか飲むか?」

 ジュースくらいなら奢ってやるぞ、と言うと笑われた。

「着物姿の女の子にジュースは無いですよ」

「はは――」

 確かに、そうかもなぁ。
 だとすると、どう誘えば良いのか――。

「この先に、あんみつの美味いお店があるんですけど、どうですか?」

 なるほどなぁ。

「うーむ、そう誘えば良かったのか」

「そうですえ。で、どうです?」

 どうやら、逆に誘われてしまったらしい。
 まぁ、時間はあるから良いんだが。

「でも、先生と一緒に居たら折角の休日が勿体無いぞ?」

「奢ってもらうから大丈夫です」

 あー、そう。
 そう言う事ね。
 結構ちゃっかりしてるのな、近衛。
 でもまぁ、その笑顔が見れたから良い……かなぁ?
 そう苦笑してしまう。

「お昼まで時間ありますから、ええでしょ?」

「判った判った」

 ま、良いか。
 そんな綺麗な着物を着て、暗い顔をされるよりは、マシだろう。
 うん。







「先生、良く散歩とかされてはるんですか?」

「んー……まぁ、時間がある時はなぁ」

 大体は、部屋で本の虫だぞ、と言うと笑われた。
 うん。折角の着物姿なんだ、笑ってないとな。
 しかし。

「良く入るなぁ」

「甘いものは別腹ですえ」

 ……ダイエットとかとは無縁なんだろうなぁ、この食べっぷりだと。
 そんな失礼な事を考えながら、頼んでいた抹茶アイスを食べる。

「そんなに食べて、昼は入るのか?」

「お昼は――今日はそう食べまへんから」

「そうか」

 まぁ、近衛がそう言うんなら別に良いが。

「三食ちゃんと食べろよ? 体に悪いからな?」

「判ってますえ」

 ま、三食コンビニにお世話になってる俺が言うのも変だがなぁ、と。
 また小さく笑われ、アイスを口に含む。

「着物姿は初めて見たけど、学園長の用事って結構あるのか?」

「へ?」

「いや、初めてってわけじゃないみたいだし」

 憂鬱だって言ってたし、用事の内容も知ってるって事だろう。

「ま。あんみつ奢ってやったんだから、学園長の言う事、ちゃんと聞くんだぞ?」

「……むー。先生はおじーちゃんの味方ですか?」

「おー。綺麗な着物着て憂鬱な顔じゃ学園長も困るだろ」

 学園長が関わってるなら、俺が出る幕もないだろうしなぁ。
 出来る事ってこれくらいしかないのが、一教師の辛い所か。

「先生は酷い人ですなぁ」

「う……そんなに嫌なのか?」

 まさか、あんみつ奢ってまで酷い人言われるとは思わなかった。
 学園長……一体何させようとしてるんですか?

「あ、店員さん。あんみつおかわりお願いしますー」

「まだ食うのか」

「別腹ですえ」

 ……よっぽど、その用事が嫌なんだろうか?

「ねぇ、せんせー」

「んー?」

 うーむ。まぁ、昼まで付き合うか。
 と腹を括ったら、

「おじーちゃん、お見合いが趣味なんですよ」

「そ、そうか」

 という爆弾を投げられた。
 そんなの、身内じゃない俺にどう答えろと?
 ……しかし、まだ中学生なのにお見合いって。
 副担してるから忘れがちだが、やっぱり近衛って学園長のお孫さんだから、こういうのってあるんだな。
 流石に、これはなぁ……。

「お昼から、お見合い用の写真を撮る事になってるんです」

 どう答えて良いか判らずに黙ってしまうと、余計に気まずくなってしまう。
 けど、こういうのはそう簡単にも答えられるものでもないだろう……いくら近衛が中学生でも、だ。

「いっつも無理やりなんですよー」

 そう言った所で、追加で注文したあんみつがくる。
 助かった……と言えるのか。
 しかし、お見合いかぁ。
 それはなぁ。経験無いし。
 どう答えたものかなぁ、と。

「先生。良い断り方知りません?」

「あー、そう言う事な」

 良かった。
 見合い相手の相談とかだったらどうしようかと思ったぞ。
 ……でも、断り方ねぇ。
 それはそれで問題だな。
 ドラマとかだと、好きな人が攫いに来たり、とかするんだろうけど。

「近衛は、好きな人とかは……」

「おりませんよぅ」

「だよなぁ」

 女子校だしなぁ。
 まぁ、だからこそ学園長がお見合いなんて勧めてるんだろうが。

「相手はうちの倍の歳の人とかも居るんですよ?」

「そ、それは、ちょっと考えるな……」

 倍かぁ……流石にそれはなぁ。
 しかし、学園長って、どういう基準で相手選んでるんだろう?
 それとも、そう言う役職だから、向こうから来るんだろうか?
 うーん――断る方法ねぇ。

「誰か気になる人でも居ないのか?」

「それが、男の子の知り合いって……ネギ君くらいやし」

「……あー、そうかぁ」

 この年頃で、しかも女子校生なら、知り合う接点が無いしなぁ。
 だからと言って、ネギ先生を勧めるわけにもいかないし。

「それに、そう言うウソっておじーちゃんすぐ判るんですよ」

「勘が良いんだなぁ」

「そうなんですよ。今日会ったのも何かの縁と言う事で、良い案ありません?」

 だがなぁ。

「そんなにお見合いは嫌なのか?」

「はいっ」

 即答されてしまった。

「ウチ、まだ子供やのに……こういうの早いと思うんですっ」

「……そ、そうだな」

 握り拳作って、力説されてもなぁ。

「そんなに嫌なら、きちんと嫌だと言うしかないんじゃないか?」

「え?」

「嫌な理由をちゃんと話してな。さっき言った、自分にはまだ早い、って」

 まぁ、それでも駄目ならもうお手上げだが。
 流石に、本気で嫌がってる相手にお見合い勧める人じゃないと思うし……学園長も。

「そんなんで止めてくれますやろか?」

「学園長だって、近衛が心配だから、そういう事をするんだと思うし」

 うん。
 やっぱり、孫娘が心配でそういう事をするんだと思う。
 まぁ、俺には孫どころか娘も居ないけど……。
 けど、居たらきっと、心配だと思うし。

「だから、きちんと嫌な理由を説明すれば、ちゃんと判ってくれるって」

「本当にですか?」

「……多分」

 締まらへんなぁ、と言う苦笑い交じりの声が耳に痛い。
 結局、その問題は家庭の問題だからなぁ。
 俺なんかが勝手に口を出すのも――きっと間違いなんだと思う。
 学園長が間違えている訳じゃないと思うから、余計に。

「学園長が近衛の事を気にしてるのは……まぁ、割と聞く話だし。大丈夫だと思うが」

 公私混合だと思わなくもないが、でも自分の孫だし可愛くて仕方が無いんだろう。

「そうやろか……」

「どんな人かも知らない。声も知らない人じゃ、流石に好きにはなれないだろうしな」

「そうですえ。おじーちゃんは、そこん所を判ってくれへん」

「はは、厳しいな」

 そう言って怒る近衛は、きっと本気で怒ってる訳ではないのだろう。
 あんみつを食べながら、そう言って一緒に運ばれてきていたお茶を飲む。

「本当に、真剣に言って――それでも止めないなら。
 きっとそれだけ、近衛の事を心配してるってことだと思うぞ」

「……先生は、ちょっと違うんですね」

 違う? 何が?
 そう聞くと、笑ってあんみつを口に運ぶ。

「先生は、お見合いとかした事あるんですか?」

「無いなぁ」

 というか、結婚とか……まだそういう歳じゃないし。うん。
 いや、別に独身でも構わないし。
 そう言うと、同僚の皆さんからは肩を叩かれるんだが……。
 もうそろそろ、そう言うのを考えるべきなんだろうか?
 ……まぁ、別に結婚できなくったって……困らないだろうし、うん。

「恋人は?」

「居たら、きっと近衛じゃなくてその恋人と一緒にあんみつを食べてるな」

「ひどいですえー」

「はは……近衛も、そういう相手が出来ると良いな」

「はいー。やっぱり、結婚するなら好きな人が良いですわぁ」

 しかし、この歳で結婚という単語が出るとは……やっぱり、学園長の孫ともなると、そうなんだろうか?
 俺でも、その辺りはぼんやりとしか考えていないのに……。
 まぁ、俺は俺で、少し問題なのかもしれないけど。
 結婚、ねぇ。

「近衛は誰とでもすぐ仲良くなれるし、きっとそういう相手もすぐ出来るさ」

「そうでしょうか?」

「おー。ネギ先生とも、次の日には仲良くなってたじゃないか」

「良く覚えてますねぇ」

「先生だからなぁ」

 ちゃんと、生徒の事は見てるんだぞ。
 そう言って笑うと、近衛も笑う。

「そんなら、来年もよろしくお願いしますね」

「おー。まぁ、折角の休みなんだし、学校の事は忘れて……遊べ、って言うのも変か」

「今からお見合い用の写真撮りますからなぁ」

 しかも、あんまり乗り気じゃないしな。

「頑張れ、で良いのか?」

「うーん……まぁ、ええんとちゃいます?」

「そうだな。せっかく綺麗な着物着て写真撮るんだ、頑張って綺麗に写ってこい」

 上手く言いましたなぁ、と言われ、苦笑して立ち上がる。
 それじゃ、勘定しますか。







 近衛と別れ、散歩を再開すると

「何をやってるんだ、絡繰?」

 人ごみから少し外れた場所で、猫に囲まれている絡繰を見つけた。
 しかも、今回は鳥も少し居る……よっぽど動物に好かれるんだな、羨ましい。

「先生。こんにちは」

「おー……また増えてないか?」

「はい。困りました」

 はいはい。
 肩と頭に乗っていた猫を取ってやる。
 鳴くな鳴くな……まったく、懐かれてるなぁ。

「しばらく来ないうちに、よくぞここまで」

「……ありがとうございます」

「ああ」

 しかし、

「エサ代もこれじゃバカにならないんじゃないのか?」

「超包子の方の残り物を少々」

「なら、良いけど」

 最初は2匹だけだったのに……もう両手の指じゃ足らないな、この数は。
 その猫を撫でようと手を伸ばし、逃げられた。
 やっぱり毎日来ないと駄目なんだろうか?
 くそう。
 諦めきれずに再度手を伸ばすが、また逃げられた。

「……どうぞ」

「お」

 差し出されたのは、まだ小さな白い猫。
 おー。

「撫でて大丈夫なのか?」

「はい」

 その白い猫を受け取ると、逃げない。
 逃げないので撫でる。
 はぁ。

「先生、楽しそうです」

「そうか?」

「はい」

 まぁ、楽しいからなぁ。

「そうだ」

「……どうかしましたか?」

「マクダウェルはどうしてる?」

 春休みだからって、また遅くまで起きてるんじゃないだろうな?
 そう聞くと、首肯された。

「昼を摂られてから、おそらくまた寝ておられるかと」

「はぁ……そうか」

 新学期から大丈夫か、アイツ。
 また朝起きれないんじゃないだろうな……。

「絡繰、あんまり朝遅いようならマクダウェルを起こしてくれよ?」

「……どのくらいの時間に起こせばいいでしょうか?」

 そうだなぁ……。

「遅くても、朝の9時くらいには起こしていいと思うけど」

「かしこまりました」

「まぁ、絡繰が起こさないと、って思った時間で起こしてくれ」

「はい」

 あんまり遅くまで寝てると、学校が始まってから起きれないからな、と。
 というか、本当にあいつ朝は弱いのなぁ。

「あいつ、ちゃんと勉強やってるか?」

「判りません。遅くまでは、起きられているようですが」

「……そうか」

 ま、そこはマクダウェルを信用するか。
 ちゃんとしてなかったら……まぁ、また残して皆で勉強会でも。
 その辺りは、ネギ先生と話し合って決めるかぁ。

「先生は――」

「ん?」

 猫を撫でてたら、珍しく、絡繰から話しかけられた。

「先生は、今日は何をなさってたんですか?」

「ん? いや、散歩してた」

 暇だったんでなぁ、というと――その目が、俺に向く。
 何か変な事言ったっけ?

「いつも、忙しそうなイメージがありましたので」

「そうか?」

 結構楽してる方だと思うけどなぁ。

「はい。高畑先生が担任だった時も、今も」

「あ、あー……そんなに忙しそうだったか?」

「はい」

 そーなのかー……そう感じてなかったが、そう見えてたのかな?
 そのまま、一瞬の無言。

「絡繰は、今日は何してたんだ?」

「お掃除と、マスターの食事の準備を」

「休みなのに偉いなぁ」

「いえ――」

 ……そう言えば、俺部屋の掃除しようとして全然してないな。
 うむぅ。

「どかしましたか?」

「いや、そう言えば部屋の掃除をしないとなぁ、と」

「そうですか」

 明日するか……どうして、掃除しようとするとやる気が無くなるんだろう?
 やり始めたら楽しいんだけどなぁ。

「先生、ネギ先生です」

「お……う?」

 何か、物凄い勢いでこっちに走ってきていた。
 元気なもんだなぁ。流石に、走るほどの元気は無いんで羨ましい。

「ネギ先生、どうしたんですか?」

「え!? あ、先生っ」

 …………ん?
 立ち上がって声を掛けると、進行方向がこちらに向く。

「ネギ先生っ!!」

「ひっ!?」

 ……雪広に――ウチのクラスの連中か?
 結構な人数、十人前後くらいか? も一緒にこっちへ走ってきていた。

「はいはい、もう正式に担任なんですからそう人の後ろに隠れないで下さい」

 そう言って、後ろに隠れようとしていたネギ先生の肩を持ち、俺の前に出す。
 さて、どういう事だ?

「おらー、落ち着けお前ら」

 パンパン、と手を叩き、その注意をネギ先生からこっちに向ける。
 そんな、息切れするまで全力で追わなくても。

「それで、どうしたんですか?」

「ネギ先生が人生のパートナーを探していると聞きましたのでっ」

「――なに?」

 人生のパートナー?
 今日はよくお見合いやらパートナーやら出てくるなぁ。
 しっかし、本当に少し落ち着け、雪広。
 結構怖いぞ……。

「ち、ちち違いますよっ」

「……らしいぞ?」

「えー」

「でも、誰だったっけ? ネギ先生が恋人探しに日本に来たって」

 最初は鳴滝姉妹か……なるほど、これで信憑性が低くなった訳だが。
 それに、本人は完全に否定してるし。
 少し落ち着いて冷静になったのか、先頭の雪広の笑顔が、若干引き攣っている。

「まーた、お前達の勘違いか?」

「ぅ」

「雪広……お前もネギ先生の事になると落ち着きが無くなるなぁ」

「す、すみません……」

 まぁ、年相応と言うなら年相応で、そう悪くもないんだが。
 相手がなにせネギ先生……10歳だからなぁ。

「佐々木と宮崎もか?」

「わ、私は面白そうだったから」

「わ、わ、私は……」

「まぁ、春休みだからそう多くはは言わないでおくけど、変な噂に騙されたら痛い目見るからな?」

 気をつけろよー、と釘を刺しておく。
 そうそう変な噂に飛び付く事も……無いと思う。うん。
 偶に注意するようにした方が良いかもしんないな……。
 気を付けとこう。

「もうすぐ学校始まるけど、ちゃんと勉強はしてるんだろうな?」

「「「そ、それじゃー」」」

 それだけで半数以上が散っていった。
 まったく。
 期末テストで最下位脱出したから、気が緩んでるんだろうか?
 ……次のテストで、また再開になる可能性があるって、判ってるのかな?
 はぁ。
 ま、勉強させるのは俺とネギ先生の仕事か。

「それでは、私達もこれで」

「もう3年生なんだ。落ち着いて行動した方が良いぞ? 大人らしくてネギ先生も嬉しいでしょ?」

「そ、そうですね。それ――」

「わ、判りましたっ」

 判り易いなぁ。
 こういうやり方は卑怯かな? とも思うが、以前の雪広に戻ってもらうためだ。
 そのまま残りが大人しく戻っていったのを確認して、

「どうしてこうなったんですか?」

「いえ……お姉ちゃんから手紙が来たんですが」

 手紙?

「良かったですね」

「ありがとうございます」

 やっぱり、日本に一人じゃ心細いだろうしなぁ。
 ご家族の方も心配なんだろうな。

「あ、それでですね。そのなかに、その、まぁ、さっき言ってたような人が見つかったか、って」

 それを木乃香さんが、と。

「近衛もアレで、結構いたずら好きですからねぇ」

「あ、あはは……」

 まぁ、でも

「違う事は違うって、ちゃんと言わないと駄目ですよ? またさっきみたいになりますから」

「は、はい」

「……あの数に追われたら、流石に怖いでしょうけど」

「は、はは……」

 コン、とその低い位置にある頭に軽く握った手を置く。

「さっきも言いましたが、正式な担任になるんですから、もっと堂々と構えましょう」

 高畑先生なんて、どんなに詰め寄られても笑顔でしたよ、と。

「は、はい。今度は気をつけます」

「はい。気を付けて下さい」

 そのまま、握った手をほどき、ポン、と軽く頭を撫で、視線を下へ。
 ……あの騒ぎでも逃げない猫って、凄いなぁ。
 腰を下ろし、相変わらず撫でさせてくれる白ネコをネギ先生に差し出す。

「撫でていきませんか? 落ち着きますよ」

「あ、す、すいません……茶々丸さん?」

「こんにちは、ネギ先生」

「おー、こっちこいー」

 って、他に撫でさせてくれる猫が居ないじゃないか。
 ……。

「飲み物買ってきますけど、なに飲みます?」

「え!? いえ、出しますよっ」

「いいですよ。走って喉乾いてるんじゃないですか?」

「ぅ、それじゃミルクティーで」

「はい。絡繰は?」

「……私も良いのですか?」

 おー、猫撫でさせてくれたからな、と。

「……先生と、同じ物で良いです」

「コーヒーで?」

「はい」

 そうかー。
 さて、自販機はどこかなぁ、っと。







 缶ジュースを買って戻ると……ネギ先生も猫に囲まれていた
 なんでだ?

「また、凄い事になってますね」

「あ、あんまり払い除けられなくて……」

「それで猫に登られた、と」

 絡繰ですか、あなたは。
 でも、それが年相応に見えて、苦笑してしまう。
 ……まだ10歳なんだよなぁ。担任だけど。

「ほら、絡繰」

「……ありがとうございます」

「ネギ先生も」

 ジュースを渡し、空いた手でネギ先生に乗っていた猫を退かしてやる。
 はいはい、ごめんなー。

「うぅ、ありがとうございます」

「いえいえ」

 そのまま3人でのんびりと時間を潰し、絡繰が用事があると言う事で解散。
 うーん、今日は中々に良い一日だなぁ。
 絡繰も、ネギ先生の事はそう悪く見てないみたいだし、何かあったらフォローしてくれるかもな。
 四六時中、俺も見れる訳じゃないからなぁ。

「うーん」

 軽く伸びをし、行きつけのコンビニに足を運ぶ。
 それじゃ、少し早いけど晩飯でも買ってゆっくりするか。
 もうすぐ新学期だ――この調子で上手くいけばいいんだけどなぁ。
 そんな事を考えていたら、ふとマクダウェルの“予言”を思い出してしまった。

「……はぁ」

 苦労、なぁ。
 マクダウェルの予言は何か、当たりそうで怖いんだよな。
 ――ま、別に俺が苦労して皆がちゃんと卒業できるんなら、どうでも良いんだけど。

「さって」

 それじゃ、帰ってゆっくりするか。
 もうすぐ忙しくなるしなぁ。



[25786] 普通の先生が頑張ります 11話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 15:24

――――――エヴァンジェリン

「春になると、あー言う馬鹿が湧くものなのかもな」

「……マスター、お怪我は?」

「大丈夫だ」

 じじいからの要請通り、侵入者を撃退したのは良いが……どうにも、この時期になると馬鹿が増えて困る。
 やはり、こういう奴らも春の陽気に誘われるものなのかもしれないな。
 もしかしたら案外的外れでもない事を考えながら、帰路につく。
 もうすでに日が落ちて時間が経っている。
 疲れたわけではないが、そろそろ寝ないと明日の朝が辛いのだ。
 吸血鬼の数少ない弱点である。

「明日の準備はできているか?」

「はい。明日からは新学期ですので、早く御就寝していただけますと助かります」

「判っている――まったく、誰の入れ知恵なんだか……」

 短く溜息を吐き、

「……明日からまた、先生が来るなんて事は無いよな?」

「伺ってはおりませんので、おそらく」

 なら良い。
 流石に始業式をサボって目を付けられるのも嫌なので、明日は登校するつもりだが。
 どうしたものかな――。
 そんな事を考えていた時だった、

「マスター、佐々木さんです」

「なに?」

 その声とともに、向こうから来るのは……確かに、クラスの佐々木まき絵がこっちに歩いて来るのが見えた。
 持っているものから察するに風呂帰りだろうが――やたらと薄着である。
 いくらここが麻帆良でも、アレは流石に無いだろう。
 まったく。

「茶々丸、下がっていろ」

「はい」

 この時間に茶々丸と一緒の所を見られるのも、何かと都合が悪いので一応木の陰に控えさせる。
 良くも悪くも、女子校と言う所は噂が絶えない所なのだ。面倒な事に。

「おい」

「え?」

 一応注意でもしておくか、と思いそう声を掛けると、その顔がこちらを向き――硬直する。
 なに?

「ひ――」

 引き攣った声。
 そこで、自分がどのような姿か思い出した。
 黒の三角帽子に、裾の切れたボロボロのマント……御伽噺の吸血鬼を模したような格好である。
 ちゃんと、この衣装にも纏っている意味はあるんだが――。

「おい、佐々木ま――」

「きゃーーーっ」

 再度声を掛け、落ち着かせようとした矢先……全力で走りだした。
 いや、判るが。
 流石にこの時間に、こんな黒ずくめに話しかけられたら――まぁ、判る。
 が――仮にも2年一緒のクラスにいたと言うのに、声も判らんのか。
 ……そう言えば、佐々木まき絵と話した事は、数回くらいだった気がする。

「危な――っ」

 完全に前を見ていなかったんだろう、思いっきり桜の木につっこんだ。多分、顔から。
 ……わ、私が悪いんだろうか?
 気を失っているだけだろうが、確認する為にその傍らに膝をつく。
 はぁ――打ったのは、頭か?

「どうしてうちのクラスの連中は、こうも事あるごとに何か起こすんだ?」

「うぅ……」

 まったく――打った箇所に手を乗せ、診てやる。
 腫れてはいるが……どうだろうか?
 怪我の知識も、そうある方じゃない。
 裂傷ならともかく、打撲となるとな……まぁ、木にぶつかっただけだから、そう酷くは無いと思うが。
 手の平に軽く魔力を集中し、患部を冷やす。
 が、あまり上手くいかない。
 当たり前か。今まで、こんな魔法の使い方なんてした事無いんだし。

「茶々丸」

「はい」

「女子寮の方まで運んでやれ」

 それくらいはしてやった方がいいだろう……一応、私も関わってるんだし。
 それに、これ以上じじいに目を付けられるのも面倒だしな。

「かしこまりました。記憶の方は?」

「……勘違いしていたようだ。必要無いだろう」

「判りました」

 それに、面倒……というのもある。
 記憶を簡単に弄るのは、どうかと思うしな。

「先に戻る。お前も佐々木まき絵を送ったらさっさと戻れ」

「はい」

 はぁ――明日から新学期だと言うのに、間の悪い事だ。
 この調子じゃ、もしかした今年1年も面倒事が多いかもな、と予感せざるを得ない。
 憂鬱な事だ。

「理由は適当に言っておけ。桜通りで倒れていたから拾ったとでも、な」

「わかりました。では――」

 はぁ……戻るか。







 朝は憂鬱である。
 それは、仕事柄夜遅くまで起きている事が多く、更に私が吸血鬼であるからだ。
 小さく溜息を吐き、通学路を歩く。
 明日からはその上、もっと憂鬱な授業を受けなければならないのだ。
 嫌でも溜息が出てしまう。

「おはよー、エヴァ、茶々丸さん」

「おはようございます、明日菜さん」

 そして、この存在である。
 気付いてはいたが、無視していたというのに……見つかるとは。
 やはり、もう少し遅くに登校すべきだったか。

「おはようー、エヴァンジェリンさん、茶々丸さん」

「おはようございます」

 ……その声についてくる、二つの声。
 同室の近衛木乃香とネギ先生の2人。
 朝から、もう一度――少し深い、溜息。

「おはようございます、ネギ先生、木乃香さん」

「――――おはよう」

 どうしてこの私が、吸血鬼の私が、朝の挨拶など。
 もはや面倒という感情を浮かべる事すら面倒な気分になってしまう。
 はぁ。

「朝から元気無いわねー」

「うるさい。朝は苦手なんだ」

「あー、判るわその気持ち。それに、まだ少し寒いもんね」

 そう言う意味じゃないわ、バカレッド。
 ……心中でだけ、呟く。
 返事をする事すら面倒臭い。

「風邪には気を付けて下さいね?」

 まったく、この子供は。
 内心で辟易しつつ、どうしてか3学期の最後から懐かれてしまった神楽坂明日菜達と、並んで歩く。
 面倒な事この上ない。
 どうしてこうなったのか――ああ、原因はあの先生か。
 何度目かの同じ思考。
 何度考えても、同じ答え。
 私が登校している原因。この現状の原因。

「ふん。判ってるよ」

「はいっ」

 答えないと面倒な事になるというのは、もう判っているので適当に答える。
 昨日何の番組を見た。
 春休みの宿題はやったか。
 これから1年楽しみだ――そんな事を話しながら通学路を歩く。
 ……私は適当に相槌を打つだけだがな。

「今日から1年、私達の担任なんだから、ちゃんとしなさいよ?」

「ぅ、わ、判ってますよ」

「あんま、先生に頼らんようにせななぁ」

「わ、判ってますって」

 ふと、話題があの先生の事になっていた。
 どうやら、部屋では良くあの先生の事を話しているらしい。
 ……聞こえてくるのが、内容なだけに、どんな事を話しているのかは予想がつくが。
 まぁ、歳が歳だしな。
 それが当たり前だとも思うが……じじいもどうして、こんな子供を担任に据えたのか。

「私は心配しかないわ」

「ひ、酷いですよ明日菜さん」

 神楽坂明日菜達の遣り取りを横目で見ながら、小さく笑ってしまう。
 ――その様子は、どう見ても教師には見えない。
 なのに、私達のクラスの担任なのだ。
 笑うしかないだろう?

「ネギ先生、大丈夫です」

「ありがとうございます、茶々丸さん」

「あ、茶々丸さんはネギ先生の味方なんやね」

「はい」

 無表情ではあるが、その低い位置にある頭を撫でる茶々丸も――変ったものだ。
 成長した、と言うべきか?
 今までは、本当に私と葉加瀬、超鈴音の言う事だけを聞く人形だったというのに。
 最近は自分の意志のようなモノを持って、行動している。
 それは喜ぶべき事な半面――その変化がどの時期に始まったのかを考えると、素直に喜べない所もある。

「大丈夫です。ネギ先生を信頼してますから」

「はいっ、ありがとうございますっ」

「あー、それウチの台詞だったのにー」

 まったく。

「ほら、急ぐぞ? ここまで来て遅刻は、笑えん」

「はーい。ほら、木乃香、ネギ、少し急ぐわよ」

 まったく――どうしてこの私が、こんなにも慣れ合わなければならないのか。
 人に……そして、ネギ=スプリングフィールドに。




――――――

「学園長がですか?」

「うん。始業式が終わったら、帰る前に学園長室に行くように言ってもらえるかな?」

「は、はぁ……ありがとうございます、瀬流彦先生」

 何で学園長がマクダウェルに用があるんだろうか?
 新学期の初日だし、2年の時もちゃんと出席日数も成績も足りてたはずなんだが。
 ……何かしたんだろうか?

「まぁ、そう怒られるような用じゃないから、大丈夫だと思うよ?」

「そうですか」

 なら良いんですけど……まぁ、マクダウェルと学園長って知り合いみたいだし、そっちの方かな?
 始業式後に配るプリントをまとめながら、小さく溜息。
 いや――大丈夫。最近のマクダウェルは結構真面目だし。

「それとね?」

「はい?」

 まだ他にも、誰か何かやったんだろうか?
 ……はぁ。

「始業式でも言われると思うけど――出たらしいよ」

「……はい?」

 出た?

「これこれ」

 そう言って、胸の前に両手を持ってくる仕草。

「幽霊ですか?」

「そうそう」

「夏じゃあるまいし……それで、何処で出たんですか?」

「昨日。先生のクラスの佐々木さんが見たらしいよ」

 ……佐々木が?
 しかも昨日って……。

「女子寮でですか?」

「ううん。桜通りで」

 アイツは……幽霊が出るような時間に、桜通りで何をしてるんだ?
 まったく、後でそれとなく注意しとくか。

「もしかしたら、不審者とかじゃ」

「かもしれないね」

「……笑えないんですけど」

 それでも瀬流彦先生の笑顔は崩れない。
 ??

「でもさ、不審者が気絶した女の子に何もしないで立ち去る?」

「あー……」

「しかも、物も取ってないし……一応、僕と弐集院先生、高畑先生で調べたけど問題は無かったよ」

 それは、確かに。
 でも、

「それじゃ、準備してクラスに行きますね」

「あ、うん」

 やっぱり、少し心配だ。見たのがウチのクラスの佐々木だし。
 後で少し聞いてみるか……心配だけして、取り越し苦労なら別に良いし。

「真面目だねぇ」

「う……まぁ、そう言う性分なんですよ」

「先生らしい、って言えるのかもね」

 褒められてる気がしないなぁ。
 苦笑して、俺は準備に戻る。
 そろそろネギ先生も来るだろうから、先生に渡す書類も整理しとかないと。
 春休みの宿題、皆やってきてくれてると良いんだが。
 ああ、やる事が多いなぁ。







「それじゃ、連絡事項は以上です。先生からは何かありますか?」

「いえ、自分の方からも特には――あ、佐々木とマクダウェル、後でちょっと来てもらえるか?」

「え!? わかりました」

「―――判った」

「えっと、それじゃ、今日はここまでですね」

 無事に始業式も終わり、今日は授業も無いのでこのまま終了である。

「明日は教科書の受け取りと、午後から授業があるから、ちゃんと道具は忘れないようにな」

「それと、始業式でも言われましたが、あまり遅くに出歩かないようにお願いします」

 はーい、という元気な声とさようならと言う声を聞きながら、クラスに置かれている教員用の椅子に腰を下ろす。
 さて、どう聞いたものかな……まぁ、勘違いというのが、一番濃厚な線なんだけど。
 ネギ先生はそのまま退室していく。
 職員室でいくつか仕事を用意していたので、まずはそっちを片付けてもらうように言っている。
 明日配る教科書の用意とか、休み明けテストの範囲の書き出しとか。

「何の用だ、先生?」

「ああ、マクダウェル。なんか学園長が呼んでるらしいから、学園長室に行ってくれ」

「ちっ」

 間髪入れずに舌打ちはどうかと思うんだが……。

「……マクダウェル?」

「判った判った。すぐ行くからそんな声を出すな」

「そこまで変な声じゃなかっただろ」

 少し低い声で行ったつもりだったんだが、即座に返事が返ってきた。
 俺って怒ったりするの、合わないのかもしれない。
 ちょっとショックを受けていたら、その後ろから佐々木が来た。

「どうしたの、先生?」

「…ああ。昨日の夜の事で、ちょっとな」

「ぅ」

 その笑顔が、引き攣る。
 まったく。

「昨日の夜……だと? 始業式で言っていた不審者か」

「ああ。昨日、佐々木が幽霊を見たらしいんだ」

「………………幽霊?」

 おー、マクダウェルのそんな顔は初めて見たな。

「なんだ。マクダウェルは幽霊は信じない派か」

「…………そんな派閥はどうでもいいが、幽霊だと?」

「そうなんだよ、エヴァちゃん。昨日ね――」

「おい、ちょっと待て。何だその呼び方は?」

「え? 明日菜がそうよ」

「じじいの所の前に、行く所が出来たな」

 ……………
 ………
 …

「仲良いなぁ、あいつら」

「だねぇ。エヴァちゃんって、もっと取っつき難いイメージがあったんだけど」

 流石、神楽坂。
 あのマクダウェルがなぁ。
 とりあえず忘れてはいないだろうが、その背に学園長室なー、と声は掛けておく。
 返事は無かったが……まぁ、大丈夫だろう。
 アレで中々、言った事はちゃんと守るやつだ。

「あ、それで何だったっけ?」

「そうだそうだ」

 ええっと。

「まぁ、昨日の夜の事でな。何でそんな幽霊が出る時間に桜通りなんて通ってたんだ?」

「お風呂に入った後、涼みに少し歩いてたんです」

「……いくら慣れた場所だからって、無防備すぎるだろ」

「あ、あはは……うん、もうしない」

「そうしろ。それで、散歩してたら出くわした、と」

 うん、と言う声を聞き――まぁ、そうだろうな、と。
 もう少しいくつか聞いたが、特に不明確な所も無い。
 何かと見間違えたか、そんな所か。

「茶々丸さんが見つけて、女子寮まで運んでくれたんだって」

「そうらしいな」

 その絡繰は、超包子の帰りに見つけたらしい。
 うん。

「ま、さっき言ったみたいにしばらくは遅い時間の外出は控えるようにな」

「うん。流石にもうこりごりだよ」

「今度こんな事があったら、全校集会で名前が出るかもな」

「それだけは嫌だよー」

「なら、用心してくれ」

 まぁ不審者でもないみたいだし……大丈夫だろう。
 当分は俺や新田先生、瀬流彦先生と言った男性教員で巡回する予定だし。
 大丈夫だろう。

「はーい」

「それじゃ、もう帰って良いぞ」

「うん。それじゃね、先生」

 気を付けて帰れよー、と声を掛け……さて、どうしたものか、と。
 色々とやる事が多くて、どれから手を付けたものか。
 HR終了と同時に人の居なくなった教室で溜息を一つ。
 ……まずは、昼食を摂るか。







 仕事が終わり、外に出た時はもう夕方だった。
 休み明けだからか、いつもより少し疲れたなぁ。
 そのまま明日の仕事の事や休みに何をしていたなどと話しながら帰る。
 ネギ先生はいまだ女子寮暮らしなので、入り口まで送るつもりだ。
 勘違いかどうかは判らないが、不審者が居るかもしれないからである。

「ネギ先生は、こっちの暮らしはもうだいぶん慣れました?」

「はい、木乃香さんや明日菜さんが色々と、教えてくれました」

 生徒と教師の関係としてはどうかと思うが、ネギ先生はまだ10歳の子供である。
 やはり、身近に見ていてくれる人が居ると安心する。
 ……生徒なんだけど。

「今度、何かお礼をしないと」

「そうですね。何か美味しいものでも奢ってあげたらどうですか?」

「食べ物が良いでしょうか?」

 ……そうだなぁ。
 どうだろう――今頃の、女の子がどんなのを喜ぶかはどうにも自信が無い。
 自分で言っておいてなんだが、どうでしょう、と苦笑してしまう。

「でも、あんまりお金を掛けたものだと、相手は貰い難いでしょうね」

「あ、そうか……」

「それか、明日辺り源先生か葛葉先生に相談してみましょうか?」

「そうですねっ」

 まぁ、あの二人なら、何でも喜ぶんだろうなぁと思ってしまう。
 近衛はそういうのは感情を大切にするタイプだし、神楽坂も口は悪いが根は良い子である。
 そう言う意味では、ネギ先生は同室の相手に恵まれているんだと思う。
 しかし、この歳で贈り物か……俺がネギ先生の歳くらいの時に、そんな考えってしたかな?
 うーん……。

「それでは、ネギ先生。あんまり夜は出歩かないように」

「はい、先生も帰り道は気を付けて下さい」

 女子寮入り口での別れ際の挨拶。
 それじゃ、俺もまっすぐ帰るとするか――と数歩足を進めた時、向こうからの人影に気付いた。
 苦笑し、さらに数歩進めると向こうもこっちに気がついたのか、急いでこちらに来る。

「アレ? 先生どうしたんです?」

「ここ、女子寮の前ですえ?」

「ネギ先生を送ってきたんだよ。始業式の時に言ってただろう?」

 不審者が居るかも、と言うと二人……近衛と神楽坂がああ、と頷く。
 さっきまで話題に上げていた相手なだけに、こっちも笑うしかない。

「流石に、ネギ先生を一人で帰らせる訳にもいかないだろ」

「あ、そっか。今度から気を付けとかないと」

「あー、そこは気にしなくていいから」

 流石に、教師の事で生徒に迷惑を掛けるわけにもいかない。
 苦笑して手を振り、大丈夫と言っておく。
 ま、しばらくは俺が送っていく事にしよう……結構遠回りなんだけど。
 それか、この近くに教員で誰か住んでたかな?
 今度聞いてみるかな。

「それより……買い物か?」

 神楽坂の手に持っているのは、近所のスーパーの買い物袋。
 まぁ、晩飯の買い出しといったところだろう。

「晩御飯と、お弁当のおかずの買い出しですえ」

「そう言えば、その辺りは近衛が担当してるんだったな」

 その歳で凄いなぁ、と。
 俺は、この歳でも料理はしないからなぁ。

「ぅ、一応私もある程度の物は作れるんですけど……」

「……その辺りは、ネギ先生に聞いた事しか知らなくてなぁ」

「本気で驚いてるし」

 いや、すまん。
 ちょっと予想外だったんだ……本当にすまん。

「ふふ、先生酷いですえ」

「ぅ――」

 頬を掻いて、視線は余所へ。
 さて、どうやって切り抜けたものか。

「先生は、ご飯はどうしてるんですか?」

「先生はいつもコンビニのお弁当らしいえ」

 その神楽坂の質問は、何故か近衛から答えられた。
 あー…そう言えば、この前そう教えたんだっけ。

「この年くらいの男は、そう言うもんだ」

「……高畑先生も?」

 うーん――ある意味予想できていた質問に、首を傾げる。
 どう答えたものか、と。
 実際は店屋物を頼んでるのだが、下手に答えて弁当なんか言い出されたら困る。
 ふむ。

「高畑先生は、自炊したり、偶に店屋物とかだったな」

「そっかー」

 弁当を作ってくる相手に弁当を、とは流石に言わないだろう。
 それに、良く考えたらこの子にそれを言いだせる勇気は……うーん。
 偶に、いきなり突拍子の無い行動に出るからなぁ、神楽坂は。

「それじゃあな、二人とも。夜はあんまり出歩くなよ?」

「はーい」

「判ってますえ」

 そう言って神楽坂は歩き出し、近衛は小さく笑って

「先生、嘘は感心しませんよ?」

 と言われてしまった。
 ふむ。

「バレバレだったか」

 俺の嘘が判り易いのか、それとも高畑先生のお昼事情を知っていたのか。
 ……多分前者だろうなぁ。
 苦笑して、帰路につく。
 さて、夜も見回りがあるし、さっさと帰るか。




[25786] 普通の先生が頑張ります 12話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 18:20

――――――エヴァンジェリン

「それでは、何もやっていないんだな?」

「ああ、そう言っているだろうが」

 それは、何度目の問答か。
 だがそれも慣れたもので、半分聞き流しながら用意された紅茶を啜る。
 この場に居るのはじじいにタカミチ、葛葉刀子とガンドルフィーニの4人。
 ――この場に居る理由は……まぁ、昨夜の不手際からだ。

「佐々木まき絵には何もしていない」

「……ふん」

 ―――私は嫌われている―――
 それを今、再確認させられていた。
 はぁ、面倒臭いものだ。

「だが、夜道で気を失った佐々木。さらに、彼女から感知された魔力は君の物だ」

 そして君は、吸血鬼だ、と。
 そう言われるのは慣れているとはいえ、あまり気分が良いものではない。
 ――こっちだって、好きで吸血鬼になった訳ではないのだ。
 やはり、慣れない事をするもんじゃないな、と。
 昨夜佐々木まき絵の打った所を冷やした時の魔力を怪しまれるとは。

「まぁ、夜に姿を見られたのはじじいの依頼のせいなんだがな」

「そうなんじゃよなぁ」

 一応、その原因は明確にしておく。
 ……私が柄にも無く注意しようとしたのも、悪いんだが。
 流石にそれまで言うと、話が余計にややこしくなるので、黙っている。

「お前なら姿を隠しておく事くらいできただろう?」

「なら、ガンドルフィーニ先生は薄着で夜道を歩く女生徒に何の注意もせず、姿を隠すのか?」

 わざと先生の所を強く言ってみる。
 ぐ、と息を呑む声。
 ふん。

「この場は話を聞くだけで、喧嘩する場じゃないはずだけど」

 ぱん、と一つ手を鳴らしそう言ったのはタカミチ。
 それも何度目か。

「それはそこの……まぁ、先生に言ってくれ」

「………………」

 さて。

「帰るぞ」

 質問ではなく、宣言。
 もはや、この場に居るのすら億劫だ。
 それに、さっさと神楽坂明日菜を探し、言っておかないといけない事もある。
 まったく。なにがエヴァちゃんだ。今日こそガツンと言ってやらねば。
 立ち上がり、学園長室を出ようと扉に向かい

「何故、彼女の記憶を消さなかったんだ?」

 はぁ、と――聞こえるように、深い深い、溜息を吐く。

「お前ら立派な魔法使いの悪い癖だな」

「……なに?」

「何でも記憶を消せば解決する――立派な魔法使いらしい、良い考えだ」

 それなら完璧だからな、と。
 どんな失敗も、どんなに自分に不利な事を見られても、相手の記憶を消せばいい。
 なんて単純で、なんて独善的な考えだ。
 吐き気がするほどに。

「なんだと?」

「――ふん」

 “記憶”を何だと考えているのか。
 覚えている事、忘れられない事、それがどれだけ尊いか――全然判っていない。
 そのまま何も言わずに部屋から出る。
 そこには直立不動で控えている、茶々丸。
 茜色に染まりつつある廊下にあって、まるで彫刻か何かのように感じた。
 ……今朝はあんなにも、人形らしくないと感じたというのに。
 まるで今は、本物の人形のようだ。

「お疲れ様でした、マスター」

「ああ」

 そのまま茶々丸を従え、廊下を歩く。
 下らない時間だった。
 じじいも大変だな、私を自分の元で縛られたばかりに、と。
 最近は時々忘れてしまうが、私は“悪”なのだと……思い出した。
 きっと、その過去はずっと消えないのだろう。
 ……憂鬱な事に。

「ネギ先生と、先生です」

 唐突に、茶々丸がそんな事を言う。
 視線の先、廊下の先にその姿は無い。
 そして、茶々丸の方を向き――その視線は、窓の外へ向いている。

「……」

 窓から見れば、確かにあの二人だ。
 はぁ、私がこうも絞られてる間に、あの2人は何をしていたんだか。
 でもまぁ、それはあの2人には関係の無い事か。
 ―――――。

「茶々丸、今何時だ?」

「午後5時12分です」

 こんな時間まで何をやっていたんだか……まぁ、仕事だろうな。
 始業式の日に大変な事だ。

「真面目な事だな」

「それが、先生の良い所だと思います」

 そうだな、と。
 だからこそ、じじいが私達のクラスの副担――ぼーやの補佐に選んだんだろう。
 あの男なら、ぼーやのミスも対応してくれる。間違えても、正してくれる。
 そう考えての事だろう……。

「ふん」

 大変だな、先生。
 心中でそう同情し、歩を進める。

「追いかけますか?」

「いや、いい」

 苦笑する。
 追って、どうするというのか。

「何故そんな選択が出た?」

「マスターが落ち込んでおられるので」

「……そうか」

 どうして私が落ち込んでいたら、先生が選択肢に浮かぶのか。
 まぁ、最近の私を知っているなら、それもあるのかもな、と。
 何だかんだ言っても、それなりにあの先生とは喋ってるしな。
 
「私は落ち込んでいるように見えるか?」

 どうしてそう、茶々丸に聞いたのか――いつもなら聞かないような事を、聞いてしまう。
 それには特に意味は無くて、それこそ気紛れでしかないのだが。

「はい」

 その答えに、そうか、と。
 自分でも驚くほど、小さな返事を返してしまう。
 ……はぁ。
 校舎から出、夕日に目を細める。
 これから吸血鬼の時間だというのに、こんなにも憂鬱だ。

「そう見えるか」

 きっと、正しいのだと思う。
 ガンドルフィーニが言った事が、疑った事が――きっと正しいのだ、と。
 私は世界にたった一人の吸血鬼で、彼は世界に溢れる人間の一人だ。
 あの男が正しく、そして……私が間違っているのだろう。
 正しい吸血鬼なら、血を吸い、記憶を消し、力を蓄え、人に牙を剥く。
 そして、正義の魔法使いに屠られる。
 それがきっと、正しい世界の在り方なのだ。

「そうだな」

 だから、私は落ち込んでいるのだろう。
 今、私の中の吸血鬼像が、違う。
 ずれている、と言った方が良いか。
 どうして昨日、佐々木まき絵に声を掛けたのか。
 どうしてその傷を冷やしたりしたのか。
 どうして私と出会った記憶を消さなかったのか。
 普通は逆だろうに――と、溜息を吐いてしまう。

「いっそ、一思いに暴れてみるか?」

「お勧めできません」

「そうか?」

 そう簡単に負けない自信はあるがな、と。
 そう言うと、首を横に――茶々丸は否定した。

「それに、マスターがちゃんとしているよう、見ているように先生から言われています」

「……なるほど」

 確かに、あの先生に見つかったら厄介そうだ。
 また朝からあのバカ面を見る事になるかと思うと、軽く憂鬱だ。
 苦笑し、

「お前でも冗談を言うんだな」

「冗談?」

「いや、気にするな」

 それとも、本心だったのか。
 今はどっちでも良いか、と。

「マスター、夕食は何に致しましょう?」

「任せる」

「かしこまりました」

 ま、信じてもらえないのは今更だ。どうしようもない。
 今までが今までだったのだ。
 流石に……たった一度の気紛れで、こうまで言われるのは癪だが、仕方が無い。
 なら憂鬱な気分を引き摺るのも愚かな事だろう。
 今までこうだったのだ。
 なら、これからも今まで通りに生きていくさ。
 ――しょうがない。
 私は、悪い魔法使いなのだから。

「暫くは目立たないようにしておくか」

「それをお勧めします」

「……ふん」

 ついこの前まで、本当に“人形”だったと言うのに。
 ほんの少しの周囲の変化で、こうも変わってしまうものなのか。
 ――私はこんなにも、変わってしまう事に悩んでいると言うのに。
 きっとこいつには悩みなんて無いんだろうな……。
 いつか、茶々丸にも“悩み”なんてものが出来るのだろうか?
 ……それはそれで、楽しみなもんだな。
 人形の初めての“悩み”は、どんなものなのやら。

「マスター、楽しそうです」

「楽しくなんかない。可笑しいんだ」

「……それは良かったです」

 そうか、と。
 まぁ確かに――少しは気が晴れているな。
 そんな事を考えながら、夕焼け色の帰路に就いた。







 あのやり取りから数日後。
 特に目立つような行動もせず、普通の学生生活を送りほとぼりを冷ましていた。

「ふぁ……」

 昼は眠い……特に、昼食を食べた後は。
 さらに私は吸血鬼なのだ。
 このまま午後の授業を睡眠に充てようと屋上で考えた時、

「む……」

 何かが、感覚に引っかかった。
 結界を通った?
 私の感覚に引っかかると言う事は、正規の手続きを行っての通過じゃないな――。

「学園都市に入りこんだか……」

 まったく。仕方ない、調べるか。
 感じた限り、そう強い魔力を持っている訳でもなさそうだし。
 ……少しは真面目に仕事をして、あの堅物魔法使いに――は、関係無いか。
 ああいうのは、どうやってもこっちを下に見たがるもんだ。

「茶々丸、仕事だ」

「はい」

 一瞬じじいに連絡を入れるべきか? とも考えたが、二人で当たっても問題無いだろう。
 それに、下手にじじいと連絡をとって、また面倒な顔を見るのも憂鬱だ。
 はぁ……まったく、面倒な場所だな、ここは。

「それで、何処に行くのですか?」

「そうだな――」

 さっきの感覚はから移動するとなると……。

「広場の方か」

「わかりました」

 ……時間が時間なだけに、ただの変質者の類かもな。
 流石にこんな昼間から襲ってくる侵入者もいまい。

「午後からの授業はどうなさいますか?」

「受けれる訳が無いだろう」

「……はい」

 表情に変化は無いが、こう……私が虐めているように見えるのは気の所為か?
 私は仕事をしている訳で、非難される覚えはないんだが。

「さっさと見つける事が出来れば、すぐに戻れる」

「はい」

 ――さて、何が入りこんだのやら。






――――――

「それで、マクダウェルと絡繰は早退、と」

「申し訳ありません」

「……別に、報告なんかしなくても良いだろうに」

「いや、してくれよ、そういうのは」

 まったく。
 でも、学園長の用事ならしょうがないか。

「ま、あんまり学園長を困らせないようにな?」

「ふん――困らされてるのはこっちの方だ」

「そう言ってくれるな。絡繰も、学園長に迷惑をかけないように」

「かしこまりました」

 さて、と。

「新田先生には言っておくから、用事が早く終わりそうなら戻ってきてくれ」

「判っている」

「では、先生」

 まだ何かブツブツ言ってるマクダウェルを押すような形で、絡繰も退室していく。
 あの二人の関係も、最初より随分と変わってきたように見える。
 事務的……とでも言えば良いんだろうか?
 もっと主従と言える関係だったと思うけど、今何と言うか……うーん。
 上手く言えないけど、その関係が、少し柔らかくなったと言うか。
 このままクラスに溶け込んでくれると良いんだが……ま、大丈夫だろう。
 午後の授業を担当してもらう新田先生にその旨を伝え、授業の準備に戻る。
 俺もあとは6時間目だけなので、そう急がなくて良いんだけど、まぁこういうのは早く終わらせておくに限る。
 これが終わったら、昼飯にするか。昼休みももうすぐ終わるし。

「先生、少しお時間よろしいですか?」

「へ……あ、葛葉先生」

 何時の間にか後ろに立っていたのは、葛葉先生だった……まったく気付かなかった。
 何かの剣術かを習ってるって言ってたし、もしかしたら気配とかを消せるのかもしれない。
 まるで忍者か何かだな、と。
 そんな自分の思考に苦笑し、

「どうかしましたか?」

「はい。お時間があるようなら、学園長が少し時間を割いてほしいと」

「……が、学園長?」

「はい」

 俺、何かしたっけ?
 最初に思ったのが自分の不手際なのは――どうにも学園長が苦手だからか。
 というか、話した事がほとんどない目上にいきなり呼ばれたら、怖くないか?
 えっと……何したかな?

「わ、判りました。今からで大丈夫でしょうか?」

「大丈夫かと」

 う、うーん……本当に何したかなぁ。
 でも、こう言って呼ばれる理由て、呼ばれる側から見たら、結構判らないものかもしれない。
 はぁ……自然と、小さく溜息を吐いてしまう。

「ありがとうございます。それじゃ、今から」

 本当に、こういうのは、さっさと済ませてしまうに限る……と思う。
 それに、3-Aの最後の授業は数学だし、準備もある。
 ……精神的にも、そっちが楽だし。

「先生」

「はい?」

 立ち上がろうとし、再度声を掛けられる。
 まだ何か? と言うと。

「エヴァンジェリンとは仲が良いのですか?」

「マクダウェルですか?」

 んー……。

「別に、そう仲良くは無いんじゃないかと」

 ふとした拍子に、物凄い罵声を浴びせてくるし。
 殺すとか、黙れとか。
 ……注意してもアレだけは治らないんだよなぁ。

「どうしてです?」

「いえ、彼女が職員室に来たのを、初めて見たような気がしまして」

「……あー」

 そう言えば、そうかもしれませんね、と。
 良く考えたら、そんな気がする。

「でも、別にマクダウェルはそう悪い生徒じゃありませんよ?」

 素行はアレですけど……とはやっぱり口には出さない。
 うん。

「言う事はちゃんと聞いてくれますし、悪い事は悪いって判ってますし」

「……そうですか?」

「ええ」

 まぁ、今までが今までだったからなぁ。そう思われても仕方が無いのかもしれない。
 でも、これからは少しずつでもこういう風に見られないように頑張っていこう。
 俺に出来る事なんて殆ど無いから、マクダウェルに頑張ってもらわないといけないのが情けない所だが。
 とりあえずは、言葉遣いかなぁ。

「それじゃ、学園長の所に行ってきますので」

 そんな事を心中で考えながら、葛葉先生にそう告げる。
 早く行ってしまおう。
 何で呼ばれたのか本当に判らないので、不安で仕方が無い。

「……はい、頑張って下さい」

「……何か違いません?」

「いいえ」

 いや即答しないで下さいよ。
 そう苦笑し、立ち上がる。
 さて、俺は今から何を言われるんだろうか?
 はぁ。






「学園長、先ほど葛葉先生から呼ばれていると聞いたのですが」

 コンコン、とドアをノックし用件を述べる。
 数瞬の後

「うむ、入ってくれ」

「失礼します」

 さって、俺は何を言われるのか。
 ちょっと胃が痛い。
 ……あれ?

「高畑先生?」

「久しぶりだね、先生」

「は、はい」

 学園長と一緒に居たのは、最近見かけなかった高畑先生だった。
 噂じゃ、色々と出張を繰り返しているらしい……本当に多忙な先生だ。
 それだけ他の学校からも必要とされている――と言えるのだろう。
 後輩として誇らしくあり、でも、俺には無理だよなぁ、と思ってしまう。
 きっと……俺じゃ、一つのクラス、三十余人だけで精一杯だ。
 っと。そうじゃなくて。

「え、っと」

「まぁ、まずは腰を下ろしなさい」

 どうやら、すぐに済む話ではなさそうだ。
 言われるままに、柔らかなソファに腰を下ろし、聞こえないように小さく溜息。

「そう緊張しなくてもよかろうに」

「は、はは……学園長室とか校長室とかが、学生時代から苦手なもので」

「ほほ――確かに、あまり得意な者はおるまい」

 俺は苦笑、学園長は声に出して笑い、暫くの間。

「えっと……どうして自分が呼ばれたんでしょうか?」

「うむ」

 そのまま少し悩むように、豊かな髭を撫で、

「エヴァとネギ君の事だよ」

「……アレ? それワシの台詞」

 答えは高畑先生から出た。
 マクダウェルとネギ先生?
 あと、学園長……台詞取られたくらいで泣かないで下さい。
 これはあの近衛が苦笑する訳だ、と。
 目上の人ではあるが、何となく親しみやすく、苦笑してしまう。
 やっぱり、人の上に立つなら、こういう面も必要なんだろうな。
 しかし、マクダウェルか……やっぱり、始業式の日の事か?
 何かやったんだろうか。
 ネギ先生は、まぁ心配なだけだろうけど。

「マクダウェルが、どうかしたんですか?」

「先生が考えているようなことではないよ」

 そんなに顔に出ていたのだろうか?
 はは、と小さく笑い、内心で溜息。

「最近素行が良くてね、気になっていたんだ」

「あ、ああ……そうですね」

 さすがに、サボらないように迎えに行ってました、と正直に言う訳にもいかない。
 それはきっと、問題になってしまうだろう、から。
 どう答えたものか、と一瞬悩み、

「あの子はワシらの娘のようなものでな、それがあの不良娘から一転じゃ」

「何か知らないかい?」

 なるほど、そう言う事か。
 娘、と言うには年が離れていると思うが――近衛とはまた違った意味で気にしていると言う事だろう。
 そう聞くと、やはり嬉しくなってしまうのは、俺が彼女の副担任だからか。
 やはり、自分のクラスの生徒がそんな風に見られていると嬉しいものだ。

「そうですね」

 そこで一旦、言葉を切る。
 まぁ、答えは判っているのだが。
 それをどう伝えるべきか――どう伝えたら、俺が伝えたい事を、全部伝えれるか考える。
 マクダウェルの事、神楽坂の事、クラスの事。
 その事を、考える。

「ちょうど2年の終わり近くに神楽坂と仲良くなりまして」

「明日菜くんとかい?」

「ええ。それから、でしょうか」

 神楽坂というのがよほど予想外だったのか、高畑先生が驚いた声を上げる。
 あのどんな事があっても平然としていそうな先生がである、珍しい顔を見れたものだ。

「なるほどのぅ」

「彼女は人付き合いは苦手そうですが、人が嫌いという訳ではなさそうですし」

「ほぅほぅ」

 うん。
 最近分かったんだが、やっぱり彼女は人付き合いが悪い訳ではない。
 何だかんだと神楽坂と仲が悪くなる様子は無いし、彼女が間に入ることでクラスにも馴染み始めている。
 苦手、と言った方が良いのだろう。
 人付き合いが苦手で、距離をとっていた。
 まるでそんな感じ。
 その空いた距離に神楽坂が入った事で、クラスに溶け込み始めている。
 雪広もなんだかんだで、そう言った生徒にはお節介を焼くし、なにより、ウチのクラスは賑やかなのだ。

「良くやってくれておるようじゃの」

「いえ、そんな事は……」

 苦笑してしまう。
 だって、結局は彼女を変えたのは神楽坂なのだ。
 俺は彼女を連れてきただけだし。

「頑張っているのは、ネギ先生です」

「ふむ――ネギ君も良くやってくれておるようじゃの」

「はい。2年時の最後は学年最下位を脱してくれましたし」

 それは確か、学園長がネギ先生に課した課題だったはずだ。
 ネギ先生はそれもちゃんとクリアした――あの歳で、だ。

「クラスの子達とはどうだい? ちゃんと、教師らしく出来ているかい?」

「それはまだ、難しいですね。あの年齢ですし……」

「そうか……」

 そればかりはしょうがない事だとは、思う。
 なにせ、まだ10歳なのだ。
 特に彼女達の年頃の子は、外見を基準に見てしまう所がある。
 そう言う意味では、やはりまだネギ先生には……この職業は難しいのでは、と思ってしまう。
 でも、今のままもう10年。
 そうすれば、きっと良い先生になれると思う。

「ま、そこは仕方ない事じゃろ」

 その事は予想の範囲内だったのだろう。
 その後もいくつか二人について質問される。
 授業態度や、仕事内容などを話す。
 ……目上の人二人に囲まれているので、胃が痛くて仕方が無い。
 昼を食べてないので、余計にである。

「ふむ、二人ともそれなりに学園生活を楽しんでいるようだね」

「そうですね……マクダウェルは今年は受験ですし、ネギ先生も3年の担任ですから夏からは忙しくなるでしょうけど」

「ふぉふぉ、なるほどの――」

 また、その豊かな髭を撫でつける老人は……その目を俺に向ける。

「君は二人を良く見ておるのじゃの」

「そんな事は……」

 苦笑し、やんわりと否定する。
 それは当り前のことであって、別段こうやって言ってもらうような事ではない。

「副担任ですから。クラスの子達と担任の教師を見ているだけです」

「そうか?」

「えっと……ええ」

 改めて問われ、どうかな? とも自問するが、答えは出ない。
 何故なら――改めてそう聞かれた事は、初めてだったからだ。
 今まで当たり前にしていた事だから、そう特別には感じられなかった。

「なるほどねぇ」

「……はは」

 高畑先生が学園長の隣で笑っているので、居心地が悪い。
 はぁ。

「二つ、お願いがある」

「え?」

 いきなりの言葉に、一瞬の戸惑い。
 もしかして、本題はコレか?

「一つは、これからもネギ君をよろしく、と言う事じゃ」

「あ、え、ええ。それは、言われなくても」

 むしろ、こっちが副担任なのだから、と。
 その答えに満足したのか、笑顔で頷く学園長。

「もう一つは、エヴァじゃ」

「はい」

 それは、予想できていたので戸惑う事も無く返事が出来た。
 さっきの話振りからするに、学園長は本当にマクダウェルが心配らしい。
 近衛の件もそうだし、身内に甘いなぁ、と。
 非難では無く、苦笑を浮かべてしまいそうな気分で、返事を返す。

「今までが今までじゃったから、あの子は……まぁ、特別じゃった」

「……はぁ」

 特別……と言うのは、妙な言い回しに感じられた。
 家庭の事情の事だろうけど。

「それに、本人がソレを受け入れてしまっておったしの」

「僕から何を言っても、自分の道を行ってたしね」

「ああ、判ります」

 高畑先生の物言いに、不謹慎かもしれないが苦笑してしまう。
 あの外見なのにプライドが高く、それに妙に博識だ。
 よほど頭が良く、育ちも良いのだろう。
 だから周囲に合わない。
 だから解け込めず、学校をサボっていた。

「でも、あの子は悪い事を悪いって言えばちゃんと聞いてくれます」

「そうだね――先生の言う通りだ」

「あの性格なら、登校さえしてくれればすぐにでも友達できると思うんですけど」

 個性的、そう言えるのは3-Aのクラスでは当たり前とも言えるのだから。
 そう安心できる。
 きっと、マクダウェルは、クラスに馴染む事が出来ると。
 他の先生方からも、ちゃんと見てもらえるようになると――信じれる。
 それは俺にとっては当たり前の事で、別段何の不思議も無い事。
 生徒を信じる、と言う事だから。
 なのにどうして、学園長と高畑先生がそんなにも嬉しそうなのかが判らなかった。
 よほど、マクダウェルが学校に来ているのが嬉しいのかな?

「どうしたんですか?」

 でも実際、最近は馴染んできてるし、友達もこれからきっと出来る。
 神楽坂とだって、良い友達になれると見ていれば判る。
 家庭の事情がどういうものか判らないけど、きっともう心配ないと思える。
 だから、

「な、なんか変な事言いました……?」

 そんな当たり前の事を言っただけで、嬉しそうにされる理由が判らなかった。
 困った、とも言える。
 ……そして、恥ずかしい。
 頬を掻き、視線を逸らしたいところだが目上の人なのでそれも出来ない。

「いや、何も変な事は言っとらんの」

「そ、そうですか?」

「ふぉふぉ」

「はは」

「は、はは」

 3人で笑うと言う、奇妙にも思える時間……まぁ、俺の笑顔はきっと引き攣っているけど。
 まぁ、結局は俺は今までどおり……で良いのかな?

「なに、先日あの子が教師と揉めてな」

「は、はい!?」

 ――って、全然良くなかった。
 今日呼ばれたのはその事か!?
 今まで新田先生や葛葉先生などからは注意された事はあったが、ついに学園長からもっ。

「そんなに畏まらなくて良いよ」

「え、で、ですけど……」

「怒ってはおらんよ。それに、悪いのはこっちじゃ」

 ……いや、口調はそうですけど。
 しかし教師と揉めたって……。

「ワシらは、あの子を信じてやれなんだ……」

「は、はぁ……で、誰とでしょうか?」

「ふぉふぉ、気にせんでええ」

「い、いやぁ……」

 何を言ったんだろう、マクダウェルのヤツ。
 口悪いからなぁ……。
 やっぱり、今度一度、話し合った方が良いのかもしれないな。

「それを気にしておったんじゃが、まぁ、のぅ」

「はい?」

 ……ああ。

「でも、授業はちゃんと受けてましたよ?」

「みたいじゃの」

 そうなったら、以前のマクダウェルだったらサボってただろうしなぁ。
 学園長はそれが心配だったのか。

「いや、今日は良い話が聞けたのぅ」

「そ、そうですか?」

 俺は胃が痛いです。
 あと、腹が減りました。

「先生、これからもエヴァをよろしくのぅ」

「は、ぁ」

 まぁ、俺に出来る事は、後は授業をちゃんと受けさせて無事に卒業させてやるくらいなんだけど。
 それ以外はマクダウェルの頑張り次第である。
 そこは神楽坂に頼るしかないし……。

「え、っと……それでは、失礼します」

「うむ――ああ、そうじゃ」

 そろそろ退室しようかと腰を上げかけ、もう一度下す。

「ま、まだ何かしましたか?」

「ふぉふぉ、違う違う。今度はワシの個人的な質問じゃ」

 いやこの時間のほとんど……ともいえず、はぁ、と返事をする。

「春休みの最後、木乃香と会わんかったか?」

「へ? あ、はい」

 近衛?
 確かに会って、

「あ」

「なるほどなるほど。木乃香が言っておったのはやっぱり先生か」

 …………何を言ったんだ、近衛?

「は、はは」

 それはきっと、見合いの話だろう。
 断ったのか、それとももっと酷い事になったのか……嫌な汗が、背中を伝う。

「あんみつ代を払おうか?」

「いえ、結構です」

 何処まで話したんだろうか?
 と言うか、学園長からあんみつ代なんてもらえません。
 あーもう、何で笑ってるんですか、高畑先生。
 助けて下さいよ、と視線を送るが無視された。

「木乃香は器量良しでの、出来ればワシの目の掛った者が傍におると安心だと思ったんじゃが」

「あー……はぁ」

 もう一度、高畑先生へ視線を送る。
 長くなるよ、諦めな。と言った感じの視線が返ってきた。
 どうやら、今日の昼食は抜きらしい。
 授業の準備だけは終わらせておいて良かったなぁ。
 ……はぁ。




――――――エヴァンジェリン

 まったく。
 侵入者だと思って来て見れば。

「くそっ――まさかこのオレっちの動きについてくるなんてっ」

「すばしっこいだけだろうが」

 茶々丸に摘み上げられたソレ……人語を解するソレには、馴染みがあった。
 まさか、私達を巻く為に森の中に逃げ込むとは。
 お陰で捕まえるのに、余計に時間がかかってしまったではないか。

「オコジョ妖精か」

「ちっ、なんだっていきなり魔法使いに見つかってんの、オレっち……」

「知るか。折角の昼寝の時間を無駄にしおって」

「マスター、それは感心できません」

 ……そして、コイツも日に日に要らん知恵を付けてくるな。
 別に、昼寝くらい今までしてただろうが……まったく。
 葉加瀬に言ってみた方が良いだろうか?

「何しに来たんだ? オコジョ妖精がここに来るとは聞いていないんだが?」

「けっ、オレっちは兄貴に会いに来ただけだよ」

「兄貴?」

 また、厄介事か。
 はぁ――ここ数日、厄介事は避けてきたつもりだったんだが。
 まさか仕事の方から来るとはな。

「オコジョさん。兄貴とは誰ですか?」

「お、聞いてくれるかい、メカの嬢ちゃん」

「はい」

 なんか、茶々丸は警戒を解いているが……視線は、その足元に。
 積まれているのは――下着である。
 しかも女性の。
 男のだったら更に問題だが。

「それより、これは何処から盗ってきたんだ?」

「オレっちのコレクションの事かい?」

「…………ああ」

 オコジョがこれだけの枚数の下着の入ったバッグを持ち運ぶのもどうかと思うがな、とは口には出さない。
 面倒だから。
 答えによっては、そのまま茶々丸に首を捻らせるか。
 その考えを顔に出さずに、返事をする。
 正直、もう早く終わらせて寝たい。

「しかし、嬢ちゃんも外道だねぇ。オレっちのコレクションの傍に罠を張るだなんて」

「良いからさっさと答えろ」

 何が外道だ。人聞きの悪い。
 人様の下着を盗むお前に比べたら、よっぽど私が善人だろうよ。
 ……どうせ、その辺りの女子寮から盗ってきたんだろうがな。
 どうやってこれを持ち主に返したものか……流石に放置は嫌だ。同じ女として。

「あっちと……あっちだっけ?」

「高等部と大学部か」

 まぁ、下着ドロなら妥当な所か。
 しかし、良く誰にも見付からなかったものだ。
 一応、どの学年にも数人の魔法生徒、魔法先生が居るんだがな。
 はぁ――よくもまぁ、この体たらくで魔法使いを名乗れるものだな……。
 呆れると言うか、何と言うか。

「茶々丸、そいつの首をへし折れ」

「おいおいおいっ!? いきなりかいっ」

「……マスター、流石に」

 ちっ。

「まぁいい。さっさとじじいに渡して、昼寝するか」

「マスター、下着はどうしましょうか?」

「葛葉刀子辺りでも呼んで、処理させろ」

 原因を話せば、それなりの対処はしてくれるだろう。
 どうやって下着の持ち主を探すかは予想もつかんが。
 はぁ。

「判りました。オコジョさん、少し我慢を」

「って、オレっちがそう簡単に捕まるかぁ!!」

 …………おお。
 何という気持ちの悪い逃げ方だ……。
 滑るかのように茶々丸の拘束から逃れたソレを、目で追う。

「逃げられました」

「何をやってるんだ、ボケロボっ」

 また捕まえなきゃならんじゃないか。
 まったく――――

「助けてくれっ、ネギの兄貴ーーー」

 あー……

「追いますか?」

「いや、居場所は判ったからいいだろ……」

 じじいに報告しに行くか。
 面倒だな。本当に。
 あと疲れた……本当に、馬鹿の相手は疲れるな。

「茶々丸、お前は葛葉刀子を探して来い。私はじじいの所に行く」

 その後は適当に時間を潰して来い、と。
 まぁ最近のこいつの事だ、授業でも真面目に受けるのだろう。
 6時間目は数学だったしな。
 私は――屋上で昼寝でもするか。
 そう考えながら学園長室に向かう。
 しかし、絶好の昼寝日和だ。

「ふぁ」

 そう考えただけで、眠くなってくる。
 そして、

「それでは、失礼しました」

「げ」

 どうして、じじいの所から先生が出てくるんだ?
 ちょうど、学園長室から出てきた先生と、ばったりと出くわしてしまう。

「おー、マクダウェル」

「……どうしたんだ、先生?」

「ん? あー……まぁ、色々と」

 珍しく歯切れが悪いな? 一体何を言われたんだか。

「そうだ、学園長の用事は終わったのか?」

「あー、まぁ……もう少しだ」

「終わったんだな」

 ぐ……。

「報告してくるから、さっさと戻ってろ、先生」

「はいはい」

 ……絶対待ってるだろ、先生、と。

「おー、先生だからなぁ」

 はぁ……貴重な昼寝の時間が。
 あのオコジョ、やはり今度、絞めるか。
 



[25786] 普通の先生が頑張ります 13話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 22:23

「おはようございます、ネギ先生」

「あ、おお、おはようございますっ」

 少し遅くに職員室に入ってきたネギ先生に挨拶をすると……明らかに挙動不審だった。
 昨日別れる時までは普通だったとだと思うけど。

「どうしたんですか?」

「い、いえ……別に」

 はぁ、と。
 失礼だが全く大丈夫そうには見えないんですけど……?

「どうしたんです、その肩の」

「ぅ、あ……その、ですね」

 えっと、何だっけ、この動物。
 名前が出てこずに、数瞬悩み。

「僕の、その、実家の方での友達のオコジョなんですけど……」

 そうそう、オコジョ……ってこんなのだったっけ?
 実物どころか、写真でだって数回見た程度だから良く覚えてないけど。
 って、

「ともだち?」

 ……ああ、ペットって事か。
 ペットを友達だと、やはりそんな所は年相応なんだなぁ、と思いながら、

「イギリスから送られてきたんですか?」

「え、ええ……送られてきたんです」

 ご家族の方だろうか?
 よほど仲が良いのか、ネギ先生から離れる素振りは無い。
 頭も良いのかもしれないなぁ。

「ですけど、流石に職員室に連れて来られると困るんですが……」

「ぅ、す、すいません……どうしても付いてきちゃって」

「ついてきたって」

 そう言われてもなぁ。
 うーん、どうしたものかと頭を掻き、

「学校に動物連れて来ちゃ駄目ですよ」

 と、

「源先生。あー、すいません」

「私は大丈夫ですけど、アレルギー持ちの人も居るんですから」

「は、はい……僕もそう言ったんですけど、付いてきちゃって」

 いや、動物に言っても判らんでしょ。
 そんな子供っぽい所に苦笑し、さて、と。

「送られてきたって言ってましたけど、昨日はどうしたんですか?」

「昨日は、一緒の部屋で」

 はぁ、と。
 また後で女子寮の管理人さんに頭下げに行かないと。
 もういっそ、何かお菓子も持っていくのも良いかもしれないなぁ。
 ……じゃなくて、

「女子寮で飼うのは駄目ですよ?」

「え、ええ!?」

 いや、当たり前でしょ。
 突然の大声にびっくりしたのか、肩のオコジョも尻尾を逆立ててるし。

「アレルギーの子が居たらどうするんですか? 毛も抜けて、掃除も大変になりますし」

 それになにより、そう言う規則ですし、と。

「そうですね……動物が苦手な生徒もいますし」

「ぁぅうう」

 そう泣きそうな顔をされても、なぁ。
 こればっかりは。

「友達なのは判りますけど、規則は守ってもらわないと。ネギ先生は先生なんですから」

「……そ、そうですね」

 しかし、どうにかしてやれないものか。
 流石に友達といきなり別れさせられるのも可哀想だし。
 どこかで飼ってもらえないか、聞いてみるか。

「ネギ先生」

 そんな事を考えていたら、また後ろから葛葉先生に話しかけられた。
 ……びっくりしたぁ。

「学園長がお呼びです」

 しかも、その声色から察するに……相当怒ってるんじゃないか?
 いつもより言葉数も少ないし。というか必要な事以外は喋らないらしい。
 直立不動で俺の後ろに立つ彼女に、ちょっとした恐怖を感じる。
 というか、なんで俺の後ろに立ったんだろう?

