<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[18616] (完結)竜岡優喜と魔法の石(オリ主最強 再構成 エピローグ追加)
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:7788ee4f
Date: 2012/04/21 21:14
連絡事項:仕事が忙しくなって、執筆速度が大幅に下がっております。しばらく、閑話の投稿が増えたり、投稿間隔があいたりすると思われますが、ご了承ください

この作品はリリカルなのはを、オリジナルキャラを突っ込んで再構成したものです

オリジナルキャラの性能はドラゴンボールZ(大体ナメック星前ぐらいの地球人)基準となっております

また、割と速攻で原作の筋からあさっての方向に行くほか、
ジュエルシードの暴走体に関しては、ほとんど原作を無視しております
デバイスは英文を自力で作れない、翻訳サイトの英語が胡散臭い、などの理由で
すべて日本語表示です
ハーレム要素があります

技名その他が厨二病っぽいのは最強系主人公の宿命ということで見逃してください

そのほかにも、キャラの設定変更や解釈などに色々難があると思われますので
それが不快な方は引き返していただければ幸いです

では、お目汚しになるかと思われますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです

追記:三話投稿時に不評だった部分を少し修正してみました
    修正とかは随時行っております

2011 3/5 更新履歴整理

2010 5月 開始

2011  1/8  空白期 第1話追加
        本年もよろしくお願いいたします

    1/15  第2話追加
        今回は割とテンプレ乙な話です

    1/22  閑話追加
        なぜにこの寒い時期に海水浴の話を書いているのだろう?

    1/29  第3話追加
        主人公の出番ゼロです

    2/5  第3話裏追加
        第3話の主人公サイド。こいつが絡むと話が黒くなるのはなぜだ……

    2/12 閑話追加

    2/19 閑話追加
       プレシアさんとリンディさんが恵方向いて巻き寿司かじってる電波を受信しなければ、こっちの推敲が終わって先に投稿されてたはずなのだが……

    2/26 第4話追加

    3/5 第5話追加

    3/19 第6話追加
       仕事が忙しくなったのと地震に思うところがあったのとで、一週間投稿を後ろにずらしました。オリ主より主人公っぽいキャラが登場

    3/26 第7話追加
       話の都合上、下ネタが結構入っております。R指定程度になっているかもしれませんので、ご了承ください

    4/2 第7話後日談追加

    4/9 閑話追加

    4/16 第8話追加

    4/23 閑話追加
       チョイ役の顔出しの話なのに、えらく長くなってしまった……

    4/30 閑話追加

    5/7  閑話追加
       色々忙しくて、三週連続で閑話になってしまった(しくしく)

    5/14 第9話追加
       ここまでの反動か、結構重い内容になった気がする……

    5/21 第10話前編追加
       一話で終わらなかったと言うか、これが一話で終わるとなぜ思ったんだろう?

    5/28 第10話後編追加

    6/4  閑話追加

    6/11 閑話追加

    6/18 第11話追加

    6/24 第12話追加

    7/2  第13話前編追加
       さすがに一本で終わるボリュームではなかったので分割

    7/9  第13話中編追加
       書いてもおわらねえ!

    7/16 第13話後編追加

    7/23 エピローグ追加

    7/30 Sts第1話追加

    8/6  第2話追加

    8/20 第3話追加
       PCの不調とお盆がらみのあれこれが重なったため、投稿を一週後ろにずらさせていただきました。申し訳ありません

    8/27 第4話追加

    9/3  第5話追加

    9/17 第6話追加
       旅行その他の用事が重なったため、投稿が遅くなりました。申し訳ありません

    9/24 第7話追加

    10/1 第8話追加

    10/8 第9話追加

    10/15 第10話前編追加

    10/22 第10話後編追加
        今頃、ヴィヴィオより先にトーマが出てきている事実に気がつく鳥頭な作者がここに

    11/5 第11話前編追加
        現在仕事が急増中ゆえ、次話以降も遅れる可能性が高くなっております。申し訳ございません

    11/19 第11話後編追加
        間が空いた上に、非常にグダグダな感じです。申し訳ありません

    11/26 閑話追加

    12/3 第12話追加

    12/10 第13話前編追加

    12/17 第13話後編追加

    12/24 第14話その1追加

    2012 1/7 第14話その2追加
        あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

    1/21 第14話その3追加
       完結まで、このペースになりそうです。申し訳ありません

    1/28 第14話その4追加
       長くなったので、14話はここで終了します

    2/4 第15話その1追加

    2/18 第15話その2追加

    2/25 第15話その2裏追加
       ヴァールハイトたちが戦闘している同じ時間帯の、ほかの人たちの話

    3/3 第15話その3追加

    3/17 第15話その4追加
       話がうまくまとまらなくて、ものすごくてこずりました。遅くなって申し訳ありません

    3/24 第15話その5追加

    4/7  第15話その5裏追加
       風邪引いてダウンしてて、一週間遅れてしまいました。申し訳ありません

    4/15 第15話その6追加
       ちっと旅行が重なったため、一日後ろにずれました。申し訳ありません

    4/22 エピローグ追加
       長い間お付き合いくださいまして、どうもありがとうございました



[18616] ジュエルシード編 第1話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:7788ee4f
Date: 2011/05/08 09:49
 これは死んだかも。調査中の門のような遺跡が光り、屋根が崩れたのを見た竜岡優喜は、妙に冷静に落ちてくる瓦礫を見ながら考えた。逃げ場のない状況で天井が丸々砕けずに落ちる。優喜は特殊な人材なので、落ちてくる瓦礫を砕く手段ぐらいはあるが、遺跡の光に気を取られているうちに、タイミングを完全に逸した。

(教授は無事なんだろうか……。)

 呼び出されて外へ出た、今回の発掘班のリーダーの安否を気遣う。被害が出るのは避けられない。ならばせめて、自分だけにとどまってほしいものだ。

(とりあえず、悪あがきだけはするか。)

 手遅れを自覚しつつ、瓦礫を砕く手段を講じる。妙にスローモーションに引き延ばされた時間の中、何らかの動作をしようとした優喜を、門からあふれ出た光が呑み込んでいった。







 竜岡優喜は、今年二十歳になったばかりの、首都圏の某国立大学教育学部三年に所属する大学生だ。日本人男性の平均よりは高い身長と細身の体をもつ女顔の青年で、優しく喜ぶという名が、そのまま体を表すような外見と性格の人物である。一度は女装させてみたい男No1という、普通なら暴れそうな称号を苦笑しながら受け入れる、そんな青年である。

 が、外見や性格とは裏腹に、彼は特殊な経歴から特殊な技能を学び、その関係で見た目よりはるかに鍛え上げられた体をしていたりする。

 ちなみに彼は天涯孤独の身の上だ。中学に上がる前に、交通事故で家族全員が亡くなり、悪いことに両親も孤児同士だったため親戚の類も一人もおらず、父の親友である琴月氏に引き取られて育てられた。

 と、これだけなら、彼が特殊な人材、という話にはつながらないのだが、その頃の彼は、事故の後遺症で全く目が見えず、それを補うために、とある人物にいくつか特異な技能を教えてもらっていた。琴月家に引き取られる前の話である。

「それで優君、今年も夏休みは伊良部教授についていくの?」

 彼がお世話になっている家の娘、琴月紫苑が、掲示板を見ながら質問する。外国人がイメージする大和撫子、その外見を見事に体現したような女性で、中身も学内の誰よりもそれに近いのだが、さすがに完璧に、というわけにはいかない。というか、完璧な大和撫子など、今のご時世、かえって敬遠される。

「うん。旅費もバイト代も出るし、僕の特技も生かせるしね。」

 伊良部教授とは、彼の通う大学の考古学の教授で、毎年夏休みに、海外のとある遺跡に発掘調査に行っている。そして、その都度学生を結構なバイト料を支払って雇い、ついでにいろいろと面白い話をしてくれる。そのため、いささかハードではあるが、体力と知的好奇心のある学生には、人気のアルバイトだったりする。

「お金が足りないなら、お父さんに言えば……。」

「おじさんたちにこれ以上よくしてもらう訳にはいかないよ。」

 親友の息子とはいえ、優喜は赤の他人だ。生活費と高校までの学費を全部出してもらっているだけでも申し訳ないのに、小遣い銭まで、というのは、たとえ向こうがそれを望んでも自身の誇りが許さない。いくら琴月の家が旧家で、お金の面ではまったく困っていないといっても、それとこれとは別問題だ。

 ちなみに大学の学費に関しては、優喜の意地もあって、奨学金を受けて全額自己負担で何とかやっている。そのため、単位取得も必死であり、空き時間は奨学金の穴埋めのためのバイトと勉学がびっしり詰まっている。たぶん、大学一遊んでいない学生ではなかろうか、とは彼の普段を知る人間すべての言葉だ。

「結局、今年も海とかにはいけないね。」

「紫苑だったら、誘えばだれでも一緒に行ってくれるんじゃない?」

「私は優君と行きたいの。」

 大学に入ってから、毎年恒例の会話である。普通に考えれば意図するところは一目瞭然のセリフだが、優喜は決してその言葉を受け取ろうとはしない。十年一緒に過ごしてきたとはいえ、いや、だからこそか、優喜はそれ以上、紫苑をそばには近づけない。

「まあ、とりあえず申し込んでくるから、先に帰ってて。」

「……うん。」

 たぶん、申し込んだ後、直でバイト先に行くのだろう。いろいろな未練を断ち切って、素直にうなずく紫苑。この二カ月後、発掘調査中の遺跡で冒頭の事故が起き、同時にマグニチュード7クラスの地震の発生が重なり、行方不明一、重傷者十五人の惨事となって、「古代遺跡、悲しき大発見」という見出しで報道され、関係者を大いに悲しませるのだが、ここでは割愛する。







 死んだと思ったのに目が覚めた。それが、意識が戻った時の優喜の、最初の感想だった。まあ、感心していても仕方がない、と、自分の体をチェック。ところどころ違和感はあるが、少なくとも欠損している部位はない。体を起こすと、視点の高さがずいぶん低い。手足をみると、上で見積もっても中学には上がっていないと分かるそれが目に入る。

(……あの遺跡のせいか。)

 荷物はほとんどなくしているが、ウェストポーチに入れてあった鏡と携帯電話、それから財布は無事だ。鏡は、遺跡の調査の時に何かと重宝するので、発掘隊にいる間は、とりあえず一個は持ち歩いているものだ。発掘中に外していたメガネもなくしたが、元々「見えすぎる」ようになってしまった眼をごまかすための、度が入っていない伊達メガネなので問題ない。

 携帯電話が圏外になっているのを確認し、鏡で自分の顔を確認。認めたくはないが、やはり子供に戻っている。計ってみないと分からないが、身長が150センチを超えていることはないだろう。まあ、股間につくものはちゃんとついているので、性別まで変わっている、という最悪の事態は避けられたようだ。

(よかった。いくら女顔でも、本当に女になるのはさすがに悲しいし。)

 気を取り直してあたりを見渡し、自分の知らない景色が広がっていることを確認。どこだかは分からないが、人の手がある程度入った森の中だ。気候は温帯のそれ。太陽の角度と木々の状態、それに優喜の体内時計から時間を推測。まだ午前十時にはなっていないだろう。腹具合からすると、丸一日は気絶していたはずだ。

(とりあえず、周囲に危険生物の気配は無し。)

 鳥や虫の声ぐらいは聞こえるが、少なくとも、人間を襲うような生き物は近くにいない。見える範囲に、人が何人か並んで通れるような道がある。車が通るような舗装はされていないので、ハイキングコースなのかもしれない。

(一度、麓まで降りてみるか。)

 幸い、調査隊にありがちないかにもな服装はしていなかったので、人がいても目立ちはしないだろう。ただ、場所が先進国で、今が平日だったら、場合によっては補導されるかもしれない。それが不安要素ではある。

(言葉が通じればいいんだけど……。)

 まあ、方針は決まった。あとは行動あるのみだ。優喜は、外見に合わぬ健脚で、ずんずんと道を下って行った。







(日本だったとは……。)

 温帯の気候、整備された道、という部分で可能性の一つとしては考えていたが、どこからどう見ても日本以外の何物でもない、となると思わず脱力もしたくなる。商店街の電光掲示板の日付や、公園で誰かが読んでいた新聞の年月日など、自分の記憶のものとずれているが、体が小学生になっている以上、それぐらいは誤差だ。

(とっとと誰かに連絡を取って、迎えに来てもらうか。)

 携帯電話を取り出し、電話をかけようとすると、表示は圏外。周りで何人も、普通に電話やメールをしているというのに、なぜか彼の携帯は圏外。

(は?)

 念のためにかけてみる。圏外のメッセージ。もしかして壊れたか、と思ったが、残念ながら他の機能は普通に生きている。と、なると、いろいろ確認が必要そうだ。

(図書館、かな?)

 意を決して動こうとしたところで……。

「なによあんた達!!」

 かすかに、気の強そうな女の子の声が聞こえる。声の大きさからいって、少なくとも目視の範囲内にはいないであろう。その証拠に、周りの人間は誰も気が付いていない。なんか、面倒事に巻き込まれそうな予感と、犯罪が絡んでいるのであれば無視できないという正義漢との板挟みのまま、声の聞こえた方に急ぐ優喜。

「離しなさいって言ってるでしょう!!」

 目に入った光景は、どこからどう見ても犯罪そのものだった。年齢が二桁に届くかどうか、というぐらいの少女二人を、数人の黒服が取り囲んでいる。一方は明らかに外国人で、気の強そうな顔をしている。さっきから周りを威嚇しているのは、彼女のようだ。もう一人は、外見上は日本人だが、気配がやや特殊。とりあえずはおとなしそうな印象だが、実際どつきあいになったら、叫んでいる女の子よりこっちの方がかなり強そうだ。

 さっきの場所から距離はそれほどでもない、というのに、いやに人気が少ない。普通の人が目視できるかどうかギリギリ、と言うあたりからまた、それなりに人が増え始めるあたりといい、人がいるあたりからは巧妙に死角になるようにしているところといい、明らかに計画的犯行だ。

 察するに、どうやら囮なり何なりを使って二人を油断させて逃げられない距離に誘い込み、一気呵成に捕縛、誰にも気がつかれないように誘拐する、というところか。年の割には賢そうな二人を引っ掛けるあたり、サクラも相当巧妙に配置したのだろうが……。

「まったく、営利誘拐か人身売買かは知らないけど、小学生相手にそこまでやる?」

 見てしまった以上、しょうがない。こういう荒事に嫌に巻き込まれやすい自分の運命を嘆きつつ、さっさといろいろと蹴りをつけようと覚悟を決め、優喜は状況に割り込んだ。

「正義の味方気取りか、お嬢ちゃん。」

 割り込んできたのが、どう見ても小学生の女の子だったからか、男たちは優喜を、威嚇して追っ払おうとしたらしい。まあ、実際問題、普通なら当然といえば当然の判断だろう。

「まあ、どうとでも取って。ちなみに僕は男だから。女の子に見えるのはもう、諦めてるけど、一応ね。」

 面倒くさそうに吐き捨てると、無造作に手近な一人に近寄り、リーチが変わっていることに注意して一撃。鈍い音とともに、白目をむいて崩れ落ちる男。

「あ、ミスった。」

 狙った技からすると、打撃が深く入りすぎた。どうも、リーチを短く見積もりすぎたらしい。次の一人に、今度は半歩控え目に技を入れる。今度は狙った場所から数センチずれ、どついた相手を派手に吹っ飛ばしてしまう。

「ああ、もう! リーチが変わりすぎてやりにくい!!」

 繊細な技を狙うのはあきらめて、もう普通にぶちのめすことにする。非常識な光景にあっけにとられているうちに、残り全員の意識を刈り取る。

「さて、次が来る前にとっとと逃げるよ!!」

 体つきから、このメンバーの中では運動神経や体力面で劣っていそうな外国人の少女を担ぎあげ、小学生の体格とは思えない恐ろしいスピードで撤退する優喜。それにぴったりついてくるもう一人の少女。傍から見たら異様な光景だろう。

 結局、二人が迎えの車に乗り込んだあたりで追いつかれ、しょうがなしに足止めをした後、とっとと姿をくらませるしかなかった優喜であった。







 閉館間際まで図書館で粘って、ここ数年の出来事について、自分の知っている歴史と明確な違いを発見するに至り、どうやら自分は並行世界に飛ばされたのだ、という結論に確信を抱く。こうなってくると、手持ちのお金が使えるかどうか、その部分がいきなり怪しくなる。

(自販機で買ったジュースぐらいは、大目に見てもらうか……。)

 とりあえず、自販機で使える以上、硬貨はほぼ同じものらしい。百円玉と十円玉が何枚か混ざったぐらいなら、早々気がつかないだろう。とはいえ、硬貨はあと何枚も持っていない。そして、現代日本となると、小学生が働いてお金を得る、というのは不可能に近い。しかも、並行世界となると、戸籍もない。

(食料、どうするかなあ……)

 また山に戻って、兎なり何なりを捕まえるか、食べられる草を集めて、あく抜きだけをして食べるか。幸い、ポケットに十徳ナイフがある。火を熾すあてはあるから、火事にだけ注意すれば飢え死には避けられるだろう。

 などと食糧調達を考えながら、人気のない夕暮れの道を山に向かって歩いていると、この日最後の異変に見舞われる。

 人間よりでかいカラスが、いきなり襲撃をかけてきたのだ。くちばしの先は、夕日を反射して輝くベルトのバックル。どうやら、光りものを集める習性に火が付いているらしい。

「危ないなあ、もう!!」

 さすがに、そんなでかいカラスの存在を見落とすわけもなく、恐ろしい攻撃力でダイブしてきたカラスを回避。カウンターであごを蹴り上げる。

「このカラス、食べられるかな?」

 いい加減、丸一日食事をしていない。さすがに化け物じみた体力を持つ優喜といえど、一日中補給なしで歩き回り、暴漢を撃退し、さらに鬼ごっこまでやらかしている。意識を失う前もあれやこれや何も食べずにやっていたし、いい加減カロリーがやばい。

「仕留めてから考えるか。」

 優喜が考えていることを察したか、いきなりカラスの攻撃が激しくなる。目には怯えの色。モードが収集から自己防衛に変わったようだ。

「ええい、こら、抵抗するな!!」

 相手のスピードと自身のリーチの変化のせいで、普段なら出あった瞬間にたたき落としているような相手に苦戦する。一度、本格的にこの体で慣らしをしなければいけない、と心に決めつつ、カウンターで大技を充てるべく、技の溜めに入る。このとき優喜は、普段ならやらかさないミスをしていた。認識可能な範囲まで誰か来ていた事に、まったく気が付かなかったのだ。

(いくらでかいとは言っても、たかが鴉ごときに!)

 心の中でぼやきながら、大気に漂うエネルギーを急激に取り込む。全身をエネルギーが駆け巡り、体を満たした力が外に漏れはじめ、赤いオーラとなって体の表面を覆う。オーラが分厚い防壁となり、足元に飛び立つための力が集まる。カラスが飛び掛ってくる。極限までひきつけ、優喜が技を解き放つ。

「ていや!!」

 抜群のタイミングで技の動作に入った直後、横からものすごい衝撃が襲いかかってくる。奇跡的なタイミング、奇跡的な角度で優喜に直撃した、巨岩の一つや二つは砕こうかというそれは、優喜と目の前のカラスをまとめて粉砕し、なけなしのカロリーを削り取っていく。

「なのは! 思いっきり彼を巻き込んでる!!」

「え!? うそ!!」

 普段なら、その程度の衝撃で技を崩されることも、意識を刈り取られることもなかったのだが、さすがにいろいろタイミングが悪かった。ガス欠寸前、慣れない体、技の発動時点で最も脆弱な角度。そもそも、感知能力に優れる優喜が、砲撃が飛んでくるまで気が付かなかったこと自体が、体の変化による彼の不調が、どれほど深刻なのかを示しているといっていいだろう。

 薄れゆく意識の中で最後に見たのは、肩にフェレットを乗せ、奇妙な杖を構えて妙なエネルギーの残滓を振りまく、白い服の少女だった。







 目が覚めると、純和風の天井が目に入った。外はすっかり日が暮れて、真っ暗になっている。優喜の体内時計では、そろそろ九時は回っていそうだ。

「あ、目が覚めた?」

「えっと?」

「ああ、いきなりだから分からないわよね。」

 急に声をかけられ、前後の状況がつかめない状況で視線を横に向けると、年かさに見積もって二十代後半程度の女性が、視界に飛び込んでくる。

「なのは、ああ、私の娘ね、が、あなたが倒れてるところを見つけて、ね。ほっとくわけにもいかないから、うちに連れてきたの。」

 なのは、という名前がかすかに引っ掛かる。そう、よく考えてみれば、さっき優喜を撃墜した少女は、フェレットになのはと呼ばれていた。

「えっと、そのなのはさんが、僕を運んできたんですか?」

 まあ、自分を撃墜したのだから、それぐらいはしてもらってもばちは当たるまい、とは思ったが、さすがの優喜も、普通の小学生の少女が自分を抱えて歩くのは無理だ、ということぐらいは判断できる。同年代、同じ体格体型の子供と比べると、筋肉がたくさん付いている分、優喜の体は重い。

「いいえ、違うわ。あの子に誰かを抱えて運んでくるような体力はないわよ。運んできたのは、息子の恭也よ。」

「恭也さん、ですか。」

 いい加減、いろいろこんがらがってきた優喜。とりあえず分かったことは、どうやら自分を撃墜した少女の家族は、ずいぶん親切な人たちらしい、という一点のみ。

「ちょっと待ってくださいね。いろいろ整理したいので。」

「あ、そうね。いきなりいろいろ言われても分からないわよね。」

「と、言うかそもそも、よく考えれば自己紹介からしないといけない気がしてきました。」

「ああ、それもそうね。私は高町桃子。翠屋っていう喫茶店でパティシエをやってるわ。」

 ようやく、目の前の女性の名前と職業が分かる。パティシエと聞いて、いろいろ納得する部分がある優喜。道理で、彼女から小麦粉や砂糖を主体とした甘いにおいが漂ってきているわけだ。

「えっと、僕は竜岡優喜。○○大学三年生、だったはずなんですけど、ね……。」

 一応、枕元に置いてあった自分のウェストポーチから財布を取り出し、免許証を出して自己紹介をする。

「うーん、嘘をついてるわけではなさそうだけど、大学生にも、この写真ほど年を取っているようにも見えないわね。」

「ですよねえ……。」

 さて、どう説明したものか。同じ境遇になったら、自分でなくても説明に困る、そんな自信が優喜にはある。この身に起きたことをそのまま説明したところで、普通なら頭がどうかした、か、空想をそのまま語っている、としか受け取られることはあるまい。ぶっちゃけ、家出少年の無理のある言い訳、と取られても仕方がない。とはいえ、ほかに説明のしようもないのだが。

「えっと、今から話すことは誓って真実なんですが……。」

 と、腹をくくって今までの事を順を追って説明する。アルバイトで発掘調査に参加していた遺跡での事故。気がついたら山の中で体が縮んだ状態で気絶しており、麓に降りてきたら見覚えのない土地だったこと。なぜか携帯電話が圏外で、昨日までの自分がいた年月日と違ったこと。いろいろ歩き回っているうちに空腹に負けて、気がつけば意識を失っていたこと。

 最後は嘘だが、さすがに助けてもらった相手に、あなたの娘さんと思われる女の子に撃墜されました、とは言えなかった。優喜でなくても、まともな神経ならば言えないだろう。

「……なんだか、漫画みたいな経験をしてるのね……。」

 普通、こんな説明信じないよな、と当の優喜が思っていたのに、桃子はあっさり信じたようだ。

「はい……。って、自分で言うのもなんですが、信じたんですか?」

「嘘を言ってるかどうかは、分かるつもりよ。嘘つきな家出少年の線も疑ったんだけど、それにしては状況認識が的確だし、言葉に矛盾もないし、免許証の写真も、同一人物のビフォーアフターだって言われれば、説得力があるし。」

「ですか。」

 まあ、一人でも味方ができたのは心強い。あとは、今後どうするか、だが、その前に……。

「おなか、すいたでしょ? ご飯は用意してあるから。」

「えっと、いいんですか?」

「ええ。というか、食べてくれないと困るわ。」

 という桃子のありがたい厚意に甘え、案内された食堂で、暖かくて美味しい食事を噛みしめた優喜。これで、明日一日は何とか持ちそうだ。

「それで、これからどうするんだい?」

 桃子の夫、高町士郎に問われ、思案顔を浮かべる。食事中に、改めて説明した事情。それをどういうわけか士郎も信じてくれたようだ。さすがに息子の恭也と娘の美由希は胡散臭そうな顔をしていたが、年長者二人が受け入れた以上は無粋な突っ込み入れないつもりのようだ。

「そこが問題なんですよ。日本は小学生が働いて一人で生活できる国じゃないし、そもそも戸籍があるかどうかもあやしいから、警察に補導されるといろいろややこしいですし。」

 と言ったのち、財布から所持金を全部とりだす。残高は全部で四万七千六百八十六円なり。運よく二千円札を除くすべての貨幣がそろっている。

「このお金が使えるかどうかもわかりませんし、キャッシュカードはまず無理でしょうし。自分の家に帰る以前に、生活基盤に問題があります。」

「だな。話を聞く限り、現状の確認をして、帰る方法を探して、となると、一年やそこらでけりがつく問題でもあるまい。生活基盤は必須だろう。」

 恭也の指摘に、苦笑しながらうなずく優喜。

「まあ、生活基盤の方は、うちにいればいいとして、だ。」

「って、ちょっと待ってください。」

「ん?」

 士郎がさらっと言ってのけたセリフに、あわてて突っ込みを入れる優喜。

「いくら見た目が子供と言っても、こんな不審人物を置いておくんですか? 一人増えたら、食費だってばかになりませんよ?」

「なあ、竜岡。」

「なんですか、恭也さん。」

「うちの家族を、甘く見ない方がいい。」

「……ですか。」

 なんとなく、納得する。どうもここの家は、目に見える範囲で孤児がいたら、当たり前のように里親になる類の一家らしい。そもそも、察せられる恭也と美由希の戦闘能力なら、孤児が不良化したところで一瞬で沈黙させられるだろう。

「とりあえず、生活基盤はそれで解決するとして、問題は戸籍、だな。」

「戸籍がないと、学校に行けないものね。」

 士郎の言葉に、桃子が相槌を打つ。

「あの、高校までの課程はちゃんと終わってるし、別に学校に行く必要は……。」

「竜岡の外見で学校に行かない、というのは非常に目立つ。余計なトラブルを抱えることになりかねない。」

 優喜の突っ込みを、恭也がつぶす。思わず、あ~、う~、などとうなる優喜。

「……ま、まあ、そこらへんは戸籍やなんやが解決してから、考えましょう。」

 何とかできるのなら、と思わず内心でつぶやく優喜。が、士郎の隠している雰囲気やらなにやらから、どうにかできそうなコネは持っていかねないのが問題だ。

「なんにしても、色々目処が付くまで、ここにいてくれればいい。」

 結局、士郎と桃子の勧めを断りきる手段は、今の優喜には残されていなかったのであった。







 翌日早朝。結局あの後体力の限界もあって、風呂をもらって速攻寝たため、本日ようやく、体の慣らしの時間が取れたという感じである。洗顔と歯磨きを済ませると、寝間着代わりに貸してもらったジャージとTシャツのまま庭先に出る。

「早いな、竜岡。」

「おはようございます、恭也さん。」

 軽く準備運動をしていると、同じように準備運動をしに、士郎と恭也が出てくる。後ろを見ると、美由希も今準備が終わったらしい。

「体は大丈夫なのか?」

「単に貧血で倒れただけなので、ちゃんと食べて一晩寝れば、大丈夫ですよ。」

 もっとも、直接的な原因は、彼の妹に撃墜されたことなのだが。

「いくら調子がよさそうだと言っても、倒れていた以上何があるか分からない。あとでちゃんと予定通り、病院で診てもらうんだぞ。」

「無理をしてもロクなことがないのは、ちゃんと理解してるので安心してください。」

 優喜の見た目でそれを言われても説得力はないが、言動を見ていると、中身の年齢を考えても相当落ち付いている。まあ、信用しても大丈夫そうだ。

「優喜は、いつもこの時間なのか?」

「大体これぐらいですね。新聞配達のバイトをやってた時は、もっと早かったんですが。」

 士郎の質問に、きっちり体をほぐしながら答える。

「そういえば、優って結構鍛えてるよね。何か運動やってるの?」

「まあ、武術を申し訳程度に。こっちに飛ばされる前は、学校の課題とバイトが忙しくて、体の維持が精いっぱいでしたけど。」

 ウォーミングアップも終わり、ランニングと型修練のどっちをやろうかと思案しながら、美由希の問いにも答えを返す。ちなみに、美由希は昨日の段階で、優喜の事を優と呼ぶことに決めたらしい。中身はともかく見た目は年下なので、かなり遠慮がない。

「じゃあ、俺たちと一緒に走るか?」

「あ、そうですね。この辺の地理もあまり分からないし。」

 士郎の申し出に応じる優喜。正直、願ってもない話だ。正直、一人でランニング、というのは、状況的に激しく誤解を招く。士郎の側も、一人でほっぽり出して、倒れられても困るというのもあるのだろう。

「昨日の今日だから、一応書置きを残してきた。」

 いつの間にか家に入っていた恭也が、何気に気のきくことをしてくれていた。

「じゃあ、いくか。」

 士郎の号令で、四人は朝の空気の中を走りだした。







「むう、暇だ。」

 九歳児どころか普通の人間とは思えぬ体力と技量を見せ、高町家の面々を驚かせた優喜だが、見た目が子供なのはいろいろ面倒だ。平日なので、迂闊に外を出歩くこともできず、体を慣らすための型稽古も、オーバーワーク手前までやった後。恭也たちが帰ってきたら、服および日用品を買い出しに行く予定ではあるが、それまでは大したことはできない。

 高町家は喫茶店「翠屋」を経営しており、士郎も桃子も日中は家にはいない。そして、子供たちはみんな学校があり、必然的に、立場の定まらない優喜は一人でお留守番、である。病院での検査も終わり、本日の用事はここでストップだ。一応念のため、激しい運動は禁止されているが、それを守っていると本格的にやることがない。

 外に出られない、型稽古も限界までやった。勉強しようにも、自分のレベルに対応しているものは、恭也の入試用の参考書程度。型稽古の前に一時間ほどやって、最初の一冊の三分の一ほどを解いたあたりで、これからの自分にいまいち役に立たないと判明してやめた。全部解いたところで、せいぜい美由希の家庭教師以外に使い道がない。

 しょうがないので、流派のもうひとつの鍛錬、練気を行っていたのだが、練り上げすぎてやばいもれ方をしたのでストップ。やはり、どうにも体の許容量も低い。優喜としては、外見以上にこの限界の低さがやばすぎる。自分が本来この年だったころから見れば比較にならないとはいえ、弱いものは弱い。

「参った、本当に参った。」

 平日の昼間にやっているテレビ番組なんぞ、ろくなものはない。その事情はこの日本も故郷の日本も同じらしい。この世界のことを色々調べたいが、外へ出るのはNGだし、インターネットを使うにもパソコンを勝手に触るのは気が引けるし、優喜の携帯電話は、記録してあるデータを呼び出す以外の機能は死んでいる。もっとも、調査のために恭也に預けてあるので、そもそもこの場にないのだが。

「む、誰か帰ってきたか。」

 やることもなく、世話になるのだから、と、できる範囲で掃除をしていると、外から軽い足音。どうやら末っ子のなのはが帰宅したらしい。まあ、小学生が寄り道せずにまっすぐ帰ってくる、となるとこれぐらいの時間だろう。

「おかえり。」

「ただいま、優喜君。」

 玄関まで出迎えると、予想通り栗色の長い髪を両側で束ねた、白い制服姿の小学生の姿が。高町なのは、将来有望な整った顔立ちをした女の子である。ちなみに、昨日優喜を撃墜した張本人である。肩にはフェレットがちょこんと座っている。今朝から、目が会うたびに何か言いたそうにしているが、優喜はあえて気がつかないふりをしている。

「おやつ冷蔵庫だって。」

「は~い。」

 着替えに上がったなのはに、一応声をかけておく。とりあえず、使った道具を片し、大きく伸び。

「そういえば、今日はお兄ちゃんたちと、服とか買いに行くんだよね?」

「うん。ほかにも食器とかも買いに行くんだって。」

 今の優喜の服装は、こちらに飛ばされてきたときのそれだ。夏物の白い長袖のカッターシャツとジーパン。今の季節にはやや肌寒さを感じさせる。向こうでは夏だったが、こちらはまだ春先なのだからしょうがない。ちなみに長袖なのは、遺跡の調査という作業上、肌の露出はできるだけ減らしておくべきだったからに他ならない。

「あれ?」

「ん?」

「このチラシ、何?」

「ああ、暇だったから、勉強してた。」

 いかになのはが理系とはいえ、小学生の身の上には理解できない数式がびっしりと書かれたチラシが何枚か、テーブルの上に無造作に置かれている。

「勉強って、どの教科書で?」

 明らかに小学校で習う内容ではないそれについて、なのはが質問を飛ばす。その質問に、テレビ棚の中に置き去りになってあった本を指さして答える優喜。

「恭也さんの参考書。置き去りになってたのを勝手に使わせてもらった。」

 一時間ぐらいで飽きたけどね、と、苦笑しながら言う優喜に、反応を決めかねるなのは。

「で、暇だったから勝手に掃除とかしてた。」

 そういえば、玄関周りが妙にきれいだった。よく見ると、ほかにもあちらこちらきれいになっている。

「ゲームとかしてたらよかったのに。」

「間違って、セーブデータとか消したらまずいと思って、触らなかったんだ。」

 やたらめったら気配り上手な少年だ。なのは的には、こんな同い年がいるのは勘弁してほしい。

「じゃあ、お兄ちゃん達が帰ってくるまで、一緒に遊ぼっか。」

「いいけど、宿題とか大丈夫?」

「今日はそんなにいっぱい出てないから、大丈夫。」

「だったら、分からないところがあったら教えるから、先に片付けちゃおうよ。たぶん、恭也さんたち、もうすぐ帰ってくると思うし。」

 それに、こっちの学校の課程がどのへんなのかも知りたいし、という優喜の言葉に、しぶしぶ先に宿題を片付けることになったなのは。なのはは知らないことだが、教育学部に所属しているだけあって、優喜の教え方はとてもうまかった。恭也たちが帰ってくるまでに、なのはは宿題を終えることができたのであった。







「竜岡は、頭がいいんだな。」

「あの~、僕の中身が見た目通りの年じゃないって、忘れてません?」

 買い出しを終えたあとの事。チラシの裏にびっしり書かれた数式を見て、思わず冷や汗をかきながらうめく恭也。

「だったら、敬語はいらん。俺とそれほど年が変わらんからな。」

「さすがにそれは不自然だと思うんですが。」

「お前の外見で、そんな丁寧な会話をしてること自体が不自然だ。」

 まあ、そうかもしれない、と苦笑する優喜。

「それはそうと優、服のジャージ率が高すぎると思うんだけど?」

「いいじゃないですか、安いし、丈夫だし、動きやすいし、汚しても問題ないし。」

「恭ちゃんみたいに黒一色ってのもどうかと思うけど、その年で年配の教師みたいなセンスってのも問題だと思うよ。あと、敬語禁止。」

「むう。」

 優喜としては、確信犯でゴスロリを着せられそうになるぐらいなら、センス絶無でもジャージオンリーの方が、絶対的にマシだ。とはいえ、さすがに箪笥をあけたらジャージがびっしり、とかいうのは自分でもどうかと思うので、どこかに出かける時のために三枚、今着ているカッターシャツのような無難なものも用意はしている。

「そういえば優喜君、学校はどうするの?」

「今いろいろ検討中。詳しくは士郎さんと桃子さんに聞かないと、ね。」

 などと話をしていると、夕食のために件の二人が帰ってくる。

「お帰りなさい。」

「おう、ただいま。元気にやってたか?」

「はい。」

「いろいろと、優喜に話すことがあるから、ちょっと道場のほうに行こうか。」

 桃子に目配せをして、出迎えに入り口まで来ていた優喜を道場のほうに連れて行く士郎。

「戸籍については、どうにかできそうだ。」

「へ?」

「確認しておきたいんだが、お前さん、両親の名前は達也と美紀、じゃないか?」

「はい。」

「じゃあ、瑞穂って妹がいなかったか?」

「ええ。」

 優喜の返答に、やっぱりか、と顔をしかめる士郎。

「ちなみに、この人たちか?」

 写真を見せられて、凍りつく優喜。

「数日前に、この近くで車の転落事故があってな。一人だけ死体が上がってないんだ。」

「……こっちの僕も、か。」

「こっちもってことは……。」

「中学に上がる少し前に、事故で家族が全員亡くなってます。ただ、転落事故ではなく追突事故ですけどね。」

 自分自身が事故にあったのは年齢的にはもう少し後だし、もう八年は経つ。いい加減吹っ切れたつもりだったのだが、こういう事実を突き付けられると、さすがに動揺が隠しきれない。

「……これ、どうやって調べたんですか?」

「昨日、君が眠った後、知り合いの警官に連絡を取った。それで、君の事を調べてもらった結果がこれだ。」

「……戸籍ってもしかして。」

「ああ。この優喜君のを使わせてもらう。明日、警察に行って、事情を説明することになるがね。」

「何日も警察に届け出を出さないっていうのは、いろいろつつかれるんじゃないですか?」

「そこはそれ、俺に任せておけばいいさ。」

「本人が出てきたら、どうするんですか?」

「生きてることが奇跡、って種類の事故だ。遺留品はいっぱい出てきてるが、肝心の死体が出てこないだけ。これから本人が出てくる可能性は極めて低いし、今後出てきたとして、それこそなんで今になって、という話になる。」

 納得するかどうかが悩ましい話だが、自分の経験からいっても出てくることはないだろう。死体が上がった時が問題だが、その時はその時だ。

「向こうでは僕は、琴月さんという方のお世話になっていたんですが、その方とこちらの竜岡家の関係はどうなってるんでしょうか?」

「それはまた、調べておくよ。」

「お願いします。」

 少し、暗澹たる気分が抜けないが、ある程度の行動の自由と法的な裏付けは確保できたようだ。

「あと、君が持っていたお金は、こちらのお金との違いがなかった。金額も小さいし、そのまま使っても問題はないだろう。」

「ですか。」

「で、携帯電話の方だが、恭也の方の伝手で調べてもらった。基本的な部品やソフトウェアの仕様・規格は同じだが、通信の規格が全く違う方式だったらしい。明らかに量産品だが、世界のどこを探してもこんな電話はないだろう、とのことだ。免許証の検証結果も合わせて、どうやら、君が別の世界から飛ばされてきた、という話は信憑性が高いと判断せざるを得ないようだ。」

「やっぱり、間違いなく別の世界ですか。」

 分かっていたこととはいえ、先の事を考えるとうんざりする話だ。

「でまあ、学校の方だが、これは飯を食いながら話す。」

「はい。」







「優喜、木曜日は聖祥学園の編入試験を受けにいってくれ。」

「えらく早いですね!?」

 夕食中に落とされた爆弾に、思わず全力で突っ込みを入れる優喜。戸籍もちゃんとはなっていないというのに、いったいどうやったのだろう?

「理事長に事情を話したら、すぐに段取りしてくれてな。」

 昨日保護されて、今週中には戸籍周りも学校がらみもすべて整うと来た。いったいこの人たちは何者なのだろう? とは、優喜でなくても思うところだろう。

「その聖祥って、どんな学校なんですか?」

「なのはも通っている学校でね。大学までの一貫教育をしている、学力としつけ重視の私立校だ。」

「拾った子供を通わせうような学校じゃないし!?」

 なのはの様子から、相当な学力とそれ相応の財力を要求されるような、いわゆる名門の学校という印象だ。正直、学費が怖い。

「学費もったいないし、公立じゃだめなんですか?」

「うちだと、なのはが一人になりがちだからな。同じ学校に通えば、時間も合わせやすいと思ってね。」

 士郎の言葉は、優喜も気になっていたところだ。士郎と桃子、恭也と美由希が大体ペアで行動するうえ、運動神経の問題もあってか、恭也と美由希が学んでいる剣術を、なのはは一人だけ触っていない。必然的に、行動が単独になりがちだ。

「優喜君、聖祥に来るの?」

「いや、編入試験に受かるかどうか、分かんないし。」

「受からんわけがないと思うぞ、優喜。」

 中身の年齢と、先ほどのチラシの裏との二つの理由で、確信をもって言い切る恭也。ちなみに、苗字から名前に呼び方が変わっているのは、敬語禁止との交換条件のようなものだ。

「いや、分かんないよ、恭也さん。意外と小学生の試験問題って、変な知恵が必要だったりとか、下手な高校の試験より難しかったりするし。」

「それを理解している時点で、俺にはお前が落ちる要素が見つからんよ。」

「しかしまた、急な話ですね。早くても来週ぐらいの話になるかと思ってたんですけど。」

 恭也の台詞を苦笑しながら流し、士郎に水を向ける。現実問題として、九歳どころか二十歳の人間でも、この急激な変化にそこまで早くなじめるものではない。

「最初はそのつもりだったんだがね。昨日の晩と今朝の様子を見て、別に早くても大丈夫そうだと思ったんだ。」

「優喜君、予想よりずっと落ち着いてるし馴染んでるから、前倒しでそういうのを固めてもいいかなって。」

 高町夫妻の指摘通り、優喜は環境になじむのが早い。まあ、これまでも散々、唐突に厄介な環境にたたきこまれる経験を繰り返しており、屋根と食事があるだけましだと冗談抜きで思っているわけだが。

「まあ、優喜君がしっかりした学力を身につけてるとはっきりしてたから、いきなりも大丈夫そうだと思ったのが一番かしら。」

 と言って、一応試験範囲を示すドリルを渡してくる。

「来週から、優君も学校ね。」

「まあ、落ちないように頑張ります。」

 どうにも、受かることが前提になっている気がする。まあ、いくらなんでも、小学校の編入試験に落ちるのは恥ずかしい。明日は戸籍関係の話が終わったら、必死に一夜漬けをするべし、と心に決める優喜であった。







 その日の夜。夕食後に軽く体を動かし、風呂と歯磨きも済ませてさあ寝るべし(深夜の鍛錬は、当面禁止を通達された)というタイミングでのこと。

「……?」

 昨日も感じた、誰かが外に出ていく気配。ぶっちゃけ、足音の軽さとリズム、そして駄々漏れの気配から、対象は一人しかいない。

「なのはのやつ、こんな時間にどこに行ってるのやら。」

 自分を撃墜したことと併せて、確認をしておく方がいいだろう。優喜は即座に、後をつけることを決める。幸いにも、自分はジャージだ。外見年齢以外に、外に出て困る理由はない。

 なのはは予想通り、空を飛んで移動していた。時間的にあまり目立たないが、こんなにほいほい飛び回っていいのだろうか、と優喜などは心配になるが、本人は多分あれでも、十分気を使っているつもりなのだろう。フェレットのユーノも一緒だ。

「さて、どこまで行くのやら。」

 隠形を行いつつ、付かず離れずの距離を走って追いかける優喜。飛べなくはないが、さすがに今の自分の能力から、隠形と両立する自信はない。

 しばらく、追跡を続けると、急激に妙な力が膨れ上がるのを感じる。

(これが目的か。)

 高台にある神社。その鳥居に巨大なクモが巣を張っていた。でかい以外は普通にクモだ。どうもなのはは、この手の何かを退治して回っているらしい。

「さて、お手並み拝見と行くか。」

 いきなり割り込んでも、ロクなことはない。また誤射で撃墜されてはたまらないので、ピンチになるまでは手を出さないのが無難だろう。

 しばらくは、圧倒的な火力の砲撃で優勢に進めていたなのはだが、攻撃・回避ともにあまりにワンパターンすぎた。いくらでかいと言っても、クモはクモだ。虫というのは、哺乳類とは違う方向で素早い。相手の殻の硬さもあり、だんだん攻撃が通用しなくなってきて、ついには……。

「あ~あ。」

 ものの見事にクモの糸に絡めとられてしまうなのは。攻撃されると目をつぶってしまうのは、戦闘をする上で大きなマイナスポイントだ。

(しょうがない、助けるか。)

 まずは、糸を切るところからスタートだろう。後は、どの程度助ければいいのか、だが、そこはやりながら相談だ。

 優喜は、なのはと巨大クモの間に割り込んだ。







 食べられる! 思わずそう観念した瞬間、急に体の束縛が解けた。

「戦闘中に目をつぶるのは、殺してくださいって言ってるようなもんだよ?」

 なぜか聞こえてくる、昨日から家族になった少年の声。なのはが恐る恐る目を開くと、自分を抱えたまま、目の前のクモを蹴り飛ばす優喜の姿が。

「ゆ、優喜君?」

「ん。」

 なのはを解放し、滑るように間合いを詰める。クモの足をつかむと、豪快に投げ飛ばす。

「とりあえず細かい話は後にして……。」

 拳の先から炎の龍を出して、周囲に延焼しないように、クモの糸を焼き払う。

「この体だと、まだ微妙な手加減ができないんだけど……。」

 起き上がって、突っ込んできたクモを、もう一度蹴り飛ばして吹き飛ばし、再びひっくり返す。

「仕留めてしまって、いいよね?」

「え……、あ……、うん……。」

 なのはの返事を確認し、全身に炎をまとって距離を詰める優喜。全身なのは、技が体当たりから始まるためだ。

「行くよ!」

 体当たりでクモを浮かせ、駆け上がるように蹴り続ける。エビやカニが焼けるような、妙に食欲をそそる香ばしいにおいがあたりに漂う。全身の炎を蹴り足一点に集中させ、蜘蛛を大きく跳ね上げるように蹴り上げる。

「止め!!」

 赤いエネルギーの塊を数発連続でクモにたたき込み、跡形もなく消し飛ばす。後には正体不明の宝石が一つ。

「……なのは! 封印を!!」

 しばしあまりの状況に我を忘れていたフェレットのユーノが、自分の仕事を思い出してなのはに声をかける。

「うん!!」

 同じく我に返ったなのはが、杖を構えて封印の術を発動させる。宝石の表面にローマ数字が刻み込まれ、大量にばらまかれていたエネルギーが、嘘のように鎮まる。

「さて、どうやら仕事も終わったらしいし、事情は帰りながら聴かせてもらおうか。さっさと帰らないと、気が付いてないふりしてる士郎さんたちも、さすがに流してくれないし。」

「あ……。」

「うっ……。」

 優喜の台詞に、なのはとユーノ顔が引きつる。触れてほしくない話題だったようだ。

「てか、士郎さんたち、気が付いてるの?」

「仮にも古流の、それも銃器相手に切りあいをするための剣術をやってるような人たちが、あんな隠す気まったくなしの駄々漏れの気配での脱走に、気がつかないわけないでしょ?」

 ユーノの疑問に、身も蓋もない現実を突き付ける。

「まあ、とりあえず僕がなのはを追いかけたのも、わざと分かるように出てきてるから、とりあえず家に着くまでに事情を説明すること。」

「ご、ごめんなさい!!」

「えっと、それは黙ってたことについて? それとも昨日僕を撃墜したことについて?」

「う~……。」

 徹底的に触れてほしくない話題だったようだ。とりあえず、話が進まないので軽く流すことにする優喜。

「まあ、昨日のは、そもそもなのはがいたことに気がつかなかった僕が迂闊だった訳だし。」

「それですませるの?」

 ユーノの突っ込みを華麗にスルーし、状況整理をする事にする。

「昨日のカラスもさっきのクモも、あの宝石が原因、でいいのかな?」

「うん。あの宝石、ジュエルシードっていうんだけど、あれの機能が暴走してああなるんだ。」

 そのまま、ユーノが事の経緯を説明する。ユーノ・スクライアは事情があってフェレットもどきの姿を取っているが、れっきとした人間である。ミッドチルダと呼ばれる世界の出身で、まだ幼いながらも一端の考古学者として発掘調査に携わっていた。

 ロストロギアと呼ばれている、古代の遺跡などから発掘される、まだ生きている工芸品。その一種であるジュエルシードを少し前に発掘したユーノ達。ロストロギアと言っても、大した機能のない安全な物から、世界を滅ぼしかねない危険物までいろいろあるが、ジュエルシードは全力で後者だった。

 さすがに、この手の危険物は、いくら発掘者といえどもそのまま保有するのは禁止されている。ユーノ達の一族は、ロストロギアの研究に関しては有名な一族だが、それでもこの規定においては例外ではない。ゆえに、しかるべきところに輸送する事になり、ユーノが責任者として付いていったのだが……。

「何者かに襲撃されて、この世界にばらまいてしまったんだ。」

「ちょっといい?」

「なに?」

「襲撃されて、ばらまいた、ってのはいいとして。一応個人での保有が禁止されるような物騒なものを、勝手に探して回収していいの? その手の組織に連絡入れてないの?」

「あ~、本来はいけないんだけど、ちゃんと連絡は入れてあるよ。さっき見たとおり、ジュエルシードは封印をかけてないと、特級の危険物だからね。少しでも被害を抑えるために、特例で許可をもらったんだ。」

 ユーノの言い分に、とりあえず納得する優喜。他にもいろいろ疑問はあるが、なぜなのはがかかわっているのか、を聞いてからでもいいだろう。

「で、僕たちに黙ってる理由は大体分かるとして、だ。なのはが何で回収を手伝ってるの?」

「ジュエルシードの暴走体は、攻撃手段に乏しい僕だと対応できなくてね。追い詰められたところを、たまたま現場にいたなのはに助けてもらって、そのままなし崩しに手伝ってもらうはめになっちゃって……。」

「要するに、幸運にも、なのはが攻撃系の魔法にやたら才能があったから、そのまま砲台代わりになってもらってる、と。」

 かわいい顔して物騒だ、などと余計なことを言う優喜。物騒と言われて顔を膨らませるなのは。そんななのはを無視して、話をつづける優喜。

「で、ジュエルシードってのは、さっきの感じだと基本的には単なる高エネルギーの結晶体っぽいんだけど、何をどうしたら、あんな風になるの?」

「あれは、ジュエルシードの願いをかなえる機能が暴走してるんだ。」

「あ~、なんとなくわかった。その機能、願いをかなえる、と言うより、単なる制御機能なんだと思う。だから、どういう結果にするためにどれぐらいのエネルギーをどういう形で利用する、っていうのを枝葉末節まできっちりイメージしてないと、あっさり暴走するんじゃないかな?」

 多分、ジュエルシードのその機能は、汎用性を追求しすぎたのだろう。生物のアバウトな願いを無理やりかなえようとして、結局暴走するしかないのではなかろうか。

「優喜、あの程度の時間の観察と今の説明で、よくそこまで推測できるね……。」

「まあ、いろいろあって、感覚器だけは人一倍鋭くてね。それなりにこの種のトラブルにも巻き込まれてるから、大体のところは予想できるよ。」

「……まあ、僕の説明はこんなもん。次は優喜の事を教えてくれないかな? 特にさっきの攻撃方法について。」

「ん。と言っても、あれ自体は大した話じゃない。要するに漫画とかアニメでよくある『気』ってやつを使ってるだけ。ユーノやなのはが使う魔法と違って、ちゃんとした師匠の下で訓練すれば、程度の差はあれ誰でも使えるようになる種類の技能。」

 大した話じゃない、と言いながら、十分非常識な話である。しかも、ユーノの見立てでは、優喜が最後に撃った龍の形をしたエネルギー波は、なのはの砲撃にこそ劣るものの、大概の防御魔法を歯牙にもかけない程度には威力があった。あれを連射できる時点で、大したことがない、などというのは通用しない。

「……あれで大したことないって言われても信用できないんだけど。」

「言っとくけど、僕程度はごろごろいるよ。そもそも、今の僕は本来の体じゃないから、いろいろ誤差が大きくて、かなり能力的には落ちてるし。それに、本来の体でも、ぶっちゃけ僕より強い人間を三桁は知ってるし。」

 サラっと言われた内容に、絶句するしかないなのはとユーノ。その間にも優喜のぼやきは続く。

「昨日のカラスといい今日のクモといい、あの程度で奥義を使わなきゃいけないとか、情けなくて涙が出るよ。本当なら山籠りでもして鍛えなおしたいところだけど、お世話になってる手前、そういうわけにもいかないし……。」

「……ちょっと待って。」

「ん? どうしたの、なのは?」

「本来の体って何?」

 なのはの突っ込みに、ユーノも(フェレットなので分かりにくいが)表情を変える。つまり、優喜も尋常ではない事情を抱えているのだ。

「あ~、そういえば、士郎さんたちに事情説明した時、なのははいなかったんだっけ?」

「うん。優喜君が起きたのって、私がジュエルシードを探しに出た後だったし。」

「まあ、簡単に言うと、遺跡発掘中の事故で並行世界から飛ばされてきたんだ。本来は今年二十歳になった、お酒も飲めれば選挙にも行ける立派な成人男性なんだけど、その事故の時になぜか体が子供になって、ね。」

 さらにとんでもないことを、あっさり告げる優喜。道理で自分と同い年の割にはやたらと学力が高かったり、妙な落ち着きがあったりするわけだ。なのはが思わず納得してしまう。

「あの、士郎さんたち、それを納得したの?」

「うん。僕が渡した証拠で一応確認も済んでるし、いろいろ、訳ありの家出少年で済ませるには無理のある部分もあったし。」

「確認が済んでるの!?」

「決め手は携帯電話だったかな。明らかに量産品なのに、同じ部品を使った製品がどこにもなかったのが決定的。」

 優喜の台詞に、それをどうやって調べたのかが気になってしょうがないなのはとユーノ。

「まあ、僕の話はこんなもん。ぶっちゃけ、今日明日どうにかなるような問題じゃないから、とりあえず全部横に置いておこう。」

 自分の事をさっくり横に置いておく優喜の割り切り方に、複雑な感情を覚えるなのは。それでいいのかと突っ込もうにも、現状他の解決策がないことが分かってしまっているユーノ。

「で、これからもジュエルシードを集めるんだったら、なのはは今のままじゃだめだ。」

「え?」

「戦うってことに対する覚悟も足りないし、訓練もなってない。今までうまくいってたのは、正直相手が雑魚だったからにすぎない。」

「うっ……。」

 優喜の言葉はすべて正論だ。今までの相手はすべて、パワーはともかく戦闘能力をランク付けした場合、ユーノに攻撃力があれば問題ないレベルの相手ばかりだった。なのはの火力なら、当たれば一瞬という相手ばかりだったので、このままずっとうまくいくと思い込んでいたのだ。

「ユーノ、あれの封印はできるんだよね?」

「まだダメージが抜けきってないからちょっと心もとないけど、できないわけじゃないよ。」

「だったら、最善の解決策は、僕がユーノと組んで回収すること。」

 優喜の言葉に、なのはが明らかに不満そうな顔をする。その反応を予想していた優喜は、事前の案を告げる。

「まあ、ここまで係わって、いきなり後から来た僕に役目を取られたら、なのはも納得できないだろうし。どうしても付け焼刃になってくるけど、僕がなのはを鍛えるよ。」

「え?」

「とりあえず、僕の使う技能系統は教えられないけど、伸ばすべき部分と足りない部分を指摘して強化するぐらいの事は最低限できると思う。」

「でも、優喜は魔法については素人だよね?」

「うん。正直、見てて仕組みも分からないし、そもそも僕が定義してる魔力と、君たちが使ってる魔力は近くて遠い感じだし。」

 優喜の言葉に、不安そうな顔をするなのはとユーノ。

「だから、ユーノには、僕が指摘した欠点を補える魔法が存在するかどうか、どう組み立てればいいか、それをなのはにアドバイスしてほしい。それ以外の実戦に絡む部分は、僕がびしばしやるから。」

 びしばし、という単語に不安を覚え、思わず顔が引きつるなのは。

「……あの、お手柔らかにお願いします。」

「善処はするよ。」

 こうして、高町家滞在二日目にして、優喜は自分から面倒事に首を突っ込んでいくことになったのであった。



[18616] 第2話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:341ac55d
Date: 2010/10/31 11:50
「優喜、恭也と一戦してくれないか?」

「はあ。まあ、いいですけど……。」

 なのは達からジュエルシードの事を聞いた翌日の早朝訓練。永全不動八門一派・御神真刀流・小太刀二刀術、通称御神流の師範・高町士朗は、割と唐突にそんなことを言い出す。

「僕は無手がメインだから、刃物を使ったら恭也さんにはまず勝てませんよ?」

「その、無手での実力を見せてほしいんだ。俺の見立てでは、全力を出せばたぶん、恭也でも危ないと思っている。」

 それは買いかぶりすぎではないか、と優喜は思う。御神流とは主に小太刀と呼ばれる短めの刀を二本使う、いわゆる二刀流の流派だ。それも実戦で振るうことを主眼に置いた、卑怯上等の流派で、飛針や苦無のような飛び道具(御神流では投げるのは小刀だが)に細いワイヤーなども使う、バリバリの殺人剣だ。

 負傷をきっかけに現役を退いている士郎はともかく、恭也と美由希は普通に銃器を持った集団を相手に戦える技量をもっている。まだまだ自分の体がちゃんと把握できていない優喜が、まともにやって勝てるとは思えない相手だ。もっとも、士郎が言うように、全力を出せば五秒たたずに跡形もなく消滅させてしまうのも事実だが。

 そもそも、剣技だけで勝負する場合、元の体でもうぬぼれ込みで見積もって、七対三で負け越すと優喜は見ている。優喜の剣技なんぞ、対処法を習う過程でたしなみ程度に覚えただけのものだし、彼の強さのほとんどは、人間の限界を数歩超えた感覚の鋭さと、気功による身体能力の底上げだ。武器を使うと、どうしてもそこらへんの勘が狂う。

「士郎さん、それはさすがに……。」

「というか父さん、恭ちゃんが勝てない小学生って、どれだけ非常識?」

「何か必要なものはあるか?」

 優喜と美由希の突っ込みを華麗にスルーして、準備に入る。ウォーミングアップなんぞは、この場にいる全員すでに出来ている。今回は美由希は、見取り稽古という立場に落ち着きそうだ。

「あ~、籠手があるとありがたいです。さすがに生身で木刀をブロックするのは痛い。」

 優喜の言葉ももっともだ、ということで、とりあえず練習用の籠手を用意してもらう。いくら実戦を主体としていても、未熟なころの練習用防具ぐらいはあるらしい。もっとも、剣道の籠手のように指先の自由が利かないようなものではなく、忍者が使っているような手甲の類が出てくるあたり、さすがは実戦派だ。

「準備はできたか?」

「いつでも。」

 実戦を想定した試合である以上、始めの合図などないだろう。優喜が籠手を着けるのを待ってくれたのは、最大限の譲歩に違いない。

(さて、どうするか……。)

 まずは相手を観察。未知の流派だけに、何をしてくるかわからない。あえて隙をつくって誘ってみる。恐ろしい速度で斬撃。紙一重ですかし、カウンター気味に一撃。予定どおり防がれる。ここまでは互いに分かり切った結果だ。

 もう少し小手調べ。打撃を二、三打ち込む。刀の刃で受けられそうになるが、予想していたので寸前で止め、本命の体当たりに移行。それに合わせるように恭也から足払い。足払いに来た足を、上から踏みつけようとする。外れ。そろそろ、恭也の気配が変わってくる。

(……! 後ろ!)

 いつの間に投げていたのか、優喜の後頭部を鋼糸が襲う。ブロックしたが最後、絡め取られてそこで投了だ。とっさに踏み込んで頭を下げ、行きがけの駄賃で恭也に頭突きをお見舞いする。この試合で双方合わせて初めてのヒット。ダメージも出ないようなカス当たりだが、恭也の斬撃をつぶすことには成功する。

 が、さすがに士郎が師範代の免許を認めるだけあって、恭也はすでに普通の人間の領域を超えている。優喜の追撃を蹴りでつぶし、体重差を利用して距離を引き離す。優喜が攻撃態勢に入る前に抜刀からの斬撃。とっさにブロックしようとして……。

(ブロックはまずい!)

 今までの斬撃と比べると、筋肉の動きが違う。絶対にロクなことをしてこないととっさに判断、寸前で小太刀の腹を弾いて攻撃をつぶす。弾いた感触から、攻撃の正体を分析。

(徹か! これだから古流は!!)

 徹。御神流に限らず、古流の武術には様々な名前で存在する、衝撃を相手の内部に浸透させる打撃。空手などでよくある、重ねた瓦の真ん中の一枚だけを割る、という類の打撃だ。主に無手の流派において多い技ではあるが、剣術だからできない理由はない。正直、体が小学生の相手にやるには大人げないにもほどがある気はするが、それだけ優喜を手ごわいと思ったのだろう。

 実際のところ、悠長に解説してはいるが、ここまでのやり取りは、にらみ合いも合わせてもせいぜい三十秒程度の時間で行われており、普通の動体視力では何が起こっているかどころか、動いているのも見えはしまい。しかも、お互い手を出すたびに動きが速く、一撃が重くなっていく。

 そして、ここまでのやり取りで、恭也は三度、優喜の評価を書き換えている。事前に、普通の生き物としては反則と呼べる種類の肉体強化法をいくつか持っているとは聞いていたが、それを使っている様子は今のところない。

(徹を見切った。貫もうまくいかない。それに多分、あいつが言うところの「反則技」以外にも何か、隠し玉を持っているはずだ。)

 これまでの防御の動きに比べると、優喜の攻撃には工夫がない。様子見がメインなのはお互い様だが、こちらがずいぶん大人げない真似をしている割には、優喜の行動はおとなしい。体にまだなじんでいない、というのもあるのだろうが、どうにもしっくりこない。

(もう少し、揺さぶってみるか。)

 飛針と小刀を見せつけるように投げつける。裏で鋼糸を胴体めがけて投げるのも忘れない。動かない優喜にすべてが吸い込まれ、すべてすり抜ける。とっさに勘が働き、左前方に攻撃を入れかけ……。

(! 違う! 後ろか!!)

 遠心力を乗せ、豪快に後方を薙ぎ払う。視界の隅に見えていた左の優喜が消え、後ろで泡を食ったように斬撃を回避する「本物の」優喜が現れる。

「分身か。味な真似を。」

「恭也さんだけには、言われたくない。」

 優喜がやってのけた分身は、原理としては単なる目の錯覚だ。寸前まで強烈に気配を発することで、そこに本人がいるように見せかけ、さらに動き方を工夫することで残像を残し、あたかも何人もいるように錯覚させる。気配で攻撃を察知するレベルの相手ならば、かく乱程度には使える。意外と鋭い人間の気配察知能力。それを逆手に取った手段だ。ちなみに逆の事をとことんまで極めると、目の前にいるのに全く認識できなくなったりする。

「だが、まだ何かを隠しているだろう?」

「それはお互いさま。」

 そこで会話が途切れる。さらに数合、大人げない技の応酬があったが、それでも蹴りがつかない。防御はともかく、攻撃面では間合いや打点が狂って攻めきれない優喜。いろいろ無理もしているため、被弾こそないがそれなりにダメージは受けている。速剣系の剣技に対して、回避だけでなく打撃による迎撃という手段を取られ、じわじわとダメージを蓄積させ始めている恭也。自分より強い相手と幾度も試合っては来たが、ここまできれいに居合いをたたき落とされた経験はない。

 互いに決め手に欠け、睨みあいに入ろうかというとき、外野が動いた。具体的には、桃子が朝食のために呼びに来たのだ。

「あの、すごい試合で眼福なんだけど、そろそろ朝ごはんだって。」

 桃子の呼びかけに仕方なく中座した美由希が、おずおずと声をかけてきた。

「恭也、そろそろタイムアップだ。次で最後にしろ。」

「ああ、分かった。」

 射抜から虎切への派生、さらには虎乱まで打撃でつぶされ、しかも気がつけば両手の木刀が大概いかれかけていると来た。これは、自分のすべてを叩き込まなければ失礼というものだ。異論は認めない。

「優喜。これから、俺の全力をぶつける。」

(うわ、なんか今まで以上に大人げない気配になってる……。)

「これを凌がれたら、俺には君を倒す手段がない、ということに他ならない。」

(これはやばい。こっちも反則かなあ……。)

「だから、これが正真正銘、最後の一撃だ!!」

 吠えると同時に、恭也の姿が消える。いや、今までとは比較にならないスピードで、優喜に突っ込んでくる。速いだけならもっと速い相手と日常的にやりあったこともあったが、恭也は自分とは違う流派だ。切ってくる手札が予想できない以上、狙うとすれば始動をつぶすかカウンターでの武器破壊。二刀でしかも奥の手である以上、予想されるのは二連以上の連撃。最初の二つで武器をつぶしてしまえば、そこから後ろの技は殺せるはず。

 奥義之歩法・神速。極限まで集中力を高め、意識を通常の数倍の速度に加速し、ついでに肉体のリミッターを外す技法。意識を加速させる際に余計な情報を省くため、色覚情報が抜け落ちモノクロの世界になるという問題はあるが、大概のものはスローモーションになる。なるはずなのだが……。

(やはり、神速にも対応できるか! だが、これはかわせないはずだ!)

 優喜の動きが遅くならなかったことに舌打ちしつつ、己が最も頼りにしている技に入る。奥義之睦・薙旋。抜刀からの神速の四連撃。一撃目。初手から小太刀に強い衝撃。打撃で迎撃されたらしい。普通なら技を崩される一撃だが、磨きに磨いた奥の手だ。この程度ではぶれない。

 二撃目。ほんの刹那の差で放たれた斬撃を、先ほどと同じく拳で迎撃する。あれだけの打撃を入れた後、それも瞬きひとつない程度のタイムラグだというのに同等の一撃を入れ、なおも大きくは体勢を崩さない優喜に戦慄を覚えつつ、強引に体を回転させる。

 三撃目。回転というタイムラグのため速度こそ抜刀に劣るが、体重と遠心力が十分に乗ったその一撃は、四刃の中で最大の攻撃力を誇る。徹も乗せたこの一撃、同じ手段ではつぶせないはず。

 案の定、優喜は三つ目の斬撃は素直に潜り抜けるように回避。だが、そこに決定的な隙が現れる。

 減速し始めた回転を、腕を大きく振ることで加速し、最後の一撃を叩きつけようとして、恭也の全身を極悪な衝撃が貫く。決定的な隙、と見えた動作から、優喜は恐ろしい威力の体当たりを叩き込んできたのだ。恭也の体が浮き上がり、正中線を駆け上がるように重い打撃が四発。意識こそ刈り取られなかったが、戦闘不能になったのは確かだ。

「あぶな~……。恭也さん、大人気ないにも程があるよ~。」

「迎撃しておいて、それを言うか……。」

「色々反則して、それで紙一重。恭也さん、本当に人間……?」

「お前に言われたくない……。」

 優喜の打撃による迎撃。それは御神の剣士をして襟を正させるに十分な技だった。そもそも、神速中の抜刀術すら迎撃してのけるとは、さすがの士郎も思わなかったようだ。もっとも、体のせいもあってか、優喜は防御・迎撃・カウンターはともかく、攻撃面には色々難を抱えているのも浮き彫りになったわけだが。

「これで本来の体だったら、多分様子見をしている間に負けていたんだろうな。明らかに、色々と攻めきれていなかった。」

 そもそも、優喜が本来の体だったら、初手のカウンターを防御した時点で勝負がついている。

「どうにも、まだまだ感覚が修正できてなくて、打点はずれるわ軌道はぶれるわどうしてくれようか、ってレベルですよ。」

 ああ、あちこち痛い……、と篭手をはずしながらぼやく優喜。無理やりな修正を何度もやっているため、全身のあちらこちらに妙な負荷がかかっている。軟気孔を維持して、一時間もおとなしくしていれば収まるだろうが、やはり今の体は色々限界が低い。

「何度もいうけど、本当にぎりぎりだったんだからね。体術だけってカテゴリーだったら、最後の四連撃、二手目を防げたかどうかぐらいだったんだから。」

 体術だけ、という言葉に疑問符を浮かべつつ、やたら念押しされても説得力を感じない高町親子だった。







 警察での用事も済ませ、今日一日はフリータイムだ。現実を受け入れきれていない演技は要求されたが、それ以外は士郎がうまく言い訳をしてくれた。閉じこもっていると碌なことを考えないから、という理由で行動の自由を保証してもらえた。

「さて、勉強がてら、図書館かな。」

 士郎を見送り型稽古と練気を済ませた優喜は、ノートとドリルに筆記用具をそろえ、鍵をかけて高町家を出た。昨日と違って今日は、昼は翠屋で食べる段取りになっている。ランチタイムのピークは外した方がいいだろう。

 周りの風景を頭に焼き付け、自分がこれから暮らす町並みをしっかり頭にたたき込む。図書館までの道は、美由希に近い道を教わっているので問題ない。編入試験が終わったら、一日かけて出来るだけ広い範囲を歩いてみようと心に決める。

(やっぱり、平日の午前中はすいてるなあ……。)

 海鳴の図書館は比較的蔵書が充実している方だが、それでも平日に人がいっぱい、などというほどではない。それなりに利用者はいるが、座る場所がない、とか、貸し出し手続きがなかなか終わらない、とかいうことはない。

「さて、ついでに借りる本でも物色……。」

 ドリルを十五分ほどで終え、答え合わせも済ませてつぶやく優喜。さすがに、所詮は小学三年生の編入試験だ。中身が二十歳の、それも文武両道に非常にまじめに打ち込んできた人物には、正直物足りない内容でしかない。

 正直なところ、内容の簡単さには、さすがに色々危惧を覚えなくもない。竜岡優喜は、天才でもなんでもない。二十年分の人生経験と蓄積がある以上、外見年齢と同じ年代の子供と比べて出来がいいのは、当然過ぎるほど当然なのだ。なのに、それを忘れて、天才と持ち上げられていい気になってしまいかねない。

「ん?」

 先回りして気にしすぎているようなことを考えていると、珍しいものが視界に入った。外見的には優喜と同年代の、車椅子の少女。平日の昼間にいる、ということも気になったが、そこは優喜も人のことは言えないのでさておこう。問題は、車椅子だというのに、彼女の介護をしている人間がいないこと。

「どの本がほしいの?」

「え?」

 本に手が届かずに苦労している彼女を見かねて、優喜が横から割り込む。ほかの人間から見れば親切心を出した結果、かも知れないが、優喜本人としては、見て見ぬ振りをするのが後味が悪かった、という、いわば自己満足の結果にしか過ぎない行為。

「えっと、この本?」

「あ、うん。その本。」

 少女の手の先を見て、目当てを推測。棚から取り出して少女に渡す。

「ほかには?」

「あ、え~っと、あそこにあるんもお願いできます?」

「この、月の盾って本?」

「です。」

 指定された本をとって渡す。ついでに、興味を引かれたので、隣にあった本を抜き取り、自分用に借りることに。

「ほんまにありがとう。親切なんやね。」

「ん~、別に親切でやったわけでもないというか……。」

 少女の感謝の言葉に、微妙に居心地悪そうに頭を掻く優喜。当然の事を当然のように行っただけで、親切もくそもない。ぶっちゃけ、この程度のことで感謝されるほうが困るのだ。

「単に、この程度のことで見て見ぬ振りをするのが嫌だっただけの自己満足で、親切心を出したわけじゃないんだけど……。」

「いやいや、そういう理由で行動できるねーちゃんは十分親切やって。」

「あ~、一応僕は男だから。」

「え~!? 自分男なん?」

 いつもの反応に苦笑するしかない優喜。言われ慣れすぎて、今更怒る気も起こらない。

「まあ、ここで立ち話もなんだし、向こうで落ち着いて自己紹介でも。」

「そうやね。」

 適当な机を占拠して自己紹介をする。少女の名は八神はやて、優喜たちと同じ小学三年生。奇妙なことに、車椅子が必須という割と致命的な障害を抱えているのに、一人暮らしだという。色々気になるところはあるのだが、初対面でそこを突っ込むのは野暮だろう。

 互いの人柄と、優喜のとにかく害のない外見とがあいまって、すぐに打ち解けた二人。互いを「はやて」「優喜君」と呼び合うようになるまでに、それほど時間は必要なかった。

「そういえば優喜君、私が聞くのも変な話やけど、学校はどないしたん?」

「明後日編入試験。今日はその勉強ついでに、ね。」

「ふ~ん、そっか。」

「で、こういうことを聞くのはマナー違反かもしれないけど、はやてはここまで一人できたの?」

「え? ああ。いつも隣のおばさんがここまで押してきてくれるんよ。帰りは電話で呼ぶ段取りやねん。」

 なるほど、と納得する優喜。どうやら、はやてはご近所ネットワークに支えられて、どうにか障害のある小学生の一人暮らしを維持しているらしい。

「じゃあ、帰りは僕が付き合おうか、って言いたいところなんだけど……。」

「ん?」

「初対面で家まで押しかけるのって、どうなんだろうね?」

 優喜の台詞に思わず吹きだすはやて。確かに、お互いにすでに友達、という意識ではあるが、残念ながらいきなり家に案内する、というのは常識的にどうか、というのはある。

「そやね。まあ、気にせんでええよ。おばさんも心配しはるやろうし、今日はいつもどおり、迎えに来てもらうわ。」

「じゃあ、それまでは付き合うよ。」

「もうすぐお昼やけど、ええん?」

「お世話になってる家が喫茶店をやっててね。今日はそこでお昼をごちそうになるんだけど、ランチタイムのピークははずしたほうがいいと思うから、そのぐらいがちょうどいいんじゃないかな?」

「居候ってのも、気ぃ使うんやなあ。」

 はやての言葉に、違いない、と苦笑する優喜。その後、すぐにはやてが携帯電話でおばさんに連絡を取り、その間に優喜の貸し出しカード作りを済ませる。二人揃って貸し出し手続きを済ませ、迎えに来たおばさんに挨拶をしてはやてを見送る。なんとなく監視されているような妙な視線を感じたが、気のせい、もしくはこの時間に小学生がふらふらしているのが目立つためだろう。視線の事を意識の隅に追いやり、優喜は図書館を後にした。







 まっすぐ翠屋に向かうと、まだランチタイムのピークにかちあいそうだ、という理由で、地理の確認も兼ねて少し回り道をする。途中、妙な違和感と、昨日も感じた種類の厄介な気配を感じ、あたりを見渡す。少し先に大きめの児童公園。何かあるとしたらそこだろうとあたりを付け、気配を殺して走る優喜。

「おかしい。いくらお昼時だって言っても、まったく誰もいないなんて……。」

 途中何度も親子連れとすれ違ったというのに、この公園にはだれもいない。いくら平日のお昼時と言っても、近くに複数の住宅街があり、就学前の子供を連れた親子を何組も見ているのだ。一概には言えないことかもしれないが、その条件でこの規模の公園に誰もいない、というのは不自然すぎる。

 脳裏の警告音が、どんどん大きくなる。気配の察知範囲を拡大。二人ほどの人間の気配と、なのはが使っている種類の「魔力」を察知。いやな予感は的中してしまったようだ。どうやら、さっきの違和感の本質は、人払いの結界の存在を察知したかららしい。そして、今の魔力の正体は、物理結界。公園の外と中を完全に遮断し、少々暴れても誰にも気づかれないようにしたらしい。

「誰かが、ジュエルシードの暴走体と戦ってるのか?」

 優喜の手持ちの情報から出る結論は、それしかない。最初に感じた気配は、明らかにジュエルシードのそれ。そして、新たに感じた気配は、なのはのものでもユーノのものでもない。

 自分たち以外にジュエルシードを集めようとする可能性があるのは、ユーノが連絡した治安組織の構成員と、彼を襲った勢力の二つ。現状ではどちらの可能性も排除しきれない。

(確認するしかないか……。)

 気配を殺しながら、戦闘していると思わしき位置に慎重に近寄っていく。視界に入った光景に、思わず絶句する優喜。さすがに隠形を解いてしまうほどではないが、いろいろ衝撃的な光景だったのは確かだ。

 戦闘していたのはなのはと同い年ぐらいの、人種的には欧米系の、素晴らしい金髪をなのはと同じく左右で束ねた赤い瞳の少女。やけに露出の激しい、黒一色の衣装に手に持っているのは大鎌のような形状をした武器。トータルの印象では死神(見習い)と言ったところか。無表情を貫こうとしつつ、目の前の異形にやや顔が引きつっているのが、妙に愛嬌がある。

 問題なのは彼女ではない。彼女が対峙している、巨大な昆虫の方だ。長い触角をゆらゆら動かし、きちきちきちと鳴き声を上げる。油を塗ったようにてかてか黒光りする外骨格が、そいつが甲虫に分類されることを物語っている。平べったくて重心が低く、動き方に擬音を付けるなら、かさかさかさ、だろうその昆虫。

 そう、ジュエルシードの暴走体は、いわゆる一つの「ゴキブリ」だった。ちなみに、日本では忌避されている虫だが、海外ではどうとも思われていないことも多い。ただ、奴に限らず、昆虫なんてものは、擬人化も何もなしにそのまま巨大化すると、大概気持ち悪くなるものだが。

 まあ、なんにせよ、欧米系の人種と思われる美少女は、どうやら感性としては日本人に近いらしく、使命感とゴキブリに対する本能に根ざした嫌悪感との狭間で揺れているのが、手に取るように分かる。

(さて、治安維持組織が小学生をこき使うとは思えないから、多分あの子は襲撃者サイドだろう。問題は、何の目的でこんな物騒なものを集めているのか、と、そのためにどのぐらいあくどい事をするタイプか、だ。)

 なんにしてもお手並み拝見、と気配を隠したまま観察を続ける優喜。ちなみにこの時点で優喜は知らなかったが、ユーノが連絡を入れた時空管理局は、実力さえ伴っていれば小学生だろうが幼稚園児だろうが、普通に平然とこき使う組織だったりするわけだが。

「……えい!」

 意を決した少女が、気合とともにすさまじいスピードでゴキブリに肉薄する。かわいそうに、クロスレンジが彼女の主な戦闘距離らしい。どうも、構えや身のこなしから、一定以上のラインで戦闘訓練は受けているようだ。現状、なのはがかちあったら勝ち目はなさそうだ。

 が、ゴキブリはなにも、その見た目だけで嫌われているわけではない。妙にすばしっこく、しかも嫌悪感を誘う挙動で縦横無尽に動き回るのも、彼らが嫌われている理由の一つだ。そして、そこは巨大化していても変わるわけではなく……。

(あ、外した。)

 こう、どうにも形容しがたい動きで少女の突撃を回避するゴキブリ。一方の少女は、制動をかけるのが遅れ、かなり後方まで突っ走ってしまう。どうにも、自分のスピードを制御しきれていないようだ。もっとも、それでも単純な砲撃しかできない現在のなのは相手なら、余裕で制圧できる程度の精度は持っているようだが。

「フォトンランサー、シュート!!」

 光の槍を四本作りだし、ゴキブリの回避をつぶすように撃ち出す少女。なのはの砲撃と違い、あの光の槍はそれなりの速射性能を持ち合わせているらしい。が、こう、理不尽と言ってもいい、嫌悪感たっぷりの挙動で余裕で攻撃を回避するゴキブリ。さすがは人類の天敵。黒い悪魔の呼び名は伊達ではない。

「アルフ!」

「はいよ!」

 さらに追加で光の槍を撃ちだしつつ、そばにいた、額に赤い宝石を埋め込んだオオカミに呼びかける少女。アルフと呼ばれたオオカミ、槍の弾幕を凌ぎ切ったゴキブリを爪で切り裂こうとする。するのだが……。

 ぐにょ。

「うひぃ! なんだいこいつの体は!」

 狭い隙間に滑り込むため、ゴキブリの体は甲虫としては弾力がある。さらに表面でてかてか光っている油の成分も相まって、気持ち悪い感触を伴って、アルフの爪を無効化する。

 その間にもゴキブリはかさかさ動き回って、少女の弾幕を回避し続ける。そして反転。空中にいる少女に、おもむろにその黒光りする立派な羽をはばたかせて突撃を敢行する。あまりの光景に、弾幕を張るのも忘れて呆然とする少女。そのまま激突。必殺・ゴキブリダイブ(仮称)が見事に決まった瞬間である。

 そのまま地面にたたき落とされ、ゴキブリに組み敷かれる少女。キチキチ鳴きながら、少女の体を蹂躙していくゴキブリ。飛びかかって跳ね飛ばそうとして、またしても弾力で受け流されてしまうアルフ。獣の姿でどうにかするのをあきらめ、一度距離を取り、ワイルドでグラマラスな女性の姿に変身する。手足を使ってゴキブリを引っぺがす方針に切り替えたようだが、どうにも成果は芳しくない。

(しょうがない、助けるか。)

 能力的には、あの二人がゴキブリに負けるとは思えない。だが、どうにも経験不足が祟っているらしい。ある意味しょうがないとはいえ、そもそもゴキブリが飛びあがっただけで動きが止まるのは言語道断だろう。まあ、かといって、可憐な少女がゴキブリに好き放題されているのを見て喜ぶほど、優喜は倒錯的な趣味は持っていない。とっとと助けるべし、だ。

「てい!」

 半端な衝撃では、アルフのように受け流されるだけだ。周りに致命的な威力の衝撃波が出る、そのぎりぎり手前の速度で距離を詰め、そのままゴキブリだけを蹴り飛ばす。すべての衝撃を相手を弾き飛ばすためのエネルギーに転化しているため、さすがの黒い悪魔も踏ん張りが利かなかったようだ。なすすべもなく弾き飛ばされるゴキブリ。

「大丈夫?」

「何者だい!?」

「ただの通りすがりの小学生もどき。それより、体の方は大丈夫?」

「……うん。」

 見ると、少女が無理やり表情を殺しながら立ち上がるところだった。

「で、まあ、どうにも相性が悪そうだから、手伝うよ。」

「……いらない。私とアルフだけで何とかなる。」

 頭に血が上ったのか、逆に冷静さを取り戻したのか、淡々と答える少女。どうやら、何か攻略方法を考えたらしい。

「じゃあ、お手並み拝見ってことで。」

 やる気に水を差す必要もない、と、フォローできる程度の距離を取り、何をするのかを見物する優喜。どっちにしても、優喜にはあれを仕留めることはできても、ジュエルシードの封印術式を組む能力はない。どうにかして勝負をつけてもらおう。

「バインド、セット!」

 少女の呼びかけに、手に持った鎌が返事をする。ようやく体勢を整え、再び飛びかかろうとしたゴキブリが、空中に固定される。

「これで終わり……! アークセイバー!!」

 鎌の先から、回転する光の刃が飛び出し、ゴキブリの頭を切り落とす。そう、頭だけを切り落としてしまったのだ。

「あ……。」

 その問題点に気がついたのは、その場では優喜だけだった。そもそも、虫の類はたいていの場合、頭を落とされたぐらいではなかなか死なない。放置すればいずれは死ぬのは確かだが、脊椎動物に比べると、断末魔の時間が長いのは確かだ。そして、昆虫類の中でもゴキブリの生命力は抜きん出ているわけで……。

「まだバインドの解除はダメ!!」

 どうやら、彼女はそれほど冷静になっていたわけではないらしい。バインドを解除し、封印術式に入ろうとしていた少女に警告する優喜。だが、時すでに遅く……。

「……え?」

「どういうことだい!?」

 バインドの軛から解放されたゴキブリの死骸が、恐ろしいスピードで飛び回り始めたのだ。

「ゴキブリは、頭をつぶしただけだったら一週間は飛び回るんだ!」

「ちょっと待ちなよ! そんなの初めて聞いたよ!!」

「伊達にあれが日本で、黒い悪魔と呼ばれてるわけじゃないってこと!」

 頭をつぶされたことで肉体の制御を完全に失い、体の持つエネルギーが完全に切れるまで飛びまわるゴキブリ。結界の端から端へとガッツンガッツンぶつかっては方向を変える。その動きはまるで、ブロック崩しのボールのようだ。もっとも、三次元空間を高速で動き回るブロック崩しの玉など、並みの反射神経と予測能力ではなかなかとらえられないものだが。

 非常識なうえに、先ほどより輪をかけてグロテスクな光景に進化したそれを、封印術式の展開も忘れて呆然と見守る少女。まあ、術を発動したところで、当たるかどうかもあやしいわけだが……。

「フェイト!!」

「え……?」

 反射的に初撃を回避した後、空中で呆然としていた少女に対し、二度目のゴキブリダイブが迫る。さっきと違ってノーリミッターなので、下手に当たると命にかかわる。だが、すでに反応が遅れているため、回避は絶望的だ。舌打ちしながら、優喜が動く。

 直撃を覚悟し、身を固くするフェイトと呼ばれた少女。間に合わないと悟りつつ、バインドを発動させようとするアルフ。刹那のタイミングで優喜が滑り込み、フェイトの体を抱え込む。優喜が通り過ぎた後を、ゴキブリの体が轟音をたてて通過する。

「大丈夫?」

「え? え?」

 展開が急すぎて、さっきから「えっ?」としか発言できていないフェイト。しかも今の状態は、優喜にお姫様だっこされているのだ。理性も感情も、状況を把握しきれない。

「よかった、どこも怪我はなさそう。」

「あ、ありがとう……。」

 自分の状態に気がつき、さすがに真っ赤になりながら礼を言うしかないフェイト。元々の肌が白いだけに、こういう変化が非常に目立つ。

「……あの、もう自分で立てるから……。」

 自分を抱えている人物が同年代の少年であることを理解し、羞恥心が限界を超えそうになったらしい。先ほどまでと違い、蚊の鳴くような声で囁くフェイト。さすがに優喜も、今の体勢が著しく誤解を招くことに思い至り、ごめん、と呟いてフェイトを下す。

「それで、とりあえず、だ。僕があれを始末するから、さっきの封印術式の準備、お願い。」

「うん。」

 何度も無様をさらしてしまったからか、今度は素直にうなずくフェイト。封印術式、という単語に反応するアルフ。

「ちょっと待ちな。なんでさっきのが封印術だって分かるんだい!?」

「昨日、同じものを見たから。ついでに言うと、同じような相手と、昨日一昨日と連続で遭遇してる。」

「それじゃあ、あんたは!?」

「あ~、立場上は敵になるのかもしれない。ただ、僕としては、あんな物騒なものにうろうろされるのは、正直勘弁してほしい話だし、封印して回収するのが、君たちでも僕が手伝ってる連中でも構わない。」

 淡々とアルフの言葉に答えを返し、ゴキブリの始末に意識を集中する優喜。基本的に地球上の生物である以上、炎に強い生き物はごく稀だ。これから昼御飯だというのに、体液だのなんだのを浴びて汚れるのは避けたいところだし、昨日と同じく燃やしてしまおう、と結論を出す。

 気を瞬時に練り上げ、右腕に炎の龍を作り出す。もう一度結界にぶつかって跳ね返ってきたゴキブリの体を炎で絡め取り、一気に焼き上げる。羽が焼け落ち、地面にたたき落とされ、じたばたともがく頭のないゴキブリ。だが、優喜はそこで手を休めることはしない。全身に炎をまとい、距離を詰め、蹴りあげて体を浮かせる。昨日と同じ技だが、今回の場合は間違っても体液などを浴びたくないからだ。

「うりゃ!!」

 浮き上がらせたゴキブリの体を、駆け上がるように蹴りまくる。一撃ごとに炭化していくゴキブリ。全身の炎を蹴り足から火炎放射器のようにすべて噴出させる。最後の一撃で、完全にゴキブリが燃え尽き、ジュエルシードが出現する。フェイトが封印をかけ、例によってローマ数字が浮かび上がる。

「OK、これでおしまい。」

 封印がかかったのを確認し、一息つく優喜。公園の時計を見ると、そろそろ普通の昼休みは終わる頃合い。いい加減、ご飯を食べに行っても大丈夫だろう。

「ふう、運動したからおなか減った。」

 優喜のつぶやきにつられたか、かすかに誰かの腹の音が。イメージ的にアルフか、と思ったら、恥ずかしそうにうつむくフェイトの姿が。

「えっと、フェイト、でいいんだっけ?」

「え? あ、うん。」

 優喜の呼びかけに返事を返し、怪訝な顔をする。

「あの、私の名前……。」

「さっき、そっちの、アルフさん? がそう呼んでたから、フェイトでいいのかな、と。」

「そっか。そういえばアルフが叫んでたよね。私はフェイト・テスタロッサ。あなたは?」

 なんとなく、ペースが狂っていることを自覚しながら、せっかくなので目の前の少年に名前を聞く。名前を聞く以上、自分から名乗るのは礼儀だ、とは彼女の教育係の言葉だ。

「僕は竜岡優喜。好きに呼んでくれていいよ。」

「うん。それで、優喜……。」

 フェイトがさっき声をかけた理由を聞こうとしたその時、優喜の携帯電話が鳴る。着信音は、昔懐かしの黒電話だ。

「あ、ごめん、ちょっと待ってね。」

 あわてて携帯電話を取りだす。表示は高町桃子。どうやら、いつまでたってもご飯を食べに来ない居候を心配して、電話をかけてきたらしい。

「もしもし。」

『もしもし、優喜君? 今大丈夫?』

「あまり大丈夫じゃないけど、まあちょうど連絡しようと思ってましたし。」

『そう。で、ずっと電源を切ってたけど、何か取込み中だったの?』

「まあ、そんなところです。今からご飯食べに行きますから。あ、そうそう?」

『何?』

「二人ほど増えても、大丈夫ですか?」

『別にかまわないけど、お友達?』

「友達というか、行きずりの関係というか……。ちょっと、なのはの隠し事にもかかわってくる話なので、詳しくは勘弁してください。」

『そっか。まあ、分かったわ。もう、お昼には遅すぎる時間だから、早く来てね。』

 通話終了。待たせてあったフェイトとアルフに向き直り、用件を切り出す。

「ご飯まだでしょ? これから食べに行くんだけど、一緒にどう?」

「え?」

 本来は敵、という間柄の少年の言葉に、虚を突かれるアルフ。どうにも、彼の思考やら行動原理やらが、今一つどころか今三つぐらい飲み込めない。

「というか、もう向こうに連絡入れちゃったから、嫌と言っても連れて行くつもりだけど。」

「……どういうつもりだい?」

「どういうって、ご飯抜きは体に悪いよ。なんか、フェイトってあんまりちゃんと食べてない雰囲気だし。」

 警戒心をにじませてたアルフの問いかけに、苦笑しながら返事を返す優喜。

「……敵の心配をするの?」

「えっと、素朴な疑問なんだけど、知り合いの心配をするのって、そんなにおかしい?」

 どうにも、優喜の中での自分の位置づけを、小一時間ほど問い詰めたくなってくるフェイト。そもそも、知り合いというくくり自体、おかしくないか、と真剣に悩む。

「まあ、とりあえずご飯食べに行こう。味の方は保証するよ。」

 その後、優喜に割と力技で翠屋に連れ込まれたフェイトを見た士郎と桃子は

「こんな綺麗な子とどうやって知り合ったんだ?」

「ナンパ? だとしたら優君も隅に置けないわね。」

 と、さんざん二人をおもちゃにし、どうにも学校に行っていないらしい上に食生活もあやしいフェイトに、出来るだけ昼をここに食べに来るようにと強引に約束させたのであった。







「さて、なのは。」

「うん。」

 学校から帰り、着替えも済ませたなのはに向き合うと、基礎となる部分の話を始めることにする。

「一応ユーノにも確認したんだけど、使える魔法って、封印の魔法とディバインバスター、あとは簡単な防御魔法と探知魔法だけ、でいいんだよね?」

「うん。」

「と、なると、ディバインバスターの性能をちょっと確認してから、かな?」

 さすがに家の中ではまずい。人目につかない場所に移動したうえで、ユーノ先生に練習用の封鎖結界を張ってもらう必要があるだろう。

「とりあえず、練習場所の目星は付けてあるから、そこに行こうか。」

 と、優喜がなのはとユーノを伴って移動したのは、彼がこっちで目覚めた、例の山の中だった。ハイキングコースから少しわき道にそれた場所に、穴場っぽい広場があるのだ。ちなみに、整備されている場所ではないので、単にたまたま広場のようになっているだけなのだろう。これが早朝なら、臨海公園やフェイトと遭遇した児童公園もありだが、放課後となるとこういう場所しかない。

「で、まあ、まずはね。」

 ユーノの結界を確認した後。念のために、あたりに人の気配が全くないことを確かめ、優喜が切り出す。

「ディバインバスターを、三連射してほしいんだ。」

「三連射?」

「うん。チャージにどれだけかかるか、弾速はどんなもんか、撃った後の硬直はどれぐらいか、そのあたりを確認しないとね。」

 優喜の指示に従い、空中に向かって一番早く撃てる撃ち方で三発、連続で撃つ。

「やっぱり、か。じゃあ、次は、僕に向かって一発、現状でのフルパワーで撃って。」

「え!?」

「ちょっと、優喜! 一昨日食らって気絶したじゃないか!」

「うん。その時に大体の威力は確認してるよ。ただ、正確にスペックを調べるために、ちゃんと正面から不意打ちじゃない形で受けてみないとね。」

 今日は万全の態勢だから大丈夫、という言葉に、しぶしぶ優喜に杖を向けるなのは。非殺傷設定をちゃんと確認したうえで、躊躇いながらもきっちりフルパワーで発射する。派手な音と土煙を起こし、優喜に直撃するディバインバスター。

「ふむ、やっぱりこんなもんか。」

 土煙の中から、まったくダメージを受けた様子を見せない優喜が現れる。非常識で非現実的な光景に、そろって絶句するなのはとユーノ。

「まず、結論から言うよ。単発では使い物にならない。」

 優喜の台詞に、表情が曇るなのは。

「発射に時間がかかりすぎるし、挙動も重すぎる。この手の真っ直ぐに飛ぶだけの飛び道具を当てたいんだったら、最低でも瞬きするぐらいのタイムラグで二発、欲を言うなら三発は撃たないとダメ。」

「威力の方は?」

「微妙なラインだね。もっと手数が多いなら過剰なぐらいだけど、当てるのに工夫がいるとなると、心もとないライン。確実に当てる手段があるなら、これで十分なのは十分、かな。」

 優喜の酷評に、ずんと落ち込むなのは。

「うう、なのはは魔法使いとしてやっていく自信がなくなりました……。」

「まあ、今回は、問題点だけをあげたからね。あくまでも、単発では使い物にならないだけで、チャージ時間を補う方法を用意すれば、十分実用範囲だよ。」

「で、具体的にはどうするの?」

 ユーノが、対策を聞いてくる。ダメ出しをするだけなら、誰でもできるのだ。対応する案もなしにたたくのは、無責任もいいところだろう。

「まず、理想を言うなら、さっき言ったみたいに、威力を維持して三連射以上を瞬きするぐらいのタイムラグで撃てるようにすること。もっと言うと、いちいち準備なしで撃てるのが一番いい。」

「優喜君が、昨日やってたみたいに?」

「そ。でも、それができるんだったら、最初からやってるよね?」

「うん。」

 大概において、強力な砲というのは弾速及び速射性に劣る。消耗や反動も大きいから、撃てる回数自体に制約があるケースも多い。

「だから、本命は相手の動きを制限する方法。具体的には、誘導弾か弾幕で行動範囲を制限するか、バインドか何かで動きそのものを止める。これならできるよね、ユーノ。」

「うん。どっちもスタンダードな方法だからね。」

「とりあえずバインドは必須として、補助の攻撃手段としては、誘導弾と弾幕、両方できるようになっておくと便利だよ。」

「その理由は?」

 優喜の言葉にユーノが質問する。なのはは生徒なので、下手に口を挟まないのが基本だ。

「まず確認するけど、砲撃はともかくとして、普通の魔法弾の類って、何かに当たれば威力が減衰するか、弾そのものが消えるんだよね?」

「うん。貫通の特性を持ってない限りは、そうなるね。」

「だったら、相手がその種の魔法を撃ってきたときの対抗手段として、弾幕を張るか誘導弾をぶつけるかして迎撃する、という選択肢があるよね。」

「ああ、なるほど。でも、それだったら、片方で十分なんじゃない?」

「弾幕だけだったら、展開範囲から逃げられると足止めにならない。誘導弾だけだと、精度よく当てるためには、多分なのはの技量じゃ、完全に足が止まると思う。」

 そこまでいって言葉を区切り、そもそも弾幕や誘導弾を使う理由を思い出させる優喜。

「それに、第一ね。誘導弾を制御しながら、ディバインバスターを準備して照準を合わせてぶち抜くなんて真似、簡単にできるの?」

「あっ。」

「でしょ? 弾幕は、ぶっちゃけた話逃げ道をふさぐためだから、威力も命中精度も無視して、とにかく大量に速い弾を作ればいい。制御にリソースも食われないし、誘導弾を混ぜて本命を当てる、なんて小技もできる。防御の面にしても、なのは本人の身体能力を考えると、回避が期待出来るようになるまではずいぶんかかる。」

「どうせなのはは運動神経が切れてます……。」

「腐らない腐らない。まあ、一気にやっても使い切れないだろうから、まずは誘導弾と弾幕用の魔法を組んできて。バインド周りはオーソドックスなものを一個。当座はとにかく手数と選択肢で相手の行動を制御できるようになるほうに絞ろう。相手が防御に専念せざるを得なくなれば、攻撃されにくくなるし、対処もしやすくなるからね。後は……。」

 そこで言葉を切り、なのはにすっと近寄る。

「にゃっ!?」

 いきなり大きなモーションで、なのはの額を殴りつけるまねをする優喜。無論寸止めだ。思わず目をつぶるなのは。

「攻撃されたときに目をつぶらないこと。これは最低限だから。それと、明日から早朝のランニングに付き合って。精神力ってやつは、結構基礎体力がものを言うからね。」

「明らかに優喜君のスピードについていけると思えないんだけど……。」

「なのはに付き合う分の時間は、もっと早起きして稼いでおくから気にしない。」

「えっと、私のペースに付き合ってくれるの?」

「慣れない事を始めるのに、一人だと寂しいでしょ?」

 変なところで優しい優喜の優しさが、妙に胸にしみるなのは。

「ランニングは、運動神経とかあまり関係ないし、最初はしんどくないペースで、走れる時間だけでいいからね。きつくなったら歩いてもいいし。」

「それでいいの?」

「うん。無理しても大して効果はないし、まずは続けられるようになることが大切だし。」

 そもそも、基礎体力などというものは、一朝一夕でどうにかなるようなものではない。なのはの年なら、一月も続ければ、それなりに距離もペースも伸びるだろう。

「とりあえず、今日はこれ以上できることもないし、帰って宿題やってから遊ぼうか。」

「やっぱり宿題は先なんだ……。」

「別に後でもいいけど、今後魔法関係の事件にかかわり続けるんだったら、下手したら出席も怪しくなると思うから、宿題とかは早めに片す習慣をつけておいたほうがいいと思うよ。」

「うう、ユーノ君……。優喜君が厳しいです……。」

「ごめん、なのは。僕も優喜のほうが正しいと思う……。」

「ユーノ君が裏切った!?」

 こうして、なのはのどうにも前途が多難そうな魔法少女強化訓練は、順調にその幕を開けたのだった。



[18616] 第3話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8369266d
Date: 2010/05/16 20:08
「おはよう、お兄ちゃん、お姉ちゃん。」

「おはよう。今日は早いな。」

「おはよう。どうしたの、なのは?」

「優喜君に言われて、今日からジョギング始めるの。」

 まだ眠そうに眼もとをこすりながら、兄と姉の質問に答えるなのは。これで図らずも、一番遅くまで寝ているのが母・桃子になってしまった。もっとも、桃子が起きる時間も世間一般では早い方なので、要するに彼らの起床が早いのだ。

「で、その優喜は?」

「一時間ほど前に出ていったぞ。」

 姿が見えない肝心の優喜について恭也が質問を飛ばすと、なんと父から回答が。

「本当に?」

「全然気がつかなかったな。」

「おいおい、二人とも修行が足りないな。いや、この場合、恭也たちを出しぬける優喜を凄いとほめるべきか?」

 ちなみに、その時間帯のなのはは言うまでもなく熟睡中。まあ、体を鍛えるのも今日が初めての小学生に、あまり多くを求めてはいけない。

「それで、優喜に言われたのはいいとして、どういう心境の変化だ?」

「いろいろと、自分の体力の無さに情けない思いをすることになりまして……。」

「優喜を見て、って言うんだったら、あれは例外中の例外だぞ?」

 言われずとも分かっているが、それでは駄目になりそうな事態がひそかに進行中なのだ。今日明日どうにかなる問題ではないにしても、出来ることからやっておかなければならないのだ。

「おはようございます。」

 なのはが決意を新たにしていると、軽快な足音とともに優喜が帰ってくる。

「あ、おはよう、優喜。」

「今日は早かったんだな?」

「この後なのはにつきあうから、日課の分は先に稼いでおいたんだ。」

 クールダウンを兼ねた足踏みを止めずに返事を返す。その言葉に納得するしかない御神流一門。どうあがいたところで、一般的な小学生の底辺近い身体能力のなのはが、普通の人間から大きく逸脱した彼らのペースについてくることなど、明らかに不可能だ。

「というわけで、士郎さんたちは遠慮なく先に行ってください。朝の稽古までには出来るだけ戻れるようにしますから。」

「分かった。世話をかける。」

「行ってらっしゃい。」

 なのはの声に手を挙げて、明らかに長距離ランニングとしてはおかしいペースで走り始める三人。その姿が見えなくなったあたりで、優喜がなのはに声をかける。ちなみに、まだ足踏みは続けたままだ。

「じゃあ、行こうか。とりあえず当面の目標は往復で五キロ、ペースを維持して走る。それなりにハードだから、そこそこ覚悟はしててね。」

「はーい。」

 とまあ、それなりに元気に返事を返して走り始めたなのはだが、五分もすると……。

「……。」

「ちょっと速いかな、と思ったけどやっぱりか。」

 初日でペースがつかめていないこともあり、早くも息が上がって足が止まりがちになるなのは。ちなみに、彼女のペースは、日常的に運動をしていない運動不足気味の成人男性が、挫折せずに走れるかどうかぐらいのペースである。優喜が先導したわけではなく、普通になのはがこのペースで走り始めたのだ。

「しんどかったら、歩いていいよ。ただし、足は止めないように。ばてたからって足を止めると、後でわりとえらいことになるから。」

「はーい……。」

 己の体力の無さに、情けない思いが募るなのは。だが、千里の道も一歩から。優喜がいろいろ気を使って、なのはが折れないようにフォローしてくれているのだ。ここでめげたら女がすたる。

 もっとも、女を主張するには肉体的にも精神的にも、いろいろな意味でまだまだ幼いわけだが。

「優喜君も……、最初は……、こんな感じだったの……?」

「僕の場合は、師匠が師匠だけに、もっとえげつないしごかれ方をしたけどね。そもそも、鍛えてもらった本人なのに、いまだに何をどうやって、一カ月で基礎体力を今と大差ないラインまで鍛え上げたのか、というのが分からないし。」

 息を切らせながら質問してくるなのはに、思わず遠い目をして答える優喜。多分あの師匠にかかれば、今のなのはですら、一ヶ月あれば余裕で、恭也と正面からどつきあえるように鍛え上げるに違いない。

「……その人、何者?」

「僕に聞かれても困る。とりあえず、ハードな特訓になったのは、多分時間制限があったからだと思うけど。ただ正直、あれはないわ、って感じだった。」

 なのはから見れば非常識の塊である優喜。その彼がそんなことを言うのだから、碌な特訓ではなかったのだろう。

「でまあ、その前の僕はって言うと、なのはほど成績は良くなかったし、運動もまあそこそこ、って感じだったから、ぶっちゃけてどこにでもいる子供だった。」

「正直想像もつかないです……。」

「だろうね。」

 なのはの息が整ってきたので、ややペースを戻す。先ほどの感じから、朝食までに戻れたらOK、ぐらいのペースに微調整して、ゆっくりのんびりコースをたどる。ぶっちゃけ、速足よりは速い、程度のペースだが、一週間もすれば、最初のペースでももう少しは長く走れるようになるだろう。優喜の師匠じゃあるまいし、この手の事は基本、継続は力なり、だ。

