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[22829] リリカル的神話体系
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2016/02/27 12:19
 

 思いついたある意味ネタ。実験作でした。
 
 思いのほか感想がついたので先を書き散らしていきたいと思います。


 作者が転生、最強物を書いてみたかったという理由で書き始めましたので、タイトル通りそういうものになると思います。


更新履歴

 2010/12/18 チラ裏から移動 第三話投稿
 
 2010/12/29 三話の登場人物の名前を修正 第四話投稿

 2011/01/02 第五話投稿

 2011/01/16 感想の指摘に合わせてプロローグ、第一話、第二話修正。どこかズレが出てくるようでしたら感想にてお願いします。指摘、ありがとうございました。

 2011/01/16 第六話投稿

 2011/01/21 第七話投稿

 2011/01/24 指摘されたタイトルを改名。感想、ありがとうございました。……四畳半神話大系、面白かったなぁ。ぱ、パクリじゃないですよ? インスパイアされたんです。

 2011/01/25 第八話投稿 誤字、第五話、第七話修正 感想、ありがとうございました。

 2011/02/27 第九話投稿

 2011/04/29 第十話投稿 所々微修正

 2011/05/01 第十一話投稿

 2011/05/12 第十二話投稿

 2011/05/16 第十三話投稿

 2011/05/18 第十三話、誤字訂正

 2011/05/26 第十四話投稿 タイトルを変更。

 2011/06/07 閑話第一話 投稿

 2011/06/10 閑話第二話 投稿

 2011/06/11 閑話第二話 修正 指摘、ありがとうございました。

 2011/06/20 第十五話投稿

 2011/06/30 第十六話投稿

 2011/07/05 とんがっている所を削除・訂正

 2011/07/23 第十七話投稿

 2012/04/15 色々、修正。修正版第十七話を投稿

 2012/12/25 前に削ってた奴を投稿 年末に書ければいいなぁ

 2016/02/27 各話の細かな修正



[22829] プロローグ
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2016/02/27 12:47
「俺の培地に、まーたBETAが繁殖しやがった!」

「ははっ! またかよ……お前、すぐコンタミさせるからだめになるんだよ」

「しょうがないだろう? 俺の手が不器用なのは、生まれ付きなんだから」

 同じ研究室の友人の声を聞き流しながら、俺は目の前の丸い培地に集中する。この作業にはいつもの三倍ほどの注意が必要だ。そうでないと先の会話のようにBETAの様なモノが繁殖して、培地の人間が絶滅してしまう。

 俺の名前は森恪。

 実は神だ。

「くっそ、他の培地も絶滅しやがった!」

 隣で悲壮な声色で叫んでる、この間教職の必修科目を落とした田中俊夫も神だ。

「いや、神様はそんなただの人に興味も糞もないだろう」

 田中に適当に返事を返す、飲み会で、童貞をからかわれマジギレ空気を零下まで冷やした西尾徹も、また神であると言える。
 いや、正確に言えば『昔の人間』にとって、の神だが。

「おい、森。さっき奈多先生が呼んでたぜ」

「げっ、またあの奈多かよ。大丈夫だ森。骨は拾ってやる」

 チーン、と口で効果音。合掌しているバカ二人は繰り返しになるが、これでも神だ。

「……はぁ。今度は何をさせられるんだろうか」

 彼らの言葉を聞いて、俺が向かうは先の会話に出てきた大学名物の教授である奈多慎吾教授の研究室である。
 これまでの会話で察しの良い方はお気づきだろうが、ここはある地方大学の研究室。
 そして俺はしがないM2(修士課程 2 年)である。

 そんな全く健全である俺が『神』なんて、口に出せば一発で気違い判定されてしまうような存在を自称していたか? それは俺の生い立ちから説明しなければならない。
 全くもって今でも謎であるが、俺は前世という物を持っている。正直、こっちに生まれてそれなりに苦労したがそれは置いておこう。説明してもつまらないだけだ。

 さて、そんな不思議な過去をもつ俺だが転生した当時はここが日本のどこかだと思ってた。だって言語も丸っきし日本語だしね。服装も普通だったし。強いて言うなら俺の居た時代よりもかなり科学が発展してるなぁ程度の認識だった。

 そんな自分の認識を真っ二つにへし折ったのが、この世界の理科の授業である。教科書の126ページ、開いた時の衝撃を一生忘れないだろう。

 俺の前世の記憶が正しければ、そこにはゾウリムシやらが書いてあるはずだった。だが、そこにあったのは、どう見ても前世で見た人間そのものだったのだ。

 ……俺は目を疑ったね。よく周りの話を聞くと、前の世界で『大腸菌』やらに当たる生物群が、この世界では人間であったのだ。
 だからこそ、俺は前世とは全くの見当違いである理系に進み、農学部に進学。無事こうやって、この世界の『バイオテクノロジー』らしいことを習ってるんだが……

 こっちでいう『バイオテクノロジー』は大腸菌を人間に置き換えたもの。前世では例えば人間に必要な物質を菌に造らせて、それを抽出したりして得ることもあったが、それを人間っぽい小さな奴ら(=俺の前世である人間たち)にやらせると思って貰いたい。
 だからこそ、この大学では菌(人間)を育てるために培地(こっちでは育てる用に予め用意されている『粉』みたいなのを捏ねる)を作る方法などを習ったりするのだ。

 つまり、人間(のような菌)を培養したりするのがこっちのバイオテクノロジー。俺の前世である生物が、こっちで菌のように培養されたりしている光景は最初気持ち悪かったがもう慣れた。人間ってすごいね。

 星(培地)こねて作って、それに菌(人間)移植させ、培養させる……これを前世記憶持ちの俺の感覚としては、神と言わずしてなんと言おう。

 では、軽くこの世界の培養の手順を追ってみよう。

 まず、培地をこねる。こねて丸い球状にする。これらの作業はすべて無菌でしなければならない。もし、無菌状態でやらなければ人間じゃないやつが混ざってしまって大変な事になる。

 次に、培地に培養したい物を移植する。種菌を白金耳(耳かきみたいなやつだ)で掬い取り、その培地になすりつける。種菌とは俺たちが代々培養してきた人間だ。いちいち、単細胞から人間まで進化するのを待っているのはダルイからな。
 この時、白金耳の先を顕微鏡で見るとなにやら戸惑った顔の人間たちが見えたりする。

 そして無事に移植出来ればあとは待つだけ。それ専用の保温室に入れる。中は熱すぎず寒すぎずに保たれている。地球にいた頃、なんでこんなに地球は奇跡的に恵まれた環境にあるのかと思ったが、答えは簡単だ。俺たちが管理しているからだ。
 数日経つと、培地の表面にコロニーが出来始める。ああ、この時顕微鏡で表面を観察すると街らしきものが見える。ははあ、やっと文明作りやがったなこやつらめ、と気分は一端の親の気分だ。

 さらに数日経つとコロニーがどれか分かんなくなるぐらいドベーと広がるので、実験などではコロニーができた当たりで止めるのが普通だ。でも今回はそのままにしておくとどうなるか、それを説明してみよう。
 菌が広がって培地がすべて覆われると、彼らは胞子を出し始める。この前、胞子をとって観察してみるとなんか宇宙船チックだった。
 
 さて、大体そこまで広がれば無菌状態じゃなくても培地は大丈夫なんだが、時々変なもんが混ざって菌(人間)をダメにしてしまうことがある。先の会話に出てきたように、大切に育ててきた培地が一瞬でやられてしまうこともあるから注意が必要だ。
 
 ――そこまで説明したなら俺が冒頭、神だと自称した理由もわかるだろ?

 というようなことをつらつらと考えていると、何時の間にか俺は教授の部屋の前に立っていた。正直、悪い予感しかしない。教授は悪い意味で有名だ。特に変な発明品を作っては学生に試させるという点で。
 そしてその生贄としてよく俺が対象に選ばれることも、俺の彼に対する評価が下がる一因に他ならない。

 帰りたい気持ちを必死に抑えて、俺は教授の部屋を開けた。そこには顕微鏡を一心不乱に見つめながら、作業している教授がいた。

「……教授、森です。何のようですか?」

 声に若干の苛立が混じってしまうのも無理はないだろう。彼に関わって俺に良いことがあった試しがない。

 振り返った教授は満面の笑みで俺を迎えた。
 主に新たな獲物を見つけた、そんな笑顔だ。

「おお、森君。待ってたよ! 今回こそ大発見だ!」

「へぇ…年中無休で、それ言ってますよね?」
 
 イメージ的には前世の中松さんを思い浮かべて欲しい。

「いいや、今回は大発見だよっ! 紫外線を放射して有用な変種を見つけたんだ!」

「……どんな変種ですか?」

「魔法が使えるんだよ」

「マホウ……? それは、こう、宙に浮いたりみたいなヤツです?」

「ああ、そうだよ……ってそんなに可哀想な子を見る目で見ないでよ! そんなに言うなら、ほれ、顕微鏡で直線に見てみなさい」

 訝しげな俺の顔を見たのか、そばにあった顕微鏡の席を勧める教授。見てみると、そこにはなんか子供が空を飛んでた。

「……飛んでますね」

「だろう?」

 顕微鏡から顔を上げると、うれしそうにニタニタと笑う教授がいた。キモイ。
 もちろん、この現在の世界でも魔法なんてモノは存在しない。ということは、魔法を使う変種なんて見つけたのは大発見ということだ。しかし、自分を呼ぶ必要性は見つからない。

「で、俺に何をさせようっていうんです?」

「それなんだが……」

 奥についてきてくれといった教授に付いていくと、奥には今巷で流行中のバーチャルゲームの操作ポットが置いてあった。

「これをどうするんです?」

「いや、魔法なんてモノを使える変種を発見したのはいい。しかし、まだその生態は謎に包まれたままだ」

「はぁ、じゃあよく観察すればいいんじゃないでしょうか?」

 俺の最もな意見に、ノンノンと教授が指を振る。

「それじゃ遅いのだよ、君。世界では、この瞬間! この天才のライバル達が必死に研究しているんですよ!」

 自分の世界に入った教授を尻目に、俺はポッドを観察する。
 技術がかなり発展したこの世界では、もちろんゲームの類も存在する。それらは実際に起きているかように人間を錯覚させ、体中を実際に動かしているようにアバターを動かすこともできるという高性能なものだ。
 
 過去にはあまりにもリアルを追求しすぎたクソゲーもあったらしいが、今は、その問題も解決されて面白いゲームが楽しめると聞いている。
 ……が、何で、これがこんなところにあるんだ?

「何故、こんなものがここにって顔をしているね? 君」

 振り返ると教授が何かをピンセットでつまみながら、こちらを見ていた。

「その、つまんでいるものは何ですか?」
 
 嫌な予感を頭の後頭部のレーダー的な所にビシビシと感じながら、聞いてみる。返ってきた言葉は予想通り、俺を不安にさせるような内容であった。

「これは、君になってもらうアバターだよ」








「――はぁ? 俺が、そのアバターを操作するですって!?」

 彼がつまんでいたアバターらしいものを顕微鏡で観察すると、そこには俺の外見に、よく似た男がいた。

「……凄いですね、これ。こんなに小さくて、よくできた人形、初めて見ました」

「しかもそれは動くんだぞ」

「マジですか!?」

 これが動くとか……、正直こっちの方を学会に発表すべきじゃないかと思っていたが、口には出さないことにした。

「君にやってもらいたいことは、唯一つ。このアバターを先のバーチャルポットで操作して、この変種の生態を探るのだ!」

「……問題だらけの方法であると思いますが?」

「何だね、言ってみなさい」

「そのアバター、丈夫なんですか? そんなに小さい物だったらすぐ壊れるんじゃ……」

「大丈夫だ。さっきシャーレの三十センチほど上から落としてみたけど大丈夫だった」

 培地の大きさは直径十センチほどだ。つまり菌の基準で地球直径の三倍ほどの高さから落としたということになる。
 それでも壊れないということは、かなり丈夫なのだろう。

「そうですか…… でも、彼らの体感的な時間と自分の体感する時間はかなり違いませんか?」

 アリとゾウの体感する時間はかなり違う。体感時間はその体の大きさに比例するのだ。菌みたいな彼らと俺の時間たるや、かなり隔絶した物になるのではないか?

「バーチャルで何とかなる」

 何とかなりそうだった。

「……。…でも、でもですね? 彼ら菌たちが全員友好的だとは限りませんよ! 下手すると、敵対してくるかもしれません」

「大丈夫だ! そのアバターの中に受信機を付けておいた! そこの発信機からエネルギーがそのアバターに届くはずだ」

 彼の指差す方向には年代物の機械が置いてある。まぁ、この時代から見て年代物なだけであって十分使えそうな物なのだが。

「そして、一人菌に囲まれて寂しそうな森君の為に、アバターにAIを付けておいたぞ! 我が情報工学部協力の凄いもの、らしい。ちなみに声は私だ!」

「(教授と頭のなかで一緒…サイアクだ…)…本当に大丈夫ですかね?」

「大丈夫だ、こう手からビーム的なのが出るから心配するな、なんとかなるはずだ。その調整もAIがやってくれるし、完璧だろう?」

「……あれですよ、こっちで少しバネがずれた時点でこっちでは洒落にならないほどの変化が起きるんですよ! そこら辺、分かってます!?」

「多分、大丈夫だ。念のため、後で出来るだけ装置を培地から離すさ」

 自信満々に言い切った教授に、ため息をつくも俺は諦めた。これ以上言っても教授が折れないことは過去に経験済みだ。

「じゃ、まずこの一番発展してるっぽいやつに放りこんどくな」

 と、教授はピンセットで俺がなる予定のアバターを掴んで、ぽいっと培地の中に軽く、鼻くそを飛ばすような軽さで飛ばした。

「あぁああああ! もう! そんなに適当に扱って! それは俺になるんですからもっと大切に扱ってくださいよっ!」

 ハハハ、すまんねと笑いながら半身になって俺をポッドへと誘う教授を睨みつける。俺は、はぁ、と長い溜息を吐いて、諦観の想いに囚われながらポッドの中に入った。

「電源入れるぞー 同期するからなー」

 間延びした教授の声が聞こえたと思うと、俺の意識は。
 急に、闇へと落ちていったのだった。













 次に意識がもどると、俺は何やら宇宙空間っぽいところで漂っていた。

 や、やべぇよっ! 宇宙だと、息できねえよ!

『大丈夫だよ、森君。息はしなくて大丈夫だ』

 忌まわしい教授の声が、頭の中に響いた。

『そのまま、そうだなぁ。どこか近くに何か見えるかい?』

 AIの指示に従い周りを確認すると、近くに宇宙船らしいものが見える。それをAIに伝えるとそれに入れと返事があった。

 クロールで泳いで(宇宙って泳げるんだね)近づくと、何やらハッチみたいな蓋が開いてた。取り敢えず、入ってみる。

 中は昔、前世で見たテレビに映る宇宙船のようだった。こんな物を『菌』が作ったのだと思うと趣深い。
 しかし、中は無人だ。誰かいてもいいと思うんだけどなぁ。

 もうしかしなくても、これって漂流船?

 もっと詳しく中を見てみる。エスティア? なんじゃこれ? 名前が書いてあったが、これがこの船の名前なのかね?

 どこかでどうも物音がする。はぁ、ゼッタイなんか言われるよ。見つかれば、速攻不審者だ、なんて言われて追われるハメになるんじゃない? これ?

 いきなり痛いのは嫌だ。さっき確認すると、このアバター、痛みもリアルに感じることができるという意味不明な仕様だったし。拷問とかされたらどうすんの。

『教授? そういえばAIってなんて呼べばいいんだ? ……まぁいいや、教授声だし。力の使い方教えてくださいよ。ビーム、でしたっけ? それってどうすれば出るんですか?』

『こう、右手を前に出してだな、指の先に力を込める感じ?』

『いや、感じ? って聞かれましても……』

 聞いたことを取り敢えずやってみる。

 ……こう、かなぁ?

「――へぇぁ?」
 
 
 俺の情けない声とともに指先から白い光が溢れ出してきた。あれ、これ、止めれなくね?

 あっという間にその指先から生まれた光は宇宙船も飲み込み、半径十キロに存在するものすべてを消し飛ばしてしまった。




 



[22829] 第一話 騒動の始まり
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/05/01 00:17
 『ああ、彗星の正体だって? ……ハウスダストだよ』
              
             ―――――モリ・カク ミッドチルダ特派員の質問に答えて一言




 目の前の全方位が真っ白に染まる。ビームを出したと思ったら、周りが木っ端微塵に吹き飛んでいた。頭がどうかなっちまいそうだった。
 白い光が収まると、俺は一人宇宙空間に漂っていた。頭の中に教授AIの声が響く。

『おーい、森君。大丈夫かい?』

『あー、はい。俺の体の方は何とかなりそうなんですが……』

 と、手をにぎにぎしながら答える。首を180度見回しても、先程見た宇宙船らしき構造物は見当たらなかった。

『……教授ぅー 先のビームとやらがなんか強すぎて、一個宇宙船が吹き飛びました』

 おかしいなーなんて、脳天気な声を出している教授AIをぶん殴りたい。――それは多分、自分の頭を殴る事になるのだろうけど。

『でも森君。むこうの送信機のネジはオフになってるはずなんだけどね』

『オフ? 切ったままなんですか?』

『ああ、まだ設定してないはずだから。電源プラグは刺したみたいだけど。ツマミはねじってないはずだよ』

 そういえば、母さんにこまめに電化製品のコンセントは抜いておけって叱られたっけな。
 待機電力、だっけか?

『……教授、多分、ですけどその待機電力分だけでもカットしてもらえませんか?』

『了解』

 受信設定したことを知らせる声を聞いて、俺は今度は小指だけに力を込める。

 ……出てこない。

『教授、やっぱり待機電力ですよ。というわけで、待機電力分から、こう、ちょろちょろと出る感じで設定してもらえないですかね?』

『んー、制御が難しいなぁ、これでどうだ』

 もう一度、俺は荒ぶる右手を前に出して力を込める。こう、第二関節に力をかける感じで……どっせい!


 今度は俺の右手から腕の太さほどの大きさのビームが飛び出た。その一筋の光は宇宙空間を瞬く間に進んでいった。
 まあそうだろうな。ビームって光速だから目で追える訳がない。多分、どっかの培地にでも当たるんだろうけど。


『教授、いい感じです! この設定をキープしてくださいね! くれぐれも待機電力分が勿体ないからって、ビームにまわしたりはしないように!』

『うむ、先の話を聞くにへたすると、貴重な変種たちが一気に全滅なんてことになりかねんからな』

『そうですよ、教授。せっかく金山を掘り当てたんだから、それを自分で爆破しちゃあ世話ないです』

『それもそうだな』

『『ワハッハッハ!!』』



「あー、そこの君! 笑っているとこすまないが、こっちの話を聞いてくれるかな」

「へ?」


 気がつくと、何やら武装した人たちに囲まれていた。困惑した様子でこちらを眺めるおっちゃんの顔は少し歪んでいる。

「あーあ、こう言っちゃなんだが……」

 言い出し難そうな顔をしていたので、俺はそのおっちゃんに助け舟をだすことにした。いつまでも宇宙空間で油売ってるわけにはいかない。

「どうしたんですか?」

「ここは宇宙だし、裸は寒くないのかね?」

 俺は、マッパで漂っていた。





「いや、君がマッパで宇宙に漂っているのを見たときは、心臓が止まりそうだったよ」

 あっははと気さくに俺に声をかけてくれるのは、先程宇宙で衝撃的な出合い方をした俺のファーストコンタクト菌。エンクルマ執務官だ。
 話を聞くと、巡航艦からレスキュー信号をうけた彼らは現場に向かう途中、謎の爆発を感知。急行すると、そこにはマッパの成人男性が高笑いしていたというのだ。

「でも君は丈夫なんだねぇ、素肌で宇宙空間をクロールとはなかなか剛毅だよ」

「いや、そんな事ないですよ。俺の肌なんか年中肌荒れがひどくて、ボディーソープなんか弱酸性使ってますから」

「そうなんだ。それは大変だね。ところで君は次元遭難者だって聞いたけど」

 先の話が大分スムーズにいったのは、この培地では時々他の世界から人が紛れ込んでくることがあるからだと聞いた。たぶん、それは教授がピンセットで暇つぶしに他の菌たちを運んで遊んでいるからなんだと思うけど。

「はい……たぶん、そういうことになってると思うんですけど」

「そうか、俺たちの本拠地、あ、ミッドチルダって言うんだけどね? そこでいっぱい書類とか書いてもらわないといけないから、そこまで取りあえず送っていくよ」

「ありがとうございます。色々と親切にしてもらって」

「いいってことよ! 俺たちはこれで給料もらってるんだからね」

 と何とか、魔法使いの国に密入国なんかせずに入れそうだ。次元漂流者か……教授の暇つぶしのおかげでなんだか楽に調査が進められそうだ。

 ……まぁ、あとはこの国には『レアスキル』なるものがあるらしい。どうも科学で解明できないとかオカルトチックなやつらしいが、宇宙クロールも

「レアスキルデス」

 といえば何とかなった。便利な言葉だレアスキル。なんて凄い言葉だレアスキル! ガンガン多用していこう。












「エンクルマ執務官、ありゃ、何ですか!?」

 先の取調室兼軟禁室から出てきたエンクルマを囲んだのはクルー達であった。彼らがあの宇宙クロールを最初に発見したのだ、気になるに決まってる。

「……レアスキルらしい」

「……執務官、それ、本気で信じていませんよね?」

 頭ダイジョーブ? と可哀想な人を見る眼でこちらを見てくるクルー達に、エンクルマは深々とため息をつく。

「信じる訳ないだろう。大体、先の爆発だって彼が原因だそうじゃないか」

「らしいですね。通信官が自分で自分を疑ってましたが」

 その場全員がため息をつく。エンクルマも長い間、管理局で執務官として働いてきたが、こんなにデタラメなことに出会ったのは初めてだった。
 部下はモニターに映る森と名乗る未確認生命体を観察する。見た目からは普通の青年にしか見えないのだが……

「執務官、今回の事件、俺たちが担当するのでしょうか?」

 言外に関わりたくないという気持ちを滲ませ、部下は上司であるエンクルマに尋ねる。エンクルマは、先程きたばかりの通信の内容を思い出しながら答えた。

「いや、本局から直々に命令が来たのだが、今回の件はハラオウン執務官が担当するらしい」

「ハラオウンと言えば……」

「ああ。クライドの奥さんだよ」

 顔を歪めながら、エンクルマは答える。最初に事件に遭遇した執務官がその事件担当になるのが普通であるのに、こうしたあからさまな事が行われるということはバックに上層部が関わっているという証拠に他ならない。
 夫が死んだ事件を担当するハラオウン執務官の気持ちを思うと、彼らは遣る瀬無い気持ちになった。

「まぁ、俺たちに出来る事は本局へ彼を無事送り届けることだけさ」

 エンクルマはブツブツと独り言をしゃべる森を見つめながら、つぶやいた。







「彼……モリ・カクでしたか」

「はい。今は第二取調室にて取調べを受けています」

「分かったわ。ありがとう、下がっていいわよ」

 彼女、リンディ・ハラオウンは部下を下がらせ、モニターに映る取調べの様子を観察する。彼女自身、今自分がどのような感情を持って彼と接すればいいのかわからないでいた。
 
 彼女の夫であるクライドはロストロギア『闇の書』を封印・輸送中に救難信号を発信。それを受信した近くの巡航艦が現場に急行する途中で謎の高エネルギー反応が検出される。
 そしてその現場にいたのは、次元漂流者と自称する謎の青年が一人……

 謎だらけ、というか一つも理解できることが無いとハラオウン執務官は頭を抱えていた。
 どう考えてても、モリと名乗る青年が怪しいのは間違いない。高エネルギー反応も彼から検出されているらしいし。しかし、動機もなければ次元漂流者がそういきなりワケも分からず破壊をばら撒くというのも納得の行かない話だ。
 
 通常、次元漂流者は訳も分からないまま衰弱死することが多い。本局に保護されるというのは幸運な方であろう。だから、彼には動機が全く無い。

 そもそも、一巡航艦を跡形も無く破壊するという馬鹿げたことを一人で出来るとも思えない。さっき上がってきた報告書がいうには彼にリンカーコアは存在しないということだ。ますますそんなことをできるとは思えない。

 けれども……、彼女は自嘲する。こんなに彼が気になるのは夫を失った悲しみや怒りのやり場に困っているからなのかもしれないわね、とリンディは思った。

「ハラオウン執務官、時間です」

 彼女は無言で頷いて、彼の待つ第二取調室に向かった。








「で、あなたは何も覚えてないのね」

 目の前の若々しい女性は先程のムサ苦しい男に比べて、硬い顔でこの取調室に入ってきた。正直、顔がすごく好みです。
 なんか額に、点字みたいなのがあるがどうでもいい。顔が全てだ。

 そんなデレデレした空気が伝わったのか、彼女は大きくため息をついて、再び同じ質問を繰り返す。

「……もう一回、あなたの覚えている限りでいいから、話してもらえる?」

「ええ。いや、本当にここに来るまでの記憶が一切思い出せなくて…… いえ、名前だけは覚えているんですけどね。爆発…ですか? 見たことないんで、俺がここに来るまでに起こったことじゃないんでしょうか」

 さっきと同じ話を繰り返す。今のモリの格好は、支給してもらった病院に入院しているような服を着ている。

「……分かったわ。あなたは他の事件で重要参考人になっているから、一応、裁判に出てもらうけどそれが終われば自由よ」
 
 彼女はそういいながら、この世界について基本的なことを書いてある絵本みたいなものを出した。無論、文字がわかるはずもない。話が普通に成り立っているこの状況にも森はひどく驚いたものだ。
 
「これを見て勉強しなさい。たぶん、管理局の次元漂流者枠があるから仕事には困らないと思うけど……」

 何故か、彼女は自分を胡散臭げな目で見ながら説明を続けた。ありがたい、本格的に生活の心配はしなくてよさそうだ。今後の方針を教授に相談するなんてことが害悪にしかならないことは、これまでの経験が証明している。
 彼に相談するくらいなら、牛乳に相談したほうが多分ましだ。というかこの体で食事をとれるのだろうか?

「あとは追って説明するわ。少し窮屈な思いをするかもしれないけれど、もう少しの我慢よ」

 最後に励ましらしきことを言って彼女は席をたった。俺は手を振る。

「では、また」

「ええ、また会いましょう」

 こうして、今後俺を悩ませ続けることとなるリンディ・ハラオウンとの初めての邂逅は終わったのだった。












 森が一時勾留所で、意外に快適な生活を過ごしている頃、外の世界では奈多教授は発信機をどの距離に置けばいのか試行錯誤していた。

 待機電力で発せられるエネルギーでさえ、森にとっては過ぎた力だろうと予測した彼はいい感じの距離を探っていた。
 具体的には、色々な物がうず高く積まれた研究室でバタバタしていたのだった。

「こうやって、もっと遠くしたほうがいいのか……? クソッ、コードが足らねぇ」

 バタバタとこんな乱雑な部屋で動き回れば、結果としてホコリが舞い上がる。
 鼻炎持ちである彼の鼻孔には、それは少々刺激が強すぎたようだった。

「へぁ? は、は、は、ハクション!」

 隣の研究室まで聞こえそうなほどの大きな声を響かせて、彼はくしゃみをする。彼の彼たる所以はその方向がバッチシ培地方面であるような、驚異的な間の悪さであろう。

「……あ」

 こうして、管理局史上、最悪の被害を出し、最も意外な終りを見せることになる一連の騒動が始まるのだった。






[22829] 第二話 くしゃみの代償
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2012/04/12 09:35
 『この宇宙はワシが創った』

     ――――モリ・カク 裁判後、インタビューに応えて一言






 第18管理世界 首都ハイネセン


「本当に……本当に連絡が途切れたのか……?」

「はい……! 先ほど、第六基地から『避難せよ』との打電があった後、連絡が取れなくなりました」

「総理、これは……」

「ああ、基地は全滅、したと思った方がいいだろうな」

「そんな……」

 危機管理センターには、再び重い沈黙が訪れた。
 ここは第18管理世界の緊急事態に対する対策本部、首都に設置してある危機管理センターである。その名の示す通り、ここには管理世界の政府の高官、軍の高官などそうそうたるメンバーが集まっている。その目的は一つ。迫りくる災厄に対していかにして対応するか、それを話し合うための会議であった。しかし、その機能が十分に発揮されているとは言い難い。
 
 その管理世界全域に迫る危機は突然現れた。勿論、前触れなどもなく、本当に突然現れたのだ。最初の被害者となった第五開発衛星に住む千五百人の開発団は何が起こったか分からないまま、この世から去らねばならなかっただろう。そして、同じことがこの管理世界の人的、経済的な中心であるハイネセンでも起ころうとしていた。つまるところ、この第18管理世界自体の危機であった。

 そのあまりにも突発すぎる災厄に対して、こうして高官などが集まれた事だけでも、その危機管理体制は褒められるべきであろう。しかし、すべてが遅すぎた。いや、その災厄が常識外であったのだ。

 観測した者の報告によると、その災厄はただただ巨大な水であった。この宇宙空間で水である。

 その成分を解析するなど悠長なことを言っている場合ではない。ただの水ではあるが、その質量がバカでかすぎた。この星と比べて……といったほどのふざけた質量を持つ水の塊なのである。しかもそれが群となってこの星に飛んでくるのだからたまらない。
 ただの水。そう、ただの水であるがその質量に太刀打ちできるものはいなかった。頼みの綱であるアルカンシェルを撃ったところでその当たった所が少し蒸発する程度である。その災厄に一番近かった衛星はこれといった対策もなされずにその質量に飲みこまれ、粉々になっていた。文字通り、粉々になってしまったのである。その一瞬のうちに千五百名もの尊い命が失われてしまった。


「……到着まであと何分なのだ」

「えー、あと三分ほどです」

「三分、三分しかないのか……!」

 ドンッ! と机を叩く中年の男性。彼はこの管理世界政府の最高責任者であった。彼に残された手は無い。

「本当に、何も手は無いのか!?」

 軍高官が怒鳴る。その怒鳴りにその質問はもううんざりと技術者は答えた。

「無理ですよ。あの水の塊を破壊出来る訳ありません。アルカンシェルでも無理です。管理局の部隊全てでアルカンシェルをぶっ放してもその質量の一部も蒸発出来ないでしょう」

「……もう、無理なのか……」

 力なくうなだれる高官。彼にはミッドチルダに家族たちがいた。彼らが助かる保証は無いが……少なくとも数日の間、彼らには逃げるための時間が残されている。その間に逃げることを彼は祈ることしかできなかった。
 彼らはその危機が迫っていることをテレビやラジオで国民に伝えることはしなかった。無用の混乱を招く事になると考えたからだ。
 人生最後の日を人々とその逃亡手段を醜く争って終わるなんてことにはしたくなかった。どうせ、伝えたところで逃げることなど出来ないのだ。それなら一瞬のうちに、気づかぬ間に滅亡した方がよい。

「で、各管理世界に連絡は……」

「はい。今もデータを送り続けています。この世界が終わるまで、データは送られると思います」

「そうか……他の世界の人達が避難出来ればいいのだが……」

 呟く首相。その言葉に、ある軍高官は問い尋ねた。

「しかし首相、……どこに逃げればいいので?」








 三分後、ミッドチルダ中央レーダー分隊に絶え間なく送られ続けていたデータが途切れることとなる。










「なんですって!?」

 リンディ・ハラオウンはとんでもない報告を受けていた。何でもレーダー分隊が第18管理世界からSOS信号を受信、その後しばらくしてその救難信号は途絶え、ある事象のデータのみが送られ続けることとなった。そのデータが解析されるにつれ、恐るべき事が分かった。つまり、巨大な、あまりも巨大な水の塊がこの宇宙空間を飛んできたといううのである。その推定される質量は、文字通り天文的な数と言ってよく、おおよそ人間にどうにか出来る物ではなかった。勿論、魔法というファンタジーを使ってもである。
 この事はすぐに管理局全体に知れ渡ることとなった。最初はそのあまりにもふざけた、理不尽な事態に信じない者もいたが、第18世界からの通信が途絶えると、その危機を認識せざる得なかった。第18管理世界に住む、何数十億もの人間が死んだことを意味したからだ。勿論、生存者はいることはいるだろうが、救難に行くことも叶わなかった。なぜならその災厄は現在もその軌道上にある数々の世界を飲み込んでこのミッドチルダにも迫って来ていたからだ。とても救難などに行く余裕があるはずがなかった。

 タイムリミットは一日半。その間にこの都市に住む住民を避難させることなど無理だ。だからと言って、その災厄をどうにかできるという妙案もないことは明白であった。それにしても時間がない。次々に入る管理局への救難信号も黙殺するしかなかった。
 
「ですから、提督は会議にご出席ください。何よりもこの問題は時間との戦いです」

 職員が顔を青ざめながら言う。当然だろう。もし避難となれば彼の様な一般人は取り残される可能性が高い。つまり、死を意味する。

「分かったわ。その会議室はどこ?」

 緊張感漂う会話を交わしながら、目的地に行こうとしているリンディを呼び留めたのは、先から面白そうな顔を隠そうとしない、自称次元漂流者、森であった。
 森自身、急に騒がしくなったこの状況が掴めずにいた。いきなり何か連絡を通信によって受け取ったかと思うと、この部屋にいる職員が突然騒がしくなったのだ。何が起こったのか? このどこか他人事のようにふるまう青年に教えてあげる様な親切な職員はここには誰もいなかった。誰もが精一杯だったともいえる。

 そして森は空気が読めない奴だった。いや、空気は読めるが、好奇心が勝ったのだろう。声をかければ嫌な顔をするであろうリンディに彼は声をかけた。


「リンディさん、一体何が起こったんです?」

 明らかに嫌そうな顔をしたリンディは、その顔を取り繕うともせずにこちらの質問を無視しようと歩を進めた。それを追って、横から執拗に聞き出そうとする森。周りに他の職員が居るのにわざわざリンディに付纏う森は、勿論嫌がらせも多分に入っていたと思われる。

「リンディさん! おしえてーくださいよー」

「ああもう!」

 その長い綺麗な髪を、がりがりとかきむしって、リンディは森の顔を睨めつける。その顔は、お前うざいからどっかいけと、誰にも分かるほど明確に語っていたが、森にはそんなのは関係なく、期待した目でこちらを見つめるだけであった。
 その顔に、はぁと溜息をつき、リンディは仕方がなしに今、起こっていることを教えた。つまり、この星の危機であると断言したのに森の顔はさしたる変化を見せなかった。

「なるほど…… ちなみにここからどっちに方面なんですか? その水の塊ってやつは?」

 空を指す森にそんなこと、そこらへんのオペレーターに聞きなさい! と怒鳴ってからリンディは会議室へと向かった。そして、その会議室で、リンディはまたもや、あのいけすかない次元漂流者の名を聞くことになる。






 リンディに振り切られてから、森は近くのオペレーターにどの方面から水の塊が来るのか尋ねることにした。森は、幸いにもオペレーターに大体の方向を教えてもらった。結果的にこのオペレーターがめんどくさいと思わずに、この一見ふざけた質問に真剣に応えたことが人類を救うこととなる。

「ありがとうございました!」

 先ほどのリンディとは打って変わって、真面目に方向を教えてもらった森は礼を言って、この喧騒に包まれた司令室を後にした。


「さて、教授、聞こえていますか!」

『ああ、大丈夫だ、聞こえてる』  

 頭に響く声に顔をしかめながら、森は先の事件について問いただす。その件に関して、教授は、

『ごめん、外の自分がくしゃみしちゃったみたい。えへっ』

 と頭が腐ったような答えを森に返した。森もそこらへんはすでに慣れているので、何もなかったのように設定の解放を教授に頼む。

『どれぐらいがいいのかね』

「そうですね…… 一目盛りじゃなんか不足っぽいですし、五目盛りぐらいまわしてください」

『こっちからワイヤレスでネジをまわしても少し時間がかかる。それぐらい、こっちとあっちじゃ時間の流れが違うからね』


 このやり取りの後、森は建物から外に出た。この緊急事態、ただの次元漂流者一人が外に出たところで、何ら特に言われることはなかった。


「あそこらへんか……? もういいですか教授? ええ、まだ?」

 五分ほどたって、教授からOKの合図が出る。

「えーと、行くぞー」

 指の具合を確かめ、掌を先ほど教えてもらった方向に合わせる。右の手首を左手で固定し、空のある一点を狙う。

「あたれーーーー!」






『ビュン……!』









「ん、なんだ……!? おい! あの水の塊の反応が消えてるぞ!」

「そんなはずが……! 本当だ、消えてる、消えてるぞ!」

 驚きに動揺が隠せない司令室のオペレーター達。何度も計器の故障かと確認するもあの災厄という他ない水の塊たちはすべて蒸発していたのだ!
 徐々にその事が分かるにつれ、部屋は喜びの声で包まれる。やった! これで俺達は生き残る事が出来る! 人生はまだまだ続いて行くんだ……!


