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[20852] HOTD ガンサバイバー(学園黙示録 オリキャラ)
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:66598f76
Date: 2014/03/09 11:15
※原作読んでからアニメ版とリメイク版ゾンビのDVD見てたらムラムラして書いた。反省も後悔も(ry
※作者は深見真先生のファンです。銃器描写に関してはネットでの調査と自分の知識なりに書いていきますので、些細なミスに関してはこまけぇ事は気にすんな(AA略の精神で宜しくお願いします。
※続きを書くかは感想の様子か他所で連載中の作品の進捗状況やモチベーションに左右されます。
※なお、某有名ゾンビ物のスピンオフとは何の関係もありませんので悪しからず。傘印の製薬会社も関係無いよ!
※ハーメルン様でも掲載始めました。























世界の全てが崩壊するよりも前から、僕の周りの世界は既に壊れていた。










1ヶ月も経っていない。それより前まで『僕』は、何処にでも居る普通の生活を送る普通の学生の1人に過ぎなかった。

両親以外で周りに居る人間を挙げるとしたら高校に入ってからは学生寮住まいの幼馴染に同じく高校で知り合った同好の士とでも言うべき親友、そしてたまにお喋りをするクラスメイトが何人かと、これまた同じ趣味を持つお隣さんぐらい。

狭い世界だけれども、僕はそれなりの満足した生活を送っていた。特に思春期にありがちな刺激や冒険への欲求も大して望んじゃいない。家族が居て、友達が居て、話したり遊んだりして過ぎていく平穏な日々。




最初に壊れたのは春休みが終わる間際の事。

終業式が終わった直後、僕は前々から計画していた通り親友と一緒にアメリカへと旅行に行った。

旅行費も滞在費も何と友人持ち(ただし土産代を除く)。親友の家庭は宝石商に世界で活躍するファッションデザイナーとかなり裕福で、向こうに別荘を持ってるんだという。

けど本当の目的は、親友が雇ったPMC(民間軍事会社)のインストラクター付き添いによる射撃ツアーだった。家族には内緒だ。

親友の別荘に連れてってもらう事だけを告げて頼み込んだ僕は、無事許可を貰えた。正直、嘘を吐いていながらあっさり快諾をくれた両親に罪悪感を感じた。

実はミリオタでガンマニアな僕は親友と一路アメリカへ。向こうではPMCの私有地の射撃場で色々な銃に触れ、実際に撃った。多分、床主市にいる警官全員が撃つ実弾一生分を僕と親友はその1ヶ月間で撃って撃って撃ちまくったと思う。

新しい年度の授業が始まる数日前に僕達は帰国した。

荷物とお土産の詰まった袋を片手に僕と親友は両親の迎えを待っていた。親友の両親は未だ仕事で海外を駆けずり回っているとかで、僕の家の車に相乗りして送ってもらう予定になっていた。

迎えが来る予定の時間になった。まだ両親はやって来ない。30分が過ぎた。まだ来ない。1時間過ぎた。まだ来ない。

2時間経っても迎えに来るどころか、携帯に連絡も無い。ずっと同じ場所で待つのも他の利用客のざまかもしれないと思って、近くの喫茶店に入った位だ。

ようやく、電話が鳴った。

――――――――知らない番号だった。主床警察署の、交通課からだった。






あなたの両親がお亡くなりになられました。

僕らを迎えに来るまで向かう途中、信号無視のトラックが激突したのが原因だという。






僕が家族を失ったのもお構い無しに、予定通り新学期は始まった。

学校の方では、新学期の集会にて校長が長ったらしく活動でもいい有り難いお話の中で、痛ましい出来事として話題に出された程度の扱いだった。内容は、それぐらいしか覚えていない。

クラス替えがあった。去年まで一緒だった幼馴染も親友も別のクラスに移った。話した事も無い知らない奴ばかりが集まった。そんなのはどうでも良かった。




新しいクラスで新たな学生生活が始まってからすぐに、僕は退学処分を受けた。




同じクラスには校内でもかなり性質の悪い不良として有名な奴も含まれていた。そいつが僕に絡んできたのがきっかけだ。僕の名前は始業式に校長から名指しで呼ばれていたし、その頃の僕はこれ以上ない位陰気な雰囲気を発していたに違いない。

どう難癖つけられたかなんてハッキリと覚えちゃいない。むしろその時の僕は誰の言葉もまともに耳に入っていたのか、かなり怪しい。

ともかく覚えているのはそいつが死んだ両親に対してロクな事を云わなかったのと・・・・・・・次に気がついた時には、そいつの顔面と僕の固く握られた拳が血まみれに染まっていた点ぐらいか。

僕は暴力行為で即刻退学。不良はお咎め無し。

絡んできたのも僕の両親を侮辱したのも向こうからだというのに、目撃者はクラスメイトが文字通り1クラス丸ごと存在している筈なのに、誰もその部分を指摘しなかったようだ。

その不良の悪名以外にも、不良の実家が主床でも有名なヤの付く稼業とも深い関わりがあるって噂されてる成金で、加えてクラスの担任の実家もその成金と繋がりがあるらしくておまけに不良の実家はウチの学校の理事に名を連ねてるもんだから、もはや孤児である僕1人ぐらい簡単に追い出せたってわけだ。

幼馴染や親友からは何度か電話もあったし、幼馴染なんかはわざわざ学生寮から僕の家まで訪れたりしてくれた。僕は会わなかった。何もかもどうでも良くなったからだ。









僕に遺されたのは、もう居ない家族との思い出が詰まった我が家と両親の保険金。

世界が壊れたその日、新たに手に入れたのはありったけの銃と弾薬。












僕の家は、少し古めのマンションだ。少し壁が薄くて、お隣が騒いだりすると意外と聞こえたりする。

自分の部屋に引き籠って、マンガや小説を読んだりテレビを見たりゲームをしたりネットをしたり、ただひたすらに時間だけが無為に過ぎていく。

もっと他に建設的な事をすればいいのは分かっていても、そんな気にならない。何かが澱のように胸の奥に少しずつ溜まり淀んでいる。次第に何をやってもただ機械的に身体を動かしている感覚に襲われていても、どうでもいいとさえ思ってしまう。

もしかしてこれが、生きながらにして死んでいくって事なんだろうか。

心がそんなの真っ平御免だ、と悲鳴を上げている。だけど脳と身体が言う事を聞いてくれない。

このまま僕は忘れ去られる存在なのか。このまま自分の世界でただ1人朽ちていくだけなのか。




――――――そんな終わり方をお前は望んでいるのか?

――――――そんな筈、ないだろうが。




・・・何だかお隣さんが騒がしい。ドスンバタンと壁越しに様々な物や場所を慌ててひっくり返しているような物音がくぐもって聞こえてくる。

そういえば、両親が死んでからも変わらずお付き合いしてきたのはお隣さんだけな事を僕は思い出した。

お隣さんは僕より10歳ぐらい年上の気の良い兄ちゃん的な人で、やっぱり銃器に詳しい。まるで本物に慣れ親しんだような言葉を言う時も多い。僕も似たようなものだけど。

アメリカとかロシアとか中国とか東南アジアとか、時々アフリカ土産なんかくれたりした。でもお隣さんがどんな仕事をしている人なのか僕は知らない。

もしかして傭兵か殺し屋だったり、なんてくだらない想像もしたりして。

ともかく余りに騒々しいものだから、僕は部屋を出てサンダルをつっかけると外に出た。お隣さんの方を見てみると、扉が開けっぱなしになっていると気付いた瞬間そのお隣さん本人が飛び出してきた。

手には旅行バッグ。ジッパーが閉じられていない袋の口から覗いているのは一万円札の束。ベルトには拳銃。シャツに点々とこびり付いてるのは・・・血?

訳が分からない。


「あ、あああ、君か。脅かさないでくれよ」


いえむしろこっちが驚いてます。


「どうかしたんですか?それに、そのお金は・・・?」

「悪いけどお別れだ。俺はもう2度と日本には戻らない。長い付き合いだったけど、それじゃぁな」


早口で上ずった声でお隣さんはそこまで言うと、非常階段の方に駆けだした。エレベーターの方が早い気がするんだけど、この階までやってくるまで待つ時間すら惜しい位慌ててるらしい。

と、非常階段の防火扉をくぐる寸前お隣さんは僕の方に振り向くと、また開けっ放しにされたままの彼の自宅の扉を指さした。


「この際だ、ずっと良き隣人だったよしみに家の中にある物は好き使っても良いぞ!だけど過激なのもあるから気をつけて扱えよ!!ロッカーのカギは金庫ん中に入れてある!」


そう告げて、今度こそお隣さんは非常階段へと消えた。

一体どうしたというのだろう?本当に訳が分からない。

家主からの許可も出てるんだし、興味に駆られて僕は、お隣さんの部屋へと入っていった。結構長い付き合いの割に、お隣さんの部屋を訪れた事も1度も無い。

部屋の構造自体は多分僕の家とも殆ど一緒だろう。リビング、キッチン、トイレは普通だった。そして僕の自室に当たる部屋へ。

大きめのロッカーが幾つも並んでいた。10個以上もあるロッカーに囲まれる形で置いてあるベッドが、何だかミスマッチだった。

お隣さんが言ってた通り、ベッド傍にあった金庫の中の鍵を取る。そんなに急いでいたのか、金庫の扉も開けっ放しになっていた。


「・・・・・・・・・・・・何だこれ」


ロッカーの1つを開けた時の僕の第一声がそれだ。

拳銃から軍用小銃まで、種類ごとに所狭しと詰め込まれていた。別のロッカーを開ける。中身は別の種類の銃。もう1つ空ける。中身は様々な弾薬。中にはGRENADEと表記された木箱まで。

実物を見て触って撃った経験があるからこそ理解出来る――――いくつか見ただけでも、ここに置いてある物は全て本物だ。

僕のお隣さんのお仕事に関する推測は、どうやら当たらずとも遠からずだったらしい。

ロッカーの中の銃を1丁手に取る。SIG・P226.しかもアタッチメントが装着できるレイルシステムを標準装備した新型モデル。拳銃の中では僕が1番好きな銃だ。

マガジンには既に実弾が装填されていた。薬室にまでは装填されてなかったけど、スライドを引いて9mmパラベラム弾を送り込む。安全装置を解除。これで何時でも撃てる。

僕は銃口をこめかみに当てた。

高校生が拳銃自殺。海外じゃありがちかもしれないけど、銃社会じゃない日本じゃ中々お目にかかれない事件だ。もしかしたら新聞の1面か今日のトップニュースとして取り上げられるかもしれない。

僕が死んでも悲しむ人間なんて殆ど居ないんだ。僕には背負うべき存在も想いも何も無い。いっその事こうして本当に死んだ方が、生きながらにして死んでいくよりよっぽどマシな幕引きなのかもしれない。

少なくとも拳銃自殺ならよっぽど威力の弱い銃を使うんでも無い限り、苦しみもがきながら死ぬ確率はかなり低そうだし。






だけど僕は、引き金を引かなかった。






今の世の中中高生の自殺なんてもはや当たり前の出来事だ。例え死に方が普通の学生ならまずありえない拳銃自殺だとしても、きっと大差は無いと思う。

そしてどうなる?新聞やニュースで扱われ、通ってた学校では臨時集会が行われて校長が『また痛ましい事件が起きました』だのうんぬんかんぬん。自分も元凶の1つなのに都合の悪い事を棚に上げて白々しい事を言うに違いない。

もしかしたら警察の手も学校に入るに違いない。学校で事情聴取。一体誰が悪いのか、誰の責任なのか。あの不良や担任の教師、知らんぷりしたクラスメイト達にその矛先が向いて責任が追及されるかもしれない。




で、そしてどうなる?




それからも不良も教師もクラスメイトも校長達も、僕が捨てたその先の人生を生き続けるんだ。そもそもの元凶である不良なんかは実家が金持ちだから、悠々自適に好きなように生きていくに違いない。きっとそうだ。

僕が自殺したって、担任も、クラスメイトも、きっと僕の事を忘れて生きていくに違いない。僕を嵌め、目をそむけて口を閉ざした自分達の罪を遠い記憶の彼方に放り投げて。

僕にはそれが気に入らない。

室内を見回す。大量の銃器に弾薬。隅の方には防弾ベストやら弾薬や小物を入れる為のポーチを大量にぶら下げたタクティカルベストも積み重ねてあった。更には頑丈そうな大型のバッグまで。

忘れられてたまるか、と僕は思った。このまま何も残さず死ぬよりは、誰かの記憶に僕という存在を深く刻み込んでから死にたい。

何より、僕を嵌めた連中がこの先ものうのうと生きていく事が許せない。

運の良い事に、ここにはやろうと思えば全校生徒に加え教師1人1人に鉛玉を撃ち込んでも十分足りる程の銃と弾が溢れてる。もちろんそこまでする気は無い・・・・・・多分、きっと、そこまでしないつもりだ。

標的は僕を嵌めた連中全員。一生忘れられないプレゼントを奴らにくれてやる。短い人生の幕を自分で引くんだとしても、なるべく派手な方法で散ってやる。僕を嵌めた奴らの世界も壊してやらなきゃ死んでも死にきれない。

後のクラスの連中とかは・・・どうでもいいか。結局は見てるだけで何もしてくれなかったクラスメイトにも目に物見せてやりたいだけという、単純かつちっぽけな理由。それ以外の人間は余り巻き込む気にはなれない。元よりどうでもいいんだし。




僕は約1カ月ぶりに藤美学園高等部の制服に袖を通すと、何丁かの銃と持てるだけの弾や他にも置いてあった物騒な物諸々を持ってかつて通っていた学校へ向かった。


















実際の所、この後の事なんてちっとも考えてなかった僕は豪勢にもタクシーを呼んで乗っていく事にした。どうせ全てが終われば残った金を使う事も無いだろうし。

とっくに授業が始まってる時間なのに学生服姿で待っていた客の僕を見てタクシーの運転手さんは訝しそうにしてたけど、「部活で新入生の歓迎会に使う道具を取りに戻ってたんです」とパンパンに膨れ上がった大型バッグを示して言うとあっさり信じてくれた。

僕が事件を起こした後、テレビに移る僕の写真を見てこの人は僕を載せて学校に送った事を思い出して驚くんだろうか?

学校まで来ると裏門に回ってもらってから降りた。正門は教室や職員室から丸見えで目立つ。目的の教室まではなるべく目立ちたくない。

車から荷物を下ろすのを運転手さんは快く手伝おうとしてくれた。僕は丁寧に遠慮した。かなり重たくてもしかしたら不審がられるかもしれないし、そこまで迷惑はかけたくない。




タクシーが走り去ってからようやく裏門にも門番の事務員が存在するの思い出してどうしようか悩んだけど杞憂だった。どういう訳か裏門には誰も居なかったのだ。

たまたま別の用事で離れてるんだとしたら、運が良かったというべきなんだろうか。少なくともまた手間が減った。

校舎の中に入って、手近な空き教室へ。扉を閉め、鍵までかけてから近くの机にバッグの中身を広げた。

ドットサイトにフラッシュライト一体型フォアグリップを取り付けたコルト社製M4・コマンドー。大量のM4用マガジン入りポーチを取り付けたタクティカルベスト。米軍御用達のM67手榴弾。

サイドアームのSIG・P226Rは太腿に巻くレッグホルスターに収納した状態。拳銃用の予備マガジンは予め左の太腿に巻くレッグポーチに詰め込んでおいた。バッグの中にもM4用とSIGのマガジンに加えて紙箱に入った状態の予備弾薬があるし、他のバッグには更に過激な代物とそれの弾を山ほど入れてもってきた。

準備完了。覚悟も完了。特殊部隊向けのアサルトライフルと拳銃にも弾丸は装填済み。

いざ往かん、イッツショータイムと心の中で呟いて自分に発破をかけつつ扉に手をかけて―――――


『全校生徒・職員に連絡します!!!』


――――突如ひび割れたノイズ混じりにスピーカーから盛大に流れた声に出鼻を挫かれて、勢い余って扉に額をぶつけた。

地味に痛い。


『校内で暴力事件が発生!全生徒は職員の誘導に従って避難して下さい!繰り返します―――――――!!』


すみません、僕はまだ何もやってないんですけど。

嫌な予感がする。欲しかった物の残っていた最後の1つが目の前で掻っ攫われてしまった様な、そんな感じの気配。

一旦声は沈黙しつつも耳障りな雑音がスピーカーから発せられている。多分この放送は校内全体に流れてるんだと思う。だって放送以外の物音が全然聞こえて来ないんだから。

次に流れた声は、もはや声というよりもまさしく悲鳴と形容すべき音量だった。断末魔の悲鳴だ。




『ギャアアアアァァァァァッ!?あっ、止めろ、助けて、ひいぃ!!痛い痛い痛いぃぃぃぃ!死ぬ、助けぶっ・・・・・・・・アアアアアァァァァァァアッ!!!!』




そして、沈黙。

その時の僕の中に生じていたのは焦燥感。慌てて扉に手をかけて開けようとしたが、開かない。

すぐ隣で道路工事でもしてる様な振動とうねりが、校舎全体を包んでいた。壁一枚の向こうの廊下からなんか、暴れ馬か暴れ牛の大群が通り過ぎてる真っ最中みたいな騒々しい足音が聞こえてくる。


チクショウめ、先を越された!!


廊下に出るまでに何度も必死に開けようとガタガタと鳴らしてから、自分で扉に鍵をかけたのをようやく思い出して鍵を解除。呆気なく扉が横に滑る。

その頃にはうねりと振動は早くも収束を迎えていた。

僕は銃と荷物を持って階段を駆け上る。退学前は陸上部の長距離専門だったから体力には自信があったけど、子供1人分ぐらいの重さがある荷物を身に着けていたから足腰が悲鳴を上げていた。

・・・・・・振動とうねりが教室中から飛び出して学校の外へ逃げようとする生徒の集団が立てていた音だったのだと気づいたのは、目的の教室がある階に辿り着いてからだった。

教室には誰も居ない。他の教室にも、生徒も教師も誰の姿も無かった。廊下は荒れ果て、物が散乱し、窓ガラスの幾つかは割れたりヒビが走ってたりしていた。壁や廊下にこびりついてたりしているのは血なんだろうか。




とにかく僕が狙っていた不良や、教師や、クラスメイトは誰1人として残っちゃいなかった。




「・・・・・チクショウ、クソっ、クソっ、クソっ、クソっ!!!!」


無性に悔しくて、八つ当たり気味に僕は壁を蹴飛ばした。何だよこれ。せっかく色々持ってきて度肝を抜かせてやろうと思ったのに無駄になったじゃないか!

これからどうすればいいのか分からなくなって頭を抱えてしまう。肩に引っかけたM4の重みが増した気がする。反対側の肩からバッグがずり落ち、金属製の物体が中でぶつかり合う音が大きめに響いた。

いっその事、泣き出したい。それ位ショックだった。

だけど僕の涙腺が崩壊する直前に、耳が奇妙な物音を捉えたので僕は顔を上げた。

視線を向けた先、廊下の向こうに居る誰かがこちらへと近づいてくる。足でも穢しているのか、片足を引き摺ってゆっくりと、危なっかしく身体を左右に揺らしながら。

――――歴史担当の田代だった。彼は退学した筈なのに学校に居て、しかも大荷物を持って銃器で武装した僕の姿が視界に入っていないみたいに、だけど着実に僕の方へと近づいてくる。

白いワイシャツは所々が赤黒く染まり、目は両方とも白目を剥き、腕は途中から別の方向に曲がっていた。新しい関節をこしらえた訳じゃない事は腕の半ばから覗く骨の断面が教えてくれる。

何よりも、首元の肉が大きくえぐれていた。筋肉や血管だけじゃなく、首の骨までがチラチラと見えるぐらい深く、大きく。

素人目にだって、そんな気を追ってれば自分の足で歩くどころかとっくに死んでいる事ぐらい理解出来た。







ああ、そうか。漠然と僕は理解した。

僕がどうこうする前に、この世界は壊れてしまったんだ、と。






M4を支え代わりに僕はゆっくりと立ち上がった。ストックを右肩に押し当て、銃把を持つ右手は前方へ押し出すように、フォアグリップを握る左手は手前へと引きつける形でしっかりと肩撃ちの姿勢を保持。

この手の映画やゲームじゃ大概頭が弱点だ。人間だって頭を撃たれて死なないなんて話はめったに聞かない。軍用のライフル弾なら尚更だ。

やっと僕の存在を認知したのか、歴史の田辺・・・・・・『だったモノ』が両手を伸ばして大きく口を開けつつ、僕へとまっすぐ近づいてくる。この距離ならもう外さない。









――――世界の全てが崩壊するよりも前から、『僕』の周りの世界は既に壊れていた。

――――『僕』が壊してやろうと思った世界も、『僕』が壊す前に呆気なく崩壊してしまった。

――――だから『俺』は壊れた世界で生きて生きて生き延びてやる事にした。『俺』は我儘で天邪鬼なんだ。むざむざと死んでやって堪るものか。











引き金は、とてもとても軽かった。







[20852] HOTD ガンサバイバー 2
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:66598f76
Date: 2010/08/12 11:49
※意外と好評だったんで調子に乗って続き書いた結果がこれだよ!
※今回オリ主人公とオリヒロインの名前登場。まんまネタです。元ネタが分かった人は立派な深見信者です。なお、当たり前ですが同姓同名でも元ネタのキャラとは全くの別人です。
※ヒロインのイメージは髪型を変えた某あいとゆうきのおとぎばなしの築地○恵となっております。
























構え、ダットサイトの中心部に浮かぶ光点で捉え、引き金を絞る。

フルオートにセットしてあるがずっと引き金を引いたままにはしない。元特殊部隊員のPMCオペレーターから叩きこまれた、細かいリズムで連射を区切る指きりバースト射撃。

俺の場合、1ヶ月間の講習の間に指きりバーストなら30m以内の人間大の動標的に対し70%ぐらいの割合でヘッドショットを叩きこめる程度の腕前まで成長した。。日本の学生――元高校生にしちゃ結構良い線いってるという自負はある。

でも何となく予想はしてたけど・・・・・・多い。数が多い。




何の事かって?




決まってる。元この学校の学生or教師or用務員で、今やあ~う~と意味の分からない呻き声を漏らしながらのたのたと僕の方に次々詰めかけてくる生ける死者、リビングデッド、ゾンビどもの事だ。








かれこれ4回目か5回目か。空になったマガジンをバッグに放り込み、新しいマガジンをベストのマガジンポーチから引っ張り出して装填。ストック根元近くのT字型の棹桿に指を引っかけて引けば5.56mm弾をボルトが薬室に送り込む。

その一連の動作を淀み無く行いながら、俺はベッタリと廊下に広がる血糊や今度こそ動き回る事も襲いかかる事も無くなった(多分)同級生のゾンビの死体―何かちぐはぐな気もするけれど―に足元を取られないように気をつけて進む。

特別何の感慨も浮かぶ事無く教師ゾンビ1体を初めて射殺した俺。

その時は周囲に他にゾンビが見当たらなかったので、俺は大荷物を背負いながら次の得物を探すべく校内をうろつく事にした。

よくよく考えてみると無謀かつ自ら面倒を呼び寄せる羽目にしかならなかった行動だけど、その時の俺は実は頭の中がグチャグチャになっていて冷静じゃなくなってたんだと思う。ま、軍用小銃ぶら下げて学校へのお礼参りを実行した時点で俺の頭の中はまともじゃないんだろうけどさ。

校舎内を巡りながらゾンビを見かけ次第射殺して回ってると、おもむろに曲がり角から3体まとめて現れた。纏めて撃ち殺すと今度は5体、次は10体。更に30体。多過ぎるよ流石に。

もう2クラス分ぐらい、ゾンビの頭部を撃ち抜いたのは確実だと思う。

あれなのかな、やっぱりセオリー通り生存者の存在でも感じ取って襲ってくるのかな?それともまた別の何かを感じ取って襲ってくるんだろうか。目で見てるのか、臭いなのか、音なのか、どれだろう。

と更にマガジンを幾つか消費して廊下に犇めいていた目につく限りのゾンビの殲滅に成功する。何回か背後に忍び寄られて危ない時もあったけど、動きそのものは遅かったんで何とか対応できた。

でも力は強そうだ。突然、教室の扉を突き破って出てきた時もあったから。




そろそろベストのマガジンポーチに入れてある分のマガジンを使い切りそうな頃合いだ。バッグの中にまだまだ使ってない予備のマガジンがあるけど、出来たら何処か落ち着ける場所でポーチに新しいのを詰め直したりしたい。

でもそれは許さない、とばかりに階段からも独特の呻き声と引き摺るような移動音が、イヤープロテクターや耳栓もしないで撃ってたせいでちょっと麻痺気味の耳にもしっかりと聞こえた。ちょっと休ませて欲しいんだけどなあ。

とりあえず、階段を上がり切る前に手榴弾を下の階段へ転がしておいた。柱の陰に隠れて耳に指を突っ込み、口を開けといて脳内でカウント。3、2、1、ドカン。

模擬弾は扱った事あるけど、本物の手榴弾を使うのは勿論これが初めてだ。ズドム、と意外にこもった感じの爆発音と共に、爆風が斜め下に噴き上げて僕のすぐ横を通り過ぎる。爆風の中には手榴弾そのものの金属片に壁や廊下の破片だけじゃなく、腕とか足とか頭とかも混じって壁にぶつかったりした。

爆発地点は、なんて表現したらいいんだろう。超特大のスイカの中身をバケツ一杯の臓物と混ぜた上火薬も詰め込んで転嫁すれば、こんな感じで階段中が生もののデコレーション付きで真っ赤に染まるかもしれない。

火薬と鉄錆が入り混じった何とも複雑な臭いに俺は堪らずしかめっ面を浮かべた。これはちょっと派手過ぎたかもしれない。

・・・まあ、どうでもいいか。


「――!―――!?」

「・・・?」


1歩も踏み入れたくない有り様の階段を覗きこんでいると、今度は上の方から足音が聞こえてきた。

ゾンビか、と俺は即座に銃口を向ける。その足音はどちらかといえば慌てて駆け下りてくるみたいな感じで、ゾンビの足音とは違う感じがした。

まさか今度は大御所のリメイク版から広まり出した走るゾンビのお出ましなんだろうか、と身構える。

そして現れたのは―――――――


「あ、やっぱり!さっきから5.56mmの指きりバーストの射撃音が聞こえてると思ったら!」

「平野!」


俺の、親友だった。

平野コータ。眼鏡で小太りで、余り知られてないけど実は良いとこのお坊ちゃんで家族の金とコネを使ってPMCにも渡りを着けちゃう俺以上にヘビーなガンマニア。

手には即席のストックをガムテープで巻き付けた電動釘打ち機。猛烈な勢いで俺の手からM4を掴みとると鼻息荒く血走った眼で入念に弄り出し始めた。

正直、見慣れてる筈の俺もちょっと引いた。ちょっと落ち着いてくれ。


「それM4だよね!?それも接近戦用に銃身を短くした特殊部隊モデルでしょ!?フォアグリップにダットサイトまで付けて―――おおっ!?こっちは名作拳銃シグのP226しかもこっちもレイルシステム標準装備の特殊部隊モデル!!ねえねえどうしたのこれ!?何処で手に入れたの!?」

「やっかましいわよこの腐れデブオタ!また<奴ら>が集まってきたらどうするのよ!」

「はうん!?」


甲高い声と共に平野の背に蹴りが入れられる。奇声を上げて転がる親友、その手からM4を取り戻す。倒れた衝撃で暴発は勘弁したい

ツインテールに如何にも気が強そうな女の子。見覚えはあるけど名前が出て来ない。


「えっと――――誰?」

「アンタこそ誰よ」


お互い顔を見合わせてから少女は僕の周りの惨状に気がついたのか、一気に顔を青くしながらもまた俺の方をまっすぐ見つめてきた。

強いのは気だけじゃなくて、中身の芯の方も意外と頑丈な性質らしい。

・・・・・・ああ思い出した。確か、平野が言っていた。


「君は確か、高城沙耶―――だっけ?」

「勝手に人の名前呼ばないで!こっちだってアンタの事質問してるんだけど!?」


僕、いや、俺は、とお望み通り答えようとして。


「マーくん!!?」


俺自身が名乗る前に、高城の背後から上がった声が合ってはいるんだけど本名じゃない俺の名を呼んだ。

高城の背中から現れたのは、小柄な方の高城よりも更に一回り背が低い、ポニーテールにハムスターを連想させるくりくりとした大きめの瞳と、身長に不釣り合いなぐらいパンパンに詰まって突出してる胸元が特徴的な女の子。

彼女の名前は知っている。だって『僕』の世界が壊れる1か月前までは生まれて此の方、ずっと傍に居た存在だから。


「里香・・・・・・」


古馬里香―――――僕の幼馴染だ。














「で、結局どうして退学させられた筈のアンタがそんな物騒な物を山ほど持ってこの学校に居たワケ?」


廊下の角に身を顰めながら、高城は手洗い場のバケツの水に雑巾を浸しながら、小声でまたもしつこく僕にそんな事を聞いてきた。

平野は平野で平野らしく、あの階段から移動した(高城があの階段を使いたがらなかったので)今も俺の銃に熱い視線を浴びせている。平野の性格や嗜好は大体分かってるからしょうがないとは思うけど、落ち着かない。

幼馴染は幼馴染で、俺の背中に縋りついたまま離れてくれない。ハッキリ言って、動きづらくて鬱陶しかった。背中に当たる膨らみの感触だってベストのせいでまともに感じやしないから鼻の下も伸びたりしない。


「とりあえず平野、これ貸すから落ち着いてくれないか」

「おおっ!MP5A5!しかもR.A.S仕様!」


M4の空マガジンを入れてない方のバッグからMP5A5を引っ張り出して渡した。これも特殊部隊向けにR.A.S(Rail Adaptor System)が組み込まれてるモデルで、フォアグリップにドットサイト、フラッシュライトも装備。ちなみに各種アクセサリーは最初から取り付けてあった。30発用マガジンを収めた3連マガジンポーチも2つ渡しておく。

――――でもこんな銃、お隣さんは一体どこから手に入れたんだろ?


「サイトの調整はしてないから気をつけて」

「まっかせて!どうせ屋内だったらほぼ近距離だからあまり差は出ないだろうし少なくともこれ(釘打ち機)よりは断然上等だしね!」

「うっさいそこの銃オタ2人!」


高城も声も十分うるさくないか?と思ったけど、高城が投げた濡れ雑巾が音を立ててぶつかると、そっちに気を取られたのか雑巾のぶつかったロッカーにゾンビがぶつかっていた。

どうも視力で物を認識してるんじゃなさそうだ。さっき高城の投げた雑巾が当たった時は、全く反応していなかったし。


「音にだけ反応してる・・・視覚とかも無いわ。でなきゃロッカーにぶつかる筈が無い」

「どおりでさっきは僕の所に一杯押し寄せてきた訳だ」

「いい、平野もアンタも今後出来る限り持ってる銃を使ったりしないでちょうだい。使うのは強行突破する時だけ!好きなようにドンパチしようものならあっという間に学校中の<奴ら>が集まってくるわ分かったわね!」

「え~、そんな、せっかく銃も弾もあるのに・・・」

「デモもヘチマも無いわよ!デブオタが私に逆らうっていうの!?」

「・・・高城の意見は理解出来たし納得もできたけど」


溜息を吐きながら、途中まで弾丸を消費したマガジンを新しく取り変えてフル装填。




ロッカーにぶつかり続けていた男子生徒のゾンビも、それ以外に廊下の奥の方を彷徨っていたゾンビも、今や一斉に僕らを向いていた。




「高城の声も呼び寄せるには十分だったみたいだぞ」

「うっ!!」















移動再開。というかその場囲まれそうだから逃げ出したと言った方が正しい。

平野という頼りになる仲間+αと合流した俺らは、自然とフォーメーションを組んで廊下を進む形になった。平野が先頭。俺が殿。俺達が向かっている先の廊下はもう間をすり抜けられないぐらいゾンビが集まっていたから、銃を使う以外の手段は無い。

平野が口火を切る。M4と比べるとかなり軽く感じる銃声が鳴り、上級生らしき女子ゾンビの頭部に9mm弾が命中。距離は10mも無いんだ、平野の腕なら当たり前だと感じた。

セミオートで2発ずつ、ダブルタップで次々と行く手を塞ぐゾンビが倒れていく。撃つ間も足は止めない。彼の背中を里香と高城が追いかけ、更に2人から等間隔を保ちながら俺が後続に付く。

後ろから襲おうとしてくる生き残りのゾンビに牽制射撃を加えて足止めしたり、平野の死角をカバーするのが俺の役回り。


「リロード!」


マガジン内の弾が切れた事を宣言した平野が下がる。入れ替わりに僕が前に出て代役を務める。タタン、タタタンと指きりバースト。

平野に渡したMP5の9mm弾よりもM4の5.56mm弾の方が威力も貫通力も遥かに高いから、その分同じ場所に当たっても生み出す効果はM4の方が派手だ。後頭部から飛び出す脳漿の量も飛び散る規模も、霧吹きと水道に繋いだホースぐらいに差がある。

と、今度はこっちが弾切れだ。


「リロード!」


平野が先頭に復帰。僕も最後尾まで戻りながらマガジン交換を行う。完了と同時に振り向き天、少しだけ引き金を引いたままにする事でしつこく食い下がってくる追手を数体まとめて薙ぎ払った。

高城は何度も「ひっ」とか小さく悲鳴を漏らしちゃいるが、足取りはしっかりしたものだ。里香は怯えてるのかガタガタ震えて声も出ない様子だけど、ちゃんと足は動いている。




・・・・・・あ。そういえば肝心な事を聞いてなかった。




「で、一体何処に向かってるんだ?」

「何処ってそりゃ―――――何処です高城さん!?」

「いちいち私に聞くなっ!!」

「あ、あの、こ、ここここの先は職員室ですっ!」


1ヶ月ぶりに聞く幼馴染の最初の肉声は、身体に負けず劣らず震えて裏返った声だった。

成程、里香の言った通り、今居る廊下の最果てに見えるのは『職員室』と札のかかった扉だ。俺らと職員室までの間に屯している学生ゾンビは10体も居ない。


「このまま突破します!高城さん、古馬さん、しっかり付いてきて!援護射撃は頼んだよ!」

「私に指図しないで!」


高城の文句を余所に、平野の言葉に応えてみせるべく何度目かも忘れたリロードを行おうとした、その時だった。

俺達ならこのままいけると油断してたらこんな事になった。


「た、高城さん危ない!」


階段前から突然現れた男性教師のゾンビが、丁度前を通りかかる高城に掴みかからんと手を伸ばす。

リロード中の俺のせいで前後のゾンビに気を取られていた平野は反応が遅れ、高城は突然の事に驚いたのか恐怖に顔を歪めたまま動かない。いや、動けないのか。

ああこれは間に合わないな、なんて諦観が何故か真っ先に出てきただけで高城が喰われそうになっているにも関わらず、手元を動かし続けてるだけの俺の目前で。


「せいやぁっ!!」


―――高城の鼻先を掠める何か。パワーヒッターの野球選手のスイングよりも凄まじい迫力の風切り音と、俺まで届く風圧。

何が詰まってるのか知らないけど、里香が背負っていた袋を教師ゾンビの頭部に横合いから叩きつけたのだ。壁と挟まれた頭部が、爆散したかのように飛び散って壁と廊下、そして近くの高城にも降り注ぐ。




古馬里香、僕の幼馴染で実家は米屋。小さい頃から親の仕事を手伝っていた上に10年近く柔道を続けていて、高校入学後は1年ながらにして女子柔道の全国大会にて上位に入賞。

小さな見た目からは全然感じられない馬鹿力と体力の持ち主で、付いたあだ名は女金太郎―――




「た、高城さん大丈夫ですか!」

「あ・・・ひっ・・・・・・」


目の前で人間(だったモノ)の頭が粉砕されるという光景は刺激が強過ぎたのか、言葉にならない声を漏らしてへたり込む高城。


「高城さんしっかり!」

「平野、里香。そのままソイツを職員室まで引っ張ってってくれ。コイツらは俺が抑えておくから」


平野が里香と一緒に腰を抜かした高城に手を貸すのを横目に、バッグから新しいマガジンを取り出した。

それまで使っていた30連用のバナナ型マガジンとは違う。縦の長さは短いけど横幅が普通のマガジン5~6個分ぐらいはある、短めの長方形のマガジンに円形を2つ両横にくっつけたデザインの100連発ドラムマガジン。

扉付近に居るゾンビはさっきから同じように短いリズムの連射で倒す。最短距離上にいるのを最低限倒し切ってから、一気に未だ足に力が戻って無い高城と共にまっすぐ廊下を突っ切った。

職員室の入口に辿り着く。その途端に扉に背を向け、僕達を狙うゾンビの群れがどれまで集まっていたのか一望する事が出来た。

・・・銃声をずっと鳴らしてた割には少ないのかな?1クラス分より若干少ないぐらいだ。まあここに来るまでに結構撃ち殺したし、他に生存者がいてそっちにも集まってるかもしれないからこんなものかもしれない。




―――――ここからは派手に行かせてもらおう。まだまだ弾も『的』も残ってるんだから。




掃射。さっきよりまではかなり長い間隔で連射を続ける。普通のマガジンの3倍以上の弾が装填されているから、そんな撃ち方をしてもすぐに弾が切れないで済む。

極力反動を押さえつけながら横薙ぎに撃つ。撃って撃って撃ちまくる。1度の連射が長いせいで手の中で銃が暴れまくる。そのせいで精度はがた落ちだろうけど構わない。ゾンビの隊列が大きく広がってるお陰でどれかには当たってるみたいだし。

狙いは勿論弱点の頭部。額辺りに3発位集中して当たると、頭の上半分がまとめて砕ける。何となくだけど、当たった時の様子と手ごたえから普通より骨が脆くなってる感じがした・・・・・・『生きてる人間』は流石に撃った事無いけど。生きた死者だって今日撃つのが初めてだ。誰だってそうだろう。

比較的近距離でも反動を制御しきれないせいで、頭に当たらず変わらずうーうー漏らしながら歩き続ける奴も出ていた。ま、すぐに次の切り返しの連射で今度こそ5.56mm弾による2度目の死をお見舞いしてやったけど。

あっという間に半分ぐらい減った。マガジン内の弾も3分の2ぐらい撃ち尽くしたと思う。映画みたく銃身が焼けつくとまではいかないけど、ハンドガードに取り付けたフォアグリップにまで熱が届くぐらい銃身が過熱していた。これ以上無理に長時間連射すると暴発や銃の故障が起きかねないし、もうゾンビの数も少ないから最初みたいな短連射に切り替える。

タイミング良くドラムマガジンの弾が切れるのと最後の1体が倒れるのは同時だった。エジェクションポートから吐き出されたラストの薬莢が、足元まで広がる死者の血の中に落ちると、小さく熱が冷めるジュッという音が微かにした。景気良く撃ち過ぎたもんだから若干手が痺れ気味だ。

もはや廊下には、俺達以外動く物は存在しない。変な表現かもしれないけど、ついさっきまで鳴り響かせていた銃声よりも今廊下を包む静寂の方が耳に付いた。


「うわっ、何があったんだよこれ!」


唐突に聞き慣れない声が聞こえた。

弾切れのドラムマガジンを外して新しいマガジンを装填するよりも拳銃を抜く方が早い、と思った俺はM4を手放すと右太腿のホルスターに手を伸ばす。アサルトライフルにはスリングを取り付けてあって肩に引っかけていたから地面には落ちない。

両手でSIG・P226Rを構えた時になって、ゾンビならこうもハッキリ言葉を発したりしない筈なのを思い出した。

案の定、階段の所から現れたのは生存者だった。学生服や持ってる金属バットには血が付いてるけど、血走った白目を剥いてないし何処にも傷を追ってる様子は無い。見覚えの無い男子と女子のペアだった。


「高城さんに古馬さん、それに平野君!?」

「宮本さん!小室くん!無事だったんですね!」


どうも平野に里香、高城とは顔見知りらしい――――彼女達のクラスメイトか?

更に近づいてくる足音。僕達が来た方からだ。学生靴とは違う硬質の足音。視線をずらしてみると、廊下の奥に長い黒髪が眩しい凛とした女生徒と白衣を着た、里香よりも更に巨大な膨らみを揺らしてやってくる女性。

2人の顔は知っている。去年全国大会で優勝して校内の集会で校長から表彰されていた毒島先輩と、学校医の鞠川先生だ。

鞠川先生は、血の海にバタバタ転がっている死体を目の当たりにして固まった。微妙に腰が引けている。毒島先輩の方は、相変わらず背筋がピンと通ったスタイルを崩さない。が、目を細めて少しうろんげに倒れ伏す死体の山と銃を構える俺と平野の間を行ったり来たりさせている。


「え、え~っと、これは一体何があったのかしらぁ~?」


こんな時でも呑気そうな口調は変わってない。

俺達3組の生存者組は少しの間、無言でお互いに視線を巡らせ合う事になった。恐らくこの廊下に広がる俺と平野が作り出した惨状に思考が追い付かないのかどう反応すべきなのか出て来ないんだと思う。


「・・・鞠川校医は知っているな?私は毒島冴子、3年A組だ」

「えっ?・・・・・・っと、俺は小室孝。2年B組です」


2人の視線が同時に俺に集まる。仕方ないので、僕も名乗った。















「・・・・・・・・・真田聖人(まさと)。『元』2年A組」








[20852] HOTD ガンサバイバー 3
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:66598f76
Date: 2010/08/15 10:16
※アニメの演出には噴かざるおえない。ブララグの時といい良い仕事してますけどはっちゃけすぎですよスタッフ。
※実は書いてから大きな設定ミスに気付きましたが、重要な部分なので訂正は断念。今回にはその部分は登場しませんけど、この作品は微妙に原作との設定に差異があります。ご了承ください。
※原作主人公の口癖が『面倒だ』なら、ここの主人公の口癖は『どうでもいい』だったり。
※この作品は銃とさりげない死亡フラグブレイクと隠し味程度の萌えで構成されています。

















職員室側からしっかり鍵をかけた上に、手当たり次第に扉の前に物を積み上げていって即席のバリケードで扉を封鎖した。

少しの休息。運が良い事に職員室には誰も居なかった。最初から居なかったのか、中に居た教師は我先に全員逃げ出したのか、それとも――――ゾンビになって獲物を探しに行ったのか。




<奴ら>、と小室は呼んでいた。映画やゲームじゃないんだからゾンビと呼ぶのはおかしいんじゃないかとかなんとか。

ゾンビだろうが<奴ら>だろうが呼び方はどうでもいい。それでそいつらの本質が変わる訳でもなし。




「平野、これ」


俺はバックの1つから大きさの割にズシリとした紙箱を平野に放った。マガジン以外に予備に持ってきた9mm弾だ。ちなみに世界中の法的機関御用達のホローポイント弾。マガジンに最初から込めてあった分は拳銃弾でも一般的なフルメタルジャケット(被覆甲弾)の9mmパラベラム弾だった。


「マガジン、幾つか空にしたろ?今の内に補充しといた方が良い。そっちが終わったら、こっちの分も手伝って欲しい。こっちはもっと消費したから」

「分かったよ、すぐに終わらせるから待ってて」

「・・・さっきも思ったんだけど、平野も、えっと真田だっけ?どうしたんだよそれ。本物―――なんだよな?」


小室が戸惑いがちに、デスクに立てかけてある俺のM4を指さして聞いてきた。俺達と違って本物の銃を目にするのは初めて―いや、街中の警官だってぶら下げてるんだからそうでもないか?ともかく自動小銃(しかも軍用フルオート可)をお目にかかって、しかもこの学校の制服を着た俺が最前線の兵士みたいな装備をしてるんだから気になるのも当たり前か。


「想像にお任せするよ」


簡潔にそれだけ告げて、空マガジンにこっちも持ってきていた紙箱入りの5.56mmNATO弾を押し込み始める。

つれない答えを返した俺に小室は「そ、そうか」とだけ漏らして聞くのを止めてくれた。きっとその理由は銃で武装した俺以上に危ない笑みを隣で浮かべながら素早い手つきでMP5のマガジンに弾を詰め込んでいる平野のお陰によるものが大きいと思う。

丁度マガジンを1つ満杯にし終えたタイミングで里香の声が耳に入った。


「高城さんってコンタクト使ってたんだ」


その声に反応して俺は視線をマガジンから外す。横の平野なんかは音が聞こえそうな位の勢いで顔を声の方向に向けた。

俺と平野の目に飛び込んできたのは、フレーム無しの眼鏡をかけた優等生の姿。


「そうか、高城は眼鏡っ娘だったのか」

「そんな呼び方は止めなさい腐れオタ2号!コンタクトがやたらとずれるんだから仕方なくよ!」

「いえあの、似合ってますよ高城さん」


平野の褒め言葉は届いていない。どうでもいいけど。


「鞠川先生、車のキィは?」


ミネラルウォーターのロゴが入ったペットボトルを宮本から受け取りながら小室がおもむろにそんな事を先生に聞いた。どうやら、小室達はこの学校から脱出するつもりらしい。

当たり前だ。今や学校丸々が生徒と職員の数だけ存在するだろうゾンビの巣窟と化してるんだ、即刻逃げ出す算段を考えるのは当たり前だろう。『まともな人間』からしてみれば。




俺はどうなんだろう?

決まってる。銃を持って学校へ行くのを決心した時点で頭のネジが飛んだ狂人の仲間入りだ。個人としては比較的理性的、なぐらいのつもりだけど。

でなけりゃ今頃<奴ら>も隣のクラスの奴も親友も幼馴染も、生きてようが死んでからまた生き返ってようが誰彼区別無くまとめて蜂の巣にしてただろうさ。




鞠川先生の車は軽だから全員乗れない為、遠征用のマイクロバスを使う事になった。

って今更だけど俺も脱出のメンバーに入ってないか?実際の所俺は片道切符のつもりでここに来たから、学校を脱出してからもその後どうするのか全く想定しちゃいなかった。

小室達は家族の安否を確かめるためらしいが、どうする?俺も付き合うか?俺には目的が思いつかない。何をすればいいのか分からない。


「ま、マーくんはど、どうするのかな?」

「・・・・・・・・・」


返答に困る。里香は俺に話しかける時だけどういう訳かよくどもるよな、とふと思った。ぶっちゃけ現実逃避である。どうしたもんか。

里香は多分小室に同行するだろう。コイツも市内に家族が居る――――俺と違って。

無言で悩んでいると、ちょいちょいと平野が俺の肩をつついて、振り向いてみると親友は何か言いたそうにしている。その間も弾薬を詰める作業は止まらない。


「あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど――――――」


平野がお願いの内容を告げたのと、「なにこれ・・・!」と宮本が愕然とした声を呟いたのは同時で、皆の注目は宮本と宮本が釘付けになっていた点けっぱなしのテレビに集まったせいで、平野の言葉の内容を聞いたのは俺1人だけだった。












――――どのチャンネルでも、テレビのニュースは無情な現実を流し続けている。

主床市内のみならず日本全国、そして世界中で混乱と暴動。各国の大都市が通信途絶、放棄宣言、大規模な混乱状態に。

まさしく世界そのものが現在進行形で崩壊していっている。審判の日なんてレベルじゃない、キリストが再臨して天国行きか地獄行きを分けるどころか全ての人間が地獄に叩き込まれたようなもんだ。地獄より酷いかもしれない。




――――だけど俺にはテレビが教えてくれる世界の崩壊なんて、『俺』にとっては心底どうでもいい事だった。

世界そのものが壊れる前から『僕』の世界は壊れてたんだ。だから今更大差なんて感じない。

そう感じている時点で俺自身が救いようのない位壊れているのを俺は自覚していた。だからと言って、行動指針が変わる訳も無い。突き詰めれば『俺は俺』の一言に集約できる。

そして俺はこう決心していた。世界も自分も壊れてるからって、易々と死んでたまるかよ。

自分で人生の幕引きをするついでに嵌めた奴らも道連れという望みを果たすつもりが、<奴ら>のせいで全ておじゃんにされた事への反骨心故に、生じた誓い。












だから俺は、平野の提案に乗る事に決めた。

緊急放送を見て一気に緊張と隠しきれない恐怖感を帯びる皆に、パンデミックだのスペイン風邪だのとはたまた疫病の歴史の話まで発展しつつ高城の講釈から毒島先輩による真剣な表情でチームの重要性に関する講義に移ったその時、おずおずと平野が手を上げた。


「あの、すいませんけど僕達は一旦別行動をしたいんですけど・・・」

「はぁ!?それは一体どういう意味よ腐れオタ1号!」


やっぱり1号は平野の事だったか。俺の事は2号って呼んだから気になってたんだけど。

それにしても本物の銃を持ってて更に何十体も<奴ら>を撃ち殺してるの見てたのに、未だにこんな見下すような口調が変わらないままってのはもはや単に強気ってレベルじゃないよ。魂にまで沁みついてんだろうかこの性格は。


「弾と武器の補充に戻りたいんだよ。この学校の中だけでも結構な量の弾を消費したからな。どうせなら俺達以外の分の銃もあった方が良いんじゃないか?」

「この先どれだけ弾があっても足りない事は無いと思いますし、僕らだけで良いんで出来ればそっちを済ませてから皆と合流できればなー、って・・・」

「・・・・・・どうせもっと他の銃とか見たいだけなんでしょ、この銃オタ」

「あはははは、否定は出来ませんけどね」


悪い、俺も高城と同じ感想を抱いてた。

だが平野の言ってる事には一理ある。持ってきた分の弾を全部使いきれるとは最初思ってなかったんだが、5.56mm弾はマガジン分だけでも既に半分以上消費している。紙箱入りのも持ってきておいて良かった。まさかここまで消費が激しい事態になるとは・・・・・・


「でも本当に皆の分の銃とかも置いてあるのか?そりゃぁ、有ったら有ったで心強いとは思うけど」

「心配無用、クーデターどころか第3次大戦も起こせるぐらいの銃と弾薬が置いてあったから」

「そこまでの足はどうするのだ?それだけの大荷物を自らの足で運ぶ訳にもいかないと思うが」

「大丈夫です。教師の車を使うつもりですし、僕も真田も車の運転は出来ますから。アメリカに行った時なんかは、向こうのPMCが所有してる敷地内でオフロード車転がしたりしましたし」

「アメリカで、って良いのか、それ?」

「・・・個人や企業の私有地なら免許持ってなくても道交法は採用されないのよ。だから運転とかやりたい放題なの」

「確かに武器は多い方が良いと思うけど・・・私達に扱えるのかしら?」


宮本さんが不安そうにそう言ったけど、俺にはその悩みは甘過ぎると感じた。


「それでも無いよりはマシだし――――使える使えないよりも、『使える様にならなきゃいけない』って考えといた方が良いと思うけど」


少なくとも損はしない。特に世界中が『こんな状況』だったら。

すると高城がアメリカ人みたいに肩をすくめるジェスチャーをしながら、呆れた様子で口を開く。


「アンタ達、強力な武器を手に入れる事ばっかり考えてて重要な事忘れてない?」

「それって・・・・・・音の事ですか?」

「そう!<奴ら>は音に敏感に反応してぞろぞろと集まってくるのよ?そんな<奴ら>相手に銃なんてとんでもなく音を響かせる物を使ってたら自分達で<奴ら>をおびき寄せるだけ!さっきだってそうだったでしょ!それじゃあ弾がどれだけあったって足りはしないわ!」

「それは、確かにそうですけど・・・」


高城の御尤もな反論を余所に、俺はタクティカルベストの左胸に当たる部分をごそごそと探った。

そこはマガジンを収納するのよりも小型ポーチが備わっていて、戦場の兵士はそこに様々な小物を収納したりする。ペンライト、医療キット、爆破装置一式、発煙筒。




そして、拳銃用のサイレンサー。、P226Rが在った場所に一緒に置いてあって、半ばノリで持ってきた代物である。

持ってきたP226Rも特殊部隊仕様なだけあって、初めから銃身が通常よりも延長されサイレンサーが取り付け可能なようにネジ山が切られていた。

僕が取りだした物を見た高城が声を詰まらせる瞬間の音が、聞こえた気がした。




「そうかサイレンサー!」

「覚えてる限りじゃ、サイレンサーを内蔵した銃も幾つかあったと思う。遠くからでも音を立てずに<奴ら>を倒せる武器があれば役立つ、だろ?」

「ああもう!なら勝手にしなさい銃オタ共!!」


やれやれ、怒らせてしまったみたいだ。ま、どうでもいいか。


「じゃあ一旦別行動を取るって事で、合流地点は――――東署でどうかな?時間は、今日の午後5時ぐらいで」


小室がそう提案する。小室とは話すどころか顔を合わすのも今日が初めてだけど、何だか自然と皆のまとめ役、つまりリーダーの役回りを果たしてるみたいだ。

俺も今の所は特に小室の振る舞いに不満は無いし、別に構わない。

そこで話がまとまりかけた、その時である。


「あ、あのっ!!」

「む、何かな古馬さん?」






「わ、私もマーくん達と一緒に行っても良いですか!?」


・・・・・・・What?













職員の車が止めてある駐車場には正面玄関を突っ切るのが最も近い。

だけど安全かどうかは別の話だ。きっと教室に居た生徒の大半が学校から逃げ出そうしてと押しかけたのも正面玄関に違いないからだ。<奴ら>が逃げるそいつらを追って離れてくれてりゃ、話が早いんだが。


まだ銃が余ってたから小室にも銃と弾を渡しておいた。ブルガー&トーメ社(B&M社)のMP9。ステアー社のTMPのライセンスを手に入れたB&M社がデザインし直し、ダットサイトなどを取り付けるマウントレールや左右に折り畳める形にタイプを変更したストックを備えたコンパクトなサブマシンガン。以上平野の解説からの引用終わり。

でも駐車場までは隠密行動が必要との高城のお達しで、今小室が握ってるのは最初から持ってた金属バットだったりする。サイレンサー付きの銃を持ってるのは俺だけなんだから仕方ない(M4やMP5用のサイレンサーまで持ってきちゃいないのだ)。

バットはとっくに使用済みで乾いた血がこびりついていた。つまり危険な職業の人達がよく使いそうな言い回しを真似るとしたら『とっくに処女は捨てた』に違いない。多分、宮本も。

小室と木刀を持った毒島先輩が先頭、俺は2人の援護役。撃ちまくれないのは残念だが、自分の分も立場も弁えてるし何より納得できる内容だからから文句は言わない。


「きゃあああああ!」


絹を裂くような、って表現がピッタリな悲鳴が僕らが下りようとしていた階段で響いた。やっぱり生存者が他にも居たのか。

一斉に小室と毒島先輩が駆け出した。役目なんだから俺も追いかける。

階段の踊り場に男女混合で数人の生徒が<奴ら>に囲まれていた。バットやさすまたで抵抗を試みているが、状況は芳しくない。


「真田くん!彼らに近い<奴ら>を狙えるか!」


毒島先輩の指示に行動で応える。首にタオルを持って女子2人を庇おうとしてるバットを持った男子に襲いかかろうとしていた<奴ら>の1体にダブルタップ。

短い間隔で放たれた2つの銃声は、水鉄砲を発射した時の音にどこか似ている。サイレンサー、漢字では消音器と書くが実際には音を何割か小さくするのが限界だが、少なくとも付ける前と比べれば風鈴と鐘楼の鐘ぐらいの差はある。別の階に移れば殆ど聞こえないと思う。

弾丸は見事命中。こめかみ近くに当たった銃弾が頭部の反対側から頭蓋の中身の一部と共に飛び出す。

そうして稼いだ数瞬の間に、階段の最上段から跳躍した小室と毒島先輩がそれぞれの得物を<奴ら>の頭めがけ全体重を乗せて振り下ろし、一撃で脳を露出させた。

後続の宮本も参戦し、ものの10秒程度で踊り場に集まっていた<奴ら>は全滅。残ったのは生きてる俺らのみ。


「噛まれた者は居るか?」

「え・・・い、いません!大丈夫です」

「僕らは学校から逃げ出す。一緒に来るか」


彼らの答えはYes――――当然の結果だ。ただ俺や平野が構える銃や何処かの民兵みたいな恰好の俺を見て思いっきり戸惑っていたけれど。

そのまま数を増やして、正面玄関の所まで無事に階段を下りれたのは良かった―――――それからが問題だった。


「やたらといやがる」

「見えてないから隠れる事なんて無いのに・・・」

「なら高城が証明してくれよ」

「う・・・」


小室の言葉通り、正面玄関に続く下駄箱周辺にはかなりの数の<奴ら>がうろつきまわっていた。しばらく階段に止まらざる負えなくなる。


「何ならこっから俺の銃で1体1体潰してくか?」

「いや、抑制されているといってもそれなりの音はするんだ。これだけ近くに集まっていれば、その拍子に押し寄せてきかねないだろう。強行突破するにも、<奴ら>も私達も数が多過ぎるよ」

「な、なら一体どうすればいいんですか?」


それを今考えてるんだよ里香。

困った。出口間際で手詰まりか




そんな時行動を起こしたのは――――やっぱり小室だった。

僕が行くよ、と彼は言った。











小室が<奴ら>が犇めく下駄箱前に踏む込んでいく間の時間は、校内に入ってから1番時間が引き延ばされた様に感じた。

高城の理論は正しかった。目前まで小室が<奴ら>に近づいても、小室に襲いかからない。音さえ立てなきゃ食われずに済む事がこれで実証された訳だ。

それを理解した瞬間、俺はP226Rを構え続けていた手がじっとりと汗ばんでいるのに気付いた。頭のネジが飛んでも緊張するのは変わらないらしい。

小室が物を別方向に投げつけて起こした音のお陰で、玄関前の<奴ら>は廊下の方に揃って離れていった。その隙に出来るだけ静かに階段を駆け下り、靴置き場を突っ走る俺達。

外に出た俺は周辺を警戒。玄関前の正門へと続く石畳の廊下や運動場にも靴置き場以上の数の<奴ら>が彷徨っているけど、俺達には気づいていない。

このまま何事も無く駐車場まで辿りつければ万々歳なんだが・・・・・・嫌な予感がする。




最後の男子生徒が扉をくぐろうとしたその時、俺の予感は的中した。

さすまたの長さと扉の幅を見誤り、さすまたの先端が金属製の扉の枠に当てやがったのである。

鳴り響く、甲高く軽い金属同士の打撃音。

――――きっと時間が凍りつくってのはあの一瞬を指すんだと思う




一斉に周囲の<奴ら>が俺達へと振り向いた瞬間、口を開こうとした小室よりも早く俺は出来る限り抑えた、だけど全員に伝わる程度に押し殺した指示を出した。咄嗟の行動だった。


「全員、身を低くして耳を押さえて、その場から動くな!何があっても音を立てるなよ!」


俺の利き手には手榴弾。ピンを抜く。安全レバーが飛ぶ。内部で信管に点火。爆発まで約5秒。

俺は運動場の方へ下手投げで手榴弾を投げると、低い弾道を描きながら数回地面とバウンドしつつ近づいてくる<奴ら>の足元をすり抜けて20mは転がっていった。すぐ傍に居る小室ともう1人、里香の胸倉を掴んで引き倒しながら、投げた手榴弾に足を向ける形で俺も伏せる。

爆発まであと1秒かそれとも2秒か。一番近くの<奴ら>の手が届くのとどっちが先だ?




爆発音。

俺達の身体とベッタリと張り付いている地面が、微かに跳ね上がるように揺れた。




校内で使った時よりも幾分高く、それでも鈍い爆発音の残響が完全に消え去った頃になって俺はゆっくりと、本当にゆっくりと頭を上げた。

手榴弾が爆発する直前までは一斉に俺達の元に攻め寄ろうとしていた<奴ら>の大半が、今や校庭の爆発地点へ向け獲物にたかるアリの群れ宜しく固まり、誘き寄せられている。

木の葉を隠すなら森の中。音を隠すにはより大きな騒音の中。

上手く誘導できるかは賭けだったけど、俺は賭けに勝ってみせたのだ。少なくとも今の<奴ら>は俺達の存在を忘れている。

だけど代わりに、間違い無く敷地全体に響き渡った爆発音のせいで今度は校内に存在する残りの<奴ら>まで誘き寄せたに違いない。


「<奴ら>がまた俺達に気付く前に早く行くぞ!立って走って、行け行け行け行け!」


俺以上におずおずと緩慢な動作で立ち上がりつつある生き残りを小声で急かしながら、押し倒した小室と里香に手を貸す。


「ありがとう、お陰で助かった」


すぐさま小室は礼を言ってきた。人間不信になりかけの俺の中でまた1ポイント小室の株が上がった。

それから最後尾のミスをやらかした張本人(<奴ら>以上に真っ青な顔になっていた)に殺気9割5分の視線を一瞬だけ向けてから、まだ立ち上がる途中だった里香の手を掴むと先に向かった平野たちの後を追いかける。わうあうあわわわ、なんてひっくり返った声が手を握った先から聞こえてるけど、どうでもいい。

高城達が乗り込むのは遠征用のマイクロバス―運転役は鞠川先生―だけど、別ルートの俺達が乗り込むのは他の教師の自家用車である。

名前は忘れたけど、アウトドアが趣味だという教師が持ち主のSUV。シボレー・タホの2代目。多分中古。

ぶっちゃけるとアメリカのPMCの敷地内で移動時に乗りまわした車がこれだったりする。向こうで乗ったのは新しいモデルだった気がするけど。


「平野!エンジン回せ!」

「オッケイ!周辺警戒頼んだよ!」


車輌周辺の安全を確認。クリア。ロックを解除して平野が運転席に潜り込むとすぐにエンジンがかかった。

この音も校庭に集まっていた<奴ら>に届くが、もう遅い。後部座席に里香の小柄な身体を半ば放り込むように押し込む。俺は助手席へ。

日本輸出版という事で、そっくりな車なのにアメリカの時とは違って右ハンドルなのがなんだか新鮮だ。


「しっかり掴まっててよぉ!!」


ギアをバックに叩き込みながら、後輪が一瞬空転する位の勢いでアクセルを踏みつけた平野の手によって大型のSUVがバックからの180度ターンを披露する。

早くも駐車場に辿り着こうとしていた<奴ら>が数体、振り回されたエンジンブロック部分に撥ね飛ばされてかっ飛んでった。助手席の俺だって社外に放り出されるかと思ったぐらいの横Gだ。後部座席の里香なんか悲鳴まで上げてやがる。

けど俺は敢えて文句を言わず、窓を下ろすとM4の銃身を突き出して視界に入る限りの<奴ら>へ向け発砲。ここまでくればもう銃声もお構い無しだ。俺達が乗ったSUVはまだ他の脱出組が乗り込んでる途中のマイクロバスの横を通り抜け、校門へ向かう。




俺らの行く手を<奴ら>が立ち塞がる。

そんなの知った事か!!!