「そういえば、普段はどういうコースを走ってるの?」

「普段、というほどの日数は経ってないけど……。」

 と言いながら、なのはにざっとコースを説明する。

「そんなすごい距離を走ってるの……?」

「うん。」

「アップダウンもあるよ?」

「ちなみに一部、まともに舗装されてない道もあるから。」

「……そのあとに剣術の稽古?」

「それぐらいできないと、話にならないんだよ、僕も御神流も。」

 走りながら、思わずめまいがするなのは。自分の家族の非常識さを、今更ながらに教えられるとは……。

「ちなみに、本来なら、疲れも苦痛も感じなくなるぐらいまで体をいじめて、そこでストップ。後は日常生活で体を癒して、ってのを毎日やるんだけどね。」

 さすがに大学生になってからは、アルバイトと勉学に忙しくて、そこまで毎日徹底的にはできなかった。恭也たちも、日常の比率の問題もあって、さすがに毎日はその領域までやってないようだ。

「えっと……、それ本当にやるの?」

「中学高校の間は、周りにばれないようにやってた。大学行ってからは、勉強の密度が濃くなって、そこまでやると体が持たなくなってきたから、残念ながら体を維持するのが精一杯だったかな。」

「こっち来てからも、やってるの?」

「いや、まだやってないよ。どこにどんなダメージが残ってるかわかんないし、そもそも、限界が低すぎるから、感覚の齟齬がなくなるまで、そんなまねをしたら確実に体壊すし。」

 多分、一ヶ月ぐらいはこの齟齬が消えることはないだろう。まあとりあえず、型稽古を丁寧にやっているので、少しはマシになってきたが。

「えっと、私もそれぐらいやらないと駄目?」

「別にやらなくてもいいんじゃない? どの程度、この手の戦闘に深入りするかにも寄る部分だし。」

「ん~、やっぱり、あんまり深くかかわらないほうがいいのかな……。」

「個人的には、それが一番いいと思う。ジュエルシードを封印するだけ、ならともかく、さ。」

 言うべきかどうかを考えて、少しためらい、それでも優喜は口にする。

「その暴走体と戦うにしても、この件が終わった後にも魔導師を続けるにしても、ね。荒っぽい言い方をすれば、このランニングはともかく、今やってる魔法の訓練って、結局派手な喧嘩をするための訓練だし。僕や恭也さんもそうだけど、特になのはの魔法は破壊力が大きいから、撃ち方によっては普通に死人が出るし。」

「え……?」

「なのはみたいなタイプにこういうことを教えるのってどうか、とか、一応ある程度自衛できるようにはなっておかないとまずいかな、とか、でもそれで間違って人を殺す羽目にでもなったら、とか、いろいろ悩むところがあるわけですよ。」

 中身が恭也と大差ない程度には年長で、長いことそいう言う世界にもかかわってきただけあって、優喜はそういう面では実にシビアだ。

「……にゃ~、頭が痛くなってきた……。」

「あ~、ごめん。難しいことを言い過ぎたみたい。」

 まだ、この手の荒事にかかわり始めて日が浅いなのはに、こんな話をしてもぴんと来るわけがないのだ。そもそも、こんなことは、何か身近なことで経験しないと、頭だけで考えても腹など決まらない。ましてや、先月までは平和な世界で保護されてきた小学三年生に、自分が人を簡単に殺せるだけの能力を持っている、などという話をして、理解できるほうがおかしいのだ。

「まあ、折り返し地点もそれなりに過ぎたし、少しペースを上げて戻ろっか?」

「は~い。」

 そろそろ、朝のジョギングの時間も終わりそうだ。難しい話を切り上げ、後は二人で黙って走る。なのはが優喜の言葉の意味を心底理解するのは、連休を挟んでしばらくしてからのことになる。小学生が現実を知るまでには、もう少し時間がかかりそうだ。







「なのは、朝からなんかちょっとばててるわね。」

 どうにもいつもに比べて元気のないなのはに、彼女の親友の一人であるアリサ・バニングスが声をかける。金茶の長い髪にすけるような白い肌の欧米系の美少女で、少し前に優喜に助けられた二人の片割れだ。

 実家が海鳴でも指折りの大企業を経営しており、地元でバニングスの名前を知らないものはいないぐらいの名家の出身だ。そのためか立ち居振る舞いにはどことなく品があるのだが、全身から漂う雰囲気は元気・活発・勝気という、いわゆる「おてんばな」お嬢様、というイメージが強い。ちなみに、三人の中では(というか学年でも)一番学業成績がよく、運動神経も悪くないという、いわゆる文武両道、才色兼備なお嬢様でもある。

「うん。今朝、早起きして、ちょっとジョギングなんかを始めました。」

 にゃはは、と力なく笑いながら、だるい足を軽くさする。五キロ走る、というのが思いのほかなのはの体に疲労を残しているようで、これを毎日続けられるのか、という自分に対する絶望にも似た疑問が抑えられない。

「ジョギング始めたんだ。」

 もう一人の親友で、優喜に助けられた二人のもう一方である少女、月村すずかが疑問をにじませながら言葉をかける。割と絶望的なラインで運動神経が切れていて、この手の運動を積極的に始める様子が一切なかったなのはが、どういう心境の変化なのか、割と本気で分からないらしい。

 ちなみにすずかはゆるいウェーブがかかった黒髪の美少女で、人種的にはちゃんと日本人。ただし、大和撫子ではなく、色白で洋風の日本人という感じではある。深窓の令嬢と言う雰囲気の持ち主だが、小学生とは思えないほどの運動神経と体力を持った、見た目と中身が一致しない人物の一人である。

「うん。優喜君がね、私も基礎体力をつけたほうがいいからって。」

「へえ、あの運動嫌いのなのはにそこまで思い立たせるなんて、その優喜って子にずいぶん懐いてるじゃない。」

「優喜君って、どんな子なの?」

「ん~と、男の子だけど、すごく可愛い子なの。あまり容姿に自信のない身としては、ちょっと複雑です。」

 なのはの容姿に自信がない身、という戯言は横に置くとしても、話題になるたびにこの全力全開娘をしてここまで言わせる辺り、相当な容姿の持ち主なのだろう。なんか、ものすごく可愛い自分達と同年代の男の子、という単語に引っかかるものがなくもないアリサとすずかだが、まあそこはおいておこう。

「とりあえず、その優喜って子が男と思えないほどの美少女だってことは毎日聞かされてよく分かってるから、それ以外のことを教えなさいよ。」

「えっと、お兄ちゃん達と同じぐらい強くて、お兄ちゃんの入試の参考書の問題が解けるぐらい頭がよくて、何かと気が利く感じの男の子、かな。」

「……なんだか、どう聞いても完璧超人にしか聞こえないよね。」

「えっとまあ、その、多分、優喜君の立場だったら、お兄ちゃんの参考書はともかく、私達の受けるテストぐらいは高得点を取れないと、すごく恥ずかしいんじゃないかな、とは思うわけで……。」

「それ、どういう意味?」

「色々と、説明しづらいというか、説明しても信じてもらえなさそうとか、そういう種類の事情を抱えてるみたいなの。」

 どうにも要領を得ないというか、人物像がいまいちつかめない。そもそも、説明できないような事情を抱えている子供が、なぜに高町家に居座っているのか。

「とりあえず、根本的な疑問から解決しましょうか。」

 あまりにいろいろ胡散臭すぎるので、そもそものきっかけから問い詰めることにしたアリサとすずか。ホームルームまでの間に、どれだけの情報を引き出せるか。二人の腕の見せ所だろう。

「そもそも、その優喜って子が、何でなのはの家に来たのよ?」

「道で倒れてたのを私が見つけて、お兄ちゃんに頼んでうちに運んでもらったの。」

 自分が撃墜した、という事実は伏せておく。何故、とかどうやって、とか、いろいろ説明できない理由が山盛りだからだ。

「どうして、なのはちゃんの家に住むことになったの?」

「事故でご両親が亡くなって、住む家とかがなかったから、ってお父さんは言ってた。」

「それ、いつの話?」

「詳しいことは、聞いてないんだ。」

 半分嘘で、半分本当だ。優喜の家族がどういう経緯でいつ亡くなったのか、などということは全然聞いていない。ただ、それが本人にとってはかなり昔の話だということぐらいは聞いている。

「じゃあさ、そんな男の子が、何で道で倒れてたのよ?」

「ちゃんとご飯を食べてなかったから、貧血だって。」

 この時点で、聡いアリサとすずかの中では、児童養護施設で虐待を受けて、そこから逃げ出してきた子供、という図式が成立していたりする。彼女たちの年で、そういう発想に頭が行くというのは、精神的に相当ませてると言っていいだろう。

「その子、海鳴の子?」

「それは違うみたい。ただ、どこの出身かって言うのは、すごく説明し辛い感じで……。」

「よく、そんな胡散臭い子供を引き取ったわね……。」

「でも、とてもいい子だよ? 優しいし、頭がいいし、なんかすごく気配りが上手だし。たまに、誰もいないところに挨拶してたりするけど、そこは気にしたら負けだと思ってるし。」

 それは本当に小学生なのか、と、小一時間ほど問い詰めたくなる。二人のこの疑問は、実に正しい線を突いている。なにしろガワはともかく、中身は成人男性なのだから。

「なんか、いろいろ突っ込みたいところがあるのは置いておくとして、とりあえず、一度会わせてほしいんだけど。」

「私も、二人を優喜君に紹介したいから、アリサちゃんとすずかちゃんの都合を聞いておきたかったんだ。」

 アリサの、優喜に対する好奇心半分、なのはに対する心配半分での要請に、快く応えるなのは。

「今週は、日曜日のサッカーの試合が終わるまで、自由な時間は取れない感じね。」

「私も、少なくとも今日は無理だと思う。」

 二人とも、どうにも今週は立てこんでいるらしい。昨日一昨日はなのはが優喜を優先したため、二人とは放課後遊べなかったし、この分では、二人と一緒に遊べるのは週末になりそうだ。

「じゃあ、日曜日のサッカーの試合のときに。」

「うん、そうだね。」

 なのはの申し出を、すずかが受け入れる。アリサも特に異存はないようだ。とりあえず、どうにかホームルームまでに話をまとめることはできたようだ。







「ほんまに、ご飯ごちそうになってええん?」

「店長と料理長がOKを出してるんだから、大丈夫じゃないかな?」

 同じ日の昼。場所は図書館。いつものように型稽古と練気を済ませ、家の掃除を終えて暇を持て余した優喜は、昨日と同じように図書館へ本を物色に来ていた。その結果、毎日図書館に来ているらしいはやてと二日連続でかちあい、お昼の呼び出しの時に、せっかくだから一緒にどうかと誘ったのだ。

「それで、ご飯ってどこに食べに行くん?」

「翠屋って喫茶店。お世話になってる家が経営してる、らしい。」

「へ~? 優喜君の居候先って、翠屋さんか。」

「知ってるの?」

「海鳴では有名なお店やで。名物のシュークリームが絶品やねん。」

「へ~、それは知らなかった。そんなにシュークリーム、おいしいんだ。」

 本気で知らなかったらしい優喜に、思わず呆れた顔をしてしまうはやて。

「自分ちの事やろ? ちょっとぐらいは気にしいや。」

「だってさ、海鳴に来たのが日曜の朝、居候が決まったのが日曜日の晩で、初めて翠屋さんでごちそうになったのが昨日の昼だよ?」

「せやかて、昨日一昨日とおやつぐらいは出してもろてるんやろ? 作ってるんがそこの奥さんやったら、普通にご馳走してくれるんやないん?」

「まあ、おやつは出てきたけど、昨日はクッキー、一昨日はロールケーキだったから。」

 もっとも優喜からすれば、そもそも部屋を貸してもらったうえに、食事を三食出してくれるだけでなく学費まで負担してもらっているのだ。おやつまで、となると申し訳なさがどうしても先に立つ。しかも、向こうの自分と同じく、こっちの自分も遺産の類は全く無いときていて、高町家に返せるものが一切ないのが現状だ。

「せやったら、今日はねだってみたら? いくら居候や言うたかて、あんまり子供が遠慮しすぎるんは、大人からしたら困るみたいやで?」

「まあ、分かんなくもないんだけどね。士郎さんも桃子さんも、居候が遠慮して縮こまってるのをよしとする人じゃなさそうだし。」

「それやったら余計や。思い切ってガンガン甘え。」

「まあ、考えておくよ。」

 優喜の返事に、多分ねだる気はないんだろうなあ、と理解するはやて。もっとも、この会話は、そのすぐ後のお昼の時、正確にはそのあとの翠屋でのおやつの時間に、完全に意味をなくすわけだが。

「いらっしゃい。車椅子用のスペースを作るから、ちょっと待っててくれ。」

 入ってきた優喜とはやてを出迎える士郎。それを手伝う優喜。どうも、電話をした時からすでに、席を一つ確保してあったようだ。店の奥の目立たない位置にある、四人掛けのテーブル席。はやての車椅子を考慮して、二人で使うには大きいテーブルを用意したらしい。

「それじゃあ、すぐに用意してくるから、少し待っててくれ。」

「はい。お願いします。」

「ごちそうになります。」

 昨日と同様、注文を取らずにもどっていく士郎。子どもたち用のメニューは、最初から決まっているのだ。

「この時間に入ったん初めてやけど、流行ってるんやね。」

「みたいだね。昨日も、一時回ってから食べに来たのに、まだ八割がた席が埋まってたし。」

 どうやら、早めの時間と一時を回ってからの時間は、商店街の人たちが食べに来る時間のようで、ランチタイムは結構ぎりぎりまで忙しいらしい。

「優喜、一人追加だから、相席な。」

 店の様子を肴に駄弁っていると、さっき厨房に行ったはずの士郎が引き返してきた。いくらなんでも料理を持ってくるには早すぎる、と思っていると、彼の後ろには優喜にとって覚えのある鮮やかな金糸が。

「フェイトも、ご飯食べに来たんだ。」

「……我ながら図々しいとは思ったんだけど……。」

「店の前で悩んでたから、連れてきたんだ。」

 優喜たちが入ってきたときにはいなかったから、多分今し方、前を通ったところなのだろう。フェイトの後ろに、半透明な感じの誰かが引っ付いているが、ここは無視だ。微か過ぎて昨日気が付かなかった、あまりよろしくない種類の臭いもとりあえずおいておく。

「優喜君のお友達?」

「というには微妙な感じ? 昨日、探し物を手伝っただけだから。」

 はやての質問に、嘘は言っていないが、真実でもない感じの返事でごまかす優喜。フェイトも無表情を保ちながら、コクコク頷いて肯定。

「ふ~ん。まあ、何にしてもあれやね。」

「なに?」

「優喜君も隅におけんなあ、思って。」

 はやての反応に、にやりと笑って尻馬に乗る士郎。

「まったくだ。昨日フェイトちゃんみたいな綺麗な子を連れ込んだと思ったら、今日ははやてちゃんみたいなかわいい子だ。この顔でやるもんだな、優喜。」

「かわいい顔して、とんだスケコマシや。」

 二人の言い分に苦笑するしかない優喜。確かに、状況的にそう言われてもしょうがないのは事実だし、二人の容姿と将来性を考えたら、下心があると思われてしかるべきだろう。優喜には優喜の言い分もあるのだが、それを言えば思うつぼだろう。表情こそ変えないように努力してはいるが、フェイトがどうにもおたおたし始めているし、ここは汚名を受け入れるのが正解だ。

「あのさ、士郎さん、はやて。僕をいじるのは構わないけど、フェイトが困ってるから、そのぐらいでね。」

 フェイトが困っているから面白いのに、とか、そういうところがスケコマシだと言うんだが、とかが二人の共通認識だが、さすがに小学生に窘められても続けるほどには、彼らは大人げなくはなかったようだ。片方はれっきとした小学生なのだが、そういう面では下手な大人より成熟している。引き際を誤る人間に、人をいじる資格はないのだ。

「それじゃあ、すぐに用意するから、待っててくれ。」

 その言葉を残し、今度こそ厨房に消える士郎。疲れがにじむ溜息を洩らすと、優喜は二人に向き直る。

「とりあえず、フェイトとはやては、自己紹介しようか。」







 昼食が終わり、あまりに忙しそうな状況を見かねて優喜がヘルプに入った後、取り残されたフェイトとはやては、割とぎこちないなりに、おしゃべりに花を咲かせていた。

「そっか。フェイトちゃんはあんまり本は読まんのか。」

「うん。今、いろいろ忙しくて。」

(そう。本当はこんなことをしてちゃいけないんだ。母さんのためにも、早くジュエルシードを集めないと。)

 内心、自分がこんな平和な時間を過ごしていることに、大きな違和感と罪悪感を感じているが、それを可能な限り表に出さないように努力する。さすがに、敵対しているわけでもなく、敵対する理由もない相手に対して、そんな失礼な真似をするなど、自身の良心も彼女の教育係も許さない。

「優喜君は、ものすごくいっぱい読むみたいやな。一冊読むんも、ごっつ速いし。」

「そうなんだ。」

「うん。普通の文庫本ぐらいやったら、ものによっては、一冊十分ぐらいで読んでるで。」

「すごいね、それ。」

「まあ、私も大差ないぐらいの時間で読むんやけどな。」

「はやてもすごいんだ。」

 普通ならそれはどんな自慢だと突っ込むところだが、素直で世間を知らないフェイトからすれば、自分にできないことをできる人間は、単純に尊敬の対象だ。フェイトも本を読まないわけではないが、一日に何冊も読む、なんて真似は出来ない。それゆえに、優喜もはやても、フェイトの中では尊敬の対象になる。

「フェイトちゃん、そこは突っ込まな。」

「え?」

「いや、普通、今の流れやったら『どんな自慢やねん』とか、そういう突っ込みが来るやん。」

「そうなの?」

「あかん、天然ボケか……。」

 フェイトの手ごわさに、思わず突っ伏しるはやて。このまま変わってほしくないような、将来が心配なような、実に複雑な気分だ。

「それはそうとフェイトちゃん。」

「ん?」

「ちょっと上の空やけど、なんか気になることでもあるん?」

「え? そんな風に見えた?」

「うん。いろいろ忙しい、って言うてたんと、なんか関係あるんかな、って。」

 はやての鋭い指摘に、思わず黙ってしまうフェイト。なにしろ、その指摘はフェイトが落ち着かない二つの理由の一つを、ど真ん中で貫いているのだから。

「……今は、はやてが優先だから。」

「無理せんでもええで。私やったら、優喜君の手があくまで本でも読んで待ってるから。」

「多分、そんなに待たせなくても済みそうだけどね。」

 はやての言葉に優喜が割り込む。見ると、トレイにカップと紅茶を乗せて運んできていた。注文していないが、どうやらサービスらしい。

「もうすぐ、ここのオーナーの娘さんが学校から帰ってくるから、そこで切り上げて、ここでおやつを食べて行けって。」

「へ~。ちなみに、娘さんっていくつ?」

「上は高校二年生、下は僕たちと同い年。帰ってくるのは、下の子の方。せっかくだから紹介したいから、もうちょっと待っててほしいって、桃子さんからの伝言。」

「ほ~。あの桃子さんの娘さんやったら、さぞ可愛いんやろね。」

「上の子は可愛いというより美人ってタイプ。士郎さんとはともかく、桃子さんとはあんまり似てない。下の子は、フェイトやはやてとはまた違うタイプの美少女、かな。」

 優喜に遠まわしに美少女と言われて、思わず赤くなる二人。もっとも、目の前の顔が、だれもが認める美少女顔なのが、非常に複雑なのだが。

「優喜に可愛いとか綺麗とか言われても、あまり素直に喜べない。」

「せやなあ。自分こそ、むっちゃ美少女やしなあ。」

「……ありがとう、ほめてくれて。」

 言われ慣れているので、苦笑とともに皮肉とも取れる返事を返して終わりにする優喜。とりあえず、ピークに比べれば余裕があるにせよ、あまり油を売っている暇もない。雑談はなのはが帰ってきてから、ということで切り上げて、ついでに近くのテーブルの食器を回収し、ざっと拭き掃除を済ませて厨房に引き上げる。この辺のベテラン染みた気配りは、さすが優喜と言うしかない。

「どんな子なんやろね?」

「……士郎さんと桃子さんの子供なら、多分すごくいい子なんだとは思う。」

(私とは違って。)

「フェイトちゃんもええ子やで。」

「……私は、はやてが思ってるほどいい子じゃないよ。」

 心を見透かすかのようなはやての発言に、暗い顔で答えを返すフェイト。

「フェイトちゃん、ええ子やって。自分の用事あるのに、私が一人にならんように付き追うてくれてるやん。」

「……。」

「そう言えば、フェイトちゃんの用事ってなに? 凄い大事で急いでることみたいやけど。」

「探し物。でも、当てがあるわけじゃないんだ。」

 答える必要もなく、むしろ答えるとまずいという意識もあったのに、思わずはやての問いかけに答えてしまうフェイト。

「探し物か~。手伝いたいところやけど、私は足がこれやからなあ。」

「気にしないで。私がやらないといけないことだし、優喜も手伝ってくれてるし。」

 半分嘘で半分本当の事。優喜が手伝っている、というのは間違いではないが、彼の目的は自分の身内(なぜかフェイトも含まれているのが不思議でしょうがないが)の安全を確保すること、だ。フェイトの探し物が、彼らにとって脅威になる物騒な代物だから、一緒に探しているにすぎない。

「あ~、なるほど。探し物が見つからんで途方にくれてるところを、優喜君に助けてもらった、ってところか。」

「うん。そんなところ。」

「ほんなら、そんなに心配する必要はないか。」

 はやてが納得してくれたことに、なぜか心が痛むフェイト。まったくらしくない。優喜と出会ってから、自分はどうかしている。

(早く、ジュエルシードを全部集めて、優喜たちと距離を置かないと……。)

 そんなことを考えていると、奥から再びトレイを持ってきた優喜が、女の子を一人引きつれて戻ってきた。

「おまたせ。おやつもらってきたよ。」

 トレイの上には紅茶が入っていると思われるポットとカップが二つ、それにシュークリームが四つのっている。それを手早くテーブルの上に並べると、後ろに控えていた女の子を紹介する。

「この子がさっき言ってた士郎さんと桃子さんの娘で、高町なのは。私立聖祥大学付属小学校の三年生。なのは、金髪の子がフェイト・テスタロッサで、車椅子の子が八神はやて。フェイトとは公園で、はやてとは図書館で知り合ったんだ。」

「はじめまして、高町なのはです。」

 元気よくぺこりとお辞儀をするなのはに、口々に挨拶を返す二人。これが、将来管理世界にその名をとどろかす三人のエースの出会いであった。

「なるほど。優喜君が可愛いて褒めるわけや。」

「うん。」

「え?」

「いやな、さっき優喜君が自分のことを美少女やって言うとってん。」

 その言葉に、非常に複雑そうな顔をするなのは。

「あ~、自分も、優喜君に言われるのは不本意か。」

「褒められてうれしいと思うより先に、この顔に言われたくない、って思うよね。特に私みたいに、それほど容姿に自信がない身の上としては。」

 なのはの言葉に、半分同意しつつも、その言葉に素直に頷けない。それこそ、なのはの顔で言われても、というのがフェイトとはやての感想だ。

「それで、二人は優喜君に、何を助けてもらったの?」

「やっぱそう来るか。」

「なのはから見ても、優喜ってそうなんだ。」

 なのはの一言に、思わず苦笑が漏れる二人。しかも、間違っていないところがすばらしい。

「私は、図書館で本を取ってもらったんよ。」

「私は、公園で探し物を手伝ってもらって。」

「別に、大したことをしたわけじゃないよ。」

 実際のところ、フェイトの手伝いはともかく、はやての手伝い自体は誰でもできることだ。そもそも、図書館を利用するような人間なら、車椅子の小学生が困っていれば、頼めば快く手伝ってくれるだろう。日本は、さすがにそこまで落ちぶれてはいない。

「その、大したことじゃないことを、当たり前のようにやってくれる人間って、案外おらへんもんやで。」

 私も、この足になって初めて思い知ったわ、と明るく言うはやてに、表情の選択に困る一同。

「僕がやってることぐらい、なのはだって割と普通にやってる気がしなくもないけど。」

「私は優喜君ほど気が利かないよ。」

 速攻でなのはに裏切られる優喜。そんな和やかなやり取りを一歩引いた位置から、どこか醒めた思考でフェイトは見ていた。

「あ~、フェイト。やっぱり、探し物が気になる?」

 表情の硬さを見て、苦笑を浮かべながら優喜が尋ねる。

「優喜は、気にならないの……?」

「気にならないわけじゃないけど、焦って探してもいい事は何もないから、ね。」

 そのやり取りを聞いたなのはが、優喜に声をかける。

「私も、フェイトちゃんを手伝うよ?」

「ん~、後で詳しい話はするけど、なのははある意味、もう手伝ってるようなものだから。」

 その一言で、並みの小学三年生よりはるかに敏いなのはとフェイトが、同時にピンと来る。もっとも、はやてがいる前で、その話をしない程度には、二人とも分別がある。

「なんか、色々ありそうやけど、まあ聞かんとくわ。」

 これまた、小学生とは思えない察しのよさで、深く突っ込まないようにするはやて。本当に彼女達は、小学三年生なのだろうか。

「悪いね、蚊帳の外で。」

「ええって。私も、人に言いたくないことは結構あるし。それに、優喜君とはともかく、なのはちゃんとフェイトちゃんには、今日初めて会うんやから、な。」

「ごめんね、はやてちゃん。」

「気にせんといて。触れるべきかどうかを見極めるんも、ええ女の条件やで。」

 はやての言葉に苦笑する優喜。いい女を自称するには、さすがにもっと年を重ねる必要があるんじゃないか、と思わなくもないが、将来いい女を自称できるぐらいには出来た女性にはなりそうではある。

「まあ、グダグダ言ってへんで、とりあえず食べよっか。せっかくご馳走になるんやし、ちゃんと気持ちよく味わって食べやんと、シュークリームに失礼や。」

「そうだね。せっかく、噂のシュークリームをご馳走してもらうんだし。」

 噂の、という顔にきょとんとするなのはとフェイト。どうも油断すると、フェイトは結構表情豊かになるようだが、当の本人は気が付いていないようだ。

「噂って?」

「ああ、たいした話じゃない。はやてが、ここの名物はシュークリームだって教えてくれたんだ。」

「え~!? 優喜君、知らなかったの!?」

「いや、その反応は至極もっともだと思うんだけど、僕が来てからの日数を考えてよ。」

 なのはと優喜のやり取りを、くすくす笑いながら眺めるはやて。相変わらず話についていけないフェイト。

「えっと、優喜がシュークリームのことを知らないと、何かおかしいの?」

「そらそうやん。お世話になってる家のことやで?」

「そうだよ。昨日も翠屋で食べたんだし、それぐらいお母さんに聞いてると思うよ、普通。」

「……私、母さんの得意料理ってよく知らない。」

 フェイトの台詞に、言葉を失うなのはとはやて。普段なら、はやてあたりが茶化しそうな台詞だが、フェイトの無表情がそれを阻む。

「だったら、聞けばいいんじゃない?」

「え?」

「さっきの僕じゃないけど、聞かなきゃ絶対わかんないよ。教えてくれなきゃ、教えてくれるまで粘ればいい。聞くは一時の恥、聞かぬは生涯の損、ってね。」

 なのはたちが言葉を捜しているうちに、至極あっさりと回答を告げる優喜。そんなに簡単なことではないのは、フェイトの表情から理解できているだろうが、優喜はあえて大したことじゃないように告げる。

「まあ、どうするかは、それを食べてから決めてもいいんじゃないかな?」

「……うん。」

 フェイトの反応に内心胸を撫で下ろしながら、自分たちも目の前の翠屋の最高傑作にかぶりつく。主張しすぎない優しい甘みが口の中に広がり、作り手の優しさに身も心も包み込まれるような錯覚を覚える。

「……おいしい。」

 味覚は鋭いが別段グルメでもなんでもない優喜では、ほかに言葉など出てこない。そして、それは目の前のフェイトも同じようで……。

「……うん、……おいしい。」

 表情を変えずに、ぽろぽろ涙を流しながら、手の中のシュークリームをかじる。

「……どうしたの?」

「……え?」

「泣いてるから……。」

「私……、泣いてる……?」

 先ほどの話とあわせて、フェイトの気持ちについて、少し察するものがある優喜。だが、そこでコメントするような無粋な真似は、口が裂けても出来ない。

「何や、泣くほどおいしかったんか。」

「……うん。多分、泣くほどおいしいんだと思う。」

 茶化すようなはやての言葉に、静かに頷くフェイト。その後、そのテーブルを優しい沈黙が包み込み、ただ、シュークリームを咀嚼する音が、小さく響くのであった。







「ほんなら、今日はありがとうな。」

「ん。来週から学校だから、あんまり顔出せなくなると思うけど、またなのはと遊びに来るよ。」

「そのときは、私のお友達を紹介するね。」

「それは楽しみやな。」

 そういって、家の中に入ろうとして、そのまま器用に車椅子を反転させるはやて。

「来週からってことは、今週いっぱいは割りと暇なん?」

「明日は編入試験だから、さすがに暇とは言いがたいけど、その後は今のところ、これといって予定は決まってない。」

「ほな、日曜までは相手してもらえるんや。」

「あ、日曜といえば。」

 優喜とはやての会話に、なのはが割り込む。

「お父さんが監督をやってるサッカーのチームが、日曜日に試合なんだ。私、お友達と応援に行くんだけど、フェイトちゃんとはやてちゃんもどう?」

「お~、それは面白そうやな。優喜君とか出たら、相手が戸惑って得点がっつり?」

「それは……。」

「別の意味でやめておいたほうがいいと思う……。」

 はやての物騒な台詞に、なのはとフェイトが困った顔で言葉を濁す。いくらなんでも、小学生のサッカーチームがリアル少林サッカーとか、危険すぎるにも程がある。

「まあ、私は面白そうやから、参加させてもらうわ。」

「私は……。」

「フェイトちゃんはやっぱり、探し物?」

「うん。」

 ごめんね、というフェイトに、苦笑しながら首を振るなのは。

「用事があるのは、仕方がないよ。」

「……また、次の機会に誘って。」

「うん!」

 その場を取り繕うための申し出。それを実にうれしそうに受け入れるなのは。その様子を見て、いつまでシリアスに深刻な顔を維持できるのか、と内心意地の悪い楽しみを覚える優喜。

「じゃあ、僕達は帰るから。」

「またね、はやてちゃん。」

「……さようなら、はやて。」

 はやてが扉の向こうに消えたのを優喜が耳で確認した後、八神家から十分離れた辺りで優喜が小声で切り出す。

「えっと、ジュエルシードの話の前に、ちょっといい?」

「え?」

「の前に、ユーノ、アルフ、出てきていいよ。」

「……このまま、忘れられるかと思った。」

「まったく、窮屈だったよ。」

 物陰から、動物形態コンビがのっそりと姿を現す。二人とも動物の姿だったため、翠屋の中に入れず、外でこそこそ隠れてついて回っていたのだ。なのはもフェイトも帰りに呼んで紹介しようかと思ったのだが、何を思ったのか優喜がそれを止めたため、二人は敵同士なのにお互いの悲哀を語り合って妙なシンパシーを感じてしまったわけだ。

「で、何?」

「あたしたちをわざわざ離れさせた理由に関係あるんだろう?」

「うん。どうもはやて、誰かに監視されてるらしい。」

「「……!」」

 大きな声を出しそうになったなのはとフェイトの口を、光の速さでふさぐ優喜。言っていることがすぐには理解できず、まったく反応できない動物コンビ。

「僕達に向いた視線は消えてるけど、まだ聞かれてないとは限らないから、あんまり大きな声は出さない。」

「……どういうこと?」

「どういう、って言われてもね。僕に分かるのは、隠す気が無い視線が二組、ずっと僕達を見てたことと、はやての家の中、普通のご家庭だとおかしな高さから、微かにマイクの音みたいなのが聞こえたこと、ぐらいかな。」

「……優喜の耳って、どうなってるの?」

「いや、そこを気にされても。」

 ぶっちゃけ、優喜の耳がどうだろうが、この話には一切関係ないわけだが。

「とりあえず、この話は、後で士郎さんにも話しておくから、なのはたちも、はやてがいるときの会話にはちょっとだけ注意しててね。」

「うん。」

「分かった。」

 基本的には敵同士だというのに、どういうわけかこんなところは仲良く同意してくれるなのはとフェイト。まあ、優喜たちの会話は基本的に、小学生がするには大人びた内容でこそあるが、話そのものは他愛もないものだ。別段警戒されるような理由はないだろう。もっとも、意図してそういう話をしたわけではなく、単純にはやてを相手に、魔法がどうのジュエルシードがどうの、何ぞという話が一切出来なかったからに過ぎないが。

「で、ジュエルシードの話だけど。」

 優喜の言葉に、自分達の立ち居地を思い出し、とっさに距離を取って身構える二人。自身の友に寄り添うユーノと主人の前に出て威嚇するアルフ。

「とりあえず、当面はかちあったら協力、ってことにしない?」

「「「「へ?」」」」

「いやさ、なのはもフェイトも、どうにも危なっかしいというか、やり方がなってないというか、ね。」

 言わんとする事に、大いに心当たりがある一同。なのははど素人の移動砲台ゆえ、どうにも基本の攻め手が甘い。選択肢が不要なほどにはまだ砲撃も洗練されておらず、場のひっくり返し方が力押しか博打というのもおこがましい荒っぽい奇策かに限られてくる。

 そしてフェイトはフェイトで、それなりの戦闘訓練は受けているが経験が足りず、最後の詰めが甘い。アルフとの連携もまだ連携と呼べるほどではなく、こう、最後の最後でとんでもないポカをやらかすことがあるのだ。

 結局のところ、総じて訓練も経験も足りていない、というのが結論だ。このまま続けるといずれ余計な大けがをしかねない。まあ、しょせん九歳児なので、実戦経験が経験豊富な方がおかしいのだが。

「最終的にはじゃんけんなり何なりで取り合いをするにしても、全部集まるまでは手を組んで集めた方がいいんじゃないかな、って。」

 優喜の提案に、いろいろな思惑を伴った沈黙が下りる。 

「私は賛成かな。出来たら、フェイトちゃんと喧嘩とかしたくないし。」

 なのはが真っ先に賛成する。意外と喧嘩っ早い面はあるが、基本的に彼女は平和主義者なのだ。たとえアリサ相手に説得という名の拳を振るい、夕日をバックに友情を確かめあった経歴があっても、そこは変わらないのだ。

「僕は……、保留にさせて。集めてる理由が分からないから、信用しようにもちょっと。」

「あたしもだね。個人的には、あんたたちは信用できると思う。でも、あんたたちの後ろにいる管理局は、どうにも信用できない。」

 二人の言い分もわかるので、苦笑するしかない優喜。

「私は……、協力はできない……。」

「どうして、フェイトちゃん!?」

「私は、母さんの娘だから。大魔導師の母さんの娘である以上、一人で全部できないといけないから……。」

 フェイトの言葉にため息をついて、この返事を予想していた優喜が、考え方を修正しにかかる。

「あのさ、フェイト。他人をうまく利用するのも、大魔導師の技の一つだよ。」

「え?」

「お母さんに、わざわざ馬鹿正直に手伝ってもらった、って報告する必要もないし、ね。」

 凄い詭弁だ。フェイトのような黙っていることはできても嘘は付けない素直な女の子に、相手をだますという悪いことを教え込もうとしているひどい男、竜岡優喜。こいつは将来、ぺてん師にでもなるんじゃないかと、人ごとながら心配してしまうアルフ。

「優喜君、ずるはいけないと思います!」

「ずるをするのもケースバイケース。嘘が必要な時もあるもんだ。」

「……優喜って、まじめにやってるかと思ったら、とんでもないところでアバウトだよね。」

「今回の場合、重要なのは確実にジュエルシードを集めきること。その過程が早く終わって、関係者の安全が最大限に確保できるんだったら、ぺてんだろうが詭弁だろうが何でもするよ。」

 それに、と言葉を切り、なのはとフェイトをまっすぐ見て、言葉を紡ぐ。

「仮に、今ここでお互いのジュエルシードを取りあいするとしよう。どっちが勝ったところで、負けた方が完全に手を引くわけじゃないでしょ?」

「うん。」

「……引けるわけがない。」

「じゃあさ、取り合いなんて面倒なことを、毎回かちあうたびにやるの? やればやるだけ無駄に消耗して、回収が遅れるんだよ?」

 優喜の、無駄に筋が通って理路整然とした主張に、騙されている感じがしつつも反論できないフェイトとアルフ。もっとも、一緒に行動すればするほど、最後の勝負がやりづらくなるという罠がひそかに隠れているわけで、しかもそのことに気が付いているのはユーノだけだったりするのだが。

「優喜、君の頭の回転の速さには感心するよ、褒めてない意味で。」

「でも、基本的には賛成なんでしょ?」

「反対できるわけないじゃないか……。」

 ユーノとしても、フェイトが決して悪い子ではないことを理解してしまったのだ。アルフとの会話や今までのやり取りで、フェイトにしっかり情が移ってしまった以上、出来るだけなのはとの衝突は先送りにしたい、と思ってしまうのはしょうがないことなのだ。

「あたしはフェイトの判断に従う。ただ、個人的な意見としては、悪い話じゃない、とは思うよ。」

 そしてアルフにとっては、究極的にはジュエルシードはどうでもいい。現状の力量を考えた場合、優喜と敵対しても勝てる道理がなく、また、優喜がかかわってきたおかげで、フェイトについての懸念事項が少しずつ解決に向かい始めている。さっきの提案も、どうにも裏がありそうな雰囲気だが、間違っても自分たちに一方的に不利な結果にはしない、という確信だけはある。

「……アルフがそういうのなら。」

「フェイトちゃん、協力してくれるの?」

「全部集まるまでは、協力する。でも、全部そろったら、なのはと私は敵同士。」

「それでもいいよ。一緒に頑張ろう!」

 ようやく落ち着くところに落ち着いたのを確認した優喜は、フェイトの背後に視線を送る。その視線に対して、彼女の背後の人影が頷くのを確認すると、やたらはしゃいでいるなのはと、それに戸惑いを隠せないフェイトに向かって声をかける。

「それで、フェイトとアルフはこの後、どうするの?」

「このまま、ジュエルシードを探す。」

「あたしはもちろん、その手伝い。」

 予想通りの回答に対し、なのはとユーノに視線を向ける。

「なのは、塾まではどれぐらい?」

「一時間ちょっと、かな?」

「フェイトを手伝う時間はない、か。」

「うん、ごめんね。」

 心底申し訳なさそうななのはに、思わず苦笑する優喜とユーノ。フェイトを手伝う、という言い方にナチュラルになじんでいるあたり、本気で根っこは善良な少女だ。

「じゃあ、フェイトには悪いけど、なのはは昨日出した課題のチェックだけやって、塾の準備かな。」

「お手柔らかにお願いします……。」

「それが終わったら、僕とユーノで門限ぎりぎりぐらいまでは探してみる。」

 大体の打ち合わせが終わり、そのまま解散の流れとなる。ちなみになのはの宿題の回答は……。

「誘導弾はともかく、弾幕をここまで張りきらんでも……。」

「弾幕は、というか弾幕もパワーって、なんかすごくなのはらしいよね……。」

 という二人のコメントがすべてであった。



[18616] 第4話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:30e90a53
Date: 2010/10/31 11:53
「なのは!!」

 高町なのはは、のっけからピンチだった。池の真ん中にドドンと鎮座している巨大なガマガエル。そいつに砲撃を明後日の方向に反射された挙句に、伸ばした舌で絡めとられているのだ。

「また特殊能力持ち、か。」

 周りの人間に頼み込まれてとりあえず傍観している優喜が、今までの流れを思い返してポツリとつぶやく。さりげなく糸が魔力拡散能力を持っていた蜘蛛、表皮がやたらと弾力があって、半端な打撃や斬撃が効かなかったゴキブリ。ほかにも編入試験の晩のムカデ、昨日のトカゲと、それぞれに妙な特殊能力を持っていた。

 なんというか、特撮か何かの怪獣のようなラインナップと性能である。優喜が撃墜されるきっかけになったカラスぐらいまで、これといって妙な能力を持ち合わせていなかったらしいのが不思議で仕方がない。

「なのはを離せ!!」

 優喜が割りとのんきなことを考えている間に、フェイトが血相を変えて突撃をかける。これだけの時間、なのはが食われていない理由は単純。ひとえに馬鹿力ならぬ馬鹿魔力を生かした圧倒的な出力で、引っ張り込まれないように必死に抵抗しているのだ。

「フェイトちゃん!」

 救助されたなのはが、実に嬉しそうにフェイトを呼ぶ。そこに油断があった。舌を切り落としたため、すぐに攻撃が来るとは思わなかったらしい。なのはの無事を確認しようとしたフェイトが、実にあっさり食われた。ひょいパク、という擬音がふさわしいぐらいの勢いである。

「あ。」

「「「フェイト(ちゃん)!!!」」」

 さすがに、これは手を出さんとまずいか、と、カエルの後ろ側に回る優喜。位置を取りながら周りの人間に指示を飛ばす。

「フェイトをはじき出すから、アルフはカエルの口を開いて固定! ユーノは出てきたフェイトを回収してバリア! なのはは退避を確認したら、口の中に限界まで太さを絞り込んだ全力のディバインバスター!」

 優喜の指示に我に返った一同が、タイミングを計ってそれぞれの行動を起こす。人型に変身したアルフがカエルの口を使い魔特有の怪力でこじ開け、ユーノと協力してバインドで固定する。それを見た優喜が、カエルの尻からフェイトのいる辺りに、弾き飛ばすように衝撃を叩き込む。

「フェイトを回収した! なのは、思いっきりやって!!」

 優喜の指示を遅滞なくこなし、安全圏でバリアを張ってなのはに合図を飛ばすユーノ。結構な勢いで吐き出されて地面にたたきつけられたフェイトは、あまり触りたくない種類の粘液まみれではあるが、バリアジャケットのおかげで物理的な被害はゼロだ。

「うん! これが私の全力全開!!」

 なのはの相棒・レイジングハートの先端に、魔力感知が出来る人間ならぞっとするほどのエネルギーが収束する。少しでも絞り込みが甘いと乱反射するので、本気で限界いっぱい絞っている。その貫通力と来たら、砲撃ではなくすでに槍の域である。その一撃はカエルの体を完全に貫通し、池にいた鮒だのブルーギルだのまで魔力ダメージで大量にノックアウトする。もっとも、その前にも流れ弾で結構な数、池の生き物を気絶させているわけだが。

「フェイトちゃん、大丈夫!?」

「私のことより、早く封印を……。」

「あ、うん!」

 レイジングハートを向けて、ジュエルシードの封印作業を開始するなのは。カエルに食われるという、乙女としては経験したくない状況のダメージから、ようやく立ち直るフェイト。まったく、自分といいなのはといい、失態続きだ、と内心忸怩たるものを覚えるしかない。

「まあ、トカゲのときみたいにタイミングミスって同士討ちにならなかった分、マシじゃない?」

 トカゲとの勝負はひどかった。フェイトに対するフォローで撃ち落したしっぽが、よもや地面から遠隔操作で飛びあがってフェイトを弾き飛ばすなんて、まったく予想も出来なかった。フェイトはフェイトで、一撃入れた後の離脱方向を間違えてなのはに全速力での体当たりを叩き込むし、挙句の果てに焦ったなのははフェイトをディバインバスターで撃墜するし、と、なかなかに壮絶なミスをやらかしたのだ。

 まあ、結局優喜が相手の動きを封じ込め、なのはがディバインバスターで止めを刺して事なきを得たのだが、協力体制初回の見事なコンビネーションが嘘のような、コントと評してもいいようなグダグダ振りだった。

「うう、いわないで……。」

「てか、この役割分担って、ある意味しょうがないとはいえ、フェイトがすごく割を食うよね。」

「なのははもっとちゃんと相手を見て撃つべきだ!」

 落ち込み気味のなのはに追い討ちをかけるユーノとアルフ。

「そういえば、さっきのカエル見てて思ったんだけど。」

「……なに?」

「いや、評論とかそういうことじゃなくて、非常にしょうもない思い付き。」

 しょうもない思いつき、という単語に顔を見合わせる一同。なんか、ろくでもないことを言い出しそうで怖い。

「いやね、ディバインバスターをこう、かくんと曲げられたら、不意がうてそうだな、と。」

『それはすばらしい発想です。』

 優喜の危険な発言に、真っ先に反応したのはなんと、レイジングハートだった。

『マスター、出来るだけ負荷を減らすよう協力するので、ぜひ実現しましょう。出来れば弾幕もかくんと!』

「れ、レイジングハート?」

 レイジングハートの危険な熱意におされ気味ななのは。そして、そのレイジングハートの熱意に触発されたもう一機のデバイスが。

『向こうに負けてはいられません。我々も新しいギミックを仕込みましょう。』

「あの、バルディッシュ?」

『向こうが砲撃を曲げてくるのなら、こちらは砲撃を途中で炸裂させるというのはどうでしょうか?』

『ふむ。バルディッシュ、面白い提案です。ですが、あなたの主の特性なら、フォトンランサーやアークセイバーを分裂させたほうが使いやすいのでは?』

『いい着眼点だ、レイジングハート。』

 なんか、お互いの主を無視して意気投合した挙句、物騒な意見交換を続けるデバイスたち。具体的なバリエーションまで話し始めるにいたり、いい加減引き剥がすべきだと判断するにいたる主たち。

「レイジングハート、変なバリエーションよりまずは基本訓練から、だよ?」

「バルディッシュ、今でも使いこなせてないんだから、これ以上妙な機能を増やしても混乱するだけ。」

 主二人の反対により、この場はおとなしくなったデバイスたちだが、無論あきらめたわけではない。高性能すぎる彼らは、こっそりギミックを仕込むことにためらいなど持たないのだが、それが発覚するのはしばらくしてからである。

「優喜が余計なことを言うから、なんかおかしな話になったじゃないか。」

「いや、まさかレイジングハートが食いつくとは思わなかったんだよ。」

「というか、なのはのあのデバイス、かなり発言が物騒だよ。」

 ユーノと優喜の会話に、アルフが突っ込みともボヤキとも取れる発言をはさむ。

「とりあえず、今日はもう遅いから、引き上げようよ。」

 グダグダになってきた会話を打ち切るように、ユーノが提案する。もう解散ムードだったこともあり、この申し出はすんなり受け入れられる。翌日にサッカーの試合を控え、彼らの波乱に満ちたジュエルシード争奪戦は、それなりに順調(?)に進んでいるのであった。







 プレシア・テスタロッサは苛立っていた。事の発端は四日前の定時連絡。まだたった二つしか集めていない無能な人形が、こともあろうにも、自分の得意料理は何か、と聞いてきたのだ。いつもなら一喝すれば引き下がる、いやそもそもそんな疑問などついぞ覚えたことのない人形が、何度回答を拒絶しても食い下がってきたのだ。

 それもいつものようにただおびえ萎縮した表情ではない。おびえた表情、というのは変わらないが、その中に好奇心と期待という、今まで自分に見せたことのない感情をにじませていたのだ。それがまた癇に障る。

 あまりにしつこいので根負けして、得意ではないが一番よく作っていた料理はポトフだと教えたら、愛娘そっくりの嬉しそうな笑顔を見せたのだ。あの時は殺意で気が狂いそうになった。

「まったく、いったいなんだっていうの……。」

 あの後も定時連絡のたびに他愛もない質問をぶつけてきて、そのたびに答えるまで粘るのだ。そんな暇があったら一つでも多く、ジュエルシードを集めてくればいいのに、本当に気が利かない人形だ。

 昨日などは、この大魔導師と呼ばれたプレシアに、シュークリームは好きか、などと聞いてきた。そう、シュークリームだ。かつての自分なら、普通に好きと答えただろう。だが、今は食べ物なぞどうでもいい。欲しいのはシュークリームではない。あくまでも欲しいのはジュエルシードだ。

 なのに、なのにである。あの出来損ないは、こともあろうに今日、シュークリームをわざわざ転送魔法で送りつけてきたのだ。いったい何を考えているのだろうか。確かに、シュークリームはうまかった。いろいろぐらつくほどにうまかった。だが、そんなことで無能を帳消しになどできはしない。

「本当に、腹が立つわね。」

 あんな風に笑っていいのは、アリシアだけだ。出来そこないの劣化コピーごときが、アリシアの真似をしてアリシアのように笑うなど、反吐が出る。

「協力者、とやらのせいね。」

 そう、フェイトが変わったのは、ジュエルシード集めに協力者ができた、と言ってきてからだ。どうせ、あの人形に余計な事を吹き込んだ奴がいるのだろう。とはいえ、利用できるものは利用すべきだし、誰が持っているか、というのさえはっきりしていれば、あの出来そこないが失敗しても、自力で奪い取ればいい。多分言いくるめられての事だろうが、いちいち奪い合いをする愚を考えれば、その判断自体は認めてもいい。

 プレシア・テスタロッサは気が付いていなかった。自分の中で何かが変わり始めていたことに。







「優喜君! 今日はジャージはダメ!」

「何故に?」

 いつものように運動用から外出用のジャージに着替えて降りて行くと、なのはに速攻でダメ出しをされる。ちなみに優喜のジャージは、何気に寝巻用、外出用、運動用に分けられていたりする。

「お友達に優喜君を紹介する約束なんだから、今日はちゃんとした格好するの!」

「いや、二回目以降がジャージになるんだったら、今回からジャージでもあんまり変わらないかと思うんだけど。」

 なのはのこだわりが理解できず、真顔で聞き返してしまう優喜。ぶっちゃけ、ジャージ以外の手持ちの服なぞ、カッターシャツ三枚とジーパン二本しかない。全部、袖を通していないどころか、タグも外していない。

 正直、優喜は男物があまり似合わない自分を自覚している。かつて体が高校生だった頃、訳あって琴月氏の服を借りて正装したら、近所の宝塚マニアのおばちゃん数人に囲まれ、えらい目を見た記憶がある。れっきとした男なのに、男物は何を着ても男装の麗人にしか見えないのだ。かといって、イベントで女装するとかならまだしも、普段から女物を着るのは死んでもいやだ。

 結局、金をかけて着飾ってもロクなことにならないため、消去法でジャージやユニセックスタイプの服に落ち着くわけだが、これが向こうの世界でもこちらの世界でも、身内からは超絶に不評なのだ。

「とりあえず、優。いつもジャージってのはすごくもったいないしさ。たまにはちゃんとお洒落しようよ。」

「美由希さんが手に持ってるのが、フリルいっぱいのお姫様趣味な洋服じゃなかったら、ちょっとは考えたんだけどね。」

「おねーちゃん! いくらなんでも、それは失礼です!!」

「でもさ、なのは。見てみたくない?」

「うっ……、それは……。」

 なのはと美由希のやり取りに、ダメだこいつら早く何とかしないと、と、真剣に考えてしまう優喜。ちなみに、美由希におされぎみだったなのはが出した答えは

「なんか、それを優喜君が着ると、私のなけなしの女の子としてのプライドがピンチな気が……。」

「あ~、それは考えなかったわ。」

 本当に早く何とかした方がいいかもしれない、そんな高町姉妹。そのやり取りを聞いていた桃子が、妙にうれしそうに近寄ってきて

「じゃあ、これなんかどうかしら?」

 と、いつ用意していたのか、不吉なブランドロゴの入った紙袋を取りだしてくる。絶対ロクでもないものに決まっている、と身構えている優喜の前に出てきたのは、黒一色のゴシックファッション。要するに、ゴスロリの男ものだ(正確にはちょっと違うが、ここでは説明を省く)。

「「うっ……、いいかも……。」」

「ちょっと待てい! たとえ男物でも、それ着て外歩くのは、いくらなんでも痛い人すぎる!!」

 体にフィットするデザインラインの、レースをたっぷりと使った黒い服。確かに優喜の容姿ならすごく似合うだろう。だが、それ以上にいろんな意味で妖しいオーラ全開になりすぎる。

「着てくれないの?」

「いくら桃子さんの頼みでも、これ着て外に出るのは却下!!」

「え~? せっかく吟味に吟味を重ねて、これだ! って逸品を見つくろってきたのに~。」

「もっと他にやることあるでしょう一流パティシエ!!」

(だめだこの親子、早く何とかしないと……。)

 まだ朝一番だというのに、全身に疲労がたまる優喜。肉体的にはピンピンしているのに、この体の重さはなんだろう。

「とりあえず、ジャージは却下だから、あきらめてどれか一着選びなさい。」

 結局揉めに揉めた優喜の服装は、新品のカッターシャツとジーパンという、無難すぎて面白味も何もないところに落ち着いたのであった。








「なんや、今日は優喜君、ジャージやあらへんの?」

 八神家玄関。迎えに来たなのはと優喜(頭上にユーノ搭載)を見ての、はやての第一声がそれであった。

「なのはに却下された。」

「あたりまえだよ、優喜君……。」

「なんか、優喜君がジャージにこだわる理由も、今の格好見たらなんとなくはわかるんやけどな。」

 優喜の姿をじっくり観察して、はやてが苦笑しながら言う。まだ小学生だというのに、優喜のカッターシャツ姿は、見事にヅカ系美少女のそれなのだ。まあ、ジャージだったらスポーツ少女になるだけなのだが、ヅカ系とスポーツ少女だったら、まだ優喜的にはスポーツ少女の方がましなのだろう。

「史上初の男の宝塚歌劇団トップとか、普通に狙えそうやね。」

「狙いたくない、狙いたくない。」

 とまあ、グダグダな会話を続けながら、試合のグラウンドに向かう三人。ユーノははやての違和感があるという発言により、いつものようになのはの肩に移動していたりする。

(ん~、今日は特に監視は無し、か。)

 一応、無人のシステムで遠巻きに見ている気配はあるが、隠す気のない無遠慮な視線については、今日は感じない。毎日はやての相手をしていて分かったのは、毎日直接監視をしているわけではないらしい、という一点。

「それで、サッカーの試合って言うとったけど、ジュニアの試合やんな。どこのチーム?」

「私のお父さんが監督をやってる翠屋FCと、隣町のえっと、なんだったかな?」

「いや、僕に振られても。」

「と、とにかく、隣町のチームとの対戦なの。」

 この一件で、なのはが、大してサッカーにも自分の親のチームにも興味がないことが発覚する。まあ、言い出せば、優喜だって、別段サッカーに興味があるわけではないが。

「私もスポーツには詳しくないから、ジュニアのチームのレベルとかよう分からへんけど、翠屋さんのチームって強いん?」

「僕たちに聞くだけ無駄だと思うよ。」

「あ~、せやな。優喜君は海鳴に来て日が浅いから知ってるわけないし、なのはちゃん明らかにあんまり興味なさそうやし。」

(なのは、さすがにいろいろ薄情じゃないかな?)

(うう、言わないで、ユーノ君……。)

 念話でユーノにまでつつかれて、立場がどんどんなくなっていくなのは。

「というかぶっちゃけた話、なのはの運動神経じゃ、試合結果以外で強い弱いを判断できないと思うよ。」

「うっ……。優喜君から厳しい一撃が飛んできました。」

「まあまあ。そこら辺は私も一緒やし、あんまりなのはちゃんをいじめんといたげて。」

「だね。僕も、サッカー自体に詳しくないから、個々の運動神経はともかく、チーム全体とかどうだって言われても分からないと思うし。」

 結局、なんだかんだでこの場の全員、大してサッカーの試合そのものには興味がないことが発覚する。

「なんか、今ので不思議になってんけど、なのはちゃん、何で大して興味もないサッカーの試合、応援に行く気になったん?」

「同じクラスの子がレギュラーなの。」

「その子とは仲ええん?」

「それなりに、かな?」

 なのはの返事に、はやての目に怪しい光が走る。

「その子、なのはちゃんの好きな子?」

 その質問に、ユーノが(見た目はフェレットなのに)好奇心とも危機感ともつかない表情を浮かべ、なのはの返事を待つ。

「はやて、先に突っ込んでおいていい?」

 はやてのガールズトークともオヤジトークともつかない流れの質問に、優喜が割り込む。

「なんやのん、優喜君。」

「なのはとかフェイトに、好きの種類の区別がつくと思う?」

「いやいや、甘いで優喜君。女の子は、うちらぐらいの年になったら、結構異性を意識するもんや。」

 その言い分が分からないでもない優喜は、苦笑しながら突っ込みを再開する。

「だったら逆の話、そもそも僕を誘うとかあり得ないから。」

「え~? なんでなん?」

「現状のなのはの性格で、相手の気を引くために別の男を誘うとか、そんな駆け引きができると思う? むしろ、意中の相手と関係ない男との仲を勘繰られる方を嫌がるはずだよ。」

「あ~、なるほど。」

 なのはの精神年齢は、小学三年生のレベルではない程度には高い。ただ、駆け引きをするしない、というのは精神年齢の高さや頭の良し悪しよりも、性格的な要素の方が強い。座右の銘が全力全開、すべての事を正面から解決しようとするまっすぐな性格の熱血系主人公の彼女が、惚れた男を落とすためにそんな駆け引きは絶対しない。

「というか、そういう駆け引きに使うには、優喜君は向いてないと思うで?」

「うん、自分で言っててそう思った。」

「でも、違う意味で、優喜君を誘うのはあり得へん、言うのは分かったわ。」

「む~、なんだかすごく馬鹿にされてるような気がするの。」

 当人の目の前で、言いたい放題、年に似合わぬ会話を続ける二人に、なのはが割り込んで睨みつける。

「いやいや。というかそもそも、僕たちにはそういう話は絶対早すぎるから。」

「と、優喜君はいっとるけど、ほんまのところはどうなん?」

「普通にお友達だよ?」

「あ~、これは優喜君が正しいか……。」

 将来、恋心的な意味での撃墜王になりそうななのはを見て、思わず苦笑するはやて。

(まあ、確かになのはにはまだ早いよね。)

(ユーノ君までひどい……。)

 念話を使ってユーノにまで言われて、本気で落ち込む気配を見せるなのは。

「とりあえずユーノも安心したようだし、この話はここで終わりにしようか。」

 優喜の言葉に、安心って何? とすねた顔でつぶやくなのはだった。







「「あー!!」」

 グラウンドの応援席で先に待っていたアリサとすずかは、なのはが連れてきた人物を見て、思わず声を上げた。

「なんだか、世間ってのは狭いなあ。」

「あれ? アリサちゃんとすずかちゃん、優喜君と知り合い?」

「知り合いって言うほどでもないよ。なのはに拾われる前に、ちょっと縁があっただけ。」

 驚きのあまりフリーズしてる二人をよそに、のんきに世間話のようなことを続ける優喜となのは。

「この子ら、なのはちゃんの言うとったお友達?」

「うん。金髪の子がアリサちゃん、黒髪の子がすずかちゃん。」

「へ~。二人ともなんかええとこのお嬢様みたいな感じやし、誘拐されかかったところを優喜君に助けてもらった、とかやったりして。」

「「なんで分かったの!?」」

「当たりかい!!」

 どこから突っ込んでいいか分からない流れに、はやてらしくもなくストレートな突っ込みを入れてしまう。

(ねえ、なのは……。)

(なに? ユーノ君。)

(優喜って、どこまでトラブルに首を突っ込めば気が済むんだろうね……。)

(あ、あははははは。)

 ユーノの何か悟ったような言葉に、念話なのに乾いた笑い声をあげてしまうなのは。巨大なカラスに喧嘩を売っていたり、自分の後をつけて大蜘蛛を始末したり、果てはフェイトを同じ要領で救助していたりと、たかが数日なのにこの密度はいったい何なのだろう。

「まあ、とりあえず、僕たちも自己紹介しようよ、はやて。」

「あ、そやね。」

 なのはとユーノが、実に失礼なことを考えていると看破しつつ、混沌とし始めた状況をまとめに入る優喜。

「その様子だと、なのはから少しぐらいは話を聞いてそうだけど、僕は竜岡優喜。前にも言ったとおり、こんななりでもちゃんと男だから。苗字でも名前でも、好きに呼んでくれていいよ。」

「私は八神はやて言います。優喜君に図書館で本を取ってもらった縁で、なのはちゃんを紹介してもらいました。はやてって呼んでくれると嬉しいです。」

「なのはちゃんのクラスメイトで、月村すずかです。すずかでいいよ。」

「アリサ・バニングスよ。私も変なあだ名でない限り、好きに呼んでくれて構わないわ。」

 これで、ざっと自己紹介が終わる一同。

「そういえば、はやてちゃんはたまに図書館で会うよね。」

「そやね。話したことはなかったけど、すずかちゃんは結構図書館にきとったよね。」

「同い年ぐらいの子って珍しかったから、友達になりたかったんだ。」

「私もや。でも、図書館やなくてサッカーの試合の応援で友達になるって、縁言うんは不思議やわ。」

 読書という共通の趣味があるだけに、打ち解けるのは早い二人。その二人を嬉しそうに眺めるなのはとアリサ。二人の会話が落ち着いたところで、アリサとすずかが気になっていたことを優喜に切りだす。

「それで優喜。あなた、あの後大丈夫だったの?」

「捕まって、痛いこととかされなかった?」

「されてたら、この場にはいないと思う。」

 二人の心配がにじむ言葉に、優喜が至極もっともな返事を返す。

「あの後、何かおかしなこととかは?」

「変な人影がうろうろしてるとか……。」

「大丈夫。あの連中はプロだから、余計なことをして尻尾を捕まれるようなことはしないだろうし、何か考えたとして、士郎さんと恭也さんを出し抜けるわけがない。」

 優喜の説得力のある言葉に、今度こそ二人とも胸を撫で下ろす。その様子を見守っていたはやてが、話が終わったらしいと判断して声をかける。

「しかし、この場のみんな、なんかの形で優喜君と関わってるんやね。」

「そういえばそうね。」

「これで、フェイトちゃんがこの場に来たら、優喜君がたらしこんだ女の子のコミュニティとしては完璧やね。」

「フェイト?」

 知らない名が出てきたのを、怪訝な顔をしながら聞き返すアリサ。

「優喜君となのはちゃんが、探し物手伝ってるんよ。綺麗な女の子やで。」

「優喜、あんた男は助けないの?」

「ん? ちょっとした手助けなら、男の人にも結構してるよ?」

「してるんだ……。」

 ちなみにちょっとした手助けというのは、バスに乗るのに苦労しているお年寄りを担いで乗せてあげたり、ランニングの途中で足をひねった運動部員の応急処置をしたりといった、余計なお世話といわれてもしょうがないような事柄ばかりである。

「そんな、アリサとすずかを助けたときみたいな大事が、そうそうあっちこっちに転がってるわけがないでしょ?」

「それもそやね。」

 優喜の、恐ろしく妥当というか常識的な意見に、苦笑しながら同意するはやて。

「確かにそうなんだけど、どうにもアンタって大掛かりなトラブルを吸引しそうな印象があるのよね。」

「後、目の前で誰かが困ってたら、それが国家規模のトラブルでも首を突っ込みそうなイメージ。」

 なのに、アリサとすずかは、優喜の言い分に対して、これっぽっちも納得していないらしい。人をトラブルメイカーかなにかのように言い始める。

「あのさ、僕は自分の出来る範囲を超えた事に、自分から手を出したことはないよ?」

「自分から、って言ってる時点で、巻き込まれたことはあるって言ってるようなものよ。」

 優喜の弁明をあっさり切り捨てるアリサ。

「とりあえず突っ込んでええ?」

「なに?」

「普通、私らみたいな小学生にとっては、大概のトラブルは手に余るもんやと思うんやけど。」

「それを言い出したらそもそも、普通の小学生が、訓練を受けた大の大人を十人以上、素手でノックアウトできるわけがないでしょ。」

 はやての突っ込みを、渋い顔で切り捨てるアリサ。どう転んでも普通の小学生でないとしか判断できない以上、普通を前提にした会話や議論は意味がない。

(ねえ、なのは。)

(言いたいことは想像がつくけど、何?)

(なんかあの一角、小学生の会話じゃないよね。)

(うん。私もそろそろ、ついていけなくなってきたの。)

 話の内容が難しいから、ではない。そういう話を平気で進める友人たちの精神年齢に、ついていけなくなってきているのだ。大人びた会話が少なくなかったとはいえ、先月ぐらいまでは普通の小学生だったのが、今や懐かしく感じる始末だ。

「それと、普通優喜君の年で、そんな大きいトラブルに何回も当たるって、すごい確率やと思うんやけど。」

「まあ、そこはいろいろ事情が、ね。」

「……まあ、その事情とやらは、聞かないことにしておいてあげるわ。」

「あの、私もちょっと気になったんだけど、いいかな?」

「何?」

 アリサ達からのつるしあげが終わったあたりで、すずかが優喜に質問を飛ばす。

「確か、なのはちゃんの家に優喜君がお世話になるきっかけって、優喜君が倒れてたのをなのはちゃんが見つけたから、だったよね?」

「うん。」

「そうだけど?」

「タイミングから言うと、私たちと逃げた後の事だと思うんだけど、どうして倒れてたの?」

 すずかの質問に、少し気まずげな空気がなのはとユーノの間に流れる。が、優喜じゃあるまいし、なのははともかくユーノが気まずそうにしていることに気がつく人間は、この場にはいない。

「まあ、単純な話、一日以上何も食べてなかったのに激しい運動をしたから、お腹が減って倒れただけ。」

「ちょっと、何も食べてなかったんだったら、あの時言いなさいよ! って、さすがにあの状況じゃ無理か……。」

「逃げるのに精いっぱいだったし、途中で追いつかれちゃったしね。」

 一見間抜けで、その実結構深刻な理由だった事を聞き、怒ればいいのか申し訳なく思えばいいのか、判断に困るアリサとすずか。二人の様子に苦笑するしかない優喜。

「まあ、話したいこと聞きたいことはいっぱいあるだろうけど、そろそろアップも終わって試合が始まるみたいだし、ちゃんと応援しよう。」

 優喜の指摘に合わせグラウンドを見ると、そろそろ両チームが中央に集まり始めていた。気になることはいっぱいあるが、それは後の打ち上げの時に、翠屋で聞けばいい。気分を切り替えて、みんなで全力で応援を始めるのであった。







「なのはちゃんらのクラスメイト、すごくうまいんやね。」

「そりゃそうでしょ。好きな子が見に来る試合で、無様は晒せないわよ。」

 試合が終わっての打ち上げ。翠屋のオープンテラスの一番大きなテーブルを占拠して、出てきたご飯をつつきながらサッカーの試合を肴に盛り上がる。ゴールキーパーの彼の活躍もあり、翠屋FCは無失点での大勝利を収めている。ゴールキーパーが活躍するということは結構シュートを打たれている、ということでもあるが、そこはまあご愛嬌だ。

「へ~、あのキーパーの子、好きな子がいるんだ。」

 近頃の小三は進んでるなあ、何ぞと、自分の外見の事を忘れて、ずれた感想をこぼす優喜。

「まあ、うちのクラスでカップルなのは、あそこの二人だけね。後は男子がてんで子供で、惚れたはれたの話は全然よ。」

 視線を移すと、なのは達のクラスメイトのゴールキーパーと、このテーブルのメンバーほどではないが可愛らしい容姿の女の子が、何やら親密な雰囲気で話をしていた。やはり事前の予想通り、なのはがらみの惚れたはれたではなかったらしい。

 もっとも、優喜の興味は、彼が誰とカップルかより、なんだか物騒なものが彼のポケットに入っている気配がすることの方だし、どうやらなのはも気が付いているらしく、微妙に意識がそっちに移っている。

「ん~、予想しとったとはいえ、ちょっとつまらんなあ。」

「なにがよ、はやて。」

「いやな、サッカーにあんまり興味なさそうななのはちゃんが、クラスメイトが出てるから応援行くって言うとったから、その子の事好きなんかなって、ちょっと期待しててん。」

「あ~、なのはにそれを期待しても無駄よ。他の事はともかく、そういう方面は下手すると年齢よりも子供だもの。」

「なんだか、実に私にとって不名誉なことを言ってるよね? よね?」

「事実じゃないの。」

 などと姦しく盛り上がっている三人を、一歩引いたところで苦笑気味に見ている優喜。こういう話題で女の子の間に割り込むと、百パーセントオーバーの確率で碌な目にあわないことは、すでに学習済みである。

「でも、アリサちゃんも別段そういう人はいないんだから、なのはちゃんの事は言えないと思うんだけど。」

「あのね、すずか。うちのクラスに、私が好きになるような出来た男の子がいると思うの?」

「アリサちゃんのその発言も、それはそれで子供っぽいとは思うけど……。」

 アリサとすずかの会話を聞いて、そういう面でいちばん大人なのはすずかかもなあ、と判断しつつ、スープを音をたてないようにすする優喜。サンドイッチを一つユーノに渡しながら、今日紹介された二人の人柄を、じっくりと観察することにする。

「さっきから黙ってるけど、優喜はどうなのよ?」

「ん?」

「好きな子とかはいるの?」

「いなきゃ駄目?」

 なんか、中学生ぐらいの会話だよなあ、とか思いながら、あまり気のない返事を返す優喜。

「ダメとは言わないけど、なんか優喜って、同い年とは思えないのよね。だから、そういう人が一人ぐらいはいるんじゃないかな、って。」

 アリサの同い年とは思えないという言葉に、思わずぎくりとするなのはとユーノ。そんな様子を見て苦笑するしかない優喜。

「いると思う?」

「あ~、ごめん、はっきり理解したわ。」

 もはや、小学三年生という設定を忘れた方がよさそうなやり取りで、優喜への追及がおさまる。さらにアリサの追及が周囲に及ぼうかというとき、商店街の方から桃子が誰かを連れてやってくる。アリサのそれより鮮やかな金糸。どこからどう見ても、フェイト・テスタロッサその人だ。

「あれ? フェイト?」

「どうしたの、フェイトちゃん?」

「桃子さんに捕まった……。」

 スーパーみくにやの袋を持っているところからすると、どうやらお昼御飯を調達して、帰る途中だったらしい。背後に浮かんでいる、彼女を幼稚園児にしたような半透明の少女が、優喜達にむかって会釈する。他の人間に気がつかれないように挨拶を返し、フェイト達の会話に意識を戻す。

「今日はなかなか食べに来ないから、どうしたのかなって思ったら、駅の方に行っちゃうんだもの。」

「今日は予約でいっぱいって……。」

「ああ、サッカーの試合の打ち上げで貸し切ってるだけだし、なのは達もいるんだから、遠慮しなくてよかったのに。」

 優喜たちが戻ってくる直前に、店の張り紙を見たのだろう。美味しいご飯の誘惑に負けたのか、顔を出さなければかえって面倒になるからか、フェイトは毎日律儀に昼をご馳走してもらいに来ている。まあ、ご馳走になっているのは店のメニューではなく賄い飯で、金額的にも手間の面でも、負担と呼べるようなものではないとはオーナー夫妻の弁だ。

「で、桃子さんはなぜに店を離れてるの?」

 そもそも、店の中核の一人である桃子が、いくら料理の類がほぼ出そろっているとはいえ、商店街に出歩いているのは大問題ではなかろうか。

「ちょっと手違いで調味料がいくつか切れてたの。バイトの子だと分からないものもあるから、私が直接買いに出たのよ。」

「それで、みくにやに行って、フェイトを見つけたから捕獲した、と。」

「そそ。そういうわけだから、テーブルちょっと詰めてあげてくれる? すぐにフェイトちゃんの分も用意するから。」

 それを言われて応じない人間は、少なくともこのテーブルにはいない。すぐさまフェイトの椅子を隣の空きテーブルから持ってきて、一人分のスペースを作る。

「結局、優喜君がたらしこんだ女の子が、全員揃ってしもたなあ。」

 初対面組が一通り自己紹介を終えたのち、はやてがそんな余計なことを言い出す。

「いや、たらしこんだつもりは全然ないけど。」

 はやての台詞に反射的に突っ込んだ優喜は、なのはからのジト目に気がつく。

「そうは言うけど優喜君、フェイトちゃん、すごく優喜君に懐いてる気がするんだけど?」

「ってなのはは言うけど、懐いてるの?」

「懐いてない。」

 いつもより固い印象のある無表情で、割と即座に否定する。そのまま顔に出さずに、なのはとユーノに念話を飛ばす。

(なのは、ユーノ、気が付いてる?)

(あ、やっぱりフェイトちゃんも気がついた?)

 フェイトの念話で、どうやら自分の感覚が間違っていなかったことを悟るなのは。ついでに、フェイトの表情がいつもより固い理由も察する。

(やっぱりって、何が?)

(高槻君が、ジュエルシードを持ってるみたい。)

(ええ!?)

 どうやら、ユーノは気が付いていなかったようだ。魔法を使った探知能力はともかく、素の感知能力はなのは達に幾分劣るらしい。ちなみに言うまでもないが、高槻君とは、彼女にいいところを見せたい一心で大活躍し、今店内でその彼女といちゃいちゃしてる翠屋FCのゴールキーパーだ。

「優喜、何でジャージじゃないの?」

「フェイトちゃんも、やっぱそこに食いつくか。」

「うん。そもそも、普通の服を持ってるイメージがなかった。」

 なのは達と念話で会話をしながら、何食わぬ顔で優喜の服装の違和感を論じる。

「何でジャージじゃないのかは、なのはを参照のこと。」

(優喜は気が付いてるのかな?)

「なのは、何か言ったの?」

(たぶん気が付いてると思う。さっきから、少しだけ高槻君を警戒してる。)

「だって、優喜君、アリサちゃんたちを紹介するって言ってるのに、ジャージで行こうとするんだもん。」

 フェイト同様、念話と表とでまったく違う会話をこなすなのは。基本裏表がない性格ではあるが、ゲームなどで複数のことを同時に切り離して思考する能力は、結構鍛えられているのだ。まあ、元から若干他の事を気にしている態度が出ているので、結局隠し事が出来ていないのには変わりない。

(というか、私たちが気がつくようなことを、優喜がこの距離で気がつかないとは思えない。)

(気がつかなかったの、僕だけか……。)

 へこむユーノに、思わず苦笑が漏れるなのは。どっちかと言うとこれは向き不向きの問題だし、ユーノに出来て優喜に出来ないことも結構多いのだから、そこまでへこむ必要もないのに、と思ってしまう。

「ジャージだとまずいの……?」

「大問題だよ!」

 念話をとりあえず打ち切り、目の前の会話に集中する二人。さすがに、これ以上続けていたら、どんなぼろが出るか分からない。しばらく、アリサたちも交えて、ジャージがなぜまずいのかを、当の優喜を放置して語り合う少女達。

「それはそうとフェイトちゃん、今日は探し物する言うとったけど、私らの相手しててええん?」

「大丈夫。優喜となのはのおかげで、最近はちょっと順調だから。それに、ご飯を食べて行かないと、士郎さんも桃子さんも納得しないし。」

 優喜の服装の話が落ち着いたタイミングで、はやてが気になっていたことを聞く。念話での会話をおくびにも出さず、普段通りにはやてに返事をするフェイト。

「フェイトの探し物って、大変なの?」

「言ってくれたら、私たちも手伝うよ?」

「ありがとう。でも、優喜となのはが手伝ってくれてる分で、十分に手が足りてるから。」

 百パーセントの善意からの台詞に、少しだけ申し訳なさそうな表情で答えるフェイト。優喜みたいな規格外ならともかく、普通の何の力も持たない小学生がかかわるには、少しばかり危険が大きすぎる。

「それだったらいいけど、本当に困ったら、ちゃんと頼ってきなさいよ?」

「なのはちゃん達もだよ?」

 結局蚊帳の外のままのアリサとすずかが、何やら面倒なことをしているらしい連中に釘を刺す。

「どうしようもなく困ったら、遠慮なくこき使うから安心して。」

「優喜君、その言い方はどうかと思うの……。」

「いや、実際のところ、本当にどうしようもなく困ったら、使える人間は徹底的にこき使うしかないのが普通だし。」

 優喜の割と身も蓋もない発言に、何とも言い難い沈黙がその場に降りる。フェイト以外の全員、いろいろ言いたいことがあるが、何から突っ込めばいいのか分からない様子だ。

「はい、お待ちどうさま。」

 優喜に対して誰が何を言うかを無言で牽制している間に、桃子がフェイトの分の昼食を持ってきた。一緒に何やらパンフレットのようなものも持ってきている。

「それで、フェイトちゃん、はやてちゃん。連休に、みんなで温泉旅行に行くんだけど、一緒に行かない?」

 そう言って、フェイトとはやてにパンフレットを渡す。中身は、車で一時間ほどの温泉旅館の案内。そこに予約を取っているらしい。

「優喜君の分を追加するときに確認したら、フェイトちゃんとはやてちゃん、後アルフさんの分ぐらいまでは余裕があるみたいだから、どうかな、って。」

「お~、楽しそうですね。私は暇な独り身の自宅警備員やし、喜んでお供させてもらいますわ。」

 パンフレットを見て、迷うことなく速攻でOKを出したはやて。優喜と知り合うまで友達もおらず、本当に一人で暇を持て余していたので、こういう楽しそうなイベントは大歓迎なのだ。

「あの、私は……。」

 一方で、そもそも海鳴に来ている理由がジュエルシード探しであるフェイトは、一番たくさん反応があったというこの地を、出来るだけ離れたくない。だがしかし、主に食事の面でさんざん世話になっている桃子の誘いを、無下にするのも気が引ける。何より不覚にも、旅行というものが楽しそうだ、と思ってしまったのだ。

「費用なら気にしないで。誘った以上こっちで持つし。」

「そんな……。悪いです……。」

「大丈夫大丈夫。人数が結構多いから団体割引も効くし、ここの女将さんとは友達だから、団体割引と併用できる割引クーポンももらってるし、そもそもフェイトちゃん自身は小児料金だから大した金額じゃないし。」

 意地でも連れて行く気になっている桃子を見て、心底困った表情になるフェイト。本気で困って助けを求めるように優喜を見ると、桃子も釣られてそっちを見る。双方ともに優喜に相手を説得するよう求めているわけだが、この場合居候で学費も旅費も全額負担してもらっている彼には、選択の余地などない。

 しかも、桃子だけならまだしも、このテーブルにいる人間全員が、期待を込めて優喜とフェイトを見ているのだ。多勢に無勢にもほどがあるのだ。優喜にだって出来ることと出来ない事があるのだ。

「フェイト、諦めて一緒に行こう。」

「ええ!?」

 どうやら裏切られるとは思わなかったらしい。心底ショックを受けた様子で優喜を見詰め返す。

「ごめん、フェイト。僕は居候だから、家主の意向には逆らえないんだ。」

「そ、そんな……。」

「それにね、もしかしたら、手違いで向こうに探し物があるかもしれないし、なかったとしてもちょっと根を詰めすぎだから、いい加減休みを入れる必要もあると思うし。」

「で、でも……。」

「そんなに気になるんだったら、旅行までに全部見つけるぐらいの勢いで頑張る、って言う手もあるよ。」

 どうあっても、自分が不参加という選択肢は取れないようだ。あきらめて一つうなずく。その返事を聞いて、テーブルが歓声に包まれる。その反応につられて、フェイトの顔が少し綻ぶ。

「旅行は楽しそうだから、一緒に行くのはいい。だけど、優喜に裏切られたのは結構ショック。」

 予約の追加しなくっちゃ、といそいそと店内に入っていく桃子を見送った後、フェイトが優喜に、ちょっと恨みがましい視線とともに非難をぶつける。

「いや、僕にだって出来ない事の百や二百は当然あるんだけど……。」

「やっぱりフェイトちゃん、優喜君に凄い懐いてるやん。」

「だよね。優喜君ばっかりずるいよね。私だってフェイトちゃんと仲良くしたいのに。」

 やけに優喜を信頼している様子のフェイトに対し、はやてとなのはがさっきの話を蒸し返す。特になのはは、心底優喜がうらやましそうだ。

「だったら、旅行で仲の進展を狙えばいいじゃない……。」

 優喜からすれば、なのはとフェイトは、あってからの日数を考えれば、十分に仲がいい。戦闘中も、お互いに相手をフォローしようと必死に頭を使っている様子が伺える。まだまだ経験不足や訓練不足もあってから回ってはいるが、相手のミスを非難せず、自分の落ち度と捉える辺りは十分な信頼関係を築き上げているように見える。

 まあ、これはひとえになのはの、喜怒哀楽の浮き沈みが激しく、誰の目にも善良に見える裏表のないまっすぐな性格が一番大きいだろう。将来は分からないにせよ、今現在の彼女が誰かに対する悪意を隠している、などとは、ちゃんとなのはを知っている人間には想像することも出来ない。

「私、そんなに優喜に懐いてるかな……?」

「うん。一緒に探し物してるのに、私のお願いより優喜君の意見を優先するんだもん。」

「ごめん、なのは。そんなつもりは全然なかったんだけど……。」

「私から見れば、アンタ達二人も十分いちゃいちゃしてるように見えるわよ。」

 二人の世界を作りそうになっているなのはとフェイトに、最初はニヤニヤしながら成り行きを見守っていたアリサが、ため息をつきながら突っ込む。

「いいわよ、アンタ達がそのつもりなら、私はすずかを独占してやるんだから。」

「それやったら、私があぶれるやん。」

 なんだか、百合の花が咲き乱れそうな展開になってきたところに、関西人の血がうずいたはやてが突っ込みを入れる。

「えっと、この流れだったら、優喜君がまたあぶれてると思うから、優喜君を独占……?」

「「それは駄目!!」」

 すずかのピントのずれた現状認識と提案に対して、なのはとフェイトが仲良く反対を表明。この発言が更にアリサ・はやてコンビを勢い付かせる。困り果てた二人が優喜に助けを求め、見かねた優喜が助け舟を出し、それが逆効果になって更に激しくいじられる。結局、彼女達の初顔合わせは、なのは・フェイトと優喜は三角関係、という実態に即しているようで微妙にずれた認識になったのであった。







 フェイトがいじられた怪我の巧妙か、聖祥組と十分に仲良くなれた打ち上げのあと。みんなではやてを送り届けてから、探し物を再開するという口実で解散し、八神家から十分に距離をとってから方針の打ち合わせに入る。

「アリサとすずかが、手伝うって言ってこなくてよかった。」

「二人とも賢いから、手伝えない理由があるんだってことを察してると思う。」

「そうだね。二人にはいずれ、ちゃんと説明しないと、アリサちゃん、あんまり長く隠してると怒るから……。」

 それぞれに、心苦しそうな表情を浮かべてため息をつく。人と人とのつながりが増えれば、当然隠し事の類も出てくる。

「それは今考えてもしょうがないよ。それより、例のジュエルシードは?」

 ようやく普通に話が出来るようになったユーノが、一番の気がかりをたずねる。

「ちゃんと捕捉してる。今のところは発動の気配はない。」

「問題は、どうやって回収するか、だ。」

「うん。いくらクラスメイトだっていっても、それは危ないからこっちに頂戴、なんていって聞いてくれるわけがないよね。」

 難題に、三人そろって、またため息が出る。

「問答無用で殴り倒して奪う、ってわけにも行かないし……。」

「はじめて会った時のフェイトならともかく、ユーノからそんな過激な台詞が出るとは思わなかった。」

「優喜、私の第一印象って、そんなに過激だったの?」

「変に焦って、肩に力が入ってる感じだったから、冗談抜きで今回みたいなケースだったら、やりかねない危なっかしさがあったよ。」

「そうなんだ……。」

 やはり、単独行動はよろしくない、と改めて思い知るフェイト。自分ではそんな自覚はないが、どうやら優喜から見たフェイトは、相当前のめりで結果を急ぐ部分があるようだ。

「まあ、とりあえずその話はおいておこう。今は、どうやって回収するかの方が先。」

「でも、本当にどうしよう?」

「誰かが注意を引いている間に、スリ取るって手もあるけど……。」

「優喜って、本当にたまにすごく手段を選ばないよね。」

 人のことを過激といっておきながら、犯罪そのものの手段を言い出す優喜に、あきれた様子で突っ込むユーノ。

「……残念ながら、後手に回ったみたいだ。」

 高槻君とその彼女の居場所まで近づいた辺りで、優喜がポツリと漏らす。続いて、なのはとフェイトが、最後にユーノが、魔力の大きな変化に気が付く。

「さて、何が出てくるやら。」

 密かに体を臨戦態勢に切り替え、優喜が魔力の渦の中心をにらみつける。場所はいつぞやの児童公園。フェイトがゴキブリに色々されてしまった場所だ。幸か不幸か夕方ゆえ、人がほぼいなくなっていた。もしかしたら、無意識のうちに危険を察知して立ち去った、もしくはジュエルシードが暴走の過程で人払いの結界を作り出したのかもしれない。

(アルフ、来て!!)

(あいよ!)

 話がややこしくなるので別行動をしていたアルフが、転移魔法で飛んでくる。その間にも世界がどんどん変化をしていく。鳥篭のようなものが、宙に浮かんだカップルを閉じ込める。夕日を背景に巨大な玉座が現れ、周りを何本もの柱が覆っていく。鳥篭の内側の天辺付近には、大量のエネルギーを放出し続けるジュエルシードが。

「これは……、檻?」

「玉座の上に、鳥篭と来たか……。」

 なんとなく、暴走した願いの根源が見えた気がする優喜。驚くべきは、これだけ大規模に世界を塗り替えているというのに、それほど外に対してゆがみを発生させていないことだろうか。入力部分に問題が大きいだけで、制御と出力の部分は意外と優秀なのかもしれない。

「とりあえず、まずは確認からだ。」

 いきなり一足飛びに封印に走りそうな二人を牽制し、周囲を警戒する。

「どうやら、二人っきりの時間を戦闘で邪魔する、なんていう無粋な真似はしないつもりらしいね。」

 周囲に動くものの気配がないことを確認し、優喜が小さくつぶやく。

「後は……、鳥篭には鍵の類は無し。そもそも開く構造になってない。」

「優喜、魔力的にもほころびの類はないみたいだ。」

 優喜とユーノが、観察だけで分かる事実を確認する。その間、アルフが転移魔法の応用で、空間の状態を解析する。

「この世界は、基本的な効果は強力な封時結界と同じだね。空間を書き換える機能のほうは、ちょっと解析できなかったよ。」

 どうやら、ジュエルシードの封印が終わるまで、この状況から脱出するのは不可能らしい。

「後は……。そうだなあ、ちょっと篭の強度を調べてくる。」

「物理的な強度を調べるんだったら、あたしもやるよ。」

「優喜君、アルフさん、気をつけて。」

「ん。」

 飛び上がって格子の一本をつかみ、筋力を増幅して曲げようとする。まったくびくともしない。殴りつけると、そのままダイレクトに打撃が返ってくる。咄嗟に受け流して着地。見ると、アルフも爪での斬撃を反射されて、軽く傷を負ったようだ。

「物理攻撃は反射されるみたいだね。」

「うん。とりあえず格子の内部に徹を入れてみるから、その結果を見てから魔法関係を試そう。」

「了解。」

 発勁で徹した結果も同じ。さすがに直接殴りつけるよりは手ごたえがあり、少しばかり亀裂も入っているが、反射ダメージのほうが大きい。中の二人を引っ張り出せるほどのダメージを与える前に、優喜の体のほうが壊れかねない。しかも、見ている前で亀裂がじわじわとふさがっていく。

「次は、私達だね。」

「ワンショットで、結果を見てみる。」

 フェイトが魔力槍・フォトンランサーを、なのはが誘導弾・ディバインシューターを発動させ、一撃ずつ入れてみる。格子に当たった瞬間、唐突に魔法が消滅。

『マスター、強力なバリアを確認。』

『魔力を拡散させるタイプのようです。』

 レイジングハートとバルディッシュが、攻撃を通じての解析結果を報告する。

「蜘蛛のときと同じ?」

『近い性質ですが、バリア貫通タイプの魔法なら、あるいは通る可能性もあります。』

「そっか、ディバインバスターは、通じるかもしれないんだね。」

『はい。』

 いきなり物騒な方向に話が飛ぶなのはとレイジングハートを尻目に、次の行動を決めるフェイト。

「直接斬りつけてみるから、砲撃はちょっと待って。」

「うん。跳ね返ってくるかもしれないから、気をつけてね、フェイトちゃん。」

「そのときはユーノ、治療をお願い。」

「分かってる。」

 今までになく手ごわい状況に、悲壮な覚悟を持って突撃を始めるフェイト。まだ修復が終わっていない格子の一本に、全力で切りつける。当たりかけた瞬間に、魔力刃が消える。

「やっぱり、無理か……。」

 結果的に空振りをすることになったフェイトが、現状では出来ることがない事を理解し、さっさと離脱する。

「なのは、次お願い。」

「うん。ディバイン・バレット!!」

 ディバインシューターと同じく、優喜からの宿題で完成させた単純魔力弾・ディバインバレット。魔力弾の基本であるシュートバレットを参考に作り上げた弾幕魔法で、恐るべき低燃費と発動の早さで並みの魔力弾の数倍の威力と数を作り出す、まさしく砲撃ジャンキーでトリガーハッピーな高町なのはの、面目を躍如した魔法だといえる。今回も、一切加減せずに大量に作り出したため、視界内を三桁に届こうかという魔力弾が多い尽くしている。

 もっとも、さすがに一撃の重さはフォトンランサーに数段劣るため、防御の薄いフェイトのジャケットはともかく、なのはの分厚いバリアジャケットを抜くにはやや難がある威力ではある。まあ、そもそもの目的は破壊力ではなく、数と展開の速さのはずで、更に威力まで追及するあたりの密かな殺意の高さが何気に恐ろしい一品である。

「シュート!!」

 慎重に狙いをつけて、すべての弾が一本の格子に連続で当たるように撃ち出す。さすがに同時に発射すると的を外すからか、三発から四発を一組にして、射線を慎重に設定して発射している。それでも、その発射速度は驚異的で、誘導弾なぞなくても、フェイトぐらいなら普通に撃墜できるんじゃないか、と疑ってしまう光景だ。

「駄目だったみたい。」

『目標の拡散能力には、まだまだ余裕があると推測されます。』

「やっぱり、ディバインバスターしかないかな?」

 なのはが、ポツリとこぼす。その意見に必死になって頭を絞る優喜。ディバインバスター以外の手段を探している、というのではない。どこに撃ち込むのが最適かを考えているのだ。

「なのは、篭の底を横からえぐるように、最大出力で撃ってみて。」

「え?」

「まずは、中の二人を引っ張り出せるようにしないと、さすがになのはも、クラスメイトにバスターを誤射するのは嫌でしょ?」

「あ、うん。分かった。やってみるよ。」

 昨日やったように、慎重に収束させて、貫通力をあげる。照準をきわどい場所に合わせ、正確に底だけをえぐるイメージを練り上げる。

「ディバインバスター!!」

 一瞬拡散されかけた砲撃が、強引に相手のバリアを押し切って底面を抉り取る。幾分魔力を散らされたため、底を抜くまでには至らなかったが、もう一撃行けば十分に篭に手が届く。

「もう一発、ディバインバスター!!」

 先ほどと同じように高度に収束された砲撃は、先ほどよりやや上、篭の底面を正確に撃ち抜く。篭の底が完全に抜け、二人を回収する猶予が生まれる。

「僕が回収するから、離脱したらジュエルシードがフリーになるまでバスター! フェイトはバスターの封印術式じゃ足りなかったときのために準備!」

「「了解!!」」

 指示を飛ばし、優喜が迅速にカップルを回収して離脱。間髪いれずに、開いた穴からディバインバスターをこれでもかというぐらい連射。三発目の時点でジュエルシードを守っていたバリアが完全に消滅し、ジュエルシードが露出する。

「フェイトちゃん!!」

「うん! 封印!!」

 フェイトの封印術式が発動し、今までで初めて、普通の人間がかかわったジュエルシードの暴走事故は無事解決したのであった。







「なんか、今回のは疲れた……。」

 今までと違い、色々気を使うことが多かった今回の件。何より厄介だったのが、優喜がほぼ無力だったことだろう。優喜自身としては、もう少しやれば突破口が見えそうだった。ただ、別段独力でどうにかする必要を感じていなかったために、砲撃が通じる可能性があった時点で、手を出すのをやめたのだ。

 実際、優喜が気孔を使ってどうにかしようとした場合、なのはがディバインバスターで底をぶち抜くより数倍手間がかかっていた。なにより、誤射や反射の被害が、非殺傷のディバインバスターよりはるかにヤバイ。

「ここまで色々厄介な相手はいたけど、優喜が攻撃面では役に立ってなかったってのがレアケース過ぎて驚いたよ。」

 困ったときの切り札、という位置づけに落ち着いていた優喜が無力化されるケースを目の当たりにし、自分達がどれだけやばいことに手を出しているのかを思い知る。

「僕にも出来ることと出来ないことがあるって、何度も言ってなかったっけ?」

 優喜の反論に、返す言葉がまったくない一同。

「今回は向こうからの攻撃がなかったけど、これで攻撃があったらまずいねえ。」

「……うん。アルフ、私たちも探す時間をちょっと減らして、訓練の時間を増やしたほうがいいと思う。」

「だね。アタシ達、連続でいいところがないしね。」

 いろいろな意味で、危機感に火が付いたらしい。そんな主従に苦笑してしまう優喜。

「とりあえず、みんなてこ入れを考えたほうがいいかなあ。」

「てこ入れ? 特訓とかするの、優喜君?」

「いや、時間的にも体力的にも、それをやってもあんまり効果ないと思うから、道具のほうで進めていこうかな、って。」

「道具?」

 優喜が師から習った、柱となる技能のひとつ。ある意味格闘技よりしっかり仕込まれた、将来生計を立てることすら見越したスキル。長くやっていなかったのだが、久方ぶりにものづくりに精を出すのもいいだろう。

「いろいろ不便だし、まずは僕が念話を使えるようにしようかと思うんだ。」

「……それが出来たらいいんだけど、本当に出来るの?」

「一応原理は分かってるし、気を魔力に変換する術式と、送受信の術式を組み込んだ道具を作ればいけると思う。」

 ただ、本当に久しぶりなので、まずは試作が必要だろう。とりあえずリハビリもかねて、どこかで大き目の廃材の木片でも拾ってきて、適当に大雑把に加工して見ようと心に決める。本命はなのはとフェイトの強化なので、とりあえず二人に質問する。

「なのは、フェイト。」

「「何?」」

「とりあえず、アクセサリって形で作ろうかと思うんだけど、どんなものがいい?」

「えっと……。」

 アクセサリといわれて、ぱっと思いつくものは指輪かペンダント。ただ、ペンダントはレイジングハートやバルディッシュの定位置になっている。となると、指輪だろう。

「指輪、かな?」

「私も指輪しか思いつかないけど……。バルディッシュを振り回すのに邪魔になると困る。」

「了解。そこらへんもちゃんと考えて作るよ。」

 このときの決断が、こちらの世界の竜岡優喜の将来を決めるのだが、このときは誰もそのことを知らないのであった。



[18616] 第5話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:0701498a
Date: 2010/11/01 21:26
 優喜がなのはのクラスメイトになってからしばらくしたある日。その日の高町家の夕食は、危機的状況から始まった。

「かーさん、大丈夫?」

「ええ。大丈夫。」

 高町家の食の守護神が、足をひねって重度の捻挫を起こしてしまったのだ。幸い骨に異常はなく、捻挫そのものは、優喜が軟気孔であらかた直したのだが、さすがに足にダメージがある状態で、料理などという負担のかかる作業をさせるわけにはいかない。

「とりあえず桃子さん、明日は休んだほうがいいと思う。もちろん家事は絶対禁止。」

「やっぱりそうかしら……。」

「とりあえず、今日の晩飯と、明日一日の食事が問題だな。」

 士郎がうなりながら言う。士郎の場合、作れなくはないが、レパートリーが派手に偏っているのだ。特に、弁当向けの料理となると、手持ちのレシピでは壊滅だ。翠屋で出すようなメニューは店で出せる程度の味に仕上げるが、それ以外の料理は出来ないも同然で、弁当となると、サンドイッチぐらいしか無理である。

「えっと、私が作るってのは……。」

「「「「却下。」」」」

 美由希の提案は、その場にいた人間全員から同時に却下される。美由希の料理は、優喜の強靭な胃袋と鋭い割には悪食な味覚をもってしてなお、食べたら死ぬと言わしめた殺人料理だ。それ自体は毒物ではないのだが、とにかく味付けが独創的過ぎる上に、食材の組み合わせがとことん間違っており、死ぬほどまずいだけでなく、死ぬほど胃にもたれるのだ。言ってしまえば、毒物ではない、というだけである。

 ちなみに、高町一家でまともに料理が出来る最後の一人は、本日は恋人の家にお泊りだ。いろいろ想像できることはあるだろうが、そこは突っ込まないのがマナーであろう。ちなみに、その恭也のレパートリーは、士郎と大した差はなく、味は数段落ちる。

「今日は俺が作るとして、朝は……、時間がないから味噌汁と米と卵焼きだけになるけど、かまわないか?」

「うん。」

「しょうがないよ、かーさん怪我してるし。」

 士郎の言葉に、なのはと美由希がOKする。ぶっちゃけ、一日ぐらいは食事が貧しくても、文句を言うような人間は高町家にはいない。

「しかし恭也の奴、いいタイミングで忍さんのところにお泊りか。」

「一人分負担が減って良かったと考えるべきか、うちが大変なときに一人だけ彼女さんといちゃいちゃしてって文句を言うべきか……。」

 士郎と美由希の、あまりよろしくない感情のにじんだ会話に苦笑しつつ、優喜が手を上げて提案する。

「あの、僕が作るってのは、拙いかな?」

「ああ、そういえば、優喜も料理は出来るんだったか?」

「うん。多分、士郎さんの専門外と比較すれば出来る方、ってレベルだけど。」

「優って、本当にいろいろ出来るよね。」

「私、自分の不器用さに涙が出そうです……。」

 自分の芸のなさにため息をつく高町姉妹。その様子に苦笑するしかない優喜。

「出来ないことも結構あるよ。たとえば、音楽関係は結構壊滅だったし、ファッションは顔がこれで男物をあきらめたせいで、自分でも分かるほどセンス絶無だし。」

 おおよそ一人で生きていくうえでは、大して問題にならないスキルが壊滅的な優喜。要するに、彼はとことんまで実用本位なのだ。

「で、どんな料理を作るんだ?」

「ゴボウとチンゲンサイと豚肉の細切れがあるから、キンピラゴボウと菜っ葉の煮物にお味噌汁かな。あ、おからもあるから、うの花も作るか。」

 冷蔵庫の中身を確認して、ざっとメニューを決める。ゴボウとチンゲンサイは、お使いを頼まれた時に、商店街の八百屋さんでサービスしてもらったものだ。豆腐屋さんで豆腐を買った時に、おからと薄揚げもサービスでもらっている。

 高町家に居候になってから日が浅いというのに、優喜は結構商店街で顔が利く。士郎と桃子からプロフィールが流れていることに加え、食材に対しての結構な目利きの技を見せたこともあってか、やたらと商店街の皆様に気に入られてしまったのだ。そのため、優喜かなのはがお使いをすると、大体結構な量おまけしてもらうことになる。

「ほほう。お手並み拝見と行くか。」

「まあ、あんまり期待しないでね。後、うの花は時間がかかるから、結構待ってもらうことになるけど、構わないよね?」

 といって、踏み台を用意して、妙に手馴れた様子で調理を始める優喜。包丁の使い方も材料の下ごしらえも、まったく問題なく進めていく。

「慣れてるな。」

「お世話になってた家で、無理言って大分練習させてもらったから。まあ、結局最後まで奥さんにも娘さんにも敵わなかったけど。」

 うの花をかき混ぜながら、苦笑気味に答える。ちなみに、うの花は優喜の一番の得意料理だ。理由は簡単。豆腐屋さえあれば材料が安く手に入り、腹もちがよく量も稼ぎやすいからである。使うおからは、もらった量の三分の一程度にとどめる。でないと、高町家ですら、三日は食べられる分量になる。

「そりゃお前、年頃の娘さんの沽券とか主婦の意地とかにかかわる話だから、優喜に負けるわけにはいかんだろう。」

「まあ、ね。」

 主婦の意地の方はともかく、年頃の娘の沽券というやつにはかかわりそうな人物が高町家に居るわけだが、そこはあえて誰も触れない。ちなみにその沽券にかかわりそうな美由希は、すでになのはにすら腕前では抜かれている。

「また、キンピラをえらい量作るんだな。」

 一時間ほどかけてうの花を作り終え、チンゲンサイと豚肉の細切れをぐつぐつ煮込みながら、きんぴらごぼうの下ごしらえをする優喜に、士郎が突っ込む。

「明日のお弁当にも使うつもりだし。」

 手慣れた主婦のような発想に、思わず苦笑する高町夫妻。いくら中身が二十歳とはいえ、見た目が小学生の子供にそこまでやられて、もはや再起不能の美由希。

「ほい、きんぴら完成。あとは味噌汁だね。」

「ようやくか。さすがに腹が減ってきたぞ。」

「ごめんごめん。」

 味噌汁を作っている間にキンピラとうの花を器に盛り、煮物を取り分けて行く。

「ご飯出来たよ。」

「ご苦労様。」

 テーブルに並んだのは、これでもかというぐらいに和風。肉気が少なく揚げものの類が存在していないという、量が多めであることを横に置いておけば、実にヘルシーなメニューである。ちなみに味噌汁の具はワカメと麩である。

「うう……、実際に見せられるとへこむなあ……。」

 地味ではあるが、意外と手間のかかる料理を出されて、本格的にへこむ美由希。ヘルシーメニューのため、主菜がないのが気になるといえば気になるが、分量も使っている食材も多いのでまあ、問題はないだろう。

「ちゃんと味見したから味付けは大丈夫だと思うけど、口に合わなかったらごめんね。」

「余程でない限りは、出されたものに文句を言うやつはこの家にはいないさ。」

 士郎の言葉に、目の前の料理に興味津々の様子のまま、桃子が頷く。特におからを炊くのは、かかる手間が尋常ではない事もあって、桃子はうの花を作ったことがない。おからをもらうことはあるが、すべてお菓子の材料に使っていたので、商店街のおからが料理という形でテーブルの上に並ぶのは、実は初めての経験である。

「じゃあ、作ってくれた優喜に感謝しつつ、いただくとしよう。」

「「「「いただきます。」」」」

 まずは全員で味わう。しばらくただ黙々と食べる音が続く。全員が一通り箸を付けたあたりで、美由希がさらにへこんだ表情で感想を漏らす。

「うう……、普通においしい……。」

「だなあ。全体的に薄味で物足りない気もするが、好みの問題の範囲だしな。」

「最初ちょっと物足りなかったけど、一鉢食べるんだったら、これぐらいがちょうどいいかもしれないって感じてきたわ。」

 総じて反応は好意的。薄味だといいながら、醤油や唐辛子を足すほどではないようなので、許容範囲だったのだろう。ちなみに薄味にしたのは優喜の好み、というより味覚の問題だ。人より鋭い分、薄い味付けでも満足してしまうのだ。無論、濃い味付けがダメ、というわけではない。

「これが、優喜君のおうちの味なの?」

 初めて食べる優喜の料理の味に、なのはがふと思いついて聞いてみる。

「ん~と、竜岡家の味とはちょっと違うかな。もううろ覚えで、再現しようにも正しかったかどうかも思い出せないし。」

「じゃあ、お世話になってたおうちの?」

「うん。それが近い。まあ、その味ともやっぱりちょっと違うんだけどね。」

 さんざん食べた琴月家の味は、もう少し濃い味付けだ。単に、優喜の好みで、やや薄い味付けにしただけである。

「ということは、優喜君と結婚したら、これが竜岡家の味になるのね。」

「桃子さん、それはいろいろ飛びすぎだと思う。第一、最低限法の上で結婚が許されるまでですら、後十年ぐらいあるんだし、いくらなんでも気が早いんじゃないかな。」

「あら、十年なんてあっという間よ?」

「……まあ、そこは否定しないけど。」

 家族が死んでから今までの時間の速さを思い出し、小さく苦笑する優喜。ただ、十年近くたっても、自分だけが生き残ってしまった罪悪感は、根を張ったまま消えていない。十年たったところで、自分の心は家族を失った時のままなのかもしれない。

「今はまだピンと来なくても、もう一度体が大人になるころには、そういう話を意識できるようになるかも知れんぞ。」

「それまで、こっちにいるのかな?」

 なんか、もう元の世界に帰れない前提で、そんなことを言い出す士郎。実際のところ、優喜自身も、いずれは師匠が帰る手段を用意してくれるとは思っているが、空間だけでなく時間軸も動いてしまっているため、時差などもふくめ十年ぐらいはかかる覚悟はしている。