 しかし、その喜びもそう続かない。



「おい、第19管理世界からの連絡はまだか……!」

「27も応答がないぞ……」

「まさか、第38管理世界はどうだ!? あそこには俺の家族が住んでんだ!」

「反応……ありません……!」


 次々と寄せられる驚愕の声、連絡をたった管理世界の数は十三にも上った。


 その後、森は管理局の執務官に逮捕されることとなる。

 罪状は『銀河消滅及び惑星間戦争における大量殺人の罪』 管理局史上でも、この罪状が適応された最初にして最後の例となった。









 テレビには、裁判所の中が映る。テレビ中継は管理世界全域に放送されることになる。興奮気味のリポーターがその裁判所周りの様子を詳細にレポしていた。

「ごらんください! この裁判所の周りを囲む市民団体の数を! まさに人の海です! モリ被告が滅ぼした管理世界の数は、13! 人数にして167億人にも達します! この人類史上まれにみる大殺戮に対して、ミッドチルダ上級裁判所はどのような判断を下すのでしょうか?!」


『大殺戮者のモリを許すな!』『悪魔に死刑を!』 

 
 プラカードを下げながら、裁判所周りを行進するのは家族や友人が消えた管理世界に居た人達である。滅んだ管理世界の人間と何らかの関係がある人は、全管理世界人口の約半数にも上るとの試算もあった。
 
 今回の裁判の傍聴希望者はかなりの数にのぼり、その傍聴券はプレミヤがつくほどであった。それほどの人気があったのだ。


 後に、法曹界でも最大の事件の一つに数えられる裁判が始まったのである。





[22829] 第三話 取引
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2012/04/12 09:35
 『宇宙背景放射? ああ、やっぱりあの機械からの電波ってこっちでも観測できるのか……』

    ―――――モリ・カク ミッドチルダ観測台で呟いて一言





 裁判所は外とは違って重い沈黙に包まれていた。それもそのはずで、今回のオークションにでた傍聴券は憎き犯人であるモリ・カクを見ようと、遺族たちが買い占めていたからである。

 遠くで鳴り響く祭りの様な喧騒。それは裁判所の周りを行進する市民団体のシュプレコールであった。その低く響く声は、まさに呪詛の声である。
 開廷の時刻となると、裁判長、検事、弁護人が入廷してきた。裁判長は無表情、検事はこれから始まる世紀の裁判に自分が関わることに興奮を隠せない様であった。対照的に、顔が面白い様に青白いのは弁護人である。事件後、対個人テロ組織が出来るほどの恨みを買っている森の弁護をすることは、文字通り命をかけることと同義であったからだ。

 裁判所がざわざわとする。

「被告人、入廷」

 との声に、奥から世紀の大犯罪者、モリ・カクが入ってくる。好奇心、憎々しげな視線などに晒された森はやはりどこか他人事のような態度を崩していなかった。態度は自然体、むしろ憎いと睨めつけるこちらが間違ってるのでは? なんて事まで思ってしまうほどの自然さであった。

「では、まずは被告人。氏名・年齢・職業・住居・本籍を」

 裁判官が裁判所の中央に位置する被告席に向かって言う。森は素直にその質問に答えた。

「森恪、年齢は22歳です。職業は、無職。住居は不定です。本籍は……」

 考え込む森。そう言えば、本籍はどこだろう。というか自分が次元漂流者だと知っての質問なんだろうか? 

「本籍は、まあ、無しで」

 ピクっと裁判長のほほが引くつくが、森が気にした様子は無い。弁護人の額から汗が、たらりと一筋流れた。

「わ、分かりました。検察、起訴状を読み上げてください」

「はい、わかりました」

 検察の若い男が前に進み出る。その手には厚い起訴状が握られていた。

「被告、モリ・カクは新暦54年先月五日、午前11時五分ごろ、中央第二司令所近辺から第18管理世界方向にビームらしきものを発射。その結果、第38管理世界を含む13もの管理世界を重大なる危機に陥れ、約167億人もの尊い命が失われました。その罪は重いと言わざるを得ません」

 読み上げる検察官に同調するように、傍聴人たちが頷く。

「この行為は多くの法律に違反すると思われますが、その規模の大きさなどを鑑みて『銀河消滅及び惑星間戦争における大量殺人の罪』に問いたいと思います!」

 言い切った検察官は、静かにもとの席に戻る。裁判長はそれを見て頷き、被告に語りかける。

「被告人には黙秘権があります。ですから、自分に不利な証言はしなくても罪には問われません」

 頷いた森を見て、続けて裁判長は被告人の陳述へと進める。

「モリ被告、今回の事件について何か言いたいことがあれば言っていいですよ」

 それを聞いた森は静かに語り出した。








「私は無罪とかそういう物を主張はしません」

 森は静かに、裁判長の目を真正面から見て言う。それはそうだ、やってないとは言えないだろう、証言や証拠は有り余るほどある。今回の裁判の焦点はただ一つ。あの突如宇宙空間に現れた水の大群、あれを回避しようとして結果こうなってしまったという場合、その行為は罪に問えるか、という事だった。
 確かに正当防衛とも言えなくもない状況であるし、もし森が何もしなければ人類が滅亡していた可能性すらある訳である。そう言う意味では森は英雄といっても間違いではない。
 だがしかし、167億人の命を奪ったことも事実である。そこが焦点になるであろうというのがこの裁判の下馬評であった。

 しかし、森はその予想を上斜めに行く反論を展開したのであった。


「皆さん、何故人を殺してはいけないか? 考えたことありますか?」

 森のその言葉は、テレビ中継によって全管理世界のお茶の間に流された。この前例のない、裁判の実況中継は史上最高の視聴率を叩きだすこととなる。

「それは、どういうことかな?」

 裁判長が困惑した顔で問う。何故人を殺してはいけないか? 当たり前だと思っていた事に、敢えてほじくり返す森の意図が彼は分からなかった。

「それは、道徳的な事を抜けば法律に違反するからですね」

 検察が口をはさむ。その答えに森は満足げに頷いた。

「そうです。もしある人がどうしても殺人をしたいとする、その時、彼が殺人をすることによって受けるデメリット、まあ裁判を受けないといけないとか、就職が困難になるとかですね、そういったものと殺人によって得られるメリットを比べた時、もしメリットの方が勝った場合、彼に殺人を止めさせることは出来ないでしょう」

 その詭弁のような話に検察が反論しようとすると、それを裁判長が手で遮るようにして止める。とりあえず、彼の言い分を聞いてみろ、そういうことらしい。

「そして今回の場合ですが、私に法律をあてはめようとすることが間違ってます。つまり、法律云々に関するデメリットがゼロです」

 すんなりと、とんでもない事を言う森。

「な、どういうことだ、それは!?」

 検察が狼狽する。それを見た森はにやりと、それは見る物が見れば悪魔のようだと評すほどの悪人顔で口をゆがめた。

「いや、だから法律は『人間』に対してに物でしょう? 私は『人間』ではありませんから」

 まさかの人外宣言。すると当然持ちあがってくる質問がある。

「では君は何だね? まさかデバイスなんて言ったりするのではないだろうね?」

 魔法世界では、人以外のものも裁判で裁けるか? これが近代法学で活発に議論されている問題でもあった。

「いいえ、私は神です」

 静まりかえる裁判所。あいつ、頭大丈夫かとこそこそと話される中、検事はこれが弁護人と共謀して精神異常を偽装しようとしているのではないかと弁護士を睨めつけた。が、その弁護士はただあたふたしているのみである、どうも事前の協議の結果ではないようであった。

「実際の神の定義はともかく、自分が神のような力を持っていることは皆さん知っているでしょう? なんせこの世界、一瞬ですべてを滅ぼす力を持っている訳ですし」

 青ざめる裁判長。同じく傍聴していた人々も青ざめた顔をしていた。これを聞いているテレビの前の人間も顔を青くさせているはずである。それはそうだ、彼が言わんとしていることは……



「もし私を罪に問おうというなら、この世界を全て破壊します」

 
 この時、森は全世界を人質に取ったのだ。







 そして、森のターンはまだ終わらない。

「まあ、せっかく出来たこの世界ですし、私も壊したくないんですよ、やっぱり。ただ私は観察がしたいだけですし」

 あげて落とす。ヤクザの手口だった。

「それと、そうですね…… 私は体制側に味方したいと思います。ここでは管理局ってことですかね?」

 もう森の独壇場であった。

「管理局のお偉い方、聞いてますか? 私を雇ってもらえません? そうすれば反抗的な世界なんて一発ですよ」

 右手を空に向けて、ビュンと口で音を出す。どこまでも、どこまでも彼の行動は軽かった。言い終えた森はいい顔で被告席に座る。

「い、一旦、裁判を中断します」

 裁判長が慌てながら、やっとのことでそれだけを言う。ざわめく法廷の中、去ろうとする森に声を掛ける一人の女性。担当執務官でもないのに、傍聴席にいたリンディ・ハラオウンであった。

「モリ・カク! あなたががエスティアを……、クライドを殺したの?!」

 泣き声と怒声の混じったような声、その必死な声に、森は振り返りつつ歩きながら、何でもないように言い放った。

「……あなたは今まで踏みつぶしたアリを覚えています?」

 リンディは茫然と、森が去っていくのを見つめるしか出来なかった。











 森は裁判が中断された後、何故か管理局の最奥へと連れて行かれた。おかしい、裁判の途中であるはずなのだが……

『いやぁ、森君のあの口上! 痺れたね!』

「適当に思いついたこと出まかせにしゃべっただけですけどね」

 暗い通路を森と秘書だという女性、二人っきりで歩く。先ほどまでは、厳戒すぎるほどの警備が張っていたというのに、この差は一体なんだろうか? そして自分はどこに連れていかれているのだろう?
 まあいざとなれば上にビームを撃てばいい、そうすれば外までの通路は確保できるだろう。とか考えていると、秘書がある扉の前で足をとめた。この通路に入ってから誰とも会わなかったが、そんな所にだれがいるのであろうか? 
 ラスボスチックな扉から入るように秘書に促された森は恐る恐るその扉を開ける。中には、なんだかよく分からないポットの中に浮かぶ脳みそがあった。しかも三体。地下深くに浮かぶ三体の脳みそ……どう考えても悪役、黒幕であった。

 な事を考える森も今では全世界を人質に取る、大悪党である。脳みそも森にだけは言われたくないであろう。

 その燐光に照らされた、ある意味では幻想的とも言えなくもない脳みその前に森は進みでる。立つとどこからともなく機械音声が聞こえてきた。

「君が……モリ・カクかね?」

「はい。まあそうです。えーと、あなた方は……人間?」

 そのともすれば失礼とも言えなくもない疑問を見事にスルーして、機械音声は森に質問を浴びせかけた。

「君はこの世界を滅ぼす、と言っていたそうだが、そうなるとこちらとしては困るのだがね」

「いえ、私もこの世界を破壊したくありません。観察、したいだけだったんですがねぇ?」

 どうしてこうなったんだろう。考えるとコンマ一秒で答えにたどり着いた。

『……呼んだ?』

 うっせ、黙っとけ。

「ともかく私はこの世界の事をもっと知りたい、それだけです。だから管理局に協力、することも吝かではありません」

「ふうむ……」

 脳みそ、もとい管理局側からしてみても彼の協力はありがたいことであった。彼のチカラは抑止力としてはこれ以上のものがないと言ってもよいほどのものであるし、協力してもらえるならそれはありがたい。
 しかし、その『世界』を破壊出来るほどのチカラを個人に任せておくのはどうだろうか、どう考えても不味いだろう。

 だからと言ってどうすることも出来ないのであるが。

「よし、分かった。君を管理局は歓迎する」

「ありがとうございます。出来れば、私が調べたいと思った物を自由に調べたり知ったり出来る権限も欲しいですね」

「よかろう。その代わり……」

「分かってます。あなた方の要請には出来る限り従いますよ。それに破壊した世界が13になろうが14になろうが、そう変わりませんしね」

 こうして『管理局の最終兵器』『史上最強のメッセンジャー』と後に呼ばれる、管理局最高評議会付属連絡分室が誕生したのであった。




 なお裁判は、最高評議会が手をまわして見事無罪を勝ち取ることとなる。また、その後のマスメディアによる情報操作(印象操作とも言う)によってモリは『世界の危機を救った英雄』と認知されることとなる。












「はぁ、転属ですか」

 ビアンテ・ロゼは何故ここに呼ばれたのかすら検討もつかなかった。
 転生してからもう13年、最初は戸惑うこともあったが、これどこのオリ主? と言わんばかりの恵まれた素質によってトントン拍子に出世し、花形の戦技教導隊で活躍している現状に不満は無かった。ありようがない、何せ総合SSランクの才能、交際の申し入れが後を絶たないその美貌。もう、人生の勝ち組と言ってもいいほどである。
 
 原作どうしよーかなー、まあ、始まる頃にはもう24だしなー、なんて軽く考えていた彼女の悩み事と言えば、最近起きたモリとかいう奴の事件ぐらいであってそれも解決したようだしと軽く考えていた。
 そんな彼女が本部に呼ばれたわけである。また出世かとほほを緩ませても仕方がないだろう。

「そうだ」

 目の前の隊長は苦しそうにうめき声を上げる。彼女は、いつも見る凛々しい隊長とのギャップに嫌な予感を感じていた。

「出向、ではないんですよね?」

「ああ。行き先は……」

 口ごもる隊長。なんだ、そんなに言いたくないことなのか。この完璧オリ主様が行く所だ、凄い所に違いない。

「何ですか、ハッキリしてくださいよ、隊長」

「……ああ、そうだな。本日付けで、ビアンテ・ロゼ二等空尉は管理局最高評議会付属連絡分室に転属となる」

「は? どこですか、そこ」

 あまりにも予想外の返事を聞いて、軍隊では許されないような返答をしてしまうビアンテ。その驚くビアンテに、管理局に入ってから色々と面倒を見てきた隊長は苦笑してしまう。

「ああ。新設される分室らしい。わざわざ君をご指名だよ」

「はあ」

 この時、彼女はこの転属が彼女の人生を大きく歪めることとなるのを知らなかった。









[22829] 第四話 間奏
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2012/04/12 09:36
  『神だってサイコロを振るし、麻雀も好きさ』


    ――――――モリ・カク 週刊ミッドチルダのコラムに寄稿 

 
 最近、管理局内では色々な種類の『怪談』が流行っているらしい。そんな噂をキムラ・クニオ二等陸士が初めて耳にしたのは、入隊直後に新人たちを待ちうける洗礼、いわゆる『可愛がり』が一段落した頃であった。

 訓練学校から出た後、直でそのまま任官したキムラは他の同窓らとほとんど何も変わらない進路をたどるだろうとみんな思っていたし、キムラ本人もそう思っていた。
 彼の人生がねじ曲がり始めた直接の原因、未来で彼が散々怨むことになるであろうその出来ごとはいつもの日常生活のほんの一部分でしかないはずあった。


「な、なるほど、この要望書を届けておけばいいんですね?」

 やっとこの武装隊生活に慣れてきたキムラ陸士は、目の前の体格のいい大男の圧倒的な存在感に気押されそうになりながらもやっとのことで、『お使い』の内容を確認していた。

「おう。その分隊から借りたい奴が居るんだよ。そいつは別の組織に所属しているから、それに関しての承諾書をもらっとかないといけないんだ」
 
 全くめんどくさくなったもんだぜと、最近の部隊処理の複雑さを嘆く武装隊隊長は、その大きな図体を窮屈そうに作業机に詰め込んでいた。
 その大柄な体故に、迸る圧倒的なプレッシャーはその窮屈な机にも抑えることは出来ない様で、新人たちはこの部隊長の前では必ず縮こまってしまうのであった。

「分かりましたけど……」

 渡された茶封筒に、形だけの封印とぞんざいな姿を胡散臭そうに眺めていると、キムラは妙な事に気付いた。おかしい、この書類の宛先が聞いたこともないような部署であったからだ。

 
 『管理局最高評議会付属連絡分室』


 その後、いやいやながらも彼がかなり濃いお付き合いをすることになる場所との初対面は、こうして地味な形で行われた。

「管理局最高評議会付属、連絡分室? 聞いたことがありませんが……」

 その名前からするとその最高評議会、というところの下部組織の様だがそれすらもキムラ自身は知らなかった。平隊員の彼が知らなくてもおかしくなかったのだが、もし自分の組織の成り立ちに興味がある隊員であれば常識であったかもしれない。
 そのまだ青い声に苦笑しながら、隊長はまだ『お使い』に駆り出されていることに不満なのであろうキムラの心を気遣ってフォローをいれる事にした。

「まぁまぁ、そんなにむくれるなよ。たまたま空いてたのがお前だけだったからだってーの。それに、ほれ、使いで会ってから気にいられて、そのまま秘書に抜擢されるかもしれないじゃないか、な?」

「いえいえ、そのお使いが嫌だって思ってるんじゃないですよ。ただ……」

 その茶色いただの封筒を見つめながら、キムラは呟いた。

「どうも嫌な予感がするんですよね……」










「ここ……か? 薄暗くて本当に人が居るかどうかもあやしそうだけど……」

 入口の地図を見てそれに沿ってきたと思うのだが、だんだんと奥に入るにつれ自信がなくなってくる。通院している時、検査室に行く間の通路が妙に薄暗くて通っていいのか戸惑ってしまうような、そんな感じである。
 そしてやっとのことで埃を被った案内図を見つけ、右奥……へとどんどん奥に進んでいった。

 薄暗い廊下の角を曲がったどん詰り。埃っぽい空気が、中庭を見れるように作られた窓を通して入る太陽光によって強調される。何故か暑いと思ったら、日が照ることによって黒いカーテンが熱っされるのが原因みたいである。
 昼下がりの図書館みたいだな……、一年ほど前の訓練校の懐かしい記憶を懐かしく思いながらその生ぬるい取っ手を回す。

「おお、これはまた久しぶりのお客さんだね」

 開いた扉の先には、くたびれた感じの初老の男性がカウンター席の奥に座っていた。

「は、はあ」

 事態が飲み込めず気の抜けた返事を返すキムラ。そんな呆けた態度のキムラを気にもせず初老の男性は読みかけの小説に栞をかませて閉じる。椅子を引いてキムラの正面に座りなおすと慣れたように用件を聞き出した。

「で? この無限書庫司書室に何の用だい?」

「無限書庫? ここは連絡分室があると聞いて来たんですけど」

 しかし、その書庫という言葉を聞いてなるほどと思う。確かにこの部屋にある本棚の本は資料というより本である。それにこの部屋近辺に漂う古臭い空気は確かに図書館のそれであった。
 キムラの質問に、ああまたかと得心した様子で頷く男性に戸惑いながらも用事は分かってもらったようでキムラはそのまま静かに男性の返事をまっていた。

「しかし……彼らに何の用なんだい? 彼これ一か月はあそこに用事なんか来なかったけどねぇ?」

 奥にメモを探しながら飛んできた彼の質問に、キムラは戸惑った様子で答える。

「え? いや、うちの隊長が彼らに力を貸してほしいらしくて」

「何?」

 少し鋭い声がした。先の男性とは雰囲気が違うようで、この春の入隊以来大きな声にビビリ気味なキムラは内心きょどりながら上ずった声を出すことしかできなかった。

「な、何ですか!?」

「あ……、いや、なんでもないよ」

 口ごもるキムラに変な顔をしながらも、見つけたメモを手にしながら男性はカウンターに戻った。メモを出しながら男性はキムラに説明する。

「まず、そこの階段を下りて右の奥から三番目の本棚を曲がってそのまま最後まで突き進んでください。すると、赤い本がど真ん中に奥に本棚があるのでその前で目をつぶって……」

「いやいやいやいや……」

 首を振るキムラを不思議そうな顔で見る男性。え? おかしいのは自分なのか? 何だそのゲームのクリア条件みたいなミッションは!?

「おかしいじゃないですか!? なんでそんな所に、オフィス作ってるんですか!?」

 事務職と言い難い武装隊の隊員であるキムラでさえ、もっと現代的な空間に住んでいた。魔法といっても高度化した科学なのである。そんなファンタジックな空間で生活や仕事をする必要もない。

「いや、理由とか聞かれましても……」

 迷惑そうな顔をする男性。


 はっ! と気がつくキムラ。

 目の前の男性の顔は、本当に迷惑そうな顔をしている。

 いや、ちょっと待てキムラ。なんかこっちが悪いみたいな空気だぞ……

 漂う微妙な空気。ちょっと変にテンションが高かった過去の自分に後悔しながらも、その続きを、無言で促すキムラはある意味度胸なしであった。

「……そこで心の中で三回呟きます。『モリに会いたい』……これを三回繰り返すんです」

「……はい」

 もう何も言うまい。説明後、地図代わりのメモをもらったキムラはそばの湿っぽい空気漂う階段を恐る恐る降りて行った。











 妙に甘ったるい湿った空気が鼻につく。午後の図書館の匂いを思い出しながら階段を下りると目の前に巨大な本棚が現れた。その天井は高さ二メートル弱といった感じで高い訳ではなく、どちらかというと低い部類に入るだろう。
 そして壁のように一定間隔順に生えている本棚はそのまま天井にまで達している。そんな光景が先が霞むほど遠くまで続いている。ここがロストロギアであるというのも納得できる話だ。

 通路も肩幅二人分ほどで比較的窮屈である。その周りを天井までつながる大きな本棚が囲んでいるのであるから圧迫感は想像よりも強烈だった。
 
 なるほど、こんな場所であれば地図も必要だよな。

 先ほど地図が手渡された時は変な気持ちもしたが、こうも広大な図書館というのならしょうがないのかもしれない。キムラは次々と常識を覆していく魔法世界の不思議に感心していた。
 ある程度、地図を頼りに進むと、目的の場所に着いた。真正面には中央に赤い本がさしてある本棚がある。眉つばものだと思いながら、言われた通り心の中であの言葉を三回繰り返した。

 唱えてしばらく経った後、何も音がしないので失敗かと疑いながらゆっくりと瞼を開ける。すると、先ほどキムラが見ていた光景とは違う何かが目の前に存在していた。何故かそこに鎮座していたのは、巨大な本棚ではなくこじゃれた西洋風の扉なのである。

 なにかチーズとかヨーグルトとか売ってそうな店の扉。分かりにくい例えかもしれないが、そうとしか感じられないのだからしょうがない。

 そんなこじゃれた扉が突然、現れたのだからその前に突っ立っていたキムラは驚きを隠せずにいた。驚きすぎて声を失っている、唖然としている、そんな様子である。
 その扉には不器用な文字で『管理局最高評議会付属連絡分室』と書いてある看板が下がっていた。

 彼はこの時、目的の場所にたどり着いたことを確信したのだった。




 扉を開けると、中には緩やかな生活感漂う部屋がそこには存在していた。

 中央には大きな部屋にしては小さめの机。いや、その机でさえ四、五人は十分に囲んで食事もできるであろうほどの大きさなのであるが、ただこの部屋が大きすぎた。そしてその机の上には食べた後の食器がそのまま残されている。
 奥の方には何かパチパチと火のはぜる様な音がする。どうやら暖炉のようであろう。

 ……ここが職場なのか?

 もう誤って私室に入り込んでしまったと考える方が現実的なんじゃないかと思い始めるキムラであるが奥にどうやら人の気配がある。

 もう、こうなればその人に聞いてみるしかないだろう。

 そう思い直したキムラはその奥に近づく。そこには、タオルをアイマスクの様に掛けてソファーに寝転ぶ男が一人。ひげが生えているから老けて見えるが、24、5歳ぐらいだろうか。寝ているところを起こすのは気が引けたが、こうなればそうも言ってられない。その気持ちよさそうに上下する体をゆすって、彼を起こすことにした。
 ゆするとすぐにむくりと体を起こす男。そのままキムラの声が聞こえていないかのように奥に引っ込んでしまった。奥で顔を洗う音。そして不機嫌そうな顔で出てきたあと「用件は?」と低い声で、ぼーとしていたキムラに質問をぶつけた。

「え、はい! この書類を室長にへと」
 
 キムラは、目の前のだらしない男がモリ・カク室長であると推測していた。名札をちらりと見たときの名札を記憶していたのだ。

「ほー、ふむふむ。おお、33世界のアレがねぇ……」

 キムラは彼の呟いている内容はてんで分からなかったが、とりあえず要望書を渡すその任務は達成できたと安心していた。

「キムラ……?」

「二等陸士です、室長」

 階級章を見せるキムラに、頷くモリはどこか嬉しそうな様子である。先ほどの不機嫌さが嘘の様な変わりっぷりであった。
 
「キムラ陸士、了解、あそこなら大丈夫でしょう。OK、OK、もうすぐビアンテ君が来るから、そうしたら直ぐに了解の返事を出そうと思う。だから少し待っててくれ」

「了解です」

 キムラはにこやかな顔のモリ室長の態度に、少し不気味なものを感じていたがうながされるまま奥の見た感じ上品そうなお客様用のイスに座らされた。
 
「はい、どうぞ」

 居たたまれない空気に落ち着かないキムラであったが、声をかけられ出された紅茶を飲んで一息つく。落ち着く味の紅茶だった。

「最近、紅茶に嵌っててね。どう?」

 アールグレイだとか茶葉の種類にまで及びそうになるうんちく話がこのままつづいちゃかなわんと、キムラは突っかかって答えた。

「あ、はい! おいしいです!」

「そうか、そうだと嬉しいね」

 微笑むモリ。
 
 ……あれ、さっきまで感じていた違和感は何だったんだろう? この人、普通にいい人そうじゃないか?

 ボーとした頭で、心地よいティータイムを楽しむ二人。十五分ほどたっただろうか、キムラとモリが世間話に花を咲かせていると、扉の前の通路からドスンドスンという不気味な重低音が聞こえてきた。
 その怪獣の足音の様な音は扉の目の前で止まった。バンという爆発音とともに開いた扉の先に見えたのは、少女の様なシュルエット。腕を組んで、いかにも私不機嫌ですというような雰囲気を醸し出す少女からは、似合わないプレッシャーが若干過敏気味のキムラには感じられた。

「今度は、室長! また思いつきですか!?」

 ぜいぜいと息を乱しながらも叫ぶ少女。彼女の名前はビアンテ・ロゼ、転属してかれこれ数年経つと彼女に対しての管理局側の認識は『モリの秘書』的な位置づけになっていた。

「いや、今回はちがうよ」

「今回っ、……って」

「33世界のアレだよ」

「……うえー、あれですか」

 苦い物を食べた時の様に眉毛をしかめながら、舌を出して遺憾の意を示す彼女からは少女特有のかわいらしさが、ほのかではあるが感じられるのだった。頷くモリはキムラが持ってきた書類をビアンテの前に差し出す。

「? ああ、要請ですね。いいですよ、処理しておきます」

 有能なキャリアウーマンの様な、できる女の雰囲気を醸しながら書類をテキパキと処理するビアンテを眩しそうに見つめるキムラ。モリはキムラのそのような様子を、目を細めながらにやにやと見つめていた。
 ふと何か心に引っかかる様な感じをキムラは覚える。そういえば、何か気にかかってたような……

「そう……そうですよ! モリさん! ここはどうなってるんですか!?」

 その時間にして半刻ほど遅れたツッコミに、モリは呆れた様な顔を浮かべる。

「今更だね、君…… まぁいいや、ここはロストロギア『無限書庫』の中だから不思議な事があっても、それは不思議じゃないのさ~」

「なんだ、ロストロギアの中だったんですね。それじゃあ仕方がない」

「いやいや、モリさんが力づくで無限書庫をおどしたんじゃないですか」

 ないないと、書類を処理しながらビアンテがツッコミを入れる。それはビアンテはまだ着任してすぐの頃、この森という規格外の男に慣れていない頃の話であった。





 数年ほど時は遡る。それはモリとビアンテが初めて会った頃の出来事であった。

「落ち着く場所がいいな」

「はあ。そうかもしれませんね」

 着任早々からゴタゴタがあったモリとビアンテの分室コンビはこの暫定的に分室の会議所となった地下深くの部屋で身を縮こませ話合っていた。
 ここは最高評議会から用意してもらった部屋である。管理局だっていつまでも遊ばせておける部屋など無い訳で、結局彼らに与えられたのはこんなに、光の届かないような暗く寒々とした部屋だったのである。

「もっと勉強を静かに出来る所がいいんだが……」

 考え込むモリを胡散臭げに見るビアンテ。お互いの第一印象が最悪だったのがもっともたる原因であった。彼の口から彼女の気に入りそうなアイディアが出てくるとは思えなかった。

「まずはこの世界の文字から攻めたいから……かといって学校に神が通うっていうのもなぁ……」

 しばらく考え込んでいた様子のモリだったが、突然立ち上がりポンっと掌を叩いた。

「なるほど。図書館なんてものがあれば勉強も資料検索も簡単そうだ! ビアンテ君、資料室とかそういう関係の所はこの管理局にあったかな?」

 へらへらと笑うビアンテの上官は最近、任官したらしい。というかいきなりこの部署を与えられるという手厚い待遇だ。しかも階級は少将。正直言ってあり得ない話である。まだ立ち入った話は聞いていないが、この長年培ってきた鼻が何かヤバい話だろうと警告を発している。
 それはこの事からも推測できる。この管理局を地図なしでは移動出来ない男がこの位置にいるのはおかしいに決まってる。ヤバい話があるはずだ。

「そうですね……資料部もあるにはあると思いますが、図書館、では無いですねぇ……あ! そういえば……」

 何か最近聞いたことがある話が頭をかすめる。それはただのくだらない都市伝説の類ではあったがどうしてか彼の興味を引いてしまったらしい。

「噂話ですけど……経理とかでよほどヘマをした局員が流される部署があるらしいんですよ」

「なるほど……それで?」

 今の話と図書館とは何の関係があるのだろうか?

「いえ、話のキモはその部署がロストロギア『無限書庫』の司書だって言うところなんです」

「む、無限書庫……! ……すげえいい! 響きがいい! ぴったりじゃないか!」

「え、ええ…… そこぐらいかなと。……ちょっと! どこ行くんです!」

 モリは先の話を聞いて、急に立ち上がったと思えばいそいそと荷物をまとめだす。その姿を見たビアンテはなんだなんだと声を張り上げた。

「思い立ったら吉日だよ! さぁ、いこう! そうさ、部室を乗っ取るのは、昔から文学系の所からだっていうのが相場ってもんだ!」

「部室じゃないですよ! そんなライトノベルみたいなノリで職場を荒らさないでください!」

 あなた以外の局員は、たぶん真面目に働いてるんですよ! との声をバックにモリは会議室を飛び出した。それを追いつこうとビアンテも出かける支度をする。


 行きついた場所は、まさしく陸の孤島といった表現が適切なような場所だった。人の気配は全くない。
 扉を開けて、のんきに入るモリと子猫のようにびくびくとおっかなびっくりな様子で進むビアンテ。二人の対照的な様子は、両者の性格の大きな相違を表しているようであった。

 昼寝しているだろう職員を一瞥したモリはそのままゆっくりと本棚の方に向けて右手をかざす。

 嫌な予感がするビアンテを余所に、目をつぶってカッコつけるモリは彼女に聞こえるように声をかけた。

「昔の日本の江戸時代を知っているかい? ビアンテ君」

「あ、はい。知ってますけど(なんで地球の日本? そして江戸時代?)」

「その時代では、職人たちがその腕を競い、磨き合っていたんだ。例えば、人形。」

「人形? ですか?」

「ああ。からくり人形と言ってね。人間と同じことをさせる機械さ。それは西洋のオートマタと呼ばれる類似のそれとは全然違う点が一つある」

「違う、点……」

「西洋は人形を人間のしぐさをまねすることに特化したのさ」

「? それのどこが江戸の職人たちとは違うっていうんですか」

「実は百八十度違う話なんだよ。彼ら日本のからくり人形は人間のしぐさに似ても似つかない角角した動きになっている。これは似せれなかった訳じゃない、似せなかったと言われてるんだよ。
 つまり昔から日本は人形を人間と同一視する風潮があったのさ。だからこそ……」

 ごくりと喉が鳴る。唾を飲み込んで、ビアンカはモリの答えをゆっくりと待った。

「つまり、あまりにも人形が人間に似すぎると……」

「……怖い、と日本の職人たちは思ってしまったわけさ。それに対して、西洋はそう言った感情が薄い。だからこうやって方向性の差が出るんだよ」

「なるほどですねぇー、ってこれがどういう風にこの無限書庫に関係してくるって言うんですか!?」

「つまり言いたいことは一つ」

 右手を挙げるモリ。


「 昔から物には何か宿ると思ってきた → 

  
  それってなんて付喪神? →


  つまり擬人化の時代がキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!! →


  ということはロストロギアにも人格が!? →


  よっしゃ『無限書庫タン』萌えキタコレ! ってことなんだよおおおおおおおおお!」



「いや、訳分からないですから!?」


 盛大にビアンテがツッコミを入れる。

「だからこそ『無限書庫』! 俺の話を聞いているか!? よーく聞け、これから俺が三秒間目をつぶってやる」

 
 一旦深呼吸するモリ。……昼の司書室に流れる緊張した時間。


「その間に俺の部屋を用意しろ! でないと、ここを撃つ!」

「って散々言っといて、結局最後はゲスい脅迫かい!?」

「いーち……」

「ああ、直ぐ始めちゃったよ!」

 やけくそ気味にビアンテも目をつぶる。

「にー、さーん……」

 モリがゆっくりと瞼を開けた。

「……おー、やれば出来るじゃん」

「よ、よかった……」

 安心感で腰が抜けそうになるビアンテの横を嬉しそうにモリが抜けていく。
 その時、彼女は『無限書庫』のすすり泣く声を聞いた気がした。これがのちの管理局怪談の七不思議の一つになっていくとは、誰にも予想だにできないことであった。






「ってことが、過去にあってですね」

 溜息とともに説明を終えたビアンテは、悲しそうな顔でキムラを見つめた。うん、大丈夫。あなたの感性は正しいわ。あの人はおかしい。でも悲しいことに、ここじゃそれが普通なのよね…… そう、物悲しく彼女の目は語っていた。

「んー、そうだったかもな」

 何のこともないように返事をするモリに彼女は溜息をつく。キムラには容易に、彼女が苦労する姿が瞼の裏に思い浮かべることが出来そうだった。
 そして彼女が完了、といった感じで書類をはじく。それを見たモリが、そろそろ行くかと腰をあげた。そういった様子のモリに、静かにビアンテは出発の用意をし始める。

「え、今からどこに行こうって言うんです?」

「どこって君の部隊じゃないか? 要請書には今すぐと書いてあったぞ」

「……は、はあ」

 よくわからないキムラは、ただただ頷くしかなかった。




[22829] 第五話 神々の遊び
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2012/04/12 09:36
『神々を肩を並べるには、たった一つのやり方しかない。神々と同じように残酷になることだ』
  

   ――――――――サルトル『カリギュラ』より







 モリが向かったのはキムラの所属する38陸士隊であった。キムラは先の話の内容がイマイチ理解できていなかった為、隣を歩くビアンテに聞こうかと思ったが寸前で踏み止まった。理由としては簡単で、ビアンテが魅力的であったからである。これがどうでもいい人間相手であれば、キムラも何の遠慮も無く質問したのだろうがいかんせんビアンテは高嶺の花、凄い美少女であった。
 
 キムラは純粋培養の、言い方を替えればピュアな男の子であった。この世界では地球より学校に通う年数が少ないので、そんな男の子が必然的に出てきてしまう。
 かと言ってモリにも聞きにくい。先の会話を聞いていてもまともな人とは思えない。見た目が普通の人であるだけに、余計に不思議な人に思えてくる。

「久しぶりだな、ブロちゃん」

「はい、モリ少将もご元気そうでなによりです」

 分隊コンビに一人を加えた一行は、隊長室に辿り着いた。中に入って、丁寧に挨拶されたモリはそれを嫌うように手を振る。

 キムラはその光景に絶句していた。彼のセカイでは隊長は絶対者であったから、その彼がダラしない、普通の人にしか見えないモリに敬語を使うこの状況があり得ないように思えたのだ。先の会話でも、ビアンテがモリに敬語を使いそうな空気すら無かった。

「で? またあいつらがアップを始めたって聞いたんだが」

 モリは隊長室の高級そうなソファーに勝手に腰をかける。いや、確かにこの場では彼の階級が最高級であることは確かなのだが、モリがどうしてもそう言う地位にいるようには見えない。
 軽く頷いて隊長もモリの対面に座る。自分がどうすればいいか分からないキムラは扉近くの所にボンヤリと突っ立っているだけだ。近くには、ビアンテも立っていたのでキムラには辛いとは感じなかった。

「ええ、まあ、あそこに居るような奴は大概、もう身寄りが無いかもう失う物がない様な奴らですから。――後の事なんて考えてないんでしょう」

 隊長は顔を歪めて言った。キムラには『奴ら』が誰か推測すらできなかったので、イマイチ彼らが何について話し合っているのか検討もつかない。

「それももうそろそろ息切れだからな。これが最後かもしれないと思うと少し感慨深い物もあるよ」

 はははっと軽快に笑うモリと真面目な顔を崩さない隊長。キムラには、二人が同じことに関して話し合っているかどうかすら不安になるほどであった。それ程までに態度というか、二人の空気が違う。

「形だけでも要望を出してくれて助かるよ。最初は勝手にやるなとずいぶん絞られたからなぁ」

 それほど深刻そうな顔をせずにモリは言い放った。

「それで? 俺を呼んだってことは、すでに連中は集まってると考えていいのか?」

「はい。相当正確な情報だと思います。恐らくは3、4日後ほどだと……」

「りょーかい、じゃもうぶっ飛ばしていいってことか」

「……そうですね」

 キムラにもモリの物騒な話が聞こえたが、それが意味する物はてんでわからない。

「ところで、話は変わるんだけど」

「何ですか?」

 モリはソファーから入り口の方に顔を向けた。そこに居るのはビアンテとキムラの2人。

「あのキムラ君、貰っていってもイイかな?」

『は?』

 モリを除く全員の声が重なる。
 
「いやね、ビアンテ君一人だと何かと彼女も不便だと思ってたんだよね。それにあの部屋は二人だと広すぎるし……」

 話に付いていけない出口の2人。隊長は、少し考え込むとモリに質問をした。

「モリ少将、何故彼なのでしょう? 何か彼に感じるところがあったのですか?」

「んや? 彼自身にこう気に入ったとか、どこか優れているとか、そう言うのじゃないんだけどね」

「では、何故?」

 そうだなぁ、と再びモリは出口の2人を見やる。何かあるかと慌て出すキムラをニヤニヤ見て、モリは再び隊長に向かい合った。

「ま、『観察』に必要ってことかな」

 それ以上理由を語らないモリに隊長は諦めたようで了解の意を返す。
 渦中の男の子は、事態を全く理解していなかったのでボンヤリとそのまさに自分の将来が決定されている現場を見ていた。

 この時、ビアンテが微妙な顔をしていたことに、本人を含め全員が気付いていなかったのは幸いなことだったのだろうか?

