その左半身は黒だった。夜に紛れ悲劇を終わらせる《JOKER》
その右半身は緑だった。吹き荒び涙を吹き散らす《CYCLONE》
《彼等》の名は――W《ダブル》
『さあ――』『お前の罪を――』 『『数えろ!!』』
その光景を見たのは完全に偶然だった。
深紅のベルト《ダブルドライバ》に緑色のメモリが現れる。それと同時に翔太郎は黒いメモリを取りだし、同じように差し込んだ。そしてドライバをダブルの形に開く。
「変身!」
《 C Y C L O N E ! 》《 J O K E R ! 》
翔太郎の身体が巻き起こる風と共に、人外へと変容していく。
黒と翠が映える美しい左右対称《シンメトリー》。
それを見た時、彼女は思わず呟いていた。
「仮面……ライダー?」
(どうしよう……あの人がそうなんだ……)
彼女は無意識にそっと服のポケットに手を入れる。
その指先に一本のメモリが触れる。彼女はそれを強く、強く握りしめた。
『Cは求める/そのアートは赦さない』
「へぇ?その緑と黒……綺麗だねぇ。素材にちょうど良さそうだよぉ?」
『ハン?やってみろよ』
ダブルの姿を見ても動じずに狂気を見せつけるキャンドルドーパント。しかしダブルもまた、その狂気を目の当たりにしても、軽く鼻で笑い飛ばした。
「だから――」
ダブル――翔太郎の嘲笑を皮切りにキャンドルドーパントが、蝋を精製しダブルに放つ。
「――それが醜いっていってるんだよぉぉ!!」
『おっと!』
ダブルは身を翻すとあっさりとそれを避ける。そこに殺到する蝋の次弾。
しかしそれをもダブルは悠々と掻い潜り、キャンドルドーパントの懐へと躍り出る。
『おらぁ!!』
風さえも置き去りにする様な勢いをそのままに後ろ回し蹴りが唸りを上げる。
炸裂音と共に突き刺さる強烈な一撃に、キャンドルドーパントの胴がくの字に折れた。
しかしダブルの動きは止まらない、どころか更に加速。
疾風の如く鋭く、疾く、そして軽やかに。
蹴りが、拳が、蹴撃、拳打の嵐となってキャンドルドーパントを呑み込んでいく。
奔放且つ縦横無尽。
正しく CYCLONE 《旋風》を冠すに相応しく
荒々しく、颯爽と
アクロバティックにしてダイナミックに
それでいて洗練された――技が疾る。
そして止めとばかりに、空を突き刺す様な槍の如き蹴り。
100キロは優に超えているドーパントの身体が、宙を舞った。
凶悪無比な一撃で地に伏したドーパントを見下ろすダブルの右目が紅く点滅する。
『翔太郎、相手は蝋……僕の側のメモリ、変えよう』
「え?お、おい!?」
翔太郎の意思に反して、その右腕が勝手にソウルメモリを入れ替える。
《 H E A T ! 》
《 H 》の刻印が刻まれた炎の様な赤いメモリ。
《 H E A T ! 》《 J O K E R ! 》
風を思わせた右半身の色が、鮮烈な赤色へと変貌。
そしてダブルの半身をそれさえ霞むほどの紅蓮の炎が包み込む。
そう。《HEAT》のメモリが与えるのは文字通り《熱》。
今やダブルの体術は全て鋼鉄さえも焼き払う。
黒と赤。ダブル《ヒートジョーカー》
『――ハッ!まあいいか……キャンドルサービスだ……ド派手にいくぜ!!』
アッパーボルテージマターと呼ばれる興奮物質。
エンドルフィンを遥かに超えるそれが翔太郎の闘争本能を刺激して、翔太郎の意識は燃え盛るかの如く高揚していく。
ダブルの右拳がメキリと音を立てた。
それに呼応するかのように、ヒートサイドから一気に焔が噴き出す。
陽炎が立ち込め景色がゆらゆらと揺れた。
ダブルは湧きあがる凶暴な衝動に身を任せるままに、キャンドルドーパントへと駆け出す。
『――っらぁ!!!!』
空気を揺らめかせ、蒸気を引きながら、焔を纏い、振り上げられた緋の拳がドーパントの顔面に真一文字叩きこまれた。
刹那、轟音と共にドーパントの顔面が、文字どおりの意味で『爆発』した。
凄絶な威力を込めた一撃に、ドーパントの顔面は後ろに大きく弾け飛ぶ。
それを見たダブルは容赦無く追撃を仕掛ける。
爆発。爆発。爆発。
そして断続した炸裂音の後に、極端に振り被っての、豪快無比なテレフォンパンチ。
それまでとは比較にならないほどの爆発と衝撃が、キャンドルドーパントを派手に吹き飛ばした。
しかし
『あん?』
「あははははは!!そうだぁ!早く素材に成れぇぇぇぇぇぇ!!!!」
吹き飛ぶ瞬間に放たれた一発。付着した蝋は自然界では在り得ないほどの強度と早さで硬直していく。
しかし翔太郎達は一瞬で固まっていく自分の右腕を見ても慌てる素振り一つ見せない。
