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[21816] 【完結】落第生は夢を見ない(第二次世界大戦→異世界→現代)
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/17 01:48
ミケに外交や軍事、国際情勢方面の知識は全くないです。
あくまでなんちゃって外交ものである事を承知したうえでご覧下さい。






 西暦二〇一〇年、九月一日。
 エンタープライズ号は、広い、広い大日本帝国跡をゆったりと航行していた。
 いや、それは日本国と名を変えていたのだったか。
 第二次世界大戦終結後の、9月1日。正しく講和条約に調印する直前、アメリカにとって全てがこれからという時に、日本は忽然と島ごと姿を消してしまった。
 それだけでなく、海外にいた日本人も消え失せ、代わりに日本に滞在していた外国人は近くの陸に纏めて出現していた。
 今、この海域には見渡す限りの海が広がるばかりだ。
何が起こったか全くわからなかった。それは神、もしくは悪魔の仕業とされた。
 エンタープライズ号の艦長のマイケルは、この海に来るといつも神に祈った。それはマイケルだけではない、この海域を通る船乗り達全員の風習だった。
 マイケルは祈りの言葉を唱え、目を閉じ、十字を切る。
 再度目を開けた時、陸が間近となっていてマイケルは激しく驚いた。

「どういう事だ、現在地を調べろ!」

 マイケルが指示を出すのと同時に、船員が驚愕の叫びをあげた。

「艦長! 後方の映像をご覧ください!」

 悲鳴こそあげなかったが、マイケルもまた、それを見て驚愕に目を見開いた。
 薄い殻のような物に包まれた日本が、そこに初めからあったかのごとく、自然に存在していたのだ。
 それだけではない。何か鳥のようなものが日本の上空を飛んでいた。

「本国に指示を仰げ! 日本が、日本が帰ってきた! 悪魔に浚われていた日本が帰ってきた! カメラをズームアップしろ!」

 マイケルはそう叫び、カメラをズームアップさせて、呻いた。
 日本の上空を飛んでいるそれは、どうみても火を吹くドラゴンにしか見えなかった。
 日本はやはり、悪魔に浚われていたのだ。



[21816] 注意事項用紙 人の答案を奪ってはなりません。
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/16 20:32

 風を切る音をして、次々に竜が砂浜へと着陸……いや、墜落する。
 待機していた医療班が走る。
 竜の背には、軍人とそれに抱きかかえられたダークエルフがいた。
 医療班はまずダークエルフを、次に軍人の診察をしていく。
 嵐山防衛大臣は、自ら兵を率いて出陣していた。
 竜の背で荒く息をする指揮官の元にウィッジを走らせる。

「戦果は」

「目的は達した。囚われていたダークエルフはこれで最後だ。こちらの損害、113。追手も無い。だが、早くて十日、遅くて二十日で攻めてくるはずだ」

「そうか。急がなくてはな」

 それだけ言って、じっと大陸の方を見つめる。

「見張りを置け! 陸軍第五大隊はここで警戒せよ! 私は新たなる臣民を移民局へ連れて行く」
 
 嵐山防衛大臣が連れて来た兵が、ウィッジにダークエルフを乗せていく。
 ダークエルフが、呟くように言った。

「異世界の……勇者達……。本当に、本当に助けに来てくれたんですね……」

 そして、静かに涙を流す。
 暗闇の中、聞こえてきた言葉。
 あまりにも優しく、あまりにも神聖な声。けれどそれは神ではなかった。

『私は、貴方に自由しか用意できない。それでも良ければ、私達と共に来てくれますか?』

 すぐにわかった。相手は神に限りなく近いが、にっくき人間であると。
 そして、とある噂を思い出した。
 ディアトルテ国は、魔王を倒す為、魔王にも対抗できる力を持ち、全ての悪を切る勇者を召喚した。だがしかし、清廉なる勇者は邪悪なるディアトルテ国を許さず、敵対したと。皮肉な話である。彼らは、魔王と戦うとともに、亜人の奴隷解放の為に力を注いでいた。勇者は、尻尾を巻いて逃げるつもりだとも。ただし、全ての亜人を引き連れて。
 亜人達の間では、勇者の国はディアトルテによる召喚で今は魑魅魍魎で溢れているが、元は天の世界の天の国であり、そこに亜人を導く為に現れたと聞いている。
 噂が嘘でも構わない。どこだって、ここより悪い所なんて無い。
 ダークエルフは、声に救いを求めた。

「勇者など、あいつらが勝手に言っていた事だ。言っておくが、これから行くのは天国なんかではないぞ。当たり前に戦争のある国だ。……祖父祖母が最後まで帰りたがっていた国だし、さすがにここよりはマシだろうがな。とりあえず、魔物はいない」

「ここじゃなければ、どこだっていい」

 ダークエルフは呟き、嵐山防衛大臣に抱きついた。
 要人にも関わらず、嵐山防衛大臣はそのエルフの少女をしっかりと抱え、ウィッジを走らせた。
 走る。走る。走る。
 その時、通信球が光った。

『嵐山防衛大臣、困った事が起きました。何と言っていいのか……。移民局に来て下さればわかります』

 嵐山防衛大臣は、そっけなく返す。

「不測の事態などいつもの事だ。茶の準備をしておけ」

 それは嵐山防衛大臣の、困難に立ち向かう時のおまじないだった。
 果てしない困難に直面した時だけ、貴重な茶葉を使うのだ。
 ダークエルフの娘が、不安そうに嵐山防衛大臣に抱きつく。

「心配するな。私はそれなりに有能だ。お仲間のダークエルフが、待っているぞ」

「私達はもう、仲間ではないのですか」

 嵐山防衛大臣は、その言葉に笑った。

「ああ、そうだな」

 嵐山防衛大臣は、歴戦の将であったが、そんな彼も移民局に着くと、敗残者のように崩れ落ちた。
 ダークエルフも、ぽかんと口を開けている。
 そこには、貴重な茶と、もっと貴重な甘味を嗜んでいるエルフと竜族、神聖帝国の王子がいた。
 小さくなっていた小杉外務大臣が、嵐山防衛大臣の顔を見てぱっと顔を輝かせる。

「おや、何をしているのですか」

「これはこれは、エルフが長、エルーザ様。竜族が長、リュシランテ様。そして敵国のはずのキュリア王子。本日は、どのようなご用件でしょうか」

「移民局に来る目的は一つだけに決まっておるだろう。一族を引き連れて移民の登録だ。ふむ、この団子は美味い」

 リュシランテがパクパク口に入れるその団子は、外務省の国内接待切り札で、めったに出ない物である。

「なんと野蛮な。泥に汚れているではありませんか」

 エルーザが見下した瞳で嵐山防衛大臣を見る。

「まあまあ、着いたばかりなんだし。とりあえずお茶飲みなよ。小杉外務大臣、一族ごと引き受ける場合は君のサインが必要なんだろう? 手続きして」

 キュリア王子が、嵐山防衛大臣の秘蔵の茶を手ずから入れた。

「……小杉。もちろん断ったんだろうな」

 小杉外務大臣は、手を合わせて頭を下げた。

「馬鹿か小杉馬鹿か小杉馬鹿か小杉」

「失礼な。大日本帝国は亜人を差別するのか? まさか、竜は人でないと言ったりはせんだろうな」

「亜人を厚遇して人間を差別するのは、本末転倒だよねー」

 リュシランテとキュリア王子の言葉に、嵐山防衛大臣は拳をプルプルとさせ、ついに叫んだ。

「お前らは神聖視されてるだろうが! その上、神から人間を導く役目とやらも受けているんだろう。俺達奴隷組みたいに逃げる必要なんかない! 日本に余分な食料は無いのだぞ」

 本来は小杉外務大臣の言うべき事である。
 小杉使えない。外務省使えない。嵐山防衛大臣はぷりぷりと怒っていた。

「私達は、人間を導けとしか命を受けていない。だから、お前達を導いてやるのだ」

 リュシランテの言葉に、嵐山防衛大臣は我が耳を疑った。
 エルーザがため息をつく。

「私達が導き方を間違えたのではありません。あくまでも、人が好き勝手のびのびと育ち過ぎたのです。いいえ、神が作るのを失敗したのです。そうですとも。そうに違いありません。ぶっちゃけもう疲れたのです。彼らはいずれ、私達をも迫害するに違いありません。今までそうならないよう努力を続けてきましたが、もう疲れました。導くなら、確実にいい方向に育つという確証がないとやってられません。その点、日本ならば既にいい方向に育っています。神は良き方向に導いた私達をお褒め下さるでしょう。神と約束した期限の後二十年、日本をいい方向に精一杯育てて見せようではありませんか」

 色々突っ込みどころのありすぎる発言に、嵐山大臣の頭はくらくらとしてきた。

「そうそう、僕もう嫌なんだよね。迫害とかさ。やりたくも無いのに、わざわざ亜人を殺して見せたりとかさ。うんざりだよ。僕はこう、もっと適当に遊んで暮らしたいんだ。人を傷つけるとかさ、空気がギスギスして嫌じゃん? でも、そんな事言ったら異端認定だし。それに、日本って結構面白い物色々あるしさ。楽しみだよ、天の国とか言う場所に行くの」

 勝手すぎる。あまりにも勝手すぎる。

「あんたらが味方に着けば、日本はもっとずっと楽を出来たんだ! 今更……」

 そう、もう転移は間近なのである。本当に今さらだった。全方位敵の状態での、数十年。

「諦めなさい。亜人差別しないと言ったのはそちらです。安心なさい、手土産として戦争準備の為とだまくらかして食料を日本に運びこませたのですよ」

「あ、その作戦、僕も手伝ったんだよ。っていうか、僕が指揮官ね。亡命希望者集めて、軍を率いて日本に攻め込むふりをしたんだ。もちろん、全員が亡命者ってわけにはいかなかったけど、数合わせで連れて来た奴らはもう殺しといたから。大日本帝国に邪魔な人材を出来るだけ入れるようにしたんだ、褒めて褒めて」

「まあ、最後の防衛線ぐらい戦ってもよかろう」

「なんだそれは! 俺は聞いてないぞ。軍の指揮権は全て俺にあるはず……」

 そこではっとした。外務省も、他国と交渉するという性質上、独自の軍を持っているのである。小杉大臣を見ると、小杉大臣は頭を下げた。
 
「すまん、敵以外は来るもの拒まずという不文律を変えるわけには……」

「小杉―っ!! 大体! 神が! この地に来るならともかく! 追ってきたらどうするんだ」

「もちろん私の功績を褒めてもらいます」

「あ、本国にはエルフも竜族も僕も囚われたって事で話ついてるから」

 嵐山防衛大臣の罵詈雑言も、彼らには届かない。何故なら、それらを決めるのは小杉大臣であるからだ。
 こうして、軍務が英雄譚を作る間、外務省は無能伝説を一つ作りあげるのだ。
 転移後、全方位敵だった大日本帝国に手を差し伸べたのは、皮肉にもかつての敵国となる。



[21816] 第一問 ドイツに書簡を届けなさい 1
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/09/11 08:56



「日本国民の皆さん! 私達は、常に耐え忍ぶ人生を歩み続けてきました。大東亜戦争で原爆を落とされ、異世界に召喚され、具現化した神々に揉まれ、召喚をしてきた鬼畜どもに洗脳をされかけ、言葉の問題にぶち当たり、病魔に侵され、病魔をばら撒き、魔王と戦い、そうして、ようやくこの世界に、元いた世界に帰ってきた! しかし、しかし! 私は声を大にして言いたい。私達は、やり遂げた! やり遂げたんだ! 我々は生き延び、魔法を、聖術を覚え、神々の庇護を得、洗脳を跳ね返し、言葉の問題を克服し、画期的な治療法を確立し、虐げられていた人々を救い、魔王を倒し、この世界に帰ってきた! この世界に帰ってきた以上、神々はまた見守るのみとなり、私達の力も加速度的に弱まっていくでしょう! この世界の科学がどれほど進んでいるかも、見当もつかない! しかし、私達は、今度もまた、やり遂げて見せる! そして、ついに夢にまで見た平穏を! 得て見せる!」

 大空へと映し出された日本国首相、萩原武の映像に、各地の広場に集まって聞いていた人々は爆発的な歓声で答えた。それを僕は、ビルの窓から冷めた目で見守る。

「樹外交官殿。緊張しているのか?」

「樹にー、きんちょーしてるー?」

 大きくて柔らかいものが僕の頭を挟み、暖かくて小さなものが僕の足にぶつかってきた。
 僕の顔はぽっと赤く染まり、急いで大きなそれを振り払い、小さなそれをそっと押した。
 そして振りかえると、僕の同僚の外交官が二人、立っていた。
 ガウリアとアースレイアだ。
 ガウリアはハーフ獣人で、大きな胸のすらりとした美人だ。ところどころにタリスマンを埋め込んだ胸、肩、腰だけのピンクの鎧を着ている。それに、長く美しい黄金の髪と目。狼耳がぴこぴこしているのがチャームポイントで、いつもは魅力的に揺れている豊かな尻尾は股の間に挟まれてしまっている。
 アースレイアは、僕の腰までくらいしかないハーフダークエルフの可愛らしい少女で、緑の服を着ている。肌は浅黒く、髪や目もまた黒い。腰のあたりにタリスマンをぶら下げている。
 僕達は、共に国立幼年学校に入学し、共に成人試験を受験し、共に国家試験を合格した同級生でもある。
 成人試験とは、種族ごとに成長速度が異なる為に新設された成人の儀式で、これが通過出来れば大人と目される。最も基礎的な成人試験の他にも数多くの成人試験があり、これは必須科目ではないが、様々な場面で必要とされる事が多い。資格試験と考えてもいいのかもしれない。
 ガウリアは獣人成人試験、アースレイアはダークエルフ成人試験、僕は陰陽寮主催成人試験、魔術師協会主催成人試験、帝国大学主催成人試験の三つに受かっている。ガウリアやアースレイアみたいな能力持ちは成人試験一つで大体の用が済むのに、僕らのようなノーマルは三つも試験が必要なのはちょっとズルイ。他種族も獣人試験とか、ダークエルフ試験とか受けていいんだけどさ。他種族が受かるとは思えないほどの難関だけど。
 僕達の年齢は共に15歳である。ガウリアは獣人の、アースレイアはダークエルフの血が混じっているから、成長速度は大分違うけど。成人試験に受かっているとはいえ、肉体的に成人しているのはガウリア一人だ。ガウリアが、だから僕達を守らなくては、と気負っているのを知っていた。僕もまた、男としてガウリアとアースレイアを守らないと、と気負っているけれど。

「僕達はまだ外交官じゃないよ。それにガウリア、尻尾が丸まっているよ」

 僕が指摘すると、ガウリアは尻尾をピンと立たせ、そしてへろりとうなだらせた。

「う……! うん、私も緊張している」

「レイアもどきどきしてるー」

 ガウリアは認めて下を向き、アースレイアも不安そうな顔をした。

「そ、その、こちらの世界の人も、やっぱり差別意識が強いのだろう?」

 上目遣いに聞いてくるガウリアの言葉に、僕は肩を竦めた。

「僕もこの世界は初めてだって事を忘れていないか? おじいちゃんからは、白人至上主義とか鬼畜米英とか聞いているけど。なにせ、戦争していた相手の事を悪く言うのは当たり前だろう? 実際はどうなのか、見当もつかないよ」

「そ、そうか……」

 それきり、黙ってしまったガウリア。僕は、罪悪感にそっと目を逸らし、再度お祭り騒ぎの広場を見つめた。

「大日本帝国を守るバリアは一年で消える。それまでに、僕らは和平を結ばなくちゃならない」

 今現在、大日本帝国には大別して三つの派閥がある。
 異世界に戻りたい派と、この世界に定住したい派、新たな新天地を探したい派に別れて三つ巴の大混戦になっているのだ。そして、どの選択肢を選ぶにも非常に大きな問題を抱えていた。
 外務省は、問答無用で定住派である。そもそも、異世界は世界大戦から命からがら逃げてきた場所だし、新たなる新天地はそもそも見つかっていない。
 正直、定住するしかないのだが、この世界がどのような環境かわからない。
 その上、異世界に拉致された時、この国は敗戦して調印直前。新兵器が広島と長崎を焼き払っている。
 こんな時こそ外務省の出番なのだが、帝国での外務省の地位は低い。何故なら、全方位敵となる事を防げなかったからだ。これは致命的な外交の失敗である。
 それゆえ、外務省は頼むから何もするな、自分達が一年以内に無人の新世界を見つけるから、というのが新天地派の言である。
外務省は、正しく日本の命運をかけ、起死回生の一手を打たんと気勢を上げていた。

「それでも、僕らはやり遂げて見せる。だって日本が生き残る道はこれしかないんだから。だろ? 僕らは、その為に外務省に入ったんだ」

 僕が言うと、ガウリアは頷き、アースレイアは笑った。

「樹に―、心配しなくても、皆がいるよ」

 それはそうだ。どんなに大きい事を言っても、僕らは新米の外務省職員なのだから。
 そして、僕らは外務省へと向かった。
 そこにあったのは、阿鼻叫喚だった。

「どうかしたんですか!」

 外務省で倒れ伏す人、人、人。それらは全て、肌が真緑だった。

「これは……呪詛!」

 僕はそれに戦慄する。これほど強い呪詛、初めて見た。
 外務省は即座に臨時の病院へと姿を変え、辺り一帯は封鎖された。
三日後、僕らは小杉外務大臣に呼ばれたのだった。
 小杉大臣は、やっぱり真緑だった。
 彼は、意外にしっかりとした口調で喋った。

「樹君、ガウリアくん、アースレイアくん。君達に重要任務を与える。知っての通り、外務省には後がない。たかが全職員呪詛に掛かった位で休むわけにはいかんのだ。君達にこんな事を任せるのは心苦しいが、ここに書類がある。確認してくれえたまえ」

「はい。あの、解呪は……」

「陰陽医が試してみたが、駄目だった。何、各宗派の僧医も呼んでいる。直に治る」

 小杉大臣は安心させるように笑った。笑ったまま、ベッドに倒れ込んだ。

「小杉大臣―!」

「下がって! ヒーリングを行います!」

 エルフが言って、回復呪文を使う。僕達は書類を大切に抱えて、部屋を出た。
 書類の紙封筒はいくつもあって、一の書類以外勝手に開封しないように書かれていた。
 一の書類を開けると、そこにはドイツの首相に秘密裏に手紙と通話球を届ける旨を書かれた指令所と、飛竜を使う事の許可証と古い世界地図、陰陽寮からパイロットの英霊の一人、長谷川さんの協力の要請書、 それと感染を防ぐ為の注意事項があり、十時に外務省前の広場発と書いてあった。ちなみに今は、九時だ。