 それは神にも分からないことであった。







「で、そのまま付いて来たと」

「は、はい。そうです」

 緊張を隠せないキムラの態度を全く意識せず、モリはブロちゃん意外と柔軟だなとブツブツ呟いた。

 ここは第十一開発衛星の特別飛行場。特別飛行場は民用機などよりももっと質量の大きい軍用機に対応するため、普通の飛行場より丁寧に、しっかりと作ってあった。
 その広い飛行場の管制塔、根元に三人は立っていた。その内訳は分室コンビに、つい先ほど連絡分室に転属することになったキムラである。会話の通り、あの後隊長室を出たモリにキムラはそのまま付いていったのだった。

「そんなに緊張するなよ…… こっちにまで移る」

「す、すみません」

「徐々に慣れればいいよ」

 呆れたように言うモリにキムラはまた同じ様に謝ろうとして、慌ててそれを止める。

「で、何で不機嫌そうなの……」

 モリが先ほどから不気味な沈黙を保ったままのビアンテに振り返る。この数年間、曲がりなりにもコンビを続けて来た仲だ、大体のことはお互い言わなくても察する程には彼ら二人は気心知れた仲間であった。
 モリが何か無茶をした時、小言をいいながらも何とかしてくれるビアンテが今回は何も言わない。しかし、モリを止めるでもなく、顔は不機嫌そうであるものの何も言わず付いてくるビアンテがモリには不安であった。

「いえ、不満など何も無いですが何か?」

 通常の人なら彼女が不満を持ってない、はずがない……と思うのだが相手はモリである。もしこれがビアンテ以外の相手であればモリは何も思わなかっただろう。
 だがビアンテは一応、モリの秘書と認知される程度にはモリを手伝っていた。いや、手伝っていたといえば語弊があるかもしれない。モリに成り代わって仕事を、文句を言いつつもしてくれていた、といった方が適切であろう。いくらモリが彼女の事を『人間』と思っていなくても、多少の感謝の気持ちは持っていた。

「いや、どう考えてもそうには思えないだろう」

 何が不満なんだ? 不満などありません、との問答が二人の間で数分続いたが、最後はモリが折れて何故か彼女にアイスを奢ることになっていた。モリには何が起こっているのか分からなかった。

 ようやく機嫌が治ったビアンテに、キムラとともにここで待つようにモリは指示する。その後、彼は飛行場中央へとゆっくり歩いていった。






「で、僕たちは何をしにきたんですか?」

 キムラが隣のビアンテに尋ねる。それを聞いたビアンテは呆れたような顔を隠そうともしなかった。今日、どれくらいこんな顔を見ただろうかとキムラは落ち込む。

「あんた、そんなことも知らないでここまでついて来たの……」

 はあ、とため息をつくビアンテを見てキムラは内心、あの空気で聞けるか! と突っ込んでいた。あの不機嫌オーラが嵐のように吹き荒れている彼女に平気で聞ける人間など一人も居そうにない。神なら一人居るが。

「……しょうがないわね、説明するからちゃんと聞いときなさいよ」

「わ、わかりました」

(年齢はそれ程変わらないのに何故こんなにキツイんだろう?)

 キムラはそう思ったが、彼女とまともな話が出来るとして真面目に聞こうと彼女に向かい合った。

「うっ、む、向かわなくてもいいわよ……」

「は、はあ」

 まったくと呟きながらビアンテは話し始めた。

「まさかとは思うけど、モリ室長のことは知ってるわよね?」

 知ってて当たり前のような雰囲気で聞かれたキムラは、顔を引き攣らせながら知らないと答えた。
 
「知らない!? あなた本当に管理世界出身なの!?」

 酷く驚くビアンテに、もちろんそうであると答えるキムラ。そこから説明するのかとビアンテはがっくりと肩を落とした。
 数分かけて管理局の正式発表をキムラに教える。キムラが大体の所を掴んだ後、やっと今回の任務を説明することなった。

「……で、モリ室長を逆恨みしている奴らが根城にしているのが33管理世界。そして、ここは33管理世界の端に位置する人工衛星基地よ」

 ここまでわかった? と確認するようにキムラの顔を覗き込むビアンテ。その整った顔と女の子特有の甘い匂いに、キムラは顔を赤くしながら頭を上下に振る。

「何回も奴らの隠れ家を潰してきたんだけど、やっとこれで最期にできそうなのよ……」

 これまでの経緯を大体把握したキムラはなるほどと頷く。

「つまり、これでテロとの闘いに勝てるということですね?」

 まあね、とビアンテが笑う。

「……にしても残った人たちは何を考えているのかしらね?」

 と不思議そうに首をかしげるビアンテにキムラは違和感を感じる。

「残る、というのは?」

 ああ、その事と頷いた彼女は、なんてことのない様に答えた。

「再三の退避警告にも関わらず残ったバカがいるのよ、シンパか何か知らないけどバカなことをするわよね」

 キムラにはしばらく、彼女の言葉の意味が分からなかった。

「それは、どういう意味……」

「33管理世界の政府が何故だか引き渡しを渋ったのよ。だから、調子にのったテロリストたちがわんさか集まって来ちゃって。だいぶ前に避難勧告をだしたのにまだ残ってる住人もいるみたいだし。

 
 ――あ、室長が打つわよ」

 





 キムラが更に疑問の声を上げようとしたその時、目の前が真っ白に染まる。一瞬、この世界が壊れてしまったかの様な錯覚にも陥るほどのその衝撃は、数秒で終わった。

「いつ見ても非常識ね」

 呆れたような笑みを浮かべる彼女とは正反対にキムラは何が起こったのか混乱しっぱなしであった。

「え、え、いや、今ので」

「ええ、今のでテロリストは全滅したと思うわ」

 ふうと、肩の荷が下りたような安心した声をビアンテは出した。

「そんな……」

 今の一瞬で、多分、大勢の命が無くなった。それは事実なのだ、悲しむべき事だ。
 
 非殺傷設定なんて物がある訳で、管理局は犯罪者をいきなり殺しに行くような組織では無い。基本理念として、そう言った『命を尊重する』ということは徹底している。

 であるからして、キムラの場合、学校では『殺し』はいけない事だ、と繰り返し習っていたのである。

 しかし、この現実は何だ? 

 今、一瞬で、消えていった命は救えない物だったのか?

 
 グルグルと周る頭。キムラは確かに混乱していた。

 そんな様子をやはり呆れた様子でビアンテは見る。

「あのね、あなたが何を考えているかは大体分かるけど……」

 近くからの足音を聞いて、ビアンテは前に振り返る。そこにはちょっと近くの煙草屋に行ってきた、みたいなノリで帰ってくるモリの姿があった。

「や、どうだったよ、キムラ君」

 シュタっ、と右手を挙げてモリは先の感想を混乱しているキムラに聞く。そこには後輩が現実に直面したから気遣うとか、そういう気持ちは皆無であった。

「え、いや、どうって」

「うんうん、感動して言葉も出ないか」

 くしゃくしゃとモリはキムラの頭をなでる。う、う、と呻きながらなされるがままのキムラの心はある一つの感情に支配されていた。

 それは、恐怖であった。






「なんでキムラ君、来ないんだろうねぇ」

 翌日、いつもの無限図書分室で二人はソファーに座っていた。それはいつもの分室コンビであり、キムラはここには来ていなかった。

 本心から素直に疑問を口に出したモリにビアンテはもう何度ついたか分からない溜息をついた。この人は人の心なんて考えてないんだろうなぁ、とビアンテは思う。
 だが、それは正確ではない。彼は人とすら思ってないのだ。

 このすれ違いがどう未来に影響するのか。

 それは、神次第である。






[22829] 第六話 ある一般人の憂鬱
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/04/29 00:27
「あーぅー」

 キムラは憂鬱であった。

 薄暗い自室のベット、その大層くたびれた様子の布団にくるまりながら何度打ったか分からない寝返りをうつ。

 サボってしまった……そう、キムラは人生初のサボり、それも転属早々にサボってしまったのであった。
 キムラはピュアである。そして、真面目であった。それはもうドがつくほどに。

 そんな男だから今の今まで、学校もサボった事もなく皆勤とまでは行かないが休んだ時々にはそれなりの理由があった。勿論、卒業し管理局に入ってからもそうである。新入り歓迎の飲み会で、未成年を理由にお酒を飲まないと言い放った時は、先輩にさえあきれられたものだった。
 だから、そういう事態になった時の経験が全くない。たかが一日サボっただけとは考えられないのだ、それこそ世界の終わりの様な顔をキムラはしていた。

 何度も、睨めつけるように枕近くの時計を見るもその針はすでに正午過ぎを指している。朝からずっとその調子なのだが、どうも職場に出る気にはならなかった。

 彼が職場に出ない理由。それは、先日見たモリ室長のジェノサイドである。まさしく大量殺戮であった。
 頭に、彼はただ犯罪者に罰を与えただけなのだ、と言い聞かせるのだがどうもすんなりいかない。

 武装隊の隊長はそう命を軽くは扱わなかった。いくら凶悪な指名手配犯だったとしても、いくら自分たちの身が危険にさらされても、彼は最後まで命を助けようとしていた。その様子を身近で眺めて、憧れていたためにさらにモリ室長のしたことがモリには衝撃であった。

 別に犯罪者全てを助けたい、なんてことではない。今まで学校で教わってきたこと、そして武装隊で当たり前であったことがいとも簡単に覆されたことにキムラは恐怖したのだ。それとあの強烈なビームを持つモリ自体にも少しばかりの恐怖を覚えたりもしたのだが、まぁそれの影響は微々たるものだろう。


 つまるところ彼は不安だったのだ。


 と一通りの事を考えて、もんもんとしていたキムラであったが、突然なった玄関のチャイム音に体が飛び上がる。

『ピーンポーン』

 いつまでたってもこの音には慣れそうもないとキムラは嘆息する。陸士が住むこのアパートは、この新暦にあって前世紀? とでも首をかしげたくなるほどのオンボロさで有名であった。普通の家ならば標準装備されているはずの対面式インターフォンすら備わってはいない。インターフォンは耳に障る音で来客を告げるだけだ。

(一体、誰が来たんだろう? まさか隊長?)

 まだ陸士隊に入ったばかりの頃に色々世話を焼いてもらった事を思い出しながら、キムラは玄関へと急ぐ。

「はい、一体どな……、ひっ!」

 隊長か、隊員の先輩方がまた絡みにきたかと思いながら開けるも、目の前には昨日会ったばかりの女性、そして同僚のはずのビアンテがむすっとした顔で仁王立ちしていた。その不機嫌そうなオーラに当てられたキムラは、口から空気の漏れるような声を上げる。
 ビアンテは昨日見た制服を少しゆるく着こなし、腕組みこちらを観察するように眺めている。待てども待てども一向に言葉を発しないビアンテに焦れたキムラは恐る恐る声をかけた。

「あ、あの…… おはよう、ございます?」

「こんにちは、が正しいわよ。もう二時だし」

 かぶせるようにビアンテが言い放ちキムラがうろたえる。そんな様子を見たビアンテは深く溜息をついた。

「まぁいいわ。ランチはもう食べた? まだなら一緒にどう?」

 と言いながらビアンテは何か食べ物が入っているのであろう袋を持ちあげる。

「立って話すのもなんだし、上がらせてもらうわね」

「え、え?」

「大丈夫よ、汚くても気にしないから」

「び、ビアンテさんが気にしなくても僕が気にします!」

 堂々と上がり込もうとするビアンテとの間に体を差し込みながら、キムラが悲鳴を上げる。なんやかんやあってそれから数十分後、気まずそうに正座しながら目線をうろうろさせるキムラと、コンビニ弁当を頬張るビアンテの姿があった。キムラはこれまでにないほど気まずい思いをしている目の前で、ビアンテは遅めの昼食をとっている。
 ご飯が三分の二ほど減りお茶を飲んで一息ついているビアンテを見て、キムラは意を決して話しかけた。

「……怒らないんですか?」

「? ああ、サボったことね」

「さ、サボった……」

「サボったんじゃないの? 今日?」

「いえ、確かにそうなんですが言葉にすると何だか急に現実的に」

 胃をさするキムラに、やわいわねぇと呆れた顔をするビアンテ。その様子をしばらく眺めていたビアンテだが、ふと、何でもないように言葉を漏らした。

「でも、勤務初日は明日じゃなかったっけ?」

「へ?」

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするキムラを、面白そうにビアンテは眺めた。

「ほら、ここ」

 どこからともなく出した転属の書類には、確かに今日の日付……、の上に雑に二本線が引かれ、その上には明日の日付が殴り書きされていた。

「い、いやいやいや、これ、明らかに書き直してますよね!? それにこれビアンテさんの字じゃないですか!?」

「そう? もともとそんな感じだったんだけど」

「な訳ありますか! こんなの上に通る訳ないですよ!」

「それが通るのよ。上司が、あの、モリ室長よ」

「……ああ、なるほど。……確かに通しそうであります、がそう言うことじゃなくて!」

「ああもう! ごちゃごちゃうるさいわね! この書類をごり押しすれば、あんたがサボったとかそういう事実は無くなるの! それじゃあ不満!?」

「いや、いやとかじゃなくてですね……」

 ビアンテの剣幕に押され気味のキムラ。確かにそれが通ればサボりにはならないが、そんな力技でいいのだろうか?

「じゃあ、いいじゃない! 何、まだ文句あるの?!」

 ぎろりと睨めつけられたキムラはフルフルと首を横に振った。

「なら万事解決ね。……ところで、あなたどうして初日からふけようと思ったのよ」

 聞く分には真面目な奴と聞いていたのに、と呟くビアンテにキムラはポツリ、ポツリと自分の不安を吐露していった。




「なるほどね…… つまり、温室育ちの坊ちゃんが世間の荒波に揉まれて、怖くなってひきこもったと」

「いや、そんなことは…… いえ、その通りです」

 言葉にしてみれば確かにその通り、情けない奴だなぁとキムラは自嘲する。

「それと、モリ室長が怖い、ね」

 うーんと考え込むビアンテをキムラは不安そうに見つめる。
 数秒して、ビアンテはキムラに向き合い、話し始めた。

「私がモリ室長の所に生贄……、いえ、転属になってから数年がもう経つけど、そうね、確かに今でも室長のアレは怖いわ」

 何やら危なそうな単語が聞こえるも、キムラは今までの経験から無視を決め込む。完全に馴染んでいるように見えたビアンテにしても、あのモリという名の訳分からない人物に恐怖を抱いてると知って、キムラは驚きを隠せなかった。

「でも、それは私たちが常に持ってる類の物よ。例えば、そう、明日地震がきたらどうしよう、とかね」

 ビアンテは、なるほど天災とはいい例だったわねと自画自賛する。

「天災?」

 キムラの疑問に、ええと頷くビアンテ。天災は防ぎようがない物、それを怖がっているばかりじゃいいことなんか一つもない。天災は、備える物。怖がるものじゃないと説くビアンテに、キムラはなんだか自分の心が軽くなっていくのを感じた。
 それに……、と最後にビアンテが付け足すように言う。

「あなたには書類仕事を手伝ってもらわないと。うちの室長の働かないことといったらありゃしないわ」

 スーと手を伸ばすビアンテ。それは地球では握手、と呼ばれるものであった。

「だから、ね? 私を助けると思って」

 満面の笑みを浮かべる美少女に、キムラは顔を赤く染めながら機械のようにコクリコクリと首を上下にふる。
 あまりの恥ずかしさに、顔をうつむき耳を真っ赤にしながらキムラはビアンテと握手を交わした。キムラの、本当の意味での”転属”が決まった瞬間だった。

 この時、もしキムラが顔を上げていれば、どこぞの新世界の神ばりにほくそ笑んだ笑顔のビアンテが見えただろう。


 キムラ・クニオ、ピュアな少年であった。












 時間は少し遡る。ビアンテが分室に転属してちょうど一年がたった頃の話である。



「室長ー! またサイン待ちの山が出来てますよ! そろそろ崩れます!」

「ああ、そこに置いといてー」

「だ・か・ら! そうしてるから山ができるぐらい書類が溜まるんでしょ! 室長はサインするだけなんですから、サインぐらいめんどくさがらずにしてくださいよ!」

 叫ぶビアンテに耳をふさぐモリ。キーンという高音が鳴りやむの待って、モリはやっと古い地層辺りから化石の様な書類を引っ張り出し、のそりのそりと書類を処理していった。
 そして手を止める。キッと鬼の様な顔で睨むビアンテを見て、嫌そうな顔をするモリであったが、ふと思い出したかのように声を上げた。

「ああ、そうそう。この前の宿題、ビアンテ君のデスクの上に置いといたから」

「了解です。……なんで、仕事サボってるのに、勉強は真面目にするんですか……」

 ぼやきながらも、ビアンテはデスクに向かいモリの宿題を採点していった。

 モリは、管理局ではエリート(であったはず)のビアンテから魔法について講義を受けている。何しろ、最初は文字を習う所から始めたのである。そういった事情を考えれば、もう一年で中学校に当たる部分まで勉強を進めれたのは順調といってもいいだろう。
 その要因の一つとして、ビアンテが人に教えることを得意にしていたことがあげられるが、何と言っても本人のやる気が一番の要因であった。教師がいくら有能でも、生徒にやる気がなければどうしようもないのである。

「にしても、こっちの魔法って奴はほんと数学って言うか、プログラムみたいだな」

 書類にサインをしながら、モリが彼女に話かける。

「まあ、それはそうですね。魔法、といっても動力が魔力素なだけですから。体系的な物を扱うとなるとどうしても、それっぽくなるんじゃないですか?」

 マルチタスクが基本の魔法少女としては、採点しながらおしゃべりなんていうのもお茶の子さいさいである。モリは、その存在を知った時、気違いじみている、との一言で吐き捨てたが。
 話題が無くなったのか、沈黙が二人の間に降りる。もう二人っきりの分室に勤めて早一年、二人は沈黙が気まずくないほどには打ち解けていた。

「ん?」

 採点をしていたビアンテは見慣れない書類がデスクにあるのを見つけて、手を止めた。内容は召喚状、それも催促に催促を重ねているらしい。それもずいぶん前からだ。どこぞの組織が、とその呼び出されている会議の名前を見て、ビアンテの動きが止まった。

「モ、モリ室長……」

「ん? ないだい、そんな昼間に幽霊見たような声を出して」

 サインを続けながら、片手間にモリは尋ねる。

「ん? なんだい? じゃないですよ! こ、これ提督会議じゃないですか!? 召喚状が来てますよ! ああ、もう、なんかすっごい催促してるし!」

 見て見ると、再々……催促と、どえらい期間呼ばれ続けていることに気付いたビアンテは顔を青くした。思わず、次の転属先をシュミレーションしてしまったほどである。

「提督会議? ああ、あのババアか」

「ババア!?」

 どう考えてもそのババアなるものは提督位を持つ人物を指しているようであった。この一年、規格外な経験を積んできたビアンテであるが、今でも新しい発見、というか問題にぶち当たることがままある。

「差出人の名前、リンディ・ハラオウンだろ?」

「そ、そうですね、そうなってます」

 確かに、召喚状にはリンディ・ハラオウンのサインがあった。その前も、その前前も……どうやら、すべての召喚状に彼女の名前があるようである。
 リンディ・ハラオウン……その名前に、ビアンテは何故か引っかかりを覚える。

(リンディ・ハラオウン? ハラオウン、ハラオウン……あ!)

 もう転生して十数年になり、霞のごとくぼんやりとしてきた原作知識であるからしてビアンテは、彼女がどんな登場人物だったか詳細は覚えていなかった。しかし、思わぬ原作登場人物とめちゃくちゃな室長の接点に、いやな予感しかしない。

 冷や汗を流しながらその書類をめくっていくと、あまりのしつこさにビアンテの顔がだんだん気持ち悪そうな顔になっていく。

「室長、なにかあったんですか?」

 何もない訳がないだろう、ビアンテはそう思いつつもとりあえず聞いてみることにした。

「うん、昔ね、ちょっといざこざがあってね。まぁ、逆恨み、って訳でもないのかー、あちらさんからしてみれば敵になるのかな」

 敵という言葉に、ビアンテは事情が大体想像できてしまった。犯罪者の親族か、何かなのだろう、彼がそういった関係でテロなどで狙われることも多い。最近は少なくなってきたが。

「なんだかあの人、手段が目的化してきてるんだよねー。人は忘れる生きものなのに、ああ、人じゃなかったか」

「人じゃない?」

「ん? ああ、ビアンテ君は関係ないよ。とりあえず、召喚状は捨てといて」

「いいんですか?」

「うん、大丈夫、大丈夫。ビアンテ君も何か嫌がらせされたら言うんだよー、とりあえず消しとくから」

「……何を、どう消すかは聞きません」

 いいのだろうか、だめじゃないか? ……まあいっか、室長がいいっていってるんだし。

 三秒ほど考えたビアンテは結局、その催促状だけでひと山できそうなそれらを捨てることにした。

 なお、二年目程からはもったいないとして、メモ代わりとして分室では便利に使われていくこととなる。








[22829] 第七話 時間飛行
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/05/26 15:42
 キムラが悪名高き、管理局最高評議会付属連絡分室に転属することになって九年もの時が過ぎた。九年、それは少年、少女たちを立派な大人にするには十分な時間であって、その少年、少女にはビアンテ、キムラも含まれていた。
 キムラは育ちのよさそうな顔を残したまま、実年齢より若く見られがちな、童顔の青年に成長したし、ビアンテは美少女から美女と呼んでも差し支えないほど魅力的に成長した。ミス・管理局にノミネートされるほどである。何故か、謎の圧力によって彼女が選出されることは無かったらしいが、それでも魅力的な美人であるのは確かだ。

 そして、彼らの上司、あの『管理局の最終兵器』であるモリは成長? 何それと見かけは十年もの間変わらないという人外っぷりを見せつけ、周囲に彼が『神』であることを再認識させるのであった。

 十数年もの間、彼ら管理局最高評議会付属連絡分室は何をしていたのだろうか? 
 モリに関しては、普段は何もやっていなかったというのが適切であろう。かといって、キムラ、ビアンテが何をやっていたのかというと、彼らも特には何もやっていなかった。正直、モリが放棄した書類の数々を処理していただけであって、キムラが転属してからは一人当たりの仕事はかなり少なくなったのだから。
 もうひとつ、理由がある。彼らには、厄介な”交渉”なんて仕事がなかったためである。『史上最強のメッセンジャー』との名前に恥じない彼の働きによって、相手は文字通り殲滅されるのが常であるので、書類は上への報告だけですむのである。その報告でさえも、最高評議会に提出するだけであるのだから、分室でも書類仕事は少なくもなるはずだ。

 では、彼らは何をしていたのか?

 モリに関しては勉強、これに尽きる。モリは元大学生であるので、勉強をあまり苦としなかった。十数年もあれば、それぞれの専門分野を相当程度まで深くまで勉強できる。モリ自身も異世界の勉強が楽しかったのもあってか、順調に知識を得ていった。
 ビアンテやキムラは、書類仕事以外は特に何もしていない。有体にいえばサボっていた。無論、他の同僚に比べればサボっているようなほど仕事量が少ないのであって、一応、書類は片付けていたのだけれど、そんな仕事量で一日をつぶすこともできず、後は雑談、模擬戦ぐらいである。

 模擬戦、というのもあまりにも暇すぎたビアンテが『体動かさないと、肌に悪い』という誠に自分勝手かつ、陸の皆さんが聞けば憤死しそうなコメントを吐いてキムラをいじめ始めたのがきっかけだった。それに悪乗りした室長がもっとやれと野次を飛ばし、毎回毎回、キムラは泣きそうになりながらも総合SSランクとの死闘を演じなければならなかった。

 そのせいもあってか、キムラのランクはAと九年前に比べれば、格段の成長を見せた。彼が霞むのは周りの二人のキャラが濃すぎるのであって、彼が無能な訳ではない。もっとも、管理局職員たちの見解としては、キムラは『分室の”じゃない方”職員』として認識されていたのであるが。


 しかし、五年ほど前にモリが久しぶりに仕事をしたことは管理世界の住人の記憶に新しい。何せ、世界が一夜にして”消えた”のであるから興味、というか恐怖を持たないほうがおかしい。
 管理局の発表としては、管理局最高評議会付属連絡分室をメッセンジャーとして派遣した、それだけであったのだが何が起こったかは明白であった。管理局のお偉さんがたとしては『彼が”お話”に行ったら何故か相手方が消えちゃった、えへ☆』という訳だがつまる所、『文句があるなら”お話”に行かせるぞ、ゴラァ!』という意味だった。脅迫である。

 その働きでモリが中将になったのは、多分、誰も興味がないことであった。手放しで喜んでいたのは、モリ、ただ一人である。
 またこの頃から、言うことを聞かない子供に『悪いことしたら、モリが来るわよ!』なんて躾ける親が増えたことも記憶にとどめておきたい。







『合格、おめでとうございます!』

 二人がクラッカーの紐を勢いよく引くと、パーンと軽やかな音が無限書庫の連絡分室に響き渡る。火薬臭い匂いが漂う中、照れたようなにやけた顔をするのはモリ・カク室長。その手には、何やら証明書の様な物が握られていた。

 色とりどりの飾り付けが部屋を華やかにしている。勿論、この飾り付けをしたのは、ビアンテ、キムラの二人であり、今回の室長の『A級デバイスマイスター』合格へのお祝いのパーティーであった。ちなみに、過去、モリが色々な資格に挑戦し合格したときも同じ様な催しが企画され(主にビアンテ主導)、祝われてきたのであった。毎度毎度、気使うから止めてくれといって憚らないモリであるが、目じりが垂れさがっているのを見るに、嬉しがっているのは明らかである。

「いやぁ、ありがとうありがとう」

 選挙で当選した議員のように、腰を折ってありがとうを繰り返すモリ。しかし、周りには二人、いささか過剰に思える、キムラも苦笑ぎみだ。
 
「しかし、モリ室長も資格好きですねー この前も確か執務官の試験に受けてませんでしたか? 偽名で」

「まあね、資格自体が目的というより、勉強の一目標としてただけどね」

 それでも、資格を取れたことは嬉しいようで、そのにやにや顔は止まらない。その顔をうれしそうな顔で眺めるビアンテに、キムラは顔をしかめる。

「先生としても、鼻高々です」

 ふんっ、と自分の事も忘れないでくださいよとビアンテが自己アピールするのに、気付いたモリは苦笑しながらも、力を借りたのは事実なので礼をする。

「ホント助かったよ。こっちに来てから、かれこれ十数年か? そんなに長く付き合ってもらってるんだしね」

「つ、付き合って!? い、いやぁモリ室長! もっち、告白は雰囲気のいい場所の方が……」

「も、モリ室長! 何か、今日、重大発表があるって聞きましたけれど!?」

 ピンク空間が形成されるのを防ぐ為、キムラがいつもより大声で、二人の中に割って入る。トリップしていたビアンテもハッと、己の勘違いに気づいたのか、顔を真っ赤にしながら彼の質問に乗っかった。

「そ、そうですよ室長! またくだらない事だったら怒りますからね!?」

「今日は俺のお祝いじゃなかったけ? ……まあいいや。これまではいくら魔法理論だの習ってもリンカーコアがない俺は魔法が使えなかった!」

 ダンッと両手を握りしめ、悔しさを全身で表現するモリ。

「確かに、室長って0か全壊しかないですもんねぇ」

 うんうんとビアンテは頷いた。

「そんな自分の窮状を何とかしてくれるって言うのが、さきほどスカさんから届いたんだ」

「スカさんって、たしかスカリエッティ博士でしたっけ?」

 一度、あったことがあるあの特徴的な雰囲気を持つ男を思い出しながらキムラはビアンテに尋ねる。ビアンテは、ええと頷きながらもその表情は芳しくない。キムラはその表情が気になったが、室長の発表がさらに続きそうだと意識をモリの戻す。

「ああ、そうだよ。昔はスカさんとこの娘さんとも遊んだもんだけどなぁ、覚えてる? ビアンテくん?」

 モリの質問だというのに、あー、だとか、うーだとか冴えない言葉しか返さないビアンテにキムラは何かあったなと見当をつける。この二人のコンビもかれこれ長いこと続いてる関係なのであった。キムラはヘタレのまんまであったが。

「キムラ君は、顔見せで一度会ったことあるよね?」

「あ、はい。ありますね、覚えてます」

 今でもよく思い出せる、ということよほど印象的であったようだとキムラは思い出す。あの時は娘という人には会わなかったが……
 また後でビアンテさんに聞いて見よう、キムラはそう思い直した。


「そのスカさんなんだけど、最近は忙しいみたいで会ってないんだけどね? 親友のよしみで、今度、外付けの魔力発生装置を研究してるっていうからその試作品を送ってくれたんだよ!」

「はあ」

「はあ?!」

 イマイチ分からないキムラとは対照的な声をビアンテは上げる。彼女にはこの技術の凄さが理解できるらしい。

「まだ、全然出力が足りてないらしいんだけどね」

 といいながら、ごそごそととりだしたのは、中央にダイヤの指輪の台座の様な、鉤がついてあるブレスレットであった。そのブレスレットは鈍い銀色に光っており、その中央に位置する何もおいてない台座には、元々そこにあるものがない状態のように見える。
 それを左手につけたまま、モリは軽く何かを払うかの様に左手を動かした。

『フワリッ』

「お、おお!」

 その左手方向先にある本棚から、一冊の本がふわりと飛び出し、ゆっくりと部屋を横切って、モリの左手に収まった。

「凄いだろ? だろ?」

 最近買ったオモチャを自慢する子供のような表情で、みんなの反応をモリは窺う。外付けの魔力発生装置ということがいかに凄いかは、技術的なレベルであり、視覚的にはへぼもへぼなのでキムラには理解できないようであった。

 一通り、機能を説明しこの日の為に用意してもらったケーキを三人で食べると、各自ゆっくりし始める。ちなみに、今までのパーティー自体、勤務時間内である。もうこの状況に疑問を挟まない時点で、キムラも大分この分室に毒されていると言ってもいいだろう。

 そして、すべてはこの、緩やかな時間の神の戯言から始まった。



「あー、このブレスレットに入る綺麗な宝石無いかなー」














「どうして、僕は船に乗っているんだ……?」

 キムラは広い宇宙に漂う、小型の船の中で一人ごちた。
 その誰に言うでもないひとり言を聞いたのか、返す必要もない返事をモリは返す。

「そりゃ、ジュエルシードなんてぴったりな物が発掘されたんだから、取りにでもいくでしょ」

「盗る、の間違いじゃないんですか?」

 隣にいたビアンテが突っ込む。

「『殺してでも奪いとる』ってよく言うじゃない」

『言わねぇよ……』

 二人の部下の心の声が重なる。

「だってさぁー、たまたま無限書庫がよこした奴に『ジュエルシード』が書いてあって、しかもそれが宝石っぽくもある『エネルギー結晶体』っていうんだから、それをこのブレスレットにつけない訳にはいけないだろう?」

 ブレスレットの台座にエネルギー源を取り付ける事が出来れば、もっと強力な魔法が使えるはずとスカさんは言ってたとモリは言う。

「はぁ、でも発掘したスクライア一族でしたっけ? 彼らはロストロギアを管理局に売っている訳ですし、一つぐらいもらえるのでは?」

 キムラは、頭の中の『海』に関する知識を引っ張りだしながら、頭を傾げて質問する。

「まあな、確かに俺達も一応『海』の一組織だし、あそこ以外なら一個ぐらい横流しさせてくれるかもしれないんだが……」

「あそこ?」

「その担当艦がアースラななんだよ」

「アースラ……ああ、リンディ提督の……」

 なら無理な訳だ、とキムラも納得する。直接、彼と彼女が出会った所はまだ見ていないのだが、仲が悪いという噂を聞くに、いい顔で『だめっ!』と言われる所が容易に想像できる。

