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[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!【現実転生→林トモアキ作品・第二部】IFEND UP
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2012/01/10 16:44
【習作・ネタ】それいけぼくらのまがんおう! 前書き



 これはチラ裏板の【習作・ネタ】それいけぼくらのえるしおんくん!の続編に当たります。
 相変わらずのネタ作品であるため、読む方はそれを考慮してください。
 感想を頂ければ作者は泣いて喜びますので、読了後、面白かったと思ったら感想板にお願いします。
 
 
 なお、気になるアンケート結果ですが、この場にて発表させて頂きます。
 
 Ver.1 「レイセン編ヒデオ・ウィル子・ノアレがえるしおん世界に来訪し、聖魔杯に参加」は55票。
 
 Ver.2 「BADEND後、ヒデオに転生したえるしおんが聖魔杯に参加」は62票。

 よって、本作はVer.2を採用致します。
 幾つかの票は無効票にするべきかと思ったのですが、態々投票してくれているという点で前作「それいけぼくらのえるしおんくん!」の読者である事に変わりは無い、また、感想なのかそうでないのか判断が難しいものも多かったため、無効票無しと判定させて頂きました。
 ちなみに、数名ほどVer.3 「両方」の方々もいましたが、流石にこちらの方は無効票とさせて頂きました。
 この結果に残念に思う方も多いでしょうが、今後、Ver.1を求める声が多ければ、番外編として執筆する事も考えていますので、Ver.1、Ver.3の方に投票した方はどうかご了承を。

 最後に、投票してくださった120人以上の読者の皆様、本当にありがとうございます。


 それでは第二部「それいけぼくらのまがんおう!」始まります。






[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!嘘予告
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:41
  嘘予告「それいけぼくらのまがんおう」バージョン2



 マリーチと教皇の暴走に巻き込まれ、死亡したオレはいい加減に慣れてしまった3度目の生で、自分が嘗てし損ねてきた事をしながら、人生を謳歌していた。


 今度は魔族の王族で魔王の息子等と言う珍妙な生まれではなく、日本の極一般的な中流家庭の一般的な男子(勿論魔力なんて無い)に生まれた。
 以前なら同じような人生か、とも思ったかも知れないが、散々騒動を味わった身としてはこれ以上ない程の幸運と思えた。
 この生ではもうあちら側に関わる事無く、平凡な人生を過ごそうと心に決めたオレは先ずイスカリオテや神殿協会に関わらないように決めた。
 何故かって?
 ただの人間の身体で、以前のような激務に耐えられる訳が無いだろう?
 やったら数年で過労死に至るのは目に見えている。
 そういう訳で、オレは情報収集と並行して、彼らの拠点がある地域には出来るだけ近づかないように努めた。
 そうこうしていく内に、どうやらこの世界が自分がいた世界とは異なるらしい事を突き止めた。
 この世界ではエルシオンはゼピルム総長の地位に就いており、側近Aはアルハザン総長、側近Bはゼピルム副長でありながら、アルハザンと繋がっているという妙な事になっていた………しかも、それで何故か学術都市とマルホランドはあるというカオスぶり。
 恐らく、こちらのエルシオンは「魔王の息子」らしい生き方を選択したのだろう。
 自分という異物がなければ、前のえるしおんもそうだったのだろうか?
 
 それはさておき
 
 イスカリオテが無いという事はマリーチの神殿協会に気を付ければ問題は無いという事だった。
 しかし、マリーチもオレがいなければ恐らく挫折したままか、大幅に能力を衰えさせた状態であるため、迂闊な事は出来ないがそこまで危険視はしなくとも良いだろう。
 となれば、後はあちらに関わらないように気をつけながら生活していけばよい。


 生まれてから高校生までは、常人並に友人との遊びや恋愛、勉学で過ごした。
 出来るだけ平凡な生活をしようと試みた……ヤクザどころかヒットマン並の目付きの悪さに女性や子供には少し怯えられてしまった事もあったが。
 それ以外は平平凡凡とした生活をおくれたと思う。

 高校卒業後、独立して上京した後は親からの仕送りを株に使い、嘗て培ったノウハウを利用して巧みに稼ぎ、凡そ1年程で1000万円近くを稼ぎ出した。
 その後、それを足がかりに更に稼ぎ、今度は投資家としてあちこちの企業に出資する等して稼いだ。
 ノウハウの他にも不況や大まかなスキャンダルは覚えていたため、これは意外と上手くいった。
 
 その後、かなりの資金を稼いだオレは旅に出た。
 今まで薄暗い魔王城や地下のイスカリオテ機関の執務室でじっとしていたために出来なかった多くの事を見たい・したいと思ったからだ。
 日本中をバスや電車、自転車、時には徒歩で旅を続ける。
 途中、ネットカフェや携帯で株価の動向などの経済状況は確認していたし、資金は問題無い。
 適度に身体を動かしつつ、色んなものを食べ歩き(時には材料買って自炊)、色んな人と出会い、別れる。
 まさに旅の醍醐味だ。

 時折、こちらの家族にも連絡を入れる。
 両親と妹とも元気であり、偶には里帰りしろとも言ってくるが、人が健康でいられる時間は短いのでそうも言ってられない。
 旅先の特産物や名物を手紙と共に郵便で送りつつ、気ままに旅を続ける。
 後数年程で国内の旅も終えるため、海外に出る予定だ。
 語学は元々20カ国語を話せるし、紛争地帯やら何やらは把握しているため、1人旅でも問題無いだろう。


 そして、偶には(一応の)自宅であるアパートに帰ろうとした日の事だった。
 オレは登山服姿で近所の道を歩いていた。
 すると、その途中のゴミ捨て場に殆ど無傷のノートPCを見つけた。
 気まぐれを起こしたオレはリサイクルできるだろうか?と考え、それを拾い、自宅に帰った。

 ……これが、この人生における分岐点とは知らぬままに。



 帰宅後、何となくダルさを感じながら、入浴して旅の垢を落とした後。
 買ってきた缶ビールと材料一式を用いて遅めの昼食を作る。
 食べ終わった後、食器を洗い終えると食後の眠気とダルさで拾ったPCを起動させるのも億劫だったため、そのまま布団を敷いて就眠。
 しかし、その眠りは直ぐに妨げられた。
 その時、オレはまた騒動の火種を拾ったのだと知った。

 「…って、PCを拾ったのなら電源位入れなさーい!!」

 PCから出てきたのは自称超愉快型極悪感染コンピューターウィルス、愛称ウィル子。

 この出会いが、オレの新しい人生における大きな火種となるのは簡単に予想がついた。




 「その眼光、明らかに犯罪者ですね!逮捕します!」
 「…開始前からこれか。」
 「ま、マスター?何だか悪いオーラが出てますよ。」



 「ふむ……見覚えの無い神器だの。」
 「やはり、正攻法では勝てないか。」
 「マスター、その杖は…?」
 「これで、まぁ何とかなるだろう。」



 「ウィル子、前に言ったな。もしもの時はオレを喰えと。」
 「…嫌です、嫌です!!どうしてマスターがそこまでしなければならないのですかッ!?あなたがそこまでする義理なんて何処にも「いや、義理はある。ただ、それから目を反らしていただけだ。」…ッ!!?」
 「20年以上積もった利子込みでこの位の代価なら……まぁ、安いものだろう。」
 「で、でも…。」
 「オレを喰え、ウィル子。喰って、君は神になれ。この世界で最新の、これからの世界を、21世紀を願う神になれ。」
 「あなたを喰らえば、彼女にそれが出来るとでも?無理ですよ、ヒデオ君。その程度では暗黒神は止まりません。そして、あなたを殺せばそれも出来ない。」
 「耄碌したな、バーチェス。」
 「…どういう意味ですか?」
 「もう詰んでるんだよ、お前は。」









 何故にプロローグが後から?

 ども、VISPです。
 ちょっと感想欄でツッコミ貰ったので、嘘予告をプロローグ代わりに上げました。
 賛否両論あるでしょうが、今後ともよろしくお願いします。




[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第一話
Name: VISP◆773ede7b ID:699bbe3f
Date: 2011/09/07 13:41
 
 第一話 彼と彼女の出会い





 ある日、気まぐれに拾ったPCには、嘗て捨て去った筈の『非日常』と繋がっていた。





 「どうしたのですか、マスター?」
 「…いや、何でもない。」

 考え込んでいたのだろうか、ウィル子が心配するように声をかけてきた。
 自称超愉快型極悪感染ウイルス、正式名称Will.CO21と名乗った彼女だが、しっかりと『人』としての情愛を持っているようだ。

 自宅からバスを使い、今は奥多摩の山深くまで来ているオレと彼女だが、こうなった原因は半日程前に遡る。



 
 
 「フッフフフフフフフ!マスター、騙されましたね!このPCにはWINDosなんて入っていないのですよー。このPCにいるのは、実はウィル子だけなのですよー…………って、あら?なんで電源を切って懐に手を……って、何故徐にスタンガンを!?あぁ、止めてください!ウィル子はまだ死にたくないのですーー!!」

 復活早々に消されては堪らないとウィル子は、必死にひでおに縋り付いて右手に握ったスタンガンを止めようとする。
 如何に電子の精霊と言えど、本体の電源を切られた状態で高電圧により回路そのものを物理的に破壊されてはどうしようもない。
 本体を別の電子機器に変えるか、他のPCにでも潜りこめば良いのかもしれないが、生憎と消耗した状態ではそれも無理だった。
 
 「それで?君は一体何者なんだ?」

 あぁ、また非日常の香りがするなぁ。
 過去のトラウマからかズキズキとする額を抑えながら、スタンガンを仕舞ったひでおが尋ねた。

 「はい!よくぞ聞いてくれましたー!ウィル子は超愉快型極悪感染ウイルス、正式名称Will.CO21なのですよー!」
 「ほぅ?」
 「ウイルスです、しかも極悪!そして、何が愉快かって私が!しかも、人間にも感染してしまうのが、ウィル子の凄い所!」
 「……………。」
 「マスターはこのPCを拾った時、ウィル子に感染してしまったのです!!」

 つまり、帰宅直前からのダルさは彼女の入っていたPCを拾ったからか。
 成程、確かにPCを拾ってからダルさが始まったような気がする。
 にしても、相手との何らかの繋がりを使ってエネルギーを吸収しているのか、それとも単純に感染症のような病なのか?
 幸いにも症状自体は軽いものであるから、そこら辺の判断は置いておこう。
 
 コンピューターウイルスとの事だが、こうして実体化して動ける辺り、既にただの霊等とは格が違うだろう。
 一応、電子機器を媒介に人を襲う霊は都市伝説という信仰を得て、実際に活動するようになるが、その多くは直ぐに忘れ去られ、消えていく。
 大抵は対象法もあるし、一過性のものに過ぎないからだ。
 そのため、恐怖を与えるが人に被害を出す程の霊は非常に稀だ。
しかも、その多くはウィル子と名乗った彼女の様な確固とした精神を持っていない。
 人の恐怖を糧に生まれ、その恐怖のままに活動する都市伝説の霊達は逆に言えば、それ以外の事は出来ないのだ。
 ある意味、人に望まれて生まれてきた彼らだが、逆に人の意識に昇らないようになれば、そこで消えていくしかない。

 さておき

 なら、彼女は年若い精霊と判断するのが無難か?
 精霊は神の雛型とも言われ、人の信仰、恐れや畏れを受けて誕生し、更なる信仰を得ればそのまま神にもなれる………最近は滅多に生まれないし、神になった例も殆ど無いが。
 電子ウイルスとして生を受けたと言えど、今はこうして実体化出来るだけの力があるのなら、十分に精霊と言えるだろう。
 そして、精霊の多くは自身が神になる事を希求するが、これは本能的なものであり、大抵の精霊はこれに向かって努力する。
 ………しかし、この子の場合、人様に多大な被害しか齎さない気がかなりするな。
 
 「さて、と……。」
 「あ、何でまたスタンガンを取り出すのですか?しかも私のPCに向けて……って、止めてください!ウィル子はまだ死にたくないのですよッ!?」

 涙目で必死に縋り付いてくるウィル子に、ひでおは溜息と共に護身用スタンガンをまた仕舞った。
 あぁ、やはり厄介事からは逃げられないのか。
 そんな思いと共に、窓の向こうの青空へと目を向け……速やかに視線を戻した。
 見てない、イイ笑顔でサムズアップする預言者様の姿なんて見てない。
 ってか、にっこりと歯を白く輝かせるな、眩しいわ。

 「それで?君はこれから何がしたんいんだ?」
 「うぅうぅぅ……グス、ひっく………。」

 シクシクシクシク……と泣き続けるウィル子。
 何だか物騒な主に当たってしまった自身の不幸を呪っているらしいが、こちらも生憎と余裕が無いので、さっさと正気に戻すために懐からスタンガンを……。

 「止めてください!!」

 止められた。
 まぁ、それは置いといて。

 「で、何がしたいんだ、君は?」
 「ウィル子は電子世界の神になりたいのです!」

 それは予測範囲内だ。

 「先ずはアンチウイルスソフト会社を全部潰します!更に、世界中を全て光回線にして、ウィル子は安全にネットを回遊するのですよー!後、ペンタゴンとかNASAとかのハードディスクをお腹一杯食べて、ウィル子の別荘にします!それからそれから……。」
 「それは予測範囲外だ。」

 と言うか、この子を本当に神にして良いのだろうか?
 電子機器が使われる昨今、彼女は世界を嘗て無い程の混沌に叩き込む事が出来るだろう。
 今の内に退治してしまった方が良いか?
 …その判断はまだすべきではない、か…。
 魔人セリアーナの様に無邪気に混沌に叩き落とすのではなく、自分が悪い事をしていると自覚しているのならまだ矯正のしようがある。

 それはさておき

 電子精霊なら、電子の神になりたいと望むのは当然だろう。
 問題は、そこに至るまでの方法だ。

 「信仰を集めるとなれば、この時代では相当苦労するぞ。」
 「マスターはウィル子が神になれる方法を知っているのですか!?」
 「…知らなかったのか?」
 
 ここまで無知とは……どうやら、本当に生まれたてらしい。
 ここまで無知とは思わなかった。
 内心で嘆息しつつ、オレはウィル子に彼女自身がどの様な存在で、神になるにはどんなものが必要かを(一部推測混じりだが)説明してやった。
 
 「は~、そうだったのですかー。」
 「と言うより、君は一体どうするつもりだったんだ?」

 神になりたい、と言われてもオレとしてはお勧めしない。
 脳裏に浮かぶのは悪戯大好き、億千万の目な預言者様。
 嘗てのオレに最も身近な神は、オレに不幸ばっかり齎したものだ。
 あんな神様が増える可能性は、可能な限り潰しておきたい。
 しかし、間違った方法を教えた所で、彼女なら遅かれ早かれ真実に到達したであろうから、意味は無い。
 寧ろ、ここで真実を教え、信頼を勝ち取ってから彼女に良い神様になってもらうよう教育するべきだろう……主にオレの心の平安のために。
 まだ若い精霊となれば、口先だけでも結構影響されるだろうし。

 ここで問題なのだが、オレは彼女から目を離すつもりは無い。
 彼女とこんな偶然が積み重なったような出会いをしたと言う事は、縁が出来てしまったという事だろう。
 前はうっかり現実逃避している間にあんな目にあったし、逃げられないものから逃げようとすれば事態は余計ややこしくなるのは嘗ての経験から身に染みているからだ。
 その辺りは、名護屋河すみれなんかが良い例だろう。
 彼女は神殺しの本流でありながら、そこから目を逸らし、一般人としての生を望んだ。
 優しい気性であったから向いていなかったとも思うが、しかし、逃げた所でエスティの監視から逃げ切る事も出来ず、鈴蘭とは直ぐに別れ、睡蓮も本家に奪われ、夫とも死別してしまった。
 後々、2人の娘がしっかりと己の意志で歩み始めてからは普通の専業主婦となっていた辺り、意外にもタフなのかもしれない。
 …まぁ、あの二人の姉妹喧嘩を一喝して止める辺り、彼女もまた傑物と言えるのかもしれないが……。

 さておき

 「それで、具体的な手段は無いのか?」
 「あ、はい。これを見てほしいのですよー。」

 そう言って、ウィル子はPCの画面にある広告を映した。
 それはどう控えめに見ても都市伝説な黄色い救急車を呼ばれそうな内容だったが、そこに映る人物達に大いに見覚えがあるオレにとっては自身の顔を盛大に引き攣らせる内容だった。


 
 聖魔杯

 優勝者には、世界を律する権利として聖魔王の称号と、その証たる聖魔杯が与えられる。

 参加資格はただ二つ。
 人間と、自律した人間以外の者のペアである事。
 告知開始より一年以内に、会場に入る事。
 武器、防具、その他アイテムの持ち込みは自由とする。

 大会期間:優勝者が決定するまで
 優勝資格:勝ち続ける事
 勝負方法:問わず



 「聖魔杯、ねぇ……?」
 「そうなのですよー!」

 ぶっちゃけると……………鈴蘭嬢、何をしてくれとんのじゃあああぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁっぁっぁぁッッ!!!!!
 大方の事情は把握しているが、こんな方法で世界の最高権力者を決めるとか、ものには限度があるだろうに!
 ふざけている訳ではないんだろうが、2000年以上過労死一歩手前で頑張り続けたオレに謝れ。
 ってか、世界舐めてんじゃねぇぞ、ナイチチ小娘が。
 腕っ節だけでどうこう出来る程、世界の管理は甘くねぇんだよと小一時間(ry

 さておき

 しかし、事が始まっているからにはもう止められないし、邪魔をしようものなら魔殺商会に消されかねない。
 となれば、どうにか妥当な人物に優勝してもらいたいものだが………。
 普通なら過労死するだろう仕事をこなせる人物で、豊富な人脈や優秀な部下を多数持っているとなると、相当に厳しい気がする……うーむ。
 指導者、と言うか扇動家な気のある鈴蘭と有能すぎる周囲の人物達とためを張れるだけの勢力か………あれ、無理じゃね?

 「マスター、いきなりボーっとして大丈夫ですか?」
 「ん?おっと、すまんな。……しかし、確かにこの大会で優勝すれば十分な信仰は集まるだろうな。」
 「そうでしょうそうでしょう!」

 それだけは確かだった。
 そもそも、優勝賞品である聖魔杯が匂う。
 恐らく、鈴蘭の依頼で異界に隔離されていた神魔が手を貸したのだろうが……間違いなくトンデモナイ代物だろう。
 若いとはいえ、既に精霊として確立しているウィル子が聖魔杯を手に入れれば、確実に神へと昇格できると断言できる。
 それだけだったら、オレが参加する理由にはならないんだが………。

 「よし、オレも参加しよう。」
 「本当ですか!?」
 「何故そこで驚く。」
 「いえ、マスターって理詰めで動く人の様なので、自分には一銭の得になりそうもない事には参加しないだろうなーと。」
 
 成程、確かにそこは納得だ。
 まぁ、だからこそ参加を決意したのだが……。

 「こちらにもこちらの事情があると言うだけだ。それなら文句あるまい?」
 「あ、はい!では、早速会場に向けて出発しましょう!」

 そう言えば、会場入りは今日までだったな。
 …間に合うのか?(汗)





 で、冒頭に至る。

 「マスター、多分あれですよ!」
 「あれか……一見ただのログハウスだな。」
 「まぁ、煌びやかにする意味も無いと思いますが……。」
 
 それもそうかと頷き、森から出たオレ達は直ぐにそのログハウスに向かい始める。
 一見ただのログハウスなのだが、『聖魔杯参加者受付』の看板があるため、間違ってはいないだろう…………脱力する事甚だしいが。
 そんな事を考えた直後、オレは早くもこの大会に参加する事を後悔し始めた。

 「銃刀法違反で逮捕します!と言うか、本当に銃と刀を持ってくるなんてなに考えてるの!?」

 何やら小屋の中が騒がしくなったと思ったら、いきなりドアが内側から弾けるように開けられ、2人の若い男女が飛び出してきた。
 片方は刀の様に長い十手を持ち、長いブーツをはいた婦警。
 片方は本物の刀を持つ、野戦服姿の青年。
 どちらも二十代始めから半ばといった所だろうが、問題はそこではない。
 その2人が互いの得物を用いて、火花を散らしつつ、激しく斬り合っている所が問題だった。

 「だから!受付のお姉さんも、武器の持ち込みは自由だって言ってただろうが!拳銃もこの刀もそのために用意した物で……!」
 「会場内ではどうか知りませんが、ここはまだ東京都奥多摩町!列記とした日本です!逮捕、現行犯逮捕ッ!」
 
 言葉に合わせて叩きつけられる婦警の十手を、青年が見事な刀捌きで打ち払う。
 しかし、婦警も相当の使い手らしく、力で劣るものの、巧みに十手を操り、刀を絡め取ろうとし、青年はそれをさせじと刀を振るう。
 ギャリン!ガキン!バチン!と、色々と目が肥えているひでおの目を以てしても捕え切れない。

 (この二人なら聖騎士団でもやっていけるだろうな。)

 何とも無しにそんな事を考えるが、そんな事よりも思う事があった。

 (帰りてぇ………。)

 そう思ったオレを、誰が責められるだろうか?

 「マスター、ここまで来て帰るなんて言いませんよね?」
 
 両肩に爪を突きたてつつ、ウィル子がプレッシャー付きで尋ねてくる。
 非常に嫌だが、憑り殺されるのも嫌であるため、さっさと行こうと足を動かそうとする。
 しかし、ここでも問題が起きた。

 「?何だ?」
 「マスター、どうしたんですか?」
 
 突然、足が動かなくなった。
 いや、これは動かなくなったと言うより………。

 (動きたくない……?)

 そう考えると、すとんと納得できた。
 となると、この先に今まで出会った連中の中でもアウタークラスのヤバい連中がいると言う事か。
 そうと解れば、答えは簡単。
 ここから逃げ出すとしよう。
 聖魔杯?信仰?
 HAHAHAHAHAHA、命には代えられませんよ!
 信仰なんて外で新興宗教作れば良いだけさ☆
 そして、オレは踵を返そうとした。
 しかし、神様はやはりオレが嫌いらしい。
 ゾクリ、と身体ではなく、精神に深く刻まれた魔導力に、背筋が凍りつき、全身から脂汗がブワッと吹き出た。

 「ま、マスター、大丈夫ですか?何だか嫌な汗がドバドバ出てますよ?」

 ウィル子が声をかけてくるが、生憎と今のオレにはそれに返答するだけの余裕は無く、ログハウスから出てきた人影に目を奪われていた。
 腰まで届く銀髪、涼やかな目元、引きずる様な黒い外套を持った見た目十代半ばの少女。
 
 「鬱陶しいわね………リュータ、殺してしまいなさい。」

 (え、エルシアーーーーーーッッッ!!!!?!???)

 彼女の姿を目にした瞬間、ひでおは死を覚悟した。










 



 はい、お待たせしましたVISPです。

 前作では名前だけ出てきたエルシアさんですが、本作では割と多めに登場する予定になってます……主にひでおのトラウマを抉る役で。
 残暑どころか未だに酷暑な厳しい日々ですが、ゆっくりと更新を続けようと思います。
 アンケートの方も紆余曲折で決まりましたが、前書きにあった通り、今後も読者の皆様のお声があれば番外編として執筆するかもですので、感想の方よろしくお願いします。


 後、ACERの方ですが……最近ではポン太くんにはまってますw
 どうもあのシュールな着ぐるみを使うと、ドシリアスな場面でも一瞬で壊れてしまうの気に入ってしまいましてw
 僚機は主にオーガスの面々を使ってます。
 回復、マルチ、幸運と一通り揃ってて役に立つもんですから。
 
 現在の目標はマクロスクォーターのゲット、そして、ポン太くんでの全エキストラステージのクリアですw






[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第二話
Name: VISP◆cab053a6 ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:42
 第二話 トラウマとの遭遇



 今から2000年近く前、魔王制が廃止される前の話だ。
 
 当時、オレは旧魔王城で日々を魔法の研究で過ごしていた。
 とは言っても、あくまで趣味のものでしかない。
家族や母の部下に比べれば魔力が低い事もあり、その内容は基本的に生活の中に生かすような形のものが主だった。
 この頃はまだ魔王だとか魔族・魔人の統治だとか、神経を磨り減らすような事も少なかった………ある一点を除いて。
 
 唐突だが、オレには兄妹がいる。
 魔界にいるという兄には会った事が無いが、オレとその後に生まれた妹はこの世界に生まれたため、この世界以外の事は情報以上では知らない(前世の事は除く)。
 そのため、オレは母の次に妹との接点が多いのだが………この妹が難物だった。
 幾つか例を挙げるとしよう。
 
 「お兄様。」
 「何だい、エルシア?」
 「魔法の勉強教えて。」
 「母上ではダメなのかい?」
 「今お仕事してる。」
 「ふーん……ちょっと使ってみてくれないか。」

 直後、地から天へと閃光が走り、激震と共に城が半壊した。
 復旧には3カ月かかった。
 オレがベッドと別れを告げるのには半年かかった。
 強い光に対するトラウマは消えなかった。

 「お兄様。」
 「何だい、エルシア。」
 「何してるの?」
 「魔法の研究だよ。」
 「…これ、私がやっても良いかしら?」
 「待った。それはまだ試作品d

 直後、2人のいた図書館を木端微塵にする様な爆発が起こった。
 図書館は立て直し、蔵書は灰も残らなった。
 オレの意識が戻ったのは3カ月後だった。
 明確に芽生えた妹へのトラウマは消えなかった。


 妹は美しい。
 母に似た背の中程まである銀髪、涼やかな目元、ゴシック風の黒いドレス。
 美の女神の様な母に似て、天使の様な美しさを持つ彼女。
 その性格はやや種族主義的な所もあるし、生粋の箱入りお嬢様そのものだが、何事にも冷めている自分を厭うなどの悩みも持っている。
 端的に言って、我儘が目立つが可愛い妹だ。
 可愛い妹だが、母譲りの魔導力を「めんどくさい」の一言で制御を手放す惰性、そして、何事にも挑戦したがる好奇心により、彼女の周囲では常に大規模災害が付き纏う。
 しかも、何故か母はオレとエルシアを引き合わせようとするため(単純に家族だからだろうが)、オレが彼女の被害を受ける回数も増える。
 それに比例し、オレのトラウマも増えていく。
 
 だから、オレは妹であるエルシアが苦手となった。
 魔王制廃止後は、殆ど会う事も無かった。
 否、寧ろ意図的に避けていたと言った方が正しい。
 イスカリオテ機関という確固とした拠点を持つと、幾度か母と共に尋ねて来る事もあったが、その度にオレは然して重要でもない施設の視察に行ったり、側近A・Bに2人の世話を押し付けたりした。
 ……機関に甚大な被害が出る事もあったが、止むを得ない。
 ……その余波で仕事量がオーバーキルになる事もあるが、止むを得ない。
 ……回を重ねる毎に被害が増えていったが、止むを得ない。
 
 だって、怖いし。

 オレの人生におけるトラウマの8割は妹に関するものだ。
 次点でマリーチに関するものだが、そこら辺は流石精神干渉の大家、仕事に差し障りの無いものばかりだった。
 ……その力をカウンセラーとして振るってもらいたいと思ったのは、オレだけだろうか?

 さておき

 オレにとって、エルシアという魔族の姫君は存在そのものがトラウマであるという事だけは事実だった。
 そして今、そんな彼女が目の前にいる。
 理性では何とかやり過ごせばよいと言うが、本能の部分がこの場からの逃走を声高に主張している。
 あぁ、自分はどうすれば良いのだろうか?
 

 「マスター!大丈夫なのですか、しっかりしてください!」
 「ッは!?」

 どうやら内面に引っ込み過ぎていたらしい。
 ウィル子が涙目で肩を前後に揺さぶって、何とか意識を戻そうとしている。
 今はもうしっかりと現世に意識が戻ってきているが、何でか視線が痛い。
 その視線はやはりエルシアな訳で………。

 「マスター!?また意識が飛んでます!」
 「っは!?」

 いかんいかん。
 頭を左右に振って意識をはっきりさせる。
 これ以上意識を飛ばしていたら、会場入りに間に合わなくなってしまう。
 しかし……。

 「あの子、こっち見てますね。」

 ……エルシアさんがジッとこっちを見てるんです、はい。
 



 視点 エルシア


 どうかしたのだろうか?
 さっきからこちらを見た事も無い鋭い目つきで観察してくる人間の男。
 一見すると何の力も感じられないし、している事もただこちらを見るだけ。
 だというのに、私は確かにこちらに向けられるその『目』に言い知れぬ違和感を感じた。
 その鋭い目つきの中に秘められた言い知れぬ感情。
 それが何なのか全く解らない。
 
(……?)

 …追求なら後でもできる。
 今はそれよりもさっさと小五月蠅い人間の女を黙らせる事が優先だ。
 
「鬱陶しいわね………リョータ、殺してしまいなさい。」
 「おいおいエルシア、そーゆう訳にもいかんだろ。まぁ、見てろ。こーいう生意気な女は…。」
 「じゃぁ、私がやる。」

 膨大な魔導力の内、砂粒一つ程度のものを魔道書に注ぎ込み、魔法を発動する。
 この魔道書は神器、「666」、「獣の書」とも言われる母上から頂いた大事なものだ。
 魔導力の制御が面倒と言ったら円卓の葉月の雫に作ってもらったらしいが、詳しい事は知らない。
 兎も角、この魔道書のおかげで私は本来ならめんどくさい魔法を簡単に行使する事ができるのだ。
 一応手加減はするから、あの女も少なくとも死ぬ事は無いだろう。



 視点 北大路美奈子

 
 聖魔杯に参加するため、相棒の岡丸と共に参加受付に来たのですが……そこで早速犯罪者を発見しました。
 何と法治国家日本の中で、堂々と文字通りの銃刀法違反を犯す青年を見つけたのです。
 警察官(会計課勤務)として、これは見逃せません。
 早速逮捕するために岡丸を抜いたのですが、相手はかなりの手練の様でして、苦戦中です。
 近接戦に限れば互角程度なのですが、相手は銃も持っています。
 このままでは距離を取られて負けるでしょう。
 しかも、相方と思われる少女がこちらを攻撃しようとしています。
 ですが、それを止めようと青年が後ろを振り向きました。
 隙あり、と私は空かさず岡丸を振るおうと間合いを詰めようとしましたが、不意に襟首の辺りが後ろにグイッと引かれて体勢を崩してしまいました。
 瞬間、私の目の前をかなりの高温を伴った炎が通り過ぎて行きました。
 もし、あのまま距離を詰めていたら、炎が命中、少なくとも重傷は免れなかったでしょう。
 意識しないまま冷や汗をかきながら、お礼を言おうと私は後ろで襟首を掴んでいるだろう人の方で振り向き………そして、後悔しました。
 その人が明らかに堅気の人間に見えなかったからです。
 剃刀よりも切れそうな気配を放つ眼光、襟首を掴む手から伝わる力強さ、隙の無い立ち居振る舞い。
 明らかに……その道のプロの風格でした。







 (危なかった……。)

 ひでおはエルシアが魔法の行使を始めた瞬間、数m先にいた婦警の襟首を掴み、渾身の力で何とか射線軸上からずらした。
 そのため、何とかエルシアの魔法が当たる事は無かったが……もし当たったと思うとゾッとする。
 何せ、放たれた魔法が着弾した辺りはドゴンッ!という轟音と共に草木が灰となり、土がごっそりと抉られていたからだ。
 もし、これが婦警に命中していたと思うと、相当な重傷か、運が悪いと死んでいた事だろう。
 
 「マスター、別に無理して助けなくても……。」

 やれやれという風に肩を竦めながら、ウィル子が言う。

 「…とは言って、年若い娘が傷ものになるのもアレだろう。」

 本当は殆ど反射的に身体が動いただけなのだが、そこら辺は言わずとも良いだろう。

 「あー……なんだ?一先ず助かった。」
 「いや、礼はいい。」
 「ッハ!?」

 不意に未だに襟首を掴まれていた婦警が動き出し、脱出、距離を置いた。
 
 「よ、よくも本官の邪魔をッ!公務執行妨害で逮捕しますっ!」
 
 何だかテンパッた様子でビシッとこちらを指さしてくる婦警。
 その様子に溜息と共に僅かな苛立ちが湧いてくる。
 三度目の生、以前の二度目に比べれば遥かに平和と言えるものだったが、一つだけ不満があった。
 それはこの目付きの悪さだった。
 どこのG13だ、と言いたくなる程の鋭い目つき、これは最早凶器とも言える。
 現に今までの20年、補導や職務質問された回数は両手に余る程だ。
 無論、自分の目付きの悪さは承知しているし、警察はそうやって治安を守る事こそ至上の任務であるため、抗議する事もできない。
 しかし、しかしだ。
 理性では解っていても、感情までは納得できん。

 「あの、マスター?何だかすんごい悪いオーラが出てます…よ?」

 ウィル子が何か言っているが、スルーで。

 「公務も良いが、警察官たる者が助けられて感謝の言葉も無し、か……フッ…。」
 「うッ!」

 正論を言われ、やや婦警は怯むが、しかし、十手を正眼に構え、ひでおを前に一歩も退く事は無い。

 「だ、だからと言ってあなたの行いを許すつもりはありません!」
 『美奈子殿、そこまででござるよ。』

 不意に誰かが美奈子を制する言葉を発した。
 しかし、声はあっても姿は無く、ひでお、リュータ、ウィル子、エルシアは揃って首を傾げた。

 『あの御仁、只者ではござらん。それに先の若者も相当の手練の御様子。ここは素直に退いて、大会に参加してから決着をつけてはどうでござろうか?』

 姿の見えぬ声、それはどうも婦警の握る十手から発せられているらしかった。

 「成程、パートナーが見えないと思ったら……。」
 「あの憑依武器がパートナーなのね。私も初めて見るわ。」
 「インテリジェンスウェポン……付喪神、ではなく憑依霊の類か。」

 ふーん、と納得した様に頷く3人と、疑問符を上げてやや置いてきぼりなウィル子。

 『ぬぅ、拙者の声を聞いても全く動じぬとは……美奈子殿、こ奴、相当な場数を踏んでおるぞ。』

 そりゃ億千万の目と顔を合わせるのが日常茶飯事だったひでおにとって、喋るだけの十手なんぞ驚く価値も無い。
 ただ便利だなー、と思う位だった。

 『美奈子殿、奴が何かしてくるか解らぬ。ここは一端退くべきでござろう。』
 「っく…こ、今回は本官にちょっとだけ本官に落ち度があると認めます……次は見逃しません!覚えておきなさい!」

 そう言って、素早く山肌にある洞窟へと掛けていく美奈子と岡丸ペア。
 恐らくあの洞窟が大会会場への入り口で、2人は既に参加受付を終わらせていたのだろう。
 あの速さなら今からでも追撃は可能だが……。

 『拙者、今回悪いは美奈子殿の方だと思うのだが……その早とちりさえ無ければ美奈子殿は。』
 「うぅ!………う、うるさいうるさい!」

 向こうから僅かに聞こえてきた小さな会話に、警戒を緩めた。
 ここは自重すべきだろう。
 一応嘗ての得物の特性上、杖術位は収めているが、実戦経験が殆ど無い身で彼女程の手練を相手にするには危険過ぎるだろうし、そろそろ時間が迫っている。

 「はっはっはっは!こいつはいいや!あんた、助かったぜ!あのアマ、こっちの話をてんで聞こうとしなくてな!」

 実に愉快そうに笑うリュータとその脇に無言で佇むエルシア。
 …意外と良いコンビなのかもしれない。
 まさか『あの』エルシアが赤の他人に興味を持つとは……明日はロンギヌスが降りそうだな。

 「…いや、偶然だよ。」
 「謙遜しなくてもいいって。あんたらも参加者なんだろう?オレはリュータ、こっちはエルシアだ。」
 「…川村ヒデオと。」
 「ウィル子なのです!」
 「おう!会場入りするまでは戦わねぇから安心しな!」

 お互いに自己紹介し、その場に和やかな雰囲気が漂うが、生憎とそうしていられる暇も無い。

 「…一先ず、受付を終わらせよう。参加どころか遅刻で失格など、笑い話にもならん。」
 「確かにな。んじゃ、さっさと済ませようぜ。」

 

 「にしても、マスターの目は既に凶器ですね。さっきの婦警、相当ビビってました!」
 「人が気にしている事を……。」

 


 「ようそこ、聖魔杯へ。私は受付係のラティです。大会中は役員として会場に入るので、よろしくお願いします。」
 
 ログハウスにいた受付係、それはイスカリオテでの嘗ての部下にして優秀な技術士官、ラトゼリカだった。

 (まさか、エルシアに続いていきなり元部下に遭遇とは……。)

 内心で溜息をつきつつ、ひでおはさっさと受付を済ませようとする。
 自分は一先ず鈴蘭に一つ説教かませば気が済むし、ウィル子に関しても電子関係の信仰を一手に得られればそれで目的は完了するため、無理してこの都市で頑張る必要も無い。
 負ければ即座に見切りを付けて、とっとと戻って信仰宗教を立ち上げるとしよう。

 「それでは受付を開始しますので、お一人ずつ名前と種族をどうぞ。」
 「それじゃオレからだな。名前はリュータ・サリンジャー、種族は人間だ。」
 「パートナーのエルシア、種族は…魔人よ。」
 (本当は魔族だがな…。)

 内心で真実を呟くが、口に出す事はしない。
 ラトゼリカなら理解できるだろうが、本人が秘匿しているのだから外野が茶々を入れる事も無いだろう。
 …もし言ってしまって、吹っ飛ばされるのが怖いからというのもあるが。

 「…川村ヒデオ、人間だ。」
 「ウィル子はウィル子、ウイルスなのですー。」
 「はい、ありがとうございます。魔人さんとウイルスさんをお連れの方々ですね。参加資格を満たしていますので、皆さん参加許可です………………って」

 不意にラトゼリカが何かに気付いた様にウィル子を見つめると、ウィル子はニタリ……と邪悪な笑みを浮かべた。
 
 「「ウイルスーーーーーーーッッッ!?!!?」」

 ズザザァァッ!!とラトゼリカとリュータがウィル子から離れ、エルシアも2人程ではないがススス……っと距離を取った。
 
 「にひひっ!ウイルスと言えば、普通はこーいう反応をするものですよ、マスター。」

 ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべるウィル子だったが、オレは既に感染済みなので、最早諦観の域だ。
 
 「え、えーと……私、色んな種族の方を見てきましたが…ウイルスさんというのは一体…?」

 ラトゼリカの言葉に、リュータとエルシアの2人も頷くが、それもそうだろうな、とひでおは納得する。
 何せ、つい最近生まれたばかりなのだ。
 誰も知らなくても不思議ではないだろう。

 「…っは!?まさか!」

 そして、またもラトゼリカが何かに気付いたように声をあげる。
 彼女の視線の先には、受付用のPCに対し、涎を垂らしながら獲物を見る目を向けるウィル子の姿があった。

 「にひひ♪侵入―――」
 「ダメです!感染しないでください!不許可ですーー!!」
 「…そこまでにしておけ。」

 受付のPCを守る様に抱え込むラトゼリカと、今にもそれに襲い掛かろうとするウィル子。
 既にウィル子の目は明らかに獲物を見る肉食獣のそれであった。
 しかし、流石に受付のPCをクラッキングさせる訳にもいかない。
 先程美奈子にやった様に、ひでおは襟元を掴んで抑え込んだ。
 
 「…失格になったらどうする。」
 「うーーー………。」

 不満たらたらです、といった表情をするウィル子だったが、失格になったら困るのは彼女であるため、案外と素直に止めた。
 …イジメラレテ涙目になったラトゼリカにちょっと萌えたのは秘密だ。

 「はぁぁ~~…成程、電子ウイルスさんですね。非常に珍しいですが…解りました、参加許可です。」

 気を取り直したラトゼリカはあっさりと手続きを終え、参加許可を出した。
 そして、ごそごそと何やら棚を漁ってから、ドン!と机の上に冊子の様なものが二冊置かれ、それぞれのペアに渡された。
 …意外と厚いな。

「それではこちらがマニュアルになります。」 
 
 題名は「会場内の歩き方」………表紙がデフォルメされたラトゼリカなのが謎だ。
 後でしっかりと目を通しておくとしよう。
 ルールの隙間を突く奴は何処にでもいるからな、備えておく事に越した事は無いだろう。

 「日付変更と同時に大会開幕です、皆さん頑張ってください!」



 後は入場するだけとなり、今は先程美奈子・岡丸ペアが入っていった洞窟の前にいた。

 「さぁて、会場内で次会う時は敵同士だな、ヒデオ!」
 
 洞窟の前、まるで悪ガキの様な笑みを浮かべながら、敵対宣言するリュータ。
 ここで協力宣言するなり、一時的休戦するなりもあると思うのだが、そこら辺に関しては正直者らしい。
 見た時から長谷部翔希程ではないが熱血の気があると思っていたが、やはり予想は当たっていたらしい。
 
 「決勝戦で戦うのを楽しみにしてるぜ!」
 「望む所なのですよー!」

 ウィル子が元気に拳を振り上げ、受けて立つ事を宣言しているのが彼女の容姿も相まって何処か微笑ましい。
 一先ず、苦戦が予想される相手と直ぐにやり合う事は無いようだ。

 「その時は、手加減無しの魔法を見せてあげる。」

 いや、それはマジ勘弁。
 エルシアの言葉に冷や汗と共に戦慄するひでおだった。

 「マスター、ウィル子達も行くのですよー。」
 「ウィル子、その前に確認しておく事がある。」
 「?何なのですか?」
 
 リュータ・エルシアの背を見送った後、ひでおは洞窟の暗闇に目を向けながら口を開いた。

 「君もオレも正面からやり合えば、殆どの場合、先ず勝てないだろう。」
 「うー…それは、確かにそうですが…。」

 苦い顔になったウィル子。
 しかし、自分達の立場を理解しておく事は重要だ。
 自分に出来る事を理解しておいてこそ、相手の戦力の分析も出来るのだから。

 「だから、相手をこちらの土俵に引き摺りこむ必要がある。幸いにも決着をつける方法は明記されていない。なら、色々と出来る事が見えてくる。」
 「!成程、私ならハッキングとか機械関係で!」
 「具体的立ち回りはオレが引き受けるが、フォローの方は頼んだぞ。」
 「はい!お任せなのです!」

 ビシッと軍隊式の敬礼をするウィル子。
 如何にも様になっているが、恐らくネットの動画や画像を参考にしているのだろう。

 「じゃ、行こうか。」
 「レッツゴー、なのです!」

 そして、ひでおとウィル子も洞窟へと入っていった。
 足取りは軽く、望むものは異なれど、この時から2人は確かに相棒となった。

 参加するは聖魔杯、しかし、目指すは優勝ではない。
 方や生まれて間もない電子の精霊、方や三度目の人生を行く苦労性の男。
 そんな珍妙なコンビが、今夜、世界を律する権利を争う戦いに参加した。











 ?1「やれやれ、やっと着きましたね。」
 ラ「あ、参加者の方ですか?そろそろお時間ですから、急いで受付しますね。」
 ?1「えぇ、お願いします。急いで来たものですから、早く落ち着きたいんです。」
 ?2「うふふ、クスクス♪もう年なのかしら?大変ねぇ。」
 ?!「………。」(無言で得物を振りかぶる)
 ラ「ちょっ!?ここで物騒は厳禁ですよ!」
 ?1「……ッチ……。」
 ?2「うふふ、クスクス!」
 ラ「えぇっと、それではお名前と種族名をお願いします。」(怖い怖い怖い!助けてVZ!)ガタガタブルブル
 ?1「私はマリア・プレスティージ、種族は人間です。」
 ?2「私はマリー、種族は魔法少女です!」キラッ☆
 ラ「はい、人間と魔法少女ですね。登録完了しました、頑張ってくださいね。」
 ?1「はい、御丁寧にどうも。頑張ってきます。」
 ?2「ちょ、スルー!?2人してスルー!?どうしてそこで突っ込んでくれないの!?『彼』なら直ぐに突っ込んでくれたのに!」
 ?1「女性が突っ込むなんて言わない!そもそも、人の恩師を捕まえて何言ってんですか!?」
 ?2「何って……ナニ?」
 ?1「シネ。」

 ドタドタギャーギャー!
 ぜぇはぁひぃふぅ

 ?1「一先ず、さっさと入場しましょう。」
 ?2「そうね、ここまで来て失敗するのも馬鹿らしいものね。」
 ?1「(原因が何言ってやがる)……まぁ、良いでしょう。漸く追い付いたのです、今は目を瞑りましょう。」
 ?2「うふふ、クスクス♪本当にね……とても、長かったものね。」
 
 ?1・2「待っててね(くださいね)、エルシオン(さん)、今度こそ捕まえてあげる(ます)♪」
 




 
 ゾクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッ!!!!!!


 ひ「い、今言い知れぬ悪寒がッ!?」
 ウ「マスター、どうしたのですか?」
 






 はい皆様こんにちは、VISPです。

 はい、追ってきましたヤンデレタッグさん達(挨拶)
 出すかどうか悩みましたが、このルートは一応BADEND編の続編に当たる代物ですんで、出しても然したる問題では無いかなーと。
 とは言っても、2人はひでおの行動を余り阻害するつもりはありません。
 あくまで惚れた相手と一緒にいたいがためにこっちに来た2人ですから。
 ……フラグ立てようものなら、鮮血ENDか監禁ENDになりそうですが。




 追記、ACE.Rですが、漸く全周して、隠し機体前部出せました。
 これからハードモード逝ってきます。
 一応ラスボス面は既にハードもやりましたけど……8割機体改造済み・パイロット全強化済みのアルファート・アーバレスト・VF-25F(A装備)でAP1000近くまで苦戦するとは思わなんだ(汗)。



 微修正 



[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第三話
Name: VISP◆cab053a6 ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:42
  第三話 開幕と初戦


 洞窟を抜けたら、そこは大都市だった。


 視界に広がる隔離空間都市は、今にもパレードが始まりそうな程に浮ついていた。
 道を歩くのは多種多様な人とそれ以外の者達。
 大抵は2人一組である事から、それらはパートナーなのだろう。
 他にも一見すると人型だが、それ以外の気配がする者も多い事から、どうやら相当数の魔人も混ざっているようだ。

 「おぉーーっ、これが全部会場なのですかーっ!?」

 ウィル子が楽しそうにはしゃぐ。
 ネットの海で映像としては認識できても、こうして生身でこんな大都市に来るのは初めてである彼女には新鮮なのだろう。
 もっとも、自分には然して珍しいものではないのだが。

 「全員参加者、という訳ではなさそうだな。」
 「寧ろ、それ以外の方も多いみたいですねー。」

 よく見ると、人ごみの中には先程受付をしていたラトゼリカと同じデザインの制服を着ている者もいる。
 彼らが大会運営側の者達なのだろう。
 気配からすると、その多くは魔人の類のようだが……。

 (?なんだ?)

 道行く彼らの姿に、何処かに既視感があった。
 
 (イスカリオテでか……。)

 その姿にほんの少し、郷愁にも似た思いを抱く。
 この世界の彼らと自分を結ぶ接点など存在しない。
 存在しないが、それでもこちらの彼らを見ると、あちらの彼らを思い出してしまう。
 三度目に入ってもう20年、その間嘗ての知人に会う事は無かったが、やはり、こうして視界に入るとどうしても思うものがある。

 「マスター、あっちで前夜祭をやってるのですよー!マスターも何か食べて来ると良いのですよー!」
 「ん?あぁ、解った。」

 ウィル子に多くのテーブルに料理、選手達が入り乱れる場所に引っ張られ、ひでおは漸く思考の海から抜け出した。
 
 (考えた所で、今更だろうな。)

 思考を切り替え、自分で足を動かす。
 大会開始まで間も無い。
 それまでに色々と情報だけは仕入れておきたいため、宴会なら口の緩い輩と話すにも丁度良いだろう。


 「……君がヒデオ君か…?」


 しかし、この三度目にしてもやって来る厄介事はやっぱり回避不可能な訳でして。
 溜息と共にオレは声が聞こえた背後を振り向き、その人物を視界に入れ……同時、表情筋を一切動かさずに警戒を最大値にまで引き上げた。

 「…成程、リュータの言う通り良い目をしている……戦う者の目だ。」
 (これはまた大物が参加しているな…。)

 内心で二度目での彼の能力や経歴を思い出しつつ、ひでおは一先ずこの会話を長引かせ、情報を得る事を優先した。

 「…レッドフィールド大佐……引退したのではなかったのか?」
 「ほう、その若さで私を知っているとは……君は余程不遇な人生を送ってきたようだな。」

 ウィル子が警戒心バリバリの目で睨む中、名を呼ばれた軍服姿の壮年の男、レッドフィールド大佐は小揺るぎもせずに返した。
 筋骨隆々だが、それらはこけおどしではなく全て実戦のための代物である事をその全身の傷が物語っていた。
 その傍らには彼の相棒である軍用件のロッキーが控えており、低く唸ってこちらを警戒している。

 「で、その大佐さんはリュータ知り合いか何かですかー?」
 「あぁ、リュータは私の教え子でな。」
 (教え子…?)

 あのブラッドフィールドにそんなものがあったか?
 一瞬疑問に思うが、二度目と三度目の差異など今更であるし、内容も然して重要なものではないため、余計な詮索は必要無いだろう。
 
 「さて、君は知っているようだが、そこのお嬢さんは知らないようなので、自己紹介しておこう。私はジョージ・レッドフィールド、こいつはパートナーのロッキー。」
 
 バウッと返答する様に鳴くロッキー。
 大佐との連携は完璧なようだ。

 「そして、私達は一年前の大会開場直後に最速で会場入りした参加者だ。」
 「い…っ!?一年も前から会場にッ!?」

 ウィル子が驚きを露わにするが、生憎とひでおには然したる驚きは無かった。
 彼はグリーンベレーから地上で唯一の天界直属の軍事組織エンジェルセイバーの司令官にまで腕一つで登り詰めた超実力派の叩き上げの軍人であり、人間としては神殺しや神殿協会の枢機卿達を始めとした神器持ちを除けば、間違い無く最高戦力に数えられる。
この大会にしても、間違いなく優勝候補に名を連ねるペアだろう。
 そして、準備期間や装備の持ち込みがあるのなら、プロとしてそれを絶対に利用する人間だ。
 となれば、既に会場内の詳細な地形図や大まかな勢力に関しても把握済みだろう。
 
 (彼の情報を得られれば幸いだが……秘するべきは秘するだろうな。)

 彼程の人間なら情報の価値を解っているだろうし、その秘匿をおざなりにする訳も無い。
 入手出来たとしても、頑張れば入手出来る程度のものでしかないだろう。

 「しかし、リュータといい、君達といい…全く、大した自信ではないか。」
 「?」

 呆れた様な大佐の言葉に、ウィル子は首を傾げる。
 しかし、ひでおはやはり一切表情を動かさない。

 「優勝者が決まるまでの無期限バトルロワイヤル、聖魔杯……皆この得体の知れない会場に順応しようと躍起になっているというのに、こうも押し迫った時期に会場入りするのだからな。」

 まぁ、当然だろう。
 普通なら、彼程とは行かずともある程度準備するものだ。

 「既にこの一年で多くの参加者がチケットを稼ぎ、潤沢な装備を整えているようだぞ…?」
 「チケットとは…?」
 「えぇっと…あ、ありました!」

 ウィル子が配られたマニュアルを急いで捲り、目的の情報を探し出した。

 「会場内の各店舗で購買するための架空通貨、つまり大会での軍資金ですが……それを稼ぐためには地下迷宮でモンスターをハントする必要があるそうです。ここでのハント成績はランキングとなり、参加者の力量が一目瞭然となっているそうで…。」

 どうやらこの隔離空間にもダンジョンがあるらしい。
 幾ら何でも、伊織邸地下ダンジョン並の代物ではないと思うが……あそこと繋がっていると言われてもおかしくは無いのが嫌な事だ。
 クーガー並の実力があれば恐れる事も無いのだが、生憎と頭脳を除けば、多少場馴れした一般人に過ぎない自分には回避するべき場所だろう。
 
 「完全にウィル子達の準備不足なのですよーーー!」
 「ちなみに、そのランキングの一位は?」

 頭を抱えてそこら辺の宙で悶えているウィル子はさておき、ひでおは少し気になった事を聞いてみた。

 「…私だ。御蔭で、今では優勝候補などと言われているよ。」
 「バウッ。」

 大佐とロッキーの言葉(鳴き声?)に、だろうなぁ…とひでおは思った。
 普通の魔物では幾ら強力であっても、連携と戦術でどうにかしてしまいそうなペアであった。

 そうやってひでお達が会話している時、唐突に夜空が明るくなった。
都市直上の夜空に、特有の音と共に次々と花火が打ち上がっていく。
 
 「…2330時、セレモニーの開始だ。」

 すると、今までパーティー会場となっていた中央広場が途端に騒がしくなり始めた。
 そして、中央に設置されたステージから、燕尾服に身を包んだ司会者が現れた。

 『皆さん、聖魔杯へようこそお越し下さいました!』
 (まさか、霧島嬢とはな。)

 となれば、バーチェスのいる可能性も高いな。
 エスティはあれで鈴蘭を認めているから、彼女の上に立とうとはしないだろうし……必要と機会があれば、バーチェスなら出て来るだろうな。
 
 『私は大会最高責任者の霧島レナです、どうぞよろしく!この度は聖魔杯に参加するため、実に3024名もの方々がお集まりくださいました。先ずは主催者に代わり、厚く御礼申し上げます。』

 既に先程までの喧騒は収まり、広場にいる参加者達は静かに霧島嬢の言葉に耳を傾けていた。
 話を聞かずに反則扱いされるのが御免だという事もあるが、こうした場には必ず何かしら重要事項が連絡される場合が多いのもあるからだろう。

 『さてここで大会ルール重要事項の最終確認を致します。先ず第一に、戦闘に関しては殺人を認めません。これを犯したペアは即座に失格となります!』

 霧島嬢の発言に、途端に大ブーイングが広場中から巻き起こった。
 見ると、それを言う誰も彼もが腕っ節に関しては自信のありそうな連中だが、彼らの意見ももっともだろう。

 『皆さんの戸惑いはもっともですが、それに対する主催者側の答えはこうです。』

しかし、続く霧島嬢の言葉に全員が水を打ったかのように静まり返った。

 『皆さん、実はこの広場の地下に核爆弾が設置されています!そして、これがその起爆スイッチ!』
 「えっ、えっ、核爆弾って本気なのですかーーーっ!?!」

 手の中の携帯端末を示しながら、霧島嬢はそんな爆弾発言を行った。
 そして、ウィル子の叫びと共にザワリ、と先程以上の動揺が広場にいる者全員に広がった。
 かく言うひでおも何かしらあるだろうなとは思っていたが、核爆弾とは思っていなかったため、眉を顰めた。
 ブラフの可能性もあるのだから、実際に設置していないとは思うのだが……。

 (大会が大会だし、主催者も主催者だからな。本物を持ってくる可能性も高いな。)

 少しばかり冷汗をかきつつ、ひでおは思った。
 あの連中ならやりかねないなぁ、と。
 旧ソ連あたりが昔売り払った代物を再利用するとか、一から作り出すとかもドクターがいれば大丈夫だろうし………そんな事をするほど頭が足りていないとは思いたくはないが、警戒はしておこう。

 『さて…例えば今、このスイッチを入れて、この大勢の中の何人が生き残るでしょうね…?人間は恐らく無理、人外でも余程の異質でない限り、無理なのでは?』

 実際、それこそアウタークラスの面々でなければ、核兵器の無力化などは出来ないだろう。
 天に属する者達はそもそもこちらには存在していないため、どうとでもなるが、それ以外となれば最低でも初代魔王リップルラップル並の防御力が無ければ耐え切れない事だろう。
 また、爆風を凌ぎ切ってもその後の高熱や放射線にどう対処するかが問題だ。
 これには生身で耐え切るには炎鬼並の生命力が必要になってくる。
 もしくは回復技能だが……残留放射能を取り除く魔法など、聞いた事も無い。

 (爆風は『あれ』で凌げるとしても、その後が続かんな。)

 そもそも、核兵器特有のE.M.P.でウィル子は死ぬだろうし、どうしようも無いだろう。


 さておき


 『…と言うのは冗談で―――――これは私の携帯電話ですっ!』

 途端、広場のあちこちからだぁっ、とこける音が多数、次いでブーイングが再開された…先程の倍の勢いで。
 当然の反応だった。
 しかし、霧島嬢は小揺るぎもしない。
 何の遅滞も無く、司会者として場を進行させる。

 『ですが、皆さんが今見せた反応こそがその証拠!皆さんの能力は殺戮において核兵器にすら遠く及ばない!それを今更競う事に何の意味があると?馬鹿馬鹿しい!』

 (輝いてるなぁ、霧島嬢。)

 元々Sの気がある女性だったが、ここまで公衆の面前で発揮せんでも……草葉の陰でバーチェスが泣いてるぞ。
 以前、酒の席で「娘が結婚できるか心配で…」と相談された事は今でも覚えてるんだが………駄目っぽいなぁ…。
 

 さておき


 「フッ、成程…40年近く培ってきた私の技術は6割方意味を成さないという訳か…。」
 「クゥゥ~ン。」
 「…………。」

 冷静に分析する大佐と、それを慰めるように鳴くロッキー。
 彼には厳しいが、こちらにとっては有利に働く事態は歓迎だ。

 『…しかし、それ以外の勝負方法についてはスポーツやギャンブルなど、如何なる方法で行っても構いません!』

 霧島嬢の言葉に、また広場の参加者がどよめくが、ひでおは彼女の言葉にやや眉を顰めた。
 彼女が言った「勝負方法の自由な選択」、このルールは大きな穴があると言えた。

 (双方が合意する内容で決められるか?)

 少し考えれば、簡単に解る事だ。
 自分の得意な分野に持ってくる事が出来れば、それだけ相手に対して有利に立つ事が出来る。
 となると、揉め事は必須だが……。

 (それ位は直ぐにでも対処するだろうな。)
 
 聖魔王一派の能力の高さは疑う余地は無い。
 なら、その穴を利用できるのは今晩限りといった所か。
 
 『優勝資格はただ一つ、「勝ち続ける事」!より多くの勝ち星を上げる事を目指して下さい!』

 霧島嬢の宣言で、またも広場が沸き立つ。
 しかし、こういう騒ぎでは冷静に眺めている者達の方が厄介な場合が多い。
 
 (リュータに大佐…あれはバーチェスの部下だったか?成程、既に何組か忍び込ませている訳だな。他にも騒いでる連中の中にも腕の立つ面々はいる、か……。)

 全く、どれ程大規模なんだか…。
 これを開いたであろう鈴蘭に呆れるが、発想自体は悪い事ではないとも思った。

 (あらゆる者に負けを認めさせてこそ、世界を律する者という事か。)

 暴力だけでは意味も無く、人間とそれ以外の存在の扱いにも気を配れる者。
 少なくともこの場の全員がそうした偏見は少ないだろう。
 何せ必ず異種族とペアになっているのだから。
 また、戦闘が出来ない者に負けを認めさせると言う事は、相手の土俵に立っても勝つという事でもある。
 それ位出来なければ、聖魔王など夢のまた夢。
 彼女なら、暗にそんな意図を含めている気がする。

 となると、大会は多種多様、予測のつかない混沌とした様相を呈する事だろう。
 そして、あの面白い事楽しい事が大好きな鈴蘭の事だから、恐らく自身も参加している。
 更に、そのパートナーが問題となってくる。

 (本気のみーこ様とやり合うのは勘弁願いたいものだが……。)

 恐らく、聖魔王一派では最大戦力であろうみーこが鈴蘭のパートナーに収まるだろう。
 当たるまでに棄権するか負けといた方が安全そうだな、とひでおは思った。
 …弱気を感じ取ったウィル子が、腕に爪を立ててきたが、気にしない。

 

 『さぁさぁ皆さん!聖魔杯開幕のカウントダウンです!』

 そして、霧島嬢の声と共に、カウントダウンが開始された。
 参加者の多くが楽しげにそれに乗り、カウントに参加する。

 
 世界を律する権利を争う聖魔杯。
 その開幕が迫り、多くの者がその時を待ち望んでいる。
 しかし、一つのモノを望みながらも、当然ながら参加者達の望みはそれぞれ異なっている。


 ある者は野望を。


 『5秒前!』


 ある者は復讐を。


 『4!』


 ある者は妄執を。


 『3!』


 ある者は理想を。


 『2!』


 ある者は願いを。


 『1!』


 ある者は義憤を。


 『聖魔杯、開幕です!』


 参加者達の歓声と共に、戦いの始まりが告げられた。




 「……ヒデオくん。」

 そして、周囲から歓声が上がり続ける中、大佐が横に立つひでおの名を呼んだ。

 「勝負だ。」
 「乗った。」

 
 聖魔杯、その最初の戦いが始まった。










 


 じめじめとした天気は、豪雪や暴風よりも苦手だ(挨拶)
 
 どうも、毎度お騒がせしていますVISPです。
 今回で漸く導入編が終わりそう。
 はよ試合編に入れと言われそうですが、もう少し待ってて下さい(汗。
 描写を可能な限り丁寧にしようとすると、どうしても時間が掛かってしまって……。
 …丁寧にしてこれかよ、という突っ込みは無しでお願いします。
 …作者の心が耐えられないと思うので(汗

 ここから先、大きく変わっていくか原作準拠で行くか微妙に迷い所です。
 ある種の分岐点と言いましょうか…原作がかなりの完成度を誇るから、どうしても弄れる部分が限定されてしまう(今更)。
 今後も自分なりに頑張っていきたいと思いますが、前書きとかにもある通り、原作を大事にしたい方はどうかスルーしてください。
 これもまた二次創作の在り方だと寛大な心をお持ちの方は、どうかそのまま気長に更新を待って下さると助かります。 
 






[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第四話 改訂版
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:42
 注意

 これは先に上げた第4話が違和感があるという声に押されて書いたものです。
 内容の多くは前の第4話と変化していないので、勝負の場面とラスト近くのひでおの説明部分だけ見れば問題ありません。  
 後日、人気があった方のみを残しますので、出来れば感想掲示板の方にご意見ご感想お願いします。
 





 第4話


 戦いの始まりも終わりも千差万別だ。
 勿論、早くに始まり、早くに終わるものもある。




 「いいい、いきなり優勝候補の大佐と勝負だなんて…何を考えているのですかーーっ!!?」

 ドゴッ、とひでおの頭頂部にウィル子のチョップが当たる。
 だが、基本がなっていないため、大したダメージにはなっていないので無視する。
 それよりも、ひでおにとっては周囲の参加者の反応の方が問題だった。

 「何、いきなり勝負?」
 「マジか…?」
 「見て!1人はあの『大佐』よ!」
 「おいおい…相手は誰だよ?」

 ザワザワ…とあっと言う間に周囲をギャラリーが埋め尽くす。
 元々人ごみの中で勝負となったからには当然の事なのだが、やはり悪目立ちしているようだ。

 「う…!?なんて冷たい目だ…。」
 「まるで氷…いや墓石だ。」
 「墓石!?まさか、あいつがあの――!!」

 何やら周りが騒がしい気がするのだが…気にしないでおこう。

 「ほう…?噂には聞いていたが、君がそうなのか?ゴル「川村ヒデオだ。」」

 余りの発言に、思わず額の皺が復活しそうになったひでおだった。
 …ってか、この世界で実在するとか無いよな?
 いたとしたら、幾ら聖魔王と言えども危ない気がするのだが……。


 さておき


 『何と!もう勝負を始めたペアがいる!!?』

 事態を聞きつけたのか、司会者の霧島嬢が壇から降りてきた。
 
 『大戦カードは…これは凄い!一年前に最速で会場入りしたレッドフィールド&ロッキーペアと……つい先程会場入りしたヒデオ&ウィル子ペアッ!!何という神の悪戯かーーッ!!』

 広場に設置された大型スクリーンに対戦する選手達の姿が映る。
 如何にも風貌の大佐とロッキー、涙目のウィル子と凄まじい目付きのひでおの姿に観戦者の間にどよめきと歓声が広がった。
 しかし、ひでおは関係無いとばかりに正面に立つ大佐しか目に入っていなかった。

 『それで対戦方法はッ!?』
 「…いや、まさか受けてもらえるとは思わなかったのでな。まだ決めておらんのだが……。」

 喧しい位に賑やかな彼女にそう返した大佐は懐から葉巻を取り出し、キャップをサバイバルナイフで切り落とした。
 …ちなみに切り口が水平であるため、フラットカットに分類されるだろう。
 
 「勝負方法も聞かずに申し出を受けてくれた彼の勇気に免じて…ヒデオ君、勝負方法は君が決めると良い。」
 
 (第一段階は成功…かな?)