「えええええええ!?」

「なんだと!?」

「レイア、がんばるっ」

 僕は信じられない思いで広場へと向かった。そこには三人分の荷物と、長谷川さんのタリスマン、意味ありげな白い封筒と便箋、机と墨と筆が用意してあった。
 そこで、アースレイアの母君のアースラキルさんが飛竜を撫でながら待っていた。
 アースラキルさんは、純粋なダークエルフだけあってとても美しい。流れるような黒髪と闇のような黒い肌、輝く黒い眼。大日本帝国人の美的感覚がおかしいのはわかっているけれど、それでもやっぱり僕はこの美的感覚を持てて良かったと思う。
 アースラキルさんは、レイアの前に跪いて優しく笑いかける。

「来ましたか、レイア。お前にこのような重要な任務が与えられたのは名誉なことです。決して足を引っ張ってはなりませんよ。捕虜の憂き目にあったなら、迷わず自害するのですよ」

「あいっ」

 恐ろしい事を交わし合う二人。僕は、慌てて間に入った。

「大丈夫ですよ、今回は、同盟国のドイツに届け物をするだけです」

「数十年前に同盟国だった国です。どうなっているのか、存在しているのかすらわからない国です。大日本帝国を自分だけ敗戦後の蹂躙から逃げ出した国だと思っているかもしれない国です」

 アースラキルはレイアを撫で、強い口調で言う。

「今回の事、むしろダークエルフには良かったのかもしれません。外交面でダークエルフが前に出る事ができるなど、名誉な事です。本来行くのは、純ノーマルが三人でしたから。アースレイア、貴方にはダークエルフの今後の命運が掛かっているのですよ」

「あいっ」

「僕達も、全力を尽くします」

「期待しています。さ、遺書を書きなさい」




[21816] 第二問 ドイツに書簡を届けなさい 2
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/09/11 09:03
 
 遺書を書き終わった僕達は用意されていた皮衣を羽織り、飛竜ガーラントのその背に飛び乗った。
 飛竜ガーラント。小さな蒼い竜族で、高い知能は無い。家畜用の竜である。今までは大した注目を受けて来なかったが、魔法力を使わず、餌の量が少なく、しかも長い距離を飛ぶのでこれからの大日本帝国をしょって立つと考えられている竜だ。
 空軍が所有していて、その大きさは小さな戦闘機ほど。
 幸い、僕らは戦役中にガーラントに乗った事があった。
 そのなめらかな首を撫で、しっかりと鞍に体をくくりつける。
 アースレイアがよじ登るのを待っている間、地図とコンパスを再度確認。
 鞍に書いてある名前を読む。

「行くよ、疾風」

 そう一声かけて、僕達は飛び立った。
 ぶおっと風が鳴る。
 吹き飛ばされそうになる体を、懸命に疾風に押さえつけて堪えた。
 あっという間に地上が遠くなり、そこで飛竜が一声吠えた。
 悪霊だ! こんな上空にいるとは。
 真っ黒い固まりに人の顔が張り付いたそれ。

『樹!』

『わかっている、僕がやる!』

 テレパシーで伝えあう。そして、僕は呪符を取り出した。

「臨兵闘者皆陣列在前! 悪霊、封印!」

 悪霊が呪符に吸い込まれ、僕はその圧力に耐えた。
 それでも、小物で良かった。日本にはこんな悪霊が跳梁跋扈している。
 聖術省が新設され、異世界に行く事で力を格段に強めた陰陽師や僧侶、神主達が流派関係なく悪霊を退治し、荒神を鎮める作業を行っている。聖術とは、宗教者達が使う力をひとまとめに呼称したものだ。
 それは神の力を借りているとも、その信仰心自体が力の構築の助けになっているとも言われている。
 いずれにしろ、信じる神によって力の種類は大別出来た。
 今ではノーマル……もっと言えば、元々の大日本帝国の血筋の者の全てが、何らかの聖術を使用している、僕の場合は陰陽術だ。
 幸い、悪霊はそれ以降現れず、僕達はバリアに近づいて行った。
 僅かな抵抗と共に、体をバリアが突き抜ける。

『バリア、出たね。樹にー、だいじょうぶ?』

『待って……』

「長谷川さん、どうか力を貸して下さい……」

 僕はタリスマンに祈る。このタリスマンには、空軍パイロットの長谷川さんの魂が封印されている。志願して、長谷川さんはこのタリスマンに封印された。

『ああ、ワシは帰ってきた! 帰って来たのじゃ! 待ちなさい、この景色は見た事がある……無事、ドイツまで案内しよう』

「ありがとうございます!」

『ガウリア、アースレイア、僕についてきて』

『了解』

『りょうかいっ』

 三匹の飛竜は連なって移動する。
 一時間ほど飛んで、長谷川さん曰く海の中間地点まで行った所で、問題が発生した。

『何……あの、大きい飛行機!』

『つけられてる……な、やっぱり』

 呼びかけられているが、言葉が分からない。
 しかし、相手はどうみても戦闘機だった。恐らく、大日本帝国とは比べ物にならないほど高性能な飛行機なのだろう。
 そもそも、僕達はこんなにも早く探知されるなんて思っていなかった。
 僕達は無言で速度をあげた。
 振りきれない。かといって、攻撃もして来ない。
 しばらくして、もうすぐ陸地が見えると言う頃、向かい側からも飛行機がやってくるのが見えた。
 そこで、飛行機から拙い日本語が聞こえた。

「待ちなさい! そこから先は中国の領空だ。今すぐ引き返してこの先の船に乗らないと、撃つ。私達はアメリカ合衆国第五空軍だ。諸君の身柄の安全は保障しよう」

『樹……』

『降りよう。アースレイア、自害はまだするなよ』

 図らずも、敵対国であるアメリカと一番に会う事になってしまった。
 へりくだってはならない。相手を怒らせてもならない。
 相手の出方が分かるまで、こちらの態度を決めるわけにはいかない。
 僕達は飛竜を下降させ、そこで大きな平べったい船に気付いた。
 アースレイアがそれを克明に視界に焼き付けているのが分かる。
 疾風から降りると、駆けよってくる金髪の軍人を制止した。

「近づかないでください。滅菌処理を先にします」

 僕が喋ると、黒髪に蒼い瞳の軍人がゆったりと歩み寄ってくる。

「もう一度、ゆっくり言ってくれないか」

「近づかないでください。滅菌処理を先にします。私と貴方、共に有害な菌を持っている」

「わかった。私はカート・ラグラロイ少佐だ」

 カート少佐は理解不能な言葉を喋った。すると、軍人達は僕達と大きく距離を取る。
 僕は疾風に果物を与え、そして消毒薬を荷物から取り出した後に、透明な防護服を着て密閉させた。
 そして消毒薬を互いに掛ける。
 ついでに、防護服の中で水筒を取り出し、一口飲んだ。
 そして、ガウリア、アースレイアの様子を確認する。
 ガウリアは無粋な防護服の中にあっても美しかった。綺麗な金髪は日の光を受けてキラキラと輝いている。その顔は緊張していた。
 アースレイアも可愛らしい顔を緊張で染め上げている。
 僕は、二人に笑いかけた。出来るだけ、安心させるように、柔らかな微笑みを意識する。それは母さんのような。

「さあ、行こうか」

 ガウリアは、はっとしていち早く前に出た。

「初めまして。ガウリアだ。こっちは樹、こっちは……」

「アースレイアがいこうかんですっ」

 空気が凍った。
 外交官だと言った。言ってしまった。僕は即座に身をアースレイアとカート少佐の間に滑らせて、言う。

「樹外交官です、よろしく」

『アースレイア、頼む、黙っててくれ』

『え、あ、れーあ、なにか、めっなことした?』

『いいから、黙っててくれ』

 カート少佐は、目をぱちくりさせて言った。

「外交官……? 随分若いようだが、歳を聞いても?」

「全員一五になります。若輩者ですが、成人試験は全員合格しています。これ、証書です」

 下記の者を大人と認める。そう記されたカードを僕が指し示すと、カート少佐はそれをマジマジと見つめた。

「成人試験なんてものがあるのか? それを合格しないと、お年寄りでも子供? 子供でも、その……」

「はい。ですが、試験合格の為の施設もありますし、余程でなくてはそうなる前に受かります」

 カート少佐は、アースレイアの方をじっと見る。

「それにしたって、若すぎないか? もっと……そう、熟練の大人は?」

「それが、外交官が全員奇病に掛かってしまって、外務省が麻痺状態に陥ってしまって……飛竜に触らないで! 病気が移る可能性があります」

 すると、カート少佐が飛竜に触ろうとしていた軍人に何事か叫んだ。
 軍人は、慌てて手を引っ込める。

「それで、君達の目的は?」

「同盟国の伝手を頼って、まずはこの世界の情報を仕入れたかったんです」

「ドイツ? それともイタリアか? どちらにしても、それは無茶だ。いくつもの国の領空を通らなくてはならないし、私達でなくても中国に捕まったと思うよ。それに、あの小さな……竜? 竜なのか……で、そんなに長い距離を飛べるとは思えない」

「はい……あの、どうして僕達が大日本帝国を出たのが分かったのですか?」

「日本に名を変えたと思ったのだがね。君達の国は監視を受けている。それだけの事だ。さあ、こちらへ」

 カート少佐は踵を返し、先へ進んでいく。
 僕達は慌てて後を追った。
 応接間に辿りつくと、明らかに上級士官とわかる人が待っていた。
 がっしりした体。金髪に碧眼。祖父が言っていた通りの人だ。ただ、顔つきは鬼のようではなく、威厳はあるが優しさのある顔つきをしている。
 その人が何事か言って、カート少佐が口を開いた。

「ようこそ、エンタープライズ号へ。艦長のマイケル・P・カーラン大佐だ」

「田端樹です」

「ガウリアだ」

「アースレイア・レガットです」

 僕達はぺこりと頭を下げる。

「座ってくれたまえ」

 僕達は揃ってふかふかの椅子に座った。
 ガウリアは、股に挟みこんでしまった尻尾を無理やり引っ張って横にする。
 カート少佐がしばらく説明する間、緊張のひと時が続いた。

「さて、君達はポツダム宣言を知っているかね」

 緊張が、一気に高まる。
 どう答える。どう答えればいい? 肯定も否定もする事は許されない。

「今の日本は疲弊しきっています。軍事力を奪うと言うのは死ねという事と同じ事です。国民皆兵の状態で、ようやく平和を保っているのですから」

 僕は、静かに、出来るだけ落ち着いているように発言した。

「国内に何か問題が?」

「それを話す事は許されていません。僕達の任務は、ドイツと連絡を取り、とにかく情報を得る事です。ただ、これだけは言えます。大日本帝国が求めているのは、平和。子供が、願わくば誰もが戦わなくて済む世界であり、飢えずに済む世界です」

 ガウリアが、それにつけ加える。

「洗脳も、奴隷も、理由なく殴られ犯され殺されるのも、もうごめんだ」

「それに、ちょーいんしてな……もごもご」

 そこで僕は慌ててアースレイアの小さな口を塞いだ。
 マイケル大佐は、アースレイアに笑いかける。

「そうだね、確かに、調印していない。となると、戦争はまだ継続している事になる。そう考えてもいいと言う事だね?」

「誓って言いますが、大日本帝国は逃げたのではありません。国ごと拉致されたのです。逃げてはいませんが、状況が変わったのですから、ポツダム宣言に対して物申したいというこちらの気持ちも理解して頂きたい。宣言によれば占領軍が守ってくれるはずでしたが、それは叶いませんでした。もちろん、それは貴方方の咎ではありません」

 僕が慌てて言うと、マイケル大佐は眉をひそめた。

「国ごと拉致?」

 今度は僕が、ガウリアに肘を入れられる。

「君達、状況を話してくれなくては、話にならないよ。日本国のせいでなかったのはわかる。国一つ消す事を成し遂げる事が出来る技術が、かつての日本にあったはずがない。それより、そういった事が出来る勢力がいる事が問題だ。アメリカが拉致されていたかもしれないのだから」

「それはありません。アメリカは大きすぎる。日本は島国だったから狙われたのです」

「それは全ての島国にとって聞き捨てならない問題だな。ますます日本の情報が欲しくなったよ。外務省で奇病が蔓延していると言う事だが、医師を派遣しようか?」

 最先端の科学力を持った医師。僕はそれに息を呑んだ。

「それは助かる! 何人送ってくれる? 10人か? 100人か!? 医療物資も出来たら……!」

 今度は僕はガウリアに肘鉄をかました。

「医師達の安全も確保せねばなりませんし、それは本国に連絡を取ってみなければわかりません。しかし、お心遣いは感謝します」

 それにマイケル大佐はクックと笑う。

「こちらも本国に連絡を入れてみよう。まずは、互いに情報を得る事が先決だ。それでいいかな?」

「はい……!」

「それと、あれだ。ガウリア外交官殿、アースレイア外交官殿。その耳と尻尾は本物かね?」

 カート少佐は、マイケル大佐の言葉を聞いて待っていましたと言う顔をした。

「あ、私はハーフ獣人だ」

「ハーフダークエルフ、だよ」

「失礼だが、写真を取っても?」

 二人が頷くと、マイケル大佐は笑顔を見せた。
 その後、僕達は部屋を割り当てられた。頼み込んで、三人一緒の部屋にしてもらう。
 三人だけになって、僕達は辺りを消毒し、透明スーツを脱ぎ、体を伸ばし、トイレを使用させてもらった。

「緊張したぁーっ」

 僕がベッドに身を投げ出すと、ガウリアがそれを見咎めた。

「樹外交官殿、ここは敵地なのだぞ」

「でも、おもったよりやさしそーでよかったねー」

 アースレイアの言葉に、僕達は頷く。

「うん、いきなり解剖される事はなさそうだ。ディステリア人と戦った時の方がよっぽど怖かったよ」

「いつきに―、ないちゃったもんね」

 僕は顔を赤らめて頭を掻く。

「誰だって初陣はそういうものだろう? それは、確かにアースレイアは立派だったけど。かっこよかったよ。ころさなきゃみんなしぬの、だかられいあはたたかうの、って。舌ったらずな言葉で言われたら、男として頑張らないわけにはいかないよ」

 ガウリアとアースレイアは視線を交わし合う。それは明らかに、こいつ頑張ってたっけ? と言っていた。

「ガウリアとアースレイアは、本当に立派だったよ」

 僕は呟くように言って、ガウリアがくしゃりと頭を撫でた。

「樹は、逃げないだけマシな方だったな」

「うん……皆も守ってくれたしね。あの防衛戦さえ乗り切れば、この世界に帰って来れるってわかっていたから。この世界なら、生き延びられる目はあるってわかってたから」

「生かしてくれるだろうか」

 ガウリアは暗い声で言う。僕はお弁当を取り出した。握り飯が一つに、果物が一つ。
 ガウリアとアースレイアも、それぞれささやかなお弁当を食べる。

「少なくとも、ガウリアとアースレイアに悪い目は向けていなかった……と思う。研究や偵察目的があるにしろ、医師も派遣してくれるって言っていたし……。上手くすれば……上手くすれば、援助だって貰えるかもしれない。ドイツだって、どれだけ大日本帝国が苦労して来たか知れば、少しくらいは……」

 僕が期待を込めて言った言葉に、ガウリアは首を振った。

「それは高望みしすぎだ。ドイツだって敗戦国なのだぞ。それに、私達の任務は、いかにドイツの首相に連絡を取るかだ。その後は、小杉大臣がやってくれる」

「肌がまだ真緑に染まっていなければね。ガウリア、あれはすぐには治らないよ。でも、時間は限られているんだ。それに、援助は絶対に必要だよ。僕らは頑張ってる。頑張ってるけど、人口はじりじり減ってるんだ」

「こーわって、どーいうじょーけんで? おかね、れーあたちをたすけるために、ばらまいちゃったよ……」

 うっと僕は言葉に詰まった。賠償金は支払えない、奴隷扱いも嫌、援助はくれ、これではどちらが戦勝国だと言う話になってしまう。

「ガーラントがいる。長距離が飛べて、必要な餌が少ない。どんなに科学が進んでたって、これが魅力的に移らないはずはないと思う。これが、大きな産業になってくると思う」

「しかし、あれは空軍の機密だぞ」

「仕方ないよ。……今日はもう疲れた。寝よう」

 そして、僕達は眠りについた。
 朝。僕達は人の気配を感じ、次々に飛び起きた。

「グッモーニング。ちょーしょくだ。多く、たべなさい」

 恐らくアメリカ製の物だろう防護服を着た人が、料理を持ってきてくれていた。
 卵に、パンに、ウィンナーに、なんだろう、これは。黄色くて細長いもの。
 それに、色とりどりの包み紙に包まった物。
 僕らは少し迷った後、口をつけた。
 熱処理してあるのだから、大丈夫だろう。何よりそれは、美味しかった。
 朝食を残らず食べると、包み紙を剥いた黒い物体の匂いを嗅いでみる。
 恐らく、食べ物だろうが……。
 防護服を着た人がニコニコ笑って促す。
 僕はそれを口にして、その甘さに驚いた。
 お腹一杯になると、僕は疾風の事を思い出した。

「飛竜達に餌をあげないと」

 そう言うと、防護服の人の後ろからカート少佐が顔を出した。

「おはよう。飛竜への餌やりだが、僕達にやらせてもらえないかな? 防護服はちゃんと着るよ。いや、昨夜動物学者が到着してね。飛竜を見て、飛びあがって喜んでいるよ。見せてもらっても?」

 僕達は頷き、机の上に果物をいくつか置いた。それを見て、カート少佐はとても喜んだ。

「リンゴがあるね! それはこの艦にも山ほど用意してある! その見慣れない果物を貰っても?」

「ええ、リンゴが頂けるなら」

 カート少佐は、手近な者に指示を出す。
 その間、僕達は急いで防護服を着た。
 外に出ると、早速防護服を着た人達が飛竜と戯れていた。
リンゴを投げると、飛竜はそれにパクつく。我も我もと挙ってリンゴを投げるものだから、直に飛竜はお腹いっぱいになり、昼寝を始めてしまった。
 人一倍はしゃいでいる防護服を着た人が、何かを飛竜に刺す。
 僕は思わず声をあげるが、カート少佐はそれを押しとどめた。