「え? ……僕、何かしましたっけ?」

 いや、こっちを見られても……。
 しかし、まず最初に自分の不手際を考える所は俺と一緒か。
 その事に苦笑し、

「その子の事じゃないですか?」

 そう言って、肩を指差す。
 あ、と。

「どうやって分かったのかは判りませんけど、流石に女子寮は拙いですし」

「そうですねぇ……こればっかりは、どうしようも」

 源先生と二人で、すいません、と。
 まぁ、いくらなんでも取り上げられたりはしないと思うけど……。

「流石に女子寮では飼えませんから……ねぇ」

「ええ。早くそのオコジョを連れて学園長室へ行って下さい」

 ……葛葉先生、怖いです。
 一体何が昨日あったんだろうか?
 最後に会ったのは昼だけど、それまでは機嫌良さそうだったのに。
 睨みつけるという表現ぴったりに、オコジョを見ている彼女を横目で見る。
 直視する勇気は無い。
 それは源先生も同じようだ。

「朝のHRもあります、急ぎなさい」

 今すぐ行けと言う事らしい。
 ネギ先生は見ている方が可哀想になるほど首を縦に振り、職員室から駆けていく。
 走らないで下さいよー、とは流石に言ってやれなかった。

「な、何かあったんですか?」

「いえ、別に」

「そ、そうですか……」

 それだけ言うと、自身の机に向かう彼女の背を目で追い、

「……何があったんでしょうか?」

「さ、さぁ」

 とりあえず、葛葉先生は怒らせてはいけない。
 これだけは間違いなさそうだ。







「マクダウェル……お前はもー少し早く来れないか?」

 俺が迎えに行ってた時は、もっと余裕持って登校してたと思ったんだがなぁ。
 職員室から出、教室に向かう途中――ちょうど、ばったりと絡繰とマクダウェルの2人に出くわした。
 まったく。

「遅刻扱いにするぞ?」

「ふん。来ているのが判っているのだから、別に良いだろう」

 そう言う問題じゃないだろ、と小さく苦笑し、

「おはよう、二人とも」

「おはようございます、先生」

 はぁ、と溜息を一つ。

「マクダウェル?」

「…………おはよう、先生」

 何で私が、とか小声で言っているが、聞こえません。
 朝の挨拶くらいちゃんとするように。

「眠そうだなぁ」

「言っただろう? 私は朝は苦手なんだ」

 ふぁ、とこれ見よがしに欠伸された。
 まぁ去年の今頃を考えると、来てくれるだけでもありがたいんだが……うぅむ。

「それより、ぼーやはどうしたんだ?」

「ネギ先生な? なんか、朝から学園長に呼び出しくらってなぁ」

「ふふん。なるほどな」

 あ、楽しそう。
 どうやら今日は、機嫌が良いらしい。

「何か知ってるのか?」

「ああ。まぁな」

 昨日のマクダウェルの用事が関係してたりするのかな?
 まぁ、その内判るだろうから良いけど……出来ればあまり心構えが必要無いようなのだと良いが。
 胃に優しくないから。

「あ、そうだ」

 そう言えば、マクダウェルは絡繰とあの大きな家に一人暮らしだったな、と。
 ふと思い出した。

「なぁ、マクダウェル?」

「ん?」

「小動物は好きか?」

「……猫か?」

 違う違う……って。

「なんだ、絡繰が猫にエサやってるの知ってたのか」

「当たり前だ。私は茶々丸の主人だぞ?」

 ……うん、そうだな。

「……何だ、その顔は?」

「深い意味は無い、うん。もちろん」

 まぁ、その話は置いておいて、だ。
 お前も葛葉先生と同じくらい怖いよなぁ。

「オコジョ飼う気無いか?」

「私はオコジョがニンニクの次に嫌いだ」

「せめて、食い物と同列だけは止めてくれ」

 食用じゃないからな? と。

「ふん――行くぞ茶々丸」

「はい。それでは、先生」

「おー、明日はもっと早く来いよー」

 怒らせてしまったか……うーん、よっぽどオコジョが嫌いなんだなぁ。
 悪い事を聞いてしまった。
 しかし、ネギ先生のオコジョをどうしたものか……。
 そんな事を考えていたら、もう3-Aの前だった。
 ……考え事してると、早いな。

「おはよう、皆」

「おはよーございまーす」

「あれ? ネギ先生は?」

 相変わらず元気だなぁ、と苦笑し、教卓に立つ。

「ネギ先生は、用事で少し遅れてくる」

「な、なんですってっ」

「はい雪広ー、静かにー」

 もう反応する生徒は判っていたので、間髪いれず注意する。
 ……高畑先生に続いて、ネギ先生もか。
 神楽坂と言い、雪広と言い……あの年頃は、恋は盲目とか言うらしいしなぁ。
 黙っていた方が印象が良い、というのはそれこそ黙っていた方が良いようだ。

「それじゃ、点呼取るぞー」

 出席番号順に名前を呼ぶのも慣れたもので、いつもどおりにそれも終わる。

「連絡事項……なんか、昨日大学と高等部の寮の方で下着泥棒が出たらしい」

 えー、という声に負けないように掌を叩き、

「静かにー。犯人は捕まったそうだから、そう騒がなくて良いぞ」

「本当にですか?」

「ああ。高畑先生が捕まえたそうだ」

「高畑先生っ!!」

 あ。
 うっかり名前出してしまった。

「あー、神楽坂……落ち着け」

「はいっ、落ち着きますっ」

 ……まぁ、いいか。

「それで、一応犯人は捕まったが、気を付けるようにな?」

 春は変な人が多いからなー、と。
 そこは年頃の女の子だろう、何も言わずに判りました、と。
 まぁ、男の俺よりも、その辺はしっかりしてそうだしな。

「以上。ネギ先生は授業には戻るはずだから、きちんと準備しておくように」

「判りましたっ」

 ……元気だよなぁ、神楽坂と雪広。
 その元気を少し分けてほしいもんだ……学生時代の体力が欲しい。
 春だし。天気が良いとすぐ眠くなってしまうのはどうしたもんか。

「それじゃ、今日も一日頑張ってくれ」

 さて、俺も頑張るとするかー。







 昼。
 いつものようにコンビニ弁当を食べながら過ごす。
 今日から発売の春の味覚弁当はどうも外れらしい、と新田先生と話しながら。
 見た目豪華で値段も……まぁ、見た目分はあるのだが、

「シイタケとかより、肉か魚が欲しいですね」

「そうですね。まぁ、弁当ですから魚は塩焼き以外は難しいでしょうけど」

 ですねぇ。でも偶には煮魚も食べたい……今日の夜は、惣菜でも買って帰るか。
 煮魚に、吸い物に……後はおにぎりでも買えば十分だろうし。
 うん。今晩の献立完成。

「それはそうと、先生?」

「はい? どうかしましたか?」

 やっと仕事も一段落し、のんびりと過ごせる昼休みの時間。
 午後からの授業の準備ももう済んでいるので、どうしようかと考えていたら新田先生からの声。

「ネギ先生が、何やらペットを飼うそうですね」

「ああ、そうみたいですね」

 一応、あの後学園長からは許可が下りたらしい。
 意外だったが、身近にペットを置き情操教育の一環に、と言われると、はぁ、としか言えない。
 確かに身近にペットを置いて、育てる事も一つの教育の形か、とも思うし。
 昼間と就寝前は女子寮のリビングに置き生徒達に面倒を見させる。
 皆の目の届く様に、と。
 消灯後はネギ先生が自分で世話をするように、という事らしい。
 その為、今日の放課後はネギ先生はケージを買いに行きたいとか。

「せっかく実家の方から友達が来たみたいですし、良かったと思いますよ?」

「ペットを友達ですか……あの年頃らしいですね」

 そうですねぇ、と笑い、缶のお茶を一口飲む。

「朝聞いた時はびっくりしましたけど、まぁ、離されなくて良かったです」

「ま、学園長もそこまで鬼では無かったんでしょう」

 はは、と笑う。
 昨日少し話したけど、やっぱり身内、知り合いには甘い人なのかもしれない。
 でもまぁ、ケージに入れていれば苦手な子は近づかないだろうし、毛も飛ばないだろう。
 アレルギー持ちの子が居たら別の所で飼う事になる、とは言ってたし。

「しかし、予防接種に飼育用の道具一式はネギ先生持ちとは」

「ま、飼う側の義務というやつでしょう」

「ですねー……」

 まぁ、あの歳でちゃんと給料貰ってるんだし……良い、のかなぁ?

「失礼します」

 そんな事でのんびりと盛り上がっていたら、

「あ、葛葉先生――――」

「おや―――――」

 弁当持参の葛葉先生がやってきた。
 ――――弁当持参?

「隣、良いかしら?」

「ど、どうぞ……」

 弁当持参である。
 数年振り……とまでは言わないが、約――

「なにか?」

「いえ」

 ははは、と笑いながら正面に座る新田先生に視線を向ける。
 ――食べ終わった空の弁当をすでに捨て、立ち上がろうとしていた。

「それでは、授業の準備があるので」

 ちなみに、俺はまだ後半分くらい残ってたりする。
 ……さっさと食べてしまおう。

「先生は、今日もコンビニのお弁当なんですね」

「いやぁ……弁当作るのも面倒でして」

「お弁当も良いものですよ?」

 ……これは聞けという合図なんだろうか?
 それとも罠で、気紛れに作ってきただけなんだろうか?
 出来たのか。出来ていないのか……そこが問題だ。
 というか、朝とは別人だな。





――――――エヴァンジェリン

「あ、エヴァ……と茶々丸さん」

「んあ?」

「こんにちは、明日菜さん」

 ちょうど欠伸をした所で声を掛けられ、変な声が出た、
 ん、ごほん。
 放課後は気が緩んで仕方が無いな、まったく。

「どうした、神楽坂明日菜」

「探してたのよー」

 なんだ?
 息を切らせて……。

「また何か厄介事か?」

「あんたが私をどう見てるか、ようっく判ったわ」

 それは良かった。本当に。
 まったく――どうして私なんかと関わろうとするのか。
 そこが本当に理解出来ない……はぁ。

「で?」

「ま、まぁそうね……どっかに座らない?」

 飲み物くらい奢るから、と。
 ……なんだ?
 妙に余所余所しいな。
 いつもならもっと……ま、いいか。

「珍しいと言うより、怪しいぞ?」

「そこまでないでしょっ」

 いや、割と本気なんだが……茶々丸に視線を向ける。
 首を横に振る所から、一人か。
 あのオコジョが行動でも起こしたか? とも思ったんだが。

「分かった。それに飲み物は要らん」

「そ、そう?」

 それじゃ、と適当に近くにあったベンチに並んで座る。
 人通りもまばらになってくる時間帯、少しだけ静かな時間。
 少しの静寂――並んで座り、茶々丸は、私の隣に静かに立つ。

「どうしたんだ?」

 何か話があるんだろう、と。

「あ、あー……えっとね? 怒らないでね?」

 ……まぁ、あまり馬鹿な事を言わなければな、と。

「そこは嘘でも――まぁ、いいや」

 ふん。

「ねぇ、あんたって悪者なの?」

「……なに?」

 また、いきなり唐突だな。
 それが今に始まった事じゃないので、慣れ始めている自分も嫌だが。
 まぁ、そうだな。

「そうだが、どうかしたのか?」

「うっそ、ホントに?」

「それより、どうしてそんな話になったんだ?」

 一応の予想はつくが、まぁその予想が外れてくれていると――まぁ、なぁ。
 それは、それなり私にとって特別な時間が……気に入り始めているからか。
 誰かとこうやって喋ると言う時間が。

「エヴァさ、昨日ネギのオコジョ捕まえたでしょ?」

「……はぁ」

 なるほど。そう言う事か。……あのオコジョか。
 やはりあの時、無理矢理にでも茶々丸に絞めさせるべきだったか。
 まったく――深い、深い溜息を吐く。
 いつかはこうなると判っていた。
 覚悟の必要も無いような事、それが私の普通だ。
 だが、それでも――。

「でさ、あのエロガモがまほねっと? ってのでエヴァの事調べたの」

 そう、か――と。
 まだ残っていたのか、私の情報は……。

「そう言う事だ。もう私には関わるなよ」

「へ? いやいや、そうじゃなくて」

 なんだ? まったく。
 立ち上がろうと上げた腰を、再度下ろす。
 まだ何かあるのか?

「それだけじゃなくて」

 何だ? ぼーやに手を出すなとでも言うのか?
 残念だが、元からそんなつもりは殆ど無いぞ。
 ぼーやに手を出しても、敵を増やすだけだしな……。
 それよりは、もうしばらくこの平穏な時間を楽しむのも悪くない。

「お前も、これ以上ネギ=スプリングフィールドの厄介事に首を突っ込むなよ」

「いや、それはむしろ私も勘弁してほしいんだけど」

「そうか。ならまずは、あの小僧を部屋から追い出す事だ」

「出来たら苦労しないわよっ」

 まぁ、確かに。
 あの年齢の子供に部屋を貸してくれる奇特な大人も居ないだろうしな。
 今度じじいに頼むか?
 ……いやいや。

「そうじゃなくて」

「ああ、その通りだ……で? 他に何の用だ?」

「あ、あんたって」

 良いから先を言え。
 もうどうせ全部分かってるんだろう?

「吸血鬼、なの?」

「……ああ」

 予想はしていたし、覚悟もしていた。
 だがそれでも軽く済ませて、さっさと家に帰りたかった。
 ――それだけは聞かれたくなかったし……答えたくなかった。
 それはきっと、私としても……。

「安心しろ。血は吸わん」

「そうなの?」

「ほら」

 口を開け、歯を見せる。

「牙が無いだろう?」

「歯並び綺麗ねぇ」

 流石バカレッド。人の話を聞いてないな。
 頭痛を感じてしまい、目頭を指で揉みほぐす。
 いくらぼーやの件で魔法を知っているとはいえ、この反応は無いだろう。
 吸血鬼と言えば悪。化け物。人間の敵。そういうものだ。
 普通、怖いものと言えば吸血鬼ではないのか?

「というか、吸血鬼と一緒にいて怖くないのか?」

「へ?」

 吸血鬼のこっちが心配になってくるほどの不用心さだ。
 何なんだ、コイツは?
 私よりもずっと未知の存在に思えてきてしまう。

「あ、そっか。エヴァが吸血鬼なんだった」

「あーそーだなー」

 振り出しに戻ってどうする。
 はぁ。

「あ、何その溜息」

「別に……」

 疲れた。
 本当に。
 精神的に。

「それで……そう、吸血鬼」

 思いだしたか、馬鹿者。

「怖いわよ、吸血鬼」

「……そうか」

 頭痛がする……。

「だって、映画とかだと凄いじゃない。こう、ガーって」

 しかも、すっごい強いんでしょ? と。

「その擬音は私を馬鹿にしてるのか? 喧嘩売ってるのか?」

 いい加減頭痛も酷くなってきたしな、買うぞバカレッド。

「そ、そうじゃなくて」

「じゃあ何なんだ? この調子じゃ夜になるぞ?」

 夜は吸血鬼の時間だぞ、と脅してやる。
 まったく、本当に困った奴だ。

「う、早く帰らないと木乃香に怪しまれるわね」

 そっちか……お前、本当に私を怖がってないな?
 一回噛む真似でもしてやろうか? まったく。
 そもそも、普通の人間は相手を吸血鬼か、なんて疑ったりしないと思うがな。
 どう怪しまれるのか聞いてもみたいが、面倒なだけだろう。

「ネギもあのオコジョと一緒じゃ不安だし」

「……さっさと戻れ」

 不安というより、これ以上厄介事を増やされるのが面倒だ。
 昼にじじいに聞いた話だと、女子寮で飼育するらしいが……どうなることやら。
 願わくは、下手に喋って一般人を巻き込まなければ良いが。
 ――ちなみにその場合、ネギ=スプリングフィールドはオコジョになり
   あのオコジョは、まぁ、なんだ……去勢、されるらしい。
   そのうえで、魔法界の牢獄に入れられるとか。

「あーもう、関わるなって言ったり、早く戻れって言ったり」

「当たり前だろうが」

 というか、好き好んで吸血鬼に関わろうとする奴の気が知れん。

「私は吸血鬼なんだぞ? ぼーやの魔法を見たんだろう? 本物だ」

「げ、ネギの事も知ってるんだ……」

「知られてないと思ってるそっちが凄いぞ、ある意味」

 アレだけ人前で魔法を使っておいて、と。
 まぁ、最近はもうほとんど使って無いみたいだが。

「う……」

「吸血鬼は怖いんだろう? さっさと帰って……今日の事は忘れてしまえ」

 そう言って――小さく溜息。
 そう、自分で自分を傷つけてしまう言葉を、口にした。
 それが……痛い。

「忘れろ。それがお前の為だ」

「嫌よ。何で忘れた方が私の為なのよ?」

「……知らない方が幸せ、という言葉を知らんのか?」

「あ、え……あー、うん。知らない」

「知っておけ、その方が良い」

 きっとそれは、お前の為になる。
 勉強とか、そんなのは関係無く――きっと、お前の為になる。
 そう、言う。
 それが、私からの最後の言葉だ。
 さて、と。

「帰るぞ、茶々丸」

「ちょ、ちょっとエヴァ!?」

「……なんだ、次から次に」

 私が吸血鬼かどうか知りたかったんじゃないのか?

「そうじゃなくて。それだけじゃなくてねっ」

「分かった、聞く。聞くから落ち着け」

 ――私も、ずいぶん丸くなったものだ。
 それに、この馬鹿な時間もこれで最後だと思うからか……。
 はぁ。聞いてやるから……だから大声で喚くな、耳が痛い。

「え、っとね? 私、頭良くないからアレだけど」

「そんなの最初からわかってるから、さっさと言え」

 ひどいぃ、という声は無視。
 お前が言葉を選ぼうがどうしようが、どうせ伝えたい事の半分も伝わらんだろ。

「えっと……そう、そうね」

 だから、言葉を選ぶなというのに……まったく。
 苦笑してしまう。
 今更、何を遠慮しようとしているのか。

「待っていてやるから、早く言え」

「ど、どっちよ!?」

 この静かに流れる時間の大切さを知っている。
 この時間がどれだけ尊く――儚いものか、知っている。
 私は吸血鬼だ。しかも、たった一人の。
 だから余計に、時間と記憶に対して敏感なのだろう。
 誰もが私を置いていく。
 だが、私の中には確かにその時間が残っているのだ。
 置き去りにされるのは慣れている。
 嫌われる事にも、憎まれる事にも慣れている。
 けど……だからこそ、こんな時間がどれほど大切か知っているつもりだ。

「ちゃんと待っているから、言いたい事を言ってみろ」

「わ、判ってるわよっ」

 どうして魔法使いは、簡単に記憶を消す、なんて選択を出来るのだろう。
 たかだか100年の命だから、そう簡単に言えるのだろうか?
 数百、もしかしたら数千の命を生きれる私がおかしいのだろうか?
 ―――そんな事を、考えてしまう。
 きっと、私はこの時間をいつか忘れてしまうだろう。
 それでも、どんなに辛い記憶でも……消そうだなんて、思えないと言うのに。
 でも、

「私は、エヴァは怖くないよ」

「……吸血鬼は怖いんだろう?」

「うん。吸血鬼は怖い、でもエヴァは怖くないわ」

 そう、胸を張って言える……言ってくれる少女が、傍らに居た。
 それがまるで当たり前のように。
 当然と、胸を張り――笑顔で、私の隣に居る。
 訳が判らなかった。
 なんだそれは、と。

「私は吸血鬼だぞ?」

「うん……でも、エヴァよ」

 何を言いたいのか、何を伝えたいのか――。
 お前の言葉は……本当に、簡単過ぎて……逆に判らないぞ。

「吸血鬼って良く判らないから怖いのよねぇ。ほら、お化けと一緒」

「……あんなのと一緒にしてくれるな」

 私は、もっと高等な存在なんだがな。

「でも、エヴァの事はよく知ってるわ」

「そうか?」

「国語が苦手で、口が悪い」

「……お前が私をどう見てるか、良く判ったよ」

 でも、と。

「私の友達よ」

「……そうか」

 友達、か。

「私は、そんな風に見た事は一度も無いがな」

「はいはい、照れない照れない」

「撫でるな、バカっ」

 まったく――髪が乱れるだろうが。

「ねぇ、エヴァ?」

「なんだ? バカ」

「ひ、ひどい……えっとね」

 はぁ、と溜息が出た。

「酷くない!? 私真面目な事言ってるのにっ」

「お前が真面目だと調子が狂う」

「…………茶々丸さぁん」

 はぁ、と……溜息が洩れた。

「言いたい事はそれだけか?」

「え? う、うん」

「なら、さっさと帰れ。ぼーや一人であのオコジョの相手は難しいだろう」

 なにせ、下着ドロだ。
 ぼーやがそう言う趣味ではないと思うが……場所が場所だしな。

「あまり魔法に関わり過ぎるなよ?」

「え、えっと……気を付ける」

「それと、あのオコジョからはあまり目を離すなとぼーやに言っておけ」

「う、うん」

 それから――

「後は、夜は危ないからあまり出歩くなよ?」

「子供じゃないんだから」

「どうだか……じゃあな」

 はぁ、と。
 吐いた息が熱い――。
 まるで喉が焼けるよう。
 どうしてこうまで、そう感じるのか……。

「うん。また明日ね、エヴァ」

「ああ……また明日な、神楽坂明日菜」

 静かに、本当に静かに――もう一度、息を吐く。
 熱い――まるで、風邪でも患ったかのような、吐息。
 ……友達、か。
 駆けていくその背を、目で追う。
 元気な奴だ、と。

「帰るか、茶々丸」

「はい」

 どうしてこうなったのだろう?
 今まで通りに生き、今まで通りに過ごしていたはずなのに。
 ……友達なんか、出来てしまった。

「なぁ、茶々丸」

「なんでしょうか?」

「……明日は、少し早く起きるか」

「はい――かしこまりました」

 どうして、こうなってしまったのか……。




[25786] 普通の先生が頑張ります 14話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 23:12

「おー……おはよう、マクダウェル、絡繰」

「おはようございます、先生」

「ぐすっ――良い天気だな、先生。くしっ」

 おー…………。

「大変だなぁ、それ」

「余計な世辞はいいっ。まったく、この季節は憂鬱だ」

「……みたいだなぁ。大丈夫か?」

 花粉症とは無縁の体質だからどうにも言えないが……大変なんだろうなぁ。
 珍しく朝早くに登校してるかと思ったら、今日からはコレか。

「あんまり無理するなよ?」

 酷いようなら、保健室で寝てていいから、と。

「ふ、ん――ぐす、大きなお世話だ」

 はいはい、下手に心配して悪かったな。
 本当、こう言う所はプライドが高いと言うか……それが、マクダウェルらしいと言うか。
 まぁ、この調子ならまだ大丈夫そうだなぁ。

「絡繰、あんまり酷いようなら、保健室に運んでやってくれ」

「かしこまりました」

「だ、か、らっ、何で茶々丸にそう言う事を言うんだっ」

「だって……絡繰に頼んでたら、安心だし」

 いつも一緒に居るじゃないか、と。
 放課後はその限りじゃないけど。
 学園内だけでも一緒に居るなら、安心できるし。

「ありがとうございます」

「茶々丸もっ、ぐすっ、一々反応するなっ」

「興奮すると、花粉症酷くなるぞ?」

「――――ちっ」

 何か、今日はやけに怒りっぽいなぁ。
 花粉症できついはずなんだが……朝も早いし。
 寝起きが悪かったんだろうか? 花粉症だけど。

「何だ、その顔は?」

「ん? 何が?」

「…………変な顔だと言ってるんだ」

 しかし、相変わらず口悪いなぁ、コイツ。
 他の先生にだけでも、もう少し……なぁ。

「失礼な奴だなぁ」

「……ふん」

 だがまぁ、そこはおいおいで。
 機嫌を損ねられて、また迎えに行く羽目になったら……流石に、そこまで神楽坂に頼めないよなぁ。
 それは頼り過ぎだろ、と苦笑してしまう。

「気持ち悪い奴だな」

「マクダウェルがきちんと登校してくれて嬉しいんだよ」

「はっ――」

 鼻で笑われた。花粉症で鼻を赤くしてるのに、である。
 むぅ。

「どうせ、すぐ花粉症も治るしな」

「そうなのか?」

「ああ……だから気にするな」

 なら良いけど、と。
 強がりもそこまでいけば立派だなぁ、と思わなくも無い。
 流石マクダウェルだ。
 何が流石かは良く判らないが。

「それよりも、だ」

「ん?」

 その後は特に喋らず、のんびりと、桜を眺めながら学園に向かっていたら、そう声を掛けられた。 
 そう言えば、今年は花見に行かなかったなぁ。
 ……誘う相手が居ないんだがね。

「今日の放課後、ぼー……ネギ先生を貸してもらえるか?」

「ネギ先生?」

 なんでまた?
 そう聞くと、少し悩むように顎に手を当て、

「少し、私用だ」

「……まぁ、ネギ先生に聞いてみないと判らんが」

 あっちが大丈夫なら、良いんじゃないか? と。
 でもまぁ、ペットの世話の準備とか、仕事もあるし忙しいかもなぁ。

「そうか。なら大丈夫だな」

「いや、ネギ先生も忙しいかもしれないんだが……」

 前向きというか、何というか。
 そのマクダウェルらしい在り方に苦笑し、その頭をポンポンと撫でる。

「ワガママはあんまり言うなよー」

「誰がっ! ぐしっ、それ、とっ、髪が乱れるっ」

「あ、すまん」

 ついつい。
 ちょうど良い高さだよな、その頭の位置、と。
 ふん――と怒られてしまった。

「あ、エヴァ、茶々丸さん」

 っと。

「おはよう、神楽坂、近衛」

「おはようですえ、先生」

「あ、先生」

 神楽坂、その今気付きました的な顔は傷つく、結構。
 そんないつもの神楽坂に苦笑し……近衛もその隣で苦笑していた。

「エヴァンジェリンさんと茶々丸さんもおはよー」

「ああ、おはよう。神楽坂明日菜、近衛木乃香」

「おはようございます、明日菜さん、木乃香さん」

 っと。

「ネギ先生は?」

「あ、ネギ…先生? あのエ……カモの相手してたら、電車一つ乗り遅れました」

 カモ? って何だ?
 そう顔に出たのか

「あ、オコジョですオコジョ。名前がアル何とかって長くて、略してカモらしいです」

「……名前くらい覚えてやれよ」

 あのオコジョも可哀想に。
 まぁ、電車一本くらいなら朝のHRには間に合うか。
 むしろ、寝坊とかしないあたり凄いと思うし。

「ぅ、良いんですよ。あんなのはカモで」

「まぁ、ネギ先生が何も言わないなら良いが」

 しかし、カモねぇ。
 ネギとカモで、ってそれは失礼か。

「先生、あのカモくん知ってるんです?」

「おー、昨日職員室に連れてきてた」

 可愛かったなぁ、と。

「先生、動物好きだったりします?」

「おー」

「ですが、先生はあまり動物に好かれやすくはありません」

「……言ってくれるな」

 判ってる、判ってるから。
 それでもさぁ……。

「それやと、先生は大変ですなぁ」

「ぅ、大丈夫だ。タバコ吸わないし」

 そう言う問題? という近衛の質問に苦笑いで返し、ふと反対側を見る。

「エヴァは動物って好き?」

「別に……普通だ」

「そっかぁ、普通かぁ」

 神楽坂が話しかけ、マクダウェルが答える。
 ……うん。

「先生、楽しそうです」

「おー、こうやって生徒と登校するのは初めてだからなぁ」

「そうですか」

 こういう時は、本当、教師やってて良かったって思える。
 ふぅ、と静かに、でも深く息を吸う。
 それじゃ、今日も一日頑張るか。







「先生」

 ん?

「どうした、絡繰?」

 放課後、職員室を訪ねてきたのは絡繰一人だった。
 学園内だといつもマクダウェルと一緒だと思ってたんだが。

「マクダウェルとは一緒じゃないんだな」

「はい。マスターはネギ先生の所へ」

 ああ。そう言えば朝そんな事を言ってたな。
 ネギ先生も仕事はある程度はちゃんと片付けていったし、偉いもんだ。
 ……まぁ、残りは俺がやってるんだけど。
 それくらいは良いか、と。
 マクダウェルの用事って言ってたし――しょうがないだろ、そこは。
 生徒第一だ。

「ああ、そうだったな。それで、どうしたんだ?」

「お時間を少しいただけないでしょうか?」

「時間?」

 はい、と。
 えっと。

「何か用事か?」

「いえ――お時間がありましたら、茶道部の方まで来ていただけないかと」

 茶道部?

「そう言えば、絡繰は茶道部だったな」

 中学で茶道とか囲碁というのも凄い趣味だなぁ、とは思ったが。
 テレビとかで見る感じだと、お年寄りばっかり映ってるし。

「はい。どうでしょうか?」

「えーっと……どうして茶道部なんだ?」

 呼ばれる理由が、まったく思い浮かばない。
 何かしたか? と思うんだが、特にはなぁ。

「お礼を、と思いまして」

「お礼?」

「はい」

 余計に、判らなくなった。
 本当に何かしたか?
 登校の時に喋った事以外、今日は特に絡繰とは喋って無いんだが。
 前か?
 でも……猫とかは、むしろ俺がお礼しないといけないはずだし。
 うーん。

「まぁ、良いけど……少し待ってもらって良いか?」

「構いません」

 そうか、と。
 えっと。

「あと30分くらいかかるけど、大丈夫か?」

「はい」

 手元のプリントに目を通す。
 今日行った各クラスの小テストだ。
 あと数クラス分……まぁ、30分もあれば少し余裕もあるだろう。

「それじゃ、今日した小テストの採点が終わったら、茶道部に行けばいいのかな?」

「はい、お待ちしております」

 そう言って、深く一礼。
 絡繰は礼儀正しいなぁ。
 マクダウェルにも見習ってほしいもんだ。

「判った。それじゃ、また後でな」

「――はい」

 職員室から出ていく背を、目で追う。

「どうしたんですか、先生?」

「あー……どうしたんでしょう?」

「生徒からお誘いとは」

 いや、絶対そんな意味じゃないですから、と。

「瀬流彦先生は、呼ばれた事あります? 生徒から」

「うーん、僕は結婚してるってもうみんな知ってるからねぇ」

 それが無かったら声が掛けられていた、と言いたいようだ。
 まぁ、瀬流彦先生顔良いもんなぁ。
 羨ましい。
 俺も、生徒からお呼ばれしたいもんだ……って、今誘われたのか。

「それに、あの子ならそんな事無いでしょうしね」

「ですねぇ」

 しかし、お礼ってなんだろう?
 そんな事してもらう覚えが本当に無いんだが。

「ま、悩んでるより仕事を早く終わらせた方が良いんじゃないかな?」

「そうですね」

 さって、それじゃ俺のクラスの点数はいくつかなぁ、と。







 ええっと。
 茶道部の部室って、ここだよな?
 視線の先には凄く立派な家があった。
 家、というのが正しいのかは知らないが……少なくとも、これを建てるのに相当のお金が掛っているのは判る。
 ……やっぱり凄いんだな、ウチの学校。
 あ、ちゃんと茶道部って看板もあるんだ。

「っと」

 見とれてる場合じゃなかったな。
 さて、絡繰は、っと。
 外には居ないみたいだから、中かな?
 カポーンと、テレビとかで良く聞く音が響く。
 アレって、本当に聞こえるんだ。
 池の中には……流石に鯉は飼ってないか。

「先生」

「お」

 ちょうど池を覗き込むような体勢で、後ろから話しかけられる。
 少し驚きながら振り返ると、絡繰が居た。

「おー」

 着物姿で。

「良く似合ってるなぁ」

「ありがとうございます」

 以前見た近衛とはまた違った模様だったが、良く似合っている。
 長い髪はアップに纏められて、普段とは少し雰囲気が違って見える。
 絡繰はどこか人形然とした所があるけど……うん、身長もあるから、着物が良く映えるな。

「茶道部の活動って、着物なのか?」

「私は、良く着させていただいています」

「そうなのか」

 それで、と。

「お礼って言ってたけど、俺何かしたか?」

「はい」

 何かしたらしい。
 ……まったく思い浮かばない。
 自分でも笑顔が引き攣るのが判る。
 流石に、理由も判らないでお礼されるのは失礼だろう。
 えっと……絡繰だろ。
 なら――マクダウェルか?
 俺がマクダウェルにした事と言えば……何だろう? 迎えに行ったくらいだしなぁ。
 それとも絡繰に何かしたかな?
 ……どっちにしても、お礼されるような事じゃないよなぁ。

「それでは、こちらへ」

「あ、ああ」

 そう言われ、首を傾げながらその背について行く。
 何したかなぁ。

「そう言えば。最近はマクダウェル、機嫌良さそうだな」

「はい」

 ここの所、毎日登校してきてるし、うん。
 良かった良かった。
 あとは今日みたいに早く登校してくれると良いんだが。

「夜は遅いですが」

「……まぁ、それくらいは良いか」

 授業中に寝る事も……まぁ、減ったし。
 あとは、それと口調だなぁ。
 アレはどうにかならないものか……まぁ、こっちも地道に頑張るしかないか。

「どうぞ、中へ」

「お、ありがとな」

 招き入れられた所は……和室だった。
 いや、茶道部の部室だから当たり前なんだが。
 へぇ。

「結構広いんだなぁ」

 予想していたよりも、ずっと広く感じる。
 内装は、質素、と言うのだろうか?
 あまり飾り気は無く、本当に――何と言うか、静かな空間、と言うか。
 落ち着く。
 それは俺が日本人で、下が畳だからか。
 良いなぁ、こう言うの。

「はい」

 それでは、準備します、と。
 さて……何処に座るんだ?
 茶道の礼儀やら作法なんて判らないんだが……。
 ええと。

「部活の人は?」

「もう帰られました」

 げ。

「悪かったな。遅過ぎた」

「いえ――そちらの方へ、お座り下さい」

「ああ、判った」

 絡繰の若干斜め前に腰を下ろし、正座で座る。

「作法とか判らないから、教えてくれないか?」

「いえ、先生のお好きなようにどうぞ」

 そうか?

「こういうのも知ってたら良かったんだが」

「先生でも知らない事があるのですね」

「はは、それりゃなぁ」

 絡繰のその言い方が可笑しくて、悪いかもしれないが笑ってしまった。

「知らない事の方が多いと思うぞ」

 なにせ、今でも休みの日は勉強しないといけないからなぁ、と。

「そうなのですか?」

「おー。勉強ばっかりの毎日だ」

 昼間は授業があるしなぁ、と。
 まぁ、そういう生活がそう嫌いではないのだが。
 そんな事を話しながらも、視線は絡繰の手へ。
 本当に作法とかは判らないが、その手は淀み無くお茶を入れる作業をこなしていく。
 そう言えば、

「こういう時は、お茶を点てるって言ったっけ?」

「はい。本当ならお茶菓子も用意したかったのですが」

「いい、いい。そこまでしてくれなくて」

「いいえ」

 こちらを、と
 差し出されたのは一切れの羊羹だった。

「ん? お茶菓子?」

「本来ならもう一種、干菓子をご用意しておくべきなのですが……」

 部費は皆さんのお金ですので、と。
 こっちこそ、お茶を御馳走してくれるだけでも十分過ぎるし。

「こうやって、ちゃんとお茶を点ててもらうだけでも嬉しいもんだ」

 しかも、お礼だと言うし。
 そう言った事をしてもらうのは初めてなので、どうにもこうにも。
 まだ仕事が少し残っているが、きっと今日は早く終わると思う。

「今度お誘いする時は、ちゃんとしたものを用意しておきます」

「いいんだけどなぁ……」

 律義というか、何というか。
 そこが絡繰らしいと言うか――苦笑し、視線を外へ。
 景色も綺麗なもんだ。
 良いなぁ、茶道部。
 来年は、俺もどこかの部活の顧問に……無理か。仕事が忙し過ぎる。
 まだまだ作業遅いしなぁ。

「先生、どうぞ」

 そんな事を考えているうちに、点てられたお茶を差し出された。
 おー……。
 何か濁ってるんだけど……こう言う物なんだろう。
 まさに緑茶、と言った感じだ。
 ……苦そうだな。

「ええっと」

「お好きなようにどうぞ」

「……あー、すまん」

 何か手にとって手元で回したりするんだったよなぁ、と。
 テレビで見た事何とか思い出そうとするが、細部を思い出せない。
 どっちに回すのか全然わからないんだけど……。

「いただきます」

「どうぞ」

 多分いただきますも違うんだろうなぁ、と苦笑しながら点ててもらった茶を一口。
 おお?

「苦くないんだな」

 いや、苦いんだけど。
 思っていたより苦くないと言うか、飲みやすいと言うか。
 うん。美味い。

「羊羹を先に食べられますと、更に美味しく感じられるかと」

「なるほどなぁ」

 そう言われ、茶と一度置き、羊羹を一口。
 こっちは甘いなぁ。
 そして、言われたように茶を飲むと

「ああ、確かに」

 甘いのの後に程よく苦いのを飲むと、美味く感じるのか。
 奥が深いんだなぁ、茶道。
 当たり前か、と苦笑し、茶を戻す。

「ごちそうさま」

「――――」

 そう言うと、絡繰が俺に向けて一礼する。
 それも作法なんだろうな。
 それにつられて、俺も一礼する。
 ごちそうさまでした、と。

「なぁ、絡繰?」

「なんでしょうか?」

「……非常に聞き難いんだが、俺、何かしたか?」

「はい」

 何したんだろう?
 ここまで思い出せないと、不安で仕方が無いんだが。
 そうやって、心中で頭を悩ませていると……。

「昨日、マスターに友達が出来ました」

 そう、ぽつりと絡繰が漏らす。
 マクダウェルに友達?

「おー、もしかして神楽坂か?」

「……知ってられたんですか?」

 いや、と。
 首を振るが、まぁ何となく予想は付いていた。

「最近仲良いからなぁ、判り易い」

「そうでしょうか?」

「絡繰だって、いつもマクダウェルが楽しそうって言ってたじゃないか」

「…………はい」

 だろ? と。
 あの2人は判り易い。
 神楽坂もそうだが――マクダウェルも、結構態度に出るからなぁ。
 最近は特に。
 
「ありがとうございます」

「ん?」

 また、頭を下げられた。

「下げるなら、神楽坂に下げるべきだと思うぞ」

「いえ、明日菜さんは友達ですので」

「……まぁ、友達に頭下げるのも変だな、うん」

 カコン、と遠くで音がした。

「生徒が教師に頭を下げる時は、迷惑掛けた時だけで良いからな?」

「では」

 と、もう一度下げられた。
 いやいや、と。

「迷惑なんてかけて無いだろ?」

「そうでしょうか?」

 ……あれ?
 首を傾げ、最初はマクダウェルの不登校からだったなぁ、と。
 ま、まぁいいか。
 あれはマクダウェルであって、絡繰じゃないし。
 それに、あの時間は結構楽しかったし。うん。

「マスターの不登校、また勉強不足は御迷惑だと思いますが」

「あー、まぁ、うん。そこは気にしなくて良い」

 俺は別に迷惑だなんて思ってないから、と。
 でも、勉強してもらえるならうれしいかなぁ。
 
「お礼だって気にしなくて良いからな? まぁ、嬉しいけど」

 嬉しいのは本当なので、そこはちゃんと伝えておく。
 いや、本当に凄く嬉しいし。
 こうやって生徒にもてなしてもらうとか、きっと部屋に戻ったら思い出す自信がある。

「申し訳ありません」

「……謝らなくても良いんだが」

「私はこのような時、どうしたら良いか判りません」

 また堅苦しい言い方だなぁ、と苦笑してしまう。

「別に何もしなくても良いと思うが」

「そうですか?」

「おー。今まで通りしてくれたら、それが助かる」

 うん。
 いきなり変わられても反応に困るし。
 今まで通りが一番だ。

「ま、明日からもマクダウェルをよろしくな」

「はい」

 そうだなぁ、と。

「花粉症が治ったら、毎日今日くらいの時間に登校してくれると助かるな」

「判りました」

 まぁ結局、俺が何かしたのは最初だけなんだし……きっとそれくらいが妥当だろう。
 マクダウェルも朝が苦手だって言ってたし、それくらいは頑張ってもらうとしよう。

「片付け、手伝うか?」

「いえ」

 そうか、と。

「それじゃ、職員室に戻るから何かあったら声掛けてくれ」

「……判りました」

 今度は、頭は下げられなかった。





――――――エヴァンジェリン

「おーい、エヴァー」

「……どうしてお前まで居るんだ、神楽坂明日菜」

 何だ、この出鼻を挫かれた感じは。
 頭痛を感じ、ソレを抑える為に目頭を押さえる。
 折角真面目な話をしようと人払いを済ませ、雰囲気出して桜通りの桜が綺麗な場所で待っていたと言うのに。

「だって、あんたとネギが会うって言うから」

「ぼーや……魔法使いの秘匿義務というのから、お前には教えなければならないのか?」

「いやいや、私が無理やり付いて来たのよっ」

 何だと?

「お前、昨日魔法使いに関わるなと言ったばかりだろうがっ」

「だ、だってぇ」

 こ、このトリ頭がっ。
 まったく。

「帰れ」

「い、いやよ」

「帰れ、と言ったぞ」

「い、いや、って言ったわ」

 …………はぁ。
 こっちは花粉症でただでさえダルイというのに。

「何か言いたい事があるなら言ってみろ、待ってやる」

「あ、ありがと」

 ぼーや、とりあえず座るぞ、とベンチに腰掛ける。

「そう言えば、オコジョはどうした?」

「カモ君ですか? 女子寮の管理人さんに預けてきました」

「……大丈夫なのか? 喋ったりとか」

「はい。去勢は流石に嫌らしくて……はは」

 だろうなぁ、と。

「喋りたい時は、僕が部屋まで運んでから喋ってますし」

 あ、ちゃんと木乃香さんが居ない時にですよ、と。
 なんだ、案外ちゃんとしてるんだな。

「ならいいが」

「ねぇ、エヴァ」

「何だ、バカ」

「うぅ……」

 お前なんかバカで十分だ。
 自分から危ない橋を渡ってどうするんだ? まったく。

「だって、エヴァって悪い魔法使いなんでしょ?」

「……ああ」

 またその話か?

「ネギと喧嘩したら危ないじゃない」

「……危ないで済まないんだがな」

 特にお前が。
 はぁ。

「帰らないんなら、さっさと話をするぞ」

 この調子じゃ、どうしようもなさそうだ。
 ……昨日もっと強く言っておくべきだった。
 こほん、と。一つ咳払い。

「ぼーや、何か言いたいんじゃないのか?」

「えっと……」

 桜通りのベンチに並んで腰かけ、静かな時間を過ごす。
 まるで昨日のようだな、と。
 茶々丸の代わりにぼーやが居るのが違うだけなんだが。

「昨日、知ったんですけど」

「くしっ……すまん」

「い、いえ」

 しかし、どうしても毎年の花粉症だけはどうにもならんな。
 どれだけ魔法障壁を厚くしても、空気まで遮断する訳にはいかないし。
 そうすると、どうしても微量の花粉が入り込んできてしまうのだ。
 どうにかならんものか。

「エヴァンジェリンさんって……“あの”エヴァンジェリンさん、なんですよ、ね?」

「ああ。あのオコジョ妖精が調べたんだろう?」

「や、やっぱり……」

 いまさら驚く――事か。
 まぁ、私は怖がられてたからなぁ。

「それでだ、ぼーや」

「は、はい」

「私は、今どうしても欲しいものがある」

「ほ、欲しいものですか?」

 ああ、と。
 いきなり言っても怖がられるだろうし……どうしたものか。

「そうだな。どうして吸血鬼がこの学園に、と思うか?」

「はい。それに、エヴァンジェリンさんは15年に」

「ああ――私は15年前からこの学園に居る」

 そう、あの日、あの時――置いていかれたから。
 私を置いていった男。
 “千の呪文”ナギ。
 ――ぼーやの父親。
 今でも覚えている……あの時、ナギが言った事を。
 生きる、と言う事を。

「ぼーや、登校地獄、という呪いを知ってるか?」

「は? 何そのふざけた名前」

 お前には言ってない、神楽坂明日菜。
 ソレを軽く無視し、視線をぼーやに向ける。

「いえ、明日菜さん。実際にある呪いなんですよ」

「……マジで?」

「内容は省くが……まぁその名の通り、学校に登校し続けさせられる呪いだ」

「嫌ぁ、それだけは嫌だわ」

 ああ、まったくもって同感だ。

「そして、私はその呪いに囚われている訳だ」

「そ、そうなんですか?」

「……ああ」

「うわぁ」

 神楽坂明日菜、お前は黙っていろ。
 折角の緊張感が台無しだ。まったく。

「……はぁい」

「そして、その呪いを解きたい訳だ」

「ん? どうしてそこでネギなのよ?」

「黙っていろといったぞ」

 まったく。
 喋ってないと死ぬとかいう人種か、お前は。

「この呪いを掛けたのがぼーやの父親だからだ」

「…………はい?」

 はぁ。

「ナギ・スプリングフィールド。ぼーやの父親が、私に呪いを掛けたんだよ」

「父さんが?」

「ああ。15年前にな」

 ――――光に生きてみろ。
 今でも覚えている……きっと、忘れられない言葉だ。

「そして、3年後……呪いを解きに来ると言って――来なかった」

「そんな……」

「別に、恨んで……はいるが、まぁ、それは今はどうでも良い」

 だがな、ナギ。
 お前は一つ間違えていた……正しくて、でも一つ間違えていたよ。
 光で生きるだけじゃ駄目だったんだ。
 陽の下で生きるだけじゃ、意味は無かったんだ。
 光を知り、陽の下を歩く事に“意味”を見出さなければ。
 言葉足らず――魔法学校中退のお前らしい、間抜けさ。

「だから、諦めていたんだが……ぼーやが来た」

「僕に呪いを?」

「いや、血を少し分けてくれれば良い」

 血!? と騒ぐ神楽坂明日菜を一睨みで黙らせる。

「どうしてですか? ……エヴァンジェリンさんは」

「悪い吸血鬼だから、信用できないか?」

 そうだよな、と。
 それが、普通の反応だ。
 吸血鬼。悪の魔法使い。闇の福音。
 それが私の呼び名。
 それが――私と言う存在なのだ。

「ほ、他に方法無いの? 血って、死んじゃうんじゃないの? 吸血鬼になるとか」

「……あのなぁ、そこまでする筈ないだろうが」

「え?」

 はぁ、と。
 溜息を一つ吐く。

「私は今魔力を封じられている。それはぼーやも判るだろう?」

「そ、そうですね。今のエヴァンジェリンさんからは、魔力は感じられません」

 だろう? と。

「なのに、15年も無事だった……何故だと思う?」

「え? 何でよ?」

 少しは自分で考えろ、と言いたくもなるが、まぁいいか。

「死んだ事になってたから……?」

「ぼーやは正解だ」

「え? エヴァってここに生きてるじゃん」

「……裏…魔法世界や賞金稼ぎの世界じゃ死んだ事になってるんだよ」

 まったく、と。

「つまり、だ。平和なんだよ、今の私の周りは」

 争いと言っても、麻帆良への侵入者くらい。
 じじいの庇護があるから、他の魔法先生も私へは手を出せない。
 私から関わらないなら、争いというものは――偶にあるくらいなのだ。

「……まぁ、吸血鬼が学校に通ってくらいだしねー」

「そう言う事だ」

 で、だ。

「ぼーやを傷つければ、どうなると思う?」

「……えっと、生きてるのがバレると言う事ですか?」

「正解だ」

 流石にそれは、私も御免被りたい。

「争いが嫌いな訳じゃないが、そこまで好きな訳でもないんでな」

 それで、と。

「流石にな、中学生活にも飽きた」

「えー!?」

 あーまったく、煩いなぁ。

「卒業するには、ぼーやの血が要るんだよっ」

「……そうなの?」

「いきなり封印を解くと面倒だからな、少しずつ解いていく。大丈夫、命に関わる吸い方はしない」

「はぁ……なら良いですけど」

「良いんだ!?」

「だって、卒業してもらう為なら……それに、少しなんですよね?」

 ああ、と。

「修学旅行前には、少し多めに貰うかもな」

「なんでよ?」

「この呪いの所為で、麻帆良から出られないんだよ……」

 あー、と。

「だからあんた、今までの行事サボってたんだ」

「好きでサボってたわけじゃないっ」

 私だってなぁ……そりゃ、外に出たいんだ。
 いくら大きな街とはいえ、15年も居れば飽きる。

「でも、エヴァンジェリンさんって……だったら麻帆良から出て大丈夫なんですか?」

「その辺りはじじいと相談する」

「学園長と?」

 ふん。

「呪いを解いて良いと言ったのはじじいだからな。そのくらい覚悟の上だろう」

「良いのかなぁ」

「それで、ぼーや。答えは?」

 え? と。
 おいおい、今の話を聞いていたのか?

「……少し、考えさせて下さい」

「判った」

 ま、別に今すぐ答えが出るとも思ってない。
 そう言い、立ち上がる。

「あ、でもそれだと今度の修学旅行はエヴァも一緒に行けるんだ」

「まぁ、まだ判らんがな」

「じゃあさ、同じ班になろーね」

「…………気が向いたらな」

 はぁ、と。
 頭が痛いのは、花粉症の所為以外だな。

「それじゃ、また明日な。神楽坂明日菜、ぼーや」

「うん、また明日ね、エヴァ」

「はい、エヴァンジェリンさん」

 まったく……。

「今度こそ、もう魔法には関わるなよ、神楽坂明日菜」

「ぅ、うん」

「それと、夜遅くに出歩くなよ?」

「またそれ!?」

「昨日言ってもう魔法関係に首突っ込んだのは誰だっ!」

 はぁ。

「だって、エヴァの事じゃない」

「だってじゃない」

 ……関わり過ぎたら、記憶を消されるんだぞ。
 ――まったく。
 本当に危なっかしいヤツだな、コイツは。

「いいな? もう関わるなよ?」

「……はぁい」

「ぼーやも、オコジョになるだけじゃ済まなくなるからな?」

「ぅ」

 どうして私が子守りをしなければならないんだ。
 こういうのはタカミチかじじいの仕事じゃないのか?
 はぁ。
 さっさと帰るか……頭が痛い。





――――――今日のオコジョ――――――

「はい、どうぞ」

 オレっちは……オレっちは、今猛烈に悲しいっ。

「わー、食べたよゆえゆえ」

「このか、動物は差し出されたものは食べるものです」

 このオレっち、アルベール様をそんじょそこらの野良と一緒にするなっ。
 と声に出して言いたいが……喋れねぇ。
 しゃ、喋ったら……。

「震えだした……大丈夫かな?」

「寒いのでしょうか? 何か布が無いか探してくるです」

 しかし、凄ぇ。
 ここは凄ぇぜ兄貴っ。
 魔力の高い娘っこが多いこと多いこと。
 ここなら……これなら……グフフ。
 ―――でも、檻の中なんだよなぁ。
 ああ、早くこの事を兄貴に伝えて……どうにかしてバレない仮契約とか、できねぇかな?




[25786] 普通の先生が頑張ります 15話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/09 23:47

「おはよう、皆ー」

「皆さん、おはようございます」

 その声に元気良く挨拶を返してくれる皆に一つ頷き、教卓へ。
 そのまま朝の点呼などはネギ先生に任せる。
 なかなか様になってきたなぁ、と。
 クラスの皆もちゃんとしてるし。

「それでは、僕からの連絡事項は以上です。先生からは?」

「自分からも、今日は特に無いですね」

「では、以上です」

 ――しかし、問題が一つ。

「それじゃ、最近は花粉も酷くなってきたようだし、みんな気を付けるように」

 マクダウェルが花粉と一緒に風邪を併発させて休んでいた。
 もう数日だ。
 ……大丈夫かな、と。
 去年一回見たけど、本当、弱いからなぁ。

「あー、神楽坂?」

 HRも終わり、ざわめきだした教室でその名前を呼ぶ。
 この喧騒の中でもその声は聞こえたらしく、早足でこっちへ。

「どうしたんですか?」

「昨日マクダウェルの様子見に言ったんだろ?」

 どうだった? と。

「凄かったです」

「そ、そうか」

 酷いとかじゃないんだな、表現。
 そんなに凄いのか……。

「まだ当分出てくるのは無理だと思いますよ?」

「そうかー……ああ、判った。また、看病してやってくれな?」

「あはは。風邪がうつるからって追い出されちゃいましたけど」

 まぁ、そこはマクダウェルの照れ隠しだろうけどな。
 さっき絡繰から聞いた話だと、その後は調子が良かったみたいだし。

「それじゃネギ先生、行きましょうか」

「あ、はい」

 さて、と。
 教室から出て、職員室へ向かう途中。

「先生」

「はい?」

「一つ聞きたい事があるんですけど、良いですか?」

 聞きたい事?
 まぁ、俺に答えれる事でしたら、と。

「それと、別にそう畏まらなくても」

「ぅ、そ、そうですか?」

 ええ、と。

「それで、どうしたんですか?」

「エヴァンジェリンさんの事なんですけど」

「マクダウェルですか?」

 ふむ――何日か前から少しぎくしゃくしてたし、その事かな?

「マクダウェルがどうしたんです?」

「ええと……先日、エヴァンジェリンさんと少し話したんです」

 あの時かな?
 マクダウェルが放課後に用があるとか言ってた時。
 丁度、そのくらいから少しぎくしゃくしてたし。

「はい。その時に何かあったんですか?」

「……その、ですね」

 はい。

「エヴァンジェリンさんにですね、その、頼まれ事をしたんです」

「頼まれ事、ですか」

「はい」

 珍しいな、と。
 あのマクダウェルが。

「それで、その頼まれ事がどうしたんですか?」

「えーっと」

 そこで言い淀みますか……。
 うーむ。

「でも、羨ましいですね」

「へ?」

「だって、マクダウェルから頼まれ事でしょう?」

 教師としては羨ましいですよ、と。

「そうですか?」

「ええ」

 自分なんて、暴言吐かれたりだけですからねぇ。
 苦笑し、その驚いた顔をしている少年を見る。

「だって、頼まれたと言う事は、頼られたって事じゃないですか」

「……はぁ」

「マクダウェルにそれだけ信頼されてるって事ですよ?」

 凄い事だと思うんだけどなぁ。
 もうすぐ授業が始まるので、生徒の減った廊下を歩く。

「そうですか?」

「そうですよ。ネギ先生は、誰かを頼るとしたら、どんな人から頼りますか?」

「え?」

「困った時に、最初に思い浮かぶ人ですよ」

 やっぱり、頼るなら信じられる人だと思うんだが。
 どうかな?

「そうですね――はい、僕も……信頼してる人を、頼ると思います」

「マクダウェルもネギ先生と同じ、と言う事です」

「……エヴァンジェリンさんが、僕を?」

「困ってる時は、誰だって人を頼るもんですよ」

 あのマクダウェルだって、そうなんだと思う。
 それが俺じゃなくてネギ先生なのは寂しいが……それでも、あの子が教師を頼ってくれたのは純粋に嬉しい。
 本当に、嬉しいのだ。
 今までのマクダウェルなら、内に溜め込むか、自分で解決しようとするか、それとも放置したままか。
 きっとそのどれかだっただろうから。

「何を頼られたのかは判りませんから、その事をどうこうは言えませんけどね」

「……僕は」

 はい、と。

「僕は、エヴァンジェリンさんが、少し怖いです」

「そうですか」

 まぁ、見た目はともかく口がなぁ。
 それが無いなら、クラスでももっと友達が出来るだろうに。
 それがマクダウェルらしいと言えばらしいんだが。
 苦笑し、

「マクダウェルは、まぁ、そう悪い奴じゃないですよ」

「はい。明日菜さんも木乃香さんもそう言ってます」

 ふむ。
 近衛も、マクダウェルと仲良くしてくれてるんだな。
 この調子でもっと友達が増えると良いんだが。
 っと、今はその事じゃなかったな。

「友達に相談したら、そんな事ないって言われました」

 はぁ。

「明日菜さんと木乃香さんは、信用できるって言いました」

 ――なるほど。

「友達と神楽坂達のどっちが信用できるか? それと、本当にマクダウェルを信用して良いのか、と」

「はい」

 そうですねぇ、と。

「そればっかりは、ネギ先生が考えないといけない事でしょうね」

「う」

「ネギ先生は、どうしたいんですか?」

「判りません」

 はい、と。

「マクダウェルが怖くて、頼み事をどうするか迷っています、と」

「……はい」

「神楽坂は頼み事を聞く様に言って、そのお友達は駄目だ、と」

「そうです」

「なら、後できる事は一つだけです」

 え、と。
 その低い位置にある頭に手を乗せ、ポンポンと撫でる。

「ネギ先生がマクダウェルを見て、友達と神楽坂達のどっちが正しいか確認してください」

「……え?」

「苦手と言うのは判ります、怖いと言うのも判ります」

 でも、と。

「そうやって先生が生徒を怖がってどうするんですか?」

 シャンとして下さい、と。

「いきなり仲良く、なんて言いません。ただ、マクダウェルが“今”どういう生徒か見て下さい」

 去年までは不登校の不良生徒だったのかもしれない。
 でも、今は――違うと、胸を張って良いんだから。

「そうして、ネギ先生がどうしたいか決めるんです」

「……………………」

「結局、周りがどう言っても、どうするか決めるのはネギ先生なんですから」

 10歳の子には難しいかな、と思ったが……この子なら大丈夫かな、と。
 賢い子だ。
 出会って数カ月だが、もう一通りの仕事はできてるし。

「それじゃ、今日も一日頑張りましょうか?」

「はいっ」

 良い返事です。







 うーん。どれが良いかなぁ、と。
 放課後、スーパーの店頭で10分ほど悩んでる。
 お見舞い品って……果物とかが普通、なのかな?
 実はお見舞いなんてした事無いので、どれが良いのか判らなくて困ってたり。

「……先生?」

「ん?」

 俺……だよな。
 声の方を振り向くと、

「おー、龍宮かぁ」

「どうしたんだい、先生。こんな所で?」

 んー……と、別に内緒にする事でもないか。
 言い訳もちゃんとあるし。

「マクダウェルが風邪で休んでるだろう?」

「ああ、御見舞いか」

「……去年はこのままサボり癖がついたからなぁ」

「大変だね、先生も」

「しょうがない。それが先生だからな」

 なんだそれ、と笑われながら、リンゴを一つ取る。

「見舞い品って、林檎とかバナナが良いと思うか?」

 それとも、花とかか? とさりげなく聞いてみる。

「まぁ、風邪だし果物が良いんじゃないかな?」

「なるほど」

 なら、適当に果物を詰めてもらうか。
 店員さんに見舞い品である事を伝え、詰めてもらう事にする。

「龍宮はどうしたんだ?」

「偶には晩飯でも作ろうかと思ってね」

「ほー……」

「嫌な反応だな、先生」

 ははは、と。

「しかし、エヴァの見舞いとはね」

「知らない仲じゃないからなぁ」

 それに、サボり癖がついたら困るし、と。

「釘を刺しとく訳か」

「言い方は悪いが、その通り」

「難儀な先生に目を付けられたもんだね」

 本人の前でそんな事言わないでくれよ、と。
 ちょっと傷付くぞ。

「ま、良いんじゃないか? 最近は丸くなったみたいだし」

「おー。龍宮も仲良くしてやってくれな」

「まぁ、もう少し丸くなったら考えない事も無いかな」

 なるほど。
 もう少し、か。
 そのもう少しが難しいんだよなぁ。

「しかし、明日菜と仲良くなるとは思わなかったよ」

「そうか?」

「ああ。エヴァの人間嫌いは結構なものだったからね」

 ふむ……確かに。

「未だに暴言吐かれるからなぁ」

 もう少しお淑やかに出来ないものか、あの子は。
 そうすれば雪広……いや、那波くらいには―――まぁ、喩がアレだが。

「ま、必要無いだろうけど気を付けて」

「なんでだ?」

 店員から詰めてもらった果物を受け取り支払いを済ませた時、そう言われた。
 しかし、結構な時間話してしまったな。

「まぁ、風邪をうつされたら大変だろう? って事ですよ」

「ああ……まぁ、その時はマスク付けて授業する事にするか」

「……熱心だね、本当に」

 もうすぐ修学旅行だからなぁ、と。

「そう言えば、もうすぐだったね」

 スーパーから出ると、まだ日は高い。
 春ももうすぐ終わるのかもなぁ、と。

「成績悪いと、修学旅行前に一回補習が入るからな」

「そこは先生の手腕に期待するよ」

 そうじゃないだろ、と。
 まったく。

「どーして、そうなるかなぁ」

「授業があまり好きじゃないからね」

 そう言えば、以前瀬流彦先生も言ってたな、と。
 まぁ、勉強なんてそんなもんなのかなぁ。

「それじゃ先生、私はこっちだから」

「おー、気を付けて帰れよー」

「はは。私より先生の方が心配だよ」

「……それは普通にショックだ」

 生徒に心配されるとは。
 でも、風邪も馬鹿に出来ないからなぁ。。

「それじゃ、先生」

「おー。また明日なぁ」







 しかし、久しぶりにマクダウェル宅に来ると少し懐かしいな。
 ……あれだけ迎えに来たからなぁ。

「さって」

 流石に、絡繰は掃除はしてないよな。
 中に居ると良いんだが。

「すいません」

 そう声を掛け、呼び鈴を押す。
 そして数秒ほど待った頃、ドアが開く。

「どうしましたか、先生」

 ドアを開けたのは、やっぱり絡繰だった。

「良く判ったな」

 いま、ドア開けた瞬間俺だって言わなかったか?

「はい。先生の声は覚えていますので」

 ……そ、それは凄いな。
 俺ってそんな特徴のある声じゃないと思うが、と。

「あ、これマクダウェルの見舞いに」

「お見舞い、ですか?」

「ああ。調子はどうだ?」

 スーパーで買ってきた果物を絡繰に渡す。
 こんなので良かったかな?

「どうぞ、中に。お茶をお淹れします」

 そう言って招き入れられると、いつかの朝を思い出して、小さく笑ってしまう。
 そうだった。こんな感じだったなぁ、と。
 そして、以前と同じように客間へ通され、あの時と同じ席に腰を下ろす。

「良い所に来ていただけて、助かりました」

「ん?」

 良い所?
 淹れてもらった紅茶を受け取り、どうしたんだ、と。

「ちょうど、マスターのお薬を取りに行こうとしていた所でした」

「おー……俺が居ても良いのか?」

「はい、先生ですので」

 ……信頼されている、のだろう。
 いや、嬉しいんだけど。
 嬉しいんだけど……なぁ。

「申し訳ありませんが、留守番をお願いしても良いでしょうか?」

「あー、ああ。判った。何とかする」

 しかし、見舞いに来て留守番を頼まれるとは思わなかった。
 心の準備と言うか、何かそう言うのが全く出来てない。

「すみません。病院が閉まる時間が近いので」

「急ぎ過ぎて事故しないように、気を付けてな」

「はい。マスターは二階で寝ておられますので、何かありましたら声をおかけ下さい」

 そう言って一礼。
 そのまま家を出ていくのは……本当に、取り残されてしまった。
 いや、別に何かしようと言う訳ではないんだが……ないんだが、だ。
 不用心すぎるぞ、絡繰。
 まぁ家探しする気も無いけどさ。

「さて」

 見舞いに来たのに、何もすることが無くなってしまった。
 と言うか、まさか留守番するとは予想もしてなかった。
 うん。
 どうしよう?

「こうなるなら、明日来ればよかったな」

 まぁ、今日偶々仕事が早く終わっただけなので明日来れる保証はないのだが。
 どうしようかなぁ、と。
 とりあえず紅茶を飲んで時間を潰すか。
 しかし、相変わらずの人形だ。
 増えては無いみたいだけど……やはり、圧倒される。

「一体どれくらいするんだろうなぁ」

 何気なく手に取ったのは、以前マクダウェルが手製だと言っていた人形だ。
 相変わらず、レベルが高い。
 将来どうするんだろうな?
 独学でこのレベルなら、プロで食っていけると思うんだが……うーん。
 まぁ、そこはマクダウェル次第か。
 他にもぬいぐるみやらが置いてあり、掃除も行き届いているし。
 ……何を観察してるんだ、俺は。
 そのまま十数分、ソファに座って時間を潰す。
 のんびりとしながら。
 こういう時間の使い方は良いなぁ。

「茶々丸?」

 その声は二階から。
 起きたのかな?

「……先生か?」

「おー、おはようマクダウェル」

「今は夕方だと思うがな」

 そう言ってくれるなよ、と苦笑。

「どうして居るんだ?」

 そう言いながら、パジャマ姿のまま二階から下りてくる。
 うん、わかった。この家の2人は不用心すぎる。
 まぁ、そんな2人しか居ない家に居る俺が言えた事じゃないだろうけど。

「マクダウェル、流石にその姿はどうかと思うぞ?」

「ふん。どうせ着替えても汗まみれになるだけだ」

「あのなぁ」

 はぁ。
 不用心というか、無防備と言うか。
 信頼されている、と前向きに考えておくか。
 それに、流石に生徒に“そんな事”を感じるような性格もしてないし。

「……顔、まだ赤いな」

 大丈夫か、と。

「熱があるからな」

「降りてこないで寝てろよ……二階に行くか?」

「一日中寝てると暇なんだよ」

 いや、なんとなく判るけどさ。
 病気とか怪我で休むと、やけに目が冴えるよな、と。

「そうだ。昨日は神楽坂明日菜と近衛木乃香が来たが、今日は先生か」

「悪かったな、俺で」

 林檎食うか?

「貰う。剥いてくれ」

「……しょうがない」

 病人だしな。
 っと。

「ナイフはあるか?」

「キッチンに果物ナイフがあるはずだ」

 はいはい。
 キッチンは初めて入るが、絡繰はこっちに来てたよな、と。
 ……包丁多いなぁ。
 果物ナイフがどれか判らないので、適当な大きさのナイフと小皿を持って戻る。

「ウサギに剥いてくれ」

「無理を言わないでくれよ……」

 そんな技術持ってないって。
 というか、リンゴの皮むきすら素人なんだが……まぁ、なんとかなるだろ。

「やけに危なっかしいな」

「そりゃ、素人だからなぁ」

 出来れば綺麗に剥きたいところだ、教師として。






――――――エヴァンジェリン

 カチコチと時計の秒針が時を刻む音。
 それと、

「……はぁ」

「っと」

 下手くそななナイフさばきと、私の溜息。
 それだけが響く時間。
 退屈だけど、暇ではない、のんびりとした――静かな時間。

「下手だな」

「素人だからな」

 それだけが理由じゃなさそうだけどな。
 見ていて本当に危なっかしい。
 その内手を切るぞ、絶対。

「大丈夫か?」

「多分」

 そこは嘘でも大丈夫と言っておけ、教師として。
 まったく。
 ま、見ている分には楽しいか。
 切って痛いのは私じゃないしな。

「先生でも、苦手な事があるんだなぁ」

 何と言うか――何でもそれなりに出来る、というイメージがあった。
 何でだろうか?

「………はは。そりゃなぁ」

 苦手な事の方が多いと思うぞ、と。
 そう言って、やけに楽しそうに笑う。

「何か変な事言ったか?」

「いや――絡繰と同じような事を言うんだな、って」

 なに?
 茶々丸と?

「なんでもない」

「……ムカツクな」

 ごめんごめん、と。
 まったく悪びれた様子も無く謝り……。

「っ」

「まぁ、そうなると思っていたよ」

 素人が、話しながらナイフを扱うから……まったく。
 しょうがないな。

「ティッシュ、何処だ?」

 ああ、まったく。
 苦笑し、慌ててティッシュを探す先生を止める。

「動くな、血が飛ぶ」

 ティッシュは……あったあった。
 リビングを血塗れにされる訳にもいかないからな。
 熱で重く感じる体を動かし、ティッシュを数枚取り、先生の方へ。

「ほら、傷を見せろ」

「す、すまん」

 また、結構深く切ったなぁ。流石素人。
 その傷口にティッシュを当て……その赤い、紅い血に、指先が触れる。
 ―――――ぁ。

「……押さえてろ」

「救急箱か絆創膏かないか?」

「戸棚の上だ」

 置いてあるであろう場所を指さし、ソファに腰を下ろす。
 風邪で上がった体温。
 熱に浮かされる身体。
 そして、むせ返る様な……久し振りに嗅いだ血の匂いと、世界を焼くほどに紅い赤。
 ――先生の血。

「だ、大丈夫か?」

「ああ――さっさと手当てしろ」

 酔った。
 酒精にではない――血に、酔った。
 いくら久しぶりに血を見たからと言って、こんなのはどれほど振りか。
 これほどまでに、浮かされるとは。
 まったく……吸血鬼らしくないな。
 は、ぁ――。

「部屋で横になるか?」

「ああ」

 そう言って立ち上がろうとし……もう一度腰を下ろす。
 ――力が、入らない。
 
「……大丈夫か?」

「……そう見えるか?」

 くらくらする。
 この部屋に満ちる血の匂いに――その指先の傷の香りに。
 自制できないほどではない。
 だが、動くには少しばかり時間が要りそうだ。

「ほら、おぶってやるから部屋に戻るぞ」

「……なに?」

「流石に、マンガみたいに抱き上げるのは嫌だろ?」

 それはそうだが……。
 ああ、思考が霞む。
 目の前にある背中――それが“いつかの誰か”のソレを思い起こさせる。

「すまん」

「いや、こっちがすまなかった」

 手を切って驚かせた、と。
 違う。
 そうじゃない。
 驚いたんじゃ、ないんだ。
 その背に身を預けながら、目を閉じる。
 ――息が、熱い。
 きっと、体温よりも、風邪の熱よりも――熱い。

「軽いなぁ、マクダウェル」

「……身体が小さいからな」

「もっとご飯を沢山食べないとな」

 そうだな、と。
 微かな振動。階段を上っているんだろう――目を、開ける。

「ぁ」

 視線が、その首筋に……囚われた。
 微かに香る汗の匂いと、ソレを覆うようにむせ返るほどの――血の香り。

「は、ぁ――」

「大丈夫か?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 自分の部屋を教え、もう一度……目を閉じる。
 いま、私は――。

「見舞いに来たのに、これじゃ悪化させたな」

「そんな事はない」

 その声が、耳に届く。
 トクントクンとなっているのは、私の心音か、それとも……。
 視覚が無く、他の感覚が鋭敏になっている。
 ……吸血鬼の感覚が、鋭敏になっている。

「大丈夫だ」

「そうか?」

 大丈夫――そう、言い聞かせる。
 先生にではない。自分に。自分自身に。――大丈夫、と。
 血は、要らない。
 ただの人間の血だから。
 何の魔力も無い人間の血だから。
 ――必要無い。

「しっかり捕まっててくれ」

 そう言われ、その首に回した腕に力を込める。
 ……目を開ければ、目の前に首筋がある。
 それを視界に抑えないように、とは思うが――視界から、その無防備な首が離れない。
 いや、視界を首から外せない。
 数瞬の後、私を支えていた手が片方外れ、扉が開く音。

「失礼します、っと」

「……ふん」

 そのまま、歩き――静かに降ろされる。
 一瞬腕に力を込め……でも、私も抵抗せずにその背から降りる。

「大丈夫か?」

「ああ。大分落ち着いた」

「……すまなかったな」

 そう言って、頭を下げる。
 まったく。

「こっちこそ悪かったな。見ていて面白かったから、止めなかった」

 ちなみに、私はナイフの扱いは得意だぞ、と。

「――俺も少し、料理するかなぁ」

「全然しないのか?」

「ああ。まさか、こんな所で必要になるとは思わなかったからな」

 ふふ……小さく笑い、ベッドに横になる。
 目を閉じる。
 血の匂いは――微か。

「寝る」

「ああ、絡繰が戻るまでは下に居るからな」

 ……気配が遠のき、扉が閉じる音。
 危なかった。
 本当に、危なかった。
 いくら風邪で弱っているとはいえ――だ。

「はぁ」

 吐息が、熱い。
 それはきっと、風邪の熱以上の熱さ。
 ――ああ。

「不味そうだったな」

 そう、言葉にする。
 不味そうだった。
 本当に――口に出来ないほどに、不味そうだった。

「は――――」

 そう言えば、先生と初めて会った頃もそんな事を考えたな、と。
 苦笑する。
 してしまう。
 それでも判ってしまう。
 きっと“あの時”と“今”じゃ――意味が違うのだろう、と。


 
――――――今日のオコジョ――――――

 まったく、兄貴は何を考えてるんだか。
 吸血鬼に血を?
 いけねぇいけねぇ、吸い尽くされるか操られるかだって。
 やっぱり、兄貴にはオレっちが居ねぇとダメみてぇだなぁ。
 でも、そこがネギの兄貴らしいぜ。

「……オコジョって確か絶滅危惧種かなんかじゃなかったか? なんで飼えんだよ!?」

「へー、千雨ちゃん物知りねぇ」

「いや、物知りとかの話じゃ――」

 しかし、凄い。
 ここって兄貴に聞いた話じゃ中学生の寮のはずだよな?
 ……何だ、あの姉さんの胸はっ。
 ちゅ、中学生って一体何なんだ!?

