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[22515] それが答えだ!! 2nd season
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/11/01 18:05
前作の続編です。
続き物ですが、前作を見ていない人でも理解できる様に努力します。
でも、やっぱり無理っぽいです。


http://www.mai-net.net/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=akamatu&all=3132&n=0&count=1

↑前作です。
かなり文章も荒いですが読んでいただけると幸いです。

基本的に前作と内容は変わりません。
ノリも同じです。
更新間隔も前作を更新していた頃と同じです。



[22515] 一話 ププローグ
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/11/01 18:07
俺の名前はナナシ。
反対から読んだらシナナだ。
だからなんだって話だが。

「うめえうめえ」

さて、現在俺は休日の午後を堪能している。
もぐもぐとラムネを咀嚼しながら。

「ああ、もう、うまい。これヤバいわ。旨すぎる。怖い」

しかしこのラムネという食べ物、尋常じゃなく旨い。
ありえない。
絶対何か中毒成分が入っている。
でも、食べてしまう。
やめられない止まらない、それがラムネだ。
この酸味と甘さのバランスがたまらない。
一度バブ(風呂の素)が巨大なラムネに見え、食してみたことがあるが、あれはラムネじゃなかった。
胃液がゆず風味になるところだった。
みんなマネすんなよ。

こうやってラムネを食べながらのんびり過ごしていると、非常に心が安らぐ。
俺の周囲の人間はそれはもう変な連中が多いため、気が休まることが無いのだ。

<マスター! 大変ですマスター!>

トタトタと足音と共に馬鹿でかい声を発しながら俺の部屋に近づいてきているのは、その異常な連中の中でも飛びぬけている奴だ。
名前はシルフ。
俺とは旧知の仲だ。
俺の相棒であり、何度も俺ピンチを救ってくれたなんてことはない。
基本物事を引っ掻き回してややこしくする俺にとっての頭痛の種だ。
ちなみに見た目は懐中時計。

――ドン!

扉が軋みながら盛大に開いた。
そして入り口から現れたのはシルフ――

「――誰だお前は!?」
<だ、だれって失礼ですね……いつもラブリーなシルフ・オブ・ザ・ユアワイフじゃないですか>

確かにシルフの声だ。
しかし。
しかし!
俺の視界に写っている物。
おぞましい。
何とも得体の知れない物体だ。
時計、懐中時計。

――その懐中時計に足が生えているのだ。

「キモい!」

思わず罵声を飛ばす。
だって本当にキモイ。
小さな懐中時計に、普通の人間の足がついてるんだぞ?
しかも生足。
もうキモイとかいうレベルを超越しているキモさだ。
オメガキモい。
パプワ君に出てたオカマの鯛を思い出すキモさだ。

<キ、キキキキモいって何ですかぁ!? お、女の子に言っていいことと悪いことがありますよ!? 当然さっきのマスターの発言は悪いことです!>
「だってキモいし……」
<私のどこがキモいんですか!? 寝る前にマスターとの結婚生活を妄想してから寝るところですか!?>
「それはそれでキモい……」

時計と結婚する予定なんかないし。

「っていうか足だよ、足。お前その足なんだよ? 生えてきたのか? 生えてきたのならますますキモいけど」
<ムム。違いますよ。ハカセに付けてもらったんです、見事な脚線美でしょ?>

シャラーンと足を強調するシルフ。
軽く吐き気がした。

「いやだからキモいって言ってるだろ」

いくら足が綺麗だろうが、時計に足だけ生えてたらキモい。
完全に子供がトラウマになるレベルだ。

<ちなみにこの足のモデルは楓さんだったりします。あんまん三つで買収できました>
「安い女だなぁ」

あんまん三つで体売るなよ……師匠として恥ずかしいわ。
しかし成るほど、鍛えられたバランスのいい脚だ。
まあキモいけど。

<そうですか……キモいですか……。残念です。――パージ!>

ボンと音と共に煙を排出してシルフの足は外れた。
着脱式らしい。
残されたのは床に落ちた懐中時計と二本の足。
何とも猟奇的な光景だ。
夢に出そう。

<んっしょ、よいしょっ>

シルフは体を起こすと、ズリズリと床をすりながらベッドで座る俺に近づいてきた。

<合・体!>

そして鎖を俺の首元に飛ばしてきた。

「合・体・拒・否!」

俺は鎖を手の甲でパリィした。
見当違いの方向に飛んでいく鎖。

<な、何で拒否するんですか!? さっきのはあのまま鎖がマスターの首にギュルルッって巻きついて私がマスターの首にシュインってぶら下がって『ふぅ、やっぱりマスターの首が一番安心しますねー。のほほん』って場面じゃないですか! そこまでがパターンじゃないですかっ!>
「パターンって何だよ」

相変わらずこいつの発言は意味不明だ。
意味不明を通り越して解読不明だ。

「で、何だよ」

取り合えず大変な事態とやらを聞く。

<そ、そうです! 大変なんですよマスター!>
「何だ? またエヴァが散花でも踏んだか?」

散花とは俺の武器である刀だ。
シルフと同じく意思を持ち、言葉を発する。
基本的に眠りつつも夢遊病の如く家の中を移動しているので、気がつくと妙な場所で発見される。
茶々丸さんが干している洗濯物をかけている物干し竿になっていたり。
風呂に入っていたり。
庭に聖剣の如く突き刺さっていたり。
基本的に暑がりだからか鞘をつけていないので、抜き身の状態である。
だからたまに俺やエヴァがうっかり踏んでしまって痛い思いをするのだ。
やれやれ。

<いや、マスター。そんな『やれやれ』で済まされる事態じゃないですよ、それ。前なんかマスター廊下で転んだ先に散花ちゃんが寝てて、危うく首が落ちるところだったじゃないですか>
「首だけに?」
<……い、いや別に何もかかってないですけど。ウマイこと言うような流れじゃなかったです>

と、まあそんな感じだ。
非常に厄介な刀だが、俺にとって最も頼りになる存在には相違ないので、ついつい甘やかしてしまう。
起こるとしても『メッ、こんな所で寝てちゃ駄目だろっ』みたいな軽い感じだ。
犬か。
エヴァが踏んで怒り狂ったときも、同じく軽く叱り付け、それに対してエヴァが『犬か! 私の足を見ろ! バッサリいってるじゃないか! もっと厳重注意をしろ! 貴様はアホか! むしろ貴様らがアホか!』と長いツッコミをいれられた。

「で、今度はどこを踏んだんだ? まあエヴァだったら大丈夫だろ?」

ここだけの話この家に主であるエヴァンジェリンなんたらさんは、吸血鬼なのだ。
未だに信じられないが。
むしろ蚊と人間の合成人間と言われた方がまだ信憑性がある。
あとこの家にはアンドロイドである茶々丸さんがいる。
そして喋る人形、チャッキーみたいな。
時計と吸血鬼とアンドロイドと喋る人形、人間という良く分からない家族構成なのだ。
本当に良く分からんな……何だこの家。
狂乱家族か。

そして学校に行くと忍者や子供先生やクローン双子やネットアイドルやツインテールがいるのだ。
……何だあの学校。
本当に俺の周りは変人だらけだ。
基本常識人である俺の心労が絶えない。

<まあ、どちらかと言えばエヴァさんとかアスナさんみたいなツッコミ役の人の方が、遥かに心労が絶えないと思いますけどねー。エヴァさん最近胃が痛いって言ってますし>

胃が痛いのか。
若いのに大変だな、おい。

おっと、いかんな。
話が逸れまくった。

「で、エヴァはどうなんだ?」
<あー、いえ。エヴァさんは関係無いです>
「じゃあ茶々丸さんが踏んだのか!? お、お見舞いに!」
<何でエヴァさんと茶々丸でそんな反応が違うんですか……>
「……だ、だって」
<うわー、今の頬染めてるマスターキモーい。でも恋する乙女な私はその姿を見てキュンキュンするのでした>

キモい言うな。

<茶々丸も踏んでません。っていうか散花ちゃん関係ありません。全く別の大変話です>

別の大変話かぁ。
一体なんだろう。最近はそれなりに平和な日が続いてたしなぁ。
そもそも今っていつなんだろ。
ネギ君が就任してきて……修学旅行行って……。
あれ?
修学旅行?
……。
深く考えたら負けだな、うん。

<大変なこと、ズバリ!>
「ずばり?」

シルフは大きく息を吸った。

<二期が始まるんですよ!>

ですよ……ですよ………ですよ……(エコー
うるさかった。
そして今ひとつ意味が分からなかった。
二期?

「二期って何の?」
<またまたー、もう分かってくせにー、このこのー>
「いや、マジで分からん。何の二期が始まるんだ? ディザスター?」

装甲戦神ディザスターは俺達が大好きなヒーローアニメだ。
少し前に番組は終了した。
番組が好きだった仲間と『ディザスター面白かったね会議』をしたのが懐かしい。
あのディザスターの二期か?
だったら非常に嬉しい。
小躍りするレベルだ。

<もー違いますよマスター。私達です私達。私達が二期になるんですよ!>
「意味が分からん」
<なるっていうか既にこの時点で始まってるんですけどね!>

うーん、本当に意味が分からんぞ。
この暑さでボケたか?
いや、しかしいつも通りの感じもするし。

<もうまだ分からないんですか? ……私達の日常ってアニメ化してるんですよ?>
「マジで!?」

何それ初耳。
え、マジで?
これアニメなの?

<モーマスターッタラー。あ、いや――もうマスターったらー>
「何今の? 何でカタカナだったの?」
<あ、いえ今カンペでボケろって言われたんで>

カンペあんのかよ……。
っていうか今のボケかよ。超つまんねー。

<あ、マスター! マスターにもボケの指示が!>
「え、ええ?」
<早く! 早くボケてください! 死んじゃいますよ!?>

死ぬのか!?
アニメって厳しいな!
し、しかし急にボケって言われても……

「ふ、布団が吹っ飛んだ!」
<……>
「…… ふ、布団が吹っ飛んだ! ――一方その頃宇宙の辺境に位置する大オメガ帝国はクーデターの真っ最中だった。『首をササゲヨー!』『皇帝にシヲー!』『萌える漫画を焚書にした皇帝をユルスナー!』『俺達の萌えをカエセー!』。炎上する城。遂に皇帝は討ち取られる。崩れ落ちる城の中独り孤独に倒れる皇帝。『く、くくく……我が覇道もここまでか……看取ってくれるのが一人もおらんとはな』自嘲気味に笑う。彼は一人だった。理解してくれる人間も唯の一人もいなかった。彼の胸に去来する想い――それは寂しさであった。孤独に死す寂しさ。彼の目には涙が。――そんな彼を包む暖かなな抱擁。どこからやってきたのかその柔らかな布は彼の体を覆った。まるで母親が子にするように。『この匂いは……母上の……』皇帝に顔に安らぎが浮かぶ。こうして安らぎの中、暴虐皇帝と恐れられた彼は没した」

……。
……。
……。

<……よしOKです!>
「え、今のでいいのか?」
<はいオッケーです。今頃お茶の間はドッカンドッカン沸いてますからね。ナイスジョブです>

な、なんだこれでいいのか……。
フフフ、アニメもちょろい。

<よし! じゃあここらでちょっとサービスシーン挟みましょうか!>
「サービス神?」
<いやサービスシーンです。ほら良くあるじゃないですか。シャワーシーンとか。濡れ場とか……もうそれがあるだけで売り上げも倍増ですよ!>
「ほほう」

なるほどなぁ。

<じゃあ私がうっかり全裸になってしまうので、マスターは私の股間に顔を突っ込んで下さい>
「お前の股間どこだよ」

大体全裸ってどういうことだよ。
既に服なんて着てないだろうに。

「大体お前のサービスシーンなんて誰も得せんわ」
<マスターがするじゃないですか!>
「しない」
<うわ、真顔。い、いいですよ、もう! サービスシーンはカットです! あーあ、マスターのせいでこのアニメの売り上げは5000万枚から500枚に落ちました。もう会社崩壊ですよ。物理的に>

どれだけサービスシーンで保ってるんだよ……。

<さ、それじゃ二期ということで私達もパワーアップしましょう>
「パワーアップ?」
<ほらあるじゃないですか。新必殺技とか、後継機とか、新キャラとか! お客さんを惹きつける為の新要素が必要なんですよ!>
「な、なるほど」

うーん説得力がある。
しかし何で俺は時計にこんなこと言われてるんだろうか。
その辺考え出したらキリが無いなぁ。

<あ、ちなみにさっきの生足パーツが私の新要素です>
「あのキモいのか」
<はい。まあマスターにそう言われている以上は却下ですね。例えお客さんに好評だとしてもマスターに不評な以上、私には意味がありません。私の中では常に『マスター>その他』なんです>
「ちなみに俺の中では『コアラ>シルフ>カンガルー』だったりする」
<何で有袋類なんですか!? ……あ、でもカンガルーに勝ちました、わーい>

喜ぶポイントがおかしいな。
そしてこのやり取り、非常にデジャブを感じる。

<まあ私の新要素は後で考えるとして、マスターの新要素です>

俺の新要素か……。
うーん。

<何か無いですか?>
「あ」
<何ですか? 何かあるんですか?>
「俺さ。最近やっとキュウリの漬物食べられるようになったんだよ」
<そ、それで?>
「え? いや、まあそんだけ……駄目かな?」
<駄目ですよ!? 何ですかそれ!? 二期に入って変わったのが『キュウリの漬物を食べられるようになった』ってショボ過ぎますよ!?>

駄目かぁ。
でも、茶々丸さんは喜んでくれたからいいや。
『私の為にキュウリの漬物を好きになってくれてありがとうございます』
って笑顔で言われたからな。

<むー、じゃあマスターの新要素は宿題です! 次までに考えといて下さい!>
「どうでもいいけど、お前マスターの俺に対して偉そう過ぎじゃないか? 煮るぞ?」
<す、すみません、煮ないで下さい。……あ、でも私のダシで作ったスープを飲むのなら……>
「飲まずに畑の肥料にする」
<酷ひっ!>

酷くない。

<えーと、じゃあ次はですねー……>

シルフは楽しそうだ。
こうやってシルフとどうでもいいことを話しているのが、四番目くらいに楽しい。
まあ、調子に乗るから本人には言わないけど。

と、俺達がグダグラ話していると、これまたドタドダと廊下を走り抜ける音が聞こえた。

――ドカン!

爆音と共に開かれるマイルームドア。
俺の部屋のドアは何かと壊れやすい。
主な原因は訪問者の乱暴なドアの開け方にある。
そしてその主な原因である少女が部屋に入ってきた。

「ナナシ! 貴様いい加減にしろ!」

腕を組み、額に青筋を立てて、誰が見ても怒っている。

<あ、マスター。新キャラさんですよ>
「ちーす。新キャラさんちーす」
「やかましいわ!」

シュッと風を切る音、ブレる少女の右腕。
俺には見えていた。
もう何度も喰らったナックルだ。
その軌跡は易々と見抜ける。
しかし見抜けたからといって、避けられるとは限らない。
俺はポコン(可愛い音に変換してます)と頭に拳骨をくらった。

「な、なんだよ。何をそんなに怒ってるんだよ……」

基本的に怒っていることが多いエヴァ(大体一日の40%)だが、俺の身に覚えは無い。怒らせるようなことをした記憶は無い。
大人の女性には精神的に不安定になる時期が月に何日かあるらしいが、それとは関係ないだろう。

<あれですよマスター。きっと私達のアニメ化会議からハブにされて寂しかったんですよ>
「それだ!」
「それじゃない! これだこれ!」

怒り収まらないエヴァはその怒りを表すかのようにグイっと右手を突き出した。
エヴァに握られているのは一本の刀。

あ、言い忘れてたけど、エヴァってのは俺が居候しているこの家の家主だ。
一見小学生くらいにしか見えないけど、中学生だ。
一緒に出かけるとかなりの確立で『仲のいい兄妹ねぇ、ホホホ』と言われエヴァが『誰がこいつの妹だ!?』怒る仕組みだ。
ちなみに茶々丸さんと出かけると稀に『可愛い嫁さんねぇ、フヒヒ』といわれ俺と茶々丸さんが顔を赤くする仕組みだ。
もっとちなみにシルフと一緒に出かけると『で、出た! あれが噂の喋る時計や! 聞いた話によるとあの男の腹話術らしいで!』と言われ、シルフが『マスター聞きました? 可愛い彼女連れで羨ましい男だぜ、てやんでい、ですって。ふふ』と都合のいい解釈をする仕組みだ。
この世の中はそんな仕組みで出来ている。

で、刀だ。
刀は散花だった。
過剰な装飾は無い、一見地味な刀だ。
しかし美しい。
その散花がタオルに包まれていた。

<……ぽかぽかー>

夢心地のようだ。
何故エヴァが散花を持っているのか?

「さっき私が風呂に入っていたら――」
「お前こんな昼間っから風呂かよ」
「べ、別に私がいつ風呂に入ろうがいいだろうがっ」

む、確かに。

「じゃあ俺もエヴァの部屋でエヴァごっこをしてもいいってことか」

エヴァごっこは文字通りエヴァに成りきって遊ぶ。
基本的にツンデレっぽい発言をしてればOK。
あと素足。
あとは……スルメイカとか炙っていればそれっぽい。

<ということはですね、私がエヴァさんのパンチラ要因を乗っ取っていいってわけですね、分かりますっ>

主従揃ってエヴァ願望がある俺達だった。
どんな主従だ(こんな主従)
そんなエヴァ願望がある俺達の言葉に、エヴァは髪を振り乱して

「ええい、やかましい! 主従揃って頭の悪いことを言うな! 少しは黙って私の話を聞けっ」
「<……>」
「と、突然示し合わせたように無言になるなっ、気色悪い!>

酷い言われようだ。
黙れと言ったり黙るなと言ったり。
ヒスパニックなのか?

「そ、それで私が風呂に入っていたらだな……」
「お前こんな時間から風呂かよ」
「べ、別に私がいつ風呂に――ってループしとるわ! 無駄な時間を使わせるな!」
「ご、ごめん。俺ループものって好きだから……」

それが何だって話だが。
それにしてもループものは傑作が多い。
ラノベならall you need is killとか。
俺もいつかはループものの主人公になってみたいものだ。
……これちょっとフラグっぽいな。

「私が風呂に入っていたら、この刀が風呂に入っていたんだ!」
「へー」
「へー、じゃないわっ。普通に現実逃避したぞ!? 『いい湯か?』『……きもちいい』と会話したわ! 刀と風呂に入るなんて初めてだ!」
「いい経験だったな」
<いい話ですねー……>

おしまい。




「終わるか! これは貴様の刀だろうがっ、自分の物は自分で管理しろっ」

グイっと散花を手渡される。
暖かい。
そして刀身から湯気が昇っている。

<……おふろって気持ちいい>
「はははっ」
<もう散花ちゃんったら、すっかりお風呂の虜ですねー>

暖かな笑いが部屋に響いた。
こうして俺達は今日ものんびりと過ごしているのだった。
おしまい。



「だから終わらんわ! 注意をしろ、注意をっ。もう有り得ない場所でその刀と遭遇して肝を冷やす経験なんぞしたくないっ」
<平凡な日常にある一粒のスパイス、ぐらいに思ったらどうです?>
「そのスパイスはあれか!? 朝目が覚めたら、服の中に潜り込んでいたりするのか!? ああ!?」
<エ、エヴァさん落ち着いて……>

珍しくシルフが押されている。それほどまでにエヴァの剣幕が凄まじい。
うーんしかしその状況は怖い。
俺にも経験があるが、目が覚めた無防備な状態で刀身が目の前にあると心臓が止まりそうになる。
これは俺もたまにはビシっと言うべきか。

「おい散花っ」
<……んゅ?>

未だいい旅夢気分なのか、蕩けた声で返事をする散花。
つい、怒る気が失せそうになる。
しかしここは心を鬼にして。

「ちゃんと鞘を付けて寝なさい」
<そうですよ? 散花ちゃんも女の子なんですから、恥じらいを持たないと。私を見習うべきです>
<……シルフ、恥じらいなんか欠片も無いよ?>

実に的確な一言だった。

<う、うぐぐっ>
「ははは、こりゃ散花に一本取られたな!」
<……えへへ>

穏やかな笑いが伝播した。
心地よい空間。
俺はそんな空間を大切にしたい。
もう二度と失わない為に(特に意味は無い決意)


――続く


「……もういい、疲れた。私は部屋に帰って寝る」
「お前こんな時間から寝るのかよ」
「……」

エヴァが冷めた目で俺を見た。
こうやってエヴァがスルーを駆使しだすと、俺もお手上げだ。
流れが止まってしまう。

<べ、別に私がいつ寝てもいいだろうが! ぷんすかぷんっ>
「いや、お前がエヴァを担当しても続かないから」
<はぁ。たまには空気を読んでみたいんですが……>

全く読めていない。
そんなグダグダした状態の俺に耳に入ってくる足音。
廊下から聞こえてくる。
聞き間違いはしない。
この静かな体重移動、確実に茶々丸さん!

「……失礼いたします。……マスター? 丁度よかったです、この後お部屋に伺おうと思っていましたので」
「ああ、茶々丸何か用か。もう出て行くところだ」
「いえ、ケーキが焼けたので呼びに」

おっともう三時か。
時間が過ぎるのは早い。
楽しいことをしていると、本当に時間は早く過ぎる。
俺はベッドから立ち上がった。

「よし、じゃあオヤツにしようか」
「貴様が仕切るな。……ん、ちょっと待て。茶々丸、貴様この後部屋に伺うと言っていたな? 何故この家の主人である私より先にこいつを呼びに来た?」
「……特に他意はありません。ただ何となくナナシさんに先にケーキを見て欲しかったと」
「他意だらけじゃないか!? おい、こら待て!」

スススと滑るように茶々丸さんが部屋から出て行く。
それを追いかけるエヴァ。
和む光景だった。
こんな日がずっと続けばいいと、心から思った。


<……足。……付けてみよ。……キモい>



――次回 続・修学旅行



[22515] 二話 俗・修学旅行
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/10/17 14:05
<軍神さんによる前回までのあらすじ>

この度、前回までのあらすじを担当する<軍神>であります!
階級は少佐、ナナシ元帥が率いる部隊にて防衛戦を主な任務としているであります!
元帥と出会ったのは忘れもしないあの雪の日。傷つき今まさに志半ばで折れようとしていた小官を……え? それじゃあお前の自己紹介だ?
……。
し、失礼したであります!
えー……うん。
よし! ゴホン。

ナナシ元帥は教師に着任され、その業務を見事にこなしていたであります。
そんなある日、元帥の上司である学園長……学園長?
元帥の上にまだ上司がいるでありますか!?
こ、これ以上覚えらんないよぅ……。
と、取り合えず今のは気づかなかったことに、うん。
その学園長と呼ばれる老人からの指令で、修学旅行と呼ばれる……行軍?
その行軍に参加することになったであります。
流石は元帥、着任して早々に指揮を任されるとは……!
え? 副担任? 指揮系統ではどの辺りでありますか?
……。
し、しかし隊の指揮とは表向きの任務。
実はもう一つ本命の任務を学園長から受けていたであります。
それは護衛。
隊に所属する一人の少女の護衛任務であります。
ちなみに小官は先ほども述べた通り、防衛戦、護衛などに特化しているであります。
いわゆるエキスパート、というやつであります。

しかしその……上官に対して不遜な言い方はしたくありませんが、その……元帥の護衛は、なんというか……杜撰――い、いえ! 出過ぎた言葉でした! 上官に対する抗命と取れる発言、懲罰も覚悟しているであります!
す、好きにして下さい!
……。
……え、気にして無い?
そ、そうですか。
……はぁ。
し、しかし先ほどの発言は小官の心からのものであります。
護衛対象の側を離れるのは如何なものかと。
護衛とはいついかなる時も、対象から離れるべからず、小官の上司が言っていた言葉であります。
そ、その元帥さえよければ、小官が護衛の何たるかを、その……も、もちろん他の方達には内緒で、はい。
え? 遠慮する?
は、はぁ。そ、そうでありますか。
え、い、いえ! そんな残念などとは思っていないであります!
……。

え、そ、それで。
はい。一度は護衛対象を敵組織に奪われた元帥でしたが、隊員達と共に見事、奪還されたであります。
あの時のご活躍、小官の眼にしっかりと残っているであります。
そしてその翌日、周囲の視察を行った隊は本拠地に帰還。
元帥達の眼が無いのをいいことに、枕投げを始めたであります。
は、枕投げでありますか? え、ええ存じています。
小官も訓練校に居た頃は、たまにしていたであります。
く、訓練の一環です。
如何に被弾を抑え、敵を撃破できるかの訓練で!
そ、その話は置いといてですね!

そ、その後の話が!
何と元帥と同じ立場にある指揮を行っている少年が、何と元帥に、く、くくくく口付けを! 口付けを求めてきたであります!
な、何たる! 何てうらやま……あ、いや何て……何でありますかこれは!?
い、いや確かに部隊においてはそういう風潮が広がるということも珍しくは無いでありますが……い、いやしかし。
元帥は通常の性嗜好でありからにして、その様な欲求をぶつけられても困るんです!
当然元帥は拒否しましたが、少年の力が尋常ではなく、押さえつけられたであります!
わたしは! あ、いや小官は、心の底からその場に出でてその暴挙を止めたかったであります!
……しかしこの身を契約によって縛られている身、シルフ准将の招集が無ければ、身動きが取れない。
この戒めが憎い……!

え?
あ、はい。
そ、その後、隊員の一人である少女が現れ、元帥の身を救ったであります、以上報告終了!
は!
い、いえ! 身に余る光栄!
……え、そ、それじゃぁ……。
も、もう少し、その小官を呼んで頂ければ……い、いえ任務云々では無く、非番の際にでも……。
本当でありますか?
や、やったぁっ。





一話 俗・修学旅行


俺の前に現れた楓は、普段と変わらないのほほんとした笑みを浮かべていた。
着ているのは他の生徒達と同じく浴衣。
浴衣の隙間から見える脚線美が中々に美麗だった。

「拙者の耳が師匠の助けを呼ぶ声を捉えたので、この通り風の様に推参したでござる」

にんにんと印を組んで少し茶目っ気を含んで笑う。
俺は何とか立ち上がり、フラフラと楓の元へ歩いた。

「か、楓……お前……」
「いや、感謝の言葉など不要。弟子として当たり前のことをしただけでござるよ」

何とも師匠想いの言葉だ。
目頭が熱くなる。
いや、現に俺の眼元からはポロポロと涙が零れている。

「……し、師匠? だ、大丈夫でござるか? どこか怪我でも……」
「違うよ楓……違うんだ」

これは嬉し涙じゃない。
悔し涙だ。
不甲斐ない俺の。
楓の肩に手を置く。

「すまない楓……本当にすまないと思っている」
「え、ええ? どうしたでござる?」

楓は事態を理解していない様子だ。
何せまだ子供だ。
自分がしたことの重大さを理解していないのだろう。

「ちゃんと……ちゃんと豚箱に面会に行くから。毎日は無理だけど行くから、彌紗」
「楓でござる。さっきから何を言っているでござる? 拙者まだ警官に世話になるようなことしてないでござる……」
「お馬鹿! 現実から眼を背けるな!」
「むぎゅぅ」

俺は楓の頬を両手で挟みこみ、現実へと向けた。
現実――ネギ君だ。

「ははー、なるほど」

合点がいったと、頷く楓。
ネギ君。
いや、ネギ君だったもの、だ。
楓の行き過ぎた行為によってネギ君はネギ君(故)になってしまった。
あの元気に走り回っていたネギ君はもういない。
今のネギ君にその頃に見る影は微塵も無いのだ。

まず首が無い。
正確に言えば首が壁の中に埋っている。

<かべのなかにいる>

シルフがよく分からないことを言った。
そして手足、完全に有り得ない角度に曲がっている。
角度によっては卍に見えてしまう。
いや、そもそもだ。
どんな衝撃が起きたかは分からないが、上半身と下半身が捩れている。
丁度腹部の辺りでグリンと一回転させたみたいに。
さながら全身48箇所が稼動するヒーローの人形のように。

もう絶対死んでる。
血は出てないけど。
これだけは言える。
ネギ君の生命活動は停止していると。

「いやいや案外脆いものでござるなー」

こんな状況でも楓はのほほんと笑っている。

……落ち着くんだ俺。
楓は混乱しているだけだ。
初めて人を手にかけたのだ。
優しく、優しく接するんだ。
それが教師でもあり、師匠でもある俺の役目。

「な、楓。一緒に自首しよう。俺も証言するから。正当防衛だったと」
「まあまあ師匠、落ち着くでござるよ」
「これが落ち着いてがじがrfんぎあdんりいあじだfじタロンシャダ!!!!」
<マスター! 言語が! 完全に外宇宙向けの言語になってますよー! ぽまーどぽまーど!>

シルフの呼びかけに我を取り戻す。
危ない危ない。
危うく何か別に星の生き物になってしまうところだった。

「むぅ、師匠は何か誤解をしているでござるな? そもそもあのネギ坊主は……おっと」

俺が必死で精神の均衡を保とうとしていると、パキパキと耳障りな音が耳に入った。
そちらに視線を向ける。

「ぐ、げぇ……えへ、けへ……な、なじさぁん……ぎぎぎ」

ネギ君が動いていた。
曲がった足で必死に首を抜こうとして……抜いた。
顔をこちらに向ける。
笑っていた。
血まみれの顔で笑っていた。

「……さーて、今日は茶々丸さんと買い物に行く日だー」
<ああっ、マスターがとても分かりやすい現実逃避を! もうっ、どうせならその逃避先には私を選んでくださいよぅっ>

そりゃ現実逃避もするわ!
ああ、やばい。
これ絶対夢に出るわ。
手足が折れ曲がって、下半身が一回転したネギ君がいつものニコニコとした笑顔でこちらに迫ってくるのだ。
失神しなかっただけでも偉いと思って欲しい!