「そういえば優、帰る手段を探すのに、何か当てとかあるの?」

「まあ、最悪の場合でも、僕の師匠はこういうケースに強い人だから、時間を気にしなければいずれ迎えには来てくれると思うけど……。」

「優喜君にしては、他力本願だよね?」

「こっちだと知り合いが少ないから、どこから手をつけていいのかが正直分からない。」

 そもそも、一番当てになりそうなユーノからして、こういうケースについては資料がないと言い切ったのだ。他の当てとなると、超常現象とお友達の人を探して回るしかない。さしあたって可能性があるのは、神社のキツネの飼い主と、最近知り合いになった、普通の人間と違う気配の割合が高いクラスメイト。

 ただし、どちらに対しても、どうアプローチするのかが難しい問題だ。内容が内容だけに、相手も大っぴらにはしていない。ストレートに切り出したら、ただの変な子ども扱いされるか、下手をしたら自身の命の危険も覚悟する羽目になりかねない。

「とりあえず、遺跡がどうとかいう話だったら、忍さんの親戚とか、詳しい人がいるかも。」

「ああ、確かに。月村さんのところは、いろいろ変わった仕事をしている人が多いそうだし。」

 手詰まり感が漂っている優喜に、助け船を出す美由紀と士郎。詳しいことは聞いていないが、考古学者をはじめとして、そういう古代の神秘にかかわる仕事をしている人間が結構いるのだとか。

「詳しいことは、恭ちゃんかすずかに聞いてみるといいよ。」

「多分、恭也からも話は行っているだろうしな。」

「明日の放課後は、すずかちゃんのおうちでお茶会だし、その時に忍さんに聞いてみたら?」

 変にとんとん拍子で進む話に、かえって警戒心を抱いてしまう優喜。しかも、月村すずかは、優喜がどうこの件についてアプローチするかを悩んでいた相手だ。話がうますぎる。

「お茶会の時に聞く、って言うのは難しいと思う。アリサもいるし、当のすずかにこの話はしてないし。」

 場所は月村家だが、要するにすずかの家に遊びに行く、というのが正しいのだ。アリサがいないわけがない。ちなみに、当初は参加の予定だったはやては、直前になって病院の都合でずれた検査入院と重なり、今回は欠席となった。フェイトはあまり気乗りしない様子だったので、無理には誘っていない。

「あ~、そうだよね。普通、こんな話は出来ないよね。」

 優喜の台詞に、同意の声を上げる美由紀。正直、並行世界から飛ばされてきた、などという話を初対面の人間にしても、頭がおかしいと思われるか、妄想を話しているようにしか受け取ってもらえないのが普通だ。士郎と桃子にこんな話を正直にした優喜も、それを信じた二人も、美由希の理解の外だ。

「かといって、恭也さんと忍さんだけに話をしたとして、あんまりあれもこれも目の前で蚊帳の外だと、アリサもはやてもすずかもいい気はしないだろうし。」

「いっそ、アリサちゃんたちにも正直に話したら?」

 厄介な状況を打破すべく、優喜に提案するなのは。

「それも考えてるんだけど、茶飲み話で話して信じると思う?」

「ん~、アリサちゃんみたいに頭がよくて成熟している子だと、まず信じないでしょうね。」

 桃子が、優喜と同じ結論を答える。同じ理由ではやてもアウトだ。すずかは、姉が科学技術方面にマッドな人材ゆえに信じるかもしれないが、多分表面上は中立を保つだろう。

「いずれ話すにしても、状況とかタイミングとか考えないと、ただの与太話で終わるから、ね。」

「そう考えると、優は本当に、最初の時によく正直に話したよね。」

「筋が通った嘘が思い付かなかったんだ。だから、ダメもとで。」

 それでうまくいくのだから、人生というのは分からない。まあ、士郎も桃子も、そういう一般常識が通用しない世界の知り合いがそれなりにいるらしく、優喜の話も、最初から嘘だと切って捨てる理由がなかっただけなのだが。

「まあ、アリサ達には、もう少し信頼関係が出来てからちゃんと話すよ。」

 なのはに視線で、そっちも人ごとじゃないんだからね、と釘を刺しつつ、食事とともにこの話を終わらせる優喜であった。







「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん。」

「おはよう、なのは、優喜。」

「おはよう。」

「おはよう、アリサ、すずか。」

 いつもの通学路、いつもの合流地点。今週の頭から優喜が加わったこと以外は、特に変化の無いいつも通りの朝。

「どうしたの、すずか。ちょっと元気ないけど。」

 どうにも、ちょっと表情が暗いすずかを気にして、優喜が声をかける。

「え? あ、うん。なんでもないの。気にしないで。」

「そう? まあ、それならいいけど、悩みごとなら愚痴ぐらいは聞くから。」

「うん、ありがとう。」

 小さく微笑んで、いつものすずかを装う。それを見た優喜が、一緒の車で来たアリサに視線を飛ばす。アリサがすずかに見えないように、肩をすくめて首を左右に振る。どうやら、朝からこの調子らしい。

「それでなのは、ジョギングはちゃんと続いてる?」

「うん、ちゃんと続いてるよ。」

「最近、ようやく最後までペースを落とさずに走れるようになってきたから、少し距離を伸ばそうかと思ってるんだ。」

 アリサの問いかけに、近況を答える二人。まだまだ兄たちと一緒に走る日は遠い感じだが、それでも遠からず、体力クラス最下位は脱出できそうだ。

「そういえば、優喜は体力測定の時はまだ、学校決まって無かったのよね。」

「うん。まあ、来年までお預けかな。」

 優喜の体力測定と聞いて、残像が残るほどのスピードでの反復横とびだとか、一周してスタート地点に戻る握力計だとか、いろいろ漫画的な結果を想像するなのは。今は、まだ加減があやしいと言っているので、冗談抜きでそういう光景をやらかしかねない。少なくとも本気で飛べば、垂直飛びで体育館の天井に手が届くのは確実だ。

「今日は体育だけど、ちゃんと手加減しなさいよ。」

「そこはすずかにも言って。僕はちゃんと加減してるから。」

「最近の体育の時間は、次元が違いすぎてなのははついていけません……。」

 という軽口の応酬にも、なぜかすずかはのってこない。どうにもこうにも上の空だ。

「本気でどうしたの、すずか。」

「え? 何でもないよ。ちょっと考え事してただけ。」

 明らかにおかしいが、意外とすずかは強情だ。というか、この三人組は方向性こそ違え、皆何がしかの面で強情だ。それぞれが意地を張るポイントが違うために、深刻な対立につながることはないのが救いではあるが。

「学校で、何か嫌なことがあるんでしょ? 私に言ってみなさいよ。」

 出会って日が浅いこともあって、下手に踏み込めない優喜に代わり、アリサが突撃を敢行する。友達になって三年目、互いに親友と呼び合える仲になっているのは伊達ではないはずだ。いまさら少々ぶつかったところで、仲直りできなくなるほど自分たちの絆は軟弱なつもりはない。

「その、大したことじゃ、ないんだよ?」

「大したことじゃないんだったら、そんな顔しない!」

「というか、僕たちにとっては大したことじゃなくても、すずかにとっては深刻な問題なんでしょ?」

「うん……。多分そうなんだと思う……。」

 優喜の指摘に、うつむいてため息をつくすずか。実際のところ、自分でもどうしてここまで気になるのか分からない。優喜が一緒にいると妙に血が騒ぎ、当人が怒っていないことに腹が立ってしまう。多分あきれられるんだろうなあと思いながら、ここ数日、正確には優喜が転入してからの憂鬱の理由を意を決して話そうとすると。

「よう、男もどき。今日もわざわざ男装してるんだな。」

 クラスメイトの一人、聖祥には珍しい悪ガキというタイプの少年が、優喜に絡んでくる。名を大森君という。すずかの気配が変わったのに気がついた優喜は、原因をなんとなく察して苦笑する。確かに、大したことではない。多分すずかは、この少年が優喜のことを悪く言うのが気に食わないのだろう。優喜にとっては、もう十何年言われ続けて、いい加減どうでもよくなっていることだが、第三者から見れば不愉快なのかもしれない。

「その恰好して男だって主張するんだったら、女とつるむようなカッコ悪い真似してんじゃねえよ。」

 小馬鹿にしたような表情で、ひたすら優喜に絡む大森君。主張内容はこの年頃の男の子が普通に考えることだ。大概小学校三年四年の男の子など、女の子と仲よくしているということ自体格好悪いと考える。翠屋FCのゴールキーパー・高槻君のような例外もいるにはいるし、女の子に異性として告白するようなませた子もそれほど珍しいわけではないが、大体平均はこの彼のようなタイプの思想である。

 そしてもう一つ。平均的な小三男子は、気になる子、好きな子に意地悪をすることが多い。が、当人は好きだから気を引きたい、という心理に気が付いていない。彼もその典型で、大人の目から見れば、すずかの事が気になって気になってしょうがないのがよく分かるのに、当人は自分のそんな感情に、気がついてすらいない。だからこそ、新参者の優喜が、なのはのおまけとはいえすずかの隣にあっさり居座っているのが、とことん気に食わないのだろう。

 自我が確立する最後の過程みたいなものだし、長く見ても思春期に入る前に考え方が変わってくる程度の話だ。中学前半ぐらいまでは、似たような行動をする子もいるが、ただ恥ずかしいとか、今まで言ってきたことだから意地を張っている、とかその程度の、誰もがかかる、はしかのようなものだ。

「女の子と一緒にいるのがカッコ悪いって言うんだったら、まずは高槻君にその主張をぶつけたら?」

 自分の顔の事はとりあえず横においておき、わざとうんざりした様子を作って他の人間を避雷針にしようとする優喜。内心では、すずかの怒りのボルテージが上がっていっているのを感じて、気が気でない。確かに、すずかの言う通り、本当に大したことではない。このぐらいの事で、すずかが本気で怒る理由が理解できないぐらいだ。

 聡明なすずかの事だ。大森君の態度がはしかのようなもので、無視しておけばそのうち絡んでこなくなることぐらい理解しているだろう。理解したうえで、多分本人にも分からない理由で、どうにも我慢できないほど腹が立つのだろう。優喜にしてみれば、転入早々勘弁してほしい話なのは確かだ。

 空気を読んでどっか行ってくれ、という優喜の願いもむなしく、ひたすら絡んでくる悪ガキ。これでも先生の前では、優等生の振りを見事に演じているのだが、担任をはじめとした経験豊富な教師の何人かは、彼の本性ぐらいは最初から知っている。成績としつけを重視した、お金のかかる私立校は伊達ではないのだ。

「あんなとことん腑抜た奴にいくら言っても無駄だよ。大体、お前みたいに半端にかっこつけて男のふりしてるやつ見てると、イライラしてくるんだよ。」

「そりゃどうも。」

「まったく、お前みたいなオカマは、女子の制服着て教室の隅で雑巾でも縫ってりゃいいってのに、わざわざなんで男の振りなんかするんだ?」

「優喜、いつまでそんな馬鹿を相手にしてるの?」

 いい加減聞くに堪えなくなってきたらしい。アリサが割って入る。見ると、すずかの顔に表情がない。正直、はっきり言って怖い。なのはも彼の言い方には腹が立たなくもないが、それ以上にすずかの怒りのボルテージの上がり方が怖くて、ただおろおろするしかない。

 ちなみに、雑巾云々は、転入初日に家庭科の授業で雑巾を縫った時、誰よりも早く優喜が仕上げたことに由来する。あまりに見事な手並みに、先生がため息をついて毛糸玉を渡して、授業が終わるまで好きなものを作れ、と言い放ったほどだ。その授業で、見事な編みぐるみを一個作って、よけいにあきれられたのはここだけの話だ。

「僕に言わないでよ。こっちは絡まれてるだけなんだし。」

「そうだよ、アリサちゃん。叱る相手は優喜君じゃなくて、大森君にしないと。」

 苦笑がちに抗議の声を上げる優喜に、すずかが感情を感じさせない静かな声で同調する。普段おとなしい人間が怒ると、周りは生きた心地がしないという典型的な状況に、優喜は心の中で十字を切る。

「なんだよ、ゴリラ女。」

「大森君、顔とかみたいに、生まれつきのもので自分ではどうにもできない事を、そこまで悪く言うのはいけない事だよ?」

「オカマをオカマって言って何が悪いんだよ!」

(僕みたいなケースだと、女性が男性のふりをする事になるから、正確にはオナベなんだけどなあ……。)

 すずかに気押されながら大森君が言い放った反論に、心の中でどうでもいい突っ込みをする優喜。一連の流れで、すずかの怒りのポイントが何となく理解出来たのだが、どうにも根深そうで厄介だ。多分、すずかの持つ気配が、普通の人間のそれからかけ離れていることに、深く関わってくるのだろう。

「とりあえず、喧嘩は構わないんだけど、いい加減遅くなるから続きは教室で。」

 散々馬鹿にされていたはずの優喜が、何事もなかったかの如く二人をなだめに入る。多分、このまったく相手にしていないという態度が、よけいに大森君の神経を逆なでしているのだろう。

「分かったよ。オカマとゴリラ女のせいで遅刻とか勘弁してほしいから、先行くわ。」

 逃げる口実を得て、威勢よく言い放ってそそくさと校舎に消えていく大森君。その後ろ姿を見て、ため息をつくアリサとなのは。

「まったく、見苦しいったらありゃしない。」

「なんで、大森君は優喜君を目の敵にするんだろうね?」

「本当よ。身の程ってものを知っていれば、これがあいつごときが噛みついて無事ですむ相手じゃないことぐらい、すぐに分かるはずなのにね。」

 さすがに今朝のは度が過ぎたのか、二人とも苦い顔で大森君を酷評する。なんとなく理由を察していた優喜が、フォローするように考えを告げる。

「多分、すずかの事を一度かばったでしょ? あれがまずかったんだと思う。」

「ああ、あったわね、そんなこと。」

 前々から大森君は、事あるごとにすずかにゴリラ女だなんだと絡んでくることがあった。普段は少し放置すれば勝手にどこかへ行くのだが、優喜が転入してきた日は、やけにしつこかったのだ。普段は歯牙にもかけないすずかでも、あまりにしつこいとさすがに堪える。だんだんすずかの顔が暗くなっていくのを見かねた優喜が、仕方なしに割り込んで追っ払った。それが気に食わなかったらしい。

 なのはのクラスにはもともと、三つぐらいの大きいグループがあった。その中でも発言力が大きいなのはやアリサのグループと、半端なアウトロー気取りの大森君のグループは、学年が変わってからやや対立気味だった。そこに、新参者の優喜が入ってきたのも、無駄に彼を刺激する結果になった。世話になっている家のつきあいを優先させた優喜を、男のくせに女みたいな顔で、生意気なアリサのグループにしっぽを振ってる軟弱もの、と認識するまでに、そう時間はかからなかったようだ。

「どうにも、自分がなんですずかにちょっかいをかけてるのか、それ自体を理解してないだろうし。」

「やっぱり子供だってことよね……。」

 アリサからすれば、そんな子供っぽい嫉妬で優喜に喧嘩を売って、もし優喜の堪忍袋の許容範囲を超えたりしたらと思うと、そっちの方が気が気でない。特に、今回みたいに本人に実害がなくても、周りの人間に大きな被害を出すような状況が続いた日には、大森君の未来はないだろう。

 別に、大森君がどうなろうが知ったことではない。が、その結果として自分や優喜に降りかかる問題を、出来るだけ穏便に処理しないといけなくなる可能性を考えると、いくら自業自得とは言え、優喜に始末されるような真似は避けてもらいたい、というのがアリサの本音だ。

「それより優喜君、よくあそこまで言われて、平気でいられるね。」

「僕が言うのも変だけど、子供の言うことにいちいち目くじらを立ててもね。僕しかいない場所だったら、正直実害は全くないし。」

 外見的には確かに違和感があるのに、優喜が大森君を子供と評することに、実に違和感がない。そもそも、彼我の実力差も理解できていないところも含めて、本当に大森君は子供だ。まあ実際のところ、小学生なのだから子供なのも当たり前なのだが。

「とりあえずすずか、物で釣るようで悪いんだけど、今はこれで機嫌なおして。」

 いまだに機嫌がなおらないすずかをなだめるために、まだ着色が終わっていない木彫りの子猫を取り出して渡す。

「わ、かわいい。」

「あら、いいじゃない、これ。」

「試作品。練習で作ったんだ。アリサのもあるよ。」

 と言って、同じく着色していない木彫りの子犬をアリサに渡す。

「へえ、アンタ、こういうのも出来るんだ。」

「本命は、アクセサリ作りなんだけどね。そっちの方は今週にでも道具と材料用意して、また試作してみる予定。」

 優喜の説明に、可愛い子猫に気分が落ち着いたらしいすずかが、ふと気になった疑問を口にする。

「なんで木彫りなの?」

「材料が拾えるから。ちなみに今回作ったやつは、廃品回収に出されていたテーブルの脚が材料。アクセサリの方は、金属でやるつもりだから、ちゃんと材料買わないとね。」

「アクセサリなんて、自作できるんだ……。」

「まあ、練習はいるし、大したものは作れないけどね。」

 ブランクなどを考えて、控えめに自己申告する優喜。今の体でどの程度のものが作れるか、というのはやってみないと分からない。まあ、大掛かりな機材が必要な作業を裏技でカバーできるので、それほどお金をかけずに試作まで行けそうなのは救いだが。

「そういうわけだから、試作のためのリクエストは受付中。ただし、出来なくても文句は聞かない。」

「あ、だったらこの子と対になるようなブローチかペンダントがあると嬉しいかな。」

「ん、了解。試しに作ってみる。」

 リクエストを言ってきたすずかの顔を見て、ようやく嵐が去ってほっとした一同であった。







「優喜、かーさんの足の具合はどうだった?」

「明日は普通に歩けると思うよ。」

 時間は飛んで放課後。着替えと桃子の診察も兼ねて一度家に戻り、月村家のメイド・ノエルが運転する車で迎えに来てもらった優喜達。その優喜と顔を合わせた恭也の、第一声が家の事だった。

 月村家は郊外の大豪邸で、その気になれば庭を自転車で駆けまわれるほどの敷地を誇る。裏を返せば、それほどの敷地面積だからこそ、海鳴郊外にあるわけだが。もっとも、いくら郊外と言っても、これが個人の持ち家だという事実は、一般庶民のコンプレックスを大いに刺激しそうだ。

 その広大な月村邸の庭の片隅、風通しと見晴らしのいい場所に設置されたテーブルが、今日のお茶会の会場だ。恭也と忍は出迎えには顔を出さず、最初からその場で待機していた。テーブルの周りには、おやつがもらえるからか飼い主がいるからか、大小たくさんの猫が好き勝手に遊びながらスタンバイしている。

「そうか、大事なくて本当に良かった。」

「ご飯の方も心配しないで。今日も僕が作るから。」

「そういえば、昨日は見事な和食だったそうだな。今日は何を作るつもりだ?」

「商店街の皆様からの差し入れがいろいろあったから、蒸し鍋にでもしようかな、って思ってる。」

 小学生と高校生の、しかも男の会話とは思えない内容で盛り上がる二人。

「そういえば、今日のなのはちゃんのお弁当のおかず、優喜君が作ったんだっけ?」

「うん。昨日の残りものと冷蔵庫の中の端材で、適当にスペースを埋めました。」

 ちなみに弁当の中身は残り物のキンピラとうの花に、お弁当の定番・卵焼き、それから適当な材料で汁気がなくなるまで炒めた野菜炒めという、手早く出来ることを主眼に置いた見事なラインナップだった。残り物がなければ、代わりに冷凍食品が入っていたのは言うまでもないだろう。

「こういう言い方はあれだけど、優喜って所帯じみた技ばかり持ってるわよね。」

「あはははは……。」

 アリサの評価に、乾いた笑いを上げるしかないなのは。辛うじて味噌汁と卵焼きを作れるだけの彼女としては、味のレベルこそ両親に譲るとはいえ、普通に食べるのに困らない程度を手早く作る優喜は驚異的な存在だ。人生経験の差というやつはかくも大きいのかと、優喜と暮らすようになってから幾度目かの絶望的な気分を味わう。

「まあ、なのはちゃん。料理が優喜君よりできなくても大丈夫だって。この忍さんも、そこのすずかも、まともな料理なんて全く出来ないし。」

「お、お姉ちゃん、それはひどいよ……。」

「すずか、ちゃんと出来る料理って卵焼きぐらいでしょ? 世間一般では、まともな料理は全く出来ないってカテゴリーに入るのよ、それ。」

 月村姉妹の何気にあれなやり取りを見て、やや引きつった笑いを浮かべる女性陣。まだ小学生だからしょうがない話ではあるが、彼女たちの料理の腕は五十歩百歩なのだ。

「それにね、なのはちゃん。料理が出来なくても問題ないわよ。優喜君を捕まえておけば、毎日ちゃんとしたものを食べさせてもらえるし。」

「し、忍さん。なのはにだって夢とか憧れとかプライドというものがあるのです! 毎日同い年の男の子にご飯を作ってもらうのは、なけなしの乙女心がズタボロなのです!」

「へえ、優喜君じゃ不満なんだ、なのはちゃん。結構贅沢というか、ハードル高いわね。」

「いえ、あの、優喜君に不満があるわけではないというか、むしろ私が釣り合ってないというか……。」

「だって、すずか。向こうは同居してるから、うかうかしてると何もしないうちに手も足も出なくなるわよ。」

「お姉ちゃん!!」

 なんか、大人になったはやてがここにいるような感覚に襲われる優喜。当人を蚊帳の外に置いたままで、ここまで盛り上がれるのは正直すごいとしか言えない。

(忍さん、どうやらこっちを見定めてるみたいだ。はっちゃけてるように見せかけてるけど、僕には全然気を許してない。)

「で、優喜。」

「ん?」

「将来有望な美少女二人に言い寄られてる形だけど、感想は?」

「まず一つ目。勝手に忍さんが盛り上がってるだけで、どっちも本人はそのことについてはっきりとコメントしていない。二つ目、この年での惚れたはれたが長続きするとでも思ってるの?」

「……本当にそういう面では面白みがないわね、アンタは。」

 冷静にあわてるそぶりも見せずに切り返してくる優喜に、げんなりした表情でコメントを返すアリサ。その淡白さにテンションが下がったらしい忍が、まじまじと優喜を見つめる。

「優喜君、君の年でそんなに覚めてるのは感心しないな~。」

「忍さん、年に似合わぬ思考と言動って点で言うと、このテーブルの小学生はみんなそうだと思いますよ。」

「ま~、確かにね。アリサちゃんなんて、天才の看板に偽りなしって感じで頭が回るしね~。」

「僕個人としては、常識が通用するアリサよりも、この庭の防衛システムを平気で構築するマッドな忍さんの方が怖いわけですが。」

 優喜の言い分に、苦笑を洩らす恭也。防衛システムの構築に(その意思があったわけではないが)何枚も噛んでしまった身の上としては、優喜の肩を持ちたくなる。

「発動したところを見てもないのに、そんなこと断言できるんだ。」

「そらまあ、見えただけでも小型の高出力レーザーと思わしきシステムが十台程度隠してあったし、音の反響具合から、地下になに仕込んでるのか考えたくもない感じだったし。」

「へえ、あれが見えたんだ。目がいいね。」

「視力そのものは1.5。普通ですよ。気がついたのはどちらかというと注意力の方。っと、音で思い出した。後で、忍さんにちょっと相談が。」

 音、という言葉から、優喜の相談とやらに、ピンと来るものがあるらしい恭也と忍。一拍遅れてなのは(と一緒に来ているが声を出せないユーノ)が、優喜の言わんとしていることを察する。

「ああ、士郎さんとか恭也から聞いてるわ。確かにここでする話じゃないわよね。」

「また、私たちは蚊帳の外ってわけ?」

「優喜君、なんだか隠し事多いよね。」

「こっちはまあ、話してもいいって言えばいいんだけど、茶飲み話でするような話じゃないんだよね。」

 相談内容を察しているメンバーが、苦笑しながら優喜の言い分に頷く。年長者の反応から、優喜の態度が妥当なんだろうと判断するすずか。ただ一人、アリサだけが納得していない。

「私たちには、話しても無駄ってこと?」

「いや、聞くとお茶がまずくなる話だから、こういう場ではどうかなって。」

「気を使ってくれるのは嬉しいけど、お茶会ってのは、悩み事や言えない事を言うための場でもあるのよ。お茶がまずくなってもいいから、ちゃんと話しなさい。」

「はいはい。」

 アリサの力強い言い分に、苦笑しながら年長者に目配せをする。同じく苦笑しながら一つうなずく二人を確認し、それならばと、念のために監視の類がないことを確認して話す。

「ぶっちゃけると、はやての家が監視されてるっぽいんだ。で、多分盗聴器とか仕込まれてるから、そこから犯人を逆探知できないかな、って。」

「はあ? 根拠は何よ?」

「はやてが監視されてる根拠は簡単。一緒にいるとたまに、人気がない場所でも、あり得ない方向から視線を感じるから。盗聴器については、はやての家に行ったとき、床下とか天井裏とか、後コンセントの差し込み口とかから、マイクらしき音が聞こえてきたから。」

 淡々と、優喜が根拠となると考えている事柄を告げる。気がついた時は正確な場所や数まで分からなかったが、二度ほどお邪魔した時に、全部把握した。

「優喜君の耳って、どうなってるの……?」

「やっぱりそこが突っ込みどころなんだ。」

 すずかの突っ込みに、なのはがくすくす笑いながら突っ込む。すずかにまでフェイトと同じようなことを言われて、思わず苦笑する優喜。

「って言うか、打ち上げの時の翠屋での会話とか、全部監視されてたっての!?」

「うん。まあ、聞かれて困るような話はしてなかったし、怪しまれてはやてに何かあっても困るし、第一こっちに何かされると面倒だったから無視してたけどね。」

「なんでそういうことを黙ってるのよ!」

「打ち上げの時は、さすがにあの場では言えないよ。今日まで黙ってたのは、単純に忘れてたから。」

 忘れてた、という言葉に、思わず頭を抱えるアリサ。

「何にしても、すぐにどうこうすることじゃないし、はやてとの話は、聞かれても困らない事、恥ずかしくない事だけにしておけば問題ないから、当面は特に気にする必要はないんじゃないかな?」

「あの、優喜君……。」

「ん?」

「フェイトちゃんも、それを知ってるの?」

「知ってるよ。盗聴器に気がついたとき、なのはと一緒にその場にいたし。」

 今回も、結局アリサとすずかだけ蚊帳の外だったらしい。優喜が来てから、なのはは自分たちに隠し事が増えた気がする。まあ、今回のは単に、話す機会がなかっただけの事なのだろうとは思うが。

「ちなみに、当のはやては知らないから。不自然になって、監視してる相手にばれたら、それこそ何されるか分からないと思って黙ってる。まあ、監視の視線がなくても、どこかに盗聴器とか仕込んでたらまずいから話せない、ってのもあるけど。」

「まったく、知らないうちに、私たちの周りも物騒になったものね。」

「ごめんね、いろいろ物騒な話を持ち込んで。」

「本当よ、って言いたいところだけど、私たちも優喜に物騒なことで迷惑をかけてるから、おあいこってことにしておくわ。」

 冗談めかして、この話を打ち切るアリサ。苦笑しながら、膝の子猫を軽くなでるすずか。もう少し、お茶の美味しくなる話題に切り替えようと頭をひねっていると、不意にお馴染みとなった違和感。なのはに目配せをすると、意図に気がついたらしい。他の皆に分からないように合図を返す。アリサの頭の良さが突出しているため、どうにも子供っぽく見えるなのはだが、やはりこの察しの良さは、そんじょそこらの小学三年生とは比較にならない。

(てすてす、ただいま念話のテスト中。)

(わ、びっくりした。)

(ごめん、驚かせた。で、どうやって抜け出そうか?)

(ん~、ごめん、少し考えさせて。)

(了解。)

 なのはが頭をひねっている間に、彼らの望みである、お茶会を自然に中座するきっかけを提供してくれる存在が現れた。

「あっ、こら!!」

 何を思ったのか、なのはの足元にいた子猫が、いきなり彼女の体を駆け上がって、髪の毛を束ねていたリボンをくわえて引っ張り始めたのだ。くくり方が緩かったのか、あっという間にリボンを子猫に取られてしまい、なんだか中途半端な髪形になってしまうなのは。

「ちょっと、ダメだよ。」

「ステラ、人のものをとっちゃダメじゃない。」

 なのはとすずかが子猫を捕まえようとするが、怒られると思ったのか、それとも遊んでくれると思ったのか、器用に二人の手をすりぬけて、森の方に走り去る子猫。森、そう森だ。月村家には、きちっと管理された大きな森があるのだ。

「いつも思うんだけど、なのはの髪って、束ねてるときとおろしてるときで、量が違う気がするんだ。」

「思っててもそういうことは言わない!!」

 何やら危険なことを言い出す優喜に、とりあえず突っ込んでおくアリサ。そんなこんなしているうちに、状況は新たな展開を迎える。

「みぎゃ!!」

 なのは達が子猫の方に気を取られていると、足もとで珍妙な叫び声が。見ると、ユーノのしっぽを体の大きな猫が噛んでいたのだ。月齢的には一歳ちょっとという感じなので、まだ遊びたい盛りなのだろう。ゆらゆら揺れているユーノのしっぽが、ちょうどおもちゃとして都合がよかったようだ。

「あっ、ユーノ君!」

「なんか、収拾がつかなくなってきたな。」

 大柄な猫に追い回されて、これまた森の方に逃げ込むユーノ。まあ、向こうは本来人間で、魔法も使えるのだし、自力でどうにかするだろう。

「とりあえずなのは、ステラとユーノを追いかけるよ。」

「あ、うん!!」

「手分けして探した方がいいわね。」

「もう、ステラもジュノンも、後でお仕置きしないと……。」

 こうして、猫とユーノを探すという口実で、ジュエルシードの発動場所に急ぐ二人であった。







 途中で地面に落ちていたなのはのリボンを回収し、ジュエルシードの発動体を確認した時、そこには目を疑う光景が。

「フェイトちゃん……。」

「フェイト……。」

 フェイトが、ジュエルシードによって巨大化した子猫にしがみつき、とろけそうな笑顔でもふもふしていたのだ。フェイトの背後に浮かんでいる、半透明の幼い少女が、困ったように、でもどこか嬉しそうな表情でフェイトを見つめている。

「やっと来てくれたのかい……。」

「ごめん、抜け出すのにちょっと手間取って。」

 疲れたようにこぼすアルフをよそに、うっとりと顔をうずめるフェイト。子猫の方もまんざらでもないらしく、ごろごろ言いながら、お腹を見せてウェルカム、という感じで転がっている。

「で、あれはどういうこと?」

「どうも何も、見たまんまさ。フェイトが猫好きだったなんて、初めて知ったよ。」

「いいなあ、フェイトちゃん。」

 心底うらやましそうにしているなのは。だが、巨大な白ネコをもふもふしている死神風の露出度の高い少女、というのは何気にあれな光景である。

「なんか、こういうとあれだけど、最近のフェイトはちょっと、ポンコツ気味になってきてるよね。」

「使い魔の身としては、その言葉が否定できないのがつらいところだよ。」

「でもまあ、見たところ血色もいいし、会った時に比べると、ずっと健全な状態だからいいんじゃない?」

「だね。」

 などと、つい和やかな光景につられて和んでいると。

「優喜、平和な光景を崩すのはもったいないけど、おかしなことになる前に封印を始めた方がいい。」

 ユーノが釘をさしてくる。予定通り、きっちり猫を撒いて合流してきたのだが、あまりに平和な光景に、どう突っ込んでいいのか分からなかったのだ。

「そうだね。すずか達を待たせるのも具合が悪い。なのは、封印よろしく。」

「フェイトちゃんでなくていいの?」

「今、使い物にならないし。」

「あ、そ、そうだね。」

 放っておいたら永久に猫と戯れていそうなフェイトを見て、思わず苦笑するなのは。最近、以前のような張りつめた空気が薄らいでいるのはいいことだが、ここまで変貌すると、とても同一人物とは思えない。

「フェイトちゃん、悪いけどそろそろ封印するよ。」

「あ、だめ、なのは! もうちょっと、もうちょっとだけ待って!!」

「私個人としてはいくらでも待ちたいというかむしろ、一緒になってもふもふしたいところなんだけど、そのもうちょっとを聞き入れるときりがないと思うので却下なのです。」

「お願いだから、もうちょっとだけ堪能させて!!」

 このフェイトの壊れっぷりはなんだろう。もしかしたら、ジュエルシードの魔力で酔っ払っているのかもしれない。案外、これが今回の暴走体の特殊能力なのかもしれない。

「後でアルフに大型の子犬形態にでもなってもらって、気が済むまでもふもふしたら?」

「それも魅力的だけど、犬と猫では手触りが違う!」

 だめだこのフェイト、早く何とかしないと。その場の四人の思考が一致する。こうなっては四の五の言ってられない。強制的に封印だ。今回は攻撃的な相手ではないので、魔力ダメージでノックアウトという工程が不要だし、もうさっくりゼロ距離で封印してしまう事にする。フェイトを巻き込まないように慎重にレイジングハートを近付け、容赦なく封印術式を発動させる。

「ああ……。」

 心底残念そうに、元のサイズに戻っていく子猫を見つめるフェイト。だが、手のひらに乗る程度の、本来のサイズの子猫は、それはそれで実に可愛い。その子猫が、よちよちフェイトの脚をよじ登ろうとするのだからたまらない。バリアジャケットを解除し、子猫を手のひらに載せるフェイト。

「フェイトちゃん、その子がそんなに気に入った?」

「ん。でも、うちでは飼えないし、それにこの子、飼い主がいるんでしょ?」

「うん。すずかちゃんのおうちの猫。」

「じゃあ、やっぱり飼い主のもとにいるのが一番いいよ。」

 手のひらの上をうろうろしている猫を見ながら、少し名残惜しそうにつぶやく。そこに油断があったらしい。フェイトの頭の上に、手のひらの子猫より月齢が上の子猫が、木の上から飛び降りて着地を決める。

「あ、ステラ!!」

 なのはが、自分のリボンを奪い去った子猫を見て、あわてて捕まえに走る。だが、敵もさる者。さっきのなのはにやらかしたように、フェイトのリボンをくわえて引っ張って奪い去り、すっと地面に着地。もう一度離脱して森の中に消えようとして、あっさり優喜に捕獲される。

「フェイト、これ。」

「あ、ごめん、ありがとう。」

「とりあえず、向こうに戻ろうか。その子も返さないといけないし、フェイトもおいで。」

「うん。でも……。」

 フェイトが少し言いよどむのを、不思議そうな顔で見つめ返す二人。

「ここ、誰かの家なんだよね? 私、不法侵入になると思うんだけど……。」

「それについては、ちゃんと考えてあるから。」

 と言って、しっかりだっこしたステラを見せる優喜。

「まあ、言い訳をしなくても、すずかの家だし、文句は言ってこないと思うよ。」

「すずかの家だったんだ……。」

「別名猫天国。」

「優喜君、そんな名前で誰も呼んでないと思うんだけど……。」

 優喜のいい加減な発言に、一応突っ込みを入れておくなのは。どうも今回は、いろいろしまらない。

「まあ、さっさと戻ろう。あまり遅いとアリサ達に文句言われる。」

 優喜の言葉に異を唱える人間はおらず、とりあえず転移魔法で拠点に戻ったアルフ以外は、速足でお茶会会場に戻るのであった。







「あれ? フェイトちゃん?」

「ステラにリボン取られて、困ってたんだ。」

「フェイトもなんだ……。」

 優喜の腕の中で、半ば熟睡しかかっているステラを見て、ため息をつくアリサとすずか。このいたずら好きは、どこまで被害を拡大すればいいのだろうか?

「でまあ、ステラを捕まえたついでに、フェイトも力技で、中に連れ込んでみました。」

「よく、警備システムが反応しなかったね……。」

「そこはそれ、忍さんに借りてた声紋と顔の登録装置をこっそり使って、フェイトも登録してあったし。」

 優喜の言葉に、共犯者の忍がいい笑顔でサムズアップしている。なんだかいずれ、優喜の声紋登録だけこっそり削除して、警備システムと勝負させて喜びかねない、そんな予感がする笑顔だ。

「優喜、アンタ本当にこういうことばかり段取りがいいわよね……。」

「なんでも前倒しでやっておくのが、不慮の事態に対する最大の対応、ってね。」

「説得力がありすぎて、妙に腹立たしいわね。」

 ため息とともにセリフを吐きだしたアリサだが、次の瞬間、忍にも負けないいい笑顔を浮かべる。

「まあ、とりあえず優喜。」

「な、何かな?」

「はやての事を隠してた罪と、いまだにあれこれ隠し事をしている罪とをまとめて、アンタに罰を与えるわ。」

「お、お手柔らかに……。」

 アリサのいい笑顔に、さすがの優喜も顔が引きつるのを止められない。

「で、罰というのは、ね。」

「優喜君に、桃子さんとお姉ちゃんが用意した各種衣装をここで着てもらって、指定したポーズで記念撮影をするの。」

「すずか、一番いいところを横取りしない!!」

「も、もしかして衣装ってのは……。」

 優喜が聞き返すと、返事の代わりに出てきたのは数着のゴシック系衣装、及び誰が着るんだ、ってぐらい正統派ゴスロリ衣装(日本発祥)にピンクハウス系衣装。共通点は、すべてフリルやレースがやたらふんだんに使われた、一般的な神経をした男子には、絶対外を歩くときには着られない服ばかり、というところだろう。

「勘弁してよ……。」

「「「「「だめ。」」」」」

「ちょっと待て、即答はともかく、何故になのはとフェイトまでそっちに回る!!」

「「見てみたいから。」」

 優喜の突っ込みに対しての返事まで、寸分の狂いなく同期するなのはとフェイト。何というか、将来が心配になるほどの仲の良さだ。

「さ、さすがに女物は勘弁、っつ!!」

 せめてもの要望を突き付けようとしたとき、腕の中のステラが暴れ始める。どうにも、このままだっこされているのはやばいと、本能が告げたのかもしれない。爪を立ててもがいたせいで、優喜の手の甲がざっくり切れる。

「だ、大丈夫!?」

「これぐらいは問題ないよ。」

「こら! ってもういないし……。」

「すずか、あの子のしつけ、もうちょっとちゃんとやっといた方がいいわね。」

「うん……。」

 さすがに、飼い猫の続けざまの粗相に、かなりしょんぼりするすずか。とりあえず、屋敷に走って行ったノエルが救急箱を持ってきてくれるまでに、テーブルにあるミネラルウォーターで傷口を洗っておこうと優喜の手を取り……。

「ちょ、ちょっとすずか、何やってるのよ!!」

「すずか、それはダメだと思う……。」

 優喜の血の匂いをかいだ瞬間、すずかは衝動的に傷口をなめていた。アリサとフェイトの非難の声に我にかえり、それと同時に、ここ二日三日の自分の変調の原因を理解する。

「ご、ごめんなさい……。」

「いやまあ、別にいいんだけどね。まあ、お詫びしてくれるんだったら、着せ替え人形になるのは無しということで……。」

「それとこれとは別問題だよ?」

 結局、優喜の自爆気味の話のすり替えにより、この件自体はうやむやになった。消毒を済ませた傷口には、ご丁寧に目立たない色合いの絆創膏がはられ、強制的にドレッサールームに引きずり込まれる。

「……女物の似合い方もすごかったけど、この系統の衣装がここまではまるのも一種の才能ね……。」

「優喜君、かっこいい……。」

 桃子が最初に用意したゴシック衣装。優喜が最後に着せられたそれは、桃子の無駄なハイセンスさを見事に証明し、女性陣を一挙にとりこにしていた。

「こんなに嬉しくないほめられ方、初めてだよ……。」

 夕暮れをバックにゴシック衣装でポーズを決めさせられ、ぼやく優喜。白と黒を基調にした貴族的なラインの服が、ある種の退廃的な雰囲気をまとい、怪しい魅力を振りまく。何を着ても女の子に間違われる優喜が、唯一男に見える衣装だというのが分かったが、正直嬉しくないことこの上ない。

(優喜、その服だと、私のバリアジャケットとイメージがおそろいになっていい感じだと思う。)

(この服で戦えと申すか……。)

(あ、いいかも。普段からこれは厳しいと思うから、優喜もバリアジャケットを。)

(それいいね、フェイトちゃん。優喜君、すぐにバリアジャケットを着れるように頑張るの!)

(無理。というか、わざわざこんな服で戦闘なんかしたくない……。)

 などと、念話で無駄話をしていると……。

「とりあえず、はやてへのお見舞いは優喜のこの服と、猫で溶けてるフェイトの顔の写真で決まりね。」

 アリサが何気に鬼のようなことを言い出す。

「アリサ、優喜はともかく、私の写真は恥ずかしいから……。」

「というか、恥はこの場だけにさせて……。」

 二人の願いもむなしく、今回の写真はアリサの手によって、写メからA4サイズに拡大したものまではやてに送りつけられてしまう。この時の写真がきっかけで、将来優喜はデバイスとセットで本人的には恥ずかしい戦闘衣装を押し付けられるのであった。



[18616] 閑話:元の世界にて1
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:997bc766
Date: 2010/06/06 22:47
「来たか。すまんな、居酒屋なんぞに呼び出して。」

「それはいいけど、竜司君。優君の話って何?」

「とりあえず、飯を食いながらにしよう。」

 優喜が遺跡の崩落事故にあったという連絡を受けてから四日後。琴月紫苑は、優喜の親友で同門の大男・穂神竜司に呼び出されていた。この穂神竜司、とにかくでかい。身長215センチで体重も100キロオーバー、意外と細身ではあるが筋肉質な体の上に、美形といえば美形だが、この体格ならこういう顔だろう、という男くさい厳つい顔がのっている。町であったら絶対に喧嘩を売る気が起こらないタイプだ。

 ちなみにこの竜司も優喜と同じく、中学に上がる前に両親をなくしている。優喜の同門は、大体似たような境遇の子供ばかりが集まっている。話によると単純に、師匠が目に付いた子供を集めたら、そういう人間ばかりだったとのことだ。

 少なくとも、この男と居酒屋はともかく、大和撫子そのものの紫苑との組み合わせは、かなり異様ではある。少なくとも、どういう関係なのかは、一般人には分からない。

「ご飯なのに、居酒屋?」

「多分、飲まんとやってられん話も出てくるからな。心配しなくても、うちの会長から割引券と飲み放題のただ券ももらってきている。」

「その手のチケットって、大体同時には使えないんだけど、大丈夫なの?」

「うちの会長はここのオーナーだ。同時に使えるのかと聞いたら、ちゃんと使えるといっていたから、大丈夫だろう。」

 竜司の言う会長とは、彼がこの春正式に就職した大手酒造系飲料メーカーの会長で、どういうわけかこの大男をいたく気に入っている人物だ。バイトのころに小汚い爺としてひょっこりと顔を出してきては、休憩時間や手待ちの時間に話しかけてきた人物だ。

「とりあえず、コースと飲み放題を頼んでおいた。足りなかったらすまん。」

「あ、私はそんなに食べないから。」

 少なくとも、平均的な成人女性の紫苑は、居酒屋の宴会コースなんて大概全部は食べきれない。まあ、目の前の大男は優喜と同じで、普段は非常に燃費がいいが、その気になれば際限なく食べる人種だ。ついでに言うと、食べるものを残す、という思考回路も持ち合わせていない連中でもある。

「確か、ビールは苦手といっていたな。」

「うん。アルコールはほとんど飲まないし、苦みが強いお酒にはまだなじめなくて。あ、でもワインとか日本酒なら、それなりには飲めるわ。」

「うむ。ならば日本酒二つだな。乾杯するような話でもないから、普通に飲むか。」

「そうね。」







 出された酒と前菜に手をつけ、しばらくは静かに食事を楽しむ。紫苑はこういう場では浮くほど、一つ一つの仕草が上品だ。豪傑風の竜司も、意外と酒を楽しむような飲み方をしている。やがて、最初の一杯目を飲み終えたあたりで、竜司が口を開く。

「とりあえず、いい知らせと悪い知らせだ。」

「どんな……?」

「いい知らせのほうは、優喜の生存が確認された。悪い知らせのほうは正確な居場所が分からない。」

「それって、どういう……?」

 竜司の矛盾する物言いに、怪訝な顔をする紫苑。生きていると分かっているのであれば、居場所も普通に分かるはずではないのか?

「そうだな、一昔前の、GPSも何も使えない携帯で、電波が断続的にしか届かない場所から、短文のメールが届いている状況だと思ってくれ。」

「え?」

「メールが届いているから、生存は確認されている。が、届く電波が微弱すぎて、位置を特定しきれない、という感じらしい。正確にはもうちょっとややこしいが、現象としてはそんなものだ。」

 紫苑の顔に、理解の色が浮かんだのを見て、話を続ける竜司。

「これは師匠の話だが、優喜はどうやら、今この世界にはいないらしい。」

「え? それって、前に竜司君が飛ばされたみたいに……?」

「ああ。あの時は完全な異世界だったが、今回はいわゆる並行世界らしい。」

「あの、その違いがよく分からないんだけど……。」

 紫苑の台詞に、どう説明するべきかと頭を掻く竜司。竜司自身、人に説明できるほど詳しくはないのだ。

「そうだな、異世界に関しては説明が難しいが、いうなれば地球とほかの惑星、程度の関係と考えてくれ。」

「えっと、要するに、根本的に違う環境、違う進化を遂げてる、って言う考え方でいいの?」

「まあ、そうだな。もっとも、地球上の生物が生存不能な環境というのは、意外と少ないらしいがな。俺も一箇所しか知らんのでなんとも言えん。」

「じゃあ、優君が飛ばされた、平行世界っていうのは?」

「こっちは簡単だ。基本的に俺達と同じ世界だが、辿ってきた歴史が違う。」

 竜司の説明によると、あの時もしもこうだったらという可能性で分岐した、ほかの歴史をたどった世界のことだそうだ。広い意味では異世界の一種である。大きなところでは、第二次世界大戦で日本が勝利した、小さなところでは、優喜や竜司が孤児にならなかった、そういう可能性の世界だ。

「問題なのは、どうやら時間軸も動いているらしい、ということだ。」

「時間軸? ……未来に飛ばされた、とか?」

「まだ分からん。もっとも、気配からすれば、何年か過去に飛ばされた可能性が濃厚だとは言っていた。あと、それに伴って優喜の身に、何らかの変化が出ているかもしれない、とのことだ。」

「え?」

「なんにしても、今はいろいろ問題があって、憶測込みでもそれ以上は分からないようだ。」

 結局、優喜が生きている、という以外には、何も分かっていないも同然の話しかなかったようだ。むしろ問題なのは、優喜の居場所を特定できるまで、どれぐらいかかるか、だろう。

「……分からないものは、しょうがないよね。」

 内心のもどかしさをどうにか飲み込んだ紫苑が、目の前の大男にため息と一緒に言う。本当はため息も堪えたかったのだが、まあこれぐらいは大目に見てもらおう。

「すまんな、たいした話が出来なくて。」

「気にしないで。どちらにしても、私だったらどうやっても調べられないことだし……。」

「それは俺も同じことだ。違う世界、となるとな。」

 そこで沈黙し、互いに一口、酒をすする。竜司の説明が思いのほか長かったこともあり、コースも半ばまで終わっている。飲んだ酒の量も結構なものだ。とりあえず、自分の中で話を咀嚼するため、しばらくは静かに食事を続ける紫苑であった。








「それで、一番肝心な話だけど……。」

 コースがすべて終わったあたりで、ようやく聞くべき事を切り出す。紫苑の側に、この話をする覚悟が出来た、と言える。

「む?」

「優君の居場所の確定って、どれぐらいかかりそうなの?」

「……世界そのものが霊的にも荒れてるらしいからな。どんなに早く見積もっても半年後。時間軸も流されていることを考えると、一年ぐらいは見積もっておいたほうがいいだろうな。」

「……そんなに?」

 この状況で、長くなるほうで竜司が嘘をつく必要はない。仮に気休めを言うなら、一ヶ月とかそのぐらいの日数を言うはずだろう。が、竜司の性格から言って、すぐに嘘と分かる気休めは言わない。

「それにな。」

「……?」

「時間軸の移動、という奴が曲者で、な。」

「もしかして、向こうでどれだけ時間が流れてるか、分からない、とか?」

 竜司が静かに頷くのを見て、酔いと血の気が一気に引くのを感じる。一年、という時間も大概辛いが、向こうで優喜が何年も一人で過ごしている、というのは輪をかけて辛い。しかも、肉体に何がしかの変化がある、ということは、再び目が見えなくなる可能性もある、ということだ。

「とりあえず、優喜の心配はいらんだろう。生きてさえいれば、どうにか暮らしては行くはずだ。あの夫婦の弟子になる、というのはそういうことだからな。」

「竜司君、何でそんなに気楽なの!?」

 まるで心配している様子の無い竜司に、珍しく紫苑が激昂する。目の前の大男につかみかからんばかりの勢いだ。

「気楽というか、な。あいつが簡単にどうにかなることはない、と知っているだけだ。それに……。」

「それに、何……!?」

「そういう心配は、お前の役目だと思っているからな。俺達は、同門の人間として、あいつが無事に暮らしていると信じるだけだ。」

 大真面目に語った竜司に、怒りを忘れてまじまじと見てしまう。

「結局、どう転んでも俺達は、師匠が優喜を見つけるまで、何も出来ん。だからせいぜい、自分の思うとおりに、あいつのことを気にかけるだけだ。」

「……そう、ね。」

「どういう結果が出るかは分からんが、飛ばされた時点で死んでいない以上、師匠は必ず優喜を見つけ出す。だが、どういう形で見つかるかは分からん。」

 そこで言葉を切ると、コップの酒を飲み干し、最後の一言を力強く言い放つ。

「場合によっては、あいつは帰ってこないかもしれん。一年で、どんな形で見つかってもいいように、心構えと準備だけはしておけ。」

「……うん。」

「それで、どうする? まだ飲むか? 飲むなら気が済むまで付き合うぞ。」

「……もう少し飲んでいこうかな。明日からの覚悟を決めるために。」

「分かった。」







「上品な見た目で、なかなかの酒豪だな。」

「うん、自分でもびっくりだった。でも、竜司君だって、まったく酔ってないでしょう?」

 あの後、一人一升は確実に空けてから、居酒屋を後にした。自棄酒のような飲み方だというのに、あのあとも紫苑は上品な仕草を最後まで崩さなかったのだから、たいしたものだ。今も、足とろれつが普段に比べて少々怪しく、顔が上気して確実に酔っているのは伺えるが、それでも正体を失うどころか下品な挙動にすらなっていない。

「そういえば、酒はよく飲むのか?」

「全然。ゼミの飲み会とかコンパとか、無理やり連れてこられた事はあったけど……。」

「その様子だと、その手の連中の目論見はうまくは行かなかったようだな。」

「うん。優君と一緒に、毎回ちゃんと自分の足で帰ってたわ。」

 とんだ酒豪もいたもんだ、と苦笑しながら、竜司は最後まで顔や見た目に似合わぬ紳士的な態度で、紫苑をエスコートしたのであった。




あとがきのようなもの

第一話でチラッと出した人たちをほったらかしにするのもあれなので、少し書いて見ました
実は、この大男は、最初主人公にしようかと思ってた人物だったり



[18616] 第6話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:d6e3f8f7
Date: 2010/11/01 21:30
「おはよう、はやてちゃん。」

「おはよう、なのはちゃん。さすがに今日は優喜君、普通の服やねんね。」

「さすがに、ジャージで旅行には行かないよ。」

 黒いTシャツの上に赤いサマージャケットを羽織った優喜が、はやての言い分に苦笑しながら言い返す。旅行初日の十時半。はやてが返却期限の本を返し忘れた、ということで、集合前に図書館に行くことになったのだ。まあ、温泉自体は車で地道を一時間ちょっと走れば到着するぐらいの、いわゆる近場の温泉地なので、出発が遅くてもチェックインには十分間に合う。

「そういえば、今日の日程って、どうなってるん?」

「えっとね、宿には一時間ぐらいで着くから、温泉街でご飯食べてうろうろして、チェックインしてから温泉堪能して宴会だって。」

「へぇ、割と近いんやね。」

「大概の県には温泉ってあるから、近場で済ませるんだったらこんなもんだと思うよ。」

 優喜の言うとおり、大体どこの都道府県にも、一番大きな市街地から車で一時間程度の場所に温泉がある。全国いたるところに活断層があり、最近は採掘技術も上がってきていることもあって、一部の例外を除いて、温泉街とまでは行かなくとも、温泉宿ぐらいはあちらこちらにある。

「で、後はフェイトちゃんを駅前で回収したら出発、と。」

「ん。因みに、今回は人数が多いから、ちょっと大きめの車二台なんだ。」

「ほほう、割り振りは?」

「士郎さんが運転する車に、桃子さん、忍さん、恭也さん、美由希さん、僕。ノエルさんが運転する車に、ファリンさんとアルフ、それから僕以外の小学生組、だそうな。」

「え~? 優喜君、別なん?」

「ちょうどいい機会だし、僕抜きで親睦を深めようよ。僕は大人組と話すこともあるし、ご飯と温泉街は一緒だし、ね。」

 優喜が別行動と聞いて、ブーイングを飛ばすはやて。なのはも本音は優喜と一緒がいいのだが、まあ、彼女とフェイトは念話で会話も出来るので、とりあえずおとなしく引くことにした。大人組と話すこと、というのが何かを知っているのも理由だ。

「そういえば、ユーノも一緒に行くん?」

「うん。ペットもOKなんだって。」

(僕はいつまでペット扱いなんだろう……。)

 しょうがないとはいえ、ペット扱いされてへこむユーノ。念話でのぼやきに、内心苦笑するしかない優喜となのは。そこに、一台の大きめのワンボックスの車が入ってくる。ノエルが運転する、割と高い車種のレンタカーだ。月村家もバニングス家も、一台ぐらい余分な車を買う余裕ぐらいはあるのだが、出番が年に二度か三度となると、維持の手間が面倒なのだ。

 三人のそばに、静かに車が停車する。後部座席の窓が開き、アリサが顔を出す。助手席にはファリンが座り、奥には忍とすずかの姿も見える。窓が全部開いたところで、怒りともあきれともつかない表情で、アリサが文句を口にする。

「はやての家に行こうとしたら、こんなところを歩いてるからびっくりしたわよ。」

「あはは、ごめんな、アリサちゃん。本の返却期限の事忘れとってな。二人に無理言うて迎えに来てもらったんよ。」

「それならそうと言ってくれれば、図書館に寄っていくのに。」

「私も大概浮かれとったみたいで、今頃その事に気がついたんよ。」

 ちなみに、優喜は気が付いていたが、別段それならそれでいいか、と気にしない事にしていたのだ。

「で、気がつかないはずがない優喜は、何故それを指摘しなかったの?」

「別に、少しは運動になるし構わないかな、って思った。」

「優喜君がそれ以上鍛えて、どうするの……?」

「ちなみに、運動になるってのは主になのはの事。」

 優喜の台詞に、思わず納得する一同。ちなみに、はやての旅行用の大荷物は、優喜が全部持っている。大して重くはないが、軽いわけでもない。

「まあ、せっかく合流したんだしさ。とりあえず、手伝うから二人とも乗って。」

 優喜が、なのはとはやてを促す。

「うん。」

「手伝いお願いするわ。」

 後ろのトランクルームにはやての荷物を積み、なのはが乗り込んだのを確認する。ノエルとファリンが介助のしやすい場所にはやてを下し、車椅子を積み込む。後でフェイトが乗り込むことや、降ろす時の動線も考えた配置だ。

「優喜君、ありがとう。」

「気にしないで。大したことじゃないし。」

「いやいや、その車椅子、モーターにバッテリーもついてるから結構重いねん。多分私やったら、仮に足が大丈夫でも、よう持ちあげへんと思うわ。」

「その辺は、この旅行中はあまり気にしなくてもいいと思う。違う車だけど、士郎さんと恭也さんもいるし、重いと言ってもノエルさんとファリンさんだったら、二人がかりなら十分下せるぐらいだし。」

 使用人という仕事柄、ノエルもファリンも日常的に結構な重量物を運ぶ。特に、猫天国の月村家の場合、猫の餌やトイレの砂はかなりの重量になる。そういったものを毎日運搬し掃除し廃棄していれば、自然と体力も腕力もつく。メイドというのは何気に、かなりハードな肉体労働なのだ。もっとも、この二人の場合、それ以外の事情もあるのだが。

「へえ~、ノエルさんもファリンさんも、力持ちなんや。」

「月村家ほどの大きさの家と猫の数ともなると、使用人ってのもハードな仕事になるからね。」

「「「あ、あははははは。」」」

 月村家が猫天国になってしまった原因の大部分を占める聖祥三人組が、思わず乾いた笑い声をあげる。すずかは少しぐらい世話もするが、トイレ掃除などのハードな作業は、ノエルとファリンの仕事になってしまっている。そのくせ、猫たちはなぜか、すずかに一番なついているのだから、世の中不公平だ。

「それで、優喜君は乗らんの?」

「先に、高町家に戻るよ。返却手続きとかあるから、多分僕の方が先に着くと思うし。」

「確かに優喜君の脚だったら、それぐらいの時間だよね。」

 図書館での用事というのは、何気に時間がかかる。さすがに旅行前に新しい本を借りるとか、そんなチャレンジャーな真似をすることはなかろうが、返却手続きだけでも、こまごまとしたタイムロスを考えると、思っているほどは早く終わらない。その程度の時間があれば、優喜の健脚なら余裕で高町家に着く。

「うん。それに、もしかしたらそのまま、フェイトを迎えに行くことになるかもしれないし。」

「分かったわ。じゃあ、またあとで。」

 その言葉を残して、車が走り去っていく。それを見送ると、優喜は一路高町家へ、なのは達がいる時には不可能な、本来のペースで戻り始めた。







 プレシア・テスタロッサはいら立っていた。理由は簡単だ。あの役に立たない出来そこないが最近、本来は敵であるはずの協力者どもと、明らかに慣れ合っているのだ。

「まったく、終わるまで手を組むのはいいけど、旅行まで行くのはどういうことよ……。」

 苛立ちを紛らわせるため、昨日転送魔法で送りつけてきた翠屋のシュークリームにかぶりつく。相変わらず上品で程よい、優しい甘さが口の中に広がり、少しだけイライラした気分がおさまる。いろいろダメなところが目立つ出来そこないだが、このシュークリームを定期的に送ってくるところだけは、評価してもいいかもしれない。最近そんなことを思ってしまう。

 プレシアは、翠屋のシュークリームにはまってしまった自分を自覚している。自覚していてもやめられないから、はまるというのだ。さすがに、当時まだピリピリしていた高町士朗を撃墜しただけの事はある。一度食べたら、ほかのシュークリームは食べられないほどの逸品だ。長いこと総合栄養食などで空腹をごまかしてきたプレシアが、抵抗できるような代物ではないのだ。

「シュークリームは送りつけてくるのに、ジュエルシードは一つもこちらによこさないし……。」

 出来そこないいわく、全部集まった時の取り合いで、自分が持っているはずのジュエルシードが手元になかったら、怪しまれるからだそうだ。最近あの人形は反論が無駄に筋が通っていて、やりづらいことこの上ない。

 他にも不満はある。監視と、ジュエルシードの探知の両方を兼ねてサーチャーを飛ばしているが、どうもあれは無様な行動を繰り返している気がする。最後に見つけてから一週間以上が経過しているが、空振りを繰り返してちっとも捜索は進んでいないし、最後に見つけたジュエルシードの時も、思い出したくない状況になっていた。

 封印すべきジュエルシードの暴走体を見つけておきながら、とろけそうな笑顔で猫に頬擦りするとはいったいどういう事だ。しかもその見事な笑顔ときたら、娘・アリシアでさえ一度も見せたことがないほどの極上の笑顔で、思わず我を忘れて見入りそうになった。忌々しいことだ。

「最近夢見も悪いし、まったく忌々しい限りね。」

 舌打ちしながら、もうひとつのシュークリームにかぶりつく。だんだん、このシュークリームが精神安定剤のようになってきているのが、妙に腹が立つ。かといって、この苛立ちをあの失敗作にぶつけると、また夢の中でアリシアが悲しそうな顔をするに決まっている。

 あの失敗作は、アリシアへの愛情を奪い去ろうとする悪魔だ。なのに、優しくすれば夢の中のアリシアは嬉しそうに、辛く当たると悲しそうにする。あの子は心優しいから、だまされているのだと思い込もうとして、どうしても出来ない。このままではまずい。それほどこの体には時間が残されていない、というのに、あの出来損ないで妥協してしまいかねない。

 プレシア・テスタロッサは、すでに今までの自分を、無条件に正しいと思えなくなってきていた。







「とりあえず、今朝のうちに徹底的に盗聴器の類はチェックしてあるから、安心してね。」

「お手間をおかけします。」

「いいのよ。私も楽しかったから。」

 車が出発してから開口一発、忍が懸念事項を解決してくれる。

「まあ、別にそのままにしておいて、恭也と忍ちゃんの甘~いラブラブトークを徹底的に聞かせてやる、っていうのも考えたんだけどね。」

「やめてくれ、俺が死ぬ。」

「またまた、恭也だってまんざらでもないくせに。」

「ふむ、だったら桃子。忍さんに負けずに、こちらも全力でラブラブトークに行こうか。」

「アンタ達はいつでもそうだろうが、高町夫妻……。」

 優喜が突っ込む前に、律儀に恭也がすべての戯言を切り捨ててくれる。ぶっちゃけ、そうなってしまった場合、この空間で一番えらい目を見るのは、優喜と美由希に違いないわけだが。

「とりあえず、話を戻すと、はやてちゃんの監視者の話だな。」

「だね。」

 安全運転を心掛けながら、士郎が調べた範囲の事を話す。この場にいる人間は、ある程度の腹芸が出来る人間ばかりなので、少々黒い話も平気だ。普段はドジでポンコツな美由紀ですら、こういう話を腹に収めて表に出さないぐらいの事は、普通にやってのける。御神流を学ぶ、というのはそういうことだ。

「まず、はやてちゃん自身の経歴からは、今のところ監視されるような理由は見つかっていない。ご両親は事故で亡くなったそうだが、その死因も不自然なところはない。遺産についても、無いわけではないようだが、ここまで手間をかけるほどのものではない。」

「今の生活費は、ご両親の遺産から?」

「いや、後見人がいて、資金援助をしている。もっとも、その後見人が、飛びきり胡散臭いわけだがね。」

「胡散臭い?」

 なんだか、嫌な雲行きになってきた。

「ああ。後見人の名前は、ギルバート・グレアム。イギリス在住。職業は分からなかったが、飛び切りの資産家らしい。」

「なんか、その人とはやてとのつながりが、全然見えない。」

「だろうな。一応、聞いた話でははやてちゃんのご両親の古い友人、ということになっているんだが……。」

「足取りをたどっても、はやての両親とそのグレアムって人との接点がない、と。」

「ああ。付け加えると、はやてちゃんが幼いころに亡くなっている祖父母の方たちとも、彼は全く接点がない。」

 確かに胡散臭い。これ以上ないぐらいキナ臭い。はやての今の生活費やら何やらを考えると、慈善事業で支援するには額が大きすぎる。

「まあ、それだけなら、はやての性格も考えて、支援を受け入れやすいように嘘をついた、とも言えるんだろうけど……。」

「そこで、私が逆探知をかけて調べた事実が出てくるわけよ。」

「……もしかして。」

「うん。盗聴器や監視カメラで記録した内容は、インターネット回線を通じて、イギリスのドメインに送られてるわ。で、イギリスの親戚や士郎さんの伝手を頼って、送り先のドメインやアドレスから、監視している人間を割り出した結果が……。」

「ギルバート・グレアムだった、と。」

「ご名答。まあ、ここまで情報が出そろっていれば、誰でもその結論にはたどり着くか。」

 忍の言う通り、情報の送り先がイギリスのドメインで、後見人がイギリス人ときたら、嫌でもその結論にたどり着く。わざわざ伝手を使って割り出したのも、答え合わせ以上の意味はないのだろう。

「問題は、本質的には接点の無い、しかも物理的にも社会的にもなんの力もない障害を持った小学生に、なぜそこまでの監視をつけるのか、だ。」

 恭也の指摘。それも、この場にいる人間全員が気になっていたところだ。

「多分、直接監視してるのも、そのグレアムさんの関係者だろうし、ね。」

「あの視線か。正直、車椅子の小学生に向けるようなものではなかったぞ。」

 優喜の言う視線、それを思い出しうめく士郎。誰かの敵を見てるような、許されるなら今すぐにでも殺してしまいたい、そんな負の感情がぎっしり詰まった視線。そういう方面には素人の桃子と忍には、視線そのものの存在が分からなかったが、御神流を習得している三人は、あまりに濃縮された憎悪とはやてとのつながりが分からず、内心非常に戸惑っていたりする。

「ただ、あの視線も、はやて自身はどうでもいい、見たいな印象もなくもないんだよね。」

「あ、優もそう思ったんだ。」

 優喜の感想に、なんと美由希が食いついてくる。士郎と恭也には、濃厚な憎悪と殺意以上のものは感じられなかったのだ。

「ふむ、どういうことだ?」

「変な言い方だけど、監視者が憎むなにかを、たまたまはやてが持ってたから憎んでる、って感じ。別にはやて自身の人格や経歴はどうでもいいんじゃないかな、って。」

「それだけで、あそこまでの殺意を持てるものなのか?」

「分かんないよ。歴史を紐解けば、洋の東西関係なく、そういう話はいくらでも出てくるし。」

 肌の色から痣の位置、果ては生まれたタイミングまで、本人の人格とは関係なく、迷信の類に踊らされて徹底的に憎まれる、なんていう話はそれこそごろごろ転がっている。そもそも、歴史を紐解くまでもなく、今現在、国や人種、宗教と言った、人格も何も関係ない要素で憎しみ合っている事例など、枚挙に暇がない。

「そうだね。私も優喜君に賛成かな。」

「忍?」

「恭也も知ってるでしょ? 生まれだけで相手を排除するべき異物だと判断する集団を。」

「……そうだな。」

 忍と深い仲になってから、恭也が二度ほど遭遇した集団。己の正義を疑わない狂信者の群れ。現代社会まで、あんな連中が生き延びるぐらいだ。はやてがどんな理由で憎まれ、どんな理由で監視されていてもおかしくもなんともない。

「まあ、話を変えよう。楽しい旅行の最中に議論することじゃない。」

「それを言い出したら、そもそもこの話自体、旅行の最中の車でするような内容じゃないけど。」

 恭也の話題転換に、苦笑しながら突っ込む優喜。むう、と唸る恭也の反応に、思わず全員、笑みがこぼれる。

「あ、そうだ、忘れてたわ。」

「どうしたの、桃子さん?」

「商店街の皆さんにそれとなく、最近変わったことはないか、って聞いてみたんだけど。」

「かーさん、何か引っかかることがあったの?」

「多分、美由希も美緒ちゃんから聞いてるんじゃないかしら。」

「ああ、あの話。」

 話の内容が見えないその他一同。とりあえず、話を持ち込んだ元凶である優喜が、代表して質問を飛ばす。

「えっと、美緒さんって?」

「優喜君も知ってるはずよ? ペットショップのアルバイトの、陣内美緒ちゃん。」

「えっと、ああ。あの、なのはとは違った意味で猫っぽいお姉さん。」

「そう、そのお姉さん。その美緒ちゃんがね、最近変な猫を見かける、って。」

「変って?」

 それが、どうおかしいのかが分からない一同に、苦笑しながら桃子の話を受け継ぐ美由希。

「美緒ちゃんがね、どうも普通の猫とは根本的に気配が違う子が、最近商店街をうろうろしてるんだって。」

「……引っ掛かる話だ。それ、いつごろからって言ってた?」

「優が来てちょっとしてからぐらい、って言ってたね。ちなみに、毎日じゃないらしいよ。」

「大体、はやてが翠屋に顔を出すようになったころからか。」

「でも、猫が人間を監視したりできるの?」

「さあ、何とも言えない。手段に心当たりはあるけど、絶対とは言い切れない。」

 とりあえず、現状監視者関係の情報は、これで全部出そろった模様だ。これ以上となると、あとははやて自身を直接調べる以外は、新しいピースは出てこないだろう。はやて自身の事、となると、一応優喜も一つ、気が付いていることがあるが、その事実が監視者たちとどうつながっているのか、となるとお手上げだ。どうにも、大きなピースが一つか二つ、完全に抜け落ちている。

「優喜の方では、何か気がついたことは?」

「はやての病気について、ちょっと不自然なところに気がついたんだけど、まだ確認はしてない。」

「不自然なところ?」

「気の流れが、明らかにおかしいんだ。気の乱れそのものは無いのに、発生してる生命力と循環している生命力の総量が合わない。普通、四肢の麻痺って言うと、大体どこかで気の流れが詰まってるんだけど、そういうのが一切ない。なのに、足に行ってるエネルギーがえらく小さいんだ。」

 それがどうおかしいのかがピンとこないらしい。コメントに困っているという風情の沈黙が車内を覆う。

「多分、あれは病気じゃない。呪いの一種だ。一度ちゃんと軟気功を通してみないとはっきりとは言えないけど、どうにも、はやての生命力が、どこかに吸い取られてる。」

「それと、足の麻痺とどう関係するんだ?」

「多分、生命力が持っていかれてるから、生命活動に影響が少ない部位を切り捨ててるんだと思う。胴体や頭の中の臓器と違って、手足はエネルギーをカットしても死ぬわけじゃない。ただ、最低限、壊死しない程度には生命力を通しておかないと、全体の循環が狂う。その結果が、あの不自然な麻痺なんだと思う。」

「……で、はやてちゃんの生命力は、どこに持っていかれてるんだ?」

「それを、一度軟気功を通して確認したいんだけど、いまいち機会がなくて困ってる。」

 機会がない理由を察して、苦笑するしかない一同。ぶっちゃけた話、気功だの何だのというのは、一般人にとっては漫画の世界の話である。気功教室にでも通っている人間ならともかく、普通の神経をしていたら、優喜の言い分はトンデモ理論だ。

「まあ、はやての関係の話は、こんなところかな?」

「だな。これ以上は、推測をするにも情報が足りん。」

 優喜の言葉に、士郎が頷く。ここで気分を切り替えて、旅行の話を、と思ったところで、忍が違う話題を提供してきた。

「話は変わるけど、優喜君、元の世界に戻るための情報、少しは集まった?」

「手掛かりを集める段階から絶望的、というのだけは。」

「だよね。私も親戚の、その筋の情報に詳しい人とかにも聞いてみたんだけど、収穫らしいものはほとんどなかったわ。」

「まあ、最悪でも、老衰で死ぬ前には、師匠が迎えには来てくれると思ってるけど、忍さんの伝手でも手掛かりなしは厳しいなあ……。」

 さすがに、前途の多難さにぼやくしかない優喜。せいぜい手掛かりに出来そうなものが、優喜の携帯に入っていた遺跡の写真ぐらいなのだ。

「とりあえず、一つだけ収穫があったのは、考古学をやってるいとこが昔、優喜君が飛ばされるきっかけになったとみられる遺跡と、よく似たものを見たことがある、って言うだけ。」

「大収穫のような気がするけど、ほとんど無かったといった以上は、期待できる話じゃないんだよね?」

「ごめんね。見たのは、完全に崩壊した遺跡の一部分だったんだって。それも、修復が出来るような壊れ方じゃ無かったみたいだから、同じものかどうかも断定できないみたい。」

「まあ、遺跡ってそういうものだし。そもそも、ああいう感じで生きてたこと自体、奇跡もいいところだし。」

 忍の様子から、期待はしていなかった優喜が、苦笑しながら本音を漏らす。正直、遺跡の発掘にかかわっているのに、油断していた自分が悪いのだ。今まで、自分も含めたほとんどの考古学者や発掘関係者が、特殊な機能を持つ生きた遺跡と一度も遭遇しなかった、なんていうのは言い訳に過ぎない。

「まあ、私としては、ちょっと申し訳ないんだけど、ホッとしてる部分もあるんだ。」

「またなぜに?」

「すずかの事、任せられるかもしれない男の子が、こっちに居付いてくれそうだから。」

「気の早い話をするね、忍さん。」

「気も早くなるわよ。私が恭也と出会えたのも、奇跡みたいなものなんだから。私たちの事、なんとなく察してるんでしょ?」

「……ノーコメントで。」

 言わんとしていることを察した優喜が、この場をごまかす。月村家の事については、当事者とはいえ、聞くべき相手も言うべき相手も、忍ではない。優喜が何かを聞き、何かを言う必要があるのは、あくまですずかだ。

「そういうところを買って、君のことを信用したんだからね、優喜君。」

「向こうに残してきた人もいるし、出来ればこっちの人たちの事情には、あんまり深入りしたくないんだけど。」

「もう、とっくの昔に手遅れだよ?」

 気が付いていながらあえて目をそらしていたことを突き付けられ、苦笑しながらコメントを避ける優喜。そのまま結局、優喜は五人の女の子それぞれについて、どういう関係でどういう感情を持っているのか、ということを、根掘り葉掘り聞かれ続けるのであった。







 一方、女性陣の車中。

「あ、そうだ、忘れてた。」

「どうしたん、なのはちゃん?」

「これ、優喜君から、預かってたんだ。」

 なのはがポシェットから、新聞紙にくるまれた小さな包みを取り出す。

「あ、もしかして。」

「うん。はやてちゃんのが子狸で、フェイトちゃんのがツバメだって。」

 優喜、新聞紙の包み、という組み合わせから察したアリサに、正解を告げるなのは。

「とりあえず置物のつもりで作ったけど、キーホルダーとかにしたいんだったら言って、だって。」

「へえ、可愛いやん、これ。」

「皆ももらったの?」

「うん。私はフェレット、アリサちゃんは子犬、すずかちゃんは子猫。」

 そのつながりだと、フェイトも犬になりそうなものだが、アリサとかぶるから避けたのだろう。多分ツバメというのは、優喜がフェイトに持っているイメージではなかろうか。

「そういえば、アクセサリの試作品、とかいうの、本当に作ってるの?」

「うん。一応、預かってきたから車の中で渡そうと思ったんだけど、トランクの荷物に入れちゃったから、後で渡すね。」

 優喜のまめさと作業の速さに、感心すればいいのか呆れればいいのか迷うアリサ。皆の分、それぞれ違うものを作るあたりの優喜の細かさに、やっぱり同年代とは思えないと思ってしまうすずか。

「あ、そういえば、フェイトちゃんの分は、こっちに入ったままだったんだっけ。」

「へえ、それはまたどうして?」

「一足先に完成してて、昨日探し物の時に渡すつもりだったの。フェイトちゃんとお揃いにしてもらったんだ。」

 と言って、これまた新聞紙に包まれた、小さな何かを二つ取り出す。包みの表面には、なのは・フェイトとマジックでメモが書かれている。フェイトの分を渡したのち、自分の分を包みをはがして取り出して見せるなのは。

「……指輪?」

 出てきたのは、シンプルなデザインラインながら、細部に細かい彫刻が入った、よく見れば非常に凝った指輪だった。模様を左右対称にしてある以外は、まったく同じものである。

「うん、効き手と反対の手の、小指につけろって言ってた。」

「「……小指か。」」

 指輪が出てきたときに何かを期待していたらしいアリサとはやてが、期待を裏切られたという風情でため息をつく。逆に、どこか安心したような風情で、同じようにため息をついていたすずかが印象的だ。

「本当にお揃いなのね。」

「なんか、なのはちゃんとフェイトちゃんは仲ええなあ。」

「そうかな?」

「普通、お揃いとかやらへんやん。」

「作るとしたら何がいい? って聞かれた時に、私とフェイトちゃんの希望が一緒だったから、デザインも同じにしてもらっただけだよ?」

 そう言って、右手の小指に指輪をつけて見せるなのは。なのはにならって、左手の小指につけるフェイト。

「あの坊主、さすがだね。よく似合ってるじゃないか、フェイト。」

「……うん、ありがとう、アルフ。」

「同級生が作ったと思うとなんか癪だけど、いいデザインよね、それ。」

「そう、かな?」

 どことなく嬉しそうに、左手の指輪を眺めるフェイト。その様子をにこにこしながら眺め、自分の右手をフェイトの隣に並べてみるなのは。それに気がつき、なのはの顔を見て、小さく微笑むフェイト。まだ表情の変化に乏しいきらいはあるが、出会ったころの硬さがずいぶんと抜け、すっかり仲良しさんだ。

「なんか、なのはとフェイトの間に、割り込めない何かを感じるんだけど。」

「ほんまや。フェイトちゃんと友達になったんは私のほうが先やのに、いつの間になのはちゃん、そんなにフェイトちゃんと仲ようなってんの?」

 はやての僻みともからかいとも取れる言葉に、思わず顔を見合わせる二人。そこまで仲良くなっていた自覚はあまりないが、やはり塾もアリサたちとの予定もない日は全て一緒に探し物をし、まだ片手で数えられる程度の回数とはいえ、背中を預けて共に戦っているのが効いている。今のなのはの場合、下手をすると、付き合いの長いアリサやすずかよりも、フェイトと行動している時間のほうが長い。

 そしてフェイトはフェイトで、初めて出来た友達が優喜なら、初めて出来た互角ぐらいの力量を持つ戦友がなのはなのだ。このメンバーの中では、優喜を除くと一番長く行動を共にしているのだから、仲が深まるのは当然である。

「なんだか、なのはちゃんを優喜君とフェイトちゃんに取られたような気分だよね。」

「うんうん。」

「私にとっては、この足になってはじめて出来た女の子の友達を、なのはちゃんに取られた形やねんけどね。」

 三人の言い分に、どう答えようか迷うなのはとフェイト。とりあえず、せめてジュエルシードの回収が片付かない限り、フェイトが気軽にほかの皆と遊ぶのは難しい。

「まあまあ。しばらくフェイトは探し物でそんなに手があかないから、全部終わったらまた、遊びに誘ってあげておくれよ。」

 アルフがとりなすように、三人にお願いする。そんな風に頭を下げられると、嫌とはいえないアリサ達。

「まあ、アルフさんに言われるまでもなく、思いっきりひっぱりまわしてあげるつもりだし。」

 三人を代表して、アリサがどこか意地の悪い顔で応じる。その顔に苦笑しているはやてとすずかを差し置いて、なのはがなんだか驚いた顔をしている。

「どうしたの、なのは?」

「アルフさんが、まるでお母さんみたいなことを言ったから、ちょっとびっくりしたの。」

「ちょい待ち、なのは! あんた、アタシを何だと思ってんのさ!!」

「え、あ、その、ごめんなさい!!」

 あまりに失礼ななのはの言い分に、思わず噛みつくアルフ。なのはの驚きも納得できる、と、これまたさっきから苦笑がおさまらない蚊帳の外三人組。

「てかさ、なのはちゃん。」

「何、はやてちゃん?」

「フェイトちゃんの保護者って、優喜君と違ったん?」

「あ~、そうかも……。」

 言われてみればそうかもしれない、と、これまでの事を思い出しながら納得するなのは。その結論に苦笑しながら、どこか安心している感じのすずか。そこに、アリサが重大な事実を突っ込んでおく。

「なのは、アンタも人の事言えないわよ?」

「ふぇ!? 私、そんなに優喜君に頼り切ってた!?」

「友達って言うより、面倒見のいいお兄さんと甘えん坊な妹?」

「せやなあ。さすがに子煩悩な父親とファザコンな娘、っちゅうんは優喜君に失礼やし。」

「にゃー! なのはは、なのはは!!」

 アリサの突っ込みだけでなく、すずかとはやての追い打ちまで飛んできて、頭から湯気でも吹きだしそうなほどもだえるなのは。それを呆然と見ていたフェイトは、保護者、という単語を頭の中で反芻する。優喜が保護者、という意見には、自分でも納得してしまうところがある。だが……。

「……優喜が保護者、って言うのはなんだか嫌だ。」

「へ?」

「確かに私は、優喜に頼り切ってるんだと思う。だけど……。」

「あ~、フェイトちゃん、あんまりそう難しく考えんでもええよ?」

 フェイトがぽつりと漏らした言葉に、戸惑いながらなだめに回るはやて。フェイトの言いたいことを敏感に察し、意図して穏やかな笑顔を浮かべるすずか。

「フェイトちゃん、今まであまり友達とかいなかったんだよね?」

「……うん。同年代の子供と話をしたの自体、優喜が初めて。」

 だから、どう接していいか分からず、優喜の厚意につい甘え切ってしまう。困ったことはすべて優喜に判断を仰ぎ、一人では心細い時も、優喜となのはがいれば、その頼りなさを忘れてしまう。いつの間にか、自分の絶対の味方であるアルフより、優喜の方に依存している。

「多分優喜君も分かってると思うから、今は頼り切ってもいいと思うよ?」

「でも、私は……、こんなにいろいろしてもらってるのに……。」

 自分の中の、未分化の感情。まだ甘えていたい自分と、対等でありたい自分。優喜に保護されている、という言葉から、二人の自分に気がつく。フェイトは後になって思う。この時の会話が、フェイト・テスタロッサの自我と女の部分を確立する、本当の意味での第一歩だったのだ、と。

「うん。私も、そうなんだ。優喜君には、いろいろしてもらってばかり。」

「すずか、アンタのしてもらってばかり、は、半分ぐらいは優喜の責任もあると思うわよ?」

「そうかもしれないけど、私もアリサちゃんも、一番最初にしてもらったことに対して、なにも返せてないんだよ?」

「……まあ、そうなんだけどさ。」

 散々なのはをからかっていたが、結局のところ、世話になりっぱなしという点では、自分たちは五十歩百歩なのだろう。ただ単に、接する時間が長い分、なのはとフェイトの依存度合いが高いだけだ。その場にいた小学生たちは、全員その事を自覚してしまう。

「返せてない私がこんなことを言うのもなんだけど、あいつが好きでやってる事なんだし、やらせてあげるのが今できる恩返しなんじゃないかな。」

 人をからかうときの表情が消え、真剣な顔でポツリと漏らすアリサ。

「……え?」

「だって、あいつ、事故で家族が一人もいないんでしょ? しかも、海鳴はあいつにとっては本質的に見知らぬ土地だし。」

「うん。知ってる人、一人もいないって言ってた。」

 正確には、この世界のどこにも「あの優喜」の知人はいないのだが、そこは伏せて答えるなのは。

「だからさ、優喜が子供のくせに他人の面倒をいろいろ見るのって、まあ性分もあるんでしょうけど、そうやって、居場所を作ってるんじゃないかな、って。」

「……そうなのかな。」

「私は、アリサちゃんに賛成。甘えっぱなしでいいかはともかく、私たちが優喜君が根を下せる場所になれれば、それが一番の恩返しになると思う。」

 アリサの言い分に、本当にそれでいいのかと疑問をにじませるフェイト。自分が感じていた事を代弁してもらった形になり、全面的に賛成するすずか。

「私は、難しい事は分からないけど、優喜君がさびしくないら、いまは私の保護者でもいいかな、って思う。」

 アリサの、優喜が居場所を作ろうとしているという発言は、なのはにはピンとこない。そもそも、こちらの世界に居場所を作る、などということを、優喜が考えているかどうか、その時点であやしい。向こうに帰るつもりなのであれば、優喜はこちらに居場所など作るまい。

 だが、それはそれとして、自分の事にかかわることで、優喜が孤独を感じずに済んでいるのであれば、手間のかかる妹と見られているという、人としてのプライドに大きくかかわる問題も、黙って受け入れようかと思うなのは。

「ん~、私が見たところ、優喜君は居場所云々やなくて、居候として家の空気を悪くせんために、なのはちゃんの面倒を見てると思ってるんやけど……。」

「え?」

「優喜君な、翠屋さんにご飯食べに行くんにしても、ピークタイムを外そうとしたりとか、ものすごく気遣ってるねん。多分優喜君、暇な時間に家の掃除とかしてるんちゃう?」

「あ、うん。玄関周りとかトイレとか、すごく丁寧に掃除してるよ。庭の草むしりとかも、気がついたら優喜君がやってくれてるし。」

「せやろ? 多分やけど、結局のところ、優喜君がなのはちゃんの面倒を見てるのって、言うたら世話になってる恩返しの延長線上で、恩を売ってるとかそういう話やないんちゃうかな、って思うねん。」

 はやての言葉が、むしろ一番納得がいくなのは。表面上高町家に溶け込んではいるが、優喜はまだ精神的には、自分も含めて全員と距離を置いている。家事の手伝いを率先してやるのも、なのはの体力作りにつきあうのも、優喜の中では、高町家が自分に負担したコストを、労働力の形で返そうとしているだけなのではないか、と思う。

 多分優喜は、いつか自分が属する世界に戻るときのために、あまりこちらでの人間関係に、深入りしたくはないはずだ。しかし、中身はともかく見た目は小学生の身の上だ。出来ることと出来ない事があると何度も言っている以上、誰の世話にもならずに生きて行くのは非常に困難な事は、誰よりも理解しているだろう。なのははそこまではっきりと理解しているわけではないが、それでも態度の端々から、自分がなついているほどには優喜が心を許していない事は感じていた。

「なのはに対してはそれでいいとして、私たちについてはどうなのよ?」

「そんなん、性分と成り行きに決まってるやん。ああいう気の使い方する人間が、目の前でトラブルに巻き込まれてる人を、ほったらかしに出来るわけあらへんやんか。」

「……なんか大いに納得できるような、無償に腹立たしいようなこの気持ちは何かしら。」

「まあ、どっちにしても、や。優喜君は、雨宿りのために縁側までは貸してくれるけど、なかなか母屋には上げてくれへんタイプやと思うし、ええか悪いかは別として、居場所がどうとかいう考えはあんまりなさそうや。見た目はともかく精神的には私らより上みたいやし、こっちはともかく向こうに腹割って話させようと思ったら、相当がんばらんとあかんと思うで。」

 そこまで一息に言った後、フェイトを見つめて苦笑気味に声をかけるはやて。

「そういうわけやからフェイトちゃん。あんじょう気張ってええ女にならへんと、多分フェイトちゃんが思ってるようにはなられへんと思うで。」

「……うん、頑張ってみる。」

 今のフェイトの事だから、多分惚れた晴れたの範疇の話ではないだろう。そもそも、フェイトは非常にちぐはぐな面がある。この場の誰よりも精神的に成熟した面があるかと思えば、自我という部分ではひどく幼い面も見受けられる。だから、頑張るといっても、具体的に何をどう頑張ればいいのかも、おそらく分かってはいまい。

(ねえ、アルフ。)

(なんだい、ユーノ?)

(なんだか、非常に居づらい空気になってるんだけど……。)

(安心しなよ。あたしも、あの会話からなんでこんな重い話につながってるのか、正直ついていけてないから。)

 小学生の会話とは思えない内容にぼやくユーノと、居心地の悪さを愚痴るアルフ。ノエルやファリンも含めて、外見上は年長の女性たちが、誰一人割って入れないませた会話は、目的地に到着するまで続いたのであった。







「まったく、旅行先に来てまで、何でわざわざジョギングなんてするのよ。」

「あれはさすがに、いろいろフォローできんわ……。」

 お昼を済ませ、温泉街で思いっきり遊んだ後の事。チェックインを済ませ、部屋に荷物を置いて落ち着くや否や、優喜はジャージに着替えて宿の周りを走りに行ったのだ。しかも、わざわざロビーでジョギングコースを教えてもらい、ちゃんと地図までもらって、だ。

「なのはちゃんにフェイトちゃんまで、しっかりジャージ持参とか、何ぼなんでもあり得へん。」

「いっそ、私たちも朝のジョギングとやらに混ざるべきかしら。」

「私はそれ、どないしても無理やからなあ。」

「あ、ごめん、はやて。」

「ええって、気にせんといて。」

 とはいえ、優喜にしては珍しく、気の利かない行動に見える。アリサ達をほったらかしにしているのもそうだが、足の不自由なはやてがいるのに、普通にジョギングするあたりとか、優喜の行動としては疑問符がつく。

「ん?」

「アリサちゃん、携帯なってるよ。」

「メールみたいね。」

 優喜からのメール。内容は監視の視線が途切れていないので、ジョギングのふりをして下手人を探してみる、ということ。それをはやてに見られてもいいように、暗号たっぷりで告げてくる。ついでにこちらはストレートに、車椅子でもちょうどよさげな散歩コースがあるので、少し回ってみては、という勧め。

「誰から?」

「優喜から。ちょうどいい散歩コースがあるから行ってみたら、だって。」

「へえ? どんな感じなん?」

「さあ? 短文のメールだし、そこまでは書いてないわ。」

 とりあえず、ここでくすぶっていてもしょうがない。せっかくだし、自分たちも普段見る事の無い景色を見て回るとしよう。あちらこちらを散歩するのも、旅行の醍醐味のようなものだし。

「しかしすずか、本当にご機嫌ね。」

「うん。だってこれ、すごくかわいいしお洒落だし。」

 首からぶら下げたペンダントを、にこにこしながら見つめるすずかに、あきれたという目を向けるアリサ。確かに優喜が作ったそのペンダントは、可愛らしい猫をモチーフにしたよく出来た代物で、フォーマルな衣装でも決して浮く事が無く、かといってカジュアルな衣装とミスマッチになる事もない、可愛らしさとシックな印象とを両立させた、見事な逸品ではある。アリサがもらった髪飾りも、はやてがもらったブローチも、それぞれに趣向を凝らした見事な代物で、冗談抜きで、今のレベルで十分商売ができるのではないか、とアリサは睨んでいる。

 だが、それとすずかの喜びようとはまた、別問題だ。確かに優喜の作品は見事な代物だが、すずかの家にはもっといい物もいっぱいある。作った本人が練習用の試作品と言っているぐらいで、造形はともかく、材質やら品質やらは大したものではない。だというのに、すずかの喜びようときたら、まるで……。

「もしかしてすずか、優喜の事……。」

「まだ、男の子として好きかどうかははっきり言えないけど、お茶会の時から意識はしてる、かな。」

「ほー、すずかちゃん、ああいうヅカ系みたいなのがタイプやったんか。」

「別に、見た目が好み、って言う理由でもないけど……。」

 とりあえず、散歩に行くという話ではまとまっているようなので、はやてを抱えあげて車椅子に乗せるすずか。口の悪い同級生にゴリラ女などと散々囃したてられるだけあって、すずかは見た目の線の細さに似合わず、実に力持ちだ。

「見た目やないって、そしたらなんで?」

「なんで、って言われても……。はやてちゃんだって、どんなにかっこいい人でも、暴力的で冷酷で、女の人をアクセサリか何かみたいにとっかえひっかえするような男の人は、願い下げでしょ?」

「そらまあ、そうやけど……。」

「すずか、それ答えになって無いって。」

 旅館の入り口で、館内用のものから普段使っている車椅子へはやてを乗せ換え、ゆっくり周囲の景色を楽しみながら遊歩道へ入っていく。

「なんか、すずかちゃん、恭也さんみたいなイケメンでクールなタイプが好みかと思ってたんやけど……。」

「ん~、恭也さんの事を、そういう風に見たことはないかな。」

「へえ、意外ね。」

「初対面の時から、恭也さんは男の人じゃなくて、お兄ちゃんだったの。多分、年が離れてるって言うのも、あったんだと思うけど、ね。」

 新緑の生き生きとした生命力を瞳に刻み込みながら、車の中でさんざんしたはずのガールズトークを続ける三人。主に攻撃対象になっているのはすずかだが、折を見ては反撃を直撃させているので、実際のところ戦況は五分五分だろう。

「は~、何というか、すずかちゃん、大人やなあ。」

「はやてちゃんも、人の事は言えないと思うけど……。」

「いやいや。私とか、こういう話はしてても、男の子を好きになるとか、まったくピンとけえへんし。」

「私だって、ピンと来てるわけじゃないよ? ただ、ちょっとだけ意識してるだけ。」

 すずか自身は、正直まだこの感情が恋愛感情と呼べる領域のものではない、とはっきり断言できる。優喜を意識しているのだって、自分の体にまつわる事情からだし、本当に恋愛感情に至っているのなら、自分たちをほったらかしにして、なのはとフェイトを侍らせてジョギングしていることに対して、もっとむっとするはずだろう。その事に特に腹が立たない以上、まだそういう感情にまでは至っていないはずだ。

「傍から見てると、そうは思えないのよね。」

「やなあ。」

「多分、私たちにはまだ早いんだと思うよ。」

 苦笑しながら、穏やかに二人を窘めるすずか。せっかくだし、もっとちゃんと庭を見よう、と周囲に視線を走らせて……。

「あれ?」

「どうしたん?」

「あそこ、何かが光ってる。」

 赤く光る、不確定名宝石のようなものを発見する。見ているうちに、背筋に寒いものを感じ始める。理性が、本能が告げる。あれにかかわるな、かかわったら後悔する、と。

「へえ? 確かに何ぞ光ってるなあ。」

「凄く綺麗だけど、誰かの落し物かしら?」

「落し物、にしては不自然だよね?」

「そうね。宝石だとしたら、ここまで加工しておいて裸で持ち歩くって、変な話よね。」

 近づくと、頭の中の警告音が大きくなる。理性が必死になってブレーキをかけている、というのに、理性も本能も超えた何かが、それに手を伸ばそうとする。

「とりあえず預かっておいて、後で宿の人か警察かに届けよっか。」

「そうね。不自然な場所に落ちてたけど、本当にただの落し物かもしれないし。」

「まあ、散歩行ってからでもええんちゃうかな? 朝にお客さんが落としはったんやったら完全に手おくれやし、今さっきぐらいやったらまだ、気がついてすらおらんやろうし。」

「だよね。」

 とりあえず、後で宿の人に忘れずに届けよう、とポケットに宝石をしまうすずか。貰っておいて優喜に加工させる、とかそんなことは一切考えないのは、育ちの良さだろう。

「さて、優喜君らより遅く戻るぐらいの勢いで、庭をじっくり堪能しようか。」

「うん。」

 この時のこの判断が、後ですずかの体の秘密と相まってややこしい事態に発展するのだが、この時の彼女たちには、そんなことは知る由もなかった。



[18616] 第6話 後編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:1b8b611a
Date: 2010/07/10 22:34
「なんや優喜君、今戻ってきたんかい。」

「はやてたちも、散歩終わったところ?」

 ジョギングコースを回り終え、宿の玄関に来たところで、散歩組とはち合わせる。会った瞬間すずかに対して違和感を感じた三人だが、暗黙の了解ですぐには触れない。

「うん。綺麗な庭やったで。」

「ここのお勧めのジョギングコース、走るのにちょうどいい、気持ちいい気候と風景だった。」

 互いの感想を言い合い、和気藹々と宿に入っていく。その間も、表面上は何気ないふりを装いながらも、優喜はすずかから注意をそらさない。

(ユーノ、アルフ。)

(なに、優喜?)

(何かあったのかい?)

(どうも、すずかがジュエルシードを持ってるみたいだ。なのはとフェイトも気が付いてる。こっちでもいろいろ考えてみるから、そっちでも回収のための知恵を絞っておいて。)

((了解。))

 念話で連絡を済ませ、すずかの持つジュエルシードに意識を集中する。幸い、まだ暴走には至っていないが、高槻君が持っていた時と違い、やや活性化している感じはする。

「そういえばすずか。さっき拾った石、フロントに届けておいた方がいいんじゃない?」

「あ、そうだね。」

 言われてポケットを探り始めるすずか。石、という単語にやはり、という思いがよぎるが、下手に話を振るのも不自然だ。フェイトが探し物をしている、という話はしてあるが、それがすずかが拾った石、というのはいかにも胡散臭い。

(いっそ、いい機会だし、アリサ達にも全部話してしまった方がいいんじゃないかな?)

(僕としては、あまり事情を知る人間を増やしたくない。一応、法的にも知られる人間は最小限にしないといけないし。)

(私も、出来るだけ知られるのは避けたい。)

 優喜の提案に、ユーノとフェイトが反対を表明する。なのはも、別の観点から気が進まないらしい。そうこうしていると、すずかが戸惑ったように言う。

「あれ? どこかで落としたのかな?」

「確か、拾った後、右のポケットに入れてたはずよね?」

「うん。でも、どこのポケットにも入って無いの。」

 あせった様子でポケットをひっくり返すすずか。無い、というあり得ない状況に、内心ひどくあせる優喜。なにしろ、ジュエルシードの気配は、すずかから消えていないのだ。むしろ、徐々に活性化し始めている。

「落したんだったら、探すのは明日にした方がいいかもね。ご飯の時間もあるし、そろそろ日が落ち始めるころだから、すぐに暗くなる。」

「うん、そうだね。そうする。」

 探したところで見つからないのを承知している優喜が、あせっているすずかに提案する。すずかも、この場の人間で人海戦術で探すにしても、時間が乏しいという認識はあるらしく、素直に受け入れる。

「で、ご飯は何時からだっけ?」

「七時から宴会場で、だって。」

「じゃあ、お風呂行ってから、だね。」

 現在五時半。女性の入浴や身づくろいが長いといっても、十分時間はある。それに、温泉に来たからには、食前に一回、寝る前に一回、朝風呂を一回、ぐらい堪能するのが筋だろう。

(前の高槻君の時もそうだけど、すずかの事も、状況的に今すぐどうこうできないから、お風呂入ってる間に皆で対策を考えよう。彼のケースも考えたら、多分いきなり発動してってことは無いと思う。)

(でも、すずかちゃんがひどい目にあうのは嫌だから、出来るだけ早く何とかしないと!)

(うん。私も、すずかに何かあったら、絶対後悔する。)

(だから、がんばって考えよう。でも、焦っちゃダメだからね。焦ると碌なことが無いし、焦ろうが何しようが、状況が良くならない時はどうしたってよくならない。)

 念話で話をまとめつつ、目の前の会話を誘導する優喜。最悪、ジュエルシードが暴走することも覚悟しながら、表面上は普通に対応する。

「優喜君、私らと一緒に入る?」

「怖い事言わないでよ。そんなことしたら、冗談抜きでアリサに殺される。」

「賢明な判断ね。もし、うんって言ってたら、一生目が覚めないほど熱烈に愛してあげるつもりだったし。」

 冗談ですまない雰囲気で、アリサが言いきる。

「その愛するって言うのは、夕日をバックに友情を確認する、とか、肉体言語で語り合う、とかと同義語だよね。」

「ええ、もちろんよ。」

 アリサの言い分に、苦笑しか出ない優喜。

「とりあえず、着替えを取りに行くついでにユーノ君も回収しないとね。」

 とりあえず、話が常識的な位置に落ち着いたところで、なのはが話を変える。

「あ、なのは。こういう公共のお風呂では、基本的にペットの入浴は禁止だから。」

「え? そうなの?」

「うん。衛生上の問題だからね。テレビとかで温泉にカワウソだのフェレットだのが入ってるのは、ちゃんと許可を取ってるはずだし。」

「なんだ、残念。」

 本気で残念そうにしている女性陣に、ユーノの正体を知っている優喜は苦笑するしかない。ちなみに基本が動物型のアルフだが、今回は人型で最後まで行動する。ゆえにお風呂に入るのも一切問題無い。

(ユーノ、一応風呂場に連れ込まれるのは阻止しておいたよ。)

(あ、ありがとう優喜。あの空間は居心地が悪くて……。)

(因みに少しでも残念とか思ってたら、容赦なく淫獣と呼ばせてもらうから。)

(思ってないよ! って言うか淫獣って何さ!!)

 優喜のあんまりな言い分に、本気で抗議するユーノ。とはいえど、入浴中に桃子と美由紀のペアが乱入してきたのを阻止できなかった優喜も、自分であんまり人の事は言えない気はしているのだが。

 なお、何故桃子が乱入してきたのか、は、本当に男の子かどうか確認したかったのと、新しい家族と裸で親交を深めあいたかった、という二つの理由かららしい。美由紀は単に巻き添えになっただけだが、本気で抵抗する気も無かったようなので同罪だろう。というか、優喜がちゃんと掛けてあった鍵を外したのが美由紀だから、むしろこっちの方が罪は重いかもしれない。

「とりあえず、あんまりうだうだやってるとお風呂入る時間なくなるし、いったん戻ろうか。」

 とりあえず、お風呂上りに大浴場の休憩所で集合、という話になり、入浴準備にぞろぞろと戻る一同であった。







「おや、優喜だけかい?」

「うん。ちなみに今出たところ。士郎さんも恭也さんも部屋にいったん戻るって。」

 風呂上りにコーヒー牛乳を嗜んでいると、子どもたちより先に出てきたアルフが声をかけてきた。アルフ以外の大人の女性陣は、全員先に風呂に入っていて、士郎達と一緒にすでに部屋に戻っている。因みにアルフは、いつものようにそのグラマラスな体型を見せつけるような、露出の多いラフな格好だ。浴衣を着る気は無いらしい。

「アタシも大概カラスの行水だけど、やっぱり男どもは早いねえ。」

「そうかな? これでも三十分は入ってたんだけど。」

「フェイトとか、何気に長風呂だからねえ。油断したら一時間ぐらいは入ってるんじゃないかい?」

 やはり、幼くても女は女、ということだろう。なのはも、基本的に風呂は長い。しかも考えてみれば、はやて以外は皆、髪を長く伸ばしている。特にフェイトなんかは髪のボリュームが凄いので、その手入れまで考えたら、風呂に時間がかかるのも当然だろう。

「それはそうとアルフ、カラスの行水なんて日本語、知ってたんだ。」

「……優喜、アンタの中でのアタシの立ち位置を、一度よく話し合いたいもんだね。」

「いや、フェイトは明らかに知らない言葉だろうから、それで驚いたんだよ。」

 今となっては、日本人でもあまり使わない言葉だ。下手をすれば、なのはも知らないかもしれない。

「それで、ずいぶんと風呂に来るのが遅かったみたいだけど、何してたんだい?」

「ん? ああ、ユーノを宿の人に預けたりとか、いろいろ細かい用事を、ね。」

 すっかりペット扱いが板についてしまっているユーノを思い、思わず苦笑するアルフ。しょうがない事だとはいえ、彼の人としてのプライドは日々擦り減っていることだろう。

「今、ペット用の粉シャンプーでブラシしてもらってるんだとさ。気持ち良さが屈辱的だってぼやいてた。」

「だったら今すぐ人型に戻ればいいのにねえ。」

 アルフの言葉に苦笑を返す優喜。いまさら、切っ掛けが無いと人型に戻るのは無理だろう。彼の一族だか種族だかが、負傷に対して強い姿として動物になる、という能力を持っていた事を呪ってもらおう。

「しかし、なんていうか、アタシがここでこうやって牛乳飲んでるのも、不思議な気分だよ。」

「それはまた何故に?」

「いや、なんていうかさ。本来アタシの役目って、もっと別だったんじゃないかなあ、って思うんだ。」

「まあ、あのまま僕とかちあわずに収集を続けてたら、ここで呑気に牛乳を飲んでる余裕なんてなかっただろうしね。」

 優喜の言葉に、縁というものの不思議さを思ってしまうアルフ。

(それで優喜、ジュエルシードについて、何か考えついたかい?)

 とりあえず周囲にはだれもいないが、例の監視者をはばかって念話で話しかけるアルフ。

(悪いけど、やっぱり最善は、事情を全部話して回収させてもらうことだと考えてる。)

(アタシもさ。前の時は、拾った坊やも気絶してたし、どうとでもごまかしがきいたけどね。今回はアリサにはやてもそばにいるんだ。どうやったってごまかせやしないよ。)

(多分、なのは達も分かってはいるんだろうとは思う。そもそも、フェイトはともかくなのはは、このままずっと魔法にかかわるんだったら、いつかは家族やアリサ達に話す必要が出てくる。この事件が終わった後魔法を捨てるならともかく、いつまでも隠し通せるもんじゃないし。)

 結局、事情を黙ったまま親友たちから問題のものを回収するなどという、そんな都合のいい方法は無いということを確信するだけだったようだ。

(とりあえず、今は小康状態だけど、すずかのジュエルシードは確実に発動してる。むしろ、暴走した時の対処を考えた方がいい。)

(本当かい?)