「オコジョって、こんなに大人しいのかしら?」

「肉食じゃなかったかな?」

「物知りねぇ、千雨ちゃん」

「……ちゃん付けはやめて下さい、千鶴さん」

 眼福、眼福じゃーーー。



[25786] 普通の先生が頑張ります 16話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 16:45

――――――エヴァンジェリン

「調子はどうかの?」

「ふん。聞くまでも無いだろうが」

「なに、ちょっとした世間話じゃよ」

 ああそうかい。
 その言葉を聞き流しながらソファに腰を下ろし、用意してあった茶を一口啜る。

「結界が一時的に解けたおかげで、こっちはもう風邪は治ったよ」

「それは良かったのぅ」

 は。毎年の事だろうが、まったく。
 白々しい。
 年寄りはどうしてこうも関係無い話をしたがるのか。
 呼んでいるからと言うから放課後来てみれば……はぁ。

「言いたい事は、そんな事じゃないだろう?」

「ふぉふぉ、そう急くもんじゃなかろうて」

「……ふん」

 麻帆良の大停電から数日、いきなり呼びだしたと思ったら世間話か?

「忙しいんじゃないのか、学園長?」

 嫌味たっぷりに学園長と呼び、茶をもう一啜り。
 ――茶々丸が淹れた方が美味いな。
 そんな感想を抱きながら、溜息を一つ。

「そう言えば、タカミチはどうした?」

「今は別用で外に出ておるよ」

「ふぅん」

 外に、ねぇ。
 まぁアイツも大概忙しいらしいからな。

「それで、今日呼んだ事じゃが」

「ぼーやの事か?」

「惜しいのぅ」

 ふぉふぉ、とまた笑う。
 その笑い声は癪に障るな……。

「お主、修学旅行に行きたいんじゃないのか?」

「それはな。なんだ、行かせてくれるのか?」

 こっちから折を見て言おうと思ってたんだが、その事か?

「うむ。条件はあるがの」

 それはそうだろうな。
 別にその事に不満は無いので、そのまま黙っている。
 条件無しだったとしたら、逆におかしいと疑ってしまう所だ。

「ネギ君は血については何と?」

「ああ。一応くれるそうだ……まだ、私を信用はしていないみたいだがな」

「それは難しいじゃろうがのぅ。お主、昔は酷かったし」

 五月蠅い。
 そんなの私が一番良く判ってるよ。
 ……今みたいに、信用してもらえる方が珍しいんだ。

「ま、それはお主の問題じゃ……頑張れ」

「ふん」

 何が楽しいのか……笑うな、くそじじい。

「それで、条件は?」

「なに、簡単な事じゃ」

 そう言って、一枚の紙をこちらに渡してくる。
 契約書か。

「サインを」

「…………」

 ふん。

「血で良いか?」

「構わん」

 魔法使いの契約書。
 これが存在する限り、これに書かれた条件に従う事になる……一種の呪いと言えるモノ。
 指先を口で噛み切り、滲む血で私の名を契約書に記す。

「こんな事で良いのか?」

「そんなもんじゃろ……お主が人に牙を剥かぬならな」

「――それはどうなるかは判らんな」

 魔法の無許可使用の禁止。
 結界外での行動には教師の同伴。
 極力正体が知られない事。。
 生徒を魔法関係の事に巻き込まない事。
 ……そして、ぼーやの魔法技術の強化。

「ぼーやが私に師事すると思うのか?」

「さぁの。そこはワシから言っておく」

「……私は悪の魔法使いだがな」

「問題無かろう。技術はこの学園一じゃ」

 そうか。
 あのぼーやが、大人しく私の言う事を聞くかどうか……まぁ、それはまだ良いか。
 アレは光だ。
 しかも、極端な。
 そして私は、その対極。
 光を闇に堕とす事は出来ても、闇を光に成す事は出来ない。
 それをこのじじいはどう考えているのか。

「それでいいのか?」

「力に正義も悪もあるまいて」

 ……食えないじじいだ。
 与えるのは“力”だけ。
 それ以外はぼーや次第という訳か。

「あんな子供に何処まで期待しているんだか」

「ほほ――それに、今のお主なら面白い事になると思ってのぅ」

「はっ」

 どうにもなるものか……そう思い、鼻で笑ってやる。
 だがまぁ、ナギの息子を、と言うのは中々に魅力的だ。
 それに、あの歳であの魔力量。才は十分か。

「納得するのか?」

「誰がじゃ?」

 ……ちっ。
 言わなくても判るだろうに。

「頭の固い魔法使いの連中だよ」

 流石に、英雄の息子に私が近づくのは――良い顔はしないだろう。
 麻帆良から出る事にすら反対されるかもしれないだろうに。

「そこは何とでも……言い様はあるもんじゃ」

「そう言うもんんか?」

「歳をとると、このような事ばかりが上手くなってのぅ」

 知るか。
 まぁ、舌が回るうちは死にそうにないな、この爺は。

「まぁいい。そっちはじじいに任せる。ぼーやが乗るなら、伝えさせに来い」

「すまんの」

 ふん。何処までそう思っている事やら。
 ……はぁ。
 あまり、魔法使いの連中とは関わりたくないんだがなぁ。
 ま、それも修学旅行が終わるまでだ。
 そう納得しておく事にする。

「気にするな。修学旅行の為だ」

「なるほどの」

 しかし……こうも簡単に許可が下りるとはなぁ。

「おい、じじい」

「なんじゃ?」

「何か隠してないか?」

「何がじゃ?」

 ふむ――。

「良く考えたら、私が簡単に麻帆良から出られるなんて、おかしな話じゃないか」

「そうかのぅ?」

 これでも元賞金首だからな、と。
 一応それも去年かに撤回されているが。
 ……いくらナギが私を倒したからと言って、死体が無いのは疑われていたらしいからな。
 というか、この私を匿うと言う事自体が、どうにかしてると思う。
 そのおかげで、こうやってのんびりとした生活が送れてるんだが。

「私を匿っていた事が知れたら、面倒じゃないのか?」

「……ふむ」

 考えていなかった、とは言わせないからな?
 まったく――面倒事なんかは無しで、私は旅行に行きたいのだが。

「ま、そこまでは流石に気が回るか」

「当たり前だ」

 で? と。
 言葉の先を促す。

「今回は行き先が京都じゃからな」

「京都だと、何かあるのか?」

 ……何かあったかな?
 ああ。

「そう言えば、ナギの隠れ家があったな」

「残念」

 まぁ、そうだろうなぁ。
 あとは関西の方の陰陽師だったか――ふむ。

「なんだ? 向こう側から何か言われてるのか?」

「うむ。察しが良くて助かる」

 あのなぁ。

「面倒事なら……ぼーやにも頑張ってもらうぞ?」

「ネギ君にも同じ事をしてもらうつもりじゃよ」

 はぁ。
 つまり、私はぼーやの尻拭いという訳か。
 面倒だなぁ。

「近衛木乃香の護衛、じゃ」

「じじいの孫か?」

 思い出すのは、魔法のまの字も知らないような……先日看病に来た少女。
 だが、恐らく才能だけならネギ=スプリングフィールド以上の魔法使い。
 そう噂されている少女。
 そして――神楽坂明日菜の友達。
 私のクラスメートだ。
 そうやら、魔法とは無関係に生活しているらしいが……。

「なんだ。心配なのか?」

 ん? 近衛?

「……詠春か?」

「うむ。婿殿の方で、色々とキナ臭い事があってるらしい」

 キナ臭いって……詠春側で何かあったんだろうか?
 頼むから、面倒事は――もう難しいんだろうけど。

「――おい、一応は一般人の集団だぞ?」

「すまんの。最大限の手伝いはする」

 おい……。
 近衛木乃香を狙って、修学旅行中に狙われる、と言う事だろうか?
 どこの馬鹿な集団だ。
 一般人を巻き込むなんて――正気とは思えない。
 そうなったら、関西関東と言うよりも……魔法界を敵に回しかねないだろうに。

「魔法先生をどれだけ回せる?」

「2人」

 溜息しか出ない。

「魔法生徒は……私と茶々丸を入れて5人か」

 他のクラスに居るとは聞いてないからな。
 葉加瀬と超鈴音は事情は知っているが、戦力にはならないからな。

「向こうさんも直接手は出してこんとは思うが」

「楽観的だな。手を出されても文句は言えんだろうに」

 相手の狙いが近衛詠春で、その為に近衛木乃香を狙うと言うのなら……確実に手を出してくるぞ。
 それがどんな目的かは判らんが。
 ……そこまで常識の無い集団じゃない事を、私も願うがね。

「どうにもならんのか?」

「もう来週じゃ。どうしようもない」

 まったく。
 頭が痛くなり、目頭を指で押さえる。
 折角の京都。
 折角の旅行なのに……どれほどの問題だ。

「自分の孫娘を生贄に差し出すか」

「差し出しはせんが――しょうがなかろう」

 は。
 ……まぁ、その魔法使いとしての在り方には、頭が下がるがな。

「関西呪術協会は今、敵が多いんじゃ」

「大変だな、人の上に立つのも」

「まったくじゃ」

 はぁ、と。

「溜息なんか吐くなよ。巻き込むのなら、最後まで責任を持て」

「判っておるよ――が、それでものぅ」

「ふん」

「ワシらが動けるならワシや詠春が護るんじゃが」

 それじゃ敵が釣れんだろ、と。
 苦笑する――その通りだから、しょうがない。
 しかし、だからと言って闇の福音を使うか?
 ……死んだ事にはなっているが、バレたらじじいの首も危ないだろうに。
 近衛木乃香を守りたい、と言うのは本当なのかもしれないが……はぁ。

「どうにか守ってくれんか?」

「……しょうがない。修学旅行の為だ」

「あの子だけは、こっち側に巻き込みたくはなかったんじゃが」

 それは無理な事だろう。
 あれほどの才能だ――早いうちに知っていた方が安全だと思うがな。
 本人の為にも、周囲の為にも。
 今回の事は良い件だと思うがね。

「それだけは諦めろ。……ま、それなりに考えてはおく」

 そんな状態だと、旅行は純粋には楽しめそうにも無いがな。
 溜息を一つ吐く。
 まぁそれでも麻帆良の外、と言うのは魅力的な提案ではある。
 それに、じじいの言葉の下に動くという大義名分。
 それなら、うるさい魔法使い達も、少しは黙るだろう。

「明日の放課後、ぼーやを私の家に来させろ」

「うむ」

「それと、別荘を使うが問題は無いだろう?」

「判った。ネギ君の事については、こっちの方でちゃんとしておく」

 そうか、と

「それと、報酬を用意しておけ」

「報酬?」

「龍宮真名を雇う」

「判った」

 額は孫娘の命と同額にしておけ、と少しの嫌がらせ。
 まぁ、アイツがどれくらいの報酬で動いているのかは知らんが、それほど法外ではないらしい。
 ある程度、通常報酬以上を払っていれば、必要以上に働いてくれるだろう。

「他に、私に言っていない事は無いか?」

「うむ。何かあったら、また呼ぶ」

「判った」

 一気に忙しくなったなぁ。
 はぁ……帰ったら茶々丸に別荘を探させないと。
 さて、どこに仕舞ったか。
 壊したりはしてないと思うが……調整は必要だろうなぁ。
 長く使った覚えが無いしな。

「じゃあ、帰るからな」

「……すまんな」

 はぁ。

「謝るなよ――巻き込むのなら、最後まで責任を持って胸を張れ」

 そう、もう一度言う。
 それじゃ、巻き込まれるこっちが不安で仕方が無い、と。

「……お主に説教される日が来るとはのぅ」

「……ふん」

 学園長室から出ると、控えていた茶々丸を従えて廊下を歩く。

「御苦労さまでした」

「いや。それより茶々丸」

 先ほど話した内容を、茶々丸に伝える。
 そして、帰ったら別荘を探しておくように、と。

「かしこまりました」

「明日の放課後までに探しておけ」

「地下の物置にありますので、すぐにご用意できます」

 なら、帰ったらさっさと調整を済ませるか。

「忙しくなるな」

「はい」

 旅行の準備もまだだと言うのに……はぁ。







 魔法使いの戦いとは、突き詰めれば結局――どちらが早く、正確に大砲を撃ち込めるか。
 そこに行きつくと私は思っている。
 私のようにある程度以上になると接近戦と遠距離戦を両立させる事も出来るが。

「ぐぅっ!?」

「どうしたどうした!」

 ぼーやが先ほどから頼りにしている風の精霊召喚。
 その8体をほぼ無詠唱からの氷の矢で撃ち落とし、懐に入り込む。
 そのまま胸ぐらを掴み、地面に叩き付けその眼前に手のひらを向ける。

「……こんなものか」

「うぅ」

 3戦3勝。
 別荘内では魔力が戻るから、そうなるとやはり勝負にならないな。
 まぁ、たった一人の未熟な“魔法使い”程度では、私の相手は無理か。
 少し近づいたただけで、こうも戦い方が危うく崩れてしまうようじゃなぁ。
 地面に横になっているぼーやを放置し、茶々丸の元に戻る。

「魔力は一人前でも、戦い方は半人前以下か」

「あ、兄貴ぃ。大丈夫ですかい?」

 肩に乗った小動物が心配しているが、直撃は無いはずだから怪我もそう酷くないだろう。

「う、うん」

 ふむ。
 少し手を合わせて判ったが……。

「本当に実戦はまともに経験してないんだな」

「わ、判るんですか?」

 そりゃなぁ。
 アレだけ魔法使いの基本――後ろからの大威力の魔法を狙われたら、誰だってそう思う。
 そして、近づいただけで終わるし……。
 まぁ、最後のは接近戦にもいくらか対応はしていたが。

「従者の居ないお前が魔法使いとして戦っても、現状じゃ何もできないだろ」

「はい……」

 どうしたものか……。
 いくら別荘があるとはいえ、時間も無限じゃないからな。

「今の手持ちの魔法で一番攻撃力があるのはさっき撃ち合った『雷の暴風』か?」

「はい」

「その歳でたいしたものだな」

 魔力もある、知識もある――あとは経験と環境か。
 一番は従者を揃える事だが……さて。

「おい、小動物」

「お、オレっち?」

「お前、戦えるか?」

「無理に決まってるだろ!?」

 だよなぁ。
 茶々丸に用意させた椅子に座り、溜息を一つ。
 流石に、ほとんど面識の無い魔法生徒と仮契約も問題がある。
 一般人なら論外だ。

「とりあえず、ぼーや」

「は、はい」

「走れ」

 はは、面白い顔だな。
 さっきの戦いの疲れが抜けていないのだろう、肩で息をするぼーやにそう告げる。

「体力不足だ。たったあれだけで息を乱してどうする」

「アレだけって……エヴァの姐さん」

「阿呆。疲れた所を敵に狙われて卑怯とでも言うのか?」

 それじゃ、殺されてあんまりだ、と言うようなものだ。

「今はとにかく、少しでも体力をつけろ」

 幸い、この別荘の中は一つの世界と言って良い。
 スペースは十分にある。

「茶々丸、付き添ってちゃんと走っているか監視していろ」

「かしこまりました」

 走り去っていく背を目で追い、溜息を一つ。続いて苦笑。
 流石はナギの息子と言うか……火力だけなら、一人前だな。

「はぁ」

 しかし、人を鍛えるのは苦手だ……。
 タカミチとは真逆ではあるが、鍛え方も真逆と来たもんだ。
 あいつは力が無かったから、力の使い方を教えたんだが。
 こっちは力がある分、ソレを安定して使える土台が無い。
 従者……か。

「適当な奴が居ないものか」

 それか、修学旅行までにぼーやを一人で戦えるほどに鍛え上げるか。
 相手がどれほどのものか判らない以上、出来れば従者が欲しい。
 それも複数。

「……はぁ」

 いくら修学旅行と報酬の血の為とはいえ……難しい問題をくれたものだな、じじい。




――――――近衛木乃香

「木乃香ー、一緒の班になろうよー」

 ええよー、と。
 クラスの中は今、その事で持ちきりだった。
 今日最後の授業は、今度の修学旅行の班決めとちょっとした注意のお話らしい。
 それと三日目に何処に行くかって話らし―けど、多分そこまでは決まらへんやろなぁ、と。
 だって、ウチのクラスやし。
 そう苦笑しながら、誘ってくれた明日菜のとこに行く。

「うんー、よろしゅうなぁ、明日菜」

「うん。こっちこそ色々教えてねっ」

 ええよー。
 京都はウチの庭みたいなもん……とまでは言えへんけど、結構知ってるし。
 そうやって頼られるのは、本当に嬉しいし。
 明日菜の席に2人で集まり、後は誰を誘おうか、と。

「あ、明日菜、木乃香ー。私達も一緒に良いかな?」

「へ? パル、あんた達……は、いつもの三人だけなんだ」

「そうなん?」

「いやー、いいんちょに誘われたんだけどさー」

 あんまり楽をできなさそうじゃない? って……酷いなぁ。
 まぁ、その気持ちは判らんでもないかなぁ?
 やっぱし、修学旅行って自分らしく楽しみたいもんやと思うし。

「私は良いわよ?」

「ウチもええよー」

「おー、持つべきものは友達だねぇ」

「……ありがとうです、アスナさん、木乃香さん」

「ありがとうございます、木乃香さん、明日菜さん」

 いやー、そんなお礼言われるような事でもないんやけどなぁ。
 明日菜も照れてるし。
 ウチも、少しだけ照れてしまう。

「でも明日菜、あと誰誘うん?」

「あ、そうそう」

 でも、後誘うのは決まってるんやもんね。
 最近仲良いし。

「エヴァー」

「へ?」

 その声は、のどかから。
 まぁ、のどかは少し苦手かもなぁ。
 エヴァちゃん、ちょっと口悪いし。
 のどかは少し気が弱いし。
 ウチも最初はちょっとだけ怖かったけど、明日菜は相変わらずやったから。
 ……話してみたら、ええ人なんやけどなぁ。
 話すのに勇気がいると言うか……エヴァちゃん、悪い人やないんやけど。
 そんな事を考えているうちに、明日菜はエヴァちゃんを誘いにその机に向かっていく。

「エヴァンジェリンさんを誘うのですか?」

「うん。明日菜、最近エヴァちゃんと仲ええし」

「みたいだねぇ。エヴァって、少し取っつき難い所があるけど、明日菜とは良く喋ってるしね」

 やねぇ。
 話してみたら、結構面白いんよ、と。

「そうなの?」

「うん。茶々丸さんも、何と言うか……天然?」

「木乃香にだけは言われたくないはずだと思うよ?」

「ひどいわー」

 ウチ天然とちゃうけどなぁ、と。
 そう言うと、ハルナと夕映に笑われてしまった。
 うー。

「のどか?」

「ぁ、……うん」

 あー。

「のどかは、エヴァみたいな女王様は苦手だもんねぇ」

 そやね。
 のどか、押しが弱いと言うか、なぁ。

「誰が女王様だって?」

 うは!?

「え、エヴァちゃん……」

「誰がエヴァちゃんだ? そう呼ぶなと言っただろうが?」

 うー。可愛いのに。
 そう言うと、また怒った顔でそっぽを向くし。
 その後ろの明日菜はちょっと苦笑して、茶々丸さんはいつも通り。

「可愛くなくて良い」

「えー、勿体無いえ、エヴァちゃん」

「そうよそうよ。もっと言ってやって、木乃香」

「うるさいぞ、バカ」

「馬鹿って言うなーっ」

 相変わらず、仲良いなぁ。
 ウチにもバカって言ってくれへんかなぁ?
 なんか、仲良くなれそうな気がするんやけどなぁ。

「仲良いわねー、あんた達」

「仲良くなんかないっ」

「そんな全力で否定しなくてもっ!?」

 仲良いなぁ。
 なんか、ホンモノの友達みたいで――ちょっとだけ、羨ましい。
 ウチにも……。
 そう思い、視線を向ける。

「――――――っ」

 こっち、見てたのかな?
 慌てて逸らされたように感じたけど、どうかは判らない。

「どうしたの、このか?」

「へ? あ、ううん。何でもあらへんよ」

 そうのどかに答えるけど、やっぱりちょっと悲しい。
 どないしたんやろな?
 何かあったんかな?
 それとも、ウチが何かしたんかな?
 ……何も言ってくれへんから、なにも判らへん。
 だから、何も聞けへん。

「皆さーん、ちゃんと班は決まりましたかー?」

 と、ネギ君が言う。
 その声で我に帰り、一つ深呼吸。
 ずっとこのままなんかなぁ?
 班ごとに集まって座りながら、小さく……誰にも聞かれないように、溜息。

「それでは、修学旅行の注意事項を話しますから、皆さん良く聞いてて下さーい」

 ……でも。
 チラリ、と視線をそっちに向ける。
 今度は逸らされる事は無い……こっちを見てないんやし。
 その横顔を見ながら、毎日思うのだ。
 せっちゃん。
 どうしたら、また遊んでくれる?



――――――

「すまないなぁ、近衛」

「いえいえ、これくらいお安いご用ですえ」

 うーむ。

「折角だ、ジュースでも飲むか?」

「ええんですか?」

「おー。手伝ってもらったからな」

 それに、放課後の貴重な時間を使わせてしまったしなぁ、と。
 一人でいた所を手伝ってもらったんだが、やっぱり学生は放課後は遊ぶもんだろうしな。
 やはり、修学旅行のしおりくらいは一人で運んだ方が良かったなぁ。
 俺もプリントやらミニガイドブックやらあったんだが……3往復するべきだったか?

「気にせんでええですのに」

「それに、もうそろそろ修学旅行の準備もしてしまうんじゃないのか?」

 来週だし、と。

「ええ。それは今度の休みに明日菜達と」

「そうかー……なに飲む?」

 自販機の前に立ち、財布を出す。
 あ、小銭があるな。

「お茶でお願いします」

「判った」

 俺は……コーヒーで良いか。
 買ったジュースを近衛に渡し、自分のソレも開ける。

「どうだ、修学旅行は楽しみか?」

 たしか、実家が京都だったろ。

「おじーちゃんが実家に帰ったらよろしく言うてました」

「はは。まぁ、自由時間は好きにすると良いさ」

 しかし、実家に帰るって……その発想はなかったなぁ。
 やっぱり、結構良い所の家なんだろうか? そうなんだろうなぁ。

「先生は京都は詳しいですか?」

「いや。高校の時の修学旅行先だったくらいだな」

「あ、高校が京都だったんですか」

 ちなみに、中学の時もである。
 ……どうして学校って、京都を旅行先に選ぶんだろうか?
 今回もハワイだったらどれだけ嬉しかったか……いや、言うまい。

「それなら、ウチが案内してあげますえ」

「おー……流石に、それは悪いからなぁ」

 友達と遊びなさい、と。
 しかし、嬉しそうだなぁ。

「京都は詳しいのか?」

「そうですえ、地元ですもん」

 そうなのかー、と。
 正直、清水寺とか金閣寺とかしか覚えてないから、俺はガイドブックが必須だと思う。
 まぁそれもあまりに格好悪いからある程度は覚えようと思うけど。

「そう言えば、桜咲も京都だったな」

 葛葉先生の話だと、先生と同じ剣術を学んでいたとか。
 あの子も家柄のある子なのかもなぁ、っと。

「どうした?」

 何か変な事言ったか?
 目に見えて落ち込まれたんだが……。

「なぁ、先生?」

「ん?」

 ……拙い事言ったかな?

「せっちゃん。桜咲さんの事なんやけど」

「ああ」

 せっちゃん?
 桜咲刹那だからせっちゃんか?

「何だ、仲良いのか?」

 そんな呼び方するくらいだし。

「その、ちょっと相談があるんですけど」

「ん、なんだ?」

 相談、か。
 ええっと。

「どっか座るか」

「あ、はい」

 そう言って近くのベンチに座り、気付かれないように息を一つ吐く。
 桜咲、か。
 うーん……まぁ、クラスにあまり馴染んでいる感じじゃないな。
 それに、知り合いと言うには近衛と喋ってる所は見た事無いし。
 ぱっと思い付くのはこれくらいだけど。

「それで、桜咲がどうしたんだ?」

「うちですね、昔はせっちゃんと仲良かったんです」

「そうなのか?」

 昔は――?
 子供の頃、って事かな? 呼び方的に。

「はい。せっちゃんはウチの最初のお友達ですえ」

「それは大切な友達だな」

 はい、と。
 さて――それだとすると、だ。

「仲違でもしたのか?」

「え? 何で?」

「相談って言われたからなぁ」

 それに、教室であまり喋ってる所見た事無いし、と。
 そんな驚いた顔で見られると、間違ってたら死にたくなりそうだな……と苦笑。

「……ええっと、外れた?」

「いえ……当たりですえ」

 ほ、良かった。
 気付かれないように、内心で胸を撫で下ろす。

「良く見てくれてはるんですね」

「そりゃ先生だからなぁ」

 生徒の事は見てるもんだ、と。
 そう言うと笑われた……やっと、笑ってくれた。

「仲直りしたいのか?」

「はい――うち何したか判らないんですけど、せっちゃんと仲直りしたいんです」

「そうかぁ」

「折角京都行くんですから、一緒に楽しく回りたいですし。同じ班ですし」

 気合入ってるなぁ。
 しかし、生徒の仲直りって言われてもな。
 原因も判らないし。

「どうしたらええでしょ?」

「そうだなぁ」

 ………………。

「まぁ、先生の場合ではあるんだが」

「はい」

「やっぱり、原因を判ってから謝るなりしないと、余計にこじれるぞ、うん」

 実体験的に。
 具体的に言うなら、葛葉先生関係で。
 以前、手作り弁当からコンビニ弁当になった時は怖かった……と言うか、恐ろしかった。
 もう二度とあんな失敗だけはしたくない。絶対に。
 ――――まぁ、そんな事は置いといて。

「原因が判らないで謝っても、やっぱり意味が無いからな」

「げんいん……」

「桜咲から聞くのが一番なんだけど」

「そうですよね」

 しかし、原因を聞くのも難しいからなぁ。
 当事者じゃない俺じゃ、聞いても意味無いし。余計にこじれる可能性もある。

「やっぱり、待ってるだけじゃあかんのですね」

「それくらいしか言えなくて、すまないな」

「いえいえ、謝らないでくださいっ」

 ありがとうございました、そう言って去っていく近衛。
 はぁ。
 教師と言うのは、本当に、肝心な時には役に立てないものだ。







 そして次の日から

「桜咲さん、ちょっとええですか?」

「すいません、用がありますので」

 ………………

「桜咲さん」

「あ、龍宮」

 …………

「なぁ、せっちゃん」

「先生、先ほどの授業で判らない所が」

 ……午後になる頃には桜咲の逃げる手段に、ついに俺まで含まれてしまった。
 うーん。
 そんな放課後

「せっちゃん、一緒に帰らへん?」

「おーい、近衛ー」

 流石に見かねたので、桜咲を誘おうとしていた近衛を呼ぶ事にする。

「桜咲、ちょっと近衛を借りて良いか?」

「せ、先生っ」

 はいはい、そう怒るなって。

「はい。では――」

 しかし、クールだ。
 アレだけの近衛の猛攻を受けて、まったく動じていない。
 強敵だなぁ。

「なんですのッ、先生っ」

「そー怒るなよ」

 笑って答え、まずは落ちつけ、と。

「あんないきなり態度変えたら、誰だって怪しむぞ」

「えー」

 えー言うな。

「もう少し、こうだな……何か共通の話題とかないのか?」

「話題ですか? でも、話す前に逃げられますえ」

「だから――修学旅行の準備は終わったのか?」

 うん。

「だから、それは昨日……おおっ」

「今度の休日だったな? 神楽坂にでも誘ってもらえ」

「明日菜に?」

 おう、と。

「近衛が誘ったら逃げられるだろう?」

「おぉ」

「買い物にはちゃっかりついていけば良い」

「な、なるほど……」

 ちゃんと神楽坂にもそう言って手伝ってもらえよ、と。
 しかし、

「なんか、嘘吐いてるみたいですえ」

 そう言って苦笑。

「はは」

 俺もそれに笑ってしまう。

「なら、仲良くなった後で嘘吐いた事を謝らないとな」

「先生……それなら嘘吐く事を止めるもんですえ」

 そう言って笑う。
 うん、仲良くなれると良いんだが。

「先生、ありがとなー」

「ま、上手くいくように……祈っとくか?」

「よろしくー」

 そう言って元気に駆けていく。
 うん。上手くいくと良いんだが。

「なんだ、今度は近衛木乃香と桜咲刹那か」

「ん?」

 って。

「おー、どうしたマクダウェル?」

 最近は何時も放課後になったらすぐ帰ってたのに、今日は残ってたんだな。
 絡繰は……居ないのか。
 バイトかな?

「いや、またか――と思ってな」

「ん?」

 何かしたかな?
 とっさに思い浮かばず、首を傾げてしまう。

「何でも無い。それより、あの二人の関係はどうだ?」

「関係? ……なんとも言えないなぁ」

 それは本人達に聞いてくれ、と。
 いや、俺もそう詳しく知らないし。
 2人の問題を、口にするのもアレだし。

「ふむ――そうするか」

「お」

 おー……。

「……だから、何だその顔はっ」

「いやいや」

 お前が他の人の関係に興味を持つとはねぇ。
 これも神楽坂のおかげか、と機嫌が悪くなると判っていても笑ってしまう。

「ふん――それじゃあなっ」

「気を付けてなー」

「子供じゃないんだ、大丈夫だっ」

 やっぱり怒らせてしまったか。
 龍宮じゃないけど、もう少し丸くなってくれたら友達が増えると思うんだがなぁ。






――――――今日のオコジョ――――――

 は、はぁ……なんでオレっちまで兄貴と一緒に走らされたんだ?
 つ……疲れたぁ。

「あれ、元気……無い?」

「うーん、とりあえず一枚撮っとくか」

 ん?
 また誰か……。

「朝倉、弱ってる時に写真は……ストレスになる」

「あ、そっか。しっかし、こんなんじゃ記事の一面は飾れそうにないわねぇ」

 んな!?
 このアルベール様が、一面も飾れないスター性の欠片も無い漢だと!?
 な、舐めんじゃねぇぞ娘っこぉ!!

「……元気になった?」

「おお、急に動き出した」

 どうだ!? どうだこの動き!!
 これほど動ける猛者が居るか! いや居まいっ!!
 しゃーおら、しゃーおらっ

「だ、ダンス……?」

「私は写真撮るから、アキラは携帯で動画に保存しといてっ」

「あ、うん」

 ふは、ふはははは――――


――30分後

「これは中々……動画はネットにでも上げるかぁ。アキラ、後で携帯貸して」

「うん、判った」

 コヒュー……コヒュー………コヒュー…………





[25786] 普通の先生が頑張ります 17話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/10 19:05

 朝のHRに配るプリントを人数分まとめていると、少し遅れてネギ先生が職員室へ入ってきた。
 ふむ……まぁ、寝坊ってほどの時間でもないか。

「おはようございます、ネギ先生」

「お、おはようございます、先生」

 ん?

「どうしたんです?」

 動きがぎこちないと言うか、なんというか。
 ちょっと変だ。

「えっと……筋肉痛で」

「何したんですか?」

 その答えに苦笑し、席に座ったネギ先生用にお茶を用意するか。
 給湯室へ向かい、準備をする。
 いつも源先生が使っているせいか、ちゃんと整理されていて使いやすい。

「コーヒーとお茶、どっち飲みますか?」

「あ、じゃあお茶で」

 はい、と。
 俺はコーヒーで良いや。
 お互い分の飲み物を用意して、席に戻る。

「それで、どうしたんです? いきなり筋肉痛なんて」

 学校の仕事で筋肉痛なんてならないと思うから、自分で運動したのか。

「ありがとうございます――修学旅行で、遅れないように」

「ああ。真面目ですねぇ」

 そう苦笑してしまう。

「よっぽど楽しみみたいですね」

「はいっ。日本の文化ですからねっ」

 はは――そんなに楽しみにされると、同じ日本人として嬉しいものだ。

「そんなネギ先生に、一つ良い物を上げましょう」

 そう言って、ネギ先生の机にクラス人数分のガイドブックを置く。

「朝のHRで配る分です。ネギ先生の分もありますよ」

「え?」

「折角の京都なんですから、これがあれば少しは楽しめるかな、と」 

 まぁ、それ以上に驚いているのだろう。
 なにせ筋肉痛と言ったばかりで、この量である。

「せ、先生?」

 はは。

「ネギ先生」

「は、はい?」

「もー少し、早く出てくるようにしましょうか?」

「…………はい」

 ここ最近、遅刻はしてませんけど遅いのが目立ちますよ、と。
 まぁ、慣れてきたし少しだけ……気が緩んだのかな。
 最初の頃より、やっぱり遅く来る回数が増えてきたし。

「ま、気を付けて下さいね?」

 そこまで怒ってはいないので、苦笑して、そう言う。
 あーあー、そんなに頭を落とされるとなぁ。
 結局、ガイドブックは半分は俺が持っていってあげる事にした。
 ……甘いなぁ。







「なぁ、先生」

 はい? と。
 手元の修学旅行用の資料に通していた目を上げると、困った顔の新田先生が居た。
 はて……何かしてしまったか?
 6時間目に授業が入っていなかったので、放課後まで使って一気に目を通してしまおうと思ってたんだが。

「どうしました、新田先生?」

「少し聞きたい事があるんだが」

 はぁ――新田先生がですか?

「えっと……答えられる事なら」

「ああ。それは君のクラスの事だから」

 ……は、はは。

「ど、どうしました?」

「桜咲の事なんだが」

 桜咲?
 ……最近良く聞く名前になったもんだ。

「彼女がどうかしましたか?」

「いや、さっきの授業で居なかったんだが……早退でもしていたのか?」

「――はい?」

 桜咲が早退、ですか。
 慌ててクラス名簿に目を通し……うん、朝は来てたよな。
 挨拶した記憶あるし。
 はて?

「聞いてないですね」

「そうかい。まぁ、こっちでも覚えておくけど先生の方でも注意しておいてくれないか?」

「判りました」

 しかし、無断早退か……。
 ふと思い出すのは、マクダウェル。
 アイツも無断で授業を抜け出して――。

「さて」

 少し屋上に言って行ってみるか。
 もしかしたら居るかもしれないし、文字ばかり読んでて目も痛いし。
 そう思い席を立ち、職員室を出る。
 ――何でいきなりそんな事をしたのかな、と。
 まぁ、思い付く所は一つあるんだけど……。

「そんなに嫌なのかなぁ」

 昔は仲良いとか近衛は言ってたんだがなぁ。
 授業を抜け出したのは怒らないとなぁ――どうしたもんかな。
 頭を掻きながら、廊下を歩く。
 明日は休みだってのに、はぁ。
 さて。

「いるかなーっと」

 屋上へ続く扉を開けると、晴天の空。
 うん、良い昼寝日和なんだが……。

「居ないか」

 そう簡単にはいかないか。
 どうしたものか……まぁ、簡単なのは来週登校してきた時に言えば良いだけなんだけど。
 来週はもう修学旅行なんだよなぁ。
 流石に、朝から言うのもアレだろうし……言わないのもな。

「おや、先生?」

 っと。
 この声は、

「龍宮か?」

 周りを見渡すが、姿は無し。
 あれ?

「上だよ、上」

「……お前、そこは危ないだろ」

 まったく。
 溜息を小さく吐いて、苦笑。
 龍宮は屋上の入り口脇にある物置の屋根の上に居た。

「落ちて怪我したらどうするんだ?」

「そんなヘマはしないよ」

「そう言ってる奴は、いつか落ちて怪我するんだよ」

 はぁ、ともう一度溜息。

「ま、先生に気付かれたら仕方ないか」

「そっちから声掛けてきたんだけどな」

 そう言えばそうだった、と笑いながら危なげなく下りてくる。

「どうしたんだい、先生? 屋上には珍しいね」

「そうか?」

 と言うか

「……珍しいと言うくらいには屋上に居るのか?」

「ふむ――まぁ、よく居る方じゃないかな?」

 かな? って。
 はぁ。

「まぁ、天気良いからなぁ」

「そうだね、昼寝にはもってこいだ」

 中学生の考えかなぁ、と。
 いや、人の性格は人それぞれだけどさ。
 もう一度苦笑し

「桜咲を見なかったか?」

「刹那? ああ、そう言えば午後は早退してたね」

「やっぱりか」

 うーむ。

「刹那を探してるなら、多分もう学園には居ないと思うよ」

「だな」

 と言うか、会えるとも思ってなかったしな。
 それじゃ

「龍宮は桜咲と同じ部屋だったな」

「ああ。伝言かい?」

「おー……」

 何て言おう?
 流石に、休日に出て来いとも言えない……と言うか、明日は修学旅行の買い物とか言ってたし。
 うーん。

「早退する時は先生に一言言うように言っておいてくれ」

「……ふむ。それだけかい?」

「旅行前に言われるのも嫌だろ」

 龍宮の問いかけに、苦笑してそう答える。
 それに、理由は何となく判るしな。
 近衛にも困ったものだ……が、今日だけは特別にしておこう。

「教師としてはどうかと思うね」

「そう言ってくれるなよ」

 自分でもそう思ってるからな。
 今回だけだからな、と。

「龍宮も、早退する時は先に言ってくれ」

「それじゃサボりにならないと思うけどね」

「サボりは許可できないからなぁ」

 はは、と笑って屋上を後にする。
 しかし――困ったな。
 修学旅行で関係が直らなかったら、どうにかしないといけないなぁ。







「すみません、それじゃお先にです」

「ああ、お疲れ様。先生」

「お疲れー」

 残っていた弐集院先生と瀬流彦先生に声を掛け、職員室を出る。
 ふぅ、結構時間が掛ってしまったな。
 最近は学園長からの仕事とかで、ネギ先生も早くに帰ってるし、少し忙しい。
 コキ、と首を鳴らして欠伸を一つ。
 ……明日は旅行前の最後の休みだ、少しゆっくりするかな。
 そんな事を感じながら帰路につく。

「んー」

 今日は絡繰は猫にエサやってるかな?
 この時間帯なら居る可能性もあるなぁ、と足は麻帆良の広場の方へ。
 猫に癒してもらおう。
 っと。

「居ないかぁ」

 残念だ。
 昼には桜咲に会えず、放課後は絡繰に会えず。
 どうにも今日は、そういう日なのかもしれない。
 苦笑し、そのまま帰路に。
 マクダウェルと知り合ってから、占いとか、そう言うのは少し信じるようになった。
 いや、偶に言われる『予言』が的を得ているから、本当に予言のように感じるのだ。
 ……本当は気紛れみたいだけど。

「あ、先生ー」

 ん……この声は。

「近衛か?」

 振り返り……姿はない。
 ん?

「こっちですえー」

 と呼ばれた方は、すぐそばのオープンカフェの椅子。
 そこに座っていたのは、私服姿の近衛だった。

「おー、こんな所でどうした?」

「買い物ですえ」

 ま、そうだろうなぁ、と。
 自分で聞いておいて答えが判っていた事に苦笑し、それじゃ、と。
 あんまり学校外で教師と一緒というのも好きじゃないだろうし。

「って、違いますって」

「ん?」

 そのまま歩き去ろうとしたら、呼び止められた。

「何だ、どうかしたのか?」

 っと

「そうだ、俺も少し話があるんだった」

 主にお前の友達の事で。
 丁度良かったな。

「あ、そうなんです?」

「おー、相席して良いか?」

「どうぞどうぞ」

 それじゃ失礼して、と。
 ついでに、そばを通りかかった店員にコーヒーを頼んでおく。
 本当なら晩飯も済ませたいところだが……こういう所は少し高いのだ。
 来週から入用なので、微々たるものだけど節約をする事にする。

「お前なー、今日も桜咲に強く迫っただろ?」

「う」

 開口一番は、ソレ。

「今日は見逃すけど、修学旅行後でそうなったら、流石に庇いきれないからな?」

 あの後、午後に授業をしていただいた新田先生と瀬流彦先生に頭を下げたものだ。
 まぁ、それは別に怒ってはいないのだけど。
 悪い事はちゃんと言っておかないと、繰り返されたら困る。

「ちゃんと、限度を守れ、限度を」

「はぁい」

 しかし、そうシュンとなられると、俺が悪いみたいで居心地が悪いな。
 ちょうど店員がコーヒーを運んで来たので、空気を変えるように一口飲む。

「それで、近衛はどうして俺に声を掛けたんだ?」

「あ、そや」

 ごそごそとハンドバックを漁り……携帯を取り出し、テーブルへ。
 なんでだ?

「携帯だな」

「はい、うちの携帯ですえ」

 で? と。

「番号教えてもらって良いですか?」

「……先生の携帯番号なんて聞いてどうするんだ?」

 普通掛けないと思うし、調べようと思ったら学園にでも聞けば良い。
 それに、教師に用があるなら普通は担任だろう……って、ネギ先生とは同室だったんだ。

「先生は修学旅行の準備は済みました?」

「ああ。と言うか、着替えとかだけだしな」

 男の準備なんてそんなものだ。
 ガイドブックとかは学園側が用意してくれているし。
 カメラとかが必要になれば、向こうで買えば良いしな。

「う」

「なんだ? 買い物がどうかしたのか?」

 明日、桜咲達と一緒に買いに行くんじゃなかったのか、と。
 やっぱり駄目だったんだろうか?
 近衛の名前を出さないなら、いけると思ったんだが……やはり態度を変え過ぎて警戒されたか?

「あ、せっちゃんとは多分買い物に行けるんです。多分」

「おー、良かったじゃないか」

 これで一歩前進だな、と。
 実際は半歩も前進してないんだろうけど。
 それは近衛も判っているのか苦笑で応える。

「それで、ですね」

「流石に、もうアドバイスできる事はないぞ?」

 というか、この前のもアドバイスと言えるのかどうか怪しいし。

「そうじゃなくてですね、先生? 怒らんで下さいね?」

「……ん?」

 何やら雲行きが怪しいような……。

「その、手伝って欲しいんです」

「……なに?」

 これ以上何を、と。
 もう出せる知恵も無いんだが。

「明日、一緒に付いて来てもらえません?」

「あ、あのなぁ」

 流石にそれはどうかと。
 笑顔で言われても、そればかりは。

「折角の休みに教師と一緒とか、疲れるだろ?」

 神楽坂達も居るんだし、と説得してみる。
 それに、俺が居ない方が桜咲も気を許すだろうし。

「で、でも……頼んます、先生っ」

「そう、頭を下げられてもなぁ」

「……迷惑です?」

 うお、そうこっちを見上げてくれるなよ。
 完全に俺が悪者だろう、この形だと。
 自分でも笑顔が引き攣っているのが判る。困った……。

「迷惑じゃないが……居ない方が良いと思うぞ?」

 絶対、と。

「先生が居てくれた方が、気が楽なんですよぅ」

「気が楽って。そう言われてもな」

 困った。本当に困った。
 まさか休日に会うではなく、休日に誘われるとは。
 いくら個人と会うのではないとは言え、教師としてどうなのか、と。

「だがなぁ、近衛? 考えてもみろ。折角の休みだぞ?」

 お前はともかく、他の皆――特に桜咲はあまりいい顔はしないだろう、と。
 それはそれで悲しいが、まぁ教師なんてそんな職業だしなぁ。
 自分でそう考えて、心中で溜息を吐いてしまう。

「そ、それじゃ他の皆が良いって言ったら、大丈夫ですか?」

「……ま、まぁ」

 いや、大丈夫だろ、うん。
 流石に休日まで教師と一緒というのは誰だって嫌だろうし。
 というか、だ。

「あのな、近衛? 何でそんなに……まぁ、不安なのは判るが」

 それでもこの問題は、どうしても近衛と桜咲でしか解決できない問題なのだ。
 周囲に居る俺達は、手を出す事は出来ないのだ。
 だから、

「きっと」

「ん?」

「きっと、これが駄目でしたら、ウチはもうどうにも出来なくなります」

 そう言われた。
 ……笑っているが、泣きそうな顔。
 そんな顔は、初めて見た。
 近衛と知り合ってからではない。俺が今日まで生きて来て、だ。

「はぁ」

 溜息を、一つ。
 ああ、まったく。
 それは反則だ。

「まったく」

 そして、苦笑してテーブルに出されていた近衛の携帯を手に取る。

「番号を見て良いか?」

「ええんですか?」

 しょうがないだろ、と

「先生だからなぁ」

 生徒に頼られたら、応えなきゃ駄目だよなぁ。
 これは本当に“先生”として正しいのか、少し不安ではあるが。
 番号を打ち込み、一回だけ鳴らす。

「ほら」

「ありがとうございます」

 もう一度、苦笑。

「今回だけだからな?」

「はいっ」

 それに、どうせ居てもそう役に立たないぞ、と。

「そんな事ありませんえ」

「……そう言ってもらえると嬉しいんだが」

 頬を、指で掻く。
 そう言われても、俺はただの教師でしかないんだけどなぁ。

「それじゃあ、明日はよろしくお願いしますっ」

「他の人達の確認がちゃんと取れたら、な?」

「判ってますえ」

 ……はぁ。
 伝票をとって立ち上がる。

「あ」

「流石に、生徒に払わせる訳にもいかんだろ」

 どうせ俺に出来るのは――結局はこれくらいなのだ。





――――――近衛木乃香

 お店から出て、先生と並んで帰路についている途中。

「ありがとうございます、先生」

 そう頭を下げる。
 いっぱい、沢山、迷惑ばっかり掛けてしまってる。
 それが少しだけ心苦しい。

「別に気にしなくて良いぞ? そのかわり、頑張ってくれよ?」

 そんな、少しだけ楽しさ交じりの声をかけられる。
 うぅ、迷惑ばっかりで申し訳ないです。
 でも、それは最後に言おうと思うのですよ。
 だから、

「笑わないで下さいよー」

 うちは必死なんですから、と。
 そう、何とか笑顔で返す。
 そう言うと、今度は小さく、だけど声に出して笑う先生。

「本当に好きなんだなぁ、桜咲の事」

「へ? それはそうですよー」

 友達なんですから、と。
 そう言う。
 この前までは言えなかったけど、今なら言える。
 初めて会った時からずっと、ウチはせっちゃんの友達なんですから、と。

「うち、絶対仲直りしますからねっ」

「おー、期待してるぞー」

 そんな、何でもないように――凄く難しい事を、簡単に言う。
 これから頑張るのはウチなのになぁ、と。
 そう内心で苦笑してしまう。
 それはまるで、ウチらが仲直りするのが当たり前に思ってるみたいで……。

「ねぇ、先生?」

「ん?」

「……仲直り、できると思います?」

「どうだろうなぁ」

 う。
 そこは嘘でも、頷いてほしい所ですわ……先生、駄目ですえー。
 そんなウチの心の中を知ってか知らずか、

「近衛の頑張り次第だからなぁ」

 そうですね、と。
 ウチ次第、かぁ。
 ……難しい事をあっさり言ってくれるなぁ、と。
 そう内心で呟き、苦笑する。

「ウチ次第ですかぁ」

「本当に桜咲の事が好きなら、大丈夫さ」

「そうでしょうか?」

 やっぱり、不安ですわ。
 せっちゃん……何にも話してくれへんから。
 もし昔みたいに話せるようになって、それでも、何にも話してくれへんかったら。
 そう思ってしまう。
 友達やから、何でも話して欲しいって思う。
 そう……思ってしまう。
 ウチは、きっと欲張りなんだろう。
 せっちゃんの一番になりたいと。
 ウチの一番はせっちゃんやから、ウチもせっちゃんの一番になりたい、と。

「おー、大丈夫だ」

 そう、言ってくれる。
 そう言って、背中を押してくれる。
 まるでそれが当たり前みたいに。
 簡単に、気負いもせずに。
 だからウチも、苦笑してしまう。

「簡単に言ってくれますねー」

「頑張るのは俺じゃないからなぁ」

 ひどいです、と。
 頬を膨らませ、そう言う。
 だってそうじゃないか。
 こうした方が良いと言ってくれる、背中を押してくれる、ウチを見ていてくれる。
 ……でも、手を貸してはくれないのだ。
 どうするか……ウチに決めさせる。
 ひどい先生や。
 ホンマに。

「近衛はさ」

「はい?」

 そう、内心で先生に文句ばっかり言ってたら、先生から声を掛けられた。
 その高い位置にある顔を、見上げる。

「凄いと思う」

「ウチがですか?」

 何が、と。
 そんな言われるような事、ウチには無いと思います、と。
 そう言うと、笑われてしまった。

「普通、嫌われたらさ……距離をとるもんだ」

 仲直りをしようとして、失敗したらなおさら、と。
 そうなんでしょうか?
 ウチは――やっぱり、せっちゃんと仲良くなりたいです。
 前みたいに、一緒に遊びたいです。
 きっと、そうなったら……凄く、凄く楽しいと思うんです。
 だから……頑張れるんです。
 ウチの“最初の友達”は、せっちゃんやから。
 今、ウチはどんな顔をしてるんだろう?
 先生は、そんなウチを見て、嬉しそうに笑う。
 本当に、本当に……まるで、先生やなくて、男の子のよう。

「だからきっと、仲直り出来るさ」

「……そうですか?」

「おう」

 ……どうして、そんなに自信たっぷりなんです?
 頑張るウチが、こんなに緊張してるのに。
 なんかズルいわぁ。

「先生、なんかズルいです」

「ん?」

「ウチはこんなに困ってるのに、楽しそうやないですか」

「そうか?」

 はい、と。
 そう言うと、困ったように指で頬を掻く。

「まぁ、近衛の事を信じてるからなぁ」

「……はい?」

 信じてる、ですか?

「近衛なら、頑張って桜咲と仲直りしてくれるって」

「――プレッシャーですわー」

 でも、結構気は解れましたえ。
 ……明日、上手くいくかなぁ?
 いくと良いなぁ。




――――――エヴァンジェリン

「マスター、刹那さんを連れてきました」

「そうか」

 小さく、溜息を一つ。

「エヴァンジェリンさん……」

「そう睨むなよ、桜咲刹那」

 魔法使い側からそう好かれていないとは判っているが、こうも敵意剥き出しだとな。
 まぁ、コイツは知り合い以外なら誰に対してもそうなのかもしれないが。

「お嬢様の事で、何の用ですか?」

「判っているだろう? 修学旅行だよ」

 同じ京都出身だ。
 近衛木乃香がどういう立場なのかは判っているだろう。
 おそらく、私以上には。

「一つ聞きたい事があるんだよ」

「……何ですか?」

 クツ、と小さく笑う。
 なんて、判り易い。

「お前、近衛木乃香に魔法を知らせる事……どう思う?」

「……え?」

「お前の大事なお嬢様に、私が魔法を教えると言う事だ」

 アレだけ学校で近衛木乃香を避けていながら、その実、馬鹿みたいに想っている。
 傍に居る事を良しとせず、いつも陰から見ている。
 自身の異端に気付き、それでも光から離れられずにいる。
 ……まるで、遥か昔の私のよう。

「どういう事ですか? お嬢様は普通の人として――」

「まぁ、興味があるなら座ったらどうだ?」

「――エヴァンジェリンさん」

「長くなる。茶々丸、茶を」

「判りました」

 桜咲刹那からの視線を無視し、茶々丸に指示を出す。
 さて、と。

「座れ」

「…………」

 どう上手く言ったものか。
 どう、この扱いやすい人間で遊んだものか。

「お嬢様に魔法を教えるんですか――?」

「それはお前次第だ」

 私は、今は教えるつもりはない、と。

「今は?」

「ああ。近衛木乃香がどういう存在か知っているか?」

「――当たり前だっ」

 だろうな。
 関西呪術協会の長、近衛詠春の娘。
 麻帆良学園、学園長の孫。
 ……稀代の魔力の保有者。

「なら、話は早い――それで、近衛木乃香に魔法を教える事。お前はどう思う?」

「反対です」

 即答か……まぁ、そうだろうなぁ。
 その為にお前は、今日まで麻帆良に居たのだろうから。
 近衛木乃香を関わらせない為、その為に、その剣を振ってきたのだろうから。

「どうして?」

「お嬢様は優しい方だ……こんな、こんな“力”を知られたら、きっと」

 心を痛められる、と。
 そうだな。
 そうかもしれないな、と。

「だから陰から、巻き込まれないように護る、か?」

「はい、それが私の在る意味です」

「ふふ」

 笑ってしまう。
 可笑しくて、頬が緩む。
 そんなに強く言っても、どれだけの意思を持っていても――きっと、それは叶わない。
 近衛木乃香が“近衛木乃香”である限り。
 そしてそれは、逃げられない事なのだ。
 “力”とは、そういうものだと言うのに……お前も、判っているだろうに。
 “力”を持っているお前なら。
 だから、笑ってしまう。
 滑稽で――何処までも、愚かで。

「何を笑って……」

「なら、私は近衛木乃香に魔法を教えなければならないな」

「――なに?」

「別に、嫌がらせで言う訳じゃないよ、桜咲刹那」

 お茶です、と茶々丸から差し出された紅茶を受け取り、一口含む。
 うん。やはり美味いな。

「関西呪術協会が今どういう立場にあるか、お前は知っているか?」

「立場?」

「ああ。まぁ、大人の事情と言う奴だ――それでな」

 修学旅行で、近衛木乃香が狙われている、と。
 そう、隠す事無く伝える。

「……どうしてあなたが」

「近衛木乃香の護衛として爺から雇われた」

 その顔に浮かぶのは、驚き。

「学園から出れるのですか?」

「ああ――条件の一つとして、護衛があるがな」

 だが、と。

「正直、私は近衛木乃香が無事で、周りが巻き込まれないならそれで良い考えだ」

「え?」

「つまり、だ。一番簡単なのは、事情を説明して行動を制限する」

 魔法を知らせ、魔法を見せ……自身の存在の危険性を教える。 
 その魔力。その立場。そして、近衛木乃香が居る事で、どれだけ周囲に危険を及ぼすか、を。
 きっと、それは最良の選択だ。
 近衛木乃香の存在は、危険過ぎる。
 ……修学旅行に参加した全員を、危険にさらすほどに。

「近衛木乃香の為に、2年全員を危険にさらす訳にはいかないだろう?」

「だ、だ――が」

「だが、何だ?」

 そのまま、次の言葉を待つ。
 答えは決まっている。
 だがそれを、コイツが認めなければ意味が無いからだ。

「私が、お嬢様を――」

「お前一人じゃ、近衛木乃香も一般人も守れない」

 それが、トドメ。
 選べるのか?
 たった一人と、その他の全部を。
 たった一人の不確かな未来の為に、今居る友人、知人、全部を犠牲に出来るのか?
 それは大袈裟な言い方なのかもしれないが、可能性はゼロじゃない。

「…………………」

「一つ、案がある」

 黙ってしまった剣士を無視するかのように、一言。

「相手が手を出してくる前に、相手が手を出せないようにする」

「なに?」

「少なくとも、そうすれば一般人への被害はないだろうな」

 だがそれも相手が普通ならば、だ。
 私が思っている以上に愚かで短絡的な相手なら、意味も無い事。
 ……そこは、伏せておく。
 それほどまでに危険で物騒な相手なら、それこそこちらも手段を選んでいられないからな。

「ぼ――ネギ先生が、関西と関東との親書を届けるらしい」

「……なに?」

「それが届けば、呪術と魔法が手を結ぶ――相手の狙いは、それの阻止だ」

 そして、その保険が近衛木乃香だろう。
 関西呪術協会の長、近衛詠春の娘。
 人質。
 それが、近衛木乃香の立場。

「なら」

「手を出される前にそれを成せば、もしかしたら誰も巻き込まずに済むかもな」

 それは、酷く希望的な考え方。
 何故なら手を結ばれる前に妨害してくるからだ。
 当たり前の事。
 だが、そうなれば近衛木乃香と2年生が巻き込まれてしまう事。
 そうならないように、この愚か者は必死になるだろう。
 それが吉と出るか凶と出るかは判らんが……発破を掛けるのも、そう悪くないだろう。
 今回の件――どうあっても、もう止めようの無い事なのだ。
 それでも、

「それしかないのか?」

「ああ、それがたった一つだけ、近衛木乃香が巻き込まれずにすむ“かもしれない”方法だ」

 だから、と。

「手を貸してもらうぞ、桜咲刹那」

 ぼーやが親書を届けるのは修学旅行3日目。
 つまり、私達は3日間近衛木乃香を護り抜かなければならない――誰にも知られず。
 あの広い京都の中で、いつ狙われるか判らないのに、だ。
 それも、150人強の一般人と一緒に。

「お前がその血を隠している事は知っているが、護りたいなら傍に居て離れるな」

「……お前が傍に居れば」

「私は15年ぶりに外に出るんだぞ? 子守りなんぞ四六時中してられるか」

 それはごめんだ。
 それじゃ、この条件を呑んだ意味が無い。
 私だって、麻帆良から出る事、この条件が無ければ、ここまで言いはしない。
 所詮、どこまで行っても……他人事なのだから。

「夜は私が見てやるが、昼間はお前とぼーや……ネギ先生でどうにかしろ」

 それに、少数ではあるが、魔法先生も居るしな。
 ちなみに、ぼーやはとてもじゃないが使いものにならないがな、と。

「……英雄の息子じゃないのか? 学園長はずいぶんと――」

「ああ。魔力はある。才能もな……だが、それを生かす環境が無い」

 だからお前を呼んだのだ、神鳴流。
 アレが戦うには、盾が必要だ。
 大砲を撃つまでの間、その身を守る盾が。

「ネギ=スプリングフィールドと仮契約しろ、桜咲刹那」

「なっ!?」

 その頬が、若干朱に染まる。
 ほー、そんな顔も出来るのか。

「なっな……なんで!?」

「ぼーやには盾が必要で、お前には近衛木乃香を護る力が必要だろう?」

 条件としては良いと思うがな。
 それに、嫌なら修学旅行が終わったら解約すれば良い。

「ちなみに、龍宮真名も私が雇ったから、別件で動いてもらうことになってる」

 正真正銘、お前は今一人と言う事だ、と。そう伝える。
 ……それは嘘だが。

「近衛木乃香を護りたいなら、魔法を教えたくないなら――少しでも可能性を上げるべきだと思うが?」

「な、だ、だからと言うても」

 お、口調が変わった。

「なんだ、仮契約の方法は知ってるのか?」

「うなっ」

 耳年増め、と。
 余計にその頬の赤みが増す。

「マスター、真名さんと明日菜さんです」

 そこまで言った時、茶々丸から声が掛る。
 ……なに?

「どういう事だ?」

「いま、こちらに向かってきております」

 何の用だ? こんな時に。
 折角面白くなってきたというのに。

「どうなさいますか?」

「……ふん。まぁいい、通せ」

 龍宮真名も一緒なのが気になるしな。







「やっほー、エヴァ」

「ふむ、初めて来たがずいぶんとまぁ」

「ふん。世間話をしに来たのなら帰れ」

 相変わらず能天気な声に頭を痛め、目頭を指で押さえる。
 どうしてこいつは、私を吸血鬼として見ないのか。
 私に関われば、関わるほど危険だと言うのに。

「そうじゃなくて、ちょっと用事があったの」

「なんだ?」

 まったく。
 下らない用だったら叩き出すぞ、と。

「ぅ、ま……まぁ、多分?」

「茶々丸、追い出せ」

「ひどいぃ」

 誰が酷いだ。
 お前の為だと言うのに。

「……それで、何の用だ?」

 ああ、頭が痛い。

「明日一緒に買い物に行かない? あ、刹那さんと真名もどう?」

 はぁ。

「断る」

 人込みはあまり好きじゃない。

「そ、そこをなんとかっ」

「うぉ!?」

 て、手を握るなっ!?

「お、お願いよエヴァっ――あ、刹那さんも」

「どうして私は、そうとってつけたように言われるんだ……?」

「そう言ってやるな……まぁ、色々と事情があるんだとさ」

 何だ、事情って?

「良いから手を離せっ」

「オーケーって事? あ、刹那さんも」

 オーケーな訳あるかっ。
 くそっ。

「茶々丸っ、このバカを引きはがせっ」

「……マスターが楽しそう」

「このボケロボっ」

 楽しいわけあるかっ。
 くそ。

「理由はなんだ? 理由を言ってみろ……」

「あ、そこは内緒で」

 殴るぞ、このバカ。
 斜め45度で殴れば少しはマトモになるかもしれんな。

「ぅ、え、エヴァ? 可愛い顔が怖いわ……」

「ふん。……思い出したぞ」

「え!?」

 そう言えば、この前先生がそんな事を言ってたな。
 何か、近衛木乃香と桜咲刹那の事で。
 なるほど、と。
 桜咲刹那一人を誘うと不自然だからか。

「お前の入れ知恵だな?」

「ん? 何の事だか判らないな」

 このバカがそこまで頭が回るか。
 まったく。

「桜咲刹那、お前も来い」

「な、なに?」

「手伝うなら、少しは私に付き合え」

 ああ、まったく。
 どうしてこう、面倒臭いのに気に入られたんだか。

「どうして私が……」

「忘れるなよ? 私のさじ加減で、今日にも全部教えれるんだからな?」

「……脅しじゃないか」

 ふん。

「え、刹那さんも来てくれるの?」

 黙れ大根役者。
 棒読みじゃないか。

「ああ、桜咲刹那も来てくれるそうだ……お前は?」

「私は色々と忙しいんだよ」

 ……なんか、いい用に使われた気がする。

「そう怒らないでくれよ、明日はきっと良い事があるさ」

「ちっ……もう帰れ、私は疲れた」

「うん。ありがとね、エヴァ、刹那さん」

「え? 私はまだ何も……」

「諦めろ。それが刹那、お前の為だ」

 はぁ、と溜息を一つ。

「それと、刹那」

「――今度はなんだ?」

「先生が授業をサボる時は、前もって言えってさ」

 なんだそれは?

「……あ」

 そう言えば、午後の授業サボってたな、コイツ。

「面倒なのに目を付けられたな、桜咲刹那」

 同情するよ、心から。

「なに?」

「面倒だぞ――あの先生は」

 ま、この一件もあの先生が一枚咬んでるんだろうがな。
 ……しかし、私まで巻き込まれるとは。
 はぁ――今度は、どんな嫌味を言ってやろうか。





――――――今日のオコジョ――――――

「あ、あにきーー」

「どうしたんだい、か、カモくん」

 走る。走る。走る……二人で、並んで。
 あの――遥か遠くに見える幻の夕日に向かって。

「オレっちたち、いつまで、走れば……」

「一日が終わるまでだよ、きっと……」

 酷い。酷過ぎる……。
 だって放りこまれる直前の言葉が「とにかく走って体力つけてこい」だぜ!?
 せめて魔法を教えてくれ、魔法をっ。
 じゃないとオレっちまで走らないといけないんだからなっ。

「オレっちは頭脳労働派なのにっ」

「ぼく、もうだめ……」

 あ、兄貴ーーー!?