「ふーむ。思ったより頑丈だったでござるな、っと」

まるで背伸びをして高い所にある物を取るかの様な軽い声で、楓はネギ君に接近して素早く足払いをしていた。
横回転をしながら宙に浮くネギ君(元)
形が形だけに風車のようだった。
楓は続けざまに回転しているネギ君の中心に後ろ回し蹴りを放つ。
猛烈な勢いで壁に叩きつけられるネギ君(昔)
ピクピクと痙攣した後、ぐったりと動かなくなった。

「ふむ、こんなものでござるか」

つまらなそうにそう言うと、テクテクとネギ君(壁)に近づいていく。
な、何をするつもりだ?
ま、まさか……。
後片付け!? 忍術を使った死体隠蔽を行おうとしているのか!?
ギャー怖い!
忍者怖い!
見ざる! 俺は見ざる!
今俺はあらゆる現実から眼を閉ざす!

「んっと、これでござるな?」

ネギ君達の方からビリっと何かを剥がすような音が聞こえた。
何!?
皮!?
皮剥いじゃったの!?

「ししょー。もういいでござるよー」
「いや絶対嘘だ。お前これ今目開けたら人体の不思議展~ネギ君編~みたいなグロイ光景なんだろっ」
<もう大丈夫ですよミスター……あ、いやマスター>
「そこ間違うなよ!」

シルフのボケかどうか微妙なミスにツッコミ入れてしまい、うっかり目を開いてしまった。
目を開くとそこには……何も無かった。
ネギ君だったものも無い。
な、なんて見事かつ素早い死体処理。
きっとかければ塵一つ残さず溶けてしまう薬品とかがあるんだろう。

「ネギ坊主だったらこれでござるよー」
「え?」

俺がネギ君を探しているのに気づいたのか、楓は何かを俺の目の前にぶら下げた。
紙。
紙だった。
人型の紙。
紙には『みぎー』と書いてある。
しんいち?

「紙型でござるよ」
「なにそれ?」
「うーむ、拙者も専門外でござるからなー。……まあ刹那の式神の簡易的なものでござるよ、多分」

な、なるほど……。
ああ、そうか。
納得が言った。
だから変だったんだなネギ君。
いや、待てよ。

「おいシルフ」
<何ですかにゃーん?>
「お前知ってたのか?」
<はい無論です。私を誰だと思ってるんです? 人目見たときに本物のネギ君じゃないと気づきましたよ。えへん>

知ってて黙っていたのか。
ほー、成る程ね。
知ってて俺の窮地を眺めていた、と。

「じゃ、この後のお前に何が起こるかも分かるな?」
<はいっ。罰ですよね>
「分かってるならいいさ」

俺は窓を開け、渾身の力を込めてシルフを投げ飛ばした。
シルフは<ありがとうございまぁぁぁぁす!!>と言いながらすっ飛んでいった。
確かあっちは池がある。
少し溺死してもらおう。
パンパンと手を払い、楓に向き直る。

「誤解してすまん。てっきりお前が忍者からアサシンになってしまったかと……」
「いやいや。師匠のためなら、人殺しも容易いでござるよ」
「おいおい」

まあ冗談だろうが。
しかし助かった。
偽者とは言え、危うくネギ君とらぶChu☆Chu!な展開になるところだった。
もしかしたら俺とネギ君がそういう関係になる世界線があるかもしれないが、少なくともこの世界は違う。
俺はノーマルなのだ。

「改めてありがとう。お礼代わりに何か奢ってやるよ。鯛焼きか? 三個欲しいのか? 四個? このいやしんぼめ!」
「お礼、でござるか。……ふーむ」

鯛焼きに反応しない楓。
何かぶつぶつと呟いている。
あれか。
もっと高い物を奢らせようと画策しているのか。
ああこわっ。
中学生こわっ!
シャネルか!? ビッチか!? 
言っちゃあ悪いが俺は貧乏だ。

「ふむ、決めたでござる」
「な、なんだよ……」

俺はびくびくしながら聞いた。
貞操の危機を助けてもらったのだ。
出来る限りのことはしたい。
でも、最近の中学生はなんだか凄いらしいし。
物凄いものを要求されるかもしれない。
楓は人差し指を立て、これはいい案だと、その言葉を俺に告げた。

「――師匠と接吻がしたいでござる」

と。
せっぷん?
……。
あ、シルフいないのか。俺が外に放り投げたんだっけ。
じゃあシルフ辞典には頼れんな。
えー、せっぷん?
何それ?
外来語?
ここだけの話、俺は英語が苦手なのだ。
オレンジをオランゲと読んでしまうレベルだ。
ナイフをクニフとか。ノックをクノックとか。

「すまん楓。接吻ってなに?」
「おや、師匠は知らないでござるか。ふむ、まあ少々古い言い方でござるからな」

古いのか。
楓は忍者という職業?柄か、少し古めかしい言葉を使うことがある。

「今風に言うなら……その……」

楓がほんのりと頬を染めた。
何だろう。
何故染める?
今風の言い方だと恥ずかしいのか?

「キ、キキキキ……ごほん。――キッス、でござる」

キッス。
キッス?
キス。
キス!
キスか!
へー、キスって昔はそんな言い方したのか。
勉強になるなぁ。

「……ん? キス?」

俺の言葉に楓はコクリと恥ずかしそうに頷いた。
まるで中学生女子の様な初い反応だ。
あ、そういえば中学生だっけ。

「……」
「……」

何とも言えないもにょもにょする空気が俺と楓の間に発生した。
突然弟子と思っていた少女から、キッスをしようと言われたのだ。
頬を染めて俯く楓。
多分俺の頬も赤いかもしれない。
しかし。
しかしだ。

「何を企んでいる?」
「た、企んでなんていないでござる。ただ純粋に拙者は師匠とその……接吻を交わしたいと」
「意義アリ! だっておかしいじゃないか! 何でこの状況なんだ!」

この状況はおかしい。
俺のインテリ脳は既に答えに近しいものを導き出していた。
ズバリ先ほどのネギ君の行動だ。

「ネギ君もキスを求めてきた。そして俺がさっきから回収していた生徒達!」
「……ぐむむ」

俺は楓に『ゆさぶり』をかけた。
みるみる額に汗を浮かばせる楓。
ここで一気に畳み掛ける。
俺は証拠を『つきつける』

「彼女達はうわ言のようにこう言っていた。――キス争奪戦と!」
「――ぐう!」
「ズバリこの状況においてキスをするという行為は、何らかの特殊性を秘めている!」
「ぐはあああああああ!」

楓は大げさに仰け反った。
浴衣の中から大量のクナイが飛び出すという、ドット職人さんが大変そうなリアクション付きで。

「し、師匠が頭良さそうでござる。師匠も偽者でござるか?」
「何だと貴様」

エヴァっぽく怒った。
俺の推測は当たっているだろう。
この枕投げ大会。
枕投げなのが表向きで、本当の目的があると見た。
そしてその目的はキス!
はい完全論破!

「む、むぅ……確かに。師匠の言うとおりでござる。この枕投げ大会の真の目的は……キス、でござる」

しかし何でキスなんだ?

「小耳に挟んだ情報によれば、今日この夜にキスをした相手とは何らかの繋がりを得ることができる、と」

何じゃそら。
あ、そう言えばさっきシルフが何か言ってたような。
結界がどうとか。
ええい、居て欲しい時にいないなんて使えない奴だ!
俺が投げたんだけど。

「拙者どうしても師匠との繋がりが欲しかったんでござる……」

寂しげな表情で言う楓。
繋がりか。
やはり親元を離れて暮らすからには、目に見える繋がり、というものが欲しくなってしまうのだろう。
俺だってこっちの世界に来て、エヴァ達との繋がりを得ることが出来ていなかったら、寂しさで心が折れていたかもしれない。
繋がり、絆というのはそれほどまでに大切なのものなのだ。
人差し指をツンツンと合わせて、気まずそうな楓。
俺はそんな楓を見て、笑った。

「お前は馬鹿だな、ははは」
「ど、どうして笑うでござるか?」
「はははははははははははは」
「し、師匠!」
「わはははははははははははは……おえええええ」
「だ、大丈夫でござるか?」

笑いすぎるとリバースしそうになるんだ……。
初めて知ったわ。
俺は咳をして調子を整えた。

「けほん。何言ってんだ楓。俺とお前の間には既に繋がりがるだろ?」
「繋がり、でござるか?」
「そうだ。俺は師匠でお前は弟子。立派な繋がり、絆じゃないか。お前今まで冗談だと思ってたのか? 少なくとも俺は本気でお前のことを弟子だと思っていたぞ?」
「師匠……」

遊びのような関係だったが、その関係は真実だ。
俺はこいつとの関係を大切にしている。
エヴァ達に対する家族や、このか達に対する友達、じいさんに対する親友とはまた別の関係。
大切な関係だ。

「な、楓」
「師匠……!」

楓の瞳に涙が浮かぶ。
つられて俺も泣きそうになった。
くそう、歳をとると涙もろくなるぜ。

「師匠……っ!」
「弟子よ……っ!」

俺と楓は抱擁を交わした。
そこに下賎な感情は無い。
師匠と弟子の普遍的な絆だ。

「一生師匠について行くでござる……!」
「へへっ、ついて来れるならな!」

少しワザとらしいやり取りの後離れる。
楓の頬は羞恥からか赤らんでいた。
俺も同じだろう。
不思議なものだ。
修学旅行の晩にこうして、師匠と弟子の絆の再確認が出来るなんて。
俺は他人との関係は最も尊いものだと思っている。
こうして再確認出来たのは良い経験だ。
修学旅行に来て、一番得るものが大きかった事柄だ。

楓は照れを含んだ顔で頭を鼻の頭をかくと、「さて」と仕切り直すかの様に言葉を続けた。

「じゃあ接吻でござる」
「おい! さっきまでのは!? さっきまでの師匠と弟子のやり取りは!?」
「それはそれ。これはこれ、でござる」

『それ』をあちらに置き、『これ』を目の前にもってくる。
本当さっきのは何だったんだ。
泣き損じゃないか。
茶番だァ! 
俺の涙を返せ!

「お前どうしても俺とキッスをしたいのか! 何故だ!」
「ふむ、まあそれは……将来的な保険、でござるよ」
「どういう意味だ!」
「どうやらその件の繋がりとやら、物理的な絆が発生するらしいでござるから。今の内に師匠に対して少し縛りをかけとこうかと」
「意味がわからん。ディザスターで例えてくれ」
「む、むむぅ」

俺の無茶難題に、楓は頭を抱えたが、そこは忍者。
素早い思考活動でそれを実現しれくれた。

「んー……主人公の御堂謙次が決戦に赴く前の夜、サブヒロインの氷女節と月を見上げるシーンがあるでござる」
「うん」

何気に名シーンだ。
敵だった節が心の底から仲間になったと感じるシーン。
節が自分のドロドロとした心の内を謙次に吐き出し、謙次はそれを受け止める。
何もかも吐き出してスッキリした表情の節は

『明日頑張ってあの子を助けましょ。……じゃないと不公平ですものね』

と意味有り気に微笑み、去り際に謙次の唇を掠め取るのだ。
そしてオロオロする謙次に一言。

『あの子には負けないから!』

今までの暗いイメージが払拭され、残された謙次は頬を染め

『な、なんだよアイツ……意味分からねえ』

と無意識に唇に触れるのだ。
そこにあった暖かさを感じるように。
このシーンはネットでは賛否両論になっている。
主に節へのアンチかファン。
アンチの発言はこんな感じだ。

・決戦前にキスとか死亡フラグだろ、氏ね!
・美智子以外のヒロインとかいらねーんだよ!
・デスキッスやめろwwww
・よせ!キタンの二の舞になるぞ!
・悪女! この悪女! お前は現代に蘇ったヨヨじゃ! 
・悪女!
・悪女! NTR反対!
・そんなことよりディザスター屈指のロリキャラ、ダーク11について語ろうぜ。

とまあそんな感じ。
今ひとつ悪女と罵られる原因が分からない俺だ。
シルフには<マスターは純粋ですね……これからもマスターには女のドロドロとした部分を見せないようにしたいです>と言われた。

「つまり拙者は氷女節でござる」
「そうなのか!?」

わ、わからない……!
何故『楓=節』が成立するか、全く理解出来ない。
今ひとつ分からないが――

「いいだろう楓。キス、いいぞ」
「ほ、本当でござるか?」
「ただし――」

俺はここで人生で言ってみたい台詞の13位に属する言葉を告げることにした。
いつか言おうと思っていた台詞。
こんなにも早く機会が訪れるとは……!
俺の言葉に満面の笑みを浮かべる楓。
その表情が本気に変わるその言葉を、俺は告げた。


「ただし――この俺を倒せたらなぁ!!」
 




[22515] 三話 俺の弟子がこんなに強いわけがない
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/10/20 15:24
「この俺を倒してみろッ!!」

自分でも驚くほど気合の入った声が出た。
そう、俺も望んでいたのだ。
この展開を。
弟子が師匠に挑むこの展開を。
心から望んでいたのだ。
そしてそれは今日この時叶った。
楓の師匠になった日から、いつかはこの日が来るだろうとワクワクしていたが……まさかこんなにも早くこの日が来るとは……。

そしてこの展開を楽しみにしていたのは、俺だけじゃ無かったようだ。
俺の言葉を受けた楓。

「なるほど、なるほど……そう来たでござるか。弟子はいつか師匠を越えるもの。いつかこの日が来るとは思っていたでござるが……ふふふ」

嬉しそうだ。
恐らくは楓も楽しみにしていたのだろう。
俺とこうして本気で戦う機会を。

「くくくく……」
「ふふふふ……」

枕の散乱した廊下で、向かい合う俺達。

「ところで先ほどの言葉、嘘偽りないでござるか?」
「え?」

先ほどの言葉?
あー、勝ったらキスだろうが何だろうがってやつか。
何だこいつ、もう勝った気でいるのか。
気が早い。

「あー、いいぞ。お前が勝ったらキスだろうが何だろうが好きにしたらいい。男に二言は無い」
「流石は師匠。……これで拙者も心置きなく戦えるでござる」
「言っておくが手加減はせんぞ?」
「いやいや。こちらこそ頼むでござるよ。男子の初物をもらうからには、手抜きなどしてもらってはこちらの気が引けるでござるよ」

初物て。
こいつもしかして俺がキスをしたことが無いと思ってるのか?
あるわ! キスぐらいしたことあるわ!
……あったよな。
あれってカウントされるよなぁ。
うーん。
ま、まあいいか。

「では――参るでござる」

楓が戦闘態勢に入った。
体を低くして、滑るように接近してくる。
俺と楓の距離はそれほどない。2秒も経たずに互いの射程距離に入るだろう。

「シルフッ! 一番いいのを頼むッ!」

俺は武器を出す為にシルフに呼びかけた。
具体的にどんな武器を出すかは指示をしない。
一々細かく言わなくても、長い付き合いだ。この状況にあった武器を選んでくれる。
何だかんだ言いつつも、俺はシルフのことを信頼しているのだ。

武器が現れるほんの短い時間も命取りだ。
楓は速い。
流石忍者と言える。
俺がシルフに呼びかけた一秒にも満たない時間で、既に半分の距離を接近してきた。
しかしおかしい。
真っ直ぐだ。真っ直ぐ過ぎる。
これでは迎え撃ってくれと言わんばかりじゃないか。
楓に限って正々堂々なんて言葉は無い。
何か仕掛けてくるはずだ。

俺目を見開いて楓の動きを注視した。
少しでも変わった動きがあればそれに対応できるように。
しかし楓の動きは変わらない。
ただ愚直なまでに真っ直ぐ俺の元へ近づいてくる。
フェイントを入れる気配も無い。

更に距離を詰めてくる楓。
未だ仕掛ける様子は無い。
俺の予想では、この辺りで飛び道具で牽制を始め、隙が出来たところで一気に仕留めて来る、といった予想をしていたのだが。
楓の手元には何も無い。
突き出された槍の如く、ただひたすら真っ直ぐに近づいてくるだけだ。

互いの近距離攻撃圏内に入った。
楓が何か特殊な攻撃を仕掛けてくる様子は無い。
本当にただ正面から攻撃をしてくるらしい。
……少し感動した。
師匠を超える為に……その証の為に……何の奇手も用いず、正面から向かってきたのだ。
くくっ、いいだろう。
俺はその意思を汲む。
正面から挑んできたお前を真正面から迎え撃つ。
この一刀で。
その純粋なまでに真っ直ぐなお前という槍を、俺が斬ってやる!
さあ、来いッ!
……って、武器まだかよ。
いくら何でも待たせすぎ……
おい、シルフ――

「――がいない!?」

俺の胸元にあって、いつも喧しいその存在がいない。
何で? どこ?
ああ……っ! さっき俺が投げたんだった!
今頃池の中だ!
池の中でお魚さん達と舞い踊っている。
うわあ!? やばい、楓もう目の前だし!
ひえええええっ、えらいこっちゃ!
……ぐ、ぐうっ。
こうなったら仕方が無い。
素手で迎え撃つしかない!
こう見えても日頃から、エヴァと殴り合い(一方的に殴られているが)をしているんだ。
俺は(多分)素手でも強い(はず)
それに某ボガード氏も『男なら拳ひとつで勝負せんかい!!』って言ってたし。
やってやるぜ!
俺は自分に活を入れる為に、雄たけびをあげた。

「にゃんこらしょーっ!」

若干意味不明な掛け声になってしまったのは、俺がかなり焦っているからだ。
余裕があれば『きゃおらっ!』や『ぱぱうぱうぱうっ』みたいなカッコイイ掛け声が出せたんだが……。
俺は慌てながらも、徒手の構えを取り、今まさに俺の拳の届く範囲にいる楓に向かって鋭いジャブを――

「ナナシナックル!! ――って、あ、あれ?」

放てなかった。
俺が突き出した拳は空で止まっている。
突然立ち止まった楓の顔の前、ピタリと静止している。
勿論俺に止める気は無い。
しかし動かない。
腕が……腕が動かないのだ!

「ふっふっふ、拙者の勝ちでござるな?」

その声は目の前にいる楓からでは無く、背後から聞こえた。
俺の背後、耳元から聞こえる。
楓の言葉を伴った風が耳をくすぐる。

「な、んだと?」

俺は首を捻って、背後を見た。

「背中ががら空きでだったござるよ?」

そこにいたのは楓。
俺の背中に密着し、その腕で俺を拘束している。
さながらジェットコースターの安全バーを逆にしたみたいな状態で……この表現は変か。
と、とにかく俺は楓に背後から捕縛されているのだ!
そうか……!

「分身か……!?」
「その通りでござるよ。師匠は正面から接近する拙者に気を取られ過ぎて、背後から近づく拙者その2に気付かなかったでござるよ。前に師匠も拙者に言ったでござろう? 『策を持たずに突進してくるものは無い。必ず何かしらの奇策を用意している』と。あとは『やったか!?と言った時は大体やってない』など、師匠の教えは確実に吸収しているでござる」
「むむぅ……っ」

やられた……!
そうだ、相手は忍者。分身にも常に気を配っていないとならない。
背後からの奇襲なんて当然の様に想定しておくべきだった。
抜けていた……。
このぬるま湯の様な日常に浸りすぎて俺の牙はすっかり錆びちまったようだぜ。
シルフがいればここで『いや、昔も変わらずぬるま湯でしたよ?』と突っ込む仕組みだ。
しかし師匠としては嬉しい。
俺が普段から言っていた、半ばネタ混じりの発言を自分の力にしていたのだ。

「しかし……!」

この状態はまずい。
完全に体の身動きが取れない。
あと胸が背中に押し付けられて、気が散る。
これも作戦の内か……!

「悔しいが……成長したな楓」
「師弟関係も長いでござる、師匠の弱点もお見通しでござるよ。――ズバリ師匠は身内相手だと極端に見通しが甘くなる」
「ズボシ!」

楓の言葉は確かに身に覚えがある。
別段加減しているつもりは無いのだが、どうしても身内相手だと戦いではなく、日常の中での些細なじゃれ合いの延長線上と考えてしまう。
これは俺の悪い癖だ。
いつか楓が俺を本気でキルしに来たらマジで危うい。
対策を考えておこう。

「ふっふっふ」

勝者の余裕か、笑みを浮かべる楓。
しかし楓、少々俺を甘く見すぎじゃないかな?
楓が俺の弱点を見抜いたように、俺も楓との付き合いが長い。
長い付き合いの中から俺もあいつの弱点を……
弱点。
弱点……?
……あれ?
お、おかしいなぁ。あいつの弱点ってどこ?
そ、そうだ。アホな所だ!
つまり学力では負けない。
あ、いやいや。今は戦闘面での弱点を……。
……うーむむ。
おかしいな、アイツの戦闘面での弱点がこれといって浮かばないぞ。
うぬぬ……っ!

「こ、これで勝ったと思うなよ!?」
「いや拙者の勝ち、でござるよな?」

い、いいさ。
今日のところは俺の負けでいい。
でも次は俺が勝つ!
次の勝負までにあいつの弱点探しとかないと。

「……お前の勝ちだ。ほら、もう離してくれよ」
「むふふふふ」

楓は不敵に笑い、拘束を解くどころか更にキツくした。
押し付けられる胸の感触も大きくなる。

「おいっ、早く離せよ! そ、それとも俺にトドメを刺す気か!? 怖っ、お前怖っ」
「違うでござるよ。……このまま、先ほどの師匠の言葉を実現するだけでござる」

先ほどの言葉って……キスか。
え、この状況でキス?

「つ、つまり身動きの取れない俺に無理やりキッスをすると……お前はそう言うのか!?」
「まあそういう事になるでござる」
「レイパー! この忍者レイパー!」
「ひ、酷い言い様でござるなぁ」

ちなみにレイパーの意味は今ひとつ理解して無かったりする。
無理やり肉体関係を強要されたりした時に、こう叫べと茶々丸さんに言われた。

「じゃあ頂きますでござる」
「や、やめろー! 誰か助けてー! じいさーん!」
「そこで学園長が出る辺り、師匠どれだけあの老人のこと好きなんでござるか……」

俺の声は無人の廊下に響いた。
先ほどネギ君に襲われた時に楓に声が届いたのだから、今度も誰かしらに届くと思ったが、誰もやってくる気配が無い。
完全な孤立無援。

「じゃ、じゃあ……ゴクリ」

楓が生唾を飲み込み、俺に顔を近づけてくる。
その顔は真っ赤だ。
恥ずかしがってる、のか?

こんな状況で俺は楓の意外な一面を見た気がした。
こう、楓なら『はははっ、では拙者の唇は頂くでござるよ、ぶちゅー』みたいな軽いノリかと思ったのに。
よく見ると楓の膝は震えている。
そうか……こいつも女の子なんだよな。
そりゃキスなんて恥ずかしいだろうに。
楓がどうして突然繋がりが欲しいなんて言い出したかは、分からない。
それでも、それは本心から出た行為なんだ。
ふざけているわけじゃない。
俺は目を瞑って、生まれて初めて子犬に触れる子供の様に唇を近づけてくる楓を見て、心が仄かに温かくなった。
目の前にいるのは、14歳の子供なんだ。
顔を真っ赤にして迫ってくる楓に、微笑ましいものを感じた。
俺は体に力を抜き、仕方ないと肩をすくめ――



「隙アリィィィィィィ!!!」



自由な右足を無防備な楓の顔に向かって蹴り上げた。
吸い込まれるように無防備な楓の顎へ喰らい付く俺のトゥーキック。
勝った! 第三話完!

「ひょいっと」

しかし、目を瞑ったまま軽々と避わされた。
空を切る俺の右足。
ば、馬鹿な!? あの状態で避けるだと!?

俺が戦慄していると、俺の右足を回避した状態の楓が呆れた様に言う。

「師匠、足癖悪いでござるよ? そもそも女子の顔を何の戸惑いも無く蹴り抜こうとするのは如何なものかと……」
「うるさいよ! くそ、簡単に避けやがって……!」
「ふむ、では足も封じておくでござる」

にんにん、と楓が印を組むとボンとした音と共に煙が俺の視界を塞いだ。
煙が消えるとそこには……

「楓3号でござる」

もう一人楓が増え、俺の両足を掴んでいた。
少女とは思えない力で俺の両足は固定され、全く動かせない。
凄まじい握力だ。
そのうち『拙者の握力は108kgでござる』とか言いそうだなこいつ。
これで俺の体は首から上以外、全て固定された。
あとは噛み付くぐらいしか攻撃方法が無い。

「がうがう!」

威嚇する。
俺のチワワ並みの威嚇に怖気づいたのか、楓は困った様に眉尻を下げた。

「むぅ……流石にそこまで拒否されると、拙者も女としてのプライドが……そんなに嫌でござるか?」
「そもそもだ!」

拗ねるように言う楓に、俺は心を鬼にすることにした。
これも授業の一環だ。

「女の子がそんな軽々しくキスをしようとしては駄目だろうが! キ、キスってのはあれだぞ? 愛する者同士が行う神聖な行為なんだぞ? そんな、ちょっと消しゴム貸してみたいなノリでするもんじゃないっ。そこん所を分かってるのか?」
「し、師匠の貞操観念ふるっ! 拙者が言うのもなんでござるが、少々時代錯誤でござるよそれ……」
「え?」
「現代の接吻にそんな堅苦しい背景は無いでござるよ。それこそ遊び感覚で接吻を行う学生も多いでござる」
「マジで!?」
「マジでござる」

え、ええー……そうなの?
うわ、何かショック。

「別段好き同士で無くとも、場を盛り上げるための舞台装置として接吻を行うような風潮でござる。現代のそれは直接的に愛や劣情を含むような行為とは言えないでござる」
「そ、そうなのかー」

うーん。
そうか……俺がいた世界と少し価値観が違うのかなぁ。
それでもこの世界に来た時俺が調べたデータによれば、キスってのは尊いものって扱いだったし。
ああ、でも歴史の勉強含めてやったから、大分古いデータだったな、あれ。
今の時代はそうなのか。
つまりそうか。
このキス争奪戦に参加している人間が、全員愛やら恋心から参加しているわけじゃないのか。
ゲーム感覚ねえ。

「そもそも、師匠『俺に勝てばキスをしていい、男に二言は無い』と言ったでござる」
「だって負けるとは思ってなかったし」
「子供でござる!? その言い訳は子供のものでござる! ……むむぅ、この人で大丈夫でござるかなぁ」

おおう、何か弟子に心配されてるぞ俺。

「そんなに心配しなくても俺は大丈夫だ」
「いや自分の心配でもあるでござるよ。師匠にはもう少ししっかりしてもらわないと、拙者も困るでござる」
「何でお前も困るんだ?」

俺の質問に楓は、フムと思案顔になった。
そしていい例えが見つかったと、人差し指を立てた。

「……長きに渡り共に歩く二人の片方が未熟だった場合、もう片方も未熟な方に足を引っ張られる。高みを目指すのなら互いが程良く釣り合ってなければならない……そういう事でござるよ。拙者が見る限り師匠は、少しサボリ症の様でござるからな。近い精神年齢で共に遊ぶのも非常に楽しいでござるが、たまには年上の貫禄を見せて拙者をときめかせて欲しいでござるよ」

……。
……。
……わ、分からん。
ああ、でもここで分からないとか言ったらアホっぽいな。
うーん。

「……いや、しかし自分でが今の内に好みのタイプに教育というのもなかなか……」
「おーい」

何やら邪まなオーラを楓から感じる。
笑顔も何か黒いし。
いつもののほほん笑顔に戻って欲しい。

「……と、まあこれは後々考えるとして」

楓がやっと思考の海から戻ってきた。

「取り合えず接吻でござる」

ああー、やっぱ戻ってこなくてよかった!

「さて邪魔が入る前にちゃっちゃとやってしまうでござる」
「むぎゅ」

そう言うと楓は両手で俺の頬を挟んだ。
俺の意思とは関係無く、唇が突き出された。
本気らしい。
今度は防ぐ手立てが無い。

「まあ、師匠は深く考える必要は無いでござるよ。……ほんの少し拙者を意識するようになってくれればいいでござる」

やはり緊張しているのか、楓の手から俺の頬に震えが伝わる。
震えだけではなく、手の平が少し汗ばんでいるのも感じる。;

「では今度こそ、正真正銘……参るでござる」

ゆっくりと顔が近づいてくる。
俺は反射的に目を瞑った。
何となく目を開けているのが、恥ずかしかったのだ。
そもそも楓とここまで顔を近づけたことは無かったし。

ああ、くそう。
何でこんな時にシルフがいないんだ。
シルフが居れば、グダグダしたノリで何とかなるのに。
『うおー、マスターの唇をやらせはせん、やらせはせんぞー』みたいな感じで。

……あ、もしかしてシルフがいない隙を狙ったのか?
だとしたらかなりの策士だな。
楓に対する評価を改めなきゃな。

「……む? 何か……嫌な予感が――っ!?」

――ヒュン。

楓の呟く声の後に、何かが風を切る様な音が聞こえた。
次いで何かがドサリと落ちる音。
何だろうか。
しかし目を開けるのは怖い。
もし目を開けて、楓の顔のアップだったら非常に気まずい。

し、しかしまだなのか?
もしかして焦らす作戦なのか?
弟子の癖に生意気だな、おい。
ちょ、ちょっと目開けてみようか。
よ、よしっ、開けるぞ?