『ピッ! ピッ!』

 短い警告音が鳴ると、ビアンテの前に広がるモニターに三人の視線が集まる。ちなみに、この小型艦も操縦しているのはビアンテ・ロゼ、彼女はまさしくエリートであった。

「室長! 目標輸送中だと思われる艦体を捉えました!」

「よしっ! 距離は!?」

「距離2000!」

 その言葉を聞いて、少し考えていたモリであるが、ふと思い出したように次の命令を待ちモリの方を見ていたビアンテに尋ねる。

「旅の鏡って、ビアンテ君使えたよね?」

「はい、使えますけど……まさか!?」

 大体の予想がついたビアンテは驚くも、どこか納得したような様子で頷く。少し、その顔は青かった。対照的に、キムラの顔には疑問符が浮かぶばかりである。

「では……」

 ビアンテのデバイスはストレージデバイスであり、一般的な局員御用達の物である。そこから、何やら渦巻き状の薄っぺらいものが空間に浮かんでくる。そのグルグルと靄が渦巻き続けるような不思議な物体を満足げに見たモリは躊躇わずにその物体に手を突っ込んだ。

「こっち方向か……?」
 
 呟きながら、角度をモニターを見て調整するモリを見て、大体キムラは今後のことについて予想がついていた。
 輸送艦を少し遠目から俯瞰したようなモニターを見ながら、向きを調整しモリは力を込める。イメージは輸送艦に掠り、停止したあと接舷し、乗り込むといったものである。やってることと言えば、完全に海賊だ。

 
 しかし……


『あっ!』

 撃つ前に、何者かの跳躍魔法攻撃を受けそうになった輸送艦はその艦体を少しずらした。そのまま、その艦体中央はモリビームに真当たりすることとなり、凄まじい圧縮音とともに、ボロごみにしか見えないその”元輸送艦”は近くの管理外世界に堕ちて行った。

『……』

 沈黙が支配する管制室の中、モリの言い訳の様な声が響く。

「お、俺の所為じゃないもん」

『……』

 彼ら分室一行は、急きょ輸送艦が堕ちたと思われる第97管理外世界を向かうことにした。






[22829] 第八話 介入
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2012/04/13 19:07

「いやー、懐かしいねぇ。なんというか、数十年ぶり?」

『……あんたは一体何歳何だ?』

 心の中で、二人の声が重なる。無事、地球に着陸した分室一行は海鳴市という地方都市を歩いていた。ビアンテのサーチによって、ジュエルシードが地球の、それも日本の一地方にばらまかれた可能性が高いと分かると、モリは狂喜し、ビアンテは額に手を当て空を仰いだ。一方、キムラはその反応っぷりに首をかしげるのみである。

「それにしても」

 モリは機嫌良く鼻歌を歌いながら、横目に元気な小学生で埋まった校庭を視界に入れて感慨深げに言う。

「こんな、奇跡もあるんだな」

「……室長、さっきから気になっていたんですが、こんな管理外世界の一惑星がなんでそんなに気に入っているんですか?」

 ビアンテは顔を青くさせながら言う。ビアンテのその心労のもっともたる原因は目の前でへらへらと笑う、ご機嫌よさげな雰囲気の男だ。
 もともと、彼女は原作に関わる気は一切なかった。過去に考えていたように、この年齢になって一管理外世界のややこしい事件に巻き込まれるのは御免だったし、正史を変えることも恐れたからだ。

 しかし、あっという間にジュエルシードの分捕り作戦が始まり、艦体を借りて出航……と関わる可能が大になってくるのを見て早々に諦めた。
 彼女は、モリと出会って天命を待つことを早期に覚えていたのだった。

「ん? ああ、この惑星とはちょっとした因縁があってね。因縁?……んー因縁ってわけじゃないんだけど」

「深く、は教えてくれないんですよね、分かってます」

 分かってる、と口の上では了解の意を示すもその頬は膨れている。不満に思っていることは二人にはバレバレだった。

「ははっ、ビアンテちゃんはそう言うところを線引きできるから好きだよ」

「す、好き!?」

「はぁ……」

 キムラは大きく溜息をついた。もじもじと乙女のように体をくねらせるビアンテを、可哀想な人を見るような目で見ていたキムラであったが、彼ら自身が周りの道行く人達の視線を一身に浴びているのに気づき、顔を歪ませながら尋ねる。

「室長、なんでこんなにみられているんですかね?」

「ああ、多分、ここら辺では外国人の顔が珍しいんだろうね。この国は単一民族で構成されているはずだから」

「なるほど……、この服装は関係ないんですかね?」

「たぶん、関係ないと思うけど……」

「そう、ですか」

 キムラは自分たちの服装を改めて見直した。

 三人は『海』の制服をそのまま着ている。その服装は白を基調としたどこか戦隊物の制服を思い出させるデザインだ、もっともキムラはそんな感想を持つこともなく室長の答えになるほどと思い疑問に思うことなど無かった。所々に入る、青いラインが特徴的だ。

「にしても、めんどくさいね、ジュエルシードって本当。聞いた話によると、発動した後じゃないとサーチするのが難しいんだって?」

「はい、そうです。ですので、歩きまわる必要がありますね」

 トリップから現実に早々と戻ってきたビアンテが答える。その打てば響いてくるような答えに満足そうに頷くモリ。

「ということは、結構日数がかかるってことですか?」

 キムラがビアンテに尋ねる。

「そうね、一個だけを回収するのだったらそれこそ運頼みね。すぐ数分後にすぐ見つかるかも知れないし、一週間ぐらいかかるかもしれないわ」

「うへー、そうですか」

 さっさと終わるもんだと思っていたキムラは呻く。

「そうだな……、まず今日一日探してみてみつからないようだったら本格的な拠点でも探してみよう。ホテルぐらいならあるだろうし」

 思いのほか発展している海鳴市を見渡しながらモリは言った。

「そうですね、それがいいと思います」

 ビアンテ的には、ぱっぱと一つ見つけて帰りたいところである。そう願いつつもそうはならないだろうな、と彼女は諦観していた。なぜなら、ビアンテはモリの『面白い物』に対する執着を知っていたからである。こんな『別の世界』を楽しまない筈がない。

 小学校から離れ、少し歩くとモリは最近の運動不足による足の痛みを訴え始めた。子供である。

「わかりました、わかりました! では一度……」

 ビアンテが周りを見渡し、こじゃれた喫茶店を見つけた。

「……ここにしましょう」

『?』

 戦場に行く新兵の様な、そんな腹をくくったような顔のビアンテに男二人組は首をかしげるのだった。










「ほんとおいしいですね! ここ! ホント、噂には聞いていましたけど、こんなにおいしいとは!」

「噂、に聞いていたんですか……」

「あらあら、嬉しいこと言ってくれるわね」

 怪訝そうな顔をするキムラに、嬉しそうな顔をする妙齢の女性。彼女が嬉しそうに見ている先には、この世の最上級の幸せをかみしめているといった表情のビアンテが、ほっぺがとろけ落ちると言わんばかりに、そのほほを抑えてニヤついていた。

「ほんっ、とうにおいしいです! ミッドチルダに出店しません、これ!?」

「……ミッドチルダ?」

 聞いたこともない地名に首をかしげる高町桃子であったが、どこか外国の地名だろうと一人納得する。店にコスプレ染みた外国人が入ってきた時は緊張したのだが、自分の作品を絶賛してくれるのはうれしいものだった。

「ビアンテさん! ああ、気にしないでください」

「うん、本当においしいな、これ」

 しげしげと、目の前のシュークリームをしげしげと眺めるモリ。甘い物があまり好きでない、彼も思わずおいしいと呟いてしまうほどであった。



 数分後、回転ずし寿司をたいらげた後のように皿が積まれたテーブルを満足そうに眺める一行の姿があった。無論、そのタワーの主はビアンテである。甘いものは別腹を地で行ったビアンテに、男二人の顔はひきつり気味だ。

「あー、おいしかったですねー」

 明日も来ましょうと、言い放つビアンテの頭にはすでに先の原作に関わるまいという決意は一ミリも見られない。お土産もらえますかー、との声にまだ食うのかよ! と男二人は心の中で突っ込んだ。

「ありがとうござい……む?」

 嬉しそうに受け取ろうとしたビアンテが、受け取る途中で動きを止め、宙を睨む。

「……室長、反応がありました」

「! そうか、近いか?」

「そんなに離れてないようです」

「じゃあ、急行しないと」

「チィ、お土産は後です。キムラ! 着いてきなさい! 早めに終わらしてお土産よ!」

「は、はい!」

 雰囲気に押されて、キムラは久しぶりに反射的に敬語を使ってしまう。モリはすみません、後で受け取りに来ますんでと、ボー然としたままの桃子に説明した後、嵐のように出て行った二人を追いかけた。




「待ってくれよ、ビアンテ君! そんなに急いでもシュークリームは逃げないぞ!」

「ああ! 室長! この人が中に通してくれないんですけど!」

「あたりまえです! いきなり押し掛けてきて、不審者を通す訳にはいかないでしょう!」

 モリが何やらお化け屋敷のような、立派な屋敷の前に到着してみるとそこには押し問答をする二人の女性と、うろうろするのみのキムラの姿があった。もう一人の女性は、どうやらこの屋敷のメイドのようで漫画からそのままでてきたような格好をしている。

「すみません、どうしても緊急を有する問題なんです。ここは一つ、通してくれませんか?」

「だから、ダメですって!」

 頭を下げるモリとそれでもなお突っぱねるメイド。他の二人は、モリが常識的に交渉したのこともだが、素直に頭を下げたのにも驚愕していた。

「……どうしても、だめですか」

「ダメ、です」

 腕を組み、なおも拒否をし続けるメイドをじっと見た後、モリは歩きながら一歩屋敷内に踏み入れメイドの脇を素通りする。

「なっ!」

 驚き、止めようとするメイドを背中に感じながら、モリは親指と突き出し、肩の上で後ろを指し示す。

「やれ」

「了解!」

 バンッ! と後ろで魔法がぶっ放される音を聞きながらモリは悠然と敷地内を歩く。その先には発動しているだろうジュエルシードがあるはずだ。

「ちょ、ちょっと! あんた、どこから入ってきたの!?」

 メイドを一瞬で排除したビアンテ、キムラと合流した後、三人がジュエルシードがあるはずの場所に急いでいると、横から何処かで聞いたことがあるような声がしてきた。

「ん?」

 一刻も早く現場に急行したいと逸る三人の前に、金髪ツインテールのいかにもな美少女が行く手を遮りながら、そう叫ぶ。
 見下ろすモリの前で、その顔を警戒で染めながら美少女はモリを睨めつける。その美少女を見て、ビアンテは目を大きくした。

「また邪魔が…… お嬢ちゃん、おじさんたちはオトシモノを取りにきたんだ。危ない物だから回収しないといけないの。すぐ帰るからちょっと通してくれないかな?」

「そんな、怪しい理由で通す訳にはいかないわよ!」

 猫のように、フシャーと音が聞こえてきそうな剣幕で食ってかかる少女に、モリはむぅと考える。

 さっきのように潰すか? ……いやいや、いくらなんでも少女に暴力は不味い。幸い、この子はパンピーそうだし、横を抜けるぐらい簡単だ。

 そうなると……

 考え込むこと三秒。モリは、なるほどいいこと思いついたと、掌を打ってこう、言い放った。

「この男を置いておくから、詳しい話はこいつから聞いてくれ! じゃ!」

 シュタ! と手を挙げながら『お、俺!?』と混乱するキムラと、待ちなさい! と怒鳴る少女をおいてモリ、ビアンテは走る。

 そして、ついに二人は現場に到着したのだった。



「はは、面白そうな事になってんな」

 モリの目に、バカでかい猫と白いバリアジャケットを身にまとった少女。使い魔らしきオコジョ。そして、なんだか目をそらしたくなるようなデザインのバリアジャケットを身にまとった魔法少女が対峙していた。

「か、管理局!?」

 オコジョが叫ぶ。その言葉に真っ先に反応したのは、黒色の方であった。

「……管理局? そんな、まだ来ないはずじゃ……」

「管理局だって!?」

 黒色の使い魔らしき犬も叫んだ。彼らの視線が二人に集まる。

「あ、ああ。管理局だ。管理局最高評議会付属……つっても分からないか。ま、どっちでもいいさ! とりあえず、ジュエルシードを」

「室長! そこの猫がジュエルシード使ったようです!」

「分かってる! で、この状況は……」

 黒い魔導師が、デバイスを構える。どうやら、平和裏にこそこそっと拾うなんてことは出来なさそうだ。

「白いの!」

「白いの!?」

 白いバリアジャケットを着た少女が、こちらに振り向く。

「黒い奴が、敵、それでいいんだな!?」

「ち、ちがうの! まだ話をし……」

「そうです! あの黒い魔導師がジュエルシードを奪おうと」

「ユーノ君!」

 白い少女が叫ぶ。しかし、そこのオコジョの言質は取った。ニヤリとしたモリは手をかざそうとする。
 それを不思議そうに眺める黒い魔導師。

「室長! それはヤバいです!」

 必死に止めようとするビアンテ。彼女が必至に止めるにも訳がある。モリがビームを撃つのも、宇宙空間であればさほど問題は無い。いや、対象物はひとたまりもないのは変わらないが。
 しかし、地球には大気がある。そんな所でビームをぶっ放せばどうなるか? 周りへの被害はとてつもない物になるだろう。大気をなめてはいけない。

「そ、そうだったな。不味い、不味い」

「室長、さすがに笑えません」

 笑ってごまかそうとするモリを冷たい目で睨めつけるビアンテ。

「……わかったよ。ビアンテ君、黒いのを速やかに排除してくれ、あと、使い魔っぽいのもな」

「了解っ!」

 言うが早いかビアンテは、デバイスを取り出し、いつものバリアジャケットを纏う。それを横目で見ながら、先ほど、声をあげたオコジョの方にモリは近づいて行った。

「……オコジョ?」

「い、いや、今は魔力が切れていて…… それより! あの子は大丈夫なんですか!? 黒い魔導師はすごいやり手のようですけど」

 さらに言い募ろうとするオコジョを手で制するモリ。そして、ニンマリとした顔で言い放った。

「彼女に勝てる存在は、そうだな…… 自分以外に知らないね」






[22829] 第九話 勝負 
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/04/29 00:44
 二人の魔導師が睨みあっている。
 
 一方は黒い、所々からは直接肌が見えているという情操教育上大変よろしくない格好をした魔導師。格好はバリアジャケットと呼ばれる、いわゆる戦闘服であるのに対してその外見はケンカを売っているようにしか見えないのは何故だろう。まぁ、魔法だし、とモリの心の中で決着をつけた。

 もう一方の魔導師は、濃い紺のブレザーを着ているように見えるが、これもバリアジャケットである。ブレザー、スカートとこれも空中戦になることも多い空戦適正のある魔導師としてはどうなの? という格好であったのだが、まぁ魔法だし、とモリは納得した。

 見つめ合う魔導師二人。
 向かいあった二人は先に動いた方が負けとでもいうかのごとく微動だにしない。その間に、地面に降り立った白い魔導師がオコジョとモリに合流する。
 最初に行動を起こしたのはブレザーの魔導師、ビアンテであった。その無骨なデザインのストレージデバイスを黒の魔導師に突きだす。

「私たち、連絡分室がジュエルシードを回収します。もし、邪魔をするなら武力行使も辞ません」

 真っすぐ黒の魔導師の目を見てビアンテは警告する。

「ハッ、どこぞの零細部署か知らないけどね。ジュエルシードを渡す訳にはいかないのさ!」

 黒の魔導師の隣に控えていた犬の使い魔が勢いよく前に飛び出した。それをチラリと横目で見たビアンテは、足元に魔法陣を生み出しそれを強く前に蹴り出した。作用反作用の法則に則って、ビアンテの体は後方に吹っ飛んでいく。
 モリの横で見上げていたオコジョが、思わず声を漏らした。

「あんな術式見たことない……」

「うん、空戦のくせに珍しいよね」

 確かに最初の頃、見た時は同じ様に思ったのだったとモリは昔を思い出す。
 ビアンテに理由を聞くに、空中で踏ん張るにはやはり足場が必要だということ、急な方向転換が楽、後はその有り余る魔力を身体強化に注げば、より効率よく魔力を運用できる、とのことだった。という訳で彼女の戦いのコンセプトは『空中で殴る』という至極単純な物となる。ちなみのこのスタイルは、キムラをリンチ中にタコ殴りに目覚め、確立したらしい。
 
 そしてもうひとつ。この足場には使い道がある。

 後ろに飛んだビアンテを追うように使い魔は追撃する。が、そのスピード格差は歴然としていた。二人の間は瞬間、広く開く。

「は、速い……!」

 その様子を見ていたオコジョが思わず呟いたその言葉は、その場にいたモリ以外の人々の心の声をも代弁していた。
 一蹴りでその場を離脱したビアンテは、再び空中に魔法陣を描き出した。既に使い魔とビアンテの距離は彼らのスピードではどうにもならない距離まで広がっている。
 ビアンテはガラス窓に描かれたような魔方陣に着地したかと思うと、脚を精一杯曲げて力をためる。一拍の静止の後、ビアンテは水平方向にロケットの様な速度で飛び出した。使い魔とは入れ違いとなり、その先には戸惑うばかりの黒い魔導師が見えた。
 黒の魔導師の顔からは、無表情を装いつつも焦りが滲みでている。その焦りは今までに見たことがないタイプの敵に相対していることからくるものであろう。

「デ、ディフェンサー!」

 黒い魔導師が迫るビアンテに対して薄い膜の様なバリアを張る。

 本来、機動性を重視し攻撃を回避するのに特化した魔導師であることは彼女のバリアジャケットからも容易に想像しうることだった。そして、その速さで相手に敵わないとみた魔導師が採る方法として、バリアを張る方法は下策に思える。
 
 しかし、彼女の思いついた方法はバリアで”受けとめる”のでなく”受け流す”方法であった。
 
 高機動型の魔導師の攻撃は軽い傾向がある。砲撃ならまだしも、その攻撃方法が打撃による物理攻撃なら受け流すのは理に適った対処だったであろう、普通ならば。

 しかし、残念ながらビアンテは普通でなかった。

「フォトンランサー・ファランクスシフト」

 ビアンテがその薄い膜に弾かれながら、短く呟いた詠唱に怪訝な顔をする黒い魔導師。

「フェイト! 危ない!」

 遠く使い魔が叫んだ、その方向を振り向いた彼女の目に映ったのは、おびただしい数の光線の束であった。








「ほー、相も変わらずエグイねー」

 眩しいかぎりの光線の海に沈む黒い魔導師を興味深げに見ながら、観戦に徹していたモリは感心したように呟く。隣のオコジョ、白い魔導師は共にそのとてつもない魔力量を感じさせる光の海にただ言葉を失っていた。
 しばらくして、光が引くと魔力ダメージに気を失い、垂直に落下していく魔導師の姿が見える。あたふたする隣に苦笑しながら、モリはその光景をただ眺めているといつの間にか使い魔を横に引っ提げたビアンテがそのまま、落ちる魔導師も回収した。ビアンテは先ほどの戦闘なぞ無かったような、自然体でモリのねぎらいに応える。

「おつかれさん」

「ま、初見の人は大概間違えてくれますからね。楽勝でした」

 だよな、と返事を返しながらその黒い魔導師と使い魔を観察するモリを見るに、今後この物語はどのような経緯をたどるか、ビアンテ自身はその表情とは裏腹に戦々恐々していた。
 無論、彼女の心配は主に”原作”を軽やかにぶち壊してしまったことであり、先ほどの戦闘の事などの事では無い。彼女は彼女自身も先の戦いで負ける、ひいては苦戦するなんてことすらを思いもしなかったのである。
 
「さ、先のは……」

 未だ先の膨大な魔力量に当てられ、たどたどしい言葉使いになりながらも説明をオコジョは求めた。
 頷くモリは、自分の事のように先の戦闘を自慢げに解説しはじめる。

「先の戦闘のキモはね、実は巧妙な心理戦なんだよ」

「心理戦?」

「うん。彼女が空戦っぽいのに足場を使ってるのを見てどう思った?」

 モリの質問に、少し考えオコジョは答える。

「ベルカ式の、それか砲撃に適正が無いとかですか」

「そうだよね」

 うんうんと望んだ通りの答えに満足げに頷くモリ。

「そう思わせたらこちらの勝ちさ。彼女は実は砲撃が、どっちかって言うと得意でね。まぁ、でもそれだとその膨大な魔力が有り余るから身体強化にも使ってるんだけど、それだけじゃもったいないでしょ? だから、空中を飛びはねながら撃つってことにした訳。で、その足場にスフィアを使えばいいんじゃね? ってことになって……」

「だから足場がそのまま残ってたんですね」

「そう。相手は忘れた頃に思いがけないところからの砲撃にやられるわけさ」

 実際、この黒い魔導師も最初の足場からの砲撃を見事に食らったしな、と魔法でビアンテに縛られていく魔導師をチラリと見るモリは続けて、

「でも、まあ、身体強化と、その足場にもそれ相応の魔力を残してばらまいていく訳だからその変態的な魔力量あってこそ、の戦闘スタイルだと思うけどね」

 という貶しなのか褒めなのか、微妙な言葉で解説を締めくくった。

「ちなみに、私たちはそのスタイルを『殴りメイジ』と呼んでいます」

 使い魔、黒い魔導師ともに縛り終わったビアンテがこちらに歩を進めながら補足する。

「は、はぁ」

 多少、先の激しい戦闘の記憶が残っているのか、少し気後れしながらオコジョは返事を返した。

「申し遅れました、私は管理局最高評議会付属連絡分室所属のビアンテ・ロゼ、と申します」

 と丁寧に自己紹介をするビアンテに、あ、そういえばと自分自身の名前を言っていなかったとモリも彼女に続く。

「お、そうだったな。まだ自己紹介もしてなかった。俺はモリ・カク。室長だ、つまりこの子の上司ってわけ」

 といいつつ彼女の頭を撫でるモリの手を表面上は嫌そうに振舞いながらも、ビアンテの顔は少し緩んでいた。

「あ、まだ猫ちゃんが……!」

 思いだしたかのように声を上げた白い魔導師をモリはチラリとみて、ふむと顎を擦りながら今後の事を考える。いつの間にか、オコジョ、白い魔導師の視線を集めていたモリは、指示を部下に出すように自然に提案を出したのだった。

「そうだな……、とりあえずジュエルシードの封印をビアンテちゃんよろしく」

 頷くビアンテは早速封印を始める。その様子を白い魔導師は羨ましげに見つめていた。

「それと詳しい事情を聞きたいけど、ここじゃ不味いよねぇ。ここって、魔法関係者の住んでるとこって具合に、都合のいいことない、もんね?」

 問いかけるモリにオコジョは頷いたのか、その頭を上下に振る。

「……了解。俺達もさ、ここに来るまで結構強引な方法で来たから……そうだな。町の方に喫茶店が、ああ、あっちの方なんだけど」

 と指し示す方向とその話を聞いているうちに白い魔導師がその喫茶店の娘であることが判明した。その偶然にモリは少し驚きながらも好都合だとして、彼女らとそこで落ち合うことを約束する。
 約束をし終わるころにはちょうどビアンテが封印を終えて戻ってきた。そのことをビアンテにも伝え四人は解散したのだった。






 






「ホント、あの後大変だったんですからね!」

 大声で目の前のモリを非難しながら、その乱れた髪をいじるのは一人あの後も残されたままであったキムラである。帰りがけに連絡したのみで、そのままほっておかれた為、キムラは一人で脱出しなければならなかった。それも、目に見える魔法無しでである。
 だから空を飛んで逃げる訳にもいかず、お子様と死闘を繰り広げるしかなかった。その結果が彼の今の頭の状態である。

「ま、脱出できたんだからいいじゃないか」

 と上の空で返事を返すのは、その手にあるジュエルシードをニヤニヤしながら見ているモリであった。

「どうするんです、これ?」

 と喫茶店のおいしいシュークリームを頬張りながらビアンテは上を指さす。その指し示す先を一般人が見ても何も見えないだろう、というのもその先には認識阻害をかけられたまま中に浮いてる、見るものが見ればあっと驚くような技術を用いられている縛られた魔導師と使い魔の姿があった。喫茶店に戻ってきたキムラは一目それをみて、技術の無駄使いと呟いたという。

「どうしよっか、結局、この魔導師の名前とかは……?」

「うーん、指名手配、はされていないみたいですね」

「そうか…… でもこいつら確実にこのジュエルシードを狙ってたみたいなんだよ」

「そうなんですか?」

 先の説明をまともにしてもらえなかったキムラは、中に浮かぶ容疑者たちをしげしげと眺める。

「そうなんだよなぁ、ということはこいつらがあの最初に輸送船にぶっ飛ばした奴らか?」

「しかし、彼女はまだ小さな子供みたいですよ? 空間跳躍魔法なんて、高度な魔法使えますかね?」

「分からんぞぉ、さすがにビアンテ君が相手だと瞬殺だったけど、キムラ君だと負けるかもな」

「ええ! そんなに強かったんですか、この子?」

「AA以上は確実にあるわね」

 ようやくシュウクリームを食べ終えたビアンテが話に入ってくる。その時、喫茶店の扉が開く鈴の音が聞こえ、キムラが振り向いた先には少女とその肩に乗るオコジョの姿があった。

「あら、おかえりなさい、なのは」

「ただいま」

 奥から高町桃子が顔を出して、今入ってきた少女と挨拶を交わす。
 彼女もテーブルを囲む三人に気付いたようで、とことこと近くにやって来ては頭を下げた。

「さっきは助けてもらって、ありがとうございました」

「……よく出来た小学生だなぁ」

 感心するモリの勧めに従い、一人と一匹がテーブルに着いた。
 二人の自己紹介の後、オコジョのユーノがこの星に堕ちた理由を語る。

「僕はスクライア一族の代表として、発掘したそのジュエルシードを輸送してたんですけど、突然何者かの攻撃を受けて……」

 どんな魔法か兵器かは分からないんですけど……、と語るユーノの話を聞いてビアンテ、キムラがモリをジーと見つめる。モリは何も気にしたようなそぶりも見せず、

「この魔導師たちの仲間かもしれないね」

 とナチュラルに責任を押し付けた。

「かもしれません…… それで積み荷がこの世界に堕ちてしまったんで、回収に来たんですけど」

 失敗してこんな姿で過ごす破目に……とユーノは肩(?)を落とした。

「その時、ピンチの僕を助けてくれたのが彼女なんです!」

 と我が事の様に、自慢げに言うユーノに、にゃははと照れて笑うなのは。その様子を微笑ましげに見ていたビアンテと、顔をしかめているキムラの表情は見事に対象的であった。
 そしてその様子を面白がっているのはモリ、と連絡分室は平常運転である。

「人助けは立派だけど……少し無謀過ぎないかな」

 諭すようなキムラの口調に、なのはは顔を曇らせる。ともすれば説教になりかねない空気を察したビアンテが、慌てて話題を変えた。

「そ、そういえばなのはちゃんは、ホント強そうですよね!」

「何で非魔法文明に、こんなに素質を持った子が生まれてくるかな?」

 そう言えばグレアムのおっさんもここ出身だったか、とモリは思いだしながら口にする。

「グレアムって……時空管理局歴戦の勇士の、あの?」

 いつもの事なので余り突っ込まないが、とりあえずキムラは確認しておく。英雄をおっさん呼ばわりするのに、怒るような普通の人間はここにはいなかった。












[22829] 第十話 集会
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/05/26 15:41
「キムラ君のあの、が誰を示してるかよく分からないんだけど、それが時空管理局提督のギル・グレアムを指しているのならその通りだよ」

「ああ、そうですよねぇ」

 キムラがやっぱりそうだと納得したような顔になる。

「あのおっさんはイギリス出身だったはずだから……ここ日本とは大分場所が違うね」

「室長はグレアムさんと面識でも?」

 モリの秘書のまねごとをしているビアンテであるので、交友関係はあらかた把握しているはずであったのだがグレアムの記憶がないビアンテは首を傾げながらモリに問いただす。
 うーん、と口ごもったモリは何かを隠すように手を振った。

「あー、昔この世界について調べたことがあってね……その時にこの世界出身だっていうのを知って彼のことも調べたことがあるんだよ」

「何だってこんな世界を……」

 何か言いたげな顔をしていたビアンテだったが、長年の付き合いの中で彼の不思議な行動といえばきりがなかったので、これもその部類だろうと一人でに納得した。
 モリは不安そうにこちらを見ているなのはに気付き、今後の事をどうするかというこの喫茶店に集まった目的を話そうと皆に諭す、それは彼らしくない相応に年上な行動であった。

「ジュエルシードは一個じゃきかないんだよね?」

 モリはユーノに確認するように尋ねる。オコジョはその小さな頭を小刻みに上下させて頷いた。
 
「全部で21個あるはずです」

「21個かぁ……想像してたよりも多いなぁ」

 キムラが顔を曇らせながら呟いた。キムラとしては室長の思いつきで連行されたあげく、その彼の起こした事件の尻ぬぐいをさせられていることになるので当然乗り気ではない。しかし、だからといって手を抜くような性格でも無かった。
 21個のジュエルシード……その効力は一つでもロストロギアの名前に恥じない大きさだ。ともすれば小規模次元震をも引き起こしかねないそれは正真正銘の危険物である。

 危険物を扱うには、それ相応の訓練が必要だ。そして、その訓練を受けた者たちが管理局職員なのである。

「そうですね……21個となると自分たち三人でも少し手に余りますか」

「そうねぇ、何時発動するかも分からないし……、その前に探知するというのも難しいわね。もっと人がいればローラー作戦とかなんなりして虱潰しに探す作戦も採れるんだけど」

「どの程度の高度で散らばったかも分からないと、どの程度の範囲まで散らばったのかすらも分からないしな」

 目でオコジョに問うモリに気付いたユーノは少し自信なさげに答えた。

「大体ですけど、この海鳴市、ぐらいの規模だと思います」

「となると三人でローラー作戦は無理だねぇ」

 ふむぅ、と腕を組みモリとビアンテは考え込む。
 
 モリは対面からキラキラした視線を感じ、顔を上げるとそこには目の中に星を浮かべたなのはの姿があった。何故かうずうずと体を動かしている小学生の様子を見るに、声をかけて欲しいがっているのだろうかとモリはその普段使わない気遣いで推測する。
 
「……なのはちゃん、どうしたの? トイレ?」

「いや、違います。違うんですけど……」

 顔を真っ赤にしたなのはは何か決心を固めたような顔でモリの顔を真っすぐ見つめた。

「あの、私にもそのジュエルシードを集める手伝いをさせてもらえませんか!?」

「あー」

 一世一代の大勝負かのような気迫の籠ったお願いに若干押され気味になりつつも、モリはその答えに逡巡しながら皆の顔を見回して無言で意見を求める。
 最初に反応したのは彼女とこれまで過ごしてきたオコジョであった。

「僕は賛成です。皆さんは知らないかもしれませんが、なのはの魔法適正はすごいの一言ですよ! 魔法の飲み込みも早いし……その魔力も測りきれないぐらいです!」

 興奮してまるで自分の事の様に話すユーノに、えへへとなのはは小学生らしい笑顔を浮かべる。
 その顔を氷つかせたのはキムラの一言だった。

「自分は反対です」

「え……なんで……」

 一転して泣きそうになるなのはにキムラは顔を歪ませたが、その理由を淡々と述べる。

「それは勿論、彼女が一般人だからです。いくら魔法が得意でも、いくら魔力適正が高くてもそれがジュエルシード回収の際のリスクをゼロには出来ません。それに今回の事を考えると、第二第三の魔法使いがこのロストロギアを狙ってくるかもしれません。まぁ、彼女がこの管理外世界に何故いたかなどを尋問すれば多少はそこらへんの可能性も当てがつきそうでもありますが……、もし他の魔導師が来て戦うとなれば、経験のない彼女は危険です」
 
 長々と反対の理由を述べるキムラの話を聞くにつれて、なのはの顔が俯いていく。触角も本体と連動するかのように動く様をモリは不思議そうに眺めていた。
 言い終わったキムラは、沈黙を保つビアンテに顔を向ける。

「ビアンテさんはどう考えているんですか?」




 ビアンテはキムラのその問いに直ぐに返事を返せずにいた。彼女の頭の中には、原作を守るべきどうかという迷いがあったからだ。
 原作……といっても、モリがこの世界に舞い降りた時点でそのまま進むとは考えていなかった。考えていなかったが、それでもなんだかんだで高町なのはという主人公が魔法と出会い、管理局でエースになるなんてことを漠然と思っていたのであった。

 しかし、ここにきてキムラが反対するとは思っていなかった。いや、薄々は気付いていたのかもしれない。彼女もそんな煩雑な問題なんて、と避けていた節があるのだ。

 キムラの言うことももっともである。大体、彼女は主人公なだけあって全てがケタ違いなのだ。普通の女の子であれば、そりゃ怪我もするし、こんな荒事で無事でいられるわけがない。

 しかし、彼女は主人公なのだ。


 




「私は……、この状況で使える戦力があるならそれを遊ばしておく余裕は無いと思うわ」

「び、ビアンテさん!」

 信じられない、といった表情でキムラはビアンテを見つめていた。
 ビアンテもその顔を見て苦虫を噛み潰すような顔をする。

「だって、しょうがないじゃない。ここで幾らそんな理想論を論じたって、もしジュエルシードが発動したら、発動体に対しては彼女は重要な戦力になる。それにここは彼女たちの町なのよ? なら彼女が自分でその危険を排除したいと思うのは当然だと思うけど」

「……くっ!」

「それに……経験が足りないというなら私たちが教えてあげればいいじゃない」

「へぇ?」

 情けない声を出したキムラに苦笑しながら、その理由を語る。

「だって、彼女だってこのままバイバイって訳にはいかないでしょ? 魔法だって、キムラは管理外世界の住人に教えてはいけないって思ってたかもしれないけど、今回は緊急避難だったみたいだしね」

 と、ビアンテは横目でオコジョを見やる。

「興味もあるみたいだし……、魔法なんてものをそう簡単に忘れもできないでしょう?」

「は、はい!」

 流れが参加してもらう方向になってきたのを感じたのか、なのはの声にも張りが戻ってきた。
 現金ななのはに微笑ましい笑みを浮かべながら、キムラの方をビアンテが最後の確認と睨めつける。お前はこの笑顔を裏切れるんかい、と。

「はぁ……、分かりました、分かりましたよ。でも彼女はあくまでも後詰、手伝ってもらうのは探査みたいな危なくないものだけ。あとは自分たちの言う事を聞くこと。これだけは譲れません」

「……それでいい? なのはちゃん」

「はい! よろしくお願いします!」

 ぺこりと頭を下げるなのはとビアンテをモリは観察していたのだが、話がまとまったのを見ると今後の事を話合うという元々の目的に話題を引き戻す。

「……はい、じゃあ、ビアンテ君とキムラ君が教えるってことで…… まぁ、彼女を戦力に数えるとしても結局は管理局を呼ばないといけないんだけどね」

「そういえば……皆さんはなんでこんな管理外世界に居たんですか?」

 ふと思い出したかのように、ユーノが首を傾げながら疑問を口に出す。
 ギクッ、と分かりやすい反応を返した連絡室面々は額に汗をかきつつ苦しそうに応えた。

「ハハハ、ちょっとした野暮用でね……」

 連絡室が『管理局の最終兵器』なぞと呼ばれる、訪れた世界を須く消滅させるような部署だとは到底言えず、乾いた声でモリは言い繕う。

「それよりも、ここから一番近くにいるのがアースラということが問題だ……」

 頭を抱えるモリはこれからどうするかについて考えを巡らしていた。
 その基準となるものは一つ。どうすれば面白くなるか、である。

 実を云えば、彼の目的である魔法使いたちの生態調査はすでに達成しているのである。勉強も各専門分野を最先端までとはいかないが広く程々には勉強終えている訳で。魔法技術という未知の技術も持ちかえることが出来るだろうという、何気に凄いことを成し遂げようとしていたのだ。
 森恪の世界ではこのように、時々ではあるが未知の世界から発見される技術群が彼の世界の科学の成長を促してきた。そのたびに当たり前であるが技術革新、ブレイクスルーが起こるのだ。それは学生には悲報であっても、その世界全体には有益であったに違いない。いうなれば、森の世界の技術は各人類のハイブリット種なのである。
 なら早く元の世界に持ち帰れよ、という声が聞こえてきそうではあるがここで体感100年過ごしたとしても元の世界ではたかが数十秒程である。あっても変わらない時間でこんな面白い世界を一世代分経験できるのだ。これを森が逃すはずもなかった。

 文字通りRPG気分でモリはこの世界、それも何故か地球とよばれる世界があるような面白い魔法世界を楽しんでいたのである。
 遊び気分だからこそ純粋に『面白さ』を追究できるのだ。


 考え込んだまましばらく顔をあげないモリを見て何を思ったのか、ユーノが心配そうな顔でモリに尋ねてくる。

「その……どれくらいかかるんでしょうか? 救援がくるまで」

「そうだなぁ、詳しくは分からないが一、二週間といったところだろう」

「二週間かぁ」

 オコジョはその案外人間にも分かりやすい、難しい顔で唸っていた。
 ポンッ、と音がしたと思うとそれはビアンテが手を叩いた音だった。何かを思い出したような顔だ。

「そう言えば、この子たちはどうしましょう? アースラが来るのもしばらくかかりそうですし」
 
 と指指す先には宙に浮いた少女+一匹の使い魔の姿があった。その目を閉じた姿はまるで眠っているかのようで、少しの不快な表情も見えない。
 
「これって、何か眠るような魔法とか?」

 モリがビアンテに問うと、彼女はその通りだと頷いた。

「はい、結構効果の高い魔法を使いましたから後数時間は起きないと思います」

「ホント見るとまだ子供なんだよなぁ……」

「あのぉ……この子をどうする予定なんですか?」

 なのはが遠慮気味ににモリに声をかける。聡い小学生はこの場の最終決定権がこの適当な男にあることを感じ取っていたようだ。
 またもうーんと少し考えるモリであったが、

「尋問……をして目的とかを聞きだしたりとか。その後はアースラが来るまで監禁して置く、とかかな?」

「尋問……ですか?」

 なのはの顔は少し青ざめている。

「ああ、そんなに怖がらなくてもいいよ。君たちは例外中の例外だけど本当は管理外世界の住人に魔法を見せたりしてはいけないんだ。魔法を教えるなんて、もっての他なんだからね」

 と、縮こまっているオコジョの方をみてモリは、まるで大人のように注意する。九年という時間は見た目は変わらなくても、モリの精神を成長させたのだろうか?