[25786] 普通の先生が頑張ります 18話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/11 21:15

 昼を少し回った頃。
 昨日近衛から聞いた待ち合わせ場所に、言われた時間より少し早く向かったら。

「なぁ、先生?」

「あー……どうした?」

 開口一番は、酷く困惑した……様な声だった。
 いや、何を言いたいのかは、多分判る。
 俺だって、ちゃんと昨日その事は近衛に確認したのだから。
 それに、そう言う条件だったからなぁ。

「どうして先生まで居るんだ?」

「……成り行きと言うか、何と言うか」

 ほら。
 こうなるって判ってたって。
 凄い怒ってるって。
 視線は下に向けず、マクダウェルの後ろに控えている絡繰に向ける。

「おはようございます」

「おー。おはよう、絡繰」

 駄目か。
 どうやらフォローはしてもらえないらしい……。
 小さく溜息を吐き、視線を下に。

「おはよう、マクダウェル」

「ああ。おはよう、先生」

 怖いよ、その声。
 理由は判る。俺が悪いと言うのは良く判るが、もー少しどうにかならんものか。
 一応教師なんだがなぁ、とは心中に留めておく。

「で?」

「近衛に誘われたんだよ」

 ちゃんと、俺が行く事は伝えておくように言っといたんだがなぁ、と。

「聞いてないぞ?」

「ああ。こっちも言ってないとは思わなかった」

 それが同行の条件だったんだし。
 まぁ、それほど……とは考えないでおこう。
 きっとソレは無い。
 多分舞い上がって忘れたとか、そんなオチだろうし。
 待ち合わせの時間までもう少しあるが、さて。

「何か飲むか?」

「……まさか、買い物に教師同伴とは」

「だよなぁ」

 二人揃って溜息。
 何の反応も無い絡繰は、本当に凄いと思う。
 俺がマクダウェルと同じ立場だったら、怒るレベルだ……多分。
 気に入ってる先生なら笑い話にするかもしれないけど。

「マクダウェルと絡繰は紅茶で良いか?」

「……ああ」

「私はコーヒーでお願いします」

「判ったー」

 自分の分のコーヒーも買い、二人に手渡す。
 しかし、

「どうしたもんかなぁ」

「なにがだ?」

「いや、俺が居るのは嫌だろ?」

 しかし、昨日の近衛の状態である。
 ……うーん。
 来てくれって頼まれたしなぁ。
 でも、こう言うのは……本当なら生徒同士、友達同士で解決するべき問題だと思う。
 そういう意味でも、俺は場違いなんだと思う。
 どうしたものかなぁ。

「誰に頼まれたんだ? 近衛木乃香か? それとも神楽坂明日菜か?」

「近衛だけど……なんだ、知ってたのか」

「誰でも判るだろうよ、最近の桜咲刹那を見ていたらな」

 ふむ。
 確かになぁ。
 今まで、優等生然として、あんまり目立ってなかったのに。
 ここ最近は、朝倉や早乙女にからかわれるほどの変化っぷりだもんなぁ。
 誰だってどうにかしたのか、って思うか。

「まぁ、授業サボって逃げるくらいだからなぁ」

 溜息を、一つ。

「そんなに近衛が苦手なのか?」

「まさか。その逆だろうよ」

 好きだから避ける?
 本当に、あの二人に何があったんだか。
 近衛は理由を知らないみたいだし――桜咲何があったんだろう?
 教師側からしたら、早く言う事言って元の鞘に収まってくれ、とも思うが。
 そう出来ない理由があるのか、それとも単に恥ずかしがって言えないのか。
 きっと、桜咲の性格からして、前者なんだろう。
 あまり人に頼る性格でもない。
 どちらかというと、悩み事は自分一人で解決しようとするタイプだ。
 手が掛らない優等生、と言えば聞こえが良いが。
 そういう子だと判ってしまうと、逆に些細な事でも心配になってしまう生徒でもある。
 ま――皆同じ、個性の無い生徒なんて居ないんだが。

「なんだ、結局手を出すのか?」

「手を出すって……まぁ、出すつもりはないぞー」

 そこまでお節介じゃないしなぁ、と。
 もう少し言い様は無いのか、と苦笑してしまう。
 でも……友達の問題は、友達で解決した方が後々良いもんだ。
 大人の力なんて、こういう所じゃ何も役に立たないんだし。
 結局、何が問題なのかは俺は判らないんだしさ。
 だから、大人が手を貸すのは、ほんの少しだけ。
 必要なら、きっと……最後の最後、些細な事で手を貸すだけ。
 早退の事とか、授業の事とか、そんな事で。
 相談に乗ったりもしても良い。
 でも、きっと――俺に出来るのはそれくらいだ。
 こういうのは、大人じゃなくて、友達にしか解決できない問題なのだから。

「じゃあ何でここに居るんだ?」

「……まぁお節介だなぁ」

 でも……いやぁ、自分で認めたくはないもんだな、こういうの。
 軽くショックだ。
 俺って、こんなにお節介じゃないんだがな。
 学生の頃は、結構な面倒臭がり屋だったのだ。
 それに、今も。
 俺の部屋が良い例だ。
 本当にお節介な人と言うのは、きっと身の回りとかも綺麗にしてると思う。俺的に。

「ふん――まぁ、私と茶々丸は構わん」

「なにが?」

「――今日、一緒に居る事が、だ」

「……すまないなぁ」

 本当なら、お前たちに任せて俺は居ない方が良いんだろうけど。
 どうにも……近衛にあんな顔で頼まれたらなぁ。
 流石に断れきれんだろ。はぁ。

「はぁ。昨日断らなかった、こっちもアレだからな」

「はは」

 誘いに行ったのは神楽坂だったから、断らなかったのか。
 そう聞くのは躊躇いがあるが――どうなのだろう。
 なんだかんだで、やっぱりこの二人は仲が良いんだろうなぁ。
 よく一緒に居るし。
 まだクラスじゃ、神楽坂から話しかけないと少し浮いた感じだけど……それでも、以前よりは随分マシだと思う。
 この調子なら、きっとすぐ沢山友達が出来るだろうし。

「先生は、今日は一緒に買い物をされるのですか?」

「うーん。いや、特に買うのも無いから付いて行くだけだろうなぁ」

 それに、余分なモノを買う余裕も無いしなぁ、と。
 というか、あまり物を買うのが好きじゃないし。
 一番の問題として、置くスペースが無い。
 部屋を掃除すればまだ少し違うんだろうが……独身男性なんて、そんなもんだ。多分。

「本当に何しに来たんだか」

「そこは言わないでくれ」

 自分でも良く判ってるから。
 はぁ……改めて言われると、本当に出来る事が無いよな、俺。

「あ、そうだ」

「ん?」

 紅茶をちびちび飲んでいたマクダウェルに視線を向ける。

「私服は初めて見たなぁ」

「……そうだったか?」

「おー」

 休みの日に会う事も無かったからなぁ、と。
 神楽坂達とは何回か会った事はあったが……あと、桜咲も見た事無いな。

「なんか、ドレスみたいなの着るんだな」

「好きだからな」

 フリルが沢山付いた服を着たマクダウェルは、身長の事もあって人形みたいだ。
 そう言えば、家にあった人形も、こんな服ばっかりだったな。
 本当に好きなんだなー。

「もしかして、その服も自分で作ったのか?」

「まさか――ああ、人形達にも似たようなのを着せてたからな」

「しかし、器用だなぁ。あの人形は」

 本当にそう思う。
 一番に思い出すのは、マクダウェルが作ったと言っていた人形。
 俺には作り方の想像すら付かないな。

「そうだろうそうだろう。これでも人形使い――と呼ばれてた奴に教わったからな」

「また大層な名前だな」

 そりゃ凄そうだ、と。
 そう言った時だった。
 少し遠く、人混みを避けるようにこちらに掛けてくるいくつかの影。
 その先頭は、見慣れた髪形だ。

「遅れてごめんっ」

「遅いぞ、バカ」

 友達をそう呼ぶなよ。
 苦笑して、その低い位置にある頭に手を乗せる。

「あまり人をバカバカ呼ばない」

「……ちっ」

 舌打ちだし。

「おはよう、神楽坂」

「おはよー、先生、エヴァ、茶々丸さん」

「おはようございます、明日菜さん」

 さて、と。

「近衛と桜坂は大丈夫か?」

「おはようですえ、先生」

「……おはようございます」

 ああ、ごめん。居てごめん。
 そう内心で、こちらを見上げるように、力を籠めて見てくる少女に謝る。
 桜咲、お前も結構怖いのな……。
 さてと。

「さっさと買い物に行くぞ」

「そう急がなくても良いじゃない。のんびり行こうよ、エヴァ」

「急いで買い物しても、良いものを見逃すだけだぞ?」

「ちっ――」

 そんなに皆と買い物が嫌か?
 そう思って下を見ると、神楽坂に手を握られて困っていた。
 何だ、照れてるだけか。

「何だその顔はっ」

「ん? いや、良い買い物日和だなぁ、と」

「そうですね、先生」

「絶対何か違うだろ、お前ら」

 そうか?
 絡繰に向けていた視線を、近衛に視線を向ける。

「良い買い物日和だよな?」

「そう思いますえ」

 うーん、少し硬いのかな?
 どうしたものかなぁ。

「ま、この人数で止まってるのもアレだし、動かないか?」

 とにかく、会話を弾ませないといけないよなぁ。
 まずはそこからだろう。うん。

「さんせー」

「い、い、か、ら、手を離せっ」

 マクダウェルの手を掴んでいる神楽坂が、こちらを向く。

「先生も一緒に見て回りません?」

「んー」

 なんだ、早速二人っきりにするつもりなのか。
 それもどうだろう。
 ちらり、と近衛と桜咲を見る。
 ……並んで歩いてるのに、喋ってもいないし。
 難しそうだなぁ。
 きっと、今二人っきりにしても今までと同じだろう。
 近衛が喋って、桜咲が逃げる。
 ……それじゃ、意味無いよな。

「桜咲は、何を買う予定なんだ?」

「いえ――着替えとか、後は服を見て回ろうかと」

 いや、それ修学旅行の買い物か?
 まずはこっちからでも、話題を振ってやるべきだろう。
 少しは気がまぎれるだろうし。

「そうね、まずはソレ系を見て回りましょうか」

「そうだな」

「……あ、そうなんだ」

 男とは、基本的に考えが違うのかもなぁ。
 修学旅行中って制服で行動のはずだったんだが……。
 聞いたら旅館で着る用らしい。
 え、そんなのまで選ぶんだ。

「はー……凄いな」

「何がですえ?」

「いや、何となく」

 女の子ってそういうものなのかな、と。
 そう納得しておく。
 そう納得して、少女たちの集団の後を付いて行く。

「大丈夫ですか、先生?」

「自信が無い」

 絡繰から首を傾げられた。







 女の子という生き物は凄い。
 ソレを思い知らされました、はい。

「元気だなぁ」

「まったくです」

 まぁ、女の子の服専門店の入り口の椅子に桜咲と二人で座りながら、いまだに元気な少女達を眺める。
 最初は堅かった近衛と桜咲も、今はもう何時もの通りだ。桜咲は、いつもも無口なのだが。
 ……と言うか、最初から今まで喋りっぱなしで、良く疲れないものだ。
 俺は結構キツイ。
 あれが若さかなぁ。

「しかし、マクダウェルも服には自分の主張をするとは」

 あれには驚いた。
 まぁ、自分で買うものだからそうなのだろうけど……マクダウェルは淡々とするイメージがあったから。
 だから、視線の先で近衛達に服を見たてる姿は新鮮で、意外だった。
 ……我が強そうだとは、思わないでおこう。

「アレには私も驚きましたね」

 だなぁ、と。
 二人で缶のお茶を飲みながら、苦笑。
 しかし、近衛の近くに居ないからって、俺に話しかけてくるのは困った。
 やっぱり俺が居ない方が良かったよなぁ、と。
 完全に逃げ道に俺がなってしまっているのだ。
 これでは駄目だろう。

「近衛が嫌いな訳じゃないんだな」

「――お嬢様から、そう?」

 いや、と。
 ただ――そうなのかな、って思ってた。
 もしかして近衛は桜咲が好きで、桜咲は近衛が嫌いなのかな、と。
 ただの俺の思い違いで良かった。
 だからだろう、こうやって並んで4人を眺めながら、のんびりと話す事が出来た。

「先生」

「ん?」

 しかし、女の事言うのは買い物に時間が掛る。
 コレが良い、コレが良い――でも、手に取った服は元の位置に戻されていく。
 それが続くのだ。
 この調子で、いつまで続くのやら。
 待たされている方は結構きついもんなんだがなぁ、と。
 そんな事を苦笑しながら考えていたら、隣から声。

「……言いたい事があるんじゃないですか?」

「あー……そうだなぁ」

 さて、と。

「月曜、朝一で新田先生と瀬流彦先生に謝ってくれよ? 謝りづらいなら、俺も一緒に謝るから」

「そうじゃありません」

 キッパリと言われてしまった。
 やっぱりか。
 でもまぁ、そればっかりは俺が言う事じゃないし。

「こんな事にまで付いて来てるんです、それが教師として正しいだからじゃないんですか?」

「こんな事なんて言ってやるなよ」

 その物言いが少し可笑しい。
 だって――近衛にとっては、きっと……凄く大切な事なのだから。
 あの子にとって友達の事は、凄く、凄く大切な事なんだろうから。

「近衛だって必死なんだからさ」

「……お嬢様が?」

「ああ」

 だから、こんな事なんて言ってやらないでくれよ、と。
 友達の事で悩んで、悩んで、凄く悩んで、ただの教師にまで相談したんだ。
 きっと神楽坂とかにも相談して、そして俺にまで来たんだ。
 どれだけ自分で悩んだのか――。

「お嬢様に入れ知恵して、こうするように言ったのは先生じゃないですか」

「俺が? ――ああ」

 確かに、そうだ。近衛に仲良くなれる方法を言い、それを実践させた。
 それはただ背を押しただけで、教師として生徒同士が仲良くなって欲しいと……そう思っただけの事。
 でも。けど……最初は、近衛だった。
 仲良くなりたいと、そう言った。
 真剣に。
 だから、その相談に乗った。
 ……最初は、近衛なのだ。
 俺が背を押す前に、あの子は一歩を踏み出していたのだ。
 だからこそ――俺は、近衛と桜咲に、仲良くなって欲しいと……強く思うのだ。

「はは」

「何が可笑しいのですか? 私は、本当に困っているのにっ」

 すまんすまん、と。
 もしかして桜咲は、俺が何か言ったから近衛が行動を起こしたと思ってるのか?
 逆なのに。
 近衛が行動を起こしたから、俺が言ったのに。
 些細な違い。
 でも、きっと何よりも大事な事だ。

「まだまだ、近衛の事が判って無いなぁ、桜咲」 

「……なに?」

 その低い声はマクダウェルを彷彿させる。
 だが、怖いと言うより――拗ねているように聞こえたのは、気のせいか。

「私がお嬢様の事を――」

「おいおい、大声を出すなよ」

 そんな事で慌てる少女を見て、確信する。
 うん。マクダウェルが言ってた通り、この子は近衛が好きなんだな、と。
 マクダウェルの事を話しても適当に相槌を打つだけだったのに
 近衛の事になると、こんなにも慌て、怒る。

「近衛は優しい子じゃないか」

「当たり前です」

 そして、喜ぶ。
 その事実が嬉しくて、そして判り易いこの少女が可笑しくて、また小さく笑う。

「……なるほど、私を怒らせたい訳ですね?」

「まさか」

 酷い誤解だ、と。

「ねーねー、せっちゃん。この服どう?」

「……良く似合うと、思います」

「そ、そう? ありがとー」

「……はい」

 弁解しようとした時に、丁度良く近衛が来てくれた。
 助かった。

「先生、せっちゃんとばかり話してズルイですえ」

「俺には、この店を楽しむ度胸は無いなぁ」

 女の子の服ばっかりだし、と。

「そうなったら変態だな」

 お前は一言多いなぁ、マクダウェル。
 いや、その通りなんだけどな。
 そう苦笑していると、今度は神楽坂。

「いやー、私達の服を選んでくれても良いんじゃないかな?」

「残念だけど、そっちの方も苦手なんだ」

「ま、私服のセンスも並みみたいだしな」

 そう言う事、と。
 一気ににぎやかになった周囲に逃げ、桜咲から離れる。

「しかし、これは旅行の準備の買い物か?」

「うん」

 即答したな、神楽坂。
 俺にはどう見ても、ただショッピングを楽しんでいるようにしか見えないんだが。
 女の子の買い物は長くて疲れるなぁ。

「それで、買うのは決まったのか?」

「うんー、せっちゃんが似合う言ってくれたから、これ買います」

「それは良かったな」

 ぽん、とその頭に手を乗せて小さく撫でる。
 一歩前進――になるのかな?
 まぁ良くて半歩か。

「それで、何でマクダウェルは機嫌が悪いんだ?」

「別に悪くない」

「マスターは御自分が選んだものより桜ざ」

「違うっ」

 あーあー。

「こらこら、絡繰を叩くなよ」

「離せっ」

 店の中で暴れるなよ、まったく。
 絡繰からマクダウェルを引き離し、少し離れた位置まで引き摺っていく。
 ちなみに、後ろから抱き上げるような形である。

「……屈辱だ」

「そこまでか?」

 その一言を聞きながら、大人しくなったマクダウェルを下ろす。
 ちなみに神楽坂は腹を抱えて笑っていた。

「ああ、屈辱だ……」

「そんな悔しがる事じゃないと思うけどなぁ」

「そっちじゃないっ」

 足を思いっきり踏まれた。
 ……声も出せないくらい痛い。
 その場で足を押さえてうずくまってしまう。

「ふんっ」

 ああ、抱き上げた事を怒ってたんだな。
 ……今更気付いても後の祭りだけど。

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 絡繰に手を借りて、立ち上がる。
 本当はまだ痛い。

「申し訳ありません」

「何で謝るんだ?」

「マスターが御迷惑を」

 ああ、と。

「別に迷惑じゃないから、大丈夫だ」

 言っただろう、生徒が頭を下げる時は、って。

「そうですか?」

「おー、それよりさっさと買い物を済ませてこないか?」

 痛いけど。
 でも近衛も桜咲も神楽坂も笑ってる。
 なら、それで良い。

「この調子じゃ、次の店に行くのが夜になるからな」

「……かしこまりました」

 そして、頭を下げる事無く少女たちを伴ってレジへ。
 うーん。絡繰が一番年上に見えるのは何故だろう……きっと理由は身長だけじゃないな、うん。




――――――近衛木乃香

「機嫌良いわねー」

「えへへ、そう?」

 そう明日菜に言われて、気付く。
 そういや、お店出てからずっと笑ってる気がするなぁ、と。
 せっちゃんが選んでくれた服の入った袋を両手で持ち、胸に抱きながら、やっぱり笑ってしまう。
 嬉しいし。
 ……せっちゃんが、私に似合う言うてくれたから。

「刹那さんもそう思うでしょ?」

「へ? あ……はい」

「そ、そかな? ちょっと抑えた方がええ?」

「い、いえ……その、私は……」

「せっちゃんは、どっちがええかな?」

 ウチ、せっちゃんがあんま笑わん方がええって言うなら、抑えるよ?
 せっちゃんが嬉しい方が、ウチも嬉いし。
 そう言うと、ちょっと困ったような顔。
 う……また少し突っ込みすぎた?
 ぁぅ。この前、先生に言われたばっかりやのに……。

「わ、私は……その、お嬢様には、笑っていてもらえる方が……」

「そう?」

「は、はい」

 そっかぁ。
 良かったわぁ。
 ウチ、笑ってるの好きやし。
 だって、それだけで楽しい気分になれるから。
 嫌な時でも、悲しい時でも、顔が笑ってたら、気分も少しだけ軽ぅなる。
 結構単純なんやと思うけど、それがウチやし。

「お嬢様は、笑ってられる方が……お似合いです」

「……それって、能天気って事?」

「何でそうなるのよっ!?」

 あいたっ。
 明日菜に叩かれてもうた……うぅ。

「ひどいえ」

「う……だって、木乃香があんまりボケに走るから、つい」

 ……ボケてへんのに。
 あんまりや、明日菜。
 そう言うと、今度は明日菜が慌てだす。
 ウチ、明日菜のこんな所、凄い好き。
 すぐに行動して、何時も慌ててばっかりな所。
 それはウチには無い所。
 ウチは考えてばっかりで、全然動けへん。
 頭でっかちの、口ばっかり。
 今も――せっちゃんと2人の話すの、怖いから明日菜に居てもらってる。
 ……ウチも、明日菜みたいに行動出来たらなぁ。

「なぁ、せっちゃん。ウチってボケやないよね?」

「そ、そうですね……はい」

 うぅ、せっちゃんもひどいわぁ。
 何で目ぇ逸らすん?

「ちゃんとこっち見て話してぇ」

 そう言い、せっちゃんの視線の向く方に回り込む。
 その眼を覗き込むように、せっちゃんの前に立つ。

「お、お嬢様……」

「せっちゃん、ウチを見て」

 お願いやから。
 逃げんといて……お願いよ。

「ね、ウチを見て言って?」

「ぅ……」

 でも、そう言ってもその視線はあっちへ行ったり、こっちへ行ったり。
 多分、後ろの明日菜の方も見てるし、もしかしたら少し離れた所の先生も。

「せっちゃん?」

「あ、あー……その、ですね」

 ずい、と顔を近付ける。

「お、おお、お嬢様? 顔が、ですね……」

「だって、これくらい近付けんと、せっちゃんまた目ぇ逸らすやん」

「そ、逸らしませんっ! 逸らしませんから少しですね……」

 えー……でもなぁ。

「せっちゃん、ウチの事ボケ思うてるやろ?」

「そそ、そのような事はっ」

 そこまでせっちゃんが言った時、また頭を叩かれた。
 うー。

「明日菜ぁ」

「あ、あのねぇっ。往来のド真ん中でどんだけ近付いてんのよっ」

「? そんなに近かった?」

「……やっぱり、あんたボケだわ……」

 酷いえ、明日菜。
 そんなしみじみ言わんでも……。
 ウチだって傷付きやすいんよ?
 泣いてしまうわー。

「刹那さんも、言いたい事は言った方が良いわよ……木乃香、言わないと判んないんだから」

「明日菜ぁ……それやと、ウチ空気読めない子みたいやん」

「近いから。微妙に空気読めない時あるから、木乃香」

「……えー」

「えー、じゃないでしょ!?」

 明日菜は可愛いなぁ。
 ウチが何言っても、全力で答えてくれる。
 こんな所が、きっと明日菜が人気あるとこやと思う。
 何にでも自分なりに、まっすぐに。
 そんなとこ、ウチは本当に好きで……尊敬してる。

「なぁ、せっちゃん? ウチって空気読めへん?」

「え、ええ!? き、聞くんですかっ!?」

「ね、せっちゃん?」

 その手をとって、聞く。
 明日菜みたいにまっすぐに、せっちゃんを見て。

「ぅ……」

 昨日まではあんなに遠かったのに、今はこんなにも近い。
 それが、凄く嬉しい。
 でも――ウチはまだ、何でせっちゃんがウチを避けるのか判らへん。
 なんで?
 そう思うけど、聞く事も出来へん……聞いて良いのか、判らんから。
 今のこの距離でも、って思ってしまいそうになる。
 それじゃ駄目だって判ってる。
 でも、踏み込むのが――少し怖い。
 こうやって話せるだけでも、って。

「そ、そんな事は……ないかと」

「ほんま?」

「は、はい」

「……刹那さんの裏切り者」

 ふふん、せっちゃんはウチの味方やもん、と。
 その手を握って、言う。
 言って――そっと、その顔を見る。
 ウチの味方って……言って良い?
 前みたいに、そう思って良い?

「明日菜さん……私は、お嬢様の味方ですから」

 そう言ってくれた。
 ……また、目は逸らされたけど。
 うぅ。
 せっちゃん……それ、本当?
 ちゃんと目ぇ見て言ってほしいよ?
 そう思う事も、勿体無いのかもなぁ。

「えへへ」

 こんなに嬉しいし。
 今は、これだけでも良いや。





――――――エヴァンジェリン

 買い物が終わる頃には、日が傾きかけていた。

「結局、あんまり買わなかったんだな」

「そりゃ、あんまりお小遣いも無いですから」

「……あれだけ悩んだのは、楽しむ為って事か」

「女の子の買い物なんて、そういうもんですえ」

 そうなのかぁ、と。
 酷く疲れたように今日半日を潰された先生が笑う。
 それを少し離れた位置から横目で眺めながら、

「お前は混ざらないのか?」

「……私には、その資格はないですから」

 そうか、と。
 結局、今日一日先生に隠れてばかりだったな。
 折角の貴重な時間だったと言うのに、無駄にした気分だ。

「こうやって、眺めているだけでも幸せです」

「それじゃ、なにも守れないがな」

「……修学旅行の時は、もっとお傍に居る」

 はぁ、と。
 筋金入りだな、この馬鹿は。

「一つ、予言してやろう」

「――何をですか?」

「お前はきっと、必ず後悔するよ」

 今のままだったらな、と。

「…………しません」

「は。すぐに返事が出来ないなんて、自分でも判ってるようじゃないか」

「そんな事は――っ」

 クツ、と。
 笑う。笑ってしまう。

「弱いくせに一人前に言うなよ、半人前以下が」

「なん―――」

「今のままじゃ、お前は近衛木乃香を失う。必ずだ」

 そして後悔する、と。
 傍に居る? 護る? 馬鹿らしい。
 それだけで護れるものがどれだけしかないと言うのが判っているのか。
 それだけで護れるものが下らない表面だけだと、何故気付かないのか。

「今のお前じゃ近衛木乃香は護れない」

 そして、と。

「私は、本心は別に、あの娘がどうなろうがどうでも良い」

 修学旅行さえちゃんと行ければな、と。

「あまり煮え切らん態度だったら、どうなっても知らんぞ」

「だが、私が居てはお嬢様も不幸に――」

「――は。お前程度の存在が、誰を不幸に出来るものか」

 鼻で笑ってやる。
 自身の境遇に怯え、周囲に怯え、人に怯える化生。
 良く判るよ。
 私もそうだった。
 バケモノに変った時の私がそうだった。
 だから、良く判る。
 ……そして、

「お前は、近衛木乃香がどんな存在かまるで判っていないな」

「なっ」

 待っていろ、と言い残し先生の元へ。

「先生」

「ん?」

「桜咲刹那を借りて帰るぞ」

 三人で談笑していた先生にそう告げる。
 その意図を察したのか、近衛木乃香は黙り、先生と神楽坂明日菜は、
 
「あー、判った」

「おっけー、私は先に帰るねー」

 ……はぁ。
 お前、絶対勘違いしてるだろ、神楽坂明日菜。

「神楽坂明日菜、まっすぐ帰れよ?」

「また子供扱いっ!?」

「それと、何度も言うがぼーやにオコジョからは――」

「目は離さないから大丈夫だってばっ!」

 なら良いが。
 お前、今日の事も言って無かったじゃないか、と。

「い、いや……それはエヴァを驚かせようとー」

「こっちを見て話せ、バカ」

「ぅ……せ、先生じゃねー」

 ……逃げたな。
 まったく。
 言う事を言っておけば良いだけなんだがなぁ。

「そう神楽坂を苛めてやるなよ」

「ふん。ちゃんと言う事を言わないアイツが悪い」

「それを言われると、庇い様が無いなぁ」

 ま、それは別にどうでも良いがな。
 こんな平和な時間だ、これくらいの驚きがあってまだ足りないくらいだ。

「近衛木乃香」

「は、はい」

 桜咲刹那の名に固まっていた、少女に視線を向ける。
 ……まったく、と。
 小さく溜息を一つ。

「アレは臆病者だ」

 ついで、桜咲刹那を指差しそう告げる。
 その先で、聞き耳を立てていたのだろう、驚いた表情を浮かべる桜咲刹那。
 ……アレも、大概だな。
 そんなに気になるなら、それこそもっと寄ってくれば良いだろうに。
 そんなだから、お前は近衛木乃香を……肝心な時に守れないと言うのだ。
 はぁ。
 護れなかった時の後悔を――お前は、本当に受け入れられるのか?
 無理だろうに。

「仲良く――いや、アイツの秘密を知りたいならもっと踏み込むべきだったな」

「そ、そう……?」

 ああ、と。
 あちらから近づかないなら、こっちを近付けるだけだ。
 近衛木乃香から桜咲刹那を離すのは、護衛という点から厳しい。
 それに、運が良ければ――もしあの臆病者が心を開いたら……

「喋れるだけで満足するな。修学旅行中、アイツは貸してやるから好きにしろ」

「いや、班分けは出来てるんだが」

「そう堅い事を言うな。どうせ、生徒が好き勝手動くだろうが」

 溜息が、一つ。
 大体、今日のこんな買い物に付き合わされたこっちの身にもなってみろ。
 折角の休日が、神楽坂明日菜との買い物などと。

「まぁ、自由時間くらいなら見逃すけど」

「それで十分です先生っ」

 おーおー、気合が入った事だな。

「それじゃ、私達は帰るぞ」

「ああ。んじゃ、近衛……送るか?」

「いえ――」

 そう断り、近衛木乃香は桜咲刹那の方へ走っていく。
 それを目で追い、

「なんだ、マクダウェルもあの二人の事考えてるんだな」

「そういうものじゃないさ」

 ああ。私は修学旅行の為にあの二人の関係を利用しているだけ。
 私の時間を少しでも作るため、少しでも安全を確保しているだけ。
 ただ、それだけの事。

「そうか?」

「そうだ」

 短い言葉の遣り取り。
 ただ、

「なんだ?」

「いやいや」

 何を勘違いしたのか、その男は笑い、私の髪を撫でるように手を置いてくる。
 大きな手だ。
 この私を、真祖の吸血鬼を――知らないとはいえ、悪人である私を、信用しているのだろう。
 まったく。
 神楽坂明日菜と言い、先生と言い。
 どうしてこんな私を信じられるのか。
 ……はぁ。

「髪が乱れる」

「お、すまん」

 乗せられた手を叩き、二人が別れの言葉を伝えあっている方へ向けた視線を、少し閉じる。
 ……桜咲刹那。
 お前はもっと、自分が恵まれていると知るべきだ。
 どれだけ不幸で、自身が許されない存在だとしても――それでも、恵まれていると。
 人として生き、人と共に過ごし、人と死ねる。
 それが、どれだけ幸せか。

「明日から修学旅行だなぁ」

「そうだな」

「きっと楽しいぞ」

「……そうだな」

 そうだといいな、と。
 15年ぶりの“外”だから。
 色々と問題もあるが……それでも、楽しみたいものだ。

「それじゃ、旅行先でもよろしく頼む」

「おー。でも、あんまり面倒は起こさないでくれよ」

 は。

「それは難しいな」

 そう言い、笑う。
 ああ、難しい――。

「あのなぁ」

「その時は、先生に色々頼むかな」

 溜息。
 そして、笑われた。

「ま、しょうがない。先生だからなぁ」


 


――――――今日のオコジョ――――――

「ふん――結局ぼーやとは仮契約しないのか」

「ああ……やはり、その……」

 な、なんだってーー!?

「わ、わたしは……」

「なに言ってるんだ嬢ちゃん!? 今しないでいつするって」

「黙れ」

「はい」

 この儚いオコジョの身が憎いぜ。
 しかし兄貴、別荘の中で本ばっかり読んで魔法の勉強とは憎らしいぜ。
 兄貴の使い魔(友達)であるオレっちも鼻が高いってもんよ。

「私は、お嬢様の剣になると……決めていますから」

「……ふん。そのお嬢様を信じ切れてないくせに良く言えるな」

 ま、マジで?
 お……女同士って事か?
 しかもあの顔……た、ただの仮契約じゃすまねぇ予感がっ。

「よし。オイ小動物、ぼーやは別荘か?」

「あ、ああ」

「桜咲刹那、来い。お前とぼーやには戦い方を覚えてもらわないと話にならん」

「あ、ああ……その、ありがとうございます」

 おーい。オレっちはー?
 あれ? 助言者だよね、オレっち。
 あるぇー?

「ご飯です、オコジョさん」

「おう、すまねぇロボっ娘」

「いえ」

 オレっちは寂しいぜ、兄貴ー。
 この前夕日に向かって一緒に走った絆はどこに行ったんだーーー



[25786] 普通の先生が頑張ります 19話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/04/11 21:53

「おはようございます、新田先生、葛葉先生」

 俺が集合場所になっている駅に向かうと、もうすでにいくつかの見慣れた影があった。
 ……一応1時間前には来たんだけど、もう少し早い方が良かったか。
 次に同行する時はもう少し早く来ないとな、と考えながら挨拶をする。

「おはようございます、先生。早いですね」

「おはようございます」

 新田先生に早いって言われてもなぁ。
 苦笑いで応え、荷物を床に置く。

「やっと修学旅行ですね」

「やっとって……これからが本番ですよ?」

 いやまぁ、そうなんですけど。
 俺としては初めての修学旅行なのです。
 出発すら、不安でいっぱいなのだ。

「準備とかも大変だったんで……」

「そう言えば、先生は修学旅行に行くのは初めてでしたね」

「はい。今年初めて副担を任せてもらえたもので」

 楽しみなんですけど、不安で、と。
 そう言うと二人から笑われてしまった。

「生徒達より緊張してるじゃないですか」

「はは、昨夜はあんまり眠れませんでした」

 何だかんだ言っても、生徒を数日学園外で預かる事になるのだ、何かあったら、と考えてしまう。
 事故したり、何か問題に巻き込まれたり。
 考え出したらキリが無い。
 お陰で少し寝不足である。

「出先で寝られても困るからね?」

「は、はい。気を付けます」

「そう堅くならなくてもよろしいでしょうに」

 そう、葛葉先生に苦笑交じりに注意されてしまう。
 ははは、と。
 こればっかりはどうにも。
 まぁ先輩教師が居る事だし、と思う事にすれば……まぁ、少しは楽かな?

「ちょっと飲みもの買ってきます、何か飲みますか?」

「それじゃ、お茶を貰おうかな」

「私もお茶で」

 判りました、と。
 少し落ちついて、飲み物でも飲もう。
 苦笑し、人数分のお茶を買い戻る。

「おはようございますっ」

「あ、おはようございます、ネギ先生」

 戻ると、二人と一緒にネギ先生も来ていた。
 ありゃ、擦れ違いだったか。

「あ、どうぞ。ネギ先生も何か飲みますか?」

「え? 良いんですか!?」

 朝から元気だなぁ、と。
 俺もこの元気の半分でも分けてほしいものだ。

「ええ。それで、なに飲みます?」

「そ、それじゃミルクティーで」

「はい。少し待ってて下さい」

 よっぽど京都が楽しみだったんだろうなぁ、あの様子だと。
 苦笑し、自販機のボタンを押す。
 ……あ。
 間違えた。

「はぁ」

 まぁ120円くらい良いか、と思いもう一本。
 今度はちゃんとミルクティーを買う。
 うーん……お茶、誰か飲むかな?
 自分の分も合わせて計3本の缶を持って戻る。
 ま、新幹線の中で飲めばいいか。

「一本間違えてしまいました」

「幸先悪いですね」

 うぅ、言わないで下さいよ、葛葉先生。
 気にしてるんですから。

「はは――はい、ネギ先生もどうぞ」

 ふぅ。

「先生、大丈夫ですか?」

「はい?」

 何がですか、と。
 低い位置にある顔に視線を向けると、心配そうに見上げられていた。

「いえ、疲れているようなので」

「あー……」

 そこで笑わないで下さいよ、二人とも。
 まったく。
 そんなに顔に出てるかな?
 ……生徒達が来る前に、もう一回顔洗いに行った方が良いかもなぁ。

「まぁ、少し寝不足でして」

「先生がですか?」

 何でそこで驚きますか。
 俺だって緊張するんですよ?

「はは。まぁ、これでも修学旅行に生徒と行くのは初めてなんで」

「僕もですよっ」

 そりゃ新任1年目で担任まかされるなんてありませんから、初めてでしょうと苦笑してしまう。
 楽しそうだなぁ、と。
 俺が何か言って緊張させたりしてしまうのも悪いし、

「京都は初めてなんですよね?」

「はいっ、ずっと楽しみだったんです」

「確かに、京都は外国の方から見たら異文化の最たる街ですからね」

 とは葛葉先生。
 そう言えば、

「葛葉先生は京都の出身でしたね」

「はい」

「いつも、京都への修学旅行の時はお世話になってますからね」

 ネギ先生も、京都に行く前に色々聞いておくのも良いかもね、と。
 そうなのか……ふむ。

「やっぱり、旅行先だと生徒たちの相手って……」

「それは、まぁ――御想像通りかと」

 ですか。
 それにウチのクラスは……元気が有り余ってるからなぁ。
 もう苦笑するしかない。
 そんな事を話していたら新幹線の出発まであと30分ほどになっていた。
 そろそろ生徒達も駅に集まり始める頃だろう。
 職員である俺たちは、それより早く来ないといけないと言うのは判るのだが。
 だが、だ。

「早く来たなぁ、お前ら」

 もうすでに来ている2人を見る。
 マクダウェルと絡繰。
 うん。

「……良いだろ。いつもの登校の時間に目が覚めたんだ」

「まぁ、集団行動で時間前に行動してもらえると助かるしな」

「おはようございます、先生。今日からよろしくお願いします」

 そう言って、軽く一礼。
 礼儀正しいなぁ、絡繰は。
 クラスメイト全員がこうだと良いのに……まぁ、アレも一つの個性か。

「時間はまだあるし、どっかに座って待ってろよ」

「そうさせてもらうよ」

 そうしているうちに、生徒達が駅にやってきた。







「それじゃ、班ごとに分かれて……分かれたら班長連絡に来てくれ」

「連絡は僕の方にお願いしまーす」

 出発十数分前には全員が揃っていたので、点呼をとる事にする。
 しかし賑やかなもんだ。
 傍を通る出勤途中の方々の視線が痛い事……もう笑うしかないなぁ。

「全員来てましたか?」

「はい。それと、皆さん席にちゃんと座ってもらえるように言っておきました」

 それはまぁ、新幹線が移動しはじめたら意味も無いでしょうけどね、と。
 お互いに苦笑してしまうが、まぁそこはどこのクラスも同じだろう。

「……それで、何で揃って枕持ってきてるんだ?」

 そんなネギ先生の隣に居たのは宮崎に綾瀬、和泉だ。
 その手には、何故か枕が持たれてるんだが……。

「いえ、枕が変わると……」

「寝れなくなるので、マイ枕持参です」

「ウチもや」

 なるほどなぁ。
 確かに、環境が変わると寝れない人もいるしな。

「その大事な枕は落とさないようにバッグに入れとくように」

「は、い」

「判りました」

「はーい」

 よろしい、と。

「それじゃ、宮崎さん達も席に座ってもらって良いですか?」

「は、はい……ネギ、先生?」

「はい? なんですか?」

「よろしく、お願いします」

「はいっ」

「――――――っ」

 おー。
 顔真っ赤だな……。

「のどか、元気です」

「元気やねー」

「だなぁ」

「??」

 神楽坂や雪広、次は宮崎か。
 ……中学生って、異性の教師に憧れたりするもんなんだろうか?
 そう言えば、瀬流彦先生も前似た様な事言ってたような?
 うーん。

「ま、いくら旅行だからって、あんまり羽目を外さないようにな?」

「判ってるです」

「了解や」

 本当かなぁ。
 疑わしいが、まぁそれも修学旅行の醍醐味なのかもな。
 まぁ、綾瀬はその辺りは……大丈夫だろう。うん。
 早乙女よりは信頼できるし。

「ほーら、お前らそっちじゃなくてこっちだぞー」

 間違えてなのか、それとも意図してなのか。
 別の車両へ行く生徒に声を掛け、ちゃんと誘導していく。
 最初だけでも、決められた席に座ってくれよ、と。

「ささ、ネギ先生こちらへ」

「い、いえっ。僕にはまだ仕事がっ」

「……ゆーきーひーろー」

「あ」

 まったく、油断も隙も無いやつだなぁコイツは。
 少しネギ先生から目を離した隙に、何をやってるんだか。

「また、あやかったら」

「止めてくれよ、那波……」

 はぁ。

「ほら、さっさと席に行きなさい」

 パンパン、と手を叩いてネギ先生の隣に立つ。

「う……まぁ、見回りに来た時に」

「……お前の班には俺が見回る事にするか」

「酷いっ」

 酷くはないだろ、まったく。
 こっちも、仕事だからなぁ。
 お前には悪いが、ネギ先生にも迷惑というモノがあるのだ。
 すまないなぁ。

「はいはい、那波?」

「ほら、行くわよあやか。あんまりワガママ言わないの」

「はい。まぁ、先生にご迷惑を掛けるのは本意でありませんし」

 そりゃ良かった。
 修学旅行中さっきのノリだったら、対応に困ってしまう所だったぞ。
 苦笑し、その背を見送り、

「相変わらず大変そうですね、先生」

「ん?」

 おー、長谷川か。

「ま、先生だからなぁ」

「……ふーん」

 ふぅ、忙しいな。
 後来てないのは……

「先生、おはよーっ」

「おー、神楽坂。ちゃんと遅刻しなかったな」

「う、流石にこんな日までギリギリまで寝てませんよ」

 はは、と笑い通路の脇に退く。

「ま、お前もはしゃぎ過ぎないようにな」

「はーい」

 っと。

「おはよう、近衛、桜咲」

「おはようですえ、先生」

「おはようございます、先生」

 お、朝から一緒なのか。
 この前より、随分と仲良くなったなぁ。
 うんうん。良い事だ。

「気合入ってるなぁ、近衛」

「はいっ。今日からよろしくですえ、先生」

「……お嬢様、行きましょう」

 手を振っている近衛とは対照的に、桜咲は若干表情が硬い。
 やっぱり、そう簡単にはいかないか。
 頑張れよ、近衛。

「ふむ、中々刹那も大変そうだね」

「うぉ」

 いきなり傍に立つな、龍宮。
 びっくりしたぁ。

「すまないね、先生」

 いや、面白がってるだろ? まぁ良いけど。

「龍宮も応援してやってくれないか?」

「そりゃ勿論。あの堅物な刹那がどう変わるか、面白そうだ」

「……動機が不純だなぁ」

「欲望に忠実なのが人間さ」

「はぁ。ま、早く席に行ってくれ」

「ああ。それじゃ先生、これからよろしく」

 うーん……今頃の中学生って、何か色々凄い。
 龍宮、お前中学生に見えないぞ。







 客室内は賑やかだった。
 いや、比喩ではなく。

「元気なもんだ」

「まったくだな」

 それと、だ。

「なんでこっちに居るんだ? 皆と喋ってくればいいのに」

 神楽坂とか、近衛とか。
 昨日はあんなに楽しそうだったのに、と。

「ふん、邪魔をするのも悪いだろ」

「そうか?」

 別に邪魔だとは思わないだろうけど。
 特に近衛と桜咲の所は誰か真ん中に立つ人が必要だろう。
 後で様子見に行くかぁ……でもなぁ、お節介すぎるかな?
 ネギ先生は、なんかカードゲームに夢中になっていた。
 ……あー言う所は、年相応だよなぁ。
 まぁ、今は特にする事も無いから、生徒を見てくれてて助かるし。

「そんなに景色ばかり見て、楽しいか?」

「ああ。新鮮だな」

 そうか?
 まぁ、こういう時に見る景色はまた違ったように感じるけど。
 対面に座ったマクダウェルにならう様に、窓から外の景色を見る。
 うん。早い。
 こんな所は、大人は損してるんだろうなぁ。
 そう思い、苦笑してしまう。
 感受性というか、何と言うか……きっと、マクダウェルはそういうのが豊かなんだろうな。

「ふむ」

 そう思いながら、視線を前に。
 何と言うか……本人は認めないだろうが、凄く楽しそうだ。
 楽しそうと言うか、感動していると言うか――年相応に見えた。
 こんな顔もするんだなぁ、と。
 普段の毒舌やらどこか達観したような感じは無く、ただ純粋に楽しんでいる。
 そんな感じ。

「先生、何か飲まれますか?」

「ああ……じゃなくて。絡繰も皆の所に行ってきて良いぞ?」

 マクダウェルは見とくから、と。
 それに首を振り、

「いえ……コーヒーでよろしいですか?」

「そうか? まぁ、いつでも行って良いからな?」

 それじゃ、コーヒーで、と。
 そんな騒がしい周囲の中の、のんびりした空間。
 少し、眠い。
 昨日はあんまり寝れなかったからなぁ。

「眠そうですが、大丈夫ですか? どうぞ」

「あー、すまん」

 自前の保温ポットで用意されていたコーヒーを受け取る。
 香りからして、結構良いヤツっぽい気がする。
 それを一口飲み。

「美味いなぁ」

「ありがとうございます」

 少し、眠気が飛んだ。
 更にもう一口。うん、美味い。
 コレがあるなら、京都まで寝ないで大丈夫かもしれないなぁ。
 いやしかし、本当に美味い。
 缶コーヒーじゃ、この味は無いな。
 
「絡繰が淹れてきたのか?」

「はい。紅茶もありますが?」

 いや、と。
 俺はコーヒー派だし。眠気覚ましにはちょうど良いし。
 そうやってのんびりしていたら、一人の生徒がこっちに来る。

「あ、先生。ミカンどうです?」

「朝倉か。お前から勧めてくるなんて珍しいなぁ」

「いやー、えへへ」

 そう言って、俺の隣に座る。
 ん?

「なんだ」

 ……ああ、そう言う事か。
 その片手には、デジタルカメラ。
 そして、俺の正面には普段では見れないマクダウェル、と。

「ま、いいか」

 ミカンの皮を剥きにかかる。
 怒るだろうか?
 まぁ、ミカン半分で許してもらおう。





――――――エヴァンジェリン

 まったく。

「屈辱だ」

「そうか? ほら、ミカン半分やるから機嫌直せよ」

「あ、先生と二人で映る?」

 アホか。
 その手からミカンを全部奪い、一欠片を口に含む。
 ん、中々旨いな。

「まだこの仕事をクビになりたくないから、勘弁してくれ」

「へ? これくらいじゃ大丈夫でしょ」

「いやいや、今の時代どんな事でクビになるか判らないもんだ」

「まぁいいや。後で焼き増そうか?」

「いらん」

 はぁ。

「折角の修学旅行なんだから、溜息ばっかり吐いてちゃ楽しくないよー、エヴァちゃん」

「そうだそうだ、言ってやれ朝倉」

 お前は……はぁ。

「良いんだ。私は一人で、のんびりと、静かに旅行を楽しむ」

「ほう、それは3-Aへの挑戦状とみた」

「どうしてそうなるっ」

 ああ、頭が痛い。
 あまり目立ちたくないと言うのに。
 だからこうやって、先生の傍に居て、隠れていたんだが。

「ふふふん……ま、いいや」

 他の人も映してこよー、と去っていくマイペース娘。
 まるで台風だな。
 ……忘れるか。

「大変だなぁ」

「誰の所為だっ」

 あのパパラッチが来たなら教えてくれていいだろうに。
 ああいう空気を読まない奴は苦手だ、本当に。

「いや、良い記念になるだろ」

 今度焼き増ししてもらえよ、と。
 誰がしてもらうか。

「中学3年の修学旅行なんて、一生に一回だからな」

「……ふん」

 そんなの言われなくても判ってるさ。
 もう一度、視線を窓に向ける。
 出発したばかりの時は人工物が目立ったが、いまは緑の方が多い。
 美しい景色だ。本当に。
 15年ぶりの外は、本当に新鮮で――綺麗だ。

「あまり私の邪魔をするな」

「判った判った。今度朝倉が来たら教えるよ」

 そう言いながら、コーヒーを口に含む。

「茶々丸、ウチにコーヒーなんかあったか?」

「はい。用意いたしましょうか?」

「ああ」

 私は紅茶ばかりなんだが……。
 まぁ、偶には良いか。
 茶々丸から渡されたそれを飲み、

「砂糖とミルクはあるか?」

「はい」

 苦いな。
 いくら年月を経ても、味覚とかは10歳のままだからな。
 食事とかで多少の慣れはあるだろうが、ブラックは苦い。
 よくこんなのが飲めるもんだ。

「マクダウェルには、まだ早かったか」

「ふん。糖分は疲れた頭にちょうど良いんだよ」

「なるほど、確かに」

 笑われた。
 ……くそ。
 それに味覚にもあまり良くないんだ。
 あと、胃にも優しくないしな。
 つまり、ブラックなんて、良いもんじゃないという事だ。

「私は、ブラックの方が美味しいと思います」

「そうか? と言うか、絡繰はブラック大丈夫なんだな」

「はい」

 そうなのか?

「お前がそう言うなんて珍しいな」

「そうでしょうか?」

 ああ。
 記憶している限りじゃ、そう言った事は一度も無いはずだが。
 ふむ……まぁ、私の知らない所で何かあったのかもな。
 それはそれで良い事だ。
 口元でだけで笑い、砂糖とミルクを入れたコーヒーを飲む。

「あ、エヴァが美味しそうなのを飲んでる」

「……はぁ」

 またうるさいのが……。

「いきなり溜息って酷くない!?」

 そうか?
 っと。

「お前、それ……」

「しょうがないじゃない。私が目を離すと、皆変な食べ物食べさせるんだから」

 その手には、例のオコジョが入ったケージが持たれていた。
 まったく……。
 ぼーやは何をやってるんだか。
 ちゃんと面倒を見てないと、後で後悔する事になるぞ?

「お、ネギ先生のオコジョ」

「そう。カモって言うの」

「おー」

 しかし、やたらぐったりしてるな。
 何か食べさせられたのか?

「あんまり、触らない方が良さそうだな」

「今はちょっと……あ、茶々丸さん、私もコーヒー良いかしら?」

 砂糖とミルクも、と。
 はぁ。

「きゃーーーーっ!!」

 そして、私ののんびりとした時間は終わりを告げる。







「誰かのいたずらかな?」

「……どうだろうな」

 前乗っていた奴が忘れたのかもな、と。
 先生の手に持たれている透明なゴミ袋の中には、気色悪いカエルが……数えるのもおぞましいほど入っている。
 これだけの数が揃うと、流石に気色悪いな。
 しかし……まさか、本当に一般人に手を出してくるとはな。
 敵ながら、油断ならんヤツかもしれん。
 ……もしくは、ただの遊びか。
 まぁ、これで“敵”が居ると言うのは確定した訳か……憂鬱な事だ。

「一応、アナウンスしてもらえるように言ってくる」

「ああ」

「あーーーーっ!?」

 今度はなんだ?
 声はぼーやだったが……。

「ま、待てーっ!」

 ああ、まったく。
 次から次に。
 別の車両に向かって走っていくぼーやを目で追い、視線を桜咲刹那に向ける。
 視線が合う。
 首を横に振り、ぼーやの走っていった方に足を向ける。
 お前は近衛木乃香の傍に居ろ、と。

「茶々丸、来い」

「……はい」

 今回は後手に回ったか……まぁ、特に問題はなさそうだが。
 あとで近衛木乃香に何か細工がされてないか、確認しとかないとな。
 傍には桜咲刹那が居たから、大丈夫だと思うが。
 一応、私も確認した方が良いかもな。

「ぼーやには私が言っておくよ。ついでにトイレに行ってくる」

「あ、ああ……まだカエルが居たのかな?」

「さぁな。とにかく、その気色悪いのをどうにかしてくれ」

 忌々しくさえあるソレを見る。
 くそ……折角の旅行を。

「行くぞ」

「それでは、先生失礼します」

 そのまま、別の車両へ。
 式、と言うやつか?
 見た感じ、アレだけの魔力ならもう少し実体化してられるはずだから先生にはばれないだろう。
 本当なら私が処分しておきたい所だが、そう言いだしたら不自然だしな。
 茶々丸や桜咲刹那でも同じだろう。
 あれだけの騒ぎだ、瀬流彦か葛葉刀子の方で気付いているはずだ。
 そっちで対処してもらおう。
 それより、だ。

「こら」

「いたっ」

 人前で杖を抜いていた愚か者の背に蹴りを入れてやる。

「何をやってるんだ、ぼーや?」

「え、エヴァンジェリンさん!?」

「もしかして、また人前で杖なんて使おうとしてたんじゃないだろうな?」

「あ……すいません。でも、親書が!」

 はぁ。
 周囲に視線を向ける。
 ……人の行き来はまばらだし、今は大丈夫か。

「茶々丸、親書を」

「はい」

 茶々丸の懐から出された一通の手紙をぼーやに渡す。

「あ、あれ?」

「あのなぁ、ぼーや? 親書なんて別にどうでも良いんだよ」

「へ? で、でも」

 はぁ、まぁわざと言ってなかったから仕方が無いか。

「今回の件は、英雄の息子であるぼーやが呪術協会の総本山に行くのが大切なんだ」

「え?」

「そんな紙切れは、形だけと言う事だ」

 渡しさえすればいいんだよ、と。

「何回奪われようが、何枚失おうが、お前が渡しさえすれば、それが“親書”だ」

「えっと……もしかして?」

「ああ。じじいに用意させてある、どんどん奪わせてやれ」

 さっきも必死に追った所を見られただろう。もしかしたら油断するかもな、と。
 まぁさっきのカエルを見る限り、どうにも雲行きが怪しいがな。
 まさか、京都へ向かった5クラス150人強全員に目を配る訳にもいかない。
 そっちは瀬流彦たちに任せるか。
 ……じじいの仕事不足だ、過労で倒れても文句は言うなよ。

「落ち付け。人前で魔法は使うな。私に迷惑を掛けるな。判ったな?」

「は、はい」

 近衛木乃香には桜咲刹那が離れずにいるから大丈夫だろうが……。
 はぁ、これじゃ先が思いやられるな。
 ――旅館も安全じゃないな、この調子じゃ。






――――――今日のオコジョ――――――

 い、いかん。
 これはいかん。
 まさかこんな白昼堂々、一般人の前で手を出してくるなんてっ。

「あー、びっくりしたねー」

「まったくアル。でも、良い訓練になったアル」

「クーフェイは何でも訓練にするでござるな」

 しかし……さすが兄貴のクラス。
 あの異常事態にまったく動じてねぇ!
 ……オレっちの方が驚きだよ。
 すげぇ、いろんな意味ですげぇぜ。

「きゅう」

「夕映!? 大丈夫!?」

 凄いのと普通のの差が激しいクラスだぜ。

「所で、カエルとオコジョってどっちが強いアル?」

 姉御!? 明日菜の姉御!! 早く迎えに来てーーー!!!




[25786] 普通の先生が頑張ります 20話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:23
 ふはぁ。
 バスから降りて、最初に出たのは溜息のような呼吸だった。
 疲れたような、そうじゃないような。
 そんな事を考えながら3-Aを乗せてきたバスから、続いてネギ先生が下りてくる。

「わー、ここが清水寺ですかっ」

「ええ。さて、と……」

 まずは点呼取って、班ごとに分けて、と。
 やる事は決まってるんだが、なにぶん初めてなのでどうにも要領良く出来ない。
 クラスの子たちも早く移動しようとして、こっちの話半分しか聞いてないみたいだし。
 思い出すのはバスに乗る時の事。
 席の場所と言うだけでも他のクラスより揉めたものだ・
 ……新田先生達は本当に凄いと思う。
 皆ちゃんと言う事聞いてたし。

「それじゃ、班ごとに点呼取って、先生に教えてくれ」

 バスから降りた少女達にそう言い、修学旅行のしおりを開く。
 一応内容は大まかに覚えているけど、もう一度確認。
 このまま夕方までここか。
 そして、次は旅館、と。
 ……ここを乗り切れば、今日は大丈夫……かな?
 ――こいつらが旅館で大人しくしててくれると良いんだけど。
 苦笑し、各班長からの報告を受ける。

「夕方の4時まで自由時間です。ちゃんと節度をもった行動をするようにお願いしますっ」

「判りましたっ」

 相変わらず、雪広は元気が良いなぁ。
 律義に手まで上げてアピールしてるが、その姿は何時もの優等生然としたものじゃない。
 ……ま、修学旅行だし。少しくらい羽目をはずすのも、アリなのかな。

「見回りの先生達もいるし、目を付けられたら旅館で大変だからな?」

 はーい、と言う元気な声。
 まったく……新幹線の中と言い、元気なもんだ。

「それでは、今から自由時間です。皆さん楽しんで下さいね」

「それではネギ先生っ、一緒に回りませんかっ!」

「……雪広?」

「あ」

 またか、お前は。
 頭痛を感じ、目頭を指で押さえる。
 他のクラスの皆も苦笑している。

「またいいんちょはぁ」

「あやかったら」

「那波、長谷川、よろしく頼むな」

「ええっ!?」

 ネギ先生を後ろに隠し、同じ班の那波と長谷川に雪広を任せる。
 俺たち教師もある程度自由に動けるが、流石に同じ生徒につきっきりと言う訳にもいかないしな。
 でも、雪広のその行動で皆が和んだしそう悪くは思えないよなぁ。

「何かあったら、ちゃんとネギ先生の携帯に連絡するようにな?」

「わかったアル」

「それじゃ」

 そう元気良くバスの周りから移動する少女たちの背を見送る。
 はぁ。

「疲れてるようだね」

「あ、はは」

 そう声を掛けてきたのは、普段通りと思える新田先生だった。
 元気と言うより、慣れかな?
 俺もこうありたいもんだ。

「皆元気で」

「そうみたいで」

 苦笑されてしまった。
 ちなみに、ネギ先生は気付いたら居ない。
 多分誰かに連れていかれたんだろう。
 大丈夫かなぁ、とも思うが折角の修学旅行だ――ネギ先生も楽しんでくれると良いな。

「折角の修学旅行なんですから、楽しんだら良いのに」

「いやー、どうにも」

 葛葉先生も。
 心配されてるなぁ……恥ずかしい。
 どのくらいまで注意して良いのか、測りかねている。
 注意し過ぎても楽しくないだろうし、でも注意しないと悪乗りするし。
 伸びを一つして、息を深く吐く。

「始まったばかりですから、もっと余裕を持った方が良いですよ?」

「教師が先生一人ってわけでもないんですから」

 そう言われてしまった。
 あー……なんか、今日はこの二人の先輩に迷惑しか掛けてないような気がする。

「はい、頑張ります」

「よろしい。それでは、見回りを頑張って下さい」

 現金なものだな、と。
 不安、ではある。
 だけど、こうやって葛葉先生に一つの指示を出してもらうと、少し楽になる。
 まずは見回りを頑張るか。

「はっはっは、若いって良いですなぁ」

「いやー、若いって言うほどでも……」

「ほぅ」

 あ。
 ちなみに、俺は25で、葛葉先生は――。







「京都ぉーっ」

「ここがあの有名な」

 元気だなぁ、本当に。
 清水の舞台――清水寺の本堂でそう叫んでいるのは鳴滝姉妹。
 それを遠目に眺めている少女達の一団に混じる。

「うは、凄い眺めだなぁ」

「高いです」

 だなぁ、と。
 気付いたら隣に綾瀬とザジが居た。

「………………」

「いや、何だ?」

 流石に、ここでもジェスチャーとは。
 ええっと……。
 本堂の方指して、何? 踊るの?

「……ここで踊る?」

 首が縦に振られる。

「いや、踊ったら他の人に迷惑だからな?」

 横に振られた。
 なんだ、ザジが踊るんじゃないのか。
 ええっと……。

「ここで誰か踊るのか?」

 頷く。
 と言う事は、だ。

「ここで、昔の人は踊ってた?」

「正解……」

 おお、喋った。
 いや喋れる事は知ってるけど、ちょっとした感動だな。

「……凄いです」

 どうやら、綾瀬は正解出来なかったらしい。

「……そう?」

 いや、判りにくいから、ザジ。
 でも自分でも凄いと思う。
 まさか正解とは。

「ちなみに、本来は本尊の観音様に能や踊りを楽しんでもらうための装置です」

「……綾瀬も凄いな」

 褒めたら嬉しそうだった。
 ふぅん、こんな表情も出来るんだな。俺もちょっと嬉しい。

「有名な「清水から飛び降りる気持ちで――」というのは、生存率は85%らしいです」

「確率良いんだな、以外と」

「…………」

 隣でザジも頷いている。
 案外大丈夫なもんなんだな……下を見たら、足がすくみそうなくらい高いんだけど。
 怖っ。

「ちなみに、この舞台は139本のケヤキの木で造られているぞ」

「……博識だな、3人とも」

 そう綾瀬の後ろから現れたのはマクダウェル。
 その後ろには、絡繰。
 中学生の歴史ってそんな事まで勉強したっけ?

「綾瀬さんとマスターは日本の歴史が得意ですので」

「あー、うん」

 それは判ってるけど、それにしても詳し過ぎだろう。

「うわ、マニアだよ、マニア」

「誰がだっ!」

「……不本意です」

 それは言い過ぎだろ、明石。
 反論する二人に苦笑し、もう一度景色に視線を向ける。
 はぁ、綺麗なもんだ。
 綺麗なモノを見ると、人って溜息出るのかもなぁ。

「いやぁ、高いなぁ」

「そうか?」

 いや、高いだろ。
 隣で神楽坂が青い顔してるんだけど。

「怖いなら端に来なけりゃ良いのに」

「うぅ……いや、ここから飛び降りる気持ちでってのを経験しとこうかと」

「ああ、そう」

 教師としては勧められない事なんだろうけど、この姿見てるとなぁ。
 高畑先生、どうするんだろ?
 こうなる前に断っといた方が……って、そこは俺じゃどうしようもない事か。

「まったく。ほら、こっちに来い」

「あ、ごめん」

 そう言って手を引いていくマクダウェル。
 ふぅん。

「先生、楽しそうです」

「おー」

 いや、やっぱりいいコンビだな、あの二人。

「あ、先生」

 っと。

「どうした朝倉?」

「シャッター押してもらって良い?」

 ああ。

「良いぞー」

 えっと、朝倉と早乙女と佐々木に大河内か。

「茶々丸さんも一緒にどう?」

「いえ、私は」

「写ったらどうだ? 折角の旅行なんだ」

 記念になるぞ、と。
 そして一瞬悩み

「判りました」

「おー、それじゃ並んでくれ」

 清水の舞台の端に立ち、真ん中に佐々木が来るように5人が並ぶ。
 しかし、こうやって並ぶと大河内と絡繰は本当に背が高いな。
 俺とあんまり変わらないからなぁ。

「それじゃ、いくぞー」

 カメラ越しに5人を見ながら、そう言う。
 うむ

「絡繰ー、大河内ー、笑えー」

「……こうでしょうか?」

 いや、全然表情変わらないぞー、と。
 大河内は……まぁ、笑顔が若干引き攣ってるが、良いか。
 これはこれで面白いし。

「……やはり、私には難しいです」

「まぁ、雰囲気は楽しそうだから良いんじゃない?」

「さ、バシッといっちゃって先生っ」

「お願いします」

 はい、チーズ、と。
 お決まりの事を言ってシャッターを切る。
 うん。
 デジカメなので、さっき撮った写真を確認する。
 素人ながら、それなりに綺麗に取れたもんだ。

「ありがと、先生」

「おー。また何かあったら言ってくれ」

「はーい」

 そう言って駆けていく四人を目で追い、

「絡繰は行かないのか?」

「はい。マスターも明日菜さんと行かれましたので」

「ん? クラスの皆と遊べばいいじゃないか」

 いえ、と。
 その視線は少し遠く――ああ。

「大丈夫だと思うか?」

「……先生はどう思われますか?」

 俺?
 遠く――やはりどこかぎこちなく話す近衛と桜咲を見ながら、考える。
 遠目でもそう見えるのだから、本人達もそう感じてるんだろうな、と。

「大丈夫だと、信じたいな」

「なら、大丈夫だと思います」

「そうか?」

「はい」

 そうかな、と。
 そうだといいな、と。
 やっぱり、友達同士仲良いほうがいいよな。

「先生は、ご友人の方は?」

「みんな余所に出ちゃったからなぁ……もうずいぶん会って無いなぁ」

 中学、高校、大学……近くに居る友達もいるけど、忙しくて全然会ってない。
 それもあるのかもな、あの二人を仲直りさせたいのは。
 友達って言うのは、やっぱり凄く大事だと思うから。

「絡繰も、友達は大事にしろよ?」

 喧嘩なんてするもんじゃないぞ、と。

「はい、判りました」

 それじゃ、次は何処を見回るかなぁ。







 見慣れた制服が集まっているのを見つけ、近寄って見る。
 ええっと……縁結びの神、恋占いの石?
 そんなのもあるんだ。

「……大丈夫なのか?」

「いたいよー」

「も、もう一歩でしたのにっ」

 まぁ、大丈夫そうだな。

「落とし穴が掘ってあったです」

「……また、地味なイタズラだな」

 しかし、誰にも気付かれずにとは……才能の無駄遣いというか。
 どうしてうちのクラスに迷惑かけるかなぁ。

「ほら、雪広、佐々木、掴まれ」

 両手を差し出し、片手ずつで二人を支える。

「ありがとー、先生」

「申し訳ありませんですわ」

「怪我はないか?」

 まぁ、見た感じ浅いし、痛がってもいないから大丈夫そうだけど。

「はい。大丈夫ですわ」

「目を瞑ってたから、避けきれなかったー」

 大丈夫そうだな。
 ふむ。

「埋めた方が良いのかな?」

「……埋める分の土は何処から?」

 あ。

「怒られないと良いけど」

「それは大丈夫だろ。掘ったのこっちじゃないし」

 とは龍宮。

「しかし、地味だね」

「まぁ、清水寺に何か思う所でもあるんだろうな」

「……そうなると、恋占いに何か思う所があるのかもな」

 そうか。そう言う考え方もあるか。

「何を騒いでるんですか?」

「葛葉先生」

 どう説明したものか……まぁ、恋占いしようとしたら落とし穴が掘ってあったんだけど。
 こんな馬鹿な事をする人が居るとはなぁ。しかも京都のお寺に。
 暖かい季節だし、そう言う人が多いんだろうな。

「恋占いの石の前に落とし穴が掘ってあったらしいんですよ」

「……はい?」

 まぁ、普通はそういう反応ですよね。
 俺も雪広と佐々木が落ちてる所見て無かったら、そう言う反応すると思うし。
 あっちです、と指差すとまだ埋められてない穴が一つ。
 一応他にはないか、と生徒達が周囲を踏んで回ってるが、アレ一つだけらしい。

「……本当ですね」

「でしょう?」

 どうしましょうか? と。
 二人で頭を抱えるが、どうしようもない。
 何せ埋めるための土が無いのだから。

「先生、恋占いをしたいのですが。早急に」

「雪広、危ないからやめとけ……」

 落ちて怪我したらどうするんだ、まったく。

「ですがっ、折角の恋占いですのにっ」

「……は、はぁ」

 そう言えば、この年頃ってそう言うの好きだよなぁ。
 占いなんて当たるも八卦、当たらぬも八卦だと思うのは、俺が男だからかな。

「そんなに大事か? 怪我するぞ?」

「折角ネギ先生との恋が成就すると言いますのにっ」

「よし、次行くぞー」

 ぱんぱんと手を叩いて、集まっていた生徒達を散らす。
 3-A以外にも居た生徒達も、事情を察してくれて他の所に行ってくれる。
 残ったのは、俺と葛葉先生と雪広と龍宮。

「……酷い」

「教師が、先生との交際を認める訳にもいかんだろ」

「正論だね」

「正論ですね」

 肩を落として落ち込む雪広。
 まぁ、すまん。
 葛葉先生が居なかったら、あと落とし穴が無かったら別に止めないんだが。

「ま、そう落ち込まない」

 ぽん、と龍宮がその肩を叩く。
 楽しそうだなぁ。

「ちゃんと、あやかの仇はとってやるから」

「……ありがとうございます」

 いや、犯人判らないけどな。







 ふと土産屋の方に視線を向けると、近衛と桜咲の後ろ姿が見えた。
 ……はぁ。

「2人とも、元気か?」

「あ、先生」

「……お疲れ様です、先生」

 お節介だとマクダウェルにまた言われるかな、と。
 小さく苦笑し二人に話しかける。

「あっちこっちで色々変な事が起きてるよーですね」

「そうなのか?」

「はい。恋占いの石に落とし穴、音羽の滝にお酒が混ざってたり、色々です」

 なんだそりゃ?
 っていうか、酒?

「お酒は、ネギ先生が先に気付いて……犠牲者はネギ先生だけのようですが」

「……酒飲んだのか」

「はい。源先生が付き添いでバスの方に」

 後で様子見に行くかぁ。
 しかし、何で今日に限ってこんな変なイタズラが……。

「大丈夫ですか、先生?」

「おー。2人は何も無かったか?」

「カエルに襲われましたけど、せっちゃんが追い払ってくれましたえ」

 またカエルか。
 頭が痛くなり、目頭を指で押さえる。
 今日は厄日だなぁ。

「それより、何見てたんだ?」

「お土産ですえ。でも、初日やから何買おうかな、って」

「なるほどなぁ」

 しかし、どうして京都の土産屋には木刀が売ってあるんだろう?
 俺が学生の時も見たような気がする。
 一本手に取り見てみるが、やっぱり意味が判らない。

「先生、剣に興味が?」

「いや、何で京都の土産屋って木刀があるのかな、って」

「古いイメージがありますから。その名残でしょうね」

 なるほどなぁ。

「先生、木刀買いはるんです?」

「いや、流石にもうそんな年じゃないしな」

 苦笑し、元あった場所に戻す。
 さてと。

「お土産決まったか?」

「どれにしましょうか?」

「先生、どれがええです?」

 俺か?
 そうだなぁ。

「八つ橋とかは在り来たりだしなぁ……誰に買うんだ?」

「お爺ちゃんとか、ハワイに行った友達とか」

 ふぅん。

「お嬢様、これなんかはどうでしょうか?」

 と差し出したのは綺麗に塗られた茶器だった。
 ……いや、ちょっと待て。
 少し視線をずらし、その値段を見る。
 ――――高いよ。

「うわぁ、せっちゃんそれはちょっと」

「そうですか?」

「値段がなぁ」

 だよなぁ。
 中学生に買える値段じゃないと思う。具体的に言うと四桁。
 修学旅行の買い物じゃないな。
 そして3人で店内を見て回り

「お守りなんかどうだ?」

 京都らしいし、と。
 しかも、かなりの種類がある。

「なるほど」

「先生、ええ案ですね」

 そうか?
 ぱっと目に付いたのは、良縁のお守り、というもの。
 結婚、親友に、と。
 一個千円は……どうかな?
 学生には結構な値段だなぁ。
 他にはないかなぁ、と。
 なんか、こうやって探してると楽しくなってくるな。

「あ、これ良い」

 ん?

「星座のお守りか」

 ……星座って西洋の見方じゃなかったっけ?
 まぁ、今そう言うのは無粋かなぁ。

「せっちゃん、これどうえ?」

「良いと思います、お嬢様」

 その言葉に気を良くしたのか、お守りを二つ手に取る。
 ああ。

「お、お嬢様……」

「せっちゃん山羊座やったよね?」

「……覚えて、下さったんですか?」

「当たり前や。友達やもん」

 ……あ、俺邪魔だな。
 あーまったく、嬉しいならそう言えば良いのに、と思ってしまう俺はこの場には居ない方が良いんだろうなぁ。
 苦笑して、その場を後にしようとし……ふと、お守りの一つに目が行った。
 ふむ。


――――――エヴァンジェリン

 はぁ。

「大丈夫か、ぼーや」

「はいー」

 まぁ、一般人を巻き込まなかったのは褒めてやるか。
 しかし、音羽の滝に酒とは――無粋な。
 折角の修学旅行が台無しだ。
 新幹線の件もある……どうしてやろうか。

「まったく、子供のいたずらねぇ」

 誰がしたのかしら、とはぼーやの看病をしている源しずな。
 まったくだな。

「ある意味、子供以下だ」

「は、あはは」

 もう一度、溜息。

「気持ち悪くないか?」

「だいじょぶですー」

 呂律も回ってるし、意識もしっかりしてる。
 慣れない酒に気分を悪くしてるだけか。

「エヴァンジェリンさん、ネギ先生は私が見てるから、見学に戻って良いわよ?」

「ああ。そうさせてもらうよ」

 あの酒に魔術的な効果は無いようだしな。
 一応様子を見に来たが、大丈夫のようだ。
 ……本当に、関西の連中は何がしたいんだ?
 バスから降り、首を傾げる。
 油断を誘ってるんだろうか?

「ま、葛葉刀子にも後で見せておくか」

 東洋呪術は私も専門じゃないしな、何かあるかもしれん。
 それに、今は昼だ。
 私の時間じゃない。
 後は何処を見るかな……時間も、もうあまりないし。

「あ、マクダウェル」

 っと。

「なんだ、先生じゃないか」

「ネギ先生は中?」

「ああ。なんだ、聞いたのか?」

「おー。なんか、音羽の滝に酒が混ざってたって聞いたんだが」

 その表情は、どこか信じられない、と言ったよう。
 まぁ、確かに信じられないだろうな。お寺の水に酒を混ぜるなんて。
 正直正気を疑うな。

「本当なのか」

「本当だ」

 この調子だと、本当に一般人関係無しかもな……どうしたものか。
 ここまで過激派だとは。こっちも手段を選べんかもなぁ。

「あ、そうだ」

 そうそう、と。

「どうした、先生?」

「ほら、お守り」

 と、一つの鈴を渡された。
 お守り?

「開運のお守りだって」

「ソレを、どうして私に?」

 そのお守りを眼前に翳し、チリン、と鳴らす。
 ふぅん。

「良い趣味じゃないか」

「そりゃ良かった」

 もう一度、鳴らす。
 ……ふぅん。

「なーんか、折角の修学旅行の幸先が悪いからなぁ」

「そうだな」

 さっさとゴタゴタを終わらせてしまわないと、観光もマトモにできはしない。
 はぁ。

「修学旅行、楽しみにしてたみたいだしな」

 開運って言うくらいだし、そのお守りで良い事あればいいな、と。
 そう言ってバスに乗る。
 その背を、ただぼんやりと、何となく目で追い……。

「――ふぅん」

 チリン、ともう一度、鈴を鳴らした。
 随求桜鈴。
 桜の花びらを模した装飾のなされた鈴。
 開運のお守り。
 ……なかなか良い趣味じゃないか、先生。
 チリン。
 チリン。
 ――チリン。

「あ、エヴァ」

 ん?

「なんだ、神楽坂明日菜?」

「いや、何眺めてるの?」

「なんでもない」

 その鈴を落とさないように仕舞い、歩き出す。

「ほら、さっさと他の所を見て回るぞ」

 時間も無いしな。

「あれ?」

「……なんだ?」

 私はまだ満足してないんだ、早く回るぞ、と。

「一緒に回って良いの?」

「駄目と言っても付いてくるだろうが……」

 はぁ、と溜息を吐き再度歩き出す。
 今度はちゃんと付いて来るので、そのまま歩き

「なんか機嫌良いね」

「そうか?」

 私は何時も通りだと思うがな。





――――――今日のオコジョ――――――

 あれ? 姉御? 皆?
 ――って、ネギの兄貴も寝てるし。
 皆オレっちを置いて行くなんてひどいぜ……。
 ……寂しいなぁ。

「あら、可愛い子ね」

 わーい。



[25786] 普通の先生が頑張ります 21話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:21
「つかれたー……」

 それが今日一日を正確に表した一番の言葉。
 疲れた。本当に。
 旅館の入り口に備え付けてある椅子に深く腰掛け、大きく息を吐く。
 この大きな旅館を貸し切りでの4泊5日。
 こんな良い所に4泊とか……贅沢だなぁ、と思わなくも無い。
 流石麻帆良。
 晩飯も今まで食った事の無いくらい美味かったし。
 舌が肥えなければ良いなぁ、と。
 ちなみに、座ってる椅子も、時代劇の茶店とかで見かけるような作りのヤツである。
 紙で造られた傘まで立ててある。
 ……凝ってるなぁ。

「大丈夫ですか、先生?」

「おー、近衛と龍宮か」

 その周囲を見……桜咲はいないのか。
 まぁ、いくらなんでも四六時中一緒に居たら疲れるかぁ。
 姿勢を正し、少し伸びをして2人を見る。
 浴衣姿なのは、風呂上がりだからだろう。

「今日は楽しかったか?」

「はい、それはもうっ」

「良かったなぁ」

 その隣で苦笑する龍宮の気持ちが良く判る。
 それは少しは桜咲の事を知っているからか。
 本当に楽しそうに、嬉しそうに笑うその顔が、俺も嬉しい。

「まだ修学旅行は続くからなぁ、もっと楽しくなると良いな」

「はいっ」

「ま、確かにね」

 龍宮も楽しかったのだろう、今日は何時もより表情が緩んでる。
 あんまり、というより旅行なんて行かないけど、こういうのは楽しいな。

「あんまり湯冷めしないようにな?」

 風邪ひいたら勿体無いぞ、と。

「はは、そんなヘマはしないよ」

「そうですえ」

「そう甘く考えてると、危ないんだぞ?」

 笑ってそう言い、立ち上がる。

「部屋には戻らないのか?」

「先生、少し話しません?」

 ん?

「なんだ、誘われてたのか」

「そうですえ」

 また、笑われる。
 ちょっとした冗談なのは、旅先だからだろうなぁ。

「それじゃ、風呂上がりに冷たい飲み物でも飲むか?」

「いただこうかな?」

「ありがとーございます」

 自販機の前に立つと、結構見慣れないジュースがあった。
 御当地ジュースってやつか?
 ええっと……。
 近衛と龍宮にはお茶を、俺は妙なジュースを買って戻る。

「ほら、120円」

「お金をとるのかい、先生?」

「はは、冗談だ……近衛、冗談だから財布を探すな」

 というか、風呂に財布持っていってたのか?

「ふふ、冗談ですえ。ところで、先生、それ」

「ん? いや、珍しかったんで、つい」

 ぜんざいの缶ジュースです。
 これ自体は偶に見かけるんだが……餅入りである。
 ……飲めるんだろうか?