「…………ん? あれ?」

恐る恐る目を開けると、そこに楓の顔は無かった。
それどころか体の拘束も解かれている。

辺りを見渡すと、俺の拘束していた二人の楓も消えていた。
しかし肝心の楓本体がいない。

「お、おーい。かえでー」

探そうと名前を呼びながら一歩前進し――

「むぎゅぅ」

何か踏んだ。
ていうか楓だった。
楓の背中を踏んづけていた。
慌てて後退する。

「お、おい! お前どうしたんだ?」
「……きゅぅでござる~」

楓は頭に小さなタンコブを作り、目をぐるぐると回していた。
うわ言のように呟くだけで、ほぼ失神状態だ。
い、一体何がどうなって……ん?

「何だこれ?」

倒れている楓の足元、暗がりに月の光を反射してキラリと光る小さな物体を見つけた。
拾って目の前に翳してみる。

「BB弾?」

銀色のそれは一見ただのBB弾に見えた。
いや、しかしこれはどこかで……。
何だっけ。

「おお?」

じっくり眺めていると、BB弾の表面に何か小さな文字が見えた。
その文字は『N&H』
N&H。
……。
ナナシとハカセ。
あ、俺とハカセで作った特製の弾丸じゃないか!
そしてこの弾丸を込める兵器――雷神の槌(トールハンマー)
そしてアレが扱えるのも彼女しかいない。

つまりこれは……

「茶々丸さん……」

俺は窓の外から夜空を見上げた。
空は繋がっている。
この空は麻帆良の空と確かに繋がっているのだ。
きっと、きっと茶々丸さんも俺と同じ空を見ているんだろう。
あとエヴァも。

「ありがとう……」

俺は今麻帆良にいて、帰りを待ち続けているであろう茶々丸さんに心からの礼を言った。
きっと届くだろう。

<とあー!>

しんみりしている俺の心情を切り裂く様に、目の前の空間からシルフが飛び出してきた。
俺から離れて時間が経ったので、自動帰還が作動したようだ。


<マスターがピンチでデンジャーな雰囲気を感じ取ったので、このシルフ! 池の中から女神の如く光・臨!>
「遅っ、お前遅すぎっ」
<ええ!? お、遅いって……既にマスターのアレがああなって……花瓶に刺さった花がポロリですかぁ!?>

じっとりと水が滴ったシルフが俺の首元に収まり、残されたのは倒れ付した楓。
勝った、ということだろう。
俺は楓に勝った。
しかし俺の胸には勝利の喜びでは無く、苦味の様な物が残った。
いつだって戦いとは虚しいものなのだ。

 



[22515] 四話 これからドゥンドゥンキスしようじゃねえか!
Name: ウサギとくま2◆246d0262 ID:e5937496
Date: 2010/11/02 11:14
ナナシが夜空を見上げてるその頃、茶々丸も同様に空を見上げていた。
場所は麻帆良学園の屋上。
茶々丸は屋上に吹く柔らかな風の中で、遥か遠く京都がある方角の空を見つめている。

「――着弾の確認。対象の無力化に成功しました」

この学園の屋上という日常のシンボルとなる場所において、今の茶々丸は日常とはかけ離れた状態にあった。
茶々丸の正面にあり、茶々丸自身から伸びる多数のケーブルと繋がっているそれ――雷神の槌(トールハンマー)
巨大なその機械は、一見するとただの雑多な鉄の塊にしか見えない。
しかし実際それは、多種多様の複雑な機械が組み合わされた現代科学の粋を集めたものである。

(……い、一体なんだ? あの機械から何か弾丸のような物が飛び出したぞ? わ、分からん。アレは何なんだ……!?)

その茶々丸with雷神の槌を内心ドキドキで見つめるエヴァ。
全く事態を把握していない。
ただ事では無い様子の茶々丸に着いて来たのはいいが、完全に放置されている。
屋上に来るまでにも、茶々丸に対していくつも疑問をぶつけたが、『質問は後でお願いします。今は一刻も早くナナシさんを……』と珍しく焦りを浮かべている茶々丸に一蹴されただけだった。

「お、おい茶々丸。一体何事だ? それは一体……」
「申し訳ありませんマスター。先ほどは緊急時につき、質問に答えることが出来ませんでした」

機械から外したケーブルを体内に収納し、エヴァに頭を下げる茶々丸。
その顔は心なしか安堵に包まれていた。
何か大事をやり遂げた風な顔である。

「マスターの質問にお答えさせて頂きます。これは雷神の槌(トールハンマー)。超長距離狙撃兵器です」
「そ、狙撃兵器?」
「はい。ナナシさんとハカセが共同で開発されたもので、何重にもコーティングされた特殊な弾丸を撃ちだします」

茶々丸はエヴァにそれはもう分かりやすく、ここにハカセがいたら100点を出すであろう見事な説明をした。
実に見事にその機械を解説しており、魔法と科学の知識がそこそこあれば容易理解できるだろう説明だ。
しかし残念ながらエヴァは魔法には詳しくとも、科学に関してはてんで駄目である。
半分ほどしか解説を理解出来なかった。
科学部分については全く意味が分からなかったので、別世界の言語で話していると思ったほどだ。
しかしそれを顔には決して出さない。
従者に舐められたら終わりだと思っているからだ。

「――というわけです。ご理解頂けましたか?」

茶々丸がエヴァに問いかける。
エヴァは腕を組み頷いた。

「……なるほど。そうか、そういう代物か。ふん、面白い物を作ったものだ」

さも自分は全てを理解出来ていますよ風に頷いた。
しかし実際半分理解出来ていないので、科学部分について突っ込まれたらどうしよう、と内心ドキドキしていた。
顔以外の見えない部分では冷や汗をかいている。

「流石はマスター。あれだけの解説で理解して頂けたとは……」

凄いです、と尊敬の言葉をエヴァに向ける茶々丸。

「更に細かい説明も出来ますが……」
「――いやっ、いい! 大丈夫だ! 十分理解出来た! 出来たとも!」

ここにシルフがいたら<エヴァさん必死ですね^^>と言いそうな焦りっぷりだった。
二人は後片付けをして、帰路についた。
その途中、エヴァが台車をコロコロと押している茶々丸に問いかける。

「その……アレだ。あの機械は空間転移を使って、弾丸を一気に相手がいる場所まで距離を省略する……もの、なんだな?」
「はい、その通りです。具体的に原理を説明しますと……」
「い、いやいい。ただ、対象の場所がどうやって確認する?」
「はい。対象の確認には以前ハカセが試験的に打ち上げた衛星を使っています。その衛星にリンクして――」

再び茶々丸の説明が始まった。
やはりそれは分かりやすいものだったが、完全に科学的な話だったので、エヴァは「聞かなければ良かった……」とげんなりした。
その後も説明が続く。
空間魔法を使う際には、特殊な加工をされた弾丸が必要な為、コストがかかりすぎること。
雷神の槌を起動するのに、莫大な電力が必要なこと。
そもそも衛星にリンクしながら、雷神の槌を作動させる処理が茶々丸ほどのスペックが無いと不可能なこと。
その他諸々の事情で倉庫送りになったこと。
エヴァは怒涛の説明に目を回した。
聞かなければいい話だが、彼女は興味を持ったことに対して答えを得なければ済まない性分なのだ。
故に止せばいいのに、新しく沸いた自分の疑問を茶々丸にぶつけた。

「……あー、あれだ。大体分かった。あと分からないことが一つだけあるんだが……」

一つどころでは無いが。

「そもそも、何故あいつの危機だと思った? まさか虫の知らせなどと言うわけでもあるまい。……まさかその衛星とやらでアイツを四六時中監視してるなんてことは」
「ありまえせん。それはプライバシーの侵害です」
「そ、そうか」
「しようと思ったことはありますが、寸でのところで中止しました」
「――」

エヴァは文字通り絶句した。
そしてこの従者を自重させる何かしらの手段を講じようと思ったが、もう遅いか、と諦めた。

「何故分かったか。……私にも良く分かりません。ただ何となく、ナナシさんが危ないと。私の胸の奥が告げたのです」

茶々丸は胸に手を当てながら空を見上げた。
その先にある何かを見るように。
そしてその胸の奥、そこから零れ落ちる何かを言語しようとし、それは自然と茶々丸の口から零れ落ちた。

「……もしかするとこれが……愛の力、なのでしょうか」
「は?」
「……っ。い、いえ何でもありません」
「今愛がどうとか……」
「忘れてください」

自分の失言に気づき、慌てて口を噤む茶々丸。
しかし、エヴァがその失言を聞き逃すはずもなく、ニヤリと面白いものを見つけたように口を端を吊り上げた。
そして茶々丸を指差して笑う。

「くくっ、あはははははっ、忘れるものか! 真面目な顔して愛! あっはっはっはっ、腹が痛いっ。愛の力! あ、愛の力、ふふふっ」
「……うう」

真っ赤になった顔を両手で隠す茶々丸。
普段の茶々丸なら決して言わないであろう言葉だったが、射撃の高揚感からかポロリと漏れ出てしまったようだ。
放熱板から大量の蒸気を噴出す。
珍しく弱腰の従者をこれ幸いにと弄くり倒すエヴァ。

そんなエヴァ家だった。


三話 これからドゥンドゥンキスしようじゃねえか!


目を回している楓をロビーに繋げた門の中にシュート!して、残りの生徒達を探すために歩きだした。
とは言っても、かなりの人数を回収したので、あと少しだ。

<この先の部屋に本ちゃんと夕映ちゃんがいるみたいです>

既に探索魔法で生徒の場所を特定しているシルフの言葉に従い、二人がいる部屋に向かう。
既に殆どの生徒をロビー送りにしたはず。
残りはどれくらいだろうか。

「残りは誰だ? ――宮崎か! 夕映か!」
<まさかのトキかもしれませんね。あ、あと他にはいないです、これで全員ですよー>

まさかこんな京都の旅館に北斗神拳の伝承者がいるはずもない。
俺は残りの二人がいるらしき部屋に向かった。

「ここか」

目的の部屋にたどり着いた。
特に人がいるような声や音は中から聞こえてこない。

――ドタン!

と、思いきや何か物が倒れるような音が耳に入った。
囁くような小さな声と、衣擦れの音。
恐らくは宮崎と夕映だろう。
とにかく、二人がいる確認は取れたので、回収するために扉を開けようと――


「――だ、誰かっ! 誰か助けて!」


ドアノブに手をかけたところで、夕映の悲鳴にも似た叫びが中から聞こえてきた。
夕映にしては珍しい、尋常じゃなく切羽詰った声だ。
もしかするとトキに襲われているのかもしれない。
俺は急いで扉を開けようとした。

<――マスター! 待って下さい!>

シルフの言葉にドアノブを捻ろうとした手を止める。
こちらも随分と切羽詰った声だ。
俺がこのドアを開けることで何か問題があるのだろうか。
しかし、早くしないと中にいる夕映が胡坐ビームを喰らってテーレッテーされる。

「何だシルフ!? どうして止めるんだ!」
<は、はい……実は……最近ちょっと自分のキャラについて、これでいいのかなぁって考えるようになって……>
「それを今言う必要があるのか!?」
<あ、いえ。思い出したので忘れない内に言っておこうかと>

全く意味の無いやり取りだった。
まあ、確かにシルフのキャラについては、俺も色々と思うところがある。
今度エヴァ辺りを交えて話をするのもいいかもしれない。
しかし今はシルフのキャラより、オモイガーされてしまう夕映だ。
俺は半ばドアを突き飛ばすように、部屋の中に飛び込んだ。

――そこで見たのは



■■■


時間は少し遡る。
数分後、ナナシが侵入するこの部屋には、三人の人間がいた。
宮崎のどか、綾瀬夕映、そしてネギ・スプリングフィールドである。

「……うーん、ネギ先生がたくさん……うぅ」

宮崎のどかは布団の中でうなされている。
何かショックを受けるような光景を見たのだろう。
具体的には複数に分裂するネギ・スプリングフィールドとか。
そして残りの二人。
綾瀬夕映とネギ・スプリングフィールド。

「――っ。な、なにをするですかネギ先生……!」
「フフ、フフフフ……」

布団で寝ているのどかのすぐ側で、ネギは夕映を押し倒している。
ネギは夕映の腕を拘束し、怪しげな笑みで彼女の顔を見つめている。
そしてそれから逃れようとする夕映。
しかしネギの力は尋常ではなく、少女の細腕で逃れることは出来ない。
夕映は親友を起こさないように小さな声で、自分を押し倒す少年に向かって言葉を放った。

「ど、どういうつもりです……! 自分が何をしているか分かってるですか……っ!?」
「フフフフ……好きです夕映さん」
「……は?」
「好きですからキスをしましょう……フフ」
「ふ、ふざけないで下さいっ。のどかの事を真剣に考えると言ったあの言葉は嘘だったですかっ?」

親友の恋心を無碍にされ、心から怒りを表す夕映。
対するネギは相変わらず怪しげな笑みを浮かべるのみだ。

「フフフ……フフフフフ……フフフフフフフフフ」
「……っ」

壊れたように小さな笑い声を発するネギに、得体の知れないものを感じる夕映。
恐怖から逃れようと必死で体を捻る。

「フフ、怖がる必要は無いんですよ? 僕のメタルジェノサイダーが夕映さんのインフィニティ・シリンダーにアイン・オフ・ソウルするだけです……フフフ……」
「あ、あなたは一体……!? ネギ先生では無いですね……っ!」

普段の心優しい少年とはかけ離れていることを感じ取った夕映は、目の前の少年を別人だと判断した。
自分の身に危険を感じる。
このままだと何をされるかと。
しかし自分の力でこの拘束から逃れることは出来ない。

「誰かっ!」

先ほどまでは、親友が起きてこの状況にショックを受けないように声を抑えていたが、このままでは自分の身が危うい。
故に助けを呼ぶことにした。
体の奥から叫ぶ。
この部屋の近くを通りがかった誰かが助けてくれるように。

「誰か! 誰か助けてっ!」

迫ってくるネギ(偽)の顔を必死で押し返しながら。
その誰かを呼んだ。
その誰かは夕映の脳裏にぼんやりと姿が浮かんでいる。
こういう状況で助けれくれる誰か。
昔同じように自分を助けてくれた誰か。
かくしてその助けは誰かに届き、

――どん!

大きな音を立てて開かれる部屋の扉。
入ってきた人物は、彼女の脳裏に浮かんでいた姿と完璧に符合していたのだった。

「……先生」


■■■


部屋の中に飛び込んだ俺の眼に入ってきた光景。
それは何とも説明しずらいものだった。
部屋の中には予想と違い、三人の人間。
布団の中で眠っている宮崎。
夕映を押し倒しているネギ君。
浴衣をはだけながら、ネギ君の顔を両手で掴んでいる夕映。

「……こ、これは一体」

何とも良く分からない光景だった。
俺の脳はこの状況を説明する為に必死で回転している。
何で宮崎が寝てるの?
何で夕映がネギ君に押し倒されているの?
ネギ君のあの切なげな笑みは何なの?
トキはいないの?

<はい! 私分かっちゃいました!>

俺がウンウン唸っていると、いち早く状況を見抜いたシルフがどや顔でこちらを見てきた。
どや顔はむかつくが、この状況をいち早く理解したのは正直凄い。
流石は俺の参謀役。
答えを聞くことにした。

<フッフッフ、あの押し倒し押し倒されている二人はですね――ズバリ布団で眠っている本屋ちゃんの夢(ドリーム)! 見てくださいあの顔! 凄くうなされてるでしょう?>

シルフの言う通り、宮崎の顔は悪夢を見ているそれだった。

<ほら、漫画とかであるじゃないですか。自分の考えてることがホワンホワーンって浮かぶの。つまりそういうことです!>
「でも、その夢とやら、俺達にも見えてるぞ?」
<そこはそれ。思春期の少女の妄想の逞しさ、その逞しさたるや現実世界を侵食するほどです>

そ、そうなのか……。
なんだよ、良かった……襲われてる少女はいないのか。俺はてっきり夕映の一大事だと思って……。
安心安心。
好きな男性(ネギ君)のことを想うあまり、自分の親友とネギ君がねんごろな関係になるという悪夢を見てしまったのだろう。
そしてその悪夢とやらは鮮明に俺の眼に映っている。

よくよく考えてみると俺達の日常には結構な頻度で漫画表現的現象が現われる。
たまにエヴァと掴み合いをしている時、煙に包まれたり。
アスナに突っ込みを入れられた時は目から星が出たり。
目の前のネギ君と夕映もそんな漫画的表現の一種だろう。

「そんなわけないです! 何を目の前で馬鹿なこと言ってるですかっ。は、早く助けてくださいっ!」

俺が納得していると、宮崎の夢である夕映が話しかけてきた。
その顔は必死そのものだ。
その夢夕映の必死な表情を見ていたら、俺の心に疑問が生じた。

あれが夢? 妄想?
本当にそうなのか?
あの必死な表情、飛び散る汗、顔を掴まれて面白い顔のネギ君。
リアルすぎる。
到底幻には見えない。

それにあれが幻だったとしても、夕映は夕映に変わり無い。
あれが本物の夕映だったら、俺は勿論助けただろう。
当然だ。彼女は俺の生徒である前にこの世界に来て初めて出来た友達だ。
幻だから助けないのか?
いや、違うだろう。
それが幻だろうが、何だろうが俺は助ける!
それが友情パワーだ!
友情は見返りを求めない!

「今助けるぞ!」
<待って下さいマスター!>
「な、なんだよ。またキャラがどうとかか? その話なら後で聞くから今はゆえっちを……」
<落ち着いてくださいマスター。さっきも言った通りあの夕映ちゃんは幻です>
「だとしてもあれが夕映っちには変わらない! 偽者だろうが幻だろうが俺は助ける! そして今の俺なんかカッコよくね!?」
「どうでもいいですから早くっ、くうっ……助けてっ、ください!!」

夕映が必死な顔で俺に訴えかける。
彼女のトレードマークである額には玉の様な汗がポツポツと浮かんでいる。
い、今にも力尽きそうだ!
早く助けないと!

<だから待って下さいマスター!!>
「だから何だよ!? それからお前さっきから発音が『待って下さい』をマスターした人みたいな感じで、何かキモい!」
<キモくないですよマスター!>

またしても『キモくない』ことをマスターした人みたいな発音だった。
言われずとも俺はキモくない。
さっきからシルフが助けようとする俺を執拗に止めてくる。
そんなに幻を助けるのが嫌なのか?
……いや、どちらかと言うと、幻を助けることで俺に何か危険性がある様な言い方だった。

「一体何なんだ。早くしないとゆえっちが……ネギ君にデストローイされてしまう!」
<落ち着いて下さい! あんな安っぽい罠に嵌っては駄目です! あれは夢の世界の住人である彼女達の罠なんです!>
「罠?」
<はいっ。彼女達は罠にかかったマスターを依り代に、幻界から現界に出現しようとしているのです!>
「何かそれどっかで聞いたことあるぜ!」

どこだっただろうか?
思い出せないな。
しかし俺の大切な人間に化けて騙すなんて酷い。
夢もキボーもありゃしない。
普段なら夢の世界の住人の罠なんて、馬鹿げたことは鼻で笑うだろう。
しかし、先ほどの偽者のネギ君のこともある。

「……ふぅ、危うく騙されるところだった。夕映(夢)、いやここは敢えてゆめっちと呼ぼうか。貴様らの企みはまるっとお見通しだ!」
「私は本物ですっ。わけの分からないこと言ってないで助けてください!」
<偽者はみんなそう言いますよねー>

確かにシルフの言う通りだ。
偽者は自分のことを本物だと主張するが、本物はそもそも主張なんてしない。

「だからっ、私は本物の綾瀬夕映っ、ですよっ!」

しかし、偽者の必死な様子を見ていると、本当に偽物なのか確信が揺らぐ。
必死過ぎて物凄い力を発揮しているのか、ゆめっちのGDA(顔面ダブルアイアンクロー)でネギ君の顔が放送禁止レベルに歪んでいる。
何とか偽者か本物かを判断する方法は無いか……。
うーん。
あ、そうか!

「本物の夕映っちなら本物しか知らない様な情報を知っているはず!」
<なるほど! 本人しか答えを知らない様な質問をするわけですね! さっすがマスター。マスターは本当に頭の良いお方です!> 

よし、じゃあ質問しよう。

「ジャイアンツの外国人選手の名前を全部言えるか?」
「そんなの知るわけないです!」
<ていうかそれ知ってても、ただ夕映ちゃんがジャイアンツファンってことが分かるだけです>
「それもそうか」

そもそも外国人選手の名前言われても俺分からんしな。
よくよく考えると、夕映が知っていて、かつ俺が知っている情報じゃなきゃならないんだよな。
うむむ、これは難しいぞ。
俺と夕映の共通の情報。
あ。

「そうだ。俺と夕映っちの初めての出会いだ。本物の夕映っちなら勿論知ってるだろ?」
<初めての出会い? え? 何の話ですか?>

俺と夕映が初めて出会ったとき、シルフはいなかった。
丁度ハカセに頼まれて、貸し出していたからだ。
つまりあの出会いを知っているのは、夕映が他の誰かに話していない限り俺と夕映だけだ。
夕映はサッと頬を赤くした。

「……うっ、初めての出会い、ですか?」
「ああ。本物なら知ってるだろ? 
「も、勿論覚えていますけど……」

何故か夕映は乗り気じゃない。
まあ、あまり人に話せるような内容じゃないからな。
言うか言うまいか悩んでいるのか、その拳は強くに握りこまれており、掴まれているネギ君の顔は最早人間とは思えないものとなっていた。

「わ、分かったです! これを話せば私が本物と信用してくれるですね!?」
「ああ」
<わ、私が知らないマスター……ゴクリ>
「シルフさんは耳を塞いでいてください」
<ええー!? 何でですか!?>
「何ででもです!」

そういえば、あの時も『このことは誰にも内緒ですからね!? 話したら唯じゃおかないですよ!』と脅されたっけ。
ならしょうがない。
シルフの耳は俺が責任を持って塞いでおこう。
……。
その前にシルフの耳がどこか分からない。
仕方ないから、おにぎりを握るように、全体を両手で包もうか。

<わっ、何するんですかマスター! 何も見えないじゃないですかっ。それに何も聞こえない……って、どこ触ってるんですか! エッチ!>

特にこれといって、いやらしい部分には触れていないはずだが……まあいい。
これで第三者はいなくなった。
これでここにいるのは俺と夕映だけ。
いや、ネギ君もいるが、今やその顔は原型を留めていないので大丈夫だろう。

「さあ、話してもらおうか。そして自分が本物であることを証明してみるがいい!」
「……うぅ。何でこんな状況で自分の恥ずべき過去を公開しなければならないんですか……」

夕映はげんなりした表情で言った。
しかしそのままでは、埒が明かないと悟ったのか、ポツポツと過去の記憶を語り始めた。


「あれは今から二年半前。まだ私が小学校に通っていた時のことです――」


夕映の言葉で、俺の脳裏にも過去の記憶が蘇ってくる。
そう、あれは俺がこの世界に来て一年も経ってない日の話だ。

――続く。



[22515] 五話 いやあ、美しい思い出でしたね
Name: ウサギとくま2◆ec27c419 ID:e5937496
Date: 2010/11/13 20:38
もう二年近く前の話になるだろうか。
まだ、茶々丸さんが家に来る前。
俺が教師になるずっと前だ。
そう、確かあの日は朝からハカセが家を訪ねてきたんだ。


■■■

とある休日の朝。
家政婦の市原さんが作った朝食を食べていると、訪問者を知らせるベルが鳴ったのだ。
市原さんは朝食を作った後に買い物に出かけたので、俺かエヴァのどちらかが対応しなければならない。

「ふぉふぃ、ふぃふぁまはふぇろ(おい、貴様が出ろ)」

トーストを口に詰め込み、餌を食べているリスのようになったエヴァが俺に言った。
相変わらず子供の癖に偉そうである。
まるで、この家の主の如き態度。
ここは、大人としてガツンと言っておこなければ。

「ふぁあ? ふぇふぁふぁはふぇりふぉ。(はあ? お前が出ろよ)」

そう言えば俺もリス状態だった。

<もうっ、二人ともそんなに口の中に物を詰め込んだまま喋っちゃ駄目ですよ。お行儀が悪いですよ>

咎めるように言ったのはシルフだ。
実に正論だが、時計に言われると何かな……。

「ふぁんふぁと? ふぁふぁふぃふぁふぇふぉふぉふぃっふぁふふぁ! ふぉふぉふぁひふぃははふぇ!(何だと? 私が出ろ言ったんだ! 大人しく従え!)」
「ふぉふぉふぁふ! ふぁいふぁいふぉっふぉふぉファふぇふぇふぁふぉうふぁんふぁふぉ! ふぁふぃふぁふぁふぉふふぉひは!? ふぁいなるふぇふぃお!?(断る! 大体何でお前そんなに偉そうなんだよ! この家の主のつもりか?」
「ふぉうふふぁ! ふぉふぉふぉふぉふぃふぁ!(そうだ! その通りだ!)」

え……あ、ああ。
そうだった。
この家エヴァの家だったんだ……。
てっきり自分の家と思ってたよ。
そういえば俺、居候させてもらってるんだっけ。

「ふぁいなるちぇりお……ごくん。くそう、家の主の命令には逆らえないか……」

俺はパンを飲み込み、椅子から立ち上がった。
俺も恩知らずにはなりたくない。
寝床を提供してくれているんだ。このぐらいはやらないと。

俺は「早く行け」と視線で訴えてくるエヴァを背に、玄関に向かった。
靴を履き、玄関の扉に手をかける。

「はいはーい。今出ますよー」
<マスター、いいですか? 新聞勧誘の人だったら『いえ、自分紙は新聞紙よりトイレットペーパー派ですから、メ~』って言って追い返すんですよ?>
「俺ヤギじゃないし」

くだらないことを言うシルフを無視して、扉を開ける。
そこには眼鏡に黒髪を三編みにした白衣の少女が立っていた。

「おはようございますー」

にこやかに朝の挨拶をしてくるのはハカセ。
エヴァ繋がりで何度か会っている。
俺と同じく科学者らしく、色々と話が合うのだ。
そう、俺は科学者なのだ(ここ重要)
最近自分でも科学者って設定忘れかけてるからな……。

「で、今日は何の用だ? 新聞の回し者か?」
「新聞じゃないですよー。ほら、前言ってたアレ。アレですよー」

アレ?
ふーむ。

「……ああ! アレ? アレか!」
「はいー。アレです!」
<ほほう、アレですか。ふふふ、良く分かりませんが、仲間外れは嫌なので適当に頷いておきましょう>

ようやく思い出した。
そう言えばそんな話もあったか。
すっかり忘れてた。

「それで、今日は大丈夫ですかー?」
「いいよ。何も予定は無いし。……ブツは?」
「えっへっへ、こちらに」

ハカセが白衣の中から、何かでパンパンに膨らんだ袋をこちらに手渡してきた。
受け取り、袋の入り口に口をあて一気に吸い込む。

「すぅーーー……はぁ。へ、へへへ、これは中々いいもんを持ってきてくれたな、ハカセ」
「はい、それはもう。ナナシさんの大切な物を貸して頂けるのですから、かなり高級な物を用意しましたよー」
<この会話何かヤバくないですか? 特に袋を吸って至福の笑顔を浮かべるマスターの顔とか>

確かに今の俺の顔を誰かが見たら、通報するレベルだろう。
それほどまでに、素晴らしいブツだったのだ。
ハカセもここまでの物を集めるのに、相当苦労しただろう。
交換成立だ。
俺はブツを受け取り、ハカセには俺の大切な物を貸し出す、約束どおりだ。

俺はシルフを首から外し、ハカセに手渡した。

<へ? あ、あのマスター……これは一体どういう?>
「ん? ああ、まあな。うん、アレだよアレ。な、分かるだろ?」
<分かりませんよ! ちょ、ちょっとマスター! ハカセちゃんが私を見る目がヤバイんですけど!? ちょっ、どこ触ってるんですか!?>

ハカセは我慢ならないのか、早くもシルフを撫で回している。
その目は確かに危うい。
イっている。
本当にハカセにシルフを預けてもいいのか、少し心配になる。
前々からハカセはシルフに興味津々であり、一度でいいから貸して欲しいと頼まれていたのだ。
科学者というものは未知のテクノロジーに興味が尽きないもの。
その気持ちが分かる俺は、交換条件と共に貸し出したのだ。

「じゃ、そういうことでシルフ。今日一日ハカセの所で遊んで来い」
<マ、マスター!? あ、遊んで来いって……それお医者さんごっこでしょ!? 私が患者の! ハカセちゃんが医者役の! オペメインの!>
「そんなこと……ないヨ」
<目を逸らした! 露骨に目を逸らしたー! もう絶対確定じゃないですか! これ人身売買ですよ!? いくらで私を売ったんですか!?>
   
俺の手元にある袋。
中身は大量のラムネ。
おおよそ、ラムネ一年分でシルフを一日貸し出し取引は成立したのだ。
妥当だと言えよう。
そして人身売買ではなく、時計売買だ。

「じゃー、夕方にまたお届けしますねー」
「うむ」
<うむじゃないですよっ。何食べてるんですかっ? もしかしてラムネ? ラムネで私を売ったんですか!? 鬼! マスターのオニ! オニーチャン!>
「さ、シルフさん。行きましょう? 怖がらなくていいんですよ? ちょっと中身を見るだけですから……フフフ。一体、どういう仕組みで喋ってるのか……やっぱり高性能なAI? 楽しみですー」
<な、中には何も無いですよっ。ましてや人なんていませんから! 中に誰もいませんよ!>

ハカセがセグウェイに乗り遠ざかっていく。
俺の視界からその姿が消えるまで、シルフの悲痛な叫びは消えなかった。
俺は売られていく牛を見るように、その光景を眺めつつ、ラムネを貪り食った。

家の中に戻る。
さて、今日は何をしようか。
やることはいくらでもある。
俺がこちらの世界に来てもうすぐ一年。
一年経ったが、まだまだ知らないことだらけだ。
学ぶべきことも多い。
今日はエヴァにこの国の歴史でも教えてもらおうか。
エヴァは子供ながら、凄まじい知識量を誇る。
簡単なものから難しいだろう質問まで、余裕で答える(面倒くさそうに)
そしてきちんと教えを乞えば、割とノリノリで教師役をやってくれる。
人に物を教えるのは好きらしい。

俺はリビングに戻り、今まさに朝食を食べ終わったエヴァに話しかけた。

「おい、エヴァ。今日は暇――」
「じゃない。私は今から寝る」

俺の誘いは即座に却下された。
少しムっとした。

「お前今から寝るのか?」
「ああ、そうだ。少々寝不足でな」
「お前自己管理くらいしっかりしろよ。夜更かしして寝不足なんて子供じゃあるまいし」

……いや子供か。
俺の言葉に、エヴァはビキリと額に青筋を浮かべた。
腕はプルプル震えている。

「誰のせいだと思ってる! 私が寝不足なのは、貴様が昨日の晩部屋に来たことが発端だぞ!?」
「昨日の夜?」
「そうだっ。将棋板を持って来ただろうが!」

エヴァの言葉に昨日の夜を思い出す。
そうだ。確か昨日の夜、エヴァの部屋に行った。
エヴァから借りた本で将棋を知って、興味が出たからじいさんの所に行ったら将棋板を貸してくれたんだ。
それで、じいさんに将棋を教えてもらって、夜にエヴァを負かせて『ひーん、ナナシさん強いですー。流石ナナシは格が違ったー』と吠え面をかかせようとしたんだ。
そしてボロ負け。
エヴァは鬼の様に強かった。そして全く容赦しなかった。
俺は負け続けた。

「貴様が『次、今度は勝つ』と何度も何度も、いい加減諦めればいいものを……」

確かにそうだった。
エヴァに負けたのが、悔しかった俺は何度もリベンジをした。
ちなみにエヴァも何だかんだで楽しんでたはずだ。
リベンジする俺を見て『ククク、人間如きがこの私に適うはずが無いだろうに。しかし貴様が足掻く姿は見ていて楽しいな、ふははっ』なんて中二病全開で笑っていた。
しかしまあ、かなりの時間将棋を指していたはずだ。
それで寝不足になったのか?
いや、それはおかしい。
俺は超健康的人間なので、夜の10時になると眠くなる。
昨日も10時までエヴァと将棋を指していて……あれ?
記憶が無い。

「10時で終わったっけ?」
「ああ。貴様との将棋は終わった。貴様は10時になった途端、突然倒れるように眠った――人のベッドを占領してな!」

ああ、だから今日はエヴァのベッドで起きたのか。
おかしいとは思っていたんだ。
寝ぼけたもんと思ってたわ。
じゃああれか。
エヴァは同じ部屋で寝る俺に緊張して、寝不足になってしまったってことか!