「血液の採取をしただけだよ。問題ない。後で君達の健康診断もさせてくれ」

 幸い、満腹の飛竜は大人しかった。

「ちなみにあれは、私達でも乗れると思うかい?」

「僕の後ろに乗りますか?」

「そうか! ぜひ頼む」

 そしてカート少佐が何事か叫ぶ。何人かの軍人が、敬礼して前へ出た。
 はしゃいでいた防護服を着た人が、飛んできた。
 僕は疾風の所へ行き、なめらかな首を撫で、背に飛び乗った。

「さあ、乗って下さい。僕にしっかりつかまって」

 僕の胴にしっかりと回された手。それを確認し、僕は飛竜を飛ばせた。
 軽く船の周りを一周すると、言葉はわからずともはしゃいでいるのがわかる歓声。
 一周飛んで戻ると、既に列が出来ていた。
 半日ほど、代わる代わる人を乗せて飛んだ頃だろうか。
 マイケル大佐がやってきた。

「樹外交官殿。本国から連絡が来たよ。ドイツから日本までの往復をエスコートする事になった。なんだったら、ドイツ首相官邸まで送ってあげるよ」

「それは……良いんですか?」

「幸い、アメリカ大統領がドイツ首相と懇意でね。戦争が終わったのは、遥か昔なのだよ。代わりと言っては何なのだがね。互いの防護服を脱がないかね? これから、私達は外交を行う事になる。その時までずっと防護服を着ているというわけにはいかない。もちろん、君達にとって危険な賭けである事は知っているが、医療チームの準備はしてある」

 僕達は顔を見合わせた後、頷いた。
 防護服を脱ぐと、マイケル大佐が緊張した様子で手を差し出してくる。
 僕達は、代わる代わる握手をした。
 その後、一緒に食事をし、ドイツにつくまでの数日はカート少佐に英語の勉強をした。
 互いに気をつけていた為か、幸いにも病人は出なかった。
 それ以外にも、格段に治安が良かった事にも驚いた。話には聞いていたけど、悪霊も魔物も出ないなんて、ちょっと信じられない。
 港に着くと、なんとドイツの首相と外務大臣が自ら出迎えに来てくれていた。
 首相は防護服を着ていたが、それでも威厳があった。

「やあ、遠い道のりをよくここまで来たね! ドイツ語はわかるかい?」

「はい、わかります」

「我がドイツを頼ってくれて嬉しい。イタリアの外務大臣も来ているよ。世界情勢を知りたいとか。ドイツ語で申し訳ないが、歴史書を用意してある」

 僕はほっとして、頷いた。

「これはこれは、美しい獣人のお嬢さん! さぞお疲れでしょう、お茶でもいかがかな?」

 イタリアの外務大臣がガウリアを誘う。こちらは防護服を着ていなかった。
 ガウリアは美しいお嬢さんと言われ、気を良くして微笑んだ。
 アースレイアはぷっと頬を膨らます。

「アースレイアも可愛いよ」

 僕の言葉に、イタリアの外務大臣は、アースレイアに向かって微笑んだ。

「もちろん、ダークエルフのお嬢さんも可愛らしい。将来が楽しみだ! 飛竜は見せてくれるね?」

 僕が疾風、と呼ぶと飛竜が舞い降りてくる。
 ざわめきが辺りを支配する。
 ドイツの首相はゆっくりと飛竜に近づいて行く。
 恐る恐る触れられた手に、疾風は気持ちよさそうに目を閉じた。

「ようこそ、ドイツへ。小さな外交官殿」

 ドイツ首相は思う存分疾風を撫でると、僕達に手を伸ばす。
 僕は握手をした後、鞄から手紙と通信用タリスマンを取り出して渡した。

「これが手紙と大日本帝国直通のタリスマンです。大日本帝国とはこれでしか通信が出来ません。使用できる時間は呼び出し時間も含めて、全部で五時間になります。今は外務省が麻痺しているので使えませんが……」

「ありがとう。手紙は……ほう。日本での会談を求めているね」

「日本での!? あ、い、いえ……警護とか病気とかどうするのかなと……」

 その言葉に、ドイツの首相は眉をひそめた。

「治安が悪くて病気が流行っているのかね?」

「まあ、ここよりは……」

「警備を送るのは当然として。ドイツからも何か援助を送ろうか?」

 何気ない一言に、僕は目を丸くした。

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます! 小杉外務大臣も喜びます!」

「そうだな、治安維持部隊を送る事も検討しよう」

 マイケル大佐がいい、それに僕は我に返った。他国軍を国内に入れる!?

「う、受け入れは十分に検討させて頂きます。今はお気持ちだけありがたく」

 僕はそう答え、襤褸を出さない内に、どうにかこうにか帰路についたのだった。



[21816] 第三問 ドイツに書簡を届けなさい 3
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/09/11 09:19




 時間はほんの少し遡る。
 日本が出現して、当然ながら世界は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
 バリアの中が見れたのはほんの少しの間だけだった。その少しの間に、バリアは少しずつ色づき、乳白色の殻となってしまったからだ。
 アメリカでは、すぐに日本系アメリカ人が呼び集められ、日本語を守る会所属のカート少佐がエンタープライズ号に即座に配属された。
 すぐに船が出港し、殻を破る努力がされたが、刃物も銃も通さなかった。
 しかし、ミサイルまで使えば外交的に厄介な事になる。
 日本が現れて一週間後に国連会議の開催も決定された。これは、恐るべき速さである。
 そして日本が現れて三日後、動きは現れた。
 三頭の巨大な竜が、日本を出たのだ。各国は緊張に包まれた。
 すぐさまアメリカは戦闘機を飛ばし、それに追走する。
 パイロットのギリアンは息をのんだ。
 子供が竜に乗っている! 服装も髪も肌もばらばらだ。ただ鞄と羽織った毛皮の衣だけが均一だった。

「君達! 止まりなさい」

 英語で呼びかけるが、子供達はさらにスピードをあげた。
 言葉が分からないのだろうか?
 そこで、ギリアンは焦った。向かい側からも飛行機がやってくるのが見えたのだ。
 中国の戦闘機である。下手をしたら、撃ち落とされるかもしれない。
 どうするか本部に連絡を取った所、カート少佐が無線に出た。そして、無線機を拡声器に近付けるように言う。

『待ちなさい! そこから先は中国の領空だ。今すぐ引き返してこの先の船に乗らないと、撃つ。私達はアメリカ合衆国第五空軍だ。諸君の身柄の安全は保障しよう』

 言葉の意味はわからなかったが、竜はすぐに速度を下げ、反転した。
 ギリアンは安堵にため息を吐く。そして、竜に寄り添ってエンタープライズ号に帰還した。
 三頭の竜がエンタープライズ号に降りると、軍人達は挙って竜に駆け寄ろうとした。もちろん、銃の携帯は忘れない。
 竜から、子供達が降りてくる。一人は男の子だ。肩までの黒髪の、まだ十歳位の子供じゃないだろうか。毛皮のコートのようなものの下に、ゆったりとした黒と白の服を着ている。その目は黒く、緊張の色を滲ませていた。
 もう一人は、十五歳くらいの美しい女の子で、腰まである長い金髪に、毛皮のコート、胸、腰、肩しかないゲームの中にしか無いようなピンクの鎧を着ていて、その下にはやはりピンクの長袖を着ている。そして、驚くべき事に耳と尻尾が犬のものだった。
 最後の一人、これは一際幼かった。五歳児ではないだろうか? 寄ってきた軍人の何人もが、こんな子供を竜に乗せた親に怒りを感じた。黒人の子供で、髪はストレートで耳が異様に長い。大きな目が可愛らしかった。
 少年が、制止するそぶりを見せて口を開いた。

『近づかないでください。滅菌処理を先にします』

 そこに、カート少佐が歩み寄ってくる。カート少佐は、少年と同じ呪文を唱えた。

『もう一度、ゆっくり言ってくれないか』

『近づかないでください。滅菌処理を先にします。私と貴方、共に有害な菌を持っている』

『わかった。私はカート・ラグラロイ少佐だ』

 少年と言葉を交わした少佐は、声を張り上げる。

「互いが有害な菌を持っている事を心配しているそうだ。少し離れてやってくれ。日本では流行り病があるのかもしれない」

 それを聞き、軍人達は僕達と大きく距離を取る。
 子供達は荷物から果物らしき物を取り出し、竜に与えた。そして防護服らしきものを取り出して着ると、スプレーを互いに掛ける。恐らく、消毒をしているのだろう。
 そして、少年が防護服の中にしまい込んだ荷物を出して、水筒から水分を少し補給して、息をついた。その後、女の子達に笑いかける。その微笑みは緊張で強張っていた。

『さあ、行こうか』

 少年の言葉に、犬耳の少女がはっとしたように前に出る。

『初めまして。ガウリアだ。こっちは樹、こっちは……』

『アースレイアがいこうかんですっ』

 カート少佐は耳を疑い、そして自らの日本語の知識を疑った。もしかして、彼女は外交官の娘だと言う事を言いたいのかもしれない……。
 その時、樹が焦った様子でするりとアースレイアとカート少佐の間に滑らせて、言う。

『樹外交官です、よろしく』

 カート少佐は、思わず目をぱちくりさせて言った。

『外交官……? 随分若いようだが、歳を聞いても?』

『全員一五になります。若輩者ですが、成人試験は全員合格しています。これ、証書です』

 下記の者を大人と認める。そう記されたカードを指し示されて、カートは戸惑った。

『成人試験なんてものがあるのか? それを合格しないと、お年寄りでも子供? 子供でも、その……』

『はい。ですが、試験合格の為の施設もありますし、余程でなくてはそうなる前に受かります』

 カート少佐は、アースレイアの方をじっと見る。その試験は、よほど簡単なのに違いない。それにしたって、人選というものがないだろうか。彼らは、外交官と名乗ったのだ。

『それにしたって、若すぎないか? もっと……そう、熟練の大人は?』

『それが、外交官が全員奇病に掛かってしまって、外務省が麻痺状態に陥ってしまって……飛竜に触らないで! 病気が移る可能性があります』

「日本では流行り病があるそうだ、飛竜に触るんじゃない!」

 勝手に飛竜に触ろうとしていた兵を叱責する。
 軍人は、慌てて手を引っ込める。カート少佐はそれを確認して、更に質問を重ねた。

「それで、君達の目的は?」

『同盟国の伝手を頼って、まずはこの世界の情報を仕入れたかったんです』

 同盟国。悪の枢機軸国。カート少佐はそれを思い出し、眉をあげた。ついで、自分の前にいるのが、成人試験とやらに受かったとはいえ、一五歳の子供に過ぎないのを思い出す。それに、この世界という表現を、カート少佐は胸に刻みつけた。

『ドイツ? それともイタリアか? どちらにしても、それは無茶だ。いくつもの国の領空を通らなくてはならないし、私達でなくても中国に捕まったと思うよ。それに、あの小さな……竜? 竜なのか……で、そんなに長い距離を飛べるとは思えない』

 確かに竜は大きかったが、人を乗せているのだ。何より、目の前の小さな子供達が長旅に耐えられるとは思えなかった。こんな子供達を送りだした外務省とやらに、怒りを感じる。

『はい……あの、どうして僕達が大日本帝国を出たのが分かったのですか?』

 大日本帝国。そう自分達の国を呼んでいる事も、少佐は心にメモをする。

『日本に名を変えたと思ったのだがね。君達の国は監視を受けている。それだけの事だ。さあ、こちらへ』

 カート少佐は踵を返し、マイケル大佐の元へと向かった。
 マイケル大佐の所に向かうと、カート少佐は通訳機と化す。

「ようこそ、エンタープライズ号へ。艦長のマイケル・P・カーラン大佐だ」

「田端樹です」

「ガウリアだ」

「アースレイア・レガットです」

 樹達はぺこりと頭を下げる。

「座ってくれたまえ」

 樹達は揃ってふかふかの椅子に座った。
 ガウリアが、股に挟みこんでしまった尻尾を無理やり引っ張って横にするのを見て、マイケル大佐とカート少佐は笑うのを堪えなければならなかった。
 少女が緊張するのも、無理もない事なのだが。こんな所が、犬と同じなのだとしみじみ思う。
 カート少佐がしばらく説明する間、緊張のひと時が続いた。

「さて、君達はポツダム宣言を知っているかね」

 マイケル大佐が言い、緊張が、一気に高まった。しかし、これは当然ながら重要な事だ。

「今の日本は疲弊しきっています。軍事力を奪うと言うのは死ねという事と同じ事です。国民皆兵の状態で、ようやく平和を保っているのですから」

 緊張した樹の言葉。国民皆兵。なるほど、目の前の子供達すら戦力と数えているなら、確かに国民皆兵と言えるだろう。

「国内に何か問題が?」

「それを話す事は許されていません。僕達の任務は、ドイツと連絡を取り、とにかく情報を得る事です。ただ、これだけは言えます。大日本帝国が求めているのは、平和。子供が、願わくば誰もが戦わなくて済む世界であり、飢えずに済む世界です」

 マイケル大佐の予想を肯定する言葉。飢えと子供を戦に駆り立てる何かが、日本にはある。
 ガウリアが、それにつけ加える。

「洗脳も、奴隷も、理由なく殴られ犯され殺されるのも、もうごめんだ」

 もうごめん。つまり、それはやられていた事があったと言う事。

「それに、ちょーいんしてな……もごもご」

 そこで樹は慌ててアースレイアの小さな口を塞いだ。おどおどとマイケルを見上げてくる。その言葉は、五歳児の言葉とは言え聞き捨てならなかった。
 マイケル大佐は、アースレイアに笑いかける。

「そうだね、確かに、調印していない。となると、戦争はまだ継続している事になる。そう考えてもいいと言う事だね?」

 ポツダム宣言さえ受諾されていれば、日本の全てはアメリカの物となる。ここは譲れない。子供相手に申し訳ないと思いながらも、半ば脅すように言うと、樹はしっかりと反論して来た。

「誓って言いますが、大日本帝国は逃げたのではありません。国ごと拉致されたのです。逃げてはいませんが、状況が変わったのですから、ポツダム宣言に対して物申したいというこちらの気持ちも理解して頂きたい。宣言によれば占領軍が守ってくれるはずでしたが、それは叶いませんでした。もちろん、それは貴方方の咎ではありません」

 その言葉に、マイケル大佐は眉をひそめる。

「国ごと拉致?」

 言葉の断片を総合すると、日本は、拉致され、洗脳され、奴隷にされ、戦いの中にあったという事になる。
 樹が、ガウリアに肘を入れられた。

「君達、状況を話してくれなくては、話にならないよ。日本国のせいでなかったのはわかる。国一つ消す事を成し遂げる事が出来る技術が、かつての日本にあったはずがない。それより、そういった事が出来る勢力がいる事が問題だ。アメリカが拉致されていたかもしれないのだから」

 事実、そんな技術力を持つものがいるなど、寒気がする。宇宙人なのだろうか? だとしたら、随分敵対的だ。

「それはありません。アメリカは大きすぎる。日本は島国だったから狙われたのです」

「それは全ての島国にとって聞き捨てならない問題だな。ますます日本の情報が欲しくなったよ。外務省で奇病が蔓延していると言う事だが、医師を派遣しようか?」

 樹が息を飲むのが分かり、ガウリアが前に乗り出した。

「それは助かる! 何人送ってくれる? 10人か? 100人か!? 医療物資も出来たら……!」

 ガウリアの立て続けの要求に、樹はガウリアを肘で突いた。

「医師達の安全も確保せねばなりませんし、それは本国に連絡を取ってみなければわかりません。しかし、お心遣いは感謝します」

 それにマイケル大佐はクックと笑う。

「こちらも本国に連絡を入れてみよう。まずは、互いに情報を得る事が先決だ。それでいいかな?」

「はい……!」

 そして、マイケル大佐は一番聞きたかった事を聞いた。

「それと、あれだ。ガウリア外交官殿、アースレイア外交官殿。その耳と尻尾は本物かね?」

 カート少佐は、マイケル大佐の言葉を聞いて待っていましたと言う顔をした。

「あ、私はハーフ獣人だ」

「ハーフダークエルフ、だよ」

 ハーフ獣人! ハーフダークエルフ! ダークエルフとは気付かなかった。
 マイケル大佐は、まじまじとアースレイアを見る。

「失礼だが、写真を取っても?」

 二人が頷くと、マイケル大佐は思わず笑顔を見せた。
 三人と別れた後、マイケル大佐は部屋で休む……わけはなかった。隠しカメラで、子供達の確認をする。

「緊張したぁーっ」

 樹がベッドに身を投げ出すと、ガウリアがそれを注意する。

「樹外交官殿、ここは敵地なのだぞ」

「でも、おもったよりやさしそーでよかったねー」

 アースレイアの言葉に、マイケル大佐は微笑んだ。

「うん、いきなり解剖される事はなさそうだ。ディステリア人と戦った時の方がよっぽど怖かったよ」

「いつきに―、ないちゃったもんね」

 樹は顔を赤らめて頭を掻くが、マイケル大佐は表情を凍らせた。一緒に監視カメラの様子を見ていた他の軍人達も。

「誰だって初陣はそういうものだろう? それは、確かにアースレイアは立派だったけど。かっこよかったよ。ころさなきゃみんなしぬの、だかられいあはたたかうの、って。舌ったらずな言葉で言われたら、男として頑張らないわけにはいかないよ」

 少なくとも、五歳児には絶対に言わせてはいけない言葉。

「ガウリアとアースレイアは、本当に立派だったよ」

 樹は呟くように言って、ガウリアがくしゃりと頭を撫でた。

「樹は、逃げないだけマシな方だったな」

「うん……皆も守ってくれたしね。あの防衛戦さえ乗り切れば、この世界に帰って来れるってわかっていたから。この世界なら、生き延びられる目はあるってわかってたから」

 望むのは、生存。

「生かしてくれるだろうか」

 ガウリアは暗い声で言う。子供達はお弁当を取り出した。握り飯、あるいは欲し肉が一つに、果物が一つ。
 育ち盛りの子供達には圧倒的に足りない食事。

「少なくとも、ガウリアとアースレイアに悪い目は向けていなかった……と思う。研究や偵察目的があるにしろ、医師も派遣してくれるって言っていたし……。上手くすれば……上手くすれば、援助だって貰えるかもしれない。ドイツだって、どれだけ大日本帝国が苦労して来たか知れば、少しくらいは……」