「先生、夕映みたいですえ」

「まったくだ」

 生徒からは苦笑されてしまったが、どうにも気になってしまったのだ。
 折角の京都だし。
 というか、

「綾瀬?」

「夕映も珍しい飲み物を良く飲んでます」

 ほー。

「麻帆良にそんな珍しい飲み物ってあったか?」

 三人で椅子に腰かけ、缶を開ける。
 ……ちなみに、俺のはホットである。
 餅入りぜんざいのコールドは買う気にはなれなかった。

「図書館島の下には売ってありますえ」

「……あのなか、自販機まであるのか」

 流石に地下には潜った事は無いなぁ、と。
 それに、そこまで珍しいジュース好きでもないしな。
 今度暇が出来て、覚えていたら……まぁ、行って良いかもなぁ。

「先生、図書館島ってあんまり行きません?」

「授業で使うようなのは1階とか2階だからな、下には行かないなぁ」

「そうなんですか……」

 あれ? 何でそこで落ち込む?

「龍宮は、地下に入った事はあるのか?」

「偶にね。でも、私もほとんど知らないかな?」

「ふぅん」

 もしかして流行ってるのかな、探検?
 ……ああ。

「そう言えば、近衛は探検部だったな」

 どうして部活……と言うよりクラブとして承認されたのかは判らないが、近衛はそこに入部してたはず。
 図書館探検部、だったか?

「あ、知って」

「そりゃ、先生だからなぁ」

 ちなみに、一人で複数掛け持ちの生徒も居たりするので、全員分は覚え切れて無い。
 確か、近衛も一人でいくつか掛け持ちしてたはず。
 龍宮はバイアスロン部だったな、と。

「はぁ、良く覚えてるもんだ」

「龍宮は覚えやすいしな、掛け持ちしてないから」

「はは、なるほど」

 そういって、勇気を出してぜんざいを一口……。

「うーん」

「ありゃ、残念でした?」

「あー……何と言うか、そう外れじゃないけど、うん」

「微妙、と」

 そう言う事、と。
 つか餅が無い。溶けたのか?
 やけにドロリとしてるし。

「次は変なのを買わない事をお勧めするよ」

「ああ、俺もそう思うよ」

 どうにもこの手の物は、運が無いしな。

「お嬢様」

 あ。

「桜咲も、今風呂上がりか?」

「はい。すみませんお嬢様、遅くなりました」

「ええよ、そんな待ってないし」

 先生とも話せましたし、と。
 なんだ、やっぱりこの二人は一緒だったのか。

「はぁ」

 そして、その後ろには溜息を吐くマクダウェル。

「折角の露天風呂なのに、何かあったのか?」

「あー、色々な」

 物凄く投げ遣りに答えられた。
 んー……。

「二人とも、何か飲むか?」

「いえ、いいです」

「ふん――いい。部屋に戻る」

 ありゃ、これは相当ご立腹だな。

「龍宮、何かあったのか?」

「うーん。まぁ、色々と。女の秘密ってヤツだよ」

 あー……。

「……見回りに行くかなぁ」

「はは、それじゃ先生、頑張って」

 変な事聞いたなぁ。
 失敗した……旅先で気が緩んでると言うか、何と言うか。
 いかんいかん。







 ぜんざいのジュースをちびちび飲みながら歩いていると、最近の問題児を見つけた。

「雪広、何やってるんだ?」

「あ、先生」

「こんばんはー」

「あら先生、こんばんは」

 朝倉と那波も一緒か……うん。

「雪広、部屋に戻るぞ」

 ついていくからな、と。

「酷いっ」

「しょうがないよねー」

 しょうがないよなぁ、と。

「それで、何しようとしてたんだ?」

「もう何かする前提ですかっ!?」

「…………違うのか?」

「そこで意外そうな顔をしないで下さいっ」

 その間も気になりますし、と。
 そりゃ悪い事をしたなぁ。

「で?」

「ネギ先生に会いに行こうとしておりました」

 ありがとう那波。

「よし、雪広は戻るぞ」

「私限定!?」

 ……面白いな。
 雪広ってこんなキャラだったか?

「いや、那波と朝倉なら……まぁ、消灯までの時間なら良いかな、と」

「いえ、私としては出来れば消灯後も」

「教師がそう言うのを見逃す訳にもいかんだろ……」

 あと何正直に喋ってるんだお前は……。
 軽い頭痛を抑える為に、目頭を押さえる。

「あやかちゃん、素直ねぇ」

「……欲望に忠実と言うか」

「よくもまぁ、教師の前で堂々と言えるなぁ」

 ある意味……尊敬は出来ないな、うん。
 とにかく、と。

「ネギ先生の所へは禁止だ。判ったか?」

「うー」

「あら、可愛い」

 はぁ。
 あの真面目なクラス委員は何処に行ったのか。
 これはこれで明るくて良いけど、なぁ。

「面白いネタになりそうだったのにぃ」

「そんな事したらネギ先生のクビが飛ぶぞ」

 本当に。
 まったく。

「明日は自由行動があるだろう? そこじゃ駄目なのか?」

「はっ!?」

 と言うか、まず明日の事を考えて無かったか。
 ……ある意味、これも前しか見てないと言えるのかな?

「なるほど――っ」

「先生、上手いねぇ」

 そうか?
 あまり褒められてる気がしないのは、何でだろうなぁ。

「それでは先生、お休みなさいませっ」

「って、今から寝るのか?」

 腕時計を見ると、まだ8時少し過ぎである。
 早くないか?
 ……行ったし。

「前向きねぇ、あやかちゃん」

「だねぇ」

「そうか?」

 アレは前向きと言うより、暴走と言えるかもなぁ。
 ――明日は、良く見とくか。

「那波、明日もよろしく頼むなぁ」

「判りました」

「……面白くないなぁ」

 面白くされたら困るんだよ、と苦笑い。
 ま、元気が無いよりはいい、かなぁ。







 相変わらず元気だなぁ、と。
 もうなんか、なぁ。

「もうすぐ消灯だから、部屋に戻れよー」

「はーい」

「わっかりましたー」

 ……そのテンションで寝れるのか?
 まぁ、俺なら無理だろうなぁ、と。
 今日は遅くまで起きてる事になりそうだなぁ。

「はは、先生。疲れてるようだね」

「あ、瀬流彦先生」

 ちょうど入り口から入ってきた瀬流彦先生と鉢合わせした。
 外? その考えが表情に出たのか、苦笑して

「まぁ、流石に外にまで出る子はいなかったけどね、念のため」

「お疲れ様です」

 そう言う事か。
 俺も苦笑してしまう。
 あのテンションなら、判らないのかもしれないし。

「それに、こんなに綺麗な景色の場所だけど、ゴミも多くてね」

 そう言って、手近なゴミ箱にくしゃくしゃに丸められたゴミを捨てる。

「それは嫌ですね」

 ウチの学校の子達……じゃないよな。
 流石に、そんな子達は居ないだろう。

「まったくだね」

 南無南無と何故か両手を合わせていた。

「どうしたんですか?」

「知らないのかい? こんな罰当たりな事をすると、手痛いしっぺ返しが来るんだよ」

「ああ、なるほど」

 と言うか、

「……来たんですか、しっぺ返し?」

「……あはは……」

 目を逸らされた。
 ……来たんだ。

「日頃の行いは大事だよ、先生」

「気を付けます」

 何があったんだろう?
 聞いちゃいけないんだろうけど、気になる。
 ま、その内酒の席ででも聞けたらいいなぁ。

「そろそろ消灯の時間だけど、先生は部屋には戻らないのかい?」

「そうなんですけど……どうにも、子供たちのテンションが」

「あー……修学旅行初日だからねぇ」

 流石に外には出ないだろうけど、部屋から出るかもしれませんから、と。
 ちなみに新田先生と葛葉先生などは見回り中、俺は一応外に出ないように入り口で監視である。

「今日はどうだった? 確か修学旅行は初めてだよね?」

「はは……疲れました」

 本当に、と。
 明日はもう少し、上手く出来ると良いんですけど、と。

「皆好き勝手動くからねぇ」

「目を離すのが不安で」

「判る判る」

 そう言って、自販機の前に。

「なに飲みます?」

「あ、いいですよっ」

 だしますから、と言おうとしたらもうお金を入れてしまった。
 あー……。

「コーヒーをお願いします。ブラックで」

「偶には奢るよ」

 はい、と。

「修学旅行初日の体験おめでとう」

「す、すいません」

「いいよいいよ。誰だって最初は初めてなんだから」

 その言い回しが可笑しくて、小さく苦笑してしまう。

「それに、先生には色々と……まぁ、助けられたからね」

 はい?

「自分がですか?」

「うん。助かってるんだよ、本当に」

 何かしたっけ?
 うーん。

「深く考えなくて良いよ。どうせ内緒にしとくから」

「教えてくれないんですか?」

 教えて下さいよ、と。
 そう言うと笑って拒否された。
 き、気になる。

「それより、最近はどうなの?」

「はい?」

「先生のクラス、色々と大変でしょ?」

「あー……はは」

 そうでもないですよ、と。
 大変、って聞かれたあらそうかな、っても思うけど。
 別にそう悪い子達じゃないですし。
 暴走はするけど、聞きわけは良いと言うか。

「今の時期が、一番楽しいだろうからね」

 もうすぐ受験の準備だし、と。

「ですねぇ」

 あとは、この後の麻帆良祭……夏休みが明けて少ししたら、もう進路相談の時期だ。
 本当に――あっという間の1年だ。
 コーヒーを口に含み、その言葉を飲み下す。

「いい思い出になれば良いんですが」

 思い浮かぶのは近衛に桜咲。
 仲直りしてくれると良いんだがなぁ。

「ま、明日も早いから少し早く寝た方が良いよ?」

「はい。ありがとうございます、コーヒー」

「良いよ、今度は僕が奢ってもらうから」

 それじゃ、と。
 うーん……心配、してもらったのかな?
 まだまだだなぁ。
 気がついたら、消灯の時間は過ぎていた。
 もう少ししたら、新田先生達も戻ってくるだろうから、それから寝るか。




――――――エヴァンジェリン

「チャチャゼロ、調子はどうだ?」

「オー、イイカンジ」

 はぁ。
 これでやっと、準備万端と言ったところか。
 一応、揃えれるだけの戦力は揃えたが……まぁ、どうなるかは今から次第か。

「茶々丸、お茶」

「はい、少々お待ち下さい」

 風呂にも何処にも湧きおって……ここまで来ると、嫌がらせと言うより、悪戯だな。
 しかも子供の。
 ……風呂のは、明確に近衛木乃香を狙ってたようだが。

「瀬流彦先生には結界を張ってきてもらいましたよ、エヴァンジェリン」

「ああ。それで?」

 今どうしてる、と。

「ホールの方で先生と話してたようですね」

「……まだ起きてるのか」

「ぼ、僕も見回りに行かないといけなかったのに……」

「そこは諦めて下さい、ネギ先生」

「ケケケ、大変ダネ、教師ト魔法使いノ両立ッテノモ」

「あう」

 大変だな、本当に。
 もう消灯の時間だというのに。
 今部屋に居るのは私に茶々丸、チャチャゼロ、葛葉刀子と桜咲刹那、ぼーやの6人。
 ――正直、暇だ。

「それで、来ると思いますか?」

「来るだろうよ」

 それだけは、断言できる。
 茶々丸の淹れた茶を飲み、間髪いれずそう言う。

「たった5日しかないんだ。こっちの戦力を図る為にも、私なら仕掛ける」

 それに、あの風呂のサル騒動の時。

「術者は、もう中に入り込んでるようだしな」

「そうですか」

 葛葉刀子も茶を飲み、一息つく。
 瀬流彦に旅館周辺に結界を張らせ、私達は寝ずの番。

「……どうしても私をお嬢様の守りから外すんだな?」

「あーまったく、また言わなきゃならんのか」

 面倒だなぁ、と。

「一般人を巻き込むような奴らだ、ならもう釣るしかないだろうが」

 それはもう何度も言っただろうが、と。
 あちらがそこまで形振り構わないのなら、もうこっちも手段は選ばない。
 餌で釣り上げる。
 今晩釣れるのは大物か、ただのゴミか。

「近衛木乃香には悪いが、結局無理なんだよ、力ある奴が力を隠して生きるのは」

 それはお前も判るだろうが、と。
 あとは、それとどうやって、折り合いを付けて生きていくかだ。
 隠して生きるのも良い。
 だが周囲を巻き込むのなら、それは許されない。
 ならもう、その力を自覚して生きていくしかない。周囲を巻き込まないように。
 それは力を持った者の義務であり、責任だ。

「釣る、ですか?」

「もうすぐ判る」

 そして、視線は葛葉刀子に。

「変な情に流されるなよ?」

「そこは抜かりなく。教師としては反対ですが、一般人を巻き込む訳にはいきませんので」

 私も仕事はする主義です、と。
 ならいいがな。
 龍宮にも周囲を見てもらってる、異変もあるようだ――すぐ来るだろう。
 と言うか、早く来てくれ……明日も早いんだから、寝たい。
 ……そう思うのは吸血鬼らしくないのかもなぁ。

「はぁ」

「大丈夫ですか、エヴァンジェリンさん?」

「今日は結局振り回されたからな」

 忌々しい。
 新幹線、清水寺、露天風呂。
 ――ああ、どうしてやろうか。

「苛々してますね」

「ソリャ、折角ノ旅行ヲツブサレチャアナァ」

 ふん。

「そう言うお前は、気にしてないようだな」

 いつも通りの葛葉刀子像を崩さず、茶を啜る姿を見る。
 しかし、

「まさか」

 そう言って、笑った。
 ……正直、少し背筋が冷えた。
 やはり神鳴流は――ちと苦手だな。

「オオ、怖ェ怖ェ」

「そう言えば、ネギ先生は実戦は初めてですか?」

 チャチャゼロの事は無視らしい。
 まぁ、確かに怖いからな、この女。

「は、はい。一応、エヴァンジェリンさんの別荘で訓練は」

「そうですか、なら今日は刹那と組んで下さい。良いですね、刹那?」

「は、はい。それはエヴァンジェリンから強く言われてますから……」

 空になった湯呑みを茶々丸に渡し、葛葉先生の講義に耳を傾ける。
 視線は外の空――やはり、景色が違うと、夜の在り方も違うものだ。
 良い眺めだ。自然が多い。
 それは、私の家の近くに似ているかな。

「刹那は西洋魔術師と組むのは初めてじゃありませんから、きっと良い経験になりますよ」

「は、はい」

 ふむ。

「なんだ、やる気十分のようだな」

「それは貴女もでしょう?」

 違いない。
 二人して、笑う。
 実物を見るまで分からないが、現在の関西にそれほどの術者は居ない。
 それなりの武と知を持った者は、もう居ないのだ。
 なら、今夜で終わらせよう。

「桜咲刹那、子守りは頼むぞ」

「こ、子守り」

「当たり前だろう? この中では、お前が一番弱くて脆い」

 さて、と。

「しかし、珍しいですね。貴方からこっちに声を掛けるなんて」

「ふん。外に居る間は、誰か教師と居ないと“力”を十全に使えないんだよ」

「なるほど――」

 ……その笑顔はムカツクな。
 まるでどこかの誰かを思い起こさせる……まったく。
 まぁいい。

「茶々丸、チャチャゼロ、お前らは残れ。何かあったら瀬流彦と一緒に行動しろ」

「かしこまりました、お気を付けて」

「オー、マ、程々ニナー」

 ふん。

「行くぞ、魚が釣れたようだ」

 そして、窓の桟に足を掛けた。







 ちっ。

「エヴァンジェリン、ネギ先生」

 アイツ――あのデカイ猿……何を考えて街中を走ってるんだ!?
 正気か、くそっ。
 人通りが無いのは何かの術かもしれないが、こんな街中じゃ魔法も使えん。

「人払いの術の一つです、この先は」

 葛葉刀子の手には、1枚の紙。
 ふん――良く見ると、その辺り手当たり次第に張ってあるな。
 どうやら、本当に、本気で手加減はしないで良いようだ。
 ああ、まったく――。

「あ、駅にっ」

 ――人避けが出来てるなら、もう付き合う必要も無いだろう。

「魔法の射手・氷の4矢」

 詠唱は無し。
 無詠唱からの氷の矢をその足元に打ち込む。

「また無茶を……」

 その隣で葛葉刀子が頭を抱えたが、無視。
 ふむ――結界の影響は、やはり無いな。
 一応事前に一度試してはいたが、実戦でも問題無いな。

「ふん。駅前に車を無断駐車するような奴は、警察に捕まれば良い」

「誰かが貴方の魔法でへこんだ所で怪我したらどうするんですか?」

「知るか」

「緊張感が無いですよ、刀子さん……」

「エヴァンジェリンさん……」

 後ろで桜坂刹那とぼーやが頭を抱えていた。
 ふん。

「追いつかれたか」

「おい、猿。その娘を置いて投降すれば、痛い目見ずに済むぞ?」

「ふん――このかお嬢様は返しませんえ」

 そうか。

「そう言ってくれると思っていたよ」

「ああ、教師としては、本当に残念ですが」

 葛葉刀子が刀を抜き、私は右手に魔力を溜める。
 交渉決裂と言う訳だ。
 ああ、本当に残念だ。

「エヴァンジェリン、刀子さん!? あっちにはお嬢様がっ」

「ちょちょっ!? こっちには人質が――」

「――ああ、そうだったな」

 魔力を、溜める。

「めちゃめちゃやる気やないかっ。まずその魔力を散らせっ!」

 ちっ。

「お前が近衛木乃香を離したら散らしてやるよ」

「そんなん出来るかっ」

 そして、その懐から3枚の紙。

「あれは?」

「……放出系の呪符かしら?」

 ふむ。

「来い、捻り潰してやる」

「吠えたな、小娘っ」

 ――ふん。
 私は溜めた魔力を握り、女は近衛木乃香を地面に放る。

「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹雪け常夜の氷雪」

「遅いで、嬢ちゃんっ。三枚符術・京都大文字焼きっ!」

 瞬間、その名の通り大の字に業火が空中に現れるが、

「闇の吹雪っ!!」

 ソレを、猿には当たらないように放った私の魔法で撃ち貫く。
 ついで、その余波で猿の気ぐるみの左半分を消し飛ばす。

「はっ、その程度か“嬢ちゃん”」

 まだまだいけるな――教師同伴の呪いはあるが、確かにこれなら戦える。

「うそやろ……一瞬か!?」

 続いて、今度は巨大なヌイグルミ――。

「……可愛いな」

 むぅ。
 しかし、あの大きさはいただけんな。
 やはりヌイグルミはこう、抱ける大きさが良い。

「そんな問題じゃないでしょうが……」

 そう言う私の脇を駆け抜け、一閃。
 夜の私の目で追えるほどの速さのソレが、そのヌイグルミの片割れの首を薙ぐ。
 続いて返す刀でもう片割れの胴を薙ごうとし、それは爪で防がれた。

「ちっ」

「その太刀筋、神鳴流――っ」

「刹那、ネギ先生っ」

 その声と共に更に二人が近衛木乃香を再度抱えた女に飛びかかる。
 そして、剣戟。

「まだっ……居たのかっ」

 桜咲刹那の剣を防いだのは――また女。
 しかも、やたら幼い。
 アレも神鳴流か?

「どうもー、神鳴流ですー」

 ……気の抜けた声を出すやつだなぁ。
 さて、これで二人か。
 まぁこれだけじゃないだろうな。

「月詠いいます、先輩ー」

「お、お前も神鳴流剣士?」

「はいー。護衛に雇われましたんで、本気で行かせてもらいますわー」

 そう言って、構える。
 ほう、二刀か。
 しかも小回りのきく小太刀……あれは、勝てないかもなぁ。
 しょうがない。
 手を、葛葉刀子と競り合っているクマのヌイグルミに向ける。

「魔法の射手・氷の4矢」

 その呟きと共に、作りだされる4本の氷の矢。
 それを動き回るヌイグルミの四肢に打ち込む。

「さっさと手伝ってやれ」

「――はぁ」

 そんなに私に手をかされたのが嫌なのか、その溜息は無いだろう。
 まぁ、別に良いが。
 流石に、葛葉刀子以上の脅威には感じないし、大丈夫だろう。
 あとは

「これで詰みか?」

「ぐ――」

 ぼーやと対峙し、近衛木乃香を抱えたまま動けない女。
 こんな下っ端を捕まえてもなぁ。

「こ、こっちには人質が……」

 そうだったな。

「どうする? 盾にするのか?」

「ええ、そうして逃げさせてもらいますわ」

 気絶してるのか、それとも魔術的な力か、うめき声も上げない近衛木乃香。
 流石に逃がすのは勿体無いか。

「もう一度言うぞ? 近衛木乃香を置いて投降しろ。痛い目に合わなくて済むぞ?」

 右手を、上げる。

「断りますえ」

「そうか」

 近衛木乃香を盾にするように、その後ろに立つ。
 しかし、その身長差から全身は隠れていない――。
 上げていた右手を下ろす。
 瞬間、女が後ろに吹き飛んだ。

「へ?」

「え、あ―――ぃっ!?」

 ぼーやの驚いた声、一瞬間を置いての、声にならないような痛みの声。

「おいおい、もしかしてここに居るので全員だとでも思ってたのか、嬢ちゃん?」

「き、さ……まっ!」

 そのまま近づいて、地面に投げられた形の近衛木乃香を抱き上げる。
 ふむ。外傷は無しか。
 魔力も特に乱れて無い――気絶してるだけのようだ。
 女は、右肩から出血していた。それも相当な量を。
 まぁ当然か。銃で撃たれれば、普通の人間はこうだ。
 しかもアイツのは特別弾だ、この程度の術者の防御なら紙同然に貫く。

「こんな下っ端しか掛らんか」

 まぁ、親玉がそう簡単に顔を出す訳も無いか。
 これで警戒して、手を出さないようになってくれれば良いが……難しいだろうな。

「し、下っ端や、とっ!?」

「黙れ」

 はぁ――不完全燃焼だ。
 葛葉刀子の方も、特に問題無く片付いたし。
 帰るか、と思った矢先……魔力。
 それは、私の氷の矢が溶けた水から――。

「……ほぅ」

「……まさか、これほどの術者が来るとはね」

 現れたのは、白。
 まさにそう表現できる、魔法使い。

「どこからっ!?」

「私の水からだ、ぼーや」

 水を使った転移魔法。
 しかも、私の魔力の残る水から――相当使えるな。
 だが

「これはこれは、大物が釣れたな」

「……一番の大物は、もう傷だらけだけどね」

「なに?」

 そう言うと同時に、手の平をこちらに向ける。
 魔力――。
 地が盛り上がり、そこから現れた石の槍――ソレを拳で砕く。
 無詠唱でかっ。

「御挨拶だなっ」

「挨拶にもならない児戯だろう、君にとっては」

「――はっ。言うな、小僧っ」

 2本、3本――6本っ。
 遅延呪文か!
 私とぼーや、近衛木乃香を狙ったそれを、1本残らずへし折り、お返しに

「魔法の射手・氷の2矢っ」

「ちっ」

 ソレを難なく避け、間を開けて着地。
 ――強い。
 さっきの二人とは別格……しかも子供だとは。

「やはり、小手先じゃ無理か」

「そうみたいだな」

「新入りっ」

 そう叫び、立ち上がった女の左足から血飛沫。
 良くやった、龍宮真名。

「……まずいな」

 そう呟き、呪文の詠唱。
 いや――

「月詠さん、しばらく逃げて下さいね?」

「はいー」

 転移呪文っ。
 認識すると同時に近衛木乃香を投げ捨て駆けるっ。

「ぼーやっ、女を押さえろっ」

 魔力を拳に込める。
 詠唱の時間も勿体無いっ。

「この――」

「――また会おう、闇の福音」

 拳は、空振り。
 小僧は来た時と同じように水たまりから。
 女は……自分の血溜まりから、転移した。

「ちっ」

 転移魔法の使い手――しかも、詠唱はほぼ無いのと同じか。
 相当な使い手だな。

「あぅ」

「……何をやってるんだ?」

 そして、こっちの小僧は頭から血溜まりに突っ込んでいた。
 何をやってるんだか。
 しかし、

「私を知っていたのか」

 となると、その存在は限られるんだが……後でじじいに連絡を取るか。

「桜咲刹那、そっちのは?」

「今、刀子さんが追ってます」

 葛葉刀子なら大丈夫か。
 私が戦っていたのを見ていたはずだ、油断はしないだろう。

「ぅ」

「お、お嬢様っ」

 ――目を覚ますか?

「大丈夫か?」

「頭がクラクラするー」

 その程度か。
 まぁ、特に何もされてなかったようだしな。
 後で瀬流彦か葛葉刀子に見てもらうか。

「うひゃぁ!? ネギくんが血まみれっ!?」

「ご、ごめんなさいっ」

 ……はぁ。

「さっさと帰って、もう一度温泉にでも入るか」

「はぃ」

 この時間なら、貸切同然だろうしな。

「あ、混浴だったからぼーやは最後だな」

「そ、そんなぁ」

 冗談だ、と。
 特に私も桜咲刹那も近衛木乃香も怪我らしい怪我も汚れも無いしな。

「せっちゃん」

「……お嬢様」

 まだやってたのか、お前たちは。
 いい加減別の言葉を話せ、別の言葉を。

「お嬢様、お怪我――」

「良かったぁ、せっちゃん――ウチの事嫌いやと思ってたぁ」

 そう言って、笑う。
 現状が判って無いのだろうし、記憶も曖昧なのだろう。
 だが、近衛木乃香は桜咲刹那を見て心底安心したように笑った。

「―――――――」

「ほら、何か言え」

 ここで言う事があるだろうが。
 と言うか、何で私がイライラしないといけないんだ?

「わ、私かて、このちゃんの事――」

 そしてはっとなり、

「し、し失礼しましたっ」

 ……逃げた。

「逃げた」

「せ、せっちゃん!?」

「エヴァンジェリン、後を頼むっ!」

 ……はぁ?

「おい、桜咲刹那っ!!」

 あのバカ、全力で逃げた。
 ……はぁ。

「な、なんで?」

「あの臆病者がっ」

 私は子守りじゃないんだぞ?
 くそっ。
 どう説明しろと言うんだ……面倒臭い。
 ……全部話すか。
 その方が、あのバカも逃げ道無くなるだろうし。
 くそ。
 何で私が……。
 


――――――今日のオコジョ――――――

 ネギの兄貴が血まみれで帰って来た時はびっくりしたが、怪我が無くてよかったぜ。

「オコジョさん、ご機嫌いかがですか?」

「あー、良い感じ、そう、そこ」

 あ、あ、あ……

「もう少し右ー……」

「はい」

「ナニヤッテルンダ、妹ヨ」

「オコジョさんが、お腹が痒いそうなので」

「……ソウカ」

 はふぅ……き、気持ちいぃ……

「マ、妹ヲ守ルノハ先ニ造ラレタ者ノ役目カ」

 あ、あれ?
 悪寒が……。



[25786] 普通の先生が頑張ります 22話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:19
 目覚ましの音が遠い。
 ……眠い。

「――――――ぅ――」

 瞼の裏が眩しく、やたら暖かいのは、陽の光が当たってるからだろう。
 ……判っているんだが、眠い。
 昨日はやたらと疲れたし、しかも遅かったし。
 寝たのって結局日付変わる直前だったし。
 いや、起きれない理由は沢山あるんだが……。
 目覚ましの音が、遠い、


 慌てて、飛び起きた。







 ふぁ、と欠伸を一つ。
 危なかった……今のは確実に二度寝の流れだった。
 しかも起きれないパターン、休日の。
 ……明日、大丈夫かな。
 今日の自由時間、目覚まし時計一個買うかな。
 携帯のアラームだけじゃ、心許無い。
 いつもならこれだけでも良いんだけど、流石に旅先で寝坊はなぁ。
 ――もう一度、欠伸。

「顔洗うか」

 ネギ先生は……まだ寝てた。
 まぁ、先生も昨日の夜は遅かったしな。
 葛葉先生と一緒に見回ってて、俺と同じくクラスの皆に捕まったとか。
 戻ってきたのは日付変わる頃だったし。
 のっそりと起き上がる。
 とりあえず、顔洗ってくるか。
 そのまま部屋から出、洗面所の方へ足を向ける。
 少し早めに起きたから、誰もまだ起きて無いなぁ。
 ……しかし、広い。
 ここを貸し切りとか……凄いなぁ、ウチ。
 人影の無い廊下をペタペタと一人で歩いてると、なんとも贅沢な気持ちになってくる。

「さて、と」

 洗面所で顔を洗い、さっぱりする。
 眠気はまだ少し残ってるけど、大分抜けた。
 そのまま、部屋に戻っても……結構時間が余る。
 朝風呂、と言うのも贅沢なんだろうが、流石に教師がそこまで出来る訳も無い。
 生徒が起きるまでまだ時間がある、朝風呂をするには時間が無い。

「散歩でもするか」

 まだ少し眠いし。
 体を動かしたらちょうど良いくらいだろう。
 部屋に戻り、ネギ先生を起こさないようにさっさと着替えを済ませる。
 ……ネクタイは、後で良いか。それはポケットに突っ込んでおく。
 しかしまぁ、気持ち良さそうに寝てる事で。
 やっぱり、この歳で教職……と言うより、仕事はきついんだろうなぁ。
 もう少し手伝って上げれたら良いんだけど、でもちゃんと仕事も覚えてもらわないといけないし。
 少しのジレンマ。
 ネギ先生を子供と見るのか、先生と見るのか。
 ――ソレは、俺が決める事じゃないか。
 苦笑し、身支度を簡単に整える。
 そして溜息を一つ。

「…………はぁ」

 ネギ先生は頑張ってる。
 この歳で仕事をして、こっちが言った事をちゃんとしてくれる。
 まだ幼いけど、頑張って応えてくれる。
 俺も頑張らないとなぁ。
 頭じゃ全然敵わないのかもしれないけど。
 部屋からで、フロントへ足を向ける。
 きっと風景も綺麗なんだろうなぁ。
 フロントで缶コーヒーを一本買い、外へ出る。
 誰かに言った方が良かったかな、とも思ったけどまぁ大丈夫だろう。
 携帯も持ってきたし、フロントの人は居たから外に出る所は見られてたし。
 しかし、緑が多い。
 ソレが第一印象。
 道路も舗装され、街灯もちゃんとある――それでも、緑が多く感じる。
 麻帆良はもう人の手が入って無い所は少ないから、余計にそう思ってしまう。
 ……何となく、マクダウェル宅を思い出した。
 そう言えば、あそこは自然に囲まれてたなぁ、と。
 そう考えると、あの子も良い場所に住んでるもんだ。羨ましい。
 とりあえず、旅館周りを一周するかなぁ。
 コーヒーをちびちび飲みながら、無言で足を進める。
 
「――ふぁ」

 贅沢な時間の使い方だなぁ。
 っと。

「おはようございます、先生」

「お、おはようございますっ」

「おはよう、絡繰、近衛――と」

 朝早いな、と言おうと思ったらその手に見慣れない――でも見覚えのある人形。
 えーっと……。

「チャチャゼロ、だったっけ?」

 確か、絡繰の名前に似てた人形。
 マクダウェルが俺に自慢してきた、初めて見せてくれた人形。

「はい、その通りです」

 おー、間違ってなかったか。
 しかし

「早いな、二人とも」

「はい、私は睡眠が無くても大丈夫ですので」

 ……そ、それは凄いな。

「あ、あはは――せ、先生はどないしたんですか?」

「ん? ああ、眠気覚ましに朝の散歩してたんだ。近衛達も?」

「えっと、ウチは少ししか眠れなかったんで、相手してもらってたんです」

「なんだ、疲れが取れないぞ?」

 折角の旅行なんだから、倒れないようにな、と。
 それに笑って答える近衛は……少し困ったよう。
 どうしたんだ?

「折角会ったんだ、少し話相手になってくれないか?」

「え?」

 ま、座らないか、と誘う。
 桜咲と何かあったのかな? それとも別の事か。
 近くのベンチに座り、景色を眺める。
 綺麗なもんだ。眺めてるだけでのんびりした気分になれる。

「飲み物要るか?」

「い、いえ」

「絡繰は?」

「いえ、大丈夫です」

 そうか? 遠慮しなくて良いぞ?
 そう言うが、どうもそんな気分じゃないらしい。
 うーん。
 何があったのか判らないが、何かあったらしい。
 あんなに修学旅行に意気込んでいた近衛が、どうにも、今朝は――何と言ったらいいか。

「調子はどうだ?」

「――」

 直球、というには少し外れ気味の質問。
 近衛はそれに応える事無く、何かを考えているよう。
 その横顔を一瞬横目で見、視線は後ろへ。

「絡繰も座ったらどうだ?」

 というか、何で後ろに立つ?
 少し居心地が悪いんだが。

「……いえ、マスターを起こしてきます」

 あ、あれ?

「お、おい、近衛と話してたんじゃなかったのか?」

「いえ。マスターは起床に時間が掛りますので」

 そうか?
 まぁ、アイツ自分で朝弱いって公言してるからなぁ。
 それじゃあ頼む、と苦笑してしまう。

「うーん。マクダウェルの朝の弱さはどうにかならんものか」

「はは、それはちょっと難しいと思いますえ」

 そうか? と。
 ついに近衛にまでそう言われるようになったか。
 もしかしたら、絡繰が偶に愚痴ったりしてるのかもなぁ、と。
 それはないか。マクダウェルの事本当に好きなんだし。
 そんな自分の考えに苦笑し、

「せんせ」

 それは、今までの呼び方より、少しだけ楽しそうな声。呼び方。
 何が変わったのか、と聞かれたら首を傾げるんだが――何かが違う呼び方。

「うち、麻帆良に引っ越してくるまで、京都のおーきな家に住んどったんです」

「大きな家かぁ……俺も一回は住んでみたいもんだ」

 でもまぁ、家族が一杯居ないと勿体無いなぁ、と。
 どれだけか判らないが、イメージは時代劇の武家屋敷で。
 あれだけ広いなら、さぞかし子供の頃は楽しいんじゃないだろうか?

「その家はえらい広くて、えらい静かなお屋敷なんです」

「そうか……近衛は兄弟は居ないのか? お兄さんとか」

「おりませんえ。家にはお父様と、沢山のお手伝いさん達ばっかりでした」

 なるほど。
 そこで同年代の子供は桜咲だけだった訳だ。
 そりゃ、大切な友達だよなぁ。

「山奥の家やから、友達一人もいーひんかったんですわ」

「なるほどなぁ」

「そんな時、なんとかって流派の人が来て、その時せっちゃんと知りおーたんです」

 ん。

「ウチの初めての友達は剣道やってて、凄く強くて、怖い犬追っ払ったり、危ない時は守ってくれた」

「……仲良かったんだなぁ」

「はい。一番の友達ですえ」

 それが、どうして今は距離を置いてるんだろう?
 それが本当なら、今でも仲良くしてても、と。

「なぁ、せんせ?」

「ん?」

「せっちゃん、凄い強ぉなってた……頑張ってた」

「そうか」

 そして、伸びをする。
 ……何となく、その横顔を見るのは躊躇われたので、横は向かない。
 しかし、どう応えたもんか。
 昨日何かあったんだろう、消灯の後に。
 気付かなかったが、あの後会ったんだろうなぁ。
 注意すべきなんだが、どうにも。

「それなのにウチは、そんなせっちゃんに何もしてあげれる事が無いんです」

「……ん?」

「足引っ張って、迷惑沢山掛けてた」

 でも、ウチの事嫌ってたわけじゃなくて、と。
 うーん。
 ふと感じたのは、どう表現すれば良いか……寂しそうか、不安、か

「近衛は、桜咲の事はどう思ってる?」

「好きですえ」

 その問いに、間髪入れない答え。
 まぁ、嫌いだったらこんな事相談しないよなぁ。
 桜咲が何を頑張ってたのか、近衛がどう迷惑を掛けたのかは判らない。
 だからまぁ、そう大それたことは言えないし、その答えを俺は持ってないのだ。
 これは本当に2人の問題で、きっとその答えは2人しか持ってない。
 絡繰にもこの事を相談してたんだろうなぁ。

「んー……どう言えば良いかな」

 どうしたもんか。
 髪を乱暴に掻き、言葉を探す。
 こんな時適切な言葉が簡単に出てこないのは、教師として失格だよなぁ。
 心中で溜息し、

「その事……桜咲が頑張ってたって、桜咲から聞いたのか?」

「ううん。昨日、エヴァちゃんから教えてもらいました」

 なるほど、と。
 まぁ旅行前の桜咲の状態なら、確かに誰かにそう言う事を云うような感じじゃないしなぁ。
 しかし、マクダウェルって桜咲とも仲が良かったのか。
 ……妙に気にしてたし、そうなのかもなぁ。

「なら、その事を桜咲に聞いてみたらどうだ?」

 俺は良く判らないけど、頑張るのは凄く大変な事だってのは判る。
 自分の為だけじゃ、頑張るのは凄く辛いって知ってる。
 ならきっと、桜咲が近衛を好きなら……それが頑張った理由なんじゃないかなぁ。

「……答えてくれますやろか?」

「どうだろうなぁ」

 そこは近衛の頑張り次第だな、と。

「せんせ、ウチな……何も出来ひんけど、せっちゃんの為に何かしたいんです」

「なら、弁当でも作ったらどうだ?」

 料理得意なんだろ、と。
 それは本当に何気なく出た言葉だった。
 特に考えも無く、何も出来ないと言った近衛の事を神楽坂やネギ先生がいつも褒めていた事。
 だから、俺にはそれしか思い浮かばなかった……というのが正しいか。
 何もできないっていうのは、今の俺みたいな状態を言うもんだ。
 はぁ。

「剣道部なんだし、栄養のある弁当は喜ぶと思うけどなぁ」

 少なくとも、俺は嬉しい。
 そう言うと、クスクスと笑われた。
 
「……ああ――ウチ、出来る事ありましたえ」

 だろう? と。

「何も出来ない人間なんて、居ないもんだ」

「そうですね」

「俺だって、話を聞くくらいは出来るしなぁ」

 それくらいしか出来ない、とも言えるけど、と。
 また、笑われた。
 小さく、でも楽しそうに。
 うん――小さく胸を撫で下ろす。
 桜咲との仲が拗れた訳じゃないみたいだし。

「ウチ、今日も頑張りますね?」

「おー……まぁ、教師としてはちゃんと班行動してさえしてくれれば」

 ……そう言えば、あとで雪広に目を光らせとかないとな。
 ネギ先生には……伝えない方が良いか、押しに弱いし。

「ウチの愚痴、聞いてくれてありがとうございます」

「まぁ、先生だからなぁ」

 生徒の相談にはのるもんだ。
 それくらいしか、俺がしてやれる事なんて無いからなぁ。
 ――もしかしたら、絡繰は気を使ってくれたのかもな。
 今度、何か理由付けてコーヒーでも奢るか。

「なぁ、近衛?」

 その後、桜咲の昔の事を近衛にいくつか聞いてみた。
 ……やっぱり、その事になると楽しそうに話すよなぁ。
 仲直り出来れば良いんだけど。







 朝食は……何と言うか、凄かった。
 豪華、という訳じゃないけど……なんか今までのコンビニ生活と違う。
 うーん、これは本気で舌が肥えないか心配だ。
 箸を咥えながら、心中でそう考えてしまう。
 やっぱり、簡単にでも料理をするべきか……だが、朝は眠いのだ。

「どうしたんですか、先生?」

「あ、あはは……今までの食生活との差に、今後が少し心配に」

「まぁ、コンビニのお弁当でしたようですからね、今まで」

 はは、と笑ってしまう。
 そう言えば、最近の葛葉先生は弁当だったなぁ。

「葛葉先生は、朝は作ってるんですか?」

「もちろんです」

 即答された。
 ……これは、本当に彼氏が出来たんだろうか?
 ちなみに、誰も怖くて聞けてません。
 温かい味噌汁が美味いなぁ。

「ところで先生、昨晩は大変だったみたいだね」

 とは瀬流彦先生。
 いやー、と。

「修学旅行の夜ですからね、半分覚悟してましたよ」

「今晩も大変そうだねぇ」

「他人事みたいに言わないで下さいよー」

 でもまぁ、一番騒いでたのもウチのクラスなわけで……なんとも言えない。

「それに、今日の自由時間の事もありますし」

 心配事が多いんですよ、と。
 それには笑って同意された。
 ……旅行って、疲れる。
 でもご飯は美味いなぁ。

「皆最初はそういうものです。先生も次はもっと要領良く出来ますよ」

「だと良いんですけどねぇ」

 ああ、味噌汁が美味い。
 ズズ、と吸うと体の芯から温まる感じ。

「それを差し引いても、昨晩は盛り上がってたようですけどな」

「はい、その通りです。申し訳ありませんでした新田先生」

 頭を即座に下げる。
 気分的に、しかも人目が無かったら土下座してもいい感じで。
 本当に昨晩はご迷惑をおかけしましたっ。
 ……主にウチのクラスの数人の事で。
 何で枕投げあんなに盛り上がるんだよ……。

「今晩も目に余るようでしたら――」

「その時は、自分も付き合って正座でもさせますよ」

 まぁ、そうならない事を祈ろう。
 ……大丈夫だよな、昨日あれだけ言ったし。
 …………不安だ。

「はぁ、なら良いですが」

「大変ですね、新田先生」

 どうぞ、と葛葉先生がその空いた湯呑みに茶を淹れてくれる。
 スイマセン、と小さく頭を下げる。

「ま、怪我しないならそれで十分だと思った方が良いかもね」

「それが一番ですけどね」

 しかし、昨日あれだけ遅くまで起きてたのに、しかも移動の疲れがあるだろうに元気なもんだ。
 何気なくクラスの皆を見るが、いつもとそう変わらない。
 むしろ何時もより元気なくらいだ。
 ……若いなぁ。

「ごちそうさまでした」

 箸を置いて、両手を合わせる。
 本当に美味かった……その余韻に浸りながら、残っていた茶を飲み干す。

「綺麗に食べましたね」

「作ってもらいましたからねぇ」

 それに、美味しいから勿体無いですし、と。

「コンビニ生活が長いせいですかね?」

「まったくです」

 流石新田先生、判ってもらえて嬉しいです。

「そう思うなら、御自分で料理をすれば良いでしょうに」

「朝は一秒でも長く寝ていたいものなんですよ」

「あー、それは判るなぁ」

「誰だってそれは同じです」

 さて、と。

「それじゃ、先にフロントの方に行ってますね」

「はい。生徒が勝手に出ないように見ていて下さい」

 今日も一日、頑張るかー。







 桜咲が近衛に追いかけられていた。
 ……だから、限度を考えて声を掛けろと。
 まぁそれが近衛らしいか。

「ネギくんっ、今日はウチの班と一緒に見学しよー!」

「佐々木さんっ、ネギ先生は私がっ」

 ネギ先生は相変わらずだなぁ……まぁ、雪広には那波が付いてるから安心か。
 まぁ偶に那波も楽しんでたりするが――あっちはちゃんと限度を知ってるようだし、大丈夫だろう。
 ふむ。
 いつも通りの3-Aだな、と。
 元気な事は良い事だ。俺も分けてほしいもんだ、本当に。
 そんな事を考えながら、食後のコーヒーを一口。

「あ、あのっ、ネギ先生っ!!」

 ごふっ!?
 き、気管にコーヒーがっ……。
 慌てて口からこぼれた分を手で拭う――ほっ、スーツにはつかなかったか。

「いきなり横で大きな声は勘弁してくれ、宮崎」

「あ、ご、ごめんなさい……」

 危なかった。
 流石に旅先にスーツの予備は持ってきてないからなぁ。
 そんな事を考えていたら、ハンカチが差し出された。

「大丈夫ですか?」

「いや、シミになるから良いぞ、桜咲」

 どうやら、近衛が傍に居ない所を見ると逃げ切ったらしい。
 ……まったく、不器用というか、何と言うか。

「ほら、宮崎。ネギ先生に用があるなら早くいかないと雪広に取られるぞ?」

 そう言うと、はっとしたような顔をし、小走りに駆けていった。
 青春だなぁ。

「良いんですか?」

「ん?」

「生徒と教師が、と思いまして」

 ああ。

「折角の修学旅行だしなぁ、楽しい思い出があった方が良いだろ」

 それに、流石に中学生で問題もそう起こさないだろう。
 ネギ先生も居ることだし、と。

「……先生、今日一日一緒に回りませんか?」

「ああ……いや、え?」

 普通に返事しかけて焦った。
 いや、人間あんなに普通に話しかけられると、警戒しないもんなんだな。
 周囲を見回す、

「近衛は?」

「こ、この……このちゃんも、一緒です」

 どうやら、逃げ切ったのではなく、諦めて俺を真ん中に立てる気らしい。
 というか――この二人、考える事一緒か。
 旅行前の買い物の時の近衛と、この桜咲……。

「2人だけでは、どう話して良いか」

「あ、あのなぁ」

 流石に、無理だ。
 俺にどうしろと? 仲直りする二人に挟まれた教師に、どうしろと?
 ……胃に穴が空きそうな光景だな。

「先生」

「いや、あのな? 桜咲、今回だけは無理だから」

 そんな顔されても、今回は首を縦に振らないからな。

「大体、先生にも仕事あるし」

「ぅ」

 他の誰かを代役に立てようにも……流石に、名を上げる事すら躊躇われる。
 そんな針のむしろに、誰が立てるものか。

「何でそんなに近衛を避けるんだ?」

「さ、避けている訳では……」

 まぁ、そうだろうな、と。
 今まで話を聞いた感じじゃ、嫌ってる訳じゃないみたいだし。
 そこは近衛に頑張ってもらうとして、だ。

「近衛の事を信じてやれよ」

「し……し、信じてますっ」

 そうか。

「なら、大丈夫だな」

「……え?」

 お互いに信じてて、お互いに好きあってて、なのに擦れ違ってる。
 でも、俺みたいに外側から見てたら判り易い2人。
 もう大丈夫かな?
 大丈夫だろうな。
 そう自問自答し、

「おい、先生」

「おー、マクダウェル。良い所に」

 ちょうど良い所に来たマクダウェルに振り向く。

「仕事が出来たから、まぁ、今日一日頑張れ」

「な、なんだ? おい、私は桜咲刹那に文句が……」

「判った判った。文句なら俺が聞くから」

「言えるかっ」

 頑張れよー、ともう一度。
 マクダウェルの背を押しながら、明日は大丈夫そうだなぁ、と。

「マスター、楽しそう」

「アホかっ」






――――――エヴァンジェリン

「まったく――」

「そう朝から怒るなよ」

 だ、れ、の、せいで怒ってると思ってるんだっ。
 あの臆病者の所為で、近衛木乃香への今回の件の説明で寝るのは遅かったから眠いし。
 ただでさえ吸血鬼は朝は弱いと言うのに。

「それより、今日はどうするんだ、先生?」

「ん? いや、他の班を見て回るけど?」

 ならちょうど良いか。
 昨日あの変な集団を逃がしたし、な。
 また昨日みたいにちょっかい出してくるかもしれん。

「お前は、ちゃんと班行動をしろよ?」

 ザジと絡繰が可哀想だろうが、と。
 ふん。

「安心しろ、ザジは雪広あやかに頼んできた」

「……もう自由だな、マクダウェル」

「当たり前だ。折角の修学旅行の時間だ、有意義に使わせてもらうよ」

「あのなぁ」

 溜息を吐かれた。
 ふん――私だって、自分が人付き合いが得意だとは思ってないさ。

「私と居るより、よほど楽しいだろうさ」

「……はぁ」

 それに、災難があるかもしれんしな。
 最悪、教師と一緒なら事前に潰せるかもしれん。
 茶々丸も居るから、先生を巻き込む心配も……まぁ、大丈夫だろう。
 その時は茶々丸と一緒に逃がすさ。
 それにあれだけ手傷を与えたから、今日は黙ってる可能性もある。
 瀬流彦も葛葉刀子も昼間は仕事があるから、そこはもうどうしようもない。
 近衛木乃香も……まぁ、大丈夫だろう。
 じじいからも何の連絡も無いし――。
 そういえば

「今朝、近衛木乃香と何を話したんだ?」

「ん? んー……桜咲の昔の話かな?」

「何で疑問形なんだ……」

「そう言うのは、他人からは教えないもんだ」

 まぁ、そうかもな。
 それより、と。

「ちゃんと班行動しろよ? 俺だって忙しいんだから」

「それより、今日は奈良公園だったな」

「……綺麗に流したなぁ」

 ふん。

「鹿は本当に居るのか?」

「居るんじゃないか? 有名だし」

 ふむ……。
 約1200頭――か。

「鹿の餌が食べられると言うのは、本当か?」

「せんべいは食べれるらしいな……食べた事無いけど」

「そうか」

 それは楽しみだ。

「……マクダウェル、後で雪広の班に混ぜてもらえよ?」

「判った判った、気が向いたらな」

「はぁ……」

 ま、茶々丸も反対せんだろうし良いだろう。
 しかし、

「バスはまだ来ないのか?」

「そんなに楽しみなのか」

「ふん」

 しょうがないだろう、外は15年ぶりなんだから。
 はぁ、何か飲むか。
 そう思いその場から立ち去ろうとし、
 チリン、
 と、小さな音。

「あ」

「ん? どうした?」

「ああ、いや」

 それを、ポケットから取り出す。

「何だ、持ってたのか?」

 失くさないように、ちゃんとしまっとけよ、と。
 それは判ってるんだが、

「何か、失くさない良い方法は無いか?」

「……携帯にでもつけてれば良いと思うぞ、ストラップ代わりに」

「ふむ」

 携帯か。
 ……持ってないな。

「そう言えば、マクダウェルって携帯持ってなかったんだな」

「何で知っているっ」

「いや、絡繰から聞いたんだが」

 ……またか。
 茶々丸、何かお前妙に先生と話してないか?
 まぁ別に良いんだが。

「丁度良い機会だし、旅行から帰ったら買ったらどうだ?」

 便利だぞ、と。
 ふん。

「ま、気が向いたらな」

「そうしとけー」

 ああ、早くバスが来ないものか。





――――――今日のオコジョ――――――

 ネギの兄貴、オレっちの事忘れてないよな?
 部屋に置き去りだけどっ。

「オイ、小動物」

「あ、チャチャゼロさん。おはようッス」

 そんな事を考えてたら、チャチャゼロさんから声を掛けられた。
 とりあえず、ケージの反対側の隅に移動する。
 ……怖がってなんか無いんだからねっ。

「オマエ、何カ芸ヤレヨ」

 いきなりの無茶振りっ!?
 ど、どうしろと……っ





[25786] 普通の先生が頑張ります 23話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:18
 一応ガイドブックに目を通して、確認はしてたんだけど、

「鹿が道を歩いてるんだなぁ」

 少し感動した。
 おー……。
 自由行動という事はもう言ってあるので麻帆良の皆はもう各々好きに動いてるんだが、その誰もがまず鹿を撫でていた。
 人懐っこいんだな。

「マスター、鹿せんべいを買ってきました」

「ああ」

 ……はぁ。

「マクダウェル? 俺が朝、旅館で言った事覚えてるか?」

「……言っただろう? 気が向いたら、と」

 むぅ。

「申し訳ありません、先生」

「あー、いやー……ああ、別に良いけどな」

 だから頭は下げなくて良いぞ、と。
 まぁ、一人で勝手に動かれるよりは……良い、のかな?
 どうだろうなぁ、と。

「どうした先生?」

「お前がソレを聞くか、お前が」

 まったく。
 だがまぁ、動かないなら仕方ない。
 そのうち他の所を見て回りたくなるだろうから、それまでは良いか。
 そう考える事にする。

「この辺りに居るから、移動する時は声掛けてくれなー」

「ああ、判った」

「かしこまりました」

 しかし、だ。
 何で俺の周りには一頭も来ないんだ?
 軽くショックである。
 マクダウェルや絡繰も撫でているんだが……うーん。

「後で餌かって来るかぁ」

 流石にそれなら大丈夫だろう。マクダウェルから貰うのも悪いし。
 あんなに楽しそうに鹿と遊んでたらなぁ。
 はぁ……どうして俺って動物に好かれないんだろうか?
 タバコは吸わないんだけどな。
 そんな事を考えながらトボトボと歩く。
 ええっと。ガイドブックにあった簡易地図を見る。
 何処から見て回るかなぁ……まぁ、もうしばらくは生徒はここに固まってるだろうから

「いまが大登路園地だから、もう少ししたら」

 次は東大寺、かな。
 そのまま道なりに見回るか。
 鹿もここら一帯に居るみたいだし、暇見て撫でよう。うん。

「先生、ほらほら、しかー」

「あんまり触り過ぎて噛まれるなよー」

「はーい」

「あと、お菓子とか食べさせたら身体に悪いらしいから食べさせるなよー」

 げ、という声。

「……食べさせるなら、ちゃんと餌を買ってこいよ?」

「は、はいー」

 大丈夫かな?
 一応しおりの注意事項にも解散する前にも一言言っておいたけど……まぁ、しおりを読んでる生徒なんて稀だよなぁ。
 もうしばらくは見てた方が良いみたいだな。
 苦笑し、近くにあったベンチに腰を下ろす。
 はぁ、しかし良い天気だなぁ。
 寝不足気味の体には辛い天気だ。眠くなってくる。
 少し離れた位置に居るマクダウェル達に目を向ける。
 ……あれだけ楽しそうなら、他の班のヤツとも馴染めると思うんだがなぁ。
 変にプライド高いし、そう言うのが苦手なんだろうけど。
 ――いつも不思議なんだが、何で絡繰はあんなに動物に好かれるんだろう?
 今も鹿に囲まれてるし。
 羨ましい。……俺の所は、相変わらず閑散としてるし。
 はぁ。

「でーっと」

「あ、先生。面白そうなの持ってるねー」

「ん? おー、朝倉か」

 ガイドブックを広げた矢先、前に立っていたのは朝倉の班……まぁ、雪広達の班である。
 ……目に見えて落ち込んでるなぁ、雪広。
 なるだけそっちを視界に収めないように、

「折角の奈良だからなぁ」

「何かお勧めの場所ってありますか?」

 とは那波。
 お勧め、ねぇ。
 ええっと、と。

「まぁ、やっぱり大仏とかだな、有名な所だと」

 というか、有名所の紹介ばっかり書いてあるし。

「あとは、少し遠いけど春日大社とか言ってみたらどうだ? 自然も綺麗らしいし」

「かすがたいしゃ?」

 村上……初めて聞きました的な言い方に苦笑してしまう。

「少しは地図くらい見てこい」

 入り口にあっただろうが、と。
 あはは、と笑い頬を掻くその照れた仕草にもう一度苦笑し、

「あっちの、春日大社の表参道を進めばいいから、後で行ってみたらどうだ?」

「了解ー。先生も後で行く?」

「多分なー、あと、ゴミはちゃんとゴミ箱に捨てろよー」

「判ってるって。マナーは守る女だよ、私は」

 そう言う所が不安なんだがなぁ、と。
 まぁ、その辺は那波と雪広が居るから安心か。
 ……片方はなんか魂抜けかけてるけど。

「大丈夫か、雪広は?」

「あやかちゃんはネギ先生を取られたショックで」

「取られてませんっ」

 あ、復活した。
 というか、ネギ先生?

「ネギ先生がどうかしたのか?」

 そう言えば朝、誰と見て回るとかで……ええっと、佐々木と雪広と、

「結局、佐々木の班と一緒に回ってるのか?」

「いえっ」

 あ、違うんだ。
 あと一人……ああ。

「宮崎か?」

「正解ー」

 ふぅん……まぁ、宮崎なら大丈夫かな?
 一応、見掛けたら声掛けるか。

「くっ」

「クラスメイトに嫉妬しない。というか、本気で悔しがるな、本気で」

 その雪広の姿に皆で苦笑してしまう。
 なんというか、微笑ましい。
 ……動機はアレだけど。

「それじゃ先生、他の所も回ってくるねー」

「それでは行ってきます」

「気を付けてな。何かあったら携帯にかけるんだぞ?」

 そして、ポン、と肩を叩かれた。

「ん? どうしたザジ?」

 そして、頷く。
 ああ、判ったって事ね。

「……携帯にかける時は、喋ってくれよ?」

 もう一度、頷く。
 うん。流石に電話越しじゃ理解できないからな。
 そんな俺たちの遣り取りに苦笑した一行を見送り、周囲を見渡す。
 結構まだ生徒達は居るけど……あ、新田先生と瀬流彦先生も居るのか。
 なら――移動して大丈夫かな?
 よし。

「新田先生、瀬流彦先生」

 少し離れた位置を歩いていた2人に歩み寄り、声を掛ける。

「先生、どうしたんですか?」

「あ、いえ。自分も移動しようと思ったんで、一応声掛けた方が良いかな、と」

「はは、まぁ助かるけど。好きに見回って良いよ? 折角の初めての修学旅行なんだから」

 そう言う訳にも、と苦笑してしまう。

「僕達ももう少しのんびりしてから、次は東大寺に行くから」

「生徒と一緒に、とまでは言えませんが、少しは楽しんだ方が良いですよ?」

「はい」

 そう言うものなのかな?
 うーん……まぁ、そう言ってもらえるなら、少し見回りついでに見て回るかなぁ。

「それじゃ、お言葉に甘えて」

「どうぞどうぞ。まぁ、そのついでに良からぬ事をしてる生徒を見かけたら」

「はい、判りました」

 そう返事を返し、何処に向かうか考える。
 まぁ、順当に行くなら東大寺か。

「絡繰ー」

 と、声を掛ける。
 マクダウェルから少し離れた位置で、しかしこっちも鹿に囲まれていた絡繰が何事も無かったようにこっちに歩いてくる。
 ……一緒に鹿が付いてくるから、見ている分には壮観だ。ある意味では怖いけど。

「どうしましたか、先生?」

「今度は東大寺に行くけど、どうする?」

 視線は、マクダウェルに。

「アレなら……」

 ええっと、他の班は――

「大丈夫です。少々お待ち下さい」

「え、あ、おい」

 マクダウェル楽しそうだから、もうしばらくここに居ても良いんだぞ、と。
 もう御主人様の方に歩きだしたその背に声を掛けるが、止まらない。
 そのままマクダウェルに二三言って、2人がこっちに向かってくる。
 ちなみに、鹿は相変わらず絡繰について回ってる。
 ……うーむ、凄い。

「なら、次は大仏を見に行くぞ」

「良いのか?」

 あんなに楽しそうだったのに、と。

「ふん。時間は限られてるからな」

 ああ、沢山回るつもりなんだな。

「絡繰は良かったか?」

「構いません」

 そうか、と。
 それじゃ、次は東大寺に行くかー。







 ……デカイ。
 大仏殿の大仏って、本当にこんなにデカイのか。
 ……学生時代に見たはずなんだけど、こんなにデカかったか?
 良く見てないもんだなぁ、あの時は。遊ぶのに夢中だった気がするし。
 うーむ。
 大仏を近くで見る為に近づくマクダウェルの後ろに、絡繰と並んで付いていく。

「ほう、これが盧舎那仏坐像か」

「ん?」

 るしゃなふつざぞう?
 ええっと、

「奈良の大仏の正式な名称です」

「ほー……絡繰は良く知ってるなぁ」

「……いえ」

 はぁ、なるほど。
 この大仏の正式な名前はそう言うのか。
 知らなかった。

「ちなみに、大きさは約15メートル。正確には、14.7だったかな?」

「……何でそんなに詳しいんだ?」

 絶対、そこまで知ってる中学生なんてそう居ないぞ。
 そう言えば、綾瀬も神社仏閣に詳しいとか昨日言ってたな。
 教師としてはアレかもしれないが、もう少し他の、可愛らしい趣味とかは持たないものか。
 将来が少し心配になってくるなぁ。

「あ」

「ん?」

 そんな事を考えていたら、聞き慣れた声。
 その声のした方に顔を向けると、ネギ先生と宮崎が居た。
 あれ?

「どうも、ネギ先生」

「こんにちは、ネギ先生」

 ちなみに、マクダウェルは大仏に夢中のようだ。
 ……挨拶しろよ、とその頭に軽く手を乗せる。

「よう、ぼ……ネギ先生。二人か?」

「あ、はい。明日菜さん達は少し用があるとかで」

 はぁ、もう少しちゃんとした挨拶をしてくれよ。

「そうですか。どうです、楽しんでますか?」

「はいっ」

 それは良かったですね、と。
 宮崎は……顔を少し紅くして、プルプル震えていた。
 ……ええっと。

「宮崎?」

「は、はいっ」

 ……緊張してるんだな。
 判りやすすぎて、どうにも……なんか、心配なんだが。

「どうだ、楽しんでるか?」

「は、ははいっ」

「……深呼吸をしろ。ほら、息を深く吸って」

 どうして教師の俺が、心配しなければならないのか。
 苦笑してしまう。
 まぁでも、折角の修学旅行だし、少しでも楽しい思い出があった方が良いよなぁ。
 
「はぅぅ」

「ネギ先生も、自分ばかり楽しんだら駄目ですよ? ちゃんと宮崎を見てないと」

「はい、すみません、のどかさん」

「い、いえっ」

 あ、また緊張した。
 まぁ、これ以上手助け、というのも変だけど……手を貸すのはな。宮崎には悪いけど。
 ……青春だなぁ。

「ネギ先生、見回りの方もお願いしますよ?」

「は、はいっ」

 一応釘を刺しておく。
 流石に、宮崎と二人で行動ばかりされても困るし。
 さて、と。
 そうなると、神楽坂達はどこか近くに居るのかな?
 どうせこの二人の為に、とか言う感じだろうし。

「それじゃ。ネギ先生、しばらくここで他の生徒達の事を見てもらってていいですか?」

「はい、判りましたっ」

 良い返事ですね、と。
 やっぱり、自分でどう仕事をするか、というのがまだ苦手なんだろうな。
 こうやって何をして下さい、と言えばちゃんと仕事をしてくれるし。
 ……見掛けたら、声掛けるようにした方が良いかな。

「ぼーやもちゃんと仕事をするんだな」

「そりゃしてもらわないとなぁ。あと、ネギ先生な」

 まったく。居なくなった途端これだ。

「先生、申し訳ありません」

「何で謝るんだ、茶々丸っ」

「ああ、いい、いい。こっちはのんびりやっていくから」

 そう簡単にこの性格も変わらんだろう、と。

「どーいう意味だ、先生?」

「そりゃー、まぁ、なぁ?」

「ちゃんとこっちを見て喋れっ」

 何で教師に命令口調なんだよ、と。
 俺以外だったら怒られるぞ、まったく。
 ……どうにかしないとなぁ。
 まぁ、それはさて置いて、と。

「ええっと」

 多分こっちの方辺りに……。
 あの子らの性格だから、

「先生、先生」

 あ、居た。

「綾瀬と……早乙女か」

 神楽坂達は、一緒じゃないのか。
 まぁ多分どこかであの二人を眺めてるんだろうけど。

「……何をやってるんだ、お前らは?」

「こんにちは、夕映さん、ハルナさん」

 こんにちは、と挨拶を交わす俺達。
 しかし、寺の柱の陰で覗き見とはなぁ……はぁ。

「宮崎と一緒に見て回らないのか?」

「……先生、意地悪です」

 そうか? と。
 まぁ、判ってて言ってるんだしそうだろうなぁ。

「馬に蹴られたくはないんで」

「あのなぁ」

 苦笑してしまうのも仕方が無いだろう。
 どうしてこの年頃の女の子は、こう、恋愛に過度の興味を持つのか。
 まぁ、それが悪いのか、と言われれば悪くはないのだが。

「教師としては応援は出来ないから……まぁ、ほどほどにな?」

「ありがとうです」

「それで十分だよ、先生」

 本当は止めるべきなんだろうが、折角の修学旅行が勿体無いしなぁ。
 こんな事があった、ってそうやって楽しい思いが出来れば良いかな、と。
 ……流石に、不適切な関係になるのは止めるが。
 そう言う意味では宮崎と回ってるのは安心できる。
 これが雪広だったら……那波に頼んで引き離すしかないからなぁ。

「ま、お前達も折角の修学旅行なんだから楽しめよ?」

「はいです」

「判ってるって」

 ならいい、と。
 それじゃ――もう少しこの周りを見て回るか。

「そんなに気になるんなら、もっと手を貸せばいいのに」

「それじゃ駄目って事だろ」

 あー言うのは本人の意思が大事なんだよ、と。

「そう言うものか?」

「そういうもんだ」

 さて、と
 確か、外におみくじあったから引いてみるか。

「ふん、そうだな」

 だから、何でそんなに偉そうなの?
 はぁ。
 東大寺の入り口脇、少し離れた所にあるおみくじ売場。
 えっと、一回500円か……高いのかな?

「マクダウェル達も引くか?」

「良いのか?」

「まぁ、小遣いはお土産用にでも取っといた方が良いだろ?」

 これくらいなら良いだろ、と。

「ありがとうございます」

 いい、いい。
 それに、絡繰には今朝も少し気を使わせたみたいだし。

「んー」

 ……末吉だった。
 まぁ、凶じゃないから良いんだが……何だかなぁ。
 えっと、確か引いたおみくじを木に結び付けるんだっけ。

「……吉だった」

「良かったじゃないか」

 だから、大吉が良かったとか言うなよ。

「凶より良いじゃないか」

「こー言う所は凶は入ってないんだよ」

「夢の無いヤツだなぁ」

 それに、入って無いんじゃなくて、数が少ないんだよ、と。
 まぁ、こんなおみくじだって気の持ちようって意味合いが今は大きいんだろうし。

「絡繰は?」

「私は平でした」

「……平?」

 マクダウェル、知ってるか? と。
 首を横に振られた。

「まぁ、名前からして凶よりは上……かな?」

「だと思うが」

 うーん……。

「せんせっ」

 ……あれ?

「おー、近衛か」

 声の方を向くと、こっちに駆けてきてる近衛……とその後を追う桜咲の姿。
 やっぱり二人で行動してるのか。

「どうだ、楽しんでるか?」

「はいっ」

 ま、それは表情を見れば判るか。
 今朝見た顔よりずっと良い。
 桜咲は――うん、何と言うか……照れていた。
 そう表現するのが一番のような表情。
 何かあったんだろうけど、何があったのかは判らないのであまり触れないでおいた方が良いか。

「そりゃ良かった。桜咲はどうだ?」

「え、あ、いえ。はい」

「どっちだ」

 苦笑して、どうしたもんかなぁ、と。
 こうも緊張していたら折角の修学旅行も一杯一杯だろうに。

「そうだ、近衛」

「はい?」

 そう言えば、近衛は占い研究部だったな、と。

「今おみくじ引いたんだが、平って良いのか? 流石に、初めて見たんだ」

 これです、と絡繰がそのおみくじを見せる。

「えっと、一番真ん中のヤツですえ」

「真ん中?」

「はい。吉と凶の間の事です」

 ほぅ、と俺の隣でマクダウェルが感心したように息を吐く。

「良く知ってるなぁ」

「えへへ、これでも占い部の部長ですからっ」

 なるほどなぁ。
 ……占いとおみくじって、まぁ……近くはある、のかな?

「そうだ、桜咲は京都に前は住んでたんだよな?」

「は、はいっ」

 そんな俺たちから一歩離れた場所に居た桜咲に声を掛ける。
 緊張してるなぁ。

「あー……この辺りで景色の良い所って何処か知ってるか?」

「景色、ですか?」

 ああ、と。
 こう見えても散歩が趣味なんだ、と。

「散歩ついでに、見に行ってみようかな、と」

「えっと……それでしたら、片岡梅林とか三社池が生徒の皆さんも多分居るし、景色も」

 若草山とか春日山遊歩道が個人的にはお勧めですが、と。

「詳しいなぁ」

 場所は、後でガイドブックで調べるか。

「そ、そうでしょうか?」

「お勧めまで出るなら、十分詳しいだろうが」

「あぅ」

 そう突っ込んでやるなよ、マクダウェル。
 折角話を振ったのに、また固まったじゃないか。

「刹那さんと木乃香さんは、これから何処を回られますか?」

「え? ウチらは……」

 いや、そこで俺を見られても。

「大仏さん見てから、次は考えてませんえ」

「まぁ、折角の旅行なんだから……桜咲としっかり遊んで来い」

 というか、流石にどう話を振れと?
 誘うは却下で。
 綾瀬達ではないが、馬に蹴られる趣味は無い。
 意味合いは全然違うけど。

「はーいっ」

「せ、先生!? ちょ……」

 おお、手を握っただけで桜咲が黙った。
 同性なのに、そんなに恥ずかしいのかな?
 そう言う年頃なのかもなぁ。

「ま、他の人に迷惑かけるなよー」

「判っとりますえ。それじゃ、せんせ」

 元気だなぁ、近衛。
 らしいと言えばらしいけど……頑張れ、桜咲。

「なんだ、随分とまぁ」

「そうか? 昔はもっと仲良かった見たいだぞ?」

「……先生も大概だな」

 何でそこで俺?
 首を傾げるが、どうやらその答えは無いらしい。

「次はどうする? 個人的には春日大社の方に興味があるが」

「なら、そっちに行くか」

 若草山にも興味があったが……時間的に厳しいかなぁ。
 まぁ、行く途中に片岡梅林という所も通るし、そっちにするか。







 片岡、と書かれた岩が置かれた場所。
 ここが桜咲が言っていた片岡梅林らしい。

「良い所だなー」

 緑が多いし、鹿もまばらにだが居るし。

「ふむ……名前は知っていたが、どうして」

 マクダウェルも気に入ったらしい。
 周囲を見回しながら、しきりに頷いている。

「なぁ、絡繰?」

「どうかしましたか、先生?」

「いやー、どうしたらそんなに動物に懐かれるのかなぁ、と」

 数匹の鹿に囲まれている絡繰に聞いてみる。

「いえ、特に何かしている訳では」

「だよなぁ」

 しかし、羨ましい。
 相変わらず俺の周りには鹿は寄ってこないと言うのに。

「あ、先生!?」

 っと。

「……神楽坂か?」

 どうした、そんなに慌てて、と。
 息を切らして走ってきたのは神楽坂、それに驚いて鹿が逃げていくが。

「ほら、深呼吸しろ。大丈夫か? 飲み物は……」

 近くには無いな。

「だ、大丈夫」

「どうした? 何かあったのか?」

 気付いたら、傍にマクダウェルも来ていた。
 妙に真剣なのは、神楽坂が来たからだろうか?

「う、ううん……一大事、って言えば一大事だけど、ええっと」

 ん?
 妙に要領を得ないと言うか、思ったより焦った風じゃないと言うか。

「ほら、落ち着いて話せ。待っててやるから」

 あ、神楽坂にだとこんな風に言うのか。
 ……教師とか、他のクラスメイトにもそう言えば良いのに。

「何だ?」

「ん、それで神楽坂、どうしたんだ?」

 俺を探してたみたいだけど、と。

「えーっと、ちょっと……ね?」

 何故そこでどもる?
 何があったんだ? そう急ぎじゃないみたいだけど。

「ね、ネギがね?」

「ネギ先生?」

 はて? さっき会った時は普通だったけど。
 隣のマクダウェルを見る。
 こっちも同じように考えたのか、首を捻っている。

「……エヴァ、茶々丸さん、ちょっと来て」

「お、おい?」

 あー。
 マクダウェルが引っ張られていき、絡繰もこっちに一礼してそれを追いかけていく。
 ……結局、何だったんだ?
 マクダウェルにに何か用だったみたいだけど。
 ま、いいか。
 あの様子じゃ、ネギ先生に大事があった訳じゃないみたいだし。
 そのまましばらく一人で待つ事にする。

「おーい」

 鹿に手を伸ばすが、逃げられる。
 なんでだ?
 くそう。
 それから何度か挑戦したが、全敗。
 はぁ。
 木製のベンチに腰掛け、溜息を一つ。

「どうかしましたか?」

「ん? 神楽坂の話は終わったのか?」

「はい。マスターたちはもう少ししてから戻られるそうです」

 そうか、と。

「……鹿を、撫でたいのですか?」

「おー、けど逃げられてなぁ」

 さて、と立ち上がる。
 まだ回る所は多いから、少し気合を入れる。

「少々お待ちを」

「ん?」

 そう言うと、絡繰は一頭の鹿の元へ。
 ……?
 数分後、その鹿を従えて戻ってきた。
 ――相変わらず、動物に好かれてるなぁ。

「どうぞ」

「……え、良いのか?」

「はい」

 まさか、麻帆良の猫のように連れてきてくれるとは思っても無かった。
 凄いな。

「絡繰、将来動物園ででも働くか?」

「いえ。私はマスターと一緒に在ります」

「……そうか」

 その独特の言い回しが可笑しくて、小さく笑ってしまう。
 そのまま、鹿の頭に手を伸ばす。

「おお」

 予想していたより、結構毛が堅い。
 でも撫で心地良いなぁ。

「この子はメスです」

「そうなのか?」

「オスには角があります」

「あ、そうやって見分けるのか」

 なるほどなぁ、と。

「良く知ってるなぁ、絡繰は」

「いえ、そうでもありません」

 そうか?
 多分、俺より物知りじゃないか? と。
 教師としてはどうかと思うが、そう言ってしまった。

「……いえ、私は情報として知っているだけですから」

「それだって十分凄いって思うけどな」

「これは、ズルイ、と言える事です」

 ズルイ?

