世界樹前広場。
広々とした階段広場、月明かりと街灯が照らす夜の時間。
その場所には複数の人影が佇んでいた。
神楽坂明日菜、近衛木乃香、桜咲刹那、佐々木まき絵、古菲。
そして、ネギ=スプリングフィールド。
何か覚悟を決めた面持ちで佇むネギを、彼女達は心配そうに眺めていた。
ネギの顔や体には生傷がアチコチにあり、着ている服には所々汚れや切れ目が目立つ。
古菲との組手の所為だ。
闇雲に筋トレをしても、下手に負荷を掛けても5日後の試験には間に合わない。
ならばひたすら組手して対人に集中させるよう、古菲が考えて実行した結果だった。
幸いネギは基礎体力も筋力もあり、飲み込みも恐ろしく早い。
普通なら様になるまで一ヶ月はかかるという技を、ネギは数時間で修得していく。
流石に高等な技には時間を費やしたが、それでも会得していく反則気味な学習能力に、誰もがイケるのではないかと思い始める。
しかし、試験に合格するには茶々丸に五発も攻撃を当てなければならない。
話を聞いた限り、相当な実力者である茶々丸に一撃でも当てる事は難しいだろう。
それこそ、五発も当てる等至難の技。
古菲は限られた時間の中で、ネギに自分が教えられる全てを叩き込んだ。
そんな日々の中、一人の少女が授業中に落ち込んでいるのがネギの目に止まった。
佐々木まき絵、明日菜や古菲と同じくバカレンジャーのメンバーの一人。
普段は明るい彼女が落ち込んでいる事に気付いたネギは、まき絵に事情を聞いてみた。
鍛練だけではなく先生としての仕事もキチンとこなしているネギに、保護者である明日菜は安心したが少し複雑。
そして、ネギの励ましのお蔭でまき絵は何とか問題を解決する事が出来た。
そして今日、まき絵は励ましてくれたネギにお返しをする為に応援に駆け付けたのだ。
本当なら、余計なギャラリーを連れて来たくはなかった。
試験とは言え生徒と殴り合う。
そんな教師とは到底思えない行為を、まき絵に見て欲しく無いと言うのが、ネギの正直な気持ち。
しかし、何度も頼み込むまき絵に折れ、ネギはついてくる事を許す。
他の生徒には気付かれないよう、気を付けて寮を出ていく時は随分骨が折れた。
まだ対戦相手が来ていないのを良い事に、ネギは直ぐに体を動かせるよう準備運動を始める。
そして一通り終わり、ふと上を見上げると。
「っ!」
そこには、エヴァンジェリン達が階段を下って此方に近付いて来ていた。
エヴァンジェリン、その後ろに茶々丸。
とうとう訪れた試練にネギはゴクリと唾を呑み込み。
そして。
「っ!?」
茶々丸の更に後ろから見えた人影に、ネギは驚愕に目を見開いた。
いや、ネギだけではない。
明日菜達もネギと同様、現れた人物に目を見開いて驚愕し、釘付けにされていた。
「え? え?」
ただ一人分かっていないまき絵は驚いているネギ達に、オロオロと戸惑っている。
「バージル君……」
頭にチャチャゼロを乗せたバージルを見て呟く木乃香。
同時に先日の告白騒動が鮮明に浮かび上がり、木乃香は少し胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
どこか寂しそうな視線でバージルを見上げる木乃香。
そんな事など知らない当の本人であるバージルは、チャチャゼロを頭の上に乗せたまま階段に座り。
その隣に茶々丸が椅子を置き、エヴァンジェリンが座り込む。
まるで悪の幹部が並んでいるような組み合わせに、カモは不謹慎だが似合うと思ってしまう。
「さて坊や、準備と覚悟は出来ているな?」
「……はい」
確認してくるエヴァンジェリンに、ネギは頬から流れる汗を拭わず。
ゆっくりと、しかししっかりと頷いた。
覚悟は出来ている。
拳を握り締め対戦を相手を見据えるネギ。
