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[19964] 戦いの申し子(DBオリ主→ネギま!ニスレ目)
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:ee4dc9b7
Date: 2010/07/03 22:40
どうも、トッポです。

例に習って携帯では以前のスレにこれ以上書き込み出来なくなったので、ニスレ目を作りました。

まだ前作も終っていないのに何やってんだと思うでしょうが、そちらも何とか終わらせますので、何卒宜しくお願い致します。m(__)m


尚、以前のスレには以下から見れます。

http://mai-net.ath.cx/bbs/sst/sst.php?act=dump&cate=tiraura&all=18268



[19964] 挑戦
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e3986068
Date: 2010/07/02 02:12









世界樹前広場。

広々とした階段広場、月明かりと街灯が照らす夜の時間。

その場所には複数の人影が佇んでいた。

神楽坂明日菜、近衛木乃香、桜咲刹那、佐々木まき絵、古菲。

そして、ネギ=スプリングフィールド。

何か覚悟を決めた面持ちで佇むネギを、彼女達は心配そうに眺めていた。

ネギの顔や体には生傷がアチコチにあり、着ている服には所々汚れや切れ目が目立つ。

古菲との組手の所為だ。

闇雲に筋トレをしても、下手に負荷を掛けても5日後の試験には間に合わない。

ならばひたすら組手して対人に集中させるよう、古菲が考えて実行した結果だった。

幸いネギは基礎体力も筋力もあり、飲み込みも恐ろしく早い。

普通なら様になるまで一ヶ月はかかるという技を、ネギは数時間で修得していく。

流石に高等な技には時間を費やしたが、それでも会得していく反則気味な学習能力に、誰もがイケるのではないかと思い始める。

しかし、試験に合格するには茶々丸に五発も攻撃を当てなければならない。

話を聞いた限り、相当な実力者である茶々丸に一撃でも当てる事は難しいだろう。

それこそ、五発も当てる等至難の技。

古菲は限られた時間の中で、ネギに自分が教えられる全てを叩き込んだ。

そんな日々の中、一人の少女が授業中に落ち込んでいるのがネギの目に止まった。

佐々木まき絵、明日菜や古菲と同じくバカレンジャーのメンバーの一人。

普段は明るい彼女が落ち込んでいる事に気付いたネギは、まき絵に事情を聞いてみた。

鍛練だけではなく先生としての仕事もキチンとこなしているネギに、保護者である明日菜は安心したが少し複雑。

そして、ネギの励ましのお蔭でまき絵は何とか問題を解決する事が出来た。

そして今日、まき絵は励ましてくれたネギにお返しをする為に応援に駆け付けたのだ。

本当なら、余計なギャラリーを連れて来たくはなかった。

試験とは言え生徒と殴り合う。

そんな教師とは到底思えない行為を、まき絵に見て欲しく無いと言うのが、ネギの正直な気持ち。

しかし、何度も頼み込むまき絵に折れ、ネギはついてくる事を許す。

他の生徒には気付かれないよう、気を付けて寮を出ていく時は随分骨が折れた。

まだ対戦相手が来ていないのを良い事に、ネギは直ぐに体を動かせるよう準備運動を始める。

そして一通り終わり、ふと上を見上げると。

「っ!」

そこには、エヴァンジェリン達が階段を下って此方に近付いて来ていた。

エヴァンジェリン、その後ろに茶々丸。

とうとう訪れた試練にネギはゴクリと唾を呑み込み。

そして。

「っ!?」

茶々丸の更に後ろから見えた人影に、ネギは驚愕に目を見開いた。

いや、ネギだけではない。

明日菜達もネギと同様、現れた人物に目を見開いて驚愕し、釘付けにされていた。

「え? え?」

ただ一人分かっていないまき絵は驚いているネギ達に、オロオロと戸惑っている。

「バージル君……」

頭にチャチャゼロを乗せたバージルを見て呟く木乃香。

同時に先日の告白騒動が鮮明に浮かび上がり、木乃香は少し胸が締め付けられるような感覚に襲われる。

どこか寂しそうな視線でバージルを見上げる木乃香。

そんな事など知らない当の本人であるバージルは、チャチャゼロを頭の上に乗せたまま階段に座り。

その隣に茶々丸が椅子を置き、エヴァンジェリンが座り込む。

まるで悪の幹部が並んでいるような組み合わせに、カモは不謹慎だが似合うと思ってしまう。

「さて坊や、準備と覚悟は出来ているな?」
「……はい」

確認してくるエヴァンジェリンに、ネギは頬から流れる汗を拭わず。

ゆっくりと、しかししっかりと頷いた。

覚悟は出来ている。

拳を握り締め対戦を相手を見据えるネギ。

バージルという意外な人物が観戦に来たが、ネギは目の前の茶々丸だけを見抜いていた。

そしせ、息苦しいまでの静寂が辺りを包み込んだ。

瞬間。

「ならば……始め!!」

バッと手を上げて、エヴァンジェリンが開始の合図を始めた。

その時。

「っ!!」

いきなり目の前まで現れたネギに、茶々丸は対処仕切れず。

「やぁぁぁぁっ!!」

開始直後、ネギは茶々丸の腹部に肘打ちを叩き込んだ。

突然起こった出来事に、エヴァンジェリンは驚愕した。

活歩。

中国拳法、八極拳の技法の一つ。

相手との間合いを瞬時に縮める高等な技法。

エヴァンジェリンはネギなら魔力による身体能力を強化にし、茶々丸と真っ正面から戦いを挑むかと思われた。

だが、ネギは真っ正面からではなく奇策を用いて茶々丸の意表を突いたのだ。

一見真っ正面から打ち込んだ様に見えたが、実際は違う。

茶々丸も、てっきり最初は肉体強化を施してから挑むのかと思考していた為、待ち構えている部分もあった。

所が、エヴァンジェリンが開始を告げた瞬間に懐に潜り込まれ、対処仕切れなかった茶々丸は、ネギの一撃を受けてしまったのだった。

次の攻撃を仕掛けようと、そのまま拳を振るうネギ。

茶々丸は跳躍し、一旦ネギと距離を置く。

しかし。

「茶々丸っ!」
「っ!?」

思わず張り上げるエヴァンジェリンの声、しかし茶々丸にはそんな主の声に反応する余裕などなかった。

自分が地面に着地した瞬間、既に目の前にはネギが待ち構えていたからだ。

肘からジェット噴射を吹き出し、ネギへ攻撃を仕掛けるが。既にゼロ距離まで詰められ、茶々丸の攻撃は虚しく空を切るだけに終る。

そして。

「タァァァッ!!」

背中への打撃が茶々丸に直撃。

吹き飛んだ茶々丸はバランスを崩し、壁際まで吹き飛んでいく。

試験開始から数十秒。

やられた。

ネギの成長速度を見抜けなかったエヴァンジェリンは心底そう思った。

確かに、どんな手段を使っても良いと公言しのは覚えている。

だが、まさか魔力に頼らず体一つで勝負を挑んで来るとは思わなかった。

驚く程の成長速度、恐らくは古菲やカモと共に考えた作戦だろうが、それでも意外。

……いや、どんな手段と言ったからには此方もそれなりの対処をするべきだった。

全ては自分のネギに対する認識の甘さと油断。

エヴァンジェリンは眉を寄せ、真剣な面持ちで二人の様子を見つめる。

対するバージルはと言うと。

「ふぁぁ〜……」

退屈そうに大きな欠伸をしていた。

そして。

「りゃぁぁぁっ!!」

三発目の攻撃、ネギの肘打ちが茶々丸に向けて放たれる。

茶々丸は壁を背にしている為、身動きが出来ない筈。

今なら三発目も当てられる。

そう確信したネギはそのまま肘打ちを放つが。

「っ!?」

茶々丸は壁を三角飛びで回避し。

「あぐっ!!」

回転を付けての回し蹴りをネギにぶつけて吹き飛ばす。

ネギはそのまま階段から離れ、背中を地面に強打する。

短い悲鳴の声が漏れ、痛みに悶えるネギ。

魔力も無し、障壁も展開せずに受けた一撃。

それはネギの意識を刈り取るには充分なものだった。

「ネギッ!!」
「ネギ君っ!!」

明日菜達が必死に呼び掛けるが、ネギはピクピクと震えるだけで応えなかった。

無理もない、幾ら天才少年でも所詮は子供。

まだ鍛えてはいない子供の体では、耐える事はほぼ不可能だろう。

見事。

エヴァンジェリンは思わずネギに対してそう評価した。

たった五日間という短い時間の中、よくあそこまで形に出来たものだ。

活歩という数少ない技を頼りに自分なりに工夫し、試練を乗り越えるという姿勢。

エヴァンジェリンは特にコレを評価していた。

(教師の仕事もあっただろうに……)

もし五日間みっちり鍛練していれば、結果違っていたのかもしれない。

予想斜め上の結果に、エヴァンジェリンは一瞬笑みを溢す。

しかし。

「残念だが、ここまでた坊や。顔を洗って出直して来るんだな」

倒れ伏したネギに辛辣な言葉を浴びせるエヴァンジェリン。

どれだけ成長しても、規定した条件をクリア出来なければ意味はない。

そう約束してしまった以上、エヴァンジェリンはネギに弟子入りを諦めて貰う他無かった。

恐らくは気絶し、聞こえてはいないだろうネギにそれだけを伝えると。

エヴァンジェリンは背を向けて帰ろうとした。

しかし。

「おい、何処へ行くんだ?」
「帰るんだよ。此処にいる意味は最早無くなった」
「まだ終っていないのにか?」
「何?」

バージルに言われ、振り返るエヴァンジェリン。

そこには、震えながら立とうとするネギが、目に力強い光を宿していた。

茶々丸の一撃は間違いなくネギの意識を刈り取った筈。

祿に障壁や受け身も取らなかったネギが、意識を保てる筈はない。

しかし、現にネギは立ち上がり構えを見せている。

ポカンと口を開くエヴァンジェリン。

ギャラリーの明日菜達はそんなネギに応援の言葉を振り掛けた。

「坊や、まさかお前!」
「へへ、そのまさかです。僕がくたばるか茶々丸さんに五発入れるまで、粘らせて貰いますよ」

そう、ネギと交わした約束はそれだけ。

ギブアップや時間制限など最初から設けていなかったのだ。

無論、ネギはそう簡単に茶々丸相手に何度も攻撃を当てられるなんて考えてはいない。

今二発当てられたのは、偶然が重なった奇跡に近い業績だ。

だが、ここから先は偶然や奇跡などあり得ない。

同じ策はもう通用しないだろう。

茶々丸と自分の実力は歴然。

ならば当てるまでただ粘るしかない。

「わぁぁぁぁぁっ!!」

気合いの雄叫びと共に、ネギは茶々丸に殴り掛かる。

しかし、技も動きも見切られたネギは、茶々丸に攻撃を当てる処か。

一方的に殴られるだけとなった。












あれから、どれだけ時間が経過しただろうか。

頬は腫れ上がり、眼鏡は割れ落ち、額から血を流し、ネギは満身創痍の体となっていた。

可愛らしい顔だったのが見る影もなく、ボロ雑巾となったネギ。

明日菜達は切なげな面持ちで見つめ、木乃香はもう止めてと呟いている。

しかし、それでもネギは諦めず、ボロボロのまま茶々丸に殴り掛かった。

そこには技もなく、ただ拳を振るうだけ。

茶々丸は片手でそれを払い、容赦なく蹴り上げる。

鈍い打撃音が響き渡り、ネギは地面に転がり落ちる。

「もう、見てられない! 私止めてくる!!」

ネギの姿に耐えられなくなった明日菜は、カードを片手に駆け寄ろうとする。

しかし。

「ダメだよ明日菜! 止めちゃダメ!!」

まき絵が明日菜の前に立ち塞がる様に遮った。

「で、でも! アイツあんなにボロボロになって……あそこまで頑張る事じゃないよ!!」
「違うよ明日菜、それは違うよ」
「……え?」
「ここで止めた方が、きっとネギ君は傷付くよ。ネギ君どんな事でも諦めないって言ってたもん!」

必死に明日菜を抑えるまき絵。

そんな彼女を前に、明日菜は何も言えなくなった。

そして。

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

最後の力を振り絞ったネギの一撃が、茶々丸に向かって放たれる。

そして。

鈍い音が響き渡り、まき絵が振り返った。

瞬間。

「っ!」

恐らくは相討ち狙いだったのだろう。

ネギの放った拳は、茶々丸の前髪を揺らしただけに終り

ネギはカウンターの要領で茶々丸の拳を顔面に受けてしまい。

力なく膝が折れ、ネギは地面に倒れ伏せ。

今度こそ、起き上がる事はなかった。













〜あとがき〜
魔法先生ネギま!

オワタとは言わないで(泣き


そして、いきなりニスレ目になってすみません。

しかも飛ばし飛ばしで(汗



[19964] 乙女の戦い?其ノ壱
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:b376b2ae
Date: 2010/07/04 00:05









翌朝、麻帆良学園女子中等部。

いつもと変わらない朝を向かえ、いつもと変わらないHRが始まろうとした時。

「「「ね、ネギ先生ーー!?!?」」」

3−Aクラスから、窓ガラスが割れんばかりの大声が響いた。

原因は、クラスの担任であるネギ=スプリングフィールドにあった。

試験の時、茶々丸の攻撃によってボロボロにされ、包帯だらけのミイラ男になったネギ。

首にはサポーターが付けられ、鼻には大きな絆創膏が貼ってあり。

可愛らしいネギの姿は微塵も見当たらない、凄惨な姿になった担任に生徒達は一斉に押し掛けてきた。

「ど、どうしたのネギ君!」
「何でそんなボロボロなの!?」
「学校に来て大丈夫なの!?」

押し掛けてくる生徒達に、ネギは苦笑いを浮かべながら大丈夫だと答えた。

明日菜達も今日は学校休んでも良いのではと聞いたが。

『これは僕が自分の為だけに考えて行動した結果です。そんな事の為にイチイチ休んでいたら皆さんに申し訳ありませんよ』

と言ってこれを否定。

職員室に来た時も何事かと騒がれていたが、ネギの説明によって何とか納得してくれた。

しかし、もし体調が悪くなったら直ぐに自宅へ戻って休養するよう、生徒指導の新田はネギとその保護者である木乃香と明日菜に言い渡し、その場はそれで終わる。

生徒達に事情を説明をしているネギに、心配そうな面持ちでいる明日菜。

木乃香の方もオロオロとしており、刹那にどうするべきか相談していた。

「ほら、そろそろHRが始まりますよ。僕の事は大丈夫ですから皆さん席についてくださーい」

パンパンと両手を叩き、生徒達を席に座るよう促す。

はぐらかされた気分ではあるものの、生徒達は渋々と席に座っていく。

「でも、一体どうしたんだろうねネギ君」
「うん。階段から落ちてもあそこまではならないよ」

席に座っていく間も、ネギの怪我について話をする生徒達。

「あれ、そういやいいんちょは?」
「何か……電話してる」

普通なら、ここでネギを溺愛しているクラス委員長の雪広あやかが何らかの動きを見せる筈だが。

珍しく大人しく、携帯電話を片手に何やらブツブツと呟いていた。

誰と何を話しているのだろうと、耳を傾ける明石裕奈と朝倉和美。

「ハロー、プッシュ大統領。日本語で申し訳ありません。実は軍隊を一個……いえ、二個大隊程お借りしたいのですが、出来れば空母付きで」
「何か偉い人とエライ事を話してるーっ!?」
「ちょっ、何してんのいいんちょ!?」

目は虚ろい、乾いた笑みを浮かべるあやかに再び教室は混沌に包まれる。

結局、その場は彼女と同室の那波千鶴の活躍によってその場は丸く収まる事が出来た

そしてその時、ネギは後ろの席で大人しく座っているエヴァンジェリンと茶々丸に目を向けると。

ネギは一度頭を下げて笑みを浮かべながら教室を後にするのだった。












放課後。

夕暮れで空が朱色に染まる頃、駅前は下校する生徒で賑わっていた。

そして、その生徒の半数近くが、新しく出来た鯛焼き屋に買い食いをしに来ていたのだが。

積み上げられた鯛焼きの袋と、その中身を喰らう一人の少年の姿に、誰もが見てるだけで胸焼けを起こし、胸元を抑えながら引き返していった。

ある意味学園の名物になりつつあるバージルの大食い。

放課後、エヴァンジェリンを迎えに人知れず中等部に侵入したバージルは、一人になった一瞬を狙い、縮地や瞬動などより遥かに速い動きで、彼女を拐ったのだ。

トイレから出てきた瞬間、視界を遮られた時は自分でも驚く程間抜けな声を出してしまった。

茶々丸に悪い事をした。

恐らくは自分を探しにアチコチ走り回っている従者に済まないと思いながら、エヴァンジェリンは隣でガツガツと鯛焼きを喰らっているバージルに非難の視線を浴びせる。

その視線に気付いたバージルは何だと振り返る。

「全く、お前には常識と言うものがないのか?」
「?」
「いきなり人を拐い、何かと思えば鯛焼きを奢れなどと……」
「俺はお前に付き合った。今度はお前の番だろ」
「それはそうだが、もう少し穏便に出来んのか?」
「オンビンって何だ?」

本当に分からないと言った様子で、鯛焼きを加えたまま首を傾けるバージル。

そんな彼にエヴァンジェリンは深々と溜め息を吐いてガックリと項垂れる。

そして、バージルが鯛焼きが入った次の袋に手に取ろうとした。

その時。

「ば、バージルさん!」
「うん?」

突然聞こえてきた声に振り返ると。

驚きと怒り、様々な感情がが混じった表情をした制服姿の高音がタッパーを片手に此方に詰め寄って来た。

「高音=D=グッドマン……」
「チッ」

髪を揺らし、近付いてくる高音。

バージルは何だと目をパチクリさせ、エヴァンジェリンは鬱陶しそうに舌打ちを打った。

「どうして貴方が、闇の福音といるのですか!?」
「飯を貰いにだが?」

憤慨している高音に、バージルはキョトンとなって応える。

「そうじゃありません! どうして貴方のような偉大なる魔法使いが、悪の魔法使いと一緒にいるんですかと聞いているのです!」
「俺、魔法使いじゃないぞ?」

そう、バージルは魔法使いではない。

世界中を旅した時も、結果として立派な魔法使いの様に活躍にしていたと、高畑からはそう言われていただけ。

しかし、高音は自分の理想とする者が悪の魔法使いと一緒になっている事が我慢出来なかった。

フーッ、フーッ、と敵意を丸出しにして睨み付けてくる高音。

しかし、敵意を向けているのが自分ではないと知ったバージルは、怒りを露にしている高音を不思議に思いながらお好み焼きが入った鯛焼きを頬張り続けていた。

すると。

「あ、あのバージルさん!」
「あ、見つけました。エヴァンジェリンさん!」

右方向からシルヴィが、左方向からはネギ達が、それぞれ二人の下へ集まり。

その場は更に混沌としたものとなった。














現在、バージル達はエヴァンジェリンの自宅のログハウスで対面していた。

敵意をエヴァンジェリンにぶつける高音。

そんな高音に対し、疲れた様に溜め息を溢すエヴァンジェリン。

シルヴィは重要人物に囲まれ、酷く緊張しており。

木乃香はシルヴィとバージルに視線を向け。

ネギや明日菜、刹那とカモはこの場の重苦しい空気に冷や汗をダラダラと流し。

そして、その空気となった原因を半数以上占める男、バージルはと言うと。

「鯛焼きウマー」

一人暢気に鯛焼きを頬張っていた。

「さて、まずはどこから話そうか……まずは坊やだな。怪我は大丈夫か?」

自分に話を振られ、少し戸惑うネギだが、この空気に自分から話す事を躊躇っていただけにエヴァンジェリンの心遣いは有り難かった。

「は、はい。見た目程大したものではありませんし、治癒魔法をこまめにやれば二日程……」
「そうか、で? 私に用とは……まさか弟子入りの話か?」

エヴァンジェリンの問い掛けに、ネギは頷く。

ネギにとって、エヴァンジェリンは理想の師。

熟練された魔法の使い手、ネギは一度失敗した程度で引き下がる事は出来なかった。

ネギはエヴァンジェリンに再び弟子入り試験をしてもらうよう、頼みに来たのだ。

それを聞いた高音は、ピクリと眉を吊り上げる。

何故あの千の呪文の男の息子が悪の魔法使いに弟子入りするのか。

確かに彼女は魔法に関しては誰よりも精通しているだろうし、師にするには適切かもしれない。

しかし、高音はどこか納得いかなかった。

「で、お前は一体何者なんだ?」

不満を顔に浮かべる高音を横に、エヴァンジェリンは今度はバージルの隣に座るシルヴィに問い掛けた。

見定めるように見詰めてくるエヴァンジェリン。

鋭い眼光の彼女に、シルヴィは疑われないよう慎重に応えた。

「え、えっと、私はシルヴィ=グレースハットと言います。先日この学園の中等部に転入してきたばかりですので……」
「あ、もしかしてウチの学校に転入してきたのって……」
「はい、私です」
「困った事があったら言ってよ。私達で良ければ相談に乗るよ」
「ありがとうございます」

ぺこりと頭を下げて、社交辞令の挨拶を交わすシルヴィ。

だが、エヴァンジェリンの睨みに一瞬ビクリと肩を竦めてしまう。

「それで、何故転入生がこの男の事を知っている?」

それは審問だった。

嘘や偽りなどは許さないと言った目で睨むエヴァンジェリン。

迫力のある彼女にバージルを除いた一同がゴクリと唾を飲んだ。

「私、実はこの方に……バージルさんに昔助けて貰った事があるんです」
「「「っ!」」」
「争いに巻き込まれ、命の危険に晒された時、バージルさんに……」
「それじゃあ、魔法の事もその時に?」
「えぇ、尤も彼が魔法使いではないと知ったのはこの学園に来る前ですけど……」

そう言ってチラッとバージルに横目を見るシルヴィ。

バージルは鯛焼きに夢中なのか、気付いた様子はない。

その話を聞いた高音は、ウンウンと何度も頷いて見せた。

実際、シルヴィは嘘は言っていない。

バージルは覚えていないだろうが、自分が死ぬかと思われた時、命を助けられたのだから。

シルヴィの事を見定め終ったのか、エヴァンジェリンは両手を組んでフンッと鼻息を飛ばし。

ネギはバージルの事を凄いなと思いながら、尊敬の眼差しを向けていた。

すると。

「ヨシッ、そろそろ始めるか」

鯛焼きを全て食い付くしたバージルが、口元を無造作に拭いながら席を立ち、地下室への扉に足を進める。

「何だ。またやるのか?」
「当たり前だ。そうでなきゃ意味がない」

当然だと言い放つバージルに対し、深い溜め息を溢すエヴァンジェリン。

何の話だか分からないネギ達は、地下室に向かう二人に何となくついてき。

エヴァンジェリンはその時、何か閃いたのか、不気味な笑みを浮かべていた。

そして。

「な、何なのよここはぁぁぁぁぁっ!?」

ミニチュアの中にある別荘の空間、明日菜が唖然となっているネギ達の代弁者となっていた。

見渡す限りの海、常夏の空気。

さっきまで自分達がいた薄暗い空間とはまるで違う光景に、魔法を知らなかった木乃香は目を点にしている。

すると。

「おい闇の福音、コイツ等は一体何だ?」
「なに気にするな、お前はいつも通り修行を始めるがいい」
「……フン」

そう言うと、バージルは全身に氣を纏い。

遥か水平線の彼方へと飛んでいった。

「ちょ、ちょっとエヴァちゃん! 一体これは何なのよ! アイツは何をしようとしているのよ!?」

訳が分からないと言った様子食って掛かる明日菜。

それをエヴァンジェリンは片手を出して遮り。

「さて、諸君。先ずは我が別荘にようこそ。いきなりで悪いが少し余興を楽しんでいってくれ」
「よ、余興?」
「あぁそうだ。坊や、いきなりだがここで弟子入り試験を始めようか」
「え、えぇっ!?」

いきなりの申し出に戸惑うネギ。

しかしエヴァンジェリンは笑みを浮かべて大丈夫だと言い。

「心配するな。今回は別に殴り合う訳ではない。寧ろある意味前回より楽かもしれんぞ」

そう言って不敵な笑みを浮かべるエヴァンジェリン。

そして。

「試験内容は、これから起こる出来事に耐え続ける事。な、簡単だろ?」

彼女がそう呟いた瞬間。

水平線が閃光に包まれ、ネギ達のいる別荘は凄まじい衝撃波に揺れ動いた。

一方、学園長室では。

「何……これ」

鯛焼き屋からの請求書に、近右衛門は目眩を起こし、床に倒れ伏せるのだった。










〜あとがき〜
次回は遂に恋愛戦!?

……まさかね。



[19964] 乙女の戦い?其ノ弐
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:80408e4b
Date: 2010/07/08 02:53










エヴァンジェリンを除いて、最初に気付いたのは刹那だった。

遥か前方から見える光の爆発。

アレだけ規模の大きい爆発にも関わらず、未だ音や衝撃波が響いてこない。

刹那は懐から四つの道具を持ってネギ達を守る為に、対魔戦術絶待防御の四天結界独鈷練殻を展開する。

そして。

「「「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
「うぅっ!!」

轟音、次いで襲い来る衝撃に建物は揺さぶられ。

強固な結界に護られていると言うのに、ネギ達はその衝撃波に吹き飛びそうになっていた。

ただ、エヴァンジェリンだけは爆発のあった方角に目を向き、呆れた様子で笑みを溢していた。

軈て衝撃波が収まり、光が消えていき、それに合わせるかのように刹那の張った結界は粉々に砕け散る。

「な、何なのよ今のは」

訳が分からない。

そんな面持ちの明日菜にエヴァンジェリンは鼻で笑う。

「小僧以外誰がこんな芸当が出来る?」
「い、一体何をどうやったらこんな事が……」

今起きた大爆発の原因が、バージルの仕業だと聞かされるネギ達は、どうやったらこんな事が出来るのか、何故こんな事をしているのか。

疑問と驚愕で思考が塗り潰された。

しかし。

「所で坊や、今のは刹那が咄嗟にやった事だから追及はしないが、次からはお前一人で耐えてみせろ」
「え?」
「安心しろ。他の奴等は比較的安全な場所へ移してやる。……坊やは一人ここにいるんだ」

突然エヴァンジェリンから言い渡される言葉に、ネギは表情を青ざめる。

今の衝撃波だけでもあの威力。

もし直撃すれば自分の身体など粉微塵に吹き飛ぶだろう。

それをエヴァンジェリンは一人この場に残ってひたすら耐え続けろと言うのだ。

「ち、ちょっと待ってよ! こんな危ない場所にネギ一人を置いて行ける訳ないじゃない!」

当然、保護者である明日菜はエヴァンジェリンに物申す。

しかし。

「黙っていろ神楽坂明日菜。私は坊やに言っているんだ」

振り返り様に睨み付けるエヴァンジェリンの眼光。

その鋭さに明日菜は後退り、ウッと息を呑んだ。

そして、エヴァンジェリンはネギに向き直り。

「どうする坊や、決めるのはお前だぞ?」

挑発的な笑みを浮かべたままネギに問い掛けるエヴァンジェリン。

ネギは押し黙り、爆発のあった方角へと見つめ続けている。

バージル=ラカン。

自分と同い年でありながら圧倒的強さを持つ者。

自分と同い年でありながら既に世界中を回り、自分の父親である千の呪文の男を探し続けている。

……何もかも、バージルの方が上だった。

覚悟も、力も。

そんな彼に、ネギは次第に父親と同じ何かを感じ、無意識の内に追い掛け始めていた。

エヴァンジェリンは気に入らないだろうが、ネギは自分なりに強くなろうと思い、弟子入りを志願。

強くなりたい。

その思いだけは偽りじゃない。

だから、逃げる訳にはいかない。

「……分かりました。エヴァンジェリンさん、宜しくお願いします」

ネギは振り返ると同時に再試験を受けると言い放った。

エヴァンジェリンは愉快そうに口元を歪ませ、明日菜は止めるよう言い聞かせようとする。

「だ、ダメよネギ! こんな危ないのは……」
「明日菜さん、心配してくれてありがとうございます。……でも、ここで逃げる訳にはいかないんです」

そう言って修行しているバージルに向き直り、立ち続けるネギ。

一歩も動かない様子のネギに、明日菜はウガーッと吠えて。

「じゃあ、私も残る!」
「ほう?」
「あ、明日菜さん!?」
「私はコイツの保護者だもの、一緒に残るわ!!」

ネギの制止も利かず、隣に並ぶ明日菜。

「ほんならウチも」
「お嬢様!?」
「ウチも保護者やし、ネギ君が頑張ろうとしてるから、少しでも応援したいんよ」
「し、しかし……」

何度も避難するよう呼び掛ける刹那だが、動こうとしない木乃香に折れ、彼女を守るために刹那も残る事にした。

「さて、残るわ貴様等だが……」
「……私も、見届けさせて貰います」
「わ、私もです!」
「結局、全員残るわけか……まあいい。刹那、結界を張るのだったら木乃香と一般人だけにしろ。神楽坂と高音は自分で何とかしろ。坊やは……分かっているな?」
「はい!」
「ちょ、何で私も!?」

ネギの勢いある返事に対し、何故自分もと抗議する明日菜。

しかし、そんな事を言う間もなく、巨大な水柱と爆発の衝撃波が明日菜達を襲い掛かった。

再び悲鳴を上げる明日菜達。

「ていうか、一体何やってんのよアイツは!?」

先程から爆発したりと、訳の分からない行動を続けるバージルに、明日菜は憤慨の声を上げる。

それは、この場にいる誰もが思った事。

と、その時。

「「っ!?」」

自分達の頭上に姿を現したバージルに、ネギ達は驚愕した。

どうやら海面にいたのはバージルらしく、全身ずぶ濡れとなっている。

だが、ネギ達が驚いているのはそこではない。

所々怪我をし、バージルが血を流している事に驚いていたのだ。

刃や爆発を以てしても決して傷付く事はないバージルが、全身から血を流して追い詰められているのだ。

あのエヴァンジェリンやスクナですら叶わなかった光景が目の前で起きている。

その意味を知った刹那とネギは目を見開き、肩で息をするバージルを見つめていた。

そして、バージルの姿がネギ達の視界から消えると、今度は別方向に水柱が立ち上り、衝撃が響き渡る。

吹き飛びそうになる程の衝撃波を受け止めながら、ネギは何とか踏み止まった。

「本当、訳分かんない……」

掠れた声で一人呟く明日菜。

すると。

「その内分かるさ、奴の事を見ていれば自ずと……な」

不敵な笑みを浮かべてバージルのいる方角へ視線を向けるエヴァンジェリン。

一向に分からない様子の明日菜、しかし。

「あ、あれは!?」

何かに気付いたのか、刹那はバージルが睨み付けている何もない空間に指を指した。












「ふーっ、ふーっ……」

呼吸を整えて額から流れる血を拭い、バージルは目の前のイメージで生み出したラカンに睨み付ける。

向こうも自分と同様に怪我を負って血を流し、ダメージを受けているように思える。

しかし、ラカンは相変わらず笑みを浮かべたままで余裕を保ったまま。

バージルはそんなラカンに苛つき、全身から氣を放って構えをみせた。

次は此方から仕掛ける。

超スピードで一気に間合いを詰めて、その鼻っ柱をへし折る事を考えるバージルだが。

『…………』
「っ!?」

ラカンが取り出した一枚のカードに、バージルの表情は一瞬強張った。

そして、ラカンの手にしたカードが輝きだし、無数の剣が現れた瞬間。

「チイッ!!」

手にした刃、その全てがバージルに向かって投擲される。

それはまさに剣の嵐。

弾幕の如く降り注がれる剣の雨を、バージルはその身体を以て粉砕する。

蹴りで、突きで、手刀で、或いは歯で受け止めて。

止むことの無い剣の暴風を、バージルは身体一つで受けきっていた。

しかし、ラカンの投げる剣は全て氣を纏わせた特別製。

超高濃度に練り上げられた氣は、バージルの肉体すらも簡単に切り裂いていく。

防御仕切れなかった部分は容赦なく切り裂かれていく。

頬を、腕を、足を、太股を、剣によって切り裂かれて血が流れ落ちていく。

バージルの足下の海面に、幾つもの赤い水滴が落ちていった。

その時。

ラカンの手からこれ迄とは比較にならない巨大な剣が顕現され、バージルに向けて狙いを定める。

しかもその剣にはこれまで以上の強い氣が練り込まれ、ラカンの周囲の空間をネジ曲げていく。

恐ろしく昂った氣に、流石のエヴァンジェリンも苦笑いを浮かべて頬から冷や汗を流し出す。

「ね、ねぇ、これ……ヤバいんじゃない?」

空気の流れで今の状況が途轍もなくマズイ事だと知った明日菜は、ネギに逃げるよう呼び掛けるが。

「…………」

ネギは、その場から一歩も動こうとせず、相対している“二人”を見つめ続けていた。

そして。

「おおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

バージルの雄叫びが轟き、全身から緑色の炎を吹き出し。

右手の掌にエネルギーを収束させていく。

ラカンの氣とバージルの氣が膨れ上がり、共鳴して大気を震わせる。

刹那は木乃香とシルヴィを守る為に、自分が張れる最大の防御結界を展開し。

高音は明日菜を守るよう、自分の得意魔法である影を使って、防御体勢に入る。

残されたエヴァンジェリンも吹き飛ばされないよう障壁を展開する。

その時、エヴァンジェリンはふとネギの方に視線を向けると。

そこには障壁も張らずにただバージルを見つめるネギの姿があった。

全身汗まみれになりながらもその瞳は揺るがず、ただ一点のみを見つめていた。

それを見たエヴァンジェリンはフッと笑みを溢し。

「坊や、障壁を張らなくていいのか?」
「あ、せ、そうでした!!」

ネギに忠告し、障壁が展開したのを確認した。

瞬間。

「エクストリィィィィムッ!!!!」
「来るぞ!!」
「ブラストォォォォッ!!!!」

バージルは右手に収束された光を振り上げ、ラカンに向けて放った。

対するラカンも巨大な剣……斬艦剣を放ち、バージルの放った閃光に向けて投げ付けた。

剣と閃光、二つの超エネルギーがぶつかり合い。

光が溢れ、バージルは勿論ネギ達すらも呑み込んでいった。














「やれやれ、また別荘の修理か……」

光が収まり、瞼を開けたネギ達が目にしたもの。

「な、何よ……これ」
「こんな……事って」

目の当たりにした刹那はガクリと膝を着き、明日菜は呆然となっていた。

いや、二人だけではない。

高音やシルヴィも、目の前の光景に言葉を失っていた。

何故なら。

ついさっきまでどこまでも広がる海だった場所が、広大に広がるクレーターに変わっていたからだ。

青々とした海は見る影もなく、目の前に広がるのは荒れ果てた大地のみ。

どこまでも広がっていた青空は、暗雲が立ち込めていた。
常夏を思わせる空気が、今は寒くすら感じる。

いきなり変わった景色を前に明日菜達は何も言わず、ただ呆然としているだけ。

「あ……う……」

すると、今まで立っていたネギが急に力が抜けたように、その場に倒れ込んだ。

「ちょ、ネギ! 大丈夫!? しっかりして!!」

すぐにネギを抱き抱え、明日菜は何度も呼び掛けた。

息はしている。

生きている事に安心した明日菜は、胸を撫で下ろし安堵の溜め息を吐いた。

あれだけの衝撃波を前に、よく無事で済んだものだ。

すると。

「ふむ、耐え抜いたか」
「っ!?」

声のした方へ振り返ると、そこにはネギの顔を覗き込んでいるエヴァンジェリンがいた。

耐え抜いた。

その言葉を聞いた明日菜はパァッと表情を明るくさせ。

「そ、それじゃあ!」

エヴァンジェリンに合格なのかと問い掛けた。

「仕方あるまい。こちらから出した条件に応えたのだからな」

そう言ってエヴァンジェリンは別荘に向かって歩き始める。

「神楽坂、坊やを連れてこい。丁度奴の修行も終った所だ。纏めて治療してやる」
「え? いいの?」
「奴を治すついでだ。近衛木乃香、お前も来い。お前の治癒術は役に立つ」
「う、うん。分かった!」
「それなら、私も。治療なら私も少しは心得があります」

そう言って、エヴァンジェリンの後を付いてく明日菜達。

しかし、高音だけは。

「……どうして」

酷く困惑した面持ちで、彼女達の背中を眺め続けていた。












〜あとがき〜
えー、サブタイとは全く違う内容になってしまいました。

ネギの試験合格、そしてエヴァンジェリンなんだか随分甘くね?と言う皆様。


全力で見逃せ!!











これ好きやねん



[19964] 乙女の戦い?其ノ参
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:1841492d
Date: 2010/07/09 23:53



「う……ん?」

バージルが目を覚まし、最初に見たのは天井だった。

自分はさっきまで戦っていたのは別荘の外、擬似戦闘が終ったから目にするのは空の筈。

なのにここにいると言う事は。

(闇の福音に拾われたか……)

自分の状況を理解したバージルはベッドから起き上がり、近くに置いてあった服を取って着替えた。

服と言っても、バージルに取っては身動きがしやすい戦闘服、その上市販されているものとは強度が桁違いに特別製。

近右衛門がバージルにここ麻帆良にいて貰う際に渡しておいた服なのだ。

しかし、11着になるこの服もバージルの修行の為にボロボロとなり、殆ど布切れとなっていた。

そんな事など気にも止めず、バージルはズボンに足を通して一通りの身支度を済ませ、扉を開けて通路に出た。

取り敢えず、飯を食いに行こう。

食堂に向かえばエヴァンジェリンの従者であり茶々丸の姉達が何かしらの料理を出してくれる。

それに、今この別荘には近衛木乃香もいる。

彼女の料理をおにぎり以外で食べられるのかと考ると、バージルのお腹から腹の虫の雄叫びが鳴り響いた。

「近衛木乃香は……こっちか」

バージルは一時食堂から木乃香へと標的を変え、彼女の匂いと氣を辿って別荘の中を歩き始める。

まだ完全ではないし匂いに頼る事はあるが、バージルは最近人間や生命から発するエネルギーを微弱ながら感じられる様になった。

切っ掛けは、以前修行で鼻を折った時だ。

あの時は荒療治で手で折れ曲がった鼻を無理矢理治したが、お蔭で血が大量に吹き出し、自分の血で匂いを嗅ぎ分ける事が難しかった。

バージルにとって嗅覚は重要な五感の一つ、視覚や聴覚でも充分だが旅の間嗅覚を一番頼っていた時期があった為、随分もどかしい思いをした。

そんな時、バージルは視覚や聴覚といった五感の他に、別の感覚があると気付いた。

それは、人間から感じ取れるエネルギー。

つまり、自分と同じ氣を感じ取れる事が分かったのだ。

それから暫く、バージルは別荘ではなく鼻が治るまでの間、外でこの感覚を鍛える事に決めた。

如何にも武術をやっている厳つい男、しかしその男よりもヒョロリとした優男の方が氣が大きかったり。

中には子供なのにそこら辺の大人より氣が強い者もいたりなど、様々な人間がいる事を知り、バージルは氣による探索を着実に鍛えていった。

しかし、まだまだ荒削りなのもまた事実。

この学園の外からは殆ど氣が感じられないのだ。

故に最近のバージルは氣による探索術を鍛える事に決めた。

それに、いつかこの術が完全なものになれば、千の呪文の男を探し当てる事も可能かもしれない。

自分の目的の為にも、バージルは更なる修行に挑もうとした時。

「ここか……」

足を止めて目の前の扉に向き直り、バージルは片手で扉を開けて部屋に入った。

すると。

「「「っ!?」」」

明日菜や刹那、高音や木乃香が驚いた様子で此方に振り向いていた。

「ふむ、もう起きたか。その分だともう大丈夫のようだな」
「闇の福音、俺はどれ位寝ていた?」
「一時間も経っていないさ、お前に例の薬を飲ませたらあの部屋に放置しとおいたからな。因に傷の手当てはそこの一般人がやっておいたぞ」
「?」

エヴァンジェリンに言われ、バージルはシルヴィに視線を向ける。

すると、シルヴィの顔は真っ赤に染まり、頭から湯気を立ち上らせて俯いていた。

「う、うん……」
「! ネギ!」

その時、ベッドから聞こえてきた呻き声に視線を向けると、そこには痛々しい姿のネギが寝かされていた。

「明日菜さん? あれ? 僕は?」

目を覚まし、自分に何が起こったかを思い出そうと、動かない体に力を入れて起き上がろうとする。

「ま、まだ無茶しちゃダメよネギ」
「そ、そうや。まだ寝とった方が……」
「は、はぁ……」

明日菜と木乃香に押され、ネギは再び横になろうとするが。

「っ!」

ふと、バージルの姿がネギの視界に入り、ネギは横になる直前で起き上がった。

「いえ、やっぱり起きますよ」
「で、でも……」
「僕なら大丈夫ですよ明日菜さん。茶々丸さんの時と違って今回は怪我はしていませんから」

明日菜や木乃香の制止を振り切り、ベッドから起き上がるネギ。

その際、ネギはバージルに視線を向けるが、対するバージルは此方を見てはいない。

そんな彼に若干悔しそうな表情を浮かべるネギに、エヴァンジェリンは楽しそうに口端を吊り上げた。

「さて、まずは坊や、お前の再試験の結果だが……」
「………」
「ま、結果的に見れば合格だな」
「っ!」

アッサリと告げられる合格通知に、ネギは一瞬呆然となる。

しかし、エヴァンジェリンからの合格の言葉に実感を感じると、ネギは拳を握り締めてやったと呟く。

エヴァンジェリンがネギを合格にした理由、それはバージルの擬似戦闘の中にあった。

別に今のネギにバージルの動きを追え等と、流石に言えない。

だが、次第に変わるネギの目付きにエヴァンジェリンは感心を持った。

明日菜や木乃香は何が起きているか分からない状況の中、ネギはバージルとその“相手”を見つめ続けていた。

そう、ネギはバージルが一体誰と戦っているのか見えていたのだ。

それに、最後は気絶したとは言えネギはバージルの修行で起きる衝撃波に耐えきった。

故に、エヴァンジェリンはネギを自分の弟子にする事に決めた。

それに、千の呪文の男の息子を自分好みの魔法使いにするのも面白い。

若干黒い笑みを浮かべながら、エヴァンジェリンは喜びを露にしているネギを見つめた。

すると。

「おい、近衛木乃香」
「え?」
「腹が減った。すぐに支度しろ」

腹が減り、苛立ちを露にするバージルが、木乃香に飯を作れと言い放ってきた。

バージルにとってネギの合格通知などどうでも良い事。

バージルは早く飯が食いたくて苛々していた。

「え? で、でも……」

いきなり飯を作れと言われ、動揺する木乃香。

バージルはそんな木乃香を見て更に苛立ちを募らせる。

「同じ事を何度も言わせるな、お前が言った約束だぞ」

少し口調を強め、バージルは木乃香へと詰め寄ろうとする。

すると、バージルの前に刹那が立ちはだかり、バージルの行く手を遮った。

バージルは舌打ちを打って額に青筋を浮かべる。

腹が減った事により一気に積っていく苛立ち。

滲み出てくるバージルの気迫が見えない刃となり、部屋の内部に亀裂を刻んでいく。

いきなりの一触即発の空気、誰もが息を呑んだ時。

「まぁ、そんなに焦るな小僧。今から行く」

バージルによって張り詰めた空気を、エヴァンジェリンによって宥められて行く。

「………」

バージルにとっては真に遺憾だが、気迫を消して先に食堂に向かい、部屋を後にした。

「ほら行くぞ。あんまり待たせると今度は暴れだすやもしれん。そうなったら洒落ではすまないからな」

エヴァンジェリンに言われ、バージルの後に続く木乃香と刹那。

ネギは明日菜に抱き止められたまま、自分なりにゆっくりと歩き出して部屋を後にし、シルヴィもそれに付いていく。

エヴァンジェリンが全員が出ていったかと確認していると、部屋の隅っこで立ち尽くしている高音が視界に入った。

俯き、肩を震わせている高音に、エヴァンジェリンは特に何も言わず扉を閉めようとする。

「……教えて下さい」
「ん?」

ふと、掠れる程の小さな声がエヴァンジェリンの耳に届いた。

何かと思い振り返ると、そこには酷く落ち込んだ様子の高音が、すがる様に問い掛けてきたのだ。

「どうして、どうして彼は……あぁも」

小さく、耳をすませなければ聞き取れない小さな声。

それを聞いたエヴァンジェリンは、笑みを溢し。

「さぁな、私も良くは分からん……ただ、これだけは言える」
「え?」
「奴は……バージル=ラカンは、悪でもなければ善でもない。ただ純粋なんだよ」
「純……粋?」
「あぁ、どこまでも……な」

それだけを言うと、エヴァンジェリンは先に食堂に向かったネギ達を追い、部屋を後にする。

残された高音はただ一人、部屋の中で。

「純粋……か」

ポツリと、呟いた。












夜。

別荘の広場で、食事を終えたバージルは暗鬱な表情で曇った夜空を見上げていた。

原因は、エヴァンジェリンから言われた暫くの別荘の使用禁止。

今回の一件で別荘はボロボロとなり、修理を必要となってしまった。

もしこの状態で今回の様な擬似戦闘を行えば、間違いなく別荘は使え物にならなくなる。

快適な修行場を失うのはあまりにも痛い、バージルは渋々ながらエヴァンジェリンの要求を呑み、暫くは外での修行に専念する事にした。

「……まぁいい。それならそれで鍛え概がある」

そう自分に言い聞かせ、バージルは立ち上がり、就寝しようと別荘の中へと向かおうとした時。

「?」

ふと、前に佇む人影に足を止めた。

「高音=D=グッドマン……」
「……貴方に、聞きたい事があります」
「何だ?」
「貴方は、一体何の為に戦っているのですか?」
「は?」

目の前の少女、高音から聞かれる戦いの理由。

何の為に戦うのかと問われたバージルは、目を丸くさせて僅に戸惑った。

「別に……ある奴を超える。ただそれだけだ」

それがどうしたと、バージルは高音に逆に問い掛ける。

すると。

「超える為、その為に……あれだけの修行を?」
「当たり前だ。そうでなければ意味がない」

バージルの戦いの理由を聞いた高音は、何故そこまでするのか分からなかった。

誰の為でもなく、ただ目標を超える為に戦う。

分からない。

ただ立派な魔法使いになる事だけを考えていた高音には、バージルの考えが分からなかった。

すると。

「そいつはな、壁なんだよ」
「壁?」
「あぁ、それもとびっきりにでかく、恐ろしく分厚い壁だ。どんなに叩いても壊れないし、どんなに飛んでも越えられない」

握り締めた拳を掲げ、空へと睨み付けるバージル。

「だから、俺は戦う。戦って強くなって、いつか壁を粉砕して、飛び越えるまで、ずっとな……」

だから、俺はこれからも戦い続ける。

そう言って空を見上げるバージルの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。

(あぁ、そうか……漸く分かった)

そんなバージルを見て、高音は一つだけ分かった事がある。

この少年、バージルはどこまでも負けず嫌いなんだ。

喩え負けても立ち止まらず、ただがむしゃらに突き進む。

子供。

エヴァンジェリンの言っていた純粋という言葉の意味を何となく理解した高音は、どこか嬉しそうに微笑んでいた。

しかし。

(それは、きっと誰にも曲げられる事は出来ない)

純粋、故に折れ曲がる事はない。

それはまさに、信念と呼べるものだった。

バージルには、悪も善もない。

ただひたすら壁を超える為に戦い続けるのみ。

それはある意味では、誰にも出来ない事。

高音は羨ましかった。

ただ魔法使いの家系に産まれ、言われるがままに立派な魔法使いになるよう言われてきた。

確かに、かの千の呪文の男のような立派な魔法使いになりたいと思っていた。

だが、そこには自分の信念など無かった。

義務付けられた価値観、ただ目指すだけの日々。

高音は、本当にこれで良いのかとずっと考えていた。

それを、この少年が気付かせてくれた。

「……話は終りだ。俺は寝るぞ」

バージルは自分で何を言っているんだと突っ込みながら、別荘の中へと入っていく。

その際。

「あの!」
「?」
「ありがとうございました!」
「…………」

ありがとう。

いきなり言われた高音からの言葉に、バージルは一旦足を止めるが。

「……ふん」

バージルは振り返らず、自分の部屋へと向かっていった。

まだ自分は、世界の事など知らない未熟者。

だから、高音は自分だけの信念を持つ事に決めた。

誰かに言われた事や義務でもない。

自分だけの……信念を



[19964] 地下
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:56c075f3
Date: 2010/07/10 08:13







……響く。

『コイツが、――――の息子の?』
『あぁ、確か名前は―――だ』

頭の中に、声が……響く。

誰だ……お前達は。

俺の……何を知っている。

『それで? コイツの戦闘力は?』
『推定50、下級戦士に分類されるな』

お前達は一体、何なんだ?

『ふむ、なら適当な惑星に送るのが妥当だな。それで、どの惑星に?』

そして……俺は。

『惑星カノム。そこに決まった』
『それじゃあ、早速』
『あぁ……』























誰なんだ?
















「また、あの夢か……」

バージルが住むマンションの一室。

バージルは頭を抑え、暗鬱の表情で窓から見える空を見上げていた。

まるで頭に靄が掛かったような感覚。

酷く、苛つく。

バージルは舌打ちをしながらベッドから起き上がり、洗面所に向かって顔を洗った。

そして、玄関にあった小包を開き、新しい服に腕を通す。

赤いラインの入った黒いジャケット。

ズボンも同様のデザインのもので、バージルは着替えると扉に手を掛けて自室から出ていった。

空を仰ぎ、空気の感じと人気の無さ、太陽がまだ顔を出したばかりの所を見ると、かなり早い時間帯に起きたようだ。

バージルはまだ生徒が登校していない大通りを歩き、朝の散歩を楽しんでいた。

すると。

「あれは?」

ふと、バージルの視界の端にある人物の姿が入った。

ネギ=スプリングフィールド。

千の呪文の男の息子が何故ここに?

バージルは辺りを見渡すと、どうやら自分はいつの間にか図書館島の近くまで来ていたようだ。

こんな所にいても何の意味もない。

バージルは踵を返し、元来た道を戻ろうとすると。

「どうしてダメなのですか!!」
「?」

ふと、バージルの耳に女子の声が響いてきた。

何なんだと思い振り返ると、そこにはネギに突っ掛かっている女子がいた。

身長はネギや自分と同じ位で、長い髪を二つに纏めたデコッパチが印象的。

「や、止めなよユエ〜」

酷く興奮している少女を、今度は傍に控えていたショートヘアの女の子がユエと呼ばれる少女を宥めていた。

大人しい……悪く言えば引っ込み思案と言うのが印象的な少女。

どちらもバージルには覚えのない顔だった。

何を揉めているのかは知らないが、心底どうでもいいバージルは今度こそその場から去ろうとする。

しかし。

「確かに、夕映さんとのどかさんには父さんの手掛かりを見付けてくれた事に関しては感謝しています。ですが……」
「っ!!」

ふと聞こえてきたネギの情報に、バージルは驚いた様子で振り返った。

ネギの父、即ち千の呪文の男に関する手掛かりがある。

本来の目的であるナギの情報を、思わぬ所から聞いたバージルは詳しい事を聞き出す為にネギの下へ歩み寄った。












「何故、何故そこまで拒むのですかネギ先生!」
「何度も仰った通り、此方側の世界は一体どんな危険があるか分かりません。修学旅行のような事もあるのですよ」

夕映とネギが言い合いをしている理由。

それはネギという魔法使いと深く関わりたいという事。

修学旅行の一件以来、非日常に対して強い憧れを抱いた夕映は、ネギに図書館島へ潜る際には自分も連れていって欲しいと、朝早く起床しネギを先回りして願い出たのだ。

これには勿論ネギは反対した。

魔法に関わると言うのは少なからず裏の世界に関わると言う事。

修学旅行の時の様な危険に巻き込まれてしまう可能性だってある。

実際、あの事件で死人が出なかったのは奇跡のようなもの。

あの様な事件に巻き込まれたら、今度こそ唯では済まない。

そもそもネギは父の手掛かりがあるとされる場所まで、様子を見に行くだけのつもりだった。

何度も何度もしつこく頼み込んでくる夕映、のどかもどこか期待した眼差しで見つめてくる。

どうしたものか。

ネギは何とかこの二人を納得させる糸口を探しだす。

と、その時。

「千の呪文の男の情報を手に入れたようだな」
「「「っ!?」」」
「詳しく聞かせて貰おうか?」

不意に聞こえてきた声に振り返ると、腕を組んで不敵な笑みを浮かべているバージルが、のどかと夕映の背後に佇んでいた。

突然聞こえてきた声と、振り返った先で見たバージルの姿に、二人は酷く驚き、目を見開いていた。

「あ、貴方は……」

突然現れたバージルに戸惑いながらも声を掛ける夕映。

目の前の少年は木乃香の実家で来客として、一度自分達と会っている。

(やはりこの少年も、ネギ先生と同じ魔法使い?)

夕映はバージルの事を自分なりに分析し始めた。

しかし、バージルは自分を呼び掛けている夕映の事など気にも止めず、ネギの方へと詰め寄る。

「ば、バージルさん……」
「応えろ。千の呪文の男の手掛かりを」

一方ネギは、いきなり現れたバージルに戸惑い、どうすればいいか分からなかった。

口調こそは最初に会った時と比べて、若干弱くなった様な気がしない事もない。

しかし、バージルの身の内から発せられる圧力は、自分達の足下に亀裂を刻んでいく。

ビシリと皹の入った地面に、夕映とのどかは何なんだと怯え始める。

ネギがどうすればと追い詰められたその時。

「よう、バージルの兄ちゃん。やっと来やがったな」

今までネギの後ろで隠れていたカモが、バージルの前に出てきたのだ。

「カモ?」

いきなり現れたカモに面食らうバージル。

その際に見せた僅かな隙を、カモは見逃さなかった。

「いやー、実は兄ちゃんにも一緒に来て欲しいと思ってさ。呼びに行こうと思ってたんだよ」
「……そうなのか?」
「あぁ、でもよ。兄ちゃんの居場所は分からないし、連絡手段もないからさ、正直困ってたんだ」
「…………」
「本当なら兄貴の試験の合間に話ておこうとかと思ったんだけど、兄ちゃんは兄ちゃんで修行に没頭してたからよ。中々話す機会がなくて」

無論、これらはカモが咄嗟に思い付いた出任せ。

しかし、ある意味カモの事を信頼しているバージルは、このオコジョの言うことを素直に耳を傾けたのだった。

「分かった。そう言う事なら……」

そう言って引き下がり、大人しくなったバージルに、カモは内心でガッツポーズをした。

そして。

「それと、兄ちゃんにはそっちの二人をお願いしたいんだけど……」
「か、カモ君!?」
「?」

突然言い出すカモの提案に、ネギは目を丸くした。

夕映とのどかは自分の生徒。

担任であり教師であるネギとしては、これ以上魔法に関わらせたくない。

ネギはカモに何を言っているのかと問い詰める。

しかし。

(兄貴、ここは一旦連れていった方がいい)
(だ、ダメだよ! 二人を危険な目には……)
(今ここで頑なに拒んだら、この二人の事だ。意地でもついてくるぞ)

そう言われて、ネギは改めて二人に目を向ける。

夕映は何がなんでもついていくと目で訴え、のどかもオドオドとしているがついていきたいと、夕映と同じように見つめてくる。

(ここは一度折れて、戻ってきたら後は誤魔化しゃあいい。俺っちも協力するから)
(うぅ……)

確かに、今強引に引き剥がしても、好奇心の強い二人はついてくるだろう。

ネギが向かおうとするのは、以前に訪れた場所よりも更に地下。

二人だけではかなりの危険が伴ってしまう。

ネギは一度バージルに視線を向けた後、深い溜め息を吐いて。

「……分かりました」

カモの提案を呑み、一緒に行く事にした。

渋々だが同行を許してくれたネギに、夕映とのどかは嬉しくなってはしゃいだ。

しかし。

「おい、行くならさっさと行くぞ」
「「ひ、ひゃい!」」

ギロリと睨み、舌打ちを打つバージルに二人は萎縮し、一行はナギの手掛かりがあるとされる図書館の地下へと向かっていった。

その途中、様々な罠がバージル達を襲うが。

その全てがバージルによって打ち砕かれた。

例えば。

「うわーっ!」
「お、大玉がーっ!?」
「ふんっ」

迫り来る巨大な大玉を粉砕。

「て、天井ーっ!」
「わわわっ!?」
「はっ」

落ちてくる天井を破壊。

「こ、今度は水責めーっ!?」
「し、死んじゃうぅぅっ!!」
「……はぁ」

閉じ込められ、水で水没する罠を溜め息を吐きながら周囲の壁を砕いて突破。

その罠が発動した原因の殆どが、図書館探検部の二人だという事に、バージルは心底うんざりしていた。

そして。

「なぁカモ」
「どうした兄ちゃん?」
「コイツ等、邪魔じゃね?」
「「っ!?」」

ハッキリと言いたい事を言ってくるバージルに、二人にグサリと言葉の槍が突き刺さった。

カモに頼まれ、渋々と二人の面倒を見ることにしたが、次々と罠に引っ掛かる二人にバージルはいい加減何処かに置いていきたかった。

ネギでさえ暗い道には魔法の炎を使うという気の利いた事をしているのに、後ろの二人は足を引っ張る事しかしない。

苛つきを募らせるバージルに、カモは苦笑いを浮かべるしかなかった。


すると。

「あ、どうやら目的地に着いたみたいですよ!」

ネギの指差す方向から光が差し、バージル達は広い空洞へと出た。

地下だというのに辺りは陽が射し込んでいる。

そして。

「この扉の奥に……」
「奴の手掛かりが……」

樹木に包まれた扉。

幻想的な光景を前に、二人の英雄の息子は胸を踊らせていた。

「ゆえゆえー、この地図何だけどー……」

二人が扉に向かう一方、ある疑問を持ったのどかが夕映を呼び出し。

地図に掛かれた危険という文字と、動物の絵に触れた。

その時。

突然頭に掛かったベタつく液に触れ、二人が顔を上げた。

そこには。

「グルル……」

腹を空かせているのか、鋭い歯の間から唾液を溢している翼竜が、此方に睨み付けていた。

「「は?」」

物語の本やゲームでしか存在を知らない二人は、目の前の翼竜を前に思考を停止していた。

危険とは思っていた。

だが、まさか竜がいる等と予想すらしていなかったネギは、混乱しながらも二人を助けようとする。

雄叫びを上げ、威嚇する翼竜。

このままでは二人が危ない。

ネギは杖を手に、二人を連れて離脱しようと試みる。

すると。

「っ!?」

突如翼竜は何かに怯える様に震え、その巨体で後退った。

一体何に?

夕映とのどかに?

あり得ない。

それともネギに?

まさか。

理由は更にその後ろにいる化け物に、だ。

全身から滲み出る殺気。

その人物を中心に空間が歪み、地面に亀裂が入る。

そして、翼竜である自分を見つめる目。

それは捕食者の目だった。

そして。


――ニタァッ――


「っ!?!?」

獲物を見付け、歓喜に口を歪める化け物に、翼竜は遂に逃げ出した。

ネギは突然去った翼竜を前に、これ以上ここに留まる事は危険だと判断し、二人を連れて逃げ出そうと試みる。

「バージルさん、一緒に逃げましょう!」

その際、ネギは一緒に逃げようと誘うが。

「先に行け。俺はここに用事がある」
「っ!!」

断るバージルに、ネギは一瞬迷った。

また先に行かれるのか?

既に目の前には父の手掛かりがあると言うのに……。

悔しかった。

このままでは、自分より先にバージルが父に到達するのではないかと。

ネギは焦った。

しかし。

(僕は、夕映さんやのどかさん。皆の先生なんだ!)

自分は教師。

ならば生徒である二人を守る義務がある。

「それじゃあバージルさん、お気をつけて!」

そう言って、ネギは二人を連れてその場から離脱し。

残されたバージルは。

「さて、行くか」

千の呪文の男の情報があるとされる扉の向こう側に行く為に。

扉に手を添えた。

その時。

「困りますねぇ、こう言う事をされるのは」
「!」

突然声のした方に振り返ると、フードを被った何者かが、ラカンとは別の意味で苛つく笑みを浮かべて佇んでいた。














[19964] アルビレオ=イマ
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e827f070
Date: 2010/07/13 21:56










気付かなかった。

修行で身に付け始めていた氣の探索術も、匂いや気配も感じなかった。

精々分かるのは、骨格からして相手が男だという事。

何者だ?

バージルは背後に立つフードを被った男と向き直り、警戒を強める。

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」

フードの男はそれを見透かす様にクスリと笑みを溢した。

気に入らない。

まるで見下す様な態度の男に、バージルは必然と拳を握り締める。

「おや、どうやら逆効果でしたか。あまり事を荒らげたくはなかったのですが……」

顎に手を添えて、如何にも困ったと表す男にバージルは更に苛立ちを募らせる。

「おい」
「ん?」
「お前、何者だ?」

ギロリと睨み付けるバージル。

鋭い眼光と共に発せられる殺気に空気がビリビリと震え、バージルは男に覇気を容赦なく突き付け。

それを前に、男からのおちゃらけた態度は消え、フードの男の表情は真剣なものへと変わった。

「失礼、私の名前はアルビレオ=イマ。この図書館島の司書長を勤めています」
「っ!」

その名前を聞いたバージルは、僅に眉を吊り上げた。

アルビレオ=イマ。

それは嘗て大戦期に千の呪文の男と共に戦場を駆け巡り、様々な功績を残した紅き翼の英雄の一人。

「お前が……アルビレオ=イマ」
「はい。お父さんから少しは私の話を聞いていた様ですね。バージル君」
「っ!」

名乗った訳でもないのに自分の名前を言い当てる。

……どうやら本物の様だ。

この際、何故自分の名前を知っているかはどうでもいい。

千の呪文の男と共に戦っていたとされるこの男ならば、奴の情報を何かしら知っているのかもしれない。

地図に記された手掛かりの図、それは恐らくコイツ自身。

ならば。

「お前に聞きたい事がある」
「はい?」
「ナギ=スプリングフィールドは何処にいる?」
「お答えできません」

瞬間。

バージルがいた足場はグボンと凹み、バージル一瞬にしてアルビレオとの距離を詰めて、その顔面に向けて蹴りを放つ。

アルビレオ=イマは紅き翼の中でもかなりの曲者。

最初からマトモに話が聞けるとは思ってはいない。

ならば、残された選択肢はただ一つ。

力づくで聞き出すのみ。

相手は大戦の英雄、不服も不足もない。

バージル振り抜いた蹴りはアルビレオの顔面を捉えた。

しかし。

「っ!?」

バージルはそのままアルビレオとスレ違い、ガリガリと地面を削りながら着地し。

振り抜いた蹴りの衝撃波が地面を抉り、土煙を巻き上げる。

(避けた? ……いやまさか)

バージルの蹴りは間違いなくアルビレオを捉えていた。

なのに手応えが全くなかった。

まるですり抜けた様に、空気を相手にしているかの様に。

(……成る程、そう言う事か)

バージルは自分の攻撃が通らなかった理由を知り、ゆっくりと立ち上がる。

その際に浮かべた不敵な笑みが、アルビレオの表情を曇らせた。

「流石ですね。もう私の正体を掴んだのですか」
「ま、何となくだがな」

そう言ってバージルは拳を握り締め、構えを取った。

恐ろしい子。

アルビレオがバージルに対する印象はこれだ。

たった一度拳を交えただけで相手の術や技を見切る動体視力と洞察力。

そして、常識ではあり得ない……魔法も使わず、己の肉体のみで戦える卓越した戦闘技術。

まるで、戦う為だけに生まれた存在。

(全く、ジャック=ラカンも恐ろしい子供を拾ったものです)

アルビレオは今はこの場にいない嘗ての盟友に、内心で悪態をついた。

対するバージルは愉快そうに口元を歪め、全身から氣を吹き出して緑色の炎を纏い。

「まぁいい。お前が自分から奴の情報を吐き出すまで、付き合ってやるよ」
「それは……随分体力に自信があるのですね」
「それだけが自慢だ」

バージルは、通用しないと分かっていながら、敢えてアルビレオに突っ込んでいった。

話を聞こうとすらしない。

それはアルビレオにとって、最も苦手とする人種だった。






















魔法世界某所。

暗く、灯りのない闇の空間。

人工的に産み出された闇の中で、一人のフードを被った人間が佇んでいた。

長身でフルフェイスのマスクをしている為、性別も種族も分からない。

「……ムゥ、マズイな」

目の前に漂う水晶。

透明な水晶に映し出された光景に、マスクの人間は困惑の声を漏らす。

「デュナミス、“扉”の様子はどうじゃ?」
「!」

背後からの声に、デュナミスと呼ばれた人間が振り返ると。

自分と似たようなフードコートを身に纏った少年が佇んでいた。

何一つ物音を立てず、一切の気配を感じさせずにデュナミスの背後に立つ少年。

フードから覗かせる顔つきは、バージルやネギと同年代に思わせる。

そんな少年を前に、デュナミスは大して驚いた様子も見せず、溜め息混じりに振り向いた。

「思わしくないな。10年前よりも徐々にだが大きくなっていく……このままでは」
「“侵略者《インベーダー》”の方は……どうなっておる?」
「テルティウムの……アーウェルンクスの従者の報告によれば、大した動きは見せず修行に明け暮れているらしい」
「……あれだけの力を持っていながら、まだ高みを目指すか」

デュナミスから告げられる話に、少年は呆れた様に溜め息を漏らす。

「ジャック=ラカンも、大戦期よりも遥かに力を増している。……厄介事が多すぎる。このままでは我々の計画が」

デュナミスは顔を抑え、酷く嘆いていた。

「別に、奴に対してはそれほど悩む必要はなかろう」
「…………」
「如何に強くなろうと、奴も所詮我等と同じ人形。人形師にはどう抗おうと逆らう事は出来ないからの」

少年は無表情だが、デュナミスには何処か笑っている様に見えた。

「何れにせよ。儂等はアーウェルンクスと合流するまで待機。動くのはそれからじゃ」

それだけ言うと、少年は踵を返して立ち去り、少年は闇の中に消えていった。

残されたデュナミスは、水晶に映し出された映像を眺め、マスクの間から見える目を鋭くさせ。

「侵略者……バージル=ラカン」

その手を強く握り締め、憎しみを込めて名前を溢した。

水晶に映し出される光景、そこに見えるのは真っ黒な景色。

その中に点々と浮かぶ輝き、それは星々の煌めきそのものだった。

宇宙。

デュナミスは無限に広がる大宇宙を前に、ギリッと歯を噛み締める。

広大に広がる宇宙の光景。

その中に、穴が空いた様にポッカリと隙間があった。

その穴の中心には不気味な輝きが灯っており、怪しく光っている。

目の形をしているその穴は、微弱ながら力を発しており、僅かずつだが周囲の空間に侵食するように広がっていた。

「貴様が、全ての災厄の根源だ」

悔しそうに、怨めし気に吐くデュナミスの呟きは、薄暗い空間の中へと溶けていった。



















「ジャラァァァッ!!」
「フッ」

アルビレオに向けて、拳の乱打を打ち込むバージル。

しかし、幻影のアルビレオには物理的攻撃など一切通用せず、バージルの拳は虚しく空を切るだけに終っていた。

幾らやっても無駄。

しかし、バージルはそれを承知の上で行っていた。

無駄だと分かっていながら、バージルは敢えて幻影のアルビレオに攻撃を加えていた。

何故そんな事をするかって?