 樹の呟きに、ガウリアは首を振った。

「それは高望みしすぎだ。ドイツだって敗戦国なのだぞ。それに、私達の任務は、いかにドイツの首相に連絡を取るかだ。その後は、小杉大臣がやってくれる」

 その言葉に、マイケル大佐は微笑んだ。日本の時間は、あの第二次世界大戦で止まっている。確かに、ドイツは色々あった。東西に分割され、首都は四つもの国に統治され、賠償金にあえいでいた。しかし、それも昔の話なのである。
 もちろん、ドイツは頼まれれば援助をするだろう。頼まれなくても、援助するだろう。
 ドラゴンのいる神秘の国日本。あのバリアさえなければ、数カ国が調査の為と銘打って日本に押し入っているはずだ。

「肌がまだ真緑に染まっていなければね。ガウリア、あれはすぐには治らないよ。でも、時間は限られているんだ。それに、援助は絶対に必要だよ。僕らは頑張ってる。頑張ってるけど、人口はじりじり減ってるんだ」

「こーわって、どーいうじょーけんで? おかね、レイアたちをたすけるために、ばらまいちゃったよ……」

 うっと樹は言葉に詰まった。

「ガーラントがいる。長距離が飛べて、必要な餌が少ない。どんなに科学が進んでたって、これが魅力的に移らないはずはないと思う。これが、大きな産業になってくると思う」

「しかし、あれは空軍の機密だぞ」

「仕方ないよ。……今日はもう疲れた。寝よう」

 そして、子供達は眠りについた。
 日本は、医師を、食事を、平和を必要としている。そして、講和を望んでいないわけではなく、目的は生存させてもらう事だけ。つまりアメリカの出番である。それだけわかれば十分だった。
 マイケル大佐は、まずは子供達にたっぷりの朝食を与える事を指示するのだった。
 次の日の朝早く、マイケル大佐は叩き起こされた。
 動物学者のカロイが到着したのだ。

「それで、私のドラゴン君はどこだね!? 早く見せたまえ!」

「日本のだったと思うがね、カロイくん。あれだ」

「すぐアメリカの物になるさ。……あれは……素晴らしい、素晴らしいよ! まさか、こんな生き物が本当に……」

 カロイはふらふらと飛竜へと寄って行った。
 そこに、カート少佐からの知らせが来る。曰く、餌はリンゴでも大丈夫だとの事。
 カロイはすぐに調理室からリンゴを分捕ってきて、竜の餌付けを開始した。
 それを記録に取りながら、アメリカ本国では喧々囂々と議論の嵐が渦巻いていた。
 マイケル大佐が送った情報は、大いに参考にされ、すぐに医師団……もちろん、特殊部隊も中には織り交ぜている……の編成を開始した。
 それと同時に、ドイツとも打ち合わせがなされた。
 アメリカからすれば、情報収集の相手先にアメリカをまず選ばなかったのは業腹だが、確かに異世界先で拉致されて散々な目に会った直後に戦勝国に挨拶に行くのは難しいだろう、と理解を示す事になったのである。
 もちろん、情報の共有はするとの約束はなされた。
 ちょうどドイツ首相と外交官の会談がなされた時に開催された国連会議でも、アメリカはポツダム宣言を前面に出し、アメリカが日本を保護すると言う事を取りつけたのは言うまでもない。



[21816] 第四問 ドイツと会談を行い、食料援助を取り付けなさい 1
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/09/11 14:22

 僕達は医師団についての返答を外務省に帰り次第帰すと約束をして、外務省に帰った。
 帰還するとまず、小杉大臣に報告に行く。しかし、大臣は面会謝絶だった。

「会談、出来るのか?」

 僕は不安に声をあげる。
 ガウリアは黙って首を振った。アースレイアが、書類を読み返し、言った。

「しょかん、届けたら、二のしょるいを開けって」

 僕達は二の書類を開き、絶句した。
 そこには様々な要請書と小杉大臣のハンコを押した必要個所が穴だらけ……つまり、これから完成させる予定の書類があり。書類の書き方があり、簡素指令が記された書類が書かれていた。

「ドイツとの会談を行え。使節団の編成については任せるが、軍人は五十名、使節団は総数三百名以内に抑える事。会談内容は食糧援助の要請。でないと冬が乗りきれないから。それと、この国の何が向こうの世界で価値を持つか探る事。代償を要求されたらリストから選ぶように」

 胆力には定評のあるアースレイアですらも、若干顔色を蒼くしている。
 会談? この三人で? 食料援助を必ず成功させないと、冬が乗りきれない!?
 僕達は、とにかく防衛省に向かう事にした。
 防衛省とは、異世界に行ってしばらくして設けられた、陸海空軍、聖術寮、魔術師協会、厚生省、移民局の共同の役所である。出張所と言ってもいいかもしれない。異世界転移後、より円滑な軍の連携の必要性から建てられたそれは、すぐに建てられたばかりの聖術寮が加わり、聖術寮が加わるなら自分も入れろと魔術師協会が入り、大規模呪詛や疫病の対処の為に厚生省を引き入れ、何故か移民局が無理やり入り……と、どんどん参加する行政組織設が増え、省庁というより、何でも屋と言った意味合いが強い。
 あらゆる厄介事がまずここに持ち込まれ、調査をされ、ここから、各行政組織に仕事を振り分けるのである。
 防衛省の大臣と彼が率いる事務次官達は、そんなばらばらな組織を連携させ、難解な事件を即座に適切な場所に振り分けなければならない為、首相に並んで尊敬されている。また、歴代の防衛省大臣は軒並み過労で引退している。
 防衛省は、バカでかい。空軍の知恵ある竜達が、防衛省に勤務している間雨ざらしはあんまりだと抗議をしたからである。
 さすがに、空軍基地ほどはでかくないが、ロビーは竜も入れるようになっていた。
 僕達は巨大な扉をてくてくと歩く。
 受付に協力を要請する書類を出して、言った。

「外務省の者ですが、ドイツ首相との会談の打ち合わせと空軍に借りた竜と、聖術寮に借りた長谷川さんを返しに来ました」

 受付のお姉さんは、外務省、という言葉に眉をひそめる。

「ドイツ……? それに、外務省は、麻痺しているはずでは……」

 外務省でもない者が、ドイツの事を知っているわけはないか。
 お姉さんはしばらく考えた後、上司に連絡した。

「しばらくお待ちください。空軍に借りた竜は……ああ、書類がありました。そうですね、ここにサインして。長谷川さん、お帰りなさい。明日には陰陽寮の人が迎えに来ると思いますよ」

 そして、書類にサインをして待つ事しばし。
 嵐山防衛大臣が、走竜ウィッジを駆ってこちらに飛んできた。
 省内でウィッジを使うなんて、どれほど急いできたのだろう?
 ウィッジとは草色の竜で、羽は退化しており、逞しい足を持っている。馬よりも小柄だが、足は速い。
 ウィッジの上から、嵐山防衛大臣は叱責した。

「今度はドイツと戦争するとは、どういう事だ!!」

 嵐山大臣の叫びに、周囲の注目が集まる。

「戦争じゃありません! 会談するだけです。敵対どころか、ドイツも援助をしてもいいと言ってくれています」

「罠だ! 外務省がそんないい仕事をするはずがない! 大体、あそこは今テロにあって麻痺しているはずではないか。お前ら誰だ!」

 嵐山大臣の決め付けに、僕達は口をパクパクさせた。罠か、罠なのか?
 そう言われると、僕達は不安になってくる。

「かいだんのやくそく、ちゃーんとしてきたもん!」

 アースレイアの言葉に元気づけられ、僕は続けた。

「僕達は、外務省の新人です。僕達だけ無事だったんです。それで、小杉外務大臣の指令を受けて、書簡を届けに行ったんです。嵐山大臣、会談について大切なお話があります。どうぞ、僕達だけで話をできる場を」

 その言葉に、嵐山大臣は驚愕した様子だった。

「馬鹿か、小杉の奴は!? こんな若造どもを行かせやがったのか? あれほど大人しくしておれと……」

 ガウリアはたまらず叫ぶ。

「しかし、冬までに援助を受けないと……」

 僕はその口を慌ててふさいだ。

「とにかく、話を聞いて下さい。僕達、これでも全員成人試験に合格しています。だから……」

「……良いだろう」

 そして、僕達は応接間に案内してもらい、そこで二の書類を見せた。
 嵐山大臣は、胃の辺りを押さえ、押し殺した声で配下のダークエルフを呼んだ。

「なんでしょうか、嵐山大臣」

 軍服を着たダークエルフが直立して言う。

「お前、今すぐ農林水産省に行って残りの食料をチェックして来い。誰にもばれないようにな」

「はっ」

 訝しげな顔をしながらも、ダークエルフはすぐに従う。
 そして、嵐山大臣は続けた。

「それで……会談の約束は、してしまったんだな!? してしま……っ」

 嵐山大臣は今度は頭を押さえる。

「はい、しかし、僕達三人だけで準備を整えるのは不可能です。警備の問題も……」

「いい! わかった! 任せろ! お前ら以外に担当者がいないのも事実だ。その代り、お前らも大人なんだ。失敗したら腹を切ってもらうぞ! 首相は出せない。万一、決定的な条約を結ばされたら、後戻りできない」

 僕達は、ぎゅっと手を握った。腹を切れとは、そのままの意味だ。
 そして、僕達が結んだ条約は、場合によっては下っ端が勝手に結んだとか何とか言ってちゃぶ台返しを行う予定だと言う事でもある。異世界でもよくやられていた戦法であるが、信用は極端に下がる。外交的にはご法度だと教えられていた。
 それでも、全面的な協力を取り付けられたのは重畳だ。

「けーび、おねがいしますっ」

 アースレイアはぺこりと頭を下げる。僕とガウリアも、慌てて頭を下げた。

「で、会談日はいつなんだ」

「九月二一日です」

「馬鹿か小杉馬鹿か小杉馬鹿か小杉……っ」

 そんな事言われても……とにかく、根回しを済ませた僕達は次にドイツ首相と会談の打ち合わせをする事にしたのだった。



[21816] 第五問 ドイツと会談を行い、食料援助を取り付けなさい 2
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/09/12 23:46


 外務省に帰った僕達は、早速会談場所までの地図と、宿泊施設を探し、厚生省に連絡して医師の受け入れが可能かどうか聞いた。
 厚生省の方は医師の受け入れに大喜びだったし、特に問題はないだろう。後は宿だ。
 外務省は封鎖されていて使えないし、要人から順に、ホテルユニコーン、次のランクが僧宿安寿、陰陽宿白黒館、そして帝都に一つしかない教会宿の三つ、最後にウィッジ旅館、などどうだろうか。ウィッジ旅館は悪霊対策をしていないが、結界を張れば大丈夫だろう。悪霊対策が出来ている者にとっては、ウィッジ旅館は最高峰の宿である。
 僕達は、意を決して通信を繋いだ。

「もしもし、どなたかいらっしゃいますか」

『おお、タリスマンが反応したぞ。君は確か、樹外交官だね?』

 タリスマンから浮かび上がる首相の上半身。僕達は、恭しく礼をした。

「首相。お世話になっております。会談の段取りを決めたく思うのですが……」

 首相は、若干戸惑った声になる。

『まだ先輩外交官の皆は伏せっているのかね?』

「はい。しかし、防衛省をあげてバックアップするのでご安心ください。こちらは私達が会談に応じますが、そちらはどなたが来られますか」

『……ああ、君。外務大臣を呼んでくれ。会談の打ち合わせをやっているんだ。……さて、すまんね。もちろん、私自身と外務大臣が行くよ』

「一回目の会談ですし、何も首相自らが出なくとも……」

『私自身が行くよ』

 良い笑顔で言ったドイツ首相の意思は確固たるものに感じられて、僕達は汗をかいた。

「そ、それで、竜でホテルまで移動、ホテルで会談をした後、お帰り頂くと言う段取りになります」

『観光コースはどんな場所を回るのかね? 楽しみにしているよ。家内は買い物に目が無くてね。病の危険は確かにあるが、それでもそちらの食事にもトライしてみるつもりだ』

 ……観光コース!?

 ガウリアが、とっさに口を開く。

「楽しみになさっていて下さい」

 ガウリア、馬鹿! 僕は顔色を蒼くした。ガウリアも、こう言わざるを得ないだろうと目で訴えてくる。

『そうそう、アメリカの医師団百人受け入れの件はどうなったかい?』

「喜んで受け入れるそうです。最先端の医術、ぜひ教えて欲しいそうです」

『それはガイラム大統領もさぞお喜びになるだろう。で、通貨のレートは?』

「レートですか……!?」

 そんな事を言われても、僕達は今のドイツで以前どおりのお金が使われているかどうかすら分からない。

「そちらのごはんをー。にほんてーこくのお金で、買います」

『おお、じゃあこちらも何か買おうか。ガーラントはどうかな』

 僕達は首をぶんぶんと振った。
 そして僕は、交換してもいい物リストを取りだす。
 リストに目を通して、僕はそのしょぼさに震えた。目を皿のようにして、良さそうな物を探す。

「さすがに、竜のような機密は困ります。ですが、竜がお好きなら、疑似竜はいかがですか。ガーラントを手の平大にしたようなものです。色とりどりで可愛いですよ。それに、お互いの民需品などの交換などいかがでしょうか」

 試しに恐る恐る言ってみると、外務大臣と首相は頷きあった。

『これは余計なお節介かもしれないが、アメリカとも同じ契約をした方がいいだろう。こちらとしては、私を含めた外交団が三十人と医師が各国合わせて百人、護衛が多分、それぞれ五十人ずつ程になると思うが、良いかな。それと、イタリアのフェレント外務大臣も来たがると思うよ』

「こちらとしては、三百名が受け入れの限界です。使節もその三国に限定して頂けるとありがたいです。それと、念のために言って起きますが、軍人の中に聖術師……そちら国では神父でしたか、を多めに入れておいてください」

『神父? それはもちろん、構わないが……神父が必要とは、随分物騒だね。そんなに治安が?』

「ええ、まあ。びっくりなさると思います」

 そして、僕はふと気になってある事を聞いた。

「ところで、そちらの有色人種はどうなったかご存知ですか?」

 ドイツの首相は微笑んだ。

『今のアメリカ大統領は、黒人だよ』

 僕は、その言葉に救われる思いだった。世界は、聞いていた時代から確かに進んでいるのだから。

「では、その方向で話を進めましょう。食料は各国一トンずつでいいですか? 小竜は千匹ずつで……値段の交渉は公的なオークション制という事で」

『待ちたまえ。それではこちらが不利だ。食料がたった一トン? オークション制にするなら、こちらからも何品か出させて欲しい』

「わかりました。その方向ですり合わせましょう。オークションは間に合いませんから、こちらで買い物資金を事前にお貸しします。ほとんどが配給制なので、商品が何もないのが心苦しいですが」

『なに、闇市はどこにでもあるものさ。そういえばこの前、援助の話が出たが、会談の内容はやはりそれだと思っていいのかな? そちらは食料を買いたいとの事だし、いっその事食料援助で話を進めようかと思うのだが』

 僕はいっきにそれに食い付きそうになったが、ぐっとこらえる。

「お気持ちはありがたいのですが、まずは、お互いを知ることから始めたいと思います。ただ、貿易品の中に食料は入れて置いて頂けるとありがたいです」

 そして外務大臣は下の人と代わり、僕達も専門家を呼んだりして細かい話をすり合わせた。
 僕達は、纏めあげたそれに重要書類のハンコを押して、緊張して内閣に提出した。
 それは内閣に届けられ、外務省が仕事をしていた事は驚きをもって迎えられた。
 さんざんに議論が紛糾し、もう会談の約束をしてしまった事、元々外務省がそのスケジュールで事前に申請していた事と、著しく不利な条件は見られないと言う事で渋々受け入れられた。
 大規模すぎて警備に掛かる費用が半端ではないと怒られに怒られたが、それは医者の大量受け入れの功績を持って相殺された。
 ちなみに、三国以外の国からも使節の派遣の要請が来たが全て断った。
 警備依頼は正式に防衛省に通達され、店への商品の配給は一時的に増大し、新聞では大々的に注意喚起がなされ、大日本帝国中に緊張が走ったのだった。
 そして、ついに会談の日。
 エンタープライズ号の上には、三国の軍人、医者、神父、要人が集まっていた。ビデオカメラやカメラを携帯した記録要因もいる。カート少佐も、その一行に加わっていた。
 エンタープライズ号の他にも、見た事のない飛行機が周囲を飛んでいた。
 外国のマスコミらしい。
 既に、彼らには帝国の服に着替えてもらっている。お経を編み込んで、タリスマンをつける重装備だ。
 そして、いくつものガーラントが帝国から飛び立ってくる。
 それぞれに陰陽師や僧侶が乗っていた。
 二人乗りの鞍に、相乗りして帝国へと向かう竜達。それを警備の竜が取り囲む。
 僕達も、警備の竜の一頭に乗っていた。
 日本に入ると、恐れていた事が起こった。
悪霊どころか、普段は守ってくれる善良な霊までもが震える。

『鬼畜米英―!』

 襲いかかってくる霊、もしくは荒神を、僕達はあるいは折伏し、あるいは鎮めの儀式を行っていく。

「うわぁぁぁぁ! お化け! ゴースト!」

「落ち着いて! 僕達が守ります!」

 そして僕は呪符を取り出す。

「臨兵闘者皆陣列在前、封印!」

 同じような九字が、お経があちこちで唱和される。

「どうか、どうかお静まり下さい、この者達は悪しきものではありません……払いたまえ清めたまえ……」

 地上で待機していた神主部隊が、一斉に祝詞を唱える。
 これはもう、ある意味日本の防衛軍との戦いに等しい。
 会談を何故、外国でやらなかったのか、本当にわからなかった。
 強行軍の中、悪霊に怯えた神父が、神の名を唱え、祈った。
すると、十字架が発光し、金色の光が霊達を押しのけていく。