「貴様が何を考えているかは知らんが、確実に違う。貴様が眠った後に入れ替わるようにして、馬鹿時計が将棋相手になったんだよ……全く忌々しい時計だ」
「でも相手したんだよな?」
「相手しないと自爆するとほざいたからだ!」

うーん、エヴァとシルフの対局かぁ。
想像もつかんな。

「あの馬鹿時計も誰に似たのか、負ける度に『もう一回! もう一回!』と……全くっ」
「タカミチに似たんじゃね?」
「お前だお前! そして私が断ると今度は安っぽい挑発だ」
「『あー、次やったら勝てるのになー。え? エヴァさんもう終わりですかぁ? まあ、いいですけどね。だって次やったらエヴァさん負けちゃいますからねー』……って感じ?」
「……大当たりだ」

よし当たったぞ!
あんま嬉しくない!

「それで寝不足か」
「ああ。馬鹿時計が眠った……かは知らんが、喋らなくなったのが4時。それから眠りについた」
「起きたのが9時だろ? 結構寝てるじゃん」

9時に家に来た市原さんに、二人とも起こされたのだ。
二人で寝ている俺達を見た市原さんは『まあまあ仲のいい兄弟ねえ』と微笑んでいた。
当然のように、誰が兄弟だ!とエヴァが怒ったが。

「貴様ら一人と一つの寝言がうるさくてな……何度も何度も目を覚ました、全く。……ふぁぁ。もういいか?」

流石に大きな欠伸をして本当に眠そうなエヴァを止めるわけにはいかない。
原因も俺達の用だし。
エヴァは俺に背を向け、リビングのドアに手をかけ、

「……夕方になったら来い。その時に起きていたら相手をしてやる」

そう言って自分の部屋へと帰って行ったのだ。
要するに遊びたいのなら夕方に来てね、ってことだろう。
相変わらず分かりにくい。

さて、エヴァも自分の部屋で寝ている。
俺は一人。
うーむ。

「テレビでも見るか」

エヴァと何かすることしか予定になかったので、やることが思いつかない。
ここはテレビを見ながら考えよう。
それにテレビは情報媒体としてかなり効率的だ。
ただ適当に見ているだけで、その時代、国の雰囲気がつかめる。

「何か面白いものは……」
『今日の星座占ーい☆ 今日もみんなの運勢占っちゃうよー☆』

お、星座占いか。
何となく見てみる。11位から読み上げられ、2位まで発表された。
俺の誕生月はこの世界の暦に当て嵌めると11月11日、さそり座だ。
まださそり座はまだ出てない。

『続いては第1位……の前に12位の発表だよー☆』

残りは1位か12位。

『12位はぁ――しし座のあなた! ざーんねん☆』

よっし! 1位だ!

『しし座のあなたは――今日死にます☆』

こええ!
しし座の人今日死ぬの!?
何これ!?

『でもだいじょーぶ☆ 特別にあ・た・しが死なないオマジナイ教えてあげちゃう☆』

どうでもいいけど、このキャラうざいな。
テレビの画面ではSD化されたキャラクターが先ほどから喋っているのだが、何故かそのキャラクターはオカマだ。
青髭が妙にリアルで気持ち悪い。
声はオカマキャラに定評があるホウチューさんだ。

『ラッキワードはぁ――卍解! ラッキーカラーは黒! 今日は黒い服を着て、10秒に1回は卍解って叫んでねー☆ じゃないと死ぬわよー☆』

うーん、恐ろしい占いだ。
しかし面白いなぁ。
1位は何だろう。

『次はお待ちかねの1位よ☆ さ・そ・り・座のあなた☆ おめでと☆ 今日はあなたにとって最高の日よー☆ 何もしなくてもあなたは幸せに過ごせるはず』
「マジか」
『それでももっと幸せになりたい欲張りさんなあ・な・た☆ いいわ、教えちゃう! もっと幸せになる方法シータが教えてあげちゃう☆』

このオカマ、シータって名前なのか。
てっきり五郎とか助六とか、渋い名前かと思ったぞ。

『ラッキーカラーは青! 今日は青髭残しときなさい☆ そしてこれが重要よ! ラッキーシチュエーション――不良に絡まれてる女の子☆ 助けちゃいなさい! もうどんどん助けちゃいなさい! 今日は外に出て不良に絡まれてる女の子を助けるのよ☆ そうすればあなたに格別の幸せが訪れるわぁ☆ ミーナ嘘つかない☆ ほんとよ☆ もう絶対幸せ! 1000万入ったバッグとか拾っちゃうわ! それネコババしなさい☆ 絶対つかまらないから! オーケー?』
「オッケー!」
『もう言いお返事☆ じゃあまた明日も見てね☆ シータとのお約束☆ ばいちゅー!』
「ばいちゅー!」

よし、今日の予定は決まった。
外に出よう。そして――

「不良に絡まれてる女の子を助ける」

それから1000万を手に入れる。
金はあって困るもんじゃない。
『E資金』の足しにもなる。
何だか良く分からないけど、あの占いは俺を沸き立たせる。
もしかしたら前の世界の大切な人である彼女と名前が似ているかもしれない。


■■■


「ねっぷす! ……な、なんすかね? 誰かが自分の噂とかしてるんすかね?」
「……」
「おや、ウェイさんどうしたっす? そんなプルプル震えて?」
「……」
「そして自分に向かって拳を振り上げる、と。はいはい、分かってるっすよ。自分のくしゃみで正面に立っていたウェイさんに涎とかが飛んだ、と」
「……もう少し右を向けい。その位置じゃと、上手く振り抜けん」
「向いたら殴んないすか?」
「殴る。向かなくても殴る。逃げても殴る。泣いても殴る。倒れても殴る」
「……し、死んだら?」
「――殴るに決まってるじゃろうが」
「ふふっ、そうっすよね」
「くくくっ」
「あははっ」
「くくくくくっ」
「せんぱーい! 助けてー! こ、殺される! 大切な後輩であるこのミネルヴァたんが殺されてしまうっすよおおおぉぉぉぉー! ひ、ひぃー!?」 



■■■


「ミネルヴァとシータって全く名前似てないな」

エヴァの家から外に出て、俺は呟いた。
日差しがまぶしい。
空気も美味い。
外に出てみて正解だ。

家から離れて麻帆良を歩く。
今日は休日だからか、人が多い。
制服を着ている学生、ジャージを着ている学生、スーツを着ている教師。
みんな休日を満喫しているようだ。

「では真名。今から拙者が分身して投げる手裏剣を撃ち落とすでござるよー」
「ああ、分かった」

公園では活発に遊んでいる少女たち。

「ハイヤー! 次の対戦者はいるアルかー!?」
「ふふ、調子いいネ古」
「当たり前アルよ! もうすぐ中学生になるアル。そしたらもっと強いのが相手アル、今のうちに鍛錬アルよー!」

中華っぽい服を来た少女がストリートファイト。

「おーっと! あれは体育教師のゴリと美術教師のキャサリン先生! 二人仲良くお食事かなー? スクープスクープ!」

カメラを持った少女。

「ねえのどか? それ男物の帽子よね。誰かにあげるの? も、もしかして高畑先生!?」
「ちゃうよー。最近おじいちゃんのお友達とお友達になってん。んでなー、すっごい面白い人やねん。この帽子とか似合いそうやろ?」
「い、いや会ったことないから知らないわよ……っていうか学園長の友達って……このか、あんたそういう趣味だったんだ……」

ツインテールの少女と知り合いの少女。
話かけようとしたが、友人と遊んでいるのを邪魔するわけにもいかないので、やめておいた。

「(お嬢様……。来年は中学校、できれば同じクラスに……い、いや! そんな護衛の身分で厚かましい! し、しかし同じクラスの方が護衛に適しているのも事実……!)」

知り合いの京都少女を電柱の影から見守る少女。

「じゃあ、シルフさん。ちょぉっと中身開けちゃいますねー?」
<いやー! 誰かぁ! お、犯されるぅー! 人通りの多いカッフェで棒状の物を突っ込まれてますよーっ。そこの店員さんっ、101を! 国家権力の出動を! ああっ、何で目を逸らすんですか!?>
「はいはいー。ご開帳ー」
<ら、らめぇぇぇ!>

オープンカフェで時計を弄る白衣の少女。
ブラブラと歩く。
途中もの凄い元気な小学生(多分)達を見たが、物凄いキャラが濃かった。
何人か知り合いもいたが……あんな生徒達を教えるのは大変そうだなぁ。
俺絶対教師にはならんわ。
おお、怖い怖い。

「――や、やめてください……っ! 離すですっ!」

商店が並ぶ街中を歩きながら、ラムネを貪っていると俺の耳は少女の悲鳴を捕らえた。
聴力を魔力で強化し、発生源を捉える。
発生源は、街中の建物の間にある路地から聞こえていた。

「今行くぞ!」

とうとう来るべき時が来た。
このシチュエーション、間違いない。
路地裏で不良に絡まれる少女だ!
ミーナの言っていたことは本当だったんだ!
不良に少女が襲われるシチュエーションは本当にあったんだ!

路地裏の奥へ走る。
悲鳴は徐々に近づいてきた。

「や、やめるです! だ、誰か! 助けて……や、やだぁっ。パパぁ、ママぁ……助けて……のどかぁ」

少女の悲鳴に泣き声が混じり始めた。
こ、これはまずいかもしれない!
下手したら、本当にちょっと見せられないよ!的な展開なのかもしれない。急がないと。
俺は必死で走った。
路地を曲がり、声の発生源まで辿り着く。
そこで俺が見たもの。

「ひ、ひっく……ひっく……ぐすっ、もう、やだぁ……いや、です」

汚された少女。
薄汚れた地面にペタリと座り込んで、両の手で顔を覆っている。
そして少女を取り囲む獣。
涎をたらしてギラギラとした目で少女を囲むそいつらは人間なんかじゃなかった。
こんなもの人間のはずがない。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

少女に顔を寄せ、生暖かい息を吐きかけるやつら。
こんな……こんな事が……。
俺は顔を覆った。
心が砕けそうに。
意思がくじけそうになった。

「お前らぁ……お前ら人間じゃねえ!」

俺は気力を振り絞り叫んだ。
俺に視線を向けるため。
注意を向けるために。
そこでようやく俺に気づいたのだろう。
獣共はその濁った目を俺に向けた。
そして俺に向かって飛び掛ってくる。
数は3。
獣ながら知性はある程度あるのか、やつらは一斉に飛び掛ってきた。
一匹ずつ処理する作戦は廃止。
一度に全部を相手にする。
獣達がそのギラリと光ったものを俺に突き刺そうと、迫り――

「――お座り!」

俺の言葉に全ての獣が跪いた。
俺の圧倒的オーラに怖気づいたのだろう。
上目遣いでこちらの様子を伺ってくる。

「おかわり」
「わん!」

素直に手を差し出してくる。
フサフサしていた。
犬だった。
どこからどう見ても犬だった。
不良じゃなかった。

何だよ……犬かよ……。
不良じゃないじゃん……。
犬達は舌を出して尻尾を振り、俺の次の指示を待っている。
何故か俺は無条件に動物から好かれるのだ(伏線)
時計とか動物に好かれる俺は何なんだろうね。

「……ひっく、うぇ、ひぅ……ぐすっ」
「わうわう!」
「ばうばう!」
「がう!」
「ぅあああんっ、やだぁ!」

少女の泣き声に犬が反応し吠えた。
吠えられて泣き叫ぶ少女。
とりあえずあれだ。犬をどうにかしないと。
俺は即興で術式を編み、門を作った。
犬達の目の前の空間が黒く歪む。

「さあ、行け! ゴーゴー!」
「わうん!」

俺の掛け声に犬達は一斉に門の中に飛び込んだ。
これでよし。
路地からは犬の鳴き声が消え、少女のすすり泣く声が残った。

「……すんっ、すんっ」

流石に泣いている少女を置いて行くのは気が引けるので、できるだけ優しい声で話しかけながら近づく。

「こ、これ少女よ。犬はもういないぞ? 怖くないぞー」
「……ど、どこに行ったです?」
「保健所?」
「うわああああああああああん」

あ、やっべ。
これじゃあまるで俺が泣かせたみたいじゃないか!
その通りだけど!
目の前の少女は犬の涎か、顔中ベタベタであり、服も乱れている。

Q.この状況を人に見られたらどうなりますか?
A.投☆獄

「ほ、ほーらお嬢ちゃーん。お菓子あげるよー、甘いよー」

投獄はごめんなので、門の中から保存しておいたお菓子を放出する。
恐らく背格好からしてこの少女、小学校の低学年。
その年頃の子供は無条件にお菓子好きなはずだ。
お菓子好きかい?
うん大好きさ!

「……うぁぁぁん、ぐすっ」

少女の泣き声が小さくなってきた。
お菓子よりもどちらかと言えば、何も無いところからお菓子を取り出している様子に興味が向いているようだ。
そうか、そっち方向がいいのか。
俺は調子に乗って、どんどん物を取り出した。
時計、CD、トイレットペーパー、PSP、メガドライブ、冬用ジャンバー、本棚、生首。
あっというまに物で埋まる路地。
ポカンとした顔でそれを眺める少女。
涙は止まっていた。
途中の生首でまた泣き出したが、マネキンの首だったので、すぐに泣き止んだ。

「す、凄いです……これ、手品ですか?」
「魔法。マジック。すごいだろ?」
「……う、嘘です。魔法なんてあるわけないです」
「あ、あるよ! ほら! ほら!」

自慢の魔法が手品と言われたので、ちょっとムッとしたので、見せ付けるように門から取り出す。
出す。
出す出す。

気づくと路地裏は物で溢れていた。

「……凄い手品ですね」
「まだ魔法だと認めないのか……最近の小学生は……全く」
「小学生じゃないですっ」
「幼稚園児だと!?」
「誰が幼稚園児ですか! ちゅ、中学生です! ……正確にはもうすぐ中学生、ですが」

俺は改めて少女の姿を眺めた。
……小さい。
頭も体も足も手も小さい。
ミニサイズだ。
もし俺が奥義暗黒吸魂輪掌波を彼女に放ったならば、塵と化すだろう。
それほどまでに小さい。

「……な、なんですかっ」

俺の視線に何か邪なものを感じたからか、乱れた服を直し体を両手で守るように隠す少女。

「へ、へんなことをしたら警察を呼びますよっ」
「変な事って?」

俺の質問に少女は頬を染めつつ、小さな声で言った。

「そ、それはその……ごにょごにょ……みたいな、です」
「ごにょごにょ? 何それ?」
「今のは『カクカクシカジカ』みたいに雰囲気で理解してください!」

恐ろしく難しいことを要求する子供だな。
しかしどうするか。
不良に襲われていたわけじゃないしなぁ。
助けて損した。

「そもそも何で犬なんかに襲われてたんだよ。あれか、あの犬たちの子供を食べたとか?」
「食べてないです! そ、そもそもっ、私は何も悪いことなんてしてないです!」
「あ、今デコが広がったぞ」
「私の額をピノキオの鼻じゃないですよ!?」
「……広がらないな。今のは嘘じゃないのか」
「私をからかってるですか!?」

小学生に怒られた……。
まあそんなことでしょげたりしないが。
いつも小学生みたいなエヴァに怒られているので、慣れているのだ。

「それに私は被害者ですっ」
「被害者? 家で家計をやりくりしてるのか?」
「それはお母さんです! 言っておきますけど、被害者とお母さんは無理がありすぎですよ? 何となく語感が似ているだけで面白くもなんともないです」
「……」

小学生にボケのダメ出しをされた。
いや、別にボケたわけでなく、素で聞き間違ったんだが……。

「で、被害者って?」
「本を取られたです。それも買ったばかりの……! お小遣いを貯めて買ったのに……!」

プルプルと腕を震わせて怒りを表す少女。
微笑ましい。
思わず優しげな表情で微笑んでしまう。

「何を笑ってるですか!?」
「す、すいません」

また怒られた。

「本屋を出たらあの黒い犬が飛び出してきて、慌てて避けたらところにもう一匹の黒い犬が体当りをしてきて……手放してしまった本を三匹目が咥えて持っていってしまったです。まるで鎌鼬の様な動きでした」

俺は黒い三連星だと思った。
いや、黒い三連連れか……もしかしたら近くにドンレミの白い悪魔もいるかもしれないな。
こうやって俺が分かりづらいパロディを頭に浮かべると、シルフが元ネタを補足してくれる仕組みだが、今はいないので補足はない。

「慌てて追いかけてこの路地まで追い詰めたのですが……」
「逆に返り討ち、と」
「……はい」
「それから成仏しないまま何年過ぎたんだ?」
「自縛霊じゃないです! 足もちゃんあります! ほら、ほらっ!」

スカートを軽く持ち上げて足をアピールしてくる。
自分でかなり恥ずかしいことをしているのに気付かないのだろうか。
気づいていないのだろう。

「……と、とにかくっ、その……助けていただいて、ありがとうございました」

ペコリと礼儀正しく頭を下げる少女。
その時少女の髪の毛が俺の目に入った。
青い髪。
ラッキーカラーは青。
そして少女は犬に本をカツアゲされた。
これは考えようによっては、シータのいったシチュエーション通りじゃないのか?
俺は爽やかに笑顔を浮かべた。

「ほら頭上げて。御礼なんていいから」
「で、ですが……」
「君みたいに可愛い女の子を助けることができたんだ、こっちが御礼を言いたいくらいだよ」
「かっ、かわっ、かわいいっ、ですか……?」
「ああ。シカとキリンの間くらい可愛いよ」
「……何故偶蹄目科からのチョイスなのかは、全く分かりませんが……その、ありがとうございます」

少女は顔を伏せた。
顔はかなり赤い。
こうやって褒めまくることで女性が照れるのは、近之香で実証済みだ。
しかしあまり褒めすぎると『ナナシくん。女の子はな、お世辞でも褒められるのは嬉しいねん。でもなあんまりやりすぎるとな、ああ、この人他の女の子にもこんなこと言うてるんやろなーって、嫌な気分になるねんで』と笑顔で怒られたことがある。
何事も程々が重要なのだ。
あと、思ってもいないことを言ってはいけない、その手の嘘はすぐ見抜かれるのだ。

少女はチラリと上目遣いで、俺を見上げて来た。

「……男の人に可愛いなんて言われたの初めてです。クラスの男の子には『チビ』だとか『デコ』とかしか言われたことがなかったので」
「……」

俺その両方を言った気がするんだが……まあいい。

「お名前を聞いても、いいですか?」
「俺の名前はナナシ、人呼んで――ナナシだ」
「人呼んでないですよ!?」

この子はツッコミ属性持ちか。
今のところエヴァしかツッコミがいないからな……期待の新戦力になるだろう。

「私の名前は、綾瀬夕映です」
「人呼んで?」
「別にないです」

俺がいた世界では、基本的に誰でも呼び名を持っていたが、この世界では違うらしい。
さて、このくらいでいいだろうか。
少女を見る限り、とてもいい気分になっているようだ。
悪漢から助けられ、更に自分の容姿を褒められたのだ。
悪い気分になるはずがない。
ここだ!
俺は手を差し出した。

「……え? あ、ど、どうもです」

少女は何を勘違いしたのか、俺の手を取った。
仕方ないので、反対の手を出した。

「は、はぁ……どうも」

そちらの手も取られた。
俺と少女の腕で小さな輪が完成した。
……。

「そうではなく」
「え、えっと……よく分からないです」

今ひとつ理解していない様子の少女。
しかたない、ここは率直にいこう。
俺は少女の手を外し、再び右手を少女に差し出し、こう言った。


「1000万円くれ」


返事は脛へのトゥーキックだった。



■■■


その後、二人で路地に散乱した物を片付けた。
少女は無言だ。
明らかに怒ってますよオーラが背中から立ち登っている。
やはりいきなり1000万円くれはマズかったのだろうか。
1000円くらいからいくべきだったのだろうか。

「よっと」

召喚した物を送り返す。
先ほどまで物が散乱していた路地裏は、綺麗さっぱり何も無くなっていた。

「よし、じゃあ……解散?」
「……」
「今日のことは俺の胸に仕舞っておこう」

流石に中学生になる少女が犬に絡まれて号泣していた、なんてのが広まってしまっては困るだろう。
このことは秘密にしておく。

「これからは犬に気をつけろよ?」
「……」
「あと車にも気をつけろよ?」
「……」
「あとお肌にも気をつけた方がいいぞ? 油断しているとあっという間にシワだらけになるからな」
「……」
「それからゴミの分別もな。自分だけなら大丈夫、なんて思ってたら地球がヤバイんだぞ? みんな力を合わせるのが、エコの第一歩だ」
「……」

ガン無視である。
少女は俺に背を向けて、返事の一つもしない。
流石の俺もこれにはカチン。
命の恩人にこの態度はないだろう。
確かに少し失言もあったが、無視することはないだろう。
俺は無視が一番嫌いなんだ。
だからシルフに対して本気で怒ったときは、あいつを完全にいないものとして扱うことにしている。

俺はいくら話しかけても答えない少女の前に回り込んだ。
大人として一言言ってやるためだ。
回り込み、指を突きつけて一言。

「おい! いいか? どんなことがあっても無視は……え?」

俺の言葉は途中で途切れた。
少女の姿を見て、止まってしまった。
よくよく思い出せば、先ほどから背中を見ていてもおかしかったのだ。
背中を向けた少女が震えていたのだ。
それは怒り故にだと思っていたが、どうやら違うらしい。

少女は泣いていた。

「……っ、……っ」

それも先ほどの様に声をあげながら泣いているのでは無い。
歯を食いしばって、何かを耐えるように泣いている。
尋常ではない様子に、俺は慌てた。

「ど、どどどどどうしたんだ!? え? 俺が怒ったから?」
「……っ」

ブンブンと首を横に振る。
どうやら違うらしい。

「じゃあ、一体何で?」
「……っ」

少女は俯いた。
言い辛いのか、モゴモゴと口篭もっている。
顔には冷や汗が大量に浮かんでいる。

「お、おいおい! 本当に何だよ!? え、噛まれてたの!?」
「……っ」

やはり首を横に振る。
少女はそのままヘナヘナと内股気味に地面に座り込んでしまった。
そして苦しそうに言葉を紡ぎだす。

「……お、お手洗いに」
「お手洗い!? お手洗いに噛まれたのか!?」
「お、お手洗いにっ、行きたいんです……っ!」

必死に絞り出したであろうその言葉は俺のしっかりと浸透した。
お手洗い。
O・TE・A・RA・I
トイレだ。
トイレに行きたいと、彼女は言っているのだ。
俺は脱力した。

「なんだそんなことか」
「そ、そんなことじゃないんです! こ、こっちは切羽詰まってるんです……っ!」
「そんな小学生じゃないだから自分で行けよ」
「ま、まだ小学生です……っ! あ、あわわわわわわ……っ!」

少女が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
話によると、本屋から出た時点でトイレに行こうとしていたが、犬に襲われ忘却してしまったようだ。
そして今になってようやく安心感に包まれ、忘れていた尿意に襲われたのだ。
襲われるのが好きな少女である。

「た、たのむです……っ! お、お願いですからトイレに……っ!」
「いや、だから自分で」
「今一歩でも歩いたら防波堤が……崩れる、ですっ」

ガシリ、と最後に力を振り絞ったのか、力強く俺の胸ぐらを掴む少女。
……み、道連れにされる!?
少女を引き離そうとするが、俺のお腹辺りに顔を埋めたまま、腰に手を回しているので全く離れる気配がない。
このままだと俺も大変なことになってしまう。
俺の背筋に冷たいものが走った。

「わ、分かった。連れて行くから……」
「も、もう限界です!」
「……後何分くらい?」
「もうっ、三十秒もっ、もたないです!」

目をグルグルと回している少女の顔を見る限り、本当なんだろう。
あと30秒。
30秒でこの子をトイレに。
30秒で世界を救うより難しい。
仮にここから全速力で近くのトイレに行ったとしても、1分はかかる。
そして走れば彼女の寿命は一層縮まるだろう。
絶体絶命!