(ああ。すずかが、ポケットにあったはずなのに出てこない、って言ってるし、そもそも今お風呂に入ってるんだったら、持ってるはずがない。なのに、すずかの気配とジュエルシードの気配が重なってるんだ。だったら、発動してすずかの体の中に入ってる、と考える方が自然だ。)

(それはまずいねえ。)

 待合の椅子にどかっと座り、難しい顔で唸るアルフ。

「それで、なのは達はいつごろ出てくるんだろうね。」

「さあね。ただ、さすがにそろそろ出てくるはずだよ。」

「まだご飯まで時間はあるけど、あんまりゆっくりはできないんじゃないかな。っと、気配がまとまって動き始めたから、そろそろ出てくるかな?」

「今回は仕方ないけどさ、あんまりそれやるのはプライバシーとかデリカシーの部分で感心しないよ。」

「分かってるって。普段は必要が無い限りはやって無いから、今回は大目に見て。」

 優喜の言葉に苦笑を返すアルフ。優喜とて、好きでこんなデバガメみたいなことをやっているわけではない。すずかがジュエルシードを拾っていなければ、普通になのは達遅いなあなどと言いながら牛乳飲んで終わり、だったはずなのだ。

(そういえばさ、例の監視者とやら、こっちまで付いてきてるんだよね?)

(うん。視線はばっちり。ただ、ランニングのついでに気配を探ってみたけど、それっぽい気配は引っ掛からなかった。もしかしたら、魔法か何かで監視してるのかもしれない。)

(なるほどね。でまあ、思ったんだけど、あたしたちの入浴シーンも、そいつらに監視されてるんじゃないかい?)

(あり得ないとは言えないね。少なくとも、今現在と男湯では視線の類は感じなかったけどね。まあ、はやてが出てきたら分かるだろう。)

 などと、念話でこそこそやってるうちに、待ち人たちが女湯の暖簾の向こうから現れる。アルフと違って、さすがに全員浴衣姿だ。不意に気配がして振り向くと、毛艶がよくなった感じのするユーノが、とことこと歩いてきていた。とりあえず全員集合のようだ。

(うん。視線を感じる。どうやら監視してる連中は、きっちり風呂をデバガメしてたらしいね。)

(アタシやフェイトの裸を断りも無く見てるんだ。男だったら、三回ぐらい死なせないといけないね。)

(それと、さっきから気になってたんだけど、別口っぽい視線が一つ。心当たりは?)

(それは誰に向いてるんだい?)

(主にフェイト、だけど僕やなのはにも随分御執心の模様。)

 優喜の指摘に、監視者の心当たりが思い浮かぶ。フェイトを監視する、と言えばあの女しかいないだろう。

(多分、それはプレシアだね。)

(プレシア?)

(ああ。フェイトの母親さ。認めたくはないけどね。)

(ふむ。まあ、ちょっとその話は後回しにしよう。)

 優喜が話を切り上げる。今気にすべきは、監視者の正体ではない。今は注意すべきなのは、すずかのジュエルシードだ。そのために、デバガメ一歩手前のようなことまでしていたのだから。

「やっと出てきた。」

「優喜君が早すぎるんだよ。」

「男と一緒にしないでほしいわね。」

 一時間ほどの長風呂に対して、まったく悪びれる様子の無いなのは達。まあ、まだ食事には時間がある。風呂上りの水分補給ぐらいは問題ないだろう。

「あれ? フェイトとすずかは?」

「フェイトはまだ、髪を乾かしてるわ。すずかは脱衣所に忘れもの、だって。」

 さすがにフェイトの髪のボリュームでは、ドライヤーを当てるのにも一苦労のようだ。

「忘れ物? 何を?」

「アンタからもらったペンダント。わざわざ風呂場にまで持ってこなくてもいいのに、本気で気にいったのね。」

「それは光栄だけど、すずかがそういう忘れ物って珍しいね。誰かせかした?」

 優喜の質問に、少しきまり悪げに苦笑しつつ、自己申告をするはやて。

「あ~、私がすずかちゃんの手を煩わせてしもたんよ。この足やし、さすがになのはちゃんはもとより、フェイトちゃんとかアリサちゃんでも、一人で私を抱えるのはしんどいみたいやし。」

「……アルフ、中で待ってなきゃ駄目だったんじゃない?」

「……あ~、ごめん。」

「まあ、この件に関しては、アルフさんを先に上がらせた私たちも迂闊だった訳だし。」

 すずかがいるから、ということですっかり油断していたらしい。因みに大人組は、アルフが残ったからという理由で、これまた油断していたようだ。本来介助すべきであろうノエルとファリンは、宴会の段取りやら何やらで宿の人と相談しており、そもそも風呂場自体に来ていない。彼女たちの慰安旅行も兼ねているはずなのだが……。

「まあ、もうすぐ出てくると思うわよ。」

「かな。」

 などと話していると、フェイトと一緒にすずかが出てくる。優喜たちがたむろしているのを見て、速足でとてとて近づいてくるフェイト。

「ごめん、待たせた。」

「ん。とりあえずご飯には間に合いそうだから、まずはお茶なり牛乳なりで水分補給を……。」

 と言いかけて、優喜の顔つきが変わる。いつの間にかそばに来て、優喜に抱きつこうとしていたすずかを振り払うと、何を思ったか、フェイトを抱えていきなりその場から飛び退く。唐突な行動に一瞬頭が真っ白になるフェイト。だが、一拍置いて状況を認識する。優喜の頬に、血がにじんでいる。

「もしかして……!」

 さっきまで自分たちが立っていた位置には、忍によく似たグラマラスな女性が、妖しげな雰囲気を発散しながら、己の腕を見て立ちすくんでいた。忍との違いは、白いヘアバンドをしていることと、犬歯が嫌に長いこと。忍に似ているが、むしろすずかの面影の方が強い。どこか陶然とした様子で優喜の血が付いた指をなめる姿が、どこか退廃的でひどく艶めかしい。

「ユーノ! アルフ! 結界をお願い! なのはとフェイトは、アリサ達を守って!」

「え? え?」

「優喜はどうするんだい!?」

「すずかを止める!」







 自分の体がどこかおかしい。すずかは入浴中、ずっと違和感にとらわれていた。違和感を覚えたのは、拾ったはずの石がどこにも無かった、そのあたりからだ。もっとも、そんな違和感も入浴中のおしゃべりと、風呂から上がった後のごたごたで、あまり強く意識することは無かったのだが。

「すずか?」

「ちょっと、忘れもの。」

「あのペンダント?」

「うん。フェイトちゃんは、そろそろ髪、終わりそう?」

「もう終る。」

 ならばいっしょに出ようかとフェイトを待ち、並んで脱衣所を後にする。外に出ると、皆が自分たちを待っていた。待たせてしまって申し訳ない、そう思って優喜達の方へ歩を進めようとして……。

(え?)

 風呂の余熱でやや火照った優喜の体を見た瞬間、全身をよくない衝動が駆け巡る。喉が猛烈に渇き、血が騒ぐ。傍らにいたフェイトが小走りで優喜のもとへ進んだが、そんなことはどうでもいい。

(血が……、ほしい……。ダメ……、なのに……、優喜君……。)

 体がおかしい。衝動を止められない。

「ごめん、待たせた。」

「ん。とりあえずご飯には間に合いそうだから、まずはお茶なり牛乳なりで水分補給を……。」

 優喜とフェイトが、何かを話している。だが、それに注意を払う余裕などない。なぜならこの瞬間、すずかは衝動に屈したのだから。

「ユーノ! アルフ! 結界をお願い! なのはとフェイトは、アリサ達を守って!」

「え? え?」

「優喜はどうするんだい!?」

「すずかを止める!」

 抱きついたはずの腕に軽い衝撃が加わり、少しの間腕がしびれる。あと少しで優喜の首筋に牙を立てられる、というところで優喜を捕まえそこなった。いろいろな理由で呆然としていると、優喜がいつの間にか、自分のそばに立っていた。

「ゆ、う、き、君……?」

「すずか、大丈夫?」

「ダメ……、こっちに来ちゃダメ……。」

「ごめん。僕たちの事情に巻き込んだ。」

 申し訳なさそうな顔で、優喜が構えを取る。視界内では、いつの間に着替えたのか、なのはが聖祥の制服によく似た衣装に、フェイトが露出の多い死神風の衣装に代わっている。二人とも、両手で杖のようなものを構えており、顔をゆがめてすずかの方を向いている。その後ろには、状況についていけないアリサとはやての姿が。

「優喜君……、逃げて……。私……、あなたの血が……。」

 外したことで戻った自制心が、どんどん削られていく。目の前の少年の血がほしい。あれはきっと、どんなものより美味なはずだ。本能に根ざした欲求が、すずかの理性を壊していく。必死の抵抗もむなしく、徐々に徐々に優喜の方に腕が伸びて行く。狂いそうなほど、喉が渇く。

「ごめん、すずか。元に戻すために、今から君を殴る。」

「ちょっと、優喜! どういうことよ!?」

「優喜君、女に子に手をあげるんは最低やで!?」

 後ろのアリサとはやての抗議の声を無視し、優喜はすずかの気の流れを探る。丹田のあたりに妙なエネルギー。そこを崩せば、ジュエルシードは外に出て行くはずだ。

「いいよ優喜君! 私がやるから、私たちがやらなきゃいけない事だから!!」

「なのはやフェイトに、友達を攻撃させるなんて、僕が我慢できないんだ。こういう汚れ役は、男の仕事だって思って。」

 そんなことは無い、と言いかけたなのはを制し、全身の気を活性化させる。狙う技は一つ。気脈崩し、その発展技。ジュエルシードの封印に付き合い続けた優喜が、仮に単独で暴走体を元に戻すには、と考え続け、対抗策として見つけた回答である。

「いくよ!」

「うん……、お願い……。私が……、私のうちに……。」

 すずかの丹田に、すべての気をこめた一撃を入れる。当てる角度、タイミング、深さ、すべてを慎重に調整し、接触した瞬間に全力で気を流し込む。肉体に傷をつけないとはいえ、普通にやれば命にかかわる一撃だ。それをジュエルシードにじかに叩き込む。

 アリサとすずか、二人と初めて会った時には、体の調子が悪くてうまくいかなかった技、それを発展させた一撃だ。あの時と違って、他の選択肢はない。ミスは一切許されない。

「破ぁ!!」

 気合の声と共に、さらに左手を右手の上からたたきつける。すずかの体からジュエルシードが飛びだす。すずかの体が急速に小さくなり、瞬く間に元の小学生の体格に戻る。吐き出されたジュエルシードは、封印されたことを示す青い色に変わっていたが、シリアルナンバーが刻み込まれていない。

「なのは、フェイト、封印お願い。」

「うん。」

 すずかの様子を気にしているなのはの代わりに、フェイトが封印作業を行う。いつものように表面にシリアルナンバーが刻み込まれ、封印作業が完了する。すべてがうまく行ったことを察して、全身の緊張を解く優喜。場を覆っていた異様な空気が完全に払拭され、後には奇妙な沈黙がその場を覆ったのであった。







「すずか、大丈夫?」

 崩れ落ちたすずかを支え、待合の椅子に座らせる。ようやく目の焦点があったすずかが、ゆっくりと優喜の顔を見上げる。

「ちょっと、ごめん。」

 すずかの額に指を当て、目を閉じる優喜。優喜の指先から、温かい何かが流れ込んでくる。すずかにとっては永遠にも感じられる数秒の後、優喜が指を離す。心地よいぬくもりが消え、思わず小さく、残念そうな声をあげてしまうすずか。

「うん。体におかしなところは無いみたいだ。急に元に戻ったから、ちょっとの間体がだるいかもしれないけど、すぐにいつもどおりになるから。」

「……要するに、全部終わったってことでええん?」

「この場は、ね。」

 優喜の言葉に、アリサが冷たい怒りをたたえた視線を向ける。ようやく体からだるさが抜けてきたすずかが、不安げな表情で優喜とアリサを交互に見る。

「とりあえず、隠してる事を全部、洗いざらい話しなさい。」

「僕の方は異存はない。ただ、なのはとフェイト、それからユーノがどちらかと言うと言いたくないらしいから、そっちにも許可を取って。」

「だそうよ、なのは、フェイト。この期に及んで、隠し事が出来るとは思ってるのなら、あなた達との友情を考え直そうと思うんだけど?」

 アリサの言葉に、なぜかすずかがびくりと体を震わせる。いろいろ察するところのある優喜は、実はこの状況で一番きついのは、すずかじゃないかと思ってしまう。

「……そうだね。友達に、隠し事はよくないよね。」

「……でも、なのは。アリサもすずかも普通の人間。はやてに至っては足が動かない。関わらせるのは危なすぎる。」

「もう関わってるって言ってるのよ、フェイト!!」

「……アリサちゃん、なのはちゃん達の話の前に、私の話を聞いてくれるかな……?」

 怒髪天を突く勢いのアリサに、おずおずとすずかが声をかける。その言葉に気勢をそがれたアリサが、見たことも無いほど悲しげに顔をゆがめる。

「なによ、なんなのよ……。すずかまで、私に隠し事してるって言うの? そんなに、私は信用されてないっていうの? 親友だと思ってたの、私の一方的な思い込みだったの?」

「親しい人間だからこそ、言えない事も言いたくない事もあるんだよ。アリサだって、覚えがあるでしょ?」

「そうだけど、そうだけどね……!!」

 再び怒りに火がつきかけたアリサを、すずかが目で制す。唯一、事情を察している優喜が、気遣うような目線をすずかに向けるが、首を小さく横に振って、力無い笑顔で優喜の気遣いを拒絶する。

「心配してくれて、ありがとう。でも、隠してるのにも疲れちゃった。」

「ん。すずかがいいなら、僕は何も言わない。」

「優喜、アンタ、すずかの事まで片棒を担いでたの?」

「いや。すずかの事は、薄々気がついてただけ。本人の口から詳しい事を聞くのはこれが初めてだ。」

 一度にいろいろあって、明らかに疑心暗鬼になっているアリサ。特に、すべての話が優喜が現れてから出てきたうえ、すべての事情に彼が噛んでいるときてはなおさらだろう。

「一応弁解しておくと、僕が海鳴に来た時にはなのは達の探し物は始まってたし、すずかの事情に至っては生まれつきの話のはずだよ?」

「どうだか。」

「まあまあ、アリサちゃん。優喜君を怒るんは、まずはすずかちゃんの話を聞いてからや。」

「何度も言うけど、私の事は、優喜君は何も悪くないの。」

 アリサが、不機嫌ながらも話を聞く態勢になったのを確認し、すべてを話し始める。

「私ね、人間じゃなくて、実は吸血鬼なんだ。」

「は?」

「正確にはちょっと違うんだけど、分かりやすく言うとそうなるの。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。すずかアンタ、吸血鬼って言うけど、鏡に映ってるしにんにく大丈夫だし、大体太陽の下で堂々と動いてるじゃない!」

「うん。だからちょっと違うの。」

 そう言って、すずかは己の一族について語る。夜の一族という、血を吸うことでさまざまな特殊能力を使うことができる一族がいる。その寿命と身体能力は人間の数倍であり、そのうえ家系ごとにいろいろな特殊能力まで持っている、個としては人間のはるか上を行く種族だ。

 吸血鬼と言っても彼らの場合、普通の食事で生命維持は可能だ。ただ、体を健全に成長させるには人の血をある程度飲む必要がある。また、ひどく子供が生まれにくく、種族としては緩やかに滅びに向かっている感は否めない。少なくとも、人間の血の入らない純血の夜の一族は、多分すずかたちの代で終わるだろう、とのこと。

「……優喜、どこまで知ってたの?」

「人間じゃないってのは、初対面の時から気がついてた。気の流れとか気配とかが、明らかに普通の人間の個人差に入らない種類の違いだったし。吸血鬼ってのは、お茶会で僕の血をなめた時にそんな気はしてた。」

「……やっぱり、優喜君は大体知ってたんだ。どうして黙ってたの?」

「別にどうでもいいことだったし、言い出せば僕だって、この場だとなのはとユーノにしか話してない事もあるし、ね。」

「私、人の血を吸うんだよ? 優喜君だけじゃなくて、この場にいる皆の血を、とてもおいしそうだって感じてるんだよ? 私は皆の事を、言ってしまえば食べ物と同じように見てるんだよ? 怖くないの? 気持ち悪くないの?」

 すずかの言葉に、苦笑を浮かべるしかない優喜。問題の根源は、結局その言葉に集約される。

「怖いって、すずかが? 変な言い方だけど、物騒さで言うなら僕とかなのはとかフェイトの方が上だよ? それに、本当に友達を食料だと思ってるんだったら、悩まずにがぶっと行くでしょ。」

 自分たちの方が吸血鬼より物騒、と言われて、抗議の声をあげそうになるなのはとフェイト。思い当たる節が無いわけでもなく、ただひたすら苦笑するしかないユーノとアルフ。

「ただ、血を吸う、というより、血が美味しい、ってのは、好き嫌いの観点で気持ち悪い趣味だ、とは思わなくもないけど。」

「やっぱり気持ち悪いんだ……。」

「だってすずか、考えても見てよ。すずかだって、芋虫とかアリとか蜘蛛とか食べてるの見ると、やっぱりちょっと気持ち悪いって思うでしょ? 食文化とか好みとかは否定しないにしても、それを気持ち悪い、って思ってしまうのはどうしようもないと思うよ。」

「えっと、気持ち悪いって、そういう話?」

 人間の血を吸うという、倫理的にタブー視されそうなことを、単なる食文化や好き嫌いの話にすり替えられて、どう反応していいかが決められないすずか。何というか、そう言われると、本当に大したことじゃないような気がしてくるのだから困る。

「少なくとも僕にとっては、ね。まあ、芋虫も蜘蛛も平気で食べる僕が、人の好き嫌いにケチ付けるのはさすがにどうかと思うんだけどね。」

 優喜の告白に、思いっきり引いた顔をするアルフ以外の女性陣。彼女たちにとっては、それは食べ物ではない。悪食にもほどがあるだろう、と言いたくなるのだが、昔士郎も恭也もそうだったらしいと聞いているなのはには、優喜の食生活に対して何も言えない。

「まあ、すずかの身の上話はこれでおしまいらしいけど、感想は?」

「……言えないわけよね。多分、こんなことでもなければ、言われても信じなかった。」

「せやな。こういうファンタジーな話って、あったらええなあとは思うけど、現実やと結構困るんやって、目の前に突きつけられてようやく実感したわ。」

「でもすずかちゃん、別に信じてもらえないから、とかそれだけの理由で黙ってたわけじゃないんだよね?」

 なのはの質問に、すずかがゆっくりうなずく。すずかが黙っていた一番大きな理由を言う前に、アリサが口を開く。

「それで、今までの誘拐とか襲撃事件のうちどれぐらいの割合が、その程度のくだらない理由でアンタを狙った連中なの?」

「この三年間だと一回だけ。私が生まれてからでも三回ぐらい、って言ってた。」

 アリサとすずかの会話が、夜の一族が秘密主義を貫かざるを得ない理由である。人間同士ですら、人種や宗教はもとより、ほんの少しの生活習慣の違いですら喧嘩の、どころか下手を打てば戦争の火種になる。 

「で、僕から質問、いい?」

 とりあえず、全員が大体のところを納得したと判断した優喜が、自身の気になっていることを質問することにする。

「……なに?」

「一つ目、血を吸われた側に、貧血以外で何か変化があるの?」

「基本的には何も。ただ、私たちの血を送り込むと、すごく低い確率で夜の一族の体質に近くなることがある、って長老は言ってた。」

 とりあえず、一つ目の問題は気にする必要はなさそうだ。もう一つ、優喜としてはこっちの方が致命的な問題を聞いてみる。

「二つ目。血を吸うのって、首筋からじゃないと駄目? 例えば腕とかは無し?」

「別に、どこからでもいいんだけど、やっぱり心臓に近い首筋から貰うのが、一番おいしいの……。」

「あ~、なるほど。個人的には血をあげるのはいいんだけど、首筋はいろんな理由でやめてほしいから、一応確認したかったんだ。」

「いろんな理由?」

「主に生存本能の問題で、首筋を狙われると反射的に反撃しそうになるんだ。まあ、他にも見た目の上でも勘弁願いたいのはあるけど。」

 見た目の上で、というのも説得力のある理由だ。言ってしまえばある意味では食物的な意味で捕食されているのに、傍目には濃厚なラブシーンを演じているだけにしか見えないのである。いくらすずかが美少女だと言っても、まだ小学校三年生だ。マセガキのラブシーン何ぞと思われるのは勘弁してほしい、という優喜の言い分は実に理解できる。

「まあ、そういうわけで、首筋は勘弁してほしいんだけど、腕からでよければ、死なない程度に好きなだけ飲んで。」

「え? いいの? こんなことで、気を遣わなくても……。」

「だって、見てたらまだ結構しんどそうだし、僕の体は頑丈だし、ね。今回のはさっきの宝石のせいだとしても、あんまり我慢しすぎて心が折れたら、また同じことをやらかすわけだし。我慢しすぎて一回に必要な量が増えたら、それこそ命にかかわるから、お互い妥協できる範囲で、ね。」

「……うん。じゃあ、遠慮なくもらうね。」

 そう言って、優喜に近寄り、腕を取ろうとしたところで……。

「腕から、とか何風情の無い事言ってんのよ。」

「せやで、優喜君。すずかちゃんの初めてなんやから、恥ずかしがらんとちゃんと正統派に首筋からあげやんと、視聴者の皆さんが納得せえへんで。」

 アリサが優喜を後ろからはがいじめにし、はやてが優喜の浴衣の前をがばっと開く。ボディビルダーのようなボリュームでこそないが、実に鍛え上げられた実用的な大胸筋と腹筋が、少女たちの前であらわになる。

「あら、いい体してるじゃないの。」

「ほんまやな。これで乗っかってる顔が美少女やのうてイケメンやったら完璧やのになあ。」

 などと、照れもせずに勝手なことを言っている二人。突然の事に真っ赤になりながら、食い入るように見つめているフェイトと、見せつけられた「強い雄」の匂いに酔っ払った様子で、ふらふら近寄っていくすずか。その手の情緒面では幼いなのは一人だけが、素のままである。

「すずか、このトーヘンボクから、死なない程度に好きなだけもらいなさい。」

「あの……、優喜君……?」

「あ~、もう今回は好きにして。」

「……うん。」

 さっきよりよほど強い誘惑と衝動に素直に屈したすずかは、容赦なく優喜の首筋に牙を立てる。すずかの喉が小さく鳴る。それなりの時間をかけ、それなりの量を飲み込む。

「……ご馳走さま。」

「満足した?」

「これ以上は、ゆうくんの体が持たないと思うから、来月ぐらいまで我慢するね。」

 そう言って、離れる前に、ほぼ渇いている頬の血を舐める。

「すずか! いくら血をもらったからって、それはサービスをしすぎよ!!」

「そうだよ、すずかちゃん!! そういうことは恋人同士がすることだとなのはは思うの!!」

「すずか、ずるい……。」

「すずかちゃん、いくら足らんから言うても、もうちょっと場所と状況を考えや……。」

「最近の子供は大胆だねえ。」

「って、ちょい待ち。フェイトちゃん、ずるいって何なん?」

「え……? なんだろう……?」

 あまりの行動に、さすがのなのはですら色めき立つ。ここで終われば綺麗に話がまとまるところだったのだが……。

「あらあら、すずかちゃん。優喜君は確かにお買い得商品だとは思うけど、そういうことはさすがに中学を卒業してからじゃないといろいろとまずいと、桃子さん思うのよ。」

「すずかも大胆ね。さすがに自分から襲いにいくとはお姉ちゃん想像しなかったわ~。」

「……うう、私は彼氏が出来ないのに、すずかちゃんは小学三年生の身の上で男を作ってるし……。」

 年長の女性陣が三人、あまりに遅い子供たちを心配して様子を見に来た挙句、一番見られて困るシーンを目撃してしまったのだ。優喜の浴衣が派手に乱れているうえ、アリサとはやてが、優喜が抵抗しないように腕を抱え込んでいるのが致命的だ。しかも、フェイトは顔どころか全身がのぼせている。何をどう頑張っても、言い訳できるような状況ではない。

(ねえ、ユーノ、アルフ……。)

(どうしたの?)

(なんだい?)

(結界は、どうなってるの……?)

((……桃子(さん)達を除外設定してなかった……。))

 いろいろどうにもならない状況を察して、とりあえずしがみついている三人を引き剥がして身なりを整える優喜。どうせこの後、士郎達にも全部話す必要もあるだろうし、ここでとっとと、確認しておくことだけ確認しておくことにする。

「忍さん。」

「ん? なに?」

「一族の事、今日来てる中でどのぐらいの人が知ってる?」

「アリサちゃん達も知っちゃったんだよね? だったら知らないのは美由紀ちゃんだけかな?」

 唐突に自分の名前が出てきたため、状況が分からずにきょときょとする美由紀。美由紀とセットでハブられていたことに、地味にショックを受けるなのは。

「で、美由紀さんに話すのは?」

「ちょうどいい機会だし、話しちゃうわ。」

 これで、話を進めるのは問題なさそうだ。

「それですずか、一族の掟の話はした?」

「これからするつもりだったの。」

「そっか。じゃあ、美由紀ちゃんに事情を話して、全部まとめて済ましちゃいましょう。」

 どうやら、夜の一族組も話がまとまったようだ。全く話についていけない美由紀には申し訳ないが、もう少しこちら側の事情を詰めてしまおう。

「なのは、フェイト。」

「やっぱり、話すの?」

「う~、私は出来れば、アリサちゃん達だけにしておきたいんだけど……。」

「駄目。すずかが巻き込まれたんだし、最低限忍さんには話すのが筋だし、それにすずかじゃないけど、いい加減黙ってるのも限界だと思うよ?」

「「そうだけど……。」」

 優喜達の話に、ピンと来るものがある桃子と美由紀。

「あ~、この間からなのはがこっそり深夜徘徊してるあれ?」

「うん。」

「フェイトちゃんも関係者だったんだ。」

「正確に言うと、そこのユーノも関係者、というか事の発端。」

 優喜の台詞に、いきなり焦り始める魔法関係者。

「ちょっと待って優喜君!!」

「ユーノの事も話すの?」

「そうなると、当然アタシの正体も話すことになるよねえ。」

「それこそいい機会だし、隠し事は全部なしにしよう。それにいい加減、ユーノもちゃんとアリサ達との会話に参加したいだろうし。」

 事情が事情だけにしょうがないとはいえ、ユーノはいつも連れまわされるだけ連れまわされて、会話にも参加できずに放置される役回りになってしまっている。なのはがいない時に散々愚痴られている身の上としては、とっととこの問題も解決してしまいたい。それに、このままほったらかしにしたら、またいつか女湯に連れ込まれて、淫獣扱いされかねない。

「というわけで、士郎さん達を結構待たせてると思うし、さっさと宴会場に行こうか。」

「そうね。どうも話が全部終わったら、私たちの新しい門出、みたいな感じになりそうだし、ちょうどいいわね。」

「桃子さん、桃子さん。だったら今日はこの宿の一番いいお酒頼みましょうよ。というか、月村家にとって喜ばしいことになりそうだから、むしろ振舞わせてください。」

「あら、いいの? だったら遠慮なく。」

 結構ヘビーな話が待っているというのに、大人組はマイペースだ。とりあえず、この旅行で一番の修羅場は、どうにか無事に大したことも無く終わった。







「なんか、いろいろヘビーやったんやなあ……。」

「とりあえず、アンタ達の秘密主義については、納得しきれてはいないけど理解はしたわ。」

「実際のところ、アリサがこっちの立場だったら、友達にだって迂闊に話せないでしょ?」

「まあ、ね……。」

 夜の一族の掟、とやらの前に立場と状況を話し終えた優喜。御神流の関係者が、話の内容を聞いて渋い顔をしていたのが印象的だ。

「それで、一族の掟の話なんだけど……。」

「掟、ねえ。」

「ねえ、すずか。アンタ達の一族の掟なのに、私たちにも適用されるの?」

「うん。皆に、一族との立ち位置を決めてもらうわけだから……。」

 すずかの言葉に、顔を見合わせる小学生組と美由紀。多分、秘密をどう守らせるか、という話なのだろが……。

「一族の事を忘れて今まで通りの関係に戻るか、忘れずに私たちと特別な関係になるか、それを選んでほしいの。」

「忘れるって、どうやって?」

「記憶を消すのよ。」

 なのはの素朴な疑問に、かなりシビアな回答を突き付けてくる忍。

「夜の一族という単語と、その内容、誰がそうなのか、どういう状況で聞いたのか、全部忘れてもらう。そのための秘術が、私たちの一族にはあるのよ。」

「まあ、吸血鬼の一族やし、それぐらいあってもおかしないわなあ。で、特別な関係の方は?」

「それは簡単よ。はやてちゃん達は女の子だし、自分の言葉ですずか相手に生涯親友であることを誓ってくれればいいわ。優喜君は男の子だし、恋人って言う選択肢でもいいけどね。」

 忍の説明に、渋い顔をする優喜。その顔を見て、自分と恋人というのは嫌なのかとショックを受け、泣きそうな顔になるすずか。

「優喜、アンタその顔はいくらなんでも失礼よ。」

「分かってるよ。分かってるんだけどね……。」

「すずかじゃそんなに不満?」

「それ以前の問題。親友だの恋人だの、そんなもん、秘密を知った知らないぐらいの事で決めるようなもんじゃないでしょ?」

 大人組以外は、優喜の言い分がピンとこないらしい。逆に、優喜の言葉を聞いて苦笑する士郎。

「まあ、そもそも、普通この話が出てる時点で、基本的に親友かそれに類する存在にはなってるだろうしな。」

「第一さ、生涯の親友だの恋人だのっていうけどさ、親友だったからこそこじれることもあるし、恋愛関係なんて生涯維持してたら、そっちの方が不健全な気がしなくもないし。」

「おいおい、いくら中身が二十歳でも、それは夢も希望もなさすぎるぞ。」

「うん。だから、掟だの契約だので、そういう人間関係を決めるってのは気に食わないって話。まあ、なのは達は大丈夫だと思うから、わざわざこういうこじれる言いがかりをつけないで、普通に契約しちゃっていいとは思うけどね。」

 優喜の言いたいことを理解して、結構真剣な顔で考え込む小学生組。が、結論は最初から出ているので、割と悩む時間は短かった。すぐに口々に、誓いの言葉を告げていく。

「それで優喜君はどうするの?」

「ぶっちゃけると、記憶を消してもらうのが一番手っ取り早いとは思ってるんだけど、すずかとクラスメイトだから、どうせまた気がつくだろうしなあ……。」

「本当に、優はよけいなことを難しく考える子だよね。」

「ごめんね、難儀な性格してて。」

 美由紀の言葉に苦笑を返しながら、とりあえず妥協できる範囲を示すことにする。

「じゃあさ、こういう誓いはどう?」

「ん?」

「月村すずかが月村すずかである限り、我が身と魂の持てる限りをつくし、可能な限り汝を守る盾となろう。」

「……可能な限り、なんだ……。」

 格好をつけている割には情けない内容に、思わず苦笑が漏れるすずか。

「だってさ、うちの師匠とかみたいにね、何をどうやってもどうにもならない相手とか、世の中には結構ごろごろいるんだよ。そういうのを相手に絶対守る、みたいなことを言うような誠意に欠ける真似は、僕には死んでも出来ません。」

「……本当に、余計なところで現実的ね。」

「……うん、でも、出来る範囲では、守ってくれるんでしょう?」

「それはもちろん。まあ、その場にいない時に起こった出来事、とかは大目に見てもらうしかないけど。」

「それは、出来る範囲じゃないから、約束を守らなかったことにはならないよ。」

 どうやら、お姫様は優喜の誓いを受け入れてくれたようだ。一番の難題をクリアしたことで、思わず安堵のため息が漏れる優喜。

「フェイトちゃん、すずかちゃん、いろいろ難儀やなあ。」

「そうだね。私はともかく、フェイトちゃんは自分のことでもいろいろ難儀なことになってるみたいだし。」

「私、難儀なことになってるの?」

「多分、なってるんだと思うよ。」

 とりあえず、この一件だけを見ても、優喜が人当たりの柔らかさに比べて、人間関係には難儀な考え方を持っていることははっきりしている。そこに、望み薄とはいえ元の世界に帰るという目的も持っているのだ。それらの壁を突破しないと、多分彼女たちの本心からの願いは叶わない。

 しかも、これはなのはにも言えることだが、フェイトは自身の感情をよく分かっていない。魔法少女組は幸か不幸か、女としての感性や情緒が同年代から見ても未成熟だ。フェイトはそれでも、優喜に対する好きと、なのはやユーノに対する好きが別物だということに気がつき始めてはいるが、なのははそもそも、好きの種類がどうという話にすら至っていない。

「まあ、難しい話は全部方がついたし、せっかくの宴会なんだから、盛り上がっていきましょう。」

「カラオケセットはちゃんと手配できています。二時間、歌い放題だそうです。」

「だったら、桃子さん歌っちゃう!」

 手慣れた動きで十八番の歌を速攻で入力する桃子。次二番、とノリよく番号を突っ込んでいくはやて。

「優喜君らも最低一曲はノルマやからな。」

「はいはい。」

 適当に知っている曲を入力していく優喜達と、操作が分からずおたおたしているフェイト。見かねた士郎が歌いたい曲を聴いて、苦笑しながら代わりに入力する。

「とりあえず、士郎さん、恭也さん。」

 自分の番が当分先なのを見越して、優喜が士郎達に話を振る。

「分かってる。なのは達を鍛えればいいんだろう?」

「うん。何しろ我流で実戦をこなしてるようなものだし、危なっかしくてしょうがないんだよ。しかも、ガンナーのなのははともかく、前衛のフェイトはそのあおりをもろに受けて、結構碌な目にあってないし。」

 優喜の言葉にうつむくなのはとフェイト。なのははそもそも、運動神経に恐ろしく難があったため、性格うんぬん以前の理由で御神流を教えられなかったし(しかも、それが原因で家族との間に小さくない溝が出来ている)、フェイトの戦闘訓練も、長柄の武器の基本的な振り方と、初歩的な戦闘機動しかやっていない。ちゃんとした師匠について、他人を指導出来るほどのレベルまで鍛えられている恭也や優喜と比べると、どうしてもいろいろな面で危なっかしい。

「優喜もどうせ、二人にいろいろ仕込むんだろう? せっかくだから、俺たちにもそっちの武術を教えてくれ。代わりに、なのは達の訓練相手がやりやすいように、御神流を教える。」

「了解。せっかくだから、フェイト相手に空中戦が出来るぐらいには、技を磨いてもらうよ?」

「望むところだ。」

「魔法使いごときに、御神の剣士は負けないと証明して見せる。」

 桃子の歌をBGMに、物騒なことを非常にいい笑顔で言い切る剣士たち。

「多分、空を飛ばない限り、なのはとフェイトは余裕で落とせると思うから、そんなに力まないで、ね。」

 優喜が苦笑しながらたしなめる。そのまま、なのはたちをどうしごくか、とか現状どういう感じか、とか、当人が聞いていたら顔が蒼くなりそうな話で盛り上がっていると、順調にカラオケの順番が消化されていく。因みに優喜を含む男性陣は、特に語るところのない程度の下手さで、盛り上げもしないが盛り下げもしなかった。

「おや、次はフェイトか。」

「ああ、フェイトちゃん、な。」

 そろそろ宴会もカラオケも佳境と言うところらしい。最後のほうに入力したフェイトの番が回ってくる。曲目を知っている士郎が、苦笑ともニヤニヤ笑いとも付かない表情で実に楽しそうに状況を見ている。

「こっちの曲なんてほとんど知らないだろうに、一体何を入れたのやら……。」

「まあ、すぐ分かるさ。」

 確かにすぐに分かった。日本人ならおおよそ誰もが知っているであろう前奏と共に、女性の歌う演歌でも十指に入る有名な曲名がモニターに表示される。天城越え。全体的に難しい演歌の中でも、特に難易度の高い一曲である。フェイトと演歌、というだけでもミスマッチがひどいのに、天城越えとはまた、コメントに困る組み合わせだ。

「天城越えとか、どこで覚えたんだか……。」

 しかも異様にうまいし、と、内心でつぶやく優喜。演歌の何が、フェイトの心の琴線に触れたのかは不明だが、えらく熱の入った歌いようだ。

「こりゃたまげたな。」

「フェイトちゃん、歌が得意なのか。」

「得意かどうかは知らないけど、演歌が気に入ったのは確からしい。」

 宿の浴衣、というのがまた、無駄にはまっている。最後まで朗々と情熱的に歌い上げた後、マイクを丁寧にカラオケセットに戻して自分の席に戻る。

「ねえ、フェイト。」

「何、アリサ?」

「アンタ、歌詞の意味分かってる?」

 アリサの質問に、きょとんとした顔で見つめ返すことで答えるフェイト。予想してはいたが、どうやらまったく理解していないらしい。それでよく、あそこまで真に迫った歌い方が出来るものだ。一種の才能に違いない。本当に天は二物どころかいくつも与えるものである。

「とりあえず、フェイトちゃんと演歌ってのが、ミスマッチなようでえらくしっくり来る、言うんはよう分かった。」

「やっぱり、桃子さんのカンは正しかったようね!」

 元祖演歌好きが、自身の犯行を告白する。何でも、CDプレイヤーとセットで、演歌のコレクションを大量に貸し付けたらしい。

「そんで、参考までに、フェイトちゃんほかに何が歌えるん?」

「えっと、津軽海峡冬景色に夜桜お七に帰ってこいよに……。」

「見事に演歌ばっかりやん!!」

「演歌以外も歌えるよ。なごり雪とか。」

「フェイトちゃん、年偽ってるやろ!」

 とまあ、最後はそれなりににぎやかに和やかに宴会を終え、いろいろありながら、総じて旅行そのものは最後まで楽しくいい思い出を作ることが出来た一行であった。








おまけ(没ネタ)

「こっちの曲なんてほとんど知らないだろうに、一体何を入れたのやら……。」

「まあ、すぐ分かるさ。」

 確かにすぐに分かった。日本人ならおおよそ誰もが知っているであろう前奏と共に、女性の歌う演歌でも十指に入る有名な曲名がモニターに表示される。天城越え。全体的に難しい演歌の中でも、特に難易度の高い一曲である。

「サム可愛いと人は言う。暑さ寒さも彼岸まで。僻む女の彼岸花……。」

「フェイト、それ中の人が違う!!」




没理由

 いくらなんでもここまでメタなネタは作風に会わないにも程があるから。

 分からない人はようつべあたりで「たかはし 智秋」「天城越え」で検索してみよう。



[18616] 第7話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:66f2cdfc
Date: 2010/06/26 22:38
「今朝はここまでにしようか。」

 道場に、士郎の声が響く。その言葉と同時に、気力だけで立っていたなのはとフェイトがその場に崩れ落ちる。

「……ありがとう……。」

「……ございました……。」

 辛うじてそれだけを絞りだすと、ピクリとも動かなくなる二人。

「士郎さん、ちょっとハードすぎる気がするけど。」

 今日はもう学校が始まるというのにぐったりしているなのはを見ていると、さすがにまずいんじゃないかな、と思わずにはいられない優喜。

「そうは言うがな、優喜。この調子であんな危ない技能を振り回すのは、まずすぎるぞ。親として先輩として、見過ごせる問題じゃない。」

「そもそも、御神の技がどうとか魔法がどうとか以前に、この程度の鍛え方で実戦を続けてるなんぞ、話にもならん。」

 士郎と恭也の意見は、当初から優喜が感じていた事ではある。それ自体に反論する気はないのだが……。

「とりあえず、平日はもうちょっと朝の訓練緩くしないと、なのはの成績が凄く下がりそうなんだけど……。」

「一応、オーバーワークにならないようには配慮したんだが……。」

「その限界ぎりぎりを狙っちゃまずいでしょ。」

「今現在実戦に出ている以上、可能な限り早く鍛えないとまずいんじゃないかって思ってな。それに、恭也も美由紀も、そこまでやっても普通に学校行ってるから、なのはも大丈夫だと思ったんだ。」

「二人とも、最初からそんな限界いっぱいまでやってなかったんじゃないか、と思うんだけどどう?」

「俺はともかく、美由紀はさすがにいきなり限界を狙ったりはしてなかったな、確か。」

 やっぱり、とため息をつく優喜。正直なところ、本当の限界までもう少し余力はあるだろうが、こんな序盤からいきなりそこまでやっても、あとが続くまい。なんにしても、シャワーを浴びるような体力はなさそうだし、二人をなのはの部屋のベッドにでも放り込むことにする。

「でもさ、なのはもフェイトもすごいよね。」

「だね。僕としては、もうそろそろ一度投げだすかと思ったんだけど、二人とも全く逃げる気はないみたいだ。」

 半ば意識を失い、士郎に抱えられているなのはと優喜に担がれているフェイトを見て、しみじみつぶやく美由紀。普通、このレベルのしごきがいきなり始まったら、三日と言わず初日に逃げ出してもおかしくはない。なのに二人とも、弱音の類を一度も口にしていない。たぶん、お互い相手が頑張ってるのに、自分だけ折れるわけにはいかない、という義務感とも意地ともつかない感情に支えられているのだろう。

 旅行から帰ってきて三日目。なのは達が正式に士郎の弟子になってから三日、でもある。なのはの方は適正の問題もあって、早々に御神流そのものの習得は断念したが、御神の剣をベースにしたガンナー育成講座は、確実に彼女の血肉になっているだろう。フェイトは小太刀二刀流をこなす器用さは無いが、御神流の思想である兵は神速を尊ぶ、という考えとは非常に相性がよろしい。

 二人が士郎に師事してまだ三日。だが、その三日の内容は、少しずつではあるが、彼女たちを着実に強くしていた。







 小太刀の一撃を脇腹に受け、崩れ落ちるフェイト。それを見たとき、プレシアは思わず声をあげてしまった。体はアリシアの成長した姿だ。いくら日頃虐待している自覚があるとはいえ、他人に容赦なく殴られる姿は、見ていて気持ちのいいものではない。

「まったく、魔導師でも無い相手にいいようにやられるなんて、情けない……。」

 仕込みが甘かったかと、思わず反省の弁が漏れる。だが、それ以前の問題として、高町親子のやり方もどうかともちらりと思う。人の大切な娘を、たかが訓練であそこまで容赦なく殴らなくてもいいのではないか。

「大切な娘、ね……。」

 一瞬頭をよぎった言葉を、自嘲気味に吐き捨てる。あくまで大切なのは体だけだ。あれが娘、など虫唾が走る。自分でもそろそろ信じていない事を、プレシアは無理やりそう思い込む。

 旅行から帰ってきて、土産物と一緒に土産話をしようとしていたフェイトと、つい一緒に食卓を囲んでしまったのが最後だった。我ながら狂っている、と思いながら十数年ぶりに、アリシアに作ってあげたポトフを気まぐれに作ってフェイトに振舞ったら、フェイトは実に美味しそうに幸せそうに食べていた。アリシアと比べると食の細い娘が、お代りまでして食べようとしたのだ。その姿に作り手としての喜びを思わず感じながら、また作るから無理に食べようとするな、とたしなめたのが三日前の事。

 皮肉なことに、邪魔な介入者のおかげで、自分とフェイトは、本来の正しい親子の姿に近づいてしまったのだ。あの夜のアルフの胡乱な視線が忘れられない。自分だって、おかしなことをしていると思っているのだ。今までの姿を見ているアルフが、何かあると勘繰るのも当然だろう。自分でも、本気で狂っていると思う。

「まったく、何でいまさら……。」

 記憶の移植に失敗し、感情らしい感情を見せなかったフェイト。アリシアには無かった魔導師資質を持ち、効き腕をはじめとした大小さまざまな違いを持った失敗作。プレシアとアリシアの思い出を何一つ覚えておらず、そのくせ愛されたというおぼろげな記憶だけはきっちりと受け継いだ、図々しい生き物。

 フェイトはそんな生き物だったはずだ。今回の件が始まるまで、あれの口からは一度だって、自分に対する愛情を語る言葉は出てこなかった。いつも陰気な顔をして、無表情ながらおどおどびくびくと人の顔色をうかがい、こちらの期待に何一つ応えなかったダメな人形。

 そのフェイトが、ポトフの話を聞いた時を皮切りに、どんどんといろいろな表情を見せるようになった。言い訳と、捨てられることを恐れるすがりつくような言葉以外吐き出すことは無かった口からは、プレシアの体を気遣うような言葉が次々と飛び出すようになった。それも、腹が立つことに、どんなにひねくれて受け取ったところで、本心から言っているようにしか聞こえないのだ。

 最初から、そう最初からああだったら、もしかしたら自分達はちゃんと親子だったのかもしれない。もしアリシアがいれば、どんなにフェイトが愚図だったとしても、ちゃんと娘として愛せたのだろう。そんな益体も無いことを考え、思わず一つため息をつく。

「なんにしても、計画は少し変更した方がよさそうね。」

 もはや常食の一つとなりつつあるシュークリームにかぶりつきながら、微妙に回らない頭で考える。今更ながら、あまり犯罪的な方法でアリシアの蘇生を目指すのはまずい、などと思い始める。理由は簡単。そんな方法でアリシアを取り戻しても、本人がそのことを受け入れない。本当に今更、そんな当たり前の事に気がついたのだ。

 さらに忌々しいことだが、フェイトを犯罪者にするのもまずい。プレシア自身は、フェイトなんてただの捨て駒だと思う(思いこもうとしている)のだが、心やさしいアリシアはそうは思うまい。本当に忌々しい事に、あれを妹として受け入れ、可愛がる可能性がある。それも結構高い可能性だ。

 都合がいい事に、輸送船に対しては、プレシアは一切手を出していない。手を出そうとタイミングを見計らっていたところ、海賊船が勝手に襲撃をかけたのだ。もちろん、プレシア達も襲われかけたが、殲滅こそしなかったものの、きっちり返り討ちにしている。そして、現状のフェイトの立場は、単なる善意の第三者の域を出ない。腹立たしいが、介入者の小僧のおかげで、プレシア達がこの件で犯罪者になることを避けられたのだ。

 ならば最悪、直接持ち主のフェレットもどきと交渉し、使わせてもらうという手もありだろう。後の懸念は、最近発作の間隔が短くなってきたこの体だ。

「さて、私の体が、最後まで持ってくれるといいのだけど……。」

 リニスが首尾よく、自分の病の新薬とやらを調達してきてくれることを祈るしかない。計画の修正案をいろいろ検討しつつ、プレシアはアリシアを取り戻した後の事を考えるのであった。







「なのは、大丈夫?」

「……正直、授業はちょっときついかも……。」

 歩きながらうつらうつらしているなのはを、アリサとすずかが心配そうに見ている。ユーノが治療してくれているので、体の痛みは大したことは無いが、とにかく疲れがひどい。プロテクションとバリアジャケットがいくら優秀でも、恭也の攻撃力とスピードで何発も殴られると、魔力と一緒に相当のスタミナを持っていかれる。

 しかも、恭也は器用に、プロテクションとバリアジャケットを抜きつつ、なのはの体にダメージを与えないやり方で衝撃を通してくるのだ。これがまた痛くて、スタミナと集中力を容赦なく削っていく。防御に優れるなのはでこれだ。優喜からもらった防御強化の指輪をしているとはいえ、基礎の防御力が低いフェイトはもっときついだろう。

「ねえ、ゆうくん。士郎さん達、そんなに厳しいの?」

「もはや鬼の領域。よく二人とも根をあげないもんだ、としみじみ思うレベル。」

「優喜でもそう思うの?」

「うん。まあ、僕がやってるメニューよりは数段軽いのは軽いんだけど、さすがにいきなりなのはに適用するのはどうかと思ってはいる。」

 寝落ちてつんのめったなのはを受けとめながら、苦笑がちにすずかに告げる優喜。今日一日、なのはは悪い子になりそうだ。

「ただ、この分だと、僕が教えようと思ってた武術の技、意外と早く教えられそうな気はする。」

「へえ? どんな技?」

「発勁って知ってる? 中国武術とかでよく聞くと思うんだけど。」

「一応、名前ぐらいは聞いたことはあるわね。どういう技なの?」

 アリサの質問に、どう説明すると分かりやすいかを考える。原理については、正直優喜も理解しているわけではない。気功も含めて、こうすればこうなる、という感覚的な理解でやっている部分が結構大きい。

「えっとね、見た目の上では、ほとんど体を動かさずに打てる打撃、という感じかな?」

「優喜、それで理解してもらえると思うの?」

「他に言いようが無いんだって。アリサもすずかも護身術程度には、武術のたしなみはあるよね?」

「ええ。段を取れるほど熱心にはやってないけど、同い年のずぶの素人には負けない程度にはね。」

「大体の打撃って、ある程度大きな動作と、それをするための距離がいるよね?」

「ええ。」

 たしなみ程度の技量で出来る動きだと、一番小さなものでも肘打ちぐらい。それなりの威力を出そうと思うと、よほどうまく体重をかけるか、それなりの大きさの動作でスピードを乗せる必要がある。

「発勁ってのは極端な話、最初から触れてる状態でも打てる打撃なんだ。もっとも、打ち方や衝撃の徹しかたでいろいろ種類があるんだけど、総じて、達人がやると見て分かる予備動作がほとんどない。」

「そういう攻撃方法って、非常に胡散臭く感じるけど、アンタが出来るって言うんだったら出来るんでしょうね。」

「うん。才能とか関係なく、普通にやって十年ぐらい修行すれば、大体打てるようになる、とはとある八極拳の師範の言葉。」

「十年って……。」

 無論普通にやるつもりはないのだが、あまり即席でやると、筋を痛めたりしかねない。反復練習の取っ掛かりとして、うまく打てた場合の感触を教え、後はひたすら型打ちをやって、体づくりと並行で進める前提である。無論、なのは達の場合、魔法での肉体強化を入れる前提だ。

「でも、ゆうくん。今でもなのはちゃん、そんなにぐったりしてるのに、これ以上カリキュラムを増やして大丈夫なの?」

「もうちょっと様子を見て、今の生活で寝落ちないようになったら、って考えてる。」

「優喜、アンタの方は大丈夫なの? 言っちゃなんだけど、アンタ献血した直後みたいなもんなのよ?」

「稽古の量は問題ない。ただ、やっぱり二刀流は難しいよ。素振りもうまく出来なくて苦労してる。」

 二刀流は大前提として、左右の武器を同じように扱えないといけない。右で出来ることは左でも、左で出来ることは右でも、左右対称になるように出来るようになっていないと、そもそも武器を二本持つ意味が無い。二刀流と言っても、一部の型を除いて、左右の刀で同時に攻撃することはまず無いとはいえ、それが右に比べて左の動きが鈍いことの言い訳にはならない。

「まあ、恭也さん達も、練気のコツをつかめなくて苦労してるみたいだけど。」

 気功の基礎の基礎、気を感じる、流れに触れる、という行程については、長年剣術をやってきた、気配に鋭い御神流門下生よりも、魔力という不可視のエネルギーと日常的に接している魔法少女組の方が、コツをつかむのは早かった。意外な副次効果として、今までより魔力の回復・チャージが少し速くなったため、むしろ彼女たちにはこちらの方が、短期間でのパワーアップにはつながっているようだ。

「訓練自体はもともと、時間をかけて身につける前提の事をやってるから、すぐに芽が出ないのは問題ないんだ。問題なのは、学校に行ってないフェイトはともかく、なのはがね……。」

 気がつくと、完全に寝落ちながら器用にふらふら歩いているなのは。会話に絡んでこないと思ったらこれだ。

「いっそ、今日は休ませた方がよかったんじゃない?」

「そう言ったんだけどね、本人が強情にも学校に行く! って妙に気合の入った言い方で宣言してね。」

 ふらふらと電柱のほうに歩き始めたなのはを捕まえ、通学路に引き戻しながら優喜が答える。

「それで、フェイトちゃんは?」

「とりあえず、なのはのベッドに寝かせてきたから、昼ごはんぐらいまで寝て、それからジュエルシードを探しに行くんじゃない? 昨日もそうだったし。」

「いいご身分ね、とは言えないのがつらいところね……。」

 あの生真面目なフェイトが昼ごろまで寝る、ということは、そこまできつい訓練なのだ。本当に、小学生の鍛え方としてどうなのかと、士郎あたりを小一時間ほど問い詰めたい。

「ゆうくん、なのはちゃんどうにかならないかな?」

 このままだと危ない、というすずかの言葉に少し考え込む優喜。

「こっそりユーノに来てもらって、疲労回復の魔法で授業の間だけごまかす、ぐらいしか無いなあ……。」

「それ、最初からやらなかったの?」

「魔法にしても気功にしても、急激な回復って、あんまり体によくは無いからね。」

 魔法による回復は、使いすぎると本来持っている体の回復力を落としてしまう。疲労回復の場合、今の疲れが取れる代わりに疲れやすい体になる可能性があるのだ。正直、それでは本末転倒だろう。

 そして、他人が軟気功で気による干渉をおこなうケースでは、緩やかに時間をかけてならともかく、急激な回復は体のあちらこちらに負担をかけることがある。ちょっとした肩こりとかその程度ならともかく、今のなのはのように体の芯まで疲れがたまっているような状態だと、どこにどんな負荷をかけるか分からない。その負荷を術者が引き受ける手段もあるにはあるが、正直そこまですることか、と言われると微妙だ。

「とりあえず、学校に着いたら、保健室のベッドに放り込んでくるよ。多分最初から休ませろ、って小言は言われるだろうけどね。」

「そうね、任せるわ。半日ぐらい寝たら動けるようになるんでしょ?」

「まあ、そんなところ。」

「じゃあ、ちゃんとノートを取ってあげないとね。」

 友人たちの優しいフォローのおかげで、大過なくとはいかなくともとりあえず無事に、連休明け初日を乗り越えることができたなのはであった。






 ジョージ・ワイズマンは暗い喜びに浸っていた。日本に、彼が人生をささげた仕事の獲物、それも純血種がこそこそ隠れ住んでいるという、確かな情報を得たのだ。奴らは秘密を知った人間の記憶を消して回るため、足取りを洗い出すのは簡単なことではない。だが、それでもどんな秘密でも、漏れるところからは漏れるのだ。

 正確な所在地は分かっている。得意とする得物を日本に運びこむのには苦労したが、それもどうにかクリアはした。あとは奴らの住む街へ行き、片っ端から始末するのみだ。路線図とアナウンスによると後二駅。日本で通用する運転免許を持っていないため、居場所探しは自分の二本の足に頼らざるを得ないが、どちらにせよ、土地勘が無いのだから、車をはじめとした足を用意しても、迷走する距離が延びるだけだろう。

(しかし、何度来ても、日本の鉄道の正確さには驚かされる。)

 事故でもない限り、一分は遅れないのだ。他の先進国と呼ばれる国でも、いまだにここまで正確な運行をする鉄道網を維持する国は無い。時間に正確だと歌われる国の鉄道でも、五分十分は普通に狂うのだから、ここまできっちりしているのはもはや、一種の狂気だ。

(WW2でステイツが原爆を二発も落とし、泣きついてロシアを引っ張り出したのも、頷ける話だな。)

 武士道精神は過去の遺物となり、かつての高潔な魂はもはや地に落ちたと言われる日本だが、それでも化け物を狩るために幾多の国を訪れたジョージから見れば、この国の国民性はまだまだ誠実で高潔な方に入ると言える。さすがに確実にとまでは言えないが、財布を落として高確率で自分の手元に無事に帰ってくる国など、日本以外には存在しない。

 食事やホテルで盗難を気にしなくていい、などというのは、それこそ天国のような環境だ。窓口の役人が決められた手数料以上の金銭を要求してこない国の、どこが政治が腐敗しているというのだろう。治安が悪いというのであれば、そもそも信号などだれも守らない。

(物価の高さと排他性が難点だが、やはり隠居先は日本が一番だな。)

 そろそろ三十路も折り返し、化け物と渡り合うのもつらくなってきたジョージ。ハンターの仕事は、引っ張ってもあと五年程度と踏んでいる。その後、後進を育てたりなどを考えても、六十歳ぐらいには引退して隠居だろう。今から行く海鳴という土地の雰囲気が良ければ、そこに居を構えるのも悪くないかもしれない。

「ふむ、ついたか。」

 出発駅で表示されていた目安時間ぴったりの到着。やはり、日本の鉄道は優秀だ。物騒な獲物がいくつも入ったカバンを抱えなおし、ジョージは海鳴駅へと降り立った。







「本日はたいへんご迷惑をおかけしました……。」

 結局フェイトと同じように、昼休み直前ぐらいまで保健室で眠りこけたなのはが、真っ赤になりながら友人たちに謝る。

「やっぱり、今日は素直に休んだ方がよかったんじゃない?」

「でも、優喜君、前に言ってたよね?」

「何を?」

「疲れた、とか、しんどい、とか感じるうちは、本当の限界じゃない、って。」

「あ~……。」

 言った。確かに言った。だが、その領域に至るには、そもそも日頃から体をいじめるのに慣れる必要があるわけで……。

「優喜、結局アンタが余計な事を言ってるんじゃないの。」

「まあ、そこは認める。けど、本来、なのはみたいな、鍛え始めたばかりの人間に適用するような話じゃないんだけど……。」

「それにつきあうフェイトちゃんも、大変ね。」

「まったくだ。」

 とりあえずこの件に関しては、本来もっとゆるいところからスタートすべきなのに、いきなりスパルタに走る高町親子が一番問題だろう。

「それで、なのは。」

「何?」

「筋肉痛は大丈夫?」

「昨日一昨日に比べたら、ずっとましになったよ。」

「それはよかった。というかなのは、案外タフだよね。」

「最近は、頑丈さだけが取り柄です。」

 意外と平気そうななのはを見て、今のトレーニングが余裕になる日も近そうだ、と顔を合わせて苦笑する三人。

「それで、ゆうくんたちは、今日はこれからどうするの?」

 とりあえず、鬼軍曹のしごきの話を延々としていても仕方が無い、ということで、話題を転換するすずか。

「僕となのはは着替えてから翠屋に行って、フェイト・はやてと合流。はやての家で一度、気功と魔法ではやての体を調べる予定。」

「それは興味深いわね。私たちも今日は習い事は全部お休みだし、一緒していいかしら?」

「はやてしだいだけど、僕は構わないよ。」

「私も、はやてちゃんがいいならいいよ。」

 優喜達の言葉で、方針が決まる。一度着替えて翠屋で合流、ということになったところで、一人の白人男性が声をかけてくる。

「少し、よろしいでしょうか?」

「はい。どうかしましたか?」

 相手が流暢な日本語で話しかけてきたので、アリサが代表して日本語で返事を返す。基本ネイティブでバイリンガルなアリサが、この集団では一番外国語に強い、という理由だ。因みに時点で、遺跡発掘をはじめとしたいくつかのバイトで、必要に迫られて英会話をマスターした優喜だ。最初は優喜が対応しようとしたのだが、アリサが目で制してきたので任せたのだ。

「海鳴教会を探しているのですが、ご存じないでしょうか?」

「海鳴教会ですか。ここからだと少しややこしいですね。よろしければ案内しましょうか?」

「いえ、それには及びませんが、略図でもいいので、地図を描いていただけると助かります。出来れば、ここからだけでなく、駅からの道も描いていただけると、大変ありがたい。」

「分かりました。少々お待ちください。」

 鞄の中からノートを取り出し、現在位置からの地図を描き始めるアリサ。同じくノートを取り出し、駅からの一番分かりやすい道を書き始めるすずか。出遅れたなのはと、まだそこらへんの土地勘のない優喜は、状況を静観している。

 男性が、二人の後ろから手元の地図を覗き込む。それに気がついたアリサが、描きながら道順を示す。頷いていた男性だが、突如うめき声をあげる。

「え? 何?」

「ちょ、ちょっとゆうくん!? その手はどうしたの!?」

 見ると、優喜の掌から、ナイフが生えていた。







 見つけた。自分はついている。ジョージ・ワイズマンは心の底からそう思った。向こうから、ターゲットの一人が歩いてきているのだ。子供の集団。一人は自分と同じ白色人種。彼女の目の前で惨劇を繰り広げるのは、心が痛まなくもない。だが、友達のふりをしているアレの正体を知れば、きっと分かってくれるはずだ。勝手な理屈でそう結論付ける。

 実際のところ、ジョージが夜の一族をはじめとした人類の亜種を殺した時、ターゲットの周囲の人間が、その行動を理解し賞賛する確率は一番高い土地でも半分ぐらい。もっとも、残りの半分にしても、正体を知っていて友情を結んだ、とか、正体を知っても友情が変わらなかった、とか言うケースばかりではなく、単にジョージが証拠を見せなかったために信用せず、人殺しとなじっただけ、という場合も多い。

「さて、寝床に戻る前に、一仕事するか。」

 袖口の仕込みナイフと、懐に忍ばせた特殊素材の拳銃をさりげなく確認する。相手は未熟な幼生体だ。鞄に仕込んであるような、過剰な装備は必要ない。第一、こんな昼日中に鞄の中身を使えば、自分の手が後ろに回る。残念ながら、あの化け物どもはどうやってか、正規の戸籍を持ち、ちゃんとした市民権を得、堂々と周囲の人間を毒牙にかけている。向こうは人間を害しても罪に問われないというのに、こちらは向こうを殺すと殺人罪に問われる、という忌々しい事実がある。

 だが、だからこそ、あの化け物どもは一匹残らず、駆除せねばならない。そんな微かな気負いを隠し、その一団に近寄る。うまい具合に、ちょうど今、人通りが途絶えている。念のために道を確認するふりをして、無関係な人間がいないかを探す。ターゲットの周りの子供も無関係と言えば無関係だが、化け物にたぶらかされるような連中がどうなろうと、知ったことではない。

「少し、よろしいでしょうか?」

「はい。どうかしましたか?」

 グループに声をかけたら、白人の少女が礼儀正しく対応してくれる。一人だけ違う制服を着た日本人の少女が前に出ようとしたのを制したところを見ると、英語が必要な可能性を考えた、というのが真相なのだろう。短時間でそこまで考えて対応を決めたのであれば、少なくともこの二人の知的レベルは高いとみていい。

「海鳴教会を探しているのですが、ご存じないでしょうか?」

「海鳴教会ですか。ここからだと少しややこしいですね。よろしければ案内しましょうか?」

「いえ、それには及びませんが、略図でもいいので、地図を描いていただけると助かります。出来れば、ここからだけでなく、駅からの道も描いていただけると、大変ありがたい。」

「分かりました。少々お待ちください。」

 言うまでも無く、海鳴教会に用など無い。ここの教会は、ハンターたちとは対立している腰ぬけの一派の息がかかっている。顔を出したところで、余計なトラブルを起こすだけだ。そうでなくとも、今のバチカンは化け物どもと慣れ合っていて、自分達は正義のために働いているというのに、国際的に指名手配されていることも多い。不必要なトラブルは避けるべきだ。

 狙い通り、少女たちは地図を描くために手元を見て、こちらから注意をそらしている。実に運のいい事に、ターゲットの幼生体も、地図を描くために手元を見ている。一歩引いた位置で、先ほど最初に動いた少女と、もう一人いた、栗色の髪を両サイドで束ねた日本人の少女が、手持ち無沙汰にこちらを眺めている。

 全員の注意をそらせなかったことに不安は残るが、しょせんは年齢一桁の小学生の集団だ。こちらを阻止する能力などまずあるまい。せいぜい、事が起こってから、何があったかを理解するのが関の山だろう。

(まずは一匹!)

 ジョージは地図を覗き込むふりをしながら、袖口からナイフを取り出し、ターゲットの頸椎にかけらのためらいもなくそれを突き立てようとする。刃が肉に食い込む感触が手に伝わり、一瞬勝利を、そして即座に狙いを外したことを確信する。次の動作に移る暇もなく、ナイフを持っていた右手に激痛が走り、その痛みが肘に、そして肩に伝染する。

「え? 何?」

 突如うめき声をあげたジョージに、戸惑ったような声をあげる白人の少女。

「ちょ、ちょっとゆうくん!? その手はどうしたの!?」

 激痛で飛びそうになる意識をどうにかつなぎとめ、幼生体の視線を追うと、一人だけ違う制服を着た少女の左の掌を、自分が持っていたナイフが貫通していた。元々、頚椎の隙間を貫くための、針のように細く薄いナイフだ。小学生の小さな手のひらとはいえ、うまくやれば、骨を避けて貫通させるぐらいは不可能ではない。

「この人が、すずかの首を刺そうとしてたから、ちょっと邪魔をさせてもらったんだ。」

「え……?」

「とりあえず、その右腕は完全に壊させてもらったよ。ついでに、懐の物騒なおもちゃも壊しておいた。」

 自分が完全に油断していた事に気がつくジョージ。小学生ぐらいの外見だからと言って、必ずしも見た目通りの実力しかないわけではない。化け物どもの中には、見た目を自在に操るようなのもいるぐらいだ。

「貴様も、そこの化け物の仲間か……。」

「さて、この中の誰が化け物なのかはともかく、僕ごときを化け物呼ばわりは、本物の化け物に失礼な話だ。」

 ハンカチで直接触れないようにナイフを引き抜きながら、少女が淡々と答える。いくつかの血管は貫通しているはずなのに、傷口からは大した血が出ない。やはり、ターゲットよりもこっちの方が注意すべき化け物だったようだ。

「もっとも、精神的な意味で言わせてもらえば、小学生の目の前で堂々と人殺しを出来るあなたの方が、よっぽど狂った化け物だとは思うけどね。」

「人間の皮をかぶった害獣を駆除するだけだ! 人殺しなどでは無い!!」

「見た目の問題を言ってるんだよ。中身がどうであれ、少なくとも外見は普通の人間で、しかも意思疎通がちゃんと出来て、そのうえ友人関係にある相手を唐突に目の前で殺されて、ショックを受けない子供がいるとでも思ってるの?」

「化け物である以上、いずれは正しいと理解するはずだ!!」

 その言葉にカチンと来たらしい。白色人種の少女が割り込む。

「黙って聞いてればくだらないことを喚き散らして。反吐が出るから、いい加減黙ってくれないかしら。」

「なっ……!?」

「言っておくけど、私は全部知ったうえで、ここにいる皆と友達でいるの。アンタの視野の狭い正義で、勝手に決めつけないでほしいものね!」

「君は騙されているんだ! いずれこの化け物どもにすべてを食らい尽くされて、堕落した魂として地獄に落ちるんだぞ!?」

「それで地獄に落ちるんだったら、私に人を見る目がなかっただけよ。」

「狂ってる!!」

「アンタに言われたくはないわね。」

 ジョージのあげた悲鳴を、冷たく切り捨てる白人の少女。その毅然とした態度を見ていると、正しい事をしているはずの自分が、どう見ても悪役だ。

「なんにしても、友達があんたのせいで怪我をしたの。さっさと手当てをしに行きたいの。とっとと警察に行くから、私たちの前でその不愉快な口を、永久に開かないでくれるかしら?」

「正直、左手の痛みとあなたの狂った意見で気が立ってるんだ。これ以上友達の前で戦闘を続けると、十八歳未満お断りのえげつない光景を繰り広げそうだから、おとなしくお縄についてもらえるかな?」

 すでにジョージの右腕はあり得ない方向にあり得ない角度でねじ曲がっており、この時点で正視に堪えない状態になっているはずなのだが、自分を邪魔した少女の言い分では、この上があるらしい。

 殺される。幾多の化け物を屠ってきたジョージが、初めて死の恐怖に怯えた瞬間であった。右腕の激痛も忘れ、本能に従い左手で小型の催涙弾と煙幕弾を取り出し、少女達の方に転がす。ジョージの右腕を壊した少女が反応するが、彼女が何かをする前に両方が炸裂し、派手に咳き込む声が聞こえる。

(ターゲットを仕留めるまで、死んでたまるか!)

 トランクケースを放置し、一目散に逃げる。どこをどう走ったかもわからないまま、恐怖に駆られて山の中に飛び込む。冷静さを取り戻したのは、一時間以上走った後だった。

「くっ。ターゲット以外にも、あんな化け物が付いていたとは……。」

 茂みの中にへたり込み、思わず悪態をつく。どうにか追手を撒くことには成功したようだが、置いてきてしまったトランクから、足がつくかもしれない。とにかく、あの小娘たちを出し抜いて、この町に現在いる化け物の姉妹を始末する手段を考えねばならない。ターゲットを守っていた、ジョージの腕を壊した化け物は、さすがに単独だと手に余る。今回はあれの始末は見送るしかないだろう。忌々しい話だ。

 とりあえずは、応急処置だ。軽々しく医者にかかるわけにはいかないが、蛇の道は蛇だ。こういうケースの時に利用できる医療機関ぐらいは、心当たりがある。まずはそこに行こう、と立ち上がった時に、赤く光る何かを見つける。

「……宝石か?」

 明らかに加工された、赤い宝石。こんなところに落ちているのは、不自然極まりない。持ち歩いていた物を落とすには、無理がある。誰かが投げ捨てない限りは、普通こんな道から外れた茂みの中に転がり込む、ということは無いだろう。

「まあ、拾っておくか。」

 金銭や宝石にはそれほど興味の無いジョージだが、金は無いよりあった方がいい、と考える程度には現実的だ。今回は予想外の出費もかさみそうだし、換金できそうなものは、あって困らないだろう。無造作に拾い上げると、赤い光が強くなったような気がする。

「さて、いつまでもここにいるわけにはいかんな。」

 まずは医者だ。この右腕はもはや二度と使い物にならないだろうが、せめて痛みをなくして、邪魔にならないように固定ぐらいはしておかないと、戦闘にならない。ジョージは心の中で憎悪を募らせながら、当てにしている医療機関まで歩き始めた。自身の身に起こった異変に気づかぬままに……。







「優喜君、えらい遅かったやん。ってみんなそろってどないしたん?」

「優喜、その左手、どうしたの!?」

 左手に巻かれた包帯を見て、フェイトが顔色を変える。ちなみにこの包帯、ジョージが逃げた後、優喜が傷口を隠すために、自分で巻いたものである。当たり前のように鞄からガーゼと包帯を取り出した優喜に、何で普通にそんなものを持ち歩いているのか、と全員から突っ込まれたのはここだけの話だ。

 結局、着替えとか悠長なことを言っている状況ではない、ということで意見が一致し、その後全員でなのはの家へ移動、とりあえずユーノ治療魔法で応急処置、そのまま翠屋に移動したのだ。包帯を解いていないのは、まだ傷口がふさがっただけで、いつまた開くか分からないから、という理由である。

「ちょっと、いろいろあってね。士郎さん、今、仕事外せる?」

「ん? ああ、もうちょっとだけ待ってくれ。もう少ししたら、休憩に入れる。」

「了解。」

 優喜の左手と他の人間の様子から、ただならぬ何かがあったことを察した士郎が、とりあえず自分が抜けられるように段取りを整えに厨房に戻る。

「それで、結局どないしたん?」

「すずかの事で、ちょっとね。悪いけどはやて、今日は中止にさせて。」

「私の方は、検査とぶつからへんかったらいつでもええんやけど、なんかみんなして雰囲気が物々しいなあ。」

「とりあえず、詳しい話は士郎さんが来てからまとめてするよ。場合によっては、場所を変えないとまずいし。」

 優喜の言葉に、真剣な顔でうなずく聖祥組。

「それですずか、忍さんは何て?」

「全員狙われる可能性があるから、今日は出来ればうちに来てほしいって言ってた。恭也さんも今日は泊ってもらうって。」

「じゃあ、今晩と明日の朝のなのはの訓練は中止かな。」

「狙われるって、ほんまに物々しいなあ。」

「そりゃもう、さっきばっちり襲われてきたところだし、ね。」

 士郎がこちらに戻ってきたのを確認し、優喜があっさり告げる。さすがに、その言葉に顔色が変わるフェイトとはやて。

「襲われた、って、アリサちゃんが言うとった、下らん理由ってやつで?」

「うん。で、士郎さん。さすがにここでこの話はいろいろまずいと思うんだけど、場所移していい?」

「そのつもりで、今日は早退してきた。二度手間になって悪いんだが、うちに帰ろう。」

「了解。」

 とりあえず、月村家への手土産として適当に詰めた菓子を手に、士郎が先導する。そのあとを黙ってついていく小学生達。客の注目を集めながら、ぞろぞろと店を出て行き、ぞろぞろと商店街をぬけ、高町家の道場に入る。リビングが人数に対して手狭だというのもあるが、レイジングハートの映像を投影したりするなら、広い空間が必要だ、というのも理由の一つだ。

「……この顔、見たことがあるな。レイジングハート、こいつの顔を静止画として、こちらで使える形式のデータで出力できるか?」

 レイジングハートが映す一部始終を見て、猛禽のごとき鋭い目で士郎が聞く。

『問題ありません。』

「じゃあ、頼む。さしあたっては俺の携帯かなのはのパソコンだな。この場合、両方が確実か。」

『了解しました。』

「とりあえず、あの怪我ならすぐには襲ってはこないだろうが、仲間がいたら厄介だ。こいつの背後や今回の襲撃の規模が分かるまで、念のために一週間程度は、月村家に世話になった方がいいだろうな。」

 月村家はバニングス家すら足もとにも及ばないほど、セキュリティの面ではしっかりしていて物騒だ。あんな軍事要塞みたいな設備が必要なのか、とは関係一同の率直な感想ではあるが、今回はその過剰な防衛能力が役に立った形だ。

「それはええとして、優喜君。」

「ん?」

「ナイフの防ぎ方、他にやりようなかったん?」

「とっさだったし、変にはじいて誰かに当たったらまずいと思ったんだ。それに、刃物を確実に封じる方法は、何かに突き刺すことだし。」

「……だとしても優喜、友達が怪我をするのを見て、平気な人間はいないんだよ?」

「……ごめん。」

 よもやフェイトに諭されるとは思ってもみなかった優喜は、素直に謝るしかない。普段ならここで茶化す言葉が入るのだが、今回は全員同じ気持ちだったらしく、非難の視線が集中するのみである。

「とりあえず、その事は今後の反省ってことにしてさ。」

 ユーノが空気を変えるために口をはさむ。済んだことで非難していてもはじまらないし、もっと大事なことがあるのだ。

「むしろ問題なのは、月村家の事が、どこから漏れたか、だと思う。士郎さん、そういうのって、調べられるの?」

「簡単ではないが、昔の伝手を使えば何とかなる。それに、事が事だから、今頃忍さんから綺堂さんに連絡が行っているだろうし、そっちの方からも調査するはずだ。」

「綺堂さん?」

「綺堂さくらさん、って言って、私とお姉ちゃんの叔母に当たる人なんだ。叔母さんって言っても、まだ二十代半ばなんだけどね。」

 優喜の疑問に、すずかから補足が入る。なるほど、と納得した優喜を置いて、次の話に移る。

「漏洩ルートに関してはまあ、早くても今日明日言う話やないからええとして、や。もしかして、私もすずかちゃんちにお世話になった方がええん?」

「そこが難しいところなんだ。」

「正直、判断に困っている。はやてちゃんは完全に無関係だし、顔も割れていない。下手をすると余計なトラブルに巻き込まれるだけ、なんだが……。」

「僕達のラインから交友関係を調べられると、あっさり存在が割れるから、一緒にいた方が安全かもしれない、って言うのはあるんだ。」

「それやったら、私もすずかちゃんちにお世話になるわ。恭也さんと優喜君には負担になるかもしれへんけど。」

「そこは気にしないで。」

 はやての身の振り方も決まる。後は準備をして移動、という段になったところで、フェイトが口をはさむ。

「私も行く。」

「え?」

「さっき映像で見た範囲だと、私も十分戦力になれると思うんだ。私となのははバリアジャケットも防御魔法もあるから、小口径の拳銃ぐらいだったらかすり傷一つ負わないし、あの男の身のこなしは、私の目でも見切れる程度だった。」

 自分が役に立つ、ということを必死にアピールするフェイト。その眼には、いいところを見せようというよこしまな心は一切なく、ただひたすら優喜に対する不安だけが宿っていた。

「それに、また見てないところで優喜が同じようなことをするのは嫌だ。私でも、少なくともアリサとはやてに対する盾にはなれる。優喜の負担を少しぐらいは減らせる!」

「……分かった。あんまり普通の人間相手に切ったはったをしてほしくは無いけど、それを言い出したら、僕も同じことを言われるだろうし。それに、君もなのはも、言い出したら聞かないから。」

「フェイトちゃん、ジュエルシードはいいの?」

「今は、すずかの事が優先。」

 ゆるぎない瞳ですずかに答えるフェイト。

「まあ、話決まったんやったら、さっさと準備してすずかちゃんちに行こか。」

「そうだね。取りあえず、はやてはいったんアリサのうちの車で家まで連れて行ってもらって、準備してから一緒にすずかの家に来てもらおう。フェイトは一度着替えとか取りに帰ってもらって、ここで合流、ノエルさんの車で移動、かな。」

「着替えは大丈夫。夜の訓練の後で、ここで着替えさせてもらうつもりで持ってきてる。ただ、歯ブラシとかは用意してないけど……。」

「歯ブラシは、うちに新品がいっぱいあるから、それをつかって。」

 どうやら、準備が必要なのは優喜たちだけのようだ。それから程なくして、優喜となのはの準備が整ったところで、ノエルの迎えが到着。割りと早く、彼らは月村家に揃ったのであった。







 ジョージは、自分の体の異変に気が付いていた。砕かれた右腕が、いつの間にかまともに動くようになっており、やたら体が軽くなっている。今まででは考えられないほどのスピードで走れ、ありえないパワーが全身にみなぎる。

「やはり、あいつらを成敗せよと、神がおっしゃっているのだな!!」

 みなぎる力だけではない。自分の腕を破壊した奴らの居場所が、なぜか手に取るように分かる。小癪なことに、全員で一箇所に集まっているようだ。各個撃破を恐れたのだろう。だが、こちらにとっては好都合だ。

「化け物どもめ! まとめて始末してくれる!!」

 気合の声と共に、ジョージはビルからビルへと飛び移る。この力があれば、世界中の化け物どもを、いやそれをかくまっている連中も始末できるはずだ。

 ジョージは、気が付いていなかった。己の心の中の、特定の感情だけが不自然に増幅されていることに。







「優喜……。」

「どうしたの、フェイト?」

「ジュエルシードが発動した。」

「……また間が悪い……。」

 頭を抱える優喜。優喜のセンサーに引っかからないということは、探知魔法で調べたのだろう。つまるところ、結構な距離があるということだ。

「なのはは気づいてた?」

「全然。私は今日はサーチャーは飛ばしてなかったし。」

「ユーノは?」

「こっちは屋敷の周りにサーチャーを飛ばしてるだけ。」

「なるほど。それでフェイト、反応はどのあたり?」

「それが……。」

 少し言いよどんで、意見を聞くように事実を告げる。

「こっちに……、一直線に向かってきてるの……。」

「……え?」

「優喜、なのは、ユーノ、どう思う?」

 フェイトに振られて、真剣に考え込む二人。いくつかの可能性の中に、考えたくない可能性が混ざる。

「まだ、こっちに向かってる?」

「うん。まったくぶれずに真っ直ぐに。大分距離が近くなってきた。」

「……やな予感がする。というか、もし予想通りだったら、運命って奴に悪意を感じるよ。」

「……私は優喜君が関わった以上、普通に起こるかな、って思ってるけど……。」

「というか、今までのパターンからして、一番考えたくない結果を予想しておいたほうがいい。」

「なのは……、ユーノ……、何気にひどいね……。」

 などと軽口を叩き合う暇もなく、フェイトが緊張した声で二人に告げる。

「優喜、なのは! 距離が残り一キロをきった!!」

「外に出てた方がいいかもしれないね。」

「うん。」

「アルフは念のために、すずか達のところに行ってて。」

「了解。」

 全員の意見が一致、正面玄関から庭に出ることにする。途中、研究室から出てきた忍と遭遇。

「どうしたの、ぞろぞろと?」

「ジュエルシードがこっちに向かってきてるんだ。」

「……嫌な予感しかしない話ね。」

「だから、念のために、ね。」

「分かったわ。無理はしないでね。」

 忍の言葉に手を上げて答え、入り口で待っていた恭也と合流する。このころになると、優喜にもはっきりとジュエルシードの気配が感じられる。距離から言って、恭也も気が付くぐらいだ。

「……妙な気配がしているようだが、例のジュエルシードか?」

「うん。……参ったな。こんな短時間でこんなに近くまで来るなんて……。」

 突然、庭で爆発音が起こる。一分ほど爆発音が続き、爆炎と粉塵の中から、見覚えがある顔をした異形が現れる。

「本当に、こういうお約束は絶対外さないんだよなあ……。」

「こいつか?」

「うん。一番当たってほしくないパターンで当たったっぽい。」

 異形と化したハンターの顔を見て、顔をしかめながらぼやく優喜。どうせこうなる運命だ、といわんばかりに首を左右に振って、構えを取る恭也。

「さて、ジュエルシードとやらがどの程度厄介か、ひとつ試してみるか。」







「ちぃ!!」

 左腕の一撃で派手に弾き飛ばされた恭也が、顔をしかめてうめく。ダメージは受けないが、パワーでは完全に負けている。

「邪魔だ!!」

 恭也に追撃を入れようとしたハンターが、その腕を途中で止める。

「なのは!?」

「この程度の攻撃じゃ、私の防御は抜けないの!」

 なのはのラウンドシールドが、ハンターの攻撃を完全に受け止めていた。数秒間の膠着状態の後、飛びのくハンター。

「どうしてこんなことするの!?」

「害虫を殺すのに、理由が必要か?」

 その回答に、思わず絶句するなのは。回答内容もだが、その表情がたまらなく怖い。勝ち誇っているとか、狂気にとらわれているとか、そんな分かりやすい表情ではない。なぜとがめられているのか、まったく理解していない顔だ。

 どうがんばっても、この男とは意思が通じることはない。なのはをしてそんな絶望にとらわれる。なのはの気勢がそがれたと見たハンターが、再びなのはに踊りかかる。またもラウンドシールドに阻まれ、もう一度離脱する。

「フェイトちゃん!!」

「フォトンランサー!!」

 離脱先に殺到する光の槍。それを右腕を一振りして迎撃すると、フェイトのほうに突撃をかける。いつの間にか、右手には大降りのナイフが握られている。

「おそい!!」

 バルディッシュであっさり受け流し、長柄の武器とは思えない取り回しの速さで反撃を入れる。わずかに逸らされたが、浅手を負わせることには成功する。魔力で威力を増幅した石突で突き飛ばし、そろそろ来るであろう砲撃に備えて離脱する。

「ディバインバスター!!」

「ちぃ!!」

 予想通りのタイミングと角度で、極悪なエネルギー量の桜色の破壊光線が空間を薙ぐ。反射的に射線から身を逸らすハンターだが、直前のフェイトの一撃でバランスを崩していたこともあり、完全には避け切れない。

「魔女どもめ……。」

「えっ……?」

 光の中から、左腕が完全に消滅したハンターの姿が現れる。その姿に戸惑うなのはとフェイト。

「なのは、ちゃんと非殺傷にしたの!?」

「し、してるよ! そもそも非殺傷設定を外した事って、一度もないし!!」

 ユーノの突っ込みに、思わずあたふたしながら答えるなのは。ハンターから完全に注意がそれる。その瞬間を見逃さない程度には、相手も戦いなれている。

「もらった!!」

「「させるか!!」」

 優喜がハンターとなのはの間に割り込み、体当たりで弾き飛ばす。弾き飛ばされたハンターの体を、恭也が鋼糸で絡めとる。あわせて数秒程度ではあるが、完全に動きが止まるハンター。その隙を逃さず、神速から射抜、虎切と一気につなぐ恭也。

「やはり硬いな……。動きはたいしたことないが、この硬さでは俺はほぼ戦力外か……!」

 フェイトが入れたよりも浅い傷しか入らなかったことに、舌打ちをする恭也。やはり、基本的に徹で内部にダメージを入れるしかなさそうだ。

 正直、瞬発力が上がったためスピードは増しているが、もともとから相手の動きはせいぜい達人どまりだ。すでに真っ当な人間の限界を数歩踏み越えている優喜や恭也はもとより、その優喜に鍛えられ、恭也にしごかれたなのはとフェイトでも、スピードが増した程度なら十分に対応しきれる。

「というか、おかしい……。」

 体当たりのときの感触から、嫌な予感がする優喜。そもそも、なのはが人間相手に非殺傷設定を忘れるなど、ありえない。しかも見ると、いつの間にか吹っ飛ばされた腕が再生している。

「ユーノ! 相手の体の状態を調べて!」

「分かった!!」

 とにかく、なのはの砲撃を直撃させてはいけない。優喜は、エネルギーの流れを確認する。

(どういうことだ?)

 昼間見た、相手の固有の気が大幅にゆがんでいる。そもそも、人間としてすでにありえない気の流れになっている。前回のすずかのときは、すずか自身のエネルギーとジュエルシードのエネルギーは、反発しながら融合しようとしていた。だが、目の前のこいつは……。

「っ! 考えてる場合じゃないか!!」

 一撃、弾き飛ばすように蹴りを叩き込んで、一番近くの大木に叩きつける。考えるより先に、ジュエルシードがあるであろう位置を確認する。

(ジュエルシードのエネルギーは……、心臓か!)

「ユーノ、どう!?」

「あいつ、ジュエルシードと八割がた融合してる!!」

「そういうことか!!」

 だとしたら、なのはの砲撃が直撃するのはまずい。下手をすれば人殺しだ。同じ理由でフェイトも駄目。

(ユーノ、相手を殺さずに切り離したり出来ない!?)

(ここまでだと、正直僕達の手に余るよ……。)

 ユーノの、予想したとおりの回答に、舌打ちをひとつ。こうなると、誰がその業を背負うか、だ。なのはとフェイトは論外。いくら精神年齢が高くとも、正真正銘の小学生に背負わせるような種類のものではない。後の選択肢は自分か恭也だが、恭也に任せるということは、助ける努力を放棄するということに他ならない。結論はひとつしかない。

「ディバインバレット! ディバインシューター!」

 見ると、さっきのユーノの台詞に危ないものを感じたのか、なのはは砲撃ではなく、弾幕と誘導弾を主体とした戦闘に切り替えている。

「フェイトちゃん!!」

「うん!!」

 弾幕で動きが止まったところをバインドで固め、なのはの誘導弾にあわせて切り付け離脱する。さっきの砲撃の結果とユーノの台詞から、非殺傷の魔力刃とはいえ、首を切り落としたら死にかねないので、右腕を切りつけて武器を潰すにとどめる。

「なのは、フェイト! 僕がジュエルシードを切り離すから、封印よろしく!」

「分かった!」

 二人がバインドをもう一度重ねたのを見て、一気に距離をつめる。僅かな可能性にかけて、すべての気の流れをもう一度確認する。1%に満たぬ可能性にかけて、全力で気を流し込む。

 慎重に気の流れを探り、慎重にジュエルシードを切り離し、慎重にエネルギーをバイパスさせる。大方すべてのラインをジュエルシードから切り離し、エネルギーを逆転させ、不活性化させる。頃合いを見て、ジュエルシードをはじき出すための一撃を入れる。

「破ぁ!」

 不活性化したジュエルシードがはじき出される。全力で傷口をふさぎ、抜けていく生命力を補う。だが……。

「無理か……!」

 抜けていく生命力の大きさに舌打ちする。手をこまねく暇もなく、息を引き取るハンター。

「優喜!?」

「無理だった……。」

 優喜のその一言で、すべてを悟るユーノ。敵とはいえ、死んでしまったものを悼むように目を閉じる恭也。

「え……? どういうこと……?」

「無理って……?」

「途中まではうまく行ったんだけど……。」

 彼らの目の前で、ハンターの躯が崩れていく。元々生身の人間の限界を超えたエネルギーを、そのための訓練もせずに体内に受け入れていたのだ。体を形作っていたジュエルシードが無くなれば、維持できずに崩れるのも道理である。

「も、もしかして……。」

「優喜……?」

「……うん。この人を、僕が殺した。」

 優喜の言葉を、呆然と聞くなのはとフェイト。ひときわ強い風が吹き、ハンターの体が大きく崩れる。その様子を、魔法少女たちは、ただ呆然と見届けるのであった。



[18616] 第8話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:ff93f91d
Date: 2010/07/03 22:20
「それで優喜君、なんか申し開きは?」

「特には。」

 優喜が人を殺した。それを聞いた時の沈黙を破ったのは、はやてのそんな第一声であった。はやての言葉に、無表情のまま平坦な声で優喜が答える。

「はやて、状況からしても、今回の事は正当防衛よ。」

「そんなことは分かってる。相手から攻めてきたんも事実やし、ほったらかしにしとったら、誰かが死んどったかもしれへんのもちゃんと分かってる。」

「じゃあ……。」

「別に、優喜君に幻滅した、とかそういうのとも違う。理由はどうであれ人殺しは人殺しや。どうしようもなかったにしても、や。それを理由にしょうがなかった、で済ましたら、それこそ殺さんですむ相手を、しょうがないで殺してまいかねへん。」

 はやての言葉に、反論しかけていたアリサとすずかが、意図したところをくみ取って口を閉ざす。代わって口を開いたのはユーノだった。

「……あのときは、本当にどうにもならなかったんだ。誰かが人殺しになるしかなかった。少なくとも、なのはやフェイトの封印術じゃ、どうやったところでジュエルシードを切り離した時に死んでた。卑怯だけど、僕たちは優喜なら方法があると勝手に思い込んで、一番嫌な役目を押し付けたんだ。」

 ユーノの言葉に、なのはとフェイトが青い顔をしてうつむく。

「……優喜君、殺さずにジュエルシードを取り出す方法は無かったん?」

「試さなかったわけじゃない。ただ、僕の技量と相手の状態から言って、高く見積もっても、成功率は1%も無かった。未熟が招いた結果だ。言い訳なんて出来ないよ。」

「少なくとも、最後まで相手が死なないように努力はしたんでしょう? だったら胸を張りなさい!」

「張れるわけがない。はやての言う通り、人殺しは人殺しだ。罪は、ちゃんと背負わないといけない。」

 優喜の言葉に、青ざめた顔で下を向いていたなのはとフェイトが、びくっとする。いろいろ見かねた恭也が、父と連絡を取って決めたことを伝える。

「とりあえず、とーさんの話だと、今回来てたあの男は多分単独犯らしい。どんなに早くても、今日明日新しい刺客が来るということは無いだろうから、今日は解散して、気持ちを落ち着けた方がいい。」

 さすがというか、士郎はこういう犯罪者関係の情報は早い。香港国際警防隊や国際警察機構などに顔がきくのも、伊達ではないようだ。

「そうだね。とりあえず、皆が落ち着くまでは、僕は顔を見せない方がいいかな。」

 そう言って、部屋を出ていこうとすると、腕をつかまれる。

「ゆうくん、どこに行くの?」

 わずかに震えている腕をしっかりつかみ、強い視線で問いかけるすずか。

「決めてない。」

「じゃあ、行かせない。」

「どうして?」

「だって、そのまま二度と私たちの前に顔を出さないつもりでしょ?」

 すずかの問いかけに、はいともいいえとも答えない優喜。その沈黙が、答えを雄弁に告げている。

「優喜君、逃げるんは卑怯やで。」

「……だね。」

「とーさんが迎えに来てくれる。そろそろつくだろうから、とりあえずなのははうちに連れて帰ろうと思う。優喜はどうする?」

「……やっぱり、少し距離を置いた方がいいと思う。」

「……分かった。無理はするなよ。」

「残念ながら、今無理をしなきゃ、二度と立てなくなる気がする。」

 そうか、と言い置いて、なのはを伴って出ていく恭也。少し迷った末、この場に居残るユーノ。

「それにしても優喜君、平気そうとまでは言わへんけど、落ち着いてるね。」

「残念ながら、初めてってわけじゃないんだ。前に一回、今みたいに正当防衛で、ね。その時は、もっと取り乱してたよ。」

「……もう、その時の事は平気なん?」

「そんな訳無いよ。いくら正当防衛でも、今でも夢に見る。今回も、多分一週間はうなされるだろうね。」

 その言葉に、ようやく、優喜の顔色が悪く、微かに震えていることに気がつくはやて。

「優喜、アンタなんでそんな風に虚勢を張るのよ……。」

「人を殺した人間が、取り乱して慰められるなんておかしな話だ。ちゃんと罰は受けなきゃいけない。」

「……本当はいけない事なのかもしれないけど、私にはアンタが、あの男のためにそこまでしなきゃいけないとは思えない。」

「はやての言葉じゃないけど、これは戒めなんだ。しょうがなかった、なんて言い訳をしたら、そこから人殺しに慣れていく。慣れて、躊躇いを覚えなくなったら終わりだよ。」

 優喜の言葉が引き金だったらしい。青ざめたままピクリとも動かなかったフェイトが、その場に崩れ落ちる。口からは、意味をなさない声が漏れている。

「フェイト!?」

「フェイトちゃん!?」

 アリサとすずかの呼びかけに反応せず、その場でガタガタ震え始めるフェイト。まずいとみた優喜が、アルフに声をかける。

「アルフ、フェイトが信頼してる大人の人、誰かいない?」

「いるにはいるけど……、戻ってきてるかどうか……。」

「一か八かだけど、フェイトをその人のところに連れて行って。」

「あそこにはあの女もいるから、あんまり気が進まないんだけどねえ……。」

「でも、僕たちじゃどうにもできない。どうしても駄目そうだったら、最悪桃子さんに……。」

 優喜の言葉に、怪訝な顔をするアルフ。

「最初から桃子じゃだめかい?」

「フェイトが、桃子さんにどれだけ気を許してるのかが、いまいちよく分からないんだ。多分、それでも桃子さんだったらうまくやってくれるとは思うんだけど、今回はなのはも同じだから……。」

「まったく、面倒な話だね。」

「ごめん……。」

「アンタのせいじゃないさ。ま、フェイトは連れていく。恭也も言ってたけど、無理するんじゃないよ。」

「ここで無理しなきゃ、次はないんだよ。」

 本当に面倒な話だね、というぼやきとともに、フェイトを連れて転移するアルフ。後には非戦闘員の三人とユーノだけが残される。

「……ゆうくん、ごめんね……。」

「なんですずかが謝るの?」

「だって、今回の事は、根本的には私たちのせいだもの……。私たちが狙われるのって多分、血を吸うからとかそれだけじゃないの。私たちの先祖が、狙われても仕方がないだけの事をしたんだと思う。」

「それとこれとは別問題。生れる前の事に対して、責任を取る義務は誰にも無い。それに、あの手合いは、過去がどうだったとかじゃなく、単純に人間と違うものは全部化け物だ、っていう理屈で攻撃してきてる。多分、過去に共存してた事実しか無くても、あの手の連中は攻撃しに来る。」

「でも、私の体が普通の人間だったら、ゆうくんは人殺しにならなくて済んだはずだもの……。」

「分からないよ。直接の原因は、ジュエルシードをうまく切り離せなかったこと。だったら、別の原因で取り込まれた人を、同じ失敗で殺してたかもしれない。いや、まだ回収が終わってない以上、殺すかもしれない、が正しいか。」

「優喜君、その話を突き詰めていったら、ジュエルシードの回収どころか、日常生活かてまともに出来へんようにならへん?」

 優喜の言葉を聞いたはやてが、重い口を開く。予想以上に優喜が深く考え込んでいたことを思い知り、自分のここまでの発言を後悔せざるを得ない。ならば、少しでも優喜の気持ちを軽くする方向に、話を振るしかない。

「そうね。少なくとも、それを気にしてたら、医者、特に外科医には誰もなれないわね。あれこそ、一つのミスが即人殺しになるし。日常生活だって、手元を狂わせて落としたものが、下を歩いていた人に直撃して大怪我、場合によっては即死させる、ってことだってあるわけだし。」

 はやてとアリサの言葉に、再び沈黙が訪れる。殺意の有無に関係なく、非常に低い確率まで見れば、どんな人でも人殺しになりえるのだ。それにそもそも今回の場合、ジュエルシードの有無以前に、状況によっては、アリサの護衛の鮫島が相手を取り押さえていた可能性もあり、その時の事と次第によっては、鮫島が殺人の業を背負っていたかもしれない。相手が殺意を持っていた以上、綺麗事が完璧に通じることなどあり得ないのだ。

「……結局、僕が勝手な正義感で、ばらまいたジュエルシードを回収しようとか考えたのが、一番まずかったんだ。」

「でも、ユーノ君達が回収してなかったら、もっと怪我人も死人も出てたかもしれないよ? それに、ジュエルシードの事が無くても、私達がいる限りはあの人はここに来てただろうし……。」

「だとしても、やるんだったら僕一人でやるべきだったんだ。結局、無力を言い訳にして、一番リスクの高いところを全部人に押し付けてるんだよ、僕は。」

「そこまでよ。優喜もすずかもユーノも、それ以上考えるのはやめなさい。」

 アリサの言葉が終わると同時に、ドアがノックされる。代表してすずかが招き入れると、ノエルがティーセットを持って入ってくる。

「お嬢様、皆様。少しでも寝つきがよくなるように、ハーブティーを用意しました。」

「あ、ありがとう。」

「事が事ですので、簡単に寝つけないでしょうけど、もう小学生が起きている時間ではありませんよ?」

「ええ、分かってるわ。それを頂いたら、出来るだけちゃんと眠るように努力する。」

「ティーセットは明日の朝に回収しますので、そのままにしてくださって結構です。それではお休みなさいませ。」

 告げるべきことをすべて告げると、一つ頭を下げて部屋の入り口まで下がる。出ていきざまに優喜のそばで一度立ち止まり、何事かを耳打ちしてから、もう一度部屋の中に向かって一礼。そのまま姿を消す。ノエルを見送ったアリサが、念のために優喜に声をかける。

「優喜、ちゃんと眠りなさいよ。」

「努力はするよ。」







「話は、全部聞いたよ。」

 高町家のリビング。永遠に続くかと思われた沈黙を、士郎が破る。士郎の言葉に、うつむいたまま肩を震わせるなのは。

「正直、そこまで深刻に考えることには思えないのは、俺が血に染まりすぎてるのかね?」

「さあ、な。ただ、少なくとも、優喜はあの男を殺したことを、素直に罪だと認めている。」

「まったく厄介な話だ。が、まあ、なのは。」

 士郎の呼びかけに、小さく顔をあげる。感情が飽和しているのか、普段はころころとよく変わる表情が、今は綺麗に抜け落ちている。

「絶対勘違いするなよ。悪いのは、あくまでもお前達のような子供を、白昼堂々と殺そうとし、あまつさえ住んでる家にまで襲撃をかけたあの男だ。」

「でも、でも……。」

「人殺しはよくない。それは確かだ。死んだものは生き返らない。死んでしまえば、相手は反省することも、罪を償うことも出来ない。だが、な。」

 どう告げるべきかを考え、悩み、結局、ストレートに告げることにする。実際のところ、いずれ避けては通れなかっただろう話ではあっても、小学校三年生の子供にする話ではない。そういう意味でも、無責任に死んだあのハンターに対して、言い知れぬ怒りがわいてくる。

「身を守った末の事故まで罪だと言い出したら、暴漢相手に抵抗も出来ない。成功率5%の手術に失敗したら殺人犯、では、誰も外科医にはなれない。」

 アリサと同じようなことを、士郎がなのはに告げる。そもそも普通の日本人は、この手の事故で人を死なせた場合、大抵は誰に罰せられるまでもなく、本人の良心が自身を罰する。余程腐っているか慣れてしまっていなければ、罪の意識と後悔が自身を蝕む。

「でも、私……、非殺傷だからって……、人を殺せる力を……、平気で……。」

「……怖くなったか?」

 士郎の問いかけに、小さくうなずくなのは。それを見た桃子が、そっとなのはを抱き寄せる。

「それでいいんだ。むしろ、その怖さを分からないまま、腕だけ上げて大人になる方がまずい。」

 最愛の妻とともに最愛の娘を抱きしめ、あやすように背中をさすりながら士郎が言う。

「怖いと思ったのなら、力を捨ててもいい。そのことで、誰もなのはを責めたりしない。」

「でも、でも……。」

「今更投げだすのは嫌、か?」

「違う、違うの……。」

 しゃくりあげながら、なのはがぽつぽつと語る。

「ここで……、ここで逃げたら……、また……、また嫌なことを……、嫌なことを優喜君に……。」

「それを優喜君が望んでいても?」

「駄目……、駄目なの……。ここで逃げたら……、ずっと嫌なことを……、誰かに押し付けて……、そんなの……、そんなの嫌なの……!」

 やっとの思いでそう叫ぶと、あとは言葉にならない思いを叫びながら号泣する。

「なのは。」

「……。」

「あなたがどんな道を選んでも、私達はなのはの味方だから、ね?」

 桃子が、愛娘を抱く力を強くする。なのはが温もりを求めるように、士郎と桃子にしがみつく力を強める。

「美由紀……。」

「うん。恭ちゃん……。」

 号泣するのに疲れたのか、すすり泣きに変わる。その声を背に、兄と姉はより一層心身ともに鍛え磨きぬくことを決意するのであった。








 何でこんなときに、それがアルフの率直な思いだった。よりにもよって、真っ先にプレシアに遭遇するとは。

「……いったいどうしたって言うのよ。」

 様子のおかしいフェイトを見て、眉をひそめながらプレシアが聞く。

「アンタには関係ないさ。それよりリニスは?」

「私が頼んだお使いから、まだ帰ってこないのよ。」

 タイミングが悪い、そう思わずにはいられない。最近妙に優しいとはいえ、これまでのプレシアのことを考えると、フェイトを任せる気にはなれない。だが、今この状況で、フェイトをつれて桃子の下へ、などどうあがいても不可能だろう。

「それで、フェイトはいったいどうしたというの?」

「……見てなかったのかい?」

「ちょっと、手が離せない用事があったのよ。」

 アルフに対して、少しだけ嘘をつくプレシア。ひどい発作が出て、フェイトの(というより優喜の)監視どころではなかったのだ。まともに体が動くようになったのがつい先ほど。いろいろ様子を見ようと部屋から出てきたところに、ただならぬ様子のフェイトと深刻な顔のアルフが居たわけである。

「それで、何があったの?」

「アンタには関係ない、って言いたいところだけど、さ。これ以上フェイトをこのままには出来ないからね。」

 あきらめたようにため息をつき、優喜がフェイトの目の前で人を殺した、と、端的に結論だけを告げる。

「……それだけ、とは言わないけど、その程度でここまで取り乱すとは思えないわね。もう少し詳しく話しなさい。」

「……優喜が殺したのは、ジュエルシードに取り付かれた人間さ。八割がたジュエルシードと同化しててね。」

「……どうやったところで、相手が死ぬのを避けられなかった、と。」

 その言葉に、フェイトの震えが大きくなる。顔を合わせて、しまったという表情をするプレシアとアルフ。これが一月ほど前だったら、そもそもプレシアはフェイトの様子など気にも留めなかっただろうから、人間変われば変わるものだ。

(それで、その殺した相手って言うのは、善良な一般市民だったの?)