「あらぶる神々のいない地で、これほどの聖術師がいるとは! 結界で使節団全員を包めますか?」

 神父と同乗していた僧が言う。

「せ、聖術師? 結界とは? この十字架の光は一体……」

「諸説ありますが、私はそれぞれの信じる神が助けてくれているのだと信じています」

「神が!? ……しかし、ああ、この暖かい光は確かに……神よ……」

 神父が祈ると、光がますます広がった。
 ほどなく、他の神父達も神に祈りだした。祈りの結界が交わり、広がって行く。
 陰陽師や僧、神主達が霊を鎮めたのもあり、僕達はなんとか宿に到着していた。

「では、宿にご案内します。最初に、ユニコーン族が経営するホテルユニコーン、ここは聖なる領域なので最も安全ですが、値段も帝国一となります。要人方はこちらへどうぞ。次が僧宿安寿、陰陽宿白黒館、教会宿、それぞれ僧、陰陽師、神父が守護している宿です。最後にウィッジ旅館、ここは守護が無いので護符で身を守ってもらう事になりますが、走竜ウィッジに乗る事が出来、豪華な旅館となっています。会談はここで行います」

 僕は説明し、そして目を丸くしているカート少佐に言った。

「あの、以前、私の国が絶対に軍備が手放せないと言った理由、理解して頂けましたでしょうか。以前話す事が許されないと言ったのは、これは、実際に見てもらわなければ狂人扱いされて、帝国が軽んじられるだけだと思ったからです。今現在、日本には荒らぶる神々や霊達が顕現しています。こちらにはない生き物などの問題も多く、絶対に軍は手放せない状態なのです。その代り、僕達もみな霊力や魔力を得たのですが、追いつかなくて……呪いや事故による死傷者は無くなりません。そういうわけで、軍の縮小は帝国には飲めない条件なのです。本国にお伝え下されば嬉しいのですが」

「戦う力がなくては、日本では生きていく事さえできない。どうか、お願いする」

 ガウリアが口添えする。

「な、なるほど……。確かに伝えておこう」

 それに僕はほっとして、辺りを見回した。脱落者はいなかったと思うが……。

「聖術師について、もっと教えて下さい」

 神父達が勢い込んで僧に聞いている。いろんな聖術がみたいとの事で、僕達は医者を案内ついでに病院見学をする事になってしまった。
 しかし、あそこは激戦区である。激戦区であるが、要請されれば仕方ない。そこで、医師達と神父達とはここで別れる事になった。

「う……霊達が……!」

 病院は聖術師共同の結界で守られているが、その結界の周囲を霊達が巡っている。

「びょういんは、ししゃおーい……」

 アースレイアが悲しげに言い、皆しんみりとしてその光景を見つめた。
 医師達はあの中に自分達が行くのかと、震えている。

「その服自体が強力な護符ですし、もう地上に降りていますから、それさえ着ていれば大丈夫ですよ。でも、僧達がご一緒します」

 僧達がお経を唱え、霊があるいは成仏、あるいは鎮められていく。
 その中を、医師達と神父達は駆け抜けて言った。
 その他にも、たわいのない所ばかりを案内したが、使節団は様々な事に大いに驚き、喜んでくれた。
 道を行くウェッジに驚き、空を飛ぶ竜を見上げ、工事をする獣人の力に感嘆の声をあげ、農園で草木の世話をするエルフの美貌に歓声をあげ、マーメイドの歌声の素晴らしさにむせび泣いてくれた。
 そしてドイツ首相のご婦人は、マーメイドの育てた真珠を買って大いに満足してくれた。
 タリスマンやこちらの服、アクセサリー、食べ物も売れに売れ、僕は安堵のため息をついたのだった。
 夜に服を脱いでしまった者が一人、闇に引きずり込まれかけたが事無きを得、おおむね観光ツアーは上手くいった。
 そして翌日、会談の日。僕達は緊張して、会談の場に向かった。
 これが成功すれば、首相同士の「歓談」が行われる。
 失敗すれば……僕達は使者達の目の前で切腹をし、使者達は丁重に送り返され、あらたな会談がまた後日開かる事になる。
 大丈夫、今の所失敗は無いはずだ。
 僕とガウリア、アースレイアは頷きあい、一歩を踏み出した。



[21816] 第六問 ドイツと会談を行い、食料援助を取り付けなさい 3
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2010/10/15 22:08





 各国外務大臣とドイツ首相は、にこやかに歓談していた。
 僕達を見ると、眉をひそめる。

「やはり、外務官僚たちは出られないのかね?」

「はい。申し訳ないです」

「そうか。いや、呪いとは良くわからないが、テロには屈さない姿勢は評価しよう」

 その言葉に、僕達はほっと息を吐いて、目録を取り出した。

「これが、僕達の贈る予定の物です」

「これが、私達が贈る予定の物だよ」

 互いに書簡を交換する。正直、その書簡を覗いても、何が何だかさっぱりわからない物が大半だった。

「変わった物が多くあるようだね。有意義な交換になりそうだ。特に教科書や歴史書を入れてくれたのはいいね。こちらも入れたが、これは相互理解を大いに深めてくれるだろう。それに、おお、定年を越した各種の竜もいるのか。家畜竜……?」

「猿と人がいるのと同じように、竜にも家畜竜と知竜がいるんです。目録は全て家畜竜です。もう年なので子供は産めませんが、まだ十分に人を乗せて飛べます」

「動物園が大盛況になるな」

 僕達からも質問があった。

「この講義というのは……」

「日本で各学者からの講義をしてあげると言う事だよ」

 それは願ってもいない事だ。

「ありがとうございます!」

「では次は、貿易の方に移ろうか」

 そして僕達は目録を交換した。

「異世界の植物や動物か……。こちらの目的通りのものだ。悪くない」

「食料、一万トン……! 他にも色々品物があるようですね」

「新規の市場開拓に、国民は乗り気になっていてね」

 僕達は頷き、条約に調印した。

「良かった―。これでせっぷくしなくてもすみそうだね」

 最後にアースレイアが言った言葉に、大統領達は噴き出すのだった。
 首相同士の歓談も上手くいき、そのまま、条約は上手く行くように思われた。
 しかし、そこに一つのトラブルが生まれる事となる。
 それは首相達が帰る直前の事だった。
 医師達が、首相達に報告をした。

「日本の医療技術には2種類あります。呪文系統と科学系統と言われていて、科学系統の治療は大したことはありません。しかし、呪文系統の治療が凄まじい。それは失った手足を再度生やす事が出来るほどです。異世界でしか手に入らない材料を使う為、物資の関係で、使用できる回数は限られているそうですが……誠に素晴らしい技です」

「なんと! 詳しく話してくれ」

「マナ球を使うのだそうです。マナ球はもう手に入らないにもかかわらず、生活の様々な部分に使うので、それに代わる技術を我らの国に求めているとの事でした。マナ球は魔力の塊で、病院に大切に保存されていて、使う時にはかならず院長が付き添います。そして、ベテランの聖術師がマナ球を使って傷を癒すのです」

「目録を見ろ。マナ球が入ってないか見るんだ」

「マナ球、それにマナ球を使う物は他国への流出を禁止されているそうですから、無いと思いますよ」

 すぐに首相達は外務省に連絡を取った。
 そして、僕達は叩き起こされる形で、首相達と会談した。

「お互いの相互理解の為、隠し事は無しにしようじゃないか」

「どういう事ですか?」

 ガウリアが戸惑った声で聞く。

「マナ球の事だ」

 指摘されたそれに、僕は眉をひそめた。

「別に、隠していないと思われますが。病院で医師達に公開されたはずですが」

「そうだ。それを我が国にも分けて欲しい」

 アースレイアは顔を顰める。

「マナ球、数が少ないの。きちょーひんなのよ」

「アースレイアの言う通りです。マナ球は、二度と手に入らない物資ですし、日本の生活の根幹と化していますから、一切の無駄遣いは出来ないのです。マナ球が全て無くなる前に、マナ球無しで生活出来るようにしなければならないのですから……」

「なんとかしよう」

「なんとか、とは?」

 僕は間抜けな声で問うた。

「我がアメリカの技術で、なんとかしよう。とにかく、その素晴らしいマナ球で出来る事をリストアップしてくれたまえ。マナ球と、マナ球無しで生活出来る技術を交換しようじゃないか」

 イタリアと、ドイツの外務大臣も頷いた。

「それでこそ、外交の意味があるというものだ」

「それに、異種族にはとても美しい御婦人が多いね。美容の秘密など教えてくれたら、家内が喜びそうだ」

「例えば、エルフ族が使う美容品ですか……? 確かに、肌は凄くきれいになりますが……凄く高価ですよ?」

 イタリア外務大臣は、僕の肩を叩いて言った。

「私は日本に今まで以上の興味が湧いてきたよ」

 結局、その時は、マナ球を渡さないで済んだ。
 後日、友好の品の交換が行われ、その解析が急がれた。
 結界内には電波が通らないのでテレビとやらは映らないが、日本国内でパソコンのネットワークを構築する事が出来、技術班は湧きに沸いた。
 また、国内で独自にテレビ局を作ることも検討された。
 これは、マナ通信局を流用すればいいので問題はない。
 新たな技術に、日本は喜びに沸くと同時に、少し困ってしまった。
 ……マナ球を使わない技術は、この程度の物なのだ。
 それは、海外の医術一つとってもそうだった。
 科学では、手足は生えないのである。少なくとも、医療技術は間違いなく、大きくダウンする。これは大きな問題だった。
 そして、一層のマナ球の使用自粛の通達がなされた。
 僕達は、一応の成功のお褒めの言葉を頂き、首相直々に次のミッションを拝命した。

「オークションについていき、トラブルが起らないよう監督するように」

 僕達は、立て続けのミッションに、ため息をつくのだった。
 オークション自体はアメリカでやり、僕達はその荷物を持ち帰る事になった。
 大勢の企業の社長や一族の長が出かける事になる。
 特に食料は尽きかけているとの噂が広まってしまい、食料狙いの長が相次いだ。
 オークションが始まる前から、トラブルは起きた。
 向こうの友好の品の影響を受け、我が社も、我が一族も日本の誇りをかけて製品を出品したいと言ってきたのだ。
 僕達は、それを一つ一つ、オークションに出していいか検討しなくてはならなかった。
 また、オークションとはいえ、最初の値をつけなくてはいけない。その値段は、友好の品の流通価格を教えてもらい、その価格で判断した。もちろん、こちらの流通価格も教えている。
 他にも、獣人は武勇を示したいというし、人魚も歌を歌いたいと言う。
 それを相手国に伝えると、ならばこちらも出し物をしようという話になり、オークションはかなり大規模になってしまった。
 竜に乗ってアメリカに着くと、まず出迎えたのは絢爛豪華なパレードだった。
 僕達は、安全な場所での、のびのびとしたその様に目を見張る。
 日本で同じ事をしようとすれば、まず何らかの妨害が入る。
 僕達はパレードに目を奪われていたが、向こうの人達は僕達に目を奪われていたようだった。カメラのフラッシュが僕達に襲いかかる。
 パレードを見学して、オークション会場に入るまでの間、フラッシュは常に焚かれ続けた。
 オークション会場には、打ち合わせどおり知竜の席もちゃんとあって、僕は安堵に息を吐いた。
 また、人型に変身できる知竜は人型に変身して入った。マナ球を消費するが、仕方がない。
 そして、アメリカ、ドイツ、イタリア、日本の順で出し物が催される。
 異国の美しい、あるいは勇ましい音楽や舞を、僕らは存分に楽しんだ。
 そして、人魚の歌やダークエルフの笛や獣人の武術が披露される。
 出し物が終わると、オークションが開催された。
 皆、目を血走らせて分厚い目録を見つめる。
 目録の最後に、異種族や知竜はオークションの品物ではありませんと注意書きがあるのは御愛嬌だ。

「まずは疑似竜、偽火竜の卵10個セットからです。こちらはよくしつけをされた物はマッチの代わり、あるいは番犬の代わりとして非常に人気なのですが、しつけのなっていない竜は火事の原因として非常に忌み嫌われます。しつけの教本はつけますが、この竜が起こすあらゆるトラブルについて、大日本帝国は責任を取りません。百ドルから」

 会場が、揺れた。僕達はびっくりして、肩を揺らした。

「十万ドルって高いの? 高いんだろう?」

 ガウリアは小さい声で、戦々恐々として語る。僕はかくかくと頷いた。これは何かの間違いだろう。それか、初めのオークションでつい出し過ぎてしまったんだ。だって、疑似竜は三千匹出る予定で、今日は竜種だけでオークションが終わる予定となっている位である。
 纏めた個数の卵、纏めた匹数のしつけのなってない疑似竜(卵より安い)、そして高価なしつけ済みの竜を一匹ずつ。
 高価な竜は日本国内でも高値で取引されるので、一万ドルをつけた。卵は、想定した額の百倍、高価な竜と比べてもその十倍の値段をつけたのである。
 僕達は、驚かざるを得なかった。
 最終的に、しつけ済みの竜は大体が十万ドルで売れたが、中には百万ドルの値がついた竜もあり、僕らはくらくらしてくるのを感じるのだった。
 とある有名企業が強引に出して来た去勢済みの家畜竜の奪い合いは、想像を絶した。
 次の日の竜族と獣人族の食料の肉類の奪い合いも凄かったが、やっぱり最も凄かったのは竜のオークションと、エルフの美容液のオークションだった。
 一番盛り上がるオークションを最初に持ってきてしまったのは失敗だったが、オークションは思ったよりもよく相互理解の助けとなったように思う。
 どれに重きを置いているのか、オークションはその興味の比重を浮き彫りにしたから。
 予想していた敵国に対する敵意は感じられなかったし、僕らは大いに安堵した。
 それに、アメリカが受けた印象は、滞在したホテルのテレビ番組で明確に知る事が出来た。
 ――まず、大写しになる僕達が竜に乗って来る様子をカメラに写し、その時点で何かテンションがおかしかった。竜や異種族ばかり写して、ノーマルは完全にいないものとみなしていた。
 パレードを褒める要所要所に、それを眺める異種族のリアクションを解説していた。
 そして出し物の際。異種族の出し物に、明らかに解説者のテンションが上がった。
 売買される竜のそれにヒートアップする。
 アメリカ、ドイツ、イタリア側のオークションの時は、どの種族が何を欲しがったか逐一チェックし、それに対する予想を熱心に並べ立てた。
 そして、番組に疑似竜と家畜竜が出てきた。ここで激しく出演者のテンションがアップする。

『竜ですよ、これ本物の竜ですよ!?』

『走竜ウィッジと言うそうですよ、日本人はこれに乗って移動するそうです』

『きゃー、嘘、信じられない! じゃあ、乗ってみます!』

『アンナさん、気をつけて? 噛みつきませんか?』

『きゃ、動いた! あーでも、乗り心地はいいです!』

『おおー! アンナちゃん凄い!』

『では、ここで使節団の持ってきた情報をお浚いしましょう。神秘の国日本は……』

『エルフ! 人魚! 美人ばかりですね!』

『向こうの医術だと腕とか生やせちゃうそうですよー』

 受け入れられるのは良かった。受け入れられるのは良かったが、心の距離は遥か遠い気がするのは気のせいだろうか。とにもかくにも、オークションもまた、成功に終わったのだった。



[21816] 第七問 国交を開始しなさい  1
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/15 21:41







 オークションは大成功であった。しかし、それは新たな問題を露呈する事にもなった。
 楽しい楽しい書類仕事のお時間である。
 短時間に歴史、技術など、様々な物の概要を理解し、または解析するよう指示しなくてはならない。
 国家として得た物の分配の仕事もある。
 もちろん、大部分は他の省庁の責任下で行われる事であるし、外務省が壊滅状態の今、どの省庁も協力は惜しまなかった。しかし、やはり窓口である外務省には、仕事が殺到するのも仕方のない事なのだ。その上、海外からはどの商品が欲しい、との発注が増える一方であり、各国首相からはマナ球はまだか、とせっつかれていた。

「うう、れいあ、がいこくご、やーなの」

「僕も、くじけそうだ……」

「が、頑張れ! 向こうは、ずっと前に消えた国の言葉を学んできてくれたんだぞ!」

 ガウリアの言葉に頷き、書物を漁る。ただ今、かなり古い辞書を片手に大まかな歴史を勉強中である。

「ね、樹にー、まけるって、かなしーね。よわいって、かなしーね」

 前者の言葉は戦後ドイツの扱いについてであり、後者は今後の日本の未来に対しての言葉である。
 僕は、こくりと頷いた。しかし、それでも以前の世界に居続けるよりマシである。そして、言語習得は円滑な外交関係の為、絶対に必要だ。
 そこへ、嵐山防衛大臣の駆るウィッジの独特な足音が聞こえて来た。

「入るぞ」

 草食竜に乗って部屋の中に入らないでください。しかし、彼は僕らよりずっと立場が上の人間なので、急いでお茶を入れる。

「信じ難いが、まずは戦争にならなかった事を褒めてやろう。いや、成功だったと言ってもいい。今回得た食料で、日本国民は当分飢えなくてすみそうだ。ささやかな贅沢すら出来る。私も昨晩、肉を食べた」

「ありがとうございます!」

「お前達は、ちょっとは使えるようだ。何せ、戦争を起こさなかったのだからな! そこで、お前達に依頼がある」

 僕達は、緊張して言葉を待った。

「アメリカの神父は、かなり特異な聖術士だった。あの、慈愛の光。日本にも神父はいるが、長い戦いの年月で、どうも悪霊鎮めに特化してしまっているようだからな。彼らに癒しを試させたい。他にも、有用な聖術士がいるかもしれん。外務省の呪詛を祓う事が出来る聖術士を探すんだ。彼らを治す事ができた聖術士には……」

 そこで、嵐山防衛大臣は考えた。欲に目を眩ませるような者は、癒しの聖術士として強くないケースが多いのだ。

「マナ球を三つ。国家に一つ、当人に一つ、教団に一つ捧げるので、どうぞ医療にお役立て下さいとお願いしろ。そのほかの者への謝礼は、僕となる使い魔を。もちろん、連れてくるのは悪霊を一気に鎮めてくれる強力な聖術士でもいいぞ。ただし、人選はしろよ。ついでに、戦えない者のいくらかを悪霊達がいなくなるまで外国に置いておきたい。留学の形を取ればよかろう。まあ、あれだな。人材の交流だ。それと交易したいと言っている企業の仲立ちもやっとけ。対象国は、安全が保証されればどこでも構わん」