「誰かから言われたのか?」

「いえ」

 ふむ。
 記憶力が良いって事かな?

「けど、その鹿の事だって自分で必要だと思って調べた事なんだろう?」

「はい。奈良の事は私の判断で調べました」

 また堅苦しい言い方だなぁ、と苦笑してしまう。

「なら、良いんじゃないか?」

 おお、この鹿本当に逃げないなぁ。
 ……はぁ、俺も絡繰の半分、いや少しで良いから動物に好かれたい。

「絡繰が必要だって思ったから調べたんだろう?」

「はい」

「なら、ズルくはないと思うけどなぁ」

 本当にズルイっていうのは、自分で何もしなくても何でも手に入る人の事だと思うぞ、と。
 そう言う意味では、絡繰は必要だと思い調べる行動をしてるから、と

「そうでしょうか?」

「まぁ、俺の考えだから間違ってるかもしれないけど……そう自分の事をズルイとかはもう言わないようにな?」

「判りました」

 自分で考えて行動したんだ、俺はズルイなんて思わないけどな、と。
 しかし、

「マクダウェルと神楽坂、遅いな」

「……はい」






――――――エヴァンジェリン

 はぁ、春日大社は壮観だったな。
 やはり古都京都――見るべき所が多い。
 呪いが解けたら、また来よう。
 旅館の一室でそう独り語ち、茶々丸に入れさせた茶を一口啜る。

「マスター、楽しそう」

「まぁな」

 しかし、今日は一日何も無かったな……まぁ、一つ問題とも言えない事があったみたいだが。

「あぅーー」

 はぁ、鬱陶しい。
 部屋の畳の上に転がるぼーやを一瞥し、

「それで、桜咲刹那、近衛木乃香。どうした? 何か言いに来たか?」

「はい」

 ほぅ――良い眼をするようになったじゃないか。
 昨日の夜、魔法の事を伝えた時の不安、怯えが影も無い――訳ではない。
 確かにそれは奥底に、ちゃんと在る。
 それでも……まっすぐに私の目を見てくる。

「エヴァンジェリン、一つ、頼みがある」

「言ってみろ」

 見当はついている。
 仮契約。
 近衛木乃香は魔法のまの字も知らず、桜咲刹那は生粋の剣士だ。その知識はどちらにも無い。
 ぼーやもそこまでの教育は受けていないらしい。
 そうなると、仮契約を行えるのは私とぼーやの使い魔のオコジョだけ。

「ウチとせっちゃんの仮契約を手伝って下さい」

「え!?」

「いよっしゃーーーーっ!」

「茶々丸、チャチャゼロ」

「申し訳ありません、オコジョさん」

「マ、ショウガネェナ」

 ……少しは静かに出来んのか、この小動物は

「はぁ。良いのか?」

「ああ、頼む」

 ――――ふむ。

「で、でも、危ないですよっ。木乃香さん、魔法は……」

「でもな、ネギ君。ウチせっちゃんの役に立ちたいんよ」

「でも」

 はぁ。

「ぼーや。それでも、何の対策も無しで居るよりは、一つでも使える手があった方が良い」

 特に、近衛木乃香は身を守る術すらない。
 だが仮契約をすれば――桜咲刹那という術を手に入れる。
 強制召喚。
 そして、アーティファクトによる桜咲刹那の強化。

「近衛木乃香、桜咲刹那について、何処まで聞いた?」

「え?」

「何を聞いたか言ってみろ」

 もし全部話してなかったら、却下だ、と。
 一度息を呑み

「えっと……せっちゃんが神鳴流の剣士で、」

 そこで言ったん言葉を切る。

「言え、大体知っている」

「――その、人と違うって事。聞きました」

 そうか、と。

「刹那。見せてみろ」

「…………ああ」

 一瞬の集中。
 その後に目に映ったのは――白。
 そうとしか表現できない、純白の……羽根。

「ほぅ」

「うぁ」

 見るのは初めてだが、中々どうして。

「凄い、綺麗です」

「――ありがとうございます、先生」
 
 そう言い、羽根を戻す。
 まぁ、一応この部屋は人避けの結界がしてあるが何処に人の目があるか判らないからな。

「せっちゃん……」

「お、おじょ――」

 そう言おうとした唇を、その細い指が押さえる。
 いや、近い。近いからお前ら。

「凄い綺麗や」

「……このちゃん」

 あー……こほん。

「それで、どうでしょうか、エヴァちゃん?」

「今夜、他の奴らが寝静まった時にこの部屋に来い。契約の準備は済ませておく」

「……ええんですか?」

「その方が、私も楽が出来るからな」

 しかし、今のはぼーやには刺激が強過ぎたか。
 顔を真っ赤にして固まっていた。
 ――何をやってるんだか。

「木乃香。……辛いぞ?」

「ええです。それでも――大事な人の為なら、もっと頑張れますから」

 ……ふん。
 良い顔をするじゃないか、お嬢様。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 ち、チクショウッ。
 チクショウ、チクショウ――ッ!!
 め、目の前に金がっ、――契約がッ!

「そんなに暴れないで下さい、オコジョさん」

「離せッ、離してくれ嬢ちゃんッ!」

 オレっちはッ!
 何のためにここに来たッ!!
 オレっちはッ!

「あ」

 ――――――オレっちの存在理由はッ!!

「オコジョさん、毛が……」

「アア、ソコ? 昨日チョット切ッテヤッタ喜ンデナ」

「チャチャゼロさん!? 何したんすか!?」

 毛!? 毛って何!?

「……綺麗な十円くらいのサイズです」

「我ナガラ器用ナモンダゼ」

 おいいいいぃぃいいぃぃいい!?




[25786] 普通の先生が頑張ります 24話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/26 22:34

 ふと見回りも兼ねて旅館内を歩いていたら

「……………」

 ロビーで固まっているネギ先生を見つけた。
 ……何やってるんだろう?
 そう言えば、帰りのバスの中でも様子が変だったな。

「どうしたんですか、ネギ先生?」

 とりあえず、声を掛けてみる事にする。
 話を聞いてみないと、どうにも出来ないし。

「……………」

「あれ?」

 反応無し。
 無視されていると言うより、考え事をしていて聞こえていないような感じ。
 どうしたんだろう?

「ネギ先生?」

「……………」

「はぁ」

 コツ、と軽くその頭にゲンコツを落とす。

「あた」

「どうしたんですか、ボーっとして」

 まだ今日は終わってませんよ、と。
 まだ晩御飯も風呂も消灯後の見回りもあるのだ。
 ここでダウンされると困ってしまう。

「あ、せ、先生っ!?」

「いやいや、そんなに慌てなくて良いですから」

 深呼吸深呼吸、と。
 それを聞いて真面目に深呼吸するネギ先生に苦笑しながら、もう一度聞いてみる。

「どうしたんですか?」

 考え事していたみたいですけど、と。

「あ、えっと……その」

 うん?
 何でそこで顔を赤くするんですか?
 しかも、その後また考え込んで、次は青くなった。

「どうしたんです? 悩み事ですか?」

 相談に乗りますよ、と。
 あまり安請け合いは宜しくないんだろうけど、こうも悩まれたらなぁ。
 出来れば自分で悩んで、自分で解決してほしいんだけど――今回は少し毛色が違うようだ。

「せ、せんせぇ」

「なんて声出してるんですか」

 シャンとして下さい、シャンと。

「ご、ごめんなさいっ」

「はは。それで、どうしたんですか?」

「え、えっと……その、これは皆さんには内緒にして下さいね?」

「はい」

 判ってますよ、と。
 と、その前に。

「何か飲みますか? ちょっと喉が渇きまして」

 自販機の前に行き、財布を開く。
 さって、俺は――今回は冒険は止めとくかぁ。
 この前は微妙な目にあったからな。

「ぅ、い、いつもスイマセン」

「いえいえ、ミルクティで良いですか?」

「あ、はいっ」

 そんな畏まらなくても良いのに。
 ネギ先生の分と自分の分のジュースを買って、

「そう言えば、あんまりクラスの子達に聞かれたくない話なんですよね?」

「え? あ、はい」

「なら部屋に行きましょうか。誰が通るか判りませんし」

 フロントなんて、いつ誰が通ってもおかしくないですし、と。

「あ、そうですね」

 よっぽど悩んでいたんだろう、そんなこと誰だって気が回るだろうに。
 さて、どんな事で悩んでいるのやら。
 出来れば、俺が応えれる事だと良いんだけど。

「そう言えば、今日はどうでした? ちゃんと楽しみましたか?」

「はい、それはもう――すみません、お仕事が」

「ちゃんと仕事してたじゃないですか」

 宮崎よりも見学を優先してたのは駄目ですけどね、というと、返事が返ってこない。
 あれ?

「ネギ先生?」

「あぅー」

 あ、もしかして宮崎と何かあったのかな?
 ……まさか、なぁ。
 あの奥手な宮崎が手を出したとか?
 雪広よりは大丈夫だと思ったんだが……旅先の解放感的なものだろうか?
 まぁ、俺の気のせいだろうけど。

「大仏の他には何を見に行ったんですか?」

「え、あ、そうですねー……え、っと、その後はまた大登路園地に戻って、鹿に餌を」

「はは。もっと他の所も回れば良かったのに」

「いえ……あまり遠くに行くと、戻って来れなさそうでしたんで」

 なるほどなぁ。
 それに、流石に迷子になりましたって連絡も入れたくないだろうしな。
 その辺りを自制できるのは本当に流石だな、と。
 まぁ、それはさて置き
 部屋に着いたので中に入る。

「それで、どうしたんですか?」

「えっと」

 座布団を二枚、テーブルをはさんで座れるようにして置く。
 その一枚に座り、さっき買った缶コーヒーを開ける。
 ……部屋で話聞くなら、お茶で済ませればよかったな。まぁいいか。

「そう言えば、なんか神楽坂が言ってたみたいですけど、」

 なかなかネギ先生から答えが来ないので、自分なりに聞いてみる。
 アレは確か――ああ、そうだ。

「ネギ先生がどうとか……マクダウェルに話してたみたいですけど」

「う!?」

 ……当たりか。
 何やったんだろう?

「別に怒りませんから、言ってみて下さい」

 一人で悩んで時間を潰すよりも、マシかもしれませんよ?

「は、はい――わ、笑いません?」

「? 笑いませんよ」

 そんな変な事だろうか?
 気を付けよう……本当に悩んでるようだし。

「で、どうしたんですか?」

「その、ですね」

 はい、と。
 続きを、静かに待つ。
 そしてミルクティを一口飲み

「ええっと、宮崎さんに告白されたんです」

「――――はい?」

 危うくコーヒーを落とす所だった。
 告白? あの宮崎が?

「……告白ですか?」

「告白です」

 はぁ……あの奥手な宮崎が。
 頑張ったもんだな。
 もしかしたら綾瀬と早乙女が背中を押したのかもしれないが……なぁ。

「それで、どう応えるか迷っている、と?」

「は、はい……」

 また難しい事で悩んでるな。
 しかし、生徒から告白か……何と言うか。

「まぁ、それで、ネギ先生は宮崎と付き合うかどうか迷ってるんですか?」

「そ、それが――やっぱり、付き合った方が良いんでしょうか?」

 うーん。

「そう言う考えはいけないと思いますよ?」

「え?」

「まず、ネギ先生はどうしようとしてたんですか?」

「……奥ゆかしいと言われる日本女性に告白された以上、英国紳士として」

 なんですかそれは、と小さく苦笑してしまう。

「そんな他の人の意見なんてどうでも良いでしょう?」

 告白されたのはネギ先生で、したのは生徒の宮崎なんですから、と。

「日本女性やら英国紳士やらはまず置いておいて」

「はい……じゃあ、お姉ちゃんが言ってたみたいに」

「お姉ちゃん?」

 あ、ネギ先生お姉さんが居たんだ。
 ……いま中学生くらいかな?
 まぁそれは良いとして。

「そのお姉さんはなんて言ってられたんですか?」

「その、先生と生徒がそんな関係は、って」

「……そうですね」

 まぁ、それが正解でしょうね、と。

「ネギ先生は、宮崎の事をどれくらい知ってますか?」

「え? 宮崎さんの事をですか?」

「はい」

 どうですか? と。
 帰ってきたのは名前、誕生日、本が好きという事、と言ったくらい。

「……これくらいです」

「きっと、宮崎もそのくらいしか知らないんじゃないでしょうか?」

「え?」

 知り合ってまだ半年も経ってないのだ、それくらいが普通だろう。
 同じ学生と言う訳でもない、担任と生徒と言うくらいしか接点が無いのだ。

「でもそれでも宮崎はネギ先生に告白したんですよね?」

「はい」

「ネギ先生は、そのくらいしか知らない相手に告白できますか?」

「……どう、でしょうか」

 きっと、出来ないだろう。
 俺なら無理だ。
 相手を知って、その相手の良い所に惹かれていく――それが、恋愛だと思うから。

「やっぱり――」

「まぁ、そう急いで答えを出さない方が良いですよ?」

「え?」

 そこは、この子の悪い癖、なのかな?

「でも、折角勇気を出した宮崎の気持ちを簡単に否定するのは、良くないでしょう?」

「そ、そうですね」

「それに、ネギ先生が知らないだけで、宮崎は凄く良い子なのかもしれません」

 もしかしたらネギ先生が将来理想に思えるような女の子かもしれませんよ、と。

「え、え?」

 はいはい、照れないで下さい。
 コーヒーを、一口飲む。

「別に告白されたからって、受けるか断るかしか選択肢が無い訳じゃないでしょう?」

「そ、そうでしょうか?」

「特に、宮崎は中学生。ネギ先生だってまだ10歳でしょう?」

 時間なんて、まだまだある。
 3年生の時間だって、まだ始まったばかりだし。

「知らないなら知って、判らないなら二人で考えるのも良いんじゃないんですか?」

「……そうでしょうか?」

 でも、と。

「世の中、教師と生徒が、って言うのは厳しいです。出来れば俺も反対です」

「先生は、反対なんですか?」

「そりゃ反対ですよ? 先生ですからねぇ」

 そう言って、笑う。
 教師と生徒の関係は難しい。
 少し他の生徒より仲良くしただけで叩かれる。
 少し厳しくしただけで、親御さんからは怒られる。
 ……こういう考えは、本当はいけないんだろうけど。

「先生って言うのは難しいんですよ? 多分、ネギ先生が考えている以上に」

「そうなんですか……」

「だから、宮崎の件を最終的にどうするかはネギ先生次第です」

「え?」

「告白されたのはネギ先生。俺じゃないですから」

 相談には乗りますけどね、と。

「あ、あの?」

「俺は反対です。でも、それをネギ先生に押し付ける気はありません」

 さっき言ったみたいに、二人で考えるのもありかもしれません。

「知らない事を知って、判らない事を考える。時間を掛けて、ゆっくりと」

「…………」

「そうやって過ごした時間が、いつか答えになりますよ」

 まぁようするに、と。

「ネギ先生と宮崎にはまだ早い、と思いますよ?」

 急いで答えを出したって、後悔するのが関の山なんですから、と。

「ゆっくり答えを探しても良いんじゃないですか? この一年は嫌でも一緒なんですから」

「……はい」

「まぁ、ネギ先生がどうしても宮崎と付き合いたい、って言うなら……」

「い、いえ……」

 卒業したら、教師と生徒じゃなくなるわけだし。
 この年代でこの歳の差は目立つだろうけど、二人とも似た所があるから結構合うかも知れない。
 別に今答えを出さなきゃいけない――そんな事は無いんだし。

「ま、そこをどう宮崎に説明するかは、ネギ先生次第ですね」

「あ、あはは……」

 さて、と。
 立ち上がり、部屋の外に向かう。

「それじゃ、見回りに行ってきますね?」

 晩ご飯まではゆっくりどうぞ、と。

「先生」

「はい?」

 そう呼び止められた。

「ありがとうございました」

「いえいえ。あまり役に立てなくてスイマセン」

 本当なら、反対です、とちゃんと言った方が良いのかもしれない。
 でも、この二人は――神楽坂や雪広とは違う意味のようだから。
 ちゃんと考えて、ちゃんとした答えを自分たちで出して欲しいって思う。
 ……俺ももう歳なのかなぁ。
 でも、生徒や10歳の子供に頭ごなしに駄目だ、と言うのも何か違うと思ってしまう。
 ちゃんと考えてもらって、それでもし危なくなったらまた横から口を出せば良い。
 ――そう考えてしまうのは、やっぱり駄目なのかな?

「それじゃ、宮崎の事は後はよろしくお願いしますね?」

「はいっ」

 元気だなぁ。
 俺も、負けないようにしないとな。







 見回りの為にロビーに行くと、生徒が外に出ていた。
 って

「おーい、かってに旅館の外に出るなよー」

 何やってるんだ?
 集まってるのは……神楽坂と絡繰と――?
 見覚えのある髪型は、全部俺のクラスの子達。
 ……まったく。

「何やってるんだ?」

「あ、せんせ。この子」

 近衛も居たのか、しゃがんでいたから気付かなかった。
 そう指差した先には、

「子猫?」

「はい。空腹だったようなので、調理場の方からミルクを頂いてきました」

「……いや、まぁ」

 まさか、旅先でも猫に懐かれるのか、この子は。
 羨ましい。
 じゃなくて、

「でも、あんまり旅館から出るなよ? 心配だから」

「……心配してくれるんです?」

「そりゃするさ、先生だからなぁ」

 しかし……。

「どこかの飼い猫かな?」

「首輪をしていた後も無いですから、おそらく野良かと」

 なるほどなぁ。

「可愛いねぇ」

「だなぁ」

 何で小動物と言うのはこんなに可愛いのか。
 ……いかんいかん。
 小さく首を振り、コホン、と一つ咳をする。

「それより、早く中に入れよ? もうすぐ晩御飯だからな」

 時間に遅れたら晩飯抜きだぞー、と。
 まぁ冗談だが。

「はーい」

「あれ、皆で何やってんの?」

 ぬぅ、次から次に。

「朝倉、あんまり旅館の外に出るなよ?」

「先生達だって出てるじゃん」

 そりゃそうだ。
 まったく反論できん。

「うわ、子猫だ。可愛いなー」

「和美さん。写真は猫さんのストレスになりますので」

「あ、ごめんごめん。つい癖で」

 癖で写真撮る中学生って……流石ジャーナリスト志望。
 こう言うのが将来大物になるのかもなぁ、と場違いに感心してみたり。

「それでは、明日菜さん、和美さん、中に入りましょう」

「あ、そだね」

「面白いのもなさそうだしねー」

「木乃香さん、ミルクを入れた容器を後で返してもらって良いですか?」

 ん?

「あ、ええよー」

 少しの違和感。
 ……ああ、絡繰が人に頼みごとをするが珍しいのか。

「しかし、血沸き肉踊るスクープは無いもんかねぇ」

 何を旅先に求めてるんだか。

「朝倉ー、かってに旅館から出たら駄目だからなー」

「う。判ってますって」

 ならいいけどなー、と。

「木乃香、ガンバっ」

「……先生、それでは」

 ふぅ、流石に賑やかだなぁ。
 ――しかし、神楽坂の言葉に不安しかない。

「ふふ。よっぽどお腹が空いてたんやねぇ」

「結構飲むんだなぁ、子猫でも」

 だがまぁ、近衛を一人置いていく訳にもいかないし。

「何かあったのか、近衛?」

「え? あ、判ります?」

 やっぱりか……今日はよく相談される日だなぁ。
 旅先の解放感があるからだろうか?
 ……まぁ、近衛の場合は少し違うんだろうが。

「今日は結構上手く行ってたみたいだけど」

 それとも、やっぱり桜咲は答えてくれなかったんだろうか?
 うーん。あの性格なら近衛から歩み寄れば大丈夫だと思ったんだけどなぁ。
 こりゃ、悪い事したかもな。
 そんな事を考えながら、しゃがみ込んでいた近衛を見ると――笑っていた。

「なんだ。良い事あったみたいだな」

「……やっぱり、判りますか」

 ふむ。

「そりゃ」

「せんせだから、ですか?」

「おー」

 先に言われてしまった。
 でもまぁ、良いかなぁ、と。
 近衛が嬉しそうだし。

「桜咲と仲直り出来たか?」

「はい」

「そりゃ良かった」

 うんうん。
 友達は仲が良い方が良いもんな、と。

「……ありがとございます」

「ん?」

 礼なんて言われる事あったかな……?

「なんだ、相談に乗った事でも気にしてるのか?」

「う、そりゃ……あんだけ」

「別に気にしなくて良いからな? 迷惑だなんて思ってないんだから」

 以前絡繰から言われていたからか、先に言っておく。
 別に迷惑だなんて思ってない、と。

「教師としては、生徒から相談されるのは嬉しいもんなんだから、気にしなくて良いぞ」

 そういうもんですか? と。
 そう言うもんだ、と。

「まぁでも、教師に相談する前に友達に相談して解決してくれる方が良いけどな」

「判りましたえ。今度からは、明日菜とせっちゃんに相談する事にします」

「おー。そうしてくれ」

 そっちの方が、きっとお前達の為になるからなぁ。
 ……しかし、良く飲んだなぁ、この猫。
 途中からしか見てないけど、それでも結構飲んだな。

「それじゃ、容器は返しとくからもう中に入ってろ」

「ええんですか?」

「良いんだよ」

 どーせ、先生が出来る事なんてこれくらいしかないんだから。
 まだ空の容器を舐めていた子猫から、心苦しいが容器を取り上げる。

「明日の朝また来たら、飲ませてやるからなー」

 それが判ったのか、一鳴きして去っていく子猫。
 飲み物が無くなったら現金なもんだなぁ。

「せんせ、ありがとうございました」

 そして、そう言って一礼された。
 うーん……。

「そうされると、こっちが困るんだがなぁ」

 そう言うと、小さく笑われた。
 くすくすと――上品に笑うその姿は、やっぱり育ちの良さを伺わせる。
 学園長のお孫さんなだけはあるなぁ。
 そう思いながら近衛に背を向けて旅館に戻る。

「ねぇ、せんせ?」

「ん?」

 呼び止められた。
 振り返ると、満面の笑みの近衛が居る。
 嬉しそうだなぁ、と。
 もしかしたら綺麗とか、そう言う感情もあったのかもしれないが――最初はまず、嬉しそうだな、と。
 そう感じた。

「ウチ、頑張りますね?」

「おー……」

 どう、応えたもんかな、と。

「応援してる」

「――はいっ」

 ま、これなら桜咲の方も大丈夫そうだな。
 そして、並んで旅館に入る。

「それじゃ、晩ご飯の時になー」

「はいっ」

 元気良く走り去っていく近衛の背を目で追う。
 ……あの元気を半分くらい分けてほしいもんだ。







 しかしまぁ、

「元気過ぎるにも程があるだろ、お前ら」

「見つけた本人が言わないでよっ、先生っ」

「良いだろ別に、ちゃんと付き合ってるんだから」

 ふぁ、と欠伸を一つ。
 時間はもう夜の11時を回ろうとしている時である。
 ……早く寝たかったんだが、今日も無理か。

「佐々木に雪広、クーフェに長瀬……」

 お前らなぁ、と。

「良かったな、新田先生に見つからなくて」

「それを言われると辛いでござる」

「まったくアルね」

 ロビーで正座してる四人に――どうにも反省の色は無い。
 まぁ、旅館の夜に枕投げなんて俺もやったしなぁ。
 何で盛り上がるかなぁ、経験はあるが、イマイチ理由は判らない。

「ま、全員捕まるか日付が変わるまでは我慢しろ」

 この正座も旅の夜の醍醐味の一つだろ、と。

「そんな!?」

「雪広……まぁ、落ち付け」

 ネギ先生が関わって無いから、巻き込まれただけなんだろうけどな――っと。
 また新田先生が数人連れてきた。

「鳴滝姉妹に神楽坂か……」

「「ごめーん、先生。捕まっちゃった」」

 捕まっちゃったじゃない、二人とも。はぁ。

「スイマセン、新田先生」

「はは、大変ですな先生も」

 いやー、と。
 頭を上げると、苦笑されていた。
 ……恥ずかしい。

「一応、12時までは付き合いますんで」

「ま、そうですな。それではお願いします」

 はい、と。
 その背を目で追い、明日また謝ろう、と。
 まったく。 

「お前らも、明日新田先生に謝れよ?」

「はぁい」

 元気が良いのも困ったもんだ。

「せめて部屋の中でやれよ。何で廊下に出たんだ?」

「いやー、白熱しちゃって」

 とは神楽坂。
 そんなに楽しそうに言うなよ……一応俺も教師、怒る立場なんだが。

「はぁ、お前ら修学旅行が終わったら覚悟しとけよ?」

「え?」

 その笑顔が凍る。
 他のメンバーもだ。

「まさか、お咎め無しだなんて思ってたのか?」

「そ、そんなぁ……」

「ま、皆で居残りして勉強でもするか」

 冗談だけどな。
 だが相当堪えたのか、みんな黙ってしまう。
 やり過ぎたかな?

「それじゃ、もう戻って良いぞ」

「……え?」

「明日も旅行は続くんだ、寝不足で楽しくなかったら嫌だろ?」

「良いんですの?」

「おー。その変わり、明日もこうなったら覚悟しとけよ?」

「……はぁい」

 良い返事だ、と。
 もう夜も遅いし、まぁ……それなりには反省してくれただろう。
 折角の旅行なんだ、寝不足じゃ可哀想過ぎる。

「先生は最後に見回ってくるから、まっすぐ部屋に帰れよ?」

「心得たでござる」

 よし、と。

「それじゃ、また明日なー」

「おやすみアルー」

 んじゃ、最後に見回ってから寝るか。
 ……今日も、日付変わりそうだなぁ。
 そう言えば、目覚まし買って無いや……はぁ。





――――――エヴァンジェリン

「おい、二人とも指を出せ」

 さっきまでクラスの奴らが騒いでたようだが、それも落ち着いて――日付が変わろうと言う時間。
 昨夜言った通り、木乃香と刹那の2人が来た。
 ……眠いが、まぁ仕方が無い。私が言った事だしな。

「指?」

「どないすんの?」

 魔法陣を組み上げ、畳の上に展開。
 跡が残らないのように魔力で造り上げたソレの中心で、2人にナイフを向ける。

「吸血鬼式だ。互いの血を体内に入れて、契約の証にする」

「……そんなやり方もあるのか?」

「切るのは指先だ。少し痛いが――刹那が知っている方法よりはいいだろう?」

「ぅ」

 面白いなぁ、コイツ。
 からかい甲斐があると言うか、何と言うか。
 顔に出やすいからだろうな。

「せっちゃんの知ってる方法って?」

「え、エヴァンジェリン、早く済ませてしまうぞっ」

「判った判った」

 はは、と笑い手に持ったナイフで2人の指先を血がにじむ程度に切る。

「魔法陣の中で舐めろ。そうすれば仮契約の成立だ」

 ふぅ。
 ほどなくして、契約は終了。
 魔法陣の魔力光が消えると、一枚のカードが出来上がる。
 主はやはり木乃香か。

「どれ」

 そのカードを手に取り、見る。

「『翼ある剣士』か」

 なんの捻りも無いな、と。

「カードに文句を言われても」

 それと、何で指舐められただけで赤面してるんだ、お前は。

「おー、そ、それが仮契約の?」

「ああ。ほら」

 それを投げ渡す。

「額に当てて、集中してみろ」

「へ?」

 そう言うと一瞬迷い――言われたとおりに額に当てる。

「刹那に話しかけてみろ」

「え? ――こ、こう?」

「――はい、ちゃんと届きました」

 ふむ、繋がりは完璧か。

「次は、刹那を……そうだな、すぐ傍に呼ぶようにイメージして、さっきより強く集中しろ」

 そう言うと、今度は目を瞑って集中。
 そうしている間に、刹那の身体が淡い光に包まれ――消える。
 次に現れたのは、すぐ傍の、中空。
 尻もちをついて落ちた。

「……受け身くらいとれよ、神鳴流」

「く――」

 何も言い返せないらしく、唇を噛んでいた。
 しかしまぁ。

「疲れてないか?」

「だ、大丈夫です」

 やはり疲れてるな。
 まぁ、今まで使ってなかった魔力を少量とはいえ使ったら、疲れるか。

「次はこう言え。『契約執行・10秒・近衛木乃香の従者・桜咲刹那』」

「え? シス・メア――」

「……まずはそこからか。それはまた後で教えるか」

 そうか。
 魔法を使った事が無いと言う事は、呪文が唱えきれないのか。
 ――困ったな。
 これは、旅行中にはどうにも出来ないな。

「まぁ、明日にでも紙に書いて渡すか」

「ぅ、すんません……」

「今まで触れてなかった事なんだ、いきなり出来る方がおかしい事だ」

 そう思っておけ、と。

「それじゃ、刹那」

「は、はい」

「お前のは簡単だから大丈夫だろ『来たれ』。言ってみろ」

「あ、アデアット――――っ!?」

 その手元に、一本の剣。
 ……石剣。

「また、妙なのが来たな……」

 初めて見るタイプだな。
 ふむ。

「木乃香。カードには……って読めないのか。貸してみろ」

「あ、はい」

 ふむ――。

「『建御雷』――? 名前は一丁前だな」

「それがこの剣の名前か?」

「ああ」

 しかし、どんな能力なんだ?
 アーティファクトの特異性は、その能力にある。
 どんなアーティファクトにも能力があり、それこそがアーティファクトがただの武器とは違う最大の利点。
 ――が、こんなの見た事が無い。
 日本神話、建御雷神の名を冠する剣――そう弱くはないと思うが。

「ふむ」

 そうだ、

「おい小動物」

「ん? どうしたい、エヴァの姐さん」

「……お前、調べ物が得意だろう?」

「……え? オレっち使ってもらえるの?」

 ――まぁ、説明する手間が省けて良いか。
 そのケージの鍵を開け、オコジョを開放する。

「調べてこい」

「いきなりの無茶振りっすね、姐さん!?」

「神楽坂明日菜から聞いたぞ? パソコンがあれば調べれるんだろ?」

 どっかで見つけて、さっさと調べて来い、と。
 ああ、眠い。

「木乃香、刹那、今日はもう休め。明日はまた忙しくなるぞ」

「ああ、判った」

「それじゃせっちゃん、一緒に戻ろ」

 そう言って刹那の手を引いていく木乃香。
 ……仲が良いもんだ。

「はぁ」

 確か、ぼーやが親書を届けに行くと言ってたからな。
 それに2人が付いていけば、相手もそっちに集まるだろう。
 そうすれば、学園の連中も安全――のはず。
 どうしたものか。
 葛葉刀子一人で大丈夫だろうか……無理だろうなぁ。
 かといって、ぼーや達だけじゃたどり着けないだろうし。
 思い出すのは、あの白髪。
 ――アレは、もしかしたら葛葉刀子の手にも余るかもしれん。
 はぁ。
 一応じじいには一般人にも手を出す相手だと言って、応援を頼みはしたが、どうなる事か。

「私も部屋に戻るか」

 この部屋も、客室の一つを無断で使っているから、どうにも居心地が悪い。
 一応人避けの結界はあるが、なぁ。
 ……戻るか。
 そう思い部屋を出る。
 慌てて戻った。

「―――――――」

 何でまだ見回りしてるんだ、先生は?
 部屋の時計に目を向ける。
 もう日付変わりそうだぞ。

「真面目な事だな、ホントに……」

 しかし、アレじゃ身体壊すんじゃないのか?
 今日も一日動き回ってたようだし。
 はぁ。
 …………私も、これじゃ戻れないんだがな。
 もう少ししたら、戻るか。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 あれ? 部屋の電気消えてるんだけど?
 エヴァの姐さん? ネギの兄貴ー? どこー?

「遅カッタジャネーカ」

「あ、チャチャゼロさん。ネギの兄貴達知りません?」

「モウ寝タヨ、イマ何時ダト思ッテンダ」

 酷い、酷すぎるぜ……ちょっと泣きそう。
 でも久しぶりに仕事もらえて嬉しいっす。
 あのアーティファクト、地味だけど凄ぇし。
 朝になったらエヴァの姐さんに教えないと。

「ンジャ、オレハ見回ッテルカラ、オ前モモウ寝ロヨ」

「お疲れっした」

 ……でも、寂しいよ、兄貴。
 ――ああ、今夜はこんなにも……月が、キレイだ――



 グスン





[25786] 普通の先生が頑張ります 25話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/27 23:14

 ふあ、と欠伸を一つ。
 ……物凄く眠い。

「ねむ」

 確か今日は、完全に一日自由行動日――なのだが、教師はそうじゃないんだよな。
 どうするかな……まぁ、朝食の後に班長に何処に行くか大まかな所だけは聞いておくけど。
 布団の上で上半身を起したまま、そう考える事数秒。
 ……このままじゃこの体勢で眠れそうなくらい、眠い。
 昨日も結局寝たのは日付変わってたし、純粋な睡眠不足か。
 ギリギリまで休むなら、本当はあと4~50分くらいは寝てられるんだけど、折角の旅先だ。
 しかも昼間はあんまり自由時間取れないから、昨日と同じようにここでしか出来ない事をしたくもある。
 思い付いたのは、朝風呂。
 ――行くか?
 折角の露天風呂だ、じっくりと味わいたい――が、少し考える。
 確か、ここの露天風呂って混浴だったんだよなぁ。
 流石に時間外に入って問題起こしたら、なぁ。
 溜息を一つ。
 諦めるか……。
 はぁ。

「顔洗って、散歩でもするか」

 浴衣姿のまま、部屋から出、半分寝惚けた頭で廊下を歩く。
 顔洗って、また旅館の周りでも散歩するかなぁ――っと。

「おはよう、龍宮」

 そんな事を考えていたら、龍宮を見かけたので声を掛ける。

「おはよ、先生」

「おー、早いなぁ」

「目が覚めてね。先生こそどうしたんだい?」

 生徒なら、後1時間くらいは寝てられるだろうに。
 挨拶をするとこちらを振り向き――。

「なんで龍宮がその人形を持ってるんだ?」

「ん? 先生、チャチャゼロの事を知ってるのかい?」

「ああ。マクダウェルの手作り人形だろ?」

 それを、何で龍宮が持ってるんだ?
 絡繰が持ってるなら、まだ判るんだが。

「良く出来た人形だったからね、エヴァに言って借りたんだ」

「ふぅん。龍宮も人形に興味があるのか?」

「――どうだろうね? エヴァの人形には、少し興味があるかな?」

「そっか。アイツ友達少ないから、仲良くしてやってくれ」

 そう言うと驚いたような顔をし――笑われた。
 しかも腹を抱えると言った表現がぴったりの……声は控えめだが。

「は、はは……わ、判ったよ。出来るだけ仲良くするよ」

「おー」

 そう笑われると、何だかなぁ、と。
 そんなにマクダウェルの心配をするのは変か?

「しかし、先生は随分エヴァを気にしてるようだね?」

「そうか?」

 ……そんな事はないと思うがなぁ。
 うーん、まぁ、そう見えるのかもな。

「そう見えるか?」

「そりゃね。いきなり仲良くしてくれなんて言うの、兄貴か親くらいだよ」

「――そりゃ確かに、変だな」

 俺は兄でも親でもないしな、と。
 少しお節介が過ぎたかな? 気を付けないと。

「あ、先生おはよー」

 ん?

「おはよう朝倉……お前は、もう少し身嗜みをだな」

「あ、ごめんごめん」

 ……はぁ。
 一応、俺も男なんだがなぁ。
 そう指摘すると寝起きで肌蹴た浴衣の前を直す。
 まったく、目の毒だ。
 目を逸らしながら、そう心中で呟く。

「先生、朝から眼福じゃないか」

「……あと5年、だな」

「酷いっ!?」

 勘弁してくれ。
 流石に生徒をそんな目で見れるか、はぁ。

「それで先生、真名と何話してたの?」

「ん? ただの世間話だぞ? その人形の事で」

「人形? 真名、その人形買ったの?」

「まさか。友達の私物だよ」

 あ、マクダウェルのって言うのは隠すのか。
 ……まぁ、朝倉の事は苦手そうだしな。
 どこでネタにされるか判ったもんでもないだろうし。

「朝倉は早いな。何かあったのか?」

「ん? まぁ、目が覚めたからもう準備済まそうかなって」

「そりゃ良い心掛けだ、助かる」

 今日も忙しくなるんだろうなぁ、と。
 そう言う予感がしてしまう。

「そう言えば先生」

「んー?」

 そんな事を考えていたら、朝倉から声を掛けられた。

「なんだ?」

「今日は誰かと一緒に回るの?」

「いや?」

 と言うか、折角の自由行動に教師同伴は嫌じゃないか?

「それは別に良いんだけど」

 良いんだ。

「子供先生は誰かと回るだろうから、先生もかな、って」

「ああ。ネギ先生は……どうだろうな?」

 まぁ、誘われるだろうが――雪広と宮崎から。
 でもまぁ、教師だし出来れば見回り優先で行動してほしいとは思う。
 ただでさえ今日は旅先での自由行動なのだ、問題があったら大変だ。
 しかも丸一日。とてもじゃないが、俺一人で3-A全員は無理がある。

「そう? あの子、押しに弱いじゃない」

「担任をあの子って言うなよ」

 苦笑してそう言うが、やっぱり新聞部だな、良く見てる。
 そう。押しに弱いんだよなぁ、ネギ先生。
 宮崎はそうでもないが、雪広は本当に押すからなぁ。

「大変だね、副担任も」

「別に、大変なのは良いんだけどな」

 それが仕事だしな、と。

「まぁ、まだ10歳なんだ。そっちでも助けてやってくれよ?」

「ネタにならない事なら助けるよ」

「現金な事だなぁ」

「ジャーナリストだからね」

 まだ中学生だろうが、と。
 この根性は見習うべき、なのかなぁ。
 龍宮も苦笑してるし。 

「それじゃ先生、また後でねー」

「おー、朝食の時になー」

 遅れるなよー、と歩いていくその背に声を掛ける。
 マイペースと言うか、何と言うか。

「で、先生はこんな時間にどうしたんだい?」

 そう言えば、話の途中だったな。

「ん、まぁこっちも目が覚めてな。早く起きれたんで、散歩でもって」

「それは良いね。景色も綺麗だし、目も覚める」

 う、そんなに眠そうな顔してるかな?
 まぁ、俺自身まだかなり眠いし、そうかもな。

「それじゃ、先生。また朝食の時に」

「おー、二度寝して寝坊しないようにな?」

「……気を付けるよ」

 ちなみに、俺は今二度寝したら確実に次はギリギリになる自信がある。
 龍宮と別れ、もう一度欠伸をする。

「ふぁ」

 結構話してたけど、まだ散歩の時間はあるな。







「おはようございます、先生」

「おー、おはよう絡繰」

 実は俺のクラスって、早起きな生徒が多いんだろうか?
 まぁ、旅先だからだろうなぁ。
 今日もまた旅館の庭で絡繰と会い、そのまま世間話をする。
 流石に近衛は今日は一緒じゃないか。
 ま、桜咲との仲も直ったみたいだし、もう気を張る必要も無いんだろう。

「相変わらず早いなぁ」

「そうでしょうか?」

 でもまぁ、絡繰は早起き慣れてそうだよな。
 いつもマクダウェルを起こしてるみたいだし。朝食の準備もだろ……。
 近くにあったベンチに座り、のんびりと空を見上げる。
 今日も良い天気だなぁ。

「絡繰って、いつも何時くらいに起きてるんだ?」

「……私ですか?」

 ふと気になったから聞いてみた。

「起床――活動は朝の5時からです」

「……早いなぁ」

 それからマスターの朝食の用意と、お掃除を、と。
 流石従者、凄い。
 それから学校で勉強だろ?

「そうでしょうか?」

「俺が中学の時は、朝は一秒でも長く寝ときたかったもんだ」

 と言うか、学生は大体そんなもんじゃないだろうか?

「先生は朝は何時くらいに起きられてるのでしょうか?」

「俺か?」

 あー、と。

「……6時くらいかな?」

 生徒より遅いとはなぁ……墓穴掘った。
 はぁ。

「どうかなされましたか?」

「いや、何でも無い」

 何も言ってこない絡繰の優しさが痛い。

「今日は猫さんが来てません」

「ん? 猫?」

 猫……ああ。

「昨日の?」

「はい。親猫さんも居ないようでしたので……」

「まぁ、流石に探す訳にもいかんだろ」

「はい」

 しかし、

「動物が好きなんだなぁ」

「そうでしょうか?」

「へ?」

 まさか、そう返ってくるとは思わなかった。

「麻帆良でも野良猫とか鳥の相手してただろ? そうじゃないのか?」

「……どうでしょうか」

 ん?
 何かあったのかな?

「ずっと付いてこられるので餌をあげたのですが、それは好き、と言えるのでしょうか?」

「ずっと……?」

 ……そう言えば、初めて猫に懐かれてた時、そんな事を言ってたような。
 何だったかな……細かな部分まで覚えてないな。

「餌を上げたから懐かれました。これは好きと言えるのでしょうか?」

「また難しい言い回しだなぁ」

 そう苦笑し、

「嫌いならまず餌をやらないと思うんだが」

「……なるほど」

 そこでそう納得されてもなぁ。

「絡繰ー、自分の事なんだから自分で判るだろ?」

「そうでしょうか?」

 あれ?
 そう返されても困るんだけど。

「――いえ、何でもありません」

 ん?
 それは、一瞬の変化。
 まるで――さっきの一瞬だけ……どう言えば良いのか。
 そう、まるで“絡繰らしくない”と言うか。

「申し訳ありません。部屋に戻ります」

「お、おー……また朝食の時にな」

「はい。失礼します」

 そう言って足早に去っていくのも……今までの絡繰には無い事。
 なんか変な事言ったかな?
 さっきの会話を思い返すが――特に言ってないよな、と。
 ……後で謝った方が良いんだろうか?
 でも理由も判らないし、どう謝ったもんか。
 うーん。







「おい、先生」

「……教師をおいとか呼ぶのはどうかと思うぞ?」

「気にするな」

 気にするよ。
 特に他の先生達にしてないか。
 はぁ、と溜息を吐き振り返る。
 そこに居たのは案の定――と言うより、教師にこんな事を言うのは一人だけなんだが。

「どうした、マクダウェル? また今日も一緒とか言ったら問答無用で雪広に預けるからな?」

「……そんな事は言わん」

 なら良いか。

「それで、どうしたんだ?」

「いや、今日はじじいの用事があってな」

 またそう呼ぶし。

「学園長な? ……それで、学園長がどうしたんだ?」

「ああ、ぼーやと木乃香、刹那を借りて良いか?」

「……何?」

「と言うか、ぼーやの用事に私達が付き合うんだが」

 余計に訳が判らなくなる。
 えっと……。

「学園長の用事で今日一日?」

「いや、昼過ぎ――まぁ、夕方には戻る」

「……ネギ先生と近衛達も?」

「ああ」

 頭痛を抑える為に、目頭を押さえる、
 んー。

「どう言う事だ?」

「じじいがな、木乃香の父親に手紙を書いたんだ」

 手紙て。
 また何と言うか――メールとか電話とかじゃ駄目なんだろうか?
 ……まぁ、駄目だから手紙なんだろうなぁ。

「それを届けるついでに、木乃香の父親に挨拶でもな」

「いや、ちょっと待って」

 えーっと……少し考える時間が欲しい。
 と言うか、何で修学旅行の自由行動で近衛のお父さん?

「今日一日自由行動だから、良いだろ?」

「いや、えっと……良い、のかな?」

 普通自由時間って、京都の町とか回らないか?
 なんで友達の実家? 
 まぁ、自由行動だから自由なんだろうけど……良い、んだろうか?

「ちょっと、新田先生に言ってくるから待っててくれ」

 と言うか、相談してくるから。
 流石に俺の一存じゃ決められない。
 修学旅行の自由行動で友達の実家って――聞いた事も無いし。

「新田先生の方にはもう報告してある」

「……あ、そうなのか?」

 良いんだ、新田先生。
 ――頭抱えたんだろうなぁ。後で謝っとこう。
 アレなら昼ご飯も奢ろう。ちょっと良い店で。

「すまないな」

「…………ん?」

 あれ?

「何がだ?」

「いや、じじいの事で迷惑を掛けるな、と」

「………………」

 あれ? マクダウェルが俺に済まないとか言うの、初めてじゃないか?
 そんな場違いな事を考えてみる。

「何か言えよ、先生」

「あ、ああ……まぁ、気を付けていくんだぞ?」

 車とか、知らない人とか。

「あと、何かあったらすぐ連絡入れろよ?」

「……子供じゃないんだから、大丈夫だ」

 いや、凄い心配なんだが。
 お前とネギ先生の組み合わせの時点で……失礼だとは俺も思うけど。

「絡繰の言う事を良く聞くんだぞ?」

「……茶々丸は置いていく」

「へ? 大丈夫なのか?」

「大丈夫だっ」

 う、怒らせた。

「でも、いつも一緒だからな……」

「ふん。折角の自由行動だ、アイツにも少しは時間をやるさ」

「おー……」

 久しぶりに、マクダウェルが主人っぽい。

「何だその顔は? ん?」

「いやいや」

 しかし……心配だ。心配しかない。

「どうせ手紙を届けるだけだ。それが終わったらすぐ戻る」

 話す事も無いしな、と。
 なら良いけど……。

「あんまり迷惑かけるなよ?」

「掛けるかっ」

「警察の番号は判るか?」

「……せ、ん、せ、い?」

 う。

「だってなぁ」

 修学旅行の自由行動でいきなり友達の家に行きますなんて言われてみろ?
 正直、どうして良いか判らん。

「……まぁ、そうだろうなぁ」

「いや、今から行くのにそこで同意するなよ」

「ふん」

 怒らせてしまった。

「気を付けてな?」

「……判ってる」

 はぁ、と小さく溜息。

「謝って損した」

「ん?」

「何でも無いっ」

 こりゃ、相当ご立腹なようで。
 まぁ謝ってくれたって事は、一応悪いって思ってくれてるんだろうな。
 そう考えると、まぁ、近衛の実家がどこかは判らないが――まぁ。

「ネギ先生の言う事を、良く聞くんだぞ?」

「――はぁ」

 溜息吐くなよ、こっちが不安になるんだから。
 他の子達の自由行動も不安だけど、お前達も不安だよ。

「あ、エヴァー」

「……また面倒なのが」

「そう言ってやるなよ」

 その聞き慣れた声は、神楽坂。
 
「今日何処行くー?」

「はぁ」

「何でいきなり溜息!?」

「また説明しなきゃならんのか……」

「ん? 何の事?」

 さて、それじゃ先に他の班員達に何処行くか聞いてくるかね。







 困った。やっぱり基本的に、みんなバラバラだよなぁ。
 自由行動の行動場所を書いてもらった紙を見ながら、溜息を一つ。
 他のクラスは担任と副担任の2人掛り――まぁ、これもキツイんだろうけど。
 俺は一人で見て回るのか……もう溜息しか出ない。
 でもまぁ、ネギ先生も学園長の用事だから、どうしようもないんだよなぁ。
 ……ここで腐っててもしょうがないか。

「さ、って」

 今日も一日頑張りますかね。
 まだ旅館に居るのは神楽咲達と明石達の班か。
 確か神楽坂達はゲーセン巡りとか……ちょっと教師としては考えさせられる移動だったな。
 もっと重要文化財とか見て回れよ、と。
 まぁ、午後からは全部の班がシネマ村に集まるみたいだから、問題は午前中――今から約4時間である。
 6班あるから6か所回るのか……運が悪いと、その倍以上だろうな。
 ――修学旅行って大変だなぁ。

「先生、移動なさいますか?」

「いや、絡繰は神楽坂達の班だろ?」

「はい」

 じゃあ何で付いてくるんだ、と。
 そう言ってるうちに何でか神楽坂達も集まってきた。
 班長の神楽坂に綾瀬、早乙女、宮崎、絡繰の5人。
 本当ならこれに近衛とマクダウェルも入ってる大所帯である。

「あ、先生移動する?」

「するけど……お前たちはゲーセン巡りじゃないのか?」

「うん。そうだけど、途中まで一緒に行こうかなって」

 どうしてそうなる?
 まぁ、見回りが楽って言えば楽なんだが。

「それでは早速行くです」

「行きましょう、先生」

 どうやら、本当に俺についてくる気らしい。
 ……修学旅行の自由行動で教師と一緒だなんて。
 俺の考えが間違ってるのかな?
 最近、少し自信が無くなってきたなぁ。

「おー、車に気を付けてな?」

「先生。子供じゃないんだから……」

 ……俺から見れば、まだ子供なんだよ。
 親御さんからお子さんを預かってる立場だし。

「大丈夫です」

「はい」

 あと、もう少しなんか喋らないか、綾瀬、宮崎。
 そう言えば、

「絡繰は、本当にマクダウェルについていかなくて良かったのか?」

「はい。マスターからは皆さんと一緒に居るようにと」

「そうかー……なら、今日一日マクダウェルの分まで楽しまないとな」

「――――はい」

 ま、深くは考えない方が良いか。
 今日は忙しいんだし。
 ……明日までもつんだろうか?
 少し不安なんだが……今日こそ目覚まし買おう。

「それじゃ、行くかー」

「おー、しゅっぱーつ!」

「いくぞー!」

 そう言って右の握り拳を突き上げる4人。
 テンション高いなぁ、早乙女と神楽坂。
 綾瀬と宮崎もそれに合わせてるし。
 流石に、絡繰は付き合わないのな。
 その事に苦笑し、旅館から先に出る。

「先生、ノリ悪いなぁ」

「もうそんなに若くないんだよ」

「……先生、今何歳です?」

 聞くのか、ソレを。

「26」

「四捨五入したら30かー」

 酷い……。
 ちょっとへこみそうだ。







「先生って大変なんだねー」

「そりゃなぁ」

 というか、

「結局付いてきたな……ゲーセン巡りは良かったのか?」

 そう。結局神楽坂達の班は俺の見回りについて来ていた。
 正直、一つの所に止まって無いから面白くないと思うんだが。
 それに、動きっぱなしだし。

「そう何度も聞かないで良いです。皆でシネマ村に集まる前の時間潰しの為でしたし」

「あ、だから午後は全員シネマ村なのか」

 なるほどなぁ。

「先生、シネマ村って着物とか借りれるらしいよ?」

「ほー……」

 そりゃ凄い。
 しかし、それレンタル料とか掛るんじゃないのか?

「う、どうだろ……」

 基本は掛るだろうけど……ああ言うのって、どれくらいの値段なんだろう?

「その辺りはいいんちょが出してくれるそうです」

「そう、言ってました」

「はー……」

 さすがクラス委員。そして、言っては悪いが金持ちの御令嬢。
 クラスの為に一肌脱いだのか……甲斐性があると言うか、何と言うか。

「それじゃ、昼はシネマ村で食べるか?」

「え? シネマ村って食べる所あるのです?」

「そりゃ、団子とかあるんじゃないの?」

 綾瀬の質問に答えたのは早乙女。
 うん、と頷き、

「それにラーメン屋とかカフェもあるらしいぞ」

「……近代的だなぁ」

「まったくです」

 だなぁ、と皆で頷きあうが――まぁ、それも人気の一つなんだろう。

「宮崎、大丈夫か? 疲れたなら、少し座っていくか?」

「い、いえ。大丈夫です」

 そうか? 疲れたなら遠慮しなくて良いからな?

「は、はい」

「あ、ごめんねのどか」

「いえ……」

 でもまぁ、こう言う時は心配されると逆に辛いんだよなぁ。
 しょうがない。

「それじゃ、急いで行って、昼にするか」

 そのまま、少し休憩しても良いだろう。
 さて、と。バスの時間は。

「あと14分後です」

「……早いなぁ」

 まだダイヤル確認しようとしてた所なんだが。

「絡繰は良かったのか? 特に見れてないと思うけど」

 回った場所は多いけど。

「いえ、それで十分ですので」

「そうか?」

 まぁ、本人がそう言うなら、そうとしか言えないんだが。

「ま、疲れたりしたら言って良いからな?」

「……はい」

 ふむ。
 やっぱり、マクダウェルが近くに居ないと不安なのかな?
 少し元気が無いように見えるし。
 それを今言ってもどうしようもないんだが。

「先生」

「んー? 何だ宮崎?」

「……えと、一つ聞いて、良いですか?」

 ?

「ああ、どうした?」

 何でそんなに畏まってるんだ?
 ……綾瀬? 早乙女?
 何でそんなに力んでるんだ?

「せ、せせ……」

 せ?

「…………い、いえ……」

「いや、そこまで言ったなら何か言ってくれよ」

 逆に気になるじゃないか、と。
 隣の絡繰に視線を向けると、こちらも首を捻っていた。
 まぁそりゃそうだ。

「いえ、その……昨日、ネギ、先生」

 昨日? ネギ先生?
 ……相談の事か?

「何か飲むか?」

「い、いえ……」

「ほら、のどか。頑張んなさいよっ」

 そう言って神楽坂は宮崎の背を押し、一歩、踏み出した格好で硬直する。
 何なんだ?

「あ、」

 あ?

「ありがとう、ございましたっ」

 そう言って逃げた。
 ……はい?

「何故逃げるっ!?」

「のどかー、待つですー」

 …………何なんだ?
 残されたのは俺と神楽坂、絡繰の3人。
 うーん。

「宮崎はどうしたんだ?」

 まぁ、昨日のネギ先生の相談……その事を聞いたのかな?
 しかも、俺に相談したとか言ったのかもな。
 ……何も言わないなら、もっと格好良いでしょうに、ネギ先生。

「あー……また今度」

 しかも、次があるのか。
 少し離れた位置で固まってる3人組に視線を向ける。
 ま、仲好き事は良き哉、って所か。
 そんな事を考えていたら、バスが来た。







 はー、と。
 溜息にも似た、息が漏れた。
 いやはや。

「これだけ揃うと、壮観だなぁ」

「もっとこー……他に無いの、先生?」

「んー……似合ってるぞ、神楽坂?」

「気持ちが籠って無いっ」

 そう言われてもなぁ。

「でも実際、似合ってるぞ?」

「はぁ。駄目駄目だね、先生」

「駄目駄目か?」

「うん。100点満点中3点くらい」

 そこまでか。
 でもまぁ、他に言い様が無いんだが……似合ってると思うし。
 難しい。
 ちなみに、何故か着物連中の中に貴婦人姿の那波や忍者姿の長瀬、鳴滝姉妹。
 ……統一性無いなぁ。流石3-A。

「気持ちが籠って無いんだよ、気持ちが」

「難しいんだなぁ」

「凄い投げ遣り!?」

 そして、朝倉にダメ出しされる俺。
 あ、瀬流彦先生と葛葉先生だ。

「どうも」

「両手の花どころの騒ぎじゃないみたいだね」

「は、はは……」

 確かになぁ、と思わなくも無い。
 皆今は思い思いに写真とか取ってるし。

「あまり、ハメを外し過ぎないように」

「き、気を付けます」

 そう言う葛葉先生も、スーツに飾り気の無い刀と、仮装してるけど。
 ……似合ってるから良いか。
 確か、何とかって剣術を習ってたとか言ってたし。

「なにか?」

「いえ……」

 だからって、その手に持った刀をチラつかせないで下さい。
 割と怖いですから……言わないけど。

「刀子先生も着物を着れば良いのに、って?」

「言ってませんよっ!?」

「……どうせ、私には似合いませんよ」

 しかも拗ねた!?
 えー……ちょ、瀬流彦先生口笛吹いてないで、フォローして下さいよ。

「前々回のお見合いの時、着物だったらしいよ」

 小声でそんな重要情報を今言わないで下さい。
 アレか、着物は地雷ですか?
 まさかここでこんな情報……要らないと言うのに。
 どーやって誤魔化したものか、と頭を悩ませていたら

「先生」

「……ん?」

 そう声を掛けられた。

「どうした、絡繰?」

 振り返ると、着物姿の絡繰。
 以前――そう茶道部の時とはまた違った着物姿。まぁ当たり前だが。
 この前見た時も綺麗だったが、

「やっぱり良く似合うなぁ、絡繰」

 髪を纏めて上げ、舞妓、っていうんだろうか?
 白地に淡い青――空色に白色の花弁の模様の入った着物姿。
 足には草鞋とはまた違う、底の高い履物をしているので身長も俺に近い。
 と言うか、ほぼ俺と変わらない。

「ありがとうございます」

 そう言って一礼。
 そして去っていくその背を、目で追う。
 ……何?
 俺、絡繰に何かしたかな?
 いつもなら、もう少し会話が続くんだが……。
 そういえば、朝も何か様子が違ったな。
 怒ってるとか、避けられてる訳じゃないみたいなんだが……。

「どうかしたのかい、先生?」

「え、あ。いえ」

 流石に、生徒の事で相談するのは……最終手段だよなぁ。
 ま、もう少し様子を見るか。
 ちなみに、この時代劇の着物の着替え――1万以上するらしい。
 これ、クラス全員だろ?
 ……凄いな、雪広。
 しかし、こう、着物の女の子達に囲まれるのってかなり恥ずかしい。
 シネマ村の中は移動して良いらしいし、このままなんだろうなぁ。
 どうせみんな集まってるし、別行動しよう。

「はー……着飾ると、中々どうして」

 生徒相手にイカンイカンと首を振り、頭を覚ます為にシネマ村を見て回る事にする。

「時代劇の場所なのに、ヒーローショーとかもあるのか」

 しかも、展示場にも、仮面ライダーとか飾ってあるし。
 ……何だかなぁ、と苦笑してしまう。
 色々あるんだなぁ……お化け屋敷もあるのか。
 もうここまで来ると純日本製の遊園地だな。

「ふむ」

 とりあえず、目に付いた印籠焼きと言うのを一つ買ってみる。
 おお、

「タイ焼きに似てるな」

 風情の無い事を言ってしまったなぁ、と後悔。
 でも結構美味いな。安いし。
 このまま、少し食べ歩きでもするかなぁ、と。
 ちらほら見るクラスの子らを気にしながら、シネマ村を見て回る事にする。

「今日は楽出来そうだなぁ」

 この調子なら、帰りもある程度固まって帰ってくれるだろうし。
 そう少し油断したら、欠伸が出た。
 うぅ、眠い。
 こりゃ、座って目を閉じたら寝れるな。
 そう他人事のように考えながら、歩く。
 ふぁ――今日も良い天気で平和なもんだ。








――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「兄貴、姐さん、このままなにも無いまま関西の総本山についちゃいますぜ」

「何も無いなら、その方が良いだろうが」

 そりゃそーだけど。
 今までの事を考えると、どーにもしっくりこねぇ。

「それより少しは景色を楽しめ。中々悪くない」

「……私はお前のように豪胆にはなれそうにない」

「それは勿体無いな」

「エヴァンジェリンさん……」

 兄貴も神経すり減らしてるってのに、流石姐さん。

「ケケケ、ドウセ来ルッテ判ッテルンダ、モット胸張ッテレバ良インダヨ」

「そう言うものでしょうか?」

 ああ、兄貴が青い顔して……このままじゃプレッシャーに潰されちまうぜ。

「でもよ、この道どこまで続いてるんだ?」

「そりゃ、敵までだろうよ」

 へ?
 そう思った瞬間、空からドデカイ蜘蛛が落ちてきた。
 な、なにぃ!?

「ほら、来たぞ」

「なんや――最初からバレてたんかい」

「当たり前だ、小娘。そっちこそ今度はマトモに戦える数を揃えたんだろうな?」

 うお!?
 姐さん、怖っ!?
 最初から殺るき満々ですかっ。

「ふん――舐めた口もここまでや。ガキ四人でこの先に行ける思うなや」

 その蜘蛛の背から降りてきたのは――あっちも四人。

「月詠――っ」

「先輩、今日は最後まで一緒に踊りましょー」

「へぇ、アレが英雄の息子ってやつかいな」

「イキノ良イノバッカリミタイダナぁ」

「さて、この数でどこまでやれるか……」

「訂正。一人ハ死人ダナ」

 ……あれ? オレっちって戦えたっけ?

 ……あれ、オレっち

 ……あれ?





[25786] 普通の先生が頑張ります 26話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/02/28 23:34

――――――桜咲刹那

「いきますえー、先輩ー」

 気の抜けたような声とは真逆の、鋭く急所を狙ってくる剣戟を夕凪で受ける。
 軽いが、受ければ確実に致命傷になる様な一撃一撃を正確に受け、周囲に気を配る。
 大丈夫。
 このちゃんはちゃんと目の届く場所に居るし、エヴァンジェリン達の魔法に巻き込まれないよう離れている。

「先輩ー? もっとウチを見て下さいー」

「断るッ」

 胴を狙った二刀ごとの横薙ぎの一線を力任せに打ち上げ、間を開けるように後ろに飛ぶ。
 やはり、厄介だな――あの間合いは。
 夕凪を思うように振えない。

「せっちゃん……」

「大丈夫です」

 深呼吸を、一回。
 気を引き締めろ――態度はアレだが、確実に強い。
 間合いは10mほど。
 その距離で睨みあう。

「そうそう、それでええですよー」

「――いくぞ」

 腰を落とし、力を溜める。
 私と月詠では間合いが違い過ぎる。
 ふ――ぅ。

「――――ッ」

 懐に入ってこようとまっすぐに向かってきた月詠を避けるように、横へ。
 間合いは一定。
 それを守るように、夕凪を振う。

「ありゃ?」

「――」

 また、間合いを開けて、睨み合う。

「せんぱいー」

 落胆の混じった声。
 それを聞きながら、もう一度深呼吸。
 ……手はある。

「死合ってくれへんでしたら……」

「大丈夫だ。気を引き締めてた」

 そう言うときょとんとし、

「それは良うございました」

 そう、嬉しそうに笑う。
 なのに殺気をバラ撒く。
 酷くアンバランスな――その在り方。
 どちらが本当の月詠なのか判らない。
 ――苦笑してしまう。
 こんな時に、何を考えているのか。

「大丈夫……」

 そう、大丈夫だ。。
 裏切られるのが怖い。
 怖がられるのが怖い。
 ……信じる事が、怖い。
 でも大丈夫だ――大丈夫。
 自分に言い聞かせるように……一枚のカードをポケットから出す。

「おや、西洋魔術師の真似事ですかー?」

「真似事じゃない――」

 息を深く吸い……吐く。
 集中。
 魔法の爆音も、聞こえないほどに――深く。

「このちゃんは魔法使いだ。だから……魔法で相手してやる」

「それは楽しみですわー」

 その声を遠くで聞きながら、

「来たれ」

 紡ぐ。
 一番大切な、信じられる人との繋がりを。
 右手に石剣、左手に夕凪。

「二刀ですかー?」

「――いや」

 建御雷はともかく、夕凪の刀身じゃ二刀は無理だ。
 ……夕凪を、地面に刺す。

「いくぞ」

「……そんなボロ剣でうちに届きますやろか?」

 何か間違った事を心配する敵に、苦笑。

「心配するな」

 ――満足させてやる。
 言葉は置き去り。
 10m近くあった距離を一瞬で詰め、その勢いも建御雷に乗せて上段から叩き落とす。
 それを受けるのは二刀。

「先輩、この距離も戦えるんですねー」

「ふん」

 それを受けて、涼しい顔か。
 内心、少しの焦り。
 二刀を叩き折るつもりの一撃は、あっさりと防がれた。

「神鳴流は得物を選ばん」

「その通りですえー」

 しかも、返事まで返してくる始末。
 こいつ――本当に強い。
 ふざけているのは言動だけか。
 勢いを殺された建御雷を左手一本で受け、右の一閃。
 喉を狙ったそれを後ろに跳んで避け、間合いの外で右足を軸に回転。
 その勢いのまま、胴に横薙ぎの一撃。

「くっ……良い攻撃ですえ」

「ちっ」

 それもまた、二刀で防がれる。
 そして間をおかず、また一閃。
 攻防一体。
 前回一度戦って手の内をある程度見てはいたが――戦い辛い事この上ない。
 この戦い方、どこか真名に似ているな、と。
 剣戟の間に思い――。

「まだまだ余裕があるみたいですねー」

「ああ。どうやらそのようだ」

 ――落ち着いている。
 多少の気の乱れはあるが、どんな奇抜な攻撃にも対応できる。
 軽口を叩きながら打ち合いが出来るくらいには。

「なら、これはどうでしょーか?」

 笑う。
 あの気の高まりは……知っている。
 ふぅ――深呼吸を、一度。
 
「にとーざんがんけーん」

「来いッ」

 気で高められた剣戟、二刀ごと叩きつけられるソレを腰を落とし手受け止める。
 クッ――流石に、重いっ。

「せっちゃんっ!」

 大丈夫ですっ!
 その声は口に出せず――力任せに月詠を弾き飛ばす。

「へぇ」

「……強いな」

 正直な感想。
 少し、息が上がったので――落ち着ける。

「ありがとーございますー」

「何で関西呪術協会に牙を剥いた?」

 それだけの腕だ。
 神鳴流の中でもそれなりのレベルだろう。
 それなのに、何故、と。
 月詠がこんな危険な事に手を貸す理由が判らなかった。
 その問い掛けにまたきょとんとした表情を浮かべ、

「そうしたら、強い人と戦えるやないですかー」

 そう、満面の笑みで応えた。

「戦う為にここに居るのか?」

「はいー」

 ……驚いた、と言うのが正しいか。
 何と言うか。

「変わった奴だな」

「よく言われてますー」

 好きなんですよ、戦うのーと。
 何の迷いもない笑み。
 本当に――ただ戦う為だけに、剣を握るのか。
 まるで、私と真逆。

「いきますえー」

 そう律義に一声かけ、振り下ろしの一撃、続いて切り上げの二連。
 二刀を上手く使った連携、振り下ろしを避け、切り上げの一撃を建御雷で弾く。
 続いてその胸に肩からぶつかり、後ろに吹き飛ばし――飛ばし際に袈裟掛けに叩き斬る。
 だがそれも自分から後ろに吹き飛ぶようにして避けられてしまう。
 ……決定打が無いな。

「んー……先輩、やっぱりお強いですねー」

「そうか?」

 腰を落とす。
 両手で建御雷を構え直す。
 ふぅ。

「でも、勝つのはウチですえー」

「いや、私が勝つ」

 気を練り上げる。
 強く、強く――濃く。

「いきますえー」

 何の為に剣を振うのか。
 誰の為に剣を握ったのか。
 ――お前が戦う為に剣を振るのなら。
 ――私は護る為に剣を握ろう。
 まるで対極。

「来い」

 だから、全部を出し切ろう。
 今までよりも早く鋭い連撃。
 大技は、無い。
 隙の無い圧倒的な手数、それを受け、弾き、避ける。
 その重圧に押されるが、引かずに受ける。
 ――ハッキリ見える。
 自分でも驚くくらい落ち着いている。
 でも手は、身体は休まず動き続け――そして、月詠の動きも止まらない。
 強い。
 今まで戦った誰よりも。
 剣技は刀子さんが上。
 力はエヴァンジェリンが上。
 早さは龍宮が上だろう。
 だが、強い。
 そう感じた。
 だから――私の全部を出し切ろう。

「このちゃんっ」

 二刀重ねての一撃を力任せに弾き上げ、そう叫ぶ。
 その答えが届かないほどに、集中。
 忌み嫌った力だが、慣れ親しんだ力。
 そして――何よりも、暖かい力。
 その全部を、石剣に向けて解放する。

「『建御雷』ィ!!」

 その刀身に“力”を注ぎ込むイメージ。
 ――まるで全力を持っていかれるような疲労感。
 そして、その石の刀身が圧縮された魔力の刀身に変わる。

「おおおおおおおっ!!」

 月詠の圧倒的な手数。
 それをたったの一撃、圧倒的な力で押し潰した。







 荒い息が自分のものだと気付くのに、少しの時間が掛った。
 疲れた……。
 それに、本当に強かった。
 砕け散って地面に転がる月詠の二刀に目を向ける。
 ……強力だとは聞いていたが、ここまでか。
 西洋魔術のアーティファクト。

「せっちゃん!!」

「うわ!?」

 抱きつかれた。
 あう……。

「ち、近い、です……このちゃん」

 うぅ、やっぱりこのスキンシップには慣れない……。

「うわ、せっちゃん怪我だらけやんか」

「か、掠り傷だから」

「そう言われると、傷付きますえー……」

「……大丈夫か、月詠?」

 少し離れた位置、一際大きな竹に背を預けるように座っている月詠に視線を向ける。
 自分でやっておいてなんだが、酷い有様だな。
 傷だらけの体、それを隠す事の出来て無い所々破けている服。

「お強いんですね、先輩ー」

「……お前もな」

 このちゃんを庇うように立ちながら、手を差し出す。

「立てるか?」

「?」

 そう言うと、またきょとんと、先ほどまでこちらに刃を向けてきた少女らしくない、無邪気とも取れる顔。

「変なお人ですねー」

 さっきまで殺そうとしてた人間に手を貸そうだなんて、と。
 う……まぁ、そうなんだが。

「余裕ですかー?」

「そうじゃない」

 そう言い、手を取ろうとしない月詠。
 だが自力で立つのは難しいのだろう、手に力を込めているが震えるだけで動きそうにない。

「ねぇ、先輩?」

 どうしたものか、と考えていたら、声。

「キレーな羽根ですねー」

「……あ、ありがとう」

 マイペースな奴だな……。

「この前は負けそうになっても出さなかったのに、どうしたんですかー?」

 まぁ、ウチは本気で死合えたからええんですけどねー、と。
 コイツは本当に、戦う事しか考えてないのか……。

「このちゃん……それに、仲間が、綺麗だと言ってくれたからな」

「……ええですねー」

 そう言って、また笑顔。
 けど――私には、判った。
 これは

「ふん……お前にだってそんな人が見つかるさ」

 寂しい、そんな笑顔。
 ああ、そうか。
 何故この戦いの最中に、色んな事を考える事が出来るほど余裕があったのか。
 何故あんなにも、月詠と会話をしながら刃を振い合ったのか。
 そう言うと、またきょとんとし――今度は、本当に……無邪気に、笑う。

「ほら、手を貸してやるから立て」

 似ているんだと、思った。
 剣を握る事でしか自分を見出せなかった私。
 剣を振る事でしか自分を示せない月詠。
 このちゃんと出逢えた私。
 このちゃんの様な人と出逢えなかった月詠。
 そんな――些細な差で、この勝ちを拾ったのか。

「ええんですか? お仲間さんのお手伝いはー」

 ふん。

「私の仲間が、負けるものか」

「なるほどー」

 そう言って、月詠は私の手を握った。

「……何か、妬けるなぁ」

「ええ!?」

 や、妬けるって――!?