(いんや。戦闘に参加してた連中以外、誰もそいつの死について悲しまない程度には悪党だったよ。)

(なるほど、ね……。)

 難しい問題だ。取りあえず、フェイトをこのままにしておくわけにはいかない、というのはアルフに賛成だ。とはいえ、アリシアを失ってから相当の時間がたつ。あのころから親としてのスキルはまったく伸びていないどころか、錆付く一方だ。別にフェイトの親などという吐き気がするようなものになるつもりは一切ないが、ここらでリハビリのひとつでもしておかないと、アリシアを取り戻したときに、ちゃんと親として接することが出来ない気がする。

 自分自身にいろいろと言い訳しながら、取りあえずフェイトを観察する。震えている、ということは暖めてやるのがいいのだろうが、毛布というのは何か違う気がする。となると、結論は一つしかないだろう。自分でも何をそんなに怖がってるのか、とおかしくなりながらも、恐る恐るフェイトをそっと抱きしめる。これだけの行動に、恐ろしく勇気がいる。

「……ぁ。」

 フェイトがビクリ、と大きく震える。フェイトの体温が伝わってくる。胸の中に奇妙な愛おしさが湧き出てきて、思わず抱きしめる力を強める。それに反応したのか、恐る恐るフェイトがしがみついてくる。もう少し力をこめる。フェイトの力も強くなる。愛おしい。心の中を、その感情が埋め尽くす。

 もはやここまでだ。どんな言い訳も出来ない。仕方がない、認めよう。フェイト・テスタロッサは、プレシア・テスタロッサの娘だ。認めてしまうと、まだフェイトが落ち着いたわけではないというのに、妙に力が湧いて来る。取りあえず、まずはフェイトをちゃんと落ち着けよう。娘が傷ついたまま、などと言う事は、母親として絶対に看過できない。

 たとえ今までの自分が、どれほど母親失格であっても、だ。

「私はその状況を知らないから、いい加減なことしかいえない。それでも断言するわ。あなたは絶対に悪くない。」

「プレシア……!?」

 プレシアの行動と台詞に、目を丸くして叫ぶアルフ。自分でも似合わないことをして、おかしなことを言っていると自覚しているのだ。プレシアとしてはここで羞恥心を呼び起こして、せっかく振り絞った勇気をしぼませないでほしいが、自分で蒔いた種だ。アルフに文句を言っても仕方がないだろう。

「だけど……、だけど人殺しは……。」

「いけないことよ。」

「だったら……。」

「だから、殺意を持って人を殺そうとした人間は、自分が殺されても文句を言うことはできないのよ。」

「じゃあ、優喜や私は……。」

 再び震え始めたフェイトの背中を優しくさすり、その言葉を否定する。

「あなた達は違うわ。あなた達は、殺そうとしてその男を害したわけではないのでしょう?」

「……うん……、……でも……。」

「すべてがそれで許されるわけではない、それも事実よ。でもね、全く面識もない相手に、戦場でもないのに殺されそうになった時点で、身を守ったことを責められるいわれはないわ。」

 フェイトは納得していない。腕の震えが、その事を伝えてくる。すがりついてくるフェイトが、ただただ愛おしい。一言ごとに、フェイトが自分の娘だという実感が強くなっていく。

「だから、ね、フェイト。あなたが悪い事をしない限り、私が絶対にあなたを守ってあげる。」

「……か、母さん……?」

 戸惑った声とは裏腹に、フェイトはプレシアの胸元に強く頭を押し付ける。いや、プレシアが、フェイトの頭を胸元に抱え込んだのだ。最初からこんな風にフェイトを抱きしめる事が出来たら、もしかしたら自分達は、まっとうな親子で在れたのかもしれない。

「……母さんの言葉は、すごくうれしい。でも……。」

「でも?」

「……優喜には、……こんな風に甘えさせてくれる人はいない。」

 一言、言葉を発するたびに、その声が涙声になってくる。

「……その優喜に、……私は一番嫌な仕事を押し付けたんだ。……母さん、……やっぱり私は……、……私は出来そこないだよ……。」

「……。」

「……こんな風に、……こんな風に甘える資格なんて無いのに……。……優喜は……、……一人で苦しんでるのに……。」

「……だったら、あなたが支えてあげればいい。違うかしら?」

「……支える……? ……私が……?」

「ええ。だから、そのために、今はいっぱい泣いて甘えて、早く立ち直りなさい。もう一度あなたが前を向けるまで、ずっと一緒にいてあげるわ。」

 その言葉が引き金になったらしい。フェイトが激しく泣き始める。フェイトの髪を、背中を、愛しさをこめて優しくなでる。激しく泣きじゃくっていたフェイトが、泣き疲れて眠ったころに、ようやくアルフが声をかける。

「……どういう風の吹きまわしだい?」

「……気が変わった、というのでは答えにならないかしら?」

「……まあ、いいさ。とりあえず、今回はアンタに感謝するよ。」

「別に必要無いわ。私がやりたくてやったことだもの。」

 眠ってしまったフェイトを抱き上げ、自分の部屋に連れていくことにする。運動不足と病で衰えたプレシアの体には、フェイトの重みはなかなか堪える。だが、今はこの重みを手放す気にはなれない。

「アタシが運ぶよ。」

「悪いけど、今日だけは、これは私の仕事よ。」

「……本当に、いったいどうしちまったんだい?」

「さあ、ね。案外、今まで以上に狂ってしまっただけかもね。」

 穏やかな表情で答えるプレシアに、驚くのにも疲れたアルフが苦笑を返す。

「まあ、アンタがどういう魂胆だろうと、フェイトにとって一番いい結果になったみたいだから、アタシが文句を言う筋合いじゃないか。」

「……それで、その優喜って子は、どうなの?」

「どう、って言われてもね。見た目はともかく中身は二十歳だし、前にも似たような経験してるみたいだったから、少なくとも子供たちの前では、見た目は冷静な振りしてたよ。」

「それはまた、難儀な話ね。」

 それを聞いて、深いため息をつくプレシア。こういうときにそういう態度をとる、ということが、どれほど周囲を心配させるのか、分かってはいるのだろう。分かっていてなお、そういう態度しか取れない人種らしい。どうせ、自分が取り乱したら、なのはとフェイトを責める事になるんじゃないか、とか余計なことを考えたに違いない。

「ああ。手を差し伸べられるのも拒絶してるし、今頃一人でうなされてるか、下手したら一睡も出来ずに煮詰まってるかもしれないよ。」

「……本当に、難儀な性格ね。そこまでして、罪を背負わなくてもいいでしょうに。」

「まったくだ。それで、どうするんだい?」

「彼に関しては、現状私に出来ることはないわ。フェイトと、なのはと言ったかしら? あの白いバリアジャケットの子に頑張ってもらいましょう。」

「まったく、もどかしい話だね。」

「そうね。じゃあ、私は今日はこの子と一緒に寝るから、リニスが帰ってきたら適当に伝えておいて。」

「あいよ。」






「こないなところで、何してるん?」

「そういうはやてこそ、こんな時間にこんなところで何してるの?」

「たんに目が覚めただけや。……優喜君、ちゃんと布団に入って寝やんとあかんで。」

「さっき、アリサにも同じことを言われたよ。」

 廊下の片隅に座り込んでボーっとしながら、気の無い様子で返事をする優喜。

「どうにもね、今はあの布団だと眠れそうになくて。」

「……ほんまに難儀やなあ。」

 優喜の難儀さに、ため息が漏れる。自分を罰していないと落ち着かないのだろう。最初見たときに悪びれる様子も無かったから、さっきは念のためにきついことを言ったが、あれは言う必要のない言葉だった。自分の未熟さと見切りの甘さに、もう一つ深いため息が漏れる。

「優喜君、さっきはごめんな。」

「さっき?」

「皆おる前で、人殺しは人殺しや、なんて言うて。優喜君が分かってないはずあらへんのに……。」

「別に間違ったことは言ってないでしょ?」

「少なくとも、言う必要は全くない言葉やった。……ほんまに私も駄目駄目や。ショック受けてる人間に追い打ちかけるとか、我ながら最低やでまったく。」

 結局、今回の件で徹頭徹尾正しかったのは、アリサだけなのではなかろうか。

「しかも、や。あんな事言うたら、なのはちゃんとフェイトちゃんも追い詰めるに決まってるやん。ほんまに私は、どんだけ鬼やねん。ユーノ君が割と割り切ってくれとって、本気で助かったわ。」

「はやて、あんまり思いつめないで。」

「それは私の台詞や。なんにしても、二人に会うたら、ちゃんと謝っとかな。」

 その言葉とともに、さらにため息。ため息ばかりでは幸せは逃げていく、とはよく聞くが、その言葉を今日ほど実感したこともない。しばらく沈黙が続く。

「……ほんなら、そろそろ寝るわ。……優喜君、あんまり溜めこまんといてな。」

「ん。おやすみ。」

 はやてが立ち去った後、しばらくうつらうつらする。こういうとき見る夢は決まっている。最初は家族と視力を失った時の夢だ。前後の事はすっぽり記憶から抜け落ちているというのに、妹の体がクッションとなった瞬間だけは、未だに覚えている。今の優喜を形作っている原点だ。あの時、師匠が助けてくれていなければ、少なくともまともな精神を持つことは出来なかっただろう。

 次に見るのは、高校生の時。目が治ったお祝い、ということでみんなで出かけた繁華街。運悪く通り魔に遭遇し、取り押さえる時に手元を狂わせ、死なせてしまった。視力を取り戻したばかりだったこともあって感覚が狂い、相手の包丁を奪うのに失敗したのだ。犯人はすでに二人に致命傷をおわせていたこと、自分から向かって行ったのではなく向こうから襲ってきたこと、優喜が素手であったことから正当防衛は認められたが、終わった後に優喜なりに取り乱し、周りの人間にとても心配をかけた。

 そして最後。つい先ほどの事。それらの光景と一緒に、死んだ家族が、殺してしまった二人の男が、優喜を責め立てる。

「……ゆうくん?」

 廊下の片隅でピクリともせずに座り込んでいる優喜を見かけて、そっと声をかけるすずか。どうにもうとうとしては目が覚めるため、のどの渇きを潤すついでに、優喜の様子を見に来たのだ。アリサやはやてもどうにも同じようで、すずかが把握している範囲では、二人とも一度ずつ、優喜の様子を見に行っている。

「……こんなところで寝てちゃ、駄目だよ?」

 すずかが声をかけても、まったく反応しない。おかしい。なのはの話だと、優喜は眠っていても、触れられる距離まで近づく前に目を覚ます、と言っていた。なのに、こんな至近距離なのに、まったく反応しないなんて。

 よく観察してみる。呼吸は規則正しい。だが、別段暑い訳ではないのに、ひどく寝汗をかいている。そっと手を伸ばす。反応なし。触れてみると、そこまで寒くもないのに、かすかに震えている。眠っているはずなのに、表情が険しい。漏れそうになる声を、奥歯を噛みしめてこらえている。

「ゆうくん、ゆうくん……。」

 このままではまずい。本能的にそう考えたすずかは、優喜を本格的に起こそうとする。それが正しいのかどうかは分からないが、このままにしておくのはまずい、それだけは分かる。

「ゆうくん、起きて!」

 必死になって優喜を揺さぶると、ゆっくりと目を開く。どことなく呆然とした顔ですずかを見つめる優喜。やはり、見た目ほどにはダメージは小さくないのだろう。やせ我慢をする余裕があると見るべきか、やせ我慢をしなければ自分を保てないと見るべきか。どちらにしても、いい状態ではない。

「ゆうくん、こんなところで一人で寝てちゃ、駄目。」

「大丈夫、と言っても説得力はないよね。」

「うん。……明日、カウンセラーの先生のところに行こう。私、腕のいい先生を知ってるから。」

「……向こうでならともかく、こっちでは難しいかも。今回の事だけじゃないから……。」

「でも、このままじゃ絶対駄目。ずっと抱え込んで慣れたふりして自分を追いつめて、そんなんじゃいつか、本当に壊れちゃうよ!」

「……。」

 乗り気ではない様子の優喜に、どう言って考えを変えさせるかを真剣に考えるすずか。自分だけが楽になるわけにはいかないという、ある種筋違いの使命感以外にも、どうやらすずか達に対する影響も気にしている節がある。だったら、夜の一族については心配いらない、という方向で攻めるのが一番だろう。

「その人は、夜の一族の事はちゃんと知ってるし、ゆうくんみたいなケースもバカにしたりしない人だから、大丈夫だよ。」

「……。」

「それにね。自分勝手かもしれないけど、そんなゆうくんを見てる、私たちが辛いの。大切な人が苦しんでるのに何も出来ないのって、すごく辛いんだから……。」

「……。」

「だからお願い、ゆうくん……。」

 優喜をそっと抱きしめ、涙声になりながらすずかが嘆願する。

「……分かったよ。」

「……! 本当に!?」

「うん。約束する。」

 とはいえ、今現時点での状態が変わるわけではない。その事はすずかもよく理解しているようで、自分の部屋に戻って毛布を取ってくると、優喜の傍らに身を寄せて座り込む。

「あの、すずか……?」

「人肌のぬくもりって、こういうときはすごく落ち着くんだよ?」

「……その理屈は分かるけど、何も僕につきあう必要も……。」

「いいから!」

 強引に押し切って一緒に毛布にくるまる。あきらめてため息をつくと、これ以上心配をかけないように、出来るだけ眠るように努力する。この後状況が変わって、この約束は結局果たされることはなかったのだが、今の彼らは知る由もなかった。








「アルフ……。」

「なんだい、リニス?」

「プレシアがフェイトに添い寝をしているようなのですが、いったい何があったのです?」

「プレシアがどういう気まぐれを起こしたかは、アタシも知らない。フェイトについては、ちょっと一言では説明しにくいいろいろな事情があってね。かなり不安定になってたんだ。」

 アルフのいまいち要領を得ない説明を聞いて、ひとつため息をつく。どうにもジュエルシードの探索を始めてから、いろいろ大きな変化が起こっているようだ。しかも、どうにも自分達使い魔は、その変化から取り残されているらしい。

「本当は、あんたに頼むつもりだったんだけどね。」

「プレシアが、普通に母親らしいことをした、と。」

「まあ、そんなところだね。」

 本当に、どうしてしまったというのだろう。あのプレシアが、あのフェイトに優しくするなんて、今までのことを考えるとありえないと言い切れる。

「それで、まだ二人とも起きてこないのかい?」

「二人ともよく眠っていますよ。」

「まあ、昨日の今日だし、フェイトは最近いろいろ根をつめてたしねえ。」

「そういえば、最近ずっと早起きしている、といってましたが……。」

「ちょっとね。二人で優喜に鍛えてもらってたんだよ。ずっといいところがなくてね。」

「そうですか。それで、その特訓はどんな感じですか?」

「アタシのほうはまあまあさ。」

 アタシのほうは、という言葉に首を傾げるリニス。つまり、フェイトはもっと成果が出ている、ということだろうか?

「フェイトはまあ、このまま順調にいったら、違う意味で将来が心配な感じだね。」

「将来が心配?」

「みんながみんな、化け物みたいな身体能力をしてるわけじゃないってことさ。」

 アルフの言葉に苦笑する。さすがに敵を強く見積もりすぎることはないだろうが、使い魔以上の身体能力を基準に考え始めるのは、それはそれでまずい。

「それで、今日はどうするんですか?」

「まあ、普段の朝の訓練時間は過ぎちまったし、別に学校に行ってる訳でもないし、もう少し寝かせといて……。」

 アルフが最後までいい終える前に、プレシアたちが寝ている部屋から、フェイトの悲鳴が聞こえてくる。ただ事ではない雰囲気を感じ、大急ぎで駆け込む二人。そこには……。

「アルフ、リニス、母さんが、母さんが!!」

 大量に吐血し、意識を失ったままのプレシアと、どうしていいのか分からず取り乱したフェイトの姿があった。

「フェイト! 落ち着いて!」

「状況を教えてください!!」

「凄く苦しそうに息をしてたと思ったら、いきなり咳き込んで、たくさん血を吐いて……!」

「発作が出たみたいですね。」

 まだ苦しそうなプレシアを見て、昨日ようやく買い付けることが出来た新薬を取りに行くリニス。まずはフェイトを落ち着かせることにするアルフ。

「フェイト、心配しなくても大丈夫さ。あのプレシアが、このぐらいの事でどうにかなるもんかい!」

「でも、昨日は平気そうだったのに、今日はこんなに! 母さん、ずっと病気だったんじゃ……!」

「だとしても、リニスが薬を買ってきてる! 絶対大丈夫だから!」

 本当に、昨日の今日だというのに、間が悪すぎる。フェイトを必死になだめながら、運命だか神様だかに心の中で盛大に恨みごとを言うアルフ。なんだかんだで、アルフも大概テンパっていたのだろう。妙案とばかりに、無責任なことを思いつく。

「そうだ! 優喜なら、この手の病気に対して、何かいい治療法を知ってるかもしれないよ!」

「ダメ! たとえ知ってたとしても、昨日の今日でこんな勝手なこと、頼んだりなんか……!」

「昨日の今日だから、だよ、フェイト。アイツも、誰かの役に立ってた方が心が軽くなるかもしれないよ!」

「でも……。」

 などともめている横で、プレシアが再び咳き込み始める。その咳の激しさに、顔を青ざめさせながら背中をさするフェイト。リニスが入ってきて、プレシアに手際よく注射を行う。その間にもう一度吐血。その拍子に意識を取り戻したらしいが、何かに反応する体力が無いらしいプレシアと、それを見て顔から完全に余裕が失われるフェイト。

「アルフ、ごめん……。優喜を、優喜を呼んできて……!」

 今にも死にそうな母に、先ほどまでのためらいがすべて飛んでしまう。嫌われてもいい。人の生き死にに比べれば、そんなものは些細なことだ。何か代償が必要なら、この身全てをささげてもいい。藁にもすがる思い、とはまさしくこういうことだろう。

「ああ! すぐに戻ってくるから!」

 フェイトの思いつめた顔に、あわてて転移術を展開、部屋を飛び出すアルフ。彼らにとって厄日としか思えない日は、まだ続くようだ。








「すずか! 優喜はいるかい!?」

「どうしたのよ、アルフ。そんなに血相を変えて。」

「説明してる暇はないんだ! 優喜はいるかい!?」

「ゆうくんなら、日課だからって、ユーノ君を連れて走って帰っちゃった。」

 アルフの、あまりの余裕の無い態度に、フェイトに何かあったのかと心配になりながらも情報を伝えるアリサとすずか。はやては病院の診察があるからと、ノエルに送られて一足先に自宅に戻っている。代わりに二人は鮫島に、学校に送って行ってもらう段取りになっている。

「高町家にいるんだね!?」

「そのはずだけど……。」

「分かった、ありがとう! 後、食事中に悪いね!!」

「別にそれは構わないけど、落ち着いたらちゃんと何があったか話しなさいよ!」

「分かってる! それじゃ!!」

 あわただしく転移するアルフを見て、眉をひそめるアリサとすずか。

「本当、昨日の今日だって言うのに……。」

「この分だと、カウンセリングは無理かな……。」

 優喜の性格上、自分のカウンセリングとフェイトの一大事なら、間違いなくフェイトの一大事を取る。何があったかは分からないが、あのアルフがあそこまで取り乱すのだから、ただ事ではない。日付は変わっているが、厄日というのはこういう日を言うのだろう。

「なのはもフェイトも優喜も、大丈夫かしらね……。」

「もう、こうなったら私たちには多分、何も出来ないんだろうね……。」

 またしても蚊帳の外に置かれる形になってしまったことに対して、歯がゆそうに、寂しそうに語り合う二人。自分達に出来ることは、どうやら普段通りの生活、というやつを維持することだけらしい。ならば、全員が落ち着いて戻ってこれるように、徹底的にいつも通りを演じよう。そう決意を固めながら、まずはしっかり朝ごはんを食べることにしたアリサとすずかであった。







「優喜!」

「フェイトに何かあったの?」

 突然現れたアルフに、真剣な顔で質問をぶつける優喜。アルフが現れるより先に、普段フェイトの背後にいる少女の幽霊が、血相を変えて優喜のもとにやってきていたのだ。

「いや、フェイトじゃない! でも、放っておけばフェイトが壊れる!」

「とりあえず、落ち着いて。何があったか説明して。」

 とても落ち着ける状況ではないが、それでもアルフは優喜に、フェイトの母・プレシアが吐血して倒れたことを告げる。

「フェイトやアルフがたまにつけてた臭いは、それか……。」

「それで優喜、何か手はあるのかい!?」

「直接見ないと分からないけど、多分僕の出来る範囲だと、悪化を食い止めるのが精いっぱいだと思う。」

 アルフから漂う死の臭い。その死臭の濃さからそう判断を下す優喜。ただ、時間稼ぎという観点では、自分を呼び出したのは正解だろう。

「それでもいいから、来ておくれ!」

「分かった。」

「ちょっと待って、優喜。僕も行くよ。」

「ユーノ?」

「僕の手元には、いくつか一般に出回って無い医療魔法の資料がある。もしかしたら、どれか役に立つかもしれない。」

 人型に戻り、手帳のようなものを手に持ったユーノの申し出に、単純な疑問が出てくる。

「先に、確認しておきたいんだけど、医者でもないユーノが、何で一般に出回ってない医療魔法なんて持ってるの?」

「遺跡発掘の成果。一般に出回ってないのは、効果は大きいけど効率が悪いとか、冗談みたいに難易度が高いとか、やたら条件が厳しいとか、要するに普通じゃ使い物にならないものばかりなんだ。ただ、どれも条件さえクリアすれば、効果は折り紙つきのものばかり。」

 因みに、ユーノの手持ちの遺失魔法は医療用ばかりではない。全部ユーノ個人では使えなかったり、使えても役に立つ条件が絞られすぎていたりで、ほとんど研究とかはしていない。一応時空管理局をはじめとしたいくつかの公的機関に一度は買い取ってもらってはいるが、その後役に立ったという話は聞かない。まあ、まだ発掘して日が浅い魔法ばかりなので、使い物になるように研究中なのかもしれないが。

「なるほど。その中に、儀式系の魔法は?」

「二つほどある。もしかしたら、今回はそれが役に立つかもしれない。」

「だったら、私も行くよ!」

「「「なのは!?」」」

 なのはの突然の申し出に、目を丸くする三人。昨日の顔色の悪さはなりを潜め、その瞳には決意のこもった強い光が宿っている。

「なのは、儀式魔法に参加するってことは……。」

「分かってるよ、ユーノ君。失敗したときに普段の何倍もの反動が帰ってくる、最悪死ぬかもしれない、でしょ?」

「分かってるんだったら……。」

「ユーノ君、出来る事があるのにリスクを怖がって何もしないのも、嫌なこと、危険なことを誰かに押し付けて逃げるのも、もう嫌なの!」

「ユーノ、なのはも連れて行こう。」

 なのはの顔を見て、優喜が結論を下す。このなのはは、もはや梃子でも動かない。今までみたいな安易な使命感で言った台詞ではない。明らかに、小学生が固めるべきではないいろいろな覚悟を固めた顔であり、台詞だ。だったら、今更安全圏に置いておくのも無理だと思った方がいい。

「そっちの儀式魔法も同じかどうかは知らないけど、僕の知ってる魔術だと、大抵は儀式に参加した人数が多いほど、効力が強くなるか一人頭の反動は小さくなる。それに、どう転んでもぶっつけ本番なんだし、なのはの魔力量とレイジングハートの能力は、役に立つことはあっても邪魔にはならないはずだ。」

「……分かったよ。」

「というわけでアルフ、待たせて悪かったね。プレシアさんのところに連れて行って。」

「ああ!」

 アルフが一つ吠え、三人を転移させる。その様子を見守っていた桃子は、ため息とともに電話を取り、学校とアリサ達に連絡を入れるのであった。



[18616] 第9話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:ee0fcd2b
Date: 2010/07/11 23:45
 その部屋に入った瞬間、濃厚な死の臭いが優喜の鼻をつく。プレシア本人の容体を詳しく見るまでもない。このままほったらかしにすれば、確実に死は避けられない。優喜の勘では、プレシアは今まさに、生死を分ける瀬戸際にいる。今を逃せば、少なくとも治療は不可能になるだろう。

「優喜!」

「プレシアさんは、今どういう状態?」

「とりあえず、発作は落ち着いたみたいだけど……。」

「O.K。まずは一時的に進行を抑えようか。」

 ユーノの診察が終わるまでに手遅れになっては元も子もない。大気から取り込んだ生命力を流し込み、歪になって欠けた気の流れを正す。ここまで進行してしまった病に対しては、軟気功では完治はおろか病状の改善も難しいが、進行を止めて時間を稼ぐことは出来る。

「優喜……、こんなことお願いできる立場じゃないけど……。お願い、出来ることなら何でもするから、母さんを!」

「言われるまでもなく、出来る限りのことはするよ。だから、軽々しくなんでもする、なんて言わない。」

 すがりつくフェイトに、諭すように答えると、軟気功を維持しながら、ユーノに声をかける。

「じゃあユーノ、診察お願い。」

「うん。」

 本職ではないユーノだが、回復系の適正は、現役の医者とも勝負できる。専門ではないから出来ることは少ないが、それでも一般的な怪我や病気はすべて治せる。診察に至っては、遺跡の発掘調査では命綱になる事もあって、本職と言ってもいいレベルでこなす。結界系の技能に目を奪われがちだが、ユーノは回復・補助系に対しては、オールラウンドに高い適正と実力を持っている。

 なのはやフェイトの陰に隠れているが、ユーノもまた、天才の一人なのだ。もし彼の魔力容量がなのは並みにあれば、そもそも今回の事件は何事もなく終わっていたであろう。ジュエルシード回収組の人間で、天才のカテゴリーに入らないのは実は、優喜一人だけだったりする。

「……病巣は肺、リンカーコアを侵食する性質あり。この進行度だと、ほとんどの薬は気休めのレベルだと思う。」

「こっちの感触だと、肺のほうは少なくとも癌化はしてないみたいだ。リンカーコアについては、調べようがないから分からない。ただ、僕の技量じゃあ、ここまで行ってると現状維持が精いっぱいで、十年単位のものすごい時間をかけて、少しずつ押し戻すしかない。ユーノの方は?」

「……ちょうど適用できる儀式魔法がある。成功すれば十分治せる。ただ、問題があるんだ。」

「問題?」

「まず、僕一人だと魔力が全然足りない。それに、一人でやるには作業が多すぎて、失敗の確率が上がりすぎる。」

「それは、なのは、フェイト、アルフにレイジングハートとバルディッシュの手も借りれば解決するよね?」

「うん。一番の問題は、手術と同じで、患者の体に凄く大きな負担がかかるんだけど、その負荷軽減までは今の人員じゃ手が足りない。」

 そのユーノの言葉に、その程度か、という顔をする優喜。

「だったらさ、その負荷を僕が引き受けるよ。」

「え?」

「軟気功ってやつは奥が深くてね。そういう真似も出来るんだよ。」

「……それは危険すぎる!」

「優喜、私の勝手なお願いで、そんな危ない真似はさせられない!」

「逆に、僕に出来ることは、それぐらいしかないんだよ。」

 優喜の言葉で、その場に沈黙が下りる。もう一人、もう一人補助に長けた人間がいれば解決するのに、人手が足りない。誰かに過剰なしわ寄せが行くことを避けられない。

「あの、私がその補助をやれば……。」

 点滴の準備を終えて戻ってきたリニスが、沈黙を破り控えめに主張する。その言葉に、難しい顔をするユーノ。

「リニスさんは、プレシアさんの使い魔なんだよね?」

「ええ、そうです。」

「だとしたら、補助をしてもらうのは難しいかもしれない。」

「え?」

 ユーノの主張の意味が分からず、首を傾げるリニス。なぜ、自分がプレシアの使い魔だと、補助が出来ないのか。問いただそうとして口を開く前に、ユーノが答えを返す。

「普通の病気ならそれでもいいんだけど、プレシアさんの病気はリンカーコアを侵食してる。容態がもっと軽ければリニスさんにも手伝ってもらえるんだけど、今の状態だと、使い魔が大きな魔力を使うだけでも、命に関わってくるから……。」

 使い魔の使う魔力がすべて主から供給されるわけではないし、普通に主人が自身で同じ大きさの魔力を使うよりははるかに負荷は軽いとはいえ、大きさに比例したそれなりのノックバックはある。

「そんな……。」

 ユーノの説明に、絶望を覚えざるを得ないリニス。自分の存在が、主の体を蝕んでいる。そう告げられて平静を保てる使い魔など居ない。

「むしろリニスさんには、終わった後のことをお願いしないといけないと思う。」

「終わった後?」

「ユーノが負荷についてそこまで言うんだから、多分終わった後全員動けなくなると思うんだ。だから、ちゃんと成功したら、後始末をお願いしたい。」

 優喜の発言に、なのはが反応する。

「優喜君、昨日の今日でそんな危ないことして、大丈夫なの? ちゃんと眠れなかったんでしょう?」

「正直、ベストとは言いがたい。だから、プレシアさん本人がそんな危ない人間に命を預けられない、って言うんだったら僕は何もしない。」

「……命を懸けることを強要して申し訳ないけど、お願いしていいかしら。」

「母さん!?」

 目を覚ましたらしいプレシアが、優喜の言葉に自分の考えをかぶせてくる。

「自分の体のことぐらいは分かるわ。このまま何もしなければ確実に死ぬ。持ってせいぜい一週間、運が悪ければ明日にでも、といったところかしら。」

「そんな……。」

 プレシアの身もふたもない現状認識に、悲痛な表情で固まるフェイト。救いを求めるように優喜を見るが、どうやら彼の認識も同じらしい。

「ようやく、ようやく手が届きそうなのに、座して死を待つことなんて出来ない。やらなければいけないことが、まだたくさん残っているの。助かる可能性があるのなら、どんな分の悪い賭けにも乗るわ。」

「プレシアさん……。」

「だから、こんなことを頼めた義理ではないけれど、お願い。」

「だ、そうだ。ユーノ、準備と覚悟はいい?」

「覚悟はいつでも。ただ、準備はもうちょっと待って。今、術式を転送中だし、ここだと多分狭すぎる。」

「……別の部屋を用意します。」

 もともと実験や儀式魔法の訓練などに使われていた部屋にベッドを運び込み、余分なものを片付ける。リニスがすべての準備を終えたあたりで、段取りの説明と役割分担が終わったらしい。プレシアを慎重に運び込むと、互いの気合と覚悟を確かめるように頷きあうユーノたちであった。







 目の前で行われている光景を、リニスは歯噛みしながら眺めるしかなかった。少しでもリスクを減らすために、恥を忍んで山猫の姿に戻り、結界の外から見守っている。大魔導師の使い魔といっても、無力なものだ。

「ううっ……!」

「フェイト、力みすぎ! 魔力が乱れてる!」

 ユーノからの指示に、必死に魔力を微調整するフェイト。額に汗がにじみ、バルディッシュを持つ手も震えている。

「なのは、次のフェイズだから、出力を5%上げて!」

「分かったの!」

 ユーノの指示に、慎重にかつ迅速に出力を上げる。なのはの出力上昇に伴い崩れたバランスを、レイジングハートとバルディッシュが微調整する。なのはもフェイトも、そろそろ表情が険しい。すでに二人の最大出力の半分以上を出し続けている。今までにこんな出力をこんな長時間維持し続けたことはない。しかも、出力調整が結構シビアだ。

 儀式開始から三時間。リニスは、この術が一般に出回らない理由を痛感していた。なのはやフェイトほどの魔力容量を持つ魔導師が最低二人必要という時点で、いくら末期患者といえども、たかが人一人を助けるには効率が悪すぎる。そうでなくても、総合的な実力では上から数えたほうが早い魔導師と使い魔を四人も拘束してなお、人手が足りないのだ。奇跡の代償としては軽いのかもしれないが、コストパフォーマンスが悪すぎる。

「ユーノ、術式の補正はこれで大丈夫かい?」

「うん。今のところ順調。ただ、次は一気に出力を上げないといけないから、みんな集中して!」

「「「『『了解!!』』」」」

 三人と二機が同時に返事を返す。そろそろ儀式は第一の山場、リンカーコアに侵食した病原体を切り離し、駆除する行程に入る。ユーノが行っている儀式魔法は、リンカーコア侵食型の病気に特化した儀式魔法だ。このタイプの病気は、一定以上の魔力を持つ魔導師しか発症せず、力量が高いほど進行が速く、また重症化しやすい特性がある。そのため、毎年少ないとは言えない数の高ランク魔導師が死亡、もしくは再起不能になっている。

 この病気の厄介なところは、肉体の病巣(今回の場合は肺)を先に治療しても、即座にリンカーコアの侵食を早めて元通りにしてしまうことである。軽度のうちは、リンカーコアの封印措置で完治するのだが、ここまで進んでしまえばその手段は使えない。そのため、まずはリンカーコアに食い込んだ病巣を治療しなければいけないのだが、これがそう簡単にいかない。その準備のためにかかった儀式時間が三時間だ。この事実だけでも、プレシアが患った病気の厄介さと病状の深刻さがうかがえる。

 そして、第一の山場は、この場にいるただ二人の男に、ものすごい負担をかけることになる。

「……くぅ!」

 これまでの人生で扱ったことの無い大きさの魔力に、思わずうめき声が漏れるユーノ。儀式魔法ゆえ、肉体への負荷はそれほどかかってはいないが、急激に上がった出力に、制御を失いかける。リンカーコアの病巣を一気に駆逐する、そのために必要な大魔力。それを繊細な制御でプレシアのリンカーコアに注ぎ込む。一歩間違えればコアそのもを砕いてしまいかねず、さりとて加減をすれば病巣の抵抗を打ち破れない。

 ユーノ一世一代の大勝負。それまでの儀式で準備した術式を、一気に同時に発動させる。制御の半分以上をデバイス二機とアルフに振ってなお、脳が焼き切れるかと思うほどの負荷。ユーノにとって、永遠とも思える十秒間。無我夢中で術の制御をおこなっていたユーノは、手ごたえから第一の山場を乗り越えたことを確信する。

「よし、うまくいった……。」

「本当に!?」

「うん。ダメージは残っているけど、リンカーコアは完全に正常。病巣はかけらも残って無い。」

「よかった……。」

 ユーノの報告に、心の底から安堵するフェイト。辛うじて儀式を崩すには至っていないが、表情がすっかり弛緩している。だが、そのフェイトに、意外な人物が意外な言葉をかける。

「フェイトちゃん、まだ気を緩めちゃダメ。まだ、肺の治療が残ってる。」

 レイジングハートを握る手の震えを必死で押さえながら、なのはが真剣な顔で訴える。その視線の先には、表情を殺し、歯を食いしばり続けている優喜の姿。彼にしては珍しいほど、表情に余裕が見えない。あまり余分な時間はかけられないだろう。

「そうだね、なのはの言う通りだ。続けるよ、フェイト。」

「うん!」

 再び気合を入れなおし、バルディッシュを構えるフェイト。優喜の姿は、彼女の油断を戒めるには十分すぎたようだ。

「次は肺。でもその前に、リンカーコアのダメージ軽減だ!」

「「「『『了解!!』』」」」







 肺の病巣を取り除き、後は日常生活に支障がないレベルまで機能を回復させれば終わり、というところまで来て、ついに弱音を吐く人間が現れた。

「ユーノ。」

「どうしたの、優喜?」

「悪いんだけど、そろそろ限界。後、どれぐらいかかる?」

 優喜が弱音を吐いたことに驚き、思わず全員が視線を彼に向ける。優喜の姿を見て、さらに驚かされる。

「優喜君、その体は!?」

 なのはが驚くのも無理もない。優喜の姿が、見慣れた小学生のものではなく、二十歳前後の青年のものになっている。しかも全身のあちらこちらから出血しており、口の端からも血が垂れている。どう見てもまともな状態とは言い難い。

「ごめん、今説明するほどの体力もない。ユーノ、どれぐらい?」

「後十分ぐらい。」

「分かった。どうにか根性で持たせるよ。」

「ここまで来たら優喜が抜けても大丈夫だから、もう休んでて!」

「いや、それこそ、ここまで付き合ったんだから、意地でも最後まで付き合うよ。」

 こうなったら、優喜は意地でもやり遂げるだろう。ならば、こちらもやることは決まっている。少しでもプレシアの負荷を減らしつつ、一秒でも早く儀式を終わらせることだ。

「アルフ、余力はある?」

「まだまだ大丈夫さ。」

「じゃあ、プレシアさんの負荷軽減にリソースを回して。なのは、フェイト、そのための魔力を。」

「「了解!!」」

「レイジングハート、バルディッシュ、一秒でも早く終わる方法を探して。」

『『既に検討中です。』』

 その指示の間にも、優喜の体から小さな音がして、また一本血管が切れる。許容量を超える生命エネルギーを扱い続けた結果、限界を超えた体が壊れ始めているのだ。

 そもそもこの儀式を成功させる絶対条件が、施術中にプレシアの病気が進行しない事だった以上、たとえもう一人補助の魔導師がいても、優喜は軟気功を続けなければいけなかったのだ。しかも、今回は人員不足を埋めるため、優喜が負荷軽減も買って出た。当然、行う作業量は増え、流し込むエネルギー量も跳ね上がる。無意識のうちに肉体を限界まで活性化させ、最盛期のそれに変えることで耐え抜いたが、それもトータルで六時間ともなると、あちらこちらにいろいろ無理が出る。

「ユーノ、まだなの!?」

「あと少し!」

「ユーノ君、早く!」

 デバイスたちの検討結果をもとに、必要な時間を半分近く短縮したものの、さすがにそれ以上はいろいろ無理がある。ここで失敗したら元も子もない。焦りを押し殺し、慎重に術を進めていく。優喜の限界宣言から五分少々。プレシアの治療は無事に終了した。

「優喜、終わったよ!!」

「こっちはあと少し……、よし……。」

 急激な変化についていけず、ショック症状を起こしかけていたプレシア。そのショックを和らげ、平常状態に落ち着かせ、ようやく優喜は軟気功を終える。そういったものを優喜がすべて抑え込んでいたため、負荷軽減にリソースを回していたアルフでも、まだ仕上げが残っていた事に気がつかなかったのだ。

「母さん、治ったの……?」

「落ちた体力まではどうにもならないけど、病気そのものは治ったよ。」

 ユーノの宣言を聞いて、母のもとに駆け寄るフェイト。やつれてはいるが穏やかな表情で、規則正しく呼吸をしているプレシア。その様子に危機が去ったことを実感し、そっと手を取ろうとする。だが……。

「優喜、優喜!!」

「優喜君!!」

 フェイトが母の手を取ろうとするのと同時に、元の姿に戻りその場にうずくまって激しく咳き込み始める優喜。その様子に、薄情にもプレシアそっちのけで優喜の元に駆け寄る魔法少女達。まあ、呼吸も落ち着き、一目で容体が安定していることが分かるプレシアと、今現在普段は見せない弱った姿を見せている優喜では、優喜を優先してしまうのは仕方がないかもしれない。

「僕は大丈夫だから……、プレシアさんについてて……。」

「こういうときの優喜君の大丈夫は、全然信用できないよ!」

「優喜がこうなったのは、私が、私と母さんが無理をさせたから!」

「フェイトもなのはさんも落ち着きなさい!!」

 見ていることしかできなかったストレスもあって、思わず大きな雷を落とすリニス。

「ユーノ君、疲れているでしょうけど、まずは優喜君の傷をふさいであげてください。」

「分かってます。」

 ユーノが近寄り、治療魔法をかけようとした瞬間、もう一度激しく咳き込み、大量の血を吐きだす優喜。そのまま、自分が吐き出した血の塊に、頭から突っ込む。

「優喜!?」

「フェイト! どの部屋でもいいからベッドを用意しなさい! アルフ! プレシアは私が運ぶので、優喜君をお願いします!」

「あいよ!」

 優喜の予言通り、リニスは後始末に奔走されることになるのであった。







 不意に、意識が浮かび上がる。全身のだるさは抜けないが、ここ数年来感じたことが無いほど、息が軽い。胸の苦しさとセットだった、何かに力を吸われるような感覚も消えている。どうやら、治療は成功したらしい。何度も咳き込んだためか喉が痛いが、贅沢を言ってはいけない。

「……母さん?」

「……フェイト?」

 だるさを押して体を起こすと、傍らに座っていたフェイトが視界に入った。その顔が、安堵と喜びに彩られ、大きな赤い瞳の端には、涙がにじみ始める。

「母さん、よかった……。」

「フェイト、まさかずっとここにいたの?」

「……うん。」

「大変な儀式だったのでしょう? ちゃんと休まないと……。」

「……うん。」

 言いたいこと、聞きたいことはいっぱいあるのに、胸がいっぱいで声が出ない。昨日まで、こんな形で触れ合うことなど無かった母。その存在を確かめるように、刻み込むようにしがみつくフェイト。

「フェイト、プレシアに甘えるのはいいですけど、相手は病み上がりですよ。少しは自重してください。」

「……うん。ごめん、母さん、リニス。」

「別に甘えるのは構わないけど、まずはちゃんと体を休めなさい。」

「プレシア、あなたもですよ。」

 栄養剤やら何やらの入った点滴をプレシアのベッドのそばまで運び、起こしていた体をゆっくり優しく横にする。手慣れた動作で点滴を刺すと、フェイトをそっと引き剥がして立たせる。

「プレシア。とりあえず一週間は安静にしててください。その間は、魔法の使用も一切厳禁です。」

「母さんの体、そんなにひどいの?」

「峠は越えました。後は栄養を取って安静にさえしていれば、すぐに良くなりますよ。」

「……よかった。それで、優喜は……。」

「優喜君は、命に別状はないのですが、普通なら一カ月はベッドに縛り付けて絶対安静を言い渡すレベルです。そのはずなんですけど……。」

 恐る恐る問いかけたフェイトに、恐ろしい答えを返すリニス。リニスの返答に、表情が凍りつくテスタロッサ親子。だが、リニスの言葉の続きは、彼女達の予想のさらに斜め上を言っていた。

「体がものすごい勢いで治り始めているので、三日ぐらいで全快するかもしれません。」

「え……?」

「とりあえず、下手に魔法で手を出すより、本人の回復力に任せた方がいいと判断して、栄養剤の点滴だけうってきました。」

「……本当に、それで大丈夫なの?」

「フェイト。あなたの友達は、可愛い顔をしてかなりのタフガイのようです。下手をすれば、明日にでも皆の前に笑顔で立っている可能性すらありますよ。」

 リニスの、ある種の無責任さが伴う太鼓判にも、フェイトの表情は晴れない。そんな娘の様子を見かねて、プレシアが助け舟を出す。

「リニス。」

「何ですか、プレシア?」

「彼の様子を見に行くのは、まずいのかしら?」

「いえ。面会謝絶、というわけではないので、問題はありませんよ。ただ、様子を見に行っても寝てるだけなので、出来ることは何もありませんけど。」

「だ、そうよ。フェイト、少し休んだら、彼についていてあげなさい。」

「え? でも……。」

 母の言葉に、迷いを見せるフェイト。優喜も心配だが、母からも目を離せない。そんな葛藤を見抜いたプレシアが、さらに言葉を重ねる。

「私の方は、点滴を受けて寝ているだけよ。何かあったらリニスを呼ぶし、あなたが心配するようなことは何もないわ。」

「母さん……。」

「彼は、昨日と今日で心身ともにずいぶんなダメージを負っているのでしょう? 目が覚めた時に、傍に知ってる人間が誰もいないのはよくないわ。」

「……うん。母さん、ごめんね。」

「気にしないで、行ってきなさい。ただ、ちゃんと軽く仮眠は取るのよ? あなたも儀式で随分と消耗しているのだから。」

「うん。行ってきます。」

 ようやく素直にうなずいた娘に、小さくため息をつく。こういう種類の繊細さは、アリシアにはなかった特性だ。ちょっと前はそんなところも気に食わなかったが、今では不思議なぐらい愛おしい。そして、愛おしさを感じれば感じるほど、過去の罪がプレシアを苛む。

「……我ながら、現金なものね……。」

 フェイトが出ていってからしばらくして、ぽつりとつぶやくプレシア。本当は、罪悪感でのたうちまわりそうなほどだが、優喜を見習って、意地で平静を取り繕う。

「何がです?」

「あばたもえくぼ、とはよく言ったものだわ。可愛いと思えるようになったら、今まで気に食わなかったところまで可愛く見えるのだから、ね。」

「……本当に変わりましたね、プレシア。」

「多分、今までがどうかしてたんでしょうね。」

 これまでと今と、どちらが正しいのか。そんなものは周りの反応を見れば分かる。今のプレシアが正しいのだ。ただ、今まで間違え続けてきたのだから、絶対にどこかでその報いを受けねばならない。その程度の道理はわきまえている。そして、報いを受ける時は、それほど遠くはないのだろう。プレシアには、そんな予感がある。

「リニス。」

「なんですか?」

「今まであの娘にしてきたこと、どうすれば償えるのかしら……。」

「たくさん抱きしめてあげて、うんと甘えさせてあげて、ちゃんと叱ってあげればいいんじゃないですか?」

「本当に、それでいいのかしら……。」

「あなたは母親なんですから、それ以外に償う方法なんてありません。」

 そろそろちゃんと休んでください、というリニスの言葉に、再び目を閉じて体の力を抜く。どうせ碌な夢は見ないだろうが、うなされても、見ているのはリニス一人だけだ。今は使い魔とのリンクを切っているわけではないから、見られていなくても筒抜けである。

 受けるべき報いに備えて、プレシアは深い眠りについた。







 昨日に引き続いての悪夢から目が覚めた時、優喜の両手は誰かに握られていた。

「……?」

 とりあえずふりほどいて体を起こそうとするが、恐ろしくしっかりつかまれており、ちょっとやそっとでは離れそうもない。仕方なしに、横になったまま気配を確認する。

「なのはにフェイトか……。」

 よく知った二つの気配。規則正しい穏やかな寝息が二つ、聞こえてくる。二人が疲れて眠ってしまうまで離れなかったところを見ると、どうやら相当うなされていたらしい。

「あら、目が覚めましたか?」

「リニスさん?」

「はい、リニスです。そろそろ新しい点滴に換える時間だったんですが、起きたのなら食事の方がいいかもしれませんね。食べられそうですか?」

 リニスの問いに、少し考え込む。体は食べられない、と訴えている。だが、本能は食事を渇望している。体の言葉を聞くのなら、もうしばらく点滴に頼ってから、なのだろうが……。

「そうですね。何か消化のいいものがあったら、お願いできます?」

「分かりました。戻ってきたら起こしますので、もう少しその子たちの事をお願いします。」

「はい。」

 優喜の腕の点滴を外し、部屋の隅に押しやってから食事の準備のために出ていくリニス。彼女と入れ違いで、ユーノが入ってくる。

「話し声が聞こえたから、起きたんだなって思って。調子は?」

「ん。まあまあ、ってところ。無理をした割には悪くないよ。」

 返事と顔色から、さほどいいわけではないだろうと判断するユーノ。とはいえ、受けたダメージの割には元気だ、という言い分も嘘ではないようだ。言いたいことと聞きたいことを切り出そうとすると、どうにか手を振りほどかずに上半身を起こした優喜が、先に質問してくる。

「どれぐらい寝てた?」

「半日ぐらいかな? もう夜中って時間だよ。」

「士郎さん達に連絡は?」

「仮眠した後、アルフが行ったよ。とりあえず、なのはも優喜も今夜はこっちに泊まるって連絡しておいたから。ちなみにアルフは、今バニングス家でアリサに状況説明中らしい。」

「分かった。で、士郎さんからは?」

「明日も念のために学校には休みの連絡を入れておくから、ちゃんと心と体を休ませるように、だって。」

 方々に心配と迷惑をかけてしまったらしい。戻ったら何人に謝罪しなければいけないのかと考え、少しばかりブルーになる優喜。

「それで、寝てる間にうなされてなかった?」

「なのはとフェイトの様子で察して、って言いたいところだけど……。」

 優喜の問いかけにため息とともに答え、怒っているようなあきれているような、睨みつけるような表情で言葉を継ぐ。

「正直なところ、素直にうなされてくれた方が、まだ周りの人間にとってはありがたいよ。なんで、寝てる時までやせ我慢するのさ。」

「やせ我慢?」

「ものすごく震えてて、険しい顔で苦しそうにしてるのに、うめき声の一つも漏らさずに歯を食いしばってたんだよ。あんな真似をされたら、手を差し伸べることも出来ないじゃないか。」

「……自覚はなかったけど、そんなことをしてたのか。」

 優喜の様子に、ため息しか出ないユーノ。今朝、一緒の毛布にくるまって眠っていたところから察するに、すずかもあの優喜を見ているのだろう。こういうときは、男より女の方が強いのかもしれない。すずかがやったのはいい手段だと思うが、いくら互いに女顔だとは言っても、同じことをユーノがするのはごめんこうむりたい。優喜だって、一緒の毛布で眠るのは男より女の子の方がいいはずだ。

「あの優喜を見た時のなのはとフェイトの取り乱しかたときたら、本当に見てられなかったよ。」

 二人とも仮眠しろと言っても聞かず、一瞬たりとも優喜の傍から離れようとしなかった。なのはは悲しいと寂しいの中間ぐらいの顔でじっと優喜を見ているし、フェイトは泣きながら優喜の手を握って離れようとしないし、正直、優喜の顔に白い布でもかぶせたら、確実に周囲を誤解させられる光景だった。

「それで、こんなにしっかり手を握ってる訳か。」

「そういう事。だから、頼むからさ。」

 さっきまでの光景を思い出したからか、ユーノこそが泣き出しそうな顔をして優喜に詰め寄る。

「頼むから、もっと周りに弱音を吐いてよ。もっと恩返しをさせてよ。」

「ユーノ……。」

「言いたい事を、全部言われてしまったわね……。」

「プレシアさん?」

 ユーのとにらみ合いのような状態になっていると、プレシアが、浮遊する椅子に座って入ってきた。

「プレシアさん、寝てなくていいの?」

「本当は駄目なんだけど、あなたが起きたと聞いて、リニスに無理を言って、ね。」

「僕が言うのもなんだけど、病み上がりなんだからあんまり無理しないでくださいよ。」

「分かってるわ。あなた達と少し話がしたかっただけだから、用事がすんだらすぐに退散するわ。」

 椅子を操作して地面に下ろして固定すると、まずはひとつ頭を下げるプレシア。

「まず最初に助けてくれてありがとう。それから命を懸けることを強要してごめんなさい。あなた達二人には、ずいぶん助けられてしまったわ。」

「やりたくてやったことだから、お礼を言われることでも、謝られるようなことでもないですよ。」

「それでも、これは人としてのけじめの問題だから言わせていただくわ。ありがとう、ごめんなさい。」

 優喜も大概面倒な性格だが、プレシアも結構難儀な性格の人らしい。密かにそんなことを考えるユーノ。

「気になってたんだけど、その椅子……。」

「ああ、これね。操作は電子制御だし、動力はバッテリー駆動、魔力のチャージはこの時の庭園の魔力炉から取ってるから、私の魔力は使っていないわ。」

「それならいいけど……。」

 ユーノの疑問に、問題になりそうな部分を答えるプレシア。

「それで、わざわざお礼を言いに来ただけ、って訳じゃないんでしょ? 僕もあなたも病み上がりで、一応無理をしちゃいけない体だし。」

「そうね。フェイトが誰よりも信頼しているあなた達の人柄を、直接会って確認したかったのよ。」

「それで結論は?」

「そんな恥ずかしい事を、私の口から言わせるの?」

 やはり、結構面倒な人らしい。だが、その瞳は慈愛の色をたたえており、少なくとも不合格を言い渡される事だけはなさそうだ。

「それにしても、ユーノ君、でよかったのかしら?」

「はい。」

「助けられた身の上で言うのもなんだけど、よくあんな都合のいい魔法のストックがあったわね?」

「疫病って言うのは、常に文明崩壊の原因のトップスリーの一角を占めてますから。」

 ユーノによると、前に調査した遺跡が、ちょうどこのタイプの病で滅んだ文明らしい。パンデミックの兆しが指摘されていたため必死になって対抗策ともいえる儀式魔法を完成させたが、あまりに効率が悪く(なにしろ、場合によっては十数人がかりで一人を治療することになる)、治したそばから発症するような状態が続き、結局魔導師が全滅してから別の疫病の流行で滅んだらしい。

「ユーノ、その病気、感染防止策は用意できなかったの?」

「インフルエンザと同じで、流行してみないとワクチンが当りかどうかが分からない種類の病気だったらしい。」

「なるほどね。」

 優喜の問いに、よどみなくこたえるユーノ。因みに、その文明を滅ぼしたのは空気感染するウィルスタイプだが、プレシアが発症したのは、リンカーコアの癌、と言われているタイプのものだ。現在ミッドチルダをはじめとした管理世界では、早期発見によるリンカーコア封印措置ぐらいしか治療法が確立されておらず、また魔導師の命とも言うべきリンカーコアを直接いじる必要があるため、新しい治療法の臨床試験も、なかなか進まないのが現状だ。

 大量発生するような種類の病気ではないため、今回のような儀式魔法でも十分対応できるのだが、元々魔導師は常に人手不足だ。高位魔導師でも最低五人は必要な治療法など、その高位魔導師を助けるためとはいえそうそう使えるものではない。そのため、発掘されてから日が浅い事もあって、まだ臨床試験すら済んでいなかったりする。それでも、末期患者でも救えるということから、どうにか効率化できないかといろんな方面から注目されている魔法ではある。

「そういえば、今回の儀式、発掘されてから初めての臨床例になるかも。」

「そこまで出回って無い魔法なのか……。」

 今思いついた、とばかりにつぶやくユーノに、ぶっつけ本番でかなりむちゃをやらかした事を、今更ながらに自覚する優喜。他に手が無かったとはいえ、綱渡りにもほどがある。

「でも、臨床データとしては使い物にならないでしょうね。魔法以外の技能が関わっているもの。」

「ですね。」

 プレシアの指摘をユーノが認めたところで、会話が途切れる。しばしの沈黙ののち、プレシアが口を開く。

「さっきの話を蒸し返させてもらうけど、優喜、あなた……。」

 少し言いづらそうに言葉を切り、もう一度口を開こうとしたところで、優喜の傍らで眠っていたフェイトが身じろぎする。少しうるさそうに頭を起こすと、寝起きのとろんとした顔で優喜を見つめる。

「フェイト……?」

「ゆうき……。」

 もぞもぞと動くと、優喜のベッドによじ登り、彼にしがみついて瞳を閉じる。明らかに寝ボケている。これはどうしたものかと三人で困惑していると、食事の用意を済ませたリニスが戻ってきて、一つため息をつく。

「フェイト、起きなさい!!」

「!!」

「にゃ!?」

 ため息から溜めなし、ノーディレイで雷を落とすリニス。来ると予想したプレシアとユーノはとっさに耳をふさいだが、分かっていても両腕ともにふさがっていて防御できなかった優喜は、巻き添えで思いっきり直撃を受ける。無論、なのはも直撃だ。

「……びっくりしたの。」

「……あれ? 私どうして優喜にしがみついてるの……?」

「寝ぼけてよじ登ってきたんだ。」

「え? ええ!?」

 リニスの雷によって、ようやく正気を取り戻したフェイトが、あわててベッドから降りる。自分がすごく恥ずかしい事をした自覚はあるようで、顔がびっくりするほど真っ赤だ。

「まったく二人とも、ちゃんと仮眠をとりなさいと言ったのに意地を張るから、そんな醜態を晒すんですよ。」

「だって、あの優喜君を放ってなんて……。」

「優喜、ものすごく震えてて辛そうで……。」

「まあ、分かるんですけどね……。」

 だが、それで寝落ちては意味がないだろう。看病すると言い張るのはいいが、看病というのは体力を使うものだ。

「とりあえず、ずいぶん遅くなってしまいましたが、ご飯にしましょう。今日は皆、ちゃんと食べてないはずですよ。」

 リニスの言う通り、全員朝食から後ろは何も口にしていない。フェイトに至っては、朝食前にプレシアが倒れて、そのあとそのまま儀式からプレシアと優喜の看病まで連続だったため、今日は何も食べていない。今までいろいろありすぎて忘れていた空腹感が、一気によみがえる。

「プレシアはどうします? スープぐらいは食べられます?」

「……そうね。儀式で消化器系も弱ってるみたいだから固形物は厳しそうだけど、スープぐらいは大丈夫そうね。」

「だったら、用意してきます。」

「あ、手伝うよリニス。」

「私も。」

「ではお願いできますか?」

「「は~い。」」

 そういって、動ける女性陣が全員出て行こうとして……

「みんなでここで食べるの?」

 優喜の突っ込みで動きが止まる。

「あ、確かにここだと少し狭いですね。食堂の準備もしてきます。優喜君、浮遊椅子使いますか?」

「ちゃんと普通に歩けるから大丈夫。」

「……本当にどういう体をしてるんですか、優喜君……。」

「鍛えてますから。」

 実際、出血は派手だったが、ダメージそのものは表面を軽く切った程度。むしろ気功の特性上、内臓にかかる負荷がひどかったのだが、それも食事が出来る程度には回復している。

「まあ、準備が出来たら食堂に案内しますので、少し待っててくださいね。」

「はーい。」







 その声が聞こえたのは、優喜だったからだろう。

「なんか揉めてるみたいだね。」

「揉めてる?」

「うん。フェイトがどうとか、こんな小さい子がどうして、とか……。」

「……失敗したわね……。」

「失敗?」

 優喜とユーノが怪訝な顔をする。その間にも、派手な足音がどんどんこちらに近づいてくる。

「やっぱり、いろいろ間違え続けたのだから、その報いは受けないといけないわよね。」

「……そろそろみんな戻ってくるね。」

「……覚悟を決めるわ。」

 優喜の言葉に、力なく返事を返すプレシア。その言葉から大して時間をおかず、リニスが飛び込んでくる。その後ろには、いつもの女の子があたふたしながら付いてきている。考えていることを言葉に直すなら、どうしようどうしよう、だろう。

「プレシア! あの女の子は何なんですか!?」

「あれは……。」

「あの、ひとついい?」

 言いづらそうに何かを話そうとしたプレシアに割り込んで、優喜が確認しようと思ったことを切り出す。

「何ですか、優喜君!?」

「その女の子って、フェイトを五歳ぐらいにした感じの子?」

「ええ、それがどうかしましたか!?」

「いや、いつもフェイトやアルフに引っ付いてる幽霊が、そんな感じの子だから。」

 優喜の返事に、なんとも言えない空気が流れる。例の少女は、そのことは言わないで、という風情の表情で優喜をにらんでいる。

「波長が合わないから、声は聞こえないんだけどね。」

「……まあ、優喜君の言ってることは置いておくとして……。」

「そうね……、ちゃんと全部話すわ。」

 疲れきった顔で、プレシアがぽつぽつと話し始める。

「あれは、私がおなかを痛めて生んだ唯一の子供、アリシア。フェイト、あなたのオリジナルよ。」

「え……?」

「フェイト、あなたはアリシアのクローンなの。」

「どういう……、事……?」

 フェイトの問いかけに、すべてをぽつぽつと語り始める。二十六年前、プレシアが研究者として関わっていた実験の事故で、アリシアと使い魔のリニスをなくしたこと。すべての責任を取らされて左遷されたこと。そのころからアリシアの蘇生のための研究を始め、クローン技術に行き着いたこと。

「ある技術系犯罪者にね、アルハザードでは死んだときの保険として、クローン技術と記憶の移植による蘇生術が一般的だったと教えられたのよ。」

 その話に飛びついたプレシアは、人生のほとんどを賭け、リンカーコアに病を発症させながらも、プロジェクト「F.A.T.E」と名づけたクローン技術の完成に打ち込む。そして四年前、プロジェクト「F.A.T.E」の集大成として、ついにアリシアのクローニングに成功する。だが……。

「クローンとしては成功でも、アリシアを生き返らせるという目的では失敗した……。」

「もしかして……。」

 今までの話から導き出される結論を、青ざめた顔で震えながら確認するフェイト。

「そう。その時に出来たクローンがフェイト、あなたよ。」

「嘘……。」

 アリシアとフェイトは、外見以外はまったく違う個性だった。根っこの部分の善良さはともかく、それ以外の性格要素は正反対と言ってよく、利き腕も反対。何よりもアリシアはほとんど持っていなかった魔法資質を、フェイトはあふれんばかりに受け継いでおり、完全に別人といってもよかった。記憶も中途半端にしか受け継いでおらず、長年の研究で人間性が磨り減っていたプレシアには、到底受け入れられるものではなかったのだ。

「プレシア、あなたがフェイトを虐待していたのは……。」

「言い訳はしないわ。どんなにがんばっても、フェイトをアリシアの偽者、アリシアへの愛を奪いに来た恥知らずな化け物にしか見えなかった……。」

 結局、フェイトを受け入れられなかったプレシアは、断片とはいえフェイトがアリシアの記憶を持っていることが許せなくなり、記憶を封印。再びリニスを作り出し、フェイトを自分に都合のいい駒にするために訓練をさせ……。

「後は、あなた達の知っているとおりよ。」

「じゃあ、じゃあ、母さんが私を褒めてくれなかったのは……。」

「……言い訳はしないし、していい事でもないわね。」

 血を吐くような、後悔に満ちた表情で、プレシアが自身を断罪するように言葉を吐き出す。プレシアの言葉に、とうとうフェイトが部屋から飛び出す。

「……フェイトを追いかけるよ。」

「私も行くよ、優喜君。」

「……また、あなたに助けてもらうことになるのね……。」

「気にしないで。それとプレシアさん。」

「……何?」

「互いにそうあろうとしている限り、生まれ方や血のつながりがどうであれ、親子や家族であることは出来る。」

「……。」

「うちの兄弟子の言葉。」

 それだけ言い置いて、優喜はなのはをともなって出て行く。

「……正気に戻って、果たして良かったのか悪かったのか……。」

「良かったに決まってるよ、プレシアさん!」

「今までのこと、無かった事には出来ないでしょうけど、これからちゃんとした親子になればいいんです!」

「そうだよ、プレシアさん! それに、あなたがフェイトを生み出さなきゃ、僕達はフェイトと出会えなかった!」

 弱気になっているプレシアを二人がかりで励ますユーノとリニス。そこに、血相を変えてアルフが乱入してくる。

「プレシア! アンタまたフェイトを泣かせたね!!」

「……否定はしないわ。正直、もう私には何が正しいのか、どうするのが一番いいのか分からない。だからアルフ……。」

「……アンタを殴るのは簡単だ。でも、フェイトはそれを一切望んでいないからね。」

 しおらしい、を通り越して、抜け殻のようなプレシアに毒気を抜かれ、小さくため息をついて拳を収める。

「アンタを罰する資格があるのは、フェイトだけだ。だから、アタシはおとなしくフェイトが戻ってくるのを待つよ。」

 アルフの言葉を最後に、部屋を重苦しい沈黙が覆う。一連の事態の解決は、結局優喜となのはにゆだねられたようだ。







「……フェイト。」

「……フェイトちゃん。」

 時の庭園の中庭。その片隅でフェイトは空を見上げて立ち尽くしていた。華奢な後ろ姿が、いつにもましてはかなげな雰囲気をまとい、今にも消えてしまいそうな印象を与える。

「優喜……。なのは……。」

 二人に気がつき、ゆっくり振り返る。いつもの押し殺した無表情ではない、全ての感情が抜け落ちた顔で優喜達をじっと見つめ返す。

「私……、人間じゃなかったんだって……。」

「フェイトは人間だよ。」

「優喜……。私がクローンだった事……、すずかの事みたいに分からなかったの……?」

「フェイトの気の流れは人間そのものだから。すずかみたいに種族が違うならともかく、生まれ方が特殊な普通の人間って言うのは、多分どんな手段でも区別できないと思う。」

 優喜の言葉を気休めと受け取ったのか、フェイトは光の無い瞳でぽつぽつと語り始める。

「いろいろと、おかしいと思ってたんだ……。五歳ぐらいから前の思い出が、何一つはっきりしなかったし……。」

 思えば、自分が不自然な存在であるというヒントは、あちらこちらに転がっていた。撮った覚えのない写真。書いた記憶の無い作文。よくよく考えてみれば、それらはすべて、日付がおかしくなかったか?

「母さんが私を認めないのも当たり前だよね……。」

「フェイトちゃん……。」

 たまらずなのはがフェイトを抱きしめる。

「こういう事を考えてる私も、辛いと感じてる私も、全部作りものなんだ……。」

 フェイトのつぶやきに答えず、ただただ力いっぱい抱きしめるなのは。何を言っても気休めと受け取られるからか、何も言わない優喜。その場を、風が吹き抜けていく。

「ねえ、フェイト。」

「……なに?」

 数秒か、数分か。長いような短いような沈黙ののち、優喜が口を開く。

「初めて会った時のこと、覚えてる?」

「……忘れるわけ、無いよ。」

「士郎さんと桃子さんの作ってくれたご飯、美味しかったよね。」

「……うん。」

 優喜との出会い。それはフェイトにとっては、恥ずかしくて忘れたい方に分類される記憶。前のめりに突っ走った挙句に油断して、碌でもない失敗をした事。いや、出会いの時だけではない。ジュエルシード回収の記憶は、ほとんどが恥ずかしい失敗の記憶だ。

「フェイトちゃん、私と初めて会った時の事、忘れてないよね?」

「……はやてと一緒に、翠屋でシュークリームを食べたよね。」

「あの時、フェイトちゃんが急に泣き出したから、びっくりしたよ。」

「……あの時は、ごめん。」

「ううん。私ね、あれでフェイトちゃんの事が一発で好きになったんだ。この子はすごく優しい子だって、すごくよく分かったから。」

 あれからまだ、せいぜい一カ月しかたっていないのに、遠い昔の事のように感じる。この一カ月ほどの記憶は、それより前の思い出より、ずっと強く心に焼き付いている。

「フェイト、この一カ月みんなでやってきた事、感じた事は全部、本当の事だ。」

「みんなで頑張ってきた事を、作りものだから価値が無い、なんて言ったら、たとえフェイトちゃんでも、ううん、フェイトちゃんだからこそ、許さない。」

「でも……、優喜、なのは……。」

 少し瞳に光が戻ってきたものの、まだ前を向いて歩けない様子のフェイト。その様子に、言うつもりの無かった事を言う事にする優喜。

「フェイトが紛い物だって言うのなら、僕だって偽物だ。」

「……え?」

「この世界の竜岡優喜は、一ヶ月ちょっと前に死んでるんだ。僕はその場所を勝手に使ってるだけの別人。こっちの竜岡優喜を知っている人間からすれば、僕は竜岡優喜を語る偽物にしか過ぎないよ。」

「……違う! 優喜は優喜だ! 偽物なんかじゃない!」

「それを、誰も証明できないんだ。そもそも並行世界から来た、なんて記憶も、誰かが作ったものかもしれない。僕の体も記憶も、フェイトみたいに誰かが何かの目的で作った可能性だって、無いとは言い切れない。」

「……。」

 フェイトにはこう言ったが、優喜は自分が作りものであるという可能性は、ほとんどゼロだと思っている。何しろ、これほどまでに手間をかけて、しかもわざわざ小学生の体で竜岡優喜をコピーするメリットが、ほとんど存在しない。もっとも、この世界からしたら、自分は竜岡優喜の偽物にすぎないとは、かなり本気で思っているわけだが。

「だけどね、たとえ僕が竜岡優喜の紛い物だとしても、自分であることを貫き通すしかない。他に出来る事もないし、文句を言われる筋合いもない。それともフェイト、僕が竜岡優喜として行動するのは、いけない事だと思う?」

「……そんなこと無い。だって、私の知ってる竜岡優喜は、目の前の優喜しかいないから。」

「フェイトちゃん。私たちにとっても、フェイトちゃんはフェイトちゃんなんだよ。クローンだとか、アリシアちゃんのコピーだとか、そんなことはどうでもいいの。」

「……でも、だったら私は、どうしたらいいの……?」

 今まで通りでいい、などと言われても無理だろう。知らなかったころには戻れない。だから、優喜は一つだけアドバイスをする事にする。

「フェイト、作りものとかそういう事は横に置いといて、だ。小さいころのプレシアさんとの記憶は、幸せな記憶?」

「……うん。」

「だったら、プレシアさんにはその記憶の責任を取ってもらって、そのころみたいにうんと愛してもらう事にしようよ。」

「記憶の……、責任をとる……?」

「うん。だってさ。プレシアさん、少なくともフェイトの事をいらない、とは言わなかった。フェイトの事が必要なら、ちゃんと責任を取って愛してもらわないと。」

 優喜の言葉に、ようやく目の力が戻ってくる。

「じゃあ、向こうに戻ろうか。」

「……うん。」







 プレシアは、優喜となのはをともなって入ってきたフェイトを、身をかたくして見守っていた。同じ部屋にいた三人も、固唾を呑んで見守っている。

「フェイト……。」

 恐る恐る呼びかけるプレシアに答えず、何かを恐れるように、プレシアの手が届かない位置で立ち止まる。プレシアと目を合わせることを避けるように下を向き、細い声を絞り出す。

「……私は、フェイト・テスタロッサ。どんなに頑張っても、アリシアにはなれない。」

「……フェイト。」

「だけど、私はあなたの、プレシア・テスタロッサの娘である事を、やめる事は出来ないから……。私の原点は、あなたに愛された記憶だから……。」

 意を決したように、顔をあげる。プレシアの、どこか怯えたような視線を受け止め、想いを解き放つ。

「だから、この思い出の責任を取って! この思い出を本物にしてよ! アリシアじゃ無く私を見てよ! 私を、フェイト・テスタロッサを愛して!!」

「……フェイト……。」

 プレシアの瞳に、涙が浮かぶ。歓喜とためらい、二つの感情がせめぎ合い、何かを恐れるように、確かめるように言葉を吐き出す。

「私で……、いいの……? 私が……、あなたの母親を名乗って……、本当にいいの……?」

「母さんじゃないとダメなんだ。私にとって、母親はあなたしかいないんだ。」

「……私を、あんな事をした私を、まだ母さんと呼んでくれるのね……。」

 震える足で立ち上がり、おぼつかない足取りでフェイトに歩み寄る。足をもつれさせたプレシアを、フェイトが駆け寄って支える。

「……フェイト、……フェイト!!」

「母さん! 母さん!!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

「母さん……、大好き! 何があっても、私は母さんが大好きだから!!」

 泣きながら抱きしめあい、互いへの想いを口にする母と娘。その様子を、もらい泣きしながら見守るなのはとユーノ。もうこの親子は大丈夫だ、そう確信する優喜とリニス。目の前の光景に感情の整理がつかないらしく、アルフは二人に背を向けて座り込んでいる。

「……肩の荷が下りたような、寂しいような、複雑な気分です。」

「……リニスさんは、ずっとフェイトの面倒を見てきたんですよね?」

「はい。……里親が子供を実の親に返す時って、こんな気持ちなんでしょうか……?」

「リニスさんは、まだまだやる事があるでしょ?」

「……そうですね。まだまだあの二人、見てられないところがありますし。」

 その言葉を肯定するように、くう、と可愛らしい音が二人の方から聞こえる。感動的な光景に水を差すその音の発生源は、どうやらフェイトのお腹らしい。つられて、なのはとユーノのお腹も小さくなる。

「……あぅ。」

「そういえば、あなたは今日は、何も食べていなかったものね。」

 安心したところで、体がようやく空腹を訴え始めたようだ。真っ赤になってうつむくフェイトを、泣きはらした瞳を細めて、愛おしそうに見つめるプレシア。

「リニス、申し訳ないのだけど……。」

「分かってます。もう一度温めなおしてきますから、もう少し待っててください。」

「今度こそ、ちゃんと手伝うよ。」

「フェイト、いまはいい子になるより甘えん坊でいなさい。子供が親に甘えられる時間なんて、長くはないんですから。」

 優喜と二人でプレシアを椅子に座らせ、そう申し出たフェイトに対し、リニスが諭すように言う。とりあえずアルフに食堂のテーブル拭きを命じて、そのまま出ていくリニス。

「それで、プレシアさん……。」

「何かしら?」

「ジュエルシードは、まだ必要ですか?」

「……正直、まだアリシアの事はあきらめきれていないわ。ここまでやってきて今更、なんていうつまらない意地もあるけど、フェイトにお姉さん、いえ、体の年から言うと妹かしら、がいた方が素敵じゃないか、っていう思いもあるし。」

 さすがに、何十年も追い求めてきた事を、愛せる対象が出来たからと言って、はいそうですかとあきらめる事は出来ないようだ。いやむしろ、プレシアの性格から考えて、そんな割り切りが出来る方がおかしい。

「でもね、ジュエルシードはもういらないわ。最初に考えていた計画は、今となっては致命的な問題が出来てしまったし。」

「致命的な問題?」

「最初の計画では、ジュエルシードのエネルギーを使って虚数空間を渡り、アルハザードに行く予定だった。」

「もしかして、最初の計画だと、帰ってくる予定が無かった?」

「ええ。だから、フェイトの母親を名乗る以上、娘をせっかくできた友達から引き離して、片道切符の旅に出る、なんてことは出来ないわ。かといって、フェイトだけを置いていくのも当然ダメ。帰る手段も考える、と言ったところで、いつまでかかるかも分からないから、最初と同じ理由で却下。」

「だから、別の手段を探す、と?」

 その言葉に瞳を閉じ、自分の中の答えを探す。

「あの子は、まだここにいる?」

「ええ。」

「だったら、あの子の姿を見て、声を聞くための手段を研究するわ。フェイト、あなたもアリシアがどんな子だったのか、少しぐらいは気になるでしょう?」

 傍らのフェイトに視線を移し、穏やかに問いかけるプレシア。

「……うん。……出来るなら、お話ぐらいはしてみたい。」

「だったら、決まりね。フェイトがやきもちを焼かない程度に、アリシアとコンタクトをとる手段を探してみるわ。」

「それより先に成仏するかもしれないけど……。」

「それならそれでかまわないわ。私のわがままに、これ以上死んだあの子をつきあわせるのも忍びないもの。だからアリシア、心残りが無いのならば、私たちの事は気にせずに、天国に行ってくれていいのよ?」

 プレシアの言葉に、優喜に見えるように首を振るアリシア。そして何やらパントマイムを始める。

「えっとなになに? ……ああ、なるほど。」

「あの子が何か言っているの?」

「もう、守護霊になってて簡単に成仏できないから、二人が生きてる間ぐらいは頑張って守る、だって。」

「そう……。だったら、私たちも頑張って、アリシアが守らなくてもいいように生きないと、ね。」

「うん。」

 どうやら、テスタロッサ家の家族の問題は、無事に落ち着くところに落ち着いたようだ。余談だが、プレシアの死者と会話するための研究は十数年の時をかけて実を結び、殺人事件の犯人逮捕や相続がらみの問題など、死者の声が聞きたいような問題に対して、大きな力を発揮するようになる。

「お待たせしました。」

「準備できたよ。」

 リニスとアルフが戻ってくる。いろいろあって伸びに伸びた食事だけあって、全員の空腹は限界近い。せかすような品の無い真似は誰もしないが、どうにもいそいそと、と表現したくなる挙動になるのは避けられない。

「ご飯食べるだけで、こんなに手間取るとは思わなかった。」

「さすがに、これ以上何かが起こる、という事はないでしょうから、落ち着いて安心して食べてください。」

 リニスは甘かった。主にフェイトの天然ボケと世間知らずの加減に対する認識において。

「あ、そうだ。」

 しっかり甘えてすっかり落ち着きを取り戻したフェイトが、優喜となのはのもとに駆け寄る。

「優喜、なのは、さっきはありがとう。」

「どういたしまして。」

「フェイトちゃんが元気になって、よかったよ。」

「二人に、お礼をしたいんだ。」

 別にいらない、という優喜となのはを無視し、すっと密着するほどの距離に近寄る。何をするのか、と戸惑う暇も与えず優喜を捕獲すると、やけにスマートな所作で唇を奪う。

「ちょっ!!」

「フェ、フェイト!?」

 目の前の光景にフリーズするなのはと、いきなりすぎて完全に頭の中が真っ白になる優喜。予想の斜め上すぎる行動にあわてる周囲。優喜を解放したフェイトは、周囲の視線などお構いなしに凍りついたままのなのはを同じように捕まえると、隙の無い所作で再び唇を奪う。

「えー!?」

「……これは、絶対何かを勘違いしてるわね。」

 娘のあんまりな行動にこめかみを押さえるプレシアと、絶叫するしか出来ないリニス。二人の様子からいって、どうやら魔法世界でも、キスに対する感覚は日本と大差ないらしい。

「フェイト、それがお礼って言うのは、いろいろ間違えてるわよ。そもそも、なのはさんに対しては、むしろ罰ゲームだし。」

「そ、そうなの?」

 頭痛をこらえながらのプレシアの指摘に、心底驚いて見せるフェイト。

「……何を見て、キスがお礼になると思ったの?」

「はやてが貸してくれた漫画に、そういうシーンがあって……。」

「それは……。」

 いったい何を借りたのかは分からないが、多分フェイトが思っているのとは違う内容だろう。

「あ、そうだ。ユーノにもお礼しないと。」

「後で傷を広げたくないなら、ここでやめておきなさい。ユーノ君には、別の形でお礼を考えるから。」

「……母さんがそういうのなら、そうする。」

 あっさり納得して引いたフェイトを見て、アルフが意地の悪い顔でユーノに突っ込む。

「ユーノ、ちょっと残念とか思ってるんじゃないかい?」

「お、思ってないよ!」

『ダウト。』

 ユーノの魂の叫びに、なぜかバルディッシュがきついダメ出しをする。

「とりあえず、まずフェイトには一般常識を一から教えなおす必要がありそうね……。」

「今までの因果が、一気に出てきましたよね……。」

 フェイトが理解してないからノーカン、とぶつぶつ言っている優喜と、初めてが女の子、と鬱々としているなのは。二人の様子を見ながら、ため息交じりに今後の教育方針を確認し合うプレシアとリニスであった。



[18616] 閑話:元の世界にて2
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:bee2edee
Date: 2011/06/25 09:05
「あれ? 紫苑さん?」

「こんにちは、綾乃ちゃん。」

 市街地から離れた地区の裏路地。そこに居を構える、さびれた感じの古本屋。大学で掘り出し物が多いと評判の、意外と大きな敷地面積を持つ店。少々マイナーな専門書を探しに来た琴月紫苑は、店番をしていた穂神竜司の妹・綾乃に挨拶をする。

「ここでアルバイトだっけ?」

「うん。兄貴にばっか、負担かけられないからね。」

 綾乃は竜司や紫苑の三学年下で、今年大学受験が待ち構えている受験生だ。奨学金や授業料免除をがっつり受けられるだけの優等生で、そうあるための努力を欠かさない少女でもある。貧困と学力の低下の関係が指摘されている昨今において、それでも学力を維持しながら家事とアルバイトをこなす彼女には、紫苑も頭の下がる思いだ。

 因みに、穂神綾乃は兄と違って、外見は普通のカテゴリーに入る。百五十二センチの身長と、限りなくAにちかいBカップのバスト。プロのメイクなら余裕で美女に化ける程度の、整っているというほどではないが不細工と言われるほどでもない顔立ち。顔写真だけを並べれば竜司と兄妹に見えなくもない程度には似ているが、実際に並ぶと血縁とは思えないほどかけ離れた女の子だ。

 なお、穂神兄妹は竜司が成人を迎えるまで、遠縁の親戚であり、住んでいるアパートの親でもあるおばさんが保護者をしていた。現在竜司は綾乃と、遠縁の親戚の美穂(現在小学四年生)の保護者になっている。

「それで紫苑さん、ここになにを探しに来たの?」

「宝飾品製造関係の本と起業・経営関係、それからデザイン周りの基礎を。」

「……深く突っ込むのは野暮だからやめとくけど、また思い切った選択だ。」

 紫苑の言葉に、苦笑しながら目録を開く。書棚に並んでいない物も結構あるので、よく来る客はまず、彼女か店主に、探しているカテゴリーについて聞くのが普通だ。因みに、昔は目録は紙の台帳だったが、今はパソコンで管理している。もっとも、専門のソフトではなく、単なる表計算ソフトを使っているのだが。

「宝飾品関係だと、彫金細工の入門書と宝飾品・ブランドの歴史的変移って本があるね。経営関係はいっぱいあるから、適当に立ち読みして選んで。デザイン関係は、アクセサリーがらみだと思うのは一冊かな?」

 目録をざっと調べて、それっぽい本をピックアップする。大した検索機能も無い表計算ソフトだが、慣れればそれほどかからずに、目当てのジャンルの本を探す事も出来る。手元のメモ用紙に、調べた本のタイトルを走り書きして紫苑に渡す。

「宝飾関係とデザインは二階奥の右の棚を探して。経営書の類は一階の左の棚一列を占拠してる。あ、後経営を勉強するんだったら、簿記の本でいいのが入ってるよ。まだ棚に並んでないから、ちょっと出してくる。」

「うん。ありがとう。」

 綾乃に教えられた書棚を探し、それらしいタイトルの本を集めてくる。一階の経営書を何冊かパラパラと流し読みし、比較的具体論や実例の多い本を二冊ほど選び、レジの前に移動する。レジでは、綾乃が一冊の本を持って待っていた。

「この本、勉強しやすいんだ。」

「綾乃ちゃん、簿記の勉強してるの?」

「うん。税理士とか会計士で食っていくつもりはないけど、何するにしても貸借対照表とかぐらいは、読めた方が便利だと思ったんだ。」

 高校生の発想とは思えない綾乃の言葉に、思わず苦笑する紫苑。やはり自分はお嬢様育ちなんだな、と、竜司や綾乃を見るとつくづく思い知る。

「とりあえず、レジ打っちゃうからちょっと待っててね。」

「うん。」







「お茶どうぞ。」

「ありがとう。」

 どうせ来る客は皆顔見知りだ、という理由で、綾乃が紫苑をさぼりにつきあわせる。

「今日は店長さんは?」

「今、仕入れ。昨日好事家向けのがごっそり売れて、少し在庫がさびしい事になってるから。」

「店長さん、ああいう古文書とかどこから仕入れてきてるんだろうね?」

「さあ? まあ、ああいうのの収益がこの店を支えてるから、店長には頑張ってもらわないとね。」

 聞くところによると、普通の古本を買いに来る客は、一日に二桁も行かないらしい。専門書の類が新品だと目をむくほどの額なのは、必要とする人が少ないからだ。そういう本の割合が高いこの店も、必然的に客が少なくなる。

「やっぱり、お客さんは少ない?」

「うん。大学生が教科書を漁りに来る時期も、卒論の資料さがしのピークも過ぎたし、ね。」

「後は常連さんだけ?」

「うん。紫苑さんが常連に入るレベルだけどね。」

 言うまでもないが、紫苑とてそれほどこの店に用事はない。何しろ、基本が専門書だ。優喜と同じく教育学部にいる身の上で、しかも先輩やOBに覚えのよろしい彼女の場合、自分で調達せねばならない専門書の類は、それほど多くはない。

 それでも、優喜に引っ張られる形ではあるが勉強熱心な彼女は、たまに専攻とは関係ないジャンルの専門書を調達しに来る事があり、普通の学生よりはここに来る機会は多い。

「まあ、これぐらいの客入りの方が、受験生の身の上としてはありがたい。何しろ、勝手に店にある参考書を使って勉強しても、誰にも咎められないし。」

「……店長さんは怒らないの?」

「むしろ、店長が推奨してんだもん。元来古本屋の店番ってのはそういうもんだ、とかほざいてね。」

 何ともまあ、理解のあるアルバイト先だ。 

「そーいや、優喜さんも似たような事をしてたんだっけ?」

「優君の場合は、さすがにアルバイト終わってから勉強してたけど。」

「それでよくあの大学に受かったよね。何というか、優喜さんにせよ兄貴にせよ、ちゃんと学問にも通じてるんだから驚く。」

「すごく密度の濃い勉強の仕方をしてるから、体力が無いと三十分も持たなかったりするみたいだけど。」

「なんか、それだけ聞くと、筋肉で勉強してるような感じがするよね。」

 綾乃の感想に苦笑するしかない紫苑。何しろ、紫苑も初めて聞いた時、筋肉で勉強しているイメージを持ってしまったのだから。現実には、極度に集中力を高めて、単位時間当たりの読み書きの速度・記憶量その他を、普段の何十倍まで加速しているらしい。当然、脳は大量に糖分を消費するし、それ以外の部分でも、必要なカロリーが跳ね上がる。

 まあ、そもそもやり方がやり方だけに、体力うんぬん以前に、自力で自在にそのレベルまで集中力を高められる必要があるので、結局は武術の応用なのは確かだ。二人が感じた、筋肉で勉強しているという印象も、あながち間違っていないのかもしれない。

「まあとりあえず紫苑さん、出来ない勉強方法については横に置いといて、いい参考書とかあったら、紹介してよ。」

「うん。」







「それにしても、優喜さんがうらやましい。」

「え? どうして?」

 しばらく勉強方法や、優喜がどんな参考書を使っていたかなどで盛り上がった後、ぽつりと綾乃がつぶやく。

「うちの兄貴、外見と口調がああでしょ? 女の人と縁がないから、紫苑さんみたいに一生懸命想ってくれる人がいる優喜さんが、すごくうらやましい。」

「……私は、優君に依存してるだけよ。」

「依存してるだけの人が、店の経営のノウハウまで勉強しようとするとは思えないけどね。」

 言いきってお茶をすする綾乃に、苦笑を返して同じようにお茶を一口口に含む。

「前から思ってたんだけど、優喜さんってあの外見であたりも柔らかいけど、中身は本気でうちの兄貴の同類だよね。」

 綾乃からすれば、優喜は竜司と同じで、別の世界に飛ばされた程度でどうにかなるような、やわな人種とは思えない。

「だから、かえって心配なの。」

「もてそうだから?」

「向こうでもててるんだったら、それはそれでいいんだけど、ね。」

 一つため息。正直なところ、紫苑としては優喜を男として愛してはいるが、必ずしも己の恋が成就することだけを望んでいるわけではない。

「多分竜司君もそうじゃないかな、って思うんだけど、優君って、特に精神的に何かあった時、無理して隠して、解決するまで誰にも関わらせようとしないところがあるから、もし、向こうでそうなってたら、と思うとすごく心配なの。」

「確かに、そういう部分なるなあ、うちの兄貴も。ぶっちゃけ野生の獣と同じで、深刻なダメージ受けたら、誰にも悟られないように周りを威嚇して、隠れてひたすら食って寝て回復を待つ感じ?」

「うん。しかも、優君達って、そういう時ほど威嚇の代わりに周りの事を優先して、出来るだけダメージを悟らせないようにするでしょ?」

「うんうん。」

「だから、ね。今も、そういう状態になってるんじゃないかなって、どうしても心配なの。」

 紫苑の言葉に、ようやく納得が行く綾乃。同時に、竜司が言った、優喜を心配するのは紫苑の役割だ、というのも理解出来てしまった。正直、紫苑ほど優喜とは関わりが深くない事もあって、心配してもしょうがないと割り切ってしまう。

「……本当に、優喜さんは果報者だ。」

「そうかな? 綾乃ちゃんだって、竜司君が同じように行方不明になった時、すごく心配してたじゃない。」

 以前、竜司が異世界に引きずり込まれた時、綾乃は見てられないほど取り乱していた。結局のところ竜司は、三日ほどで向こうに呼ばれた理由を片付けて帰還し、バイトを首になったと普段通りの様子で散々ぼやいて、周囲をあきれさせていたが。

「そりゃ、たった一人の肉親だもん。心配しない方がおかしいよ。」

「だから、単純に、あの時と立場が逆になっただけだと思うわ。」

 綾乃からすれば、血縁でも何でもない、こんな美人にここまで心配してもらえるというだけで、十分果報者だと思うのだが、当の優喜は紫苑のこの感情に対しては、妙にそっけない。本当にもったいない。

「紫苑さんにこんなに心配かけて、もし飛ばされた世界で女囲ってたりしたら、とっちめてやらないと……。」

「私は、それで優君もその人たちもちゃんと幸せだったら、別にそれはそれでいいと思ってるわ。」

「は?」

「優君、いい加減ちゃんと幸せになるべきだと思うの。だから、幸せになった結果が私の失恋でも、それは別にかまわない。そうなったとしても、ショックは大きいだろうけど、多分受け入れられると思う。」

 紫苑の言葉に絶句する。たった四つしか違わないのに、この目の前の美女はそこまで深く人を愛しているのだ。本当に優喜は果報者だが、同じぐらい、そこまで誰かを愛せる紫苑も果報者なのかもしれない。

「……あたしはその域には到達できそうにないなあ……。」

「単に、重くて邪魔くさい女なのかもしれないよ?」

「そういうこと言う男には、紫苑さんもったいなさ過ぎ。」

 どうにも、綾乃には過大評価されている気がする紫苑。正直、惚れた男が難儀な相手だけに、自分も十分面倒な性格になっているのではないか、と常々思っている。

「優喜さんの、どこがそんなによかったの?」

「……考えたことも無かった。」

「え?」

「優君を好きになったきっかけは覚えてるけど、どこが好きなのかとかは、今まで考えたことも無かった。」

「きっかけって?」

「それは秘密。」

 そう言って、上品な仕草でお茶を飲み干す。この人の場合、些細な仕草ですら全部絵になるな、と、ひそかな憧れを強くする綾乃。

「あたしも、受験終わったら彼氏ほしいなあ……。」

「綾乃ちゃんだったら、きっといい人が見つかるわ。」

「だといいんだけどさ。あたし、性格がこうだから、同性の下級生とかが、お姉さまお姉さま言って懐いてくんのよ。おかげでそっち方面だと思われて、男が全然寄りつかない。」

 綾乃の言葉に苦笑するしかない紫苑。綾乃の面倒見がよくてさばさばした性格を考えると、分からない話ではない。

「これで、兄妹そろってずっと一人身だったら、さすがにさみしいなあ……。」

「大丈夫。綾乃ちゃんなら、必ずいい人が見つかるから。」

「ありがとう。今までを考えるとあまり期待は出来ないけど、希望は持っとくよ。」

 紫苑の言葉を気休めと受け取った綾乃は、自分のお茶を飲み干すと、茶器を片付けるために立ち上がる。

「あ、そうだ。」

「何?」

「伊良部教授から頼まれてたんだ。紫苑さんが来たら、この本渡しといてって。」

 そう言ってカウンターから取り出したのは、どこぞの文明について書かれた一冊の論文。

「直接渡せば? って言ったんだけど、今いろいろと打ち合わせ中で動けないからって。」

「……これって。」

「あの事故があった遺跡の文明についての論文。あそこの再調査、許可が下りてスポンサーがついたんだって。瓦礫の撤去からスタートだから結構な日数かかるけど、参加するなら基礎知識として読んでおくように、だって。」

「……私が参加していいの?」

「日程が大丈夫で、参加する意思があるんだったら、ってさ。もちろん行くんでしょ?」

「……うん。」

 真剣なまなざしで食い入るように論文を見つめ、紫苑が頷く。再会の日までに紫苑がやるべき事は、まだまだ増えるようだ。こうして、紫苑の人生でも指折りの密度の濃い日々は、二つ目のスタートを切ったのであった。



[18616] 第10話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:4d26bfa0
Date: 2010/07/24 21:02
「お買い物~、お買い物~。」

 優喜達を引き連れた桃子が、上機嫌で鼻歌を歌っている。プレシアの治療の二日後。桃子達は、一時的にとはいえ新しく増えた同居人のために、デパートに買い物に来ていた。

「別に、そんなに張り切って買うほどのものはなかったと思うんだけど……。」

「何言ってるのよ、優喜君。フェイトちゃんの新生活なんだから、いいものをいっぱい用意しないといけないじゃない。」

 そう。ジュエルシードの回収が終わるまでの間、フェイトは高町家に下宿することになったのだ。事の発端は、プレシアの治療が終わった翌朝の事。

「なのはさん、あなたのおうちに、折り入ってお願いしたい事があるから、ご両親の都合を聞いておいてくれないかしら?」

「え? あ、はい。今日帰ったら聞いておきます。」

「お願いね。」

 どうせ今日も学校は休む前提だし、と、全員で力いっぱい寝坊してからの朝食の席。とりあえず朝食(と言ってもあと二時間もすれば昼食の時間だったりもするが)を食べたらいったん戻るか、と話している最中に、プレシアが切り出した。

「プレシア。今の体で、なのはさんのご両親に会いに行くのは、許可できません。」

「だけど、大事な話なのよ。」

「それでもです。一週間も養生すれば十分完治するんですから、話はそれからにしてください。」

 プレシアとリニスの会話を聞いて、顔を見合わせて首をかしげる一同。

「あの、プレシアさん。」

「何かしら?」

「おとーさん達にお願いしたい事って、なんですか?」

「お願いしたい事は一つ。ジュエルシードの回収が終わるまで、フェイトを預かってほしいの。」

 プレシアの爆弾発言に、全員の表情が固まる。あれだけ親子の絆を確かめ合ったというのに、またフェイトを手放すつもりなのか、と、一部に勘違いした人間もいるようだ。

「正直に言うと、フェイトとは一分でも一秒でも長く、一緒に居たい。でもね……。」

 プレシアが、フェイトを高町家に預ける理由はこうだ。フェイトはジュエルシードの回収から手を引くつもりはない。早朝の訓練も参加を続けるつもりだろうし、そうなると、転送の時間と魔力が余計な負担となる。ならば、最初から高町家にいるほうがいいだろう。

 フェイトの数少ない友達が、全員海鳴に住んでいるという事もある。彼女達との交流を考えるなら、高町家に住んでいたほうが便利なのだ。まあ、それ以外にも口に出せない思惑はあるのだが。

「なるほど……。」

「一番いいのは、私とリニスも海鳴に降りることなのだけど……。」

「さすがに、リハビリなんかも必要ですし、もうしばらく養生してから出ないと、許可は出せません。」

 という、もっともすぎて反論できない理由で駄目だしをしてくる使い魔に、どうしたものかと頭を悩ませるプレシア。正直、管理局が来た後のことも考えるならば、出来る限り早く、前倒しで事を進めておきたい。

「取りあえず、フェイトのことなら、僕達が話を通せばすぐOKが出ると思うから、プレシアさんが挨拶に行くのは、体を治してからでいいんじゃないかな?」

 プレシアの考えをある程度読み取り、妥協案的なものを提案する優喜。プレシアとリニスから敬語禁止令が出たこともあり、砕けた口調だ。

「……正直、そういう失礼な真似は避けたいのだけど……。」

「現状では、それしかないかもしれませんね。」

「後、これは勝手な考えなんだけど、士郎さんと桃子さんだったら、プレシアさんの体の話をしたら、見舞いもかねてこっちに出向く、と言い出すんじゃないかとも思う。」

「そんな、呼びつけるような真似は……。」

 プレシア・テスタロッサ。研究者肌の割りに、案外礼儀にうるさい女性である。

「ここに来ちゃまずい理由とかがあるんだったらしょうがないけど……。」

「無いわけでは無いけど、あなたとなのはさんがここに来ている時点で、二人ぐらい増えても誤差の範囲ではあるわ。」

 彼女たちが属する時空管理局の法が適用される管理世界では、管理外世界の人間に魔法や管理世界の存在を教えてはいけない事になっている。今回のように不慮の事故で知られてしまった場合でも、出来るだけその範囲を少なくし、可能な限り記憶の消去などの処理をする事になっているし、罰則もちゃんと規定されている。

 とはいえ、高町一家にはプレシアがばらしたわけではないし、すでに大体の事を知っている人間を時の庭園に招き入れたぐらいでは、大きく罰則が増えるわけでもない。事実、今回と似たようなケースで、正当性を認めさせて罰則を回避したうえで、そのまま現地の人間と交流を続けている事例も少なくない。

「一応禁止事項ではあるんだ。じゃあ、通信機とかは無理?」

「リニス、この妙な通信障害を突破できる通信機はある?」

「少し改造する必要がありますが、部品もそろってますし、簡単な作業なので三時間程度で用意できます。」

「じゃあ、準備をお願い。本当は直接顔を合わせてお願いする筋の話だけど……。」

「今回は、どうやっても十全にとは行かないから、仕方ありませんよ。」

 というようなやり取りがあり、高町夫妻が通信機越しにプレシアと面会、二つ返事で喜々としてフェイトを受け入れ、翌日に部屋の用意と引っ越しを済ませ、冒頭のやり取りにつながる。

「そういえば、おかーさんとプレシアさん、なんだか結構長話をしてたけど、何を話してたの?」

「それは親同士の秘密。ただね、なのは。」

「何?」

「フェイトちゃんは手ごわいから、なのはも頑張らないとね。」

「えっと、なのはは別にフェイトちゃんと勝負してる訳ではないのですが……。」

 なのはの戸惑い気味の突っ込みを流し、意味ありげに微笑む桃子。深く突っ込んだら負けだと言い聞かせ、嫌な予感を感じつつも必死でスルーする優喜。フェイトが完璧に分かっていないのは言うまでもない。フェイトの後ろでアリシアが苦笑していたのが印象的だ。

「とりあえず、何を買うの?」

「インテリアの類と、後、服!」

「え? そんなにいろいろ買うの?」

 フェイトの驚きも無理もない。用意された部屋には、ベッドも机も本棚も箪笥もちゃんとあったし、服も昨日十分に持ち込んでいる。カーテンや布団の柄にも特に文句はなく、机の上にはちゃっかりお気に入りの小物を飾っていたりもする。せいぜい食器をはじめとした生活雑貨ぐらいしか、買う必要はないと思っていたのだ。

「……まあ、ジュエルシードの事が終わっても、多分フェイトは高町家に下宿することになるだろうけど……。」

「そうなの?」

 プレシアが逮捕された後、フェイトの面倒を見る人間がいないというのが、プレシアが早めに段取りをつけたかったもう一つの大きな理由だ。胸を張ってフェイトと親子になるために、プレシアは自首を決意している。今回の件では、せいぜい現地の人間に魔法の事を知られた原因の一端を担った、その程度の罪しかない。だが、フェイトを生み出す過程では、いろいろと法に触れることをやらかしている。

 管理局に目をつけられると面倒だから、という理由からあまり派手な事はしていなかったため、ほとんどはせいぜい罰金刑程度の軽犯罪ばかりだ。だが、研究テーマに関してはいくつかが、普通に行けば懲役刑を避けられない領域に踏み込んでいる。司法取引をしたところで、半年から一年ぐらいの懲役と、そこからそれなりの期間の保護観察は避けられない。プレシア自身はそう予想している。

 それだけの期間を、友人から引き離した挙句に、自分の奉仕労働につきあわせるのは忍びない。懲役刑の間、誰がフェイトの面倒を見るのか、という問題もある。だったら、最初から信頼できる人間に預けておく方がいい。懲役刑や保護観察と言っても、面会そのものは禁止されていない。時空管理局は誠意をもって罪を償おうとしている人間には寛大だ。

 なので、二年ほどは互いに自由に会えない事を我慢せざるを得ないが、逆にいえば二年ほどでいいのだ。その間、フェイトを正しく導いてくれるであろうと考えた相手が、高町士郎であり桃子であった、というのが今回の話だ。

「まあ、時空管理局とやらの法体系がどうなっているかを知らないから、自首した結果がどうなるかってのは僕には全く分からないんだけどさ。」

「えっと、母さん、自首するの?」

「しないとまずいんだって。まあ、話に聞くところによれば、研究テーマの違法性以外は大して問題にならないみたいだから、司法取引と奉仕労働でほとんどチャラに出来るんじゃないか、とは言ってた。」

「……そっか。」

 優喜と同じく管理局の法体系とやらには全く明るくない(というより、戦闘以外の大半について明るくない)フェイトでも、自分を作り出した研究やら何やらが法に触れるだろう、という事は想像に難くない。そして、フェイトがやらされたあれやこれやの事の責任も、当然母が取ろうとするだろう。

 だが半面、これは自分たちが胸を張って親子となり、大手を振って外を歩くために必要な事だという事も、聡いフェイトは理解している。多分、フェイトがいくつか罪を引き受けようとしたところで、プレシアは頑として拒むだろう。そう考えると、涙がにじみそうになる。

「まあ、この話は終わり。いまは桃子さんが暴走しないように、手綱を握る事に集中しよう。」

「……うん。」

 外見だけとはいえ、小学生に暴れ馬扱いされる桃子。普段は良識ある大人なのに、状況が許せば非常に子供っぽくなるのが、高町さんちのお母さんである。その性質を反映してか、三十路に入っているのに、下手をすると十代後半で通じる容姿をしているのは、さすがと言えばいいのだろうか。

「あら、このベビードール可愛いわね。フェイトちゃんがこれ着て迫れば、優喜君だってイチコロかも。」

 さっそく暴走の兆しを見せる桃子に顔を見合わせため息をつくと、とりあえず落ち着かせるために彼女に駆け寄る優喜とフェイトだった。







「どうしたの、フェイトちゃん?」

「あ、なのは。」

 目当ての物も大体買い終わり、せっかくなので異文化交流的にデパートの中を冷やかして回っていた時の事。フェイトが、どこの百貨店やデパートにも存在するある一角を、不思議そうに見ていたのだ。

「あれ、何かな?」

「ああ、あれはおもちゃ売り場だよ。」

「おもちゃ売り場? なんだか、安物のデバイスみたいなものが結構いっぱいあるんだけど……。」

「あ、あはははは。」

 なのははほとんど興味が無かったが、変身ものや魔法少女もののアニメや特撮が最近勢力を盛り返してきているらしく、その手のおもちゃが結構いっぱい並んでいる。とはいえど、なのはにしてみれば、ゲームはともかく、この手のギミック満載のおもちゃなど、構造がどうなってるかぐらいしかそそられる要素がない。ゆえに、長いことスルーしていた訳だ。

「そういえば、この一角に来るのも久しぶりねえ。恭也も美由希もなのはも、おもちゃにほとんど興味を示さなかったし。」

「恭也さんは、分かる気がする。」

「子供の頃のおにーちゃんが変身ベルトとかつけてる姿を、なのははどうやっても想像できません。」

 優喜となのはの言葉に、思いっきり噴き出す桃子。あの仏頂面で変身ベルトを腰に巻き、喜々として変身ポーズをとっている恭也など、すでにギャグかホラーの領域だ。

「なのは、変身ベルトって何?」

「え? ああ、フェイトちゃんは分からないよね。これがそうかな?」

「……たとえ子供の頃だとしても、恭也さんは死んでも着けない気がする。」

 フェイトのコメントが、高町恭也の人物像をすべて物語っていると言えよう。因みに、高町家で買ったおもちゃの類は、ちゃちな電子ピアノとレジスター、あとは乳幼児向けの知育系玩具ぐらいである。この一角にあるような戦隊ヒーローの武器だの、魔法少女の変身ステッキだのは、ついぞ買った事など無く今に至る。

「なんだか、武器としては取り回しが悪そうなものが多い。」

「フェイト、テレビの子供向けの特撮やアニメの、派手さと見栄えが最優先な武器の形状や構造に、あんまり実用性を求めちゃダメだよ。」

 もっとも、形状的に取り回しがどう、という話をしたら、彼女たちが扱うデバイスも、割と人の事が言えないものは多いのだが。

「なんだか、桃子さん的には、この一角でするような会話じゃない気が非常にするんだけど。」

「大丈夫だよ、おかーさん。私もそう思ってるから。」

 見た目的には余裕でこのコーナーの射程範囲にいる二人の、かなりピントのずれた会話に苦笑する桃子となのは。どうせ買ってほしいようなものはないが、とりあえず冷やかし程度にぬいぐるみのコーナーに移動しながら会話を続けていると……。

「なのはゲット。」

「にゃ!?」

 ブルネットの髪の白人美女が、なのはを背後から捕獲する。

「あら、フィアッセ。」

「うちもおりますよ~。」

「ゆうひさんも、お久しぶりです。」

 フィアッセと呼ばれた白人女性の後ろから、背の高い日本人の女性が現れる。ゆるいウェーブのかかった栗色の髪の華やかな美女で、いろんな意味で日本人離れしたという形容があてはまる女性だ。フィアッセが、白人女性としては背が低いこともあって、余計に背の高さが際立つ。

「今日はどうしたの?」

「そろそろ六月の海鳴公演の準備期間だから、一足先にこっちに来たんだ。高町家にも顔を出すつもりだったから、ちょっとお土産をと思ったら、桃子の姿が見えたから驚かせようと思って。」

 因みに、出身地のイギリスでも東京でも無くわざわざ海鳴のデパートで手土産を調達していたのは、単純にここのお菓子売り場に、高町家全員が好む銘柄の和菓子の詰め合わせがあるからだ。

「あの、桃子さん?」

「この人たちは……?」

「ああ、紹介するわね。こっちの海外の美人さんが、フィアッセ・クリステラ。クリステラ・ソングスクールが誇る光の歌姫で、昔うちで暮らしてた事もあるの。こっちの背の高い美人さんが『天使のソプラノ』SEENAこと椎名ゆうひさん。クリステラ・ソングスクールの卒業生で、世界で活躍中の歌手よ。」

「クリステラ・ソングスクール?」

 優喜が何それ、という感じの表情で聞き返す。当然ながらフェイトが知るわけもないので、優喜と同じようにクエスチョンマークを大量に飛ばしている。優喜の方は、二人ともテレビか何かで見た覚えがなくもないが、基本的に余暇時間は鍛錬か勉強かアクセサリー製作に回しているため、見た気がする、程度の認識しかない。

「ああ、二人とも知らなくて当然ね。クリステラ・ソングスクールって言うのはね、フィアッセの母親で『世紀の歌姫』と呼ばれた歌手、ティオレ・クリステラが設立した音楽学校よ。」

「へえ、すごいんだ?」

「まあ、そのすごさは実際に聞いてみればすぐ分かるわ。」

 フェイトのピンと来ません、という表情に苦笑しながら、あえて自分が語ることは避けることにした桃子。フィアッセとゆうひは優喜たちの反応を珍しい、と思いつつも、そんなこともあるだろうとは納得している。誰もが自分たちのことを知っているといううぬぼれは持ち合わせていない。

「それで、桃子。この二人は?」

「今、うちで面倒見てる子達よ。そっちの可愛い顔した子が竜岡優喜君。金髪で綺麗な子がフェイト・テスタロッサちゃん。多分勘違いしてると思うけど、優喜君は男の子だから。」

「あ、そうなんだ。」

「何や、もったいないなあ。」

 予定通りというか予想通りというか、やはり二人とも優喜を男だとは思っていなかったようだ。

「まあ、そういう反応には慣れてるからいいけど、勿体ないって何?」

 二人とも敬語より砕けた対応の方を好むと踏んで、タメ口で会話する優喜。

「だって、自分男の子やったら、スカートとか死んでもいややろ? 似合いそうな服いっぱいあるのに、勿体ないやん。」

「そのネタは、高町家にお世話になる前からさんざん言われてるから、そろそろ違うネタで攻めてほしい。」

「むう、そこまで言われて天丼にこだわるのは芸人の名折れ。優喜君やっけ? 次までになんか考えとくから首洗って待っとってや。」

 一体何に燃えているのかとか不毛な突っ込みはさけて、とりあえず頑張ってぐらいでお茶を濁す優喜。じーっとこちらを見つめるフィアッセの視線が、何とも居心地が悪い。

「それはそうと、やけに優喜君を熱心に見とるけど、恭也君に振られたからって優喜君に乗り換えるのは、さすがに年齢差考えたら無理があると思うで。」

 ゆうひの冗談としても性質の悪い台詞に、微妙に聞き捨てならないという感じで反応するなのはとフェイト。二人の意外な反応に察するところがあったフィアッセは、とりあえず誤解を解くことを第一に考える。

「そんなんじゃないよ、ゆうひ。」

「そう? なんか、ただならぬ視線を感じたんやけど。」

「んー、まあいっか。ここで聞いちゃおう。」

 フィアッセが、呟きとともに膝を折り、優喜に目線の高さを合わせる。そのまましっかり目を合わせて、まじめな顔で質問内容を告げる。

「優喜、最近ちゃんと眠れてる?」

「え……?」

 いきなりの、それも先ほどまでの会話とはまったく脈絡のない質問に、何を聞かれたのかとっさに理解出来ない優喜。もっともフィアッセは、なのはとフェイトの反応で、優喜の返事を聞くまでもなく、質問の答えを悟ったようだが。

「やっぱり。」

「答えてないのに何故に納得してるんだろう、この白人美女は……。」

「そもそも、初対面でどうして、あの質問に行ったの?」

 鋭すぎるフィアッセに苦笑がにじむ優喜と、真剣に悩むフェイト。

「種明かしをすると、優喜の眼の下に、よく見ないと分からないぐらいのクマが出来てるんだ。それに、ちょっと疲れてるような感じがしてたから、最近なにかあって、眠れなくなってるんじゃないかなって。」

「……やっぱりフィアッセさんはすごい。」

「僕の事なのに、何故になのはが肯定する?」

「優喜、今更否定しても駄目だと思う。」

「そうだよ。ここまで見抜かれててとぼけても、見苦しいだけだよ、優喜君。」

 なのはとフェイトに駄目だしをされ、観念するしかないと悟った優喜。多分、見抜かれた本当の理由は、この二人の態度だろう。

「最近ちょっと、夢見が悪くてね。」

「ん~、それだけでこの子たちがここまで心配そうにするとも思えへんけど……。」

「まあ、私たちは今は部外者だし、深くは追求しないよ。」

 あくまでも強情を張る優喜に苦笑しながら、大人の対応をする歌姫達。

「なんにしても、そういう事やったら……。」

「気分転換に、カラオケとかどうかな?」

 歌姫二人の提案に、何ぞ恐ろしい言葉を聞いた、という顔をする優喜。この二人の実力をちゃんと理解しているわけではないが、おもちゃ売り場のぬいぐるみコーナーだというのに、時折気づいて遠巻きにしてみている人がいるという時点で、その人気と実力は推して知るべし、だ。

「あら、いいわね。」

「いやあの、僕個人としては、この面子と一緒に歌うのは非常に避けたいところなんだけど……。」

「買い物は終わってるんだよね? だったら今からすぐにいこ。」

 当然、年長者三人が乗り気になっていては、優喜が抵抗したところで意味がない。力技で拉致られた揚句の果てに、終わった後になのはやフェイトとセットで、夏休みにソングスクールでの特別授業を受ける約束をさせられる。その特別授業の成果が、思わぬ形でなのはとフェイトに影響してくるわけだが、この時の彼らには、そんなことは知る由もない。

「……明らかに僕だけ罰ゲームだったよね?」

「まあまあ、夏休みに罰ゲームにならへんようとこまで教えてあげるから、腐らんの。」

「そういえば、公演っていつ?」

「六月四日だよ。開場は午後六時、開演は午後七時、終了は午後九時の予定。」

 日付を聞いて、おや、という顔をする優喜。六月四日は、はやての誕生日だ。

「ねえ、優喜君。六月四日って、はやてちゃんの……。」

「だね。」

「なるほど。ほんなら、確か関係者用のチケットがちょっと余っとったし、そのはやてちゃんにプレゼントや。」

「いや、はやてとお二方は面識ないんだし、プレゼントしてもらう理由はあんまりないのでは、と思うんだけど……。」

「なのはのお友達で、優喜が気にかけてる子なんでしょ? それだけで、プレゼントする理由は十分だよ。」

 そう言って、手帳に何やらメモをした後、チケットを三枚取り出す。

「多分、優喜とフェイトの分も用意してないと思うから、お姉さんからプレゼント。」

 フィアッセの指摘通り、高町家のチケット割り当てを確認した時には、まだ優喜もフェイトもいなかった。普段は高町家はチケットを自分で買うようにしているが、海鳴公演だけは、フィアッセ達の強い意向で、チケットは関係者向けのものを用意してもらっている。

「でも、大丈夫なの?」

「こんなこともあろうかと、高町枠は多めにとってあったの。」

「なるほど。」

 桃子の心配そうな質問に、しれっと答えるフィアッセ。さすがにかつて同居していただけの事はある。この辺の見切りは余裕らしい。

「さて、また新しい後輩が出来る事やし、うちらも気合入れて頑張ろうか。」

「そうだね。フェイトとかすごかったし、油断したらすぐに追い抜かれそう。」

 演歌一色ではあったが、フェイトは歌姫二人をしてそう言わしめるほどの力量を見せつけた。本当に、いろいろ妙なところで才能を見せる少女である。

「あの……。」

「フィアッセさん、ゆうひさん……。」

「「ありがとうございました。」」

「うん。二人とも頑張ってね。」

「困った時には、いつでも相談にのるで。」

 なのは達と歌姫達のやり取りを、怪訝な顔で見つめる優喜。もっとも、質問をするのは野暮らしい、と察する程度の鋭さはあるので、あえて疑問は口に出さない。その後高町家で一服した後、フィアッセは他のメンバーと落ち合うから、とホテルへ帰って行き、なんだかんだとごたごたした一日は終わりを告げた。







 その日の夜。今週いっぱいは心身をちゃんと休めること、というお達しがあり、優喜は夜の鍛錬はお休みだ。そろそろ、新しい環境に適応したことによる不具合が、一度まとめて出てくるころだ、という判断でもある。

「……やっぱりうなされてるね。」

「……うん。」

 優喜の部屋にこっそり忍び込み、パジャマ姿のまま様子を伺いに来たなのはとフェイト。予想通り優喜はうなされていた。まだ月村家での戦闘から、一週間もたっていないのだ。フェイトの問題はあらかた解決したが、実際のところ優喜の問題に関しては、何一つ解決していない。

「昼間は普通だったけど、やっぱり我慢してるのかな……?」

「そうだと思う。優喜、痛いとか辛いとかなかなか表に出さないのに、あの日は見て分かるぐらいだったし……。」

 ハンターを殺してしまったあの日。自分達もショックが大きすぎて、優喜の様子を冷静に観察できなかったが、考えてみればあれほど顔色の悪かった優喜など、それまでに見たことがない。あの優喜が様子を取り繕いきれなかったのだから、受けているダメージが軽いとは思えない。

 そもそも、ハンターのことがなくても、普通に優喜の境遇は過酷なほうに分類されるだろう。見知らぬ土地に無力な状態でほっぽり出され、知り合いに安否も伝えられず、一人での行動を余儀なくされる。たまたま拾ったのが桃子のような善良な人物だったからよかったものの、それも結局は幸運に支えられた結果に過ぎない。

 いい加減、いろんなところに無理がたまってきている時期だ。ある意味、起こるべくして起こった状況だろう。

「やっぱり、うちじゃ落ち着けないのかな……。」

 正直、優喜はまだ、高町家を帰る場所と認識している気がしない。一ヶ月という期間が長いか短いかは分からないが、少なくとも高町家の人間が、優喜を家族として受け入れ、なじむのには十分な時間だ。なのに、優喜の側はいまだによそ者感覚が抜けていないらしい。この殺風景な部屋を見れば、それぐらいは容易に分かる。

 優喜の部屋には、前の同居人が使っていた家具以外には、ほとんど物がない。箪笥の中には、それなりの数のジャージと下着以外は、買ってきて無理やり押し付けた服が数枚入っているぐらい。本棚には教科書程度しか入っておらず、空きスペースには練習で作ったアクセサリの試作品を、無造作に並べている。机には筆記用具とアクセサリ加工の道具が几帳面に並べられているが、優喜の趣味や嗜好を示すようなものは、何一つ存在しない。

「なのは、どうする……?」

「震えてるんだから、やっぱり暖めてあげるのが一番じゃないかな……?」

 お互い、考えていることは同じだったらしい。前回は手を握ってみたが、あまり効果はなかった。となると、抱きしめるのが一番なのだろう。自分達の経験からいっても、人の体温に包まれて眠るのは、精神的に堪えているときには一番いいのは間違いない。添い寝は、最高の精神安定剤なのだ。

 問題なのは、さすがに血縁のない男女が同じベッドで寝るということが非常識であることぐらいは、小学三年生の身の上でも理解しているということだろう。

「でも、いいのかな……?」

「私も、さすがに一緒に寝るのはまずいんじゃないかな、って思わなくもないけど、でもフィアッセさんを信じるんだったら、多分これが一番いいと思うんだ。」

 カラオケのとき、ドリンクバーに飲み物を取りに行くついでに、二人でフィアッセに相談したときのことを思い出す。そのときのやり取りはこうだ。

「優喜が苦しんでるのに、何が出来るかわからないんだよね?」

「はい……。」

「やっぱり、フィアッセさんにはお見通しかあ……。」

「私も覚えがあるから、ね。」

 なのはとフェイトに、苦笑しながら優しく声をかけるフィアッセ。高町家が大変なときに、結局何も出来なかった記憶を思い出したのだろう。因みにゆうひは、今回はフィアッセの仕事だという事で、先に戻って歌っている。

「優喜の場合、多分だけど。」

「「……。」」

 緊張の面持ちで回答を待つ二人に、あっさりと特に緊張感も感じさせずにフィアッセが答える。

「多分、二人がしてあげたいこと、そうするべきだと思ったことを、素直に実行するのが一番じゃないかな。」

「「え?」」

「ああいうタイプには、様子を見て考え込むよりも、がむしゃらに直接心をぶつけるほうが効果があると思うよ。」

 フィアッセの言葉に、妙に納得してしまう二人。もっとも、この時のやり取りがきっかけで、二人が今後も暴走気味に優喜にぶつかっていくとは、さすがにフィアッセも予想しなかったようだが。

「……フェイトちゃん。女は度胸、だよね。」

 フィアッセの言葉を反芻し、今も険しい顔で歯を食いしばっている優喜を見つめ、ぽつりとつぶやくなのは。その言葉に、フェイトも呼応する。

「……うん。私も覚悟を決めた。」

 決めなくてもいい覚悟を決め、二人して優喜のベッドにもぐりこむ。そもそも、あれだけひそひそ話をしていても目を覚まさないのだ。明らかに異常事態だ。異常事態なのだから、タガが外れたような方法で解決を図ってもいいじゃないか。

 言い訳がましく理屈を並べたて、右側からなのはが、左側からフェイトが、優喜を抱きしめる。幸いにして、添い寝が暑くて厳しい気候ではない。まだまだ朝晩は涼しい季節だ。しばらくして、優喜の震えがやや収まった事を感じたあたりで、二人とも夢の世界へと意識を手放した。







「お兄ちゃん、いつまでそこにいるの?」

 いつまで待っても自分たちのところに来ない優喜を、川の向こうから、享年五歳の妹が不思議そうに見ている。あの事故の直後の姿だろうか。顔だけは不思議と綺麗だが、それ以外は原形をとどめている場所が無いほど壊れている。優喜が助かった事がどれほどの奇跡かを物語る姿だ。

「お兄ちゃん、早く来てよ。一緒に遊ぼうよ。」

 自分によく似た顔の妹。もし生きていれば、すごい美人になったであろう妹。そんな彼女が、無邪気に手招きをする。だが、優喜にはまだ、川を渡る資格など無い。少なくとも、死に瀕しているわけではないから、どんなに渡ろうとしても、体が言う事を聞かない。

 向こうに行ってはいけない。そんな事は痛いほど分かっている。あそこから呼んでいる妹は、優喜が作った幻想だ。たとえ向こうに行ったところで、二度と会う事など出来はしない。だが、向こうから無邪気に呼ぶ妹の姿は、それだけで優喜の心をえぐり取る。向こうに駆け寄りたい衝動と、どの面をさらしてという思いとが、優喜の中でぶつかり合う。

 いつの間にか、妹の傍らに父が立っていた。優喜を非難するように、悲しそうな瞳でこちらを見ている。父の悲しみは、人を殺した優喜がいまだにのうのうと生き延びている事に対してか、それとも、勝手にこんな夢を見て苦しんでいる事に対してか。どちらにしても、今の優喜を見て良しとはすまい。

「……。」

 何か言わなければいけない。なのに言葉が何一つ出てこない。この夢を見ると、いつもそうだ。そして、いつも通りならば、そろそろ次の場面へ移るはずだ。

 優喜の足元が、突然底なし沼に変わる。反射的に体を浮かせようとして、何かに足を引きずりこまれる。その様子を、妹はつまらなそうに見ている。

「お兄ちゃんだけ一人で遊んでずるい。」

 ぼろぼろの体を動かして、こちらに歩み寄ろうとし、どんどん体が崩れていく妹。首だけになってもなお、お兄ちゃん遊んでよ、と壊れたように繰り返す。

 こんな夢を見ること自体が、妹を、両親を、不当に貶める事になる。なのに、骨の髄まで刻み込まれた罪悪感は、家族の思い出すら汚すような形で、優喜を苦しめる。生き延びた事の罪は、この形でしか断罪出来ない、と言わんばかりに。

(まったく、もう何年たったと思うんだ、竜岡優喜!)