 ひでおは内心を表に出さず、見事に油断してくれた大佐の言葉に静かに耳を傾けた。
 …背後で「もうおしまいなのですよぉぉぉ~~。」と言っているウィル子は放置の方向で。

 「言っておくが、私は負けた事が無い。私の人生において、負けとは死を意味していたからだ。」

 葉巻を口に咥え、ライターで着火。
 鋭い眼光でひでおを見据えながら、大佐はゆっくりと語った。

 「嘗てとある部隊に所属し、あらゆる銃器・格闘技・乗り物を扱い、世界中の紛争地帯で勝ち続けてきた。やがて、私は敵味方にこう呼ばれるようになった……ジョージ・ブラッドフィールド(流血地帯)と…。」

 ライターの火で照らされた大佐の顔には、彼の言葉を証明するかのように、重ねられた数多の古傷……そして、多くの修羅場を潜り抜けてきた歴戦の軍人としての風格があった。
 
 「これが君に与えられるヒントの全て…よく吟味し、勝負方法を決めると良い。」

 言いたい事を言って気が済んだのか、大佐は美味そうにゆったりと葉巻を吸い、煙を吐き出した。
 ヒントと言ったが、これは寧ろ精神的な有利の確立のためだろう。
 聞けば聞くほどに追い詰められていく、そういう内容だ。
 その余裕の溢れた言動に、周囲の観客はおぉぉ…、とその度胸と自信に対する感嘆の息を漏らした。

 「す、すげぇ…なんて自信だ。」
 「怖いものは無いのか…?」
 「流石は優勝候補だ…。」

 (そう、血塗られた過去に裏打ちされた絶対的な自負…それこそがジョージ・レッドフィールド!…さぁ、この強敵を相手にどう出る、ヒデオ…!)

 観客に紛れる形で静かに観戦するリョータは、この先の展開に密かに期待していた。
 ヒデオなら、何か思いもよらない事をしでかすんじゃないか?
 無論、師である大佐の力量は把握している。
 だが、それでも、リュータはひでおに期待を寄せる…良き宿敵(とも)と認めた相手に。
 そして、それは誰もが思いもよらぬ形で現実となる。

 「……はぁ……。」

 周囲からの注目を集める中、ひでおは疲れた様に溜息をついた。

 (さて、何が出る…。)

 大佐はひでおの一挙手一投足すら逃さないと、目をこらしながらも、どんなルールが決められるかを推測していく。
 相手は相当の手練であり、隙も無い。
 絡め手に関しても、コンピューターウイルスだという少女もいるので、サポート面でも同様だ。

 そして、ひでおは何かを確かめる様に右手を握ったり、開いたりしているだけだった。

 (確実に勝利できるルールを考えているのか?)

 確かに自分相手に確実に勝つには吟味する必要があるだろう。
 大佐はそう判断したが、しかし、そこで彼はこの都市に来て一番の驚愕を得る事となる。
 



 ひでおは正直に言って……困っていた。
 間違いなく正道では勝てないであろう強敵、ジョージ・レッドフィールド大佐を相手に多数の観客を周りに置いた状態で、何らかのルールに則って勝利しなければならない。
 先ずは状況を確認しておこう。
 今は大会初日であり、選手達はまだ勝負するには足踏みをしており、自分達が最初だ。
 相手は優勝候補と目される大佐と軍用犬のロッキー。
 素の戦闘力もそうだが、長い軍事活動で精神力も並ではないだろう。

 更に極め付けは、観客がいるから余り手の内を晒す事も出来ないという事だ。
 
 例えば、ここで「アレ」を出して勝利しても、切り札が一つ失われ、今後の勝負に置いて何らかの問題が出る可能性がある。
 また、通常の戦闘などでもこちらの力量を悟られる可能性も高く、そもそも、通常の戦闘では到底大佐に及ばない。
 軍用犬であるロッキーに関しては無効化する手立てはあるが、それとて大佐本人が勝負を申し出ている状況では難しいし、こちらのペアも問題がある。

 「もうダメなのですよぉおぉぉぉ……。」

 宙に浮かびながら落ち込むという器用な真似をしているウィル子。
 ハッキング等の電子関係をルールとした場合、彼女は非常に強力なのだが、それをこの場で見せる事にはやはり躊躇いがある。
 となると、ここは……。

 (やはり、ハイリスクハイリターン…よりはマシだろうが、仕方ない、か…。)

 動き続ける自身の右手を見つめながら、結局賭けになる事に憂鬱になり、ついつい溜息をついてしまうひでおだった。




 『さぁさぁ、勝負方法は!?』
 「これだ。」

 言って、示す様に右拳を上げ……

 「…格闘戦か。しかし、それは私の得意分野だぞ?」
 
 大佐の念を押すかの様な言葉に、ひでおはただ首を横に振った。

 『へ?では、一体どんなルールに?』
 「ジャンケン、一回勝負で。」

 ルールを宣言した。


 …………………………


………………………………………


 ……………………………………………………
 

 ≪ハァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!?!??!?≫

 余りの言葉に、広場一杯に疑問と驚愕が乱舞した。

 「な、貴様正気かッ!?」

 誰も彼もがその言葉に面食らい、勢いのままに叫んだ。

 てかジャンケン?
 あのグーチョキパーのジャンケン?
 え、何、冗談じゃないの?

 広場に何処か弛緩した空気が流れる中、当事者の1人である大佐は周囲とは異なり、戦慄していた。

 (なんという男だ…ッ!)

 大佐が何故ジャンケンを知っているのかはこの際置いておいて…。
 だが、確かに勝敗をつけるのなら、たった一度のジャンケンでも十分だった。
 お互いにこれからも大会を勝ち抜かなければならない身。
 なら、消耗も避けられ、手札を見せずに済むのなら、それに越した事は無い。
 だから、この勝負自体はそれ程おかしなものではない。
 だが、何故態々一度だけに?
 そこまで考えて、大佐は思わず呟いていた。

 「成程、イカサマか…。」
 「そう思うなら、見破れば良い。大佐、あなただけではない。ここにいる誰でも構わない。それが判明した時点で、オレは負けを認めよう。」
 「…ぐぅっ…!」

 揺らがない。
 大佐の言葉にも、ハイリスクの極みとも言うべきこの状況にも、ひでおは全く揺らがない。
 普通に考えて勝敗は三分の一、どちらが勝ってもおかしくはない。
 だが、ひでおの無機物めいた不動の瞳に見つめられると、何かあるのではないか?何か見落としはないか?という疑心暗鬼に駆られる。
 ひでおは敢えて多くの事は語らない。
 寧ろ大佐の疑心を増長する様に、ただただポーカーフェイスを続ける……元々余り表情豊かとは言えないが…。
 沈黙は金、雄弁は銀……二度目での知り合いに、そんな言葉を教えられていたからだ。

 (ありがとう預言者様、ありがとう堕天使様。何時かお祈りさせてもらいます。)

 その場合、神殿協会にすべきか、寺にすべきか悩み所だ。
 マリーチは神殿協会の預言者だが、同時に摩利支天という陽炎が神格化した仏教の守護神でもあるため、そこら辺が曖昧なのだ。
 …何故か夜空に笑顔でサムズアップするマリーチが見えたが、幻覚だろう。


 さておき


 (イカサマだとすれば、何処かにタネがある筈…。)

 もし、それが判明すれば即座に自身の勝ちとなるが……。

 (何処に仕掛ける要素があると言うのだ…ッ!)

 自分で言っておきながら、ジャンケンという至極単純なこのゲームにはイカサマのしようが無いのだ。
 無論後出しという手もあるが、そんな稚拙な真似は直ぐに解る。

 (なら、本気でジャンケンで勝敗を決めようと言うのか!?)
 
 『な、なんと驚きのジャンケンでの一回勝負!こんな事があって良いのかぁっ!?』
 「霧島嬢、出来れば音頭を。」
 『あ、はい。任されました。』

 そして、大佐の苦悩を余所に、準備が整えられた。
 ここまで来たのなら、後はもう互いに運任せだ。

 (そう言えば、昔はコイントスで戦友達と賭けたものだな…。)
 
 『それでは、最初はグー!』
 
勝負という勝負に大佐は勝ち続けてきた。
 だが、ここまで緊張する勝負が今までどれ程あっただろうか?
 少なくとも、命の危険の無い状態でこれ程の緊張を強いられる経験は無かったと断言できる。

 『ジャンケン……』

 そして、右手を構えて……

 (…これ以上何をするでも無い、か…。しかし、少なくとも私の目にはイカサマの手は見えなかった。)

 そして、ほんの少しゆっくりと互いの右手が突きだされた。

 (頼む…。)

 信じてもいない神を相手に、もう何度目か解らない祈りを捧げた。
 多くの観客達もグッと固唾を飲んで沈黙しつつ、目だけは2人の手から逸らされていない。
 そして、勝利の女神が微笑んだのは……

 
 『こ、これは……パーとチョキ!ヒデオ選手の勝利が確定しましたーーー!!』

 
 ひでおの方だった。
 宣言と同時、中央広場には歓声が轟き渡った。

 『聖魔杯は大波乱の幕開けか!?勝者はヒデオ&ウィル子ペアだーー!!』
 「っは!?一体何が!?」
 
 大歓声の中、漸くウィル子が正気になった。
 しかし、今一状況が飲み込めず、混乱しているようだった。
 …後で説教付きで説明してやろう。

 「…負けたのか、この私が……。」

 信じられないという顔をしながら、大佐がその場で膝をついた。
 当然だろう。
 ひでお自身も彼に勝てるとは思っていなかったのだから。

 「や、やったのですよマスター!すごいのですよマスター!」
 『大会開始十分にして優勝候補が敗れるという大波乱!これからどうなっていくのかー!!』

 ウィル子の歓声と、霧島嬢の声と観客の大喝采が轟く中、ひでおは静かに大佐に声をかけた。

 「…もしここが戦場なら、あなたは絶対に手段など選ばせなかった。命が懸からない戦場だからと、あなたは油断してしまった。」

 大佐の最大の敗因、それは今言った通り、ひでおにルール選択の権利を譲った事だった。
 他の多くの分野では、ひでおが相手なら彼は絶対に負ける事は無いだろう。
 
 「ふ、ははっ……確かに、君の言う通りだ。」

 身体を起こし、慰める様に脇に控えていたロッキーの頭を撫でながら、大佐は思う。
 思えば、殺しが御法度と聞いた時から、所詮はゲームだと思っていた。
 だが、ひでおはそれを的確に突いてみせた。
 そして、隙を突かれた大佐は敗れ、ひでおは勝ちを拾った。
 ただ、自分が油断しただけだが、それを見逃さなかったひでおの眼こそ称賛するべきだろう。

 「なんという皮肉だろうな…。」

 それだけを言って、大佐とロッキーは未だ歓声の冷めやらぬ中央広場を後にした。
 
 
 
 「残念だったな、大佐……まぁ、あんまし気ぃ落とすなよ。」
 「リュータか……。」

 大佐の斜め後ろから、リュータが慰めの言葉をかけた。
 普段なら絶対に言わないであろう言葉だが、師である大佐のあまりの落ち込み様に、思わず声をかけてしまっていたのだ。

 「あの青年、君が見込んだだけはある様だ。」

 そして、吹っ切れる様に笑いながら言った。

 「…彼こそが真の戦士だ。」


 こうして、優勝候補レッドフィールド大佐&ロッキーのペアは大会初日にしてリタイアした。



 
 間も無く朝になるという時間、ひでおとウィル子は地図を見ながら最寄りの住居へと足を向けていた。

 「まさかマスターがイカサマの天才だったとは!さぁさぁ、何をしたのかウィル子にだけこっそり教えるのですよー!」
 「…生憎と、何もしていない。」
 「………………………………………………………………………………………ハァ?」

 余りの事実に、ウィル子の顔が顔面崩壊と言うべきか、形容しがたい表情になった。

 「ななな、何を考えているのですかーっ!!それじゃ本当に運任せの天任せ…!勝ったから良いようなものの!!」

 大噴火とでも言うべき怒りを見せ、ひでおにチョップを連打するウィル子。
 彼女の怒りはもっともだが、ひでおにもそうしなければならない理由があったのだ。
 「勝負を受けた際の勝率は殆どゼロだった。しかし、ジャンケンなら三分の一にまで上がる。それも、殆ど労せずに、だ。」

 ひでおはウィル子に言い聞かせる様に、ゆっくりと説明していった。


 そもそも、普通の勝負なら大佐が勝って当然であり、それ故にひでおは勝負の結果に対しても諦めにも似た感情があった。
 勿論、負ければそれまでの話だ。
 そして、もし勝った場合、とんでもない程のリターンを得られる。
 大佐という強豪を然したる労も無く排除し、これから起こるであろう数々の戦いをする上で、少なくともこちらの戦績を知る者は二の足を踏み、隙を見出す事が出来るかもしれない。
 つまり、無駄な戦いをして、消耗する事が無くなるのだ。
 そして、然して戦闘力が高くない自分にとって精神面での有利は大きな武器となる。
 …腕に自信のある者しか挑戦してこなくなるという弊害もあるが、この場合、仕方ない事だろう。

 また、大佐に勝つにはあの瞬間しか無いという理由もあった。
 この大会が始まり、ルールの隙を突けるのは恐らく今日限り。
 そして、命の危険が無いという状況で、大佐が油断している状態。
 しかも、こちらには相手の情報があるが、向こうにはそれが無い。
 この三点の有利を見逃す程、ひでおは馬鹿ではない。

 「それに、勝機が無かったと言う訳じゃない。」

 昔々…二度目の方の最初の頃。
 まだ魔王制が存続していた頃の話だ。
 当時、えるしおんは身体能力の補助系、或いは強化系の魔法を研究していた。
 その関係で人体の構造にもかなり精通していた。
 そこで持ち前の記憶力と演算能力を駆使して、大佐が出す手を筋肉の動きから予測したのだ。
 基本的に人間と魔族・魔人は魔導力を秘めているかどうか位しか大きな違いが無いため、応用するのは簡単だった。
 また、大佐の服装が袖無しの野戦服であった事も幸いした。
 ひでおが実際にやった事は並列思考を展開し、大佐の筋肉の動きを知識に照らし合わせて手を予測しつつ、それに勝てる手を後出しにならないように気をつけて出した事位だった。

 なお、何故土壇場でここまでスムーズに出来たかと言うと、これが初めてではないからだ。
 二度目において、側近A・Bとの間で面倒な仕事を押し付け合う時にジャンケンをして勝敗を決めていた経験があったからだ。
 御蔭でジャンケンにおいては連戦連勝、実に百回以上は勝ち星を上げていただろう。
 …後日、タネがばれてて三人で自身の筋肉の動きにまでフェイントを織り交ぜた無駄に高度過ぎるジャンケンが2000年近く続く事になったのは準黒歴史に登録されていたりする。

 という事を二度目の事を微妙にぼかしつつ、ウィル子に説明した。

 「と言う訳だ。」
 「…まぁ、取り乱していたウィル子が悪いですし、結果オーライですよね。」

 はぁ…、とこちらを見て憂鬱そうな溜息をはくウィル子。
 …なんだ、その「この人って…」な駄目亭主に向ける様な無言の視線は。
 確かに相談も無しに勝負を受けたのは悪かったが、上記の理由通りアレしか無かったんだってば。

 「ちなみに他の勝負方法とかは無かったのですか?」
 「一応ロシアンルーレットやコイントスとかも考えてはいたんだが……。」
 「前者は殺しは御法度ですし、後者は完全に運任せですもんねー。」
 
 弾丸の位置によって重心やらバランスやらが変化するから、後はそこから銃弾の位置を並列思考で逆算すれば良い。
 だが、これだと大佐が本気になる可能性も高いし、ルール違反でもあるので没案となった。
 コイントスは勝率5割だが、同時に敗率も5割なため、ハイリスクハイリターンの極みであるため、やはり没案となった。

 「ロッキーに関してはもっと簡単だ。」

 腕に布を巻きつけて、敢えて噛ませる。
 その後は目を潰すなり、窒息させるなり出来る。
 注意すべきは踵などの急所を噛まれないようにする事だ(動物の狩りの仕方でもある。これをやられると早く動けなくなり、獲物はやがて衰弱、餌食になる。)
 若しくは広場内にある料理や食材の内、あるものを使えば対処できる。
 即ち、匂いの強い食べ物だ(香水でも可)。
 
 「例えばシュールストレミング。」
 「なんで世界一臭い缶詰ですか!?普通、ニンニクとかでしょう!?」
 
 何故か広場にあったスウェーデン印の缶詰の存在をウィル子に話す。
 …本当、一体誰があれを食べるんだろうか?
 
 「他にもホンオ・フェ(韓国のエイ料理)やキビヤック(イヌイットの誇る海燕の発酵食品)もあった。」
 「だから!一体誰得なのですか!?」
 
 ウィル子が行き場の無い突っ込みを続けるが、答えは自分も知らないので答えようが無い。
 恐らくだが、あの世界の臭い食べ物シリーズはみーこ様も食べるまい(以前、ナマコは食べなかったし)。
 
(何が悲しくて臭さのあまり化学兵器に間違えられる様な食べ物を食さねばならないんだ……。)

 ちなみにシュールストレミングの缶詰には実際に警告文でそう表記されている。
 なお、実食する場合、服や手についても簡単に匂いは落ちないし、口臭もすごい事になるので覚悟しておこう。
 カッパやゴーグル、ゴム手袋や各種消臭剤等で匂い対策をしても暫く尾を引くので要注意。
 
 「ま、まぁ良いです。取り敢えず、今後に向けてさっさと今日は休みましょう。」
 「…もう間も無くだ。今日は早く寝よう。」

 
 そうして、初めての勝利を得た2人は寝床の確保へと向かっていった。











 「にしても、随分思い切ったやり方でしたね。」
 「クスクス!ここぞという時の決断力は相変わらずね。本当、視てて面白いわ。」
 「うーん、それにしても何時接触しましょうか?私としては早い所再会したいんですけど…。」
 「じゃぁ、明日にでも会いに行きましょうか。私も早く直接OHANASIしたかったし。」
 「なら、明日に備えて、私達も今日は早めに休みましょう。(何か不穏な感じが…)」
 「うふふ、クスクス♡…待っててね、ヒデオ…。」
 「明日が楽しみですね♪」(ルンルン♪)


 「所で、宿は何処にしましょうか?」
 「…主要な所はもう一杯みたいねぇ……。」
 「…まさか、宿無しですか?」
 「…………………うん、そうみたい♪」
 

 ひゅるり…と2人の間に寒風が吹いた。



 

 
 

 

 はい、VISPです。

 言いたい事はもう一つの第4話に上げてありますので、こちらでは一部の方の疑問などにお答えしたいと思います。
 

 先ず第一に、臭い食べ物シリーズですが、思いついたのは単に「犬を無効化するなら…」という考えで臭いものを調べた結果です……あのマンガは何度か見た事がありますがww
 なお、犬の無効化に関して「腕に布を…」はマスターキートンからのものです……生憎と水辺はありませんが…。
 

 そして、原作ヒデオとひでおの能力ですが、ここで解りやすい早見表をば

 大佐>>越えられない壁>>>>>>>ひでお(体力多めの一般人)>>>原作ヒデオ(引き篭もり)

 となります。
 と言うか、どうやったら多少体力多め程度の文官出の人材が百戦錬磨の超ベテラン軍人に勝てるんじゃいww
 勇者(笑)の方がまだ見込みがあるわww

 それと大佐を優勝戦近くまで持っていく案があったのですが、それをやるとヴェロッキア戦のフラグが潰れちゃいますので、流れ自体はほぼ原作通りとなりました。


 最後に、何だか最近感想板の方が白熱していますが、ここで作者の脳内のひでおに関する独自設定の一部を公表したいと思います。

 元々暗い魔王城で厳めしい、又は美系の魔族・魔人に囲まれていたえるしおんにとって見た目の醜美は然したる問題ではありません。
 本当に大事なのは能力と人格です。
 また、相手の見た目に騙されず、本質を見抜いてくる預言者様が身近にいるため、仕事上で必要な時以外は自身を飾ろうとは思いません。
 このため、相手の見た目ではなく、中身を評価してくる者に信用を置く・又は警戒する癖の様なものが付いています。
 これがひでおになっても中々抜けず、未だにそのままになっています。
 …時々、目が合っただけの子供に泣かれて傷つきますが…。


 



[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第五話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:42
 
 第5話


 災難は忘れた頃にやってくる





 「……知らない天井……。」

 お約束な発言をしながら、起床した。
 体内時計では大体7時半頃といった具合だろうか?

 『あ、起きましたねマスター。』

布団から起き上がると、電源が繋がれたノートパソコンのディスプレイからウィル子が声をかけてきた。

 「今は何時だ?」
 『現在7時37分20秒なのですよー。』

 正確な体内時計に感謝しつつ、布団から抜け出し、台所に行って蛇口を捻って水を出し、頭を覚まさせようと顔を洗う。
 
 (先ずは食糧の確保。次に情報と一応得物だな。)

 顔を洗いながら、はっきりし始めた思考で今日の予定を立てるヒデオだった。





 大佐との勝負の後、ひでおとウィル子は最寄りのアパートを住居と定めた。
大家とは会ったのだが、まだ日の出前の深夜とも言える時間帯であったため、挨拶と簡単に手続きだけにして、正式な手続きは明日にする事にしたのだ。
そして、ウィル子のPCのプラグを繋いで、備え付けの布団を出して寝たのだ。

「ウィル子。オレは一先ず最寄りのコンビニにでも行って来るが、君は予定はあるか?」
「私ですか?う~ん…特に予定も無いので、マスターとご一緒します。」
「そうか、なら行くぞ。」
「はーい。」

そして、身支度を整え、さぁ出かけようか、という時にノックが鳴った。

「…KYですね。」
「…仕方あるまい。」
 『ヒデオさーん、大家なのですニャ~。』
 
 コンコンコン、と再度ドアがノックされる。
 その声と話す内容から、昨夜会った猫耳の可愛い大家さん、ミッシェル嬢だろう。
 仕方無い、と気を入れ直し、ひでおは扉を開けた。

 「おはようございますなのニャ。やっぱりもう起きてましたかニャ。」
 「おはようございます、大家さん。」

 機嫌の良さそうな声で朝の挨拶をするミッシェル嬢と、一応アパートを借りている身なので敬語を使うひでお。
 二度目ではマルホランドのレストランでウェイトレスをしていた彼女だが、猫の獣人ワーキャットであり、意外とその戦闘力は高かったりする。
 要人も参加するパーティー等では、耳と尻尾を偽装して給仕の姿となって警備に就く事もある程だ。
 なお、料理の腕もかなりのもので、二度目のマルホランド内女性ランキングでは必ずTOP5にランクインする……主に家庭的な所とその猫耳・尻尾と幼い容姿の御蔭で大きなお友達の心を鷲掴みにしているため。
 
 そんな彼女だが、今回は運営側としてこのアパートの大家としてこの都市にいるらしい。

 (恐らくバーチェスからの監視…否、スカウト目的か?)

 まぁ、大体そんな所だろうと当たりを付けている。
 とは言え、普段は優しい大家さんを演じるらしいので、そこは甘えておくとしよう。

 「あ、そう言えば昨夜お隣に入った人達がご挨拶したいそうですニャ。」

 そう言って、彼女はドアから一歩退いて、脇にいてひでおの視界に入っていなかった2人を前に出した。
 そして、ひでおはその2人の人影に挨拶しようと顔を向けて……


 「うふふ、クスクス♡…初めまして、ヒデオ♪」
 「初めまして、ヒデオさん。」


 素早くドアを閉めた。
 次瞬、数秒で錠・チェーンを閉めて、靴をはいて逃走の準備をする。
 その間、向こう側から怒りと執着を示す様にドンドンドン!ドンドンドン!と激しくドアが叩かれる……と言うより、殴られていた。

 「ウィル子、脱出だ!!」
 「へ?な、何がどうな……」

 疑問は後とばかりに、ひでおは何かを話す途中のウィル子を俵の様に肩に担ぎつつ、全力で窓へダッシュした。
 PCは置いてきぼりだ。
 後で新品を買うなり、他のPCをクラッキングしてしまえば良い。
 一先ず、今は逃走する事こそが肝要だと、全力で身体を動かす。
 きっと、今の彼なら世界新記録を達成してくれる事だろう。
 そんな惚れ惚れする程に見事なスタートダッシュだった。

 ドバギャッッ!!!!

 ドゴン!ドゴン!と先程よりも派手に叩かれていたドアが遂に派手な破砕音と共に突破され、ドアノブだけをそのまま残して、砕けかねない勢いで開いた。
 そして、ドアの向こうから姿を現したのは、十字教のシスター姿の女性だ。
 ボブカットの輝く金髪、キリッとした知的な美貌、スレンダーな体格をした如何にもできそうな女性。
 その何処か見覚えのある容姿に、脳内警報が最大級の警鐘を鳴らし、その勢いのままに窓ガラスにタックル、空中へ身を投げた。
 だが、ひでおは即座にその判断を後悔した。

悲しい事に、彼の追手は常識の外の中でも更に非常識な者達、アウターとそれに対抗できる数少ない存在のコンビだった。

 「はぁい、Welcome♪」

 2階の窓の向こうにある空中。
 そこには回り込んできたであろうにっこり笑顔の少女(凡そ小学生程度)が背に片翼を生やして浮かんでいた。
白ローブ、白杖、襟元の鐘、閉じた瞼に芸術品の様な美貌と、やはり非常に見覚えのある少女だった。
 その白尽くめの少女に対し、既にひでおの身は空中にあり、魔法も使えぬ彼では方向転換も急ブレーキも加速もできない。
 不意に展開した並列思考の一つが、妙な事を考えた。


「知らねぇのか?魔王からは逃げられないんだぜ、っはっはっはっは!!」
「もう諦めるしかないんですー。」

何故か脳裏にかクーガーが酒を飲み、セリアーナが酌をしながら稲荷寿司を食べるというアレな光景が広がった。


 あぁ、うん。
 確かにその通りだけどさ、もっとマシな事言えなかったのかよ友よ。

 その思考を最後に、次の瞬間、ひでおの意識はブラックアウトした。
 





 「全く!再会早々逃げ出すとか何を考えているんですか!?」
 「真に申し訳ございません。」

 十分後、オレは先程脱出しようとしていたアパートの一室で畳の上で正座させられ、教皇もといマリアに説教されていた。
 あれから捕えられたひでおは元の部屋に戻され、ウィル子は「身内での話し合いがある」と無理を言ってミッシェルの部屋に預かってもらっている。
 一応PCも一緒なので、巻き込まれる事も無い……と思いたい。
 なお、2人がこのアパートに入居しているのはひでお達を広場から追ってきたからだ。
 …本当はもっと豪華な所に行くつもりだったが、全部埋まっていたからという身も蓋も無い理由もある。

 「クスクス♪そろそろ許してあげたら?ヒデオも本当に反省してる様だし♪」
 「まぁ、確かに…って、何でヒデオさんの膝の上に乗ってるんですか!?」
 「うふふ、クスクス!身体が小さいって便利ねぇ?」

 そして、何故か幼くなっている預言者マリーチことマリーは、現在オレの膝の上を独占していた。
 …と言うか、2人ともそんなに仲良かったっけ?

 「うふふ…あの時から和解したのよ。また2人で争ってあなたに何かあったらと思うと…ね……。」
 「ですね……あの後は苦労しました…。」

 しみじみと頷く2人といい加減に膝が痺れてきたオレ。
 如何に小学生サイズと言えど、人一人分の重さを膝の上に乗せ続けるのはきついものがある。

 「えい☆」

 からろん♪

 「ごはぁぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁ!!?!?」

 ある種懐かしさすら感じる痛みに、ひでおは当然の如く悶絶し、畳の上を転げ回った。
 …ちなみに、マリーは既に中空に退避している。

 「うふふ、クスクス!…乙女の体重の事を考えるなんて、ダメよ?」
 「…ヒデオさん、もう少し女性に対して紳士的にしないとダメですよ。」
 
 全く、といった雰囲気で叱る2人と叱られるオレ。
 …理不尽だ、とは思わない。
 確かに女性の体重に関して追求する事はマナー違反だと思うが………せめて、せめて内心で考える位は許してほしいものである。
 
 「ダメです。ひでおさんは私達2人の事だけを考えてれば良いんです。」
 「クスクス♪…とは言っても、そうはいかないのがあなたなのよねぇ。」

 はっきりと自身の欲望を告げるマリアと現実を告げるマリー。
 オレはと言うと、正直困っているが…まぁ、良いか、と割と直ぐに諦めた。

 「さて、いい加減君達の境遇を説明してくれないか?そちらはマリーチがいるからこちらの事は調べ済みだろう?…それに、あの世界はどうなったんだ?」
 「うふふ、クスクス♪せっかちはいけないわよ?」
 「ですが、ここで説明しておくべきではありますね。」

 

 私達にとっては今から7年前の事です、とマリアが前置きしてから語り始めた。

 あの日、オレが2人の喧嘩に巻き込まれて死んだ後、勿論の事ながら大騒ぎになった。
 結局、法王庁ならびにイスカリオテ上層部によって表向きは爆破テロとして処理されたが、この事件は加害者2人にとって、新たなトラウマを刻みつけて余りあった。
 結果、2人は半ば呆然自失としながら日々を過ごした。
 しかし、幸いにも2人ともえるしおんの影響か、呆然としながらも仕事はきっちりとこなしていた。
 だが、内心で2人はどうにかしてえるしおんを蘇えらせられないかを検討していた。
 そして、えるしおんが死んでから半年後、『天』にて聖四天筆頭のマリアクレセルに相談する事となった。
 だが、帰ってきた言葉は無情なものだった。
 既にえるしおんの魂は世界に溶け、輪廻しており、他の世界にあり、器しか用意できない、と。
 これを知った2人は愕然としたが、此処でめげる程諦めの良い2人ではなかった。
 2人は綿密に話し合いを重ね、今後はえるしおんの事で争う事を止め、えるしおんの魂を追いかける事を決定した。
 本来なら輪廻する魂を追うなど不可能なのだが、その辺りは流石億千万の眼、無限に近い並行世界の中から2年掛かったものの、見事にえるしおんの魂を捕捉した。
 その間、教皇は自らの後任の選定と育成・今の世界情勢の変化に備えて、法王庁とイスカリオテの体勢を整えていた。
 法王庁は兎も角、イスカリオテに関しては反発があったが、側近A・B両名を引き込む事で辛うじて対処した。
 元々やろうとしていた事がえるしおんの目指したものと近かったため、協力を取り付ける事が出来た。
 そして、今度は秘密裏に魔殺商会のドクターこと葉月の雫も引き込んで、学術都市と技術提携しつつ、世界間移動の研究を開始させた。
 それから更に3年後、鈴蘭達新生ゼピルム一派ならび魔殺商会に「これから『天』は新しい世界の仕組みを実行する。止めたければ攻めて来い」と宣戦布告。
 結果、最終的には双方の総力戦となり、ほぼ史実どおりに決着(違いはマリーチが最終的に降伏した事)、鈴蘭は力を失い聖魔王となった…………同時に、魔王すら殺しかねない程の仕事に忙殺される事となったが。
 2人は負けたのと後釜が十分に育った事を理由にあっさりと表舞台から退場し、後釜を後任の教皇とショーペンハウアーに譲った(押し付けたとも言う)。
 その後、世界が鈴蘭の元に安定化した事を確認すると、完成した次元移動装置に乗り込んでこの世界に来たのだそうな。
 ここまでで凡そ7年の月日が経ち、元教皇は21歳になっていた。
 
 なお、2人だけでやっていれば、この三倍近い日数が掛かったらしいが、予め優秀な人材がスカウト・教育されていたため、意外と早くに終わったらしい。
 …それに関しては嘗て大いに尽力していたであろうひでおからすれば、実に微妙な気分になったが…。



 「ちなみに、マリーが姿を変えているのは『矛盾』を起こさないためです。下手に普段の姿で来ると、この世界のマリーチと統合されるか対消滅してしまうかもしれませんから…。」
 「うふふ、クスクス♪でも、この恰好も中々楽しいものよ♪」
 「…満喫しているようだな。」

 ちなみに、マリアに関しては年齢も異なる上に両親も存命だそうで無問題らしい。

 「…それで、今後の活動方針とかはあるのか?オレは一応ウィル子が神になる後押しをしようと思うんだが……君達はどうなんだ?」
 「私達も聖魔杯には参加しようと思います。…まぁ、ひでおさん程ではありませんが、鈴蘭さんに言いたい事位はありますし…。」
 「うふふ、クスクス♪私は楽しそうだから♪」

 個々の性格はやはり以前と同じらしかった。
 …まぁ、余程の事が無い限り、7年かそこらで劇的に変わるとは思えないが…。

 「君達の言いたい事は解ったが……その、非常に言い難いんだが…色恋沙汰に関してはどうなんだ?」

 これがひでおが最も懸念する事だった。
 2人が協力関係にあるため、以前の様にこの二人に諍いに巻き込まれる事は無いだろうが、その他の人物の行動や立場に殺意を抱かないとは限らない………主にウィル子とかウィル子とかウィル子とか。

 「その事なんですが…非常に、非っ常に不満なんですが……。」
 「可能な限り周囲に被害を出さないように…普通に誘惑する事にしたの。」

 その言葉に、ひでおは表情筋麻痺が疑われる顔を大いに引き攣らせた。
 現在の容姿は以前見慣れていたそれとは大きく異なるものの、どちらも美人である事には変わらない。
 そんな2人が誘惑してくるとなると、一体自分の理性は何処まで保つのだろうか?
 マリーとマリアからすれば、これもかなり大きな譲歩なのだが、ひでおには十二分に刺激的過ぎた。
 2人とも自分の美貌には自信があるし、ひでおを満足させられる(ナニをどうとは言わないが)という確信もある。
 しかし、彼を過度に拘束するのは本意ではない……同時に、ひでおには自分達だけを見てほしいという乙女心もあるため、この様な形に落ち着いたのだ。

 「…それだと、君ら二人が負ける可能性もある訳なのだが…。」
 「あぁ、その事ですけど……」

 あくまで可能性の話だが、ひでおとしては未だに嘗ての立場と面影と合わせて2人を見ているため、どうにも違和感が拭えなかったのだ。
 そんなひでおの懸念に対するマリアの返答を、マリーが引き継いで答えた。
 
 「浮気は勿論の事、つまらない女に騙されたなら……相手を殺して、ヒデオを監禁しちゃうから♪……うふふふふ、クスクスクスクスクスクスクスクスクスクス!!」

 ゾワリ、と極僅かながらマリーの身体から濃密な魔導力が吹き出た。
 並の人外なら泣いて命乞いをするような殺意を乗せたそれを至近距離から喰らったひでおは、類稀な精神力で辛うじて悲鳴を抑え込み……次いで、叱責した。
 
 「馬鹿者、影響を受ける者が出るかもしれんぞ。」
 「うふふ、クスクス!大丈夫、この部屋の外には漏らしてないわ。」

 そう言って優雅に、しかし、妖艶に微笑むマリーにひでおは溜息をついた。
 対面に座るマリアも呆れた様な表情をしているが、こちらはいつもの事と注意する気力も無いらしい。
 
 「まぁ、それはそれとして……。」

 ポスン、とマリーがまたひでおの膝の上に座り直し、それに倣ったのかマリアもひでおの後ろに回り、ぴっとり、とひでおの背中に甘える様に抱きついた。
 ひでおはそんな2人を咎めようとし……

 「…うおい、2人とも……。」
 「7年も離れてたんです。これ位は多めに見てください、先生。」
 「ふふふ……こんな良い女に囲まれて、嫌とは言わせないわよ?」
 「………全く、オレを困らせる所は全然変わっていないな、君達は……。」

 しかし、甘えてくる2人に身を任せた。
 単純に自分を慕ってくれた事もそうだが……事故とは言え、自分が途中で手放してしまった世界との繋がりとその現状を確認できた事から来る安心感が、今のひでおの無防備さを生み出していた。
 
 この世界に来てから、ひでおは何処か無理をしながら過ごしていた。
 あの二度目の世界はどうなったんだろうか?
 そんな疑問が脳裏にちらつく中、それに無理にでも蓋をして楽しげに過ごしてきた………もう終わった事だ、と自分に無理矢理言い聞かせながら。
 だが、心の片隅でいつも思っていた。
 あの世界は、あちらの人々は、自分の仲間や部下達は、今どうしているのだろうか?
 それが気になって、しかし、無理に封じ込めながらひでおは20年を過ごしてきた。
 だが、やはり何処かで集中し切れていなかったのだろう。
 学生時代、ひでおは男女交際の経験こそあるものの、半年も経たずに別れる事が多かった。
 別れ話を切り出すのは常に彼女の方で、ひでおもそれを止めないためにあっさりと別れる。
 思えば、そこで何かリアクションを起こせば良かったのだろうが、根本的に善人で真面目なひでおには本気じゃない相手と無理に付き合い続けるのは不可能だった。
 だから、旅の間も友人は多かったが、恋人になった人間はいなかった………一夜の付き合いは少なからずあったが。
 そこに形はどうあれ間違いなく自分を慕ってくれる女性が2人も来たのだから、色々と気が抜けてしまっていた。
 
 だが、ひでおはまだ気付かない。
 2人にとって、これは大きなチャンスだと言う事を。

 (ふっふっふ…先生は身内には本当に甘いですねぇ…。)
 (うふふ、クスクス!暴力は使わないと言ったけど…女にはそれ以外もあるのよ?)

 ひでおの膝と背で、ヤンデレラ達が邪な考えを抱いていた。
 そして、マリアは後ろから色々と(ナニがとry)豊かになった肢体を、マリーは色々と縮んだ(ナニがry)ものの愛らしさを増した容姿で甘え、ひでおの理性を溶かそうとした。

 ((既成事実さえ出来れば……ッ!!))

 ニタリ、とひでおの死角にある2人の顔が歪んだ。
 2人の眼はどう控えめに見ても、狩人の、捕食者の笑みだった。
 と言う風に、2人はかなり邪な事を考えていた。
 ……ちなみに、マリーが精神干渉しないのは「それじゃつまらない」から。
 もし彼女が遠慮なくそんな事をすれば、全てが上手くいくだろうが、それでは意味が無い。
 自分の魅力で口説いてこそ、初めて意味があるのだ……ちょっと正直になってもらう事はあるが。

 そして、獲物(と書いてひでおと読む)の方もまたマズイ、と油汗をかいていた。
 
 (ぬぅ……これは、早まったか?)

 先程から背中と膝にある感触に、ひでおは表面上こそ平静を保っていたが、内心では赤くなったり青くなったりしていた。

 (もしここでトチ狂った真似をしたら即BADEND…ッ!しかし、それなら正解は何処!?)

 ちょっと混乱しているひでおだった。
 考えてもみてほしい。
 背中には元教え子が抱きつき、以前からは考えられない程に成長した夢の膨らみを柔らかく押し付けている。
 膝に可愛らしくなった同盟者が愛らしさ全開で甘えてくるのだ。
 男として嬉しい限りの状況だったが、その2人とも戦闘能力だけを見れば、現在の自分よりも遥かに高いため、迂闊な事は即座に死に繋がる。
 だが、そうと解っていても、雄として色々とこの状況は辛かった(ナnry)。

 (色即是空空即是色煩悩退散煩悩退散…ッ!何か、何か無いか…この状況を打破する手立ては!)

 並列思考まで使って対応策を考える。
 しかし、茹った頭で然したるものが思い浮かぶ訳もない。


 「っはっはっは、諦めちまえって!据え膳喰わねばってよく言うじゃねぇか!」
 「もう逃げられないんですー。さっさと覚悟完了した方がいいんですー。」

 
 うっさいぞ、脳内友にその相方。
 自身の並列思考に突っ込みを入れつつ、ひでおは2人を振り払って活動を開始する覚悟を決めようとして……

 「マスター、どんだけウィル子を待たせるんですか!いい加減にしないと、幾らマスターと言え、ど………。」

 ドバン!と部屋のドアが開いて、ウィル子が現れた。
 しかし、ドアを開けて部屋の中を確認すると同時に停止した。
 
 「うぃ、ウィル子さん待って下さいニャ!ヒデオさん達はまだ取り込み中、って……。」

 その背後にいたミッシェルも、ウィル子と同様に部屋の中を覗き込んでフリーズした。

 「ウィル子さん、どうかしまし、た……?」
 『これは、また…すごい状況でござるな…。』

 そこに、今までミッシェルとウィル子と共にお茶を飲んでいた美奈子と岡丸も加わり、同じようにフリーズした。
 室内の3人も見られた事に固まり、双方共にフリーズし、ギシリ、と嫌な沈黙と硬直が漂った。
 ひでおは盛大に顔を引き攣らせ、マリアは見られた事に恥ずかしそうに頬を染め、マリーは頬に手を当て、あらあら♪と困った様に微笑んでいる。
 そんな三人の様子を見て、徐々に徐々に、ウィル子の怒りのボルテージが上昇していく。
 更に、ミッシェルは実に楽しそうにニヤニヤと笑い始める。
 その笑みは実にSっ気に溢れたものであり、そこら辺はやはり猫らしいと言うべきだろうか?
 極め付けに、美奈子が岡丸を引き抜き、怒りで顔を赤くしつつ、振りかぶった。
 
 「ぬわぁんにをやっているのですか、この色惚けマスタァァァァァァッ!?!」
 「み、未成年淫行容疑で逮捕ですーーー!!」
 
 しかし、そんな攻撃を許す程、元教皇は甘くない。
先程の甘えた様子から一変、ギラリ、とマリアの瞳が物騒に輝き、瞬時に胸元の十字架が起動、神器を召喚し、美奈子へ迎撃を開始する。


 ズドゴゴガギンッッ!!!


轟音と衝撃に、アパートは根本から激しく揺れ動いた。










 ども、最近風邪気味なVISPです。

 この急に寒くなり始めた時期、皆さんも風邪には気を付けてくださいね。
 間違っても腹出して扇風機を動かしながら寝ないようにしましょう。
 
 さて、第5話です。
 先の第4話ではかなりの混乱を出してしまったようなのですが、いや本当にすみません(汗。
 じゃんけんネタが思いついたのが、投稿した後に気分転換にゴル○13の某話を見たからだったもので、こんな形になってしまいました。
 第5話に関してですが、今回は多めに独自展開が含まれています。
 この後は大した違いこそありませんが、それでもひでおらしく潜り抜けていく予定ですので、どうかご安心を。

 それでは、次は第6話でお会いしましょう。
 







[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第六話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:42
 
 第6話

 
 災難は連続するもの




 
 大会初日の午後5時過ぎ、居住区路地
 

 「全くもう!知り合いなら知り合いだと説明してくれれば、あんな事にはならなかったんですよ!」
 「いや、説明する前に攻撃され痛い痛い痛いって。すまん、オレが全面的に悪かったからいい加減に許してくれ。」

 
 プンスカ!と解り易く「私怒ってるんです!」とばかりに頬を膨らませるウィル子と、彼女に一方的に叱られているひでお。
 そして、そのやや後ろにいるのは、あはは…と曖昧に笑っているミッシェルと未だに不満顔の美奈子。
 今、4人は買い出しの帰りであり、スーパーの買い物袋を持ってアパートへの帰路についている。
 引越しならび初戦勝利のお祝いとして親睦会を、と言う事で今夜はミッシェル嬢がアパートの住人達(美奈子&岡丸ペア、マリア&マリーペア、ひでお&ウィル子ペア)とミッシェル嬢の友人を誘って宴会をする予定だった。


 数時間程前の事だ。
 彼の入居したアパートの一室は見事に全損した。
 原因は言わずもがな、マリアが振るった神器、神聖具現改の余波によるものだ。
 美奈子の一撃を迎撃するだけならあそこまでの威力はいらなかったのだが、恥ずかしい所を見られてしまった羞恥心から、加減に失敗してしまったらしい。
 …ちなみに、美奈子は多少の打ち身をもらったが、手加減されていたために軽症で済んでいた。
 今、ひでお達は空いている部屋に改めて入居する事で、根無し草は避ける事が出来ていた。
 しかし、初日に故意では無いとは言え借りた部屋を全損させた事に関しては、修理費用を払わなければならなかった。
 そこで、「私が原因ですから」とマリアが地下にあるというダンジョンに「狩り」に向かった。
 彼女の実力なら心配はいらないだろう。
 今日中に修理費用以上の金額を軽々と稼いできてくれる事だろう。
 実際、魔物退治に関しては彼女はかなりの経験者でもある……具体的にはフル装備なら単独でダンジョンを攻略できる位に。
 …ちなみに、「じゃ、私はひでおと一緒に」とちゃっかりしていたマリーは有無を言わせずマリアが引っ立てていった……怖いもの知らずと言うか、単に遠慮が無くなっている気がする。
 
 そして、ひでおとウィル子が宴会の材料の買い出しに向かったのだった。

 「にしても、マスターの交友関係の広さに驚かされました…。」
 「…オレも、まさかこんな所で再会するとは思っていなかった。」

 呆れ混じりのウィル子に、苦笑を返すしかないひでお。
 だが、ひでおにとって彼女達との再会は非常に有意義なものだったと言える……今後の周辺被害や自身が被るだろう心的外傷は除くが。
 
 「全く!朝っぱらから女性とあんな事をするなんて破廉恥にも程があります!」
 「あはは…でも、ノックもせずに開けた私達も悪いと思いますニャ。」

 未だに怒り冷めやらぬ雰囲気の美奈子とそれを宥めようとするミッシェル。
 マリアとマリーの説得で何とか矛を収めたものの、先程見た光景が中々頭から抜けず、ひでおに警戒心バリバリの美奈子。
 マリーの説得により事無きを得たものの、恐らくこれだけでは終わらないだろうなぁ…というのがひでおの予測だった。
 美奈子は自分が喧嘩を売った存在が、この世で最も敵に回してはいけない者達の筆頭格に当たる事を知らない。
 岡丸は何か言いたげな様子だったが、言った所でどうにも出来ない事が解っているため、敢えて何も言う事は無かった。
 
 「ともあれ、買い物も終わった事だし、早めに戻るとしよう。」
 「そですニャ。私も早く仕込みをしないとですニャ。」
 「…まぁ、良いです。しかし、酒の席だからと不埒な真似は許しませんよ!」
 『美奈子殿、いくらヒデオ殿でも女性が多い場で狼藉を働くとは……。』
 「…にしても、マスターも変わったものを買いましたね。」

 ワイワイと皆で言い合う中、ウィル子がポソ…と零した。

 「ん?あぁ、これか?」

 そう言ってひでおが掲げたのは、長さ40cm程度の特殊警棒だった。
 材質は学術都市製のスーパーカーボン、伸縮機能があり、最大120cmまで伸ばす事ができる。
 主に護身用の代物であるが、流石は学術都市製、相当頑丈な作りになっている。
偶々近くのスーパーにあったため、得物も無かったひでおが自費で購入したのだ(お値段2万7000チケットの良心価格)。
 幸い、杖術には心得があるし、棒状の物ならそれなりに使う事が出来る。
 流石に大佐クラスの者には付け焼き刃に等しいが、そんな連中がゴロゴロしている訳でもないし、どの道得物は必要であるため購入に踏み切った
 他にもマグネシウムやライター、最終兵器としてシュールストレミング等、色々と役に立ちそうなものを購入した。
 …だが、収入の無い現在、既に残金は1万チケットを切っているため、何処かで稼ぐ必要があるのだが。

 『ヒデオ殿はやはり武術の心得が?』
 「達人という程では無いが、な。」
 「またまたそんニャ。やり方はどうあれ、あの大佐に勝ったのですから、もっと胸をはっても良いですニャ。」
 「マスターは本当に底知れない人ですねぇ。」

 困った。
 何やら勘違いされている様だが、これはどう解けば良いものか?
 いや、そもそも解くべきなのか?
 これはこれで利用する事も出来るのだろうが……。
 ひでおは相変わらずの表情筋麻痺状態で会話しつつ、うーむ、と悩む。
 無暗に人を欺くのは性分ではないが、それが利益に繋がるのであれば黙認するべきなのだろうか?
 要は良心と損得の板挟みだ。
 
 しかし、彼の悩みは思わぬ事態によって強制的に中断させられる事となる。


 「…あんたが大佐を倒したって奴かい?」


 ザリ…と砂利を踏む音と共に、横の路地からいやに何処かで聞いた事のあるような気がする熱血系なBGMと共に、これまた何処かで見た事のあるような気がする一人の熱血系男が現れた。

 「オレの名は柴崎甲子郎!だがッ、それは仮の姿だ!オレの正体は…ッ!」

 そして、何やらポージングと共に柴崎甲子郎が光を放った。 
 …この時点で攻撃すべきなのだろうが、生憎とまだ勝負を受けた訳でもないし、「お約束」に違反するのもアレなので、黙って見ている事にした。
 すると、、柴崎甲子郎はこれまた見た事のあるような気がする姿をなっていた。
 
 「凝・着!地球刑事ジャバン!」

 使用されている技術は確かに凄いし、浪漫にも満ち溢れているとは思うのだが………良いのか、これは?とひでおは思った。

 「こ……これはすごいのですよー!」

 そこで、歓声と共に物怖じせずにウィル子がぺたぺたとスーツに触ったが、その後ボソッと呟いた。
 
 「…でも、蒸着ではないのですか?」
 「いや…それはアレだ、宇宙刑事だろ?」

 いいのか、版権元が怒鳴りこみかねないぞ?
 ひでおはそう思ったが、藪をつつく気も無かったので黙っていた。


 さておき


「このオレと勝負だ、目付き悪怪人!!」

 
 …………………………

 
 ……………………………………


 ……………………………………………


 …………………………………………………………ふぅ……………。


 「………誰が、何だって?」
 「ま、マスター?気にしちゃいけないです、よ…?」

 ヤクザや殺し屋はまだ解るが、怪人は無いだろう怪人は。
 いきなりの怪人呼ばわりに、ひでおの額にあの皺が復活し、背後から暗黒面のフォースがドドドドドドドドドドドド…ッ!!と某少年漫画風に吹き出ていた。
 横ではウィル子が健気にも宥めようと声をかけるが、疑問符が出ているせいか、余り効果は無いようだ。
 
 「な、なんと刑事殿でしたか!?ならば、本官も助太刀いたします!」

 そこに更なる凶報が舞い込んだ。
 
 「しかし、日本の警察で地球刑事とは……。」
 「黙りなさい、目付き悪怪人!素直にお縄を頂戴しなさい!」
 「………………。」

 暗黒面のフォース、3割増強。
 それを、おおぉ…という感じで眺めるウィル子。
 既に止める事は諦め、今はひでおの暗黒面に落ちた様子に頼もしさすら感じているようだ。

 「…流石は国家権力の犬。面相が悪いだけで犯罪者扱いとはな…。」
 「む!どういう意味ですか!」
 「…解らないか。なら例を上げよう。」

 解りやすい挑発にあっさりとかかる美奈子。
 それを見て、ひでおは予想通りとでも言う様に鋭い目つきを向けながら口を開いた。

 「度重なる交通違反の揉み消し。」
 「うぐっ!」
 「度重なる暴力団との癒着。」
 「いやーっ!」
 「度重なる誤認逮捕。」
 「そ、それは制度上仕方ないですし、別に違法でも……!」
 「一度でも逮捕された者は、その後の人生に大変な苦労を強いられようともか?」
 「いや、その、はい……大変、遺憾に思ってます、はい。」

 美奈子、ひでおの切れ過ぎる眼光と正論に敗北。
 違法じゃなくとも問題がある事なんて日本だけでも幾らでもあるのだ。
 最近では検察の汚職も目立つが、それはお門違いなので置いとくとして。

 「ふん、そんなものは日本の極一部に過ぎん!それにオレは地球刑事!そんなちっぽけな正義も霞む、超正義!!」
 
 腕を組み、それが当然だとでも言う様に胸を張るジャバン。
 しかし、ひでおから見れば傲慢そのものに見え、怒りのボルテージが上がっていく。

 「あのー……刑事殿?」
 「法の無いこの都市では、このオレこそが法!このオレの超正義を世界へ広めるため、優勝へのヴィクトリーロードを邪魔する奴は全て悪!即ち、オレ以外の参加者は全て怪人!」
 
 よし、ぼこったら十字に張り付けて鴉の多い場所に立てて、鳥葬しておこう。
 ひでおはジャバンの言葉を右から左に流しつつ、処刑法を決めた。

 「ほ、本官もですか!?」
 「心配する事は無い。このオレと一緒に戦い、最後の良い所で勝ちを譲ってくれれば……新たな超正義の世界で、君を副長官に任命しよう!」

 やっぱり、局部麻酔をして頭蓋骨の中身を強制的に見させた方が良いかな?とひでおは思い直した。
 …ちなみに、これをやると発狂するという、一部では知られた拷問法だったりする。
 他にも音も光も一切無い空間に放置とか、意味の無い単純な作業を延々と繰り返させるとかもある。
 詳しくはグーグル先生にでも聞いてね。


 さておき


 「で、勝負するのかしないのか!」
 「…では、受けよう。」
 「おお、マスターが殺る気に!」

 字が違うぞ。
 
 「まぁ、命は取りませんよね。それやったら失格ですから。」

 そうだな、うん。
 命は取ったらダメだよな、命は。
 ……それ以外は保障しないが、な…。

 きっちりヤル気になっているひでおだった。
 
 「では、勝負成立と見なして私がジャッジしますニャ。」

 先程から空気になっていたミッシェルが運営側として審判役を買って出た。
 彼女の獣人特有の動体視力なら、間違っても不正その他は見逃さないだろう。

 「よぉーし!マスター、このまま勢いに乗りましょう!」
 「…で、勝負方法はなんだ?」
 「…何?そうか、やはりな!」

 突然、何を思ったのか、ジャバンは腰に装備していた近未来的なデザインの銃を抜き打ち、ひでおに向けて光線を放った。
 しかし、その行動を半ば予想していたひでおは手持ちのビニール袋を射線上に放り投げる事で盾代わりに使用、防御した。
 …なお、光線は純粋なレーザー兵器という訳ではなかったようで袋自体は無事だった。
 
 「ふ、ジャバン・ブラスターをそんなもので防ぐとはやるな!」
 「ななな何をやってるんですか、大家さん反則ですよ!?」

 ジャバンの奇襲(とも言えない不意打ち)に、美奈子が慌ててミッシェルに不正を叫んだ。

 「それが……反則ではないのですニャ。」

 ミッシェルが困った表情で説明を始めた。

 曰く、昨日ひでお達が帰宅後、勝負を始めようとした参加者達だったが、全く勝負方法が決まらないという事態になった。
 そこで、大会本部は基本ルールを設定、勝負方法が決まらない場合、これを適用する事を決定した。
 その内容は「勝負方法が決まらない内に勝負が成立した場合、勝負方法は強制的に戦闘となる」というものだった。
 
 …せめてランダムにするなりすれば良いのに、とひでおは思ったが、昨夜のうちにルールの隙を突いた人間の言い分では無いだろう。
 なお、そういった事になると昨夜の内に予想していたひでおはあっさりとジャバンの不意打ちに気付き、対処する事が出来たのだ。
 
 ちなみに、ひでおはミッシェルの話を聞きつつ、投げ捨ててしまったビニール袋の中身が破損していないか調べていた……のん気である。

 「ちなみに、オレはジャバンとの勝負は受けると言ったが、北大路女史との勝負は受けた覚えは無いんだが。」
 「その場合だと、美奈子さんが手を出すのは反則になりますニャ。」
 「さらっと相手側の戦力を削るとは、マスターも鬼ですねー。」

 しかも、抜け目なく美奈子の参戦までも阻害していた。
 
 「うーん……じゃぁ本官は傍観に徹します。」
 「何!?裏切るのか婦警!」
 「…さっきから聞いていれば自分以外は怪人呼ばわり、更には正義でありながら不意打ち。あまつさえ自身が法などと言う傲慢!そんな方に正義があるとは、私はどうしても思えません!」
 「ぬぅぅ…ッ!?」

 決然と言い切る美奈子に気圧されるジャバン。
 ひでおとしては、もっと早くに気付けよ…という気持ちだが、無粋なので言わなかった。

 「…ふん。ならば、あの目付き悪怪人を倒した後に貴様を倒してくれる!」

 言い捨て、今度は腰に刺していたサーベルを引き抜き、ひでおに向かって斬りかかった。

 「喰らえ、ジャバン・ソード!」
 「…………………。」

 だが、まだビニール袋を持っていたひでおは、慌てず騒がずに何時の間にか手に持っていたライターを着火した。
 瞬間、その場に閃光が発生した。

 「うひゃぁ!?」
 「きゃっ!?」
 「ニャァ!?」
 「ぐぉ…ッ!?」

 突然の事態に、住宅街の路地に驚きの声が上がる。
 響いたのは美奈子、ウィル子、ミッシェル、そしてジャバンの声。
 そしてもう一つ、何か金属同士がぶつかり合った様な衝突音だった。

 「ぐぬぅ!一度ならず、二度までも!」
 「見た目に違わず、頑丈だな。」

 顔の下半分を抑えて、よろよろと後退するジャバンと、それを鋭過ぎる目付きで見据えるひでお。
 ひでおは先程買った特殊警棒を持っており、既に60cm程に伸ばされている。
 そして、何故かひでおの足元には先程のライターとビニール袋の他にもう一つ、掌大の小箱があった。
 
 「砕けたマグネシウムリボンで閃光を!?」

 美奈子の言葉、それを否定しない事でひでおはそれが正解である事を肯定した。
 落としたビニール袋を確認していたのは、単に装備を整えるだけではなく、次に仕掛けて来るだろうジャバンを油断させ、的確に迎撃するためだった。
 しかも、今の時刻は夕方であり、周りは暗くなり始めている。
 ジャバンのセンサーもそれに対応して感度を上げていた状態であったため、センサーに焼き付きが生じてしまったのだ。
だが、ひでおの場合、着火するタイミングが解っていれば、マグネシウムの発光も一瞬だけのものなので、タイミング良く目を瞑ればある程度は防げる。
 その時、ジャバンはひでおに向かって大上段にジャバン・ソードを構えて攻撃しようとしていたため、その動きは並列思考を使って計算すれば簡単に予測できるものだった。
 無論、ジャバンが動揺して急停止しようとする事やそのままジャバン・ソードを振り下ろそうとする事も考慮した立ち位置で、ジャバンが停止し切る前に仕掛ける等抜け目は無い。
 後はジャバンの装甲の比較的薄い、或いは装甲があまり関係無い部位、首や顎、関節部を攻撃すればいい。

 「くぬぅ…ジャバン・スーツを着ているというのに、ここまで効くとは……。」
 
 そして、ひでおが選択したのは顎先。
 人体の急所の一つであり、上手く揺らせば脳も揺れ、足がまともに動かなくなったり、最悪の場合は気絶する事もある。
 ジャバンの顎先が来る位置に警棒の先端を構え、どっしりと重心を低くする事でひでおはジャバンの勢いをそのまま攻撃に利用した。
 要は、地面に突き刺さった棒に自分から突進したようなものである。
 
 しかし、スーツの防御力か、本人のタフさか、それともひでおの手足が安定していなかったのか、ジャバンは多少のダメージを受けてふらついているが、しっかりとジャバン・ソードを構えたままだった。