「やん、先輩。もう少し優しくしてー」

「お、お前もッ」

 でも――戦いの後にしては、悪くない気分だな、と。





  
――――――ネギ=スプリングフィールド

 飛び込むように向かってきた小太郎君を、チャチャゼロさんがナイフの一閃で牽制し、足を止める。
 その間に僕は呪文を完成させ、撃ち出す。
 しかしそれは同じように放たれた呪符によって相殺されてしまう。

「オイオイ英雄、モット気合入レテクレヨ」

「はぁはぁ、す、スイマセン」

 強い。
 小太郎君も――天ヶ崎って人も。

「ほらほら、どうした坊主。もうしまいか?」

 呪符だって力を込めて出してるはずだ。
 じゃなきゃ僕の魔法の射手が止められる理由が無い――なのに、何で息切れ一つもしないんだ?
 しかも、この前の夜の傷の所は包帯を巻いて上から治療用かの呪符を張ってる。
 向こうも傷を負った身体で、それでも顔には出さないのか。
 こっちだって、まだ余裕はあるけど。

「小太郎、アンタも何人形に手間取ってるんや」

「ぅ――戦い辛いねん、アレ」

 前に出る度に先読みしたみたいにナイフ振りよって、と。
 そ、そうなのか……。

「ケケケ、コッチャ年季ガ違ウンダヨ、小僧」

「格好良いっす、チャチャゼロさんっ」

「……オ前ハ黙ッテロ」

「ハイっ」

 戦いの場に似合わないカモくんとチャチャゼロさんの話で、少しの時間が出来る。
 その間に息を整える。
 さっきエヴァンジェリンさんが大きな蜘蛛を一撃で倒したほぼ無詠唱からの大魔法。
 それに至るまでのプロセス。
 ……深呼吸を、一つ。

「月詠もやられたみたいやし、さっさと片付けるで?」

「わーってるって」

 あっちはまだ余力を残そうとしてる。
 僕が勝つには、今しかない。
 本気で来られたら、とてもじゃないけど勝てる自信が無い。
 息を吸う。

「チャチャゼロさんっ」

「オウ、小僧ハ止メテヤルヨ」

 ラス・テル マ・スキル マギステル――心中で起動キーを紡ぎ上げる。
 チャチャゼロさんに足を止めてもらって、一発で行動不能にする。
 雷の暴風ほど長い詠唱じゃ不利だ、それに、威力も高過ぎる。
 そのタイミングを待つ。
 集中――胸が潰されそうなくらいの緊張。
 初めての実戦……僕は幸運だ。
 エヴァンジェリンさんにチャチャゼロさん、刹那さん。
 沢山の人と一緒に戦えてる。
 あの時とは違う。
 あの夜とは違う。
 僕は……。

「ホレ、ココダッ」

「ちっ――何で読まれるっ!?」

 チャチャゼロさんの懐に入り込もうとした小太郎君が、またナイフの一閃でタイミングを外され、距離を取る。
 無理に入り込もうとしないのは何でか判らないけど、その隙を見逃さないっ。

「チャチャゼロさん、横にっ!! 白き雷っ」

 それを確認する前に、必中のタイミングで魔法を発動。
 狙いは天ヶ崎を守る様に前に出て戦っている小太郎君。
 呪符で防がれなかったそれを、マトモに受け、

「甘いなぁ、ネギ=スプリングフィールドっ」

 そんな!? アレを受けて――。

「チッ」

 再度の特攻。
 だが今度は引かずに、傷を受けてもチャチャゼロさんの懐に入り込もうとする。
 しかし、ナイフだけじゃ防げなかったのか、器用に魔力を籠めた蹴りで小太郎君を無理やり後ろに退けた。

「はっ――まだまだやれるようやな、人形ッ」

「ゲ、手負イノ獣カヨ、オ前……」

 メンドクセー、と。

「あかん、手加減したら無理みたいやわ」

「……せやな。今のはちとヤバいわ」

「警戒サレテルゾ、英雄ー」

「う」

「アア言ウ時ハ、モット強力ナノデ一撃デ決メロヨー」

「で、でも……」

 雷の暴風じゃ……。

「オイオイ、遊ビジャネーンダカラヨー」

 マダマダ子供ダナァ、オ前ノゴ主人サマ、と。

「ネギの兄貴、大丈夫。落ち着いてやれば出来るって」

「カモくん……」

 うぅ――でも、小太郎君達……。

「狗神使いを本気にさせたなぁ、ネギ=スプリングフィールドっ」

 その影から、真っ黒な犬が現れた。
 なっ――!?

「オイオイ、オ前モ式神カヨ」

「ちゃうわ、こいつ等わワイの子分みたいなもんや」

「ドッチモ同ジミタイナモンダト思ウガネー」

「チャチャゼロさん、もっと驚く所っす!?」

「アホカ。コンナノ驚ク価値モネーッテノ」

 さっきまで一本だったナイフが、今度は両手に。
 しかも、大振り。自身の背丈以上の得物だ。

「ネギ先生ヤ、チョットオ前ノ精霊デ手伝ッテクレ」

「え?」

「いつまでも舐めんなや、人形ッ」

「犬舐メル趣味ハネーナァ」

 そう言い、器用に両手のナイフを操って影色の犬の攻撃を避けていく。
 す、凄い。
 これがエヴァンジェリンさんの従者――。
 はっ!?

「風精召喚、剣を執る戦友っ」

 僕も呼び出せる10体の精霊を召喚し、それを援護する。
 精霊が攻撃を受け、その隙にチャチャゼロさんが犬を倒す。
 そうすると瞬く間に影の犬は居なくなり、二刀のチャチャゼロさんと小太郎君の接近戦。
 さっきよりも動きの良い小太郎君、だけど、それ以上に太刀筋が鋭いチャチャゼロさんが押し返す。
 最後には天ヶ崎さんの呪符も空中で切ったりまでしてた。

「おいおいおい――マジかい」

「チッ。やっぱりまた狙撃手も来てるか」

「ヤベー、コレ過労ジャネ? アノ嬢チャンニ追加報酬ナンテ、払エンノカ?」

 龍宮さんも、来てくれてるのかな?
 ――でも。

「しっかし、やっぱ守ってもらわんと何も出来んのな、西洋魔術師っ」

「なっ!?」

 そ、それって僕の事!?

「守って貰えん状況になったら、どうなるかなッ」

 そう言った瞬間、目に見えるほどの気の爆発。
 小太郎君が――変わる?

「本気の本気やっ。行くで――」

 そう言った時には、もう僕の目の前に――っ!?
 腹と頭に衝撃。続いて、右肩を蹴られて吹き飛ばされる。
 何されたか理解する前に、吹き飛ばされた。
 チャ、チャチャゼロさんは!?

「チッ」

「おらおらおらッ」

 目にも止まらない連撃、ソレをさっきよりも早いナイフ捌きで器用に避けていく。
 ……凄い。
 よく見るとチャチャゼロさんに魔力のような膜が……魔力を纏ってる?
 多分、魔力を身体能力強化に回してるんだ。
 そう言う使い方もあるのか。
 それとも、エヴァンジェリンさんと仮契約でも結んでるのか。

「オイ、小動物ッ」

「へいっ」

 そういうと同時に、カモくんが一瞬の隙をついて前に出る。

「あ、あぶ――」

「オコジョフラーッシュ!!!」

 えええ!?
 眩しっ!

「ぅ……」

 突然の光で眩んでいた目を恐る恐る開けると……元に戻った小太郎君が倒れていた。

「ケケケ、真ッ向勝負バッカリダカラコウナルンダヨ」

「ひ、卑怯もんが……」

「闇ノ福音ノ従者ガガキニ負ケラレルカヨ」

「か、格好けーっす、チャチャゼロさん」

「ソウダロソウダロ」

 どうやら、さっきの一瞬でチャチャゼロさんが、一撃で倒したようだ。
 ……強い。
 やっぱり、僕は何にも出来なかった……。
 悔しいけど――ここで寝てる訳にもいかない。
 立ち上がろうと力を手に込め、

「闇の福音て……あの嬢ちゃん吸血鬼かっ!?」

 ああ、そうか。
 エヴァンジェリンさんって15年前に死んだ事になってたっけ。
 ……これって、知られたら危ない事なのかな?

「くそっ。吸血鬼に神鳴流の混ざり物、バケモノの所為で台無しやっ」

 ――ああ。
 それは……。

「違いますっ」

 叫び、体中が痛む。
 たったあれだけの攻撃で――僕は、なんて弱いんだっ。

「何が違う! 人じゃないヤツ! それをバケモノ言うて何がッ」

 地に付いた手を握り込む。
 力の入らない足に力を込める。
 負けてしまった身体に、心が鞭を入れる――。

「エヴァンジェリンさんも、刹那さんも、バケモノなんかじゃないっ」

「は――なら人じゃないアイツらは何や? 永遠に生きるのも、羽根があるのも人間か?」

 切れた唇を噛み締める。
 口内に溜まった血を飲み込む。

「僕の生徒ですッ」

 四肢に力を籠める。
 立ち上がる事を拒む身体を、立ち上がらせる。
 視界が霞む、息をする度に全身が痛い、またすぐにでも膝をついてしまいそう――だけど。
 それでも――譲れないモノが、一つだけある。
 それだけは認めちゃいけないのが、一つある。

「エヴァンジェリンさんは怖いし、口は悪いし、暴力的だけど、ちゃんと約束を守ってくれるっ」

 譲れないモノがある。

「刹那さんは口数が少なくて、怒った顔は怖いけど、凄く優しい人ですっ」

 守らなきゃならないモノがある。

「僕は2人の先生だっ」

 ――力が弱くても

「2人の事を知らないくせにっ」

 ――僕は先生だから。

「知るか。敵の事なんて知りとうも無いっ」

 右手を握り込む。
 集中する。
 イメージする。
 残った魔力が……全部、右手に集まるようなイメージ。
 さっきのチャチャゼロさん。
 魔力で身体を強化してた――。

「まだ動けるんかっ」

「何も知らないくせにっ……」

 この後動けなくなっても良い。
 それでもッ。

「僕の生徒をバケモノだなんて言わないで下さいッ」

 まっすぐに千草さんに向かって駆ける。
 どうなっても良い。
 動けなくなっても、倒れても――それでもっ。

「馬鹿正直に正面かっ」

 正面に結界。
 右手と結界がぶつかり火花が散る。
 突き出した手が押し返されそうになる。

「うああああああっ」

 認めない。
 認めさせもしない。
 それだけは――許すわけにはいかない。

「……そんなっ」

 押し返そうとする力が弱まる。
 もっと、もっと――ッ。

「火事場の馬鹿力かいっ!?」

「――あああああ……ッ!!」

 まるでガラスが砕けた時のような音だな、と。
 場違いにもそう感じた瞬間、右手を押し返そうとしていた力が消える。
 だから――そのまま、右手を振り抜いた。

「がはっ!?」

 荒い息遣いが僕のもので、血を吐く音が彼女のものだって気付くのに、数瞬。
 体中が痛い、叫んだ喉が熱い――右手が、痛くて熱い。

「エヴァンジェリンさんは、怖いけど、良い人です」

 不意に、泣きそうになってしまった。

「刹那さんは、不器用だけど、優しい人です」

 それはきっと、僕の生徒が、この人には認めてもらえないって、判ってるからか。

「よく知ってます」

 でも。

「だから」

 そんなのは嫌だ。

「謝って下さい。エヴァンジェリンさんに、刹那さんに」

 知らないのに、知ろうとしない。
 そんな人には、どうすれば良いんだろう?
 ……また、泣きそうになる。

「何も知らないのに、僕の生徒をバケモノだなんて言わないで下さい」

 膝はつかない。
 でも、顔を落とすと――涙が出た。
 ……この二人の事を判ってもらえない。
 その事が、酷く悲しかった。





――――――エヴァンジェリン

「ふん。決着はついたか」

「そうみたいだね」

 しかし、右腕を砕かれても涼しい顔は崩さないか。

「よく出来た人形だな」

「君こそ。3度身体を貫いても殺せないとなると」

 後はこの若造を砕くだけだが……どうしたものか。
 あまり強力な魔法を使って目立つのも得策じゃないしな。
 いくら結界内とはいえ、感知できない者が居ない訳じゃない。

「……君は、僕の知っている闇の福音とは違う?」

「なに?」

 そう考えながらも油断なく若造を視界に収めていたら、そういきなり言われた。

「冷酷無比、魔法界の恐怖の具現――そうじゃなかったのか?」

「――なに?」

 それは、今まで誰からも囁かれ続けた言葉。
 私の過去。
 なのに――それに一番違和感を感じているのは……私?

「何を言っている?」

「――何故、僕を壊さない?」

 そう、言われた。

「ふん。今から壊すさ」

 どうやって壊すか考えていただけだ、と。
 大体、その右手はなんだ? 壊れかけのくせに。
 そう言うと、首を横に振られた。

「違う」

 ――イライラする。

「どうしてまだ僕を壊していない?」

「だからそれはっ」

「折角死んだ事になってるのに、周りに気付かれたくないから?」

「ああ、そうだ。折角の自由な時間だ、失うのは惜しいからな」

 魔力を練り上げる。
 直接叩きこんで、中から凍らせてやる。

「下手な言い訳だ」

「なにっ!?」

 こ、この――人が遊んでやっていれば。

「君を変えたのはネギ=スプリングフィールドか?」

「……何を言っている?」

 私が変わった?

「私は私だ。何を――」

「なるほど」

 一瞬の油断。
 揺らいだ魔力は霧散し、若造は魔力を紡ぎ上げる。
 ちっ。

「――手を引くよ。千草さんがあの調子じゃ、どの道もう役に立たないだろうしね」

「おいっ」

「僕はフェイト。フェイト=アーウェルンクス――」

 そう言うと、何時の間にか造り出していた水溜りで転移魔法を発動する。

「私が変わっただと?」

 追うか、とも考えずに呟く。
 変わった?
 いや、私は私だ――他の誰でもない。

「……何なんだ、いったい」

 大地が抉れ、氷の矢が刺さり、石化した竹のある周囲を見ながら、溜息。
 くそ。
 そう毒づき、歩き出そうとし――破けたてほとんど役にたってない服から、鈴が落ちた。
 あ

「良かった、壊れてないか」

 ちゃんと大丈夫か確認する為に眼前に翳すと、チリン、と乾いた音。
 良い音だ。風情があって良い。
 そう思うと、さっきまでイラ立っていた感情が少し落ち着くように感じる。
 ふん――。

「これはまた、酷いな」

「無事だったか、刹那?」

 そう振り返り

「何でソイツまで居るんだ?」

「そうツれない事は無しですえー」

 ……お前、さっきまでそいつと殺し合ってなかったか?

「千草はんも負けてしまいましたしなぁ。とりあえず投降すれば罪、軽ぅなるかなーって」

「……そこは詠春のヤツに任せるが」

 何か調子狂う奴だな。
 そうだ

「木乃香」

「なに?」

 そして、何を怒ってるんだ、こっちは。
 はぁ。緊張感の無い奴らだ。

「先に実家の方に連絡して、制服を用意させておけ」

 心臓を2回と腹を1回貫かれたおかげで、制服がもうボロ切れだからな。

「刹那と、ぼーやの替えの服もついでに頼んどけ」

「あ、そか。その服じゃ帰れへんもんね」

 まったくだ。
 制服代はじじいに立て替えさせるか。
 それに、龍宮にも援護してもらったし、追加報酬も考えないとな。

「おい、二刀使い」

「何でっか、お嬢ちゃん?」

「…………この結界の抜け方は知ってるか?」

 誰がお嬢ちゃんだ、この小娘は。
 ありがたく思えよ、私は女子供は手に掛けない主義だからな。

「りょうかいー」

 それじゃ、ぼーやとチャチャゼロ達を拾って、詠春に会いに行くか。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 み、巫女さんーーーー!?

「急ニテンション上ガリヤガッタナ、コノ小動物」

 すげー、すげーぜ木乃香嬢ちゃん。
 俺、これが終わったら木乃香嬢ちゃんの仮契約プロデュースするんだ……。

「ソウカイソウカイ、デモソノ前ニ」

「あまり恥をかかせるなよ、カモ」

 ブギュル

「神鳴流ト真ッ向勝負デキルヨウニナラネートナァ」

 …………ら、楽園が遠い





[25786] 普通の先生が頑張ります 27話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/01 23:20

――――――エヴァンジェリン

「貴女が結界の外に出られるなんて、夢にも思いませんでしたよ」

「ふん。お前は、しばらく見ないうちに老けたな」

「時間が経つのは早いものですね」

 そうだな、と。
 満開の桜が咲き乱れる庭を一望できる場所での、静かな時間。
 いつ手に入るか判らないとさえ思っていた小さな自由。
 それをのんびりと受け入れながら、用意されていた茶を飲む。

「どうですか、久し振りの外は?」

「存外悪くない。人の世界も住みやすくなったものだ」

 時間に置いていかれた様な疎外感。
 知っている物が無くなり、新しい物に変わっている世界。
 そして、

「……本当に、老けたなぁ」

「そうしみじみ言わないで下さいよ」

 まぁ、お前の娘が私と同じ所に通っているんだもんなぁ、と。

「そうですね。どうです、学園は楽しいですか?」

「それなりにな」

 今はまぁ、そう退屈はしていない、と。
 今までのように誰も傍に居ない時間じゃない、毎日誰かが居る時間。
 そんな時間は――きっと、私が生きた時間の中で、そう多くない。
 そして、こうやって桜を眺めながら旧知の者と茶を飲む時間も――それなりに、楽しい。

「木乃香はどうですか? 向こうでは」

「他の連中と仲良くやっているようだぞ」

「――そうですか」

 そう言って、二人して茶を飲む。
 ふぅ。

「近況は、一応知らせてもらってるんですが」

「お前が一端の親になるとはなぁ」

「はは。貴女にもその内判りますよ」

 子を持つと心配性になるものです、と。
 そういうものかね……。
 一緒に用意されていた茶菓子を一口で食べ、咀嚼する。

「……時間が経つのは早いな」

「貴女にとっては、特にそう感じるでしょうね」

 桜を見ながら、そうぼんやりと。
 一瞬、まるで本当に世界に置いていかれたような錯覚。
 そうか、人間は歳をとるんだったなぁ、と。
 知っていた事。
 でも気にしていなかった事。
 それを、気付かされた気分。
 ――この桜があまりにも綺麗で、感傷的な気分にさせられる。

「親書に書いてありましたが、封印を解くそうですね?」

「ああ。……何でそんな事を書いてるんだ、あのじじいは?」

 まったく。
 いくら東西の長が身内同士とはいえ、そんな事書くなよ。
 呆れ交じりに溜息を吐く。

「そうですね。きっと――」

 そこで言葉を止め、こちらを見てくる。
 ふん。

「こちらが小さいからと、そう見下ろされると腹が立つんだがな」

「それは失礼」

 少し、騒がしい。
 どうやら、ウチの連中が何やら騒いでいるようだ。
 いつも思うが、もう少し静かに出来ないものか。

「元気ですね」

「女はもう少しお淑やかな方が良いと思うがな」

「そうですか? 子供は元気なのが一番ですよ」

「……それもそうだな」

 アイツらがいきなり静かになったら怖いしな。
 そう考えると、元気なのも悪くはないのかもしれん。

「詠春、お前は下の者をちゃんと押さえろよ」

「耳に痛い」

 そう、苦笑。

「親書の方にもそう書いてありましたよ」

「今回娘と私達を巻き込んだのは、お前の落ち度だと言う事だ」

「……申し訳ありません」

「ふん」

 ま、それももういいがな。
 終わった事だ。
 旅行も後一日ある――最後の日は何の気兼ねもなく、過ごせる訳だ。
 そう考えると気分も軽くなる。

「荒事には慣れてる……が、尻拭いは苦手だからな?」

「はい。後はこっちで何とかしますよ」

 だと良いがな。
 やっと手に入った小さな自由なんだ――これ以上乱さないでほしいものだ。

「エヴァ」

 静かな声だった。
 穏やかで、安心しきったような……そんな声。

「何だ?」

「木乃香をよろしくお願いします」

 そう言われた時、一瞬ピンとこなかった。
 何を言っているんだ、とそう思いさえした。

「私は悪の魔法使いだぞ?」

「……ふふ」

 何故そこで笑う?

「貴女の傍が、一番安全でしょうしね」

「おいおい。吸血鬼の傍に居たら、血を吸ってしまうぞ?」

「そうですか?」

 ま、私は女子供は襲わん主義だがな、と。
 そう言うとまた小さく笑う。
 まったく。

「変わりましたね」

「……お前もか」

 小さく、だが聞こえるように、溜息。
 はぁ――そんなにお前達は、私は変わったように言うのか。

「も?」

「フェイトとか言う小僧。さっき話したヤツだ。ソレもそう言ってたな」

「……ふむ」

 まぁ、知っている事は全部報告したぞ。

「それは良いのですが……」

「ふん」

 冷めてしまった茶を飲み干す。

「私は私だ。これまでも、今も、そしてこれからも、だ」

「そうですね」

 ――また、笑う。
 穏やかな、静かな笑み。
 以前会った時も、そうまで感情的にはならないヤツだったが、今はそれに輪を掛けて――。

「私は変わらない」

「……そうかもしれませんね」

 ふん。

「かも、じゃない。変わらないんだ」

 成長する事もなく、ただ静かに、時間に置いていかれる。
 この600年がそうであったように。
 これから先の600年もそうなのだ。

「詠春。ぼーやにナギの隠れ家を教えてやってくれ」

「判っていますよ」

 ――そうか。
 満開に咲き誇る桜を、見る。
 この光景があまりに美しく――散る花弁が可憐だから、こうも感傷的になるのだろう。
 今までを振り返り、そしてこれからを考えてしまうのは――桜の所為だ。

「帰る」

「気を付けて」

 ――ふん。







 旅館が目に見える場所に戻った時には、陽が完全に傾いていた。
 はぁ。結局今日一日を全部使ってしまったか。

「ハー、ヤット御役御免カァ」

「喋るな、アホ」

「ヘイヘイ」

 誰かに聞かれたらどうするんだ、と。
 まぁ周りには誰も居ないのは判っているんだが。

「すみませんでした、エヴァンジェリンさん」

「ん?」

 突然、ぼーやから謝られた。
 何の事だ?

「僕がもっと強かったら……」

「ぼーやごときがどれだけ強かろうが、こう言うのは大して変わらんよ」

 一人で出来る事なんかたかが知れているのだ。
 それこそ、ナギのような力と影響力があれば個人でもどうにかできるんだろうが。
 人と人の争いほど面倒な事はない。

「でも――」

「知らん。そう思うなら強くなれ」

 私が言えるのは、それくらいだ。

「どうせ、今日は何もできなかったからと落ち込んでいるんだろう?」

「え、そうなん?」

 ソレにはぼーやではなく、先を歩いていた木乃香が反応した。
 また面倒な。

「ネギ君、凄い頑張ってたやん」

 あの女の人倒してたし、と。
 まぁそうだな。
 アレも、今のぼーやにとったら格上だろう。
 魔力量ではなく、経験的に。

「はい。天ヶ崎は相応の使い手です。それを倒したのですから」

「でも」

 ふむ。
 それを聞いても、ぼーやの表情は晴れない。

「何を考えてるのかは知らんが、自分の意思を貫きたいなら、強くなれ」

 弱者は悪。強者が正義。これが世界の根底なのだから。
 これは、誰にも変えられない事だ。
 だから私は強くなった。
 魔法を覚え、従者を造り、恐れられるほどにまで――強くなったのだ。

「それが出来ないなら、自分より強いヤツに従うんだな」

「……エヴァンジェリン。それは言い過ぎだ」

「あのなぁ……」

 言い過ぎなものか。
 ぼーやはもう実戦を経験した。
 今回は運良く生き残れたが、次また生き残れるかはぼーや次第なのだ。
 強くなる意思が無いのなら、強いヤツに従ってでも生きる方が良いと思うがな。

「自分達が死なないとでも勘違いしているのか?」

「ぅ」

「木乃香もだ。修学旅行が終わったら、一通りは教えてやる」

 そこから先は、自分で考えろ。
 面倒は見ると言ったが、当面だけだ。
 その後はじじいにでも任せるか。

「よろしくお願いしますね、エヴァちゃん」

「……ああ」

 この女は、魔法を覚えると言う事をどう考えているのか。
 日常を捨てると言う事。
 普通に戻れなくなる事。
 いつか必ず――後悔すると言う事。

「ん? なに?」

「いや」

 何でも無い、と。
 しかしその面倒臭いのもそれで終わりだ。
 修学旅行を楽しんで、後は呪いを解く。
 その先はどうするかな……。
 歩きながら、ぼんやりとそんな事を考える。
 何をするか――それすら今の私には無い。

「ネギ先生、大丈夫ですからそう落ち込まないで下さい」

「……はい」

 まったく。

「ん?」

 旅館の前に集まって何してるんだ?

「おい」

 旅館につくと、その入り口に2人。
 ――知った顔があった。

「神楽坂明日菜、何をしているんだ?」

「へ? ああ、お帰りエヴァ」

 いや、それは良いんだが。

「あれ? エヴァンジェリンさん何処か行ってたの?」

「ああ……それで?」

 佐々木からの質問に適当に応え、視線を下に向ける。
 そこには――猫が居た。
 麻帆良でもそう言えば茶々丸が世話してたなぁ、と。

「飼い猫か?」

「ううん。野良だって」

 ふぅん。
 こう見ると可愛いもんだな。

「ほら、来い」

 その2人に混ざり、私も手を出すが……寄り付きもしない。
 ちっ、だから動物は嫌いなんだ。

「エヴァも動物から嫌われてるんだー」

「うるさいな……」

 ……ん?

「私も?」

「うん」

 ふむ。私以外にも嫌われ者がいたか。
 可哀想な事だな。

「マスター、御無事でしたか?」

「ああ――それで、お前は何をしてるんだ?」

 声の方に振り返ると、ミルクと空の食器を持った茶々丸が立っていた。
 ……まぁ、聞かなくても判るが。

「猫さんに餌を」

「そうか」

 そうだろうな、と。
 まぁ良いか。
 どうせ自由時間だ。

「お前はよく懐かれるなぁ」

「そうでしょうか?」

 ま、いいがな。
 さて、と。

「あ、もう行くの?」

「私は嫌われてるようだからな」

「そっかな?」

「今まで動物に懐かれた事もない」

「うわぁ」

 そんな声を出すな。余計に悲しくなる。
 くそ。

「あ、そうだ」

「……今度はなんだ?」

「明日は一緒に回れる?」

 …………はぁ。

「ちゃんと班分けしてあるだろうが」

「だって、エヴァ今日も用事で居なかったじゃない。折角の自由行動なんだから」

 初日も何だかんだ言って一人で行動が多かったし、と。
 はぁ。
 まぁ、それはこっちが悪いから何とも言えんが。

「気が向いたらな」

「うんっ」

 まったく、と。

「あまり私に関わるなと言ったはずだがな」

「そうだっけ?」

 ……はぁ。
 何でこんなにこの女は楽しそうなんだか。
 ああ、修学旅行だからか。

「なになに、何の話?」

「なんでもない、なんでもない」

 佐々木まき絵を軽く流す神楽坂明日菜から離れる。
 ――まぁ、気が向いたら、一緒に行動するか。
 そんな事を考えながら旅館に入ると、入り口近くの椅子に座っている見慣れた背が目に入った。

「先生」

「ん? おー、ネギ先生達と一緒じゃなかったんだな」

 ネギ先生達はもう帰ってきたぞ、と。

「ああ。そこで猫を見てた」

「絡繰に懐いてるヤツか」

 懐いてるのか。
 呆れたように溜息が出てしまう。
 よくもまぁ、動物に好かれるやつだ。
 そんな事を考えながら背を向け、
 そうだ、と言う声。

「おかえり、マクダウェル」

「ただいま、先生」

「今日は楽しかったか?」

「……そうでもない」

 そう言うと、小さく笑う。

「ま、学園長からのお使いだしな」

「ふん」

 判ってるじゃないか。
 しかも、観光所巡りも全然できてないしな。

「明日は大丈夫なのか?」

「ああ。明日は自由時間を満喫するさ」

「それは良かった」

 ――ふん。

「先生は何をしていたんだ?」

「ん? ほら、猫の餌やり、外でしてるから見てないとな」

 なるほどな。
 先生にならうように視線を外に向ける。
 まぁ、何かあっても茶々丸が居るから大丈夫だろうが。

「疲れただろうから晩ご飯まではゆっくりしてろ」

「言われなくてもそうさせてもらうよ」

 そう声を返し、ロビーを後にする。
 さて、晩ご飯まではゆっくりするかな。
 もう気を張る理由も――まぁ、あまり油断し過ぎも問題だが。
 昨日までほどは張らなくても良いだろう。
 旅館周りには今も結界が張ってある。
 ――修学旅行も、明日一日しかないのだし。

「ふむ」

 ……そう言えば、ただいまなんて言ったのはいつ以来だったか。
 麻帆良に来て、じじいに住みかを与えられてもチャチャゼロは喋れなかったし。
 茶々丸には、そう言う事を言った記憶は無い。
 なら、麻帆良に来てからは使った事は無いのかもな。

「ま、いいか」

 だからどうした、と言うだけなのだが。
 さっさと着替えてのんびりしよう。
 疲れた。






――――――

「また来てるのか」

「はい」

 少女達の輪を上から覗き込むように見ると、先日見た子猫がまたミルクを飲んでいた。
 ……俺たちが旅行から帰っても、大丈夫かな?
 とも思うが、そこまで面倒も見きれないだろう。

「あ、先生。さっきエヴァ帰ってきてたよ」

「おー。会ったぞ」

「何か言ってた?」

「疲れただとさ」

 いつも通りのマクダウェルの答えに苦笑してしまう。
 まぁ、明日は大丈夫だと言っていたから――楽しめるだろうけど。

「この子可愛いねー」

「だがな、佐々木。連れては帰れないからな?」

「えー」

「連れて帰って、誰が面倒をみるんだ?」

「うー」

 まったく、と。

「それより、そろそろ中に入れよ? もう結構な時間だからな」

「はーい」

 もう日も落ちてきた、外に居るのは何かと問題があるだろう。

「あ、先生」

「ん? どうした神楽坂?」

 猫と遊んでいた神楽坂が……なんかこう、困ったような顔でこっちを向く。
 うん。嫌な予感しかしない。

「明日の自由行動、エヴァって一緒なのかな?」

「あ、そっちか」

「へ?」

 いや、と。

「一緒じゃないのか? 流石に、最終日まで用事は――無いと思うぞ?」

 さっきは何も言ってなかったし。

「ほんと?」

「ああ……というか、俺に聞くくらいなら自分で聞いたらどうだ?」

「いやー。さっきも言ったんだけど、気が向いたらって言われて」

 そうか?
 アイツ、気が向いたらって言ったら大抵の事はやってくれるから大丈夫だと思うけど。
 まぁ、大丈夫だろ。
 何だかんだ言って、神楽坂とよく一緒に居るし。

「大丈夫だと思います」

「絡繰もそう思うか?」

「はい」

 なら大丈夫だろ、と。

「ありがとー、茶々丸さんっ」

「……いえ」

「明日菜って、エヴァちゃんと仲良いよねー」

「そう?」

「うん。だって、ちょっと怖い所あるじゃない」

「あー、喋り方とかこー……難しい言い方するもんねー」

「うんー」

 そこか。
 まぁ、神楽坂と佐々木らしいと言うか。
 微笑ましくて苦笑してしまう。

「ほらほら、話は中ですれば良いだろー」

 ぱんぱん、と小さく手を叩く。

「「はーい」」

 まったく。
 一つ話題が出来れば、前の事を忘れるのはどうにかならないものか。
 それが一つ、問題だなぁ。

「先生」

 ん?

「絡繰も早く中に入れよ? 猫が使った容器は返しとくから」

「いえ――それより」

「なんだ?」

 どうにも、今日は色々聞いてくるなぁ。
 シネマ村でも何度か聞かれたし。
 ……そのうち答えきれない事聞かれたら、と思うと少し怖いんだが。

「今日も御迷惑をおかけしました」

「マクダウェルか?」

「はい」

 うーん。

「でもまぁ、先生だからなぁ」

 それに、今回のは悪いのは学園長だし。
 まぁ悪くは言わないけど。
 きっと大事な用だったんだろうし。

「マクダウェルがやりたい事なら、なるだけ叶えてやりたいしな」

 本人は、今日は乗り気じゃなかったみたいだけど、と。
 それでも自分からネギ先生についていくって言った事は、何かしら理由があったんだろう。

「マスターが先生の生徒だからですか?」

「おー」

 しかし、この猫良くミルク飲むなぁ。
 将来は大きくなるかもな。

「絡繰も何かやりたい事があったら言って良いからなー」

 頑張れるだけ頑張ってはみるから、と。
 だがまぁ、そんな格好良い事を言っても、出来る事は殆ど無いのだが。
 良くてワガママを聞いて振り回されるのが関の山か。
 はぁ……何も出来る事が無いなぁ、俺。

「…………」

 さて、と。

「それじゃ、戻るかー」

 またなー、とミルクを飲み終え背を向けた子猫に声を掛ける。
 返事はない。
 まぁ、当たり前か。
 そう苦笑して立ち上がり

「先生」

「んー?」

「その時はよろしくお願いします」

 そう頭を下げられた。
 む……そう返されるとは予想してなかった。
 もっと軽い感じで来ると思ったのに。

「ま、出来れば簡単なので頼むなー」

「はい」

 絡繰はそう無茶な事言わないだろう、と思うけど。
 そこは心配しないで良いから、安心だな。




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「うわ、このオコジョ禿げてるアル」

「……クーフェイ、あまり言ってやらない方が良いでござる」

「ストレスでしょうか? ネギ先生のペットなんて羨ま――ゲフン」

「ペットのストレスって、どう解消すればいいのかな? ゆえゆえ」

「適度な運動じゃないです?」

 うう、うううう………ッ。

『ケケケ、大人気ジャネーカ』

 ウワーーーーーーン。
 チャチャゼロさんのアホーーーっ。





[25786] 普通の先生が頑張ります 28話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/02 22:39
「おはよー、絡繰」

「おはようございます、先生」

 旅行中の朝恒例となってしまった旅館周辺の散歩。
 何故か今日も絡繰は俺より早起きして、また庭に居た。
 マクダウェル手作りの人形、チャチャゼロと一緒に。

「相変わらず朝早いなぁ」

「いえ。先生はお疲れではないのですか?」

「ん?」

 俺?

「んー、まぁ、何とか大丈夫だ」

 何が大丈夫か、と聞かれたら答えるのが難しいんだが。
 だからと言って生徒に疲れている、と答えるのも嫌だったので適当に濁しておく。
 しかし

「ですが、昨日の朝よりも今朝がお疲れのようです」

「そうか?」

 ……うーん。
 顔を洗う時は気付かなかったけど、顔に出てたかな?
 まぁ、少し動いたら大丈夫だろ。

「絡繰は大丈夫なのか? 朝早いけど」

「いえ――大丈夫です」

「そうか?」

 腕時計を見る。

「まだ少し、部屋でゆっくりできると思うけど」

「大丈夫です」

「そ、そうか」

 なんか、思いのほか強く返されてしまった。
 いや、別に大丈夫ならいいんだけど。

「しかし、今日もその人形持ち歩いてるんだな。好きなのか?」

 どちらかと言うと、マクダウェルに似合うイメージがあるんだが。
 昨日は龍宮が持ってたし。
 まぁ確かに、どことなく愛嬌はあるなぁ。

「はい。家族ですので」

 家族?
 人形を家族、と言う所は年相応と言うか。
 微笑ましいなぁ、と。
 感情の起伏が判り辛いけど、やっぱり絡繰も女の子なんだなぁ。

「そうか、ならしょうがないなぁ」

 ロビーで買ってきたコーヒーを一口。
 朝日に照らされた自然を見ながらだと、一段と美味く感じる。
 ……飲んでるのは120円のコーヒーなのが、アレだけど。

「どうしました?」

「んー……いや、別に」

 俺って庶民だなぁ、と。
 別の言い方をすれば安いと言うか、何と言うか。
 そう考えて苦笑してしまう。

「マクダウェルは寝てるのか?」

「はい。マスターは昨日お疲れになったようなので」

 ギリギリまで、と聞いております、と。
 そうか……まぁ、近衛の実家がどこかは知らないけど、遠かったんだろうな。
 うーん。今日は大丈夫かなぁ。

「何をしていたか、聞かれないのですか?」

「ん?」

 えっと。

「昨日の自由行動をか?」

「はい」

 まぁ、教師としては聞いておきたいし、近衛の実家に一報入れるべきなのかもしれないけど。

「アイツはアレで、しっかりしてるからなぁ」

 下手に手を出してややこしくしたくないと言うか、何と言うか。
 それに学園長とも個人的に親しいみたいだし。
 俺なんかは手を出さない方が無難だろう。

「そう言う点では、信頼してるし」

「そうですか」

 飲み終わったコーヒーを持ち、のんびりと歩く。
 しかし……生徒と二人で散歩って、他から見られたら結構危険だよなぁ。
 特に他の先生方とか、朝倉とか。

「絡繰、そろそろ着替えてきた方が良いんじゃないか?」

「朝食までは、まだ時間がありますが?」

「いや、着替えとか時間かかるんじゃないか?」

 女の子は着替えには時間かかるからなぁ、と。
 どうしてあんなにかかるんだろうか?
 化粧とかも慣れてるはずだろうに……買い物と着替えはいまだに判らん。

「いえ、私はすぐ準備できますので」

「そうか?」

 うーん……もう一度、腕時計を見る。
 まぁ確かに、時間はもう少しあるけど……朝が早い生徒は起き出す頃だ。
 色々と寝起き的な意味で俺はもう少し外に居たいんだが。

「マクダウェルはそろそろ起こした方が良いんじゃないか?」

「……そうですね」

 アイツは朝弱いからなぁ、と。
 きっと絡繰が居なかったら、遅刻魔なんだろうな……。
 いや実際、2年までは遅刻早退の常習犯だったんだが。

「それでは先生、こちらを」

「ん?」

 そう言って差し出されたのは、チャチャゼロ。
 何で?

「お守りです」

「……そ、そうか」

 お、お守り?
 差し出された人形を受け取り、とりあえず脇に抱えるのもアレなので両手で持つ。
 …………うーん。
 成人男性が持つにしては、シュールなお守りだよなぁ。

「それでは、失礼します」

「おー、また朝食の時になー」

 小さく一礼して去るその背を目で追い……小さく溜息。
 もう少し、時間を自由に使えばいいのに、と。
 旅先で疲れてるだろうに、もう少し寝てても良いと思うんだが。

「どーしたもんかなぁ」

 それを本人が気にしていないので、俺がとやかく言う事じゃないんだけどさ。
 両手に持った人形を見る。
 素人が造ったとは思えない人形。
 確か、なんか凄い人形遣いの人に聞いたとか言ってたけど。
 ……家族、なぁ。

「お前の家族は、もう少し自分の時間を持てばいいのになー」

 折角の旅先なのに、ここでも早起きとか。
 まぁ、そこは絡繰の自由だけど。
 それじゃ、もう少ししたら俺も中に戻るかなぁ。







 朝食を食べ終わり、ロビーで班ごとに集まっていた少女達に今日の行動予定を聞いていた所

「申し訳ありません。木乃香の副担任の方、ですか?」

 ……男性から話しかけられた。
 だ、誰?
 って、今木乃香って言った?

「近衛――っと、木乃香さんのご家族の方でしょうか?」

「はい。木乃香の父、近衛詠春と言います」

 そう言って、笑顔で右手を差し出してきたので、それに応じる。
 ……いや、それは良いけど。

「えっと、どうしてこちらに?」

「いえ。昨日ネギ先生に伝え忘れた事がありましたので」

「ネギ先生ですか?」

 えっと……。
 あれ、どこ行った?

「えーっと、多分、もう少ししたら来ると思いますけど……」

 トイレかな?
 今日はなんか筋肉痛って言ってたし、もしかしたら部屋に戻ってるのかもしれない。
 携帯を取り出し、

「あ、いえいえ。待ちますから大丈夫ですよ」

「そうですか?」

 申し訳ありません、と。
 しかし、ネギ先生に伝え忘れた事?
 何だろう……まぁ、昨日近衛の実家に言ったらしいから、その時か。
 ――ま、聞くような事じゃないな。

「せせせ、先生!?」

「うお!?」

 い、いきなり後ろから大声を出すなよ。

「ど、どうした神楽坂?」

「ここ、こちらのオジ様はっ?」

 凄いドモリ方だな、お前……。
 高畑先生はどうなったんだ? まったく。

「少しは落ち着け……あー、こちらは近衛の」

「お父様!?」

 ……お父様!?
 そう言う呼び方は初めて聞いたなぁ……雪広辺りも言いそうだけど。
 やっぱり、近衛って良い所のお嬢様なんだなぁ、と場違いに考えてしまう。

「どないしたんです?」

「なに、ネギ君に少し話をと思ってね」

 まぁ俺は居ない方が良さそうだなぁ、と。
 神楽坂の肩を押し、一緒に離れる。

「ちょっとっ、先生っ」

「アホかっ、折角の家族水入らずに水を差す気か?」

「ぅ」

 まったく。

「……後で木乃香に紹介してもらお」

「なんかおかしくないか、言い方?」

「そう?」

 …………近衛さんが帰られるまで、コイツからは目を離さない方が良さそうだ。
 まさか、こんな所にも注意しなきゃならんのが居たとは。

「そうだ、先生。それなら少し話しませんか?」

「喜んでっ!」

 いや、お前先生じゃないから。
 周囲に視線を向けると、ちょうど雪広と目があった。

「雪広ー」

「……くっ」

「何であやかを呼ぶの先生!?」

 どうやら俺が言いたい事は伝わったらしい。
 すまないなぁ、と神楽坂を預ける。

「ちょっとっ!?」

「頼んだ」

「任せて下さいませ」

 お前も、ネギ先生が居ないと安心なんだがなぁ。
 文字通り引き摺られていく神楽坂を見ながら、そう心中で呟く。
 同い年辺りとかは駄目なんだろうか、と考えながら近衛さんの方に足を向ける。

「すみません、お待たせしました」

「いえ、お時間はよろしかったですか?」

「あ、はい。まぁ、大丈夫です」

 テーブルを挟む形で近衛親子の対面に座る。
 ……第一印象は、優しそうな人だなぁ、と。
 笑顔がどことなく近衛に似ている。
 いや、近衛がこの笑顔に似ているのか。

「せんせ、迷惑掛けてごめんなさいー」

「いい、いい。実家から出てきてるんだ、お父さんだって心配だろうし」

「はは――バレてましたか」

 近衛の学園での状況が知りたかったのだろう。
 心配だろうし――やっぱり、この歳で親元を離れられたら。
 そう言うのは、何となく判った。

「うぅ……」

「そう恥ずかしがらなくても大丈夫だろうに」

 素行が悪い訳じゃない。むしろ良い方だ。
 恥ずかしがる事なんて無いと思うんだけどなぁ。
 まぁ、そう言うものかもなぁ、とも思うけど。
 授業参観とか三者面談とか、変に恥ずかしかった記憶があるし。

「そ、そうやなくてぇ」

「ふふ。それで先生、木乃香は学園の方ではどうでしょうか?」

「近衛さんが心配されるような事は。成績も、生活態度も問題ありませんし」

「あーうー」

 顔を赤くした近衛と言うのは、初めて見た気がする。
 でも本当の事だし。

「クラスでも一番友達が多いかもしれません」

「そうですか」

 そうして、安心したような近衛さんの笑顔と、

「も、もうやめて、せんせ。ウチ死ぬからっ」

 羞恥に耐えきれなくなって、声を上げる近衛。

「はは」

 そう笑う近衛さんを叩く近衛は、やっぱり見た事の無い近衛。
 家だと、こうなんだろうなぁ。
 そう思うと、余計に微笑ましく見えてしまう。

「ネギ君とは、どうなんでしょうか?」

「ネギ先生、ですか?」

「な、なんもないわっ」

 おー、怒った。

「えっと、ネギ先生が今どこに住んでいるかは……」

「大丈夫です。学園長の方から聞き及んでますから」

「そうですか」

「せんせも、流さんといてっ」

 うーん。
 違うのー、と言う声を聞き流しながら、

「まぁ、先生としても親御さんに言える所は全部言いたいと言うか」

 下手に隠して、後で拗れたら嫌だし。
 ネギ先生が同室と言うのを知ってるなら、大丈夫だとは思うけど。

「うぅ、生徒と親のどっち取るんー」

「そりゃ……出来れば生徒を取りたい所なんだが」

 そう苦笑し。

「いつもネギ先生の食生活を任せてしまって――心苦しいばかりです」

「そうですか。木乃香、料理はちゃんと作れるんですか?」

「き、き……きちんと作れる」

「はい。ネギ先生や友人からも好評です」

「なるほど」

「なんでせんせが答えれるのっ!?」

「そりゃ、先生だからなぁ」

 と言うか、ネギ先生から聞いたからな。
 凄い美味いらしいなぁ、と。

「ね、ネギ君のあほー」

 そう言ってやるなよ。
 美味いって褒めてくれてたんだから。

「先生は食べられた事は?」

「はは。残念ながら」

「……今度、食べに来ます?」

「遠慮しとく」

 女子寮の中に入れるか、と。

「うー」

 はは、と笑ってしまう。
 やっぱり親御さんと教師が話すのが嫌なのは、誰でも一緒なのかもなぁ。

「上手くやっているようだね、木乃香」

「……ふん」

 ありゃ。

「おや、嫌われてしまったかな?」

「どうやらそうみたいですね」

 さて、と。
 気さくな人だなぁ、と。
 2人そろって、小さく笑い――視線をその後ろへ。

「ネギ先生」

 丁度見かけたその姿に声を掛ける。

「あ、長さん」

「おはようございます、ネギ先生」

 それじゃ、俺はそろそろ、っと。

「それでは、私は席を外しますね」

「申し訳ありません、気を使ってもらって」

「いえ」

 それでは、と一礼し

「ネギ先生、後はよろしくお願いします」

「はい? ……あれ? 木乃香さんどうしたんですか?」

「ネギ君のアホー」

「ええ!?」

 えっと。
 あと今日の予定を聞いてなかったのは……。

「なんだ。詠春のヤツ、来たのか」

「ん?」

 詠春……って、近衛さんの名前か。

「こら、年上の人を呼び捨てにするもんじゃないぞ?」

「……ふん」

 まったく。

「近衛さんの事、知ってるのか? って、昨日会ってたんだっけ」

「ああ。先生こそ、何を話してたんだ?」

 ん? 俺?

「いや、学園での近衛の事を話してた」

「……そうか」

 ??

「何か変な事言ったか?」

 そこでそう、何で――何か、安心したように笑うのか。

「あ、マクダウェルの事は話してないぞ?」

「いや……別に。少し気になっただけだ」

「近衛の事も変な事は言ってないと思うから、大丈夫だぞ?」

「そうじゃないんだが――まぁ、話してないようだし良い」

 なんだそりゃ?
 どうにも、要領を得ない物言いに首を傾げてしまう。
 まぁ、今に始まった事じゃない、と言えばそれまでなんだが。

「それより、今日は何をするんだ?」

「ん? いきなりだな」

 何をするんだ、って聞かれても。

「一応、お前達が行く所聞いて、そこを見て回るかなぁ」

 有名な所なら金閣寺やら、銀閣寺やら。
 その辺りに先回りして、ちゃんと来るか確認取るくらいかなぁ。
 昨日は皆遊び回ったみたいだから、今日もある程度行動がまとまってて楽だし。

「そうか」

「マクダウェルは、どこ行くんだ?」

 神楽坂には、まだどこ行くか聞いてないんだよ、と。

「有名所を回る」

 簡潔だが、力が籠った言葉だった。
 ……よっぽど、京都が好きなんだなぁ、と。
 外国人なのに日本の文化に興味があるとは――良い事だな、うん。

「ま、事故しないようにな?」

「ふん」

 さて、それじゃ後は……っと。







 生徒達を送り出し、一息吐く。
 ネギ先生は近衛さんに付いていって、後で合流するそうだ。
 何でも、大事な用事を忘れていたとか。
 丸一日かかる用事でもないそうなので、昼くらいにはちゃんと仕事してもらおう。
 この広い街を見回るのは、大変なのだ。

「先生。早く行こうよー」

「……いや、行けば良いだろ」

 何で残ってるんだ、お前達、と。
 神楽坂、マクダウェル、絡繰の3人。
 少し離れた位置では、瀬流彦先生も同じような状態だった。
 どうも、複数の生徒に誘われているらしい。

「だって、先生と回ると一々報告しなくていいから楽だし」

「そんな理由かよ……」

 どうにも、瀬流彦先生の所とは温度差があるようだ。
 というより越えられない一線がある様な気がする……はぁ

「折角の修学旅行なんだから、自分たちで楽しんでこい」

「いーからいーから」

 そう言って手を引かれても、なぁ。
 むぅ。
 絡繰に向けると――こっちは特に何も言わず待っている。
 絡繰からの援護は無いようだ。ちょっと泣ける。

「綾瀬達はどうしたんだ?」

「今日こそゲーセン巡りだって」

 自由だなぁ、アイツら。
 大丈夫だとは思うけど。
 もう班分け関係無いよな……まぁ、それはどこも一緒か。
 最終日くらいは好きにさせてやるかぁ。
 ……苦労するのはこっちだけど、ま、いいか。

「そんな所巡る時間があるか」

「まぁ、マクダウェルは京都好きみたいだもんな」

「ふん」

 しかし、だ。

「教師と一緒に居ても楽しくないだろ?」

「そう? 昨日は結構楽しかったけど?」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけどなぁ」

 ちょっと本気で嬉しかった。
 顔には出さないようにして、言葉を続ける。

「折角の修学旅行なんだから」

「どうでも良いから、さっさと行くぞっ」

 ……はぁ。

「絡繰は良いのか?」

「私は構いません」

 さよか。

「それじゃ、行くかー」

「ああ。早く行くぞ」

 ま、後で我慢できなくなって好きに移動するだろ。
 それに、神楽坂じゃないが、一緒に行動してもらえるとこっちも安心だし。

「あ、タクシー代ちゃんと出すから」

「……いや、移動費くらいは出すぞ」

 どうせ経費で落とすし。
 しかし、そう言う所はちゃんとしてるんだな、神楽坂。







 楽しいかー?
 そう何気なく聞いた言葉に答えは無い。
 先ほどの金閣寺の時もそうだったように、俺は近くのベンチに座り、マクダウェルと神楽坂の後ろ姿を眺める。

「マスター、嬉しそう」

 だなぁ、と。
 さっきもそうだった。
 満足するまで眺める、その間は無言。
 堪能している、と言えるのか。
 それに付き合っている神楽坂も、こう言う静かなのは嫌いじゃないのか、黙っている。
 と言うより、マクダウェルの表情を見てる。
 百面相でもしてるんだろうか? ありえて、小さく笑ってしまう。
 ……本当に、仲が良いなぁ。

「絡繰は良いのか?」

「はい。私は十分です」

 そうか、と。
 生徒がちゃんと通ったのを記す名簿を開き、三人の欄に印を付ける。
 各クラス分のこれは、全員の教師が持っているものだ。
 俺と瀬流彦先生が寺関係、新田先生と葛葉先生が見回り。
 他の先生達も各々のクラスの班と一緒に回ったりと担当を持っている。
 ばらばらに動いて、少しでも目に付く所に居ようとしてるんだが――まぁ、京都は広過ぎる。
 俺も一応先回りは出来てるだろうけど、遅い生徒には電話で連絡を取るようにしている。
 あと、綾瀬達のようにゲーセン巡り達、他の所に行っている生徒にも。

「絡繰、お前も座ったらどうだ?」

 何で後ろに立つ?
 正直落ち着かないんだが……まぁ、そうも言えないのでベンチの隣を勧める。

「宜しいのですか?」

「ん? ああ。立たれるよりは」

 むしろ、本当なら逆だし。
 俺が立って絡繰が座るのが普通だろう……多分。
 こんな所だと。

「失礼します」

「そう畏まらなくても良いんだが」

 そう一言断って座る絡繰に苦笑してしまう。
 どうにも、慣れないなぁ、と。
 いや、もう聞き慣れてはきてるんだが――言われ慣れてないと言うか、俺はそんなに偉くないし。

「申し訳ありません」

「謝らなくても……ま、こっちものんびりやっていくかなぁ」

 まぁ、礼儀が良いのはそう悪くは無いんだけど。
 絡繰くらいもっと、こう……マクダウェルも礼儀良ければ。

「どうかなさいましたか?」

「いや」

 そう小さくかぶりを振り、どうしたものかな、と。
 特にする事が無い。
 というより、他の生徒達が来ないと

「教師と一緒に居て、つまらないんじゃないか?」

 名簿から視線を上げる事無く、そう聞いてみる。

「いえ」

「そうか?」

 羽目を外す事も出来ないだろ、と。
 折角の修学旅行なのにこうやって神社仏閣を眺めてるだけじゃ、面白くないだろうに。
 教師として言う事じゃないと思うが、でも少しくらいは羽目を外した方が楽しいと思うがなぁ。

「マスターは明日菜さんと一緒で楽しそうです」

「……そうだな」

「なら、それで良いです」

 でもな、きっと沢山の友達と一緒に回るともっと楽しいぞ、と。

「そうかもしれません」

 それに

「絡繰だって、自分の好きな所を回りたいんじゃないか?」

 さて、と。
 どこの班が最初に来るかね。
 名簿を閉じて、伸びを一つ。
 ふぁ――良い天気だな。

「お疲れですか?」

「んー……天気が良いからなぁ」

 まぁ、少し寝不足かもな。
 修学旅行、全部遅くまで起きてるし。
 動き回って疲れてるし。
 もう一度、欠伸がでる。

「お休みなられますか?」

「そんな訳にもいかないだろ」

 そう苦笑してしまう。
 まったく――生徒に心配されてるよ。
 財布は、っと。

「神楽坂ー、何か飲むかー?」

「じゃあ、オレンジジュースで」

「おー。マクダウェルはー?」

「私はお茶で良い」

 判ったー、と。

「絡繰はなに飲む?」

「……それでは、先生と同じ物で」

 そうか?

「別に、好きなの飲んで良いぞ?」

「いえ。特に好みはありませんので」

「ん、判った」

 しかし、こんな日本の昔の神社の近くに自販機ってのも風情が無いなぁ、と。
 そんな事を考えながら、小銭を入れてボタンを押していく。

「ほら、一服入れたらどうだ?」

「ああ」

「ありがとー、先生」

 あんまり教師が生徒に何かを、って言うのは良くないんだが。
 ま、これくらいなら良いだろ。

「眺めてて飽きないか?」

「まさか。中々趣があって良いじゃないか」

 そう言うもんかなぁ、と。
 隣の神楽坂を見ると、そんな事を言うマクダウェルを楽しそうに眺めていた。

「……なんだ?」

「いやー、子供みたいだなーって」

「お、ま、え、はっ、良くもまぁそんな事が言えるなぁ」

「いひゃいいひゃいー」

 背伸びしてその頬を抓る姿は……まぁ、なんだ。
 神楽坂に同意する。うん。

「ひぎれふー」

「このまま引き千切ってやろうか」

「それは止めてやれ」

 仲が良いんだか、悪いんだか。
 一応止めて、その場を後にする。
 まぁ何だかんだ言っても大丈夫だろう。怒ってる訳じゃないみたいだし。

「絡繰、コーヒーで良かったか?」

「はい。ありがとうございます」

 買ってきた缶コーヒーを渡し、俺もベンチに座る。
 眠気覚ましには冷たいブラックが丁度良い。
 それを一口飲み、はぁ、と息を吐く。
 絡繰も、少し遅れて一口飲み、息を吐く。

「それじゃ、少しのんびりするかぁ」

「……はい」




――――――エヴァンジェリン

 まったく、と。
 その柔らかな頬から手を離してやると、若干涙目になって両手で頬を撫でる神楽坂明日菜。

「ふん」

「うー……伸びたらどうするのよっ」

「……」

 そう言われ、その様を想像し――

「良いんじゃないか?」

「良いわけあるかっ」

 なっ!?
 あ、頭を押さえるなっ!

「このっ」

「届かない届かないー」

 ちょ、調子に乗ってっ。
 リーチ差があり過ぎて、手が届かないのが無性に腹が立つ。

「はは、あんた本当に子供ねぇ」

「お前にだけは言われたくないわ」

 暴れるのも疲れるので、あと面倒なので、手を止めて先生に買って来てもらったお茶のボトルを開ける。
 神楽坂明日菜もそれに習い頭から手を退け、ジュースを開ける。

「なんで綾瀬夕映達と一緒に行動しないんだ?」

「またそれ? 別に良いじゃない」

「……私にあまり関わるな、と言ってるだろう?」

「なんで?」

 なんで、って。

「危ないだろうが」

「その時は……まぁ、頑張って逃げるわ、うん」

 運動神経には自信あるし、と。
 そんな簡単な事じゃないんだがな……。
 溜息を一つ吐き、茶を一口飲む。

「学園の教師にも、私は敵が多い」

「そ、そうなの?」

「そうなんだ」

「あんた、本当に悪い魔法使いなのねー」

 と、何処か感心したような声。
 どういう基準なんだ、お前の中の“悪”は……はぁ。

「私に関わってたら、成績に響くかもな」

「う――そ、それはちょっとヤバいわね」

「……平和なヤツだなぁ」

 命の危険、と言ってもピンと来ないのかもな。
 どうにかして、どうやって判らせるか。

「ま、まぁ、その時はその時で考えるわ」

「はぁ――」

「大丈夫大丈夫」

 何が大丈夫なんだか……。

「私最近、結構成績良いし」

 そっちの大丈夫か。

「私に構うなよ……死んでも知らないからな?」

「ぅ」

 死、という言葉に小さく顔を歪める。
 それと同時に、胸に広がる、胸を締め付けるような……暗い感情。
 ――この不快感は、何に対してか。
 そんな漠然とした“暗い感情”が――気持ち悪い。
 折角の修学旅行なのに。

「でも、私はエヴァの近くに居るからね?」

「……何でそこまでするんだか。理解に苦しむな」

 そう言うと、このバカはまた笑う。
 ――いつもの笑顔で。

「だって、アンタ私以外に友達居ないじゃない」

 ―――――――

「茶々丸さんとは、何か友達って言うより、もっと違うんでしょ?」

「ま、まぁな……茶々丸は従者だからな」

「ほら」

 友達居ないでしょ、と。
 し、失礼なヤツだな……。

「別に、居なくても困らん」

「う、そう言われるとそこで終っちゃうんだけど」

「終わらせたいんだよ、まったく」

 私に友達なんて――居ない方が良いんだ。
 お前だって……。

「きっと友達沢山居たら、もっと楽しいわよー」

「……あのなぁ」

 私は、人間じゃないのだ。
 そんな私が――沢山の友達に囲まれるのは変じゃないか。

「吸血鬼に人間の……変だろうが」

 友達、と言うのはなんだか躊躇われた。

「なんで?」

「なんで、って。私は悪い吸血鬼だぞ?」

「でも、血も吸わないじゃない」

「……ぼーやからは吸ってる」

 ただ単に、それは女子供から血を吸うのが私の美学に反するだけだ、と。

「なら良いじゃない」

「良いわけあるかっ」

 はぁ。

「お、ま、え、はっ――どーしてそんなにバカなんだっ」

「う。そんな馬鹿馬鹿言わないでよ」

「バカにバカと言って何が悪い?」

 ギロリ、と睨みつけてやる。
 まったく、何を言い出すかと思えば。

「でもきっと、沢山友達が居た方が楽しいよ?」

「……ふん」

 まだ言うか。

「神楽坂明日菜。私と」

 一緒に居るのは、危険なんだ、と。
 そう言おうとした。
 なのに

「私が、エヴァにたくさん友達を作ってあげる」

 そしたら今度は高3かな? きっとその時の修学旅行は、もっとずっと楽しいわ、と。
 このバカは、懲りもせずにそう言った。
 いつもの笑顔で、真っ直ぐにこっちを見て、バカみたいに――ああ、バカなのか。

「そうすれば、寂しくないでしょ?」

「……寂しくなんかない、バカ」

「ぅ、また馬鹿って」

 ふん……なんだ。
 何だと言うんだ、コイツは。
 なんで――。

「私は友達なんか要らない」

「なんでよー、楽しいって言ってるじゃない、分からず屋ー」

「ふん」

 分からず屋はどっちだ。
 私は吸血鬼。
 どうしても――どうやっても、

「何百年生きてるのか詳しくは知らないけどさ、生きてるなら楽しい方が良いじゃない」

「……世の中、お前が考えてるみたいに簡単じゃないんだよ」

「う、そう言われると困るわ」

 ――まったく。

「私は静かに銀閣寺を眺めたいんだ。少しは静かにしてろ、明日菜」

「はぁい……」

 まったく――何だと言うんだ。
 ……ふん。




――――――

 帰った頃には、陽が傾きかけていた。
 うん。ちゃんと全員帰ってきたな。
 点呼も取り終え、胸を撫で下ろす。
 ふぅ――これで修学旅行も終わりか。
 あとは、明日新幹線に乗って帰るだけだ。
 そんな事を考えていたら、絡繰がミルクと空の容器を持って外へ向かうのが見えた。
 ……結局、あの猫とも今日までか。
 そんな事を考えながら、座っていたロビーの椅子から腰を上げ、外へ。

「今日も来てたのか」

「はい」

 そう言い、手際良くミルクの準備をしていく絡繰。
 慣れたもんだ。

「コイツとも、今日までだなぁ」

「……そうですね」

 何でかこいつ、朝は来ないし。
 多分、朝は別の所に行ってるのだろうけど。

「………………」

「………………」

 しばらくの無音。
 猫がミルクを舐める音だけの時間。
 ――静かな時間。

「寂しくなるなぁ」

 折角懐いたのに、と。
 そう言ったら――絡繰が猫を見ていたその顔を上げた。

「ん?」

「…………ああ、なるほど」

 そう小さく呟き、その手を胸に当てる。
 視線は、また猫に。

「“寂しい”のですか」

 ――それは、酷く他人事のように聞こえた。
 自分の事を言って言ってるはずなのに、何でそう感じたのかは判らないけど。

「どうかしたか?」

「…………いえ」

 首を傾げてしまう。
 何か変な事言ったかな?

「………………」

「………………」

 また、無言。
 今度のそれは、猫を見に雪広達が来るまで続いた。
 




――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

 グスン。

「オイ小動物。ナニ黄昏テンダヨ」

 誰のせいですか、誰の。
 オレっちの可憐でキューティクルな身体に――まさかの。
 しかも、笑われ――うッ。

「心配シテモラエテ良カッタジャネーカ」

「心配じゃなくて憐れみだったっすよ!?」

 あと戯れ。
 怖い……あの中国娘と双子怖い。
 ねぇ、何で広げようとするの? 何で広げるの? ねぇ?

「ウオ、本格的ニヤベェナ……」

 グスン。

「判ッタ判ッタ」

「え?」

「確カ坊主ノ荷物ノ中ニ良イノガアッタカラナ」

 ネギの兄貴の?

「ホラアッタ、『魔法の元・丸薬七色セット(大人用)』ダ」

 おおーっ!?
 そ、それがあれば……って、何でネギの兄貴、そんなの持ってるんだ?
 それって18歳未満は
 そして、何でチャチャゼロさん、ソレあるって知ってるの?
 まぁ、今は深く聞かないでおこう。

「コレデ育毛剤作ッテヤルヨ」

 チャ、チャチャゼロさーーーん!




[25786] 普通の先生が頑張ります 29話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/04 22:42
――――――エヴァンジェリン

「マクダウェル」

 そう声を掛けられた時、微かな違和感。
 そして、振り返って、その違和感に気付く。

「新田……先生」

 そう私を呼んだのは、いつも私を呼ぶ声ではなく、別の声。
 その小さな違和感の正体に苦笑し、向き直る。

「どう、し……ました?」

 慣れない敬語に苦労し、そう返すと、向こうも苦笑し、

「これを、次の授業で使うんでクラスまで持って行ってもらって良いか?」

 そう差し出されたのは、クラスの人数分のプリント。
 ……それを何気無しに受け取る。

「ああ、これを持っていけばいいん……です、ね」

 やはり、敬語は慣れない。
 きっと誰かに聞かれていたら笑われるかもしれない。
 そんなつたない敬語に心中で溜息を吐き、了解した旨を伝えると、また苦笑された。

「すまないな」

「……いえ」

 それだけの遣り取り。
 別段毎日と変わらない、普通の人にとってはただの日常の一コマ。
 それだけの事。
 ……ただ、それだけの事。

「はぁ」

 その溜息が形だけの事だと、私自身が判っている。
 しかし、しかしそれでも――吐かずにはいられない。
 そんな気分。
 今までの15年間で……この時、私は初めて教師に頼られた。
 些細な事だ。
 ただプリントを教室まで、と。
 たったそれだけの事。
 それでも――私は今、初めて教師に頼られた。
 京都修学旅行から数日。
 あの白髪の餓鬼は私が変わったと言った。
 近衛詠春もまた……私が変わるかもと、そう言った。
 そして、修学旅行が終わった今――私の周囲は、確かに、少しだけ、ほんの少しだけ……変わり始めている。
 クラスで良く話すようになった。
 こうやって、教師から敬遠されないようになった。
 そして……

「エヴァンジェリン、どうしたんですか?」

「葛葉刀子か……いや、なんでもない」

「そうですか? もうすぐ授業が始まりますから、早く教室に戻りなさい」

「……ああ」

 それだけ言って去っていくその背を、目で追う。
 魔法先生達もまた、むこうから私に話しかけてくるようになった。
 おはようと言った簡単な挨拶や、こんな小さな事の注意など……些細な事だ。
 本当に、些細な――どうでも良い事を、話し掛けてくるようになった。
 今までなら、恐れ、憎み、敵視していた連中が、だ。
 そんな些細な、小さな、微かな変化。
 それだけの事。
 なのに、その小さな変化に戸惑いを感じてしまう。
 いや、戸惑いと言うより――どう言えば良いか。
 そう……違和感と、言えば良いのか。
 私が変わったのではなく、周囲が変わったと言えば良いか……。
 周囲の変化に、一人残されたような、違和感。

「……はぁ」

 だがまぁ、だからと言って何が変わるのか。
 ああ……授業がまたサボり難くなるなぁ、と。
 それくらいの認識で、良いのだろう。
 まったく――。







「エヴァー、帰ろー」

「一人で帰れっ。大体、家が逆だろうがっ」

「遊びに行っても良いでしょー」

 来るな、バカ。
 何度私に構うなと言えば、理解してくれるのか。

「ウチに来ても、何も面白い物なんかないだろうが」

 あるのは人形だけだぞ? お前、それじゃ退屈だろうが。
 この前遊びに来た時も文句ばかり言ってたのは誰だったか?

「う……ま、まぁあの時はまだ素人だったから」

「何の素人だ、何の」

 まったく。
 ちゃんと判るように深く深く溜息を吐く。
 このバカは、アホだな。

「おい、アホ」

「なんかランク下がった!?」

「良かったなアホ、それでアホ、そんな退屈な家に来て何するんだアホ?」

「あ、あ、アホアホ言うなー!」

 うるさいなぁ。

「ふぅん? いつの間に仲良くなったんだい、明日菜?」

「む、龍宮真名か」

 というか

「仲良さそうに見えるか? あと、無音で後ろに立つな」

「そりゃ失礼」

 お前は何処かの暗殺者か、まったく。
 溜息を吐き、カバンを持つ。

「別に良いんじゃないのかい?」

「良いわけあるか」

「良いじゃん、ケチー」

 うるさい。
 私は後何度お前に関わるなと言えば、お前は諦めてくれるんだ?
 そろそろ、こっちが根負けしそうになってしまい、げんなりしてしまう。
 以前からそうだったが、コイツも修学旅行の終わりからは更に遠慮が無くなってきた。
 ……友達なんか居ても、私には邪魔なのに、だ。
 事情は知っているだろうに。

「何で駄目なんだい?」

「……やけに明日菜の肩を持つな」

「ま、約束があるもんでね」

 約束?