理由はない。

ただ、暇潰しに戦っているだけ。

確かに、相手は此方の攻撃が一切通用せず、反則と言っていい程デタラメな術を使っている。

この世界樹に宿る魔力が要因の一つであるかは定かではない。

だが、バージルにはそんな事はどうでも良かった。

少なくとも、目の前の相手はそれなりに楽しませてくれる。

「フンッ」
「………」

砂塵の中から立ち上がり、不敵な笑みを浮かべるバージル。

対するアルビレオは、微笑みを浮かべてはいるが、額から大粒の汗を流していた。

喩えアルビレオが反則的な技を使っていようと、それは術を以て現した幻影に過ぎない。

その程度、今のバージルには幾らでも破る方法があった。

そう、精神的に追い詰められていたのは、バージルではなくアルビレオの方なのだ。

「フッ!」
「?」

バージルに向けて、アルビレオは掌を向ける。

すると、バージルを中心に足場がベコリと凹み、メキメキと窪んでいく。

重力魔法。

アルビレオの最も得意とする魔法。

文字通り、通常とは異なる重力を以て相手を押し潰す魔法なのだが。

「またこれか」

バージルはやれやれと溜め息を吐きながら、呆れた様子で肩を竦めていた。

「……これは、通常よりも30倍も負荷を掛けているのですがね」
「既に負荷を掛けている状態に、今更この程度の重力を加えられてもな。……まぁ、それでもシャツ一枚の重さは感じるかな?」

そう言いながら、今度はバージルがアルビレオに掌を向けて。

「ヌンッ!」
「っ!?」

アルビレオに向けて、氣功波を放った。

バージルの放った氣功波がアルビレオに直撃、成す術なく吹き飛んでいくアルビレオは、壁に叩き付けられていく。

壁に磔にされるアルビレオ。

ガラガラと崩れる瓦礫と共に、アルビレオは地面へと着地する。

ダメージは無い。

しかし、予想を遥かに上回った力を持つバージルに、アルビレオは追い詰められていた。

(うーん。困りましたねぇ。まさかこんな事態になるとは)

やはり、大人しくバージルにナギの情報を教えてやるべきだったか。

しかし、今更もう遅い。

目の前のバージルは既にナギの情報から自分へと標的を変えている。

今はまだ遊んでいるだけだからそれほど心配はないが、もしその気になればこの場所は吹き飛んでしまうだろう。

それこそ、下手をすれば世界樹ごと跡形も残さずに。

(……仕方、ありませんね)

アルビレオは観念した様に溜め息を吐いて、一枚のカードを取り出した。

「バージル君、貴方の想像通り、私は君よりも遥かに弱い。ですので、少々大人気ないやり方に変えようと思います」
「?」

そう言って、アルビレオは一本の毛髪を取り出した。

「この髪は、最初に君が私に蹴りを放った時に頂いた毛髪です」

来たれ。

その呟きと共にカードが光だし、アルビレオの周囲は無数の本によって囲まれる。

「私のアーティファクト、イノチノシヘンの能力は特定人物の身体能力と外見的特徴の再生です」
「…………」
「これからはこの力を以て、私は貴方自身となってお相手致しましょう」

そう言ってアルビレオは、宙に浮かぶ一冊の本を取り出す。

その本には何の題名も書かれておらず、中身も白紙だらけ。

すると、アルビレオが手にしていたバージルの毛髪が栞へと変わり、それを本の間に差し込まれた。

同時に本に光が溢れ、バージルと言う名の本が完成する。

そしてアルビレオが本を掲げた瞬間、辺りは光に包まれた。

軈て、収まってきた光にバージルは目を開くと。

「っ!」

そこには、自分と瓜二つのアルビレオが、不敵な笑みを浮かべて佇み。

そして。

「お待たせ致しました。……さぁ、第二ラウンドを始めましょうか」

バージルとなったアルビレオは、本物のバージルに向かって駆け出していった。












〜あとがき〜
ども、アルビレオにオリジナル設定を付け足した作者です。

最近、番外編として主人公が完全なる世界に付いた物語を妄想しています。

そしてまた、あるDVDを見たお陰である電波を受信致しました。



フェイト「バージル君、君だけは僕が必ず……幸せにしてみせるよ!」



さて、モトネタは何でしょう?

正解数が20人を超えたらXXX板に挑戦してみようかな……。

なんてww



[19964] 麻帆良崩壊?
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:d9c9e45c
Date: 2010/07/18 00:48








私の名前は長谷川千雨。

この麻帆良学園の女子中学校に通う何処にでもいる女子中学生だ。

趣味はネットサーフィンとネットアイドル。

ハッキングも多少たしなむが、それを除けばごくごく平凡な一般人。

さて、そんな私にも最近不満になるものができた。

3―Aの変人共。

まぁ、これは別にいい。

ロボットや明らかに中学生とは思えないノッポやロリっ子がいるクラス。

しかし、他人の身体的特徴を指摘するのは、人間関係を築く際にする最も愚かな事。

ロリっ子は何かしらの病気なのかもしれないし、ノッポは普通より成長が早いだけかもしれない。

ロボットだって、私達が知らない所でNASAの研究員か何かが協力して、あんなものが出来たのかもしれない。

色々常識はずれな出来事や人物が多いこの学園都市だが、それでも最近は自分にそう言い聞かせて納得している。

あの子供先生だってそうだ。

労働基準法違反とか、何で子供が先生何だよとか、そりゃ色々疑問に思った事はある。

しかし、子供先生は外見とは裏腹に授業はしっかりとこなしているし、教え方も上手い。

生徒とも仲良くやっているし、私から見ても良い先生だと思う。

ツッコミ満載なこの学園だが、別に私個人に迷惑を掛けた訳ではないのだから、構わないとすら最近になって思ってきた。

私が大人になったから?

いや違う。

クラスの連中や子供先生、この学園よりももっと奇怪な奴が現れた事だ。

外見は黒目黒髪で、ウチの担任の子供先生と同じくらいのガキ。

だが、ガキとは思えない雰囲気を纏い、その目は鷹の様に鋭く、目が合えばそこら辺のチンピラなんてそれだけで蹴散らしてしまう。

何故、あんなガキがこの学園にいる?

明らかに普通とは違う何か。

私は、一時ウチの学校で話題になった転入生の告白事件の現場にいて、そして見た。

私がアイツを見た時、全身の毛穴が開いて汗が噴き出してきた感覚を、今でも覚えている。

怪物。

私がアイツに対する感想は、それ以外に表せられなかった。

何故かは分からない。

確証もない。

だが私の中にある本能が、コイツは危険だと確信し。

それ以来、私は外に出るのが怖くなった。

あんな化け物がいる中、学校に行く私を自分自身で褒めてやりたかった。

ていうか何故学園はあんな化け物を放逐している。

あれじゃあ、いつか誰か襲われちまうぞ。

「くそっ! イライラする」

私は今、眼鏡を上げて怒りを鎮めながら学校に向かっていた。

その時。

「な、何だ?」

突然起こった地震。

ここ最近は無かったのに、何故また。

しかも、地震は激しさを増していき、揺れもドンドン大きくなっていく。

そして、私の足下の地面に亀裂が入った。

瞬間。

「っ!?」

地面を割り、出てきたガキの姿に、私はきっと目を大きく見開いて驚愕していた事だろう。

何故なら、そのガキがさっきまで私が毒づいていた化け物なのだから。

いきなり地面からガキが出てきた事に、私を始め周囲の生徒達もポカンと口を開けて呆然となり。

そんな中、あのガキは愉快そうに口元を歪めて、重力に従い、そのまま穴の空いた地面へと潜っていった。

いきなり目の前で起こった出来事について行けないでいた私は、腰が抜けてしまい駆け付けた教師に起こされるまで、そのまま座り込んでいた。



















(何なんだ。この力は!?)

自身のアーティファクトの能力で、バージルへと姿を変えたアルビレオは、全身に満ち広がる力の感覚に驚愕していた。

体の奥底から感じる力の波、決壊したダムの様に溢れてくる力の奔流。

こんなものが、あの小さな体に渦巻いていたのか。

強すぎる力は、時によって毒物になりかねない。

自身の力に呑み込まれ、破滅していった人間をアルビレオはごまんと見てきた。

これ程の力を、あの少年は自我を保ったまま制している。

「……まったく、つくづく規格外ですね。貴方は」

天高く広がる上を見上げ、アルビレオはポッカリと空いた穴を見上げる。

自分の放った拳の一撃は、バージルの脇腹を捉え。

バージルは上空へ吹き飛んでいったのだ。

天井にできた穴は、その際に出来た副産物。

予想を遥かに上回るバージルの力に、アルビレオは振り回されていた。

そして、瓦礫と共に落ちてくるバージルに、アルビレオはやはりと目を細くする。

舞い上がった砂塵の中へ、バージルは何事も無かった様に着地する。

しかし、脇腹に受けたダメージは大きく、バージルの口元からは血が流れていた。

「やはり、まだ続けるのですか?」
「…………」
「貴方は確かに強い。しかし、我がアーティファクトの力によって私は貴方と同格となった。加えて此方は貴方の攻撃は一切通用しない。勝負ありましたよ」
「………」
「痛い目に遭いたくなければ、即刻この場から立ち去りなさい」

静かに、最後の警告を告げるアルビレオ。

しかし、バージルは何の答も出さず、ただ俯いているだけだった。

そして。

「ククク……」
「?」
「フフフ……ハーッハッハッハッ!!」
「っ!」

突然大声を上げて笑いだすバージル。

狂気の混じったバージルの笑い声に、アルビレオが一瞬体が膠着した。

瞬間。

「っ!?」

自分の顔に衝撃が入り、アルビレオは壁に叩き付けられる。

何が起こった?

いや、身体能力もバージルとなったアルビレオには、自身に起きた出来事を分かっていた。

バージルはただ、恐ろしく速く自分との間合いを詰めて、拳を顔面に叩き付けただけ。

ただ、思考がそこまで回って来なかったのだ。

砂塵の中から立ち上がり、アルビレオは前へと睨み付ける。

すると、バージルは歓喜の笑みを溢しながら一歩ずつ此方に近付いて来ていた。

「どうした俺、こんなもので終る筈無いだろう?」
「……君も、本当に人の話を聞かない人間ですね」
「自分自身と戦える絶好の機会なのに、どうして逃げる必要がある?」

アルビレオの問に、バージルは何を言っているんだと首を傾ける。

そして。

「そんな事より、そんな姿をしたからにはお前にはトコトン付き合って貰うぞ」
「?」
「俺との、殺し合いをな」
「っ!?」

ニタァッと笑うバージル。

おぞましく、恐ろしく、アルビレオは見た目と裏腹に長い間生きて様々な人間を見てきたが。

幼くしてこんな笑みを浮かべるバージルに、恐怖を感じた。

そして。

「シャラァッ!!」
「っ!?」

アルビレオに向かって再びバージルが飛び掛かり、握り締めた拳を振り抜いた。

アルビレオは咄嗟に両手を交差し、防御の体勢に入る。

しかし。

「ヌンッ!!」
「グッ!?」

腕の上からでも十二分に伝わる衝撃にアルビレオは再び吹き飛んでいく。

アルビレオは壁を貫通し、狭い通路へと出る。

体勢を立て直し、煙を利用して姿を消そうと試みるが。

「どこに行くんだぁ?」
「っ!?」

壁越しから声が聞こえてきたと同時に、バージルの腕が壁を突き抜けてアルビレオの胸元を掴み。

「グッ!?」

そのまま自分達がいた空間へと投げ飛ばされた。

壁に叩き付けられる直前にアルビレオは体を捻り、逆に壁を利用して足場にしようとするが。

「なっ!?」

既に目の前には、バージルの拳が迫っていた。

しかし、アルビレオもバージルとなっている為、その身体能力と動体視力は別格。

当たる直前に上空へと逃げて。

「仕方ありませんねっ!」

漸くなれてきたバージルの力を活用し、アルビレオは本人の背後に回り込んだ。

相手はまだ此方に振り向いていない。

ならば、後頭部に回し蹴りを叩き込んで終りにさせる。

アルビレオは左足を軸に、回転して威力を高めた回し蹴りを放とうとする。

しかし。

「キシャッ!」

自分が蹴りを放とうとした瞬間、相手も同じ体勢に入り。

二人の左右対称に放たれた蹴りが交差して、そしてぶつかり合い。

地下空洞を……いや、麻帆良を再び震わせた。

二人の足場が窪み、クレーターを作っていく。

衝撃波が空洞を揺らし、頭上から瓦礫が降り注いでくる。

しかし、二人はそれを気にした様子もなく、アルビレオが距離を置くために一度離れた瞬間。

二人は、音も無しに突然消えた。

そして。


――ドゴォォンッ――


落ちてくる一つの巨大な瓦礫が、粉々に消し飛んだ。

粒となった瓦礫の場所には、バージルとアルビレオが互いに拳をぶつかり合わせ。

瞬間、再び二人は姿を消した。

音と衝撃波だけが空洞の中に響き渡り、それに呼応するかのように瓦礫の雨が降り注いでくる。

時々姿を見せては、拳や蹴りを繰り出す二人。

アルビレオは表情を曇らせ、バージルは楽しそうに歪ませ。

数分間に及ぶ二人の激闘は、尚激しさを増していった。

一方、バージルの恐ろしさにいち早く気付いた翼竜は。

「クキュル〜〜」

早く終わってくれと、世知辛い呟きを吐いていた。












「まさか……そんな」

アルビレオは、本日幾度目かの恐怖と驚愕に思考が混乱していた。

自分のアーティファクト能力は、謂わば相手のコピーになるというもの。

コピーと言えど、その力は本人と同等のものになる筈。

どれだけ相手が強大だろうと、勝つことは出来ないが負ける事もない。

しかし。

「ジャッ!」
「クッ!?」

振り抜かれたバージルの拳、アルビレオはカウンター狙いで拳を放つが。

「フンッ」

バージルは拳を止めて屈み、足払いでアルビレオの足場を崩した。

「ヌグッ!?」

そして、がら空きとなったアルビレオの脇腹にバージルの膝が叩き込まれる。

アルビレオは何とかして体勢を整えようとするが、それよりも速くバージルに足を掴まれ。

再び壁に向かって投げ付けられる。

同じ手を何度も食らうかと、アルビレオは慣れてきた超スピードを以て姿を消す。

しかし。

「…………」

自分が向かおうとした場所に、バージルが既に回り込まれていた。

戦いというものは、何ヵ月かに及ぶ鍛練や修行にも勝る経験を与えてくれる。

それが成長の糧となり、より強く飛躍できる。

だが、目の前の少年は違った。

外見こそは自分と同じであるが、その中身は既に別物へと変わっていた。

自分の技を見切り、動きを読み、全てが見透かされている様な感覚。

最早、少年のそれは成長等と生温いものではなかった。

進化。

戦いの中で進化し続けるバージルに、アルビレオは己の中にある限界を悟り。

そして。

「感謝しよう。アルビレオ=イマ」
「!」
「お前のお陰で、俺はまた一つ強くなれた。だから」

振り上げたバージルの拳。

そこにこれまでとは比較にならない程の氣が集約し、凝縮されていき。

「この一撃を以て、お前に最大の敬意を表しよう」

振り抜いた拳が、アルビレオの腹部を捉え。

アルビレオは遥か地中へとめり込んでいった。

ボロボロの姿となったバージルは、口元から流れる血を拭い。

「……腹、減ったな」

清々しい表情で、地下空洞を後にした。










本来の目的を忘れて。
















〜あとがき〜


何だか今回は突っ込み所も多いし色々と中途半端に終ってしまい、申し訳ありません。

次回からは恋愛編?になるかもです。

それて、前回のあとがきの答えの数でしたが、22と規定を越えていました。

そこで、やはりXXX板は書けないヘタレな私ですが、番外編としてフェイト側に付いたもしくは手を組んだifを、近い内に短編ですが書こうと思います。

……本当はXXX板も色々考えてたんですよ。

テオドラとの《バキューンッ》な絡みとか、月詠と《バキューンッ》とか。

僅でも期待してくれた方、誠に申し訳ありませんでした。



[19964] 南の島へ
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:66fcc4ff
Date: 2010/07/18 18:41







ガンドルフィーニは憤慨していた。

バージル=ラカンは危険だ。

自分はこれまで、何度も学園長に彼に厳格な処置をするよう促してきたが、全く取り繕ってくれなかった。

ここ最近は大人しくこのままなら大丈夫かと、見通しが甘かった自分達にも責任はあるだろう。

しかし、その為に昨日の大地震の件で如何に自分達の認識が甘かったのかと痛感させられた。

原因は間違いなくあの少年。

あの地震のお陰で、地下の水道管は幾つも破裂破壊が起こり、地盤にも悪影響を及ぼしている。

発電所は今も停止しており、住宅街地区には余震の恐れもあると言うことで火器の使用は禁止されている。

今は他の教師の方々は業者の皆様と共に、事態を安定させる為の作業に入っている。

徐々に事態は安定を保ち始めてはいるが、それでも人々の恐怖は拭いきれなかった。

これ以上、彼をここに留めておくのは危険だ。

ガンドルは学園長に直談判をする為に、単身で学園長室に乗り込み。

「学園長、お話があります!」

近右衛門にバージルについての今後を話し合おうとした。

しかし。

「が、学園長!?」
「…………」

席に座り、灰のように真っ白となった近右衛門を前に、ガンドルは慌てて駆け付けた。

机にあるのは山のように積み上げられた書類の山。

全ての書類にサインや手続きの書留が記されており、ガンドルは悟った。

そう言えば、この学園長はここ最近外で見かけた事がない。

それに、業者の方々も対応が早く、状況の安定は思ってたよりも早く片付いた。

そう、全ては学園長一人で手配していたのだ。

「学園長、しっかりして下さい! 学園長!!」
「へへ、ガンちゃん。儂……燃え尽きたよ。真っ白にな」

満足した笑みを浮かべて、近右衛門は気を失った。

そして、今回の騒動の張本人であるバージルはというと。













「マンゴープリンまいう〜」

南の島にて、傷付いた体を浜辺にあるパラソルの下で癒していた。

何故こうなったのか、それはバージルが図書館島での激闘を終えた次の日の事だった。

思った以上にアルビレオから受けたダメージが酷く、本調子では無かった頃。

バージルが痛めた体を動かし、空腹を満たすために外へ出ようとした時。

ネギ=スプリングフィールドと近衛木乃香の二人が訪れ、南の島に行かないかと誘ってきたのだ。

何でも、彼の生徒の一人である雪広あやかがネギを南の島へ招待したいのだと。

何故そこで自分が出てくるのかとバージルは疑問におもったが、特に断る理由もないし美味いものが食べられるのならば、バージルはどちらでも良かった。

それに、エヴァンジェリンの別荘も完全には修復されていない為、結局付いていく事になる。

だが、ここで一つ問題があった。

それは、ネギの生徒達が喧し過ぎる事。

お陰でここに来るまでの間、飛行機の中では質問攻めにあった。

あまりにも喧しいから思わず殺気を飛ばし、一番五月蝿かった双子のチビを気絶させてしまう。

それ以降特に騒ぐ事はなく、バージル達は南の島へ無事到着した。

一時は大人しくなった女子中学生達だったが、一度海を前にすると再び活気を取り戻し、今はおおはしゃぎで騒いでいる。

そんな彼女達から離れ、バージルはトランクス型の水着を履いて、黒いグラサンを掛けて一人マンゴープリンを頬張っていた。

そして50杯目を食べ終わったグラスを右のテーブルに置いて、左のテーブルに置かれてある次のマンゴープリンに手を伸ばした時。

「はぁ、やっと解放されました」

バージルのパラソルの下に、ビキニ姿のシルヴィが此方へ近付いてきた。

今回の南の島へ招待されたのは、バージルだけではない。

シルヴィもまた、今回の旅行へ参加していたのだ。

恐らくは3−Aの誰かが誘ったのだろう。

シルヴィは以前告白事件で騒がれた張本人。

その為に彼女もバージル同様、彼女達に散々な目にあったのだ。

「……お前はこう言うのは苦手だと思っていたんだがな」
「私の目的は貴方の監視、ついていくのは当然です」

誤魔化すのに必死で、漸く質問の嵐から逃れてきたシルヴィだが、バージルに対し応えるだけの気力はあるようだ。

「これはやらんぞ」
「いりませんよ。というか良くそんなに食べれますね」
「食べ物はどんなに食べても飽きないからな」

それだけを言うと、バージルは再びマンゴープリンを食べ始める。

無邪気にプリンを食べるバージル。

まるで戦っている時とは別人の顔をするバージルに、シルヴィは少し頬を緩ませて愛くるしい思いを抱く。

しかし、そんな考えは次の瞬間吹き飛んだ。

「っ!」

バージルの顔から少し下へ視線を向けると、シルヴィは言葉を詰まらせた。

右胸に刻まれた……何か貫かれた様な傷痕。

左腕には、切り刻まれた傷痕。

右腕、左足、腹部、バージルの体の至る所に、様々な傷痕が残されていた。

中には致命傷だと思えるような深いものまである。

その傷痕の数々が、バージルがこれまでどんな生き方をしてきたのか、容易に想像できた。

たった10年しか生きていないのに、その内容は血で埋め尽くされ、戦いに染まり。

人とはかけ離れた生き方を、自ら進んで行ってきたのだ。

全ては、たった一人の男を超える為に……。

先日、エヴァンジェリンの別荘で目撃したバージルの相手。

それは、バージルの父で嘗ての英雄ジャック=ラカン。

バージルは自らの父親を超える為に、あそこまで自分を追い詰めていた。

誰もが出来る事じゃない。

たった一つの目的の為に、ここまでがむしゃらになれるものなのか。

シルヴィは改めてバージルの凄まじさを覚えていた。

すると。

「……何だ? やっぱりお前も食べたいのか?」
「へっ!?」
「さっきから視線を感じるのだがな……」
「あ、あう……」
「まぁいい、元々お前の目的は俺の監視だ。視線も不愉快なものでもないしな」

それだけ言うと、今度はマンゴープリンではなく、バージルはパイナップルの果汁100%ジュースの入ったグラスを手に、一気に飲み干した。

幼い顔とは裏腹に鍛え抜かれた肉体と全身に刻まれた傷痕。

10歳の少年にしては異質過ぎる雰囲気を纏うバージルに、シルヴィ以外誰も近付こうとしない。

筈だった。

「こんにちは」
「?」

バージルがマンゴープリンを食べ続け、70杯目を手にした時。

おっとりとした声が聞こえてきた方へ振り向くと。

「貴方は……遊ばないの?」
「!」
「っ!?」

たわわに実った果実に、シルヴィは頭に鈍器で殴られた様な衝撃を覚えた。

「誰だお前……」
「私は那波千鶴、飛行機の中ではあまりお話出来なかったから……」
「それで?」
「貴方と、少しお話したいの」

那波千鶴。

3−Aのクラスの中で、外見も内側も成熟した生徒。

女子中学生とは思えないプロポーションの持ち主で、たわわに実った果実は多くの男性を虜にする。

男性学生は密かに彼女を“ダブルオー”と呼んでいるのは、割とどうでもいい話である。

千鶴は保育園でアルバイトをしており、その為か彼女は女子中学生とは思えない落ち着きを持っている。

そんな彼女は、一人マンゴープリンを頬張っているバージルの事が“孤独”に見えた。

別に偽善ぶっている訳ではない。

だが、一人でいるバージルの事が気に掛かった。

側に今日知り合った女の子が一緒にいるけれど、千鶴にはバージルは“一人”にしか見えなかった。


「何で俺がお前と話をしなければならない?」
「貴方と……友達になりたい。それじゃあダメかな?」

微笑みを浮かべながら訪ねてくる千鶴。

しかし。

「トモダチって何だ?」
「え?」

知らないという風に首を傾けて逆に訪ねてくるバージルに、千鶴は目を見開いた。

友達を知らない。

バージルの表情から見て、嘘をついているようには見えない。

友達そのものを知らないと言い放つバージルに、千鶴は何て言えばいいか分からなかった。

「話はそれだけか? シルヴィ、行くぞ」
「え? は、はい……」

パラソルから離れ、場所を移すバージルに言われるがままに付いていくシルヴィ。

千鶴は離れていくバージルに言葉を掛ける術がなく、ただその後ろ姿を眺めている事しか出来なかった。













パラソルから離れて数分。

ただ何をする事なく、浜辺を歩いているだけの二人。

ただ会話もなく、歩いているだけの時間。

しかし、シルヴィはどこか楽しかった。

それに。

(似てる……)

シルヴィは思った。

バージルとフェイトは、何となくだがどこか似ている。

決して他者と関わる事はなく、たった一つの目的の為に突き進むバージル。

受け継がれた意志の元に、どんな手段を用いても計画を遂行させようとするフェイト。

目標こそは違うが、目標の為に前へ進むバージルにシルヴィはフェイトが彼処まで彼に惹かれる理由が分かった気がした。

「あ、あれ?」

つい考え事をしていた為、バージルを見失ったシルヴィ。

辺りを見渡し探すと、海辺に向かって佇むバージルを見つけた。

「何を……しているんだろう?」

まさか泳ぐつもりなのか?

シルヴィがただ立ち尽くすバージルに声を掛けようとした。

瞬間。

「邪王!!」
「っ!?」
「皇……炎……」

突如、バージルは大声を上げて奇妙な動きをし。

「天竜! 咆哮!! 爆裂閃光魔神斬空刃亜慈瑠拳!!」

拳を突き出し、その際によって生じた拳圧が海面を爆発させて水飛沫を巻き上げる。

降り注ぐ水飛沫の雨に打たれながら、いきなり理解できない行動を起こすバージルにシルヴィは呆然となった。

すると、バージルは苦虫を噛み砕いた様に表情を渋くさせ、悔しそうに拳を握り締めた。

「くっ、まるでダメだ。技名が長すぎる。語呂も悪いし名前を入れるのも。……いっそ羅漢拳とシンプルにするか? イヤダメだ、それじゃあ奴と被ってしまう。エクストリームブラストの他に技を考えるのは良かったが、まさかここまで難しいとは……認めたくはないがジャック=ラカン、大した奴だ」

無意識に氣を纏い、一人ブツブツと呟くバージルに、シルヴィは声を掛けるのを躊躇っていた。

というか、無闇矢鱈に氣をブッ放さないでほしい。

そんなシルヴィの心情とは裏腹に、バージルは自らの新しい技の開発に勤しんでいると。

「あ、あの!!」
「ん?」

声を掛けられ、反射的に振り返ると。

二人の少女が、少し怯えた様子で此方に近付いてきた。

「あ、あの、私、宮崎のどかと言います」
「私は綾瀬夕映と言います。バージル=ラカンさん、いきなりで申し訳ありませんが、お願いがあります」
「あぁ?」

突然訪ねてくる二人に、バージルは何なんだと眉を吊り上げ。

「せーのっ!」
「私達を!」
「弟子にして下さい!」

いきなり告げられる弟子入りに。

「………はい?」

バージルはキョトンと、目を点にしていた。













〜あとがき〜
更新が遅れた上にグダグダな展開。
誠にすみません!

そして次回の更新は、番外編としてフェイト側のifを書こうと思います。

そして、やはりバージルはラカンの息子だという罠



[19964] if(TS注意!)
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e3986068
Date: 2010/07/20 23:46








意外だった。

彼、バージル=ラカンはもっと気難しく、扱い難いものだと思っていたから。

不意に言ってしまった言葉。

『僕達の所に来ないか?』

我ながら酷い誘い文句だと思う。

彼は恐らく誰にも付いたり、組織に組する事は無い。

だから、次の彼の一言で僕は呆然となって、暫く思考を停止させていた。

『いいだろう。ただし、この旅が終った後だ』

今になって思えば、僕は心の何処かで歓喜していたのかもしれない。

人形である僕が、“心”などという不確かなものを口にするのは、当時の僕は滑稽に思えたが。

だが、この胸の高鳴りは本物だと信じたい。

そう、思いたい。

僕は……いや。























“私”は。












「バスタァァァァ……ビィィィィィムッ!!!!」

大海原に浮かぶ孤島。

白い砂浜に佇むバージルの両目から二筋の光が放たれ、遥か水平線の彼方へ着弾すると。


――ドォォォォンッ――


途方もない大爆発が起こり、閃光が空を覆い尽くした。

そして、次に起こる衝撃波により300メートルを超える巨大な高波が押し寄せてくる。

そんな巨大津波を前に、バージルはウーンと唸り声を溢したまま佇み。

津波の中へと巻き込まれていった。

300メートルを超える高波は孤島を易々と呑み込み、波が引いていく頃には緑で生い茂った島が見る影もなくなり、木々は薙ぎ倒されていった。

ただ、バージルだけは最初にいた場所から微動だにせず、未だに唸っているだけ。

そして。

「やはり、目からビームというのは些か単調過ぎたか?」
「一体何をしているのかしら?」

頭に昆布を乗せたバージルが溢した呟きと共に、背後から一つの人影が現れた。

その声に反応したバージルが振り返ると、腰まで伸びる白髪の美少女が無表情で、しかし何処か呆れた様子で佇んでいた。

「お前か、何の用だ?」
「そろそろ時間だから、貴方を呼びに来たのよ」
「何? もうそんな時間か?」

少女から告げられる言葉にバージルは少し驚いたのか、目を一瞬だけ見開かせる。

「それにしても……一体何をしていたの? 私達の別荘をこんなにもメチャクチャにして」
「いい加減技が一つだけなのも心許なくてな、現実世界にいくまで新しく考えておこうかと」
「…………」
「因みに他にもファイナルグランドクロスという全身から出す光線が……」

延々と聞かされるバージルの必殺技の説明。

少女は楽しそうに語るバージルの横顔を、ただ無表情のままジッと見つめるだけ。

しかし、何処と無く少女は笑っているようにも見えた。

すると。

「いい加減にしないか」
「ん?」
「デュナミス……」

フードコートを纏い、フルフェイスのマスクを着けた輩が、フェイト同様呆れた様子で現れた。

「そろそろメガロメセンブリアの扉が開かれる。早く行かないと手遅れになるぞ」
「ああ、分かっているよ」
「ちゃんとハナカミとティッシュは持ったか? お金はあまり使い過ぎるなよ。知らない人には誘われても着いていかない事、詐欺には充分気を付ける事、いいな?」
「……分かっている」

何度もしつこく同じことを言ってくるデュナミスが、フェイトは少し鬱陶しかった。

デュナミス、魔法使いの中でも随一の力を持つ影使いであり、完全なる世界の間ではオカン的存在。

最初はバージルの加入の際に、かなり毛嫌いしていたが、普段のバージルを見ている内に徐々に変化していった。

デュナミス談、あんな無茶苦茶な男は矯正しねばならないとの事。

そして、お節介なデュナミスと少女の従者に見送られ、二人は旧世界……現実世界に向かう為、魔法世界の本国と呼ばれるメガロメセンブリアに赴く事となった。











彼が私達“完全なる世界”に入ってから既に数ヶ月。

一度旅を終えたバージルは、その日の内に父親であるラカンに挑んだ。

結果は引き分け、未だに及ばない自分の力に嘆いたバージルは、その日の数日後に再び旅を決意する。

その際、ラカンから力を抑える為の腕輪を受け取り装着、バージルは人気の無い所で我々と合流。

そして今日に至るまで、彼はただひたすら力を求め、鍛練に明け暮れた。

用意した魔法球で修行を続け、使用した回数は数百回。

壊した回数は一度や二度ではない。

そして、自ら死に追いやった回数も……決して少なくは無かった。

自ら生み出したラカンの幻影に殺され掛け、その度に調は涙を流しながら彼の治療を行っていた。

……お陰で彼女に治癒スキルが伸びたのは嬉しい誤算だが、その同じ数だけ彼が苦しんだ回数だと思うと。

何故か、胸の奥が痛かった。

そして、一度死地から這い上がった彼の力は、以前とは比較にならない程強大に膨れ上がっていた。

これが、“向こう側の世界”から来た人間の力なのか。

今となっては、既に誰も到達出来ない領域まで力を増している彼、しかもその力を完全に解放していない状態で、だ。

恐らくは、嘗ての造物主ですら彼に敵う事は無いだろう。

彼は知らない。

自分の本当の強さを。

彼は気付いていない。

自分が既に最強の生命体である事を。

だが、それでも彼は強くなり続けた。

どこまで強くなっても、決して萎える事ない強さへの渇望と探求。

向上の努力を必要としない私にとって、彼が眩しく見えた。

「おい、おい!」
「っ!」
「何をボンヤリしている? もうすぐ時間だぞ」

どうやら、これまでの事を思い出した為に思考が停止していた様だ。

今ここにいるのは本国の内部だと言うのに、少し油断しすぎた様だ。

「大丈夫、何も問題ないよ」
「そうか……お前が考え込むのは珍しいと思ったからな」
「私は人形、そんな事はあり得ないよ」

そう言って私はソッポを向く様に、彼から視線を外した。

すると私達のいる魔法陣が輝きだし、転移開始のアナウンスが流れる。

いよいよ、私達の計画の……その始まりが序曲を奏でる。

これから向かう現実世界、そこには彼の目的である千の呪文の男と、その息子がいる世界。

私は、これからの事に思考を巡らせていると。

「おい」
「?」
「別に俺はお前が人形だろうが何だろうが、そんな事は関係ないしどうでも良いと思っている」
「…………」
「だが、それでもお前は俺の相方だ。中途半端な姿は晒すなよ“フェイト”」
「っ!」

フェイト。

真っ正面から見つめられて自分の名前を呼ばれる事に、私は何故か胸の鼓動が高鳴った。

(ああ、そうだ)

彼は、何時だって私を見ていた。

“人形”ではなく、“三番目”でもなく、“フェイト”として。

彼は何時も、私を私として見ていてくれていた。

だから、“嬉しい”んだ。

彼の傍にいれば、無色透明な自分に色が着くと、空っぽな自分が変われるのではないのかと。

……自分でも思う、何てバカな事だと。

自分でも愚かだと思う、どこまでいっても所詮は人形だと。

だけど、それでも私は彼の傍にいたい。

彼の隣で立ち続けたい。

調も、本当なら一緒に来たかったのではないだろうか?

彼女が彼を気に掛けていたのは、前々から知っていた。

それでも彼女は、現実世界には私と彼と一緒に行って欲しいと言っていた。

その時、去り際に見せた彼女の泣き顔を、私は決して忘れないだろう。

もしかしたら、調は私以上に私の気持ちを気付いていたのかも知れない。

私は、卑怯者だ。

だから、ここに誓おう。

彼を守ると。

彼と共に、帰ってくると。

だからその時に改めて確認しよう。

彼の……バージル=ラカンに対する気持ちを。

私も、それまでには必ず。

自分の気持ちを見付けて見せるから。

眩い光に包まれながら、私はそんな誓いを立てて。

彼に気付かれないよう、服の端っこを掴んでいた。













〜あとがき〜

えー。今回はフェイトのTSと女の子となった彼女の心情を書いてみました。

うん、色々突っ込み所が満載で、ガックリした方も多いと思います。

因みに、ここの完全なる世界のメンバーは、アットホームな感じですww。

何故かオカンなデュナミスが頭から離れなくてww

ですが出番はここだけだったり。

もしこのifが続くのならば、以下の世界に跳んでみようかと思います。


1.BETA相手にバスタービーム。

2.学園黙示録でダブルバスターコレダー。

3.オリジナルスパロボで「とっておきだぁ〜」

4.某機動六課相手に無音脱がし術



……すみません、妄想が止まらなくてww



[19964] 本当の名前
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:6d0bedf2
Date: 2010/07/22 01:12






「弟子……だと?」
「はいっ!」

ネギに誘われ、雪広グループが所有する南の島のリゾート地へ赴いたバージル。

傷付いた体を癒す為にこの地に来たと言うのに、バージルは目の前で弟子にしてくれと頼み込む二人の女子生徒に目を丸くしていた。

綾瀬夕映と宮崎のどか、どちらもネギの生徒である。

何故自分に弟子入りを頼むのか、魔法使いではないバージルは不思議に思った。

「何故、俺に?」
「ネギ先生や明日菜さんとの会話で何となくですが……貴方はエヴァンジェリンさんと同等以上の、かなり強力な魔法使いだと推測します」
「俺は魔法使いじゃないぞ」
「えっ!?」

魔法使いじゃない。

バージルから告げられた一言が余程誤算だったのか、夕映の目は大きく開かれた。

「……まぁ、魔法を使ってみたいという気持ちは……分からなくもないがな」

バージルがラカンとまだ魔法世界で暮らしていた頃。

初めて魔法を見た時は、少なからず胸が高鳴った。

炎を生み出し、風を吹かせ、水を流し、雷を轟かせる。

自在に魔法を使い分ける彼等に、バージルはどこか憧れに近いものを感じていた。

自分が魔法を使えないと分かっても、魔獣を喰らって魔力を得ようとした時期があった程だ。

だから、バージルには目の前の少女が魔法に拘る理由が僅ながら分かる。

尤も、大抵の事は氣で出来る様になったバージルにとって、魔法には以前程の興味はないが。

しかし。

「それで? 魔法なんぞ手にしてお前は何をするつもりだ?」

バージルはラカンという壁を超える為に、ネギは父を探しだす為に、それぞれ目的を果たす為に力を求める。

目の前の少女にそれがあるのか?

別に目的や目標があろうがなかろうが、バージルからすればどうでもいい事。

力を求め、高める事ができるのは人間のみに許された特権。

バージルはそれを知っている。

「私は、このつまらない日常を抜け出したかった」
「!」
「退屈だけど平穏な日常、危険を伴う非日常、確かに後者はネギ先生の言うように多くの危険があるでしょう。しかし、それでも私は敢えてファンタジーな世界に足を踏み入れたいと決意したのです!」

つまらない日常。

夕映から告げられる一言に、シルヴィは眉を吊り上げた。

「だから私も、ネギ先生の様な魔法使いになりたいのです!」
「……ふん、で? そっちのお前は?」

夕映から視線を外し、後ろ隣に並ぶのどかに声を掛けた。

ジロリとバージルの鋭い目に晒されたのどかは、ビクリと肩を震わせた。

震えた体を抑えながら、のどかは口を開いた。

「わ、私はー……痛いのは嫌だし、怖いのも……ただ、ネギ先生の役に立ちたいなーって……」
「どうでもいいが、その喋り方は何とかならないか? 聞いているだけで酷く苛つくんだが」
「ひゃうっ! ご、ごめんなさい……」

バージルの指摘に畏縮し、夕映の後ろに隠れるのどか。

「もし、貴方に魔法に関する知識が僅かでもあるのなら、お願いします。どうか教えて下さい!」

一歩前に出て必死に頼み込む夕映に、バージルは段々苛つきを覚え始めていた。

その時。

「何なんですか……それ?」
「え?」
「退屈な日常? ファンタジーな世界?」

今まで黙っていたシルヴィが肩を震わせ、糸目だった目を開き、怒りに満ちた瞳で夕映を射抜き。

そして。

「ふざけないで下さい!!」

シルヴィの……調としての叫びが、周囲に轟いた。

突然のシルヴィの叫び、これには流石のバージルも目を見開いて驚いていた。

バージルから見た調の印象、それは目の前の宮崎のどかと大して変わらない。

そう、思っていた。

「その日常を、どれだけ渇望し、願っている人がいるか……知っていますか?」
「え?」
「貴方の言うファンタジーな世界、その世界でも……人は死にます」
「っ!」

死。

それは全ての生命に約束されたもの。

その理は、バージルですらも逃れられない。

しかし。

「理不尽な理由で、不条理な理由で、殺され、蹂躙されていく命……見たことありますか!?」
「っ!?」

目に涙を溜めて、睨み付けてくるシルヴィに夕映は言葉をつまらせた。

世界はいつも矛盾で溢れ返っている。

悪意で生まれた善意、善意から生まれた悪意、様々な柵が憎しみを、不条理な世界を構成し、今日もどこかで人は死んでいる。

戦争で、内紛で、事故で、感情で、人は死んでいく。

老人だろうが子供だろうが、人は必ず死んでいく。

シルヴィは、その最先端を見つめてきた。

魔法世界も現実世界も、根っこの部分は同じ。

だから彼女は、退屈な日常から抜け出したいという子供の様な事を言う夕映が、理解出来ないと同時に許せなかった。

「た、確かに……世の中には理不尽な事が多いとされて……」
「またそれですか? 楽しいですか? そうやって物事を理屈で片付けて……」
「あ……う……」
「そう言う人は、大抵他人事だからそんな風に言えるんですよ」

頬から一滴の涙を流し、この場から去ろうとするシルヴィ。

すれ違う彼女に二人は何も言えず、シルヴィはそのまま立ち去っていった。

シルヴィから突き付けられた言葉に、何も言えなくなった夕映はただ俯くだけ。

沈黙の中、小波の音だけが耳に入ってくる。

やれやれと肩を竦めて呆れた様子のバージルは、シルヴィの足跡を辿る様に歩き始め。

夕映の隣で一度立ち止まり。

「因みに、俺は既に三年前から命を殺しているぞ」
「「っ!?!?」」

殺している。

その言葉を耳にした瞬間、二人は瞳を揺るがせて驚愕した。

何秒か思考を巡らせた後に二人は振り返るが、既にバージルの姿は無かった。

バージルは、殺す事に区別はしない。

相手が人間だろうが、竜だろうが、ミジンコだろうが、殺す事には変わりはない。

だから殺していると言った。

二人は思い出した。

バージルに刻まれた数々の傷痕、それはその分戦いに身を投じた戦士の証。

だが、それは同時に死に掛け、殺してきた回数と同義。

自分が思い描いていたものとは別物だと、バージル自身がそれを証明していた。















「………」

人気のない浜辺、白い砂浜で座っているシルヴィは呆然と小波を眺めていた。

調、それは主であるフェイトから与えられたコードネーム。

本当の名前は別、だが彼女はそれを名乗るつもりはなかった。

調と言う名前は、彼女にとって新しい自分の始まった切っ掛け。

そして過去の自分を拭い去る為の逃げ口でもある。

無論、彼女はフェイトを感謝している。

この命を全てを以てしても足りない程に。

それは、フェイトに仕える環達も同じ想いだ。

それに……。

「……嫌な事、思い出しちゃったな」

本当の名前を思い出す事は、同時に過去の出来事を思い出す事と同じ意味を持つ。

血と肉が焼け焦げた嫌な臭い、戦場でしか味わえない恐怖。

彼女達は、最初から力を持っていた訳ではなかった。

自身の力を高める為に自ら戦場へ向かって戦い、多くの血を流し。

自分の一族の力を完全に制御する為に、彼女達は自分の意思で戦い続けた。

骨が折れた回数は一度や二度ではない。

力を得るために、幾度となく体を傷付けてきた。

フェイトの力になりたい。

ただその為に、調達は今日まで戦って来たのだ。

だから、退屈な日常から抜け出したいという理由で力を求める夕映が、酷く苛ついて許せなかった。

のどかの様な大切な人の為ではなく、自分の為だけに力を欲する。

力を求めるのは、全ての人間に与えられた特権。

誰にも咎める事は出来ないし、批判する事も出来ない。

だが、それでも調は許せなかった。

穏やかな日常、それは非日常の人々にとってどんなに願っても届くことはないのだから。

「…………」

言葉に出来ないやるせなさと虚しさで溢れ、シルヴィの頬を涙で濡らす。

すると。


―チュゥゥゥゥ―


「?」

何か吸い付く様な音に気付き、振り返ると。

「ヤシの実ジュースも中々美味いな」

ヤシの実にストローを刺し、中身を吸い上げるバージルがいた。

しかも、脇にはもう一個のヤシの実が抱えられている。

「何を……やっているのですか?」
「見て分からないか? ヤシの実を飲んでいるんだ」

そうじゃない。

シルヴィはバージルに突っ込みを入れようとするが、今はとてもじゃないがそんな気分ではない。

シルヴィは溜め息を吐いて、再び海へと眺め始める。

すると、バージルはシルヴィの隣に座りもう一個のヤシの実の上部分を手刀で切り裂き、今度はがぶ飲みで一気に飲み干した。

「貴方は……羨ましい人ですね」
「?」
「自由奔放で、何の柵もなくて……たった一つの事だけに一生懸命になれて」
「お前も、フェイトの為に色々してるんだろ?」
「私がしているのは唯の自己満足……フェイト様の為にとは言いましたが、それを理由に逃げているだけです」
「逃げ?」

問い掛けてくるバージルに、シルヴィはゆっくり頷いた。

誰かの為に、聞こえは良いがそれは所詮唯の自己満足。

フェイトを助けるフリして、実は誰よりも自分自身が救われたいが為だった。

「夕映さんのお蔭で、漸く気付きました。私は結局、誰かの為にと理由を着けて……」

シルヴィが最後まで言い切る直前、バージルは趣に立ち上がり、水着ポケットに入っていた一枚のコインを放り投げ。

ゆっくりと回転しながら落ちてくるコインを、バージルは親指と人差し指を以て弾き飛ばした。

弾かれたコインは音速の壁を突き破り、瞬く間に彼方へと消え、海は十戒の様に割れていた。

まるで、今の自分の気持ちを撃ち抜いた様に……。

「別に、過去がどうであれ、今は自分で此処にいるんだろ?」
「え?」
「だったら進めよ。徹底的にな」
「っ!」
「俺は、“先”に行くぜ」

それだけ言い残すと、バージルは両手をポケットに突っ込み、雪広グループが用意したコテージに向かおうと、ゆっくりと歩き出した。

バージルは何かを遠回しに伝えようとする器用な事は出来ない。

だから、シルヴィはバージルの言葉の意味を受け止め。

そして立ち上がり。

「待ってください!」
「ん?」

このままではいけない。

シルヴィの……調の中にある何かが、バージルを呼び止めろと叫んでいた。

「私……私の、本当の名前を」
「本当の名前?」

シルヴィ本人も、どうしてこんな事を言い出したのか分からなかった。

過去の名前、それは彼女にとって苦痛でしかない呪詛。

だが、目の前の少年に話せば、前に進めるかもしれない。

未来に進む為に、過去に振り向く。

そう、出来るかもしれない。

だから、シルヴィは決意した。

「私の本当の名前は……」

この人に、本当の名前を知って欲しい。

その想いと共に口にした。
その時。

「―――――」

夏を知らせる海風が、二人の間に吹き抜けていった。











一方。

「あ、明日菜さん。待ってください〜っ!!」
「五月蝿いバカネギ!!」

些細な事で始まった二人の一方通行な喧嘩は、翌日まで続いたとさ。












〜あとがき〜
今回は調もといシルヴィのターン!
何だか主人公のキャラが変わった気がするが……多分気のせいww

次回は再び学園に戻ります!

いよいよ襲撃編!

因みにネギ達は原作そのままです。

……すみません。




[19964] 番外学園黙示録編
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:39a98d0f
Date: 2011/01/16 23:48






「ありす……隠れなさい。見つからないよう、どこかに……」
「いやだぁ……嫌だよぉ……パパと一緒にいるぅっ! ずうっとパパと一緒にいるのぉっ!!」

夜に包まれた住宅街。

一軒の家の玄関前で一人の男性が胸を突かれ、愛娘に抱き抱えられながら息を引き取った。

少女は父を何度も呼び掛け、ボロボロと泣き崩れる。

そんな中、少女の泣き声を頼りに複数の影が近付いてきた。

一見それは何処にでもいる普通の人間に見える。

しかし、光に照されて姿を晒して現れたのは、異形としか呼べない輩だった。

腹部から腸を撒き散らし、折れた足からは骨が飛び出し、片目は抉れ、人間としての機能は全て失われている。

しかし、それでも〈奴等〉は蠢いていた。

動くではなく、蠢く。

覚束無い足取りで……視覚も無いだろうその目で、少女の泣き声という音に反応し、着実に近付いてきた。

「いやぁ……来ないで……来ないでよぉっ!!」

悲痛な面持ちで来るなと叫ぶ少女。

しかし、その叫びも〈奴等〉を呼ぶ撒き餌にしかならない。

そして、〈奴等〉が少女まで3メートルまで距離を詰めてきた。

その時だった。

「ふんふふんふんふふん、ふんふんふ〜」
「?」

ふと、〈奴等〉の向こうから聞こえてきた鼻歌に少女が振り返ると。

「ひっ!?」

目にしてしまった光景に、少女は短い悲鳴を上げた。

少女の視線の先にある物体。

それは〈奴等〉の集合体だった。

一ヶ所に〈奴等〉が集まり、一つの肉の塊が出来上がっている。

道の幅一杯まで群がった〈奴等〉。

一体が地面に落ちると、近くの一体がまたくっついてくる。

「ふんふんふふんふん、へい!」

そして、群がった〈奴等〉の中心から、自分が聞いた鼻歌だと、少女は気付いた。

すると、〈奴等〉の塊が一度立ち止まると。

「あぁもう、鬱陶しいわぁっ!!」
「っ!?」

中心の中の声がいきなり叫ぶと、周りに着いていた〈奴等〉が一斉に吹き飛んできた。

塀にぶつかり頭を割って、電柱にぶつかって背骨が砕け、少女に迫っていた〈奴等〉を同じ〈奴等〉でもってぶつけ、周囲の〈奴等〉を吹き飛ばしていった。

突然起こった出来事に少女は頭を抑え、漸く音が収まった事に気付き、恐る恐る振り返ると。

「クソッ! 臭いはキツいし血でベタベタしやがる!」

〈奴等〉の集合体がいた場所に、自分と大して変わらない年頃の男が、酷く苛立っているのが見えた。

東洋人を思わせる黒目と黒髪、振る舞いからして本当に外見通りの子供に見える。

だが、彼は異質だった。

少女が目にしたのは、人間が人間を喰らう狂った光景。

僅かでも噛まれたものは数時間も経たない内に死亡し、〈奴等〉となって蘇る。

だが、目の前の少年にはどこにも噛まれた痕など見当たらず、それどころか傷一つ付いてはいなかった。

服はボロボロに破れてはいるがそれ以外は何ともなく、実際に問題がないのだろう。

少年はボロボロだった服を脱ぎ捨て、辺りをキョロキョロと見渡し。

そして、少女と目が合った。

ズカズカと近付いてくる少年に、少女はビクリと肩を震わせる。

「おいお前、この辺で白い髪をした女を見なかったか?」
「はぅ?」
「身長は俺より少し上、髪の長さは腰辺り、何より無表情な顔が特徴な女を見なかったか?」

淡々と落ち着いた口振りで尋ねてくる少年に、少女は逆に混乱していた。

そこに。

「う、後ろっ!」
「あぁ?」

突然自分の背後に指を差す少女に、少年は何だと振り向くと。

「ア゛ー……」

〈奴等〉の一体が、少年の頭に向かってかぶり付いたのだ。

〈奴等〉力は強い、並の人間では太刀打ちできない腕力を持ち、掴まったら振りほどくのは容易ではない。

ましてや、少年は頭から喰われたのだ。

目の前の光景に、少女は目を見開いて涙を溢し、恐怖に耐えきれず今まで我慢していた尿意を一気に解放した。

目の前で同年代の少年が喰われた。

その事実に、少女が再び涙を流す。

が。

「で、だ。話を続けるぞ?」
「っ!?」

クルリと振り返り、何事も無いかの様に語り出す少年に、少女は目を丸くさせる。

〈奴等〉は今でもガジガジと噛んでいるが、当の本人は全く気にした様子はなく、少女に探し人を尋ね続けていた。

「あ、あの……」
「ん?」
「大丈夫……なの?」
「何がだ?」
「だって……頭が」
「これが気になるのか?」

自分の頭にかぶり付く少年に、少女はコクリと頷く。

少年は軽く溜め息を吐くと、〈奴等〉の頭を掴み、易々と引き離し。

「セイッ!」

軽く息を吐き出すと同時に、少年は〈奴等〉を遠くに投げ捨てる。

〈奴等〉は瞬く間に暗い夜空に消え、それを目の当たりにした少女はポカーンと口を開いて呆然としていた。

しかし、先程の少年が出した音に群がって〈奴等〉が群れを成して迫ってきている。

お終いだ。

少女は何となく、自分が助からないと悟り、大好きな父の亡骸を抱き締めて涙を流した。

だが、少年は深い溜め息吐いて面倒そうに立ち上がり。

「やれやれ……“またか”」

少年はダルそうに目を細め、徐に拳を握り締め。

少年の姿が、一瞬ぶれた瞬間。

〈奴等〉の頭が、次々と吹き飛んでいった。

少女は、目の前の光景が理解出来なかった。

突然、少年の姿が消えたと思った瞬間、一番近かった〈奴等〉が脳髄を撒き散らして倒れ込み。

それに続く様に周囲の〈奴等〉も、瞬く間に頭を吹き飛ばされ、ほぼ同時に地面に倒れ伏していった。

そして、全ての〈奴等〉が動かなくなると、ピシュンッという音と共に少年が姿を現した。

「氣を放てば、もっと楽に終わるんだがな……」

ボソリと呟き、少年は再び少女に向かい合う。

目の前の少年から放たれる気迫、それは幼い少女でも充分過ぎる位に伝わっていた。

ガクガクと震える少女に、少年はガックリと項垂れ。

「あぁ、もういい。別に喋る必要はないから、せめて頷くか首を振って応えろ」
「…………」

その言葉に少女は二度三度頷き、少年は良しと頷き返す。

「さっき言った特徴を持った女を、お前は見たか?」
「…………」

少年の質問に少女は首を横に振って否定する。

少女の答えに、少年は「まさか、アイツはこの国にはいないのか?」等と、顎に手を添えてブツブツと呟き始める。

「……まいっか」

何か結論を出したのか、少年は開き直った口振りで納得し、少女に背を向けて歩き出す。

二、三歩で一度立ち止まり、少年は少女に向き直り。

「もしお前が今言った女と出会ったなら、ソイツに伝えてくれないか?」
「へ?」
「バージル=ラカンが探していたぞ……とな」

それだけ言うと、少年は跳躍し、屋根から屋根に渡って走り出して姿を消した。

残された少女は、これまで自分の前で起こった出来事に未だ頭が追い付いていけず、ただボンヤリと夜空を見上げていた。

ただ、一つだけ分かる事がある。

あの少年……バージルは、自分を助けてくれた。

誰もが自分の事しか考えず、その為に父を殺したのに。

バージルは別に誇る訳でもなく、見返りを求める訳でもなく、ただ黙々と助けてくれた。

生きている。

思い返せば、自分はいつ死んでもおかしくはない状況だったのに。

今、こうして生きている。

それを理解した少女……ありすは、ポロポロと涙を溢し。

「……ありがとう」

小さくポツリと呟いた。

後に、ありすは一匹の犬を吊れた小室孝と名乗る少年に保護され、彼の仲間と共に街へと向かうのだった。

























「はぁ、どこもかしこもあんなのばっか、旧世界ってのはこんな世界だったのか?」

翌日、〈奴等〉で埋め尽くされた街道を、一人の少年……バージルが上半身裸で悠々と歩いていた。

メガロメセンブリアのゲートで、旧世界に向かう筈だったバージルとフェイトだが、光に包まれた瞬間に原因不明のトラブルに巻き込まれ、二人は地球上にランダムで転移させられたのだ。

気付いた時はバージルは何処かの学校で、街が見渡せる屋上に寝転んでいた。

バージルは、一先ずフェイトと合流しようと動く。

その途中、彼は見てしまった。

人が人を喰らうというおぞましい光景を。

しかし、元々聞いた程度しか旧世界の事を知らないバージルは、その光景をこういうものかと変に納得してしまったのだ。

本当なら空でも飛んで探しに行けるのだが、オカン的存在であるデュナミスの「旧世界では極力氣を使わない事」と釘を刺されてしまい、止められている。

ラカン以外からの命令を受けるのを極端に嫌うバージルだが、四六時中付き纏い、しつこく言ってくるオカンに遂に折れた。

相手が格下である以上、先に手を出す事は許されないバージルにとって、それはまさに拷問だった。

「……はぁ」

バージルは深い溜め息と共に近付き、腕に噛み付いてきた〈奴等〉を裏拳で粉砕する。

人間にとってお終いを意味する〈奴等〉の噛み付きも、バージルからすれば小虫が集ってくる程度にも感じられない。

ただ、非常に鬱陶しいだけ。

学習能力が皆無な〈奴等〉に、バージルはこの日本と言う国を丸ごと消滅させようかと考え始めた。

しかし、そんな事をしたら食料も確保出来なくなる為、バージルは後一歩の所で自分を抑えた。

食料はバージルにとって唯一の娯楽であり、そして命を繋ぐ生命線。

コンビニの弁当やお菓子で何とか持ってはいるが、そろそろ本格的な肉が食べたい所。

一度は空腹に耐えきれず、近くにいた〈奴等〉を捉えて腕を引き千切って食べてみたが。

とてもじゃないが食べられた物ではなかった。

臭いもキツいし、味も悪い。

竜や魔獣とは違う事に、バージルは〈奴等〉を食べる事に一時断念した。

尤も、適した調理法が見付かれば、最後の手段として食べるが……。

「いや、やはり食わず嫌いはダメだな」

食に妙な拘りを持つバージルは頷き、気を引き締めて歩き出す。

すると。

「ん?」

前方で結構な数の〈奴等〉が集まっているのが見えた。



















「行ったか……」
「ええ、私達の娘とそのお友達が……」

〈奴等〉に囲まれる中、一組の男女が背中を合わせる様に佇んでいた。

男は屈強な肉体でその手には抜き身の日本刀を持ち。

女は妖艶な肉体で両手に銃を持ち、〈奴等〉を前に撃ち放っていた。

しかし、弾薬は無限ではない。

遂に全ての弾薬を使いきった女は、それでも愛する男の背中を守ろうと、凛と立っていた。

最早これまで。

愛娘の旅立ちを目の当たりにし、後顧の憂いのない男は、屈託のない笑みを浮かべ、女と一緒に最期まで足掻こうと踏み出した。

瞬間。

「「っ!?」」

突然〈奴等〉の後ろが爆発し、幼い少年が飛び出して自分達の前に着地したのだ。

そして。

「ふぅぅぅ……」

人差し指、中指、薬指、小指、そして親指と順番に折り、力強く握り締め。

「シッ!」

短い呼吸と共に打ち出される拳圧により、〈奴等〉は一瞬にして吹き飛んでいった。

突然現れた少年に、強面だった男の顔が呆然と可笑しな顔になり、いち早く我に帰った女はプッと吹き出している。

誰だ。

男が少年に尋ねる先に、少年が此方に振り返り。

「食い物寄越せ」

その言葉と共に、少年の……バージルの腹からは盛大な空腹の音色を鳴らすのだった。











終りを告げた嘗ての世界。

そこに現れた突然の来訪者。

彼が示す道は、神の導きか悪魔の提示か。

今は誰にも





分からない。














〜あとがき〜

すみません
頭の中で妄想が止まらず、つい書いてしまいました!

えぇ、唯の無双が書きたかっただけです。

次回は必ず本編を進めますので、どうか宜しくお願いします!



[19964] 動き
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e3986068
Date: 2010/07/23 02:39






南の島へバカンスに行ってから数日。

漸く別荘の修理が完了したと茶々丸から連絡が入り、バージルは久方ぶりにエヴァンジェリンの家に向かった。

漸く本調子となり、バージルは早く体を動かしたくてウズウズしていたのだが……。

「……おい、何故アイツがここにいる?」

目の前でビリビリと痺れているネギを目の当たりにし、バージルは不機嫌そうに眉を寄せた。

どういう事なのか説明しろと、バージルは視線でエヴァンジェリンに訴える。

「一応、コイツは試験に合格しているしな。傷も完全に癒えた事だし、今日からはコイツもこの別荘を使わせる」
「…………」
「案ずるな。近い内にまた新しい鍛練場所を用意してやる」
「フンッ」

未だ痺れているネギに腰を下ろし、腕を組んで不敵な笑みを溢すエヴァンジェリンにバージルは鼻で笑い、自分も修行を始める為に着替えを始めようとした。

その時。

「?」

背後から転送の魔法陣が起動した音が聞こえ、バージルは誰が来るんだと振り返った。

すると。

「エヴァンジェリンさん、それでは今日から修行の方を、お願いします」
「……お前は」

そこにはウルスラの制服を着た女子高生、高音=D=グッドマンが姿を現した。

突然現れた意外な人物、漸く痺れが治って立ち上がったネギは、余程驚いたのか目を丸くさせている。

「えぇっ!? ど、どうして高音さんがここに!?」
「私は立派な魔法使いを目指す者、優れた魔法使いに教えを乞う事は別に不思議な事ではないでしょう?」
「そ、それはそうですけど……」

自分の質問に、あっさりと返してくる高音。

それでも、ネギは高音がエヴァンジェリンに教えを乞うと言うのが信じられなかった。

高音は、自分の目指す道が絶対に正しいと思う節がある。

故に、悪の魔法使いとして恐れられていたエヴァンジェリンに、自ら教えを乞うという高音の行動が理解出来なかった。

と言うより。

「というか、高音さんはどうやって師匠(マスター)の弟子に!?」
「バージルと坊やが南の島へ行っている間にな、コイツが自分から来たんだよ。魔法を教えてくれとな」
「そ、それじゃあ……」

そう言ってネギはギギギと音を立てながら、高音の方へ振り向き。

「っ!」

ネギは目を見開いて驚いた。

一見、いつもと変わらない姿だが、良く見れば彼女の体には所々に傷が付いていたのだ。

綺麗な右頬には刃で付けられた様な傷痕が残り、腕や足には打撲の傷が青タンとなった痕が残っていた。

服で隠れている為見えはしないが、恐らくはもっと酷い怪我を負っているのだろう。

「コイツは坊やと同様、私の試験に合格したのさ」
「相手ヲシタノハ俺ダガナ」
「チャチャゼロ?」

今まで後ろで黙っていたチャチャゼロが、ネギの前に出てバージルに片手を上げて挨拶をした。

「最も、コイツの場合は一撃と呼べるものではなく、殆どかすったみたいなものだからな」
「それでも、当たった事には変わりはありません」
「ふ、確かに」

エヴァンジェリンの皮肉にも、高音は凛とした態度で答え、エヴァンジェリンは若干つまらなそうに腕を組んだ。

ネギは高音に対する印象が変わった。

今までの彼女は正義と言うものに絶対な憧れを持っていた筈なのに、やっている事は彼女からすれば真逆の筈。

「ど、どうして急に……」

ネギは劇的な心境を遂げた高音に、恐る恐る尋ねた。

「別に、私の目標は今までと何ら変わりはないです。ただ、どんなに言葉を募らせても力の前では押し潰されてしまいます」
「………」
「自分の中にあるものを貫き通す為、泥にまみれても前に進む。……その事に気付いただけです」

すると、これ以上語る必要はないと言いたいのか、高音はツカツカと歩き出し、エヴァンジェリンの前に立った。

「それではエヴァンジェリンさん、ご教授の方……宜しくお願いします」
「対価は……貴様の血で払ってもらうが?」
「構いません」

脅しの威嚇にも屈せず、エヴァンジェリンの言葉にあっさりと即答で返す高音。

まだ試験で受けた傷が痛むだろうに……しかし、自ら望んで来るのならば手を抜くのは失礼に値する。

エヴァンジェリンは一度ネギから血を頂く事で魔力を回復させ、現在の自分の万全な状態で、高音の相手をするのだった。

一方、バージルはというと。

「なぁカモ」
「ん? 何だい兄ちゃん?」
「お前は揚げるのと茹でるのと焼くのと、どれが一番好きだ?」
「兄ちゃん? 何の話をしてるんだ?」
「死亡フラグダナ」

近くにいたカモとチャチャゼロで、久し振りの雑談を楽しんでいた。























そして、まだ修理が完了したばかりの別荘にあまり負荷を掛けないよう、いつもより比べて若干流し気味の鍛練を終えたバージルは、階段を登り別荘のベランダへと出た。

あれから数時間、バージルが鍛練に励んでいた一方で、ネギも高音もそれぞれ修行に励んでいた。

ネギは古菲に習った中国拳法を駆使して再び茶々丸と組手をし、高音はチャチャゼロと模擬戦を繰り返している。

高音の魔法は影。

影を操り相手を翻弄する等と、様々な使い勝手がある魔法。

高音は影から幾人もの人形を生み出し、撹乱させてその隙を突くという戦闘スタイルだ。

エヴァンジェリンも影の魔法は使えない事もないので、アドバイス程度には教えられる。

ネギの得意とする魔法は雷と風と光、これらの系統を駆使して自分だけの戦い方を身に付けろとの事。

「ま、俺には関係無いか」

そう言いながら、バージルはベランダに続く扉を開いた。

すると、そこには……。

「ちょっとちょっと! どうして高音さんまでいるのよ!? てかどうしてそんなボロボロなの!?」
「だ、大丈夫なん? 何や物凄く痛そうやけど……」
「うわー。これがエヴァちゃんの別荘かー、こりゃ凄いね」

ネギの生徒である3−Aの女子生徒が、ネギと高音を囲ってワイワイと騒いでいたのだ。

しかもその中にはバージルにとって鬱陶しい限りの刹那や、修学旅行の一件で殺したい奴ランキングトップ5に君臨する神楽坂明日菜や朝倉和美といった面々もおり。

……因みに、どうやら刹那もこのランキングにランクインしているようだ。

「あ! 君は……っ!」

此方に気付いたのか、朝倉がニヤニヤと笑みを浮かべながら近付いてきた。

「まさか君も魔法使いだったとはね! いやーお姉さん驚いちゃった! 南の島では聞けなかったけど、今日は君に独占取材を……」
「うるせぇ……」
「え?」
「脳天噛み砕くぞ、パイナップルが」
「っ!?」

ギロリと、苛立ちと殺意の混じった視線が朝倉に突き刺さる。

バージルの放つ殺気と覇気が、ベランダの至るところに亀裂を入れていく。

殺気に当てられた朝倉が気を失い、ガクリと膝を折って床へと倒れ伏した時。

「止めないかバージル。折角直した別荘をまた壊す気か?」
「………チッ」

横からジロリと睨んでくるエヴァンジェリンに、バージルは舌打ちを打ちながら殺気と覇気を消した。

「これはどういう事だ闇の福音」
「私が知るか。どうやら神楽坂がここに来る途中尾行されてきたらしい……」
「…………」
「あ、アウ……」

バージルの鋭い目付きで睨まれ、明日菜や刹那は身を震わせる一方で。

「「…………」」

古菲は頬から汗を流すが何とか堪え、木乃香は申し訳なさそうに顔を俯かせた。

またネギの方は付いてきた夕映とのどかに、目線を向け、二人は木乃香と同じ様に俯いている。

そして、時間は更に進み、別荘は夜の時間に支配されていた。

作り物とは思えない程に済んだ空気。

バージルは人気の無い所で、一人海風に当たっていた。

やはり魔法はいい。

その気になればこんな別荘まで作れるのだから。

バージルは魔法に対し、改めて便利なものだと思った。

そこに。

「ば、バージル君……」
「……近衛木乃香か」

背後から近付いてきた木乃香に振り返らず、バージルは海を眺めたまま後ろにいる木乃香に何だと問い掛けた。

「え、えっと……ごめんな、勝手に来ちゃって。みんな好奇心が強いから……」
「………」

木乃香からの謝罪にバージルは何も答えず、二人の間には沈黙が流れていく。

そんな空気にもめげずに、木乃香はバージルに話掛けた。

「あ、あんなバージル君、ウチお弁当作って来たんよ」
「何?」

やはり食べ物には敏感なのか、バージルは物凄い勢いで振り向いた。

「うん。もうこんな時間だし……バージル君も流石にお腹一杯だと思って」

あれから数時間、修行を終えたバージル達は食堂で夕飯にありついていた。

ネギも高音も余程お腹空いていたのか、いつもより多くの食べ物を口にしていた。

だが、それ以上にバージルの食欲は異常なのだ。

いつもより食べている筈の二人の五倍以上の食料が、バージルの胃袋に収まり。

エヴァンジェリンが食い過ぎだと嘆いた程だ。

流石にあれだけ食べれば満腹だろうと思った木乃香は、気まずそうに顔を俯かせる。

しかし。

「早く寄越せ」
「え?」
「持っているんだろ? 食うから早く寄越せ」

手を差し伸べて寄越せと言ってくるバージルに、木乃香は嬉しくなり。

「はい」

バージルに笑顔を浮かべて渡したのだ。

包みを開いて、可愛らしい兎の絵が入った蓋を開け、バージルは中に入っている卵焼きを口にした。

他にも牛蒡の煮付けや唐揚げなど、全て平らげたバージルは満腹そうに腹を擦る。

「ふう、久し振りにお前の飯が食えたな」
「ご、ごめんな。ウチから約束しておいて……」

申し訳なさそうに俯く木乃香、そんな彼女にバージルは特に何も語る事はなかった。

ただ。

「……まぁ、お前の飯はタマに食べるからこそ、何よりも美味く感じるんだろうな」
「え?」

バージルの呟きは、木乃香に届く事なく。

夜の空へと消えていった。













その頃、麻帆良学園女子寮では。

「ち、ちづ姉ーっ!!」
「あら? どうしたの?」
「ちょ、ちょっと目を離したら、い、犬が消えて……裸の男の子が」
「………あらまぁ」

ある一室で、一人の少年がグッタリと倒れていた。














〜あとがき〜
えー。何だかグダグダな上、時間もズレて来ました(汗

そして次回から短いですが襲撃編に突入!