「「Yeeeeeeehaaaaaaaaaa!!!!!」」






俺と平野は雄叫びを上げながらまっすぐ突き進む。平野が更にアクセルを踏み込み、V8エンジンが吠える。平野も吠える。俺も吠える。

<奴ら>を弾き飛ばし、時には轢断し、車体を血に染めながら俺達は止まらなかった。もしかすると、その時の俺達は笑みすら浮かべて、歓喜と興奮に狂ってたのかも知らない。

里香はその時どうだったか知らないし、どうでもいい。
















だ、もんだから。

サイドミラーの中でどんどん小さくなっていくマイクロバスの姿が校門出てすぐのカーブを曲がった為に見えなくなる間際、『僕』を嵌めた中でも飛び切りにくい存在の1人がバスに乗り込むのには気づかなかったのだ。






[20852] HOTD ガンサバイバー 4
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:66598f76
Date: 2010/08/22 12:00
※何度見てもアニメ版の演出は総統閣下も大満足のおっぱいぷるんぷるんだと思う人は挙手。
※今回特に見せ場無し。銃オタ度増し増しでお送りいたします。ありえねーだろって言いたくなる銃も出します。筆者の趣味なんで諦めて下さい。
※サイレンサーなどの表記については、一般に分かりやすい描写を出来るだけ心掛けたいのでサイレンサーで通します。それと自分が見たようつべのサイレンサー無し・有りの比較動画では弾丸についての説明は特に無かった為、動画内で使用しているのは通常弾と判断し『通常弾を使用しても一応効果はある』と考えて書きました。今後もこんな感じで適切だけど細かい描写を省いたり此方の印象で書いて行くかもしれません。ご了承ください。
※それと床主市の片隅で応援して下さった方、非常に応援ありがたいですけど早く避難しましょう。























車は行く。俺達以外に誰も通らない道を。

学校でのあの<奴ら>の大群が嘘みたいに、俺達の乗ったSUVの向かう道は全くと言っていいほどに人影が見受けられない。

けど、だからといって田舎の県道か荒野のハイウェイみたいに延々と続く道以外に何も存在していない訳じゃない。

乗り捨てられた車があった。路肩に落ちた車があった。色々な物が散乱していた。道路のあちこちに血だまりが出来ていた。これで爆撃で出来た大穴でもあれば、何処かの戦場そっくりに違いない。

俺が学校に向かう時とは大違いの光景。こうして行きに来た道を逆行するまで2時間と経っていないのに。




車内には沈黙が広がっている。

校門から飛び出した時はどこぞのベトコンを掃射中のヘリのガンナー(銃手)並みにハイテンションだった俺と平野も、今となってはお互い黙りこくって窓ガラスの向こうをむっつり睨むばかり。社内の空気が落ち着かないのか、困った様子で俺らの後頭部に視線を行ったり来たりさせている里香の姿がバックミラーにちらついている。

俺はぼんやりと、主床の中心部の方に目を向けていた。街は米軍の大攻勢を受けたイラクの市街地みたく彼方此方から黒煙を・・・・・・あ、火柱。結構大きい。ガソリンスタンドでも爆発したんだろうか。里香が息を呑んでいるが、ここまでは被害がまず及ばないだろうしどうでもいい。


「そこの交差点を左に曲がってから2つ目の路地に入って。まっすぐ行ったらウチのマンションが見えてくるから」


俺の言葉通り、1分もしない内にマンション前に到着。

停車した車から外に出ないまま窓にへばりついた俺も、平野も、里香も、建物を上から下まで視線で舐めまわした。


「・・・どう思う?」

「外から見た限りだと、誰の姿も見当たりませんけど」


里香の言う通り、傍目から見てみると非常階段や玄関前の廊下には動く存在は何も見受けられない。

<奴ら>も、生存者の姿も。


「どうせ中に入らなきゃここに来た意味は無いんだ。行こう」

「了解!古馬さんは僕らから絶対離れちゃダメだよ?」

「はいっ、マーくんにピッタリ離れませんから!」

「何故に俺限定?」

「・・・いや、分かってた事だけど君も気付いてないのかい?かなり丸分かりなんだけど」


平野も何を言ってるんだ一体。

とにかく構造を良く知る俺が先頭、里香を挟んで平野を後衛にマンション内へ。古めの建物でセキュリティも雑だから、新築のマンションみたいに一々キーパッドにパスワードを打ち込んでロックの解除を待つなんて手間は必要ない。


「そういえば何階だっけ真田の家が在る階って」

「6階」

「・・・えーっと、エレベーター使わない?」

「この手の映画って大概エレベーターでの騒動はお約束だよな」

「イエナンデモナイデス。アルクノタノシイナーアハハハハー」


とはいえ、階段も階段で危険ではある。狭い上に逃げ場が上か下に限られてるんだから、階の間の踊り場辺りで挟まれようもんなら強行突破しかない。望む所だけど。

お約束通りエレベーターが到着した途端中から大量の<奴ら>が溢れ出してくるのとどっちがマシだろう?どうでもいいか。

だけど、意外にも非常階段で<奴ら>に1体も出くわす事もなかった。何が理由でそうなのかは知らないけど。中心部の騒ぎに引き寄せられてるのか?

とりあえず6階に辿り着く。片目だけ廊下に覗かせ安全を確認―――クリア。廊下に出る。やは誰の姿も無し。


「平野と里香は先に行って」


2人を促してから階段前に止まった俺は、防火扉で非常階段を封鎖した。老朽化して錆ついてでもいるのか、可動部から軋む音を響かせながら動かした扉の手ごたえは重い。鍵もかけておく。これでいくら<奴ら>でも鋼鉄製の扉は破れない・・・・・・と思う。

2人の後を追う。平野と里香が立つ扉、その1つ隣が目的地のお隣さんちである。俺が出た後、扉の鍵はかけていない。




俺達は中に入ってから、閉めた扉にしっかり鍵をかけた。











「あの、お邪魔しまーす」


とっくに家主はこんな事態が起きる前に逃げ出してるにもかかわらず、律義にそんな事を言った。ちゃんと靴まで脱いでいる。

・・・・・・俺達も釣られて靴を脱いでから上がった。誰の家であろうと靴を脱いでからでないと上がる気になれないのって、もはや日本人としての魂に染みついてるんだろうか。

一目散に平野は俺と里香追い抜くと部屋の中へ。きょろきょろと見回してから目的の部屋を見つけると足音荒く飛び込んでいく。

3秒後、悲鳴が聞こえた。


「う、うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


とりあえず気持ちは分かるけど自重して平野。ドスンバタン飛び跳ねてまで喜んでるもんだから床が揺れてるし。壁が薄いから結構響くんだぞ。


「・・・マーくんの家のお隣さんって、戦争でも始めるつもりだったのかな?」


ある意味定番のセリフを里香が漏らす。同意見だよ、俺も。

とにかく平野が狂気し里香が突っ込むぐらい大量の銃が広めの部屋の中に並んでる訳で。元々ロッカーにしっかり収められていた銃を、俺が物色したまま放置していた為だ。

やっぱりそれなりに興奮してた1度目とは違い、もっと冷静に部屋の中を観察してみると銃と弾薬、バッグに背嚢やベストみたいな個人装備以外にも大型のナイフやボウガンまでロッカーに立てかけてあったり、まとめて置いてあったりした。

ガンロッカーと武器に囲まれた、一見何処の家具屋にでも置いてそうな大きめのベッドの存在が尚更浮いている。

俺からロッカーの鍵を受け取った平野は、早くも他のロッカーの扉を開けて中身を嬉々としながら調べ始める。顔は満面の笑みなんだけど眼鏡の向こうの目はギラギラと光っていた。


「アメリカ製、ロシア製、中国製、シンガポール製、南アフリカ製・・・・・・米軍やロシア軍の横流し品かな?東南アジアの方も結構武器の横流しが流行ってるらしいし、南アフリカのはきっと遠洋漁業を利用した密輸品に違いない」


平野がブツブツ漏らしてる推測は俺の推理と似たり寄ったりだ。でも中には日本じゃまず玩具でしかお目にかかれないだろう、ヨーロッパ製の高性能な銃も少なからず混ざっている。

例えば、


「こ、これは!SG552アサルトライフル!SIG製の最高傑作SG550の特殊部隊向けコンパクトモデル!こんな物まで置いてあるなんて!」


解説ありがとう。こんな感じでどうやって持ちこんだのか聞きたくなるような代物もある。

もはや鼻歌交じりでご機嫌な平野と唖然呆然な里香を余所に、まず俺はまだ残っていたM4用のマガジンと5.56mm弾を在るだけバッグに詰め込んだ。

この際小室とも合流予定なんだからそれなりの数が要るし、持って行けるだけの銃と弾を持っていこうと思う。

とりあえずM4とP226Rがお気に入りだから確定。出来れば両方の使う5.56mm弾と9mm拳銃弾と互換性のある銃を持っていきたい。それからサイレンサー付きのも。これはかなり重要。


「里香、銃と弾詰め込むの手伝ってくれ。バッグはそこの隅に置いてあるから」

「あ、う、うん、分かったマーくん」

「なあ平野、悦に入ってるのは別に構わないけどまた後にしてくれ」

「・・・・・・・・・・ふへっ?ああごめんごめん、ついすっかり夢中に」

「平野君、涎垂れてる・・・」


慌てて口元を袖で拭う平野であった。

さて、他にどんな銃を持っていこう?銃の本場アメリカのガンショップでも置いてない様な代物(そもそもそこに置いてあるのだって自動小銃などはセミオートオンリーに限定されている)が所狭しと置いてある訳だが。

平野に渡したMP5のこれまた特殊部隊向けモデル、MP5SD6があったからまずそれを選んだ。MP5の銃身にあらかじめサイレンサーを組み込んだ存在で、単に銃口の先端にサイレンサーを外付けするよりも高い消音性を誇る。

それに口径さえ合えば他のモデルのMP5のマガジンやP226Rの弾薬も流用できるのが大きい。数が重複しているから数丁持っていこう。本当のど素人な小室達に渡してちゃんと当てれるのかって不安はあるけど、十分に近づいてから撃たせりゃ良いだけの話だし、どっちにしろ銃が無いよりゃマシって奴だ。

そういえば、サイドアームになりそうな拳銃にも丁度良いのがあった筈。


「あったあった、ほら平野」


俺は主に拳銃が保管されているガンロッカーを漁って見つけたそれを平野に投げ渡す。マガジンは装填してあっても薬室に送り込んでないんだから暴発の心配は無い。マナー違反だけど。


「おおっと!?もう、銃をそんな風に投げちゃいけないのは分かってるんだろ?」

「細かい事は気にすんな。それも幾つかあるから持ってこう」

「スターム・ルガーのMkⅠ・・・いや、ボルトリリースレバーがついてるからMkⅡか!」

「それ用のサイレンサーもしっかりあるよ」

「パーフェクトだよ真田」

「光栄の極み」


アメリカで銃の講習を受けた時、最初に撃ったのがこの銃だ。向こうではかなりの有名どころで、銃を初めて握る人間はまずこれで訓練を積むという。.22LR弾という弾薬を使用。

小口径かつ低反動故に素人でも当てやすく扱いやすい銃だ。俺達も撃って、想像以上の反動の軽さに拍子抜けした記憶がある。

といっても単なる素人向けの銃でも無い。サイレンサーを取り付ければ銃の機構の作動音が聞こえるぐらい小さな銃声しかしなくなるから、最初からサイレンサーを組み込んだ暗殺者モデルまで開発された逸話すら持つ傑作拳銃。

これならば小室達でもどうにか扱えるだろう。お隣さんもお気に入りだったのか、もし銃の売人だったとすれば売れ筋の商品だったりしたのか、数も弾もかなり揃っていた。

里香は俺と平野のやり取りを不思議そうな様子で眺めている。

・・・・・・・・・・


「・・・ほら」

「え・・・え?ええええええと、これがどうかしたの?」


俺と俺が差し出した拳銃を交互に見る里香。普通何となく分かるだろうに。


「お前の分の銃。持っとけ」

「い、いいい良いよマーくん!きっと私には扱えないしマーくんの分が――――」

「他にも同じのあるぐらい見りゃわかるだろ。いいか、この後ろの部分を引くと弾が銃の中に装填されて撃てるようになる。総弾数は10発、薬室に装填してからマガジンに弾を込め直して更に1発増やせるやり方があるけど・・・これは今はどうでもいいな」


面倒だからそのまま予備のマガジンと一緒に里香に押しつける。その際、手の甲に膨らみが触れたのは偶然だ。偶然ったら偶然だ。それにしても背丈は昔っからほぼ成長の跡が見えないのに目立つ部分だけ成長したな本当。

ともかくMkⅡも持っていく事に決定。必要な弾薬とマガジンもありったけ忘れない。


「うおおおっ!こ、これはっ!」


今度は何だ平野。

ガンロッカーから取り出されたのは寸詰まりな印象の自動小銃。だがこれもただの銃じゃない。MP5SD6と同様、最初から消音機能を組み込んで設計された特殊部隊向け狙撃銃。


「VSSヴィントレス・・・!こんな物まであるなんて・・・最高だ!!」


・・・完璧に浮かれてる、いやイカレてるよコレ。ま、銃片手にお礼参り達成寸前だった俺が言える立場じゃないけど。

それでも何となく、平野の放つ気配が今までとは違う気がする。銃にイカレる様はアメリカでも何度も見たけど、そう、今の平野は何時路上に飛び出して銃を乱射してもおかしくない様な殺気と狂気じみた気配がうっすらと――――

ま、どうでもいいか。仮に平野がそんな事を実行に移したとしても、どうせそれ以上の混乱が世界中で起きてるんだ。今更誰が気にするものか。

そもそもさっきも言ったけど、俺が言える立場でも止めれる立場でもない。


「平野ってそういえば狙撃銃はセミオート派だったよな」

「ボルトアクションも悪くないけどね。威力と精度よりも手数だよ手数」


結局、VSSも持っていく事になった。確かに、MP5SD6やMk2以上のロングレンジを狙える消音銃の頼もしさは否定出来ない。




さて、他には何を持っていこう。拳銃、アサルトライフル、サブマシンガンにスナイパーライフルときたらショットガンも必要だろう。反動の強さを除けば散弾だから狙いが大雑把でも当たりやすいんで、銃の腕を補いやすいし。

それにこの場合、ショットガンの最大の利点は拳銃弾や軍用ライフル弾とは違ってこの国の銃砲店でもある程度弾薬の補給が利く点だ。拳銃や自動小銃の所持が違法な日本じゃアメリカでは当たり前に売られてる9mm弾でもほぼ入手できない。

それこそ警察、それも特に重武装な銃器対策課やSAT(特殊急襲部隊など)が置かれてる所か自衛隊や在日米軍の基地でもなければほぼ無理だ。もしくは、ここみたいに非合法な武器弾薬が置いてある場所か。

そういえば、この床主市には右翼の中でも特に巨大かつ過激な団体の本部が置いてあって、そこの指導者が今ここには居ない高城の父親だと平野経由で聞いた様な気が。

もしかしたらそこでも補給の伝手はあるかもしれないが、あんまり当てにしないでおこう。いざとなればまたここに来るまでだ。

大雑把に見ただけでも数種類、ポンプアクション式もセミオートの物も問わず並んでいる。

その中で、特に俺が目を惹かれたのは。


「これはまた・・・そんな物まで・・・」

「そ、それって、何なの?」

「MPS社製、オートアサルト(AA)-12――――フルオート連射が可能な化物ショットガンだよ。使用する弾薬は散弾から特別製の小型榴弾まである、とんでもない威力の持ち主さ」


本当、どうやって手に入れたんだお隣さんは?ただのノーマルじゃない、フラッシュライト一体型のフォアグリップまで取り付けてあるし、ドラムマガジンまで置いてある。

決めた。これを持っていこう。ドラムマガジンも合わせるとかなり嵩張るけど一目惚れしちゃったんだから仕方ない。


「ショットガンは他にどれを持ってく?」

「そうだね、素人にはポンプアクションよりもセミオートの方が扱いやすいと思うけど、ポンプアクションの作動の確実さも捨てがたいし・・・あ、槍術部の宮本さんもいるんだからバヨネット(銃剣)が付けれる奴も持っていけば役に立つかも」

「それじゃあこれと・・・これにするか」


俺が選んだのはイズマッシュ・KS-Kとモスバーグ・M590ショットガン。

前者が世界に最も存在するって言われてる傑作アサルトライフル・AK47をベースに開発したサイガ12を若干小型にしたセミオート式散弾銃。後者はM500の軍用モデルで銃剣用のバヨネットラグを備えたポンプアクション式の銃だ。

AA-12と併せてどれも口径は12ゲージで統一されてるから弾薬は共有でき、それぞれに合う弾を探すという余計な手間をかけずに済んだ。

っと、急いだ方が良い。小室達との待ち合わせ時間は夕方の午後5時。街の中心部に近づけば近づくほど混乱は酷いだろうから、余計な足止めを食らって遅れるのは出来れば防ぎたい。


「とにかく銃とか弾とか他に必要そうな物を片っ端からまとめておくから、平野はもう何丁か見つくろっといてくれ。里香は荷物をそこに置いてあるバッグに詰めとけ」

「あ、あれ?マーくん何処に行くの?」

「食糧とか他に必要なもん探してみる。サバゲー用の装備も何かの役に立つかもしれないし、俺の部屋から持ってくる」


タクティカルベストは流石に全員分置いてなかったし、水や食糧は必要不可欠なのは当たり前。後は替えの服に金―――はどうなんだ?このままじゃ核戦争後の世界みたいにケツを拭く紙にもならない代物になってもおかしくないけど。繋がらないかもしれないし平野と里香以外に掛ける相手もいないけど、充電器に置きっぱなしの携帯も一応持って行っておくか。

やはり廊下に<奴ら>の姿は無い。1つ手前の俺の部屋へ。出来るだけ大きめのバッグを手当たり次第に探し、片っ端から必要になりそうな物を中へ押し込む。

意外なほどに時間はかからなかった。机の上の物にふと目が付き、それを手に取る。

死んだ両親の写真。仲の良い夫婦だった。今はもう居ない。

もしあの日2人が死なず、この死者が歩き回って人を食うという現実に直面していたら、2人はどうしていたのだろう。




――――――どうでもいい。

2人は今日という地獄が始まる前に死んだ。それだけが事実。




向こうも準備を終えたのか、俺を呼ぶ声が聞こえる。

ずっと過ごしてきた我が家も思い出の写真も捨てて去る事に、俺は何の躊躇いも覚える事が出来なかった。











「・・・どうする?」

「・・・そう言われても」

「ど、どうしよう・・・?」


問題発生。俺達は6階から降りれなくなった。

何故かと聞かれれば、特に悩まなくてもすぐに答えは分かる。防火扉の向こうで鋼鉄を叩いたり引っかいたりする音がよく聞こえるから。

上の階から降りてきたのかそれとも下の階層に居たのを見逃したのか、とにかく非常階段は<奴ら>が殺到していてもう使えまい。こうなれば危険を冒してエレベーターに乗ろうと試みたけど失敗だった。中の箱が全く来る気配が無いのだ。

合計すれば100kgは軽く超えるだろう大荷物。せっかくの大量の武器弾薬だというのに持って行けないんじゃ意味が無い。

いやま、その内半分以上を里香が軽々背負ってケロッとした表情を浮かべてるのは頼もしいんだけど、そんな大荷物を持って持たせて非常階段を強行突破するのはリスクが高過ぎる。


「・・・仕方ない。軍隊の訓練ばりにロープで懸垂下降でもしてみるか?」

「無理っ!それ絶対僕が運動苦手なの分かって言ってるでしょ!?」

「そもそもそれやるロープも無いんだけどな。あ、なら消火栓のホースでも代わりに使う?」

「Noooooooo!!」


実際は漫才やってられる状況じゃない。分かっちゃいるんだが、どうしたものか。

いっそ本気で消火栓でダイハードごっこでもやってやろうかと考え、そっちの方を見る。

・・・・・・・・あ。良いのがあった。


「安心しろ平野。丁度良いのがあったぞ」

「え?」


このマンションはちょっと古い。古いだけに、防災設備やセキュリティも最新鋭の物じゃない。むしろ藤美学園の設備の方がよっぽど近代的なぐらいだ。

だから、最近の建物じゃ余り見かけない金属製の大きな箱が通路の奥の方に置いてあるのに平野も気付いても、それの正体がすぐに分からなかったのも無理ないのかもしれない


「これは・・・そうか、非常用の避難シュート!」


1度悟れば話は早い。俺と平野が箱の蓋を開けるとと巨大な布の塊が姿を現した。

意外と重量がある。ちょっと苦労しながらシュートを引っ張り出す俺達を見かねたのか、里香も手を貸してくれた。荷物を下ろさないまま。

一気に楽に持ち上げれた辺り、やっぱりこのちっちゃい幼馴染の馬鹿力は半端ないのを思い知らされる。何食ってるんだコイツ。どうでもいいが。


「せぇのっ!」


そのまま廊下の手摺の向こうへシュートを投げる。シュートが花壇の茂みに接地した瞬間、下から意外と大きな音がした。この音に他の<奴ら>が集まってくる可能性もある。急いだ方が良い。

ってか結構高さあるけど、大丈夫なんだろうな?こういうのは普通もう少し低い階で使うもんだって聞いてたけど。

けどもう後には引けない。非常階段からはもはや鋼鉄が軋む音すら聞こえている。向こうもどれだけ馬鹿力なんだ<奴ら>は。


「俺が最初に行く。引っかかると危ないから荷物は俺が下りて大丈夫なのを確認してから滑り落としてくれ。その間に俺は車を取ってくる」

「了解。車の鍵を忘れないで」

「ま、マーくん、気をつけてね!」

「言われなくても分かってる」


平野からSUVの鍵を受け取った俺は、縁に足をかけると覚悟を決めてシュートに飛び込んだ。ライフルは胸元にしっかり抱え、足から滑りこむ。

6階分の高さから地面まで滑り落ちるまで5秒も経ってないと思う。意外と衝撃は無かった。柔らかい土と茂みがクッションになってくれたらしい。

こんな滑り台、小学校の避難訓練以来だ。出口から身を乗り出し、俺を心配そうに見下ろしていた平野と里香に向けて親指を立てる。背後で聞こえる布と荷物が擦れ合いながら滑り落ちてくる音を背中で聞きつつ、サイレンサーを付けっ放しのP226Rを抜き出しながら止めてある車の元に向かった。

シボレー・タホは数十分前と変わらない位置に止まったままだった。車の周囲に敵影無し。だが、こちらへと一歩一歩着実に近づく<奴ら>の姿が複数、遠目に見える。

運転席に乗り込み、エンジン始動。エンジンは即座に反応し車体を震わせた。滑り台の元まではバックで向かう。

出口部分には既に中身が満杯のバッグや背嚢がダムみたいに滞って積み重なっていた。すぐに最後部のハッチドアを開けて、荷物を積み込んでいく。ズッシリとした固い重みに腕の筋肉が悲鳴を上げるけど、重量感と中身の正体を教えてくれる丈夫な布越しの金属の感触には頼もしさも覚える。

あっという間に荷物用スペースが荷物で埋まった。まだ残っているかと思い、次に滑り落ちてくるだろう荷物を素早く受け取るべく、シュートの出口に半ば身体を突っ込み、身構える。




近づいてくる摩擦音――――――「うわ~~~~~~」って間抜けな声も聞こえてくるのに気づいた時にはもう遅い。




顔面にぶつかる布に包まれた塊。砂でも詰めた特大のブラックジャックでも食らったのかと思いながら俺は吹っ飛ばされ、背中からもんどりうって倒れる羽目になった。

痛い。そして重い。


「・・・何だよ一体」


握ってた筈の拳銃は何処行った。というか乗っかってるのは一体何だ。

顔に乗っかってる何かに視界を奪われっぱなしなので適当に手探りしていると、温かい物に触れた。布地でも金属って感じでもない。


「わひっ!?わ、わわ、あわわわわわまままままマーくん触っちゃダメだよぉ!


・・・ああそういう事。どーりでえらい温かいし柔らかいしグニグニ動く筈だよ。


「とりあえずどけ。重い」

「あう・・・・・・ご、ゴメン」


顔を押さえつけていた存在が離れたので身体を起こす。M字開脚気味に尻餅をついた里香が、顔を赤くして涙目で俺を見つめていた。お尻とスカートの前辺りを押さえている辺り、コイツの尻の下敷きになったと思われる。さっき手に触れたのは太股か、もしかして尻か?

役得というかラッキースケベとでもいうんだんだろうか、こういう場合。


「タッチダァァゥウン!いやぁギリギリだったよ。もう<奴ら>が防火扉まで突破して廊下に出てきてさ―――――って、何かあったの2人共?」

「何でもねぇ、どうでもいい事があっただけさ」


・・・・・・マーくんのバカ、という呟きは聞かなかった事にする。














次の目的地は、小室達との再合流予定地点である東署だ。

―――――もしかして、着いた途端に今更銃刀法違反とかで捕まったりしないだろうな?






[20852] HOTD ガンサバイバー 5
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:66598f76
Date: 2010/09/01 11:47

※どうでもいいかもしれないお隣さんの設定:銃の売人。個人経営の割に世界中にコネを持ち、珍しい銃も条件次第で手に入れてくれるので裏ではちょっとした有名人。でもそれはぶっちゃけ半分以上趣味による影響が多い。
世界中に<奴ら>が出現する直前、取引の際にトラブルが発生したため高跳びを決意したという設定。隣人で趣味仲間の主人公に自宅に置いてある『商品』など全てを授けてからの足取りは神のみぞ知る。
※ば れ た か >プレデターズ
※アメさんはアメさんで対物ライフルやショットガン用の消音器を作ったりしてるという >VSSK Vychlop
※只兄貴も出すよ!
※主人公の影響で銃器王も段々ネジが外れ気味になっております。
※というかアニメ版1クールだけってマジですかorz

















―――――新しい銃の入手と弾の補給が終わってからの道のりも、結構平和だった。

きっと避難する人間が確実に集まる主要道路を避けて、なるべく通れそうな脇道を利用してたのが功を奏したんだと思う。

予想通りデカい道路は橋方面に逃げる車でギュウギュウ詰めになってて、むしろ歩道や車の間を通って歩いた方が速いのが、遠目から見ても分かった。

というかクラクションとか怒号とか泣き声とか、<奴ら>を引き寄せる『音』という要素で溢れてるという点から考えると、余計に脇道選んで良かったと思う。

実際見かけた<奴ら>の数は少ないけども、どれも騒々しい広い道路の方に向かってたし。




でも結局川を渡るには橋に繋がる主要道路を通らなきゃならない。

こんな事態だから橋の近くで検問や封鎖も行われてる筈だ。下手すりゃ強行突破をしなきゃならなくなる可能性も否定できないのだ。

その時は、山ほどある得物の数々が役立ってくれるだろう。

・・・せっかく走破性に優れたSUVに乗ってんだから川の浅い場所を選んで車で渡河する、って選択肢もありだな。




「向こう(主要道路)の方はかなり足止めされてるみたいだね。何だか銃声や爆発音も結構するけど・・・・・・あの音はショットガンだな。まぁ猟銃程度なら民間でも手に入るし」


助手席から平野の呟きが。現在ハンドルを握ってるのは俺だ。里香は後部座席で銃声と爆発音が聞こえる度に小さい身体を一際縮こませている。

平野も装備を整え、学生服の上からベストを着用していた。メインアームはMP5SD6に決定。膝の上に乗せ、何時でも構えれるようにしている。射内での暴発防止の為、薬室に装填はされてないけれど。

俺ももちろん薬室から弾を抜いたM4を運転の邪魔にならないような角度で股の間に突っ込んである。

念の為に里香にも武装させといた。小柄なコイツ用に同じ位小型なアサルトライフルであるSG552。正直まったく似合わない。

コイツの馬鹿力を考えるとむしろ棍棒かバットでも持たせりゃ良かっただろうか。うってつけの金属バットはここには居ない小室の手の中だ。


「それにしても段々荒れてきたな・・・」

「どうもここらへんも一度<奴ら>に襲われたんじゃないかな・・・」


道を塞ぐ捨てられた車が増え、逃げるのに邪魔で手放した荷物が散乱し、それでも逃れられなかったのか道の至る所に血だまり。

ここまで来るともっと<奴ら>がうろつきまわっててもおかしくなさそうだけど――――ここで<奴ら>の仲間入りになった人間も、橋方面の騒動に誘われて離れた可能性は高い。


「とにかく<奴ら>が少ない内にさっさと橋に近づこう。もしかしたら小室達も渋滞で足止めされてるかもしれないから、橋を渡る前にまた合流できるかも」

「仮にそうなったとして、そのままあっさり橋を渡れるかが問題だけど」

「だね、この分だと間違いなく橋の辺りで検問なり封鎖なりしてるだろうし」


2人一緒に、釣られて里香まで一緒に車内の後部に顔を向けた。荷物用スペースが銃火器の入ったバッグで満杯になっている。


「・・・流石に警官を撃つのは、不味いよな?」

「だ、ダメに決まってるよマーくん!」

「少し会わない間にえらい過激になったね、真田って・・・」

「そりゃこんな恰好して学校に来たのだって、俺を見捨てた担任やクラスの連中皆殺しにするつもりだったからなんだぞ?そんな奴がイカレてない訳無いだろーが」


俺は視線を前方に戻しながら吐き捨てる。

平野はシリアスな顔に、里香はあからさまにショックを受けた表情で俺を見つめていた。何だ、分かってなかったのか。

ま、今となってはどうでもいい。獲物を横取りされたのは悔しいが、それは<奴ら>を撃って撃って撃ちまくる事で鬱憤を晴らさせてもらおう。

今気付いた事がある。<奴ら>を相手に生死をかけた戦いや駆け引きを繰り広げなければならない事に、俺はある種の楽しみを覚えているのだ。

文字通り死が歩き回るこの世界を気に入り出した、と言っても良い。

ははっ、マジで頭のネジが飛んできたな俺。


「・・・もう、普通を続ける意味もないんだもんね」


隣でSD6の銃身を撫でながら平野が小さく、けどハッキリとそう漏らしたのが聞こえた。

次第に平野の唇の端がゆっくりと上がっていく。フロントガラスに反射する俺と平野の顔は笑っていた。確かに笑っていた。楽しみで堪え切れないみたいに笑っていた。

わざわざ鏡で自分の笑顔を見た事なんてないが、こんな壮絶で笑顔に見えない笑みなんて浮かべるのは初めてに違いない。

背後の里香が、恐ろしい物を見た顔を俺と平野の間で行ったり来たりさせている姿がバックミラーに映っている。俺達が狂人にでも見えてるんだろうか。それは否定できない。




だが、いい加減里香も気付くべきだ。

人を食う死者が歩き回るこの狂っちまった世界で、何かしら狂わずにいない事こそが今じゃ異常なんだと。








そうやって思考に囚われてたもんだから、里香が「止まって!」と叫ぶまで前方すぐ目の前に現れた存在に気づくのが遅れた。

<奴ら>かと思ったら傷どころか着てるワイシャツは血で汚れてもいない。れっきとした人間だった。右手にはレンチ。左手には小さな女の子。

・・・危うく轢き殺しかける所だった。ブレーキが間に合って良かったと割と本気で思う。

幾らなんでも<奴ら>じゃないれっきとした少女を殺すのは気が引ける。逆に言うと<奴ら>だったならお構い無しなんだけど。


「お願いです、安全な場所まで連れて行ってくれませんか!せめて子供だけで良いんです!」


運転席の所まで駆け寄って来るや否やそんな事を男性に言われた。見て分かる通り、女の子の父親と思われる。

学生服姿の高校生―――『元』高校生が運転してるにもかかわらず必死な様子で頼み込んでくる。ま、今じゃ何処ででも似たような光景が繰り広げられてそうな気がする。

俺らの格好や何時でも撃てる場所に置いてある銃に関してはスルーか気付いてないのかそれとも改造銃の類とでも考えてるのか、それともそんなの気にしてないぐらい切羽詰まった状況なのか。

どうしたもんか。とりあえず他の乗客の意見を聞こう。


「どうするよ?」

「小さな女の子もいるんでしょ?だったら乗せてあげようよ。まだ乗れるし小さな女の子を助けないのは流石に酷過ぎるし」


大事な事だから2回言ったんですね分かります。そんなネタが一瞬思い浮かんじゃったけど口には出さない。そんなキャラでも無いよ俺は。

とにかく平野の意見はハッキリしていた。視線で里香にも問いかける。


「た、助けないと。子供を連れた人を見捨てる訳にはいかないよ」


賛成票1追加。流石に頭の大事な線がプッツン切れてると自覚してる俺でも、こうして助けを求める親子連れを見捨てるのは心が痛む。

・・・特に、こんな小さな子供から如何にも大事にしてくれてる親が奪われるなんざ、何よりあっちゃならない事だと思う。

あんなのは、最悪の気分だ。


「里香、そこのドアを開けてやってくれ」


俺がそう指示すると、えらくホッとした様子ですぐさま後部ドアを開ける。






――――ここまでは、狂った世界の中でなけなしの良心を満足させる些細な善行を実行に移したに過ぎなかった。

もうちょい早いタイミングで起きてれば、ハイ終わりでさっさと走り去るだけで済んだんだろうに。






里香が女の子の身体を軽々持ち上げ、車内に入れた瞬間だった。

唐突に、ガラスか何かが砕ける音がかなり近くで響いた。窓ガラスや車体に破片がぶつかる音も。

そして、「ぐッ!?」と呻き声を漏らして男性の顔が俺の視界からフェードアウトする。崩れ落ちて車体の陰に隠れたのだ。

パパ!!?と少女が悲鳴を上げて、里香が慌てて自分が開けたドアから外へ飛び出す。


「真田!前方、距離15!」


平野の警告。規則的な咆哮がえらい盛大に聞こえてくる。顔を上げて前を見ると、いつの間にか現れた大型スクーター数台によって道が塞がれていた。

2人乗り3人乗りで全部で10人前後。改造によってスクーターのマフラーが取り外されているのがこの大音量の原因らしいけど・・・・・・

ハッキリ言わせてもらおう。乗って現れた連中は明らかにバカでろくでなしにしか見えない連中だった。


「・・・後方10に5人追加だ」


前後を封鎖した連中が手からぶら下げてるのは角材に鉄パイプ、釘バットにナイフに―――――

破裂音。紛れもない銃声だけれど、発生源は俺でも平野でも増してや里香でもなく。


「動くんじゃねぇぞ!コイツで撃たれたくなかったらよ!」


明らかに理性が飛んでる目をしたバカの手には拳銃。


「この銃はなぁ、マッポからかっぱらってやった本物なんだぜぇ?撃たれなくなけりゃさっさと車から出てこいよ!オラ、とっとと出てきやがれ!」


バカが持ってるのはリボルバー。警官から奪ったって事はニューナンブか新しいのだとS&WのM37だろうけど、ちょっと遠くてバカが振り回してるもんだから詳細までは判別できない。


「これだから素人は・・・脅すなら脅すでちゃんと銃を肘から手首まで真っ直ぐ直線上に置いて構えなきゃ思いっきり照準がぶれるのに。そもそも拳銃の有効射程は7mぐらいしかないんだし、あんな素人の腕じゃ当たる物も当たらないよ」


平野のそんなぼやき。持ち主から奪われてバカの手に握られてる拳銃を憐れんでるみたいだ。


「たまんねぇ、女まで居るぜ!」

「さっさとそこの女と車と荷物を置いて行っちまいな!そしたら痛い目見ないで済むぜ!」

「安心しろって、お前らの女も車もたっぷり俺達が有効に使ってやっからさぁ!」


何という世紀末。いや、核の炎に包まれてなくても世界が崩壊してなくてもコイツらは同じような事やってそうな気がする。最期の言葉に里香が情けない声で息を呑むのが聞こえた。

改造スクーターから離れた何人かが、前後から車へと近づいてくる。




俺達はどうするのかって?

決まってるさそんなの。




「平野、やれるか?」

「――――やれるさ。僕が何人学校で<奴ら>を倒したと思ってるんだい?僕らや小さな女の子を襲おうとしてる時点で<奴ら>もコイツらも大差ないよ」


オーケイ、そう言うと思ったよ。それでこそ親友だ。

M4を股の間から引っこ抜き、ストック根元近くの棹桿を引く。マガジンから機関部に弾丸が送り込まれる手ごたえ。安全装置解除。


「後ろの連中を頼む」

「Yes,sir!!」


ドアを開けて路上に立つ。すぐ足元で父親に縋りついていた女の子と里香に伏せておくようハッキリと命令し。

銃口を向ける。照準は拳銃を持ったバカ。飛び道具を持って調子に乗ってるのかリーダーみたいに振舞ってスクーターの傍から離れてないけど、まともに狙いも付けれないとはいえ拳銃を持ってる以上脅威度は近づいてきてる連中よりソイツの方が一応高い。






ショータイムだ、踊らせてやる。






「ロックン――」

「ロール!!」


掛け声に合わせて初めて生者に向けて引いたトリガーも、学校で<奴ら>を最初に撃った時と一緒でとてもとても軽かった。

突き抜ける反動にコンクリートの路上に当たって撥ねる空薬莢。胸元に喰らったバカは間抜け面を晒しながら衝撃でたたらを踏んで、後ろのスクーターを巻き込みながら倒れる。

状況が全く理解できない様子の取り巻きにも掃射。まず照準を切り替えて接近中だったバカどもに数発づつお見舞い。心臓を吹き飛ばされ大して使ってなさそうな頭の中身を道路にぶちまけ、自分の血だまりに沈む。

スクーターの周囲に居た連中ももちろん忘れない。未だ突っ立ったまんまのそいつらの血で改造スクーターの車体に鮮血の赤が新たにペイントされた。

最後の1人がようやく再起動に成功して手近なスクーターに乗って逃げようとしたけれど―――逃すものか。しっかりと構え、呼吸を整え、息を吐き切った瞬間に人差し指以外の全ての身体の動きを抑え込み、そっと引き金を絞る。

見事命中。後頭部から突入した弾丸に逃げようとした最後のバカの顔面は消失した筈だ。


「クリア!」

「クリア!ターゲットフルダウン!」


平野の報告。そっちを見てみると確かにピクリとも動かず横たわってる死体が5つ。

たかが10m、平野の腕なら外す訳無いか。

俺は自分の考えに納得しながら、たった今撃ち殺したばかりのバカどもの死体の元に近づいた。

戦利品として、コイツらが持っていた拳銃と金属バットを頂いて行く事にしよう。拳銃はM37エアーウェイトだった。嫌々ながら持ってた奴の死体を弄ってみたけど予備の弾は持ってない。

足元で呻き声。腹から血を溢れさせたピアスと入れ墨だらけの男が腹を押さえて苦しんでいる。間近で見て気付いたけど、歳は俺とかと大差ないと思う。

何だ、まだ生きてたのか。<奴ら>みたいにいちいち頭狙ったりしなかったから仕方ないか。それでも長くは持たないに違いない。


「た、助け、て」


血で染まった震える手を俺に向けて伸ばしてくる。

俺はそいつに向けて笑みを向けてやった。笑いながらM4をそいつの額に当てる。

発砲したばかりで高熱を帯びた銃口を押し当てられて、掠れた悲鳴を振り絞るソイツに俺は、こう質問してみた。


「もし逆の立場で同じ事を言われたら、そっちならどうした?」


返事は、目を見開きながら嫌だ、止めてくれという懇願。

答えにはなってないけど、その時のコイツらの行動は想像はつく。

だと思ったよ、クソったれ。

乾いた銃声、止む呻き声。


「平野、手伝ってくれ。さっさと死体やバイクをどかして通れるようにしよう。今ので間違いなく<奴ら>が集まってくる筈だし」

「・・・・・・へ、へっ!?わ、分かった」


呆けていたのか、反応が遅い――――まがりなりにも親友だ。何だか心配になってきたから、死体を路肩にどかしながら聞いてみる。


「で、結局の所、初めて人を殺した感想はどうだった?」

「・・・真田はどうだったんだい?」


質問に質問で返すのはマナー違反だって聞いたけど、俺は律義にありのままを答える事にする。


「そうだな――――悪くない気分だよ」


これが俺が学校を辞める事になった元凶であるあの野郎や俺を嵌めた教師だったら、さぞや爽快だったに違いない。

・・・また腹が立ってきたな。本当に、アイツらをこの手で殺せなかったのが口惜しい。

でも学校ではノリノリで<奴ら>撃ち殺しまくった上に、初めての人殺しにも嫌悪もショックも感じてない自分に、割と本気で危機感を覚えてたり。

イカレてるどうのこうの以前に快楽殺人者の素質でもあったんだろうか自分。それは幾らなんでもちょっとイヤだなぁ。

そう思いながら平野と一緒に2人がかりで道の端に死体を運んで積み上げていると。


「・・・・・・そう、そうだね・・・・・・・・そうさ、意外と、悪くないや」


そう、確かに聞こえた。紛れもなく平野はそう言った。

そして笑ってもいた。さっき以上に凶悪な笑みを浮かべていたのを、俺は真正面から覗きこむ形で目の当たりにした。

―――本当、とことん気の合う親友だ。




死体をどかし、スクーターも片付ける。懸念通り、喧しいエンジン音と銃声に誘き寄せられた<奴ら>が、未だ遠くとはいえ着実にこっちに近づいてきているのが見える。

里香や女の子は気付いていないのか、車の外で固まったまま。女の子の父親は気絶してるっぽい。頭に瓶が直撃したんだ、そうなってもおかしくない。

問題は単に軽い脳震盪を起こして気絶しただけなのか、それとも見た目だけじゃ分からないもっと酷い状態なのか、俺には判別できない事。場所が場所なだけに気になる所だ。

このまま呆気無く死なれても困る。親なのに小さな子を置いたままあっさり死なれて堪るものか。


「パパ、パパっ、起きてよパパ!」

「ダメだ、頭を打ってるから揺らさない方が良い!」


平野が車にもたれかかる父親の身体を揺らす女の子を抑える。

素人目には、呼吸とかに異常は無いと思う。脈を測ってみてもちょっと速い位。直前までパニックで興奮していたと考えれば大丈夫だと思うけど。


「君の名前は何て言うんだい?」

「・・・ありす。希里ありす」

「ありすちゃんか。良い名前だね。安心してありすちゃん、約束するよ、君のお父さんは僕達がありすちゃんと一緒にお医者さんの居る安全な所まで必ず連れってってあげるから、安心して」


ありすちゃんと同じ位の視線までしゃがみ込んで、平野がそう断言した。

反対意見を出すつもりは無い。俺だって同意見だ。

まだ動き出さない里香を余所に、俺と平野と2人がかりでありすちゃんの父親を車内に運び込む。出来れば横に寝かせたいけど、荷物が多過ぎて背もたれを後ろに倒せなくなってたのは誤算だ

次にありすちゃん。そして最後に里香。俺は里香に手を差し出す。


「何時まで呆けてんだ。ほら、立てよ」

「ひ、ひっ!」


里香は、俺の手を取らなかった。

逆に小さな悲鳴を上げて、俺から離れようとしても腰が抜けて動けなかったのか失敗していた。

微妙な空気が俺と里香の間に流れる。


「古馬さん・・・」

「お姉ちゃん?」


そりゃそうか。相手がろくでなしの極みみたいな連中であれ、幼馴染が目の前で躊躇い無く<奴ら>じゃない紛れもない人を殺すのを目撃したんだから。

そもそも人を殺して笑ってられる存在が目の前に居れば、まともな理性を持つ人間なら誰だって怯えるか、逃げ出したくなるか。




けど、里香の心中なんぞどうでもいい。




「ひゃなゃっ!!?」


めんどくさくなったんでまた逃げようとする里香に接近すると、制服の襟を掴みで丁度いい感じに膝が曲げ気味で腕が入るスペースがあった膝裏に腕を突っ込んでそのまま持ちあげた。

いやだって説得するにも時間がかかりそうだし、<奴ら>も目が届く範囲まで近づいてきてるから時間もないし。

それにしても軽いなコイツ。銃や装備を身に着けててもそう感じるぐらい軽々持ち上げれた。この体格でどうしてあんな怪力が出せるんだか。

ついでに言うと、タクティカルベストのジッパーが途中までしか上げられないぐらい飛び出た膨らみが目の前で揺れてるけど平常心平常心。目に毒だとはしみじみ感じてるけどね。

丁度残り1人分余っていた座席のスペースに里香を置く。

・・・恐怖で引きつってた筈の顔が、今度は真っ赤になって目が渦巻きを描いている。まるでマンガだ。


「本当、真田って時々大胆だよね・・・」

「?」

「あうううううううううううううう」

「お姉ちゃん大丈夫?お熱でもあるの?」




訳が分からん。とにかく出発しよう。







[20852] HOTD ガンサバイバー 6
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:66598f76
Date: 2010/09/04 00:48
※主人公の岐路。そして巷で話題の小室の人たらしっぷり炸裂?
※相変わらずアニメ版の演出が白すぎワロタ
※COD最新作がまたもスクエニしかも吹き替え版発売って聞いて頭抱えた。でもって声優が色々とカオス過ぎて反応に困ったのは自分だけじゃないと思う。でも誤訳は簡便な!
※というか息抜きな筈のこっちばっかり筆進んでクライマックス突入な別口は不調って何さ。それでいいのか自分






















案の定、というべきだろう。

俺達が向かった橋―――御別橋は警察車両とどっかの工事現場から持ってきたっぽいブルドーザーによって封鎖されていた。

お陰で橋の上は行き場を無くした車と人、そして橋の上の騒動に引き寄せられた<奴ら>で埋め尽くされている。中には無理やり通り抜けようと試みてる人間もいるけど―――

時折銃声も響く。警官が向けて撃っているのは橋にまで到達してきた<奴ら>か、それとも暴徒と化した避難民か、どっちだろう?多分両方か。




川沿いの道路に車を止めてその光景を遠目から眺めていた俺と平野は、双眼鏡や狙撃用スコープから目を離して顔を見合わせる。


「どうする?」

「どうしたもんだろうね」


ありゃダメだ。今の状態じゃ確実に車での突破は無理だ。人も車も多過ぎる。反対車線も警察の輸送車が完全に塞いでる。

徒歩ならまだ可能性はあるけど、それじゃあ持てるだけ持ってきた銃の意味が無くなるし、怪我人だって運べない。


「もし小室達の乗ったバスが最短ルートを通るとしたら、この御別橋に続く道路を使ってる可能性は高いよ。だったらこの分だと確実に渋滞に掴まってまだ橋を通行出来てない筈だし、橋を渡る前に合流するんなら歩きで道路を遡れば小室達の乗ったバスが見つかるかも」


と平野の意見。筋は通っている。通ってるんだけど、行動に移したいかと聞かれたら困る。

だって、あの人の波を逆走するのは並大抵の事じゃない。歩道だろうが道路だろうがお構い無しに、隙間と言う隙間に人が入り込んで御別橋に向けて流れてる。

中には止まってるも同然の車の上を歩いて逃げてる様なのも少なくないし。


「携帯で今どこら辺に居るか聞いてみるか?」

「・・・あ。僕、携帯持ってないや。寮の部屋に置きっぱなしだ。真田は携帯持ってる」

「一応持ってきた――――けど、小室の携帯の番号知ってるのか」

「「・・・・・・・・・・」」


沈黙。乾いた風がおもむろに吹き流れていく

うん、この案は却下な。

そんな感じで反応に困る空間が俺達の間に広がった時―――――聞き覚えのある声が。


「――――こっちも同じね。どうする?無理に渡ろうとしたらさっきの連中みたいになるし、他の橋を試してみる?」

「多分駄目だろう、渡れないようにされてるよ。そうでなければ規制されてる意味が無い」


あれ?と俺らが振り向いてみれば。

ちょっと離れた位置に停車したオフロードバイクに跨る探し人の姿が。

いやいや何でこんな所に2人だけなのさ?他の皆と一緒にバスに乗ったんじゃなかったんかい。


「「「「あ」」」」


ま、一応ある程度の手間は省けたからどうでもいいんだけど。


「平野!真田!良かった、橋を渡る前にまた無事に会えて」

「こっちだってそうさ。だけど、何で小室と宮本だけなんだ?他の皆はどうした?バスに乗ってたんじゃなかったのか?」


気になった事を聞いてみると小室も宮本も揃って苦虫を100匹ぐらい纏めて噛み潰したみたいな顰めっ顔をした。もしかして、地雷だったか?


「・・・紫藤だよ。学校を脱出する時、他に生き残ってた生徒と一緒に乗ってきたんだけど」


―――――――――・・・・・・・・・・っ


「出てすぐにリーダーが必要だのどうのこうのって言いだして・・・そしたら麗がバスから飛び出したのを追いかけたら事故が起きて、道路が封鎖されて戻れなくなったからまた別のルートで橋を渡る事にしたんだ」

「・・・・・・それで、バスはどっち方面に向かったんだ?」

「え?それはあそこの御別橋に通じる道路だけどって、どこ行くんだよ真田?」


俺は御別橋の方へ向けて歩き始める。


「車に怪我人が居るんだよ。なるべく早く医者に見せなきゃいけないんだ。鞠川先生を探して連れてくるついでに『用事』を済ませてくる」


半分本当で半分嘘。『用事』こそが本当の目的。

そもそも俺はその為に、銃を持って学校を訪れたんだから。

離れようとする俺の背中に小室や里香が声をかけてくるけど、どうでもいい。そう思った矢先に。


「あ」

「む?」

「ねえ、あれ、あそこ!」


前方にまたも残りの探し人の姿があった。鞠川先生が道の先で手を振っている。つられて子供の頭よりも大きそうな膨らみも一緒に揺れている。

アレだけ揺れてて本当にブラとか着けてるんだろうか。あのサイズだともしかして特注だったりするんだろうか、と考えちゃった辺り俺も男だ。その点の疑問に関しては里香にも当て嵌まったり。


「先生!」

「あらあら宮本さん!小室君も!」

「無事なようでなによりだ小室君、真田君」

「毒島先輩も・・・」


俺を追い抜いた宮本が鞠川先生に飛びついていた。

同じく後からやってきた小室は毒島先輩と再会を喜んでいたけれど、袖を引いて睨んできている高城に思わずたじろいでいる。こういうのを修羅場っていうんだろうか。


「鞠川先生、丁度良かった!怪我人が車に居るんです。頭を強く打ってて気絶してるみたいなんですけど、僕達じゃこれ以上どんな風に処置を行えばいいのか分からなくて」

「ええ~、それは大変ね~。患者は何処に居るのかしら?」

「こっちです!」


駆け付けた平野が鞠川先生にまだ意識が戻らないありすちゃんのお父さんの事を伝えると、2つの巨大物体を擬音が聞こえそうな位揺らしながら走っていく。本当、何でそこまで揺れるんだろう。ついでに言わせてもらうと破けたのか破いたのかお尻が見えそうな位深くスリットが加えられたスカートから覗く白い肌が眩しくて仕方ない。

何となく、俺も先生達の後を追いかける。俺もありすちゃんの父親の容体が気になっているのは嘘じゃない。


「お姉ちゃん、誰?」

「あらあら可愛い子ね。あなたのお名前は?」

「・・・ありす。希里ありす」

「ありすちゃん。この女の人はね、ありすちゃんのお父さんを治してくれるお医者さんなんだよ。今からありすちゃんのお父さんをこの先生に診てもらうから、静かにしておいてね」

「うん、分かった。ありす、静かにしとくね」


素直で、良い子だ。平野の言葉にあっさり頷き、心配そうに父親に寄り添いながらじっと口を閉じている。

この子だって怖くて、不安で、仕方が無い筈なのに。

父子家庭でもない限り母親も居るに違いないけど、彼女のお母さんはどうしたんだろう。

この状況では、最悪の可能性の方を念頭に置いて考慮した方が良い。


「頭皮に若干の創傷を負ってるけど、頭部の骨に異常は無いみたい。耳や鼻からの出血や髄液の漏れも無いし、瞳孔反応は――――」


腐っても医者、って表現はおかしい気がするけど、おっとりした見た目や子供っぽい性格からは信じられない程手際よく素早くありすちゃんの父親を調べていく先生。

どっからともなく取り出したペンライトでありすちゃんの父親の瞼を片方の指で持ち上げながら光を当てて覗きこむと、小さく呻き声を漏らしながらありすちゃんの父親が身じろぎをした。

やがて両方の瞼が己の意思で持ち上がり、焦点の合ってない瞳が俺達に向けられる。


「・・・・・・・・・・娘は、ありすは?」

「パパ!パパぁっ!!」


この人は父親の鏡だと、嘘偽り無く本心から俺は思った。

自分よりも子供の安全を心配している。意識を取り戻して真っ先にそんな事を出来る親がどれだけ居るのか。




・・・俺の両親だったらどうだったんだろう。そんな考えが過ぎり、胸の痛みと共に即座に振り払う。

俺に家族はもう居ない。それが変えようのない現実。




座席に座ったままありすちゃんと父親は抱きしめ合っている。平野や里香はホッとした様に笑い、細かい事情を知らない残りの面子もとりあえず良かった良かったといった風情。

そんな皆を余所に、俺は再度その場から離れようと試みて失敗した。目ざとく毒島先輩に気付かれた為だ。


「どこへ行こうというのかな真田くん」

「ちょっくら、この際だから元々の目的を果たしに行こうかと」

「―――それは君が学校に居た時からそのような代物を持っていたのにも繋がるのかな?」


ちっ、と堪らず舌打ちを漏らしてしまう。他の面々まで俺に注目しちまったじゃないか。


「な、なあ真田、1一体1人で何処に行こうとしてるんだ」

「この分だと御別橋の手前で乗ってきたバスは渋滞に捉まったままなんだろ?でもって、紫藤もそのバスにまだ乗ってると考えて良いんだよな?」

「ええその通りよ。他の生徒達相手に洗脳の真似事をしてたわよ。だからなんだっていうの!」

「だから、その紫藤を殺してこようかと」


紫藤浩一。

かつての俺の担任で、親が藤美学園の理事も務めてる地元の名士の跡取り。そしてこっちの言い分を全く聞かないまま退学処分の知らせを直々叩きつけてくれやがったクソ野郎。

その時の侮蔑も隠さず見下してきやがったアイツの面を忘れる事なんて出来やしない。俺がこの手で殺してやろうと固く誓った相手の1人。

ソイツが、すぐ近くに居る。


「ちょっと待ちなさい、何いきなり勝手な事言いだしてるワケ?あんな奴今更どうでもいいじゃない!今私達が優先すべき事は――――」

「お前の言ってる事こそどうでもいい」


高木のキンキン声を断固とした口調でぶった切ってやる。眦を上げて「んですってぇ・・?!」と詰め寄ろうとしてくる高城。慌てて平野が彼女を抑える。


「せっかく殺してやろうと考えてた連中が山ほどいたのに<奴ら>のせいでお預けだ。あの野郎ぐらいこの手で直接殺してやらない時が済まない」

「そんな、殺すなんて・・・ダメだ!そんなの許される訳!」

「それにさ。俺はここに来るまでの間に10人ぐらい生きた人間殺したんだ。今更1人殺そうが人殺しには変わりないさ。だろ?」

「え・・・・・・・?」

「嘘でしょ・・・」


信じられないといった様子で目を見開く小室や宮本が、俺と一緒だった平野や里香を見た。

視線で、嘘だよな、冗談だよな?と問いかけている――――――平野は首を横に振った。そもそも平野も俺と一緒に人間に対し銃口を向け人を殺した、つまり俺と同類である。

いや、違う。俺達が殺したのはただの人間じゃない。<奴ら>と同類の、こちらに対し自らの意思で危害を加えようと襲いかかってきた『敵』だ。

1歩2歩、小室も宮本も俺から距離を取ろうと後ろに下がる。高城は俺を睨みつけ、毒島先輩に至っては血塗られた木刀の柄に手をかけて臨戦態勢を取ってまでいた。

唯一鞠川先生は訳が分からない風にオロオロしていて、ありすちゃんと父親、更に平野も黙ってこちらの推移を見極めている。

里香は・・・・・・小柄過ぎて皆の陰に隠れてよく見えない。どうでもいい。


「どうした、人殺しと知った途端俺が怖くなったか?」

「それは・・・」

「ま、だろうな。誰が好き好んで人殺しと関わり合いになりたがるかっての」

「違う!俺は、そんなつもりじゃ!」

「けどな、どうでもいいんだよ、そっちの気持ちなんて。そっちが俺をどう思おうがどう思われようが、それこそ『どうでもいい事』なんだからさ」


一々体面を気にする気なんてない。元より気にする体面なんて無い。

もう、俺には残る物も遺すべき存在も、何も無いんだから。

どう思われようが、狂人にはお構い無しって事。


「話はここまでだ。俺は行かせてもらうよ」


バスを見つけて紫藤を殺して、その後どうするかなんて先の事、俺はまったく考えちゃいない。

この後小室達はありすちゃん達をどうするのか、このまま橋を渡っていくのか、それともまた別の手段を取るのか。

どうでもいい。今俺が何よりも優先したいの紫藤を殺す事。他の事は全て後回しだ。でなきゃここまで来た意味が無い。

・・・・・・少なくとも、もう平野達とは一緒に居られないだろうけど、あの憎くて憎くて仕方ないクソ野郎を殺す代償と考えれば―――――







「――――――だ、ダメェ!!!!」







そんな考えを巡らしながら、皆の前から立ち去ろうとした俺の背中に、何かが腰にぶつかったと理解した途端

次の瞬間には、ものっ凄い勢いのまま前のめりに押し倒された。

普通に、顔面とか腹とかを打って痛い。地味にかなり痛い。

誰だ、これ以上俺を引き留めようってつもりか。誰だそんな奇特な奴。それとも地面に頭強打させて殺す気だったのか。むしろそっちの可能性の方が高い気がしなくもない。

・・・ってお前か。


「何するんだよ里香」

「やだ、やだ、行っちゃダメ、行っちゃヤダよぉ!!」


里香が、顔を押さえながらうつ伏せから反転した俺の腰の上に跨って、襟元をがっしり掴んでいる。微妙に喉元が締まっていて苦しい

里香は泣いていた。俺の胸元にボロボロと涙が零れ落ちて当たっている。

何で里香が泣いているのかが分からない。


「殺さなくていいよ!殺そうとしなくていいんだよ!マーくんがこれ以上誰かを殺す必要なんてないんだよ!だから行かないで、行っちゃヤダなのぉ!」


そう泣き叫んで俺の胸に顔を埋める。むしろ、里香の腕力が凄いせいで無理矢理俺の上半身を引っ張り起こされたと言った方が正しい気がする。尚更締まって更に苦しい。無意識っぽいから性質が悪い。

里香の泣き顔を最後に見たのは何時だろう?両親の葬式の時か?実はあの時の事はよく覚えていない。里香が柔道の全国大会で優勝した時か?それとももっと昔?

どうしよう、思い出せない。そもそも何で俺はそんなどうでもいい事を思い出そうとしてるんだ。


「・・・里香、お前、何か勘違いしてないか?」

「ぅえっ・・・?」


額がぶつかるぐらい近く、唇が触れる5cm手前ぐらいの距離で、濡れた里香の瞳を覗き込みながら喉から空気を絞り出して、俺は告げる。

笑って、告げてやる。







「必要だから、仕方ないから殺すんじゃない―――――殺してやりたいから、殺しに行くんだ」








喉元を締め付けていた圧迫感がようやく緩んだ。ゆっくりと深く息を吸って足りなかった酸素を補給する。

これが俺の本心。里香にはきっと出来まい。ガックリと脱力してるのがその証明だ。

まさか幼馴染が血に飢えた人殺しに変貌してるとは思ってもみなかったか?悪いがこれが、今の俺なんだ。

これで里香も、俺から離れようとする筈――――――


「・・・・・・やだ」


襟元から払い除けようとした手に、また力が入る。


「何だって?」

「やだ、やだ、やだ、やだよ、行っちゃヤダ、やなのぅ」


また泣き出しながら、もはや駄々をこねる5歳児みたいに首を横に振ってまた俺にしがみつく里香。ポニーテールも釣られて揺れる。

今度こそ俺から離れてくれる気配は無い。振りほどこうにもさっき以上の勢いで抱きしめてくるもんだから、もう俺1人の力だけじゃ排除するのはきっと無理だと思う。

参った。幼児退行までして俺から離れようとしないとは夢にも思わなかった。でも小さい頃はいっつも俺にべったりくっついてたっけなぁその頃はこう押しつけられる度ぐにょんぐにょん動いてプルプルしてる立派な胸部装甲なんて無かったけど。

正直、半分現実逃避してる。どうしてこうなった。どうして里香の一部はこうも極端に成長した。いや違うそうじゃなくて。


「僕も、紫藤の事は全然気に入らないけど、わざわざ君が殺しに行くほどの価値は無いと思うよ。それに背中を任せれて、尚且つ僕並みに銃の扱いが上手い仲間が居なくなるのも凄く惜しいし。何より僕も同類みたいなもんだけど」


いつの間にか傍に来ていた平野が、困った様に笑いながら手を差し出していた。

俺はその手を握り、もう片方の腕で離れる気配の無い里香の身体を抱き支えながら平野の助けを借りて立ち上がる。

平野の向こうでは、小室達も微妙に悩んでる様子で並んでいた。やがて小室が俺らの元へ近づいてくる。


「・・・・・・僕も、ある意味人殺しさ。ガソリンスタンドで麗を人質にしてきた男を銃で撃って、そのまま放置して<奴ら>に食い殺させたんだから」

「孝!?違うわ、あの時孝は私を助ける為に・・・!!」

「それでも<奴ら>が集まってくるのを理解した上でソイツを見捨てたんだ。直接殺したんじゃなくても、人を死なせたのは事実だよ。大体、学校でだって他に生き残ってる連中を見捨てて僕らは脱出して来たんだ」


小室の言う通り、直接的だろうが間接的だろうがどんな形であれ、俺達は人の生死に深く関わってきたと言っても過言じゃない。

俺と平野が、ありすちゃん親子を助けると同時に車と女を奪おうとしてきたろくでなし共を皆殺しにしたのがまさしくその例。


「これからもそういう事はきっと続く。それでも僕達は、誰よりも自分達の為に生き延びたい。生き延びなきゃいけない」


だから頼む、と小室は頼んできた。


「学校でも真田の助けが無かったらもっと大変な事になってたかもしれない。だからお願いだ、これからも僕らと一緒に行動してくれ。真田の助けが僕らには今、必要なんだ」


『今』という部分を小室は事更に強調した。つまり、紫藤を殺しに行くのはお願いだから勘弁してくれって言いたいんだろう。

まさか真っ正直に誰の為でも無い、自分達の為に助けになってくれと言葉も取り繕わずに頼み込んでくるとは思いもよらなかった。こんな状況だから尚の事。

だから今の俺はきっとポカンと呆気に取られた間抜けな顔を浮かべてるに違いない。

こんな誰も彼もが狂い、他人を見捨て切り捨て生贄にするのが普通になってしまったこの世界の中で、小室は―――――・・・・・・




チクショウ、この正直者め。紫藤やクラスの連中とは大違いだ。

余りにも素直すぎて、ほっとけなくて、どうでもいいなんて言える筈無いじゃないか。




誤魔化すように頭を掻き毟って、あーうーと意味も無く唸り声を上げて、最終的に手ごろな物が無かったので思いっきり地面を蹴り上げてから、結局俺は。


「――――後悔しても知らないからな」

「実を言うと、今月に入ってから後悔ばっかりしてるよ。だからそうなっても今更って感じかな」


お互い、苦笑を浮かべる。小室の皮肉は悪意よりもむしろ自嘲が混じってたけど特に陰鬱さは感じさせないし、殆ど冗談でしかないのだろう。

見てみれば、毒島先輩はともかく宮本は高城といった面々はあからさまな様子で胸を撫で下ろしていた。

「つか、よくよく考えてみると小室にも銃渡してたんだからそれ使ってそっちが紫藤追い出せばよかった気がするんだけど」

「使い方分かんなかったんだよ!テレビとかで見た事無いタイプだったし。あ、そういえば他にも銃を手に入れたんだけど。警官の持ってた銃なんだけど―――」


小室にこっちも不良共から頂いたのと同じM37を見せられたり俺の方は銃は足りてるから残りの弾だけ抜いて小室に渡したり、まだ離れようとしてくれない里香を慰めたり宥めすかしたりして自由になろうにも結局断念して鳩尾近くに感じる物体の存在感に耐え続ける事にしたりなんやりかんやりとやり取りを交わした後。


「で、どうするよこれから」

「渡河しようとは思ってるけど、橋はどこも封鎖されてるし・・・」

「上流は?この辺りは護岸工事とかしちゃったから渡れないけど、上流ならいけるかも」

「僕らが乗ってきたあの車なら一応渡河能力はありますけど、人数が・・・」


そんな感じで今後の方針を話し合ってると、鞠川先生が挙手してこんな発言を。


「あのー、今日はもうお休みにした方がいいと思うの怪我人も居る事だし、大丈夫だとは思うけど無理はさせたくないし」


先生の言う事は一理ある。一理あるけど、それが可能な場所を俺達は知らな―――


「あ、あのね、使えるお部屋があるんだけど。歩いてすぐの所」


あるんかい。お隣さんちの銃といい都合いいなぁオイ。後で何か落とし穴あったりしないよね?












という事で、俺達は小室と鞠川先生が身軽なバイクに跨って一足先に目的地の安全を確認後、今夜は川を超えずに一泊する方針に決定した俺達であった。


夜が、闇と死者を引き連れてやってくる。





[20852] HOTD ガンサバイバー 7
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:66598f76
Date: 2010/09/08 11:32
※だからはっちゃけ過ぎだってばスタッフ!『濡れるっ!!』には噴かざるをえない<アニメ版
※只兄貴登場。活躍はまた後日
※CG映画版バイオが普通に面白かった件
※別所で連載中の本業をさっさと終わらせるべきだとは思いつつ、筆がのってるのでアニメ版8話ぐらいまで一気に書く予定。その後は未定です
※・・・お色気書くのって、難しいよね



















『うわ、先生って本当に大きい・・・』

『うん、よく言われる♪』

『くぅっ、なんて自信満々な・・・・・・・えーいっ!』

『あひゃっ!?だめぇ!宮本さん!』

『ちょ、ちょっと宮本さんお風呂で暴れちゃダメですってばぁ!』

『そういう古馬さんだって何その大きさ!何その大きさ!!?そんなにちっちゃいのにどうしてそこだけそんなにでっかいのぉ!?』

『きゃふん!?そこ、だめぇ、もまな、ひゃん!?』

『ああもう!もしかして身長の分とかみんなこの胸に行っちゃった訳!?』

『あひっ!止めてよぉ、マー君にもまだ揉んでもらった事無いのにぃ!!』

『うわぁ、おねぇちゃんのおっぱい凄い揺れてるー!』




アッー!!!