 「さて、まだやるのか?」
 「当然!地球刑事はこの程度の窮地で諦めん!」
 
 若干ふらついたまま叫ぶジャバンに、ひでおは警棒を1m近くまで伸ばし、身構える事で返答とした。
 大佐の様な総合力は無くとも、一対一の白兵戦ならジャバンはかなりの実力者だろう。
 ひでおとしては先程のカウンターで終わりにしたかったのだが、こうなってしまっては仕方ない。
 実力で打倒するしかないか、と警棒を握り直し……

 「マスターマスター、止めはウィル子に任せるのですよー。」

 そこに割り込む様にウィル子が間に入った。
 しかし、直接攻撃力のない彼女に何か出来るのか?
 そう思ったひでおだが、ウィル子の眼に悪戯っ子特有の光(主に二度目の預言者で見なれた)があったため、素直に一歩引いて譲った。

 「こら、退いていなさい!ジャバンは女の子に手を上げたりしない!」
 「おぉ、期待を裏切らない答えですねー。でも、既にウィル子達の勝ちなのですよー。」

 言って、ウィル子は見せる様に両腕を広げ、自身の周辺に十数枚のモニターの様な立体映像が浮かび上がった。
 途端、ジャバン・スーツから警報が鳴り響いた。

 『ジャバン・スーツに警告!ジャバンOSVer2.01bがWill.CO21に感染しています!』
 「んな、何だってーーッ!?!」

 そして、ジャバンは直立不動となり、その動きを停止した。
 
 「う…!?身体が、動かない!?」
 
 必死にもがいているのか、多少左右に揺れるのだが、ジャバンにはそれだけしか出来なかった。
 
 「先程ウィル子がぺたぺた触った時に感染したようです。削除しますか?」
 「さ、削除?Yes、Yesだ!」
 「はい、ジャバンOSを削除します。暫くお待ちください。」
 「NO!!」
 「はい、Will.CO21は削除されません。」
 「違う!OSを削除しないで、ウイルスを削除するんだ!」
 「いやです。」

 きっぱりと真顔でそう答えるウィル子。
 必死な人間をこうまであっさりと地獄へ叩き落とさんとする姿は、正しく超愉快型極悪感染ウイルスだった。
 それを見た美奈子はうわぁ…という顔で引いており、ひでおは、ひでおは……やはり無表情で見ていた。
 そこら辺、組織のTOPを張り続けていた経験故のポーカーフェイスか、単にいい気味だと思っているのか判別がつかない。

 「Will.CO21はお食事中です。暫くお待ちください。」
 「やめろーー!?」
 「Will.CO21はジャバン・パワーアシスト機能を美味しく頂きました。」
 「喰うなーー!!」
 「Will.CO21はジャバン・パワーアジャストシステムを美味しく頂きました。」
 「いやだーーッ!!」
 「Will.CO21はジャバン・ジャバンバランスコントロールドライバを美味しく頂きました。」
 「もうやめてくれーーッ!!」
 「Will.CO21はジャバン・カメラコントロールドライバを美味しく頂きました。」
 「み、見えないー!!」
 「Will.CO21はジャバン・ライフセービングシステムを美味しく頂きました。」
 「…………ッ!?!」
 「御馳走様でしたー♪」

 そして、遂に宇宙刑事はバランスを失って仰向けに倒れてしまった。
 
 「にははは、所詮は一惑星規模の偽物刑事!ウィル子に勝てる道理はないのですよー♪」

 やっほー、とばかりにひでおの周囲を旋回しまくるウィル子。
 彼女がひでおと組んでからなってから初めて活躍した訳だから、恐らく嬉しいのだろう………単に腹が減っていたという事もあるが。

 「た、助けてくれ!動けない!暗い!狭い!い、息が!?」
 「にひひー、助かりたければウィル子達に負けを認めるのですよー。」

 鬼か?否、電子ウイルスだ。
 ジャバンに降伏を勧めるウィル子の顔は、実に邪悪そうに笑っていた。

 「わ、分かった……!超正義は悪ふざけが過ぎたと思ってる!憧れてただけなんだ…だから、頼むから助けてくれ!兎に角、息が…ッ!死にたくない!!」
 「ウィル子、殺したら失格だぞ。」

 良心からか、単純に勝ち負けからか、ひでおはウィル子を咎めるが、不幸な事にウィル子は首を横に振った。

 「全部消化しちゃいました。」
 「そ、そんな…っ!??!」

 ウィル子の一言に、絶望するジャバン。
 しかし、捨てる神あれば拾う神あり、美奈子が岡丸を振り降ろし、ジャバンのヘルメットを割ったおかげで窒息死から免れる事に成功した。

 『拙者、まともな出番が今回これだけでござるな……。』

 岡丸のメタ的嘆きはさておき


 「よくこの男の思い上がりを正してくれた…礼を言う。」

 そこに、またも何処かで聞いた覚えのあるBGMと共に塀の向こうからよっこいしょとばかりに学者然とした白衣の壮年の男が現れた……やはり何処かで見た覚えのある人物だった。
 その手には今や珍しくなったカセットデッキがあり、先程からのBGMは彼が流していたらしい。

 「お、おやっさん…!」

 どうやら、ジャバンのペアらしい。
 その姿からジャバン・スーツの開発者は彼のようだ。
 是非とも学術都市でスカウトしたい人材だな、とひでおは思った。

 「何だか別のお話が混ざってるような……。」

 ウィル子の疑問はもっともだが、それは置いておかないと話が進まない。
 そして、おやっさんなる男性はジャバンの肩にポン、と手を置くとゆっくりと話し始めた。
 
 「解ったか、甲子郎。これが世界の広さだ……それを、その世界さえ飛び越え、いきなり地球刑事を名乗る事がどれ程愚かな事か、解っただろう…?」
 「あぁ…目が覚めたよ、おやっさん。村落刑事、ご町内刑事、島刑事というステップアップにはそういう理由があったんだな……。島で通用した刑事が世界にまで通用する訳じゃない、か……。」

 えらい地道なステップアップである。
 と言うよりも、それで本当に地球に通じると思っていたらしい。
 …やはりここで止めを刺しておくべきだっただろうか?
 ひでおは物騒過ぎる思考を巡らせたが、結果的には無事に勝てたのだし、良しとしておこう。

 「すまんな、アンタ達。この勝負は勝ちを譲るよ。」
 「え、良いのですかー?」
 「うむ、ワシは技術屋で戦闘能力は無い。ジャバン・スーツもこの有り様だ。今回の事で弱点も発見できたし、こちらから言う事は無いよ。」

 そして、おやっさんは白衣から特殊な工具を取り出すと、ジャバン・スーツの一部を解体し、甲子郎を動けるようにすると彼に肩を貸して歩き出す。

 「…何時か、オレもあの画面に輝いていた宇宙刑事になるために、島刑事からやり直すぜ…ッ!」
 「うむ、その意気だぞ、甲子郎。」

 そろそろ地平線に沈むだろう夕陽に向かい、2人は去っていった。


 「な、何だか釈然としないのですが、勝ちは勝ちなのですよー。」
 「えぇっと……一先ず、ヒデオさんとウィル子さんペアの勝利ですニャ。」
 
 そして、ちょっと微妙な顔をしながら、ミッシェルがひでお達の勝利を告げた。




 「所でマスター?」
 「む?」

 帰り道、回収したビニール袋を手にし、ひでお達は今度こそ誰にも邪魔されずにアパートへと向かっていた。

 「どうしてさっきの勝負で素早くマグネシウムを使用できたんですか?普通なら、あの場面ならもっと手間取ると思うのですが?」
 「んー、あー……昔、かなり使ってたからなぁ…。」

 まぁ、気にするな、と話を濁すひでおと、ちゃんと説明するのですよー!と膨れるウィル子。
 しかし、ひでおは笑って誤魔化して、アパートへ向けて駆け足を開始。
 それを、待つのですー!と追いかけるウィル子と、そんな2人を何処か微笑ましく思いつつ、美奈子とミッシェルは追いかける。
 本当ならウィル子だけには話すべきなのだが、生憎とこの話は二度目の頃の話になるのでおいそれとは言えないのだ。

 嘗て魔王制が廃止し、うっかり旗頭に祭り上げられてしまったえるしおんは余りの仕事量に時々突発的に逃げ出す事があった。
 しかし、優秀な部下達はそれを的確な対処と連携を以て防いでしまう。
 それを突破しようにも、生憎と戦闘訓練を受けていないえるしおんでは無理がある。
 そこで、当時のえるしおんは素早く多数の対象を無力化できる鎮圧装備の開発に乗り出した。
 規模自体はささやかなものだったが、元々普段は研究や実験三昧だったし、一度目の多少の科学知識もあったため、ひでおは閃光弾や音響爆弾の再現を試みた……仕事をしながら。
 術式でも再現はしたのだが、二度目以降は魔導力の高まりによって感知され、側近Aの開発した対閃光防御術式や絶音術式によってあっさりと対処されてしまった。
 そこで、事前に魔導力を一切使用しない閃光弾や音響爆弾を自作し、逃走時に使用するようになった。
 これだと魔導力も感知されないので対処のしようが無いため、その時点では成功と言えた。
 しかし、敵もさる者。
 側近A・Bは今度は閃光や大音量を自動的に感知し、対抗術式を発動する魔導具を開発してみせた。……仕事をしながら

 だが、えるしおんは諦めずに自由への逃走のため、数々の逃亡手段を実験し、失敗と成功を繰り返し、それと同じ位に側近A・Bを始めとした旧魔王城の部下達は上も下も対抗手段の模索に奔走し続けた……仕事をしながら。
 だが、これらの試行錯誤が後に法王庁やイスカリオテ機関における対人戦闘のノウハウの蓄積や装備の開発に大いに役立つ事となる……当事者達からすれば痛し痒しだったが。


 (まぁ、損にはならなかったんだし、割り切っておくとしよう。)

 そう思いながら、ひでおは怒るウィル子から逃げるために足を動かすのだった。










 ついつい眠気に負けて更新できなかった……。

 ども、VISPです。
 今回は対ジャバン戦ですが、どうにも婦警達が空気(汗。
 やっぱりキャラを自在に動かすのは難しいなぁ…。

 さて、次回は遂にヴェロッキア戦。
 酔っぱらったひでおの運命や如何に!?



 …まぁ、結果は見えてますがww





[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!番外編プロローグ
Name: VISP◆cab053a6 ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:42
 それいけぼくらのまがんおう!番外編

 嘘予告的プロローグ


 


 「皆で派手に遊びましょう!!」

 

 新婚旅行終了直後、えるしおんは鈴蘭にこうやって切り出された。
 
 今いるのは教皇庁、その最奥にある教皇のプライベートスペースだ。
 その中でも教皇が寝起きに使う一室であり、部屋は伝統的なカトリック系の装飾ではあるものの、ぬいぐるみや小物など年齢相応な可愛らしいものが置かれている。
 そんな男性がいるには何処か気後れしそうな場所で、部屋の主である教皇とその友人となった聖魔王、そして、知る人ぞ知る財界の魔王が顔を合わせていた。
 何気に世界一のVIPと言っても過言ではない程の顔触れだが、本人達は気にした事はない。

 「…先ずはその考えに至った経緯を話せ。先ずはそれからだ。」

 こいつ何言ってんの?という雰囲気を言外に滲ませて、えるしおんは鈴蘭達に話を促した。
 なお、度重なる修羅場の共有(書類仕事的な)により、えるしおんの鈴蘭に対する敬語は抜け落ちている。

 「ほら、私って寿命が短くなってるじゃないですか。だから、他の人に聖魔王の座を譲ろうと思うんです。」
 「…君以外で務まるような人物に当てがあるのか?」

 自分が魔人・魔族の旗頭となってから、えるしおんはずっと自分に代わる人材の発見に尽力していた。
 しかも、自分の様に魔人・魔族優先ではなく、人魔を平等に扱える者を。
 そこで見つけたのが鈴蘭であり、彼女の成長を促すために当時はまだ反体制魔人組織だったゼピルムを通じて彼女に苦難を与え続けた。
 他にもマリーチやショーペンハウアーら「天」の動きもあり、鈴蘭は神殿協会に属しながら新生ゼピルムを率いる立場を得た。
 そして、紆余曲折を経て、鈴蘭は名実ともに世界を律する権利を持った者、光の如き魔王、聖魔王の称号を得るに至ったのだ。

 そんな彼女が聖魔王の称号を誰かに譲ると言う。
 確かに力を失い、寿命も減った彼女の身を優先するならその方が良いのだが、彼女に代わるだけの人材が早々いるのだろうか?
 現に、鈴蘭を見出すまでえるしおんはそれだけの人材を発見する事は出来なかった。

 「じゃじゃーん!そこでこれです!」
 「…例の『祭り』か…。」

 成程、だから「派手に遊ぶ」なのか、とえるしおんは思った。
 確かに件の祭りのルールを考えれば、人間以外も平等に扱う人材は直ぐに見つかるだろう。
 後はその中から「祭り」を通じて実力のある者を探し出せばよい。
 それに、非殺傷という所も評価できる。
 どんな方法であっても相手に勝利したと認められる者なら、周囲からも異論は無いだろう。
 また、もし鈴蘭の知り合い達が優勝したとしても、それはそれで彼女の影響力が大きく残る事だろうし、その他の場合にしても彼女の影響力が消える事は無いだろう。
 少なくとも、えるしおんの立場からすればそれ程問題は無い。
 だが、この祭りを悪用しようとする者達から見れば、これはかなりの好機だろう事は簡単に予想できる。
 第三世界側を手中に収められたとしたら、それは一つの世界を収めた事に他ならない。
 
 (となれば、各国や各対魔機関が軽挙妄動しないようにせねばならんか……。)

 まぁ、聖魔王一派が負けるとは到底思えんが……。
 えるしおんは並列思考を展開、今後の各勢力への根回しを試案しつつ、他の思考を用いて話を続けた。

 「話は解ったが、具体的にはどうするんだ?」
 「先生、実はもう準備は7割がた終わってるんです。」

 そこで、今まで沈黙していた教皇が口を開いた。
 
 「具体的には?」
 「隔離空間の構築は既に天界からの協力で完成しましたし、後は内部の建物や資材とかだけで済みます。」
 「今その話を切り出すと言う事は、既に資材や人員の手配は済んでいるという事か?」
 「はい。…本当は相談した方が良かったんでしょうけど、この件はマリーチさんもバーチェスさんも既に了承してたので、事後報告になりますが……。」
 「…解った。しかし、私にも事前に一言断っておくように。これ程の大事なら人手が多いに越した事は無い。」
 「はい、ありがとうございます。」
 
 終わっているならしようが無い。
 知らせなかったのも、旅行中の自分を気遣ってくれたからだろう。
 マリーチにだけ知らせたのも、仕事を優先しがちの自分が旅行を中断してしまわないように、と思っての事だ。
 なら、最低限釘を刺すだけで、この件は終わりだ。
 後は資材や人員に関する資料を確認の後、GOサインを出すだけとなるだろう。

 「開催は一年後を予定しています。鈴蘭さん達の他にも、マルホランドの皆さんやイスカリオテの方達も一部参加するそうです。」
 「…まぁ、最近は情勢が安定しているし、それ位は構わんだろう。特例として、今回に限り有給扱いにしておけば、参加する者も増えるだろう。」
 「いよっし、ありがとうございます!」
 「礼には及ばんが、アホな連中が優勝しないように気を付けてくれ。」


 そして、緊急時の対処法などを話し合った後、三人は解散した。
 聖魔杯開催、その一年前の事である。




 なお、この頃の「天」では、聖四天筆頭であるマリアクレセルが「天」の再構成と隔離空間の作成による過労とストレスで倒れ、入院していた。
 そのため、残りの聖四天であるガブリエルと新米のミウルスの2人が通常業務を担当しているのだが、マリアクレセルの他に一人欠番している事も重なり、2人だけで「天」を回す破目に陥っていた。
 マリアクレセルの急病の後、この件に関し、「天」は既に聖四天を脱退したマリーチとショーペンハウアーに救援を要請したものの、当然の事ながら断られた。
 …ちなみにショーペンハウアーは普通に仕事が忙しいからだが、マリーチの場合は「夫に食事を作ってあげるの♪」との事であり、伝言役の天使は数時間に渡る惚け話を聞かされる事となる。
 





 そして、一年後。


 「先生、後数分で開幕ですね!」
 
 後数分で聖魔杯開幕という所で、えるしおんは何故か隔離空間都市に来ていた。

 (どうしてこうなった…。)

 内心ではげんなりしつつ、えるしおんはつい三日前の事を思い出していた。
 
 
 「この大会、人間とそれ以外がペアなのよね?」
 「そうだな、オレと君では参加できないので参加は無理だが…。」
 「あら、それじゃあの子と一緒に参加したらどうかしら?」


 マリーチの一声により、えるしおんは何故か教皇と共に聖魔杯に参加する事となってしまった。
 それもこれも、マリーチの「新しい信者獲得のためにも、ここで法王庁やイスカリオテ機関の人員の優秀さを示すべき」という甘言に乗ってしまったからだ。
 しかし、法王庁TOPである教皇の雄姿を多くの者が見れば、確かに一定の効果はあるだろう。

 だが、彼女とペアになるとすると、相応の人材が必要となってくる。
 自分の様なインドア派よりも実戦経験豊富な者達は多くいるし、魔法の腕に関しても実力のある者は大勢いる。
 確かに補助系の魔法ならかなりのものだと自負しているが、それとて限りがある。
 それに、表と裏のTOP双方が不在という事態は避けたい。
 如何に隔離空間内でも行き来は可能と言えど、初動が遅れる事は確かなのだ。
 
 という理由で辞退しようと思ったのだが、何時ぞやの様にマリーチの神器で気絶させられ、気付けばここに運び込まれていた。
 …恐らく、「この方が面白そうだから♪」なんて理由からなんだろうなぁ…。
 オレが教皇相手に浮気する事も無いからと仕組んだんだろうが、もう少し穏便にしてもらいたかったぞ…。

 
 『聖魔杯、開幕です!』

 
 そして、霧島嬢の宣言と共に、世界を律する権利を争う「祭り」が始まった。









 「彼が優勝候補、か…。魔導力、筋力共に常人並だな。立ち回りと度胸、それに相方の実力か?」
 「当たった時が楽しみですね、先生!」
 「……………。」(弟子よ、テンションが上がり過ぎだぞ…。)
 
 「……悪寒が……?」
 「マスター、大丈夫なのですか?」
 「くすくす…気をつけないね、ヒデオ………色んな意味で。」




 『おおっと、開幕から波乱続きのこのレース!ここに来て怒涛の追い上げを見せるのは美奈子・岡丸ペアと教皇・エルシオンペアだーーッ!!』
 「負傷者の手当てで遅れましたが、ここからが本番です…ッ!」
 「ふ、このシーサイドラインのダンシングクイーンに敵うものですかッ!」
 「並列思考、最大展開。同時に慣性制御、速度強化、風圧軽減を実行!…飛ばすぞッッ!!!」
 「せ、先生!?何処でそんなドライビングテクニックを!?」
 「新婚旅行中、非合法カジノを荒らしまくった時の逃走でなッ!!」
 「一体新婚旅行で何やってたんですかー!?」




 『ゴールしたのは鈴蘭とリップルラップルだけ、か…。まぁ、最高指揮官と参謀なら十二分と言えるな。』
 「嘘、転移術式なんて何時の間に…ッ!?」
 『君達が前半で押していた時のどさくさに、だ。これで魔殺商会側はブレインを喪失した事になった。伊織貴瀬も先程気絶させたし、後は残存戦力に対処するだけだ。』
 
 

 「もう!シオちゃんったら、結婚したなら私に言ってくれれば良かったのに!お陰でシオちゃんの生の花婿姿を見逃しちゃったじゃない!」
 「…………………お兄様……私、お兄様が結婚したなんて初めて聞いたのだけど…?」
 「おおおおお落ち着こうエルシア!先ずはその魔導力を抑えてくれ!この辺一帯が吹き飛びかねん!」
 「うふふ、クスクス♪そんなに愛しのお兄様が取られて悲しいの?」
 「…死になさい、耄碌した老いぼれが。」
 「あらあら、ブラコンって怖いわね♪」











 カオスな未来しか見えん。






 期待に応えてみました。
 だって、あんなに投票されたと思うとついつい…。

 ども、VISPです。
 本編更新せずに番外編書いてみました。
 以前の嘘予告と若干の違いが見られますが、そこら辺は気にしないでくださると助かります。
 本編の方も早めに更新したい所存ですので、読者の皆様は気長にお待ちしてください。






[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第七話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:43
  第7話


 ニコポってしょっちょうやってたら普通刺されるよね?





 ハプニングこそあったものの、最終的には無事に買い物を済ませたひでお達は、大家のミッシェルの住んでいる一室でひでおの二戦連続の祝勝会と引越し祝いとして飲み会を始めた。
 既にアパートにはマリア&マリーペアも帰っており、2人はたんまりとダンジョンでモンスター相手に勝ち星を上げて上機嫌だ。

 「さぁさぁ、たくさんあるからドンドン食べてくださいニャ。」

 腕前は既に店でも通じるであろうミッシェルの料理に、ウィル子を除いた面々が舌づつみを打つ。
 ウィル子も自身の身体の「再現度」が上がれば飲食なども可能になると推測できるが、生憎とそれにはマシンパワーが足りない。
 並列思考を教えようにもあれは脳髄のある者に限るし、そもそも電子精霊である彼女は環境さえ整えば自身のスペックを十全に発揮できるため、意味が無い。
 なら、今の旧型のPCではなく、最新型のものやスパコンにでも買えばよいと言いたい所なのだが……生憎と資金が無い。
 手っ取り早く稼ぐには地下ダンジョンで魔物退治をするのが常道なのだが、生憎と対人戦闘なら兎も角、魔物狩りの経験が無いひでおでは荷が重すぎる。
 かと言って、マリア達にそれを頼もうものなら「あの子のために私達に頼むの?」と言われてお終いか、もっと酷い事になるだろう。
 
 (やはり優先すべきは資金の確保か…。)

 ひでおの装備は大体整えたので、後はウィル子の方だろう。
 幸いにも、資金源に関しては当てがある。
 ウィル子のハッキング能力の凄まじさに関してはジャバンとの勝負で証明されたので、彼女自身の技量とスペック双方の向上を目指せばかなりの強化が見込める……もっとも、電子関係に限られるだろうが…。

 
 さておき


 「どうした、そんな湿気っぽい顔をして。」
 「え、いや、そんな事は……。」

 既にドンチャン騒ぎの様相を呈している一室の中、比較的理性を保っている2人が壁際でちょびちょびチューハイを飲んでいた。
 …ちなみに、ウィル子は飲食不可能だが、元々の人格がアレなので宴会の場でも全く違和感が無い。
 
 「先程のジャバン戦での事か?」
 「………はい。」
 「酒の席だ。嫌な事は早くに吐いて、楽しんだらどうだ?」
 「でも、本官は……。」
 「言ったろう、酒の席だ。明日には記憶も残らんさ。」
 「…そうですね。では…。」

 言って、美奈子はポツリポツリと語り出した。

 先のジャバンとの勝負、美奈子は自身を正義と言うジャバンを信じられず、また、ジャバン自身も己の間違いを認め、おやっさんと共に再出発を誓った。
 そこで美奈子が気にしているのは、「正義と言えど間違う事はある」という事だった。
 それに加え、先にひでおが言った通り、法の下で正義として活動する警察であってもそれを悪用する者は出て来るという事。
 そして、ジャバンが間違っていると確信したのに、反則と取られるからとジャバンを倒そうとしなかった事など。
 最後に、会場入り直前にひでおに失礼な真似をしてしまった事だった。
 
10分程語られた話を要訳すれば、ざっとこんな内容であった。

 「順を追って答えるが……正義を誓った人間であっても、時には間違いもするし、誘惑に惑わされる事もあるし、増長してしまう事もある。人であるからにはそれは魔族や魔人、それ以外の人外でも変わらない。ジャバンと戦わなかった事も、それは君が戦う必要が無かった事だし、ルールを順守するという点でも間違っていない。最後に、会場入り前の件だが、オレはもう気にしていない。」

 言い聞かせるように、言葉を重ねた。
 こういう説教は好きではないのだが、この手の連中は悩むとドつぼに嵌る場合が多いので、何処かでふっ切らせないといけない。
 …元教皇猊下はその辺りの公私の割り切りが素晴らしかったが、それは今は関係無いだろう。

 「でも、ですね……。」
 「理想が高いのは結構だが、君は全てに対して責任を持てる程に偉いのか?」
 「そういう話じゃ……。」
 「なら、同じ事だよ。君は君ができる範囲で正しいと思う事をすると良い。」

 元々、日本の警察は世界でも稀に見るほど優秀だ。
 賄賂も滅多に無ければ、犯罪以外の所でも国民に親切だ。
 これが紛争地域や途上国だとそれはもう酷いのだが、流石は日本が世界に誇る警察、と言った所だろうか。
 勿論、腐っている連中は一定数存在するが、その数は余所に比べればまだまだ可愛い部類だろう。
 
 「君はあくまで現場の人間だ。なら、現場で出来る事をするだけだ。」
 「やれる事をやれ、という事ですか?」
 「そうなるな。」
 「でも、それじゃ本官だけじゃ…。」
 「全ての人間に勤勉になれ、というのは土台無理な話だ。なら、少しでもいいから確実に不正が少なくなる様に、君自身が模範的な行動を取れば良い。それなら、君の後に続く人間も少なからず存在する事だろう。

 どの口が言うか、と過去を思い出して少々自虐的な思考が脳裏を霞めるが、こうでもしなければ彼女は納得しないだろう。
 最高指導者として辣腕を振るったが、失敗も多くあった。
 十字軍遠征もあそこまで大規模ではなく、多少の損失はあるものの、異なる文化や風俗との接触による停滞の打破を狙ったものだったし、あの第二次大戦はそもそも起こすつもりは無かったし、ドイツや日本をあそこまで荒廃させるつもりも無かった。
 前者は十字教信徒達の信仰心、後者は先読みの魔女というイレギュラーがあったと言っても、それは所詮言い訳に過ぎない。
 指導者という責任ある立場にあったと言うのにそれを防げなかった自分に、指導者たる資格は無い。
 自分が指導者足り得たのは、単に長い経験と優秀な部下達の御蔭に他ならない。


 さておき


 こんな時こそ口の上手い側近A・Bことバーチェスやエスティの出番なのだが、生憎と今いるのは口下手な感がある自分のみだ。


 「ありがとうございます。御蔭で少し持ち直しました。」
 「オレ程度で良いのなら、また今度にでも話す事にしよう。…とは言って、君ならもう自分で考えて行動できるだろうが…。」
 「あはは、まぁ確かに今の本官はふっ切れた所はありますね。」

 言って、笑いながら2人してチューハイを煽る。
 安物だが、値段からするとこれはこれで十分に美味いものだ。
 
 「ふぅ……。」
 「うふふ♪」
 「どうした?」
 「ひでおさんって、何だか大人って感じですよね♪」
 
 悩み事も晴れて酒が回ってきたのか、何やら陽気な様子で妙な事を言う美奈子。
 …確かに老けているとは思うが、実際に口に出されると凹むなぁ……。

 「でも、本官的には頼れる男性っていうのは高得点ですよー。」
 「………………………。」

 コメントに困る発言に対し、ひでおは賢明にも黙秘を貫いた。
 だって、向こうからこっち見てる三人(ウィル子、マリア、マリー)の目が怖いから。
 …マリーはまだ解るのだが、どうして残り2人の目がギラギラと光っているのだろう?

 「あー!そこだけで盛り上がってる!」
 「…別にそういう訳ではないのだが……。」

 何故かOFFモードになって酒を飲んでいる霧島嬢の言葉に、ひでおは表情筋麻痺でありながらも、やや困った様に眉根を寄せた。

 友人であるミッシェル嬢に呼ばれたといって、このアパートに訪れた司会者の霧島レナ嬢。
 その実は、魔人組織アルハザンの幹部であり、総長アーチェス・アルザンテの子供達の1人だ……その中でも特にアーチェスへの傾倒が凄まじいのは、イスカリオテでもよく知られていたな…。
 仕事での優秀さに加え、ボーイッシュな言動と意外と家庭的な所もあって、マルホランド内女性ランキングTOP3の常連の他、イスカリオテ内女性ランキングでもTOP10の常連でもある。
 なお、何故イスカリオテ内ではランクダウンするかと言うと、大抵マルホランド本社にいる彼女はイスカリオテにはあまりいないし、法王庁側の女性陣もランキングに適応されるからだ。
 蛇足だが、マリーチもイスカリオテ内女性ランキングのTOP3の常連で、熱烈な固定ファンもいるし、たまに機関内雑誌で教皇らと合わせて特集が組まれていたりする。
 

 さておき


 「さぁさぁ、2人もこっちに来て飲むのですよー!」
 「はいはい。」
 「はわわ!ほ、本官はー!?」

 ウィル子に押され、料理の皿が多量に乗った卓につく。
 料理はどれも出来たてで良い香りを部屋中に満たしており、知らず口内に唾が湧く。
 
 「勝手にムード作ったりして、ずるいぞー。」
 「ちち違います!本官は…!」
 「でも顔が赤くなってますニャ。」

 ニヤニヤと笑う友人2人に、酒の肴とばかりに弄られる美奈子。
 その視線は助けを求めようと相方の方へ向けられるが……

 「焼酎だ。無くなったら言ってくれ。」
 『おお、これはかたじけない。拙者に身体があれば返杯仕るものの…。』
 「構わない。酒の席なのだから、気楽に楽しむとしよう」

 何故か男2人でチビチビ飲んでいるので、視線を戻した。
 …と言うか、何時から仲良くなったのだろうか?
 そして、他に誰かいないかと視線をウィル子やマリア&マリーペアの方に向けるのだが……直ぐに戻した。
 
 (見てない、どす黒いオーラを漂わせながら何か密談してるウィル子さん達なんて見てないっ!!)

 しかも、女性としてそれはどうなのかと言う笑みを浮かべては、ひでおの方に視線を送っている。
 幸か不幸は本人は背を向けているが、気付かなければそれはそれで不幸だろう。
 色々とカオスになっている様だ。

 「うふふ♪ヒデオも男2人じゃなくて、こっちで飲まない?」
 「ん、だがな……。」
 『拙者の事は構わんでござるよ。お二方は旧知の仲の御様子、ゆっくりと旧交を温めると宜しかろう。』
 「かたじけない。」

 そして、ひでおはマリーの誘いに乗り、改めて飲み始めた。
 

 「ほらほらマスター。ウィル子が注いであげるのですよー。」
 「すまんな。」

 空になったコップに追加の酒を注いでくれたウィル子に礼を言いつつ、同時にすまないとも思った。
 そして、早く彼女に新しいPCを与えるべきだ、と。

 (まぁ、それは明日からの活動に掛かっているな。)

 それは既に目星が付いているので、詳しい資料や情報等はウィル子に調べてもらう事にしよう。

 「こらこら、難しい事を考えてないで早く飲んだら?」
 「それもそうだな。」

 マリーの言葉に、コップを傾けて半分程を飲み干す。
 特に酒に強いという訳ではないが、逆に弱いという訳でもない。
 …前に沖縄に行った時に、与那国島で度数の高い泡盛の一気飲みとかやった時は流石に生死を心配したが…。
 まぁ、一気飲み連続とかスポーツ飲料とのチャンポンでもしない限りは大丈夫だろう。
 
 「ささ、マスターもどんどん飲みましょう!」

 と言って、次々とコップに中身を追加していくウィル子。
 微妙に口元がニヤニヤしているのが見えるため、どうやら狙ってやっているらしい。
 …しかも、こちらをチラリとガン見している2人もいるので、どうやら共犯者らしい。
 もし酔い潰れたら後が怖すぎる。
 
 「ほら、マリアも飲むと良い。」
 「へ、あ、はい。ありがとうございます。」

 なので、先に潰してしまおう。
 半分程になったマリアのコップに並々と注ぎながら、ひでおは考えた。
 幸いにも、マリアもそれ程酒に強い部類ではない。
 ウィル子は元々飲めないし、マリーにはそういった事を期待する方が間違っている。
 ならば此処はマリアを先に酔い潰して、少しでも敵戦力を削った方が良いだろう。

 「ほら、ヒデオ君も飲む飲む!」
 「…どうも…。」

 何故か霧島嬢に更に酒を注がれるひでお。
 狙ってやっているのかと問いたい。

 
 ≪王様、だーれだ!≫
 「うおぉぉ!今度こそボクだー!」
 「ここは一つ、派手なのを一発お願いしますニャ!」
 「あらあら、次は誰が罰ゲームかしら?」
 「あぁ…本官、もう腹踊りは……。」
 「私も演歌はちょっと……。」
 
 霧島嬢の音頭と共に、キャーキャーと白熱して王様ゲームをやる女性陣を前にして、ひでおは岡丸と共に一歩引いた位置でそれを見ていた。
 …2人程テンションが下がっているが、それは気にしない方針で。
 女三人揃えば姦しいとはよく聞くが、6人も集まるとここまで賑やかになるのかと、ひでおは女性と言うものに妙な感心を抱いた。
 …酒に酔ってかなり陽気になっているマリアは兎も角、マリーまで異和感無く混ざっているのは気にしたらいけないので、さておき。

 (だが、まぁ……。)
 
  悪い気はしないな、と思う。

 「岡丸氏、どうぞ。」
 『おぉ、かたじけないで御座る。』

 トポトポと中身が減った岡丸のコップに酒を追加する。
 …どんな原理で飲んでいるかは酒の席だし、気にしないでおこう。

 『拙者が若い頃も、女人は何時になってもこうして騒がしかったもので御座るよ。』
 「そうか……。」

 何時の時代も女性というのは変わらないものなのだろうか、とひでおは思い、嘗ての経験からそれを肯定した。
 どんな時代のどんなものも、多くは変わっていくが、しかし、それでも変わらないものも確かにあった。
 自分よりも古くからあるマリーと、つい最近生まれたばかりのウィル子が一緒に騒いでいる姿を見ると、特にそう思う。

 (これから、どうすべきか……。)

 そんな彼女達の姿を見ていると、不意に嘗てではなく、この世界の行く末が思われた。
 無論、自分の様な異分子がおらずとも世界は回るだろう。
 しかし、だからと言って目の前に存在する問題から目を逸らすのは、ひでおとしては嫌だった……特に、それで一度大失敗した身なのだから。
 
 (マリーとマリアはこの世界ではあまり派手に動くつもりは無さそうだし、この大会も娯楽とオレを捕捉するためだけに参加した様なものだしな。)

 なら、自分はどうするか?
 相方であるウィル子は神になるという確固とした目標があるが、しかし、今まで何処か漫然と生きていた自分は?
 
 (嘗ての様に世界に対し働き掛けるか?)

 否、それは否だった。
 世界をどうこうするには、人の一生は余りに短く儚い。
 今から嘗ての様に多くの人材を集めて、行動を開始しようにも限度がある。
 しかし、かと言って無関心でもいられない。

 (なら、こちら側にもう少し首を突っ込んでみるか?)

 現状、出来るとしたらそれ位だろう。
 魔人と人間、その仲をどうにかして取り持つ。
 鈴蘭の存在で大分改善されたが、未だに根に持つ者は双方にいる。
 この両者の垣根を薄めるにはかなりの時間が掛かるだろう。
 それを共通の敵と戦うという状況を発生させ、見事に纏めた鈴蘭の行動があってこそのものだが、それに参加しなかった者達、又は参加できなかった者達は今までよりマシ程度の状況でしかない。

 (だが、いきなり異民族と仲良くできる訳も無い。)

 漸く魔人の存在を知った者やそもそも未だに知らない者とて、世界には大勢存在する。
 なら、今はまだ両者が全面的に交流するのではなく、ゆっくりと互いを認知し、知っていく事が優先される。
 ゆっくりゆっくり、憎み合ったのと同じ位の時間をかけて交流を重ね、混じり合っていけば、やがて両者の垣根は殆ど無くなるだろう。
 なら、今オレが現状で出来る事は、そのための準備期間と一先ずの安全地帯を作る事だろうか。

 (幸いにも、既にこの都市にそのためのピースは揃っている事だしな。)

 この都市の特性と参加している各勢力の特色や影響力を考えれば、それは確かに実現可能なプランだった。
 後はそれぞれに何らかの形で接触を持ち、交渉の場を設ける事が出来れば……。
 そこまで考えてから、ひでおはもう一度酒を含んだ。
 後は、その内考えていけば済む事だろう。
 今は酒の席、ゆっくりと酒を楽しむとしよう。
 にしても……

 (今日の酒は美味いな…。)

 嘗ての世界の行く末を聞き、更にはこの世界での今後の方針を決め、心配事を無くしたひでおは5人の女性達の喧騒を耳にしつつ、美味い酒と肴を摘まみながら、久しぶりに何の屈託の無い笑みを浮かべた。

 「先生、先生もやり、ま……。」
 「そんな固まってどうしたのです、か……。」
 「え、何どうした、の……。」
 「へ?ひでおさんがどうし、た……。」
 「ニャ……。」
 「あらあら♪」

 ひでおを誘おうと振り向いたマリアと、それに釣られた女性陣はそのままの体勢で固まった彼女の視線の先に目を向け……

「「「「…………………………。」」」」
 
 全員が同じように固まってしまった。
 その中でも特にウィル子、マリア、マリー、美奈子の顔が赤いのは酒のせいか、それとも風邪でもひいたのか。
 何れにせよ、5人の変わった様子を見て、ひでおは訝しんだ。

 「…何かあったのか?」
 『…ヒデオ殿、先ずは鏡を見るべきかと。』

 笑みを消し、やや眉根を寄せて訝しがるひでおに、岡丸からの突っ込みが入った。
 
 「うふふ、クスクス♪相変わらずねぇ♪」

 女性陣の中で唯一完全な耐性が出来ている(感染済みとも言う)マリーが実に愉快そうに笑う。
 その言葉の意味が理解できないひでおは首を傾げるだけだが、漸く復帰した残りの女性陣はちょっと赤くなった顔でひそひそと話しだした。

 「ニャニャ、ヒデオさんのさっきのアレは一体何なのですかニャ?」
 「うぃ、ウィル子も解りません!と言うか、マスターはニコポスキル持ちだったのですか!?」
 「ちょっとマリアちゃん、ヒデオ君のあれって何なの!?付き合い長いんでしょ?!」
 「ええっと、あれはですね……先生って滅多に笑わないじゃないですか。だからああやってたまに笑うと、かなり目を引いて…。私も何度か見た事があるんですけど、いざ目にするとちょっと辛抱たまらなくなったりします。」
 「何だか惚気になっている気がしますが……。」
 「うふふ♪でも素敵なのよね、あれって♪」
 「うーん…ボクはそういう目で見てなかったけど、あれ見ちゃうとちょっと考えちゃうかなー?」
 「あらあら?これはライバルが増えちゃったかしら?」

 何やらコソコソと内緒話をしているためか、ひでおにはその内容は聞こえていなかった。
 だが、聞こえていたら確実に全力で逃走を開始していただろう。
 別に童貞という訳でもないが、逆に襲われるのは勘弁だし、最悪の場合監禁される可能性も無きにしも非ずだったから。
 
 なお、マリアのひでおへの呼び方が戻っているのは酒に酔っているから。




 


 「大佐戦に引き続き2連勝…川村ヒデオと言ったか……。少しは倒し甲斐があるというものだな、サンゼルマンよ。」
 「左様に御座いますな、若。しかし、若の敵ではないでしょう。」
 「フン、当然だ。…今頃奴は己を優勝候補と勘違いし、祝杯でも上げている頃だろうよ。どうだ、サンゼルマン?」
 「ははっ、若の仰る通りに御座いましょうな。」
 「ならば、その栄耀栄華!このアウクトス家当主であるヴェロッキア・アウクトスが潰えさせてくれよう!フハハハハハハハハハハハッ!」
 「今度は若が奴の血で祝杯を上げる番で御座いますなぁ…!」


 「所でサンゼルマンよ。」
 「はは、何で御座いましょうか?」
 「奴の居場所は何処か把握しているのか?」
 「へ?いや、私はてっきり若が把握しているものかと……。」
 「「……………………。」」
 
 ひゅるり……と2人の横を風が吹いていった。






 すんません、バトルは次回です。

 ども、VISPです。
 今回は酒とニコポな回でしたが、次回はバトルですんでご容赦をば。
 番外編の続きも考えていますが、それは本編がもう少し進んでからになりますのでもう少しお待ちを。
 
 なお、次回の副題は「それいけぼくらのきょうこうさま!」の予定です。
 













[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第八話 一部修正
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:43
 第8話


 それいけぼくらのきょうこうさま!(元)




 ピリリリリリリ!ピリリリリリリ!

 「んん?誰よ、こんないい時に…って、運営本部?」

 安アパートの一室、盛り上がっているそこに唐突に携帯の着信音が響いた。
 持ち主は霧島嬢であり、送信元は大会運営本部。
 
 「何かあったのだろうな。」

 送信元が大会運営本部という時点でくさい。
 どうせ、どっかの誰かが何かやらかしたのだろう。
 となれば、それなりに優秀であり責任ある立場にいる霧島嬢になら連絡が来てもおかしくは無い。
 
 (まぁ、こちらと関わり合う事も無い、か…?)

 疑問符を脳裏で上げつつ、周りを見渡す。
 既に美奈子は酒瓶を抱えてスヤスヤと寝息をたて、マリアは「うふふあははへへへ」とか笑いながら柱にスリスリしている。
 そして、我が相方のウィル子はそんな2人の様子をニヤニヤと笑いながらも、しっかりとオレの携帯のカメラで激写していた。
 ……その写真は後でどんな事に使う気なのやら…。

 「うふふ、クスクス♪皆ダメねぇ。」

 そして、それらを酒を片手に何時も通りニンマリしながら眺める魔法少女(自称)。

 「何が起こっているか解るか?」
 「解ってても言わないわ、クスクス♪」
 「……ネタばれ厳禁だったな。」
 「でも、ちょっとだけヒントをあげる。特別よ?」
 「何だ?」
 「もう直ぐ来るわ。」
 「…ありがとう。」

 マリーの言葉に、ひでおは速攻で大家の部屋を出て、自室に向かった。
 アルコールを入れてややふらつきがあるが、それでも多少動く分には大丈夫だろう。
 装備の作成や点検などは終了しているが、それでも大会運営本部が危惧する様な事態が迫っているとなれば、油断はできよう筈が無い。

 (ウィル子に直接戦闘は無理だし、またオレがやらねばならんか…!)

 今後の展開を思い、頭が痛くなる。
 流石に今日はもう何もあるまいと思っていた自分をぶん殴りたい気分だったが、そんな余裕は無いので、足に意識を集中させ、部屋へと急ぐ。
 部屋を出た時に上を見上げれば、皮肉にも今夜は綺麗な月夜だった。


 


 「ひ、ヒデオ君!外、外見て!」
 「…もう見えている。」

 ゾロゾロ…という具合に、かなりの数の参加者らしき人影がこのアパートに向かってきていた。
 その数は目算だが、数百人近いだろう。
 彼らの目が何処か赤みがかっており、その動きも愚鈍な事からこの事態はどんなものかは予想がつく。
 恐らく、高位の使役能力を持った人外か術者の仕業。
 だが、術者が傀儡を作るにはそれなりの準備が必要になる上、ここまで大人数を傀儡にするとなればその戦力は準アウターと言っても過言ではないし、そこまでの技量を持った術者はかの「不死王リッチ」位なものなので、術者の線は却下だ。
 となれば、現在の状況下、満月の月夜の元で高位の使役能力を持った者となると……。

 (吸血鬼、か……。)

 それもかなり祖に近い位を持った、と付く。
 勝てるか?
 並列思考を展開し、シュミレートする。
 結果、かなり難しい。
 
最大の焦点は、今が満月の晩だという事だった。
 吸血鬼に限らず、満月は特別な意味を持つ。
 それは魔も人も変わりない。
 月の魔力が最大になるこの時、それを浴びた者は多かれ少なかれ影響を受ける。
 人なら時には狂い、術にも利用する。
 魔なら魔導力が活性化し、人狼・吸血鬼などはその力を大きく高める。
 特に吸血鬼は満月の元なら殆ど不死身といっても過言ではない。
 その不死性は、アウターや龍を除けば、恐らく魔でも最上級だろう。
 聖別した銀製の武器で心臓を破壊し、聖火で灰にし、川に流すでもしないとどうにもならない。
 非殺のルールがあるため、そこまでせずとも大丈夫だろうが、今回はここまで大量の傀儡を投入してきた上での話だ。
 はっきり言って、正面戦力が自身だけというのはかなり心許ない。
 
 (それでも、やるしかあるまい。)

 こんな熱血系のノリは嫌いなのだが、致し方ない。
 既に部屋にあったコートの中には各種装備が入っており、右手には警棒も持っている。
 つい先程、部屋にあった装備の点検も終わらせ、現在のこちらのできる万端な装備だが、はっきり言って満月の吸血鬼相手では自殺行為だ。
 一応銀製品は一つだけあるが、それは武器としては到底利用できるものではない。
 運営側からの介入を待っていたいが、ここまで接近を許してしまったのなら最低でもそれまで時間稼ぎをしなければならない。
 また、傀儡となった参加者達も死なせないように注意しなければならないとなると、やはり相当の不利が予測される。
 
 「…これ、全員参加者ですけど、何か様子がおかしいですニャ?」

 漸く騒ぎに気付いたミッシェルがアパートから出てきて、事態に気付いた。
 
 「それが、運営本部によるとどこかの吸血鬼が突然参加者達を襲い始めたらしいんだ。吸血鬼に噛まれた人は操られてしまう事もあるっていうけど……。」
 「しかも、今夜は満月だ。大勢操るにしても、月の魔力の補助があるからやり易いだろう。」
 「で、明らかにこの状況は……。」
 「狙っている、だろうな…。」

 誰を、とは言う必要も無い。
 霧島嬢の説明に、ひでおが捕捉を加え、溜息をついた。
 前者は職務から、後者は今後の展開を思ってだが、共に危機感を抱いている点では同じ思いだった。
 
 「クスクス!何だか面白い事になりそうね♪」
 「……ひっく…。」
 「そんな事を言っている場合ではないのですよー!?」
 
 酔っ払い(マリア)を引き摺りながら、マリーとウィル子が部屋から出てきた。
 微妙に酒臭いが……まぁ、仕方ないだろう。

 「くぅ……。」

 ちなみに、美奈子は未だに寝ていたりする。


 さておき


 「出て来い、川村ヒデオ!我が名はヴェロッキア・アウクトス!貴様の首を取りに来た!」

 傀儡となった人ごみの奥、そこから今度の騒ぎの主犯格が姿を現した。
 姿は金髪に色白の肌、赤い瞳に貴公子然とした洋装の見た目十代後半といった所だ。
 吸血鬼にしては若い部類の様だが、その力の程は周りの傀儡となった参加者達を十分に見れば推し量れる。
 傍らにはペアと思われる赤い鉤鼻と眼鏡の老執事もいる。
こちらは高齢なのかステッキをついているが、立ち居振る舞いに隙が見えないため、熟練した人間かと思われる。

 (アウクトス……よりにもよってか……。)

 アウクトスの家系は、かなり祖に近い位置にある「純粋」吸血鬼の家系の一つだ。
 少なくとも吸血鬼という存在が「発症」して間も無く興された、最も古い家の一つであり、その頭主筋は全員が混ざりっ気の無い、生まれながらの吸血鬼だ。
 長い迫害の歴史の中で、古い吸血鬼の家系は新参(人から発症したという意味で)だが力のある吸血鬼や近い種に当たる人狼、時には魔人や人間を家に入れる事で絶滅を回避してきたが、当然ながら力は薄れていく。
 しかし、一部の「純潔」吸血鬼は生まれた時から吸血鬼である者達同士の婚姻を重ねる事で嘗て祖が持っていた力を殆ど損なう事無く、現代まで生きてきた。
 無論、北欧の対魔組織クルースニクが根絶に力を入れてきたが、準アウターとも言える純潔の吸血鬼は対吸血鬼戦闘に最も力を入れている彼らをして、数個大隊は必要と言わしめる存在だ。

 はっきり言って勝率3割程度だったのが、いきなりマイナス300割位まで暴落した。

 (いや、死にはしないと思うが、勝ちも無いだろうなぁ…。)

 あぁ、開催から二日で敗退か…と、ちょっと憂鬱となったひでおだった。

 「な、何でマスターを狙うのですか!?理由があるのですか!?」
 「当然だ。奴には我が得物となる筈であった大佐を横取りされたのだからな!」

 あぁ、やっぱり目立ったんだぁ、とひでおは思う。
 あのタイミングでしか大佐に勝てないと解っていても、やはりそれ相応のデメリットは存在する。
 つまり、悪目立ちだ。
 実際、ジャバンもこのヴェロッキアも大佐の件を聞きつけて、こうしてひでおの前に現れた。
 だが、大佐と戦って勝利すれば、そうそう何度も強豪を相手にする事は無いと思っていたのだが……結果はご覧の通りだ。
 
 「その恨み、晴らさせてもらうぞ!川村ヒデオ!」
 「そう大きな声でなくとも聞こえている。」

 言って、ひでおは警棒を肩に担ぎながら2階から降り、ヴェロッキアと距離を保って対峙した。
 そして、徐に懐からサングラスをかけ、装着する。
 夜だというのにサングラスをかけた事にヴェロッキアが一瞬疑問から眉を寄せるが、たかがサングラス程度では何も変わらない、と考え、思考から除外した。

 「貴様が川村ヒデオか。多少酔ってはいる様だが……成程、只者ではないな。この手勢を見て小揺るぎもせんとは……。」
 「若、くれぐれも油断せぬように…!」

 ニヤリ、と挑発的な笑みを以てひでおを見据えるヴェロッキアと、苦言を呈するサンゼルマン。
 まぁ、彼ら2人の言葉に年中無休で表情筋麻痺状態なら、そりゃ表情も変わらないだろうなぁ、とひでおは思ったが。

 「おぉ!?まさか、勝負ですかニャ!?」
 「まだ12時は回ってないから、もしここで勝てれば奇跡の初日3連勝だよ!」

 何か外野が適当な事を叫んでいるが、ひでおは無視した。
 今はそれよりも、如何にしてこの場を切り抜けるかだ。
 最悪、命が保障されるなら敗退しても良いのだが、吸血鬼相手では重傷も視野に入れなければならない。
 こちらの最善はどうにか命の危険と敗退の回避だが、現状ではどちらも難しい。
 次善としては勝負は流れるが、可能な限りこちらに被害が無い状況だが、こちらも難しい。
 勝てる算段がつかないが、一先ず逃走なり会話なりで時間を稼ぎつつ、お流れか大会運営側からの介入を待つしかないだろう。

 「で、いい加減に勝負を始めたいんだが?」
 「ふふん、威勢は良い様だが、我に従う200の軍勢に勝てるのか?」

 言って、ヴェロッキアは指をパッチン、と鳴らした。
 途端、傀儡が動きだし、ひでおに向かって動き出した。
 だが、ひでおは昼間の様に落ち付き払ったまま、掌大の何かを複数、傀儡達に向けて放り投げた。

 「全員、目と耳を閉じて口を開けろ!」

 次瞬、アパート周辺の路地を閃光を大音量が満たした。

 「ぬぅっ!?」
 「ぬわっ!目がぁっ!?」

 余りの光量にヴェロッキアとサンゼルマンの視界は一時的に麻痺した。
 元々夜目は良くとも光には弱いヴェロッキアに、人間の老執事であるサンゼルマンにはかなり有効だった。
 これならヴェロッキアは回復力が桁外れだからまだしも、サンゼルマンの方は回復に暫くかかるだろう。

 ひでおがやったのはジャバンの時と大体同じ事だった、ただ規模が違うだけで。
 お手製のスタングレネード、買い物帰りから頑張って作った虎の子の5個を全部ばら撒いたのだ。
 しかし、正式なものは一つあたり0.5kgもある代物をそう簡単に投げる事は出来ない。
 だから、一個当たりの内容物を減らして軽量化したのだ。
 そして、可能な限り閃光と爆発音が大きく、しかし、効果時間を短くするように調整し、バラバラになる様に投げた。
 今は幸か不幸か、月があってやや明るいが、夜だ。
 スタングレネードの効果は十分だ。
 一つ当たりの効果範囲はあまり広くないが(そもそもスタングレネード等の非殺傷の制圧兵器は閉鎖空間向け)、傀儡達の行動を阻害するには十分な様で、気絶或いは目や耳を塞いで行動不能になった傀儡達が邪魔となり、上手く動く事が出来ていないでいた。
 
 しかも、こうしてみて解ったが、どうやらヴェロッキアには兵法の心得が無いらしい。
 傀儡達の動きはてんでばらばらで、全く統率が取れていなかった。
 スタングレネードで混乱しているという事はあっても、これはかなりお粗末だ。
 恐らく、あまりに数が多いため、詳細まで操作できないのだろう。
 …やはり、H○LLSINGみたいに何万もの眷属を自在に使役するのは簡単ではないらしい。
 ちょっと残念に思うが、こちらにプラス要素となっている事には変わりない。
 …それでも、依然として絶望的な状況なのだが、それはさておき。

 「きゃぁぁぁっ!?」(両目を抑えて膝をついている)
 「ニャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」(両耳を抑えて地面を転がっている)
 「あらあら、大変ねぇ♪」(マリアの背を摩っている)
 「……ッッッ?!?!!(音と光が直撃したショックで、派手に嘔吐中)
 

 ひでおの背後で相当の混乱が巻き起こっていたが、しかし、ひでおは意に介する事は無かった。
 そして、ヴェロッキア達の行動が止まった瞬間に、ひでおは既に動きだしていた。

 「へあ!?な、何なのですか!?」
 「戦略的撤退ッ!」
 「く、逃がさんぞっ!!」

 未だに網膜や鼓膜といった細かい部分を再現できていないウィル子を抱き抱え、ひでおは背にヴェロッキアの声をうけながら、夜の街へと駆けていった。
 
 



 「ま、マスター、これからどうしましょう?」
 
 重さを感じさせないウィル子を俵の様に肩に担ぎながら、ひでおは夜の街を疾駆していた。
 できるだけ人気の多く、明るい場所。
 満月の夜では殆ど効果は無いだろうが、人ごみは傀儡達への足止めにもなる。
 だが、現在の街にはあまり人影が見当たらない。
 恐らく、殆どの者が傀儡にされたのだろう。
 あの数を使役し続けるだけの魔力を持った吸血鬼に、今更ながら寒気が走る。
 恐らく、二度目における機関の精鋭部隊を対吸血鬼装備にしても勝てるかどうかは微妙な所だろう。
 それ程までに、ヴェロッキア・アウクトスという吸血鬼は強力だ。

 「ウィル子、ネットにアクセスして吸血鬼の弱点になりそうなものがある場所を探してくれ。この都市なら銀製品くらいはあるだろう。運営委員にも審判派遣の連絡を。それと、可能な限りネットに潜って隠れていてくれ。」
 「わ、解ったのです!」

 そう返事するや否や、ウィル子の姿が一瞬で消えた。
 恐らく、付近の電話回線を通じてネットの海にダイブしたのだろう。
 これならそう易々と彼女に手を出す事はできない。
 
 (後は、オレが逃げ切れるかどうか、か。)

 そして、後方から漸く傀儡達の追手の先頭集団が見えてきた。
 獣人や魔人など、身体能力が高い面々だ。
 弓や銃、魔法などが飛んでくるが、幸いにも精度はお粗末だった。
 しかし、先頭集団だけでも数十人はいるので、相当の火力だ。
 だから、必死に足を動かして逃げ続ける。
 電柱や街灯、店舗などを盾にし、射線を反らすためにジグザグに走り続ける。
 頬やコートを弓矢や火球が霞め、時には皮を抉られ、痛みが走る。
 しかし、ひでおは足を止める事だけはしなかった。

 『マスター、工業区に行ってください!そこにミスリル銀の生産工場があります!』

 携帯電話から、待ち望んでいたウィル子の声が響き、彼女のナビを頼りに荒れる心臓を叱咤しつつ、工業区へと足を向けた。




 『その先のT字路を右に進んでください!その近くに作業員用の出入り口があります!電子ロックでしたから、こちらで開けました!』
 「…連中が侵入すると共に警報を鳴らしてくれ。ここの警備の連中を利用する。後、監視カメラ等の記録は今夜分を全て削除だ。」

 ウィル子から齎される情報の内容から指示を出しつつ、ひでおは漸く工業区にある一大施設、エリーゼ興業のミスリル精製施設へと到着した。
 ここはエリーゼ・ミスリライトという高位精霊が社長として君臨する会社で、ミスリル銀市場における最大シェアを持っている。
 ミスリル銀とは聖の属性を持った貴金属のことだ。
法王庁・神殿教団を始めとした対魔組織なら多かれ少なかれ武装や術具に採用されており、オリハルコンやアダマンダイトなどの精錬も加工も難しく、コストが膨大な貴金属よりも遥かに加工しやすく、汎用性に長けている事から何処でも売れるので、二度目におけるマルホランドもエリーゼ興業と提携する事で大々的に扱っていた程だ。
 また、銀の高位互換素材でもあるため、対吸血鬼でも十分に使用できるだろう。


 「炉がある場所は何処だ?後、作業員は?」
 『今からマップデータを送信します!作業員は今はいません!後、火は消えてませんから何時でも使えます!』
 「上出来だ。後は今から言う指示通りに動いてくれ。」

 そして、携帯を弄りつつ、ひでおはこの状況から勝利するためにウィル子に幾つかの指示を出した。

 『危険過ぎます!第一、運営側からの介入を待てばそれで済むじゃないですか!?』
 「いや、恐らく介入は無いだろう。」

 楽しい事大好きで悲しい事大っ嫌いのあの鈴蘭が、この状況で動いていない事がその証拠だ。
 恐らく、既に緊急医療室や消火活動などの手配を終え、勝負の決着がつく事を待っているのだろう。
 しかし、ルールを破った場合の手配も終えている事だろう。
 多数のアウター級戦力を擁する聖魔王一派なら、ルール違反者を粛清するのに何の躊躇いも不足も無い。
 改めて考えると彼女の指導者、否、扇動者としての非凡な才覚はいっそ恐ろしいものがある。

 『…マスターが何を以て確信しているかは知りませんが、マスターが言うからには本当なのでしょう。解りました、指示通りにします。』
 「すまんな。」

 渋りはしたものの、結局は了承してくれたウィル子に感謝しつつ、ひでおは建物内の奥へと入っていく。
 
そして、ひでおが十分に工場の奥へと入ってから警報が派手に轟き、警備員達と施設に侵入し始めていた傀儡達の激しい戦闘が開始された。
 当初は奇襲した上に数が多い分、傀儡達の方が優勢だったが、そこはエリーゼ興業お雇いの面々、混乱が収まると的確な対処を開始した。
 数はあってもまともな連携が取れない傀儡達に対し、数十人でありながら圧倒的な物量さを連携と遮蔽物を利用した防衛戦を構築する事で対処してみせた。
 その動きの見事さに、ひでおはイスカリオテの精鋭達とどちらが上か試算してしまう程だった。

 (流石だな。こちらも、早い所決着をつけてしまおう。)

 それに、そろそろ焦ってきている筈だ。
 そう思うや否や、ひでおが走っていた通路のガラスが吹き飛び、マント姿の少年がガラス片と共に飛び込んできた。
 
 「追い詰めたぞ、川村ヒデオ!そろそろその血を貰おうか!」

 降りかかるガラス片から顔を腕で庇いつつ、ひでおは咄嗟に脇にあった扉に飛び込んだ。
 そこから先には最低限の火が入った工場があった。
 ウィル子の算出した最短ルートとは違うが、ここからでも十分に目的の場所には行ける。
 気温は機械の排熱などの影響か、かなり高く、いるだけで汗をかく程だ。
 昼間のそれよりもやや小規模だが、確かに火は入っているのだが、詰めているであろう人がいない。
 恐らく、先程の警報と戦闘音から避難したのだろう。
 
 (なら、より好都合。)
 
 ひでおは工場内に隠れ、最適な場所や必要なものの位置などを把握しながら進む。
 幸いにも遮蔽物その他は大量にあり、隠れる場所には困らない。
 
 「どうやらここにいるようだな、川村ヒデオ。」

 そこにヴェロッキアが追い付いてきた。
 まだ見つかっていないようだが、蝙蝠や狼などにも変身できるという吸血鬼相手で何時までも隠れるのは不可能だ。
 寧ろ、もう見つけている可能性すらある。
 
 『漸く来たな、吸血鬼。』
 「っ!何処だ、川村ヒデオ!」
 
 工場内のマイクから、オレの声が出る。
 ウィル子に頼んだものだがかなりの再現度だ、流石は電子精霊。
 
 『そろそろ勝負を始めよう。お互い、始めない事には勝敗がつかないからな。』
 「……よいだろう。先程は逃げられたが、今度はそうはいかぬぞ。」
 『では、審判は私ラトゼリカが行います!』

 マイクからひでお以外の声が流れる。
 ウィル子が大会運営側の所持するセンタービルの受付のPCと工場のマイクやカメラなどを繋いだのだ。
 現在、たまたま夜番だった受付嬢のラトゼリカにウィル子が頼み込み、彼女が審判役をしている。
 
 『では、試合開始です!』

 ラトゼリカの宣言と共に、ひでおは動いた。
 
 「そこかッ!!」

 瞬間、それに気付いたヴェロッキアが霧となって接近、ひでおが寸前までいた辺りを薙ぎ払い、機材を盛大に破壊した。
 その途端、盛大に高温の蒸気が吹き出、その直撃を受けたヴェロッキアの視界を完全に潰した。

 無論、これはひでおが狙ったものだ。
 自身を囮にして、相手の視界を潰す。
 かなりの高温のため、気休め程度には効く事だろう。
 自分の場合、既に工場内の構造をある程度眺めていたし、ウィル子からのナビもある。
 そして、本命はまた別にあった。

 「小手先で我に勝てるか!」

 しかし、その場を満たしていた霧は突然一か所に集まり、あっと言う間に視界を覆っていた白が消えていく。
 その集合地点にはヴェロッキアがおり、恐らく、自身の身体を霧にする事で周辺の蒸気を掌握したのだろう。

 「器用だな!」
 「吸血鬼が霧でまかれるなど恥だ!」

 叫び、再度の接近と打撃。
 しかし、今度は機材などに気を付けているため、先程よりも勢いが無い。
 機材に囲まれた通路の中、ひでおは後退しながらも警棒を最短状態にしてヴェロッキアの膂力を生かした攻撃を柔よく剛を制する様に流していく。
 元々攻撃よりも防御に重きを置いた鍛え方をしていたため、こうした捌きや防ぎ、回避の方がひでおは得意だった。
 それに基本的な肉体の構造は吸血鬼も人も変わりない。
 筋肉や視線の動きなどにより、大佐戦と同様に次の相手の動きを予測し、捌いていく。
そして、多数の装飾が付いている故に予備動作事態は認識しやすい事もあって、ひでおは辛うじてヴェロッキアの攻勢を凌いでいた。

 二撃目、振り下ろされる右の爪を一歩引いて回避する。
 三撃目、突き入れられる左の手刀に横から警棒を当てて反らす。
 四撃目、踏み込みと共に左手を引きながら放たれた拳を、身を回す様に半身になって回避する。

 だが、防戦一方では何れ敗れるし、スタミナにも差があり過ぎる。
 そもそも、満月の吸血鬼に正面から勝とうというのが無謀極まりないのだ。
 今は幸いにも従者をやられて頭に血が上っている様だが、果たして何時までこの状態を維持していられるだろうか?
 武を極めた訳ではないひでおでは、警棒で流すだけでも手がビリビリと痺れ、回避しているのに風圧で押され、どんどんスタミナを消費し、上手く動けなくなっていく。
 後もう少し、最適な位置にいかない限り、こちらの敗北は決定している。
 徐々に後退しつつ、ひでおはそれまで自身の身体がもつように警棒を握る手に力を込める。

 「ええい、うっとおしいっ!!」
 
 もう直ぐ最適な位置につくという時、遂に焦れたヴェロッキアが大振りの回し蹴りを放ってきた。
 回避も可能だったが、考えのあったひでおはその人外の一撃を敢えて受ける事にした。
 警棒を着弾点に構え、その勢いを逃がす様に敢えて全力で背後に跳んだ。

 「…ッッがぁッ…!?」

 バギャァッ!