 己に喝を入れようとしたところで、今現在見ている夢は変わらない。そのうち、全身が底なし沼に飲み込まれ、優喜を引きずりこんだ連中が姿を現す。通り魔とハンター。優喜が死なせた相手だ。

 確かに、意思疎通は出来た相手だ。だが、どちらも話し合いが通じなかった相手でもある。無抵抗なら、殺されるしか無かった。後ろに守るものがある以上、自分が殺されてやるのは論外。だが、殺しに来た以上殺されても文句は言えない、などというのは生きている人間の理論だ。そんな事は死んだ人間には関係ない。

 世の中、死人がかけた呪いほど厄介なものはない。どれほど強い意志力で振り払っても、じわじわと魂を侵食していく。しかも今回のように人殺しという要素が関わっている場合、慣れて何も感じなくなれば終わりだし、かといって囚われ続ければ碌な事にならない。

 いつものように、最も心をえぐる姿で、最も魂をすり減らす言葉をかけ続ける怨霊たちに、あえて何一つ反論せずに耐え続ける優喜。たぶん、歯を食いしばっていると指摘されたのは、この時の事なのだろう。

「いつまで、そんな風にうじうじやっているつもり?」

 不意に、そんな声が聞こえる。体中を温もりが包み込み、底なし沼から体が浮かび始める。まとわりついていた怨念の声が、急激にその力を失う。

「……母さん?」

 記憶の中にある、一番美しい姿の母。今までこの夢を見た時には、決してこんな綺麗な姿ではなかったはずだ。今までと今回とで、何か違いがあるのだろうか。

「悩むな、とは言わないけどね。さすがに一週間は行き過ぎよ?」

「……分かってるんだけど、これが性分でね。」

「まったく、昔の竹を割ったような優喜は、どこへ行ったのかしらね。」

「あの事故で、死んだんじゃない?」

「……言ってくれるわね。」

 死人相手に、そんな軽口がたたけるのなら大丈夫なのかもしれない。優喜のその反応に、少しだけ安心する。何もしなくても多分、立ち直れたのだろう。だったら、せっかく来たのだから、尻ぐらいは叩いておこう。

「殺してしまった事を、忘れろとは言わないわ。忘れて、慣れてしまえば、優喜が心配した通りになってしまうもの。何しろ今のアンタは、冗談抜きで指先一つでダウンだものね。」

「うん……。」

「だから、最後の一瞬まであがけばいいじゃないの。それで、最後の一瞬まであがいた結果を、胸を張って受け入れなさい。あのハンターに対して冷静さを保てたんだから、それぐらい出来るでしょ?」

「自信はないけど、やってみるよ。」

 いい返事、と笑った母の姿が、少しずつ薄くなっていく。

「そういえば、どうして母さんが?」

「お盆の前借り、かしらね。」

「は?」

「向こうとこっちの時間軸、結構ややこしい事になってるのよ。で、今年は帰る場所も様子を見る相手もいないから、こっちの時間軸のお盆休みを前借りして、アンタのところに来させてもらったのよ。」

 おかげでしばらく仕事が忙しくなるわ、と快活に笑う母。そうだった。この人はこういう人だった。薄れかけていた思い出が次々によみがえる。

「まあ、今回はおチビちゃん達に感謝しなさい。あの子たちにほだされたから、こういう無茶をやる事にしたんだし。」

「おチビちゃん達?」

「起きたらわかるわ。本当は、前の子の時にやるつもりだったんだけどね。」

 正直なところ、何でいまさらという思いは無くもないが、どうやら、死人には死人のルールと事情があるらしい。母が死後に一体何の仕事をしているのか、父や妹は今どうなっているのかなど、いろいろ気になる事はあるが、どうやら聞く時間はなさそうだ。

「母さんがアンタの手助けできるのは、これが最後だと思うわ。いくら夢枕が死人の特権といっても、一応成仏してる身の上じゃあ限度もあるし。」

 えらくさばさばとした口調で、母が告げる。多分、すでに全ての未練を振り切っているのだろう。その母をして、無理をして夢枕に立とうと思わせるぐらい、今回の優喜はひどかったようだ。全く情けない話ではある。

「あんまり早くこっちに来るんじゃないわよ。少なくとも、母さん達が輪廻の輪に入るまでは駄目だからね。」

「うん……。」

「じゃあね。」

 言うだけ言って、母の姿が消える。川も花畑も底なし沼もすべて消え、何もない空間に浮かんでいる優喜。正直、生き残ってしまった事や殺してしまった事に対する罪の意識が消えるわけではない。だが、少なくとも今日はちゃんと眠れそうだ。意識が闇に沈み……。

「ん……?」

 目が覚めた時、目の前にあったのは、なのはの胸元だった。どうやら、なのはに頭を抱え込まれているらしい。背中側にも、誰かにしがみつかれている感触がある。前がなのはなら、後ろは多分フェイトだろう。いつもぐりこんできたのか、なぜこうなっているのか、一向に思い出せない。プレシアの治療直後もそうだったが、二人がここまでの事をしているのに、全く目が覚めなかったあたりに、自分がどれだけ弱っているかが如実に表れている。

「……とりあえず、起こすか。」

 正直なところ、まだ第二次性徴もまともに始まっていないような体に欲情することはあり得ないが、傍目に見てなにを言われてもしょうがない状態ではある。これが十年後だったら、互いにちゃんとパジャマを着ていても、言い訳など効かないだろう。

「なのは、フェイト、起きて。」

 結構しっかりホールドしていたなのはとフェイトの腕を解き、何とか体を起こしてから二人を揺さぶる。ちらっとこの部屋の数少ない調度品である目覚まし時計を見ると、現在四時過ぎ。大体いつもの起床時間だ。

「……にゅ~。」

 まるで変な動物のような声を出して、なのはがむくりと体を起こす。寝ぼけているのがはっきり分かる顔で優喜を見ると、にへらと笑い胸元にしがみついて頭を摺り寄せてくる。本当に動物、それも猫のようなしぐさだ。

「……ゆうき……。」

 明らかにまだ頭が本格的に眠ったままらしいフェイトが、優喜の背中によじ登るようにしがみつく。全身が背中に密着したあたりで幸せそうな吐息を一つ洩らすと、また寝息を立て始める。結局若干体勢が変わっただけで、優喜が起きる前と何一つ変わらない状況に戻ったわけだ。ちゃんと目が覚めて、自分たちの醜態を理解した時の反応が、怖いような楽しみなような、複雑な心境である。

「なのは、フェイト……。」

 出来るだけ手荒なまねをしないように、可能な限り穏便に起こそうとするも、正体を失って妙な生き物になっている二人には通用しないらしい。いい加減ちゃんと起きないと、本調子ではない優喜はともかく、なのはとフェイトはもう朝練の時間だ。今の状態を見られると、乙女心的に大ピンチになるはずだ。

「しょうがないか……。」

 あきらめて、活を入れる。本来は気絶している人間を起すためにやるのだが、まあこの際構わないだろう。

「はっ。」

「にゃっ!?」

「ほっ。」

「あうっ!?」

 気の抜けた掛け声とともに活を入れると、さすがにちゃんと目が覚めたらしい。優喜が引き剥がす手間を惜しんで、密着状態からの発勁の要領で活を入れたものだから、全く体勢が変わらないままばっちり目覚めてしまう。

「え? あれ? 優喜君が起きてる……?」

「やっと起きた……。」

「あの、優喜、もしかして……。」

「うん。起こそうとしたら、寝ぼけてこうなった。」

 優喜の言葉に、全身茹蛸のようになりながら、恐ろしいスピードで離れる二人。勢い余って、脛や足の小指をぶつけ、ベッドの下でうめいている。

「とりあえず、早く部屋に戻って着替えてきた方がいいと思うよ。誰かが様子を見に来たら面倒だし。」

「あ、うん。」

「優喜はどうするの?」

「久しぶりにちゃんと眠れたみたいで体が軽いし、普通に朝のメニューをこなすつもりだけど?」

 優喜の言葉に、目に見えて表情が明るくなる二人。原因が完全になくなったわけではないが、少なくとももう、継続的に夢を見る事は無いだろう。優喜の表情からそれを読み取ったらしい二人の、心から喜んでいるような表情が印象的だ。

「ちゃんと眠れたんだ、よかった。」

「じゃあ、急いで着替えてくるから、優喜君も早く下りてきてね。」

「うん。……なのは、フェイト。」

「「なに?」」

「ありがとう。」

「「……うん!!」」

 優喜の礼の言葉にハトが豆鉄砲を食らったような顔をし、その後に花が開いたような満面の笑顔で答える二人。ようやく一つ返せた、その事で、常にない力が湧いてくる。

「今日も一日、がんばろう!」

「うん!」

 元気いっぱいに部屋を出ていく魔法少女達を見ながら、母や故郷に残してきた人たちの顔を思い浮かべる。多分、二人が今のように笑っていれば、彼らも心配する事は無いのだろう。

「さて、僕も頑張るか。」

 いつものように寝巻用から運動用のジャージに着替え、一つ気合を入れて一階へ降りていく優喜であった。







 なお、二人が優喜の布団にもぐりこんでいた事は全員にばれており……。

「とびっきりの美少女二人と一夜を過ごした感想は?」

「さすがに、お互い第二次性徴もまともに始まってない体なんだから、感想も何もないと思うんだけど……。」

「やっぱり、後最低三年は必要だよね。」

「その頃に理由もなくこんな事をするようだったら、さすがにいろいろ問題ない……?」

 言うまでもなく厳しい追及が(特にフリーの美由希から)飛んでくる。この事で、自分たちがどれだけ恥ずかしい事をしたのか思い知る魔法少女たち。もっとも、結局彼女達は高町家で同居している間、事あるごとに同じような事をして(因みに、優喜だけでなく、自分たちが悪夢をみた際もだ)、そのたびに優喜の草食系男子ぶりも含めていろいろ小言を言われるわけだが、そんな事は誰ひとり知る由もない。



[18616] 第11話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:e4999fc2
Date: 2010/08/14 14:15
「いらっしゃい、優喜君、なのはちゃん、フェイトちゃん。アルフさんもよう来てくれたな。」

 フェイトが高町家で暮らすようになってから、初めての土曜日。いろいろ用事が重なった結果、延びに延びたはやての体の診察。ようやくタイミングがあったので、学校の半日授業を終えた後、着替えてすぐに八神家にやってきたのだ。

 因みに聖祥は私立ゆえ、完全週休二日制ではなく飛び石で土曜日を休みにしている。また、カリキュラムをうまく整理・統合する事により、地理と地形・地層のように関連する部分が多分にある内容を一度にやってしまうなど、いわゆる本来の意味でのゆとり教育を実現している。その結果、授業時間は少なくても学習内容は非常に濃くなっているため、生徒に相応以上の学力を求める結果になっている。

「ユーノは先に来てるんだ?」

「うん。ただ、診察はまだやってへんよ。優喜君と一緒にやった方が、二度手間を避けて精度も上げられるから、って。」

「そっか。それはそうと、言われた通りお昼は食べてきてないんだけど、先にお昼ご飯?」

「そやね。準備するから、上がって待っとって。」

 はやてに促されて、お邪魔しますと声をそろえて家に上がる。

「はやてちゃん、手伝うよ。」

「あ、私も。」

「二人とも、料理できるんや。」

「最近、おかーさんに習ってるんだ。」

「お手伝いで足を引っ張らないぐらいの腕はあるつもりだよ?」

 なのはとフェイトの返事に、それならば、と台所に誘う。

「僕も手伝おうか?」

「生憎と、四人もとなると定員オーバーや。優喜君は今日は大人しくしとって。」

「了解。」

 はやての言葉に苦笑を返し、優喜はリビングでフェレットのままのユーノとくつろぐことにした。因みにユーノは現在、高町家と時の庭園を行き来しており、フェイトの買い物の時は時の庭園でプレシアの診察やら何やらをやっていたため、添い寝事件の事は知らない。なお、高町家にいるときは、基本フェレットの姿で恭也か優喜の部屋に世話になっており、高町家のペット的立場はあまり変わっていない。

(そういえば優喜。)

(なに?)

(この家の盗聴器とか監視カメラとかって、まだ生きてるの?)

(生きてるよ。いきなり無力化したら、向こうに警戒されるし。)

 優喜の言葉に一つうなずくユーノ。要するに、今まで通り、話す内容には注意が必要だ、という事だ。

「それで優喜。なのは達の料理の腕前は?」

「レシピ通りに作る分には問題ないよ。ちゃんと味見とかをしてるから、ちょっと大雑把な作り方をしても、変なものは作らないぐらいにはなってるし。」

「アタシは料理できないけど、フェイトは年から見れば出来る方じゃないかい?」

 料理が出来ない人間に共通するのが、味見や火の通り加減の確認をちゃんとしない事だろう。現在殺人シェフ一級の美由希も御多聞に漏れず、包丁の扱いだけはうまいが火加減は適当、調味料も何も考えずにぶち込む感じで、これでまともな料理が出来たら奇跡の領域だ、という作り方しかしない。

 そして、その姿を見て真剣に勉強を始めたのはと、将来自炊することも視野に入れた教育をリニスから受けたフェイトは、現状得意な範囲こそ違え、見てて心配になるほどおかしなまねはしない。せいぜい、なのはの包丁の扱い方や、フェイトの調味料を測るときの手つきが、傍目に見てて危なっかしい程度だ。場数を踏めば、そのうち解決する問題である。

「まあ、はやては自炊してるらしいし、食べられないようなものは出てこないと思うよ。」

「なら、安心だね。」

「そうそう。アタシ達は大船に乗ったつもりで、ご馳走が出てくるのを待てばいいんだよ。」

 車椅子生活の小学生が自炊、という時点でどうかと思う面はあるが、食べられないものが出てくるよりははるかにいい。そう割り切って、人の家だというのにソファーでゴロゴロと転がってくつろぐユーノとアルフであった。

 そのころ、台所では。

「なんや、二人とも結構手慣れてるんやね。」

「うん。リニスから刃物の扱いは徹底して仕込まれたから、材料を切ったり皮を剥いたりとかは得意だよ。」

「私は喫茶店の娘だから、味付けとかにはちょっと自信があるんだ。」

「……こんなところでまで、コンビの相性を見せんでも……。」

 はやての言葉に苦笑する二人。実際、なのはとフェイトは、いろんなところで弱点をカバーし合うような感じで得意分野を持っており、よくぞここまで相性のいい相手が見つかったものだと、外野が見ても思うレベルだ。

「なのはちゃんとフェイトちゃんって、ほんまに最初は敵同士やったん?」

「うん。」

「優喜のおかげで、訓練中の模擬戦以外で戦った事は一回もないけどね。」

「そっか。まあ、二人の事やから、優喜君がおらんでもいずれは今みたいな関係にはなってたやろうけど。」

 なのは達を見て、心の底からそう思うはやて。出会ったころのフェイトは確かにとっつきにくい面もあったが、なのはの性格からすれば、こういうタイプを見て手をこまねいているとは思えない。

「でも、優喜君がいなかったら、多分こんなに早く仲良くなれなかったと思うよ。」

「少なくとも、母さんは助からなかったと思う。」

「そう考えると、二人とも優喜君には頭が上がらん訳か。」

 はやての言葉に、苦笑しながらうなずく。やった本人は何とも思っていないのがなお困る、というのが二人の本音だ。中身の年齢的にも経験的にも、対等というのはなかなか難しいが、それでも受けた恩を返すために、一日でも早く支えられるぐらいにはなりたい。それが最近の二人の、割と切実な願いだ。

 正直、大人達や優喜からすれば、そんなに生き急がなくてもいいのに、と思うほどに、彼女達は前のめりに成長している。リニスではないが、元々から子供が子供で居られる時間なんて短いのだ。その短い時間を、子供らしく生きる事はとても大切なことだ。だが、もともと真っ直ぐすぎて前のめりな彼女達には、こういった大人たちの想いは届いていない。

「それにしても、みんな元気になって、ほんまによかったわ。」

「え?」

「私、あの日優喜君にも二人にも、無神経な事言ってしもたやん。」

「無神経な事って?」

「ほら、正当防衛でも、人殺しは人殺しや、とか。」

「「ああ……。」」

 正直、全て丸く収まった話なので、はっきり言って忘れていた。少なくとも、当事者にとってはすでに、痛い教訓を得た過去の話である。だが、はやてにとってはそうではない。

 はやては、両親をなくした過去に加え、自身の足の麻痺が、場合によっては命に関わるものだと知っていることもあり、人間というのが、案外あっけなく死ぬことを知っている。それゆえにあの時、人が死んだという事実に対して、これといって感情を見せなかった優喜に対して、思わず子供とは思えない説教くさいきれいごとを言ってしまった。

 正直、あのときのなのはやフェイトの尋常じゃない様子に加え、優喜の思いのほか深いダメージを知るにつれ、自分の子供じみた正義感で周りをちゃんと見ずに言い放った言葉を、深く後悔せざるを得なかったのだ。誰もたしなめる大人が居ないというのにそういう考えにいたるあたり、はやても稀有な資質と精神年齢を持つ少女なのは確かだろう。

「別に、はやてちゃんが言ってた事って、そんなにおかしなことじゃ無かったよね?」

「うん。結局、私たちの考え方とか覚悟が甘かった、ってだけだし。」

「でもな、ショック受けてる人間相手に、追い打ちかけるように言うようなことではないやん。」

 はやての顔に、本気の後悔が浮かんでいるのを見てとり、戸惑うしかないなのはとフェイト。例の事件から後ろ、どうにもタイミングが合わずにはやてと会う機会がなく、それゆえに今日まではやては後悔で悶々としていたようだ。普通なら、これぐらい間が空いて、しかも関係者が全員立ち直っているのなら、何事もなかった事にして忘れそうなものだが、それだけはやてが律儀な性格をしているということだろう。

「今更遅いと思うけど、ほんまにあの時はごめんな。」

「いいよ、気にしないで。」

「はやてちゃんは、はやてちゃんなりに私たちの事を考えて言ってくれた言葉なんでしょ?」

「所詮小娘の浅知恵やったけど……。」

「あの事件が無くてあの言葉が無かったら、私たちは自分がどれだけ危ない力を持ってるのか、どんなに甘い考えでそれを使ってたか、多分今でも分かって無かったと思う。」

「だから、はやてちゃんはもう、あの時の事は気にしないで、ね。」

「……うん。ごめんな、ありがとう。」

 二人の言葉が慰めではなく本心だと悟ったのだろう。ようやく肩の荷が下りたという感じで、表情が和らぐはやて。この後三人は、和気藹々とにぎやかにお昼ご飯を完成させたのであった。







 昼食後。横になった方がやりやすいから、という理由で、みんなではやての部屋にお邪魔する。別段ソファでやってもいいのだが、やはりある程度リラックスしていた方がいいので、結局は部屋のベッドに落ち着いたのだ。なお、はやてには今のところ、男の子を自分の部屋にあげる事に対する抵抗感とか、そういった感性はない。因みに、アルフは満腹感とソファーの居心地に負けて、狼モードでゴロゴロしている。

「そういえば、ジュエルシードの回収、今はどんな感じ?」

「あれから全然進んでない。」

 はやての体に慎重に気を流し込みながら、軽く雑談に応じる優喜。元々、気功による診断だの治療だのは、余程相手が重篤な状態でもない限り、こんな感じで雑談交じりにやるものだ。

「そもそも、ジュエルシードって全部で何個あって、そのうち何個回収したん?」

「全部で二十一個あって、そのうち十三個回収が終わってる。残り八個なんだけど、どうにも急に手掛かりがつかめなくなって来た。」

「本当に、最近は空振りばかりだよね。」

「うん。もしかしたら、残り全部、海に落ちちゃってるのかも。」

 念のためにと、海鳴温泉のあたりまでサーチャーを飛ばしているというのに、目立った反応がないのだ。

「海となると、結構厄介なんと違う?」

「そうだね。さすがに、水中を長時間、となると、私もフェイトちゃんもそんな魔法は覚えてないし。」

「大体、広すぎるし深すぎるから、サーチャーで探すのも簡単じゃない。」

 と、前途が多難そうな言葉を返すなのはとフェイト。実際、海中で発動した場合どうするのか、というのは頭の痛い問題だ。なのはの砲撃は余程収束させないと、屈折するか拡散するかで本来の性能は発揮しないし、フェイトの得意な高速戦闘も、さすがに水中では勝手の違いもあって、魚を相手取るには不足している。

「警察とかに手伝ってもらう、言うんは無理なん?」

「さすがに、ものがものだけに、こっちの公的機関はあんまり使わない方がいいだろうね。」

「あ、ちがうで。ユーノ君の世界の警察とか、そういう感じの組織の話。」

「ああ。そういえばユーノ、まだ連絡は取れない?」

「僕の持ってる通信機じゃ無理。最近、通信障害がひどくなってるみたいだし。フェイト、バルディッシュはどう?」

「母さんの話だと、デバイスの通信機能だと、出力強化ぐらいじゃ、最寄りの管理局の施設にも届かないみたい。時の庭園の設備ならつながると思うけど、まだ母さんが司法取引のための資料を準備してる最中だから、応援を呼ぶにしても、もう少し先かな?」

 要するに、応援は頼めないようだ。自分たちで何とかするしかないだろう。

「まあ、ぼちぼちやるしかないんちゃう?」

「だね。で、僕の方は大体把握したんだけど、ユーノはどう?」

「こっちも、いろいろ分かった。ちょっと驚く話が出てくるから、一応心の準備はしておいて。」

「奇遇だね。こっちも驚く話があるんだ。」

 優喜とユーノの台詞に、顔を見合わせるなのは達。どうにも、こういう時に出てくる新事実というやつは、大体ロクでもない事ばかりだ。そう思っていると、まずユーノが口を開く。

「まず最初にね。僕も驚いたんだけど、はやてに魔導師資質があった。ちょっといろいろ事情があって、どの程度の資質かはよく分かんないんだけど……。」

「「「え?」」」

 衝撃の事実だ。そういう資質を持って生れる人間がほとんどいないから、魔法のような技術・技能が衰退したのだ。なのに、狭い海鳴という土地に、同年代の資質もちが二人もいるというのはどんな極端な奇跡なのか。

「で、下半身の麻痺だけど、はやてのリンカーコアに、外部から何かが侵食してるのが原因みたい。はやての資質がどの程度かが分からないのも、これが原因。」

「何か、って何?」

「僕の方は、そこまでたどれなかったけど、優喜は分かった?」

「うん。至近距離だから、はっきりたどれたよ。そこの本棚に入ってる、鎖がかかってる本。」

 優喜の言葉に、全員の視線が集中する。視線の先には、いかつい装丁の上からたすき掛けのように鎖がかけられた、いかにも胡散臭い雰囲気を発する分厚い本が。

「……これが?」

「うん。まあ、本ってことで、僕は逆に納得した。古い魔術の本とか、原本に近ければ近いほど、こういう厄介な呪いを持ってる事が多いからね。」

「そうなの?」

「直接見た事はないけどね。ネクロノミコンとか、いろいろすごいらしいし。」

 もっとも、優喜と違って魔法世界出身の二人は、その本について別の結論を見出したらしい。

「ねえ、ユーノ。これ……。」

「うん。多分これ、デバイスだ。」

「デバイスって、なのはちゃんのあのごっつい杖とか、フェイトちゃんのあの鎌とか?」

「うん。でも、デバイス自体は別に、形に規則があるわけじゃないからね。」

「ユーノが使ってる記録端末も手帳型だし、母さんの研究室にも本型の記録用デバイスがあったから、このデバイスもそれ自体は別におかしくもなんともないんだ。」

 つまるところ、何故魔法と縁もゆかりもなさそうな八神家に、このデバイスが存在するのかが問題なのだ。しかも、それがはやての体に害を与えているとなると、ちゃんとした調査は必須だろう。

「とりあえず、後で母さんに話して、分かる範囲で調べてもらうよ。」

「だね。僕たちがここであーだこーだ言っててもどうにもならないし、デバイスをいじれるのは知り合いにはプレシアさんとリニスさんしかいないし。」

 ユーノの言葉に、ふと余計な事を考える優喜。

「優喜君、何かおかしな顔してるけど、どうしたの?」

 顔に出ていたのか、なのはに見事に突っ込まれる。

「あ~、大したことじゃなくてね。ただ……。」

「「「ただ?」」」

「忍さんだったら、直観と感性とマッド魂で、普通に解析とか魔改造とかしそうだな、と。」

「「「そうかも……。」」」

 彼女のマッドサイエンティストぶりは、どうやら関係者に深く浸透しているようだ。それさえなければいいお姉さんなのだが……。

「まあ、とりあえずはプレシアさんに任せるとして、場合によっては忍さんにも声をかけてみよう。」

「なんか、違う意味で不安やねんけど、それ。」

「でもなんとなく、結局は関わりそうなんだよね。」

 優喜の言葉が、いちいち無駄に説得力があって苦笑せざるを得ない一同。この手の事に忍がかかわると、当初の予定や計画の斜め上の位置に、結果オーライ的な形で着地することが多い。つきあいが短い優喜達ですら、その辺のことを思い知っているのだから、恭也やすずかはさぞ苦労していることだろう。

(それはそうと優喜。)

(何?)

 今気がついた、という風情で念話で声をかけてくるユーノ。

(深く考えずに、これがデバイスだって話をしちゃったけど、よく考えれば盗聴されてるんだよね?)

(ああ。まあいいんじゃない? 温泉の時にも監視されてたし、向こうもこっちが魔法関係者で、デバイスがどうとかいう知識があることぐらいは知ってるはずだし。)

(まあ、今更か……。)

 優喜の指摘に、思わずため息が漏れる。自分はどちらかと言うと慎重な方だと思っていたが、実はかなり迂闊な行動が多いらしいと、この一カ月でしみじみ思い知った。実際のところ、ユーノは年齢からすれば十分慎重で思慮深い方に入るだろうが、それでも大人から見れば迂闊としか言えない行動が目立つ。年齢や経験を考えれば仕方がない事だが、仕方がないですまない事も世の中にはあるわけで……。

「どうしたの、ユーノ君? ため息なんかついて。」

「あ、何でもないよ。ただ、いろいろとややこしい話になってきたな、って思って。」

「ほんまや。単なる病気かと思ったら、なんか変なもんが絡んでるし、ユーノ君でなくても、面倒くさくてため息の一つぐらい出るわ。」

「まあ、なるようになるさ。とりあえず、今日はもうちょっとはやての気の流れを整えてから引き上げるよ。」

「ん。ありがとう、お願いするわ。」







 時空管理局本局次元航行部隊所属、L級次元航行船アースラ。その艦長のリンディ・ハラオウンは、現状について思案していた。辺境ともいえる航路での輸送艦の連続失踪・襲撃事件の調査。そのさなかに判明した不自然なほど強力な通信障害。それに対する調査を継続するかどうか、その判断を迫られていたのだ。

 そもそも、第九十七管理外世界の近辺を通るこのルートは、最近でこそ、ここ数年に発見され、管理世界となったいくつかの世界と、その数倍程度の管理外世界、無人世界をつなぐルートとして交通量が増えてはいるが、一年前ぐらいだと、本当に辺鄙な、としか言えない地域だった。正直、もう数年待てばともかく、今海賊行為をするのは、効率が悪すぎはしないか、とすら思える地域だ。

「どうにも、引っ掛かるのよねえ……。」

「ですけど、収穫と呼べるのは、いくつかの輸送船襲撃事件の犯人グループを仕留めたことぐらいです。彼らの設備では、仮に通信妨害をかけていたとしても、これほど強力なものは不可能なんじゃないですか?」

「それがね、引っ掛かってるのよ。」

 執務官補佐のエイミィ・リミエッタの指摘に、リンディがこめかみに指を当てながら、唸るように返事を返す。

「引っ掛かる?」

「エイミィ、艦長が引っ掛かっているのは、襲撃パターンだと思う。」

 エイミィの質問に、艦長の息子であり、敏腕でならすクロノ・ハラオウン執務官が答える。いつも冷静沈着で、鋭い分析でいくつもの難事件を解決してきた、今年十四歳になるエリート少年だ。

「そうね。どうにも不自然なのよね。」

「不自然ですか……。」

「何というか、襲撃なんていうリスクの高い真似をしているのに、積荷の強奪にそれほど重きを置いていない感じなのよ。」

「いくつかの積荷は第九十七管理外世界に落ちているというのに、それを追いかけた形跡もない。中にはロストロギアらしいものもあったというのに、だ。」

 言われて確認してみる。二人の指摘通り、確かに積荷の回収はかなり大雑把なようで、乗組員を全員殺しているというのに、積荷は半分以上残しているケースすらあった。

「どうにも、強盗目的の襲撃じゃない感じなのよね。」

「ですが、犯人グループの自供は……。」

「そんなもの、当てにならないのは、エイミィもよく知っているはずだ。」

「まあ、そうだけどさあ……。」

 だが、積荷目当てではないとなると、一体どういう理由があるのか。とりあえず、考えられる可能性をあげていくしかない。

「とりあえず、ここで少し考えてみましょう。積荷を全部持っていかなかった理由として思いつく事は?」

「今思いつくのは、襲撃をかけた側の積載容量が足りなかったか、全部運びだす時間をかけられなかったか、強奪目当てとミスリードするためか、ぐらいかな。」

「そうね、まずはそんなところね。次に、第九十七管理外世界に落ちた積荷を回収しに行かなかった理由は?」

「時間が無かった、足がつくのを恐れた、自分たちが回収に行く必要が無かった、あたりですか。」

「後は、積荷自体には興味がなかった、という可能性もある。」

 とりあえず、ざっと思いつくものを記述していく。

「じゃあ、あえて可能性が低そうな、積荷自体に興味がなく、強奪目当てとミスリードしなければいけなかった理由、を考えてみましょうか。」

「そのパターンだと、全部の理由を網羅する可能性もありますね。」

「ああ。それで、僕の考えなんだが……。」

 クロノの考えはこうだ。犯人グループの元締めは、第九十七管理外世界に何かを隠しており、目をつけられると困るのではないか。そのために、発見を遅らせる必要があり、また発見されても第九十七管理外世界に注意がいかないように、わざとあわてて強奪したように見せかけたのではないか、というものだ。

「案外、最初の一件は、見られては困るものを見られてしまったから、かもしれないわね、」

「見られては困るもの、と言うと?」

「例えば、第九十七管理外世界から、大型の貨物船が転移してくるところを見られた、とか。」

 リンディの意見に、沈黙が降りる。最近管理局が追っている案件の中に、未知の麻薬の密輸ルートというものがある。管理外世界は管理局の目が行き届いているとは言いがたいので、犯罪組織が拠点を構えているケースは往々にして存在する。思い込みで判断するのは危険だが、可能性としては見逃せない。

「ただ、それを証明するためには、第九十七管理外世界に、彼らのアジトがある事を証明する必要がありますが……。」

「そこなのよね。今のままじゃ、単なる見込み捜査にしかならないから、管理外世界に降りる許可は出ないのよね。」

「……そういえば、例のロストロギアの回収のために、第九十七管理外世界に民間人が降りていたはず。」

「この通信障害下で、まともな連絡が取れるとは思えないわね。」

 リンディの言葉に、沈黙が降りる。突破口に出来ないかと思ったが、連絡があるならすでに来ているのではないか、という気もする。

「エイミィ、生存の可能性は?」

「第九十七管理外世界はそれなりに文明が発達してるから、降りた場所が都市部なら、国や地域にもよるけどそれほど問題はないみたい。逆に極地や砂漠、ジャングル、紛争地帯の場合はいきなり生存確率は大きく下がるらしいよ。」

「要するに、なんともいえない、ということか……。」

 仮に生きていたとしても、誰かに迎えに来てもらわない限りは、ミッドチルダに戻ることは出来ないだろう。ポートも使わずに個人が転移魔法で移動するには距離がありすぎるし、次元空間に出てくるぐらいならともかく、別の次元世界に移動するには、この通信障害はリスクが大きすぎる。

「取りあえず、もう少しだけ、この航路を捜査しましょう。まだ、行方不明になった船の安否の確認が、全部終わってないわ。」

「「了解!」」

 彼らは気が付いていなかった。この通信障害は、小規模な転移反応もかき消していた事に。それゆえに、フェイトやユーノが頻繁に時の庭園と海鳴を行き来していた事も、他にも細かい転移反応がいくつかあった事も、全く知らなかった。







『どうしたの、みんなそろって?』

「母さん、今大丈夫?」

『ええ。あなたからの通信は、いつでも大歓迎よ。何か困ったこと?』

「困ったというか、ちょっと調べてほしい事があって。」

 夕飯と夜の訓練が終わった後の事。とりあえず密談は物が少ない優喜の部屋で、という事で彼の部屋に集まり、結界で魔法による盗聴の類をつぶした後、プレシアに今日の事を話すフェイト。因みに、盗聴器の類は、優喜が全部つぶしている。アルフは難しい話は任せたとばかりに、高町家の番犬になりに行っている。ぶっちゃけ、アルフまで入ると部屋が狭すぎる、という事情が一番大きかったりするが。

『……そのデバイスって、どんなもの?』

「あ、いまデータを送るね。」

「僕の方からも転送します。」

 フェイトとユーノから映像データを受け取ったプレシアは、眉をひそめながらデバイスの映像を凝視している。その姿に、どうやら予想よりもまずいものらしいとあたりをつける子供たち。

『これ、本当にはやてさんの部屋にあったのね?』

「うん。」

『優喜、間違いなくこのデバイスが、はやてさんの体を侵食しているのね?』

「ん。何度も確認したから間違いないよ。流した気をすごい勢いで吸収してたし。」

『……一応ちゃんと確認はするけど、私の予想通りだとするなら、このデバイスの事はしばらく、管理局には黙っておいたほうがいいわね。』

 プレシアの態度と言葉が妙に物々しい。どうやら、本格的にこの本は厄介なものらしい。

「プレシアさん、この本が何か、知ってるの?」

『ええ。アリシアを取り戻す研究の過程でちょっと、ね。』

「どんなものなの?」

『その話は少し待って。私も調べたのはずいぶん前だし、正確な知識を持っているわけではないから。ただ……。』

 言うべきか否かを少し逡巡し、結局ちゃんと話す事にしたプレシア。居住まいを正し、真剣な顔で過去に起こった出来事を告げる。

『私の記憶通りだったら、このデバイスは「闇の書」と呼ばれる、十一年前に大規模災害を起こしたロストロギアのはずよ。』

「大規模災害……?」

『ええ。ただ、さっきも言ったとおり、調べないとはっきりした事は分からないの。何しろ、十一年前と言うと、私はもう、あまり外のニュースに興味を示さなくなってた頃だし、情報を調べたのはそれよりさらに前よ。結局、私の役には立たないものだったから、詳細はちゃんと覚えていないし。』

「分かった。プレシアさん、忙しい時に手間をかけるけど……。」

『任せておきなさい。他ならぬあなた達の頼みだし、フェイトの友達の命にかかわる問題だし、断る理由も、手を抜く理由もないわ。』

 ようやく、母親らしい、そして年長者らしい事が出来るとあってか、やけに張り切っているプレシア。この分なら、さほど時をおかずに情報が集まりそうだ。

『あ、そうそう。』

「なに、母さん?」

『今日、ジュエルシードの反応らしきものを拾ったわ。ただ、発見したのが暗くなってからだったから、明日の朝に教えるつもりだったのだけど……。』

「えっと、夜中だとダメなんですか?」

 ようやく見つけたジュエルシードの情報。それをわざわざ明日の朝まで引っ張ろうとした理由に食いつくなのは。

『駄目、というわけではないけど、さすがに山の中の渓谷、なんていう立地条件で、夜中に探し物をするのは難しいと思うわ。間違って川にでも落ちたら、バリアジャケットを着ていても危ないもの。どうやら結構な急流のようだし、ね。』

「……なるほど。」

『見つけた反応は二つ。ほぼ同じ場所ね。波長パターンや出力から見て、不活性状態のものだと思うから、夜が明けるぐらいまでの間に発動する可能性は低いわね。それに、ほとんど人が来ないような場所だから、発動してもそれほどの被害は出ないでしょうし、人に取り付いて暴走する事もまず無いはずよ。』

 まあ、発動するときは確率論など無視して発動するし、ハンターのケースのように、普段人が来ないような場所に人が来て、という可能性もゼロではないのだが。

『レイジングハートとバルディッシュに位置情報を転送しておいたわ。まあ何にしても、とりあえず今日は早く寝なさい。戦闘になる可能性もゼロではない以上、万全の態勢で臨まないと、どんな事故を起こすか分からないのだから。』

「は~い。」

『あ、あと、さっきの記録、バルディッシュから消しておきなさい。ユーノ君もよ。もちろん、復元不能な形でね。』

「うん。」

「分かりました。」

『他に用事とか、確認しておくことはない? だったらさっきも言ったけど、今日はもう休みなさい。』

「「「「は~い。おやすみなさい。」」」」

『お休み。』

 プレシアからの通信が切れた後、とりあえず言われた通りに映像データを完全消去する二人を見ながら、小さくため息をつく優喜。

「やっぱり面倒な話になりそうだ。」

「……ジュエルシードに闇の書、それに不自然な通信障害……。」

「とどめに並行世界からの迷子と来てるんだから、海鳴って土地はどうなってるんだか。」

 優喜のため息交じりの言葉に、疲れたように笑うしかない一同。

「はやてちゃん、大丈夫なのかな……。」

「今日明日どうにかなるってことはなさそうだけど、先の事まではちょっと。」

「ユーノ、魔法で進行を遅らせるのは厳しい?」

「やるとなると例の儀式魔法ぐらいのレベルになるし、原因が原因だけに気休めにしかならないと思う。」

 予想通りの答えに、皆でため息をつくしかない。

「とりあえず、優喜、ユーノ。はやての事は今考えても仕方ないよ。」

「優喜君、明日の朝すぐにジュエルシードを探しに行くんでしょ?」

「まあ、そうなるかな? とりあえずその辺の話を士郎さんにしてくるから、皆はもう寝てて。」

「うん。」

「分かった。」







 翌朝、午前四時半過ぎ。国守山に連なるとある山の渓谷。一人の釣り人がいそいそと渓流釣りの準備をはじめていた。彼は会社で有名な釣り馬鹿なのだが、ここしばらくは会社自体の業績のよさに押され、どうにも休みが取れなくて困っていた。そんな日が二ヶ月以上続き、ようやく取れた休みが今日なのだ。ならば、朝から晩まで釣るしかない!

まるで恋する乙女のような挙動で、いそいそと釣竿を組み立てる。仕掛けを取り付け、昨日定時上がりを強行して買ってきた生餌のミミズを針につけ、残りを手に持ってさあ釣ろう、という時に悲劇が起った。

 手に取ろうとした餌の容器を、茂みの中に派手に蹴っ飛ばしてしまったのだ。中身は生きたミミズだ。多分結構な数逃げてしまっただろう。一応他の餌も持ってきてはいるが、一応回収できるだけ回収しておこうと、蹴り込んでしまった茂みの近くに歩み寄ったとき、異変は起こった。

「な、なんだ!?」

 釣り人の目の前で、たくさんのミミズが巨大化したのだ。ウナギより若干太く、人間より長いミミズが、見えるだけで十匹以上。巨大化した当のミミズも混乱しているらしく、うねうねとのたくっている。ただのたうちまわっているのならいいが、実にミミズらしい挙動でじわじわこちらに近付いてきている事に気がついた釣り人は、顔色を変えた。

「や、やばいんじゃないか?」

 生き物の本能が告げる。逃げた方がいい、と。釣りが出来ないのは惜しいが、命あっての物だねだ、と。大体、こんなものが後ろでのたくっている状態で、落ち着いて釣りなど出来るわけがない。釣り人は、自分の道具をかき集めると、少し離れた自分の車まで、一目散に逃げた。道具を置き去りにしない根性は、あっぱれと言うしかないだろう。

 釣り人にとっては、この件はこれで終わりの話だ。どうせ誰かに話したところで信用してもらえないし、次の釣り場に移動したころには、自分でもみたものを信用できなくなっていたのだから。だが、彼のように夢だったですませる事の出来ない集団も、ちゃんと存在していた。

「艦長! 第九十七管理外世界の惑星表面にて、大規模な魔力反応を検知! ……反応ロスト!」

「サーチャーを飛ばして! 執務官および武装隊員はいつでも出動できるように準備を!」

「「了解!」」

 この出来事を無視できない集団の一方である管理局組。ようやくネックとなっていた管理外世界への介入、そのための口実を得たのだ。この機会を逃すわけにはいかない。俄かにアースラ全体があわただしくなる。規則の壁に阻まれて碌な行動を取れなかった管理局にとって、ようやくいろんな事に介入して活躍できる可能性を得たのであった。







 そしてもう一方のジュエルシード回収組は、と言うと……。

「なのは、優喜!」

 朝ごはんにと包んでもらったおにぎりを手に飛行中、フェイトが緊迫した声をあげる。因みに隊列は先頭が優喜で、最後尾がフェイトとアルフだ。長距離を飛ぶというのに二人ともなぜかスカートをはいてきた事と、ユーノがフェレット形態でなのはに運ばれていることが理由だ。因みにユーノがなのはに抱えられている理由は、認識阻害の結界を比較的高範囲で展開するため、飛行に回す魔力を節約したのだ。

「もしかして、発動した!?」

「うん!」

「だったら急ごう!!」

 魔法少女組がバリアジャケットを展開した後、全員、一番遅いなのはのトップスピードにあわせて、一気に加速する。一番遅いと言っても、地上の乗り物の最高速度よりは余裕で速い。障害物の無い空を、その速度で減速なしで一直線に目的地まで飛ぶのだから、少々の距離は関係ない。発動を確認してから五分もかからずに、目的地の上空に到着する。

「……おかしなところは、何もないね。」

「でも、ジュエルシードは確実に発動してる。どこかに、何かの異変があるはず。」

「……とりあえず、一度降りて探そうよ。」

「そうだね。この距離じゃ、アタシの鼻も効かない。」

 なのはの提案に同意し、全員適当な場所に着地したその時、事件は起こった。

「え!?」

「な!?」

 なのはとフェイトが着地した場所が、ぼこっと崩れたのだ。そして、その下からは大量の巨大ミミズが。

「ええー!?」

「いやー!!」

 反射的に飛びあがる暇もなく、巨大ミミズの巣に落ちる二人。巨大ミミズの方も、突然の出来事にパニックを起こしているらしく、落ちてきた二人にうにょうにょにょろにょろ絡みついてはいずり回る。なのはとフェイトが後十年成長していて、なのはの服のデザインがもっとタイトだったり露出が多かったりしたら、違う意味で正視にたえない状況になっていただろう。

 ミミズたちの名誉のために注釈しておくなら、別段彼らは落とし穴を作るつもりなどなかった。本能に任せて地中を耕していただけだ。ただ、サイズがサイズゆえに、耕された地面が非常に脆くなっていただけだ。なのは達に絡みついているのも、別に何か意図があるわけでもなく、ただただ障害物を避けるつもりの挙動で、彼女達の表面をのたくっているだけである。

「……いい加減に、するの!!」

 顔をなぶったミミズが三匹目を数えた時、なのはが切れた。気色悪い感触に我慢の限界を超えたなのはが、無指向性、物理破壊設定の魔力波を遠慮会釈なくぶっ放す。派手な音とともに派手な地響き。ハンマーで殴り飛ばされたような衝撃に目を回すミミズたち。巻き添えを食ったフェイトはいい迷惑だ。

「なのは、とりあえずいちいちフェイトを巻き添えにしたり誤射したりするの、やめない?」

「え?」

「なのは……、ひどい……。」

 優喜の指摘にあわてて目を向けると、今の衝撃波でつぶれたらしいミミズの残骸と、そのミミズから出たらしい体液を全身に浴びたあられもない姿のフェイトが、泣きそうな顔で恨めしそうになのはを見ていた。なのはには見えていないが、後ろのアリシアもジト目でなのはを見ている。

「ご、ごめんフェイトちゃん!!」

「いいんだ。もういいんだ。どうせ私はこういう役回りなんだ……。」

 ゴキブリに蹂躙され、カエルに食われ、どうにもフェイトはジュエルシード回収では碌な目にあっていない。しかも、今回は前二回と違って、油断でも何でもなく純然たる巻き添えだ。描写は省いているが実は、フェイトは自力で脱出しかかっていたのだ。

 ダメージ自体はバリアジャケットと優喜からもらった指輪、それにバルディッシュが反射的に展開した防御魔法により無いも同然なのだが、精神的には再起不能一歩手前だ。バリアジャケットを解除して展開しなおせば、この気色悪い体液も残骸もなくなると知っていてなお、川の水で体を洗いたくなるほど、今のフェイトは精神ダメージが大きい。水浴びをする背中がすすけている。

「なのは、ちゃんと見てから撃つべきだって、前にもいっただろ!!」

「ごめんなさい、アルフさん……。」

「さすがにあれは無いと思うよ、なのは。」

「うう、心底反省してます……。」

 とりあえず、なのはへの注意はあっちに任せておいて、ジュエルシードの気配を探る優喜。ミミズの分はどうやら巣の中心付近にあるようなので、とりあえず二人が立ち直ってからでいいだろう。もう一つもそれほど距離はないと言っていたので、歩いてすぐの位置のはずだ、が……。

「ありゃま。」

 気配を探り出してすぐに、少し先の滝つぼのあたりで発動した気配。

「みんな、もう一つがどうやら水の中で発動したっぽい。」

「「「「え?」」」」

 どうやら、どこかに引っかかっていたジュエルシードが、先ほどのなのはが起こした衝撃で滝つぼに転がり落ち、魚に食われて発動したらしい。空から滝つぼを見てみると、上空から肉眼で魚影がはっきりと見えるほどの、川魚にあるまじき立派なサイズの巨大魚が、悠然と泳いでいた。







 その頃、アースラでは。

「魔力反応察知!! ……ロストしました!!」

「座標の割り出しは?」

「現在計算中……、出ました!!」

「サーチャーを回して!」

「了解!!」

 さすがに次元航路からの計測となると、発動の瞬間以外には、ジュエルシードの魔力を察知できないらしい。暴走していればともかく、単に発動しただけなら、起動用の魔力以外は大した出力ではない事が大きいようだ。二度目の発動で、ようやく位置の絞り込みに成功する。

「現地の映像、出せる?」

「もう少し待ってください。まだサーチャーが到着していません。」

「了解。焦らなくていいわ。」

 どうやら、魔法少女達とアースラ組との邂逅の時は、刻一刻と迫っているようだ。







「一応参考までに聞いておくけど、あれに攻撃を当てる手段はある?」

「「「陸にあげてくれれば……。」」」

 予想通りの返事に苦笑する。因みに優喜もこれと言って確実な手段はない。やろうと思えば仕留められなくもないだろうが、子供の体ゆえの出力の低さを考えると、相当手間がかかりそうだ。

「しかし、巨大魚に巨大ミミズか……。」

「優喜、もしかして釣ろうとか考えてないよね?」

「ユーノ、藪蛇って知ってる?」

 どうやら、余計な事を言ったらしい。しまったと頭を抱えるユーノを、よしよしと慰めるなのは。どうやら、さっきのミスからは立ち直ったらしい。

「レイジングハート、バルディッシュ。あれを釣り上げられるような丈夫な竿と糸と釣り針、用意できる?」

『『任せてください。』』

 どうやら、話が決まったらしい。ユーノとアルフのバインドで根こそぎミミズを吊り上げると、逃げられないように空中で固定する。とりあえず仕掛けをざっと組み立て、川の主釣りに挑む優喜。さすがに空中だと引きずり込まれるので、地面の、それもかなり丈夫な場所に陣取る。

「ほ、本気でやるんだ。」

「というか、よくあんなのを平気で触れるね……。」

 平然と、自分どころか下手をすると軽自動車よりも長いミミズを一匹捕まえると、情け容赦なく針に深く突き刺す。ミミズらしからぬアクティブな動作でじたばた暴れる生餌を気にも留めず……。

「そおい!!」

 正式な釣りの構えで第一投を投げ込む。派手な水しぶきをあげて、滝つぼの真ん中付近に見事に落ちる。餌の重量が重量だけに、何もしていないのに当りがあると勘違いするような手ごたえがあるが、魚影が水しぶきの上がったあたりから遠い以上、ヒットはしていないはずである。

「かかるかな……。」

「かかったとして、優喜君の体格で釣りあげられるのかな……?」

「そこはまあ、優喜だからね。それに、きつそうだったらアタシも引っ張り上げるのを手伝うさ。」

 正直、見ているしかやる事の無いなのは達は、臨戦態勢を崩すわけにもいかず、固唾をのんで見守るしかない。さっきの一件がトラウマになっているためか、誰もミミズには近寄らないのが、実に分かりやすい。幽霊のアリシアですら、ミミズから離れた位置で拳を握って応援しているのが面白い。

「よし、かかった!」

 優喜が一声あげ、足にぐっと力をこめる。ちなみにリールはレイジングハートが気を利かせて、全自動巻上げ式にしている。優喜たちがするのは、巻上げが終わるまで竿を固定することのみである。

「むむ、これはなかなか……。」

 全身の筋肉が膨れ上がり、地面に深く足が食らいこむ。後ろでうねうね踊っているミミズがシュールだ。しばし、リールが糸を巻き上げる音だけが周囲に響く。その状態で数分後。

「てえい!!」

 ついに上半身が滝つぼから引きずり出され、尻尾をがけのふちに引っ掛けて抵抗する巨大魚。そいつを気合一閃、一気に引っ張りあげる優喜。ミミズ同様、明らかに人間の身長など目ではないサイズだ。下手をすると、十メートルの大台に乗っているかもしれない。

「なのは、フェイト! 封印を!」

 スペクタクルな光景に目を奪われていた二人が、あわてて封印のためにデバイスを構える。が……。

「え?」

「何、この魔力!?」

 急激に膨れ上がった魔力に、思わず動きが止まるなのはとフェイト。釣り上げた際の勢いで、巨大魚と巨大ミミズの距離が近くなりすぎ、ジュエルシードが共鳴を始めたらしい。

「まごついてないで、早く封印する!!」

 優喜の叫びで我に返り、全力で封印を始める。今までと違い、相手の出力が桁違いなので、かなりの魔力を注ぎ込まなければ押し返されるのだ。そうなってしまうと、なのはに出会ったときのユーノのように、冗談ではすまないダメージを受けてしまう。

「がんばれ、なのは!」

「もう少しだよ、フェイト!」

 外野の応援も熱が入る。無論、この二人もただ応援だけをしているわけではない。ジュエルシードが放出する強大な魔力が二人や周囲を傷つけないように、閉じ込めるようにバリアを張っているのだ。十数秒の間拮抗していた相互の出力だが、なのはたちが気合と共に更に出力を上げ、一気に押し切る。

「「ジュエルシード、封印!!」」

 二人の声が唱和する。表面にシリアルナンバーが刻み込まれ、レイジングハートとバルディッシュに吸い込まれる。いつになく大仕事になった封印作業を無事に終え、達成感に押されてハイタッチをしようとしたその瞬間……。

「そこまでだ!」

 見知らぬ声があたりに響く。

「えっと、誰?」

 声のほうに視線を向けると、両肩から一本突起が出た、圧倒的に黒の比率が高い服を着た、なのは達よりやや年上に見える少年が浮かんでいた。きりっとした表情は正義の味方風味なのだが、正義を名乗るには服装がややマイナスである。

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。直ちに戦闘行為を……。」

「ちょっとまって。」

「何だ?」

「戦闘なんてしてないんだけど……。」

 優喜の指摘に、へ? と間抜け面をさらすクロノ。どこか殺気立っていた雰囲気がやや和らいだのもつかの間、どうにか気を取り直して気合を入れなおし、それなりに気迫のこもった声で勧告を続ける。

「ま、まあ何にせよ、武装を解除して同行してもらおう。君達が使っているのは明らかにミッドチルダ式魔法だ。管理局として、見過ごすわけには行かない。」

「ねえ、ユーノ。」

「何?」

「この人、その時空管理局とやらの人で間違いなさそう?」

「あー、うん、多分。」

 ユーノの煮え切らない言葉に苦笑しながら、まあ最悪自力で脱走すればいいか、などとお気楽に考えていると……。

「あ、こら待て!」

「フェイトちゃん!?」

 明らかにテンパった表情のフェイトが、パニックを起こした様子で飛び去ろうとしていた。

「ちょ、フェイト!?」

「この状況でそれは、チャレンジャーを通り越して不審すぎるよフェイトちゃん!!」

 クロノ以外の人間には、事の経緯がはっきり理解できていた。フェイトは、そもそも男に免疫がない。何しろ、交流のある男ときたら、士郎、恭也、優喜、ユーノの四人だけだ。そんな彼女が、大仕事を終えた瞬間に、こんな風に威圧感ばっちりで見知らぬ同年代の少年に迫られて、平静を保ちきるのは難しかったようだ。訓練やハンターの時のように腹をくくっている時ならともかく、今回のように緊張感が切れた瞬間に威圧されて踏みとどまれるほどには、まだフェイトの肝は据わっていないのだ。

 しかも、時空管理局に対しては、ちょっと前まで警戒しこそこそ行動していた経緯もある。母の件もあってにらまれるとまずいのに、どうやら現状いろいろ怪しまれているらしい。そう言った事情が重なって、堂々としていればいいのにパニックを起こし、思わず逃げを打ってしまったのだろう。

「なぜに逃げる……。」

 恐ろしいスピードで飛び去っていくフェイトを見て、思わず頭を抱える優喜。あまりに速すぎて、この場の誰も、止めることが出来なかったのだ。見ると、アリシアも顔をおさえてうなだれている。

「ごめん、クロノだっけ? フェイトを連れ戻してくるから、そっちの三人に詳しい話を聞いといておくれ!」

「あ、こら!」

 フェイトに続いて、アルフまでクロノを放置して飛び去る。

「帰ってきたら、対人関係も鍛えないといけないか……。」

 主従そろって、場の空気やら相手の心情やらを完全に無視した行動をとったことを受けて、思わず訓練予定表にいろいろ書きたす優喜。

「……もういい。君達は同行してもらうからな。」

「友達が面倒をかけて悪いね。」

「いや、バリアジャケットを着てデバイスを構えていただけで戦闘をしていたと勘違いした、こちらの対応の問題もある……。」

 あまりにクロノが可哀想になり、ごねて行かないと拒否するのも気が引ける三人。結局、素直に同行することにし、この場は丸く収まる。こんな感じで、将来のエースたちと時空管理局のファーストコンタクトは、なんともしまらない形で終わったのであった。



[18616] 第12話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:29aabd54
Date: 2010/08/07 17:09
「呼びつけてしまってごめんなさいね。」

 次元航行船アースラ。優喜達三人は、クロノに連れられ、艦長のリンディと名乗る女性と面会していた。自己紹介の時に、優喜が男だという事に対して恒例のやり取りはあったが、今更なので省略する。

「ここは安全だから、バリアジャケットを解除してもいいわよ。そっちの君も、元の姿に戻って大丈夫。」

 リンディに促され、とりあえずレイジングハートを待機状態に戻すなのはと、人の姿に戻るユーノ。特別に何もしていない優喜だけが、普段通りジャージ姿のままである。

「一応先に主張させていただくと、僕たちの行動が法に触れるから拘束される、って言うんだったら、さすがに受け入れらません。何しろ僕となのはは、あなた達の法を何も知らない。知らない法に触れないように、と言われても困る。それに、ジュエルシードの回収に関しては、集めたうちの半分ぐらいは暴走の現場にたまたま遭遇して、身を守るためにやったことです。」

「……今回の事は、管理局側にもいろいろ落ち度があるから、さすがにあなた達を逮捕するのは不当逮捕になるわね。」

「艦長!?」

「クロノ。法の定めとはいえ、ロストロギアが次元震を起こしかけるまで介入できなかったのは、こちら側の落ち度よ。それにそもそも管理局の法は、一部の例外を除いて、管理外世界の人間に適応する事は出来ない。まあ確かに、最初の段階で、回収予定のロストロギアが次元震を起こすほどの危険物である事を教えてくれていたら、もっと迅速に回収できたかも、とは思うけど。」

 リンディの言葉に、思わず小さくなるユーノ。それを見て、釘を刺すだけさしてから、これまでの事を不問にすることを決めるリンディ。

「ユーノ君だったかしら? あなたの行動と責任感は立派だけど、ちょっと無茶が過ぎる面もあるわ。」

「……ジュエルシードは、僕が発掘責任者で、管理局への輸送も僕が責任者だったんです。」

「それでも、あなたが全部一人でやる必要はなかったわよね?」

「……でも最初は、僕の失敗で、他人に迷惑をかけちゃいけない、って思ってたんです……。」

「その結果、現地の無力な民間人に迷惑をかけた揚句に手伝わせるようでは、本末転倒だがな。」

 クロノのきつい一言に、うなだれて唇をかみしめるユーノ。その様子に苦笑しながら、助け船を出す。

「とりあえずユーノ、一応聞きたいんだけど。」

「何?」

「最初の段階で、ジュエルシードが次元震だっけ? それを起こすほどのものだって知ってた?」

「……エネルギー容量だけなら、一つでも、もっと大規模な次元震を何回も起こしてお釣りがくるぐらいだ、って言うのは分かってた。いくつかの文献にも、そういう記述があったし。でも、実際にそれほどの出力があるとまでは思ってなかったんだ。」

「それは、君だけの判断?」

「……一緒に発掘しに行った他の学者も、大体同じ判断だった。計測した強度だと、あのサイズでそれだけの出力を出したら、即座に自壊するんじゃないか、って理由でね。」

 要するに、発掘チーム全体が、そこらへんの判断については甘かったのだ。まあ、チーム全体の判断ミスは、責任者のユーノの判断ミスなので、結局ユーノのミスには違いないわけだが。

「それで、最初から管理局を頼ろうと思わなかったの?」

「それもある。輸送前にちゃんと封印処理をかけてたから、そうそう暴走する事もないはずだ、って思ってたのもある。でも、一番大きいのは、管理局は余程の確証か危険性がないと、管理外世界には干渉できない事。もし空振りだったら、そうでなくても忙しい局員の人たちに、余計な負担をかけると思ったんだ。だから……。」

「一つでも所在を確認してから、連絡を取って回収しに来てもらうつもりだった、とか?」

「うん。……結局は、通信機が使えなくて、全部自力で集めるしかない、って思ったんだけど……。」

 結局のところ、ユーノのミスは、危険性の見積もりの甘さと現地の情報収集不足という事になるだろう。判断の前提となった理由が理由だけに、ユーノでなくても、同じ状況になる可能性が高かったと言える。不運だったのは、当初はそれほどでもなかった通信障害が、狙ったかのようにユーノが地球に降りたタイミングでひどくなったことだ。

「と、言う事だから、最初の見積もりの甘さとかはともかく、そこから後ろの事情は緊急避難だったという事を、とりあえず主張させてもらいます。」

「……そうね。見積もりが甘かったのはこちらも同じだし、今回の件については、通信障害の悪化というイレギュラーもあった事だし、これ以上は不問にするしかないようね。」

「だが、君たちが無謀な行動をしていたことは事実だ。ここから先は、こちらの指示に全面的に従ってもらう。」

「全面的に、というのは約束しかねるかな。友達の身の安全とそちらの指示が食いあった場合、余程の理由がなければ友達の安全を優先するつもりだし。」

 暗に、一般人を指揮下に置こうとするな、と要求する優喜。優喜の要求に顔をしかめるクロノ。今までの会話から、この美少女顔の少年が、見た目の年齢よりははるかに頭が切れるタイプだというのは理解したが、それでも一人だけ魔導師である可能性をかけらも見せていない少年が勝手な事をするのは容認できない。

 クロノの常識では、やや練度不足とはいえ、管理局でも類をみないほどの才能と実力の片鱗を見せた隣の少女と違い、完全に一般人であるらしいこの少年は保護対象だ。どれほど頭が切れようと、魔導師がどれほどの事が出来るかを理解しているとは思えない人間が、こちらの指示を無視することもあると宣言するのは、魔導師至上主義者ではないクロノでも、あまりいい気分はしない。

 一言で言ってしまえば、素人が勝手な判断で動こうとするな、というのがクロノの主張である。本来なら、実に理にかなった主張だし、おかしいのは優喜の言い分なのは間違いない。ただ、ジュエルシードの回収に携わった関係者がどちらを支持するかとなると、残念ながら優喜になるだろう。なにしろ、彼をただの素人の一般人と判断している時点で、クロノは相手の実力を見抜けていない、と判断出来てしまうのだから。

「……あの、クロノ君。」

「何か?」

「優喜君を普通の子供だと思ってるかもしれないけど、優喜君は私より強いよ?」

 なのはの言葉に、目が点になるリンディとクロノ。クロノが介入する直前の封印シーン。その時のなのはの出力は、下手をするとリンディとクロノを除くアースラの武装局員全部の合計と勝負できかねないものだった。技量の問題があるにしても、それより強いとは考えにくい。

「それって、魔法を使わないで?」

「普通にレイジングハートを起動して、結界を張ってもらって全力で空中戦をしても勝てません。」

「……もしかして、魔導師資質を持っているのか?」

『少なくとも、Fランクに届くほどの資質はありません。』

 納得できる理由をどうにかひねり出したクロノを、待機状態のレイジングハートが口をはさんでたたきつぶす。

「ちょっと待て! 百歩譲って生身の人間が魔導師を制圧する、というのはまだいい。状況次第では不可能じゃない。だが、魔導師資質も無しに空を飛ぶだと!? あり得ない!」

「あり得ないって言われてもねえ。まあ、飛んで見せれば納得するんだったら、飛んで見せるけど。」

 錯乱気味に怒鳴るクロノにあきれたような視線を向けながら、面倒くさそうに天井すれすれまで浮かんで見せる優喜。資質が足りなくて空戦魔導師になれなかった連中に謝れ、と言いたくなる光景だ。

「……魔力反応なしか。全く、どうやって飛んでるんだ……?」

「単なる技能系統の違い。ただ、僕の技能は貴方達のものとは違って、習得にそれなり以上の時間とかなりですまないぐらいの努力、それから取っ掛かりを教えてくれる師匠が必須になるから、貴方達の世界で存在しないのはしょうがない。」

「……確かに、嘘はついていないのは分かったわ。でも残念だけど、飛んで見せただけでは、あなたが魔導師相手に勝てるほどの戦闘能力を持っていることの証明にはならないわ。」

「別に、それを証明する必要を感じないけど、した方がいいですか? 正直、友達を嘘つきにしないために浮いて見せただけなんだけど。」

 だんだん対応が大雑把になっていく優喜。どうにも、さっきまでの大物釣りの疲労と面倒な交渉ごとに加え、まだ朝食を食べていないための空腹感から、そろそろいろいろ面倒になってきたらしい。

「正直なところ、出来るのであればお願いしたいところなのだけど、駄目かしら?」

「その前に、朝ごはんがまだだから、出来ればお弁当を食べる時間と場所がほしいんですが。」

「そうね。私達も朝食はまだだし、一緒に食べましょうか。」

「ですね。ユーノ、お弁当お願い。」

「うん。」







 表面上はにこやかに微笑んでいるリンディだが、内心では頭を抱えていた。原因はひとつ。優喜の厄介な性格について、だ。先ほどの優喜の主張を、クロノは一般人を指揮下に置こうとするな、と言っているように受け取ったようだが、正確には違う。

 優喜はこう言っているのだ。自分達を指揮下に置きたいのであれば、リンディ達が指揮をする事が妥当だと判断出来るだけのものを見せてみろ、と。そして難儀な事に、なのはもユーノも、優喜とリンディの指示が食い違えば、迷う事無く優喜に従うのがはっきりしている。多分彼は、ジュエルシードの回収を通して、それだけの実績を示している。

 正直に言ってしまえば、リンディから見て、竜岡優喜はかなり異質な存在だ。それは技能がどうとか、そういうレベルの話ではない。見た目に比べて精神年齢が異常に高いだけなら、なのはやユーノも同じだが、まだ彼らは、就業年齢の低いミッドチルダでは、かなり少数派ではあっても珍しいというほどではない。居るところには居る、と言う程度だ。

 だが、優喜は違う。まず、立ち居振る舞いが違う。本局や地上本部の、前線一筋の古強者。彼らと共通する妙な隙の無さと心構え。クロノはそこまでは感じ取れてはいないようだが、それなり以上の修羅場をいくつもくぐってきたリンディには、はっきりと分かる。ゆえに、おかしいと感じる。ジャンルが違うから正確なところは分からないが、少なくとも初等教育を受けているような年の子供には、身につけられない種類の雰囲気と挙動なのは確かだ。

 だから、表面上はにこやかにご飯を食べていても、内心リンディはひどく気を張っていた。

「……宇宙戦艦の中で、アジの開きを見るとは思わなかった。ミッドチルダでも、こういう食事が普通なの?」

 リンディとクロノの朝食は、一見して普通の和食だった。メニューはご飯にアジの開きに野菜のおひたしとコンソメスープ。どうやら、味噌やしょうゆは無いらしく、アジの開きも味付けは塩コショウでやっているようだ。味噌が無いので味噌汁も当然コンソメスープで代用だ。野菜のおひたしに至っては、どんな調味料でどう味付けをしているのかも想像できない。

「まさか。この船の食堂が変わってるんだよ。どっちかって言うと、翠屋で出てくるような食事の方が普通。」

「なるほど。お茶碗のお米の匂いがちょっと違うから、違う品種なんだろうな、とは思ってたけど、やっぱりこういうお米は無いのかな?」

「……相変わらず、鼻とか耳とかは人間をやめてるよね、優喜。」

 などと、何とも言い難い会話をする優喜とユーノ。何気なく聞いていたリンディだが、米の品種が違うという優喜の指摘に興味を覚え、少し話を振ってみる事にする。

「やっぱり、本場のお米とこのお米では、味が違うのかしら?」

「そっちを食べた事がないから分からないけど、多分結構違うと思います。」

 そう言って、自分の弁当のおにぎりのうち、塩だけのシンプルなものを半分に割って、リンディとクロノのアジの開きの皿の隅に乗せる。

「こういうのは食べてみた方が早いから、ね。ただ、おにぎりだから、表面には塩味がついてるから、純粋にお米の味を見るのにはあまり向いてませんけど。」

 せっかくもらったので、食べ比べて見る。優喜の指摘通り、はっきり言って別物だった。時間がたってかたくなっている米だというのに、それでも茶碗の中身に比べて、噛んだ触感がふんわりしている。味も、分かるか分からない程度の苦みがあるミッドチルダの米に比べ、日本の米はほんのり甘い。

「美味しい……。」

「やはり、中途半端な模倣では、本物にはかなわないのか……。」

「こういうお米は無いの?」

「一応あるにはあるのだけど、流通量がものすごく少ないのよ。この世界の出身者が細々と作ってはいるのだけど、ほとんどが飲食店や日本人の末裔の人たちに回って、一般にはほとんど出回っていないわ。私も機会がなくて、そのお米は食べた事がないし。」

 リンディの言葉に納得する優喜。地球でも、ジャポニカ米を栽培している地域はそれほど多いわけではなく、しかも米の貿易は自由化されていないため、日本でお米の文化に染まってしまった外国人が、母国に帰ってから米の禁断症状に苦しむ話は結構聞く。

 ましてや異世界となると、気候条件から何から何まで違うのだから、たくさん収穫するのは難しいのだろう。それでも、その手の本場のものを食べた事のある人間がはまり、じわじわと需要が増えてきているというのだから、日本の食文化というやつは侮れない。

「食べた事がないのに、日本料理が好きなんですか?」

 なのはの質問に、リンディが苦笑しながら答える。

「日本料理そのものは食べた事があるわ。和食レストランで食べた料理が、すごくおいしかったのよ。それ以来はまっちゃって、いつかは本物の日本米を食べるんだ、って野望に燃えていたの。でもね、さっきも言ったように流通量が少ないから、日本料理のお店でも、必ず日本米が食べられるわけじゃなくて……。」

「だったら、残りのジュエルシードを集め終わってから、うちに来てください。ちょっと洋風になっちゃうけど、日本の家庭料理をご馳走できると思いますから。」

「ありがとう、なのはさん。楽しみにしておくわ。」

 因みに和食に関しては、プレシアもはまってしまっている。高町家でどんなものを食べているのか、という話になった時に、桃子がプレシアにお弁当を用意して振舞ったのがきっかけだ。結局食に関しては、プレシアは桃子に完全にノックアウトされた事になる。もっとも、娘に美味しいご飯を食べさせたい一心で貪欲に学んでいるので、和食で桃子に追いつくのも時間の問題かもしれない。

「そうだ、聞いておかなければいけない事があったな。」

「ん?」

「今回の件や魔法の事、どれぐらいの範囲の人間に知られた?」

「えっと……。私の家族とお友達三人、それからお友達のお姉さんとメイドさん二人、かな?」

 結構な人数に知られている事に、思わず頭を抱えるクロノ。

「みんな口がかたいから、大丈夫だよクロノ君。」

「そういう問題じゃない……。」

「質問。知ってしまった人間は、どうするの?」

「基本的にはどうもしないが、言いふらしたり悪用したりした場合には、記憶の処理もあり得る。」

「なら、大丈夫。高町家も月村家も、こういう力で痛い目を見た人間が多いから、言いふらす事も悪用する事もない。アリサとはやてはまだ小学生だから、こんな話をしても子供の与太話で終わるし。そもそも、この話を言いふらしたら、なのは達との縁が切れる事ぐらいは皆理解してるよ。」

 優喜の言い分を信用するかどうかはともかく、少なくとも高町なのはは力を見せびらかしたり悪用したりするタイプではないのは、話していれば分かる。そして、その両親だ。こういう賢い子供を育てられる人間、それも竜岡優喜のような厄介なタイプが信用するような人間が、そんな迂闊な真似をするとは思えない。

「……分かった。信じよう。」

「おや、えらくあっさりと信じたね、執務官殿。」

「茶化さないでくれるか? 単に、高町がそういう人間じゃない事と、君が他人をシビアに評価するタイプだという事を理解しているだけだ。」

「高く評価してくれるのは光栄だけど、僕は所詮ただの小僧だよ?」

「初等教育を受けている最中のただの小僧が、こちらの不備や不測の事態を指摘したうえで、筋道を立てて自分たちの行動の正当性を主張したりはしないさ。」

 胃袋が満たされて落ち着いてきたのか、クロノの言動からはずいぶん険が取れている。やはり空腹と睡眠不足は、精神的にもよろしくない。たがいに完全に警戒を解く、とまでは行かなかったが、ある程度相手の人柄を信用するところには至ったのだった。







「はあ、やっと朝ごはんが食べられるよ。」

 管理局の組織形態や執務官の職務・地位、その他もろもろの質疑応答をしていると、ややぐったりした感じでエイミィが入ってくる。手には朝食のトレイ。話し合いの間、資料の準備だのデータ解析だのに追われていたが、ようやく作業の引き継ぎを終えて食堂に来れたのだ。

「エイミィ、ご苦労様。」

「どうだった?」

「少なくとも、今朝の件については、証言と食い違うところはなかったよ。」

「ふむ。だったら君達の友達は、なぜ逃げたんだ?」

 クロノの疑問に、苦笑を浮かべるしかない三人。何しろ、普通に考えて、あの状況で対人恐怖症が理由で逃げる、とか、普通にあり得ない。

「その前に、話の腰を折って悪いんだけど、そちらのお姉さんを紹介してほしい。少なくとも、ジュエルシードが全部そろうまでは顔を突き合わせると思うし。」

「あ、そうだね。あたしはエイミィ・リミエッタ。執務官補佐をしてるんだ。敬語とかいらないから、近所のお姉さんと話するぐらい気軽に声をかけてね。」

「了解。で、エイミィさん、僕達も一応自己紹介した方がいい?」

「大丈夫。ちゃんと誰がどういう子かって言うのは分かってるから。」

 堅苦しいクロノの補佐官とは思えない、融通と言う単語が服を着て歩いているような快活な反応。まだ少女の範囲に入る年齢からすれば、これぐらいが普通だろう。優喜やクロノが異常なのだ。もっとも、建前の上でかたい話をする程度には、現実的な少女でもあるが。

「それで、フェイトちゃん、だっけ? 綺麗な子だったけど、あの子、どうして逃げたの?」

「単純に、男に免疫がないんだ。」

「「「は?」」」

 優喜の返事に、間抜け面をさらすアースラトップスリー。普通、理解できない理由なのは痛いほど分かるので、苦笑するしかない優喜。

「フェイトは家庭の事情でね、あの年までほとんど他人とかかわる事が無かったんだ。で、ジュエルシードの回収に関わるようになって、ようやく家族以外とまともに付き合うようになったんだけど、ね。」

 優喜の言葉に、苦笑しか出ないなのはとユーノ。何しろ、フェイトの人間関係は、全てなのはと優喜の人間関係なのだ。

「フェイトが直接かかわってて、普通に話とかできる家族以外の人間って、何とか十人を超えた程度でね。その中で男って、四人しかいないんだ。」

「四人って……。」

「僕とユーノとなのはのお父さんとお兄さん。で、お兄さんは十歳ぐらい年上だし、お父さんは当然親子ほど離れてるし、僕とユーノは男に免疫をつけるっていう意味じゃ役に立たないし。」

 確かに、優喜もユーノも、見た目においては男らしさには派手に欠ける。また、フェイトぐらいの年だと、十歳も離れた相手だと、それほど性別を意識しなくてもおかしくはない。

「で、同年代のそれなりに男性的な容姿の人間に、あんな風に威圧的に声をかけられる機会が無かったから、びっくりしてパニックを起こして反射的に逃げたらしい。」

「……僕が悪いのか?」

「クロノが、というよりタイミングが、だと思う。気が緩んでる時に不意打ちで怒鳴られると、誰でもびっくりするでしょ? クロノの対応自体は、あの状況では必ずしも間違ってたわけじゃないし。」

「クロノ君ってば、常時お固いからねえ。」

 ニヤニヤ笑いながら、言葉でクロノをつつくエイミィ。エイミィの言い分に、思わずぶすっとした顔をするクロノ。

「多分、出てきてたのがリンディさんかエイミィさんだったら、もう少しましだったかもしれないけど……。」

「ただ、フェイトの人見知りって見た目より結構重症だから、やっぱり逃げるのは逃げたかも。優喜ぐらいじゃないかな、初対面でフェイトの懐に入っていけたのって。」

「だよね。私もフェイトちゃんが気を許してくれるまで、結構時間かかったし。」

「僕だって、タイミングが良かっただけだよ。フェイト、いまだに店で物を買うのにも身構えてるし。」

 優喜の台詞に、どこまで人見知りが激しいのか、とあきれるしかないアースラ組。フェイトがフィアッセやゆうひと普通に話が出来たのは、二人の人柄もあるが、基本的には桃子やなのはにつられての事だ。

「本当に、フェイトって、高町家に来る前はどうしてたんだろう……。」

「まあ、アルフもいたし、買い物と食事の準備ぐらいはどうにかしてたんじゃない? 桃子さんに教わる前から、それなりに料理できてたし。」

 高町家に下宿するまで、フェイトは地球では、基本的に自炊していた。味噌やしょうゆのような日本独特の調味料の使い方が分からなかったのと、日本語がそれほどちゃんとは読めなかったのとで、基本的に塩とコショウだけで味付けしていたが、それでも食べられないものは作らなかったようだ。

「……君を疑うわけじゃないが、本当にそれだけなのか?」

「まあ、原因は他にもあるけど、少なくともさっきの時点では、やましい事があって逃げたわけじゃないよ。」

「さっきの時点では?」

「そこら辺は、本人から聞いて。とはいっても、たぶんまだ落ち着いてないだろうし、フェイトの性格からして、落ち着いてもすぐにはこっちと連絡を取る踏ん切りはつかないんじゃないかな?」

 優喜とは別の意味で難儀な性格の少女、フェイト・テスタロッサ。しかも、一度懐くと今度は、必要以上に無防備に接するのだから始末に負えない。魔性の女の素質十分だ。これで、懐いた相手にだけわがままを言えるようになれば完璧だろう。

「で、話を変えるけど、僕が戦力になることを証明するって話、どうしようか。」

「どうしようかって、何が?」

「ジュエルシードの特性上、下手に模擬戦とかやって消耗するのはまずいかなって思って。とりあえず、攻撃力と防御力が十分だって証明すれば、一応OKってことにしてもらっていいですか?」

「それは構わないけど、具体的にはどうするのかしら?」

「攻撃力の方は、リンディさんとクロノのバリアジャケットを抜いて、適度なダメージを通して見せればいいかな、と。防御力は、なのはのディバインバスターを三発ぐらい受けて見せれば納得してもらえると思います。」

 優喜の台詞に、飲んでいたお茶を噴き出しそうになるなのは。因みに持ってきていた水筒のもので、中身はほうじ茶だ。

「ちょ、ちょっと待ってよ優喜君! 確かに優喜君はディバインバスターぐらい普通に防ぐけど……。」

「まあ、なのはが他人に向けて砲撃したくないのは分かるけど、今回は目をつぶって。」

 ハンターの一件以来、どうにも人に向けて撃つ時は引き金が鈍りがちななのは。人として正しい反応なのだが、毎度毎度いちいち撃つ前に躊躇われても困る。フェイトもそこら辺は同じで、二人ともいまいち非殺傷設定そのものを信用しきれていない。なのはとフェイトで模擬戦をするときはともかく、バリアジャケットの無い人間を相手にするときは、二人とも攻撃がどうしてもとまりがちになる。ましてや、最初から当ててくれと言われると……。

「……分かったよ。」

「ごめんね。後、基本的に最大出力でお願い。」

「……うん。」

 泣きそうな顔になりながらうなずくなのはに、悪いことしたと思わざるを得ない優喜。今まで散々誤射だのなんだので優喜やフェイトに当ててきたじゃないか、というのは禁句だ。

「じゃあ、一息入れたら、トレーニングルームで。」

「了解。」

 と、話が決まったところで、リンディが日本人的には看過できない行動に出た。明らかに淹れ方を失敗した緑茶に、砂糖とミルクをぶち込んだのだ。

「……。」

「……リンディさん、いつもその淹れ方でその飲み方?」

「ええ。それがどうかしたの?」

「……なるほど。米だけじゃなくて、お茶もちゃんとしたものを飲んだ事がないのか……。」

 緑茶と言うやつは、淹れ方を失敗するとただただひたすら渋くなる。そうでなくても独特の苦みがある事もあって、海外の人間は紅茶のような飲み方をする人間も結構多い。多いのだが……。

「リンディさん、後で本来の美味しい緑茶の嗜み方を教えますから、金輪際その飲み方は禁止です。どうしてもそうやって飲みたいのなら、地上のコンビニで、緑茶オレでも買ってきて飲んでください。」

 優喜がきっぱりはっきり禁止令を出す。隣のなのはもまじめな顔でうなずいている。

「え? そ、そんな……。こうやって飲むのが美味しいのに……。」

 優喜となのはの妙な迫力に押され、ごにょごにょと反論するリンディ。もっと言ってやれ、という視線を向けてくるクロノとエイミィ。もっとも、外野の二人にしても、美味しい緑茶の入れ方や飲み方なんて、ちゃんとは知らないのだが。

「邪道、とまでは言いませんが、やっぱりお茶と言うのは本来は、基本的に淹れたてをストレートで飲むものです。」

 なのはが、喫茶店の娘らしいこだわりを感じさせる一言をぶつける。彼女は小学生には珍しく、紅茶はストレートで飲む派である。ミルクティやフレーバーティも否定はしないが、やはり香りと風味を楽しむにはストレートが一番だというのが、なのはの主張だ。もちろん、緑茶に余計な手を加えるなど、なのは的には論外もいいところだ。

「……分かったわ。そうまで言うのなら、私を納得させるお茶を用意することね。」

 何やら格好をつけて、折れて見せるリンディ。だが、第三者的にはあくまで正しいのは優喜となのはだ。特にクロノにしてみれば、何度飲んでも好きになれないあの甘渋い液体が、間違った飲み物だと証明されるのは大歓迎だ。これで母の部分的に発揮される気持ち悪い嗜好が矯正されるなら、どれだけ感謝してもしたりない。

「……やっぱり、あれは間違ってたのか。」

「うん。というか、ミルクと砂糖を入れるんだったら、濃度とかもそれ用に調整しないと、普通は美味しくはないと思うんだけど……。」

「紅茶だって下手な淹れ方をしたら、ミルクや砂糖で誤魔化しても美味しくないから、多分あのお茶もそうなんじゃないかな、って思うの。」

「だからまあ、余計なお世話だとは思うんだけど、お米の美味しさが分かるんだったら、ちゃんとしたお茶の美味しさを知らないのはもったいないな、って。」

「いや、正直ありがたい。」

 どうやらクロノも苦労しているらしい。そう悟って苦笑する優喜となのは。この一件もあって、組織としての彼らを信用するかどうかはともかく、個人としてはうまくやっていけそうな程度には、人間関係を結べたのであった。







「アルフ……、どうしよう……。」

「どうしようって、優喜達と合流して、相手に頭を下げるしかないんじゃないかい?」

 優喜達が朝食を食べ終えた時間から少し後。フェイトは臨海公園でへこんでいた。理由は言うまでもない。パニックを起こして反射的に逃げた事だ。なお、現在フェイトはバリアジャケットを解除し、私服姿に戻っている。

 因みに、釣りやらなんやらで結構時間を食った事に加え、パニックを起こして明後日の方向に飛んで逃げて現在位置を見失った事もあり、公園に戻ってきたころには、結構人の姿があった。おかげで、目立たずに降りる場所を探すのにまた苦労して、さらに余計な時間を使ってしまっていたりする。

「優喜、怒ってるかな……。」

「怒っちゃいないだろうさ。ただ、あきれてはいるかもしれないけどね。」

「……うう。」

「フェイト、ここでへこんでてもしょうがないよ。」

「そうなんだけど……。」

 パニックになって逃げるとか、恥ずかしすぎる。しかも、逃げるタイミングとか逃げ方とかが、あからさまに怪しい。子供じゃあるまいし、もっと分別のある行動をしなければいけなかったんじゃないか。そんな風に、自分の年齢が子供に分類される事を忘れた反省を続けるフェイト。

「とりあえずフェイト、まずは朝ごはんにしようじゃないか。」

「……うん。」

 いつまでもへこんでいてもしょうがない。まずはお腹に物を入れよう。いざという時に腹ペコなのはよくない。ただ、朝食にはやや遅い時間だし、屋台で買ったものならともかく、こんな時間にお弁当を食べているのは目を引きそうで恥ずかしい。逆に、昼食には早いなんてもんじゃない。

「そういえば、アルフはお弁当だけで足りる?」

「ん~。欲を言うならもっと欲しいところだけどね。我慢できないほどでもないよ。」

 アルフの返事を聞いて、財布を取り出し中身を見る。絶対額で言うならそんなにたくさん入っているわけではないが、小学生の小遣いとしては破格の金額が入った財布。とりあえず、アルフにホットドッグや唐揚げを買ってあげるぐらいの余裕はある。そもそもフェイト自身は、ほとんどお金を使わないのだ。

「アルフ、ご飯を食べるのに、あんまり目立たない場所を探しておいて。何か買ってくる。」

「いいよ、フェイト。アタシはあれで十分だ。」

「でも、お弁当はおにぎりしか入ってないから、肉類はほとんどないし、アルフは満足できないでしょ?」

 フェイトは野菜も米も大好きなので、おにぎりにたくあんと言う朝ごはんにも文句はない。だが、アルフは出自が狼だけあって、肉がないとあまり力が出ない。使い魔の仕事が主を守る事なら、主の仕事は使い魔が実力を発揮できるようにすることだ。そして、食事はその原点だから、おろそかには出来ない。少なくとも金銭的に余裕がある以上、使い魔の食事を粗末にするわけにはいかない。

「気にしなくていいって。」

「私も少しだけ欲しいから、ね。」

 そう言い残して、アルフに取り合わずすたすたと屋台の方に行く。正直、屋台で買い食いと言うのも、結構フェイトにはハードルが高い作業なのだが、ここで折れては女がすたる、とはやて風の言い回しで腹をくくる。実際のところ、アルフが遠慮していたのは、フェイトの小遣いだけでなく、主のその性格面にもあるのだが、妙に気追っているフェイトには伝わっていない。

 少し話はそれるが、フェイト・テスタロッサを語る上で外せないのが、彼女の妙な引きの悪さ、間の悪さであろう。母・プレシアの病が治り、親子関係も改善された今となっては、薄幸の美少女という表現はしっくりこなくなったが、それでも妙なところで割を食ったり貧乏くじを引かされたりするところは変わっていない。例えば、フェイトが初めて戦った暴走体がゴキブリであったり、たまたま着地した場所が巨大ミミズのコロニーの真上だったり、そういった「引きが悪い」としか表現できない不運が妙に多いのが、フェイトの特徴の一つだ。

 何が言いたいのかと言うと、たかが屋台でホットドッグを買う、という作業だけでも、フェイトの場合は必ずしも無難に進むとは限らない、という事だ。因みに今回の場合は……。

「あ、そこのお嬢さん、ちょっと時間いいですか?」

 一つ気合を入れて屋台の方に歩きだしたところで、スーツを着たサラリーマン風の男性に声をかけられたのだ。予想外のタイミングで、まったく見知らぬ人間に声をかけられる。フェイトにとって最も苦手な状況の一つだ。プレシアとの不仲が深刻だったころは、割と思い詰めていた事もあって無視も出来たのだが、今となってはそれも無理だ。気がつかなかったふりをしようにも、目の前に立たれてしまってはどうにもならない。

「え? あの……?」

「あ、もしかして、日本語は分かりませんか?」

 男性の言葉に、反射的に首を左右に振る。分からない事にして逃げてもよかったのだが、それで堪能な英語やフランス語などを聞かされても、やはり対処に困る。まだ、英語はミッドチルダ語に近いからどうにかなるが、ドイツ語やフランス語になるとお手上げだ。まあ、最悪言語系の魔法を使えばどうにかはなるのだが。

「申し遅れましたが、私こういうものでして。」

 逃げを許さぬ隙のない動作で名刺を差し出してくる。小学生相手にやりすぎだろう、と突っ込みたくなる挙動だ。もっとも、フェイトは学校に行っていないので、小学生のくくりに入るかどうかは分からないが。

 因みに名刺には某有名芸能プロダクションの名前が書かれているが、フェイトにはそんな事は分からない。何しろ、地球でテレビを見るようになったのはここ一週間ほどの事なのだ。芸能界に限らず、圧倒的に知識が足りない。かといって、ミッドチルダをはじめとした魔法世界の事もほとんど知らない。彼女の世間知らずは筋金入りだ。

「あ、あの……?」

 強引に名刺を受取らされたフェイトだが、それをどうすればいいのか理解できない。そもそも、何のために男性が自分に声をかけたのかも理解できていないのだ。

 普通なら、名刺を見れば男の目的など一目瞭然だが、そもそも芸能プロダクションが何か、というものを理解していない。スカウト、という行為が存在する事を知らない。一応ある程度の一般常識はアリシアの記憶とセットで植えつけられているはずなのだが、その辺いろいろあいまいな上に、一般常識と言うやつは体験を通して定着する事も多い。最近まで娯楽の類とも縁がなく、社会と隔絶されて生きてきたフェイトに、こういう人間関係や娯楽が絡む一般常識を求めるのも酷だろう。

「お嬢さんは、テレビに出たいと思った事はありませんか?」

「全然……。」

 あるわけがない。士郎達が見ているから一緒に見ているぐらいで、正直なところ、さほど興味はない。そもそも、今のフェイトにとって、優先順位はテレビに出る事ではなく、ホットドッグを買う事だ。アルフを待たせているし、フェイト自身も結構空腹が辛くなってきている。正直、芸能界などどうでもいいのだ。とっとと、朝ごはんを食べたいのだ。

 だが、フェイトには、この手の人間を振り切るための能力はほとんどない。そもそも、屋台で買い食いするのですら気合を入れねばならないような女の子に、丁寧だが押しの強いスカウトマンをどうこうできるわけがない。結局外部から助けが入るまでの十数分間、フェイトは足止めを食らい続ける羽目になる。

「すまんが、その子は儂の連れでな。そろそろ解放してやってくれんか?」

「え……?」

 心底困り果てていると、不意に男の背後から年配の男性が声をかけてくる。驚いて顔を見ると、いたずらっぽく笑って目配せをしてくる。どうやら、困っているフェイトを見かねて、助けてくれるようだ。

「なかなか戻ってこんと思ったら、こんなところで足止めを食っておったか。」

「ご、ごめんなさい……。」

「いやいや。おまえさんは優しい子だから、興味がなくてもよう断れんことぐらいは知っておるさ。」

「あ、あの、それでお嬢さんは……。」

「今まで何を見ておったんじゃ? 明らかに、乗り気ではなかろう?」

 老人の言葉に、首を何度も縦に振って同意するフェイト。その様子にようやく脈がないと理解したスカウトマンは、時間を取らせたことを謝罪して去って行った。







「あ、あの、ありがとうございます。」

「なに、単に儂がああいう手合いが嫌いなだけじゃよ。それに、下心が無いでも無いしの。」

「下心……?」

「別段、尻を触らせてくれ、とかそういう事を言うつもりはないから、そんなに身構えんでくれ。」

 下心と聞いて、女の本能みたいな部分で思わず身構えるフェイト。そのフェイトを見て苦笑する男性。まだ完全に枯れてはいないが、さすがに年齢一桁の少女の尻に興味があるほど飢えてもいない。十年後ならさすがにストライクゾーンかもしれないが、今はまだまだ守備範囲外だ。

「儂は趣味で写真を撮っておっての。嬢ちゃんの写真を何枚か、撮らせてもらいたいんじゃ。」

「写真?」

「ああ。なに、ただでとは言わんよ。それに無理強いする気もないしの。」

「それぐらいならいいけど……。」

「おっと、そうじゃ、忘れておった。これを言わずに写真を撮るのは、フェアとは言えん。」

 老人の言葉に、少しばかり嫌な予感がするフェイト。その予感が正しかった事を証明するように、老人がフェイト的にはとんでもない事を言い出す。

「知り合いにの、海鳴を紹介する雑誌の写真を何枚か頼まれておっての。そのうちの一枚か二枚を、ここでとるつもりだったんじゃ。顔が出んように写すから、使わせてもらって構わんかな?」

「え……?」

「嫌なら嫌で構わんよ。嫌がる人間を無理に頼みこんで写しても、碌な写真は撮れんしの。」

 さっきのスカウトマンとは違って、実に紳士的な態度だ。恩着せがましくない態度が、かえってフェイトにとっては恩を強く感じさせる結果になる。実際のところ、写真ぐらいはいいか、という気分になってきているが、アルフの事が問題になる。さすがに、いくらなんでも待たせすぎじゃないか、と思っていたら、案の定念話が飛んできた。

(フェイト、ずいぶんと遅いけど、何かあったのかい?)