「・・・楽しそうだなぁ。ってか、麗の奴少し性格変わってないか?」

「というか何気にすっごく聞き捨てならないセリフが無かったかい?ねえ真田」

「だから何で俺に振る」




安全地帯に辿り着いた俺達のそんな一コマ。








『全世界に蔓延しつつある、いわゆる殺人病のあまりにも急速な感染拡大により、我が国を始め各国の政府機関は成す術も無いまま崩壊しつつあります。我が国における殺人病に関しては、既に二百万を超えておりその強大な感染力とシステム麻痺の影響から一両日中に一千万に達するものと見られています――――』


何故かハンビー(しかも本物の軍用モデル)を持ってた鞠川先生の友人宅に到着し、敷地内の<奴ら>を見敵必殺で掃討し終え、ようやくそれなりに気を抜く事が出来る安全地帯に辿りついた俺達。

女子が全員纏めて入浴中な最中、聞けば聞くほど気が滅入りそうなテレビの音声をBGMに、現在小室や平野と一緒に悪戦苦闘中。

3人がかりで苦闘しているその強敵とは――――鍵のかかった大型ロッカー。

お隣さんの部屋に大量に並んでたのと同じような、いかにも頑丈そうなガンロッカーだ。


「あの、私にも手伝う事は無いだろうか?」

「ああアリスちゃんのお父さんはじっとしといて下さい。鞠川先生のお墨付きが出てるっていっても一応怪我人には変わりないんですから」


2階の窓辺りで外を見張っているのはアリスちゃんのお父さん――――名前は涼さん。職業は新聞記者・・・・・・をしていたらしい。

鞠川先生が視診をした限り全く異常が見受けられなかったので立ち歩いても大丈夫だけど、小室の言った通りなので余り動き回るのはちょっと控えてもらっている。

でもって現在俺らは、学校から持ってきたバールをロッカーにねじ込んでこじ開けようと試みてる最中だ。お隣さんの時と違って鍵が手元に無けりゃ盗難防止に何処か鍵を隠してあるのか探しても見つからなかったし。

2つある内1つは既にこじ開けた。中には紙箱入りの弾薬やマガジン、ロングボウが収めてあった。かなりデジャヴった。

俺が引き、小室と平野が押す形でバールを持って、1、2の、


「「「3!!」」」


次の瞬間、3人まとめて思いっきり寝っ転がる羽目になった。

平野達と一緒に呻きながらも身体を起こして、新たに開いたロッカーの中身を覗き込む


「やっぱり有ったー!」


長物が3丁。2丁が自動小銃、1丁はショットガンだった。


「イサカにレイルシステムくっつけたM14・・・いや、民生型のM1A1か。おまけに、おいおいSR-25かよ?」

「いいやよく見なよ刻印の所。AR-10を徹底的にSR-25風に改造してあるんだ!ほら見て、マガジンも20発仕様だ!日本じゃ違法だよ違法」

「うーん、2人の言ってる事がさっぱり分からん」


涼さんまで苦笑いを浮かべてる、というか、顔が引きつってる。すいませんね、マニアだけあってこういうの見るの抑えられないんですよ。

それぞれ手に取ってじゃこじゃこスライドを前後させたり棹桿を引いて薬室内を見てみたり。作動は快調、きちんと整備してある。整備して間もないと見た。

AR-10改を弄り倒してる平野を余所に、涼さんにM1A1を触ってみないかと勧めてみた。苦笑を浮かべて遠慮された。

ちょっと残念そうに振り返ってみると、目の前に銃口があった。小室が何気無しに構えてるイサカの銃口だった。

装填されてないと分かってても銃口を向けられるのは果てしなく気分が悪い、と今更ながら実感する。どの口でそう言うかとは自分でも重々承知してるけど。


「・・・小室、弾込めてなくたって、銃口を人に向けないのが鉄則だ」

「あ、ゴメン!」

「真田の言う通りだよ小室。そう、銃口を向けて良いのは――――」

「<奴ら>だけ、か。本当にそれで済めば良いけど・・・・・・」

「「いいや無理だね(な)」」


俺と平野は実際に<奴ら>以外の生物、つまり人間に向けて撃っているだけに、実感を込めて断言できる。

重なった俺と平野の言葉に対し、小室はただ曖昧な笑みを浮かべて「だと思った」とだけ漏らした。小室の呟きにも、実感がありありと含まれてあった。


「・・・本当に、君達は高校生なのかい?この状況でも落ち着いているし、ここまで銃の扱いも手馴れているのを見ると分からなくなってくるよ」

「いやま、銃とかに詳しいのは平野と真田ぐらいですよ。僕は大した特技も頭も良くないですし・・・」

「何言ってんのさ小室。立派にリーダーやってるじゃないの」


小室は心底不思議そうな表情を浮かべる。


「そうなのか?」

「そうだよ」

「ま、そうだな」


首を捻られた。小室って意外と自己評価が低い人間なんだろうか。


「でも静香先生の友達だって言ってたよな、ここの人。一体どんな友達なんだ・・・」

「SAT(特殊強襲部隊)所属らしいけど、AR-10もM1A1も一応日本でも手に入るからってここまで改造するのは相当な人だろうね」

「いや、それは真田のお隣さんにも言える事だと思うけど。っていうか、今日だけで一生分本物の銃をこの目で見た気がするよ」

「それは言えてる」


家の中に持ち込んだ銃器入りのバッグを横目に見ながらの言葉だった。




「そういえば平野、7.62mmの弾使う銃は持ってきたりしたのか?俺は見覚えないんだけど」


M4やSG552は小口径の5.56mm、M1A1やAR-10改が使用する弾薬は大口径の7.62mm。共通の弾薬じゃないから弾の共有は出来ない。


「あるよー、ちょっと待って。えーっと確かこの中に――――あった!」


パンパカパッパッパーン、なんて効果音と共に平野が取りだしたのは。


「じゃーん!ヘッケラー&コッホ(H&K)のG3SG/1!狙撃から市街地戦もこなせるマークスマンライフルだよー!」

「ほう・・・こりゃまた良いのを選んできたね」


個人的には古めかしさと近代っぽさが融合したこのM1A1や機能美に満ち溢れたそっちの改造型AR-10も悪くないけど、G3系統もヨーロッパらしい宝剣みたいな芸術美が在って中々だと思う。

流石戦友、良いセンスだ。思わず、ぐっと親指を立てる。


「キラーン☆」

「キラーン☆」

「おーい平野ー、真田ー?」




「小室も手伝ってよ、実は意外と面倒なんだ、弾を込めるの。ああありすちゃんのお父さんは無理しないで良いですから」

「いや、いい加減手伝わせてくれないかな?娘の命まで助けてもらった上にここまで子供の君達に世話をかけてしまったら流石に申し訳が無いからね」

「そうですか・・・じゃあよろしくお願いします」


涼さんも加わって野郎4人、ベッドに並んで空きマガジンに弾を押し込む。やってる本人が言うのもなんだけど、ちょっとシュールな絵面なんだろうなぁ。


「にしても2人とも、銃の扱いなんて一体何処で覚えたんだ?エアソフトガンで勉強したのか?」

「まさか――――実銃だよ」

「本物持った事あるのかよ!?」

「射撃ツアーにでも参加したのかい?」

「いえ、真田と一緒にアメリカに行った時民間軍事会社・・・・・・ブラックウォーターのインストラクターに一ヶ月教えてもらったんです」


アレは最高の思い出だった。その時の事を思い出してちょっと顔が綻ぶのが自分でも分かったけど、即座にその後の事を思い出して一気に消沈する。

顔も声も、無機質な雰囲気になるのを抑えきれなかった。


「俺がそれから帰国して空港に着いてからしばらく待たされた後だよ、迎えに来る途中だった俺の家族が2人共事故で死んだって連絡が来たのは」


それを言ったのは半ば愚痴に近い。予想はしてたけど、案の定3人とも口を閉じてしまった。

だけど、と思う。


「・・・・・・『こうなる前』に死んだのは、幸運だったかもしれないけど」


余計に空気が重くなった。マズイ、更に気まずくしてどうする。

当事者なだけにどうでもいい訳にもいかないし。


「そ、そういえば平野、俺と一緒に選んだの以外にどんな銃持って来たんだ?」

「え?えっと、扱いやすくて頑丈なのが欲しかったからAK系統を幾つかとありったけのマガジンでしょ。他にはLMGとサイドアームの拳銃に、後は真田が居なくなってから手榴弾以外にも爆発もの色々置いてあるの見つけたからそれなりに持ってきた」

「・・・何だって?」


2階に運んできたバッグを漁り、中身を見て頭を抱えた。こんな物まであったのか。というか何で持ってきた平野。

気になったのか、小室も後ろから顔を出して中身を見る。


「何だコレ、弁当箱か?えっと、『FRONT TOWERD ENEMY』・・・?」

「地雷だよ、クレイモア地雷」

「へぇそうなのか――――ってうわわわわっ!?地雷!?」

「大丈夫だよ小室、信管も起爆装置も取り付けてないんだから簡単に爆発しないって。ちなみに起爆装置一式はそのコードと大きなホッチキスみたいなそれさ」

「それでもビビるって・・・扱えるのか、こんなの?」

「大丈夫!扱い方も勉強したし、向こう(アメリカ)でも実際に教えてもらったから!」


その他大量のM67手榴弾、H&K・HK69とコルト・M79グレネードランチャー。そして40mm榴弾。

・・・本当に何者だったんだ、お隣さんは。


「これだけの武器を、君達は一体どうやって入手したというんだい?」


装填途中のマガジン片手にそう聞いてきた涼さんの声が引き攣っていたのもしょうがない事だ。

ちなみに手榴弾以外の爆発物は、何故かあのベッドのマットレスの下に隠してあった耐火ケースの中に入っていたとか。マットレスのズレに気付いて試しに捲ってみたらドンピシャだったそうな。

そういえば映画の西部劇でも似たようなのがあったっけ。アレは確か樽に入ったダイナマイトだったけど。







それからも鞠川先生の友達はこれだけの銃器をどうやって手に入れたのか、何で警官なのに独身寮に入らないでこんな良い家に住んでるのか。

っつーか下の女子騒ぎ過ぎじゃね?覗くついでに注意してくればいや何で覗くのがメインなんだよ大体ありすちゃんだって入ってるんだろ娘の裸が目的なら私も怒るよ、とか。

今の所は女子の嬌声よりも御別橋の方が騒がしいから大丈夫だろ、とか、あーだこーだと喋ったりして。


「何だよコレ・・・映画みたいだ・・・・・・」
「地獄の黙示録にこんなシーンがあった気が―――」


ベランダから見える光景。警察の封鎖に押し寄せ、詰めかける避難民。もはや暴動にしか見えない。

ここまで来る途中でも似たような光景は見たけど、今更ながら小室は動揺しているとみえる。


「・・・情勢不安な発展途上国でも、同じ光景を見てきたよ。それだけじゃない、たとえ先進国と呼ばれる国でも、些細なきっかけでああいった事が起きるのをこの目で見た事があるが、まさかこの日本で起きる事になるなんて」

「ありすちゃんのお父さんは海外で働いたりもしてたんですか?」

「若い頃やアリスがまだ幼い頃にね。海外特派員として様々な国に行ったよ。政府に対するデモや暴動に対する取材も何度か行った事があるし、アメリカにしばらく居た時は現地の仕事仲間から拳銃やショットガンの扱い方も教えてもらったりしてね。あの頃は若さの余りよく無茶をしたものだよ」

「ならそれなりに使えるんですね?だったら――――何だあれ」


双眼鏡を覗きながら、平野が間抜けな声を上げる。妙な連中が避難民とは反対側、安全なバリケードの向こうに集まっているらしい。

テレビを点けてみる。


『警察の横暴を許すなーっ!』

『許すなぁーっ!!』


いきなり耳障りな声が響いたから依然としかめっ面を浮かべてしまった。

橋に集まった集団について女性リポーターが解説した所によると、今回の事態は日本とアメリカの政府が極秘裏に開発した生物兵器によるものだと訴えてるだのなんだの。

よし。つまりあそこに集まった連中は真正のバカなのか。ここからアイツら撃ってやったらさぞや爽快だろうに。


「正気かよ、何が生物兵器だ!死体が歩いて人を襲うなんて現象、科学的に説明がつくはず無いのに!」


小室の意見も尤もだけど、続けて平野が何かを言おうとする前に橋の方へ目を細めながら涼さんが言った。


「いや、恐らくは具体的な説明を本気で求めている訳じゃないと思うよ」

「え、それはどういう意味で・・・」

「あそこに集まったデモの人間は、この状況に不満を持っているんだろう。そんな中で何らかのきっかけで1人だけでもいい、不満の矛先を向けれる相手を見つけて捌け口さえ与えてやれば、後は意外なほど簡単に人々を誘導できるものなんだ。
あそこで先導している人間はともかく、他に集まってる人々にとってはその不満を発散できさえすれば他はどうでもいいんだろう、どんな形であれね」


恐らくは、涼さんはその目で実際にそうやって群衆が利用される様を見てきたんだと思う。声に重みがあって、言葉の真実味が半端ない。

と、テレビの中で動きがあった。カメラがパンして、デモ隊のリーダーらしき汚いツラのおっさんに近づいて行く初老の制服警官の姿。

警官が二言三言、ヘルメットを被ったそのおっさんに告げる。恐らくは警告だろう。だがおっさんは聞く耳を持たず煽る。更に煽る。

それから警官は更に何かを告げてから、おもむろに―――――




腰のホルスターから抜いたリボルバーの銃口を、おっさんの額にピタリと向けた。

銃声。静寂。倒れるおっさん。一拍置いて、悲鳴。

テレビの映像が途切れた。




「・・・・・・・・・・」


俺達は黙ってテレビの方を向いたまま固まっていた。俺はというと、内心撃ったあの警官に拍手喝采だった。

やっぱり解決法ってのは何事もシンプルが一番だ。とどのつまり今後も現れるだろうああいったバカの手合いは、『物理的』に黙らせるのが最も手っ取り早いやり方だというのをあの警官は証明してみせたのだ。

生きてる限り、無駄に囀るに違いないだろうから。


「お、おい真田」

「ん?」

「―――――何でお前、笑ってるんだ?」


おっと、堪え切れず顔に出ちゃったらしい。

と、その時。

唐突に小室の背後から延びた手に気付いて、俺も平野も涼さんも一斉に反射的に飛びずさった。

唯一反応に遅れた小室に手の主が襲いかかる―――――!!




むにゅん♪




・・・そんな擬音がリアルに聞こえた。それぐらいの、何というか、えーと。


「こっむっろっくーん♪」

「はへっ?うわ、うわわわああああああせ、先生?酔ってるんですか!?」

「ちょっと、ちょっとだけよ~。ふふ~ん♪」


微妙に酒の臭いがします本当に酔っ払いですありがとうございました。

平野はバスタオルを身体に巻き付けただけの鞠川先生に鼻の下伸ばしてるし、涼さんはどう反応すべきか困った様子でそっぽを向きながらもチラチラと先生の方を見ている。

確かに現実にこんな場面に出くわしたら反応に困るだろうけどさ。目に毒過ぎる。

あ、今度は平野に襲いかかった。抱きつかれながら頬にキスされて数秒後、鼻血を噴いてぶっ倒れてノックアウト。決まり手は先生のホッペにチュー。舌なめずりしてる姿がエロい。これはエロい。何解説してんだろ俺。

魅力的な女性のほぼ全裸を目の前にしといてこれだけ冷静(な筈。多分)な自分に驚きつつ、流石にちょっとはしたな過ぎるから止めようと思う。

思ったん、だけど。


「まりかわせんせー、早く服着ないとだめだよー!」

「ぶっ!?あ、ありす!お前も何も着ないまま出てきちゃダメじゃないか!!」

「うぇ?――――あっ、お兄ちゃん達!?ご、ごごごめんなさーい!」


タオル片手に今度は完全に素っ裸で上がってきたありすちゃん、父親に注意されて俺達の姿を捉えた途端、真っ赤な顔で即Uターン。

入れ違いに次に現れたのは。


「マーくん!!」

「ひでぶ!!?」


片腹大激痛。頭から飛び込んできた里香の頭がレバー直撃。死ぬ。痛くて苦しくて死ねる。でもって痛い。

激痛の余り身動き取れない俺にまたもマウントポジションを取ってきた里香は、河原での焼き直しみたいにまた胸元に頭を擦りつけてきた。


「マーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんマーくんっ!!」


ウザいよ五月蠅いよっていうかまだ痛いんだよ!いきなり何なんだ一体。

でもって鼻に届くアルコールの香り。発生源は目の前の幼馴染。ブルータスお前もか。

腰のあたりに当たってる柔らかい物は何だやっぱりこいつの胸か巨乳ってレベルじゃないぞ大体何でこんなに感触がリアルああなんだノーブラかしかも羽織ってるのシャツ一枚か俺のじゃないのかそれ下着どうした下着裸Yシャツとかそれ何て理想郷押しつけるな摺りつけるなこれじゃあ動けないいや止めいい加減反応して動けなくなるから更に腕に力込めるな―――――!!!!


「・・・・・ねえ、涼さん」

「な、何だい真田くん」











「―――――どうしてこうなったんでしょう?」

「・・・酒の力は恐ろしいという事なんだろうね」






[20852] HOTD ガンサバイバー 8
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/09/12 11:27
※今月の本誌にてまさかのベネリM4登場に噴いた。そして激戦を共に闘ってきたイサカに敬礼!
※そして4コマ版学園黙示録がどいつもこいつもボケキャラ過ぎる。永ェ・・・そしてついにビッチが半公認にww
※映画バイオ4作目見たいけどド近眼の自分は眼鏡派だった。泣いた。というか最近の3D用グラスって眼鏡かけてても大丈夫なんだろうか。情報求む。
※今回ちょっとエロ目の描写あるよ!でも乳揉み当たり前な原作や明らかに事後なアニメ版よりはまだマs(ry













・・・・・・手の平に伝わってくる感触と体温が非常に落ち着かない。




「そうか、いつの間にかこんなに大きくなってたんだな・・・」

「真田、子供の成長を見守る父親みたいなセリフ言うのは別に構わないけど、今この状況で言うのはちょっと・・・」

「分かってるよ、コンチクショウ」


勝手にニギニギワキワキ動きだしそうな己の手を必死に自制しながら、里香を背負って下の階へ。ああ、1段1段が遠い。

一緒に居る小室の背中にも鞠川先生が。アルコールの混じった入浴直後独特の湿っぽい空気にどこか甘い匂いも混じってて、ああもう。


「まさか1日で世界が壊れて殺人童貞まで捨てた上にまさしくエロゲなイベントまで発生するなんてなぁ」

「密度濃過ぎるよな本当。でも、やっぱり真田でもこう、何ていうか、その、女の人に興味あったりするんだな」

「そりゃ俺だって男だし。家にだって親に黙って買った平野にだって秘密のエロゲの1本や2本―――」

「まあ、それぐらいなら」

「――――5本6本7本8本9本10本」

「多いな!」

「冗談だよ冗談」


小室にはガックリと脱力された。鞠川先生から「あ~、高校生なのにいっけないんだ~♪スケベなんだから~♪」と言われた。俺だって男なんです。

大体こっちだって健全な高校生相手にアンタの身体は過激すぎるんだと思うんですがと小一時間説教したいんですが。あ、俺もう学生じゃないんだった。

あと里香、頼むから無駄に俺の首に廻した腕に力込めるな。閉まる以前に極まって折れそう。


「あー・・・真田って実はそういう性格なのな。ちょっと意外だった」

「親が死んで学校から追い出された上に何日も誰とも接しようとせずに過ごせば、性格の1つや2つ変わるに決まってるさ」

「そりゃあ、な・・・」

「仲良さそうねえ、お2人さん?」


階段の途中で宮本と遭遇。彼女も彼女で、下はパンツだけで上はタンクトップ1枚だけ。でもって確実にノーブラ。

そしてやっぱり風呂上がりにしても不自然に顔が赤い。お前もか以下略。

宮本は小室にズイッと顔を近づけ、急接近にたじろぐ小室をしばらく目を細めて見つめてから、こうのたまった。


「あ~孝が3人いる~!!」

「はあああぁぁぁ?」

「小室、多分宮本も酒飲んでる」

「やっぱりか・・・お前も飲んでるのかよ?」

「だって疲れちゃったんだもん。たった半日で何もかもおかしくなっちゃうし―――――永も死んじゃうし」


永、というのは誰だろう。

恐らく小室とも宮本ともそれなりに深い関係の人間だった筈だ。小室は苦い顔を浮かべてるし、宮本に至ってはそのままへたり込んでべそまでかき始めた。

けど失礼ながら、これだけは言わせてもらおう。


「悪い、そこ降りるの邪魔だから」

「っ、おい真田!」

「いや事実だろ」


階段の幅は狭くは無いが、こちとら人を運んでるんだ。邪魔過ぎる。


「・・・・・・」


宮本は俯いたまま、黙って場所を空けた。

俺達は無言で下まで降りた。小室が背中の鞠川先生をリビングのソファーに寝かせる。

ソファーには先客がいた。高城である。

ツインテールを解いて眼鏡を片手に持ったまま、静かに寝息を立てていた。見る度にツンツンした表情を張り付けてるとは思えないぐらいあどけない顔で寝息を漏らしている

こうしてじっくり見てみると、高城も小柄な割に中々立派なスタイルの持ち主だと分かる。比率でいえば里香の方がより凄まじいのを現在進行形で身を以って味わってるんだけれども。


「何で生唾呑み込んでるんだ小室君や」

「飲み込んでないって!真田も古馬を下ろしてやれよ!」

「それが、ちょっと問題が生じてだな」

「何だよ?」

「―――里香の方が離してくれない」


コイツ、学生服のボタン部分をまとめてがっしり掴んでるから脱いで脱出も出来ないと来たもんだ。


「おい里香、頼むから離れてくれ」

「や~だ~~~~~、会ってくれなかった分一緒に居てくれなきゃやだ~~~~~~」

「お前もそんなキャラじゃなかっただろうが・・・」


正確には、小学校ぐらいまでは俺にべったりくっついて離れようとしなかったけど、もう昔の話だ。

本当、割と本気で離して欲しいのに。ちょっと動く度に背中に感じる物体が形を変えて存在感を伝えてくるもんだから居た堪れないというか、その、えっと。


「男扱いされてないのかな、俺」

「むしろその逆だと思うけど・・・」

「?」


こうなりゃヤケだ。意地でも離してくれないってんなら、このままぶら下げといてやる。そして思う存分背中で味わってやろうじゃないかコンチクショー!






後ろに引っ張られる重みと感触を我慢しつつ、久々にお喋りし続けたせいか喉が渇いてきたのでキッチンへ。小室も付いてきた。

ジュースか何か、冷蔵庫に無ければ水でもいいけど。


「小室君と真田君か。もうすぐ夕食が出来る、朝食もな」


両開きの冷蔵庫を一緒に漁っていると、背中(with里香)に声をかけられた。

毒島先輩の言葉を証明するかのように、煮物らしい和食っぽい良い匂いが鼻に届く。そういえば腹も減ってきた所だ。


「助かります先輩、面倒ばっかり押し付けてええええええぇぇぇぇぇぇええぇぇぇっ!!!?」


小室絶叫。何だよ耳元で喧し―――――


「・・・・・・・・・・」




( ゚д゚)


(つд⊂)ゴシゴシ


(;゚д゚)


oh・・・・・・




「・・・ホント、何このエロゲ」


リアルで裸エプロンやる女がここに1人。しかも堂々とし過ぎて違和感も感じねぇ。

里香っぽく艶やかな黒髪を後頭部に簡単にまとめた毒島先輩が上半身裸に直接エプロンを羽織って料理の真っ最中だった。下は黒。先輩らしいというべきか先輩にしては過激と感じるべきか。


「どしたんですかその格好」

「ああこれか。合うサイズの物が無くてな。洗濯が終わるまで誤魔化しているだけだが、はしたな過ぎたようだな。済まない」

「えっ、いや、そんな事無いんですけど・・・」

「なら何故に鼻と股間を押さえてるか」

「違っ、そんなつもりじゃ!?そうじゃなくて、いつ<奴ら>が襲ってくるか分からないのに!」


単なる誤魔化しかと思ったけど、小室の言葉も尤もだ。


「君達が警戒しているからな。評価すべき男には絶対の信頼を与える事にしているのだ、私は」


評価すべき男、か。

この俺もその中に含まれてる、と思っていいのかもしれないけど、こうして直接言われると何だか気恥しくなってくる。

こちとら元は何もかも失って周りの人間からも裏切られた結果生まれた銃乱射未遂犯だ。この期におよんで誰かを信頼するのは自分の勝手だけど、俺自身が誰かに信頼されるに値する人間かと問われると――――――・・・

自分でも首を捻りたくなる。つまりはその程度の人間だ。しかも少なからず狂ってると自分でも自覚している。


「そんな顔をしなくても、君の事も信頼しているから安心したまえ」


顔に出てたのか、笑いながら毒島先輩はそう言った。綺麗な笑顔だと、心の底から思える表情だった。

きっと隣の小室も見とれてるに違いない。俺だって「はあ、ありがとうございます」と半ば上の空で答える事しか出来なかったし。




階段の方から、宮本が小室を呼ぶ声が聞こえた。

見てやった方が良いぞ、と毒島先輩は彼に告げた。










喉を潤し終えて一息ついてみてからふと、自分が暇を持て余している事に気づく。

この家に置いてあった分の弾薬の弾込めは終わってるし、上では涼さんや着替えたありすちゃんと一緒の平野が見張りについている。

鞠川先生と高城は寝てるし毒島先輩は料理中で親が居なくなってからもコンビニ弁当で生き長らえてた様な俺に手伝える事も無く、小室と宮本に至っては階段で口論中なのはどうでもいい。


「もっぺん持ってきた銃のチェックでもしとくか」


背中にひっついたまま離れない里香が、背後でぶらぶら揺れている。子泣き爺かお前は。

リビングに運び込んであった残りの武器入りバッグの中身を床に広げていく。BGMは高城と鞠川先生の微妙に熱っぽい寝息。落ち着かないけど他に場所が無い。

コルト・M4コマンドー。SIG・SG552。H&K・MP5SD6。イジェマッシ・AK102。MPS・AA12。その他様々な銃、専用のマガジン、共通の弾薬、コンバットナイフ、マチェット、爆破用キット、エトセトラエトセトラ。

1丁1丁マガジンを付けず、棹桿やボルトを引いて薬室が空なのを確認しつつ異常が無いかどうかチェックしていく。これから命を預ける存在だ。確実に狙った所へ弾丸を発射しなければ無用の鉄クズでしかない。

ああ、何だか肩の力が抜けていく様な、段々リラックス出来ってってるのが自分でも分かる。やっぱ学校からこっち、色々と怒涛の展開で興奮してたんだろうきっと。

・・・・・・そういうのとは近いのか遠いのかはともかく、理性的にも肉体の一部分的にもまた興奮させかねない存在が背中に張り付いてるんだけど。


「里香、ホントいい加減離せ」


どういう姿勢を取ってるのかとにかく背中にひたすら体重をかけてくる幼馴染に文句を言う。返事は「やだ~」やっぱりかチクショウ。

いい加減胸擦りつけてくるの止めろ。自分の格好分かってるのか?いや、酔っ払いにそういう理性的な判断求めるのが間違ってるか。痴女的な意味で襲いかかっていた鞠川先生が良い例だ。


「まだ足りないよ~ぅ・・・」


一体何が足りないってんだ。そろそろ胸元の圧迫感も辛くなってきたし、俺はそこまで包容力も器も大きくないと自認してる。

銃を握ってからこっち、溜め込んでたのを一気に爆発させてやったお陰でこれまで以上に短気になってんだ。もうそろそろ我慢の限界だ―――――男性的な意味合いでも。

せっかくの銃を散らかさないよう、使用弾やマガジン毎にまとめてバッグに再分配して片付けてスペースを確保。

そして、強引に後ろを向く。

頬が触れるぐらい近く、視界一杯に広がる幼馴染の紅潮した顔。

触れ合う顔同士、伝わってくる肌と吐息がとても熱い。

微かに焦点の合わない瞳が、次の俺の行動を待ち構えている。無理やり腰を捻じったまま、里香の腰を抱きすくめてこっちから里香が離れられないように固定してやった。


「あのなぁ、里香」


俺は、一言一句ハッキリと告げてやる。




「――――犯されたいのか?」




世界から音が消えた。そう思ってしまう位の静寂がこの空間に広がった・・・・・・そんな気がした。

もちろん俺の錯覚だ。女2人の悩ましい呼吸音や遠くから聞こえる騒ぎの喚声、犬の吠える声までさっきから聞こえっぱなしだ。

でも、だって、俺がこんな事言ってやりたくなるのも仕方ないじゃないか。

小室とバカ話してたように、俺だって男なんだ。ここまで間近で裸寸前の女に様々なアプローチ(?)を受けて、何も感じないほど朴念仁でも鋼の精神の持ち主でもないんだよ。

そんな時に、一番身近な異性でで、尚且つ俺にとって最も御し易いと思える相手(実際の腕っ節の強さはともかく)である里香に、ここまで絡まれようものなら。

どんな形でもいいからこの状況を打開したいという点でも、<奴ら>相手に暴力を振るい続けたが為に滾ってしまった血を抑えきれず、性欲という別の形で発散したいという本能に負けてしまうという点でも、決壊してしまうのはきっと仕方が無い事なんだと思う。いや、思いたい。

ああもう、御託なんてどうでもいい。俺のやりたいようにやってやる。プッツンキてる野郎に常識を求めるな。

腰に廻していた手を下にずらした。そのままその手は割れ目を覆う布地の内側へ、もう片方の手はシャツの裾から一気に胸元へと突っ込んだ。半径3m以内に女性2人が寝てるのもお構い無し。知った事か。

里香の素肌を俺の手が這いまわる。左右に感じるそれぞれ別種の柔らかさ。手の平に感じる体温は、頬や吐息よりもよっぽど熱い感じがする。




――――里香の抵抗は無い。

ただ、更に熱を含んだ吐息と手の位置を動かす度大きく震えるだけ。

俺の服を掴む手からも力は抜けている。俺を突き飛ばそうとする気配も無い。




「抵抗、しないのか」


何も言わない。聞こえてるのか、言葉の意味が理解出来てるのか、それさえ分からなくなってきた。


「――――――」

「何・・・・・・?」


里香が唇を動かした。何か言葉を口にしたんだと思うけど、それを俺がちゃんと聞き取って見せる事は出来なかった。

何故ならまさしく蚊の鳴くような音量だっただろう里香の声を、外で轟いた散弾銃の銃声が掻き消したんだから。発生源はかなり近い。犬の吠える声もだ。

厄介事の接近を感じ取った瞬間、一気に頭が冷えていった俺は手近に置いてあったM4とマガジンを持って階段を駆け上った。

何も言わず、里香をその場に残したまま。









ベランダには平野と涼さん以外にも音を聞いて駆け付けたらしい小室も一緒に、外の光景を睨みつけていた。


「今のは何だ?」

「見れば分かるよ」


ああ確かに、ちょっと顔を出してみれば嫌でも目に入る。

<奴ら>がこの家の周囲を取り囲もうとしていた。でもそれは犬の鳴き声に釣られただけじゃないらしい。

悲鳴が聞こえる。<奴ら<に混じって、生きた人間が包囲されて次々食われていってる様を街灯が照らし出している。中には門前に明かりのついた家の前に辿り着きながらも結局中には入れないまま襲われてる人も―――――




――――ちょっと待て。

<奴ら>は音に引き寄せられる。

なら、生きた人間の場合は?




「クソっ!明かりを消せ、今すぐ!」

「な、何でだよ真田」

「あそこで襲われている者達は光と我々の姿に群がってきた、という事だよ、小室君」


何時の間にやら部屋の中に居た毒島先輩が、俺の考えをそっくりそのまま小室に告げてくれた。

興味を惹かれたのかベランダに近づこうとしていたらしいありすちゃんを片手で押えている。下の様子を見せたくないのだろう、涼さんはありすちゃんを抱き上げると階段の方へと消えた。


「なら、僕らに気付いてここまで来たんなら<奴ら>を撃ってあの人達を助けないと!」

「忘れたのか?<奴ら>は音に反応するのだよ、小室君」

「っ!!で、でも確かほら、音がしないサイレンサー付きの銃もあるんだから、それを使えば――――」

「たとえ最初から消音銃として開発した銃でも、完全に無音って訳にもいかないよ。逆に機関部の作動音の方が大きく響く場合だってあるんだから。
それに幾ら一杯弾があるからって今この場で使うにはリスクが高過ぎるし、専用弾を使ってる銃もあるからこの日本国内ではもうその弾を補給できないと考えた方が良い。それを今から消費する訳にもいかないよ」


そもそもこれだけの武器を日本の一個人が持っていた事の方がおかしい。


「むろん、我々は全ての命ある者を救う力などない!」


冷静にそう断言しながら、毒島先輩は壁の明かりのスイッチに触れた。

部屋が暗くなり、代わりに外から入る街灯の明かりが俺達の影を作り出している。


「彼らは己の力だけで生き残らねばならぬ。我々がそうしているように―――」

「なら・・・・・・それなら、何で」


毒島先輩の言葉を俯き気味に黙って聞いていた、黙って聞く事しか出来ていなかった小室が、不意に顔を上げる。

コイツが睨みつけてきた相手は毒島先輩ではなく、隣に居る俺と平野だった。


「何でお前らは、ありすちゃんを助けたんだ!!」


そう、怒鳴られた。思わず、平野と顔を見合わせた。

八つ当たりか何かのつもりだろうか。


「えっと、いや、その、それはさ、ありすちゃんは小さな女の子なんだし・・・・・・」


お前あの時もそればっか言ってなかったか?と突っ込むのは今は止めにしとこう。

さて、その時の様子を思い返し、自己分析し、結論を出す。この間3秒ほど。


「――――その場の勢い?」

「ふざけんなよ真田・・・!」

「だけどな、実際問題そんな感じだったんだよ。涼さんとありすちゃんを助けるメリットはともかくデメリットは特に思いつかなかったし、頭の線が2~3本切れてても小さな子供連れを見捨てられないだけのちっぽけな良心はまだ残ってたもんで」


基本、そんな感じの思考であの親子を助けたんだった筈だ。

その結果、火事場泥棒的なゴロツキ共を平野と一緒に10人ばかし始末する羽目になった訳だけど、そこら辺はもう気にしてない。


「<奴ら>相手に銃片手に暴れ回るのも俺は悪くないけど、俺は自殺志願者でもないんだよ。少なくとも<奴ら>に食い殺されるのは勘弁願いたいし――――
小室、お前とは会って1日も経っちゃいないんだから説得力無いかもしれないけど、俺はお前は良い奴だと思ってる。だからわざわざ自殺しに行かせる訳にもいかないんだ」

「・・・・・・・・・・・」

「小室だってまだ死にたくないんだろ?なら名前も知らないどうでもいい他人なんて切り捨てればいい・・・・・・人間、自分の為に他の誰かを切り捨てなきゃ生きていけないんだよ、きっと」


だから、下手に首を突っ込んで自分達のこれから損なわない為に、『僕』のクラスメイトは見ざる言わざる聞かざるを貫いて『僕』が追い出されるのを黙って見送ったんだろうか。

『俺』はそれが我慢出来なかった。見捨てた連中を憎んで殺そうとした。

けど今、その『俺』もまた、助けを求める人達を見殺しにして自分達の保身を図ろうとしている。

――――人間なんてそんな生き物だ。そう考えると、少し楽になれた。


「私も、真田君と同じ考えだよ」

「毒島先輩・・・」

「宮本からも話は聞いたよ。君は過去一日に対して厳しくはある者の男らしく立ち向かってきた。私も君のこれまでの行動は立派な男として好意を覚えるよ」


だが、と毒島先輩は双眼鏡を小室に差し出す。


「よく見ておけ。慣れておくのだ、もはやこの世界はただ男らしくあるだけでは生き残れない場所と化した」

「・・・毒島先輩はもう少し違う考えだと思ってた」

「間違えるな小室君、私は現実がそうだと言っているだけだ。それを好んでなどいない」


それだけ言い残して、毒島先輩も階段へと消えた。

残されたのは野郎3人のみ。御大層な事小室に向けて吐いてしまった分、正直気まずい。

でもアレなんだよ、だからってハイサヨナラとその場から離れられそうな雰囲気でもないし。

うんどうしよう、激しく困った。と思ってたら、


「――――ゴメン、真田、平野。怒鳴ったりして」


だしぬけに、小室に頭を下げられた。

見えた顔は心底申し訳なさそうな表情をしていて、毒気が抜かれてしまう。


「気にすんな。自分でもまともな事言ってないのは自覚してるから」

「そうでもないさ。でも、これからどうするんだよ」

「少なくとも今夜は籠城した方が良いよ。銃があってもアレだけの数、車に乗って脱出できるかどうか分からないし、とにかく<奴ら>や他の人間が集まってこないよう全ての照明を落として、静かに<奴ら>が離れるまでやり過ごすんだ」

「どうやらその方が良さそうだな・・・・・・」


すぐ下から聞こえてくる、<奴ら>の呻き声の大合唱。

その中に紛れて聞こえるのは犬の鳴き声。きっと<奴ら>は喚き立てる犬の鳴き声に集まってきたに違いない。

<奴ら>に埋もれて姿は見えなくても相変わらず煩い。撃ち殺してやろうか。俺は猫派なんだ。








落ち着かない夜になりそうな、そんな気がした。





[20852] HOTD ガンサバイバー 9
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/09/17 00:10
※映画版バイオ4に関する情報提供、ありがとうございました。来週は半分ぐらい学校が休みなので来週中に見に行く予定。
※盗作並びに荒らし騒動に巻き込まれて迷惑を被った読者・作家の方々、本当にご愁傷さまでした。元凶でありながらこんな言葉しか出て来ない上にほぼ傍観してるだけだった自分が情けないです。
それにしてもとんだ暇人もいたもんだ・・・
※そして前期試験\(^o^)/期間中も書いてた結果がこれだよ!あれ、去年や一昨年も同じ事言ってなかったか?















「・・・・・・・・」

「おやどうした真田くん、そのような顔をして。もしや口に合わなかったのか?」

「いえ、普通に美味いですよ。毒島先輩なら、普通に良いお嫁さんになれそうだなぁってつい思っちゃって」

「おやおや、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

「う~、でも本当美味しい・・・」

「で、ここだけの話毒島先輩のタイプの男性ってどんな感じの人!?やっぱり自分より強い男とかだったりするんですか!!」

「あ、確かに毒島先輩ってそんなイメージが・・・」

「ふふふっ、それは企業秘密だよ。けど、君達が言ってる様なえり好みをするつもりは少なくともないよ。男の価値は単なる腕っ節や物事の技量のみで測れるものではないのだからね」

「「おお~」」

「な、何てカッコいい判断基準・・・こういうのを『漢女』っていうのかしら?」


嘘みたいだろ?まさしくゾンビみたいな<奴ら>に包囲されながら夜食食ってる最中の会話なんだぜこれ?

話のきっかけを作った俺が言える立場じゃないけど敢えて言わせてもらおう。どこの修学旅行の夜だ一体。

――――きっともう2度と、修学旅行に行く事は無いんだろうけど。


「あむっ――美味い」


具の入ってない塩むすびなのにどういう原理なんだろう、コンビニで売ってる様な代物とは比べ物にならないこの美味しさ。

本人曰く「夜食だから簡単な物にした」そうだけど、味噌汁も卵焼きもウインナーと野菜の炒め物も、普通に金が取れる美味さだ。

おむすびを頬張る。おむすびを置いて味噌汁を啜る。箸に持ち換えて炒め物をつまむ。おにぎり。味噌汁。炒め物。頬張って啜って摘まんで。以下略。


「でも2人の分はどうする?高城も鞠川先生もすっかり寝ちゃってるみたいだけど」

「大丈夫だ。2人の分もあらかじめ取っておいてある。明日のお弁当も準備してあるし――――君達年頃の男子ならば、中途半端な量ではすぐに腹を空かしてしまうだろう?」

「あははは、お見通しですか」


というかもう俺も小室もおむすび3個目(平野は4個目終了。まだ食えそうな気配)突入なんだけどね。実質昼も夜も3時のおやつも食事を抜いた状態だから、到着してからは腹が減って仕方が無かったのだ。

だから毒島先輩が夜食を作ってくれた事はかなり有り難かった。腹が減っては戦はできないとはまさしくこの事。

ちなみにさっき言った通り、高城も鞠川先生も酒を飲んで寝入ってしまっている為そのまま放置中。


「でもしょうがないよなぁ、世界がこんな事になっちゃったばかりだし。この1日だけでも色々とあったし、2人もきっと疲れてるんだろうさ」

「それはそうでしょ、私だって疲れたわよ――――永だってもう居ないんだし」


宮本の後半の言葉はほんの微かな音量だったけど、辛うじて耳に届いた。どうでもいい事だからわざわざ聞いたりはしない。

でもってこっちもも味噌汁の入ったお椀片手な宮本がふとこっちを向いてこんな事を聞いてきた。正確には、俺に向けてまっすぐというよりは若干左手の方を見ながら。


「それで―――あの、何かあったの?」


俺の視線も、宮本が見つめる先の方を向いた。というかこの場で飯を食ってる面子全員が同じ方を見た。




・・・・・左腕をがっちりホールドして離す気配が全く無い里香がそこに居る。

ナニをしかけた結果がこれですが何か?




というか、普通自分を性的に襲いかけた男から逃げるんじゃなく逆にひっついてきてるって現状がおかしい。どういう思考回路してんだ一体。

幼馴染だからとか、そういう事だからだろうか。つまりやっぱり俺は里香から男扱いされてないって事なんだろうか。それだけじゃ説明できない気がするけど。

まったく、こっちの気持ちも知らないで。さっきから当たってるどころか押しつけられてる胸の感触のせいで居心地悪くて仕方ないってのに。


「おや小室君、口元にお弁当が付いているぞ」

「えっ?あ、すみません」

「ほらそこじゃないよ―――ちょっと動かないでくれ」

「ふ、ふぇっ!?ぶぶ毒島先輩!?」

「ほら取れた・・・・・あむっ」

「んなっ!?な、ななななななななな」

「うわぁ・・・いーなー羨ましーなー小室」

「ば、バカっ何言ってんだよ平野!」

「あ~らいつの間にか結構な御身分ねぇ孝毒島先輩と間接キスなんて」

「おや、何かおかしかったかな?」

「チッ、天然か(ボソリ)」


・・・周りは周りでリアルラブコメを繰り広げてるし。

そこへ、一旦この場を離れて2階に上がっていた涼さんが戻ってくる。

既にもうすぐ日付が変わる時間帯。立派な子供であるありすちゃんは本来とっくにおねむの時間らしく、眠たそうにしてたので上のベッドに寝かせに行っていたのだ。


「楽しそうだね、君達は」

「あああの、いえ、あの、騒がしかったですか?」

「ちょっとね。まだ外には結構な数の<奴ら>が残っているから、もう少し声を押さえておいた方がいい」

「うっ・・・すいません」


バツが悪そうに小室はこめかみを掻きながら頭を下げた。

役目を入れ替わるように毒島先輩が問う。


「娘さんのご様子は?」

「やはりこんな状況で疲れはしているけど、思った程じゃないみたいだ。君達のお陰だろう。命まで救ってくれた上にここまでしてくれて、本当にありがとう」

「いえ、元より貴方方を救ったのはここに居る平野君と真田君達です。礼なら彼らに仰って下さい」


毒島先輩はそう言ってくれたけど、正直何というべきか。何だかむず痒い。

命を救ったのだって実際の所アレはほぼ正当防衛(もっといえば過剰防衛。後悔はしてないが)であって、命の恩人だなんて大層なもんでもない。

平野も同意見なのか、見てみると曖昧な苦笑を浮かべていた。俺もきっと似たり寄ったりな顔をしてると思う。

人に賞賛され慣れてない分、身体がむず痒い。


「ところで希里さんは、他にご家族は居るんですか?」


唐突に宮本がそんな事を聞く。

その瞬間、涼さんの顔が一気に強張るのを見逃す筈がなかった。

しばらくの沈黙の後、苦く重々しい声色で涼さんは語り始めた。


「―――妻が居たよ」


『居た』、つまり過去形。


「あの時私と妻は、娘と外で食事を取ろうと思って娘の通う小学校へ迎えに行ったんだ。そして授業が終わってありすと合流した、そこまでは普通だった・・・・・・」


だけど校舎から出る途中、突如悲鳴が響いたのだという。

気が付けば、家族と一緒に悲鳴が起きた方へ向かっていたという。その間にもどんどん悲鳴が増えていき、そして。


「辿り着いた時には、教師も子供達も<奴ら>になって生き残っている人間を襲っていた。そんな<奴ら>から逃げようとする人の波に、私達家族は呑みこまれたんだ」


淡々と語る涼さんの表情は酷く陰鬱で、自然と聞いているこちらの空気も見えない岩がが圧し掛かってくるみたいに重くなっていく。


「その時は2人ともはぐれてしまったが、ありすはすぐに見つける事が出来た。もう2度と離すまいとありすを抱きかかえて私は、妻を探しにさっきの場所へ戻った」


だが、その時にはもう。


「見つけた時、まず私がした事はありすにその光景を絶対に見せないよう抱きしめて動けなくする事だったよ」


誰だって母親が自分と同年代の子供に食われている光景など、娘に見せれる筈が無い。

父子が辿り着いた時にはもう事切れていたのは不運だったのかそれとも幸運だったのか。

すぐにその場を後にし、車に娘を乗せて学校から逃げ出した。だが道路に散乱していた何かの破片を踏んでタイヤがパンクしてしまい、車を捨てて徒歩で逃げだしたところで俺達と遭遇し―――今に至る。

ありすちゃんには、母親がどうなったのかは伝えていない。

地雷を踏んでしまった宮本は目に見えるぐらい狼狽して申し訳なさそうにしていた。


「ご、ごめんなさい!不躾にそんな事聞いて・・・」

「いや、良いんだ。構わないよ、これは私の責任なんだ、あの時手を離してしまった私の・・・・・・」


涼さんは自分の顔に浮かぶ自分も周りも滅入らせる顔を隠すように手で覆いながら、振り絞るような震える声を漏らす。




涼さんの話は、もはやこの世界のどこにでも転がっているであろう悲劇の1つにしか過ぎない。

果たして、次の悲劇の当事者になるのはこの中の一体誰なのか。きっと『誰もそうならない』なんて希望論は捨てた方が楽に違いない。

俺だって連絡が入る1秒前まで、家族が死ぬなんて考え全く予想してなかったさ。




やがて聞こえ始めた大の大人のすすり泣く声を聞きながら、俺は顔にも口にも出さずその推論をやがて訪れる現実として心の内に留めておく事にした。

――――希望を持たない方が絶望しないで済む。











自分が自宅の自分の部屋で寝ていた事に気づくまでしばらくかかった。

何でこんな所に居るんだ。鞠川先生の友達の家に居たんじゃなかったのか。人を殺して、お隣さんが武器の山で、学校が退学になって、両親が死んで――――世界が壊れて。

部屋の外で人の居る気配がする。俺はベッドから起きると、部屋から出た。




ああ、何だ。やっぱり夢だったのか。




――――それは世界中で死者が蘇って生きた人間を喰らうという、まるっきりフィクション顔負けの世の中で銃片手に戦ってたという記憶に対してじゃぁない

リビングに両親が居た。息子の『僕』から見ても子供に甘いと思ってしまうぐらい優しかった父さんと、温和そうに見えてしっかり父さんを尻の下に敷いてる母さん。

2人の顔を見た訳じゃない。今2人は俺に背を向けている。

恥も外聞も投げ捨てて2人に抱きつきたかった。でもそれは無理な相談だとも理解していた。

何となく、分かっていたからだ。




目の前に居る2人も、もう<奴ら>でしかないんだと。




両親がゆっくりと振り向いた。裏返った眼球。流れる血の涙。土気色というよりはもはや黒ずんでいるように見える変色した肌。だらしなく開いた口元からは言葉にもなってない呻き声が漏れる。

これはやっぱり夢だ。いつの間にか握られていたSIG・P226Rの重みだけが、嫌に現実感溢れていた。

一歩一歩、のたのたとした足取りで近づいてくる両親、違う、両親のなれの果ての<奴ら>に俺は銃口を向ける。

銃が、銃を握る手がぶれる事は無い。夢の中だと分かっていても、特に動揺もせずかつての両親に銃を向けれた点に俺は驚き、そして諦観の念を抱いた。自分自身に対して。




ああ、やっぱり自分は狂ってる。




そして引き金を――――――――――――










「真田!!」


多分、文字通り飛び来てしまった気がする。

視界に飛び込んできたのは平野の顔。近い、近いって。いくらなんでもソッチの気に転職したつもりは無いぞ。

気付く。平野の手が俺の手を押さえつけていた・・・・・・・・・もっと正確に言うと、俺が握ったまんまだったP226Rのスライドと撃鉄が動かないよう抑え込んでいる。

そっと、引き金が落ちる寸前まで曲げられていた指を慎重に離す。

危なかった。危うく、寝ぼけて暴発させる所だった。平野に感謝だ。


「大丈夫?汗まみれだよ?」

「・・・ちょっと夢見が悪かっただけさ」


いつのまにか寝てしまった内に朝になっていたらしく、締めきったカーテンの向こうが明るい。

視線を動かしてみると、記憶を無くす直前まで俺の腕にひっついたまんまだった里香の姿が無い。


「もう少ししたらここを出発して川の向こうに行く事になったから、真田も準備手伝って」

「分かった。まだ水道使えるよな?」


頭覚まそうと洗面所へ。

でもって定番の如く、こういう時に限って微妙に顔を合わせたくないと鉢合わせする。


「あ、マーくん・・・」


里香も寝起きで顔を洗いに来たのか、とにかくさっさと用を済ませてしまおう。

犯そうとしてきた俺に対して軽蔑しようが嫌悪しようが、里香がどう思うのかはどうでもいい。

ただむしろ、あんな事をしてきた俺へ里香がそれまで通り・・・・・・いや、これまで以上に俺にくっついて離れないのが逆に居心地悪いというか、気味が悪い。

幼い頃と違って俺は男でそういう欲望もあるってのも重々理解してるのに加えて、里香の方はアンバランスな色気に満ちている。もう、ただの幼馴染って感じで接っせれる自信は全く無い。

もはや目の毒過ぎてどうでもいいって訳にはいかないんだよ、正直な話。今だって昨日から変わらないあの裸Yシャツのままだから、色々と見えてしまって目の置きどころに困る。

昨夜の事も謝るべきなんだろう。でもどんな顔してどう言って謝ればいいのか分からない。だから謝らない。謝れない。それに、別に許されなくても構わないし。

結局俺がやろうとしてる事は逃げだった。思えば、学校を追い出されてから誰にも会おうとせずずっと引き籠ってたのも、現実から逃げようとしてただけと言える。

俺と里香の間には、水の音だけが響いた。

顔を上げる。鏡に、ずいぶんと目つきが悪くなった感じがする自分の顔が映る。丁度視線と同じ高さ辺りに大きくシャツを盛り上げ過ぎて薄い布地の下からしっかり突起が浮き上がってる上に呼吸のたびに揺れてる物体が目に入ってきて、慌ててもう一度水で顔を覚ます羽目になった。

タオルを探す。見当たらない。


「はい、これ」

「む・・・」


差し出されたタオルを、すぐに受け取る事が出来なかった。

でも見回しても他にタオルは無い。渋々、そのタオルを借りる。一応ありがとうと礼は言っておいた。


「―――マーくん、昨日の事だけど」


だと思ったよ!

顔を拭く手を止めて里香を見た。里香の顔は怒ってる様にも、軽蔑しているようにも見えない。恥ずかしがってる、って表現が当て嵌まる。




「ま、マーくんがあんな事したいんだったら――――わ、わわわ、私は何時でもいいから!!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だって?

真っ赤な顔で逃げていく里香を、俺は見送る事しか出来なかった。











「どうしてこうなった・・・・・・どうしてこうなったっ・・・・・・!!」

「えーと、真田?何かあったのか?」


どうしよう。余りにもあんまりな展開過ぎてリアルorzしてしまうぐらい訳が分からない。

もう何が何だか。本当に、どうしてこうなった?予想外というか、里香が何考えてるのかさっぱり分からん。


「なあ、危うく襲いかけた幼馴染に逆に何時でも襲っていいってOK出されたらどうすればいいと思う?」

「ハァ、何だそれ!?」

「スマン、聞いた俺が馬鹿だった」


据え膳食わねば男の恥とはいうけどそういう問題じゃないっての!


「女ってヤツは、分からん」


とりあえず、この一言に尽きる。

ああもう、ウダウダ考えてても埒があかない。今は別の用事を済ませよう。問題の先送り?ほっとけ。


「平野、ちょっと良いか?女性陣が着替えてる間に装備する物を整えとこう」

「分かった。希里さん、拳銃とショットガンを触った経験はあるんですよね?自動小銃なんかはどうです?」

「いや、そこまでは触った事は無いよ。だけど拳銃とショットガンは駐米時代に向こうの友人に連れられて何度か射撃場で撃った事がある」

「じゃあ、はいこれ。このモスバーグは9発、薬室にも1発入りますから。こっちのタウルスはマガジンに15発入ってますんで。予備の弾とマガジンはこっちに」

「ん?確かこの銃はベレッタという名前だと聞いたんだが―――」

「ああそれは南米産のベレッタM92のクローンで―――」


本人の申告通り、希里さんの手つきはちょっとぎこちないけど扱い方そのものはそれなりに理解してる感じだ。フォアグリップや拳銃のスライドを引いて、作動を確認している。

俺は俺で、KS-Kを取り出すと小室に渡した。その重みに驚いた様子だった。


「小室はこれ使え。散弾だから狙いが曖昧でも当たりやすいだろうから」

「これもショットガンなのか?てっきりほら、映画によく出てくるカラシニコフとかっていうアサルトライフルってやつかと」

「元々その銃をベースにして開発したタイプだからね。機構も似たようなものだから頑丈で確実に作動するし、モスバーグみたいなポンプアクションじゃなくてセミオートだから連射も効くから」


こっちはこっちで完全に素人だから、簡潔かつ丁寧(なつもり)に扱い方を教えていく。


「このレバーを押し込むとマガジンが外れるようになるから、親指で押しながらすぐに取り外せるよう何回か練習した方が良い。新しいマガジンを取り付ける時はしっかり押し込んで、挿入口にしっかり嵌り込んで固定されたのを確認してからこの棹桿を引けば――――」

「ちょっと待ってくれ、そんなに一度に言われても分かんないって」

「――――銃の扱いをきちんと理解してなきゃ、自分や周りが死ぬぞ?」


銃の暴発で死人が出るのはざらだ・・・・・・寝ぼけたせいで、平野が起こしてくれなきゃ撃ってた事確定な俺が言っても説得力無いけどさ。

割と本気な調子でそう告げると、渋々といった感じで小室が頷く。


「頼むよ、誤射で殺されるのは本当に勘弁して欲しいんだから。小室もそうしたかないだろ?」

「・・・分かったよ。でも、いざとなったら棍棒代わりにでもするさ」

「ま、そういう扱い方も間違っちゃないけど」


とりあえず俺のサバゲー用のベストを貸す。俺が着てるお隣さんの部屋にあった本物とは違ってそこまで頑丈じゃないけど、予備の弾薬や他の装備を持ち歩いたりするのには十分事足りるだろう。

サイドアームの拳銃と拳銃用ホルスター、太腿に巻くタイプのレッグポーチも渡す。こっちは純正のベレッタM92Fだ。在日米軍から流れた代物だと予想してる。




リビングで俺達野郎共がそんな感じの会話を繰り広げていると、上で着替えていた女性陣がようやく降りてきた。

宮本とありすちゃんを除くと、彼女達の格好はかなり様変わりしていた。まぁ、返り血浴びてたり服が破けてたりで結構汚れてたから仕方ないな。

でも色々と、露出とかあれやこれやを目立たせてて人の目―主に野郎―を惹きつけそうな格好ばかりなのは何でなのやら。

毒島先輩とか、普通に横の切れ目からパンツ見えそうなんですけど?


「「うわぁ・・・」」

「ふっふっふっふっふ」

「はは、あはははは・・・・・・」


もう笑うしかない。服が変わってる面子全員、目の毒以外に何と言えと?

つーか里香。だからそれ俺のシャツだろうが。下着と短いスカート履いた以外変わってねーし。上のボタン留められないのは仕方ないとしても、下着透けて見えてるのには気付け。

―――――でもって全員が全員、見惚れそうなほど似合ってる風に見えるんだから性質が悪い。








何かもう、笑う事しか出来ない俺達だった。






[20852] HOTD ガンサバイバー 10
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/11/12 00:13
※自分でも投稿してから思ったwww<鈍感いらねー
※いつもの量で切ろうとすると中途半端な内容になりそうだったのでちょっと長めです。
※只兄貴<待たせたな!
※映画版バイオ4見てきました・・・2D版を。うん、立体映像じゃなくても普通に面白かった。予想以上にアクションの質も良かったし。それにしてもゲーム版のネタ多かったですねぇ。
※ここで一旦HOTDは休んで、別の所で連載中のを再開していくつもりです。この作品を楽しみに呼んでくれた方々には申し訳ありませんが、あっちの方が詰まったら又唐突に投稿するかも・・・(苦笑)













「・・・これじゃあロメオというよりは『28日後』だな」


この場合は『ハロー』と叫ぶんじゃなくて日本らしく『もしもし』ってか。


「誰も見当たらないな。<奴ら>も、生存者も」

「橋も結局突破されて、川向うに逃げた生存者を追いかけてってそれっきり、って感じですかね」

「恐らくは、な」


毒島先輩と2人、御別橋の入口でそんな会話を交わす。

話の内容通り、橋の上には文字通り誰の姿も無い――――生きてる人間も、生き返った死人も。

橋の真ん中辺り、車の残骸が積み上げて道路の殆どを塞いでいた。残ってるキャタピラ跡からして、向こう側に放置してあるブルドーザーで強引に押し込んだとみえる。無茶な手を使ったものだ。

それでも、押し寄せる人と<奴ら>の圧力には警察も抑え切れなかったという事実を、この光景が否応無しに教えてくれる。

だって昨夜は嫌ってほど居た警官の姿が、今じゃどこにも無いんだから。




今の俺達は斥候だ。<奴ら>が待ち伏せしてないかいち早く確認するのが俺と毒島先輩の役目。

特に注意して通過した方が良さそうな場所では、たびたび誰かが危険を冒して確認する必要がある。例えばここみたいに、捨てられた車で強引に突破できそうにない道とか。

現在の所は杞憂で済んでいるが、IED―――路肩爆弾の恐怖に悩まされる中東の兵士達の気分が今なら分かる。向こうもきっとそれどころじゃないんだろうけどさ。

あわよくばこのまま橋が通行出来れば手っ取り早いんだけどご覧の有り様だ。反対車線も以下同文。だが上流へ続く川沿いの道は十分通れそうだ。

親指を立てた拳を掲げて、離れた場所の本隊である小室達に合図を送る。

少しすると猛獣の唸り声みたいなエンジン音が聞こえてきた。周囲一帯が静寂に包まれてるせいか、意外とよく響く。なるべく早くこの場を移動したい。


「何か悩み事でもあるのか?」

「・・・何ですかいきなり」

「いやな、どうも君を見ていると憂いというか、何か心配事を抱えているように感じてね。私で良ければ、相談に乗るぞ?」

「――――いえ、いいです。相談する様な事でもないですし」

「む、そうか・・・」


実は俺って顔に出易い性質なんだろうか?思わず顔に手をやってしまった。

1分もしない内に小室達の乗ったハンヴィーとSUVがここに辿り着く。

ハンヴィーの屋根の銃座の所には平野の姿。上半身を覗かせて2脚を立てたFN・ミニミ軽機関銃を何時でも撃てる様構えている。まるでイラクかソマリアの武装コンボイだ。2台だけなのがちょっとカッコつかない。

俺も、シボレー・タホに乗り込むとすぐに車内からサンルーフに身体を突っ込んで屋根から上半身を出す。基本、見晴らしのいい場所に上がった俺と平野が見張り役だ。

2台だけの車列は、他に誰も居ない道を通って川を遡っていく。








今俺の傍には幼馴染が居る。親友も居る。狂った世界で周囲に裏切られた俺が、それでも信頼を置く人間が一緒に居てくれている。

それはきっと素晴らしい事だ。少なくともこの2人は今の所裏切る気配が無いんだから。そもそも裏切る理由も思いつかないけど、それでも世界がこうなった以上背中を預けられる相手の存在は戦場の兵士みたいにとてもとても重要だ。それとも戦場の方がマシかもしれない。

小室や他の人達も良い人だとは思う。会って1日だけど小室は素直でとっつきやすいし、毒島先輩は精神的にも戦力的にも頼りになる。宮本とか高城とかはまだそこまでどういう人間か分からない。

そして何より平野と里香だ。多分俺が持ってきた銃無しでも生き残れたんじゃないかってぐらいの頼もしさを平野は放ってる。むしろ世界がこうなってからの方が生き生きしてる感じだ。

里香は里香で今までと変わらない―――いや、今まで以上に俺と共に、近くに居ようとしてるのは見ての通り。

分かってる、分かってるさ。あれだけ迫られれば嫌でも分かる。たとえ自惚れや勘違いだったとしても仕方ないだろ、あんな誘惑紛いの振る舞いされちゃあさ。

多分、里香は俺に好意を持ってる。ずっと前からだったのか、それとも世界がこうなってから急に芽生えたのかは知らない。

好意?随分過激な行為だなオイ。里香にその自覚があるのかはともかく。自覚してる可能性の方が高い。




仮に考えてみた。

もし、そんな彼らが死ぬ事になったら、俺はどんな気持ちなんだろうって。




残念だ。少なくともみんな俺にとっては良い奴ばかりだったのに。

―――――けど、それだけ。そう、それだけなんだ。そんな感想しか思い浮かばない。

知り合ったばかりの人間でも、親友でも、好意を抱いてくれる幼馴染が死んだりしたとしても、悲しみに身を引き裂かれたり怒りに身を焦がされたりしないだろうと漠然と、でも確実にそう思ってしまう。

そもそもだ。俺は<奴ら>に喰われてやるつもりは無い。誰かの犠牲になるつもりも無い。生き残る為だからといって犠牲になるぐらいならこっちが相手を犠牲にしてやるまで。そう、決心はしている。

でも。

そういった市の脅威に抗って抗って抗った果てに、それでも死ぬ運命から逃れられなかったのなら・・・・・・それでも良い、と感じている自分もいた。




結局の所、俺は皆の命も――――自分の命すらも、どうでもいいのかもしれない。









不意に大きく揺れる感覚に襲われて、思わず車体から転げ落ちそうになった。

いつの間にか、ハンヴィーとSUVは対岸の河原に上陸していた。軍用のハンビーはともかく流石本場アメリカのSUV、元々車高が高い上にレジャー目的で不整地の走破性を重視してるだけあって車内に浸水した様子は無い。

次々に車から降りて、警戒に当たる。見晴らしが良いから存在や接近にはすぐ気付けるが、油断は出来ない。

ちなみに俺と平野の分析と偏見に満ちたチョイスによって女性陣もそれなりに武装していた。表っぽくまとめると、




宮本:モスバーグ・M590(銃剣装着済み)、ベレッタ・M92F

高城:イサカ・M37(ダットサイト付き)、ベレッタ・M92F

里香:SIG・SG552(ドットサイト・フラッシュライト・フォアグリップ付き)、イジェマッシ・MP443




こんな感じ。宮本は槍術部らしいから、槍代わりにも使えるよう銃剣が装着できるのを選んでみた。

なお、鞠川先生の友人宅に在ったスプリングフィールド・M1A1も銃剣が装着出来たんだけど宮本も銃撃った事無いだろうし、それだとライフル弾よりは散弾の方が当てやすいという判断から。

高城の方は、頭は良くても運動が苦手そうだから長物の中でも軽めの物を渡した。筋力の無い優等生でもそれなりに振り回せれる軽さがこのイサカの最大の特徴といっても良い。

里香の場合は、他にモスバーグやKS-Kの予備のショットガンもあったけど高城以上に力はあっても小柄な高城より更にちっちゃな体格が体格だから、逆に長過ぎると扱いづらそうに思えたんでコンパクトで扱いやすく火力もあるこのアサルトライフルにした。最初に持たせておいた銃だから、ってのもあるが。

毒島先輩にも銃を貸そうとしたけど丁寧に辞退された。代わりに、予め持ってた木刀に加えて腰に巻いたベルトにこれもお隣さんちから持ってきたマチェット(山刀)をぶら下げている。やっぱり飛び道具より刃物が似合うよこの人。

鞠川先生?ハッキリ言ってあの人に銃持たせたら確実に暴発させる、と平野と意見が一致したから持たせない。ありすちゃんはもちろん論外。

銃を持っている人間には全員予備弾装をポーチに収めたサバゲー用のベストを着用。

・・・・・・里香だけマガジンポーチの上に膨らみが乗っかってる風にしか見えなのは、気にしないでおこう。

小室の時みたいに簡単に扱い方は教えといたけど、暴発防止の為に薬室からは弾を抜かせておく。使う前に装填させればいいだけの話だし。


「車を上げるわよ!男子3人は上に上がって警戒!」

「イエッスマァム!」

「「りょーかい」」


一斉に土手を駆け上がり、警戒に当たる。互いの死角を出来る限り補い合う形で視線を巡らせる。誰かと同じ方向は見ない。


「クリア!」

「こっちも誰も居ない!」

「こっちもクリア。敵影無しだ。上げて良いぞ」


合図を送ると、まず最初に鞠川先生が運転するハンヴィーが動き出し・・・・・・マズイ。こっちに向かってくるってエンジン吹かし過ぎだろまさかアクセル全開か!?


「退避ー!」

「へっ、う、うおおおおおっ!?」


慌てて俺と小室が飛びのいた途端、傾斜を一気に走破したハンヴィーがカースタント宜しく飛び出した角度のまま地面から離れた。

その軌道上、1人逃げ遅れた平野。「ラットパトロール?――――」ってネタに奔ってる場合じゃないから!