「しかし、まぁ、後はホテルに帰ってからでも考えよう。彼女たちの仲間が取り戻しに来たとしてもビアンテ君がいるなら大丈夫だろうしね」

「もし……よかったら」

「ん?」

「……名前を聞いておいてくれませんか?」

「名前?」

 何か決意を含んだなのはの目を見て、モリはこれは面白いことになりそうだと内心ほくそ笑んだ。

「分かったよ。簡単に教えてくれるかどうかは分からないけど、聞ければ教えてあげる」

「――はいっ!」









 なのはの母である桃子にとりあえず今回の事件の事を伝えることを提案したキムラは、渋るモリを引っ張って結局彼女の家族に説明することを約束させた。かといって、今からなのはの家族が直ぐにみんな集まれる訳ではない。
 モリはなのはの事で話し合いたいことがある、と桃子にとりあえず伝えて、彼女に聞いた街のホテルへと向かった。今日の夜、再び伺いますと見るからに怪しい外国人が自分の愛娘の事について話があるといって、彼女の心内はいかばかりだっただろうか。

 ひきつる顔の彼女から聞いたホテルへと向かった三人は無事、チェックインを終えて部屋へと向かう、眠ったままのと少女と使い魔を上に引き連れながら。

 モリが扉を開けた、その中には優雅にテーブルで紅茶を嗜む女性が一人。

「あら。遅かったじゃない、神さま?」

 圧倒的存在感で、誰もいないはずの部屋にいたのは紫色の仰々しい服に包まれた大魔導師、プレシア・テスタロッサであった。





 






 



[22829] 第十一話 取引 part2
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/05/26 15:41

「あら。遅かったじゃない、神さま?」

 モリが扉を開けて聞こえてきたその言葉に、真っ先に反応したのはビアンテであった。素早くバリアジャケットを身にまとった彼女はそのままの勢いで周りに結界をも張る。そしてデバイスを見慣れぬ侵入者に向けて、臨戦態勢に入るのだった。

「ふふ、さすがね、ビアンテ・ロゼ」

「室長……下がっておいてください」

 モリの前に、庇うようにビアンテはい出て紫色の女性と向かい合う。
 キムラは事態の緊迫した様相に感づいたようで、やっと今頃になってデバイスを慌てて構える。モリは目の前に起こった突然の出来事に目をパチクリさせていた。

「……プレシア・テスタロッサ! 何故、あなたがここにいるのですか!?」

 目線は椅子に座るプレシアから離さずに、ビアンテはここに居る理由を彼女に問う。その声色からは、いつもの冷静なビアンテには似合わない焦りが滲み出ていた。
 モリは紫の魔導師らしき女性が部屋の中に居た事よりも、ビアンテのその過剰に思える反応が気にかかった。開けた部屋に居たからといって、彼女が限りなく怪しい存在であることは確かだがいきなり杖を構えるほどではない。ここは戦場じゃないのだから。

「何よ、私がモリ中将に会いに来ちゃだめだというの? 嫉妬深い女性は嫌われるわよ」

「モリ……中将?」

 プレシアの放った言葉に引っかかりを覚えたのか、ビアンテは同じ言葉を繰り返す。

「ええ。民間人の私が管理局高官の彼に会っちゃいけないという法は無かったと思うのだけれど。ああ、お先にお邪魔してて驚かせたことは謝るわ」

 と、殺気立つビアンテの威風に全くビクともせず、プレシアは悠々と話を交わす。その飄々とした空気は、泣きわめく赤子を宥めるかのような一種の余裕を感じさせた。この場合の赤子とは、勿論ビアンテのことだ。
 その言葉を聞いて交戦の気が向こうにないことに気がついたのか、ビアンテのデバイスがゆっくりと下がっていく。まだその睨めつけるような厳しい視線はそのままだが、ここで砲撃し合うような最悪の事態は避けられそうであった。

「あー、入っていいかな」

 能天気なモリの声が場違いに響いた。




 ギスギスした空気の中、入ってきたモリ御一行は荷物(まだ眠ったままの少女と使い魔)をベットなどに置いた後、部屋にいた女性と話し合うこととなった。ビアンテとプレシアという女性の会話から察するに、彼女がモリに何らかの用事があることは自ずと察せられたからだ。
 モリの正面には紫の、それもゴテゴテとしたいかにも私は魔法使いです、と自己主張している服を着たプレシア・テスタロッサが座っていた。モリの後ろには、まだ険しい顔のままのビアンテが勧められた椅子も固辞してつっ立っている。キムラは横のソファに座って事の推移を見守っていた。

「で、プレシア・テスタロッサ……、さんでよかったかな? 何もこんなビックリを仕掛けずとも普通に来てくれれば用事ぐらい聞いたのに」

「ごめんなさい、驚かせてしまったのなら謝るわ」

 と言いつつも彼女の目はモリの方では無く、その後ろのビアンテの方をみているようであった。
 モリは突然の闖入者の名前を確認するとともに、その名前に聞き覚えがあることに気付いたのだった。

「プレシア・テスタロッサ、何処かで聞いたような…… ビアンテ君、知ってる? 何処かで会ったかな」

 自分の記憶に自信のないモリはビアンテに声をかけた。仕事から殆どプライベートまでモリが知っていることは大体ビアンテも知っているからだ。秘書をしているのだからモリ自身さえ知らないことすら知っているかもしれない。
 加えてモリは先のビアンテの行動にも違和感を感じていた。すぐさま結界を張ったりと迅速な戦闘準備はさすがであったが、その後の激しい情動は彼女にはふさわしくないように思えたのだ。

 声を掛けられたビアンテは、何かを言おうとして躊躇った後、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。

「……彼女は優秀な魔導師です。ミッドの開発局に勤めていたようですが数十年前事故を起こして左遷されたと聞いています」

「あら、お褒めの言葉を頂き光栄ね」

 妖艶に微笑むプレシアは気分が良くみえて、嬉しそうによく笑う。それを確認したビアンテは気が抜けた顔を晒したのだった。

「で? その優秀な魔導師さんがこの辺境世界で、しかも態々先回りまでしてこの俺に用事って一体なんなんだ?」

 頭上でやり取りされる無言の会話を理解できないのに苛立ち、モリは少し語気を荒げて目の前のプレシアに問う。
 彼女は先の頬の緩んだ顔を引き締めて、モリの目を真っすぐに見詰めながらこう言った。

「モリ中将……、取引しません?」





「取引……?」

「ええ、そう取引。双方に利益のある、ね」

 利益の所を強調してプレシアはその内容を語ろうとした。
 しかし、いざ言おうと口を開いた彼女をモリは右手を前に出して止めさせる。

「ちょっと待ってくれ。その取引とやらは今すぐ必要なことなのか? あんたがこんな辺境で何やろうが俺にはどうでもいいんだが、ちょっとばかしこっちには早急に片づけないといけない問題があってだな。後回しに出来るならしたいんだが」

「そんな所に何故あなた達が……なんてことを聞いても無駄ね。」

 ほほ笑むプレシア。ああ、とモリは間髪いれずに頷いた。

「後回しにはしてほしくないし、あなた達の今関わっている件にも関係のあることよ」

「……分かった。で、その内容は?」

「ええ、あなたのチカラが借りたいの。具体的には世界を破壊出来るほどのビーム。……私はアルハザードに行きたいのよ」

「……っ!」
「なぁ!?」
「――ふーん」

 彼女の突然の告白に三人は三種三様の反応を示した。ビアンテはその内容に驚いたというよりもその事実をここで、この時点で口に出したことに対しての驚きだった。対してキムラはその内容、アルハザードという言葉にである。
 モリは驚くというよりも面白そうだと口角をつり上げて、楽しそうにいい顔をしていた。
 モリもかの異世界アルハザードのことは聞いてもいたし文献でも知っていた。無論、それが空想上の国であることと一般常識上されていることについてもだ。

「おもしろそうな話だな……もう少し詳しく聞かせてくれないか」

 そして魔女と神との取引が始まったのだった。









「……つまり、なんだ。自分のビームが必要だってことか」

「ええ。星……いえ、世界ごと消滅させるだけのエネルギーがある貴方のビームはエネルギー源として最適なのよ。それもある程度の指向性をもった莫大なエネルギー、それも人為的に操作できるとなれば完璧だわ」

 プレシアが語る計画の内容は常人には理解しがたい物であった。
 計画のその方法そのものは簡単だ。プレシアはアルハザードに行くには様々な研究を通して、現存の方法ではどうしようも出来ないという結論に至った。当たり前だ、行き先は伝説とされている国であり、もしあったとしても次元の彼方にあるはずの所である。
 
 ならばどうするか? ならば現存の技術に頼らならければいいじゃないか。

 という結論に達するのも想像に難くない。行き着く先がロストロギアになるのは必然であった。
 そんなことを考えていた頃である。テレビでモリが世界を騒がせている様が映ったのは。

 隠遁同然の研究生活を送っていたプレシアにもその噂が届くほどなのだからその騒ぎの程は想像がつかないほどの大きさだったのだろう。そして見たのだ、神がビームを放ち、星を、世界を消滅させる様を。
 そこからは明確な目標が決まったということもあって彼女は大分無理をしてまでも研究を続けた。
 彼女の専門はエネルギーやエンジン工学である。それが活かされ、奇妙な友人の手伝いもあってか完成したのはエネルギー変換効率99%を超える化け物であった。

 そして、それが完成したからといって彼女の歩みは止まる事は無い。考えるべきことはまだたくさんあるのだ。

 エネルギーの逃げ先をどうするか? 例え1%を切ってたとしても分母の数がケタ違いなだけに熱として放出されれば大変な事となる。
 その方向性は? ただ滅茶苦茶な方向にエネルギーを放ったとしても、それはただの暴走した力であって周りに破壊をまき散らすだけだ。正確な方向を算出し、導かなければならない。
 その収束方法は? 次元の壁を突き破り道を開くにはただエネルギーを放出するだけでなくある程度収束させなければならない。その方法は?

 その一つ一つを持ち前の頭脳と、ひたむきな努力でなんとか解決していった彼女は最後の問題も突き崩したのだ。

 その方法とは祈祷型の次元干渉型エネルギー結晶体であるジュエルシードを使う方法だ。
 それ単体はただのエネルギーの塊に過ぎない。このロストロギアが特別なのはこれが『願いが叶う』宝石として有名な事からも分かるように、『祈祷』によってエネルギーを『方向付ける』ことが出来るからだ。これを単体、いや複数個使ったとしても問題は残る。その方向の操縦が非常にシビアであることだ。
 複数であればその個々のジュエルシードの方向をいちいち制御するという無理が生じるし、下手すれば願いを曲解されてしまうかもしれない……、しかし1個だとエネルギーが純粋に足りない。この二律背反を解決したのがモリの膨大なエネルギーだったのだ。

 モリの文字通り天文学的なエネルギーを、ロストロギアであるジュエルシードで制御する……この青写真を描いた時、問題となるのはモリたちにどうやって協力してもらうかだった。
 なんせ相手はあの悪名高き『管理局の最終兵器』である。何を要求されるか分かったもんじゃない。

 だからと厄介なのは後回しにしてまずはジュエルシードを……といったところほいほいモリたちがやってきたのである。

 彼女が神様に感謝するも仕方がないタイミングであった。




「なるほど……大体の事情は把握しました」

 モリとともに彼女の話を神妙に目をつぶって聞いていたビアンテが、目を開けながらプレシアの方に語りかける。その声には先ほどとは打って変わってどこか優しさを、そして哀しさをも感じる声であった。

「というと彼女らは……」

 ビアンテは顎でベットの方を指す。

「あなたの命令でジュエルシードを回収していたということですか」

「ええ。あなた達に危害を加えそうになったことは本当に謝るわ。出来そうもないと思うけど」

「分かりました…… 室長、あとはあなたに任せます」

 そういってビアンテは意気消沈した様子で席を立ち、部屋から出ていく。
 モリにはその理由が分からず、不思議に思うもすぐに忘却の彼方にそれは追いやられてしまう。目の前には処理すべきことが山積していたからだ。

「俺も大まかなところは分かった。俺がどう必要とされているかとかはな。
 ここからは交渉なんだがそれに協力することで自分はどんな利益を得るんだ?」

 ここからは対価の交渉、これに関してモリは口とは裏腹に本気では無かった。
 何故なら、すでに心の中ではこの事に協力するという結論は決まっていたからだ。理由はただ面白そうだからである。

「そうね、私が旅立ったあとの財産なんかは全部あげてもいいけど?」

 と、プレシアがモリの顔を窺うも前向きな反応は引き出せなかった。
 当たり前だ、彼にとってこんな世界での資産など価値があってないようなものなのだから。例えるなら人生ゲーム用の紙幣ぐらいといえばその低さが分かろうか。

「そうね……ならあれもつけてもいいわよ」

 と彼女が指す先にはベットの上ですやすやと眠る金髪の少女の姿があった。

「あれって、あれは娘さんじゃないのかい?」

「あんなのをアリシアと一緒にしないで!」

 それまでの彼女の温和な声とは一変したどなり声に、横でうつらうつらしていたキムラが飛び上がる。
 モリはただその急に変じた彼女の様子を観察するように眺めていた。

「……あらごめんなさい。とりあえず、娘なんかじゃないわ」

「……分かった。それで? あれをつけるっていうのは?」

「そのままの意味よ。あれはそう、生きた人形。私のいうことは何でも言うことを聞くわ。ついてこられても面倒だし、あなたに従うように言っておいてあげましょうか?」

 と提案するプレシアは母の顔からは遠い、邪悪な笑みを浮かべている。
 それを見たキムラは顔に冷や汗を浮かべ震えていた。彼女の笑みは何もかもを犠牲にしてでも目的を完遂しようとする者の目……常人のように自分の身を案じることさえ捨てた狂人の目であった。キムラはその狂気にあてられたのかもしれない。

「あれを後で何に使ってもいいわよ。一生あなたの奴隷にしてもいいし……あれは顔だけはいいから、そういうの男は好きなんじゃないの?」

 人の人生を切り売りするような発言に、モリはある疑問を感じた。
 娘でもない、彼女を支配するプレシアと金髪の少女との関係は一体何なのだろうか、と。

「あなたは彼女の何なのですか……っ!?」

 同様の疑問をもったのであろうキムラが、義憤に駆られたのか大きな声で彼女を問いただした。ただしモリは義憤なぞ、スズメの涙ほども感じていなかったのだが。疑問に思ったのは純粋な好奇心からである。

「私とあれの関係……そうね、強いて言うなら所有者と所有物の関係ね」

 ニヤニヤとした下卑びた笑いを保ったまま彼女はそこに何も疑問を持っていない、そんな自然な態度でそう答えたのだった。
 絶句するキムラをおいて、キムラはプレシアに尋ねた。

「となるとあれはプレシアさんが作った?」

「ええ。あれはクローンよ」

 それを聞いたモリは嬉しそうに頬を緩める。

 
 ――これはもっと面白いことになってきたぞ、と。
 
 
 そして畳書けるように質問を重ねる。

「となるとそういった技術も?」

「勿論、あなたが望めばプラントも培養所も、資料も用意はあるわ。いえ、そうね。態々そんなややこしいことしなくても貴方が私の資産を受け継ぐのだから全部あなたのものよ!」

 勝機が見えたプレシアはセールストークを加速させる。
 
 すべてを聞き終えたモリは手を出して、

「分かった。協力させてくれ。俺にできることならすべてさせてもらおう」

 と、プレシアと堅く握手するのだった。
  
 ここに神と魔女の契約は成ったのである。



「あ、そうだ」

 何か思い出したか、モリが声を上げる。

「あれの名前は?」

 モリの指し示した先には、寝返りをうつ金色の少女が幸せそうに、あどけない寝顔を浮かべていた。自分の所有権がたった今、他人に渡ったことなぞ知らずに。

「……フェイトよ」

「そうか、フェイトか。……うん、不運な宿命、とは意味深じゃないか」


 その後、細々とした話し合いが二人の間であったあと、キムラは外のビアンテを呼ぶように言われ部屋から退出したのだった。
 その間にどんな契約が二人の間で交わされたのか、それはキムラともどもビアンテにも分からない。

 内容は二人だけが知っている。










<作者コメ>
 ちなみにプレシアさんが一つしかジュエルシードを必要としていないのに、フェイトさんが態々他のジュエルシードも探していたのはプレシアさんがジュエルシードを確保することだけしか伝えてなかったからです。彼女はジュエルシードを集めれば集めるほどプレシアが喜ぶと思っていたのですね。また、モリのまさかの出現にプレシアさんが混乱していたことも原因の一つです。







 





[22829] 第十二話 最後
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/05/26 15:40
「ほー、外から見た通りの大きさだなぁ。こんなに広ければ掃除が大変だろう」

「それ用のガジェットを作ってあるから大丈夫よ」

「ガジェット……ああ、魔法で動くロボットか。あれも大概不思議だけど……、そうだなぁ今度はそういう方面にも手を出してみるのもいいかもしれないな」

 モリとプレシアは他の二人を置いたまま、何故か眠ったままのフェイトとともに時の庭園に転移したのだった。あの話し合いの後、プレシアが善は急げとばかりにそのまま彼女の本拠地である時の庭園にモリを招待すると言いだしたからである。
 
 キムラは密室の中で魔女と神が何を話したか聞き出そうとしたのだが、モリにはぐらかされその試みは失敗に終わっていた。いつもならモリの事となると何かと首を突っ込みたがるビアンテだが、今回は借りてきた猫のように大人しくしょげかえっている様子であった。
 モリは彼女のいつもと違うその落ち込み様に当然気付いていたのだが特にアクションを起こすことはなかった。彼が落ち込んだ女性にどんな声をかけるべきなのか分からなかった、ということもあるが何より目の前のイベントに心を奪われていたからだ。
 
 そして今、モリとプレシアは地中海の神殿を思わせるような白い廊下を靴の音を響かせながら連れだって歩いている。眠ったままのフェイトは相も変わらず気持ちよさそうな笑みを浮かべてプレシアの少し後方を浮遊しているのだった。

「しかし、広い……これも俺のものになるんだろう?」

「ええ。資産全部、という条件だったでしょ?」

 暗い笑みを浮かべながら上機嫌そうな声色で返事を返すプレシアは、その方向性がどうであれ確かに未来に向かって一歩ずつ歩を進めているのである。であるから人の機微に疎いモリにさえ嬉しそうな声とそれは聞こえるのだ。
 あー、と少し困ったような声をモリは上げる。

「そう言えば、これを動かすマニュアルみたいなもんとかないと困るなぁ」

「それなら大丈夫よ。これが大体の事は把握しているはずだから」

「お、気がきくね」

 とプレシアが指さす先には勿論フェイトの姿がある。それを見るモリは新しく入ったオモチャに期待胸を躍らせる、子供の様な笑顔を浮かべていた。
 ふと、十字路に差し掛かったプレシアの歩みが止まる。三人の前には重役の部屋にあるような重厚な造りの扉が見えた。

「ここに転移用の機器は揃えてあるわ」

「なるほど。で、早速しようってか?」

「……そうしたいのは山々だけど貴方も色々と聞きたい事もあるでしょう? 私の資産を受け継ぐのだからそれ相応の手続きもしないといけないわよ」

「確かにその通りだ。そうだなぁ、書類の類はビアンテ君に任せてあるからその件は後に廻すとして…… クローンの施設を見てみたいかな」

「適当ねぇ。まあいいわ、こっちよ」

 目の前の扉を左側に見ながら、三人は十字を右に曲がった。歩いて行くうちに所どころに赤黒い染みの様な汚れが見え始める。それをモリは興味深げにいちいち止まっては、へー、やら、ほー、やら感嘆の声を漏らしていた。
 その様子をプレシアは横目でチラリと見つつ、ある扉の前で止まる。その無機質な白い扉には名札も、ナンバープレートすらかけられていなかった。これまでの道筋を辿ってきた者なら、その不自然なほどに白い扉に恐怖やらを覚えるのが必然であるのだが、モリはさすがと言うべきかこれっぽっちも恐怖を抱くこともなくどちらかと言うとその扉の先を想像してワクワクと心ときめかせる始末である。
 モリはその扉を指して言う。

「ここが?」

 プレシアは頷いて少し困ったように手を宙に迷わした後、扉を開けた。
 
 モリは躊躇も無く研究室に入っていくと、その薄暗い部屋を見回わした。

 部屋は照明に当たる物がパソコンらしき機械の光しかなく、そのモスグリーンの薄い光は所々床から伸びたガラス管を幻想的に照らしている。ガラス管、といってもその太さは大人が両手で抱えても一周しきれないほどで、水族館によくある展示用の水槽を思わせる。水槽は広めの部屋の中に規則的に並んでいて、全部で軽く二十は超える数がモリからは確認出来た。
 水槽には電線ともパイプとも言えない様々な色のコード類が接続されていて、全てのコードは中央奥の、大きなディスプレイを持ったコンピューターに繋がっているようだった。ディスプレイには何かを示す輝点が時折思い出したかのように示されている。
 モリは一歩一歩、確かめるようにその薄暗い部屋に入っていく。
 
 コード類がまとめられた凹凸を足の裏で感じながら、モリは最も近くの水槽に何か見入られたかのようにフラフラと引き寄せられていった。
 
 
 ――綺麗だ。
 
 モリは薄緑色に光る水槽を間近で見て、心の底からそう思った。
 
 水槽の中には最も完成された、人の形をした物が浮かんでる。その姿は先の黒い魔法使い、プレシアが言うにはフェイトという子供をそのままコピーしたようではある。緑金色に輝くしなやかな、触ってみたくなる絹に似たその髪は下からの流れに沿って水槽の中でゆらゆらと流れている。体育座りのごとく両手で膝を抱えながら宙を漂う人形に、モリは確かに見とれていたのだった。
 目線を水槽から外さないモリを、眉間にしわを寄せた険しい顔で眺めていたプレシアは重い口を心底嫌そうに歪めながら開いた。

「……ここがプラントよ。随分、気に入ったようね」

 少し刺のあるその言いようにもモリは気を払わず、その顔は依然として薄明かりの中に浮かぶ人形を凝視しているのだ。
 そしてそれがさらにプレシアをイラつかせる。

「で、どうなの? 何か質問は?」

 モリは名残惜しそうに水槽の方を横目で眺めながら、プレシアの方を振り返った。

「……ここの書類とか、レポートとかは? 纏めておいてある場所とかあるのか? それと軽くここの設備を紹介してくれると嬉しい」

「ええ、勿論」

 と軽く頷いて、プレシアは暗い研究室を確かな足つきで進む。その後ろをモリはついて行った。
 プレシアはモリの見ていた水槽の前で足を止める。暗い研究室の中、近くの機器の光で照らされたプレシアの顔はモリにも分かるほど嫌悪感にあふれていた。
 そして、それはこの水槽に向かっているようだった。

「……これは培養用の調整器。成長途中で止まる個体も多いのだけれどこれは最終調整用。どうしても発生が最後辺りで急に止まるのが多いのよ、面倒な事にね。ま、それについては書類の方に詳しく載ってると思うわ」

「というとこれは最後の段階のクローンで、もう出せば喋ったり歩きだしたりするってことか?」

「いいえ、そんな簡単な話では無いわ。不思議な事に体も脳も、ハードはすべてデータ上完璧なのに目を覚まさないのが殆ど。そうねぇ、ざっと確立で高くても0.1パーセントぐらいね、この状態で動くのは」

「思ったより低いんだなぁ」

 モリは水槽で漂うそれを見ながら呟いた。
 そして思い出すのはこの地球に来る原因となった往来の友人――Dr.スカリエッティとの他愛もない会話の一片だった。彼も生命の神秘に惹かれた探究者の一人なのだ。プレシアも目的は違えど、辿った過程は同じである。
 
 だから行き着く壁も同じなのだ。

「……何か勘違いしてない? ここで目を覚ますのは予期せぬ不良品よ」

 その言葉に首を傾げるモリ。

「私の目的はアリシアを蘇らせること。記憶を転写する仕上げをすればここまで来た個体は大概が動き出すわよ。……それはアリシアとは似ても似つかない失敗作だったのだけど」

「ちょっと待ってくれ! ていうと記憶を写す前に勝手に動き出す個体がいるってことか!?」

「ええ、それも0.1パーセントという結構な高確率でね。そしてその例外と、それ以外の個体の違いが全くないって言うんだからまいっちゃうわよね」

 そう言いながら口を歪めるプレシアにその一瞬だけ、目に燃え上がる何かをモリは認めた。生命の神秘はその研究を方法としか見ていない彼女にさえ何か感じさせるものがあるようであった。
 そしてそういった好奇心はモリも多分に感じるものだった。モリも一応は研究者の一人なのだ。
 
 その後、プレシアに連れられて研究の話を聞くにつれてモリは自分自身のテンションが上がっていくの感じた。彼女の話は実験の失敗談にまでおよび、それを話すプレシアもその一時だけは楽しそうにモリは見えた。
 何の不思議も無い。彼女もこの研究の成果を誰かに聞いてほしかったのだ。誰に知られるでもなく闇に消えていくのを惜しんだのだ。










「少し待っててくれる?」

 とプレシアがモリに一言残して、扉を閉めたのはこの大きな時の庭園を軽く案内し終えたすぐの事だった。
 モリはプレシアが自分に残す諸々の事の説明を適当に、そこまではいかずとも熱心にしないだろうと思っていた。何故なら彼女自身はこれからこの世界を脱して他の世界へと単身飛び込もうというのだから、捨てる世界の事などどうでもいいに違いない。ここで何かを残したとしても次の一瞬にそれは自分と無関係になってしまうのだから。
 しかし、彼女はモリの推測を裏切って熱心に資産の事やら庭園の運用方法などを教えてくれるのだった。少なくともモリにはそう見えたのだ。

 時間にして一日かからないほどであったが、モリは庭園について大体のところを掴むことが出来た。それもプレシアの要点を得た説明のおかげであった。
 だからプレシアに、説明が終わり次第エネルギーを供給して貰いたいとの話が出た時には快く了承したのだった。元々、モリも手を抜く気持ちは無かったのだが今やそんな事は脳裏に浮かぶ事も無い。

 モリは最初に通りかかった十字路の壁に軽く背もたれながら、プレシアが消えていった扉の方を見やる。その扉の奥からは最終調整だろうか、何か機械の動くような腹の底に響く重低音が聞こえてくる。その音に耳を傾けながらモリは暇を持て余して久しぶりに教授のAIとの回線を開けた。


「教授ぅー、聞こえてます?」

『ああ、久しぶりだね。元気にしてる? 体感時間でかれこれ五年単位でお呼びがかからなかったけど』

「すねないでくださいよ、AIなんだから。それよりの教授、こっちの技術は魔法だけでなく色々な面白い技術がたくさんありそうで。さっきもクローンやら何やらワクワクする話を聞けました」

『へぇ、そりゃすごい。そんなに凄い技術があるならなおさらスポイルさせちゃだめだね』

「そうっすねー。どうも魔法、なんてもんが存在する割には科学も発展してるというか……いわゆる魔法科学ってやつですか? それっぽいのが多い気がしますね」

『魔法剣士みたいな感じかな』

「……それは少し違うと思いますが。科学に際限はありませんからどっちも中途半端、なんてRPGにありきたりな欠点もあり得ませんしね」

『しかし……確かに体制の全く違う魔法という枝木を、今の技術に直接継ぎ足すというのも難しいかもしれないからね。すでに実った果実があるのなら、それを収穫するのも悪くない』

「ふふふ、自分が魔法についての第一人者になるとは……塞翁が馬ですねぇ。いやぁ、楽しいなぁ!」

 モリが顔を綻ばせていると突然、扉が開く。中から出てきたのはプレシアといつの間にか起きたフェイトであった。
 フェイトはそばのプレシアに寄り添うように立っている。心なしかプレシアの後ろに隠れている風に見えるのは彼女がモリを怖がっているからだろうか。よく見るフェイトの顔は少し強張っている。
 
「あれ、もうそれ起きたんですか?」

 プレシアに声をかけると、プレシアは頷いた。

「あなた転移魔法なんて使えないんでしょ? 帰る時にはこの子を使えばいいわ」

「なるほど、これはうっかりしてました」

 モリは帰る時の事など考えもしていないのであった。プレシアが帰る算段の心配をする、という事態に違和感を抱かずモリは能天気にラッキーと思うだけでであった。
 プレシアに押されてフェイトが前に出る。その横を、小さい人形には目もくれずモリはさっさと通り過ぎ部屋に入りながらプレシアに機嫌良さげに声をかけた。

「あっ」

「さっさと済ませましょう、プレシアさん。わー、すげぇなぁ、これのどこにビームを撃てばいいんで?」

 プレシアが扉を閉めると、部屋の中には二人のみである。
 部屋は大きく、小さな体育館程はあるようだった。天井は高く十メートルほどありそうである。中央にステージの様な空間があり、縦横五メートルほどのそのステージには魔方陣がびっしりと書かれていた。その中央には先ほどみた研究室にあったのと似た水槽がポツリとおいてある。
 
「あれが、アリシアちゃん?」

「ええ、そうよ。ああ、なんて愛しいアリシア……後もうちょっとで会えるわぁ」

 恍惚とした顔を隠そうとしないプレシアを一瞥したモリは、興味深げな様子で周りを見回す。
 周りには先ほどから響く重低音の正体であろう、大きな機械が唸っていた。鈍く銀色に輝くその機械は黄色のコードやらがそこかしこに這っているのを確認できる。それは上から見ればCの形をしているだろう、ステージを囲むように配置されていた。また何か魔法的な物だろうがその機械から魔方陣が、宙へと伸びてステージ中央で収束している。空中に浮かぶそれはガラスに浮かんだ透かし絵を見ているようで、結果ステージは魔方陣、機械ですっかり囲まれていた。
 時々、思い出したかのように震える機械は部屋全体を揺らしている。

 プレシアは機械に近づき、コンソールを叩いて何か数値を入力している。その間、モリは手の中の赤く光るジュエルシードを名残おしそうに眺めているのだった。
 
 しばらくして必要な数値を入れ終わったのか、モリの方を振り返りジュエルシードを受け取る。

「ここに溢れださないような太さのビームをお願い」

 プレシアが指さしたのは先のコンソールの横にあるラッパ状の突起であった。ラッパの中に打ち込むようにビームを放てばいいらしい。
 
 軽やかな足取りで中央のステージ水槽まで駆け上がると、彼女は中央の台座にジュエルシードを恭しく設置した。魔方陣の中央にはプレシアと水槽に入ったアリシア、そして台座のジュエルシードが見える。
 プレシアが右手を上げる。それは事前に打ち合わせておいた準備完了の合図であった。後はビームを打ち込むのみだ。

 
 モリは右手の手首を左手で掴み、ラッパの前に固定する。
 
 
 
 音が消えた部屋の中でふと、モリがラッパから視線を外さないまま口を開いた。

「特に深い意味は無いんですが、なんとなく気になったもんで」

「……何?」

 この最後に何なのかと、プレシアは若干苛立った声を上げる。

「今までの人生は楽しかったのかなーと」

 
 きょとんとプレシアは目を白黒させた。
 そして少し自嘲気味に笑った後、彼女は答えた。

「――ええ、まぁ、そう悪くないものだった、わ」

 その言葉を聞いたモリは、勢いよくラッパ口にビームを放ったのだった。





 
 プレシアがジュエルシードごと消えたのを確認したモリは扉を開けて外に出た。
 外にはフェイトが体育座りをして座り込んでいた。顔は俯いていてモリの方からは確認できない。寝ているのか、それとも塞ぎこんでいるのか……まぁプレシアが消えた事はショックなんだろうなぁとモリはなんとなく考えていた。

 モリの足音に気がついたフェイトは顔を勢いよく上げた。モリはその顔が悲しみに染まっておらず、なんだか恥ずかしいような微妙な表情を浮かべているのに違和感を覚える。

「あー、えーと、フェイトちゃん?」

 名前を呼ばれたフェイトは少し体を震わせたようだったが、相変わらずこちらの顔を恥ずかしそうに見ている。
 その様子はくーんと鳴く、捨て犬を思わせた。

「とりあえず海鳴に転移させてくれないかな?」

「うん、分かったよ。……お父さん」

「――は?」










<作者コメ>
 作者はプレシア善玉説を押します。 



[22829] 第十三話 確執
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/06/07 01:33
「うん、分かったよ。……お父さん」

「――は?」

 モリの思考が一時停止する。
 コンセントの抜けたロボットのごとくピタリと動きを止めたモリを見てフェイトは首をちょこんと少し傾げた。
 
「ちょ、ちょっと待て……今、お父さん、って単語が聞こえたんだが……」

「え? うん、お父さん、だよね?」

 と少し顔を赤らめ、もじもじしながらチラリチラリと横目で確認するフェイトは成人男性の比護欲を、それは良くかき立てる殺人的な可愛さだった。しかし人であるか疑わしい、いや確実にこの世界の”人間”とは精神構造が違うモリにとっては目の前の可愛い人形よりもそれにお父さんと呼ばれた事の方がはるかに重要であった。
 左手で頭を抑えながら、なおも言い募ろうとするフェイトをモリは右手で制す。

「……えー。その情報は一体誰から?」

「? お母さんからだよ?」

 その言葉を聞いて、モリの脳裏に浮かぶのはプレシアの表面的な態度。どう考えてもあれは嫌ってるんじゃなかったのか? そうなら何故こんなめんどくさそうな事をこの人形に吹き込んだのか? モリには分からなかった。
 人の機微に疎い、というよりモリには人の心を読み取ろうという気持ちすらなかった。それは必要ない事だからだ。

「……とりあえず帰ろうか、海鳴に」

「――うんっ!」
 
 問題を後回しに、つまりはこの面倒な現実から逃避をはかるモリ。
 弾けるような笑みを浮かべるフェイトとは対象的に、モリは乾いた笑いをあげるのみであった。










「で、それはどういう事なんですか?」

 ここは海鳴のある喫茶店、翠屋。奥の厨房から高町桃子、高町なのは、キムラ・クニオが見守る一つのテーブルは誰がどう見ても修羅場であった。


 ビアンテの向かい合う席にはモリが頭を掻きながら居心地悪そうに座っている。そしてその隣にはビアンテから隠れるようにモリの袖を掴むフェイトの姿があった。さすがに空中戦でいきなりなすすべもなく落された彼女からしてみれば、ビアンテと初見友好的になれと言う方が無理だ。
 ビアンテは無事にモリが帰ってきた事に喜んだのもつかの間、すぐさまその後ろでちょこまか動く物体を見つけて体を硬直させたのだった。
 しかも、その可愛い小動物がモリを『お父さん』と呼ぶのだから。

 
 そうした経緯でこの状態に至る。


「いやぁ、どういう事、と言われましても……」

 とモリは唸って見せるがビアンテからの冷たい視線の温度は上がらない。

「とりあえずプレシア・テスタロッサは次元の海に消えていった、ということでいいんですね」

「ああ、ジュエルシードと共に消えたのを確認したよ」

 プレシアの名前が出るにフェイトの方がピクッと震える。
 モリはプレシアがジュエルシードと共に消えた事や時の庭園など資産を受け継ぐなどの、契約内容は割合公表したのだがその目的までは最後まで口を割らなかった。モリは消えていったプレシアに一定の敬意を持っていたし、彼女の研究を独り占めしたいがための方便であった。
 そこまではいい。ジュエルシードを勝手に取引したなど危ないすれすれの部分はあるが、まぁ、ギリギリ許容範囲ではある。これで敵性勢力のフェイトを無効化できたと考えれば納得もできる。

 が、ビアンテが気にするのはそこでは無いだろう。勿論、お父さん、の部分である。

「モリさんにそんな趣味があったなんて知りませんでした……」

「ち、違う! それは誤解だ!」

 呼び名が最初に会った頃のものに戻ったりと、彼女との心理的距離が離れていくのをライブで感じるモリであったが、さすがに変態と思われるのは嫌であった。
 モリのあわてふためく様子を遠くから見守る三人の目にはもうそれは浮気がばれた亭主、といった風にしか映らない。

「これはプレシアから――」

 ――所有権を譲ってもらっただけなんだ、と続けようと口を開いたモリであったが寸前の所で声に出すのを踏みとどまった。
 
 こういった所謂”人”を人と思わない発言をすればどう思われるか? それがモリに分からない訳では無かったからだ。普段、彼がそういう事に気を払わないのはその相手の価値がモリにとって著しく低いからである。
 
 普通の人が思う、”善い”こととして他人を尊重することが”善い”とされている。それはどんな文明でも、人のそれであるかぎり普遍なものだろう。それは何故か? それが道徳として普通だからか? では道徳は何故そういう風に決められているのだろうか? 
 道徳の様な、そんな曖昧な基準などによって決められているでは無い。
 
 自己に利益あるかないか? それだけが絶対的な基準である。
 
 答えとしてはそれが自分自身の利益となるから、相手を尊重しているのである。相手に尊重されることを期待して、尊重するのだ。だから尊重することが”善い”ことにされているのだ。道徳とは突き詰めるとすべて自分の為の法なのである。
 

 ではモリの場合はどうなるか。有象無象の輩がモリを害することは絶対に”無い”。となれば、彼らに自分が尊重されることを期待して相手を尊重する必要もなくなる。
 
 だがこの時、モリにとってビアンテは突出して価値のある”人”であった。書類の一切合財を握ってる彼女はモリの仕事を実質的に管理してるに等しい状況だったのだ。また、彼も彼女の好意をそこはかとなくではあるが感じていて、それが満更じゃ無かった、というのもある。それを人は尻に惹かれると言う。
 
 以上の事から、モリは珍しく人の気持ちを考えて言葉を選んでいたのだ。

「――プレシアから?」

 ビアンテが顔を突き出しながらモリに問いかける。
 
 モリは今更であるが、所有権を譲られたのではなくて押しつけられたのではないかと思いだしていた。転移後モリがフェイトから聞くに、プレシアがあの扉の奥でフェイトの眠りを覚ました時にモリの事を彼女の父だと吹き込んだ、との事だ。
 
 仮にモリを父だとして。母はどうなるのだろう? やはりプレシアとなるのだろうか? と聞くとフェイトはその通りだと全く疑いを持っていない、綺麗な瞳で頷いたのだった。モリはどんなストーリーを彼女に聞かせたのかと頭を抱え込んだが、めんどくさいと彼女を消し去る訳にもいかなかった。時の庭園の管理の知識は彼女に頼る部分も多かったのだ。

 モリはプレシアの意図が全く分からなかったが、この状況をどうにかしなければならないという事だけは分かっていた。
 
 ふとモリは考える。もし自分が父となるとしてどうなるか。一緒に家族として生活するのだろうか?

