俺たちが文月学園に入学して、ようやく二度目の春。
果たして俺はこの時をどれだけ待ちわびたことだろうか。
一年次には先輩達が廊下で大声を張り上げ戦っているのをただ眺めることしかできなかった試召戦争……、ようやく、ようやく俺も自らの召喚獣を駆り、戦争に参加することが出来るようになるのだ!
楽しみでたまらない。ああ、本当に楽しみでたまらなかった。校舎へと続く道の両脇で咲き誇る桜は、俺の進級と試召戦争への参加資格を得たことを心より祝福してくれているに違いない!
ありがとう桜、センキュー桜! 俺は軽やかな足取りで坂道を登っていく。
さあ――、俺の配属クラスはどうなっているのだろう!
☆
「……吉井に続いてお前か、都筑《つづき》」
玄関に辿り着くと、そこに立っていた浅黒い肌の筋骨隆々肉ダルマこと西村教諭が苦々しげな顔でそう言った。
トライアスロンが趣味であだ名は鉄人というとんでもなく肉体派の生活指導担当教諭で、俺の去年の担任。彼に泣かされた生徒の数は知れないという。
しかし何だか出会い頭にいきなり敬遠されている気がしてならないのはどういうワケだろう。ここは俺が実に社交的な生徒であるところを見せないといけないようだな。一応頭を下げて挨拶だ。
「おはようございます。それにしても随分と失礼な挨拶じゃないですか西村先生。俺は少なくとも吉井よりはまともだと自負しています」
「どっちもどっちだ」
ひでぇ。
吉井明久と言えば我が文月学園の誇るバカで、そのバカさ加減はエレベストよりも高くマリアンヌ海峡よりも深いと言われている。要は超世界級のバカだ。彼とは去年同じクラスで所属していたが、彼のバカさ加減は身を持って知っている。俺はそんな世界を制するバカと一緒にされてしまったのか……。
「エレベストに謝ってください」
「お前の頭の中では一体何が起こったんだ? 何が言いたいかはわからんが正確にはエベレストだ」
「し、知ってましたよ……」
危ない危ない、内心の動揺を悟られるところだったぜ……。
そんな俺の心情を知ってか知らずか、鉄人は嘆息しながら何かの封筒を取り出した。
「なんです、これ。俺の名前が書いてあるじゃないですか。……はっ、まさかラブレター……!? いや、でも、初めてのラブレターがこんな筋肉ダルマからげふぅっ」
鉄人の鉄拳が腹に入り、俺は膝から崩れ落ちた。予備動作無しの鉄拳なんて避けきれるわけないだろぉ……。
俺が怨嗟の籠もった視線で見上げると、対照的に冷ややかな目で俺を見下ろす鉄人が同じく冷ややかな声で告げた。
「その封筒の中身にはクラス編成の結果が書かれている」
「……組分け試験のですね?」
「そうだ」
成程クラス編成ね。
俺の通う文月学園は学力によるクラス編成方式を取っており、一年終わりの組分け試験の結果に応じ成績順でクラスが決まっていく。AからFまでの計6クラスで、頭が良いものはA、対照的にバカはFクラスに配属される。まあ滅多にFクラスに配属されるようなバカはいないだろうから、俺のように滲み出る知性に彩られたスーパーボゥイからすればBクラスが妥当なところだろうか。Fクラスに配属された日には首をかっ切っても良いだろう。それはもう屈辱過ぎる。生きていく希望を見失ってしまいそうだ。
それにしても随分と開けにくい封筒だ。開け口が瞬間接着剤で止められているようにも見える。
ていうか絶対そうだろこれ! 鉄人め妙なところでいやらしい事しやがって!
「……都筑。俺は今だから言えることがある」
「はい、何です? 瞬間接着剤で止めたってことですか?」
「俺は去年一年間お前を見ていて、『お前はきっとバカだろう』と思っていたんだ」
「先生の目は飾りですね。あだ名に『節穴』も追加した方が良いですよ」
「さっき吉井にも言われたよ」
「い、いだっ、いだだっ!」
笑顔を見せながら蹴り入れてくるのは止めて頂けませんかねぇっ!
「だが先生は間違いに気付いた。大いなる間違いに」
「じゃあ今すぐ俺に土下座して今までの非礼を詫びるべきだと思います」
くそっ、埒が明かない。こうなったら封の上部分を破るしかないか。ていうか何で今までその方法を採らなかったんだろう。俺はバカか。
封筒を覗けば、一枚の紙。ここに、俺の去年の振り分け試験の成果が書かれている。
俺としては実力を出し切れなかったので若干悔しい結果に終わってしまったが、それでもBクラスは下らないだろう……。
「都筑、お前は真性のバカだ。喜べ。学校の歴史を変えたぞ」
折りたたまれた紙を抜きだし、中身を確認。
『都筑松一郎……Gクラス ※参考成績 クラス振り分け試験:0点』
「お前は校内一のバカだ」
「いやちょっと待ってくださいGクラスって何ですか!?」
「お前は校内一のバカだ」
「繰り返さないで良いですから!」
「お前は世界一のバカだ」
「日本すっ飛ばしていきなり世界!?」
こうして、俺の新しい学園生活が幕を開けた。幕を開けてしまった。
やはり問題だったのは選択問題を全部サイコロで決めたからか?
それにしたって全部外してしまうなんて……。一体どういう事なんだ……。
だが、振り分け試験の結果は絶対だ。今更覆せようはずもない。
俺は涙を呑んで、新しい教室へと向かった。
テスト
問 選択肢の中から正しい答えを選びなさい。
sin45°= ?
1. 1
2. 1/2
3. 1/√2
4. 3/2
都筑松一郎の解答
『17』
教師のコメント
『後で職員室に来るように。サイコロ持ち込みは禁止です。……補足ですが24面サイコロは試験には向いていませんよ』