(ちょっと、いろいろとごたごたしてて。先に食べてていいよ。)

(そろそろ終わるんだったら、もうちょっと待ってるけど?)

(もう少しかかりそうなんだ。だから先に食べてて。)

(ん、分かったよ。早く戻ってこないと、全部食べちまうからね。)

(うん。)

 こんな事を言うが、アルフはフェイトの分をちゃんと残すだろう。あまり待たせるのも気まずいし、ちょっとその話だけはしておいた方がいいだろう。

「写真を撮ってもらうのはいいんだけど、連れを待たせてるんです。」

「ふむ。なら嬢ちゃんの分とその連れの分、ホットドッグでも買えばいいんじゃな?」

「あ、私の分はあるんです。ただ、連れが多分、それだけじゃ足りないかなって思って。」

「なるほどの。しかし、昼には早い時間じゃが……。」

「いろいろあって、作ってもらってた朝ごはんのおにぎりを食べそびれて……。」

 どうにも、食事に関しては、フェイトは食べそびれるととことん食べそびれる傾向がある。これもまた、彼女の間の悪さの一つだろう。

「じゃあ、先に嬢ちゃんの遅い朝飯か?」

「あ、とりあえず連れには先に食べててもらってますから、先に写真を撮ってもらって、もう私の分はお昼ご飯にします。」

「朝飯を抜くのは感心せんが、今から食うと今度は昼がおかしな時間になるか……。」

「はい。なので、朝ごはんをお昼ご飯にしようかな、って。」

 フェイトの言い分に納得した老人は、ならば手早く済ますか、と、撮りたい構図をフェイトに伝え、さっさとカメラを組み立てる。

「えっと、こう?」

「そうそう。いい絵じゃ。」

 手すりにもたれかかるように海を見るフェイトを、後ろから何枚か撮る老人。次は、空を見上げる構図で、と指定が入り、言われた通りのポーズをとったあたりで……。

「あら、フェイトじゃない。」

「アリサ? すずかも?」

「おはよう、フェイトちゃん。何してるの?」

「えっと……。」

 たまたま近くを通りかかったアリサとすずかが、フェイトに気づいて声をかけてきた。

「嬢ちゃん達、この嬢ちゃんの友達かい?」

「ええ、そうよ。お爺さんは?」

「こっちの嬢ちゃんを口説き落として写真を撮らせてもらってる、ただの写真が趣味の爺じゃよ。因みに、さっきは自己紹介を忘れとったが、儂の名前は鷲野じゃ。」

「私はアリサ・バニングスよ。よろしく。」

「月村すずかです。」

「フェイト・テスタロッサです。」

 ようやく、互いの名前を知ったフェイトと鷲野老人。

「しかし、写真のモデルか。それで、フェイトが気取ったポーズをとってたのね。」

 得心が言ったという顔で、アリサがつぶやく。横で見ると、すずかも頷いている。どうやら、フェイトがそういうポーズをとるのは、彼女たちの中では異常事態に分類されているらしい。

「それにしても、フェイトちゃんが初対面の人と打ち解けてるなんて、珍しいね。」

「まあ、鷲野さんだったら、分からなくもないんだけど、さ。」

「困ってるところを、助けてもらったんだ。それで、写真を撮りたいっていうから、お礼にモデルをさせてもらってるの。」

 恥ずかしがり屋のフェイトにこんな役をやらせるのだから、この好々爺然としたカメラマンはなかなかの人物のようだ。

「せっかくじゃ、アリサ嬢ちゃんにすずか嬢ちゃんも一緒に撮らせてくれんかの?」

「そうね。」

「せっかくだから、撮っていただけますか?」

 アリサとすずかの了解も取れたので、早速構図を決めようとする鷲野老人。その間に気になったことを口にするアリサ。

「そういえばフェイト、今日は一人なの? 優喜となのはは?」

「あ、それは……。」

 どう話すべきかしばし逡巡し、結局ありのままを話す。聞き終わったアリサが、こらえきれずに大爆笑する。

「ア、アリサちゃん、そんなに笑っちゃ駄目だよ。」

「だ、だって……、あんまりにもフェイトらしすぎて……。」

「うう……。」

 その様子をファインダーに納める鷲野老人。飾らない表情がほほえましく、爺さん的にはとても眼福だ。黙って一枚写す。

「そういえば、アルフさんは?」

「ちょっと離れたところでご飯食べてる。」

「ご飯って、こんな時間に?」

「朝ごはん、食べそびれたんだ。私はもう、昼ごはんまで我慢するつもり。」

「まあ、アルフさんだったら、この時間に朝を食べても、昼ごはんぐらい普通に食べるよね。」

 フェイトの言葉に納得するすずか。

「そろそろ、ポーズを頼んでもいいかの?」

「あ、はーい。」

「いつでもどうぞ。」

「お願いします。」

 鷲野老人の指示に従って、言われた位置でポーズを取る。普段、こんな感じで写真を撮ることなどない事もあり、やたら楽しそうにポーズをとる少女達。傍目にもほほえましい光景である。

 そう、ここで終わればほほえましい話、で終わったのだ。だが、ここにはフェイトが居る。こういう時、フェイトの間の悪さは奇跡のレベルである。

 運が悪いことに、ちょうどこのとき、海流で流されたジュエルシードがひとつ、蛸の住処にダイブした。その魔力に反応し、比較的近くにあったジュエルシードが浮かび上がり、それを悪食な魚がぱくりといって、と連鎖的に反応を起こし、残っていたすべてが発動してしまった。

「……え?」

「どうしたの、フェイト?」

「これ、ジュエルシードの魔力!?」

「へ?」

「何でまたこのタイミングで……!」

 ほとんど暴走に近いそれをどうにかすべく、バルディッシュを起動する。周りの視線など気にしている余裕はない。それに、これから起こることを考えると、デバイスを起動した程度は誤差の範囲だ。

(アルフ!)

(ああ、分かってるよ!)

(優喜たちと連絡を取ってみるから、結界お願い!)

(あいよ!!)

 こうして、実に間の悪いタイミングで、最後のジュエルシードはまとめて発動したのであった。



[18616] 第13話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b6f7b147
Date: 2010/10/06 22:44
「いたたたたた……。」

「……くぅ。」

 話は少しさかのぼり、臨海公園でのジュエルシード発動より少し前のアースラの会議室。優喜に一発ずつしばかれたリンディとクロノは、太ももを押えてうめいていた。太ももなのは簡単。やりすぎても重要な臓器を痛めないからだ。それに、腕だと間違えて折りかねないが、太ももあたりならそう簡単に折れないだろう、という間違った配慮もある。

「軽く触った程度にしか見えなかったけど、そんなに痛いの?」

「……あんな動作でこんな打撃が飛んでくるなんて、反則もいいところだ……。」

「……骨の芯まで衝撃が浸透してきたわよ……。」

 いまいちピンとこないエイミィ。その反応も当然だろう。何しろ見た目の上では、優喜は軽くぽんと叩いたようにしか見えないのだから。

「まあ、発勁って、もともとそういうものだし。」

「……聞くまでもないが、当然もっと強いダメージも出せるんだろう?」

「うん。同じぐらいの動作で、ありったけの内臓を一撃で壊すような真似も出来るよ。練習以外でやったこと無いけど。」

「練習で、人を殺すような真似をしたのか!?」

「練習相手は大型の魔物だったし、やらなきゃこっちが死ぬような環境だったから、大目に見てよ。」

 彼にこの技能を伝授した人物について、いろいろ突っ込みたくなってくるクロノとリンディ。少なくとも、小学生を死の危険のある訓練にたたきこむな、とは言いたい。

「確かに、これなら十分に戦力になるだろう。だが、あくまでも素手で触れる距離でしか戦えないんじゃないか?」

「うん。なのはみたいに、広範囲にダメージを与えるような真似は苦手。一応、普通の飛び道具の有効射程程度の範囲なら、攻撃手段はあるにはあるけどね。」

「飛び道具まであるの……。」

「あるってだけで、なのはの足元にも及ばないレベルだよ。」

「あれと対等に撃ちあえたら、それこそ死角が思い付かない。」

 クロノの言い分に苦笑する。なのはの砲撃は、威力も精度もそろそろシャレにならないところに来ている。レイジングハートがシミュレーションの仮想敵のデータを優喜や恭也、美由希にしているため、どんどん攻撃の精度が上がってきているのだ。そのうえ、普段のジョギングやら何やらの効果を高めるため、魔力による負荷までかけているのだからたまらない。

 因みに、シミュレーションの仮想敵や普段の訓練時の魔力負荷は、フェイトも同じ事をしている。気功による魔力回復速度の向上が目覚ましい事もあり、少々の無理は無理とは言わなくなったのが大きいらしい。二機のデバイスは、主たちが強くなるための努力は一切惜しまないため、鍛えられている当事者たちは自覚もないまま、どんどん力量をあげていたりする。

 さすがに、シミュレーションといえども、なのはやフェイトが恭也や優喜に勝てた事はないが、データが不十分な現状の彼ら相手ならば、そう遠くない日に勝率を五分ぐらいには持っていくだろう、とはレイジングハートの弁だ。しかも、バルディッシュとデータ交換をしているらしく、自身や互いの主の最新データを仮想敵に持ち出すこともあるため、二人揃って妙に戦闘スタイルに死角が無くなりつつある。

 そんな事は知らないクロノだが、自分の最大火力を余裕で超える砲撃を、三点バースト出来るぐらいの速射性でぶっ放した時点で、なのは相手に撃ちあいをしても勝ち目が一切ない事を理解していたりする。

「しかし、あの砲撃を無防備に三発受けて動けるのも驚いたが、その状態で普通にこちらのバリアジャケットを抜いて見せたのも驚いた。一体、どういう体をしているんだ?」

「簡単な話。同期の同門と組み手をするときは、いつもあれより強い打撃が飛んできてたから、自然と防御力と耐久力が鍛えられたんだ。それに、これぐらいでないと、大技を撃てる体にならない。」

「……正直、理解できない話だな。何のために、そこまで鍛える必要があるんだ?」

「道楽みたいなもんだよ。単純に、これじゃ足りない世界を知ってるってだけ。」

 こればかりは、口で説明しても理解してもらえないのは間違いない。フェイトの一般常識と同じで、実感しないと理解出来ない種類のものだ。

「それで、高町がずいぶんと具合が悪そうだが、どうしたんだ?」

「ジュエルシードを集めてる最中にいろいろあってね。今、人に対して砲撃を撃つのが怖い時期なんだ。」

 その一言で、なのはの身になにがあったのか、おおよそのところを悟るクロノ。ただ、雰囲気や顔つきから、まだ彼女は直接手を汚した事はなさそうなのは、救いと言えば救いだろうか。

「……もしかして、人死にが?」

「なのはとフェイトはやってない。単に、僕が失敗しただけ。」

「……申し訳ない。」

「済んだ事だよ。」

 優喜の一言で、全てを理解してしまうアースラトップスリー。ユーノの安否確認あたりを口実に、もっと早く介入するべきだったのではないかと考えずにはいられない。もっとも、現実問題として、この件に限っては、管理局サイドも責められるほどの失態を犯しているわけではなく、単に全てにおいて、運とか間とか呼ばれるものが悪かっただけなのだが。

「とりあえず、そこらへんの話はおいといて、これからの事を話そうか。」

「そうね。それで、今後のジュエルシードの回収について、なのだけど……。」

「まずは、今現在の進捗状況を教えてくれないかな?」

 ようやく痛みが引いて立ち直ったリンディが、エイミィからデータを受け取りながら聞く。

「ジュエルシードは全部で二十一個。そのうち今朝の分を合わせて、十五個が回収済み。残り六個だけど、そろそろ地上には残ってないか、あっても一つ二つだと思う。」

 回収責任者として、ユーノが代表して答える。因みに、ここら辺は意見が一致している部分だ。

「その根拠は?」

「根拠と言うか、臨海公園に落ちてたものもあったから、四分の一ぐらいは海に落ちてるんじゃないかな、って考えた程度。まあ、一番の理由は、今朝見つかるまで、一週間以上空振りだったから、探してない場所を考えたら海の中しか思いつかない、ってぐらいだけど。」

「なるほど、な。」

「因みに、これが今までジュエルシードを見つけた場所の分布。海鳴市の、それも海岸寄りに集中してるから、今朝見つけたやつより山奥に落ちたとは考え辛い、と、僕と優喜は考えてるんだけど、どう思う?」

「そうね。サーチャーを飛ばしてみないと分からないけど、残りが全部地上に落ちた可能性は低いわね。」

 少なくとも、海辺に一つ落ちていたのだから、海に落ちたものがゼロであると思うのは楽観的にすぎるのは確かだ。

「ちょっと、このデータで傾向を分析してみるよ。」

「お願いね、エイミィ。」

「任せてください。」

 とりあえず、落ちているとしたらどの海域が多そうか、という分析をエイミィに任せ、回収そのものの役割分担や、優喜達の待遇などについて話をする事にしたリンディ。

「それで、ここからは、私達がメインで回収を勧めることになるから、あなた達には基本的には手を引いてもらうことになると思うのだけど。」

「こちらとしては、最初からそのつもりです。ただ、あなた方が回収を終える前に遭遇したものに関しては、自衛ということで勝手に蹴りをつけますが。」

「……最後まで関わらせろ、と食い下がってくるかと思ったけど、変に素直ね。」

「言ったでしょう? 最初から自分達が無茶をしてる自覚ぐらいはあるって。もともと、そちらが介入してきたら、とっとと仕事を押し付けて安全圏に下がるつもりだったんですよ。」

 何しろ、開始直後は素質だけで行動しているなのはに攻撃力皆無のユーノ、体が子供になって感覚の齟齬が大きくなっていた優喜の三人だ。平均的に大した事がなかったからどうにかはなったが、正直手を引けるならとっとと手を引きたかったのだ。

「なるほどね。それじゃ、もし今、ジュエルシードの発動を確認したら、どうするの?」

「運悪くフェイトが巻き込まれてたら助けには行きますが、それ以外はお任せします。」

「……分かったわ。取りあえず、回収したジュエルシードの扱いについては、後六つの回収が終わってからにしましょう。取りあえず、今は、あなた達が持っている分を、こちらで預からせてもらっていいかしら?」

「お願いします。」

 そう言って、取りあえずレイジングハートに保管している分である八個を取り出そうとしたとき、アースラにアラームが響き渡った。

『第九十七管理外世界において強大な魔力反応発生! ジュエルシードが発動したものと思われます!』

「映像を回して!」

『了解!』

 映された映像を見て、思わず絶句するしかない一同。何しろ、真昼間の臨海公園で、いつ次元震が起こってもおかしくないほどの魔力がばら撒かれているのだ。ちなみに、これほど迅速に映像を入手できたのは、エイミィがもらったデータを元に、すぐに海鳴全域にサーチャーを転送させたからだ。

「フェイトちゃん!?」

「また、間が悪い……。いや、今回の場合は運がいい、といった方がいいのかな?」

「結界の発動を確認!」

「え? アリサにすずか!?」

 見ると、結界内に見知った二人の少女が。その後ろには、見知らぬ老人も居る。

「多分、攻撃が飛んできたから、外に退避させられなかったのね……。」

「ますます、フェイトが居て助かったわけか……。」

「優喜、そんなのんきな事を言ってる場合じゃ!」

「だね。リンディさん、早く現地に転送を!」

 優喜の言葉を受けて転送準備の指示を出そうとしたとき、武装局員の一人から異を唱える声が上がる。

『艦長、意見を申し上げます。』

「何かしら?」

『今回のロストロギアの暴走、彼女が起こした可能性があります。犯罪者である可能性が高い以上、消耗するのを待ってから突入すべきかと愚考しますが、いかがでしょうか?』

 年配でベテランの武装局員の言葉に、一瞬詰まる。意見を受け入れるかどうかで悩んだのではない。明らかに優先順位を間違えている局員に、どういえばいいのかを悩んだのだ。

 これが、あの場にいるのがフェイト一人ならその考え方も問題ない。だが、無関係な一般人が巻き込まれ、しかも彼女が敗れた場合結界が解けて、更に大量の被害者を出す可能性もある。こんな真昼間に発動したロストロギアをほったらかしにして犯罪者の逮捕を優先させるなど、自ら管理局の理念を否定しているようなものだ。

『優喜! なのは!』

 リンディが口を開く前に、レイジングハートを通じてフェイトから通信が入る。

『海にあったらしいジュエルシードが、いきなり暴走した! 私とアルフだけじゃ抑えきれない! 結界を張るのが遅れて、中に何人か取り残された!!』

「こっちでも確認してる!」

『逃げておいてこんな事を頼めた義理じゃないけど、早く来て! アリサが、すずかが!!』

「リンディさん!」

 今のやり取りで、フェイトが白だという事を確信するリンディ。となると、やる事は一つだ。

「エイミィ! 転送準備! 優喜君達を現場へ!」

「転送します!」

「僕も行こう! 人手は一人でも多く必要なはずだ!」

「OK!」

 最年少グループの転移を確認した後、一つため息をついて、納得していない様子の武装局員に釘をさす。

「優先順位を間違えてはいけないわ。私たちの仕事はあくまで、一般市民の生活を守ること。たとえ管理外世界の現地住民だとしても、一般市民が巻き込まれている以上、彼らの安全が最優先よ。」

「……分かりました。」

「とりあえず、今回は出力勝負になりそうだから、貴方達は事後処理のために待機。エイミィ、私も出るから、後の事は任せるわ。転送お願い。」

「了解です!」







「逃げておいてこんな事を頼めた義理じゃないけど、早く来て! アリサが、すずかが!!」

 大量に飛んできた棘を切り払いながら、悲鳴のような声で応援を要請するフェイト。正直、映像を送っているような余裕はない。封印しようにも、攻撃が激しすぎて、アリサ達を守るので手一杯だ。

 今回の六体の暴走体、とにかくやたらと飛び道具が多い。しかも、共鳴して暴走しているからか、えらく火力がでかい。特に厄介なのが巨大ウニの棘。大量に飛んでくる上にやたら貫通力が高く、フェイトの防御魔法では完全には防ぎきれない。しかもその上、どうやら棘に毒があるらしく、刺さったコンクリートが腐食している。正直、普通の人間が当たったが最後、まず命はあるまい。

 他にも巨大なウツボが吐き出す水に、巨大タコのスミ、二枚貝からのレーザーが隙間を埋めるように飛んでくる。どうにかそれを防いでいると、今度はタコやイソギンチャクから触手が飛んでくる。それらをかいくぐると、最後にヒトデが高速回転しながら飛んでくる。救いなのは、全ての攻撃がフェイトとアルフに集中している事と、アリサとすずかが機転を利かし、出来るだけ障害物の多い場所に逃げようとしていることぐらいか。

 だが、フェイトの防御力では、一発当たればそのまま畳み込まれかねない。いくら優喜の指輪で二倍強の防御力になっているとはいえ、元が薄いのだ。フェイトのバリアジャケットは、防御力を倍にしてもまだ、なのはのバリアジャケットに及ばない。普通なら十分すぎるぐらいだが、こいつらの火力相手では即座に戦闘不能にならない、というレベルを超えない。

 因みに、優喜の作った防御の指輪は、単純に常時一定量の防御力を加算するだけのものだ。一般人やフェイトには莫大な効果があるが、なのはにとってはおまけ程度でしかない。指輪一つでフェイトと同等の防御力を得られるというのは破格だが、高位魔導師や今回のような強火力相手には、気休めにしかならないのも事実だ。因みに、おまけ程度でしかないため、なのはの指輪は違う効果のものだ。

「あっ!?」

 切り飛ばしそこなった針が、フェイトのマントを地面に縫い付ける。とっさにマントの端をバルディッシュで切り裂き、もう一度空に上がろうとした瞬間、タコの触手がフェイトをたたきのめす。

「くぅ!!」

 どうにか防御魔法で受け止め、大ダメージこそ逃れたものの、完全に動きは止まってしまう。どうにか体勢を立て直して、今度こそ空に上がろうとした時、自分が致命的な場所まで弾き飛ばされた事に気がつく。

「フェイト、大丈夫!?」

「フェイトちゃん!?」

 アリサ達の目の前にまで弾き飛ばされてしまったのだ。その上、ウツボが水流を吐き出す準備動作をしている。今飛んでしまうと、無防備なアリサ達に直撃しかねない。覚悟を決めるしかないと悟ったフェイトは、全力で防御魔法を発動させる。

「アリサ、すずか、鷲野さん! 私の後ろから動かないで!!」

「ちょ、ちょっとフェイト!?」

「今から逃げても、アリサ達の足じゃあいつの攻撃から逃げ切れない!」

 正直なところ、完全に受け止めきれるかどうかは五分五分だ。受け止めきれたところで、フェイト自身はノーダメージでは済まない。アルフに助けてもらおうにも、向こうは向こうで攻撃をいなすのに手いっぱいで、こちらのフォローに回る余裕はなさそうだ。

「来る! 伏せて!」

 フェイトの声に、あわてて姿勢を低くするアリサ達。地面をえぐりながら、激しい水流がフェイトを襲う。瓦礫が、アリサ達の頭上を飛び越える。すさまじい衝撃が、フェイトの防御魔法をえぐり取る。永遠とも思えるほど長い数秒間が過ぎ、どうにか水流を受け止めきれた事を知るフェイト。だが、どうにも踏ん張り切れず、その場で膝をついてしまう。

「フェイト!?」

「大丈夫、まだ大丈夫だから。」

 いまいち言う事を聞かない体に鞭打って、どうにか立ち上がる。まだ魔力自体は十分残っている。だが、朝食を食べそびれた事がここに来て響き始めたようだ。どうにも思考がぼやけ、足に力が入らない。そして、それだけの時間、姿勢すら立て直せなかったのは致命的だった。もはや防ぎようのないタイミングで、ヒトデが高速回転しながら突っ込んできていた。

「あ……。」

 これはもう駄目だ。頭の中の妙に冷静な部分で判断を下すフェイト。仮に、奇跡的にヒトデを防ぎきっても、ウツボが水流の発射準備に入っている。次はあれを防げない。だが、それでも、奇跡が起こる可能性を捨てるわけにはいかない。少しでも相手の突進の威力を落とすために、防御魔法と並行で、フォトンランサーとアークセイバーを撃ちだす。

 直撃したフォトンランサーとアークセイバーを歯牙にもかけず、ほとんど速度を落とすことなくヒトデが突っ込んでくる。防御魔法をガリガリ削り、じわじわとフェイトに肉薄していく。防御魔法が食い破られる瞬間、一か八かでバルディッシュを、回転方向に対して直角に叩きつける。魔力刃と回転するヒトデの足とがせめぎ合う。

「くっ!!」

 数秒のせめぎ合いの末、バルディッシュが弾き飛ばされる。普段なら、こうも簡単に押し返される事はない。結局のところ、フェイトが思っていた以上に、彼女の不調は深刻だったのだ。そもそも、本来なら、いくら数の差があろうと、苦手な防衛戦であろうと、こんなに簡単に追いつめられる事はない。たかが一食の影響が、この一大事に致命的な影響を与えていた。

 もはや万策尽き、だがそれでもまだ手があるはずだ、と妙にスローモーションで動くヒトデを睨みつけながら頭をフル回転させるフェイト。すでに姿勢は完全に崩れ、魔法の発動も間に合わず、後はせめて少しでもダメージを減らす手段を考えるしかないところまで来て、それでも彼女はあきらめない。来るべき衝撃にそなえ歯を食いしばり、バルディッシュを握る手に力を込める。

 あと三ミリ。崩れた姿勢が幸いし、ほんの刹那だけ時間を稼げる。あと二ミリ。バルディッシュの柄をヒトデにたたきつけようと動かす。あと一ミリ。先端がついにバリアジャケットをかすめる。腹部のジャケットが削り取られ、肌が露出する。ついにフェイトの腹にヒトデの足が食らい込もうかというタイミングで、唐突にヒトデが吹き飛ばされる。何かが倒れそうになったフェイトの体を支える。吹き飛ばされたヒトデを、桜色の魔力砲が撃ち抜く。

「フェイト、大丈夫!?」

 状況についていけないフェイトを、心配そうにのぞきこむ優喜。どうやら、ヒトデを弾き飛ばしたのは彼らしい。自分が優喜に抱きかかえられている事に気がつき、あわてて立ち上がろうとする。だが、足が言う事を聞かず、今度は自分から優喜にしがみつきに行く形になる。

「ご、ごめん、優喜。なんだか、体に力が入らなくて……。」

「……怪我はないみたいだから、純粋にガス欠か。なのは、ちょっとの間防御お願い。」

「うん。」

 真っ赤になりながら、それでも自分の足で立てずにしがみついたままのフェイトを、気の流れからそう診断する。ガス欠ならする事は一つ、とばかりに気を練り上げ、フェイトを言ったん横たえる。バリアジャケットが破れむき出しになったへそに手を当て、気の循環を再度確認。その動作と自身の格好に、湯気が出そうなほど真っ赤になるフェイトだが、次の瞬間、大量に流れ込んできたエネルギーに、羞恥も忘れてどこか色っぽい声をあげてしまう。

「あ。あ、ふぁ。」

「ちょ、ちょっとフェイト!? なんつー声を出すのよ!?」

 アリサの突っ込みを無視し、己の体を満たす快感に身をゆだねるフェイト。ポカポカと気持ちいぬくもりが、体の隅から隅まで駆け巡る。全身に活力がいきわたり、徐々に頭がクリアになって行く。疲労が抜け、全身に力がみなぎる。その様子を確認した優喜が手を離すと、思わず未練がましい吐息が口から洩れる。

「フェイトちゃん、なんだか聞いてる方が恥ずかしかったよ、今の……。」

「え?」

 優喜が傍から離れるのを心の底でどこか残念に思いながら立ち上がると、なのはから苦情が飛んでくる。今の、というのが優喜からエネルギーを受け取った事なら、自分がどんな恥ずかしい状態になっていたのか、全く覚えていない。

「……そんなに恥ずかしい事してた?」

「すごい声だったよ。」

「え?」

 今戦闘中だという事を忘れて、思わず雑談に流れそうになるなのはとフェイト。それだけ、フェイトの出した声が彼女たちにとって衝撃的だったようだが、さすがにそうは問屋がおろさない。

「とりあえず、そういう話は後で。」

 ウツボが吐き出した水流を素手ではじき返しつつ、優喜が釘をさす。原因の一端を担ったくせに、他人事のように言ってのけるあたり、いい性格をしている。

「誰のせいだと思ってるのよ……。」

 アリサの突っ込みも、どこか力がない。さすがに目の前で何事もなかったように戦闘を継続されると、いつものノリで突っ込みを入れるのも難しいようだ。

「さてさて、どう手をつけるかな。」

 気功弾を連続で撃ちだしながら、思考を巡らせる優喜。優喜がつぶやくと同時に、ものすごい威力の雷が海に落ち、暴走体をしたたかに撃ちすえる。さらに、色とりどりのバインドが、暴走体を全て捕縛する。

「もしかして、今の母さん!?」

「優喜君、プレシアさんって、もう魔法使って大丈夫だっけ?」

「子供を守る気になってる母親に、その手の理屈は通じないよ、多分。さて、どうやら役者もそろったみたいだし、総仕上げと行きますか。」

 いつの間に現れたのか、プレシアとリニスが暴走体をバインドで縛り上げているのを確認した優喜。どうやら、最後のジュエルシード回収は、佳境を迎えたようだ。







「フェイト!!」

 援護のための術を中断し、思わず叫ぶプレシア。画面の中では、フェイトがウツボの吐き出した水流に、したたかに撃ちすえられていた。

「プレシア! 落ち着いてください!!」

「これが落ち着いて居られると思っているの!?」

「だからこそ、早く術を完成させなければいけないんですよ!!」

 リニスの言葉にはっとするプレシア。愛娘の窮地に思わず我を忘れたが、ここでもめている暇はない。一時中断してしまったが、まだ術式は生きている。とっとと続きを完成させ、奴らに本当の意味で雷を落としてやらねばならない。

「こんなことなら、やっぱり並列詠唱で術を短縮するんだったわ……。」

 自身で詠唱する部分を終え、バルディッシュ・プレシアカスタムに残りをまかせながらぼやくプレシア。大魔法はどうしても発動までに時間がかかる。もっとも、言い出せばそもそも、助けに行こうとするプレシアと、体を気遣うリニスとの間での押し問答が、一番時間を無駄にした部分だが。

「駄目だと言ってるでしょう! あなたはまだ病み上がりで、本来はそんな大きな術を使うこと自体、許されないんですよ!」

「分かってるわ、そんなこと! でも、娘のピンチで無理をしないで、いつ無理をするというの!?」

「だから、私が術を補助しているじゃないですか!!」

 などと内輪でもめている間にも、現場では事態が進行している。フェイトがヒトデにやられかけ、優喜が割って入り、ラブシーンもどきを演じて、あられもない声をあげるに至って、プレシアの額に怒りマークが浮かび上がる。

「人の娘にあんな声をあげさせるなんて、優喜とは一度きっちり話し合った方がいいかしら。」

「でもあれ、プレシアも一度やってもらっているはずですよ。」

「ええ。確かにあれは気持ちがいいわ。でも、あんな声をあげる種類の気持ち良さじゃないわよ?」

「案外、体が若いと、感じる気持ち良さも違うのかもしれませんね。」

「……可能性は否定しないけど、フェイトの体は、若いというよりは幼い、よ。そういう感覚があるのかしら?」

「さあ、どうなんでしょう?」

 これは、今後の研究課題かもしれない、などと心の計画表にメモをしながら、術の最後のトリガーを引く。自身の消耗と負担を少しでも減らすために、魔力の大半は魔力炉から持ってきている。体が本調子なら、いくら大魔法といえど、この程度の術は何発でも撃てるのだが、病み上がりで体力も衰え、リンカーコアも回復したばかりの今の状況では、減らせる負担は減らしておかないと危ない。

 八つ当たりも含めたいろいろな怒りのこもった裁きの雷が、巨大化した暴走体をしたたかに撃ちすえる。普通の生き物なら、それだけで黒こげになって即死するほどの電力だが、さすがはロストロギアで底上げされた生き物。かなりのダメージを受けてはいるが、まだまだ戦闘能力を失うには至っていない。

「リニス! 向こうに行くわよ!」

「はい!」

 リニスの転移術で現地に降り立ち、手近なところにいた二枚貝をバインドで縛り上げる。これで、レーザーを撃つのは不可能だろう。リニスもウツボをぐるぐる巻きに縛り上げ、行動を完全に封じている。口を縛られているため、バインドを破らない限り、水流を吐き出すのは不可能だろう。

 見ると、管理局員のトップらしい女性が、残っていたウニをバインドで拘束している。正直、バインドの効果が薄そうな面は否めないが、あれが高速で転がってきたらそれはそれで厄介なので、やらないよりはやっておいたほうがいいのは間違いない。

「母さん!? 体は大丈夫なの!?」

「そんな心配は後でしなさい。それよりフェイト、貴方こそ大丈夫なの? 怪我はない?」

「うん。ギリギリのところで優喜が助けてくれたから。それより母さん、病み上がりなんだから、無理をしちゃダメだよ!」

「我が子のピンチに無理をしないで、いつ無理をしろというの?」

 優喜が言った事を、裏付けるような答えを返すプレシア。そして、フェイトの姿を上から下まで見直すと、一つ注意をしなければならない事に気がつく。

「フェイト、状況に余裕があるのだから、バリアジャケットを直しなさい。」

「あ、はい。」

 プレシアに言われて、初めて自分がへそ出し状態のままだった事に気がつく。元々がそういうデザインならともかく、半端に破損してそうなっているというのは、結構恥ずかしい。

「それで優喜、これからどうするつもりなのかしら? 一応さっきの一撃で、次元震が起こるまでの時間は結構稼げたみたいだけど、多分それほど猶予はないわよ?」

「まずは、共鳴しない程度の範囲で一か所に集めて。それから、プレシアさんから順々に手持ちの大技を叩きこんで行って、なのはが仕上げ。」

「なのはさんが仕上げって、もしかしてあれですか?」

「うん。ただ、感触から言って、ちょっとだけ足りない感じだから、確実に仕留められるように、ね。」

「分かったわ。その辺も考慮して、次の一撃を入れるわ。」

「お願いします。」

 話はまとまった。後の仕事は簡単だ。まずは管理局組と、きっちり足並みをそろえなければいけない。

「話は聞いていたわね。私が一番手を勤めるから、後をお願いできるかしら?」

 プレシアの言い分に、真っ先に反応したのは、やはりクロノだった。

「ちょっと待て。こちらの指示や要請を聞かないのはまだいい。なぜ僕達が一般人の指示を聞かないといけない?」

「簡単な話よ。私達は、この件に関しては脇役だからよ。」

「そ、そんな理由で!?」

「ほかに理由が必要かしら?」

 管理局組が絶句するのを無視し、リニスと組んで自分の仕事にかかる。

「……なるほど、脇役ね。」

 女性が苦笑するのを聞きながら、悪い魔女のような笑みを浮かべ、大技の詠唱を続ける。

「クロノ、脇役の意地を見せましょうか。」

「……了解。」

 上司の妙に茶目っ気のある言葉にあきれた視線を向けながら返事を返し、自身の最強技の詠唱に入る。脇役の意地を見せるためには、それなり以上に気合を入れる必要がありそうだ。







「フェイト、魔力は大丈夫?」

「うん。おなかがへって、体力が持たなかっただけだから。」

「……また、朝ごはん食べそびれた?」

「……うん。」

 フェイトの妙な運の悪さに、苦笑しか出来ない優喜。もともと運動量や基礎体力の割に食の細いフェイトは、一食抜くとそれだけですぐガス欠になる。基本的に燃費はいいのだが、その分燃料タンクが小さい。恭也や美由希にいつも、よくそれで持つなと言われているが、現実問題として彼女のカロリーは割とカツカツだったりする。ちなみに、カロリーの行き先は体の成長七に対して日ごろの活動三である。

「まあ、もうちょっとで全部終わるから、もう少しがんばろう。」

「うん。それで優喜、私はどうすればいい?」

「あいつら全部を覆うようにファランクスシフト。なのは以外のほかの人が攻撃し終わったぐらいに展開。」

「分かった。」

 ユーノとアルフが空中に固定した暴走体を睨み、己が編み出した必殺技の準備に入る。母の儀式魔法に比べれば発動は早いものの、相手をバインドで固定しないと使い物にならない程度の詠唱がある。見た感じ、プレシアとリニスの詠唱は折り返し地点のようだ。タイミング的に、今から詠唱でちょうどいいはずだ。

「なのは、チャージにどれだけかかる?」

「分からないけど、十五秒ぐらい見ててくれれば。」

「じゃあ、五数えてからチャージ開始。負荷のほうは大丈夫そう?」

「大丈夫だと思う。」

『伊達や酔狂で、不屈の心を名乗っていないことを証明して見せましょう。』

 やけに頼もしい主従に苦笑しながら、自分の仕事に戻る。優喜自身の仕事は簡単。暴走体の攻撃をつぶす肉の壁だ。特に今回の場合、トップバッターのプレシアが詠唱開始してから、最初の一撃が落ちるまでの間にかなりの空白時間が存在する。そこに加え、管理局組はともかく、ほかのアタッカーは最初から防御なんて考えずに詠唱を始めている。バインド維持の片手間になりがちなユーノやアルフだけでは、隙間を埋めきれないのは明白だ。

 ゆえに、指示だけ出して何もしていないように見える優喜が、地味にかなり忙しかったりする。管理局組と一般協力者組が、地味に分かれた位置で詠唱を開始しているのも厄介な点だ。

「てい!」

 ウニの飛ばした針を、気功弾でまとめて吹き散らす。基本的に、攻撃能力が残っているのはウニとイソギンチャクのみだ。どちらも毒もちなので、下手に当たると命に関わりかねない。

 どうにもランダムに攻撃を飛ばす難儀な暴走体に、取りあえず誰が一番厄介かを勘違いさせる必要がある。そうでないと、忙しすぎて取りこぼしそうだ。積極的に攻撃する方針に切り替える優喜。もうちょっと固まって準備に入って、と先に言っておくべきだったと思っても後の祭り。そもそも、管理局組が合流せずに詠唱モードに入ったのが誤算なのだ。

 とにもかくにも、弾幕を張る要領で気功弾を連打しながら突っ込んでいく。実はこの気功弾、当たったときのダメージだけならクロノのブレイズキャノンを上回り、速射性はなのはの弾幕やフェイトが最近作ったフォトンランサーのバリエーションに次ぐレベルの、恐ろしく高性能な技だ。

 ただし、優喜が持っている飛び道具はこれだけしかない上、一般人程度しかない視力の問題もあって命中率の面で心もとないため、こういう状況でなければ多用しない。正直、動体相手に周囲に被害なしで当てる手段を持ち合わせていない上、なまじ威力が大きいため、確実に当てられる状況でないと、使い勝手が激しく悪いのだ。一応精神攻撃と切り替えが出来るとはいえ、流れ弾が怖すぎてうかつな真似は出来ない。そんなこんなで、なのはと撃ち合いなどしたら、あっという間に押し切られる事請け合いである。

 もっとも、竜岡優喜にとって、飛び道具の間合いというのは、最低でも百五十メートルを超えた辺りからなのだが。

「少しおとなしくしてもらおうか!」

 イソギンチャクの懐に飛び込んで、密着からの発勁を一撃。寸勁と呼ばれるその打撃により、完全に動きが止まるイソギンチャク。その体内では、象をショック死させるだけの衝撃が波紋となって反響し、うねり増幅して暴れまわっている。この技の最大の特徴は、ダメージの持続時間が長い事。ジュエルシードの暴走体でなければ確実に死んでいる一撃だ。

 返す刀でウニへと距離をつめ、一撃でトゲをまとめてへし折り、同じ要領で寸勁を叩き込む。こちらも仕留められこそしなかったが、しばらく身動きはできなくなっているようだ。

 竜岡優喜の真価は、魔法なしでも空を飛べることでも、気功弾をはじめとした漫画的な技を持っていることでもない。誰でも折れずに修行すればいずれ使えるようになる寸勁のような技を、化け物相手に通じるところまで磨きぬいたこと。そして、それを的確に打ち込むために、真っ当な生き物からかけ離れたような相手の動きすらも掌握してみせる感覚の鋭さ。それこそが彼の最大の武器だ。

 百メートルを超えた辺りから精度が落ち始めるが、それ以下ならマシンガンによる飽和攻撃ですら視力以外の感覚で見切ってみせる感覚器と、それを可能にするほど鍛えぬいた肉体。目が見えなくなったという過去によって磨かれたとはいえ、彼の能力はもともと、何の才能もない凡人が、努力と師の的確な指導によって磨きぬいたものだ。むしろ、ここまで鍛え、磨きぬいたことこそが、彼の真価かもしれない。

「優喜! どきなさい!!」

「はいよ。」

 行きがけの駄賃で、よからぬ事をしようとしていたタコに寸勁を叩き込むと、最高速度で離脱する。離脱した瞬間に、さすが儀式魔法と思えるほど派手な雷が大量に落ちる。バインドされていなければ、速攻で逃げ出す算段を立てるだけのダメージを受けた暴走体たちは、苦悶のうめきを上げる。

「次は私達の番ね。」

 リンディが、純粋な魔力による光のヴェールで、まとめて縛り上げて一気に暴走体の魔力を食い荒らす。ちなみに、物理破壊設定だと、縛り上げた対象を崩壊させる物騒な技だったりする。


「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!」

 クロノの切り札でもある、中規模範囲の攻撃魔法。百を越える大量の剣が、目標に向かって一斉に殺到する。さすがに一撃一撃は砲撃魔法には劣るが、数が数だ。派手に貫かれて大幅に弱らされる。

「フェイト!」

「うん!」

 バルディッシュを構え、現時点で使える一番の大技、そのトリガーを引く。

「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー!!」

 六体の暴走体を取り囲むように、三十八基のフォトンスフィアが発生する。すべてのフォトンスフィアが、無慈悲に秒間七発のフォトンランサーを、容赦なく囲い込んだ敵に叩きつける。

「……また、容赦のない魔法ね。」

「……少なくとも、年齢一桁の子供が使うのは間違ってないか?」

 あまりに無慈悲で容赦のない攻撃。それを綺麗と表現するのが一番しっくり来る可憐な少女が行うアンバランスさ。そのことになんともいえない気持ちを抱いていた艦長と執務官は、最後尾でもう一人の少女が、もっととんでもないことをしていることに気が付くのが遅れた。

「なのは、間に合いそう!?」

 自身の魔法を睨みつけながら、なのはに状況を聞くフェイト。ファランクスシフトは持続時間四秒。ただし、今回はもしものことを考えて、根性で一秒だけ持続を伸ばしてある。

「あ、後三秒……!」

 なのはの言葉に視線を向け、今度こそ絶句するアースラ組。レイジングハートの先端に、生身の人間が扱えるとは思えないほどの魔力が集まっている。しかも、それはなのはの持つ桜色の魔力だけではない。プレシアとフェイト、ユーノ、アルフやリニス、クロノにリンディのものも集められている。すべて、使用済みの魔力だ。しかもそれだけにとどまらず、さらにはジュエルシードが放出した魔力まで貪欲にかき集めて、ぞっとするほどの出力の魔力砲を練り上げる。

「ちょ、ちょっと!?」

「もしかして、僕達に攻撃をさせたのは!?」

「そうよ。あいつらの足止めと、最後の攻撃の威力の底上げが目的よ。さすがに、あの威力なら、封印のときに押し負けることはないでしょうしね。」

「制御をしくじったらどうする気だ!?」

「そもそも、あんな異常に負荷のかかる魔法を、未熟な子供の体で使ったら、どう転んでも無事ではすまないわ!!」

「そのために、優喜がフリーになってるのよ。まあ、見てなさい。」

 プレシアの指摘のとおり、いつの間にか、なのはに寄り添うように優喜が立っていた。反対側には、これまた寄り添うようにフェイトが立っている。

「なのは、半分肩代わりするよ。」

「う、うん。あ、ありがとう。」

「なのは。私は手伝えないけど、傍にはいるから。」

「「だから、最後の一撃を!」」

 優喜が添えた手から、疲れや何やらがどんどん吸い上げられていく。頭と体を苛んでいた痛みが、一気に薄れ、代わりに活力がどんどん流れ込んでくる。フェイトが触れてきた手から、温もりと勇気が伝わってくる。今なら、どんなことがあっても、絶対にくじけることはないだろう。

「いくよ! これが私の全力全開!!」

 カウントダウンも終わり、破綻なく魔力砲を束ねあげることに成功。後は撃ちだすだけだ。なのはは、この事件の終わりを告げる、最後の一撃を高らかに宣言する。

「スターライト……、ブレイカー!!」

 ファランクスシフトが起こした煙が晴れたところを、巨大な魔力砲が突き抜けていく。そして、暴走体の真ん中に到達した瞬間……。

「ブレイク!!」

 なのはの掛け声と共に六つに分かれ、すべての暴走体を撃ち貫く。あまりにあまりな光景に絶句している管理局組をよそに、あまりにもあっけなく封印が完了する六つのジュエルシード。

「ね? 一番確実な方法だったでしょ?」

「あ、悪夢だ……。」

「補助があったといっても、あれを制御するって、たった一ヶ月でいったいどんな訓練をしてきたのかしら……。」

「ちなみに、あの魔法はなのはのオリジナルよ。私もユーノ君も、一切入れ知恵していないわ。せいぜい、優喜が過去に余計なことを言ったから、六分割なんていう物騒なことを思いついた程度ね。」

 どうにも、今日一日で、自分達の寄って立っていた足場が、一気に崩れたような錯覚を覚える管理局組。その心情をなんとなく理解しながら、慈愛のこもった目を子供達に向けるプレシア。視線の先では、疲労で膝をつきながら、それでもテンション高くハイタッチをしている子供達がいた。

「さて、さっさと引き上げて、後始末をしましょうか。その前に、お昼かしら?」

「……結局、僕達は来る必要があったのか?」

「何を言っているの? あなた達が居なければ、事件の幕引きや後始末が進まないじゃないの。」

 プレシアの言葉に、彼女が自分達を脇役と言い切った理由を思い知るリンディ。明らかに今回、自分達はいてもいなくても変わらず解決していた。むしろ、優喜たちの初動が遅れた分、マイナスだった可能性すらある。

「取りあえず、うちの娘がご飯を食べそびれているみたいだから、さっさとお昼にしましょう。あなた達の船でいいのかしら? それと、巻き込まれた向こうの人たちは、どうしたものかしら?」

「……全部まとめて、アースラで話しましょうか。」

「了解。あの子達を呼んでくるわ。」

 こうして、アースラスタッフにとっては、自分達の存在意義に疑問を抱かずにはいられなかった事件は無事解決し、後は後始末を残すだけとなったのであった。



[18616] ジュエルシード編 エピローグ
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b6f7b147
Date: 2010/08/21 19:05
「やあ、お疲れ様。」

 いろいろチェック中のテスタロッサ一家とユーノを待っている間、優喜となのはに、二十代ぐらいの若者が声をかけてきた。

「おっと、自己紹介がまだだったね。俺はアレックス。この艦の武装隊に所属してる。」

「それで、僕達に何か?」

「さっきのうちの先輩の発言に対して、謝罪と言い訳に。」

 彼の先輩、ということは、フェイトが戦闘不能になるのを待って、と発言した年配の局員だろう。

「あ~、あの犯罪者の逮捕を優先するべきとかいった人?」

「ああ。本来なら本人が来るべきなんだけど、もう結構いい年だから頑固でね。正直、申し訳なかったと思う。下手をしたら大惨事になってたかと思うと、ぞっとするよ。」

「まあ、今回のことは結果オーライって事で、アレックスさんは気にしなくてもいいんじゃない?」

 優喜の妙に物分りのいい言葉に、渋い顔をしながら首を横に振るアレックス。

「いや。正直、あの発言は管理局員としてあってはいけないものだよ。ここから先は言い訳になるけど、ああいう考えの人は少数派なんだ。ほとんどの前線組は、最後の最後まで一般市民の安全を優先させる。ただ、あの人はね……。」

「別に、状況が読めてなかっただけで、あの考え方自体はおかしなものでもないでしょ? 一般人が巻き込まれてなくて、物的にも破滅的な被害が出る可能性が低くて、ほっといても犯罪者が自滅する可能性があるんだったら、リスクを避けて犯罪者が消耗するのを待つのは決して間違いじゃない。」

「だけど、一般人が巻き込まれてるのに、最初の段階で、堂々と一般人を見捨てるって宣言することは許されない。ゴート一士、あ、例の先輩ね。昔、一般人を優先させた結果犯罪者の捕縛に失敗して、かえって被害を出したことがあったらしくて、ね。だけど、そんなのはただの力不足だ。」

「まったくあの石頭、犯罪者を取り逃がしたらもっと被害が出る、の一点張りだ。そうならないようにチームを組んで事に当たってるってのに、聞きやしねえ。」

 もう一人、武装隊員らしい局員が、アレックスの言葉をついでぼやく。

「大体よお、一般人を優先したら絶対犯人を取り逃がすって思想は、いくらなんでも俺らを、いや、クロノ執務官やリンディ艦長を侮辱するにも程があると思うね。」

「だよなあ。ランディもそう思うよな。確かにあの人はベテランだし、実力は大したもんだけど、ベテランだから自分が常に絶対正しいって態度を崩さないのがなあ。」

 どうやら、アースラの武装隊は、チームワーク面では一抹の不安があるらしい。どこの組織にもありがちな話だが、若造の暴走とベテランのスタンドプレイは、常にトップにとって頭の痛い話だろう。

「まあ、今度という今度は、艦長や空曹長殿にたっぷりしぼられるだろうから、少しはおとなしくなるんじゃないか?」

「……ご苦労様です。」

 あまりに渋い顔をする二人に、思わずねぎらいの言葉をかけてしまうなのは。

「とりあえず、あれだ。」

「管理局の前線部隊が、みんながみんなあんな人道に外れた思考で行動しているわけじゃない、って事だけは知ってほしかったんだ。そりゃ、切り捨てたことがないとは言わない。言わないがね……。」

「少なくともあの石頭みたいに、検討もなしに切り捨てたことはねえ。」

 アレックスとランディの渋い表情に、同情するしかない二人。正直なところ、ユーノの反応やらなにやらから、少なくとも末端の人間の大半は、それなりに健全な感性を持っている組織らしいと判断していたので、深読みをしたがる優喜ですら、彼らの言葉を嘘だとは思っていない。

「同じチームに、他人の言うことを聞かないベテランが居ると大変ですね……。」

「私も、大人になったらそういう苦労をするのかな?」

「まあ、どんな仕事も、人間関係で苦労するのは変わらないし、俺達は俺達なりに、この仕事に誇りを持ってるから、さ。」

「だから、ゴートの野郎みたいに履き違えた誇りを持ってるやつって、見てていらいらして来るんだよな。」

 それからしばらく、アレックスとランディの愚痴に付き合わされる優喜となのは。愚痴の内容は主に人間関係だが、クロノのような子供に無理をさせてる不甲斐なさやら、自身の実力のなさやらの、真っ当な感覚を持っているからこその愚痴も多い。

「……年齢一桁の子供相手に、何を愚痴ってるかな?」

「あ、すんません。」

「まあ、ゴートさんのことを言い訳したいのはアタシもおんなじだから、大目には見るけどね。」

 フェイト達を伴ったエイミィが出てきて、愚痴が中断される。そのころには優喜もなのはもすっかり、アレックスとランディの二人と仲良くなっていた。

「優喜、相変わらず変なところで人になつかれるよね。」

「別に、愚痴聞くぐらい誰でも出来るでしょ?」

「普通、初対面で愚痴の聞き役になったりしないよ。」

 ユーノの台詞に苦笑するしかない優喜。ちなみに、ユーノは十年後に同じ台詞をはやてから言われるわけだが、こんなところも類が友を呼んでいるのかもしれない。

「それでエイミィさん、照合は終わったの?」

「うん。ちゃんと、プレシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサで荷物の回収許可申請、デバイス持ち込み許可申請、魔法の使用許可申請が受理されてたから、今回の件は問題にならないと思うよ。」

「了解。じゃあ、細かい話は後回しにして、さっさとご飯を食べようか。いい加減、フェイトが限界だと思うし。」

「そうだね。ごめんね、プレシアさん、フェイトちゃん。一応決まりなんで、あたしや艦長だけの判断で後回しにするわけにはいかなくて。」

「仕方ない事だから、気にしなくていいわ。組織というのは、決まりを守る人間が大多数を占めていないと、すぐに機能不全に陥るのだし。」

 申し訳なさそうなエイミィに、穏やかに苦笑してみせるプレシア。実際のところ、リンディもエイミィも拡大解釈で無茶を通すことが多い人間で、彼女たちを大多数に含めるかは微妙のところである。もっとも、あくまで拡大解釈で、厳密には破っているとは言いがたいあたり、頭が回る連中は厄介だ。

「さて、どんな料理があるのやら。」

「ま、まあ、優喜。和食もどきじゃなければそれほど妙な味の物はないと思うから、さ。」

 朝食のネタを引っ張る優喜に、苦笑しながら補足を入れるユーノであった。







「たとえ他所の世界の治安維持組織でも、なのはたちを理不尽に悪い扱いしたりしたら、ただじゃおかないからね!」

「あ、アリサちゃん、無茶なこと言っちゃだめだよ……。」

 食堂から出て行く前に、明らかに目上のリンディたちに噛み付くアリサ。その無鉄砲な行動をあわててたしなめるすずか。もっとも、これでなのはたちが逮捕だの拘束だのという扱いになったら、すずかとて穏やかでは居られまいが。

「まあまあ、嬢ちゃんたちや。とりあえずこちらのお姉さんを、少しばかりは信用してもええんじゃないか?」

「分かってるわよ。私達にはそれしかない、ってことぐらい。でもね、これはまごう事なき本音だからね!」

 それだけを言い残して出て行くアリサ。アリサの、どこまでも一直線でまっすぐな言葉に、気を引き締めざるを得ないリンディ。彼女達にとっての不条理な扱い、というのがどの範囲を指すのかは分からないが、少なくとも犯罪者扱いは出来ない。まあ、元からするつもりはないが。

「さて、それではまず、ジュエルシードの権利関係から処理しましょうか。」

「ちょっと待って。その前に自首をしておきたいのだけど。」

「……どういうことかしら?」

「もしかして、まだフェイトの戸籍を調べていないの?」

「……戸籍? ……詳しいことを聞かせてもらえないかしら。」

 リンディに促され、手元のデータと一緒にすべてを話す。アリシアの死を発端にした、いくつかの違法研究。その最後の研究内容であるプロジェクト「F.A.T.E」のこと。それから今回の事件までの、法的にグレーゾーンな行為の数々。そして、結果的に未遂で終わった、ジュエルシード輸送船の襲撃とジュエルシードの強奪。

「……また、このタイミングで、恐ろしい話をしてくれるわね……。」

「このタイミングだからよ。私とフェイトが持つジュエルシードの権利をすべて捨てる、というのは、司法取引の材料になるかしら?」

「……そうね。まずは、罪状の整理からしましょうか。」

 こめかみに指を当てて、頭痛をこらえながらリンディがいう。とりあえず、最後の未遂のものは証拠不十分で不起訴、つまりなかったことにするとして……。

「とりあえず確定した罪状は、違法研究だけね。その絡みで入手したロストロギアに関しては、入手経路と危険度が分からないことには、なんともいえないわね。」

「あら、襲撃未遂はいいの?」

「本当はよくないのだけど、証拠となるものがあなたの自白だけ、しかも実際には実行に移していない。さらに実際に実行した犯人が別にいて、そちらはすでに証拠がある、となると、司法取引に関係なく、有罪を取れるかどうかが怪しいのよ。だから、証拠不十分で不起訴にするから、考えないことにしましょう。」

 時空管理局も、基本スタンスは疑わしきは罰せず、だ。そもそも、再犯の可能性が限りなく低い犯罪者の、犯してもいない罪まで状況証拠を検証して起訴に持っていくほど、時空管理局に余力はない。それに、プレシアほど有能な人物なら、こういうと細かいところで恩を売っておいて、協力を仰ぎやすくしておくほうが、双方にとってメリットが大きい。

「とりあえず、すべてのデータを頂戴。どの程度の罪になるかの大体の目算を立てるわ。」

「分かっているわ。まず、この場で渡せるものはすべて渡しておく。ただ、今回はちょっと急な展開だったから、まだ拠点のほうに結構な量の資料が残っているの。二日ほど時間を頂戴。」

「了解。ただ、形式上、監視はつけさせていただくことになるけど。」

「問題ないわ。」

 とりあえず、プレシアとリンディの間の話はまとまったようだ。この場できっちり結論を出せない問題は後回しにして、まずはこの厄介なロストロギアの権利関係を整理することにしよう。

「まず、先ほどの戦闘で回収した六つのジュエルシード、そのうち三つは私達時空管理局の権利、ということにさせていただいていいかしら?」

「ええ。」

「特に問題はありません。」

「では、残り十八個があなた方の取り分、ということになるのだけど……。」

 一般人が命の危険を犯して、苦労して集めたロストロギア。これを危険物だ、というだけで無料で取り上げる、などというのは財産権やその他諸々の観点から、管理局の規約の上でも当然禁止されている。

「内訳の割り振りはあなた達に任せるけど、基本的に、管理局サイドとしては、全部買い上げ、もしくはそれに相当する処理をしたいのよ。」

「ええ。とりあえずは、高町サイドとテスタロッササイドで半分ずつということで話は付いていますから、それぞれの持分は九個ずつですね。」

「そのうち、私たちテスタロッサ家の九個は、罪の軽減と引き換えに、無料でそちらにお渡しするわ。」

「分かりました。まず、九個分はそれで処理させていただきます。」

 書類に何やら書き込みながら、テスタロッサ家の九個について扱いを確定させる。偽造防止の処理を行った紙の書類は、ミッドチルダをはじめとした高度に文明の発達した世界でも、契約を行った証拠として普通に使われている。もちろん、高度に暗号化し、偽造防止を行った電子データでも同時に契約書を作っているため、何らかの形で一方が破損しても、証拠としての能力は損なわれない。

「次は高町組の取り分について、決めてほしい。まず最初に言っておく。大本となった襲撃による紛失に関しては、管理局とスクライアの共同責任として相殺される。また、発掘時点で交わされた管理局とスクライアとの間の取引も、今回の取り分には一切影響しない。」

「権利の放棄、というのは避けてほしいのが本音ね。特に今回みたいに管理外世界の人間がかかわった場合、武力で権利を放棄させたんじゃないか、とかいろいろと査問が入ってややこしくなるのよ。金銭でなくて何かに便宜を図る、という形でもいいから、何らかの対価を受け取ってもらえるかしら?」

「なるほど、分かりました。ちょっと相談するから時間をください。」

「ええ。」

 とりあえず、指向性の念話でひそひそ話をする。

(ユーノ、何か主張したい事とかある?)

(正直、権利と言われても困る。発端はこっちのミスみたいなものだけど、どうやらそれは共同責任でおとがめなし、になるみたいだし……。)

(なのはは?)

(わ、私に振らないでよ。せいぜい、プレシアさんの罪の軽減に追加してもらうぐらいしか思いつかないのに。)

 ある意味予想通りと言えば予想通り、二人とも特に要望の類はないようだ。かといって、すでに自立しているユーノはともかく、優喜となのははお金をもらっても困る。

(優喜の方は、何かある?)

(あると言えばあるけど、通るのかな?)

(あるんだったら、優喜に任せるよ。)

(私も、優喜君がほしいものがあるんだったら、優喜君の好きなようにやってくれると嬉しいな。)

 結局、優喜に一任する、という事で意見が一致。多分通らないだろうなあ、と思いつつも、考えた事を言う。

「僕の要望としては、並行世界への移動手段を探す協力がほしい。」

「「え?」」

「あ、そうか。」

「忘れてたけど、優喜君が元の世界に帰るための方法、ちゃんと探さなきゃいけなかったよね。」

 優喜の台詞に、意味が分からないという顔の管理局組。それとは対照的に、実に納得した様子を見せるなのは達。

「そうね。最終的にどちらの世界で生きるかはともかく、一度は向こうの世界に戻った方がいいわよね。」

「……でも、わがままを言っていいなら、優喜と離れるのは嫌だよ。」

「……悪いのだけど、事情を説明してもらえないかしら。」

 勝手に納得して話を進めていく一般人達(一般人とくくるには抵抗のあるメンバーだが)に、一応待ったをかけるリンディ。このままでは、訳も分からないままなし崩しで協力をさせられかねない。

「簡単な話。僕はいわゆる並行世界から、こっちに飛ばされてきた人間なんだ。」

「もう少し、詳しく説明してくれないか。それだけだと何も判断出来ない。」

 クロノに促され、これまでの話を説明する優喜。自分が本来二十歳を過ぎた成人男性である事。元居た世界で遺跡発掘のアルバイト中に、遺跡の機能が生き返って、気がついたらこちらの世界に飛ばされた事。飛ばされた時、どういう作用か肉体が九歳程度まで退行していた事。飛ばされてきた日付から数日前に、こちらの世界の竜岡優喜が事故で死んでいた事。さらには、並行世界だと判断した根拠まで、全てを懇切丁寧に説明する。

「……また、頭の痛い話ね……。」

「リンディさんは、僕が見た目通りの年じゃない事に、大体気がついてたんでしょ?」

「まあ、確かに気がついてはいたけど……。」

「なんのからくりもなしで、こんな年齢一桁が存在したら、いろいろ終わりではあるわね。」

 プレシアの身も蓋もない一言に、思わず頭を抱えたくなるリンディ。何かある、とは思っていたが、こんな面倒な話があるとは誰が考えるものか。

「それで、具体的な要求なんだけど、もしかしたらジュエルシードが使えるかもしれないから、二つだけ研究用に権利を確保したい。」

「ちょっと待て! それはいくらなんでも!!」

「だろうね。」

「……ジュエルシードが並行世界の移動に使えるかも、と考える根拠は何かしら?」

「次元震を起こしかけた時の魔力が、願いをかなえようとして暴走してた時に比べてかなり安定してたから。なんか、次元震を起こすのが目的なんじゃないか、って思うぐらい綺麗に魔力が出てた割に、それだけを目当てにするには出力が大きすぎる。これは単なる勘だけど、願いをかなえるという機能、もっと正確に言うとそのための入力機能は後付けなんじゃないかな、って思うんだ。」

 優喜の台詞に、片眉を軽くあげるプレシア。捜索のためにフェイトが持っていたジュエルシードを調べた時に、プレシアも似たような結論に達していたのだ。どうにも出力の正確さに比べて入力が雑すぎる、と言うのは、一定以上のレベルの研究者が調査すれば、必ず到達する結論だ。

「まあ、ジュエルシードについてはおいとくとして。確認したいんだけど、聞いた感じだと、次元世界と並行世界はまた別の概念のようだけど、並行世界についての研究は進んでる?」

「おとぎ話として鼻で笑われている、というのが現状ね。滅んだ文明や未発見の次元世界の中には、移動可能なレベルまで研究が進んでいるところもあるかもしれないけど、あまり期待は出来ないわ。」

「何しろ、次元世界だけでも、まだ発見した数の方が少ないぐらいだ。そちらの調査ですら終わっていないというのに、違う歴史を歩んだ世界、なんてものまで探そうとする物好きは、そうそういないだろう。」

「じゃあ、もう一つ質問。歴史が違うだけで、まったく同じ文化文明をもった次元世界、というやつが発見された事は?」

「ない。発見される可能性がない、とまでは言い切れないが、あくまでも、酷似した別の文明、というのが正しいだろうな。」

 なかなかに前途多難である事を突き付けられ、苦笑するしかない優喜。

「だが、君が次元漂流者である可能性が高い以上、時空管理局としては、君が本来所属している世界を探すの事に対して、協力を惜しむつもりはない。それも、本来の職務の一つだからな。」

「そうね。となると、結局ジュエルシードの権利については、扱いが浮いてしまうわね。」

「とりあえず、ここまでの状況から言って、この後何があるか分からない。使える札は一枚でも欲しいから、二つほど、こちらで握っておくわけにはいかない?」

「……どうしても手放したくない、という事か?」

「どうしても、というわけじゃないけど、どうにもこれぐらい突飛な札でも持ってないと、すがれる可能性自体がなさそうな気がしてね。」

(もう嫌……。なんでこの人たち、こんなにややこしいのよ……。)

 優喜とクロノの会話を聞いて、とうとういろいろ投げるリンディ。今までいろんな事件にかかわってきたが、こんなに面倒くさい管理外世界の住民は初めてだ。

「二つ、という数字にこだわるが、どういう根拠だ?」

「一つは地球の知り合いに預けて調べてもらうつもりで、もう一つはプレシアさんにお願いするつもりだったんだ。」

「……管理外世界に、これを調べられるほど進んだ技術を持った人間がいるのか?」

「感じとしては、その一族の持ってる技術は、部分的には管理局を超えてると思うよ。単に、量産できないだけでね。」

「……信じられないが、君がこういう事で嘘をつく人間だとも思えない。」

「安全管理も、それほど心配はいらないよ。僕が魔法を使わずに不活性化できるぐらいだから、あの人たちならどうとでも出来るはず。」

 とはいえ、次元震を起こしかねない物を、一般人の自由にするわけにもいかない。ジレンマに頭を抱えるクロノと、投げたくなりながらも頭をフル回転させて落とし所を探すリンディ。

「……話が進まないから、こうしましょうか。」

 ようやく思いついたリンディが、落とし所を提示する。

「管理局としては、こんな危険物を野放しにしておくわけにはいかないから、優喜君が管理と研究を管理局に委託する、という形をとらせてもらえないかしら? 所有権がどこにあったとしても、偶発的な理由以外では、管理局の許可なしで使用できないのは変わらないわけだし。」

「本当に必要な時に使わせてもらえるのであれば、それで構いません。正直、使えるのであれば誰の所有物でも問題ない。」

 ようやく、本来ならそれほどもめるはずの無い交渉が完了する。単なる買い取り交渉、せいぜい金額でもめる可能性がある程度だったはずなのに、何でこんなにややこしい事になったのか。思わず遠い目をしたくなるリンディ。

 多分、使用や所有の権利を却下しても、優喜は別段それ以上は食い下がらなかっただろうが、そうすると結局、ジュエルシードの権利関係について何も決まらないままになってしまう。だったら、事実上管理局がすべてコントロールできる条件付きの使用権と、研究に口出しする権利ぐらいはいいだろう。

 それに、この形式をとることで、回収とは別に、ジュエルシードの存在によって受けた被害についての補償を、委託管理費という形で相殺できるので、そちらの話し合いも省略できる。もっとも、一番最初に被害を受けたらしい動物病院に関しては、自分たちの存在を明かせない以上、補償のしようもないのだが。







「それで、リンディさん達は、どれぐらいこちらに?」

 ジュエルシードによる被害補償についても同意が得られ、ようやく肩の荷が下りたとホッとしていると、なのはがそんな事を聞いてくる。

「補給の問題もあるから、遅くても明後日ぐらいには出航、かしら。」

「だったら、せっかくだから、一度うちの店に来てください。」

 アースラに半舷休息の指示を出しながら一応の日程を答えると、時間があると思ったのか、そんな事を言ってくる。

「店?」

「私のうち、喫茶店を経営してるんです。シュークリームが自慢なんですよ。」

「翠屋のシュークリームが絶品なのは、私とフェイトも保証するわ。艦長、貴女見たところ結構な甘党なようだし、一度は食べないと後悔するわよ。」

 なのはのシュークリーム、という単語に反応したプレシアが、話に口をはさむ。

「そんなに美味しいの?」

「ええ。甘さは控えめだから、ものすごく甘いものを期待されても困るけど、ね。」

「あの美味しさは、私じゃ口で説明できない。」

 ある意味、翠屋のシュークリームに救われたともいえるテスタロッサ親子が、大げさなまでに太鼓判を押す。

「プレシアさん、えらくそわそわしてるけど、これから翠屋に行くつもりなの?」

「あたりまえじゃない。資料の提出が終わったら、裁判と刑の執行と保護観察が終わるまで、当分の間食べられないのだから、今のうちに心残りが無くなるぐらいは食べておかないと、ね。」

「もしかしなくても、フェイトもそう?」

「うん。桃子さんのシュークリームは、一番好きなお菓子だから。」

 テスタロッサ親子の一番の好物となった翠屋のシュークリーム。ここまで愛してもらえれば、作り手としてこれ以上の事はないだろう。

「……なのはさん、ご両親は、今はお店の方にいらっしゃるの?」

「はい。」

「……艦長、一応勤務時間中です。」

「クロノ、これは業務を兼ねてるし、今は半舷休息よ。すぐに戻れる距離だし、いずれどこかでなのはさんのご両親とお話しする時間を取ることにはなるのだし、今から行っても、それほど違いはないわ。」

 明らかに欲望に負けた自分を理論武装でごまかし、堅物のクロノを説得にかかる。実際のところ、リンディもクロノもずっと根をつめて作業をしてきたこともあり、いい加減どこかでこの手の休息を入れないと、今回のような状況で、重大なミスをしでかさないとも限らない。

「……今回は見逃しましょう。僕もあなたも、さすがに根を詰めすぎている。」

「ありがとう。それで、クロノはどうする? 多分、それなりに時間がかかることにはなると思うのだけど。」

「今回は留守番をしておきます。エイミィばかりに任せっきりにするわけにもいきませんので。」

「了解。じゃあ、後の事はお願いするわね。」

 話はまとまったようだ。それならば、と転送の準備に入ろうとしたところで、優喜が疑問をぶつけてくる。

「そういえば、アリサ達以外に、巻き込まれた人っていなかったの?」

「不幸中の幸いとでもいうべきかしら。今回はあの三人だけだったわ。あ、そうだわ。鷲野さん達も、そろそろ戻るって言ってなかったかしら?」

「今、エイミィがこちらに連れてきているようです。」

「だったら、一緒の方がいいわね。」

 シュークリームに気もそぞろな大人二人を見て苦笑しつつ、とりあえず当面の問題が片付いたことを実感しながら、アリサ達を待つ子どもたちであった。







 二日後の放課後。結界を張った臨海公園。これから管理局本局へ向けて出航するアースラを見送りに、ジュエルシード事件の関係者が集まっていた。

「しかしまあ、急な話よね。」

「フェイトちゃん、はやてちゃんの誕生日には、一度戻ってこれるんだよね?」

 少しばかり寂しそうに聞いてくるアリサとすずかに、小さく微笑みながらうなずくフェイト。

「私は裁判とか無いから大して拘束される事もないから、それぐらいの余裕はある。ただ、いろいろと手続きは時間がかかるから、また前みたいになのはの家で暮らせるようになるのは、早くても七月ごろになると思う。」

「戸籍や学校の問題もあるから、最短でもそれぐらいはかかるわね。」

「ただ、多分フィアッセさん達の特別授業には、ちゃんと参加できるかな。」

「それはよかった。学校はどうする?」

「多分、こっちで通う事になると思う。早くて九月から。」

「なんや、フェイトちゃんも学校行くんやったら、自宅警備員は私だけかいな。」

 はやての台詞に、苦笑するしかない一同。アースラよりも充実した時の庭園の医療設備でも、治療法が見つからなかったのだから、それ以上となるとミッドチルダに連れていくぐらいしかない(と言う事になっている)。さすがに、なのはのように一度はミッドチルダに連れて行って、魔法関係を勉強させる必要があるような人間ならともかく、一般人のはやてをホイホイと連れていく事は出来ない。それなりに面倒な手続きを経て、ようやく連れだせるのだ。

「はやて、誕生日にはいっぱい遊ぼうね。」

「うん。楽しみにしてるで、フェイトちゃん。」

 指切りを交わして離れる。これが今生の別れというわけではない。六月四日なんてすぐだし、戻ってくるのだって半年はかからない。だから、このぐらいあっさりしている方がいい。

「優喜、なのは。いろいろ、ありがとう。」

「フェイトちゃん、体には気をつけてね。」

「君は食が細いから、間違っても一食抜いたりしない事。」

「うん。大丈夫。しばらくはユーノも一緒だし、少なくとも戻ってくるまでは、特に事件とかにかかわるわけじゃないし。」

 さすがに妙に引きが悪いフェイトといえど、事件の証人である以上は、他の事件にかかわる事もあるまい。それに、ユーノが一緒にいるのだから、そうそうピンチになる事もなかろう。因みに、アルフはトラブルを未然に阻止する観点では全く役に立たないので、この場合カウントには入らない。

「ユーノも、フェイトの事頼んだよ。」

「うん、任された。でも優喜。」

「なに?」

「本当に、すっかり保護者役が板についたよね。」

 ユーノの指摘に、苦笑するしかない優喜。何しろ、フェイトの世間知らずと天然と引きの悪さは筋金入りだ。当人が頑張っているのが分かる分、余計にそういう面が際立つ。しかも、なのはと一緒だと、フェイトはやたらと前のめりになる傾向がある。出会った当初は本来の保護者が当てにならなかった事もあり、必然的に中身が年上の優喜が、保護者代理をするしかなかった。多分この関係は、よほどの事がない限りは、そう簡単には変わらないだろう。

(ユーノ、フェイトの事もだけど、あの本の事もお願いね。)

(うん。でも、本当にそっちが優先でいいの?)

(タイムリミットまでの長さで比べると、明らかにはやての方が優先だからね。僕の方は最悪、老衰で死ぬまでに師匠が何とかすると思うし、向こうの心残りって言っても、せいぜい両手で足りる程度の人数に対してだけだし。)

(……僕が言うのもなんだけど、やけに寂しい人生を送ってきたんだね……。)

(本当は、こっちでもそうするつもりだったんだよ? 体がこうだからどうにもならなくて、そのまま深みにはまったけど。)

 結果的に、そのおかげでユーノもフェイトも救われたのだから、本人が不便を感じている事を除けば、全体的にはいいことばかり、という気がしなくもない。もっとも、今現在不便を感じ、所属した世界から切り離されている優喜には、とても言えない言葉だが。

「まあ、なんにしてもユーノ、フェイトの事もだけど、調べ物もお願いね。」

「分かってる。任せて、と言いたいところだけど、クロノの話じゃ、無限書庫はほとんど整理されてないみたいだから、あんまり期待しないで。」

 無限書庫とは、管理局本局に存在する、成立が何時かも分からない、その名の通り亜空間に無限ともいえる数の本を収めた書庫である。本当に無限とも思える数があるため、整理するにもどこから手をつけていいか分からない、などと言うたわけた理由で長年放置されており、もはや魔境と化していると言っても過言ではない。

 あまりに整理されていないため、資料保管庫としての価値も低く、基本的に外部には公開されていない施設だ。別に勿体をつけているとかそういう事ではなく、無駄に空間が広い癖に司書も碌にいないため、自分の足で資料を探すとなると、普通に遭難するのだ。ユーノが閲覧を許されたのは、スクライアの固有魔法である検索魔法と速読魔法のおかげで、入り口が見えている範囲にいても、どんなに奥地に転がっている資料でも取り寄せられるから、である。

「……あそこの管理に関して、管理局が怠慢をしているのは認めるが、そもそも書庫そのものが、管理局が成立する前からただの資料置き場になっていた事実まで、こちらの責任にされても困る。」

「でも、それと予算不足を言い訳に、人も碌に配置せずにどんどん資料を運び込むだけで放置してるのは事実でしょ? この機会に、僕についでに整理もさせようって魂胆が透けて見えてるよ。」

「資料や情報の重要性の認識が甘いのは、治安維持組織としてはどうかと思うけど、そこのところはどう思う、ユーノ?」

「宝の持ち腐れにもほどがあるよね。」

 言いたい放題さえずる優喜とユーノに、渋い顔をするクロノ。別に彼に責任のある話でもないのだが、こういう話で関係者がつつかれるのは、どこの世界でも変わらない光景だ。

「のう、坊主たち。そろそろ写真を撮ってもいいかの?」

 放っておくと、いつまでもクロノをつついて遊んでいそうな優喜達に、鷲野老人が割り込んでくる。

「あ、ごめん。おねがいします。」

「さあ、並んだ並んだ。」

 鷲野老人に促されて、女の子達の後ろに並ぶ優喜とユーノ。

「クロノはこっちに来ないの?」

「僕が混ざるのは、あまりに場違いだからな。君達とそれほど親しいわけでもなし、今回は遠慮しておくさ。」

「了解。まあ、この後で、男だけで撮ってもらえばいいか。」

「だね。」

 話がまとまったところで、はやてとフェイトを最前列に、真ん中に聖祥組、最後尾を男二人という構成で一枚。優喜を真ん中に、左右をなのはとフェイト、後ろにアリサとすずか、最前列にはやて、なのはの肩にフェレットのユーノ、という構成でもう一枚。

 他にも何枚か、記念写真を撮影して、写真撮影を終える。因みに鷲野老人は、道具にそれほどこだわりの無い人物で、フィルム式の一眼レフカメラとデジタルカメラ両方で一枚ずつ、同じ構図の写真を撮っている。デジカメのデータは、しばらく写真を渡す機会が訪れないであろう出航組に渡すためのものだ。

「なのは。」

「……うん。」

 見送りの列に戻ろうとして、フェイトに呼びとめられるなのは。フェイトの意図を察して、手が届く距離に近付く。普段やっている聴頸の練習のように、互いの腕を外側から手首のあたりで当て、しばし互いの目を真正面から見つめ合う。

「……いってきます、なのは。」

「……いってらっしゃい、フェイトちゃん。」

 それだけを告げ、それぞれの場所に歩いていく。なのはは見送りの列へ、フェイトは見送られる側へ。

「……もう、いいかしら?」

「はい。お待たせしました。」

「エイミィ、転送をお願い。」

『了解。』

 エイミィの返事から数秒後、ミッドチルダから来た人たちの姿が、あっけなく消える。誰もいなくなった公園に沈む夕日を、しばらく何も言わずに見つめ続ける。

「さあ、帰ろうか。」

「うん。」

 こうして、高町なのはにとって、人生を変えるきっかけとなったジュエルシード事件は、落ち着くところに落ち着く形で解決したのであった。



[18616] ジュエルシード編 後書き
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b6f7b147
Date: 2010/08/21 19:06
 皆様の応援で、どうにかこうにか、無事に無印編は完結することが出来ました

 当初の予想では、無印完結までに二桁に届く程度の感想があればいいな、程度だったので、予想よりたくさんの感想をいただけたのはとても嬉しいです。また、感想の内容も、もっとあれこれだめだしをされるかと思っていたのですが、予想よりも好意的に読んでいただけたようで、こんなありきたりな内容の話でも楽しんでいただけたのなら何よりです。

 安易な展開に逃げている、設定と補正とご都合主義で台無しにしてる、との指摘も、書き始める前から多分いわれるだろうと予想していました。分かっていてそういう内容になってしまったのは、単に作者の技量と想像力不足です。決して感想で指摘していただいたことを軽視するわけではありませんが、残念ながら現状書き手にそれだけの技量がないので、予定したエンディングまでこのまま突っ走ることにさせていただきます。

 伊藤用様、芋天様、毎回感想ありがとうございます。お二人の感想が励みになって、どうにか無印編の完結までこぎつけることが出来ました。

 星の弓様、もはやただの親馬鹿になりつつあるプレシアさんですが、気に入っていただけたのであれば幸いです。

 そのほか感想を下さった皆様、ありがとうございます。完結を優先させたため、感想返しをしなかった無作法ものですが、いただいた感想はすべて大事に拝見させていただいています。

 さて、これからAs編ですが、無印編では出番も扱いも不遇になってしまったアースラ組を、もっと活躍させたいなあ、と思ってます。管理局についても、出来るだけアンチにならないように扱っていけたらいいな、と思っています。

 それでは今後もご愛顧いただければ幸いです。



[18616] 闇の書編 第1話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b6f7b147
Date: 2010/08/28 21:12
「んー。」

「ゆうくん、何唸ってるの?」

「やっといろいろ終わったってのに、辛気臭い顔してるわね。」

 ラフに描いたデザインを見て唸っていると、アリサ達がとてとて寄ってくる。余程難しい顔をしていたのだろう。二人の表情は、好奇心三割の心配七割、というところだ。因みになのははお手洗いである。年を考えなくても自立している彼女達は、いくら仲がいいと言っても、さすがにいちいち用をたすのに一緒に行ったりはしない。

「大したことじゃ、いや、一応大したことなのかな? まあ、これで人死にが出るとか、そういう種類の問題じゃないよ。」

「で、結局何を悩んでたのよ?」

「はやてのプレゼントでちょっとね。ペンダントにしようと思って、いくつかデザインを起こしたんだけど、どうにもしっくりこなくて。」

 と言って、さっきから見ていたデザイン画を、二人に見せる。華やかなデザインのものとシックなデザインのものが二つずつ、四つのデザイン画が描かれていた。

「あ~、確かにはやてにはしっくりこないわよね。」

「あ、これなんかアリサちゃんに似合いそう。」

「こっちはフェイト向けかしら。」

 どうやら、優喜が感じていた違和感は、アリサ達も感じたらしい。どうにも華やかなデザインだと、いまいちペンダントそのものが浮く。シックなものだと、今度は全体に地味になりすぎて、アクセサリをつける意味が薄い。それに、アリサやすずかならまだしも、はやてがこの手のペンダントに合うような服を持っているかと言うと、それはそれで微妙だ。

「とりあえず、今回は普段着向けに、気の抜けた軽いデザインにしておいたら?」

「そうするかな。」

 アリサのアドバイスを受け、葉っぱをモチーフにしたカジュアルな感じのデザイン画を適当に描いてみる。葉っぱなのは、前に渡した木彫りの狸からの連想だ。

「よくそんなにぱっとデザインが思い付くわね。」

「鍛えてますから。っと、そうだった。」

 ざっとデザイン画を描き終えた優喜が、鞄から何やら取り出す。

「この間から、ずっといろいろトラブルが続いてたから、念のためにお守りを作ったんだ。出来るだけ普段から着けてて。」

 と言って、二人に渡したのは、これと言って飾り気のない、鎖に近いシンプルなブレスレット。もっともシンプルだが、そこかしこに手間がかかっているのは、見る人が見れば分かる。

「お守り?」

「うん。フェイトに渡した指輪と、基本的には同じ効果。普通に殴られるぐらいなら怪我しなくなるけど、銃弾とかになると心もとないから、あまり当てにしないで。」

「……まあ、ジュエルシードの暴走体みたいなのに襲われない限りは、その程度の効果で十分すぎるんじゃない?」

「と言うか、普段着の子供が銃弾を受けて怪我しないとか、不自然すぎるにもほどがあると思う。」

 などと駄弁っていると、お手洗いから戻ってきたなのはが、二人が何かもらっているのを発見し、とてとてと近寄ってくる。

「アリサちゃん、すずかちゃん、それ何?」

「お守りだって。」

「いいな~。」

「なのはには、あまりありがたみがない類のものだよ?」

「それでも羨ましいのは羨ましいの。」

 本当に物欲しそうにじーっと見ているなのはに、思わず苦笑が漏れる。

「欲しいんだったら、僕の部屋の試作品の類、好きなの適当に持って行っていいから。」

「なんか、むしろそっちの方が羨ましい気がするわね。」

「同じ家に住んでる特権だよね。」

 優喜の申し出にも、どうにも納得する気配を見せないなのは。単純に、二人と同じものが欲しいらしい。それなりに手の込んだ物とはいえ、一見すればただの鎖だ。正直、優喜にはなのはのこだわりがピンとこない。

「私は、皆でおそろいのアクセサリ、って言うのがいいの。」

「それは何? なのはとフェイトにはやての分も作れ、と?」

「うん!」

「……まあ、いいか。どうせ材料は忍さんがいくらでもくれるし……。」

 ため息をつきながら、段取りを考える優喜。ぽつりと漏らした言葉に、すずかが食いつく。

「あれ? 材料って、お姉ちゃんが用意してたの?」

「木彫りの試作品を見せたら、先行投資とか言って、道具とかいっぱい用意してくれた。いくつか頼まれ物も作ってるよ。」

「……すずかの家に、先を越されたってわけね。」

「先って何さ。まあ、それはともかくとして。練習も兼ねて、ほとんど毎日何か作ってるから、いい加減処分を考えないと、来月ごろには置く場所が無くなりそうだ。」

「ちょっと待って、すごく聞き捨てならない事を言ったわね、今。」

 置く場所が無くなる、という優喜の発言に、アリサが食いつく。優喜がアクセサリー製作を始めたのは四月の下旬ごろ。まだ六月までに何日かあるので、せいぜい一カ月ほどしかたっていない計算になる。置く場所がどうこう言っている以上、最低でも一日に一つは完成品を作っているはずだ。むしろ、そうでないと置き場所に困ることなどあり得ない。

「ゆうくん、一体いくつ作ったの?」

「数えてないから覚えてない。大体日に平均二つぐらいは作ってて、人にあげたものも結構あるから、手元には四十かそこらじゃないかな?」

「優喜君の部屋、最近すごい事になってるよね。教科書と工具以外、全部アクセサリと材料だし。」

「男の部屋とは思えない事になってる訳ね……。」

「でも、そういうのが無かったら、本当に物が全然ないから、それよりはいいかな、って思うの。」

 何とも微妙な会話で盛り上がる。実際のところ、優喜の部屋が殺風景だろうが宝石箱状態だろうが、本人も含めて誰も困らないのだが、最近はあまりテレビなどにも興味を示さないメンバーなので、こういう話題しか盛り上がりを見せなかったりする。

「ねえ、明日の放課後とか、暇?」

「ん? 僕は基本的に、なのはが用事を持ち込まなきゃ暇だよ?」

「だったらさ、アンタの部屋の試作品、一度見せてもらっていい?」

「いいよ。欲しい奴があったら勝手に持って行ってくれていいし。」

「やった。じゃあ、遠慮なくもらって行くわね。」







「艦長、クロノ君、プライベートな質問、いいかしら?」

 時空管理局本局へ向けて航行中の、次元航行船アースラ。その食堂で、昼食を終えたハラオウン親子とテスタロッサ親子は、食後のお茶を嗜みながら、昼休みが終わるまでのんびりくつろいでいた。ちなみに、ユーノはすでに無限書庫で調べ物だ。今日は、アルフとリニスも、ユーノのお手伝いである。

 因みに言うまでもないが、テスタロッサ家の人間はアースラに勤務しているわけではないので、裁判の打ち合わせと立件についての進捗度合いの報告を聞く以外は、基本的にやる事がない。フェイトなど、暇にあかせてトレーニングルームに入り浸り、アルフやリニス相手に、クロノが引くような訓練をオーバーワーク寸前までやっている。そのあとにちゃんと日本語をはじめとした学問の勉強もしているのだから、短期間とはいえ高町家で鍛えられたのは無駄にはなっていないようである。

「別にかまわないけど、何かしら?」

「資料を整理していた時に思い出した事だけど、十一年前の闇の書事件、殉職したクライド・ハラオウンと言うのはもしかして?」

「……ええ。私の夫で、クロノの父親よ。」

「……そう。」

 母の質問とリンディの答えに、表情が凍りつくフェイト。闇の書と言うのは、はやてを蝕んでいるデバイスだ。そのデバイスがリンディとクロノの、かけがえのない家族を奪い去っている。もし、はやてが闇の書を持っているとばれたら……。

「当然の事を聞くようだけど、闇の書の事を、怨んでいる?」

「……怨みが無い、とは言えないわね。」

「……さすがに、何のわだかまりも持たずに済ませられるほど、僕は人間が出来ていない。」

 二人の回答に、どんどん表情が暗くなって行くフェイト。だが、稀代の魔女はその回答を予測していたかのように、ぶしつけともいえる質問をさらに重ねる。

「これは仮に、だけど。今、闇の書が復活したとしましょう。その主が平和主義者で、書を悪用するつもりが一切ない場合、あなた達は主をどうする?」

「闇の書に重大な欠陥がある以上、放置するわけにはいかないわね。だけど……。」

「少なくとも、その時点では主は犯罪者ではない。保護、という形で拘束することにはなるだろうが、少なくとも犯罪者として扱うつもりはない。」

「……怨みを晴らすつもりはないの?」

「……二年前なら分からなかったわ。」

 リンディの意外な言葉に、驚いたように顔をあげるフェイト。プレシアも、興味深そうに二人の顔を見る。

「闇の書が憎いのは変わらない。だけど、あれはただの道具だし、怨むべき主は、十一年前の事件で死んでいる。書の主になること自体は、主本人にはどうにも出来ない種類の事情だから、そこに怨みをぶつけるのは、全く筋が通らない話よ。」

「それに、僕たちは時空管理局の局員だ。すべきことは、現在と未来の一般人の平和と安全の確保だ。個人的に恨みを晴らした結果、それがないがしろになっては本末転倒だ。」

「立派な心掛けだけど、本当にそんな風に割り切れるの?」

 プレシアの厳しい質問に、苦笑を浮かべるリンディ。何故彼女がこんな事を聞いてくるのかは分からないが、彼女が管理局という組織に、一定度合いの不信感を持っている事は分かっている。彼女が違法研究に手を染めた経緯を考えれば、不信感を持つのは無理のない話だ。

 プレシアが闇の書について、それなりに詳しい情報を持っている事には、正直驚いている。だが、プレシアのかつての研究目的を考えれば、闇の書に手を出そうと考えるのも不思議なことではない。誰もが知る、などというような有名なロストロギアではないが、何度も大規模災害を起こしている分、それなりの知名度はある。調べようと思えば、プレシアやリンディが知っている程度の事を調べるのは、それほど難しい事でもない。

 まあ、そんなどうでもいい事はおいておこう。まずは今受けた質問に答えを返さなければなるまい。

「さっきも言ったけど、二年前なら分からなかったわ。でもね、息子がちゃんと公平な仕事をしているのに、親の私が怨みにとらわれて、本来無関係な人間に八つ当たりをするなんて、そんな不細工な真似は死んでもごめんよ。」

「……耳の痛い言葉ね。」

「……母さんは大丈夫だよ。」

「私も、今のあなたなら大丈夫だと思うわ。過去は変えられないけど、償おうと一歩を踏み出したあなたなら、余程の事がない限りは、悪い方にはいかない。断言してもいいわよ。」

「……ありがとう。」

 プレシアが納得した様子を見せたため、話を打ち切る事にしたリンディ。とはいえど、プレシアに質問されるまで、闇の書の主が善人で、書の力に溺れず悪用もしない可能性というものを、一切考慮していなかった、というのは彼女たちには口が裂けても言えないが。

「それはそうと、頭の痛い話があるのよ……。」

「なにかしら?」

「なのはさんの事。最後の六個を封印した集束砲、あれの記録を見た上層部の一部がね、どうにかして管理局に取り込め、ってせっついてくるのよ。管理外世界の平和な国で育った、年齢一桁の子供に一体何を期待しているのかしら……。」

「……それは、確かに頭の痛い話ね。正直なところ、なのはにもフェイトにも、あまり管理局の魔導師の仕事はしてほしくないのだけど……。」

 まだ話が出ていないなのははともかく、フェイトはすでに嘱託魔導師の試験を受けることを決めている。理由は言うまでもない。プレシアの罪の軽減のためだ。

「そうね。確かに管理局側からすればありがたいことだけど、フェイトさんが嘱託試験を受けなくても、プレシアさんが懲役刑を受ける可能性は皆無といっていいわよ?」

 実際のところ、プレシアの違法研究は、非人道的な実験をほとんど行っていなかった事、動機に情状酌量の余地があった事、そもそも元となったヒュードラの事故について、判決の合理性に疑いが出てきていたことなどが重なり、元々の罪状が、この種の技術系犯罪としては、異例なほど軽く済む目算が高かった。

 さらに、プレシア自身は取引材料になるとすら思っていなかったが、輸送船襲撃計画を実行に移す前に受けた襲撃、その時の映像が、リンディ達が元々追いかけていた事件の重要な証拠となったのだ。第九十七管理外世界に大手を振って捜査員を派遣できる根拠を得た事もあり、手詰まりが続いていた密輸事件が大きく進展する可能性が高くなったのである。それ以外にも、管理局に提供した研究成果が、どれも局員の死亡・高度障害の確率を大きく減らすものばかりだったり、ジュエルシードの希余分が結構大きかったりと、管理局にとっても世の中にとっても、大きな利益を見込めるものがたくさんあった。

 それらの要素が重なって、普通ならどれほど取引材料を積み上げても、最低でも二年は懲役刑を避けられないであろう違法研究でも、保護観察程度で済む可能性が非常に高くなっていた。そこに、親子そろって管理局に職員として協力する、と申し出ているのだから、トータルの利益を考えれば、豚箱にぶち込むよりもこき使う方がよほどいい。しかも、二人揃って上から数えた方が早いランクの魔導師で、プレシアに至っては次元世界屈指の優秀な研究者だ。

 だが、正直なところ、管理局全体としてはともかく、直接の関係者にとっては、喜ばしいと無条件で思えることではない。ミッドチルダは教育の高度化の結果、一定以上の能力・才能を持った人間の就業年齢は大幅に下がり、それに引きずられる形で管理局の平均入局年齢が下がっているとはいえ、事務方はともかく実働部隊、それも前線部隊に成長期の子供が入ることに関して、表向きはともかく本音の部分で無条件で受け入れている人間は、実のところそれほど多いわけではない。もちろん、リンディも受け入れていない一人だ。

「母さん、艦長、自分で決めた事だから。」

「……ええ、分かっているわ。それに、高ランクの魔導師は、よほどの理由がない限り、どこかの組織に一度は所属しておかないと、いろいろと面倒なことが多いし。それならば、まだ少しでも面識があって、ある程度は信用できる人間のもとにつける可能性が高い方がいいもの。」

「本当に、耳も頭も痛い話よね。実際のところ、なのはさんの身の回りも、なにがしかの形で警護をつける必要があるかもしれないのよね。何しろ……。」

「地球には、密輸組織が拠点を構えている可能性がある、かしら?」

 プレシアの台詞に、苦笑するしかないリンディ。密輸組織うんぬんは捜査上の機密事項だが、第九十七管理外世界から転移してきて、プレシアに襲撃をかけた不審な武装船の映像を、証拠として押収している以上、彼女ほど頭が切れる相手にばれるのはどうしようもない。

「まったく、世の中ままならないものね。しかも、実際に警護が必要なのは、なのはさん自身というよりもご家族、それも主に桃子さんだって言うところが厄介なところだわ。」

「そのあたりのことを考えると、やっぱりなのはも何らかの形で管理局にかかわった方がいい、というのが難儀な話ね。」

「だけど、魔導師として管理局に登録すると、どう頑張っても前線に送り込まれるリスクを避けることは出来ない。かといって、ただの被保護対象のままだと、今度は桃子さんを守る口実がない。」

「管理が異世界の人間に対して、原則非干渉が決まりだから、実際に何かのトラブルに巻き込まれるまで、桃子さんに対して管理局としてはアクションを起こせない、か。本当に面倒な話ね。」

 規定の意味や本質的な狙いなどが分かるだけに、無視しろとも規定をなくせともいいがたいのがまた面倒だ。時代遅れとは言わないが、もう少し柔軟に運用できる規定にならないか、と思うことが多々あるのが、現状の管理局規約である。

「だが、かも知れない、というだけで人員を割けるほど、管理局には余裕がないのも事実です。それに、拡大解釈はともかく、真正面から規定を破るのはいかがなものかと。」

「クロノ君の言いたいこともよく分かっているわ。だから、こうして頭を抱えているのよ。」

「正直、たとえ嘱託魔導師とはいえ、いったん管理局に所属してしまったら、遊ばせておく余裕はないのが現実なのよね。」

「だが、これはフェイトにも言える事ですが、正直なところ素質や現状の力量はともかく、性格面では管理局の仕事にそれほど向いているとは思えない。現に、あの臨海公園での戦闘の前にも、優喜の能力検証のために砲撃をしてもらったところ、終わってからもしばらく調子が悪そうでした。」

「クロノ執務官、心配してくれるのは嬉しいけど、私の場合は、多分避けて通れない道だと思うから、それなりに覚悟は出来てるつもりだよ?」

「分かってる。それでも、事実として、君もなのはも、人間相手にデバイスを向ける事に、それなり以上のためらいがある。そして、そのためらいが命取りになる事もある。君自身は生き延びても、一緒にいた誰かが死ぬかもしれない。正直、それをふっ切らないと、命がいくつあっても足りないが、君達の年で、平気で他人に致命的な威力の攻撃ができる、というのもぞっとしない話だ。」

「……。」

「話がそれましたが、そういうわけで、僕はなのはをこちら側に引きずり込む事は反対です。」

 とはいえ、当人を横に置いて勝手に議論していても始まらない。さすがに、なのは本人だけに決めさせるには問題の多い事柄だが、幸いにして、こういうことについては判断を仰げる人間が、高町家にはちゃんといる。

「とりあえず、士郎さんと優喜に、リスクも含めて全部話して、判断を仰ぐのが一番なんじゃないかしら?」

「そうね。それに、最終的に方向を決めるのは高町家の人たちで、私達ではないのだし。」

 丸投げ、と取られても仕方がない結論を出すプレシアとリンディ。向こうの時間で夜になったら通信を一報入れる、ということで、その場の議論は終わりになった。







 同じ日の放課後。なのはのわがままにあわせて、追加で三人分のブレスレットを作り、特殊効果の付与術式を終えた優喜は、休憩も兼ねてリビングで図書館で借りてきた本を読んでいた。と言っても、自身の知識とこの世界の歴史との相違点の確認、という側面が大きかったりするのだが。

 因みに、なのは達は塾でここにはおらず、恭也も美由紀も大体五時を回らないと帰ってこない。ゆえに、なのはが塾の日は優喜は、はやてに軟気功の治療をしに行っている場合を除けば、こうして自分の勉強やら何やらをやっている。アクセサリー作りは、彼の場合、作るだけならよっぽど凝ったものでもない限り、三十分もあれば一個ぐらいは余裕で完成する。なので、なのはが宿題をやっている時間なども、大体ものづくりに当てていたりする。

「おかえり。」

「ただいま。優、なに読んでるの?」

「古代ローマ史周りの歴史書。どうにも、僕が知ってる歴史と結構食い違いがあって油断が出来ないから、暇な時間にこうやって確認してるんだ。」

「この間、源氏物語の原文らしきものを読んでたのも、そういう事?」

「うん。僕の世界じゃ散逸した事になってる部分があったり、逆にあるはずの話が無かったりして、なかなか面白かったよ。」

 しれっとそんな事を言う優喜に、うへ、という顔をする美由希。彼女も大概読書家だが、さすがにまだ源氏物語の原文にまでは手を出していない。現代語訳を三度ほど読み返して、それで十分満足してしまった、というのが大きい。ついでに言うと、美由希はざっとした流れは覚えているが、優喜のようにあるはずの章がなく、無いはずの章がある、なんてことが分かるほどには読み込んでない。

「そういえば、結構違うって言うけど、それ以外には具体的にどういうところが違った?」

「戦後の日本で言うと、総理大臣が何人か違った。ただ、田中角栄みたいに目立つ業績を残した人とか、特に名前はあげないけど大失策をやらかした人とかは変わってないけどね。日本の古代史で言うと結構大きい違いじゃないかって思うのが、伊勢神宮の式年遷宮の回数が、三回多かった。」

「えっと、それがどうしてそんなに大きな違いになるの?」

「伊勢神宮の式年遷宮って、二十年に一回なんだ。つまり、三回も回数が多いってことは、式年遷宮というシステムが確立したと確定されてる年が、最低でも六十年は僕の居た世界より早いってことだから、結構大きな違いだと思うよ。因みに、僕の居た世界が三年後ぐらいに第六十三回があるんだけど、こっちは至近の遷宮が平成に入って五年目ぐらいの頃に第六十五回があって、次が僕の世界と同じ年で第六十六回だった。」

 ざっと頭の中で計算して、スケールが大きすぎてピンとこない事を思い知る美由希。千何百年前から存在する建造物で、確定されている年代が六十年も違えば、ずいぶん大きな違いかもしれない、という気がしてくる。もっとも、そのスケールでたかが六十年が、どれだけの違いなんだ、という気もしないでもないのだが。

「……なんか、すごいんだかそうでないんだかよく分からないけど、結構大きく違う、って言うのは分かったよ。」

「まあ、僕みたいに遺跡の発掘だのなんだのにかかわってなきゃ、大して興味のわく話でもないだろうから、ピンとこないのはしょうがないよ。」

 美由希の様子に、苦笑するしかない優喜。古代史といえど、六十年も年代が違えば、王朝が変わっていたり、主流となる文化が別のものに移り始めていたりというのはざらだ。自分達の生活ですら六十年前と今とでは全く違うし、歴史に目を向けても、江戸時代とひとくくりされているが、初期と中期と後期では全く別の風俗・習慣が出来ている。

 そう考えれば、後二百年もさかのぼれば、神話の時代に片足を突っ込む大化の改新や平城京のころとは言え、六十年も違えば大違いだというのは当たり前の話ではあるが、逆に神話の時代に近いがゆえに、今一歩ピンとこないのも仕方がないのかもしれない。

「で、さあ。いつも思うんだけど、優って、なのはがいない時って、大抵一人で本読んでるか、部屋にこもって細工ものしてるか、何か勉強してるかだよね。」

「素振りとかしてる時もあるよ。」

「うん、まあ、そうなんだけど、それはもう勉強に含むとして。」

「勉強なんだ。」

 すさまじく大雑把なくくりに、さらに苦笑が漏れる優喜。その定義だと、一人で思いつきでやってるトレーニングとかも、勉強の中に含まれるかもしれない。

「優、なのは達以外に、友達いないの?」

「いないよ。多分、なのは達と同じクラスじゃなかったら、一人で孤立してたんじゃない?」

 大したことじゃない、という雰囲気で、しれっと答える優喜。正直なところ、転入早々からずっと厄介事が続いていたので、それどころじゃなかったのだ。結果として、全て解決したころには、時期を逸していたのである。

「友達作る努力とかしてる?」

「全然。」

「……自分の事だから、もうちょっと頑張ろうよ……。」

「と言ってもねえ。女子の友達をこれ以上作っても、って気がするし。かといって、他の友達が出来る前になのはのグループの一人としてポジションが固まったから、男子と友達になるのはそれほど簡単な話じゃないし。」

 それでもなのは達はまだ、それなりに他のクラスメイトと交流があるが、優喜の場合は転校生だという事もあり、クラス内での立ち位置は完全になのは達のおまけ、だ。しかも、容姿的には女子の中に混ざっている方がしっくりくるが、やはり立ち居振る舞いやら何やらは男子のそれだ。ゆえに、親しくしているアリサやすずかはともかく、他のクラスメイトからすれば、どちらの側から見ても、しっくりこない相手なのだ。

「もしかして、なのは達がもてるから、優がクラスで浮いてる、とか?」

「関係無いとは言わないけど、うちのクラスの男子の平均は、そこまで色恋沙汰に興味を示してないよ。僕みたいな変則的な事例を除けば、精神的な部分で男女の境界線がはっきりしたぐらいだから、理由がどうであれ、男女で仲よくしてるだけでいろいろ言われるんだよね。」

「そだっけ?」

「ああ、そっか。美由希さんは小学校三年生って言ったら、本格的に御神流を習い始めたぐらいだったよね。」

「うん。」

「だったら、根本から認識が違うだろうから、そんな事は気にもしてなくて当然か。」

 大体において、小学校に上がったぐらいから、精神面で男女の境界がはっきりし始める。小学校三年生ともなると、もはや男女の間には完全に壁が出来上がるころだ。特に男子の側は女子と仲よくするのは格好悪いという意識が強くなり、たとえそれが親戚や姉妹でも、一緒に行動するだけで攻撃対象になる。

 一方女子の側は、個人差こそ大きいものの、男女に対する感性はかなり大人のそれに近くなる。恋愛に近い感情で気になる男と言うのは出てくるが、精神面の成熟度合いは常に女子の方が早いため、同級生に目が行く事はあまりない。

 聖祥も初等部の間は共学であるため、班行動などは普通に男女混合だ。なので、完全に壁を作って話をしない、などと言う事は無いが、プライベートな時間まで男女混合で行動しているケースはあまりない。少なくとも優喜のクラスは、優喜自身も含めて三人程度しか、プライベートで男女の混ざったグループで行動しているケースはない。

「うちのクラスの男子だったら、優喜の環境を見たら『リア充爆発しろ!』とか言って除け者にしそうだけど、さすがに小学生じゃ、そんなことはしないか。」

「男子の側に関しては、そういう話は中二ぐらいまで待ってください。」

「あはは。」

 と、まあ、優喜がクラスで浮いている基本的な理由はそんなところなのだが、それだけで終わらないのが、彼の業の深いところだ。

 優喜の基本的なポジションは、先に述べたようにアリサ達のおまけ、である。だが、見るものが見れば、実質的な主導権は優喜が握っていることぐらい、すぐに分かる。アリサにしろすずかにしろ、思考は高校生に近い。その彼女達から見ても、優喜は精神的に優位に立っている。

 優喜の中身は二十歳の青年だ。だが、一体どういう経験をしてきたのか、同じ二十歳の若者に比べても、優喜は精神的に落ち着き、達観している面がある。そんな人間が小学生に混ざれば、どうあがいたところで完全に溶け込むことなど不可能だ。そもそも、アリサ達の時点ですら、同級生と比べて行動原理が大人に近い。その彼女達ですら、優喜の思考や行動原理から見ればかなり子供っぽいのだから、クラスメイトからすれば完全にエイリアンだ。

 肉体的・社会的な面で自身の出来る事の限界を認識している小学生など、教師からしても扱いづらいことこの上ない。基本的に素直にいうことを聞く上に、出来るだけ目立たないように行動しているため、さすがに教師から目をつけられることはないようだが、それでも歓迎されていないのは間違いないようだ。

「とりあえず、少なくとも女子とはそれなりにうまくやってるから、そんなに心配しないで。」

「分かったよ。信用できないけど心配はしないことにする。」

 そもそも、当人が友達が少ない事を苦にしていないのだから、周りがやいやい言っても意味がない。そもそも、彼の師匠とやらが、明日迎えに来ないとも限らないのだ。その事を理解している優喜が、余計な人間関係をわざわざ作るはずもないだろう。

「とりあえずさ、暇だったら一本やらない? 優もそろそろ、実用範囲にはなってきてるんでしょ?」

「了解。せっかくだから、実戦でどれぐらい使えるかのチェック、お願いね。」

「ん。」

 とりあえず、恭也が帰ってくるまでの間、軽く乱取り稽古をする。ワイヤーを含む飛び道具なしのルールで、勝敗は美由希の二勝一敗。やはり、優喜は左の動きの鈍さがたたり、二度とも手数で押し切られてしまった。御神流というくくりでの力量差で言うなら、十回やって八回は美由希が勝つラインで、恭也相手だと十やって一取れれば大健闘、というレベルだ。

 もっとも、言うまでもないことながら、このくくりを捨てて互いが専門分野に徹して勝負するなら、気功抜きですら美由希に勝ち目はない。気功まで使い始めると、恭也ですら勝負にならない。優喜の現状は、子供の体ゆえの限界の低さは克服できていないが、急激に体格が変わった事による誤差はほぼなくなっている。たまに出力をあげすぎて筋を痛めたりはしているが、そこはご愛嬌と言ったところだろう。

「まだまだ、と言いたいところだけど、体の年と始めてからの期間を考えると、私もうかうかしてられないなあ。」

「まあ、僕は基礎は出来てたからね。体作りから始めてる美由希さんと比べたら、そりゃある程度までは早いよ。」

「理屈は分かるんだけど、感情が納得してくれないよ。」

 などと感想を言い合っていると、呼び鈴が鳴る。どうやら来客らしい。翠屋はともかく高町家の方には、事前連絡なしの来客などほとんどいない。こういうケースは普通の一般家庭と同じで、大概は宅配かセールスの類だ。どうせ今回もそうだろうと予測しつつ、インターホンに向かう。

「……優、お客さんだよ。」

「僕に?」

「うん。ちょっと変わった服を着た美人さん。アルフの気配に似てるから、あの人も使い魔?」

「なるほど、リニスさんか。わざわざこっちに来るなんて、何の用だろう?」

 突然の来客に首をひねりつつ、とりあえず対応に出る優喜。そこにいたのは、予想通りリニスだった。いつも通り、全体的にはややかっちりした印象を与える露出の少ない、なのになぜか胸元だけ開いた、日本ではあまり見かけないデザインの服を着ている。アルフと違って、耳としっぽはきっちりしまわれているため、美由希のような人材でなければ、人間でないとは気がつかないだろう。

「いらっしゃい、リニスさん。どうしたの?」

「今晩は、優喜君。連絡も無しで突然押し掛けてごめんなさい。少し、お時間を頂いてよろしいですか?」

「僕の方は暇だから問題ないよ。急ぎの用事?」

「急ぎではありませんが、少々込み入った話にはなります。」

 リニスの言葉にピンとくる。わざわざ許可を取ってこっちに直接来ているところを見ると、管理局がらみの話だろう。多分闇の書がらみも便乗して持ち込んでいるだろうが、それだけでこちらに来るための許可を取るのは、不可能と言っていい。

「ねえ、優。」

「はいな、何?」

「盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろこのお姉さんを紹介してくれないかな?」

「あ、そうか。恭也さんと美由希さんはフェイト以外の魔法関係者とは面識なかったっけ。」

「うん。名前言われても全然分かんない。」

 美由希の言葉に、ちょっと悪い事をしたな、と思う優喜。さすがに、身内が自分と面識のない人間と横で盛り上がっているというのは、居心地が悪いどころの話ではない。

「この人はリニスさんって言って、フェイトのお母さんの使い魔。最近グダグダになってきてるテスタロッサ家をまとめる苦労人。」

「最近グダグダって言うところに、反論できなくて困ってるリニスです。」

「で、こっちがなのはのお姉さんで美由希さん。よほど高く飛ばない限り、フェイトぐらいなら制圧できる物騒なお姉さん。」

「優にそれを言われるのは非常に釈然としないんだけど?」

 優喜の突っ込みどころ満載な紹介に、互いに苦笑しながら一応挨拶を返す。

「それで、リニスさん。多分なのはの勧誘がメインの話だと思うけど、なのはも士郎さんたちもまだ帰ってこないから、ちょっと待ってて。」 

「分かりました。あ、そうそう。」

「なに?」

「ここで話すのに問題がある内容も結構あるので、時の庭園のほうで話をしましょう。艦長とプレシア、両方に許可を取ってきていますし。」

「了解。あ、そうだ。せっかくだから、一度美由希さんとリニスさんも模擬戦していく? 参考になることも結構あるかもしれないよ。」

「そうですね。面白そうなので、お願いします。」







「わざわざお時間を割いていただいてありがとうございます。」

「何、こちらとしても、大事な娘の今後に関わってくることだ。必要ならいくらでも時間を作るよ。」

「ありがとうございます。」

 リニスを交えた夕食も終わり、一度で移動するにはやや人数の多い高町家一行を、ピストン輸送の要領で時の庭園に連れ込んだ後。まじめな顔で話を切り出すリニスと士郎。最初は恭也と美由希は留守番する予定だったのだが、末っ子が関わることなのだから、全員話を知っておくべきだという士郎の主張により、一家そろっての話し合いとなったのだ。

「まずは、なのはさんの現状と時空管理局について、簡単に説明させていただきます。といっても、管理局については私も本来部外者なので、リンディ艦長が用意した資料以上のことは説明できませんが。」

「ああ。お願いする。」

「それでは……。」

 現状なのはが置かれている立場は、実は非常に微妙なものである。理由は簡単。ジュエルシードの回収時に、結構大きな魔力を何度も放出しているため、地球上に存在すると想定される犯罪組織に、その存在を把握されている可能性があるからだ。

 なのは本人はどうにかなる。士郎以下、優喜を含む御神流の門下生もまだいい。だが、高町家の中で、桃子だけは完膚なきまでに一般人なのだ。何らかの形で桃子を人質にでもとられた場合、なのははおろか、ほかの人間も有る程度は言いなりにならざるを得ない。

「……魔導師相手に警察や国が当てにならないのは、まあ分かるとして、だ。もしかーさんがそのミッドチルダの犯罪組織に捕まったとして、管理局とやらは動かないのか?」

「動かない、という事はないでしょうけど、地球が管理外世界、というのがネックになります。管理世界の犯罪者が管理外世界で犯罪を起こした場合、被害者が完全な現地の一般市民の場合と、管理局員の直接の関係者の場合とでは、どうしても初動の早さに差が出ます。」

「身内に甘い、という事か?」

「いえ。規定の問題です。管理局は管理外世界に対しては、よほど確実な証拠かよほどの危険性がない限りは、行動を起こす事は出来ません。そして、この確実な証拠と言うのが曲者で、一般人と局員では、同じ報告でも扱いの重さが変わってきます。」

「理不尽と言いたいところだが、ずぶの素人と一応はプロ扱いの局員とでは、その程度の差は出てきても仕方がないか。」

「ええ。艦長やプレシアが頭を抱えているのも、その部分です。」

 力を持つ、という事が一概にいい事ではない、という事をまざまざと見せつける話だ。これがなのはがごく普通の小学生ならば、いや、せめてその資質が普通の範囲に収まっていれば、これほど厄介な問題にはならなかっただろう。

「それで、その時空管理局とやらは、どんな組織? 名前からして、かなり大きな組織みたいだけど。」

「時空管理局は、その名が示す通り次元世界間の関係を管理するために設立された組織です。地球で言うところの国際連合、その司法と軍と警察組織の部分を中心とした役割を担っている、というのが一番近いでしょうね。」

 時空管理局は、実質的には国際法廷と治安維持軍の役割に特化してしまっているが、本来は国連のように、複数の次元世界間のトラブルの調停や立場のすり合わせを目的として設立された組織だ。その目的上、一定以上の強権と独立性を持たせておかないと、発言力の強い世界に振り回されたり、せっかく出した声明が無視されたりと碌な事にならないため、傍目から見ると強すぎる、とうつるほどの権限を持っている。

 無論、権限が強い分義務も大きく、次元震や次元断層のような災害に対しては、どれほど消耗しようと真っ先に出動し、状況の悪化を食い止める義務を背負っている。他にも一つの世界が担うのは難しい仕事もたくさん振られているし、何より定期的に査察が入るために、建前と違う行動などそうそう取れるものではない。

「ちょっと待って。話を聞いてると、犯罪を犯した局員も、時空管理局が裁くんだよね? 管理局自体が犯罪を犯した場合、どこが裁くの?」

「一応地球の主要先進国だと、大体は司法の暴走を防ぐために、三権分立というシステムを取ってるわよね。管理局の方はどうなっているの?」

「えっと、それはですね。」

 その辺の質問の回答になりそうな部分を探すために、資料を必死になってめくるリニス。だが、その回答は意外なところから出てきた。

「桃子、美由希。その質問の答えは、さっきの説明で出てきているよ。」

「え?」

「発言権の強い世界に振り回されたり、法を無視されたりしないように、傍目に見ると強すぎるとうつるほどの権限を持ってる、と言っていただろう? 三権分立というのは、こういう国際組織にはなじまない部分が強い。そもそも、複数の国家が絡んでいる以上、何を持って立法とし、何を持って行政とするのか、というところからして難しい。それに、出資する側もバカじゃない。なにがしかの形で査察ぐらいはしてるだろうさ。」

「それに、所属している管理世界全てが、ちゃんとした法体系を持っているわけでも、現地の政府がきちっとした機能を維持してる訳でもないだろうし、ね。地球でも、テロ組織が無政府状態の国に潜伏してて、捕縛しても国連の権限じゃ裁く事も出来ない、なんてケースは結構あるし。」

 士郎と優喜の言葉が、管理局が三権分立というシステムを取っていない理由だ。では、管理局が暴走した場合、どこが裁くのか?