 ……まぁ、そんな家族ごっこも面白いかもしれない。

 と思ったモリは、

「――フェイトは俺の娘だ!」

 と大声で宣言して、ビアンテにビンタを食らったのだった。
 
 




(で、どうするんですか!? フェイトちゃん完全に信じ切ってますよ!)

(しょうがないだろ! 彼女にはもう頼る家族もいないんだぞ!)

(私を忘れてもらっちゃ困るよ! モリ!)


 フェイトが寝入ったのを確認して、何時の間にか目を覚ましていたアルフを加えて今後を話しあう会議が行われた。
 それには関係者、フェイトの使い魔であるアルフ、フェイトの父だと先ほど高らかに宣言したモリ、そして何故かビアンテがそこに入り他の人達はやはり遠くから見守っている。会議はフェイトが起きないように小声で行われた。

 まずモリが一日もの間何をしていたか、魔女と神の取引の内容とは何だったか? という説明を行う。それは話しの大筋は大体合っているものだった。ジュエルシードとモリの協力によって今回の件から手を引いてもらう、といった筋だ。プレシアの資産を受け継ぐ、といった時は皆に驚かれたが大体は納得したようだった。
 そして肝心のモリが何故父親だと呼ばれるようになったか? その経緯を説明するに二人の顔は次第に呆れたものになっていた。

(といった訳なんだ)

 長い説明を終えたモリは心なしかぐったりした様子で口を閉じた。

(なんとまぁ……)

 めちゃくちゃな、とビアンテはつぶやいたがモリも内心同意するところだった。
 ふん、と鼻を鳴らしたアルフは少し声を低くしながら小声で話す。

(ま、私としちゃ経緯は気にいらないが、良かったと思っているよ)

(ホントか?)

(ああ、あの鬼婆ぁの所にいるよりはあんたらの所にいる方がよっぽどましそうだからね)

 とアルフは何を思い出しているのか背の毛を逆立てながら唸る。モリのいない間に起きたアルフはビアンテと話したり、モリのすっぽかした高町家への説明を聞いてある程度は信頼のおけるだろうと判断していたらしかった。
 大層嫌悪感に溢れた顔を隠さないそれは、どれほど彼女がプレシアを毛嫌いしていたか分かろう態度であった。

(で、どうするんだい?)

(現実的には帰って養子縁組、いやこの場合は認知する、ということになるのか? まぁ、何とかするよ)

 と何でも無さそうに答えるモリをまじまじと見るアルフ。彼女はモリが中将だと聞いて半信半疑であったのだがそのふてぶてしい態度に、なるほどと妙な納得をするのだった。
 モリの言葉を聞いてそわそわとするビアンテはモリが時の庭園に行く前のあの落ち込み様が嘘のように思えるほどに、いつものビアンテであった。

(む、娘が出来るなら母性はひ、必要ですよね!?)

(ん? ああ、じゃあビアンテ君、頼むよ)

(は、はい!)

 顔を茹でタコの様に真っ赤にするビアンテをアルフは生温かいで見つめていた。それは遠目から見守る他の女性たちも同じで、高町桃子はあらあら若いわねぇ、と顔をほころばせてやはり生温かい視線を送っていたのだった。なのはも赤い顔を両手で覆いながらも、指の間から彼女の痴態を興味深げに窺っていた。

 と、モリのこの軽い返事からモリ家はスタートしたのだ。









 ここアースラの艦橋でクロノ・ハラオウンがいつものように溜息をついていた。その原因はたった今アースラが受け取った支援要請――他の部隊からの助太刀のお願い――であった。
 その情報を真っ先に目にした通信主任であるエイミィ・リミエッタはいつもの様に溜息をこぼす可愛い年下の男の子にまたかと嘆息しつつ、確認するように声をかける。

「……リンディ艦長も変わらないね」

 エイミィのその口調は憂い少し帯びた、悲しげな調子であった。
 クロノはその問いに答えずに空いた艦長席をぼんやりと見上げた。先までいたクロノの母親でありこのアースラの艦長でもあるリンディ・ハラオウンの姿はそこにない。支援要請の報を聞いた直後、席を立ってしまったのである。

 艦長たるものが何故席を立ったのか。それはこの支援要請を送った部隊が問題だった。

 管理局最高評議会付属連絡分室。

 その長ったらしい名前がこのアースラ職員に与えた衝撃は計り知れなかった。それはこの艦に乗り込む隊員は全員が知っている、といっても過言でないほどに有名な噂に登場する部隊であったからだ。いや、一般の管理局員でも、それこそ管理世界住民ならだれでも知っている名前ではあるのだが、ここアースラでは一層特別な響きを持っていた。
 
 その原因はつまり、艦長リンディ・ハラオウンの敵、という噂だ。
 すこし調べれば分かることだが彼女の夫はモリがこの世にでて直ぐに不審死として処理されている。また、彼女がモリの裁判中に詰め寄ろうとしたという噂もネット上では実しやかに囁かれていた。

 しかし、クロノはそう認識していなかった。
 自分の父が謎の死を遂げたとなれば気にならない方がおかしいに決まっている。そして調べた結果、最終的な結論としてはモリは緊急避難ではないかという事であった。少なくとも徒に父の乗ったエスティアを消滅させた訳ではなかったのだ。
 彼が移送中であったロストロギアである『闇の書』がもうすでに艦の制御を乗っ取っていたらしいことが避難した乗員からの証言で判ったのである。ならば彼が採った『エスティアごと消滅させる』という案は最善であったのではないか? 事実、彼の周りもクロノには気を使いつつそう思っているようであった。憎むべきは被害者を出し続ける『闇の書』ではないか? と。

 実際問題としてモリがクロノの父を殺した直接の相手だということは多分真実なのだろう。しかしその背景を考えると、真面目が服を着たような人物であるクロノにはリンディの様にあからさまに嫌悪感を彼に向けることは出来ないのであった。
 そしてリンディもクロノにはその事については何も話さないのである。自分の感情を子に押しつけないというのは親として立派な事だろうが……何故か少しの寂寥をクロノは感じるのだった。

「はぁ……エイミィ、その内容は?」

「う、うん。アースラ艦長リンディ・ハラオウン宛てで支援要請、内容はロストロギア『ジュエルシード』の回収。第97管理外世界の惑星地球、だって」

「ジュエルシード……何処かで聞いたことあるな」

 頭に浮かぶ雑事を隅に追いやりながら、クロノは記憶をさらう。しかし、何処か引っかかるもののどこで聞いたか思い出せない。

「データベースには何かないか?」

 クロノがそうエイミィに言うと、彼女は素早く手元のコンソールを操作する。その以心伝心な様子は周りの者に長年連れ添った夫婦のような印象を抱かせる。艦長が居ない今、手暇な隊員たちの視線は二人に注がれていた。
 検索した結果出てきたのは近々受領予定のロストロギアの名前であった。しかも、受領予定艦はこのアースラとなっている。

「ああ、そうだった」

 クロノは思いだした。そういえばそんな名前のロストロギアを受け取る予定があった、と。依頼人は……

「スクライア一族か」

 クロノの目には小さな可愛い顔をした、民族衣装を身にまとう少年が映っていた。









「魔力反応、検知しました!」

 鋭い声がアースラ艦橋に響く。慌ただしかった空気がピンッと張るのをクロノは感じた。
 すでに第97管理外世界の惑星地球に到着していたアースラが関知した魔力反応、それはこの魔法文明の発達していない世界でイレギュラーの存在を示すものであるからだ。

「モニター、寄せて」

「はいっ!」

 と声が飛んできた方をクロノは見やる。そこには艦長席に座るリンディ・ハラオウンの姿があった。あの後しばらく経って、何でもないように出てきた艦長に声をかける事の出来るほど気概のある、というより無謀な者などいなかった。
 
 ――彼女をモリという呪縛から解き放つのは、息子である自分の仕事なのじゃないか?

 クロノはそう思うのだがあと一歩が怖くて踏み出せないのだ。どうしても、差し出した手を払われる事を恐れて躊躇してしまう。

 大きなディスプレイには公園のような場所で戦う二人の魔導師の姿が見える。
 二人の黒と白の魔導師はまだ小さい女の子のようだ。何が起きているのか。

「クロノ」

「了解です、艦長。クロノ・ハラオウン、出撃します!」

 クロノはバリアジャケットを身にまとい、執務官としての職務を全うしようと出撃するのだった。





[22829] 第十四話 意地
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/05/26 15:37

 転移したクロノは心構えを戦闘用へと切り替える。すわ戦闘かと意気込むクロノの予想は外れ、転移した公園にはだらんとデバイスを持つ腕を下げ目を丸くして驚いている少女二人の姿があった。
 思わず拍子抜けしてしまったクロノは、気を入れなおして周りを素早く、けれども注意深く見渡す。

 二人の少女の間に転移する形となった彼からは結界がよく見渡せた。
 
 公園だろうか、遊具が所々に配置してある場所は結界ですっかり覆われているいるらしかった。結界は封時結界だろう、そういえば例のスクライアはそういった魔法が得意だったかとクロノは思考を巡らした。
 二人の少女はすぐに行動に移る訳でもなく、ただあたふたとこの状況についてこれていない風に見える。

 金色の長い髪をサイドポニーにした少女は鎌状のデバイスにすがりながら地上の方をちらちらと見ている。黒いバリアジャケットは軽快に動けるように工夫されているのか、肌色の部分が少し多すぎるようにクロノは思えた。
 もう一方の少女は先の少女とは正反対のバリアジャケットである。白い、何処かの制服をもっとケバくした風を着た彼女は驚きで身をすくませているようだった。どうも戦闘慣れしている素振りはない。むしろ初心者、そうこの表情は訓練で見たような……

「時空管理局執務官、クロノ……」

 二人の魔導師だと思われる少女たちに名乗りを上げようとした時、クロノの視界の隅に近づいてくる数人が認められた。
 少女たちに何時でも捕獲系魔法を放てるよう、ストレージデバイスのS2Uを向けながら、そっちを窺うと彼らはクロノもよく見覚えのある制服、『海』の管理局員の制服を着ているのだった。

「君がアースラの?」

 そして制服を着た青年の発した言葉で、彼らが管理局最高評議会付属連絡分室であることをクロノは悟ったのだった。








「はぁ……訓練ですか」

「そう、訓練。いやぁ、誤解させてしまったようでごめんね」

 あの後制服を認めた彼らとお互いに自己紹介、局員証などを見せ合って確認したクロノは公園のベンチでこうなった次第を説明されていた。
 既に封時結界を解かれた公園には遠くからであるが人のざわめきが聞こえてくる。しかしいつもなら子供たちが遊んでいるに違いない公園に、彼ら魔法関係者以外の姿が見えないのはコスプレ染みた外見外国人が、数人たむろしている風に見えるからであろうか。

 クロノは軽く謝り、とぼけた笑みを浮かべる目の前の男性を観察してみる。
 
 彼は自己紹介の時にモリ・カクと名乗ったのだが、クロノにはそれがにわかに信じられなかった。勿論、クロノはモリの顔ぐらいは写真などで知ってはいるのだが、この目の前の、どこにでもいそうな空気の軽い男があの『管理局の最終兵器』と呼ばれるようなバケモノには到底感じられなかったのだ。クロノはその職務上、様々な政府高官に会ったりするのだが、彼らから感じる一種の風格といったものが彼からは全く感じられないのである。
 そしてその後ろには妙齢の美人が彼の一歩後ろから鋭い視線をクロノに送っている。美人の視線は冷たく感じることがある――と、何の睨めつけられるような覚えのないクロノは、頭に眠るどこから聞いたか覚えていない無駄知識を目の前の出来ごとで実感する。

「クロノ・ハラオウン執務官。君が来てくれたってことはアースラはもう地球に来ているてことかい?」

「あ、はい。すぐに隊員も展開可能です」

「そうか。さすが、仕事が早い。じゃ、早速だけどジュエルシードの捜索を」

「あー、まずは艦長に会って頂かないことには……」

「――やっぱり?」

 モリは顔を歪めて、クロノに問う。クロノも彼がそう思うだろう事は予想できたのだが、こうも露骨にいやな顔をされるとは思っていなかった。
 モリの問いにクロノはこの後の事を思って胃に鈍い痛みを感じながら、頷いたのだった。

 早速アースラ内へと転移しようとしたモリはふと思い出したかのような自然さで、転移の準備を進めるクロノに声をかける。

「あ、そういえば。クロノくんは、俺の事を憎んでいないのかい?」

 その内容とは全くかけ離れた軽さに、一瞬クロノは問いの内容が言葉通りの内容なのかと唖然とするも、やっとのことで問いに答えた。

「……ええ。モリ中将に他の選択肢なんて無かったでしょうし、それに小さい頃の話なんで、父さんの顔もはっきりと覚えていませんしね」

 クロノも写真で顔ぐらいは知っているし、知識としての父親像はあるのだ。しかし、それが実感できるかと言われるとクロノは頷く事が出来ないのだった。霞みのような、おぼろげな記憶の中にしか存在しない父親の存在感は息子であるクロノにとっては薄かった。
 だからモリとの事も冷静に見れたのかもしれないな、とクロノは思う。


「ふーん。そりゃよかった」

 けれども、その問いに軽く頷くモリにクロノは僅かの怒りぐらいは感じるのだった。








 アースラに転移したのはクロノとモリ、そして彼の秘書らしいビアンテという女性の三人であった。クロノはビアンテという聞き覚えのある名前が少し引っかかったのだが、大事を目の前にその案件を頭から振り払う。
 
 何故なら、この後彼らを艦長であるリンディ・ハラオウンに引き合わせないといけないからだ。要請があったからといって艦内の乗員が勝手に行動をおこすことはできない。要請があって、トップ同士の話し合いがあって、艦長からの指示があって初めて動けるのである。管理局は準軍事的な組織であるからしてその命令系はハッキリさせておかなければならない。それに『艦』という性質上それは特に絶対に守らななければならないものなのだ。例えトップ同士が決定的に仲が悪くとも。
 クロノは艦橋へと向かう廊下を案内しながら憂鬱な気持ちに苛まれるのだった。

 艦橋にでると皆の視線が集まるのをクロノは感じた。露骨にじろじろ見る者はいないが、皆が気になるのも分かる。

「執務官。艦長はあちらに……」

「ああ」

 と乗員が指す先は艦長の趣味が活かされた、なんちゃって和室である。
 そこにクロノとモリ、ビアンテが向かう。

「艦長、モリ中将とビアンテ二佐をお連れしました」

「……入ってもらいなさい」

 三人が入るとクロノは横の二人が驚いている空気を感じる。多くの人がこのエセ和室に入ると驚いたり、感心したりするのだ。クロノはいい加減普通の部屋にすればと勧めているのだが、毎度毎度断られてばかりいる。
 無言の内に二人はリンディの前に座る。クロノは右手のリンディの様子を窺うもその表情は少し顔が強張っている程度でいつもと特に変わった所は無い。クロノは少しほっとする。もっとひどいことになるかもと予想していたからだ。

 流石に私的な感傷で作戦に影響を与えるような人では無いと思うのだが……、クロノは少し心配していたのだった。

「あー、今回は要請に応えてもらってありがとうございました」

 ぎこちない笑みを浮かべるモリを目の前にして、リンディはその無表情を崩さない。そして、モリの隣のビアンテも同じく無表情なのであった。
 あは、あはは、とモリの乾いた声が静かな和室に響く。何時もなら艦橋からざわめきが聞こえたりもするのだが、今日に限って痛いほど静かだ。艦橋の皆が耳を澄まし気にしているのだろう、とクロノは背中に多くの視線を感じた。

「あの、艦長――」

「最初に言っておきます。今回の要請であるロストロギアの回収、それには心配なさらずとも乗組員一同全力で当たります」

 声をかけようとしたクロノの声を途中で遮って、リンディは凛とした声で宣言した。
 それは選手宣誓の様にハッキリと、確かな決意を込めた声であった。その声にクロノはほっと胸をなでおろす。

「あ、ありがとうございます」

 その声に押されて、モリはたじろぎながら礼を言う。
 彼の様子をジッと見ていたリンディは、はぁと溜息をついてそっと呟いた。

「……ホント、あの時のままなのね」

「え?」

 モリが聞き返すも、リンディは返事をしなかった。
 そしてクロノは聞こえていたのだが、何も言えないでいた。

「あなた、何度も提督会議への召喚状を送っていたのだけれど?」

「ああ、あれね。めんどくさそうだったから」

 行かなかった、というモリを信じられないといった目でリンディは見つめる。クロノも信じられないと目の前の男をマジマジと見るのだった。こういった行動が許される人なのだ、この目の前の男は。
 再び訪れる沈黙にモリがもう耐えきれないと声を出した。

「ああ、もう! あー、あんたは俺を恨んで会議に呼んでたんだろう?」

 怒っている訳ではない、どこか確認するようにモリは向かいのリンディに問いかける。
 リンディは先の無表情とは違う感情の籠った、ほんの少し、泣きそうな顔で応えた。少なくともクロノにはそう見えた。

「ええ、そうよ。私はあなたを恨んでる……、いえ、憎んでる、と言ってもいいかもしれないわね」

「こっちにもちゃんと、そうした理由があると言っても納得できないか?」

「……納得なんてできるはずないじゃない。納得も、諦めも私には出来ないわ」

「母さん……」

 クロノは目の前の二人の会話をただ聞くことしかできないのだった。

「大体、あんたは手段が目的化してきているというか……」

「手段が目的化?」

「そうさ」

 モリが憮然とした表情で答える。

「――私は手段を目的化してなんかいないわよ」

 リンディは毅然とした態度で、モリに言い返す。それは何か大切な宝物を取られた、気の強い少女がそれを取り返すような必死さを伴った反論だった。

「あなたを恨んでいるのは、貴方自身が憎々しいからではないわ。……いいえ、それが少しも無いとは言わないけど。手段を目的化? 何をいってるの? あなたを恨んでいるのは、それはクライドの事を忘れないためよ」

 静かに語る彼女を、モリも呆けた様子で眺めていた。

「思いあがりも甚だしい、あなたにそんな価値は無いわ。私は愛するクライドを忘れない、その目的のために、あなたを恨んでいるに過ぎないの。それぐらい、許しなさいよ、一人の女に一生恨まれるぐらい。あなたは神、なんでしょ?」

 
 その語りをクロノは黙って聞いていた。それはモリに対するだけでない、クロノへのメッセージとも思えたからだ。
 
 リンディ・ハラオウンはアースラ艦長であり、クロノの母親であり、そしてクライドの妻なのであった。


「……ふふ、面白いなぁ、はははっ! ホント、面白い!」

 
 クロノはモリが怒りださないか、それが気がかりだったのだが事態は思わぬ方向へ動きだした。
 
 リンディが語り終えた後、モリは最初あっけに取られていた様子であったのだが、フフフと笑いを堪え切れなくみえて、除々にその笑いが大きくなってくる。
 そして最後には爆笑、と言っても差し支えないほどに大きな声で笑い、涙しながら太ももを叩くモリの姿をビアンテ、クロノが言葉を失った様子で見ていた。リンディだけがその狂乱を冷静に、しっかりと見つめていたのだった。


「最高、最高だよ! リンディ・ハラオウン! 面白い、面白すぎるその発想! 斜め上の展開! 神をも恐れないその勇気! 気概! 全てが面白い、賞賛に値するよ! ハハハ! いいねぇ、これが愛のチカラだってぇ?! ふむ、少しそれには後ろ向き過ぎる感があるが……、それもまた楽しい! 面白い! まったくあんたを俺は見誤っていたよ! こんなに面白い動きをする”人”だったなんてね! ぜひともそこに行きつくまでの行動・考えが知りたいものだけど?」

 
 流し目を送るモリをリンディは鼻で笑った。


「……ま、それは野暮か。うん、そうだね、神は神らしく大人しく恨まれるとしよう」

 一通り動いて疲れたのか、モリはそのままさっさと部屋を出て行ったのだった。


 

 
 その後、アースラ乗員と分室のモリ以外の二人を加えた全員の必死の探査とリンディの適切な指揮によりジュエルシードは20個全部を発見できたのだった。
 この事件は他の雑多な事件と変わり映えのしない事件として、強いて言うなら後に有名となるエースストライカー『高町なのは』が最初に関わった事件として管理局では扱われることとなる。






 ************




 春の海鳴はいい街だ。
 
 なんてテレビの有名人が言っていたのを思い出す。そういえばあの時、この街に来た芸人はとんと最近テレビでは見かけない。八神はやては目の前で壮大に咲く桜を見ながら、いずれ散り行く桜の儚さとテレビ芸人の栄華について想いを巡らせていた。
 いつも思う事がある。目の前のような桜を見るたびになんで自分はこうも他の皆と一緒に遊んだり、学校に行けないのか、と。春といえば桜。桜といえば入学式。新しい制服に身を包んで嬉しそうな恥ずかしそうな、そんな顔をしてはにかんでいる子供たちに何故自分は混ざれないのだろうか?

 
 ――だから、春の海鳴は嫌いだ。

 
 はやては軽く溜息をつき、ゆっくりと桜の前から動こうと車いすを反転させた。
 背中から聞こえてくる子供たちの騒がしい声にどうしても気分が沈みがちになる。

 あかんあかん。せっかくの新刊やのに。

 そうだ、今日ははやてが楽しみにしているシリーズ物のファンタジー小説が図書館に入る日なのだ。
 何時も図書館に車イスで入る時に手伝ってもらう職員のお姉さんと、仲良くなっていたはやてはそこそこの人気を誇るそれを一番に見せてもらえる約束をしていたのだった。
 今日の為に前巻まで読みこんで復習までしておいたのである。それなのに勝手に落ち込んだりしたら、勿体ないやないか。

 そう心に命じつつ、はやてが車いすをこぎそうと、手を掛けたその時。

 彼女は神に会ったのだった。



 


                        <無印 完>



 





<作者コメ>
 やっと終わった。無印はなんだかさっぱりしてますね。A'sはもっとこざっぱりして一、二話で終わる予定。その後閑話挟んで多分StrikerSが本番。だってA'sは話が完璧すぎると思うんだ。
 感想ありがとうございます。読んでます、やっぱり感想が増えると書きたくなるよね! 仕方がないね!
 主人公がマッド過ぎる。そしてリンディさんが斜め上に。クロノは安定して損な役回り。



[22829] 閑話第一話 周囲
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/06/10 10:51

 最近流行のミステリーを何となしに眺めていると、入口のドアが開く音がした。
 こんな時間に珍しい。なんて思いながら大して集中もできていなかった本から顔を上げてドアを見やる。そこには『海』の制服を着た、男が自然な様子でこちらに近づいてくるのが見えた。

 臭いな、と思った。

 まず余りにも自然過ぎる。こんな辺鄙な、いや辺鄙というよりも避けられているといった方が適切か、そんな場所に来るやつといえばいやいや用事で来るような奴らばかりだ。例えば上司の指示で仕方なく、などである。自発的に好き好んでくる奴なんてそうそういないだろう。
 
 とすると、この自然体の男は何なのか。かなりの確率で、アレ関係だろう。

 カウンターに向かってくる男をじっくり観察してみる。その足運びなどがまんま戦闘訓練を受けた奴のそれだ。

「やあ、ここが無限書庫かい?」

「……ああ。そうだ。借りたい本でも?」

「うん。管理局の歴史について調べたいと思ってね」

「……なるほど。それならよく調べに来る人がいるんだ。目録があるから見てみるかい?」

「お、そりゃ好都合だ。見させてもらえると助かる」

 嬉しそうな顔をする男を注意深く見るも、どこもおかしい所はない。ただ、管理局のそれに興味を持った局員にしか見えない。
 しかし、今の会話は符号、合言葉なのだ。数パターンあるがその一つが今の会話なのである。
 というのも何を隠そうここは情報屋。情報を売る場所なのだ。

 そして俺は情報を売る側である。内容はただ一つ。あの『管理局の最終兵器』『史上最強のメッセンジャー』、モリ・カクの情報をである。








 カウンター奥の山のように積まれた本の中から古ぼけた一つを取り出す。パラパラとめくるとそこに挟まれた栞があった。確認するとそこには『7月23日 日時不明』とだけ新しげな文字が印刷されていた。黒々としたインクが照明に光ってみえる。
 踵を返してカウンターに向かい、待っている男に無言で差し出した。その栞を確認もせずにポケットにねじ込んだ男は、無言でその場を立ち去った。

 ほっと息吐いてまた近くの椅子に座る。近くにおいてあるカップからコーヒーを啜ると、さっき綴じた本を再び読もうと手に取って、少し止まる。

「ああ、どこまで読んだんだっけな」

 とだけ一人呟く。
 
 ――ま、いいや。大して面白くも無かったし。

 まさかこの俺が最近の小説をゆっくりコーヒーを飲みながら読むなんて、と十数年前の俺が聞けば一笑に付すだろう、今の状況に慣れてしまった自分に苦笑いを浮かべる。
 今の状況が良いのか、悪いのか。まぁ、多分、いいのだろう。今になって分かる。昔の俺は人間の生活を送っていなかった。ありゃ獣だ。

 傭兵稼業を小さい頃から続けてきた俺にその仕事が目に入ったのは奇跡みたいなものだった。あの頃に自分がそれを受けてみようと思ったのも、受けようと思っていた仕事が直前でキャンセルされたからだ。それが無ければ、いかにも怪しげなその仕事を受けようとも思わなかっただろうし、今の自分も無いだろう。
 
 小さい頃の記憶は、ない。無論、母親の顔も父親の顔も覚えていない。気付けば俺はその日その日に仲間が死んでいくような傭兵稼業をしていた。
 
 今まで死なずに済んでこれたのは、幸運な偶然が重なっただけだ。それは自分自身が一番身にしみて理解している。傭兵達が働く戦場は、子供だからと言って死神が遠慮してくれるような場所じゃなかった。
 
 ――もし俺が比較的魔力が大きい生まれじゃなかったら? 
 
 ――掘り出し物のデバイスを見つけていなかったら? 

 一か月もたたずに死んでいただろう。
 
 そんなある日、俺は怪しげな依頼を受けた。他の傭兵達も気味悪がってなかなか受けなかった依頼だ。そんな依頼を、直前の依頼がぽしゃったからか金が尽きたからか、まぁ両方が理由だろうが受けたのが自分だったのだ。
 
 その依頼内容は短かった。いや、短すぎた。

 『腕に覚えのある司書募集』

 ただそれだけだったのだ。
 んな怪しさ100%の依頼を受けるなんて奴、そうそういない。しかも、それが意外と高給であったりするともうダメだ。ここで踏ん張れるかどうかが生きるか死ぬかの別れ目であったりするのだ。だというのに受けようと思ったあの時の俺はどうかしていたと言うほかない。
 
 そして連れてこられたのがここ、管理局無限書庫。聞いたことも無い所に、そして依頼通りに司書として仕事を開始した当初は困惑だらけの日々であった。そこは飛ばされた管理局員たちの仕事場、その仕事でさえ一日に一度あるような頻度なのだ。職員は今にも死にそうな老人やらと二人きりである。
 この依頼はある大きな組織、それも管理世界全体に根を張る裏の一大勢力とも言える所からのであったから何かしらの危険はあるのだろう、ぐらいは予想できたのだがその内容までは想像だにできなかった。なにせまずは表の仕事に慣れろの一点張りで、裏の仕事の内容を教えてもらうことさえできなかったのだ。

 それが判明したのはモリがこの無限書庫に来た時であった。正直、モリの姿を見た時、死んだと思った。というのもモリと言えば”死んだ”依頼の代表格ともいえたからだ。一度も成功例がないような余りにも難易度が高過ぎる依頼や、不気味過ぎて受ける者がいない依頼、報酬と危険がつり合わないような依頼。そういった人が寄り付かないような依頼を”死んだ”依頼という。
 モリの暗殺依頼といえば一時は遺族らからか、多くあったらしいがその一つも成功しなかったと聞く。その難易度は無限大だ。しかし、報酬は有限である。と言う訳でモリ関連の依頼はすぐ”死ぬ”こととなったのだ。
 だから、俺もモリを見た時そういったのが思い出されたのであった。

 結局、それは思い過ごしだったのだが。


 
 


 またもドアの方から音がする。顔を向けると顔見知りの三人が見えた。連絡分室の面々である。
 いや、三人じゃない。もう一人いた。金髪のサイドポニーをひょこひょこと揺れさせながらあのモリの手を懸命に握っている少女だ。その顔は不安げながらも、周りに興味はあるようで小動物のように辺りをキョロキョロと見渡していた。

 はて、誰だろうか。子供、それも年齢が二ケタになろうかという小さな子供に見えるが。そんな子供が何故ここに?
 
 いや、その前に、だ。モリの手を握ってる? あのモリの?