バージルにご注目下さい。



[19964] 悪魔再臨
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:a9d9d836
Date: 2010/07/26 02:23






「ングング、モグモグ……」
「ふわ〜……」
「あらあらまぁまぁ」

麻帆良学園女子寮、那波千鶴達が仮住まいとして過ごしているこの部屋に、一人の住人が加わった。

犬上小太郎。

道端で怪我をしていたのを見かけ、拾ってきた犬が何故裸の少年にすり変わったのか疑問は尽きないが、千鶴や夏美は深く追求せず、一先ずこの部屋に置いていた。

「凄い食欲……よっぽどお腹が空いてたんだね」
「そんなに焦らなくても、御代わりならまだまだあるわよ」
「いや〜、ホンマ助かったわ〜。兎に角腹が減って腹が減って……」
「しかも回復力も凄い……熱も下がってるし」

千鶴が作る料理をたらふく口にしながら、小太郎は何度も助けてくれた二人にお礼を述べた。

しかし。

「それで小太郎君、名前以外の事は思い出せたの?」
「いや……アカン、頭に靄みたいなのがかかって……バジルとかネギとか、そんな単語しか」

小太郎はどういう訳か、ここに来た時の記憶がない。

別に記憶喪失ではなく、ショックによる一時的な記憶混乱だと千鶴は考えるが、一応明日には病院に連れていくつもりだった。

「そう、なら仕方ないわね。本当なら貴方のお尻にネギを突っ込ませてショックで思い出させようとしたんだけど……やっぱり止めた方がいいわね」
「ちづ姉ぇ……」
「アンタ、綺麗な顔してトンでもない事言いよるのな……」

平然とぶっ飛んだ事を口ずさむ千鶴に、二人は少し引いていた。

「兎に角、貴方はもう少し此処にいなさい。もし明日になっても記憶が戻らなければ、あやかと一緒に色々相談するから」
「……ホント、何もかもお世話になってスマン。この恩は必ず返すさかい」
「ふふ、期待してるわ」

済まなさそうに何度も頭を下げる小太郎に、千鶴は微笑みを浮かべていた。












「……チッ、闇の福音め。何であの女共を別荘に入れたんだ?」

雲行きが怪しい麻帆良の街中を歩くバージル。

バージルは今、苛つきが最高潮に達していた。

別荘での一日を終え、一眠りして明朝に修行を始めようとした矢先、ネギの生徒である女子達が魔法を教えて欲しいと尋ねて来たのだ。

最初は別に自分に聞いてくる訳でもないし、そこまでは何とか許容範囲なのだが……。

思った以上に彼女達が五月蝿かった為、断念せざるを得なかった。

古菲や木乃香、刹那や明日菜は比較的大人しかったが、それ以外の奴等が問題なのだ。

夕映はネギや自分がダメならばエヴァンジェリンや高音に魔法を教えて貰おうとしていたが……。

エヴァンジェリンは面倒だと断り、高音は自分はまだ未熟だし一般人には教えられないと拒否。

しかし、それでも諦めきれないのか、夕映は朝倉と共に高音に何度も頼み込んだ。

夕映の方は困っている人を助けたいと、以前とは違う理由になっているが……興味本意で関わろうとする朝倉を高音は若干毛嫌いしていた。

魔法は遊びで習得していいものではない。

力を持つ者には自ずと責任を背負う事になる。

それを興味で習おうとする朝倉が、高音はどうも苦手だった。

尤も、それはバージルにとってはどうでも良い事。

昨晩、ネギが明日菜と何かを話していたらしいが、眠気に逆らえないバージルは既に眠りについていた。

問題は翌日、つまりは修行を始めようとした時だ。

バージルが鍛練を始めようと準備運動していた時、朝倉が今度は自分に尋ねて来たのだ。

やれ君はどこから来たのとか、やれ君の好きな女性なタイプは?

やれ趣味は? やれ得意な魔法は?

いつから魔法を使っていたのか、どうやったら空を飛べるのか。

まるでマシンガンの様に語り掛けてくる朝倉に、バージルはその顔を思い切り殴り付けようかと思った。

……正直、思い止まった自分を褒めてやりたかった。

あれだけの殺気を浴びながら、まだ平然としていられるのだから。

バージルは朝倉に対し、ある意味尊敬の念を抱いていた。

尤も、朝倉はバージルの殺気に当てられた時、そのショックにより記憶を無くしていただけだが……。

(……まぁ、別に今更気にしても仕方ない)

さっきまであれだけ苛ついていたのに、バージルは何故か冷静を保っていた。

今日はある食べ物の発売日、これを思い出したバージルは一先ず修行を中断し別荘を後にしたのだ。

修行を中断しても食してみたい食べ物。

それは麻帆良学園の食品街で最近出されたシュークリームの為だ。

濃厚なのにサッパリとした味わい、カリッとした食感なのにしっとりとした食感がおりまざり、食べる人を魅了し虜にする一品。

あまりの人気の為に、週に一度食べられるかどうかの希少なシュークリーム。

バージルはこれを二日前から予約し、今日漸く手に入れたのだ。

一度この味を知ったバージルは最早迷宮の囚人、決して抜け出せはしない迷宮に囚われてしまった。

そして、今日はそのシュークリームが食べられる。

バージルはあらゆるストレスを呑み込み、シュークリームと共に溶かしてしまおうと考えた。

この学園には美味いものが沢山ある。

だからバージルはこうして朝倉や刹那等のストレス要因を受けても、今日まで平然としていられたのだ。

そして今、バージルの手にはそのシュークリームの入った包みが抱えられている。

一人限定3個までという超希少食品、それをバージルは10個という三倍以上の数を手にしている。

寄越さなければ店を破壊するという脅しまで使った。

そこには、そうまでして食べたいというバージルの執念が伺える。

そして、念願だったシュークリームが今、バージルの口に入ろうとした。

その時。


――ドンッ――


「っ!?」

背後から何かがぶつかり、手にしていたシュークリームが溢れ落ちる。

突然起こった出来事、無警戒だった所の不意討ち。

いきなり起こった衝撃に、バージルは一瞬思考が停止し。

「っ!?」

シュークリームが入った包みが、道路側に落ち。

そして。

「っ!?!?!?」

通り掛かった一台の車が、シュークリームの入った包みを踏み潰していったのだ。

呆然、愕然。

まだ一口も食べていないのに……。

まだ匂いしか嗅いでいないのに……。

目の前のシュークリームだったものを前に、バージルはただボンヤリとしているだけ。

すると、今まで雲行きが怪しかった天気が、遂に雨となって降り注いできた。

雨はどしゃ降りとなり、バージルに容赦なく降り注ぐ。

雨に濡れるバージル。

すると。

「ク……クククク」

バージルの口元が、狂気に歪み。

「クキキキ……クカカカカカカカッ!!」

血走った目で空を仰ぎ、狂った笑い声を上げる。

そして、再び顔を俯かせてその手を強く握り締め。

「………ぶち殺す」

先程ぶつかったものの気配を辿り、バージルはゆっくりと歩き出すのだった。


















「どうしたネギ君、先程の力はどうしたんだい?」
「くっ!」

世界樹前にあるステージ。

学園祭に使われるこの舞台で、二人の少年と一人の初老の男性が戦っていた。

少年の方はネギと小太郎。

小太郎は雪広あやかを交えて食卓を楽しんでいた。

しかし、突然訪れた来訪者に、その時間は崩れ去った。

二人の前に佇む初老の男性、彼が小太郎に瓶を渡せといきなり襲い掛かってきたのだ。

小太郎は負けじと応戦するが、自分の力が封印されていた事を忘れ、その隙を突かれた小太郎は、惜しくも敗れてしまう。

側に控えていた千鶴のお蔭で、何とか止めを免れたが。

その為に千鶴は男性に拐われてしまう。

駆け付けたネギと、ネギと再会した事で記憶を取り戻した小太郎と共に、千鶴や巻き込まれた生徒達を奪還する為に世界樹前のステージに向かった。

そして現在、小太郎は男性の仲間である三体のスライムの相手をし、ネギは男性に果敢に挑んでいる。

スライムに捕まり、水の牢屋に閉じ込められた朝倉や夕映、のどか、木乃香、古菲は固唾を飲んで見守っている。

不覚を突かれた刹那も薬で眠らされているのか、水牢に力なく浮かんでいる。

千鶴も同様に、力なく浮かんでいる。

ただ、明日菜だけは別格として下着姿の状態で吊るされている。

ネギは何とかして生徒達を助けだそうとするが、打ち出す魔法の全てが消されてしまう。

明日菜の持つ能力、魔法無効化能力。

世界でも五人といない極めて希少で危険な能力。

何故一般人である明日菜がそんな力を持っているのかは疑問に残るが、今は助け出す事が先決。

「タァァァァッ!!」

ネギは男性の繰り出す拳を掻い潜り、裏拳を腹部に当てる。

「ムグッ!」

魔力の籠った一撃、至近距離からの攻撃に男性は表情を曇らせるが。

「ヌンッ!」
「ぐっ……!」

打ち下ろされた右に、ネギは地面へと叩き付けられる。

ネギは何とか受け身を取り、威力を最小限に抑えるが、それでもダメージは大きい。

フラフラになりながらも、ネギは構えを取って次に備える。

「やはり物足りんな、ネギ君、先程は良かったのに……」

男性からの言葉に、ネギは眉を寄せて歯を食い縛る。

目の前の男性は、自分の故郷を襲い、燃やし、村人達を石に変えた……ネギにとって仇の一人。

一度は我を忘れて暴走状態に入ったが、小太郎のお蔭で自分を取り戻すが……。

それでも、今の自分では目の前の男性に打ち勝つ事は出来なかった。

幾らエヴァンジェリンの下で修行をしているとは言え、所詮は実戦を知らない素人の付け焼き刃。

自分の中の魔力に頼って肉体強化の出力を上げているだけ。

このまま戦い続けてもじり貧になるのは明白。

一番頼りになる小太郎も、スライム達の相手だけで手一杯。

(考えろ。考えるんだ! どうやったらこの人に勝てる!? どうしたら皆を助けられる!?)

ネギは思考をフル回転させて、この状況を打破する作戦を考える。

「どうしたんだいネギ君、こんなものでは……ないだろ!!」

そして振り抜かれた男性の拳が、ネギの顔面を捉えた。

その時。

「「「っ!?!?!?」」」

突然変わった空気に、その場にいた全員が凍り付いた。

小太郎もスライム達も、ネギもネギの顔に拳を放った男性も直前で動きが止まり、誰もが言い難い悪寒に包まれ、身動き一つ出来なかった。

「な、何なのよ……これ」

最初に口を開いたのは明日菜だった。

まるで自分の心臓が握られている様な感覚。

強すぎる殺気が、このステージ全体を包んでいるのだ。

重苦しい空気、息苦しい感覚に古菲達は顔色が悪くなりその場に膝を付く。

のどかは息苦しさに意識が遠退き、夕映は霞んだ目で辺りを見渡す。

朝倉がステージに現れる一人の人影に気付き、古菲は目を見開いた。

「見ぃ〜つけたぁ〜」
「「「っ!?!?」」」

聞こえてくる第三者の声、ネギ達は声が聞こえてきた方に振り返ると……。

「あ、あぁ……」
「アイツは……」

観客席から見下ろす一人の少年、バージルにネギと小太郎はガクガクと震えた。

バージルの身に纏う殺気、怒気、覇気、どれもが桁違いに……文字通り次元が違った。

この場にいる全員の本能が逃げろと叫んでいる。

しかし、動けなかった。

男性も顔から滝の様に汗を流し、スライム達も恐怖で顔を歪ませる。

そして。

「お祈りの時間は済んだか?」

血走った目で、バージルはゆっくりと歩き出し。

「心と体の準備はいいですかぁ〜?」

口元を狂気で歪ませ、階段を一段ずつ降りていく。

それは、まるで死刑執行の秒読みの様に……。













〜あとがき〜
はい、またいきなり時間が飛びました。

時間系列も滅茶苦茶だし。

……本当にすいません。

さて、次回はまたバージル無双になりそうです。

色々、すみません。



[19964] 恐怖
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:5e114860
Date: 2010/07/29 08:51


数時間前、麻帆良学園大通り。

空は曇っているが、まだ雨は降っていない筈の通りに、不自然な水溜まりがあった。

そして水溜まりはグニャリと歪み、徐々に形を作り始めていた。

やがて、水溜まりのあった場所には水があった跡だけが残され、その上には……。

「周囲に人影なシ」
「侵入成功だナ」

半透明の体をした三人の小さな女の子が佇んでいた。

一人は聡明な印象を持つ眼鏡を掛けた女の子、一人はショートヘアの強気な少女、最後の一人は冷静沈着な雰囲気を纏ったロングヘアーの少女。

だが、彼女達は人間ではない。

水を操り、召喚者の命令に従う魔物。

それが彼女達の正体なのだ。

「さて、ヘルマンさんも直に行動を起こすでしょう。私達も動きマスヨ」
「はいヨ」

少女達が自分に課せられた任務を全うする為、移動を始めた。

すると。

「ん?」
「どうしたんですかすらむぃ?」

ショートヘアの少女、すらむぃが何かを見付けたのか、ある方向に視線を向けていた。

「なぁ、あのガキ何してんだ?」
「あのガキ?」

すらむぃの指差す方向へ、眼鏡のスライムあめ子が振り向くと。

ご機嫌そうに袋を持つ少年が自分達の前を400メートル程の先で歩いていた。

そして、少年が袋の中から一個のシュークリームが取り出すのを見ると、すらむぃは悪戯な笑みを浮かべる。

「なぁ、少しあのガキを脅かさネ?」
「はぁ? またですカ?」
「そんな暇はないと思う」

すらむぃの提案にあめ子とロングヘアーのプリンは呆れた様に溜め息を吐く。

「いいじゃねぇカヨ、どうせまだ時間には余裕があるんだかラ」

長い間一緒に行動してきた為、こうなっては止められない。

やれやれと肩を竦めるプリン、あめ子は眼鏡を掛け直して。

「ほどほどにネ」
「分かってるって、少し背中を軽く押すだけだヨ」

そう言ってすらむぃは自分の悪戯心に従い、少年の背中を軽く押すのだった。

……後に、それが地獄への入場料代わりになるとは知らずに。












一段、また一段とバージルは観客席の階段を降りていく。

大きく開かれた目は血走り、口元は愉しそうに歪ませている。

一歩ずつ近付いてくるバージルに、初老の男性の……ヴィルヘルムヨーゼフ=フォンヘルマン伯爵は、目の前のネギではなくバージルに視線を向けて、おぞましく感じる悪寒に身を震わせていた。

ヘルマンだけではない。

ネギや小太郎、捕われている明日菜達も異様な雰囲気を持つバージルに言葉では表せない何かに怯えていた。

そして。

「クヒッ!」
「「「っ!?」」」

バージルはグルンと小太郎達の方へ振り返り、ケタケタと不気味な笑みを浮かべながら向きを変えて歩き始めた。

小太郎は動けなかった。

身体中の細胞が逃げろと叫んでいるのに、指一本動かす事が出来ない。

どうにかして動かそうとするが、叶わない。

そして、そうしている間にもバージルは小太郎へと近付き。

「ククク……」
「…………っ!!」

バージルは、小太郎の横を素通りしていった。

生きた心地がしなかった。

生まれの境遇で否応なく裏の世界で過ごす事になった自分でも、何度か危ない場面を経験した事がある。

場合によっては死に掛ける事もあった。

だが、これは何だ?

まるで心臓が直接握られている様な息苦しい感覚。

今まで感じた事のない殺気。

生きていく上で様々な輩と相対したが、こんなのは初めてだ。

小太郎は、自分に目もくれず横切っていくバージルに悔しい感情を抱くが。

それ以上に自分が生きていた事に対する安堵感が大きかった。

「よう」
「「「っ!」」」

そして、歪んだ笑みを浮かべて、バージルが目を付けたのは半透明の姿をした三人の小さな女の子。

自分が探していた輩が見付かり、バージルはより一層口元を歪ませる。

「お、お前……」
「さっきはどうも……お陰で頭の血管がブチ切れそうだ」

ざわつく髪が逆立ち、辺りの塵粒が舞い上がる。

握りしめられた拳からメキメキと音が鳴り、両腕には血管が浮かび上がり。

今にも爆発しそうだった。

バージルが拳を握り締めたその時。

「ヌォォォォッ!!」
「?」

ヘルマンが背後からバージルの後頭部へ拳を叩き込んだ。

仲間を助ける為か、それとも体が咄嗟に動いたのか。

バージルに一撃を入れたヘルマンは、振り抜いた拳を震わせながら様子を伺っていた。

「…………」

そして、バージルがゆっくりと振り向き、ヘルマンの手を掴んだ。

瞬間。

「…………え?」

明日菜達は、我が目に映る光景を疑った。

噴き出す血飛沫、響き渡る断末魔。

地面に膝を着き、悶えながらあった筈の肩を抑えるヘルマンの姿。

そしてそれを見下ろし、先程とは違い、無表情のバージルが佇み。

その手にはヘルマンの手腕が握られていた。

ヘルマンの肩口からボタボタと血が滴り落ち、辺りを血で染めていく。

ヘルマンは額に雨の混じった汗を浮かべ、迫り来るバージルを見上げると。

「ぬ、ヌゥゥ……」

その光景を前に、誰もが絶句した。

引きちぎられたヘルマンの腕、バージルはソレにかぶり付き。

ぐちゃぐちゃと音を立てて噛み締めたのだ。

「ぺっ、……不味いな、毒の材料にもなりゃしねぇ」

吐き出した肉片、それを目にしたのどかは気を失い、夕映と朝倉は気持ち悪さに嘔吐し。

明日菜と古菲は想像を絶した光景に顔を真っ青にしている。

「そうか、思い出したぞ。“魔獣を喰らう者”、“魔を以て魔を滅する者”、そして“悪魔を泣かせる者”……君の事だったのか」

自分の腕が喰われる様を見て、ヘルマンは震える足を何とか支えて立ち上がる。

対するバージルはヘルマンの腕を無造作に投げ捨て、口元から流れる血を拭い。

「言いたい事は終ったか?」
「っ!」
「安心しろ。唯では死なさん」

ゆっくりと一歩踏み出すバージルに、ヘルマンはビクリと肩を震わせた。

しかし。

「ヘルマンのおっさん!」
「援護するです!」

スライム三姉妹がバージルに向かって飛び。

「?」

バージルの顔部分に水の塊をぶつけた。

水の塊はバージルの顔に留まり、息が出来ないよう包み込んだ。

ガボガボと空気の泡を吐きながら、バージルはスライム三姉妹に振り返る。

「へっ! ざまぁみろ! そうやって余裕ぶっているからアッサリとやられるんだよ」
「その水は私達の魔力を媒体とし、尚あの少女達とは別の効力が発揮しています。貴方がどんなに力を行使しても、離れる事はありません」
「本当なら無益な殺生は控えろと依頼主から言われていますが……貴方が相手なら仕方ありません」
「自分の油断に溺れて溺死しなっ!!」

ケラケラと愉快そうに笑うすらむぃ。

辺りは雨が降り、喩えバージルが水の牢獄から抜け出しても、また閉じ込めれば良いだけの事。

勝った。

三姉妹は動かないでいるバージルに自分達の勝利を確信した。

しかし。

「…………」

バージルは何も語らず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

その時。

「「っ!?」」

突然、三姉妹の背後に一瞬にして回り込んだバージルは、プリンとあめ子の頭を掴んで持ち上げた。

「な、何をするつもりです!?」
「私達は軟体、幾ら貴方の力が強くても通用しませんよ」

そう、自分達はスライム。

その軟体が故に打撃技は一切通用せず、喩え砕けても他の魔物とは違い直ぐに再生する事ができる。

追い詰められて遂に自棄を起こしたか?

理解できないバージルの行動に、すらむぃは不敵な笑みを浮かべる。

しかし。

「あ、あぁぁぁ……」
「アァァァァァァァァッ!!!!」
「あ、あめ子? プリン?」

突然、悲鳴を上げる二人にすらむぃはビクリと体を震わせた。

酷く苦しそうに顔を歪める二人、一体何が起きているのかすらむぃを含む誰もが分からなかった。

すると。

「っ!?」

バージルが掴んでいる二人の頭から、モクモクと煙が上がっている。

いや、それは煙ではなく水蒸気だった。

氣によって熱されたバージルの手が、二人を捉えて離さない。

「熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いっ!!!」
「いや、いやぁぁぁっ!!」

自分達の頭を掴んでいる手を放そうと、必死に抵抗を試みるあめ子とプリン。

蹴ったり殴ったり、高圧水流を叩き付けたり、様々な手段で抵抗するが。

二人の頭を掴んだバージルの手は、全く微動だにしなかった。

遠退く意識、最期に二人が見たものは……。


――どうだ? 体が蒸発していく感覚は?――


ニタァッと不気味な笑みを浮かべ、心底愉しそうなバージルが口パクで呟いていたのが見えた。

恐怖と共に息絶えた二人は、軈て水蒸気となってその姿を消した。

そして。

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!!」

残されたすらむぃは目の前で二人が殺されるのを見ると、怒りよりも恐怖が先立ち、一目散と逃げ出した。

怖い。

二人の仇を討つよりも、身の安全を優先するすらむぃ。

水の転移を使い、この場から離脱しようとする。

が。

「何処に行くんだぁ?」

あと少しで水の扉へと飛び込めたその時、すらむぃはガッシリと頭を掴まれて身動きが出来なくなってしまう。

恐る恐る振り向くと、そこには水の牢獄から逃れたバージルが、口元を歪めてすらむぃの頭を掴んでいた。

術者である三姉妹の内二人が死に、残された一人は既に逃げる事だけしか考えられない為、再びバージルの頭をを水の牢獄で包み込むという作戦は出来なくなった。

「た、助けて……」

ガタガタと震え、すらむぃは目から涙を流して許しを乞う。

しかし。

「そう言えば、お前達の故郷は魔界だったな。いつかは帰れるといいなぁ」
「え?」

バージルの一言にすらむぃが呆然となった瞬間。

バージルはすらむぃを空高く放り投げ、その手に緑色の光を集束させ。

圧縮された光の玉を、すらむぃに向かって投げ飛ばし。

閃光が、夜に染まる日本の空を照らした。

目の前で起こった光景に絶句するネギ達。

「ンフフフ……フハーハッハッハッハッ!!」

何の躊躇いもせずに、命を奪うバージル。

愉快に、愉しそうに命を殺すその姿を前に。

「あ……悪魔だ」

ネギは誰もが思ったその一言を口にした。

そして、バージルの笑いが収まると、今度はヘルマン向き直り。

「次は、お前を血祭りに上げてやる」

ヘルマンに指を差した。

瞬間。

「む?」

目の前にいるのはヘルマンではなく、黒い翼を持った怪物がバージルに向かって口を開き。

一筋の閃光を放った。

軈て光が収まると、石像となったバージルがあった。

「………これで、終ったか」
「ば、バージルさん?」
「ネギ君、君ならば知っているだろう? こうなれば彼はもう助からないと」

元の初老の男性に戻ったヘルマンは、落とした帽子を広い踵を返す。

ヘルマンの石化は強力、一度喰らえば永遠に解ける事はないとされる永久石化。

故に、全身を……それも直撃を受けたバージルはこれで終わったとヘルマンは思った。

しかし。


――ビシッ――


「っ!?」

何か皹の入る音に振り返ると。

「ば、バカな……」

石となったバージルに亀裂が入り。

砕けた石の中からバージルが飛び出し。

ヘルマンの顔を掴んだ。

「どうした? 何をそんなに怯えている?」

あり得ない。

自分の石化魔法は、完全にバージルを捉えた筈。

治癒呪文も無しに力で打ち破ったというのか?

「怖いのか? 悪魔の癖に、俺が」
「や、やめ……」

ギリギリと握り締められるヘルマンの顔。

ヘルマンは最期に口を開こうとしたその時。

バージルに掴まれたヘルマンの顔は、潰れた赤いトマトの様に。

脳髄をブチ撒けた。












〜あとがき〜
はい、今回も色々ネタ満載でした。
すみません。
それと、今回は【片翼の天使】を聞きながら書きました。



[19964] シュークリーム
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:02bbade8
Date: 2010/08/01 00:37






言葉が見付からなかった。

目の前で起こった光景、自分達の敵だった者の亡骸。

首の上が弾け飛び、ヘルマンだった者の体は力なく地面へと倒れ付す。

頭部を無くしたその体は、首から血が溢れ出てくる。

ヘルマンが殺された。

ネギの村を焼き払った悪魔の軍勢の一人。

ネギにとっては仇と言ってもいい存在だった。

憎しみが無いと言えば嘘になる。

心の奥底では仇を討ちたいと叫んでいる自分がいる。

だが、その叫びはもう聞こえてこない。

仇である筈のヘルマンが、目の前で殺されたのだ。

何とも呆気なく、抵抗という抵抗も出来ずに。

圧倒的な力を前に、恐怖に支配されたまま死んでいった。

そして、ヘルマンを殺した張本人であるバージルは。

「ふん」

手にしたヘルマンの肉片を地面に落とし、グチャリと踏み潰した。

幾分か気分が晴れたのか、バージルの表情は最初に比べて狂気の色が薄れていた。

手についた血を無造作に振り拭い、ステージから去ろうとネギ達に背を向ける。

「……どうして」
「?」

何段か階段を上がった所で、声が聞こえた。

声が聞こえた方へ振り返ると、自分を見上げる様に佇む木乃香が、バージルに問い掛けてきた。

ネギから渡された布切れを身に纏うが、カタカタと震えている。

だが、それは寒さに対する震えではない。

目の前にいる化け物に対する恐怖が、木乃香の心の大半を占めていた。

どうして殺すの?

そんな思いの籠った木乃香の視線に対し、バージルは。

「奴は折角楽しみにしていた俺のシュークリームを台無しにしやがった。ただそれだけだ」
「「「っ!?」」」

アッサリと、さも当然に答えるバージルに、木乃香だけではなくネギ達も絶句し、目を見開かせる。

シュークリーム?

あの洋菓子の?

それが台無しにされただけで殺したと言うのか?

信じられない、信じたくない。

それだけの理由でここまでの惨劇を生み出したバージルを、木乃香は目尻に涙を貯めて、何か訴える様な目付きで睨み付けていた。

水牢から解放された朝倉や夕映は、木乃香と対峙するバージルにガタガタと体を震わせている。

小太郎は眠らされていた千鶴を介抱し、様子を眺め。

明日菜は刹那と気絶しているのどかに駆け寄り、ネギは木乃香をバージルか引きら離そうと彼女の下へ走り出そうとした。

その時。

「「っ!?」」

上空から突然一人の人物が飛来し、それに続く様に十数人の人影がバージルを囲んだ。

学園長である近右衛門を筆頭に、学園に赴任している魔法先生全員が、バージルを中心に円陣を組んでいた。

そうそうたる顔触れ、高音といった魔法生徒はいないが、それでも軍の一個大隊にも匹敵する精鋭部隊が集っている。

その中には瀬流彦といったネギの良く知る人物も含まれていた。

「……何だ?」

バージルはギロリと目付きを鋭くさせ、辺りの魔法教師を見渡す。

目の合った魔法教師の何人かはバージルの放つ威圧感に耐えきれず、気絶している者もいる。

腕の立つ者は何とか堪えてはいるが、額に汗を滲み出して気を保つだけで精一杯。

攻撃してくる訳でも無い魔法教師に、バージルは収まり掛けていた苛立ちを募らせた。

その時。

「少々、やり過ぎじゃよ。バージル君」

魔法教師達の間から、近右衛門と高畑が姿を現す。

「やり過ぎ?」
「そう、君にとってはいつも通りでも、我々にとっては異端過ぎる。強大過ぎる力は災いを呼ぶぞい?」
「だから?」
「これまで、儂等は君の要望に幾度となく応えてきた。もう少し自重と言うのを覚えて欲しい」
「…………」
「ネギ君達や孫を守ってくれた事には感謝しよう。……だがしかし、もしそれが叶わないと言うのなら、大変不本意ではあるが……」
「ごちゃごちゃと……」
「む?」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃと、鬱陶しい」
「「「っ!?」」」

近右衛門からの警告に対し、苛立ちを更に募らせたバージルは氣を解放し、魔法教師や木乃香を吹き飛ばす。

「きゃぁぁぁっ!!」
「木乃香さん!」

後ろに控えていたネギが木乃香を抱き抱え、障壁を張りながら後ろに下がる。

それ以外の魔法教師は壁や地面に叩き付けられて気を失い、戦闘不能状態となっている。

それにも何とか堪えられたのは、学園長である近右衛門を覗いて僅か二人。

高畑=T=タカミチと葛葉刀子。

幾人か立ち上がろうとする者もいるが、それでも戦える状態ではなかった。

高畑や刀子、近右衛門ですらも異様な威圧感に圧され、その場から動く事が困難となっていた。

「まさか、ここまで力を付けていたとは……」

最初に見掛けた時は、学園の総力を上げれば何とか撃退出来ると思っていた。

だが、今のバージルはあの時とは違う。

身に纏う雰囲気、佇まい、身のこなしからして以前よりも明らかに力を増している。

それも前よりも遥かに、桁違いに。

「おい、何をボーッとしている」
「っ!」
「殺るのか、殺らないのか、ハッキリしろ。此方はまだ苛々が収まってないんだ」

不愉快に、不機嫌そうに眉を寄せてその苛立ちを露にするバージル。

全身に気を纏い、拳を握り締め、臨戦体勢に入った時。

「そこまでだ」
「?」

近右衛門の背後から聞こえる声に視線を向けると、そこには小袋を片手に隣に茶々丸を従えたエヴァンジェリンが仁王立ちで佇んでいた。

「何の用だ闇の福音、お前も俺と殺り合いに来たのか?」
「忘れたのか? 今の私は最弱状態。お前の相手をした所で1秒も持たんさ」

それでは何の為に。

バージルがそう呟く前に、エヴァンジェリンから投げ渡された小袋をキャッチする。

何だと思い袋の開け口を開くと。

「こ、これは!?」

そこには、潰された筈のシュークリームが五つ程入っていた。

自分が心底食べたかったものを前に、バージルは先程まで放っていた殺気を消し、目を輝かせている。

「私は彼処のシュークリーム店の常連でな、時たま赴いては多少のオマケを付けてくれるんだ。少ないとは思うが、それで我慢しろ」

エヴァンジェリンの話を聞く前に、バージルはシュークリームを頬張る。

口の中にジンワリと広がる甘味。

待ち焦がれていた味に、バージルは頬張った一個を良く噛み、そして味わった。

軈てゴクリと喉を鳴らし、バージルはニパーッと至福に満ちた笑顔を見せる。

それを目の当たりにした近右衛門やネギ、明日菜達は恐怖を感じた。

あれ程憤怒に満ちていた顔から一変、年相応の無邪気を見せるバージルに、その場にいる誰もが悪寒を感じ、その身を震わせた。

命を何の躊躇いもなく奪うバージルと、年相応の子供らしさを見せるバージル。

一体、どちらが本当のバージルなのか、木乃香は分からなくなっていた。

そして、バージルがシュークリームを五つ全て平らげるとそれなりに満足したのか、一気に大人しくなり近右衛門の横を通り過ぎてステージから去っていく。

バージルが去り、辺りが静寂に包まれる中、エヴァンジェリンの溜め息が響き渡る。

「全く、唯でさえ気が立っているアイツに更に刺激を与える様な真似をしてどうする。そんな判断も出来なくなったのか耄碌爺」
「いやー、すまんの。助かったわい」
「しかも奴は京都で近衛木乃香を守り、大鬼神を打ち破った英雄だぞ」
「重ねてすまんの。何せ彼の放つ氣が異常でな、こちらも無意識にピリピリしてしまったようじゃわい」

額から溢れる大粒の汗を拭い、近右衛門は苦笑いを浮かべながら髭を擦る。

そんな近右衛門に、エヴァンジェリンは呆れた様に溜め息を漏らし、非難じみた視線で睨み付ける。

ヤレヤレと肩を竦め、エヴァンジェリンはステージの方へと視線を向ける。

既に茶々丸が朝倉と夕映を介抱しているが、二人の表情は青白く変質していた。

ガタガタと体を震わせ、視点の定まっていない瞳は、まるで悪夢を見ていたかのようだ。

いや、実際に悪夢だったのだろう。

目の前で、敵とは言え一度は言葉を交わした人達が無惨に殺された。

人間ではなかったが、それでも彼等は言葉を話し、表情を見せ、まるで自分達と変わらない存在に思えた。

それなのに、殺された。

無惨に、呆気なく。

腕を引き千切り、蒸発させ、爆殺し、頭を潰す。

漫画やアニメでしか見られない光景が目の前で起こり、二人の心に深い傷痕が刻まれていた。

「…………」

正直、エヴァンジェリンもバージルに彼処までの残虐性があるとは思えなかった。

だが、実際にそれは起こり、ネギ達の心に爪痕を刻み込んだ。

未だに恐怖感が消えず、震え続けている朝倉と夕映。

二人を見たエヴァンジェリンはフゥッと溜め息を溢し、記憶を消した方が良いなと呟いた。











「一体、何が起こっていル?」

麻帆良大学工学部研究棟の一室。

ネギが担任する3−Aの生徒で、学園が創設されて以来初となる天才、超鈴音が難しい表情で窓から見える景色を眺めていた。

「エヴァンジェリンの時とイイ京都の時とイイ……」
そして今回。

特に今回のヘルマン伯爵の襲撃は自分の“知っている”ものとは明らかに違う結末を迎えた。

自分の知っている“過去”とは違う事に、超はどこか焦った表情で学園の街並みを見下ろす。

「エヴァンジェリン、スクナ、そしてヘルマン。この事件全てにある少年が関与しているのは明白」

学園を見下ろしていると、超の視界にある人物の姿を捉える。

その人物を目の当たりにすると、超は目を細めて窓から背を向ける。

「……知らない」

あんな存在、自分は知らない。

確かに、物事には絶対など存在しない。

様々な因子が絡み合い、決まっていた未来を覆す事は充分あり得る。

だが、彼は何だ?

自分達とは明らかに異なる存在、世界からかけ離れた因子。

彼というたった一つの不確かな因子の為に、これから起きる出来事が全く予想予測出来ない。

「……バージル=ラカンか、私の計画を完遂させるには彼の攻略は不可欠か」

そう呟く超の瞳には、揺るがない決意が秘められ。

その手には、一つの懐中時計がキラリと怪しく光っていた。














〜あとがき〜
今回は若干短めです。
しかも話が全く進んでないし!

すみません。

……本編とは全く関係ありませんが、ACERの発売が1ヶ月過ぎました!

めっさ楽しみです!


……PS3持ってないけど。
そして最近またifが書きたいなと思ったり……。



[19964] 覚悟の成り立ち
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:febf1f58
Date: 2010/08/07 00:41






ヘルマン伯爵が麻帆良学園に襲撃してから数時間。

ネギ達、特に生徒である朝倉や夕映を落ち着かせるため、現在はエヴァンジェリンの別荘で休んでいた。

エヴァンジェリンの別荘では、外との時間経過具合が異なり、一日で過ごしても外は一時間程度しか時間が経っていない。

そして別荘で過ごして早五日、外は既に真夜中の時間帯となっている頃。

エヴァンジェリンは五度目の夜となった別荘を歩いていた。

月明かりが別荘の廊下を照らし、いつもネギとの修行で使っている広場に出ると。

広場の端で座り込んでいる明日菜達の姿があり、その中には夕映や朝倉の姿もあった。

あの騒ぎの後、別荘では既に五日過ぎているが、まだ外ではそんなに時間が経っていない。

明日菜達の懸命なフォローのお蔭で、二人は何とか落ち着きを取り戻してはいるが、それでも表情は暗かった。

目の前で起こった惨劇。

凄惨な虐殺、圧倒的な殺戮。

自分達と同じ人間の形を模したものが、呆気なく殺されていく様を見せ付けられ、その光景を目の当たりにした二人は、夜一人で眠れぬ日々を過した。

だが、それは二人だけではない。

一緒にその場にいた明日菜や木乃香、古菲も二人と同様に苦悶に満ちた表情でいる。

過去の出来事で僅かながらも耐性のあるネギも、何とか皆を立ち直らせようとするが、それでも辛いものがあった。

刹那もあれからの出来事をエヴァンジェリンから詳細に聞かされ、ショックは大きい。

ネギと共に木乃香のフォローに回るが、掛ける言葉が碌に見当たらなかった。

そんな彼女達に、エヴァンジェリンはやれやれといった表情で近付いていく。

「何だ、まだこんな所でウダウダしていたのか。ガキはいいな、暇で」
「っ!」
「エヴァンジェリンさん……」

いきなり現れ辛辣な言葉をぶつけるエヴァンジェリンに、明日菜は睨み付けネギ達はゆっくりと振り返った。

「やれやれ、バージルの奴が別荘を使い始めたと思ったらゾロゾロと……いい加減金を払わせるぞ」

額に青筋を浮かべ、苛立ちを露にするエヴァンジェリンは、ネギ達を睨み付けた。

「な、何よエヴァちゃん! そんな言い方しなくたって!」
「じゃあ何て言えばいい? スプラッタな光景を目の当たりにして可哀想だなとでも言った方がいいのか? まぁ、ガキにはその位甘い方がいいか」
「っ!?」

素っ気なく応えるエヴァンジェリンに、明日菜は激昂の表情を露にする。

しかし、そんな明日菜をエヴァンジェリンは相手にせず、そのままネギに歩み寄っていく。

「さて坊や、明日からはいつも通り修行を始める。今夜はもう寝ろ」
「え? で、でも……」

いきなり突き付けられる言葉に、ネギは戸惑いながら明日菜達に視線を向ける。

「教師としての振舞いも結構だが、お前は力を欲しているのだろう? ……二度は言わん、今すぐに寝ろ」

有無を言わせない迫力を発するエヴァンジェリン。

不安に思うネギだが、ここは刹那に任せて言われた通りにした。

「ご、ごめんなさい明日菜さん、皆……」

ネギは扉の前で一度立ち止まり、振り返って頭を下げると、追い出される様にその場を後にした。

残された明日菜達、エヴァンジェリンは彼女達に向けて蔑む様に目を細め、口元を歪めると。

「どうだ。愉快で楽しい裏の世界を垣間見た感想は?」
「「っ!」」

夕映と朝倉に向けて放った一言が、二人の瞼の裏に焼き付いて離れない光景が浮かび上がる。

あの時の恐怖を思い出し、再び表情を青ざめさせて震える二人。

そんな二人を見てエヴァンジェリンは楽しそうに笑みを浮かべた。

「ちょっとエヴァちゃん、いい加減にしなよ!」

これまでのエヴァンジェリンの言動に、遂に我慢出来なくなった明日菜は立ち上がり、目付きを鋭くさせて立ち上がった。

「あれだけの事があったのよ! 普通の女子中学生の私達が……あんなモノを目の当たりにして、落ち込むのも無理ないじゃない!」
「普通?」

普通の女子中学生。

その言葉を聞いたエヴァンジェリンは眉をピクリと動かして、みるみる内に表情を険しくさせる。

「なら、何故普通の女子中学生のお前達が坊やに関わろうとする?」
「っ! そ、それは……」
「此処にいるのは魔法という存在を知り、坊やの過去を知っている。それでも関わると、此方に足を踏入れると決めたのは……お前達だろ?」

ギロリとエヴァンジェリンからの返しの睨みに、明日菜は言葉を失い後退る。

すると、エヴァンジェリンは明日菜から視線を外し、今度は朝倉達に視線を向けた。

「朝倉和美、お前確か坊やの過去を知った時こう言ったな。“面白そう”と」
「っ!!」

エヴァンジェリンから告げられる……嘗て自分が言った何気ない一言。

だが、それが今朝倉の背中に重くのし掛かる。

「人の過去を覗いて面白いとは、中々言うじゃないか。素直に驚いたよ」
「…………」

エヴァンジェリンは笑みを浮かべて朝倉に拍手を送る。

朝倉は頭の中が真っ白になり、目尻に涙を溜めていく。

だが、それでもエヴァンジェリンの言葉は止まらなかった。

「お前達は自ら望んで世界の裏に関わろうとしていく、好奇心で、憧れで、退屈な日常から抜け出したい為に」
「っ!」

エヴァンジェリンの言葉に、今度は夕映がビクリと肩を震わせた。

エヴァンジェリンはプルプルと震える夕映に目線を向け、一度広場の中央まで歩いていくと。

「人間というものは好奇心が強いモノ、それ自体は別に悪いとは言わないし否定するつもりもない。……しかし」

そう言って振り返るエヴァンジェリンの瞳は、これまでにない怒気を宿していた。

「お前達はどうしてこの学園にいる? どうしてこれまで生活してこれた?」
「………え?」

突然問われる様な口振りになるエヴァンジェリンに、明日菜達は分からないと言った様子で答える。

それを見ると、エヴァンジェリンは何が気に入らないのか、更に怒りを露にして舌打ちを打った。

「お前達の“親”がいたから、これまで生きて来られた。楽しく、何不自由なく過ごして来られたんだろう?」
「「っ!?」」
「もしお前達が裏に関わり、裏の人間に恨みを買われたらどうする? 巻き込まれるのは貴様等の家族だぞ?」

朝倉にも夕映にものどかにも古菲にも家族はいる。

父が母が、祖父が祖母が、中には兄弟がいるものもいる。

明日菜は天涯孤独だが、それでも高畑や学園長という保護者がいてくれた。

木乃香も関西呪術協会の長という忙しい役職に就いている父親を持つが、それでも愛情に恵まれていた。

刹那も、幼少期は辛い日々が続いたが、それでも今は木乃香という大切な存在の隣に立っていられる。

そう、彼女達は今、平凡だが幸せの中にいるのだ。

夏休みになれば家族にも会いに行ける。

もしかしたら素敵な異性と出会い、その人と共に幸せな日々を送れるかもしれない。

平凡でありふれた幸福。

「それを、お前達は手放す覚悟があるか?」

エヴァンジェリンの一言で、その幸福がガラス細工の様に音を立てて崩れ落ちた。

「二度と家族と逢えなくなるかもしれない。下手をすれば巻き込んで死なせてしまうかもしれない。その可能性を考慮して、お前達は好奇心に従い此方側に関わりたいと抜かすんだな?」
「…………」

何も、言えなかった。

何も、応えられなかった。

ジロリと見下ろしてくるエヴァンジェリンに、彼女達は何も言えず、ただ俯くしか出来なかった。

ただ、元々は裏の人間である刹那だけは、明日菜達の様に追い詰められた表情はしていない。

だが、それでも酷く落ち込んでいる彼女達をどうすればいいか分からず困惑している。

と、その時。

「あまり、彼女達を苛めないであげないでくれないか?」

渋めの男性の声が聞こえ、徐に振り返ると。

「た、高畑先生!?」
「や、こんばんは」

片手を上げて挨拶する高畑が、茶々丸の案内に従って此方に歩いてきていた。

いきなり現れた意外な訪問者に、驚きを隠せない一同。

だが、エヴァンジェリンは鬱陶しそうに眉を寄せて舌打ちを打つ。

「苛め? 私は事実を言っているだけだが?」
「まぁ、そうなんだけどね……」

フンッと鼻息を吹かせてソッポを向くエヴァンジェリンに、高畑は苦笑いを浮かべている。

「あの、どうして高畑先生がここに?」

明日菜はオズオズと手を上げて高畑に何故この場所に来たのか訪ねてみた。

すると、少し困った顔を浮かべ高畑は少し考え込むが。

仕方ないと軽く溜め息を吐き、明日菜達に振り返る。

「実は、先程の職員会議でね……彼を、バージル=ラカンを学園から追放する事が決まったんだ」
「「っ!?」」

高畑から告げられるバージルの追放、それを聞かされた明日菜達……特に木乃香はショックが大きいのか、目を見開かせていた。

対してエヴァンジェリンは詰まらないと言いたそうに目を細めている。

「彼には彼の目的であるナギの情報を僕達が知っている全てを話し、この学園を去って貰うって事、別に力ずくで追い出す訳ではないから安心して」
「そんな事をすれば、この学園諸とも消し飛ぶからな」

悪戯に笑うエヴァンジェリンに対して、高畑は苦笑いを浮かべるしかない。

明日菜達も、心無しか少し晴れ渡った表情を見せている。

しかし木乃香だけは、京都の時に交わした約束が守れなくなると思い、一人沈んだ顔で俯いていた。

そして。

「さて、他の魔法先生が来る前に少し聞いておこうかな」
「え?」
「何を……ですか?」

急に目付きが変わり、真剣な面持ちになる高畑に、朝倉と夕映は尋ねると。

「君達の……記憶消去についてだよ」

高畑の一言に、二人はビクリと肩を震わせたのだった。




















そして数時間後、夜が明けて太陽が昇り始めた時間帯。

バージルは自室のマンションでいつも通りに起床し、眠たい顔を水洗いで洗って完全に覚醒すると。

「うし」

柔軟体操で体を動かし、最後に拳をパシンッと振り抜くと。

パリンッと部屋の窓ガラス全てが音を立てて粉砕していった。

衝撃波によって吹き飛び、一気に風通しがよくなっていく。

「…………」

バージルは僅かな間動きが止まり、暫くしてヨシッと頷き、朝食を済ませる為に街に繰り出そうとする。

意気揚々と扉を開け、マンションの玄関を前にした時。

「こんにちはー、君がバージル=ラカンだネ?」

頭に二つのお団子の形をした髪型で、頬っぺたに赤丸を着けた一人の少女が、にこやかな表情を浮かべながら佇んでいた。

「……何だお前」

バージルは警戒心を強め、全身から僅ずつ氣を放っていくと。

「実は折り入ってお話があって……先ずはこれを食べて欲しいネ」

差し出された二つの肉まん。

香ばしい匂いにバージルの全身から氣が消えて、涎を足らすと。

「私のお願いを聞いてくれたら、君に超包子での肉まん食べ放題の権利を進呈するヨ」
「……話を聞こう」

目の前の少女の話を取り敢えず聞くことにし、マンションを後にした。

バージルの後ろをピッタリと着いていく少女、超鈴音は。

(……計画通り)

ニヤリと、不気味な笑みを浮かべていた。












〜あとがき〜
エヴァンジェリンが説教役になってしまった(汗

しかも大部分の方に展開が先読みされてるし。

……因みに最後のはネタですww



[19964]
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:c4aae752
Date: 2010/08/07 20:56






「おはよー」
「オハヨー」

学園の生徒が登校で賑わう大通り。

昨夜のヘルマンの襲撃があったにも関わらず、学園は今日も平和だった。

しかも、年に一度の学園祭が間近に迫っている為、通学路はロボットや仮装した生徒達が謳歌し、学園はいつも以上に賑わっている。

そして3−Aのメンバーである佐々木まき絵や明石裕奈、和泉亜子や大河内アキラといった運動部部活メンバーも、学園を前に楽しみを膨らませていった。

「いやー、楽しみだね学園祭!」
「大学部の人達も、例年以上に気合いが入ってるみたいだしね」

口数が少なく、大人しい少女アキラの指差す方へ振り向くと、その先にはパリの凱旋門を模した門が造られており。

大学部の学生達がセカセカと完成を急がせている姿が見られた。

オオッと、驚きの声を出す裕奈。

余所見をした為に転びそうになるが、持ち前の運動神経で持ち直し、活気に賑わう学園の大通りを歩いていく。

すると。

「あ、朝倉だ!」

様々な部活が既に出し物の準備をしている中で、一人シャッターを切る朝倉の姿が見えた。

「朝倉、おはよー」
「!」

景気よく声を上げて、裕奈は前にいるクラスメイトに声を掛ける。

彼女の声が喧騒の中でも聞こえたのか、朝倉は手にしたカメラを紐で首に吊るして、ゆっくりと振り返る。

「おぉ、部活メンバーもご到着か。今日は早いね」
「それはそうや、何せ私達のクラスだけまだ学園祭の出し物を決めてないんやもの」
「早く教室で皆と相談した方が良いと思って……」

裕奈達の言葉に、朝倉はそうだったと苦笑いを溢す。

「所で朝倉は……まだ新聞部の仕事が?」
「そうなんだよ。学園祭の準備期間中も取材対象でさ、もう少し掛かりそうなんだよ」
「あー、やっぱそうなんだ」
「ネギ君にはHRに少し遅れるって伝えておく?」
「ごめん、頼むよ」

朝倉から言伝てを頼まれると、裕奈達は再び自分達の教室に向かって駆け出し、喧騒の中へと消えていく。

残された朝倉はクラスメイト達を見送ると、自分に託された仕事を早く終らせる為、“いつも通り”作業を進める。

そんな彼女を、遠巻きに見つめる人影があった。

ネギと明日菜である。

二人は……特にネギは辛そうに、写真を取り続けている朝倉を見つめていた。

「朝倉さん……ごめんなさい。僕のせいで……」
「ネギ……」

何度も謝罪の言葉を口にするネギに、明日菜は掛ける言葉が見付からなかった。

目の前で起こった衝撃的な光景を目の当たりにした朝倉達は、心を回復させる為にエヴァンジェリンの別荘を数日間利用していた。

そんな時、彼女達の前に元担任である高畑が現れ、ある選択肢を与えた。

このまま此方に関わり非日常に浸かるか、それとも全てを忘れて日常に還るか。

突き付けられた二つの選択肢に、朝倉は後者を選んだ。

彼女は……朝倉和美は魔法に関する一切の記憶を忘れ、元の日常に還る選択を選んだ。

それは、あの惨劇から免れたいと願った彼女の逃げかもしれない。

だが、別にそれについては責める事じゃない。

怖くて逃げ出したいのは誰にだってあるし、逃げるという行為は蔑む事ではない。

問題はネギだった。

記憶を消して欲しい。

翌日の別荘での早朝で、そう頼んできた朝倉の進言を、真っ先に承諾したのはネギだった。

自分の所為で朝倉を巻き込んだ。

その自責の念故か、ネギは率先して朝倉の記憶消去の準備に入った。

高畑やエヴァンジェリンの手助けもあり、儀式は無事終了。

朝倉は今、魔法に関する全ての出来事を忘れている。

修学旅行の出来事は木乃香の実家でお世話になったという記憶に掏り替わり、彼女の中では魔法なんて存在しないものとなっている。

ネギは、そんな彼女を見て何度も謝り続けていた。

すると。

「あんまり、自分を責めるなよ。ネギ君」
「タカミチ……」

後ろから現れた高畑が、ネギを励ます様に肩に手を置いた。

「彼女は一晩とは言え自分で考えて決めたんだ。そこまで自分を責める必要はない」
「でも……」

元々は自分の所為で巻き込み、今回の様な事件にも関わらせてしまった。

それに……。

「最初は、魔法がバレたらその人の記憶を消すのに、そんなに疑問に思わなかったけど……」
「ん?」
「こんなにも、嫌なものなんだね」

幾ら本人が望んだ事とは言え、生徒であり友達でもある朝倉の記憶を消したのだ。

魔法に関する記憶を消すという事は、ネギとの関わった思い出も消すという事。

彼女の中にはネギと一緒に過した時間も消えている。

今の彼女にとって、ネギは可愛くて頑張り屋な担任であって友達ではない。

その事実が、自責の念と共にネギを押し潰そうとのし掛かっている。

「……ネギ」

胸を抑えて、痛みに耐える様な仕草をするネギに、明日菜は寄り添う事しか出来なかった。

そして、そんな明日菜に対し高畑は彼女に向き直り。

「明日菜君、君はどうするんだい?」
「え?」
「エヴァンジェリンの別荘ではあまり言えなかったけど……半分以上は彼女の言う通りだよ」
「…………」
「確かに、彼の……バージル君のやった事は残虐にして残酷だ。彼の様な人道から外れた行いをする人間は裏の世界にもそうはいないだろう」

バージル。

その名前を聞いた瞬間、明日菜の全身に悪寒が走り、汗が一気に噴き出してくる。

「しかし、それでも稀にいるんだ。そういう異常者が」
「っ!」
「もし万が一、そんな輩と出会ったらどうする? 泣いて許しを乞うか? 助けてくれと命乞いをするのか? ……いずれにせよ、待っているのは地獄だよ」
「…………」

俯き、拳を震わせる高畑に、明日菜は何も言えないでいた。

すると、そんな明日菜の視線に気付いたのか、高畑は我に返り、しまったと口を抑えた。

「……済まない。折角の学園祭の前だと言うのに」
「……いえ」
「とは言え、もし君達がこれからも此方側に足を踏み入れるなら、その事も頭の隅に入れて置いて欲しい」

そう言って高畑は二人に背を向け。

「夕映君や宮崎さん達にも、その事を伝えて置いて欲しい」

高畑は二人を残して、喧騒の中へと消えていった。














「小籠包ウマー」
「…………」

生徒の通学で入り乱れる大通り。

その中で一際賑わう場所があった。

そこは超包子という看板を掲げた路面電車を中心に、座席が設けており、学生達が朝食を楽しんでいる。

山の様に積まれた皿に学生達は驚くが、その原因がバージルだと知ると皆納得し、いつも通りの日常を送っている。

そのバージルは通算38個目の小籠包を頬張り、モグモグと口を動かして飲み込んでいく。

その様子を間近で見ていた超鈴音は、ダラダラと汗を流して若干引いていた。

「ど、どうかナ? 気に入って貰えたカ?」
「あぁ、これは美味い。まさかこんな所にこんな屋台があったとは知らなかったから、素直に驚いた」

パクパクと上機嫌に料理を食べ続けるバージルに、超は苦笑いという仮面を着けてこれからどう切り出すか悩んでいた。

(さて、これからどう切り出す? 命令等は論外だしお願いをしても信憑性は皆無に等しい)

超は今回の学園祭である行動に出ると誓っている。

計画の為、そしてその計画を完遂する為には目の前の少年の今後の行動に掛かっていると言っても過言ではない。

本当は此方側に付いて貰うのがこれ以上ないベストな状況だが、残念だがその可能性は皆無だ。

目の前にいる少年は無邪気にして傍若無人。

それは茶々丸からの目視映像で明らかになっている。

京都の一件では大鬼神であるスクナを葬るだけでは飽き足らず、当初は味方だった筈のエヴァンジェリンや近衛詠春を圧倒している。

しかも、現時点はあの時よりも数段力を増していると、茶々丸から報告を受けている。

つまり、彼の気分次第でこれからの計画に大きく左右されるのだ。

此方としては、大いに力を奮ってその力を世界に見せ付けて貰うのも有りと言えば有りだが。

そうなれば、下手したらこの学園ごと消し飛ぶ恐れがある。

被害を極力出したくはない此方としては、そればかりは願い下げだ。

バージルは人に何かを指摘されて行動に移す人間ではない。

(だったら、私に残された選択肢は限られてるネ)

どちらにも属さぬよう、別の所に釘付けにするよう促すか、出来るだけ友好関係を築く。

または、此方に気分的でも味方するよう然り気無く、それでいて不快にさせないように仕向けるしかない。

超がバージルに対する策が出来上がり、いざ行動に移そうとした。

その時。

「あら、バージルさん。こんな所で何をしているので?」
「こんな所に屋台があるなんて……本当に面白い学園ですね」

左右からそれぞれシルヴィと高音が集まり。

「ン?」
「あら?」
「え?」

それぞれの目が超の視線と重なり、何故かその場の空気が一気に重くなり。

「胡麻団子ウマー」

バージルはその事に気付かず、次の料理に手を出していた。

















「し、しまった!」

何処までも闇に包まれた空間。

宙に浮かぶ水晶から見える宇宙の光景を前に、デュナミスの叫びが響き渡る。

「どうしたのじゃ? 何かあったのか?」

そんな彼の声色に、ただ事ではないと悟った少年が、険しい顔付きでデュナミスの隣に立つ。

そして、少年もデュナミスの見ている光景に視線を向けると。

「っ!?」

水晶に浮かぶ宇宙の光景に、少年は絶句した。

丸で目の様な形をし、宇宙を切り裂いているソレから、一つの船が姿を現したのだ。

円盤の形をした船、それはまるでSF映画に出てきそうな宇宙船。

「10年前は小さな球体だった」
「……今回は、随分と大きいの」

宇宙船はゆっくりと動き、ある場所に向かって進んでいく。

その先にあるのは。

地球。

それを知ったデュナミスは踵を返し、すぐに行動に移るが。

「無駄じゃよデュナミス、今更止められはせん」
「だが、このままでは!」
「今旧世界に向かっても、間に合わない事は目に見えている。それはお前もよく解っているだろう?」
「だが、それでも!」

そう言うと、デュナミスは黒い空間を後にし。

そして、残された少年は。

「さて、奴は一体どの道を選ぶ? 破壊の道かそれとも……」

誰にも気付かれる事なく、一人水晶に向かって呟いていた。

















〜あとがき〜
はい、あからさまな展開になってきました。
ですが、今回はこれからの物語に繋がる重要事項なので、見逃して下さい。

そして、朝倉は復帰なるか!?




[19964] 降り立った怪物
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:ae926274
Date: 2010/08/10 23:04







料理屋超包子。

四葉五月を始めとした3−Aのクラスメイト数名が運営している麻帆良学園でも屈指の人気店。

普段は学園祭の準備で早起きをする生徒達で賑わうこの場所だが。

現在は重苦しい雰囲気に包まれ、誰も言葉を発する事は無かった。

その原因たる人物達に視線を向けるが、有無を言わさぬ覇気を纏う二人の少女を前に、生徒達は何も言えなくなっている。

学園祭を前に、武闘会で名を馳せようとして、ピリピリ状態だった武闘派の大学生達も、そんな彼女達の前にすっかり萎えていた。

二人の少女、その片割れである高音=D=グッドマンはバージルと一緒に食事をしている超鈴音に視線を向けていた。

「何故、貴女が彼と一緒にいるのです?」

冷たく、感情の色の無い瞳で超を見下ろす高音。

その迫力を前に、超はアハハと苦笑いを浮かべながら誤魔化そうとしている。

超は、ある事情で魔法に関する事を特例として許されている人物。

だが、魔法生徒や魔法教師にとっては危険因子で要注意人物でもある。

そんな彼女が、一体バージルに何をするつもりなのか。

高音は無自覚ながらも全身からオーラを滲み出し、その場の空気を張り詰めさせていく。

以前の彼女では、場の空気を震撼させるまでには至っていない。

これは、彼女がエヴァンジェリンの下で修行を詰んだ賜物なのかもしれない。

そのを証拠に、高音の後ろでは妹分の佐倉愛衣が、異様な威圧感を放つ高音に顔を真っ青にし、肩を震わせて怯えていた。

そしてもう一人の少女、シルヴィ=グレースハットは別の意味での威圧感を放っていた。

主であるフェイトにバージルに関する報告をする為に、今日はバージルを食事に誘おうとしていたのだ。

これも任務をこなす為、主であるフェイトの期待に応える為、シルヴィは自身にそう言い聞かせながらバージルに今晩一緒に食事に出掛けないかと誘うつもりだった。

別に洒落た高級レストランで夜景を眺めながら食事を楽しむつもりもないし、ただ二人で色々と話をしたかっただけ。

そう、全ては任務の為に。

なのに。

「何、してるんですか?」

あまり記憶にない少女と、一緒になって楽しくご飯を食べているバージルに、シルヴィは声を低くして尋ねた。

すると。

「ん? 飯を食べてるが?」

それがどうしたと、まるで逆に質問してくる口調で答えるバージルに、シルヴィは自分でも理解出来ない苛立ちを覚えた。

二人の睨みと雰囲気に重くなっていく空気。

そんな空気にも関わらず、バージルは茶々丸が運んでくる料理を堪能していた。

「もう一度聞きます超鈴音、何故貴女が彼と一緒に食事をしているのです?」
「怖い顔ネ、それでは男子達にモテないヨ?」

質問に答えようとしない超に、高音はコメカミに青筋を浮かべ、更に目を鋭くさせる。

少し挑発するつもりが物凄い効果を発揮し、予想以上の反応を見せる高音に、超は思わず仰け反った。

「じ、冗談ネ。実は彼にこの店の評価をして欲しくて招待しただけネ」
「招待?」
「彼は一部での間では有名でね、彼が訪れた店は多大な損害が支払われる代わりに商売安定が約束されるという噂があるカラ……私もそれに便乗しようかなと思たネ」

確かに、超はこの超包子のオーナーである為、その話には筋が通る。

だが、唯でさえ人気店を誇る超包子にこれ以上利益を求めて何になるのか。

頭の中でそれが引っ掛かる高音は警戒を解く事はなく、ジッと超を睨み付けていた。

「ヤレヤレ、随分嫌われたものネ……分かたヨ、ソロソロ学校の時間だし、私はこれで失礼するヨ」

高音にこれ以上探られるのは不味いと判断した超は、溜め息と共に席から立ち上がり、その場を後にした。

その際に。

「また後で、時間があれば会ってくれないか?」
「?」
「連絡先は教えられないが、気が向いたらまたここに……」

バージルの耳元で囁くと、超は高音とシルヴィに挑発する様な笑みを見せ付け。

そのまま学校へと走り去っていった。

バージルは何なんだと小首を傾げながら最後の杏仁豆腐に手を付けると。

「バージルさん」
「放課後、お時間宜しいでしょうか?」

阿修羅の顔をした二人に、バージルは呆然となり。

「………うっちゅ」

思わずコクリと頷いてしまった。













そして放課後。

「……私は」

逃げる様にいち早く教室を後にし、エヴァンジェリンの別荘を利用していた夕映は、ネギがいつも修行に使っている広場の中央で佇んでいた。

呆然と、照り付ける太陽と広がる青空を見上げるが、夕映の表情は暗かった。

自分にとって、この日常は退屈なものだった。

尊敬し、敬愛していた祖父が亡くなってからは、夕映にとっては全てが虚構に見えた。

捻くれた性格でありながら、のどかやハルナといった親友にも恵まれ、楽しい日々を送れる様にはなったが……。

それでも、どこか退屈で虚しく思えた。

魔法。

口にすると陳腐な事この上ないが、幻想でしかないと思われていた存在が実在していたと知った時は……柄にもなくはしゃいだ。

魔法という非日常がそこにあり、今その扉に差し掛かった所にいる。

一度は覚悟を決めて、その扉に手を掛けたが。

『その日常を、どれだけ渇望し、願っている人がいるか……知っていますか?』

シルヴィから突き付けられた言葉、それが酷く重くのし掛かる。

この地球は未だに争いが起こり、尊い命を失っている。

何もしていないのに、何も悪くないのに。

理不尽な理由で愛する人が奪われ、家族を失い、我が子を死なせてしまっている。

その悲しみは、理論や理屈で表せない。

仮に出来たとしても、その人間は最早人間ではない。

祖父は老衰だった。

少なくとも、自分は祖父とは多くの思い出を作れたと思っている。

だが、それすら叶わない人が、この世界に溢れている。

シルヴィも、恐らくはそういうのを経験した事があるのだろう。

そしてバージル=ラカン、彼は幼い身でありながら戦いに生きる人。

三年前、既に七つの年で命を奪い、殺しを繰り返してきた。

彼が戦う様を思い出すと、今でも震えは止まらない。

おぞましい狂気、凄まじい殺気。

目の前で人だった者を殺して喰らっている様は、まさに悪魔そのもの。

だが、裏の世界に……魔法に関わっていれば、いつかはそんな化け物にも出会ってしまうかも知れない。

怖い。

夕映は震える体を抱き締めて、地面へと踞った。

「……ああ、そうか」

自分は結局、逃げ場所を探していただけ。

祖父が死んだという現実から逃げ出したくて、ただその場所を探していただけ。

覚悟なんてものは、最初からなかったのだ。

「……確かに、彼女にああ言われても仕方ありませんよね」

夕映は自重気味の笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がり。

「私も……朝倉さんのように」

帰りのHR、教室での朝倉を見た時、夕映はのどかの制止を振り切り、逃げる様にこの別荘へと転がり込んだ。

だが、今ならまだ間に合うかもしれない。

魔法に関する記憶を失い、日常に戻れるのなら。

ネギにもこれ以上迷惑掛ける事はないし、両親にだって被害が及ぶ事はない。

夕映は外との繋がる魔法陣に向かって歩き出すと。

「本当、ありがとうな。お陰で助かったわ〜」
「いえ、マスターも貴方にここを利用する許可を与えましたから、私からは特に言うことはありませんから」
「そ、そうか?」

ふと、魔法陣から光が溢れて二人の人物が別荘へと入ってきた。

一人は茶々丸、エヴァンジェリンの従者である彼女ならここに来るのは納得できるが。

「あ、アンタは、いつぞやのチビッ子!」

指を差して犬耳を見せる少年、犬上小太郎を前に、夕映は目を大きく開かせた。














某国某所。

宗教、思想、様々な柵が紛争を引き起こす今日、砂漠に囲まれた街は一つの異変と出会った。

互いの主張が噛み合わず、互いに銃を射ち鳴らし、民間人をも捲き込み血を流し、泥にまみれた一人の青年は、目の前の人間に驚愕した。

見たこともない鎧の人間、まるでSF映画に出てきそうな機械仕掛けのモノ、おおよそ人間とは思えない輩が目の前で佇んでいるのだ。

「へぇ、ここが地球か……砂だらけなんだな」
「それはそう言う場所に来たからでっせい、ここから数千キロ離れた所は緑に囲まれよく“育つ”場所もある」
「な、何なんだお前達は!?」

青年は顔に妙な機械を付け、イヤリングとネックレスを付けた男に銃を突き付ける。

しかし、男は銃を向けられているのに、大して動じた様子はなく、笑みを浮かべながら向き直った。

「もしかして、俺に言っているのか?」
「ああ、そうだよ! お前達は一体何なんだ!」

青年は酷く興奮した様子で引き金に指を当てる。

何故青年がここまで目の前の男達に敵意を剥き出すのか?