タイヤの弾む音とブレーキ音。ハンヴィーの車体が横滑りする悲鳴の向こうで「わにゃー!!?」と間抜けな悲鳴が微かに聞こえた。


「「ひ、平野ー!?」」

「・・・ちゅ、チュニジアに居るのか、俺?」


・・・・・・随分と余裕がありそうだった。

涼さんが運転するSUVは、何事も無く極々落ち着いて土手を走破した事をここに追記しておく。

何だか鞠川先生にこのままハンドル持たせといていいものか、不安になってきたんだけど俺。


「川で阻止できた―――わけじゃないみたいね、やっぱり」

「世界中がそうだとニュースで言ってたからな」


双眼鏡で一帯を見回しながら高城がポツリとそう一言。

元より放棄された橋を見て分かってた事だ。遠くからでも<奴ら>の姿は見えなくても襲撃を受けたらしき荒らされた形跡が彼方此方に残っているのが分かる。


「でも、警察が残ってたらきっと!」

「どうだか。橋の有り様は見たんだろ?過度な期待はしない方が良い」

「っ!!」


睨まれた。でも事実だ。中途半端な希望はより深い絶望を与える結果を生む以上、逆に期待を抱き過ぎない方がその分絶望が小さくて済む。


「ここからは何処に向かうんだい?」

「1番近い家から順に廻って見ていくつもりなんですけど、高城ん家は東坂の2丁目だったよな?」

「ええ、そう」

「じゃあまずはそこからだ。だけど、あのさ・・・・・・」


こっちに関係なさそうな会話を始めそうだったから、さっさとSUVの助手席に乗り込む。

俺に釣られるかのように、ありすちゃんを連れた里香も続く。ふと、ある事に気付いた俺は思わず口走っていた。


「涼さん、シートベルト、しておいた方が良いですよ」

「うん?ああそうだね、いつも装着する様気にしていたんだが」

「そうして置いた方がいいと思います・・・・・・俺の家族も、交通事故で2人とも死にましたから」


実際にはトラックに激突されて死んだと警察からは聞かされたからシートベルトの意味があったのかは俺には分からない。

でも転ばぬ杖の何とやら、少なくともしといて損は無いと思う。多分。


「・・・・・・・」


だからその、気まずそうな顔しないで下さいってば。別にそういうつもりで言った訳じゃなくてですね。

後部座席で里香も固まってるし。唯一話の意味が分からない様子のありすちゃんだけがこの微妙な空気の突破口だ。


「ほら、ありすちゃんも。ちょっと動かないでくれ。苦しくないか?」

「うん、へーき!」

「―――ほら、里香もシートベルトしとけ」


何となく腹が立ったから里香のシートベルトはきつめに締めてやった。即座に後悔した。

シートベルトが途中から見えなくなるぐらい深く、胸の谷間に食い込んでしまった。シャツの布地も食い込んだ分爆乳が強調されて目の前で震える。言っとくけどこれは狙ったつもりは無いからな?

手を止めてしまい、次いでそのまま視線を上げてしまったせいで里香と目が合う。

何を言えば良いのか分からない。きっとそれはお互い様。

お見合い状態から脱する為とはいえ、苦し紛れに何故か里香の頭の上に伸ばした手を置いた俺は、きと内心パニくりかけてたに違いない。


「うえっ、うわ、あわわ、マーくん!?」


柔らかくて、微かにくすぐったい。

そういえば里香の髪に触れるのは何年振りだろう。小さい頃は里香にしょっちゅうひっつかれてたからどんな形であれ結構弄ったりしてやったけど、その頃は今みたいにほのかな甘い香りを漂わせたりはしてなかった。

動き出したハンヴィーのエンジンの唸り声が耳に届く。

里香の頭から手を離し、視界を前方に固定する。

ほんの一瞬だけバックミラーに映る里香の姿。トマトみたいに真っ赤な顔をしていた。おかしいな、ナデポなんて習得してる筈無いんだけど。

そもそも俺の顔も微妙に熱くなってるのに気づいて、何やってんだと頭を抱えたくなった。

どうでもいいんじゃなかったのか、お前は。






結局俺は、この壊れてしまった世界で何がしたいんだろう?

生き残る事?違う気がする。何が何でも生き延びようとするのには強固な理由が必要だ。

小室や里香達は家族の無事を確認する為。涼さんは自分の娘を生き延びさせる為。

家族が近所どころか国内に居ない平野や毒島先輩は良く分からない。きっと平野は好きな高城を護りたいんだろうし、毒島先輩はここまで一緒に行動してきた小室達の助けとなりたいからだろう、恐らくは。

なら、自分は?

ダメだ、思いつかない。そりゃ喰い殺されるのも他の誰かに殺されるのもクソっ食らえに決まってるけど、かといって何が何でも生き延びたいと思える理由が見当たらない。

家族は居ない。とっくに死んだ。親戚なんかも、わざわざこんな中捜す気になる程仲の良い相手は存在しないし、そもそも近くに居ない。

守るべき存在?親友や幼馴染が生存していても本心から歓喜も安堵もしなかった自分にそんなのが当て嵌まる相手が居るとでも?

生物としての生存本能?ある意味それが一番正しいかもしれない―――――でも、他人だけじゃなくて自分の事ですら『どうでもいい』と感じてしまっている自分に、本当にそんな物あるのかどうか。

実際の所、今俺を動かしているのは多分怒りだ。学校で<奴ら>のせいで俺を見捨てた連中にこの手で報復出来なかった事に対する、<奴ら>への八つ当たりだ。

だけど、それだけじゃない―――――――







「あ、桜・・・」


住宅街をやや緩やかに走り抜ける。学校でも桜並木が桃色に咲き誇っていたのを思い出す。

桜吹雪が俺達の行く手に吹いた。通り過ぎていく花びらによって、窓越しでも桜の香りを感じ取れそうな気がした。

前方を走るハンヴィーの屋根に座って警戒役な筈の小室が、宮本とえらくのんびりと何やら喋り合っている。ひどく穏やかな空気が流れていく。

次に俺達がこの桜を見る時が来るのか・・・・・・・・・そう夢想した時。

何がどうとか、具体的な説明は出来ない。とにかくその瞬間の俺は確かに感じ取ったのだ、空気が変わる瞬間ってヤツを。




死の臭い。地獄の臭い。闘争の臭い。




「ま、マーくん!涼さん!<奴ら>が!!」


唐突にハンヴィーが右折した。前の席からは遮られていた視界が開け、上り坂に犇めく<奴ら>の姿が目に入る。

一体何処から出来やがってんだ?涼さんがハンドルを切る。

車内の俺達も横Gに襲われ、見張りの為にサンルーフから身を乗り出してるせいでシートベルトも無い里香が屋根の上で「うわわわわわ~~~~!!」と間抜けな悲鳴を上げている。暴れるな頭蹴るな痛い痛い。

里香が車内に戻るまで一体何発蹴られたのやら。文句を言ってやりたいが、そんな余裕がある状況でもない。


「里香、シートベルトしっかり締めとけ!」

「ここまで来てどうして急に<奴らが>ここまで増えたんだ!?」

「どうせこの先に<奴ら>が集まる原因があるんでしょうよ!」


やがてハンヴィーの先導の元、団地を貫くかなり広い道路に飛び出した。ひたすらに突っ走る。

軍用車の持ち味であるガタイの頑強さと足回りのタフネスさを存分に発揮しているハンヴィーは、立ち塞がる<奴ら>の2体や3体屁でもないといった風情で撥ね飛ばしながら突っ走る。

俺達が乗るSUVはハンヴィーが切り開いた活路を通るだけで済んだ。それでも轢かれて踏み潰された<奴ら>が道路に撒き散らした血で滑ったり、身体に乗り上げたりするせいで機動は若干不安定だ。

だが。

次の瞬間、急減速しながらハンヴィーが真横を向いた。明らかに狙って行われた機動。一体どういうつもりなのか。

このままでは横っ腹にまっすぐ突っ込む。涼さんもすぐさま急ブレーキを行った。慣性の法則に従って俺達の身体も前に引っ張られる。

シートベルトが無かったらきっとダッシュボードはフロントガラスに顔面をぶつけていたに違いない。

涼さんが大きく左へハンドルを切る。ハンヴィーとの衝突は避けれたかと一瞬ホッとし・・・・・・・

――――目の前に、道路の横幅いっぱいに張り巡らされたワイヤー。ああ、だから小室達は止まろうと―――――




次に襲っってきた衝撃には果たしてシートベルトの効果はあったのやらかなり疑わしい。




車体ごと横合いから巨大なハンマーでぶん殴られたかと思った。すぐに戻ったとはいえ横転するかと思うぐらい車体そのものが大きく斜めに傾いだのは間違いないと思う。いや、前方にもか?

浴びせられたガラスの破片。堪らず目を瞑ってしまう間際見えたのは、ボンネットの上を撥ね転がっていく誰かの姿。

右から左へ通り過ぎていった物体の特徴で捉えれたのは服の色。白と緑。藤美学園の女子の学生服。宮本だ。


「く、い、一体何が・・・」


涼さんが頭を押さえ、被りを振って髪に引っかかったガラスの破片を振り落としながら呻き声を上げた。

何が起こったのか、運転席の方を見てみるとすぐに分かった。ハンヴィーに横合いから突っ込みかけたのを回避したと思ったら、ワイヤーの壁に阻まれると同時に逆にこっちが横合いからハンヴィーの突進を食らったのだった。


「ぱ、パパぁ!?」

「だ、大丈夫だ!私は平気だ!」

「里香、生きてっかぁ!」

「う、うん、平気だから!ま、マーくん血が出てるよ!?」


顔に触れてみるとぬるりとした感触。右の眉の端がパックリと裂けていた。さっきのガラスで切ったのか。ちょっと出血は多いみたいだけど目には入らないし無視できない程じゃないからほっとこう。

助手席のドアの向こうすぐに<奴ら>の姿が。

とっさに助手席のドアを思いっきり蹴り開けた。1番近くに居た<奴ら>がドアに弾き飛ばされ、倒れる。左手でシートベルトを外しながら、右手はM4を握る。安全装置解除。

車から降りると同時に、とろくさと起き上がりかけていた<奴ら>の頭部に銃弾を叩きこんだ。迫りつつある後続の<奴ら>にも短連射を加えていく。

やっぱりハンヴィーの屋根から叩きだされて道路に横たわってたのは宮本だった。身体を強く打って苦しげに呻いてるけど、頭を打ったりモスバーグの銃剣でどこかしら切ったりした様子はパッと見なさそうだ。

でも、衝撃と痛みでしばらく動けそうになさそうなのも何となく感じ取れた。


「棹桿を引いて―――」


頭上から声。すぐ隣に影が着地する。


「孝!」

「頭の辺りに向けて―――撃つ!」


ボディブローみたいな腹まで振るわせるショットガンの銃声。反動の余り、小室の身体が大きくのけ反って倒れるかと思った。

<奴ら>の内の1体の頭部が弾け飛ぶ。でもそれは密集してる<奴ら>の群れに叩き込んだにしては効果が薄過ぎた。

たたらを踏みながら小室が文句を言う。


「何だよ、頭狙ったのに!あんまりやっつけられないぞ!?」

「ヘタなんだよ!反動で銃口がはねてパターンが上にずれてる!突き出すように構えて、胸の辺りを狙って!」


平野の叱責とアドバイスが飛ぶ。小室はその言葉をぶつぶつと反芻しながら、構え直す。


「突き出すように構えて・・・胸の辺りを狙って・・・撃つ!!」


再度咆哮が轟き、数体がまとめて吹っ飛ぶ。


「そのまま照準を修正しながら引き金を引き続けろ!セミオートだからそれで十分だ!」


俺も指示を放つ。背後で連続する散弾の発射音を聞きながら後部座席の扉を開けた。

車内では銃声に怯えているのか、頭を抱えてか細い悲鳴を漏らしているありすちゃんを里香が抱きしめていた。まるで雛の入った卵を温める親鳥だ。

涼さんは運転席側のドアから外に出ようと試みてたけど、ハンヴィーの車体が塞いでいて無理だと悟ると助手席側から長物片手に苦労しつつ降車する。すぐにショットガンの銃声が1丁分加わった。

更に苛烈な連射音。きっと平野がミニミでも掃射しだしたんだろう。反対側は平野達に任せよう。


「ひょぉっ、最っ高!」


中々ノッてきたじゃないか、小室も。

だったらこれはどうかな?


「よっ・・・っと!」


M4よりもずっしりとした『それ』は、外装がほぼ1枚板で構成された見かけは段ボールで作った張りぼてにも見えなくもない。

一緒に収めてあったバッグから32連ドラムマガジンを装着。弾丸を送り込んで、腰溜めに構え、セレクターはフルオート。


「まだまだ、こっちの方がイカしてるぜぇ!」


AA-12の引き金を絞る。

12ゲージの散弾が分速350発の連射速度で数を増して押し寄せつつあった<奴ら>の群れを一斉に舐めた。5.56mmの弾丸と比べればいささか強くても12ゲージにしちゃ恐ろしい位伝わる衝撃が軽くて、反動の制御は簡単だった。

吐き出される散弾が肉を抉り、骨を砕き、中身をミキサーでかけたみたいにグチャグチャに掻き混ぜられながら見分けもつかない血肉の破片へと変えていく。




――――楽しい。楽しくて仕方が無い。




そうか、そういう事か。突き詰めてしまえば俺はとんでもなく危険な性質の持ち主だったってだけだったのか。

暴力を振るうのが楽しい。<奴ら>相手に銃を引くのが楽しい。殺すか喰われるかをかけた攻防を繰り広げるのが楽しい。

俺が求めていたのは暴力という名の快楽。自分の命を危険に晒してこそ感じられるヒリつく様な高揚感。薄氷の上を走り抜けるかの様な緊迫感。

単なる無差別な暴力じゃない、もはや人ではない<奴ら>やこちらの安全を脅かす『敵』に対して振るうべき生存の為の暴力。それを容赦なく行使する事が、楽しくて愉しくてたまらない。

戦場に長く居過ぎて平和な日常で生を感じられなくなった兵士や、一瞬の興奮の為に危険に身を晒し続けるアドレナリンジャンキーと似たような感じか。それよりもっと酷いかもしれない。

けどこれでようやく、狂った世界で生き延びなきゃならない理由を悟った気がする。




―――――死んでしまったら、ただ人を喰うだけの本能だけに動く<奴ら>の仲間入りをしてしまったら、この快感は2度と楽しめなくなってしまうじゃないか。






おっと、弾切れだ。

32発×1発の12ゲージのダブルオーバック弾につき9発の散弾=288発の弾丸に薙ぎ払われた道路は、もはや暴徒にミニガンでも掃射したみたいな有り様と化している。

5体満足で転がってる<奴ら>の死体は1つもない。かなりの幅に渡って血だまりと臓物の空白が作り上げられていた。

その間隙はすぐに後から後から湧いてくる<奴ら>に着実に埋められてってるけど。ビシャビシャと<奴ら>の足元で血がはねとぶ音がする。


「小室、呆けてないでリロードしろよ」

「あっ、ああ、ゴメン。だけどとんでもないな、それ」

「何言ってんだ、まだまだこれからだ!」


続いて車から取り出しますはCIS・ウルティマックス100Mk.5。ボルトを引いて、安全装置解除。でもってぶっ放す。

リズミカルに引き金に掛けた指の力を緩めながら短連射を加えていく。ランボーばりにずっと長い連射を続けてしまったら銃身が焼きついてしまうし、反動の制御も出来なくなるからだ。

それでも100連発のドラムマガジンによる火力は凄まじい。口径は同じでもM4よりかは重いし連射速度も遅めだから制御が楽だ。流石米軍の次期軽機関銃トライアルで採用はされなかったものの、高い評価を受けてただけの事はある。

追いつめられた筈の俺達は、少しづつ押し返しつつさえあった。じりじりと射撃を続けながら、もっと広い射界が取れるまで前進する。

やっぱり平野も自分の仕事をきっちりこなしていた。向こうも的確なミニミの短連射で次々<奴ら>を打ち倒し、一定以上前に寄せ付けていない。屋根から落ちた空薬莢とベルトリンクがアスファルトの上で小山を形成していた。

ミニミの銃声が途切れる。弾切れか。


「毒島先輩!」

「心得ている!」


再装填中の間に一斉に侵攻の速度を上げる<奴ら>。けど、平野の声と共に飛び出した毒島先輩が単騎でそれを阻む。

振るわれる木刀。一撃一撃が確実に<奴ら>の頭蓋骨をかち割り、脳漿すらぶちまける。

膝関節に叩きつけ、移動能力を極端に制限する。倒れた<奴ら>の死体(変な表現の気がするけど)に後続の<奴ら>が躓き、倒れ、更に進行速度を鈍らせる。

今までも思ったけど何つー威力だよ。得物も得物だ、アレ本当にただの木刀か?

こっちもドラムマガジンの弾が切れたので、新しくM4の30連発用マガジン―Mk.5はM16系統のマガジンも使用可能。ミニミもそうだ―を装填して、射撃再開。

うん、鴨撃ち同然で撃ちまくれて楽しいけど、数が多い。必死な他の皆には不謹慎にも程があるとは分かってるんだけど、半ば単純作業同然になってきてぶっちゃけ飽きてきた。


「そろそろ退却の手筈でも整えた方が良いんじゃないか、リーダー?」

「でも、一体どうやって逃げろっていうんだよ!麗もこのままほっとく訳にいかないだろ!?撃っても撃っても<奴ら>がどんどん迫ってくるし!」

「車の屋根からワイヤー越えてくなり通れそうな隙間潜り抜けるなりあるだろ」

「―――――あ!そうか!」


うん、思わず頭引っ叩いた。後悔も反省もしていない。

もうちょい臨機応変になれよ、リーダー。


「うぐおぉぉぉ・・・す、すいません涼さん!麗を引っ張り上げるのを手伝って下さい!真田、1人で大丈夫か!?」

「ドンとこいだ!里香、お前もありすちゃん先車の上に上げてから2人に手ぇ貸せ!」

「わ、分かったよ!」


掃射、掃射、掃射。

俺と平野が撃って、撃って、撃ちまくる。毒島先輩が打って、舞って、踊り子のように滑らかな動きで木刀を振るう。そこへ加わる高城が放つイサカの銃声。

グレネードもお見舞いする。奥の方に山なりに投げ込んでから数秒後、爆発。とにかく大量に集まってるだけあって巻き込まれる数も多い。1回の爆発で10体ぐらいか。

もう何体倒したのだろう。きっと100は堅い。いやもっといってる。でも<奴ら>は倒した以上に数を増して、俺達の元へ押し寄せようとしている。

防衛戦は確実に後退しつつあった。


「みんなも早く、車の上からワイヤーの向こうに行くんだ!急げ!」


一旦行動に移れば素早いタイプらしい。振り向いてみると、とっくに小室は意識はあっても未だぐったりした様子の宮本をワイヤーの向こうの安全地帯に運び終え、ハンヴィーの上で手を振っていた。

既に涼さんも向こう側に居て、里香から差し出されたありすちゃんを受け取っている。鞠川先生は銃座から小室の手で引っ張りあげられている最中だ。


「ほら、先生も早く!」

「うえ~ん、私動くの苦手なのに~」


見りゃ分かりますって、そんな大きな荷物胸にぶら下げてたら振り回されるでしょうよ。

あれ?平野は何処行った。


「高城!」

「次からは名前で呼びなさい!」


戦力が移動し、代わりに<奴ら>の侵攻速度が上がる。

毒島先輩の顔にも若干、焦りと披露が見え隠れするようになった。ある意味銃を撃つだけの俺達よりアクロバティックな戦い方してるんだから、そりゃ体力の消耗も激しいだろう。


「毒島先輩もそろそろ下がって。息、上がってきてますよ」

「だが君達が弾切れの時にサポートしなければならない相手がまだ必要だろう。殿は私が――――」

「真田、これ!」


と、おもむろににょきっと銃座から顔を出した平野に何かを投げ渡されたせいで毒島先輩の声が途切れた。ちょっと重い。

即座に平野の意図を悟った。


「――――殿は必要なさそうですよ」

「真田くん!?」


俺は、<奴ら>の大群めがけて真正面から駆け出した。とはいえ、そのまま群れの中に突っ込んだ訳じゃない。手元の物体から延びるワイヤーが引っかかったりしないよう気を付けながら、陸上で鍛えた健脚を発揮する。まだまだ鈍っちゃいなくて助かった。

血脂と臓物で滑る足元のバランスを保ちながら立ち止まる。これにの特性上最大限の効果を発揮させるには設置にもコツが必要だ。

本体下部の3脚を立てて、設置場所は群れの真正面、車線の中央部分―――じゃなくて、道路から外れた歩道上に警告の文字の書かれた面を<奴ら>側に向けて斜めに配置。

車からの距離は大体10m前後。最低安全圏の16mには少し足りないけど、もう<奴ら>はすぐそこまで来ていた。

回れ右して、即座に毒島先輩の元まで駆け戻った。


「毒島先輩、ハンヴィーの中へ!小室も中に入れ!ワイヤーの向こうの連中は車の陰に隠れて伏せる!」

「真田!?一体何を・・・」

「ああもう、早く入れってば!!」

「うわあああ!?」


焦れた平野が屋根の上の小室を無理やり車内に引きずり込み、俺も毒島先輩と一緒に開けっぱなしのハンヴィーのドアから車内に飛び込む。

危うく小室の足の身体の下敷きになりかけたのもお構い無しに、扉を閉めるのと同時に俺は叫んだ。


「平野――――やれ!」

「Fire in the holeってね!!」


洗濯バサミみたいな起爆装置を平野が連打。




ショットガンの砲声や手榴弾の炸裂音と比べ物にならない爆音が弾けた。




音が響いたのはほんの一瞬だけ。けどその甲高い破裂音はハンヴィーの車体をビリビリと振るわせ、車内の俺達は揃って耳を押さえてしまった。耳鳴りが酷い。ちゃんと耳塞いどきゃ良かった・・・

窓の外では炸裂したC4の煙が薄く広がっていて、どんな様子かはハッキリしない。でもすぐに煙は吹き飛ばされていき、道路の様子が目の当たりになった。

<奴ら>の姿が、それと分かる程ごっそりと消失していた。いや、別にマジックやテレポート宜しくそっくりそのまま別の場所へ消えた訳じゃなくて、単にまがりなりにも留めていた人の姿形ですら無くなったってだけの話。

人体の残骸が道路中に散乱している。俺がAA-12の連射でばら撒いた散弾の3倍近い量・・・・・・700発の鉄球が一斉に道路全体にぶっ放されれば当たり前か。


「これは・・・凄まじいな」

「・・・・・・一体何をやったんだよ。平野、真田」

「クレイモア地雷、小室も見ただろ?あれを使っただけさ。さっすが指向性散弾地雷!アレだけ密集してれば効果も抜群!」


銃座から外へ伸びるコードに繋がった起爆装置を放り捨てながら、平野が嬉々としてはしゃいだ声を上げた。

今ので最低でも30mは距離を稼げた。これでヤツらがこの車のバリケードまで辿り着くまでに、悠々と向こう側まで逃れれる。


「って毒島先輩、近い近い!」

「―――冴子、と呼んでくれないか?友人にはそう呼んで欲しいよ」

「そ、それは分かりましたから、早く僕達も麗の所に行きましょう!」


小室って、実は結構初心な性格らしい。平野と顔を合わせて苦笑する。

どっこいしょ、と銃座から身を乗り出した。何故か4人一緒に。流石にちょっときつい。何でそんな事したんだろ俺達。

ワイヤーの向こう側―――高城の家があるだろう方角からこちらへ向かってくる一団の姿があった。格好からして消防士にしか見えないけれど、少なくとも<奴ら>でもなさそうに思える。

火炎放射器にもSF映画に出てくるバズーカもどきにも見える物体を抱えた消防士の団体は、既にワイヤーのそっち側に居る宮本達の格好や武装、そしてこっち側に広がる死屍累々の鮮血の光景に、何処か唖然とした雰囲気を漂わせながら立ち止まった。

多分救援に来たつもりなのかもしれないけど残念、ちょっと遅い。









その消防士の1人が高城の母親ご本人だと分かるのはその直後の事。






[20852] HOTD ガンサバイバー 11(唐突に復活)
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/11/22 00:46
※本家での筆の進み具合が色々と微妙になってきたのでリハビリ兼気分転換に書いてみた
※でもやっぱり前より時間かかったし短めだし・・・うーん
※原作は隔月連載で固定なようで。まぁ安定して読めるだけまだマシか・・・?
※ジーク?筆者は猫派で(ry























知らない天井だ。

別に使い古しの有名なネタに肖ってみた訳じゃなく、実際初めて見る天井なんだから仕方ない。

寝ているベッドも自分ちの安物とは比べ物にならないぐらいフカフカで身体が沈み込むし、周りに置いてある家具や調度品だって落ち着いたデザインだけど素人目でも分かるぐらい高級感漂ってるし。

何時の間に俺はどこの高級ホテルに泊まったんだっけ?

・・・いや、何を考えてるんだ俺は。寝起きでイマイチ、状況判断が出来ていない。

思い出せ。ここはホテルじゃない、個人の邸宅だ。昨日派手にドンパチやった後、遅い救援に駆け付けてきた高城の母親の案内で本来の目的地に辿り着いた後、皆との話や食事とかもそこそこに銃と装備を外してから一気にベットにぶっ倒れてしまったのだ。

<奴ら>を殺して殺して殺しまくってワイヤーバリケードを皆が乗り越えるまで支えてた間は全く自覚してなかったけど、意外と疲弊してたっぽい。そのせいか、今度は悪夢は見なかった。

アレだけ撃ち続ければ当然か?連射の反動にずっと耐え続けてたからか特に手とか肩とか軋んでる感じがする。

それはともかく、一晩過ごした部屋が高級ホテルクラスに立派な部屋なのも事実っちゃ事実。


「・・・よく寝たな」




世界が崩壊してから3日目。

俺達は今、高城の実家で静かな時間を過ごしていた。

















「にしても・・・」


窓から見える光景に俺は思わず溜息を吐いていた。

いや別に悪い事とか心配事のせいとかじゃなくて、純粋に感嘆の感情から出たものだ。

高城の実家の規模―敷地だけなら下手な小・中学校とかよりも敷地があるかも―やシックな洋館のデザインもさる事ながら、ここに居る人間の様子も半端ない。

庭先には軍用の放出品だろう大型テントが幾つも設営されている。テントの外や敷地内、敷地の外の隣家や道路には武装した見張りが何人も立っていて、その大部分も統率の取れている辺り単なる素人自警団って様子じゃないのも感じ取れる。

まぁ、その分屈強で強面の人達が来てる旧日本軍の正装と一昔二昔前の不良のスタイルを足して割ったみたいな格好と刺繍された団体名が一層異彩を放ってるんだけど。

何故か複数ある車庫の一角には、黒塗りに日の丸を描いて幾つもスピーカーを乗っけたバスまで鎮座しているときている。




―――県内どころか国内でも最大規模の国粋右翼団体『憂国一心会』の長

それが高城の実家の正体だ。




武装もそこいらのヤクザとか精々鉄パイプと火炎瓶レベルな見かけだけの過激派団体ってレベルじゃない。

持っていた狙撃用スコープで観察してみると、細かいデザインまでは分からないけどガバメント系ベレッタ系の拳銃とウィンチェスターのM1300ショットガンに、突撃銃のAR15やAC556。

他にも猟銃とかボルトアクション式のライフルとか。銃を持ってない人間も主に日本刀を携えて武装している。

最近犯罪者の重武装化が叫ばれてたのも納得な光景。俺らが言えた立場じゃないけども。

聞いてみれば例のワイヤーバリケードもここの人達が設置した物だったらしい。

あの時はいい迷惑だと思ったけど、上手いやり方だ。現にバリケードから内側の敷地一帯に、<奴ら>の姿は無い。

つまりここは危険から隔離されたグリーン・ゾーン、所謂『安全地帯』って奴だ。

ゆっくり寝れる寝床があるし、他に護ってくれる人達が居て身の安全も保証されている。今となっては何にも変えがたい贅沢。




なのに、俺は。




「落ち着かねぇ・・・」


そう口から漏れたのと部屋の扉がノックされたのは同時だった。


「鍵は開いてる筈だけど」

「は、入るね」


里香がその言葉通り部屋の中に入ってくる。ホルスターとベストを身に着けていないのを除けば昨日と同じ恰好のままだった。下着も以下同文。

何で分かるんだって?だからYシャツの下から透けたまんまなんだってば。


「風呂にでも入ったのか?」

「う、うん。部屋にシャワーがあったから浴びさせてもらったの」


通りで服が湿って張り付いてる上に昨日以上に透けてる訳だよ。だから気付けっての。

・・・・・・いや、むしろ、わざとなのか?


「・・・・・・・・」


確定。里香の奴、狙ってやってやがる。俺の目線に気付いて顔を赤くしたけど、隠す様子は無い。

胸の内に湧いて来たのは邪な感情よりも、むしろ戸惑いの方が大きかった。

里香自身俺に好意を向けているのは分かってたし犯そうとした俺が何も言える筈が無いけれど、それでも幾らなんでもあからさまというか、性急過ぎる気がして。


「他の皆ももう起きてたから。朝ごはんも、高城さんのお母さんが用意してくれてたよ」


まさかお前はその格好のまま朝飯食べに行ったのかと聞きたくなったのをグッと堪える。

里香に言われて俺もようやく空腹を自覚した。そういえば昨日は夕食らしき食事を取らないまま寝てしまった気がする。

そうだな、とベッドの足元に無造作に置いたままだった装備をとりあえず整えとこうと横を向き。

そして衝撃に襲われる。

前に触れた時よりも幾分高い体温と甘い体臭、腹の辺りで形を変えてぶつかり合う巨大な膨らみの柔らかさと下着っぽい固さが一斉に俺の五感を刺激してきた。

胸元には里香の顔。垂れた髪の先端が服の上からくすぐってくる。何が起きたのかは、一目瞭然。




俺は里香に押し倒されていた。




「里香?」

「前の続き、マーくんは、しないの?」


・・・・・・何て答えればいいんだろう。誰か助けてくれ、頼むから。

唐突にも程があり過ぎるだろうが。そもそも幾ら幼馴染で好意を持ってるからって、一度自分を犯そうとしてきた男を今度は逆に自分から押し倒して誘うとか、里香の真意が全く理解できない。

だけど、困惑している間に気付いた事がある。

里香の手は小さく震えていた。身長差から俺の顔を見上げる里香の目に浮かんでいるのは、欲情とかからは程遠い怯えの表情。


「ねぇ、しようよ。私は良いんだよ?」


そもそもは俺が最初が元凶だとしても、この里香の行動は違和感しか感じない。

もちろん少しは興奮はしているさ。胸から下に当たり続けている柔らかくも弾力のある感触とか、若い分溜まりがちな色々を奮い立たせるには十分過ぎる、だけど。

このまま里香の誘いに乗る気分には決してなれない。


「里香――――」

「真田ー、起きてるー?使った銃の整備手伝って欲しいんだけ――――」


扉の開く音。どうも鍵は開いたまんまだったらしい。

・・・声で大体予想できた通り、学生服から整備士が着るような作業服に着替えた平野がドアノブに手をかけたまま立ちつくしてた。口はリンゴの1個ぐらい入りそうな位あんぐり開きっぱなし、眼鏡もずり落ちそうになっている。

いや、まあ、なぁ。

誰だってラブシーン真っ最中にしか見えない場面に出くわしたら固まるよな普通。


「・・・・・・・・・(硬直)」

「へ、ふぇっ、ひ、あ、さ、ひ、平野君!!!?」


一体どうやったのか、勢いも着けず俺の身体を飛び越えてベッドの反対側に引っ込んでしまう里香。

スカートの短い裾が翻って一瞬だけだけどバッチリ見えて、思わず目で追っかけしまったのはともかく。

本当なら平野の登場は空気読め以外の何物でもないんだろうけど、今の俺にとっては救いの主だった。


「よし行こうさあ行こう。その前に朝飯食いに行きたいけど良いよな答えは聞いてない」

「うわあぁあっ!?」


跳ね起きた俺は脱兎の如く、まだ呆然としたまんまの平野の首根っこを引き摺って部屋から飛び出した。

関係を迫ってきた幼馴染から逃げた以外の何物でもないが、かつて昔の人はこう言った――――『逃げるが勝ち』だと。














放置後高城の実家の人達によって回収されたハンヴィーとSUVが運び込まれた車庫には十分な整備が出来る道具も設備もそれなりに整えられていた、

昨日使った銃器の整備を、そのスペースの一角と作業台を借りてさせてもらっている。


「真田、クリーニングロッド貸してくれる?」

「ちょっと待ってくれ。今使ってる最中だから」


一枚板の合成樹脂製パネルを外して内部機構を露出させたAA12から抜き取った銃身に細長い金属のブラシ、クリーニングロッドを突っ込んで前後させると、銃身内にへばり付いていた火薬の煤がこそげ落ちてロッドが黒く汚れていく。

銃の整備は重要だ。使えばどこかしらの部品が消耗するし、機関部には激発した弾薬の火薬がこびり付く。それが積み重なって作動不良が起きる。もし戦闘時に作動不良が起きようもんならその代償は死あるのみ。

だから銃の整備をこうして平野と一緒にしている。俺は本当の所死ぬ事自体に恐怖感は覚えてない。でもそんな間抜けな死に方はしたくないし他の皆にがそうなるのもなんか嫌だ。だから皆の銃の整備もする。




ま、正確には簡単にでも銃の整備を出来る人間が俺たちぐらいしか居ないからなんだけども。




ガレージの片隅で銃を解体しては点検を行っていく高校生2人の姿を見ては何か言いたげな視線を送ってくる周囲の『大人』達。

恐らく俺達の様な学生(俺は『元』が付くけど)は他に保護されていないのかもしれない。少なくとも俺は、それらしき子供を見ていない。


「それにしても、いきなり弾薬を消費しちゃったね。拳銃弾や7.62mmは殆ど手つかずだけど、12ゲージや5.56mmはかなり減ってるよ」

「そりゃあSAW(分隊支援火器。主に平野が使ったミニミや俺のウルティマックスみたいな軽機関銃を指す)なんかは特に弾喰い虫だからな。ミニミ用の弾帯はまだ残ってるけど、ウルティマックスのなんか一々手込めしなきゃならないだろうし」


全体で言うとまだ千発単位で残ってはいるけど、アメリカとかじゃあるまいしホイホイ銃の弾薬なんて補給は出来まい。

あの時みたいな規模の戦いなんて何度もやる訳にはいかないよな、と思いながらM4の整備に移る。

ストックの根元近くにあるテイクダウンピンを抜いて機関部を上下に開き、露出した内部機構にオイルを注したり銃身を掃除したり。

平野は平野で高城が使ったイサカを徹底的にバラして、弾薬が装填されるチューブ内のマガジンスプリングなんかのチェックをしてる。


「楽しそうね、アンタ達!」

「何だ、高城か」

「『何だ』って何よ!せっかく私が様子を身に来てあげたっていうのにその言いぐさは!?」

「お、落ち着いて下さい高城さん」


素っ気なく返す俺に噛みついてくる高城。すかさずフォローに入る平野。


「ま、今の内に楽しんでおけばいいわ。どうせこんな所何時までも居られないもの」

「どうしてですか高城さん?こんな要塞みたいな屋敷だったら―――」


スパルタ教師がとことん出来の悪い生徒を見下す瞬間のような目を高城は親友に向ける。


「電力や水の確保がどれだけ大変か考えた事ないの?小学校で教わる事よ?」

「え、えーとつまり・・・・・・」

「水や電力の供給が何時まで続くか保証が無いって事か」

「そうよ!あの巨大なネットワークを維持し続けるのには、安全な日常の元でさえ高度に組織化された多数の専門家が安心して働ける環境が必要だった!電力会社や水道力は軍隊じゃないもの、当然よ!」

「じゃあ今は?」

「何処もかしこも<奴ら>だらけ!ママの話じゃ自衛隊が守ってるらしいけど、技術者達だってこんな状況じゃいつまで働き続けられるか分からない。いつ電気や水道が止まってもおかしくないわ!」


家族の安否を確かめる為に職員が脱走して、それがきっかけでもしかしたらボイコットすら起きるかもしれない。

高城の言っている事は真実味を帯びていて、複雑な表情で平野と見交わす事しか出来なかった。平野もその内容に深刻そうに顔を歪めてる。

其処に近づいてきたのは繋ぎに作業用ベスト、手には工具箱をぶら下げた男性。

俺達が銃の整備をやってる傍で車のメンテナンスをしてくれていた人だ。その人の視線は俺や平野が持ったままの銃に集中している。


「兄ちゃん達、その銃本物だろ?子供がどっからそんな銃手に入れたんだい」

「えっと、いやまあ、たまたまと言いますか・・・」


お隣さんが銃を山ほど持ってて、家の鍵ごと進呈されました―――――そんなの誰が信じるってんだ。


「ま、ちゃんと扱い方分かってるみたいだから四の五の言うつもりはないさ。聞こえてたぜ、沙耶お嬢様と一緒にここに来るまでに派手にやったんだろ?銃声や爆発音がここまで聞こえてくるぐらいだったもんな」

「あははは、そりゃあまあそうでしょうねぇ」


手榴弾も使ったし最後のクレイモアも相当なものだったから、あの場所からちょっと離れた此処まで音が届いてたっておかしくない。

というか学校で高城が言ってた通り<奴ら>は音に反応するんだから・・・・・・何だ、俺達があそこら一帯の<奴ら>をわざわざ呼び寄せてたようなもんなのか。通りであれだけ集まった訳だよ。


「それにしても兄ちゃん達扱い慣れてるみたいだけど、一体子供がどこでそんなのの扱い方覚えたんだ?軍用小銃だろそれ」

「平たく言えば趣味のお陰――――って感じかなぁ」

「以下同文ってところです」

「そうかい。俺も兄ちゃん達と同じ頃からワッパの付いたもんばっかり弄ってたもんだよ」


あっはっはっはっは、と談笑する俺達。

1人輪から外れて不満なのか別の理由なのか唇を尖がらせた高城が間に入ってきた。


「松戸さん、用はそれだけ?」

「あ、沙耶様・・・・・・いやあの、乗ってこられた車の整備が終わった事をお伝えしようと」

「分かったわ、ありがとう」


整備をしてくれてた人(松戸さん、って名前なのか)が慌てて高城に頭を下げてそう報告してから離れていった。

その様子に何故か平野が目を輝かせてる。


「ホントにお嬢様なんですね!」

「・・・とりあえず平野、お前が言うな」


コイツはそこらへんの自覚が足りない――――生まれとかを一々鼻に掛けないのが、平野の良い所でもある訳だが。

言っちゃなんだけど見た目からは全く想像できないし。俺も初めて知った時は驚いたよ。


「真田には同意するわ。それよりもそれ!早く何とかした方が良いわ!」


そう言って高城が指差したのは、俺達が持つ銃。


「さっきの反応―――じゃピンとこないでしょうね。いい?此処に居るのは『大人』が殆ど!じゃあ彼らにとって、私達は『何』?」

「『子供』さ。銃を持ったな」


高城の問いかけを俺が締める。すると平野の表情がまたも重大事とばかりに引き締まった。


「――――小室と相談してみます」

「一応サイドアームだけでも常時身に付けといた方が良い。相手が無理やり持ってこうとした時に手ぶらじゃあな」

「分かった」

「いい?拳銃ぐらい隠し持っとくのは止めないけど、この家の中で絶対に下手に振り回したりして挑発するような真似しない事!特に真田!アンタは何か特にヤバそうだから絶対に銃抜かないよう肝に命じときなさい!!」

「保障はしないぞ。降りかかる火の粉は振り払うものなんだからな」


そう、警官から奪った拳銃で俺達の前に立ちはだかった連中みたいに。

弱肉強食。相手がやる気なら、こっちも殺ってやるだけのシンプルな話。

太腿のホルスターから抜いたP226Rの作動を確認し、しっかりと薬室にも弾が送り込まれてるのを確認してからデコッキングレバーを操作。撃鉄が戻ってすぐには暴発しなくなったが引き金を引けば即座に弾が飛び出す状態だ。

ふと目が合った高城の顔が蒼褪めてるように見えた。どうかしたのか。ああそうか、俺の顔がそんなに不吉なのか。

平野もうっすらと唇を吊り上げていた。意思表明みたいに整備したてのイサカのスライドを盛大に前後させる。快調な作動音。











―――――むしろ、血が流れかねないゴタゴタを俺達は望んでいるのかもしれない









[20852] HOTD ガンサバイバー 12
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/11/22 00:56
※11話修正しました。SIG系の安全装置に関しての指摘ありがとうございました。コック&ロック無理だったのね・・・知識不足でした。
※高城さんちも原作より重武装化が進行しています。まあ原作でもベネリM4なんて代物まで持ち込まれてる街だし・・・
※というか実際問題現実でも暴力団が自動小銃手に入れてるらしいですし。数年前旅行先の新聞に乗ってた押収品の写真の中にグレラン付きのM16あって噴いた
※あと、今更だけどエクスペンダブルスは神映画決定














今後の事について話し合うべきだという訳で集合する事になった。


「何もここに集まってくる事無いじゃない・・・・・・」

「お前がまともに動けないんだ、仕方ないだろ」


尤もな理由を小室に告げられて不満そうな唸り声を漏らす宮本。

会話から大体分かる通り、宮本に割り振られた部屋に俺達は集まっていた。ベッドでうつ伏せな宮本がほぼ全裸で薄手の布団以外何も身に着けてない理由は知らん。

当たり前だが里香も一緒だった。俺の顔を見た途端顔を真っ赤にしたかと思うと、微妙な表情のまま俺と目を合わそうとしない。

短いながらも俺達と行動を共にしてきた希里さん親子も加わっている。

と、1人だけ呑気そうにバナナの皮を剥いていた鞠川先生。偶々隣に居た里香の方に中身の先っぽを突き付けて、


「ほら古馬さん、あ~ん♡」

「え?ふぁ、あ~むふぅ・・・こふぇおっひぃぃ・・・」


あむあむちゅぷちゅぷ。そんな擬音がえらくハッキリ盛大にこの空間に響く。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

「え、え~っと先生?古馬?」

「パパ、何でありすのおめめを隠すのー?」

「見なくていいんだよありす、お前にはまだ早い事なんだからね」


すぐ隣からは大きく喉の鳴る音。とりあえず生唾呑み込む位無駄に興奮してる親友にヘッドロックかけておいた。


「痛い痛い痛い!?ゴメン悪かった僕が悪かったからもうギブ止めてアッー!!」

「ああもう!CEROの制限ギリギリな描写狙ったギャルゲーみたいな真似してんじゃないの其処の牛乳コンビ!」

「ふえっ!?ご、ごめんね~高城さん」


高城が突っ込んだ所で本題に入る。


「こうして集まった理由は他でもないわ。アタシ達がこれからも仲間で居るかどうか決める為よ」


高城が言い切った途端、空気が張り詰めた。

小室や宮本は戸惑い、毒島先輩と希里さんは来るべき時が来たかといった風情、里香は鞠川先生と驚いたように顔を見合わせていて、予め内容の見当が付いていた俺と真面目な顔の平野は視線を交わすだけ。

そして高城の議題の意味が分かって無いのか、純粋に不思議そうな表情で首を傾げているありすちゃん。ひどく浮いて見えた。


「仲間って・・・・・・」

「当然だな。我々は今、より大きく結束の強い集団に合流した形になっている。つまり―――」

「そう、選択肢は2つっきり!飲み込まれるか!」

「・・・・・・別れるか」


小室が締めくくる。だけどすぐに疑問を呈してきた。

別れる必要なんてあるのか?と小室が問いかけると、ただでさえ急角度を描く眦(まなじり)を更に吊り上げて、高城はバルコニーへと飛び出した。


「ここで周りを見渡せばいいわ!それで分からなければ、アタシの事名前で呼ぶ権利はナシよ!」


その言葉と彼女の放つ雰囲気に引っ張られる形で、小室以外にも俺や平野、里香に希里さんまで出る。

平野から渡された双眼鏡で敷地の外側一帯を見回していたが、一々使うまでもない。

少なくとも俺には、道路という道路中に広がる少なくない数のどす黒いシミや、不規則にゆっくり動き回る存在の数々の正体を看破するのは肉眼で十分だった。


「酷くなる一方だな・・・・・・」

「でも―――前に見た時よりも増えてないかな・・・?」

「確かにね。段々こっちに集まってきてる様な気もするし」


少なくとも全ての道を塞ぐバリケードが機能している以上、敷地内への侵入に成功してる<奴ら>は存在していない。


「でも、手際が良いよな親父さん。右翼のエライ人だけの事はあるよ。お袋さんも凄いし」

「小室君の言う通りだよ。この短期間にこれだけの人々を保護して統率している上に、一帯の安全や必要な物資の確保までここまで完璧に行えるなんて、警察や消防の様な各機関でもそうそう達成するのは――――」


小室と希里さんの、高城の両親を称える言葉が途切れる。

高城が震えていたからだ。歯を食いしばって、今にも爆発しそうなのを堪えてる高城の目に浮かんでいるのは怒りだ。

いや、多分それだけじゃない。嫉妬、とは違うな。

これは悔しさと悲しさ、か?


「・・・ええ凄いわ。それが自慢だった、今だってそう、これだけの事を1日かそこいらで・・・!」


声も揺れている。矛先の分からない憤怒の表情を間近で見て、驚いてひっくり返りそうな勢いだった。お化けに出くわした子供みたいだ。

まぁ、今の高城はそれぐらいの迫力はあるけど。


「でも、それが出来るなら!」

「高城・・・」

「名前で呼びなさいよ!」


甲高いソプラノでの絶叫が喧しい。

ここは小室に任せよう。きっと高城は高城で家族に対して何か抱えてるみたいだけど――――正直言ってどうでもいい。

ヒステリックに叫ばれるのは御免だが、割り込む気にもなれないし興味が持てない。精々小室相手に叫び散らしてスッキリすればいいさ。

これは高城自身が折り合いをつけるべき事柄なんだろうから。


「あ、あの、家族の事をそんなあんまり悪く言っちゃダメだと思うよ。大変だったのは皆同じだったんだし」

「うるさいちんちくりん!如何にもママが良いそうなセリフね!」

「ひっ!?」

「おい、高城!」

「分かってる、分かってるわ!私の親は最高!!妙な事が起きたと分かった途端に行動を起こして、屋敷と部下とその家族を守った!凄い、凄いわ、本当に凄い!!」


血を吐く様な高城の叫び。俺以外の誰もが絶句して彼女の言葉を聞いて固まっている。

あの高城の目には涙すら浮かんでいた。コイツも泣いたりするんだな、と割とどうでもいい事しか俺の心には浮かばない。


「もちろん娘の事を忘れてたわけじゃない。むしろ1番に考えた!!」

「高城、それくらいに―――」

「流石よ!本当に凄いわ!!流石アタシのパパとママ!!」






―――――生き残っている筈がないから、即座に諦めたなんて!






つまりはそういう事だった。

高城の両親は確かに娘の安否を心配したんだろうが、残酷なぐらい理性的で明晰に物事を割り切れる人物だった訳だ。

だから状況が混乱して全く安否が分からない非力な娘の生存に人手を割く事よりも、手近に居る自分の部下達の安全を優先した。

小を殺して大を生かす。指導者としては正しい判断には違いないけど、切り捨てられる小からしてみればたまったもんじゃない。

特に、実の娘である高城からしてみれば。両親に裏切られ、見捨てられたも同然。

まるで悲劇のヒロインだ。独白だけ聞けば、誰もが高城の怒りと絶望に納得するに違いないだろう。けど。

だけど、高城の独白に反応した人間がここに1人居た。


「止めろ、沙耶!!」


小室が、高城の胸倉を彼女の爪先が僅かに浮くぐらいの勢いで掴みあげる。

小室の行動に誰もが驚愕の表情だった。高城に惹かれてる平野に至っては思わず小室を止めに飛びかかろうと身構えたのを抑えておく。これ以上ややこしくする意味はない。


「お前だけじゃない!同じなんだ!皆同じなんだ!!」


小室の口からも叫びが迸る。小室の声もまた、張り裂けそうな痛みに満ちていて。


「いや、親が無事だと分かっているだけ、お前はマシだ・・・マシなんだ」


そう吐き捨て、力無く俯く。

小室や里香、宮本達の家族が無事なのかまだ分かってない。1度携帯で里香の自宅や両親の携帯に掛けてみたけど繋がらないままだ。

聞いた所によれば平野や毒島先輩の家族は海外で、鞠川先生の両親は俺と同じで世界がこうなる以前にこの世から去った。だからまだ諦めはつくだろう。海の向こうの事は手軽に掴める訳ないんだし、俺と鞠川先生に至ってはあの世への連絡手段すら存在しない。




里香や小室達は違う。




家族が働く職場や暮らしている家は目と鼻の先な筈なのに、<奴ら>がそこら中に跋扈している現実が歩いて1分の距離を何キロ分もの遠さにしている。近いのに遠い、だからこそのジレンマ。

いつの間にか里香が俺の傍らに居た。服が引っ張られて乱れるぐらい強く俺の服を握りしめてくる。里香の手も怯える様に震えてた。

不安なのは誰もが一緒、って事か。


「・・・分かったわ。分かったから離して」


ようやく高城の目に何時も通りの高慢そうな知性の光が戻っているのを見て取った小室は、「悪かった」と謝罪しながら言われた通りにした。


「ええ本当にね。でもいいわ。さ、本題に入らないと。アタシ達は――――・・・」


高城がようやく本題を進めようとした時だった。

近づいてくる車の音。それも複数で大型トラックの機関砲にも似たエンジンの重低音が嫌でもここまで届いてきた。何だ何だと動けない宮本以外の他の皆までバルコニーに出てくる。

学校の正門みたいなゲートから屋敷の敷地内に入ってくるのは黒塗りスモークガラスな数台のSUVに幌付きの大型トラック、タンクローリーにオフロードバイクで構成されたコンボイだ。

車から降りてきたのはこの屋敷を守ってる人々と全く同じ恰好の武装した男達。

銃器を持っているのを見て、車列の正体よりも反射的に男達の武装に注目するのはマニアの性なんだから仕方ない。

明らかに屋敷を守る人員よりも輪をかけて重武装だった。AK系統にイスラエルがそのAKをパクって造ったガリル・アサルトライフル、南米辺りで人気のサブマシンガン、ベレッタ・M12や映画のストリートギャングがよく持ってるMAC11・イングラムサブマシンガンも持っている。

もう、明らかに単なる右翼団体ってレベルを超えている。でもこれだけ資金力や統率力があって尚且つ高城の両親であるのを考えるとどっか納得できてくるのは何でだろう。

車の中の1台の前で、誰かを出迎える様に慄然と整列している。

男達の中に混じっている露出高めのドレスに身を包んだ美女は、確か高城のお袋さん。

・・・・・・本当に高校生の娘持った母親なのか?と俺でも思ってしまうぐらい若々しい。

何となく、誰を出迎えようとしているのか見当がつく。


「あれは?」

「そう、この県の国粋右翼の首領(ドン)!正邪の割合を自分だけで決めてきた男!!」


車から、1人の男が姿を現す。

鷲の様に鋭く重みを感じさせる眼差し。服の上からでも分かるぐらい鍛えられた体躯。手には刀。遠目から見ても感じる威風堂々とした威圧感。

旧日本軍の歴戦の将兵の生まれ変わりと言われても違和感が感じない。まるで戦時中か戦国時代の人間だ。




「――――――アタシのパパ!!」
















「素晴らしい友、愛する家族、恋人だった者であろうと躊躇わずに倒さねばならない。生き残りたくば・・・・・・・・戦え!!!」


屋敷に避難してきた人々を集めて行われていた高城の親父さんの演説がそう締めくくられる。

その間。<奴ら>から仲間を救おうとして逆に噛まれ、<奴ら>の仲間入りを果たした自分の親友だという男の処刑を、高城の親父さんは自分自身の手で行ってみせた。

一部始終を俺達は、バルコニーから最後まで見降ろしていた。首を撥ねる瞬間希里さんがありすちゃんに見せない様にしていたが。

皆一様に、高城の親父さんの演説に中てられているみたいだ。その場に立ちつくしている。


俺は俺で、今の演説の内容を思い返している。

最後の言葉。生き残る為には、友人だろうが家族だろうが恋人だろうが<奴ら>になった以上戦わなきゃ生き残れない・・・・・それこそが『今』なんだと、高城の親父さんは宣言した。




なら、戦う事に、殺す事に楽しみを感じて、戦い続ける為に生き延びようとしている俺は―――――どんな存在だというんだろう、一体。

答えはとっくに自分でも理解してる。それは一種の狂人だ。

それがどうしたっていうんだ?自分がイカレてる事を自覚していながら一々苦悩する程俺は殊勝な性格じゃない。

それで良いじゃないか、そもそも世界そのものがもはや狂ってるんだから。




「―――――なあ、真田もそう思うだろ!!?」

「うおっ、悪い何の話だ?」


目の前に何やら必死な形相の親友のどアップがあったんでちょっとビックリした。

意外と深く考えを巡らしちゃってたみたいだけど、何かあったのか?


「刀じゃ効率が悪過ぎるんだよ!真田だったら分かるだろ!?」

「別に。そういうのはあんまり考えた事無いし、時と場合の問題だろ」


うぐっ、と何やらショックを受けた様子で言葉を詰まらせる平野。恐らく武器に関する議論っぽいけど。


「結局武器なんてのは使う人間の相性の問題じゃないか?刀剣とかは毒島先輩や高城の親父さんとかが上手いけど、銃の方は俺やお前の方が得意だったりするんだし」

「真田君の言う通りだよ。私も刃物の扱いに関しては聊か自負しているが、君達の様な銃の扱い方に関しても一目置いているからね」

「そ、そうだよ平野!それはそれこれはこれだって!僕なんか銃も刀もまともに扱える自信なんてないさ」


どういう流れだったのかよく分からないけど、どうやら正しい着地点に収まりそうな気配。

険しかった平野の顔が安堵したように緩む。


「そうですよね、結局は刀も銃も使う相手の腕前次第ですよね。すいません、声を荒げちゃって」

「気にしなくていいよ。実際平野も真田も銃の腕は凄くて頼りになるって、僕は本気で思ってる」


苦笑の交じった屈託の無い笑顔を浮かべてあっさり言い切る小室。どういう経緯なのかはともかく、こうも純粋に褒められて悪い気はしない。

小室の良い点は良くも悪くも正直な部分だと俺は思う。小室のそういう所、少なくとも俺は好みだ。


「あ、勿論毒島先輩の剣術とか沙耶の頭脳も頼りにしてますよ?鞠川先生のお医者さんとしての知識とか、銃も車の運転も出来る希里さんとかも」

「ねえ孝、どうして私だけ抜けてるのかしら~?」

「ありすもー!」

「いや別に他意は無いぞ!?」

「はいはい呑気なお喋りはそこまで!また話がズレたけど、今度こそ今後の方針を決めるわよ!」


手を叩いて高城が注目を集める。

飲み込まれるか別れるか。今後を決める重大案件。

俺の選択肢は当に決まっているが。だから軽く手を上げると俺はこう皆に問いかけた。


「近所に親が居るのは里香と小室と宮本だったな。行くんだったら俺も一緒に付いてって良いか?」


一斉に俺に注目が集まった。最初っから出ていく奴との同行を希望するなんて選択、普通ならありえないだろうし仕方ないか。


「え、良いのか?確かに真田も一緒に探すの手伝ってくれるんなら心強いけど・・・」

「本当に良いの?別に無理して付き合ってくれる必要は―――」

「気にしないで良い。単に、ここでぬくぬく守られて閉じ籠ってるのが逆に会わないだけだからさ。それに里香の親父さんとお袋さんも無事も気になってたし」


本当は違う。

俺が求めるのは血と闘争。少なくともここでジッとしてちゃすぐにやってくる気配は無い。

向こうから来ないなら、こっちから行ってやればいい。

里香や小室達の為じゃない、自分の快楽の為の選択だ。到底胸を張れない理由だってのも自覚してる。

・・・・・・だもんだから、小室と宮本から注がれる感動した様子の眼差しがくすぐったくてしょうがない。毒島先輩や鞠川先生も止めて下さい頼んますから。

里香も、そんな潤んだ目で見上げて縋りついてくるな!お前の場合抱きつくというよりサバ折り痛い痛い割と本気で痛い!?

自己嫌悪の念が湧いてくるぐらいには、皆が浴びせてくる視線が眩しかった。




「・・・・・・私は、娘と一緒に高城さんの親御さんの元に残らせてもらえないか」


そう言ったのは、ありすちゃんを抱いた体勢の希里さん。


「助けてもらった上にここまで一緒に連れてきてくれたのは本当に感謝しているよ。だが私は、娘の安全を何よりもしたいんだ」

「いえ、別に気に病まなくても良いですよ。これは僕達の都合ですし・・・・・・」


まあ、やっぱり希里さんの反応の方が普通だよな。誰が好き好んで安全地帯から出ていきたがるもんか。そんな奴がここに1人居るんだけどさ。

それにハナっから希里さんの事は期待してない。戦力にならないとかそういうのじゃなくて、そもそも子連れなんだしってのが希里さんがここに残ると踏んだ理由。









とりあえず、俺の今後の行動予定は決まった訳なんだけど。

―――――今度はここからあっさり出ていく事が出来るのか、というのが微妙に困難そうな課題だった。

何となく、一筋縄で出れない気がする。






[20852] HOTD ガンサバイバー 13
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/12/11 00:31
※やっぱり本職の方よりこっちの方が筆が進む件
※ようやくジオブリ新刊出たのか・・・本当に完結されるのかなこれ。第3部やワイルダネスの続きも気になるし
※プレシアー!俺だー!結婚してくれ―!<劇場版なのは



















「――――本当はさ、怖かったんだよ」


高城亭の裏庭に広がる日本庭園を平野と歩いていると、出し抜けにそう告白された。


「何がだ?」

「高城さんのお父さんが刀一本であっさり<奴ら>の首を落とすのを見た時さだよ」

「あああの時の」

「自分でも分かってるんだよ。僕は高城さんみたいに頭も良くないし古馬さんに宮本さん、毒島先輩みたいに生身で強くも無いし、鞠川先生みたいなちゃんとした医者としての知識も持ってなければ小室みたいなリーダーシップもある訳無いし」

「それじゃあ俺も似たようなもんじゃないか」

「真田はまだマシだよ。僕なんてチビだしデブだし体力もあんまりだし」


空重量でウンkgある自動小銃にそれなりに重量のある装備も身に着けて動き回れてたんだから十分ある方じゃないか?

サバゲーでフィールドの山の中を一緒に駆けずり回ったりもした。そんなすぐにバテたりはしてなかったし、親友としての贔屓目で見ても平野は平野で小室同様自己評価が低い気がする。


「少なくとも鞠川先生ほど平野はどんくさくないと思うけど」

「それは鞠川先生に酷いと思うよ?」


クスクスと笑いあう。だけど平野は笑みを消すと、遠くを見るような感情の浮かんでいない能面みたいな表情を顔に張り付けた。


「僕が自信を持って今自分にやれる事があるとしたら、それは銃を扱う事だけなんだ。でも、もし銃に使える弾が無くなったら僕はまた『元』に戻ってしまうって思ったんだ。何の役にも立てない、ただそこに存在しているだけの、大切な友達が学校から追い出されても結局何も出来なかった、無力な自分に」

「・・・・・・」

「それが怖かった。自分に出来る事がようやく見つかったと思ったのに、また元通りになる事が」


仮に、平野の生まれが銃の本場であるアメリカとかだったなら。

平野が持っているだろう中に対する熱意と才能は、時と場合と運命によるだろうけど、軍人としてなり民間としてなり銃器のスペシャリストとして花開いてきっとその世界で評価を受けたに違いないと俺は思う。

何故ならアメリカなどでは『銃を上手く扱える』事こそ一種のステータスとして、当たり前に認知されているから。だから拳銃の早撃ちチャンピオンや長距離狙撃を達成したスナイパーがその手の専門誌の表紙を飾り、銃器関係のスポンサーが彼らに付いてくれたりと栄光を手にする事があの国では可能だ。

でも、この国は違う。

日本は銃規制が特に厳しい。一応そういう専門雑誌とかは発行されていても、そういう銃に対しある種の憧憬を抱く人間(つまり俺や平野の事)に対して世間一般が抱く感情は、忌避感や嫌悪感が殆ど。

なんせ戦争やってる土地に警官や自衛隊を派遣させときながら弾無しの武器しか渡さなかったり、歩兵レベルの護身用武器を持たせるか持たせないかで議論する間抜けばかりときてる。

とどのつまり、そんな世界に於いての俺達は異端者でしかなかった。

世界がもし<奴ら>で満ち溢れてなかったら、平野はただ流されて生きてくだけだったのかもしれないし――――俺に至ってはかつてのクラスメイトを皆殺しにした狂人として名を遺した『だけ』だったに違いない。

少なくとも俺はそれで十分だったけどな、その時は。




それはもう過去の話だ。

『もしも』とかが最初にくる類の、俺にとってはどうでもいい、意味の無い話。




「あー、でも何か、スッキリしてきたよ。思ってた事とか悩み事とか全部言えてさ」


またコロッと表情を変えて、アメリカでミニガン(カトリング式の重機関銃)撃って撃って撃ちまくった後の時みたいな、えらく清々しい笑顔を浮かべながら大きく背中を伸ばす友人。


「少なくとも銃を撃つ事しか能が無くたって皆には認めて貰えてたんだ。今はそれだけで十分だよ、僕は」

「そうか」


平野の締めの言葉に、やっぱり俺とは違うな、と改めて自覚した。

平野は自分の存在価値を認めてもらう為、そして平野が惚れてる高城や存在を認めてくれる仲間達を守る為に銃を握ってるんだろう。暴力の快楽を愉しんでたのは多分その延長線上に過ぎない。

俺は逆だ。<奴ら>や敵対者との生存競争が与えてくれる血と暴力、死と隣り合わせの興奮を味わう為に銃を手に取ってるんだ。

相方と肩を並べて戦うのは悪くないけれど、里香や小室達と行動を共にするのは実際の所ついででしかない。死なすには惜しいとは思ってるけど、死んだら死んだでその時はその時ってだけの話。

ああ、やっぱり狂ってるよ、俺。










壊れた世界に似合わない青空を見上げていると、視界の端にちらっと見えた数人の男達の存在に気付く。

男達の視線は俺とコータに向けられていて・・・・・・真っ直ぐこっちに向かってくる。腰に刀をぶら下げてるのも居る。


「平野、お客さんだ」

「へ?」


目線で示すとようやく平野も接近中の集団に気付いた。誰も彼も視線が鋭い。あの高城の親父さんの部下なんだろうからそりゃそうだろうなと勝手に結論を出す。


「・・・平野」

「――分かった」


やや半身になって身体の右側を隠しながら、密かにホルスターの銃がすっぽ抜けないようにする為のストラップを外し、指先がグリップの辺りに来るように手の位置を調節した。

背後でカチリ、と微かな金属音が耳に届く。平野が作業服の上から装着したヒップホルスターに突っ込んだタウルス・PT92のセーフティを解除する音。

やっぱり向こうのお目当ては俺達だった。先頭に立つ小さなリーゼントっぽい髪型の男性がこの中のリーダー格だろう。


「君達が沙耶お嬢様と行動を共にしていた少年達だね?」

「そうですけど、一体何のご用ですか?」


眼鏡の向こうで微妙に目を細める平野。右手はさりげなく後ろに廻され、すぐに銃を抜ける姿勢。


「私の名は吉岡という。沙耶お嬢様のお父上、高城壮一郎氏の部下だ。単刀直入に言おう、君達が持つ武器を我々に分け与えてもらえないだろうか?」


――――やっぱり、か。

何時かはこう言われると、何となく予想はしていた。あっさりそうするかは別の話だけど。


「こっちが見た限り、そっちには十分な武器は揃ってると思いますけど。少なくともこの街の警察以上の代物とか」


日本の警察はSATみたいな特殊部隊でも精々サブマシンガンと狙撃銃程度。最近はアサルトライフルも少数導入された記憶があるが、どっちにしたってそこいらの警察署に配備されてる筈も無い。

こっちの言い分が気に食わなかったのか他の怖い顔したオジサン達が詰め寄ろうとしてきたけど、言われた当の吉岡さんが彼らを止めた。


「確かに大きな声では言えないが、海外から密輸されてきた軍の横流しの銃火器などを我々は入手し、それらを先程補給物資を運んできた際にも密かに設けてあった武器庫から持てるだけはこの屋敷に持ち込みはした。
だがそれでも戦える者達に与えるだけの数は不足している。我々や部下達、避難してきた人々の身を守る為にはもっと多くの武器が必要なのだ」


其処で一旦言葉を区切り、彼は部下らしい周りの男達に目配せをしてから、


「君達がアレだけの武器を扱いこなせている事は私も理解しているよ。君達のバリケードでの戦いぶりも知っている。
だがこのご時世だ、それだけの武器を君達に独り占めにしちゃいけない。全部とは言わないが、我々にも武器を分けてもらえないか」


口調は丁寧。だけど、言葉の端々に威圧感が滲み出ていた。

吉岡さんが言い終わりかけた辺りから、俺と平野を囲むように他の男達が広がろうとしていた。

そう来るか。上等だ。

俺と平野は半ば背中合わせになりながら少しずつ後ろに下がる。刀を持った相手に対してなるべく距離を取って刀の射程範囲外の維持を心掛ける。

膠着状態。既に俺も平野も拳銃のグリップに手をかけ、親指で撃鉄を起こし終えている。残る安全装置はトリガーを引く指だけ。刀を持ってる人間は柄に手をかけてるし、持っていないのも何時でも飛びかかれるよう下半身に力を注いでいるのが丸分かりだ。

睨み合う。向こうがすぐに襲いかかろうとしないのは俺達が銃を持ってるだけじゃない、彼自身が言った通り俺達が銃に関して只の学生レベルじゃないと理解してるからだろう。その上囲まれてもビビらず逆に臨戦状態と来たもんだ。

俺達は俺達で膠着が崩れるタイミングを見計らっているだけ。

でもこんな所で高城の家の人と殺し合った後はどうするかって?