 着弾の瞬間、警棒は半ばから完全に圧し折れ、完全に意識が途絶えた上に、一度も地につかずに10m以上も吹っ飛び、大きめの機材に叩きつけられた。
背中だけでなく、打撃を受けとめた辺りにも激痛が走り、思考が鈍ってしまう。
 
 (これは…骨が折れたか……。)

 知識と照らし合わせると、明らかに肋骨がに2・3本砕けている事が解る。
 はっきり言って、ダメージが大きい。
 しかも、肋骨の角度によっては臓器損傷、下手をすると肺に刺さる危険がある。
 今は衝撃のせいであまり痛みを感じていないが、気を抜いたら地獄の様な苦痛に襲われるだろう。
 
 「ここまでだ、川村ヒデオ。人にしては善戦した方だろうな。」

 ゆらり、と油断無く見据えながら、ヴェロッキアがゆっくりと近づいてくる。
 ひでおは痛みに霞む視界の中でその姿を捕えると、まだ握っていた警棒の一部分を手放した。
 からんからん、という音と共に警棒が床に落ち、ヴェロッキアの目にとまる。

 「ほう?得物を手放したとは、降伏するつもりか?」
 「…っは……誰が……。」
 「我としてもその方が良い。折角、強者の血が飲める機会なのだ。死なぬ程度に吸わせてもらうぞ。」

 死に体のひでおの言葉に対し、ヴェロッキアは笑みと共にその胸元を掴みあげ、無理矢理目線を同じ高さに合わせた。

 「貴様の血……こうしていると、飲まずともその芳香が漂ってくるようだぞ。」
 「…悪いが、香りだけで我慢してもらおう。」

 何?とヴェロッキアが疑問を口にする前に、ヴェロッキアの背後から轟音が響いてきた。
 
 (……?)

 疑問に思ったヴェロッキアが自身の背後を見て、目を丸くした。

 「な……。」

 ヴェロッキアが一瞬の驚きを露わにすると、ひでおはにたり、と口元を歪ませた。
 瞬間、2人目掛けて大型の貨物車両が突っ込んできた。
 
 「うおおおぉぉッ!?!」

 ヴェロッキアは咄嗟にその場からひでおを掴んだまま飛び上がって1台目を回避し、備え付けられた大型設備の一つに飛び乗った。
 2台もあるのなら片方位は当たりそうだが、正面と右から時間差で接近してきた2台目は高い所にいくだけで十分に対処可能だった。

 「驚かせおってからに…。今のが貴様の最後の策か?」
 「あぁ、そうだ。そして、オレの勝ちだよ。」
 「?何を」

 言っている?と続けようとした所で、2台目の大型車両が先の1台目に衝突し、1台目に搭載された魚雷型のタンクと2台目の工業用給水車のタンクが見事に拉げ、その中身が流出し、混ざり合う。
 その瞬間、工業用水は蒸発を開始し、もう一つの大型車両、混銑車の積み荷である溶けたミスリル銀の表面に蒸気の膜を形成する。
更に盛大に漏れ出続けるミスリル銀に安定性を欠き、劇的な反応を見せる。


 その直後、盛大な爆発が辺り一帯を包みこんだ。
 



 ひでおが狙ったのは界面接触型の水蒸気爆発だった。
 水の中に溶けた金属などの高温の細粒物質が落ちて、不安定化すると発生する。
 製鉄所などで時折事故が発生し、大惨事にも成り得る程の爆発を生む事もある。
 この時、水は給水車一杯分、混銑車一杯分の融解したミスリル銀という材料があった。
 幸いにもどちらの車両も電子制御を一部に取り入れていたため、ウィル子が外部からタイミングよく制御してくれたものだ。
 後は上手くタンクが破損する様にぶつければ、それで済む。
 しかも、ミスリル銀を材料に使ったためか、この爆発はミスリル銀と同様に光属性と銀に近い性質を帯びており、こと魔に属する者にはかなりの殺傷力を持っていた。
 結果、爆発の勢いで散弾の様に周辺に飛び散ったミスリル銀の雫は、一切の区別無く全方向に襲い掛かり、爆発点を中心に片っ端から浄化していった。
 
なお、何故この場に給水車があるかというと、エリーゼ興業の電気炉の冷却水の補給のためだった。
 一年前から開かれているこの閉鎖都市空間だが、食糧や医薬品、嗜好品を完全に自給できる程の生産活動はいくら何でも土地が足りない(ダンジョンを利用すればある程度までは可能だが)。
 また、敗退者の退場などもある事から、センタービルで手続きをすれば簡単に都市外に出れる。
 外からは毎日かなりの量の物資が運び込まれ、また、運び出される。
 それはエリーゼ興業で生産されるミスリル銀だったり、ダンジョンで発見された激レアモンスターなどの詳細な報告書であったり、敗退した参加者だったりする。

 
 

 残ったのは、焼け焦げた電子炉と設備(と思わしきもの)の残骸だけだった。
  そもそも、工場そのものが未だに原型を保っている事自体がこの工場の頑健さが異常なものだという事を示していた。
 恐らく、通常の工場の何倍もの安全対策を施されていたのだろう。
ひでおも、ヴェロッキアも、そこには誰もいなかった。
 ただ水蒸気爆発の残滓が周囲に薄い霧を作り、漂い続けているだけだった。
 
 そんな静寂が漂う中、不意に周囲に漂っていた霧が渦を巻き、一点に集まり始めた。

 「く…っ……はぁっ……がぁッ……!」

 どさり、という落下音と共に、渦の中からヴェロッキアが出てきた。
 吸血鬼の変身能力で霧となり、ダメージを逃していたのだ。
 しかし、爆発自体が水蒸気を媒体にしたもので更に光属性と銀の性質があったためか、全身ボロボロの状態で今にも力尽きて消えそうな状態だった。

 「おのれ…まさか、自爆を選ぶとは……。」

 ぜぇぜぇ…と荒い息を吐きつつ、ヴェロッキアは先程の爆発を思い出していた。
 幸いにも自身は霧になるのが間に合ったが、川村ヒデオは間違い無く死んだだろう。
 人間ではどうやってもあの爆発に耐えられないし、例え強固な防御魔法を唱えた所でそれごと吹き飛ばされる程のものだった。
 聖騎士団一部隊が協力して構築したものならまだしも、個人クラスではまず無理だ。
 
 (その上、これでは失格になるではないか…。)

 これでは道中で「ワシを置いて先に行ってくださいませ」と言ってくれたサンゼルマンに顔向けできない。
 ぶつけようの無い腹立だしさを感じながら、ヴェロッキアはふらふらと揺れながらも何とかその場から去ろうと腰を上げた。

 「川村ヒデオ……恐ろしい手合いだった。」

 それだけは間違いない事実だった。
 この大会が殺し禁止のそれだとしても、必ずしも相手がそれを守るとは限らない。
 そこを工場という場所に誘導し、戦闘の余波で偶然にも爆発が起き、戦闘していた片方が死んだ。
 それで済むとは思えないが、十分に実現できる可能性はあった。
 
 「だが、最後に笑ったのは我であったな…。」
 「そう決めつけるべきではないぞ。」

 ゾッと背筋が総毛立ち、全力で背後を振り向こうとした。
 しかし、その前に背中を打撃され、ヴェロッキアは不様に前方へ弾かれてしまった。

 「ご……ゲハゲハッ!?」
 「何故、という顔だな?」
 
 何故生きている?
 当然の疑問だった。
 あの爆発で肉体は常人よりマシ程度のひでおでは、絶対に生きてはいられない。
 
 「生憎と、獲物を前に舌舐めずりするつもりはない。」

 やはりというか、ひでおの身体もまた無事では無かった。
 サングラスは吹き飛び、衣服は所々焼け焦げ、その隙間から除く肌は明らかに重度の火傷を負い、口の端からは鮮血が止まる事なく流れている。
 普段はしっかりとしている足取りもふらついており、ヴェロッキアとどちらが重症か甲乙つけ難い程だった。
 
 (く…疑問は後だ!今は体勢を整えなければ…!)

 ふらつきながらも確実にこちらに近づいてくるひでおを迎撃せんと、ヴェロッキアは体勢を整えようとする。
 しかし、彼の意志に反し、肉体は思う様に動かない。
 先程の爆発に加え、ひでおが見舞った先の一撃。
 それに使用したのは折れた警棒ではなく、見た事も無い風変わりな錫杖だった。
 先端部に錫色の天秤を乗せた、全体が黒塗りの錫杖。
 見ただけで解る程の高濃度の神秘を内包した一品に、ヴェロッキアは愕然とした。
 あれは自身が生まれる以前から、神代の時代から伝わる代物なのだろう。
 それ程の代物なら先の爆発を凌いだのも頷ける。
 あれ程の神秘となれば、それこそ最高位の魔人であるアウターやそれに類する者達の持ち物であってもおかしくは無い。

 (これが、奴の切り札か…!)

 神器が相手にこの状態では、どう足掻いても無駄だ。
 ヴェロッキアの中に諦めの言葉が湧き出るが、夜の貴族である吸血鬼たる者、最後まで不様に屈する訳にはいかない。
 根性でひでおへと向き直り、生まれたての小鹿の様に足を震わせながらも立ち上がる。
 そして、ひでおの鋭すぎる目を、真っ向から睨みつけ、右の貫手を引く。
 その時、かつん、という足音と共に、ひでおが両者にとって一挙手一投足の間合いへと踏み入った。

 「まさか、神器の担い手とは思わなかったぞ…!」
 「貴様が相手で無かったら、決勝まで使うつもりはなかった。」

 驚きと称賛。
 それを最後の言葉とし、両者は互いの獲物を相手へと放った。
 
 
 その時、響いた音は一つだけだった。
 ヴェロッキアの貫手はひでおの頬肉を抉り、鮮血を吹き出させ、ひでおの神器はヴェロッキアの額を打撃し、その意識を狩りとった。
 


 この瞬間、聖魔杯開催初日11時59分56,8秒。
 
 ひでおが奇跡の初日三連勝を飾った瞬間だった。


 









 レイセン2巻読んでたら遅れちゃった☆


 ども、VISPです。
 本当なら先週の土日で上げられた筈なのですが、ついつい資料調べてたり、レイセン読んでたりしたら遅れてしまいました(汗
 どうか忘れ去られていないと良いのですが……ダメかなぁ?
 今後、思いっきり独自展開が開始されますので、読者の皆様はどうか見捨てずにいてくださいと切にお祈りします。

 後、副題に偽りありの突っ込みは勘弁の方向でお願いします。
 当初は確かにマリアの活躍で傀儡の皆さんが浄化されるっていう筋書きだったのですが、レイセン読んでたら唐突にネタの神が降りてきまして……。
 兎も角、きょうこうさまの出番はまたの機会という事で。




[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第九話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:43
 
 第9話


 遂に就職


 

 「はぁ……はぁ……はぁ……。」

 何処か暗い路地を走っている。
 息は切れ、フォームは乱れ、冷静さなどかなぐり捨てる程に追い詰められている。
 それ程までに自身にかかった追手は、自身にとって脅威なのだ。

 「はぁ……はぁ……は「見つけた。」ッッ!!!」

 ゾクリ、と全身が総毛立ち、残った体力を振り絞って駆けた。
 だが、追手は自身のそんな行動など意に介する事も無く、あっさりと背後を取りながら囁き続ける。

 「どうして逃げるの?私、ずっと探してたのに。あの二人が馬鹿な事してからずっと……ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずッとズっトずッとずットズッとズッとずっトズッとずットズットズットズットズットズットズットズットズットズット探してたのに………ねぇ、どうして逃げるの?」

 逃げられない。
 確信と絶望の瀬戸際で、オレは後ろを振り向いてしまった。
 解っていたのに。
 振り向いてしまったら、もう終わりだというのに。
 それでもオレは振り向き、ソレを見てしまった。


 「漸く私を見てくれた……」


 ネェ、オニイサマ?


 銀糸の様な髪を棚引かせ、血の様な真っ赤な唇で弧を描く、恐怖の権化の姿を。











 「~~~ッッッッッッ!!!!!!!!!!」


 声ならぬ悲鳴と共に、ひでおは意識を取り戻した。
 そして、恐慌しつつも、瞬時に状況を確認した。
 身体の感覚から一日以上眠っていた可能性と、肉体がそれなりに鈍っている事。
 ここが病室であり、今まで自分が寝ていた備え付けのベッドだ。
 傍らにはやはり備え付けの棚があり、スポーツ飲料やタオルなどが置かれている。
 また、右腕には点滴がなされており、自身の恰好も記憶にある私服から患者服に変わっている。
 これらの事から考えるに、危機は無事に脱し、現在は治療中といった所だろう。
 

 そこまで考えて、ひでおはやっと一息つく事が出来た。
 気付けば身体中に気持ちの悪い汗をかいており、どれ程あの悪夢がひでおにとって恐ろしいものかという事を如実に表していた。
 
 (な、なんという悪夢…ッ!!)

 一度目、二度目、現在を含めても、覚えている限りでは最悪の悪夢だった。

 (まさか、とは思うが……。)

 しかし、嘗ての彼女の行動をよく鑑みれば、あり得ない話ではない。
 この件は後でマリアとマリーに確かめなければならないだろう。

 (下手をすると、アウター同士の戦争になりかねん。)

 そうなったら、自分に止める術は最早無い。
 それこそ、また自害でもして死なない限り、彼女らは殺し合いを止めないだろう。
 
 「あらあら、漸く起きたのね♪」
 「…マリーか……。」

 不意に病室の扉が開き、マリーが室内に入ってきた。
 その手にはりんごの入った籠があり、見舞いに来た事が伺えた。

 「視たのか?」
 「うふふ、クスクス♪夢だと解ってても、やっぱり怖いものは怖いわよね♪」

 心底愉快そうな笑みと言葉に、ひでおは憂鬱そうに溜息をついた。
 
 「知っていたのか、あの子がオレを好いていたのを?」
 「知ってたわ。でも、解るでしょう?」

 要はそう言う事だ。
 マリーは「あの子」の気持ちを知っていたが、それをひでおに悟らせては面倒な事になる。
 少なくとも、ひでおに好意的な女性は自分一人だけで良い、とまで考えていた彼女に「あの子」は邪魔でしかない。
 
 「過去の事は今更とやかく言う気は無いがな…。」
 「あら残念。お仕置きプレイとか期待してたのに。」

 くすくす♪と悪戯っぽく笑うマリーに、ひでおは重苦しい溜息をつくしかなかった。

 「それで、状況は?」
 「もう、せっかちね。そんな事だから無茶ばっかりするのよ?」

 ちょっと不満そうだったが、マリーはすらすらとひでおが必要としていた情報を話し始めた。

 ヴェロッキア戦から丸一日と少々経ち、大会開催から三日目となっている。
 ヴェロッキア&サンゼルマンのペアは敗退したとして手続きの後、会場を去っていった。
 対するひでお&ウィル子のペアはギリギリだったものの、初日3連勝という快挙成し遂げた事から文句無しの優勝候補としてニュースでよく取り上げられるようになった。
 大会側は介入するまでもなくヴェロッキアが敗退したため、傀儡にされた参加者の治療などを行っただけだった。
 
 「…それだけではあるまい?」
 「えぇ、そうね。肝心なのはここから。」

 ヴェロッキアとの戦闘で、当然ながらひでおは重傷を負った。
 飛び散ったミスリル銀の雫と高温の水蒸気により、工場内はかなりの高温に満たされた。
 爆発そのものは神器によって防ぎ切ったものの、しかし、周辺の高温そのものをどうにかするには代償が足りない。
 唯でさえ魔導力の代わりに生命力を差し出した状態で周辺の高温まで相殺するとなると、その代償は相当なものになっていく。

 「狂い無き天秤」は使用者から代償を得て、その効力を発揮する。
 だが、もし使用者が大き過ぎる結果を求め、代償を払い切れない場合、使用者は喰われる事になる。
 その代償は使用者がある程度取捨選択できるが、それをしなかった場合、何処から取られるか解らない。
 望んだ結果のためには、それに見合う代償を。
 余りに厳正な取引に、製作者であるマリーチですら「試作品」と呼んだ理由の一つがそこにある。

 そのため、深度2の火傷を身体のあちこちの負い、更にヴェロッキアから受けた一撃により左右の肋骨の3番と4番が折れ、肺を傷つけていた。
 その他にも出血による体力の低下や一部の筋肉断裂などもあり、普通の人間なら丸一日程度で目を覚ます筈が無い。
 これは酔いが醒めたマリアが本気で回復魔法を使用し、一命を取り留めたからこその事だった。
 ただ、完全な全回復ではなく、命を取り留め、身体が超回復する様な余地を残した治療をした(とは言っても、動く分には支障が無い程だが)。
 これは余程の事がなければ、全回復は極力行わない、というイスカリオテの方針によるものだ。
 超回復させて身体能力を高めるというのもあるが、全回復は消費が大き過ぎるからだ。
 イスカリオテで推奨される回復系の魔法が主に自然治癒力を高めるものである事からも、組織としての方針が伺えるが、それは後に説明しよう。


 さておき


 今回の一件で本社施設が相当の被害を受けたエリーゼ興業はその原因となった川村ひでおに対し、倍賞を請求している。
 工場の施設そのものの他に操業されていれば得られただろう利益と混銑車の中身のミスリル銀と工業用水、総額合わせて3億チケット。
 幸いにもエリーゼの存在により、あまりミスリル銀の加工には手間がかからないため、その分施設の機材も少ないからこの値段となった。
 もしこれが一般的な施設だったら、この倍では済まなかっただろう。

 現在、ウィル子はマリアの指示の元に電子の海で株やら何やらを使って、何とか賠償金を稼ごうと奮闘している。
 マリアはマリアでダンジョンの最下層にこもって狩りを続けている。
 両者の頑張りもあって、辛うじて8000万チケット分は稼げたが、それでもまだ2億2千万チケットがある。
 
 「…少々少ないな。あそこの電子炉が損傷していれば、この5倍はあると思うが…?」
 「何せ葉月の作品だもの。あの程度で壊れる程にヤワじゃないわ。」

 その一言でひでおは納得した。
 あの葉月の雫の作品なら当然だろう。
 彼はコンセプトや設計思想は学術都市の面々と同じくアレなものばかり作るが、反面、その実用性に関しては間違いようもなく優秀なものばかりだ。
 
 「さてと、後は残りの賠償金を稼ぎださないといけないけど……。」
 「少々『貯蓄』を切り崩す。まぁ、ヤバいのは表に出す気は無いがな。」
 「まぁ、打倒な所ね。」

 「貯蓄」というのは、嘗てひでおが二度目の知識と経験を用いて荒稼ぎした際の財産の事だ。
 これは金や株券、小切手等の単純な資産だけでなく、嘗てイスカリオテや法王庁で採用されていた独自の術式や学術都市で設計された兵器や新技術などに関する知識も入っている。
 なお、この世界の学術都市はマルホランドの経営状況が今一であるため、二度目のそれよりも人員の数と研究資金や施設などの面で劣っている部分があるため、気を付ければ特許やら何やらで責められる事は無い。

 「エリーゼ興業相手で売れそうなものって言うと……。」
 「法王庁式の術式と、ミスリル銀を始めとした貴金属の鉱脈の位置だな。」
 「…ちょっとやり過ぎじゃないかしら?」

 前者は現在この世界で一般的に使われる神殿協会のそれではなく、効率や術式強度などの面でより実用性や汎用性を高めたものの事だ。



 ここで神殿教団(二度目ではまだ協会だが、現在に合わせた)とイスカリオテ機関、法王庁などの魔法に用いられる術式について説明しておく。
 神殿教団の術式はどれも強力なものが多いが、反面、習得が難しく、消費も多い。
 特に回復や浄化魔法などは失った血液や身体の一部を魔導力を用いて再構成するという形をとっているため、魔法の中でも相当に難しいものだ。
 しかし、圧倒的多数の人員を擁する神殿教団なら適材適所で分担する事で余り気にせずとも大丈夫だが、他二つは異なる。
 
先ずイスカリオテ機関の場合だが、彼らが採用している術式はどれも実用性を最重視したものだ。
 術式は可能な限りコンパクトに纏め、多少の妨害などでは揺るがない術式強度や扱い易さ、発動速度、魔導力の変換効率などが高い。
 また、あらゆる状況に対応するため、神殿教団の数倍近い術式が存在する。
 体系化され、習得がしやすくなっているものの、その数は世界随一と言ってもいい。
 神殿教団が一点ものとしたら、イスカリオテ機関のそれは量産品、しかし、傑作と頭につく類のものだ。
 正面からの短期決戦なら神殿教団に分があるかもしれないが、厳しい環境下での消耗戦や持久戦、隠密戦などになるとイスカリオテ機関の方が確実に分がある。
 まぁ、対魔人・魔物戦闘に特化している神殿教団に対し、人魔問わずに戦闘する事が前提の少数精鋭かつ隠密活動が基本のイスカリオテでは採用している術式に大きな差があるのは当然の事と言える。
 
これに対し、法王庁はもっと独特で、主に支援系の術式がメインとなっている。
 これは神殿教団との連携が前提であるが故の事であり、現場では聖騎士団が肉弾戦と派手な魔法合戦をする後ろで策敵、回復、補給、強化といった裏方に徹している。
 そのため、術式は参考となったイスカリオテ機関の特色を残しつつ、更に支援系が充実したものとなっている。
 攻撃力では神殿教団にもイスカリオテにも負けるが、その分味方の強化や回復、補給を始め、相手の術式の妨害や策敵という面では最も長けている。
 簡単に言うと、イスカリオテがノーマル、神殿教団がパワー、法王庁がテクニカルといった所だろうか。
 
 蛇足になるが、これはあくまで魔法に限った場合であり、最新型の銃火器を用いるイスカリオテ機関が相手だと、他二つは分が悪い。
 元々対人戦闘、それも現代兵器への対応など彼らのカリキュラムには入っていないし、数百年生きているのがザラな魔人や魔族が多いため、錬度と経験、基礎能力にも差が開く。
 法王庁なら火器の扱いも大丈夫だが、身体能力や魔導力という地力の差が大きいし、聖騎士団は重装故に足が遅い。
更に得意の隠密性を発揮しつつ、平然と数キロ先から狙撃したり砲撃したり、罠を張ってくる特殊部隊染みた連中が相手では、如何に熟練の聖騎士団や武装神父隊でも歯が立たない。
勝つには隠密性を無効化しつつ、異端審問部部等の対人戦闘が得意な部隊を前面に押し出しつつ、物量と火力で無理矢理押し潰すかしないと駄目だろう。



 「やるのは主に探索系、それも貴金属等に対するものだ。」
 「成程、彼ら自身に鉱脈を探索させて利益を上げさせるのね?」

 そして、自身はそれに投資する事で利益を上げる。
 エリーゼ興業にも旨味は十分だし、かなりの収益が期待できる。

 「まぁ、そんな所だ。…それに装備の新調も考えれば、エリーゼと面識があった方が良いだろう。」
 「後は交渉の場を作って、お互いの落とし所を?」
 「そんな所だな。」
 
 流石に3億は高い。
 以前の様に一大組織の長であればその限りではないが、生憎と今のひでおは一般人から見れば間違いなく裕福だが、しかし、あくまで一般的なものでしかない。
 常識の外側における財は殆ど無いと言っていい。
 大会への参加は改めて外側に関わりを持つ事を決めたが故の行動でもあるため、これを機にこちら側でも財を作っておくべきと考えたのだ。
 
 「後でマリア達には礼を言っておくべきだな。」
 「あら、私には?」
 「…ちょっとこっち来い。」

 ひでおの言葉に疑問符を上げつつ、マリーは素直にひでおのいるベッドの傍に寄る。
 何するつもり?と尋ねるが、ひでおは黙って彼女の脇に手を入れ、持ち上げた。

 「へ?」
 「よっと。」

 そして、マリーを後ろから抱える様に膝の上に乗せた。
 
次瞬、マリーは内心で「KITA――――――――!!!」と大フィーバー状態となった。
 このままマリアに先んじて既成事実をッ!!とまで考えが飛躍しているあたり、実にぶっ飛んでいるが、生憎とひでおに幼女趣味は無かった。

 「………………。」
 「…ッ……ん……。」

 そして、ひでおはゆっくりと、彼女の綺麗な白髪を指で梳き始めた。
 マリーの髪は勿論ながら枝毛も無く、非常に柔らかく、しっとりと潤いを保っている。
 単純に天使故に通常の物理法則が通じないという事もあるが、それ以前に女性としてそういった事にはしっかりと気を配っているという事もある。
とは言っても、今まで誰にも触らせた事の無い場所を惚れた相手に撫でてもらっているのだから、マリーとしては相当にクルものがあり、ひでおの手の感触を味わっていた。

 (柔らかいな…。)

 その時、ひでおは素直にマリーの髪の感触を楽しんでいた。
 当初、こんな事をしたのは単なる気まぐれと、「彼女」に対する贖罪というか、外見年齢が近いマリーを可愛がる事での代償行為とも言うべき理由からだったが、嫌がられもしないし、意外と手触りが素晴らしいマリーの髪に現状を楽しむ事にした。

 なでなで、さらさら、なでなで、さらさら
 なでなで、さらさら、なでなで、さらさら
 
 暫しの間、2人はまったりとした時間を過ごした。






 ひでおが起きてから1時間程後の事。
 現在、彼の病室にはマリアとウィル子がいた。

 「あの、マリーさん?」
 「なぁに?」
 「何故にそんなに艶々してるのですか?」
 「うふふふふ♪」

 いや、笑ってないで答えてほしいのですよ、とはウィル子は言えなかった。
 それはマスターであるひでおの死に繋がる様な嫌な予感がしたのだ。
 何故そんな事を?と言われそうだが、艶々した顔で微笑んでいるマリーをギリギリ…と奥歯を鳴らしながら見つめているマリアを見ると、何故かそんな未来が予想できてしまったのだから仕方ない。

 「…あー、2人とも、ご苦労だったな。それで、どれ位稼げたんだ?」
 「全部合計で1億2千万チケットです。これでも大分粘ったんですけど……。」

 労わりもそこそこに、集まった2人も合わせて話し合いを始める。
 集まった当初、何故かマリアが殺気立ったが、公私の切り替えはちゃんとできるからとひでおは半ば放置し、話を進める事にした。
 2人は全額稼げなかった事に申し訳なさそうだったが、ひでおとしてはもし2人が全然稼げなくとも金の当てはあったし、2人の心意気だけでも十分と言えた。
 …だが、ウィル子の稼ぎの方法がクリーンなものかどうかちょっと不安にはなったが……。
 マリアはマリアで、頑張った後にひでおから何かしらのご褒美をねだれば!とか邪な考えを抱いていたのだが、看病していたマリーが先に何か良い事があったため、イラッとしていた。
 後で何をしたのかきっちり問い詰め、それを自分にもやってもらおう。
 マリアはひでおの話を聞きつつ、並列思考でそう考えた。

 「それだけあれば十二分だ。後は向こうとの交渉次第だろう。」

 言って、にやり、とひでおは口の端を歪め、宣言する。
 ピースは大体揃った。
 後は、相手に合わせたやり方を模索するだけ。
 それとて、自身の知る彼女とこちらの彼女の相違を擦り合わせるだけの事。
 

 「その前に準備をしよう。ウィル子、エリーゼ興業に関するあらゆる情報を集めてくれ。」











 「お客様~~…なのですか~~……?」
 「えぇ、はい。先日の事件の相手が支払いの件で話がしたいと……。」
 

 エリーゼ興業社長室にて

 そこにミスリル銀の精霊にしてエリーゼ興業社長であるエリーゼ・ミスリライトが秘書の1人から来客の報告を聞いていた。
 なお、今はペアである長谷部翔希はいない。
 勝負なら兎も角、普段の業務では彼は必要ない。
 暇を持て余した彼は現在ダンジョン攻略中、魔物相手に憂さ晴らし中だったりする。

 「踏み倒し、とかでしょうか~~…?」
 「いえ、もう借金を返す用意は出来たとかで…。それの引き渡しを含めて、商談がしたいとの事です。」
 「……では、お通ししてください~~……。」
 「はい、では失礼します。」

 疑問に思いつつ、エリーゼは会う事にして、秘書を下がらせた。
 はっきり言って、あの連中に対しては魔殺商会なみに腹が立つが、しかし、ちゃんと金を持ってきているのなら、まだ会う価値はあるだろう。
 
 エリーゼの性格は普段ぽや~としていて何考えてるか解らない不思議ちゃんを装っているが、その実、彼女は相当短気でツンデレな性格をしている。
 普段は今の様にぽや~としているが、それは客や敵の前だけであり、いざという時は強いカリスマとリーダーシップを発揮する。
 面倒見も責任感も強いことから、本来の彼女を知る者からはその優秀さも相まって非常に信頼されている。
 興業の警備部隊である元傭兵団などはその筆頭で、以前紛争地帯で死にかけていた所を助けてもらった時から熱烈に彼女を崇拝し、信仰を捧げている。
 …ファンクラブを形成し、ポスターや会報やら写真集やら布教にも熱心やらと、ちょっと危険だが、その信仰心は本物だ。

 なお、二度目におけるイスカリオテ機関内女性ランキングでも必ず首位争いに参加する猛者だったりする。
 ツンデレ、中学生、普段は不思議ちゃん、実は面倒見の良い姐御肌などの多彩な属性を持つ彼女の固定ファンは多い。
 上記の傭兵団などが熱心に布教している事もあり、イスカリオテ、マルホランド、法王庁、神殿教団など、その信者達はあらゆる組織に根を張っており、イスカリオテ諜報組をして、その総数を把握できないとすら言われている。


 さておき


 川村ひでおとウィル子のペアは既に借金返済の算段はついていると見るべきだろう。
 相手は初日3連勝を達成した優勝候補、ダンジョンにでも潜れば数日で稼ぎ切るだろう。
 しかし、本人がつい先程目覚めたとの報告も受けている。
 その状態で稼げるだろうか?
 となれば、これから話し合うのはチケット以外の形での返済、その手段について、という推測が建てられる。

 (まぁ、どの道うちに損が無い様にしなきゃね。)

 そう方針を決めると、エリーゼはこれからやって来るだろう2人を待った。




 そして、秘書が退室してから数分後、社長室にひでおとウィル子がやってきた。
 本来は応接室にすべきなのだが、急な訪問の関係上こちらでも問題ないだろうし、こちらに通した方が何か会った時対処しやすいからだ。

 (…へぇ…。)

 ひでおではなくウィル子を見て、エリーゼは内心で驚きの声を上げた。
 精霊、それもつい最近生まれた様な若い個体。
 しかし、若いにしてはそれなりの力が感じられる。
 ジャバンのスーツを無効化、うちの警備網の一部を麻痺させた等の報告が上がっているが、成程、この力量なら自身の分野内ならそれ位できるだろう。

 「川村ヒデオと言う、よろしく頼む。」
 「ウィル子なのですよー。」

 ぺこり、と浅く頭を下げる礼で挨拶する2人。
 ひでおの姿はきっちりとしたそこそこ上物のビジネススーツにサングラス、右手にキャリアケースで、ウィル子の方は報告と変わりない独特の服装だった。
 …はっきり言って、殺し屋と美少女の組み合わせだったが、賢明にもエリーゼはそれを口にも態度にも出す事は無かった。

 「私は~…ミスリル銀の精霊の~エリーゼ・ミスリライトなのです~…。愛と勇気と平和のために~~…悪を滅ぼすミスリル銀なのですよ~~♪」

 何時もの道化をしつつ、エリーゼも自己紹介をする。
 …はっきり言って、素面ではあまりやりたいとは思わないが、これをやると面白い様に色々と釣れるので、我慢する事にしているのだ。

 「では、エリーゼ社長。早速本題なのだが……先日の件はすまなかった。」
 
 腰を90度曲げての謝罪に、エリーゼは内心で少々驚いた。
 交渉の場では先に頭を下げた方が負けとなる。
 この男がそれを知らないとは思わないが、いきなりの事につい驚きが先行する。

 「誠意は受け取りました~~…けど、弁償はしてもらうのですよ~~…。」
 「それは解っているのだが…実は、その件で問題が出た。」

 言って、ひでおは社長室のデスクの上にキャリアケースを置き、その中身を開けた。
 
 「1億2千万チケットある。」

 キャリアケースにぎっしりと詰め込まれたチケットの束。
 全額とはいかないが、それでも相当の額だ。
 1日かそこらでこれ程の金額を稼げるのなら、十分に返済可能だろう。

 「全額返済は何時になるのですか~~…?」
 「それなんだが、少々問題が発生している。」

 まぁ、手負いの身なのだからそう簡単にダンジョンに潜る事も出来ないだろう。
 なら、どうして態々こうしてこの場に赴いたのか?
 エリーゼは疑念を強くするが、それはこれからの話し合いで解るだろう。

 「現在こちらが準備できるチケットはこれだけだが……チケット以外の価値あるものも含めれば、今すぐに返す事もできる。ウィル子。」
 「はいです。」
 
 次いで、ウィル子が周囲に複数のモニターを映し出した。

 (?これは…?)

 そこに表示されたのは魔法の構成を現す術式の類だった。
 しかし、ペアである長谷部翔希の使用する魔法、神殿教団由来のそれとは全く似ておらず、どこか異質な感じがする。
 これでもそれなりに修羅場をくぐっているエリーゼは専門家程ではないものの、魔法の術式の構成には知識がある。
 そんな彼女に解らないとなれば、後は専門家にでも見せなければ理解不能なものだろう。

 「これは~~…?」
 「地下専用の大規模探査魔法の詳細な術式構成だ。」

 地下専用、それも大規模と聞いて、エリーゼは困惑した。
 そんなもの、どう使えというのか?
 探索系という事は策敵には使えそうだが、それ以外の用途が少ないのであれば、こんなものを渡されても持て余すしかない。
 結局、資金繰りに失敗したのか?という失望にも似た思いが湧き上がるが。一先ず話を聞く事にした。

 「どう使うのですか~~…?」
 「主に鉱脈や水脈の探索に使用する。これはその中でもミスリル銀に特化した型だな。」
 「……………はい~~…?」
 
 危ない危ない、危うく演技か崩れる所だった。
 エリーゼは内心で冷や汗を拭いつつ、冷静に今の言葉を考えていた。
 今の言葉が本当なら、この術式には値千金の価値がある。
 しかし、しかしだ。

 (本当にそんな効果を持っているか疑問ね。)

 偽物、という可能性もある。
 寧ろ、常識的に考えてそちらの方が大きいだろう。
 地下向けの大規模探索魔法など、寡聞にして聞いた事が無い。
 あり得ない、と斬って捨てるのは簡単だが、もしこれが本物で資金繰りに苦労しているというのなら他所の組織、例えばあの魔殺商会にでも流されたとしたら、偉い事になる。
 何より、この男の目は嘘を言っている者のそれではない。
 自分は聖属性の象徴にもなるミスリル銀の精霊、そういったものには敏感なのだ。

 「とは言っても、我々の間には信用が無い。ハイリスクな真似はしにくいだろう。そこでだ、この術式が本物だと証明できるまでエリーゼ興業に籍を置くのはどうだろうか?」
 「ん~~…?」

 また妙な事を、とエリーゼは思った。
 確かに実際に使えるかどうかは不明な限り、この術式は何の価値もない。
 そこで、検証が終わるまでは言った通り籍を置く事で逃げ出せない、逃げ出さない事により信用の獲得を狙う。
 しかし、それなら単にこの都市から出ない程度で十分なのだ。
 それなりに広いとは言っても所詮は隔離空間、広さには限度があるので捕捉、拘束する事は難しくない。
 なら、どうしてそこまでする必要があるのか?
 
 「かまいませんけど~~…その間お二人はどうするのですか~~…?ただ飯ぐらいはいらないのですよ~~…?」
 「そこでだが、この会社の警備部門に所属したいと思う。…ウィル子。」
 「はいなのですよ~。」

 言って、今度はモニターに警備の様子や本社内の部外秘の情報が表示された。

 (んなっ!?)

 これには流石のエリーゼも目を丸くした。
 何せ社外秘の重要情報が丸ごと筒抜けになっているのだ、驚かない方がどうにかしている。

 「ウィル子は電子ウイルス、ハッキングの類はお手の物なのですよ~。」

 にやにやと笑う後輩に殺意を抱くが、この場でこれを出したという事はこれもまた取引の一環でしかないのだろう。
 ならば、少なくとも話を聞き終わるまでは生かしておいてやろう、と机の下に展開しかけていたミスリル銀製の針をしまう。

 「警備の部隊の錬度は問題無いが、こういった方面ではそこらの企業のそれとあまり変わりは無い。そこでだ、ウィル子の力で改めてクラッキング対策を施したいと考えている。」

 無表情で語られる内容に、エリーゼは一瞬で脳内ソロバンをぱちぱちと打つ。
 魔法の方は後で試せば良いし、ウィル子の方はこちらが抱えている専門の職員と共に事に当たらせれば妙な仕掛けをされる事も無いとは思う。
 魔殺商会などの外部組織の指示の元の工作の可能性は、彼らがギリギリの入場だった事とつい先程まで眠っていた事を鑑みて、殆ど無いと見ていいだろう。
 また、優勝候補と言われるペアを囲い込む事で戦力の充実により、激化の一途を辿る魔殺商会との抗争に役に立つ、最低でも弾除け程度にはなるだろう。
 損得勘定を殆ど一瞬で済ませ、エリーゼは決定を下した。

 「どうだろうか?これでは足りないかな?」
 「…解りましたのです~~…あなた達を一時的に雇い入れます~~…。待遇に関してはそれなりの額を約束しますのです~~…。」

 エリーゼはひでお達を引き入れる事を決定した。
 無論、無能だったり、社に不利益を与えるとしたら即座に切り捨てるつもりである。
 しかし、それは無いともエリーゼは考えていた。
 この男がそんな底の浅いまねをするとは思えない。
 何か思惑があると見るべきだろう。

 「でも~~…こんなに早く稼げるのなら~~…どうして全額稼いでこなかったのですか~~…?」
 「…実は、この術式を魔殺商会あたりに売り込む事も考えたのだがな…。」
 「……それだけは止めてほしいのですよ~~…。」

 頑張った!頑張った私!

 エリーゼは動揺を外に出さずに抑えた自分を褒め称えた。
 もし、この術式が魔殺商会に渡ったとしたら?
 あの極悪な連中の事である、先ず間違い無くミスリル銀市場に参入してくるだろう。
 そして、うちと対抗する様にミスリル銀市場における価格闘争を繰り広げた事だろう。
 他にも影に日向にと様々な横槍を入れて来る事は間違いない。
 
 確かに即金で返済可能だが、今回の損失だって時間を掛ければ補填は可能だ。
 しかし、この術式は今しかない。
 プロは金ではなく、金の成る木にこそ手を伸ばすのだ。

 「まぁ、他にも色々と理由があってな。」

 言っておいた方が良いと判断したのか、ひでおはゆっくりと説明し始めた。

 曰く、自分達は現在目立ち過ぎている。
 初日3連勝などという事をしたせいで、消耗も激しい上にもう挑もうとしてくる者達がいない。
 そこで先日の件、対ヴェロッキア戦の負傷で丸1日入院していた事と合わせ、何処かの勢力の元に所属すれば、こちらが弱体化したのだと思わせる。
 何処かの勢力に参加しなければならない程に弱っているのだ、と。
 また、エリーゼ興業は工業区のリーダー的存在であり、魔殺商会との小競り合いは日常茶飯事。
 その中で挑んでくる者がいたら、それは新たな勝ち星を上げる良い機会になる、とも。
 
 それに、特に言及される事も無かったが、数日後に開催される聖魔グランプリでの勝ち星も狙っているのだろう。
 この連中なら、その情報もとうに入手している事だろう。
 …全く、策士に情報収集のプロなど一体どんだけ相性良いのよ…。
 内心で愚痴にも似た思いを零す。
 だが、一先ずこの連中を抱える事が出来たので、まだ良い事だろう。
 魔殺商会あたりに抱え込まれでもしたら、目も当てられない結果になっていた。

 だが、エリーゼはこの話を受けるにあたって、1点だけ気になる事があった。
 確かに、この話は双方にとって益になる。
 しかし、ひでおの実力に関しては未知数な面が多い。
先日も監視カメラのシステムが一時的にダウンして記録は無かったし(恐らくこの新米の仕業だろう)、噂では神器まで所持しているという。

 「以上だ。悪い話ではないと思うが?」
 「お話は解りましたのです~~…ただ~少しだけ条件を付けさせてもらうのです~~…。」
 「何だろうか?」
 「一度、警備部門に所属するだけの実力を見せてほしいのです~~…。」

 未知数なら、確かめればいい。
 幸いにも、実力者なら他の警備部門の者達もいるし、自身のペアである元勇者で現バイトの長谷部翔希もいるし、なんなら自分がやってもよい。
 対戦相手には事欠かない。

 「…了解した。それでは何処か広い場所とかは無いのか?」
 「それだったら中庭で『ピーッピーッピーッ!』…ちょっと失礼するのです~~…。」

 話を遮られ、内心でちょっとムッとしながらエリーゼは内線電話に出た。
 そこには、かなり慌てた様子の重役の1人が出てきた。

 『社長、大変です!魔殺商会の殴り込みです!』
 「…解りました~~…皆さんは有給を使って退避してください~~…。」

 狙っていたのか?という具合に、魔殺商会からの殴り込みが来た。
 そう言えば話に集中していたから気付かなかったが、ちょっと気を付けると結構な振動が先程から断続的に起きていた。
 だが、これは同時に良い機会でもある。

 「お仕事に一貫として~~…今から来る魔殺商会の方を迎撃してほしいのです~~…。」
 「構わないが、今は殆ど手ぶらでな。何か武器はないか?」
 「では、これを使ってほしいのです~~…。」

 言って、エリーゼは手ずからミスリル銀の棒を作り出し、ひでおに渡す。
 彼の得物が棒だという事は解っているので、これで大丈夫だろう。

 「もし勝てたのなら~~…2人とも正社員待遇で迎えます~~…。」
 「了解。期待に応えるとしよう。ウィル子は下がっていてくれ。」
 「解ったのです。」

 ウィル子が部屋の隅に退避すると、ひでおは確かめる様に棒を握ったり、振ったりして標的が来るのを待った。
 エリーゼはエリーゼでこれから起こるであろう展開に興味津津だった。
 優勝候補たる人物と魔殺商会の幹部クラスの戦闘。
 この暴れっぷりから、恐らく魔殺商会特務2課の暴力シスター(元)ことクラリカあたりだろう。
 どちらが勝った所でこちらには損は無いので、エリーゼとしては気楽なものだ。
もしひでおが勝てば、一先ずの手駒が手に入る。
 もし負ければ、返済の方を全額チケットに変更するよう言うなり、雇い入れは止めて滞在する様に言えばいいだけである。
 どっちに転んでも損は無い。

 そして、ひでおが待ち構える中、遂に社長室の前まで魔殺商会の手の者がやってきた。

 「せ…っ!」
 「失礼。」

 ドカンッ!

 そして、襲撃者がドアを破ろうとした途端、ひでおが思いっきりドアを開き、結構大きな音を立てて、襲撃者に激突した。
 
 
 エリーゼ興業の社長室のドアは、当然の事ながらかなり重厚な作りになっている。
 それでいて体重が軽いエリーゼでも問題無く開けられるようになっているため、蝶番の方は軽く開けられるように工夫がなされている。
 
結果、結構な勢いで結構な重量のドアが襲撃者の正面から激突した。
 
 これ程タイミング良く当たったのは、勿論、ひでおがウィル子に頼んで社内の警備カメラの一部の情報を伝えられていたからだ。
 もし交渉が破談し、身の危険があった場合、何時でも逃走できるように、と。

 (常に逃走ルートは確保しておく事。最低でも3か所は無いとな。)

 今まで散々部下や妹から逃げまくってきた経験からか、こういった下準備には抜かりが無いひでおだった。
 結果として、見事に襲撃者の行動を把握していた彼は即座に敵戦力を判断、先制攻撃としてドアによる正面からの奇襲を選択した。


 そして、ドアによつ一撃を喰らった襲撃者、クラリカの方はたまったものではない。
 異端審問官として目覚ましい活躍をしてきた彼女だが、肉体自体は鍛えられた若い女性のそれでしかない。
 正面から勢いよくドアがぶつかってきたら痛い。
 それも、身体の正中線を狙った様にぶつかったとなったら、かなり痛い。

 「あ痛ぁっ!?!」

 暴力メイドことクラリカが、衝撃によって仰け反りながら叫んだ。
 今にも魔法を使おうとした瞬間に受けた事も痛みの増加に拍車をかけていた。
 人間、攻撃の瞬間にはどうしても筋肉や意識などがそちらの方に割り振られる。
 そうなれば、自然と防御はその分疎かになる。
 意識や筋肉が有限である以上、これは仕方ない事だが、間違い無く隙となる。
 イスカリオテだったら並列思考を用いる事である程度この隙を軽減してしまうが、どうやった所で完全に消えてしまう訳ではない。
 結果として結構なダメージをもらったクラリカだが、彼女の意識は既に自身の負ったダメージではなく、今しがたドアを開け放った人物の方へと釘付けだった。
 何十人殺したのか解らない様な、プロの殺し屋の方へと。

 ※ひでおはビジネススーツにサングラスを着用していますが、決して殺し屋の仕事着ではありません。
 
 (殺られる前に殺るッ!)

 クラリカの決断は素早く的確だった。
 視認した瞬間、自然と身体が迎撃を試みた。
 だが、その時には既にひでおが行動を起こしていた。

 (間に合わないっ!?)

 仰け反った体勢では行動に映るまで時間がかかる。
 また、ドアを抱える様にぶつかったため、左手と左足は一度後ろに下がらないと使えない。
 魔法で攻撃しようにも、魔法による攻撃の瞬間だったため、左手は杖を持ち、伸びきった状態で正面に向けられていた。
 右手では打撃は届かないし、足も少しリーチが足りない。
 銃で攻撃しようにも、たかだか強化プラスチック弾でこの男が止まるとは思えない。

 (殺られるッ!?)

 しかし、最後まで足掻く事を止めない。
 必死に一歩下がる事で、何とか行動の自由を得ようとする。
 だが、現実は残酷だった。
 クラリカの顔面目掛けて、殺し屋の手が伸びる
 その形は何かを握りこんだものであり、目に見える得物ではない。
 何を握っているかは不明だが、しかし、確実にこちらを戦闘不能にするものだろう。

 (っ!!)

 せめて相手の手の内を覚えようと、クラリカは迫り来る攻撃を前に目を見開く。
 一応殺しは御法度なのが、この都市のルールだ。
 事故に見せかけて殺そうとした所で、鈴蘭達がそれを見逃すとは思えない。
 
 (後は主に祈るしかないっす!)

 そして、クラリカが覚悟を決めた瞬間、プシュッ!という何かが噴出する音が聞こえた。
 それと共に、目と鼻に先程ぶつけたよりも鋭い激痛が走り、目を開けていられなくなった。
 
 (さっきから何なんっすか!?!)

 体験した事の無い痛みに、クラリカは混乱した。
 目に水が入った時のような感覚だが、恐らく刺激物が混入されていたのだろう、目を開けていられない。
 しかし、身体は後ろに下がる事は止めていないし、上体が後ろに傾いた事により、右足は自然と前に出せるようになった。

 (主よ、我にご加護を!)

 祈りと共に、相手の顔があった辺りに蹴りを見舞う。
 ドゴン!と何かに命中した感覚が伝わる。
 しかし、クラリカはそれに対し、喜びではなく焦りを覚えた。

 (浅かったっすか!)

 如何にクラリカが百戦錬磨の元異端審問官でも、体重自体は普通の人間のそれだし、その体重すら乗っていない蹴りでは実力者相手には力不足だ。
 だが、今の蹴りの反動のおかげで後退し切る事は完遂した。
 
 (相手を牽制の後に撤退!)

 敵わない。
 悔しいが、目が開けられない状態ではそうするしか道は無い。
 しかし、それを見逃す程に相手が甘いとも思わない。
 だから、クラリカは右手に持ったマシンガンで強化プラスチック弾をドアの向こうの室内にばら撒きつつ、ポケットからあるものを取り出した。
 閃光弾、それもひでおの様なお手製ではなく、軍で正式採用されているのと同型のものだ。
 室内、つまりあの殺し屋の雇用主がいるであろう場所なら、あの殺し屋も迂闊な真似はできないし、必ず警護に手を割かれる。
 
 「あばよっすぅ!!」

 カン、という音と共に閃光が室内を満たした。
 閉じた瞼の向こうに強い光を感じるが、今、視界はどの道塞がれているので構わない。
 道順自体は覚えているし、ここの警備は既に無力化した後だ。
 短時間で突っ切ってきたので、まだ意識は戻っていないだろうが、それでも急ぐ事には変わりない。

 (次はこうはいかないっす!)

 雪辱を胸に、クラリカハ壁に手をつきながら走り去っていった。





 「逃げられちゃいましたけど、良かったのですか?」
 「構わない。どうせ魔殺商会に返却しなきゃならんのなら、自分で帰って貰った方が手間が省ける。」
 
 ウィル子の言葉にそう返し、ひでおはエリーゼに向き直った。

 「で、結果の方は?」
 「不満は少々ありますが~~…合格なのですよ~~。」
 「それは良かった。」

 言って、ひでおはふぅ…と息を吐いた。
 正直言って、熟練の異端審問官とやり合って勝てると思う程、ひでおは自惚れていない。
 もしあそこで追撃していたものなら、視界が塞がれている以上、負ける事は無くとも負傷は免れないだろう。
 幸い、ひでおはサングラスをかけてきた御蔭で目を潰される事は無かったが、室内に銃弾を発射されたのは危なかった。
 閃光弾に関しては、ウィル子はウィル子で視覚情報を一時的に切断してカメラの焼き付きを防ぎ、エリーゼはミスリル銀のカーテンで視界を遮った事で防いでいたので問題無い。
 対し、エリーゼは全く心配いらないが、未だ物理・魔導耐性の低いウィル子に当たろうものなら、ちょっと危険な事になっていたかもしれない。
 一応ウィル子との射線軸上に身を滑らせていたので大丈夫だと思うが、そのせいで止めを刺す機会を逃してしまった。
 かと言って追撃も危険なので、ひでおとしてはここで終わりにするのが最上と言えた。
 それに、一応二度目での知り合い、それも人間の女性に手を上げるのは気が進まなかった。
 だからこそ、懐に潜ませた痴漢撃退用スプレーを噴射したのだが……やはりと言うか、原液はやり過ぎたようだった。

 「でも~~…後で身代金要求に使えるかもしれないので~~…確保をお願いします~~…。」
 「……解った。まぁ、逃げられてもとやかく言わんでくれよ?」
 「もう建物を出てますので、急いだ方が良いのですよ。」
 「…やれやれ、入社早々人使いが荒い事だ。」

 手負いの狂犬なんぞ追いたくないわ!という本音を抑え、ひでおはウィル子と共に社長室から退室していく。

 「あぁ、最後に一つ。」
 「何でしょう~~…?」

 もう驚かされないぞ、と一連の驚愕によって意地になって考えるエリーゼだったが、続くひでおの言葉にその意志は完全に吹っ飛んだ。

 「次は素の状態の君と話したいものだな。」

 バッタン

 「あの野郎……ッ…!!」

 後に残ったのは、今日の会話全てが演技だとばれていた事に、怒りと羞恥から赤面したエリーゼだけだった。
 次に会ったら過労死する位に扱き使ってやる…ッ!!
 ギリギリと歯を食いしばりながら、エリーゼは誓った。


 何だかんだ言って、ひでおの有用性は認めているエリーゼだった。




 「あらら…マスター、何だかすごい事になってるのですよー。」
 「手を出さずに素通りすれば良いものを……。」

 そして、ひでおの予想通りに厄介な事になっていた。
 
 「うざいっす!退け退けーっす!」
 「ぐほぁっ!?」
 「ひでぶっ!?」
 「おぉ、メイドだ!本物のメぐへぇっ!?」
 「くそ、囲め囲め!この数で負けんな!」
 「主任、後は任せまげへぇっ!!」

 …何か阿鼻叫喚な状況になっていた。
 工場の作業員達が恨み骨髄とばかりに、魔殺商会所属であるクラリカに集団で襲い掛かっている。
 しかし、女性とは言え元異端審問官、対集団戦闘は心得ているらしく、見事な曲線美を描く足で作業員達に蹴りを見舞っている。
 しかも、全方位を囲もうとする作業員達を巧みに突破しながら応戦する事で、背後からの攻撃を未然に防いでいるときた。
 よく見えない状態で涙を流しながらも大立ち回りをこなす彼女の動きは、どっからどう見てもその道のプロのそれだった。

 (本当に追撃しなくて良かった。)

 後はクラリカを逃がすか拘束するかしないと、事態は収束しないのだが……はてさて。

 「マスター、変な人が入ってきたのですよー。」
 「ん?」

 ひでおが頭を悩ませている所に、ウィル子が異変を知らせた。
 見ると、いい加減に囲まれ始めていたクラリカの所に、着物姿の上品な女性が近づいていた。

 「…おいおいおい……こんな所に出て来るか?」

 否、ここは魔殺商会に、鈴蘭にとって敵陣地に等しい。
 なら、彼女が出てきてもおかしくはあるまい。
 ……ネズミの巣を全滅させるのに、核弾頭を使用するようなものだとは思うが。

 長い見事な黒髪に、黒の地に金の刺繍の着物を着た女性に、ひでおは激しく見覚えがあった……封印したい記憶と共に。
 そして、視認と同時に背中に嫌な汗を大量にかき始めながら、ひでおは何時でも逃げ出せるように身構えた。

 「マスター、どうかしたのですか?」
 「ウィル子、何時でも逃げ出せるようにしておけ。」
 「? よく解らないけど、了解なのですよー。」

 そして、数度の問答の末、作業員の1人が着物の女性に触れ、投げ飛ばされた時、変化が起こった。

 「気安く触るでないよ、小僧ども。」

 ぞくり、と肌が泡立つ。
 圧倒的に格上の存在であるカミの放つ殺気混じりの魔導力に、ひでおは事前知識があるにも関わらず、その威圧に戦慄した。
 クラリカを囲んでいた作業員達は軒並み威圧に当てられ、その場に棒立ちとなって立ち竦んだ。

 賢明な判断だ、とひでおは思う。
 触らぬ神に祟り無し。
 彼女は正しくそういう存在なのだ。
 通称みーこ、本名ミスラオノミコトノヒメ
黄泉の国のお姫様、初代魔王の側近、億千万の口、喰えぬもの無し、食欲魔人。
 数多の異名を欲しいままにするアウター達の一柱。
 今でこそ鈴蘭の元で比較的のん気に暮らしてはいるが、嘗ての暴虐を一端とは言え知る身としては、彼女は絶対に近づきたくない存在の一つだった。


 しかしまぁ、それはこちらの都合であって、向こうから近づかれた場合、どうしようもない訳であって……。

 「う、あ…ます、たー…。」
 「ウィル子!」

 突然、ウィル子の身体にノイズが走り、いきなり気絶した。
 急いで駆け寄って意識を失った身体を抱えるが、異常に軽い彼女の身体に不安を覚える。
 原因は恐らく魔導力に当てられたためだろうが、原因は解っていても対処法が解らない。
 大抵の精霊は時間をかけて自然界の魔導力を吸収して耐性をつけていくのだが、生憎と生まれたての彼女には時間が足りなかった。
 暫く安静にしておけば復帰するかもしれないが、魔導力の無いひでおでは結局の所推測でしかない。
 なら、専門の施設かその道の専門家に見せるしかないだろうが、生憎とそういう系統だった専門機関は無いし、精霊の治療までできる専門家はこの都市には一人しかいない。
 …究極の選択だな。
 あの腕は確かだが怪しげな笑い方をするマッドサイエンティストの所か、アパートに帰って様子を見るか。

 「どうしたかの?」

 ひでおが悩んでいる所に、唐突に声がかけられた。
 その特徴的な話し方に、まさか、と冷や汗をかきつつも、ひでおは顔を上げた。
 見れば、この事態の原因本人がこちらを覗き込んでいた。

 (ッ%$&#&$“Q”%’=~!!!?!?)