……いや、待てよ。
そうか。俺に距離なんて関係なかった。

速攻で術式を形成する。
ブックマークしている場所なので、計算する必要もない。
一瞬で術式は完成した。
俺達の目の前に現れる黒い歪み。
俺は少女を胸に抱えて、その中に飛び込んだ。

一瞬、世界は歪んだ黒に支配されるが、時間にじて1秒にも満たない。
黒い歪みを抜けると、そこは見慣れた場所だった。
エヴァの部屋である。

「アハハハハハハハッ! や、やめろ貴様ら! こ、こらっ、そ、そんな所を舐めるなっ、アハハハ! だ、大体貴様ら一体どこから入ってアハハハハハハハ!」
「……」

俺の視界に入ってきたのは、エヴァである。
そりゃここはエヴァの部屋なのだから、当然だが。

「わふわふ!」
「わん!」
「がう! がうがう!」
「ア、アハハハハハハハハ! ひ、ひいひぃ、や、やめろ! お、おい! ナナシ! いい所に来た、こいつらを何とか――何とかして、何とかしろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

ああ、エヴァがあんなに楽しそうに笑っているのは久しぶりだ。
邪魔するのも悪いから、放っておこう。

「お、おい! なぜ微笑ましい笑みを浮かべて去ろうとする!? こ、こら! 待て、待て! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ごゆるりと……」

俺は静かにエヴァの部屋を後にした。
そのままトイレに向かってホバー移動の如き動きで移動する。
今揺らしたりしたらあっという間に限界を越えてしまうだろう。

「お母様……お父様……おじい様……うふふふふ……」

お姫様抱っこをされている少女は夢見心地のようだ。
先に精神に限界が来たのだろう。
遅すぎたんだ……。
しかし肉体の方は律儀にも限界を超えない様に必死で抵抗している様子。

トイレに来るまでおよそ25秒、間に合った。

「おい! しっかりするんだ! トイレだぞ!」
「ト、トイレ? トイレ……ですか?」
「ああトイレだ! 見てみろよっ」

少女はうっすらと目を開いた。
そしてトイレの確認すると、薄く笑った。

「ああ、本当に……たどり着いたんですね」
「ああ、だから――」
「そうですか。――いつの間にか……辿り着いていたんですね。……それは、よかった、よかった……」

そして……目を閉ざした。
俺を掴んでいた腕もその力を失い、ダラリと垂れ下がった。
揺する、しかし目を明けない。
何度も揺する。
何度も何度も。

「おい……おいっ! 起きろよ! なあ! ゆええええええええええええええ!」

その時初めて、俺は彼女の名前を呼んだ。
懐しい、昔の話だ。


■■■


――ジャー


水を流す音、そして手を拭きながらトイレから出てくる夕映。

「……」
「……」

見つめあう俺達。

「……危うく、中学生になるのに大失態を犯すところでした」
「そうか」
「ここまで連れてきてくれて……ありがとうございました」

ペコリと頭を下げる夕映。
頬が赤いのはご愛嬌ってところだろうか。

「……二度も助けてもらったです」
「一回助けたのを500万として合わせて1000万に――」
「ならないです」

ズサリと一刀された。
まあいいか。
すごく楽しかったし。
1000万は手に入らなかったが、1000万以上の出会いを見つけた。
何となく、この少女とはこれから長い付き合いになると思う。
これは俺の勘だ。
そしてこの手の勘が外れたことはない。

「で、では、そろそろ失礼するです」
「おう」

玄関まで送る。
夕映は玄関から出て少し歩き、俺に背中を向けながら、

「私、休みの日には公園で本を読んでいるです」
「そうか」
「その時たまたま会ったら……また手品を見せてください」

そうして、夕映は俺の目の前から姿を消した。
俺は胸の中に何か暖かい物が灯る様な感覚がして、この出会いをくれたシータに感謝するのだった。
そして背後に迫りつつある、服を乱れさせたエヴァにどんな弁明をすればいいかを考えるのだった。

ちなみに次、夕映に会ったのは翌日ジャンプを買いに入ったコンビニ内だったりする。
その時の夕映の一言。

『昨日の今日は早すぎるです!』


■■■

俺の目の前には、顔を真っ赤にして思い出を語った夕映がいる。
ちなみにネギ君は夕映に顔を握られ過ぎて、原型を留めていない。

「いやあ、いい思い出だったなぁ」
「どこがですか!? もう私はこの記憶を思い出す度恥ずかしくて恥ずかしくて……! 大体あの時はまだ子供だったです、だから男の人にトイレに連れて行ってもらうなんて恥ずべき行為……っ! ああー! 消えるです! 記憶よ今すぐ消えるです!」
「その前にネギ君は消えそうなんが……」

これで分かった。
目の前の夕映は本物だ。
この記憶を共有しているのは、俺達しかいない。
もう話も終わりだ。
俺はシルフを解放した。

<プハァ! はー、息苦しかったです。しかし一体何の話をしていたんでしょうか? 断片的にしか話が聞こえませんでした。聞き取れた言葉は『トイレ』『犬』『舐める』。うーん……は! わ、わかりました! 『トイレ』で『犬』の様に『舐める』! ――トイレで犬の様に舐めるぅ!? な、なにをですか!? ちょ、ちょっと教えてくださいよ! バター系の話なんですか!? 夕映ちゃんのバターをコーンスライスしたって話なんですか!? 教えてテールミー!>

俺はシルフを無視して夕映を解放した。
解放された夕映は『……ありがとうございました』と無理やり作った笑みに青筋を浮かべ、俺の脛にトゥーキックを喰らわせたのだった。


――続く。



[22515] 六話 修学旅行の軌跡 the 3rd
Name: ウサギとくま2◆ec27c419 ID:e5937496
Date: 2010/12/09 21:14

――オデンワデス、ナナシサン。オデンワデス、ナナシサン。オデンワデス、ナナシサン。

携帯が響かせる心地よい声に目を覚ました。
目を擦りつつ電話に出ると、これまた眠そうなエヴァの声で『さっさと起きろ。しおりにはもうすぐ起床の時間だと書いてあるぞ』とのことだった。
いわゆるモーニングコールだろうか。
やれ、貴様がだらしないと私の風評にも響くだろうが、などとと耳元でいやらしく言うエヴァの相手をシルフに任せ、顔を洗いスーツに着替えた。

<何か昨日は大変だったんですよ。夕映ちゃんがトイレでマスターがバター犬で、ええ、はい。え、どういう意味だ、ですか? いや、そんなの私が聞きたいですよ>

携帯電話と懐中時計が話しているのは何ともいえないシュールな光景だった。





第六話 修学旅行の軌跡 the 3rd 



「昨日は大変だったなぁ」
<ですねー。まさか二時間も正座させられるとは思ってなかったですよね。もう、見てくださいよ。私足がパンパンに腫れちゃって>
「俺なんかパパンガパーンだぞ?」
<いやドヤ顔で『だぞ?』って言われても……意味分らないですし>
「俺なんか自分の名前も分らないぞ?」
<そこは分かりましょうよ!>

と、シルフとそんなくだらないことを話しながら朝食会場へ歩いていると、見覚えのある後姿を見つけた。
桃色の髪にツンと自己主張した1本のアホ毛。
気怠そうな表情をしているのが、後ろから見ても想像できる。
俺は少女に駆け寄り、肩を軽く叩いた。

「ヘーイ! ちうたーん! グッモー」
<グッモーです。あ、ちなみにグッドモーニングの略ですから>
「略さなくても分かるっつーの。つーかちうたん言うな」
「ちなみに俺のグッモーはグロッキーモンスターの略だったりする」
「意味分かんねえよ」

朝だからか、不機嫌そうに千雨は振り向いた。

「なんだ。かなりご機嫌斜めだな」
「当たり前だ。参加したくもないゲームに巻き込まれるわ、正座させられるわ……散々だったぜ」

そういえば千雨もキス争奪ゲームに参加してたんだよな。
性格的に自分から参加するような子じゃないから、なし崩し的に参加させられたのだろう。
千雨の愚痴を聞きながら一緒に歩く。
と、千雨が相変わらずムスっとした表情で俺の顔を見ながら、質問してきた。

「……アンタ今日の自由行動はどうすんだよ?」
「自由に行動する」
「だからどこで何をするかって聞いてんだよ! よ、予定が無いんだったら――」
「予定はある。こう見えてもビルゲイツ並に忙しいからな」
「……予定あんのかよ」

千雨は何故か少し寂しそうに言った。
ちなみに股間を押さえながらモジモジして言ったら、その人はトイレに行きたいんだと思う。
だから何だって話だが。

少し機嫌が悪くなった千雨と歩く。
歩いていると、ふと何かに気づいたのか千雨の眼が細くなり、俺の胸元を見つめ始めた。

「つーか今気づいたけど……ネクタイの結び方滅茶苦茶じゃねーか。結び目が三角になってねーし、そもそも裏返しになってるし」
「個性的な結び方ってことで何とかならんかな?」
「なるかっ、だらしない! 何で今日に限ってこんな滅茶苦茶なんだよ」
<それはですね、いつもマスターのネクタイを絞めてるのは茶々丸だからです>

シルフの言うとおりである。
俺は今までネクタイを自分で締めたことが無いのだ。
勿論、自分一人でできるようにと練習しようとした。
しかし、その度に茶々丸さんが止めるのだ。

『私の仕事です。私の仕事を取り上げられては困ります』

と、困った顔で言うので、練習はしていない。

「……」

その言葉を聞いた千雨の顔。
この駄目な男、略して駄目男が……と言わんばかりのシラけた表情だった。

「……この駄目男が」

言葉にされてしまった。
実際に表情で罵倒されるのは耐えることができるが、言葉にされると結構キツイものがあるな……。
まあ、それぐらいで挫ける俺じゃないが。
しかしいつまでもこの視線に晒されるのはしんどい。
さっさと朝食会場に行ってしまおう。
小走りで千雨を追い抜く。

「よし、朝食だ」
「あ、待て! 待てって……たくっ!」

千雨は俺を追い抜き、正面に立った。
そしてしょうがねえなぁ、と呟きながら俺のネクタイをスルリと外してしまった。

「な、なにをするだー!?」
「いいから黙ってジッとしてろ」

そう言ってこちらを睨みつけると、手に取ったネクタイをピンと伸ばし、背伸びして俺の首に回した。
絞め殺される!と一瞬ドキリとしたが、そんなことはなく、慣れた手付きでネクタイを締めていく。

「……こういう間違ったの見てるとイライラするんだよ。別にアンタの為にやってんじゃねーからな」
「シルフ、ポイントは?」
<んー……54Pくらいですかね>
「何のポイントだ!?」

ツンデレポイントだ。
しかし千雨、頬を赤く染め律儀にツッコミまで入れてるが、手付きが全くブレない。
あっという間にネクタイを締め上げた。

「ほらよ」

ドンと突き飛ばされる。
ネクタイを見てみると、俺がしたのとは天と地ほどの差があるくらい美しく結ばれていた。

「ありがとう千雨」
「アンタもいい大人なんだから、シャンとしろよ。他の教師に見られたら注意されるぞ、特に新田とか。下手したら私らにとばっちりがくるかもしれねーだろが」
<照れを冷たい言葉で誤魔化す……ツンデレの常套手段ですね>
「私はツンデレじゃねー! い、いいか、勘違いすんなよ? 私が迷惑を被るかもしれないから結んでやったんだぞ? ――ってこのセリフまんまツンデレじゃねーか!」

ダンと力強く足踏みをし、自分にツッコミを入れる千雨。
セルフノリツッコミか?

<それにしても結ぶの上手ですねー。花丸あげちゃいます!>
「時計に褒められても嬉しくねーよ。……つーかネクタイつけるコスプレもあるから慣れてんだよ」
「裸ネクタイのコスプレ?」
「ちげーよ!」

違うらしい。

いつまでも廊下にいても仕方ないので、一緒に朝食部屋まで行った。
そのまま部屋の中に入ろうとしたが、千雨に止められ、彼女の後に入るように言われた。
曰く

『変な噂とか立てられたくねーからな』

らしい。
そんなわけで、千雨が部屋の中に入っていくのを廊下で見ていた。

「変な噂ってなんだろか?」
<きっとあれですよ。実はマスターと千雨さんが……ゴミ箱愛好家、みたいな噂です」
「それは変な噂だな!」


■■■


おいしい朝食を生徒たちと頂いていると、マイクを持ったネギ君が前に立った。

「今日は完全自由行動です! みなさん他の人に迷惑をかけないように、モラルを持った行動をお願いしますねー!」
「「「「はーい」」」」

中学生らしく元気な声で返事をする生徒たち。
俺のとなりに座るアスナも同様だ。
隙アリである。
俺は返事をしながら箸を一閃し、アスナの皿の上にある鮭を掠め取った。

「ちょっと!? 何返事するどさくさに紛れてあたしの鮭取ってるのよ!? お返しよっ!」
「あ、おい! 俺の刺身を取るなよ!」
「へっへーん。鮭のお返しよ……って何であんたの朝ごはんお刺身とかあんの!? 贔屓!?」
「違う、昨日の夕飯の残りを取っておいたんだよ」
「ど、どおりで色が……」

昨日の新鮮な赤色だった刺身は、今日の朝には鈍い黒まじりの色になってしまった。
正直食べるかどうか迷ったが、勿体ないので朝食の時に食べることにしたのだ。
まあ、その刺身もアスナの腹の中だが。

「え、えっとー、アスナさんとナナシさん。少し静かにしてもらえますか? まだみなさんに連絡があるので」

二人してネギ君に注意される。
それもこれも律儀に大声でツッコミを入れるアスナのせいだ。
アスナには小声でのツッコミを早く習得して欲しいと願う。

その後も、旅館に帰る時間や、注意すべき事柄を挙げていくベギ君。
最後に生徒を見渡し、

「それでは何か質問はありますか?」

と言った。
生徒たちからの質問はない。
というか、自由行動の予定などを各々話しており、ネギ君の言葉も聞いていないようだ。
仕方ない。
ここは副担任として、俺が代わりに何か質問をしてあげよう。

「はい!」
「え? あ、じゃあナナシさん」
「――自由って……何だ?」
「面倒くさい質問をするなっ!」

俺の真剣な質問は隣のアスナにより面倒くさい質問と言われた。
かなりショックである。

「は、はあ。自由ですか……そ、そうですね」

しかし真面目なネギ君は俺の質問に答えてくれるようだ。

「自由とは……縛られない、ということだと思います」
「ほほう」
「法、運命、人間関係、あらゆる全てに縛られないのが自由だと、僕は思います」
<つまり縛られるのが好きなドMの人は自由じゃないってことですね! うん、シルフ覚えた>

突然シルフが新キャラ要素を押し出してきたが、あまり意味は無い。
あと他に質問はないかな。

「バナナはおやつに入るのか?」
「えーと、入ります!」
「カレーは飲み物なのか?」
「あんたは何が言いたいのよ!?」

自分でもよくわからない……。
その後も自分でも良く分からない質問をして、アスナに突っ込みを入れられるという普段の教室でのやり取りを行い、解散となった。
自分の部屋に戻り、軽く荷物をまとめる。
動きやすくする為、必要以上の物は持っていかないことにした。

「というわけでシルフも置いていこう」
<はーい。お土産頼みますよー……って何でですか! 私も一緒に行きますよ!>
「いや待て待て。ここはな、お前を置いていった俺が『普段はうるさかったあいつだけど……いなくなると、こんなにも……物足りないんだな』っていう定番のイベントをだな」
<そのイベントは既に消化済みです!>
「そうだっけ?」
<はい! 一期の18話辺りでこなしてます! いやー、あの時の再会を思い出すと胸が熱くなりますねー。アスナさんの所からマスターの元へ飛翔する妖精の如き私。バックに流れるBGMと合わせてファンの間では1,2を争う名場面だと言われてますよ>

シルフが自分の萌えシーンを語り始めた辺りで、準備は終わり、今日の打ち合わせをするために刹那を探すことにした。
恐らく刹那も同じ用件で俺を探しているだろう。
刹那のことだから、分かりやすい場所にいるはず。
ロビーに向かうと案の定刹那がいた。

「おお、刹那。丁度よかった」
「ナナシ先生。お嬢様の護衛の件ですね」

話が早い。

「ああ、お前らの班は今日どこに行くんだ?」
「確か……映画村を見学しに行くと、そう言っていました」

映画村か。
護衛の件抜きにしても、非常に行きたかった場所だ。
丁度いい。

「じゃあ、今日は俺もお前らの班に同行するよ」
「先生も、ですか? 護衛なら私だけで十分かと……連中も昼間から直接仕掛けてくるとは思えません」
「いーや行く。連中も一度失敗して、焦ってるはずだ。もしかしたら仕掛けてくるかもしれん」

俺の言葉に刹那は「確かに……」と顎に手を当て頷いた。

「今日は二人体制で近乃香を護衛しよう。俺と刹那どちらかが離れたとしても、必ずどちらか一人は近乃香に付くように」
「そうですね。二人居れば、襲撃されても片方がお嬢様を守り、もう片方が迎撃に出ることができる……理に適ってます」

一人だけで護衛だと、どうしても臨機応変に動けない。
二人ならば、片方が自由に動けるという点が目立つ。
俺の提案に刹那は

「では先生、お願いします」

と頭を下げた。

「こちらこそ頼む」

俺は頭を下げる代わりに、頭を下げた刹那の束ねた髪が目の前でユラユラと揺れていたので、それに水平チョップを喰らわせた。
サラァと手に当たる髪。

「……な、なにを!?」
「特に意味は無い」

こうやって普段から特に意味のない行動を取ることによって、ポイントを貯めているのだ(何のポイントだよ)
俺に束ねた髪をチョップして、多少は混乱した様子の刹那だが、俺の行動に意味がないと分かるとしっくりしない顔で「そ、そうですか……」と言った。

「女子トイレなんかはついて行けないからな。その時はしっかり頼むぞ」
「はい」
「代わりに、男子トイレに行く時は俺が一緒に行く」
「い、いえ、お嬢様は男子トイレに行かないかと……」
「いや、そうとも限らないぞ? もしかしたらってこともある。もしかしたら近乃香が男子トイレに行こうとする可能性はある」
「な、ないですっ」

少し呆れた顔で否定してくる刹那。
しかしどんな有り得ない事だろうと、可能性は0じゃないのだ。
可能性が少しでもある限り、それに対応できるようにしておくべきだと思う。

「おい刹那。どんな事だろうとだろうと0%は無いんだ。もしかしたら俺達がいるこの場所に雷が突然落ちてくるかもしれない。でも、少しでもその可能性を考慮しておけばそれに対応できるだろ? だから近乃香が男子トイレに行くという可能性も考慮しておくべきだ」
「だ、だとしても! お嬢様が男子トイレに行く可能性は0%です!」
「分からんぞ? いきなり『あー、なんや今日は男子トイレの方に行ってみたいなあ』って言い出すかもしれないだろ?」
「言い出しません!」

あまりにも刹那が必死で否定するので、俺もムキになってしまう。
いや、確かに俺だって近乃香が男子トイレに行こうと言い出す可能性なんてほぼ無いと思っているが……。

「だから分からんだろ!? 近乃香は結構天然だからそういう事言い出すかもしれないだろ!?」
「いくらお嬢様が天然でもそんな事を言いません!」
「いいや言うね! 俺が女子トイレの構造に少しだけ興味があるように、近乃香だって男子トイレに興味があるかもしれないだろ? だから可能性はある!」
「お、お嬢様は男子トイレに興味なんてありません!」
「言い切れるか? 近乃香が男子トイレに興味を持っていないと」
「ええ、当然です!」
<二人ともー、ここロビーですよー。もうちょっと声を小さくいきませんかー?>

シルフが何か言ったようだが、興奮している俺達の耳には入らなかった。

「じゃあ言ってみろよ。近乃香は本当に男子トイレになんて興味を持っていない、って」
「このちゃんは男子トイレになんて興味はあらへんっ」

どうでもいいが、刹那は近乃香に関係したことに限って、興奮した時に京都弁になるんだよな。
そして歳相応の反応をする。
普段の刹那ならこうやって顔を真っ赤にして、声を荒げたりしないだろう。
こう見ると、刹那にとって近乃香は特別な存在なんだろう。

「……ということらしいが、実際どうなんだ近乃香?」

俺はいつの間にか来て、俺達のやり取りをニコニコと聞いていた近乃香に聞いた。

「……へ?」

刹那もようやく近乃香に気づいたようで、ギギギと錆び付いたドアノブの様に首を向けた。
近乃香はいつもの様にニコニコしているが、額には小さな青筋が浮かんでいる。
ついでに言うと顔は真っ赤で、目の端には小さな涙の玉が。
刹那は大声を聞かれたからか、顔を真っ赤にし、そして先ほどの言葉のやり取りを思い出し、顔色を真っ青にした。
そのままワタワタと弁解をしようとする。

「あ、いえ、こ、これはその違うんです。これは、その、つまり……」
「おい近乃香。お前は男子トイレについてどう思うんだ? さっきから刹那と二人で激しい論争を交わしていたんだが」
「ひうっ」

刹那が聞こうとしないので、仕方なく俺が聞くことにした。
何故か刹那が俺に飛び掛って口を塞ぎに来たが、俺は責任を持って喋り通した。
俺の言葉に近乃香は、ふるふると震える口を開き

「取り合えず二人とも……ここに正座な?」

と言った。
笑顔の近乃香だったが、何ともいえない圧力を発しており、俺と刹那は従わざるをえないのだった。


■■■


「ナナシ君反省しとる?」
「反省してるよ……いたた」

ビリビリと痺れる足を押さえながら立ち上がる。
昨日に引き続き酷使された俺の足は悲鳴をあげていた。
近乃香は俺の顔を覗き込みながら、まだ仄かに赤い顔の上中心に眉を寄せて、人差し指を立てて言った。

「公共の場で大声出したらあかんえ? それも……あんな変なこと」
「(別に変なことじゃないだろ。ただ気になったことを聞いただけだ)」
<おっとマスター。心の声はバッチリ私に聞こえてますよ>

しかし近乃香に怒られるのも久しぶりだな。
普段温厚なだけに、怒るとこう……怖いというより、本当に悪いことをしてしまったと思ってしまう。
怒るときもエヴァみたいに怒鳴ったりせず、諭すように言うから一層罪悪感を刺激してくる。
多分いい母親になるタイプだ。

「本当に悪かった。これからは決して公共の場で近乃香が男子トイレに興味ある系の話はしません」
「そ、それやとウチが興味あるみたいやんかぁっ……もう」

しゃあないなあ、と溜息を吐く近乃香。
そして笑顔でウインクをして、

「じゃあ罰として今日はウチと一緒に自由行動を回ること」 
「ええぇぇぇぇいいよぉぉぉぉぉーーーー」
<出た! マスターの物凄く嬉しそうに若干嫌そうな台詞を言うという高等テクニック! 練習した成果が出ましたね!>

この字面ではちょっと嫌そうな台詞を物凄く嬉しそうに言うというテクニックは、使われた方が非常に反応に困るという効果がある。
実際に近乃香は……あ、いや笑ってるわこれ。

「もう、ナナシ君おもろいわぁ」

駄目だこりゃ。近乃香は突っ込んでこないからなぁ。
アスナやエヴァならここで『わけの分からないリアクションをすんな! どう反応すればいいか分からないでしょ!』と突っ込みを入れてくれるんだが。
近乃香は突っ込みを入れてくれないので、ボケ甲斐がないのだ。
近乃香の前で結構真面目なのはこの辺りが理由だったりする。
何だその理由は。

「じゃあ、ナナシ君は今日一緒な」
「ん。まあ丁度よかった」
「へ? 丁度ってなにが?」
「い、いやいや。それよりもシルフに対する罰はないのか?」
<えええええ!? 何で私!? わ、私は関係ないじゃないですかー>

近乃香はんー、と顎に手を当て

「でもなぁ、せっちゃんとナナシ君の二人止めてくれへんかったやろ? だからシルフちゃんにも罰なー」
<う、うぐぅ。そこを突かれると痛いです。し、仕方ありません! 私も女です! ここは女らしく罰を受けましょう>
「じゃあ、今日ウチがナナシ君と手繋いだり、腕組んだりしても、怒らんことなー」
<ええー! ちょ、ちょっと待って下さいよ。それは私のアイデンティティーで、それをしなくなったら私が私じゃなくなるっていうか……」
「シルフがボルフになったりするのか?」
<なりませんよ! ……し、仕方ありません。女に二言はないです。今日は近乃香ちゃんがマスターとイチャついても怒りません>
「約束やで?」

しかしこの二人は仲いいな。
近乃香が特別なのか?
アスナだってシルフと付き合い長いが、未だに壁のような物を感じるからな。まあ時計だからしょうがないけど。
近乃香はその辺、全く気にしてないみたいだしな。
普通の人間に接するように接しているみたいだし。
これが近乃香の持つ能力――<平等接触(オールアラウンダー)>か、ククク。

「じゃ、次はせっちゃん」
「わ、私ですか!?」

出来るだけ近乃香の視界に入らないよう(具体的に言えば俺の背後)にしていた刹那だが、遂に近乃香のターゲットとなり、ビクリと肩を震わせた。

「せっちゃんへの罰は……ど、どないしようかな?」

考えてなかったのか……。
ここは俺が教師として助言すべきだろう。
俺は近乃香も耳に口を寄せた。
そしてゴニョゴニョと呟く。

「え? えええ? い、いいんかなぁ?」
「大丈夫だって」
「せ、先生……一体何を?」

少し戸惑っている様子の近乃香を見て、刹那が額に汗を浮かべながら行った。
まるで俺が凄まじい無茶振りを吹き込んだのじゃないか、と心配しているかのようだ。

「心配すんなよ刹那。俺がお前に変なことさせるわけないだろ?」
「そ、そうですね」
「まあシルフだったら『今日一日ノーパンで過ごす』とか『道行く人10人にカレー味のウ○コとウンコ味のカ○ーどっちが好きかを聞く』なんて罰ゲームを言うかもしれんけどな」
<ちょっとマスター! 私の品位が下がるようなこと言わないで下さいよ! シルフはそんなこと言わない、ってファンクラブの人が怒鳴り込んできますよ!?>
「お前のファンクラブなんてない」
<あります! 大体マスターの方が変なこと言うでしょ? どうせさっき近乃香ちゃんに吹き込んだのだって『今日の自由行動中、10分に一回の間隔で、携帯を取り出して「ああ、私だ。どうやら機関は勘付いていないらしい。ククッ、分かってるさ。束の間の休暇、せいぜい利用させてもらうさ――ラプンツェル!」と呟くこと』みたいな感じですよね?>
「そんなこと言うか!」

この時計は……主のことをそんな風に思っていたのか。
いくらなんでもそんな小学生レベルのことなんて言わんわ。

「ふ、ふふふ……私は……一体何をさせられるんでしょうか……ふふ……うう」
「あ、せ、せっちゃん……! も、もう二人ともせっちゃんいじめたらあかんやろ?」
「い、いえお嬢様。罪を犯したものが罰を受けるのは当然……好きなようにして下さい」
「……わ、分かったわ。うん、じゃあ、はい」
「え?」

俺とシルフがどうでもいいやり取りをしている間に話は進んでいたようだ。
近乃香と刹那の方に視線を向けると、近乃香は少し恥ずかしそうに笑っており、刹那は鳩がスタンガンを喰らったかの様な顔をしている。

<それ気絶してるんじゃ?>

要するにポカンとした表情をしているのだ。
注目すべきなのは近乃香と刹那の顔ではない。
もっと下だ。

「あ、あのお嬢様……これは一体?」
「えへへ」

二人の手。
近乃香と刹那の手はギュっと繋がっている。

「せっちゃんの罰は、今日一日ウチと手を繋ぐこと。分かった?」
「え、ええ、あの、その……ナナシ先生、これは……?」

近乃香と手を繋いで照れているのか、頬を赤くして、オロオロしている刹那。
その刹那に対して俺はグっと人差し指を立てた。

「え? あ、あのそれはどういう……?」

間違えた。
俺は改めて親指を立てた。

俺が親指を立てながら、生暖かい視線を二人に向けていると、頭の中に声が響いた。

「(せ、先生! これは一体どういうことですか!)」
「(ん、念話か。誰だ? ……じいさんか?)」
「(私ですっ、目の前にいる私です! どうすれば私と学園長の声を間違えるのですか!?)」
「(うっかり屋だからな)」
<(そうですね。マスターはうっかりランカー8位ですからね、当然です)>
「(そんなことより! こ、これは一体どういうことです! な、何故お嬢様と手を……!)」
「(足の方が良かったのか?)」
「(そういうことじゃありません!)」
「(じゃあどういうことなんだよ!?)」

「どうしてそこで怒るんですか!? ……はっ」
「ど、どないしたんせっちゃん? そ、そんなにウチと手繋ぐのイヤ?」
「い、いえいえ! そ、そうではなく、その……私の手はあまり繋いでいて楽しいものではないと……。お嬢様の様に綺麗な手ではありませんので」
「豆ができてるから? そんなん関係ないよー。それにウチはこの手好きやで?」

ぎゅっと空いていた片方の手も握る近乃香。
必然的に二人の距離は接近し、必然的に刹那の顔はさらに真っ赤になる。

「(せ、先生、こ、このままでは護衛どころではありません……!)」
「(いやいや。近乃香と合法的に接近できるし、一石二鳥だろ? そこまで近いのなら、護衛し放題じゃないか)」
<(いやー、マスターは天才ですね。そこまで見越してこの罰を近乃香ちゃんに吹き込んでいたんですかー。私はてっきり、刹那ちゃんがあたふたする様子を見たいだけかと)>

まあ、それもあるんだけどな。
いや、むしろそれがメインだという説もあるほどだ。

「(ていうか刹那。お前は近乃香が近すぎるくらいで、護衛が困難になるほどの実力か?)」
「(……そ、そんなことはありません。どんな状況だろうとお嬢様を守れると自負しています)」
「(ならいけるだろ)」
「(ええ、当然です。……あれ?)」

よし、刹那を上手く丸め込めたぞ。
やはり近乃香のことに関しては、刹那は扱いやすい。
もし身代金目的の誘拐をするのなら、刹那を丸め込んで近乃香を誘拐しよう。

「じゃ、行こか、せっちゃん」
「は、はい!」
「はい、ナナシ君も」
「ん?」

ギュっと左手が温かくなる。
見ると、近乃香が右手で俺の左手を包み込んでいた。

「えへへー。左手にせっちゃん、右手にナナシ君。ウチ幸せやわー」

本当に幸せそうに、笑顔を浮かべる近乃香に、刹那も連られて朗らかな笑みを浮かべた。
そして二人が同じような笑みを浮かべていると、俺も笑顔を浮かべてしまうのだった。

「今日は楽しい一日になりそうやわぁ」
「……お嬢様」
「……お嬢様」
<何でマスターまで『お嬢様』っていうのか意味が分かりませんが、私も便乗しておきましょう。……お嬢様>

そのまま三人で残りの近乃香班の元へ向かう俺達。
手を繋ぎながら笑みを浮かべる俺達の光景に他のみんながギョッとしたのはまた別のお話。



[22515] 七話 わ!
Name: ウサギとくま2◆9c67bf19 ID:e5937496
Date: 2011/01/09 00:16
麻帆良学園中等部3-Aが京都にて三日目を迎える頃。
麻帆良学園敷地内のとあるログハウスに住むエヴァンジェリンさん(600歳)はリビングにて大きなアクビをしていた。

「くはぁ……あふ。ああ、つまらんな。暇でしょうがない」

ソファにふんぞり返り、見せてはいけない部分を大胆にも披露するエヴァンジェリンさん。
大丈夫、問題ない。
パンツだけど恥ずかしくないよ!
普段なら流石にもう少し恥じらいを持つ彼女だが、ここ数日は同居人がいないので、だらけまくっていた。
仮にこの光景をシルフが見ていたら<まあエヴァさん! もうはしたないですね。そうやって露骨にサービスですか? ああ、汚い、流石吸血鬼汚い! エヴァさんがそういうことするんだったら私もサービスしちゃいますよー!>みたいな事を言うのだろう。

そんなリビングにもう一人の住人が入ってきた。
メイド服を着た少女、茶々丸である。
茶々丸は掃除機を持っている。

「ん? ああ、そうか。アイツの部屋の掃除をしていたのか。……自分の部屋くらい自分で掃除させろ」

こんな言い方をするからには、勿論自分の部屋は自分で掃除していると思われるエヴァさんだが、全くもってそんなことはない。
お前が言うな状態だ。

エヴァの言葉に、茶々丸は反応しない。
どことなく上の空、そしてソワソワしているようだ。
そんな茶々丸の様子を不審に思うエヴァ。

「何だ? どうした茶々丸。何かあったのか?」
「……あ。マスター、いたのですか」
「ああ、さっきからな。どうした? アイツの部屋で何かあったのか?」
「……!」

ビクン、と表情こそ変えないが、僅かに震える茶々丸の身体。
エヴァはその些細な異変だけで十分何かあったかを勘付いた。

「ふん、言ってみろ」
「……いえ。何もありませんでした」
「嘘を吐くな嘘を。……ん、そうだな。さっきから貴様が私に見えない様に隠している右手」
「……っ」
「くくっ」

思惑通りの反応にいやらしく笑うエヴァ。

「何を隠している? さっさと見せろ」
「……」
「さあ」
「……ぅ」

無表情ながら、オロオロと狼狽する茶々丸。
痺れを切らしたエヴァはソファから立ち上がると、茶々丸に詰め寄った。

「私は隠されると一層見たくなる性格なんでな、ええいっ、さっさと見せろ!」

迫られた茶々丸は、咄嗟の判断でエヴァの背後を指差した。

「マ、マスターの後ろに二本足で歩く猫が」
「な、何だと!?……何て引っかかると思うか? 私を何だと思っているんだ」
「い、いえ猫ではなく……猫耳を装着した学園長の間違いでした」
「……い、一瞬振り向きそうになったぞ」

想像したのか、額に汗を浮かべるエヴァ。
ふと、茶々丸の背後を見て、目をまるくした。

「……なんだ、もう帰ってきたのか。随分と早い帰宅だったな」
「……!? お、お帰りなさいませ、ナナシさ――」

振り返り出迎えの言葉と共に頭を下げる茶々丸。
しかし、そこには誰もいない。
出迎える人物は未だ京都にいるのだ。
誰もいないことに気づき、慌ててエヴァの方へ振り向きなおる。

「ふむ、これを隠していたのか」
「……あ」

エヴァの手元には一冊のノート。
茶々丸が背後に気を取られた隙に、素早く奪ったのだ。

「なになに? 『俺のシークレットファイル。勝手に見たら水飴をぶっかける』……だと? 何故に水飴……」

次いでノートを開き、中身を見ようとするエヴァ。
茶々丸は慌てて、止めに入った。

「いけませんマスター……! ナナシさんの物を勝手に――」
「アイツの物は私の物、私の物は私の物――だ。居候の物をどうしようが私の勝手だろう」

何というエヴァニズム発言。
ここにシルフがいたら<ちょっとエヴァさん、今から湖に落ちて綺麗なエヴァさんと交代して下さいよ>と言うに違いない。
そんなジャイアニズムを発揮するエヴァを、首を横に振りながらやめさせようと説得する茶々丸。

「――やめろやめろ、と言うがな。何故お前はこれを持っている?」
「……あぅ」
「おおかた、部屋に持ち帰ってこっそり見ようとでも考えていたんだろう?」
「……そ、そんなことは……ありません」
「目を逸らしながら言っても、全く説得力が無いぞ」

やれやれ、と若干呆れながらのエヴァはノートを開く。
茶々丸も静止の声は挙げるが、図星を付かれたからか、その声に力は無い。
それどころかこっそりと横から覗き込んでいる始末だ。

「さて、一体どんな恥ずかしい秘密が隠されているのやら」

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、開くとそこには――



第七話 わ!