知った事か。そんなのどうでもいい。鉄火場になった以上、暴れてやるだけの話。




そっちから来ないならこっちから行ってやる―――――って銃を抜こうと「真田ストップ!」したらいきなり平野に抑えられて危うく暴発しかけた。何すんだコラ。


「考えてみても良いんじゃないかな?ほらだって、僕達高城さんの家の人達に色々とお世話になったでしょ。寝るとことか食事とか車の整備とかさ。それにさ、一応むこうからお願いされてるんだし冷静になって考えてみると流石に高城さんの家の人達をこう・・・ねぇ?」

「明らかに脅して掻っ攫ってく気満々だろうが!」

「でもお世話になってるのは事実なんだし、恩を仇で返すのもアレかなぁって」

「あー、まあ、確かに、それは、な」


怖い顔したオジサン達に囲まれながら親友と一緒にヒソヒソヒソヒソ。それから、ぶっはあと思わず巨大な溜息を吐き出してしまった。

今や抜いてしまったは良いけど向ける場所を無くした銃口で頭を掻きながら冷静に考えてみて、平野の言い分にも一理あると自分でも考え直す。

まあこうして衣食住世話になってるのは事実だし、寛ぐのに十分な休息の場と時間も提供してもらったのは本当だ。

つまり此処の人達には借りがある。そして恩を仇で返すのは流石に、その、えーっと、具体的に上手くは言えないけど、ダメだ。幾ら頭のネジが外れてたって平気で裏切るのは気分が悪い。

でもだからってあっさり渡すのもどうかと思う。


「ならどうするよ。また小室達と相談した方が良くないか?少なくとも外に出る面子分の武器と弾は必要だし」

「その方が良いだろうね。あと、鞠川先生の友達の銃も借り物だから渡さないどこうか」

「おい!何いつまでブツブツ言ってやがるんだ」


口を挟まないで欲しい。そっちが得な方に話の着地点相談してるんだから。

そう内心文句を言いながらデコッキングレバーを弄って撃鉄を戻したそんな時、いきなり堂々とした声が聞こえてきたもんだから正直ちょっと驚いた。

顔を上げるとそこに、ここの強面な団体さんのリーダーである高城の親父さんが、他の部下らしき人と奥さんを伴って、仁王立ちで君臨していた。









「私は高城壮一郎。憂国一心会会長だ。少年達よ、名を聞こう」


聞いただけで背筋が伸びそうな芯の通った声だ。実際不意を突かれた感じの平野が思わず直立した上敬礼までしちゃっている。


「ひ、ひ平野コータ!!藤美学園2年B組、出席番号32番ですぅ!」

「声に覇気があるな平野君。して、そちらの少年は」

「・・・真田聖人。藤美学園元2年A組。出席番号14番」


じっ・・・と真正面から視線だけで射抜かれる。突き付けられた狙撃手の銃口かはたまた刀の切っ先か、そんな想像をさせるぐらいの重々しさと鋭さが、高城の親父さんの目に宿っていた。

此処まで威厳のある人物を前にしたのも初めてだ。こんな人が高城の親なんて、ある意味納得だけど別の面では驚愕だ。DNAの奇跡的な意味で。


「―――君達は、人を殺めた事があるようだな」

「っ・・・・・・!!!」


唐突にそう告げてきた高城の親父さんと大きくビクリと震えた平野を中心に、動揺がさざ波のように広がっていった。

俺は高城の親父さんを睨み返すだけ。向こうも真正面から俺の視線を受け止めてくれる。

睨み合う。睨み合う。睨み合い続ける。何秒か。何十秒か。それとも何分か。俺も高城の親父さんも退かない。

また向こうから口を開く。


「私はそれを責めるつもりなどない。このような状況下になった世界は今や弱肉強食。そうしなければ自らの身を守れないという場面もあったならば、私も自らと仲間を守る為に人であろうとも斬っただろう。だが!」


眼光の鋭利さと強さがより一層増した。


「君達は少なからず暴力にえもいえぬ魅力と悦楽を感じ、それを求めているように見受けられる。違うかな?」




「――――――だったら?」


俺の手の中でもう1度P226Rの撃鉄が起きる音が微かに、だけど確実にこの場に広がった




「真田!?」


平野を無視してガンの飛ばし合いは続く。

漠然と分かってたけど、目の前に居るこの人は間違いなくかなりの腕前だ。巨大なストーブを相手にしてるみたいに皮膚がヒリついてくる。それだけ高城の親父さんの気配が凄まじいって事だ。

高城の親父さんの右手も刀の柄に添えられ、鯉口も切られている。居合の構え。射程距離はギリギリ。1歩踏み込んだだけで簡単に届く。この距離なら、こっちも咄嗟の抜き撃ちでもまず外さない。

まるで西部劇の決闘だ。銃と刀の異種格闘技戦。俺の弾が食らいつくのが速いか、高城の親父さんの刃が俺を切り裂くのが速いか。

唇の端が引き攣るぐらいつり上がってくのを自覚する。胸に湧き上がってくる高揚感。どす黒いワクワクが止まらない




確かにアンタの言う通りだよ、高城の親父さん。










――――――結局、俺が高城の親父さんに銃を向ける事も、向こうの刀が抜かれる事も無かった。

まず小室が、続いて高城や里香といった行動を共にしてきた面々がこの場に勢揃いしたもんだから。

途端に場の緊張感が霧散・・・とまではいかないまでも、多数の乱入者を受けて大分空気が引っかき回される。俺と高城の親父さんの腕から力が抜ける程度には。

もう少しだったのに、と胸の中だけで呟きながら、何があったのかと心配そうな様子で聞いてくる小室に一応律義に答えておく。


「此処の人達がな、俺達が持ってきた武器を分けて欲しいんだと。とりあえず皆と相談してから決めようと思ってたんだけど、リーダーの意見は?」

「え?えっと、そりゃあ確かに結構な量の銃を僕達は持ってるし、全部が全部使うとは限らないんだからちょっとぐらいなら僕は構わないと思うけど」

「確かにただ置いて腐らせておく位なら誰かに貸してより戦力を強化した方がいいと私も思うよ」

「わ、私はマーくんや皆が構わないならそれでいいと思う」

「――――ってのがウチのリーダーと他の仲間の意見です。とりあえず屋敷から出ていく面子の分の銃と弾以外に余ってる分を幾らか提供するって事で良いですか?」


意見を勝手にまとめて言っちまったけど、小室達から反対意見は無し。これで良いって事にしておく。俺からしてみればかなり破格の条件のつもりだ。

吉岡と名乗ったリーゼントの男性が一瞬だけ高城の親父さんの方に目を向ける。親父さんは小さく頷いてみせた。


「分かった。それで構わない。君達の協力に大いに感謝する」


囲んで脅そうとしてた癖に何をほざきやがる。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


そしてこっちはこっちで親子で睨み合ってるし。


「・・・・・・沙耶、平野君には見所がある。彼は良い男になるだろう。だが其処の彼とこれからも行動を共にするというのならば、十分に目を光らせておくよう心がけておけ」

「ちょ、パパ!?どういう意味よそれ!」


本人の前で言う事じゃないだろ普通。でも否定はしない。十分自覚してる。




それから親父さん達が背中を向けてゾロゾロと離れていってから、今度こそ抜きっぱなしのP226Rをホルスターに戻した直後。

「一体全体何やらかしたってのよこの腐れガンオタコンビ!特にそっちのノッポ!」と高城に怒鳴りつけられた俺と平野であった。

半ば巻き添え食わせてスマン平野。






[20852] HOTD ガンサバイバー 14
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/12/25 13:30
※さあ早くクライマックスの方書いてシリーズ終わらせようと思ったら感染性の胃腸炎で出鼻挫かれたでござる。洗面器持って寝といて良かった・・・かなり切実に
※というか週半ばまで家族全員病気で死んでました。割とマジでヤバかったです
※今回の更新は反応が怖い・・・ネタバレ:ヒロインは○○デレ
※あと今回はちょっとエッチ・・・なのか?
































高城の親父さん達と睨み合ったその後。

高城はあの両親からの頼まれ事の用事があるとかですぐに別れた。どうでも良かったので詳しい事は聞いてないけど何故か小室や平野まで付いてった。

で、余ってる武器の引き渡しに関してはこれまた何故か俺に一任されてしまった。

これって俺だけで決めても構わないぐらいには信用されてるって事なんだろうか。そんな訳でまたも俺は強面のおっさん方に1人囲まれてる訳であって、いい気分な訳あるか馬鹿野郎。

まあ今更愚痴ったってどうにもならない。さっさと済ませてしまおう。


「つかぬ事を聞きますけど、ちゃんと銃の扱い方を習得してる人はこの建物にはどれぐらいいるんですか?」

「うむ。我々の同志の中には元警察官や元自衛官も多数含んでおり、その多数が会長とその家族の方々の護衛としてこの屋敷内に集まっている。そのような経歴の持ち主でなくとも、我々の様な会長や奥様の側近の者達は総じて海外にて射撃訓練を積んできた者ばかりだ」

「成程、揃いも揃って口だけのトウシロじゃない訳ね」


感想をポツリ。少なくとも俺と平野が殺した様な正しい構え方も知らないチンピラ以下とかとは違うのか。

何ていうか、俺と平野がお互い抱いてる様な同族意識が此処の人達にもちょっと湧いてきた。銃の扱いを実際にその身に習得してきた同志的な意味で。

うーん、同じ軍で同じ戦場を経験した別の部隊の兵士とバーでたまたま知り合った時みたいな感じ?

閑話休題。


「・・・・・・それじゃあこんなのはどうです?」


そう言って全開にしたハンヴィーの後部ハッチからまず引っ張り出したのはミニミ軽機関銃。

ハッキリ言おう。この際だから今後嵩張りそうな分を押しつける気満々だった。

ドンパチも良いけど<奴ら>の習性―――音に敏感に引き寄せられるのを考えると、持ってる銃の中で温存すべきはMP5SD6やルガーMk2の様にサイレンサー付きの銃器だ。

高城邸前での戦闘みたいにバカスカ撃ちまくってたら撃つ→銃声に反応して<奴ら>が集まる→集まってきた奴らを撃って撃退→以下略の無限ループになる事請け合いだった。でもって弾薬は無限じゃない。

こっから先は見敵必殺なランボーじゃなくて、隠密重視の特殊部隊流の流儀で戦っていくべきだ。

撃って撃って撃ちまくって大暴れってのも悪くないけど、スリルを長く味わうには現実との折り合いもつけないとね。


「本当に、何処でこんな物を君達は手に入れたんだ?」


誰かの興奮と呆れがない交ぜになった呟きが印象的だった。それは企業秘密って事で勘弁を。

さーて、どうしたもんかな。今のとこメインは5.56mmと12ゲージで、7.62mmは全く手つかずだからそっちを割くべきかな?

いやいや日本じゃ散弾銃や猟銃の弾はともかく軍用の小口径弾は米軍か自衛隊のぐらいしか持って無いだろうし。


「・・・こうなったら大雑把に分配してから決めてみるか」


最低でも此処出るの確定なのは俺に里香、小室、宮本の4人。

かなり余裕持って弾薬を携行するとしたらライフル弾は1人頭ベストとポーチ装備分でマガジン約10本+他予備分が更に10本は欲しい。12ゲージは100発ずつ持たせるか。後はサイドアームの拳銃とマガジンを5本ぐらいに、再装填用の紙箱入りのを数箱ずつ。

念の為予備の銃も持っていきたいし、いっそ足に乗ってきた車1台借りるか?それなら持ってける荷物の量もかなり余裕が出来るし行動速度も断然速くなる。車のエンジン音に<奴ら>が集まる可能性もあるが、それでもメリットは大きい。




・・・・・・向こうが文句をつけようもんなら、強行突破も辞さないだけだ。むしろ大歓迎。




「どうせならこんなのもありますけど」


HK69グレネードランチャーを持ち上げて見せると、頭痛を堪える様な表情で溜息まで吐かれた。

まぁ、気持ちは分かりますよ。
















結局、その場で引き渡した武器と弾薬の量は持ってた分の4分の1前後に留めておいた。

実を言うとどの銃を渡そうかその場で考え始めた段になって、ケチ心が出てきたというかやっぱりごっそり渡すのはもったいなくなってきたんで途中で止めた。

それでも渡した銃の数はLMG(軽機関銃)から拳銃含め10丁以上だし、グレネードランチャー2丁の内HK69を渡したから弾薬半分込みで渡したからかなりの量だ。オッサン達もまだ多数の武器をこっちが抱えてる事を指摘する様な事は無かった。少なくともその時は。

でもってそれから場所はちょっと移る。ハンヴィーの収まる車庫とは別の、更に大型の車庫に停まった幌付きトラックの荷台にて。


「銃の種類からして、大体がアフリカや南米辺りから密輸されてきた物って感じですね」

「まったく、本当に唯の学生なのか?君の言う通り、そこに並んでいるのは主に遠洋漁業の漁船による密輸品だ」


荷台に置かれた木箱の中に納めてあったガリル・アサルトライフルの南アフリカコピー版(でもガリルもAKシリーズ真似た銃だ)であるR4ライフルを弄ぶ。

お隣さんの家に並んでた品々は新品同然の綺麗な銃ばかりだったけど、此処に積まれている分はどれも傷が多く、一目で使い込まれたと判る代物ばかり。でも整備して間もないのか、作動部周りにはうっすらと油が光っていて、棹桿を引いたりしてみても滑らかに動いて充分使い物になりそうだった。

でも此処にある銃は長物だけだとせいぜい20に満たない。屋敷の中には高城の親父さんの部下が男だけでも数十人はいるだろう。向こうの言った通りまだ数は足りてない。それでもそこらへんの警察以上に重武装なのは間違いないが。

隣の芝が青く見えた訳じゃないんだけど、向こうが持ってる銃がどんななのかが興味に駆られた俺は、必死に頼み込んだ結果こうして見せてもらってるのである。

やれやれ、これじゃあ平野の事笑えないな。


「我々憂国一心会に対し敵対関係にある利権右翼や暴力団といった、会長とそのご家族の命を狙う勢力に対抗すべく、元警察官・元自衛官を中心とした独自の武装集団の編成を組織内部で進めていた時期に集めたものだ。会長と奥様の交友関係は国内のみならず海外にまで幅広いものなのだよ」


もう幅広いとかそういうレベルじゃないだろ絶対。右翼団体通り越してテロリストのレベルだコレ。もしくは民兵集団。似たようなもんか?

今更ながら自分がずっと暮らしてきた地元がとんでもなく物騒な場所だった事を思い知らされた。でも、こんな世界になっちまった以上むしろ物騒さが高ければ高いほど身の安全に繋がってのはなんて皮肉。

銃器規制論者よ、ザマぁみやがれ。


「おい、ちょっと手伝ってくれないか?」

「ああ、今行く。君も触るのはもうそこまでにしてくれないか」


そこらへんの分別は残ってる(つもり)の俺は、言われた通り銃を元の箱に戻して荷台から降りようとしてふと目が止まった。

一緒に並んで積まれた、火気厳禁の警告マークが張られた箱。一旦封を開けられたのか、蓋がずれて中身が覗いている。


「・・・・・・・・・」


俺の見張り役のおっさんは仲間に呼ばれて目の届かない場所に消えた。つまり向こうからもこっちの姿は見えてない。今トラックの近くに居るのは自分だけ。誰も俺を見ていない。

これぞ魔が差した、って表現がピッタリに違いない。

箱の中身を数本引っ掴んだ俺は素早く学生服の中に突っ込むとトラックから降りた。あんまり目につかない内に車庫を出ようと裏口に向かう。まんまコソ泥だなこれじゃあ。

だもんだから、いきなり声をかけられた時は月並みな言い方だけど口から心臓が飛び出るかと思った。むしろ失敬した物までばら撒きそうになった。

ああもう、心臓に悪い。


「お、なんだ、ガンマニアの片割れの兄ちゃんじゃないか。何やってんだこんな所で」

「いやあ、その、此処の人達と手伝いとか話とか色々と・・・」

「へえそうかい。ま、もっと気楽にしてりゃいいぜ?兄ちゃん達はあんな地獄ん中暴れ回って沙耶お嬢様を無事連れてきてくれたんだ、もっと寛いでくれてもいいと思うぞ」


むしろ寛ぐ方が性に合わないんですよ今の俺は。

確か、松戸さんという名の恰幅のいいメカニック然とした男性は工具片手にカラカラと笑った。

脱出行の裏口へと視線を向けた俺は、ふと裏口のすぐ傍に鎮座している物体に気が付いた。防水カバーですっぽり覆われた何か。下から見え隠れしているのは、オフロード用のタイヤ?

裏口に近づくのも兼ねてその物体に近づいた俺。カバーを捲って正体を知るよりも早く、松戸さんが説明してくれた。


「ソイツに気が付いたか。それはな、米軍が計画中止で放出したのを手に入れた代物なのさ。有名どころじゃヤマハがメジャーだが、これだけの代物はそうそうお目にかかれないぜ?」

「ATV(全地形対応車)・・・4輪や6輪はともかく、8輪のは確かに初めて見ますよ。それにこれ、水陸両用モデルでしょ」

「あたぼうよ!」


オフロードバイクと軽自動車を足して2で割ったような代物のATVはレジャー用がメインだけど、パトロールに乗りまわす米軍基地の警備兵の写真で見た事もあった。

6輪・8輪といったより大型の物なんかは遠隔操縦を可能にして歩兵の代わりに大荷物を運ぶための無人機として研究・試作されたタイプも存在する。これもその類なんだろうか。


「仮にコイツに乗る事になったとしても、軍用向けに頑丈に作られてるから<奴ら>を楽に弾き飛ばしながら突破出来るだろうよ」

「へえ・・・にしてもよくもまあこんな物見つけて引っ張ってきましたね」

「そこら辺はやっぱり会長と奥様の手腕の賜物だな。凄い御方達だよ全く」




―――――数時間後、この時の松戸さんの言葉をそっくりそのまま実践する羽目に陥るとは、全く想像していなかった。

















あの後まっすぐ部屋に戻った。失敬した品物の存在には気付かれる事無く、今は自分のバックパックに突っ込んで隠してある。

でも困った。手持無沙汰になってしまった。屋敷を離れようにも同行する小室達の準備が終わるまで待たなきゃならないし、『お客様』の俺達には仕事が殆ど与えられない。これもまた子供扱いされてるって事の証左か。

銃の作動チェックもさっき済ませてしまったし、欲を言えば照準調整もしたいんだけど撃つ度に微調整、なんて真似は射撃場でもなきゃ無理だ。平野も愚痴ってたな。

M4は炸薬量の多い―つまり威力も高けりゃ反動も強い―ライフル弾だから50mぐらいはほぼ直線弾道。それなりの距離でもまっすぐ狙えばまっすぐ飛んでまっすぐ当たるからそこら辺は腕で補える。

問題は拳銃。拳銃の有効距離は7m、と言われてる通り短い部類だ。精度の高いP226Rでも似たような物。拳銃を使う場面は基本筋距離だったからまだ狙った通り当てれてたけど、今後どうなるか分からない以上もっと細かい癖も掴んでおきたいのが本音だ。

俺の命綱は銃。銃が言う事を聞かなきゃ俺が死ぬ。だからもっとこの銃を知り尽くしたい。


「一応今まで撃った分の感覚思い出して調節してみるか・・・?」


ベッドに腰掛けながら悩んでいると、扉の開く音。鍵はかけていない。

入ってきたのは里香。この部屋を出る前の焼き直しみたいだった。

どこか嬉しそうにはにかみながら、またあの時宜しく俺の隣に腰を下ろす。躊躇い無く俺に身体を擦り寄せてきた。


「―――ありがと、マーくん」

「何がだ」

「マーくんも一緒に、私のお父さんとお母さんを探しに行ってくれるって言ってくれた事。マーくんが一緒なら私もすごく安心だよ。マーくんが来てくれたら2人もきっと喜ぶだろうし・・・・・・」

「どうかな。それ以前に生きてたら、いや、<奴ら>になってなきゃの話さ」


そして俺はそっちの仲間入りを果たしてる可能性が高いと踏んでいる。里香みたいに希望的観測で現実を見る気にはなれなかった。

大体、里香の両親が生きてるか死んでるか死んで生き返ってようがどうでもいい。俺の目当ては結果じゃなくて過程なんだから。


「そう、かもね」


里香から笑みが消える。不安一色の表情で俺にしがみついてきた。同年代どころか上級生でもこれを上回る規模を見た事がない膨らみが俺の腕に押しつけられて潰れる。

ホットミルクに鼻の香りが混じったみたいな匂いが否応なしに鼻腔を刺激してきた。里香の両手が俺の掌を導いていく。胸の谷間に半ば呑み込まれて、無限大の柔らかさの中に大きく脈打つ里香の鼓動が間近に感じ取れた。


「まぁくん・・・」


興奮は、してる。こっちだって脈拍急速増大中、血圧だって鰻登りで頭も股間も熱くて仕方ない。




だけど、それでも。




僕の思考は果てしなく冷たかった。幼馴染の行動が余りにも性急で、本能や欲望に駆られてとはかなり程遠いと感じ取れる程度には。


「お前、一体何のつもりだ?」

「え・・・まぁ、くん?」

「現実逃避のつもりなのか何なのかは知らないけどな、それなら他を当たれ。俺は今そんな気には更々なれないんだ」

「ち、違うよ!私、そんなつもりじゃ。それにマーくんじゃなきゃヤダ!」


最後の言葉は忘れとこう。普通なら男冥利に尽きるんだろうが、今の俺にはどうでも良かった。ただ里香が鬱陶しくてしょうがない。

昔はずっと一緒だった。ずっとこいつにひっつかれてたっけ。腕っ節は俺より強かったのに臆病で、泣き虫で、呑気で、抜けてて。そんな時間が当たり前で、そんな瞬間を俺自身気に入っていた。

全ては過去。もうどうとも思わない。思えない。『俺』の中で決定的に何かが変わった――――違う、壊れたのか。それを再度自覚した。

いや、俺が壊れてるなんてそれこそ今更な話じゃないか。


「ならどういうつもりなのかハッキリ言え。そして、出てけ」


今度は俺が組み敷いといて『出てけ』ってのはなんかおかしい気がするけれど。

しばらく里香は、魂の抜けた様な眼で俺をじっと見つめていた。それから急速に瞳が潤み、涙が頬と目尻を濡らす。


「――――分かってるんだよ、本当は」


時折唇を噛みしめながら、10年以上傍に居た中で初めて聞く、血反吐を吐くような掠れ声を里香は絞り出す。


「この目で見てきたんだもん。学校でもあっという間に皆襲われて、お互いなんてちっとも顧みないで逃げ出そうとして、それでも皆<奴ら>になっちゃって。街も世界もみんなこんな様子で」

「ああそうだな。それがどうした」

「ずっと変わらないと思ってた。ずっとお父さんと、お母さんと、マーくんと、マーくんのお父さんとお母さんとずっと一緒だと思ってた」


でも現実は全く違った。


「でもマーくんのお父さんとお母さんは死んじゃった!世界もおかしくなっちゃった!ずっと変わらないままでいて欲しかったもの全てがみんな壊れた!」


ドスッ、と押しつけると呼ぶには聊か強い勢いで里香が俺の胸元に顔を埋めた。


「お父さんもお母さんも、高城さんの家族みたいに凄い人じゃない。私はこんな世界で、皆みたいに自分の家族が必ず生きてるなんて信じきれるほど強くない」


だけど、と里香は俺の顔を見上げた。いつの間にか里香の手が俺の背中に廻されていて、腕の力が増す。


「マーくんはこうして私の目の前に居てくれてる。こうやって、触れ合って、一緒になれる距離に」


唇が少しずつ歪んで笑みを形作る。

初めて見る表情だった。笑顔の筈なんだけど、笑顔からは程遠く感じて何とも形容しがたい。でも見覚えのある姿。

ああそうだ、初めて<奴ら>ではない生きた人間を殺した時。平野が浮かべ、そして自分でも浮かべていただろうあの瞬間の顔だ。

ベクトルは全く違う、だけど似ている。そう、仮に言い表すなら里香が浮かべているのもまた狂気の微笑と呼んでも過言じゃない。

意外にもそんな悪趣味な人形みたいな笑みはすぐに消えて、一気に昔そっくりな泣き顔に変わった。


「だからお願いだよぉ・・・一緒に居て。傍に居させて。何でもするから、マーくんと一緒に居る為なら何だってするし、マーくんも私に何だってしていいから、だから・・・・・・」


単純な話だった。頭のネジが外れたのは俺や平野だけじゃなかった、というオチだった。

里香との昔からの関係にこだわっていたのは俺の方だった。俺も現実を考えてなかったのは里香とどっこいどっこいなのかもしれない。だって勝手に『里香は昔から変わらない』と勝手に決め付けてたんだから。

人も世界も理(ことわり)も狂った中で里香だけが狂わない――――そんな筈がなかったんだ。理性を塗り潰す割合が大きかれ小さかれ、どんなベクトルだろうが今や里香は俺と同類、狂人の仲間入り。

その矛先が俺、というのは何だか複雑だけど。

未だ俺の下で里香は泣いている。それを俺は見下ろしている。




俺の中で、奇妙な感情が頭をもたげた。




急速に破壊衝動にも似た何かが俺の脳裏を埋め尽くしていく。最初に里香をこっちから押し倒した時もこんな感覚だったが、衝動の大きさはもっと上だ。

もっと泣かせてやりたい。犯してやりたい。破壊してやりたい。向こうから望んだ事だ。『何だってしていい』、と言質も取った。

今日になってからまだ<奴ら>を1匹も殺してない。その分の殺戮衝動がこっちに転化したのかもしれない。無性に里香の身体が上手そうな御馳走に思えてきた。

レイプ魔や里香の存在に興奮の奇声を飛ばしてたチンピラ連中もこんな気持ちだったりするのか?チクショウめ。


「ならお望み通りにしてやるよ・・・!」


ワイシャツの胸元を強引に引っ張ると、いとも簡単にボタンが弾け飛んで生身の肌が大きくさらけ出された。ギリギリの所で押さえつけてるといった風情のブラも無理やり引き剥がすと、膨らみに釣られて揺れる鮮やかな色合いの先端が目に飛び込んでくる。

無理やり衣服を剥ぎ取られた瞬間里香が浮かべたのは―――――歓喜だった。

衝動に突き動かされて里香の肢体に貪りつく間も、やっぱり意識の何処かは何処までも冷静な目で客観的に俺と里香を眺め続けていた。






確かに里香は、良い女だと思う。

だけど湧いてくる感情は決して――――――恋愛感情なんかじゃない。





[20852] HOTD ガンサバイバー 15
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2010/12/30 22:53
※まさかこっちが年内最後の更新になるとは思わなんだ・・・
※まさかの原作版とアニメ版の混合ルート。書いてみたい場面があったからやってみた。後悔はしていな(ry
※>プロ市民  主人公だったらムカついてむしろあっさり殺しそうだったから遭遇しないままです。
※一応ショッピングモール編も考えてはいるんですが、いい加減終わりかけのを完結させたり国家試験対策したりで何時になる事やら。少なくとも原作続く限りこっちも書きたいとは考えてます。未完になりそうだけどな!














――――次に窓の外を見た時には、太陽の角度がかなり傾いてた。

率直に言って腰が痛い。一応行動に支障は無いけどさ、こんなにハードなものだったとは思いもよらなんだと言おうか何つーかかんつーか。

そして一方的に蹂躙されていた里香は平気でケロッとしてる件。一連の内容を思い返したって嬉し恥ずかし甘酸っぱい感情とかは全くもって湧きゃしないが、呆れ多分な驚きに俺は襲われてた。

でもいつまでシャワー浴びながら悶えてるつもりだよあのバカは?


「さっさと服着て出て来いってば。きっと小室達、下に集まって待ってるんだと思うぞ」

「う、うん今出るから――――アハッ、こっちもまだまだ垂れてきちゃう。いっぱい出してもらったからなぁ・・・」


間違いない。コイツ、まだすっ飛んだままでいやがる。アレだけ手荒くヤられといてよくもまあ嬉しそうに出来てるものだ。Mか?

・・・そもそも俺も里香が出て来るまで辛抱してるのは何故だ?決まってる、里香が婆さんみたいに皺くちゃにふやけるまでシャワー浴びてようがどうでもいいが、ほっといたら何時までも下で準備を終えて待っているであろう小室や宮本に迷惑をかける羽目になるからだ。

2人の部屋に荷物と装備が無かったから既に此処から離れるつもりだろうと踏んでいる。宮本はともかく小室は義理堅そうだから、勝手に黙って置いて出ていくようには思えない。

更に10分以上してからようやく里香は事の直前と同じ恰好(但しワイシャツは俺の予備)で部屋から出てきた。足取りはしっかり、噂に聞く股関節部に残る異物感から来る蟹股歩きとかみたいな後遺症も見受けられない。

だらしない表情でさりげなく下腹部辺りを愛おしそうに撫でているのは無視。勝手にしやがれ、だ。

尚、赤かったり白かったり乾いてえらくガサガサな染みとか汚れまみれになったシーツは引っぺがしてシャワールームにあった汚物用の籠に突っ込んで置いた事を一応明記しとく。








「ごめん、待たせた―――・・・・・・何故に一斉に目を逸らす。というか何で全員集合?」


返ってくるのは思いっきり乾いた笑い。特に平野は遠い目だし、高城は俺を見た途端いきなり怒り心頭な様子だし鞠川先生はうふふふふなんて意地悪っぽく笑ってるし。「若いな・・・」って何悟ったような顔で呟いてるんですか希里さん。

あー、もしかしなくても、何ヤってたかバレバレな訳ね。別にどうだっていいけど。


「ア・ン・タ・達ねぇ!よ、よ、よよよよよよりにもよって私の家で盛ってんじゃないわよ!よりにもよってこんな時にぃ!!」

「悪い高城、部屋のシーツ汚しちまった。正直スマン」

「ああもう!そんな全く誠意の籠もって無い顔で何言ってんのよ!死にたいの!?」

「避妊はちゃんとしたのかしらぁ?学生で妊娠は流石に先生も感心しないぞ?」

「大丈夫ですよぉ。出来ちゃってもマーくんとの赤ちゃんなんですからちゃんと大切に育てますから」

「明らかにそういう問題ではないと思うぞ・・・」


何とも居心地の悪い空気になってきた。そういえば、敷地の門から見覚えのあるマイクロバスが出ていくがアレは一体何なんだろうか。すぐに出てすぐの下り坂に消えたけど。

・・・・・・何だろう。肉欲に溺れたせいで激しく向こうからやってきたチャンスをまた逃した様な気がするのは。

くぐもった声の様な音がふと耳に届く。発生源は鞠川先生の手の中の携帯電話。


「先生、電話繋がってるみたいですけど」

「え?あっ、本当!もしもしリカぁ?良かったー、生きてたねー!」


電話の主は俺の隣に居るのと同じリカという名前らしい。例の銃やハンヴィー持ってた先生の友達か?


「そういや小室、何かあったのか?皆して集まってて」

「あー、いや、それがさ、実はさっきさ・・・」

「・・・・・・鉄砲とか借りちゃって―――――」








――――終末の光は、あまりにも唐突だった。








閃光の訪れには何の前兆も無かった。ただいきなり空が一瞬、白一色に染め上げられたのだ。

陽光とは別種の、温かさも何も感じられない無機質な光。本能がこれだけは教えてくれた。アレの正体は、とことんロクでもない代物だと。

それを証明するかのように、耳障りな音がすぐ近くでした。鞠川先生の手元と、俺の胸元。

発生源は、携帯電話。取り出してみると画面がブラックアウトしてうんともすんとも云わない。少なくとも一方的に里香を責めてた最中はずっと充電しっぱなしだったから電池切れな筈がない。

脳内の警鐘が大音量で打ち鳴らされる。周囲でも異変が起きていて大まかな内容が否応無しに耳に飛び込んできた。

車のエンジンがかからない。主人のペースメーカーが壊れてしまったみたいなんです。停電と同時に全てのPCがダウン。


「真田!古馬!アンタらの銃のドットサイト覗いてみて!」

「・・・ドットが消えちまってるよ。もしかするともしかするみたいだな」

「話、私のも」


ビンゴ。どうやら最悪の展開の様だ。何が起こったのか大体の予想が付いてしまった。それは高城も同じらしい。


「一体何が起こったっていうのさ真田。高城さんも」

「多分EMPだ。元凶が『北』か中国かロシアか、それともアメリカかは知らんがな」

「EMP、って何なの?」

「EMP攻撃。HANE、高高度核爆発とも言うわ。
大気圏上層で核弾頭を爆発させると、ガンマ線が大気分子から電気分子を弾き出すコンプトン効果が起きる。飛ばされた電子は、地球の磁場に掴まって、広範囲へ放射される電磁パルスを発生させる。その効果は、電子機器にとっては致命的。アンテナに成り得るものから伝わった電磁パルスで、集積回路が焼けてしまうわ」

「最近の軍じゃ、ICBM(大陸間弾道弾)とかで核が飛んできた場合は核弾頭そのものの威力よりも付随して発生するEMPの方に重きを置いてるらしいぞ。高度にもよるが、効果半径は100kmオーバーになるって聞いた事がある」


他の面子も事の重大性を時間差で理解してきたのか、一斉に顔を蒼褪めさせた。


「つまり我々は――――」

「そう、もう電子機器は使えない!」


そしてこのご時世、今やありとあらゆるライフラインが精密機器によって制御されている以上、それらを制御する精密機器が使い物にならなくなろうもんなら。

この世界は、石器時代に逆戻りしたも同然。


「平野、今すぐ装備整えてありったけの弾身に着けとけ。ロクな予感がしないからな」

「わ、分かった!皆の分も取ってくる!」


平野がハンヴィーの車庫に消えて僅か数秒後。

訪れた事態はまさしく最悪だった。


「ば、バリケードがぁ!!」


叫び声のした門の方に顔を向けると、必死な形相の男が門をくぐろうとして――――背後から延びた無数の手に絡め取られ、敷地内に踏み込む事が出来ないままそのまま食い殺された。

誰に?決まってる、<奴ら>以外の何がある。

つまりEMPのドサクサか何かでバリケードが破られて、どっかに空いた穴から<奴らが>雪崩れ込んできたと。


「――――グレイト」


声には出さず口を小さく動かす程度。内心ガッツポーズしてしまう。たった今餌食になった人には悪いが、ここから先は楽しい愉しい殺戮ショーの始まりだ。


「門を閉じよ!急げ!警備班集合、死人共を中に入れるな!」


近くで何処までの芯の通った声が響いた。何時の間に現れたのか、高城の親父さんが部下達に指示を出している。


「会長!それでは外にいる者達を見捨てる事に!」

「今閉じねば全てを失う!やれ!!」


親父さんの言葉に躊躇いは無い。銃の引き渡しに関する問答の時にも顔を合わせた彼の副官もその辺りは理解していたのか、断腸の思いをありありと顔に張り付けながらリモコンを取り出した。

まだ気付いていないのか、全ての電子機器が使えなくなっている事に。

何度もボタンを連打してから諦めた彼は、部下に人力で閉じるよう指示を飛ばす。その間にあっという間に100体近い<奴ら>が門の所に押し寄せようとしていた。

数人がかりでようやく巨大な門が閉じる。が、<奴ら>の数本の腕が門同士の隙間にねじ込まれ、完全には閉まっていない。

バキバキ、と生木がへし折れるような音が聞こえてくる。門に押しかけた<奴ら>が後続と門の間に挟まれて身体中の骨が砕け折れる音。だけど当人達(?)はお構い無しに門へと重圧をかけている。

遂に隙間から<奴ら>が1体、門の内側に侵入してしまった。

だがしかしすぐに斃れる。前触れもなく後頭部が吹き飛び、数歩ふらついた所で倒れてしまう。

何が起こったのか誰かに問うまでもない。


「・・・・・・(ニヤリ)」

「すまねぇ兄ちゃん、俺が間違ってた!」


武器弾薬の入った大型バッグを持って戻ってきた平野のVSSによる狙撃である。引き攣った表情で謝罪してたオッサンはそういや俺と平野を囲んでた中の1人だ。

ぶっちゃけ平野が浮かべてる笑みは形容しがたい危険な類の笑みだった。誇らしげに立ててる親指が全く合ってない。


「はいこれ銃と弾!」


平野が持ってきた得物の中から、俺はM79グレネードランチャーを手に取る。門に固まってる今、もっと頭越しに狙えば結構な効果が期待できるだろう。

文字通り無用の飾りと化したドットサイトをM4から取っ払っていると、部下から自身の得物を渡されて装備を整えてる高城のお袋さんが目に入った。

彼女の得物はVZ83、スコーピオンという通り名が有名なチェコ製のサブマシンガン。自分で破いたと思われるドレスの裾から覗く太腿が眩しい。本当に高校生の子持ちか?

ちなみに太腿にも小型拳銃用のホルスターを巻き付けている。


「これ、沙耶ちゃんにはもう十分かもしれないけど良ければお使いなさい」

「る、ルガーP08!?ストックとドラムマガジンまで!」

「しかもオランダ植民地軍モデルで菊紋入りの菊ルガーですぜ奥さん」

「こんなの使い方分かんないわよ!大体、何でママまで銃持ってるの!?」

「ふふ・・・ウォール街で働いてた頃、エグゼクティブの護身コースに通ってたもの。弾当てるの、パパより上手いかもね」


それなんて武闘派夫婦?

そうこうしている間にも更に大量の<奴ら>が門を圧迫し、如何にも頑丈そうな鉄門の軋む音が、呻き声と共に不気味に響いている。


「もうケータイとか使えないの?」

「ケータイどころかコンピューターもまず全滅!電子制御を取り入れてる自動車もまともに動かないだろうし、多分発電所もダメ!EMP対策を取っていたら別だけど、そんなの自衛隊と政府機関のごく一部だけの筈」

「直す方法はあるのか?」

「灼けた部品を変えたら動く車はあるかも動く車はあるかも。たまたま電波の影響が少なく壊れてない車がある可能性も・・・勿論クラシックカーは動くわ」


父親の問いに高城はすらすらと答えを返してみせた。喚き立てるだけだった学校で出会ったばかりの時とは大違いだ。

しかし俺は親子の問答よりも、悲鳴を上げる鉄門の方に意識を傾けていた。そろそろヤバい。レールから車輪が外れそうなほどの重圧。もう耐えられそうにない。


「お喋りはそろそろ終わりにした方がいい。平野、俺が仕掛けるから援護射撃宜しく」

「オッケェイ!」


遂に破滅が訪れる。圧力に耐え切れなかった鉄門が耳障りな衝撃音をたてて倒れ、一斉に<奴ら>が敷地の内側へ雪崩れ込む

その<奴ら>の軍勢めがけM79を発射した。銃声と比べてかなり間抜けな、盛大なすかしっ屁みたいな破裂音。白い尾を引いた躑弾が鼻先で着弾。対人躑弾の直撃を食らって<奴ら>が肉片と化す。

単発のM79は連射が効かない。その間隙を埋めるのが平野の狙撃だ。片膝を突いた膝射の姿勢で1発1発丁寧な、しかし速いペースで的確に<奴ら>の頭部を射抜く。

戦果は10発で10体。最高の戦果だ。コイツならきっと凄腕のスナイパーになれるに違いない。VSSのマガジンが空になるのとグレネードランチャーの再装填が完了するのは同時だった。

手榴弾に毛の生えたような威力しかないとはいっても、これだけ数が多いと巻き込まれる規模も違う。だけど数が減った気分にはならない。数発躑弾撃ちこんだって焼け石に水、それぐらいの数に今や高城邸は侵略されていた。

とっくにこっちにも被害が出ている。運悪く門の近くに居た避難民の多数が<奴ら>の餌食になっている。立ち向かおうとしてる人も中には居るが、それよりも怯えて逃げようとして無駄に終わってるのも多い。

急速に広まる混乱の喧騒に、複数のフルオート射撃の連打が加わった。ようやく高城の親父さんの部下達が反撃を開始した様だ。

数十の火器の一斉射撃の迫力が凄まじい。策もへったくれもなく<奴ら>はのろのろとした足取りでまっすぐ突っ込んでくるだけだから成す術もなくバタバタ倒れていっている。




――――でもそれだけだ。




「頭を狙え!<奴ら>の弱点は頭だ!」


そう言いながら弾幕を抜けてきた数体に指きりバーストを数発づつお見舞いする。ドットサイトがなくても標準装備のアイアンサイトの存在が幸いだった。。ストックを肩に当てて構えた時、しっかりとフロントサイトとリアサイトが重なり合うよう真っ直ぐ構えるのがコツだ。

脳漿が後頭部から飛び出したそいつらは糸が切れた人形の様にあっさりと倒れていく。混乱して逃げ惑う避難民に引き寄せられたのか、雪崩れ込んできた<奴ら>の一部が男達の殺傷地帯から逃れ、門から高い塀の内側を沿うようにして大回りなコースで屋敷に近づいてきている。

テントやトラック、積み上げたままの物資が視界を遮って接近に気づくのが遅れてしまう。屋内でのCQB(屋内戦闘)訓練を思い出した。加えて<奴ら>と逃げ遅れた避難民がごっちゃでうっとおしい。さっさとどけ。


「孝、左!」

「クソッ、何時の間に!」


宮本の警告に小室が反応して、唐突にぬっと現れた中年男性の<奴ら>をKS-Kで撃つ。胸元を散弾に喰らって倒れはしたが、まだ動くそいつの額に宮本がモスバーグの銃剣をねじ込んで入念に息の根を止めた。

俺の周囲では他の皆も戦闘に加わっていて、高城はあの借り物のイサカを腰だめにぶっ放し毒島先輩も踊るような華麗な動きで次々日本刀で<奴ら>の首を刈ってみせている。

里香もへっぴり腰ながらSIG552を乱射していて、鞠川先生は情けない悲鳴を漏らして頭を抱えて蹲っていた。ちょっとは手伝え。


「おい、希里さんとありすちゃんは何処行った!?」

「さっきまで皆と一緒に居た筈なんだけど――――」


パパァ!!と鳴り止まない銃声の中で、確かにそんな悲鳴が聞こえてきた。何処からだ?


「ありすちゃん!」


平野がいきなりこっちに銃口を振り向けた。親友がトチ狂ったかと考えるよりも早く横に転がった。衝撃波が感じ取れるぐらいの距離を弾丸が掠める。

置き上がりながら平野の銃口の先に顔を向けると、頭の後ろ半分が消失した<奴ら>の死体を希里さんが手荒く身体の上から押しのける所だった。涙目で駆け寄るありすちゃんに「大丈夫だ」と言っているのが耳に入る。無言で親友と拳をぶつけ合った。

だが被害はどんどん増すばかり。<奴ら>の数も減るどころかむしろ倍増していた。抵抗の銃声が逆に街中の<奴ら>を呼び寄せてしまってるんだろう。

これじゃあ持たない、と本能的に直感したのは俺だけじゃなかったらしく、


「パパ、家に立て篭もって――――」

「守って何の意味がある!あの鉄門を破られたのだ、家に籠っても押し入られ、喰われるだけだ!」


高城の親父さんの意見は全く持って正論だ。そこへ副官の男性が古めかしいライフルを抱えて駆け寄ってくる。


「2階から確認しました。隣家に配置した者達はまだ襲われておりません!門の補強も可能です!」


親父さんの決断は早かった。敵中を突破し隣家へと逃げ込む、その為に部下だけでなく生き残りの避難民にも戦うよう檄を飛ばす、

その間も俺は迫りくる<奴ら>を殺して殺して殺し続けた。弾の消費を抑えるべくセミオートに切り替え、リズミカルにトリガーを絞る。反動が肩を蹴る度に血飛沫が飛び、頭蓋の中身が散乱する。終わりの見えない殺戮と死者の波。

M4のマガジンが空になる。その間隙を突いて迫る<奴ら>。レッグホルスターのP226Rを抜き、西部劇の早撃ちよろしく手首の動きだけで銃口を動かして撃った。膝を吹き飛ばし、ガクリと傾きながら動きの鈍った<奴ら>の頭部に今度は両手で銃口を向け直し、息の根を止める。

見回すだけで獲物はよりどりみどりだ。うろついていた手近な<奴ら>の側頭部に拳銃のグリップを思い切りたたき付け、底部へべっとり血が纏わりつくのもそのままに半身になりながら正面から近づいてくる若い女の<奴ら>の足を払い、地面に倒れた所で思い切り頭部を踏みつけた。

確かな手応え、否、足応え。やっぱり生きた人間より骨とかが脆くなってる気がする。


「真田、前に出過ぎ!早くこっちに来て!」


平野の警告通り、いつの間にか仲間は全員ハンヴィーの停めてある車庫のとこに集まっていた。呼ばれたのでしょうがなく皆の元へ戻る段になってようやくマガジンチェンジ。勿論そのまま捨てずに空マガジンはベストのマガジンポーチに戻す。

背後で爆発。手榴弾よりも規模は大きい。トラックの荷台で見た代物の存在を思い出す。


「この車に乗って逃げるってのか?でも予算削減で対EMP処置は省かれてんじゃなかったっけ」

「そうでもないぜぇ兄ちゃん!」


どっから現れんですか松戸さん。車体の下からいきなり現れた彼に驚いて高城と里香が飛び上がっていた。スカートを押さえながら。


「ラッキーですよお嬢様。もう1台の方のSUVは完全にオシャカですが、コイツは対EMP処置されてます!しっかりと銅の3重被覆までして、マニアックな持ち主も居たもんだ!」

「じゃあ、この車動くんですね!?」

「ええ、でもダメージを受けてるんでちょいと不安が残りますが細かく見てる時間がありませんし、アッチの方もチェックせにゃならんので」


松戸さんが示す先には、別の車庫の裏手に置いてあった例の8輪ATVの姿が。何でこんな所に移動してあるんだ?

俺達の見てる前で松戸さんはATVのエンジンフードを開けて調べ始めた。自然、自分達の役目を理解して車庫の周囲に<奴ら>が集まってこないか警戒する。

高城の親父さん達が派手に暴れてるせいか、こっちに<奴ら>が寄ってくる気配は大してない。それでも遠くから俺達は親父さん達の援護に加わった。

一応世話になった人達だ。借りは返させてもらおう。ついでに里香に使えないSUVの方に置いたままの荷物をハンヴィーに運び込むよう言っておいた。物資が無くて困るよりは、有り過ぎて困る方がよっぽど良い。

やがてエンジン音が1つ増えた。


「何度も調べたがどこもいかれてない。コイツも電子燃料噴射装置もバッテリーケーブルも皮膜されてるからだな。いけるぜ!」

「荷物も全部移し終えたよ!でも量が多くてちょっと狭いかも」

「僕はこっちのバギーの方に乗るよ。皆はハンヴィーの方に乗って!」


次々と分乗する。俺も数歩車に近づいた所で背後での動きに気付いた。正確には動こうとしない存在に、だ。


「パパ?早くおくるまのろうよ」


ありすちゃんに手を引かれても、希里さんは曖昧に笑ってその場に立ちつくしたまま。

希里さんのワイシャツとネクタイは胸元からに袖の辺りまで血がべったりと張り付いていて、それはきっと平野の銃撃に助けられた時の――――――















ちょっと待て。

あの血は本当に、返り血だけなのか?














「・・・・・・どうやら、私は此処までの様だよ」


力無く笑ってみせた希里さんが持ち上げてみせた左腕には、小さく噛み千切られて抉れた傷跡が刻まれていた。








[20852] HOTD ガンサバイバー 16
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2011/02/15 00:00




※某所でのリリなの連載がやっと完結したから更新してみる
※で、HOTD小説版はどうなった!?3月発売じゃなかったの!?

















「ああそんな・・・・・・!」


背中に届いた声の主は男だから小室か平野のどっちかか、もしかすると松戸さんかもしれない。少なくとも俺が言ったんじゃない。

俺の方はただ――――P226Rをホルスターから抜いて希里さんに向けただけ。照準には頭に。


「止めろ、真田!」

「いや、良いんだよ小室君。彼の行動は正しいよ」

「くっ・・・!」


悲しげに首を振りながら希里さんは諦観の笑みを浮かべた。きっと自分の運命を明らかに悟っていたから。

学校で嫌ってほど見てきた展開。<奴ら>に噛まれれば最後、生きた人間は長くは持たず1度死んでから<奴ら>の仲間入り。そうやって出来上がったのが今この世界。

男も女も老人も子供も関係無し。死ぬのと一緒だ。誰もが平等にそうなる。

希里さんだけが例外だなんてそんな都合のいい展開―――――ある筈が無い。


「ごめんな、ありす。パパとはこれでお別れだよ。パパはもうありすと一緒に行けないんだ」

「そんな・・・やだ、やだ、やだよそんなの!」


鞠川先生の手を振り払ってありすちゃんは父親に抱きつく。希里さんも受け止めて抱き締め返したけど、噛まれた方の腕を使わないのは動かなくなっているのか噛まれた部分がなるべく娘に触れないようにする為か。

あっという間にしゃくりあげて鼻水をすする音が聞こえだす。何となく、恐らくこれで最期だろう父娘の触れ合いが周りの喧騒から切り離されてる様に感じた。

希里さんとありすちゃんを除き、松戸さんも含め他にここに居る人間がその光景を前にただ立ちつくしている。俺も既に拳銃を持った手を下ろして、小室達の仲間入りを果たしていた。それしか出来ないでいる。


「やだやだやだ!一緒に居るもん!ありすはずっとパパと一緒だもん!」

「無理なんだよ、パパは。これ以上パパがありすと一緒に居ると、今度はありすまで危なくなっちゃうからね」

「それでもいい!ありすはずっとパパと居るのぉ!!」


ありすちゃんは理解してるんだと、俺は漠然と悟った。

此処で別れれば最後、もう父親に会えないんだと。父親が死ぬ運命にあると幼心なりに、それとも子供だからこその鋭さで理解してしまったんだと。誰かにハッキリと教えてもらった訳でもないのに。




と、無傷な方の手でありすちゃんの頭を撫でながら俯いていた希里さんの視線がおもむろにこっちに向く。


「―――――ありすを、お願いします。どうかこの子を、守ってもらえませんか」


涙を浮かべながら深々と頭を下げる希里さん。その姿は悲痛さと無念さと懇願が入り混じっていて、言葉に言い表せない切なさをこっちに与えてくる。


「ねぇ孝、どうにかしてあげれないの!?」

「分かってるだろ、麗。永の時と同じだ・・・もう手遅れなんだよ」

「お兄ちゃん、先生、パパを助けて!あの時みたいにパパのお病気を治してあげてよぉ!」

「ありすちゃん・・・それは・・・・・・」


鞠川先生はごめんなさい、と呟いて首を横に振った。涙目のありすちゃんが今度は俺の方を向く。

ありすちゃんには悪いが、確定事項の死を変える力なんて俺は持ってなんかいない。神様にでも頼むべきなんだろうけど、ゾンビ連中が世界中で大量発生してるこの情勢を考えると神なんかを当てにする方が間違ってるだろう。

そう、この場で希里さんに俺が出来る事といったら――――


「介錯は、要りますか?」

「オイ真田!?」

「―――――いや・・・・・・大丈夫だ。これ以上君達の手を煩わせる必要は、無いよ。私の分の武器は持って行ってくれ」


そう言って希里さんは装備を脱ぎ出す。差し出されたそれらを黙って受け取り、沈痛な表情の小室達の間を突っ切ってハンヴィーの中に放り込む。


「爆弾がまだあるのなら、1つで良いから私にくれないか?せめて最期に君達の道を開く手助けをさせて欲しい」


息を呑む気配がまた車庫の中に広がった。だけど誰も止めない。ありすちゃんだけが泣きじゃくってまた父親に縋りつく。

泣き声に<奴ら>が集まってこないだろうな?と俺は考えてしまった。子供1人の泣き声よりも向こうで聞こえ続ける銃声と爆発音、断末魔の叫びの方がよっぽどうるさい。

バッグから手榴弾を1つ、そしてトラックの荷物から失敬して下の方に隠しておいたダイナマイト数本を取り出し、メゾネットで調達してきた中に混じってたビニールテープを見つける。

まずダイナマイトをビニールテープで巻きつけてまとめてから、更に手榴弾の球形の本体部分とダイナマイトをビニールテープでくっつけた。手榴弾と合体した余計な物の存在に驚いた様子の小室達を無視して希里さんに手渡す。


「手榴弾だけだと威力の関係で楽に死ねるかどうか分かりません。こうしとけば、確実に苦しまずに一瞬で済みます」


たかが手榴弾1発でアレだけの数の<奴ら>を突破するだけの穴は開けられない、という判断もあった。お涙頂戴な場面でもそれだけの打算を立てれてしまう自分に呆れてくる。

希里さんも驚いた風に目を見開いてから―――ありがとう、と小さく漏らした。

未だしがみつこうとするありすちゃんを片手で俺に押しやる。


「・・・アンタ、漢の鏡だよ」


松戸さんが悲哀と感動と尊敬の入り混じった声色でそう言った。

希里さんが背中を向けて車庫から出ていく。俺も振り返って、受け取ったありすちゃんが逃げていかない様に手に力を込めながら皆の元へ向かう。

もうこれ以上言葉を交わす必要も、そして時間も無い。

パパ、パパ!!と泣き叫ぶありすちゃんを無理矢理ハンヴィーに押し込んだ。

・・・・・・何だよその目は。


「脱出する気ないのか?」

「っ!分かってるわよ!ほら皆車に乗って!」


奇怪な物を見る視線を送ってきていた面々がようやく動き出す。決して視線に込められた感情は良い物とは言い難かった。宮本なんか微妙に敵意っぽいの混じってたし。

ふと松戸さんと目が合う。それから松戸さんの存在を思い出したらしい小室が彼に問いかけた。


「あの、松戸さんは」

「惚れてる女がみんなと一緒だからね」


ニヤリとレンチを構えて男臭い笑み。

最期まで娘の為に何かしてみせようと行動する希里さんといい、創作の中じゃなくてもこういうカッコイイ大人も居る時には居るもんだ。

こんな中で散ってしまっていくのが少し口惜しい。今ばかりはどうでもいい、とは感じなかった。


「先生、俺はこのバギーの方に乗ります!」

「ええっ、大丈夫なの!?」

「何とか運転はいけますし、あの大荷物にこれだけの人数じゃ幾らなんでもきつ過ぎるでしょ!」


ウン十丁の銃器弾薬他諸々に合計9人。確かにかなりキツい。

それにしてもよく躊躇い無く危険な方に志願できるもんだ――――俺みたいに危険と殺し合いを楽しみたい訳でもない癖に。

俺はATVの後部スペースに武器弾薬が入ったバッグを置いてから操縦席の隣に乗った。


「真田、お前っ」

「お前の言った通り、あっちはキツそうだからさ。それに外の空気も感じたい所だし」

「・・・分かった、援護は頼むぞ!」

「任せとけ」


ハンヴィーのエンジンがかかる音も背後から聞こえてくる。

スリングでM4をぶら下げたまますぐ後ろのバッグからAA12を引っ張り出し、更にM79も手の届く位置に置いといて、戦闘準備は万端―――――







今までのよりも若干大きめの爆発が車庫を揺らした。







「・・・・・・・・」


何が起きたのか、漠然と予想できた。

正門周辺は火薬の煙に覆われて判別しにくいけど、押し寄せていた<奴ら>の大波がぽっかりと抉り取られてるのがシルエットで判別できる。

――――希里さん


「小室、今のうちだ。突っ切ろう」

「・・・っああ!!皆、行くぞ!!」

「沙耶お嬢様、お元気で!」

「私はいつも元気よ!」


小室の号令。荒々しくアクセルが捻られ、タイヤが地面を捉えて飛び出す車体。流石軍用、かなりの馬力と加速だ。

ATVとハンヴィーは避難民と高城の家の人達の横を通り過ぎてまっすぐ門へ突き進む。一瞬、高城の親父さんと目があった気がした。

門周辺は辺り一帯赤く染め上げられていた。それが<奴ら>の血なのか犠牲者の血なのかは判断が付かない。もしかすると希里さんの者も混じってるのかもしれないが、どうでもいい。

だけどこれが予想外の影響を俺達に与える。それは、


「ちょ、うわ、このっ、いきなり滑りだしたぞ!?」

「血のせいだよ!余計な物ふんづけないよう気をつけろ!」


右に左に似揺れる揺れる。転がっていた腕か足かに乗り上げて車体が傾ぐ。奇声を上げながら小室の運転でバランスを取り戻す。

こういう絶叫マシン的なスリルはちょっと予想外だった。

門の外にはまだまだ押し寄せようとしてる<奴ら>の群れ、群れ、群れ。

邪魔だ。そこをどけ。


「しっかり掴まれ!」

「Let‘s Rock!!」


片足をダッシュボードに乗せ、背中を座席に押しつけるようにして姿勢をさせながらAA12の引き金を絞る。

フルオートで大体3発ごとに指切りバースト。OOバック弾だから3発で27発、大抵のサブマシンガンのマガジンほぼ1個分の弾丸が小刻みにばら撒かれる。

銃声が鳴る度立ち塞がる<奴ら>が突き飛ばされたみたいに倒れていく。撃つより早く急に飛び出してくる<奴ら>も居たが、松戸さんの言ってた通りATVはあっさり<奴ら>を撥ねとばして車体の染みに変えてくれた。

少し後ろをちゃんとハンヴィーが追従してくるのを確認しながら門を突破し、道路に差し掛かる。高城家正門前の道路は長い下り坂になっていて・・・・・・


「おいおい、真田、あれ!!」

「ちゃんと見えてるよ!」


小室と俺が気付いたのは、道路にも結構な数の<奴ら>がのそのそ集まって来てる事なんかじゃなく。

坂の終点、コンクリート製の子供の身長ぐらいの高さの壁が並べられてて、マイクロバス(見覚えがあるタイプだ)が突っ込んだせいで出来たらしい空間から<奴ら>が次々侵入して来てるのは見れば分かる。




――――肝心なのは、バリケードとマイクロバスの間の空間が予想以上に狭い事。

このATVならともかく、ハンヴィーじゃ確実に通れない。

どうする?幾らなんでもあのコンクリートブロックは破壊出来ない。なら、狙うは。


「小室、なるべくコイツの挙動を安定させといてくれ!」

「ちょっと真田、一体何をする気なんだ!?あれどうにかしないとヤバい、まず止まった方が―――」

「こんなとこで止まってる余裕は無い。映画みたいに上手くいくか祈っといてくれ」

「はぁ!?」


M79を掴みつつ座席から立ち上がる。ああいうバスとかの燃料タンクは大体車体後部の座席の下辺りな筈。

使われてる燃料は?ガソリンか天然ガスを使ってるんならまだいい。ディーゼルエンジンだったら、弾頭の威力だけが頼みになる。

丁度こっちに尻を向けて止まってるマイクロバスの左後部を狙って躑弾を発射。これは半ば賭けだ。上手く当たってくれて、尚且つ狙い通り起きてくれれば・・・・・・

躑弾が命中して炸裂。直後、マイクロバスの後ろ半分を紅蓮の炎が包んだ。破片が燃料タンクを誘爆させてくれたのだ。

斜め下から爆発に突き上げられたバスの車体は右へ傾き―――――右側を通ろうとしていた数体の<奴ら>を押し潰し、そのまま横転。

マイクロバスが横倒しになった分新たに空いたスペースは、ハンヴィーの車体が通るのに十分だった。


「「いよっしゃぁ!!」」


思わず隣の小室とハイタッチ。炎上するバスのすぐ横を通って広がりつつある黒煙を突っ切る。煙の臭いから、どうやらあのマイクロバスはガソリン車だったみたいだ。

・・・・・・煙が目に沁みてよく分からなかったけど、何人か高城邸とは逆方向に向かう人影があった気がした。多分先に逃げ出す事に成功してた避難民だと思う。

しばらく走って<奴ら>の姿が見えなくなり始めた頃、新しい躑弾をM79の銃身に押し込みながら小室に話しかけた。


「で、これからどうする?」

「皆には悪い気で僕達の親探しに付き合ってもらう!麗と僕、古馬さんの家、東署、新床第3小学校の順で!このまま走れば2時間もかからない!その後は先生の友達も探そうと思う!それでいいか!」

「俺は別にそれで構わない―――そこを曲がったらもう国道だ」


小室の操作によって横滑りしながら国道に突入。そして即座に小室はATVを止めた。

小室は愕然と口を半開きにし、俺はめんどくさそうに溜息を吐きながらも、内心楽しみが増えたと笑みを浮かべる。

後続もハンヴィーも国道に出た途端急停止。多分車内の連中も小室と似たような表情を浮かべてるに違いない。

2種類のエンジン音に混じって啜り泣く音しか聞こえない―――――そう、もうそれしか聞こえなかった。

他の生きた人間が起こすであろう音は、ATVとハンヴィーが立てる重低音とありすちゃんの泣き声しか存在しなくなっていたのだ。

それらを除けば、聞こえてくるのは<奴ら>が蠢く不気味な生っぽい足音だけ。ここから見えるだけで道路上に数十体の<奴ら>の姿。どいつもこいつもがこっちに向かって接近中。

小室が忌々しげに呻いた。


「こんなに・・・どうしろってんだよ!」

「そりゃあ、まぁ何となく予想はつくけど」

「ならどういう事だよ一体!」

「分からない?<奴ら>は音に反応する!そしてEMP攻撃は街銃から人間とその技術が作り出した大きな音を消し去ったワケ!アタシ達やアタシのパパはそうした中ダイナマイトまで使った!」

「説明どうも。ついでに俺達はこうやって音の出る乗り物に乗ってそこいら中から<奴ら>を引き寄せてるって事さ。俺達以外の車の音なんか聞こえないだろ?」

「納得はいった。だが今問題になっているのはこの場をどう切り抜けるかだよ」


ひょこひょこ窓から首を出して話に加わってくるハンヴィー組。その間にも近づきつつある<奴ら>。


「そう言えば2人が乗ってるバギーも水陸両用よね?川を渡った時みたいに川に入ってやり過ごせばいいのよ!<奴ら>は水に入らないじゃない!」

「ダメです宮本さん、それは止めておいた方が良さそうです。どうもこの車エンジンがヤバいみたいですよ」

「なんかお車調子が悪くなってきてるみたいなの~。変な音が聞こえてくるし・・・」

「ならあのバギーに乗り替えれば!」

「大所帯な上にこのお荷物でか?もう少し周り見て物事考えなよ」

「突破するにもこれだけの数が相手じゃ―――」

「なら一体どうすればいいって言うのよ!?」


喚き散らすだけじゃ何も変わらないのをいい加減理解したらどうなのさ。それに自分からまた<奴ら>引き寄せるような真似してどうするってんだ。

さて、どうする?動く車は2台、<奴ら>はいっぱい。

強行突破なら大歓迎だ。まだまだ暴れ足りない。AA12のマガジンも交換して戦闘準備は万全。

――――そこへ不意に横槍が入れられた。他でもないリーダーの口から。


「真田、お前は降りてくれ。先生、車のエンジン止めて。早く!」

「ふぇぇっ!?う、うん」

「孝!?一体何で」

「僕が走りまわって<奴ら>を引きつける。辺りから<奴ら>の姿が居なくなったら出発してくれ。合流地点を設定しておけば、必ず戻ってくるから皆は其処で待っててくれ!」


囮、か。

確かに良い手だとは思う。でも調子が悪いのにハンヴィーのエンジン止めちゃって大丈夫なのかと言いたかったけど先生がさっさとエンジン切っちゃってタイミングを失った。まあどうでもいいか。