バージルという意外な人物が観戦に来たが、ネギは目の前の茶々丸だけを見抜いていた。
そしせ、息苦しいまでの静寂が辺りを包み込んだ。
瞬間。
「ならば……始め!!」
バッと手を上げて、エヴァンジェリンが開始の合図を始めた。
その時。
「っ!!」
いきなり目の前まで現れたネギに、茶々丸は対処仕切れず。
「やぁぁぁぁっ!!」
開始直後、ネギは茶々丸の腹部に肘打ちを叩き込んだ。
突然起こった出来事に、エヴァンジェリンは驚愕した。
活歩。
中国拳法、八極拳の技法の一つ。
相手との間合いを瞬時に縮める高等な技法。
エヴァンジェリンはネギなら魔力による身体能力を強化にし、茶々丸と真っ正面から戦いを挑むかと思われた。
だが、ネギは真っ正面からではなく奇策を用いて茶々丸の意表を突いたのだ。
一見真っ正面から打ち込んだ様に見えたが、実際は違う。
茶々丸も、てっきり最初は肉体強化を施してから挑むのかと思考していた為、待ち構えている部分もあった。
所が、エヴァンジェリンが開始を告げた瞬間に懐に潜り込まれ、対処仕切れなかった茶々丸は、ネギの一撃を受けてしまったのだった。
次の攻撃を仕掛けようと、そのまま拳を振るうネギ。
茶々丸は跳躍し、一旦ネギと距離を置く。
しかし。
「茶々丸っ!」
「っ!?」
思わず張り上げるエヴァンジェリンの声、しかし茶々丸にはそんな主の声に反応する余裕などなかった。
自分が地面に着地した瞬間、既に目の前にはネギが待ち構えていたからだ。
肘からジェット噴射を吹き出し、ネギへ攻撃を仕掛けるが。既にゼロ距離まで詰められ、茶々丸の攻撃は虚しく空を切るだけに終る。
そして。
「タァァァッ!!」
背中への打撃が茶々丸に直撃。
吹き飛んだ茶々丸はバランスを崩し、壁際まで吹き飛んでいく。
試験開始から数十秒。
やられた。
ネギの成長速度を見抜けなかったエヴァンジェリンは心底そう思った。
確かに、どんな手段を使っても良いと公言しのは覚えている。
だが、まさか魔力に頼らず体一つで勝負を挑んで来るとは思わなかった。
驚く程の成長速度、恐らくは古菲やカモと共に考えた作戦だろうが、それでも意外。
……いや、どんな手段と言ったからには此方もそれなりの対処をするべきだった。
全ては自分のネギに対する認識の甘さと油断。
エヴァンジェリンは眉を寄せ、真剣な面持ちで二人の様子を見つめる。
対するバージルはと言うと。
「ふぁぁ〜……」
退屈そうに大きな欠伸をしていた。
そして。
「りゃぁぁぁっ!!」
三発目の攻撃、ネギの肘打ちが茶々丸に向けて放たれる。
茶々丸は壁を背にしている為、身動きが出来ない筈。
今なら三発目も当てられる。
そう確信したネギはそのまま肘打ちを放つが。
「っ!?」
茶々丸は壁を三角飛びで回避し。
「あぐっ!!」
回転を付けての回し蹴りをネギにぶつけて吹き飛ばす。
ネギはそのまま階段から離れ、背中を地面に強打する。
短い悲鳴の声が漏れ、痛みに悶えるネギ。
魔力も無し、障壁も展開せずに受けた一撃。
それはネギの意識を刈り取るには充分なものだった。
「ネギッ!!」
「ネギ君っ!!」
明日菜達が必死に呼び掛けるが、ネギはピクピクと震えるだけで応えなかった。
無理もない、幾ら天才少年でも所詮は子供。
まだ鍛えてはいない子供の体では、耐える事はほぼ不可能だろう。
見事。
エヴァンジェリンは思わずネギに対してそう評価した。
たった五日間という短い時間の中、よくあそこまで形に出来たものだ。
活歩という数少ない技を頼りに自分なりに工夫し、試練を乗り越えるという姿勢。
エヴァンジェリンは特にコレを評価していた。
(教師の仕事もあっただろうに……)
もし五日間みっちり鍛練していれば、結果違っていたのかもしれない。