「というわけで今日はお前らの班に同行するから」

俺は残りの近乃香班の面々、メンバーを挙げると宮崎と早乙女と夕映とアスナに向かって告げた。
以下は俺の言葉に対する各々の反応。

「何が『というわけで』か全く分からないですが……別にいいんじゃないですか」

何故か微妙に俺から視線をずらしながら夕映が言った。
心なしか口元が微笑んでいるのは気のせいか。

「わ、私も別に、はい」

普段通り、おどおどした様子で宮崎も言った。

「いいよいいよー。それにそっちの方が……クフフっ」

顎に手を当て、何かを企んでいる風に早乙女が言った。

「……あはは」

そして俺の『お前ここで何してんの?』という視線を受けたアスナが気まずそうに頭をかいた。
確かネギ君に聞いた話によれば、今日ネギ君はアスナを連れて総本山とやらに向かってるはず。
まあ、大方ここにいる連中に捕まったんだろうが。

<わ、私も……いいですよっ。む、むしろナナシ君と一緒の方が……きゃっ、私ったら大胆! 大胆さを数字で表すとダイターン5くらいですっ!>

どさくさに紛れてシルフも言ったが、誰も反応しなかったので、そのまま流された(近乃香ですらスルーした)

そしてホテルのロビーを出る俺達。
歩いていると、すぐ側から視線を感じた。

「ん?」
「……」

視線がする方を見ると、夕映がやはり微妙な表情で俺を見ていた。
夕映に何かと問いかけようとした時、早乙女が割り込んできた。

「いやー、それにしても先生が一緒に来てくれて手間が省けたよー」
「手間?」
「そうそう。実はね、私達も先生を誘う気だったんだよ」
「そうなのか?」

ここで明かされる事実。
俺が少し驚いていると、早乙女の言葉に何故か夕映が顔を赤くした。

「ハ、ハルナ!」
「まー、私達って言うよりはゆえがって言った方が正しいんだけどね」
「ハルナ! そ、それ以上は……!」

夕映が顔を真っ赤にしたまま、手を小さくバタつかせ始めた。
今にもそのまま浮かび上がってしまいそうなバタつきだ。
うーん、この慌て様、気になる。

「どういう事なんだ?」
「実はね、昨日の夜、寝る前にね『実は明日の自由行動の時、その、あの……』なんて顔を真っ赤にしたゆえがね!」
「ほうほう」
「『ナナシ先生も一緒に……』って目を潤ませながらね!」
「ほほうほう!」
「指をモジモジさせつつ――」
「そこまでです!」

興奮しつつ昨夜の出来事を語る早乙女の言葉を遮るように、夕映が跳躍した。
そのまま早乙女の口を塞ぎにかかる。
しかし、身長が低い夕映は、予想していたより低い位置に手を添えてしまった。
本来口元を押さえるはずだった手は、その下の首元に。
つまりは喉突きである。

「げふぉっ!!」

いい感じの喉突きが決まり、蹲る早乙女。
それをゼーゼーと肩で息をしながら、見下ろす夕映。

「ハ、ハルナっ。そのことは言わないって約束です!」
「……ご、ごめんごめん。ついうっかりね、あはは……えほえほっ」
<パルちゃんはうっかりランカー15位くらいですね>

そのランカーは誰が決めているのか。
まあ、それよりは夕映だ。
どうやら夕映は俺を今日の自由行動に誘おうとしていたらしい。

「夕映っちは俺と一緒に自由行動をエンジョイしたかったのか?」
「なっ――ち、違うですよ!」
「ソイジョイの方か?」
<私的にはカロリーメイトの方が好きですね。勿論フルーツ、ここは譲れませんよ!>

誰に譲らないのか。
そもそも時計であるシルフが、バランス栄養食を食べる必要があるのか。
というかチーズ味が至高だろうが!
とまあ、色々と言いたいことはあるがここは置いておこう。

「だ、だから違うですよ! その言い方だと、まるで私が先生と一緒に自由行動を楽しみたいみたいじゃないですか」
「違うのか?」
「全然全くこれっぽちも違うです」

とにかく違うらしい。
じゃあ、何故夕映は俺を誘おうとしたのか。
視線で問いかけると、仄かに頬を赤くして、やはり俺から視線をずらしつつ、ぽつぽつと語り始めた。

「それは、その……昨日ネギ先生の偽者に襲われた時に助けてくれたので……」
<ああっ、あのバター犬の話ですか!>
「違うです。シルフさんは少し静かにしていて下さいです」
<……むい>

頬を引き攣らせた夕映に気圧されたのか、シルフは縮こまった。

「……それで、その時のお礼をしたいと思ってですね」
「ふむふむ」
「それなら、今日の自由行動の時に何か奢ればいいのでは……と。そう思ったので」
「そんな気にせんでも」
「い、いいえ! 与えられた恩は返すべし!と私の祖父が言っていたです。だから……分かったですか!?」

何でちょっとキレ気味なんだよ……。
とにかく、夕映は昨日の恩返しに俺を誘おうとしたらしい。
友情は見返りを求めないという名言の通り、別に見返りが欲しくて助けたわけじゃないんだが……まあいいか。
貰えるものは貰っておく。
俺のお祖父ちゃんもそう言ってたし。

「……くふふ」

何故かそのやり取りをニヤニヤした目で早乙女が見ていたのは謎だ。


■■■


「……さっきから思ってたですけど」

心なしかジト目の夕映の視線の先は俺の手に向かっている。
いや、正確には近乃香と繋がれている手か。

「どうして俺がポケットの中に歯ブラシを忍ばせているか、その理由か」
「違うですよ!? 全く持って興味が……い、いや少しあるです。どうして歯ブラシを……?」
「自分でも分からん」
「じゃあこのやり取りに意味は無いですっ」

だよなー。
本当に意味の無いやり取りだよな。
大体なんて俺のポケットに歯ブラシが入ってたんだ?
本当に謎だ。
まあこの歯ブラシが後々の重要な役割を果たすとはまだ誰も想像していないんだろうな……ふふふ。

「で、ですから! ……どうして手を繋いでるですか?」
「どうしてって……なあ?」

俺は隣の近乃香に視線を向けた。

「どうしてやろなー?」

近乃香は相変わらずポワポワした笑みを浮かべるだけだ。
ちなみにその向こうの刹那は顔を真っ赤にして俯いている。
歩きからもぎこちなく、まるでロボットの様だ。
はっ! ま、まさか前から刹那に対して感じる変な感じの正体は……!
つまり刹那はロボットだったんだよ!

<な、なんだってー(棒読み)>

まあ、そんなことは有り得ないが。
しかし何故俺達が手を繋いでいるか。
それを説明するには、俺達が罰ゲームを受けているからだ、と説明しなければならない。
そして何故罰ゲームを受けているかを説明する為には、俺と刹那がロビーで『近乃香は男子トイレが大好き』な話をしていたのが原因だということも。
それを話してしまうと、また近乃香が怒る。
更に罰ゲーム追加。
手だけではなく、足も繋ぐ。
三人四脚。
歩きにくい。
こける。
そのまま工事中のマンホールに落ちる。
マンホールの先は『りりかるなのは』の世界。
魔法少年リリカルナナシ――始まります。
色々あってラスボス倒して帰る。
帰る時にフェレットもうっかり連れて帰る。
オコジョとフェレットでキャラが被る。
カモ助リストラ。
非常食キャラとして何とか復帰する。
ネギ君『他の人に食べられるくらいなら、いっそ僕が!』

「ネギ君が友達を食べたのが原因かな」
「一体何が起こったですか!?」
<マスターの脳内では一つの作品が完結したみたいですね>

俺の説明になってない説明に、相変わらずジト目を向けてくる夕映。
一体何が気に入らないんだろう。
正直、ジト目を向けていられるとあまりいい気分じゃない。
さて、どうしたものか。
ラムネを取り出してぶつけたら笑顔になるかな?
いや、ラムネをぶつけられて笑顔になるのは、この世界でも俺くらいか……。
一体何をぶつければ夕映は笑顔になるのか?

<いや、もう何かをぶつける前提の話になってますよ? ちなみに私はマスターにだったら何をぶつけられても笑顔になります!(キリッ>

悪意の篭った罵声でもか?

<……い、いやそれは……流石に……キツいです>

じゃあ、何でもとか言うなよ。

「それならなー」

ジト目を向ける夕映と、それに晒される俺を見かねたのか、近乃香が名案とばかりに言った。

「夕映も手繋いだら?」
「は、はぁ!? な、何を言ってるですか!?」
<夕映ちゃん夕映ちゃん。このかちゃんは、あなたとマスターも手を繋いだらどうですか、って言ったんですよ>
「意味が理解できてなかったわけじゃないです!」

シルフの全く意味の無いフォローは本当に意味が無かった。

近乃香の言葉を聞いた夕映は、「子供じゃないんですから」とぶつぶつ呟きながら、ぷいっと他所に顔を向けた。
しかし、チラチラと俺と近乃香の繋がれた手に視線を向けてくる。
まるでツンデレな馬が愛する馬主が手に持っているニンジンを見ようとして、でもツンデレだからちゃんと見ることが出来ないが如く。

<何ですかその例え!?>

シルフは一々人のモノローグに突っ込んで来てうっとおしい。
しかし突っ込みを入れられて嬉しいと思う心も俺の中にはあるのだった。
……は! こ、これがツンデレ!?

まあ、俺のツンデレ属性付加については置いておこう。
取り合えずは、先ほどから色々と落ち着かない夕映だ。
恐らくこの夕映の様子を見る限り、夕映も一緒に手を繋ぎたいのだろう。
多分、俺達が仲良く手を繋いでいるのを見て「キー! 私も手を繋いで青春したいです!」とか思ったんだろう。
確かに手を繋ぐのはなんか青春っぽい。
自転車の二人乗りが30ポイントくらいだとしたら、18ポイントくらいだろうか。

さて、ツンデレの夕映が自分から手を繋ぎたいとは言い出さないだろう。
なら、手を繋がざるをえない状況を作るのみ。
俺は少し離れて歩いているアスナを標的に声をかけた。

「よし、アスナ。お前も刹那と手を繋ぐんだ」
「……なんで?」
「ほら、お前あれだよ。お前よく迷子になるだろ? だからはぐれないようにな」
「いやいや、あたし迷子になる様なキャラじゃないから!」

むむ、少し無理があったか。

<おっとマスターがピンチです! アスナさん!>
「な、なによ?」

ここでシルフのフォローか。
上手くアスナと刹那が手を繋ぐ方向に持っていけるか。

<私の目を見てください>
「……目ってどこ?」
<今です! 神楽坂アスナ――桜崎刹那と手を繋げ>
「ねーから! お前にそんな能力ねーから!」

思わず突っ込んでしまった。
どんなフォローだよ……。

「わ、分かったわよ、手繋げばいいんでしょ?」
<……ふふん>

ギアスにかかったわけではないが、渋々手を繋ぐアスナ。
まあ、断る理由は無いからだろう。
結果的にアスナと刹那の手を繋げることができた。
そして凄まじいどや顔のシルフ。
……腹が立つがまあいい。
次は早乙女か。

「おい早乙女――」
「オッケー!」
「パン買って来い」
「分かった、行ってきまーす――ってこらこらー! 違うでしょー! もうせっかく素直になれない夕映の為に人肌脱ごうとしてるのにー。手を繋げ、でしょ?」
「まあそうなんだが」

早乙女は先ほどから俺と夕映のやり取りを見ていたらしく、自分の出番を虎視眈々と待っていたらしい。
「えっへっへ」と笑みを浮かべながら、アスナと手を繋ぎ、そして俺が言うまでもなく宮崎の手も握った。

これで夕映以外は全員手を繋いだ。
手を取り合い、扇状になった俺達が夕映を囲む。

「な、なんですか……」

たじろぐ夕映。

「あー、みんな手繋いでるのに、一人だけ繋いでないのがいるな」
「せやなー、どうしたんやろなー?」
「えっと……そ、そうですね」
「夕映ちゃん、何か良く分からないけど……ね」
「ゆ、夕映……」
「ほらほらー、早くしなよー夕映ー」
<ユー、繋いじゃいなよー>

ジワジワと夕映に迫る扇。
ジリジリと背後に後退りする夕映だが、すぐに壁にぶつかる。
迫る俺達。
半ば涙目の夕映。
客観的にこの光景を見たら、いたいけな少女を集団で虐めているように見えるかもしれない。
まあ、間違いでもないんだけど。

そして涙目の夕映は、観念したのか、半ばやけくそ気味に

「わ、分かったです! 繋ぐです! だ、だからそれ以上接近して来ないで下さい!」

こうして夕映に手を繋がせることに成功したのだ。
渋々と俺の右手を繋ぐ夕映。
小さい手だ。
こんなに小さい手で……この町を守っているのか。

<マスターマスター、何か別の作品っぽいモノローグが混ざってますよー。何ですか、○ャナとかですか?>

こうして俺達近乃香班は仲良く手を繋いで、進むのだった。
目指す先は、アスナとの待ち合わせ場所にいるネギ君の元。

「よし、後は夕映と宮崎が手を繋げば完璧だな!」
「何がです!?」



■■■



「あっ、アスナさーん! ってあれ? 良く見たら他にも……。……な、何で皆さん円になってるんですか? ちょ、ちょっと、あ、あの! そのまま近づいてくると怖いんですけど! え、ああ……えええ!? ど、どうして僕を囲むんですか!? こ、怖い! 怖いですよぉ! 何ですか!? これ何の儀式なんですかあ!?」
 


■■■


秘密のノートの中身、それは――

「写真?」
「……のようです」

ソファに座りノートを広げるエヴァ。
そしてソファに後ろから覗き込む茶々丸。
彼女達の視線の先には、写真が一面に貼られたノート。

「私が写っているな」
「こちらには私の写真が」

ペラペラのノートを捲くっていくと、この麻帆良において、ノートの持ち主である男の知り合いの写真が。
写真は、多種多様であり、撮られた覚えがあるものから、いつの間に撮ったか分からないものまであった。

「……これが秘密か?」

想像していたものと違ったのか、つまらなそうなエヴァ。

「このアルバムのどの辺りが秘密なんだ? ……アイツが考えることは相変わらず分からん」
「こんな写真……いつの間に」
「ああ、全く……こんなものいつ撮ったんだ? ……っ、こ、これは! こんな写真まで――おい茶々丸も何とか言ってやれ!」
「……」
「何故に嬉しそうな顔をしている!?」

ギャーギャーと声を荒げながら写真を見るエヴァと、何故か照れた様子で同じく写真を見る茶々丸。
そしてその二人を呆れながら見つめる一体の人形。

「オ前ラサッキカラ、ニヤニヤシテ気持チ悪イゼ」

そんなエヴァ一家だった。



[22515] 番外編ノ一
Name: ウサギとくま2◆7039b1bb ID:625ea6cf
Date: 2011/03/31 16:55
番外編ノ一 時計センゴク~シルフちゃんの恋して野望!?~




<あー、ううーん、にゃうーん。あぅ……マスター分が足りなくなってきましたー。マスター分が足りなくなると私は、意味不明なことを言ってしまうんですよねー。では唐突に『私が考えた全く新しい生き物』について語ってみましょうか>

現在時刻は休日の午後二時。
俺はひたすらに紙の束を捲っては、紙に書かれている文字を見るという作業を繰り返していた。
手に持つのは赤ペン。

<ふみゅーん。ぬぬぬぬー。にゃー、わーんわーん。猫犬にゃわーん。羊豚ぶめ~ぶめ~>

今の俺はいわゆる赤ペン先生だ。
3-Aの答案用紙をひたすらに採点していくマシーンなのだ。
俺がいつも遊んでいると思っていた人は反省してもらおう。
こうやってちゃんと仕事はしているのだ。

<虎蜂! ガブーン! ガブブブブブブ……! 説明しましょう! 虎蜂とは集団で行動する虎のことである! 牙が蜂の針になっており、噛み付いた獲物を麻痺させるのだ! しかし虎の牙は元々強力なので、あまり意味はない!>

今回の小テストは少し簡単だったかもしれんな。
全体的に点数が高い。
あのアスナですら……うわ、こ れ は 酷 い。
具体的に何点がは言わないが、酷い。
ダルシムがサマーソルトをするレベルの酷さだ。
酷すぎて泣けてくる。

<蛇ウナギ! シャー! シャーニョローン! 説明しましょう! 蛇ウナギは蛇とウナギの混合生物なのだ! 蛇のニョロニョロした特性とウナギのニョロニョロした特性を併せ持ったキメラなのだ! そのニョロニョロさたるや、常にローションを纏っている状態といっても過言ではない>

こっちの答案は……楓か。
うわ、こっちも酷い。
ん? 最後に何か書いてあるな、どれどれ?

『今度タイヤキを奢るでござる。……後は分かるでござるな?』

わかんねーよ。
なに教師買収しようとしてんだよ。

<エビ象! エビ象は――以下略>

えー、次は……

<権慈! こりゃぁ! ワシの入れ歯を返さんかーい!>
「誰だよ権慈!?」

あ、しまった……。
とうとう突っ込んでしまった。
せっかくずっと無視してたのに……!
突っ込んだら負けだと思って、ずっと我慢していたんだが……。

<では説明しましょう。権慈は、栃木在住の山之辺権兵衛(89歳)と群馬在住の西野武慈(88歳)を合わせたキメラなのだ!>
「誰得なんだよ……」
<権兵衛は町内ゲートボール優勝者、武治は人間国宝レベルの庭師――ゲートボールと庭師を合わせた全く新しい格闘術で、相手を滅殺していくのだ!>
「稼動時間短そうなキメラだな」

と、そうではなく。
俺は赤ペンを放り出すと、胸元の懐中時計――シルフを手に取り、目の前に掲げた。

「さっきからうるさい。俺仕事してるだろうが。マスターの仕事を邪魔するのがお前の仕事か? ああ?」
<だ、だってしょうがないじゃないですか! マスター分が不足してるんですよぅ!>

また、わけの分からんことを……。
普段からわけの分からないシルフだが、今日はその普段より三倍増しで、意味が分からない。

「そもそも何だそれ? マスター分?」
<マスター分は『マスター成分』の略称です>
「もっと頑張って略せよ」

成しか略してねえ。
プレイステーションをプレイステションと略す、みたいな。

<ここだけの話、私ってそのマスター成分――おっと、マスター分で動いてるんですよねー>
「初耳だ」

魔力的な何かで動いているものだと思ってた。

<ですから、そのマスター分が不足すれば大変なことに!>
「どんなことになるんだ?」
<そうですね……。私の体から生理的嫌悪感を抱く色のねばねばした液体が染み出す……とか>
「きめえ!」

想像するだけでキモすぎる。

<あとは虫が集まってきます>
「ハチミツかよ」

かぶと虫捕りに便利そうだな。

まあ、よく分からんが、不足すれば大変なことになるらしい。
……仕方ない、付き合ってやるか。
こうやって従者に付き合ってやるのも、マスターの仕事の一つだ。
俺は溜息を吐きつつ、採点を中断した。

「で、どうすればいいんだ? 補充の方法は?」
<私をペロペロして下さい! ――ああ!? ちょ、ちょっと無言でダストシュートしようとしないで下さい!>

そりゃダストシュートもしたくなるわ!
いきなり何を言い出すんだコイツは……。

<に、睨まないで下さいよぅ……。べ、別に間違ってないですよ? 要するに私が幸福な気持ちになれば、マスター分が溜まるんです! だからペロペロしてもらうのが一番手っ取り早いんです!>
「ただペロペロされたいだけじゃないのか……?」
<それもあります>

言い切ったな。

<ですがマスター分が補充されるのも本当です>
「えー……」
<そもそもマスターが悪いんですよ! 普段から適度に私とイチャイチャしてくれたら、こんな風に不足することは無かったんです! いつもいつもエヴァさんや茶々丸とばっかりイチャイチャして……!>

何で俺、怒られてんの?

<ほらペロペロしてください! 『シルフちゃんマジシルフ』って言いながらペロペロして下さい! さあ! さあさあ!>

ズズイと迫ってくるシルフ。
息が荒くて怖い。

だが、まあ……シルフの言うことにも一理ある。
最近シルフのことを適当に扱っていた……その自覚はある。
まさかそんな謎のエネルギーで動いているとは知らなかったんだ。
知っていたら、もっと構ってやったのに。

これは俺が溜めていたツケ、か。
仕方ない。

「分かった分かった」
<うえええええ!? ほ、本当に!? や、やってくれるんですか!? う、うわぁ……適当にふざけただけなのに……やった! たまにはふざけてみるもんですねっ>
「何か言ったか?」
<い、いえいえ! あっ、やばいです! な、なんか体から嫌悪感を抱く色の液体が出てきそうな気が……!>
「マジか」
<はいマジです! だ、だから早くペロペロ……! ギブミーペロペロ……!>

やれやれ……。
変な従者を持つのも大変だな……。

俺は溜息を吐きながら、シルフを持ち、自分の顔に寄せた。

「……」
<ドキドキ……>

文字通り目と鼻の先にあるシルフ。
軽く一舐めすれば、シルフは満足するのだろう。
別段難しい行為ではない。
しかし。
しかし――

「……」
<マ、マスター……! あ、あんまり焦らさないで下さいよぅ!>

ぶらぶらと目の前で揺れながら、息を荒くする時計。
それを目の前にして、俺はの中の気持ちは固まった。
即ち――

「――やっぱやめるわ」
<はぁぁぁぁ!? こ、この後の及んで何を言ってるんですか!? モニターの前でズボンを下ろした人達の気持ちを裏切るつもりですか!?>
「いや、いないと思うぞ?」
<いますよ! ――ど、どうして急にやめるとか言い出すんですか!? さっきはペロペロしてくれるって言ったじゃないですか!>

確かに。
さっきはしてもいいと思った。
しかし、いざシルフを目の前にすると……なぁ。

「お前ペロペロしたらさ、何か……舌痺れそうじゃね? 金属だし。しかもすげぇ不味そう」
<うわぁぁぁぁっぁぁ!? なっ、何てこと言うんですか!? 世界中にいる私のファンを敵に回すつもりですか!? 彼らは『あぁ……シルフちゃんって舐めたらどんな味するんだろ。きっとハチミツみたいに甘いんだろうなぁ……』って思ってるんですよ!? そんな彼らの気持ちを真っ向から否定するようなことを言わないで下さい!>
「でも実際そうじゃん。舌びりびりするだろ?」
<いや、まあそうですけど! 私銀時計ですから、びりびりしますけど! ……ぐぅぅっ>

シルフが口惜しそうに唸る。

<じゃあもう百歩譲って、抱きしめてくれるだけでいいです。ギュッと愛を込めて抱きしめてください>
「えー……無理」
<何でですか!?>
「だってお前硬いし……時計だから。抱き心地最悪じゃん」
<じゃあ今度から柔軟剤使いますよ! 柔軟剤使ってふわっふわになりますよ!>
「いや、時計に柔軟剤使ってもふわっふわにならないと思うぞ?」
<だったら時計でもふわっふわになる柔軟剤作って下さいよぅ! 私を抱きしめたくなるような柔軟剤作って下さいよ! 名前は『ふわふわ時計』で一つ!>
「世の中には需要と供給ってのがあってな。どう考えても時計をふわっふわにする柔軟剤の需要なんてないだろ」

ふわふわしている時計なんて、気持ち悪いだろうし。

<じゃあもうチュッチュでいいです。バードキスならぬ、ウォッチキスをお願いします>
「だから嫌だって」
<何でですか!? いつも散花ちゃんに『ナナシー、ちゅー』とか言われて『仕方ないなぁ』とか言ってしてるじゃないですか! 差別ですよ! 遺物差別です!>

これに関しては否定できない。
しかし、俺にだって言い分はある。
一度散花の要求を拒否してたことがあるが、翌日に散花は俺の布団に潜り込んでおり、目が覚めた俺の目の前に散花がいた(抜き身の状態で)という出来事があった。
本人曰く『寝ている間にちゅーしようとした』らしい。
危うく俺の顔は真っ二つになるところだ。
それ以来、散花の要求にはできるだけ答えるようにしている。

「いや、ほら。ちーこは子供だし……」
<人格的には子供でも、実際何百歳だと思ってるんですか? 言っちゃなんですけど、もうお婆ちゃんですよ? コンピューターお婆ちゃんですよ?>
「コンピューターお婆ちゃん関係ない」
<それに比べて私の若いこと若いこと……。未成年ですよ未成年! 未成年! みせいねーん! 大切なことなので4回も言ってしまいました>
「と、とにかく無理なもんは無理だ」

よくよく考えると、ペロペロにしろ抱きしめるにしろチュッチュするにしろ、人に見られたら確実に人生終わる光景だ。
もし、茶々丸さんに見られたらなんて考えると……ぜ、絶対に嫌だ。

<ど、どうしても駄目ですか? これだけ頼んでもペロペロしてくれませんか?>
「ああ」
<……なら、しかたありません>

ん、諦めたか。

<この手段だけは……これだけは使いたくなかったのですが……!>

まだなんかあるのか。
つっても、何をどうされようが、俺がシルフを舐め回す様なことにはならないだろうが。
もし仮に地球全体絶対破壊ミサイルを止める手段が、シルフをペロペロすることだったとしても、絶対に断る。

<最後の手段を使う前に、もう一度言います。――どうか私をペロペロして下さい>
「だからしないって」
<……では――>

諦めにも似たシルフの言葉、そしてぼんやりと輝くシルフの体。
この輝きは魔力行使の際に発生する光。
シルフが行った魔法行使は、俺の目の前の空間をグニャリと曲げた。
空間魔法で次元の壁――門にアクセスしているのだ。
そして何かを門の中から引き出す。

ズルリズルリと目の前の歪みから出てきた物。
それは……



――札束。



「……」
<……よいしょっと>

歪みから完全に出てきた紙幣の束が、重力に引かれ部屋の床に落ちる。
俺はそれを無言で拾い上げ、軽く数えてみた。
一万円が50枚ほど。
しめて50万円がそこにはあった。
俺は札束を机に上に置いて、シルフに向かい合う。

<このお金で――>

まさか、シルフの『手段』とは……

<私を――>

いや、しかし……いくらなんでも……こんなのは人としての流儀に反する。
どれだけシルフがアレな奴でも、金を払って人に卑猥なことを強要するような――

<ペロペロしちゃって下さいっ!>

奴だった。
シルフはとてもいい声で言い切った。
つまりシルフは、俺に金を握らせ、自分の体をペロペロさせる――そう言ったのだ。


「最低じゃねえか!」
<ぐ、ぐぅ……! 言われると分かっててもキツイです>
「お前これは人としてやっちゃいけない類の行為だろっ。ぶっちゃけ援助交際と同じだぞ?」
<ふ、ふふふ……! 好きに罵ってくださいな! 私がこんな事をするまでに、追い詰めたのはマスターですからね! そして私は人ではなく時計なんで、人の法には納まらないですー>
「俺のせいかよ!?」
<恋する乙女である私は、他の女の子とイチャイチャするマスターを見て切なくなって、マスターを想うとペロペロして欲しくなっちゃうんですよっ>

わけの分からないことを言いつつ、ぶらぶらと揺れるシルフに、思わず溜息を吐く俺。
まさか金で俺をどうこうしようとするとは……。
マスターとして情けなくなってくる。

「……はぁ」
<さ、マスター。そのお金をそっと懐に入れて私をペロペロして下さい。いわばこれは契約です。マスターはお金を受け取る、私はペロペロされる。需要と供給ですよ!>
「お前プライドとか無いの?」
<プライド? そんなものとっくにエヴァさんにあげましたよ。――さあ、私と契約してペロペロしてよ!>

何で最近流行りの魔法少女のお供風に言うんだよ……。
それ言いたかっただけじゃないのか?