「でもそんなの危険過ぎるわよ!」

「もうそれしか手は無い!このまま強行突破する方が危険過ぎる!僕とこのバギーだけならまだ身軽だ!」


リーダーは単独で行く気満々だけど俺にとっては絶好のチャンスだった。

危険なのは丸分かりで――――その危険を俺は望んでるんだから。付き合わない手は無い。


「なら俺も付きあ――――」

「なら私も一緒に行こう!」


俺の申し出はより大きな声での表明によって掻き消された。

えっ、といった風情で間抜けな顔を浮かべた小室共々振り向くと、屋根から身を乗り出して仁王立ちな毒島先輩の姿。どうでもいいけど黒のパンツ見えてますよ。


「いやでも・・・」

「役に立つと思うよ?私の方が音を立てずに<奴ら>を倒せるからね。こう言っては何だが、真田君の戦いはちょっと『派手』過ぎるし、私の方が適任だろう」


否定は出来ない。でもあっさり引き下がる気にもならないが、<奴ら>は待っちゃくれない。

ATVのエンジン音に誘われて刻一刻と到達までの時間が減っていっている。

そして小室の選択は、


「すみません先輩、お願いします」

「心得た!」

「スマン真田、皆の事を頼む!」


だからその真っ直ぐな目でお願いしないでくれ。どうしてこう、こっちがこれ以上強気に出れない雰囲気放つかな。

小室って世界がこうなる前からそういう奴だったんだろうか。間違いなく、小室は天然の人たらしだ。

クソッ。だけど暴れれる可能性が完全に無くなった訳じゃない。むしろ先延ばしになった方が正しいな。今は我慢しよう。

ああもう、本当にやりづらい奴だよ。


「小室!せめてこれ持ってきなよ!サイレンサー最初から組み込んであるからかなり銃声を抑えてくれるよ!」


そう言って平野が投げ渡したのはH&KのMP5SD6。特殊部隊向けの消音サブマシンガン。マガジンポーチも一緒だ。

毒島先輩と入れ替わるように荷物を持ってハンヴィーへ。擦れ違う瞬間、「皆の事を頼んだぞ」と耳元に囁かれた。

ご生憎様、俺は自分の事で精一杯です。


如何にも馬力がありそうな騒々しいエンジン音を殊更派手に響かせながら、2人の乗ったATVは国道を下っていった。わざわざ<奴ら>が固まっている所に突っ込む様な形で。

予想通りというべきか、ハンヴィーのかなり手前まで近づいていた<奴ら>の群れが一斉に回れ右。引き潮みたいにのそのそと離れていく。

俺はハンヴィーのボンネットにもたれかかりながら溜息を吐きつつ空を見上げた。

もう正確な時間を知る事は出来ないけど、空はかなり黒ずみつつあった。沈みゆく夕日は地平線の彼方に消えようとしている。










闇が近づきつつある。

夜闇を明かりなど最早何処にも存在しない、本物の闇が。






[20852] HOTD ガンサバイバー 17
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2011/03/15 10:44
※地震の被害に遭われ亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします・・・
※管理人様がご無事で何よりでした。設備もあまり被害が無かったようで、本当に幸運でした。これからも大変でしょうか頑張って下さい。
※何をトチ狂ったか板移動。原作が連載される毎に1~2話ぐらい更新予定。つまり亀より遅(ry
※それから一般の懐中電灯と違って特殊部隊向けのコンバットライトとかにもICみたいなのは使用されてるんでしょうか?分かる方いらっしゃればご意見宜しくお願いします。




















―――――本物の闇という物を舐めてたかもしれない。


あっという間に日は落ち、何分過ぎたか計る術は無いが闇の訪れはかなり早くやってきた風に感じた。

見えないってレベルじゃなかった。数十m先に地面が果たして存在しているのか不安に駆られてしまう。周囲を底無しの崖に囲まれて孤立しているような気分になってきた。

これが本当の闇ってヤツなのか。街灯やネオンという文明の光源のありがたみを今になってようやく実感する。

月明かりや星明かりなんて当てにならない。ハンヴィーの銃座がある場所も音がなるべく漏れないよう閉め切ってしまったし、窓からも大して光が入ってこないから車内は真っ暗。

自分の手の輪郭もおぼろげにしか分からないぐらいなのに泣きじゃくる声だけが響く物だから、幾ら俺でも気が滅入らない訳がない。




分かってる。分かってるよ。仕方が無いって事ぐらい。

子供で、しかも父親を亡くしたばかりだからとはいっても―――――事態が事態で場所が場所だ。いい加減、弁えて欲しかった。


「・・・・・・ありすちゃん。もう泣くのは止めて静かにしてくれないか?今この状況じゃ<奴ら>が泣き声を聞いて集まってくるかもしれないから、ね?」

「何言ってるのよ!ありすちゃんはお父さんを亡くしたばかりなのよ!?」


誰かが噛みつくとは思ったけど、案の定宮本か。


「宮本はもっと黙ってくれ。言われなくても分かってる。だけどそれはもう『過去』の話であって、『今』危険に晒されてるのは俺達なんだ」

「だからって貴方ねぇ・・・!」

「はいストップ。真田の言う通りよ。閉め切ってるとは言え<奴ら>の聴力は健在なんだから、小室達が囮になって引き離したとはいえ泣き声に釣られて<奴ら>がまた集まってこないとも限らないわ」

「でも!」

「だから静かにしなさいよ!1度言われてもまだ理解できないの!?」

「た、高城さんも宮本さんも落ち着いて!」

「あの、高城さんも静かにした方が・・・」

「うっさい!」


ぎゃいん!?と派手な殴打音とともに上がった平野の悲鳴はどこか嬉しそうな感じだった。何故里香は無視して平野にだけ手、じゃなくて足が出るのやら。

腹の底に沸き上がったものを少しずつガス抜きしていくみたいな溜息を長く吐いてから、前に座る高城がこっちを見た気がした。

ちなみに座席の配列は運転席に鞠川先生、助手席に里香。真ん中の座席に宮本・高城・ありすちゃんで、荷台に荷物と一緒に収まってるのは俺と平野。


「真田、アンタも一々逆なでするような言い方するんじゃないの!」

「Yes,Mam」


隣でホッとしたように平野も溜息を漏らした。その様子が見えた訳じゃないけれど。


「それにしても真っ暗。車の中も全然見えないわ~」

「車内灯は使えないんですか?」

「ダメみたい。うんともすんとも言わないの~」

「対EMP処置は駆動系のみに限定されてるのかもしれないわ。だから車内のインテリアはまた別、他の電子機器と同じくもう使い物にならないわ」

「え~このまま真っ暗なまま~!?ヘッドライトとかはちゃんと点いてたのに~!」

「――――ちょっと待ってくれ」


そういえば、今の今まで使う機会が無かったから半ば存在を忘れてたけど。

手探りで目当ての物を求める。とにかくほぼ黒一色しか見えないせいで意外と手間取った。M4の銃身に取り付けたフォアグリップに一体化したフラッシュライト(細かく言うとウェポンライト・タクティカルライトとも呼ぶ)のスイッチを弄ってみる。


「うおまぶしっ!」

「こっちはちゃんと使えるみたいだな」

「ああそうよそうだったわ!分かりきってたのに私ってば本当にバカ!懐中電灯とかなら動くに決まってるじゃない!」

「た、高城さん落ち着いてー!」


とりあえず当面の灯りは確保。ようやく全員がどんな顔を浮かべているのか見える様になった。

でも外の様子はライトが窓ガラスに反射してあまり光が届かない。


「外を照らしてみる。平野、援護を。そこのM1を使うと良い」

「了解!」


ゆっくりと、音を立てない様に天井の銃座を塞ぐ蓋を押し開けて、俺と平野は上半身を覗かせる。

途端に車内に入り込んでくる外の空気。血の臭いがした。頭上に広がるのは星空―――綺麗だとは思うがそれだけだ。それ以上何の役にも立たない。

M1A1のフラッシュライトを灯した平野と一緒にサーチライトのように周囲を照らし出していく。向く方向は別々。フラッシュライトは眼潰しにも使えるぐらい光量が強いから光が遠くまでよく届く。


「・・・見えた。距離100、でもこっちには気付いてないみたいです」

「こっちも、照らされてもやっぱり向こうには分からないみたいだ」

「小室達のエンジン音も聞こえない・・・これ以上此処に潜んでても意味が無いわ。出発しましょう」

「えっと、先生は余りここら辺の事は詳しくないんだけど」

「大丈夫、この辺りは小学校の頃通学路でしたし、大きな建物で国道沿いに行けば10分もかからないと思います」

「その『10分』が長そうだけど」


また宮本に睨まれたけど言わなきゃ気が済まなかったんだから仕方ない。


「ありすちゃん、大丈夫?」


里香の気遣う声。もうありすちゃんからすすり泣く声が聞こえてこなかった事に、今更ながら気付いた。


「・・・・・・うん・・・ありす、もう泣かない」


ありすちゃんは強い子だと思う。父親を亡くして半日どころか数時間しか経ってないのに、もう悲しみへの自制を身に付けてしまっていた。

『僕』の時はどうだった?『俺』にはもう思い出せない。現実味が無くてただ無為に呆然と過ごしただけだった気もする。

ゆっくりと死んでいくように過ごして、世界が壊れた瞬間身近を徘徊する<奴ら>という名の具体的な『死』の象徴によって『俺』は生を感じる様になった、とも言える。




その在りようがどうしようもなく狂ってる事も俺は自覚していた。

だからどうした?それが『俺』だ。それ以外の事なんてどうでもいい。








「先生、車を出して」

「うん分かった」


先生がキーを回し、エンジンが唸り、車体が震え―――――

―――――――すぐにぷすん、と間抜けな音と共に止んだ。


「え、あ、あれ?」


もう1度唸って、またすぐに止まる。ハンヴィーのV8ディーゼルエンジンはすかしっ屁染みた音しか出そうとしない。

何度も何度もそれが繰り返され、鞠川先生の漏らす悲鳴は最早泣きそうだった。


「な、何でかかってくれないの~!?」

「ちゃんと整備しきれてなかいまま強行突破したせいでエンジンの具合がおかしくなってたのに<奴ら>をやり過ごす為に完全に止めちゃったからですよ!」

「とにかく先生は動くまでエンジンをかけ続けて!」


だけどこんな時に限って悪い事は続くもんだ。


「速くした方が良い――――<奴ら>がこっちに気付いた」


点火時のエンジン音か、慌てた皆の声が意外と遠くまで響いたのか。ライトで照らした先の道路の<奴ら>が、次に照らした時にはこちらを向いていた。

真っ直ぐとハンヴィーに向けて近づき始める。ゆっくりと牛歩の歩みで、しかし確実に。


「撃ちますか?」

「エンジン音より大きな銃声よ?もっと大量の<奴ら>が集まってくるに決まってるじゃない!」

「気をつけろ、後ろからも来てる!」


逆方向からも引き摺るような独特の足音が、不発を繰り返すエンジン音の合間から微かにだけど聞こえた。

平野と背中合わせになる形で後部方向に銃口もろともフラッシュライトを向けると案の定。数は、最低でも10。

何処から湧いて出てきやがった。撃つ?撃たない?どっちにする?

チラリと平野が向いた側に視線を一瞬向けると、M1A1のライトに照らされただけでもさっきより更に膨れ上がった<奴ら>の姿。

――――俺は引き金を絞ろうとする。


「やった、かかった!皆、しっかり掴まって!」


引き金に連動した撃鉄が落ち切る直前、盛大な咆哮と共にハンヴィーのエンジンが復活の雄叫びを上げた。

そのまま急発進したもんだから、上半身を乗り出したままだった俺と平野は車内へと慣性のせいで引きずり込まれ、




ガギン!!




「・・・・・・」

「・・・・・・」


こ、言葉が出てこない。というか俺だけじゃなくて一部始終を見てた宮本や高城達でさえ目を見開いて何か言おうとしてたけど失敗してる。

何が起こったか簡潔に説明してみると、平野がずっこけた拍子にM1A1がすっぽ抜けて銃口が下を向いた状態で引力に引かれてその銃口の下には銃剣も取り付けてあって。

・・・荷台の床に軽く突き立った銃剣と俺との距離はゼロだった。頬が何だか熱いのに鋼鉄のひんやりとした感触も伝わってくるってああそういう事か、銃剣が頬を掠めたのか。


「わわわわわー!さ、真田ゴメン!大丈夫!?」

「・・・冗談抜きでこんな死に方なんてまっぴら御免だからな」


割と本気で殺気を込めて親友を睨んだのはこれが初めてだと思う。








夜闇を突っ走るハンヴィーの行く手を照らすのはヘッドライトと蛍の光の方がよっぽどマシな星明かりだけ。

だから見通し距離に限界がある以上、必然的に障害物の存在に気づいても運転手の反応が遅れてしまう。こういっちゃなんだけど、ぶっちゃけ日頃からドンくさい鞠川先生なだけに尚更。

しょっちゅうハンヴィーの車体に何かがぶつかる衝撃が奔る。それは乗り捨てられた車だったり、<奴ら>だったり、道路に転がった何かの荷物か残骸だったり、<奴ら>だったり、やっぱり<奴ら>だったり。

車体に<奴ら>のどこかしらが当たる度、トマトかスイカでも激突したみたいな水っぽい音がする。車体だけじゃなくフロントガラスも<奴ら>の血がこびり付いて汚す。


「ひにゃあああああっ!?ひゃ、きゃああっ!!?」

「うっさいわね!いちいち悲鳴あげんじゃないわよチビ巨乳!」

「っていうかどんどん数が増えてってなぁいぃこれ!」


鞠川先生の言う通り、国道に出てくる<奴ら>の数は走り始めた当初より明らかに数を増している。疾走するハンヴィーに惹かれて集まってきている事は間違いない。


「合流地点まであとどれくらいなんですか!」

「分かんない、確認してみるわ!」


宮本が屋根から身を晒す。数秒後、車体をバンバン叩きながら宮本が叫んだ。


「あった、見つけたわ!先生あれ、右側のあのでっかい建物の影よ!間違いないわ!」


平野や高城と押し合いへしあいしながら右側の窓にへばりつくと、宮本の示す建物の影が半ばぼんやりながら確認出来た。

確かに大きい。建物の高さそのものはそこまでじゃなさそうだが、面積はかなりのものだろう。

合流地点に設定されたあのショッピングモールを俺は行った事が無い。完成したのは結構最近だった気がする。

食糧や物資は豊富に置いてあるだろうけど――――辿り着いたはいいけど果たして中に入る事は出来るのか、という疑問がふと頭をもたげた。先客が存在しててもおかしくない。

俺の考えを余所に、鼻先を合流場所に転じるべく先生がハンドルを急に切ったものだから揃って反対側の窓に叩きつけられた。そこにさっきの俺達同様バランスを崩した宮本が降ってきたもんだから堪らない。


「せ、先生!お願いだからもう少し静かに運転して下さい!」

「そんな事言われてもそんな余裕無いもの~!」

「れいお姉ちゃん重たいよ~」

「ご、ゴメンねありすちゃん!」


あっという間に建物の輪郭が大きさを増していく。宮本と入れ替わりに銃座に出て進行方向ではなく、後方に目を向けた。

闇夜にまだ目が慣れてないからかそこまでハッキリとは分からない。だけど暗がりの中蠢く一際濃い影が見えた。多分エンジン音を追ってきた<奴ら>に違いない。

ぐんぐん引き離してはいるものの明らかに規模が増大している。避難場所に着いたら着いたで出来るだけ早く建物の中に逃げ込んだ方が良さそうだ。

そう判断しながら今度は前方へと反転し、微妙に光量が減ったヘッドライトの先で浮かび上がった光景と訪れるであろう事態に、思わず俺は叫んでいた。


「鞠川先生、減速して!」

「えっ?」


鞠川先生は不思議そうな声を上げただけでアクセルを緩めようともしなかった。鈍いのも大概にしてくれ。何でそこにわざわざこっちに視線を向ける?

咄嗟に慌てて車内に戻ると「掴まれ!」と叫んでから天井を下から支える風に腕に力を込め、身体を固定する。

他の面子が俺の警告に間に合ったかどうかは分からない。

次の瞬間、ハンヴィーの車体が思いっきり跳ね上がった。建物を囲む形で広がる広大な駐車場の更に周囲に作られた植え込みの段差にタイヤが乗り上げ、下から強烈に突き上げられた。

腕で支えてなかったら衝撃の勢いそのままに天井に頭をぶつけていただろう。それを証明するかのように平野達の身体が一瞬宙に跳ね上げられていた。

再び衝撃。今度は植え込みを突き破って僅かな時間空を飛んだハンヴィーが着地した為によるもの。また上下に揺さぶられて女性陣の誰かが悲鳴を上げる。


「先生、前!危ない!」

「だから先生こんなキャラじゃないのに!」


助手席の里香の叫びにまたハンドルを切る先生。だがまたも間に合わない。

駐車スペースに放置されていたワゴン車の後部に激突。金属バットでぶっ叩かれた缶の中身宜しく車内で振り回される。

行く手を照らす光が唐突に片側だけ消え去った。激突の衝撃でヘッドライトが壊れたんだと悟った。

接触の衝撃にハンヴィーは蛇行しながら駐車場を突っ切る。生きた心地がしない。大きく傾ぎながら軍用車は走り続ける。


「何処で止まれば良いのぉ!?」

「非常口!それか非常階段を探して!普通の入口はきっと封鎖されてる筈!そこのガンオタコンビもそのライトで捜しなさい!」


言われなくてもそうするさ。時化の海に出た小舟みたく揺れる車内で何とか俺と平野は高城の指示通り、建物の壁面をフラッシュライトの光で舐める。

とにかくハンヴィーが高速で動き続けるもんだから、照らした所が勝手に移動してしまう。早く見つけなきゃ、エンジン音を追ってきた<奴ら>に囲まれかねない。

ええい、せめてもう少し月明かりが明るければ分かりやすいだろうに・・・・・・


「見つけました!非常階段です!」

「先生、Uターン!」


再度方向転換の慣性に振り回され、焼けるゴムの臭いが鼻を突く。


「そのまま階段まで車を近づけて!」


平野が照らす先めがけ先生は車を加速させた。でも先生、勢いつけ過ぎな気がするんですが。

その時唐突にまた何かが車体正面にぶつかった。正確にはヘッドライトが壊れた側のバンパーと衝突し、その物体は激突の衝撃でボンネットに乗り上げフロントガラスの所まで滑る。

正体は男性型の<奴ら>。

車は微妙にコースを外れ、殆ど減速しないまま、建物の壁はもう目前。


「いやぁ~!前が見えないわ~!」

「先生ストップ、止まってぇぇぇ!!」


平野の絶叫が今度は届いたのかハンヴィーは急減速。だがかなり速度が付いていた2tオーバーの軍用車両の運動量はすぐには打ち消されず。

結果。<奴ら>をボンネットに乗せたまま、壁面へと突っ込んだ。

掬いあげられるような感覚。前のめりに身体が押されてロクな抵抗も出来ないまま俺の身体は、


「がっ、はっ!!」


マトモな言語かすら怪しい音を無理矢理吐き出された。一瞬、意識が飛んだ。

意識が再起動した途端苦痛に襲われた。とにかく背中が痛くて内臓がおかしくて更に痺れが身体全体に走っている。手当もせずほったらかしだった頬の切り傷から血が口元に垂れてきて、唇に湿り気を感じる。

衝撃もそうだけどベストの背中側の留め具とかがくい込んでるのも結構辛い。でもお陰で意識が呼び覚まされて、何とか身体を起こす。一応身体は云う事を聞くけど、長年寝たきりだったみたいに力が入らなくてぎこちないのがもどかしい。


身体の下のボンネットの隙間から水蒸気が立ち上っている。ラジエーターでもやられたかな?エンジンも完全に止まってるし、今度こそイカレただろう。もう使えまい。


「う゛あ゛あ゛あ゛ぁ“ぁ―――・・・・・・」

「っ、このっ・・・!」


<奴ら>は例え大型車に撥ね飛ばされても元気なままだった。俺にのしかかってきて、反射的に両肩を掴んで抑えなきゃ首元の肉をごっそり食い千切られてただろう。

ガチガチと目の前で歯がぶつかり合う音がする。腐った肉にも似た臭いが口元から漂ってくる。必死になって押し返そうとするけど、この馬鹿力!

痺れが抜けない両腕が<奴ら>の腕力に屈していく。曲がっていく両腕。<奴ら>の前歯が鼻先に触れそうな位距離を詰める。

此処までか、と諦観を抱いた。まだ早い、と別の俺がそれでも筋肉に命令を送り続ける。

抗うこっちの内心などお構い無しに<奴ら>が大口を空け――――

―――――その口の中から唐突に飛び出してきた銃剣の切っ先が、軽く俺の鼻先に触れた。

刃が背中側から口腔をこねまわし、丁寧に蹂躙されてからUFOキャッチャーに鷲掴みにされた景品宜しく俺の前から離される。


「大丈夫?どこも噛まれてない?」

「まあね。身体は悲鳴上げてるけど」


平野が銃剣付きのM1A1持ってくれてて助かった。でも悠著に感謝する暇も無さそうだ。

エンジン部分から水蒸気が漏れ出る音の中に、不規則かつ幾つもの足音が近づきつつあった。

しきりに頭をさすりながら下車する宮本達とは対照的に、里香と鞠川先生は前に座ってた割には怪我も無く平気そうだった。やっぱりシートベルトは偉大だと思う。


「車から降りるのよ、急いで!いつの間にかもうそこまで来てるみたいだから、最低限の装備だけ持ってこのまま非常階段!」

「荷物はどうするの?」

「日が昇って<奴ら>がまたどっかに行ってから回収!」

「皆は早く階段の所まで!僕が援護します!」


よろめきながらボンネットから降りた俺に、かいがいしくも里香が肩を貸してきた。身長差があり過ぎて傾いてるけど無いよりはマシだ。少し覚束無い足取りで向かう。

・・・・・・というか、「大丈夫!?しっかり!」とか半ば抱きしめられながら里香に引きずられて運ばれたって言った方が正しい。

空いてる側の手でM4を構え、目的の非常階段を照らす。邪魔者は無し。扉が阻んでるけどそれ以外は枠だけだから、簡単に鍵を外す事が出来た。

それぞれM590とイサカを持った宮本と高城を先に行かせ、次に先生とありすちゃん。残るは俺と里香、そして平野。

おぼろげな月光と星明かりでも輪郭が分かるぐらいの距離まで既に<奴ら>が近づいてる。


「平野!」


合図を送ると、肩にVSSをスリングで引っかけM1A1のライトで足元を確認しつつ平野も階段の所までやってくる。彼が通ってすぐに非常階段の扉を閉めた。

あとは建物の中に入るだけ。


「ダメ、鍵がかかってる」

「どっちか銃を貸して下さい。頑丈でもブリーチング対策はされてないから、ショットガンなら鍵を吹き飛ばせるかも」


そう言って平野が高城からイサカを受け取って棹桿を前後させた、その直後。

金属が擦れ合って鍵が開く音がした。自然と沈黙が広がった。


「・・・・・・・」


平野とアイコンタクト。里香から離れると俺はM4を片手で腰だめに保持しつつもう片方で扉に手をかけ、平野は何時でもドアの向こうを狙えるようショットガンを構えた。

無言で頷き合ってから、一気に扉を開けて両手でしっかりとイサカを構えた平野が前に出て・・・・・・・


「きゃんっ!!?」

「のわあっ!!?」


転がるように飛び出してきた影にあっさりと圧し掛かられてぶっ倒れた。幸運にも暴発は起こらなかった。

向こうからも扉を押し開けようとした所にこっちから俺が勢い良く引いたんだろうか。ライトを当ててみると、影の正体は婦警の格好をしていた。

俺らより少し年上なぐらいだ、童顔の可能性もあるけど。いや、鞠川先生という年の割に子供っぽい感じの人もいるし・・・・・・どうでもいいか今はそんな事。


「うあ、あ、あの、本官は・・・・・・・」


とりあえず傷を負ってる様子もないし、顔色は普通に見えるし、何よりあーうーだの籠もった呻き声じゃなくてちゃんとした言葉も話せるみたいだし。

最後の扉も開け放たれている。この中に<奴ら>が居る気配も漂ってこないんだから、此処で立ち尽くしてる必要は何処にも無い。


「勝手ですけど、中に入らせてもらいますよ」


返事も聞かず俺は建物の中に踏み込んだ。

身体が痛い。今はとにかく横になりたかった。骨とか折れてなきゃいいけど。







「で、何時までそうしてるワケそこの2人!!」

「「ひゃ、ひゃいっ!!!」」






[20852] HOTD ガンサバイバー 18
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2011/07/22 23:38
※別作品の感想で生存を心配してくれた方がいらっしゃいましたが、ぶっちゃけ腸炎で入院してました。2度もカマ掘られた上に検査の為に下剤地獄でしたよファッキン
※皆さんこれからはナマモノにご注意ください・・・検査でアッーとリアルに叫ぶ事になります
※最近やる夫系で連載中のロメロゾンビシリーズ物にハマって初代ゾンビ見ようと思ったら近所のビデオ屋にリメイク版しかDVDが置いてなかった件。TSUT○YAェ・・・
※病院戦まで書くつもりですが田丸さんはどうしようか・・・ご意見求みます














・・・・・・何だか騒がしくて目が覚めた。

それにしても寝て起きる度に知らない天井なんだけども、まあそれも仕方ないか。この数日1日ごとに寝床が変わっているんだから。

俺が寝ていたのは寝具コーナーに置いてあった商品のベッドの上。他にも色々なデザインのベッドが並べられていて、身体を起こすとすぐ近くのベッドに腰掛けていた鞠川先生と目が合った。


「あら~、目が覚めたのね。良かったわ~頭は打ってないのは分かってたけど思いっきり壁にぶつかってたから心配だったのよ~。調子はどうかしら?」

「・・・・・・大丈夫そうです。身体はまだ痛みますけど、十分動けます」


多分寝る前に塗られた鞠川先生特製塗り薬が効いたのかもしれない。高城の実家で宮本が塗られたというアレだ。上を脱ぐ必要があったから上半身裸でうつ伏せで寝る羽目になった。

見まわしてみると、愛銃のM4とホルスターに収まったP226Rがベッドを支える脚の上の出っ張りに引っかけてあった。着てた学生服とシャツとタクティカルベストはご丁寧にハンガーにかけて箪笥の中。


「うう・・・・・・」


幼い呻き声がした。この避難場所に居た先客を含めても、俺の記憶に当て嵌まる在はたった1人しか思い浮かばない。


「ありすちゃん、此処に着いてから夜の間ずっと泣いてて。ついさっきようやく寝ちゃったみたいなんだけど、魘されてるみたいなの・・・・・・」


当たり前だと思う。しょうがないとも思う。

だけど、どうでもいい。


「皆は何を?」

「え~っとぉ、何だか先に居た人達が婦警さんにあーだこーだって騒いでたみたいで、皆そっちの方を見に行っちゃったみたいよぉ」


ああ、あの如何にも頼りなさそうな婦警か。俺達があのまま逃げ込んできた時も持ってた銃見てかなりテンパってたな。全身痛くてベッド見つけるとすぐぶっ倒れたから俺にはそれぐらいの印象しか彼女には持っていない。


「小室と毒島先輩は無事に此処に辿り着けたんですか?」

「ええ、朝方――――かしら?全部の時計が止まっちゃってて詳しい時間は分からないんだけど~」

「いえ、それだけで十分です」


俺は安堵した。それから2人の無事を知った途端自分が安堵した事そのものに驚いた。

やっぱり小室が絡むと調子が狂う。俺は他人の事も自分の事ももうどうでも良かった筈なのに。あの人たらしめ。

ワイシャツを直接羽織ってタクティカルベストの前を留めないままの恰好になって、寝るにあたって脱いでいたスニーカーを履く。


「ちょっと皆の様子を見てきます」

「分かったわ~それじゃあ私は眠たいからしばらくひと眠りしてるわね~・・・・・・」


あくびを噛み殺しながらありすちゃんと同じベッドに寝転がった鞠川先生は、僅か数秒で眠りについてしまった――――ありすちゃんを優しく抱きしめる格好で。

能天気そうに見えてもやっぱり鞠川先生も疲れてるんだろう。それまで自覚はなかったつもりだが、日の高さからして結構な時間をグースカ寝てた俺も似たり寄ったりにそれなりに疲労が溜まっているのかもしれない。






俺達が逃げ込んだショッピングモールは吹き抜け式の天井が高い2階建ての構造で、天井の大半が半円のガラス窓だからEMPの影響で照明が灯されていなくても十分な量の光が頭上から降り注いでいる。


「あっ、起きたんだマーくん!身体の調子は大丈夫なの?」


顔を合わせるなり里香は俺に駆け寄ってきた。まるで人懐っこい猫か何かだ。鬱陶しい。


「アレぐらいじゃ簡単には死なん。お前は何やってんだ」

「高城さんに言われて、持ってきた銃とか弾とかをまとめて見張ってるの。此処に先に居た人達にはなるべく触らせない方が良いからって・・・・・・」


俺も高城と同意見だ。自画自賛するつもりはないけど、このショッピングモールに居た『先客』達が俺達より上手く銃を扱えるとは思えないし、向こうの手に渡れば最後持ち主だった俺達自身にその銃口が向けられかねない。

問題は里香にその番人が出来るかどうかだが――――コイツの柔道と馬鹿力なら要らぬ心配か。堅いリノリウムの床はさぞや投げ技の威力を高めてくれるに違いない。

里香がちゃんと『対応』できれば、の話だが。コイツは俺やコータとは違うんだ。生きた人間相手に実力行使できるかは甚だ不安だ。


「数が少なくないか?」

「他のは別の場所に隠す事になったから」

「・・・・・・何処に?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じょ、女性用の下着売り場」


誰のアイディアなのやら。


「真田!大丈夫なのか、怪我して寝込んでるって聞いてたんだけど」

「少し身体を打っただけだ、問題無い。とりあえずそっちも無事に辿り着けたみたいで何よりだ」

「そっちも大変だったんだってな。麗達から聞いたよ」

「はいはい、再会を喜ぶのは後にして。真田も動けるんなら手伝って頂戴。話し合わなきゃいけない事や調べたい事なんかが私達には山ほどあるんだから!」


高城が手を打ち合せて皆の注目を集める。


「とりあえずまずは真田。アンタはそんな風にジャラジャラ銃を持ち歩かないようにして、せめて拳銃だけを目立たない様に隠すようにしなさい。ただでさえ此処の連中はこれだけの銃を持ってる私達に良い感情を持ってないんだから、少しはカモフラージュしておかないと余計なトラブルの元よ」

「残りの銃を隠したのも同じ理由か?」

「そう。此処の連中パパの部下ほどまとまりが良くないもの。もし銃を奪われたらそれを止める為にまた銃を使う羽目になるわよ。それなりに弾はあるとはいえキリがなくなるわ」

「せっかく此処まで辿り着けたんだ。出来る限り穏便に必要な物を分けてもらえるよう頼むのが1番だよ」

「とにかく、此処の連中を出来る限り刺激しない事!先に居た連中にとっては私達は泥棒と一緒なんだから!特にアンタは見た目はマトモっぽい癖に頭の線がプッツン切れ気味なんだから1番気をつけなさい!」

「そういう事は面と向かって言うものではないと思うのだが」

「本当の事でしょうが!いい?非常時以外は私かリーダーの小室が許可を出すまで絶対に此処では銃を抜かない事!宮本や古馬もその時は止めて頂戴!真田とコータ、分かったわね!?」

「い、Yes,Mam!!」

「へいへい」


どうでもいい。向こうが突っかかって来なければいいだけの話だ。


「他にも話し合いたい事はあるんだけど――――先生は何してるの?真田の傍についてた筈だけど」

「眠いからしばらく寝るってさ。ありすちゃんも一緒だ」


気まずい沈黙と空気。


「と、とにかく真田君の看病で先生も疲れてるんだと思うし、また後で集まる事にしない?」

「そうだな。その方が良いと僕も思う」

「そうしましょ。じゃあ手分けしてこの施設のの探索と必要になりそうな物資の場所を把握しておきましょ。あと誰かが此処に残って武器の見張りを―――」

「なら私が見張っておこう。こっちの方が視覚的にも近づきにくいだろうからね」


毒島先輩は腰に下げた刀の柄を軽く叩いて示す。銃よりも刀の方が一般的と言える日本じゃ、確かに刀の方がインパクトが強い気がする。


「それじゃあ先輩、銃の見張りをお願いします。鞠川先生が起きたら知らせてくれませんか」

「心得たよ、孝」


・・・・・・あれ、毒島先輩の雰囲気がおかしい気がする。小室に向ける視線がえらく熱っぽいし、宮本は宮本でえらく不機嫌そうだし。

まあ、どうでもいいか。


「ところで高城、服着替えたのか?」

「ええ、あんなひらひらしたの着てらんないから。アンタ達も今の内に着替えたらどう?」








とりあえずさっきまで寝てた寝具コーナーを通って向こうの方にどんな店があるのか見に行く事にした。M4は皆の銃をまとめている場所に置いて、今身に付けている武器は太腿のホルスターの拳銃ぐらいだ。

そしたら向こうからやってきた『先客』の1人と出くわす。黒のニット帽を被ったガタイの良い兄ちゃんだ。腰にぶら下がっているのは鉈。


「何じろじろ見てやがんだああ?」

「いいえ別に」

「ケッ」


えらく不機嫌そうだった。擦れ違い間際、「せっかくイイ女だから・・・」とか「ガキも一緒かよ・・・」とか「あんなの見せられちゃヤレる訳ねぇだろ・・・・」とかなんとか。何を企んでたのやら。

ありすちゃんともどもスースー寝息を立てている鞠川先生の横を通り過ぎて奥の店へ。

家具売り場の隣はDIYショップ、つまり日曜大工用品の並ぶフロアだった。木材から大工道具、壁で仕切られる事無く隣のアウトドア用品店にも繋がっていて、すぐ向こうの棚には本格的なレジャー用品や庭弄り用の品々、登山道具などなどまで並んでいる。

ここなら色々役立つ者が見つかりそうだ。自分で言うのもなんだけど、宝探し的なアレっぽくて正直ちょっとワクワクしてたりする。


「何があるかな、っと」


こういうのをよりどりみどりっていうんだろう。登山用の本格的なリュックだけでも大小様々な種類が巨大な棚の1つを埋め尽くしていた。とりあえずそこから好みの色合いの大型リュックを失敬。

ハードな強行軍でも耐えられるよう頑丈かつ軽量な新素材で出来ています、と宣伝用のタグに記載してある。確かに俺の家から持ってきたリュックよりは上等そうだ。

まずは携帯用のガスバーナー。誰も近くに居ないのを確認してから予備を含めて複数リュックに放り込む。ライフラインがEMPで壊滅したから食料やお湯を温めるのに役立つ筈だ。

DIYショップでワイヤーも手に入れた。物を固定する以外にもトラップや鳴子みたいな警報装置の作成に使える。一応ロープも入れておこうかと考えたけどワイヤーより嵩張るし保留。




武器になりそうな物も色々と並んでいた。鉈とか枝切り鋏とかよりも俺の目を引いたのは登山道具の棚に置いてあったピッケルだ。

昔どっかで読んだ物の本曰く、ピッケルには銃創みたいな純粋な山登り向けに杖として使える60~70cm位の長さのタイプと、クライミングや氷壁みたいに急角度の絶壁を登る為の全長30~40cmの草刈り鎌みたいなタイプに分かれるそうだ。

俺が手に取ったのは後者のアイスクライミング用の物。アイスクライミングで使う類の物はアックスと呼ばれ、普通のピッケルよりも曲がり気味で軽い。説明書によればチタン合金製の高級品だとか。

素振りしてみるとなるほど、軽くて振り回しやすくて中々手に馴染む。鋼鉄並みに固いだろう岩肌や氷壁に食い込ませて人間を支える為の代物なんだから強度も折り紙つきだ。

まさしく鎌の刃によく似たブレードの部分をなぞってみても鋭さは十分。これなら<奴ら>の頭も簡単にカチ割れそうだ。

ブレードの反対側はハーケンを打ち込む為のハンマーになっているからブレードで突き立てるも良し、ハンマーで殴っても良し。<奴ら>相手ならナイフとかよりも使い勝手が良さそうだ。気に入ったから貰っておこう。


「~~~~~~♪」


アックスをストラップで腰に留めて、我ながら珍しくご機嫌になった俺は鼻歌交じりにショッピングを続け・・・・・・ある物に目を惹かれた。

『キャンプの思い出作りに!』とのフリップと一緒に並べられた花火セットだ。袋詰めのセットの他にロケット花火に打ち上げ花火にクラッカーボール、そして爆竹。


「・・・・・・・・・・・・」


最後にこんな花火をやったのは何時頃だっけ―――――そんな感傷は放り捨てといてと。

<奴ら>は音に反応する。花火、特にロケット花火や爆竹などなども破裂して音を出す。銃声ほどじゃないけど、それなりに近所迷惑な音を。

・・・・・・これ、使えるんじゃないか?


「これも貰っていくか」


思い立ったら即実行。大きな音が出るタイプの花火を次々リュックに放り込んでおいた。でもって不意に沸き上がる衝動。

――――どうせならもっと『派手』なのを作ってみたらどうだ?













数分後、俺は持ってきた材料と必要になりそうな道具を持ってモール内のコーヒーショップ『スターラークス・カフェ』前に移動していた。カウンター前には丸テーブルと椅子が並んでいて作業場に丁度良さそうだったからだ。

調達してきた道具と材料はペンチに十字に折り目をつけて中心を窪ませた大きめのメモ用紙、爆竹に工作用のプラスチック製パイプ、そしてライターにカセットコンロ用のガスボンベとダクトテープだ。

まず人差し指ぐらいの太さの細長いパイプを適当な長さに切り、片側をライターで軽く炙る事で溶けた部分がすぐに固まって穴を塞ぐ。

次に、ホルスターから拳銃を抜いて更にマガジンも抜く。薬室に装填されてある分も取り出すと、マガジンに詰め込んである9mm弾を次々親指で弾き出してテーブルの上に広げた。

ペンチを使って薬莢と弾頭部を分ける。今回必要なのは弾丸その物じゃなく、爆発する事で弾頭を飛翔させるという銃にとって必要不可欠な火薬だ。中身を即席の紙皿に広げる。

2~3発分で十分だろう。さじ1杯分ぐらい紙の上に盛られた無煙火薬を慎重な手つきで切ったパイプの中に注ぎ込んでいった。その上から束ねてあったのを1本1本バラした爆竹で蓋をしてテープで固定。勿論導火線は覗いたまま。

でもって火薬を詰めたパイプを今度はガスボンベと一緒にボンベに巻きつければハイ完成。即席爆弾の一丁上がりだ。

とはいえ、グレネードランチャーや手榴弾みたいな破片効果を狙ってある訳でもなくダイナマイトみたいに強力でもなく、精々プロパンガスを誘爆させて小規模な炎と衝撃波を引き起こす程度の物。爆竹よりは更にデカイ音を発生させるだろうから陽動や足止めに使うつもりだ。

単に爆竹や花火を解しただけの火薬じゃ意外と固いガスボンベを破裂させるのに不十分だと思ったから弾薬に使われてる火薬を使ってみたけど、これなら多分何とか使い物になるだろう。そんな感じで今作れる分だけ作っていく。




誰かが俺のすぐ後ろまで近づいてきていたのに気づくまでしばらくかかった。机に影が映った時になってようやく振り向いた。


「あのー、何をやってるんですかぁ?」

「・・・・・・誰でしたっけ?」

「ああ、申し遅れました!主床東署交通課、中岡あさみ巡査であります!気軽に『あさみ』って呼んで下さい!」


そういえば身体中痛くてすぐにぶっ倒れたから俺だけ此処の『先客』と自己紹介し合ってないんだっけ。


「真田聖人。一応よろしく。で、そっちの人は?」


眼鏡に坊主頭、首にはアクセサリーとヘッドホンをぶら下げたヒップホップ系の兄ちゃんの方を見る。


「俺?えっと、俺は田丸ヒロ。ところで学生さんは何やってんだ?工作か?」

「簡単に出来る爆弾作りですけど何か」


正直に告げた途端思いっきり引かれた。当たり前か。


「オイオイ冗談はよしこちゃんにしてくれよ。学生で爆弾作りとか何処で覚えたんだよ。最近の学生は物騒だね全く」

「これだけ簡単なヤツなら本やネットで調べる必要もありませんよ。やろうと思えば此処に揃ってる品物でナパームとかも作れますけどね。日本じゃANFOは難しいですけど」

「アンフォ―――って何ですか?」

「肥料と軽油を混ぜて作れるお手軽爆弾」


流石に日本のホームセンターに硝酸アンモニウムが転がってる筈無いんだけれど、それ以外にも適切な薬品と知識があればもっと強力なプラスチック爆弾も作れるのがこの世の中だ。非常に残念な事に知識も材料も今の俺にはどっちも足りない。

ちなみにナパームは石鹸とライターオイル辺りで作れるし、危険を犯せば放置されてる車からガソリンを抜いてくるのもありだけど炎単体じゃ<奴ら>には効果が薄いから断念。


「大体、こんな死人が歩き回る世界以上、(元)学生がこんな物で身を守るのもしょうがない事だと思いません?」


テーブルの上に置いていたP226Rのトリガーガードに人差し指を入れて揺らしてみせる。弾が装填されてないのは丸分かりなのに途端に2人はたじろいだ。

・・・・・・田丸さんの方は少し反応が違ったけど。


「な、なあそれやっぱり本物のP226なんだよな」

「だったら?」

「ちょっとだけでいいから触ってみてもおk?」

「うぇっ!?な、何を言ってるんですかぁ田丸さん、危ないですよ!」

「いやー、やっぱりハンドガンのマニアとしちゃこうやって本物見せつけられちゃ我慢できないですって。こんなご時世なんだからもう本物拝める着ないなんてないかもしれないんだし、大目に見てくれよ婦警さん」

「う、うううぅ~~~」


・・・・・・何だかこのあさみさん、里香と似ている。童顔だし、小動物っぽいし。どーでもいい事だけど。

ぶっちゃけ頼りない。制服も似合ってないし、今もあわあわと涙目になりかけだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

俺は無言でP226Rを田丸さんに差し出した。貴重な同好の士だ。弾は抜いてあるし、これぐらいは構わない。田丸さんの方も嬉々として拳銃を掴み取って、惚れ惚れと眺め始める。


「うおおおおおっ!!こ、これが本物のSIG・P226R・・・・・・!それも今流行りのピカティニーレール標準装備したモデル!くーっ、カッちょいーじゃないの!」


お隣さんの家の銃の山に遭遇した時の平野を彷彿とさせるテンションだ。人間同じ趣味を持つと驚きの反応も似たり寄ったりになるらしい。

尚も有頂天な様子の田丸さんが詰め寄ってくる。


「なあなあ、他にも銃はあるんだろ?グロック19かディティクティヴはねーの?ハンマーシュラウドついてるヤツ!」

「すいませんけど両方とも持ってきてない筈です・・・・・・俺達が銃を手に入れた場所なら置いてあってもおかしくありませんけど」

「そうかぁ、そりゃあ残念」

「代わりに暗殺仕様のMkⅢとタウルスで我慢してくれません?」

「うーん、実物があると分かるとそれはそれで捨てがたいZe!」


一応冗談だけど。でも同好の士となると平野も呼んで一緒に是非とも銃器談笑を楽しみたい物だ。何せ俺や平野みたいな趣味の持ち主は貴重なのだ。特にこのご時世、『生きて話の通じる』人間ならば尚更に。

他方、俺と田丸さんの会話にあさみさんは全くついていけない様子で、頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるのを幻視出来てしまった。

やっぱりこの人、精神年齢が幼そうである。


「にしても羨ましいねぇ。銃で完全武装な上に可愛い子やエロい先生も取り揃えてるとか、よりどりみどりだろ」

「・・・・・・これだけの武器も面子も、結果たまたま偶然とかが上手く噛み合ったお陰なだけですよ」


俺の場合はお隣さんが実は銃の密売人か何かで残された大量の銃器を全て引き継いだ辺りがきっかけか。

ある意味世界が<奴ら>まみれになった事よりも出鱈目な偶然である。













――――――その時。


「おい、お前!どうかしたのか、しっかりしてくれ!!」




そんな年老いた叫び声が、ガランとした建物に響き渡った。






[20852] HOTD ガンサバイバー 19
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:caf7395d
Date: 2011/08/01 00:29
※バイト首になったぜひゃっほい!(ヤケクソ
※理由:「体調不良で休み過ぎなんだから学生なんだしまず体治しなさい」デブオタで病弱気味とかないよなー・・・orz
※で結局原作どうなってるんですか佐藤先生ー!!


















――――『先客』の中の1人であるお婆さんの持病の治療の為に近所の病院に薬を手に入れに行く事になった。

向かうメンバーは小室・平野・あさみさん・田丸さん、そして俺の5人。

小室と平野は持ち前のおせっかいな性格と危険を冒す事へのデメリットを理解してても良心が咎めてたりして悩んでた辺りに騒ぎを聞きつけて目覚めたありすちゃんの鶴の一声が理由っぽい。

あさみさんの場合は警察官の使命どうのこうのとかいう職業意識からで、田丸さんは・・・・・・何で一緒に来たんだろうか。

まあ、それぞれの理由なんて俺にとっちゃどうでもいい事で。

勿論俺が立候補した理由は、死と隣り合わせでしか感じられないスリルを、<奴ら>相手の暴力の快楽をまた楽しめる絶好の機会だったからなのは、言うまでもない事である。












「ここまでは順調に来れましたね」

「そうですねぇ、<奴ら>の姿も比較的少なくて何とか避けて来れましたし」


曲がり角ごとに壁に張り付いて<奴ら>の姿を確認しながら進むせいで、最初に聞いた普通に歩いた場合の所要時間よりも数倍ぐらい掛けて(どの時計もぶっ壊れてるのしか見当たらないから実際どれだけかかったのか分からないけど)、ようやく目的地が見えてきた。

遠目にはパッと見大きめの一軒家に見えるけど、昔小室も通った事のある病院だそうな。


「でも油断できませんよ。ちょっと騒いだだけで<奴ら>はあちこちから集まってきますからね。民家の中に潜んでるだけかもしれません」

「銃も弾もあるけど当たらなきゃ意味無いしな・・・・・・これ、音が小さめなのは凄いありがたかったけどショットガンよりも当てにくかったし」

「そりゃそうさ。散弾と違ってそれは精密射撃向けなんだから。だから特殊部隊で使われてるのさ」


隠密行動メインという事で持ってきた銃も大半がサイレンサー付きだ。小室とあさみさんはMP5SD6、田丸さんは宮本から借りた銃剣付きのモスバーグM590。平野はお気に入りの1つであるVSSヴィントレスで俺は愛用のM4のサイレンサー装着仕様。

サブの銃器として4人とも暗殺仕様のスタームルガー・MkⅡ。俺だけがこっちもサイレンサーを取りつけたP226Rを使い続ける事にした。これぐらいこだわったって構うまい。

銃以外ではあさみさんが警察用の特殊警棒で小室と平野は俺が見つけたアックスを装備している。それから手榴弾も幾つか。

銃以外にも田丸さんとあさみさんも余っていた装備を身に着けさせたけど、田丸さんは東欧辺りの民兵みたいで婦警の制服の上から着こんだあさみさんの方は――――ぶっちゃけ着られてるって感じで全然似合っていないし、小柄だから里香とは別の意味でサイズも合っていない。胸囲的な物も含めて。


「小室、それからあさみさんもよく聞いて。2人の銃のセレクターはセミオートにセットしてある。つまり1発1発にしか弾は出ないから、むやみに弾を消費する心配は無いよ。撃つ時は両手とストックを使って銃を固定してから、一呼吸置いて落ち着いて冷静に狙って。カバーは僕と真田に任せればいいから」

「ああ、分かった」

「はい、了解しました!よろしくお願いしますね、コータさん!」

「え、ええ、任せて下さい!」


平野だけかよ、と内心思ってしまっていると何故かちょいちょいと田丸さんが俺の肩を突いてきた。


「なあなあ、何気にあの2人いい雰囲気じゃね?」

「今はほっとくとして、田丸さんのだけは撃ったら嫌でも響き渡りますから、いざって時以外は出来るだけ銃剣で突き刺すか殴るかルガー使う様にして下さい」

「おkおk、それぐらい心得てるって。言われた通り薬室には装填してないしな」

「それから小室、サイレンサーのお陰でそれなりに音は小さくなるって言っても、そのMP5の銃声は電話の鳴った時ぐらい大きいからもっと静かに倒したい時はもっと静かなルガーかアックスを使った方が良いぞ」


これで1回ポンプアクションで弾丸を送り込まない限り暴発の心配はない。下手にビビって不用意に引き金を引いても弾も出ないし。

・・・・・・そろそろ潮時だろう。


「小室、ここいらで一旦様子を見よう。少し離れた所で1発鳴らして隠れてる<奴ら>を誘導してみる」

「よし、それじゃあ僕も援護についていくから、平野達はここで待っててくれ」


俺のリュックには作ったばかりのガスボンベ爆弾が数個突っ込んであった。

小室を伴い、早足で病院とは別方向の路地へ向かう。これぐらいで十分かと思った所で足を止め、ライターとボンベ爆弾をリュックから引っ張り出した。


「上手くいってくれるかな?」

「それは見てのお楽しみさ」


曲がり角でコンクリ製の塀に張り付きながら爆竹の導火線に点火すると、すぐにそれをサイドスロー気味に角の先の道に投じた。燃焼音を立てながらボンベが10mほど先まで飛んでから放置されていた自動車にぶつかり、車体の上を跳ねて更に転がっていく。

鳴り響いた爆発音は手榴弾よりも若干高いパァン!!というものだった。同時に中身のプロパンガスが燃焼して人1人分ぐらいの火柱が立ち上がったかと思うとすぐ消えさる。

予想以上に強烈な炸裂音だった。見てみると衝撃で車のガラスも砕けている。そして何処からともなく早速聞こえ出す墓場から響くような微かな呻き声。


「結構凄かったな」

「ああ、予想以上だ。それよりも今ので<奴ら>が集まってくる。早く平野の所に戻ろう」

「分かってるさ。それにしても何処に隠れてたんだろ」

「住宅地なんだ、隠れる場所はそこら中にあるに決まってるだろ」


言ってる傍から塀の向こうに<奴ら>が動く気配がしてるし。平野達の元に戻る途中でも、門の隙間からとか<奴ら>の姿が見え隠れしていた。

戻ってからさっきまで居た辺りを振り向いてみると、あっという間に数十体の<奴ら>がのそのそ向かっていく姿が見えた。こっちの存在に気付いた様子は無いけどいきなり集まり出した<奴ら>の大群にあさみさんも田丸さんも顔をハッキリ蒼ざめさせている。


「な、なあ。早く薬手に入れて戻ろうぜ!」

「あ、あさみも賛成です!!」

「それじゃあ今の内に早く終わらせましょう。集まった<奴ら>がこっちに戻ってくる前に」


抜き足差し足でも早足で自然コソコソした身のこなしになりながら病院の入口まで辿り着いた。

入口から覗いた限りでは<奴ら>の姿は無いが、当たり前だけど油断は出来ない。血痕が残されてる辺り、この病院も<奴ら>に襲われた可能性は大きい。というか、病院なんだからむしろ<奴ら>が集まっててもおかしくないんじゃなかろうか?

先頭に立った田丸さんがゆっくりと突き出した銃剣の先を器用に扉に引っかけて開けていってたその時、おもむろに小室が田丸さんに聞いた。


「・・・・・・ちょっと聞いていいですか?」

「短く頼む」

「何であなたまで来たんです?」


田丸さんの返答は噴出混じりの苦笑だった。


「・・・・・・そういえば何でかな?」


これには俺達も笑うしかない。それでも緊張感は適度に保たせながらそっと病院内への侵入を開始した。

町医者にしては待合室はそれなりの広さを誇っていたけれど、こんな状況で診察待ちの患者が呑気に居座ってる筈もなく人っ子1人いない。<奴ら>の姿も無し――――今の所。

足元には血痕以外に大量のマンガが散乱していて、小室と田丸さんが此処の先生は大のマンガ好きだったとかなんとか言ってたのを思い出す。

俺達が侵入しても<奴ら>が現れる気配は無い、無いんだけど・・・・・・


「あのさ平野」

「何?」

「さっき鳴らした時、此処から出てく<奴ら>は見たのか?」

「――――いいや、1体も出てきてない筈だよ」


その場合、答えは2択になる。

最初から<奴ら>はこの病院には居なかったか――――それとも<奴ら>がこの建物の中に潜んだまんまか、だ。

答えがどっちなのかを証明する為に俺はハンドサインで皆を止めてその場で警戒する様指示すると、腕の中のM4をひっくり返すとストックで手近な壁を強めに叩いた。どん、と鈍い音が鳴る。

効果は覿面だった。次の瞬間、まさしくホラー映画のお約束宜しく<奴ら>が受付窓口を仕切るガラスを、診察室の扉を半ば突き破る形で一斉に飛び出して来たのだ。

情けない悲鳴を上げて蒼ざめたあさみさんが震えながら銃を構えようとしたが、それを我らがリーダー小室が押さえる。


「まだ撃たないであさみさん!これぐらいなら銃を使わなくてもまだ何とかなります!」

「オイオイマジかよ!?銃使った方がよっぽど手っ取り早いだろ!」

「僕は平野や真田ほど銃に自信がありませんからね。まだコッチの方が確実ですよ」


右手にアックスを握り締め、薄く笑みを浮かべながら奴らに接近していく小室に、後方の警戒は平野に頼んでその後を俺が続く。するとああクソ、などと呻ききながらも田丸さんまで槍代わりのショットガンを構えて追っかけてきた。

俺は小室が無視した受付窓口から身を乗り出してこようとしている女の<奴ら>のすぐ横まで近づくと、小室と同じように右手に持ったアックスを<奴ら>の首元に叩きつけた。

鎌型の細く突き出たピックが<奴ら>の延髄部分に半分ぐらいまで埋まる。延髄を破壊して脳にも達しているだろう、数回痙攣しただけでその<奴ら>はあっさりと2度目の死を迎えた。

診察室から現れた数体の<奴ら>の方は小室と田丸さんが相手取り、小室が横殴りにアックスを叩き込んで比較的薄い側頭部ごと脳までピックを突き刺し、宮本ほど綺麗に型にはまった物じゃないけど勢い良く田丸さんの突き出した銃剣が顔面から後頭部まで<奴ら>の頭部を串刺しにして撃破。

後詰めの平野から警告が飛ぶ。


「6時方向、<奴ら>が集まってきたよ!」


振り向くと入り口近くに早くも何体かが近づいてきているのが目に飛び込んできた。それに対する小室の反応も素早い。


「僕と真田で押さえる!皆は血漿を!」

「Yes,Sir!」


室内の捜索という事で長物のVSSから振り回しやすい拳銃に持ち換えながら病院の奥に向かう平野と入れ違いに、俺と小室は扉に手をかけようとしていた<奴ら>の1体を蹴り倒しながら外に出る。

倒れた<奴ら>の顔面をアックスで中身諸共カチ割ると返り血が顔に飛んだ。そういえば噛まれたら<奴ら>になるのは分かってるけど返り血とかが身体の中に入ったらどうなるんだろう?


「本当にどっから湧いてきたんだよ!?」


小室の叫びも御尤も、外に出た俺達が見たのは道の両側を埋め尽くす<奴ら>の姿だった。数は少なくとも片方の集団だけでも1クラス分は居てて、現在進行形でなおも増加中。

さっき陽動に引っ掛かって集まった連中かもしれない。まだどっちも家数軒分の距離はあるけど、元来たルートを通って戻る事が不可能になったのは疑いようが無い。

・・・・・・今の俺達の役目は病院の探索が終わるまでの<奴ら>の足止めだ。それぐらいならまだ何とかなるだろう。


「とにかく今は<奴ら>の侵攻を出来る限り足止めしよう。小室もこれを使ってくれ」


予備のライターとボンベ爆弾を幾つか手渡す。


「これを手近な家の方に投げ込むんだ。<奴ら>の中に放り込んだって威力は期待できないしな、とにかく病院とは別の方向に<奴ら>の気が惹かれるようにするんだ」

「あ、ああ分かった」


ボンベ爆弾はそれなりに嵩張るから大量に持ってこれてはいないから、これが無くなれば後は地道に倒していくしか手は無い・・・・・・別に俺はそれでも構わないけども。

もはや誇張抜きで道を埋め尽くしている<奴ら>。その先頭の頭上越しに、点火したボンベ爆弾を塀の向こう側の民家の庭先に放り込む。

破裂音と共に火柱の頂点が塀越しにチラリと覗いた。途端に<奴ら>は向きを変えて塀の方へ進路を変える。勿論壁にぶつかりゃそこでストップなんだけど、塀の存在にすら気付いていない様子であーうー言いながら身体をコンクリートの塀に擦りつけるばかりだ。

でもそれが続いたのもいいとこ数秒。というか、道の反対側で小室が投じたボンベ爆弾が炸裂するやいなやまたこっちの方を向き直って病院への侵攻を再開しだした。こりゃヤバい。


「小室、タイミングを合わせて投げてくれ!かたっぽずつだと陽動の効果が薄い!」

「わ、分かった!」


今度はお互い相手に気を配りながら同時に投擲。前後で同時に爆発音が起きるとさっきよりも長い時間壁の方に集まるようになったけど、数秒が十数秒になった程度だった。気がつけばあっという間に手持ちのボンベ爆弾は無くなっていた。


「爆弾が無くなった。小室そっちは」

「僕の方もさっき無くなった所だ。この先は銃を使わなきゃならないだろうな」


既にボンベ爆弾の囮の効果から覚めた数体の<奴ら>がこちらに接近しつつある。まだ病院の探索は終わらないのか。


「小室さん、真田さん、終わりましたよ!!」


わざわざ外に出てきてまで教えてくれたあさみさんには多分悪気はなかったんだろうけど、タイミングと音量が悪過ぎた。

―――――ほら、まだ壁の方に夢中になってた連中まで一斉にこっち向いちゃったじゃねぇか。


「ひ、ひっ、何時の間にこんなに一杯・・・・・・!?」

「じょ、冗談はよしこちゃんにも程があるだろこの数は!?」

「もうこっちからは通れません。庭を通って、裏から出ましょう!」


小室の指示に従い、建物の外側を通って裏手の道に出ようと試みようとするが、


「ダメだ小室、こっちにも一杯居る!」

「クソ、何時の間に!」


庭先にも結構な数の<奴ら>が侵入していた。小室の言う通り、一体どっから湧いて来たのやら。

やがて小室はこっちにも聞こえるぐらいの音量で喉を鳴らしてから覚悟の籠もった強い声色でこう言い放った。


「――――平野!真田!<奴ら>を撃ちまくれ!でも無駄弾は使うなよ!」

「冗談、誰に言ってるのさ小室!」


平野と同意見だ。少なくとも小室よりはよっぽど上手いっての。

さあリーダーからの御許しも出た。M4の安全装置解除。仕込まれた通りに1秒で安定した射撃姿勢を取って『標的』に照準。

超音速のライフル弾じゃサイレンサーを使っても効果はたかが知れている。サイレンサー下での5.56mmNATO弾の銃声はシパァン!と鞭で地面を叩いた音にも似たかなり鋭い音だった。でもこう乱戦になった以上、M4の場合もうサイレンサーの意味無い気がしないでもない。

平野はVSSではなくMkⅡを使って丁寧に1射1殺を繰り返していた。.22LR弾とサイレンサーの組み合わせは抜群との評判だけあってこっちはかなり静かで、銃声が銃声とは思えない。ボルトの作動音まで聞き取れるぐらいの静音性だ。流石殺し屋お気に入りと称されるだけある。

ただし威力も銃声に比例するかのように、中身諸共後頭部を突き抜けていく俺のM4とは対照的に平野が撃った<奴ら>は額にポツリと新たに小指の直径よりも小さそうな穴が生じている以外は全く変わりない。多分後頭部を貫通すらしてないんじゃなかろうか。

小室もスライドストックを伸ばしたMP5SD6を構えて射撃を加えていたけど精度は俺と平野ほどじゃない。5発撃ってちゃんと頭に当たるのは1発、上半身に当たるのが2発で残りの2発は外れ。

でも反応が遅れて銃を向けるのも手間取っていたあさみさんと田丸さんよりはよっぽどマシだ。


「2人共落ち着いて対処して下さい!」

「わ、悪ぃ」

「でも小室、数が多いよ!この分だと多分裏の道も<奴ら>で埋まってるんじゃ」

「どうやら見えない所でも陽動におびき寄せられたみたいだな。これは失敗したかも―――っと」


回れ右して表の方からも迫ってきていた<奴ら>に銃撃を加える。こういう時は頭よりも脚を撃つべきだ。倒れると後続の<奴ら>も引っかかって転倒するから足止めしやすい。

でもちょっとこれは数が多過ぎる。


「そこの窓から中に!」


小室が言うが早いか指差された窓めがけ掃射した。銃弾が窓ガラスを砕き窓枠に足を乗せて病院の中に戻る。

探索時に平野達が掃討したらしい<奴ら>の肢体を踏み越えて一目散に唯一の出口である扉を開けた。待合室の方を除いてみると殆どが庭の方に流れたのか、ありがたい事に最初に来た時同様待合室に<奴ら>の姿はない。

でもまだこっちに気付いていないとはいえ、玄関前には大量の<奴ら>がたむろしている。


「廊下はまだ安全だけど玄関から先は塞がれてる」

「2階に逃げよう。廊下の突き当たりに階段がある!」


小室が続いて窓枠から侵入を果たし、先に入った平野の助けを借りてあさみさん、そして田丸さんが窓枠に足を乗せて―――――


「んなぁっ!?」

「きゃうっ!!?」


いきなり田丸さんが前のめりにバランスを崩し、診療室への床へと倒れ込んだ。<奴ら>の伸ばした手が田丸さんのズボンの裾にでも引っ掛かったのか。

巻き込まれたあさみさんを平野が助けようと駆け寄り、田丸さんが呻き声を漏らしながら仰向けになったその時。

1体の<奴ら>が窓枠に残ったガラス片を身体中に突き刺したまま俺達の後を追う様に侵入してきて、未だ立ち上がれていない田丸さんに覆い被さった。


「田丸さん!」

「だ、だい、大丈夫だ、大丈夫だよな俺!?」


圧し掛かられはした。が、田丸さんに<奴ら>の顎(あぎと)は届いていなかった。

田丸さんが咄嗟に腰溜めに構えていたM590の先端に備えた銃剣。その切っ先が<奴ら>の喉元に食い込み、すんでの所で田丸さんの身を<奴ら>の魔の手(口?)から守っていた。

噛まれていなくても危うく喰いつかれる所だった田丸さんの精神状態は勿論まともとは言い難く、半狂乱で喚き散らしながら何度もモスバーグの引き金を引いていた。でも弾は出ない。

当たり前だ。暴発防止の為にわざと薬室に装填させてなかったんだから。


「田丸さん、薬室に弾が送り込まれてないんです。棹桿を動かして!」

「わ、わ、わ、わ」


平野の警告にまともな言語で返事も出来ない状態で、銃身に平行して並ぶマガジンチューブに備えられたレシーバーをせわしなく前後させてから、再度田丸さんが無我夢中といった体で引き金を引く。

<奴ら>の頭部が消失した。正確には原形を留めない位木端微塵に吹き飛んだ。残骸の大半が散弾共々天井へとへばりつき、一部が田丸さんにも降りかかる。

それがどうやら田丸さんの理性の糸を断ったとみえる。


「うあ、うわああああああああああああああああああああああああああ!!!」


立ち上がった田丸さんが雄叫びを上げながら獲物を求めて窓から腕を突き出してくる<奴ら>に向け、ショットガンを連射した。

田丸さんの腕が前後してポンプアクションが着実に作動する度、散弾が骨を砕き肉片を撒き散らす。庭先はとっくに<奴ら>で埋め尽くされてるから散弾の1発たりとも外れちゃいないだろう。


「落ち着いて!落ち着いて下さい田丸さん!それ以上は弾の無駄です!」

「ハァ、ハッ、ハアッ、そ、そうか、悪ぃ」


一声かけられてすぐ我に返った田丸さんも中々だけど小室も中々シビアな事を言う。やっぱりコイツはリーダー向きの人間だと、こんな時でも思ってしまう。


「んで平野とあさみさんは何で赤い顔で見つめ合ってんだ?」

「「ふあい!?」」


青春するには場所考えろと流石の俺も突っ込んでやりたいけど、やっぱり状況が許してくれそうになく、そうこうしている内に貴重な時間を消費してしまっていた。


「拙いぞ、玄関近くに居た連中もさっきの銃声で待合室に入ってきてる」

「急いで上に上がろう!屋根伝いに外に逃げれば何とかなる!」


頼もしいお言葉で。一目散に皆して廊下の奥へと向かうが、その前に診察室の扉を閉めてから鍵をかけるのも忘れない。これでまあ時間稼ぎにはなるだろう。

続いて待合室側の<奴ら>の内先頭の数体を撃ち倒して後続を足止めし、手榴弾を手に取ると軽く渋滞しだした<奴ら>の大群に手榴弾を投げ込む。

爆発する前に俺も階段を上る。爆発音と共に爆風が狭い通路を駆け抜けるのを背中に感じながら無事に2階へ到達。俺が来た所で小室と平野が手当たり次第に物を積み上げてバリケードを拵えた。