「ハッ!そいつはどうかな?」
翔太郎は新たなメモリを取り出す。冷たい鉄の色をしたメモリを。
《 M E T A L 》
メタルメモリと呼ばれるソレをジョーカーメモリと入れ替えるように差し込む。
《 H E A T ! 》《 M E T A L ! 》
ダブルの黒い左半身が文字通り鋼鉄《METAL》を連想させるような鈍色に輝きを変じた。
それと同時に、焔の勢いが増し、蝋が溶ける……否、蒸発する。
理論上であれば核攻撃をも耐えきる肉体を与える闘士の左半身。
3,000℃にも及ぶ熱量を自在に操る力を与える熱き右半身。
《METAL》と《HEAT》
重なり合う化学反応によって生まれる1+1を遥かに超える乗数《マルチプライア》
鈍銀と深紅のダブル《ヒートメタル》
ヒートの力を限界まで引き出した今のダブルに、たかが少しばかり溶けづらいだけの蝋など、何の拘束にもならない。
「く、くそっ!」
それでもドーパントは未練がましく蝋の弾丸を放つ。
そんな苦し紛れ、彼らに通用するはずもない。
唸りを上げるメタルシャフトが、赤い螺旋を描き、その全てに喰らい付き塵と還す。
最早、ドーパントに抵抗するすべなど無かった。
『翔太郎、メモリブレイクだ!』
『ああ!』
メタルシャフトにメタルメモリが差し込まれる。
《 M E T A L !》《 M A X I M U M D R I V E !》
その音声と共に、ダブルドライバがメモリの制御という本来の役目を放棄し、メタルメモリが遂にその鎖を解き放たれた。
《闘士の記憶》がその凶暴な本性を剥き出しにする。
同時にヒートメモリもそれに呼応するかのように、メタルシャフトに籠る熱量を暴走寸前まで引き上げる。
それを手応えで感じ取ったダブルが直に来る反動に備え、足を踏みしめる。
そして――ダブルは鋼鉄の弾丸となった。
地面が爆ぜ、視界の全てが線と化す。
『『これで決まりだ――』』
苦し紛れに放たれた蝋の弾丸は、しかし今や3,000℃を超えるダブルの身体には届かない。
ダブルは両の腕《かいな》に渾身の力を込め、思い切りメタルシャフトを振りかぶる。
『『メタルブランディング!!!』』
破壊力、30tにも及ぶ鋼の豪打。
それが唸りを上げてキャンドルドーパントを打ち据える。
喰らい付いた一撃は、鋼鉄に比類する蝋の甲冑を容易く粉砕し文字通りに叩き伏せた。
爆発が収まると、そこには先ほどの男が横たわっていた。
その傍らにはキャンドルメモリが落ちている。
しかしそれも程無くして乾いた音と共に砕け散った。
『……最後は自分がキャンドルアートだ。満足だろ?』
後は、この男を警察に引き渡すだけ。そう。この時、彼等は完全に勝利を確信していた。しかし――
「え?」
律が呆然と呟く。
何が起こったかまるで理解できなかった。都市伝説と思っていた怪物が自分達の前に現れた事。そしてやはり都市伝説だと認識していた筈のヒーローが自分達を助けてくれた事。それまではどうにか着いてこれた。だがそのヒーローが――消えた。
瞬時に地面が爆砕され、粉塵が舞い上がる。飛礫が頬を打つ。
何が起こった?
何の前触れもなかった筈――
そこまで考えた瞬間、一気に彼女を頭痛と吐き気が襲う。
「――っぐ!なんだ、これ!?」
脳をシェイクされたかのような不快感。状況がまるで理解できない。
否、無理矢理理解させられた。目の前に、先の怪物のような異形が立っていた。
スピーカーを無理矢理に組み込まれたような人型。
「ヒッ――!?」
声に成らない悲鳴がこぼれる。当然だ。この状況から逃げ切れると思うほどには、彼女は自信家でも楽観主義者でもない。それは即ち自身の死を意味する。
表情筋など存在しないドーパントの顔からはその感情は読み取れないが、それでもこの惨状を作りだしたのがこいつだということくらいは見て取れる。
そしてドーパントの視線が律を捉える。
『オラァ!』
「――!?」
刹那、ドーパントを鞭のようなものが襲った。しかしその炸裂音は、明らかに鞭などと言う可愛らしいものではなかった。無論のこと、与えるダメージも同様に。
降り立ったダブルの姿は再び変化していた。その右半身を赤から夜天に浮かぶ黄金の月のように。
《幻想の闘士・ルナメタル》
その眩き右半身が司るのは《幻想》
しなやかであった筈の鞭は、ダブルの手中でまるでそのしなやかさが、それこそ夢幻《ゆめまぼろし》の類であったかのごとくその硬度を取り戻す。
そしてドーパントの視線は律から外され
ダブルのそれと絡み合った。
to be continued