 恐怖で悲鳴を上げそうになっているひでおを無視して、みーこはウィル子を覗き込んでくる。
 恐怖に固まっていたが、咄嗟にウィル子を庇う仕草をしてしまうと、みーこは愉快そうに目を細め、口を開いた。

 「若いの、その娘を守るのは立派だがの。あまりはしゃぐでないよ。」
 「…身の程位は解っているつもりです。」

 普段はあまり使わないが、ひでおでもみーこ相手には敬語を使う。
 と言うか、もしひでおが無礼討ちになった場合、最悪、億千万の眷属同士の殺し合いが勃発する。
 最終戦争なんぞ目じゃない被害が出る事は確実だ。
 そんな終末への引き金を引く訳にはいかない。

 「その娘、わしに当てられたのかの?」
 「恐らくは…。」
 「ふむ…では、葉月の所に連れて行こうかの。後、心配するでないよ。別に取って食おうとは思うとらんからの。」
  「…では、お言葉に甘えさせてもらいます。」

 
 …断ろうものなら、どうなるか解らない。
 そう判断したひでおは、今は素直にみーこの言葉を信じる事にした。
 そして、ひでおは気絶したウィル子を抱え、涙目のクラリカに睨まれながら、みーこの後についていく。
 売られていく子牛の歌をBGMに、ひでおは人外魔境と同義である都市郊外の屋敷、魔殺商会本部へと向かう事となった。

 そして数十分後、覆面タイツが運転する4人の車は遂に魔殺商会本部へと入っていった。






 

 また随分と間が空いてしまった…

 ども、VISPです。
 最近は忘れられていないか心配になってます。
 
 今回はエリーゼ工業に所属する事となりましたが、みーこ様に拉致られました。
 これはみーこ様の気まぐれの他に鈴蘭から「面白い奴」認定を受けているひでおから「見かけたらちょっと連れてきて」的な事を言われていたからです。
 そして、あわよくばこちらに引き込もうと思ってます…みーこ様は単純な興味からですが。
 しかし、ひでおとしては魔殺商会と事を構えるつもりなので、アウターの面々に本能的恐怖を覚えつつ、鈴蘭には一言物申すつもりで活動しています。
 
 なお、どうしてエリーゼ興業かというと、確かに新たな会社を作るのもありなのですが、新米精霊であるウィル子の精霊としての指導役、先輩格としてエリーゼとの繋がりを持っておきたいからこうなりました。
 魔道的な知識に関しては相当なひでおですが、魔道力が無いから治癒とかはできませんし、教皇と目はその経歴から嫉妬しかねないから却下。
 となると、後はそれらの資格を満たす人物と繋がりを持つしかない。
 幸いにも知り合いがいたため、それを選んだという訳です。



[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:43
 
 それいけぼくらのまがんおう第10話

 聖魔グランプリ開催前夜編1~今回は説明くさいな~





 この世界にとっての史実、或いは在り得た世界では、聖魔グランプリが開催されるのは大会開催から12日目の事だった。
 しかし、ひでお達がいるこの世界では6日目と、かなり短縮されている。
 これは特に誰のせいという訳ではない。
 無限に分岐する世界の中で、その相違は論じるだけ無駄とも思える程にあるからだ。
 まぁ、この違いに関して強いて言えばだが、マルホランドが原因と言える。
 
 隔離空間内において、物流は自然と限定される。
 そこで魔殺商会は大会主催側としての立場を悪用して物流を掌握し、商業区の殆どをその傘下を収めようとした。
 ここで待ったをかけたのがマルホランドだった。
 外ではそれなりの規模の企業として知られるマルホランドは物流を掌握しようとする魔殺商会に対し、独自の物流を確保、確保した物資を自社と協力関係にある他の企業や店舗へと良心価格で卸し始めた。
 余りにも強引な魔殺商会に対する反発とマルホランド側の丁寧かつ迅速な対応もあり、彼らと連携する者は急激に増えていった。
 魔殺商会がこの動きに気付いた時、既に商業区の3割がマルホランドと何らかの繋がりを持っている状態だった。
 ここでマルホランドを攻撃すべきというプランもあったのだが、しかし、本社ビルであるデパートにも店員の姿はあっても目標である重役の姿は見当たらない。
 魔殺商会側の必死の調査や内偵でも結果は出ず、最終的には捜査は続行するものの、放置となった。
 魔殺商会も商業区の6割は債権や物流を盾に傘下に収めたものの、残りの1割は旨味も少ないものばかりだったため、これ以上の商業区での拡大は取り止めとなった。

 そして、次に魔殺商会が目をつけたのが工業区だった。
 しかし、そこは既にエリーゼ興業を筆頭に纏まっていたため、入り込む隙が無かった。
 だが、ここで諦めるようだったら悪の組織など名乗れない。
 商業区での失敗を繰り返すまいとし、魔殺商会は大規模戦闘に踏み切った。
 幸いにもマルホランドと違って、相手側の本丸である社長のエリーゼの所在は把握しており、攻撃目標を見失う事はなかった。
 また、ミスリル銀の加工ならび産出に関して世界的なシェアを持つエリーゼ興業を傘下にした場合、かなりのリターンが見込まれた。
勿論、その過程でのリスクも考えられたが、それ以上のリターンがあると考えられての事だった。
 更に丁度良い事に、エリーゼ興業は工場の修理に人手を取られて戦力の低下が見込まれていたのも、この攻勢を仕掛ける要因になった。
これを好機とし、工業区の纏め役であるエリーゼ興業を何としても吸収するため、魔殺商会はその保有戦力の3割以上をもって攻め込んだ。
 これは大会開催から2日目の事だった。
 マルホランドが巧みに魔殺商会の目から逃れている現在、目につく所にあったエリーゼ興業にはマルホランドに対する鬱憤も相まって、攻略にはかなりの意気込みもあったが、工場が壊れてブチ切れ状態だった社長のエリーゼと元勇者長谷部翔希を始め、子飼いの傭兵部隊らの奮闘により、8時間に渡る激戦を経て、何とか魔殺商会の撃退に成功した。
 この日から、魔殺商会とエリーゼ興業は不倶戴天の天敵同士となった。

 だが、その戦闘により魔殺商会・エリーゼ興業共に暫くの間身動きが取れなくなる程の消耗を強いられた。
 結果として、両者の決着をつけるために開催される聖魔グランプリの開催が早まる結果となったのだ。

 これが今後どのような結果を齎すかは、誰にも解らない。




 勿論、億千万の目にも解らない(ネタばれが嫌いなため)。


 ちなみに作者にも解らない(無責任)。

 


 




 
 「葉月や、邪魔するよ。」
 「おや、みーこ様が来るとは珍しい。」
 
 
 隔離都市郊外に位置する魔殺商会社長の邸宅、その地下部分にて
 ひでおはみーこの案内の元、この都市で2人目のアウターに出会っていた。

 (葉月の雫とは……まぁ、彼の場合ここにいてもおかしくはないか…。)
 
 「心配するでないよ。変わり者だがの、わしがおれば妙な事はせぬよ。」
 「こちらにも彼女に関しては解っていない事が多い。慎重に診てやってくれ。」
 「ひひひ!なぁに、大丈夫さ。ボクは女の子相手なら真面目だからねぇ。」

 男相手はどうなんだ、という言葉を飲みこんで、ひでおはウィル子を診察台に寝かせ、その本体であるPCをドクターに預けた。

 不気味な笑いを洩らす白衣の男の姿に、微妙な思いを抱きつつ、ひでおは彼のプロフィールを思い出していた。
 通称ドクター、本名葉月の雫。
 十二神将の一角にして、現在は天才的な科学者として聖魔王一派における装備の開発や医療関係等を一手に引き受けている。
 基本的に表に出ないが、その重要性はかなりのものだろう……そのマッドさから周辺被害がちょくちょく出るのが珠に傷だが。

 
 「ふむ……へぇ、これはまた変わった精霊だね……。」

 片方しかレンズの嵌っていない眼鏡を弄りつつ、診断を続ける白衣の姿に、やはり専門家だな、とひでおは思う。
 彼の優秀さに関しては疑う余地は無い。
 普段の人格は兎も角、ウィル子の診断にしても、先ず間違いは無いだろう。

 「症状自体はみーこ様の魔導力に中てられたようだけど……。」
 「やはりですか。」

 殺気混じりで放たれたアレは、預言者やら何やらで慣れている自分でもきついものがあった。
 ましてや耐性のないウィル子では、相当の負荷がかかった事だろう。

 「ふむ……魔導力の一部を取りこんでるね、これは。」
 「では、最適化の最中と?」
 「まぁ、そんな所だね。もう少しすれば意識も戻るよ。」

 ほぅ、と息を吐く。
 最悪の場合、不安定な存在が根底から揺らぐ場合も考慮に入れていたのだが、幸いにも大事には至らなかったようだ。
 自然界の精霊は時間をかけて周囲の魔導力を取り込み、耐性をつけ、力を増していく。
 その時間が無かったウィル子には、みーこの魔導力は相当きつかっただろう。
 しかし、その分濃密な魔導力である訳だから、彼女の成長も期待できる。
 電子戦ならまだしも、相手がオカルトな存在ではどうしようもない。
 そう考えれば、ウィル子が精霊として大成するには必要な事だったとも言える。
 
 だが、若い精霊というのは意外とヤワなものだな、とひでおは認識を改め、可能な限り彼女を成長させるように心がけた。

 「…一応新参の電子精霊ですので、もっと大事かと思ったのですが…。」
 「んん?確かにこれは電子の反応だねぇ。……となると、完全な新種だね、この子は。何か他に特徴はあるかい?」
 「まだ一月と組んでいませんが、その間に見た事なら。」
 「十分さぁ。」

 そして、レントゲンやMRIを診察台のウィル子にかけながら、ひでおは知っている事を洗い浚い話した。
 葉月の雫は優秀な医者でもあり、医者は患者のプライベートを尊重するものだ……多少の例外はあるが。
 今回の事で彼女の不安定性が解ったからには、情報流出をしてでも、それに関する新たな情報はなるべく多い方が良い。
 今後、アウター級と対峙する可能性もある現在、足場はしっかりとしていた方が良い。
 それを思えば、ここで葉う月の雫に診てもらう事は幸運と判断できる……暴利を出されなければ、と付くが。
 
 「電子ウイルスである彼女が君に感染しているという事は、通常の精霊で言えば、取り憑いてるって事さぁ。ひひ、興味深いねぇ。」
 「とは言え、現状ではあくまで電子世界でしか力を発揮できていませんが…。」

 ひでおは葉月の言い回しに少々疑問を持った。
 もったいぶるのは学者の気質だが、この人物は意味無くそういう事をしない。
 彼の知性なら、何か自分が見落としているものを見つけた可能性があった。

 「この子、PCの中に入れるし、外にも自由に実体化できるって言ったねぇ?」
 「えぇ、オレが見た限り制限がある様には見えませんでした。」
 「となると、この子、化ける可能性があるねぇ。」
 「…具体的には?」

 やはり、何かあったか。
 確信と共に、ひでおは話に集中する。
 ウィル子が問題無しと解った今、彼の話の方が重要だ。

 「君ぃ、『数が宇宙を支配する』という名言を知ってるかい?」
 「確か、ピタゴラスの言葉でしたか。」
 「ひひ、博識だねぇ。」

 そう返事をすると、葉月の雫はカタカタ…と備え付けの巨大なモニターに、0と1で構成された長ったらしい電子情報を表示していく。

 「この世には凡そ数で表現できない事象なんて存在しない。それはボクらオカルトの存在であっても例外じゃない。数字は人類が生み出した万能の概念なのさ。」

 カタカタ…と、モニターの0と1の羅列が変化していく。
 0と1、ウィル子を構成しているであろう要素の群れだ。

 「それを更に簡略化したものが二進数。つまりネットでの情報を構成している0と1の羅列さ。」

 そして、葉月の雫はこちらに振り向くと、実に楽しげに説明を続けていった。

 「実はボク達が暮らしているこの世界も、突き詰めれば素粒子の0(ない)か1(ある)かに行きつくんだけどね……だから、その素粒子の位置全てを座標に取る事が出来れば現実に立体を表す事が出来る筈なんだ。事実、この子はそうやって現れてるみたいだからねぇ…。」
 「…0と1の世界から生まれたからこそ、それを以てこちらの世界に現れる、と?」
 「ひひ、そう言う事さぁ。」

 そして、モニターに目を向けると、そこにはウィル子の診察情報が表示されていた。
 レントゲン、MRI、更には探査系の術式をかけた結果。
 ウィル子の身体には何も無かった。
 ただ外側だけを取り繕った、ガランドウの器。
 それが今の彼女の身体だった。
 
 「……問題は、表現には多大なマシンパワーが必要だと?」
 「そう。現にこの子の身体は何も無い、からっぽの状態だ。この子にはまだそれを表現できるだけのマシンパワーが無いのさ。」

 だからこそ、彼女の身体を運んだ時、妙に軽かったのだ。
 だが、これでウィル子が化けるという事の意味が解った。

 「逆に考えると、十分なマシンパワーや電源、データが揃えば……。」
 「そう、化けるとはそういう事。」

 途端、葉月の目に狂気的な光が宿り、興奮した様に芝居掛かった様子で喋り出した。

 「モーツァルトのレクイエムはスピーカーから聞けるし、ダ・ヴィンチのモナリザはモニターで見れる………つまり、どんな優れたものだろうと、この子は0と1に分解・変換・実体化できる……ッ!!!!」

 その時、ひでおの脳裏にはウィル子の具体的な強化プラン、即ちスーパーコンピューターを多数利用しての大強化案が浮かんでいた。

 
 現代は科学技術全盛と言ってもいい。
 ファンタジーの技術はその特異性故に多くの分野では未だに研究途上であり、また、一般の目につく事は無いため、その速度はどうしても遅い。
 しかし、科学は違う。
 今日の人類種の発展を支えた土台であり、その発展ぶりは未だに留まる事を知らない。
 そして、最新の技術では地球そのものの気候や地殻のシュミレートの他、近年では戦術レーザー砲まで実戦配備まで秒読みときている。
 もし彼女にそれを表現できるだけの母体となるスーパーコンピューターを与えれば、それこそ物理世界においては完全無欠の全知全能の神にもなれるだろう。
 

 「それこそ、原初(α)から終末(Ω)まで、か……。」
 「電子ウイルスなんてとんでもない…。この子は間違いなく、神の雛型だよ…!」

 あまりに大きな可能性。
 神代の時代なら兎も角、現代にそこまでの力を持つ可能性がある精霊が生まれたとは、天然記念物よりも更に希少と言えた。

 「しかし、簡単にはなれない。」
 「その通りだよ、ヒデオとやら。」

 それまで部屋の隅で浮かんで寝ていたみーこが話し出した。

 「今の時代にカミと呼ばれる程の精霊……天・地・山・海、それら全てのカミはの、古代人の手の届かぬ場所から人の想いの力によって生まれてきたのだよ。」

 人というのは、他のあらゆる生物に比べ、大きな力を有している。
 勿論、魔族の様な上位者も存在するが、それと比べてもかなりのものがある。
 何せ、想うだけで世界に多くの影響を与え得るのだから。
 カミの様に強大な力を持たず、魔族の様に高い基礎能力を持っている訳ではない。
 身体の頑丈さだけなら獣と然したる変わりもなく、現在では多くの面で劣る所も多い。
 それでも、想うだけで精霊を生み、神格化させる程の莫大な力を生み出し、あまつさえ自分自身が神と成るという、計り知れない力を持っているのだ。
 丁度、理不尽がために立ち上がり、最後には磔にされた、とある男の様に。
 
 「そして、現代ではまた新しい手の届かぬ世界に身を焦がす、と……。」
 「0と1の世界、電子世界を構築し、その世界に強い想いを抱き続けた……。結果、彼女がこの世に姿を現す程の力を齎したという訳さ。」

 壮大な話である。
 人の手により生まれ、人の想いにより実体化し、神にもなる可能性を秘めたウィル子。
 彼女こそ、人の望んだ現代のデウスエクスマキナ(機械仕掛けの神)とも言える。

 「さてドクター、結局、彼女は何時目覚めるので?」
 「んん?まぁ魔導力中毒を起こした訳だからね。今はその際に取りこんだ魔力を自分が使えるように自身を再構築、アップデートしている所だから、その内目が覚めると思うよ。」
 
 自分の見立て通りか、とひでおは一安心した。
 そう言えば、PCの画面には「Will.CO21は再構築中です」との表示。
 もう少し落ち着いて見れば気付いただろうに……意外と動転していたらしい。

 「魔導力はかなり融通の効く力だから、もしかすると現状のパワー不足も克服できるかもしれないねぇ。」
 「まぁ、その辺りは本人に期待ですか。」
 
 そうこう言っている内に、遂にウィル子のPCの再起動が始まった。
 ブゥゥゥン…ガタガタガタ…!と普通のPCでは有り得ない程大きい音を立てているが、大丈夫なのだろうか?(汗

 そして、遂に再起動が終わり、PCが復帰した。

 「ウィル子、只今帰還しましたっ!!」

 同時、勢いよく診察台からウィル子が起き上がった。
 既に先程までの儚げな様子もなく、全快した事がよく解る状態だった。

 「おかえり、と言うべきか?」
 「にはははは!!ただいまなのですよー!」

 えっらいご機嫌だった。
 先程から笑いが止まらないとでも言う様に顔が笑みの形になっている。

 「ウィル子、もしや……。」
 「さぁマスター!史上初の電子の神に選ばれし幸運な奴隷として、電気と光ケーブルをお供えしてウィル子を崇め奉るのですよ~~!!!」

 やっぱり聞いていたらしい。
 にしても、あの2人が聞いたら一発でブッ血KILL様な事を言ってると、危ないぞ?
 ひでおはそう思うが、警告した所で今の彼女には意味が無いだろう。

 「今までの話、ちゃっかり聞いていたのですよ~!ウィル子は普段から追われる身ので、意識は無くとも常に警戒しているのですよ!」
 
 今も自動録音していたデータの取りこんだのですよ~、と告げるウィル子の姿に、一先ずの安心を得たひでおだった。

 くきゅぅぅぅぅぅぅ~~………。

 そこに、唐突に間の抜けた音が響いた。

 「…って、なんだかこの辺りが落ち着かないのですよ?」

 お腹の辺りを抑えながら、ウィル子が疑問符を上げた。
 ひでおも同様に疑問に思い、葉月の雫に目配せをして再検査を求める。
 葉月も頷き、片方しかレンズのない眼鏡(実際は様々な機能あり)を弄って、ウィル子の身体を診察していく。

 「食べるかの?」

 そして、診察が終わる前に、みーこがウィル子の眼前にあるものを差し出した。
 それは饅頭と言われる和菓子だった。
 饅頭とは主に小麦粉などを練った皮で小豆餡などを包み、蒸した菓子である。
 他にも栗饅頭や水饅頭、塩饅頭や酒饅頭など、その種類は数多く存在する。
 元は中国のマントウ変化した菓子の一種であり、現在、日本では伝統的な和菓子として全国で親しまれている。

 みーこが出したのは、典型的な白い生地の皮でこし餡を包んだものだった。

 「はぐっ」

 そして、ウィル子は一瞬の躊躇いを見せた後、みーこからそれを受け取り、喰らいついた。
 一瞬、ひでおは止めようかと思ったが、みーこの邪魔と取られると身の危険があるし、所詮は饅頭、そうそう問題にもなるまいと判断した。

 「……う、う、う……」


 結果

 
 「うまーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!?!!?!」

 大当たりだったらしい。

 「こ、これは軍事機密とはいかなくても、萌え萌え画像並にうまーーー!!」

 がつがつと饅頭を平らげていくウィル子。
 データに味があるのかは兎も角、取り敢えず問題ないらしい。

 「一体何が……?」
 「んん~……胃袋があるねぇ……。」

 カチカチと眼鏡を弄りながら、葉月が告げる。
 驚きの診査結果ではあるが、彼が言うならば間違いもないだろう。

 「でも、胃袋だけだねぇ。」
 「それ以上は今後の成長次第、という事ですか……。」
 
 男2人が真面目な会話を続ける中、みーこはウィル子に次々と菓子を与え続けている。
 煎餅、暴君、柿ピー、お団子、おはぎ、カステラ、干し柿、すあま、etcetec……。
 まるでドラ○もんの四次元ポケットの様な状況に、また一つアウターの謎が増えた、とひでおは思った。


 さておき


 「うんうん、胃袋だけだけどちゃんと消化してるね。恐らくだけど……みーこ様の魔導力を取りこんだから、その属性が移っちゃったみたいだねぇ。」
 「流石は億千万の口というべきでしょうか……。」

 200以上の国を喰い、嘗て南極の大陸国家まで殲滅した、根の国の姫君。
 アウターの中でもなお強力とされるだけあって、その魔導力の欠片すら、相当の力を含んでいる様だ。
 ……それが「食べる属性」というのが、なんとも彼女らしいとも言える。
 
そんな微妙にほのぼのとした空気が漂う中、それを読まず、と言うかマイペースを貫く者があった。

 「所でキミぃ…。」

 にやり、と笑いながらこちらを見る葉月の姿に、「あ、なんか地雷踏んだ気がする」とひでおは感じ、そして、その予感は当たっていた。

 眼前に掲げられた書類、それは今の診察に対する請求書だった。
 問題は、そこにある数字がとんでもない額だという事だった。

 「請求書……500000チケットぉぉぉぉぉぉっ!!?!」

 ウィル子が驚愕を露わにして叫ぶ。
 ひでおとしては、しまった、と迂闊を呪ったが、時既に遅し。
 医療関係の費用は基本的に医者側が決める。
 勿論、暴利を貪れば何れ誰も患者が来なくなるため、滅多に悪徳な医者はいないが、逆に取れる所からはがっぽり取る場合はそれなりに多い。
 
 そして、相手はあの魔殺商会、説明不要の悪の組織である。
 外道ではないが、それでも問題ありまくり、ヤのつく自営業も真っ青な暴力集団である。
 そんな連中の真っただ中、虎口に飛び込んだひでお達は優勝候補という事もあって利用価値たっぷり。
鴨葱どころの話ではない。
 
 「ひひっひひひいいい!さぁさぁどうするんだい!?今ならこの借金を帳消しにする変わりに、ドリル人間にするだけで済むよぉぉ!!」

 何処が「だけ」だよ、何処が。
 ひでおはそう思ったが、現状、そんな者に成り果てたら、失格扱いにされかねない。

 ちらり、とみーこを見る。
 ぷかぷか浮いて寝ているので救援は期待できない。

 ちらり、と周囲を見る。
 ここは葉月の雫専用の診察室兼ラボ。
 魔殺商会をして、ぶっちぎりの危険地帯に指定される程の場所であり、言うまでもなく葉月の雫のテリトリーである。

 ちらり、とウィル子を見る。
 再構築したてで若干の不安が残るが、ここの施設を掌握する位なら問題無いと思われる。
 
 結果、強行突破を決行。
 速やかに魔殺商会本部からの脱出を遂行すべし。


 スーツの胸ポケットのサングラスをかけると、ひでおはにこやかに笑う葉月に向き直った。
 内心はこれから行う事を平静にシュミレートしていたが、それをおくびにも出さない。

 「先生、今日はありがとうございました。」
 「いやいや、どうって事はないのさぁ、ひひひ。」
 
 お礼だけは言っておく事にする。
 魔殺商会と事を構えるとなれば、何れまた会う事になるだろうからだ。

 「お詫びの印にどうぞこれを。」
 「おや、ありがとう……ってこれはぁ」


 次瞬、ラボを閃光が包み込んだ。





 
 
 


 「うふふ、くすくす♪葉月も時と場合を選べばよいのにねぇ♪」
 「また覗いてたんですか?」
 「覗きなんてとんでもない……ワイフワークよ!」
 「もっと悪いです!」

 何処とも知れない整備工場
 そこには今、場違いな2人組がいた。
1人は白いローブを纏い、髪も肌も純白の、襟元に鐘をつけた幼女。
もう1人は短い金髪に碧眼を持った、シスター姿の若い女性だ。
 言わずもがな、マリーとマリアの2人である。

 「おおい、嬢ちゃん達ぃ!チェーンは終わったぜぃ!」
 「あ、親方さん。ご苦労様です。これ差し入れなんで、皆さんでどうぞ。」

 2人の元に、この整備工場の主である初老の男が声をかけ、そこにマリアが手料理の入った籠を掲げて示すと、途端に工場内の空気が数度上昇し、工場内の整備員達がこちらに飢えた目線を送ってきた。
 親方は既婚者だが、後は独身ばかりなので、美人の手料理に飢えているのだった。

 親方達は他の一般の工業区の者達と同様、魔導に関わった事もない一般人だった。
 そのため、この都市には整備工として社員一同と共に来たものの、大会そのものには参加していない者達の1人だ。
 職人気質の頑固親父だが、今回はその腕の良さを視たマリーが、グランプリ向けの車のチューンを頼みにここに来たのだ。
 その内容は後日に回すが、彼女の注文を聞いた親方は凶悪な笑みを浮かべていた事だけはここに記しておく。
 
 「にしてもよぉ、あんな注文されたのは初めてだったぜ。御蔭で今日はもう開店休業だ。」

 渡されたおにぎりを頬張りつつ、親方はぼやいた。
 ここ数日は忙しかったが、漸く終わったと思った頃に特注のチューンを要求されれば、ぼやきもする。
 
 「あら?貴方達なら大丈夫だと思ったのだけれど?」
 「あたぼうよぉ。後は少し慣らしてから最終調整すりゃいい。」
 「くすくす、楽しみねぇ♪」
 「ゲラゲラゲラ!あれが走る様が目に浮かぶぜ!」

 くすくすくす…ゲラゲラゲラ…と笑う声が工場の一角に響き続ける。
 その何とも言えないマッドな雰囲気に、ついていけないマリアは遠巻きに眺めているだけだった。

 「まぁ良いですけど……これで、勝ちます。」

 ちょっと逸れたが、マリアはグッと拳を握って決意も新たに自分達が乗るであろう車体を眺める。
 これ程のマシンなら、優勝だって十分に可能、否、確実に奪ってみせる。
 
 元よりこの世界に来たのも、たった1人の男を追ってきての事だ。
 堕天使とその眷属となった自分達なら時間など気にする必要もないが、少々焦りがある。

 最近、想い人たる彼の近くに力ある者達が集まってきている。

 その中にはアウター程ではないが、それでも面倒な者達が多いし、あの人のパートナーは明らかに伸び代が大き過ぎる。
 もし自分達があの人を連れていく、ないし独占しようとすれば、抵抗は必至だろう。
 そもその、あの人の傍に自分達以外の者がいるのは気に食わない。

 もう随分待ったのだ。
 最初の世界から離れ、多くの世界を巡った。
 あの人がいない世界の方が多かったが、中にはあの人と誰かが結ばれた世界すらあった。
 それが自分達のどちらかなら良かったが、それ以外の者だった時、腸が煮えくり返る程の怒りと嫉妬を覚えた。
 その世界を灰燼にしなかったのは、一重にあの人が望まないだろうと思ったからだ。
 何度も何度もそんな経験をしながら、次こそは、と思い、億千万を超える世界を渡っていった。
 そして、時を数えるのすら忘れ果てた頃、漸くあの人を見つけ出した。

 人間相手なら待つのもありだが、精霊や魔人を相手に遠慮はすべきではない。
 寧ろ、根こそぎ奪い去るつもりで行かなければならない。

 例え、命を奪い、魂だけになったとしても、だ。
 器など、後から用意してやればいい。

 そのためにも、先ずは今度のレースに勝利し、あの人をリタイアさせなければならない。
 そして、この都市を出た所を捕え、二度とと私達の元から去らないように繋ぐ。
 そう、もう二度と、あんな事が無いように。


 黒く、暗い情念を抱きながら、聖母の名を持つ少女は数日後のレースに向けて戦意を貯めていった。









 ひゃっはー更新だぜー!(挨拶

 どもVISPです。
 この度は本当に申し訳ないです、はい。
 今後はもう少し更新速度をあげようかと思います、はい。
 少なくとも月一は無いようにしますので、どうかご容赦を。
 …ちょっと短いのは気にしない方針でお願いします。

 今回はウィル子成長とその可能性、腹黒コンビ胎動編でした。
 最近黒成分が少ないなぁ、と思ったが故のものですが……何故だろう、違和感が無い(汗
 
 さて、次回は漸く聖魔グランプリ本編です。
 前後編の予定ですが、もしかしたら前中後になるかも…。
 更新は来月初めを予定していますので、その時にまたお会いしましょう。
 



[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十一話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:43
 それいけぼくらのまがんおう!第十一話 

聖魔グランプリ開催前夜編2 ~トラウマ抉り再び~





 魔殺商会印のバンが一台、工業区の端の辺りを走っていた。
 そのバンに乗っている2人組は魔殺商会特有のメイド服と覆面スーツという、実にアレな姿なのだが……もしこの場に普通の魔殺商会の戦闘員達がいたら、思いっきり叫んだ事だろう
 何せ、彼らは全身タイツをこよなく愛する悪の組織の戦闘員、伝統の全身タイツに身を包み、総帥と社長の命じるままに悪鬼羅刹が如き所業を行う者達であり、仲間の見分け方位は心得ている。
 
具体的には全身タイツと覆面だけかを見分けるだけだが。

 馬鹿らしい、とは思ってはいけない。
 実際、二度目においてイスカリオテのある諜報員が魔殺商会に潜入した際、戦闘員の1人と入れ替わった事があった。
そして、その諜報員が全身タイツを嫌って覆面と手袋だけで潜入した所、何故か即座にばれてしまい、命からがら逃げかえる事となってしまった。
この件に対し、イスカリオテ機関上層部は原因の追及を徹底した。
一応大三世界最高峰の諜報網を持つ組織として、こんなにあっさりとばれるのは由々しき事態だった。
なお、迂闊な真似をした諜報員は虎の穴懲罰コース行きが確定した事をここに記しておく。
そして一週間後、他の諜報員達が遂に原因に辿りついた時、かなり愕然とする事となった。

 なんと、彼ら魔殺商会の戦闘員は『何故か』全身タイツと覆面を見分けるだ。

 当初はそれを聞いた蛇目シャギーをして「はぁ????」と間の抜けた声を出させたその事実に、えるしおんと金髪聖人と始めとした上層部も頭が痛くなったものだった。
 結局、必死の調査にも関わらず、どうやってそれらを区別させているかは不明だったが、普通に全身タイツを装着させた所、問題はあっさりと解決したため、伊織邸の不思議が一つ増えただけでその件は終わった。


 今回、偽メイドと偽戦闘員の2人が脱出した際、突然の停電と予備電源への切り替えの停止、各種警備設備のダウンによる一時的な混乱に乗じて脱出したからこそ、何とかばれずに済んだのだ。
 
 「いい加減にこの覆面も脱ぐか…。」
 「にはは、結構似合ってましたよ?」
 「言ってろ。」

 そして、毟り取る様に外された覆面の下からは、これぞ悪逆非道、悪鬼羅刹と言うべき男の人相が出てきた。
 勿論、ご存知この作品の主人公こと川村ひでおだった。

 「やはり、こういう事だと君はすごいな。」
 「にほははははは!ウィル子にとって敵地からの脱出なんて日常茶飯事なのですよー!」

 言うのは相方であるご存知ウィル子、今回は彼女がその電子精霊としての能力を活用して脱出の後押しを行った。
 葉月が閃光弾で気絶した後、ラボにあったコンピューターを掌握し、魔殺商会本部の発電機、正・副・予備全基の停止と警備設備の誤作動を発生させた。
 後から調べた所で原因不明だろうし、何故か鈴蘭がいない状況では伊織貴瀬一人なら対応するだけで手一杯な事だろう。

 「後は一度エリーゼ興業に戻って注文していた装備と車の受領だな。」
 「にはは、明日のレースが楽しみなのですよ~。」

 既にエリーゼ興業に一報入れており、聖魔グランプリ向けの装備の準備をしてもらっている。
 後は、車の最終調整と装備各種の状態確認と簡易整備だ。

 「リュータや魔殺商会、場合によってはマリー達も敵に回る。気は抜けない。」
 「運転はこの電子の神にお任せあれなのですよー!」

 明日の事を考えて、エリーゼ興業への道を急ぐ2人。
 今日はもう何も起こらないだろう。
 そんな確証の無い事を考えていた2人だったが、しかし、今日の分の騒動はまだ終わってはいなかった。



 窓の外の山向こうで、突然の閃光と共に、不気味なキノコ雲が湧き上がりました。



 そして、一拍遅れて結構な震動が伝わってきた。
 震度2、否、3位だろうか?
 兎に角、キノコ雲の爆発の震動が確実に数kmは離れているだろうこちらにまで伝わってきたのだ。
 
 「うはー、何だか知りませんけどすごいですねー……ってマスター!?しっかり、しっかりしてください!」


 がたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがたがた
 だらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだらだら

 
 魔殺商会印の車の助手席、そこに座っていたひでおは素人目にも解る、と言うか解んないとおかしい位に異常だった。
 それもう痙攣だろ?という程の震えと、脱水症状起こすんじゃね?と言う程の脂汗を流しながら、ひでおはキノコ雲が起こった原因がある辺りを、瞳孔の小さな如何にも何十人かヤッテそうな目で見つめていた。

 あれは、あの光は………。

 その元凶であろう元妹・現他人の少女の姿を思い起こすと、ひでおの身体の震えと発汗がより深刻になっていく。
 嘗て、二度目の生において最初にトラウマとなったあの子のあの力、それが今、たった数km先で顕現したのだ。
 どうして恐れずにいられようか?

 「ますたー、しっかりしてください!落ち着いて、呼吸してください!」

 思考が回らず、視界が暗くなっていく。
 息が浅く速くなり、動悸も激しく、胸が苦しい。
 ただ焦りと恐怖だけが積み重なっていき、どんどん意識が暗闇に沈んでいく。
 そして、その沈んでいく暗闇そのものがこちらを覗き込んでいる様な、そんな狂気にも似た思いを抱き始めた時……


 「んむっ!」
 「…ッ!?」


……唐突に、それが途切れた。
 
 
 感じたのは、唇への柔らかな感触と、少女の濡れた口内の感触。
 触れる様な口づけではなく、喰らいつく様な、隙間だらけの荒いものだったが、ウィル子が目的を果たすには十分な効果があった。
 驚きと共に混乱は急速に収まっていき、過呼吸に陥っていた身体は次第に正常な状態へと戻っていく。
 恐らく、身体の密度を下げて、己の口周辺を紙袋の代用にしたのだろう。
 はっきりとし始めた視覚と触覚から来る情報を元に並列思考の一つでそんな事を考える。
 他の並列思考が焦りと驚き、混乱を訴える中、ひでおは火急的速やかにウィル子の身体を己から引き離し、未だに乱れている呼吸を整えながら声を出した。
 
 「………すまん。醜態を晒した。」
 「に、にほはははははは……。」

 赤くなった顔を互いに向けないようにしながら、ウィル子は運転に戻り、ひでおは窓の外に顔を背けた。
 
 何とも言えない雰囲気が車中を満たし、双方とも照れや羞恥で口を開かない。
 


 「ますたー。」

 そんな中、先に沈黙を破ったのはウィル子だった。
 運転中なため、ひでおから見えるのは横からだったが、彼女の横顔は何時に無く真剣な色をしていた。

 「私は、ますたーが今までどうやって生きてきたのは知りません。自分で調べるつもりもありません。」
 「…そうか……。」

 唐突な言葉にひでおは困惑を抱いたが、それを表に出す事はせず、寧ろウィル子の疑問は当然のものだと受け取っていた。
 何せ、まだ知り合って一週間にも満たない仲だ。
 修羅場を共にした吊り橋効果でも、そんなに早く相手に全幅の信頼を寄せる訳もない。
 己の全てを曝け出すには、密度はあっても、圧倒的に時間が短い。

 ただ、今まで世界でただ一人、電子の海を漂い続けた彼女にとって、電子ウイルスとして生涯を敵ばかりで過ごしてきた彼女にとって、ひでおという背中を預けられる存在は、生まれて初めてだった。
 そして、文字通り、深い所で繋がっている存在もまた、生まれて初めてだった。
 
 そして、ひでおにとってもまた、彼女の存在は始めての相棒だった。
 嘗ての二度目では、同盟者と部下達と弟子、家族はいた。
 三度目の今も、家族や友人はいる。
 今や遠く掠れた最初にだって、家族と、少ないもののそれなりに友人がいた。


 「でも、ウィル子はますたーを信じているのです。」


 だが、互いの立場や生まれを抜きにした、真実互いへの信頼で繋がった関係というものは初めてに近かった。

 最初は兎も角、二度目の家族はアレだったし、部下達も種族的特徴や損得勘定から従っていた者達も多かった(※えるしおん個人からの視点です)。
 三度目にしたって、大きな秘密を抱えて生きてきた身、何処かで一線を引いていた事は間違い無い。

 「ウィル子はますたーと出会えて良かったと思いますし、今もそれを疑っていません。」
 「……………。」
 「ますたーは話すべきと思った事は話す人ですから、今はまだ、その必要が無いだけだと思ってます。」


 でも
 きっと


 「何時か、話してくれるまで、ウィル子は待ってるのですよ。」


 その時を、ただ待っていると
 初めての相棒は、はっきりと告げた。


 「………善処しよう……。」

 相棒の言葉に、僅かながらも確かに心動かされたひでおは、しかし、そんな消極的な答えしか返せなかった。
 それでも、何時か必ず全てを話す事を、心に誓った。 



 だが、それが果たされる事の無い約束だと、この時はまだ知る由も無かった。
 





 その頃の御二人方


 「「…………………(ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ……)」」
 

 「…ふ、ふふふふふふふふふ……クスクスクスクスクス……♪」(視てました)
 「あは…あははははははははははははははははははは………。」(共有してました)


 「「……首洗って待ってなさい(待っててください)。」」










 「葉月や、あの者を見て、どうであった?」
 
 ひでお達が去り、混乱も漸く去った魔殺商会本部、その地下区画にあるドクター専用ラボにて
 漸く目を覚ましたみーこが、復帰したドクターに問うていた。

 「あの精霊の娘は言わずもがな、相方の彼の方も変わっていますねぇ。みーこ様はどう見ます?」

 ずれた眼鏡を直しつつ、ドクターがみーこに問い返す。
 先程閃光弾を至近距離で直視したとは思えない程あっさりと復活した辺り、この男もやはり人外なのだと認識できる。

 「随分と妙なものを背負っておるの、あれは。」
 「ひひひ、所が以前気になった時に少し調べてみたんですが、何も出てこないんですよねぇ。」

 カタカタ…とドクターがコンピューターを操作すると、ひでおのプロフィールが出てきた。
 住所、氏名、年齢、血液型、友人、家族etcetc…。
 だが、何処を見てもおかしな所は無かった。

 「ほう?」
 「本当に、極々一般的な家庭の生まれと育ち。ちょっと変わってはいますが、肉体はただの人間そのものですね。ただ……。」
 「神器を持っている、かの?」
 「はい。しかも、ボクも全く知らないものでしたねぇ。」

 ピ、と一本の杖がモニターに表示される。
 先端に天秤が乗った、奇妙なデザインのそれは、現存する神器の殆ど全ての製作者である葉月の雫をして未知の代物だった。

 「調べるにしても、本人も警戒していたようでしたからねぇ。残念ながら、ちょっとしか調べられませんでしたよ。」

 このラボはドクターにとって己の庭に等しい。
 工具や器具、部品の位置は言わずもがな。
 部屋の其処彼処にガラクタに偽装した観測機を作る事は造作もない。
 正真正銘の天才が作った代物であるそれは、如何にひでおと言えども見抜けるものでは無かった。
 しかし、そんな彼をしても魂の奥底に封じる様にして存在する正体不明の神器を観測するとなると、流石に偽装した機材だけではその全容を知る事はできなかった。

 「ひひひ!しかもこの神器、どうやら26次元の魔導力で作られているらしいですよ!自然界には存在しない、恐らくは天界由来の謎の神器…!実に研究のし甲斐があるねぇッ!!」
 「喧しいよ。」

 かちこん☆

 「ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇっぇぇぇ!!?!?!!?」
 
 みーこの神器、崩壊の鐘を打ち鳴らす者が魔の抜けた音と共に、喧しくなったドクターの頭に直撃した。
 そして、鈴蘭や貴瀬をして激痛に悶え苦しむその一撃を前に、如何にドクターでも耐え切れるものではなかった。

 「何にせよ、面白そうじゃな、あの2人は。」

 ふわふわと、みーこはラボを後にした。

残ったのは未だに情報を表示し続けるモニターと、痙攣を続けるこのラボの主だけ。

 魔殺商会内では医療と機材の開発を一手に引き受けるため、組織内における重要度は意外と高いドクターこと葉月の雫だったが、実際の扱いはこんなものであった。







 はい、死亡フラグ立ててみました(挨拶

 ども、ご無沙汰してますVISPです。
 あぁ、もう今年も終わるなぁ…と舞い散る紅葉に哀切を感じつつ、庭の掃除が面倒だと思う日々を皆さんどうお過ごしでしょうか?
 
 今回、前回ほど間は空きませんでしがた、やっぱり遅れてしまいましたね。
 もう数日早く投稿する予定だったのですが、PCの電源コードとマウスが御臨終しまして、買い換えてたらこんな時間に……マウスは兎も角、電源コード一つ6000円とか高いよ。
 今回は短いですが、聖魔グランプリの導入編なのであしからず。
 次回は遂に聖魔グランプリ開催です!

 …年内に投稿できるかな(汗




[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十二話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:43
  それいけぼくらのまがんおう!第十二話
 
 聖魔グランプリ前編 ~晴れ時々鉄血の雨が降るでしょう~



 
 
 『皆さん、こんにちは!!本日は待ちに待った聖魔グランプリ開催日――!!』

 ワァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!

 青く晴れ渡った空の下、レナの実況の元に観客と参加者達のテンションは天井知らずの鰻登りだった。
 
 両者ともやはり多種多様な人種種族容姿であり、この大会の異色さを際立たせているが、誰も彼もそんな細かい事は気にしていないし、留めもしない。
 この辺りは、やはり聖魔王鈴蘭の偉大さ(と言うよりも扇動の才能)によるものなのだろう。


 『実況は毎度お馴染の私霧島レナが担当します。さぁ、スタートまでもう間も無く!ここでルールの最終確認をしておきます。』




 「うはー、すごい熱気なのですよー。」
 「まぁ、今回は非参加者や敗退者も参加可能なのだし、当然だろうな。」

 レナのルール確認が行われる中、ひでおとウィル子のペアは車から一端降りて周囲の参加者達の様子を確認していた。
 誰もがテンション鰻登りであり、戦意は十全。
 しかし、真に警戒すべき者達はそんな中で静かに闘志を漲らせているか、心底楽しげな連中と相場は決まっている。
 
 ひでおは平静そのもの、ウィル子はやや圧倒されているものの楽しげだが、やはり地力の違いは如何ともし難いため、毎度毎度警戒は必須だ。
 装備に関しては既に昨夜の時点で点検と整備、今回使う予定の特別車もカリカリにチューンしてある。
 そして、レースそのものは翔希・エリーゼペアかひでお・ウィル子ペアが魔殺商会側よりも先にゴールすれば、こちらの勝ちとなる。
 勿論、完走する事は最低条件であり、優勝を狙うのは言うまでもない。
 
 「おーい、ヒデオー!」

 そこに、エルシアを連れたリュータ、更にその後ろに婦警(with岡丸)が近寄ってきた。
 エルシアは相変わらず何を考えているか解り辛いが、リュータの方は相変わらずの陽気さで声をかけてきた。

 「リュータか…そっちもオープンカーか。」
 「レース中に自由に動けるからな。そっちは……また変わったもんを持ってきたな?それ、学術都市の最新モデルだろ?」
 「あぁ、扱いは難しいが、かなりのものだぞ。」
 

 リュータが言った通り、学術都市とそれなりに取引をしているエリーゼ興業に無理を言って用意してもらった代物だった。
 
 名称、MNK-Eという、学術都市製の6WD(6輪駆動)のハイブリットカーだ。
 ちなみに、開発時の愛称はモニカ。
 開発スタッフは当初この車を高性能イタ車にするつもりだったそうだが、上層部の査察が入り、白紙になったとの噂があるちょっとアレな車だ。

 さておき
 
 デザインこそ一般的なスポーツカーのそれだが、6輪駆動故の高い安定性と加速力、走破性を誇り、最高時速400kmを誇る、正真正銘のモンスターマシンである。
 その速さを支えるのは最新式のエンジンと電動モーターの他にもう一つ、ボディ表面に0,0001mm単位で刻まれた特殊な模様にある。
 サメの肌が水流の乱れを抑えるというが、この車も同じような原理で空気の流れを整える整流機能が備わっており、ダウンフォースを発生させる事で高い安定性を得ている。
 市販車最速とは行かないまでも、しかし、それら最高峰の車の中では最も高い安定性を実現する事に成功した傑作だ。
 しかもこの車、最優秀生産モデルのD型をエリーゼ興業の技術によって一部にミスリル銀を使用し、車体の剛性をそのままにして12%の軽量化を実現した特別仕様のE型だ。
 そもそも元になったD型自体、近年激しくなっている国際的な無差別テロ対策の元、防弾防刃対爆対火仕様の物であり、市販車でありながら「対人地雷にもマシンガンにも負けません」が謳い文句にする程のものだったりする。
 唯でさえアレなイロモノ車に、今度はエリーゼ興業技術者達の悪乗りと情熱とパトスと変質的な愛情その他諸々から「壊すんなら対戦車兵器でも持ってきなぁッ!!」な超頑丈な仕様に成り果てている。
 自重しろ、ではなく、もっとヤレ、とウィル子とエリーゼが2人して煽っていたのがひでおの印象に残っているイロモノだ。

 なお、生産は完全受注制、注文によっては細かい機能や仕様が変更できる。



 「にほほほ、電子制御を多い車種ですから、ウィル子ならお手の物なのですよー。」
 「へぇ、そいつは楽しみだ。簡単に抜かせてくれるなよ?」
 
 くっくっくっく…と好戦的な笑みを浮かべ合う2人から視線を外すと、こっちを見ている美奈子が目に入る。
 はて、そんなじっと見られる事をしただろうか?とひでおは疑問に思いつつ、一先ずは挨拶しておく事にした。

 「北岡女史か、君も参加を?」
 「はい、今回はヒデオさんと言えど負けませんよ!」

 自信満々に微笑む美奈子の姿を何処か微笑ましく思いながら、ひでもまた彼女の威勢に応える様に口の端をくっと持ち上げる。

 「だが、オレ達は手強いぞ。」
 「えぇ、知ってます。だけど、真っ向から勝ちに行きます!」

 正々堂々を体現する言葉に、今度は(非常に解り辛いが)苦笑が浮かぶ。
 汚れた大人筆頭を自覚する身としては、何とも言えない気分になるが、それ以上にこんな事を言われたら加減は出来ないな、という思いが湧き起こる。
 
 「そうか……では、加減しない。」
 「はい、こちらこそ!」

 最後に綺麗な敬礼を残し、美奈子は人ごみの中に姿を消す。
 リュータ達も既に姿を消しており、スタート地点では各々が最終調整も終え、今か今かとスタート宣言を待っている頃、バイクのエンジン音が後ろから近づいてきた。

 「よう、ヒデオ!」
 「長谷部翔希にエリーゼか、そっちも準備万端の様だな。」

 ご存知、エリーゼ・翔希ペアだった。
 そんな2人が乗っているのは如何にも早そうなバイクだった。
 ひでおは詳しくは知らないが、モトGP級、それもひでお達のエリーゼ興業の技術力によりミスリル銀をフレーム等に採用し、約10%の軽量化と30%の剛性強化を実現した代物だ。
 公式大会のレギュレーションには通らないだろうが、それでも凄まじいスペックである事に変わりは無い。

「ふふ、新入り。あんたは精々私達の足を引っ張らないようにしなさいよね。」
「むっかー!そっちこそ私達の後塵を拝するがいいのですよー!」

 バチバチィッ!とエリーゼとウィル子の精霊2人の間に火花が散る。
 まだまだ未熟なウィル子を、エリーゼが先輩風を吹かしている様子は、一見仲が悪い様に見える。
 しかし、2人の容姿(外見年齢は大体中学生lv、しかもエリーゼは服装もそのもの)故に、その様子は何処か微笑ましいものに周囲には映る。
 必然、翔希の顔は苦笑いに、ひでおは僅かに口元を綻ばせるだけで、止めようともしない。

 「狙うは優勝。」
 「負けないぜ。」
 「お互いにな。」

 ニヤリ、と翔樹とひでおも互いのパートナーを放って好戦的な笑みを浮かべる。
 口元を歪ませるだけと顔全体で戦意を現すという違いはあったが、双方間違い無くヤル気になっていた。
 一応手を組んでいるとは言え、やはり、こういった場では一番に立ちたいのが男の、否、漢の性だ。
 勿論、魔殺商会よりも下位になる事は考えていないので、その時は協力して立ち向かう事になる予定だ。
 

 「にしても、2人に会ってから何かエリーゼが変わったんだけど、何かあったのか?」
 「猫被りを指摘しただけだ。」

 言外にあれが素だ、と翔希に告げる。
 翔希はあれがか……と、ちょっと遠い目になる。
 出会ってから昨日まで、ずっとあの間の抜けた調子のエリーゼと組んでいたため、どうにも馴染めないらしい。
 
 翔希の交友関係上、周囲には唯我独尊な後輩兼聖魔王や怖い姉、最近疎遠な幼馴染兼彼女、何処か天然なクール系巫女少女、無表情エターナルロr(検閲)、食いしん坊お姫様等まともな女性がいた試しが無い。
 そんな翔希にとって、優秀で害の無い不思議系少女は貴重だったのだろう。
 
 (そんな経験してたら、そりゃ女性に逆らえんだろうな。)

 2000年前から女難というかヤンデレに頭を悩ませているひでお、もといえるしおんはただポンポンと労わりを込めて元勇者現バイトの肩を叩いた。


 「こっちも一応うちの連中使って妨害対策はしてるけど、あっちの方が物量は優れてるんだから気を付けときなさいよ。」
 「伊織達にだけは負けないようにな。」
 「気遣い助かる。そちらも気を付けてな。」
 「ふ、ふん!バーカバーカ!」

 そう最後に告げて愛車の元に去っていく2人を見やり、ひでお達も改めて何時でもスタートできる様に車に乗り込んだ。

 「にしてもツンデレでしたね、エリーゼ。」
 「あれで以外と面倒見が良いからな。一皮剝ければちゃんと神になれるだろう。」
 「にほほ、本当に良い先輩なのですよー。」


 そんなこんなを言いつつ、スタートまで後僅か。

 準備はしたが、それでも勝てるかどうかは解らない。
 はっきり言って不利、そもそも弾丸が一発でも当たればひでおもウィル子も著しく行動が制限されてしまう普通の人だ。
 服が魔道皮膜済みなメイドや正体不明の全身タイツ集団とはそもそも耐久性の時点で大差が付いてしまっている。

 それでも、諦める気は更々無かった。

 「ウィル子、今回は君の方が主役だ。頼んだぞ。」
 「にひひ、任せてくださいマスター!こう見えてもウィル子はヤル時にはヤルのですよー!」
 
 心底楽しんでいるという風情の相棒に、ひでおはまたも口元を僅かに歪ませる。
 今日は随分と表情筋を使っているな、と脳裏でひっそりと思う。

 「では、行こうか。」
 「はい!目指すは優勝なのですよー!」



 



 そして、数分後





 『それでは聖魔グランプリ、スタートですッ!!!』
 「579ページ。」


 っずどおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!!



 
 開始宣言と同時、グランプリスタート地点周辺は阿鼻叫喚の火の海と化した。
 スタート地点である広場のみならず観客席にまで飛び火し、被害はあっと言う間に広がった。
 
 無差別攻撃、大量虐殺、完全破壊。
 
 そんなフレーズが脳裏をよぎる様な惨状であった。

 「……お…おい、エルシアさんよ。」

 周囲に響く悲鳴と怒号、爆音に冷や汗をびっしりかきながら、リュータは魔道書の最後近くを開いていた己のパートナーに声をかけた。
 
 「殺したら失格だって、ここに来た当日に聞いたよなオイ!?」
 「即死以外は大抵治せるとも聞いたわ。」
 
 素っ気なく答えた魔族の姫君は、魔道書をぱたんと閉じるだけだった。
 この過激さは一体誰に似たのだろうか?
 それとも生来のものなのだろうか?
 リュータには解らなかったが、兎も角、このお姫様のご機嫌を損ねないようにしよう、と改めて誓った。

 『ひ、酷い!これは酷い!!何と言う事でしょう、参加者全てが固まっているスタート直後の一網打尽を狙っての悪鬼羅刹が如き所業!あなた本当に人間ですか!?』

 壇上の物陰に隠れて難を逃れた霧島レナの言葉は半ばヒステリックだった。
 具体的に言えば、紛争地帯であるまじき虐殺風景を目撃した報道リポーターの様な感じ。

 「言われてんぞ、おい。」
 「魔族だもの。」

 至極もっともな話だった。
 もっともだったが、色々と言いたかった。

 ちなみに、流石は聖魔杯参加者と言うべきか、辛うじて被害の無かった者や少なかった者は既に出発を始めていた。
 また、乗り物がダメになった者は徒歩、そもそも必要の無い者は阿鼻叫喚を避ける様にして出発していた。
 そして、その他の大多数の参加者は自棄になって各々が其処彼処で乱闘を開始していた。

 「行かないの?」
 「ああクソ!」

 巻き込まれてはたまらない。
 車のハンドルを改めて握り、ブレーキペダルを放すと同時、リュータはアクセルを思いっきり踏み込んだ。





 「何が起きたのですかぁぁぁぁぁっ!?!」
 「良いから前見ろ回避回避ーーー!!!」

 所変わってひでお&ウィル子ペアの2人は、吹っ飛んできた諸々の物体の回避に専念していた。

 「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!?!」

 悲鳴を上げつつも、ウィル子は右へ左へハンドルを激しく切って降り来る障害物を回避していく。
 車やバイクのパーツは元より、何か人型のものまで飛んでくるため、余り注視したくない光景だった。
 残虐な光景とか絶望的な光景(主に預言者とか妹とかが原因)には慣れていたが、20年以上のブランクがあると、流石のひでおも顔が引き攣った。
 そして、現在も紛争地帯さながらに断続的な爆発音や戦闘音が響く中、スピーカーから司会兼実況役のレナの悲鳴染みた実況が響いてくる。

 『た、只今入った情報によりますと、スタート直後の爆発は一部で展望階の君やマジカルプリンセスと人気の高いエルシアさんの全周型広範囲攻撃魔法によるものだそうです!』
 (生きてて良かったぁッ!!!)

 ひでおは内心で盛大に喝采を上げた。
 よくぞアレに巻き込まれずに済んだものだ、と自分の幸運を喜んだが……次いで入って来る情報に再度顔を引き攣らせた。

 『そこに魔殺商会のレンタル車両に仕込んであった自爆装置が引火!?前日から会場に仕掛けられていた地雷原も誘爆してって…ちょっと無茶苦茶が過ぎるんじゃないんですか、魔殺商会さん!?!』

 御尤も、とレナの言葉に頷いた者はきっとかなりの数に上る事だろう。
 レナの声も既に司会とか実況とか投げ捨てて素で半ギレしていたが、これは誰も非難できない。
 にしても、幾らルール無用のレースとは言え、人道的とか倫理観かと人として大事なものを放り投げている辺りは、流石はあの魔殺商会と言うべきだろうか?
 あまりの悪辣ぶりに、ついつい過去の自分の判断を疑いたくなってきたが、それはさて置き。
 今は先ずこの場を離れる事が優先だろう……さっきから辺りで銃声やら爆音や怒声罵声悲鳴絶叫その他諸々が聞こえて来るし。

 「ウィル子、前に出るぞ!」
 「了解です!」

 そして、2人はスタート地点を後にした。


 『うひゃぁ!?げ、現在スタート地点一帯は魔殺商会会社員とエリーゼ興業側労働者が交戦状態に突入し、そこにレースを台無しにされた参加者までもが乱入して大変な…って危な!?危ない、危険だってば!!良いから皆逃げてー!!』

 パタタタタタタタタタ!ずどーん!どごーん!ぱきゅんぱきゅん!ズズン!ドゴン!ざ、ザザ、ざ………。

 ……備え付きのラジオから流れる戦場の音を聞き流しつつ。

 (霧島嬢、無事を祈る。)

 つい十字を切ってしまうひでおだった。






 「くっくっく…見つけたぞ、川村ヒデオ!」

 順調とは行かずとも、走り出した2人の後方に、遂に敵の親玉、もとい魔殺商会社長こと伊織貴瀬がお気に入りの真紅のディアブロに乗って姿を現した。
 そのやや後方には魔殺商会印の車に乗った全身タイツや萌えメイド達。
 どいつもこいつも戦争でもする気なのか、過剰なまでも火器を携行していた。
 お前らいっそ傭兵でもやれよ、と言われんばかりの武装と錬度だった。

 そして、その更に後方から付いてくるジープが一台。
 未だに距離があるためか、参戦してくる気配こそないものの、その一台に乗る2人組は(ひでお達が思うのもなんだが)かなり奇特だった。
運転席には金髪リーゼントのチンピラ風の若い男がおり、その横の助手席には……

 「何故に埴輪!?」

 そう、ウィル子の叫び通り、それは正に埴輪だった。
 ただ、サイズが2m近くあり、どう言う原理か知らないが(恐らく日本式ゴーレムとかとそんな所だろう)、意志を持って動いている。
 なお、埴輪のデザインは鎧を纏った兵士、大○神のあれと言えば伝わるだろう。

 「……またアウター級か……。」

 ぽそっととんでもない事実を口にするひでお。
 この都市に入ってから予想はしていたが、どうにもアウター級の存在とのエンカウント率が上がっている気がしてならない。
 
 (頼むからもう増えないでくれ!)
 (くすくすくす!…だぁめ♪これからもっと楽しくなるんだもの♪)
 
 返事されたと思ったら、堕天使からでした。
 しかも的中率の高過ぎる事態悪化の預言付き。
 
 (もしかしなくとも参加中か?)
 (今ちょっとスタート地点で立て込んでるけどね。)

 それきり止まった念話にほんの少しほっとするが、今すぐではないというだけにすぎない。
 
 (早めに距離を稼ぐべき、か……。) 

 この世界には体系化された転移魔法は神殿協会の拠点強襲用のものしかない。
 一応、一部の高位存在(例、聖魔王、聖四天等の天使)が可能としているが、鈴蘭は力を失い、マリーはこうした遊びのルールに関しては結構厳しいため、今暫くは大丈夫だろう。
 なら、今は目の前の事態にだけ集中すればいい。
 幸い、もう一台のジープの方は余り早さはでないし、中の人も特に早いという訳ではない。
 それよりも今も鉛玉を撃ち続けている魔殺商会側の方が危険だ。
 
 「小口径弾は気にせず、ロケットやバズーカのみ回避!」
 「了解です!」



 その頃のワイルドハンニバル組

 「っち!魔殺商会の連中、あんなもんまで持って来やがって!」
 「…気にするんじゃねぇよ、ジョニー。それより、今は完走する事を、考えな…。」
 「へい、ハニ悪さん!」



 その頃の魔殺商会組

 「くくくく……遂に魔殺商会にミスリル部門を設置する日が来た!そのためにも、川村ヒデオにウィル子!貴様らは邪魔だ!」
 「じゃ、全員攻撃開始―!」

 そして、鈴蘭の号令の元、魔殺商会印の車から大量の銃弾と砲弾が放たれていった。




 
 「ひええええぇぇぇぇぇっ!?!?」
 
 悲鳴と共にウィル子が巧みなハンドル捌きを披露し、ひでおの指示通りにバズーカや地対地ミサイル、対物ライフル等の車体を破壊できる攻撃のみを回避していく。
 マシンガンやライフル等の小口径弾に関しては当たっても然したる被害も無く、窓ガラスや車体の表面を火花が弾けていくだけだった。

 「ますたー、このままだと何れは回避し切れません!」
 「エリーゼ達が来るまで持たせればいい。こちらからもしかけるから、天井を開けてくれ。」

 焦りを滲ませるウィル子の言葉に、ひでおは慌てず騒がず指示を出すと、今度は自分も得物を片手に開いた天井から後方の魔殺商会の車へと照準を合わせる。
 勿論、そんなひでおを狙おうと魔殺商会の全身タイツやメイド達が攻撃を激しくするのだが、ウィル子が車体を小刻みに動いかす事で命中させない。

 「風速、確認…弾道、計算……。」

 ぼそっと、誰にも聞かれる事の無い声が漏れる。
 7つの並列思考を展開し、現状で最も効果的な一撃を与えられるポイントを算出していく。
 そして、結果が出た。
 激しく揺れ動く車体の動きすら予測し、体勢を整えて、ひでおは照準を定める。

 手に持つ得物はどっから調達したのかと言いたいSPR・MK12、しかも量産型のMod0や1ではなく正統派。
 かの名アサルトライフルM16A4とM4A1を元に狙撃銃として改良を加えた、アメリカ陸軍特殊部隊向けに採用されている精密射撃任務用ライフルである。
 
エリーゼ興業の私兵部隊の1人(元米陸軍出)が以前持っていたものなのだが、本来の持ち手が以前カムダミアの紛争で戦死した後、特に使う仕事も無かったため、倉庫で埃を被っていた所を近距離でも使える高精度ライフルを探していたひでおにエリーゼが貸し出したのだ。
 整備も何も直ぐに覚えられるひでおなので、一夜漬けとは言え、既に新兵とは思えない(熟練者には今一歩劣る)程度には使いこなせるようになっていた。
 
 しかし、こうして回避はウィル子に任せて単純に狙い撃つだけならば、ひでおは既に熟練者の領域に達していた。


 「先ず一つ……。」

 タンッ!という銃声と共に、銃弾を撒き散らしていた魔殺商会側のバンの前輪に鉛玉、もといミスリル銀の弾頭を持つライフル弾が突き刺さった。
 そして、如何に魔殺商会と言えども、流石に会長や社長以外の平社員の車のタイヤにまで魔道皮膜をする程の予算がある訳ではない。
 結果、制御を失ったバンは、後続の数台を巻き込みながら、派手にクラッシュした。

 「次は、と………。」

 そして、また一台、銃声と共に派手にクラッシュしていった。
 




 「毎度ながらよくやる!貴瀬達も本っ当に変わってないな!」

 翔希が悪態をつきながら、神器「黒の剣」を振るい、ズバン!という音と共に魔殺商会側のバンをまた一台両断する。
 ハニ悪達の更に後方、そこから翔希とエリーゼが猛然と追い上げてきていた。

 「はん!たかが鉛玉で私のミスリル破れると思ってんじゃないわよ!」

 向こうが透けて見える極薄のミスリル製ヴェールを展開し、エリーゼは迫り来るあらゆる銃弾を防ぎ切り、通さない。

 「くそ!ひでお達は無事なのか!?」
 「車に付けた発信器によれば無事!ちゃっちゃっと追い付くわよ!」
 「任せろ!!」

 翔希が愛車のハンドルを握り直し、アクセルグリップを思いっきり回す。
 エリーゼ興業でチューンされたこの一品、いきなりの加速でもびくともしない。
 そして、2人はひでお辺りが見たら顔を引き攣らせる事請け合いな実力を魔殺商会の全身タイツや萌えメイド達に発揮しつつ、トップ集団目指して猛然と加速を開始した。





 「ライトニング・エクスプロ―ション!!」
 「来たかっ!」

 後方から届く聞き覚えのある声での魔法の詠唱に、ライフルを抱えたままでひでおが叫ぶ。
 先程から10台近くの魔殺商会側の車をクラッシュさせる事に成功していたが、生憎と警戒されたせいか魔殺商会側の車が密集、弾幕の密度が上がり、身体を車外に出せないでいる。
 ウィル子も回避に専念しているためにスピードを出せず、距離を取る事も出来ていない。
 しかし、密集した分だけ貴瀬のディアブロのスピードが落ちているので、魔殺商会の頭を抑える事には成功していると言えた。


 今回、ひでお達には単独での優勝並び完走は不可能と判断しており、翔希&エリーゼペアとの協力は必要不可欠だ。
 だが、最初のエルシアによる魔法とその後の誘爆による被害で、翔希達と分断されてしまった。
 なら、合流までは魔殺商会側の出鼻をくじきつつ、翔希達が追い付いてくる事を待つべき、とひでおは考えていた。
 元々準アウター級の2人、あの程度の爆発なら切り抜けられると判断していた。


 そして、ひでおの声と同時、後方のコースを埋め尽していた魔殺商会印の車が閃光と轟音と共に一気に吹き飛んだ。

 「ちぃっ!?クソガキか!」
 「うげ、長谷部先輩!」

 神業的なドライビングテクニックを駆使し、何とかバランスを保って回避したディアブロの中から、貴瀬と鈴蘭が声を上げる。

 この2人にとっては、現状はかなり厄介な状況だった。
 魔殺商会は正面戦力こそこちら側の世界でも最高峰だが、こうしたレースの形式だと、その実力を発揮できる者が少ない。
 神業的なドラテクを持つ社長の貴瀬は兎も角、何らかの乗り物を操る技能を持った者は一般的な運転免許を取得している全身タイツと萌えメイド、そして会長の鈴蘭くらいなものだ。
 一応VZも車を運転できるが、彼女は今回は司会者の1人、レースには参加できない。
 だからこそ、エリーゼ達の様に、誰か外部の実力者を雇う必要があった。
 しかし、優勝候補ないし相当な実力者と思われる者は今回のレースに対して不参加の者が多く、また、大佐の様な眼を付けていた人物もひでお達に敗れた後、退会手続きがなされ、都市にはいなかった。
 そういった事情が重なり、魔殺商会側はどうしても何時もの物量で押すしかできていなかった。
 それはその物量を突破できる連中が相手では、大きく不利になる事を指していた。


 と言う訳で、エリーゼ興業所属の2組に前後を挟まれ、絶賛孤立無援中の魔殺商会2トップだった。
 
 「ええい、くそ!やはり川村ヒデオを引き込めなかったのは痛かったか…!」
 「今更言っても始まりませんよ!それよりも現状の打開に専ね…っ!!」

 タァン!という発砲音と共に、身を乗り出して後方に牽制射撃をしていた鈴蘭の顔の横数cmをライフル弾が掠めていった。
 数瞬後、はらり、と鈴蘭のやや赤みがかった黒髪が舞い、直後に風で後方に流れていった。
 そして、弾丸が通ってきただろう先に目を向ければ、機械の如く無機質で、刃の様に鋭くこちらを見据える目と、視線が合った。

 「ッッッ!!!!?!?!?」

 その全てを見透かしている様な、嘗て預言者と相対した時の様な不気味な感覚に、鈴蘭の全身が総毛立ち、反射的に半ば意識せずに引き金を引いた。
 タタタタンッ!!
 だが、貴瀬が前後からの攻撃を回避する事に専念しているため、どうしても射線が安定せず、窓ガラスで火花を上げるだけに終わる。
 こんな状況では撃った所で無駄弾になりそうだが、それでも牽制位はできると、彼女はまた引き金を引いた。
 
 「御主人様、これ結構やばいですよ!?」
 「ええい、クソガキどもめ!」

 現状、彼らに打つ手立ては無い。
 と言うより、この状況でまだ持っている方が彼らの実力の証明とも言える。
 
 『こちらは無事だが火力が足りない。牽制はするが、あのディアブロの止めはそちら任せになる。』
 『の割に、随分と暴れたみたいじゃない?まぁ、いいわ。後はこっちであのバカども仕留めてやる!!』
 『そう、今回勝つのはオレ達だ!!』

 無線を通じて意見を交換し、さぁ止め、という所で、事態はあっさり急変する。
 唐突に、ぞくり、とひでの全身が総毛立ち、眩暈、息切れ、動悸、発汗が起こる。
 それが意味する事をはっきりと認識しているひでおが取った行動は、実に的確なものだった。
 
 「全員避けろッ!!!」

 焦った様なひでおの警告。
 それに空かさず反応し、貴瀬と翔希、そしてウィル子が素早くハンドルを切り、一瞬前までいた場所から退避する。


 次の瞬間、轟音と共に後方から巨大な火球が3者の中心地点に降ってきた。





 
 『…皆さん、こんにちは。霧島レナです。』

 グランプリスタート地点。
 未だ火の粉が燻り続けるその場所に、ラジオから入った音声が響く。
 
 『現在、私はどうにか会場を抜け、ヘリで商業区へ向かっています。既に先頭集団は第一チェックポイントを通過し……。』

 それを聞きながら、未だにスタートを切っていない美奈子は怪我人に包帯を巻いていた。
 スタート時の大混乱、彼女は戦闘する魔殺商会とエリーゼ興業、そして、自棄になって暴れる参加者達を止めるため、レースを放り出して説得に向かった。
 魔殺商会とエリーゼ興業は比較的やり易かったのだが、生憎とレースを台無しにされた参加者達はそうもいかず、結局は鎮圧の形を取ってしまった。
 そのせいで、美奈子は随分と消耗していた。
 消耗していたが、それでも彼女は鎮圧終了後も、こうして怪我人の手当てに動いていた。

 『美奈子殿、もう開始から大分経つでござる。ここは一先ず完走だけでも……。』
 「えぇ、そうね……。」

 岡丸の言い分は解る。
 もう怪我人も重傷な者は病院に搬送され、軽傷の者もほぼ治療は完了している。
 後は瓦礫の後片付けだが、それは大会運営側の仕事だろう。
 美奈子達がこの場でできる仕事はもう無かった。
 無かったが、もう完走するのも結構ギリギリだろう。
 今更頑張っても、もうどうしようもない。

 『……現在のトップは数日前エリーゼ興業に突然入社した優勝候補、ヒデオ&ウィル子ペア!現在、魔殺商会社長&会長ペアを前後から挟撃中!な、なんと!?まるでこの事態を予測したかの様な行動!やはり魔眼の噂は本当だったのかーー!!?』
 「ヒデオさん、貴方って人は……。」

 美奈子は、控えめに言っても、ひでおを信頼していた。
 容姿はアレだが、今時の男には無い一本芯の入った姿勢は好感が持てるし、以前は過ちを諭された事もある。
 そのため、恋愛経験が乏しい美奈子にとって、ひでおは結構気になる『初めての』異性だった。
 だが、こんな惨状を気にせずレースを続行している。
 自分はこんなにボロボロになっているのに、自分はのうのうとレースでトップ……?
 無論、美奈子も自分の感情が筋違いなものである事も解っている。
 この感情は魔殺商会の者達にこそ向けるべきなのだ、と。
 しかし、解っていても、感情が納得しないのだ。

 『…美奈子殿……?』
 「えぇ、完走するわ、岡丸………ただし、ブッチギリのトップでねっ!!!」

 


 時同じく数m先

 「うふふ…くすくす♪やっぱり鈴蘭達って面白いわ♪」
 「少々やり過ぎな気もしますが……まぁ、困るのは私達じゃありませんからね。寧ろ、他の参加者が少ないから、巻き込む可能性も減りますし。」
 「くすくす♪手間が省けて良かったじゃない……じゃ、行こうかしら?」
 「えぇ、運転の方はお任せします。ただ、解っているとは思いますけど……。」
 「えぇ、私達の狙いはあの2人のみ……。」

 白尽くめの幼女とシスター姿の若い女性は、同時にその脳裏の一組の男女を思い描いた。
 片方は自分達にとって何よりも代えられないイトシイヒト、残りは八つ裂きにしてもまだ足りない泥棒猫。
 
流石に人死を出す訳にはいかないが、あの病原菌娘なら極端に性能を低いCPUにでも突っ込んで電源を確保しつつ、回線を切断する位なら大丈夫だろう。
 精霊だろうが最新の神の雛型だろうが、あの人に手出しするのは我慢ならない耐えられない。
 殺してはいけないのなら、死よりも辛い苦しみを味あわせてやるだけだ。
 ひでおを心の支えとして何年も耐え忍んできた2人には、ここまで怒り狂う程に先日の件が我慢ならなかったのだ。


 
 「「待っててね(くださいね)、ひでお(さん)♪」」



 自分達にとって最良の未来を思い描き、2人は極上の笑みを浮かべた。
 










 くそう、クリスマスには間に合わなかったか…!!(挨拶

 お久しぶりです、VISPです。
 皆さんは年末どうお過ごしでしょうか?
 先日、唐突に成人式の実行委員会となり、誓いの言葉をやらされる羽目になった作者ですが、なんとかストレス性胃炎を戦いつつ、頑張って任務遂行する所存です。
 
 今回、久々にトンデモ系技術が出ましたが、作者は車やバイクに関してはあんまり詳しくないので不備があったらご指摘よろしくお願いします。
 さて、波乱の幕開けとなった聖魔グランプリ。
 婦警は兎も角、何気に魔殺商会のピンチという珍しい事態。
 そして不気味なヤンデレーズ。
 さぁ、ひでおはこの事態にどう出る!?