普通なら、何処かイカれた連中だと思い、放っておくのだが……。

だが、青年は見てしまった。

目の前の男達はいきなり空から現れ、近くにいた仲間達を殺したのだ。

銃ではなく、素手で。

巨漢の男は顔を握り潰し、イヤリングの男は胴体を拳で貫き。

子供の背格好をした不気味な奴は、笑いながら女の仲間を縦に引き裂いた。

悪夢を見ているようだった。

ほんの数時間前まで、下らない話で笑い合っていた仲間が次々に殺されていく様を見せ付けられ、青年は気が変になりそうだった。

そして。

「ただの侵略者さ」
「ふざけるなっ!!」

男が笑いながら片手を上げた瞬間、青年は引き金を引いて銃を撃った。

しかし。

「あんぐ」
「っ!?」
「モグモグ……ぺっ」

男は青年の撃った弾を口で受け取り、味わう様に動かした後、青年の足下に吐き捨てた。

丸く、胡麻の様に小さくなった弾丸を前に青年は立てる気力を失い、地面に腰を下ろす。

すると、巨漢の男が左耳に取り付けられた機械のボタンを押すと、音を立てて数字を刻んでいく。

軈て、プーッと音共に機械が停止すると、巨漢の男は落胆したような顔を見せ。

「戦闘力5……ゴミでっせい」
「は?」
「んじゃ、ゴミ掃除をしますか。環境は大事にってね」

男の言葉に青年は呆けていると、イヤリングの男が青年に向けて掌を向け。

光と共に、青年を消滅させた。

「ふん、ゴミクズが」

男は手を掲げ、口元を歪ませると。

騒ぎに駆け付けた武装した人間が、男女問わずに集まってきた。

同時に放たれる弾丸、男達はどうしたものかと銃弾の雨を受けながら唸っていると。

「全く、遊ぶのは良いが大概にしとけよ」
「す、すんません」

これまでの態度から一変、イヤリングの男は一番背後にいるマントを羽織り黒褐色の肌をした男にペコリと頭を下げた。

「やはり、探索機からのデータとは若干違いがありますね。似たような地層ではありますが微妙に違う」
「やはり、あの時の光が原因ですかな?」
「なら種が尤も育ちやすい場所を探しつつ、この星を堪能するとしよう」
「て事は、暴れても?」
「構わんが加減はしろよ、折角見付けた上等な苗床なんだ。壊れてしまっては元も子もない」
「へへ、分かってますよ」
「ンダ」

男達が笑みを浮かべると、銃を乱射する集団に向かって飛び掛かり、一方的な虐殺を行った。

切り裂き、撃ち抜き、消滅させる。

阿鼻叫喚な断末魔を叫ぶ人間を、マントを羽織った男は愉快そうに笑い。

「ククク、これも間抜けなカカロットのお陰か?」

そう呟き、マントを翻す男の腰には。

尻尾が巻き付けてあった。












〜あとがき〜
はい、今回は皆様が予測した通りの人が降臨しました。

……最近、暑い日が続いて溶けてしまいそうな作者です。



[19964] 秒読み開始
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:a9d9d836
Date: 2010/08/10 23:03







放課後、二人の少女の気迫に圧されいつの間にか付き合う事になったバージルは一人、噴水広場にて待ちぼうけていた。

本来ならこんな所で時間を費やしている場合ではないのだが、何故か後々厄介な事になる気がし、渋々佇んでいると。

「ん? カモ?」
「うぉっ!? バージルの兄ちゃん!?」

草むらから現れた一匹の小動物、カモの姿を発見し、手で掬い上げた。

その一方、カモは先日の一件以来バージルに対する認識を大きく改め、今後はあまり関わらない様にしていたのだが。

まさかいきなり再会……しかも二人っきりの状況になるとは想像だにしていなかった為、カモの今の心境はまな板の上で捌かれるのを待つ魚の状態だった。

「何か、久し振りだな。お前とこうして二人で話すのは」
「そ、そうですかい?」

バージルの肩の上で冷や汗ダラダラのカモ、内心ではオコジョ念話でネギに助けを求めている。

しかし、次第に悟ったのか、カモは辞世の句を詠み始め、遠い故郷にいる妹に別れの言葉を纏めていた。

カモが必死に助けを求める所から諦めるまでのこの間、約0コンマ3秒。

高速で生きるのを諦めたカモは、この上なく良い笑顔をしていた。

「所でカモ、お前は一体何をしていたんだ?」
「はぅっ!? あれ? 俺っち確か鷹に生まれ変わっていたような……」
「……何言ってるんだお前」

バージルに声を掛けられた事で正気に戻ったカモは、苦笑いを浮かべながら話に戻った。

「悪い悪い、で? 何の話だっけ?」
「いや、ただここで何をしているのかってな」
「あー、最近学園祭とかで兄貴が担当するクラスも出し物でてんてこ舞なんだよ」
「……ふぅーん」

聞いてみたのはいいが、カモの話に一割も理解出来ないでいたバージルは、取り敢えず相槌を打つことで合わせる事にした。

「今回は兄貴の機転もあって出し物はお化け屋敷って無難な所で終ったんだが、何せアクの強い嬢ちゃん達が多いクラスだからな、纏めるのは相当大変だろうぜ」
「ふぅーん」
「そんで、あまり兄貴に気を使わせない様に俺っちが散歩に出掛けていた訳、……それよりも兄ちゃん、兄ちゃんこそこんな所で何してんだよ」
「俺? 俺は……」

バージルから告げられるシルヴィと高音の待ち合わせに至る話をすると、何故かカモは興奮し始めた。

「兄ちゃん、それってデートじゃねぇか!」
「でーと?」
「しかも堅物のウルスラ学生の高音=D=グッドマンと最近人気が出てきた噂の転入生シルヴィ=グレースハットの二人から同時のお誘いなんて、やるねぇ兄ちゃん」
「詳しいな」
「そりゃあ勿論、可愛い子ちゃんの情報はマルッと俺っちの脳内に保存されてるからな、これ位は朝飯前だぜ」

良く分からないが、胸を張って堂々としているカモに、何となく凄いと思うことにしたバージルは、取り敢えず拍手をした。

「そうと決まれば、日頃世話になっている兄ちゃんにこれを分けてやるよ」
「?」

ゴソゴソと小さい体を動かし、後ろにある小袋から何かを取り出そうとするカモ。

何だと思い、バージルは覗き込もうとすると。

「赤いあめ玉、青いあめ玉年齢詐称薬〜」
「何だそれ?」

カモが取り出した瓶、その中に入っている赤と青の二種類のあめ玉に、バージルは少し興味を持ったのか、指を差してカモに説明を求めた。

「コイツはその名の通り、外見年齢を調整できる魔法薬だ。尤も実際に肉体が変化する訳じゃないが……ま、幻術の一種だな」
「ふぅーん」

カモからあめ玉の入った瓶を渡され、覗き込む。

見た目は唯のあめ玉にしか見えないソレを、バージルは少し興味を持ったのか、マジマジと見つめている。

「本当は兄貴にやるつもりだったんだけどな、兄ちゃんにはこの学園に連れてきてくれた恩がある。一個位なら食べてもいいぜ」
「そうか」

カモに言われ、バージルは瓶の蓋を開けて赤いあめ玉を取り出し、口の中へと放り込んだ。













授業も終わり、学園祭に向けて準備を始めている学生で賑わっている大通り。

二人の少女が気まずそうに肩を並べて歩いていた。

どちらも綺麗な顔立ちをし、可愛らしい私服に身を包んだ二人に、男子生徒は目を輝かせて振り返っている。

だが、それに反して二人の表情は暗かった。

「「はぁ〜〜……」」

どちらからでもなく、ほぼ同時に溜め息を吐く。

(どうしてあんな事言ったのかな)

シルヴィが思い返すのは今朝の事。

生の感情を剥き出しに、またもやバージルを誘ってしまい。

あまりの軽率な行動を取った自分に、シルヴィは激しく自己嫌悪をした。

そして隣の高音は。

(私、なんてはしたない事を……)

相手は10歳の子供、四年以上年の離れた少年に詰め寄り、放課後付き合ってと人前で豪語したのだ。

死にたい。

幾ら超との会話の内容を聞き出す為とは言え、何故こんな逢い引きみたいな真似をしなければならないのか。

しかも。

(こんな可愛らしい人、シルヴィさんと言ったかしら? この人の前で彼に何て聞けばいいのよ)
(この高音という方、とても綺麗だし……む、胸も大きい。こんな人の前で監視なんかしてたら変な人だと思われてしまう)

二人は互いに顔を見合わせた後、気まずそうに苦笑いを浮かべ、深い溜め息を吐いた。

そして、約束していた待ち合わせ場所に着くと。

「あ、あれ?」
「いない?」

バージルの姿が何処にも見当たらない事に気が付くと、二人は辺りをキョロキョロと見渡し、彼の姿を追った。

しかし、幾ら探しても何処にもいない。

やはり来なかったのか。

二人は約束を破った事よりもバージルがいない事に安堵を覚え、溜め息を吐くと。

「遅かったな」
「「っ!?」」

低い声、幼さを感じない成人男性の声が二人を呼び掛け、シルヴィと高音はゆっくりと振り向くと。

「だ……誰?」
「どなた様でしょうか?」

黒のシャツに黒のズボン。

その上に青いコートを羽織り、後ろに逆立った黒髪とつり上がった目が印象的な男性に、二人はポカンと口を開けると。

「何を言っている。お前等が呼んだんだろうが」
「へ?」

眉を吊り上げ、不機嫌を露にする男性。

高音はプルプルと震わせながら指を差し。

「ま、まさか……」
「バージル……さん?」

恐る恐る尋ねると。

「それ以外に何に見える」

平然と答える男性……大人となったバージルに二人の思考は暫くフリーズを起こした。














「ふーん、何だって難しい事考えるもんやなぁ」

エヴァンジェリンの別荘で本人からの使用を許可された小太郎は、楓の進言もあり取り調べも滞りなく終わり、修行の為に別荘へと赴いていた。

その際に酷く落ち込んでいた綾瀬夕映を見掛け、何となく話を聞いてみると。

「貴方は、一体何の為に戦っているんですか?」
「何の為にって聞かれてもなぁ……」

やれ裏の世界に関わるには覚悟が必要だとか。

やれ親族を巻き込んでも足を踏み入れる覚悟があるのかとか。

難しい言葉を聞かされ、小太郎は少し困惑していた。

その上、いきなり何の為に戦うのかと尋ねられ、小太郎は困り果てていた。

「俺は最初からこちら側にいたから、気にした事もないなぁ」

小太郎はポリポリと頬を掻き、苦笑いを浮かべる。

「最初から?」
「おぉ、俺は人間と狗族のハーフってやつで捨て子やっからな。人間にも狗族にも馴染めんでおったから必然的にヤバイ仕事を受けて食い繋いでおったんや」
「っ!」

あまりにも軽く自分の重い過去を暴露する小太郎に、夕映は息を飲んだ。

望んだ訳でもなく、無理矢理そちら側へ引き摺り込まれた人間も少なくはない。

夕映は、益々自分が嫌になった。

すると。

「ちょっと、何やその顔、止めてくれんか」
「え?」
「アンタ今、俺の事可哀想とか思ったか? そう言うの止めてや、何かムカツクわ」
「…………」

途端に表情を変え、不機嫌を露にして睨んでくる小太郎に夕映は後退る。

「確かに俺は人には言えない様な汚い仕事も請け負ってきたし、血を流してきたのも少なくはない。けどな、それでも俺はプライドもってんねん、アンタにとっては小さくてもしょうもないモノかもしれへんけど、確かに持ってるんや」
「…………」
「いちいち他人を可哀想だとか不幸だとか言うのは止めとくれ、人によってはそれは見下していると思われるで」

自分は確かに血で汚れている。

人には言えない罪も犯している。

だが、それらは全て自分が生き残る為の術。

故に、小太郎は自分を責めたりはしないし蔑む事もない。

ましてや、他人に同情されたりする謂われもない。

今は千鶴の所で世話になってはいるが、いつかは出ていくつもりだ。

これまで人を頼る事を知らない小太郎にとって、一人で生きているのは当たり前だし、それを当然だと思っていた。

自分の言いたい事を、つい強い口調で言ってしまった小太郎は、更に落ち込んでいる夕映にどうしようかと頭を悩ます。

「あ、えーっと……まぁつまり、裏に関してはあまり気にする必要はないって事や。あまり気ぃ落とさんといて」

自分なりに励ましているつもりが、更に落ち込む夕映に小太郎は困り果て、一先ず下の砂浜へ降りる事にした。

この別荘に入ってからは丸一日出られないと事前知らされていた小太郎は、取り敢えず顔を合わせない様に気を配る事にして、その場から去っていく。

そして、プルプルと肩を震わせる夕映を、お茶を持ってきた茶々丸はどうすることも出来ずに、その場で立ち尽くしていた。























(ど、どうしてこんな事に……)

シルヴィと高音は今、頭が混乱していた。

待ち合わせしていた場所にいたのは、バージルの面影を残している男性。

話を聞けばカモというオコジョから怪しい薬を受け取り幻術でそう見せているだけだと言う。

確かにその類いの魔法アイテムは存在してるし、実際市販されている。

しかし。

「「…………」」

二人は自分達の隣に歩いている二十代前半の男性に視線を向けると、一気に頬が紅くなっていくのが分かった。

(な、何を紅くなっているのですか私は! 私は立派な魔法使いを目指す修行の身、色恋沙汰にうつつを抜かしている場合では……って、誰が誰に色恋を!?)
(これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為これも任務の為…………)

大人となったバージルの横顔を見た途端、顔を逸らして冷静さを取り戻そうとする二人。

ガラリと外見が変わったバージルに戸惑っていると。

「それで、一体お前達は俺に何の用なんだ?」
「ふぇ?」
「ほぇ?」

突然声が掛かり、ふと我に戻った二人。

本来の目的を思い出した高音が超と何を話していたのか、然り気無く聞こうとした時。

「バージルさん?」
「……………」

バージルは徐に空を見上げ、北の方角へと睨み付けていた。

「……何だ。この気配は、遠い場所にデカイ氣が幾つも……まさか!?」

何か思い付いたのか、バージルは全身から氣を纏い。

「え? ちょっと……」
「バージルさん!?」
「ナギ、ナギ=スプリングフィールドか!?」

睨み付けていたその方角へと、飛び立っていった。













この日より数日後、麻帆良学園祭が開催される。

そしてそれが人類の……否、地球の存亡を掛けた戦いになる事など、現時点では誰も想像すらしていなかった。














〜あとがき〜
はい、次回から展開がかなり飛ばされます。
ややこしくなるかもしれませんがどうかご了承下さい。

そして、朝倉がリタイアと言う事は必然的にさよも……?



[19964] 邂逅
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:5b779123
Date: 2010/08/21 00:15







「……ふぅ」

麻帆良学園学園長室。

この学園の最高責任者である近衛近右衛門はその席で大きく溜め息を漏らしていた。

その原因は勿論例の客人、バージル=ラカンについてだ。

会議での決断で決まったバージルの追放処分。

此方が現在分かっているナギ=スプリングフィールドの情報と引き換えに、この学園から出ていって貰おうという算段だったのだが。

「……彼が、そんな提案に乗る訳がなかろうて」

バージル=ラカンは他人からの命令や指示を一切受け付けず、認めはしない。

例外に父親であるジャック=ラカンの言うことだけには従うようだが……。

どちらにせよ、彼が此方側の提案に従う筈がない。

しかし、彼をこれ以上ここに留まらせるのもそろそろ限界なのもまた事実。

京都での一件を引き合いに出しても、彼の日頃の行いは目に余る。

特に、先日の地下での騒ぎでは学園の都市機能を一時的に麻痺させる程だった。

一般公開では突然の大規模地震という形で話を終らせてはいるが、何とも無茶苦茶な言い逃れである。

しかも。

「……全く、どうしてこう次から次へと」

机に置かれた報告書のに目を通し、再び溜め息を漏らす近右衛門。

その報告書にはバージルと一緒に食事をしている超鈴音の写真が張り付かれてあった。

超はある事情の下、魔法に僅かながら関わる事を許してある。

しかし、現代の科学技術とは逸脱した技能を使い、時々度を越した行動を取る為、学園の魔法使いの間では危険視されている要注意人物。

そんな彼女がバージルと接触したのだ。

最早選択の余地も余裕もない。

もし彼女が彼を……あり得ないかも知れないが、バージルと手を組んだ時、何か厄介な事をしでかすかも知れない。

そうなる前に、どちらかをこの学園から追放するしかない。

本来なら超の魔法に関する記憶を消すと言うのが、一番無難な方法なのだが。

彼女の担任であるネギが難色を示すだろう。

彼は先日、自分の教え子の記憶を消したばかり。

そんな彼に、二度も教え子の記憶を奪うような事をやらせたくもないし知らせたくもない。

「……我ながら、随分と我が儘じゃの」

あれもやりたくない、これもやりたくない。

子供の駄々を言えるほど、社会は甘くはない。

それは、表や裏を問わずに言える事。

近右衛門はそんな自分に嫌悪し、深い溜め息を溢す。

バージルをこの学園を招いたのは自分。

危険と分かっていながらも、抑止力としての効果を期待した為に彼を留まらせようとした自分に、全ての責任がある。

近右衛門は三度目の溜め息と共に、今後についてどうするか思考巡らせた。

その時。

「学園長、大変です! 彼が……バージル=ラカンが!」
「また何かやらかしたのか?」

酷く慌てた様子で学園長室に駆け込んできたガンドルフィーニに、彼から告げられる名前に近右衛門は頭を痛くさせる。

「彼が、いきなり飛び立っていったという報告がありました!」
「……はい?」

飛び立った?

公衆の面前で?

ガンドルフィーニからの次いで聞かされる報告に、近右衛門は混乱する。

思考がバージルの行動に対する処置で埋め尽くされる中、近右衛門が言った一言は。

「……何処に? 何で?」

何故いきなり学園から出ていったのか、何処へ行くつもりなのか。

近右衛門の言葉に、ガンドルフィーニはさぁっと首を傾げる。

そして、次に学園長室に駆け込んできた瀬流彦の報告に、近右衛門は頭をハンマーで殴られた。

その内容は。

アジア支部の魔法組織が、何者かによって壊滅。

と。















ヒマラヤ山脈。

インド亜大陸とチベット高原を隔てる無数の山脈で構成されている地球上最も山脈。

現在、山頂付近は吹雪に見舞われ、全く視界が利かない状態となっている。

プロの登山家でも、絶対に出歩きはしない状況。

そんな中、数人の人影が吹雪の中を悠然と歩いていた。

「なぁターレス様、いつまでこの星に留まっているんですかい?」
「早いとこ実を実らせて、さっさととんずらしましょうぜ」
「ンダ」
「そう言うなレズン、ダイーズ、カカオ、折角美しい星に着いたんだ。少しは楽しめ」

先頭を歩くターレスと呼ばれる男に、部下らしき三人の男が口々に不満の声を漏らす。

一番小柄な男はレズン、サイボーグ姿でンダとしか話さないカカオ、イヤリングとネックレスを着けた男ダイーズ。

三人の部下の不満に対し、酷く上機嫌の男、ターレスは不敵な笑みを浮かべて部下達を宥めている。

「それにお前達もさっきは飯が美味いと喜んでいたじゃないか。ん?」
「そいつはそうですが……」
「あまり焦る必要はないでっせい。どちらにせよこの星は俺達が来た時点でどのみち終っているのだからな」

未だにダイーズは渋ってはいるが、一番体格の大きい男に諭され、漸く引き下がる。

すると、ターレスは口元を歪め、愉快そうに笑みを浮かべる。

「カカロットに感謝しなきゃな、あいつが間抜けなお陰で綺麗なままこの星を“神精樹”の苗床に出来るんだからな」

ターレスはククク笑いを溢し、鎧に付けられたマントを翻す。

その際に腰回りの辺りに尾の様な紐が見える。

「それにしても……」
「どうしたアモンド?」
「この星に来る途中、妙な光に包まれたじゃないですか。あれが何故か気になって……レズンの話では偵察機からの情報とは若干違う所があるみたいとも」

アモンドと呼ばれる赤い肌と後ろに縛った髪が特徴的な巨漢が、何か考え事をしている様に顎に手を添えている。

部下のアモンドの言葉にターレスも確かにと呟く。

「それに、ここまでの道中で奇妙な技を使う連中がいましたが、偵察機にはそんな記録が残されてはいませんぜ」
「………」
「考え過ぎだろ。偵察機が調べたのは最も実を育てるのに適した場所を調べる為のもの、別に生態系まで詳しくは……」
「なら何故、俺達はその適した場所に来れなかったんだ?」

ダイーズの台詞を遮るアモンドの一言が、部下達に疑問を抱かせる。

互いに顔を見合わせるカカオとレズン。

もしかしたら自分達は見当違いの星に来たのでは?

ダイーズの顔色に焦りが宿ったその時。

「何れにせよ、ここが神精樹の実を育てるのに最も適した星であるのは事実。レズン」
「は、はっ!」
「この星で最もエネルギーが集まる場所は何処だ?」

ターレスの言葉に、レズンは腕に付けられた装置を起動させ、緑色の半透明な画面を表示させる。

画面には様々な文字が並べられ、グラフが示され。

そして。

「ここから東へ数千キロ離れた所で、段違いに高いエネルギー反応がありやすぜ」
「良し、なら早いとこ実を生らし喰い尽くしてやろう、これだけ上等な星なんだ。実の数はこれ迄とは比べ物にならないだろうよ」
「…………」
「そうなれば、この俺はフリーザにも勝る……宇宙を統べる力を手に入れる事になるだろうよ。……つまり」

振り向き、握り締められた拳を高々と掲げるターレス。

「この俺に、恐れるものは何もないと言うことだ」

その笑みは邪悪そのもの。

エヴァンジェリンとは全く別の“悪”がそこにいた。

すると。

「「「っ!」」」
「む?」

ターレス達の顔に付けられた奇妙な装置、それがいきなり作動し、ピピピッと機械の音を響かせる。

「戦闘力9500、誰だ?」

機械に表示される文字に若干の驚きの色が混じり、ターレス達は此方に近付いてくる何かに向けて振り向くと。

白い炎を纏った青年が、自分達の目の前に降り立った。

黒目黒髪で蒼いコートに身を包み、鋭い目付きで此方を睨み付ける男。

「……何者だ?」

ターレスはふと、目の前の男に訪ねるが。

「……ナギじゃないだと」

男は目をパチクリさせ、戸惑いの様子を表せていた。












最初、麻帆良学園で感じた時、間違いなくナギ=スプリングフィールドだと思った。

幾つかデカイ気配を感じたが、然程問題じゃないと判断したバージルは、一直線にその氣の下へ飛んでいった。

しかし、会ってみれば全くの別人。

ラカンから渡されたナギの写真とは何から何まで違っていた。

確信していただけに、その失望感は大きい。

だが、それと同時に思った。

目の前の奴等は一人一人が、明らかに今までの奴等とは別次元の存在。

これ程の相手はラカン以外知らないバージルにとって、格好の標的に見えた。

「何だテメェ、いきなり現れやがって……」
「俺達の邪魔をするのなら、命を落とす事になるぜ」

どうやら、此方が既に戦闘体勢に入っているのを悟られたのか、目の前奴等はそれぞれ拳を握り締めている。

(コイツ等は兎も角、問題はアイツだ。この状態でどこまで戦える?)

既に思考まで戦いに染まっているバージルは、レズン達と同じように拳を握り締める。

5対2の圧倒的不利な状況。

自分が勝てる可能性は限り無く低い。

しかし。

(まぁいい、死んだらそこまでだ。……尤も、死ぬつもりはないが)

バージルは真っ正面から受けて立つ選択を選び。

そして。

「しゃぁぁぁぁぁっ!」
「ぬぅあっ!」
「ちゃらぁっ!」
「ダッ!」

ターレスを除いた四人の男が、バージルを目掛けて飛び掛かってきた。

そして、超スピードにより文字通り目にも映らなくなった奴等が、見えない脅威となって襲い掛かる。

「フッ!」

バージルもそれに対抗するため、超スピードで以て姿を消す。

吹雪いている雪山でただ一人残されたターレス。

ふと、徐に上を見上げると。

「だぁぁぁぁっ!」
「ぬぅぅあぁぁっ!」

拳と拳をぶつけ合わせるバージルとアモンドが、その姿を現した。

ぶつかり合った衝撃により、吹雪いていた雪が吹き飛び、雲に穴を開ける。

そして、アモンドを筆頭に次々に姿を現したダイーズ達が攻撃を仕掛ける。

レズンは左から、ダイーズは右から、カカオは後ろから。

左右前後の同時攻撃を前にしながら、バージルは全く退く事はなかった。

レズンの手刀を片手で防ぎ、ダイーズの拳とカカオの蹴りを振り向かずに捌き、避け、アモンドの乱打を足で対抗している。

「何!? 奴の戦闘力が……」

バージル達の戦いを見ていたターレスが驚きの声を上げる。

ターレスの耳に付けられた機械、その画面に写し出された数字がドンドンと上昇していくのだ。

そして。

「ちぇらぁぁっ!!」
「「「「っ!?」」」」

バージルの雄叫びが雪山に轟いた瞬間。

バージルの拳が、蹴りが、手刀が、膝が、それぞれアモンド達の体に叩き込まれる。

苦悶の表情を浮かべながら、地面へと落下するアモンド達。

膝を着き、震える体を立ち上がらせようとするが、既にダメージが足にまで来ていたアモンド達は苦虫を噛み砕いた表情でバージルを睨み付けていた。

「て、テメェ……」
「驚いた。まさかまだ生きているとはな……」

殺すつもりで放った一撃が、まさか耐えられていたとは……。

しかし、これで一対一の戦いに持ち込める。

バージルは連中の親玉らしきターレスに向き直ると。

「カカロットじゃない。だとすれば……まさか」

すると、バージルの顔を見て何かを思い出したのか、ターレスはハッと目を見開き、不敵な笑みを浮かべた。

「ククク……まさか、こんな所で会うことになるとはなぁ」
「?」
「俺が誰か分からないのか? 傷付くぜ、お前を送り出したのはこの俺なんだぜ」
「……何?」

送り出した?

何だ。コイツは一体何を言っている?

目の前で不気味な笑みを浮かべているターレスに、バージルはどうしてか動けず。

そして、ターレスから伸びる尻尾を見た瞬間。

ズキリ、と鋭い痛みが頭に走り。

バージルの赤ん坊だった頃の記憶を呼び覚ましていき。

そして。

「……サイヤ人、か?」

その呟きに、ターレスはグニャリと歪んだ笑みを浮かべた。











〜あとがき〜
バージルの戦闘力はあくまで目安ですので……。



[19964] 真実と敗北と
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:80914e30
Date: 2010/08/23 23:30




思い出した。

自分が何者なのか、何処から来たのか。

俺はサイヤ人、宇宙最強の戦闘民族として惑星ベジータで産まれた下級戦士。

バージル=ラカン?

違う。

俺の……本当の名前は……。












ヒマラヤ山脈、先程まで吹雪いていた地球上最も標高が高いとされる山々。

突然感じた巨大な氣を頼りに、麻帆良から飛び立ったバージルだが、そこにいたのは自分が思い描いていた人物ではなかった。

「う……く……」

黒褐色の肌と、尾の生えた男ターレスを前に、バージルは酷い頭痛に苛まされていた。

痛みは徐々になくなり、意識もハッキリとしていく。

ボヤけた視界が定まっていく中、バージルが最初に見たものは不敵な笑みを浮かべたターレスだった。

「どうやら、自分が何者なのか思い出したようだな。嬉しいぜぇ、数少ない仲間に出逢えたんだからよ」
「……お前は」
「俺か? 俺の名はターレス。惑星カノムに送り出したのは何を隠そうこの俺よ」
「…………」

未だに収まらない頭の痛みに、バージルは苦悶の表情を浮かべながらターレスを睨み付けた。

殺気を混じるバージルの睨みにも動じず、ターレスクククと笑みを浮かべながら肩を竦める。

惑星カノム。

それは、バージルが当初侵略する筈だった惑星。

特にこれといった脅威もなく、下級戦士として産まれたバージルでも充分に対処できる惑星。

つまり、バージルは使い捨てとしてその星に送り込まれる予定だったのだ。

しかし。

「まさか、お前を送り出した直後に星が爆発するとはな、あの時は驚いたぜ。何せブラックホールに吸い込まれていくお前を乗せたポッドを間近で見ていたからな」
「…………」
「当時、まだ小型ポッドにワープ機能は着いてなかったからな。……それにしても爆発した直後、しかもブラックホールに呑み込まれると言うのも天文学的数値だぞ?」

次々に明らかになるバージルの過去。

バージルは何も言わず、ただ黙々とターレスの話に耳を傾けていると。

「まぁ、何はともあれこうしてお前と再会出来たんだ。どうだ、俺の仲間にならないか?」
「何?」
「気儘に宇宙を流離い、星を壊し、美味い飯を喰らい美味い酒に酔う。これ以上楽しい生活はないぞ」

ターレスからの突然の勧誘。

手を差し伸べ、笑みを浮かべるターレスに、バージルは一瞬目を見開かせた。

「なぁ“ピクル”、サイヤ人としてこれ以上幸せな生き方はないと、お前も気付いているんだろ?」
「っ!」

ターレスが漏らした名前に、バージルはピクリと眉を吊り上げた。

ピクル。

生まれて間もない自分に言い渡された初めての言葉。

それは、今はもう思い出せない母から授かった名前。

ピクル。

それがサイヤ人としての自分の名前。

「貴様もサイヤ人なら、サイヤ人らしい生き方をしろ」
「…………」
「いずれ俺はフリーザをも圧倒し、全宇宙を跪かせてみせる。そうなったらお前にも好きな星を幾つかくれてやるぞ」

ターレスから告げられる自分の全て。

時折起こる偏頭痛、その原因たるものが分かると、バージルの頭は晴天の如く晴々としたものとなり。

そして。

「っ!?」

ターレスの顔面に向かって拳を放った。

バージルの拳は、ターレスの掌によって遮られ、その際に起こった衝撃波が、足場の雪を吹き飛ばし、山の斜面を露にしていく。

「……何の真似だ?」

バージルの拳を難なく受け止めたターレスは、睨み付けながらバージルに問い掛けた。

「……さっきから良くもまぁゴチャゴチャと」
「?」
「戦闘民族? サイヤ人? ピクル? それがどうした」
「……何ぃ?」
「俺が誰なのか、何の為に産まれたのか、そんな事はこの際どうだっていい。重要な事は唯一つ」

ギリギリと拮抗する力が、ヒマラヤの山々を震わせる。

ピクルは……否、バージルは自分が何者なのかを知った。

そう、“知った”だけなのだ。

たかが過去の自分を知った事で、何かが変わる訳でもない。

それは生き方もまた然り。

故に。

「お前は強い、だから……」
「っ!」
「俺はお前を……超えていく!」

“バージル“は、目の前の強者に全力で挑んだ。

振り払う様に放った蹴りが、ターレスの右脇腹を捉える。

しかしターレスは膝でこれを防ぎ。

「ヌンッ!」

無造作に掴み取り、聳え立つ山に向けて投げ飛ばす。

更に。

「ハァッ!」

ターレスは遥か彼方のバージルに向けて、掌から無数の光の矢を放つ。

山に着弾した瞬間光が爆ぜ、轟音と共に大爆発が引き起こす。

地球上最も高いと評されるヒマラヤ山脈の一角が、山頂ごと消し飛んだ。

「…………」

ガラガラと崩れていく山の破片。

ターレスは煙の中を睨み付けていると。

「っ!?」

ピピピッと耳元で機械の音が鳴り響き、ふと振り向くと。

上半身裸となり、傷だらけのバージルが、拳を握り締めてターレスの後ろへと回り込んでいた。

直ぐに防御の体勢へと変わるが、バージルの拳の方が速く。

「ぐっ!」

振り抜いたバージルの拳が、ターレスの脇腹に直撃。

苦悶の表情を浮かべながら横に吹き飛ぶターレスに、バージルはお返しとばかりに追撃を開始する。

バージルは緑色の炎を身に纏い、吹き飛ぶターレスを追い掛け。

横向きに飛ぶターレスに追い付いた瞬間。

二人の激しい攻防が始まった。

拳と拳、蹴りと蹴り、交差する全ての攻撃が、相手の急所に目掛けて放たれていく。

一瞬、瞬きしている間に二人は幾百もの拳を繰り出し、幾百もの蹴りを放ち。

放った乱撃の数だけ同時に防いでいる。

そして音速を超えた速度で移動し、一撃必殺の威力を持つ互いの拳がぶつかり合い、その際に起こる衝撃波が周囲の山々を震わせる。

ヒマラヤの山脈が地鳴りを鳴らし、それはまるで大地が悲鳴を上げているようだった。

やがて二人同時に弾ける様に離れて、山頂だった場所に降り立つ。

切り崩され、平べったくなったヒマラヤの山頂、眼下に雲が浮かび、壮大な景色となっている中、バージルとターレスは互いに睨みを聞かせていた。

しかし、最初の攻防で結構なダメージを受けたバージルは、今の戦闘で体力を消耗したのか、僅かに息を切らして肩を上下に揺らしている。

対するターレスは、鎧の一部に皹をいれただけで特にダメージを受けている様子はなかった。

「……一応、聞いておこうか。何故俺の話を断る?」

ギロリと、鋭い眼光で睨んでくるターレス。

バージルはそんなターレスに対し、フッと笑みを浮かべ、ヤレヤレと首を振る。

「同じサイヤ人の割に、案外分からないものなんだな」
「…………」
「簡単、実に簡単な答だ。俺はお前が気に入らない。だから仲間にもならない。……それに」
「っ! がっ!?」
「何故俺が、お前の言うことに従わなければならない」

ターレスとの間合いを瞬時に縮め、バージルは“現状”の自分が出せる渾身の一撃をターレスの顔面に叩き込んだ。

自分がサイヤ人だろうが、本当の名前がピクルだろうが、そんな事はどうでもいい。

目の前に強者がいれば、迷う事なく挑む。

それが喩え、自身の命を無くす事になろうとも。

それが“バージル”の生き方。

これが、自分の決めたモノ。

故に、バージルはターレスの話を聞き入れる事はない。

しかし。

「……そうか」
「っ!?」

敵もまた、強大。

振り抜かれた腕を掴まれ、バージルが目を見開いた瞬間。

「ならば……死ねぇっ!」
「がっ!?」

返し刀の拳が、バージルの横っ面に叩き込まれる。

最初の時とは段違いの威力に、バージルは一瞬意識を手放した。

だが直後に我に返り、バージルは体勢を整えようと体を捻った。

瞬間。

「がっ!」

ターレスの膝が、バージルの脇腹に叩き込まれる。

痛みと次にくる衝撃。

バキバキと骨が砕ける音が響き、バージルの口から大量の血が吐き出される。

何が起こった?

いや、本当は見えていたし何が起こったのも理解できた。

ただ、体がバージルの思考と動体視力に着いてこれていないのだ。

「くっ!」

バージルは歯を食い縛り、追撃が来ない内に今度こそ体勢を整える。

同時に嘔吐するように血を吐き、足場の雪を鮮血に染めていく。

バージルは致命的なミスを犯した。

ラカンから言い渡された約束は、相手が余程の強者でない限り此方から仕掛けるのは禁じられているという事。

そして、その相手が“現状”の自分を上回る輩のみ、力を解放する事を許されるという事。

バージルはターレス達と出会った瞬間、右腕に取り付けられた腕輪を外すべきだった。

そうすれば、少なくともここまで圧倒される事はなかった。

だが、もう後悔する暇もない。

「ヌァァァァァッ!」

既にターレスの右手からは紫色の光が迸り、凄まじいまでの氣が収束され、大地を震わせている。

バージルも何とか対抗しようと、同じく右手に緑色の氣を収束させ。

「エクストリィィィム……」
「ハァァァッ!!」
「ブラストォォォッ!!」

今の自分が放てる最大にして最高の一撃を放つ。

緑色と紫色の閃光。

ぶつかり合う二つの色は、大陸の大地を震わせる。

上空に浮かぶ雲は消し飛び、衝撃によりヒマラヤの山々は削られていく。

そして。

「くっ、ぐっ……くっ!」

バージルの放つ緑色の閃光が、紫色の光に押されていく。

右腕からは血が吹き出し、全身が限界だと叫んでいる。

だが、それでもバージルは負けたくないという一心で、ターレスの力に抗い続けていた。

しかし。

「っ!?」

バージルの閃光はターレスの閃光に呑み込まれ。

バージルは、ターレスの放つ光に包まれていった。

















「ち、あのガキめ、手間を取らせやがって……」

口元から流れる血を拭い、ターレスは舌打ちを打つ。

目の前に広がる光景、そこには地球上最高峰を誇るヒマラヤの山々の姿は無く、ただ広大な空と雲が二分に別れているだけの光景しかなかった。

そして、バージルの姿もそこにはなく、ただの水溜まりがあるだけ。

「スカウターにも反応なし……死んだか」

ターレスは耳につけられたスカウターと呼ばれる機械のスイッチを押し、周囲の生体反応を探る。

しかし、スカウターが何の反応を示さない事を確認すると、ターレスはスイッチを切り、後ろに振り返った。

「ターレス様、大丈夫ですかい?」
「心配はいらん。少々いい一撃を貰っただけだ」
「ターレス様に血を流させるなんて……何者だ?」
「今となってはどうでもいい事だ。……行くぞ」

回復した部下達と共に、ターレスは自分の目的地である東へ向かって、飛び立っていく。

目標は日本。

麻帆良学園。














ヒマラヤ山脈。

バージルとターレスの戦いの為に、嘗ての美しい姿は見る影も失った地形。

ターレス達が去った後、再び吹雪が猛威を奮い始める。

そんな中、二つの人影が吹雪の中から姿を現した。

一人は少女、眼鏡を掛け、手元に二刀の刃を携えた少女が、隣の少年を護衛しているかの様に歩き。

「死なせはしない……」

何の感情も見せない無表情の白髪の少年が、口から白い息を漏らし。

「君だけは、絶対に死なせはしない」

背中に背負う、血塗れとなり子供姿となったバージルに何度も呼び掛けていた。













〜あとがき〜
今回も更新が遅くてすみません!

今回はラカン以外初めての敗北とバージルの過去についてでした。

そして今週の原作を読んで、結構使えるネタがあって助かりましたww



[19964] 侵略者、襲来(修正)
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:146ac043
Date: 2010/08/24 00:39





バージルがターレスに戦いを挑んで早数日。

日本最大の敷地を誇る麻帆良学園は遂に年に一度の大イベント、学園祭を開催した。

空は飛行機が飛び駆り、様々なイベントやヒーローショーが行われ、学園は学生と一般市民で早くも大賑わいを見せていた。

しかし、教師として学園の巡回をしていたネギの表情は、途轍もなく重苦しいものとなっていた。

アジア地方にある魔法使いの組織が、何者かによって壊滅された。

学園祭が始まる前日、世界樹広場で学園長である近右衛門から告げられる一言に、新たに友達として(本人は否定しているが)仲良くなった小太郎と刹那共々言葉を失った。

魔法使いは、その一人一人が一般人とは逸脱した力を持ち、上位の術者は何百人分の軍人の力を上回る。

しかもアジア地方の魔法使いは上位の術者が多くいる……世界屈指の勢力を誇る組織だ。

それが壊滅したと聞かされた時、高音は信じられないと目を大きく見開かせていた。

現在、各国の魔法組織も原因究明に力を注ぎ、この学園も何名かの魔法教師を現場へ派遣している。

それを聞かされた何名かの魔法教師、生徒は今回の学園祭は中止にした方がいいのではないかと意見をだした。

だが、明日に控えた学園祭を前に中止にすれば学園に在学している多くの学生が不信感を抱く恐れがあると近右衛門から告げられ、その提案は却下された。

そして本題となる世界樹の……神木・蟠桃の活性化と告白阻止の説明を受けたネギ達は一先ず解散。

学園祭中は例年よりも五割増しで警備を厳重にするという結論に至り、その時の話はそれで終った。

「はぁ〜……」
「何やねん、いきなり辛気臭い溜め息吐いて……」

学園祭で賑わう通りを歩くネギと小太郎。

隣でドンよりとした空気を纏って深い溜め息を溢すネギに、小太郎は口にしていた綿飴を外し、どうしたと尋ねた。

「折角の祭りなんや、そないに落ち込んでどうする」

背中をバシバシと叩き、小太郎なりにネギを励ましてはいるが。

本人はそれでも意気消沈したまま、再び溜め息を溢した。

「小太郎君、君は気にならないの? 海の向こうの話と言っても僕達の仲間が……」

殺された。

そこまで言い掛けたネギだが、先日のヘルマン襲撃時の出来事を思い出し、不意に口を閉じる。

綿飴を全て食べ尽くした小太郎は、適当なゴミ箱に箸を投げ捨て、頭に手を組んで空を見上げた。

「まぁ、確かに酷い話やと俺も思う。近右衛門のじいちゃんの話やと一人も生き残ってはおらんらしいからな」
「…………」

言っている事とは裏腹に、小太郎の表情は普段通りだった。

何者は分からないが、一国の軍隊にも勝る魔法使いの組織を壊滅した輩が、この世界に存在している。

そして、その輩がいつこの学園に来るかも分からない。

ネギは堪らなく不安だった。

そんな奴らが目の前に現れた時、自分は生徒達を守れるのだろうか?

友人であり、生徒である明日菜やのどか、このか達を守りきる事は出来るのだろうか?

胸を締め付ける痛みが、ネギの表情を更に曇らせる。

「お前ってさ」
「?」
「本当に頭デッカチなんやな」
「うぅ……」

呆れ口調で聞いてくる小太郎に、ネギは何も言い返せなかった。

「確かにお前は頭がええかもしれん。せやけど行動にまでは反映されてへんな」
「………」
「俺は学校なんか今まで行ってないから、お前みたいに頭がまわらへんけど、悩んだ所でどうしようもないって事は分かるで」
「小太郎君……」
「立派な魔法使いの為にこの学園に来たとは言え、お前にとって友達みたいな奴らは多いんやろ?」

友達。

故郷のウェールズではアーニャやカモ、タカミチしか友達と呼べる者はいなかった。

だが、この学園に来てからは大きく変わった。

多くの出会いがあり、その分だけ友達が増えた。

嬉しかった。

(……守りたいな)

ネギは今までの出会いを振り返り、グッと拳を握り締める。

その表情は一つの決意を固めた男の顔だった。

そんなネギの表情を見ると、小太郎はニヤリと笑みを浮かべ。

「何や、ちゃんとそんな顔もできるんやないか」
「い、痛いよ小太郎君……」

バンバンと、先程よりも強く叩いてくる小太郎に、ネギは痛いと訴える。

「……でも、ありがとう小太郎君。少しはスッキリしたよ」
「バーカ、妙な勘違いするんやない。俺が認めたライバルがそんなつまらん事で悩んでいるのが我慢出来ないからや」

素っ気ない口振りであさっての方角に顔を向ける小太郎。

ネギはそんな彼に苦笑いを浮かべ、ふと目の前の時計台に視線を向けると。

「あ、そろそろ僕達の警備時間は終りだね」
「せやな。そろそろ高音の姉ちゃん達が交代に来るな……調度えぇ、ネギは先に上がっとれ。姉ちゃん達には俺から言うておく」
「え? で、でも……」
「今回で約束していた大半を破る事になったんやろ? せめてのどかの姉ちゃんとの約束だけは守ってやりな」

今回の警備強化により、ネギの時間は大幅に狭まれてしまう結果となり。

後半部分の殆どが回れなくなってしまったのだ。

生徒との約束を破り、酷く落ち込むネギ。

生徒達は気にするなと言っていたが、それでも罪悪感が晴れる事はなかった。

それでも何とかクラスの出し物やのどかや雪広達との約束は守れそうになり、ネギの気分は幾分か晴れ渡った。

「本当にありがとう、小太郎君」
「アホ、女とうつつを抜かす奴は嫌いだが約束を破る奴の方が嫌いなだけや」

プイッとソッポを向く小太郎に、ネギは笑みを浮かべ、最初に約束していたのどかの待ち合わせ場所に向かって走り出していた。















龍宮神社。

ネギの生徒の一人である龍宮真名のバイト先であるこの場所の一室で、超鈴音がいた。

多くのパソコンに囲まれ、その中の一台に電源を入れ、カタカタとコンソールを叩いている。

そして、画面に映し出されている情報により、超は難しい表情で唸っていた。

「……これは、どうしたものカ」

額から汗を流し、酷く焦っている様子の超。

「私の知っている歴史とは、随分異なっているネ」

前日の魔法教師・生徒の話を最新技術で以て知った超は、いつもの余裕のある表情から追い詰められたものへと変わっていた。

アジア支部の魔法組織が壊滅。

自分が知る“過去”とまるで違う事に、超は驚きを隠せず。

仲間の一人である葉加瀬と共に、早急にその場から去っていった。

「……さて、これからどうすル? 計画通りに事を進めるカ?」

本来なら一年先に見送られる超の計画。

しかし、超常現象により世界樹の魔力増大が一年早くなってしまい、超は嫌が応にも計画を進めるしかない。

しかし、自分が想定していたものとは違う事態に、超は迷っていた。

学園の魔法教師、生徒達が例年より警備を厳重にしている中、騒ぎを起こすのは得策ではない。

それに。

「ネギ坊主に、コレを渡せなかたネ」

テーブルに置かれた三つの懐中時計。

学園祭の時までは全く動かなかった時計だが、今は一秒毎正確に時間を刻んでいる。

その一つを手に、超が窓から見える学園の街並みを眺めた時。

「さて、これからどうするんだ?」
「!」

背後から声が聞こえた。

聞き慣れた声に超は僅かに頬を弛ませ、声の主へと振り返る。

そこには、コートを羽織った龍宮真名が、銃をテーブルに置いて椅子に座っていた。

「君も聞いたカ?」
「あぁ、例の壊滅事件だろ? あれは流石に驚いた。彼処は私も時折世話になったからな」

腕を組み、天井を仰ぐ龍宮に、超は取り敢えずの選択を取る。

「兎に角、計画の第一段階迄は進め、様子を見る事にするヨ。準備が整うまで龍宮さんは学園祭を楽しんで来るとイイ」
「そうだな。そうさせてもらう」

超からの今後の予定を聞かされた龍宮は、銃をコートの中へと忍ばせ、外へと出ていった。

残された超は懐中時計を手に、再び物思いにふける。

「本当に……これで正しいのカ?」

超の呟きは、誰に聞かれる事なく部屋に響く。

一度は決意した筈なのに、未だに悩み続けている。

だが、この機を逃せば次の機会は22年後になる。

流石にそこまでは待てない。

超は手にした懐中時計“カシオペア”を握り締め、青く澄んだ空を見上げる。

「やらねばならない……私が、私の目的の為にモ」

新たに決意を固め、超は計画を進める事を決めて、部屋を後にした。

その際。

「まさか、今回の一件も彼ガ?」

超は、いなくなったバージルにある予感を感じていた。











「み、宮崎さん。すみません。遅くなってしまって……」
「い、いえー、気にしないで下さい。私も来たばかりですから」

学園の噴水前で待ち合わせをしていたのどかとネギ。

カモに指摘され、スーツから私服に着替えたネギは、時間に若干遅れた事を謝罪する。

「そ、それに私の我が儘に付き合ってくれて、此方こそごめんなさいですー」

本当なら、クラスの出し物を見学するだけで後は警備の巡回に付きっきりの筈だった。

しかし、初めての学園祭にそれはあんまりだという事で、ネギや魔法生徒達は比較的自由時間が多くなった。

その為、こうして最初に約束していたのどかとの学園祭巡りは何とか果たされそうになった。

「それじゃあ、僕達も行きましょうか」
「あ、はいー」

ネギに言われ、いざ学園祭を回ろうとした時。

「あら? ネギ先生じゃないですか」
「あ、高音さん」

人だかりから魔法生徒である高音と愛衣が姿を現した。

そして。

「お、お姉様……」
「ん?」

妹分の愛衣が、何やら計測器の様な機械を取り出し、のどかに向けてスイッチを押すと。

ヴィーッと音が鳴り、慌てて高音に耳打ちをした。

愛衣からの話に一瞬だけ目を開いた高音は、ネギに向き直り。

「ネギ先生、生徒との学園祭回りですか?」
「あ、はい」
「そうですか、なら少しアドバイスを致しましょう」

そう言って、高音はネギの耳元に顔を近付け。

「気を付けて下さい。彼女、告白メーターの数字が結構高いです」
「っ!」
「ここは大丈夫ですが、危険地点にはなるべく近寄らないで下さい。……それでは」


忠告、いや警告か。

高音はのどかに聞こえないよう、ネギにそう告げると、愛衣と一緒に巡回の続きを始めた。

残されたネギは高音に感謝の言葉を呟き、のどかと一緒に今度こそ学園祭を回る事にした。

その一方の高音と愛衣は。

「あ、あのお姉様、本当にあれで良かったのですか?」
「彼とてバカではありません。自分の責務はキッチリ済ませるでしょう」
「そんなものでしょうか」
「そんな事よりも、私達も自分の責務を全うしますわよ。あと少しで休憩時間になりますし、頑張りましょう」
「あ、はい。分かり……きゃっ!」

短い悲鳴を上げる愛衣に、高音はどうしたのかと振り返ると。

尻餅を着いてお尻を擦っている妹分を前に、高音はヤレヤレと肩を竦め。

「申し訳ありません。大丈夫でしたか?」

前に佇む人物に謝罪した。

しかし。

「ンダ?」
「っ!?」

目の前のサイボーグの格好をした人物を前に、高音は固まった。

何だコイツは?

端から見れば着ぐるみを着ている様にも見えるが、高音はそうは思えなかった。

同時に覚える恐怖感、高音は逃げ出したい衝動を抑えるだけで精一杯だった。

軈て、サイボーグは高音達に背を向け、人混みの中へと消えていった。










「遅いぞカカオ」
「ンダ」

麻帆良学園上空。

飛行船よりも高い位置に奴等はいた。

最後に合流したカカオにダイーズが注意し、ターレスに視線を向ける。

「それにしても、勿体ねぇなぁ、こんな美味い飯のある星なのによ」
「だから、もう心残りはないだろう?」

ターレスの一言に、ダイーズ達は不吉な笑みを浮かべ。

「やれ」
「了解……ハッ!」

ターレスの指示の下、アモンドが力を解放した瞬間。
学園の裏に広がる森が大爆発を起こした。



[19964] 神精樹
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:b6f166f9
Date: 2010/08/27 22:34






誰もが何が起こったのか分からなかった。

突然、学園の裏に広がる森が爆発したと思った瞬間、火柱が立ち上り麻帆良の空を深紅に染め上げた。

誰もが言葉に出来なかった。

先程まで賑わっていた学園が、一瞬にして静寂に包まれていた。

「な、何なの……今のは」

クラスの出し物を手伝っていた村上夏美が、誰もが思っていた事を口にする。

学校の窓から見える炎。

ここからは森の方角まで大分距離があると言うのに、煙が大きく立ち上っているのが分かる。

「ちょっと、何あれ」
「どこかのサークルの出し物か?」

クラスの出し物であるお化け屋敷を前に並んでいる一般客の人達が、不安に煙の上がる方角へと見つめていた。

「村上さん」
「いいんちょ?」
「只今学園長から連絡があって、これから本土の方まで市民の皆様を避難誘導をするとありました。私も雪広コンツェルの代表として手伝いますので、夏美さんは千鶴さんと一緒にクラスの皆を避難させて下さい」
「え? え?」

突然告げられる雪広からの言葉に、夏美は軽くパニックを引き起こす。

「これはまだ非公式ではありますが、どうやらあの爆発は人為的なものらしく、何者かのテロ行為ではないかという話が……」
「て、テロッ!?」

大声を上げる夏美の口を抑え、雪広は動揺し始めている民衆に苦笑いを浮かべる。

「あまり大声を出さないで下さい!」
「だ、だって、一番戦争とか縁のないこの国がなんたってテロに……」
「あくまでこれは噂でしかありません。……確かに私も迂闊に話すべきではないと反省はしています。しかし、こうして予期しなかった不足の事態が起きたのです。夏美さんと千鶴さんは私の代理として、クラスの皆さんを避難させて下さい」
「い、いいんちょはどうするの!?」
「私も自分の仕事が終えたらすぐに合流します。ですので携帯は必ず手にしといて下さい」

そう言って、雪広あやかは人混みの中へと消えていき、残された夏美は言い付けを守り、千鶴と共にクラスの避難誘導を始めた。














「さて、こんなものでいいだろう」

麻帆良学園の上空に佇むターレス軍団。

その中でも巨漢を誇るアモンドは、森の中に出来た巨大な空洞を前にニヤリと笑みを浮かべていた。

後ろに控えていたダイーズに視線を向けると、ダイーズはアモンドと同様に不敵な笑みを浮かべながら頷き。

懐から一粒の豆を取り出した。

「カッシリ根付けよ」

ダイーズの指に弾かれ、アモンドが開けた穴に豆が落ちていく。

底の見えない穴へと落下していく様を見つめるターレス。

そして、豆が穴の底へと落ちると、ドクンッと脈打ち。

その小さな豆から、巨大なな根が飛び出し。

麻帆良の大地に根付いていった。

その様子に、ターレス達は目を見開かせる。

「何だか、妙に成長が早くねぇか?」
「この星には普通とは違う別の力がある。恐らくはそいつを吸収する事で神精樹の成長を促してるんだろ」
「…………」

アモンドの説明にターレスは腕を組んで考え事に浸る。

偵察機からの情報ではこの星にそんな力など無かった。

それにより一度は地球とは違う星に流れたのではないかと疑ったが、地質や地殻は偵察機の情報と一致している。

ならば地球で間違いないのか?

(だとしたら、何故カカロットの奴がいない?)

カカロット。

産まれたばかりの頃は戦闘力も低く、地球へと派遣された。

しかし。

(この星にいたのは、カカロットではなくピクルだった)

地球同様、然程脅威というものが無かった惑星カノム。

しかし、惑星カノムはピクルことバージルが向かった瞬間に爆発し、ブラックホールとなってバージルを乗せたポッドを呑み込んだ。

一体どうなっている?