・・・・・・ようやく一息つける。


「大丈夫ですか、田丸さん・・・・・・」

「あ、ああっ、何とかな・・・・・・でも代わりにお気に入りの靴を片方持ってかれちまったよ」

「あはは、それは災難でしたね。無事に戻ったら新しい靴探さないと」


そんな会話を余所に2階の間取りをチェックしていく。どうやら居住空間としてではなく物置きとして使われてる様子だ。


「ここにも薬のストックがあるみたいだな」

「よし、それじゃあここからも出来る限りの物を貰って行こう。まだリュックに余裕はありますよね?」

「ああ、まだ入るぜ」

「よし、僕が階段を見張ってますからどんどん入れちゃってって下さい」


小室に言われた通り、部屋に積んである段ボールの山を崩しながら―――ショッピングモール内の薬局には置いてなさそうな専門的な品々を手当たり次第に突っ込んでいく。

下から聞こえてくる何重にも重なる足音と呻き声にもなるべく気を払いつつ、あっという間に全てのリュックがパンパンに膨らむまで医療品を詰め込んだ。


「終わったよ小室!早く退散しよう!」

「よし、窓から屋根伝いに!」









脱出はまあ、そんな感じで比較的簡単に安全圏まで辿り着けたのだった。









[20852] ガンサバイバー 20
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:27a72cf3
Date: 2012/06/03 22:45
※最近銃撃戦映画を立て続けに見た影響で人間同士のドンパチを書きたくなったので発掘というか復活。
※映画版ワイルド7をDVDで視聴。うん、原作ファンとしては複雑ですが『日本製ガンアクション』としては及第点じゃないでしょうか。アクション部分の演出は悪くなかったですし出撃シーン(特に終盤の殴り込みの辺り)も意外とカッコよかったし。
※…ええアクション部分『は』ですが。
※どうせならトリアージXもアニメ化してくれないかなぁ。















――――――病院包囲網から屋根伝いに脱出してからの話。




「おおっ、あったあった。サイズも丁度ピッタリだし運が良いぜ」


田丸さんは嬉々とした様子で戦利品のスニーカーを履き始めた。

安全圏への離脱に成功しショッピングモールへの帰路を辿っていた最中、何故か俺達は正面玄関が開いたまま放置された住宅に不法侵入する事になった。片方のスニーカーを失って歩きにくそうな田丸さんの頼みで彼のサイズに合う靴を探す為である。

結果は1件目の住宅で早くも大当たり。周囲一帯の<奴ら>が病院に押しかけているからか住宅は無人だった。俺達は警戒を払いつつ田丸さんがさっさと履き終えるのを待っている。


「あ、あれっ。おかしいな?」


だけど中々捗らない。何でかと言えば、靴紐を結ぼうとする田丸さんだったが、アル中か薬中の禁断症状みたく手元が震えているせいでまともに靴紐を保持する事すら出来ずにいるから。

脱出前後はショットガンを乱射した事以外パニックを起こさなかった田丸さんだけど、<奴ら>に囲まれていない一時の安全圏に辿り着いた事で今頃反動が襲ってきたのだろう。

正直どうでもいい。さっさと先に進みたいので、どんどん戦慄(わなな)きが酷くなっている彼の代わりに俺が靴紐を結んであげた。


「わ、悪いな。手間かけさせちゃって」

「別に構いません」


ハッとした様子で俺の顔を見つめてからバツが悪そうに視線を逸らす田丸さん。


「正直舐めてたってばよ俺……人助けの為に身を危険に晒して俺カッコいーなんて考えちゃってたけど、現実はやっぱそう甘くねーよな」

「そ、そうでもありませんよ!あさっ、本官も田丸さんの勇気には敬意を表しますっ!もちろんコータさんや小室さんと真田さんにも!」

「いやぁそれほどでもありませんよ」

「そうですって。僕らもただ助けられる範囲で助けようと思って動いただけで」


そんな田丸さんを励ますように言葉をかけるあさみさんだが、平野や小室と違って俺はスリルを求めて加わっただけ。だから彼女の言葉は俺の心中には響かない。

俺ほどスレても頭のネジが外れてもいない2人の方は、照れた様に手を頭の後ろに回して顔を赤らめていた。しかしあさみさんが平野に向ける視線はえらく熱っぽいのは何でだろう。

あんな目を何処かで見た事あるような、ないような。まあどうでも良い事だが。


「いやいやでもオタクらホントスゲーわ。ハンヴィーに乗って完全武装で<奴ら>の大群突破してやってきた時から思ってた事だけど、学生なのに強いわ頭切れるわ冷静だわでタダモンじゃないよなーって評価せざるを得ないわけよ」


苦笑半分羨み半分、といった塩梅の顔色と口調で田丸さんがそんな事を云った。ぶっちゃけ過剰評価――――とは思わない。

剣術と槍術で全国クラスの腕前を持つ毒島先輩と宮本、ゴリラクラスの馬鹿力と体力に加え柔道が得意な里香、博識で頭の回転も速い高城、とろいけど貴重な医者である鞠川先生、PMCでの訓練経験があり銃器が扱える俺と平野、そしてそんな個性的なメンバーをきっちり纏めるリーダー役の小室……

よくもまあ巡り巡ってこんな面子ばかり集まったものだとちょっと呆れてしまった俺だったが誰も責められまい。むしろ俺に同意する筈だ。

しかも俺の隣人は武器商人だったときている。これも何かの巡り会わせだろうか。

そうなると唯一の一般人枠はありすちゃんぐらいかな?小学生低学年の子供に生きた死体が支配するようになった世界で役立ちそうな取り柄があるのかと望む方が可笑しいけども。






おもむろに乾いた破裂音――――否、銃声が耳朶を打った。結構近い。


「何ですか今の!?」

「銃声ですよ。かなり近くですね、そう離れていない。しかも今の銃声は恐らくM37エアウェイトによるものですよ」


俺も平野の分析に同意。この数日で何度も聞いてきた、聞き覚えのある銃声だ。持ち主は警官か、それとも警官から(もしくはその死体から)奪った人間か。

どちらにしろ面倒の臭いがする。それが銃絡みとなれば荒事に発展する可能性は高い――――望むところだ。

スリルを与えてくれるなら<奴ら>だろうが武装した人間だろうが、どっちでも構わない。


「一体どうするよ。血漿とかあの巨乳先生の所に早く持ってかなきゃならないんだろ」

「一応見に行きましょう。そんな離れてないですし遠目に様子を見に行くだけなら時間をかけずに済むでしょうし、他の生存者がいるかもしれないのにほっとく訳にも……」

「その生存者がまともじゃなかった場合は?」


俺の質問に口を紡ぐ小室。


「撃っていいのは自分達のみに危害が及びそうな時だけだからな」

「OK」


それじゃあ見に行くとしよう。

やや歪な一列縦隊になって互いの視覚をカバーし合いながら銃声のした方へ向かう。住宅地という場所を踏まえて銃声の響き具合を考えると直線距離で100mあるかないか。間違いなく屋外での発砲だ。

時に<奴ら>をやり過ごし、時に音を響かせないようピッケルや銃剣で<奴ら>に2度目の死を与えつつ着実に距離を詰めていった俺達はやがて現場に辿り着く。

そこはブロック塀に囲まれた住宅と住宅の間の細い路地だった。路地の入口に<奴ら>の死体が1つ。後頭部にスーパーボール大の射出口が刻まれていた。そしてそれを為した相手は、


「――――もしかして……松島先輩!?松島先輩ですかぁ!!」


あさみさんの知り合いで、既に死にかけだった。中年の婦警が力無くブロック塀を背にぐったりを身を投げ出していた。右肩と左の首筋の肉が深い傷跡によって削られている。左手には銃声の発生源らしき力無く握られたM37エアウェイト。

明らかに致命傷だ。甲高い悲鳴も同然の声をかけられても全く反応を見せようとしない。


「松島先輩、しっかりしてくださっ」

「ダメですあさみさん、近付いちゃいけない!」


駆け寄ろうとしたあさみさんの肩を平野が掴んで引き留めた。涙目になって平野を見上げるあさみさん。

そのすぐ隣でサイレンサー付ルガーMk2の照準を婦警の頭部に合わせる。小室と田丸さんは<奴ら>が集まってこないか警戒に当たりながら沈んだ表情を浮かべていた。

そこで死にかけの婦警が反応を見せた。すわ<奴ら>に変身か、と思って引き金にかけた指が反射的に震えたけれど、「なかおか、さん?」と人名を口にした点から一応まだ生きてる事が分かった。死にかけのままだけど。

死にかけの婦警はようやく俺達の存在に気付いた素振りで顔を向けようとしたらしいが、僅かに首をかしげるだけでもう限界の様子だ。

遂に平野の静止を振り切ってあさみさんは死にかけの婦警に縋り付く。全く合っていなかった彼女の焦点がゆっくりとあさみさんに合わせられた。


「中岡さん…みんな……伝えなきゃ……」

「先輩、しっかり、しっかりして下さい!コータさん、早く松島先輩をあのお医者さんの先生に見せないと!」


平野の返答は――――無言で首を横に振る。涙を溢れさせて捨てられた子犬のような目を小室と田丸さんに向けるが、2人も口を引き締めて顔を逸らしてしまう。

俺の答え?もちろん平野と同意見だ――――けども、1つ気づいた事がある。


「ひなん……あさって…きゅうしゅつが………」

「ちょっと待って下さい、今まさか『救出』って言いましたよね!?助けが来るんですか!」


おお、聞き逃せない単語が出てきたお陰で小室も食いついた。一様に身を乗り出す俺を除く一同だったけど、そこまでをか細く途切れ途切れに告げるのが限界だったのか、ガックリと頭が落ちる。


「あとは……おねが、い…………」


それを遺言に訪れる永久の沈黙。

死にかけの婦警が婦警の死体に早変わり。すぐに<奴ら>の仲間に変貌するに違いない。

平野が手首の脈を取ってから慰めるようにあさみさんの肩を優しく叩いた。


「いやぁ…うそ、うそ、やだ、なんで、いやっ、いやぁああああああああああああああああああああっ!!!」


慟哭の絶叫。皆は止めようとしない。だけどこの悲鳴を聞いて周囲の<奴ら>が集まってくるのはコーラを飲んだがゲップが出るのと同じぐらいの可能性だから、早急に場所を移すなり黙ってもらうなりする必要があった。

あさみさんの事情なんて俺にはどうでも良い事なのだから。むしろ遺言の内容の方が周囲同様、俺も気になる所だがそれについても今は後回し。

それ以上に気になる事もあるし。


「平野、ちょっと来てくれ」

「う、うん……真田、さっきの婦警さんの言ってた事って」

「それについては後回しにしよう。それよりもあの傷に気づいたか?」

「傷ってどの………っ!そうか、そういえばそうだ、何ですぐに気づかなかったんだ!」

「そうだ。肩の傷、あれは<奴ら>にやられた怪我でも何かの事故で負った怪我でもなかった」


婦警の右肩を酷く損傷させていたあの傷。出血で制服が赤黒く染まっていたせいで一見分かりにくかったけれど、同じぐらいの大きさの穴が複数先輩婦警の右肩に刻まれていた。

断じて単に転んだとか事故に遭った等による怪我ではないと確信出来る。




あれは間違いなく――――銃創だった。

つまり、この婦警は何者かによって銃で撃たれたのだ。




「傷のパターンからして散弾銃かな。傷と出血の様子からすると1日2日経った傷じゃない。ついさっき負った怪我に違いないよ」


辺りを見回してみると地面に点々と、ヘンゼルとグレーテルが道しるべに残したパン宜しく未だ乾き切っていない真新しい血痕がショッピングモールとは反対方面から続いていた。

つまりあさみさんの上司である松島という名の先輩婦警は恐らくは警察署からの帰り道に散弾銃で武装した何者かに撃たれ、負傷したせいで最終的に<奴ら>から逃れられずこうしてやられてしまたのだろう。俺達が聞いた銃声はそこに転がっている<奴ら>を倒した時のもの……そんな推理が容易に推測できた。


「真田はどっちだと思う?向こうはあさみさんの先輩を<奴ら>と勘違いして撃ったのか、それとも――――」


――――それとも『人間』で尚且つ『警察官』だと分かってて撃ったのか。

平野が言いたいのはそういう事。


「どっちでも良いさ。相手が銃口をこちらに向けて来るようだったら撃たれる前にこっちが撃ち殺す、それだけの話だろ」

「それは、まぁ、間違っちゃいないけどね……」


銃口を向けてくる方が悪いのさ。アメリカじゃ脅威だと判断すれば例え相手が素手だろうと躊躇いなく撃つのが正しいと認められているぐらいなんだから。










「松島、せんぱい?」

「…っ!あさみさん離れて!」


飛びつくようにしてあさみさんを先輩婦警の死体から引き剥がす平野。彼の行動の意味を即座に悟った小室と田丸さんもすぐさま死体の元から後ずさって距離を取った。

先輩婦警の死体が<奴ら>の仲間入りを果たして再び動き出していた。のっそりと極めて緩慢な動作で起き上がり、初めての獲物を求めて彷徨い出すべく路地の出口へ向かいだす。そう、丁度俺達の方へと。

一斉に俺と平野、遅れて小室と田丸さんが銃を持ち上げた。


「――――撃たないで下さい!」


何故止める。あと声が大きい。ほら声に釣られて心なしか<奴ら>と化した先輩婦警の足取りが早くなってるし。

俺達が注目する中、あさみさんは両手をまっすぐと伸ばして拳銃を構えた。先輩婦警が握っていたM37だ。元の持ち主にとってもう無用の長物になったそれを何時の間に拾っていたのやら。


「あさみが、あさみが撃ちます!これだけはあさみが撃たなきゃダメなんです!」


それならそれで早く撃って欲しい。口ではカッコいい事を言いつつも銃を握るあさみさんの手はガタガタと震えっぱなしで、それに合わせて銃口も揺れているもんだからもしかしてこの近さで外したりしないだろうな、とちょっと心配になるぐらいだ。

さっさと撃て。でなきゃ俺が撃つぞ。

中々撃たない彼女を見かねて平野も声をかける。

その声に押されたのかはともかく、ようやく彼女の踏ん切りがついた。


「あさみさん……」

「う、う、うっ……うわあああああああああああっ!!」


引き金のゆとりが完全に失われ、リボルバーの最大の特徴であるレンコン型弾倉が回転し、開放されたハンマーが雷管を叩き、38口径弾が銃口から飛び出す。

放たれた銃弾はもはや手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいていた先輩婦警の額にポツンと小さな穴をえぐり、後頭部から脳ミソの欠片諸共貫通していった。衝撃でやや仰け反り、やがて脱力して真下に崩れ落ちる。

僅かにタイミングをずらしてあさみさんも銃を握り締めたまま腰から座り込もうとした所、背中がすぐ真後ろに立っていた平野にぶつかり咄嗟に銃を離した彼の両手に支えられた。

そこまでがあさみさんの限界だったらしい。平野の方を向くと、恥も臆面もなく俺達の前でどうすればいいのか分からず腕を振り回している平野の胸元に顔を埋めて泣き叫ぶ。

銃声も含め、その場から離れられるようになるまで<奴ら>の大群に襲われなかったのが不思議なぐらいの大音量だった。




……流石に空気を呼んで何も言わずにおいといたけど、正直泣かれるだけ鬱陶しいというのが俺の本音でだった。





ようやく泣き叫ぶのを止めて移動を再開してからも、道中ずっとあさみさんはグスグス鼻を鳴らして平野からまったく離れようとしなかった。それはショッピングモールの姿が見えてからも続いた程だ。

「やっと帰ってきたぜ…」と万感の思いを込めて田丸さんが呟く。まるで長年我が家を離れていた単身赴任のサラリーマンみたいな様子だ。

ここまで辿り着いてようやくあさみさんも啜り泣きを止めて平野から離れる。


「これでようやくお婆さんの治療ができますね!早く持って行ってあげましょう!」


ごしごしと目元を擦って涙を拭ったけれど赤く腫れた目元はどうにも誤魔化せていない。完全に強がりだ。

それでも一応、頼りにしていた先輩警官の死を乗り越えて引導を渡してみせた点については評価すべきだ。


「そうですね、助けが来る事も早く皆に教えてあげないと――――」


聞き間違えのない、この数日間で聞き慣れてしまった連続した破裂音が小室の声に被さった。

続けざまに複数の銃声が重なって響きあう。視界の端の俺達に気づいていない様子の<奴ら>が銃声に反応して同じ方向に向かいだす。

銃声が聞こえてくるのはショッピングモールの方からだった。

銃声の種類は重なり合って判別しづらいが9mmに5.56mm、時々12ゲージの散弾銃であろう砲声。9mmは拳銃とフルオートが混在していて5.56mmはフルオートの連射音だ。


「オイオイオイ、一体全体どうしたって言うんだよ!?」

「まさか<奴ら>が中に忍び込んだんじゃ…!」


ショッピングモールを取り囲む駐車場部分まで辿り着いた時、新たに7.62mmだろう銃声が加わった。

5.56mmと12ゲージの中間のボディブローみたいな発砲音が轟くと、それに呼応して一際連射音が激しさを増した。

――――まさか、とは思うが。

俺と同じ結論に至ったであろう平野の緊張感溢れる言葉。


「いいえ違います、これは多分…!」






――――銃で武装した何者かの襲撃を受けている。

平野がそう結論を告げるのと、モール側から飛来した銃撃が俺達に襲い掛かったのは同時だった。




[20852] ガンサバイバー 21
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:27a72cf3
Date: 2012/06/06 00:58
※…前書きのネタが思いつきませぬ(爆
※今回佐藤ショウジ先生ファンなら分かるネタあり。分かる方なら襲撃者の武装っぷりや正体も納得していただけるかもしれません。













俺達の見ている前で、銃弾によってほじくり返されたアスファルトが高温の油の様に飛び散った。

とはいえ着弾地点は俺達から3m以上も離れた位置だったから誰かが鉛玉を食らうなんて事態にならずに済んだ。精々飛んできたアスファルトの破片が顔に当たった程度。放置されていたワゴン車の陰に逃げ込む余裕は十分あった。

俺と平野はすぐさま銃撃を受けんだと判断して素早く対応に移れたし、小室も持ち前の反応の良さで同じように動く事が出来た。

問題はあさみさんと田丸さんの方で、2人とも何が起こったのか分からないといった体でその場に立ち尽くしてすら居た。このままじゃ良い的だ。


「撃たれてます、あさみさん田丸さん早くこっちに隠れて!」

「……うぇっ、わっ、あわわわわわわわわ!!?」


平野の警告に先に我に返ったのは田丸さん。舌も足ももつれさせながらも転がるようにして俺達の所に駆け込んできた。

あさみさんは――――まだ動かない。「え?え?」と戸惑いと混乱が入り混じった表情を浮かべて未だにその場で固まったまま。こりゃダメだ。仕方なしに平野が動く。


「真田、援護をお願い!」


心得た。親指でM4のセレクターを弾き安全装置を解除。エンジンブロック部に身を隠しながらボンネット部分に両肘を置き照準安定の為の支えとする。

『敵』は何処に――――見つけた。非常階段の踊り場部分に銃を持った人影。100mは離れているから細部は分からないが男だ。

5.56mmの発砲炎(マズルフラッシュ)と連射音。M4の原形であるM16系統の銃声だと思考の一部が教えてくれた。今度はあさみさんの後方でアスファルトが弾け、ようやくビクリと身体を竦ませた。

下手糞め。そう思いながら俺もM4を発砲。アイアンサイトを使って裸眼で正確に狙うにはアフリカの先住民族並みの視力でもなければ200mが限度だ。ドットサイトが使えればマシだったろうがもう使えない以上贅沢は言えない。サイレンサーも取りつけたままだから威力が落ちて更に弾道は変化するに違いなかった。その代わりバカスカ発砲音を響かせる向こうと比べればこっちの銃声はまあまあ小さく抑え込まれていたお陰で、<奴ら>は敵の方に気を取られてこっちに近づいては来ないのがありがたかった。

残念ながら俺も外したらしかったが、良い線を行ったようで人影のすぐ周囲に着弾し泡を食った様子で人影が動くのは分かった。その時見えたシルエットからしてやはりM16系列だ。

その間に平野が無事あさみさんを回収して俺達の元へ逃げ込んできた。小柄な女とはいえ自分も含めて銃弾薬を含めた完全装備という格好の人1人を抱き抱えるようにして運んできたせいか平野は息を切らしていた。運ばれただけのあさみさんも何故か似たような感じだった。顔だけは嫌に赤くなってたが。


「ぜぇ、ひぃ、し、仕留めた?」

「悪い、外した。もう少し近づければなんとかいけそうだけど。あと相手の得物はM16系っぽいな」

「まあ短銃身なM4だとアイアンサイトだけじゃ辛いよね。あ、なるべくエンジンブロックの近くに居た方が良いですよ。この距離なら5.56mmでも軽くドアぐらい貫通しますから」


平野がそう他の3人にアドバイスするが、エンジンブロック部分に5人が隠れるには狭すぎるので小室と田丸さんには後部タイヤの陰に妥協してもらった。曳光弾か爆発物でも使われない限りガソリンタンクには引火しないだろう。そう思いたい。

また敵が撃ってきた。むしろ乱射と表現した方が正しい。1マガジン一気に撃ち尽くす勢いで銃声が続いた。内数発が車体を叩き扉部分の窓ガラスを割る。サイドウィンドウとドアを貫通した弾丸が1発俺と小室達の間を通り抜けていったりもした。田丸さんとあさみさんが押し殺した悲鳴を漏らす。

だが俺と平野は冷静さを維持できていた。既に人を殺した事があるという経験があったからだろう。

銃撃戦は初めてじゃない。


「平野、もう1度俺が撃って頭を押さえるからお前が仕留めてくれ。スコープを装備してるそっちの方が正確だ」

「了解まかせて!」


自身に溢れた返事が返ってきた。それでこそ戦友だ。

長い連射が途切れて敵がリロードに入るとすぐさま平野が立ち上がり、ワゴン車のルーフ上からVSS消音狙撃銃の銃身を突き出してマウントされたPSO-1M2光学照準器を覗き込む。それに合わせて俺も再びM4を構えた。

踊り場上では敵はM16のマガジン交換に手間取っているらしい素振りが見られた。あの様子じゃまともな反撃は出来まい。

まず俺が発砲。火花が敵の周囲で散り、泡を食って動きが止まった所で平野が狙撃。専用弾とサイレンサー一体型の銃身によって極限まで抑制された銃声はM4のそれとは桁違いに静かだ。むしろ機関部が空薬莢を排出する作動音の方が大きく聞こえたぐらいだ。

敵の頭部で血飛沫が飛び、前のめりに倒れる。M16が踊り場に激突する音がここまで響いてきた。


「…グンッナイ」

「ビューティフォー」


狙撃姿勢を解いた平野が小さくイギリス訛りの英語で独り言を漏らしたのが聞こえたのでそれに倣って称賛しておいた。こういう時の平野はやっぱり頼りがいがあって助かる。

目を見開いて固まっていた小室達と目が合う。


「……殺したのか、人を」

「ああそうさ。殺したよ。小室達も見ただろ、僕達を撃って来た時点で<奴ら>と同類なんだ。殺らなきゃ殺られるのは僕達なんだよ」

「……そう…だな」

「コータさん……」

「……っ」


小室と同じく見つめてくるあさみさんの眼差しから平野は顔を背けた。

他にも言いたそうな素振りを見せる小室だったが、此処で呑気にジッとしていられる状況じゃない。サイレンサーも無しに敵が銃を景気よく撃ちまくっていたせいでショッピングモールには<奴ら>の群れが押し迫っていた。

敵がモール内まで侵入しているとなると、何処かの非常口が破られている可能性が高い。そこから大量の<奴ら>に入り込まれるなど堪ったもんじゃない、<奴ら>の矛先をモールから転じさせる必要がある。

何か無いか、何か無いか。こんな事ならガスボンベ爆弾を景気良く使い切るんじゃなかった――――


「おい真田!?」


小室の声を背に受けながら俺は駆け出す。視線の先には多分ショッピングモールのお客目当ての物だろう、軽食用の移動販売車がやや離れた場所に放置されていた。販売スペースに通じる昇降用の扉は解放されたままだ。

周囲を探って<奴ら>の姿が無いのを一通り確認してから販売用スペース内へ入る。道具と放置されて腐った食材や調味料からしてクレープの屋台らしい。


「これなら…!」


お目当ての物はすぐ見つかった。焼き台のすぐ下のスペースにホースに繋がれたLPガスのボンベが据え付けられていたのでホースをぶっこ抜き、それからバルブを捻ってガスを垂れ流しにする。すぐに強い異臭が鼻を突き、狭い空間内に広がっていく。

ガスを吸い込まないようにしてそこから出ると、数m離れてから一旦足を止めてから手榴弾を取り出して安全ピンを引き抜き、間髪入れずに今飛び出してきた移動販売車の昇降用スペースへと投げ込んだ。

手榴弾は上手い事販売用スペースの中へと消える。でもって全力疾走。4まで数えた所で前方へ身を投げ出す。

地べたに這い蹲りながら両手で頭を庇う寸前、背後で爆発……否、大爆発が起きた。

予想以上に激しい爆発音が鼓膜を襲い、足元から熱波が襲ってくる。余波だけで髪の毛がチリチリ焦げそうになったぐらいだ。ああ耳が痛い。

たっぷり数秒間、腹這いで伏せてからゆっくり身体を起こすと、手榴弾に加えLPガスと残っていたガソリンがまとめて誘爆した移動販売車は真っ赤な火の玉と化していた。販売用スペースが存在した車体の後ろ半分なんか原形を留めていない。

ともかく狙い通りモールに押し寄せていた<奴ら>は、今の大爆発に興味を惹かれて一斉にこちらへと転進していた。大回りに回り込めば十分相手にしなくても横を通り過ぎる事が出来る。モール内へ戻るなら今の内だ。

ハンドサインで『GO!』と合図すると意を汲んでくれた平野達がはすぐさま車の陰から出てモールとの距離を詰める。俺もすぐに合流し皆の後を追った。

「大丈夫か」って小室にかけられた声は耳鳴りのせいで少しくぐもって聞こえた。ガス爆発という物を舐めていたかもしれない。

シャッターと今や無用の長物と化した強化ガラス製自動ドアに護られた1階部分の出入り口の1つまでもう目前まで来た、その時だった。

出入り口のすぐ隣に設けられた手動開閉式の非常口が内側から開き、フード付のトレーナーにジャラジャラ無駄に大量のアクセサリーを付けた明らかに見覚えの無いガラの悪い男が姿を現す。

その手にはサブマシンガン。クソ重たいUZI暴れん坊で有名なイングラムか、ともかく向こうもこっちの姿を捉えるなり銃を持ち上げる。どう見ても敵。

だから問答無用で撃った。指切りバーストで3発、全て胸部に着弾。弾を食らって硬直した指先がサブマシンガンのトリガーを引いてしまい、背中から倒れ込んで銃口が上を向いた為に撒き散らされた銃弾は全て天井へと撃ち込まれる。配線ごと天板が撃ち砕かれて細かい破片が床に降り注いだが、EMPで電気系統が全て破壊されたので断線した配線から火花が飛び散る事も無く、感電の危険性も無い。

それはどうでもいいとして、モール内から次々と粗野な感じの男達の声が幾つも聞こえだした。


「おい、1人やられたぞ!」

「撃て撃て、撃っちまえ!」

「女だったら殺さずに取っとけよ!男は銃の的にしちまえ!」

「おい待てよ、向こうも銃持ってんぞ」

「鎧田さんに報告しといた方が良くねぇか!?」


敵の数は結構多そうだ。中から次々弾丸が飛んできてガラスに幾つも穴が生じ、泡を食ってた田丸さんやあさみさん達が悲鳴を上げて弾が届かない位置まで這う這うの体で隠れる。非常口を守る厚い鋼鉄製の防火扉に阻まれた弾丸が甲高い音を立てて弾かれた。

その音を聞いた途端、胸の奥底から笑いが込み上げてきて堪えきれずに口元が歪む。

そろそろとろくて数で押し潰してこようとする以外張り合いの無い<奴ら>の相手は飽きてきた所だ。そこに降って湧いた生きた人間との派手な撃ち合い――――殺し合い。大いに楽しめそうなシチュエーションじゃないか!

けどここで釘付けになっていたら、またこの銃声を聞きつけた<奴ら>が戻ってきて弾丸と歩く死人の挟み撃ちになってしまうのは想像に難くなかった。そんな間抜けな死に方は御免だ。お楽しみはこれからだっていうのに。

俺の視界に、最初に撃ってきた男が陣取っていた非常階段が映った。


「非常階段から中に入って回り込む。今度は平野が連中を引きつけておいてくれ。頼めるか?」

「Roger!幸運を!」


非常階段に向かおうとするとどういう訳か小室も追ってきた。


「ちょっと待てよ、1人で行くつもりか!?僕も付いていく、田丸さんとあさみさんは平野を援護してあげて下さい!」

「わ、分かった!」


付いてきた小室を見やる。何で一緒に来たんだ、というのが俺の本音だ。


「来なくても良かったんだけど」

「だからって、あんな危険な奴ら相手に1人で行かせれる訳が無いだろ!」


小さな親切余計なお世話、だ。対人戦でも平野なら安心して背中を預けれるけど、<奴ら>ではなく武装した人間相手に小室と組むとなると確かな信頼を持つ事が出来ない。

好みの問題ではなく経験と実績の問題からだ。


「小室は『人』を殺せるのか?」

「……殺したくて殺したいとは思わないさ。けど話し合いが通じる相手でも無さそうだし、殺さなきゃ僕達が死ぬっていうんなら――――」




――――殺してみせるさ。




「……MP5のセレクターを3バーストにセットして、敵を撃つ時は頭じゃなく的の大きな動体を狙って。相手は生きた人間なんだから一々ヘッドショットを狙わなくても胴体に当たれば仕留められるから」

「…分かった」


俺の指示通りセレクターを操作する小室に先んじて2階部分の非常口に辿り着いた。

扉の裏側に張り付いて突入のタイミングを計る、とその前に平野が狙撃した敵の死体から手がかりと使えそうな物が無いか探ってみた。M16系統なのは分かっていたが、今時のチンピラ丸出しな派手な格好の若い男が使っていた銃はM16系統の中でも最初期に作られたタイプであるM16A1だった。古すぎて今じゃむしろ珍しいかもしれない。にしても、どっからチンピラがこんな長物を入手したんだろ?

銃は放置しておくが死体のポケットに無造作に突っ込んであった未使用のマガジンは頂戴しておこう。M16はM4の原形だから弾薬とマガジンも共有可能で病院での戦闘でそれなりに消費していたからありがたく使わせてもらう。そこまでしてから埋め込み式のドアノブに手を伸ばした。

触れるよりも早く、またも内側から扉が空けられた。突然の事に手を伸ばした体勢で凍りつく俺と踊り場に足を置いた姿勢で固まる小室が見ている前で、空いた隙間から拳銃―グロック17―を握るごつごつしたデザインの指輪を何個もはめた手が姿を現す。

向こうからは俺の姿は扉の死角になって見えていない。


「ふっ!!」


ゆっくりと開く途中だった扉に肩から体当たりを敢行。全体重を乗せたタックルを受けて鋼鉄製の扉が勢いよく閉まる――――拳銃を握る手ごと。

扉から伝わる肉と骨が押し潰される奇妙な手ごたえ。扉1枚隔てて悲鳴が響き、グシャグシャに肉が裂けて歪な形状に変わり果てた手から拳銃が落ちる。

異物の存在で完全に閉まり切らなかった扉の隙間に爪先を突っ込み、非常口の正面に回り込みながら適切な射撃姿勢を取りつつ足だけでこちらから扉を開け放った。

まずすぐ目の前で腕を抱えて蹲っている男、激痛の余り突入してきたこっちに気を配る余裕もないそいつにヘッドショット。続いて標的を探して銃口を万遍なく空間内に振り向ける。ショットガンを持ったチンピラと目が合ったので向こうが腰溜めに銃を構えるより早く胸に2発、頭部に1発。キルカウント2人追加。

しっかりと非常口を締めてから俺と小室は通路に出た。角で敵の姿が無いか確認してから吹き抜け部分の通路へ。M4にサイレンサーが付けっぱなしなのと撃たれる前に撃ち倒してるお蔭か、どうやら俺達の侵入に敵は気づいていないと見える。


「それにしても一体何なんだコイツらは…」

「どこぞのヤバい所に伝手のあったチンピラの集まりじゃないか?」

「……床主って意外と治安が悪かったんだな」

「違いない」


何せ日本でありながら重武装した地方最大の右翼団体の本拠地があったりマンションの一室に山ほどの銃器が隠してあるような土地だ、サブマシンガンやアサルトライフルで武装したチンピラが存在してたって対して驚くほどの事じゃないのかもしれない。俺達だって人の事言えないし。






身を低くしながら速足で平野達と敵がやりあっている入口の方へ向かう。

転落防止用の手すりは鉄製のフレームと強化ガラスを組み合わせただけの代物なので普通周囲から丸見えだったろうが、平野達の相手に気を取られている敵は俺と小室の接近に全く気付いた様子は無い。階上から見下ろす。

数は7人。内2人は頭部と心臓を射ち抜かれて血の海に沈んでいた。残りの5人はそれぞれ柱やベンチ、案内板を遮蔽物にして入口に向け撃ちまくっている。

と、また1人ベンチの裏に陣取っていたチンピラが背もたれ部分を貫通した弾丸によって左胸を貫かれた。きっと平野のVSSだ。あの銃は400m先からでもボディアーマーを着た敵諸共撃ち抜く為に開発された貫通力の高い特殊な9×39mm弾を使用するからアレ位楽勝に違いない。

それにしても、連中の得物からしてどうやらモールに残しておいた俺達の武器は奪えていないみたいだ。ここから見る限りチンピラ連中の武器はM16A1にMP5A2(小室が持ってるMP5SD6と同じMP5ファミリーの1つで作動機構そのものも全く同じだ)、Vz61スコーピオン・サブマシンガンと日本のチンピラが持つには過剰に物騒な代物揃いとはいえ、どれもモデルとしては古い物ばかりだしそもそも俺達が持って来た武器には含まれていない。

下に居る連中の注目は平野達に釘付けで、無防備な背中が俺達には丸見えだ。


「タイミング合わせろ。小室は手前の2人を、俺は奥のもう2人をやる」

「わ、分かった」


指示を出しつつ|機関部に弾を残したまま弾倉交換《タクティカルリロード》。向こうが未だ俺達の気配に気づく素振りなし。

これなら楽勝だろう――――小室がヘマさえしなければ。

もはや人を殺す事に然程の躊躇いは抱かないが、他人の尻拭いを好きでする趣味は持ち合わせてない。


「3、2、1――――撃て」


2つのサイレンサー越しの銃声が鼓膜を震わせた。照準の先、案内板を盾に潜んでいたチンピラの側頭部が半壊して横倒しになる。即座に銃口をややずらしその奥の柱に隠れているチンピラの胸部を射抜いて射殺。

顔と銃口は動かさず目線だけで小室の受け持ち……手前側のチンピラ2人の方に注目してみると、案の定というか1人は倒れていたがもう1人はまだ無傷で生き残っていた。というか、弾を食らった方も足を撃たれただけでまだ生きてるクサい。

抑制された銃声によって別方向から撃たれた事がイマイチ理解出来ていない様子のチンピラは、いつの間にか自分が唯一の生き残りである事に気づいてパニックになっている。小室に撃たれて悶絶している仲間の姿と他の死体を何度も交互に見てから耳障りな悲鳴を上げ、かと思うと四方八方に銃を乱射しながらモールの奥へと逃げようと走り出す。

甘い。その背中にゆっくりと狙いをつけてから1発だけ撃った。首と胸の中間辺りに命中し、逃げ出したチンピラは前方へ見えない手に突き飛ばされたかのようにもんどりうってヘッドスライディング。床に血の筋を残し、チンピラが2度と起き上る事は無かった。


「俺は足じゃなくて『胴体を狙え』って言った筈だけど?」

「……偶然外れただけだよ」





それだけ言い返して、小室は停止したエスカレーターから1階に下りていった。





[20852] ガンサバイバー 22
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:27a72cf3
Date: 2013/07/02 00:36
※ゾンビ映画を見たら続きが書きたくなる病が再発したので更新。
※また久しぶりに書いたら無駄に長くなってしまいました。今回でショッピングモールでの戦闘終わらせるつもりだったんだけどなぁ(汗
※もしかすると速めに続きを書くかもしれません。8月にはまたゾンビ映画が公開されますし(爆













チンピラ達の死体が転がるエントランスへと下りて平野達と合流する。

エントランスに直接繋がるエスカレーターはEMPの影響で上りも下りも完全に停止しているから、今や普通の階段とまったく大差無くなっている。金属製のステップを踏み締める度、金属質な足音がエントランス内に物悲しく響く。

俺達の足は全員自然と、唯一生き残っている小室に足を撃たれたチンピラの元へ向かっていた。ゴチャゴチャと無駄に派手な柄の服とアクセサリーという按配の荒んだ目つきのチンピラ。そんなチンピラは撃たれた足を抱えて呆れる位大量の涙を流しながら転げ回っている。

完全武装の敵対集団(つまり俺達の事)に囲まれているのにも気づいていない様子で、さっきから痛い痛いと喚きっぱなしだ。

その様子があまりにも耳障りで尚且つ鬱陶しかったものだから、ついイラッときた俺は確実に喚き声と動きを止めるであろう部分を思いっきり踏みつけてやった。

つまり股間の急所を、こう『グニュッ!』とか『グシャッ!』って感じの擬音が鳴る位の勢いで。


「……ッ!…………?!!??!?」


効果は覿面、即座にチンピラは転げ回らなくなった。代わりに解剖された上電流まで流された哀れなカエルみたくビクビク痙攣してるけど知った事か。


「え、えげつねぇー……躊躇い無く男の急所踏みつけやがったYoコイツ……」


尤も俺以外の面々は感受性豊かな様で、女性のあさみさんを除く野郎は全員何故か内股気味の姿勢を取っていた。ドン引きした様子の田丸さんの声も背後から聞こえてきたけど、そんな事どうでもいい。

生き残りが出たなら仕方ない、消費させられた弾薬分の情報ぐらいさっさと吐いてもらうとしよう。

そんな訳で、陸に打ち上げられた瀕死の鯉みたく口をパクパクさせているチンピラの額にM4の銃口を押し付けた。骨とぶつかり合う感覚が伝わってくる。


「そっちの人数と目的と武器の出所、大人しく吐いてもらおうか」

「な、何なん、テメーらぁ゛…っ゛!?」

「その返し方は間違いだ」


グリグリと踏み躙るように足を動かすと声も無く再び大きく痙攣した。更にちゃんと答えなかった罰のつもりでサイレンサーを取り付けたM4の銃口を額から放し、今度は足の傷へ強く押し付ける。

チンピラは苦痛が限度を超えたのか、遂に獣そっくりの雄叫びを上げた。

あまりの音量にふと気になった俺はチラリと平野の方を見やる。平野は素早く俺の意図を汲んで周囲の警戒を行う。もしかするとチンピラの仲間がまだ残っていて、悲鳴を聞きつけた連中が仲間意識を無駄に発揮して助けに来る可能性がある。

俺に踏みつけにされたチンピラは血を吐くような勢いでベラベラと白状し始めた。


「鎧田サンが……!俺らに薬を売ってた人が、街がバケモンだらけになってすぐに俺達を集めてっ、クスリと武器をくれたんだよ!けど急に携帯も電気も使えなくなってアジトが使えなくなったから、新しいアジトにしようとここを襲ったんだよぉ!!」

「お前らの人数は?」

「さ、最初は50人ぐれーいたけど、今は40人残ってなかった筈だ!」


俺達がここまでの戦闘で殺したのは10人前後。残りは20程度、多くても30は居ない筈。

と、小室が近寄ってきたかと思うとチンピラの胸元を掴み上げて噛み付くように詰問した。


「他の皆は!この建物に居た人達はどうしたんだ!?」

「し、知らねぇよ!俺らは鎧田サンに言われてバケモンや余計な連中が入りこまねぇよう見張ってただけなんだ!鎧田サン達が店の奥に行ってからすぐに撃ち合う音が聞こえてきたけど、それ以上俺は何も知らねぇんだ!な、なぁっ、俺が知ってる事は全部話したからよぉ、ゆ、ゆ、許してくれよぉ!」


無様な泣き顔でチンピラは命乞いを始めた。

……何というか、正直呆れた。でもって呆れてしまいたくなる人物がチンピラ以外にもこの場に居た。


「あ、あの。もう放してあげても良いんじゃないですか…?」


何を言ってるんだこの人。


「わ、悪かったから、もう悪い事しねぇよぉ」

「この人も反省してるみたいですから、傷の手当もしてあげるべきです。ねっ?」

「あさみさん……」


見ろ、平野まであさみさんの発言に何とも言えない表情を浮かべていた。気持ちはよーく分かる。


「真田」


小室まで。そんな目で見ないで欲しい。

……まぁ、このチンピラをどうするかは最初から決めてたわけなんだけど。

俺はそっと足を離し、M4の銃口も傷からどけた。ホッとした様な表情で小室もチンピラの胸元から手を放し、あさみさんも安堵の溜息を吐き出す。

解放されたチンピラはといえば、傷を抑えながら床に這い蹲って少しでも俺から離れようともがいている。




――――俺はP226Rをホルスターから抜くとチンピラの頭部に照準を合わせ、発砲した。





M4ではなくわざわざホルスターの拳銃を使ったのは、何となくこれ以上チンピラ相手にライフル弾を消費するのがもったいなく思えたから。

SIG・P226Rにもサイレンサーを装着していたから抜き撃ちには少々手間取ったけれど、小室達の気が緩んだ瞬間だったからか、誰も俺の行動に反応出来なかった。

サイレンサーによって若干威力が落ちていても、9mm弾ならば至近距離で人間の頭部を砕く程度など容易い。

鮮血でピンク色に染まった脳の一部が骨の破片ともども床に散らばった。クスリ漬けのチンピラの癖に頭蓋骨の中身はそれなりに詰まっているのが不思議でならなかった。

そしたらあさみさんが悲鳴を上げて、田丸さんは口をパクパクさせてて、でもって小室に掴みかかられた。何だよ一体?


「何で殺したんだ!」

「何で生かしておかなきゃいけないんだ?」


小室の叫びが心底不思議でならない。

チンピラをこれ以上生かしておかなきゃならない理由が俺には考えつかなかった。聞くべき事は聞き出し終えたし利用価値もない。

かといって見逃す意味も理由も全く思い浮かばなかったし、どうせ『武器もあるし警察も動けないから好き勝手暴れられるぜヒャッハー!』とか考えてた連中だ――――大体、最初から殺す気満々で先に撃ってきたのは向こうの方じゃないか?

そんな俺の内心を読み取ったらしい小室がまた口を開こうとしたけど、絶好のタイミングで先に平野の声が割って入ってきた。


「今はそれよりも高城さん達の安否を確かめに行かないと。さっきチンピラが言ってた事が本当ならまだ武装した敵が残ってるんだし、全員排除し終えたのを確認できるまで気を抜かないようにした方が良いよ」

「っ……分かったよ。先に進もう」


あからさまに『言いたい事はまだ山ほどある』って表情の小室だったけど、それでも大人しく平野の意見を受け入れて俺から離れた。一応平野のお陰で余計な時間を過ごさずに済んだのだし、声に出さず口パクで平野に『ありがとう』と言っておく。

俺達の間にはまだ微妙な空気が漂っていたけど、俺は自分の行動に後悔はしていないし間違ってもいないと考えている。

――――まぁ今はまだ敵も残っているんだし、そっちの対処を優先しないと。転がっている死体や武器の始末は敵の殲滅が終わってからにしよう。

病院での戦闘でそれなりに消費してしまったが手持ちの弾薬にはまだ余裕があるし、何より今の『敵』は<奴ら>じゃなくて人間だ。ヘッドショットに限らず、重要な臓器や血管を破壊さえできれば胴体どころか手足に1発撃ち込むだけで勝手にくたばってくれる、非常に軟(やわ)な存在。

とはいえ<奴ら>と違って銃という強力な武器も持っているし、チンピラ自体はともかくとして連中に武器を与えて取り纏める程度の知恵と指導力を持つリーダーが向こうにも居るみたいだから、油断は禁物だ。







「ここからは固まって行動しよう。早く麗達とも合流しないと、皆が心配だ」

「ならまずは下からじゃなく上の階から探した方が良いかもしれないね」

「何でですかコータさん?」

「皆無意識に万が一下の入り口が破られた時を恐れてたのかもしれないけど、食料品を取りに行く時以外は皆大概2階に集まってましたから。襲われた時も多分殆どが2階に固まってたでしょうから、隠れてるとしてもわざわざ下に下りてる可能性は少なそうだなーって思いまして。
 あとやっぱり上を取られると不利ですから、だったら最初から僕達も上から向かった方が」

「確かに平野の言う通りだな……」


またも平野の意見に沿い、今度は全員で2階部分へ上がる。俺が先頭に立ち、平野が最後尾を守る。曲がりなりにも専門の訓練経験者に挟まれた残りの3人は、前後から敵が襲ってきた時の援護役だ。


「どうせだから従業員用の通路を通っていこう。そっちの方が見つかりにくい」


俺も意見を出してみると小室からOKが出たので、抜き足差し足で俺達は近くの店に入り込み――男性向けのカジュアルショップだった――奥へ進む。

『従業員以外立ち入り禁止』の札が提げられた扉は幸運にも鍵がかけられておらず、静かに従業員用通路へと入る事ができた。

一般客向けの区画と違って従業員用通路は無機質でまったく飾り気が感じられないし、窓も設けられていないのとEMPで電気が来ていないお陰で、昼間にもかかわらず意外と薄暗い。

どうやら敵は従業員用通路の存在を放置しているのか、先客の気配も足音も感じられなかった。もちろん俺達には好都合だし万が一もあるから気も抜かないけれど。


「僕達の武器、敵に奪われてなきゃ良いけど……」

「同感だね。チンピラが持つには上等すぎる銃ばっかりだし、無駄弾使われても困る」

「まさかこんな形で役立つとは思ってなかったけど、持ってきた武器の一部を隠しといて良かったかもしれないな」

「ここに残っていた皆さんは大丈夫なんでしょうか……」


身を低くし、中腰の体勢で少しづつ進みながら言葉を交わしていると、壁越しにくぐもった銃声が伝わって来たので拳を掲げて後続の小室達を止めた。

パンパンパン、と軽さを含んだ銃声は恐らく9mm口径の拳銃の物。そこに発射速度の速いサブマシンガンの連射音と身体の芯まで響くショットガンの重たい轟音が加わる。銃声の合間合間に、主に複数の男が発する叫び声が交錯し合っていた。

ともかく確認してみるべきだ。最も音の出所に近い扉に向かい、そっとドアノブを回す。やはり鍵はかかっておらず、まず数cm分だけ隙間を作ってからM4の銃口を間に差し入れ、扉周辺の安全を確認。

俺達が出た場所は家具売り場の片隅だった。敵影は無いが銃声はまだ響き続けており、銃声の出所は間違いなくこのフロアからだ。俺に続いて小室が店内に出てくる。

家具売り場はかなり広く、その割にタンスや食器棚、デスクなどの大きな家具のせいで見通しが少々悪い。死角が多いので、不意の遭遇に注意すべき場所だ。

そういえば、先にショッピングモールに居た生存者達も大体は家具売り場によく集まっていた気がする。恐らくはベッドやソファーなど身を休める物に事欠かないからだと思う。

それに俺達が病院に出向いた原因である病気のお婆さんもここで安静にしていた筈だから、襲撃された時も医者である鞠川先生がお婆さんについていた可能性が高い。もしかすると、里香達も。

……ところで次第に銃声が減ってきているような――――そんな疑問を抱いていると、


「ひいいいいいいいっ……!!?」


鶏の断末魔みたいな気勢を上げたチンピラが、唐突にタンスの陰から飛び出してきた。

現れたチンピラには、左の手首から先が存在していなかった。腕の断面からは鮮血がボタボタと大量に零れ落ちていて、無事な右手の方には銃が握られている。

イングラム・M10、通称MAC10。アメリカのギャングも多用してる事で有名なサブマシンガン。特大のホッチキスに取っ手を取り付けたようなシンプルな外見だけど、毎秒1000発以上の連射速度を誇る危険な代物。

カッと見開かれた片手のないチンピラの目と俺の目が合った。身体の一部を失ったせいか、明らかに恐慌状態と分かる血走った目をしていた。視線が合った俺を敵だと明確に判断しての行動というよりは、勝手に身体が動いたといった感じでチンピラの右手が持ち上げられ、銃口がこちらへ向けられる。

もちろん俺の方も動いていた。銃自体は最初から移動しながらもしっかりと肩付けに構えていたから、すぐさまチンピラに照準を合わせる事ができた。

後はガク引きと反動で照準が動かないよう心に留めつつ引き金を絞るだけ――――の、筈だったんだけど。


「誰、なっ、うわっ!?」


よそ見していたのか、俺が射撃姿勢をとっているのに気づくのが遅れた小室が素っ頓狂な声を上げながらぶつかってきた。

小室はよりにもよって俺を後ろから突き飛ばすだけじゃ飽き足らず、そのまま俺の上に倒れこんできた。もちろん撃てる訳がない。

チンピラが発砲した。激しいマズルフラッシュが目に焼きつき、銃声慣れした俺でも耳が痛くなるぐらい盛大な連射音がフロア中を振るわせた。

幸運だったのは、イングラム自体があまり精度の良くない銃である事と、チンピラがまともな射撃姿勢をとっていなかった事。

連射速度が速いサブマシンガン、しかもフルオート射撃の反動を片手で押さえ込む事はゴリラ並みの腕力を持ってなければ不可能に近い。

反動のせいでイングラムの銃口はどんどん上を向いていって、そのお陰で弾丸のほぼ大部分は壁のだいぶ上の部分や天井に吸い込まれる形になった。予め壁の中に火薬でも仕込んでいたみたいに壁や天井が次々と爆ぜ、細かな破片が倒れている俺と小室に降り注いだ。

耳を劈(つんざ)く連射音はすぐに止んだ。弾を吐き出さなくなったサブマシンガンを隻腕のチンピラは訳が分からないと言いたげに見つめてるけどどうって事は無い。単なる弾切れだ。

モデルにもよるが専用マガジンの装弾数は30発前後だから、イングラムの連射速度なら2秒足らずでマガジンが空になる。片腕のチンピラの撃ち方は、明らかに残弾数を考慮していない乱射と呼ぶべきものだった。

――――それでも撃たれる側からしてみれば、すぐ頭上を弾丸の雨が通過していく体験は十分恐ろしい訳で。


「うわわわわわ!?」

「間抜けな声出してないで邪魔だから早くどいてくれ…!」

「ご、ゴメン!」


転んだ状態で銃撃を受けた事に対し泡を食った様子の小室に文句を言いつつ、俺の身体の上からどいてもらう。

何とか仰向けの体勢のまま射撃体勢を取った俺だったけれど、俺が撃つよりも先に新たな銃声が鳴り響いた。

撃ったのは、小室に続いて従業員用通路から飛び出してきた田丸さん。「うおおおおおっ!」と雄叫びを上げながら銃剣付きのモスバーグ・M590ショットガンを腰だめに構え、発砲・排莢・装填を繰り返す。

弾切れのイングラムを手に固まっていた隻腕のチンピラに、モスバーグから放たれた散弾の一部が命中した。

チンピラが着ているヒップホップ系のTシャツの中心部分に穴が開き、破壊された筋肉と骨の一部を露出させ、背中から血と肉片がスプレーみたく噴き出しながら、チンピラは見えない手に突き飛ばされたかのように後ろへと倒れた。


「は、ははは、やった、やってやったZe!」

「田丸さん、危ないですから気を抜かないで!」


初めて銃撃戦で人を殺した事で高揚してしまい、無防備に声を張り上げる田丸さんを平野が注意する。

平野の警告を証明するかのように新たなチンピラが現れた。今度は手負いではない様で、彼が両手に抱えていたのはやや旧式のH&K・MP5だった。

イングラムとは違い、派生型も含めまだまだ世界中の特殊部隊で採用され続けている高性能・高精度のサブマシンガン。やっぱりチンピラが持つには勿体ない銃だと率直に思ってしまう。


「よ、よくも殺りやがったなぁぁ!」

「た、田丸さん危ないです!」


新手のチンピラもさっきの隻腕のチンピラと同じようにこちら目がけ撃ってきた。

さっきと違って今度のチンピラは一応銃を両手で支えていて、尚且つ銃自体の性能が良かったから、射撃の精度は(イングラムの片手乱射と比べれば)それなりに正確だった。不運な事に。



――――また鮮血が散った。

発生源は、弾丸が命中した田丸さんの肩からだ。

直前にあさみさんが仁王立ちしたままの田丸さんを引っ張っていなかったら、肩ではなく胸部に着弾していた可能性が高い。




一転して今度は苦痛に満ちた悲鳴を漏らし始める田丸さん。


「な、何じゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?てか何だよこれ痛いつーか熱い!!撃たれた!?撃たれたの俺!!?これ俺の血か、本物の血なのか!?」

「落ち着いて下さい!今止血しますから、暴れないでください田丸さん!」

「あさみさんは傷口を押さえてて下さい。俺が手当てします!」


傷そのものの痛みに対してというよりは、撃たれた事そのものと自分が流血してる事への驚愕とショックで暴れだした田丸さんを、平野とあさみさんが引きずるようにして従業員用通路へ連れ戻していく。

一方俺と小室も後を追おうとしたが、新手のチンピラがまた撃ってきたせいで通路に向かえず、平野達と分断されてしまった。仕方なく手近な家具の陰に逃げ込む。


「で、もたくさやってる内に取り残されたけどここからどうするリーダー?」

「僕が悪かったからそんな目で見ないでくれ…!」


誰のせいだ誰の。少しぐらい皮肉を言ったって許されるだろうに。

俺と小室が隠れているのは、腰ぐらいまでの高さしかない合成木材製のタンスだ。これが金属製の冷蔵庫とかならまだ安心なんだけど、銃撃に対する遮蔽物としては少々心許ない。実際MP5から放たれる拳銃弾(多分9mm口径)が着弾する度に表面が小さく爆ぜているのが、タンスに押し付けている背中で感じ取れた。

もしM16系列みたいなアサルトライフルを持ったチンピラまで駆けつけてきたら、格段に貫通力の高い5.56mmNATO弾によってタンスごと蜂の巣になりかねない。さっさとMP5を持ったチンピラも排除しないと。

銃声が止んで、次いで悪態が聞こえてきた。新手のチンピラも弾切れを起こしたに違いない。

身体を起こして覗いてみれば、丁度さっきの俺達同様チンピラが家具に隠れる所だった。チンピラが隠れたのは大きな洋服ダンスで、見るからに頑丈そうに思える上完全にチンピラの姿の大部分を隠してしまっている。

――――けど『大部分』ではあっても『完全に』ではない。何故ならスニーカーの爪先がせっかくの遮蔽物からはみ出してしまっている。

俺は身体を倒し、横向きに寝転がった体勢からM4の射撃姿勢を取った。こうした変則的な撃ち方も平野共々PMCのインストラクターから一応教わっている。


「いただき」


床の冷たさを感じながら、ここぞとばかりにあれこれ教えてもらっておいた自分と誘ってくれた平野、そして日本の高校生が相手でも快く手ほどきしてくれたインストラクターに感謝しつつ優しく引き金を絞る。

弾丸は見事命中。スニーカーの爪先部分が弾け飛び、絶叫しながら倒れこんだチンピラが洋服タンスの陰から上半身を曝け出した。更にもう2回引き金を引き、爪先を撃たれたチンピラも俺達に殺された仲間の後を追う。

すぐには置き上がらずまた新手が現れないか警戒し続け……どうやら2人だけで終わりらしかった。警戒を解かないまま立ち上がる。


「大丈夫かい真田、小室」

「な、何とか……僕よりも、田丸さんの怪我は大丈夫なのか?」

「田丸さんなら心配ないよ。骨や重要な血管も傷ついてないみたいだし、出血もそれほどじゃないから。それでも今後を考えると感染症が怖いから、出来れば早く鞠川先生と合流して処置して貰った方が良いと思うよ」

「そっか、良かった……」


いや、誰のせいだ誰の。また皮肉の1つか2つ言いたくなったけど、今回はグッと堪えておこう。


「で、どうするんだ?怪我人を置いていくのか、それともこのまま一緒に行くのかどっちなんだ」

「念の為田丸さんには安全が確認できるまで、従業員用通路か他の店に隠れておいてもらおう」

「あの、だったらあさみが田丸さんに付き添っておきます!他の避難民の安全と犯罪者の鎮圧もまた警官としての職務ですけど、だからといって怪我してる人をそのままほったらかしにも出来ませんから……」


こう言っちゃなんだけど、正直な所足手まといは置いていきたいのが俺の本音だ。なので小室の提案とあさみさんの申し出には、是非諸手を挙げて賛成させてもらおう。


「よし、じゃあその方針で」

「気を付けて下さいね、コータさん……」

「ええ任せて下さい。あさみさんも田丸さんの事、よろしくお願いします」


……何妙な雰囲気発生させてんのさ平野。

あーだこーだ言いつつ田丸さんとあさみさんと分かれた俺達3人は移動を再開。家具売り場の中心部へ向かう。

進み始めてすぐに硝煙と鮮血の臭いが感じ取れるようになった。やはりこれまたEMPの影響で建物中の空調もオシャカになっている影響か、異臭は同じ場所に留まり続けているらしくどんどん強さが増していく。


「何なんだよこの臭い……」


小室の愚痴を聞きながら、ズラリと並んだ売り物の家具が作り出した十字路に差し掛かる。角からそっと顔を覗かせて索敵を行う。

俺の視界に飛び込んできたのは敵の姿ではなく、異臭の元凶と思しき光景だった。







――――血の海が広がっていた。




[20852] ガンサバイバー 23
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:27a72cf3
Date: 2013/07/07 11:20
※ショッピングモールでの戦いは今回で終了。次回で原作6巻分が完結の予定。
※続きは多分8月かな?ワールドウォーZを見終わってからのテンションによって更新が左右されるかと(マテ















「何だよ、これ」


現場を見るなり呆然と呟いたのは確か小室だったと思う。

一面に広がるのは血の海と死体の数々。2桁に達そうかという数の血まみれの死体が、血の海に沈んでいたり、家具に縋り付く様に倒れてたりしていた。

死体はどれも全く見覚えの無い、柄の悪そうな男ばかり――――つまりチンピラ連中の物。少なくとも生きている奴は残っていないらしい。

ふと気になったので死体に近づいてみる。小室が「お、おい」と声をかけてきたけど無視。足元に広がるヌルヌルした血で足を滑らせないよう、摺り足気味に足を動かす。

タンスに縋り付く様な体勢で死んでいるチンピラの服を掴み、タンスから引き剥がす。何が起きたのかさっぱり分からないまま死んだらしいチンピラの死に顔は、目も口もポッカリと大きく開いたマヌケな表情だった。口の中には大量の血が溜まっている

死因はすぐに分かった。喉仏のすぐ下辺りがパックリと切り裂かれていて、死んだチンピラの頭が後ろに倒れた拍子に綺麗に両断された気道の断面が覗く事が出来る。このチンピラは気道と頸動脈をまとめて斬られた結果、ゆっくりと自分の血に溺れて死んだのだろう。

他の死体に目を向ける内、ある共通点に気付いた。

此処に転がっている死体の傷は、どれも銃で撃たれた銃創ではなく刃物による切創ばかりという点だ。

心臓ごと胴体を袈裟懸けに切り裂かれた死体もあれば、さっき出くわした隻腕のチンピラみたく片腕が切り落とされてたり腕じゃなくて足首が無かったり(関節部分を狙えば綺麗に切り落としやすいと本かネットで見た覚えが)、中には頭そのものが無くなっている死体すら転がっている。

そのどれもが、肉体を破壊されたというよりも、すっぱりと断ち切られたと表現するのが正確な綺麗な傷口ばかり。

この場がスプラッター映画も真っ青なぐらい大量の血で汚れているのも納得だった。生きたまま的確に重要な血管や心臓を切断した為に、ポンプの要領でチンピラ達の血がドバドバと傷口から溢れだしていったからに違いない。

――――<奴ら>に噛まれた人間は<奴ら>の仲間になるのは実際に目撃してきたけど、もし人間に殺されたら場合殺された人間の死体も<奴ら>になるんだろうか?唐突にそんな疑問が生じる。

もしここに来るまでに俺が殺してきた人間も<奴ら>になっていたらと思うと……少なくとも俺が殺してきた連中はロクデナシばっかりだった筈だから、死んでからまた生き返るなんて上等な扱いは連中には相応しくない。

ともかくこんな芸当がやれそうな人物は、知っている中でただ1人――――




視界の端で、長髪が揺らめいた。




「ッ!!」

「真田後ろ!」


平野の警告よりも先に俺の身体は動いていた。

上半身だけ反射的に大きく捻じり、M4の銃口を長髪が見えた方向へ向ける。俺の反応と同時に、俺の横に並んでいた子供の背丈ぐらいある戸棚を人影が飛び越え、俺へと躍りかかってきた。

一瞬銀色の輝きが閃いたと思った直後、気が付くと俺の首筋に冷たく鋭い何かが押し当てられていた。遅れて鼻を擽ったのは殊更強い血の臭いに加え、酸っぱい汗と特徴的な甘い香りが入り混じった混沌とした体臭。

客観的に表現するならば、俺の首に突き付けられているのは日本刀で俺に刀を向けている張本人はよく知る人物だった。ついでに女で、学校の元先輩だ。


「む、真田君か。すまないな、刃を向けてしまって」

「撃ち殺されたくなかったらさっさとこの押し当ててる物どけてくれません?」


M4の銃口で毒島先輩の左胸を突(つつ)くと彼女はすぐさま日本刀を下ろし、1歩下がって俺と距離を取った。

離れた毒島先輩は学生服の汚れていない部分で日本刀の刀身に纏わりついている血脂を拭い取ってから俺達に向き直る。


「仕留め損ねた賊の残党かと思ってね。先程別の場所でも銃声や爆発音が聞こえていたから、外に出ていた君達が近くまで戻ってきているのには気づいていたが」

「毒島先輩!良かった、無事みたい、で……」


ようやく仲間の1人と再会できて小室ははしゃいだ声を上げたけれど、喜びと安堵の声はすぐさま尻すぼみになっていった。

そりゃそうだ。今の毒島先輩はキャ○ーばりに上から下まで血まみれなんだから。

勿論本人の血じゃなくて返り血だ。少なくとも学生服の前部分は白い布地の大半が血の色で塗り潰されてて、頬にも血痕が。照明が使えずフロア全体が暗いせいで余計に不気味で、そのままホラー映画かお化け屋敷に紛れ込んでも全く違和感がないと思う。

……の癖に、妙に色っぽい感じなのはどういう訳なんだか。こう、発情した里香を前にした時みたいな。

小室の視線を受けた毒島先輩は顔を背けてしまう。室内が暗いのと日本人形みたいに長い黒髪に隠れてしまって、顔を逸らした毒島先輩がどんな表情を浮かべているのか俺の位置からでは窺えない。

おもむろに小室が前に出てきた。血だまりに足元を取られないようにしつつ、俺の隣を通って毒島先輩の目前まで近づく小室。




――――そのまま躊躇い無く、毒島先輩を両手で掻き抱いた。




「こ、小室君?その、そんな事をしたら汚れてしまっ……」

「――――本当に、『冴子さん』が無事で良かった」

「っ……ああ。私も、『孝』が無事に戻って来てくれて、本当に嬉しいよ」


『冴子さん』に『孝』、――――ねぇ?


「どう思います奥さん?」

「あ、あはははは……の、ノーコメント」


少なくとも、顔を赤くして嬉しそうにはにかむ毒島先輩の姿を見るのはこれが初めてだろう。どうでもいいけど。


「とりあえずそこのお2人さん。仲が良い事はよーく分かったからそういうのはまた後でやれば?」


2人だけの世界を作り始めた小室と毒島先輩に声をかけると、途端に我に返って勢い良く離れた。主に小室だけが。

名残惜しそうにしている毒島先輩からは不満げな眼差しを送られた。アンタそんなキャラだったっけ?


「あの、ここの死体は皆毒島先輩が?」

「ああ、そんな所だよ。君や真田君と違ってまともな訓練を積んでいない上に、銃という強力な武器を手にしていたせいで逆に油断していたのもあるし、賊が自ら狭い場所に固まってくれたお蔭で不意を突くのは簡単だったよ。もちろん幸運も味方してくれたようだけどね。それでも2人ほど逃してしまったよ」


いや簡単とか幸運ってレベルの話じゃないと思うんですけど。そう言ってやりたかったけど、毒島先輩の口ぶりから本人はまったくの素で発言したのが理解出来たものだから、実際に口にする気力すら沸いてこなくなる。

平野に視線を向けてみれば、「ふふふ」と空虚な声を漏らしながら乾ききった笑みを天井に向けていた。なまじ『弾が無ければ役立たずに逆戻りになるんじゃないか』と高城邸で心情を吐露していた平野である。毒島先輩の刀無双っぷりは、銃信奉者のコイツには色々と衝撃が強過ぎたのだろう。

――――もしかすると、知らず知らずの内に俺も似たような表情を浮かべていたんじゃなかろうか?