 様々な疑問が頭の中で渦巻くも、答えは当たり前だが見つからない。
 その間に四人が近づいてくる。その中の一人、キムラ・クニオがこちらを見て頭を下げた。

「ゲンさん! おはようございます!」

「ああ、おはよう」

 キムラは何かモリに話すと、こちらに駆けよってきた。他の三人はそのまま近くの階段を下りる。おそらく部屋に行くのだろう。

 キムラとはよく話す間柄だ。比較的年が近いのもあって雑談やら愚痴やらを聞いたりしている。俺も言い暇つぶしになるし、とよく話しているのだがキムラと話していると本来の仕事を忘れそうになる。いや、厳密にいえばこれも仕事の一つなのだ。
 
 自分の仕事とはつまりモリ関係の情報を集めることだ。それは連絡分室の情報を集めるのと同義である。そう言う意味で、キムラの愚痴を聞くのも情報収集の一環なのだ。

 ここからは推測になるが、当時モリという巨星を飲み込もうとした組織はそれこそ山ほどあったに違いない。しかし、それも失敗した。自分の組織に引き込むことも出来ない。しかし、彼はそのままほっておくには危険すぎる存在だ。
 そういった状況を考慮して結局、モリの動向などの情報を集めることにしたのだろう。ここを複数の組織が共同管理して、つまりは非戦闘地帯として。
 モリが次にどこの管理世界を滅ぼすつもりなのか? 気まぐれで滅ぼそうとするとして、どの世界を滅ぼすつもりだろうか? 裏の幹部たちも自分たちの住んでいた世界が、知らぬ内に滅ぼされるというのは御免こうむるだろう。出来るだけならそう言った危険は排除しておきたい。そういった一部の人達に流れる情報――それを集めるのが俺の仕事なのだ。

 反抗的な世界を上からの命令で滅ぼす、といった場合なら管理局上層部にパイプを持つ情報屋ならある程度は知れるのだろうが、完全にモリの独断、といった場合にはどうしようもない。その、万が一といった可能性。それすらも排除したいと考える人間がこの世の中には存在する。
 
 この世界じゃ知りたがり屋は短命と相場が決まっている。これ以上は、考える必要も無いだろう。

 こんな温い世界で生まれて初めてと言っていい穏やかな生活を送れているのだ。感謝こそすれ、何も文句はないさ。


「聞いてくださいよぉ、ゲンさん。また、室長がですねぇ……」

「ああ、今度は何だ? そういえばさっきの子供は?」

 目の前には、深いため息をつきながら椅子を引き座るキムラ。いつもの愚痴だろう、と俺はこいつの分のお茶を入れようと席を立った。

「ああ、すみません」

 と全く謝意の見えない、どちらかと楽しげな笑みを浮かべたキムラが頭を下げる。

「で? 今度はどこに行ってたんだ? 室長もビアンテも、三人で出かけるなんて珍しいじゃないか」

「そうですね。今度も室長の思いつきで始まったんですけど……」

「またか……」

 と、過去、司書である俺も巻き込んだモリの思いつきを思い出して、二人溜息をつく。
 キムラの語る事件の全容を、コーヒーを啜りつつ聞くに、キムラの苦労が多少誇張されているのだろうが大体の全体像はつかめてきた。それにしてもプレシア・テスタロッサか。これまた意外な人物の名前が出てきたもんだ。

「――それで、ビアンテの様子が少しおかしかったのか」

「そうなんですよ! もうね、帰りの船内とかね、なんか結界作っちゃってて…… 居づらくて居づらく仕方がなかったですよ! またそれが、室長が気付いてないっぽいのが……」

「またそれも凄いな…… えーと? 室長は母性をよろしく、といっただけなんだろ?」

「ですね。でも、ビアンテさんはもう告白を成功させたというか、もう同棲する勢いというか」

「それ確実に勘違いだよなぁ。鈍すぎる室長が悪いのか、早合点が過ぎるビアンテが悪いのか……」

 キムラ同様、俺とビアンテも顔見知りというと薄過ぎる関係である。さすがにキムラほど愚痴を言い来ることは無いのだが、さすがに十数年も顔を合わせていると情も移るものだ。
 
 ビアンテについては連絡分室を実質仕切っているという関係から、過去まで調べたというのもある。
 総合SSランク、そして美しい外見と何も人生悲観する所のないようにみえる彼女だが、天才には天才の悩みという言う物があるようだった。出る杭は打たれる、というのはある程度は仕方がないにしても彼女は完璧過ぎた。根も葉もない噂やら、直接本人がいじめられるなんてことは無くても色々あったようだ。勿論、庇う人もいたのだろうが彼女の気持ちは如何ばかりだっただろうか。

 彼女、ビアンテ・ロゼは”モリへの生贄”やらと言われているが、体のいい厄介払いだったのかもしれない。無理を言えば取り返そうも出来たのに、今の今まで放置しているのが証拠ではないだろうか? いくら彼女に能力があっても、それだけで組織という物は動かないだろう。
 
 少女を含めた、三人が消えていった地下への階段を見やる。

 さっき見た、小さい子供に手を掴まれ困惑する青年と、それを微笑ましく見守る女性の図は幸せな家族そのものに見えた。
 それが誤解の上に立った砂上の楼閣だったとしても。ぶすっとした顔で周りに能力を誇示し続けていた昔の彼女より、今の彼女の顔の方が数段綺麗に思える。先の瞬間、ビアンテは心底幸せそうに見えたのだ。
 
「いつ誤解が解けるんでしょう」

「……解けた時が大変だろうな」

 そう考えると、ビアンテもこの連絡分室に転属して良かったかもしれない。

 兄貴分を気取る俺はそうも考えてしまうのだ。

 









<作者コメ>
 閑話らしく短い話に。どうもハッピーエンドになりそうもない雰囲気を醸し出してます。ゲンさんは以前アイデアをもらった、モリの周りでこそこそする人達の一人です。多分、もう出ません。



[22829] 第十五話 side As
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:c9815b41
Date: 2011/07/05 21:59
 管理局最高評議会付属連絡分室の朝は遅い。
 モリ曰く『フレックスタイム制だよ』との事だが、コアタイムもなく勤務時間はモリの気分で決まるのでそう呼べるかは疑わしい。というか呼べない。
 大抵の場合、動き出すのは分室の良心であるビアンテが分室に来る頃である。ビアンテは分室から30分程の所にかなり豪華なマンションルームを持っている。戦技教導隊時代から使っているそれは、賃貸ではなく分譲であったので通勤となっている。

 対してモリの場合、職場と住居が一体となっている。と言うより、職場に住み込んでいるといった方が適切だろうか。手洗い場の奥にはモリの巣と呼ばれている場所があり、そこで布団にくるまりながらだらしない寝顔を晒しているのをたびたび目撃されている。ここ分室にはキッチン、トイレ、シャワーなどが一式、モリのお願いという名の脅迫によって用意されているので生活するのにも不自由しないのだ。

 ではもう一人の職員、キムラはどうだろうか。彼も時折帰るのがめんどくさくなるのか食費が無くなった時などにはこの職場に寝泊まりしたりと、十分に設備を活用しているようであった。アパートはボロくトイレ、風呂は共用と貧乏の極致といった環境であるからして徐々に職場で過ごす時間の割合が高くなっていて、最近だと7割ほどもいるのだからもはやモリとの共同生活である。
 
 アルフやフェイトを男臭が染みついた分室に住まわす案はビアンテの強烈な反対にあって廃案となったのだった。ビアンテのマンションは三人でも十分な広さなのである。
 それにはモリの言葉、母性を任せるという言葉がビアンテの頭にもあったに違いない。そのやり取りをしている間に、告白は成功していたという勘違いに気付いたビアンテは、モリですら気遣うほど落胆した様子で、最後は殆どやけっぱちに『私の家に住まわせます!』と叫んだのだった。勿論、モリは自分が原因であるとは思っていない。その頃には雨降って地固まると言う事なのか、お互い戦ったフェイトとビアンテの関係もそう悪くないものであった。

 フェイト達がビアンテのマンションに住み始めて数週間たった、朝の事である。







「起きてください!」

「ん? ああ、おはよう」

「……おはようございます」

 ビアンテの仕事はまず奥で眠りこけているモリを起こす事から始まる。
 
 目を擦りながらボーとしているモリを、ふぅと少し溜息を吐いて優しい目で見ていたビアンテだが、次の作業に取り掛かる、そのついでにソファでいびきをかくキムラには分厚い本を落とす。

「い、痛たい! ビアンテさん! もうちょっと優しく起こしてもいいじゃないですか!」

「キムラはいつになったら家に帰るのよ!」

「だって、しょうがないじゃないですかぁ。あそこは同期がたくさん居るんでどうも顔を合わせづらくって……」

 キムラの同期たちは陸士隊に所属している。彼らからしてみれば、キムラは現実はどうであれあのモリのいる所に抜擢された、つまり金を持っていると言う事で何かとたかられるのである。あんな所に住んでいるからして、彼らも金欠で大変なのだ。そこにカモがやってくるのだから群がらない訳が無い。
 
 そして、ビアンテがくどいぐらいキムラに帰るよう促すのにも訳がある。それは彼女が同棲を狙っているからだ。
 同棲には二つ通りある。モリがビアンテの家に住むか、ビアンテがモリの家に住むか。つまり、ビアンテがモリの家、つまりこの職場に住みつくにはキムラは目の上のたんこぶなのだ。

 ならモリにビアンテの家に来るように言えばいい、とは無理な相談だ。出来るならとうの昔にやっている。

 ぶつぶつと文句呟くキムラを後にして、ビアンテはキッチンへと向かう。モリたちの朝食を作るためだ。
 その様子を見たアルフは、もう夫婦じゃね? なんて口にしたが、乙女ビアンテとしてはそれは違うのだ。今は外堀を埋めている状態、男は胃を握れ――と才女らしく小賢しい作戦を展開するビアンテの不敵な笑みにアルフは溜息を吐いた。これで告白の言葉を言えないのだからどうしようもない、と。

 キッチンからおいしい匂いが漂ってくる頃にはモリはきっちりとテーブルについている。
 そしてその横にはアルフが座る。その反対にはモリを挟むようにしてフェイトがニコニコと嬉しそうな顔で座っていた。フェイトとアルフはすでにビアンテ家で朝食を済ませているのだが、アルフは二度目の朝食を楽しみにして、フェイトはこの家族らしき団体の朝食に、父と一緒に座る事を楽しみにして席に座るのであった。

 ビアンテが朝食を配る時には、コーヒー係であるキムラが入れたコーヒーが全員に行き渡る。朝食を食べるのはアルフとキムラ、そしてモリだけでフェイトとビアンテはコーヒーのみである。
 全員が座ったのを確認すると、家長兼、室長兼神様のモリが手を合わせた。時間はもう九時頃で、とっくに他の部署では仕事が始まっている時間である。

『いただきます!』

 ビアンテは、このだらけた朝食の時間がかけがえのない大切なものに思えるのだった。




「ん? 動物園?」

「うん……新しく出来たから、今度の休日にどうかなって……」

 と朝食の話題に上ったのはフェイトからの可愛らしいお願いであった。隣の席から断られるのを恐れてか、モリの方を不安げに見ているフェイトを心の底からビアンテは愛おしく感じる。この数週間、最初の方は避けられてた節があったが徐々に二人の距離は縮まっていったのだった。その原因として時の経過や同居している事もあるが、モリの存在も重要であった。フェイトはとにかくモリの事を聞きたがった。
 
 意中の彼の事を聞かれて嫌な女はいない。ということで、モリの話題を通してさらに二人は仲良くなったのだった。

 そして、フェイトのお願い。ビアンテ家リビングのテレビに写っていた動物園を羨ましげに見ていたフェイトを見かねて、ビアンテはモリに頼んではどうかと言ったのだった。どうも逡巡してた様子のフェイトであったが、ビアンテがこんな可愛い娘さんからのお願いを父親が無碍に断ることは無い、と断言していたのが効いたのか彼女の小さな背中を押す事に成功したようだ。
 その様子を同じく嬉しそうな顔で見ているは使い魔のアルフである。その大きく頬張った口をモグモグさせながら、モリの返答を待っていた。

 モリはうーん、と少し唸った後、パチンと指を鳴らしてこう言った。

「よし! 今日の仕事はその動物園の視察――」

「――な事が通りますかぁ!」

 とすかさずビアンテがツッコミというより暴力と言った風にモリの頭をどついた。
 キムラはまた始まったか、と軽く溜息をついて朝食の残りを飲み込もうと咀嚼を続ける。

「やっぱ無理かな?」

「無理に決まってます!」








「……なんで無理じゃないんでしょう」

「ははっ! なんたって神様だからな! 不可能な事は多分無い!」

 と五人が立っていたのは、人っ子ひとりいない動物園の入り口であった。貸し切り状態、何故人気の動物園を貸し切りにできたかというと勿論裏がある。

「ふーむ、でもあんなにすんなり通るとは自分でも思わなかったよ」

「在りもしないテロ集団からの犯罪予告、なんてウルトラCを使うとは……」

「しかも、その架空のテロ団体は元俺狙いの団体の残党って設定ね」

「完全にマッチポンプじゃないですか……」

 どう?俺凄くない? と胸を張るモリにビアンテは頭を抱えてしまった。
 このテロ集団の予告を受け取った動物園に、テロ対応として分室は動物園に入ったのである。無理やりに近いやり方だったのだが、これが自作自演だと突っ込める部署はいない。そして、モリも動物園側にそれなりのお金を払ったりと小細工をしているので何とか五人は動物園を実質借り切る事に成功したのだった。
 フェイトは朝見ていた動物園に来れて純粋に喜んで――いた訳でも無かった。いや、喜んでいたのはいたのだが、その分量はこの動物園に来れた事ではなくてその願いを、父であるモリが受けてくれてくれた事の方が大きかったのである。フェイトはビアンテやモリ交わす話の内容は分からない、けれども彼らの言葉端から彼が無茶をやったことが――娘である自分の為にやってくれたことが――フェイトには一番に嬉しい事だったのだ。
 
「どうだ、フェイト! この動物園を今日は貸し切りだぞ!」

「……うん!」

 満面の笑みを浮かべた、フェイトがモリに笑いかけるとテンションの高いモリが、少し意外そうな顔を一瞬したかのようにアルフは見えた。
 アルフはフェイトの使い魔である。であるからして、フェイトと感情のラインが通っているアルフには彼女が本当に嬉しがっているということが手に取るように分かるのだ。フェイトが嬉しいとアルフも嬉しい、だからアルフはモリに感謝していた。

 ビアンテとフェイトが仲良く手を繋ぎながら前を行く、その後ろをアルフとモリは並んで歩いていた。

「モリは本当にすごかったんだねぇ」
 
「何だよ突然……、やっと俺の凄さが分かったか。本当に中将だっただろ?」

「いや、中将ってこともだけど、さ」

 フフンと子供のように笑うモリに、アルフはやはりこの男が世界を何個も滅ぼしたとは到底思えないのだった。
 アルフがビアンテの家に住み始めて最初にした事はモリについて調べることであった。見た目はあの婆ぁよりマシそうだが――と、とにかくフェイトの父と名のる男の事である、気にならない訳が無い。
 
 場合によってはフェイトを守らないといけない、フェイト最後に守れるのは自分だけなんだ――とプレシアとの日々を過ごしたアルフにはすぐさま彼を信じることは出来なかった。だから調べる事、そして観察が必要なのである。
 最初軽く調べた時のアルフの驚きは想像の範疇を超えていた。なんたってこの世界の中心、といった記事すら見つかるのだ。高官といっても大した事は無いだろうというアルフの予想はあっさりと超えられたのである。管理局最高評議会付属連絡分室、と言う部署も零細部署なんて物じゃなかった。有名も有名、それが負の方向だろうと兎も角管理世界に住む人なら知っているという程である。勿論、世間での『正』としての説明や大量虐殺だとしての『負』の記事も、有名税だろうとその点アルフには関係ないことであった。
 彼女にとって大切なのはフェイトを幸せに出来るかどうか。この一点に尽きるのだから。

「いや、ちょっと遅いかもしれないんだけどさ……」

「ん?」

 アルフは自分がいつもと違い、ハッキリと物を言えず口ごもってしまう事に苛立ちを覚える。しかし、これは言っておかなければならない、自分なりのケジメなのだ。
 ゆっくり歩きながらこちらを、首を傾げて見てくるモリに筋違いの怒りを向けそうになる自分を諌める。

「モリ、……ありがとう」

「ありがとう?」

「フェイトの父親を受け入れてくれたことさ。今あの子に必要なのは、自分が愛されていると実感することだと思うんだ」

「ああ、その事か」

 自分なりに色々な障壁を乗り越えてやっとのことで言えたこの感謝の言葉をこうもあっさりと返されると、先までの怒りがぶり返しそうになる。
 顔をそむけて、やっとのことで言えた今の自分の顔は真っ赤に違いない。アルフはモリの顔を直視できず、顔をそむけたまま歩を進めた。

 並んだ二人、少しの沈黙。
 
 前から聞こえてくる、きゃっきゃとした声はビアンテだろうか? ああ、また後でビアンテにも言わないといけないな、なんてアルフは自分の口が僅かに緩むのを感じた。
 
 
 モリが次に口を開いたのはベンチに二人で座った時であった。
 目の前には巨大な檻が見える。おー、とあんぐり口を開けて、フェイト、ビアンテ、キムラが三人並んで目をキラキラさせているのを見ると誰が子供やらと苦笑してしまう。その三人の様子を何となしにベンチに座りながら眺めていた時に、モリは口をやっと開いたのだった。

「さっきの事だけどさ」

「……なんだい?」

「うーん、なんというか。随分、俺を買っているのかもしれないけど……そんなに出来た人間じゃないと思うんだよね」

「おや? あんたは神様じゃなかったのかい?」

 おどけていうアルフに、モリは気まずそうに頭をかくのみである。
 
「そりゃそうだけど…… まず、というか俺自身がフェイトと遺伝子が一片たりとも繋がってるなんて思ってはいないよな?」

「思ってないよ、そりゃあね。あいつがフェイトを厄介払いしたいと思った所にあんたが来た、そんなとこだろ?」

「……」

 モリは何も言わなかった。
 その沈黙をアルフは肯定と受け取る。

「血のつながりなんてどうでもいいんだよ。繋がっていても、いや、そう、責任を負うべき立場にあってもひどい事をする婆ぁもいるしね。
 あいつが自分勝手にどっか行くのは勝手さ。いや、あたしはむしろ良かったとも思ってるよ。アイツがいる限り、フェイトは幸せになれない」

 アルフは自分が歯を知らず知らずのうちに噛みしめていた事に、今更ながら気がついた。

「あいつは呪いだったんだよ。フェイトは今の今まで鎖に繋がれていたから、急にそれから解き放たれて少し戸惑ってるだけさ。この数週間で、フェイトも随分変わった。
 フェイトの呪いを解くのに必要なのは、時間と……」

 アルフはモリを見つめた。モリの顔は悩んでる訳でも、意気込んでる訳でもない、分かり切っている答えを聞いているような妙に平然とした顔であった。
 
「あんたなんだよ、モリ」

 アルフは静かに、けれどもハッキリとした声で言う。
 しばらく見つめ合っていた二人だが、ふむ、とモリが軽く息を吐いて目線を先に外した。
 
 目線を三人に向けながらモリは、隣にも聞こえない程小さな声で呟いた。

「……家族ごっこなんだけどなぁ」









 ************





「あー、きもいなぁ。うわっ、目玉なんてものもあるのか」

 エイミィは後ろから聞こえてくるのんびりとした声に、コンソールを叩いていた手を止めて振り返った。
 艦橋は艦の前部にあり、天井は高い。各モニターに面する乗員たちを見下ろす高さに出っ張っているのは艦長席のある場所で、ここ艦橋の中二階といった風になっている。

 そこには、あの少し前にこのアースラに嵐をもたらした男、モリが見物客のような軽さで誰に言うでもない自評を披露していたのであった。
 そういえば、このモリという男は結婚したらしい。いや、神、だろうか。

 最近読んだ週刊誌に載っていた記事やら人の噂話を総合するに、このアースラにも来たビアンテという綺麗な女性と結婚したという事だ。
 結婚というある意味通過儀礼を通っても、前見た時と変わらない印象をエイミィは抱く。子供っぽい人だなぁという印象はあのロストロギア回収の時から思っていた事だ。

 そして今回。あの闇の書事件の最終局面でモリの手を借りる、いや借りざる得ないというのはどういう気持ちなのだろうかと、モリの隣で不機嫌な表情を隠さないリンディ艦長を見やった。
 ロストロギア回収事案でのリンディ艦長にとって仇敵との邂逅、前後でこのアースラに特に変わった所は無い。あの時、艦長の部屋の中でどんな事が行われたのか、勿論乗員全員が気になったのだが知ることは出来なかった。さすがにエイミィとクロノの距離が近いと言っても礼儀、というものがある。それを知る事が出来るとしたらクロノ自身が自ら口にした時のみだろう。

 なぜモリがこの緊急事態にこの艦に乗っているのか。
 それはモリがある意味、過去の兵器となりつつあるアルカンシェルの代替であるからだ。

 
 ――アルカンシェル。
 空間歪曲と反応消滅によって対象を殲滅する兵器である。艦に搭載されていた武装のなかでは、一番と言っていいほどの破壊力を持つ。
 そう、搭載されていた、のである。随分昔にアルカンシェルは艦からおろされていたのだ。

 それは結局、台所事情とモリの存在があった。

 アルカンシェルはいうなれば最終兵器である。それを撃ちあうようになればそれこそ世界が滅ぶ戦争となってしまう。
 だからこそ、この兵器の本質はその使用にあるのではない。この兵器の持つ抑止力、それのための兵器なのだ。

 めったに使わない、いや使えない。余りにも強力な兵器であるためその使用には様々な規制がある。例えば、それは事前の使用許可であったり、始動キーだったりする。そう簡単に使えるような兵器では無いのだ。
 しかし、だからと言ってメンテナンスを怠ることもできない。この兵器は、いつでも使える、という抑止力を期待しているのだから、実際いつでも打てる状態は保たなければならないのだ。

 すると兵器の常であるが莫大なお金、維持費がかかる。
 金欠でない組織は無い。それは管理局という巨大な組織にも言えることだ。そして、経費削減が求められるのも組織の常である。

 そこにモリが現れた。巨大なビームを放つモリ。巨大な抑止力。
 アルカンシェルが槍玉に上がるのにそう時間はかからなかった。それほど維持費が負担となっていたのだ。

 大体、アルカンシェルであっても色々な手順を踏まなければならないのだ。モリを呼んでくれば済むそれよりもよほど時間がかかるのではないか?
 それによって削られた海の予算は陸にも流れ、あるおじさんを喜ばせたという。




 地球上での相談によって、作戦が決められた。
 闇の書の闇のコアを露出させた後、宇宙空間に転送。そこをモリがビームを撃って破壊する、という作戦である。
 それをモリに説明するは艦長であるリンディだ。エイミィが見るに、リンディ艦長とモリは依然仲が悪い様に見えるがある意味安定しているようにも思える。以前はその溝の中で向き合っているのか、それすらも分からないようであったが、今は二人とも溝が二人の間に横たわっていることを、意識しつつも地に足をしっかり着けて相対しているように見えるのだ。
 
 モリはコア出現点を教えてもらった後、アースラを単身、それもその姿そのままで宇宙空間へと飛び出た。
 その化け物、というより常識外な行動に驚くもエイミィは自分の役割をしっかりこなそうと数字を読み上げる。

「――5・4・3・2・1……今、コア転移しました!」

 モリの耳に嵌っているインカムにも届くマイクに、エイミィはカウントダウン、タイミングを計る。
 
 その時。アースラのモニターがホワイトアウトした。
 エネルギー観測モニターはあり得ない数字をはじき出し、必死に警告を発する。

 白い、洪水のような光が収まった後、エイミィは手元のモニターを見た。

「生体増殖反応……ありません!」

 わぁと歓声が艦橋を包む。
 エイミィも思わずガッツポーズをした後、ふと見た艦長席のリンディ艦長はほっとしたように目をつむり、むねを撫で下ろしている様子であった。

 艦橋のメインモニターがゆっくりとホアイトアウトから回復していく。
 そこには宇宙を平泳ぎで泳いで、こちらに向かってくるモリの姿が映っていた。

 ここに、闇の書事件は一応の解決をみたのだった。







                        <As 完>

                            












<作者コメ>
 え? A'sじゃない? 御冗談を! 
 と言う訳でA's編は終了。と言うか、Stsが本番なのでA'sは殆ど原作そのまま。モリ=移動式アルカンシェル。
 モリと、はやて家の愉快な仲間達の話は閑話で書くかも。三人称単視点を心がけても、なんか多視点になって読みにくい。出来るなら後で修正したい。
 モリの心情を意識的に隠してみたけど凄い気持ち悪い奴に見える不思議。いや、一応一本芯通っているのはいるんだけど、でもなんか違和感。
 前回に批判でも何でも反応があってよかった。無視が一番悲しいからねぇ。
 感想、お待ちしています。




 


 




 

 











[22829] 第十六話 機動六課
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:dffa363c
Date: 2012/04/12 09:32
(暑いなぁ……)

 どうしてガラス越しの日差しはこうも熱く感じるのだろうか、と他愛ない考えに囚われたスバル・ナカジマは目の前の台座で先から熱弁をふるう男をぼーっと眺めていた。
 スバルがこの機動六課に引き抜かれた時はそれもう嬉しいものであった。それは憧れの人である、高町なのは所属の部隊で働ける事を意味していたからだ。

 忘れもしない、あの新暦71年の大火災。その場で被災したスバルを助けたのが、高町なのはであった。それ以来、憧れ続けていたのである。
 そのせいか昨日の晩は興奮のあまりあまり寝付けなかったのだ。だから今、前の台座の男の話に集中できないのである。

 視線を無理やりに上げて、目の前に固定する。
 小さな台座の上には、『海』の制服を来た男がごく普通のテンション、語調で朗々と話していた。
 顔は並であり、その体型も含めてそこら辺でよく見る極々一般的な男性である。そう、平凡を絵に書いたような男であるのに、スバルには何か引っかかるものがあるのだった。

(どこかで見たことあるような……どこだったけなぁ。……テレビだったか雑誌だったか……)

 再び不毛に思われる考えに囚われたスバルはうんうんと唸る。
 話を聞けばわかるだろうかと、今まで耳を素通りしていた話に改めて集中する。

「――えー君たちには、重大な任務がある。それは先の八神部隊長の話にあったように最近世の中を騒がせている所謂レリック事件の解決だ。
 安全と平和という像を掘るのに、チェーンソーだけでも精細なモノは出来ない。ノミだけでも時間がかかる。チェーンソーはチェーンソー、ノミはノミと役割分担をしっかりすることが重要である。
 ……事件が起こるのはこの世の常であるが、このレリックというロストロギアは普通とは違う、強力な高度な魔力エネルギーである。一度暴走すれば、周囲に多大な破壊を撒き散らすことは過去の事件――空港火災を見ても明らかで……」

 その言語が出た瞬間、スバルの頭が覚醒する。
 
 空港火災、あのスバルも被災し今後の人生を決定づけた事件だ。
 
 あの事件の原因がレリックだって?

 初耳の情報に、自分の耳を疑うも周りの隊員もざわめいているのを見ると、やはり本当のことらしい。そして、自分だけが知らないという訳ではなくて一般には知られていないということも。
 慌てて台の上の男を見ると、彼もしまったという顔をしていて明らかに口を滑らせた様子であった。

「……現在も調査継続中だが、そういう”情報”も出ている。あの様な大災害を二度と引き起こさないためにも、諸君らの健闘を祈る。以上」

 無理やりに打ち切った感じも受ける終わり方で、その男の話は終わった。
 この話がこの行事の最後のプログラムであったようで、挨拶もそこそこにその場で解散が告げられる。スバルは長い間、立ちっ放しの身体をほぐすためにも、ウーンと背筋を伸ばした。
 そんな彼女に声をかける少女が一人。

「驚いたわね……あの”モリ・カク”がここにくるなんて」

 何かを考えているのか、顎に手を当て宙を睨むは、黄金色のしなやかな髪をサイドに束ねた快活そうな少女。スバルのパートナーでもあるティアナ・ランスターであった。
 
「……モリ、モリ、あああぁ!」

 ティアナの言葉を聞いたスバルは、頭の中でパズルのハマる様なカチッとした音を聞いた。
 そうだ、確かそんな名前だった。小さい頃、雑誌などでうっすら見た記憶がある。彼の名前を知らなかったというのも、スバル自身が興味なかったこともあるだろうが、昔に比べて今日の彼はメディアへの露出が少ないのも理由のひとつに違いない。
 スバルの突然の大声に、考えに耽っていたティアナは身体をビクっとさせて怒った顔をこちらに向ける。

「突然大きな声だして! びっくりするじゃない!」

「ごめんごめん」

 手で拝むスバルにまったくもう、と半目で睨むティアナであったがふと何かに気づいたかのかスバルに質問する。

「モリ・カクがどうしたのよ?」

「う、うん。どっかで見たことあるような顔だなぁ……って」

「はぁ!?」

 今度はその大声にスバルの方がびっくりしてしまう。恐る恐るティアナは、当然の事を確認するように問いかける。

「まさか、モリが誰だか知らないって訳じゃないわよね?」

「え、そんなに有名な人なの?」

「……はぁ」

 呆れて、頭を抱え込む友人にスバルはまたやってしまったと思う。
 この友達思いの友人はその都度、怒ったように如何にスバルに常識が足りてないかと説教してくれるのだがその裏の親愛の情を感じつつもやはり説教は嫌だというのがスバルの本心であった。

「……まぁ、最近はテレビにもあまり出ていないみたいだから、よく知らないのかもしれないわね」

「そ、そうでしょ!」

 勝機を見つけて前のめり気味に賛成の意を示すスバルに、もう一度軽くため息をつくとティアナは解説を始めた。

「モリ・カクっていうのは、何と言うか、改めて説明するとなると困るわね。人間じゃない、うん、自分で神だと名乗ってるらしいわ」

「神!?」

 驚いて良いリアクションを返すスバルに苦笑しつつも、ティアナは言葉を選びながら説明を続ける。

「うん、自称神、よ。でも神を名乗るだけあってすごいチカラは持ってるみたい。世界を滅ぼすほどの、ね。だから管理局の最終兵器とも呼ばれたりするわ」

「ふーん。すごい人だったんだぁ」

「ま、今は大将だったと思うからお偉いさんね。最近は何をやったとか情報が出てこないから何をしてるかわからなかったのだけど、機動六課の設立に関わってたなんて……」

 知らなかったわ、とつぶやくティアナにふーんと興味なくスバルは相槌を打つ。
 実際、彼女の頭は既に今後一緒に活動することになる憧れの高町なのは一等空尉で占められていたのだった。










「やー、緊張したわー」

 ようやく部隊長室らしくなってきた部屋には三人の女性が居た。
 革張りのいかにもな椅子に腰掛け背を伸ばすショートの女性は八神はやて。先ほどの演説に疲れたのか首を揉みながら目の前の二人の女性に愚痴に似た感想を零している。

「にゃはは、はやてちゃん、ちゃんと隊長隊長してたよ」

「うんうん、さまになってた」

 そんなはやての姿に、軽く笑いながら同意するのは高町なのは、フェイト・T・モリの二名である。この二人は共にこの機動六課の隊長陣として出向中の身であった。
 高町なのはは本局武装隊の教導部隊に所属している。また、フェイト・T・モリも本局の執務官として活動していた。フリーの執務官として将来を期待されるエリートである彼女は今まで、目覚しい活躍していたのであるが、はやての誘いに乗り、父の勧めもあってこの機動六課に参加していたのだった。今回の機動六課ではその知識を活かして部隊の捜査や法務関係を任される予定だ。

「あはは、ありがとう」

 ふぅ、と一息入れたはやてはそういえば、と先の演説にて気になったことを目の前の二人に聞いてみる。

「あの……モリの大将が言ってた事やけど、何か聞いてた? 初耳やったんけど……」

「空港火災の件だよね? レリックと関わって、たって言ってたけど」

 本当なのかなぁ、となのはは首を捻る。どうやら彼女は知らないらしい、まぁ、なのはは教導隊所属やったしな、とはやてはひとりでに納得した。
 
(知ってるとすれば……)

 はやてはこの部屋に居るもう一人の人物、フェイト・T・モリの方に目線を向けた。
 フェイト・T・モリは本局でも有能と評判の執務官だ。聞くところによると、この機動六課の設立目的であるロストロギア、またそれに関する違法研究の捜査にも関わっていたらしい。
 それに名前から分かる通り、彼女はあのモリの娘でもある。家族なら上層部だけの機密であってもふと漏らしてしまうこともありえるだろう。

(モリの大将には騎士カリムを紹介してもらったり、今回の設立にも色々な支援をしてくれたけど、自分の知らない情報が――それもそれが特にレリックに関することなら尚更――あるなんてことは許されないや)

 そう考えるはやては、自分の身内とも言えるフェイトをすら疑っている自分に気づき自嘲気味た笑みを浮かべた。
 
 一方、渦中のフェイトは隣のなのはと同じように首をかしげるのみで、何かを隠している素振りではない。
 数秒ほど考えた様子のフェイトは、少し申し訳なさそうな顔をしてはやてに言う。

「うーん、空港火災の事件には私も関わってたけど、そんな話は聞いたことないよ。あとでお父さんにも聞いてみるね。最近、新しい証拠が出てきたのかもしれないし」

「じゃ、お願いしようかな。悪いなぁ、モリの大将にはこの機動六課の事でも大分世話になってるのに……」

「うん、任されたよ。お父さんは本当、今日のことを楽しみにしてたみたいだからこの機動六課の為なら知ってること全部教えてくれるだろうし……なんたって『機動六課の生みの親』なんて言われてるみたいだしね」

 フェイトは曇のない、眩いばかりの笑顔でそう答えた。
 はやてはその善の波動若干押されながらも、ははは、と軽く笑っていつもの問答を始める。

「本当に、フェイトちゃんはお父さんっ子やなー」

「……もう、止めてよぉ!」
 
 と言葉では嫌がる素振りを見せるも、その顔は先の笑顔のままであり、嫌がってるようには到底見えなかった。
 それにしても、とクネるフェイトを見ながら先の言葉を思い出す。

(『機動六課の生みの親』、か。ほんまその通りやわ。私だけじゃ何もできなかった……)

 機動六課の正式名称は古代遺物管理部機動六課。それ自体はミッドチルダの地上部隊でありながら、隊長陣は本局からの出向組……と見るからにややこしい組織である。
 その過剰とも言える戦力は内外からの批判もあったし、それでなくても地上と『海』の仲は悪いのだ。その両方に影響力をもつ人物――そんな人物はこの広い管理世界の中でもモリぐらいしかいないのではなかろうか。

 そのチカラで『海』でも影響力はもとより、予算を地上にも配分した事により地上でも彼の影響力は無視できないほどになっているらしい。
 最近では最高評議会の代理として提督会議にも顔を出していると聞く。

 自分は彼におんぶに抱っこでいるだけじゃないのか? 管理局の問題を解決する、なんて息巻いてる割に己の出来ることはなんて小さいことか。

 そう考えるとはやては自分が情けなく思えるのだった。






[22829] 第十七話 Deus,Magia e Família 【神、魔法、そして家族】
Name: ホーグランド◆8fcc1abd ID:de55ef8e
Date: 2012/04/15 14:34
 
 フェイト・T・モリは朝の日差しの中で、先まで見ていた夢にまどろんでいた。
 彼女が見ていたのは、既に遠い記憶となって久しい頃の思い出であった。それはフェイトがモリという神に引き取られて、この”家族”の一員に――管理局最高評議会付属連絡分室という家族の一員に――なった頃の記憶であった。

 あの暖炉の暖かい熱にうとうとしながら、彼ら連絡室の勤勉とは言いがたい仕事の様子を眺めていたあの頃――というところまで思考を進めて、ふとフェイトの視界に傍らの時計がうつる。

「あっ……」

 短い言葉と、頭から血の引く感覚。
 彼女は時計を二度見して、慌てた様子で扉を開け階段を降りだすのだった。





「もう、ビアンテさん! どうして、起こしてくれなかったんですか!?」

「昨日は遅かったんでしょ、随分いい寝顔で寝てたわよ」

 フェイトが階段を降りてキッチンに向かうと、コトコトと音を立てる鍋を前に前掛けを着た妙齢の女性が腰に手をあて振り返らずに言った。
 彼女のその言葉に、ふくれっ面で少しの反抗の意を示してからフェイトは近くにかけてあるマイ前掛けを手にとった。そして、慣れた手つきでフェイト担当である卵焼きの用意に勤しむ。

「……そんなに気合い入れてどうしたの? 何か今日、特別なことがあったかしら」

「みんなが集まって朝食とるなんて久しぶりでしょ。だからお父さんの好物でも作ろうかと思って」

「はぁ、フェイト……いや、なんでもないわ。そこの塩とって」

「はい」

「アルフは寝てるの?」

「うん。後で起こしにいかなくちゃ」

「……どっちが主従なんだか」

 そんな他愛のない会話をしながら、二人は朝食を作っていく。どうも、卵焼きにネギが入った辺りがフェイトのいう特別であったようだ。
 こんな会話も久しぶりだなぁとフェイトは思う。最近は皆が一緒の食事を取るという事自体が少なくなっていた。それはフェイト自身が執務官として仕事をしているのもあるし、あのモリが、なんと仕事を忙しくしているという今の状況があったからだ。つまりは各人の生活スタイルがバラバラになってしまったのである。

「……ビアンテさんは、もう復帰しないつもりなの?」

 フェイトが何度聞いたか分からないその問いを隣に投げかけると、ビアンテ・モリは手を止めて困った顔をさらしていた。
 その顔を見るたびにフェイトは悲しくなる。何故なら、フェイトにはどうしても彼女が意地を張っているようにしか見えなかったからだ。

 ビアンテ・ロゼはモリと結婚を機に管理局を所謂寿退社することになった。というのも、それ自身は彼女が望んでいたことであって誰にも強制されたことではない。むしろ、慰留されたぐらいだ。
 