いない筈のピクルがいて、いる筈のカカロットがいない。

そして情報とは噛み合わない地球のエネルギー。

矛盾する情報、人物にターレスが思考を巡らせていると。

「君達かの、この騒ぎを起こしたのは」
「ん?」

不意に声が掛けられた方に振り返ると、何処から現れたのか、いつの間にか複数の人間に囲まれていた。

「何だお前等は?」
「儂らはこの学園に勤務する教師じゃ、君達こそ一体何者じゃ?」

ターレスに尋ねる老人、近右衛門は額に汗を浮かべながらも眼光を鋭くさせる。

異様な雰囲気を纏うターレス達に、他の魔法教師達にも緊張が走る。

すると。

「そうだな。平たく言えば侵略者……かな?」
「何?」

クククと含み笑いを浮かべ、ターレスの横にいたダイーズが応える。

「侵略者とは……どういう意味かの?」
「さぁ? ご想像にお任せするぜ」

ギンッと睨み付ける近右衛門の眼光に動じた様子もなく、ダイーズは相変わらず笑みを崩さないでいる。

そして、近右衛門は自分が尋ねたかった質問を口にした。

「先日、アジア支部の魔法組織が壊滅したと話が此方にも来てな、お主等は何か心当たりはないか?」
「? いや、知らない……あぁ、もしかしてあの妙な術を使う連中か?」
「っ!?」
「あの時は少々驚いたぜ、何せ俺達も知らない技や術を繰り出して来るんだからよ。ビビったぜ」
「尤も、俺達の敵ではないがな」
「ンダ」

淡々と応えるダイーズ。

ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべ、嘲笑っている彼等を前に、近右衛門の額からは青筋が浮かび上がっていた。

「……それで」
「?」
「それで貴様等はこの地で一体何をするつもりじゃ?」
「さぁ、何だろうな?」
「貴様!」

ダイーズの態度と言動に我慢出来なくなった教師の一人が、手を翳して風の刃を生み出した。

刃はダイーズに狙いを定め、斬り刻もうと飛来していく。

しかし。

「…………」
「っ!?」

ダイーズに直撃した筈の刃は四散し、空中へと消えていく。

対するダイーズは何事も無かった様に佇み、相変わらずの笑みを浮かべている。

「オイオイ、風を起こすつもりならもっと強くしてくれよ。これじゃあそよ風にもならないぜ」

ヤレヤレと肩を竦めるダイーズ。

そして、お返しとばかりに右手にエネルギーを収束させ、教師に向けて放とうとするが。

「ダイーズ、少し待て」
「ハッ」

ターレスの命令を聞き入れたダイーズは、右手に集めたエネルギーを四散させ、後ろに下がる。

そして、ターレスは近右衛門に向き直り。

「おい、確かお前は聞いたな。俺達が何をするつもりなのかを」
「?」
「これが、その答えだ」

ニヤリと笑みを浮かべた瞬間。

「「「っ!?」」」

自分達の足下から、突然巨大な樹木が姿を現した。

樹木は通常とは考えられない程の速さで成長し、膨張していく。

そして、樹木の成長に合わせて、大地から根が飛び出していく。

大地の中を蠢き、海を越え、根は世界中へ張り巡らせていった。

アメリカ、イギリス、オランダ、中国。

スイス、スリランカ、コスタリカ、フランス、エジプト。


地球上にあるありとあらゆる国、地域に根は侵入し、破壊していった。

そして、一時間も経たない内に世界は混乱の底に叩き込まれ。

麻帆良の大地に超巨大な樹木が聳え立っていた。













「な、何なんだ。アレ……」

眼前に聳え立つ巨大な樹木。

世界樹よりも遥かに巨大な樹木を前に、ネギは目を見開いて驚愕していた。

天に向かって聳える木。

その木から生える巨大な根。

建物を壊し、蹂躙し、人々を混乱に陥れたモノ。

それら全てが、ネギには初めての体験だった。

「ね、ネギ先生ー……」
「っ!」

手を握り締めてくるのどかの暖かさにより、ネギは我に返り、のどかに振り返る。

混乱に脅え、震えているのどか。

そんな彼女を前に、ネギはしっかりしろと自分に言い聞かせる。

「のどかさん、ここは危険です。早く離れましょう!」
「え? で、でも……」

のどかの返答を聞く前に、ネギは手を引いて走り出し、逃げ惑う人々の波に押し潰されないよう、肉体強化を用いて建物の上へと移る。

すると。

「ネギーッ!」
「明日菜さん! 刹那さんに木乃香さんも、無事でしたか」

生徒である明日菜達も此方に避難してきたのか、生徒達の無事を確認出来たネギは安堵の表情を見せる。

「ネギ、委員長から伝言よ。クラスの避難は千鶴さんと夏美ちゃんが代理としてやっておいたから大丈夫だって!」
「委員長さんは!?」
「今携帯から連絡がありました。此方での避難誘導は完了したから次の区域が完了次第皆と合流するそうです」

明日菜と刹那、二人からの説明によるクラスの無事と状況の確認が取れた事で、ネギは安堵すると共に次の行動を決めた。

「なら僕達も急いで避難しましょう。明日菜さんと刹那さんは木乃香さんとのどかさんをクラスの皆の所へ連れていってあげて下さい」
「ネギはどうするの!?」
「僕は委員長さんの所に行ってお手伝いをしてきます。カモ君!」
「アイサー兄貴!」
「もしかしたら瓦礫に巻き込まれて身動きが取れない人もいるかもしれない。カモ君はそんな人を見かけたら念話で知らせて!」
「合点承知!」

ネギの指示に従い、明日菜と刹那は木乃香とのどかを連れて避難したクラスの下へ。

カモは逃げ遅れた人や瓦礫に挟まり身動きが取れなくなった人がいないかを確認するため、単独で学園の街中へと潜り込み。

ネギは混乱し、逃げ惑う人々を落ち着かせて本土へ避難誘導させる事に尽力を尽くす事にした。

「………」

ふと、足を止めて巨大樹木に振り向くネギ。

樹木の方角から感じられる不気味にして強大な力、まるでバージルと対峙している様な息苦しい感覚。

明日菜はこの事態に対し深く追及はしてこなかったが、恐らくは彼女自身も気付いているのだろう。

アレは自分達の手に余る事態だ。

子供で、まだ未熟な自分が駆け付けた所で、足手纏いにしかならないという現実。

それを前に明日菜は何も言えず、ネギの指示に大人しく従ったのだろう。

目の前に聳える超巨大な樹木。

そこから感じる禍々しく強大な力。

それも複数、あのバージル並にとんでもない奴等があの樹木に存在する事に気付いたネギは、内心諦めていた。

この世界は、もう駄目かもしれない。













この日、世界は壊れた。

混乱に陥った世界も、人も、間もなく思い知る事になるだろう。

地球は間もなく、侵略者達の手によって蹂躙され、駆逐される事を。

それは決められた運命、逃れられぬ楔。

だが、一人だけいた。

終焉に向かう世界を止め、運命を変える力を持っている者。

バージル=ラカン。

傷だらけとなり、死に体となっていた彼だが。


――ドクンッ――


「……うっ」

地球の遥か辺境の地にて、その脈動を動かしていた。


地球が誕生し、有史以来初となる大決戦。

地球まるごと超決戦は、目の前まで迫っていた。
















〜あとがき〜
何だか今回はかなりグダグダでした。
次回からは本格的に戦闘開始しますので、もう暫くお待ちを。



[19964] 開幕、地球まるごと超決戦
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:97d5daf6
Date: 2010/09/02 03:19






世界は混乱のドン底に叩き込まれた。

ほんの数時間前までは、いつもと変わらない日常を誰もが過ごしていたというのに……。

突如現れた巨大な木の根。

圧倒的に、そして爆発的に育っていく根は世界中を蹂躙し、軈ては地球全土に張り巡らせていった。

合衆国や軍を有する国々は、すぐにこの根を焼き尽くす等の対処を取るが。

焼こうが爆撃しようが根には傷一つ着かず、最新兵器を駆使するが、それでも樹肉を晒す事はなかった。

軍内部の過激派は核の使用を進言し、大国は……否、世界は更なる不安と混乱、更なる混沌へと叩き込まれる。













麻帆良学園の裏側。

普段は緑で生い茂げり、動物が多く生息している豊かな森だが。

今は見る影もなく枯れ果てている。

草や木はみるみる枯れ、動物達からは生気が失われ、地に倒れ伏している。

命が消えていく。

学園から日本から世界から、地球上から命が消えようとしていた。

「な、何なんじゃ……これは」

近右衛門は絶句していた。

命が目の前で消えていく。

まるで巨大な樹木が地球の命を吸い上げていく様な……。

見たことも聞いたこともない事象を前に、近右衛門を始めとした魔法教師の面々も、皆驚愕に目を見開いていた。

「貴様等、一体何をしたぁぁっ!?」

近右衛門の激昂の声が、教師達の目を醒まさせる。

鋭い眼光で目の前にいる怪物達を射抜く近右衛門だが、ターレス達は笑みを浮かべて余裕の態度を崩さずにいた。

「何、大した事じゃない。この星……地球を神精樹の苗床にしただけだ」
「苗床……じゃと?」
「そう、この神精樹には大量の栄養分が必要でな、それも星一個丸ごと分の。一度根付けば最後、その星の全てのエネルギーを喰らうまで枯れる事はない」
「っ!?」
「しかも、一度吸い付くされたら数百年は草一本生えないという嬉しい特典付きだ」

後に聳える樹木、ターレスはその概要を愉快そうに説明する。

地球が死ぬ。

途方もない話を前に、近右衛門達は愕然としていた。

だが、それは真実だと思い知らされる。

神精樹と呼ばれる樹木が根付く前から、森は枯れ果てて命が消えていくのが分かった。

そして、神精樹が完全に姿を現してからは命が消える速さが増していった。

「今すぐ止めさせろ! アレを止めるんじゃっ!」

このままでは文字通り世界が死ぬ。

海は消え、大地から緑が消え、地球全土が砂漠で覆われる。

それは、この星にとっては正に死を意味する。

その様な事態など、許す訳にはいかない。

近右衛門はターレスに即刻神精樹を排除するように言い渡すが。

「丁重にお断りしよう」

ターレスはこれを一蹴。

鼻で笑いながら近右衛門の申し出を断った。

「ならば……致し方あるまい」

轟ッと、近右衛門は魔力を解放し、それに続いて魔法教師達も臨戦体勢に入る。

対するアモンド達も、ターレスを除き、笑みを浮かべたまま拳を握り締める。

「せいぜい楽しませてくれよ」
「以前遊んだ連中よりはできるんだろうなぁ?」
「ンダ」
「連中?」

アモンドとダイーズの話に疑問符を浮かべる近右衛門だが、脳裏にアジア支部が壊滅したという報告を思い出し、まさかと目を見開かせる。

「まさか……先日アジア支部の魔法組織を壊滅させたのは……」
「あぁ、俺達だよ」

レズンの即答に近右衛門達に戦慄が走り、同時に怒りへと変わり。

そして。

「……散っ!!」

近右衛門の一言で、魔法教師達は瞬動を以て瞬く間に姿を消していく。

「殺しはするな。遊ぶだけにしておけ」
「「「「ハッ!」」」」
「ンダッ!」

ターレスの指示の下、アモンド達もピシュンッと音と共に姿を消していった。

何故ターレスが部下達に殺すなと命じたのか。

それは近右衛門達の使う魔法に興味があったからだ。

以前潰したとされる魔法使いの組織に、傷を治す輩がいたことを思い出す。

あの時は勢い余って殺してしまったが、今となっては後悔している。

あの治癒術は使える。

乗ってきた宇宙船にも傷を癒すメディカルマシンはあるが、魔法使いが使用する治癒術程凡庸性に優れてはいない。

フリーザと近い将来戦うのであれば、ぜひ手元に置いておきたい。

優秀な治癒術者を聞き出す為に、ターレスは部下達に殺すなと命じたのだ。

しかし。

「まぁそれでも、何人かは死ぬだろうな」

ターレス軍団は皆血の気が多いものばかり。

特にダイーズやカカオはつい殺してしまう可能性もある。

やんちゃな部下を持ち、ヤレヤレと肩を竦めて溜め息を吐き。

ターレスは部下達が、近右衛門達を戦闘不能に追い込むまで、高みの見物を楽しむ事にした。















「あ、足が……」

あの優雅な街並みだった麻帆良とは思えない、瓦礫だらけの凄惨な光景。

炎は舞い上がり、破裂した水道管から水が噴き出し、その光景はまるで戦争をしているかの様だった。

大学生や他の教師と共に避難誘導していたシルヴィだが、人波に呑み込まれ自身が避難に遅れてしまった。

そして、崩れてきた瓦礫の下敷きになってしまい、身動きが取れなくなっていたのだ。

「く、このっ!」

何とか瓦礫から抜け出そうと必死にもがくが、瓦礫の重みで全く動く事はなかった。

不味い。

状況が分からない今、この場所に留まるのは危険だ。

しかも、身の毛が弥立つ程の殺気が近くに五つも感じる。

「早く逃げないと……」

シルヴィはこの場から脱出しようと、何度も身を捩ったりなどを試みるが、瓦礫から抜け出す事は出来なかった。

どうすればいいか、手詰まりの状況に唸っていると。

「大丈夫ですか!?」
「!」

突然聞こえてきた声に顔を上げると、ウルスラ学院の制服を着た高音と、その妹分である愛衣がシルヴィの下へ駆け付けてきた。

「貴方は……」
「喋らないで、今助けますから。愛衣!」
「はい、お姉様!」

シルヴィの上に乗り掛かっている瓦礫を二人は魔法によって向上した身体能力を用いて退かした。

引き摺り出されたシルヴィは、どこも怪我した様子はなく、土や泥で汚れているだけだった。

「良かった。無事の様ですね」
「あ、はい。ありがとうございます」

助けて貰った事を素直に感謝するシルヴィ。

しかし、事態はそれを許そうとしなかった。

「ここは危険です。直ぐに橋を渡って本土に避難して下さい。私達がそこまで護衛しますか……」

高音が言い切る前に、三人の隣に何かが落ちてきた。

舞い上がる煙りに咳き込む三人、軈て煙りが晴れて視界がハッキリすると。

「か、神多羅木先生!」
「ガンドルフィーニ先生!!」


そこには傷だらけとなり、満身創痍となったグラサンを掛けた魔法教師、神多羅木とガンドルフィーニが地面に倒れ伏していた。

傷付いた二人に駆け寄ろうとする愛衣と高音だが……。

「うぇへっへっへ、何だぁ? もうお終いかぁ? もうちっと楽しませてくれよ」

二人を遮るように、上空から一人の小柄な男、レズンが割り込んできた。

レズンは満身創痍の神多羅木に近付き。

「ほらよ」
「グホォッ!」

脇腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。

ボキバキと、骨が砕ける嫌な音が響き渡り、愛衣と高音の表情を真っ青に染め上げる。

すると。

「あん?」

ピピピとスカウターの反応音に何だと振り返ると、三人の少女が真っ青な表情で佇んでいるのを見つけた。

ガタガタと震える少女達を見て、レズンはグニャリと歪んだ笑みを浮かべた。

自分達よりも小柄なレズン、しかしその力は強大。

不気味な笑みを浮かべて近付いてくるレズンに、三人は蛇に睨まれた蛙の如く身動きが出来なかった。

「お前ら魔法使いかぁ? 魔法使いなら手を上げろ、そうじゃなかったら……」
「!」
「死んでいけ」
「っ!?」

レズンがコハァッと零す吐息が、白い煙りになって舞い上がる。


――ゾクリ――


小さな虫が、全身を這いずり回る様な悪寒を感じた。

何とかこの場から逃げ出さないと。

高音は隣にいるシルヴィと愛衣だけでも逃がそうと、震える足を動かして二人を庇うように一歩前に出た。

「お姉……様?」
「あぁん?」

いきなり前に出る高音に、愛衣は未だ正常に思考が定まらないでいる。

「愛衣、貴方はそちらの方を連れて早く本土へ逃げなさい」
「えっ!?」

高音のその一言に愛衣は鉄槌で殴られた感覚に襲われた。

そしてそれは、シルヴィも同様だった。

「お、お姉様、何を……」
「私も神多羅木先生とガンドルフィーニ先生を連れて避難します。貴方達も早く」
「で、でもっ!」

目の前の小さな怪物が、それを許す筈がない。

だが、誰かがこの場に残らなければここにいる全員が殺される。

目の前の怪物は、それを平然と行える存在。

愛衣は肌に突き刺さる程の危機感でそれを悟った。

そして。

「わ、分かりましたお姉様。お姉様も必ず来てくださいね」
「…………」

返事を返さない高音を尻目に、愛衣はシルヴィを連れてその場を離れていった。

そしてその際に。

「………」

シルヴィは見えなくなるまで、高音の後ろ姿を見つめ続けていた。

残された高音とレズン、神多羅木とガンドルフィーニは気絶しているのか、何の反応示さなかった。

すると。

「く、ククク……、馬鹿な奴等だ。どのみちお前達は死ぬ運命だっていうのによ」
「っ!?」
「この星はあと数日で赤茶けた星に変わる。そうなればお前達の住める環境ではなくなり、放っておいても死滅するってオチよ」

歪んだ笑みを浮かべながら、この星の運命を語るレズン。

星が死ぬ。

まるでSF映画を前にしているようで現実味がない。

しかし。

「そんな事は……関係ありません」
「あぁ?」

高音にはそんな事など、最早どうでも良かった。

「貴方達が何処の誰で、何を目的にしていようと。私の知った事じゃありません。……しかし!」
「!」
「貴方達は傷付けた! 人を! 友を! 家族を! そして笑顔を奪った! 私は許さない。貴方達を絶対に許せない!」

最初にこの学園に来た時は、立派な魔法使いになる為の通過点と修行にする足場でしかないと考えていた。

立派な魔法使い。

それは全ての魔法使いが目指す頂き。

自分は正義の為に、人の為に人生を尽くすものだと信じて疑わなかった。

だけど、ある人物と出会って自分だけの考えを持つ様になってからは世界が違って見えた。

自分のクラスに、以前よりも話す機会が多くなった。

いつの間にか友達と呼んで呼ばれる人も増えていた。

嬉しかった。

クラスの皆と一緒に学園の出し物を作った時は、本当に楽しかった。

学園を警備で回っている時も、去年に比べて色んなものを見付ける事も出来た。

お年寄りを助けて上げる子供達。

幼い子供と一緒に笑い合っている夫婦。

そのどれもが、自分には尊く、そして眩しく見えた。

なのに。

目の前奴等はそれを奪った。

蹂躙し、破壊し、踏みにじった。

許せない。

許さない。

「貴方達がどれ程の力を持っていようと、私は絶対に許さない!」

それが喩え、絶望的な差であっても。

コイツ等を許す理由にはなりはしない。

故に。

「だから!」

戦う。

高音の魔力によって髪がざわつき、握り締めた拳に力が入る

そして高音は右手を突きだし、エヴァンジェリンの下で修行したその成果をレズンにぶつけようとした。

高音が使う魔法は影。

それは自分を写し出す鏡。

それは自分が望む最も強き姿。

高音が編み出した自分に持てる最大の分身。

その名は……。
















「絶影っ!!」

高音の影から、もう一人の自分が姿を現した。

















〜あとがき〜
今回はスーパー高音タイム?
でした!

この話を作った時から高音はこうする予定でした。




[19964] 戦闘開始
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:b29f53ac
Date: 2010/09/03 01:30







地球に根付いた巨大な大樹、“神精樹”。

麻帆良を覆い尽くす枝葉の影は人々の不安を象徴しているように、黒く、大地を染めている。

途徹もなく巨大な大樹は、まるで地球を嘲笑うかのように聳え立ち、犯す様に地球全土にその根を這わせていた。

地球の……旧世界の各魔法組織は秘密裏に行動し、何とか根を排除しようとするが。

やはり、どうやっても取り除く事は出来なかった。

炎や雷、風や水を操っても傷一つ付けられず、無意味に時間だけが過ぎていき。

それに連れて地球からは命が消えようと、徐々にその姿を変えていった。

緑で生い茂る森や、アマゾンといった森林地帯の木々は枯れ果て、動物や虫達も死んでいき。

母なる海も干上がり始め、地球は赤茶けた色へと変わり。

地球の……星の死が、もうすぐそこまで迫っていた。
そして、その聳え立つ神精樹を前に一人佇む人物がいた。

ターレス。

残された数少ないサイヤ人であり、バージルを惑星カノムへ送り出し、数多の星々を神精樹に喰らわせてきた張本人。

ターレスは眼下で遊んでいる部下達を見ながら、愉快そうにほくそ笑んでいた。

「ククク、さぁて、あと何分持つかな?」

スカウターと呼ばれる機械から、ピピピと音が鳴り響き、画面から一つの点が消えた。

それを見るとターレスは舌打ちを打ち、赤いボタンを押す。

「おいダイーズ、殺すなと言っただろうが」
『も、申し訳ありません。つい力が入ってしまって……』
「奴等から治癒力を持った魔法使いの居場所を吐かせる生け贄だからな、丁重に扱え」
『ハッ』

赤いボタンから指を離し、再び眼下へと視線を落とすターレス。

血気盛んな部下を持つと大変だなと、心にもないことを呟くと、ターレスはヤレヤレと肩を竦めた。

すると。

「む?」

再びスカウターから機械音を鳴らし、近くに生命反応があると知らせてくる。

何だと思い振り返ると、そこには長い金髪の小さな女の子が腕を組んで佇んでいた。

「高見の見物とはいい身分じゃないか」
「何だ貴様は?」
「私はただの魔法使いさ、但し、悪のだがな」
「ほぅ?」

エヴァンジェリン=A.k=マクダウェル。

彼女が、ターレスの前に立ち塞がる様に佇んでいた。

「それで、その悪の魔法使いが俺に何の用だ?」
「なに、大した事じゃない。お前のお陰で学園の結界が解けたのでな、それのお礼に来ただけさ」
「結界?」

聞き慣れない単語に首を傾げる。

すると、エヴァンジェリンから膨大な魔力が放出され、周囲の空気を震わせた。
「それともう一つ、貴様にお礼がしたい事がある」
「うん?」
「よくもまぁ、人が気持ちよく家で寝ているのを邪魔してくれたな。しかも家をバラバラにしてくれて……」

エヴァンジェリンの家、ログハウスは森付近にある。

その為、神精樹の根の侵攻をまともに受け、バラバラに散ってしまったのだ。

髪はざわついて逆立たせ、怒りを露にするエヴァンジェリン。

しかし、ターレスは動揺した素振りも見せず、フッと笑みを浮かべ。

「それで? まさかその程度の戦闘力でこの俺とやり合うつもりか? しかも一人で……」

確かに、この星に来てからは戦闘力とは別の能力で若干手間取る事は度々あった。

治癒術で回復させる者、幻影等を使って翻弄する者、大地や風を操り行く手を遮る者、この地に赴くまで様々な術を使い自分達に挑んできた。

アジア支部の魔法組織は、旧世界でも一、二を争う実力者が集まっている区域。

故に全滅した。

彼等の奮闘が奴等の勘に障り、その地域ごと消し飛ばされてしまったのだ。

喩え目の前の小娘がどれ程の魔法を駆使した所で、自分には掠り傷一つ付けられる事はない。

ターレスは寧ろ、どんな魔法を扱うのか楽しみになってきていた。

今まで滅ぼしてきた星、その中でも抵抗してきた奴等の中ではトップクラスで面白い連中。

ターレスは手品を披露するマジシャンを前にする子供の様に、胸をときめかせていると。

「一人ではありませんよ」
「っ!?」

突然背後から聞こえてきた声に振り返ると、フードを被った男がいつの間にか自分の背後で佇んでいた。

「何……だと?」

スカウターには何の反応も示さなかった。

スカウターは戦闘力だけではなく、生命反応を感知するシステムがある。

その性能さ故に、時折動物と間違う事もあるが支援アイテムとしては画期的な装置。

その気になれば星の裏側にいても探し出す事も出来る。

それなのに、この男に対しては何の反応も示さなかった。

(スカウターの故障か?)

ターレスはスカウターの動作チェックを行う為に、赤いボタンを何度も押すが。

スカウターはどこも故障してはいなかった。

故障ではないとしたら何かしらの誤差動を起こしたのか。

「貴様、何者だ」

目の前のフードを被った男を前に、ターレスは初めてその顔から余裕の笑みを消した。

「さぁ、何者でしょう?」
「………」

挑発してくる男に、ターレスは内心苛つきを覚えながら、手を拳へと変えていた。

『アルビレオ=イマ、分かっているな』
『えぇ、世界樹の魔力が枯渇していく今、私もこの姿を保てなくなります。そうなる前に……』

念話で互いの目的を確認し合う二人、エヴァンジェリンとクウネル。

神精樹は星の命だけではなく、世界中の聖地の魔力すらも吸収し、自らの糧にしている。

世界樹の魔力も無限ではない、いずれは神精樹に全て吸い尽くされてしまうだろう。

だからはクウネルは今回の騒ぎが始まってから早急にエヴァンジェリンと合流し、首謀者であるターレスを叩こうと手を組んだ。

そして。

「貴方は、少々やりすぎです。ここで叩かせて頂きます」
「そういう訳だ」

二人の最強クラスの魔法使いが、ターレスに前後からの同時攻撃を仕掛けるのに対し。

ターレスは……。

「……虫けらが」

小さく低く呟き、対称的に鋭い怒りと強大な力を解放した。













「な、な、何なんだよこれはぁぁぁぁっ!?」

崩壊し始めた麻帆良学園を、小型ノートPCを脇に抱えて疾走する一人の少女がいた。

長谷川千雨。

途中までクラスの皆と一緒に避難していたのは良かったが、とあるイベント会場にノートPCを忘れた為、すぐに戻るといって皆とはぐれ。

そのまま学園に取り残されてしまった。

失敗した。

幾ら思い入れのあるPCだからとはいえ、そんなものに拘らずにさっさと逃げれば良かったと、千雨は自分を罵倒した。

しかし、今はそれ処ではない。

千雨は急いで本土へ脱出しようと、陸橋に向かって走り続けるが。

「もうイヤァァァっ!」

神精樹の根や瓦礫が道を阻み、陸橋に向かう事は困難となっていた。

それでも、野性的勘か窮地に立たされた人間の底力なのかは分からないが、時折頭上へと落下する瓦礫を回避しているのは驚くべきもの。

しかし。

「っ!?」

瓦礫の中から這い出て、再び陸橋に向かって走ろうとした時。

千雨は目の前の光景に言葉を失い、足を止めた。

先程まで、自分が走っていたのは瓦礫やアスファルトが砕けて剥き出しになっていた大地。

だが、瓦礫となった建物から出てきた時は、地獄へと迷い込んだかの様に見えた。

そこは今までとは違い瓦礫に埋もれた光景ではなく、剥き出しの大地となったもの。

そして、その大地は血によって真っ赤に染め上がっていた。

葛葉刀子、弐集院、他にも自分が知る教師の何人かが、血塗れとなって倒れ伏していた。

何だこの光景は?

映画の撮影? 何かのイベント?

千雨の思考は目の前の光景を現実とは受け止めきれず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

だが、鼻につく血の臭いがこの光景を現実だと思い知らせる。

他にも倒れている人もいるし、皆微かだが息をしている様にも見える。

しかし、その中にはピクリとも動かない者もいた。

(ヤバい)

逃げろ、早くここから逃げろ。

全身の細胞、頭から足の爪先まで自分を構成させている全ての細胞が逃げろと叫んでいる。

しかし。

(う、動かねぇ……)

意思とは裏腹に、千雨の足は震えて動けずにいた。

千雨はどうにかして逃げようと、必死にもがくが。

「ンダ?」
「っ!?」

突然目の前に現れた化け物に、千雨は大きく目を見開かせて絶句した。

全身が銀色の鎧に身を包み、まるでサイボーグの様な格好をしているそいつは、マジマジと自分を見下ろしている。

B級のSF映画に出てきそうな奴だが、手に着いている血を見てすぐにそれは間違いだと気付く。

コイツだ。

刀子や他の教師をこんなにしたのは。

血を見ても平然としていて、寧ろそれを楽しんでいる。

殺すのを楽しんでいる。

そこまで思考が追い付くと、千雨はペタンと地面に座り、身動きが出来なくなった。

今自分の前にいるのは、正真正銘の殺戮者。

ふざけた格好をしているが、相手は殺しを平然と行う者。

何故自分がこんな目に?

自分はただ平凡でもささやかな日常さえ過ごせればそれで良かったのに。

千雨はこれまで過ごした記憶を走馬灯の様に思い出していく。

そして、自分の二回り以上大きい化け物に手を伸ばされた。

瞬間。

銃撃の音が鳴り響き、化け物の手を弾き飛ばした。

「やれやれ、困るな長谷川」
「……え?」
「団体行動はキチンと守らないと」

呆れ口調の混じった声に振り向くと、二丁拳銃を手にした同級生、龍宮真名が化け物に向けて銃口を突き付け、瓦礫の上に佇んでいた。

「龍……宮?」

何故同級生の彼女がここに?

千雨は転々と変わる状況に着いていけないでいると。

「長谷川殿、無事でごさるか?」
「アイヤー、トンでもない事になってるネ」

自分の隣に楓、その後ろに古菲が降り立ち、化け物と対峙するように向かい合った。

「ンダ?」

サイボーグは、カカオはいきなり現れた少女達に僅かに動揺した素振りを見せるが、すぐに戦闘体勢に入った。

対する古菲達は皆額に大粒の汗を滲み出し、命の危機を前に極度の緊張感に包まれていた。

「全く超の奴、こんな化け物を足止めしろなどとは……どれだけ金があっても足りないよ」

拳銃を握った手に、震えが止まらなかった。

しかし、姿を晒してしまった以上、下手に逃げる事も出来なかった。








他にも。

「あ、明日菜君、ネギ君、刹那君も、駄目だ。逃げなさい。君達が敵う相手じゃ……」
「分かってる。だから、タカミチや他の先生達を連れてすぐに逃げるよ」
「あまり舐めるなよ。糞餓鬼共」

タカミチの元にはネギや明日菜、刹那がアモンドと対峙し。

近右衛門が相手をしているダイーズの下には。

「苦戦しているようだネ、学園長」
「お、お主は……」
「あぁ? なんだお前は?」
「私? 私は……」

最新型の……自分の持つ技術を集めて完成させた強化服を身に纏った。

超鈴音が。

「ただの通りすがりの……火星人ネ」

背中と、そして右手の甲に海中時計を嵌め込ませ。

「時間加速《クロックアップ》」

目の前の怪物と相対した。











〜あとがき〜
何だか、引っ張るような展開になって申し訳ありません。

次回からは本格的にバトルに突入しますので、もう暫くお待ちを。



[19964] 激闘必至
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:39a98d0f
Date: 2010/09/07 18:01










麻帆良学園。

本来なら学園祭で賑わっていた筈の場所が、今は侵略者が芽生えさせた神精樹の実によって蹂躙され、その面影は見るも無惨なものへと変わっていた。

瓦礫に埋め尽くされた学園、チャイムを鳴らす鐘が突然何かにぶつかり破壊される。

舞い上がる土煙、崩れた瓦礫の中から一人の少女が姿を現した。

高音=D=グッドマン。

服は破れ、傷だらけとなった彼女は、絶影という新たな力を手にしたにも関わらず、ボロボロに追い詰められていた。

絶影。

高音が得意とする影魔法、今の自分が出せる最高の技。

影で作られた人形であり、自律能力を持った……謂わば高音に取ってはもう一人の自分。

顔半分を覆った仮面には皹が入り、腕を抑え込んだ拘束具を模した装甲にも幾つもの亀裂が刻まれている。

「くっ!」

高音は空中に佇む小さな怪物、レズンを睨み付け。

「はぁぁぁっ!」

絶影と共に飛翔する。

高音と絶影、二人の挟んでの同時攻撃。

高音は影によって強化された拳を放ち、絶影は二つの紐を螺旋状に絡ませて、一つの槍を撃ち込む。

二人の攻撃が届いたと思った。

その時。

「ヒャッハァッ!」
「っ!」

レズンの体が光を放ち、二つの影が飛び出し。

「あうっ!」

高音と絶影、それぞれの顔と腹部に衝撃が貫かれ、地面に叩き付けられる。

激しい痛みのある腹部を抑えながら、立ち上がろうとする高音だが。

「う……けほ、かは」

口から大量の血が吐き出され、足下の瓦礫を鮮血に染め上げる。

「また、あの技か……」

ギリッと歯を噛み締めて、レズンのいる上空を睨み付けると。

「レズン!」
「ラカセイ!」
「「俺達双子の兄弟さぁっ!」」

レズンとまるっきり瓜二つの男、ラカセイ。

どういう原理か分からないが、一人かと思えば二人になり、二人かと思えば一人になるレズンとラカセイの連携攻撃に、高音は翻弄されていた。

「残念だったな」
「折角二対一の有利な状況になってたのになぁ」
「くっ!」

思ったより体にダメージはなく、一人で立ち上がる高音。

当然だ。

何せ向こうは殺さないように手を抜いているのだから。

悔しかった。

エヴァンジェリンの下でアレ程修行を重ねて来たというのに、全く以て相手にされていない事実に。

高音は拳を握り締めて、レズンとラカセイに睨み付けた。

その時。

「っ!」
「ラカセイ!?」

突然、背後から
無数の黒い狗がラカセイを襲い、爆発を引き起こした。

二人を囲むように煙が広がり、レズンは何が起こったのか辺りを見渡すと。

「狼牙双掌打っ!」
「ぬがっ!?」

レズンのスカウターが反応を示した瞬間、真下から突き上げる様に突き出された掌、その先から伝わる衝撃にレズンは顎をカチ上げられ。

「しゃらぁっ!」
「がぁぁぁっ!?」

腹部に叩き込まれた蹴り、レズンは瓦礫の中へと吹き飛んでいく。

「れ、レズン!?」

いきなり吹き飛んだ兄弟に、動揺するラカセイ。

すると。

「疾空、黒狼牙!」

黒髪から犬のような耳を覗かせる少年から放たれた先程と同じ幾つもの狗、それら全てラカセイに撃ち込まれ、レズンと同様に瓦礫の中へと落ちていく。

突然起こった出来事に高音は混乱していると。

「姉ちゃん、無事か!?」
「き、君は……」

狗族の少年、犬上小太郎が目の前に降り立ち、高音へと駆け寄っていった。

「どうして君が……」
「俺もさっきまで一般人を避難させてたんや、そしたらなんや滅茶苦茶ヤバそうな気配を感じたんで他の連中に任せてここに来たんや」

因みに避難の方は無事に完了した。

小太郎から告げられる現在の状況に、高音が胸を撫で下ろしていると。

「この糞ガキィィィィッ!!」
「ただで済むと思うなよぉぉぉっ!!」

レズンとラカセイを吹き飛ばした方角から瓦礫が吹き飛び、怒りの雄叫びを轟いた。

小太郎の油断を突いた不意討ちも、大して利いた様子はなく、寧ろただ怒りを買っただけにみえた。

雄叫びから感じられる怒りの度合いに、小太郎はヤバいと直感した。

「どうやら、俺のした事はただアイツ等の怒りを買っただけみたいやな……」
「みたい……ですね」
「姉ちゃん、今の内に逃げとき。アイツ等は今や俺だけしか狙ってへん。今なら姉ちゃん一人位なら逃げれるかもしれんで」

震える体を抑えながら、小太郎は笑みを浮かべて高音に逃げろと言い聞かせる。

これまで生きてきて、小太郎は何度も修羅場を潜ってきた。

殺しや盗み、捨て駒にされたりと生きる為に命を懸けて戦い。

そして、今日まで生き抜いてきた。

だが、今回は流石に相手が悪い。

迫り来る脅威を前に、小太郎は自分の死を覚悟した。

すると。

「何を、馬鹿な事を……」
「は?」
「私は貴方よりも年上、逃げるとするなら私ではなく貴方の方です」
「なっ! それをいうなら姉ちゃんは女やないか! 殿は男の勤め、姉ちゃんが逃げや!」

自分が死ぬ覚悟でいたというのに、それを台無しにする高音。

互いに逃げろ逃げろと言い合い、ギャーギャーと騒ぎ立てる二人。

お互いそれぞれ譲れないものがあるのか、依然として引こうとしない。

しかし。

「安心しな」
「どっちも殺してやるよ」
「「っ!?」」

既に脅威は間近まで迫り、二人は完全に逃げるタイミングを逃してしまった。

「……どうやら、もう逃げられないみたいですね」
「腹ぁ、くくるしかないみたいやな」

血走った目で睨み付けてくるレズンとラカセイ。

対する二人は今度こそ覚悟を決めて、迎え撃つ体勢に移った。

小太郎は絶影と共に前へ、高音は後方に呪文を唱え。

「ガァァァァッ!!」

小太郎は自分の内に流れる狗族の血を目覚めさせ、獣化し。

「ウォォォォッ!!」

雄叫びと共に大地を蹴った。













小太郎と高音が決死の覚悟でレズンとラカセイに挑んでいる一方、神精樹の上部付近では。

「ハァァァッ!」
「フッ!」
「チィッ!」

ターレスに対してエヴァンジェリンと自身のアーティファクトの力でバージルとなったクウネルが、激闘を繰り広げていた。

「喰らえ!」

エヴァンジェリンはターレスに狙いを定めて、無数の氷の矢を放つ。

「そんな小細工がっ!」

ターレスはこれを一蹴、掌から放つ光の矢でもって相殺し、エヴァンジェリンが放つ矢よりも遥かに多い物量で、彼女を射抜いていく。

「あ、が……」

手、足、胴体、至るところを撃ち抜かれ、エヴァンジェリンの躯から大量の血を噴き出す。

地面に向かって落下していくエヴァンジェリンを見て、“今度こそ”仕止めたと口元を歪める。

しかし。

「ツァッ!」
「ぬぐっ!?」

背後からのクウネルの蹴りがターレスを捉え、エヴァンジェリンと同様地面に向けて落ちていく。

すぐに全身を強張らせてブレーキを掛け、クウネルの方へ振り返るが。

「っ!?」

既に目の前にはバージルの拳が迫っていた。

首を捻り、回避するターレスだが。

バージルとなったクウネルの拳圧が真空の刃となってターレスの頬を切り裂いていく。

「ヌァァッ!!」
「っ!!」

ギリッと喰い縛った歯軋りの音が、ターレスの憤慨の度合いを思わせる。

そして、振り抜いた体勢によりがら空きになった脇腹に返しの蹴りを放つ。

直撃をマトモに受けたクウネルは、エヴァンジェリンのいた方角とは正反対の場所へ吹き飛び。

地面へと叩き付けられる。

地下に幾つもの空洞を持つ麻帆良学園、魔力を失いつつある大地はその衝撃に耐えきれる筈もなく、激しい音と共に崩れていった。

轟音と共に舞い上がる砂塵、ターレスはそれを眺めながら頬から流れる血を拭うと。

「奴等、一体何なんだ?」

ターレスは見たこともない術や技を使うエヴァンジェリンとクウネルに、苛立ちを募らせていた。

戦闘開始直前、突然クウネルが妙なカードを出したと思った矢先、これまたいきなり無数の本が現れ。

その中の一冊を手に取り、栞を抜き取ったかと思えば、眩い光と共に現れたのはまだ幼さを残す少年だった。

(あの魔法使い、ピクルの面影がある奴に化けやがった。何なんだあの術は……)

クウネルが変身したのは、以前戦ったバージルのコピー。

強さはターレスが戦った時とは比べ、数段劣っているように感じられた。

(確かフリーザ軍の中に似たような術を使う奴がいたと聞いたが……まさか奴が?)

ターレスはいつの間にか冷静を取り戻し、クウネルの術について考え始める。

正直、クウネルの術についてはそれほど脅威ではない。

ピクル……いや、バージルの面影がある子供に変身したのは驚いたが、それでも自分を脅かす程ではない。

問題はあのクウネル自身。

どれだけ攻撃しても、まるで雲を相手にしているように手応えがなく。

「ハァァァッ!」
「チィッ!」

直ぐにまた体勢を整えて攻撃してくる。

それだけではない。

「闇の吹雪!!」
「っ!?」

確かに致命傷を与え、地面に落下した筈の小娘、エヴァンジェリンがクウネルと同様に直ぐに復活し、攻撃を再開する。

(何がどうなっている!?)

治癒術も使わず、そんな素振りも見せず、尚復活して攻撃してくる二人に、ターレスは動揺と焦りを見せ始めていた。

ターレスが二人の攻撃を掻い潜り、回避し続けている。

その時。

「フンッ!」

再び背後に回り込んだエヴァンジェリンが、ターレスに向けて魔力で凝縮した刃を降り下ろした瞬間。

「調子に……乗るなぁぁっ!!」

振り返り様に降り下ろされる刃を防ぎ、残された手で。

「が……」

エヴァンジェリンの心臓を貫いた。

手応えあり。

心臓を貫かれ、グッタリと項垂れるエヴァンジェリン。

ボタボタと落ちてくる血がターレスの頬に付着すると。

ターレスはそれを舌で舐めとり、含み笑いを浮かべて漸く仕止めたと確信した。

しかし。

「フッ」
「なっ!?」

突然、笑みを浮かべて腕を掴んでくるエヴァンジェリンに、ターレスは大きく目を見開かせた。

確かに自分は心臓を貫いた筈。

それが人間型の最大の弱点である以上、エヴァンジェリンの死は絶対。

なのに。

「残念だったな。私は不老不死でな。私には死というものが存在しないのさ」
「何っ!?」

不老不死。

エヴァンジェリンから聞かされる言葉に、ターレスは驚愕の表情を浮かべていると。

「戦いの最中、余所見とは感心しませんね」
「し、しまっ!?」

既に懐にはクウネルが潜り込み、その拳を力強く握り締められ。

「ダァッ!!」
「っ!?!?」

クウネルの放った拳がターレスの鎧に亀裂を入れて、神精樹のポッカリと空いた空洞へと吹き飛ばしていった。

「チィッ、油断した」

地面に膝を着き、ターレスは口元から流れる血を拭い取る。

忌々しげに眉を潜め、憤怒の色を露にするターレス。

すると、ふと自分がいつの間にか神精樹の内部にいたことに気付き、上を見上げると。

「こ、これはっ!?」

ターレスは自分が目にした光景に、歓喜の笑みを溢した。













「もうすぐ時間切れです」
「あぁ、次の一手で決めるぞ」

エヴァンジェリンとクウネルは、ターレスに最後の一戦を挑む為に神精樹の内部へと突入していた。

エヴァンジェリンも闇の魔法を使い続け、そろそろ自我に限界が訪れ。

クウネルも世界樹の魔力切れによって姿を保つ事も敵わなくなってきた。

二人は……特にエヴァンジェリンは自身の存在を掛けてターレスに挑もうとしていた。

そして、遂にターレスの下へと辿り着くと。

「ククク……小娘、小僧、一足遅かったな」
「何?」
「どういう事だ」

待ち構えていたのは、不敵な笑みを浮かべて赤い果実を手にしたターレス。

「良く頑張ったが……お前達の負けだ」

そう言うと、ターレスは手にした赤い果実を一口。

かぶり付いた。














[19964] 発進
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:2d15808e
Date: 2010/09/11 20:31






――負けた。

ジャック=ラカン以外の男に初めて敗北した。

拳も、体術も、技も。

奴には届かなかった。

ターレス。

自分と同じ戦闘民族サイヤ人であり、惑星カノムへ送り出した張本人。

何故奴が地球に?

何が目的で何をする為に?

暗闇に閉ざされたバージルの思考に、一瞬だけそんな考えが過る。

しかし、その直後に来る激情に、そんな疑問は彼方へと吹き飛んでいった。

――悔しい。

ただ一点、バージルの思考は暗闇から深紅にそまる業火へと燃え上がっていく。

ジャック=ラカン。

奴を超える為に戦い、その為だけに強くなる事を渇望し続けてきた。

故にその過程で死せば、それまでだと自分に言い聞かせてきた。

所詮、そこまでの人間だったと。

――だが、それは違った。

胸の奥から沸き上がる怒り、それが自分に戦えと訴えてくる。

戦え、そして勝て。

サイヤ人? 戦闘民族? ピクル?

どうでもいい。

自分はバージルとして存在し、バージルとして生きていく。

故に戦う。

故に願う。

このままでは終れないと。

終わる訳にはいかないと。

さぁ、目を覚まそう。

自分は生きている。

生きているならばやる事は一つ。

再び始めよう。

戦いという名の舞台へと舞い戻る為に……。
















「う……ん?」

何か体にのし掛かっている。

生暖かくて柔らかく、だけど妙な匂いがする。

鼻腔を擽る刺激が、バージルの思考をより覚醒へと導いていく。

そして、ふと瞼を開けると古い木材でできた天井が視界に映った。

生きている。

バージルは両手両足の指先を動かし、自分はまだ生きている事を確信した。

――パチリッ。

火が弾ける音に頭を動かすと、部屋を暖める為の暖炉が淡い炎の光を放ちながら、煉瓦で出来た囲いの中で燃え上がっていた。

暖かい理由はこれだったか。

バージルは自分の体を包む暖かさの原因に満足し、目を瞑ろうとするが。

「あん、バージルはんくすぐったい」
「?」

ふと、バージルの体にのし掛かる重みから艶の掛かった声が聞こえてきた。

バージルは半身だけ起き上がり、何だと思って視線を下に向けると。

「おはようございます〜。よう眠れましたか〜?」

酷く間延びした口調が特徴の月詠と目が合った。

しかも裸。

一糸纏わぬ姿、決して小さくはない乳房をバージルの胸板に押し当てて、妖艶な笑みを浮かべている。

眼鏡を掛けず、素の表情を晒す月詠。

それは通常の美少女とは違った魔性の美しさを放っている。

まだ幼さを残すが、一種の美の究極体を見せ付ける彼女を前に、理性を保てる男性は少ないだろう。

しかし。

「何だお前は?」

一閃。

神鳴流の使い手でも惚れ惚れする様な一閃の一言を漏らすバージルに、月詠は僅に口端を吊り上げる。

だが、すぐに表情を戻し、クスクスと微笑みながらバージルとの距離を開けた。

その際に見えた月詠の滑らかな艶肌の全てを目にしても、バージルは全く以て動揺はせず、鋭い眼光のまま月詠を射抜いていた。

「あん、そんな見つめないで下さいな〜。濡れてしまいます〜」

何が?

バージルは月詠に問い掛けようとした時、ドアノブから捻る音が響き、扉が開かれる。

ギィィと、古めかしい音と共に現れる人物に、バージルは僅に眉を吊り上げた。

フェイト=アーウェルンクス。

修学旅行以来出会う事なかった人物、それが何故自分の前にいる?

「目を覚ましたかい?」
「………」
「そう睨まないでくれないか? 押し付けがましい事は言うつもりはないが、まだ君の体は万全じゃない筈だ。もう少しは大人しくしてくれ」

フェイトにそう言われ、バージルは自分の体に視線を下ろすと、自分の身体中至る所に包帯が巻かれている事に気付く。

そして同時に自分も月詠と同様に丸裸だった事にも……。

「バージルはん、体は小さいのにある部分は規格外なんですもの〜、危うく一線を超える所でした〜」

紅潮する頬を抑え、イヤンイヤンと左右に首を振る月詠。

そんな彼女を視界の外に追いやり、バージルはフェイトに睨み付けながら問い掛けた。

「……何故助けた?」

バージルの疑問は当然だった。

フェイトとは情報を交わす仲であっても命を助けて貰う間柄では決してなかった筈。

どんなに苦境に陥っても生き延びてきたバージルにとって、フェイトの自分に対する行いは正直言って余計なお世話の一言。

これまで一人で生きてきたバージルには、フェイトの行動が理解出来なかった。

すると。

「……君の言いたい事も分かる。しかし、事態は既にそれを許せる状況ではないんだ」

ゆっくりと口を開いたフェイトから聞かされる話に、バージルは疑問に眉を吊り上げた。

「歩けるかい?」
「……あぁ」

ドアを開け、一緒に来てくれと促すフェイト。

バージルは自身に被せてあった布切れを身に纏い、フェイトの後を追っていく。

その際、あれ〜とベッドから転げ落ちる月詠は部屋を後にするバージルの背中を恨めしそうに見つめ。

「うーん、やっぱり少し位摘まみ食いすれば良かったなぁ〜」

ペロリと舌舐めずりをするのだった。










フェイトにそのままでは寒いだろうと言われ、背中に妙な絵柄の入ったジャケットと黒に赤のラインが入ったズボンを着用し。

バージルはフェイトに連れられ、扉の向こう側へと足を踏み出すと。

「っ!?」

目の前の広がる光景に絶句した。

自分が今までいたのは、どこか標高の高い山の頂上付近。

眼下には雲の海が広がり、それは何とも幻想的な風景だった。

だが、バージルが愕然となっている理由はそこではない。

雲の更に下にある地上、人間が暮らす街並みが巨大な根によって蹂躙されていたのだ。

森は枯れ果て、海が無くなり始め、赤茶けた星へと変わっていく地球に、バージルは言葉を失っていた。

「……何だ、これは?」

絞り出すような声で口にするバージルの一言。

一体自分が眠っている間に何が起こったのか、バージルはフェイトに問い質そうとした。

その時。

「っ!?」

突如、東から感じ覚えのある氣が更に爆発的に膨れ上がった事に気付き、そちらに向かって振り返る。

「この氣……奴か!」

遥か遠くの地からでも分かるおぞましく、強大な氣。

しかし、そんな氣を前にしても、バージルは何故か落ち着いている自分の心境に驚いていた。

ターレスに完膚なきまでに叩きのめされ、頭がおかしくなったのか。

バージルは自分の手に視線を落とすと、内側から溢れ出てくる力の奔流に気付いた。

すると。

「さて、バージル君。君には二つの選択肢がある」
「?」
「奴らと戦うか、奴らに組するかの二択がね」

フェイトから突き出される二つの選択肢。

ターレスに挑み再び無様にやられるか、それとも仲間になり命の保証を得るか。

フェイトからの宣告、バージルにはそう聞こえた。

いや、実際にはそうなのだろう。

幾らサイヤ人の特性によって大幅に増大したとはいえ、相手は何らかの手段で更に力を手に入れている。

このまま闇雲に挑んでも、最初の二の舞になるのは明らかだ。

しかし。

「何だそれは?」

バージルはあのジャック=ラカンの息子。

負けると言われてハイそうですかと引き下がれる程、大人しい人間ではない。

故に。

「そんな事、決まっている」

バージルはフェイトの瞳を睨み付けながら宣言した。

「……正気かい?」
「さぁな、だが本気だ」

互いに睨み合い続ける事数秒、そして。

フェイトはヤレヤレと肩を竦め、呆れる様に溜め息を吐くが。

一瞬、ほんの一瞬だが、フェイトの口元が愉快そうに歪んでいたように見えた。

「なら、僕から言える事はもうない。その楔を外して今一度舞台に舞い戻るといい」

フェイトの指先へ視線を落とすと、ラカンから渡された腕輪が視界に入った。

そうだ。

まだ自分には力が残されている。

負荷重力に慣れすぎたせいか、今まで外した事のない腕輪。

どんなに小さな力でも、自分で育んだ力ならばどんなものでも使いたい。

「解放」

バージルが腕輪をなぞる様に封印解放の呪文を唱えると。

腕輪はカションッと短い機械音を鳴らし、斜面へと落下した。

瞬間。

「っ!?!?」

それは、これまでバージルが体験した事のないモノだった。

そこまでいた筈の自分がいなくなり、まるで空気と同化したような錯覚を覚え、全身の細胞が、枯れ果てた大地に大雨が降り注いだ様に歓喜に打ち震え。

肉体がより強固に、より強靭に変化していくのが実感できた。

そして、バージルを眺めていたフェイトも、今までの無表情から一変し、驚愕に目を見開かせていた。

やがて、落ち着きを取り戻したバージルは力を抑え、辺りは静寂に包まれていく。

時間的には一瞬も満たないもの、しかしフェイトには何時間もその場にいるような気がした。

すると、バージルは唐突にフッと笑みを溢し。

「……行くか」

自信に満ち溢れた表情で空を見上げた。

その表情からは何か確信があるのか、見ている此方も知らずに安堵を覚える。

フェイトは相変わらずの無表情でいるが、どこか光の灯った目でバージルの横顔を見つめていると。

「フェイト=アーウェルンクス、お前に聞きたい事がある」
「……何だい?」
「俺を助けたのは、奴らを倒して欲しいからか?」

バージルは空を見上げたまま、フェイトに問い掛ける。

フェイトは瞼を閉じて、数秒そのままでいると。

「さぁね、僕自身も良く分かっていない。……ただ、君の生き様を見たかっただけさ」
「そうか」

フェイトの答えに、バージルはそれ以上問い詰める事はなく。

全身に、今までと違う淡く、それでいて優しい緑の炎を身に纏うと。

バージルは瞬きをする程度の時間で、一気に大気圏にまで跳躍し。

ターレスのいる麻帆良学園まで飛翔していくのだった。

飛び立ったバージルを見届けた後、フェイトは小屋の中に戻り。

「月詠さん、僕達も行くとしよう」
「はい〜」

既に服を着込み、二刀の小太刀を手にした月詠に声を掛ける。

「さぁ、僕達も行こう。彼の……彼による世界の変革を目にする為に」

そう言って、フェイトは月詠と共に自身が得意とする水による転移術を行使し、水溜まりへと姿を消していく。











世界は崩壊し、世界は新たな局面を迎える。

それは破滅か、それとも変革か。

何れにせよ、戦いは次の段階へ。

日本、麻帆良学園。

激震の時、来る。














〜あとがき〜
更新が遅いくせに短い駄目な作者です。

さて、今回はバージル発進の回ですが。

次回からはまたネギ達の話しになります。

どうか寛大な心でお読み下さい。

ps

月詠とバージルは何故裸だったのか、それは所謂人肌で暖めるという行動ですので、決してXXXな展開ではないのであしからず。

……それにしても、何故か月詠が出てくるとアレな表現を出してしまうのか。



[19964] 見参
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:3442f07a
Date: 2010/09/18 23:38







……何が起こった?

奴が妙な赤い木の実を口にした瞬間、エヴァンジェリンは神精樹の幹に磔のように叩き付けられていた。

朦朧とした意識、ボヤけた視界の中で彼女が見たもの。

それは――。

「中々面白い術を使うなぁお前、まさかこちらの攻撃が通用しないとはなぁ……」
「ぬ……く」

バージルとなったクウネルがターレスに首を掴まれ、苦悶の表情を浮かべていた。

世界樹の魔力によって幻影を生み出したクウネルは、肉体的痛みは無い。

クウネルの苦悶、それは悔しさからのもの。

他人の力を使ってでも、目の前の怪物に打ち勝ちたいと思い、挑んできた。

しかし。

「キティ……」

もう、限界だ。

世界樹から放たれていた淡い光、それら全てが消え失せ。

同時に、クウネルの体は透明になると共に。

「逃げ……なさい」

その呟きを最後に、クウネルは……アルビレオ=イマは姿を消した。

「アルビレオ=イマ!」

漸く意識が回復し、アルビレオの名を叫ぶエヴァンジェリン。

しかし既にアルビレオの姿は消え、エヴァンジェリンの叫びは虚空へと消えていく。

「奇妙な奴だ。すり抜けると思えば攻撃をしてくるし、姿形も変えてくるし……ある意味では今まで相手にしてきた奴等より一番厄介な相手だったな」

しかし、そう付け加えるとターレスはエヴァンジェリンの方に向き直り。

「この俺には、届かなかったなぁ」

愉快そうに口元を歪め、その表情は勝ち誇った笑みを浮かべていた。

「チィッ!」

エヴァンジェリンはターレスから距離を空け、その右手に魔力を収束させ。

「闇の吹雪!」

漆黒にそまる闇の嵐を、ターレスに向けて射ち放った。

嵐はターレスを呑み込み、神精樹の葉を揺らし。

学園の上空の全てを呑み込む程の闇が、ターレスを喰らった。

――だが。

「中々心地良い風だ」
「っ!?」

ターレスはエヴァンジェリンの最大限に高めて放った魔力の渦を、何事も無かった様に、彼女に向かって空中を歩き進んでいた。

「くっ!」

エヴァンジェリンはすぐにまた距離を開き、呪文を唱え。

黒い塊、奈落の業火を取り込み全身を闇色に染め上げる。

そして。

「ぬぁぁぁぁっ!!」

ターレスに向かって、渾身の右拳を打ち下ろす。

しかし。

「おっと」
「っ!」

ターレスはエヴァンジェリンの全力の一撃を難なく片手で受け止め、手首を捻らせてエヴァンジェリンの体を吊り上げる。

「いい加減思い知っただろう? お前達程度が幾ら刃向かっても、俺には勝てないと」
「ヅァッ!」

手首を強く捻られ、身動きの取れなくなったにも関わらず、エヴァンジェリンはターレスの首下に蹴りを放つ。

だがやはり、それでも聞いていないのか、ターレスは目をスッと細め、エヴァンジェリンの手首を掴んでいた手に更に力を込め。

そして、ゴキリと骨が砕ける鈍い音がエヴァンジェリンの耳元を貫いた。

「っ!!」

痛みを堪えようとする声が、彼女の口から僅に溢れる。

「どうした? もう蝙蝠になって逃げ惑う体力も無くしたのか?」
「くっ!」

ギリギリと締め上げ、屈服させる様に語り掛けるターレス。

しかしエヴァンジェリンは未だその目に光を灯し、抵抗の意思を示していた。

それを見たターレスはフンッと短く鼻息を飛ばし。

「そう言えば、お前は不老不死だったな」
「……」
「楽しみだな」

エヴァンジェリンの腹部に、掌を当て。

「果して、一体どこまでが本当なのか……確めさせてもらうぞ」

ターレスはそう言うと、愉しそうに口元を歪め。

掌に光を収束させ。

「く、くそ……」

エヴァンジェリンの胴体を、光の閃光が貫いた。













「雷の斧!」

一方、アモンドと戦う事になったネギ、明日菜、刹那の三名は。

「何だぁ? こんなピリッとするだけの電気が攻撃のつもりか?」
「くっ!」
「攻撃ってのは、こうやるんでっせい!」
「うわぁぁぁぁっ!」

オレンジ色の巨体に成す術なく圧倒されていた。

体を捻り、独楽の様に回転した状態から繰り出される円盤状に固められたエネルギーの刃。

それはネギの放つ光の矢を紙くずの如く切り裂き、彼の頬を掠めていった。

「そっちから仕掛けて来たんだ。もっと楽しませろよ」

両手を広げ、余裕の態度を示すアモンド。

その態度にカチンと来たのか、明日菜はハリセンを握っていた手に力を込め。

「こ、のぉぉぉぉっ!!」

アモンドに向けて振り下ろした。

しかし。

「だからよぉ……」
「っ!」
「攻撃ってのは、こうやるんでっせい!!」
「あぐっ!?」

パンッと軽い音がアモンドの肩から響くと、アモンドは呆れた様に溜め息を吐き。

明日菜の腹部に、拳をめり込ませた。

背後にあった瓦礫に叩きつけられ、血を吐き出す明日菜。

痛みと衝撃に視界がボヤけ、ガラガラと瓦礫と共に地に落ちる。

砂と泥、そして血と傷に刻まれた明日菜。

「明日菜さん!」

ネギは倒れ伏してしまった明日菜に駆け寄ろうとするが。

「おっと、どこへ行くんだ?」
「っ!?」

アモンドがネギの前に先回りし、それを遮った。

腕を組んで、余裕の顔で見下ろすアモンド。

「あ、……ああ」

ネギはアモンドから放たれる強烈な圧力に、尻を地に付けてしまい、恐怖で体を動かせずにいた。

「ネギ君っ!」
「ネギ先生!」

そんなネギに、高畑と刹那がそれぞれの全力で以て、アモンドを迎撃しようとするが。

「邪魔でっせい!」
「うぐっ!?」
「あうっ!」

腕の一振り、そこから発せられた突風により、二人は吹き飛び。

瓦礫の中に叩き付けられ、その衝撃に意識を刈り取られていた。

刹那や高畑は明日菜と同様、いや、それ以上のダメージを受け続けて尚、戦い続けていたが。

それも限界。

どういう訳か比較的に傷の浅いネギは、何とか立ち上がりアモンドと向き合うが。

(ど、どうしよう……どうすれば!?)

その思考は、焦りと動揺で混乱しきっていた。

明日菜や刹那も一撃でズタボロにされ、高畑さえも戦闘不能に陥っている。

残されたものは自分のみ、カモは他の魔法教師に助けを求めて一時離脱しているが。

正直期待出来ないだろう。

「う、うぅ……」

ネギは震える膝を支え、杖を前に構えるが。

勝てる見込みは勿論、この場から逃げ出す算段も皆無。

挑むべきではなかった。

関わるべきではなかった。

エヴァンジェリンの下で修行を積み、何かの役に立てるのではないかと思っていた。

しかし、実際は違った。

目の前の怪物は、刹那の斬撃や高畑の攻撃も全く通じなかった。

恐怖。

ネギの中にある過去と、今目の前で起きている光景が重なり、より一層恐怖とトラウマにより心身共に蝕まれていた。

ガクガクと全身が震え、心臓の音が五月蝿い。

思考がマトモに正常しない最中、それでもネギはこの状況を打破できる術を無意味と解りながら模索していた。

その時。

「何だ何だぁ? まぁだ遊んでたのか?」
「ったく、これなら俺達ももう少し遊んでいるんだったぜ」
「全くだ」
「ンダ」

ネギを囲う様に、上空から現れるダイーズ達。

その口元は愉快そうに歪め、各々の手にはある人物達が捕まれていた。

「っ!?」

小太郎、高音、楓、真名、古菲、近右衛門、超、自分の生徒と自分と関わりのある人物達が血塗れとなっている事に、ネギは絶句した。

「どうだ? 治癒術が使えそうな奴はいたか?」
「いや、それはまだ分からん。取り敢えず目ぼしい奴はコイツらの他にも生かしてはいるが……」
「殺したのか?」
「仕方ねぇだろ? コイツ等予想以上に脆いんだからよ。一人や二人問題ないだろ」
「そう言うお前は随分手間取ったみたいじゃねぇか? え? ダイーズ」
「チッ、このガキ、いきなり現れたのかと思えば消えたりして得体のしれない術を使うからよ」

忌々しげに表情を歪め、超の髪を引き上げる。

するとアモンド達は無造作に投げ、生徒達は何の抵抗もないままに地面に倒れていく。

生気の失った瞳、僅に上下する体。

死を間近にしている生徒達に、ネギは助ける一心で駆け寄った。

しかし。

「終わったか?」

上空から現れるターレスによって、その足を止めてしまう。

「そいつが、治癒術を使う奴か?」
「いえ、ですが候補が何人かいますので……」
「ふん、まぁいい。こちらはそれよりももっと面白いモノを見付けたからな」

ニヤリと笑みを浮かべて、ターレスは何かを掴んでいた左手を掲げると。

ネギはその光景に目を見開かせた。

無くなった左腕、引き千切られた右足、抉られた脇腹、髪を掴まれ、壊れた人形のように項垂れているエヴァンジェリンに、ネギの頭は真っ白に染め上がった。

すると。

「小僧、コイツはお前の仲間か?」
「っ!?」
「返すぞ、受け取れ」

投げて寄越すエヴァンジェリンに、ネギは反射的に反応できた。

そして、エヴァンジェリンがネギの手に抱えられようとした。

その時。

「!?」

自分の眼前に降り注いだ一本の槍が、エヴァンジェリンの体を貫いた。

「が、あ……が」

槍に貫かれた衝撃と痛みにより、意識を取り戻すエヴァンジェリン。

「これは驚いた」
「まさか本当に不老不死とは……」
「だろう? だがこれで分かったろ? コイツから不老不死になる為の方法を聞き出せれば……」
「あのフリーザにだって余裕だぜ!」

ピクピクと動いているエヴァンジェリンに、高々と笑い声を上げるターレス達。

(何が……可笑しい? コイツ等は、どうして笑っているんだ?)

何故目の前の奴等は笑っている?


ネギの真っ白だった思考に、一つの疑問が浮かび上がり。

(高音さんや、小太郎君、龍宮さんや超さん、皆アイツ等にやられた)

何もしていないのに。

生徒達は、何も悪い事はしていないのに。

何故傷付けられなければならない。

意味もなく蹂躙され、意味もなく殺されるのか?

――ふざけるな。

(ふざけるなっ!)

真っ白だった思考の中に浮かび上がった疑問は、理不尽に対する怒りが燃え上がり。

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「「「「っ!?」」」」

ネギの雄叫びと共に、風が吹き荒れる。

「お前達は……お前達だけは!!」

鋭い眼光で、眼前の敵を射抜くネギ。

力の差、戦況、そんなものは全て頭の中から消し飛び。

燃え上がる怒りの炎が、ネギを奮い立たせる。

そして。

「絶対に、許さないぞぉぉぉっ!!」

自分の中にある全ての魔力を使い、ターレスに向けて射ち放った。

荒れ狂う雷の暴風はターレスを呑み込み、周囲の瓦礫を吹き飛ばしていく。

軈て、全ての魔力を使い果たしたネギは膝を着き、立ち込める煙りに向かって睨み付けている。

すると。

「驚いたな。まさかここまで戦闘力が上がるとは」

煙りの中から現れるターレス。

驚いたと口にしながら、まるで利いた様子のない目の前の男に、ネギは歯を食い縛り立ち上がろうとする。

「そこまでして抗う貴様の気概に報いる為、楽に死なせてやろう……」

最後まで抗おうとするネギに対し、ターレスは自ら手を下そうと掌に紫色に輝く光を収束させる。

悔しい。

悔しい。

ネギの中に渦巻く悔恨の念。

(僕は……死ぬのか?)

行方不明の父も見付けられず、立派な魔法使いにもなれず。

何よりも……。

(教師として……何も出来ないまま)

全身を震わせ、目の前の光に立ち尽くすネギ。

そして。

「じゃあな。一足早くあの世に逝ってな」

ターレスがネギに向かって紫色の閃光を放った瞬間。

上空から一筋の光が、ネギの前に降り立った。

爆発し、吹き荒れる風によって吹き飛んでいくネギ。

何が起こったと、ネギは立ち上る煙りに向かって凝視していると。

一つの人影が徐に立ち上がり。

「ラウンドつぅ〜〜」

煙りの中から、黒目黒髪の少年。

バージル=ラカンが姿を現した。




[19964] 激突
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:f7a72523
Date: 2010/09/21 01:47








長谷川千雨。

ロボットや吸血鬼、忍者といったとんでも生徒がいるクラスの中で、最も常識を持っていると自負している人物。

そんな彼女は現在、自分の中にある常識と現実感が崩れそうになる事実に、酷く苛まされていた。

自分の目の前で戦い始めたクラスメイト。

必死に戦っているクラスメイトを尻目に、必死に足を動かし、その場から離れていった。

本土と繋いである陸橋に向かって走り続けている最中。

まるで自分を囲んでいるように、様々な方向から断末魔の悲鳴が聞こえてきた。

助けてと叫ぶ命乞いの声、その直後に聞こえる肉と骨を砕く音。

何だこれは。

何なんだこれは。

今までの日常とはかけ離れていた事態に、千雨は耳を両手で塞いで逃げ続けた。

どれくらい走ったのだろう。

何度も心臓が破裂しそうになり、何度も地面に転がり、自前のノートPCも唯の鉄屑に成り果てた時。

彼女が目にしたのは、先程の怪物とその怪物と同じ雰囲気を纏った化け物達が、担任を囲んでいる場面だった。

がむしゃらになりすぎて方向性を失った千雨は、陸橋ではなく化け物達の巣へと迷い込んでしまっていた。

担任の周辺に転がっているクラスメイト達。

彼女達の体から大量の血が流れ出ているのを見付けると、千雨は激しい嘔吐感に襲われる。

そして、リーダー格らしき男が掌から光を放った瞬間。

そいつは現れた。













「貴様は……」

渦巻く煙の中から現れた少年、クウネルが変身した人物と全く同じ人間が現れた事に僅に驚いたターレスは少年に何者だと問い掛けた。

すると、少年……バージルはフッと軽く笑みを溢し、ヤレヤレと肩を竦めると。

「人を散々勧誘しておいた割には記憶力はないんだな」
「何?」

どういう事だと眉を吊り上げると、スカウターが表示する数値に目がいった。

スカウターが示した数字、それは以前バージルを示していたものと殆ど同じだった。

その事に気付き、ターレスは目を見開く。

「まさか……ピクルか!?」

バカな。

あの男はこんな子供の姿などしてはいなかった。

しかし、スカウターの数字はピクルと同じ数値を差している。

この星には自分達以外にこれ程の数値をだせる者はいない。

だとすれば……本当に。

「……どういう事だ?」

何故奴が生きている?

何故あんな子供の姿に?

尽きる事はない疑問に、ターレスが頭を悩ませていると。

「どうでもいいだろうが」
「何だと?」
「どうして俺が生きていたのか、何故こんな姿をしているのか、そんな事はどうでもいい……」

まるでターレスの考えを読んでいるかの様な口振り。

それを指摘するバージルの一言は、ターレスの癪に触れるには充分のもの。

「俺はこうして生きている。そして、再びお前に挑んできた。……その事実だけで充分だろうが」

フンッと鼻を鳴らし、バージルは不敵な笑みを浮かべる。

そんな少年の態度が気に入らなかったのか、ターレスはビキリと額に青筋を立て、バージルを睨み付ける。

一方、ネギは愕然とした表情バージルの背中を見つめていた。

六年前、業火の中で現れた父の背中。

目の前の少年は父とは違う。

背格好は勿論、体格、髪型、何もかも違う。

当然だ。

彼はバージル。

父はナギ。

存在そのものが違う。

しかし。

彼には、ネギ=スプリングフィールドには、バージルとナギの後ろ姿が同じに見えていた。

「あまり調子に乗るなよ。死に損ないが」
「っ!?」

怒りを露にしたアモンドの声が、ネギを我に返させる。

ハッとなって顔を上げると、そこには自分達を散々に渡って痛め付けていた五人が、バージルの前に立ちはだかっていた。

「ひぅっ!」

不意に声に出した短い悲鳴。

しかし、そんな声も聞こえていないのか、バージルは此方に振り返る事なく、ターレス達を睨み付けている。

そして。

「退いてろ。邪魔だ」
「頭に乗るなぁ! 糞ガキィィィィッ!」

小柄の怪物、レズンの雄叫びと共に五人はバージルに向かって一斉に攻撃を加えた。

もうダメだ。

ネギは迫り来る怪物達に自分の最期を確信した。

あの怪物は一人一人が京都でのバージルと同格の強さを持つ。

そんな怪物達を前に相討ちは出来ても勝つことは不可能だと。

そう“思い込んでいた”。

しかし。

「………え?」

一瞬。

ネギが瞬きする間には、既に勝負は決していた。

有り得ぬ方向に首を曲げられているレズン。

体を左右に引き裂かれているラカセイ。

四肢を引き千切られ、鉄骨に突き刺さっているダイーズ。

上半身が吹き飛び、下半身だけとなったカカオ。

そして、身体中の至る所に空洞のあるアモンドが仰向けになって倒れていた。

何が起こったと、思考が追い付かないでいるネギ。

そして、一瞬で部下を倒したバージルにターレスは険しい表情で睨み付けた。

バージルの表情。

まるで勝ち誇っている様な不敵な顔付きが気に食わないターレスは、その怒りを掻き消す様に言い放った。

「まさか……勝てる気でいるのか? 神精樹の実を喰らい続けてきたこの俺に」
「神精樹? このバカでかい木の事か?」
「あぁそうだ。本来ならば神のみに食べる事を許された果実。俺はこれまで幾多の星を苗床にその果実を喰ってきた」

故に!

そう言ってターレスは両手を広げ、背後にある神の樹木を掲げた。

「そんな俺に、お前程度の奴が本気で勝てると思っているのか?」

いきなり、周囲の空気が重くなった。

ターレスから放たれる威圧感。

まるで巨大な岩に押し潰されそうな感覚に、耐えきれなくなったネギは地面に倒れ伏す。

(な、何だよ……これ)

理不尽なまでの力。

不条理という言葉では生温すぎる力。

あの怪物達とは比較にならない程の力の波を発するターレスに、ネギはただ悔しさにまみれるしかなかった。

その時。

「……はぁ」

緊迫したこの状況に、不釣り合いな溜め息が聞こえてきた。

押し潰される圧迫に抗いながら、ネギは何とか首だけを動かすと。

ターレスの威圧感をものともしていないバージルが、呆れた様子で溜め息を吐いていた。

「お前、自分で言っていて気付かないのか?」
「……何?」
「それ、自分で限界だって言っているみたいなものじゃねぇか」

これ以上は強くなれない。

だから、神精樹の実という方法を用いて最強を目指す。

誇りも意地も捨て、どんな手段を使ってでも強くなろうとしたターレス。

……誰もその事に対して責める事は出来ない。

誰にだって限界を感じる時はあるし、ここまでが自分の力だと知っておくのもある意味では強さの一つでもある。

しかし、それでも諦めたくはないという気持ちを持つのも、また強さ。

故に、そう言う意味では誰もターレスに対して意見を言うことなど出来はしない。

――ただ一人を除いて。

「限界を悟ったならばその上で超えればいい。ただそれだけの事だろうが」

限界、これ以上は伸びない。

そんなもの、バージルからすれば唯の言い訳、自分を正当化する為の言い逃れに過ぎなかった。

目の前に壁があるのならばブチ壊す。

それが自分の限界という壁ならば尚更。

限界を知った。良いだろう、ならばその壁をブチ壊す。

一度も試さず、挑まず、なのに何故勝手に決め付ける?