 先輩達が、治るかもしれないのだと目を輝かせた僕らは、次第に顔を強張らせていった。

「あの、僕達、新入りで……」

「だが、大人だろう。いいか、くれぐれも戦争状態にはなるなよ」

 ダカッダカっダカッ
 ウィッジを駆って、嵐山防衛大臣は行ってしまった。
 途方に暮れる時間すら許されず、僕らは即刻会議に移った。


 
















 オークションでは、巨万の富が動いた。
 ホクホクである。それはもうホクホクである。
 アメリカ合衆国大統領は、疑似竜の風竜を個人的に、軍にはウィッジを数頭手に入れる事が出来た。無論、騎乗もしてみた。そこで驚いたのが、ウィッジの乗り心地の良さ、速さ、人に対する忠実さ、そして何より、緊急時はバリアを張って乗り手を守る事が発見された事だった。
 一回バリアを張ると疲労するようだが、バリア自体は強固であり、それが張られる5秒もあれば、優秀なアメリカのSPが展開するには十分すぎる時間だった。
 日本の刀や服も、非常に興味を引く品だった。はるか昔に聞いたサムライという奴か、と感心した。中には本物の妖刀もある。大統領は、大いに満足していた。
 ドイツ首相は、疑似竜の土竜を手に入れていた。愛する夫人に発光する宝石も手に入れ、家畜竜も数等手に入れた。
 しかし、何と言っても、もっとも喜んでいたのは、イタリアの外務大臣だろう。
 彼は、愛する妻にエルフの化粧品を買って送り、奥方は文字通り劇的に美しくなった。
 その姿に本人すら、幻を見せる化粧品なのかと疑い、外務大臣は妻を見た瞬間、自然と膝を折り、何度目かのプロポーズを行っていた。
 そこからはもう二人の世界で、妻があまりの夫の反応に、特別な時以外はエルフの化粧道具は封印しようと決意する程だった。
 さて、オークションで得た物について一通り指示を出すと、彼らがまず興味を示したのは歴史書だった。当然である。日本は何故、どこへ行っていたのか? それは永遠の謎だった。
 早速、各国の首脳は各国の議会室で、子供達が学ぶという歴史の投射用タリスマンを作動させる。これは簡単に歴史の概略が学べる、小学生向けの物を流用した物だ。ちなみに、最新のものである。もちろん、ビデオをセットしてある。
 しばらく、見知った歴史の授業が始まる。日本視点の、あくまでも日本は正しかったのだという説と、諸外国を敵に回した時点でそれは失策だったという二つの主張。
 この辺りは、戦勝国と敗戦国で意見の相違が現れるのは当然なので、苦笑して流す。
 そして、いよいよ、第二次世界大戦以降に差し掛かる。まず見えたのは、天空に広がる大きな魔法陣であった。
 消えた人々、現れた人々、消えた大陸、現れた大陸。
 それらに大騒ぎになっていた、たった十日の間に神々は具現化した。
 力の強い神々は火事を、台風を起こした。長崎、広島では哀れな霊達で溢れかえった。
 パニックになって神に祈れば、奇跡は起こった。必然的に、神に祈ることの多い宗教者の多くがなんらかの才に目覚めた。それから、宗教者達の必死の布教活動が起こった。何も、奇跡に感激してとか、自分の教団を広めようというのではない。純粋に、溢れかえった悪霊から身を守る為であった。
 次々とスライドされる写真映像に、あるいは怯え、あるいは日本に同情した。
 この時点では、まだ予想できたことだったので、各国首脳の反応はこの程度の物であった。
 ラジオで公式に布教活動に励むようになり、目覚めた才ある者をリストアップし、ようやく生き延びる道筋を見つけた……と思われた時だった。
 流星のような光が大量に振って来たのである。それは、人間を狙って追いかけた。
 最も、偉大な神が近くにいた場合は、神が怒りを持ってそれらを薙ぎ払ってくれた。守護霊に守られた者もいた。
 宗教者達が結界を張れば、それは機能して流星を防いだ。
 しかし、それでも犠牲者はいた。
 犠牲者は人形のようになってしまった。しかし、人形のようになった犠牲者のとある要人の妹が心を読む才に花開いた事が幸いした。
 妹が要人の胸に顔を埋めて泣いていると、唐突に要人の頭に次々と命令を送りこむ何者かの声を聞き取れるようになったのだ。
 妹もまた、要人の妹だけあって優秀だった。彼女は、密かに人形以外の者を集め、何者かに攻撃を仕掛けられている事を伝えた。
 戦慄する要人達。ただちに全ての宗教家が集められ、攻撃に対する防御の方法が考えられた。やがて、彼らは日本バリアを発案する。日本人全員が、定時に結界を張るという荒業。なんとか身を守った後には、自分達を連れて来た何者かの情報を集めなければならないという事に気づく。それに、石油も探さねばならない。
 至急、集められた調査隊。
 大陸に行ってすぐ、言葉の問題にぶち当たった。テレパシーという手段に気付くまでの悪戦苦闘。襲いかかる獣……魔物の群れ。
 未知の病。
 初めて接触し、親しくなる事が出来た村は、日本の病原菌のせいで滅びた。
マナ球の発見、石油の代替とする為の思考錯誤。画期的な薬の発明と大量生産。
ようやく謁見へとこぎつけられたと思ったら、奴隷扱い……。
そして、様々な奴隷。世界に触れれば触れるほど、残酷な現実にぶち当たる。
そして、様々な奴隷の存在を知る日本。
この辺で、虐げられる美女を見てイタリア首相がハンカチの海に沈んだ。
この時、日本は滅亡寸前だった。しかし、外務省は、奴隷を救う事を選ぶ。奴隷と引き換えに、魔王との戦いに向かう日本。
この辺でアメリカ大統領は完全に日本に感情移入して応援していた。
魔王を倒したら、当たり前のように約束は破棄された。始末されかける日本。
全方位、敵、敵、敵。
この辺でドイツ首相は涙を流していた。
それでも従えば、命までは取らないという。日本は既にボロボロだった。だけど、歯向かった。奴隷たちを根こそぎ日本へと運び、僅かな友好国からありったけの食料を買い込み、逃げるように転移した。
 酷過ぎた。あまりにも酷過ぎた。
 国家としての対面を保っていられるのが不思議なほどである。
 自分がもうすぐ滅びそうだというのに、虐げられた者を、めいっぱい懐に呼びこんでの転移。
 自殺行為だった。外務省は、国の機関として、無能と言わざるを得なかった。
 しかし、それで獣人やダークエルフ族は救われたのである。
 気がつけば迫害されていないはずの竜族やエルフ族まで内部に入り込んで厄介になっていたのは迂闊と言わざるを得ないが、それもまた日本の人望である。
 ……最後に、転移直後の演説が入る。
 つまり、日本は安心して暮らせる場所が欲しいだけなのだ。
 日本に欲しい物はたくさんあるし、彼らは日本の利益をチューチューする為にも、ぜひとも日本には安定と繁栄をしてほしいと思っている。日本が日本にしかない特産物を安心して量産する事自体が、各国の国益となるのだ。
 ささやかな援助など、まったく問題にならない。それに、石油がない為に科学的には完全に後退している日本全土を開発する。その大規模な開発だけでも、大いに潤うのである。それは戦争特需をも凌駕するほどであった。
 大いに感謝され、国際的な栄誉も得て、莫大な利益もゲット。ロマンも良心も好奇心も物欲も名誉欲も、なにもかも全てを満たしてくれる、美味しいカモネギである事は間違いない。
 完全に利害が一致している事と、予想以上に役立つらしいマナ球についての事、画期的な治療法を頭に叩き込んで、各議会は閉幕した。
 そんな時に、通信用タリスマンが光った。
 カモネギさんは、三国を仲介し、あろうことか世界にその身を投げ出したのだった。



[21816] 第八問 国交を開始しなさい  2
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/15 21:41


 その要請が伝わると、神父、牧師、僧。あらゆる宗教者が集まる、異例の会議が開催された。
 もちろん、子羊を救う為である。
 日本では、聖職者たちへの神の加護、もしくは信仰心が具現化するという話は有名な話だった。
 神の加護なら、それを見る事の喜びに勝る物は無いし、信仰心が具現化するならば、その力が強ければ強い程名誉な事である。また、信仰心の具現化という説は、各宗教の教義の衝突……要するに、唯一神と他の神の兼ね合いという問題も解決してくれた。
 そして、病に苦しむ人々を救ってほしいという大義名分もあり、医療に役立てて下さいという事でマナ球……日本外部で奇跡を起こす事が出来る物の譲渡もあった。
 ひとまず、会議ではマナ球は神のお手を煩わせる事ではなく、信仰心を具現化するという事で一致し、協力して事に当たる事となった。

「それで、何人と言っていたかね」

「報酬の関係上、三十名を上限とされています」

「少なすぎますな……」

「たくさんの子羊が苦しんでいるのです。それは焼け石に水なのでは?」

「ボランティアで行けばいいのです。ただし、マナ球は外務省の呪いを解けた者に渡す、という事でどうでしょう」

「その場合、二百名が上限らしいです」

「ところで服ですが、お経を編み込んだ物を着ていくとの事ですが、聖書では駄目なのですか?」

「編み込まれているお経ですが、私達とは宗派が違うので、私達も戸惑っていた所です」

「信仰の強さが試されているのです。服も自作の物を着ていきましょう」

 和やかに行われる会話。だがしかし、中々、どの宗教が何人送るかの話が出ない。
 争いになるのがわかっているからだ。その上、魔女や霊能者にも来て欲しいという日本の要請がある。
 いかにしてスムーズに人数を決めるか。人格者であると同時に、どうしても神の御業を見たいという宗教者達の当然の欲求とどう折り合うか。彼らは、頭を悩ませていた。
 政治家達の会談は、宗教者達の会談よりももっと直接的だった。

「美女達の留学先には我がイタリアを!」

「狼に肉を与えるようなものだろう」

 身を乗り出したイタリアの外務大臣に、アメリカ外務大臣が突っ込む。

「一応ドイツでは、既に養子縁組の準備も出来ていますが」

「留学と言っているだろうが」

「しかし、孤児も多くいるのでは?」

「それはそうだが、エルフ族、ダークエルフ族を育てるのは大変だぞ。寿命が違いすぎる。レイア外交官はかなり優秀な方だが、15歳でまだ幼児にしか見えん。学校の問題もある」

「では、アメリカは留学生受け入れに消極的だと?」

「まさか。今、治安の良い場所と護衛の選定中だ。ずっととなると護衛をつける以外の方法も考えねばならんが、期間は神々が元の状態に戻る予測の為されている三年だけだしな」

 そこまで言って、アメリカは眉を顰めた。戦勝国であるアメリカの所には、権益を分けろという要請が山ほど来ていた。
 まして、先日のオークションはあまりにも盛況すぎたし、今回の依頼は国を指定していない。アメリカだけで留学生を受け入れるとなったら、激しい反発が予想された。
 しばし考えて、二人の外務大臣に許可を得てタリスマンを作動させる。
 すぐに、樹外交官が出た。

『はい、こちら日本外務省です』

「ああ、ちょっと留学生について聞きたい事があってね」

 そこでイタリアの外務大臣が身を乗り出す。

「美女達はイタリアで責任持って保護させてもらうよ!」

『え、あの、美女ですか……?』

 樹外交官は顔を蒼白にし、戸惑った様子を見せた。
 迫害を受けて来た国としては、美女を寄こせと言われて勘違いしない方がおかしいのである。アメリカ外務大臣はイタリアの外務大臣を黙らせた。

「いや、別に可憐な女性をどうこうするつもりはない。むしろ、困っていれば競って助けてくれるはずだ。それがイタリアの風習だ」

『は、はぁ……』

「それより、来る子供達、いや、お年寄りでもいいんだが、彼らのリストアップをしてほしい。こちらも学校などの手配もあるし、どのように応対したらいいかわからないからな」

「孤児の養子縁組の準備も出来ている。希望者がいるなら、暖かい家庭をプレゼントできると思う。もちろん、その場合ドイツ人と変わらぬ扱いを保証する」

 アメリカのお年寄りでもいいという言葉、ドイツの孤児の養子縁組の話を聞き、ようやく樹外交官はいくらか安心したようだった。

「各国の案内はこれだ。国際評価はこっち。出来れば、アメリカ、ドイツ、イタリアを主とし、その他の国もほんの少し選んでくれるとこちらもスムーズにいく。参考にしてくれ」

 その言葉に、樹外交官は安心しつつも、困った顔をした。

『実は、小さなスペースを借りて、そこに日本国民を住まわせてもらう予定だったのです。文化の違いと、部族ごとの教育がありますから』

 その言葉には、さすがに三国の外務官僚たちは渋い顔をした。個別に取り込むのならば問題ないが、三年に渡る長期だと、永住の問題が出て来た時に土地の所有権問題も出てくるのである。
 樹外交官は、既に留学希望者のリストを作成しており、それを眺めつつ話し合う事となった。
 そこで出たのが、獣人の中の愛玩種である。アースレイアやガウリアも美しかったが、愛玩種の美はとびぬけていた。もっとも、誰もかれもやせ細っていたが。

「愛玩種……とは、不穏な響きだが、なんだろうか」

『愛玩用に調整された獣人の事です。向こうには、そういった技術がありましたから』

 その言葉に、三人は少なからずショックを受けた。

『一番特徴的なのは兎族ですね。彼女達は、女性のみで構成されており、男の子を産めば必ず相手種族が、女の子を産めば兎族が産まれてきます。彼女達は寿命は短いですが、美しい期間は長いです。その代り成長が早く、老いが始まれば急速に老いていきます。その他に、周囲を和やかな気分にする能力を持っています。……日本では、愛玩種は子供を作らない事を奨励しています』

 まるでヒーロー……というには、あまりに頼りない様だったが、他種族を助ける為に全力で動いていたはずの日本の行動に、更に驚いた。

「何故だね? 人を愛玩用に作りかえるなど決して許されない事だが、根絶も随分と酷い政策だ」

 アメリカ外務大臣の言葉に、樹外交官は視線を落とした。

『彼らは、自力で身を守る事が出来ないのです。愛玩種は、そのように調節されています。日本では、彼らの安全に万全を期していますが……。彼らが増えてしまえば、守りきれないのです。献身的な特性を強く持っていますが、力も知力も他と比べると低く、寿命も短い。育て、生活させていくコストに、彼女らが稼ぐコストが届かないのです。出来るのは精々、家政婦ぐらいで……。もちろん、彼らのヒーリング効果には何度も助けられてきました。ですが、国家として、現在の彼女達の守護が限界なのです』

 イタリアの外務大臣は愛玩種の写真に再度目を落とした。

「彼女達はやせ細っているではないか。どこら辺が守れているのかね」

 樹外交官は、唇を噛む。

『先日のオークションまでは、日本に食料は不足している状態で、日本の為に役立てる者に優先的に食料を回すしかなかったのです。彼女達は、一族全てが、友好と一族の延命の為に覚悟して志願をしています。もしも、人権と繁殖権をも』

「すぐに彼女達を我が国に連れて来たまえ」

 間髪いれずに、イタリアの外務大臣は言った。

『先ほどの言葉で誤解させてしまったなら謝罪しますが、彼女達を愛玩動物として受け入れるというなら、日本は未来の為に拒否せざるを得ません。人権の確保は絶対に……』

「このようなか弱い女性達を飢えさせる事の、何が人権なのかね。家政婦、大いに結構ではないか。素晴らしい能力も持っている。イタリアは喜んで彼女達を迎える。人数も全ての愛玩種を合わせても、精々数百人ではないか。……君、早速移民手続きを」

「イタリアで全てを受け入れるとなると、文句が出るのではないか?」

「といっても、愛玩種だけだし、人数が人数だしな。バラバラにした方が可哀想だ」

 次々と話を纏めていく彼らに、樹外交官は思わずぽかんとしてしまった。
 全力で守らないと。亜人を前にして、躊躇なくそう言えるのは、今まで日本人だけだったのだ。
 そして、スムーズに留学組と移民組が決まり、最終調整に入った。
 しかし、本音と建前は逆でしたという事になったら大いに困る。
 よって、全ての移民には、三年間だけいつでも日本に戻れる権利と、日本側が差しだした消耗品の転移装置を与えることで合意した。
 貴重な転移装置を全ての移民に与える程度には、日本は彼らを大事に思っていたのだ。
 企業については、大規模開発は聖術士がどれほど霊を鎮められるか見て、最速でその直後、最遅で三年後の霊が力を失った時に行う事に決まり、それ以前については関税を調節しつつ小規模に行う事に決まった。
 樹外交官たちには簡単に決まったように見せているが、国連ではアメリカが武力をちらつかせなければならないほど紛糾した事は言うまでも無い。



[21816] 第九問 国交を開始しなさい  3
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/15 21:42
 聖職者たちは、日本のバリアのすぐそばまで船で向かい、荷物の確認をした。
 幾ばくかの食料やそれぞれの持ちよった神聖な物。聖水だったり、僧衣だったり、聖書や儀式の道具などを調べ、頷きあう。
 すぐに竜がやってきて、彼らを運んだ。
 襲い来る霊達の中、まず、神父が最初に奇跡を披露した。美しい金に輝く結界である。
 話には聞いていたが、聖職者たちはその力に息を飲んだ。
 これが奇跡、これが信仰心である。神父達は自身の神への思いがしかと形になった事に安堵し、また誇らしそうな顔をした。
 恐れはなかった。覚悟していたのもあるし、彼らは選抜された特に信心厚い者達。
 あの方々は殉教の機会を虎視眈々と狙っていると言われる程の者達だったのである。
 人々を救い、神への信仰心を示す為に死して、後に聖人として祭られる。聖職者としては、華々しい死にざまである。

「それで、今日のスケジュールはどうなっているのかね」

「まず初日は、死者の冥福を祈り、鎮魂の儀式を行う事となっております。明日は、病院で怪我人、病人、悪霊憑きの診察に付き添い、実践します。明後日はいよいよ外務省で呪詛の解呪を行います。四日目には報酬が配られ、望むならその日に帰る事が出来ます。お金で換算しますと聖術の威力が落ちてしまう事が多いので日当はありませんが、生活費は全てこちらで面倒を見ます。最長の滞在は三年で、交代は可となっています」

「聖術の威力が無くなるのと同時期か。しかし、利益の為だけに信仰を利用するというのは、いかにも悲しい。その後の布教の自由と滞在延長は要求しているのでしょうね」

「三年間の功績によって公費による滞在の許可を判断するとの事です。人々を心の底から救わんとする志のある者ならば、癒しの力溢れぬはずはない。聖術は心のあり方を赤裸々に示すのだから、だそうです。基本的に強力な術者は、力を失った後も聖人として、公のサポートの元に宗教活動する事を認めているそうです」