とりあえず先程俺達が従業員用通路近くで出くわした隻腕のチンピラ+1は毒島先輩無双の生き残りでファイナルアンサーである。


「他の皆は無事なんですか?」

「それが……」


再び毒島先輩の表情が翳る。

やがて「……こちらだ、ついて来てくれ」と言って踵を返した。彼女の後を追う。

売り場を進む内、並んでいる商品の種類がタンスからベッドを主とした寝具類に移り変わっていく。やがて人影が2つ、ベッドに寄りかかるようにして屈み込んでいるのが見えてきた。

片方は鞠川先生で、もう片方は病院に向かう前に寝具コーナーですれ違ったガタイの良いニット帽を被った兄ちゃんだった。あの時はいきなり睨まれ、向こうから絡んでもきたから印象に残っている。

脇腹を負傷しているらしく、血が滲むそこを鞠川先生がテキパキとした手つきで治療を施していた。


「鞠川先生!」

「あ、お兄ちゃん達だ!」

「小室君!平野君と真田君も無事だったのね~!」


小室が声をかけると、最初に反応したのは鞠川先生ではなくその陰からひょっこり顔を覗かせたありすちゃんだった。

鞠川先生も治療の手を止めて喜色に満ちた声を上げ、負傷しているニット帽の兄ちゃんの視線もこちらに向けられる。


「なんでぇ、テメェらも戻ってきてたのかよガキ共……おい、婦警のねぇちゃんと坊主頭の野郎はどうした?」

「田丸さんが撃たれて怪我をしたので、あさみさんに付き添ってもらって安全な所に隠れてもらっています。そっちの怪我は大丈夫なんですか?」

「この人の怪我は大丈夫。銃創を見るのは先生も初めてだけど、弾丸はお腹の表面を掠めただけで大事な血管も内臓も傷つけてないから~」


確かに鞠川先生の言う通り、脇腹の傷の出血量は微々たるものだし傷の位置だって内臓がある位置から大きく外れているので心配はあるまい。

手当を続ける鞠川先生の横で、ありすちゃんは両手をぶんぶん振り回しぴょこぴょこ跳ねながら、早口気味に声を張り上げる。


「あのねあのね!おっきなおじさんが先生とありすを守ってくれたの!」

「大した事はしてねぇよ。たまたま近くに居たチンピラ野郎の頭をかち割っってやっただけだ。しかも1人だけ倒した後にすぐに腹に食らっちまって、ご覧の有様ときてる」

「だけど、鞠川先生とありすちゃんを守ってくれてありがとうございました」


頭を下げる小室。礼を言われたニット帽の兄ちゃんは「けっ」と吐き捨てはしたものの、微妙に照れてるように見える。


「それで鞠川先生、先生の言っていた輸血用の血漿や薬を病院から持ってきました。すぐにお婆さんの治療を!」

「それが………」


途端に言い淀んだ鞠川先生の顔色がさっきの毒島先輩以上に曇った。それだけじゃない、ありすちゃんも、ニット帽の兄ちゃんも、暗い空気を漂わせて意気揚々と報告した小室から顔を背ける。

まるで大急ぎで医者が駆け付けてくれたにもかかわらず、結局医者が辿り着く前に病人が死んでしまったかのような雰囲気。


「マーくん!」


聞き慣れた声と小走りの足音。そちらの方へ身体ごと向いてみるなり、それなりに重たい衝撃が俺の胸を貫いた。

視線を下に移せば、里香のサイドテール頭が俺の胸元に押し付けられていた。パッと見じゃ信じられない程の怪力を秘めた短い細腕で俺の胴体にしがみ付いてくる。


「マーぐんっ…!お爺さんとお婆さんが……!」


湿った鼻声を漏らしながらパッと勢い良く上を向いた里香の顔、その小動物を連想させる大きめの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。











「…………」


『現場』を前に、小室と平野は無言でその場に立ち尽くしていた。

平野は非常に険しい表情で眉根を寄せながら眼鏡の位置を直し、小室は顔を下に向けていて表情が分かり辛いが、唯一見える口元の動きから歯が砕けてしまいそうなぐらい顎が食いしばられているのが理解できた。

俺?一応2人に倣って立ってはいるけれど、2人ほど激しい感情は湧いてきていない――――今はまだ。

毒島先輩は小室の背後に立ち、里香は俺に縋りついたまま離れようとしない。鬱陶しいが、何故か振り払う気になれなかった。


「……あっという間の出来事だった。他の避難民を刺激しないよう武器を隠していたのが災いして、非常口を破って侵入してきた賊に応戦できるようになるまでの貴重な時間を取られてしまった結果、犠牲が出てしまった」


2つの死体――――病気のお婆さんとその連れ合いのお爺さん。

ベッドの上で寄り添う2人の胸元は真っ赤に染まっている。胸元に生じた穴を見れば、2人の命を奪ったのが銃弾であるのは一目瞭然。

危険を冒して病院に向かった俺達の努力は、結果的には時間と弾薬を浪費しただけの徒労に終わってしまった訳だ。


「すまなかった――――留守を守れなかった私の責任だ」


心底悔いに満ちた声色で謝罪する毒島先輩。

対して小室の反応は、顔を上げて力無く首を振りつつ疲れの滲む笑みを彼女に向けるというものだった。


「いえ……僕達がもっと早く必要な物を手に入れてさっさと戻ってくるべきだったんです。毒島先輩が謝る必要はありませんよ。むしろ銃を持った相手が大勢いたのに、たった1人であれだけの数を倒しただけでも十分凄いと思います」


後半は同意だ。刀1本でゲームキャラみたいな真似をされちゃ俺と平野の立つ瀬が無くなってしまう。

ま、殺しの手段としての刀には俺も興味があるし頼もしいとも思うけれど、それでも銃愛好家で専門の訓練まで受けに海外に行った身としてはやっぱり複雑だ。

それにしても、殺されてしまった老夫婦。長年寄り添って生きてきたのであろう2人は、文字通りの意味で死ぬ時も一緒だった。多分、世界がこうなってしまう前までは幸せな人生を共に歩んできたんだと思う。

それでも結局は他人の人生だ、俺にはどうでも良い……そう思いたかった。実際には出来なかった。

何時の間にか見えない棘が胸の奥に突き刺さっていて、老夫婦の死体を見ていると見えない棘が疼いて疼いて仕方ない。

例えるならそう、高城邸でありすちゃんの父親が<奴ら>に噛まれてしまった時に近い感覚。






……ああ、そうだ。ようやく分かった。

理不尽に思えて仕方ないんだ。希里さんが幼いアリスちゃんを残して死んだ事も、仲の良かった老夫婦がチンピラに殺された事も。

せっかく助ける事が出来たのに、こっちの努力を無駄にしやがって。


「俺達が侵入した側の入り口に陣取ってた連中を尋問してきたんですけど、チンピラは全員で40名弱。俺達と毒島先輩が仕留めた分を合わせてもまだ足りません。残りのチンピラどもがどこに逃げたか分かりますか?」

「恐らくは君達が入って来た方とは反対側に逃げたのだろう。革ジャンに髪を逆立てた中年の男は見なかったか?その男が賊の首領格だ。他の者達と比べて知恵も回るように思えたな」

「麗と沙耶は何処に」

「あの2人ならば隠している武器を取りに向かった筈だが……」


また銃声。拳銃やサブマシンガン、そして5.56mmよりも重たく、しかしショットガンのそれよりも軽い残響が尾を引く単発の銃声が交錯している。多分7.62mmのセミオート。

こうなってくると、小室の次の行動を読むのは簡単だった。


「行くんだろ小室」

「……ああもちろんだ!毒島先輩と古馬はここに残って鞠川先生やありすちゃん達を!」

「里香、お前もここで大人しくしてろ」

「分かった、ここは私に任せたまえ。武運を祈っているよ」

「き、気を付けてマーくん」


また3人で移動開始。銃声の数が多いせいでどちらの勢力が優勢なのか音だけでは掴みづらいが、7.62mmの銃声は他の銃声達と比べて聞こえる回数が少なく、間隔もバラつきがある。さっさと駆けつけた方が良いかもしれない。

……だけど小室にはこれだけは問いかけておきたかった。


「小室」

「何だよ」

「今度はちゃんと狙って撃てよ?」

「――――っ………」

「まだ引き金が重いようだったら、その時はさっきの爺さんと婆さんを思い出せばいい。それだけで大分引き金も軽くなるだろうさ」

「……ああ。分かってるさ」

「小室……」


頼むぜ、リーダー。この期に及んで躊躇うようだったらそれこそ役立たずだ。

銃声を追っていく途中、また新しい死体を見つけた。俺以外の面子には残念な事に、その死体は避難民のものだった。

老夫婦とはまた別にもう1人いた年寄りの避難民。頑固そうだった禿頭の老人の死に顔は、信じられないと言いたげに目を見開いた凄まじい形相だった。

老夫婦の時と違って、頑固爺さんの死体を見た時は何の感情も湧いてこなかった。

クソッ、と小室が小さく吐き捨てた耳に届く。それでも一々足を止めないだけありがたい。

辿り着いた先はコーヒーショップだった。俺がガスボンベ爆弾の作成場所としても利用していた場所だ。ちろんそのままいきなり鉄火場に飛び込んでいくような真似はしない。物陰に隠れてコーヒーショップ周辺の状況をまずは窺う。


「麗、沙耶…!」


お目当ての人物×2はすぐさま見つかった。

2人してコーヒーショップのバーカウンター内で銃を手に隠れていた。実際にはカウンター内に居るのは宮本と高城だけでなく、眼鏡をかけたすだれ頭の中年オヤジとOL風の若い女が頭を抱え、ガタガタ震えている。

一方チンピラ達の陣容はてんでバラバラ、客用の丸テーブルをひっくり返して遮蔽物にしたり柱に隠れたりするぐらいの分別がついてる奴もいるけれど、半分以上は隠れようともしないでネジの外れた笑みを貼りつけて仁王立ちになってバカスカ撃ちまくっている。

まさにチンピラを絵に描いたような撃ち方だ。ああ、無駄弾が勿体無い。


「あーもう!何でわざわざこんな逃げ場のない場所に隠れたワケ!?大体、カウンターの中に逃げ込んだ時は大抵包囲されるのが御約束じゃないの!」

「し、仕方ないでしょ!ここが1番安全そうだったんだから!」


どうやら2人は口論している様で、激しい銃撃の合間からでも聞こえる位の金切り声を2人して上げている。それでも銃撃に怯えて震える事しか出来ていない大人連中と比べれば、戦意を保ち実際に反撃を行うだけの性根があるだけよっぽどマシだ。

時折、少しだけ腰を浮かせては手にした銃で反撃を行っている。宮本が銃剣付きスプリングフィールドM1、高城が母親から渡されていた例のスネイルマガジン装着のルガーP08。

……銃撃戦の真っ最中に口論とか、バディ物のアクション映画じゃあるまいし。

ともかくチンピラ共は宮本と高城達へ向けて撃ちまくるのに夢中で俺達の接近に気づいていない様子。遠慮なく横合いからぶん殴らせていただこう。

手榴弾を取り出し、2人に見せる。これまでに病院で1個、モール内に戻る為に駐車場でもう1個。俺の手持ちの手榴弾はこれが最後の1個だ。小室と平野は手榴弾をちらつかせただけで俺の意図を察したらしく、同時に頷きを返してきた。

ピンを抜き、安全レバーを押さえていた指の力を緩めると、バネの力で手の中から勝手に安全レバーが跳ね飛んだ。これでもう爆発は止められない。だからといってすぐに投げたりもしない。念には念を入れて、投げ返す暇を敵に与えないよう爆発のタイミングを調節しておく。

一瞬だけ身体を出して、手榴弾をチンピラどもの中心めがけ投げ込んで、でもってまたすぐに遮蔽物の陰に隠れ直す。

同時に、小室と平野が予め示し合わせたかのように同じタイミングで宮本と高城へ警告を放っていた。


「麗、沙耶、伏せてろ!」

「耳を塞いで!口は開けて!」

「た、孝!?」

「言われた通りに伏せなさい!」


甲高くも腹の奥まで伝わるぐらい重々しい爆発が轟き渡った。俺達が隠れていた遮蔽物も衝撃波でビリビリと震え、破壊された天井の照明や天板が落下して砕け散る音が続いた。

若干の間を置いて新たに加わるのは、苦痛の悲鳴。効果は十分だったようだ。混乱から立ち直る暇は与えてやらない。


「このまま殲滅させるぞ!」

「了解!」


まず俺が真っ先に飛び出し、次に平野、そして小室も続いた。3人揃ってサイレンサー装備の銃だったので、爆発による薄い煙が広がる中蠢く人影へ向けて引き金を絞る度に高圧のスプレーに似た独特の抑制された銃声が短く鳴る。

俺と平野の弾丸は主に頭部へ集中し、2種類の特徴的な破裂音が響く度に手榴弾の影響で死に掛けてたり、倒れたり、うずくまってたりしているチンピラの頭部の一部と生命が破壊されていく。

規則的に奏でられる俺と平野のリズミカルな銃声に、ややテンポの悪い間隔でシパパパッ!という3点バーストの射撃音も加わる。今度は小室も言われた事を守っているようで、精度そのものは悪いが3発の9mm弾はちゃんとチンピラの胴体へと吸い込まれていく。


「な、何なんだよ゛テメェらあ゛!?」


おっと、反撃に移れる奴も居たのか。そいつは手榴弾の破片を食らって上半身が血まみれだったが、にもかかわらず立ち上がりながら俺達に拳銃を向けようとすらしていた。こいつらはジャンキーの集まりの筈だから、もしかして薬物の影響で痛覚が鈍いのかもしれない。

もちろん、そいつも撃ってくる前に慌てず騒がず他のお仲間同様止めの銃弾を見舞っておいた。特にこいつは念入りに頭部だけでなく心臓もきっちり破壊しておく。今のでこの場に居たチンピラは全滅だ。

今殺した分を合わせれば侵入していたチンピラの数と大体の帳尻は合う。もちろん狩り残しが残っている可能性もあるので、建物内を捜索しておく必要があるだろう。


「オールエネミーダウン!クリアだよ!」

「麗、沙耶、こっちはもう大丈夫だ!出てきても良いぞ」


小室がカウンターへ声を上げると、隠れていた宮本達はすぐには立ち上がらずにゆっくりと頭だけ覗かせた。

俺達の姿とチンピラ達の死体を確認してからようやく、カウンターから出て俺達の傍へ寄ってきた。

宮本と高城の表情は、仲間の帰還を喜ぼうにも素直に喜べない、そんな複雑な感情の入り混じる微妙な表情だった。残りの避難民、すだれハゲとOL風も恐れを多く含んだ視線を俺達に送ってきている。


「……殺したの?」


宮本のそれは、質問というよりも確認に近かった。


「ああ、殺したよ。仕方なかった。殺さなきゃ麗か、沙耶か、平野か真田か、それとも他の誰かが死んでたかもしれなかった。そうしない為には殺すしかなかった……」


そこまで言った小室の顔色が急に青くなり、いきなり駆け出して……あ、吐いた。俺や平野と違い、殺人童貞を失った事は小室にとってはそれなりにショックだったみたいだ。

むしろ<奴ら>ではない、生きた人間に対しても平然と引き金を引ける俺や平野の方がおかしいんだろうが。俺だってそれぐらいの自覚ぐらいは持ってるさ。強制する気はさらさら無いけど。











「う、うわああああぁっ!!?」

「クソッ、このガキが!デカイ声出しやがって!」


小室のえづく水っぽい音が何時までも続くのかと思ったその時、新たな悲鳴と怒声が聞こえてきた。お次は何だ?

一斉にその場に居る全員が――ゲーゲーやってた小室も含め――武器を構えつつ振り向いてみれば、避難民の1人である根暗そうな学生が羽交い絞めにされ、拳銃を持ったやや小柄な中年親父に人質にされているのが見えた。

革ジャンに逆立てられた短めの黒髪――――毒島先輩が言っていた特徴とも一致する。このおっさんが、チンピラ連中を取り仕切っていたリーダー格、尋問したチンピラが言っていた鎧田という男か。


「何なんだ、何なんだテメーらは!たかが学生のガキがどうして銃持ってる上にこんなに強いんだよ!」


そんな事言われても、趣味と成り行きと運の賜物としか言いようが無い。


「大人しく武器を捨てて、彼を放してくれ……これ以上、無駄な犠牲は出したくないんだ」

「うるせぇ!テメェらこそ銃を捨てやがれ!でないとこのガキが死ぬぞ!」

「ひいぃ!?お願いしますどうか助けて助けて助けて助けてぇっ!」


小室の説得をオッサンは全く聞き入れず、人質の学生にゴリゴリと銃口を押し付ける。人質は壊れたレコードみたいに繰り返し命乞いをし始めた。うるさくて鬱陶しい。


「どうするリーダー。僕としては正直武装解除はお勧めできないよ」

「私も同感。ああいう手合いは1度要求が通れば調子に乗ってどんどん次の要求をエスカレートさせていくタイプよ」

「くっ……それでも、これ以上他の人を犠牲にはしたくない。皆、武器を捨ててくれ」


平野が進言し、高城も忠告したが、小室の選択はオッサンの要求に従う事だった。

真っ先に武器を下ろしたのはやはり小室で、それに宮本が続く。反対意見を出した2人も、結局小室同様に武器を床に置いた。




――――俺だけは武器を捨てなかった。




「そこのテメェもさっさと銃を捨てやがれ!」

「嫌だね」

「真田!」


短くしっかりとした口調を心掛けながら、ハッキリと『No!』を告げてやった。

小室が声を荒げるが知ったこっちゃない。改めて伸縮式ストックを右肩に押し当て、右手はピストルグリップを軽く押し出す感じで把持。フォアグリップを握る左手は逆に銃を手元へ引き寄せる風にして銃全体を安定させる。

人質諸共、真っ直ぐ射線上に鎧田を捉える。照準の中で鎧田も人質もギョッと目を剥いた。


「オイ、コイツが目に入らないのか!?」

「……3つ、アンタに言っときたい事がある。1つ、そいつはたまたまこの建物に先に居た避難民であって俺達の仲間じゃない。名前も知らない赤の他人さ。俺は関係ない奴が死んだってちっとも心が痛みはしない」


たまに例外もあるけど、と老夫婦を思い出して脳内で付け足しつつ。


「2つ。拳銃相手ならともかく、貫通力が高い軍用ライフルが相手なら人質は無意味だ。サイレンサーで威力は落ちるとはいえ、この距離なら楽に人質ごとアンタを撃ち抜く事が出来る」


人質が一際情けない悲鳴を上げた。あ、漏らしやがった。鎧田は失禁した人質の小便が足元に広がっていってる事すら気づいていない様子。


「そして3つ――――」

「ち、ちくしょおおおおおおおおおっ!!!」


鎧田の絶叫と共に、人質の側頭部に押し付けられていた銃口が俺の方へと向けられる。だけど遅い。

セミオートで1回だけ、俺は引き金を絞った。機関部が作動し、瞬間的に露出した薬室から空薬莢が弾き出され、ペットボトルサイズのサイレンサーから発射ガスが噴き出し、5.56mm弾が音速の3倍弱で飛翔した。

血煙が散った。着弾したのは人質の頭の陰から覗いていた鎧田の首筋、丁度頸動脈が通過している部分だ。肉の一部がごっそり抉られた傷口から、斜め上へと噴き出すぐらい派手に出血している。

本人は絶好の盾を手に入れて隠れていたつもりでも、実際にはあちこち丸見えで狙える場所は幾らでもあった。しきりに移動して的を絞らせない努力を行ったのも鎧田の敗因の1つ。

大量に血を失ったせいで全身に力が入らなくなった鎧田は、傷を押さえながらその場に膝から崩れ落ちた。慌てて人質が逃げ出していくが、もはや彼を捕まえておく力すら鎧田には残っていない。






「――――人質を取るならプロレスラーにするんだったな」


とどめの1発。額に命中し、後頭部の一部が消失する。




[20852] ガンサバイバー 24
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:0a91db95
Date: 2014/02/26 23:24
※某所でお気に入りの学園黙示録の作者様が久々に更新していたのにテンション上がって勢いで更新。
※一気に7巻まで突入したかったけど文字量が膨らんでしまい断念。
※(原作者の続き書くやる気の無さに)救いはないんですか!?←お前が言うな㌧
















初めて人を殺した時はどんな気分だったんだ、と問いかけられた。




俺は整備中のM4から視線を引き剥がして反対側に座る小室へと向ける。

きっと今の俺の目つきはかなり億劫そうなんだろう。小室の質問の内容は俺の中ではもはや遥か遠い過去(実際にはほんの数日前だけど)の記憶、その中でも今となっては比較的どうでもいい事として分類されてしまっているからだ

何丁もの銃器が並ぶテーブルを挟んで正面に座る小室の表情は、20も30も年上の中年窓際サラリーマン宜しく疲れ果て、生気を失っている。

場所はショッピングモールの飲食店が集まるフロアの一角、大企業の社員食堂を思わせる内装のフードコート。体感時間ではジャンキーどもを皆殺しにして1時間か2時間ほど経った頃か。

俺が何をしているかといえば何てことはない、病院からモール内に至るまでの戦闘で使用した武器の整備をまとめて行っているだけの話だ。銃器を整備点検出来るだけの知識を持っているのが俺と平野だけで、平野はあさみさんと一緒にまた襲撃者達が現れないか屋上で見張りに当たっているから、俺1人で何とか済ますしかない。

女性陣は返り血やら手榴弾の爆発の余波やらで汚れてしまった衣服を現在調達中。

特に毒島先輩はスプラッター映画の犠牲者並みに血まみれだったから、流石の俺でもあの恰好で出歩かれるのは平身低頭してでも止めて欲しかった。あれだけの返り血だと臭いも強烈過ぎるので、とりあえず別れ際にレモンを使うと血の臭いが消えやすいとアドバイスはしておいた。

ちなみにジャンキーどもの死体は他の避難民に手伝って……正確には手伝わせ、非常口から順番に放り棄てていった。もちろん連中が持ってた銃器弾薬は根こそぎ回収済み。

尚、死体運びをやらせた生き残りの避難民達は作業の途中で揃いも揃ってそこかしこに反吐を撒き散らかしていた事を追記しておこう。


「その時はスカッとしたけどそれだけだったな」

「……嫌な気分とか、良心の呵責とか、そんなのは感じなかったのか?」

「いや全く」


小室の視線がありえないモノを目撃した時のそれに変化したがどうでもいい。視線を手元に戻してフィールドストリッピング中のM4の機関部にこびりついた発射ガスの残滓を歯ブラシでこそぎ落とす。

高城邸滞在中の時みたいにちゃんとした銃器用のクリーニングキットが手元にあれば良かったのだけれど贅沢は言えない。歯ブラシやパソコン洗浄用のエアダスター、自転車売場から持ってきたオイルスプレーetcを現地調達してきて整備を行っている。ショッピングモール万歳だ。

特に俺愛用のM4や小室などが使ったMP5系列は、高性能の代償に部品数が多く機構そのものが汚れや粉塵に弱い。これがAK系列だったらもっと荒っぽく扱ったりしても大丈夫なんだけど、性能を保つ為にはこまめな整備が不可欠だ。


「そういうそっちはどうなんだ?そんな質問をしてきたって事は、小室は後悔や罪悪感を感じてるのか?」

「……変な感じなんだ。人を撃ったのは今日が初めてじゃない、人をこの手で死に追いやったのも今日が最初じゃない筈なのに、あいつらを撃った瞬間の光景が延々頭の中で繰り返されるんだ」


そう言いながら自らの頭を押さえる小室の手は、酒が切れたアル中患者みたいに酷く戦慄いている。


「どうして、こんなに違うんだろうな。自分の手で直接人の命を奪う瞬間を見届けたからなのかな?」

「どうでもいいよ、小室の葛藤なんて」


本当にどうでもいい。下らない事で頭を抱えてうんうん唸ってるだけの置物になられるぐらいなら、空マガジンの弾込めでもやってくれればいいのに。


「今更どれだけ悩んだって俺も平野も小室も人殺しである事は変えようがないんだ。大体、相手は手当たり次第に無差別に撃ちまくりながら俺達を殺そうとしてきたジャンキーだったんだぞ?武器も殺意も持たない命乞いしてくる民間人を虐殺したわけでもなし、罪悪感や良心の呵責を覚える理由なんてある訳ないだろ」

「…………そこまでキッパリ割り切れる真田や平野が凄い羨ましいよ」

「だったら割り切れるようになるコツを教えてやろうか?」

「どうすればいいんだ?」

「こう考えればいいんだよ。殺した連中はどいつも<奴ら>の同類だった、てさ」


道具を使い、人の言葉を喋ってた以外に差なんてありゃしない。こっちを殺しにかかろうとしてたという点で<奴ら>とジャンキーどもは共通していた。

――――皆殺しにするには十分過ぎる理由だ。まったく、小室も俺や平野みたいに割り切れば良いものを、難しく考え込みすぎだ。


「こちらを脅かす敵は力で排除する。それが戦いってやつなんだ。学校からここに辿り着くまでやってきた事と何も変わりない」


分解した部品を順番通りに組み立て直していく。

M4は俺が特に気に入ってる銃の1つで、動画サイトに転がっていた実銃の組み立て動画を何度も飽きずに再生したものだ。動画内での説明や映像を脳内再生し、自分の手で一挙一動を再現する。


「――――殺さなければこっちが殺されるだけなんだ。古い外国の歌にもあったろ?『生きるために殺す(Live and Let Die)』、ってさ」

「い、いや知らないな……」

「ならこれはどうかな。『最も有効な解決策は最もシンプルな解決策である』」

「それは聞いた事があるよ。小学校の時どんな本を読書感想文の題材すればいいのか分からなくて、そしたら沙耶に無理矢理読まされた難しい本の中に出てきたっけな。確か昔の偉い哲学者が遺した言葉だったよな?」

「小室もシンプルにこう考えればいいんだよ。自分達の身の安全の脅威になる存在は<奴ら>だろうとトチ狂ったイカレ人間だろうと関係なく即座に排除する。排除するって事はつまり――――殺すって事さ。その方が後の心配もしなくて済む」




組み立て完了。チャージングハンドルを引けばボルトが滑らかに前後し、快調な作動音が物音ひとつしないフードコート内に軽やかに響き渡る。











「今後の方針を話し合うわよ!」


ようやく着替え終えた女性陣がぞろぞろとフードコートへやって来るなり、高城がテーブルを叩くと共に声高らかに宣言した。屋上の見張りをあさみさんと他の生存者に任せた平野も合流済みだ。


「まず今後の計画、というかそもそもの目的は孝と宮本、それから古馬の両親の安否の確認な訳だけど――――大きな問題がひとつ」


ギロリ、と効果音が聞こえてきそうなぐらい険しい目つきが俺に向けられた。

高城の格好は良家のお嬢様みたいな(実際そうなんだけど)ふりふりレース付きシャツ&スカートからインナーシャツの上に臍だし半袖シャツ、サスペンダー付きホットパンツとカジュアルさと動き易さを両立させたファッション。

まぁ、親の敵を見るような目で高城が睨んでくるのも無理はない事態だと俺自身分かってるんだけど。


「おそといっぱいあつまってきるねー……」

「高城さんのお家の時より集まってきてるんじゃ……」


ありすちゃんと里香の言葉が地味に耳に痛い。

2人の視線はガラス越しに見える外の景色……駐車場を埋め尽くさんばかりの勢いで集まった<奴ら>の群れ、群れ、群れだ。

そりゃジャンキー相手に外でも中でも派手にドンパチした訳だし、止むに止まれなかったとはいえ手榴弾も盛大に爆発させてしまった。ジャンキーどもの使っていた銃がサイレンサーが無かったのも大きい。云わば俺達が行った事は、敵陣真っ只中の暗闇で盛大にキャンプファイヤーをやらかすような所業だった。


「危ない所を助けてくれた事は感謝するわ。だけどねぇ、あそこまでドンパチ賑やかにするのはやり過ぎなのよ!」

「ついカッとなってやった。反省はしているけど後悔はしていない」


飛び掛かろうとした高城を平野が羽交い絞めにして抑えてくれた。そしたら高城の矛先が平野に移って丸っこい背中を思いっきり蹴り飛ばしやがった。何故か恍惚とした悲鳴と共に吹き飛ぶ親友。

寸劇染みた光景を横目に、俺は紙箱から出した9mmパラベラム弾をP226Rのマガジンへ押し込む作業を続ける。

拳銃用マガジンに再装填を終えた次はM4用の空マガジンに5.56mmNATO弾を充填していかなくてはならない。基本長物用のマガジンは上限一杯まで装填すると中のバネが固くなり給弾不良を引き起こしやすくなるから2~3発減らしておく。


「流石にこれだけの規模では十分以上に我々の武装が整っているとはいえ、強行突破するのは難しいだろうね」

「そ、そうですね……」


ヒートアップする高城とは対照的に冷静な口調で述べる毒島先輩。

だけど染まっていない部分が難しいぐらい血だらけだったセーラー服を脱ぎ捨てた今の毒島先輩の格好は彼女の性格に全く似つかわしくない、過激過ぎる格好だ。胸元と臍周りが大きくくり抜かれたピチピチのジャケットに、履くと言うより巻き付けたと表現した方が正しそうな超ミニスカート。

膝から下を守るプロテクター、と組み合わせたピンヒールに腰に下げた村田刀も相まって――――美女美少女ばかりが集まる格ゲーのキャラか何かかアンタ。レモンとシャンプーの香りが毒島先輩からほのかに漂ってくる。

先輩の声に反応して彼女の方に顔を向けた小室が、顔を真っ赤にしてすぐに視線を逸らしてしまったのも仕方ない。小室の初心な態度を見て宮本が眦(まなじり)を吊り上げているがそれはどうでもいい。

宮本と里香の服装は変わっておらず、2人は身を清めて下着を換えた程度で済ませたのだろう。

残る2人、鞠川先生とありすちゃんの装いも変わっていて、鞠川先生も動きやすいよう膝までのスカートにストッキングとロングブーツ、胸元が開いたキャミソールの上にシャツをボタンを留めずに羽織った姿。無造作にほったらかしだった長髪をポニーテールにまとめたせいか印象が大分変っている。

ありすちゃんは丈夫そうな厚手のチェック模様のシャツにジーンズを着込んでいる。遠目だと男の子と勘違いしてしまうかもしれない。


「ふー、ふー……こうなったらここから出るのはしばらくお預けになるわね。もう少しの間はここに長居する事になるわ。もし家族の安否の確認にこだわるんなら、今の内にさっさと準備を進めときなさいよ」

「こちらが必要な物資を持っていくのを他の避難民が反対しなければいいが……尤もその心配はもう必要なさそうだがね」

「襲撃者達を殲滅した直後は中々混乱が収まりませんでしたけど、救援が来るって伝えた途端一気に大人しくなりましたもんね」


あさみさんの同僚だった松島とかいう先輩婦警の遺したメッセージは、ジャンキー共の全滅を確認してから生き残った避難民にも伝えておいた。

明後日の何時何分に助けがやってくるのか具体的な時間は分からずじまいだけど(そもそもEMPのせいで現在の時刻も分かりゃしない)、<奴ら>に包囲された上銃器で武装したチンピラの大群の襲撃で駄目押しを食らい、身も心も追いつめられていた先客達を落ち着かせるには十分な効果があった。松島某さまさまである。


「だけど明後日に救援が来てくれるとはいっても、救出地点なんかは予め決めてあるんじゃないかしら?ここに直接駆けつけてくれるとは限らないんじゃ」

「その可能性はありますね。救出の為の集合地点に選ばれる可能性が高いのは予め国が定めた避難場所……」

「一定数以上の市民が集まれるだけの広さがある学校や公園、或いは市役所や警察署……」


小学校は小室の、警察署は宮本の家族の職場だ。


「第1目標は警察署よ。あの婦警(あさみ)の上司がまっ先に助けを求めに向かったのはお仲間の集まる警察署だったに違いないわ。そこで救援が来る事を知ったんでしょうね」

「警察署は僕や麗の近所にあります。警察署で情報を手に入れた次はそちらに向かいます。小学校はその後に」

「あの、私の家族は……」

「もちろん古馬の実家も廻るから安心してくれ」

「あの~、もし3人の家族がその何所にも居られなかったら?」


鞠川先生の質問に答えたのは小室ではなく宮本だ。


「その時は……考えたくないけどそこで終わり。あとは皆と生き残ることだけ、それだけにする!」

「諦められる?」

「諦めやしない!――――でも他にどうしようもないもの」


宮本も宮本でそれなりに覚悟は決めているようだ。どうでも良い、足手纏いにならなきゃ十分だ。

この後、大まかな交戦規程を定めたり小室が自分や宮本の我儘に皆が付き合う必要はないどーのこーのといったやり取りがあったが、俺の答えはとっくに決まっていた。もちろん小室達に付いて行かせてもらう。平野や高城達の答えも同様だった。

けど小室達に付いていく事に対して俺と平野達の間に大きな認識の差が在る事を、きっと小室は見抜けていない。

平野達は、友情の為。

俺の場合は、スリルと暴力の快楽をもっと味わいたい為。




――――本当の理由を知ったら里香や小室は一体どんな表情を浮かべるのだろうか?












ショッピングモールを脱出する為の準備を再開する。

作戦会議の間、俺はひたすら空マガジンへの弾込め作業を行っていたので、今日の戦闘で空にしたマガジンは既に全て再装填済み。戦闘で使い切った破片手榴弾も補給してある。

今俺と平野の前にはここまで持ってきた現存全ての弾薬と武器に加え、ジャンキーどもの死体から掻き集めた銃と弾、アウトドア用の大型リュックサックが複数並んでいた。

他の面々が救出情報の入手と家族探しに向かうに当たって必要な物資を調達しに行った中、俺と平野の役目は全員分の武器と弾薬の再分配である。

ハンヴィーという貴重な足を失った以上、非常に残念ながら手持ちの武器弾薬を一切合財持ち歩くのはまず不可能なのだ。どの銃とそれに対応する弾薬がどれだけ必要か、どの武器が必要無いのかを仕分けないといけなかった。


「可能な限り静かに行動する為にもサイレンサー付きの銃をなるべく持っていきたい所だけど、それだと長時間の戦闘に向いてない複雑な機構の銃ばかりになっちゃうし、サイレンサーの効力も長続きする訳じゃないからなぁ」

「持っていく銃の数はサイドアーム含めて1人2種類、多くても3種類で限界だろうな」

「珍しいのばかりだからちょっと惜しいけど7.62mm系の銃は置いていこう。真田と古馬さん(SG552)用の5.56mm、小室(イズマッシュ・KS-K)と宮本さん(モスバーグM590)と沙耶(イサカM37)用の12ゲージ、後はMP5とサイドアーム用の9mmとルガーの22口径……」

「残念だけどAA-12はここに置いてくしかないか……」

「アレは火力は凄いけど嵩張るし弾薬消費が激し過ぎるからね。小銃弾ほど12ゲージは大量に持ち歩けないから仕方ないよ」


これは全ての物に言える事だが、弾薬も一定以上の量になると途端に相応の重みを持つ。これに銃本体と小室達が持ってくるその他必要な物資を含めたら、総重量はかなりのものとなるだろう。

持っていく予備弾薬の配分は男子は多め、女子は少なめに――但し腕力バカの里香の分は例外――幼いアリスちゃんと接近戦メインの毒島先輩は身軽でなきゃいけないので荷物は免除。

予備マガジンや12ゲージ弾がズラリと収まる弾帯はすぐ取り出せるようリュックの外側のポケットに。紙箱入りのバラ弾はリュックの底の部分へ、といった塩梅で押し込んでいく。





「ん?」


作業を続けている内にふと違和感を覚えて平野を見た。

準備しなければいけないバッグの数は7つ。並んでいるリュックの数は8つ。

8つ目のリュックを平野が躊躇いなく手に取り、9mm弾の紙箱を次々と放り込んでいった。視線に気づいた平野は顔を赤くしながら俺を無視せず、素直に口を開いた。


「実はさっき言いそびれちゃったんだけど……さっき屋上であさみさんに僕達の目的を話してみたら、あさみさんも僕達と一緒に来てくれるって言ってくれたんだ」


その程度ならいちいち平野が顔を赤くする必要はないと思うんだけど。


「僕『達』じゃなくて僕『だけ』の間違いじゃないの?」

「な、ななにゅのことかな!?」


分かりやす過ぎの慌て過ぎだ。危うく紙箱をどっかに放り出しそうなぐらいの過剰反応。

まあどうでもいい。どうせ十中八九高城辺りが「何でさっきの会議でそんな大事な事報告しなかったのよデブチン!」と瞬間湯沸かし器と化すに違いないけど、せっかく貴重な親友に春がやってきたんだ、深くは問い詰めまい。

――――すると噂をすればなんとやら、だろうか。

ありとあらゆる電気系統が使い物にならなくなったせいで余計なBGMが一切消え去った巨大施設に軽い足音を響かせながら、あさみさんが息せき切ってこっちへ走ってくる。

えらい慌てようだ。今度はヒャッハーと気勢を上げながらバイクを乗り回すモヒカンどもが襲来してきたとでもいうのか。


「ハッハッ……あ、あのぉっ、ハッ……へ、ヘリが……ハァッ」

「何か異変でもあったんですかあさみさん!?また暴徒がここに襲撃してきて――――」












「ち、違うんです!ヘッ、ヘリが何機もこちらに向かってきてるんですっ。助けが来たんですよぉ!」





平野と顔を見合わせると同時、ターボシャフトエンジンの音色が俄かに外から聞こえてきた。




[20852] ガンサバイバー 25
Name: ゼミル◆d3473b94 ID:27a72cf3
Date: 2014/03/09 11:15
※よ、ようやく原作6巻分完結……
※注:一見理性的ですが主人公も立派な狂人です。













あさみさんからの報告、その直後に少しずつ音量を増しながら聞こえてくるターボシャフトエンジンの発動音を認識するなり、俺と平野は弾かれたように駆け出していた。

その際俺はM4、平野はVSSと、しっかり愛用の武器を引っ掴んでいたのは主に本能的な反射行動によるものだ。

緊急時に縋れる存在があるのとないのとでは、精神の安定に大きな差が出てしまうんだから仕方ない。弾薬がしっかり装填された銃器が手元にあればまさに俺達は一騎当千のツーメンアーミーになれるのだ。

俺達が屋上へ通じる最短ルートの階段に辿り着く頃には、ヘリが奏でるエンジン音はショッピングモールの壁面に存在する窓ガラスをハッキリと震わせるぐらいの近さまで接近してきていたのが分かった。音の聞こえてくる方向から建物の直上を旋回しているのは間違いない。しかも複数機。


「救出に来てくれるのって明後日じゃなかったの!?」

「さぁね、軍事作戦の前倒しなんてザラだし、相応の理由があるんじゃないか!」

「ま、待って下さい2人とも~!」


その場から飛び出した俺達を追いかけてきているあさみさんの悲鳴が背後から聞こえてきたがこれはどうでもいい。

階段の入り口で、俺と平野とは反対方向から駆けてきた小室達と合流を果たす。小室達は揃って期待と疑問が混ぜこぜになった形容しがたい表情を浮かべていた。


「この音、ヘリコプターだよな!?」

「もしかして私達の救助に来てくれたんじゃないかしら!」

「それを確かめに行くのよ!さっさと屋上に上がるわよ!」


高城の発破を受けてゾロゾロと階段を駆けあがっていく俺達。

途中鞠川先生が段差に躓いて転びそうになっていたけどそれもどうでもいい。どうせ生来のどんくささに加えて胸にぶら下げた自前の1000ポンド爆弾×2が視界を塞いで足元が見えていないんだろう……鞠川先生が1000ポンド爆弾なら里香は750ポンド爆弾か?

強化ガラス製の扉に肩からぶち当たり、ガラスごと突き破らんばかりの勢いで皆揃って屋上へ飛び出した。モールの屋上は駐車場を兼ねていて、持ち主を失った放置車両があちらこちらに見受けられた。

屋上には先客が居た。若いサラリーマン風の青年と短髪顎髭で小太りの兄ちゃんがヘリの編隊へ向けて両手をぶんぶん振り回している。気持ちはよく分かる。


「あの森林迷彩塗装、陸上自衛隊のUH-60Jだよ!しかも随伴がOH-1の重武装型!?何て贅沢な編隊なんだ!」


俺達一般市民には総火演(富士総合火力演習)でもなければ拝めないような光景だ。しかもヘリの機種が重度の銃オタ兼ミリオタたる平野が喜色に満ちた奇声を上げるのも仕方ない、と俺が思ってしまう程度には異色の組み合わせだから尚更である。

<ニンジャ>とのあだ名を与えられたOH-1の武装は本来ならば自衛用のAAM(空対空ミサイル)のみだが、俺達の頭上で滞空中のOH-1の機首下には何と戦闘ヘリ用のチェーンガンをぶら下げている。

機銃の種類はAH-64<アパッチ>に搭載してるのとまったく同じM230。口径は30mm。<奴ら>に向けて浴びせようものなら肉片しか残るまい。






――――軍用ヘリの機外スピーカーが、ターボシャフトエンジンの動作音とメインローターが空気を連打する音の大合唱の最中でも聞こえる程の大音量を不意に吐き出した。






『こちらは陸上自衛隊です!貴方達の救出に来ました!速やかに武装を解除し、手を頭の上に挙げてその場から動かないで下さい!』






まるで人質を取った籠城犯か追い詰められた逃亡犯を相手にしているような言い草じゃないか。いやま、軍用のアサルトライフルやポーチを予備弾薬で膨らませた戦闘用ベストで完全武装した高校生の団体が真っ先に飛び出してくれば、そりゃ武装解除を命じたくもなる。

ってよく観察してみればOH-1の機銃はショッピングモールを包囲する<奴ら>に向けられている一方、UH-60J<ブラックホーク>の両側面から銃身を突き出させているドアガンの屋上に狙いを定めていた――――そう、俺達へ向けて。

助けに来てくれた人物から浴びせられた第一声の内容が少々予想外だったらしい。先客の避難民やら小室や宮本やらは、ヘリを見上げながらポカンと呆けてしまっている。

彼らの自我を無理矢理現世へ蹴り戻したのは例によって沈着冷静唯我独尊な高城の声であった。


「皆指示に従うのよ!ほらそこの腐れオタコンビもサッサと言う通りにする!でないとあのデッカイ機銃が<奴ら>じゃなくて私達に向けられる羽目になるわよ!?」


はいはい分かってますっての。暴発防止に安全装置を掛けてからM4を頭上に掲げ、一応の恭順を見せつけるようにしてゆっくりと足元に置いた。平野と小室達も俺に続く。

もちろんこれだけで完全に武装を解除した訳ではない。レッグホルスターにはP226Rがフル装填で突っ込まれたままだし、ベストのポーチには破片手榴弾も入れてある。

俺以外の学生組もサイドアームを携帯したままの筈なので、いざという時はどうにでもなるだろう――――その『いざという時』が主にどういった状況を指すのかは置いとくとして。

重武装型OH-1の編隊に守られながらUH-60J<ブラックホーク>が高度を落とすと、ヘルメットにゴーグルにフェイスマスクととことん肌を隠した自衛隊員が、開けっ放しの側面ドアから降下用ロープを蹴り落とす。

完全武装の陸自隊員が淀み無く慣れた動作で専用器具を使わないファストロープ降下でもって屋上駐車場に降り立つなり、スリングで肩から下げていたコンパクトサイズの自動小銃の照準を俺達に合わせた。


「動くなっ!」


ヘリが生み出す多様な騒音が鳴り響き続く中でもその自衛隊員の警告はハッキリと俺達の耳に届いた。

拡声器も無しにまぁ何つー肺活量。流石自衛隊員。しかも装備の質が通常部隊のそれと微妙に違う。特に注目を引くのは彼らが構える、極限まで銃身長を切り詰めレイルシステムの追加や折り畳み式ストックの形状などとことんカスタマイズを施した、もはや別物の銃にしか見えない89式小銃の次世代モデル。


「せ、先進軽量化小銃……」


後ろから聞こえた平野の呟き声は、まるでシモ・ヘイヘやカルロス・ハスコックみたいな銃1丁で伝説を作り出した戦場の英雄、もしくはミハエル・カラシニコフかユージン・ストーナーあたりみたいな近代銃器の始祖といった大御所を前にしたかのように畏れと慄きに震えていた。

俺だって自衛隊員が構えている代物の正体を判別した瞬間、驚きの声が出そうになったから平野の驚愕具合もよ~く理解できた。まさか実戦に投入されてるなんて……いや、それとも使える物はもう何でも使うしかない位日本政府も追いつめられてるって事でもあるのか?どうでもいいけど。

デジタル迷彩仕様のボディアーマーに肘・膝をプロテクターでガチガチに防護した自衛隊員の1人が先頭に立って俺達に銃口を向けたまま、ゴーグルで守られた目元だけを動かして俺達を観察しているのが分かった。

彼が放っている気配は<奴ら>ともジャンキーどもとも全くかけ離れている。肉体と精神双方に対する厳しい鍛錬に裏打ちされた強固な意志と覚悟、それらを土台となって放たれる冷徹な気配――――

ゾクゾクする。病気とも恐怖とも違う悪寒に背筋が震えて、口元が痙攣しそうになった。

そうか、これが本物の殺気ってやつなのか……無性に心地良い。初めて人を殺した時や里香を抱いた時以上に股ぐらがいきり立ちそうだ!一般隊員とは絶対に違う。身のこなしや漂わせる気配から練度の差は歴然だ。

自衛隊員の視線がやがてある人物の前で止まる。

彼はある意味自分達の同類、つまり国と国民に仕える公僕の代表格であり、ショッピングモールに存在する唯一の警察官であるあさみさんの姿を捉えると、先進軽量化小銃を下ろしながら彼女の元へ近づいていった。


「貴女がこの場を掌握しておられるので?」

「ひぇっ!?い、いえいえあさみはあさみで何の役にも立っていませんし、むしろコータさんや学生さん達に助けられっぱなしっていうかですね!?」


強化プラスティック製の防弾ゴーグル越しに自衛隊員の目尻が困ったように傾くのが俺達にも分かった。

とそこへ助け舟を出したのが我らが(一応)リーダー、小室である。


「あの、僕達は最初からここに逃げ込んでた訳じゃなくて、僕達の家族を探しに向かってる途中に寄った別の避難所がEMPのせいで滅茶苦茶になって、そこから逃げ出したんですけど<奴ら>に囲まれてしまって……それで一時的にお世話になってただけなんです。僕達はまた別の組で、僕達がここに辿り着いた時にはここにはちゃんとしたリーダーが居ないようでした」

「君達は……高校生なのか?」

「ええ、僕達は藤見学園の高等部の学生です――――今は『だった』って言った方が正しいんでしょうけど」


弾薬で一杯のサバゲー用タクティカルベストを着込んだ学生服姿の小室を上から下まで眺めてから若干の間を置き、鋭利な雰囲気に新たに若干の不振と疑問を加えた様子で自衛隊員は僅かに首を傾げる。

無言で観察してくる完全武装の兵士の視線を浴びている小室の方は顔中に冷や汗を浮かべていた……短い付き合いだけど、相変わらず勇気があるのか小心者なのかよく分からん。

やがて小室と言葉を交わした自衛隊員はヘルメット、ゴーグル、フェイスマスクを順番に外していき、四十路前後のやや厳めしい顔立ちを露わにした。


「ともかくお疲れ様でした。すぐにヘリで脱出できますよ」

「ほ、本当ですか、良かったぁ」


自衛隊員の太くも優しい声を聞いて一様に安堵の吐息を漏らす避難民達。

俺の視線は駐車場に降り立った救出部隊員の中で唯一素顔を晒している自衛隊員の胸元へと吸い寄せられた。左胸のポケットに所属と名字がそれぞれイニシャルとローマ字と書いてあった。名前はGATO、所属は――――

即座に彼らの練度の高さに納得した。


「平野、この人達WAiRの所属だ」

「あ、あの第一空挺団や特殊作戦群にも匹敵すると言われてる精鋭部隊じゃないか!どーりで装備も豪華なわけだ!」


よくもまぁ日本版フォースリーコン(アメリカ海兵隊武装偵察部隊)と例えても過言じゃない精鋭部隊を送り込んできたもんだ。

向こうからの警戒レベルが緩んだと判断するなり、平野は鼻息を荒くしながら救出部隊に対し熱い視線を注ぎ始めた。俺以上に重度のガンマニアである平野の視線を浴びせられた部隊員達が、「うわぁ」という感じで微妙にたじろいでいたのは俺の見間違いではあるまい。


「しかし一般の学生がどこでその情報を?それにそのような大量の銃器を一体どこで入手したのかな」


聞かれると思ったよ。「それはその…」と口ごもる小室。そこへ助けに入るメガネっ娘ツインテールお嬢様こと高城。


「EMPだと判断したのは成層圏で核爆発が起こる瞬間の閃光と同時に、対EMP措置が取られたハンヴィー以外の全ての電子機器がイカレたのを目撃した上での判断よ!武器に関しては私のパパが密かに集めてた物を緊急事態という事でアタシの仲間に貸し与えたの。文句ある!?」

「……失礼ながら君の御父上は何者ですかな?」

「私の名前は高城沙耶。パパの名前は高城壮一郎。国内有数の規模と権力を持つ右翼団体、憂国一心会の会長といえば分かるんじゃない?私のパパは自衛隊でも有名人の筈だもの!」

「『あの』高城宗一郎の――――成程、些か腑に落ちない点や気になる部分もまだありますが、『一応』それで納得するとしましょう」


どうやら例の高城の親父さんの名は自衛隊でも知れ渡っているらしかった。右翼系団体には元自衛隊や元警察官も多いって聞いた事があるけど、その関係か?


「あのぉ、自衛隊の人でしたらちゃんとした医療用の道具とか持ってないかしら~?下の階に怪我人が居てて、医者としては出来ればその人達を優先して搬送して欲しいんだけどぉ~」


鞠川先生の要請を受け、控えていた数名の自衛隊員が俺達の横を通り過ぎて階下へと消えていった。








「しかし救出作戦が行われるのは明後日だと聞き及んでいたのですが、我々の事を一体どうやって知ったのですか?それに貴方方は何処から来られたのかもできれば教えて頂きたいのですが」


と次に質問したのは毒島先輩。重武装の学生集団、爆乳の女医に続いて露出過多な女剣士の登場にガトー某は少々目を白黒させながらも応えてくれた。

彼は握り拳を作ってから、親指だけを真っ直ぐ立てて頭上に広がる天空を示す。


「我々は沖合の輸送艦から来ました。無人機が貴方がたを見つけたんです――――尤も、途中から銃撃戦を開始しだしたのには面食らいましたがね」


あの段階でこっちの存在に自衛隊は気づいていたのか。最初に警告と武装解除を命じてきたのも納得だ。

避難民同士で銃撃戦を繰り広げてればそりゃ誰だって警戒するし、特にアメリカみたいな銃社会とはむしろ真逆の日本でそんな光景が繰り広げられれば尚更だ。もしかすると殲滅したジャンキー共の死体を外に投げ捨てる場面も見届けられた可能性も高い。

やはりと言うべきか、俺達が銃撃戦を交わした相手や救出計画の存在をどうやって知ったのかも聞かれた。といってもジャンキー共の詳細な背景や銃の入手ルートなどは俺達も殆ど知らなかったし、救出計画についても松島某が今際の際に遺したのが全てである。一応俺も加わって素直に答えておいた。

病院行きの経緯からジャンキー相手の銃撃戦の一部始終を簡潔に説明し終えたタイミングで、おもむろに宮本が口を挟んできた。


「あの、救出計画があるって事は警察署とかと連絡が取れてたって事ですよね!?東署は、床主東署は無事なんですか!?お父さんが東署で働いてるんです!」


宮本の詰問を受けたガトー氏は首を横に振った。顔色も芳しくない。


「残念ながら、EMPの直後から床主東署を含めた本州の各政府機関ほぼ全てとの双方向的な通信は途絶しています」

「だ、だったらその、警察署に向かったあさみさんの先輩は一体どうやって救出計画の事を知ったんですか?」

「恐らくジェイ・アラートに流された情報から救出計画を入手したのでしょう。あのシステムには有事に備えEMP対策が施されていましたから、生き残っているとしたらそれぐらいでしょう。しかし東署側からの返答は現時点まで確認されていません」

「ジェイ・アラート……ってなぁに?」

「全国瞬時警報システム!地震とかミサイルとかの警報や情報を衛星経由で自動的に流すシステムですよ。」


平野が解説するが、宮本と小室には平野の言葉は聞こえていない様子だった。特に宮本の表情は沈鬱が色濃い。

EMPが発生する直前までは<奴ら>から持ち堪えて役目と機能を果たしていたのかもしれないが、今となってはどうなっている事やら。この現代社会、電子機器がまとめてオシャカになったらどれだけのパニックと被害が生じるのかが気になるのであれば、高城邸での脱出劇を思い出せばいい。

次に宮本が縋り付きながら放った言葉により、ガトー氏の両目が大きく見開かれる事になった。


「お願いです、自衛隊のヘリで東署まで連れて行ってくれませんか!」

「麗!」

「えっ、ちょっ、宮本さん!?」


一瞬驚きを露わにしたガトー氏だがすぐに表情を戻して再度首を振る。


「……申し訳ないがそれは出来ない。我々の任務はあくまでこのスーパーに集まった生存者の救助であり、君達を含めたここの生存者を安全な場所まで送り届けるのが最優先目標と定められている。もしに東署に未だ多くの生存者が留まっていたとしても、今の我々の部隊編成では限界があってね」

「で、でもっ!!」

「でも少なくとも、私達を東署まで運ぶ位は出来るんじゃない?」


高城が宮本の助っ人に割り込んだ。意外だ、どちらかといえば宮本の抗議を持ち前の知能と弁舌で抑え込む側に廻りそうな性格だった気がするんだが。


「そこの銃オタ兼ミリオタ1号「誰ってかどっちの事だよ」デブチンの方よ。今私達の頭の上で飛び回ってる輸送ヘリの航続距離は大体どれくらいなのよ?」

「陸自仕様のUH-60Jの航続距離は約1295km!両翼下に増槽を追加した場合の航続距離に至っては最大で約2200kmにも達します!<ブラックホーク>は空中給油も可能ですから補給さえ受れれば半永久的に飛び回る事も可能ですよ!」

「海岸から此処まではやや離れてるけど、それでも床主湾からは精々10km位しか離れてないでしょうね。東署に寄り道したってまだたっぷり燃料に余裕があるんじゃないの?」


実際にはショッピングモール上空でホバリング待機している間にどんどん燃料を消費しているから高城が言うほどの余裕は無いんだろうけど、だが高城の推理は間違っちゃいない。


「それにわざわざ沖合の輸送艦から部隊を送り込んできたんだったら、輸送艦と連絡を取り合う為の無線機をそっちは持ってるんじゃないかしら。それも頑丈で対EMP措置も施された軍用の衛星電話か、或いは海上の輸送艦にまで届くぐらい強力な無線機とか」


モール屋上駐車場に降り立った自衛隊員達は全員背中を空けているから、背負い式の広帯域多目的無線機・携帯用Ⅰ型ではなくトランシーバー型の携帯用Ⅱ型か、もしくはヘリに搭載されている通信機器を使って海上とやり取りをしているのだろう。もしかすると現在も高高度を飛行中の無人偵察機経由で回線を確保してる可能性もある。

どちらにしろ彼らほどの編成の部隊が、臨時指揮所が存在しているであろう輸送艦との直通回線を構築しないまま行動している可能性は格段に低い。高城の言う通り、ガトー氏達の部隊は間違いなく無事な通信手段を持っている。

ガトー氏は無言の言動を見守っている――――この沈黙は肯定と見て取って良さそうだ。


「取引しましょ。私達に通信手段を提供して東署まで運んでくれれば、署内の様子を探索して生存者の有無や所在をそっちに伝えるわ。生存者と海上との間にちゃんとした通信手段を構築できれば、明後日の救出作戦もスムーズに遂行できるようになる。どうかしら」

「――――残念ながらそれは認められないな」

「だと思ったわ」


ガトー氏も高城も即答であった。固唾を呑んで高城の発言に集中していた小室や平野や鞠川先生はコントみたくズッコケるようなリアクションを取り、宮本は目つきを三角にしてガトー氏に噛みつく。怒りを露わにし出した宮本の態度に里香やあさみさんが慌てる。


「どうして!?」

「幾ら銃器で武装しここまで生き延びてみせたとはいえ君達は子供だ。救助対象である君達を輸送艦まで運ぶのが我々の任務であり、何より我々は自衛官である以上、守るべき国民をこれ以上の危険に曝すような提案を決して認める訳にはいかない。それを分かって貰えないか」


年嵩の自衛官の発言はまさに軍人としての本質であり存在意義だった。どう考えても正論も正論、我儘を言っているのは明らかに宮本の方だ。

だけどそれでも宮本は納得がいかない模様。援護射撃を求めて宮本の涙目が小室を捉える。


「孝ぃ……」

「麗……」


切ない表情を貼り付けながら小室も首を横に振った。小室も宮本と同じ境遇ではあるが、彼女と違ってガトー氏の言い分こそ正しいと認めるだけの冷静さを失っていないみたいだ。

そこへ追い打ちをかけるのはガトー氏に交渉を持ちかけた張本人である筈の高城。

どっちの味方なんだと聞いてみたくなったけど、この自他称天才殿の性格から察するに多分返答は「私は自分の味方よ!」な気がする。


「残念だけど、明らかに言い分が正しいのはこの兵隊の方よ。通信状況の確認も兼ねて物は試しに提案はしてみたけど、軍人なら命令は絶対!宮本には悪いけど、彼らが私達の提案を認めてくれるなんて考えちゃいなかったわ」

「でもっ!」

「悪いけどれっきとした救出部隊が送り込まれてきた以上、孝と宮本と古馬の親御さんの事は自衛隊に任せるしかない。私達の力だけできる事はもう無くなったのよ」










本来なら、他の自衛隊員からタバコの火を貰ったり感謝の言葉を交わしたりしている避難民達みたく、生存と救助の喜びに浸るのが正常な判断に違いない。

だけど――――俺の本心は地獄の門が地上に降臨したとしか思えない<奴ら>蠢くこの地獄から離れたくないと叫んでいる。

自衛隊のヘリに乗ってここから運び出された後の展開は容易に想像できる。ガトー氏達が母艦としている輸送艦に降ろされ、安全が確保されている地帯に到着するまでひたすら船内で缶詰生活……銃をぶっ放し、<奴ら>やトチ狂った人間をやりたいだけ殺せる暴力の愉しみを知った今ではそんなそんな暮らし、まさに生き地獄だ。






そうならない為にはどうすべきなのか。

常人には生きて食われる地獄、俺みたいな狂人には無制限の暴力が許されるこの天国から追い出されない為には、俺はどう行動しなければならないのか。






「宮本」

「何よ!?」


俺は宮本の肩を掴んで声をかけた。もはや殺気まで混じり始めた険しい目つきが俺を見据える。

彼女の右手が右太腿に巻き付けたレッグホルスターに収められたベレッタ・M92Fへと伸びる寸前に呼び止められたのは僥倖だった。自衛隊員とドンパチというのも悪くはなさそうだったけれど、彼らの練度は趣味の延長で1ヶ月程度しか訓練を積んでいない俺や平野以上なのは間違いなく、今の状態で銃口を向ければ即脳天にダブルタップをお見舞いされるに決まっている。


「自分の家族の安否をそんなに自分で確認したいんだったら、俺の言う通りにしてくれ」


ガトー氏に聞こえないよう、念の為に読唇術にも警戒して口元の動きもガトー氏に見られないようにしながら宮本に耳打ちする。

宮本はハッと目を見開いて俺の顔をまじまじと見つめてきた。瞳の揺れ具合から俺に対する疑問と微かな不信の念を抱いているのが感じられたので更に囁く。


「……俺も里香の両親の安否を直接この目で確かめたいんだ」


勿論嘘だ。今更里香の両親の事なんてどうでも良かったんだが、この場凌ぎの理由づけにはうってつけだった。

信憑性を深める為にチラリと一瞬だけ里香の方に視線を向ける――――他意なんて無い。


「……どうすればいいの?」

「今は自衛隊の言う通りに従え。それから自衛隊員が下に居る怪我人の治療や輸送の準備をしている間に何でもいい、適当な理由を付けて下に降りて、必要になりそうなものと俺と平野が分配してた予備の弾薬を1つのバックパックに出来るだけ詰め込んで持ってきてくれ。特に予備のMP5とそれ用の弾薬を中心に。今後一番必要なのは静かな武器だからな。可能なら俺も手伝う」

「分かったわ。その後は?」

「東署に向かう為の行動を起こすのはヘリに乗ってからだ。OK?」

「……他に選択肢なんてないじゃない」


宮本から離れると、彼女を除いた仲間達が揃って一様に驚き呆けた表情を浮かべているのが視界に飛び込んできた。俺が(他人から見て)宮本を静止させてみせたのがそんなに意外だったのか?


「アンタ、宮本に何言ったのよ」

「それは企業秘密だ」


胡乱気な視線と口調の高城の詰問を受け流した俺は、ガトー氏や小室達にも怪しまれずに宮本と下に降りる為にどうやって彼らを誤魔化すか考えを巡らせる。












結局、シンプルに『下に大事なものを忘れて来てしまったので取りに行きたい』と告げる事にした。

嘘は言っていない。銃という武器は弾薬が無ければ鋼鉄の重しでしかなく、俺は狙った所にきっちり当てる技能は身に付けちゃいるが、宮本の様に槍代わりに扱えはしない。より長く戦い、<奴ら>相手に硝煙と血飛沫舞う鉄火場を楽しむ為には、出来る限り多くの弾薬を確保しておきたかった。

意外な事に、すぐに戻ってくるようにと言われはしたもののガトー氏は俺の頼みをあっさり聞いてくれた。

向こうも屋上駐車場に<ブラックホーク>の着陸地点を確保しなきゃならずやや時間がかかりそうだったし、建物周辺はヘリの爆音を聞きつけて更に規模を増した<奴ら>によって完全に埋め尽くされてしまってはいるが、建物内部は安全が確保されていたのも俺の単独行動を許した理由の1つだろう。

先に降りていた宮本と合流し、他の避難民や自衛隊員の目を盗みながら荷物を作っていく。ちなみに宮本が屋上から抜け出す際の騙し文句は『トイレを済ませておきたい』であったが、それは置いとくとして。

野宿用の寝袋や大量の登山品を纏めて収納可能な頑丈なバックパックにマガジンを外した状態のMP5SD6を数丁、MP5用のマガジンもありったけ他のバックパックから詰め替えていく。伸縮式ストックモデルのSD6は細長いマガジンさえ外しておけば楽にバックパックに収める事が出来た。

M4、正確にはジャンキー共の死体からも掻き集めたM16系列のマガジンと5.56mm弾の紙箱も忘れない。宮本用のバックパックには田丸さんから返してもらったモスバーグ・M590用の12ゲージ弾も放り込んでおく。他の人間から隠れながら宮本が掻き集めてきた缶詰やミネラルウォーターのペットボトルといった食料品、替えの下着、ドラッグストアから調達してきたと思しき消毒用アルコールなどの医薬品も詰め込む。

これで最低限の準備は完了。

周囲の様子を確認すると、ジャンキー集団との戦闘で負傷した田丸さんや島田という名のニット帽の男性が、自衛隊員に支えられながら移動するのが見えた。そろそろ頃合いだ。


「俺達も行こう」

「え、ええ」


銃器弾薬その他諸々をたっぷり詰め込んだバックパックの重量感に耐えながら俺と宮本も再び屋上へ。

階段の途中で上から降りてこようとしていた里香と出くわした。俺と宮本が遅いと感じて確認しに来たのか?1段1段駆け下りる度、腹回りを覆う様に配置された弾薬用ポーチに下から支えられてより強調されている里香の豊満な乳房が盛大に弾む。


「ま、マーくん何やってたの?」


里香の言葉が聞こえなかったフリをしてすぐ横を通り過ぎ、屋上に出た。<ブラックホーク>が2機、かなりギリギリの間隔でメインローターの回転を維持したまま屋上駐車場に着陸しているのが見えた。

ある意味運が良かったのは、<ブラックホーク>に乗るメンバーが上手くばらけた事だ。つまり俺とあさみさんを含めた学園陣と、最初からモールに籠城していたあさみさんを除くそれ以外の面々という配分。


「それでは床主湾に待機している輸送艦へと貴方がたを輸送します!」


頭上で吠えたてるエンジン音に掻き消されまいとガトー氏が声を張り上げる中、俺と小室に挟まれるようにしてガチガチの座席に腰を下ろし、背負ってきた大型デイバックを今は膝の上で抱えて窮屈そうにしている宮本が俺を横目に見てきた。

俺の分の荷物はヘリに乗り込む際に宮本と反対側に座る里香に押し付けてある。


「それで、ここから一体どうするつもりなのよ!?」


事情を知らない周囲が訝しげに俺と宮本を見つめる中、俺は行動を起こした。

すなわち――――








「――――――こうするのさ」













反対側に座るガトー氏達自衛隊員にハッキリ見えるようにして。

俺は予め手の中に隠し持っていたM67・破片手榴弾の点火レバーを押さえ込みながら、安全ピンを強く引き抜いた。







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