限界など、更なる努力という名の力で打ち砕く。

自分で悟るな。

悟った気でいるな。

泥にまみれても突き進め。

それがバージル=ラカン。

純粋で素直で、それでいて超が付くほどの愚か者。

故に、彼には何かに頼って得た力など許せはしなかった。

しかし。

「ま、それがお前のやり方だって言うのなら、構わんがな」

そう。

所詮それはバージル自身にしかない理想(いじ)。

他者に理解を求めるつもりも、理解されようとも思わない。

だから、バージルは許す事はなくても否定する事はない。

それが、自分と戦う上で必要な手段であるならば。

その上で叩き潰せば良いだけの事。

「……小僧」

バージルに好き放題言われた所為か、すっかり怒り心頭のターレス。

「……喋り過ぎたな」

対するバージルは、饒舌な自分に舌打ちを打ち、表情を引き締めて構えを見せる。

低く、野生の獣を思わせる構え。

「さぁ、始めよう」

バージルが求めるのはより強く、高みへ昇る為。

そして、その先にいるあの男を超える為。

故に負けない。

互いに相手だけを注目し、一時の静寂が辺りを包み。

そして、一つの瓦礫が音を立てて崩れ去った。

瞬間。


――ドォォォッ――


二人の姿が消え、ネギの頭上の遥か上空で、空気の炸裂音が轟いた。
















「ネギ先生達はまだ戻って来ませんの!?」

麻帆良学園から離れた本土。

陸橋の向こう側に聳え立つ超巨大な樹木を尻目に、雪広あやかの叫びが、避難所に響き渡る。

雪広財閥が用意した簡易的な避難所、怪我人や支援物を提供する施設を設置し、取り敢えずの処置は終了していた。

一通りの手順を終えたクラス委員長の雪広は、ネギ達が再び学園に戻り、そして未だに帰って来ていない事に酷く焦りを見せていた。

「ど、どうしよういいんちょ。ネギ君達もう一時間は帰って来ないよ」
「しかも、さっきから爆発が止まないし……」
「空から何か降ってきたし……」

担任とクラスメイト数名が未だ帰還していない事実に、雪広だけではなく生徒全員に不安を広ませていく。

「こ、これって……やっぱテロなんかなぁ?」

サッカー部のマネージャー、和泉亜子の涙混じりの声がより一層不安感を煽らせる。

動揺するクラスメイトに、雪広はハッと我に返り自分のするべき事を思い出す。


「……兎に角、他の先生方と連絡取れない以上、我々はここに待機。宜しいですわね?」
「そんな! 助けに行かないのいいんちょ!? あそこには明日菜が……ネギ君だっているんだよ! このまま放ってなんか……」
「お黙りなさい!」

助けに行こうと明石裕菜の叫びに対し、雪広は凛とした声でこれを遮る。

「私はネギ先生から皆様の安全を頼まれました。先生からの……いえ、クラス委員長として、そのような行動は許しません」

震える体を抑え、自分の感情を押し殺しながら、多数の人間の安全を守り抜く。

そんな彼女の確固たる意志の前に、裕菜や裕菜の意見に賛成する者は何も言えなかった。

しかし、この時彼女は気付いていなかった。

雪広あやかが、まだ避難所の設置で各所を回っていた頃。

二人の少女と一匹のオコジョが、戦禍が渦巻く麻帆良へと侵入していた事に。












「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫か? このか嬢ちゃん」
「う、ウチなら平気」
「わ、私もです」

瓦礫の中を走るこのかと夕映。

彼女達の安否を気遣いながら、オコジョのカモは瓦礫の道を先導していた。

「本当に済まねぇ。嬢ちゃん達をここに連れてくるのは気が引けるが、兄貴達が今かなりヤバイんだ」
「分かっとる。ウチの魔法が役立つんなら何でも言って……それよりも」

自分には治癒の魔法がある。

しかし、後ろの夕映には何の力もない。

何で着いてきたのかと、視線で訴えてくるこのかに夕映は伏し目がちになる。

瞬間。

「っ! このかさん危ない!」
「へ? きゃっ!?」

突如、頭上から降ってきた巨大な瓦礫。

それに気付いた夕映はこのかを抱き抱えて前方に跳躍する。

擦り傷や泥にまみれるが、間一髪瓦礫から免れた二人に、カモはホッと胸を撫で下ろした。

「あ、ありがとう夕映」
「いえ、……さ、急ぎましょ」
「うん」

このかの手を引っ張り、瓦礫の上を駆けていく夕映。

そんな彼女の背中を見つめながら、二人と一匹はネギの下へと走り続けるのだった。













〜あとがき〜
次回から漸くバトル。

そしてあまりのアッサリ&急展開ですみません。



[19964]
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:50ed2e16
Date: 2010/09/24 00:08


ロンドン。

イギリスとイングランド、二つの国家の首都である都市。

ローマ人が造ったとされる美しい街並みであるこのロンドンも、神精樹の根によって汚されていた。

橋も、時計台も、歴史に刻まれていた重要文化財も、英国王室も、巨大な根に呑み込まれ、瓦礫の山々へと変わろうとしていた。

そんな都市から離れた場所に政府によって避難所が設けられ、人々はそこで事の顛末に怯えながら過ごしていた。

誰もが不安で過ごす中、寒さで震えている老婆に一人の少女が湯気が立ち上るスープの入った椀を手に駆け寄って来た。


「はい、お婆ちゃん。暖かいスープでも飲んで元気を出して」
「あたしゃあ別に平気じゃよ。それよりもアーニャちゃんの方が……」
「私ならさっき食べたわ。お婆ちゃんが最後だから」
「だったらアーニャちゃん、あたしの分も食べて……」
「あーもう! いいからつべこべ言わず食べなさい! お婆ちゃんはウチの常連さんなんだから、倒れたら私が困るの!」

ウガーッと吠え、殆ど無理矢理にスープを食べさせる少女。

アーニャと呼ばれる少女の気迫に押され、老婆は戸惑いながらスープを飲み干した。

「どう? 暖まった?」
「あぁ、ありがとうアーニャちゃん。お陰で良くなったよ」
「また何かあったらいつでも言って、私ならあそこ辺りにいるから」

そう言ってアーニャは、支給品を配っているトラックに老婆に手を振りながら向かった。

その途中。

「なぁおい、聞いたか?」
「何がだ?」
「今回の大規模テロ、どうやら日本に原因があるみたいなんだ」
「はぁ!? どうして!?」
「バッカ! 声デケェよ!」
「あ、あぁ……悪い」
「ったく、……何でも日本のある場所に途轍もなくバカデカイ木があって、その根が世界中に張り巡らせているらしいんだって、軍の連中が話しているのを聞いたんだ」
「世界中って……そんなのあり得んのかよ」
「分からん。が、軍がこれだけ手を焼かされてるんだ。あながち嘘って訳でもないだろうぜ」
「どうなっちまうんだよ……これから」
「…………」

不安げに語る男性達の会話を偶然耳にしたアーニャは。

「……ネギ」

日本にいる幼馴染み、ネギの安否を気にかけ。

無事でいて欲しいと、曇った空に祈りを捧げた。














麻帆良学園。

神精樹に蝕まれ、瓦礫となったこの地で二つの巨大なエネルギーがぶつかり合う。

「オラァッ!」
「無駄ぁっ!」

激突する拳と拳。

バージルとターレス、二人の男の拳がぶつかり合った瞬間、大気が震え、周囲の瓦礫が衝撃波によって舞い上がる。

バチリと二人の周囲に稲妻が迸り、次いで空気が爆ぜる音が響き渡る。

そして。

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ!!」

拳の弾幕が二人の間に行き交い、拳圧が嵐となって吹き荒れる。

バージルの拳はターレスの脇腹を。

ターレスの拳はバージルの頬を霞め、それぞれ肌と鎧を引き裂いていく。

すると、二人は弾かれたのかの様に跳躍し、互いに距離を開け。

二人が地面に着地しようとした瞬間。

二人はシュンッと、小さな音を立てると同時に姿を消し。

その場所から数キロ離れた地点、神精樹の付近にて姿を現し。

「おぉぉぉっ!!」

ターレスはバージルの顔に目掛けて蹴りを放ち。

バージルは体を屈ませる事で回避し。

「デァッ!!」

下半身のバネを最大限に活かし、握り締めた右拳でターレスの顎をカチ上げる。

「ハァッ!」

バージルは追い討ちを仕掛けようと、残った左拳を放とうとするが。

「……ダァァッ!!」
「っ!?」

ターレスは捻った体勢を利用し、そのまま勢いを付けてバージルの脇腹に蹴りを叩き込む。

「ぐっ」

口から血を漏らし、瓦礫の中を吹き飛んでいくバージル。

その最中、バージルは体を回転させ、体勢を整えるが。

「っ!?」

既に目の前には、ターレスの拳が迫っていた。

「シャラァッ!!」
「ヌンッ!!」

バージルは両腕を交差し、ターレスの拳を受け止める。

衝撃がバージルを貫き、交差した腕の間から血を吹き出す。

ターレスはしてやったりと口元を歪める。

しかし、交差した腕の間から見えるバージルに表情に目を見開いた。

鼻から血を吹き出しながらも、尚失っていない瞳の中にある光。

それを見たターレスは咄嗟に防御の体勢を取るが。

既に遅かった。

口元を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべたバージルは、全身に緑色に燃え上がる氣を纏い。

「だらっしゃぁっ!!」

推進力を利用し、ターレスの体に体当たり仕掛け。

「がはぁっ!?」

バージルの突進をマトモに受けると鎧に皹が入り、ターレスは口から血を吐き出した。

バージルの体当たりを受けたターレス、二人は推進力に流されるまま吹き飛び。

一般市民や学生達が避難した場所へ目掛けて、そのまま突っ込んで行った。












「ね、ねぇ、何か此方に来てない?」
「え?」

学園の方から流れてくる流星。

それを目にした夏美が指摘し、千鶴が振り向いた。

その時。

「きゃぁぁぁあっ!?」

避難所に流星が飛来し、地面に落ちた瞬間、テントや周囲にいた人々が吹き飛んでいく。

何が起こった?

突然起こった出来事に混乱しながらも、雪広あやかは市民と生徒の安否を確認する。

幸いにも、吹き飛ばされた人々は掠り傷や軽い打ち身、悪くても気絶程度で済んだだけだったので雪広はホッと胸を撫で下ろす。

しかし。

「このガキィィィィィッ!!」
「っ!?」

煙の中から聞こえてきた雄叫びに身を震わせると、二つの影が上空へと姿を現した。

皹の入った鎧を身に纏い、酷く興奮している男。

そしてもう一人は――。

「ち、ちづ姉ぇ! あれって!?」
「バージル……君」

男に相対するように空中で佇む少年、バージルに千鶴と彼を目撃した事のある学生達は目を見開かせて驚愕していた。

何故彼がここに? しかも傷だらけで。

尽きることのない疑問に誰もが絶句していたその時。

「死ねぇぇぇっ!!」
「ふっ!!」

男、ターレスとバージルは同時に空を翔け、互いの間合いに入り込み。

「シャラアッ!!」
「ヌンッ!!」

互いに体を回転させ、回し蹴りを同時に放った。

遠心力を付け、勢いを増した蹴りはぶつかり合い、その際に起こった衝撃波が周囲の建物を揺るがせる。

ビルに張られた窓ガラスは砕け、地上に向かって降り注がれる。

それにより逃げ惑う人々。

混乱に陥った人々を建て直させようと、雪広は財閥の人間と学園の教師と共に避難誘導を開始させる。

「ちづ姉! 早く私達も!」
「バージル君、どうして……貴方が」

千鶴は夏美の声に気付かず、戦っている少年、バージルを呆然となりながら見つめ続けていた。

楽しそうに、嬉しそうに戦っているバージル。

年相応の子供の表情をしているバージルに、千鶴はどこか胸が苦しくなる思いで、その顔を曇らせていた。

軈て、呆然としている千鶴に我慢出来なくなった夏美は彼女の手を引っ張り、強引にその場を後にした。

残されたバージルとターレス、二人は再び距離を開けると同時に、互いに緑と紫の炎を全身に纏い、大空を翔ていった。

雲の彼方まで飛び去っていく二人、その様子を一人の少女は眺め、そして祈る様に手を組んでいた。

シルヴィ=グレースハット。

「……バージル」

バージルの監視役としてこの地に赴いた彼女だが、今は彼が心配で仕方がなかった。

彼が監視対象だから? いなくなると困るから?

違う。

シルヴィは自分にも分からない焦燥感を抱き、それを少しでも誤魔化す為に、バージルの無事を祈っていた。

すると。

「流石だ。流石がはかの英雄の息子、と言った所かな?」
「あん、フェイトはん、そう言うのは野暮と言うものですえ。こう言う場合は素直に彼自身を誉め称えるべきどす」
「そんなつもりは無いんだけどね」
「っ!」

ふと背後から聞こえてきた懐かしい声に振り返ると。

「ふ、フェイト様!?」

主であるフェイトが月詠を引き連れ、自分の後ろに佇んでいた。

思わぬ人物に目を見開いて驚くシルヴィ。

しかしフェイトは、そんな彼女の反応にやぁっと軽く挨拶だけ済ませ、彼女の隣に並び立つ。

「ど、どうしてフェイト様が?」
「なに、大した用事はない。僕は唯この世界の行く末を見物に来ただけだよ」
「世界の……行く末?」
「言葉通りの意味さ」

そう言うと、フェイトはバージルが飛び立った空を仰ぎ見て、シルヴィもその視線の先を目で追った。










大気圏内。

世界を見渡せる程に高く飛翔した二人は、音速を超えながらも更に速度を加速させ、ぶつかり合っていた。

拳が交差する度に、二人の間から鮮血が舞い散る。

しかしそれでも、二人は力を弱めず、ひたすら相手の命を奪い合っていた。

そんな中、二人の間からある変化が起こった。

最初は、相討ち当然だった。

しかし、徐々にそれは明らかになってきた。

ターレスが攻撃を仕掛けてきた僅かな合間、バージルは無駄な動きを最小限に抑え、ターレスが一発の拳を放つ間にバージルは二発の拳を打ち込んでいた。

最初は相討ち、次は不完全ながら防御し、その次はより確実に。

それから三度打ち合った時は、完全にバージルが接近戦に於てターレスを上回っていた。

「チィッ!!」

バージルの小さくも鋭い攻撃に耐え兼ねたターレスは、舌打ちを打ちながら距離を開けた。

「どうしたターレス? 随分苦しそうじゃないか?」

口元から血が流れ、打たれた胸元を抑えるターレス。

対するバージルも額や腕から血を流し、相応のダメージを受けている。

互いに呼吸も乱れ、体力も残り僅かになっている。

だが、二人の間には決定的な違いがあった。

呼吸を乱し、眼前にいる敵を睨み付けているターレス。

しかし、バージルはターレスと同じく呼吸を乱しているが、それでも不敵に笑みを浮かべていられる余裕があった。

――バージルは、自分よりも強い人間を知っている。

そいつを超える為に力を磨き、強い奴と戦える事の楽しさを見出だした。

だが、ターレスは違った。

偶然手にした神精樹の種を頼りに、数多の星を蹂躙してきたが。

……それだけである。

強い奴と戦おうとも、力を高めようともしなかった。

バージルが培ってきた経験と鍛練、そして戦いを楽しむその性格が、ターレスとの間に合った差を埋め尽くし。

今、それを超えようとしていた。

「……認めるものか」
「?」
「認めて……なるものかぁぁぁぁぁっ!!」

雄叫びと共にターレスの両手に膨大なエネルギーが収束されていく。

それを感じ取ったバージルもまた、右手に力を収束させる。

「貴様の様なガキが、この俺に!!」
「エクストリーム……」
「勝てる筈がないっ!!」
「ブラストッ!!」

同時に放たれた力。

紫と緑の閃光が激突し、地球上空を震わせる。

「おぉぉぉぉっ!!」

勝った。

ターレスは確信した。

このエネルギーの放出に関しては、自分の方が一枚上手。

接近戦ではなくこの手に持ち込んだ時点で、ターレスは自分の勝利を確信していた。

しかし。

「エクストリーム……」
「?」

ふと、大気が揺れを感じた。

揺れは軈て嵐となり、バージルを中心に吹き荒れる。

「何だ。何が起こっている!?」

何が起こっているのか理解が追い付かないでいるターレスは、バージルに視線を向ける。

すると、バージルは閃光を放っていた手の形を拳に変え。

ありったけの力を右拳に集めていた。

「バァァァストォォゥゥッ!!」

全ての力を拳一点に収束させると、バージルは自ら放った閃光の中を突き進み。

そして、ターレスの放つ閃光を粉砕し。

「こ、こんな、こんな事がっ!?」

その一撃を叩き付けた。



[19964] 危機転々
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:ea3bd0c7
Date: 2010/10/03 01:13








「な、何が起こったんだろ?」

鉄骨の槍からエヴァンジェリンを助け出したネギ。

バージルとターレスが戦い、二人の速さに早々に着いて行けなくなったネギは、兎に角自分に出来る事をする為、自分に残ったほんの僅かな魔力を使い、生徒達と近右衛門に簡単な治癒術を施していた。

そんな中、空が緑色の光を放ち、ネギは光のあった空を仰ぎ見ていると。

「ネギくぅ〜ん!」
「ネギ先生!」
「こ、木乃香さん!? 夕映さんも!?」

背後から自分を呼ぶ声に振り返ると、本土へ避難した筈の木乃香と夕映が自分の所に駆け寄ってきたのだ。

「ふ、二人共、どうしてここに!?」
「済まねぇ兄貴! 二人をここまで連れてきたのは俺っちなんだ」
「カモ君っ!? そんな、どうして……」
「ネギ君、カモ君を責めんといて。これはウチが自分で決めた事なんや」
「木乃香さん……」
「ウチの力なら皆を治せるんやろ? エヴァちゃんから以前触り程度だけど教わった事がある」
「私も、部活動で怪我をした時に良く治療をした事もあり、それなりに知識はあるです」

「で、でも……」
「兄貴、二人は俺っちが責任持って避難させる。幸いあの化け物共はいないんだ。今の内に……」
「……分かりました。でも、危険が迫ったらすぐに逃げてくださいね」
「うん!」
「了解です」

どちらにせよ、自分一人では皆に満足な治療を施せない。

生徒達を助けるには、誰かの手を借りなければならない状況だった為、ネギは口には出さなかったが正直助かった。

またあの二人が此方に戻ってくる前に、明日菜や皆を連れて安全な場所に移動しなければ。

ネギは夕映が持参してきた救急箱を用い、比較的怪我の具合が軽い部分を殺菌、消毒した後に包帯で巻き。

木乃香は仮契約カードを使って、不器用ながらも皆の怪我を僅かずつだが治癒していった。

そんな中。

「う、うわぁぁぁぁっ!?」
「っ!?」

突然聞こえてきた悲鳴の方に振り返ると。

「ち、千雨さん!?」

そこには、無惨な死体となったレズンの姿を見て腰を抜かした千雨が地面に座り込んでいた。

「な、どうして千雨さんが!?」

ネギはカモの方に視線を向けるが、カモは全く知らないと首を激しく横に振った。

「ね、ネギ先生……」

千雨は、初めて目の当たりにした死体に顔を真っ青にしている。

「と、兎も角千雨さんもこっちに!」

ネギは何とか千雨を落ち着かそうと、精神を安定させる初歩的な魔法を掛けてあげようとした。

その時。

「「「っ!?」」」

突如空から何かが飛来し、自分達から少し離れた位置に落ちた。

ネギは何が落ちてきたのかと、舞い上がる煙の中を眺めていると。

「あ、あれはっ!?」

煙の中、クレーターとなった大地に倒れ伏し、白目を向いたターレスがいた。

上半身を覆った鎧は砕け、黒褐色肌の腹部には拳の痕がアリアリと刻まれており。

ネギが初見に見た姿とはあまりにもかけ離れていた。

一体誰がこんな事を。

いや、こんな事が出来るのは一人しかいない。

ターレスの姿を見た直後に起きる自問自答。

そして、その答えの人物が自分達の目の前に降り立ったのだ。

ゆっくりと空から降り、地面へと着地するバージル。

「う……く」

だが、力の殆どを出し切った為なのか、地面に足を着くや否や、バージルは膝を着き、額から大粒の汗を流し、地面に滴を落としていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「ば、バージル君っ!?」
至る所から血を流し、地面を朱に染めるバージル。

木乃香はバージルを呼び掛けるが、気付いていないのか此方に振り返らない。

バージルは仰向けになって倒れているターレスを、未だ警戒心を解かないまま睨み付けている。

「あ、アイツは……」
「し、死んでるのですか?」

ピクリとも動かないターレスに、夕映とカモが恐る恐る覗き込んだ。

その時。

「く、クソッたれがぁ……」
「「っ!?」」
「……チッ」

ギロリと瞼を開けるターレスに、カモと夕映は声にならない悲鳴と共に腰を抜かし、地面に座り込んだ。

バージルはやはりと言った表情で、ゆっくりと立ち上がるターレスを見つめていた。

バージルとターレスの実力はほぼ互角。


実を食べる以前はどうかは解らないが、飛躍的に戦闘力を上げられる神精樹の実を口にした時から、鍛練を怠けていたのも事実。

たった10年しか生きていないバージルが、自分よりも戦いの中で生きてきたターレスに僅差で打ち勝てたのは、その隙を突いただけの事。

しかも、最後に打ち抜いた一撃は僅かに浅く、ターレスの命を刈り取るには力が足りなかった。

どうする?

相手は自分よりも長く戦い続けてきた強者。

幾らダメージを与えたと言っても、此方も結構な痛手を負っている。

加えて、自分に残された力はもう僅かしかない。

一瞬でも気を抜けば、死ぬのは自分だ。

バージルは両手足に力を込め、眼前の敵を睨み付ける。

「う、ゲホォッ!?」

込み上げる痛みと嘔吐感、ターレスが吐き出した血の塊が足下と足場を紅く染める。

明らかに致死量だ。

常人ならばショック死を起こしかねない程の出血を流しても、ターレスは狂気に染まった眼光で睨み付けた。

「ピクル……ピクルゥゥゥゥゥッ!!」
「っ!」
「貴様は、貴様だけは絶対に許さん!! こうなったらもう神精樹の実など要らん!! この星諸とも宇宙の塵にしてやるっ!!」

深く傷付いた体からはあり得ない程の怒声を上げるターレス。

突風すら思わせるターレスの咆哮にネギ達は尻込み、バージルは言い表せない悪寒に襲われる。

「はぁっ!」
「っ!」

ターレスの掲げた掌から一つのエネルギーの塊が現れ、バージルは何をするつもりだと身構える。

すると。

「ヌンッ!」
「何?」

ターレスは白く輝く光の玉を、バージルではなく空に向けて放ち。

「弾けて、混ざれっ!」

ターレスが手を握り締めた瞬間、光は爆散し、周囲を白に染め上げた。

軈て光は収まり、バージルは腕で遮っていた視界を露にすると。

目にしたのは――。

「つ、月だと?」

自分達の上空に、白く輝く満月が燦々と光を放っていた。

いや、正確にはあれは月ではない。

エネルギーを媒介に擬似的な月を造り出したに過ぎない。

ターレスは一体何の為にこんな事を……。

「っ!」

そこまで考えて、バージルはやっとターレスの狙いに気付いた。

満月。

それはサイヤ人が最もその狂暴さと残忍さを発揮できる日。

それはつまり。

「ピィィィクゥゥゥゥルゥゥゥゥッ!!」
「っ!?」
「これで貴様は終りだ。尻尾を無くした事を後悔するがいいっ!!」
「ま、まさか……」

ターレスの笑い声が響く中、バージルは驚愕に目を見開き。

そして。

「ウゥゥゥ……ガァァァァァァッ!!」
「きゃあぁぁっ!?」
「な、何だぁっ!?」

獣の咆哮。

凄まじい音量で響き渡る雄叫びに、ネギ達は耳を塞ぎ、何が起こっているのかと混乱し。

そして、ターレスの体に変化が現れた。

体は巨大化し、全身は茶色い体毛に覆われ。

顔は変形し、人の形ではなくなり。

その目は紅く、血の色に染まり。

「し、しまった……」

バージルが悔恨の声を漏らす頃には、既にターレスの“変身”は終わっていた。

バージルを、周囲をも覆う影。

その光景にバージルは舌打ちを打ち、ネギ達は愕然の表情で絶句していた。

一同が目にしたもの。

それは、巨大で強大な。

「グォォォォォォォオオオォォォォオオオオッ!!」

猿だった。












「う、うん?」
「た、龍宮さん! 気が付いたんですね!」
「ね、ネギ先生? 私は……そうだ私は」

朦朧とする意識の中、ゆっくりと体を起こす龍宮。

ネギの呼び掛けに徐々に意識が覚醒していくと、彼女は自分の身に起きた出来事を思い出した。

あのサイボーグはどうなった?

龍宮は手元にあった拳銃を握り締め、辺りを見渡した。

その時。

「グォォォォォォォオオオォォォォオオオオッ!!」
「………は?」

大地が震える程の雄叫び、目の前の山の様に巨大な猿が暴れまわっている光景に、龍宮は言葉を失っていた。

先に目を覚ましていた楓や古菲達も、近右衛門ですらも彼女と同様に唖然とした表情見つめている。

「な、何なんですか……あれ?」

漸く我に返った高音の一言が、近右衛門達を現実に引き戻す。

目の前の怪物は何だ?

誰もが疑問に思っている事を、自称オコジョの妖精カモが説明した。

「ありゃターレスって言って、化け物達の親分格だった奴だよ」
「何?」
「本当なのか?」
「間違いねぇ、バージルの兄ちゃんは一度アイツを追い詰めたんだけど、奴は逆上しやがってな、月を生み出した途端にあんな姿へ変身しちまったんだ」

色々突っ込み所が多いカモの説明だが、今はそんな暇はない。

あれほどの怪物が好き勝手暴れていたら、この学園は数分も立たずに崩壊するだろう。

誰もが逃げる事を考えたその時。

「で、でも、それじゃあ一体奴は何と戦ってるのよ?」

明日菜の疑問の声を出した時、怪物のいる方向から爆発音が響き渡った。

何事かと振り返ると、怪物は煙りに包まれ、その中から緑色の炎が飛び出した。

バージルだ。

バージルは全身に氣の焔を纏い、その速さで以て怪物を翻弄していた。

いくら速さでと言っても、バージルも体力をかなり消耗している。

しかも、巨大化しながらも素早い動きをするターレスに苦戦し、その表情は苦悶に満ち。

「バージル君……」

その様子を遠巻きで眺めていた木乃香は、ただ祈る事しか出来なかった。

一方、自称常識人である千雨は。

「……きゅう」

度重なる衝撃と自分の常識感が崩壊し、疲れ果てた彼女は龍宮の隣で気絶していた。













「ちぃっ! しつこい奴だ!!」

バージルは掌に氣を集め、迫り来る脅威に向けて放つ。

バージルの氣弾は地球の重力を伴い加速し、巨大な猿となったターレスの顔面に着弾する。

「グガァァァァァアアアアァァァアアァゥっ!!」

悲鳴か、それとも驚愕の叫びか、何れにせよ怯んだ隙にバージルは神精樹の根に着地し、相手の出方を伺った。

手応えなんて感じてはいない。

既に逃げる事でしか対抗出来ていないバージルに、今のターレスを倒す手段など残されてはいなかった。

大猿となったターレスは理性など無くし、ただ闘争本能のみで此方に攻撃してくる。

しかも巨大化したにも拘わらず、俊敏さは凄まじく、少しでも気を抜けば殺られる状況追い込まれ。

そして。

「ガァァァァァァッ!!」
「チッ」

雄叫びと共に降ってくる大猿に、バージルは舌打ちを打ちながら上空へと逃げていく。

このままではじり貧だ。

バージルはこの状況を打破しようと、思考を張り巡らせた。

その時。

「っ!!」

突如、目の前に迫ったターレスの手がバージルを捉えた。

バージルはこれに反応し、左に移動する事で避けて見せるが。

「ギガァァァァッ!!」
「し、しまっ!!」

既にそこにはターレスの振り払った右拳が迫り、瞬時に防御するが。

「ぐっ!?」

防御の上からでも分かる衝撃に意識を刈り取られ、バージルは上空に打ち上げられ。

「カァァァッ!!」

ターレスの口から放つ閃光に、呑み込まれていった。
















〜あとがき〜
遅くなって申し訳ありません。

トッポです。

気温が一気に下がり、体調を崩したのかお腹を下してしまいました。

皆様もお気をつけ下さい。



[19964] 命運
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:4529672c
Date: 2010/10/03 13:07






麻帆良の空に一閃の閃光が煌めき、光の渦から一人の人間が力なく地上に落下していく。

まだ10歳程度しかない少年は、弧を描きながら神精樹の根に落ち。

仰向けの状態でピクリとも動かなかった。

「グガァァァァァアアアアァァァアアァゥッ!!」

大猿の雄叫びによって、ハッと我に返ったネギ達。

負けた?

あのバージルが?

微動だにしていないバージルにネギ達は絶句し、どうすればいいか途方に暮れていた。

対照的に大猿となったターレスは雄叫びを上げ続け、胸元を叩いている。

しかし。

「グルルルル………」

倒れているバージルを見付けたターレスは呻き声を漏らし。

「カァァァァッ!!」

口を開き、先程の閃光を再び放とうとしていた。

その時。

「っ!?」

突如背中が爆発を起こし、その衝撃により収束した光は一気に拡散していった。

「グルル……」

苛立ちの声を漏らしながら振り返ると、そこには手を此方に向けて佇むエヴァンジェリンが、冷や汗を浮かばせながら佇んでいた。

「ち、やはり利いてはいないか」

舌打ちを打ち、出鱈目な耐久力を持つ目の前の怪物に悪態を付く。

そんな彼女の言動にネギは瞬時に理解した。

ここで逃げても、奴は次に此方に狙いを定めてくるだろう。

いや、そもそも何処に逃げろと言うのだ?

あれ程の火力をもっているのだ。どんなに強固な盾を以ても防ぐ事は敵わないだろう。

それに、逃げた先で暴れられてはそれこそ空前絶後の大災害になる。

だとすれば、出来る事は唯一つ。

「木乃香さん、夕映さん、千雨さんを連れて早く逃げて下さい」
「え?」
「ね、ネギ先生!?」

自分のするべき事を悟ったネギは、一般人である千雨達に避難するよう指示を出す。

無論、千雨達だけではない。

真名や古菲も、楓と刹那も、小太郎も高音も、そしてエヴァンジェリンと明日菜も逃がし、最終的には自分が残り、皆を逃がすつもりでいた。

それが教師として自分に出来る最期の仕事だと。

ネギは震える腕を抑えて眼前の怪物を睨み付けた。

しかし。

「馬鹿か貴様は」
「え、エヴァンジェリンさん?」

呆れた様子で罵倒してくるエヴァンジェリンに、ネギは一瞬呆けた表情となる。

「貴様風情が足止め出来る相手か? そんな事をしたら私達も瞬時にあの世行きだ。……尤も、私は死なんが」
「あ、あぅぅ……」

エヴァンジェリンからの手厳しいダメ出しに、ネギは項垂れる。

「それに、貴様よりも確実な方法がある」
「……え?」
「近衛木乃香!」
「な、何?」

エヴァンジェリンからの突然の指名に、木乃香はビクリと肩を震わせる。

「私達が奴を引き付ける。その間にお前はアイツを……バージルを治療してやれ」
「え?」
「奴の生命力なら、まだ生きている筈だ。お前の力を全て使い、アイツをまた戦える様にするんだ」
「っ!」

木乃香がバージルを助ける。

エヴァンジェリンからの作戦概要に、木乃香はやや呆然と聞いていた。

「これはお前にしか出来ない。アイツを治療し、奴とマトモに戦えるのは小僧だけだ」

つまり、この危機を脱する可能性を持っているのは自分だけ。

漸く自分に課せられた事の重大さに気付いた木乃香は、自身の足が重くなるのを実感した。

バージルを助けられるのは自分だけ。

それはつまり、失敗すればこの場にいる全員の命が無くなるという事。

自分の行動が、ネギや明日菜達の命を左右するという事実に木乃香は押し潰されそうだった。

「そんな、危険過ぎます! お嬢様だけでは……」
「ではお前が護衛に付くのか? この作戦は全員の力を以て当たると言うのが前提条件だ。僅かでも戦力が瓦解すれば全てが水泡に帰すぞ」

エヴァンジェリンの話に、刹那は渋々と押し黙る。

刹那も気付いていた。

この作戦は自分達一人一人の力が戦況を左右する。

僅でも戦力が削がれれば全員の死へと直結する。

逃げるという選択肢が無くなった以上、恐らくはエヴァンジェリンの作戦が全員が生き残れる最も可能性が高いものだろう。

しかし、木乃香は自分の全てを賭けて守ると誓った相手。

そんな彼女を一人で死地に向かわせるのはどうしても抵抗があった。

そんな時。

「私も行きます」

千雨と同じ一般人である夕映が、木乃香の護衛に名乗りを上げた。

無論、ネギはこれに反対だ。

しかし、今の状況は教師だから生徒だからという悠長な事など言えはしない。

そもそも刹那や明日菜、生徒達を戦わせている時点で自分が教師と言える資格は無いのだ。

「……千雨さん」
「あ、は、はい!?」
「自力で立てますか?」
「え? は、はい。何とか……」

気絶から立ち直った千雨は、ずり落ちて皹の入った眼鏡を掛け直し、ネギに言われた通りに立ち上がる。

先程とは違い、足腰に力が入り、体力もそれなりに回復している。

「カモ君、頼んだよ」
「分かってまさぁっ!」

ネギが何を言おうとしているのかを瞬時に理解したカモは、千雨を連れてその場を力の限り走り去っていく。

「……すまないのぅ、ネギ君」
「学園長?」
「本来ならばアレを相手にするのは儂等の役目なのじゃが……」

申し訳なさそうに項垂れる近右衛門。

そんな学園長にネギは笑い掛け、首を横に振った。

「明日菜君、僕からも……」
「いいんです。それに、高畑先生と一緒に戦えて……ちょっぴり嬉しいですから」

にこやかに笑う明日菜。

そんな彼女の笑顔に押し黙り、高畑は表情を曇らせる。

だが、敵が目の前にいることに意識し、すぐに戦士の顔付きへと代わる。

「やれやれ、これじゃあお前の計画も台無しなんじゃないのか?」
「ハハハ、確かにそうかもネ。しかし、そう簡単には諦める訳にはいかないヨ」
「? 何の話アルか?」

龍宮と超がボソボソと話をしている。

そして。

「さて、お喋りは楽しんだか?」
「グガァァァァァアアアアァァァアアァゥッ!!」
「「「っ!」」」

周囲を震わせる大猿の雄叫びが、ネギ達を戦闘体勢にさせる。

「へ、今になって漸く動き出しやがったか」
「拙者達を敵と認識していなかったのか、そもそも唯の気紛れか」
「分かりませんね、どうやらあの方は既に理性を無くしている様ですし……」
「ならば……」

付け入る隙はある。

如何に強大な力だろうと、ただ闇雲に振るうだけならば何とか対象出来るだろう。

だが、油断は許されない。

理性が失われ、正気を無くしても敵は遥かに強大。

全ては木乃香とバージルに託されている。

一人でも僅かなミスをすれば、この場にいる全員が死ぬことなる。

「それじゃあ、始めるか」

エヴァンジェリンが低く、小さく呟くと、小太郎や刹那といった接近戦を得意とするものは大猿に挑み。

ネギとエヴァンジェリンは、持ち前の魔力を最大限に生かす為、呪文を唱えてそれぞれ魔法の大砲を射つ。

そして。

「行こう夕映!」
「はいです!」

魔法の光が放たれた直後、木乃香と夕映は同時に駆け出し。

倒れ伏しているバージルの下へと急ぐ。















「バージルはん、負けてしまったんか〜」
「………」

麻帆良から離れ、陸橋の場所でフェイトは目を細めて、月詠は表情を曇らせて戦いを眺めていた。

「あーあ、これでこの世は終りになるんですかね〜、何や残念です」

落胆の口調で世界の終りを予見する月詠。

対するフェイトは何も語らず、ネギ達が戦っている様を眺めていた。

「あそこにかの青山鶴子がいれば、多少は状況が変わっていたかもしれへんけど……ダメやな」

諦めたかの様な月詠の口振り。

今はネギ達が何か騒いでいるが、それもいつまで持つか。

あの化け物がその気になれば、あの辺り一体は一瞬にして焦土と化す。

バージルが戦えなくなった以上、月詠はこの世の終りを静かに悟った。

しかし。

「まだ、まだ終ってません」
「?」
「調?」

自分達の後ろにいた調が、力強くそれを否定した。

「私は今まで、彼の姿を近くで見続けてきました。彼は戦います。何度でも」

自分は知っている。

バージルという男を。

自分の前に聳え立つ壁を破壊するまで、何度叩き潰されてもどれだけ傷だらけになっても。

彼は絶対に立ち上がる。

何か確信した表情で戦場を見詰める調。

そんな彼女の横顔を月詠は面白くないのか、若干の不機嫌さを見せる。

「……何れにせよ」
「!」
「何れにせよ、彼が再び戦えるか否かは……あのお姫様に掛かっているみたいだね」

フェイトが向ける視線の先、そこにはバージルに向かって掛けていく木乃香と夕映が映っていた。
















「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
「木乃香さんもう少しです。頑張って下さい」
「う、うん」

夕映を先頭に、瓦礫の山を登っていく木乃香。

バージルの下まであと少し。

震える膝に力を込め、木乃香は踏み出す一歩に力を入れる。

ここまで来る間、流れ弾や瓦礫が雨の様に降り注ぎ二人の行く手を阻んだ。

その度に傷付き、身体は疲労と恐怖で既に限界を超え、僅に気を抜けば倒れてしまいそうだった。

そんな中、夕映の手助けのお陰で何とかここまで辿り着けた。

体の至る所に傷痕を残しながらも、それでも走り続け。

そして。

「いた! いました! 彼です!」

神精樹の根の上に横たわるバージルを見つけ、二人は最後の力を振り絞って駆け寄った。

「バージル君、しっかりして!」

木乃香はバージルに近付くと、その凄惨さに絶句する。

左腕は折れて左脇腹はどす黒く変色し、体組織の六割近くが火傷に覆われている。

閃光の直撃を受けた背中の皮膚は焼け爛れ、血が留め留めなく流れている。

「…………」
「!」
「ま、まだ息が!」

しかし、バージルの胸が呼吸で僅に上下に動いているのを確認すると、木乃香は懐から一枚のカードを取り出し。

「“来たれ”!」

ネギと仮契約を果たしたカード、アーティファクトを展開させる。

自分の完全治癒魔法ならば、バージルを助けられる。

木乃香は自分の全魔力を注ぎ込むつもりでバージルの体を治そうとする。

「お願い!」

懇願の声と共に、木乃香の体から光が溢れていく。

しかし。

「え、えっ!?」

眩き始めた途端、木乃香の体から光が消えていった。

「ど、どうしたですか!?」
「う、うそ……そんな」

怪我をしたまま目を瞑っているバージルを前に、木乃香は目を見開いて膝を着いた。

何が起こったのかと、夕映は木乃香に問い掛けると。

「ウチ……ウチ」

木乃香はボロボロ涙を溢しながら。

「間に……合わへんかった」

掠れる様に小さく呟いた。














〜あとがき〜
な、難産でした。
しかもかなり突っ込み所が多くある。
どうもすみません。

PS。
某SSSの動画を見たらまたエンジェルビーツを見直してしまったww



[19964] 黄金の嵐
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:350f77ad
Date: 2010/10/07 12:10






魔法世界。

旧世界とは殆ど交流のないこの世界だが、現在はある噂で騒がれていた。

旧世界が今、有史以来の危機に瀕しているとの事。

メガロメセンブリアの議員達も事態の模索に追われており、魔法世界も少なからず混乱していた。

そんな中。

都市グラニクスから離れたオアシス。

ラカンの自宅に続く道のりを、一人の女性が走っていた。

テオドラである。

テオドラはラカンの自宅ではなく、その先にある湖に出ると。

「ジャック! ジャックはおるか!?」

千の刃、ジャック=ラカンの名前を叫んだ。

すると。

「あんだよ。うるせーな」

湖の中心まで伸びる橋の先で、釣糸を垂らすラカンがいた。

麦わら帽子に首に巻いたタオル、口にくわえた枝。

枝先に付いた葉を揺らしながら、ラカンは面倒そうに振り返る。

「大変じゃ、旧世界が訳の分からん奴等によって壊滅しようとしておる!」
「ふーん」

大慌てで駆け付けてきたテオドラに対し、ラカンは然程気にした様子もなく、釣糸の先端に視線を戻す。

「メガロや帝国も事態の対応に追われてて、このままでは世界を繋ぐ“扉”を閉ざされてしまうかもしれんのじゃっ!」

扉。

それは旧世界と新世界を繋ぐ世界の楔。

それが閉じれば旧世界との繋がりも完全に断たれ、新世界……魔法世界は孤立するだろう。

しかし、そんな大事態にもラカンは動じた素振りを見せず、釣竿を上下に揺らして釣糸に繋がったブイを弄るだけだった。

「そんで?」
「そんで……って、だから妾がお主に旧世界向かって欲しいと……」
「嫌だよ面倒くせぇ」
「なっ!?」

面倒くさい。

心底嫌そうに溜め息を吐くラカンに、テオドラは絶句し。

そして沸き上がる怒りによって爆発した。

「な、何を悠長な事を言っておるか! 彼処にはお前の……」
「何だ。分かってるんじゃねぇか」
「……は?」

激昂し、声を荒げた矢先のラカンの不敵な笑み。

唖然となる彼女を他所に、ラカンは釣竿を横に置いて空を見上げ。

「あそこには……旧世界にはバカ息子、バージルがいる。だったら心配はいらねぇさ」

そう言ってラカンは立ち上がり、自宅へと戻っていく。

テオドラはラカンの後を追って、ならばと抗議の声をだしている。

その途中、ラカンは再び空を見上げ。

(そうだろう? バージル)

先程とは違う強張った表情で、空を見上げた。













「くそ、この化け物がぁっ!!」

麻帆良学園。

大猿となったターレスを僅かでも食い止めようと、ネギ達が決死の覚悟で挑んでいた。

「遠慮はいらんぞ、全弾持っていけ!」

龍宮は何処からともなく出したミサイルやバズーカを放って爆炎を起こし。

「いっくで〜っ!!」
「絶影!」
「ふっ!」

小太郎の放つ氣弾と高音の絶影がターレスに突っ込み、高畑の剛拳が叩き込まれ、更なる爆発を誘発させる。

「いくアルよっ!」
「ニンッ!」
「明日菜さん、私達も!」
「う、うんっ!」

楓、古菲、刹那、明日菜の四名がそれぞれ巨大なターレスの足へと攻撃を仕掛ける。

楓の分身と十字手裏剣による爆鎖爆炎陣、古菲の中国武術による功夫。

刹那の神鳴流、そして式神や魔法等を無効化させる明日菜のハリセン、それら全てが叩き込まれる。

そして。

「では、ゆくぞい!」
「吹き飛べ!」
「ハァッ!」
「いっけぇっ!」

近右衛門とエヴァンジェリンの掌で収束されていた魔法の光とネギの雷の暴風、超の発明品である超電磁砲が放たれ、大猿となったターレスは爆発に包まれていく。

「これで」
「少しはき……くわけないかぁ」
「グルルル……」

煙の中から現れる巨大な影、傷一つ負っていないターレスが呻き声を漏らしながら高音達を見下ろしている。

「ダメ、やっぱり私のハリセンも通じない!」

自分の能力なら大猿となったターレスになら何らかの効果が与えられると思ったが……。

平然としているターレスに明日菜は表情を曇らせる。

「これだけの攻撃を受けてもビクともしないとはな……」
「分かっていたが、結構ショックでござるな」
「しかもアイツ、あれだけボカスカやられとるのに何の反応もせえへん。完全に舐めとるな」


目の前の化け物にそれぞれが悪態をついていると。

「ゴォォォォォッ!!」
「っ!」
「くるぞっ!!」

ターレスの巨大な拳がネギ達に振り下ろされる。

全員が下がる事で回避するが、振り抜かれた拳は大地を砕き。

麻帆良の地下空洞を露にしていく。

「くそ、こんなのいつまでも相手にしてられんで」
「木乃香はまだなの!?」

一撃でも受ければ即死。

極度の緊張がネギ達の精神を蝕んでいた。

頼みの希望は木乃香だけ、明日菜はバージルのいる方角に目を向けると。

「グルルル……?」

何か気付いたのか、大猿ターレスは辺りを見渡し。

そして。

「し、しまった!」

見付けてしまった。

倒れ伏しているバージルの下にいる木乃香と夕映の姿を。

「ふ、二人共逃げてっ!」

声が届かないと分かっていながら、明日菜は二人に呼び掛ける。

だが、それよりも速く。

「グガァァァァッ!!」

理性なき野獣はただ本能に従い、敵であるバージルに向かって走り出すのだった。














「ウチ……ウチ……」

治癒魔法が利かない。

修学旅行の時とは違い、眩い光を放ってもバージルの体を癒せない事に、木乃香はただ狼狽する事しか出来なかった。

ネギとの仮契約で得た完全治癒能力。

その力を以てしても、バージルを治癒する事は叶わなかった。

理由はただ一つ、遅すぎた。

木乃香の能力は非常に強力、どんなに傷を負ってもその力を使えば忽ち全快となれる。

しかし、その分制限もある。

今の自分では怪我をして三分以上経過したものは治癒する事が出来ない。

バージルの怪我は、既に制限である三分を過ぎている。

役に立てなかった。

自分に全てを託し、戦い続けているネギ達。

一人で戦い、そして死にかけているバージルを前にして何も出来なかった自分が、この上なく惨めだった。

「ごめんなさい……」

ポツリと、懇願するように呟かれる木乃香の一言。

すると。

「何をしているのですか木乃香さん!」
「っ!?」

肩を掴まれて揺さぶられる衝撃により、木乃香はハッと我に返った。

「彼はまだ生きています! 生きようとしています! だったら私達に出来る事はただ一つです!」
「っ!!」

そうだ。

彼は、バージルは生きている。

弱々しくありながら、それでも生きようと懸命に足掻いている。

血を流し続けても、その魂は未だに生へとしがみついているのだ。

だったら、まだ諦める訳にはいかない。

(違う。諦める諦めないはウチ等が決める事やない!)

目の前に生きようとする者がいる。

死から抗おうとしている。

ならば、自分達がそれを支えるだけ。

抗っている者の手を掴み、引き上げるだけ。

木乃香は目尻に溜まった涙を拭い、夕映と共にバージルの治療を開始した。

体を動かさない様に傷の消毒から始める二人。

間近で見るバージルの怪我に一瞬気が遠くなるが、それでも思考を強く保ち。

二人はバージルの怪我を治療していく。

しかし。

「くそ、血が止まらないです!」

バージルの体で最も酷い背中の傷。

血が留め留めなく溢れ、血止めの薬が全く効果がない事態に、二人は焦りを見せていた。

その手は既にバージルの血で染まり、頬にも血液が付着している。

しかし、どんなに治療に専念しても、所詮は学生の知恵でしかない。

専門の知識がなければ、悪戯に命を縮めるだけ。

木乃香は命の炎が消えつつあるバージルを前に、そう悟った。

しかし、それでも。

「止まって、お願い!」

死なせたくない。

まだ自分は、この人に何も返してはいない。

木乃香はバージルを抱き抱えながら背中の傷口を抑え、止血の念を込めるが。

だが、傷口からは血が溢れ、塞いでいた木乃香の手の指の間から流れ出ていく。

段々とバージルの呼吸が小さくなり、木乃香はそれでも抱き締め続け。

「お願い! お願い!」

ボロボロと涙を溢す。

その時。

「グガァァァァッ!!」
「「っ!?」」

大地が震える程の雄叫びに、二人が振り返ると。

巨大な猿が、木乃香達の下へ駆けて来ていた。

気付かれた。

「木乃香さんっ!!」

夕映は瞬時にその事を察知し、木乃香に逃げるよう促すが。

木乃香は動こうとせず、バージルを守るようにターレスに背を向けていた。

あのままでは二人が危ない。

自分の危険を省みる暇などなかった

気が付けば、夕映は二人に向かって駆け出していた。

あのままでは、二人が死ぬ。

夕映はこの後の事など全く考えずに、二人に向かって足を動かす。

が、遅かった。

「ギガァァァァッ!!」

振り上げられた拳の影は二人を捉え、振り下ろされる。

迫り来る死。

しかし、それを前にしても木乃香は動かず。

(助けたい!)

その一心で、バージルを抱き抱えていた。

そして、ターレスの巨大な拳が振り抜かれた瞬間。

傷口を抑えていた木乃香の手が、小さく、淡く、儚く。

光を放った。














“――また負けたのか?”

“ラカン、アイツ以外の男に?”

“――悔しい”

悔しい。

“もう負けないと誓ったのに”

“絶対に負けないと”

戦わないと。

負けられない、負ける訳にはいかない。

“まだ、俺の魂は折れてはいない”

――だが。

動かない。

見えない何かに押し潰されそうな。

底無しの沼に落ちていく様な。

全身に力が入らない。

迫り来る死。

それは、今の自分に抗えない事実だった。

それでもバージルが抗い続けていた時。

“――何だ?”

ボンヤリと、小さく輝く丸いモノ。

弱々しく、今にも消えてしまいそうな光。

だが。

“――暖かい”

冷たい体に感じる温もり。

まるで包み込む様な感覚に、バージルは全身に力が戻っていくのを感じた。

そして。

“そうだ。俺は、まだ!”

戦える。

そう確信したバージルは、体にまとわりついた死から駆け出し。

儚く、弱々しいながらも輝く生の光を。

握り締めた。
















「……え?」

最初に声が出たのは夕映だった。

振り抜かれたターレスの拳、それは間違いなく二人を捉えていた。

舞い上がった砂塵、その中から現れるのは二人の無惨な死体なのだと。

そう、思っていた。

「…………あ、あれ?」

今まで目を瞑っていた木乃香が、何も起こっていない事に気付き目を開けた。

何が起こった?

辺りを見渡し、自分が生きている事に気付くと。

「ば、バージル君っ!?」
「グゥゥゥゥ……」

全身から煙を立ち上らせ、ターレスの拳をその小さな手で受け止めていた。

木乃香は、バージルが息を吹き返した事に喜ぶが。

「バージル……君?」

様子のおかしいバージルに、木乃香は表情を曇らせる。

熱い。

バージルの体温が異常に高く、その熱さに木乃香が手を離した。

瞬間。

バージルの全身から金色の炎が吹き荒れた。

緑ではなく、金。

今までとは違うバージルに、木乃香はペタンと座り込み。

「デヤァッ!!」
「っ!?」

受け止めていたターレスの拳を押し返し、吹き飛ばした。

突然の出来事に二人は言葉を失い。

「オオォォォォォォォッ!!!」

バージルの雄叫びが轟き、黄金の嵐が

麻帆良を包み込んだ。
















〜あとがき〜
やっとバージルが超化(疑似)!

次回、遂に決着!?

PS.
今週のデュナミスに憧れて痺れたのは私だけ?



[19964] 決着
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:6632f851
Date: 2010/10/26 01:02





「……綺麗」

木乃香が最初に言った言葉はそれだった。

目の前で黄金の焔を纏いし幼き戦士。

正気を保っているのか、はたまた修学旅行の時の様に理性を失っているのか。

真っ白に染まる瞳からは、察する事など出来はしない。

光の渦、光の嵐、その全てが炎へと集約されていく。

金色の炎を纏う少年、バージル。

白く、何も写らなくなった瞳。

しかし、その虚構の瞳は、目の前の倒すべき敵だけは捉えて離さなかった。

「グォォォォォッ!!」

雄叫び、理性なき本能の塊の叫びが大気を震わし。

「ガァァァァァッ!!」

傷だらけの戦士の咆哮が大地を震わせる。

そして、互いに手を握って拳を作り。

同時に振り抜かれ、力と力がぶつかり合った。

「キャァァァァァッ!?」
「木乃香さん!!」

ぶつかり合った力はその逃げ道を求め拡散し、衝撃波となって瓦礫と共に木乃香と夕映を吹き飛ばしていく。

神精樹の根から吹き飛ばされた二人は、瓦礫の山となった地上へと落ちていく。

衝撃波に吹き飛ばされ、麻帆良の大地を見渡せる迄の高度から落ちていく自分に二人が顔面蒼白になった時。

「お嬢様!」
「夕映さん!」

白い翼を広げた刹那が木乃香を、杖に跨がったネギが夕映をそれぞれ抱き抱え、二人の窮地を救った。

「お嬢様、お怪我はありませんか!?」
「う、うん。ウチなら平気……せやけど」
「な、何なんだあれ」

驚愕に目を見開いているネギ。

その方向へ木乃香達も振り返ると。

「オオォォォォッ!!」

金色の炎を纏ったバージルが、何十メートルもある巨大な大猿を投げ飛ばしていたのだ。

……見事な背負い投げである。

宙を舞いながらも、ターレスは全身を回転させる事で体勢を整え。

「ガァァァッ!!」

金色の炎を纏い、突き進んでくるバージルを凪ぎ払う様に腕を振るう。

が、バージルはそれを上に急上昇する事で回避し、ターレスの真上を回転しながら通り過ぎ。

「っ!?」

バージルは背後の地面に着地すると同時に体を捻らせ、勢いを着けた回転蹴りをターレスの腰に叩き付ける。

メキメキとめり込むバージルの足、大猿のターレスは苦悶の表情を浮かべながら吹き飛び、地に伏す。

「ググゥゥゥゥ……」

ターレスは牙を剥き出し、唸り声を上げながら立ち上がり怒りを露にする。

腰はメコリと凹み、そのダメージは明確なもの。

たった一撃でこれ程のダメージ。

相手はサイヤ人とは言えまだ幼い子供、なのに自分が膝を付いて平伏している。

理性なき野獣でも感じられる屈辱感と憤慨感。

「ガァァァァァッ!!」

ターレスは怒りの雄叫びを上げながら跳躍し、バージルに向かってその拳を振り下ろす。

しかし。

「っ!?」

視界に映っていたのは拳。

その直後に襲い掛かる衝撃と激しい痛みが、眉間を通して全身に広がっていく。

「ギ……ガ……」

途方もない威力を持った打撃での一撃。

ターレスが本能で感じ取れたのはそこまでが限界だった。

「ガァッ、ゴ!?」

仰け反った体から今度は背中に痛みが走る。

背後からかと思えば正面、正面かと思えば側面。

上下左右、縦横無尽に駆け回る痛みに、ターレスは痛みの悲鳴すら出せずにいた。

全ては、バージルの超スピードによる猛攻。

これまでとは比にならない程の加速と飛行速度を用い、バージルはターレスを宙に浮かせたまま攻撃の手を弛めずに続けた。

そして。

「ダラァァァッ!!」

最後にバージルはターレスの正面を突き進み、その腹部に蹴りを打ち込み、地面へと叩き付けた。

バージルはターレスに止めを刺そうと砂塵の中を進むが。

「クカァァァ……」
「っ!」

砂塵の奥から見える紫色の光、それがターレスの反撃の一撃だと悟ったバージルは両腕を交差させるが。

「ガァァッ!!」

閃光。

一度バージルを追い詰めた光が、重力に囚われずに突き進み、空を貫いていく。

軈て光は四散し、空中に消えていく。

今のはバージルを死にまで追いやった一撃の閃光。

大猿化となり、理性を失った代償に手に入れた絶対的な力。

それを回避したのではなく再び受けたのだ。

最期に凄まじい強さを見せ付けたがそれもここまで。

立ち上る煙の中を睨みながら、ターレスは自身の勝利を確信しつつあった。

と、その時。

「?」

不意に感じた空気の流れ。

何かに吸い込まれていく様に集まっていく大気。

何が起こったと、ターレスが周囲を見渡した瞬間。

「っ!?!?」

光が溢れた。

雄々しく、猛々しく、力強く輝く光の奔流。

大気をも巻き込みながら、渦を描き、収束されていくその先には。

「オオオォォォ……」

バージルがいた。

掲げた右手を中心に光が渦を巻き、収束していく。

エクストリームバースト。

黄金の炎が嵐となり、拳という終着点に凝縮し圧縮されていく。

危険だ。

目の前の金色の台風を前に、理性なき野獣は瞬時に悟った。

数倍、数十倍にまで膨れ上がっていく力の鼓動に、ターレスは一歩後ろに下がる。

一歩、更に一歩。

本能から解る恐怖を前に、ターレスが三歩目を後ろに出した。

しかし。

「っ!」

下がれなかった。

巨大な何かを遮っている様な感覚に、ターレスはゆっくりと振り返ると。

そこには、自らが植え付けた神の樹木が聳え立っていた。

地球に根付いた神精樹。

力を求めた手段として用いた樹木が、今自分の逃げ場を潰していた。

そして。

「オオオォォォオオオォォォッ!!」

黄金の嵐、その全てがバージルの右拳に集まり、輝き出す。

金色に輝く右腕、バージルはそれを腰だめに構え。

「オオオォォォッ!!」

金色の炎を纏い、腕を撃鉄の如く後ろに引いたまま突っ込んだ。

対する追い詰められたターレスは、口を開き、再び紫炎の光を集め。

「ガァァァァァァッ!!」

閃光を放った。

三度放たれる紫の光は、バージルを再び呑み込み、海を割り空を引き裂いていく。

その衝撃により、波は荒れ狂い、本土の首都圏の一部にまで浸水していく。

「うわぁぁぁぁっ!?」
「きゃああぁぁっ!!」

本土に避難した一般生徒達も、学園に残ったネギ達も、悲鳴を上げながら吹き飛ばされ。

爆風と暴風、荒れ狂った風が足場の瓦礫を吹き飛ばし、傷付いた麻帆良の大地が露になっていく。

そんな中。

「ォォォオオオオ……」
「!?」

閃光の中から現れる人影、バージルが破壊の光の中を進んでいた。

閃光の中を、血を流しながら突き進み。

そして。

「ダァァァァァッ!!」
「っ!?!?」

極限、極大に力を高めた拳をターレスの腹部に叩き込んだ。

バージルの拳がターレスの腹部に直撃した瞬間、バージルは全身から金色の炎を吹き出し、推進力を一気に引き上げ。

「グォォォッ!!」

ターレスと共に、神精樹の内部へ、“破壊”しながら突き進んだ。

「ガァァァァァッ!?」

急上昇した二人は、神精樹を内部から引き裂く様に上昇し続け。

「ゴォォォォッ!?」

高く。

「グガァァァァッ!!」

高く、登り詰めて行く。

内部から破壊されていく神精樹は、亀裂から眩い光を放ち始め。

そして。

「ウォォォォッ!!!!」

遂に頂上を超え、外気に出たバージルは神精樹を……そして、ターレスを。

貫いた。















「う、うわぁ……」
「すっご……」

唖然。

呆然と今までの戦いを眺めていたネギ達。

怪物達を打ち倒し、誰にも傷一つ与えられなかった樹木を貫いた幼き英雄。

ネギ達は、ただ賞賛の言葉しか出せずにいると……。

「あ、あれ!」
「根が……光ってるです!」

地球に根を張っていた神精樹の根、それらが一斉に輝き出し。

光となって空に四散した。

地球全土を覆っていた根、その全てが光の雪となって地上に降り注いだ。

そんな神秘的な光景に、誰もが空を仰いでいた時。

「あ、あれは!?」
「バージル君!」

光の雪と共に地上へ落ちていくバージル。

その体にはもう力が残されていないのか、地面に向かって落下していく。

「ネギ君、せっちゃん、お願い!」
「わ、分かりました!」

木乃香に言われて我に返った刹那とネギは、杖と翼のそれぞれに加速を掛け、地上へと落ちていくバージルを助けようと手を伸ばした。

しかし。

「っ!」
「お、お前は!?」

ネギ達よりも速く、バージルの下へ駆け付けた者がいた。

白髪の少年、フェイト=アーウェルンクスと、雇われた神鳴流剣士月詠。

バージルを腕に抱き抱えたフェイトは、感情の籠っていない瞳でネギ達を見据えた。

「ど、どうしてお前がここに!?」

修学旅行で出会った白髪の少年。

突然現れたフェイトを前に、刹那は夕凪を構えてネギは左手をかざした。

「止めておいた方がいいよネギ君、傷を負って尚且つ足枷をつけたままの君じゃ……僕に触れる事すら出来ないよ」
「彼を、バージルさんをどうするつもりだ!」
「君が知る必要はない」

ネギの問い詰めを一蹴するフェイトは、これ以上話す事などないと言いたいのか、ネギ達に背を向ける。

「ま、待って! 治療なら、治癒ならウチが!!」

そんな彼等に、木乃香が食い下がる。

自分のアーティファクトの能力なら、バージルを全快にまで回復させられる。

しかし。

「木乃香お嬢様、失礼ながら今のお嬢様の力ではとてもじゃないですけど彼を癒せるとは思いませんえ」

月詠がそれを否定する。

「お嬢様の治癒能力は確かに凄いどす。しかし、それは時間制限ありの欠陥品」
「っ!」
「しかも、能力ばかりかまけて治療なんて素人同然。こんな消毒だけの処置をよく治療と呼べますわ」

可哀想にと、月詠は精魂尽き果てて深い眠りについたバージルの頬をそっと撫で回す。

「此方には小規模とは言え専用の治療施設がある。……君達の出る幕はないよ」

そう言うと、フェイトはバージルを抱き抱えたまま月詠の隣に立つと、月詠は懐から一枚の札を取り出し。

「安心してくれ、彼を別に殺すつもりは無いよ。彼は今やこの世界を救った正真正銘の英雄だからね」
「さいなら刹那先輩、お嬢様、バージルはんの事は任せて下さい」

それを最後に、二人は転移の魔法陣に包まれ、ネギ達の前から姿を消した。

残されたネギ達。

戦いには生き残れたものの、言葉では言い表せない悔しさが残った。















こうして、波乱に満ちた一日が終わり。

世界は、一人の少年に救われた。














〜あとがき〜
更新遅れてすみません!
しかも短い!

次回は幕間かな?