 なお、聖魔グランプリは前中後の三篇になる予定です。  
 次回の投稿は来年春を予定しております。



 
 …予定であり未定でもある訳ですがww



[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十三話 修正
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:44
 それいけぼくらのまがんおう!第13話
 「戦慄!雨の中からこんにちは!」編
 



 大出力の魔法攻撃を受けた際、先頭集団に属するそれぞれのペアの運転役の判断は正確だった。
 即ち、ハンドルを切りつつ、ブレーキないしアクセルを踏み込んでの回避動作、それもプロ並の反応速度でそれを実行してみせた。


 「うきゃあああぁぁぁぁ!!?!?」

 危うくバランスを崩し、スピンしかけたディアブロの中で、鈴蘭が叫ぶ。
 
 「一番物騒なのが来たぞ!」

 冷や汗混じりに叫ぶひでおに反応し、更に追加の火球が降り注いでくる。
 その大半は三台の中で最も先頭の一台、つまり、ひでお達に向かって降り注いでいた。

 「リュータ達か!?」
 
 返答の代わりに、今しがた追い付いてきた後方の車から更に多数の火球が飛んでくる。
 そのどれもがひでお達目掛けて飛んできており、当たれば幾らこの車が頑丈でも耐え切れないだろう。

 「ひえええぇぇぇぇぇぇ!?!?!」

 叫びつつもハンドルを切り、火球の軌道を予測し、全弾回避し切るウィル子。
 当たれば即死級の攻撃が次々と降ってくるのだ。
 修羅場の経験が未だに少ない彼女にとって、如何程のストレスかは想像したくなかった。
 
 「ウィル子、脇道!!」
 「は、はいです!!」

 そして、ひでおは現在の状況を顧みて、モアベターな選択を取った。
 周辺に着弾する火球、それが誰のものなのかを見ずとも解ったひでおは即座にコースの変更、つまり、高速の直線コースから遮蔽物やカーブの多いテクニカルコースへの変更を指示した。
 
 「ルートを再検索!なるべくカーブの多いコースを…!」
 「解りました!」

 だが、その判断は少々遅かった。
 背後を見やるひでおの視界に、直撃コースの火球が見える。
 弾道と車の機動性、路面の状況や風向き等を考慮し、数秒後の結果を予測する。
 しかし、結果は無情なものだった。

 (間に合わんかッ!)
 
 直撃こそしないものの、車体の構造に大打撃、ないし至近弾の余波による横転は免れない。
 だから、ひでおは数日前の様に、自分の内側から神器を呼び出した。
 
 神器「狂い無き天秤」、代価を払う事で担い手の身を守る、この世でただ一つの天界由来の神器。
 外見は真鍮に似た輝きを持つ天秤を先端にした2m足らずの白杖。

 そんな芸術品にも似た美しさを持ったそれは、その名の通り、一切の狂い無く効果を発揮する。
 
 「…………ッ……。」

 身体の奥底からごっそりと何かが持っていかれる感覚。
 魔導力ではない、魂や精力とも言えるものを代償にして、虚像の火球が作り上げられ、向かってくる本物へと衝突し、その射線を大きく反らした。
 
 元より人と最上級の魔族の身、相殺できるとは思っていない。
 しかし、本気ではない攻撃を僅かなりとも反らす事は脆弱な人の身でも可能だった。

 「っく……!?」
 「ますたーっ!?」

 ぐらり、と姿勢を崩してひでおが座席に身を預けた。
 その只ならぬ様子に、ウィル子も思わず声を荒げた。

 たかが一撃、それも相殺ではなく反らすだけ。
 だが、それでもひでおには負担が、それも普段よりもかなり大きな負担が圧し掛かった……それこそ、不自然な程に大きく。
 それが意味する可能性を至ったひでおは、朦朧とする視界の中で常には有り得ない光景を見た。




 視界を流れていく無数の数式。
 主に0と1で構成されたそれらは、本来なら専門職の人間でもない限り、そこに含まれた意味を読解する事はできない。
 しかし、何故かひでおにはそれらの数式が意味する事が理解できた。
 
 都市全体の地図、絡み合うギア、燃料の噴射回数、その他諸々のレースに必要であろう情報……。
 
 凡そ人間では理解できないようなそれらを見て、ひでおは己の意識が薄れていき、引き込まれていくのは感じ取った。

 同時に、ひでおは己の意識の内、それらの数式の解析に回していたものを強制的に切断した。






 「ヒデオッ!?えぇい、クソ!」
 「翔希、後ろ!!」

 急に路地に入ったひでお達に通信を繋げようとするが、その途端、今度は翔希とエリーゼ目掛けて、エルシアの光球が放たれる。

 「…ッ!!」

 車体を思いっきり傾け、回避する。
 だが、その光は如何なる熱量、魔導力を持っていたのか、エリーゼが展開していたミスリル製のベールを蒸発させ、バイクのバランスを大きく揺るがす。
 それを神業的なテクニックで立て直す内に、今度は代わりとばかりにリュータとエルシアが前に出ていく。
 そして、その前を進む真紅のディアブロが先には行かせないと更に加速する。
 結果、ひでお達を除く先頭集団の三台は、ひでお達とは一本違う道を通る事となった。
 
 「ちぃっ!オレの狙いは川村ヒデオ唯一人!テメェらなんざお呼びじゃないんだよ!!」
 『ふ、貴様こそ!軍人崩れ風情が出しゃばるな!』
 『おいおい、オレを忘れてもらっちゃ困るぜ!』

 ギリギリと風圧を感じながらも、誰一人として勝負を捨てるつもりの者はいなかった。
 何時の世も、漢達とは早さ比べがしたいものなのであった。

 「にしても、さっきのアレ。ヒデオの『奥の手』って奴か?エルシア、あれ知ってるか?」
 「いいえ、初めてよ。」

 そんな中、リュータは自分の狙う相手の装備について、底の知れないパートナーに尋ねていた。
 ライバル視するヒデオが使った、エルシアの魔法すら無力化してみせた正体不明の神器。
 先日の吸血鬼との勝負から噂される正体不明の神器と魔眼について、このお姫様なら何か知っているのではないかと考えていた………最も、期待していた情報は得られなかったが。

 「ただ…葉月の作品じゃないわ。葉月のは冗談みたいなものでも、実用性が高いから。」
 「あ?葉月って、あのドクターだよな?それに、実用性が低いって何でだ?」

 リュータの疑問に、エルシアは一瞬の沈黙を挟みつつ、短く告げた。

 「ヒデオには魔導力が無い。だから、魔法の類は使えない」
 「そりゃどういう…?」

 もう言うべき事は無い、とばかりにそれきりエルシアは黙った。
 リュータも無理に聞くと身の安全は保障されないと感じたのか、それともレースの方に集中すべきと考えたのか、その事について聞くのは止めた。
 
 
 彼はこの時何故この事を掘り下げなかったのかと、後に大きく後悔する事になる。






 「…っ……ッ!!」
 「マスター!!」

 強制切断の揺り戻しに、朦朧だった視界が酷い頭痛ではっきりとした。
 元々危険な魔導書による精神汚染対策の比較的原始的な手法なのだが、それ故に魔導力が無くともできるのが幸いだった。
 御蔭で、情報過多から精神を保護するための気絶に陥る事は無かった。

 「マスター、ウィル子には何となく解るのです…普段マスターが何を考えているのかが。」
 「……それは……。」

 ウィル子の言葉には、身に覚えがあった。
 
 自分が言葉として放つ前に、ウィル子がこちらの意志を組み取って動く事は多々あった。
 ついつい阿吽の呼吸とかそういうものだと思っていたが、どうやら2人の繋がりから来る共感とも言える現象が起こっていたらしい………それも、常時発動している事から結構強力な繋がりだ。
 これは使い魔や召喚獣の契約、念話等で時折見られる現象だったのだが、ちょくちょく内心を読まれる事に慣れ切っていたがために、ひでおはその事に違和感を抱く事ができなかった。
 
 「今マスターが目にしたのはウィル子のお仕事です。今はマスターの射撃や指示、エリーゼと翔希達の御蔭でトップを取れていますが……それだって、プロドライバーを真似るだけじゃなく、常に全ての制御プログラムを状況に応じて書き換えているからです。」

 確かにそれ程までの仕事をしておきながら、使用しているのは最新式とは言えど、普通のノートPC。
 先日、葉月も言っていたが、今のウィル子では、数式を処理するには圧倒的にマシンパワーが足りないのだ。
今しがた己が見た仕事を全て一度にこなす事など出来る訳が無い。

 となれば、足りないものは他から持って来るしかない。
 そして、神霊の類が最も効率良く力を増すために必要なのは、ただ一つ。

 「そういう事か……。」
 
 それは、ひでおが神器を使う度に、代価として差し出しているモノであり、全ての意志ある存在に平等に存在し得るものだ。
 即ち、魂とも言える、存在そのものの根幹要素。

 「おかしいとは思ってたのです。レースが始まってから、余りにも調子が良過ぎたので……。」
 「いや、オレも気付いてしかるべきだった。」

 そうだ、先程神器を使用した時、普段よりも代価が大きく感じられたのは、他からも吸い上げられていたからだった。

 否、そもそも彼女の宿った旧式のPCを拾った時に感じた妙な悪寒。
 旧式のPCではそもそも実体化など夢のまた夢であったのに、彼女はPCを拾って直ぐに実体化してみせた。
 思えば、既にあの時から、このつながり始まっていたのだろう。
 即ち、搾取する側と搾取される側は。
 
 「どうやら、ウィル子は本当にウイルスで、マスターに寄生していないと何もできない。それどころか、このままじゃマスターの命だって……。」

 そこから先は言葉が途切れた。
 言うまでもない。
 代価を払い切れなくなった時、それはこの関係の終わりと自身の死を意味している。
 それは、神器を使う時には何時も思っている事だった。


 だが……

 「………まぁ、奇跡の代価としては、安いだろう。」
 「え……?」
 「ここまで、連れてきてもらった。」

 そうだ、代価としては安い。
 
 何故か拾った三度目の生、それを何処か燻り続けながら過ごす事は、如何程の苦痛だっただろうか?
 例えマリーやマリア達がこの世界に訪れたとしても、彼女達の知覚と言えども絶対ではないのだ。
見落とすか、オレをオレとして認識できなかったかもしれなかった。
 
 だが、今のオレは二度目程に殺伐としない状態でこちら側に関わり、それなりに物騒ながらも充実した日々を送っている。
 そして、天文学的な確立で嘗ての同盟者と教え子にも再会できた事も重なり、二度目に残してきた憂いも払われた。
 結果だけを言えば、普通の人生を送っていれば絶対に解けなかっただろう問題を解決する事が出来、尚且つ、(問題はあるものの)昔馴染とも再会できたのだ。
 
 たかが寿命が縮まる程度、たかが存在がすり減る程度、この奇跡の前には安いと断言できる。

 「それに……。」

 否、これは余計だ。
 そう思い、頭を振るって思考を切りかえる。

 「レースはまだ始まったばかりだ……行くぞ。」
 「は、はい!」
 
 平静を取り戻したひでおを見て、ウィル子は嬉しそうに返し、ハンドルを握り直す。
 
 車の状態は良好。
 モーター、エンジン、共に適度に温まっている。
 タイヤの摩耗も想定内。
 被弾も必要最低限。



 「実を言うと、マスターが気力に満ちている時は……」
 
 ならば、後すべき事は……

 「ウィル子も調子が良いのですよー!!」

 ただ走り抜けるのみッ!!


 ヴオオオオオオオオオオオンッッ!!!!!
 

 風を大きく切り裂きながら、MNK-Eが第2チェックポイントを通過していく。
 通常の市販車なら揺らぐ程の高速も学術都市の一品、表面に刻まれた模様によってダウンフォースを発生させる特殊装甲を持つこの車なら、小揺るぎもしないで済む。
 そして、他の三台が我先にと後に続いていった。
 
 

 


 「……………。」
 「どうしました?」

 高速で走り続ける中、ひでおが空を見上げていた。
 ウィル子の疑問にも声を返さないその姿は、ただ周囲の状況に意識を傾け、何かを探っている様にも見える。

 「空気が変わった、一雨来るぞ。」

 見れば、徐々に黒い雲が流れてきており、都市内のリアルタイム天気予報でももうすぐ降りだすだろう事が予想されていた。
 ひでおは大気中の温度・湿度の変化、雲の動きから天候の変化を予測してみせたのだ。

 …魔導力も無いのに結構な人外ぶりを発揮する元財界の魔王様だった。


 さておき

 
 「うげ、雨ですか!?ウェット路面になれば、今まで以上の制御が必要に…!」

 そうなれば、ひでおへの負担も増すだろう。
 今は神器を使っていないからこそ多少身体が重い程度だが、今後より高度な制御が必要となれば、その負担は確実に大きくなっていく。
 

 『さぁ、既に自然区に入った先頭集団、依然として熾烈なカーチェイスが続いております!…あっと!ここで後方から白い車が1台、無謀とも言える速度で追い上げてきます!これは早い!』
 
 唐突に響いたその実況に、ひでおは自身の首筋がちりちりとしたのを感じ取った。

 「……違うな、あの二人じゃない。」

 ぼそり、と呟かれた相棒の言葉に、ウィル子は警戒を新たにしつつ、困惑した様に眼を向ける。
 ウィル子はあの2人、マリアとマリーが今回は敵方(と言うか参加者)として向き合う事は、漠然とだがひでおから聞かされていた。
 しかし、既にレースは佳境であり、半分近くを過ぎている。
 
 なら、何処から来る?

 嫌な感じを覚えつつ、ウィル子はハンドルを握り直し、レースに意識を向けた。

 そして、後方にちらりと一台の車が目視できるようになると、ひでお達以外の先頭集団が途端に騒ぎ始めた。

 『まだ追い付ける奴がいたのか!?』
 『ふん!今更お呼びではない!!』
 『おいおい、勝負の邪魔してくれんなよ!?』

 威勢の良い、更なる敵の出現に対し挑発する様な三人の言葉が好戦的な笑みで放たれ……

 
 『邪魔よ、ドン亀共。道を開けなさい。』

 
 無線から流れ出るその言葉に、一同見事に凍りついた。
 
 カアアアアァァァァァァァァァァッッ!!!!

 直後、激しいエンジン音と共に、1台の白い車にひでお達を含んだ先頭集団全員が一瞬で抜かれた。

 『いったあああぁぁぁぁぁぁぁ!!逆転~~っ!!たった今、一位を堅持し続けていたひでお&ウィル子ペアが5位に転落!情報によると、後から来た1台は美奈子&岡丸ペア!な、なんと30分遅れのスタートからの1位浮上っ!?先頭集団の並いる超高級車を相手に奇跡の大逆転を起こした1台の名は……!?!』

 使い慣れた愛機の鼓動に美奈子は酔い痴れ、満足そうな笑みを浮かべた。
 
 スプリンタートレノ、その原動機の名は4A-GE。
 嘗て富士において、後にキングと呼ばれる男により奇跡の6連勝を果たした究極の名機である。


 「何処の豆腐屋ですか~~~~っ!!」
 「……まさか走り屋だったとなぁ…。」

 ウィル子の叫びにうんうんと同意するひでおだった。
 …と言うか、走り屋が警察官やってるってどうよ?

 「い、今計算しましたが、あの婦警アベレージ150km近い速度で追ってきた事に…!」
 「流石に予想外だな。」

 非常識の世界にどっぷりと浸かっていたために、余り動揺していないひでお(感覚が麻痺しているとも言える)と違い、ウィル子の言葉に全員が切迫した表情となる。
 見れば、美奈子の駆る白黒のAE86型スプリンターはコーナーの度にダンスの如くリアを躍らせ、なお距離を開けようとしている。
  
 『おい社長!あのポンコツ、ロケットモーターでも積んでんのかよ!?』
 『同感だ!峠でよく見るが、あんなに早さが出るもんなのか!?』
 『馬鹿をぬかせ、クソガキども!そんなノズルが何処に見える!?あのハチロクはエンジン換装すらしてなかったんだぞ!』
 『そうね、社長さん。』
 
 先にも増して騒々しくなった三者の通信に、今度は美奈子の声が響く。
 
 『でも、ハイカムにハイコンポ。サスは少しへたってるけど、タナベの15インチにSタイヤの七部山……十分過ぎる。』
 『何?』
 『聞こえなかったの?あんた達みたいなドン亀を置いていくには、
十分過ぎるって言ってるのよ!!』

 続けられた言葉に、貴瀬・翔希・リュータのボルテージが上がっていき……

 『私はシーサイドラインのダンシングクイーン!4AGを使わせた私は誰にも止められない!!』
 
 
 ぶ   ち   ん   ☆


 そして、それにキレない男は(ひでおを除いて)この場にはいなかった。

 『何処のシーサイドだ!テンロク風情が舐めるなぁぁぁ!!!』
 『その勝負乗ってやらぁぁぁぁ!!!』
 
 そして、美奈子の言葉に乗る様に、貴瀬とリュータの怒声がスピーカーから響き、ひでお達以外の三台が一気にスピードを上げていき、忽ちひでお達は6位に転落してしまった。

 「ど、どうしましょう、マスター!?」
 「取り敢えず、今はこのままで行こう。」

 デットヒートを繰り広げている他の面子をさて置き、ひでおは現状維持に終始する事にした。
 
 「余りブレーキを使用しないように。この先、下り坂がある。」
 「あ、成程!」

 普通自動車の中でも結構な重量級の者には、レースにおける下り坂は鬼門と言える。
 盛んにブレーキを使用している貴瀬達がこのまま突っ込んでしまえば、下り坂で思う様にスピードは出せなくなる。
 となれば、車重の軽い美奈子達と翔樹達が有利となるだろう。
 
 今は差を付けられるだろうが、それでもコースアウトの果てに失格するよりも遥かにマシだろう。

 「好機は必ず来る、危機もまた同様。なら、最高のタイミングで迎え撃つぞ。」
 「は、はい!」





 「あらあら、うふふ♪」

 本当に、あなたって視てて飽きないわね。
 私達の人格や能力、そしてレースの推移から何処で現れるかを推測する。
 言う分には簡単だけど、実際の難度は言うまでもない。
 
 クスクスクス!
 そう、それでこそ私が、私達が惹かれた者!
 簡単に捕まっちゃ詰まらない!
 
 何年も何十年も何百年も、時と空間の狭間を漂って、漸く見つけたんですもの。
 もう少し位、楽しんでもいいと思うのよ。
 まぁ、マリアはもう焦れて仕方が無いって感じだけど……あの子を宥めるのは私の役目じゃないわ。
 淑女を此処まで待たせたんだもの。
 それ位はしてもらわなくちゃね♪



 ねぇ、私達の イ ト シ イ ヒ ト





 



[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十四話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/07 13:45
それいけぼくらのまがんおう第14話
 「凄惨!森の中からこんにちわ!」



 「ウィル子、林道もいけるな?」
 「え、あ、はい!確かにこの車は元軍事用ですから地雷でも無い限りはいけます!」

 このまま道を進んでいては遅れを取り戻せない。
 なら、道など無視すればいい。

 そう判断したひでおは、コースの外を進み、ショートカットする事を選んだ。

 「等高線の最も緩やかな、高低差の無い場所を進め。」
 「了解です!」

 そして、電子の精霊は最善解の道を見出した。

 「これです!このルートなら追い付ける…!」
 「なら、行こう。」

 相棒の言葉に全幅の信頼を以て返す。
 命を賭けているのだ、こころは既に預けている。

 「一度だけ…マスター、すいません!」
 「構わん…!」

 次いで、ガードレールに向けて加速、同時にひでおの身体への負担が増す。
 
 「………ッ…!」

 ギリ、と奥歯を噛み締めて、負担に耐える。
 この程度、二度目で崩落した書類の山に比べれば屁でも無い。

 「電子武装壱号、イージス開放!!」

 そして、緋色の盾が車の正面に展開され、ガードレールをぶち破り、そのまま2人を乗せたMNK-Eは森の闇へと堕ちていった。




 「あいつら何考えてるんだ!?」
 「自分から落ちたんだから何か勝算があるんでしょ!それより、今はあの婦警に追い付くのが先よ!」

 残された2人、エルシア・翔希ペアは動揺しつつも、他の二台と同様に必死にトップを直走る美奈子へと喰らいついていく。

「くそ!死んでたら恨むからな!」

 吐き捨てた直後、翔希は意識をレースに集中した。






 「トップ集団に追い付ける時間は?」
 「後7分32秒後です!」

 一方、森の中を突き進むひでお&ウィル子ペアは道無き道に苦戦しながらも、確実にトップへと近づいていた。
 通常の乗用車ならパンクしかねないこの状況だが、乗っているのは生憎と元軍事用の高級車。
 生半可な悪路ではパンクしないし、場合によっては地雷にも耐え得る。
 
 「このまま進む。コースに復帰する場合は天候に注意しろ。」
 「了解です!」

 




『ヒデオくん!?ウィル子ちゃん!?おーい、返事してー!!』

鈴蘭が必死に通信機に呼びかけるが、応答は無い。
もしかしたらアンテナが破損したのかもしれないが、今となっては確かめる術は無い。

「社長さんよ、主催者側として止まって確認するべきじゃないのかい!?」
『ぬかせ!あの男がこの程度でくたばるか!』
「だよな!」

あの男、ひでおは簡単にくたばるような軟弱ではない。
何の問題もないと傍らに電子の少女を連れて、あの無表情でまた姿を現す事だろう。

「あいつとは決勝で会うって約束してんだよ!!」

リュータのAMGは眼前を走行する貴瀬のディアブロを猛烈に追い上げていく。
喰らいつき、離され、追い抜き、追い抜かれる。
3番手、4番手を常に入れ替えながらのデットヒートを繰り広げた。

その時
 
 「降ってきやがった…。」

 ぽつぽつとフロントを叩く雨音に、リュータは天候が崩れた事にようやく気付いた。
 仮にも軍人、天候の変化には敏感な筈なのだが、貴瀬とのデッドヒートに夢中で気付かなかったらしい。

 「……屋根。」
 「何だってエルシア!?」

 そこで、今まで沈黙を保っていたエルシアが口を開いた。

 「濡れるの、好きじゃないの。」
 「悪いが、今は止まって屋根閉めてる場合じゃねぇ!」
 「……そう。」

 すると、エルシアは自前の外套のフードを被った。

 「…………。」

 獣耳にも似たデザインが、どこか可愛かった。
 
リュータ・サリンジャー。
 この日、彼は獣娘萌えを心で理解した。






 「こんな時に雨だなんて……っと!?」

 十分に余裕を持った速度であったにも関わらず、思いの外ラインから外れた美奈子の背に冷や汗が浮かぶ。
 即座にバランスを立てなおしたが、現状では何時までもつ事か。

 『大丈夫でござるか?』
 「不味いわね……前半飛ばし過ぎたみたい。」

 30分の遅れを取り戻すために、美奈子は存分にドリフトを活用した。し続けた。
 結果として、もうタイヤには殆ど溝が残っていない程に擦り切れていた。
 今はまだ小降りだが、本降りになればそれで終わり。
 そうでなくても水たまりの一つでもあれば、ハイドロプレーンで何処にすっ飛んで行くか解らない。

 『連中には思い知らせたでござるよ。』
 「ん、まぁ、そうなんだけどね…。」

 ラジオではひでお達が事故を起こしたと言っていた。
 なら、一応自分は勝ちたい相手に勝つ事はできたのだ。
 でも少し、釈然としない。
 なんというか、こう……すっきりしないのだ。

 『おい!聞こえてるか、前の婦警さん!』
 「はえ!?」

 背後のバイク、焦りを滲ませた翔希の声が美奈子を考え事から引き上げる。

 『あんたの車はもうヤバい!左のリアタイヤ、ワイヤーが見えてるぞ!右の方も丸くなってる!』
 「え、えぇえ!?」

 マズイ。
 タイヤの溝が無いというのは、タイヤの摩擦係数が減り、滑り易くなっていると言う事。
 それはこの状況下では即座に致命傷となるというのに、よりにもよってワイヤーの露出?
 はっきり言おう、洒落にならない。

 「取り敢えず、少しずつ減速していきましょう。」
 
 果たして、この選択が正しかったのか間違いだったのか。
 答えはすぐに来た。

 「あ?」

 唐突に車体が横滑りを始める。
 遅かったか、と気付くが既に時遅し。
 必死に立てなおそうとするが、こうなれば後は運を天に任せるしかない。
 そこに、彼らが来た。

 『抜けた~~!!』
 「んなぁ!?」

 傷だらけのMNK-Eが車道脇の森から突然飛び出てきた。
 無論、空中を行くMNK-Eと横滑りしているトレノでは互いに回避動作なぞできはしない。
 直後、派手な衝突音が響き渡った。


 
 「ちょ!? あの2人大丈夫なの!?」
 「解らん!」

 流石にこれは助けねばならない。
 元勇者である翔希だけでなく、根が善良なエリーゼすらもそう思わせる程の惨状だった。
 辛うじて道路からレール下の森への墜落をしていないものの車体の損傷、特に美奈子のトレノが酷い。
 幸いとも言うべきか、空席であるMNK―Eの左側にトレノは突っ込んだため、即死・重傷者はいない。
 しかし、軍用車両であるMNK―Eは兎も角、一般的な乗用車であるトレノでは最早レース続行は不可能だろう。

 「死ぬかと思った……。」
 「ぷはっ! 激ヤバだったのですよー!!」
 「っ、2人とも無事だったか!?」
 
 で、ぴんぴんしている2人はあっさりと車から出てきた。
 
 「身を守ったからな。」
 「にょほほほほほほ、ウィル子は日々進化しているのですよー♪」

 原理は単純で、ひでおが美奈子のトレノの運動エネルギーを可能な限り相殺、ウィル子が障壁で車体を守ったのだ。

 「長谷部翔希、美奈子の方を確認してくれ。可能な限り被害が及ばないようにしたが、意識が無いのかもしれん。」
「わ、解った!」
 「あー待ちなさい。あんたはこのままとっととゴール目指しなさい。私はここで婦警を救助しとくから。ここからなら徒歩でも時間内で行けるし。」
 「ん、あー…解った、任せる。」

 そして、翔希は走り去っていった。

 「…ったく、あんたらも迂闊過ぎるのよ。」
 「そう言ってくれるエリーゼは良い先輩なのですよー。」
 「取り合えす、ドアを切断するから道具をくれ。ウィル子、君は一先ず情報収集を。」
 「解ったのですよー。」
 「はいはい。」

 そして各々が行動を開始し、ひでおは美奈子の救助作業が始まった。

 

 「ううぅ……酷い目に会いました…。」
 「傷は浅いが、もうレースは無理だな…。」
 「次からはもう少し自分の分を弁える事ね。」
 「面目次第も御座いません、はい…。」

 ドアが歪んだトレノから美奈子を救出するのには10分程掛かった。
 道具がエリーゼ特製ミスリルチェーンソーだったためか、作業は速やかに行われた。
 幸いにもトレノ自体も特殊な素材を使っていないし、ガソリン漏れも無いのでドアの切断作業自体はひでおからすれば簡単なものだった。

 「痛!?」
 「フロントに座れるか? 足を見せてくれ。」

 ようやく車から脱出した美奈子だが、足を地面につけた途端に痛みを訴えた。
 そこに空かさずできる男ことひでおが美奈子をMNK―Eのフロントに座らせて足首を見る。

 「…骨は折れていない…捻挫だな。これでは歩けまい。」
 「ひ、冷やせば歩けます!これ以上ご迷惑をお掛けする訳には!」
 「雨に当たって冷やす訳にもいかん。君は女性なんだ。」
 「はぅぅぅぅ……。」
 (婦警の恥じらう写真、いくらで売れますかね?)

 テキパキと診断と応急処置を続けるひでお。
ひでおに足を触られて顔が真っ赤な美奈子。
 で、それをニヤニヤしながら記録し、後の利益を考えるウィル子。

 「…何かもう大丈夫そうだから、私は行くわよ?」
 
 妙にげんなりとしながらエリーゼは去っていった。



 「…これで応急処置は終わりだ。痛むか?」
 「えぇ、少し…。」
 「ウィル子、乗せられるか?」
 「えぇ、はい。バランス配分に気を使いますが、できない事はありません。」
 「なら頼む。これ以上雨に打たれては悪化しかねん。早く
 
 その時だった。



 くすくすくすくすくすくす、くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす♪
 あははははははははははは、あはははははははははははははははははははははははははははっははははははははははあっはあははっはははっははははははははははははははははははは あはははははははははははははははははははっははははっはは あはははははははははははあっははははははははははははははははははははははははあははっは♪


 
 ぞっと総毛立つ。
 2000年の苦労とワーカーホリックと痴情の縺れで鍛えられたひでおの危機察知能力が最大警報を鳴らした。

 「伏せろ!!」

 全身を叩く悪寒に、ひでおは咄嗟に叫んでいた
 直後、森の中から再び車が飛び出してきた。


 高速で突っ込んでくる車に対し、瞬時に状況分析を終えたひでおの判断は的確だった。
 
 車は自分を狙っている。
 大破状態のトレノのフロントに座る美奈子と自分。
 他の2人、ウィル子とエリーゼは車の通過経路にはいない事から明らかだ。
 そして何よりも

 (この覚えのある魔導力とプレッシャー!!)

 何やってんだあの2人。
 ひでおは並列思考の中の一つで思わず突っ込みを入れてしまう。
 しかし、身体の方はしっかりと状況に対処していた。

 「すまん!」
 「きゃぁあッ!」

 トレノ目掛けて突っ込んでくる白い車体に対し、ひでおは美奈子を抱えて空中に身を投げ出す。
 直後、トレノを崖下に追い落とす様に白い車体が突っ込み、先程以上の派手な衝突音を響き渡った。




突っ込んできた純白のカラーリングを施したBW-ⅡC。
 元は軍用車両として設計されていた、学術都市製8WDのハイブリットカーである。
 本来ならそのまま軍用車両として輸出される予定だった代物だが、高コストに整備性・生産性、何より操作性の低さから不採用になった。
その型番から良くも悪くもブラックウィドウ(同名の米空軍試作戦闘機)の名を頂いた不遇の名機である。
 しかし、軍用装備のオミット、燃費の向上とややコストの低下した試作二号機を元に、完全受注制で民間向けに生産する事となった(無論、技術情報が流出しない様に配慮されてだが)。
 その装甲はひでお達が乗っているMNK-E程ではないものの、その分MNKシリーズを超える高い安定性と加速力・走破性を持ちながら、更には最大時速480kmを誇るというモンスターマシンである。
 その余りの加速力に試作型の試験時にはブレーキを始めとした安全装置の損傷が続くという凄まじい事態に発展、新型の安全装置とリミッターを装備するまでこの事態は続いた。
 この事から開発陣からはウィドーメーカーの名を頂戴する羽目になり、完全受注制の今もその生産数は少ない。
 しかし、その市販車には有り得ない加速力から、海外の好事家達からはそれなりの受注が来ている。
 マリーが運転しているのは、その数少なく生産されたBW-Ⅱのカスタム版であり、軽量化と操作性を重視したチェーンを成されている(それでも有り得ない程のじゃじゃ馬だが)。
 
 なお、この車は並行世界におけるマリーチが気に入り、愛車にしてしまったものとほぼ同じ仕様だったりする(主に運転するのは旦那の役目だが)。


さておき


「ますたー!?」

MNK―Eから、ウィル子が必死に手を伸ばしながら叫ぶ。
明らかにこの事態は想定外。
如何に信頼している相棒と言えど、これは危険すぎる。
しかし、自分では既にどうしようもないのだ。
新種の精霊と言えど、所詮自分はまだ成りたて。
確固たる武力を行使してくる相手には、自分は抗する術を持たない。
だから、こうして叫ぶ事しかできない。
けれども

「オレを……ッ…」

森へと宙を落ち行く彼女の相棒はしっかりと彼女の瞳を見つめ、彼女にできる事を頼んだ。

 「殺すつもりで走れッ!!!」

 己の事など気にするな。
 否、気にする位なら走り続けろ。
 そう言い残して、美奈子を抱えたままひでおは森の中に消えた。






 「ごほ!こほっこほっ…!」
 「ひ、ヒデオさん!大丈夫ですか!?」
 「っ、あぁ、何とか、な…。」

 宙にいながらも、ひでおは平静だった。
 素早く両足を用いて空中でありながらある程度体勢を立て直すと、坂に両足を立てて滑るように落ち続け、減速していった。
 幸いにもトレノの破片やBW―Ⅱが落ちているが、直撃コースは無いため気にする必要は無い。
 しかし、それでもあくまで鍛えた常人程度の彼には、この負担は大きいものがあった。
 
 (負担を考えないのなら神器級なら2回。大口径砲撃級なら9回と言った所か。)

 足りない。
 嘗て戦術核程度ならあっさりと相殺した魔族としてのアドバンテージと「危急の十字」を併せた「完全相殺」には程遠い。
 
 「…美奈子、立てるか?」
 「え、あ、はい!」

 ぎしぎしと音を立てる身体を無視し、地面に倒れ込んでいた身体を起こす。
 その間も視線は一つの方向だけ。
その先には、駆け去る白の未亡人から降り立った修道女。
 
 「…狙いはオレだけか。」
 「はい、あなただけです。」
 
 既に神聖具現改を展開し、戦闘態勢を取っている嘗ての教え子に、内心で苦笑する。
 簡潔かつ速やかに。
 目標を達成するための指針として、自らが嘗て彼女に教えた数々の、その一つだ。
 美奈子を巻き込んだ事はマイナスだが、それ以外はかねがね及第点を上げられる。
 自分の性格ならウィル子達を先に行かせるだろうし、無関係の人間を巻き込む事も良しとしない。
 更に今現在の自分は二度目に比べて大いに弱体化している。
 あちらは少し自分を周囲と分断するだけで、殆ど目的を達成した事になるのだ。
 強いて言えば、何故このタイミングを選んだ理由だが………これは彼女の背中から迸るプレッシャーが語っている。

 「何故この時を?」
 「昨日、魔殺商会からの帰りに。」

 ズバリ、嫉妬である。
 昨日ひでおがトラウマを抉られてうっかり錯乱した時、ウィル子は気付けのためとは言え、熱いベーゼをかました。
 そりゃもうブチューっと。
 その事が彼女達の逆鱗を無理矢理引き千切らせたのだ。
 あの時、ひでおは自分から死刑執行所に楷書でサインし、誰に言われるでもなく遺書&遺言をしたため、自分から十三階段を登り、自分から飛び降りたに等しいのだ。
 
 「貰います。」
 その輝く魂を。

 まるで死神の宣告の様に告げると、マリア・プレスティージは愛用の神器を片手に一歩踏み出した。






 「ますたあぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

 森の中に落ちたひでおとの「繋がり」から感じるのは、危機と焦燥。
 明らかに窮地にある。
 しかし、それが解っているというのに手が出せない。

 「やめなさい新入り!あんたが行った所で足手纏いよ!」
 「エリーゼ止めないでほしいのですよ!」
 「ヒデオはあんたに走れって言ったんでしょ!なら、あんたはこんな所でうだうだ言ってないで走りなさい!!」
 「でもこうしてる内にますたーは!」
 「あぁもう!!」
 「げふぅっ!?」

 ずごん!
エリーゼはウィル子をMNK―Eの中へと蹴り込んだ。

 「あいつと婦警は私が面倒見るからあんたはレースに戻りなさい!ひでおが無事でもあんたがレースで負けてちゃ世話ないでしょうが!」
 「うぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!……エリーゼ、ますたーを頼んだのですよー!」

 そしてMNK―Eは林道を走り去っていった。
 
 「…ったく、どいつもこいつも赤の他人を信用し過ぎだっつーの。」

 それでも客や従業員の信頼を裏切るのは商人として失格だし、聖銀の精霊としての信頼を裏切るのはもっとダメだ。
 道路から森の中、戦場の匂いがする場所へ目を向ける。
 恐らくひでおの相手は大会のルールなぞ知ったこっちゃないという輩なのだろう。
 濃密な負の想念がこちらにまで届いてくる事からエリーゼはそう判断する。
 これ程の密度は紛争地帯、それも以前潜り抜けたカムダニアのそれに匹敵する。

 「死んでんじゃないわよヒデオ!!」

 しかし、ミスリル銀の精霊たる者が、邪悪を前にして引き下がる訳が無い。
 神になる。
ただそれだけを胸にここまで歩いてきた彼女にとって、助けられる命を助けないのは堕落でしかない。
 
 こうしてエリーゼ・ミスリライトは戦場へ足を踏み入れた。












[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十五話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/19 21:25
 それいけぼくらのまがんおう! 第15話
 「ドキ☆ 暴力だらけの聖魔グランプリ完結編!」




 たった一歩、されど一歩。

 筋繊維一本に至るまでの身体能力強化、慣性制御、風属性の魔法による速度強化、、脳内分泌物操作その他多数。
 それらを8から12まで増えた並列思考によって戦闘という極限状態にありながら、臨機応変に制御していく。
 しかし、それらの魔法を全て行使するだけの魔力を、人間が持てる訳が無い。
 そのため外部から供給する形を取る。
 供給元はマリー、否、マリーチと言うべきだろう。
 堕ちたとはいえ、元は聖四天の一角。
その26次元の魔導力はたかが一個人では絶対に使い切る事のできない絶対的な量を持つ。
 それを彼女達の契約を回線に、神聖具現改(Ver21,3)を変換器にしてマリアの身体へ必要な分だけ注ぎ続ける。
 最早嘗ての様に再充填の隙も無く、人間故の身体の脆弱性も無い。
 

 だからこそ、たったの一歩で彼女は30mの距離を踏破した。


 「ッ!」

 呼吸を整え切る間も無い。
 ひでおにできたのは後先考えずに美奈子を突き飛ばし、その反作用で自分は逆方向へと走るだけだ。
 勿論跳ぶ事もできるが、宙に浮けば人は動けない。
 ひでおが跳んだ瞬間、数秒以内に「詰み」となるのは明白だ。
 しかしマリアは神器を振るう先にひでおがいないと解っているにも関わらず、攻撃を続行する。

 瞬間、地が爆ぜた。

 森林の腐葉土であるためか、瓦礫や粉塵が巻き上げられる事は無かったものの、その余波だけでひでおは十数mを吹き飛ばされ、不様に地に叩きつけられた。

 「ご、ガはッ!?」

 それでも動きを止める事はしない。
 一秒にも満たない時間だけ意識が飛ぶ。
 しかし、相手にとってはその刹那で十分なのだ。
 空かさず来た追撃にひでおは再度回避を選択する。
 というよりも、回避するしかないのだ。

 相手は2000年に及ぶ技術の蓄積と発展、それと同じだけの戦乱の歴史から導き出された対アウター級兵装の一つの完成形とでも言うべき代物。
 常識の範囲内の身体能力しか持たないひでおには、ひたすらに回避に専念し、相手が隙を見せた瞬間を狙うしか勝機は無い。
 無いのだが、それは正直に言って無理だろう、ともひでおは考えていた。
 相手は己の唯一と言っていい弟子にして後継者でもある。
 今や人間としての枷すら無くした彼女は、人間になった自分では勝てやしない。
 それでもウィル子にああ言った手前、ここで諦める訳にはいかない。

 「、ぎッ!」

 片腕だけで側転、その先にある木を蹴って方向転換する。
 直後、神器が叩きつけられる前に打圧で木が爆砕、破片が飛び散る。
 
 無理な挙動は既に身体に無視できない負担を貯めている。
 今は呼吸を止め、反射神経と並列思考による予測頼りに可能な限り高速を保っているが、それも後数十秒で尽きる。

 「っ」

 最早呼気も出ない。
 全力回避を続けたため、消費する酸素量が多すぎだ。
 もって後数秒という所だろうか?

 「ガハァッ!!」
 「ヒデオさん!?」

 森にひでおの苦痛の呻きと美奈子の悲痛な叫びが響く。
 まずい。
 神器ではなく、左腕で喉を掴まれた。
 そのまま釣り上げられ、木の幹に叩きつけられる。
 肺の中の空気が完全に押し出され、如何なる動きも大幅に精彩を無くす。

 「く、この!」
 『待つでござる美奈子殿!』
 「止めないで岡丸!」
 『あの女人、見た目通りのモノではござらん!今の美奈子殿では足手纏いにしかならんでござる!』
 「うぅぅぅ…!」

 足首を捻って動けない美奈子では、戦力にならない。
 彼女自身もそれが解っているからこそ、岡丸の言葉に従うのだ。

 (我ながら…なんて、無茶…。)

 最初から、解っている事だ。
 二度目の姿なら兎も角、今の彼女には勝てない事くらい
 最初から、解っていた事だ。
 だから


 (頼むぞ、女神様。)
 「言われるまでもないわ。」


 直後、女神は人の祈りに応えた。
 降り来るのは聖銀の武具の雨。
 破邪の属性を持つミスリル銀で作られたそれは、狙撃銃の如く正確さでマリアへと殺到した。






 「ますたぁ……。」

 思うのは己の相棒の安否。
 今も「つながり」から感じるのは危機感と焦燥だけで、ウィル子はひでおの事で頭がいっぱいになりそうだった。
 しかし、今はそうは言ってられない。
 
 『オレを殺すつもりで走れ』

 あの無表情のくせして傷つきやすくて、トラウマ持ちで、隠れニコポで、謎多過ぎで、場数踏んでて、それでいて優しい相棒は確かに自分にそう言った。
 自分の事は何とかするから、お前はゴールに着くまで全力を尽くせと。
 先程からアクセルをガンガン踏んでいる。
 コースアウトこそいないものの、歩道には何度も上がっている。
 車体の側面は既に擦り傷だらけで、ドアにも凹みが見られる。
 そこまでやっても

 (追い付けないッ!)

 ギリリ、と奥歯を食いしばる。
 雨はいよいよ本降りで、他の選手もかなりの低速走行を強いられている筈だ。
 ルートマップから他の選手達が辿るであろう最短ルートを算出、これまでに見てきた他選手の走行パターンから彼らの位置を予測、彼我を測距する。
 明らかに、こちらが負ける。
 ルート検索、条件に一致せず!
 ルート検索、条件に一致せず!
 一致せず! 一致せず!
 ………エラー! エラー!
 この私が、電子の神が、下らないエラーを繰り返す!!

 自分は何をやっているのだ?
 ひでおが、あの相棒がいてくれれば、こんな事態はすぐにでも打開してくれる。
 だが、今は自分だけ。
 彼は、走れと言った。殺す気で走れと。
 必ず後から追い付き、ゴールするからと。
 それは自分が他の誰もを追い抜き、1位でゴールすると信じているからだ!

 「データ、もっとデータを!」

 電子の網をもっと遠くへ、より遠くへ伸ばす。
 普段なら見向きもしないような屑データから何から判断せずに兎に角捕え、自分だからこそできる超高速で閲覧していく。
 そして、見つけた。

 「来たあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 それは地図でも何でもない。
 この都市が開発される際に多くの建築会社で保管していた各種設計図や間取り図。
 それこそ一軒家から雑居ビル、大型デパートから高層ビルまで。
 この都市全ての建築物の詳細な図面だった。
 その全てを掻っ攫い、飲み込み、消化。
ルートマップと重ね合わせ、たった一本の最短ルートを算出する!
 予測、コンマ0,1秒遅れながら第4チェックポイントで長谷部翔希に追い付ける!

 「Will,CO21は全力稼働!」

 MNK―Eを制御する全ての機器・機構・システムに電子の手を伸ばし、掌握する。

 「レブリミッター解除!ブーストリミッター解除!点火タイミング書き換え!電源プログラム書き換え!自動ブレーキプログラム書き換え!燃料噴射マップ書き換え!ミスファイアリングシステム挿入、即時移行……!」
 
 一瞬、エンジンが燻り、加速が緩まる。

 「行ぃっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!」
 
 CPUチェーンに限るなら、世界の如何なるメーカー・チューナー・ワーカーでも到達し得ない正に電子の神だからこそなせる究極のプログラミング。
 それにより学術都市製カーテクノロジーの一つの完成形であるSCP82型は完全にその性能を引き出され、鬼神の如き咆哮を上げ始めた。
 コーナーももう容赦しない。
 ブレーキは既に雨で十全に冷却され、ABS・AYC・ACDの制御の全てのリソースを振り分ける。

 ドパパパン!パパン!パパパパパン!

 アクセルを抜いた瞬間に、赤と青の斑な爆炎が吹き上がる。
 ブーストメーターは振り切ったきり帰ってこない。
 そうしてコーナーを脱し、アクセルを踏んだ瞬間にはフルブーストで6輪が路面を噛み締める。
 それでもなお収まらず、6駆と装甲表面の微細な凹凸により発生するダウンフォースをしても蛇行しかけながら、急速に先頭集団との距離を縮めていく。
 しかし、このまま道路を走っていっても追い付けない。
 だから、別の道を行く。
 アクセルを踏みながら、道路沿いにあった大型デパート内へ吶喊する。

 グワッシャン!
店頭のガラスを一発で粉砕しつつ陳列棚の間から裏の倉庫まで一瞬の内に貫徹する。

 「らぁッ!」

 ガシャァン!
 更にアクセルを踏み、今度はフェンスを破って雑居ビルの駐車場を通り抜ける。

 「しゃぁッ!」

 ズガシャァン!
 またもアクセルを踏み込み、またフェンスを破って次は都市内を走る電車の線路の上を駆け抜ける。

 そう、最早車道というコースにすら縛られない。
 都市内の全てを俯瞰できる電子の『目』を持つウィル子だからこそできる、本当の最短ルートを全速で駆け抜ける荒業。
 最早子供が路地裏や近所の庭先を通過していくのとは比べ物にならない暴挙であるが、今の彼女にはそんなもの眼中にない。
 そして市街地を爆走してから漸く通常のコースへと復帰する。
先ずはリュータと貴瀬の2人!

『ウィル子!?ヒデオはどうした!?』
『ん、ヒデオは…!?』
「邪魔ぁぁぁああああああああああああッ!!!」
『『ッ!?』』

 一瞬でぶち抜いた。
 今なら先程の美奈子の気持ちが解る。
 誰に止められるというのか!
否! 誰にも止めさせてたまるか、この自分を!
 次のコーナーを外側の歩道から反対車線に入り、そのまま内側の塀にドアミラーをふっ飛ばし、再び外側の歩道へと乗り上げる。
 先程、嫌という程見せつけられた美奈子の走り方の模倣。
 利用できるコース幅を最大限利用する。
 スピードという最大最強の武器を、微塵も殺さず走り続ける!

 『速ぇッ!!何だってんだあいつ、人が変わったみてぇに……くそ、追い付けねぇ!』
 『無理をするなリュータ!この雨の中を6駆に追い付こうというのが無理な話だ!事故った貴様の巻き添えを食うつもりはごめんだぞ!』
 『へッ!そんな忠告聞くくれぇなら、こんな無茶なレース端から出ちゃいねぇよ!』
 『…クッククク!そうか、それももっともだ!!』

 そんな事を言い合いながらも2人はウィル子に追い付かんとベースアップ。
 必死に喰いつき続けながら、それでも互いから目を離す事もしない。

 『あぁもう、まぁた御主人様ムキになっちゃって……。どうして男の子ってこう、誰が強いとか速いとかに拘るんだろ?そう思わない、エルシアさん?』
 『そうね。でも嫌いじゃないわ、こういう熱。』

 ぐだぐだうるさい。
 しかし今は無線に手を伸ばす事すら煩わしい。

 長い直線、その先には最大のロスポイントであるエリーゼ興業本社前T字路。
 しかもそこでは現在魔殺商会の全身タイツ部隊と私兵部隊が凌ぎを削り合っている。
 いくら最新の対弾・対刃・対熱・対電装甲を採用しているMNK-Eであっても、あの中を潜り抜けるのは危険だ。

 「だから……ッ!!」
 だから何だ

 ウィル子はアクセルを底付きさせたまま動かさない。
 一切の減速をせず、車速は時速200kmを突破し、なお上がり続ける。
 そこから更にギアを上げ、踏み抜く勢いでアクセルを踏み込む。

 「轢きッ殺すぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!!」
 ≪≪≪ッ!!!!≫≫≫
 
 ウィル子の罵声を聞いた人間が、総じて絶句した。

 そうとも、邪魔をするなら殺してやる!
 だってひでおは、今まさに命の危機に瀕しているのだ。
 そんな状況下で、気にせず自分を殺せと言ったのだ。
 そして自分はそんな時にこれ程のパワーを使い続け、彼を殺そうとしているのだ。
 それでもなお走り続けろと! 自分の方が遥かに危険な状況で言ったのだ!
自分はこの世界に生まれ出てたった一人の相棒を、こんなウイルスが世界でただ一人信じられる相手を、今自分で殺そうとしているというのに…!
 ならばそれ以外の何千何万という有象無象を殺した所で何の問題があるものか!!

 「おおぉらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!!」

 パッシングもクラクションも無く、ただ眼前へと吶喊する。
 小口径弾がボンネットやフロントガラスの上を跳ねまわり、何発からはタイヤに命中したが、ネジ一本に至るまで総学術都市製である元軍用車両であるMNK―Eには効きやしない。
 時速250km加速した2トンの鉄塊、しかも特殊装甲で覆われているとくれば、鉛玉程度では相手にならない。
 異常を察した私兵部隊と全身タイツ部隊は命の危機を前に銃を投げ出し、鉄塊の前から跳び除ける。

 『行ったぜおい!なんて奴だ!』
 『クククッ、成る程ショートカットしてきた訳か!?面白い!リュータ、引き返すなら今の内だぞ!』
 『ほざくんじゃねぇ!!』

 ウィル子は以前のクラリカよろしくゲートを粉砕しながら突破。
 リュータと貴瀬もそれに続く。
 ウィル子はスピードを落とさず、最小限の軌道変更で工場内に突入。
 ルートマップを建屋設計図に切り替え、機材の配置を障害物として最短ルートを算出する。
 それは先程の雨の中を進むよりも簡単で、引かれた導線を上から俯瞰しているようなもの。
 工場区画を突破、ノーブレーキで今度は倉庫街へ突入。
 殆ど直線だが、資材に挟まれ乱気流に車体が揺さぶられる程の細道。
 それを絶妙なテクニックで彗星の様に駆け抜ける。
 警備の者が飛び出す暇もない。
 エリーゼ興業本社を抜け、そのまま次の工場の敷地へ。倉庫へ。また社内へ。
 地図を見るだけでは決して見えない建物内の隙間を潜り抜ける様に、真の最短ルートを疾駆、疾走、走破する!
 そして遂に公道へ舞い戻る。
 折しも正面からは長谷部翔希とあの女の乗る白い車が、自分はその正反対から交差点へと進入し、軌道を三叉の様に交差させつつ全員が同方向へと切り返す。
 第4チェックポイントを通過、1位マリー、2位長谷部翔希、3位ウィル子と並ぶ。
 そのタイム差、コンマ5秒!

 『追い付いたって言うのか!!あの状況から!?』
 『あら、意外と早かったのね。』
 「絶対負けない……ッ!」
 『ヒデオはどうした!乗ってないのか!?』
 「絶対に、負けられない……ッ!!」

 翔希の言葉に聞き耳を持たず、ウィル子はただゴールへ向かってアクセルを踏み込む。
 回路が焼き切れそうな程強く、勝利への渇望が電脳の中で荒れ狂う。
 ゴールが見えた。
 バックストレートとも言える長い直線。工業区から中央区へ入り、そして広場へ抜ける大通り。
 風防内に身を伏せた勝機もアクセルは開け切ったまま。
 後方からは400馬力を誇るリュータのSL600が。
 更に後方からは500馬力オーバーと正にディアブロの名に相応しきモンスターマシン、ランボルキーニが追い上げて来る。
 
 「負けないッ!!」

 ウィル子もまた燃料噴射・点火時期を再変更、最高出力発生回転数をレッドゾーン上に設定し、エンジンに絶叫を上げさせ続ける。
 そして僅かずつだが追い上げていく。

 『ッくしょぉぉ…!』

 ダウンフォースが稼げず、絶対的に馬力の足りない単車。
 こちらを横目にした翔希が呻き声を上げる。
 現在、時速260km超過。
 貴瀬とリュータの方もそれでもまだ加速し続ける速度域だが、未だこちらの方が数mの差で勝る。
 しかし、ここまでやっても

 (足りない!)

 そう、まだ頭一つ分、先頭を行くBW-Ⅱに追い付けない。
 否、今また離されようとしている。
 同じ学術都市製で、同時期に別の理念で設計されたこの2台。
 小回りこそMNK―Eが上だが、直線における加速力はBW-Ⅱが上を行く。
 
 (もっともっと速く!)

 検索!検索!検索!エラー!エラー!エラー!
 検索!検索!検索!エラー!エラー!エラー!
 検索!検索!検索!エラー!エラー!エラー!
 無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無いッ!!
 電子の網を手繰り、あらゆる情報を得て、あらゆる手段を算出する。
 しかし、それでもまだ足りない。
 刹那の内にこの状況を覆すには至らない!
 
 (どうすれば!?)
 
 不意に、ウィル子は今まで『視ていなかったもの』を見た。




 (さぁ、どうするのかしら?)

 楽しそうにマリーは刹那の時間の中でウィル子を眺めていた。
 あの『彼』が入れ込んでいる電子の精霊。
 自分からすれば赤子にも等しい存在が、今この刹那の内に一皮むけようとしているのを彼女はその目で視ていた。
 そして、この都市内でただ一人、彼女はその詳細を一部始終に渡って視たのだ。

 (へぇ……!)

 

 
 (え?)

 それは見た事も無い図式だった。
 見た事も無い理論なのに、ウィル子は確かにそれが何に用いられるものなのかを把握できていた。

 (これは……)

 解る。
 これは、あの人の記憶の一欠片なのだ。

 (使え、と。そう言う事なのですね!)

 だから、ウィル子はそれを使った。




 瞬間、先頭集団を注視していた者達は確かに見た。
 MNK―Eの装甲表面が淡く発光したのを。
 その光は魔術文字の形を取ると、車体全体に波及し、飲み込むかのように広がる。
 その直後、MNK―Eはまるで「ロケットブースターを使用した」かの如く、気流を後方へ吐き出し、更に前へ進んだ。
 そう、先頭を行くBW-Ⅱよりも僅かに、だが確かに前へと!