「なるほど。我らの心が、そのまま力となる。非常にわかりやすいですね」
 
「私達は奇跡の実績ある聖人となるわけですか。信仰心が認められたら、ですが」

 さすがに聖書に乗る事はないだろうが、十分教団内で語り継がれる事になる出来事である。いや、この溢れる悪霊を全て鎮めて見せれば、世界各地で語られる事となるであろう。
 彼らはせっせと、鎮魂の大規模儀式の準備を始めた。
 体から抜けていく力。溢れ出る光。霊達の安らかになっていく顔。
 何もかもがわかりやすく、霊魂の一掃まではいかないものの、かなりの自信を聖職者たちに与えた。
 次の日、ウィッジに乗って病院まで移動である。もちろん、それは聖職者たちを珍しがらせた。
 マナ球からは、医師より聖職者の方が力を効率よく引き出せる。そして医師の方が、的確にその力を扱える。それゆえ、病院では医師と聖職者が協力して働いていた。
 牧師が、協力してくれる聖術医に触れ、志願してくれた患者にマナ球を握った状態で十字架を押し当てる。
 緊張して神に祈りを捧げ、患者の治癒を心から祈ると、マナ球は発光し、その光は十字架へと移って行った。
「おお……」
 病が癒えていくのが目で見てわかる程に顕著だった。自らの信仰心で奇跡を為し、患者を救った。
 それは、牧師にとって一生忘れられない出来事となった。
 三日目、早くも聖職者たちは聖術士になりきっていた。もはやこの国に骨を埋める所存である。二日目までの功績で使い魔の配分も決まり、勢いに乗って、まさしく寄ってたかって治癒をした。しかし、病院の患者達と違って、呪詛を受けた者達は治らない。治らない。治らない。
 いらっと来たアメリカ出身の若い神父が、この神敵めと思いながら、無意識に腹の立つ部分に十字架を突き立てた。
 その途端、呪詛が霧散した。
 かの宗教は、癒しの力を持っていたが、攻撃的でもあったのだ。
 ちょっと目が点になりながらも、神父達は呪詛治療ではなく、呪詛退治をしていく。
 そして、4日目。見事マナ球を得て、使い魔も配られた。
 使い魔とは、敬虔な僕であり、卵の内から生命力を食わせながら育てる。
 使い魔の姿は、心の姿というわけである。
 何故か、聖職者たちの使い魔は揃いも揃って鳥となった。自分の心から産まれ出でた者である。彼らは、一発で好きになった。
 もはや、帰る者など一人もいなかった。
 奇跡の手記を纏めるので大忙しである。
 外務省、復活。
 アメリカ、某宗教、マナ球入手。それは諸手をあげて歓迎された。後に悲劇を生むなど、誰一人思わなかったのだ。
 ただ一人、嵐山防衛大臣だけが、言い知れぬ予感に眉を顰めていた。


 さて、外務省が一番に行った仕事が、移民作業である。
 軍部は露骨に眉を顰め、財務省は控え目に歓迎し、外務省は期待と不安に胸を膨らませた。
 そこで、事前に会談をし、外務省はオークションで手に入れたお金の内纏まった額を、移民の為の資金としてイタリアに提供した。

「日本にとって、唯一縋る物は『人間』としての誇りでした。それを守る為に、私達は戦争をし、飢え、滅亡しかけた。楽になりたいと思った事も何度もある。けれど、今足を折ってしまったら、今までの全ての犠牲が無駄になる。半ば意地となってでも、私達は必死に、それはもう必死に亜人を守ってきました。正直、移民を志望した愛玩種を、それを受け入れた新人共を怒鳴りつけてやりたい。何故最後まで信じて頼ってくれなかったのかと。最もつらい時期は、後三年で終わりを迎える。しかし、しかしです。確実に平和な日々が訪れるから、安心して子供を作れと、私には言えなかった。友好の橋渡しとして、亜人をどう扱うかの試金石として、どうか行かせてくれと懇願する愛玩種に反論できなかった」

 イタリア首相は、それをじっと聞いていた。自由の為の戦いは、イタリアも経験した事である。ましてや、彼らは、召喚や洗脳といった恐るべき凶悪かつ非人道的な武器を持つ相手に戦ってきたのである。

「愛玩種を、よろしくお願いします。彼らを幸せにしてやってください」
 
 深く頭を下げる小杉大臣に、イタリア首相は首を振った。

「自国民以上に優遇する事は、当然ながら出来ません。私は、貴方に彼らの幸せを確約できない。ただ、これだけは約束します。亜人を、人として扱うと。あの記録にあったような、愛玩動物のような扱いは決してさせません。もちろん、魅力的なご婦人として扱う事は避けられませんがね」

 小杉大臣は微笑む。

「それで十分です。ただ、愛玩種には男性もいる事を忘れないでくださいね」

「おお、そうでしたな。もちろんですとも。両国の未来に乾杯」

「乾杯」

 終始和やかに会談は進み、書面として差別しない事の確約も貰い、ひとまず軍部も納得した。しかし、大切な娘を嫁に出す気分なのは間違いなかった。彼らの護衛は、軍部が行っていたのである。

 運命の日。
 移民、留学の日程はイタリアが一番早かった。
 世界各国のマスコミや要人が集まり、愛玩種を乗せた船がイタリアに着いた。
 降りて来た彼らを見て、人々は一瞬言葉を失った。そして、その後歓声を出す。
 それほどまでに彼らは美しかった。
 強張った愛玩種達の顔は、代表の女性に対するイタリア首相の三十分にもわたる賛辞に緩んでいった。
 跪き、褒め称えるその姿は日本人にすらなかった事である。一方的に守られるのではなく、これほどまでに求められるならば。
 決して日本が駄目だと言っているのではない。深く感謝している。しかし、日本と彼らは一方的に与えられる関係だった。それに値する者を返せなかった。
 所が、目の前のイタリア首相は、存在するだけで十二分に寄与してくれているという勢いで口説いていたのである。色々仕事を用意しているとも言ってくれた。否応なく、期待が膨らむ。
 しかし、気になる事があった。

「首相。私達は全員独身で、この地で伴侶を得て、日伊友好の懸け橋となりたいのです。イタリアの方達は、私達を愛人としてではなく伴侶として選び、子供を為してくれるでしょうか」

 それは、民衆には知らされていない事だった。
 答えたのは首相ではなく、割れんばかりの独身達の歓声。
 特に男共のテンションはマックスである。
 老人まで、美しい老夫人を見てチャンスに期待した。

「国民の皆さん。彼らは、三年以内に馴染めないか身に危険を感じた時は日本に帰る取り決めとなっている。日本との友好の為にも、彼らには優しくしてあげてほしい。難しく考える必要はない。迫害が無く、主婦含む働き口と、愛してくれる男性がいれば彼女達は満足だと言っている。もちろん、その三つの条件をクリアするのは容易いはずだ」

 うんうんと独身男性達は頷く。彼女達、触れれば壊れそうな天使達を苛めるなど思いもよらないし、自分が既に彼女達を愛しているからだ。働き口? 主婦の座を喜んでプレゼントしようではないか!
 そんな様子を女性達は少々苦々しい思いで見守っていたが、彼女達は数が少ない。
 それに彼女達はやせ細っており、明らかに栄養が必要だった。向こうの世界では過酷な扱いを受けていたという。そもそも、産まれからしてそれ用に作られていると言うではないか。確かに美貌ではちょっと負けたかもしれないが、彼女達は寿命も、力も、知性も、数も無い。
 そんな彼女達が、結婚というささやかな幸せを手に入れたいというなら、叶えてあげればよいではないか?
 勝者の余裕として、「許してやるか。愛玩種の坊や可愛いし」という空気である。
 おおむね受け入れる空気に、愛玩種達は安堵した。
 式典の最後の方で、悲劇は起こった。

「戦勝国の我が国にも、もっと性奴隷を献上すべきだ! むしろ、彼らはイタリアよりも我が国に来るべきだ」

 ある留学先にも指定されている国の官僚の言葉に、一気に表情が抜け落ちる小杉外務大臣。日本の軍人達が、さりげなく萩原首相と愛玩種を囲みだした。撤退の構えである。
 
「彼らは、奴隷としてではなく、移民として向かう予定です」

「同じ事だろう。どうだろう、大臣。買い取るのは一人の予定だったが、全員を買い取ってやっても……」

 小杉大臣は、静かな声で言う。

「敵性国家を発見。警戒ランク4」

 愛玩種が、ぞろぞろと船に再搭乗しだした。
 気分良く、悪霊が消えた後の利益の分配が楽しみだとか、アメリカは我が国に約束をくれているだとか言い募る。妄言だと、一部の者を覗き、全ての者がわかっていた。
 しかし、その一部の者とは、転移していてこちらの事情を知らない日本だったのだ。
 彼らが、本音と建前の本音の部分をこいつが漏らしたのだと思っても仕方なかった。
 そして、大多数の者が知らなかった事。日本は、奴隷を許さないというこの一念に縋って戦乱を生き抜いてきた事。
 これは、最悪の行き違いと言えた。
 いち早く気付いたのは、ドイツ首相である。
 あれ? これ、もしかして、戦争の危機じゃね?

「ま、待て、どこに行く!? まさか、今の言葉を本気にしたわけでは……」

「イタリア首相……今のは、とてもではないが冗談に聞こえませんでした。今から、防衛計画について軍部の者とよく話し合わねばならないようです。……石油のない原始人と馬鹿にしているのだろうが、ファンタジーを舐めるなよ。大東亜戦争以降、ずっと戦火の中で生きて来たんだ。再転移のめどもつきそうだしな」

 明らかに戦争の危機である。
事実、さっさと手を打たないが為に相手から先制攻撃を受けた経験が日本には腐るほどあった。先手必勝とまではいかないが、敵性態度を感じたらすぐ撤退後に警戒態勢に入るのは鉄則である。

「今のは他国人の言葉だ! 貶める策略だ! 私は正式に抗議させてもらう!」

 イタリア首相がそう言う間にも、麗しい天使達の乗った船は離れていく。

「やれやれ、また戦争か……」

 嵐山防衛大臣は、呆れた声音で言いながらも、颯爽と移動を開始した。その姿は、歴戦の将そのものだった。
 料理されるのを待つばかりだったカモネギは、突如獅子へと変貌したのだ。
 
国連会議が招集され、某国は当然のことながら糾弾された。
向こうがどんな高い対価を支払ってもと求めているのは、安全と食料だけであり、彼らはそれを素敵な竜やエルフの化粧品、マナ球と等価と思ってくれていたのである。
安全と言っても、別に治安維持の必要はない。必要だとしても聖職者達が喜んで出かけて行ってくれる為、国のするべき事はちょっかいをかけないという一点のみである。
求める食料も、高級品ではなく、ひたすら安価で量があるものばかりである。
互いが求める物の値段があまりにも違いすぎる為、占領するまでもなく、絞り取って絞り取って絞り取れまくる美味しい存在だったのである。
いや。国家全土を開発するのはもはや占領と言っていいし、確かに日本のそれは友好の為の貢物じみてしまっていたかもしれない。
しかし、日本が移民とか開発依頼といい、イタリアが大切にするよ、彼女達を愛しているよ、愛する妻だよ! と言い、アメリカが日本の為に技術支援するよと言っていれば、それで皆幸せで、丸く済んだのである。実態がどうであれ、建前は凄く大事なのである。
もちろん、手ひどい扱いをすれば国交にもひびが入るが、せっかく手に入れた美しく献身的な妻にそんな事をする馬鹿はいない。何せ、いつでも帰れる道具を持っているのだから。
全てが、某国の奴隷発言でパーである。
その上、神父達から露骨に物々しい雰囲気で、全土に戒厳令も出て慌ただしいという連絡が来た。
一番過激な日本軍部の意見は、戦う力が無くなる前にやってしまえ! という意見である。
こりゃ、全世界が敵になるわ―と思いつつも、各国も対策を立て出した。
これも、過激な意見は、日本に味方して戦力がいかほどか見ればいーじゃないという意見だった。
実はこれ、内々に十人程の愛玩種各リーダーが嫁入り確定していたイタリア軍部の意見だったりする。
日本に対する怒りも確かにあったが、向こうの世界ではそうでないと生きられなかったと言われてしまえばそれまでである。
怒りはむしろ、たった一つの地雷を見事に踏み抜いた某国に向けられた。
情勢は緊迫するかと思われたが、意外にもアメリカ大統領達の説得で緊張は霧散した。

「アメリカとしてはポツダム宣言と日本を管理下に置く義務がある物としているから、日本が侵略されたら戦うし、移民完了前の愛玩種にゆゆしき事態が発生したら出るよ」

「もちろん、我が国の国民となった以上は、愛玩種に何かあれば戦うとも。売り飛ばそうと画策してたのはもちろん犯罪だから、即刻見つけて厳罰に処したよ」

「同盟国の解消は、いまだ為されていないはずだ」

「「「ただ、戦争は出来るだけ避けてくれ」」」

 そして、簡易の協定の調印が行われた。
 そこまで言われれば、日本も頷くほかない。そもそも、イタリアが国家として奴隷扱いを定めるとしたわけではない。
むしろ、不正を行った者を厳罰に処し、受け入れる方向で動いてくれた。
某国に対しては要警戒という事とし、イタリアの移民は通常通り行う事とした。無論、某国への留学は取り消し、他の国は改めて再調査を行う事となった。
三国がここまでやってくれたのは訳がある。
嵐山防衛大臣が言っていた、再転移の目処。
戦争は困る。カモネギに去られるのはもっと困るのである。
更に、異世界開拓する当てがあるならぜひとも加わりたい。
武器についての再確認も行いたい。
そう言う事で、より強力に接近する事にしたのである。
こうして、獅子はカモネギに戻ったのであった。
ちなみに、移民はどちらの目的からしても、大成功であった。
イタリアは綺麗な嫁と共に亜人達からの高評価を得る事となった。ちなみに、資金は日本が出したのでコストはほとんど掛かっていない。
愛玩種の何人かはモデルとなり、国民的アイドルとなった。
日本としても、愛玩族の、意外だが男性の仕事に大満足していた。
仕事に熱中するあまり婚期を逃してしまった女性達。
彼女達は、自分を褒め称え、家事をやってくれる男性を歓迎した。
そんな女性の中に、大臣になる程の女傑がいたのである。
 その結婚は両国に祝福された。
 もはや愛玩種を奴隷という者はいなかったが、イタリアめ、美人な嫁さん手に入れやがってとやっかまれるのは仕方のない事だった。
 なお、相談の後、外務省窓口はやっぱり樹外交官たちで、という事になった。
 些細な行き違いで戦争になる外交官は、皆遠慮したいのである。



[21816] 最終問題 異世界と断絶しなさい
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/04/16 23:55
 国交は、ひとまずは上手く行っていた。
 イタリアは、愛玩種を国民を挙げて大事にしてくれたのである。
 軋轢が全くないではなかったが、しかしイタリアのイメージがあまりにも強烈だったため、おおむね好意的に見られた。
 魑魅魍魎も徐々に収まって行き、開発が始まった。
 賠償金を無しにする代わりに、大日本帝国はそれに対して正当な支払いをする事となった。
 賠償金を無しにする事は国のプライドを傷つけることであり、日本全域の開発を他国にさせて、しかもそれに正当な支払いをする事は相当な負担であった。見方によれば業腹物であったが、物は言いようである。
 
「アメリカは、自由の国だ。自由を守りきった為に困窮した日本を称えて、賠償金を免除しましょう。ただ、保護国という立場は貫かせて頂きますよ」

「今、日本はマナ球が無くなればどうしようもありません。しかし、寄生するような事はしたくありません。正当な報酬は出させて頂きます」

「わかりました。私達も、出来るだけ現地人を雇う事にします」

 そして、握手が交わされる。
 放映されたこの会談に、両国国民は心から喜び、大いに自尊心を刺激された。
 保護国を貫くという言葉も、守りましょうというイタリア愛玩種事件でのアメリカ大統領の言葉の影響が残る今、非常に頼もしく感じた。
 国民達は、いつしかお腹いっぱい食べる事が当たり前となった。
 悪霊も減ってきて、順調に開発が進み、全てが順調に行くかに思われた頃。
 聖術寮が、防衛省の大臣室を蹴り破った。

「嵐山防衛大臣! 再召喚の反応があります!」

「何!? 緊急事態警報発令! 情報を集めろ! 各大臣を呼べ! ちっ小杉が渡米中か。すぐ呼び戻せ!」

 その日の夜遅くには大臣が集められ、国民は固唾をのんで自宅待機、外国に行っていた者達は急いで日本に戻った。
 日本人と判断されたら、どことも知れぬ日本のどこかに転移させられてしまうからである。もちろん、他国人と判断されて、日本にいる場合も同等だ。
 彼らは真剣に自分の心に問い、移動した。結果、旧大日本帝国陣の全てが日本へと帰還していた。
 既に家庭を持っていた愛玩種も、悩みに悩んだ末に、子供を置いて泣く泣く帰国した。
 収まらないのがイタリアである。
 愛玩種の嫁を貰っていた防衛大臣がすぐさま日本へと向かった。
 小杉外務大臣は会談中だったが、知らせを聞いて即時引き上げ。その際に当然、アメリカの要人も保護国の権利を振りかざして会議への出席を要請した。
 一番最後に会議室に現れたのは、魔術師教会の会長だった
 さんざん待たされた大臣達は、ぎっと会長を睨む。
 しかし、会長は慌てず、慎重に内閣総理大臣萩原に世界地図を差し出した。
 その世界地図には、魔法陣が記されていた。

「……次のターゲットは、イギリスなのだな」

「さようでございます」

 大臣達の間を、ざわめきが覆う。
 
「……その時と取りうる限りの対策を調べるのにいかほど掛かる」

「聖術寮とも協力し、数日ほど頂きますれば。ただ、最短で一週間は猶予があると思われます」

 聖術寮と魔術師教会は、あまり仲が良くない。開口一番に言われたそれは、事態の重要さを示していた。

「二日で調べあげ、天に捧げよ」

 萩原首相の言葉に、場がざわめいた。

「対策を纏めあげてからで良いのでは……。お心を乱されてはなりません」

「いや、天は異変に気付いてあらせられるだろう。今はいち早く報告を捧げるのだ。それと、イギリスにすぐ連絡を。四日で対策を纏めて、天に采配を仰ぎ、イギリスに送らねばならん」