[19964] 変わり行く世界の中で
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:1d8790cc
Date: 2010/11/02 00:45








人類が知らない間に有史以来初の種族の存亡を懸けた戦いを経験し、光の雪を浴びてから数日後。

世界はこれ以上ない穏やかな日々を過ごしていた。

……いや、穏やかというのは訂正しよう。

正確には、争いなど起こす暇などない程の忙しい毎日に追われていた。

宗教や文化、人のすれ違いによる内紛、紛争。

長い間争い続けてきた人々も、今は復興という二文字しか頭になく、武器を取る者など一人もいなかった。

武器を取る暇あったら鍬を持て。

そんなありそうで無い格言の下、人は唯ひたすら働き続けた。

そこには人種も国境も宗教もなく、同じ人間として協力し合う人々の姿があった。

皮肉な事だが、世界は漸く同じテーブルに着く事となる。

だが、人々は知らない。

何の見返りも、目的もなく。

ただ強い奴と戦いたいとだけ願う一人の少年が、世界を救った事など。

故に誰も望まない。

この世には神などいはしない。

だから人は願う。

今日も良い日でありますように。

皮肉にも、世界は破壊の下で新しい創造が始まろうとしていた。






















「オラーイ、オラーイ」
「部長、次は何処の区画でしたっけ?」
「次は繁華街区画の瓦礫の撤去作業だ。それが終わったらそこの復興作業に入るぞ」
「ウィーッス!」

極東の島国、日本。

広大な瓦礫の地となったここ麻帆良学園も、麻帆良大土木建築研や専門の業者の方々による連日徹夜作業により、徐々に以前の姿を取り戻しつつあった。

瓦礫の山だったものがみるみる内に無くなり、土台や鉄骨等を組み立てていく。

学生達の土木建築研による早く、それでいて確りとした仕事振りに、専門の業者達は驚き、感心した。

余談だが、土木建築研の生徒達は後に大手の建築会社に引き抜かれていくのは、また別の話。

土木建築研の生徒や、そんな彼等を支える一般生徒達で賑わう中、学園長である近右衛門は隣に高畑を従えて生徒達の活躍振りを眺めていた。

全身傷だらけで、未だに完治していないものの、二人は平然とした態度で眺めている。

「ほぅ、随分作業がすすんでおるの」
「この分だと、夏休み前迄には終りそうですね」

目の前で行われる生徒達の復興作業。

予想以上の早さに、近右衛門は素直に驚いた。

現在、日本中の建築士や大工、消防隊や自衛隊等、知識を持った全ての専門家が日本全土に広がり、救助、援助、に回り救援活動を行われている。

幸にも、あの巨大樹木が光の雪となって消えてから、大地や森林は以前と変わらぬ姿を取り戻し。

傷付いた地球を自ら修復していき、その恩恵を受けたのか、あれ程の災害に見舞われたにも関わらず、作物等は例年に比べ豊作となっていた。

お陰で野菜や果物ばかりではあるが、食べる物には困らず、人々は元気を維持したまま頑張れる様になっていた。

その他にも、雪広財閥といった世界有数の企業も無償で復興作業に全力を注いでいる。

高畑の言う通り、もしかしたら夏休み前に学園を元に戻せるかもしれない。

「皆言ってましたよ。あんな中途半端で学園祭を終えるのは悔しいって、署名もこんなに」
「ほっほっほ、元気があって何よりじゃ」

高畑の手元にあるファイル。

その中には学園祭の再開を訴える生徒の署名が記されてあった。

ビッシリと刻まれた生徒一人一人の名前、それを見た近右衛門は嬉しそうに笑った。

あれだけの経験をして、この学園に戻って来てくれるという生徒がこんなにもいる。

全生徒の八割近い署名の数に、近右衛門は目頭が熱くなるのを感じた。

「いかんな。歳を取ると涙脆くて叶わん」
「案外、皆分かっていると思いますよ。こんな時だからこそ元気に過ごさないといけないって……」
「……そうじゃな。復興作業の人達には申し訳ないが、もう少し頑張ってもらうよう言ってみるかの」
「そうですね」

優しく微笑む二人、逞しく育っていく生徒達に感慨深いものを感じていると。

「……しかし」
「………うむ」

途端に二人の表情は暗くなり、俯かせる。

この戦いを経て、世界中の人々は纏まりつつあるが。

同時に凄惨な傷痕も残してしまった。

今回の一件で、世界は大混乱に見舞われ、多くの死傷者が出てしまった。

この麻帆良学園にも決して少なくはない人数の人を死なせてしまっている。

ターレスの部下であるアモンド達と戦った魔法教師達。

十数人もいた精鋭達が、たった五人の侵略者の手によって壊滅。

全員病院で入院中、酷い者は今でも意識不明で生死の境を迷っている。

「刀子先生、神多羅木先生、ガンドルフィーニ先生も皆、未だ意識が回復しておりません。ガンドルフィーニ先生に至っては意識が回復したとしても、何らかの障害が残るかもしれないと……」
「………」

高畑からの報告により、近右衛門は口を重く閉ざす。

今回の一件で重症を負った魔法教師達。

仮に奇跡的に回復して普通の生活を送れる様になったとしても、体に深く刻まれた傷痕によって、もう二度と魔法使いとして生きていく事は叶わないだろう。

病院には彼等の親族達が詰め掛け、未だ目覚めない家族の安否を按じている。

ガンドルフィーニの娘が、窓ガラス越しから父を眺めている姿が、未だに瞼から離れない。

彼女の父を傷付けたのは自分だ。

彼等をあんな目に合わせたのは紛れもなく自分だ。

弁明の余地などない。

ガンドルフィーニや他の魔法教師の皆の親族には、近い内に全てを話す事になるだろう。

恐らくは、彼等の親族達に深い憎悪を抱かれる事になるだろう。

だが、誰かがこの役目を負わなければならない。

それが偶々自分だっただけの事。

そんな思いを胸に、近右衛門は淡々と仕事を続けている生徒達の姿を見守っていた。












「さて、これからどうするんですか超。ある意味では貴女の願いが叶ったみたいですけど……」
「そうネ……」

麻帆良学園と本土を繋ぐ陸橋周囲。

そこでは雪広コンツェルンが用意した避難所で生徒の八割が支援を受け、学園の復興を待った。

残りの二割は保護者である生徒の父兄達が生徒達を連れていき、それぞれ安全とされる場所で生活している。

学園の復興を待ち望んでいる生徒達を横目に、学園以来始まっての天才と言われている少女、超鈴音はクラスメートの葉加瀬の問い掛けに空を仰ぎ見た。

あの戦いを経て、世界は変わった。

今まで目を逸らしてきたものを真っ正面から見据える様に。

徐々にだが人々の認識が変わってきている。

地球を覆い尽くした神精樹、どんな兵力兵器でも傷一つ付けられなかったものが突然光の粒子となって四散したのだ。

世界中に降り注がれた光の雪は、枯れていた大地に恵みを与え、草木と動植物達に命を吹き込んでいった。

人々は自分達に理解出来ない現象を目の当たりにし、漸く気付いた。

世界には自分が知らない何かがあるのではないか、と。

皆、口には出さないが頭のどこかにはそんな疑問が残っている。

故に、近い将来魔法という存在は自然と公に出てくる事だろう。

強制的にではなく、人々自身の意志で。

だとすれば、自分の役目は……。

「そうネ、確かに過程は大分違ったガ、結果は私の目的に殉じているみたいダネ」
「……大勢の犠牲が出ましたけど」
「だからこそダヨ。だからこそ人は目を背ける訳にはいかない」

沢山の人が傷付いた。

大勢の人が苦しみ、泣き、悲しんだ。

だからこそ、忘れてはならない。

自分達が行おうとしていた計画なら、確かに人々から今回に関する記憶を“無かった事に認識させる”事は出来るだろう。

だが、それはダメだ。

辛い事があったからこそ、逃げてはならない。

真実に目を向けてこそ、人は前へと進める。

「破壊による再生……か」
「え?」
「いや、ただ。今回の功労者である勇者はどうしているのだろうかなっと思ったダケヨ」

フッと口元を吊り上げ、超は淡く光り輝き始める世界樹を眺めた。

















「俺のターン、正義の味方カイバーマンをリリースし青眼の白龍を特殊召喚、ハーピィーレディ三姉妹に攻撃!」
「あぁ! ウチの三姉妹がぁっ!!」
「粉砕! 玉砕!! 大喝采!!!」
「………何をやってるんだい?」

フェイト達が重傷を負ったバージルを連れて早数日。

再起不能と思われていたバージルの体は、フェイトの治癒魔法によりみるみる回復。

未だ左腕は完治せず、ギプスを取り付けてはいるが。

右手で手札のカードを持ち、左足でカードから引いていく迄に回復したバージルを目に、フェイトは驚きを通り越して呆れてしまっていた。

「これで俺の三連勝、約束は……覚えているな?」
「はい〜、ウチの貞操をバージルはんに捧げるんでしたね」
「何故脱いでいる? 約束は今晩のおかずだ」
「あん、バージルはんウチをオカズにしたいだなんて〜。恥ずかしいどす〜」

頬を朱に染めてイヤンイヤンと首を横に降る月詠に、バージルはダメだコイツと彼女をスルーしてフェイトに向き直った。

「今晩の晩飯は何だ?」
「僕はいつから君の母親になったんだい? ……今日は君にお願いがあって此処に来たんだ」
「?」

フェイトに連れられてから数日、バージルは以前世話になった小屋で生活していた。

幸いにも此処は普通の人間では辿り着けない秘境の地、人目に付かない場所でゆっくりと体を癒せる事が出来た。

バージル本人は早く修行したいと言って聞かず、止めるにかなりの労力を強いられたが、今回の様に彼が興味を示したもので何とか今日まで引き留める事が出来た。

その間、月詠がバージルの世話をすると言っていたが、色んな意味で危ないので結局自分も面倒を見ることになった。

「何だ。お願いってのは」
「…………」
「さっさと言え、こっちは早く体を動かしたいんだ」

何故か口を閉ざすフェイトにバージルは苛立ちを隠そうともせず、舌打ちを打つ。

そして、フェイトはゆっくりと息を吐くと。

「……僕達と共に来て欲しい」

二年前、魔法世界にて言った同じ言葉を口にした。













〜あとがき〜
また更新が遅れて本当に申し訳ない!

前半の事後処理的な話でかなり手間取ってしまい……。

でも主人公と月詠との件からはかなりスイスイ書けましたww

次回はなるたけ早く更新しますので、どうかご了承下さい。



[19964] 変動
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:9e308ae0
Date: 2010/11/02 03:34







「……何処にだ?」
「え?」

バージルからの返答、想像していたものとはかけ離れた応えにフェイトは思わず間の抜けた声を出してしまった。

「何を驚いている。お前が来て欲しいと言ったんだろうが」

呆気に取られているフェイトに、バージルは眉を寄せて苛立ちを露にする。

フェイトの来て欲しいという言葉の意味を、全く理解していないバージルに月詠は掛けていた眼鏡をズルリと傾けて乾いた笑みを浮かべていた。

「ば、バージルはんって鈍感とかそんなレベルやないんやな」
「?」

呆れている月詠に、バージルは何なんだと首を傾げている。

すると。

「大体、俺はいつまでここにいなければならない? いや、そもそも何故お前の言うことに従わなければならない?」
「!」
「俺はいつかお前を倒す。お前を倒しナギを倒し、そしてラカンを倒す」

そう言うとバージルは徐に立ち上がり、扉の取っ手に手を掛ける。

扉を開け、外からの空気が入り込み、バージルの髪を撫で上げた。

「……次に会った時、その時は覚悟しておけ」

振り向き様にそれだけ告げると、バージルは白い氣の炎を纏って空へと舞い上がって行った。

瞬く間に米粒程の小ささとなり、姿を消すバージルに月詠はやれやれと肩を竦め。

「相変わらずバージルはんは物騒な人やなぁ、命の恩人に次は殺すやなんて」

言っている言葉とは裏腹に愉快そうに語る月詠。

確かにバージルを助けたのは事実だが、それを鼻に掛けるつもりもない。

そしてバージルも恐らくは助けて貰ったつもりもないのだろう。

今すぐには仕掛けて来ないのは、彼なりのせめてもの気遣いなのか。

何れにせよ、相変わらずのバージルに月詠は嬉しくて堪らなかった。

対するフェイト。

その表情は何時もの無表情だが、どこか悲しみの色が混ざっていた。

(そう、僕と彼は敵。僕にとっては不確かで彼に取っては明確な……)

彼が、バージルが自ら戦う道から外れない限りこの定めは変わらない。

だが、彼は気付いていない。

自身の力が今どれ程のものなのか。

(これは……嬉しいという気持ちなのかな)

絶大な力を既に手にしながら、未だ高みを目指すバージル。

そんな彼に力の差が分からないとは言え“敵”として見てもらえる。

自分を人形としてではなく、フェイトとして見てくれている。

しかし、だからこそ二人は相容れない。

自分を見てもらうにはバージルの敵であり続けなければならない。

悲しさと嬉しさ、二色の色は入り交じり、フェイトの中に複雑な感情を植え付ける。

(ああ、そうだね。それが君だ)

敵として自分を見てくれる。

ならば最後までその役割を演じよう。

人形として生まれた自分には、余りある栄光だ。

「さようなら、バージル君。……いや、戦闘民族サイヤ人」

ピクル。

バージルのサイヤ人としての名前を小さく呟くと、フェイトは月詠と共に水の転移で姿を消した。

















約一ヶ月弱という、復興にはあまりにも早すぎる時を経て麻帆良学園は嘗ての姿を取り戻していた。

まだ瓦礫や立ち入り禁止区域があるものの、学園内は人で賑わい。

そして、異例にも今年二回目の学園祭が行われていた。

前回とは違って規模は小さいが、訪れる一般客は皆笑顔だった。

辛い時こそ笑っていられる。

それは人間にだけ出来る強さなのかもしれない。

苦しく、辛い明日を乗り切る為に今を全力で生きる。

その為に本土から英気を養う為にここへ訪れる人も多い。

しかし、同時に今回の一件で学園から去っていく者も少なくはない。

麻帆良学園は謂わば今回の災害の根元の地。

人の中には忌むべき地として後世に語る者がいるかもしれない。

しかし……いや、だからこそ人はこの地を祭りの場所として選んだのかもしれない。

起こってしまった出来事は変える事などできない。

だとすれば、その上で人は生きて行かなければならないのだから……。

「………」

笑顔で学園内の出店やアトラクションを眺めている人々を、シルヴィは新しく出来た噴水を腰掛けにして遠巻きに見つめていた。

前代未聞の大災害。

それこそ、星の存亡すら危ぶまれた危機を体感したのにも関わらず、笑顔を絶やさずにいる人々。

小さな子供が両親の手を握り、満面の笑みを浮かべている姿に、シルヴィは自然と笑みを溢していた。

「……さて、私もそろそろ行くとしましょうか」

そう言ってシルヴィは立ち上がると、未だに片付かない瓦礫の山の立ち入り禁止区域に向かって踵を返した。

バージルがいない今、もうこの場所にいても仕方のない。

そもそもバージルは主であるフェイトが連れ去ってしまったではないか。

監視対象がいない今、最早この地に居続ける理由はない。

それに、今ならば人も多く警備も甘いこの状況なら容易く脱出出来る。

シルヴィは来るときに持ってきたヴァイオリンのケースを担いだ時。

「あ……」
「貴方は……」

立ち入り禁止区域からネギの生徒の一人である綾瀬夕映が、シルヴィの前に現れた。

お互い思わぬ所で再会した為、二人は一瞬驚き、戸惑うが。

シルヴィはすぐに表情を引き締め、無表情のまま夕映の横を過ぎ去ろうとした。

すると。

「ま、待ってください!」
「…………」

夕映の動揺の声に呼び止められ、シルヴィは渋々と足を止めて振り返った。

「……何ですか?」

丁寧な口調だがありありと見える敵意に夕映は後退るが、グッと息を呑み込み前に出る。

「ここから先は立ち入り禁止区域ですよ。危ないから入らないで下さい」
「貴方に言われる筋合いはありません。それに、貴方だって今そこから出てきたじゃありませんか」
「私は部活による経験上、立ち入り禁止区域の見回りを承っています。ですからこの場所に踏み入れようとする輩を呼び止める義務があります」
「………」
「………」

真っ正面から睨み合う二人。

不穏な空気が漂い、シルヴィが軽く舌打ちしたその時。

「よっと」
「「っ!?」」

二人の前にバージルが降り立った。

何の予兆も前兆もなく、空からいきなり降りてきたバージルに、二人はビクリと肩を震わせた。

「ふぅん? 結構綺麗になってきたな」

辺りを見渡し、元の姿に戻りつつある学園にバージルは素直に感心した。

フェイト達と離れてから数日間、バージルは再び世界中を文字通り飛び回っていた。

目的は勿論、ナギ=スプリングフィールドを探し出す為。


以前のカモからの忠告を教訓に、バージルは余裕を以て世界を回っていた。

しかし、やはりナギの情報を得られず、バージルは左腕も完治した事を切っ掛けに再び体を鍛え直す為、この学園へと戻ってきたのだ。

「あ、貴方は……」
「バージル=ラカン」
「ん?」

自分の名前が呼ばれた事に気付き、振り返ると。

「あぁ、いたのか」
「っ!?」

バージルの何気ない素振りにシルヴィは真っ赤に顔を染め上げた。

ボロボロになった服、ほぼ裸と言ってもいい程に破れきった布。

歳に似つかわしくない肉体には幾つもの傷痕が刻まれ、その顔付きは凛々しい男の顔となっている。

弱冠の10歳とはとても思えないバージルの姿に、シルヴィは混乱の極みに入っていた。

「は、はわわわ……」

顔が燃える様に熱く、先程までの冷えきった思考の歯車が、今は火花を散らす程に高速回転をしている。

(な、ななな何故彼が此処に!? フェイト様の所にいたのでででは!?)
「さて、闇の福音は生きているかな? ……不老不死だし死んではいないか」

すると、二人に背を向けたバージルは、エヴァンジェリンの氣を頼りにその場から離れようと足を進める。

行ってしまう。

追わなければ。

何故?

監視対象だから?

しかし、自分の任務は既に終っているのでは?

否、終ってなどいない。

行ってしまう。

追わなければ。

「はわわわ……」

グチャグチャに混ざっていく思考、呂律も回らなくなり自分自身何を言っているのか分からない。

頭から湯気が立ち上ぼり、目を回しているシルヴィに、夕映はどうしたんだと引いていた。

そして、ブツリとシルヴィの頭の中から何かが切れる音が聞こえ。

「あ、あの!」
「?」

再び呼び止められ、バージルは面倒臭そうに振り返ると。

「一緒に、学園祭、回りませんか!?」
「「…………はい?」」

シルヴィからの突然の申し出に、夕映とバージルは首を傾けたのだった。














魔法世界、メガロメセンブリア。

魔法世界の本国とも呼ばれるこの都市にメガロメセンブリアの……通称MM元老員と呼ばれる幹部、その中でも極一部の限られた人間が一部屋の会議室に集まっていた。

「……と、この様に旧世界の魔法協会によると、今回の騒動の一件は外宇宙からの侵略者によるものではないかという報告を受けています」

円型の会議室、中央にて今回の出来事の原因について報告している男性議員に、元老院の面々はモニターに表情されている映像に視線を注いでいた。

巨大な根に蹂躙された大地、破壊され瓦礫となった街並み。

凄惨な旧世界の光景に、議員達は皆息を呑んだ。

しかし。

「ふん、外宇宙からの侵略者だと? 馬鹿馬鹿しい。一体何を根拠に……」

一人の議員の一言に会議室内はシンッと静まり返った。

その男は議員の中でも指折りの権力を手にしている為、誰も口出しする事など叶わなかった。

「し、しかし、現に旧世界は壊滅の一歩手前にまで追い込まれています。旧世界と言っても彼処には様々な軍事力を有している国がありますし、我々にもそう簡単には……」
「大方、どこぞの大国が秘密裏に兵器の開発を行って失敗したんだろう。全く、人騒がせな世界だ」

無茶苦茶だ。

第一、災害現地は極東の麻帆良と確定情報があるというのに、どこから大国という言葉が出てくるのだろうか。

しかし、相手は魔法世界有数の権力者、下手に異論すれば此方が危うい。

議員の誰もが発言出来ない中、一人の男性が席を立ち上がった。

「議員、事態に対し決め付けは良くありませんよ」
「貴様は……」

眼鏡を掛けた男性、クルト=ゲーテルの一言に議員全員が振り向いた。

「自身の理解が追い付かないとは言え、妄想で解決しようなど、見ていて恥ずかしいですよ」
「何ぃっ!?」

クルトの発言によりいきり立った議員は、席から立ち上がり声を荒げる。

しかし。

「それに、根拠ならありますよ」
「な……に?」
「此方です」

クルトの言葉と共にモニターの映像がブレ、次の画像が映し出されると。

映し出された映像に議員達は唖然となり、言葉を失った。

巨大な円盤、まるでSF映画に出てくるような外観。

ジャングルの緑に囲まれ、明らかに異なった文明の色を放つ異物。

その建造物に議員達は絶句し、何も言えずにいた。

「これはアマゾンの奥地で録られた映像です。発見したのは支部の魔法使い。現在は結界によって守られています」
「ば、バカな……」

そして、そんな議員達の横でクルトは不敵な笑みを浮かべながら。

(そう、あれこそはまさに我々の方舟……)

誰にも見付からないよう、手を強く握り締めた。















〜あとがき〜

相変わらずグダグダで申し訳ないです。

次回からは再びラヴコメ?になるかも………?


そして、今更ながら原作を読んで一言。

僕らの勇者(裸)王が!!



[19964] 学園祭
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:179dd35c
Date: 2010/11/09 01:50






世界は平穏を取り戻した。

巨大な根に蹂躙された大地も、光の雪によって再生され地球は元通り……いや、以前よりも青く輝きを放っていた。

人によって築かれた文明は破壊され、人間は否応なしに新たな段階へと進んでいく。

人種も宗教も国も全ての垣根を越えて、人はいずれ一つのテーブルに着くことになる。

世界が変わり行くそんな中、極東の……日本にある麻帆良学園はお祭りの真っ只中にあった。

今回の災害の原地点であるのにも関わらず、人々は誰も気にした様子もなく、それぞれ祭りを楽しんでいた。

まるで、忌まわしき災厄を振り払う様に人々は笑顔を振り撒いていた。

しかし。

太陽の如く燦々と輝いていた人々の笑顔が、一瞬にして凍り付いた。

人々が行き交う麻帆良学園の大通り。

人で溢れ返っているその通りに一人の少年と二人の少女が歩いていた。

二人の少女は麻帆良女子中学の制服を着ているが、別段不思議な所はない。

問題なのは少年の方だ。

上半身はほぼ裸と言って良いほどに肌を露出し、10程度の子供とは思えない肉体を露にして。

その両手には四本のフランクフルトと巨大な綿飴が握られていた。

「ングング、中々イケるなこのフランクフルト、肉汁がジューシーで旨い」

口元をケチャップで汚し、鼻には綿飴が付いている。

外見とは違い、年相応の行動をしている少年……バージルに、人々は唖然としていた。

……否、それだけではない。

生徒達は勿論の事、祭りに参加している一般人達はバージルを知っているのだ。

ターレスと戦っていた時のバージルの姿を。

地を抉り、海を割り、空を駆けた……人には出来ない人外の戦いを。

血を流し、獣の雄叫びを上げるバージルの姿に人々は言い表せない悪寒を感じた。

そして、その怪物が今自分達の目の前を歩いている。

10歳程度の少年に人々は恐れ、誰も近寄ろうとしなかった。

そんな冷たい畏怖の視線を浴びながらも、バージルは平然とした態度で屋台の並ぶ大通りを闊歩していた。

(これが、世界を救った英雄に対する仕打ちか……)

シルヴィは言葉では表現出来ない怒りでどうにかなりそうだった。

バージルは世界を救った。

誰かに頼まれた訳でもなく、見返りも求めず。

傷付き、それこそ死ぬ思いをしながらも。

戦い、この星の窮地を救った。

なのに……。

(こんなの……あんまりじゃないっ!)

バージル本人からすれば、シルヴィのそれは余計なお世話なのかもしれない。

だけど、それでも許せなかった。

シルヴィが顔を俯かせ、手を握り締めていると。

「……?」

ふと、横から感じる視線に振り向くと……。

「…………」
「あ、あの?」

バージルはシルヴィの持つたこ焼に視線を釘付けにしていた。

ジュルリと涎を啜り、キラキラと目を輝かせているバージルの姿は、とても地球を救った英雄には見えなかった。

ジィッとたこ焼きを凝視しているバージルに、シルヴィはフッと笑みを浮かべ。

「食べます?」
「っ!」

シルヴィのちょっとした呟きに、バージルは目を見開いて今度はシルヴィの顔を凝視する。

「……いいのか?」
「私はもうお腹いっぱいですので……はい、口を開けて」
「ん、あー……」

口を大きく開き、目を瞑るバージル。

たこ焼きを爪楊枝で刺し、バージルの口元に運ぶと。

「あぐっ、ングング……」

パクリと口に含み、ゆっくりと味わって食べた。

幸せそうに食べるバージルの顔を見て、シルヴィも自然と笑みを溢した。

しかし。

(……はっ! わ、私は今何を!?)

今自分がした事を思い出すと、シルヴィは顔を真っ赤にさせて頭から湯気を立ち上らせる。

「モグモグ……ング、あー」
「はぅっ!?」

再び口を開き、次のたこ焼きが来るのを目を瞑って待つバージルにシルヴィは顔を更に赤くさせる。

半ば放心状態でバージルの口にたこ焼を運ぶシルヴィ。

その様子を後ろから眺めている夕映は背中がむず痒くて仕方がなかった。

端から見れば仲の良い姉弟にも見える二人に、畏怖の視線を飛ばしていた人々も怖がっている自分がバカらしく思えてきた。

そんな時。

「ングッ、ふー……小腹も少しは満たされたし、そろそろ闇の福音の所に向かうとするか」

大通りの食べ物を一通り全て平らげたバージルは、首をコキリと音を鳴らし、本来の目的であるエヴァンジェリンの家に向かって歩き出した。

すると。

「どうもこんにちは! MNNです!」
「?」

マイクを手にした女性とカメラを携えた男性がバージルの前に立ち塞がった。

それを切っ掛けに他のマスメディア関係の人間が集まり、バージル達は瞬く間に囲まれてしまった。

「貴方は先日、この麻帆良学園で大規模な戦闘を行ったとされますが、それは本当ですか!?」
「貴方が戦っていた相手は何者なんですか!?」
「先日の件について一言お願いします!!」

マイクを突き付け、行く手を妨げる記者関係者達。

真実を市民に伝える義務のある彼等にとって、何としても情報を手に入れなければならない。

しかし、相手が悪すぎた。

マイクを突き付けてくる記者達に、バージルの怒りは早くも頂点に達しようとしている。

ビキビキと額に青筋を浮かべ、不機嫌を露にするバージル。

しかしそんな事は気付きもせず、記者達は更にマイクをバージルに突き付ける。

「あ、あの! 止めて下さい!」
「こ、こういうのは困ります!」


このままでは彼等の命が危ない。

シルヴィと夕映は咄嗟にバージルの前に出て、記者達に止める様に言い含めた。

しかし。

「貴方達も彼の関係者何ですか!?」
「一体彼とはどういった関係で!?」
「何かコメントを!」
「え、ちょ、ちょっと!?」
「止め……きゃっ!」

二人が前に出た事により更に記者達は詰め掛ける。

その際、前に出すぎた記者の一人にぶつかる。

「……あれ?」

痛みはない。

地面にぶつからず、まるで力強い何かに包まれている様な感覚。

ふと見上げると、そこには阿修羅の顔をしたバージルが記者達を睨み付けていた。

「……せろ」
「はい?」
「失せろ」

ギラリと目を光らせ、一人の女性記者に睨み付けた。

「っ!?」

バージルの殺気をマトモに受けた女性記者は、泡を吹いて地面に倒れ伏した。

「なっ!?」
「い、一体何が!?」

いきなり倒れた記者に、他の報道陣が動揺を見せる。

「ぼ、暴力に訴える気か!?」
「そんな事をすれば、世論が黙っては……」
「黙れ」
「っ!?」
「殺すぞ」

10歳の少年とは程遠い目付き、殺意と殺気に満ち溢れた気迫に報道陣の全員が女性記者の様に白目を向き、地面に倒れ伏した。

倒れ伏した報道陣の中で佇むバージル。

その光景に人々は怯え、再び恐怖の視線がバージルに突き刺さる。

しかし、その恐怖の視線をぶつけられても、バージルは動揺一つ見せずにいた。

遮ったものが無くなり、バージルはフンッと鼻息を漏らすと。

「おい」
「ひ、ひゃい?」
「どけ」
「ご、ごめんなさい!」

そう言われると、自分が今までバージルの片腕に抱き留められていた事に気付くと、シルヴィは慌てて立ち上がり、バージルから離れる。

「さて、鬱陶しい奴等もいなくなったし、今度こそ行くか」

気持ちを入れ替え、バージルは再びエヴァンジェリンの家へと向かう。

シルヴィも、そして何故か夕映もバージルの後へ着いていき、エヴァンジェリン宅へと足を進めた。
















「たぁぁぁぁっ!!」
「絶影!」

緑に生い茂った大地、その一角が突如爆発し、砂塵と共に三つの人影が空へ舞い上がる。

黒き分身を操る高音と、杖を足場変わりにするネギ。

二人の魔法がそれぞれぶつかり合い、空を彩かせる。

「ラス・テル、マ・スキル、マギステル!」
「行きなさい、絶影!」
「光の聖霊17人集い来たりて……」

主の命に従い、ネギに向かって両手が塞がった人形はネギの放つ光の魔法矢の弾幕を潜り抜けていく。

そして絶影がネギの懐に潜った瞬間、その二本の触手を一つの槍へと姿を変え、ネギに向かって放たれる。

しかし。

「あれはっ!」
「はぁぁぁっ!!」

虚空瞬動。

空中や足場のない場所で魔力や氣を練ることで瞬動と同じく、素早い動きが可能とする高等戦闘技術。

自分でも未だに完全には習得しきれていない技を使うネギに、高音は一瞬動揺を見せるが。

「たりゃぁぁぁっ!」

背後からくるネギの拳、桜華崩拳と呼ばれるネギが得意とする一撃が高音の背後を捉える。

しかし。

「っ!?」

高音の手が自分の拳に触れたと思った瞬間、ネギは空高々と打ち上げられていた。

一体何が起こったと、思考が追い付けずにいると自身の真上に絶影が現れ。

「あぐっ!」

絶影の蹴りがネギの腹部にめり込み、ネギは大地へと叩き付けられた。











「す、すげぇぇぇっ! 魔法すげぇぇぇっ!!」

二人が戦ったとされる森、それを見下ろせる程に高く聳える城のテラスで、戦いの一部始終を見ていた者がいた。

ネギの生徒で夕映やのどかの親友である早乙女ハルナ。

そしてこの場所はエヴァンジェリンが持つ別荘の一つでもある。

先日の激闘から数日、結界が破壊された事により殆どの魔力を取り戻したエヴァンジェリンは趣味として持っていた人形を糸で操り、家を以前よりも広く大きく建てる事が出来た。

バラバラとなった家の中から見付かった魔法球を使い、ネギ達の修行場として使われている。

「いやー凄いわ! まさか本物の魔法をお目にかかる事が出来るなんて……クーッ! 生きてて良かったぁっ!」
「何が魔法だ。……くそ、悪夢を見てるのか? 夢ならさっさと覚ましやがれ」

魔法という存在に出会えた事に歓喜するハルナに対し、同じく眼鏡を掛けた少女……長谷川千雨は酷く暗鬱な表情で今の戦いを眺めていた。

すると。

「や、やっぱり高音さん強いですね。全く歯が立ちませんでした」
「いえ、ネギ先生もまた腕を上げられました」
「全く情けない奴やな〜、何回も女に負けて」
「コラコラ、年上に対してそう言う言い方はないでしょ」

テラスの中央から転移による魔法陣が輝きだし、その中からネギ、小太郎、高音、明日菜の四人が現れた。

「ふん、一通りは終ったか」
「あ、師匠!」

四人が現れるのと同時に、城の中から妖艶な大人の女性が現れた。

ネギはそんな女性を師匠と呼び、人懐っこい笑みを浮かべる。

「エヴァちゃん、まだその姿なの?」
「当然だ。完全でないとはいえ殆どの魔力が戻ったのだ。結界がいつ戻るか分からないのでな、当分は楽しませて貰うさ」

そういって、自らの幻術で生み出した豊満な胸を揺らし、大人となったエヴァンジェリンは悦に入っていた。

すると。

「ギャァァァァッ!!」
「で、でたぁぁぁぁっ!!」
「「「っ!?」」」

突如、背後から聞こえてきた悲鳴に振り返ると。

「ほぅ、随分と変わったものだな」
「あ、貴方は……っ!」

腕を組み、辺りをキョロキョロと見渡しているバージルが佇んでいた。












一方、麻帆良学園では。

「もう、あのバカったら何の連絡も寄越さないんだから! 一度会ってぶん殴ってやらなきゃっ!」

尖り帽子を被り、赤い髪を靡かせながら、少女は学園の中へと入っていった。













〜あとがき〜

ラヴ?な話を自分なりに書いてみました。


相変わらずの更新の遅さで申し訳ありません。

そして何故ハルナや千雨がいるのかは次回ご説明します。




[19964] 近衛木乃香の憂鬱
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:8ea9ffc1
Date: 2010/11/24 00:44






ウチは何も出来なかった。

皆が命懸けで戦っている最中、私だけが何も出来なかった。

夕映がいなければウチはバージル君を見殺しにしていた。

あんな気持ちはもう嫌だから。

だから……。












「お嬢様、お嬢様」
「んぅ?」
「大丈夫ですか? お嬢様」
「あ、ウチ、寝てもうたんか?」

周囲が本に囲まれた部屋、エヴァンジェリンの別荘にある書庫で近衛木乃香は目を覚ました。

机の上には幾つもの本が所狭しと積み重なり、木乃香は本に埋もれる様に眠っていた。

「アカン、涎を本の上に垂らしたらエヴァちゃんに叱られる」

まだ眠いのだろうか、木乃香は寝惚け眼で涎を拭き取り、枕代わりにしてしまった本を丁寧に拭き取った。

彼女がこの別荘の書庫に籠って数ヶ月。

木乃香は必死になって医療に関する本を片っ端から読み漁った。

エヴァンジェリンの書庫には魔法関係だけではなく、他にも長年掛けて集めてきた数多くの書物が完全な状態で保管されている。

しかし、医療関係の書物は外国語で書かれているものもの多く、分からない文章がある度に辞書を開き、その国の言葉とその意味を理解しなければならなかった。

その為の成果か、木乃香はこの数ヶ月で10ヶ国にも及ぶ言語を理解し、理解出来るようになっていた。

……何故、彼女がここまでしなくてはならないのか?

それは……。

「お嬢様、そろそろ休みましょう。もう二日も何も口にしていないではありませんか」

刹那の心配の言葉に木乃香は表情を曇らせる。

困らせるつもりはなかったが、実際刹那は心配で仕方がなかった。

何せ書庫に入った当初から、風呂に入らないのは勿論、碌に食事や睡眠を取らず、ただひたすら書物を漁る毎日。

刹那が常に見ていなければ、恐らく木乃香は倒れていただろう。

髪はボサボサ、目元には真っ黒な隈が出来上がり、その表情は疲労に染まっていた。

「ごめんなせっちゃん」
「何を仰いますか。お嬢様をお守りするのが我が役目、この程度何ともありません」
「せやけど、せっちゃんウチに構ってばっかで自分の修行に手を付けていないんじゃ……」
「ご心配には及びません。こう見えても合間を見付けては鍛練を続けておりますから」

そう言って笑みを浮かべる刹那。

刹那からすれば木乃香に余計な心配をさせないようにした自分なりの気配りだが。

木乃香にとってはそれが堪らなく嫌だった。

木乃香は刹那やネギ、皆の顔を見る度に胸が張り裂けそうになっていた。

皆が命を掛けて戦っていたのに自分だけは何も出来ずにいた。

ただ血が流れていくのを呆然と流れるバージルの姿が、木乃香の瞼に焼き付いて離れない。

自分の力では、誰も救えない。

去り際に漏らした月詠の言葉が、木乃香の心に呪いの楔となって打ち込まれた。

もうあんな思いはしたくない。

木乃香はまるで逃げ込むかのように医療の勉学に励み、ネギ達とも殆ど顔を会わせずにこの別荘で過ごしてきた。

皆の顔を見れば、またあの光景を思い出すから。

「………」

無言となり、刹那と目を合わせようとしない木乃香。

そんな木乃香に刹那はどうしたものかと悩むが。

「そうだ。お嬢様、たまには皆で食事にしましょうよ」
「え? で、でも……」
「明日菜さんの話だと、千雨さんとハルナさんも来ているみたいですし、少しは顔を見せて上げないと」
「え、ええよ! ウチの顔ちょっとアレやし……お風呂にだってもう一週間も入ってないから……汚いし」

最後のは殆ど掠れて聞き取れはしなかったが、刹那はお構い無しに木乃香の背中を押した。

「大丈夫ですって、ネギ先生だって同じようなものですし、皆気にしませんよ」
「せ、せやけど……」
「そうだ。なら序でにお背中もお流ししますよ。体も洗えばスッキリするでしょうし、ご勉学の方も身に入りますよ」
「で、でも……」

刹那の申し出に中々素直に頷こうとしない木乃香。

しかし勉学ばかりで外に出ず、体力が落ちた木乃香に刹那の押す力には敵わず。

別荘のラウンジに繋がる魔法陣に足を踏み入れた。

視界が白に染まり、次に彼女が目にしたのは。

青い空と白い雲、緑で生い茂る大地。

そして。

「これが、以前言っていた新しい修行場か。成る程、悪くない」
「ば、バージル君……」

不敵な笑みを浮かべ、腕を組んで仁王立ちをしているバージルが木乃香の視界に入った。

何故彼がここに?

フェイトと呼ばれる少年達に連れていかれたバージルが目の前にいる事実に、木乃香は思考が混乱に陥った。

「ほぅ、地球を救った大英雄様が我が居城に一体何の用かな?」
「? 誰の事だ?」

皮肉の混じったエヴァンジェリンの言葉にも全く理解できず、辺りをキョロキョロと見渡すバージル。

そんなバージルの挙動が面白いのか、エヴァンジェリンはクックックと笑みを溢していると。

「あの!」
「ん?」
「バージルさん……ですよね?」
「ネギ……スプリングフィールドか」

背後から呼び止める声に振り返ると、ネギが表情を強張らせてバージルを睨み付けていた。

ネギがバージルに対する疑問は一つ。

「貴方は、フェイト=アーウェルンクスとどういう関係なんですか!?」

修学旅行では木乃香を拐い、先日の事件でも現れた謎の少年フェイト。

何故奴がバージルと知り合いなのか、ネギは知りたかった。

しかし。

「他にも色々あるが……見ていくか?」
「案内しろ」

バージルはネギよりもエヴァンジェリンの提案に興味が引いたらしく、ネギの質問に答えはしなかった。

「ちょ、無視しないで下さーい!」
「てか何であの二人あんな仲いいの?」
「悪……だからじゃね?」

肩を並べて歩く妖艶の女性と無垢な少年。

しかし、ネギ達から見ればそれは吸血鬼と悪魔が並んでいるようにしか見えなかった。

次の修行場に向かって歩を進めるバージルの後ろ姿に木乃香が見つめていると。

「あ、あの! 私もご一緒しても宜しいでしょうか!?」
「あ?」

再び呼び止めの声にバージルが気だるそうに振り返ると、高音が一緒に行きたいと申し出てきた。

「今日のお前の修行メニューは既に終っている筈だが?」
「ご迷惑は掛けません。私の事は捨て置いて結構です」

高音の体は既にボロボロ、なのにその目はやる気に満ちていた。

「どうする? これから向かう地帯は極寒の所だが……」
「……好きにしろ」

迎え入れる訳ではなく、しかし拒絶する事もない。

素っ気ない返事だが一緒に来ることを許された高音は、途端に表情を明るくし。

「あ、有り難うございます!」

バージルの後ろ、三歩程離れた場所を歩く。

「あ……」

遠退いていくバージルの後ろ姿、木乃香は一瞬呼び止めようとしたが、直ぐにそれを諦め、伸ばした手を止めた。

(ウチ何かが話し掛けた所で……バージル君の迷惑になるだけやもんな)

木乃香は自嘲な笑みを浮かべ、踵を返して城の中に戻るとした。

自分はバージルを見殺しにしようとした。

いや、事実見殺しにしたのと変わらない。

治癒魔法もマトモに使えず、ただ消えていく命を見ているだけしか出来なかった自分。

そんな自分が話し掛けた所でバージルにとって迷惑でしかないだろう。

だとすれば、自分はここにいるべきではない。

木乃香は後ろから呼び止めてくる声を振り切り、書庫に繋がる魔法陣に足を踏み入れようとした。

その時。

「近衛木乃香」
「!」

突然自分の名前を呼ばれた事にビクリと反応した木乃香は、魔法陣に入る一歩手前で踏み留まった。

「戻ってくるまでに飯を用意しておけ」
「え?」

たったそれだけの言葉。

木乃香が振り返る頃には既にバージルの姿はなく、ラウンジには呆然としているネギ達と腰を抜かしているハルナと千雨が残されていた。

「……どうして?」

木乃香の疑問の声、それは誰にも答える事なく消えていった。
















「どういうつもりだ」

暗い暗い漆黒の闇に包まれた空間、一つの灯火だけが明かりとなっているこの場所でデュナミスの低く、それでいて憤怒の色に満ちた声が響き渡った。

「何の事かな?」
「惚けるな! 貴様がバージル=ラカンを助けたという情報は既に分かっている! 答えろ! 何故奴を助けた!?」

仮面を被ったデュナミスのの叫びが、漆黒の空間へと消えていく。

そんな彼と対峙する人影、フェイトは相変わらずの無表情で佇んでいた。

「彼がいなければ、旧世界は間違いなく滅んでいた」
「だが、その為に奴という特異点は未だ健在し、“門”の侵食を早めてしまう結果に繋がってしまった。見るがいい!!」

デュナミスの叫びと共にモニターが表れると、画面にある映像を映し出した。

人の目を模したデュナミス達が呼称する“門”。

その大きさは更に肥大し、宇宙を侵食する様に広がっていたのだ。

「………」
「奴が現れてから10年間、“門”は広がり続け今では小惑星並みの大きさとなってしまった。このままでは宇宙そのものが消えてなくなってしまう!!」
「………」
「この不始末、どうケジメをとるつもりだ? テルティウム」
「!」

テルティウム。

デュナミスから告げられるその名前に、フェイトは僅に表情を強張らせ、デュナミスを睨み付けた。

無言で対峙するデュナミスとフェイト、緊迫とした空気が張り詰め灯火の火が揺れる。

「よさんか」

一触即発の空気に第三者の声が割って入る。

二人の間に現れるフードを被った人物。

その人物を前に二人は殺気を消し、互いに視線を外した。

「我々の計画の為の準備も間もなく終りを向かえる。フェイト、調にそろそろ戻るよう連絡を入れておけ」
「…………」
「よいか、我々の役目はこの救われぬ世界を救済する事。計画さえ成就すれば喩え“門”が更なる広がりを見せても問題は起こらん。それをゆめゆめ忘れるな」
「……了解」
「ふん」

フードの人物の言葉にフェイトは静かに、デュナミスは荒々しく答える。

すると、それを最後にデュナミスとフードの人物は姿を消し、暗闇の空間にはフェイトだけが残されていた。

その表情は無色透明、何の色も着いていない様に見えるが。

「バージル君、自分のせいでこの宇宙が終りを向かえると知ったら……君はどうする?」

宇宙を蝕む巨大な“門”、それは僅ずつ広がり続け、今もその動きを止めようとはしない。

「いや、きっと君なら……」

それだけ言うと、フェイトも暗闇の空間から姿を消し、同時に残った灯火も消えていった。


















〜あとがき〜
また随分と空きが出来てしまいました。

申し訳ありません。

最近スランプなのか、文章におけるモノの表現が上手く出来ず、四苦八苦していました。

チラ裏にまだプロローグだけですが新たにレスを立てて見ましたので、もし宜しければ見てください。

では、また次回に。



[19964] バージル=ラカンの憂鬱
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:19c3aa25
Date: 2010/12/03 01:50









エヴァンジェリンの別荘。

ネギとバージルの為に新しく用意した五つの魔法球。

湿地地帯、高山地帯、砂漠地帯、南極地帯、とエヴァンジェリンが嘗て保持していた城を中心に新しく出来た別荘。

どれも過酷な環境である為、ネギ達も未だ全ての環境を制覇していない。

そんな中、数日振りに麻帆良へと帰還したバージルが南極を模した極寒の地にて修行を開始していた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………っ!!」

氷の大地に立ち緑色の炎を全身から吹き出す。

バージルの声が一面に響き渡ると、氷の大地に亀裂が入り音を立てて崩れていく。

周りの氷も削られ、残ったのはバージルが足場にしていた場所だけとなり、辺りは氷から海へと姿を変えていた。

氣弾を放った訳でもなく、大魔法を使用した訳でもなく。

ただ氣を高めただけで地形を変えたバージルに、上空でその様子を眺めていたエヴァンジェリンはホトホト呆れ返っていた。

「やれやれ、相変わらず出鱈目な奴だな」
「な、何だか以前よりも力を付けてませんか?」

エヴァンジェリンの後ろで、高音も同じようにバージルの修行風景を眺めていると。

「………」
「む?」
「ど、どうしたんでしょう?」

ふと、下から氣の奔流が消えるのを感じ取ると、バージルは緑色の炎を消して何の構えも無くその場で立ち尽くしていた。

今までとは違う様子のバージルを不思議に思ったエヴァンジェリンが近付いていく。

「どうした小僧、今日はもう終いか?」
「……違う」
「む?」
「あの時感じた力は……こんなものじゃなかった」

悔しそうに自分の手を見つめるバージル。

ターレスの時、確かに自分はやられた筈。

体から力が消え失せ、指一本すら動けなかった筈なのに……。

突然、自分の内側から何かが爆発した感覚が全身に広がったのを感じると。

力が何倍……いや、何十倍にも膨れ上がったのを感じた。

……覚えているのはそこまでだ。

「あの力、あの力さえあれば……」

きっと、ラカンを超える事も容易い筈。

しかし、幾ら力が沸いたと言っても一時的なもの、覚えていると言っても意識的にではなく感覚的にでしかない。

どれだけ強い力を手に入れても、自在に使えないようでは強くなった内には入らない。

このままでは、永遠にラカンには届かない気がする。

「クソっ!」
「っ!」

ラカンに勝てないかも知れない。

認めたくない現実と事実がバージルの中で苛立ちとなり、悪態となって吐き出される。

「珍しいな、お前が修行で行き詰まるなんて」
「闇の福音……」

どうやら余程心境に余裕がないのか、背後に佇むエヴァンジェリンに漸く気付いた。

「闇の福音、聞きたい事がある」
「何だ?」
「あの時……俺に何が起こった?」

バージルの言うあの時、それは恐らく大猿となったターレスにやられた時の事だろう。

(やはり、覚えていないか)

確かにバージルはあの戦いを経て更に強さを増していった。

しかし、あの時の……金色に輝いていた時のバージルの強さは次元が違っていた。

大猿となったターレスを圧倒しただけではなく、どんなに手を尽しても傷一つ付けられなかった神精樹を破壊したのだから。

しかし。

「正直、私にもよく分からんさ」
「…………」
「既にお前の強さは私の……いや、この世界の理から外れているのだからな」
「何?」
「分かりやすく言えば、私はお前が思う程に強くはないという事さ」

それだけを告げると、エヴァンジェリンは転移魔法陣が施された場所まで移動して姿を消し。

「……私も、失礼します」

この場にいてはバージルの修行の邪魔だと悟った高音も、エヴァンジェリンの後を追って極寒地帯から姿を消した。

極寒地帯に一人残されたバージルは、自分の腕に取り付けられた腕輪に視線を落とす。

「やはり、全力の状態でないとなれないのか……」

氣を高めていけば、封印状態でもあの境地に辿り着けるのではないかと、淡い期待を抱いていたが。

どうやら見当違いだったらしい。

喩え封印を解いたとしても、あの境地にまでは届く事はないだろう。

今の自分には何かが足りない。

「……まぁいい。あの時の強さを自在に発揮出来ないというのなら、地力でその境地に達すればいい」

そうだ、まだ自分には修行という強くなる為の手段を持っている。

やり方は今までと変わらない。

ひたすら自分の限界に挑み、そして超え続ければ、何れはあの境地にも届く筈。

そして、その時こそ。

「ジャック=ラカン、その時こそがお前を超える時だ」

新たな目標が定まった事により、俄然やる気を出したバージルはいつもの修行を始めようと構えた。

その時。

「ヨウ、バージル」
「チャチャゼロ? 何の用だ」

背後から掛けられる聞き覚えのある声、振り返った先にはマフラーと帽子と完全暖房を着用したチャチャゼロが親しげに話し掛けてきた。

「修行ヲ始メヨウトシタ所悪イガ、チット場所変エテクレネェカ?」
「何故?」
「ゴ主人カラノ言イ付ケデナ、オ前二アル奴ノ面倒ヲ見テ欲シインダトヨ」
「は?」

修行を始めようとした矢先にチャチャゼロから言い渡される突然の頼み事。

バージルはこれからと言うときに邪魔をされ、正直嫌だと言うつもりだが。

「ゴ主人カラ聞イタゼ、何デモ修行二行キ詰マッテルミタイジャネェカ」
「…………別に」
「ケケケ、図星カ」

自分が気にしていた事をあっさりと見抜かれたバージル。

しかも本当の事でもある為言い返せれないバージルは、誤魔化す様にチャチャゼロに背を向ける。

「マァ、ソンナニ怒ルナヨ。別二悪イ話デモナインダゼ? 他ノ奴ト修行スレバ今マデトハ違ッタモノが見エテクルカモダゼ。ソレガ喩エ格下相手デモナ」
「………」

チャチャゼロの言う事も一理あるかもしれない。

これまで、自分は一人で修行してきた。

仮想敵としてラカンとギリギリの模擬戦闘を行って来たが所詮は仮想、実戦には敵わない。

しかも、自分にとって宿敵と呼べる相手はターレスを除いてラカンとフェイトしかいない。

ナギとは戦った事は勿論、未だに出会ってすらいない。

ここは一つ、エヴァンジェリンの誘いに乗るのも手なのかもしれない。

「モシ聞イテクレルナラゴ主人ガ最近コノ辺リニ新シク出来タラーメン屋ヲ教エテヤルッテサ」
「いいだろう」

気持ちが固まったのか、それともチャチャゼロの最後の台詞が決め手となったのか。

「……オ前、食イ物二釣ラレ過ギダロ」

食べ物の話になると聞き分けが良すぎるバージルにチャチャゼロは若干引いた。














エヴァンジェリンの居城、レーベンスシュルト城。

その内部にある食堂……所謂厨房と呼ばれる場所で、木乃香は二人の助手と共にバージルが修行から帰ってくる間に頼まれた料理を造っていた。

「せっちゃんごめんなー、手伝わせちゃって」
「いえ、この程度何ともありませんよ」
「シルヴィさんもごめんな、バージル君大食いやからウチ一人では無理やったから……」
「……いえ」

刹那は食材を切り分け、木乃香は調理と味付け、シルヴィは皿出しと盛り付けといった具合にそれぞれ役割を担い、数々の料理を造り上げていた。

厨房の中心にある大テーブルには、既に多くの完成された料理が並べられており。

中華、洋風、和風などの様々な料理で彩られているが、木乃香達の手は止まる事はなかった。

何せ相手は店一つの食材を一人で食べ尽くす程の胃袋を持っているのだ。

どんなに作っても残す事はないし、下手をしたら足りないと言われるかもしれない。

しかも修行を終えた後なのだから、きっとかなり食べるのだろう。

木乃香達はその事を想定しながら、黙々と作業を続けた。

「なぁ、シルヴィさん」
「……何ですか?」
「バージル君の事……好きなん?」
「っ!?!?」

木乃香から突然言われた一言にシルヴィは大きく動揺し、思わず皿をジャイアントスイングで壁に叩き付けてしまう。

「な、ななななななな何ををいきいきなり仰りやがって!?」
「あぁ、お皿が!」

顔を真っ赤にさせるシルヴィの隣で、刹那は粉砕した皿を片付ける。

何故藪から棒に、というかなんの前触れもなく、いきなり過ぎる木乃香の質問にシルヴィは困惑していた。

「だって、シルヴィさんよくバージル君と一緒にいるし、何か仲良さそうやったから……」
「それは偶々一緒になっただけですし、別にこれといって仲が良いという訳では……」
「そうなん?」
「そうですよ。……それに、木乃香さんだって彼の事を気にしているんじゃないのですか?」
「ふぇ!?」

返されるシルヴィの言葉、それにより今度は木乃香がクマが出来た瞼の下の頬を朱色に染める。

「だってそうじゃないですか。幾ら彼に作れと言われただけで普通こんなに作りませんよ」
「それは……ウチには、これ位しかできへんから」
「え?」
「ウチ、皆の様に戦う力なんてできへんから……こんな事しか出来ないんよ」

フッと自嘲気味に笑みを浮かべる木乃香。

月詠に言われた事が悔しくて、必死に医術に関する勉強を積み重ねて来たが……所詮は素人の付け焼き刃、大して成果を上げる事は出来なかった。

ネギや小太郎が怪我をした時に手当てをした事があるし、それにより感謝された事もある。

しかし、現実的に考えれば現代の医学よりも魔法による治癒術の方が断然役に立てるのだ。

魔法によって傷を塞げば傷痕も残らず、医術による手術に比べると、やはり手間が少ない所もある。

しかも自分のアーティファクトは完全治癒能力。

どんな重傷者でも生きてさえいれば忽ち元の元気な姿へと回復させる事ができる。

……しかし、バージルの一件で木乃香はアーティファクトをあまり使おうとはしなかった。

「……ウチって、やっぱり役立たずなんかなぁ」

掠れた声で滲む涙を拭き取り、木乃香は無理に笑みを作る。

「お嬢様……」

そんな木乃香の姿を前に、刹那は掛ける言葉が見付からず、ただその場で立ち尽くす事しか出来ずにいた。













一方その頃、ヒマラヤを模したとされる高山地帯では。

「な、何なのよこれはぁぁぁっ!?」

神楽坂明日菜が凍える吹雪の中で叫んでいた。

「五月蝿いぞ神楽坂明日菜」
「だ、だって! 特別な修行を付けてくれる何て言うから!」

あれはまだエヴァンジェリンの居城のテラスで古菲と修行をしている最中だった。

いきなりエヴァンジェリンが子供姿で現れると、ネギ達を別荘から追い出し自分に問答を仕掛けて来たのだ。

『本当にこちら側に関わり続ける気か? “ただの”女子中学生でしかないお前が』

まるで足手まといだからもう関わるなと言うような口振りに、明日菜も思わず当たり前だと反論してしまう。

ならば特別講師を用意するからそいつと七日間修行をしろと言われ、これを受けてしまう。

「何だ。この程度で音を上げるのか? だったら逃げてもいいんだぞ?」
「に、逃げないわよ! 上等よ、やったろうじゃないの!」

エヴァンジェリンの挑発に乗せられ、ズカズカと雪に埋もれた山道を往く。

「……本当に、ソイツと修行すれば私、強くなれるの?」
「あぁ、勿論だとも、もしソイツと七日間耐えきればお前ははぐれメタル100匹分の経験値を得るだろう」
「ほ、本当でしょうね!?」
「安心しろ。嘘は言わん」

そう言ってエヴァンジェリンがニヤリと笑みを浮かべる一方で。

(ま、まさか特別講師って高畑先生だったり!?)

明日菜が期待に胸を膨らませていると。

「待たせたな」
「……遅いぞ」
「………………へ?」

しかめっ面のバージルが、目の前で佇んでいた。













〜あとがき〜
今回はバージルらしくないバージルを書きました。

次回はいよいよ彼女が登場!?



[19964] 修行開始
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:97593af0
Date: 2010/12/03 13:40








私はネギのパートナーになるってあの日、海に浮かぶ朝日の前で誓った。

一生懸命だけど……ドジで危なっかしくて、放って置けなくて。

立派な魔法使いになる為に、行方不明のお父さんを探す為に、ボロボロになっても前に進むあいつを守る。

でも、学園祭の時に現れた訳の分からない連中に手も足も出なかった。

高畑先生の足手纏いになり、ネギを守る事も出来ず。

私はボロ雑巾のようにズタボロにされただけだった。

これじゃあ駄目だ。

このままではネギを守る事なんて出来やしない。

私は自分の修行で手一杯の刹那さんに無理を言って、一緒に修行をしてもらえるようにしてもらった。

他にも古菲や楓さん、小太郎にも厄介になった事がある。

自分なりに必死に強くなろうとして、皆に沢山迷惑を掛けた。

迷惑を掛けた分、強くなろうとした。

エヴァちゃんに誘われた時も、正直嬉しかった。

私が頑張ればアイツの負担もそれだけ減らせるんだから。

……だけど。













「え、エヴァちゃん、まさか特別講師って……」
「あぁ、特別講師のバージル=ラカン先生だ」

にやけた表情で目の前の怪物を紹介するエヴァンジェリン。

明日菜は雪山で薄着のせいかガタガタを体を震わせている。

いや、恐らくは寒さだけが理由ではないだろう。

目の前で不機嫌そうに佇むバージル。

彼のこれまでを目撃してきた明日菜にとって、エヴァンジェリンの言葉は悪夢にしか思えなかった。

「じゃあな、精々頑張れよ」
「ち、ちょっと待ってよ!」

明日菜は踵を返してその場から立ち去ろうとするエヴァンジェリンに抱き付き、行かないでと叫ぶ。

「ま、まさかこのまま置いていく気!? こんな極寒の山で!? しかもコイツと一週間過ごせって!?」
「そうだが? 何か問題でも?」

エヴァンジェリンは明日菜の引き止めにシレッと答え、掴んでいた手を払い向き直る。

「何だ? もしかしてもうギブアップか? まだ始まってすらいないのに」
「だ、だって……」

バージルを前にした途端に戦意を喪失させる明日菜。

対照的に待たされているバージルは沸々と苛立ちを募らせている。

それを見かねたエヴァンジェリンはやれやれと溜め息を漏らし。

「確かに修行に誘ったのは私だが付いてきたのはお前だぞ?」
「うっ……」
「まぁ別に構わないがな、所詮お前は口だけが達者な普通の女子中学生だからな」

フッと笑みを浮かべて挑発するエヴァンジェリン。

口だけが達者の女子中学生、その一言が明日菜の鎮火仕掛けていた意地という炎を燃え上がらせる。

「わ、分かったわよ! やるわよ! やりゃあいいんでしょ!?」
「フッ、本当にいいのか? 後で泣いても知らんぞ?」
「な、泣くわけないでしょう!?」

ウガーッと吠える明日菜、してやったりとほくそ笑むエヴァンジェリンは再び踵を返して今度こそその場を後にする。

「ふん……ならばその覚悟、遠巻きから見学させてもらうとしよう」
「へ、へーん! 後で吠えズラかかせてやるんだから、覚悟してなさい!」
「ふふ、いい度胸だ。……しかし、いいのか?」
「へ?」
「ソイツにはお前が余りにも成長する見込みがない場合、お前を消してもいいと言い含めてある」
「……え?」
「精々気を付ける事だな」

エヴァンジェリンの最後の一言に、明日菜は呆然となる。

そんな彼女の反応が面白かったのか、エヴァンジェリンはクククと笑を溢し、その場から空を飛ぶことで去っていった。

「ち、ちょっ!」

飛び立ったエヴァンジェリンを呼び止めようと我に返る明日菜だが、既に遥か遠くに離れ、しかも吹雪で視界が悪く彼女の姿を捉える事は出来なかった。

今この場に残されているのは自分と……。

「おい」
「っ!」

バージル。

苛立ちと僅に滲む怒りの色の混じった声に、明日菜は恐る恐る振り返ると。

「そろそろ始めるぞ」

既に戦闘態勢に入っているバージルが、緑色の炎を纏って此方に向かってゆっくりと歩み寄ってきた。

一歩ずつ近付いてくるバージル。

心臓がバクバクと鳴り、全身から嫌な汗が噴き出していく。

「ちょっ、ちよっとタイム!」
「あ?」
「わ、私、実はまだ心の準備が……」
「なら今すぐ整えろ」
「で、でも、私はてんで素人だし」
「誰だって最初は初めてだ」
「そ、それにアンタの修行の邪魔になるかもだし……」
「今回はお前と一緒に修行するのが俺の修行だ」

近付いてくるバージルを止まらせ、明日菜は必死にこの状況から逃げ出そうと模索する。

正直、明日菜はこれが修行とは思えなかった。

刹那や楓ならまだしも、相手がバージルでは修行の相手になれる筈がない。

バージルの修行方法は仮想敵による組手が大部分、その相手がもし自分なら。

(死ねる! パンチ一発で死ねる!)

バージルの放った拳が自分の体に当たったら……。

想像しただけで極寒の雪山にも関わらず、身体中から再び嫌な汗が大量に噴き出す。

このままでは間違いなく殺される。

明日菜は自他共に認めるおバカなオツムをフル回転させ、この状況を抜け出す方法を考えていた。


一方、バージルの方は。

(闇の福音め、よりによってコイツを寄越してくるとは……)

自分の中で最も毛嫌いする一人の相手を前に、バージルは内心でエヴァンジェリンに悪態をついていた。

てっきりネギや高音辺りが来るものだとばかり思っていた為、より一層苛立ちを募らせる。

しかも当の相手は待てと言って中々修行を始めようとしない。

何やらブツブツと一人言を呟いている明日菜に、バージルはいい加減嫌気がさした。

「……おい」
「な、何?」
「まずは準備運動から始めるぞ、支度をしろ」
「へ?」

いきなり何を言うのかと思えば準備運動と言われ、途端に肩の力が抜けていく。

とうとう来たかと身構えた自分が間抜けみたいだと明日菜はホッと安堵の溜め息を溢した。

(な、何よ。コイツ結構マトモなんじゃない)

経験上、いきなり問答無用で殴り掛かってくる事を想像していた為、意外に常識を持っている。

明日菜はそう思ってバージルに対する評価を改めようとした。

その時。

「ふん」
「え?」

突然、バージルの手から氣弾が放たれ、明日菜の頬を掠めて行った。

緑色に輝く光球は勢いを衰えぬまま山頂に向かい。

大爆発と共に山の頂を吹き飛ばした。

「…………」

いきなり起こった出来事に明日菜は言葉を失う。

「おい、ボーッとしていていいのか?」
「へ?」
「来るぞ」

バージルの言葉に我に返る明日菜、と、同時に大地を揺さぶる様な地響きが雪の山々を震わせる。

「ま、まさか……」

振り返ると、巨大な大雪崩が此方に向かって来るではないか。

しかもその中には吹き飛ばした山の一部らしき岩石も混じっている。

「う、嘘でしょう!?」

あれに巻き込まれたら一巻の終わり、明日菜は手にしたカードを起動させてアーティファクトであるハリセンを握り締め、カードを通じて流れ込んでくるネギの魔力による肉体強化を頼りに、雪崩から逃げ出した。

「先に行ってるぞ」
「え、えぇっ!?」

そう言うと、バージルは走りで明日菜をあっさりと追い抜き、瞬く間に山を降っていった。

「ま、まさか……アイツの言う準備運動って……」

先程言ったバージルの準備運動、それがこの事だと思い知った明日菜はほんの数十秒前の自分を殴り飛ばしたくなった。

「いやーっ!! た、助けてぇぇぇっ!!」

涙混じりに叫ぶ明日菜だが、誰かに聞き届く筈もなく、吹雪の中に溶けていくだけだった。

一方、離れた場所からその様子を眺めていたエヴァンジェリンとチャチャゼロは。

「ハハ、イキナリヤリヤガッタナアイツ」
「フッ、流石ラカンの息子、やり方の無茶苦茶具合は父譲りか」

大雪崩に追われている明日菜の姿を肴に、酒を飲んでいた。

「ソレニシテモ、本当ニ良カッタノカ御主人」
「何がだ?」
「屈託ノナイ考エナシッテノハ御主人ノ好ミジャナカッタカ?」
「フン、うるさいぞ」

チャチャゼロに指摘された部分に気に入らない部分があったのか、鼻で笑うがどこか不機嫌な口調となった。

数日前、まだバージルが麻帆良へ戻ってくる前の事。

『……ではエヴァンジェリン、先日の一件の礼代わりにまずはアスナさんの情報からお話ししましょうか』

ターレスとの一件で共闘してくれた礼として図書館島最奥部で聞かされた明日菜の情報。

「同属嫌悪……イヤ嫉妬カ?」
「冗談はよせ。……何れにせよあのアホは強くなる必要がある」
「ア?」
「世界は壊され、新しい再生が始まろうとしている。その最中に生じる歪みは表も裏も含め混沌なものになる。その歪みは見境なく暴れ軈ては魔法無効化能力という希少スキルを持つアイツを狙い始める」
「ダカラ強クサセル為ニバージル二預ケタト? 本当随分丸クナッタナァ」
「いや、単に面倒くさいだけだ。因に今言ったのは全部爺から言われた事をそのまま言っただけだぞ」
「…………」

つまり、コイツは近右衛門から頼まれた事をそのままバージルに押し付けただけか。

やはり自分の御主人は悪だった。

それを改めて認識したチャチャゼロは、大雪崩から必死に逃げ惑う明日菜にちょっぴり同情したのは秘密。















「一体どうしたんだろ師匠は? 突然修行は中断して祭りを楽しんでこいなんて……」

明日菜が死にそうな状況に追い込まれているとは露知らず、ネギと小太郎と高音は祭りで賑わう学園を謳歌していた。

ハルナや千雨は自分のクラスの出し物に行かなくてはならないとの事で別行動を取っている。

「ここんところずっと修行ばっかりだったから、あの怖い師匠も気ぃ利かせようとしたんやないか?」
「そう、なのかな?」

小太郎の推測に今一つ釈然と出来ないネギは、ウーンと首を捻ってエヴァンジェリンの急に変わった態度について考え込んでいた。

「エヴァンジェリンさんにどの様な思惑があるかは知りませんが、丁度良い機会です。羽を伸ばして次の修行に備えるとしましょう」
「そう言う事や。高音姉ちゃん話し分かるやないか」
「別に、その方が効率が良いからですよ」
「あーあ、それにしても残念や。折角あのバージルっちゅう奴の修行が間近で見れると思うたのに……やっぱあん時高音姉ちゃんと一緒に俺も行けば良かったわ」

頭の後ろで手を組み、残念がっている小太郎に苦笑いを浮かべ、三人は待ち合わせ場所である“新”龍宮神社の前へとやってきた。

「確かここですよね?」
「はい、ここで見回りと先に戻ったと言う楓さんと古菲師匠、明日菜さんと合流する筈なんですが……」

ネギはそう言うが、辺りにそれらしい人物は見当たらなかった。

楓や古菲は見回りで少し遅れるのは分かるが、先に戻っている筈の明日菜がいない事に、ネギが疑問に思っていると。

「いたぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うわっ!?」
「な、何や!?」

突然耳をつんざく様な声、一体どこからなのかと振り向くと。

「あ、アーニャ!?」
「漸く見付けたわよ! ボケネギ!!」

尖り帽子を片手に、仁王立ちした少女が佇んでいた。















〜あとがき〜
毎回、遅い更新で申し訳ない。

さて、いきなりなんですが……。



女の子版フェイトキタァァァァァァァッ!!

いや、失敬、今週のネギまを読んだらつい。

お陰で番外編の続きを書きたくて仕方がないアホな作者です。



[19964] 修行開始、ラブコメ開始?
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:1d8790cc
Date: 2010/12/12 01:29







気温が常に氷点下を行く極寒の雪山。

バージルとの修行で準備運動代わりに巨大な雪崩に追われていた明日菜は、今、自分が生きている事を泣きながら神に感謝の祈りを捧げていた。

「生ぎでる。私、生ぎでる」

いつの間にか吹雪は止み、小降りになった雪が降っている中、明日菜は全身汗だくとなって生きている事を確認していた。

山の頂上付近から麓へ一気に下山、時間にしてみれば一時間と数分……登山者からすれば脅威的な記録を叩き出した明日菜だが、それは全てネギから送られる魔力供給のお陰である。

自分の体力だけでは間違いなく雪崩に呑み込まれて死んでいた。

麓まで逃げ切った事で雪崩は勢いが落ち、明日菜はバージルの下した準備運動をやり遂げる事が出来たのだ。

「やった。私、やったわよ!」

明日菜は鼻水と涙でグシャグシャになった顔を服の袖で拭き取るとハリセンを掲げ、高々と吠えた。

すると。

「随分遅かったな」
「っ!」

横から聞こえてくる聞き覚えのある声、その声に明日菜は火照った体が一気に冷えていくのを感じた。

恐る恐る声の方向に振り返ると。

「準備運動に時間を掛けすぎだ」

今回の修行の臨時講師が不満顔の仁王立ちで待ち構えていた。

準備運動、本気で死ぬ思いをしてやり遂げたのがウォーミングアップでしかないと改めて思い知った明日菜は、目の前が真っ暗になる錯覚を覚える。

次は何をやらされる?

バージルの予期せぬ行動力に明日菜は顔を真っ青にして後退る。

「さて、次は……」
「…………」

ゴクリ。

唾を飲み込んで喉を鳴らす音がイヤにハッキリと聞こえてきた。

そして。

「組手だな」
「っ!?」

キタッ!

バージルから告げられた次なる修行内容に、明日菜は今度こそダメだと悟った。

組手? んなのパンチ一発当たっただけで粉微塵になるわ!