さて、ここでハッキリ言っておこう。
マスターとして従者に言っておかなければならない。
金を使って人をどうこうするなんて最悪の行為だ。
俺はこんな金は決して受け取らない、と。

「いいかシルフ? もう一度言うが――答えはNOだ。俺はそんな援助交際みたいなことはしない」
<でもマスター……>
「でももどーも君もがんばれドモン君もない! いいか? 俺はそんな金は絶対に受け取らない!」
<……>

俺の言葉に、押し黙るシルフ。
俺の意思がハッキリと伝わったのだろう。
これに懲りたら、もうこんな事はしないで欲しいものだ。
そもそもこの金は一体どこから手に入れたんだ……?
その辺りは別の番外編で明らかになりそうだな。

<あ、あのマスター……>

おずおずと。
シルフが語りかけてきた。
自分の過ちを認め、謝罪する気なんだろう。
ならば俺はマスターとしてその言葉を受け止めよう。

<マスターはお金を受け取らない、と。そう言いましたよね?>
「ああ」
<じゃあその右手に握り締めているものは?>
「……は?」

――気が付くと。

俺の右手には札束が握られていた。
何だこれは?
何で俺の右手に札束がある?
全く身に覚えは無い。

いや、待てよ。
まさか――まさか、俺は右手から札束を出す能力に目覚めたのか!?

<むむ、マスター。その顔は『まさか俺は右手から札束を出す能力に目覚めたのでは!?』とでも思っている顔ですね>
「よく分かったな」
<それはもう付き合いが長いですから。そしてマスターの手に握られているそれは、マスターが能力で出した物なんかじゃなく、先ほど私が取り出した物です>
「いや、待てよ。俺札束を握った記憶なんて無いぞ?」
<じゃあ無意識で手に取ったんでしょうね>

な、何てこった……。
受け取らないという意思は本当だったのに、体は俺の意思を無視して受け取ってしまうとは。
『言葉では嫌がっていても体は正直だなグヘヘ理論』と似た何かだろう。

<じゃ、受け取ったところで、早速ペロペロして下さいな!>
「い、嫌だってさっきから言ってるだろ」
<お金を受け取っておきながら、その言い草!? 時代が時代なら切捨て御免ですよ!>

御免だろうが、何だろうが、俺は絶対にペロペロしない。
このお金だって今すぐシルフに返し……ぐぐぐっ、は、離れん。
まるで吸い付くかのように、札束が離れん。

<まあ体の方は正直みたいですし……取って置きの駄目押しってやつですっ>

札束を手から離そうと悪戦苦闘する俺の目の前に、再び空間の揺らぎが現れた。
まさか――まさか、そんな。
ありえない。
俺は心の中で必死に否定したが、やはり出てきたのは――札束。

グラグラ。

<今マスターの胸の奥から何かが動く音が聞こえましたよ?>
「ば、ばっかお前。ぜ、全然動揺してないし! こ、こんな金で俺の心を動かせるわけ――」
<まだ私のターンは終わってませんよ?>

……なん、だと。

勝ち誇ったシルフの言葉と共に、再び空間が揺らぎ――また札束が。

俺の手元にある物、先ほど現れた二つ。
合計三つの札束がこの部屋に現れたわけだ。
これには俺も苦笑い。

グラララララ……コテン。

笑い声のような揺れが心を動かし、そして……こけた。
流石の俺も札束三つの前では、従順な犬にならざるをえないのだ。
ただし、聞いて欲しい。
俺は決して心を売ったわけではないんだ。
心では金でシルフをペロペロすることに嫌悪感を感じている。
それは希望なんだ。
いつか誰かが、俺の仇を取ってくれる、そのための希望なんだ。

「……一回ペロペロするだけでいいだな?」
<はいそれはもう! うっしっし、150万でマスターにペロペロして貰えるなんて……どんどんお金を積めば、もしかしてあんなことやこんなことも――きゃっ。想像しただけで何か液体が……! そ、それについては次回のお楽しみにするとして……今はマスターのペロペロです!>
「……もうペロペロしていいのか?」
<あ、はいっ。もうドンと来いです>

シルフを顔の前で掲げる。
ただ少し舐めればいいだけだ。
ほら、あれだ。よくぬいぐるみを抱きしめてキスしたりする人がいるだろう。
あれと同じだよ、うん。
大丈夫! シルフを舐めるだけだよ。

<ドキドキ……>

そうさ。それだけで150万が手に入るんだぞ?
何て簡単な仕事だ。
世の中には、延々と刺身の上にタンポポを乗せて、一時間に数百円しか貰えないような過酷な仕事があるんだぞ?
それに比べたら、容易すぎる。
ちょっと舌がピリつくだけだ。

「……」

舌を出す。
そろそろとその舌をシルフに近づけていく。
不思議なことに、舌がシルフに近づくにつれて、抵抗感がなくなってきた。
いや、無くなっているのは抵抗感だけか?
もっと大切な何かを失っていく気がする。
人として、無くしちゃいけない何か。

<はぁはぁ……>

でも俺の前で揺れる150万円に前に、その何かは薄れていった。
ならいいんじゃないか?
消えるくらいの物なら捨ててしまっても。

そう考えると心がフッと軽くなった。
視界も心なしか濁る。
思考も愚鈍になった。
まるで人形のように。

淀みなく舌をシルフに近づけ――



「――失礼します、ナナシさん」



ドアをノックすえる音と声が俺を正気に戻した。
視界から霧が消える。
正気に戻った俺の目と鼻の先には、今まさにシルフの超ドアップが。

「うわああああああああああああ!?」
<えぇぇぇぇぇーー!?>

思わず、窓を開けての全力投球。
悲鳴をあげながら、空の彼方にすっ飛んで行くシルフを見ながら、俺は額に流れる冷や汗を拭った。

お、俺は今何をしようとしていたんだ……?。
先ほどまでの自分の行動に恐怖すら覚える。
よりにもよって、従者であるシルフに金で釣られて、その体をいやらしく舐め回そうとするなんて……。
危うく人として大切な物――プライドを空の彼方に投げ捨てるところだった。
プライドの代わりにシルフを空の彼方に投げ捨てることで、事なきを得たが……。

「――失礼しますナナシさん。緊急事態につき、勝手に入らせてもらいます」

俺がやれやれ、と汗を拭っていると、珍しく焦った茶々丸さんの声がドアの外から聞こえてきた。
そうだ、確か茶々丸さんの声で正気に戻ったんだ。
お礼を言わなければ。

どかーん。

と、俺が立ち上がるやいなや、部屋のドアが轟音と共に吹き飛んだ。
吹き飛んだドアは俺の隣の壁をぶち破って外へ。

「……おおぅ」

俺の右横3cmほどの空間を飛んでいったドアによって発生する風に、前髪が一瞬オールバックになる。
ついでに机の上の答案用紙も部屋に舞う。

元ドアがあった場所に目を向けると、八極拳でいう鉄山靠の形をとっている茶々丸さんが。

「ご、ご無事でしたかナナシさん……! 部屋の中から悲鳴が聞こえたので、このような手段を用いてしまいました。申し訳ありません」
「……う、うん」

ペコリと心底申し訳なさそうに頭を下げる茶々丸さんに、俺は何も言えない。
別に鍵とかかかってなかったんだし普通に入ればよかったんじゃとか、俺があと少し右横に俺が立っていたら吹き飛んだドアが直撃して無事じゃなくなってた……なんて事は言えない。
何せ俺の身を案じていたんだ。
そりゃ手段を選んで入られないだろう、うん。
俺だって茶々丸さんの部屋の前を通りがかって、中から悲鳴が聞こえたら迷わず鉄山靠でドアをぶち破る。
誰だってそーする、俺だってそーする。

俺の方へ小走りで寄ってきて、触診を始める茶々丸さん。

「お怪我の方はありませんか? 侵入者に何かされていませんか?」

ペタペタと体を触られ、少しくすぐったい。
どうやら茶々丸さんは、賊が俺の部屋に侵入し、俺が襲われていたと思ったようだ。
……う、うん間違ってはいない。
危うくシルフの策略によって、人として外れた行いをしかけていたのだから。

「だ、大丈夫、怪我はないから。でもありがとう茶々丸さん。……助かったよ」

本当に助かった。
あのままシルフをペロペロしていたら、シルフのことだ。きっと次も次も、と同じような行為を俺に要求していたに違いない。
そして一度境界線を越えてしまった俺は、シルフの言うがままにその行為に溺れる……な、なんて時計だ! 怖い!

「……安心しました。怪我が無くて……本当によかったです」

どれだけ俺の身を案じてくれたのだろうか、その無表情の頬は若干朱に染まり、瞳は洗浄液で潤んでいる。
俺に触れる手も震えて。
とても心配をかけてしまったようだ。
でも、それが嬉しく感じる。
こんなにも心配してくれている人がいる……それはとても嬉しい、嬉しいんだ。

俺と茶々丸さんが向かい合っていると、廊下から慌しい足音が響いてきた。
足音の主は俺の部屋の前で急ブレーキをかけ、ダンと大きく足踏み。金髪を翻らせてこちらの方へ顔を向ける。
この家の主である、エヴァだ。
何かの最中で慌てて来たのか、片足に黒い下着を纏わりつかせている。
もしかすると時代を先取りした、新しいファッションなのかもしれない。
やや、先取りし過ぎた感があるな……。
エヴァは額に汗を浮かべたまま、若干震えた声を発した。

「お、おいっ、今の音は何だ? まるでドアが壁をぶち破ったような轟音が聞こえたが――何だこれはァァァァァァッ!? ド、ドアが! ドアが無いではないか!」
「当部屋は誰でもウェルカムだからだよ」
「ええいっ、やかましいわ! そ、それに部屋にこんな大穴が――どうなっている!?」
「それはね……お前を食べるためさぁ!」
「よし黙れ。そして座れ、正座だ正座。頭を下げろ、踏んでやる。脳漿ぶちまける程度に踏んでやる」
「落ち着いて下さい、マスター」
「これが落ち着いていられるか!」

エヴァは結構怒っている。
そりゃ、自分の家に大穴開けられりゃ、誰だって怒るさ。
大穴開けたのが、今日が初めてじゃない、ってのがその怒りに拍車をかけているのかもしれない。

「エヴァ、茶々丸さんを責めないでくれ。俺の為にドアをぶち抜いたんだ」
「んな事は分かっている! どうせ貴様がいらんことをしたせいだろうが! この家で起こる厄介ごとの殆どは貴様が原因だ!」

殆どってどれくらいだろうか。
いや、それよりも今は、謝るのが先決だ。

「す、すまん……。――あっ、エヴァの部屋にも大穴開けたら、いい感じにバランスとれないかな?」
「なに名案が浮かんだような顔をして、わけの分からんことを言い出す!?」
「……確かに。穴が一つだけ開いているとそこに目が行きますが、それが二つ、三つとなると気にならない。……ナナシさんの言う通りです」
「真面目な顔をして何を言い出す茶々丸!? 穴が二つも三つもあったら、家として機能せんだろうが!」
「……」
「……」
「な、何故二人してそこで黙る!? 私は何か間違ったことを言ったか!?」

足踏みをしながら落ち着かない様子で、思いのたけを茶々丸さんにぶつけるエヴァ。
対する茶々丸さんは、首を横に傾げながら言った。

「……マスター、取りあえずお部屋の片付けをしましょう」
「む、そうだな――ってなるか! 意外そうな顔で私を見るなっ! 何故私がこのアホの部屋を掃除せねばならんのだ!」
「……ふふ」
「『全くマスターは、素直じゃないのですから』みたいな顔で私を見るなぁっ!」

マクダウェル主従を見ながら、俺は壁の穴の外を見た。
穴から見える青空は今日も変わらず綺麗だった。
この日々がいつまで続くか、それは分からない。
でも、きっと……いつまでも続くと、俺は思う。
楽しい日々は終わらない、そんな気がするのだ。

俺はそんなことを思いながら、笑うのだった。



<はい、オチがついたところで私・帰・還! さあ、マスター。ペロペロしてくださいな!>

突如、俺の目の前に現れるシルフ。
しかし、横から出てきたエヴァの手がシルフを掴みとった。

「ええいっ、貴様が出てきたら余計ややこしくなるわ! 消えろ!」
<ちょっ、何いきなり私を窓の外に向かって投げようとしてるんですかエヴァさん!? 私を投げていいのはマスターだけなんですよ!>
「のわ!? う、腕に絡みつくな気色悪い! 貴様は蛇か!?」
<いえ、蛇ウナギです。シャ~ニョロ~ン。どうです? めがっさ可愛いでしょ?>
「気色悪いと言っているだろうが! な、なんだ? 何故ヌルヌルする……!? 何なんだ貴様はァッ!」

楽しくじゃれあっている一人と一匹は置いてといて、俺と茶々丸さんは部屋の掃除を始めるのだった。




[22515] 八話 僕らの魚(うお)ゲーム
Name: ウサギとくま2◆7039b1bb ID:625ea6cf
Date: 2011/06/01 18:04
ではまず俺の自己紹介から始めてみようか。
やあ俺の名前はナナシ! 反対から読むとシナナだ!
勉強にスポーツに青春を燃やす心優しきナイスガイさ!

<ちょっとちょっとマスター!? 何いきなり自己紹介とかしてるんですか!? そういうのってもっと最初にやることですよね!? よりにもよって八話でする意味が分かりませんよ!>

この八話から見始めた人への配慮だ。

<そんな人いませんよ!?>

いや、一人くらいはいるはず。
俺はそういったマイノリティ(少数派)を大切にしていきたいんだ。

<そんなどうでもいいマイノリ人よりも、私のことを大切にして下さい!>

大胆に自分の話に持っていくな……。
お前のことは十分大切にしてるだろ。
たまに窓から投げたり。

<あれって愛情表現だったんですか!? 遠回り過ぎて理解できませんでした! つ、つまり……私ってマスターに愛されてる? 愛され時計(ガール)だったんですか!>

そうだぞ。

<そ、そうだったんですかー……えへへっ、嬉しいです。 あれ? でも散花ちゃんとかは投げませんよね? あと茶々丸も、ついでにエヴァさんも>

そりゃ投げたらかわいそうだからな。

<私はかわいそうじゃないんですか!? ていうかやっぱり愛情表現じゃないじゃないですか! じゃないじゃないですか!>

じゃないじゃない、うるさいな……。

<そりゃ連呼もしますよ! 連呼をやめて欲しかったら、私をペロペロして下さい!>

番外編引っ張んなよ……。

<え? こ、今回って番外編じゃないんですか?>

違うぞ。

<本編なのにいきなり自己紹介とか始めちゃったんですか!?>

別に俺がいつどんな場所で自己紹介してもいいだろ。
例えば全校集会でいきなり自己紹介してもいいだろ?

<駄目ですよ! 全校集会で自己紹介をするのは、新任教師だけって決まってます!>

えー……じゃあ覆面強盗の時とかは?

<いいですけど捕まりますよ!? 覆面の意味が何一つとしてありませんよね!?>

あれって恥ずかしいから覆面してるんじゃないの?

<違いますよ! あ、いや、もしかしたら、恥ずかしいから覆面を着ける様な奇特なマイノリティ(少数派)もいるかもしれませんけど……>

俺はそういったマイノリティ(少数派)を大切にしていきたいんだ。

<話がループしてます!?>

俺ループものって好きだから……。

<それ一話の台詞ですよね!?>

よくそんな細かいこと覚えてるな……。
……。
もしかして――お前、タイムリープしてね?

<してませんよ! ただマスターのことを好きだから、全部の言葉を記憶してるだけです!>

お前結構キモイな!

<キモくないです! いや確かにちょっと自分でもキモいと思いますけど――恋する乙女だからいいんです! 恋する乙女はどれだけキモいことしても許されるんです>

凄いな恋する乙女……。
俺もなろうかな……恋する乙女。

<い、いやマスターには無理かと……>

なんだと?
お前アレか。俺を『恋』という感情を理解できない冷血人間だとでも思ってるのか?

<い、いえ『乙女』って部分が無理だと言ったんですけど……。あ、でもマスターの『恋』について聞きたいです>

恋ってのはアレだよ。
そうだな。
例えるなら……『引き出しの奥に仕舞い込んだチョコレートの様に、甘くて……仄かに苦い』……そんな感じだ。

<表現が乙女ちっくでキモいです!>

キ、キモくねーよ!
お前の方が断然キモい!

<いーえ、マスターの方がキモいです!>

お前の方がキモい!

<マスターキモい!>

だからその言い方だと、キモさを極めた人みたいな感じになるからやめろ!

「もう貴様ら主従がキモいってことでいいんじゃないか?」

あ、エヴァ。

<わあああ!? エ、エヴァさんが私とマスターのモノローグ空間に侵入してきた!? こ、ここは私とマスターだけの場所なんですよ!? 勝手に入り込むなんて、吸血鬼の頭文字の『き』はキモいの『き』ですね!>
「ぶち殺すぞ貴様」

吸血鬼の『ゆ』はユニバーサルの『ゆ』かな。

<吸血鬼の『う』! 浮き輪好きの『う』!>

吸血鬼の『け』! 血糖値高めの『け』!

<吸血鬼の『つ』! つまるところの『つ』!>

吸血鬼の『き』! 吸血鬼?の『き』!

と、いうことで、エヴァの称号は『キモいユニバーサル浮き輪好きの血糖値高めはつまるところ吸血鬼?』に決定だ。
やったね!

<おめでとうございます! パチパチ!>
「何だかよく分からんが、取りあえずこう言っておこう。――ぶち殺すぞ貴様ら」





第八話 僕らの魚(うお)ゲーム





タイトルまで長かったな……。
このまま意味不明なやり取りが続くと思ったぞ。
その内、タイトルから上の方が長くなったりするかもな……。

さて、突然だが、俺達は現在マラソンの真っ最中だ。
先頭集団は桜崎刹那、そしてその刹那に腕を引かれる近衛近乃香。

「ど、どないしたんせっちゃんっ?」
「申し訳ありません。ですが――」

そしてそれを追うゆえっちこと綾瀬夕映、早乙女ハルナ。

「ひぃっ、ひぃっ……! い、一体何なんですか……!?」
「そ、そうよっ、桜咲さんっ、何で急に走り出してるのよぉ!」

そして最後尾で俺。

「……うぷ」
<マスター!? だ、大丈夫ですか!? 今にもキラキラした物を吐き出しそうですけど!?>

今日は心なしか体調が悪いので、走ることが俺の体に酷く負担をかける。
決して、若い奴らの体力に追いつけていないわけではない。マジで。

何故こうして、京都の町並みを走ることになったのか、それは数分前に遡る。




■■■


ネギ君と合流した俺達は、そのまま京都観光に行く……と見せかけて、何故かゲームセンターに入った。
最近の若い奴はしょうがないな、と溜息をつく俺。

「せっかくの京都なのに、いきなりゲームセンターとか……これだから最近の若者は……」
「と言いつつ、誰よりも早く両替機に向かったのは誰です?」
<シー! 夕映ちゃんシー! そう言うこと言っちゃ駄目です! マスターのプライドが傷つけられちゃうでしょっ?>

各々、好きなゲームで遊ぶ。
俺はと言うと、刹那と一緒に近乃香に引っ張られ、プリクラを撮ったり。

「せっちゃんと写真撮るなんて久しぶりやねー」
「……そ、そうですね」
「お、これ落書きとか出来るのか。よし、隅の方に血の涙を流してる子供を書こう」
「やめて(下さい)!」
「じゃ、じゃあ……『私達深爪しすぎ!』って書こ――」
「だからやめて(下さい)!」

どうやら深爪なのは俺だけで、二人は深爪じゃなかったようだ。
落書きもしていない、何の面白みもないプリクラを手に笑顔を浮かべる近乃香。
刹那はその笑顔を見て、一瞬だけだが子供の様な満面の笑みを浮かべた。
その後、近乃香達がゲームに夢中になっている隙に、ネギ君とアスナがこそこそと俺の元へやってきた。
ちなみにどろどろと俺の元へやってきたら、その人は多分体が溶けているに違いない。

「じゃあ、僕とアスナさんは行きます。このかさん達のこと、お願いしますね」
「ん? ああ。学園に戻ったら、エヴァと茶々丸さん、あと爺さんに宜しく言っといてくれ」
「ハイハイ――って馬鹿! 何であたし達だけ先に学園に帰るみたいな話になってんのよ!?」
「腹が減ったからだろ?」
「お腹空いたらその辺のコンビニでパンでも買うわよ! 何でわざわざ学校に帰って食べるのよ!? あたし達は馬鹿か!?」
「ア、アスナさん、もう少し小さな声で……他の生徒さん達にバレちゃいますよ」
「ここだけの話、アスナがノーパン趣味なのはバレてたりするぞ?」
「誰がノーパン趣味よ!? 私だって好きでノーパンやってんじゃないのよ!」
「ア、アスナさん……! だ、だから声をもっと控えめに……! そ、それから人の趣味についてあんまり言うのはどうかと……」
「だから趣味じゃないつってんでしょうが! 確かに暑い日とかだと涼しくて気持ちいいけど! ……あ」

突然のカミングアウトをするアスナは、とりあえず置いといて。
ネギ君とアスナはこそこそと、他の生徒に気づかれないようにゲームセンターから出て行った。
無論、学園に帰るわけではなく、親書を届けるためだ。
その後、俺とシルフ、早乙女、夕映、刹那と近乃香という5人と1つになった俺達で、京都を散策することになったのだ。
やいのやいのと、京都の町並みを眺めながら、女子中学生特有の姦しさで歩く俺達(女子中学生ではないシルフが一番うるさかったが)

しかし、それはそう長く続かなかった。

「――っ!?」
「は、はえ? ど、どうしたんせっちゃん?」

近乃香の手を取り、突然走り出す刹那。
突然の刹那の奇行にあっけに取られるが、すぐさま後を追う俺達。
一体、何があったのだろうか?

<むむっ、マスター。どうやら追っ手のようです>
「追っ手だと?」
(はい、どうやら。まさか本当にこんな昼間から仕掛けてくるとは……)

刹那が念話で割り込んでくる。
どうやら本当に真昼間っから仕掛けてきたようだ。
探知魔法で数を調べるよう、シルフに促す。

<えっと、数はいち、にー、さん……あー、結構いますね>

そんなにいるのか……全然気づかなかった。
恐らくはその手のプロだろう。
ちなみにこの手のプロは、どれだけプロレベルが高かろうと選手になれたりしない。
プロ追っ手大会とかないからな。

(取りあえず、できるだけ追っ手から距離を離しましょう!)

そして冒頭に戻る。


■■■


かれこれ数十分がはマラソンをしているが、一向に追っ手を巻く気配はない。
追っ手達は、つかず離れず、俺達の後方を陣取っている。
それもそうだろう。
巻こうにも、早乙女や夕映がいるため、あまり早く走れない。

そして追っ手を巻けない理由がもう一つ――

「クッ――」

一筋の光――どこかから飛んできた細い針が数本、近乃香に突き刺さらんと、飛翔する。
それを目にも止まらない速さで、全て受け止める刹那。

<マスター!>

シルフの声に反応して、背後を見る。
どうやら俺と、その前にいる夕映達も狙われているようだ。
数本の針が飛んでくるのが見える。

先ほどの刹那の挙動を真似するように、手を虚空に走らせる。

「セィッ――あつっ」

刹那のように上手く行かず、針が全て顔に刺さる。
大丈夫、痛くない、顔なら大丈夫だ。
それに針治療と思えば、逆に健康になった気がする。
続いて、数本の針が飛んでくるが、もう手で受け止めようとしても無理なので、全て顔で受け止めることにした。
ただし、右目には刺さらないように、右目を閉ざして。
ここだけの話、右目は俺の弱点なのだ。
仮に右目を槍的な物で突かれると死ぬ。

<うわぁ、マスター……顔が何かサボテンみたいになってますよ>
「お前もサボテンにしてやろうか!?」
<遠慮します……しかし、これじゃ埒が明かないですねー>

シルフの言うとおりだ。
このまま荷物(早乙女、夕映)を連れて走ってたんじゃ、追っ手を巻けない。
追っ手を巻けないとこのままじゃ、俺の顔がハリネズミのハーリーのようになってしまう。
どうしたものか……。
刹那に念話を送って話し合うか。

(――先生!)

と、いいタイミングで刹那が念話を送ってきた。

(先生、このままではマズいです……!)
(確かに。夕映や早乙女達も危ない。――ここで二手に分かれるべきか?)
(では、私がお嬢様を守ります!)
(頼む、俺は追っ手を何とかする)
(<じゃあ私は会計士!>)
(はいお願いします、では――))
(<刹那ちゃんもスルースキルが高くなりましたね……>)

シルフが何やら寂しそうに呟いている。
この状況で刹那に突っ込みを望むのは酷というものだ。
刹那は突っ込みレベル低めだからな。

刹那が周囲を素早く見回し、『この先映画村』と書かれた看板に目を止めた。

(――お嬢様を連れて映画村に行きます。流石にあそこなら下手に攻撃はしてこないはず――!)
(<らめぇ!?>)
(な、何ですかシルフさん!? 映画村では問題でも――!?)
(あ、気にしないでくれ。飛んできた針がシルフの敏感な(らしい)場所に刺さっただけだ)
(そ、そうですか。で、では――このまま映画村へ)
(よし、じゃあ俺が早乙女と夕映を止めるからその隙に)
(はいっ)

取りあえずは、早乙女と夕映の気をこちらに向けなければ。
このまま走っていても埒が明かない。
俺は二人に接触する為に、一気に加速した!

「うおおおおおおーー……おぅ、ふぅ、はぁ……」

しかしガッツが足りず、2秒ほど加速した辺りで減速してしまった。
肩に置こうと思った手も、空を切る。
仕方ない、呼び止めるか。

「おいっ、お前らっ、ちょっと、ちょっと止まれっ……と、止まれってっ……! と、止まってください……!」

必死で目の前を走る二人に声をかける。
しかし、俺は疲労で声が上手く出ず、二人は走ることに必死で聞こえていないようだ。
し、しかたない。
こうなったら最後の手段――!