 魔術師教会の会長は聖術寮の長を連れ、足早に出ていった。
 それぞれ、イギリスへの援助方法を考えないと、と言いながら大臣達は散らばる。
 イタリア防衛大臣は嫁が浚われない事にまず胸をなでおろし、ついでぞっとした。
 ……洗脳と、拉致を行う世界があり、それが虎視眈々と地球を狙っている。
 とにかく、嫁を落ち着かせてイタリアに報告しなければ。イタリア防衛大臣も、本国に連絡する為、席を立った。
 アメリカの要人は、一人会議室に取り残された。
 アメリカは、イギリスに対して複雑な思いを抱いている。
 ……イギリスが、拉致される。ぐるぐると、要人の頭にそればかりが巡っていた。


 二日後、夜。各国の大使が、夜を徹して魔術師教会の前に立っていた。
 扉が開き、憔悴した様子で聖術士が言う。

「わかりました。一月後の、午前二時です。ですが、ご安心ください。必ず、必ず大日本帝国は対策を考えだします。不安でしょうが、後二日待って下さい。時間はあります」

 イギリス大使は頷き、本国まで連絡しに走った。
 
「何か、出来ないのか。そうだ、アメリカにも神父はいる」

「こればかりは、専門知識と経験が必要となるのです。残念ですが……。結果は必ず皆さんにもお知らせします」

 そして、聖術士は戻って行く。対策を講じる為である。
嵐山防衛大臣と小杉大臣が、連絡を受けて官僚を引き連れて中に入る。その中には、樹外交官たちの姿もあった。
樹外交官は、アメリカ大使に囁いて、すぐに大臣達の後を追う。

「……一回だけなら、跳ね返せます」

 一回だけ。なら、二回されたら? アメリカ大使は、急速に恐怖が怒りへと変わって行くのを感じていた。アメリカは、世界一の大国である。
 ファンタジー? 現代なめんな。
 大使は踵を返す。
 ……イギリスに、核兵器の配備をする事を提案する為に。
 日本だって、戻ってこれたのである。向こうの世界を殲滅し、時間を掛けて戻ってくればいいだけの話だ。
 後悔させてやる。絶対に、だ。
 その日翌日、アメリカは宣戦布告を行い、戦線協定する国を募った。
 各国が、特に島国が挙って手を挙げたのは言うまでも無い。
 そして、事件発生から一週間後。
 「異世界の拉致に断固として戦う会」の国際会議が開かれた。

「皆も知っている通り、奴らは日本を拉致し、今またイギリスを拉致しようとしている。これは非常に許し難い事だ。繰り返す。非常に許し難い事だ。この世界で、他国に侵略されるのは仕方がない。しかし、しかしだ。何故に、異世界の者に対して、我々が征服されねばならない? 奴らには、そんな権利は存在しない。我々をどうこうしていいのは、我々だけである!」

「イギリスの為、世界の為、これほど多くの人々が集まってくれた事、心より感謝する。私達は、絶対に異世界人などに屈しない」

「イタリアの愛玩種の事は、皆さんご存知かと思う。彼女達は今はイタリア国民であり、子供を持っている者達も多い。そんな家族が一時的にでも引き離された事は許されざる事だ。彼女達は、生まれる前から異世界人に人権をはく奪され非道な目にあわされてきた。イタリアはご婦人達を救う為、断固として戦う所存である」

 妻の愛玩種の熱い視線を感じながら、イタリア防衛大臣は声高に主張した。

「大日本帝国には、向こうで何もしなかったわけではありません。幸い、機械化への道は各国、特にアメリカの助けで順調に進んでいます。今こそ、大切に溜めていたマナ球を使うべき時が来たのだと思います。天からも、イギリスを救う為、あらゆる手を尽くせとのお達しがありました。大日本帝国も、イギリスの味方です」

「私達の国は、幸い大陸にあります。しかし、彼らの技術が高くなり、大陸も召喚できるようにならないという保証はありません。私達もまた、協力を惜しみません」

 そして、彼らは日本が用意した出来る事リストをざっと眺め、それらを組み合わせてどう戦うかを協議しあった。

「グァムの人々には申し訳ないが、転移術はグァムを身代わりにして、そこに各国兵器と兵士を結集しようと思う」

「一度や二度防ぐ程度ではどうにもならない。向こうに行って、異世界転移技術を完全に破壊するのは必須だ」

「グァムに兵器群と軍隊が収まるのか?」

「収めねばなるまい。それとも、他に提供できる島があるか?」

「もちろん、元島民には十分な補償をしよう。それは兵器の提出をしない国にお願いしたい」

「さて、人道的見地から見て、皆殺しにするのは倫理に反する。反撃はどこまでとする?」

 会議の最中に、台湾もロックオンされたとの知らせがあり、いよいよ各国は殺気だった。
 
「人道的見地なんぞ、異世界に適応する必要があるのかね?」

「しかし、向こうは神が実在します。もうすぐ戻ってくるとか。神を怒らせたら……」

 その発言に、抗議が殺到した。当然、我らの世界にも神は実在するというのである。発言者はただちに謝罪し、会議は続いた。
 着々と準備は進められ、全てのマナ球がグァムへと運びだされる。
 これには、アメリカは深く感謝した。機械化は進んでいるとはいえ、本来なら、日本はまだマナ球を十年は手放せない。それに、防衛問題もある。今のアメリカから石油を奪い去るような物であり、武器を捨てて丸裸になる行為だと、日本で作業をするアメリカが一番理解していたからである。そしてこの時、アメリカと日本は対等かつ強固な同盟を結んだ。
 そして、一月後、日本の聖術士、魔術師が総出で、イギリスに掛けられた呪いをグァム全土へと丸投げした。
 もちろん、グァムにも聖術士、魔術師、軍人が待機している。
 世界全ての平穏を背負って、各国の特殊部隊は旅立った。グァムを船として。
 結論から言って、真夜中に転移させ、眠っている間に洗脳を済ませようという企ては失敗に終わった。
 グァムの特殊部隊達は、転移直後から牙を剥いたのだ……。






 十年後。グァムが戻って来た時、世界を揺るがす歓声を持って迎えられた。
 どれほどの喜びだったかというと、ドサクサに紛れて地球上の全ての戦争が一時ストップする程喜ばれたのである。
ボロボロになった兵士達は、それでも目的は果したのだと誇らしげに笑っていた。
 彼らは残ったマナ球の全てを日本に返却し、日本を感動させた。
 アメリカはよく日本を助けたが、やはりマナ球の無い生活は早すぎたのである。・
 
「日本国民の皆さん! 私達は、やり遂げたんだ! もはや、怯える必要はない。存分に食べ、存分に飲み、存分に働き、存分に友と語らい、存分に寝て、平和を謳歌しよう。もはや、我らは一人ではない。一人ではないのだ。哀しい事に、未だ、世界では戦争はあるが、いい方向に向かって行けると私は信じている。世界は、一度一つになれた。ならば、また一つになる事は可能だろう。祝杯を! この記念すべき良き日に祝杯を!」

 萩原首相の言葉に、国民が湧く。
 それを見て、樹外交官はガウリア達に聞いた。

「僕達、平和の助けになれたのかな」

 ガウリアとアースレイアは涙を流して、こくこくと頷く。

「頑張った。私達は頑張ったさ。良かった。本当に良かった……」

「胸を張って一族に報告できますの」

 無言で三人は抱き合う。ガウリアは妙齢のご婦人となっており、レイアは十歳相当に成長していた。樹外交官も立派な青年である。ここまで、長かった。しかし、日本は、生存を果たした。その安堵に、座り込んでしまいそうだった。

「美しいですね、リュシランテ」

「ああ、我らが頑張って導いた甲斐があった」

 お前ら何もしてないだろう。人々を導く役目にありながら、それを投げ出した竜族とエルフ族の長達を、樹外交官達は完全無視を決め込む事で対処した。
















樹外交官が主人公から転げ落ちたorz



[21816] 帰って来た解答用紙 もうちょっと頑張りましょう。BY神
Name: ミケ◆8e2b4481 ID:9a8f54f5
Date: 2011/10/14 22:54




 日本の頭上に突如としてオーロラが光り、日本はパニックに陥った。
 エルーザとリュシランテは、ちっと舌打ちをして一族を引きいてオーロラの……神の元に平伏する。自然、大臣達もなんだなんだと集まった。ちなみに、まだ萩原内閣は継続している。平和になった為、過労で倒れる事が無くなったので、長く内閣が続いているのだ。

「エルフよ、竜族よ……」

 神から直接言葉を掛けられ、彼らは珍しく緊張した。

「よくやりました!」

 言葉が理解出来ず、彼らは顔をあげる。

「よくぞ、魔王の出現は魔法の使い過ぎによるものだと気付き、魔法を根絶して科学の世界を作りました。これほど素晴らしい世界になっているなど、想像もしませんでした。素晴らしい導きでしたよ、貴方達に期待した甲斐がありました」

 萩原内閣総理大臣は、驚愕の眼差しで神を見た。エルーザとリュシランテが頼む、黙ってて! と視線で訴える。
 おろおろとする日本人、亜人達。
 緊張するエルフと竜族。

「挨拶だけですみませんが、もう行きます。この不完全ながらも、美しい世界を見て回りたいのです」

 そうして神は去っていった。
 小杉外務大臣は、エルーザに問うた。

「黙っててもすぐにばれると思うんだが……。不味くないか?」

 もちろん、不味い事態だし、すぐにばれるのである。
 おりしも、その日はグァム帰還日であり、ハリウッド映画で異世界戦記全シリーズを上映していた。日本の拉致からグァム帰還までの全十話もの壮大な映画である。
 そして、神はすぐに正しい自らの世界へと転移し、その後エルフと竜族を呼び出した……。
 緊迫した話し合いが続く。
 日本人達は、はらはらした目で見守った。
 
「……わかりました。良い方向に向かう可能性のある種族を預ければいいのですね」

 神が、平坦な声で言う。その瞬間、日本の間近が光り、大陸が現れた。
 
「今召喚した国を、百年で導きなさい。それが出来なかった時は……わかっていますね?」

「お待ち下さい! その種族とは一体……」

 神は、冷たい目で見下ろした。

「異世界召喚されなかった場合の、並行世界の日本です。環境によって、かような優秀な一族になる事は十分に証明されています。励みなさい。私は、向こうの世界の哀れなる愚か者達を導かねばなりません」

「お待ち下さい! それでは、並行世界の日本があまりに哀れ……っ!!」

「心配せずとも、100年後に返せば済む事ですし、困窮している日本を持ってきます」

 叫んだ萩原内閣総理大臣は、反論できずに震えた。それほどまでに、神の圧迫感は酷かった。しかし、返すという確約を貰ったのだから、首相の勇気は無駄ではなかった。
 結局人は、神が望むようにするしかないのである。滅ぼされなかっただけマシなのだ。
 そうして、日本は諦めて、各国と日本に連絡を入れるのだった。

 アメリカは、戸惑っていた。非常に、戸惑っていた。
 日本国から、全く同じ認証で手紙が届いたのである。

『アメリカ様―! 何か日本増えたよ! (>▽<)ノシ 小杉外務大臣』

「異世界の神が、エルフ族と竜族が役目を放り出して日本に来た事を怒り、並行世界の日本を連れて来てしまいました。転移されなかった場合の日本で、困窮しているそうです。彼らも、切り離されて食料問題で苦労する事でしょう。いえ、困窮しているのは食料問題という可能性もあります。日本からも代金をお支払いしますので、なにとぞ、ご支援を頂きたく……小杉外務大臣」
 
 日本の低姿勢には理由がある。大日本帝国のアメリカには、日本の金はアメリカの金という意識があった。日本のほとんどの大企業は親会社がアメリカであり、アメリカ企業が日本の大半の税金を支払っているからだ。無論、発言力も大きい。それゆえ、大規模な税金の使用の場合は、こうしてお伺いを立ててくるのだ。
 アメリカには有益だが、他人行儀でもある。アメリカは日本に対して強い親近感を持っているが、日本は未だに一歩引いた対応をしてくるのが寂しくもあったのだ。
 別に、日本に支援するのは良い。ぶっちゃけ、やっていけるまでの食料を送るぐらい、料金を貰わなくても問題ないぐらい日本で儲けさせてもらっている。
 問題は、もう一つの手紙である。並行世界の日本。何この馴れ馴れしさ。
 どうやら、彼らは自分達が異端である事に気付いていないらしい。そして、なんだこの奇妙な文字は。顔文字と言ってもいいのだろうか? 断言しよう。いかなる文化であろうと、間違っても、公的文書に入れる文字ではない。
 アメリカは、言い知れぬ嫌な予感を覚えた。もしも日本が転移しなければ、教育係はアメリカのはずである。
 それは、すぐに現実の物となったのである。
 


 エルーザとリュシランテは、並行世界日本に降り立って、頬を引くひくとさせた。

「おっぱい! おっぱい! おっぱい! おっぱい!」

「ドラゴンXエルフハァハァ」

「ドラゴン! 乗りて―――――――」

「ファンタジー世界来たコレ」

 それは、並行世界は並行世界でも、萌え文化を最も開花させた並行日本であった。
 とにかく、二人は日本の要人と話し合いの場を持った。

「つ、つまり、軍隊と国境を撤廃し、無抵抗都市をいくつも立ち上げた、と……」

「愛と平和の島になるはずだったんだけど、何故か日本で犯罪が相次いでね。それをアメリカ様が守ってくれたんだけど、なんでか国内で戦争が起こって。俺ら、暴力とは無関係で引籠っていたいだけだったのに。いやー、どうしようかと思ったけど、移動して良かったよ。それに、エルフとかドラゴンとかダークエルフとか天国すぎる。異世界戦記って、こっちの日本羨ましすぎ。ねぇねぇ、ドワーフいんの?」

 至って軽い発言だが、嵐山防衛大臣である。確かに、この国は日本の並行世界のようだが、既にエルーザからは魂が抜け掛かっていた。
 二人がさじを投げるのに、時間はかからなかった。
 この日本の発言は即座に広まり、転移事件というのもあって国連会議が急きょ開かれた。
 アメリカにとって針のむしろである。

「一つ聞きたいのだが、どういう教育をするつもりだったんだね?」

「現存する資料から、軍隊を持つな、という方向だったのは認めよう」

「それだけであのような退化をする物ですかな?」

 ずばり、と聞かれてアメリカ外務大臣は視線を逸らした。
 
「まあまあ、まだ日本を知って間もない。それに、日本は存分に誇る物を見せてくれると言うではないですか。確か、秋葉原観光と、アニメ上映会と、コミケでしたかな? 資料閲覧会とか言う。それらを見てからでも遅くないのでは?」

 日本が自信を持って開催した日本見学ツアーにより、アメリカは満場一致で日本の責任を負わされる事になった。
 ダークエルフ達亜人は、早速作られたファンタジー系のエロ同人誌の山に、泣いた。
 実際に彼らは被害にあっており、洒落になっていなかったのである。
 まあしかし、アメリカに任せたから、何かあればアメリカの責任。酷い責任転嫁をして、世界会議は閉幕した。
しかし、世界は気付いていなかった。
 インターネットで、世界は常に繋がれている。
 日本の情熱が、今まさに裏から世界中へと発信されていた。
 アメリカの戦いは、その時から始まった。

「中国様! 最新の研究情報です!」

「何なんだね、君達は」

 喜ぶ以前に誰この不審者? といった様子で中国要人は誰何する。

「いや、迷惑を掛けた。これで失礼する」

 アメリカの外務官僚が、堂々としすぎる売国奴を引っ立てて行く。
 
「帝国軍人萌え―――!」

「獣人萌え―!」

「おっぱい! おっぱい! おっぱい!」

 本気で危機感を感じる大日本帝国陣達。彼らに下卑たヤジを送ってくる者は、実際に黙っていれば襲ってきた。端的に言って、洒落になっていないのである。

「すまん、マジすまん。こいつら連れて行くから。ほら、お前ら密入国だろ!」

「いやー! 同じ日本じゃないかー!」

 アメリカの警備員が引っ立てる。


「いやー、君、並行世界の俺なんだって? 俺、渋くね? かっこよくね? 異世界でチート凄いよね、ほんと羨ましいよ!」

 怒りとよくわからない羞恥にぶるぶると震える大日本帝国嵐山防衛大臣に平謝りしながら、日本国嵐山防衛大臣を連れて行くアメリカ官僚。

 アメリカは頑張った。とても頑張った。
 ニート問題にも積極的に取り組んだ。もはや日本の国政を動かしているのはアメリカである。
 あと百年もこいつらの相手をしなきゃならんのか。
 あと百年しかこいつらの更生機関が無いのか。
 アメリカはそれはもう悩んだ。
 しかし、百年頑張った。
 そして、日本が去った後、神は訪れた。

「よくやりました。向こうの世界の世界は、戸惑いと寂しさを覚えてはいるようですが、並行世界の貴方にとても感謝していましたよ」

「よかった、本当に良かった……!」

 落涙するガンダムコスのアメリカ大統領。大日本帝国の援助もあるとはいえ、何故、他国の教育に国費の十分の一も注がねばならんのか。しかも、そんな日本の方が技術力が高い現実。利益チューチュー出来る代わりに、SUN値を削られる日々。そんな大変な日々も、今日でおしまいである。

「そしてエルーザ。リュシランテ。お仕置きタイムです♪」

「な、何故ですか! 日本はあんなに立派に……」

「日本を立派にしたのはアメリカですよね。貴方方何もしてませんよね。それに、100年の時で元の世界の子達も更生されました。これで証明されました。この件の問題は、保護者である貴方達の責任です。環境と導き手次第で、どうにでもなるのです」

 神が、微笑んだ。
 こうして諸悪の根源がお仕置きされ、世界は本当にめでたしめでたしとなりましたとさ。
 ……たぶんね。
















 また超展開になってしまいましたが、おまけ的な物と思って下さい。
 そしてごめんなさい、長編戦記物は無理です><
 この話についてはこれ以上設定は追加しないとお約束するので、書きたい方が万が一にもいらっしゃったら二次創作書いてくれると嬉しいです。
 その際は連絡してもらえると泣いて喜びます。
 ……と言っておりましたが、ごめんなさい。改訂します。すみません。


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