最早修行ではなくただのリンチではないか。

明日菜は笑いながら涙を流し、片想いの高畑に内心で別れの言葉を並べていると。

「さっさと来い」

あぁ、遂に死刑が執行される。

(木乃香、葬式には朝倉から買った高畑先生のブロマイドを私の墓の中に埋めといてね)

心中で親友に遺言を呟くと、明日菜はハリセンの柄を握り締め、バージルに向き直る。



「何……のつもり?」

直径40cm程の小さな円を描き、その中で片足で佇んでいるバージル。

理解し難いバージルの行動に明日菜は混乱した。

「闇の福音から言われてな、格下相手に組手の修行をする場合、ソイツとなるたけ同レベルに合わせろといわれている。本当ならこの腕輪がもう一つあれば話は早いんだが生憎それはない。だから俺なりに解決策を考えてみた」
「な、何よ。解決策って……」
「まずはこの円から出たら俺の負け、もしお前が俺をこの枠内からだしたらその日の修行は無しにしてやる。無論、空を飛ぶのも無しにしている」
「…………」
「使うのは左手だけだし目も閉じておく、どうだ? やれそうか?」

つまり、バージルは自分にこう言っている。

お前程度、どんなにハンデを負おうが全く以て関係ない。

見下している訳でも馬鹿にしている訳でもない。

ただ純粋にそう思っているだけ。

悪気も悪意もなく、ただ当然に。

そんなバージルの提案を聞かされた明日菜は、ハリセンの柄を握り締め。

「えぇ、いいわ。やってやろうじゃない」
「なら来い」

バージルが指でチョチョイと挑発すると同時に明日菜は雪の上を駆けて。

バージルの顎を目掛けてハリセンを振り抜いた。





















「あ、アーニャ!? どうしてここに!?」

祭りで賑わう麻帆良学園、人々で活気付いている龍宮神社の前で、一組の幼い男女が激しく言い合っていた。

「どうしてもこうしてもないわ! アンタがいつまで経っても連絡一つ寄越さないから心配して様子を見に来たんじゃない!!」

いや、訂正しよう。

言い合っていたのではなく、アーニャと呼ばれる赤い髪の少女が物凄い剣幕でネギに組み掛かっていた。

「ネカネお姉ちゃんも口には出さないけど、アンタの事を心配して……御飯も祿に食べてないのよ!」
「! ご、ごめん……」
「全く、まだ交通機関が麻痺している所があるから手紙は無理かもしれないけど、電話くらいしなさいよね!」
「ごめん……」

アーニャの剣幕に圧され、押し黙るネギ。

シュンとなって縮み込むネギにアーニャは言い過ぎたかと思うが。

「あの、アーニャさん……でしたか?」
「あ、はい」
「私はこの学園の者で高音=D=グッドマンと言います。失礼ながら貴方はネギ先生とどういう間柄で?」

ネギが押し黙り、何となく場の空気が悪くなってきたと感じた高音は、話題を変えるべくアーニャにそれとなくネギとどういう間柄なのか問い掛けた。

アーニャも我に返り、落ち着きを取り戻すが。

「っ!?」

高音の服の上からでも分かる胸の膨らみを目にした瞬間、雷に打たれた様な衝撃が全身に走った。

(ま、まさか……ネギがウェールズに帰って来なかった理由って……)

アーニャの脳内でネギが故郷に帰って来ないでいた理由を勝手に解釈していく。

(乳、乳なのね!?)

とんでもない原因を結論付けたアーニャは、先程とは違い高音に向けて敵意の視線をぶつけた。

いきなり目付きが変わるアーニャに、高音はいきなり何だと引くと。

「オー、皆やはり先に来ていたアルか」
「遅れてすまんでゴザルよ」
「お、来たな楓姉ちゃん、古老師」
「私もいるんだがな」
「おろ? 龍宮隊長も一緒だったんか?」
「真名も先程巡回任務が終って、丁度そこでばったり会ったアルよ」
「私は別に構わないと言ったんだがな」
「ええやないか折角の祭りなんやし、気にする事ないて」
「ふふ、そうか? ならお言葉に甘えるとするかな」
「それよりも、ネギ坊主と一緒にいるあの御仁は?」
「っ!?」

途中から割り込んできた三人の女性。

その内の二人は高音以上の巨乳の持ち主、アーニャは巨大な乳を持つ女性二人に視線が釘付けとなり。

「こ、ここここ……この」
「あ、アーニャ?」
「バカネギィィィィィィッ!!!!」
「あぷろぱぁっ!?」

炎を纏った乙女の鉄拳が、ネギの顔面へと叩き込まれた。

「ネギッ!?」
「ちょ、ネギ先生!?」

吹き飛び、地面に倒れ伏したネギに小太郎と高音が駆け寄る。

一体何をする。

高音がいきなり暴力を振るうアーニャに問い詰めようとするが。

「ふ、ふふふ……どう? ネギ、少しは目を覚ましたかしら?」
「あ、アーニャさん?」

ザワザワと髪を逆立たせて鬼の顔を晒すアーニャに、気が付いたネギは小さな悲鳴を漏らした。

「ま、まさかアンタが……ち、ちちちちちお乳に拐かされるなんてね、丁度いいわ。ウェールズに連れていくついでにアンタを此処で粛正してやるわ! 歯を食い縛りなさい!」
「いきなり何を言っとるんやコイツ」
「アーニャさん、兎に角落ち着いて!」
「ほぅ、ネギ坊主の幼馴染みとな?」
「まだまだ未熟だが、素質はあるな」
「どの程度か見てみるネ」
「そこのお三方、何を悠長な事を言っているのですか!?」

拳に炎を纏わせて一歩ずつ近付いてくるアーニャ。

武道四天王の三人は呑気に観戦し、助けようとしない。

(仕方ない。こうなったら私が……)

我を失っているアーニャを絶影で以て、背後から当て身で気絶させようとアーニャ自身の影を使おうとした。

その時。

「ようこそ! 麻帆良生徒及び学生及び部外者の皆様、只今よりまほら武道会の説明を行います!!」
「え?」
「葉加瀬……さん?」

突然割って入ってくる少女、葉加瀬となる人物の声にアーニャは正気に戻りネギ達も呆然となっていた。
















「う、う……ん?」

エヴァンジェリンの別荘、レーベンスシュルト城内にある大食堂。

暗くなった部屋に時計の針が刻む音で、近衛木乃香は目を覚ました。

「アカン、もうこんな時間」

食堂内に飾られた骨董品の時計台。

その針は既に12時を過ぎており、辺りは静寂に包まれている。

「ご飯、冷めてもうたな」

巨大なテーブルに並べられた料理の数々、しかしそれらは全て冷えきっており味と鮮度は格段に落ちていった。

深い溜め息を吐くと、木乃香は隣の席で寝息を立てている刹那とシルヴィに気が付く。

全ての料理を作り終えてから数時間、二人は何も言わず付きっきりで自分の側にいてくれた。

「ごめんな、二人共」

そう呟き、木乃香は二人に風邪を引かせまいと予め部屋から持ってきておいた毛布を体に被せる。

「本当、ありがとうな」

二人を起こさないよう静かに呟くと、木乃香は途端に表情を困らせる。

「やっぱり、ウチなんて唯のお荷物なんやろか?」

刹那やネギ、皆は戦える力を持っている。

喩え小さくても、それを乗り越え大きくなろうとする強さがある。

だが、自分は違う。

力を蓄える事も出来ず、ただ魔力が人よりも多いだけ。

だが、それすらも扱いきれていない自分が、とても滑稽に思えてきた。

もう、自分に出来る事などないのかもしれない。

木乃香の頭に諦めの文字が過った時。

「ング、冷めてるが中々イケるな」
「っ!?」

突然、聞こえてきた声に我に戻ると、いつの間にか食堂内には灯りが灯っており。

上半身裸のバージルが冷えきった木乃香のご飯にかぶり付いていた。

「ば、バージル君!? 一体いつの間に……」
「むぐはぐもぐばく……」
「って、それより戻って来たなら声くらい掛けてぇな。ビックリするやないの」

突然現れた事に咎める木乃香だが、バージルの耳には全く届いていない。

余程お腹が減っていたのか、バージルは冷めているにも関わらず、一心不乱に目の前の料理を食べ尽くしていく。

気持ちが良い食べっぷりに表情が和らぐ木乃香だが、バージルの所々の傷痕に再び表情を曇らせる。

「バージル君は凄いなぁ、一人で何でもできるんやもん」
「?」
「ウチなんて……全然ダメダメや。皆の様に戦える訳でも救える訳でもない。魔力があっても唯のお飾りや」

自嘲気味に笑う木乃香、その瞼からは虚しさか、それとも悔しさからか、一粒の水滴が溢れ落ちる。

「……この玉子焼き」
「?」
「この玉子焼き、フワフワでぽかぽかしているな」
「え?」
「あの時と……同じだ」

バージルの箸に啄まれる一つの玉子焼き。

他の料理と同様、既に冷めきって味は落ち、食感もまるで違う筈なのに。

バージルはフワフワぽかぽかすると言って口に運んだ。

ターレスに二度目の敗北を味わい、その直後に感じた力の嵐。

その力の波が押し寄せてくる直前、一瞬だが確かに感じた。

暖かく、それでいて包み込むような温もりを。

それと同じものが、この玉子焼きから感じてくる。

つまり。

「俺は、お前の料理を……結構気に入っている」
「っ!?」

小さく、ぶっきらぼうに呟くバージルの一言。

その言葉に木乃香は体の内側からジンワリと込み上げてくる何かに押し上げられ、笑ったまま涙を溢す。

もしかしたら、バージルは誰かの何かを認めたのはこれが初めてかもしれない。

だが、バージルにはそれを素直に表現する術を知らない

故に、バージル本人も何故こんな事を口走ったのか理解出来ずにいた。

しかし、木乃香は知っている。

バージルは不器用なだけでただ純粋なのだと。

つまり、そういう事なのだ。

バージルがテーブルに敷き詰められた料理を完食する数十分の間、木乃香はその隣で以前と同じ笑顔で見つめ続けていた。



















一方、雪山地帯では。

「だ、誰か……助けて」

再び吹雪いてきた雪山で、ボロボロとなった明日菜は、一人壁に磔にされた状態で放置されていた。
















〜あとがき〜
明日菜がクリリン的なオチになってしまった(汗



[19964] 知られざる窮地
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:d38b07dc
Date: 2010/12/21 02:32






常に氷点下の気温で吹雪が猛威を震う極寒の地、雪山地帯。

ヒラヤマを模したとされる大自然に囲まれた修行の地で、一人の少女の声が木霊する。

「はぁぁぁぁっ!!」

手にしたハリセンを振り上げ、目標に向かって背後から襲い掛かる明日菜。

渾身の力を込めて振り下ろすが。

「…………」

目標であるバージルは振り返りもせず、片手で頭上から振り下ろされたハリセンを防ぎ。

そのまま明日菜を自分の間合いに引き寄せ。

「ぐえっ」

腹部に拳を叩き込んだ。

力は微塵も入れてはいないが、それでも明日菜にとっては途轍もない威力を誇る。

雪の大地を二、三回バウンドして数十メートル転がった所で漸く止まった明日菜は、プルプルと震える体を立たせてゆっくりと起き上がり。

「……くっ!」

眼前に佇む滑稽な姿となったバージルを睨み付ける。

何故滑稽か?

まず最初にバージルはハンデとして目と片手、片足と更には足場を制限し極力氣を使わない事にした。

だが、それでも五秒と持たなかった為に翌日は聴覚を封じる為に耳栓をして。

それでも大して変わらなかった為、今度は嗅覚を封じる為に鼻栓を施した。

外見は耳栓と鼻栓をし、目隠しをして片足で立っているおかしな子供にしか見えない。

しかし、その強さは笑えず、出鱈目としか言えないモノに、明日菜は理不尽を感じ憤慨した。

「だぁーっもう! どうしてアンタは目も見えないのに私の動きを見えてるのよ!? インチキしてんじゃない!?」

バージルにハリセンを向けて不正を訴える明日菜たが。

「………あぁ? あんだって?」

耳栓をしているバージルに聞こえる訳がなく、明日菜は悔しさに地面を蹴り飛ばした。

バージルは氣、即ち生き物の力を察知できる能力を我流で編み出している。

それは魔法世界にいた時から旅をし続け、自然の中で生きていた過程で偶然に見つけた力。

しかし、それは然程特別なモノでもない。

バージルに限らず、武術を極めた者の中には相手の気配や力量を察知出来る達人もいる。

現に、エヴァンジェリンの別荘で修行を続けていた者の何人かは、その事に気付き始めている。

バージルはただその探知能力を強化出来ないかと試行錯誤を繰り返し独自に修行を詰んだだけ。

だが、明日菜といったまだその境地に達していない人間からすれば十分インチキに思える。

故に、バージルは耳栓をすると同時に氣の探知を止め、更には気配を探る事も止めた。

バージルに残された感覚は、味覚を除いて触覚と勘の二つのみ。

それでも、この三日で一度もバージルに一撃を浴びせられない所を見ると、二人の間には途方もない実力差がある事を思い知らされる。

しかし。

「くそっ! 絶対一発当ててやる!」

明日菜は両手を前に出すと同時に左右によって違う光を放ち、二つの光を混ぜ合わせる。

すると、明日菜の体が光に包まれ、再びバージルに向かって突っ込んでいく。

(またか……)

雰囲気……明日菜の空気が微妙に変わった事を肌で感じ取ったバージルは、目隠し越しに目を細める。

そして、何の策も無しに突撃してくる明日菜を待ち構え、自身の間合いに入った瞬間。

「っ!」

振り抜いた拳が空を切り、空振りした事にバージルは僅に目を見開かせる。

すると、腕を振り抜く音がバージルの背後から聞こえ、瞬時に向き直ると。

目の前まで明日菜のハリセンが迫って来ていた事に気付く。

瞬動術。

接近戦に於いて必要とされる戦士の必須技術。

とうとう捉えたバージルの顔に一発入れられると確信した明日菜は、してやったりと頬を弛ませる。

しかし。

「ヌンッ!」
「きゃぁぁぁぁっ!?」

バージルの無造作に振り抜いた腕から発せられる暴風に煽られ、明日菜は再び吹き飛ばされ、雪山の岩肌に叩き付けられる。

「ぐっ……けほ、こほ」

咳き込む口から血が吐き出され、悶え苦しむ明日菜。

しかし、彼女の負けん気……意地がそれを許さないのか、明日菜は力の入らない足を岩肌に寄り掛かる事で立ち上がる。

既に体はボロボロの格好となり、服も殆ど破れているが。

依然として、明日菜はバージルに睨む力を弛めずにいた。

そんな明日菜をジッと見据え(実際は見えていないが)、バージルは明日菜のここ数日で突然実力が段違いに変わった事に、正直驚いている。

この二日では全くそんな素振りを見せていなかった明日菜の実力に、バージルは訳が分からなかった。

(まさか……実力を隠していた? いや、それはあり得ない)

明日菜と共に修行して最初は素人だと思っていた。

しかし、二日の終盤以降はさっきと同じ様に両手を重ねると同時に力を高めるのが、空気の震えで感じてからは、見違える様に明日菜の動きが変わっていった。

今の瞬動といい、まるで忘れていた技術を思い出しているかのように、日に日に実力を上げていく明日菜にバージルは軽く混乱していた。

だが。

(まぁいい。どっちにしろ、俺にとってはどうでもいいことだし……)
「はぁぁぁぁっ!!」

明日菜は足下に力を込め、瞬動を何度も使い分けて瞬く間にバージルとの距離を詰めていく。

そして、バージルの側面からハリセンを振り抜こうとした。

その時。

「っ!?!?」

バージルは体を捻る事で回避し、遠心力を付けた状態で手刀を明日菜の背中へ叩き込み、地面へとへばりつかせた。

「お前が雑魚であることには変わりはない」

ピクピクと痙攣を起こし、口から泡を吹いて微動だにしない明日菜に、バージルは冷たい目線で見下ろし、吐き捨てる。

バージルは目隠しと耳栓、鼻栓を取ると動かなくなった明日菜をそのまま放置し、転移魔法陣の下へ歩いていった。























「まほら……」
「武道会?」

ネギの幼馴染み、アーニャという少女が突然現れて混沌としたその場を納めたネギの生徒である葉加瀬聡美。

麻帆良の頭脳と呼ばれる超鈴音の右腕とされる彼女が何故ここに?

咄嗟に浮かんだ疑問がネギを動かし、神社の門の前に立つ葉加瀬に問い掛けようとするが。

「では、今大会の主催者より開会の挨拶を!」

葉加瀬の声に呼び止められ、賑わってきた人々に阻まれる。

仕方ない、主催者の挨拶というものが終ってから話を聞こうとネギが一歩下がった時。

「えっ!?」
「あれって……」
「超さん!?」

門が開かれ、その中から現れる麻帆良学園の頭脳と呼ばれる天才少女、チャイナ服を身に纏った超鈴音の登場にネギ達は驚愕する。

麻帆良学園の生徒達も、現れた超に驚きが隠せずにいると。

「皆さんこんにちは、まずはお忙しい中お集まり下さりありがとうございますネ」

中国の服装の特徴である広い袖口内で腕を組み、ペコリと感謝の意を現す超。

「今回、何故いきなり私がこの大会を開いたカ、理由は差して難しい事ではないヨ」
「………」
「現在、日本……いや、世界中が大変な時期に入っているのは百も承知、それでも私はこの大会を開かせて貰いたかった」

静寂。

超の演説染みた言葉に、人々は横槍を入れずに黙って聞き入れていた。

「この大会で、世界とまでは言わないが、学園内にいる人々を更に活気づかせル。私の目的はそれだけネ」
「超さん……」

簡潔に、それでいて純粋な超の願いに、ネギが感銘を受けていると。

「さて、ではルールを説明するヨ。まず参加者にはAからHまでの各組に分かれ、それぞれ二人になるまで戦って貰うネ。そして残った16名が明日行われる本選へ出場となるネ」
「へぇ、バトルロワイヤルか、面白そうやんか」
「尚、今回の大会の優勝賞金は2000万。参加者全てにも他に参加賞を用意しているカラ、奮って参加してほしいネ」
「なっ!?」
「に、2000万!?」

優勝賞金の2000万と参加者全員に贈られる参加賞という言葉に、自分達の回りに集まった屈強な男達が雄叫びを上げる。

「参加者定員は160名まで、多くの参加者が集まるのを楽しみにしてるヨ。……そうそう、今大会は飛び道具及び刃物などの使用は認めない他に“呪文詠唱”も禁止されている為気を付けてネ」
「なっ!?」
「超さん!?」

サラッと魔法に関する情報を流す超に動揺を見せるネギと高音。

「何か今更って気もするけどなー」
「真名、お主はこの事を?」
「あぁ……まぁ、それっぽい事は聞いていたな」

過ぎ去っていく超の後ろ姿、龍宮は先日まで自分の雇い主の背中を射抜く様に見つめていると。

「ふ、ふふふふ……」
「へ?」
「あ、アーニャ?」

突然不気味に微笑むアーニャにネギが振り返ると。

「まさか、合法的にネギをボコボコにできるなんて……ネギッ!!」
「ひ、ひゃい!?」
「アンタもこの大会に出なさい! 公の場でフルボッコにしてやるわ!!」
「あ、アーニャさん落ち着いて……」
「アンタ達もよ、そこの乳デカ共!!」
「む?」
「拙者もでござるか?」
「本当なら纏めて相手にしたい所だけど、それは本選までの楽しみしておくわ。私が勝って貧乳にも需要がある事をネギに、ついては世界中に知らしめてやる!! 覚悟なさい!」

どうやら、彼女は既に理性を失っているようだ。

血走った目で神社の門を潜り、大会にエントリーする彼女に誰も止められず。

「……やっぱり、僕達も出た方がいいのかな?」
「ここで逃げたら後が怖そうやから……そうしとき」

阿修羅の面構えのアーニャを止められなかったネギ達も、仕方なく大会に参加する事となる。

こうして、様々な騒ぎが起こった中でまほら武道会が開催される事となった。















「……ナ」
「ん、んぅ?」
「スナ、明日菜っ!!」
「はっ!?」

体を揺さぶられる感覚に意識を取り戻した明日菜は、自分に何が起こったかを思い出すと、一気に覚醒して勢い良く起き上がった。

「あ、私……生きて」
「明日菜っ!!」
「のわっ!? こ、木乃香!? ど、どうしてアンタが!?」

自分が生きている事に疑問を抱く暇もなく、いきなり抱き付いてくる木乃香に明日菜の思考は更に混乱に陥る。

訳が分からないと混乱する明日菜に、後ろで控えていた刹那が事情を説明し始めた。

「明日菜さん、貴女はあと少しで死ぬ所だったんですよ」
「死っ!?」
「えぇ、しかし彼が……バージル=ラカンがお嬢様達を呼び出し、治療する様に言ってきたのです」
「アイツが?」
「しかし、間に合って本当に良かった。あと少し遅ければ手遅れになる所でしたので……」
「………」

あと少しで死ぬ。

その言葉には未だに実感が湧かず、それよりも明日菜は別の疑問を考えていた。

(アイツ……何で私を)

アイツ、バージルには自分を助ける理由はない。

なのに何故助けた?

未だに泣き止まず、抱き付いてくる木乃香の頭を撫でながら、明日菜はその事を考え続けていた。












一方、そんな彼女達をバージルは遠くの山頂からエヴァンジェリンと共に見つめていると。

「闇の福音」
「……何だ?」
「もう、いいだろう?」

目を細め、静かに苛立ちを露にしていくバージル。

その眼光はより鋭く、より冷徹になって明日菜を射抜いている。

バージルはずっと我慢していた。

自分よりも弱いとされる人物と修行する事で、今までにない新しい力を得ること信じて。

しかし、結局はただ無駄な時間を過ぎていくだけだった。

明日で四日、もう充分我慢した。

故に。

「明日、俺はアイツを……」

バージルは組んだ腕の中で拳を握り締め。

「――殺す」

静かに呟いた。















〜あとがき〜
また更新が遅れてしまい申し訳ありません。
そろそろクリスマス。
皆さんは如何お過ごしですか?

次回、明日菜ファンの皆様には本当にアレな事になるかもです。

すみません。



[19964] 番外編聖夜とサイヤ
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:0a04ee40
Date: 2010/12/25 01:54






クリスマス。

それは、イエス=キリストの誕生を祝う聖誕祭。

そして今日はクリスマスイブ。

キリスト誕生の前夜祭でもある今日は、世界中は勿論ここ麻帆良学園もクリスマス一色に染まっていた。

街道を歩けばアチコチにカップルが手や腕を組んで歩いている中、一人の少年が両手に肉まんとその袋を持ち、雪降る学園内を謳歌していた。

「……寒いな」

肉まんを頬張りながら、バージルは雪降る空を見上げた。

向こう……魔法世界では雪など辺境の場所でしか降ってはおらず、バージルが魔法世界で旅をしていた時に見掛けたのが最初だった。

エヴァンジェリンの別荘にある高山地帯の雪山にも雪は降るが、こういう季節的な雪を初めて見る。

どこか不思議そうな面持ちで空を見上げていると。

「……ん?」

ふと奇妙な氣を感じ、感じられる氣の方角へ視線を向けると。

「何だ?」

普段はあまり立ち寄らない公園、その茂みの中から赤い服を着た老人と真っ赤な鼻をしたトナカイが見えた。

隠れているつもりなのか、老人とトナカイは辺りを見渡して落ち着きなくしている。

しかしあれだけ目立つ格好をしていれば目が良い人間なら大抵気付ける筈。

だが、その公園を横切る人々の目には映っていないのか、誰も老人とトナカイを気に掛ける事はない。

まるでそこに何もいないかのように。

「…………」

そんな彼等に興味を持ったのか、バージルは袋に入った最後の肉まんを頬張ると、老人に向かって近付いていった。














「く、くそったれ〜、待たしても腰が〜」
「兄貴〜、いい加減引退したらどうなんですか?」
「バカ言ってんじゃねぇよ、オラァ天下のサンタ様だ。たかが腰をやられただけで腑抜けになる俺じゃねぇ!」
「で、でもぉ〜」
「安心しな、この世にサンタを信じているガキがいる限り、俺は死なねぇよ」
「あ、兄貴〜」
「…………」

目の前で繰り広げられる三文芝居、ぎっくり腰で立ち上がれない自称サンタとその弟分と思われるトナカイのやり取りに、バージルは鯛焼きの入った袋を片手にギッシリとアンコの詰まった鯛焼きを口にしながら眺めていた。

「…………おい」
「ん?」
「え?」
「一体何をしているんだ?」

バージルの声に老人とトナカイはゆっくりと振り返る。

「……坊主、それは俺達に言っているのか?」
「他に誰がいる?」
「ぼ、僕達の事が見えてるの!?」
「何を言っているんだ?」

トナカイの質問に首を傾げて、疑問符を浮かべるバージル。

そんなバージルの様子にサンタとトナカイはドバーッと涙を垂れ流し始めた。

「ま、まさかあの兄ちゃん以外に俺達の姿が見える奴がいたなんて……」
「世の中、まだまだ捨てたものじゃないんだね兄貴」
「………何なんだ?」

オイオイと涙を流し、何やら感激している二人にバージルは訳が分からないと言った表情で困惑していた。











「で、お前達がそのサンタクロースだと?」
「正確に言えば、オイラは兄貴のソリを引くトナカイで兄貴がサンタクロースなんだ」
「どっちでもいいさ、肝心なのはサンタを信じている純粋な心なんだからよ」
「…………」

あれから、人気のなくなった公園でサンタクロースと名乗る老人から話を聞くこと数十分。

何でも目の前の老人はプレゼントを配る為に世界中を回っており、今もその真っ最中だとか。

しかし、突然腰痛に襲われてしまい身動きが取れなくなってしまったという。

しかも。

「それよりもプレゼントだよ。どうしよう、クリスマスイブが終るまでに配り終らないと……」

クリスマスイブ、つまり今日の日付が変わる前にプレゼントを配り終えなければならない。

「何でクリスマスイブが終るまでに何だ?」
「坊主、俺達は謂わば子供達の夢の結晶だ」
「夢の結晶?」
「あぁ、4世紀の頃、東ローマに住む三人の娘を持った父親の家に金塊をブチ込んだらな、どういう訳かこういう事になっちまった」

ブランコに座るサンタは面倒くさそうにそう語るが、その表情はどこか愉しそうに見えた。

「明日になればキリストの誕生日だ。そうなれば俺の存在意義が消えてなくなる。んなことになっちまえば俺を信じてくれるガキ共を裏切る事になっちまう」
「兄貴ぃ……」
「だから、俺はここで立ち止まる訳にはいかねぇんだよ」

そう言ってブランコから立ち上がったサンタは覚束ない足取りで雪車に向かう。

しかし。

「ぐうっ!?」
「兄貴!?」

激しい腰痛がサンタを苦しめ、身動きを封じてしまう。

「兄貴、やっぱり無理だよ!」
「無理でもやんなきゃいけねぇんだ。俺はサンタだ。サンタはガキ共に夢を与えなきゃならねぇんだよ!」

痛みを堪え、キリスト教の教父聖は立ち上がろうとする。

その様子を、バージルは考え事をしながら眺めていた。

(サンタ、トナカイ、トナカイの肉、プレゼント……)

カシャカシャと一世代前の演算器の音を鳴らしながら、バージルは思考を早めると。

(よし、これにするか)

軈てカシャーンと音と共に考えを纏めたバージルは、最後の鯛焼きを頬張ると袋をゴミ入れに投げ捨て、サンタへと歩みよっていき。

「おい」
「?」
「俺が変わりに配ってやる。さっさと袋を渡せ」

サンタに袋を渡すよう手を差し伸べ。

「ぼ、坊主……」
「君が、兄貴の代わりを?」
「あぁ、但し」
「ん?」
「条件付きだがな」

不敵な笑みを浮かべるのだった。













「それじゃ、これがプレゼントを渡す子供の名前とその居場所を載せたメモだ」
「分かった」

とあるビルの屋上、そこでは赤と白のカラーリングを施した格好と帽子、白く大きな付け髭。

サンタと同じ姿をしたバージルが巨大な袋を持って佇んでいた。

「それじゃあそろそろ時間だけど、大丈夫?」
「大丈夫だ。問題ない」
「ったく、あの兄ちゃんに続いて坊主にまで……こりゃ俺もマジで引退を考えるか」
「まぁまぁ、……それじゃあバージル君。頼んだよ」
「そっちこそ、忘れるなよ」
「あぁ」

不貞腐れるサンタを宥め、バージルに今年のクリスマスプレゼントを託したトナカイは、バージルに出発の合図を送る。

同時に、バージルは腕に取り付けられた封具を外し、氣を一気に解放して空へと舞い上がり。

「よし、行くか」

バージルは一瞬にして、空の彼方へと消えていった。












それから、バージルは様々な場所へとプレゼントを配っていった。

ある時は能力開発がされている学園都市へ。

またある時はとある海の家を営んでいる一軒家へ。

またある時は三人の天使の住まうとある町へ。

イギリス、フランス、アメリカ、他にも未だ紛争が終らない国々と。

バージルは全ての子供達へそれぞれ平等にプレゼントを配り。

クリスマスイブが終る迄には、既に全てのプレゼントを配り終えた。

そして日付が変わり、バージルは白じんできた空の中、出発したビルの屋上へ戻ってきた。

「悪かったな坊主、面倒に巻き込んじまって」
「別に、それよりも……」
「分かってる。お前の住んでいる部屋の枕元に置いといたよ。流石に靴下には入らなかったが……」
「…………」
「そろそろ、時間だな」

サンタの呟きと共に朝日が顔を覗かせ、太陽の光を浴びると同時に、サンタとトナカイは徐々に透けていった。

「坊主、お前には言いたい事が山程あるが、もう時間がない」
「だけど、これだけは言わせて」
「?」

一体何だと疑問を浮かべるバージル。

すると、二人(?)は顔を見合せ。

「「メリークリスマス」」

満足そうな笑顔と共に、朝日の中へ溶けていった。

残されたバージルは。

「……眠い、闇の福音の別荘で休むとするか」

口を大きく開いて欠伸をし、学園の喧騒の中へと戻っていった。











「トーマ! 大変だよトーマ!」
「んん〜? どうしたんだよ朝っぱらから」
「私、キリスト教のニコラウス教父聖からプレゼント貰っちゃった! どうしよう!?」
「……どちら様?」











「げ、ゲソ〜〜っ!!」
「んも〜、朝っぱらから五月蝿いわね〜」
「一体どうしたの?」
「ち、千鶴、栄子、朝目が覚めたらエビがこんなに!」
「あらあら、凄いわね」
「一体誰が?」
「僕は知らないよ」
「い、一体誰が……」
「あら、そんなの決まっているじゃない」













「マスター」
「ん? どうしたイカロス」
「これ……」
「スイカの種? どうしたんだこれ?」
「分からないです。気が付いたら私の部屋に」
「ふーん、まぁ折角だし庭に植えておこうか?」
「ハイ……」













プレゼントを受け取った全ての子供達は、それぞれの家族と共にクリスマスを過ごした。

そして。

「おい、小僧」
「何だ。闇の福音」
「そんな高そうな肉焼きセット、どこで手に入れたんだ?」

エヴァンジェリンは別荘でやけに高そうな肉焼きセットを磨いているバージルに問い掛けると。

「フ、そんなの決まっているだろ?」

バージルは嬉しそうに頬を緩ませ。












「サンタクロースからだよ」











愉しそうに応えた。
















〜おまけ〜

「ところで」
「ん?」
「その肉焼きセットはどこで使うんだ?」
「…………くく」


「っ!?」
「? どうしたのカモ君」
「い、いや、今なんか寒気が」

















〜あとがき〜
ども皆さん。メリークリスマス。

そして本編を書かずにこんな番外編を書いてしまい申し訳ありません。

次回からは本編を進めますので、どうか宜しくお願いします。


プレゼントされた子供達については自分なりに分かりやすく書いたつもりですが。

大丈夫でしょうか?



[19964] 明日菜、心の向こうに
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:e041101a
Date: 2011/01/07 22:44







何の前触れもなく、なし崩しに始まったまほら武道会。

それでも規定されていた160人の参加者人数に早くも達しようとするのは、大会の主催者である超鈴音が優勝賞金2000万と参加賞のおかげだろうか。

人が集まり賑かになってきた人々を超は神社内の窓から見下ろしていた。

「超さん、朝倉さんが司会兼進行役として参加させてほしいと連絡が来ていますが……」
「それは有難イ、是非とも頼むと伝えてクレ」
「はーい」

カタカタとパソコンのカーソル音が響き、各情報のマトメに入っている葉加瀬。

超は再び活気づいている学園の街並みを眺めていると。

「お疲れ様です。超さん」
「きゃわ!?」
「……貴方カ」

突然現れたフードを被った青年、クウネル=サンダースに葉加瀬は驚きの悲鳴を上げる。

大して驚いた様子のない超はクウネルに向き直り、冷やかな視線をぶつける。

「これで舞台は用意シタ。後はネギ坊主の実力しだいダガ……構わないカ?」
「えぇ、ここまでのお膳立て誠にありがとうございます」

ペコリと頭を下げて礼を述べるクウネルを前に、超はやれやれと肩を竦めた。

「しかし、本当に宜しいノカ? この大会に参加するのはいずれも強者揃イネ、必ずしもネギ坊主が勝ち上がるとは限らないヨ」
「そうですね。確かにこの大会に参加するのはどれも腕の立つ者ばかり。ネギ君が勝ち残るのは厳しいかもしれません」
「………」
「しかし、彼の父に対する想いが本物であるなら、きっと勝ち抜く事でしょう」
「まぁいいサ、どちらにせよ私の役目はこれで終わりネ。……所で」
「?」
「彼は本当にこの大会には参加しないのカナ?」

彼、超から尋ねられる人物にクウネルは一瞬動揺するが、すぐに平静を装いニヤケた顔で答えた。

「えぇ、問題はない筈ですよ。キティから先程彼を足止め出来たと報告がありましたから」
「……なら、いいケドネ」
「所で……」
「?」
「貴方はこれからどうなさるおつもりで?」

クウネルはニヤケ面から表情を変えると、スッと僅に目を開いて超に問い掛ける。

超は僅かな間、視線だけクウネルに向けると、すぐにまた目線を人々へ変える。

僅に流れる静寂、緊迫感は感じないがどこか重苦しい空気に、葉加瀬は苦笑いを浮かべながらパソコンを弄っていると。

「……私は」
「?」
「私はこの時代の……いや、“世界”が違う人間ネ。後始末が終わり次第私は自分の帰るべき場所へ帰るとするヨ」

フッと笑みを浮かべ、群衆を見つめる超。

その視線の先には自分達の担任であるネギが、これから始まる予選の舞台へと上がっていた。

「……そうですか、では頑張ってください。私が手伝い出来る事などないみたいですからね」

そう言うと、クウネルは超と同様一瞬笑みを浮かべて、出入口の扉へと足を進め。

「……貴方の無事を、心から祈っていますよ」
「フッ」

それだけを言い残すと、クウネルはまるで空気と同化するように姿を消し。

部屋には超と葉加瀬だけが残された。

「……さて、そろそろ此方も始めるとするカナ」
「えぇ、そうですね」

不敵に微笑む超に葉加瀬も吊られて口端を吊り上げ。

二人は参加者達の待つ会場へと足を進めた。
















吹雪が荒れ狂う雪山。

大自然の猛威が容赦なく奮う中、神楽坂明日菜は四日目の修行を行う為、いつもの場所へと向かっていた。

「アイツとの修行も今日で四日目か〜、何だかあっという間だったな〜」

エヴァンジェリンが決めた一週間という期間も残り半分を切り、明日菜の口調はどこか余裕の色を見せていた。

確かに、バージルとの修行は苛烈を極め、何度も死ぬ思いをし。

実際に死にかける事も唯あった。

親友である木乃香と刹那からは何度も止めるよう言われてきたが、明日菜は受け入れる事はなかった。

「本当にバカよね、折角二人が逃げ口を作ってくれたっていうのに……」

自嘲の笑みを浮かべ、荒れ狂う吹雪の中で、明日菜は雲に覆われた空を見上げる。

本来なら、自分にはこんな思いをしてまで修行をする理由も決意もなかった。

何度も泣き叫び、逃げ出したいと思った事も一度だけではない。

ならどうして?

その答えは明日菜自身も分からない。

ただ。

「でも、何でだろう。ここで逃げ出しちゃいけない。そんな気がするんだよね」

意地。

少しニュアンスが違う気もするが、明日菜にはこれが一番しっくり来ると思えた。

それに。

「何だかんだ言って、アイツ私を殺そうとしなかったしね」

バージルは容赦こそはしなかったが、手加減と多大なるハンデを負って自分の修行に付き合ってくれている。

未だにその体に一太刀も浴びせてはいないが、明日菜は自分が成長している事に実感を持っていた。

刹那や古菲までとは言わないが、少なくともネギの足手まといにはならない筈。

たった四日、外では四時間しか経過していないのにここまで自分を鍛えてくれたバージルに、明日菜は内心で感謝していた。

「さて、期限まであと三日、この調子踏ん張るわよ!」

己を鼓舞し、気合いを高める明日菜。

すると、吹雪は収まって辺りが見渡せるまでに晴れ渡ると。

腕を組んで仁王立ちしているバージルが、明日菜の視界に飛び込んできた。

「……え?

それしか口に出来なかった。

考えて発した言葉ではなく、反射的に口から漏れた呟き。

その後に頭に浮かぶのは疑問。

何故、何故、何故。

鼻栓もしなければ耳栓もせず、目隠しをしただけのバージル。

何より。

(何でそんなに怒っているのよ!?)

表情は初めて会った時と同じ能面だが、確かな殺意を身に纏っていた。

そして。

「お前の修行に付き合って……四日が経った」
「っ!」
「最初は、俺も自分でも何故こんな事に付き合ったかは分からなかった。お前と修行すれば何らかの閃きがあると……」

クククと口元を笑みで歪ませ、空を仰ぐバージル。

その一挙一動が明日菜の不安を募らせる。

「全く、俺もどうかしてた。修行というのは自分の為に鍛えるものだと言うのに……どうやら余程切羽詰まっていたらしい」

バージルの一言一言が、明日菜の恐怖心を煽らせる。

そして。

「お前ばかりが強くなって、俺は全く進歩する事はなかった」
「…………」
「だから……」
「っ!」
「もう、いいだろう?」

殺。

単純で、明確で、純粋で、真っ白な意志が明日菜を射抜いた。

バージルの表情には最早怒りは無く、ただ目の前の標的を消したいという意志しかない。

明日菜は逃げた。

バージルを背に、一目散に駆け出した。

殺される。

このままここにいては間違いなく殺される。

明日菜は何も考えられず、本能のままに走った。

「だ、誰か……助けて!」

悲痛な叫びが雪山の間で木霊する。

しかし、明日菜の声は誰にも届く事なく、明日菜はただひたすら逃げ惑う事しか出来なかった。

そして。

「っ!?」

バージル(死)は、それすらも許さないのか、逃げ出した明日菜の前に回り込み。

「死ね」

その呟きと共に右拳を振り下ろした。













「ア〜ア、本当ニ殺リヤガッタゼ。バージルノ奴」
「…………」

爆散して白い煙が充満する麓を遥か山頂から眺めているエヴァンジェリンとチャチャゼロ。

あれは死んだなとチャチャゼロの呟きに、エヴァンジェリンはただ無表情のまま見下ろしていた。

「シッカシ、妙ダナ」
「何がだ?」
「アイツハ相手ガ自分ヨリモ格下ノ相手ニハ極力手ヲ出サナイ様二シテタンダロ? ナノニアイツハ自分カラ攻撃シタゾ?」

バージルにはラカンから言い渡されていた約束がある限り、自分より弱い相手には攻撃出来なかった筈。

目隠しをしていてもハンデには程遠いバージルには、明日菜を自分から殺す事など出来ない筈。

なのにバージルは自ら拳を振るった。

バージルやラカンの類の人間は命令は度外視するが約束となるとそうとは限らない。

らしくないバージルの行動にチャチャゼロが首を傾げていると。

「……変わり始めているんだろう」
「ハ?」
「自分の目指していたモノ意外に初めて負けて、その際に手にした絶大な力。今までに感じたことのない力にアイツ自身戸惑っているんだろ?」
「ソレデ、ソノ憂サ晴ラシヲ?」
「尤も、その境地に辿り着かなければ永遠に敵わないと思い込み、手詰まりとなった自分に苛立ちを感じていたんだろ。奴は普段は能面だがその実は激情の塊みたいだからな。なんの成長しない自分に焦っていたんだろ」
「…………」

口元を歪ませ、愉しそうに語るエヴァンジェリンにチャチャゼロは自分の主が昔よりも質が悪くなっているように思えた。

どちらにせよ、これで明日菜も終わり。

戻ってくるネギ達が死んだとされる明日菜の事を聞いた時、どんな反応をするか想像していると。

舞い上がる白い煙から、明日菜が吹き飛ぶ様に姿を現した。














「あ……か、は……」

明日菜は降り積もった雪の大地を数百メートル転がった所で漸く止まり。

真っ白の地面を自分の体から流れる真っ赤な血で染め上げられる。

ガクガクと震える体に力を入れ、必死に立とうとする。

直撃? いや違う。

この怪我はバージルが拳を放った際に引き起こる衝撃波に巻き込まれたから。

バージルの拳は自分の服を掠めて地面に突き刺さり、自分はその衝撃波により吹き飛んだだけ。

ダメージは大きいが死ぬ程ではない、そもそもバージルの拳が直撃すれば自分など即死なのだ。

ならば何故?

明日菜の頭に疑問が浮かぶが、煙の中から現れる人物にその考えは消し飛ぶ。

「チッ、この四日間妙に力加減をしたから変な癖がついたか」

悪態を付きながら現れる死の執行者。

バージルは肩をグリンと回し自分の体の調子を整える。

四日間というバージルにとっては短い修行期間ではあったが、それでも彼なりに真面目に取り組んだのも事実。

明日菜を死なせないよう、時折急所を外して尚且つ力加減もしていた為か、今の様に無意識の内に殺さないように体を動かしていた。

だが、その必要は最早ない。

バージルは右手に力を込め、前方に佇んでる明日菜に向けて。

「消えろ」

緑色の巨大な閃光を、明日菜に向けて射ち放った。












私……死ぬの?

そう、だよね。やっぱり私には無理だったんだ。

死ぬ気で頑張ると言っておきながら、散々文句を垂れ流して。

アイツでなくたって頭に来るに決まっている。

だから……もう。












ズキン











『よぉタカミチ、火ぃくれねぇか? 最期の一服って奴だぜ』

誰?

『あー、うめぇ。さぁ行けや、ここは俺が何とかしとく』

貴方は一体

『……何だよ嬢ちゃん。泣いてんのかい? 涙を見せるのは初めてだな。……へへ、嬉しいねぇ』
『やだ……ナギもいなくなって……おじさんまで』

ダメ

『……幸せになりな嬢ちゃん。アンタにはその権利がある』
『ヤダ……』

ダメ

『ダメ、ガトーさん! いなくなっちゃやだ……!!』













「何?」

バージルが放った閃光は間違いなく明日菜を捉えた筈。

比較的痛みを伴わない様それなりに力を込めて放ったのだが。

爆風も手応えもまるでこない。

いや、これではまるで。

「……消えていくだと?」

自分の放った氣弾が何の抵抗も感じないまま消えていく。

今まで体感したことのない事象に、バージルは目隠しを外すと。

そこにはハリセンではなく大剣を携えた明日菜が佇んでいた。














〜あとがき〜
漸く更新できました。

こんな駄作者ですみません。

そして今更ですが、明けましておめでとうございます。




[19964] 番外学園黙示録編ぱ〜と2
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:5e114860
Date: 2011/01/16 23:49






世界が死んでまだ一週間も経っていないのに、僕達は色んな体験をした。

〈奴等〉を片っ端からやっつけ、時には人を見殺し、時にはヒーロー染みた事もやった。

永を殺して男を死に追い詰め、小さな女の子を助けて、幼馴染みの父親の家で皆のリーダーとなり、狂った世界の中で僕は色んな体験をした。

大抵の事には耐性が付いたと、そう思っていた。

つもりだった。

「……小室」
「何だよ平野」
「僕達は今、何を見ているんだろうね」

僕達は今、スーパーの中で一時の安らぎを得ていた。

勿論、その間にも色々な出来事が起こった。

お婆さんの病気の為に血液を取りに病院に行ったり。

……その際に一人を犠牲にしたり。

兎に角色んな事があった。

そして今、あさみさんの先輩である一人の女性警官が〈奴等〉と成り果てた姿を見て。

錯乱したあさみさんを尻目に再び窓ガラスから見える〈奴等〉を前にした時。

彼はいた。

最初見たときは彼も〈奴等〉の一人だと思った。

血塗れとなり、上半身が裸の男の子。

しかし、男の子の体には何処も怪我をしている様子はない。

しっかりとした足取りで歩き、あさみさんの先輩の女性警官に近づいた。

その時。

……僕は我が目を疑った。

外見はありすちゃんと対して変わらない普通(?)の男の子なのに。

彼は女性警官の背後から抱えると。

「そいや」

そのままエビ反りになり、プロレスのジャーマンスープレックスをかましたのだ。

グシャリと嫌な音が響き、辺りに肉片が飛び散る。

その音に反応した〈奴等〉が男の子に群がっていく。

普通の人間なら恐怖に顔を歪める場面なのに、その男の子は違った。

愉しそうに、調度良い暇潰しを見付けた年相応の子供の様に。

嬉しそうに、口元を歪めていた。

そこから先は、まるで映画を見ている気分だった。

男の子は近付いてくる〈奴等〉……いや、周辺の〈奴等〉の殲滅を始めた。

ある〈奴等〉には下顎と上顎を持ち、スライスチーズの様に左右に引き裂き。

またある〈奴等〉には凪ぎ払う蹴りで胴体を引き裂き。

またある〈奴等〉にはパンチ一発で粉微塵に吹き飛んでいった。

……永が無双ものゲームで妙にテンションが高かった時の事を思い出す。

もう、何がなんだか分からなかった。

騒ぎに駆け付けてきた毒島先輩や高城、麗や他の人達も漫画やアニメでしか見たことのない光景に呆然唖然としていた。

軈て辺り一帯の〈奴等〉が動かぬ肉の塊に変わり、スーパーの駐車場は文字通り血の海となり。

あれだけ暴れまわったのに、男の子は全く疲れた様子はなく、体に付いた返り血を鬱陶しそうに拭っていた。

「何なのよ……アイツ」

高城のその言葉は、この場にいる全員の総意が込められていた。

男の子は楽しむ様に〈奴等〉を壊し、ひたすらその暴力を尽くす。

獣染みた雰囲気すら滲み出している男の子は、顔に付いた返り血を全て拭うと。

「「「っ!?」」」

僕達に向かって視線をぶつけて、ニタリと不気味に微笑んだのだ。

何だアレは。

何なんだアレは。

駐車場の真ん中に佇んでいるアレは、本当に人間か?

〈奴等〉は脳の制御が無いせいか力は強く、毒島先輩ですら組みする事は絶対にしない。

だがアレは真っ向から力で以て〈奴等〉を粉砕した。

笑いながら〈奴等〉を踏み潰した。

そしてその存在がゆっくりと此方に向かって歩み寄ってくる。

戦慄が、走る。

全員が互いに目を合わせて向かってくるアレにどうしようかと訴える。

僕達全員に緊張が張られる。

そして、彼がもう一歩歩いたその時。

「バーちゃん!」

ありすちゃんの声がスーパー内に響いたと同時に、男の子は血の海に足を滑らせ。

豪快にスッ転んだのだった。













「バーちゃん! バーちゃん!」
「おい、その呼び方は止めろ」

スーパーにある肉や魚を生で喰らうバージル。

普通ならドン引きする光景に、ありすは生臭さを厭わずにバージルに抱き付く。

最初は鬱陶しそうに払ったが、何度もしつこく抱き付いてくる為にバージルは諦めた。

背中から抱き付いてくるありすを無視し、バージルは肉と時々ポテチを頬張りながらエネルギーを補給していた。

周りから感じる視線、恐怖や疑念と敵意に満ちた視線をものともせず、バージルは食料を頬張り続けていると。

「ちょっとアンタ!」
「?」

桃色の髪をしたツインテールの少女、高城沙耶が高圧的な態度でバージルに近付いてきた。

「アンタには色々聞いておきたい事はあるけど、これだけは聞かせてくれない?」
「……何だ」
「アンタ、何が目的なの? 見た所〈奴等〉に噛まれた様子はないけど……」
「ある奴を探しているが、それは今はいい」
「え?」
「コイツや他の奴から話を聞いたが、俺の探している奴は見ていないらしくてな、一先ずは置いておく事にした。どうせ何処かでノウノウとしているだろうし」

無駄な事に時間を割くのもバカらしいと着けたし、バージルは食料を食べるの再開する。

バージルの話に沙耶は色々と突っ込みたい衝動に駆られるが、何とか押し殺して最後の質問に移った。

「最後に質問、アンタ……何者なの?」
「バージル=ラカン」
「略してバーちゃん!」
「なぁ、コイツ殺っていいか?」
「…………」

高城沙耶は頭が痛くなった。

まるで話にならないやり取りに疲れた沙耶は、小室達のいる所へ戻ろうと踵を返すと。

「あぁそうだ。お前、高城沙耶という女を知っているか?」
「え?」
「もしソイツに会ったら伝言とコイツを渡してくれ」

知る筈の無い自分の名前を呼ばれて振り返ると、バージルの手には手紙が握られていた。

「確か、“私とあの人、皆は無事です。もし余裕があるならばこの場所で一週間程待つ”だったか?」
「っ!?」
「じゃあ、確かに伝えたぞ」

渡される手紙と聞かされる言伝てに沙耶は驚愕した。

目を見開いて震えている沙耶を余所に、バージルはその場を後にし。

そして、バージルが姿を消してから自称天才は再稼働するのだった。













「やっぱり、あの程度では足りないか」

街を一望出来るスーパーの屋上で、バージルはベンチで腰掛けて不満そうに腹を擦っていた。

旧世界と呼ばれるこの世界に来てからというもの祿な食べ物を口にしていない。

唯一マトモに食べられたのは、高城壮一郎と名乗る憂国一心会会長とやらの屋敷で一度食べたきり。

しかも到底満足とは程遠い量しか食べれなかった。

空腹に苛つき、何度もそこら辺に転がっている〈奴等〉(小室達がそう呼称しているのを聞いた)に八つ当たりしてきたが。

全身が返り血まみれになるという因果応報の結果に終った。

そして漸くこのスーパーにある食品売り場の食べ物を、半分程喰い尽くした事で小腹は満たされたが。

「……折角来たんだ。腹一杯飯が喰いたい」

今ははぐれていないが、フェイトを早く見付けて美味い飯にありつきたい所。

バージルは深い溜め息と共に空を見上げ、何処かへ消えた相棒に内心で悪態を付いていると。

「ほらここまでだ。辛くないか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「?」

ふと声が聞こえ、バージルは徐に辺りを見渡すと、隅で街を眺める二人の老夫婦が佇んでいた。

何やら二人で話し込んでいるが、空腹でやる気のないバージルにはどうでもよく、ゴロンとベンチで横になるが。


ギャゴゥゥゥ………


「ひゃ!」
「な、何じゃ今のは!?」

怪獣の鳴き声にも似た空腹の音色。

あっという間にエネルギーとして吸収してしまったバージルは、舌打ちと共にムクリと起き上がる。

「もしかして今のは……坊やのお腹の音かい?」
「たまげたの。まるで怪獣の雄叫びじゃ」
「…………」

やはり足りないかと、バージルは心配してくる老夫婦を他所に腹を擦り、食品売り場の材料を全て喰らい尽そうと立ち上がる。

「仕方ありませんよ。男の子ですし、こんな世の中になってしまえば……」
「〈奴等〉さえいなければ、お前手製の味噌カツを食わせてやれたんじゃがのぅ」
「!」

ピタリッと、屋上の出入口に向かって進めていたバージルの足が止まる。

味噌カツ?

ミソカツ?

MI・SO・KA・TU!?

甘美且つ食欲がそそる単語に、バージルはグリンと老夫婦に向き直る。

「おい、それは本当か!?」
「は、はい?」
「な、何じゃあ?」

突然尋ねてくるバージルに戸惑う老夫婦。

そんな二人の困惑など気にもとめず、バージルは老夫婦の片割れである老婆に問い詰めた。

「あの〈奴等〉とかいうのがいなくなれば、その味噌カツと言うものを喰わせてくれるのか!?」
「え、えぇ、材料さえあれば……」
「しかし坊や、お前さんそんなに味噌カツが好きなのか?」

老婆の言葉を皮切りに、バージルは脳内である決断に迫られる。

〈奴等〉は恐らくかなりの数を有している。

加えて今の自分は空腹状態、〈奴等〉を消すには氣を以ての短期決着をするしかない。

だが、氣を使えばデュナミスの口喧しい小言をネチネチと聞かされる羽目になる。

どうする? 味噌カツを味わうか? 説教を逃れるか?

そして、バージルはある結論に至る。

(……バレなきゃいいんじゃね?)

この間約0.002秒という時間を掛けて、バージルはこれからの行動を決めた。

「ちょ、ちょっと坊や!」
「そっちに行っては危ないぞ!」

老夫婦の制止を聞かず、バージルは屋上の角に立ち。

「……二時間だ」
「へ?」
「二時間で〈奴等〉を全て消す。その間中で身を隠していろ」
「ぼ、坊や……一体、何を?」
「味噌カツとやら……楽しみにしているぞ」

それだけを言い残し、バージルは屋上から飛び降りた。

「「っ!?」」

いきなり飛び降りるバージルに老夫婦は急いで駆け寄り。

「な、何事ですか!?」
「い、今のはあの男の子ですよね!?」

一部始終を目撃していた太めの男子学生と若い女性警官も駆け付ける。

しかし、そんな彼等の心配を他所にバージルは何事もなく地面に着地し、〈奴等〉の蠢く街中へと走り去っていく。

「ククク、いやがるいやがる」

笑みを浮かべ未だ多くの〈奴等〉が蠢く街。

バージルはスーパーのある方向に背を向けて、全身に力を込めて緑色の炎を身に纏う。

バチリと弾ける音が〈奴等〉引き寄せる撒き餌となり、無数になってバージルに押し寄せる。

軈て炎は右手に収束され、バージルは〈奴等〉を目掛けて。

「エクストリィィィィム」

大きく振りかぶり。


「ブラストォォォォォッ!!」

閃光を放った。













「くそ! くそ!」

眼鏡を掛けた男性、紫藤は走る。

生き延びる為に、そして恥をかかせた忌まわしいあの女に復讐する為に。

「許さない! 許さない!! 許さない!!!」

憎しみを増しながら、紫藤は走り続けた。

「今に見ていろ! 私に恥をかかせた事を死ぬほど後悔させてやる!!」

歪み、淀んでいく心。

軈て自分の心が怪物になるまで成長した時。

「………へ?」

紫藤は怪物となった心と共に、巨大な翡翠の光へと消えていった。











世界は壊れ、新たな創造が始まる。

代償は〈奴等〉となった数億の命と。

得たものは一人の少年の空腹を満たすだけの。

味噌カツ。

















〜あとがき〜
えー、毎度毎度と本当に申し訳ありません。

現在書いている本編に躓いてしまい、気分を変える為にまたもや番外編を書きました。

次回からはまた新しくスレを立てて本編を始めようと思いますので。

何卒、宜しくお願いいたします。




[19964] 迷走
Name: トッポ◆9bbc37c8 ID:dbbaacd7
Date: 2011/01/27 23:37


暗い、深い闇に包まれた場所にデュナミスはいた。

ゆっくりと足音を刻み、その顔は仮面に隠れている為にその表情を読み取れる事は出来ないが。

「バージル……ラカン」

その口調は、明らかな敵意と憎悪を孕ませていた。

胸の奥からドロッとした感情が沸き上がり、その思考は更に危険なものへと変わっていく。

(奴さえ、奴さえいなければ……)

憎い。

奴の全てが憎い。

その顔、その腕、その足、その存在そのものが憎い。

幾度なく呪詛が込められた言葉を呟き、デュナミスは暗闇に閉ざされた空間の中、迷う事なくある場所へと赴く。

(だが何故、テルティムはああも奴に拘る)

脳裏に浮かぶのは、以前フェイトと言い争った時の事。

確かにあの時はフェイトの言う通り、バージルしか奴等に対抗出来る存在はいなかった。

だからフェイトがバージルを助ける理由は充分ある。

だが……。

(本当にそれだけか?)

フェイトは明らかにバージルに対して拘りを持っている。

新世界、旧世界のどちらにも属さない存在に興味を抱くのは分かるが、それにしたってフェイトの反応はおかしい。

以前とは違い人間臭いものを感じる。

(……まぁ、どちらにせよ私が選ぶ選択は一つだけ)

どこまでも暗闇が続く道を歩くデュナミス。

ふと立ち止まると、デュナミスが鳴らす指の弾く音と同時に周囲に明かりが灯る。

デュナミスを中心に円に囲む松明の光、すると彼の足下には三つのポッドが設置されていた。

そのポッドの中にある液体の海で揺らぐ三つの人影。

「さて、後は調が寄越したこの情報を元に最後の調整をすれば完了か……」

ポッドの中に眠る者達を前に、デュナミスは手にした一枚のディスクを掲げ。

「バージル=ラカンよ、貴様は……貴様だけは死ななければならない!」

バージルに対する宣戦布告と同時に、三つのポッドにディスクの中にあるデータの情報を送り込む。

ゴボゴボと泡立てるポッドの内部。

その時見えた彼等の顔、それはバージルの宿敵の一人であるフェイト=アーウェルンクスと。

同じ顔をしていた。
















「……どういう事だ?」

目の前の光景に、バージルは混乱していた。


今の氣功波はそれなりの力を込めて打ち出したもの。

どんなに加減を加えたとしても、少なくとも周辺の山々を簡単に消し飛ばせる程度の威力はあった。

幾ら明日菜が強くなったとしても、今のには避ける事も逃げる事も出来ない筈。

なのに、神楽坂明日菜は無傷だった。

――いや、正確には違う。

煙が晴れ、中から無傷の明日菜が現れた時にはそれは驚いた。

しかしその直後、明日菜は口から大量の血を吐き出し、雪の積もる地面へ倒れ伏したのだ。

何故神楽坂明日菜は生きている?

倒れ、気絶している明日菜を足下にバージルは困惑の眼で見下ろしていると。

「どうした? 殺らんのか?」
「!」

背後から掛けられる言葉により、バージルは混乱の思考から抜け出す。

振り向くと、背後に佇む悪の大魔法使い、エヴァンジェリンがニヤニヤとほくそ笑みながら佇んでいた。

「ほら、今なら抵抗しないし、余計な手間が省けるぞ?」

挑発的に笑うエヴァンジェリン、彼女の言葉が気に触ったのか、バージルは目を細目て睨み付ける。

「……戦う意志を無くした奴など、殺す価値すらない」
「戦う意志? ソイツは最初から戦う意志など見当たらなかったぞ?」

バージルの言い分を嘲笑うかのように、エヴァンジェリンは言葉を被せる。

それが余計にバージルの神経を逆撫でて、更に苛立ちを募らせる。

「……何が言いたい」

先程とは違い、殺意の籠った視線でエヴァンジェリンを射抜く。

しかしエヴァンジェリンはそれさえも動じず、鼻で笑いながら微笑する。

「いや、何だかんだ言って随分甘ちゃんになったと思ってな」
「………何?」
「貴様はいつでもそこに転がっている奴を殺せた。寝ている時でも修行している時でも……」
「…………」
「貴様とソイツの実力差は歴然、どんなにハンデを負っても微々たるもの……なのに貴様は殺したい程嫌っていたソイツを殺さないでいた。何故だ?」

エヴァンジェリンからの問い掛け、先程の笑みから真剣な面持ちへと変わった。

「それは奴が、ラカンが……」
「それだけか?」

言い切る前に、エヴァンジェリンから指摘される。

「それだけなら他に幾らでもやりようがあるだろう? 神楽坂明日菜から先に手を出した瞬間とかな。貴様程の実力なら殺り方など……それこそ腐る程あるだろう?」

再び不敵な笑みを溢し、バージルを挑発するエヴァンジェリン。

「ハッキリ言ってやろうか?」
「…………」
「貴様は神楽坂明日菜を……いや、無益な殺生というものに抵抗を――」

そこまで言い掛けた瞬間、エヴァンジェリンの隣を緑色の光が横切り。

爆発と閃光と共に後ろにある山々が消し飛んだ。

吹き飛んだ山々から目の前のバージルに視線を移すと、此方に掌を向けたバージルが緑色の炎を纏いながらエヴァンジェリンを睨み付けていた。


「一つ勘違いをしている様だが、俺は別に殺す事に抵抗を感じたりはしない」
「…………」
「生きる為に龍を殺したし、俺の飯時を邪魔した奴等は例外なく皆殺しにしている」

何時になく苛立ちを見せるバージル。

額には青筋が浮かび、その顔は阿修羅のものへと変わっていく。

「確かに、貴様は凶暴……いや、狂暴だな。己の本能に付き従い気に入らないものがあれば何であろうと打ち砕く……しかし」
「?」
「それはもう、変わりつつあるんじゃないのか?」
「っ!!」

エヴァンジェリンの最後の一言が、バージルの戦闘意識に完全にスイッチを入れる。

「いい加減認めろ。バージル=ラカン」
「黙れ」
「貴様は変わりつつある。愚かで惰弱な“人”にな」
「黙れ!!」

轟ッ! バージルの放たれる氣の圧力が周辺の雪を四散させる。

吹き荒れる氣の嵐、それを受けて尚、エヴァンジェリンは余裕の姿勢を崩しなかった。

「どうした? 図星を突かれて怒ったか?」
「ハァァァァァァッ!!」

最早エヴァンジェリンの言葉は耳に入っていないのか、バージルはその力を極限まで高めていく。

腕輪により大部分の力が制限されているが、それでもバージルの強さは以前強大。

しかもターレスという強者との戦いを経て、その力はより絶大なものへと成長している。

「俺は……」
「ふっ」
「俺は自分を、弱者とは認めてはいない!!」

荒々しい氣を纏い、バージルはエヴァンジェリンに襲い掛かる。

「やはり、まだ気付いていないか。……いや、気付きたくないというのが本音か」
「オォォォォッ!!」

迫り来る強大な獣、野獣と化したバージルにエヴァンジェリンは呆れ、しかしどこか楽しそうに笑う。

「だがバージル=ラカンよ、貴様が更に強くなるには獣のままでは限界がある。だから……」

その表情は手間の掛かる弟を見守る、姉の様な優しさに見えた。

そして。

「認め、呑み込め、その先にお前の望むものがある」
「ヌラァァァァッ!!」


憤怒の顔で迫るバージルに対し、エヴァンジェリンは慈愛の微笑みで迎え打った。















『そこまで! B組の代表選手は村上小太郎選手とネギ=スプリングフィールド選手に決まりました!』
「ふぅ、何とか勝てた」
「何言うとるんや、余裕綽々だったくせに」

盛り上がりを見せるまほら武道会、16組の内半数以上が既に終了し、ネギは勝ち抜けた事に安堵しながら舞台から離れていく。

「いやぁ、マスターや古菲老師に修行付けてもらっていたからさ、流石にほいそれと負けるわけにはいかないし……」
「まぁ、お前の場合は負けると怖い師匠に折檻くらうみたいやからな……」
「うん、だからせめて情けない姿は見せない様に気をつけなきゃならないんだよね」

あははと笑ってはいるが、どんよりと暗くなるネギに小太郎は心底同情した。

暗鬱になるネギを慰めていると、既に本選出場を決めた楓達が声を掛けてきた。

「やぁネギ先生」
「あ、龍宮さん」
「その様子だと、予選は勝ち抜いてこれたみたいでござるな」
「当たり前や、他の連中には悪いけどそんじょ其処らの奴には負けへんで」
「油断はいかんよコタロ」

次々とネギの下へ集ってくる予選を通過猛者達。

「あら、私が最後になってしまいましたか?」
「あ、高音さん」
「俺等も今来たところや」

そして、最後に高音が集まるとネギはある人物へと視線を向ける。

「あとは……あの人だね」

ネギの視線の前に佇むのはフードを被った男性、アルビレオ=イマ。

先日の麻帆良学園における戦いの際、エヴァンジェリンと共に戦ったとされる人物。

その人柄は詳しくは解らないが、エヴァンジェリンが背中を預けられる程なのだからその実力はかなりのものだろう。

今回はクウネル=サンダースという偽名を使っての出場、ネギや小太郎は最強格の強さを持つ目の前の強者にそれぞれ決意を固めていると。

「お? あれは……」
「アーニャ殿でござるな」
「え?」

幼馴染みのアーニャの名前が聞こえ、ネギがH組の舞台へ視線を向けると。

「く、何だこの娘!?」
「ふははははははっ!!」

自分よりも一回りも二回りも体格差のある男の格闘選手を相手に大立ち回りしていた。

「何ぃっ!?」

ある者には柔術で投げ飛ばし。

「ぐぁぁっ!?」

ある者には空手の中段突きを鳩尾にめり込ませる事で意識を刈り取り。

またある者にはムエタイの技らしきハイキックで昏倒させ、またある者には中国武術の八極拳による痛烈な拳撃を浴びせ。

瞬く間に対戦選手を蹴散らしていった。

「な、なんか随分色々な武術をたしなんでいますね。彼女」
「おー、中々やるなぁ」

意外にも、かなりの実力者のアーニャにそれぞれ感心の意を示す小太郎達。

たが、ネギだけは一人多国籍軍となってしまった幼馴染みに何だか複雑な気持ちになっていた。

「サブミッションこそ、王者の技よ!!」

小さな少女、アーニャの意外な大立ち回りのお陰で会場内は異様とも言える盛り上がりを見せ。

武道会の予選は最高潮の盛り上がりの中、一時の幕を卸す事となった。

そして、ネギ達は明日行われる本選の対戦表を見ると、それぞれ闘志を燃やして会場を後にするのだった。










一回戦。

高音=D=グッドマン対匿名希望

二回戦。

ネギ=スプリングフィールド対豪徳寺薫

三回戦。

中村達也対長瀬楓

四回戦。

龍宮真名対大豪院ポチ

五回戦。

村上小太郎対クウネル=サンダース

六回戦。

アーニャ対田中

七回戦。

山下慶一対ミスター武士道






決戦は明日。

何やかんやで出場してしまった本選に勝ち進む為に、ネギ達は自分を鍛え直す為に。

一時エヴァンジェリンの別荘へと戻るのだった。













〜あとがき〜

よ、漸く更新できた。

さて今回はバージルの心境の変化をエヴァンジェリンが指摘するお話でした。

……あいも変わらずグダグダですがどうか宜しくお願い致します。

そしてまた新しくスレを立てるという面倒くさい事を含めて、重ねて申し訳ありません。

PS

今回のネギまは正にサイヤ人って感じがしました。

死の淵(?)から蘇った時に力を増している所とか。


PS2

次回辺りまた新しくスレを立てようと思います。

……いや本当、44話以降携帯に表示されなくなっちゃって、マトモに修正出来ないんですよね。


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