 ≪ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオルッ―――!!!≫


 会場内の全スピーカーから大音響で響き渡るレナの声。
 そして振りかざされるチェッカーフラッグに、先頭集団の全車が正気に戻ったようにフルブレーキング。
 ウィル子が全力以上を出させたMNK-Eのタービンがブローしたのは直後こと、大量の白煙を排気管から吐き出している。
 他にもABS・AYC・ACD全てがガタガタになっており、最早廃車か総取り換えでもしない限り使えないだろう。

 『こ、これは凄い!何と言う事でしょうか!ゴール前コンマ4秒でヒデオ&ウィル子のMNK―Eがブースターでも使ったかの様に加速!優勝!これでヒデオ選手がゴールすれば優勝はヒデオ&ウィル子チームです!なお、他4台は殆ど同着であるため、写真判定となります!果たして真の優勝者は誰だーー!!』

 興奮し、捲し立てる様に解説するレナの声を聞きながら

 「うはぁ~~……よく走ったのですよ~~…。」

 ウィル子は焦げくさくなった車内で、ゆっくりとシートに身を沈めた。
 
走り切った。
 使い得る全てを使いつくし、相棒の知恵と力を借りてまで走り切った。
 ならば万が一負けたとしても、あの温厚で優しくて誠実で鈍くてミステリアスで女垂らしでちょっとずれてる相棒なら……きっと笑って許してくれるだろう。

 今はもう、なすべき事は無い。

 ウィル子はそれまでそれまで共に走り続けた束の間の愛機との全ての回路を遮断、休止状態へ移行した。










[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十六話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/24 12:25
 それいけぼくらのまがんおう第16話
 「決戦!教師と生徒」

 

 100%混じりっ気なしのミスリル銀を使用した装備は、当然の事ながら少ない。
 
 神殿教団の正規装備でもミスリル銀を用いているのは司教クラスの法衣の刺繍からであり、それ以下の者達は基本的に聖別した鎧や剣に魔導皮膜や術式を刻む程度だ。
 純ミスリル銀を使用するにはそれこそ教皇・法王・枢機卿・大司教などの一角の人物しか許されていない。
 そもそも、幾ら巨大組織である神殿教団でもそんなべらぼうなコストが必要なものは滅多に配備しない。
 一応、二度目の世界におけるイスカリオテ機関では対吸血鬼・悪魔部隊に純ミスリル製装備が常備されているが、それとてかの組織の極一部、少数配備でしかない。
 それも、とある精霊の協力あっての事だ。

 その名はエリーゼ・ミスリライト
 ご存知、ミスリル銀の精霊である。

 ことミスリル銀の精錬・産出・加工技術ではエリーゼ興業が世界トップクラスに常に君臨しているのは、やはり彼女の存在が大きい。
 彼女の能力はミスリル銀の召喚と操作。
これは魔導力と信仰が続く限り行使可能なため、生産・武力チート両方が楽しめる素敵仕様だ。
 その能力と優秀さ、カリスマから部下達からは女神とも呼ばれている。
 事実、神霊と言っても過言ではない程の実力を持っているため、今大会の優勝候補の1人として注目されている。

 そんな彼女が、ガチで戦闘すればどうなるだろうか?

 イスカリオテ機関式の戦力評価なら、最低でも準アウター級。
 相手のアウターとの相性にもよるが、例えば炎鬼やリッチといった魔に属する者ならほぼ同等と言ってもいい。
 逆にマリーチやワルキューレといった天に属する者の場合、どうしても素の能力で相対するため、アウター達よりも若い彼女では不利とも言える。

 では、同じ準アウター級との戦闘ならどうか?

 それはこれから解る事だろう。






 降り注ぐ聖銀の槍への対処は、簡単だった。
 簡単だったが、それが狙ったものが問題だった。

 (全部、ヒデオに!?)

 取られるのは嫌だ。
 奪われるのは嫌だ。
 無くすのは嫌だ。
 親を目の前で亡くし、育ての親にして師を、自分の過失で失った。
 何処にいるの? もう一度会いたい。 会って、もう二度と離れたくない。
 願いはただそれだけだ。
 ただそれだけのために幾星霜と世界を回った。
 回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って 回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って 回って回って回って回って回って回って回って回って回って回って
 漸く、漸く見つけた。
 なのに、あの人は脆弱な身になり、別の誰かを傍らに置いていた。
 許せない。
 だから、今度は私が奪う。
 誰にも奪われないようにその命を奪い、別の命を与え、庇護する。
 こうしてあの人を傷つけているのも、そのために過ぎない。
 こんな脆い器じゃなく、もっと頑丈な器に移して、私の元に。
 でも、他の誰かに殺させるのは、絶対に嫌。
 邪魔をするなら、誰であっても許さない。
 
 一薙ぎで、聖銀の槍は蹴散らされる。
 同時に、既に上空のエリーゼは第二波を放っている。

 「■■■。」

 それを身のこなしだけで回避し、お返しとばかりにその場から動かずに魔法で反撃する。
 超高速詠唱を実現する圧縮詠唱。
 未だこの世界では研究段階のそれだが、既に私にとっては既知の技術だ。
 
 「ちっ!人間業じゃないわね。」

 そうとも、何を今更言うのだろう。
 
 「あなただって、人間じゃないでしょう?」

 この都市で異種族は珍しくない。
 こんな事を思いつくなんて、やはり鈴蘭さんは優れている、という事だろうか。
 そんな感心を余所に、死闘を続け
 
 ようとした所で、左手に違和感を感じた。
 見れば、マリアの左手にひでおが手を添える様に触れている。

 「何を」

 この程度、騒ぐまでも無い。
 無いが、この元先生は何をやらかすか解らない。
 取り敢えず眠らせて、今は眼前のエリーゼに集中すべき。
 そう判断し、マリアが圧縮詠唱を唱え始めるまで実に0,07秒。

 だが、その判断はやや遅かった。

 「え?」

 左手に上手く力が入らない。
 しかも単純な筋力の話ではなく、「本当に力が入らない」。
 まるで風船に小さな穴が空いているかのように、しっかりと力を入れる事ができなくなっている。

 「ッ、この!」

 右手に持った神器での打撃も、既に左腕から逃げたあの人には届かない。

 「やってくれましたね…ッ!」
 「はん、この程度でピーピー騒いでんじゃないわよ!」
 「コホ、コホッ。」

 咳こむひでおは威嚇し合う2人を見てゲンナリしているが、そんなものはこの漢女どもには毛ほどの価値も無い。

 「気孔だけではありませんね?…道教の、魂魄ですか?」
 「解説はしない。」
 「でしょうね。」

 この場合の気孔とは体内の力の流れの結節点を指す。
 魔力・気・霊力その他はどれも体内を循環し、常に流れている。
 その結節点に何らかの刺激を与えれば、その流れに影響を与える事ができる。
 主に東洋医学からイスカリオテ機関がこれまた医療用に発展させたものだ。
 だが、上手く使えばこうして相手の力を乱れさせる事もできる。
 …ちなみにこれ、元々は毎日デスマーチのイスカリオテ文官組の「少しでも疲労軽減を!」という切実な願いの元に開始された各種医療開発によって生み出された技術だったりする。

 「気をつけろ。あの十字架は元々人間のままでアウターとやり合う事を前提にした武器だ。直撃を受けたら君とてただでは済まない。」
 「また厄介なもんを…。貸し1って事で良いわね?」
 
 共闘するにも、この2人は全く齟齬というものがない。
 何せひでおはエリーゼの手の内は全て知っているし、エリーゼも会社に多くの利益を齎しているひでおを見放すつもりは無い。

 「…良いですよ。お二人がその気なら、私は2人とも相手にするだけですから。」

 そして、仕切り直しと言う様に、マリアはまた一歩踏み込んだ。






 「えぇ!?マリアさんが攻撃してきた!?」

 聖魔杯ゴール地点。
 そこではゴールした先頭集団がウィル子の話を聞いていた。

 「はい、どうやらますたーとは以前因縁があるらしくって。恐らくそれが原因かと。」
 「…で、どうなんだ、そこのあんたは?」

 リュータが一向に沈黙したままのマリーに鋭い視線と共に告げる。
 
 「クスクス♪…さぁ、どうかしら?」
 「ちょっと、マリーチさん!」
 「ノンノン、魔法少女マリーちゃん☆」

 鈴蘭が詰め寄るが、ちっちっちっと指を振るマリーは面白そうに告げた。

 「あの子はずっと我慢してきたわ。それが今回弾けちゃっただけよ。たーくん、貴方なら解るんじゃないかしら?」
 「何?」

 事態の推移に頭を痛めていた貴瀬だが、自分の名が出た事に疑問符を上げる。

 「あの子はヒデオに会いたいって一念だけでここまで来たの。所がまぁ、会いたかった本人はすっかり平和ボケしてるわ女の子侍らせてるわでプッツンしちゃったんでしょうねぇ。」
 「それが何故オレに繋がるのだ?」

 ますます訳が解らん、と頭を悩ませる貴瀬に、マリーちゃんはそれはもう良い笑顔で告げた。
 
 「あなた、堕ちたみーこを殺せる?」
 「…ッ!」

 貴瀬はその余りの内容に絶句した。

 「あなたが殺したがってたみーこが何も知らないただの女性になってたら、貴方はそれを殺して満足できる?」

 要はそう言う事なのだ。
 幾星霜と世界を渡って求めた相手が自分よりも弱く儚い存在となり、(これが最も重大なのだが)傍らに自分以外の女性を侍らせていたのだ。
 しかも、その女性と先日キス、ベーゼ、接吻まで致したのだ。
 これで恋する乙女が怒らないであろうか?
 否!! 十中八九ブチ切れる事だろう。
 
 「…あー、つまり痴情の縺れか?」
 「まぁ端的に言えばそうね。」

 いきなり深刻となった雰囲気が、翔希の一言によってどっかにすっ飛んで行った。

 「えーと、つまり事態はヒデオ君の男としての甲斐性にかかってるって事?」
 「ぶっちゃければ。」

 ぶっちゃけ過ぎであった。
 そこまで来て飽きたのか、関心が薄れたのか、エルシアが歩き出した。
 
 「何処行くんだエルシア?」
 「ここだと濡れるもの。」

 そう言ってフードを被ったまま建物内へと向かう。

 「取り敢えず、私達も控室に行こう。このままじゃ風邪ひいちゃうし。」
 「そうだな。ヒデオはもうちょっと掛かりそうだし、オレも中で待つ。ウィル子はどうする?」
 
 未だに車から降りずにぽやーっとしているウィル子に、翔希が問うた。

 「だいじょーぶなのですー。ますたーは直ぐに帰ってくるのですよー。」
 「私ももう少し待たせてもらうわ。」

 そう言って、2人だけが一先ずその場に残った。

 「で、どう思う?」
 「ますたーなら毎度の如く妙ちくりんな手段でどうにかしてしまうのですよー。」
 「目に見える様だわー。」

 少しくらい心配してやれよ。
 そう突っ込む者は残念ながらここには居なかった。





 
 仕切り直し、再び放たれた一撃は、しかし、先程の速さも風圧も威力も無かった。
 それでも常人なら一撃でミンチとなるそれは、ひでおは勿論エリーゼにとっても直撃すれば危ないだろう。
 その突進に対し、エリーゼは多量の小刀やナイフ、手裏剣などの投擲で応えた。
 その数、実に30以上。
 だが、マリアは一切の減速を行わず

 「っ!」

 真っ直ぐ刃の群れへと突っ込んだ。
 
 (ミスリル銀は厄介ですが、それだけです!)
 
 以前、訓練で行われた誘導魔法を付加した対戦車ライフルの飽和射撃に比べれば、何と言う事は無い。
 速度も視認可能、誘導性は無し、貫通性はあるが威力は低い。
 
 「はぁっ!!」

 神聖具現改を下から掬い上げると同時、術式を発動、局所的な豪風が下から上に吹き荒れ、刃群の機動が乱れ、道が開く。
その間を先程の掬い上げを予備動作として神聖具現改を肩へと担ぎ、更なる加速と共に突き進む。

 そこでひでおが前に出た。
 
 「っ」

 既にウィル子への供給は停止し、身体は十全に動く。
 並列思考も既に6個が最大処理速度を以て稼働中だ。

 ひでおは慌てず騒がず呼び出した神器「狂い無き天秤」を発動、先ずは放たれる風圧を消した。
 身体のすぐ横を神聖具現改が振り降ろされるが、それが周辺の大気を引き裂いた事で発生する筈の風は今は無い。
 
 「っ!」

 振り下ろされた神聖具現改が地面に着弾、先程の様に森の腐葉土が衝撃と共に巻き上げられる。
 だが、それは先程の仕切り直し前に比べて一見派手だが明らかに勢いと量に劣り、ひでおでも何とか戦闘を続行できる程度だった。
 当然だ。先程は両手で扱ったが、今は片腕しかまともに使えない。
 速さなら兎も角、膂力に関して言えば両手持ちよりも片手持ちの方が劣っている。
 
 「シッ!」
 「っ」

 ヒデオから見て神聖具現改の右から懐に飛び込み様、呼気と共に放たれる顔面狙いの貫手。
 だがそれは顔を反らせる事で簡単に回避される。

 「甘い。」

 勿論、それは織り込み済みだった。
 貫手を途中で人差し指だけ伸ばす形にして、左方向に急速に身を回す。
今度は側頭部、『耳』を標的に手を横向きにする様に突く。
 
人の耳は勿論の事ながら急所である。
 外耳道を通り過ぎれば直ぐ鼓膜があり、更に先には重要な器官が多く存在する。
 特に三半規管は身体のバランスを司るため、破壊されれば戦闘能力は殆ど喪失してしまうと言っていい。
 
 「らぁッ!」
 「ぬッ!」

 だが、マリアもそんな事はとっくに解っている。
 耳を狙うとなれば、貫手となった右手は殆ど真っ直ぐ伸ばす事となる。
 ある程度間接をたわめて何時でも動かせるようにしているが、その分、身体はどうしても近づく必要が出て来る。
 だから、マリアは思いっきり眼前のひでおに頭突きを喰らわせた。

 「っ、か!」

 堪らないのはひでおだ。
 咄嗟に首を後ろに引いて衝撃をある程度殺したは良いものの、それでも身体強化と小型障壁を展開した状態での頭突きである。痛くない訳が無い。
 特に額は血が出やすい。直ぐに視界を塞ぐようになるし、頭への打撃で脳が揺さぶられる事もある。
 そのまま反動を生かして後方に宙返り、スタンと見事に着地する。
 無論、マリアはその隙を突こうと接近するが、今度はエリーゼの刃群が降り注ぎ、後退せざるを得なかった。
 
 ((埒があかない。))

 元師弟2人の思考は、こうした戦術・戦力面ではとてもよく似ている。
 これは経済・政治面でも同じであり、彼女を教育した当時、えるしおんが自身の後釜として育てた事によるものだ。
一部ではえるしおん以上に柔軟な面を持つのはマリアという女性だが、えるしおんはそういった点を経験で補っているため、早々簡単に裏をかく事は出来ない。
 
 (次で終わるわね。)

 エリーゼは両者の空気が変わった事を悟った。
 マリアはこれ以上時間を長引かせればエリーゼ以上に厄介な聖魔王一派が来るかもしれない。
ひでおはウィル子のためにもさっさとこの場を切り上げてしまいたい。
そう予想するエリーゼもさっさとゴールしてしまいたい。
そんな考え事をしていたためか、エリーゼは次の瞬間に対応するまで刹那の時間を必要としてしまった。

 
 すっと吹いた湿った風により、木から一枚の木の葉が散った。
 それがマリアとひでおの中間地点に落ちた時、両者は踏み込んだ。


 マリアの先程同様に砲弾の如き速度での踏み込みに対し、ひでおのそれはまるで友人に歩み寄るような足取りであり、明らかに戦闘を目的としたものではない。
 それでも、マリアは全速でひでおへと接近する。
 「まるで焦っている」かの様に、彼女は行く。

 ひでおは、そんな元弟子を見て笑っていた。
 笑いながら、彼は「左の貫手を自分の首に向けていた」。

 「はあぁぁぁっ!?!」

 エリーゼが絶叫するのを余所に、マリアは焦りを隠さずにひでおに近づき、その左手を封じにかかた。
 無論、高速移動からそんな行動に移れば、必然的に慣性の法則でその勢いのまま進んで行く訳で

 ひでおとマリアは勢いよく森の木々の合間へとすっ飛んで行くのだった。






 「何やってんですか、あなたはッ!!」

 パシンッ!と乾いた音が湿った森に響く。
 マリアがひでおの頬を張った音だ。
 
 「あなたは、あなたはウィル子ちゃんとの約束も放って、マリーチの事も放り捨てるつもりで、一体…ッ!!」
 「…漸く、以前の顔になったな。」

 そう言ったひでおの顔は、笑みを作っていた。
 気付いた瞬間、マリアは自分の頬に血が集まるのを自覚した。

 (嵌められたっ!)

 恩師であり、育ての親であり、尊敬する先輩であり、想い人であるこの男は、自分をこうやって嵌めるためだけに自分の首を貫手で貫こうとしたのだ!
 
 (なんて出鱈目!)

 否、「必要とあれば」自分すら謀略の中に組み込んでしまうのは、以前から知っていた。
 知っていたが、実際にされた事は無かったため、すっかり失念していたのだ。
 無理もない。
 彼女が生まれ、えるしおんの元で師事していた時代は1990年代。
 えるしおんが、イスカリオテ機関そのものが壊滅的打撃を受ける様な攻勢に晒される機会は歴史上2回だけであり、直接目にした事は皆無だった。

 一度目はかの悪名高い十字軍遠征である。
 虐殺されそうになった民間人と少数種族を避難させるために実働部隊の6割近くを使ってゲリラ・避難活動を行い、多大な被害を受けつつも何とか任務を全うした。
 二度目は第二次世界大戦。
 人類史上最悪の大戦をイスカリオテ機関はその全力で止めようとした。
 しかし、ナチスドイツを傀儡として動く九尾の狐と銃の精霊の各種工作により実働部隊はその2割が壊滅、その活動を大きく阻害され、結果としてアメリカの原爆投下を許してしまった。
 この二度の騒ぎで、えるしおんは陣頭指揮を行い、アウター級・準アウター級とも交戦し、重傷を負っていた。
 この記録はマリアも知る所だが、しかし、記録だけでは実感は伴わないのは当たり前の事だった。
 ましてやそれが優秀かつ尊敬できる師なのだから、何処かで何かの間違いだと思っていたのだ。

 「な、何を言ってるんですか!それよりもですね、元十字教の聖職者ともあろう者が自害なんて…!」
 「解った。解ったから上から降りてくれ。」
 
 気付けば、興奮してマリアはひでおを押し倒して馬乗りの体勢となっていた。
 
 「わ、わわわ!」
 「コホ、コホ。」

 顔を更に真っ赤にして跳び退くマリアと、着地の衝撃で息が詰まっていたのか咳き込むひでお。

 「だ、大丈夫ですか!?」
 「あぁ、安心した。」
 「へ?」

 疑問符を浮かべるマリアを、ひでおはただじっと見つめた。
その目には遠く、懐かしいものを見る様な、望郷にも似た色があった。

「君が優しいままだという事に、安心したよ。」
 「んな…っ!」

 マリアはもう耳どころか首まで真っ赤になった。
 そんな、そんな事をそんな顔で言われては羞恥が限界突破してしまいます…!
 マリアの乙女心キャパシティーはもういっぱいいっぱいになりつつあった。

 「お前がオレを殺そうとするのは……まぁ、百歩譲ってあり得るとしよう。しかしだな、態々自分を追い込む様なやり方でやらなくてもよいだろう。」
 「そあかった。れは…それは…。」

 まるで狂人の様に、只たった一人の男の命を狙う。
 恋は狂気と言うが、それ以上に確固たる理性を持つ彼女は愛しい男を殺すには、敢えて理性を押し殺し、狂人を装うしかなかった。
 
 「もう少し、もう少しだけ待ってくれないか?やるべき事も、この都市で殆ど終わるだろう。その後は手足をもぐなり、首を刎ねるなり、消し炭にするなりして構わない。」
 「そうじゃない、そうじゃないんです!」

 えるしおんの、ひでおの言葉に、マリアは違う、こんな筈じゃなかったとばかりに否定の言葉を紡ぐ。
 ただこの人と居たかった。この人の傍にいたかった。
 でも安住の場所は自分と他一名のミスで失ってしまった。
 そして、またその居場所を得るために当て所無い旅を幾星霜と続けたのだ。
 だが、見つけた嘗ての居場所には、他の女がいた。
 それが、彼女は堪らなく辛く、許せなかった。
 でも、これは違う。
 激情でついカッとなってしまったが、この人にこんな事を言わせるためにしたんじゃない。
 もう自分を置いて何処かに行って欲しくない。
 ただ、それだけなのだ。
 だというのに、自分がやったのは何だ?
 イトシイヒトを、もう無くしたくない人を、傷つけるばかりではないか。
 それを考えたのも実行したのも自分。マリアは自分が許せず、悔しくて悲しくて涙があふれ出そうだった。

 「私が!私が悪いんです!あの時、私がもっと冷静だったら…!」
 「IFを語った所で仕方ない。悔いは誰にだってある。なら、重要なのは何だ?」
 「っ、ぐす…今後の、行動でずっ。」
 「そうだ。」

 ひでおは地面から起こした身体を木の幹に預けながら話し続ける。

 「優しい君なら、一度平静になればオレを殺そうとは思わない。そう思ったから、オレは先程の様に君の頭を冷やした。今の君なら、自分が言うべき、すべき事は解るな?」
 「はい゛っ。」

 しっかりと頷いた愛弟子に、ひでおは満足そうに頷いた。

 「ごめんなざいっ。」
 「よろしい。もうするなよ?」

 ばい、と涙声で言う大きくなった娘の頭を、師父は笑みを浮かべながら撫でた。


 
 「で、もう良いのかしら?」
 「あぁ、待たせたな。」
「っ!きゃっ!」
 
 ジトッとした目を向けるエリーゼに対し、ひでおは動じず、マリアは跳び上がった。

 「ったく、少しは驚きなさいよ。可愛げのない奴。」
 「君こそ、少しは御洒落にでも気を使ったらどうだ?」

 暗に「正直制服は無いよ」と告げるひでおに、エリーゼはちょっと青筋を浮かべた。

 「~~~っ!……ふん!まぁ良いわ!もう良いらしいから、私はゴールに行くわよ。あんた達も後から来なさい。」

 そう言って、エリーゼはやや桃色で甘い空気を漂わせる2人の元から去っていった。
 

 「さて、オレ達も行くか。」
 「あ、はい。」

 いい加減木の幹から身体を起こし、ひでおは身体を伸ばした。
 先程の戦闘かそれとも着地の衝撃、身体がギシギシと悲鳴を上げているのが解る。

 「あ、回復しますね。」
 「頼む。」

 断る理由も無いので、マリアの回復魔法を素直に受ける。
 柔らかな癒しの光が木々の間を僅かに照らす中、マリアはぽそりと、ひでおにも聞こえない程度の大きさで呟いた。


 「でも、諦めませんから。」


 その瞳には、確かに確固たる意志が宿っていた。
 







 その頃のゴール地点

 キュピーン☆

 「「はっ!ひでお(ますたー)がフラグ立てた予感が!?」」

 何かNT的勘を働かせる電子の神と神の目だった。





 何か最後グダグダだなぁ(汗
 真剣に文才が欲しいですはい





[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十七話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/09/25 21:19
【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第17話



 マリアの説得も終わり、負傷していた美奈子(&岡丸)を拾い、暫し歩いて漸くゴールに着く寸前。
 ひでおはぐらりと自分の視界が歪むのが解った。

 「ぬ…っ。」
 「ヒデオさん!?」
 「ますたーっ!?」

 ひでおは、ゴールを目前にして倒れた。
 





 魔殺商会地下区画
 常に薄暗く、蛍光灯とモニターのみが光源となるこの場所に、ひでおは運び込まれた。

 「不完全骨折7か所、脱臼2か所に打撲多数。おまけに肺炎まで発症してるし、かなり衰弱してる。これじゃ倒れるのも無理ないねぇ。」

 ひひひひひひひひ!
 特徴的な不気味な笑いを洩らしつつ、ドクターこと葉月の雫は診断結果を告げた。

 「一応、可能な限り回復魔法をかけたのですが…。」
 「ひひひ!術者が気づかない程微細なな罅じゃ流石に治せないさぁ。それに本人が痛みを完全に抑え切る程の意思がある場合、魔法の反応が落ちる時もあるしねぇ。」

 気まずそうなマリアの言葉にも、ドクターは如才なく原因を上げる。
 
 そもそも、イスカリオテ式の回復魔法は大前提として「最低でも死なない程度に治癒する」という条件が存在する。
 これは人間主体の国軍と異なり、人員の補充が難しい魔人・魔族が主体のイスカリオテの性質から来たものであり、主に緊急時に使用される。
 マリアがひでおの治療に使用したのもこれの亜種なのだが、如何せん貫手が傷つけた首筋の方を集中して治癒したため、全体的にはあまり効果は無かったのだ。
 極め付けにひでお自身が全くそれを表に出さなかったため、彼女は全くそれに気付く事が出来なかった。

 「要するに、やせ我慢なわけ。」

 くすくす♪ 困った旦那様ねぇ♪
 男の(師としてかもしれないが)意地に対し、微笑ましげにコメントする元預言者現魔法少女であった。

 「まぁ、取り敢えず処置はしておいたから、死ぬ事だけなないさぁ。」

 ひひひひと薄笑いを浮かべる姿は凄まじく怪しいが腕だけは確かなので、今まで深刻そうに沈黙していたウィル子や美奈子は漸く一息つく事が出来た。

 「っとにもう、ますたーったら……ええかっこしいなのも大概にしてほしいのですよー。」
 「全くです!起きたらカツ丼をお供にお話しです!」

 プンスカプン!と怒気が吹き上げてきそうな2人はそう言いながらも決して病床で眠るひでおの傍から離れようとはしない。

 「あ、そうそう。」

 ニヤリ、とドクターが笑みを浮かべる。

 「ウィル子君、君にこんなものが届いてるんだけどねぇ♪」

 取り出したるは請求書。
 その額たるやなんと

 「な、700万チケットォォォォォォォォッ!?!」

 あまりにも大きな額に、ウィル子は絶叫した。
ついでに作画崩壊も起こしていた。

 「ひひひひ!い、今ならこの最新型ブレードアンテナを付ければ全てこちらで負担し「はいはいそこまで。」げひょぉぅッ!?」

 赤いブレードアンテナ片手に狂気の笑みを浮かべながら震えるウィル子へと迫り来るドクター!
 直後、マリアに殴られて吹っ飛ぶドクター!

 「ウィル子ちゃん、優勝賞金は?」
 「あ、はい。ますたーの医療費込みで850万チケットになります。」
 「まぁ妥当ですね。取り敢えず、ひでおさんには起きてから事情を説明するという事で。」

 こうして、ウィル子はシャ○専用機化を免れる事となった。







 で三日後、ひでおは目を覚ました。

 「あら、起きるわね。」
 「先生!」
 「…何か、始終枕元で騒がれていた様な…。」
 「き、気のせいなのですよ!」
 「そ、そうです!ひでおさんの気のせいですよ!」
 
 以上が起き抜けのひでおが聞いた言葉だった。

 「ぬ…。」

 ゆっくりベットから身体を起こすと、ひでおは呻いた。
 身体の節々が硬く、鈍っている。
 数日はリハビリに専念しなければならないであろう状態に、眉を寄せる。
 先日のレースでのマリアとの戦闘も考え、完全に戦闘向けに鍛え直す事を決定していたのだが、これでは予想より昔のカンを取り戻すには時間がかかるだろう。

 「あ、手伝いますね。」
 「すまない。」

 すぐに気付いたマリアが介助に入る。
 その慣れた様子は流石はシスターと言うべきか、手慣れた様子が見て取れる。

 「で、あの後どうなった?」
 「あ、はい。ますたーと別れた後、ウィル子はちゃんとトップでゴールしました!それ時ですね…。」


 楽しそうにレースの顛末を話すウィル子に、ひでおは頬を緩める。
 自分の相棒だと、そう宣言した彼女だが、実際はまだまだ若く、幼い所が多分に存在する。
 そうした所を見るのは、彼にとって確かに癒しとなった。



 「おおっと、目が覚めたのかい!」

 暫しの歓談の後、ドクターが姿を現した。
 ドリルもアンテナも持っていない様子から、今は普通に仕事しているらしい。

 「ドクター、身体の方はどうだろうか?」
 「ひひ、それは君の方が詳しいんじゃないのかい?…まぁ診断するから、一先ず女性諸君はちょっと退室してもらうよぉ。」

 ドクターの言葉を聞いてちょっと目が血走った面々であったが、一応医者の言葉なので表向きは大人しく、内心では渋々ながら退室していった。

 「…で、どうだ?」
 「随分無茶したものだよ。」

 ドクター、否、葉月の雫はがらりと雰囲気を変えて告げた。
 言うまでもないが、既に盗聴その他諸々に関しては万全である。
 マリーは兎も角、未熟なウィル子では機械の無いこの部屋では先ず無理だろう。

 「魂が随分と疲弊してる。あのレースの様に常にあの子に色んなモノを捧げ続けたら……そうだね、後3時間と持たなかっただろうね。」

 葉月はひでおに幾つかの資料を渡した。
 それはここ数日葉月が詳細に検査したひでおの容体に関する情報だった。
 肉体は完膚無きまでに治療し切った。
 だが、問題は魂にある。
 天界由来の神器という超高位の神秘を後付けされた魂は、何をしていなくとも徐々に消耗していく。
 
 この20年少々、僅かながら神器を使う事はあったが、この都市に来てからはそれが加速し、消耗が顕著になっている。
 ヴェロッキア戦の様に数える位しか使わないのならまだ良い。
 しかし、長時間に渡るウィル子への力の供給はひでおに、その中の人に大き過ぎる負担を与えていた。

 「そうか…もうそこまで進んだか。」

 ひでおは、それだけしか言わなかった。
 元より解っていた事だった。
 嘗ては主に魔導力を代価として支払ってきた。
 人より遥かに大きく、しかし同族からみたら些細なそれすら今は無い。
 だからこそ、それよりももっと貴重かつ効率の良い魂を代価に捧げてきた。
 ザリザリと、ゆっくりヤスリに欠ける様に自分の中で最も奥深い部分が削られていくのが解る。
 それでも、この都市に来てまですべき事があった。
 それだけの代価を払ってでも、したい事があった。

 「あの子達、泣くよ?」
 「一時だけだろう。」

 怒られるだろうが、な。
 そう言って、ひでおは少し苦みを混ぜた笑みを浮かべる。

 こんな事をする自分にどうして彼女達は惹かれるのだろうか?
 何度も考えたが、これに関してはさっぱり解らない。
 でも、ただ一つだけ解る事がある。
 彼女達とすごした日々は、確かに幸福だったのだ。

 「(正直一度死んだ位で開放されるとは思えないけど…)…まぁ、したいようにすればいいさぁ。」
 「そのつもりだ。」

 その暫く後、葉月の雫は自分の懸念が的中している事をはっきりと知る事となる。


 三日後、ひでおは退院した。
 


 「ウィル子。」
 「なんですかー?」
 
 安アパートへの帰り道、ひでおは相棒たる少女へ話しかけた。

 「今から君に調べ物を頼みたい。」
 「それは…態々頼むような事ですか?」
 「あぁ。」

 ひでおの真剣過ぎる横顔に、ウィル子は僅かな心配とそれ以上の喜びを感じていた。
 あぁ、この人が私を正面からこんなに頼ってくれるなんて、と。
 
 「オレはその間別行動を取る事になるだろう。暫く君1人が行動する事になる。それでも良いか?」
 「誰にモノを言っているのですか?」

 その念の押し様に、ウィル子はひでおが内心では断って欲しいのだと言う事を理解した。
 けど、だけど、その「お願い」を彼女は聞けない。

 「私は電子の神にして、この世全ての電脳を治めるモノ。―――人間1人の願いくらい、ちゃちゃっと叶えて差し上げるのです。」

 だから笑顔でそう告げる。
 自信満々に矜持を抱いてそう告げる。
 それこそが、この人のためになると信じて。

 「そうか……なら、頼もう。」

 それを見て、ひでおが何を思ったのかウィル子は知らない。
 でも、何処か嬉しそうに、眩しそうに微笑むひでおを見て、この宣言が間違いなんかじゃないと信じられた。


 「では電子の神よ。マルホランドに関するありとあらゆる情報を攫い、調べ上げてくれ。」
 「Yes、Mymaster.」


 

 こうして電子の神とその従者の、「世界を変える下準備」が始まった。














 ここから一気に加速します。
 原作との乖離がいよいよ強まるので、見たくない方はスルー推奨です。




[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十八話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2011/12/31 21:39
 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十八話

 今回はウィル子&ひでおは出ません!
 後前回の様な真似は2度としないように注意しますが、何かヤバイと思ったらどしどし感想板に意見ください。お騒がせしました。


 
 


 隔離空間都市内某所、「リトルチップス」店内にて

 「う~ぃ…ひっく!」

 シスター姿の女性が飲んだくれていた。
 言わずもがな、マリアである。



 事の始まりは昨日、ひでおが退院した直後に遡る。
 ひでお(&ウィル子)の住居である安アパートにマリアはアポ無し突撃を敢行、鍵が仕舞っていたドアを吹き飛ばし、室内に侵入した。

 『ひでおさーん!…あれいない?』
 
 代わりにアパートには置き手紙が一つ。

 『暫く修業しにいきます。探さないでください。ひでお
  PS.もし追ってきたら縁を切ります。』

 

 マリアの受けた衝撃たるや、文字で言い表せない程のものだった。
 何せ漸く後顧の憂い無しに甘えられる!と思ってたのに本人は留守、しかも「来んな」の一言。
 更には自業自得と言えど、大家であるミッシェルに雷を落とされ、ドアを修理する破目になった。
 で、丁度ここに来る寸前に一応相方のマリーも別行動を取ると言っていない上に先日のレースの事もあり、マリアはひでお不在の理由をどんどんどんどんどんどんネガティブな方向へと考えていき…


 「ひっく!」


 あら不思議、自棄酒中の酔っ払いができました。



 「お嬢ちゃん、何をそんなに荒れてるかは知らねぇが…そんな飲み方してちゃ身体を壊すぜ?」
 「ぃいんれすっ!どうぜ、どうぜわだしなんが…っ!!」

 渋いおじさまのマスターが見かねて声をかけるが、マリアは彼の気遣いに気付く事も無く更に泣きわめき、手元のグラスを一気に飲み干す。
 常にある程度の身体強化・障壁・感覚強化・並列思考・薬物無効化を行使している彼女にとってアルコールで酔う事はできても、身体を壊す事は有り得ない。
 その点ではマスターの気遣いは無用なのだが、それ以前に今のマリアは人としてアレであった。

 「えぐっえぐっ……。」
 「こりゃ処置無しだなぁ。」

 マスターが困った様に呟く中、不意にマリアの耳に酒場の喧騒を貫いて、とても流麗な歌声が届いた。
 
 「んん?」

 むっくり、と熊の様に顔を上げて歌声の主を探すと、そこには酒場の向こう側で歌声を披露する美女の姿があった。
 
 「ありゃはせーれーんでふか~?」
 「おや、詳しいのかい?」

 セイレーンは御存じ歌で船乗りを惑わせる海の魔物だ。
 上半身は女だが、下半身が鳥というが定説である。
 しかし元々は人魚をルーツとしている。
 人魚は初期が鳥と女と魚の特徴を併せ持った生き物とされ、美しい歌声や人を惑わせるなどは共通している。
 そこから魚としての性質を継いだのが人魚、鳥としての性質を継いだのがセイレーンと思われる。

 閑話休題

 上記の様な特徴を持つセイレーンだが、何故よりにもよって陸地で活動しているのだろうか?
 酔った頭でもその知性を失わないマリアの桃色の脳細胞は思考を続けるが、さっぱり答えは出ない。

 「わらしもちょっとうたってきまふ~。」
 「へ?な、ちょっとやめときなって!?」

 マスターの忠告も耳に入っていないのか、マリアはふらふら~っとステージの方向へと向かっていく。
 
 「おじゃましますよ~。」
 「え?あ、あなた!レースで準優勝だったマリアさんよね!」
 「あい~?」

 そして、あれよあれよと言う間に、数分後にマリアは彼女の望み通りにステージへと立つ事となった。
 

 
 取り敢えず、歌う事になった。
 でも、何を歌おう?
 そこで思い出すのは、先程の美女の歌。
 あっちは悲しみとか切なさが出てなぁ。
 なら自分は、以前よく歌っていたアレによう。
 酒の場でもよく歌っていたから大丈夫。

 この酒場にいる者は知らなかった。
 マリアはかつてイスカリオテと神殿協会にて、その美声を生かしてよく歌っていた事を。
 聖歌からポップ、ロックその他諸々。
 その過半数がアニソンだったのはイスカリオテの面々だけでなく、悪乗りした神殿協会(の男性陣)の仕業であったが、しかし、上手いのは確かであった。
 しかも魔法を使って1人照明や1人デュエットまでこなす万能ぶり。
 更にはセイレーンたるレミーナと言えどもやはり魔物、神聖属性を付加されたマリアの歌にはどうしても抗い辛い事を。
 この酒場にいる者は知らなかった。

 


 呼吸を整え、体内のアルコールを急速分解・吸収。
 反動で頭痛がするが、幼少時から宴会で鍛えられたアルコール耐性はそれを無視できる。
 既にステージ回りにいた者達には演奏を頼み、準備は万端。
 さぁ行こうか。
 
 「私の歌を聞けぇぇッ!!」

 そう言えば、これを教えてくれた司祭は「お約束」と言っていたけど、どう言う意味でしょうか?
 疑問を余所に開始される演奏、リズムに合わせて歌い出す。
 

 この夜、この酒場でもう一人の「歌姫」が生まれる事になるとは、今はまだ誰も知らない。






 魔殺商会傘下の某ファミリーレストランにて
 その日、その店の一席に予約が入った。
 それはたった1人の、しかし世界を相手取れる女性と聖魔王一派との会談のためだった。

 「はぁい皆。待たせちゃったかしら?」
 「いえいえ、こっちもさっき着いたばかりですよ。」
 「数分程度、待ったとは言わぬよ。」
 「ふん、どうせこちらが来る時間を視ていたのだろう。」
 「御主人様~もう少し喧嘩腰良くない良くない~。」
 「何事も、平和が一番なの。」

 家族向けの席に今座っているのは6人。
 名古屋河鈴蘭、伊織貴瀬、魔人VZ、みーこ、初代魔王リップルラップル、そしてマリーことマリーチ。
 誰もが世界に名だたる存在だ。

 「にしても、意外とすぐに気付いたのね?もう少し掛かると思ってたわ。」
 「冗談。マリーチさんこそ、全然隠す気無いじゃないですか。」
 「うふふ…くすくす!」

 上品そうに笑うマリーに、鈴蘭はジト目を向ける。
 正直、鈴蘭がマリーを本来の名で呼んだのは、勘に近いものだった。
 姿形は幼くとも彼女は確かにあの片翼の堕天使なのだと、力を失ってもそれを操作する感覚だけは残った鈴蘭は見抜いたのだ。
 それは先程も言った様にマリーが殆ど隠そうともしないのが原因だが、それでも他人に言い触らさない、「言い触らす必要を感じない」様にする程度の意識操作は行っている。
 しかし何はともあれ腹ごしらえである。

 「私はスパゲッティミートソースと緑茶で。…それでマリーチさんはどうして此処にいるんですか?私の知っている貴方は神殿教団にいる筈ですけど…。」
 「くすくす!いきなり本題から入るのね?でも少し待って。あ、私はシーフードグラタンね?後オレンジジュース一つ。」
 「わしはメニューの2ページから3ページ全部頼もうかの。」
 「オレとして貴様にはとっとと教団に戻って欲しいのだがな…。ふむ、Tボーンステーキセットを一つ。ドリンクは烏龍茶で。」
 「私としては~ヒデオ君の方が気になるかな~?あ、私はサラダパスタで~。」
 「ふふふ…死にたい?」
 「怖!?マリーチ様むっちゃ怖!?」
 「私は、この超☆豪華!グレートフライセットに挑戦するの。エビ、チキン、メンチに豚にヒレにタラ。テラ盛りなの。」
 
 ワイワイガヤガヤ
 各々が注文しつつ、それぞれに騒がしく言葉を交わし、食事する。
 その様子は何時ぞやのバカンスの様子にも似ていた。

 「で、実の所どうなんです?」
 「わしとしても気になるの。マリーチや、そなたが男に現を抜かすなど、今まで無かった事。是非教えてもらいたいの。」
 「まぁみーこと鈴蘭の頼みだし、仕方ないわねぇ。」

 とは言いつつマリーは楽しそうに笑みを浮かべると、くるん、と指を廻した。





 そして、鈴蘭、みーこ、貴瀬、VZ、リップルラップルは揃って同じ夢を見た。

 それは不器用な魔族の王子様と片翼の堕天使の愛と苦労の夢物語。☜一部誇張があり





 2000年に渡る物語りを編集したそれは、しかし現実時間にしては1分にも満たぬものだった。

 「うわー、何か物凄いリアルな映画を見せられた気分ー…。」
 「もう頭が知恵熱出るー…。」

 頭の出来がそれ程良くない鈴蘭とVZがプスプスを頭から煙を吐き出すが、その他の面々は至って冷静…否、リップルラップルとみーこに至ってるんるんと機嫌の良いマリーを視ては冷や汗をかいていた。
ちなみに貴瀬は頭痛を堪えつつ、思案中だ。

 「…マリーチや。」
 「あら何みーこ?そんなに顔を青くしてどうしたの?」
 「これは、真か?」
 「9割程。」
 「…1割誇張か捏造でも、これは大したものなの。魔族と天使と人間の痴情の縺れなの。」

 そんなー、ラブストーリーって言ってほしいわーとか赤く染まった頬を抑えて抜かすマリー(実年齢約< ◎ ◎ >ウボァー)にリップルラップルは増加した冷や汗をナプキンでぬぐう。

 「…ほんに変わったの、ぬしは。」
 「あら?みーこだってたーくんをペットにした時は大体こんな感じだったわよ?」
 「カハァッ!?」

 あ、傍観してた貴瀬がストレスで吐血した。

 なお、この後は恙無く宴会状態に突入し、毎度のことながらみーこが店の食材が尽きる程食い荒らす事となる。 



 



 先日は誠にすみませんでした。
 今後某所から苦情が来るようでしたら、悔やんでも悔やみきれません。
 管理人の舞様にはこの場で借りて謝罪します。本当にすみませんでした。
 当初は全面撤退も考慮しましたが、今暫くは執筆活動を続けたいと思いますので何とぞ御容赦を。
 



[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十九話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2012/01/01 00:30
 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第十九話




 「さて、どうしたものかな…。」

 隔離空間都市地下に存在するダンジョンにて、ぽつりとひでおは呟いた。


 
 何故ひでおが1人こんな場所にいるのかというと、勿論の事ながらリハビリ兼訓練である。
 元々ひでおの身体能力は常識の範疇に収まる程度に優秀でしかない。
 戦闘に入れば肉体のリミットを瞬間的に解除したり、並列思考や圧倒的な経験や情報、何よりも勝負を滅多に投げ出さないその平静さと神器で勝負するため、今までどうにかなってきた。
 しかし、大会もそろそろ大詰めが近付きつつある状態では現状のままでは不安が残る。
 しかも先日のレースで大分身体を弱らせてしまった事もあり、早急に身体を以前以上のレベルに鍛える必要があった。
 そのために、ひでおは態々危険極まりない地下ダンジョンに単身乗り込んだのだ。

 「目標素材取得率は87%か…やはりウィル子を置いて着て正解だったな。」

 今現在、ウィル子には物理攻撃能力は殆ど備わっていない。
 一応CPU搭載の電子機器や車、兵器等は操作可能だが、生身では殆どどうしようもない。
 此処に来る前にエリーゼに鍛える様にも頼んだが、上手く行くかどうかは未知数だ。
 それに…

 「流石に危険過ぎる!」
 ガガガガガン!

 迷路上のダンジョンの死角から飛び出してきた蜘蛛型モンスター「アイアンネット」に抜き打ち気味にS&W M49を5連射。
 ボディーガードの通称を持つこの拳銃は、服の中から取り出す際に引っ掛からない様に撃鉄を半内臓方式にしたため、シングルアクション射撃を可能としている。
 今回ひでおは手加減のいらないモンスター相手と言う事で幾つかの銃火器を装備しており、その中でも奇襲に即座に対応するためにこの拳銃の他にも信頼性の高いS&W M13を懐に入れている。
 
 「っち!」

 しかし、その名の通りに人程もある鋼鉄の蜘蛛は名に負けぬ耐久力・防御力を誇る。
 ひでおは余り抜き打ちが得意でないため、柔らかい複眼を狙ったのだが5発中2発しか目に当たらず、残りは弾かれてしまった。
 
 (距離を取らねば押し切られるッ!)

 複眼へのダメージで怯んだアイアンネットから距離を取り、構えたるはM16A4にM203グレネードランチャーを装着した一品。
 一度中距離となれば、そこからは既にひでおの銃における得意距離となる。
 
 「っ」

 銃身が拳銃よりも長く、信頼性に長けるこのM16シリーズはひでおの求める要求を全てにおいて満たしていた。
 ましてや弾種はスチール弾芯を採用する事で貫通性を高めたM855。
 この時点でアイアンネットの運命は決まった。

 ドドドドドドドドドドドドッ!

 先程拳銃弾が命中して潰れた複眼二つに向けて、狙撃並の精密さで命中、貫通させる。
 しかも一度頭の中に入った弾丸はその甲殻により二度と外に出ず、跳弾し続けるのだ。
 アイアンネットは断末魔の悲鳴を上げる暇もなく、最早痙攣するだけの死骸となった。

 「つっ…やはりフルオートなんかすべきじゃないな。」

 3点バーストもそうだが、如何せん反動がきついし、照準が散らばる。
 何とか反動を耐えているが、病み上がりには辛いものがある。
 それでも何とか57階まで下りてくる事ができたのは、一重にひでおの実力に他ならない。
 


 しかし、何故人間となったひでおでも、ここまで戦う事ができるのだろうか?

 それは中の人の嘗ての経験と技能によるものだ。
 何時も使用する並列思考や多くの知識とそれに裏打ちされた対術、更にはあらゆるツールに精通する器用さ。
 文官筆頭ともいえるえるしおんが、何故そんなものを?
 これは彼がイスカリオテでも稀有な「準アウター級戦力」に登録されていたからに他ならない。
 2000年の歴史においてあった、幾度かのアウター級との戦闘。
 それは彼が最高司令官であるからと比較的安全な後方に居続ける事を許さない。
 一度天災以上のアウター達との戦端が開かれれば、貴重な戦力兼指揮官として前線に赴く。
 また、魔族の王族にしてイスカリオテの司令官という立場上、常にその実力を見せなければならない。
 しかし、単なる魔導力や身体能力等のスペックでは、彼はトップとして君臨し続ける事は難しい。
 だからこそ各種体術や武器一般の扱いを修め、常に最新の兵器・戦術・技術に通じるように努力・研鑽・訓練を怠らない。
 それを2000年近くし続けるその精神力こそが、えるしおんの、ひでおの最大の武器なのだ。



 …カチ…

 ひでおは全速で音源から距離を取りつつ、重たいM16A4ではなく、懐の
 その後、即座にM16A4の銃口と共にS&W M49を音源へと向ける。
 同時に視界の隅に捕えた人影がほぼ同速でこちらへと銃口を向けるのを視認、神器の発動準備を整える。
 
 ッザ!

 そして、銃口を微塵も相手からずらさずに、2人は相対した。

 「って、ヒデオじゃぇねぇか!何やってんだ?」
 「…リュータか。脅かすな。」
 「おーい、どうしたのさリュータ・サリンジャ―?」
 「ねね鈴蘭、あれってヒデオ君かにゃー?」
 
 何故か現れた聖魔王御一行に、ひでおは漸く肩の力を抜くのだった。
 
 「奇遇ね。」
 「えぇ…。」

 直後、ひょっこりと顔を出したエルシアに、胃壁がマッハで溶けだしたが。



 
 
 「へー、ヒデオはリハビリがてらか。」
 「まぁな。」

 リュータと共に先頭を歩きつつ、常に周囲に気を配る。
 どうせだからとリュータ一行と合流したひでおだが、やはり連携の訓練もしなければならないと心にメモする。
 最下層付近ではやたらめったらと物量任せの魔物は出ないが、その分質の面ではダンジョン表層のものよりも遥かに高い。
 …しかし先程から出現した次の瞬間にはVZに切り捨てられるか、エルシアに視線を向けられただけで退散していくので、リハビリの目的を達成できていない気がするが。

 「結構降りたが…目的はこの先か?」
 「あぁ。大佐の地図の空白はもうちっと先に行った場所にある。」
 (さて蛇が出るか、鬼が出るか…。)

 合流してこの階層に来るまでの道中でかなりの数のモンスターを撃破したが、しかし、油断はしない方が良いだろう。
 それに背後にいるのは世界でも上から数えた方が早い面々だが、それでも女性は女性。
 一応ひでおの「紳士センサー」(提唱者:預言者様&教皇様)に反応はするので、しっかりとエスコートしなければならない。
 …もしエスコートしなかった場合、後が怖いというのもあるのだが。

 「んー、でもヒデオさんって強いんじゃ…?」
 「鍛えねば鈍るさ。所で、何故敬語?」
 
 態々こんな所にいる理由は、リハビリと素材確保を兼ねた資金調達。
 だが、何故か鈴蘭がさん付けで呼んでくる。
 レースの時は確か君付け出会った筈だ。

 「何故さん付けに?」
 「あー、その…マリーさんが色々と。」
 「成る程。」

 彼女の事だ、てっきり情報を独占すると思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
 教えるべき事は教えるべき相手に教えたと、そう言う事なのだろう。

 「御若いのにー大変大へ…あれ?この場合はお年寄りー?」

 VZが無駄に頭を悩ませているが、問題はそこではない。
 勿論、疑問符を上げるリュータでもない。


 微妙に知りたそうにこちらを見つめる、魔族の姫君の方にこそある。


 「…っ」

 表情には一切出さないが、その分服の下にはかなりの脂汗が出始めている。
 頭の中で警鐘が割れろとばかりに鳴り響き続ける中、同じくエルシアの視線に気づいたVZが気の毒そうに視線を向けて来る。
 それは勿論、リュータと鈴蘭も例外ではなく

 「…………。」
 「…………。」

 只管に背にエルシアの視線を受け続ける。
 刻一刻と増加するプレッシャーに、ひでおの胃は甚大な被害を受けている。
 …それはこの後多少改造されても良いからドクターに胃を超合金ニューZα製にしてもらう事を真剣に検討する程だった。

 



 「お、っと。また模様替えか。」

 そんな微妙な沈黙が流れる中、漸く一行はまた一つ階段を降り、石垣を積んだ迷宮から泉や河などの水源を持つ鍾乳洞へと入っていった。
 そして階段横に目立たないプレートが一つ。

 『聖魔杯記念公園 ララミー鍾乳洞』

 「どんなネーミングセンスだ…。」
 
 M16を担いだグラサンメイドこと聖魔王猊下に4人の視線が集中するが、本人はぶんぶかと首を振って必死に否定する。

 「わ、私じゃないよ!?」
 
 しかし誰も視線を合わせようとせず、それぞれ鍾乳洞内の景色に視線を移す。

 「カッコ!カッコは私の事信じて「あ、小川がある~♪」オイ待てコラ」

 目を反らし、距離を取って小川へと入っていくVZを追跡する鈴蘭。
 ここで放置したら聖魔王ネーミングセンス皆無説が定着してしまう!
 比較的説得に難儀しそうなVZ(ひでお・リュータは話せば解る。エルシア?聖魔王は無駄な事はしない)に必死に撤回を迫る鈴蘭だった。

 「あ!鈴蘭見て!イワナ!ニジマス!」
 「おおお!?カッコ、捕獲捕獲!」
 「ほいさー!」

 VZのレイピアが煌めいたと思うと、岸辺に5匹の魚が打ち上げられ、ピチピチと跳ねていた。
 流石は魔人、見事な剣の冴えである。

 「おお!カッコスゲー!」
 「にゃっはっはっは!この程度大した事、は?」
 
 しかし調子に乗ったからか、つるりと水苔で足を滑らせるVZ。

 「うわわわわ!?助けて鈴らっ…!」
 「ちょカッコ、引っ張ったら…きゃー!?」

 ばしゃーん、と大きな水柱が二つ。

 「「たーすーけーてーっ…!」」

 2人はドンブラコドンブラコとドンドン遠くへ流されていく。
 ぐったりと頭を抱えて、リュータは溜息をついた。

 「何やってんだあいつら…。」
 「取り敢えず、拾うか。」

 最早この手の事に関しては諦観の領域にあるひでおは、手早く2人を追いかけ始めた。





 「16ページ。」

 エルシアの声と共に、ぼふっ!と熱風が吹き、濡れ鼠となった2人を乾かす。

 「ありがとうエルシアさ…くしゅん!」
 「あうううう、もっと、もっと16ページしてくださいエルシア様~。」

 冷たい水で思う存分冷えたらしい2人は、乾いてもなお寒さに震えていた。
 そんな2人を見かねてか、ひでおは携帯ポッドから紙コップに紅茶を入れて渡した。

 「2人とも、紅茶を飲むと良い。少しはマシになるだろう。」
 「ありがとうヒデオさん…。」
 「ありがとう~。」

 ずずず…と紅茶をすする2人。
 本当は音を立てない方がいいのだが、生憎と2人ともそういった作法とは対極に分類されるため期待した所で無駄だろう。

 「どうだ?」
 「さっぱりだが、そろそろ見えてきた。」

 男2人は白紙部分を埋めた地図を睨みながら思考を巡らせる。
 最後の空白部分。
この都市で今の所大佐だけが到達したであろう場所。

「…何があると思う?」
 「物騒なもの、だろう?」
 「これだけで、何か解るの?」

 魔界のお姫様の言葉に、男2人は頷く。

 「経験を積めば、とつくが。」
 「詳しい所は向こう側まで回り込んでからだな。」
 
 じっとエルシアが地図を見つめる。

 「やっぱ何かあんのか?」
 「えぇ、でもよく解らない…。」

 要領を得ないものの、普段周囲に無頓着なエルシアがここまで興味を見せ続ける事も珍しい。
 ダンジョンの深度もあり、既にリュータとひでおはひしひしと危機感を感じていた。

 「一旦引き揚げるべきか…?」
 「だが、次来たら何も無かったというのも有り得る。」

 むぅ…と頭を捻る男ども。
 安全策を取るならリュータの言う様に引き揚げるべきだが、ひでおの言う事も一理ある。
 だからこそ、ちょっと悩む。

 「あれ?ねぇカッコ、何か落ちてる?」
 「お宝お宝!?…って、ただの吸い殻じゃん?」
 
 騒ぐ2人に、ひでお達も自然とそちらに注視するが…その瞬間、何故かVZがすらりと抜刀する。

 「んもー!これだから煙草吸いと酒飲みは?ダンジョンは皆のものですマナーを守って正しく綺麗に使いましょうスラーッシュ!!」
 「待て!」

 リュータの突然の静止に、鈴蘭とVZはびくっと肩を揺らした。

 「な、何々?どったの?」
 「罠?煙草型爆弾?」
 「いや…」

 リュータは捨てられた吸い殻に歩み寄る。
 見れば、それは見知った銘柄。
 師であるレッドフィールド大佐が好んで愛飲する葉巻だった。
 地下70階まで到達したのは未だ大佐達のみ。
 ならば勿論の事、この階層にも到達している筈なのだ。

 「これがここにあると言う事は大佐か…。」
 「あぁ。しかもこれは大佐からのメッセージだな。」
 「「?」」
 「……。」

実用的なものではない、先人の知恵として話を聞いただけであった。
吸い殻を残すのは彼が嘗て経験したベトナムや南米などの密林において、それ以外に利用できそうな物が無い状態で使用されたと言う。
見落とされて当然、敵に勘づかれて当然の策だが、それでも味方にメッセージを伝えなければならない危険な賭け。
そういう状況で使ったのだという。
 そのまま残っているのなら、敵拠点や大規模なトラップフィールドを示す悪い知らせ。
 フィルター部分が残っているのなら、味方拠点やヘリとの合流ポイントを示す良い知らせ。
 更に吸い口の方が指定する方角で、巻紙のはがす、フィルターを解すなどで他の意味合いを持たせるのだそうな。
 とはいえ、今回は紙巻き煙草ではなく葉巻なのだが…。

 「へー」「ほー」
 「「……。」」

 感嘆の溜息をつくVZと鈴蘭、対象的に考え事かなんなのか無言なひでおとエルシア。
 しかも気まぐれのポイ捨てではない証拠に、今まで下りてきた階層には何処にも吸い殻が捨てられていなかった。
 それに彼は愛煙家にして、重度のヘビースモーカーだ。
 こんなマナー違反はしないし、根本まできっちり吸う筈。

 「でもでも、モンスターに蹴っ飛ばされて偶々此処に吹っ飛んだって事ないの?」
 「いや、それは無いだろう。」

 煙草の周囲の地面を検分していたひでおが言った。

 「この辺りの地面には戦闘の痕跡が無い。多少人が歩いた様な痕はあるが、それ以外は何も無い。大佐クラスが苦戦する程の魔物となればそれなりの痕跡を残す筈だし、物量で攻めてきたにしても大量の痕跡が残る。」
 
 流石に空中からのは残らんが、な。
 真剣な目でそう言い切ったひでおに、鈴蘭とV・Zはまたもおーと感嘆の溜息をついた。

 「何この迸るプロ臭…。」
 「ダンジョンオタなんて目じゃないねー。」
 「おいそりゃオレの事かコラ?」

 それはさておき

 「じゃ、この階に何かあるって事だよね?」
 「あ、そうだね。この階にしか無いわけだから。」
 「とは言え…」

 お宝かなー?とのん気に呟くVZと鈴蘭に対し、リュータは思案顔だ。

 「悪い方の知らせなんだが。」
 「ほう?」

 葉巻はそのまま転がっている。
 ナイフで切れ目を入れた痕も、火を点けた痕も無い。
 箱から出して直ぐの様に、本当にそのままの状態。

 「来るぞ。」

 悪い予感というものはよく当たるとは、誰の言葉だったか。
 リュータの警報が先程から止まらない。
 先のエルシアの気掛かりとも符合している様に思える。
 魔族のプリンセスである彼女と、師である大佐が危惧する様な事態。
 ヒデオが警告を発したのは、リュータがその可能性を真剣に検討し始めた瞬間だった。
 隠しもしない、極々普通の足音が2人分。
 どちらも大佐の葉巻の吸い口が示す方角からだった。

 「おや、先客でしたね。」

 言ったのは30代前半程度の金髪の優男だった。
 流した長めの金髪、知的な縁無し眼鏡、上等なスーツに品の良い革靴。
 これ程深く、危険な場所に、気軽に手ぶらで佇んでいる。
 その男に付き添うのは、高校生程の少年だ。
 針の様な髪に、黒いデニムの上下。そこまでは普通だ。
 問題は腰の左右のリボルバー、胸の左右のオートマチック、腰のガンベルトの剥き出しの弾丸、たすき掛けにした胸のガンベルト内のマガジン……容姿に反してかなりの装備だ。
 ただその物々しい装備に対し、その表情は年相応の精気が無く、垂れ目気味のやる気の無い目でスーツ姿の男を見つめている。

 「どうするんだい親父?」
 「あっはっは。どうもこうもないでしょう、ザジ君。私達は参加者であり、この方達も参加者。こんな地の底なのですから、ここは一つお互い仲良くですね」

 にこやかに手を差し伸べてきた男へ向ける。
そこには一切の邪気などなく、ヒデオから見ても本当に害意は見てとれない。
だが、リュータはその瞳に殺意を迸らせながら、一切の遅滞なく腰の拳銃を抜き放った。


 「見つけたぞ……てめぇ、アーチェスだな。」


 
 殺意漲るリュータの様子に、あっちゃー、と天を見上げたくなるひでおだった。











[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第二十話
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2012/01/08 23:12
 それいけぼくらのまがんおう! 第20話





 「いやぁ……ばれちゃいましたか。」
 
 スーツ姿の男、アーチェスは意外な程あっさりと認めた。
 しかも有ろう事か、殺気を迸らせるリュータに向けて旧交を深めようとでも言う様に、一層笑みを深くして

 「いえ、久しぶりですねリュータ君。本当に久しぶりです。私は君を見違える程だったのに、君の方は覚えて「ふざけんなてめぇ!!」

 朗らかに話そうとするアーチェスを、リュータの咆哮が遮った。

 「こっちは毎晩毎晩血塗れで笑うてめぇの夢に魘されてきたんだ!!忘れようたって忘れられるか!!」

 血の滲む様なリュータの声がダンジョン内に響く。
 頭の中でその声、その目がまざまざと蘇る。
 この男はあの日もこうして笑っていた。
 頭から返り血を浴びても嫌な顔一つせず、イカレタ様子も無く、ただこうしてニコニコと優しく笑っていた。
 幼心にそれがどれ程不気味だった事か。
 この男は多くの組織の長の様に冷酷や冷徹とは違う。
 計算高くはあるが、決して聖者の顔を崩さない。
 温かみという仮面を被る冷酷者なのだ。

 (とか何とか考えてるんだろうなぁ…。)

 ヒデオは正確にリュータの内心を推測していた。
 人間独り言を内心で言うと口内で舌が動き、それに連動して頬も僅かに動く。
 そうでなくても人間は意識せずとも、その時の感情によって何らかの動きを見せてしまう性質がある。
 これはどうしても出てしまう生理的な現象であり、訓練どうこうで克服できるものではない。
 その道のプロもいる程で、犯人の虚実を見抜くなど犯罪立証にも役立っている。
 無論、人間工学・人間魔道学・心理学等々…多くの学問を修めているひでおにとって感情が発露し易い質のリュータの内心を察する事は比較的容易だった。

 (普段から笑顔ばっかりだと勘違いされるとあれ程言ったのになぁ…。)

 常に笑顔で余裕を見せる事で部下を安心させるのも上司の仕事だが、常に笑顔であり過ぎると敵味方に勘違いされるというのに…。
 しかも無力化したとは言え敵側の少年兵士と接触する時に戦闘状態(血濡れとかフル武装)そのままに声をかけるとか……トラウマになるから止めろと前に言ったのが、こっちでは見事にそのままだったらしい。

 (あー、どうするべきか……。)

 ひでおが頭を悩ませるのを余所に、事態はどんどん突き進んでいく。

 「笑うんじゃねぇ!」
 「いや、そう言われましてもですね……これが私の地顔、地声なものでして…。」
 
 アーチェスは頭をかいて苦笑を見せるが、その仕草はリュータの激情を買うだけだ。

 「だから止めとけって言ったんじゃないか、親父。」

 ザジと呼ばれた少年もまた、リュータと数瞬も遅れずに腰のホルスターから銃を引き抜いていた。
 彫金と象眼の施された見事なリボルバー式拳銃は一切の遅滞と淀みもなく、リュータの眉間に向けられていた。

 「銃を下ろしなよ。その馬鹿でかいデザートイーグルで、オレと勝負する気かい?」

 ちなみにデザートイーグルの重量は約2kg。
 対して、小柄なザジが持つ拳銃は相応に軽い。
 人間と魔人の筋力を入れても、早撃ちではリュータが負ける。
 そして技量においても、膂力や魔導力の不足を銃を極める事でカバーしているザジにリュータが敵う道理は無い。
 
だが、リュータは微動だにせず、喰らいつく様な視線だけをザジに向ける。

 「ガンマン気取りの餓鬼はすっこんでろ。」
 「餓鬼はあんただよ。オレだってこう見えても魔人さ。第一次大戦の頃からこれを振り回してるんだ。」

 ちなみに第一次世界大戦は1914~1918年にかけて行われた。
 つまり、ザジの年齢は既に80歳を超えている事になる。
 そんなザジの得物はS&Mのスコフィールドだ。
 一世紀以上も昔に開発され、耐久性の問題こそあるものの大型の中折れ式という構造故に、リボルバーであるにも関わらず素早い排莢を実現している。
今では既に骨董品に分類されるが、リボルバーという兵器のシステムを完成させたとも言える名銃である。

 「上等だ、どっちが速いか試してみるか…!?」
 「いいけど、そいつじゃ親父は死なないよ。あんたは脳味噌ぶちまけるけど、親父はタンコブ作って終わり。あんただって解ってるんだろ?親父がただの魔人じゃない事くらい…。」
 「っく……!」

 呆れる様なザジと、万歳する様に両手を上げるアーチェス。
 正直、かなり苛立つ。ムカつく。反吐が出そうだ。
 だが、ザジの虚ろな目には虚ろだからこその言い難い迫力があった。
 あのひでおの様にいざとなったら一切躊躇わず、呼吸する様にこちらを殺しにかかる目だ。
 
 「いや…タンコブもできないか。そんなに震えてちゃ、当たるものも当たらない。」
 「ッ!!」

 言われて初めてリュータは気付いた。
 長年追っていたファミリーの仇を目前にして、気付く余裕も無い程に興奮していたのか。
 或いは…

 「怖いんだろ?」
 「黙れ!!」
 「カムダニアは親父の予想を遥かに上回る地獄になった。あんた人間だろ?その歳であそこにいたんじゃ、そりゃトラウマに「黙れェッ!!!」
 
 ザジの声を遮る様に、銃声が轟いた。

 「っ…」

 聞き慣れた、自分が放った銃声。
 僅か2mという距離。
 だというのに、放たれた弾丸はアーチェスの髪を数本ばかり飛ばしただけだった。

 そうだ、恐ろしいのだ。
 アーチェスの何の害もない笑顔が。
 渦巻く炎の紅蓮、血飛沫の真紅、硝煙の匂い、人の焼ける黒煙、その中で見た笑顔が恐ろしい。
あのカムダニアでの地獄は、当時まだ子供だったリュータの精神に深刻な心的外傷を刻みつけていた。

 「あ…あぁあ…っ」

 今のリュータでは銃を取り落とさないだけでも良い方だ。
 既に狙いを定める気力すら根こそぎ奪われている。

 「あんた、運が良かったよ。親父に言われてるから、外す分にはオレは撃たない。」
 「ぐ…う…ッ!」

 チャンスだ。チャンスなのだ。
 ファミリーの仇。故郷の、家族の仇。
 10年以上も追いかけてきた仇が目の前にいるというのに、どうして指一本動かせないんだ…!!