「誰とだ?」

「そこは守秘義務と言う奴さ」

「ちっ」

 こう言う時のこいつは、本当に喋らないから厄介だ。
 逆に信頼できる、とも取れるが。
 一体誰との約束なんだか……面倒な。

「木乃香、刹那。行くぞ」

「はいはーい」

「ああ、判った」

 どう断ったものか……。

「なんでその2人は良いのに私は駄目なのよー」

「判らないのか? このバカ」

「う……いや、判るけどさ」

「だったら――」

 もう何も言うな、と言うとしたら

「別に構わないんじゃないか?」

「……刹那、お前もか?」

 ギロリ、と擬音が聞こえそうに怒りを籠めて睨む。
 ぅ、と一瞬たじろぎ

「べ、別に別荘に入れなければ良いんじゃないか?」

「そんな問題か。お前もバカか? バカだな」

「……し、失礼な」

 失礼な訳あるか。
 一般人を魔法使いの家に招待するなど――何を考えているんだか。
 私は――巻き込まないで済む、巻き込まない道を選んでいるだけなのに。

「これで3対1ね。木乃香と茶々丸さんは?」

「いつの間に多数決になったんだ? ……木乃香、お前は?」

「うーん……ならウチは、エヴァちゃんに一票かなー」

 教えてもらってる立場ですし、と。
 うんうん、そうだろう。
 これで3対3だ。

「マスター、それでは私は超包子の方に行ってまいります」

「ああ」

「遅くなるようでしたら、連絡を入れます」

「判った」

「それでは」

 そう相変わらず礼儀正しく一礼し、教室から出ていく茶々丸。

「よーし、それじゃエヴァの家に行くぞー」

「…………待て。どうしてそうなった?」

 多数決は3対3だろうが、と。
 引き分けなら、家主の私の意見が通る筈だ。

「なんで? 3対2じゃない。茶々丸さんは何も言わなかったし」

「んな……バカ。茶々丸は私の従者だぞ? 私の意思には茶々丸も同意のはず」

「だが、何も言わずに出ていったな」

「ぐ――」

 い、いや。そうなんだが……。

「良いじゃないか。相手は私がしているから」

「……お前も来る気なのか」

 なんなんだ、まったく。
 はぁ、と溜息を深く吐く。
 頭痛がしてきたので、目頭を指で揉みながら

「……あまり物に触るなよ?」

 くそ……今日は厄日だ。

「はーい」

「良かったなぁ、明日菜」

 こうなってくると、木乃香が私に付いたのも裏があったように見えてくる。
 はぁ。







 火よ、灯れ。
 魔法の杖を手に持ちその一節を呟くと、火と言うよりも明かりと言った方が正しい灯が現れる。

「おー、木乃香ってすっごいのね」

「基本中の基本と言うより、基礎だ基礎。それくらいで驚くな」

「驚くって……一言で火が出るとか。御伽噺の世界じゃないのに」

「ああ、それには同感だね」

 ……はぁ。
 結局付いてきた明日菜と龍宮真名も居たので、ここ数日の訓練の成果と言うのも兼ねて木乃香の状態を見せてやる。
 もちろん別荘に入れず、家のリビングでだ。
 退屈退屈言われてもうるさいしな。
 それに、魔法がどういうものか見せれば危機感を持つかもしれん。

「龍宮真名は見慣れているだろう?」

「見慣れてはいるが、だからと言って驚かない理由にはならないさ」

「そう言うものか?」

「純粋な魔法は使えないからね……私は特別だ」

 そう言って自身の眼を指差す。
 魔眼――そう呼ばれる異能。
 その詳細は私もよく把握してないが――。

「しっかし、真名もエヴァの事知ってたのね」

「まぁね。こっちとしては、明日菜がエヴァに関わってるのが不思議だね」

「そうですね。魔法にはあまり関わらない方が良いです、明日菜さん」

「うん、それはもう毎日のように言われてるから」

 毎日のように言っても全く判って無いがな……はぁ。

「ふん。刹那、お前もしてみろ」

 練習用の杖を刹那に投げ渡し、そう言う。

「わ、私もか!?」

「良いじゃないか刹那、見せてくれても」

「減るもんじゃないしねー」

「へ、減るかもしれないんだが……」

 ふん。
 基本、刹那が使う“気”と、私達が使う“魔力”は反発する。
 簡単に言うなら、水と油。どう足掻いても混ざらないのである。
 そして、刹那が魔法の一節を呟くなら、

「何にも起きないんだけど?」

「だね……」

「わ、私は剣士だから……魔法は使えないんだ」

「ゲームね、まんま」

 ふん。
 恥ずかしがるその顔に、若干溜飲を下ろす。

「明日菜、判るか? 木乃香が使った魔法が、どれだけ異質か」

「へ?」

 返ってきたのは、何とも間の抜けた声だった。
 ……いいよ。どうせ期待してなかったから。
 笑うな、龍宮真名。

「魔法使いと言うのは、言葉を繋ぐだけで魔法を使えるんだ」

「え? あ、うん。そうだね」

 なに当たり前の事言ってるの? と言われると、正直家から叩き出してやりたくなるが、我慢。
 そうしたら、きっとこのバカは反発してもっとズカズカ入り込んでくるだろうから。

「木乃香はまだ教え始めて数日だが――私は数百年、魔法の研鑽を積んできた」

「そ、そんなに!?」

「私は吸血鬼だからな――それで、だ」

 一言、木乃香よりもより濃く魔力を籠め――

「火よ、灯れ」

 木乃香のが明かりだとするなら、私のは火の玉。
 肉眼で見えるほどの火力のソレを、指先に現わす。

「たった一言でもこれだけ違う」

「す、凄いのね……」

「……魔法使いは、喋るだけで人を傷付ける事が出来るんだ」

「え?」

 火を、消す。

「判るか、明日菜? 魔法使いが、どれだけ危ない存在か」

「え、あ……うん」

 それは、普通の人から見たら、酷い脅威だろう。
 喧嘩にすらなりはしない。
 殴りかかるより、いや、殴りかかれたとしても……一言。
 それだけで、勝負は決するのだ。

「普通に生きていれば、関わる事は無い。だから」

「うん。気を付けて生活するわ……魔法使いとは喧嘩しない方がよさそうね」

 ……ず、頭痛が。
 だから何故笑っている、龍宮真名。

「ありがと、エヴァ。うん、これは厳しいわ」

「…………どーいたしまして」

 違う。私が言いたい事は、違う。
 なのに何故……ああ、何でこうバカの相手は疲れるのか……。

「ケケケ、楽シソウナ事ヤッテルジャネーカ」

 その声は、二階の方から。

「やあ、チャチャゼロ」

「ヨウ、狙撃屋。調子ハドーダイ?」

「ボチボチだね」

 はぁ。

「勝手に動くな、チャチャゼロ」

「イイジャネーカ。俺モ紹介シロヨ」

「人形が喋った!?」

 そこは普通の反応なんだな、お前。
 ……お前の中の“普通”を、小一時間問いたい気分だ。

「初メマシテ嬢チャン。御主人様ト妹ガ世話ニナッテルミテーダナ」

「あ、は、初めまして……えっと、チャチャゼロさん?」

「オー」

 何畏まってるんだ、お前は。
 あと、妙に偉そうだな、チャチャゼロ……別に構わんが。

「こ、これも魔法……?」

「えーっと。チャチャゼロさんはちょっと違うん、かな?」

「どちらかと言うと――まぁ、お前に言っても判らんだろ」

「ぅ――ひ、否定できないわね」

 まぁ、魔法の一種とでも思っておけ。

「コイツはチャチャゼロ。私が数百年前に造った魔法人形だ」

「コレカラ宜シクナ、嬢チャン」

「よ、よろしくお願いします」

 だから、何を畏まってるんだか。
 ……私の方が、チャチャゼロより年上だし、偉いんだがなぁ。
 そこはもう、諦めるか。

「す、凄いわね……さすがエヴァ」

「何が流石かは判らんが、その称賛は素直に受け取っておこう」

 はぁ、と。
 まったく嬉しくないがな。

「って……あれ? 京都にも居なかったっけ、その人形」

「オー。小動物ノ世話シテタ」

「小……あ、カモの事?」

「ソウソウ。アイツノ禿ゲハ傑作ダッタロ?」

「あ、あれアンタが!? ……ま、まぁ、何とも言えないわね」

 こっちを見て言え、こっちを見て。
 アレは見ているこっちが可哀想に見えてきたんだがなぁ。
 まぁ、以前の行いを聞いてるみとしては、あれは罰の一つなのかな、とも言えるが。

「なんか気付いたら禿げ無くなってたし。と言うか、最近毛の生え方が凄いんだけど?」

「細カイ事ハ気ニスンナ」

 ふっさふさなんだけど? と
 また何かやったのか?
 はぁ。

「ソレデ、ナンデ嬢チャンガ家ニ来テルンダ?」

 歩いてきたチャチャゼロを抱え、膝に乗せる。

「興味本位で遊びに来たんだと」

「そ、それだけじゃないわよっ」

 さも心外だ、と言った風に声を荒げる。
 ……ふん。
 そんなとき、ドアが小さく叩かれた。







「なに?」

 第一声は、ソレだった。
 意味が判らないと言うか、どう答えるべきか。
 木乃香が用意した茶と茶菓子を嗜みながら、溜息を一つ。
 明日菜達と喋っていた時に来たのは――ぼーやだった。
 まぁ、それ自体は驚く事じゃない……が。

「私がお前の面倒をみるのは、修学旅行が終わるまでのはずだが?」

「う」

 これ以上面倒に巻き込むな、と。
 ただでさえ――まぁ、じじいには鍛えてみないか、とは言われているが。
 だからと言って、私が鍛えてやる義理は無い。

「木乃香は……まぁ、素人ですらないからしばらく面倒をみるが」

 素人と言うのも憚られるような状態――デタラメな魔力と、無知と言えるほどの知識。
 本当に魔法とは関係なく育てられたんだな、と。一目で判る。それが近衛木乃香と言う存在だった。
 それを鍛えるのは、巻き込んだ私の義務だろう。
 それに詠春には、まぁ、そう言ったしな。
 基礎程度なら教えてやるつもりだが。
 そう言うと、木乃香と刹那の顔が明るくなる。
 ……何か、私と言う存在が勘違いされている気がするのは気のせいか?

「ぼーや、お前にそこまでしてやる義理もないだろ」

「そこを何とか、姐さんっ」

 誰が姐さんだ。
 私はヤクザかマフィアの女か、と。

「魔法使いの師匠なら、タカミチやら、他の魔法先生を当たれば良いだろうが」

「タカミチは出張で居ないし」

 他の先生達がどれくらい強いか、って判りませんし、と。
 ……むぅ。
 そう言われると確かにそうなかもな。
 何だかんだで、そう言えばこいつと一緒に居る時間は私が一番長いのか。

「だがなぁ……」

「イイジャネーカ」

 ん?
 そう言ったのは、以外にも膝の上のチャチャゼロだった。

「チャチャゼロさん」

「お前がそう言うなんて珍しいな」

 本当に。
 基本的に私達にマイナスになる事には冷徹なヤツだ。
 だから、そう自分から言うのは……意外だった。

「ソイツ面白レーカラ、俺ハ賛成ダゼ?」

「ほう」

 何を吹き込まれたんだか。
 はぁ、と溜息を一つ。

「うちと一緒に、とかじゃ駄目なん?」

「あのなぁ。慈善事業じゃないんだ、私に何のメリットがある?」

 私は平穏に過ごしたいんだよ、と。
 ただでさえ、京都に行った事で目を付けられてると言うのに。
 今はそう目立って動くと面倒なのだ。
 ……そこで英雄の息子と関わったとなったら、何と言われるか。
 バカの相手だってしないといけないと言うのに。

「そんなに苛めないで良いじゃない」

「苛めてる訳じゃないっ。まったく……」

 どうやら、反対は私だけらしい。
 龍宮真名は何も言わない所から、この件には静観らしい。
 が、こればかりは折れる訳にはいかない。

「う……」

「血は京都で手を貸した対価だ」

 それ以外は? と。

「……それは」

「どーしてそんなに強くなりたいんだ、ぼーや?」

 一応聞いてやる、と。
 紅茶を一口飲んで喉を潤す。

「京都で役に立てなかったからか?」

「それは……それも、あります」

 それ以外か。
 膝の上に置いた手を握り締め、肩を震わせるその姿は……とても、見ていて気持ちの良いものじゃない。

「強くないといけないんです」

「別に、今すぐ強くなる必要もないだろ」

 いま……10歳だったか?
 その歳でそれだけなら、私以外の誰かに師事してもそれなりの強さを得られると思うがな。

「もう誰にも、何も言わせないくらい――強くなりたいんです」

「ふん」

 その独白は――私に言っているのに、まるで自分に言い聞かせているようだった。
 まるでそれは……。

「言葉だけじゃ駄目なんですっ、それだけじゃ……」

 届かなかった、と。
 それは何に、何が届かなかったのか。

「イイジャネーカ。面倒ミテヤレヨ」

「お前なぁ」

「うちからもお願いしますっ」

「私も、頼むっ」

 ……はぁ。
 そう頼まれてもなぁ。

「ぼーや、何で私の所に来た?」

「え?」

「どうしてじじいや魔法先生ではなく、私の所に来た?」

 待っててやるから、じっくり考えろ、と。

「木乃香、おかわりだ」

「うんっ」

 ……まだ弟子にするとは言ってないんだがな。
 まぁ、それは今は良い。

「僕が弱くて、エヴァンジェリンさんが、強いからです」

「ほう」

「弱いままじゃ――僕は、間違ってる事を、間違ってるって正せない……正せなかったんです」

 ……何かあったんだろう。
 確かにぼーやは責任感が強い、追い詰められる事もあった。
 だが――ここまで激情を出す事は無かった。

「僕はもうっ、目の前で――僕は」

 間違ってる事を、正せなかった、か。
 それはきっとぼーやが“弱かった”からだろう。
 それは“力”か、それとも――。

「ねぇ、エヴァ……」

「ふん。ぼーや、こっちを向け」

「え?」

「下を向くな、前を向け」

 はぁ。

「じじいにはぼーやが報告しろ」

「学園長に――?」

「私は悪の魔法使いだ。そんな私に師事する事――じじいに言え」
 
 ――私は、丸くなったのかもなぁ。
 しかし……さっきの激情は、悪くなかった。
 それが怒りか哀しみかは、判らんが。

「ケケケ。約束スルゼ御主人様、キット楽シクナル」

「……本当だろうな?」

「ナァ、坊主?」

「は、はいっ、頑張りますっ」

 …………はぁ。

「判った判った」

 ま、あのじじいの事だから二つ返事でオーケーを出すんだろうが。

「やったな、兄貴っ」

「良かったわねー、ネギ」

「はいっ……ところで、何で明日菜さんがここに?」

「おめでとうございます、ネギ先生」

「ありがとうございます、刹那さんっ」

「良かったなぁ、ネギ君」

「――はいっ」

 ……はぁ。

「良かったのか、エヴァ?」

「ふん……英雄の息子を悪が育てるのも、それなりに楽しいだろ」

「素直ジャネーナァ」

 うるさいな、まったく。
 しかしまぁ、嬉しそうな事だ……。
 これから、どうしごいてやろうか。

「そ、それじゃ今から学園に戻りますっ」

「なに……?」

「仕事、まだ残ってたんですけど、手につかなくて」

 はぁ……。

「さっさと戻れ。それと明日の夜から、時間を作れ」

「はいっ」

 ……そう元気な声と共に、駆けていく。
 その姿は、子供。
 なのに、教師と魔法使いを両立しようとしてる……。

「教師って、大変なんやねぇ」

「そうねぇ」

 そうだな――大変だな、先生。
 あんな無茶な子供を支えるのは。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――


 あ、兄貴……オレっちを忘れてるぜー!?

「何ヤッテンダ、オ前?」

 あ、チャチャゼロさん。さっきはありがとうございました。

「ンア?」

 最初に兄貴の弟子入りを認めてくれたの、チャチャゼロさんだったじゃないっすか。

「ンナ、礼ヲ言ウ事カ?」

 ハハ――んで、何で兄貴の事あんなに言ってくれたんですか?

「ン? アイツ、ウチノ御主人様ノ事“バケモノ”ッテ言ワセネーラシイカラナ」

 へ? ああ、京都の。

「オオ。アレデ、ウチノ御主人様ハ結構繊細ダカラネェ」

 ……チャチャゼロさん。

「マ、明日カラ苛メテヤルカラ覚悟シトケヨ?」

 うっす。



[25786] 普通の先生が頑張ります 30話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/08 00:19
「こんにちは、先生」

 小テストの採点をしていた時、そう、背後から声を掛けられた。
 ……だから、何故この人は俺の背後から声を掛けるんだろうか?
 残念ながら、俺は気配を読むとかそんな事は出来ないので、満足のいく反応は返せないと思うんだけど。

「く、葛葉先生……驚かせないで下さいよ」

「ふふ、それは失礼しました」

 全然悪く思ってないでしょ……まったく。
 振り返ると笑顔の葛葉先生。
 どうやら相当機嫌が良いようである。

「何かあったんですか?」

「はい?」

「いえ、機嫌が良さそうなので」

「……私だって、いつも機嫌が悪い訳では……」

 う、それは失礼しました。
 そう心中で謝罪し、椅子を回して向き直る。
 しかし、機嫌が良さそうだ。
 きっと何か良い事があったんだろう。主に彼氏関係で。
 ……惚気だけは勘弁してほしいんだが。
 まぁ、いくらなんでも、職場でそれは無いか。

「それで、どうかしましたか?」

「ネギ先生を知りませんか?」

「ネギ先生ですか?」

 えっと……。

「少し用事があるとかで、席を外してます」

 後1時間くらいで帰ってくると思いますけど、と。

「そうですか」

「ネギ先生がどうかしましたか?」

 携帯に連絡入れましょうか? と。
 俺の知ってる範囲でだけど、特に最近はミスは無かったと思うし――。
 そう顔に出たのか、

「いえ、最近調子が悪そうでしたので、少し話でも、と」

「あ……そうでしたか。すみません、気を使っていただいて」

 申し訳ありません、と頭を下げる。
 折角の放課後に時間を取っていただいて、と。

「そんな――」

「失礼します」

 そんな折、

「こちらに3-Aの副担任の……」

 そう言って入ってきたのは、先日話した高等部の

「ガンドルフィーニ先生?」

「ああ、居られましたか」

 どうも、と頭を下げられた。
 はて……ネギ先生の様子でも見に来られたんだろうか?
 葛葉先生も心配してるし――もしかしたら、結構広まっているのかも。
 ただでさえ10歳の先生と言う事で注目を集めてるのだ。
 ……でもまぁ、俺が聞いても答えてくれなかったんだよな。
 今も一人で悩んでるのかもしれない。
 だが、相談してもらえない事にはどうにもできないのも事実なので、

「少しお時間をよろしいかな?」

 っと。
 考え事に没頭するのは失礼だな。

「あ、はい」

 採点は途中だったが、それを束ねて机の引出しにしまう。
 ……そろそろ、机の中も整理しないとなぁ。
 どうにも掃除やら整理となると、ヤル気が……一旦始めると一気にしてしまう性分なんだが。

「それじゃ……」

「生徒指導室で良いかな?」

 はい?

「生徒指導室ですか? ……は、はぁ」

 ちょうど職員室の喫煙所で他の先生達と一緒に居た新田先生に声を掛ける。
 ちなみに、喫煙所とは名ばかりで、麻帆良の中等部で喫煙するのは高畑先生だけだったりする。
 まぁ実質の生徒からは目の届かない雑談場所である。

「いま生徒指導室って大丈夫ですか?」

「ええ。今日は今の所使う予定は無いですよ」

 なら、と。

「ガンドルフィーニ先生、何か飲まれますか?」

「いえ、結構。それより」

「ガンドルフィーニ先生」

 ん?
 それでは、と職員室の外に出ようとしたら葛葉先生の声が掛る。
 あれ?

「どうしました、葛葉先生?」

 ……目付きが怖いんですけど。
 さっきの笑顔は何処に行ったんだろうか?
 …………返ってきてほしいんだが、笑顔に。
 いや、笑顔って言えば笑顔なんだけど……違う。根本的なのがなんか違う。

「高等部の校舎はこちらではないのですけれど?」

「私も少々、最近のネギ先生の事が気になりましたので」

「……あれ?」

 えっと……。

「もしかして、仲悪いんですか?」

 その場から離れ、新田先生と談笑していた瀬流彦先生に聞いてみる。
 もちろん、聞こえないように小声でだ。

「うーん……前はそこまでじゃなかったんだけどねぇ」

「前?」

「ネギ先生が赴任してくる前」

 そうなんですか? と。
 そうなると……ネギ先生の事で、仲違い?

「ほら、ネギ先生って――その、まだ子供でしょ?」

「は、はぁ」

 まぁ、まだ10歳ですしね、と。

「それで、どういう……まぁ、教育方針で行くか、って」

 な、なるほど……。
 いや、全然納得できないけど、一応頷いておく。
 そう言うのって、多分ネギ先生が選ぶんじゃないんだろうか?
 なんか自分の子供の教育で言い合う親……って言ったら、睨まれそうだからやめておこう。

「そこは、ネギ先生本人に聞いた方が……」

「ま、そうだね」

 そう言って大袈裟に頷く瀬流彦先生。
 どうやら、瀬流彦先生はネギ先生の……まぁ、教育方針には自主性を重要視しているらしい。
 よく見たら、新田先生も無言で頷き、源先生は苦笑。
 ……どうやら、この中で知らなかったのは俺だけのようである。
 むぅ。
 しかし、ネギ先生の教育かぁ……。

「ちなみに、僕達はネギ先生の自主性に任せてる」

「はぁ」

 そうですか、と。

「先生にも期待してるよ?」

「はい?」

 何でそこで俺の事が出るんだろう? まぁ、俺もネギ先生の自主性第一だと思うけど。
 自主性に任せる、と言ってもそうなってくると学年主任とか、学園長とかになるんじゃないだろうか?
 ……けっして嫌という訳ではないのだけれど。
 というか、副担任である、という事を引いても手伝おうとは思うし。

「はは、そう身構えなくても良いよ」

「……は、はぁ」

「別に、今まで通りにやってれば良いと思うけど?」

「いや、教育って言うならちゃんとしないと……」

 俺が教えれる事なんて、書類の書き方と授業の流れくらいなんですけど。
 それももうあらかた教えた、と言うよりもちゃんと出来るようになってきてるし。

「そう難しく考えなくていいと思うよ? ネギ先生、優秀だし」

 まさか、あの歳で一端の教師の仕事が出来るなんてねぇ、と。
 いや、そこには同意しますけど。

「というか、教師の教育を教師がするっていうのがおかしいし」

「は、はぁ」

 それはそうですけど……ちらり、と言い争う、と言うにはあまりに静か。
 なのにどうにも声を掛ける事に躊躇われる二人に視線を向ける。
 ……うーん。
 もう苦笑するしかない。

「仲が良いんだか悪いんだか」

「は、はは」

「先生、長くなりそうですし何か飲みますか?」

 あーなったら、長いですよぉ、と源先生。
 どうやら経験が御有りのようで。

「……コーヒーをお願いしても良いですか?」

「はい。新田先生はお茶のおかわりは?」

「それじゃ、一緒にお願いしようかな」

 それから十数分の間、静かな攻防を横目に雑談していたら、再度職員室のドアが開く。

「失礼します」

 入ってきたのは……見慣れない少女だった。
 来ている制服は――。

「ガンドルフィーニ先生」

「む……」

 そう、静かな声でガンドルフィーニ先生を呼ぶ。
 それなりに静かだった職員室だけど、良く透る声だなぁ、と言うのが第一印象。
 綺麗な金髪に、黒色の制服――聖ウルスラの制服である。

「高音君か、どうした?」

「いえ……図書館島の方に、もう皆集まってるのですが?」

「……なに?」

 あ、終わった。
 何が、と聞かれたら……まぁ、胃に悪い時間がだ。
 そう言われたガンドルフィーニ先生が腕時計に視線を移し、次いでこちらに。

「む――先生、済まないがまた今度、時間を取ってもらって良いだろうか?」

「はい。いつでもよろしいので、時間が出来たらまた」

「ああ。そう言ってもらえて嬉しいよ」

 そう言って退室していく先生と……。

「……………………」

「……………………?」

 こっちを見てる?
 ……な、何かしたっけ?
 残念ながらウルスラの生徒と……ああ。

「もしかして、ドッジ部だったり……?」

「いえ、違います」

 ……違ったか。
 俺と聖ウルスラの面識なんて、ウチのクラスの昼休みのドッジボールくらいしか思い浮かばないんだが。
 俺の気にし過ぎかなぁ?

「高音君。君は行かないのかい?」

「瀬流彦先生……そちらの方が?」

「そ、噂の先生だよ」

 俺置き去りで話が進んでるし。
 と言うか、噂ってなんだ?

「噂?」

「気難しい3-Aを纏め上げてる先生、って」

 なんですか、それは。
 その不相応な噂に苦笑し、

「頑張ってるのはネギ先生ですよ?」

 2年までは高畑先生が頑張ってられましたから、と。
 俺なんて偶に相談受けたり、振り回されたりしてるだけみたいな気がするんだけどなぁ。
 それに、あの年頃は何かと気難しい。
 その点も俺よりもネギ先生が向いている、と言える。
 一回りも年上の教師より、年下の方が親しみやすいだろうし。

「はは、でも僕達は担任と副担任をセットで見るからねぇ」

「そ、そう言って貰えると……」

 今日まで頑張ってきて良かったなぁ、と思ってしまう。
 ちょっと、と言うか凄く嬉しい。
 コーヒーを飲んで場を濁す。
 ――ちょっとニヤけてるかも。早く治さないと。

「どうやって……」

「……ん?」

 そんな事を考えていたら、声。
 それは……俺の勘違いじゃないなら、

「どうやって、彼女を……?」

 彼女?
 って……

「高音君、行くぞ?」

「あ、はい……先生、それでは」

 そう一礼して去っていくその背を、目で追う。
 ……彼女? 
 誰?
 頭に浮かぶのは最近話した近衛とか桜咲とか。
 と言うか、ウルスラに関係してるんだろ……雪広か神楽坂かな?

「高音君は相変わらず真面目だねぇ」

「……そうなんですか?」

「うん。ほら、雰囲気も先生のクラスの……あやか君に近いんじゃないかな?」

「そ、そうですか?」

 ……雪広は、まぁ……ネギ先生が絡まないなら、なぁ。
 そこは違うだろうけど、雪広みたいな子か。
 真面目なんだろうなぁ。

「ところで、あの子が言ってた彼女って判ります?」

「ん? ……さぁ、誰だろうね?」

 ――ふむ。
 そう眼を逸らされると、気になってしまうんですが……まぁ、必要ならまた聞きに来るだろう、と。
 その時に聞けば良いか。
 答えられる事なら良いけど。
 ……しかし。

「ネギ先生って、もしかして高等部でも人気あるんです?」

 同学年の他のクラスなら、何度かそんな話を聞いた事があるけど。
 そう言えば、よくドッジボールやってるウルスラの子達もネギ先生の事気に入ってたなぁ。
 ……やっぱり、10歳の先生と言うのは気になるのかな。

「うーん。高等部はあまり行かないけど……ネギ先生、可愛いからねぇ」

「私もそう思います」

「……いや、源先生は……」

「何か?」

「いえ」

 でも、教師としては“可愛い”はどうなんだろうか?
 そう苦笑し、

「スイマセン源先生。コーヒーありがとうございました」

「いえいえ」

 仕事に戻る事にする。
 小テストの採点して、パソコンに点数打ち込んで、明日の教材用意して……。
 修学旅行の報告書も……はぁ、それは家で仕上げるか。
 アレも来週の頭に提出しないと移動費が経費で降りないんだよなぁ。
 ああ、する事が多いなぁ。ま、報告書はまだ時間があるから良いか。
 ちゃんとレシートとかも取ってるし。
 でもまぁ、こういった細かい事してないと色々と面倒なのだ。お役所仕事は。
 特に授業の準備の方はちゃんとしてないと、明日バタバタしないといけないし。
 それは2年の時で良く判ってるので、ここは手を抜けない。
 
「……先生、忙しいですか?」

「えっと……ネギ先生の事ですか?」

「それもあるんですが」

 それも?

「どうか――」

 しましたか、と聞こうとしたら。

「先生。今日、また飲みに行きませんか?」

「今日ですか?」

 源先生から声が掛った。
 えっと……。

「ええ、予定はありませんから大丈夫ですけど」

「葛葉先生も、聞きたい事はそこでどうですか?」

 う、もしかして気を使ってもらった……?
 ……悪いことしたな。

「そうですね」

「それじゃ、今日は――」

「すみません、戻りました」

 あ、

「お帰りなさい、ネギ先生。さっきガンドルフィーニ先生が会いに来られましたよ」

「ええ!?」

 そう話していた所で、ちょうどネギ先生が戻ってきた。
 タイミングが良いと言うか、何と言うか。

「――今日は、超包子にしましょうか?」

「そうですね」

「……今日はお酒は無しですか……」

 残念そうですね、源先生。
 しかも物凄く。
 でも流石に、未成年同伴で飲酒は拙いでしょ、と苦笑してしまう。

「えっと……?」

 職員室の入り口で置いてきぼりになっているネギ先生に、さっき話していた事を簡単に伝える。
 この後、晩御飯を食べに行きませんか、と。

「あ、はい。それじゃ、木乃香さんに伝えとかないと」

 そう言って、早速携帯を取り出すネギ先生。

「大丈夫ですか?」

「はいっ。それに、そう言うのに少し憧れてましたから」

 そう言えば、ネギ先生誘うのって初めてかもしれない……。

「それじゃ、もう一頑張りしましょうか?」

「――はいっ」

 ……ふむ。
 悩み事は、少しは進展したのかな?
 今朝と比べたら、随分元気が良いようだし。
 その辺りも聞けたら良いんだけど。
 そんな事を考えながら、机から半分ほど採点の残った小テストを取り出した。







 静かに流れる風が、頬を擽る。
 その感触が心地良くて――

「先生、寝ないで下さい」

「いや、寝てない」

 ――危なかったけど。
 しかし……源先生にも困ったもんだ。
 まさか、念を押したにも拘らず酒を用意しているとは。
 どうやらよっぽど――色々あったらしい。
 なにか酔って色々言っていたし。聞き取れなかったけど。
 その源先生も、葛葉先生が連れて帰っていった。
 同じ教員寮住まいなので、助かった。
 いつもはちゃんとした大人の女性なんだが……偶に羽目を外すからなぁ。
 そして、ネギ先生と超、葉加瀬、四葉は瀬流彦先生と新田先生が送っていった。
 ……まぁ、ネギ先生は同じ女子寮に暮らしてるんだが。
 そんな事をぼんやりと考えながら――。

「先生、寝ないで下さい」

「大丈夫だ。流石に歩きながら寝れるような特技は持ってない」

 ……あの人は、人の飲み物にどれだけ酒を混ぜたんだろう。
 最初は自分一人で楽しんでいたんだが、酔いが回り始めた所から怪しかったからな。
 それに気付かなかった俺も悪いけど。
 でもまぁ、ネギ先生の悩みが解決した、と言う事を聞けただけでも良かったと言うか。
 しかし、何に悩んでいたんだろうか……それも、いつか話してもらえると良いんだけど。

「絡繰、寒くないか?」

「大丈夫です」

 そうかぁ、と。
 ぼんやりと空を眺める。
 星が遠い。
 星座とかは判らないので何とも言えないけど、偶にはこうやって星を見るのも良いかもなぁ、と。

「申し訳ありません、手間を取らせてしまって」

「そんな事は気にしなくて良いぞー」

 のんびりと、並んで歩く。
 ……教師と生徒が、と言う事を考えると拙いんだろうけど。
 まぁ、新田先生達にもちゃんと説明したし、うん。
 誰かに見られて、変な誤解だけは勘弁してほしいもんだ。

「しかし、マクダウェルと絡繰は寮住まいはしないんだな」

「はい。色々と問題がありますので」

「そうかー」

 ……色々かー、と。
 それは、いつか聞いた“家庭の事情”というのだろう。

「先生は、聞かれないのですか?」

「ん?」

 それは、

「その、色々を、か?」

「はい」

 んー。
 隣を歩く絡繰に視線を向け、もう一度空を見上げる。
 星が遠い。

「…………」

 聞きたい、と言うのが本音なんだろう。
 けど聞けない。
 聞いてはいけない、と何故か思ってしまう。
 ……それは、どうしてか。
 どうして聞こうとしないのか。
 マクダウェルや絡繰の事を考えるなら――ここは聞くべきなのでは?
 自分の中の矛盾。
 なのに、その矛盾に何一つ疑問を持っていない。
 まるで、星だな、と思った。
 遠い。
 答えてくれる絡繰はすぐ隣に居るのに。
 星のように遠くに感じる。

「絡繰は、聞いて……いや」

 首を振る。
 聞いてはいけない、とそう思ってしまう。
 どうしてだろう?
 それがとても自然な事に思えてしまう。
 だから、ゆっくりと――のんびりと、絡繰をマクダウェル宅に送る。

「……結界」

「ん?」

「いえ――忘れて下さい」

「おー、判った」

 今、何と言ったのか。
 よく聞き取れなかったが――まぁ、必要ならまた言ってくれるだろう、と。

「先生」

「ん?」

 続きは、無い。
 そのまま、無言で歩く。

「どうして、マスターと関わりになったのですか?」

「マクダウェル?」

 それは……何処かで聞いたような質問。
 どこだったか――。
 そんな事を考えながら、欠伸を一つ。
 ……絡繰に言われたからじゃないが、このままじゃ歩いてても眠れそうだな。

「しょうがない……俺はアイツの先生だからなぁ」

 とてもじゃないが、まだまだ目を離せない、と。
 まぁそれでも、神楽坂が居るから随分楽になったんだが。
 ……マクダウェルは、神楽坂と知り合ってから変わった。
 今では職員室での評判も良いし、出席日数も点数も良くなった。
 ――それが嬉しくあり、誇らしくある。
 日に日に変わっていくのを見ている気分と言うか……。
 それでも、あの言葉遣いだけはいまだに変わらないんだが。

「マスターは、今、毎日が楽しそうです」

「そうかー」

「――ありがとうございます」

 んー。

「なんか、礼を言われる事をしたか?」

 正直、思い浮かばない。
 ……そう言えば、あの時、茶道部の活動に呼ばれた時もそうだったな。
 あの時は、マクダウェルと神楽坂が友達になった、と。
 なら今度は?
 毎日が楽しそう、か。
 ――そりゃ良かった。
 自然と、笑みが零れる。

「どうでしょうか」

「まぁ、マクダウェルが毎日楽しいなら、良いか」

「……そうですね」

 そんな事を話していたら、マクダウェル宅が見えてきた。
 うー、これから歩いて帰るのか……まぁ、まだそこまで遅い時間じゃないから、大丈夫か・
 問題は、まだ仕事が残っている、と言う事なんだが。
 それも時間はまだあるから――明日にするかなぁ、と。

「ありがとうございます」

「礼なんか言わなくて良いぞ?」

 俺がした事なんて、特に無いんだし、と。
 した事って言えば……ちゃんと登校するように、声掛けたくらいか。
 あと呼びに行った事。
 これくらいか。
 だから、礼を言われるような事じゃない。
 マクダウェルが楽しいのは、マクダウェルが変わったからだ。

「はい」

 それじゃ、帰るかな。

「ここまでで良いか?」

「マスターに会っては?」

「流石に、こんな時間に生徒の家に顔出すのも……マクダウェルも嫌だろ」

 苦笑してしまう。
 ただでさえ……嫌われてるのかな?
 そうじゃない、と言い切れると良いんだが、あの口調じゃなぁ。

「…………………」

「ん?」

 そう言うと、絡繰はその胸に自身の指を添え――不思議そうに、首を傾げた。
 微かな街灯に照らされ、静かな夜の中にある。
 いつもの西洋人形みたいな綺麗な表情が――微かに綻んだ気がした。

「どうした?」

「寂しいです」

 それでは、と。
 その別れの言葉が、遠い。
 ……えっと。
 それは、誰が、と言うのか。

「いやいやいやいや」

 ないないない。
 無いから。
 ――――ん?

「寂しい?」

 ふと、ひっかかった。
 それは何処かで俺が絡繰に言った……。

「ああ」

 修学旅行の時にか。
 そう言えば、あの時も不思議そうな顔してたなぁ。
 まるで――そう、まるで。

「……子供みたいなヤツだな」

 まるで、覚えたての言葉を使ってる。
 そんな印象を受けた。

「びっくりしたなぁ」

 無いから、そう言う事は。うん。
 ……びっくりしたぁ。






――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「ただいま帰りました」

「オー、遅カッタナ」

「すみません」

「よう嬢ちゃん」

「オコジョさん?」

 なんでそこで……いや、オレっちが居るのは変だよね、うん。
 でもさぁ――なんかチャチャゼロさんと話してたらこんな時間になったんだよなぁ。
 晩ご飯食べたら帰ろ。

「夕食の準備をしますので、もう少し待っていて下さい」

「判ったー」

「食ッテイクノカヨ」

 だって、美味いし。
 エヴァの姐さんも二階に行って何も言わないし。

「それでは、少々お待ち下さい」

 ん?

「なんか良い事あったのかい?」

「……私がですか?」

「機嫌良イミタイジャネーカ」

「そうですか?」

 バイト先で何かあったのかな?
 それにしても……こりゃ、晩飯は期待できるな。
 今日はツいてるぜ。





[25786] 普通の先生が頑張ります 31話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/07 23:33
「おはようございます、ネギ先生」

 学園への通勤途中に、珍しくネギ先生と神楽坂、近衛……それに、桜咲と龍宮の姿を見つけたので声を掛ける。
 前は3人での登校が多かったようなのに、それに2人増えていた。
 それが今日だけなのか、それともここ最近ずっとなのかは判らないが。

「おはようございます、先生」

「はい。神楽坂達も、おはよう」

「おはようございます、先生」

「おはよーです、せんせ」

「おはようございます」

「おはよう、先生」

 一人で寂しい通勤が一気に華やかになったなぁ。
 そう内心で思いながら、ネギ先生に向き直る。

「昨日はあの後大丈夫でしたか?」

「はいっ、昨日はありがとうございましたっ」

「礼を言うような事は」

 その真面目さに苦笑してしまう。
 眩しいと言うか、何と言うか。
 まっすぐ、と言えば良いのか。

「ネギ君、昨日は凄ぅ楽しそうやったもんね」

「はいっ」

 そんな握り拳まで作らなくても。
 でも、そうまで喜んでもらえるとこっちも嬉しいもんだ。

「なら、今度また行きましょうか?」

「是非お願いします」

 判りました、と。
 まぁ、そう頻繁に行くようなもんでもないし、今度は麻帆良祭前にでも場を設けるかな。

「昨日、何かあったのかい?」

「ん? いや、晩御飯に誘ったんだ」

 えっと……新田先生に瀬流彦先生、源先生と葛葉先生か。
 人数を指折り数えて、

「6人で」

「とても楽しかったですっ」

「それは良かったです」

 誘った甲斐もありました、と。

「なるほどねぇ」

「でも、超包子だったんでしょ?」

「安くて美味いからなぁ」

 四葉には感謝し過ぎても、感謝し足りないくらいである。
 京都で少し舌が肥えたせいか、最近はコンビニ弁当を味気なく感じるしなぁ。
 早く舌を元に戻さないと。

「でも、外食ばかりで……栄養考えんと駄目ですえ?」

「耳に痛いなぁ」

 だがまぁ、正論なのでしょうがない。
 ……生徒から正論とか教師としてどうか、とも思うが。
 料理ばっかりはなぁ……やった方が良いって言うのは判ってるんだが、どうにも。
 頬を掻きながら近衛から目を逸らし、どうしたもんか、と苦笑してしまう。

「せんせ、おべんと、今日もコンビニのなんですか?」

「おー」

 そう応え、いつも持ち歩いているバッグを軽く持ち上げる。
 通勤途中に買ったそれは、今日は初心に還って幕の内弁当とおにぎり一個である。

「健康に悪いですえ」

「りょ、料理には厳しいな、近衛」

 あれ? 何で俺って近衛から怒られてるんだろう?
 ……いや、俺が悪いんだけどさ。

「はは、先生も料理に関してはタジタジなんだね」

「う……そう言う龍宮は?」

「……学生は、朝の時間は貴重なんだよ」

「それは大人だって変わらない」

 つまり、龍宮はこちら側と言う訳だ。
 よかった、俺一人じゃなくて。
 ……教師としてどうかとは思うけど。

「神楽坂と桜咲は」

「あー……私は、作れますよ?」

 作らないだけなんです、と。
 うん、判った。

「バイトも忙しいもんな」

「そう、それです」

 桜咲は……何でか赤面していた。
 え? なんで?

「せっちゃんの分も、ウチが作ってますえ」

「大変だなぁ、朝から」

「3人分も4人分も変わりませんから」

 そう言うもんなのかなぁ。
 料理をしないからアレだけど、料理をする人からは良くそう聞くな。
 源先生も葛葉先生もそう言ってたし。

「あ」

 そう話していたら、ふいに神楽坂が声を上げた。
 ん?
 その視線を辿ると、

「げ」

「おはよー、エヴァ」

 何と言う声を出してるんだ、お前は。
 まったく。そう苦笑してしまう。
 前は、そんな声も出してなかったんだよなぁ、と。

「……おはよう」

「おはようございます、皆さん」

 マクダウェルはまさに渋々と言った感じに、絡繰は軽く一礼してからの挨拶。
 本当に対照的な2人だよなぁ。

「ねーねー、エヴァのお弁当って茶々丸さんが作ってるんだよね?」

「……なんだ、藪から棒に?」

 さっきまで話していた事を簡単に説明する。
 と言っても、弁当の話しかしてないんだけど。

「ふん。そうだな、私の分は何時も茶々丸に用意させている」

 だから、何でお前はそんなに偉そうなんだよ……。
 まぁ、マクダウェルらしいって言えば、マクダウェルらしいんだけど。
 そうマクダウェルが言うと、絡繰が軽く一礼して応える。

「茶々丸さんも大変ねぇ」

「いえ」

「そだ、今度皆でお弁当作ってきて食べへん」

「……なに?」

「なるほど、それは楽しそうだ」

 その話題の中、マクダウェルが一人、固まる。
 さっきの話だと、自作だろうしなぁ。
 悪い、とは思ったが、笑ってしまう。
 きっと顔にも出てしまっているだろう。
 ……でもまぁ、マクダウェルが困った顔なんて、初めて見たのだ。
 それくらいは許して欲しい。

「えっと……」

「もちろん、ネギ君もや」

「ええ!?」

 楽しそうだなぁ、と。
 一歩離れた位置でその様子を眺め、目を細める。
 うん。朝からこんなのが見れるなんて、今日はツいてるなぁ。

「……おい、何を笑ってる?」

 見付かってしまったか。
 その一団から気付かれないようにこっちに来るのは、マクダウェル。

「いや、楽しそうだなぁ、と」

「ふん――どこがだ」

 そうか?
 俺には、お前も十分楽しそう……いや、この会話を、十分楽しんでるように見えるんだけど。
 けど、そうは言わない。
 きっと、そう言ったらこの照れ屋の少女は照れ隠しに悪態を吐いてくるだろうから。
 それが判るくらいには、俺もマクダウェルの事は知ってるし。

「何をニヤニヤしている?」

「そんな顔してるか?」

 そりゃいかん。
 カバンを持っていない方の手で頬を揉み、そのニヤニヤを消す。

「……ふん」

「そう怒るなよ」

 その柔らかな髪に、手を乗せる。
 撫でるように優しく叩く。

「きっと楽しいさ」

「――ふん」

 手を払われた。
 うーむ。

「ねー、エヴァって料理できるの?」

「出来る」

 おー、即答か。
 羨ましいもんだ。
 そして、手を引かれながら、また一団へ。
 ……神楽坂も、マクダウェルの扱いに慣れてきたなぁ。







 その日の昼休み、相も変わらずコンビニ弁当を新田先生と仲良く突いていた。

「修学旅行は危ないですね」

「まったくだ」

 舌が肥えてしまってるのである。
 ……どうして旅行に行くと、御当地のグルメを食べてしまうんだろう?
 まぁ、普段食べられないから、という簡単な答えが出るんだけど。
 うーむ。

「どうしたんですか?」

「あ、弐集院先生」

 そんな事を話していたら、弁当を持った弐集院先生と源先生が。

「いえ。修学旅行先で舌が肥えてしまいまして」

「はは――良い物ばかり食べたんでしょう?」

「いやぁ、言い返せないですね」

「毎年の悩みだよ、まったく」

 贅沢な悩みだなぁ。
 でもまぁ、その通りなので、苦笑するしかない。
 しかし、旅館の料理は美味かった。

「そう言えば、さっきエヴァンジェリンさんと話しましたよ」

 はい?

「マクダウェルですか?」

「うん。挨拶したら、挨拶を返されたよ」

「はは。そりゃ、いくらマクダウェルでも、挨拶を返すくらいするでしょ」

 何言ってるんですか、弐集院先生、と。
 自分で淹れたお茶を一口飲み、そう笑ってしまう。
 しかし、渋い。
 茶葉を入れ過ぎた。新田先生は笑ってくれたけど……うーむ。

「うん、そうだね――挨拶をしたら、返すんだねぇ」

 そうしみじみと言われてしまった。
 はあ、と。
 そう言われてもなぁ。

「先生、お茶のおかわりは?」

「へ? あ、良いんですか葛葉先生?」

「ふふ――これでも、お茶には少々自信が」

 正直、羨ましいです。
 お茶すら満足に淹れられない俺って……はぁ。
 そう言い、給湯室の方に歩いていく葛葉先生。

「最近機嫌良いですね」

「そうだね」

 横目で弐集院先生の弁当を確認すると、色とりどりだった。
 うーむ、美味そうだ。
 そして、自分のコンビニ弁当に。
 ……弁当業者には悪いが、ちょっと考えてしまう。
 でも作る気が起きないのは、どうしようもない。
 早起きよりは、弁当を我慢しよう。

「きっと良い事があったんじゃないかな?」

「そうですな」

「ですねぇ」

 新田先生は新聞を広げ、俺も食べ終えた弁当をゴミ箱に捨てる。
 のんびりとした昼休みである。
 今日は特にする事もないし、午後からの授業も6時間目に一つだけ。
 うーん、今日は久しぶりに少し時間があるなぁ。
 授業の準備はもうしてあるし。
 こんな時にガンドルフィーニ先生が来てくれると助かるんだけど……どうにも今日は来る気配無いしなぁ。

「何か、楽しそうな話題は載ってますか?」

 隣で新聞を読んでいる新田先生に声を掛ける。
 チラリ、と横目で見るとテレビ欄だった。
 新聞読む時、最初ってテレビ欄から見るよなぁ、と。
 意味もなく共感してしまった。

「さて、どうかな」

「最近は、平和なもんですね」

「はは、そうですね」

 この麻帆良は、治安良いですからね、と。

「どうぞ、先生。新田先生と弐集院先生も」

「ありがとうございます」

「あ、すまないね、葛葉先生」

 そんな事を離していたら、機嫌の良い葛葉先生が戻ってきて、隣で弁当を広げ出す。
 見ないようにしとこう。俺は弁当より睡眠が欲しいのだ。
 そう誘惑しないでほしい。







 はて? と。

「先生、紅茶はお好きですかな?」

 どうしてこうなったんだろう?
 目の前に置かれた紅茶から、鼻孔を擽る良い香り。
 うん。とても美味しそうである。
 出来れば、この紅茶を飲んだら早々に退室したいくらいに。
 
「す、すみません。用意してもらって」

「なに。こちらから呼んだんじゃ、持て成すのが礼儀じゃろうて」

「……は、はぁ」

 何で俺は、学園長室に呼ばれたのか、いまだに良く理解出来ていない。
 いや、葛葉先生経由で学園長が俺を呼んでいるから、と言うのは判ってる。
 判ってはいるんだが……お茶に茶菓子も用意されているのである。
 これじゃ長く話す気満々じゃないか。
 前回呼ばれた時の近衛の話を思い出してしまう。
 ――アレは、長かった。
 ちなみに、紅茶を用意しているのは源先生である。
 あんなに昨日は酔っていたのに、今朝はもうピンピンしていた。
 酒に強いな、羨ましい。

「それで、どういった話でしょうか……?」

 解雇通告、とかじゃないとは思うが、まずそこを聞く。
 いや、学園長室に呼び出しとか、嫌な想像しか出来ないし。
 内心冷や汗流してたりする。

「いやの、また先生の話を聞きたくなってのぅ」

「私の話、ですか?」

 また……と言う事は、ネギ先生とマクダウェル、近衛の事か。
 ふぅ、と気付かれないように安堵の溜息。
 良かった、とりあえずクビではないらしい。

「えっと……京都の時の、事でよろしいのでしょうか?」

「うむ。婿殿――木乃香の父親からも少し話は聞いておるんじゃが」

 どうやら俺からも、と言う事らしい。
 ……本当に近衛の事が好きなんだなぁ、と。
 子供とか孫が出来たら、皆こうなんだろうか?
 いや、そこはもう前回で良く判ってはいるんだけど……やっぱり、役職とのギャップと言うか。
 内心で苦笑してしまう。

「学園長は、木乃香さんの事は目に入れても痛くないほどですからね」

「何を言っておる。当たり前じゃろうが」

「……はは」

 そう言ってもらえると、近衛も嬉しい事だろう。
 自然と笑ってしまい、コホン、と咳を一つ。

「そうですね――そう、近衛と言えば、桜咲と以前から親交があったらしいですね」

「――なんじゃ、先生知っておったのか?」

「はい。近衛から修学旅行前に相談を受けまして」

「……ほぅ」

 そこは学園長も知っていた事なのだろう、別段驚きは無い。
 でも、目付きが鋭くなるのは何でだろう?
 ……胃に悪い。

「京都に行った際に、また元のように仲良くなれたようで」

「その様じゃのぅ。あの子も……まぁ、訳有りじゃが、また昔のように仲良くしてくれればよいが」

「そこは大丈夫でしょう」

 訳有り? それが、近衛と桜咲が仲違いした理由か?
 ふむ――。

「近衛は友達を大事にする子です。そこは心配ないと思います」

「……うむ、そうじゃな」

 まぁ、その理由が何であれ、今の2人を見ていれば判る。
 大丈夫だ、と。
 そう断言できる。
 そう言うと、学園長も嬉しそうに頷いてくれた。
 俺より近衛を知っている人だ。見てきた人だ。
 心配だろうけど――俺よりきっと信じてると思う。

「刹那君とは、彼女の両親と婿殿が仲が良くての」

「そうだったんですか」

 近衛と桜咲は、親同士の付き合いだったのか。
 近衛の実家って、もしかしたら剣術の家なのかな?
 今日取って、そんなイメージがあるし。
 まぁ、俺の先入観でしかないんだけど。
 でも、近衛はどっちかと言ったら、茶道のイメージがあるな。

「彼女の剣術も、婿殿が手解きしたものじゃ」

「そうなんですか?」

 そう言えば、桜咲は剣道部だったな。
 ……剣道と剣術って、やっぱり違うのかな?
 それは、今度調べてみるか。それとも、桜咲に聞いてみるのも良いかもな。

「そう言えば、申し訳なかったの」

「はい?」

 いや、いきなり謝られても。
 何か謝られるようなことしたっけ……。

「修学旅行の時に、一つ用事を頼んでおったじゃろう?」

「ああ」

 えっと、確か近衛の実家に手紙を、って。

「いえ。ネギ先生にも良い経験になったでしょうし」

 大人の居ない自分達だけでの行動。
 ちょっと……と言うには少し心臓に悪いくらい心配したけど。

「そう言ってもらえると助かるよ」

「はは」

 そのまま、二三雑談を交わす。
 京都での近衛はどうだった、ネギ先生はどうだった、と。
 桜咲の事も聞かれた。
 聞かれた事に答え、学園長がそれに頷くという流れ。
 そんなゆったりとした時間。
 源先生もどことなく嬉しそうで――ああ、こう言う時間も良いもんだなぁ、と。

「それと先生、エヴァの事なんじゃが」

「マクダウェルですか?」

 そう言えば、マクダウェルの事は聞かれなかったな、と。
 紅茶で喉を潤し、次に備える。
 さて、何を聞かれるのやら。

「最近、随分と丸くなったようじゃの」

「はは、そうですね」

 最近は良く、他の先生方からも言われます、と。
 学園長の耳にも届いていたのか。

「修学旅行の時は、良く神楽坂と一緒に回っていたようですし」

 きっと、彼女のおかげでしょう、と。
 そう言うと、また学園長は嬉しそうに笑う。
 近衛達の事を聞いていた時のように。
 マクダウェルも、近衛達と同じように見ているかのように。
 きっと、この人にとっては、この学園の生徒全員が大事なんだろうな。
 何となく、そう思ってしまう。
 そして、それが凄く嬉しい。

「のぅ、先生?」

「なんですか、学園長?」

 だから、声を掛けられたら、そう自然に応えられた。
 笑顔。
 本当に、楽しそうに、学園長は笑っていた。

「エヴァは変われるかの?」

「はい?」

 変われるか?
 ……それは、

「それは、これからのマクダウェル次第だと思います」

「そうじゃの」

 マクダウェルが神楽坂をどう受け止めるのか。
 そして、周囲の変化をどう見るのか。
 こんなにも周りは変わってきてる事を、彼女はどう感じるのか。
 俺だけじゃない、新田先生も、葛葉先生も、皆があの子を“見”はじめてる。
 その事に、気付いているんだろうか?

「そうじゃな」

「はい」

 しん、と一瞬だけ学園長室が静まり、

「先生、感謝しておるよ」

「え?」

 しかし、そう言った学園長は何時も通りの何処かくえない顔。
 聞き間違えか、とも思えるような感じで

「あの子に“機会”を作ってくれて」

「機会、ですか?」

 それは、何の、と。

「あの子が皆に見てもらえる“機会”じゃ」

「いえ、それを作ったのは自分じゃないですよ」

 ゆっくりと、首を横に振る。
 俺はそんな大層な事は、と。

「そうかの?」

「はい」

 教師が出来る事なんて、たかが知れている。
 勉強を教えて、悪い事をしたら注意する。
 たったそれだけ。
 俺が出来る事、してやれる事なんて、それくらいなのだ。
 だからきっと――その“機会”は、マクダウェルが自分で作ったんだ、と。
 そう思うと自分の生徒が誇らしく思えてくる。
 俺はきっと、良い生徒に恵まれているんだ、と。

「そうは思えんがのぅ」

「買い被り過ぎですよ」

 照れくさくて、頬を掻いて視線を逸らす。
 まさか、学園長からそう言われるとは思わなかった。

「あの子は、変われんと思っておった」

「……はあ」

「色々と、あの子の過去は複雑での」

 過去?
 それは、妙な言い方だと思った。
 たった15歳の少女に使うには――あまりに、引っかかる言い方だ、と。
 普通は昔とか、以前とか……もっと、んー、何か引っ掛かる。
 それが、マクダウェルの“事情”と言うやつか?

「のぅ、先生?」

「な、なんですか?」

 それも、いつか聞けるのだろうか?
 マクダウェルの口から。
 ……きっと、難しいんだろうな、と苦笑してしまう。
 でも、神楽坂には言うのかな?
 だと良いな、と。そう思う。
 もうアイツは友達が居るんだから。

「先生、恋人は居るのかの?」

「はい?」

 い、いきなり話が飛びましたね。
 えっと

「……居ませんけど」

「そうかそうか」

 いや、そこでそう嬉しそうにされても。
 俺としては非常に、そう、何と言いますか……複雑なんですが。

「先生、木乃香の婿にならんか?」

「―――はい?」

「あら」

 いきなり何を、とか、そんな事も考え付かなかった。
 というか、まだ近衛のお見合いってしてたんだ、と場違いにも考えてしまう。
 いや、現実逃避とか判ってるけどさ。

「器量良し、料理も出来る、家事全般得意じゃ」

 お買い得じゃぞ、と。
 いや、孫をお買い得とか言わないで下さい。
 あと源先生、なんでそんなに嬉しそうなんですか?
 助けて下さいよ、と視線を向けるが――どうやら助けは来ないらしい。
 はぁ。

「……いえ、流石に歳の差とか」

「10くらいなんじゃ。歳をとれば気にならんじゃろ」

「…………近衛は、歳の近い人が良いと言ってましたよ?」

「なんと!?」

 そこで驚くんですか?
 確か、以前相談された時にそんな事を言ってたような言って無いような。
 流石に、もう細かな所までは覚えて無いけど。

「うーむ。ネギ君を、とも考えておったんじゃが」

「まだ早いんじゃないですか?」

「こう言うのは、早い方が良いと思うんじゃがのぅ」

「学園長? 女の子は出会いのムードが大切なんですよ」

 作った出会いって判ってたら、盛り上がりません、とは源先生。
 何を語ってるんですか、貴女は。
 まったく。

「ま、今度木乃香にも聞いてみるかの」

「止めて下さい」

 気まずくなりますから。
 本当に。




――――――エヴァンジェリン


「海、だと?」

「うん、そう。それで、今度の週末にどう?」

 ……深い、深い溜息を一つ。
 何を考えているんだ、このバカは。

「あのなぁ……」

「今度のゴールデンウィークに」

「おい、ちょっと耳を貸せ、バカ」

 問答無用で、その耳を指でつまんで、引っ張ってやる。
 いたいいたいちぎれるー、とか言ってるが無視。

「吸血鬼を海に誘うバカがどこに居るっ!」

 クラスの中なので小声で、だがちゃんと聞こえるように言ってやる。
 まったく、と指を離してやる。

「いたいー」

「当たり前だ、痛くしたんだからな」

「痛い、エヴァ」

「おー、可哀想に」

 あまり甘やかすな、龍宮真名。
 そいつは甘やかしたら、すぐ調子に乗るからな。

「はぁ……それで、どうしてそうなったんだ?」

「いや、いいんちょがネギを誘ってたから」

 見とかないと危ないから、と。
 ……はぁ。
 何でこのクラスには、こんなに残念なヤツしかいないんだ?

「断る」

「何でよ?」

「……さっき理由を言っただろうが」

 吸血鬼が海にとか……どんな冗談だ。
 まったく。
 話は終わりだ、とカバンを持って席を立つ。

「用はそれだけか?」

「うー」

「どんなに唸っても、答えは変わらんからな?」

「はは、残念だったね、明日菜」

 用があると言うから残っていたら、こんな事か。

「あ、今から帰る?」

「……切り替わりが、相変わらず早いな」

「いや、エヴァって一回言ったら梃子でも動かないし」

 ――褒められてる気がしないのは、何故だろう?
 とりあえず、むかついたので椅子に座って丁度良い高さになっている頭にゲンコツを落とす。

「いたい……」

「ちゃんと手加減は下からな?」

「はは、相変わらず仲良いねぇ」

「茶々丸、行くぞ」

 何処をどう見たらそう見えるんだか。
 眼科に行け、と言い残して教室を出る。
 ……だから、何で追ってくるんだ、この二人は。

「あれ? 木乃香達は?」

「……今日は、私の別荘の使用許可を出してるから、そっちだ」

 チャチャゼロに監督させてるし、大丈夫だろう。

「あれ? エヴァは帰らないの?」

「……部活だ」

 何でいちいち聞くかなぁ。

「茶道部の方かい?」

「ああ……龍宮真名、お前は部活は?」

「いや、こっちが楽しそうだし。茶道部なら茶菓子くらい出るかな、と」

 舐めてるのか、お前は。
 あと明日菜、茶菓子に反応するな。
 はぁ。

「静かにしていろよ?」

「はーい」

「判ってるって」

 ――――――はぁ。

「マスター、楽しそう」

 黙れ、ボケロボ。
 くそ……私の静かな時間が。





――――――チャチャゼロさんとオコジョ――――――

「最近御主人様モ丸クナッタモンダ」

「っすね」

「そうなん?」

「オー。昔ハモット怖カッタモンダ」

 伊達に600万ドルの賞金首じゃないっすからねぇ。
 まさか、あの闇の福音が普通の中学生生活だなんて……魔法界の誰も想像できないって。

「せっちゃんもお茶しないー?」

「あ、はい」

 しかし……平和だ。
 オレっち、もう姐さんの所に住まわせてもらおうかなぁ……。
 女子寮って怖い所なんだぜ?
 昔のオレっちに言ってやりてーぜ。




[25786] 普通の先生が頑張ります 32話
Name: ソーイ◆9368f55d ID:052e1609
Date: 2011/03/10 00:37
「海だーーー!!!」

 楽しそうだなぁ、と。
 いやもう、何と言うか……金持って凄い。
 そう内心で苦笑し、ここまで自家用の飛行機を飛ばしてくれた執事さんに頭を下げる。

「どうも、ありがとうございます」

「いえ。それでは明日の朝、また迎えに来ますので」

「はい。それでは、お気を付けて」

「はは、では」

 うーん……飛行機の運転。男なら憧れるなぁ、と。
 野太いエンジン音に、プロペラが空を切る音。
 ……初めて生で聞いたけど、凄いな。
 子供のころに夢が飛行士と書く子が多いのが何となく判った気がした。

「どうしたんですの、先生?」

「いやぁ、自家用の飛行機なんて初めて乗ったからなぁ」

「言って下されば、いつでもご用意いたしますわ」

 スイマセン、別に何時でも乗りたくはありません。
 ……失礼だけど、飛行機って落ちそうで怖いし。
 憧れはするけど、そこは別である。
 それに苦笑を返し、桟橋から足を進める。

「しかし、いきなり南の島なんて、どうしたんだ?」

「いえっ、ネギ先生が落ち込んでらしたのでっ」

 何でそこで握り拳を作るかなぁ。
 普通に言えば、教師を心配した生徒に見えてネギ先生も見直すだろうに。
 ……まぁ、見直されても困ると言うか、生徒に心配される教師が、とも思うけど。
 しかも、その落ち込んでいたのはどうも解決したらしいし……雪広、不憫な子だなぁ。
 でもなんか、それがこの子らしくて良いのかもしれない。うん。

「あ、先生も楽しんで下さいね?」

「おー、誘ってくれてありがとうな」

「いえ」

 と言っても、付き添いに大人が必要だって学園長から話が出たらしいから、白羽の矢が立っただけだけど。
 まぁ、流石に連休とはいえ、麻帆良外で一泊、しかも生徒だけ、と言うのも問題がある。
 問題が起きたらどうしようもないし。

「それでは、早速着替えてまいりますのでっ」

 そう言って駆けていく雪広を目で追い、

「気合入ってるなぁ」

 と、どこか他人事のように呟いてしまう。
 いや、俺が南の島のビーチにとか現実味がまだ湧かないし。
 周囲を見ると透き通った青い海と、白い雲、晴天の空。
 映画やテレビの中の世界である。
 うーん……どうにも場違いに感じてしまうのは、きっと俺が根っからの庶民だからだろう。
 ま、生徒達が楽しめるならどうでも良い事だけど。

「サメとか居るのかな?」

 まぁ、居るとしても沖合の方だろうけど。
 流石に……いくらクーフェイや鳴滝姉妹でも、そこまではしないだろう。
 と言うか、そうなったら俺じゃ手がつけられないし。
 ちょっと嫌な事を思ってしまい、溜息を一つ。
 ……ま、一泊くらいで何も起こらないと思うが。
 
「さて、と」

 砂浜には、いくつかのビーチパラソルと、チェアーが用意されていたので、その一つに座る。
 何するかなぁ、と。
 流石に、生徒に混ざって遊ぶと言うのも少し気が引ける。
 それに仕事も残ってるし、そっちも片付けてしまわないといけない。
 休み明けには京都の報告書と、経費の書類を出してしまわないといけないし。
 自前のノートパソコンも持ってきてるから、今からするのも良い。
 けど、折角の海なので、勿体無いとも思うし。
 うーん。
 どうしたものか。
 周囲を見ると、誰も居ない。
 きっと着替えに行ってるのだろう。
 というか……これ、パラソル?
 思いっきりなんかの木の枝と葉で編んだ様な……絶対高いだろ、コレ。
 チェアーも市営のプールとかで見掛ける様な奴じゃなくて、きちんとした木材で出来てるし。
 ……あんまり気にしない方が胃に優しいかもしれないなぁ。

「先生っ」

 そんな事を考えていたら、元気な声で呼ばれた。

「ネギ先生」

 声の方を向くと、水着にパーカーを羽織ったネギ先生がこっちに駆けてきていた。
 元気だなぁ、と。
 良い気分転換になると良いけど。

「先生は着替えないんですか?」

「いえ。とりあえずは皆が揃った後で、着替えてきます」

 特にしたい事もないですし、と。

「折角の海なのに、勿体無いですよっ」

「はは。お目付役ですからね、先生達が羽目を外し過ぎないように見てるのが仕事ですから」

「ぅ……き、気を付けます」

「はい。気を付けて下さい」

 そう笑顔で言う。
 まぁ、言うほど心配もしていないし。
 でも雪広には、とは言わないでおく。
 折角誘ってくれたんだし。
 那波と神楽坂、絡繰も居るし……大丈夫だろう。うん。
 そこまで暴走もしないだろうし。
 ……思い付きで南の島に誘う時点でアレだけど。
 最初はネギ先生と二人でとか計画してたらしいからなぁ。
 今度、朝倉にジュースでも奢ってやろう、と思う。

「皆さん遅いですねー」
 
「まぁ、女性の着替えと言うのは時間が掛るモノなんですよ」

「そうなんですか?」

「ええ、そういうものなんです。覚えておいた方が良いですよ?」

 ネギ先生は、良く誘われてるみたいですからね、と。
 クラスの子達から買い物とか、休日に良く誘われてるらしい、と言うのは朝倉と早乙女談。
 まぁ、それくらいなら、と俺も目を瞑ってる。
 ネギ先生も楽しんでるようだし、良いストレス発散にもなるだろう。
 それに、本当に嫌なら断るだろうし。

「なるほど……」

 そう真面目に答えられると、微笑ましい気分になってしまう。
 やっぱり、こう言う所はまだ子供なんだなぁ、と。

「何か飲みますか?」

「え?」

「クーラーボックス。中は飲み物らしいですから」

 そう言い、ビーチチェアの脇に置いてあったクーラーボックスを開く。
 これは飛行機を運転していただいた執事さんに教えてもらっていた。
 あと、別荘の間取りとか緊急時の連絡先とか。

「色々ありますね」

「……そうですね」

 何でアルコールまで入ってるのかは、考えないでおこう。
 全部のクーラーボックスにだろうか?
 うーん……周囲を見渡すと、パラソルが立ってるのは5つ。
 はぁ、と。

「どうしたんですか?」

「いえ」

 最初の仕事が決まったので、小さく溜息を吐いて立ちあがる。
 良い天気だなぁ、と。
 でも、アルコールはまだ早いと思うんだ、うん。







 クーラーボックスから缶チューハイを取り終える頃、やっと水着に着替えた雪広達が来た。
 ……うーん。
 最近の中学生って、凄いなぁ、と。
 いかんいかん。
 生徒をそんな目で見るなんて、と首を横に振る。

「先生、何をなさっているのですか?」

「ん?」

 っと。

「いや。好きなジュースがあったから、集めてた」

「……子供ですか、貴方は」

「は、はは……」

 そう言わないでくれると助かるなぁ。
 各クーラーボックスには酒は一本ずつ入っていたので、もしかしたら俺用なのかもしれない。
 気の回し過ぎじゃないか、雪広家の執事さん達よ。
 気付かれたら、きっとこういうイベントが好きな彼女達だ、飲もうとするかもしれない。
 ……と言うか、興味本位で飲むだろうなぁ。特に……まぁ、なんだ、悪乗りが好きなクラスだからな、ウチ。
 苦笑し、5本の缶を器用に両手で持つ。

「ネギ先生なら、向こうで一人で待ってるぞ。早速水着姿でも……」

「ネギ先生ーーーっ」

 判り易い子で助かるなぁ。

「あら、上手くかわしましたね」

「何の事やら」

 那波から、絶対称賛されていないような称賛の声。
 もしかして、気付いてる?

「まぁ、私達は楽しければ良いですので」

「なら大丈夫だな。雪広があの調子なら、きっと楽しいぞ」

「ふふ、そうですね」

 どうやら、お酒にはあまり興味がないらしい。
 そう上品に笑う彼女の陰に隠れているのは、村上と鳴滝姉妹。
 ん?

「どうしたんだ?」

 何で隠れているんだろう?

「い、いやー……先生、元気?」

「そりゃ元気だけど」

 どうしたんだろう、と思い、

「まったく、どうしたのかしら、この子達は?」

「あー……」

 何となく、まぁ、何となく気付いてしまった。
 ……これってセクハラにはならないよなぁ、と。
 心中でそう自問し、とりあえず触れない方が良いのかなぁ、と。
 しかし、村上はともかく、鳴滝姉妹もそう言うのを気にするもんなんだなぁ。
 那波の陰に、と言う時点で結構……これから先は言わない方が良いだろう。

「まー……とりあえず、雪広を追うかー」

「そうですね」

 気付かないフリしとこう。
 何かその方が良さそうだ。教師として、と言うより男として。
 ホントは那波とか雪広とかの水着姿とかも褒めたい所だが……うん、止めとこう。
 その方がきっと良い。
 何が良いのかって言うのは、気にしない。
 だって、俺は先生だから。うん。
 ……しかし、前から何度も思っていたけど、最近の中学生って中学生らしくないと思う。

「先生、この水着どうでしょうか?」

 ――那波に見えない角度で、頬が引き攣ってしまった。
 チラリ、とその脇を見ると、村上と鳴滝姉妹がこっちを見上げてきていた。
 いや、判るから。
 那波は……正直、凄い。
 何が凄いかって、もう何だ、高校生と言うより、大学生に見えるくらい凄い。
 前提として、すでに中学生じゃなかったりする。
 まぁ、そんな失礼な事はさて置き。

「似合ってると思うけど、少し大胆過ぎやしないか?」

「そうでしょうか?」

 うん。
 4人揃って首を縦に振る。
 そして、それが似合っていると言うのが何とも言えない。
 ……偶に大学生に間違われるって愚痴を聞いた事があるけど、判る気がする。
 もうすでに高校生じゃない所が、那波らしい。うん。
 中学生は、そんなに胸の谷間なんて強調させません。

「もう少し大人し目の方が良かったでしょうか?」

「おー……そっちの方が良かったと思うぞ、うん」

 主に、その脇の子達の為に。
 あと、ネギ先生の為に。刺激強過ぎやしないだろうか?

「先生は着替えないの?」

 とは村上。
 正直、話題を振ってくれて先生は凄く嬉しい。

「んー、とりあえず、皆揃ったら着替えてくるつもりだ」

「そっかー、後でビーチバレーやろう、ビーチバレー」

「ん、判った」

 そんな事を離しながら、雪広とネギ先生の所へ。
 うん。

「落ち着け、雪広。那波?」

「あらあら」

 ネギ先生相手にストローを二本刺したドリンクを勧めていた雪広を、那波に抑えてもらう。
 相変わらずのお前に安心すればいいのか、悲しめばいいのか……複雑だよ、先生は。

「ち、千鶴さんっ!?」

「ごめんなさいねー、あやか」

 はぁ。

「相変わらずだねー、いいんちょ」

「相変わらずだ」

「相変わらずね」

 まったくだ……と言うか、そのドリンク何処から出したんだ?
 クーラーボックスの中にあったかな、そんなの?

「こ、これは――」

「うん。これは?」

 言ってみろ、バッサリ切ってやるから。

「う」

「う?」

 あ、固まった。
 ……真っ赤になってぼそぼそ言うなよ。
 なんか那波の心の琴線に触れたらしく、抱き付かれていた。
 あー、目の毒だ、目の毒。
 そこから視線を外すと、他の子達も別荘の方から歩いて来ている。
 どうやら、更衣室は無いらしく。別荘で着替えを済ませてきているようだ。
 ネギ先生も別荘から歩いて来てたし。
 えっと……

「これで全員か?」

「はい」

 宮崎に綾瀬、早乙女、朝倉、クーフェイと龍宮、和泉に佐々木、柿崎。
 それに神楽坂と近衛、桜咲にマクダウェルと絡繰。
 ……随分な大所帯である。
 そして、華が有るなぁ、と。
 う、いかんいかん。

「それじゃ、怪我しないように遊ぶんだぞー」

「はーいっ」

 はい、元気な良い返事だ、と。
 どうせ堅苦しく行っても無駄になるだろうし、遠くに行かないように、とだけ言っておく。
 最初に動いたのは雪広と宮崎。
 そのセコンドには雪広には那波、宮崎には綾瀬と早乙女。
 朝倉は相変わらずカメラを構えてるし。

「後で学園新聞の一面にでもするのか?」

「あはは、そんな野暮な事はしないよ」

「……野暮、ねぇ」

 ま、そうかもなぁ。あんなに楽しそうだし。
 ネギ先生には災難かもしれないけど。
 そんな事を考えながら、どうするかなぁ、と。

「先生、泳がれないのですか?」

「ん?」

「いえ、服装が……」

 そう聞いてきたのは、絡繰。

「絡繰は泳がないのか?」

 そう言う絡繰も、何故か水着姿じゃなかった。
 いつもの服、と言う訳でもないけど、この面子の中で水着姿じゃないのは何でだろう?
 ちなみに、参加者の半数は学園指定のスクール水着だったりする。
 那波やら雪広やら……まぁ、一部の子達は自分で用意した水着だけど。

「はい……少々、事情がありまして」

 事情?
 そう首を傾げ、

「それより、着替えないのか先生?」

「……お前は、相変わらずだなぁ」

「何がだ?」

 なんで最近は職員室でも良い評判なのに、言葉遣いは直らないかなぁ。
 そこで不思議そうにされると、俺が間違っているみたいになるんだが。
 はぁ。

「もう少し、言葉遣いをだなぁ」

「……ここでも説教か」

「ん――それもそうだな」

 それこそ、野暮ってヤツか。
 そこはマクダウェルが一理有るな。折角の旅先だし。

「そりゃ悪かった。ネギ先生」

 それじゃ、さっさと着替えてくるか。
 少女達に揉みくちゃにされていたネギ先生に声を掛ける。何処で着替えたか聞く為だ。
 間違えて生徒と同じ部屋で着替えたら……うぅ、想像するだけで恐ろしい。
 主にクビ的な意味で。
 気を付けないとなぁ。







「なぁ、絡繰?」

「なんでしょうか、先生」

 パラソルの下でのんびりと海を眺めながら、贅沢に時間を使ってる。
 何をするでもなく、ただただのんびりと――生徒達に揉まれているネギ先生を眺める。
 ……偶にこっちに助けを求める視線を向けられるけど、あえて気にしない方向で。
 流石に危ない、と思ったら助けるけど。
 まぁまだ大丈夫だろう。雪広には那波と村上が付いてるし。

「そんな格好で暑くないか?」

「いえ、大丈夫です」

 そうか? と。
 絡繰は、何と言うか――シャツにスラックス姿。
 ラフと言えばラフだけど、海辺の砂浜での姿ではない。
 折角の海なのに、とも思うけど、そこは絡繰の自由か。
 ちなみに俺は、トランクスタイプの水着に、上からパーカーを羽織ってる。

「先生は、茶々丸の水着姿に興味があるのかな?」

「そんな事は無いから、そうニヤニヤするな」

 オヤジか、龍宮。
 そう内心で苦笑し、クーラーボックスから、冷えたジュースを取り出す。

「熱中症にならないか心配なだけだよ」
 
「それは残念」

 何が残念なんだか。
 そう苦笑し、ジュースで喉を潤す。

「龍宮は泳がないのか?」

「私はまだ良いよ。どうせ、明日までは貸し切りなんだし」

 私ものんびりするよ、と。
 ま、それもそうか。
 
「私は泳げませんので」

「なんだ、そうなのか?」

「はい」

 ふぅん。
 そう聞きながら、視線は海へ。
 マクダウェルは――神楽坂に泳ぎを教わっていた。
 というより、無理やり連れていかれたと言う方が正しいか。
 ……アイツも丸くなったもんだ。前は絶対あんな事したら