 当たり前である。彼女はその才能を連絡室で腐らせてはいたが、本当は総合SSランクの才能を持つ才女であり、まだまだ年齢も若かったのだから。
 それでも無理やりに退官したのは本人の意思がそれほどまでに固かったからである。今、フェイトが思うに彼女は舞い上がっていたのだろう。その気持ちはフェイトにもよく分かるのが、辛い。

 一緒の結婚指輪を、机に頬をつきながらニンマリして眺めていたビアンテの姿をフェイトは覚えていた。そんな幸せが崩れ始めたかに見えたのはモリが忙しくなってから、フェイトが独り立ちしてから、である。
 余りにも”家族”の生活がズレてきたのだ。一緒に食事をとれなくなるのも、それを考えれば必然であった。

 思えばビアンテが無理をしているように見え始めたのは、ちょうどその頃からであった。人は、何も無い暇な状態が続くのが一番心身に応えるものなのだろう。フェイトがいくら復帰を勧めても、ビアンテは一切首を縦に振ろうとはしなかった――彼女が案外頑固な正確であることを、フェイトは知っていたのだが。

 フェイトがお父さんと呼ぶモリに不満が一つあるとすれば、そんな女心に一切気づかない鈍さだけであった。そして『仕事と私、どっちが大切なの!?』という典型的な、めんどくさい女の言葉についての真理にフェイトが気づいた瞬間でもあった。






『――いただきます!』

 モリ家、といっていいその集団の食事はその地球式の挨拶から始まるのが通例である。その理由についてフェイトは聞いたことはない。いつの間にか、それが当たり前になっていたのだ。
 
 あの”家族”の頃とは比べ様もなく広くなったダイニングで、フェイト、ビアンテ、モリ、そして遅れて起きてきたアルフが席につき朝食をとっていた。この四人が揃って朝食を食べているという一見当たり前の風景に、フェイトは一瞬胸が詰まってしまう。

「……あ、そうだ」

 フェイトは昨日はやてに聞かれた質問の件について思い出し、声を上げた。

「ん?」

 と、フェイトが作ったネギ入り卵焼きのネギを口角に貼っつけながら、目線をフェイトの方にやったのはモリ・カクである。

「昨日の、お話にあった空港火災の件なんだけど――」

 とたんカチン、カチン――と食器たちが奏でる音だけが一瞬テーブルを支配する。フェイトが様子を少し伺うと、ビアンテは食事を口に運びつつも話を聞いている様子で、アルフは完全に目の前の食事に夢中である様子であった。
 そして肝心のモリは明らかに分かりやすい表情で、しまったというか痛いところを突かれたというか、そんな顔を晒していた。そんな彼のあまりも分かりやすい顔に、フェイトは思わず苦笑してしまう。そして、湧いてきた懸念にすぐさまフォローを施すのだった。

「あ、いやお父さんが話したくないことだったら話さなくていいんだよ? ……ちょっと、はやてが気にしていたみたいだから」

「あー、うん、そうだな。悪い、フェイトには悪いが今は話せない、かも……」

「っ…ううん! 大丈夫、はやてにもちゃんとそういっておくから!」

 慌てた声を出すフェイトは、その声の調子とは裏腹に実はこんな朝の会話がとても楽しいのだ。
 そして同時に薄い、とても薄い罪悪感をも感じる。

 隣をもう一度、フェイトは見やる。そこには表面上全く変化の無い様子のビアンテがいる。そんな彼女の様子を確認して感じる罪悪感と――少しの優越感。
 なんてことはない。モリの仕事が忙しくなって、ビアンテが仕事を辞め、フェイトが執務官となった――たったそれだけのことである。だが、それだけのことで増える”お父さん”との会話が、フェイトを心底幸せにしていることも事実なのだ。

 そしてこんな気持ちを、自分よりもずっと彼を見てきたビアンテが気づいていないなんてことは無いということもフェイトは確信していた。それはあえて名付けるなら、女同士の裏腹な信頼感とでも言うべきだろうか。
 そこまで分かった上で――それでも嬉しい思ってしまう自分が、フェイトは嫌いで、そして愛おしい。

「ん? 今日もフェイトは忙しいのかい?」

 先まで目の前の朝食に向いていた興味が何ゆえそれたのか、アルフは不意打ちに質問を繰り出した。

「うん、今日も午後からはちょっと用事があるの」

「そうかい、大変だねぇ。……モリ、もうちょっとフェイトに休むよういってやってくれないかい」

「うーん、でも、フェイトは有能だからなぁ」

「もう、アルフ! 私は好きでやってるんだから!」

「ああ、そうだフェイト。この間の捜査の資料についてなんだが……」

 笑顔でモリの仕事の話に相対するフェイト。それに苦笑いするアルフ。少しずつずれた”家族”の団欒が、困ったことにフェイトはたまらなく幸せなのだ。
 そして、そのずれは無理からぬ事であるが――少なくともフェイトはそう自分に言い聞かせていた――彼女の覚悟の欠如も原因の一つであった。

「……モリ君、ちょっとそこの醤油とってくれる?」

「あ、醤油なら此処にあるよ、”ビアンテさん”」

 そういってフェイトは近くの醤油をとる。それに少しの頷きでビアンテは謝意を示して――その醤油を卵焼きにかけた。

 そう、もしこの”家族”が普通の家族であるならば。
 必然的に、フェイトはビアンテのことをお母さん、と呼ばなければおかしい。その少しのずれが――この奇妙な”家族ごっこ”を成り立たせ、残酷にも今まで存続させていることに聡明なフェイトが気づいていないはずがなかった。


 しかし、走りだした列車は止められない。事故を起こすまでは止まらないのだ。

 






 ************




 春の海鳴はいい街だ。
 
 なんてテレビの芸能人が言っていたのを思い出す。そういえばあの時、この街に来た芸人はとんと最近テレビでは見かけない。八神はやては目の前で壮大に咲く桜を見ながら、いずれ散り行く桜の儚さとテレビ芸人の栄華について想いを巡らせていた。
 いつも思う事がある。目の前のような桜を見るたびになんで自分はこうも他の皆と一緒に遊んだり、学校に行けないのか、と。春といえば桜。桜といえば入学式。新しい制服に身を包んで嬉しそうな恥ずかしそうな、そんな顔をしてはにかんでいる子供たちに何故自分は混ざれないのだろうか?

 ――だから、春の海鳴は嫌いだ。

 
 はやては軽く溜息をつき、ゆっくり桜の前から動こうと車いすを反転させようとした。背中から聞こえてくる子供たちの騒がしい声にどうしても気分が沈みがちになる。

 ――あかんあかん。せっかくの新刊やのに。

 そうだ、今日ははやてが楽しみにしているシリーズ物のファンタジー小説が図書館に入る日なのだ。
 何時も図書館に車イスで入る時に手伝ってもらう職員のお姉さんと、仲良くなっていたはやてはそこそこの人気を誇るそれを一番に見せてもらえる約束をしていたのだった。
 今日の為に前巻まで読みこんで復習までしておいたのである。それなのに勝手に落ち込んだりしたら、勿体ないやないか。

 そう心に命じつつ、はやてが車いすをこぎそうと、手を掛けたその時。


 はやての後ろから、間延びした声が聞こえてきた。



「……この世界でも、桜は綺麗だなぁ」

 その声の内容は、締りのない印象の割にトンデモでもあった。

 ――この、世界?

 これが噂の春に湧くという『変なの』ではないかと一瞬、はやては振り向くの躊躇ったが慣性の法則は彼女の思いをよそに車椅子を反転させる。結果、はやての真正面に控えめに言って変な人――何やら特撮に出てきそうな、一言で言うとコスプレまがいの服を着た――男が目の前に立っているという状況に彼女は追い込まれたのだった。

「あ……」

 とっさの、何も他意のない声。
 
 声というよりふと喉から漏れてしまったという音。

 その音によって桜を眺め、上向いていた男の視線が車椅子の少女へと向かうこととなった。


「……変質者?」

「いやいや、いきなりちょっと待ってよ! おじさん此処で警察呼ばれたらちょっと困った事態になっちゃうから!」

 公権力に対しても『ちょっと』困った事態ですむのか、とこの男の少しピントのずれた返答にはやてはプッと吹き出してしまう。そんな少女の様子に男は困った顔を晒すのみだ。

「……ふふ、おっちゃんおもろいなぁ。なんでそんなん変な格好してんの? そんな格好でうろついてたら小学生に声かけんでも警察に目付けられるで」

「……やっぱり、この服目立つのか。道理で視線を感じると思ったら」

「うん、変や」

 マジマジと自分の服を見やるその平凡な男が、どこか浮世離れしていて――そのせいだろうか、はやては普段なら口にすることなどしない愚痴などをぼやいてしまう。

「……桜なんか、下に死体でも埋まってて大事件になればいいんや」

「……なんだかえらい具体的な大騒動を指定するなぁ」

「せやな――大体や、なんで私だけがこんな目にあわなあかんの。そりゃあ、不平等ってやつやん、そこら辺、神様はどう思ってるんやろ?」

「? ……ふむぅ。どうも、思ってないなぁ」

「え?」

「……え?」

 一瞬、二人の視線が交差する。
 
 すぐにはやては、この眼の前の男が実は春のせいとかじゃなくて本格的にやばい人なのじゃないかと思い始めた。

「ん、さっきの言葉を常識的に解釈するとおっちゃんが自称神様ってことになんやけど……」

「んー、そうなるかな」

「……マジで?」 

「マジで」

 横たわる沈黙。
 最初はさすがに引いていたはやてであったが、ここまで突き抜けているとは――と、少しこの可笑しな自称神様に興味を持ちはじめてきたのだった。付け加えて言うなら最近、はやてとまともに会話しているのは先生と、それこそ図書館の職員さんぐらいしかいないのだ。

 だから、はやては久しぶりに子供らしく――と自身が思っている時点で子供らしくはないのだが――無茶を言ってみる気分になった。

「じゃあ、治してーな。神様ならこの足ぐらい治せるんやろ?」

 と、ポンポンと自身の動かない足を叩くはやて。
 はやては自身が何と言うか、無茶ぶりを言っているのを自覚していた。勿論、彼女が本気であるはずがない。この眼の前の男の戯言に対して反応、といった感じの表層的な会話ゲームであった。

 そして、彼はノリよくその会話に乗ってくる。

「神様つっても色々あるしー 俺、破壊しか出来ない感じの神様だし」

「なんやそれ。じゃ、神様っちゅーより、破壊神やん」

「そうだな」

「はぁー、使えん神様やなぁ」

 はやてはそんなモンだと――現実なんてそんのようなモノだと笑う。その様子をモリはマジマジと見つめるのだ。
 自称神様の、不審者に見つめられたはやては先まで浮かんでいた自嘲めいた笑みを引きつかせて、少し後退る。割りと、はやては本気で我が身を案じ始めていた。

「神様はね、正直一人の人間だってどうでもいいんだよ。一つの世界だってどうでもいいのに、一人の人間になんか構う訳ないじゃないか」

「……それも、そうやな」

 二人の会話が途切れるの同時に、二人の間を強い風が通り抜ける。その春にしては寒い風は先まで散っていた桜を再び空中へと舞い戻らせた。
 その突発的ひらひらピンクな空間の中で、自称神様は予言する。

「君を助けてくれるのは神様なんてもんじゃなくて、たぶん魔法とかそこら辺のファンタジーだよ、きっと」

 そんな根拠も何もない、荒唐無稽な事を言って――神様は前に手をつきだした。


「え……?」

 ぽかんとしたはやての前には先まで舞っていた桜の花びらが、まるで空中に固定されたみたいに――よくある氷中花みたいに――動かずそこにあった。まるで世界が止まったかのように錯覚してしまうほどのその綺麗な光景は、遠くから聞こえてくる学校の鐘の音が否定する。つまり、時が止まった訳ではないのだ。

「うん、綺麗だね。これが、魔法」

「え、凄い……」

 その後に続く言葉をはやては絞りだせなかった。この眼の前の、正しく魔法的な光景に見入っていたからだ。
 その時間は実際は五秒もないといったところだろう。しかし、はやてにはその時間が永遠につづくかのように感じられた。
 
 瞬間、何かが解除されたかのように動き出す花びらたち。
 
 動き出して数秒で、先の光景は幻のように消え去ったのだ。


「え、おっちゃんさっきの本当に……」

 見入っていた光景から無理矢理にひっペ剥がすかのように視線を剥いで、はやては先まで後ろにいたはずの自称神様に問いかける。
 しかし、その返事は返ってこなかった。振り向いた先には、誰も居なかったからだ。

「……」

 しばらく呆然と――先まで春先によくいる『変なの』が存在したはずの空間を眺めていた。
 一、二分程眺めていただろうか。はやては、ようやくその空間から顔を背けて呟く。そこには先程までの自嘲めいた笑みではなく、穏やかな微笑があった。

「……魔法、か」

 ――コスプレした神様っていややなぁ

 もうちょっと美形であればいいのに、はやては思った。

 

 

 


 ************



「はやて! 起きて!」

 そんな声に起こされて、八神はやては夢から覚める。
 その声ははやての親友であるフェイトのものであった。よく見ると何か面白いものを見つけた、とでも言いたげにその口角が彼女に似合わず歪んでいる。

「ん……ごめん、寝てた?」

「うん、なんかいい夢見ていたみたいだね。百面相だったよ」

「……そう、なんかなぁ」

 頭の中、朧気に残る夢の残滓にはやては唸る。
 確かに彼女の言う通り何か面白い夢を見ていたことは確かなのだ。しかし、それが何なのか、ツルツル滑るうなぎを掴もうかとするみたく後もうちょっと、というところでその正体を逃してしまう。

 数秒唸っていたはやてであったが、一瞬顔をしかめたかと思うとフェイトに向き直った。

「うん、忘れてもうたわ。……で、何の話やったっけ?」

「う、ひどいなぁ。はやてが用事あるって私を呼び出したのにー」

 そうやったっけ、とはやてが俯せていた下を見ると少しのよだれが着いた書類が見えた。素早くはやては袖でその書類のよだれを覆い拭いて――ようやくフェイトを呼んだ目的を思い出した。
 その書類には調査結果について――エリオ・モンディアル、との表記がある。その書類にしばらく目をやったフェイトは口を開いた。

「……それって今度の新人の調査のやつじゃない? 誰か、いい子は見つかったの?」

「ああ、そうや。その事を話すつもりやったんや。まぁ、とりあえずコレを見てみ」

 はやては書類をフェイトに渡す。彼女がそれを読んでいる間にもはやての説明は止まらなかった。

「その子いい感じなんやけどな。ちょっと情緒不安定、というか……まぁ、多感な時期やから仕方がないとは思うんやけどな」

 フェイトはその書類の写真に、どこか既視感を感じていた。

「そこでや、フェイトちゃんもそろそろ親離れしなければならないやろ?」

「……え?」

 フェイトは視線を書類から上げる。そこには首を傾げるはやての姿があった。

「ん? 前、そんなこと言ってなかったっけ?」

「え……うん、そうだね。続けて」

「……そうやな、簡単に言うとその子を引き取って欲しいんや。今は管理居の施設におんねん」

 その言葉でフェイトは全てを悟った。
 
 はやてが何を考えているか、何を期待しているか。


 ――そして、フェイトの”家族”の為に言っているということも









 

<作者コメ>
 お久しぶりです。なんか色々とごめんなさい。
 元々あったSTSの何話かは削除しました。続きが気になってた方が居ればごめんなさい。プロットがどっか逝っちゃった。
 他に書いてた奴が区切りついたので一度こっちを更新したいと思ってます。論文もねー、やろうとしていた事が先人のただ足跡を追っていた、なんてことが分かればヤル気も削がれますよねー

 プロットとか探すついでに他のも見てたんですが、なんだか自分は暗く、バッドエンドなやつばっかりだったみたいで。今回はラブコメ・ハッピーエンドな感じの軽いのを目指したい、そんな感じ。





[22829] 閑話第二話 結婚秘話
Name: ホーグランド◆f59e9141 ID:de55ef8e
Date: 2012/12/25 02:31


<作者コメ>
 前に書いた奴の修正版です。また、話が前後しています。順番を入れ替えたほうがいいかな?




「何を顔をしかめて見ているのです?」

 聖王教会のシスターであるシャッハ・ヌエラは机の上に頬杖をついて携帯型デバイスの画面を睨む少女に声をかけた。
 彼女の目の前で思い悩んでいるのはカリム・グラシア――名門グラシア家の女子であり、古代ベルカ式のレアスキル「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」を持つことから将来を有望視されている才女である。そんな彼女の世話役であるシャッハ・ヌエラはシスター・シャッハと呼ばれ彼女に親しまれていたのだった。

「秘密です」

 上目遣いでシャッハを確認したカリムは、すぐに視線をデバイス上に戻した。
 最近は思春期だからか少し秘密主義めいている、なんてシャッハは世話を焼いてきた過去を思いその成長を喜ぶ半面、僅かな寂しい気持ちも感じるのであった。
 やっと足が床に着くようになってきた、少し見栄を張った大人用の机で足をぶらぶらしながら熱心に画面にのめり込む彼女は、シャッハから見ても背伸びして大人になろうとする子供の様で微笑ましさを感じる光景である。まだまだ子供だな、なんて心に暖かい物が広がる自分が急に年を取った風に思えて、シャッハは内心首を横に振った。


「ちょっとモリ中将の所まで行ってきます」

「……またですか?」

 心の中で己へのエールを送り終えたシャッハは、思いもがけない名前を聞いて顔をしかめる。
 モリの名前はシャッハもよく知っていた。そりゃあもう嫌になるぐらい、よく知っていた。というのもカリムが、あの『管理局の最終兵器』である例の男を気にいった様子であったからだ。シャッハは何だってあんな男を、と思うのだが彼女は事あるごとにあの男に突っかかっていくのであった。好きの反対は無関心――どうか彼女の初恋があんな男なんかになりませんように、とシャッハは割と本心で最近、聖王に祈ったりしている。

 彼女がモリを嫌うのも何もシャッハが特別という訳ではない。と言うよりこの教会内ではカリムのように彼を気に入るといった方が異端なのである。というのも、聖王教会はその名も通り古代ベルカの王である聖王を祭る宗教である。その実態は習俗化していてそれほど教義がきつい訳ではないが、それでも他の人間が、それもぽっとでの人間が『神』であると宣言したとなればいい気はしない。事実、多くの教会関係者は彼の事を胡散臭いと思っていたし、『世界の危機を救った英雄』なんていう風評にも懐疑的であった。
 それでも確かに一撃で世界を滅ぼせるほどのチカラを彼が現実に持っていることは認めざるを得なかった。それはつまり管理局の高官である彼ともうまく付き合っていく必要がある、と言うことである。

 だからこそ、教会側は将来の教会を背負うだろう人材であるカリムとの会談を一度セッティングしたのである。
 しかし、その会談は成功しすぎてしまった。カリムがあろうことかモリに興味を一方的に持ってしまったのである。

 それからというものカリムの一方的な興味で彼が室長を務める管理局最高評議会付属連絡分室に、それが入る無限書庫にたびたび押し掛けたりするのであった。
 正直止めて欲しいと願うシャッハとは裏腹に、教会上層部としてはこの状況は歓迎すべきことであった。何しろ管理局、いやこの世界の実力者であるモリと近しい位置を占める事が出来れば教会の影響力は増大するにきまっているからだ。いくら宗教組織とも言えども上層部ともなればパワーゲームの事まで考えれなければいけないのである。
 それを十分シャッハも分かっているからして。

「……いってらっしゃい」

 彼女を個人的感情から露骨に引き留めることは出来ないのである。







 最初は面を食らってしまった手順ではあったが、何度も繰り返すうちに慣れてしまった。
 カリムは何故か微笑ましげな顔で見てくるこの書庫の司書に首を傾げながら、いつものルートを行く。階段を下りるとそこには少し饐えた匂い漂う非日常が広がっていた。あまり高いとは言えない天井までぎっしりと資料が詰まっているここは、まるで本を文字通り掘って出来た洞窟にも思える。カリムはもう慣れてしまったからか心なしか先導する足に引っ張られ、メルヘンな扉が強烈な場違い感を与える本棚まで来たのだった。

 大きく息を吸い込む。
 ここまで来るとあの仕事場とは思えない部屋の、何かが焦げるような甘い匂いが漂ってくるように思えるから不思議だ。脳裏にあの生温かい、寓話に出てくるおばあちゃんの家のような雰囲気を持つ連絡分室が思いだされる。まったく、仕事場とは正反対に位置するような部屋だ。あんな場所にいればそりゃ仕事もサボり気味にもなるわよ――と真面目な彼女からみて仕事をしていない分室面々のだらしない原因を推測する。

 コンコンっとドアを叩く。
 そのまま入ってもいいぐらいに親しいはずなのだが、こんな所に几帳面な辺りは彼女の性格か育ちの良さか。うぃーとやる気のない声が中から聞こえてきたのに心臓の鼓動が心もち速くなるのを感じながら、カリムは扉を開けた。

「おじゃまします……ってモリさん! またそんな所で寝て!」

「……っ! お前かい」

 部屋に入った彼女の目に飛び込んできたのは、だらしない格好をした青年がソファの上で横になっている姿であった。ソファから半身で起き上がったお腹には読みかけの本か、開いた専門書がぞんざいに広がっている。目をこすりながらの第一声が『お前かい』だったことにカリムは憤りを感じるが、人間誰でも寝ているのを起こされれば不機嫌か、と思い直した。
 だらしない、と言うのも何時も着ている風に見える白衣はソファで寝ていたからかしわくちゃである。ぼりぼりとめんどくさそうにこちらを半目でにらみながら頭をかくそれは、一般的に言えばかなりいけてない男ではある。
 こんなパッとしない男が神と名乗り、そして世界を動かしているのだから人間分からないものだ、と喜劇染みた現実にカリムは面白みを感じた。

「……で、今度は何さ? またあの暴力シスターの嫌な視線と耐久レース、なんて嫌だぞ」

「暴力シスター? ああ、シャッハの事ですか。大丈夫ですよ、今日は貴方を説得しに来たんですから」

 とカリムは胸を張りながら答えた。

「説得? 一体何をさ?」

 とモリはぶつぶつ文句を言いながらソファから起き上がる。
 そのまま洗面所に行き顔を洗うぐらいの常識は彼にもあったのだった。その間に勝手知ったる他人の家とばかりにカリムは近くの戸棚から粉末コーヒーを取りだして、ヤカンを火にかける。最初はその見慣れぬ道具に戸惑っていたカリムであったが何度も使う内に、というか何度もここに押し掛ける内に使い方を理解したのだった。何故、こんな原始的な方法でコーヒーを入れるのかとモリの問うた事があったが、彼から帰ってきた答えは『それが男のロマン』という何とも理解しづらい言葉であった。女であるカリムからすれば、はいそうですかとしかいえない。

「砂糖は二杯? でしたっけ?」

「あ? ああ、そうだ」

 そんな事を言うのに甘いコーヒーが好きなモリは妙に子供らしい。
 男はいつまで経っても子供なのよ、とは他のシスター達の話で小耳にはさんだ事がある、とカリムはうんうんと納得するのだった。
 顔を洗い、髪を直してきたモリがテーブルへと歩いてくる。コーヒーを二人分用意してカリムは席に座った。

「で? 今度はどんな厄介な話を持って来たんだよ?」
 
 とモリは熱いコーヒーを啜りながら対面のカリムに聞く。
 モリとカリムが出会ってから数年、気の置けない関係を二人は築いていた。

「今度の7月23日、ある世界を滅ぼすとかで」

「……そんな事、どっから聞いたんだ?」

「ふふん、私にも情報網というものがあるのです」

 とそのまだ薄い胸を張って威張りながら、カリムは自慢げに言いきった。実際は教会内部の上層部しかアクセスできない情報サイトに書いてあったのだが、まあ、確かに一般人が知ることができないという意味では特別な情報源を持っているといっても間違いではない。そこを情報網と言ってみる辺り、やはりまだ背伸びしたい子供の範中なのであった。
 そしてそのサイトに、何度も会った事のあるお兄ちゃんの名前が書いてあったから遊びに来た――なんていうのが、今回の真相だったりする。
 何はともあれ、カリムは軽い気持ちでその日にちを口に出したのだった。

「で? それを聞いてお前さんはどうしたいんだよ」

 普通なら自分が大量虐殺に関わることを――それが公的には是とされている事でも――仲のいい少女に確認されれば多少の気まずさを感じるのが普通である。しかし、この場合はモリであるので彼は純粋に、それを聞いて彼女がどう反応するのかが気になって問い返したのだった。
 カリムもモリが世界を滅ぼしてきたことは知識として知っている。しかし、それに実感が湧くことなどなかった。それは一つに一応世間ではモリの行いは正であるとされていたからでもあるし、目の前の、冴えない兄ちゃんとその世界が消えるという大きな出来ごとが簡単に結びつかないがためでもあった。

「人を殺す事はダメなんですよ!」

「――はぁ?」

「だから、私はモリさんがこれ以上罪を重ねないように説得しにきたんです! 世界を滅ぼすなんてもってのほかです!」

 ふむぅと気合いたっぷりに言い切ったカリムは満足そうにモリのほうを見やった。
 モリはまたコイツめんどくさい事を言いだしたよなんて思いながら、満足げなカリムをコーヒー口につけながら眺めていた。

「罪……罪ねぇ?」

 モリは口を開いた。

「お前さんはなんで俺と聖王教会が仲悪いか知ってる?」

「はい、シャッハはモリ中将が恐れ多くも聖王様と同じ『神』を自称しているからだ、と言っていました」

「まあ、そうだわな。となれば聖王教会の騎士の言う罪って言うのは何に反しての罪だって言うんだ? まずそこからハッキリさせてもらわないと議論にならん」

「え、え?」
 
 モリの静かな反論に、返されるとも思っていなかったカリムは少し混乱する。
 
「大体だな。俺には罪を犯すのが何故、悪いのかも分からん。ま、まずは罪の定義から決めようか」

 なんてニヤニヤしながら話すモリは傍目から見ると実に楽しそうな顔をしていた。

「罪、といえば大体二つに分けられるか。一つは法律用語としての罪。これはつまり犯罪の事だ。これに関しては、裁判の時も言ったんだが俺を害することが出来ない時点で無効になる。それに今回のことだって最高評議会からの命令なんだから、法律的にも世間的にも正しい、ということになっちまうぞ」

「……ぐっ!」

「第二に宗教上の罪。これが問題なんだが大体俺は聖王教会と何ら関係ないしな。そりゃあそっちじゃ罪かも知れんがこっちはあいにく俺自身が神なんでね。同クラスの存在から注意されたぐらいで、どうってこたあない」

 少し涙目になりつつもカリムは反論しようと唸りつづける。
 彼女にとって、小手先の言葉で何を言われようが世界を滅ぼすことなんて到底認められるものではなかった。それが宗教上の罪やらと何やら小難しい言葉を並べようとも、それは絶対悪いことであるのだ。
 それは宗教とか、そういう事ではない。それに根付いた確信ではない。

 あやふやな、それこそモリの言うような定義などきっちりした確信ではない。
 
 であるが、モリが名前の知らない人々を殺す事を許容できるか? それに関しての答えは確実にNOであった。

 ――それはそうだ。人を殺すのが、世界を滅ぼすのが悪いことじゃなくって何が悪いことなんだ。そんなの自明のことじゃないか。

 そう、彼女は思えるのである。

「とにかく、人を殺すことが悪いことでない訳ないじゃないですか! 人は尊いモノなんです!」

「悪いことと罪は違うと思うけどなぁ、それに」

「それに?」

 その瞬間、モリの顔は能面のようであった。

「ひと、人か……ああ、そうだよな」

「……モリ、さん?」




「……ああ、そうだな。”人”を殺すことは悪いことだ」

 ふとニヤニヤしていた顔が真面目な顔になった後、モリは急に方向転換して、そう言った。カリムの言葉を肯定する内容だ。そのままモリはコーヒを啜り、いつもの何を考えているか分からない笑みを浮かべた。
 肯定されているはずなのに――カリムはその笑みに嫌なものを感じた。

「なっ……」

「だから、もう止めよう、この話は」

「そんな」

「止めだ」

 にべもないモリにカリムは何かを感じ取り、口をつぐんだ。
 
 急に冷え込んだように思える二人の間に、暖炉の乾いた弾ける音だけが響いていた。




 **************







 パチパチと火の弾ける音が暖炉から聞こえてくる。
 動物園から帰ってきた分室一行は、いつもの業務もそこそこに手早く解散したのだった。

 暖炉から漏れる光は、部屋を薄暗く照らしている。ビアンテはソファで気持ちよさそうに寝息を立てるフェイトに、ゆっくりと毛布を掛けた。
 あどけないその寝顔は暖炉からの光で少し赤みがかって見える。よく寝入っているフェイトを見て、よほど疲れたのだろうとビアンテは思った。ここまで疲れるほど楽しめたのなら、室長のやった事にも、まあ、目をつぶろうではないか。

 早めの解散にキムラも久しぶりにアパートへ帰った。アルフも空気を読んだのか、何処かに行っているようでここにはいない。
 つまり、ここには寝入ったフェイト含め三人。実質、モリとビアンテの二人っきりなのだ。

 ソファから視線をテーブルの方に向けると、先ほどビアンテがいれたコーヒーを少し飲んだモリが宙をぼーと見つめていた。
 彼も疲れたのだろうか? 普段、確かに全くと言っていいほど運動していないと思うのだけれど。

 動物園は意外と歩くからなぁ――と考えながら、テーブルに腰を据える。
 正面のモリはやはり宙に視線を彷徨わせている。そういえば、動物園にいる時も途中から上の空だった様な気が……と動物園の事を思い出して、年甲斐もなくはしゃいでしまったかもしれない、と今更顔が赤くなってくる。

 フェイトも楽しんでいたようだった、とビアンテは思う。途中からは室長の手を握って、色々な所をせがんで回っていたフェイトと室長だけれど、彼も案外お父さんできるもんだと感心したのだが。
 思いのほか楽しかったし、今度はデートでも……とビアンテはモリを見た。
 
 モリはやっとビアンテが目の前に座ったことに気付いたようで、こちらに視線を戻した。
 
「フェイトは寝た?」

「はい。ぐっすりですよ。よほど疲れたんでしょう」

「そうか」

 また、口数少なく会話が途切れてしまった。

 おかしい、とビアンテは自分のコーヒーを啜りながら思う。いつものあの軽薄というか飄々とした雰囲気を感じられない。
 その理由を思いあぐねていると、モリが口を開いた。

「ただ演じていただけなんだよね」

「え?」

「そう、イメージ通りに動いてみただけ。愛する娘のために一日貸し切るなんて、何処かのマンガにでも出てきそうな話じゃないか? ……そうなんだよな、それをなぞっただけだ。父としての役割を体験してみよっか――それが、おもしろそうだったから」

「な、何の話なんです? さっぱり話が見えないんですが」

「それでもフェイトにとっては、それが必要な訳だ。だから、うん、でも理想的な家族像だ。これは特別かもしれないけれど、確かに理想的。本質的には普通の”家族”と変わらない、サンプルとしても十分なはずだ。そう、これでいい。
 ――けれども、家族ごっこ。偽物。そこには、本物の愛情もない、はずなんだよなぁ」

 ゆっくりと見えない誰かに語るかのように口を動かすモリをビアンテは呆けた目で見る。
 モリは自分の世界で考え事をまとめる時、こうして人の返事を必要としない独り言を言うことがある。

 そういう時のモリが、ビアンテは嫌いだった。
 モリは、その時のモリはここじゃない何処かに心馳せているみたいで。現実のここを見ていないみたいで。

 まるで自分たちを無視しているかのようにビアンテは感じるからだ。

「ビアンテ君、君は家族が欲しいかい?」

「え? えええ!?」

 突如、焦点のあった目でビアンテを見たモリは急に爆弾を放ったのだった。
 思いもがけない、その質問に慌ててビアンテは爆弾をさらに盛ってしまう。

「それは告白ですか!?」

「ん? 告白?」

 きょとんとした顔で問いかけるモリに、ビアンテは自分の耳が急激に熱くなっていくのを感じた。
 これは地雷を掘り返してしまったのかも――ビアンテは先の失言を後悔するとともに、ここで言わねばいつ言うのか! と勢いに任せて、別の言い方をすると自暴自棄に言葉を飛ばした。

「……室長は、私が好きな事に気がついています?」

 モリは、もう一度視線を宙に数秒彷徨わせた後、息を吐きながら言った。

「あー、うん、薄々は」

 二人の会話が宙に浮く。
 
 息が詰まるような沈黙の中、心臓の打つ鼓動が煩いとビアンテは思った。
 しゃれたレストランでもなく、こんな適当な会話でのフライングで……とビアンテは後悔しきりだ。

「……家族って、何なんだろうね」

 え、今の問答無しにするの? などビアンテの頭の中には疑問が渦巻くも、今、モリから発せられた言葉を考えてみる。
 先の独り言から、断片的に拾ってみるにモリはフェイトとの関係、というか、そういうものに悩んでいるのではないか? という結論にビアンテは達した。

「室長はちょっと難しく考えすぎなんだと思いますよ」

「……そう、かな」

「はい。きっとそうです」

 それでも納得していない様子のモリに、ビアンテは言葉を重ねる。

「広い意味での家族、というならこの連絡分室も家族、と言ってもいいと思いますよ?」

「ん?」

「生活ほとんど共にしてますし。お互いよく知っていますし……それに、あ、愛情も……」

 ビアンテは口から心臓が飛び出そうだった。

「愛情?」

 けれども、モリは彼女一世一代の言葉をオウム返しにして、投げ返す。
 ビアンテは様々な感情――それは恥ずかしさとほんのちょっとの怒りが混ざったもの――を乗せて、言葉を放つ。

「そう、です。愛情、愛情です! 愛情があるなら家族でしょう!」

「あー、誰との間に……」

「私からあなたに、です! 言わせないでくださいよ!」
 
 少しずつ怒りの割合が増えるのを感じながら、捨て鉢になってビアンテは叫んだ。

「あー、はい」

 流石のモリも勢いに押されてか、身を引いて、そう答えた。
 けれども、まだ息も荒いビアンテに遠慮がちにモリは問う。

「愛情ってよく分からないんだけど……」

 
 ――この人は、まだそんな事を言うのか!
 
 頭に来たビアンテは涙目でモリを睨む。さすがのモリも女の涙にたじろいたのか――うっ、と呻き身をのけ反らした。
 そんな小市民なモリを見て、そんな反応を返すぐらいなら聞かなければいいじゃない、とビアンテは思うのだが長年彼と連れ添ってきた彼女には分かるのだ。彼はとことん自分が納得できる答えを探す、探してしまうような人、知りたいことは、いくら空気が読めない場面だろうが相手に聞いてしまうような人だと。

 そして、そんな所が好きな所の一つなんだから恋は盲目よね――とビアンテは小さく笑った。

「好きな人と一緒に居たいと思う気持ち、それが愛情なんじゃないですか?」

「そう、なのかなぁ」

「男には分かりません。室長も、女になれば分かりますよ」

「そういうもん、か」

「そういう物です」

 深く頷くモリに、ビアンテは優しく頷き返した。

「なるほど、ならビアンテ君がフェイトの母親になれば、もっと完成度の高い”家族”になるな」

「え?」

「だから”家族”を作ろう。フェイトも入れて、もっと、もっと……」

 


 ヒートアップするモリに戸惑うビアンテの図は、彼女が描いていたロマンチックな図とは真逆なものであった。
 しかし、この日を境にモリは次々と今までに残してきた宿題を片づけるかのように色々な準備、行動を開始する。結婚式や入籍、そして住居をビアンテのマンションに移してフェイトたち四人で住み始めるなど具体的な行動は、周りの人からやっとモリも身を固める決心したかと思わせた。
 ビアンテも、あの日の事が気になりもしたが、何を聞いたらいいのかすら分からないのだ。

 そこに確実なズレ、違和感があるのは感覚的にも分かる。
 しかし、ビアンテは日々の幸せに流されてしまうのだった。



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