 「うにゅー…めんどくさい事になったよ~、鈴蘭どうする~?」

 心底面倒そうに言うVZに応える様に、進み出た鈴蘭が落ち着き払った声で告げた。

 「リュータ、銃を下ろそう。」
 「なっ…なんだとテメェ!?どっちの味方だ!?」
 
 鈴蘭は自身の得物に手を触れてもいない。
 ただ一貫して傍観する様な姿勢を保っている。

 「テメェもアルハザンを追ってたんじゃ「あのね、私とリュータじゃ目的が違うの。」
 
 言い募ろうとするリュータに言い聞かせるように鈴蘭は告げる。

 「私はただこの大会で悲しい事が起こらない様にするだけ。リュータが死んでも悲しいし、アルハザンの誰かが死んでも悲しいの。」
 「じゃぁガーベスは何だ!あいつの事は「彼なら、あの後すぐに私の仲間が助けたよ。」

 その言葉は、怒りと恐怖に凝り固まったリュータの中で劇的な反応となった。
 
 「てめぇ!!」

 反転し、銃口が鈴蘭へと向けられ
 しかし、それよりも速くVZの愛剣の切先がリュータの喉元へと突き付けられた。

 「あ、う……!?」
 「鈴蘭を狙うのは、ダメダメ。」

 人間には知覚不可能な速度だった。
 首に冷たい感触があったのは解ったが、それがVZの剣の切先だと気付いたのは声を掛けられてからだった。

 「て、てめぇら…!」
 「不様ね。」

 今まで沈黙を保っていたエルシアまで冷めきった声で告げる。
 
 「あなたの標的は何?」
 「あ……」

 そうだ。
 少なくとも鈴蘭ではない。
 自分が狙うのは、今そこで銃口が外されてほっと胸を撫で下ろしている優男の筈だ。
 それが何でまたVZに剣を喉元に突き付けられなけりゃならない?

 (オレは…逃げちまったって言うのか…?)


 激情に駆られて銃を向けてしまったとは言え、アーチェスから逃げる口実のために鈴蘭を狙ってしまった。
 そこで漸くリュータは腕を下ろし、そのまま項垂れた。
 それを見たVZも剣を下ろし、鈴蘭の元に戻る。
 そして、ザジは疲れた様に溜息をついた。

 「ったく、余計な茶々入れてくれちゃって…。」

 面倒そうな様子を隠す事もなかったが、ザジは未だに銃口を下ろす事は無かった。

 「ったく、余計な茶々を入れるなよ。こっちの本命はあんたなんだから。」
 「「っ!」」

 極自然に鈴蘭へと向けられた銃口は、そのまま一切の遅滞無く引き金が引かれ
 パンッ!と、ダンジョン内にまたも銃声が響き渡った。



 

 
 (さて、どう動くべきか……。)

 正直、ここでリュータに死なれると困る。
 それは勿論鈴蘭とVZ、アーチェスとザジにも当て嵌まる。
 
 (だが、少なくともこの場で人死にが出る事だけはない。)

 何せ鈴蘭がいるのだ。
 あの楽しい事が大好きな鈴蘭が、だ。
 悲しい事が起きて、皆が楽しめなくなるという事態は絶対に避けられるだろう。
 
 (リュータに退場されるのも、な。)

 彼はアルハザンに、魔人に対し強烈な負の感情がある。
 もし今後魔人勢力がこの都市に移住する事となった場合、リュータが率先して過激に魔人を警戒・監視してくれれば、他の者達が彼らを迫害する事も少ないだろう。
 もしも彼らを本気でどうこうするとなれば、それこそエンジェルセイバーを投入する位しか手が無い。
 そうでなくても、この都市は聖魔王一派の御膝元。
 下手な事をすれば、死にはしないが一生毟られる事は十分あり得る。

 (優先すべきは情報収集の続きだな。本当にこの先に行方不明者達捕えられているかどうか確認したい。)

 気配を周辺に溶け込ませ、呼吸を抑え、アーチェス達の視界から焦れったくなる程にゆっくりと消えていく。
 一流の暗殺者でもできるかどうか解らない程に、見事な気配遮断スキルだった。
 
 (マリーチには意味が無かったが、教皇すら騙しおおせたこれならば気付かれる事もあるまい。)

 するりと、まるで野生動物の様にひでおは険悪な空気の流れるその場を後にした。




 (ここまでだな…。)

 ひでおは暫く進んだ後に足を止めた。
 
 (戦闘…それも複数の者が大型の魔獣を相手取っているか…。)

 何処で入手したのか、掌サイズの高性能集音機を地面に当ててそこから聞こえる音を分析していく。
 最初はもう少し奥に行こうかと思ったのだが、不意に床下から震動を感知したひでおは素早く物陰に移動すると集音機を使用した。
 勿論、ダンジョンの分厚く頑丈な床を隔てている訳だから、生身では殆ど感じられない。
 しかし、2000年も研鑽し、錬魔し続けた経験を持つこの男にとってほんの僅かな震動を感知する事位は可能だった。

 ちなみにこの震動感知、基本的に妹と同じ城に住んでいた頃に、廊下や部屋で彼女の足音を察知するためだけに磨かれたものだったりする。
 しかし、相対的に夜討ち朝駆けが増えたので、更に別の察知手段を必要とする事となったので役に立ったかどうかは微妙な所だ。
 気配遮断スキルも元は妹対策なのが、ひでおのひでおたる所以だろう。

 それはさておき

 聞こえて来る音の中に爆音や衝突音だけでなく、どうも魔導力が多量に込められた音声もあるのだ。
 明らかにただ事ではない。

 (今回はここまでだな…。)

 潮時だと、ひでおは判断した。
 これ以上の潜入はリスクが大き過ぎる。
 向こうの騒ぎもそろそろ収束する事だろう。

 (最悪の事態だけは避けねば、な。)

 そして、ひでおはその場から撤退した。






 パンパンパンパンタタタタタガゥンガゥンダンダンダン!!!!

 突如展開された激しい銃撃戦に、ダンジョン内は途端に騒がしくなる。
 物騒な空気にダンジョン内の魔物達も空気を呼んだのか、命が惜しかったのかは解らないが、全く近寄ってくる気配が無い。
 
 「ねぇねぇカッコ!なんかヒデオ君がいないけど知らない!?」
 「え~私解らない~。リュータは何か知ってる?」
 「あぁ!?あいつら出てから回りに気ぃ配ってられるかよ!」
 「…親父、不味いんじゃない?」
 「ですね……鈴蘭様ー、すいませんがうちのザジ君もそろそろ弾切れになりそうなんですが……そちらはどうですか?」
 「えー?もうー?」
 
 アーチェスの言葉に、詰まらなそうに鈴蘭が返す。

 「うーん、私達の方ももう無いかな……あーあ、折角楽しかったのに。」
 「あ、そうですか。良かった良かった。それじゃぁですね、失礼を働いたザジ君には私かたきっつーーーく言っておきますから……ここは示談という事で一つ。」
 「うん、いいよー。」

 いともあっさりと了承された。

 「は、はぁ!?リリー、お前命狙ってきた相手に…!」
 「別に死んだ訳じゃないし。」

 その言葉に、リュータは寧ろ違和感を抱いた。
 いくらなんでも行き過ぎている。
 どうして笑っていられる。

 「それに私、会ったの初めてだけどそんな感じの悪い人じゃ無さそうだし。」

 どうして、そんな簡単に笑顔を作れる!

 「騙されてんだよ!解らねぇのか!?あいつはそうやって人間を騙して取り入って利用して!気付いた時には…!」
 「だったら、その時だよ。」
 「は…?」
 「だったら、その時は私達が地獄を見せてやるだけだよ。」

 鈴蘭は笑った。
 その笑みはリュータが今まで見た、あどけない無垢な笑顔ではない。

 「私は兎も角、私の仲間達はね。一線を越えられて黙っていられる程甘くはないんだよ。地獄を見せようと思ってるのなら、それ以上の地獄を見せる。だって、私達にはそれだけの力があるんだから。それが聖魔王っていうものなんだよ、リュータ。」

 その陰惨かつ凄絶な笑みに、リュータの背筋は総毛立った。
 自分と同じ位のこの少女がどんな経験を持っているのかは知らない。
 だが、彼女はきっと自分には想像もつかない生き地獄を歩いてきたのだけは断言できる。
 それを知り、それを使役できるからこそ、彼女は聖魔王なのだ。

 「だったら何も急ぐ事は無いよ。地獄を見せるのは、地獄が始まってからで良い。なら何処まで突っかかってこれるか見ようよ?その方がずっと面白いし、ずっと楽しいよ。ねぇ、リュータはそう思わない?」

 リュータは己の認識が間違っていた事を悟った。
 まともじゃない、否、まともである訳がなかったのだ。
 人間でありながら常識の外側の、その極地である者達を率い、さらにその同類達とぶつかり合い、生き残った女なのだ。
 リュータはただ、漸くその片鱗を垣間見ただけなのだ。
 
 リュータが息を呑む間に、鈴蘭は立ちあがって歩いていく。
 その後に続くVZが、リュータを振り向きにこっとVサインして告げる。

 「大丈夫!問題ないない♪」
 (なんて連中だ…。)

 単に度量が広いとか、そう言う話ではない。
 信じるものがあり、それに足る実力を持ち、その使い方を心得ている。
 故に恐れず、怯みもしない。
 如何なる艱難辛苦すら、彼女達にとっては人生の彩を添えるためのものに過ぎないのだ。
 
 アーチェスもザジを連れて元いた場所へと戻っていく。
 それを見て、リュータは壁に拳を叩き付けた。
 皮膚が破れ、血が滲む。
 壁は傷一つ付いていない。
 その惰弱、脆弱さに思わず自嘲の笑みが浮かぶ。

 「オレにも……力さえあれば…ッ!」

 視界に入った瞬間に、殺せていれば。
 鈴蘭の静止も、ザジという障害も、何もかも跳ね返す力さえあれば。
 そうであれば、有無を言わさず殺せたというのに。

 「…もう、名前は忘れたのだけど。」

 エルシアがアーチェスの去った方を向けて呟く。

 「知ってるわ。あなたがアーチェスと呼ぶあの男。」
 「な、に…?」
 「えぇ。だから懐かしいと感じたのね。」

 納得した様に頷くエルシアは、直ぐに興味を失った様に視線を戻す。

 「お母様の側近だった男よ。」
 「先代魔王、の…?って事は、あいつも円卓の…?」
 
 ふるふると、エルシアは首を振って否定した。

 「お母様が先遣隊としてこの世界にやってきた時の側近だったの。」
 「じゃぁ、あれか。あいつも生粋の魔族ってことか?」
 
 エルシアは今度は肯定した。

 「ノルカとソルカが言ってたわね。アルハザンは魔族の復権を目指していると。」
 「…確かにそう言う事なら当て嵌まるが…。」

 復権とは、元あった権威を取り戻す事だ。
 つまり、当初からそれを持っていた者達にこそ当て嵌まる。
 だとすれば…。
 リュータが内心で考えた事を、エルシアは率直に口にした。

 「あなたの敵う相手じゃなかったわね。」
 「だな。」
 「?」

 素直に認めたリュータに、エルシアは疑問の視線を向ける。

 「お前やリリーにVZ、さっきのザジにアーチェス……オレは、まだまだ弱い。」
 「解っているのなら」

 諦めるのか?
 そう口にしようとしたエルシアを、リュータは手で制した。

 「解ってんだよ、人間が魔人や魔族にそう楽に勝つなんてできない事はよ。」
 「ならどうするの?」
 「鍛える。」

 リュータはそんな当たり前の事を言った。
 
 「身近に人間のくせしてぶっ飛んだ奴がいるからな。そいつに頼み込むつもりだ。」
 「ヒデオに?」

 あぁ、と頷くリュータの瞳に、もう迷いは無かった。
 警察も司法も届かない、常識の外側のこの場所で、力を持った人外を殺す。
 だが、今の自分では絶対にできない。
 だからこそ、それが出来る可能性がある人間に教えを乞う。
 脳裏に浮かぶのは、人間でありながらなお人外に抗し得る数少ない猛者。
 
 (待ってろよヒデオ。)

 途中から姿を消していたが、よく考えればあの場の誰もそれに気付いた様子は無かった。
 つまり、その気になればひでおはあの面々を不意打ちする事が出来たのだ。
 その穏行を学ぶだけでも、リュータにとっては万金の価値があるのだ。

 「……。」

 メラメラと、背に烈火の如き炎を背負ったリュータを見て、エルシアは思う。
 先程まで、完全に火は消えた筈だった。
 それが今はこんなにも燃え盛っている。

 (不思議なものね。)

 これだから人間って面白い。
 すぐに壊れるというのに、他の誰よりも熱く燃え上がる。

 (もう少し、見続けてあげる。)

 歩き出したリュータの後を、エルシアはそっと追いかけ始めた。






 「なぁ親父。」
 「何ですザジ君?」
 「ちゃんと気付いてるんだろ?」
 「勿論です。」

 ダンジョン奥の拠点に戻る途中、ザジは懸念を口にした。
 
 「ヒデオさん、いませんでしたね。」
 「最初は確かにいた筈だ。けど…。」
 「気付いたら蛻の殻でしたねぇ。」

 ザジは魔人としては若い部類だが、強力だ。
 アーチェスに至っては齢数千年を超える、歴戦の魔族だ。
 その2人に気付かれずに姿を消す。
 生半可な実力でできる事ではない。

 「厄介過ぎる…。」
 「まぁレナさんが接触している様ですから、そちらに期待ですね。」

 ダメであれば、その時に考えましょう。
 そう言って、アーチェスは鈴蘭達との会合に意識を移していく。

 (あんまりぼったくられないと良いんですけど…。)

 彼の願いは勿論の事ながら敵わない事となる。






 「さぁって、どうなるかなー?」
 「にゃはは、鈴蘭ったら楽しそー♪」

 2人の少女が楽しそうに街を歩く。
 先程の銃撃戦の余韻は欠片もない。
 ウィンドウショッピングも、血沸き肉躍る闘争も、彼女達にとってはどちらも等しく娯楽なのだ。
 日常と非日常。
 普通なら区別されるソレは、彼女達にとっては些細なものなのだ。

 「さーて、会場のセッティングしないとね♪」
 「おー臨時収入だね?」

 どん位ぼったくろうかなー?
 そう呟く少女の姿に、聖魔王としての絶大な影響力を感じる者はいなかった。
 
 




 「うふふ…くすくす♪」
 「マリーチ、また何か視えたのですか?」

 白のローブを纏った少女が笑みを零し、シスターが声をかける。
 容姿こそ美少女と美女なのだが、実力だけを言えばこの都市でも最上級の2人だった。

 「そうよ。でもダメ。まだ速いわ。」
 「そうですか…。」

 こうやって焦らされるのも何時もの事。
 シスターはそう割り切ると紅茶を淹れる準備を始める。
 幸いにもこの隔離空間都市でも高級茶葉は入手できるのだ、チケットさえあれば。

 「もうすぐ歴史が動く。」

 くすくすと、童女の様に無垢に、あどけなく、清純に笑う。
 イトシイヒトは、きっと歴史の節目に立ち会う事だろう。
 否、寧ろ積極的に変えていくに違いない。
 より良くなると判断すれば、彼は躊躇い無く踏み込む。
 自分が、自分達が愛した男はそういう奴なのだ。

 「あぁ楽しみ…。」
 うふふ…くすくすくす♪

 今はまだ、少女は視続けるだけだった。












ハッピィィィィィィィィィ……ッ
 ニューイヤァァァァァァァァァァァァァアアアアッッ!!!!!!!!!!!

 読者の皆さん、理想郷の皆さん!
 今年もよろしくぅぅぅぅ……お願いしまアアァァァァァァすゥッッ!!!!!!!!












[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!第二十一話UP
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2012/01/10 16:05
 第21話




 商業区内、某高級中華料理店にて
 本日は魔殺商会とアルハザンの会談のために貸し切り状態であるが、普段は満員御礼の人気店だ。
 無論、払いは金に汚い魔殺商会ではなく、アルハザン側にある。

 「ほんっとうに申し訳ありませんでした!ほらザジ君も謝って!助けてもらったガーベス君は特にしっかりと謝って!!」

 アルハザン側のメンバーは3人。
 先程から頭を下げるアーチェスに、仏頂面のザジとガーベスだ。
 対して魔殺商会側は鈴蘭を筆頭にみーこ、VZ、リップルラップルだ。

 「ほら、こう言ってるんだしリュータも座ったら?」
 「良いって言ってんだろ。不倶戴天だ。同じ空気吸ってるってだけでも気にいらねぇのに、同じ卓なんて囲めるかよ。」
 「小僧、今日はお嬢はおらぬのかの?」

 ついでにリュータもいる。
 みーこの残念そうな声に、リュータも毒気を抜かれたのか、一転して苦笑しながら返した。

 「あー、あいつ箸が苦手なんだと。」
 「ふふ、左様か。お嬢らしいよ。しかしもったいないの。こんなに美味いものを食べられぬのだからの。」
 「にゃ~!?みーこ様、それ私のフカヒレーー!!ひどーい!」
 「マーボーなの。ヒリ辛で、美味しいの。」

 フリーダム過ぎる面々は、アーチェスの真摯な謝罪など聞いちゃいなかった。
 まぁリュータからすれば滑稽だったが、ザジとガーベスは勿論面白くない。
 職員室に呼び出された悪ガキよろしく、「けっ!」という感じに不貞腐れている。
 
 「アーチェス様。そうは仰いますが、オレを半殺しにしたのはそこにいるリュータ・サリンジャーなんですよ!」
 「へぇそうかい?半殺しで済んで良かったなガーベス。オレも人殺しにならなくて良かったぜ。」
 「貴様…ッ!!」

 売り言葉に買い言葉。
 リュータの言葉に激昂したガーベスが己の得物に手をかけ、立ち上がろうとする。
 しかし、その瞬間にウェイターからメイドまで、その場にいた全ての店側の人間が思い思いの得物を抜き放った。

 「く……!」

 明らかどころか眩しい位の形勢不利に、ガーベスは剣を引いた。
 事を起こそうものなら、ここは即座に敵地と化す。
 増してや相手は聖魔王一派。
一見ウェイターやメイドであろうが、油断はできない。
 更に言えば、目の前には聖魔王の擁する最大戦力であるみーこが坐している。
 迂闊な事をすれば、ぱっくん、である。

 「あたしらもこんな事より高級中華食べたいっすよぅ…。」
 「だめだめ。クラリカさんはちゃんとお給料分働いてください。」
 
 モーゼルを持った物騒なメイドががっくりと項垂れるが、彼女の名を聞いた瞬間にザジとガーベスは盛大に顔を引き攣らせた。
 以前はよく聞いた名前の元神殿協会異端審問会第二部のシスターの存在に更に危機感が募ったのか、アーチェスは必死の形相で部下2人を宥めに走る。

 「ほらガーベス君、皆さんに御手数掛けないで!元はと言えば私の言葉を乱暴に取り違えた君が悪いんですからね!座って座って!」
 
 アーチェスの言葉にガーベスは漸く腰を下ろし、そっぽを向いた。
 ザジはザジで頬杖をついて顔を横に逸らしている。

 「本当にすみませんねぇ…何だかお騒がせしちゃったみたいで。」
 「まぁいいけど…地下の事はどうなの?」
 
 一切誤魔化さずに、鈴蘭は直球で切り込んだ。
 
 「こんな事のために出てきたんじゃないでしょ?それなら通りすがりの参加者のフリをする必要は無いし。」
 「あはは、流石にそう思っちゃいますよねぇ。魔殺商会のリリーさん……もとい、聖魔王鈴蘭様とお呼びするべきでしょうか?」

 それまでの気弱な様子は消え、つい、と眼鏡の橋を持ち上げるアーチェス。

 「私はどっちでも良いですよ。この場の人は皆知ってますし。」
 「で、あそこに何があるの?」

 にこにこと、笑顔で鈴蘭は尋ねた。
 しかし、その瞳は一切笑っていなかった。
 嘘偽りは許さない。偽ったら………解るな?
 そんなプレッシャーを滲ませながら、聖魔王は詰問した。
 それにザジとガーベスの2人は気後れした様に、グビリと喉を鳴らした。

 「貴方達を追っているリュータが、その師匠である大佐のサインを見つけた。そこから進もうとした絶好のタイミングで、貴方達は現れた。撃ちあいをする内にうやむやにして、話し合いを理由にあの場所から引き離させた………ねぇ、あそこは貴方達にそんなに価値があるの?」

 少し首を傾げながら、目は一切笑っていない鈴蘭。
 これをもし元勇者現フリーターの青年が目撃してしまったら、即座に地球の裏側にまで逃げるであろう恐ろしさがあった。

 「いえ、そんな大したものじゃなくて……アジトがあるんですよ。私達アルハザンのアジトが。」
 「へ?あんなダンジョンの奥深くに?」
 「はい、これが本当の抵抗地下組織…なんちゃって♪」



 その時、空間が完全に凍りついた。
 アルハザンも聖魔王一派も、問答無用で固まった。
 まるで液体窒素で空間を満たした様に、その場の誰もが状態:沈黙&凍りとなっていた。

 

 「………………………………………………親父。」
 「あのー……私ったらまた滑っちゃいましたか?」
 「………もう何っ度も言うけどさ、いい加減ギャグのセンスが無い事解れよな…。」
 「えっと、ガーベス君は…。」
 「申し訳ありません、ノーコメントという事で…。」
 
 アーチェスに味方はいなかった。

 「寒いの、寒過ぎるの……。もっと、ヒリ辛を持って来るの。」

 リップルラップルに至っては震えながら召喚したであろう毛布を羽織って、追加の料理を注文していた。
 それら諸々を無視して、鈴蘭は一切揺らがずに尋ねる。

 「地下組織はいいよ、別に。私が知りたいのは何に抵抗しているか。それは、私達と相反する思想?」
 「そうですね、そこだけははっきりさせておきましょう。」

 そう言って一息入れるアーチェス。
 その表情は真剣さも狂気も熱意も無く、ただ遠くを見ている、達観した風にさえ見える穏やかなものだった。

 「私達アルハザンは、この世界に抵抗する者です。」
 
 そして、世界に異を唱える男の昔語りが始まった。








 丁度その頃、某アパートの一室にて

 「………………。」

 ひでおは部屋の隅で座禅した状態で完全に静止していた。

 「あ、あの、ますたー?今度は一体何を…?」
 「……………。」

 パートナーたるウィル子が恐る恐ると言った風に話しかけるが、完全に無視。
 ひではただ沈黙を保っている。
 
 「だめねぇ、完全に考え事に集中してるわ。」
 「前にもこういう事があったんですか?」

 ヤンデレ一号純白魔法少女のマリーの言葉に、ヤンデレ二号グラップラーシスターことマリアが問いかける。

 「たまにねぇ。並列思考の全てを一つの物事に集中させたりするとこうなるの。」

 通常、どんなに集中していても人は外界からの刺激によって意識を内から外へと戻す。
 ただ並列思考が可能な者は少々事情が異なる。
 並列思考は本来使用されない脳の空き領域を効率的に利用するための技術だ。
 しかし、全ての空き領域を使用すると、想定していない「刺激」には非常に無防備・鈍感になってしまう。
 作業にあまりに熱中してしまうと、指や手に多少の怪我をしても痛みに気付かなかったりする事があるが、その拡大版だと思えば良い。
 特にひでおの様に空き領域が殆ど存在しない程に並列思考を使いこなしている者はこの傾向が強い。
 そのため、大抵の場合は並列思考の内一つ以上を必ず外界へ向けるように決められているのだが……。
 
 「信頼されている、と判断して良いのでしょうか…?」
 「けどますたーの事だから…。」
 「友人以上恋人未満、といった所かしらねぇ?」
 「…………切ないです。」
 
 はぁ…とその場にいた三人の乙女が溜息をついた。

 「いっそ何か悪戯でもしますか?」
 「ほう?」
 「へぇ?」

 マリアの零した一言に、ウィル子とマリーがギラリと瞳を輝かせる。

 「…言っときますが、冗談ですよ?」
 「ウィル子、カメラってある?」
 「PC内蔵のものならあるのですよー。」

 笑顔のマリアの質問に、やはり笑顔で応えるウィル子。
 ……この二人、本質的には秩序を守る天使と混乱を齎すコンピューターウィルスと対極にありそうなのだが、嗜好の面は見事に一致しているらしい。

 「や、止めなさい2人とも!淑女としてはしたないと思わないんですか!?」

 これからどんな事が行われるのかを2人の雰囲気から察知したマリアが赤面しながら止めに掛かる。
 もっとも、彼女1人が常識を声高々に主張したとしてもこの2人には意味が無い。

 「あら?貴方は見たくないのかしら?」
 「にほほほ、本当は興味ある癖に~。」
 「失礼な事を言わないでください!婚前前の女性が男性に、い、如何わしい事をするなど言語道断です!」

 しかし正論に意味は(この場においては)無い。

 「まぁ待ちなさい。これは確認のためよ。」
 「…一応聞いておきましょう。」

 胸元に待機させている神器を何時でも取り出せるようにしながら先を促す。

 「将来私達はハーレムだろうが何だろうが、ひでおと良い仲に成る事は決めているわね?」
 「えぇ、その通りです。」
 
 キリリと真面目な声音のマリーに、ついついマリアも真面目な調子で返す。

 「でもその際、経験の無い私達でひでおは満足するかしら?」
 「………………………………はい?」

 あまりの言葉に目が点に成るマリア。
 まぁ長い事一緒にいる相方が突然そんな事を言い出したらそうなるだろう。

 「そう言う訳で、私達はひでおの(ピー)を確認して将来の予習をしておくべきなのよ。」
 「なんでそうなるんですかぁ!?!」

 余りと言えば余りの爆弾発言に、遂にマリアは神器を取り出し振りかぶる。
 その威力はSランクの魔物も一撃で撲殺可能、マリーには屁でもないだろうがそれでもタンコブ位はできるだろう。

 「あら、ここで暴れるの?」

 そうだった。
 ここはダンジョンでも戦場でも、ましてや区画全域が特殊装甲と各種防御・修復魔法で守られたイスカリオテではない。
 マリアが全力で神器を振るえば倒壊の恐れすらあるごく普通のアパートなのだ。
 
 「ッ!」

 慌てて急制動をかける。
 だが、神器「神聖具現」は全長3mの巨大な十字架、質量もそれ相応のものがあり、咄嗟だったので殆ど本気で腕を振ってしまった。
 加速した神器を止めるために腕に逆向きに腕を動かすには、支えとなる足はどうしても踏ん張らなければならない。
 結果として、マリアは隙だらけになってしまう。

 「えい♪」
 「んんッ!?」

 勿論それを見逃すマリーではなく、一瞬にしてマリアは複数の拘束系の魔法でがんじがらめにされしまった。
 ……縛り方が亀甲縛りなのはネタなのか趣味なのか判断がつかないが、それはさておき。
 
 「って、神器が起動しない!?」
 「うふふふふ、対処済みよ。」

 正確には神器を起動させるための感覚が誤変換或いは送信に失敗しているので、普段の様に起動できないのだ。
 無駄な所で「億千万の目」としての本領が発揮されていた。

 「うふ、うふふふふ♪」
 「には、にはははは♪」
 「あ、あぁぁああぁぁぁ…っ…。」

 現状を把握したマリアが絶望の吐息を零すのに対し、電子ウィルスと堕天使は満面の笑みを零す。

 邪魔者はいなくなった。
 後は獲物(と書いてひでおと読む)をどう頂くか。
 
 「さぁさぁお楽しみの時間なのですよ~。」
 「うふふ、録画は任せたわウィル子ちゃん♪」
 「電子機器ならお任せあれ!このカメラならブルーレイハイビジョンでばっちりなのですよ!」
 「うふふふふふ…♪」
 「にょほははは…♪」
 「ごめんなさい先生…無力な私を許してください…。」

 せめてばっちり心のマイピクチャに記録しますので。
 マリアもまた2人と大して差は無かった。







 (まさか、とは思っていたが……。)
 
 ひでおは今までに得た全ての情報を整理していた。
 異空間に浮かぶ大都市と、そこにいる人間とそれ以外に者達。
 地下ダンジョンの構造と、そこに巣食う者達。
 聖魔王一派の方針と、アルハザン側の思惑。
 そして、金髪聖人ことバーチェス個人の能力とその思惑。

 一つ一つはまるで別々の案件だが、「二度目」で得たひでおの内の膨大な知識と経験はそれらの隙間をまるで建築の様に埋め、繋いで、予想し得る複数の結果へと導いていく。
 ことイスカリオテ最高幹部であった自分を含めた金髪聖人・蛇目シャギーの三人に関しては未来予知染みた予測が可能だ。
 嘗て2000年もの間、死力を振り絞って働き続けたのは伊達ではない。
 
 仕事を部下に押し付ける蛇目シャギーに、部下の仕事を手伝いまくった過労により倒れる金髪聖人に、何時果てるとも知れない白い山脈に挑むが偶に脱走を試みるえるしおん。
 3人が3人とも他2人を生かさず殺さず、どれだけ効率よく仕事を押し付けるかを競い合っていたあの長い日々。
 3人の内誰もが仕事漬けになってもそれを解決できるだけの能力があったからこそ、人外の知識すら利用した3人の不毛な戦いに終わりは無かった。
 時に勝利し、時に敗北し、時に部下に休暇を出してその分働いていたえるしおん。
 時に勝利、時に敗北し、時にフィエル・エルシア母娘の接待をさせられる蛇目シャギー。
 時に勝利し、時に敗北し、時に休日の家族サービスで更に酷使される金髪聖人。
 イスカリオテ機関上層部の面々の当たり前の日常であった。

 懐かしい日々を回想するのはさておき。
 多少この世界でのアーチェスと二度目における差異はあるものの、そこら辺はウィル子に情報収集してもらったので、それらを考慮に入れて修正を施していく。
 更に比較的可能性の高い複数の結果を適宜情報を追加して再び比較・検討していけば、答えは徐々に少なくなっていく。
 そして、結果は2つに絞れた。

 (支配か、それとも死ぬ気か?あのバカ者が…。)

 自分よりも馬鹿真面目な気質のあるあの男が何故、とも思う。
 だが逆に言えばだからこそ、と思いもする。
 しかし、しかしだ。

 (止めねばなるまい。)

 彼はこの世界に必要な人材だ。
 能力・経験・人格・人脈。
 武力と知名度ではダントツな聖魔王一派に足りてない数少ない要素をアルハザンは、アーチェスは持っている。
 それに、彼ならきっと鈴蘭に突き付けるだろう。
 「世界」というものの重さを、その底辺に住む者達の思いを。
 それはきっと彼女を大きく傷つける。
 だが、それは彼女が大成するには絶対に必要なプロセスでもある。

 (となれば、オレがすべきはやはり……。)

 如何にしてアルハザン側を止めるか、その一点に尽きる。
 
 (幸い、この流れに気付いているのはアルハザンを除けば今現在オレだけか…。)

 もしかしたらアルハザン側でも全員が把握している訳ではないかもしれない。
 それだけ、ひでおが辿りついた可能性は破滅的で、独善的で、馬鹿らしいものなのだ。

 (後は実際にこの目で見て判断すべきだな。)

 思い立ったが吉日、ひでおは自己に没頭していた思考を外界へと向けた。






 
 「えーと……。」

 これは一体どういう事でしょうか?
 ひでおさん達が住む部屋に、お隣さんとして作り過ぎた昼食の余りを持って来たのですが……何だか妙な事態に遭遇してしまいました。
 ひでおさんが仰向けに布団の上で寝て、マリアさんが亀甲縛りで放置されて、ウィル子さんがビデオカメラで撮影していて、マリーさんがひでおさんを脱がそうとしていて……あれ?何だか脳が理解するのを拒否している様な…?

 「ま、混ぜてください?」
 『いかん!?いかんで御座るよ美奈子殿!?そっちに染まっちゃダメー!?!』
 
 はっ、あまりの光景に思考が変な方向に。
 えーとえーと、今本官がすべきなのは…

 「む?何だ一体?」

 ひでおさんが目を覚ました様です。

 「あら、おはようひでお♪」
 「……………マリー、取り敢えず服に手をかけないでくれ。」

 押し倒されて着衣の乱れがあるひでおさん、馬乗りになって服を脱がそうとするマリーさん。
 はぁはぁ息を荒げながら撮影するウィル子さん、縛られているのにしっかり事の成り行きを凝視しているマリアさん。
 本官の頭の中で全てがぴたりと嵌りました。
 同時に顔面に血液が集まるのが自分でも解ります……原因は羞恥:怒りがそれぞれ3:7位で。

 「じ、児童福祉法34条違反容疑で全員逮捕ですー!!」

 と、取り敢えず皆さんお説教です!

 結局、何時も通り岡丸を振りかぶって突撃する美奈子(会計課勤務・交通課志望)であった。











 どうも岡丸の声が最近知名度の上がってきた某パシリ忍者の声に変換されてしまうw







[21743] 【ネタ】それいけぼくらのまがんおう!特別編IFEND UP
Name: VISP◆773ede7b ID:b5aa4df9
Date: 2012/01/10 16:06
それいけぼくらのまがんおう特別編 IFEND






 「地下から上がってくればこれ、か……。全く、やはり騒動とは縁が切れないらしいな。」


 
 そう呟いたひでおの周囲では、次々と世界有数の実力者達が倒れ伏していく。
 聖魔杯最終決戦のスタジアムで、世界を手にする権利を得られるだけの実力を持った者達が、だ。

 空を仰ぐ。
 そこには、今まで誰も見た事の無い様な、満天の暗黒が広がっていた。
 或いは、外宇宙や深海の様な、太陽の光すら届かない様な場所なら、これに似た暗黒を見る事ができるかもしれない。

 「バイバイ、パパ。そして死ね、屑共。私をいらなかった世界!屑の住む世界なんて、消えて、無くなれェェェェェェェ!!!!!!!」
 「やっても構わんが、意味は無いぞ。」

 水を差す様なその言葉に、会場中があっけに取られる様に沈黙した。

 「何言ってるの、ひでお君?これはあの地下の岩盤を最後に開けるためのものだよ。本当に核を……。」
 「知っているとも、確認したからな。だからこそ、押しても意味は無いと言っている。」
 「そんな、馬鹿な事……!」

 そして、押された。
 しかし、何も起きない。

 「余計な犠牲を出さないためにも、遠くから中継器を介して爆破する必要があった。なら、中継器を使えなくすればいい。幸い、目に付く場所に堂々とあったから細工は簡単だった。」



 地下洞窟内で穴掘りをさせられている間、ある程度アルハザン側の狙いはほぼ完全に予測できた。
 ザジの様な魔導力に依存しない手練だけが配給に現れ、それ以外は殆ど姿を見せないし、エレベーターの構造や地震の原因etcetera……。
 アルハザン側の企みを知るため、然したる抵抗もせず、ウィル子に伝言だけを残して去っていったのだが……なんともまぁ、あの金髪聖人らしからぬ真似をするものだ。
恐らく、摩耗してしまった結果なのだろう。
「えるしおん」も2000年以上芽の出ない行いを続けていたら、流石に発狂していた事だろう。
 


 「そうだろう、ウィル子?」

 そう呟くと、傍らにすっ…と姿を現す者がいた。
 既に子供の姿ではなく、女性と少女の中間とも言える姿で彼の相棒が立っていた。
 大人びた微笑みに妖艶な黒の衣装とそこから延びる肢体。
 驚く程の成長だが、ひでおは全く内心を出さない。
 今、自分達をこの会場の誰もが見ている。
 彼らの意志を集め、ウィル子に注がなければならない今、驚きの感情を表に出す訳にはいかない。
 あくまで泰然とした様を周囲に見せつけなければならない。
 そうした姿は人々から期待という意志を引き出していくからだ。
 
 「…何故……あそこは私の転送陣からしかいけない筈……。」
 「いやー魔術的な偽装は凝ってましたけど、電子的に見ては結構杜撰でしたよ?御蔭で殆ど出番が無かったのです。」

 疑問を露わにするアーチェスに、ウィル子はさも楽しそうに解答を述べる。
外との連絡役程度にしか働いていなかったし、殺されそうになって鬱憤が溜まっていたのかもしれない……まぁ、周囲には余裕に見えるので、良しとしておこう。

 「…霧島嬢、理解できたか?オレは、オレ達は優勝が目的なんじゃない。誰も死なせないために来た。それは、君も例外じゃない。」
 
 顔を上に向け、全天を埋め尽くす暗黒に向かって正面から告げる。

 「誰一人、あれに殺させたりはしない。オレ達はただそのために今ここにいる。」

 宣戦布告、それもかの『億千万の闇』に向かって。
 天界が全力を出してもまだ止められぬとすら言わしめるそれに、ただの人間が正面から告げる。

 「…ほん、とに……本当、に……?」
 「あぁ。事が終わったら、今まで通りの明日にする。」

 そこで、レナは全身から力が抜けた様に、その場にくず折れた。
 その顔には、もう狂気は無く、ただの童女の様な期待に満ちた眼差しがあった。

 「娘をこの手に掛けずに済んだ事は礼を言います。ですが…暗黒神は既に蘇りました。貴方達に止められるとでも?」
 「逆に言うが、お前には止められるのか、暗黒司祭?如何に聖魔杯と言えどその大元は多くの神々の力の結晶だ。その更に上を行く暗黒神を、お前がどうこう出来るのか?」
 「そういう契約ですので。」
 「なら、今すぐ魔人以外への干渉を止めてみせろ。現状は貴様の意志に即しているようには見えない。」
 「………ッ……。」

 返ってくるのは無言のみ。
 やはり、無理だったか。
 まぁ、どの道防ぐのだから、意味は無い。
 
 「…すぐ見透かされる程度の欺瞞なら無駄よ。暗黒神は眠りを妨げる者に容赦しない。地上は闇に埋め尽くされるわ。」
 
 今や地べたに這い蹲っている有様のエルシアを皮切りに、同調する様に幾つかの声が上がる。
 そのどれもが諦観を露わにするものである事から、やはり敵わないのだろう。
 

 だったら、常識(ルール)なぞ端から無視すれば良い。

 
 魔法的なアプローチだけでは、あれをどうこうする事は出来ない。
 なら、真逆の方向から行けばよい。
 科学的な観測上あれはただの闇、光が存在しない空間に過ぎない。
 なら、極大の光を以て照らせばいい。
 生憎と太陽神の類はこの場にはいないが、それでも十二分に代役を果たせるモノは此処にいる。
 そして、そのために必要な燃料もまた、ここにある。
 なら、後は場を整えるだけで済む。


 「…ヒデオ君、もう良いでしょう。人間である貴方や精霊であるウィル子さんにとって、魔人がどうなろうと構わない筈です。」
 「どうしたアーチェス?さっきから、随分と焦っている様に聞こえるぞ?」
 「何を言って…」
 「恐ろしいか?企みがここまで来て御破算になるのが?」
 
 言って、にぃ…と口を僅かに歪め、言葉を紡ぐ。

 「言った筈だぞ。『オレ達』は来た、と。」
 「…まさか……ッ!?」

 そうして、会場中の視線が一点へと集中していく。
 他ならぬ、ウィル子へと。

 そう、信じればいい。
 彼女なら或いは、と。
 既に絶望に塗れた他のカミではなく、未だ未知なる部分を残す彼女だからこそ。
この状況を打破してくれるのではないか、という期待を抱く事が出来る。
それは、彼女への信仰へと繋がり、力へと変換されていく。

 「全力だ、ウィル子。一切合財出し切れ!!」
 「イエス、マイマスター!!」

 電子の精霊が両手を広げ、それと共に巨大な電光の両翼も開いていく。
 それこそが、異界の境界から外界へと繋がる神の見えざる手。

 「電子たるモノ我が元へ集え!電脳たるモノ我に従え!神器、『億千万の電脳』…発動ッ!!」

 瞬間、異空間から伸ばされた精霊の腕は、球面に落ちた水の一滴の様に、地球上に存在するありとあらゆる記憶装置を駆け巡った。
 数千年を超えて蓄えられた人類のありとあらゆる叡智を集め、掌握する。
 精霊は万能に及ばずとも全知に至り、それを以て新たな神はその相方と昨夜誓った通りに、導き出し、構築する。

 (………!!)

 ひでおの五体に凄まじい負荷がかかり、意識にノイズが走る。
 覚悟していたにも関わらず身体が押し潰されそうな感覚を受けるが、それこそが彼女が「解答」に至った証拠だと悟り、膝をつくだけで何とか耐え切る。
 
 「どうやら、ハッタリもここまででしたか。」
 「…そうでも、ない。後ろを見ろ。」

 そして、誰もが驚愕した。

 都市中央にあったセンタービル。
 その姿は既に無く、代わりにそれと同じシルエットの、しかし、全く別の用途のものがあった。
 砲身長400m超、有効直径50m超という、攻撃のための単一能なら、間違い無く
史上最大の兵器。
 超巨大なレーザー砲が、会場内の全てを見下ろす様に聳え立っていた
 

 (しかしマスター、これ以上はもう何も出ません。)

 脳裏にウィル子からの声が響く。
 そうだろう、あれを生成し、維持するだけでも相当の負担だ。
 これ以上は無理だ。

 (だが、起動すれば打ち払えるんだな?)
 (それは、まぁ…。でも、これ以上マスターから吸い取ったら、本当にマスターが…。)

 まぁ、そんな所だろう。
 元々、ノーリスクで勝とう等とは思っていない。
 だが

 (ウィル子、君達精霊にとって最も効率の良いエネルギー源は何だ?)
 (ますたー、何を考えているのですか?)
 
 だが、犠牲は最小限に留めなければならない。
 
 (ウランもプルトニウムもあれを動かすには幾ら用意した所で足りるまい。なら、手っ取り早くエネルギーそのものを作り出せ。)
 (はい?しかし、そんなものの元になるものなんて…)
 (質量保存の法則曰く、質量はエネルギーだそうじゃないか。それを使えば)
 (ですから、元となるものが無ければ…!)
 (あるじゃないか、ここに。)

 精霊や神といった人間以上のオーバーロード。
 精神に重きを置く彼らにとって、生贄という形で他者の精神、即ち魂を取り込む事は大幅に自身を強化する事に繋がる。
 今あの砲を動かす事ができずとも、『真摯な信仰を持った人間一人分の質量』なら十二分に目的を果たす事だろう。

(ダメです!認められません!)
(そうは言ってもな……。)

 こんな手よりも、もっと良い、最善の手があるかもしれない。
 犠牲を容認するような、こんな手よりも。
 だが、2000年の経験を積んだだけの凡人であるオレには、これしか考え付く事が出来なかった。
 ならば、凡人なりにそれを全うしてみせよう。
 それが、嘗て己が支えていたと自負していた世界から逃げ出してしまった、オレなりのケジメだ。
 
 (ダメ!絶対にダメです!)

 これ以外、オレに、オレ達に打てる手立ては、無い。

 (嫌です!嫌です!!)

 そして、もう考える時間も残されていない。

 「どうやら、結局ははったりだった様ですね。」
 
 掛けられた声に、ノイズ塗れだった視界が明瞭になる。
 アーチェスが寒々しい無表情で立ち、その手にサーベルを抜いていた。

 「あの大砲が起動する様子はありません。原因は貴方がたを見れば解ります。」
 
 冷徹な宣告に、それでもひでおはニタリと口の端を歪める。

 「所がそうでもない。まぁ、直ぐには動かせんのは正解だ。」
 「直ぐには…?」
 
 頷き、地に突いていた膝を上げる。

 「精霊に、カミにとって最も効率的なエネルギー源は信仰、要は人の意志だ。オレ一人からの供給量は少ないが、それでも徐々にだが力は溜まっていく。そうだな……あの砲を動かすには10分はいるかな?」

 無論、はったりである。
 たかだか一人の人間からの信仰では、あの砲を起動させる事は到底できない。
 この会場にいる人間全員分をかき集めても、まだ起動には満たないだろう。
 
 「たった一人分で、あの大砲が起動するとでも?」
 「お前、何を焦ってるんだ?」
 「は?」

 唐突な言葉に、アーチェスから間の抜けた声が漏れる。

 「なぁ、アーチェス。何であんたはとっととウィル子に切り掛からない?それとも出来ない程に弱っているのか?」
 「あなたは、一体どこまでッ!!」

 ウィル子を殺されれば、或いは無力化されてしまえばこちらは完全に詰みだ。
 だが、アーチェスはそれをしない。できない。
 既に力の9割以上を暗黒神に捧げてしまった彼には、もはや本来の身体能力と気力しか残っていない。
 無論それでも十分に脅威だが、ウィル子を退けるには不十分だ。

 「魔族のお前を倒すとしたら、今しかないって事だろう!!」
 
 馴染んだ神器、『狂い無き天秤』を手の内に召喚し、槍の様に構える。
 天界由来の数少ない神器にして、24の魔導力全てで構成された魔導具。
 二度目から引き継ぎ、三度目の今もなお自分に付いて来た「彼女」との契約の証明。

 (これを使うのも、今日が最後だな。)

 漠然と、今から起こる事を思う。
 
 きっと皆泣くだろう。
ある者は知己を失った悲しみで、ある者はひでおの行動への憤りで、ある者は自身への不甲斐無さで。
 
 だが、どんな大きな悲しみでも、この都市の者達ならきっと何時か乗り越えていく事だろう。
 単なる信頼か、それとも計算づくの予測か。
 どちらでもあるが…まぁ、前者の方が割合は多いと思いたい。
 こんな時でも冷静に計算している自分に、ひでおは内心で苦笑する。

 (全く、こんな事ならもう少し家族孝行をしておくべきだったか…。)

 三度目における家族を思う。
 両親に妹、自分には勿体ない程に皆優しく真っ当な心根の持ち主だった。
 すまない、と一言だけ内心で告げる。
 
 …見事に二度目の家族をスルーしている辺りにトラウマの深さが伺えるひでおだった。

 2000年、世界をどうにかできないかと足掻いてきた。
 その努力は……まぁ多少は実っただろうが、最早確認する事はできない。
 この三度目の世界で今しようとしている事も……ほぼ確実に確認する事はできないだろう。
 それでも良いと思う。
 元より、何か見返りを求めての事ではない。
 最初はただ成り行きで、次第に倒れていった者達から思いを継いで走り続け……気付いたらこんな所に来ていただけだ。


 「ますたー、何を考えているのですか!?そんなの…世界の事なんて他の人達に任せれば良いじゃないですか!?ますたーはもう十分に戦ってきたじゃないですか!?」
 「ウィル子。」

 泣きながら必死に静止の声をかけるウィル子を、ひでおは断固とした口調で呼び掛ける事で止める。

 「解った事が一つだけある。オレは、英雄にはなれなかったが、それでもこんなオレについてきてくれた者達から、結果的には背を向けて逃げ出してしまった。」
 「…ッ!?」

 今度は繰り返さない。逃げない。
 言外にそう告げるひでおに、ウィル子は絶句した。

 「君に、呪いを残す。」
 
 ただ傍らにいる少女に振り替える事すらしない。
 残すのは、たった一言だけ。

 「『私』の後を継げ。」

 それは呪いの言葉だ。
 世界が滅ぶその時まで、自身が滅ぶその時まで。
 永劫の彼方まで、この世界をより良き方向へと導いていけと。
 嘗て2000年もの間世界を導いていった漢の言葉。
 これから永くを生きていく少女を縛る言葉。

 「いや゛です!!」
 
 途端に返ってくる拒絶の言葉。
 嗚咽のせいで正確に発音する事すらできない。
 あぁこんな事を言いたいんじゃない、どうかこの人が思い留まる様な言葉を。

 「どうでも良いんです!ウィル子はもう!神なんて世界なんて!あなたなら無事なら、ウィル子は…!!」
 「君と出会ってからたった二ヶ月だ。そう嘆く程の」
 「一生です!!!」

 その叫びに、ひでおはほんの僅かに目を開く。
 
 「ウィル子がこの世界に生まれてからの一生です!!あなたが連れ出してくれました!あなたが導いてくれました!確かにあなたは多くを語ってくれませんでしたけど、それでもウィル子に多くの事を教えてくれました!あなたの生き方!あなたの矜持!あなたの経験を!ウィル子はウィル子は…ッ!」

 辛いな、とひでおは思う。
 だが、今から行う事は世界が続いていくには必要なプロセスなのだ。
 そこに誰もが涙する結末があったとしても、それは欠かせない結末だ。
 だから

 (世界が続いてくれるなら……まぁ、良いだろう。)

 二度目では失敗してしまったかもしれないけど、思いを継いでくれる者は確かにここにいるのだから。

 「君は、21世紀を望む神になれ。」
 
 嗚咽を漏らす彼女の傍ではなく、穏やかな気持ちで一歩前に、剣を構えるアーチェスへと踏み込む。

 「…まるで今生の別れの様ですね。」
 
 揶揄する様な言葉に、ひでおは口の端を吊り上げながら否定する。

 「誰も負けるとは言っていないさ。それにお前ではウィル子は殺せない事は証明された。で、どうするんだアーチェス?あの砲塔を止めるには、供給源であるオレを殺すしかない。」

 もっともただで殺されてはやらんがな。
 まるで肉食獣の様に歯をむき出すひでおに、アーチェスは構えを変える事で答える。
 
 「あなたには驚かされっぱなしですね。しかし、それもここまでです。召喚師の私だからこそ解りますよ。既にあなたもかなり『持っていかれている』でしょう。その神器の発動すらままならないのでは?そうなれば、私の勝ちは揺るぎません。」

 右手のサーベルを後ろに引き、左手を添えて半身になる。
 ただ速さだけを追求した突きの構えだ。

 「お前さんは、優しすぎるな。」

 呼吸を一つ、失敗は許されない。
 ただ相手の目を見ながら告げる。

 「漸くここまで来たんだ。今や人権や平和が世界中で叫ばれている。漸くお前の思想に世界が追い付いてきたのに、ここでお前はその努力を放棄するという。」

 何千年も待っていた。何千年も戦ってきた。
 その艱難辛苦を耐えてきた精神力こそ、二度目においてえるしおんがバーチェスを認める最大の長所だったのだ。
 …側近の残りの蛇目シャギーは……しぶとさ?

 「今ここでそれを放棄すれば、お前の背負ってきたもの全てに対し裏切りという結末を叩きつけるだけだぞ。それでもお前は構わないと言うのかッ!!!」

 ひでおの大喝に、しかしアーチェスは揺るがない。
 彼もまた傑物、既に己の道筋を決めてこの事態を引き起こしているのだ。

 「…何故、君の様な人間ともっと速く出会えなかったのでしょうか?何故、君の様な人間がもっと大勢いなかったのでしょうか?」

 耐えかねたかの様なアーチェスの静かな言葉に、ひでおもまた静かに返す。

 「これから出会っていけばいい。これからやり直していけばいい。事が終わって生きていたら、そう約束してほしい。」
 
 こんな、こんな自分でもやり直せたのだ。
 幸か不幸か教え子と同盟者に殺され、何の因果か迎えた三度目の人生。
 ただひたすら自分のために使ってきた人生の中、二度目で培った経験が苛み続ける。
 そして、漸く目を背けてきたものに立ち向かい、二度目で残した禍根を払う事ができる。
 自分にできて、自分以上に戦ってきたこの漢にできない筈がない。
 アーチェスだけじゃない。
 レナだって、リュータだって、皆だって。
 生きていけば、やり直しの機会には何時か出会うのだから。

 そのめに、オレは、この身を以て世界を続けよう。

 「…残念です。」

 何かを振り切った様なアーチェスの声。
 目と鼻の先にアーチェスの姿を確認したと同時、すっかり力が抜けていた身体に灼熱の痛みが走る。
 既に戦うだけの力が残っていなかった身体は、容易に死へのカウントダウンを開始する。
 
 「ますたーッ!?」
 「…ッ」

 喉奥から血の味が広がり、瞬く間に意識が希薄となっていく。
 そして、悔恨する様にアーチェスが目を背けながる。

 「やはり、あなたでは私を止められなかった…!何故、こんな、馬鹿げた真似を…!」

 もうひでおの瞳にはまともな視力は残っていない。
 それでも後ろに倒れ行くひでおの瞳に映った空は今まで見た何よりも深く黒かったが、どんな空よりも高く、明るく、透きとおり、輝いて見えていた。

 (く、くくく……。)

 あぁ、全く。
 悔いも未練もあるけれど、楽しい人生だった。
 最後に、この世界に一言だけ残してから退場するとしよう。
 これにてオレ(私)という物語は完結となる。
 

 「オレ達の、勝ちだ……!」


 満足げな笑みで倒れていく。
 末期の時だというのに、その顔には一遍の曇りすら無く、不自然な事に一滴の流血すら無かった。
 ただ光が溢れ出し、粉となって舞い上がっていく。
 
 
 「あ、あぁあ、あ……っ」

 ウィル子はその光景を否定した。
 あんなに確かだった繋がりが消えていく。
 儚く、呆気なく、こんなにも簡単に消えていく。
 あの人が消えていく。
 
 「ああああああああぁぁ…ッ!」

 だから、ウィル子は喰った。
 泣きながらひでおを喰った。
 それが彼の望みだったから。
 彼の望みが、己の全てを継ぐ事だったから。
 その精神、肉体、魂。彼を構成する全て。
 三度もの人生で培った全て、生きてきた証すら求めず、過去も未来も今日も全てを君に継いでほしい。
 走馬灯すら見ずに、ただ世界が続いてくれる事だけを願って死に行く彼がそう望んだから。
 川村ひでおの全存在を、彼の望みのためだけに喰った。
 
 「ああ、ぁああああ…っ」

 己の中にある最愛の人をただエネルギーへと変換していく。
 その一欠片すら溜める事も許されず、唯一彼の記憶と経験だけをコピー・保存する事しかできなかった。


 出会わなければ良かった。
 あの日、出会わなければ良かった。
 折角地上に出られたのに。
 再会して、以前の自分に戻れたと、ただいまと喜んでいたのに。
 私は結局そんな彼を喰いつくすウィルスだった。
 加護も与えずただ喰いつくすだけの悪霊だった。
 彼から貰ったたくさんの、本当にたくさんのものを、たった一つも返していないのに。
 私なんて生まれてこなければよかったのに。
 なのに、自分の中から彼がこう言うのだ。

 神になれ、ウィル子。
 君は君なりにこの世界を良くしていってくれ。

 (Yes…!)

 さぁ見せてやろう。
 大会には敗れたが、オレ達こそが最高のタッグだった事を見せてやろう…!

 (Yes,Master…!!)

 何が最古にして最強の神だ。
 最新最高の神の力を見せてやれ。
 あの日のオレ達の出会いこそ、何ものにも代え難かった奇跡だと教えてやれ。

 (Yes,My Master!!!)

 そうだ、それでいいんだ。
 すまない、ウィル子。

 本当に、ありがとう!!


 「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 その叫びが、新たな神の産声だった。

 空間そのものに激震が走る。
 激情のままに無尽蔵にウィル子に生み出されるエネルギーが、空間の許容量を超えかけているのだ。
 それは純粋な質量変換から得られるエネルギーなど足元にも及ばない。
 2000年にも及ぶ研鑽で鍛え上げられた極上の魂、26次元全ての魔導力を持った神器、彼の持つありとあらゆる知識と経験。
 それら全てがウィル子の中で実を結び、彼女は霊的な階梯を数段飛ばしに駆け上がる。
 ただの悪霊精霊を彼方に置き去りに、多神教のマイナー神から多神教の主神クラスへと。

 砲塔は既に過剰過ぎる供給に自壊寸前だった。
 だがその前に設計段階からコンマ数秒で見直され分解・再設計・再構築。
 魔法と科学双方の最高峰の知識によって新たに創造されたそれは形状こそ殆ど変わらぬものの、構造材表面に一部の隙間も無く各種の魔法陣と魔術文字に埋め尽くされる。
 それらの意味は一つ、「光あれ」。
砲塔がその全体を輝かせながら、誕生の喜びに咆哮する。

 だがそれでも電子の神の気は済まない。
 電神はやがて空を満たす闇すら喰らい始める。
 闇がこの都市を浸食した時の様に、ウィル子は淡雪の様に降り来るそれらを浸食・分解・消化し、真逆の光へと変換していく。

ウィル子の姿もまた変化する。
 少女と女性の中間から、成熟した女性にまで。
 妖艶さすら置き捨てて、神々しさすら感じさせ。

 「………ッ!!」

 新たな女神は涙を流すまま、空を仰ぎ睨みつける。


 消えて無くなれ。
 私達を引き裂いた者よ。
 我が力を見よ。
 我が最愛の使徒が託した力を見よ。
 


 「さようならMyMaster!!本当に、本当にありがとう―――ッ!!!」



 別れの言葉と共に、光が溢れだす。
 空間に存在する遍く闇を照らし出し、全ての陰に存在を許さぬ極光。
 彼であったものは一切残らず、ただ白き光が空へと放たれていった。
















 それいけぼくらのまがんおう特別編 IFルート「ひでおは光になりました」end
(※この後ひでおは帰ってきません)






 本来なら元旦に投稿予定でしたが、思いの外筆が進んで長引いてしまいました(汗。
 内容に関しては……今年もよろしくね☆



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