予想斜め上の結果に、エヴァンジェリンは一瞬笑みを溢す。
しかし。
「残念だが、ここまでた坊や。顔を洗って出直して来るんだな」
倒れ伏したネギに辛辣な言葉を浴びせるエヴァンジェリン。
どれだけ成長しても、規定した条件をクリア出来なければ意味はない。
そう約束してしまった以上、エヴァンジェリンはネギに弟子入りを諦めて貰う他無かった。
恐らくは気絶し、聞こえてはいないだろうネギにそれだけを伝えると。
エヴァンジェリンは背を向けて帰ろうとした。
しかし。
「おい、何処へ行くんだ?」
「帰るんだよ。此処にいる意味は最早無くなった」
「まだ終っていないのにか?」
「何?」
バージルに言われ、振り返るエヴァンジェリン。
そこには、震えながら立とうとするネギが、目に力強い光を宿していた。
茶々丸の一撃は間違いなくネギの意識を刈り取った筈。
祿に障壁や受け身も取らなかったネギが、意識を保てる筈はない。
しかし、現にネギは立ち上がり構えを見せている。
ポカンと口を開くエヴァンジェリン。
ギャラリーの明日菜達はそんなネギに応援の言葉を振り掛けた。
「坊や、まさかお前!」
「へへ、そのまさかです。僕がくたばるか茶々丸さんに五発入れるまで、粘らせて貰いますよ」
そう、ネギと交わした約束はそれだけ。
ギブアップや時間制限など最初から設けていなかったのだ。
無論、ネギはそう簡単に茶々丸相手に何度も攻撃を当てられるなんて考えてはいない。
今二発当てられたのは、偶然が重なった奇跡に近い業績だ。
だが、ここから先は偶然や奇跡などあり得ない。
同じ策はもう通用しないだろう。
茶々丸と自分の実力は歴然。
ならば当てるまでただ粘るしかない。
「わぁぁぁぁぁっ!!」
気合いの雄叫びと共に、ネギは茶々丸に殴り掛かる。
しかし、技も動きも見切られたネギは、茶々丸に攻撃を当てる処か。
一方的に殴られるだけとなった。
あれから、どれだけ時間が経過しただろうか。
頬は腫れ上がり、眼鏡は割れ落ち、額から血を流し、ネギは満身創痍の体となっていた。
可愛らしい顔だったのが見る影もなく、ボロ雑巾となったネギ。
明日菜達は切なげな面持ちで見つめ、木乃香はもう止めてと呟いている。
しかし、それでもネギは諦めず、ボロボロのまま茶々丸に殴り掛かった。
そこには技もなく、ただ拳を振るうだけ。
茶々丸は片手でそれを払い、容赦なく蹴り上げる。
鈍い打撃音が響き渡り、ネギは地面に転がり落ちる。
「もう、見てられない! 私止めてくる!!」
ネギの姿に耐えられなくなった明日菜は、カードを片手に駆け寄ろうとする。
しかし。
「ダメだよ明日菜! 止めちゃダメ!!」
まき絵が明日菜の前に立ち塞がる様に遮った。
「で、でも! アイツあんなにボロボロになって……あそこまで頑張る事じゃないよ!!」
「違うよ明日菜、それは違うよ」
「……え?」
「ここで止めた方が、きっとネギ君は傷付くよ。ネギ君どんな事でも諦めないって言ってたもん!」
必死に明日菜を抑えるまき絵。
そんな彼女を前に、明日菜は何も言えなくなった。
そして。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
最後の力を振り絞ったネギの一撃が、茶々丸に向かって放たれる。
そして。
鈍い音が響き渡り、まき絵が振り返った。
瞬間。
「っ!」
恐らくは相討ち狙いだったのだろう。
ネギの放った拳は、茶々丸の前髪を揺らしただけに終り
ネギはカウンターの要領で茶々丸の拳を顔面に受けてしまい。
力なく膝が折れ、ネギは地面に倒れ伏せ。
今度こそ、起き上がる事はなかった。
〜あとがき〜
魔法先生ネギま!
オワタとは言わないで(泣き
そして、いきなりニスレ目になってすみません。
しかも飛ばし飛ばしで(汗