「止まれえええええええ!」
「へ? ちょっ!?」
「きゃう!?」

俺は最後の力を振り絞って目の前の二人の背中に飛びついた。
そのまま地面に押し倒す。

――ズサー。

顔文字で表すと、こんな感じで⊂(゚Д゚⊂⌒`つ≡≡三人仲良く、地面に滑り込む。
俺はすぐさま地面から顔を上げ、グッと親指を立てながら刹那を見た。

(よし、行け!)
(……)

しかし、刹那は動かない。
それどころか、ポカンとした顔でこちらを見ている。

<いや、そりゃ二人を止めるって、そんな物理的に止めるとは思ってもいなかったでしょうからね>

……確かに、ちょっと短絡的過ぎたかもしれない。
しかしこうでもしなければ、二人は止められなかった……はずだ。

いや、待てよ。
よくよく考えれば、シルフに声を掛けさせればよかったんじゃないか?
……い、いや、してしまったことは仕方がない。

「ど、どないしたん三人とも!? ……な、なんで地面に仲良く寝転がってんの?」
「――は!? お、お嬢様――失礼!」
「ひゃっ! せ、せっちゃん!?」

ポカンとしていた刹那は、近乃香に言葉に我を取り戻し、近乃香を抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこだ。
抱えられた近乃香の顔が赤くなる。

「お、お嬢様。そ、そのナナシ先生達は……三人でお手洗いに行くようです。で、ですから私達は先にこの先の映画村へ――」
「はぇ? そ、そうなん? それやったら三人待ってから一緒に行けばええんとちゃう?」
「い、いや、そ、それは、そ、そのっ……その――ええい御免!」
「はわっ」

誤魔化すように、地面を蹴り、そのまま大きく飛翔する刹那。
看板、屋根と足場を蹴り、すぐに見えなくなってしまった。
刹那達がいなくなったことを見届け、俺は一仕事やり遂げた男の顔で立ち上がった。

「やれやれ、行ったか」
<ですね、しかしアレ傍から見ればどう見えるんでしょうね? 女の子をお姫様抱っこする女の子。やっぱりちゅっちゅしてる関係に見えるんですかね?>
「知らんわ」

さて、こうしてはいられない。
俺も仕事をしなければ。
もし追っ手の狙いが近乃香なら……

<んー、追っ手の人達が……あ、私達を無視して映画村の方に行きましたね>

周囲に引き続き探知魔法をかけていたシルフが結果を伝えてくる。
やはり、あくまで狙いは近乃香だけ。
俺達を狙っていたのは、足止めのつもりなんだろう。
ならいいさ、動きやすい。
近乃香達に集中しているのなら、その分背中ががら空きのはず。

「じゃ行くか」

俺は映画村の方角へ向かって走り出そうと、一歩を踏み出し――

「え? ――ぎょぎょ!?」

何者かに足を掴まれ、再び地面にズサーしてしまった。
思わず魚君のような悲鳴をあげてしまう。
誰だ俺の足を掴むのは、と背後を見てみる。


――青筋を立てた少女が二人いた。


「一体何をしてくれてるですか……ねえ?」
「そしてどこに行くつもりなのかなー?」

地面に倒れた時に付いた砂を払いつつ、立ち上がる二人。
怒っている、これは間違いなく怒っている。
そりゃ突然背中から押し倒されて地面に倒れ付したら怒るだろう。
それが笑って許されるのは、弾丸が飛び交う戦場くらいだ。
そしてここは戦場ではなく、京都。

<まずはこの二人を何とかしなきゃですね……>
「……ああ」


■■■

俺はダン○ンロンパで練習した、論破テクニックで、二人の怒りを納めようとしたが、それは失敗した。
まあ、そういう時はとにかく謝るしかない。
俺は誠心誠意謝罪をし、究極の謝罪である大宇宙土下座(土下座を通り越し、一見すると休みの日にテレビの前を陣取るお父さんの様な体勢)を披露しようとした辺りで、周りの視線に気づいた二人に止められた。
誠意を込めた謝罪は、人の心を許しに向かわせる、教師としてそれを教えることができたのは良かった。

さて、許された俺と二人は向かい合う。
ジト目に定評のある夕映が、映画村――刹那と近乃香が向かった方角を見ながら言った。

「それであの二人は?」
「さ、さあ? 知らないけど」
「相変わらず先生は、嘘が苦手ですね。――大方、私たちを押し倒したのは、あの二人を二人っきりにするのが目的、違うですか?」

す、鋭い……。
俺の僅かな動揺を感じ取ったのか、フッと笑う夕映。

「当たり、ですか」
「ほー。で、何であの二人なの? あの二人って仲良かったっけ? あんまり絡んでるところ見たことないけど」

むむむ、と眼鏡を光らせながら唸る早乙女。

「このかから聞いたことがあるです。――二人は幼馴染、と」
「幼馴染!」

その言葉が何かの琴線に触れたのか、興奮した様子で目を輝かせる早乙女。

「つ、つまりこういうこと? 昔は中が良かった二人。でも歳を経て再会した二人は、昔のように振舞えない――ああ、どうしよう、もっと仲良くしたいのに! あの頃みたいにキャッキャウフフしたいのに! そうだ、もうすぐ修学旅行――これを使わない手はない! フフフ、そうと決まればあの使いやすそうな教師を引き込みましょう! 教師を使えば、二人っきりになる方法はいくらでもあるわね――まあ、あの教師のことだから、ちょっと甘い物で釣れば一発よね。――やってやるわ、今度の修学旅行で、絶対にこのちゃんをモノにする! ……みたいな感じ!?
「次のお前の通知表に『個人的に嫌いです』って書いてやる」
「ふ、ふふっ。こ、これは薄い本が出るわね――!」
「聞けよ」

人のことをさり気無く馬鹿にしつつ、自分の世界に入る早乙女。
まあ、いい。勝手に納得してくれたなら、説明の手間が省ける。

「うん、まあそういうわけで、二人については放って置いてくれ」
「……そういうことなら。このかが喜ぶのならいいです」
「おっけーおっけー」

同じ部の仲間だからか、あっさりと納得してくれた。
これでよし。
さて、俺もアイツらを追わねば……!

「で、先生はどこに行く気です?」

反転したところで、夕映に止められた。
そのまま、無視して走り去ってもいいのだが、多分追いつかれる。

<マスター、足遅いですからねー>

知っとるわ!
ぐ、ぐぅ……どうにかこの二人を巻かないと。
どうする……!?
また、ズサーと押し倒して、その隙に去るか?

<だから何でそんな物理的な手段ばっかりなんですか!? マスター天才なんですからもっとこう……あるでしょ!?>

そう言えば俺って天才キャラだったな……。
なら、こんな状況を打開できる作も浮かぶはず。
うーん。

――そうか!

「エヴァにこの二人を押し倒してもらってる隙に行く!」
<さっきより酷いですっ!?>
「あ、そうか。そもそもエヴァの力じゃ押し倒すのは無理か」
<い、いやいや! それ以前にその作戦に必要なエヴァさんがいませんから! というか押し倒す以外で行きましょうよ! もっと天才っぽい作戦で!>
「そ、相対性力学を使って……何とかする?」
<何とかって何なんですか!?>
「そんなに言うならお前が考えろよ!」
<まさかの逆切れ!?>

俺とシルフがそんなやり取りをしていると、背後からコホンという咳き込みの後、若干呆れ気味な声が掛けられた。
振り返ると、ジト目気味な夕映が俺のスーツを掴んでいる。

「さっきから二人で何をブツブツ言ってるですか? 早くさっきの質問に答えて欲しいです。――先生はどこに行く気ですか、と」

む、むぅ……これは困ったな。
どうやら説明するまで放す気はないらしい。

<ちょっと思ったんですけど……>

シルフが小声で話しかけてくる。
夕映達に背を向けてひそひそを話す。

<別に一緒に行けばいいんじゃないですか?>
「いや、お前それじゃ、夕映達が……」
<昔の偉い人が言ってました。『木を隠すのは森の中』映画村の人ごみに紛れて巻けばいいんですよ。その隙に追っ手を見つけて、バッサリいけばいいじゃないですか>
「なるほど。刹那達と同じ方法か。お前頭いいな!」
<え、えへへ。照れます……>
「まあ俺の方が頭いいけどな」
<台無しです!>

方針が決まったので、夕映達に向き直る。
笑顔を浮かべる俺。

「じゃあ行こうか――映画村へ」
「い、いえ今一人でどこかに行こうとしてたですけど」
「してないぞ」
「してたです。ついでに言うなら『じゃ、行くか』とも口に出してたです」

出してたか?
……あ、出してるなコレ。
困ったな……どう誤魔化せばいいか。

「先生は先ほど一人でどこかに行こうとしてたですね?」

確認するかの様に念を押してくる。
ここは天才らしく誤魔化すしかあるまい。
ふむ……

「確かにそう言ったし、行こうとした。でもこの先に俺が発明するタイムマシーンで過去に行き、その結果さっきのその出来事は無かったことになるんだよ」
「今世紀最高に意味が分からないです!」
「ついでに言うと、夕映がこの後、俺のそっくりさんを見かけるかもしれないけど、それは未来から来た俺だ」
「まだ続けるですか!?」
<でも、未来から来たマスターと今のマスター、どう見分ければいいんでしょう……>
「大丈夫。未来だとシルフはいないから、首にシルフがかかってないから、かかってる方が今の俺だ」
<何で私いないんですか!?>
「――そ、そもそも! その話の大前提がおかしいです! 何で今の先生が未来にタイムマシンを作ることを知ってるですか!? その時点で破綻してるです!」
「そんな今作った話にマジレスされても……なあ」
<ねー?>

シルフと二人、首を傾げる。
その仕草が腹に立ったのか、夕映は的確に脛を蹴ってきた、痛い。

何はともあれ、俺達は近乃香達を追って映画村に行くことになったのだ。





[22515] 番外編ノ二 それから……
Name: ウサギとくま2◆e67a7dd7 ID:07f2e670
Date: 2012/05/21 05:30
日課の散歩から帰ってくると、リビングに『おやつです』とメモが張られたホットケーキがあった。
茶々丸さんが作ったものだ。

「うめえ!」

まだ食べていないが、見た目の美しさだけで口の中に涎が溢れ出す。

そのまま冷蔵庫からこれまた茶々丸さん手作りのハチミツを取り出し、ホットケーキにたっぷりかける。
そして食す。本能のままに食す。

「死ぬ!」

死にはしないが、死ぬほど旨い。
瞬く間に全て平らげてしまった。美味すぎて完全に理性が飛んでしまっていた。
ほんま茶々丸さんの料理スキルはちょっと天井知らずやで……。
一体どこまで上手くなるのか、食べる側の俺としては恐ろしくてしょうがない。
こんな旨いもん毎日食べさせられていたら、もう一生茶々丸さんから離れられないよぉ……。
まあいいか。特に離れる気はないし。

腹が膨れたので、部屋に戻る。
部屋の扉を開けると、テレビの前で体育座りをしている少女がいた。
扉の音に少女が振りかえる。

「あっ、お帰りなさーい」

青い髪の小柄な少女はニパッと笑った。大きな瞳が宝物を見つけたかのようにキラキラ輝いていた。
彼女はそのまま立ち上がり、俺に向かって一直線にダイブしてくる。
俺はそれを右から左に受け流した。

明後日の方向にすっ飛んでいく少女。

「――ぐへぇっ!? な、なにをするんですか!? 普通そこは飛んできた私を抱きしめて『全く、お前はいつまでたっても甘えんボーイだな』『むー(頬を膨らませて)、私のどこがボーイなんですかっ。こんなカワイイ子を捕まえて!』『ハハハッ、ごめんごめん。お詫びに頭撫でてやるから』『そ、そんなんで許すと思ってはぁぁぁぁぁん! ゆ、許す! 許しちゃいますぅ!』みたいなイチャコラ展開がカミングでしょうに!」
「なにって、上読めよ。右から左に受け流したって書いてるだろ? つーかそのイチャコラ展開はキモイな……」
「そんなの見えません……あ、いや、見えますね。やだ、もう! 青い髪のキャワイイ少女ですって!」
「多分お前が見てるのと俺が見てるのは若干違うな」

俺に受け流されベッドの上に落ちた少女は、両の手を頬に当ていやんと体をくねらせた。
また勝手にエヴァの箪笥から持ち出したのだろう、その格好は白を基調としたゴスロリファッションだった。
この少女、度々エヴァのタンスから勝手に服をパクリ、その上持ち主であるエヴァに向かって『あー、ちょっと胸がキツイですねー』とか挑発しちゃうようなブレイブガールなのだ。ちなみにエヴァと胸の大きさは殆ど変わらない。

「お前また勝手に服を……エヴァが怒るぞ?」
「いや、大丈夫です。私キャワイイですし」
「いやいや。関係ねーし。キャワキャワだろうとパミュパミュだろうと、エヴァはキレるぞ?『このホットケーキを作ったのは誰だー!?』って」
「それこそ関係ないですよ! なんですかそれ!? 何でエヴァさん怒ってるんですか!?」
「おいしすぎて?」
「おいしすぎて!?」

実際いくらおいしかろうと、エヴァは茶々丸さんに怒ったりしないけど。
そういえば昔は結構エヴァも茶々丸さんに怒鳴ったりしてたんだよなぁ。
いつからだろう、エヴァが茶々丸さんに怒らなくなったのは……。
いや、たまに怒るそぶりは見せるんだけど、その度に茶々丸さんが『マスター。例の写真が』って呟いて、エヴァも『ぐぬぬ……』って消沈するんだよな。
一体あの二人に何が……?

「あ、それにしてもマスター! 今までどこに行ってたんですか! 起きたらマスターがいなくて私ちょっと泣いちゃいましたよ……ヨヨヨ」
「散歩だよ散歩。つーかお前寝すぎ。俺が家出たの昼前だぞ? 単位取るの上手い大学生かよ」
「だ、だって眠いんですもん……昨夜もマスターが離してくれなかったから……」

ポッと頬を染める姿を見て、俺は

「そういうこと言うなって。勘違いされるだろ、全く」
「あの、マスター、そう言いながら私の体に10円玉擦り付けるのヤメテ下さい」
「すまん、でも……いいだろ? 昔の癖で……さ」
「よくないですよ! 何一つよくないですよ!」

ちなみに昨夜は遅くまで二人でゲームをしていたから遅くなった。
途中までエヴァも居たのだが『明日は化学のテストがある』と言って途中で抜けた。
永遠の高校生も大変だな……。永遠の中学生の次は永遠の高校生とか……アイツの青春長すぎね? 次は永遠の大学生か? そろそろ登校地獄ちゃん(呪いの擬人化)も許してやれよ……。

と、俺は先ほどまで少女が見ていたテレビに映っている映像に気付いた。
映像では、どこかの街並み……これは映画村か。
その映画村を歩いている青年と少女が写っている。

『ナ、ナナシ先生……あ、あの手を……繋いで欲しいです。い、いえっ、別に木乃香達が羨ましかったというわけではなくっ、私の体は小さくて人ごみに紛れてしまうので……!』

と、するとこの若干低い視点の映像は……シルフ視点?
そうか、これ、シルフが修学旅行中に撮ってたっていうビデオか。
ん? じゃあさっきから映ってるこの青い髪の女の子は……

「これ夕映か!?」
「ですよー」
「若っ! つーか幼っ! ロリッ! デコッ」
「ねー、ですよねー? 私も久しぶりに見て、びっくりしちゃいましたよー。いやぁ、人は変わるもんですよねー」

この頃から考えると、かなり成長したよなぁ……胸とか以外。
いや、それにしても懐かしい。
修学旅行、か。

俺の脳裏に、あの慌ただしくも楽しかった光景が走馬灯に如く走った。

「うわぁ、まだ結構覚えてるわぁ。この後この映画村にロボット、田中さんが大量に現れるんだよな?」
「混ざってますよ!? 文化祭と修学旅行がごっちゃになってます!」
「え? そ、それで映画村の中心になんか特異点が発生して、みんな魔法世界に飛ばされるんじゃ……なかったか?」
「いやもう全然違いますよ! 何ですかその展開!? 魔法世界に行くのとかまだまだ先ですから! ……ほんと、マスターの記憶力って乏しいですよね」
「お前は胸が乏しいけどな」

俺の言葉に眼の前の少女、シルフは『そういうこと言っちゃいます!?』と怒った。
いや、しかし修学旅行とか随分昔だなぁ……そりゃ記憶もごっちゃになるわ。
そうか……それくらいの時間が経ったんだよなぁ。
しみじみ。

「それにしても、この頃の私ってまだ懐中時計だったんですよね」
「ああ、そういえばそうだっけ」

今こうして目の前で話している少女が、昔は懐中時計だったなんて誰が信じるだろうか。

「よくよく考えればお前すげえよな。いや、マジで。ある日、いきなりお前(時計)から足が生えてきた時はマジでビビったわ」

今だから笑い話で済ませられるが、当時はかなりホラーだった。
切り離そうにもシルフが痛がるので、できない。
そうこうしているウチにもう片方の足、そして手とどんどん人間のパーツが生えてきたのだ。
最終的に今のシルフ(人間ver)が完成。
ピノコも驚きの誕生秘話である。

「いや、私もまさか自分の体から手足が生えてくるとは思いませんでした。というか思ってませんけどね! マスター、私の人気投票に影響が出るような嘘、本当にやめてもらえませんか?」
「てへぺろ」
「古いですね……。私の体は、ちゃんとハカセちゃんに作って貰った、茶々丸と一緒のボディです! 機械の体です! テツロー!」

テツロー関係ねぇ。

「まぁ、昔の私は若かったですよ。本気で時計の体のままマスターのことを落せると思ってましたから。よーく考えなくてもそんなの無理なのに」
「若いっつーか、バカだな」
「バカワイイみたいな? でも早めに気付いてよかったです。貯金を叩いて、ハカセに作って貰った甲斐がありました」

シルフのボディはハカセに作って貰ったものだが、当然タダではない。
シルフがラノベ(なんか幽霊とアパートで同居するやつ)の執筆やブログ(ネットアイドルの奴。勝手にエヴァの画像使ってた)のアフィなどで得た金を使ったのだ。こいつ何気に俺より貯金あったからな……両津並みに副業してたし。
しかし、シルフの体、改めてみても……

「お前、その体さ。自分でデザインしたんだよな?」
「はい、そですよー。本当はもっとこうボンキュボンの金髪のチャンネーにしたかったんですけど……不思議とこの姿で落ち着きました。なんかしっくりくるんですよねー。まるで元から自分の体だったみたいに」

シルフの姿は昔俺と共にいた、彼女と寸分変わらない。
多分それはきっと、魂が覚えているからなんだろう。
シルフの魂が、生前の自分の姿を無意識に覚えているから。

未だに俺はシルフの姿を見ると動揺してしまう。
死んだ筈の彼女はこうして、俺の前にいる。ありえない事が目の前にあって、不思議な感覚に襲われる。最近は慣れてきたが。

「ちなみに懐中時計はどこいった?って思う人いますよね? 実はここに――ありまーす」

シルフはスカートをバサッと捲り上げた。
下半身だけでなく、胸部の辺りまでがまる見えになる。
当然あんなところとか、こんな所も見えちゃってるわけだけど、シルフだしな……。
今更どうこうって感情は……あ、でも待てよ。このボディって茶々丸さんとかと同じ素材なんだよな?
ゴクリ……。

さて、シルフの胸部、人間でいう心臓の辺りに、かつてのボディ――懐中時計は存在した。
ぴったりとはめ込まれており、一見、白い肌(ボディ)の一部が銀色になっているようにしか見えない。
ちなみにあくまで懐中時計のシルフが本体なので、人間ボディからこの時計を外すと人間ボディは機能を停止する。
たまに気分でシルフが懐中時計のままどこかに行ったりするので、その時に人間ボディの方が廊下とかに放置されててぶっちゃけ怖い。

「……ってうわぁ!? 私、今めちゃくちゃ恥ずかしいことしてるじゃないですかぁ!?」
「なに今気付いたのか?」
「うわぁ、まだ時計気分が抜けてないってことですかね……うぅっ、恥ずかしいです」

さっきまでスカート捲りあげてたヤツが恥ずかしいって言ってもなぁ。
シルフと一緒に修学旅行の映像を見ていると、階下から誰かが帰ってくる音が聞こえた。
この足音、恐らくはエヴァ。いや、それにしてはいつもより足取りが重い、そんな音だ。何かを背負っているような。
足音は階段を上がり、この部屋までやってきた。
ドアが開く。
ドアから入ってきたのは、金髪で若干ツリ目の麻帆良の高等学校の制服を着た少女。
言わずとも分かるだろうが、エヴァである。
エヴァはその小さな背に、これまた小さな少女を背負っていた。

「今帰ったぞ。……ふぅ、ほら」

エヴァは背負っていた少女――黒髪おかっぱのエヴァと同じ制服を着た少女をベッドへと降ろした。
少女を背負ってきたエヴァははぁはぁと息を荒らげている。少女の背丈はエヴァと変わらないから当然だろう。

少女はエヴァの苦労も露知らず、くぅくぅと寝息を立てている。

「全く……従者の教育くらいしておけ。こいつ、道端で突然眠りだしたんだぞ? おかげで家まで背負ってくることになった」
「悪いな。おーい散花、おーいってば」
「あらー、これは完全におねむですね」

シルフがツンツンとその頬をつつくが、一向に起きる気配はない。

「……ふん、まあいい。起きるまでそこで寝かせておけ」
「何かエヴァさんって散花ちゃんには優しいですよね?」
「俺も思う」
「何か言ったか?」

エヴァは睨み付けてくるが、実際エヴァと散花は仲がいい。
今日だって一緒に高校まで通学し、帰ってきたようだし。
しかし何が驚いたって、散花が「がっこう、行きたい」とか言い出したことだろう。
今まで散花がそんなことを言ったことがなかったので、俺たちは大層驚いた。家で寝ているだけだった刀なのに……。
人間だけでなく、遺物も成長するんだなぁ。

ちなみに散花のボディも茶々丸さん達のボディと同じである。
本体の刀は、腰に差している。
散花はどうやって費用を捻出したかというと、それはまた長くなるのでいつか話そう。某漫画風に言うと<散花×魔法世界×大拳闘大会>みたいな感じだ。

ついでにこの家にはもう一本、ボディを手に入れた星薙とかいう槍がいるが、そいつは金が無いので借金をしてボディを購入した。
借金相手は何故か茶々丸さんで、今はメイド服を来てせこせこ働いている。
何故星薙までボディを購入したのか。本人は『シ、シルフさんだけでなく散花さんまで人の体を!? こ、このビッグウェーブ――乗り遅れたら負けッス!』らしい。借金してる時点で負けてるっぽいけどな。

「……さて、と」

エヴァは制服のスカートを脱ぎ、ブラウスを脱ぎ、とにかく脱ぎ始めた。
流石の俺もちょっと物申す。

「お前な、いきなり人の部屋で着替えるってのは女としてどうなんだ? いくらここが自分の家だからってな、保つべき羞恥心ってもんはあるだろ?」
「そうだそうだー、マスターの言う通りですー。最近のエヴァさんってば、女子力低過ぎー」
「ここは私の部屋だ! 貴様らが人の部屋にたまるのは今更だからもう何も言わんがな。ここは私の部屋だ! そこだけはしっかりと認識しておけ!」
「「……」」

一番落ち着くのがエヴァの部屋ってのはどうなんだろうね。
昔からそうだもんね。
しょうがないよね。
シルフと「なー?」とお互いに首を傾げる。

エヴァは制服を脱ぎ、部屋着の薄いワンピースに着替えると、椅子に腰掛け新聞を読み始めた。
大したマイペースっぷりである。自分の部屋だからいくらマイペースろうが構わないが。

「さて株価の方は、と……ん? ふふっ、おい、これを見ろ」

何か面白い記事を見つけたのか、興味深そうに微笑むエヴァ。
新聞を開いてこちらに見せてくる。

「っ! だ、ダメですマスター! 見ちゃダメです! もー、エヴァさんいくら自分が欲求不満だからってマスターにエッチな広告見せて発散しようとしないで下さいよ!」
「馬鹿か貴様は。ほら、ここだここ」

エヴァが指差す記事、新聞の一面を飾っているそれは、赤い髪の青年が大きく写った記事だ。
その青年は、俺達にとってよく見慣れた人であった。

「おー、どれどれ。『白い翼、またまた大活躍!』か。へー、頑張ってるじゃん」
「何だ、あまり興味がなさそうだな」
「いや、興味ないってことはないけどな……んー」

記事には今注目されている白き翼のリーダー、立派な魔法使いの彼についての記事が載っていた。
盗賊団を退治、飢えに苦しむ人たちへの援助、遺跡の攻略。
華々しいそれらの功績に、俺の心は特に動くことはなかった。
俺と彼らは無関係ではない、それどころかかつては密接な関係にあったのに。
いくら長い間会ってないからといって、少し薄情過ぎるかも……いや、そうでもないのか?
時間と心の距離は比例するらしい。

「いやー、しかし大活躍ですねー。最近世界が平和なのもこの子達のおかげですもんねー」
「ふん。まだまだガキさ。父親のレベルにはまだ遠い」
「おー、お師匠様の発言っぽい」
「なんだ? 喧嘩を売っているのか?」

エヴァとシルフの軽いやり取りを見ながら、俺は昔、あの頃に想いを馳せた。
あの頃、同じ教室であんなに個性的な面々が一同に介していたのは、今考えてみると奇跡的な確立だったんじゃないのか?
それが例え人為的なものであったとしても、あんな面子を揃えることができただけで天文学的な確率のはずだ。
そんな連中と過ごせた日々。

ああ、あれはとても楽しかった。
今こうしてエヴァやシルフ、茶々丸さん達と過ごすのは勿論楽しい。
でもこの楽しさとあの頃の楽しさは違う。
今の生活が安定した日常の楽しさだとすれば、あの頃の日々は、そう――祭りだった。
終わらない祭り。毎日毎日何かしらの馬鹿騒ぎが起こる。
そんな日々は俺にとって、とても素晴らしいものだった。
退屈しない毎日。心が騒ぎ立てる日々。

終わってしまった日々。

あの奇跡的な3-Aが終わりを告げ、祭りが終わると思っていたが、祭りの延長戦は続いた。この場合は延長祭か?
高校、大学とその途中でかつての面子は減っていったけど、それでも祭りは続いた。少しずつ規模を狭めて。

祭りはその規模を小さくしていき、最終的には数人だけの本当に小さなものになった。

連中は社会に出て、世界の各地へと散っていった。
当然麻帆良にも残ったヤツや、近くにいたヤツもいたが……。
そいつらも次第に自分の場所を見つけ、そこへ飛び立っていった。

相分からずたくさんの人でごった返す麻帆良を歩いていて、何故か妙に物寂しい気持ちになった時、俺はようやく祭りは終わったのだと、そう理解した。
祭りが終わった後の不思議な寂しさ、それは今でも俺の心に残っている。
祭りはもう、二度と始まらない。
いなくなった人間が多過ぎる。

「あのマスター? ……どうかしたんですか?」

俺の表情に気付いたのだろう、シルフが不安そうな表情で聞いてきた。
何でもない、と首を振る。

「でもマスター……。あのマスター――私のおっぱい触りますか?」
「どうした? なあどうした? 脳が? 脳が遂に?」
「違いますよもう! マスターが何か寂しそうな顔してるから、ここは母性を見せる場面だって、頑張ったんじゃないですかぁ! 恥ずかしい思いを我慢して!」
「お前の母性って胸を触らせることなのか?」

著しく間違っている気がする。

「じゃあ分かりましたよ。エヴァさんのおっぱいでもいいです」
「おいせっかく巻き込まれないようにツッコミも入れずに黙ってたのに空気を読め!」
「じゃあ、一緒にマスターにおっぱいを触ってもらいましょうか?」
「じゃあって何だ!? 何でこんな昼間っから胸を触らさねばならんのだ! というか今気づいたがクソ時計! また私の服を勝手に着ているな!?」
「まあまあESMじゃないですか。E(エヴァさんの物はシルフの物)S(シルフの物はマスターの物)M(マスター大好き!)って昔決めたじゃないですか。ほら、あの最終決戦前夜に」
「記憶を捏造するな! 私の物は私の物だ!」
「そういえばお腹空きましね」
「ああァッ! 貴様まだ時計だった頃の方がマシだったわ!」 

いつもの様の様なやり取りを行う二人を見ながら、俺は時計を見た。
そろそろ茶々丸さんが帰ってくるはずだ。
茶々丸さんが帰ってきたら、喪服のクリーニングをしてもらおう。

さて、来週は誰の何回忌だったか。

あの頃は毎日がお祭り騒ぎだった。
あのお祭り騒ぎの中に居た俺は、それが永遠に続くものだと思っていた。
だが、永遠なんてものはない。
全てのものは失われ、消えていく。
あの日々は俺の手に中にない。
あいつらと過ごしたあの日々は、もはや俺の心の中にしか存在しない。
それは宝石だった。
あの日々は俺の心の中に、宝石として輝いている。
決して色褪せない、俺が消えない限り永遠に存在するもの。
永遠はここにある。
俺はこれから先、時折この宝石を心の箱から出して眺めるのだろう。

エヴァ達と過ごしてきた日々、そしてこれからの日々は楽しいものになるだろう。
だが、これだけは言える。
どれだけ綺麗な宝石をたくさん手に入れようが、あの頃の宝石の輝きには決して叶わないだろうと。
そしてその想いは、これから時が経つほどに濃く、鮮明になっていくのだろう。
過去の美化。それは永遠に生きるもの達にとって、避けられないものだから。

「こうなったら仕方がありません……エヴァさん! 今からどっちのおっぱいがより優れているか――勝負です! 審査員はもちろんマスターで」
「ククク……面白い、その勝負――乗るかっ! 馬鹿か! 馬鹿なのか貴様は!」
「なあ、お前ら。俺ちょっとしんみりしたモノローグ流してるじゃん? 空気読んで、ねえ?」

ちなみに3-Aの連中、殆ど寿命とかで死んじゃっけど、何故か楓とかは普通にピンピンしてる。
しかも昔の姿のままで。『忍でござるから』らしい。忍者パネェ。

白い翼のリーダーは今5代目で、さっきの新聞に載ってたのはその男の子ね。

あ、そういえばそろそろ100年の眠りについた明日菜が目を覚ますらしい。
つっても、起きてすぐに過去に戻ることになってるから、俺が会いに行ってもサプライズ感はないな……。
いや、待てよ。目を覚ましたあいつが俺見たら『な、なんでアンタ生きてんのよ!?』って言われるから、そこで俺は『お母さん! 会いたかった!』って言ったらマジびびんじゃね?
エヴァ辺りに死ぬほど怒られそうだけど……やるっきゃねえ! お、そうだ。シルフに妹役やらせたら、もっと面白いかもしれんな。
よーし、明日菜が目を覚ます日が待ち遠しいぜ!


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