 答えは簡単だ。管理局に出資している管理世界全てが裁くのだ。時空管理局そのものは、自力で収入を得る事が出来る組織ではない。多額の出資と寄付で賄われた公的機関であり、人材だけでなく予算も地味にカツカツだ。そして、出資している管理世界にしても、暴走して人道に外れたことばかりを繰り返し、傍目にも腐っているとしか見えないような判決を出し続けるような組織に金を出すなど、国民が許さない。

 そして、四つ五つの主要世界が出資をやめれば、たちまち管理局はその巨体を維持できなくなり、何年もせずに瓦解するだろう。一つ一つの世界が出資している金額はめまいがするほど巨額で、二つも出資する主要世界が減れば、他の世界が増額した程度で穴埋めするのは難しい。四つもとなれば、もはや致命傷だ。

 もちろん、組織内部に問題を抱えている程度では、管理世界の側もそんな無茶な真似は出来ない。そもそも、欠点の無い人間がいないように、問題の無い組織もないのだ。そして現状の時空管理局は、内部に無視できない程度には様々な問題を抱えているが、少なくとも目立って非道な行いを行ってはいないし、治安維持組織として完璧とは言えないまでも、必要十分には成果をあげている。そんな組織に対して、自分のところにとって都合が悪いから、出資金を減らして意趣返しをするような真似をすれば、却って自身の影響力をそぐ結果になる。

 一つ大きな問題が起これば崩れるような微妙なパワーバランスだが、それなりにちゃんとシステムとしてはうまくいっているようだ。

「とはいえど、子供を戦場に送り込む、というのはあまり関心はせんがね。」

「それを、小学校に上がる前の俺に殺人剣を仕込んだ挙句、武者修行と称して日本全国放浪の旅に連れまわしたとーさんが言っても、あまり説得力はないぞ。」

「元となる文化的背景が違うんだから、そこを突っ込んでもねえ。十歳に満たない子供を働かせるなんて、って言ってもさ。昔は日本だってそうだったんだし、それにあんまり周囲よりレベルの高い子供だと、学校に入れるより研究施設なんかで仕事をさせた方が、本人にとっても周りにとってもプラスになる事も多いし。」

「それと子供を戦場に送り込む事は別問題だと思うぞ。」

「まあね。ただ、話して見た感じでは、さすがに年齢一桁を局員として、命の危険がある仕事をさせる事に関しては、それほど肯定的なわけでもなさそうだったよ。」

「実際、リンディ艦長やクロノ執務官のように、士官学校を早い段階で卒業したケースを除けば、いかに才能があろうと、それほど積極的に低年齢の子供を登用しているわけではないようですしね。」

 優喜の感想に、リニスが補足を入れる。士官学校を出ている人間も含めて、ゼロではない時点で問題だという人間も多かろうが、それこそ文化的背景が絡む問題だ。そもそも、士官学校や陸士・空士学校の入学可能年齢の低さは、むしろ平均的な才能の持ち主を、子供の頃からじっくり鍛える事を主眼としたものであって、みんながみんな低年齢で入学したうえ、最短で卒業しているわけではないのだ。

 士官学校に至っては、どちらかと言えばクロノの年齢で卒業しているのは例外である。そもそも、あの年で士官学校を卒業して、難関の執務官試験を突破し、なおかつ実務経験がある、なんていうのは例外中の例外なのだ。才能うんぬんは横に置くにしても、クロノのような典型的なトップクラスのエリートを例に持ってきて、それを一般例として語っても意味がない。

「とはいえ、実際に妹が危険な仕事を押し付けられるかも、って話で、文化的背景がどうとか言っても意味はないよね。」

「うん。ただ、プレシアさんやリニスさんも頭が痛い話だと思うけど、魔法関係の組織は多分、どこも五十歩百歩なんだよね。そうなると、結局どこがそういう扱いの面ではましになるか、で判断するしかないけど……。」

「私の私見ですが、リンディ艦長の下につく事が出来れば、そのあたりの危険性はずいぶんましになると思います。都合のいい事に、艦長は人事部に太いパイプを持っていますので、彼女の伝手で嘱託試験を受ければ、当面は高い確率でアースラ所属になると思われます。」

「要するに、他の組織に伝手がない以上、一番ましな選択肢がそれ、という事か。」

「ですね。現状がどこにも所属しない事が一番の悪手になりつつある以上、フェイトが試験を受けることも考えると、他の選択肢はないに等しいでしょう。」

 しかも、直接の関係者は誰もいい顔をしていないが、餌としていくつかの試験のハードルを下げる事と、フェイトの日本への移住許可審査の前倒しを持ちかけてきている。嘱託魔導師試験のハードルは確かに高いが、一定ラインより上の能力を持っていれば、ほとんどの項目は後から学べば問題ない事柄ばかりなのだ。なので、管理外世界の魔導師を囲い込む場合、人物面に問題がなければ、こうしてハードルを下げて、後で本当に必要な事だけ特別講義でたたきこむのは、実はよくあることだったりする。

「……ごめんなさい。なのはの頭では、今までの話は難しすぎて、ちょっと理解が追い付いていません。」

「さすがに、違う世界の政治システムだの文化的背景だのって話だから、しょうがないよ。」

「でもでも、私のこれからの事にかかわってくるんでしょ? だったら、私がちゃんと理解してないと。」

「まあ、なのはが理解しておく事は、とりあえずどう転んでも、一度は戦闘にかかわる組織に入る事になる、ってことだけ。」

 優喜の身も蓋もない注釈に、苦笑するしかない一同。ジュエルシードにかかわらなければ、こんな子供のうちから修羅の道に触れずに済んだのに、と思わなくもない。だが、そうすると今度はフェイトと仲良くなるきっかけもなく、プレシアが助かる事もなく、さっきの夕食のように和気藹々と話す事もなかっただろう。そう考えると、なにがいいとは一概に言えないものだ。

 結局すぐに結論が出る話でもなく、あーでもないこーでもないとしばらく話し合い、結局は一度リンディ達にもうちょっと詳しく話を聞こう、という事で落ち着いた。







「それはそれとして、闇の書の事、何か分かったの?」

「そうですね。とりあえずいろいろはっきりした事がありますので、ざっと説明します。後でレイジングハートの方にもデータを移しておきますので、詳しくはそちらを確認してください。」

 闇の書について、この時点で分かっている事はこうだ。

 闇の書は、本来夜天の書という名で、世界中に無数に存在する魔法技術を、それを生むに至った文化や歴史も合わせて蒐集するために古代ベルカの技術を終結した、主と共に旅をする魔道書だった。その頃は主にかける負荷も一般的なデバイスのそれと変わらず、蒐集方法も穏やかなもので、機密の保持という観点にさえ目をつぶれば、誰に迷惑をかける事もないただの資料本だったのだ。

 それが、何代目か何十代目かの主の時に豹変する。蒐集した魔法の中にはとんでもないものもたくさんあり、しかも蒐集方法の都合上、下手な魔力炉を鼻で笑うほどの容量のバッテリーを持っている夜天の書。その危険な力に惑わされた愚か者が、夜天の書の機能に手を加えたのが、悲劇の発端であった。

 どうやら自身に無限の命を持たせ、さらに蒐集した魔法を自分だけのオリジナルにしたかったらしい。主と共に旅をする機能は転生機能に書き換えられ、データ保護のための修復機能は無限再生機能に強制的に進化させられ、何より本来魔力を分けてもらうだけでよかった蒐集方法が、リンカーコアの摘出と言う危険極まりない手段に変えられてしまった。

 しかも、改造した時に失敗したらしく、蒐集機能が主にまで向けられ、常になにがしかの蒐集を行っていなければ、どんどん持ち主のリンカーコアを侵食、食らい尽くしてしまうようになってしまった。修正も効かず、どんどん狂って行く夜天の書に絶望したその主は、さらに最悪の改造を行う。一定のページを蒐集したら防衛プログラムが勝手に起動し、主を含めた周囲のものを取り込んで食らい尽くすように変更してしまったのだ。

 その時の改造が一種のウイルスとなったため、夜天の書は代を重ねるごとに狂って行き、今となっては闇の書の名がふさわしい姿に変貌してしまっている。

「また、面倒な事になってるね。」

「はい。とても面倒な事になっています。その闇の書が起動した、一番新しい事例が十一年前。多数の死傷者を出した末に主は逮捕され、書と一緒に監獄世界に護送されている最中に暴走し、護送に使われた航行船およびその艦長とともに、魔導砲・アルカンシェルによって消滅しています。」

「それが再生機能で復活し、はやてのもとに転生した、と。」

「はい。この件について特筆すべき事柄ですが、闇の書ととともに消滅した艦の艦長はクライド・ハラオウン、船を撃ち抜いたのはギル・グレアム提督。」

「……ハラオウンって、もしかして?」

「はい。リンディ艦長の夫で、クロノ執務官の父親です。」

 微妙な沈黙が、場を支配する。最初に口を開いたのは、なのはだった。

「リンディさんとクロノ君、その事については……?」

「さすがに、怨みを抱かないほど人間出来てはいないが、その怨みを新しい主にぶつけるつもりはない、とのことです。もっとも、二年前だったら分からなかったそうですが。」

「……そっか。」

「……艦長たちはそれでいいとして、ギル・グレアムか……。」

 はやての保護者の名は、ギルバート・グレアム。ギルというのは、ギルバートの愛称だ。

「リニスさん、グレアム提督の出身地とか、知ってる?」

「管理外世界だというのこと以外は、詳しいことは分かりませんでした。」

「なるほど。士郎さん、リニスさん、どう思う?」

「さすがに、偶然で片をつけるのは無理がありますね。」

「たびたび視線を感じていたのに、近場にそれらしい気配がなかったというのも、相手が魔導師なら簡単に説明が付く。」

 すべてのピースがはまったかのような感触を得る。とはいえ、どれほど状況証拠が決定的でも、まだ確定できるような証拠はない。

「さすがにこれ以上は、管理局の人間を巻き込まないと調べられないだろうな。」

「……だめだ、かなり嫌なことを考えた……。」

「嫌なこと?」

「なのはの嘱託での入局と引き換えに、リンディさんたちをこっち側に引きずり込む、とかね。」

 優喜の発言に、その場の全員が絶句する。難しいことを理解していないなのはですら、優喜の発言が非常に黒いことぐらいは分かっている。

「まあ、そこの話はおいておこう。リニスさん、こっちにはいつまで?」

「ここの整理もする予定だったので、一週間の滞在許可をもらっています。」

「だったら、明日は予定があるから、明後日にはやてから書を借りてくる。出来るだけデータを引き出して。」

「分かりました。」

 せっかくジュエルシードの問題が解決したというのに、結局は問題が増えただけなのではないのか。今後の予定を立てつつも、そんな錯覚を覚える優喜であった。



[18616] 第2話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b6f7b147
Date: 2010/09/04 18:23
「こんにちは、すずか。」

 リニスが高町家に来た翌日の放課後。忍とすずかの叔母に当たる綺堂さくらが、すずかの帰りを待っていた。ちなみに、忍より四つほど年上のうら若き美女で、血縁上とはいえ叔母と呼ぶのは気の毒な相手だ。

「あ、さくらさん、こんにちは。」

 こんな時間に、この叔母と呼ぶには若すぎる女性がここにいるのは珍しい。月村家とは親しくしているが、いろいろと忙しい人なのだ。

「明日、例の竜岡君のところに行くのよね?」

「うん。作ってほったらかしにしてあるアクセサリを見せてもらいに。」

 そう、と頷いたさくらが、ハンドバッグからはがきサイズの小さな封筒を取り出す。

「だったら、悪いのだけど、これを竜岡君にお願いできるかしら?」

「えっと、ゆうくんに直接渡せばいいの?」

「ええ。お願いね。」

「はーい。」

 日ごろお世話になっているのだし、別に大した用事でもないしと、二つ返事で引き受けるすずか。この封筒に、無駄に高度で激しくくだらない罠が仕掛けられていることなど、この時点では渡したほうも渡されたほうも知らない。さくらもすずかも、一族の誰かから優喜へアクセサリの注文を出した、ぐらいの認識しかない。せいぜいさくらが、誰からこの封筒が回ってきたかを知っている程度だ。

「それじゃ、もう一件、用事があるから。」

「いってらっしゃい。」

 さくらを見送って、着替えに上がる。頼まれた封筒を忘れないようにポシェットに入れ、さっさと着替えを済ませる。今日の移動は鮫島が担当する予定になっているので、迎えに来るまでに準備を済ませないとまずいのだ。

「すずかお嬢様、アリサお嬢様がいらっしゃいました。」

「うん。ありがとう。行ってきます。」

「行ってらっしゃいませ。お気をつけて。」

 すずかが、封筒の仕掛けと渡した人間の真意について知るのは、それからほんの少し後であった。







「いらっしゃい、上がって上がって。」

「「おじゃまします。」」

 なのはに促されて、高町家にお邪魔するアリサとすずか。はやてはすでに来ているらしい。

「ゆうくんは?」

「今、優喜君のお部屋で、はやてちゃんと話してるよ。」

「じゃあ、早速優喜の部屋を見せてもらおうかしら。」

「考えてみたら、男の子のお部屋って初めて見るよね。」

 すずかの言葉に、あれが男の子の部屋の一般例として正しいのだろうか、と思ってしまうなのは。なのはも大して知識がある訳ではないが、自分たちぐらいの男の子の部屋には、普通プラモデルとかそのたぐいのものの一つや二つはあるのではないか、という気がしている。本棚にしても、なのはの部屋のものと、ジャンルが変わるだけで中身の構成は大差ないのが普通だろう。

 もっとも、いくら本質的に普通の人なんてものが居ないとはいえ、優喜が普通の人間の範囲でくくれないのは間違いない。ならば、その部屋が一般例とかけ離れていても、なにもおかしくない。と言うよりむしろ、かけ離れている方が道理に合う。

「優喜君、アリサちゃんとすずかちゃんが来たよ。」

「ん。入って。」

 声を掛けられて、恐る恐る入っていくアリサとすずか。部屋の中は、なのはが説明した通りの状態だった。あるのはベッドと机と本棚と箪笥。本棚には教科書と辞書以外の書籍はなく、ネックレスだのイヤリングだの指輪だのが、ある程度整理された状態で無造作に置かれている。机の上には図書館で借りたらしい本と工具と筆記用具があり、机の横には加工くず入れと古新聞の束が置かれている。

 言うなれば、私室と言うよりは、寝室兼工房と言った方がしっくりくる有り様の部屋だ。机の上に置かれた図書館の本以外には、優喜の趣味・嗜好をうかがわせる類のものは何一つ存在しておらず、この部屋で落ち着けるのだろうか、と疑問がわかなくもない。なのはとフェイトが優喜の寝込みを襲った時から比べても、机の上の工具や完成品の数が増え、一段と工房化が進んでいるのは間違いない。

「おおよそ、毎日人が寝泊まりする部屋には見えないわね。」

「エッチな本とか、探す余地すら見つからんかったわ。」

「そういうのを、小三の部屋に求めない事。性欲もないのに、そういう本を持ってる訳がないでしょ。」

 アリサの正直な感想に、はやてが余計な事を言う。はやての台詞に、ため息をつきながら返事をする優喜。ぶっちゃけ、この年代の子供がエッチな本に興味を示すとしても、性欲の解消よりむしろ好奇心に負けて、というのがメインの理由であることが多い。

「優喜君、性欲って何?」

 アリサ達の分のお茶を運んできたなのはが、首をかしげながら優喜に質問する。

「アリサ、すずか、説明した方がいいと思う?」

「「あ、あははははは。」」

「というわけだから、もうちょっと学年が上がって、性教育が始まるまでまって。」

「え~?」

 どうやら、この場で分かっていないのはなのはだけらしい。優喜は中身の年齢的に仕方がないにしても、他の三人は耳年増にもほどがある。

「思ったんやけど優喜君。」

「何?」

「性欲がらみはなのはちゃんに食い下がられると面倒やから置いとくとして、恋愛感情とかそういうのはどうなん?」

「あ~、どう言えばいいかな……。」

 はやての質問に、興味津々と言う感じで視線を向けてくる三人。どう説明すべきか、うまい言葉が見つからない優喜。

「えっと、大体同い年ぐらいの男の子って、普通はあんまりそういうのに興味がない、って言うのは何となく分かるよね?」

「まあ、優喜君以外と話した事無いけど、そんな感じなんやろうとは思うわ。」

「そうね、クラスの男子を見てても、女とつるむのは格好悪い、見たいな事ばかり言って、恋愛にあまり興味がないらしい、って言うのは分かるわ。」

「まあ、高槻君みたいな例外もいるけど、ね。」

 そこまで言って、聡明な彼女たちは、全部理解したようだ。

「僕の場合、心がある程度体に引っ張られてるから、そういう感性はクラスメイトと大差ない感じ。さすがに、女子と一緒にいると格好悪い、なんてことは思わないけどね。まあ、正直なところ、元の体と同じだったとしても、クラスメイト相手に恋愛感情は、難しいかな。」

「えっと、どうして?」

 種族的な事も含めた結構深刻な理由を持って、すずかが恐る恐る聞く。

「だってさ。二十歳の男が九歳の子供に惚れたら、世間一般だと変態扱いだよ? 変な言い方だけど、皆だって赤ん坊に恋するとか、あり得ないでしょ?」

「「「「ま、まあ確かに……。」」」」

「さすがに、お互いが二十歳すぎたら、十歳ぐらいの年の差のカップルは珍しくないから、その頃になれば分からないけどね。だから仮に元の体だったとしても、クラスメイトをそういう目で見れるかって言われると、言い方は悪いけど、君たちが赤ん坊を見ているのと近い理由で無理。」

 優喜の妙に説得力のある説明に、思わず納得する。とはいえ、話す気はないのだが、元の体の頃の優喜も、紫苑が自分に向けた感情がそうらしい、と理解はしていても、じゃあ優喜自身は恋愛感情を持っているのか、と言われると、はっきり言って、そもそも誰が相手でも恋愛感情を持てるかどうかの時点で怪しかったのだが。

 子供の体からやり直しているために改善されつつあるが、元の体の優喜はとある理由で、性欲や恋愛と言った種の保存に関する本能や感情が、致命的なレベルで摩耗していた。その自覚があるため、紫苑に対しては申し訳なさもあって、ここ三年ほどはどう接していいか分からなかった。三年ほど、と区切るのは、ちょうどそのぐらいから、それこそ摩耗した優喜の目から見てすら、紫苑の態度があからさまになったのだ。

「すずかもフェイトも大変ね……。」

「まあ、フェイトちゃんは、いまだに自覚があるかどうかも怪しいけど……。」

 思うところのあるアリサとすずかが、ひそひそと語り合う。ひそひそやったところで、優喜には筒抜けなのだが、言うまでもなく、二人とも分かってやっている。

「それはそれとして、欲しいものはあった? 作ってから没にしたのも結構あるんだけど。」

「とりあえず、絶対欲しい! 言うんはこのイヤリングと髪留めやけど、こっちのブローチとかもええなあ、って。」

「これだけいいのがあると、迷うよね。」

「この中に没が混ざってるって言われると、殺意のようなものがわいてくるのはなぜかしら。」

「アリサちゃん、どう、どう。」

「私は暴れ馬か!!」

 などと姦しくやりながら、結局それぞれ二つずつぐらい選んで満足する。

「別に、処分に困ってるものだから、欲しいだけ持っていって構わないのに。」

「処分に困ってるんやったら、フリーマーケットか何かに売りに出したらええんちゃう?」

「それも考えたんだけど、近い時期に小学生が出品しにいけるような場所でやってるフリーマーケットがないみたいなんだ。」

「じゃあ、お父さんとお母さんに頼んで、翠屋で並べてもらうとか?」

「そうだね。士郎さん達に特に抵抗がないんだったら、ビニールにでも入れて値段適当につけて、三分の一ぐらい並べてもらうかな。」

 などと、持ち帰り品を新聞紙で包みながら、売れ残りの処分について話をしていると、自分の分をポシェットに仕舞っていたすずかが、ポシェットの中を見て突然素っ頓狂な声を出す。

「あっ。」

「どうしたの?」

「頼まれてた預かりもの、渡すのを忘れてたの。」

 そう言って、先ほどさくらから受け取った封筒を取り出し、優喜に差し出す。

「封筒? また注文の類かな?」

 すずかから封筒を受け取ろうとして、かなり嫌な感じがして手を止める。

「どうしたの?」

「……夜の一族ってのは、洒落がきつい人が多いの?」

「え?」

「……OK、覚悟を決めた。多分意味はないと思うけど、ちょっとの間部屋から出てて。」

 封筒を受け取りつつ、そんな事を言う優喜。真剣な顔で不敵に笑う優喜に、首をかしげながらも大事なことだと判断し、素直に指示に従う少女たち。こうして、今後こちらの世界において、優喜の付与魔術の師匠となる女性の試験は、誰ひとりその意図を理解しないまま始まったのであった。







「さて、見た事の無い術式だけど、この世界の魔術もしくは魔法の類かな?」

 解析の術を発動させながら、ひとりごちる。やたらめったら凝った術の割には、解除に失敗した、もしくはしなかった場合の影響は軽いようだ。ただし、それは命に別条がなく日常生活に大きな影響がない、と言うだけで、精神的な被害が軽い、というのとは違う。

 封筒そのものにかかっている呪いはどうやら、特定の行動が必ず失敗する、という類のものらしい。発動条件は、優喜が封筒を受け取ってから一時間の間何もしなかった場合。解除方法はこのまま封筒をあけるか、構成を解析して呪いを解くかの二つ。素直に封筒をあけてもいいのだが、これだけ無駄に凝った真似をする相手だ。何の小細工も無しにあけるのは危なっかしい。

 ちなみに、優喜がこの手の術の心得を持っている理由は簡単。自分の作ったものを壊せるように、である。仮に失敗したものでも、何がしかの効果を持っていることは多いし、完成品が悪用される可能性もある。そのため、付与系の術は基本的に、解除・消去系の術とセットで教えられる。ただし、解除・消去系は単体でも有用なため、付与は出来ないがそっちは出来る、という人間は普通にいるが。

「……悪しき枷を解き放て。」

 解除用の術を詠唱・構築し、キーワードを唱えて発動する。本来得意とするのは、詠唱など不要な中和系の術だが、相手が高度すぎてそれでは解除できない。なので、正統派の解読系解呪術でチャレンジ。術の選択は正しかったらしく、やたら入り組んだ呪いがするすると解け、呪われた封筒はただの封筒になる。が……。

「やっぱり、もう一個あったか。」

 封筒の呪いに隠れて、中身にもっとややこしい呪いが仕込まれている。こちらの起動条件は封筒をあける事。呪いの内容は、特定の種類の食品を食べる際、なにがしかの障害が発生するという物。先ほどのものと同様、優喜が最も得意とする、無詠唱・即発動が可能な中和系の解除術では、明らかに手も足も出ない。

 ぶっちゃけ、封筒をあけなければ話は終わり、なのだが、これだけ面倒な真似をしてこちらを試しているのだ。ここで放置などしたら、どんな目にあわされるか、分かったものではない。

「……すべての力を食いつくせ!」

 解析の結果、自分の技量と手持ちの術では、かかっている呪いを力技で消す以外の選択肢はないと判断。準備と詠唱の長い、一番強力な消去魔術を、慎重に呪いに対してだけ叩きこむ。手ごたえあり。派手な音とともに呪いらしき気配は完全に消える。呪いとは別口の何らかの力が残っているが、解析が間違っていなければ、これは単なるメッセージだ。もう大丈夫だと判断し、追い出した子供たちを呼ぶ。

「ゆうくん、なんだかすごい音がしてたけど、大丈夫だった?」

「とりあえず、特に問題はなかったよ。どうにもずいぶん手加減をしてもらってたみたいだし。」

「で、結局何だったのよ?」

「この封筒、呪いが掛かってたんだ。」

「「「「呪い!?」」」」

 さらっと、とんでもない事を言う優喜に、思わずはもる子供たち。

「まあ、呪いと言っても、一週間ぐらい、しょうもない妨害が入るぐらいなんだけどね。」

「妨害って?」

「そこまでは調べられなかった。多分、中に回答が入ってるんじゃない?」

 なのはの問いかけに、中の紙を取り出しながら軽い口調で答える。予想通り、中の紙には、現在の状況を絶対監視しているだろう、という感じで呪いの内容が記されていた。

「えっと何々? 『試験合格おめでとうございます。二つ目が力技過ぎる印象はありますが、そこはおいおい勉強して修正しましょう。アリサさんとすずかさんは、優喜少年がちゃんと呪いの発動を阻止したことに感謝するように。』」

「感謝って何でよ?」

「『試験に出した呪いの内容ですが、一つ目は「プルタブ式の缶詰を開けようとすると、必ずタブが千切れる呪い」で、二つ目は「麺類を食べようとするとプツプツ千切れる呪い」です。どちらも呪われる対象は現在高町家にいる人間全員で、効果時間は一週間でした。』だって。」

「プルタブ式って……。」

「猫缶をあげられなくなる、って事かな? 確かにそれが一週間っていうと、寂しすぎるよね。」

 ようやく、手紙が言わんとしている事を理解するアリサとすずか。なのはやはやてからすれば、むしろ二つ目の呪いのほうが嫌な感じだ。うどんをスプーンですくって食べるとか、勘弁してほしい状況だ。そもそも猫缶など、レトルトパウチ式のものでもいいのではなかろうか。

「『試験に合格した優喜少年には、ご褒美として夜の一族に伝わる付与系と解除系の魔法を伝授します。さし当たってはこの手紙の音読が終わってから五秒後に、入門編の書籍をそちらに転送しますので、今後も励みましょう。』か。手の込んだことをするなあ。」

 優喜が読み終わってからきっちり五秒後。厳つい装丁の分厚い本が、手元に送られてくる。軽く中身を覗くと、律儀に日本語に翻訳された、いろいろ怪しい図解入りの実践テキストが記されていた。

「ねえ、すずかちゃん。」

「ん?」

「夜の一族って、魔法も使えるの?」

「使える人もいる、というのは聞いたことがあるかな?」

 なのはの問いかけに反応したらしい。優喜の手元の手紙に、追伸の文章が追加されていた。

「ありゃ、追伸が来てる。『追伸。夜の一族が使う魔法は、なのはさんのものと違って、リンカーコアは関係ありません。なのはさんはそちらの才能が強い分、こちらの魔法を覚えるのは難しい可能性が高いので、素直に自身の才能を伸ばすことを考えましょう。』だそうな。こんな手のこんだことをするんだったら、直接こっちに来た方が早そうだけど……。」

 優喜の突っ込みに対して、黒幕がほいほい姿を見せたらありがたみがない、という返事がわざわざ追伸として入った。こういう妙なところで手の込んだことをするあたり、多分この人も洒落がきつい人なのだろうと、自身の師匠を思い出しながら判断を下す優喜。

「すずか、こういう手の込んだしゃれのきついことをしそうな人の心当たり、ある?」

「えーっと、エリザ叔母さんならやりそうかな?」

「なるほど、心当たりがあるんだ。ならいいや。」

「えっと、いいの? どんな人かとか聞かなくても?」

「この人は僕に魔法を教えてくれるつもりらしい。だったら、そのうち顔を合わせることもあるだろうし。」

 どういう動機でわざわざこんな回りくどいことをしたのか。そもそもなぜ優喜に、秘中の秘であろう夜の一族の魔法を教えようと思ったのか。正直分からない事だらけだが、この手の人間相手にそれを気にしても無駄だということは、自身の師匠相手に嫌というほど学んでいる。

「さて、それでこれからどうする? せっかくだから、みんなでゲームでもする?」

「あ、いいね。最近優喜君、あんまりゲームは相手してくれなくてつまんなかったし。」

「だってさ、なのはと遊んでも、テーブルゲーム系以外は一方的に負けるから盛り上がらないし。」

 優喜の言い分に苦笑する。一見完璧超人っぽい優喜だが、アクションやシューティングなどのゲームは、それほど得意ではない。逆に、クイズは芸能とスポーツ選手絡み以外は異常に強い。

「今日は人数多いし、ボードゲーム系がええんとちゃうかな?」

「そうだね。」

 そんなこんなで取り合えず、優喜の物騒な弟子入り試験と少女達のアクセサリー物色は、一応穏便に片がついたのであった。







「今日はありがとうな。」

「気に入ったのがあってよかったよ。」

「なんか、もらってばっかりで悪いわあ。」

「気にしないで。こっちも仲よくしてもらってるしさ。」

 とはいえど、人間、してもらうだけというのは心苦しいものである。これが普通の小学三年生であれば、そんなことは一切気にしないものだが、はやては普通とは縁遠い少女だ。これが、優喜がはやての境遇に同情の念を持って、してやってる、などと言う見下したような感情でやっている事なら、却って心苦しくない。だが、実際には、優喜は何の気負いもなく、普通に年の離れた友達、ぐらいの感覚で接してきている。今回の事にしても、その延長線上だ。

 友達、というのは、一方的に頼むだけ、頼まれるだけ、してあげるだけ、してもらうだけ、ではうまくいかない。優喜は仲よくしてもらっている、と言うが、はやての側かららすれば、それはお互いさまの話だ。その上で考えると、優喜に対して、はやてが出来ることなど驚くほど少ない。

 多分、なのはもアリサもすずかも、さらには今海鳴にいないフェイトにしても、その事は痛いほど理解しているだろう。特にフェイトとすずかに関しては、自覚の有無を横に置けば、年からすれば早熟すぎるある種の感情もあって、してもらった事に対して返せるものが少ない、というのは、かなり切実な悩みのようだ。

 なのはやフェイトほど生き急ぐつもりはないが、それでも早く大人になりたいとは思う。もっとできる事がいっぱいほしい。せめて、この足のハンデだけでも克服したい。皮肉にも、友達が増えたことで、子供である事、障害者である事の不自由さを、深く思い知ったはやてだった。

「それはそれとして、あの本持って行かんでええん?」

 余計な思考を振り切って、気を取り直してとりあえず気になってた事を聞くはやて。なにしろ、闇の書の調査は、はやて自身の命にもかかわってくる。

「うん。どうにも通信状況が良くなくて、リニスさんとうまく連絡が取れない。だから、今日持って帰っても渡せないんだ。あんまり長く他所に持って行って、はやての体に悪い影響があっても困るから、明日また取りに来るよ。」

「そっか。ほな、また明日頼むわ。」

「うん。また明日。」

 軽く別れのあいさつを済ませ、周囲に気を配りながら家路をたどる。予想通り、憎悪の視線が付きまとう。いつもと違い、直線距離で五百メートル程度の位置に、使い魔に近い気配。さすがにこれだけあからさまに動けば、監視者にとって見逃せる範囲を超えたらしい。ようやく動きを見せた彼らに、ひそかにほくそ笑む優喜。どうやら我慢比べと挑発合戦は、優喜の勝ちのようだ。

(さて、あとは向こうが、どれぐらい短絡的に動くか、かな?)

 普段の帰り道をあえて避け、回り道をしてわざと人気のないところに移動する。抑えるつもりがあるのか疑わしいほどの殺気が、気持ち程度緩むのを確認。優喜の耳ですら、微かにしか聞き取れない音量で、少しずつ気配が近づいてくる。もっとも、これだけ殺る気満々だと、彼らの世界ではともかく、優喜の属する世界では居場所をごまかす事など出来ない。

(百、五十、三十……。)

 相手の距離と移動速度から、タイミングを計る。途中で気配が二手に分かれるのを確認。一方は前方に回り込み、三十メートルで停止、もう一方はペースを維持したまま、後方から接近してくる。後ろの気配の距離が残り二十メートルを切った瞬間、前の気配が何か魔法を発動させ、一気に加速する。

「……はっ!!」

 後方からの首を刈り取るような蹴りを避け、発勁で相手の脳を軽く揺らす。よもや不意打ちをよけられた揚句、ここまで派手に迎撃されるとは思っていなかったらしい。一瞬で意識を刈り取られる襲撃者その一。

 一撃で相方が沈黙した事に、わずかに動揺を見せる襲撃者その二。冷静さを装いながら、優喜を沈黙させるための魔法を発動させようとするが……。

(遅い。)

 三十メートルの距離をわずか一歩で詰め、脇腹から横隔膜を揺らしてやる。派手に呼吸を乱され、悶絶している間にもう一撃を入れ、完全に気脈を崩す。こうなると、いかに熟練の魔導師といえど、魔法など一切使えなくなる。そもそも、体のコントロールとセットで魔力の生成そのものが出来なくなるため、先にかけてあった持続時間式の魔法以外は、準備すらできなくなるのだ。

「さてと、正体を拝ませてもらおうか。」

 今日は解除魔法の出番が多い、などと内心で苦笑しつつ、最も得意とする中和系で、相手の変身魔法を一瞬で解除する。先ほど試験と称して対処させられた呪いが芸術作品なら、襲撃者の変身魔法は誰でもかける落書きのようなレベルだ。一点の魔力を中和するだけであっという間に解けるのだから、優喜の感覚で見れば雑すぎる、と言わざるを得ない。

 仮面をかぶった男の姿から、猫の耳としっぽが生えた、中肉中背の可愛いと評価するのが妥当であろう女性に変化した二人の襲撃者。その姿を携帯のカメラで撮影した後、とりあえず一応、目的を聞くだけ聞いてみる事にする優喜。

「じゃあ、どうせ聞いても教えてくれないだろうけど、一応聞いておくよ。何のために僕を襲ったの?」

 相手の呼吸が落ち着くのを待って、静かに質問を切り出す。

「……。」

「質問を変えるか。貴女達にとって、僕の行動のなにがまずかった?」

「……これ以上、無関係な子供が深入りするのはやめなさい。」

 女性の言い分に苦笑する優喜。最初の一撃は、なのはぐらいの強度のバリアジャケットでも、下手をすれば首が折れかねない威力だった。今までの経緯も観察した上で、これぐらいの蹴りでも大丈夫だと判断したのだろうが、間違っても子供と言いきる相手に叩きこむような攻撃ではない。深入りするな、と警告するためにする攻撃としては、明らかに度が過ぎている。

 今の会話も、勝負がついたから冷静に振舞っているだけにすぎない。これが多分、優喜が運悪く闇の書にかかわりかけただけであれば、多分もっと加減も出来たのだろう。目の前の女性には、道理が分からない人間という印象はない。そんな彼女たちがここまでトチ狂うのだから、あの本がよほど憎いらしい。

「無関係、か。」

「あれがどれほど危険なものかも知らないくせに、こそこそ勝手な事をしないで。」

「なにもせずに放置すれば主を取り込んで転生し、ページを埋めれば暴走して周囲のものを取り込む困った書籍、ってことぐらいは知ってるよ。あと、完成前に主を殺しても、勝手に転生して新しい主を捕まえるってこともね。」

「……だったら、なおの事余計な手出しをしないで。」

 目の前の女性のかたくなな態度に、ついついわざとらしくため息をついてしまう優喜。自分が広い視野に立って物事を判断していると言う気はないが、多分彼女達よりはましだろう。どうにもひとつの結論に執着し、それが絶対に正しいと思い込んでいる節がある。少人数で閉鎖的に活動していると、起こりがちな事ではある。

「悪いけど、本質的に巻き込まれただけの子供に、生まれる前に起こった事件の罪を押し付けて、その子が全部悪いことにして憎悪の目で見るような人の言うことを、素直に聞く気はないね。」

「私達がいつ、そんな目で見たって言うの!?」

「自覚がない、か。旅行のときとか、はやてが笑顔でご馳走食べてるだけで、殺気が五割増しになってたけど、本当に自分で気が付かなかった?」

「殺気なんて!!」

 本当に自覚がないのか、それとも自覚はあるが認めたくないのか。優喜の感触から言えば後者だが、多分正面からでは絶対に認めまい。

「僕が、何で貴女達の襲撃に反応できたと思う?」

「……何が言いたいのよ?」

「ずっと、殺気と憎悪が駄々漏れだったんだ。最初はともかく、温泉旅行のあとぐらいには、はやてだけでなく僕もその対称になってたからね。直接手が出せる距離であれだけ殺気が漏れてたら、魔法でどれだけ音や姿を隠しても、位置を拾うぐらいは造作もないよ。何なら、どういう挙動をしてたかも説明しようか?」

 優喜の台詞に、言い逃れが不可能なことを悟る女性。あきらめて観念する。先ほどの挙動や相方をしとめた手腕からして、この距離では何をどうやったところで、魔法の発動も出来ぬまま制圧されるに違いない。

「……あの本のせいで、私たちの大切な人が死んだ。あの本のせいで、父様は大切な人をその手にかけなきゃいけなかった。積み上げてきた地位も信頼も、その一撃で全て失った。……その時父様がどれほど苦しんだか、今もどれほど苦しんでいるかを誰も理解せず、部下を見殺しにしたとかみんな言いたい放題。それもこれも全部あの本のせいだ。」

 うつむいて、地獄の底から絞り出すようにはき捨てると、顔をあげて、優喜を睨みつけて叫ぶ。

「……それでも、あの本を憎むな、って言うの!?」

「本を憎むのはいい。先代の主を憎むのも構わない。でも、今の、まだ何もしていない、ただ運悪く選ばれてしまっただけの主に、それまでの怨みをぶつけるのはおかしい。」

「闇の書の主なんて、皆同じだ!! どうせあの子も自分の命惜しさに蒐集を始めて、たくさんの人間を手にかけて、力に溺れて暴走させるに決まってる!!」

「違うよ。少なくとも、闇の書になってから五人は、その業に抗って、最後まで蒐集以外の手段を探して散った主がいた。だったら、はやてが六人目にならないと、誰が言いきれる?」

「子供にそんな覚悟が出来るもんか!!」

 これ以上は平行線だろう。憎しみを肥大化させ、自ら視界を閉ざし、信じたいように思い込んでいる相手と、ただ一度の交渉で分かりあう事など不可能だ。強すぎる感情は、どんな賢者の視界でもふさぎ、視野を狭める。その上、時間という薬が彼女たちにとって、憎悪を深める毒薬になってしまっている以上、ぽっと出の子供がどれだけ正論をぶつけても、何の意味もない。

「今は、これ以上話し合っても意味がないだろうね。そちらはそちらで、正しいと思う事を進めればいい。こっちのやる事を妨害するのなら、実力で排除するだけだ。」

 そう言い置いて、二人から距離を取る優喜。家路につくために襲撃者に背を向け、歩き出す前に牽制程度に言い残す。

「二人とももう動けるはずだから、リベンジするならご自由に。後、寝たふりお疲れ様。」

 優喜のその台詞に反撃を断念し、素直に引き上げる二人。後に残された優喜は、もう一つ深くため息をつくと、気分を切り替えて家路についた。







「……加減ミスって殺しかけたアタシが言うのもなんだけど、アリアがあそこまで頭に血を上らせるのも、珍しいね。」

 襲撃者の片方・リーゼロッテが、生まれたころからの相方・リーゼアリアに、そう声をかける。

「いつもだったら、ああいうのはアタシの役割だったと思ったんだけど……。」

「何故かは分からないけど、私たちが殺気を抑えきれてないって言われたら、自分でも驚くぐらい頭に血が上って、ね……。」

 先ほどの醜態を思い出し、うなだれながらつぶやくアリア。今の闇の書の主が、ただ運悪く選ばれてしまっただけなら、あの少年は、たまたま闇の書の主と友達になっただけの人間だ。それがたまたま高ランクの魔導師と同じ家に住み、たまたま魔法がらみの事件に巻き込まれ、偶然が重なって闇の書の主に魔法の存在を教えてしまっただけだ。

 この件にかかわっている理由とて、友達の足がマヒした原因が闇の書にあると気がついてしまったから、それをどうにかしようとしているだけなのは、本人に言われるまでもなく分かっている。目的が目的だけに、自分たちに協力しろと言っても、手を取り合うのは難しいのも確かだが、こんな風に暴力に訴えて排除する必要のある相手ではない。

 しかし、しかしだ。いくら頭で分かっていても、闇の書の主が楽しそうに笑っているのを見ると、憎悪を抑える事が出来ないのだ。そして、そのきっかけとなった彼の事を、どうしても憎まずにはいられないのだ。何度自身に言い聞かせたところで、それがどれほど筋違いだと分かっていたところで、どうにもならないのが感情というものだ。

「そもそも、冷静になって考えてみれば、わざわざ殴り倒して言い聞かせる必要なんてなかったはずなのよね。」

「え? 何で? あんな生意気な小僧、さっさと殴り倒して再起不能にして、この件にかかわるなって脅した方が早いよ?」

「それで反撃されてあのざまじゃない。そもそも、父様からは、他の連中がこれ以上深入りする前に手を引くように説得しろ、と言われてるだけで、脅していいとは一言も言ってないのよ?」

「そうだけどさ……。」

 アリアの言葉に、納得できない様子で言葉を濁すロッテ。どうにもこうにも、自分たちがずいぶん視野狭窄に陥っている感じがする。危険な兆候だ。そこまで考えて、ふと余計な事を思うアリア。視野狭窄に陥っているのは、自分とロッテだけなのだろうか? 自分たちの父はどうなのだろうか?

(いや、あの父様が他に見つけられなかった方法だ。他の方法なんてあるわけがない。)

 それしかないと知った時の主の、苦渋に満ちた表情。あの父があれだけ悩んで下した決断だ。間違っているはずなどあり得ない。

「とりあえずロッテ。失敗は失敗だから、父様に怒られに行くよ。」

「……分かったよ。」







「襲われた、ですか……。」

「うん。相手は二人。どちらも使い魔だった。どうにも相当冷静さを欠いてる感じ。こそこそやってるうちに、思考に柔軟性が無くなったのかも。」

「いまさら言うだけ野暮ですが、逆に優喜君はよく、冷静さを保っていられますよね……。」

「別に、冷静なわけじゃないよ。本来僕は怒りっぽいタイプだから、必死になって練習して、怒りのハードルをあげたんだ。」

「怒りっぽいタイプ、ですか……。」

 それが事実だとすれば、一体どんな練習で怒りのハードルとやらをあげたのだろうか。いやそもそも、どんな必要があって、そんな練習をする事になったのだろうか。つきあいが短い事を差し引いても、いまだに優喜の人間性も経歴もつかみきれない。
 使い魔の宿命で、リニスも見た目ほど長く生きているわけではなく、それほど多くの人間を知っているわけでも多くの経験を積んだわけでもない。優喜ほどややこしい人間を理解しろ、というのは無茶なのだろう。接する時間の長い士郎や人生経験の豊富な鷲野老人などは、優喜のそんな本質に気が付いているようだが、観察力はあっても接点の少ないリンディや経験不足のクロノなんかは、さすがにそこまで見抜いているわけではなさそうだ。

「うん。事故にあう前は、発達障害を疑うレベルだったよ。ただ、事故にあった後、天涯孤独だ、とか、目が見えない、とか、そんな不幸自慢を盾にとって、助けてくれる人たちに当たり散らす自分が嫌でしょうがなくなって、ね。」

「はあ、そんなものですか。」

 実際のところ、本質的には竜岡優喜は、関係者の中では最も喜怒哀楽が激しいタイプだ。その事は彼の赤と言う気の色にも表れている。一見、常に苦笑しながら暴言などを受け流している優喜とは正反対に見えるが、人間、切っ掛けがあれば、本質はそのままで、表面の性格が変わる事など珍しくない。

 実際のところ、ただ温厚なだけの人間などと言うのはいない。大多数は理性や経験、もしくは他の感情を持って、己の中の激しい感情をコントロールしているか、もしくは人前でその手の感情を見せず、温厚なように見せかけているかのどちらかだ。まれに、タイミングを外して爆発しそびれる、と言う事を繰り返し、結果温厚に見られているというケースも見られるが、それとて、言ってしまえば他の感情を持ってコントロールしている、というタイプの一つにすぎない。

 そして、優喜は感情を理性でコントロールする事を選んだタイプだ。元々、優喜が自分の瞬間湯沸かし器的な部分が嫌になったのは、やはり視力を失ったことがきっかけだった。親身になって世話をしてくれる病院の人たちに当たり散らしては、一人になって自己嫌悪に陥り、そのまま放置される恐怖におびえる事を繰り返した優喜は、退院するころにはすっかり、己の性格に嫌気がさしていた。

 そのため、彼の師となる人物に、目が見えなくても日常生活が出来るよう鍛えるかと持ちかけられた時に、一緒にストレスを溜めずに感情をコントロールする方法についても教えを請い、ある面においては感覚器の鍛錬よりも熱心に、性格改善に力を注いだ。その結果が、一見して今の過度に冷静で理知的な、今の優喜の性格である。

「今の優喜君しか知らないので、どうしても激怒して我を失う、なんてところは想像できません。」

「長い事、そこまで頭に来た事ってないから、僕も今そうなったら、どうなるか分かんない。」

 リニスの感想に、恐ろしい事を言う優喜。もっとも、その後のとある事件で優喜が本気で切れた時、それを見た人間はみんなそろって震えあがるはめになるのだが。

「まあ、僕の性格の事はおいといて、だ。はやてから借りてきたから、チェックお願い。」

「はい。お願いされました。とりあえず、壊す前提で、たくさん機材を用意しておきましたので、ガンガン行きましょう。」

「下手につついて暴走とかされたらまずいから、そこら辺は慎重にお願い。」

「分かってます。伊達にプレシアと一緒に研究者をしていたわけではありませんよ。」

 などとうそぶきつつ、手際よく「使い捨て」と言い切った機材を接続する。優喜の目にはただの本にしか見えなかった闇の書だが、探せばちゃんとメンテナンスポートぐらいはあるらしい。接続して五秒ほどで火を噴く機材。

「……ほうほう、なるほどなるほど。」

 接続を外し、仮復旧を行って、どう言う反撃が飛んできたかをチェック。使えるパーツだけ抜いて他のジャンク品と組み合わせ、五分ほどで使い捨て二号を組み上げて接続。二十秒で火を噴く。以下、使い捨て十五号まで同じ事を繰り返し、断片のコピーに成功。もっとも、リニスいわく、正規のコピーを取ったというより、携帯電話の画素数の荒い写真を撮ったようなレベルだそうだが。

「これ以上は、私一人では厳しいですね。機材も、こんな使い捨て前提のジャンク再生品ではなく、ちゃんとしたシステムを構成した、大規模なラボで無いと難しいです。」

「……うん。なんとなく見てて分かった。」

「予想通り、暗号化されていますね。それに、解析してみないと分かりませんが、おそらくは今のデバイス言語とは違うものが使われています。そこに、バグと思わしきものも混ざっているとなると、なかなか前途は多難でしょうね。」

「デバイス言語って、そんなに何種類もあるの?」

「そうですね。情報処理用語で言うところの高級言語、というのは、それこそ国や言葉の数だけあると言ってもいいですが、低級言語は究極的には二進数のコードなので一種類ですね。今回問題になるのは、その究極的には、というラインから二つか三つかぐらい上の部分です。」

 などと説明されても、ピンとこない。少し考えてから、思いつく概念で質問しなおしてみる。

「えっと、デバイス言語の低級・高級って、考え方としては電気信号よりか思考言語よりか、って感じでいいのかな?」

「まあ、そんなところですね。因みに、今回問題にしている部分ですが、現在主流となっているのはミッドチルダ型デバイス語なのに対し、こちらは多分、一部の発掘デバイスに見られる、ベルカ型デバイス語、それも古代ベルカ型に分類される言語で構築されていると考えられます。」

「そりゃまあ、元が古代ベルカのものなんだから、ミッドチルダ型の言語で作られてる訳がないよね。」

「その通りです。なので、ここまでは予測の範囲内なのですが……。」

 その言葉に、ある種の勘が働く優喜。

「もしかして、プレシアさんやリニスさんの手元に、これを解析できるデバイス言語がない、とか?」

「そんな感じです。成立年代なども考えると、手持ちの古代ベルカ型デバイス語が適用できるかどうか、かなり怪しいんですよ。」

「……だったら、それに対しても手を打つしかないか。」

 少し考え込んで、いくつか思いついた手を実行する事にする。

「手を打つって?」

「ここって、ユーノと連絡取れる?」

「はい。でも、何か調べてもらうんですか?」

 リニスの質問に、夜天の書について気がついた事、思いついたことを告げる。

「うん。よく考えたら、夜天の書って要するにデータベースだよね?」

「そうなりますね。」

「だったらさ、普通は自己修復以外のメンテナンスの手段ぐらい、用意してるはずだよね? 特にこの本、ものすごくややこしい構造になってるから、どんな事でどんな故障を起こすか、分かったもんじゃないし。」

 優喜の指摘に、確かにと一つ頷くリニス。大体、どんなものでも、問題が起こった時のために、外部からの修復手段ぐらいは用意しているものだ。それこそ機密の塊である兵器の類ですら、メンテナンス用の図面と道具ぐらいはある。

 ましてや、物はデータベースだ。意図的に削除したのならともかく、故障でデータを失うなど、あってはいけない事である。そもそも、作られた経緯が経緯だけに、万一の時の対策を用意しない、なんていう自信満々な真似はしないだろう。

「つまり、それをユーノ君に探してもらう、という事ですね?」

「正確には、成立した年代を中心とした、古代ベルカ関係の遺跡の情報を片っ端から探して、ユーノのコネで片っ端から発掘してもらおうかな、って。」

「下手な鉄砲も、ですか。」

「うん。ユーノはあれで結構、こういう事の引きはいいみたいだから、それなりに期待は出来ると思う。」

 さすがに無限書庫にそのものズバリはないだろうが、天文学的な奇跡を引き当てれば、もしかしたら夜天の書の図面やソースプログラムと、暗号復号化用のデータを引き当てるかもしれない。

 それは楽観的すぎるにしても、非稼働品であれば、同じ時期の同じ言語で作られたデバイスが出てくる可能性は、それほど低くないはずだ。

「じゃあ、さっそく連絡を取りますね。」

「お願い。」

 リニスが通信機を操作すると、さして間をおかずにユーノが応答する。

『はい、こちらユーノ・スクライア。』

「こんにちは、ユーノ君。」

『こんにちは、リニスさん。どうかしましたか?』

「例の本について、追加で調べてほしい事が出来まして。」

『追加で? どうせそれを言い出したのって、優喜でしょ?』

「正解。ユーノ、元気にしてる?」

『あ、いたんだ、優喜。うん、こっちは元気にしてるよ。そっちは?』

「みんな元気だよ。で、また面倒な事を押し付けるようで悪いんだけど、もうちょっと調べてほしいんだ。」

 ユーノに、先ほどリニスと話し合った事を告げる優喜。優喜の意見を聞き、真剣な顔で考えるユーノ。

『成立年代を絞り込んだ時に、ある程度同じ時期の資料も集めたんだけど、さすがに遺跡関係までは調査してなかった。』

「まあ、都合よく資料があるとは思わないけど、そのものずばりの資料でなくても、ここに遺跡があるんじゃないか、ぐらいは絞り込めるよね?」

『うん。と言うか、それこそ僕たちスクライアの専門分野だし。』

「だったら、お願いできる?」

『分かった。任せておいて。もしかしたら、ミッド関係の遺跡に紛れ込んでるかもしれないから、そっちも当たってみるよ。』

「うん、お願い。」

 これで、一つ目の手はクリア。どう考えてもそれほど時間もないのだし、当たれば儲け程度で打てるだけの手を打っておく事にする。

「で、リニスさん。」

「はい?」

「さっきの断片データ、一つコピーしてもらえる?」

「構いませんが、何に使うんですか?」

「忍さんに見てもらおうかな、って。」

 優喜の返事に、怪訝な顔をするリニス。

「忍さん、というのは確か、すずかさんのお姉さんでしたよね?」

「うん。」

「何故その人に?」

「忍さんって、かなりのマッドなんだ。」

「なるほど、理解しました。」

 リニスがマッドの一言で理解するあたり、プレシアも大概なのだろう。いや、マッドだからこそ、プロジェクトFを成功させたのかもしれない。

「それと、出来るだけ近いうちにリンディさんと話したい。申し訳ないけど、その辺の段取りもお願いできないかな? なのはの事もその時に蹴りをつけるから、必要なら餌にして。」

「分かりました。でも、いきなり話を進めますね。」

「本当はヴォルケンリッターが出てくるのを待つつもりだったけど、話を前倒しで詰めないとまずそうな雰囲気になってきたから。」

「そうですね。今まで静観してたから、さすがに暴力に訴えてくるとは思いませんでした。」

 顔を見合わせてため息をつく優喜とリニス。二人とも、いや高町家の関係者もテスタロッサ家も、ただ平和に平穏に暮らしたいだけなのに、まるで特異点に吸い寄せられるかのように、次から次へと厄介事が舞い込んでくる。

「ごめんね。ただでさえ忙しいのに、いろいろ面倒な仕事を押し付けて。」

「構いませんよ。優喜君にはいろいろ恩がありますし、それにここまで関わって、忙しくて手に負えません、とか言って放りだすのは、後味が悪すぎますし。」

「リンディさんとの連絡手段があれば、自分でいろいろやるんだけどね。」

「こう言ってはなんですが、どうせ最終的に一番面倒な役を受け持つのは優喜君でしょうし、こういう細かい雑用は、私やアルフに押し付けてくれればいいんです。」

「ありがとう。表だって動けるようになるまで、いろいろ面倒な雑用を頼む事になると思うけど、終わりまで付き合ってね。」

「はい。承りました。」

 そんなこんなで、闇の書に関する事態は、今の主の覚醒を待たずに、裏側で深く静かに進んでいくのであった。



[18616] 第3話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b44328d7
Date: 2010/09/11 18:29
「艦長、クロノ執務官。一つわがままを言いたいんだけど、いいかな?」

 大量の書類と格闘しているアースラトップスリーに、おずおずと声をかけるフェイト。

「わがまま? 君が? 珍しいな。」

「何かしら? 大抵の事は許可を出せると思うけど。」

 フェイトがわがままを言い出す、という珍事に、思わず書類整理の手を止めて注目するリンディとクロノ。どんな用件でもすぐ対応できるようにと、端末をスタンバイするエイミィ。

「もうすぐはやての誕生日だから、買い物に行きたいんだけど、駄目?」

「そういえば、もう来週ぐらいだったかしら?」

「うん。結局バタバタしてて、向こうでは買物らしい買い物は出来なかったし、アースラの購買部には、さすがにはやてにプレゼントできるようなものはないし……。」

 駄目かな? と、上目遣いでお伺いを立ててくるフェイトの愛らしさに、却下するという選択肢を一瞬で奪われるトップスリー。

「そうね。とりあえず規則の上では、保護観察の担当者がいれば問題はないわね。ただ、私とクロノは残念ながら動けないから、エイミィにお願いすることになるかしら?」

「そうだな。エイミィはこの間の半舷休息でも、結局はずっと仕事をしていたから、そういう意味でもちょうどいい。」

「いいの?」

「ええ。フェイトさんはずっといい子にしてたから、そのご褒美よ。」

 部外者が聞けば、それでいいのかと問い詰めたくなるような言い分だが、実際のところフェイトの扱いは容疑者というより証人で、この程度の行動の自由を束縛する理由も根拠もない。しかも、プレシアの裁判の争点となる違法研究そのものは、フェイトが生まれる前から始まっている、というよりその研究成果がフェイトであるため、言ってしまえば裁判に関わる必要性自体が薄い。

 一応、フェイトが生まれてからジュエルシード事件までの間、プレシアもいろいろ後ろ暗いことをしていたし、その絡みでフェイトもあれこれやってはいたのも事実だ。だが、それについてはほぼすべてグレーゾーンで、犯罪として立件できる確率は高いものでも五分五分、大概は高く見積もって三割程度、しかも立件し起訴しても、せいぜい執行猶予付きで懲役数ヶ月、というものばかりだ。労力に見合わないことおびただしいし、再犯の可能性も皆無なので、ジュエルシード襲撃計画とセットで、証拠不十分による不起訴相当になっている。

「それでエイミィ、いつぐらいなら動ける?」

「んー、そうだねえ。特に何もなければ、今日死ぬ気で頑張れば、明日一日はあけられるかな?」

「分かった。場合によってはこちらに多少振ってくれて構わない。」

「了解、みなぎってきた! フェイトちゃんとお出かけするために、最大馬力で頑張るぞー!!」

 やたらめったら気合が入っているエイミィに、若干引き気味のリンディとクロノ。

「あの……。」

「どうしたの?」

「手伝えることがあったら、出来ればお手伝いしたいんだけど……。」

「とはいっても、基本的に部外者が触れる書類は無いのよねえ……。」

 末端の一局員がやっている仕事ならともかく、アースラという部署のトップがやっている仕事だ。決裁する書類も、ほぼ全てが部外秘。せめてフェイトが嘱託魔導師でリンディの部下になっていれば、階級や職質の制限がかからない書類ぐらいは任せられるのだが、基本的にお客様扱いの現状では不可能だ。

「決裁印だけ押してもらうとか。」

「うーん、それだったら、確認ついでに押した方が早いし……。あ、そうだわ。これなら問題にならないんじゃないかしら。」

 と言って、リンディが書類の山から発掘したのは、外部公開用の資料と報告書。基本的な文言や公開内容はすでに他の部署も通ってあらかた修正済みで、後はリンディが許可を出せば、そのまま外部に公開される代物だ。

「この資料の誤字脱字と、数字の食い違いをチェックしてほしいの。どうせ外部の人は、誰も細かい数字なんて見てないんだけど、広報の人とかが細かいから、チェック漏れがあったらネチネチネチネチうるさいのよ。」

「でも、それだったら私がチェックしても、結局艦長が確認するのは一緒なんじゃ……。」

「こういうのは、たくさんの人がチェックしないと、効果がないのよ。まあ誤字脱字はともかく、数字の食い違いがたくさん見つかった場合、下手をすれば担当者レベルで一からやり直しだから、その場合は私たちのチェックは先送りね。」

「艦長、不吉な事言わないでください。」

「そういう洒落にならない事を言ったら、本当にそうなる傾向がある。」

「そうね。余計な仕事が増えないように、これ以上は不吉な発言は控えるわ。」

 もっとも、リンディの配慮もむなしく、フェイトのチェックで、資料全体にわたって、いくつかの項目の数値が食い違うという恐ろしいミスが発覚し、関係者を絶望のどん底に叩きこんでしまうわけだが、ここでは省く。結論から言えば、期日にかなり余裕があったため、とりあえずどうにかはなったらしい。誰も細かい数字なんてちゃんと見ていない、という事を、わざわざ自分たちの手で証明してしまった一幕である。

「あら、お手伝い?」

「あ、母さん。」

「ぶらぶらしてる私が言うのもなんだけど、よく部外者に任せられるような、都合のいい仕事が出てきたわね?」

「外部に見せるための資料の、決定稿のチェックだもの。見てもらうためのものだから、見られて困るような数字も項目もないわ。」

「なるほどね。フェイトが終わったら、私もチェックした方がいいかしら?」

「お願いしていいかしら? ただ、フェイトさんが致命的な間違いを見つけないとも限らないのだけど。」

 リンディの言葉に苦笑するプレシア。フェイトは実に引きが悪い。それも、嫌がらせのように、放っておくと致命的だが、まだ必死になればリカバリーが出来るような事態を引き当てる。結果としてすべてうまくいくからいいのだが、締切間近のアシスタントとかには向かないタイプなのは間違いない。

「それでプレシアさん、わざわざこちらに顔を出すなんて、どうしたの?」

「ちょっとした報告に来たのよ。」

「報告?」

「ええ。ジュエルシードの制御について、とっかかりになる手段は見つけたわ。」

 恐ろしい事をさらっと言い出すプレシア。あまりにあまりの事に、思わず唖然とするアースラ組。

「あくまでとっかかりだし、まだ暴走しない範囲でしか実験をしていないけど、最低限、安全に使用する目処は立ったわ。」

「それはまた……。」

「すごいわね……。」

「それと、リニスから連絡があって、艦長たちの予定を教えてほしいそうよ。」

 プレシアの言葉に、ピンと来るものがあるリンディ。このタイミングでそれを聞くという事は、高町家の中で、なのはの身の振り方が決まったのだろう。

「出来るだけ早い方がいいのかしら?」

「リニスの口ぶりだと、可能なら明日にでも、という感じだったわね。」

「さすがに、そこまで急には難しい。……そうだな、直近の向こうの休日は?」

「確か、三日後だったかしら?」

 時差などを調整したカレンダーを確認しながらのプレシアの返答に、ざっと自分の予定をチェックして考え込むクロノ。

「ふむ。艦長、エイミィ。僕はその日はあけられるが、そちらは?」

「相当がんばる必要があるけど、不可能ではないわね。」

「あたしも、どうにかしようと思えばどうにかなるよ。」

「ならば、向こうに三日後と伝えてほしい。」

「了解。」

 メールソフトを起動し、リニスに返答を送信。その後、思い出したように二つほど付け加える。

「そうそう。その時の場所は時の庭園を使いたいそうだけど、問題ないかしら?」

「ええ。向こうがアースラに来るにしても、こちらから向こうのお宅にお邪魔するにしても、現状だと結局は時の庭園を通らないといけないわけだし、問題ないわ。」

「それと、その場に私も同席したいのだけど、構わないかしら? これは私の希望だけど、向こうの要望でもあるわ。」

 プレシアの二つ目の申し出に、険しい顔で視線を交わすハラオウン親子。はっきり言って忘れそうになるが、一応プレシアは犯罪者だ。それを知っていて交渉に場に引っ張り出そうとしているあたり、明らかに何か裏がある。素直に許可を出して大丈夫なのか、二人とも即座に答えを返せなかった。

「……何をたくらんでいるの?」

「優喜に直接聞いて。私は基本的に、技術者兼アドバイザーの域を出るような事はしていないし。」

「……まったく、あいつもいちいち裏でこそこそ動いて、面倒な男だな……。」

「しょうがないわよ。立場上一番自由に動けて、一番いろいろな厄介事に首を突っ込んでいるのだもの。ただ、今回の事は、いずれ艦長たちも無関係ではいられなくなる事だし、多分技術者としての私がいるに越したことはないはずよ。」

 プレシアの含みのある言葉に、先日彼女と食堂でやり取りをした内容を思い出すリンディとクロノ。あの時はプレシアが知っていてもおかしくはない、と思っていたが、わざわざあのタイミングで話した事が不自然と言えば不自然だ。

「……もしかして。」

「さて、ね。私は今の段階では何も言わないわ。ただ、少なくとも一定ラインでは信用してもらえた、という事だけは間違いないはずよ。」

「……分かった。今は聞かないでおこう。保護観察の一環として、一緒に来てもらう事にしようか。」

「ありがとう。」

 話がまとまった瞬間、思わず大きくため息をつくフェイトとエイミィ。前もって心構えをしていればともかく、こんな不意打ちでこういう黒い話が出ると、どうしても余計な緊張をしてしまう。フェイトはともかく、エイミィは執務官補佐失格ではあるが、クロノにしろエイミィにしろ、まだまだ海千山千と言うには圧倒的に経験が足りない。むしろ、この状況で、きっちりそっちに思考を切り替えられたクロノを褒めるべきであろう。

「それで、私はその時は……。」

「フェイトさんには悪いのだけど、今回は遠慮してくれないかしら。」

「うん。分かった。手伝えることがあったら、教えて。」

「心配しなくても、どうせ最終的には貴方もなのはも、どうにもならないぐらいどっぷりはまりこむことになるわ。」

 プレシアの不吉な予言に、顔を見合わせてため息をつくリンディとクロノ。なのはとフェイトがそこまでとなると、自分たちは推して知るべし、と言ったところか。プレシアの厄介事を押し付ける宣言に、早くも憂鬱な気分にたたき落とされるアースラトップスリーであった。







「艦長たちとの話し合いの席は、次の日曜日と言う事になりました。」

 闇の書の初回の解析を行った翌日の夕食。その席でリニスは、先ほど帰ってきた返答を高町一家に告げた。

「了解。それで、今回は誰がいく?」

「僕とリニスさんは確定として、後は士郎さんだけでいいかな?」

「えっと、私は行かなくていいの?」

「まあ、確かになのはの話をしに行くんだけどね。なのはの身の振り方って、結局今の段階ではもう決まってる事だから、今更なのはにとって新しい話ってないんだよね。」

 昨日の晩の訓練の後、家族全員でもう一度話し合い、結局なのはが嘱託で管理局に入る事が決まった。リニスの資料を元に、魔導師とその家族を保護してくれる組織を検討した結果、少なくとも義務教育中の子供の扱いは管理局が一番ましだ、という結論に達したからだ。

 次点で聖王教会、という線もなくはなかったが、現状では伝手が一切ない事に加え、教会と名がつくだけにそれなりに宗教色が強く、しかも体質が恭也向きで意外と武闘派である事もあって、今回は見送る事にしたのだ。

「だから、その事に絡んでいくつか、向こうに条件を飲ませるのが今回の仕事なんだ。」

「まあ、その点についてはそれほど心配していません。なのはさんはピンと来ていないでしょうけど、若くてフリーの、まだ一度もどこの組織にも所属した事の無い高ランク魔導師というのは、交渉にはこれ以上ないぐらいのカードですから。」

「優喜、飲ませる条件と言うのはなんだ?」

「まず、最低限、こちらでの義務教育期間が終わるまでは、所属はリンディ・ハラオウンの下とし、異動をさせない事。」

「妥当なところだな。」

 ジュエルシードの時の対応やプレシアの話などから総合すると、少なくともリンディは、子供に必要以上の無茶はさせないであろうと判断出来る。臨海公園での件に関しては、プレシアが口をはさまなければ、暴走体の制圧はリンディとクロノで行い、封印作業の時に、足りない出力をなのはとフェイトから借りるつもりだったらしい。

 ついでに言うと、人事の最高責任者にパイプがあるため、ある程度の無理は通せる、ともいっていた。保有魔導師戦力規定の問題があるため、普通にフェイトに加えなのはも徴用となるといろいろ頭の痛いやりくりをする事になる。が、幸いにもなのはについては、上層部が何をおいても、とせっついてきている相手だ。最初にこちらからその条件を出してくれば、必要ならば嘱託の間はリンディの部下という位置から動かさないことも出来る、とは彼女自身が持ちかけてきた条件だ。

「で、次に、最低でも僕一人、出来れば高町家と月村家、それからアリサも自由に行き来する権利をもぎ取りたい。」

「そこまでとなると、ハードル高そうですね。」

「うん。だから、最悪でもちょっとずつは権利を広げていきたいかな、とは思ってる。」

「で、交渉って、それだけ?」

「出す条件はあと二つ。一つは、闇の書の主の人権を保障したうえで、解決のためにこちらに協力する事。もう一つはそのための手段として、聖王教会との伝手を作ってもらう。」

 優喜の出した条件に絶句する恭也と美由希。この小僧、事もあろうに、複数の世界をまたにかける警察・司法組織を相手に、一級災害指定を受けたロストロギアの修復という大事業の主導権を握ろうとしているのだ。しかも、そのための餌に、自分たちの妹を使おうとしている。いくら、消去法で管理局に所属する以外の選択肢が消えたとは言え、あまりにもあくどい。

「何ともまあ、大胆というか無茶というか……。」

「人の妹を餌にするなと言いたいところだが、なのは一人分で、そこまで出来るのか?」

「必要なら、こっちからもいくつか餌を用意するし。」

「お前は、一体いくつ交渉カードを持ってるんだ……。」

 恭也のあきれたようなセリフに、思わず苦笑する優喜とリニス。闇の書周りに関しては、実際のところ、はやて自身もカードの一枚だ。何しろ、闇の書が無事に夜天の書となった場合、その主は、なのはに勝るとも劣らぬ価値を持つ事になる。そして、この件に関しては、はやてはなのはと同じく、無条件で優喜の言葉に従うであろうことは想像に難くない。ならば、優喜に恩を売っておくにこしたことはないのだ。

 さらに、管理局が知らないカードとして、優喜の付与魔術の存在もある。なのはの持つキャスリング(位置の入れ替え)もフェイトの防御強化も、事故防止のための制限以外、これと言って制約なく使えるものだ。プレシアやリニスに言わせると、どちらのアクセサリも、下手をすると比較対象がロストロギアになるほど、破格の性能だという。力量と製作時間の問題で、現時点では基本的に単一機能のものしか作れないが、単に身につけるだけで特にコストも支払わずに機能を使えるというのは、管理世界の現在の技術水準では不可能なものだ。

 もっとも、実のところ一番のカードは、むしろ優喜自身のトータルでの規格外さなのかもしれないわけだが。

「あの、お兄ちゃん、優喜君……。」

「なに?」

「どうした、妹よ?」

「難しい事は分からないんだけど、私が管理局に協力すれば、はやてちゃんを助けられるの?」

「断言はできんが、優喜はその方向にもっていくつもりなんだろう?」

「うん。正直、管理局の手を借りても、確実にどうにかできるとは言いきれないんだけど、今みたいな小さな集団では限界があるしね。」

 優喜に交渉の餌にされたという事実より、はやての命の危機の方を優先させる考え方をするあたり、優喜とは違う意味で、なのはも将来が心配だ。もっとも、優喜も結局、この交渉内容では、自身の利益など何一つ得られないのだが。

「でも、聖王教会とのパイプなんて、そんなにうまくいくのか?」

「向こうが首を縦に振れば、個人的な伝手は出来るんじゃないかな? 何を思ったのかユーノが調べてくれたんだけど、聖王教会の重鎮の身内が、クロノの親友なんだって。」

「……ユーノが、という事は、無限書庫とやらで調べたのか?」

「らしいね。」

 そんなデータまであっさり出てくるところを見ると、本気で今の無限書庫は単なる資料の墓場になっているようだ。捨てるわけにもいかず、かといって保管や管理に手間も費用もかけられないような資料を適当に突っ込んだ、というのがばればれである。さすがに、ある程度整理されて資料庫としての価値が出てくれば、この手の、資料を姥捨て山に捨てるようなやり方で管理するような真似は、誰もしなくなるだろうが。

「まあ、なんにしても、リンディさんも大概狸だろうから、そうそううまくは行かないだろうけど、ただでなのはを持っていかれる事だけは避けるつもり。」

「プレシアも手伝ってくれるでしょうから、全部の条件は厳しくても、共犯者にするぐらいの事は出来ると思いますよ。」

「ああ。期待してるよ。しかし、いつになったら、こういう後ろ暗い交渉事と縁を切れるんだろうな?」

「まったくだ。僕たちはただ、普通の暮らしがしたいだけなのにね。」

 深く深くため息をつく優喜に、苦笑しかわかない高町家。なのはが妙な才能を持っていたから優喜が引き寄せられたのか、優喜が来たからなのはの未来が妙な方向にねじ曲がったのか。元々普通とは言い難かった高町家は、光の速さで一般家庭の定義からドロップアウトしていくのであった。







 面倒な事になった。己の使い魔から報告を受けた時、ギル・グレアムの頭をよぎったのはその一言だった。

「そうか……。」

「ごめんなさい……。」

「いや、半端に手を出すことを決めた、私の責任でもある。ロッテもアリアも、気にする事はないよ。」

「でも……。」

「相手を所詮子供だと甘く見たのは、私も君たちも同じことだ。使い魔のミスは主のミスだよ。」

 グレアムの言葉は、彼の本心だ。暴走したロストロギアを相手取って普通に戦える人間を、ただの子供だと侮ったのはグレアム自身だ。

 さらに、魔法が使えないはずの子供に、変身魔法を解除する手段があるというのも誤算だった。いくら腕が立とうと、気配で変装を見破ろうと、姿を変えていればその言葉だけでは証拠にならない。だが、変身魔法を解除され、その姿を記録されてしまえば言い訳は効かない。

 当然だ。優喜とグレアム及び二人の使い魔の間には、面識の類は一切ない。グレアムは優喜の姿を知っているが、優喜はグレアムもリーゼ達も、一度も見た事はないのだ。冤罪をなすりつけるには、最低限姿を知っていなければいけないが、接点の無い相手の姿を語るなど、よほどの偶然でもなければ不可能だ。

「彼の少年は、確かリンディやクロノと面識があったはずだが?」

「はい。ジュエルシード事件で、最後の後始末で顔を合わせています。高町なのはの能力から考えて、勧誘のために再度接触する可能性は高いでしょう。」

「そうか……。」

 そうなってくると、自分がたどられるのは時間の問題だろう。いやそもそも、アリアとの会話から、自分達の存在自体はかなり前から把握していたはずだ。どこまで割り出されているかは分からないが、知っていてこちらを泳がせていたのは間違いないだろう。一方こちら側は、そもそも監視がばれているとは、二人が返り討ちに会うまでまったく気が付いていなかった。

 ロッテとアリアを一瞬で沈黙させた戦闘能力に目を奪われがちだが、周囲と口裏を合わせて、こちらの監視に気が付いていることを悟らせず、かつ自然に聞かれても問題のない会話をしていたという事実が、戦うだけが能の小僧ではないことを証明している。

「見事に彼に釣り上げられたか……。」

「アタシがちゃんとしとめてたら……。」

「多分無駄でしょうね。」

「……ごめん、今普通にそんな気がした。」

 温泉前後の時点では確実に気が付いていたとなると、最低でも一ヶ月前後はこちらに注意を払い続けているのだ。それだけの期間、こちらを騙していた小僧が、襲撃されて対応しきれなかった場合の備えをしていないと考えるのは、いくらなんでも楽観的に過ぎる。

 リーゼロッテは確かに、リーゼアリアに比べれば考えずに動くタイプだが、決して頭が悪いわけではない。これだけの材料があって、なおも竜岡優喜が自信過剰にも備えもなしに自分達を釣り上げようとした、などと考えるほど考えなしでもなければ、相手を過小評価することもない。

 第一、襲撃をかけて返り討ちにあった相手を見下すなど、自分達を否定するようなものだ。

「我々の計画が表に出るのも、時間の問題だろう。私が直々に出て、三対一で戦えば確実にしとめられるだろうが、あくまで彼は一般市民だ。今のところ犯罪を犯しているわけでもない。今更だが、管理局員としてはこれ以上暴力に訴えるわけには行かないだろう。」

 そもそも、いくら相手の実力が確かだとはいえ、子供相手に暴力を持って対応しようとしたこと事態が間違いなのだ。彼のいうように、自分たちは相当恨みに意識を持っていかれているようだ。

「とりあえず、当面は現状維持。相手の出方次第で対応を決めよう。」

「分かりました。」

「父様がそういうなら、それに従います。」

 この勇み足の代償は高くつきそうだ。グレアム陣営にとって、しばらく憂鬱な日々が続くのであった。







「今日はわざわざご足労願って、申し訳ない。」

「こちらこそ、お忙しい中、こちらの申し出のためにお時間を作っていただいてありがとうございます。」

 話し合い当日。時の庭園の応接スペースで、アースラトップスリーと高町家代表が顔を突き合わせ、形通りのあいさつから交渉の席についた。交渉と言っても、基本的に結論は出ている。否を告げる相手を説得するのではなく、条件のすり合わせがメインだ。少なくとも、管理局側はそう思っている。

「さて、いろいろと長くなりそうだから、単刀直入に進めたいが、よろしいですかな?」

「ええ。」

「では、まずは、なのはのことについて。」

 まずは、という言葉に、嫌な予感がひしひしとするリンディとクロノ。ある種予想通りだとはいえ、また面倒なことになりそうだ、とあきらめたように達観するエイミィ。

「いろいろと検討した結果、娘については、あなた方に託すのが一番ましだと判断しました。ですが、無条件というわけにはいきません。」

「聞きましょう。」

「まず、絶対条件ですが、ある程度一人前の判断力を持つと認められる年齢、具体的にはこちらの義務教育が終わるまで、フェイト・テスタロッサと共にリンディ・ハラオウンの部下として、原則異動を行わないこと。」

 士郎の持ち出した条件は、リンディが半ば予想し、自身が持ちかけた条件と同じだ。ここまではいい。下手をすればクロノと同等以上と目される魔導師を二人も抱え込む以上、いろいろ面倒な苦労を背負うことになるだろうが、それ自体は覚悟の上だ。

「絶対に、とは断言できませんが、可能な限り要望に添えるようには努力しますわ。」

「可能な限り、ですか。」

「申し訳ありません。ただし、最低限、義務教育が終わる年齢まで、ベテランの高ランク魔導師でも危険な部署には配属しないことだけは、お約束します。」

 予定通り、言質は取らせなかったが、可能な限りの誠意は見せようとしている。ごねたところで、この件ではこれ以上の譲歩は無理だろう。

「分かりました。ですが、約束を違えたと判断した場合は、即座に管理局をやめさせ、場合によっては法的手段での対応も考えます。」

「……肝に銘じておきます。」

 法的手段に訴えられたところで、管理局が負けるという事はあり得ないだろう。だが、管理外世界の幼い子供を前線に送り込んで死なせた揚句、その保護者に約束が違うと法廷で訴えられれば、どんな判決が下りたところで、管理局の大幅なイメージダウンは避けられない。

 その性質上、なのはが振られるであろう仕事に絶対に安全というものは無いにしても、最低限、体調や技量、判断能力などからきちっとリスクコントロールをしておけば、少なくともなにがしかの事故があっても、士郎がむやみやたらと法的手段に出る事はないはずだ。

 それに、リンディ個人の心境としても、ただ巻き込まれただけの子供を、才能があるからと過酷な状況に叩きこむような真似はしたくない。究極的には、入局そのものをよしとしたくないぐらいだ。だが、どこの組織も魔導師は足りない。管理局全体で言うならば、なのはやフェイトが入らなかったぐらいでどうこうなるほどに逼迫しているわけではないが、他の組織が強引な手を使って勧誘してくる可能性は否定できない。

 士郎達には悪いが、危険な場所に送り込まれるリスクを取ってでも、なのはを管理局に入れるのが一番安全なのだ。少なくとも公的機関であり、それなりに外部の目も入っている組織なのだから、希少な高ランクとはいえ、否、希少な高ランクの、それもまだ伸びしろがある子供だからこそ、普通の部署では命にかかわるほどの無茶はさせない。

「それでは二つ目の条件ですが、ジュエルシードにかかわった人間について、ある程度自由にミッドチルダに行く権限を頂きたい。」

「それは……。」

「全員が無理ならば、最低限優喜一人だけでもお願いしたい。」

「……検討します、としか言えませんわ。」

「ですが、こちらとしても、これは譲れない線です。」

 睨みあいに近い沈黙が、場を支配する。士郎の持ちかけてきた条件は、言うなれば自分達を監視する、という宣言でもある。それ自体は問題ないのだが、魔導師でもなく、管理局の局員でもない人間が、むやみやたらと管理世界と管理外世界を自由に行き来する、というのはいささかどころでなくまずい。

 これが、移住を希望しているのであれば、話は簡単だ。移住審査を行い、移住許可を出して、当座の生活費と生活拠点を用意するだけですむ。自営業を始めるというのであれば、そのための資金を融資する制度もある。だが、拠点を管理外世界に置いたまま自由に、と言うと話が変わってくる。

 管理外世界というのは、ほとんどの場合管理世界と比較して、技術的には大幅に遅れている。第九十七管理外世界も例にもれず、文化的にはともかく、技術的には大幅に遅れている。しかも、第九十七管理外世界にしても、その他の管理外世界にしても、魔導師資質の持ち主は居ないも同然というケースが多く、それも管理世界になり得ない理由になっている。

 要するに、そういった大きな格差のある世界を自由に行き来する事により、主に管理外世界の側に、技術的に妙な影響を与える事を懸念する声が大きいのだ。しかも、過去に一度だけあった例で、ミッドチルダの技術や製品がいくつか漏れ、それが現地の技術と融合して飛躍的に発展、その世界のパワーバランスを一気に崩壊させた揚句のはてに、末端の管理世界に喧嘩を売って双方に壊滅的な打撃を与えたケースがあったのだ。

「つかぬ事をお伺いしますが、何故優喜をミッドチルダに送り込む事に、それほどこだわりを見せるのですか?」

 上司が交渉をしているから、という理由で口をはさむのを控えていたクロノが、交渉が膠着状態に入ったとみて質問を飛ばす。因みに、エイミィも同じ理由で沈黙している。

「その件については、優喜本人が答えるでしょう。」

 クロノの質問に、選手交代を告げる士郎。

(やっぱり、本当の交渉相手は優喜君、というわけか。)

(口をはさむ様子もなく黙ったままだったから、おかしいとは思っていたが……。)

 改めて気を引き締めるアースラ組。士郎が交渉相手として容易い人物では決してないが、彼が持ち出してくる条件も落とし所も、それほど突飛なわけではない。言ってしまえば、士郎相手の交渉とは、親として当たり前の事を、たがいにどこまで譲歩させるか、という話に過ぎない。

 それに対して、優喜に関してはそもそも、前提からして予想が出来ない。高町なのはと言うカードを提示して、一体何を吹っかけてくるかが分からない。それゆえに、落とし所を探るのも一苦労だ。今回も、わざわざ優喜がミッドチルダと地球を自由に行き来したいと主張する以上、管理局を監視するなどと言うちゃちな話ではないはずだ。

「その前に、一つ質問いいですか?」

「どうぞ。」

「現在時空管理局には、第九十七管理外世界のイギリス出身で、ギルバート・グレアムもしくはギル・グレアムという名前の人物は存在しますか?」

「「「え?」」」

 いきなり、予想外の名前が飛び出す。存在するも何も、イギリス出身のギル・グレアムというのは、間違いなく自分たちの直属の上司だ。

「ギル・グレアムは我々の上司だが、それがどうかしたのか?」

「やっぱりか……。」

「やっぱり? 優喜君、一体何があったの?」

「その前に、あと二つ質問。」

 嫌な予感にポーカーフェイスを崩すリンディに待ったをかけ、携帯を取り出す優喜。

「一つ目。この二人に見覚えはある?」

 交渉用の言葉づかいを捨て、真面目な顔で写真を呼び出して三人につきつける優喜。その写真を見て、驚愕に凍りつく三人。写真に写っているのは、上司の使い魔でクロノの師に当たる女性だった。優喜の表情と雰囲気から、多分良からぬ出会いだったであろうことは想像がつくが、あまりにもその写真は予想外すぎた。

「誤魔化しても仕方がないから、正直に言うわ。その人たちは、私たちの上司、ギル・グレアムの使い魔よ。」

「髪が長い方がリーゼアリア、短い方がリーゼロッテだ。だが、この二人が一体?」

「それを話す前に、二つ目の質問。」

 嫌な予感がどんどん強くなっていく。脳裏をよぎったのは、自分たちと因縁の深い、呪われた魔道書。思えば、やはりあの時のプレシアの質問は、この事についての伏線だったのだ。

「未覚醒の闇の書の主を、犯罪者として扱う気はないと言うあなた方の言葉、それを決して違える事はないと約束できる?」

 やっぱり、と頭の片隅で他人事のように考えながら、これから落とされるであろう超弩級の爆弾に備えつつ、違える気はないと頷くリンディであった。







(あ、頭の痛い話を……。)

 優喜の話を聞き終えたリンディは、本気で頭を抱えざるを得なかった。事前に、聞いてしまえば後には引けなくなる、といっていたが、本当に後には引けなくなってしまったのだ。

「そういうわけだから、最低限として、聖王教会とのパイプと、ある程度自由にミッドチルダに移動する権利がほしい。」

「……確かに、あなたの考えのとおりに動くなら、それぐらいの権限は必要よね……。」

 闇の書の概要を聞き、こめかみを押さえながらため息をつくリンディ。そんな隣の上司に同調してため息をつくと、プレシアのほうに目を向けるクロノ。

「あなたは、いつからこの話を知っていた?」

「そうね。優喜が闇の書を見つけたのが、あなた達が来る直前だったから、そのときからかしら。ただし、詳しい話を知ったのは、ユーノが無限書庫で調査を始めてからよ。」

「なぜ、黙っていた?」

「逆に聞くけど、娘の友達がどんな扱いを受けるか分からないというのに、そう簡単に話せると思うの?」

 プレシアの言葉に、思わず沈黙するクロノ。グレアムの行動を見るまでもなく、一級災害指定を受けたロストロギアの持ち主など、どういう扱いを受けてもおかしくない。

「だから、あなた達の考えを確認して、その上で話を通すつもりだったの。」

「優喜君、グレアム提督が、はやてちゃんを監視してたのに気が付いたの、いつから?」

 プレシアの言葉を受け、確認のためにエイミィが問いかける。

「視線に気が付いたのは、はやてとはじめてあったときから。ただ、監視されてるって確信したのは、次の日になのはたちとはやての家に行ったとき。時期で言うなら四月の上旬。」

「そのころからって、よく気が付いてるのばれなかったよね。」

 エイミィの言葉に、苦笑するしかない優喜。正直、腹芸がまったく出来ていないなのはとフェイトがいても気が付かなかったのだから、グレアム陣営は相当視野が狭まっていると考えてもいいだろう。

「それで、解析の方はどの程度見込みがあるの?」

「リニスが取った断片を見る限り、デバイス言語さえどうにかなれば、暗号の復号化はそれほどかからないわ。問題となるデバイス言語だけど、成立年代自体は絞り込めているから、ユーノがいつあたりを引くか次第ね。もう、何箇所かは遺跡の割り出しを済ませて、第一陣はきょう出発だとか言ってたから、運が良ければ今月中に、稼働品のデバイスが手に入る可能性はあるわね。」

 暗号とデバイス言語の壁にぶち当たって断片のコピーすら取れず、暴走を恐れて修復を断念したグレアム陣営が聞けば、発狂しかねない事をあっさりと言ってのけるプレシア。

「段取りのいい事ね……。」

「でなければ、貴方達をまきこもうとは思わないわ。もっとも、聖王教会も古代ベルカのデバイスは大量に持っているから、伝手が出来たら、もっと早くに暗号解読と本体の解析に手をつけられるかもしれないけど。」

「本体の解析と修理に成功する可能性は?」

「ゼロではない、としか言えないわね。取れたコピーがどのぐらいのサイズか、バグがどの程度深刻か、タイムリミットまでの時間、その他もろもろ、現状では分からない事ばかりだもの。」

 プレシアの言葉に、沈黙するしかないアースラ陣営。

「とはいえ、仮に今回失敗するとしても、その主な原因はタイムリミットよ。プロジェクト自体は絶対に無駄にならない。何しろ、どんな手段を使って闇の書を沈黙させるにしても、必ず復活するわけだし。」

「そういうわけだから、解析に協力してもらうためにも、管理局の上層部を牽制するためにも、同等レベルの組織力がある聖王教会は、是非とも巻き込みたい。」

「……聖王教会が食いついてくると断言できるのか?」

「そこはちゃんとユーノに調べてもらった。夜天の王ってのは、もともとは古代ベルカの王家のひとつだったらしい。その名を冠した遺産を、本来の姿に復元すると持ちかけるんだ。食いつかないわけがない。」

「……分かった。僕のほうにコネがある。いつ紹介できるかは確約できないが、どうにか向こうに話を通そう。」

「お願い。」

 優喜に頭を下げられて、微妙な表情を浮かべてしまうクロノ。知らなければいろいろ突っぱねようもあったが、ここまで話を聞いてしまうと、ごねることも出来ない。優喜の手のひらの上で踊らされている感じがして不快だが、文句を言っても仕方がない。

「それと、今更の話だけど、リンディさんたちも、協力してくれるよね?」

「……本当に今更それを聞くのね。あまり言いたくないけど、毒食らわば皿まで、よ。」

「ごめんね。有無を言わさず巻き込んで。」

「どうせ今までの話の流れだと、ここで話が出なくても、どこかで関わることになっていたでしょうね。」

 正直、リンディとしては、こそこそ裏で動いている優喜たちと、致命的なタイミングで敵対する状況になるぐらいなら、最初から一緒にこそこそ動いたほうがましである。それに、うまくいけば長く続いた闇の書の悲劇に終止符が打て、失敗したところで次につなげる事が出来る。優秀なスタッフがすでに確保できている以上、かかる負担が殺人的に増えること以外に、やらないと返事をする理由はない。

「でまあ、理由が理由だから、最低限僕はある程度自由に動けないと厳しい。後、できれば忍さんも動けた方がいいかな。」

「そうね。あなたについては、どうにか通してみるわ。忍さんという方については、根回しが終わって正式にプロジェクトとして立ち上げられたら、その時に権利をどうにかするしか、方法がないと思う。」

「それで十分。」

 基本的なアウトラインは決まった。こうなってくると、なのはとフェイトは確実に、リンディの部下になっていないと厳しいだろう。何しろ、鍵となる書の主・八神はやての親友だ。事の成否に、彼女の精神的な部分もかんでくる可能性が高い以上、少しでもプラスの要素は確保しておきたい。

「まあ、ここまではいいとして、だ。まだ、ヴォルケンリッターは出現していないのだろう?」

「うん。闇の書の起動条件が分からないから、いつ出てくるかも分からない。」

 優喜の返事に、思わず渋い顔をするクロノ。

「出てくる前に修復が終わればいいが、進んでいる真っ最中に出てきたらどうする?」

「とりあえず、ある程度勝手に話を勧めること事態は、はやてに話して承諾をとってるから、出てきたときには、それを盾に押し切ろうと思う。」

「出来るのか?」

「やるしかないでしょ。」

「なら、そのときはお前の責任で、何があっても口説き落とせ。」

 一応念を押しはしたが、優喜のことだ。言われるまでもなく、自分達を巻き込んだように、あくどいとしかいえない手段も駆使して納得させるだろう。

「後さ、優喜君。」

「なに?」

「グレアム提督はどうするの? 尊敬してるし恩もあるから、あまり悪くは言いたくないけど、この件に関しては、どうもあんまりよろしくないことを考えてそうだよね?」

「うん。だから、クロノとエイミィさんには、聖王教会との日程のすりあわせとか終わったら、合間見てグレアムさんが何をしようとしてるのか調べてほしいんだ。」

 優喜の言い分に、やはりかとため息をつくクロノとエイミィ。やると覚悟を決めた以上、これぐらいの無理難題が出てくるのは承知の上ではあるが、加速度的に仕事が面倒になってきたのも確かだ。

「それはまあ、最初からそのつもりだが、調べてどうするんだ?」

「もちろん、巻き込んで総責任者を押し付けるんだよ。いくらなんでも、リンディさんがトップで旗振り役ってのは、さすがに階級とか考えると厳しいんじゃないかな、って思うんだけど。」

「厳しいところを突いてくるわね。」

「で、巻き込むにしても、向こうが何を考えてるかをはっきりさせないと、交渉のしようがないからね。だから、まずはそこを調べてもらって、内容次第ではグレアムさんにはそのまま進めてもらって、ついでに余計なことをさえずりそうな連中に睨みを効かせてもらいたい。」

 ここまで来ると、もはや驚く気も失せる。自分達を巻き込んだ以上、関係者は片っ端から巻き込むつもりだろう。

「それで、グレアムさんが何をやろうとしているかが分かった後、口説き落としに行くときにはクロノも来てほしいんだ。」

「何故だ?」

「使い魔たちと話した印象なんだけど、多分グレアムさんを説得できるのは、クロノだけだと思う。」

「……僕のような若造に、あの人を説き伏せることができるとは思えないんだが……。」

「今のグレアムさんは、君の尊敬する提督じゃない。怨みに目が曇った、ただの老人だよ。」

 認めたくない優喜の台詞に、深く深くため息をつく。クロノ自身は認めたくない話だが、否定できる状況でもない。せめて、怨みだけでなく、大義も忘れていないことを祈るしかない。

「……分かった。どこまでやれるかはわからないが、出来る限りのことはやろう。」

「悪いね、いろいろ面倒をかけて。」

「何。いずれは関わる問題だ。だったら、せめて胸を張れる結末にするために、やれるだけやるしかない。」

 ある意味、これは敵打ちだ。災厄をまき散らすだけの存在になってしまった夜天の書。これをせめて無害な姿に戻す事が出来れば、父の死は無駄ではなくなる。

「それと、最後にもう一つ確認。」

「何だ?」

「修復のために、どうしても蒐集が必要になった場合、双方が合意の上で蒐集を行うのは法に触れる?」

「失敗して死ねば話は別だが、双方が合意の上でなら、法に触れない形には出来る。厳密には、一応傷害罪にはなるんだが。」

「なるほど。だったら、それほど問題にならずに解決できそうだ。」

 優喜の言葉を聞き、現状で確認が終わっていない問題がないかを、頭の中で確認するリンディ。周囲の人間もそれぞれに考え、結局は問題が出てきてから対処しようという事で意見が一致する。

「それじゃあ、方針も決まったし、景気づけに翠屋でお茶にしましょうか。」

 どうせ終わったらあれこれと忙しくなるのだから、と、持ちかけた提案は満場一致で受け入れられる。こうして、時空管理局始まって以来屈指の大プロジェクトが、本当の意味でスタートしたのであった。



[18616] 閑話:フェイトちゃんのお買い物
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b6f7b147
Date: 2010/09/18 17:28
「フェイトちゃん、準備できた?」

「うん。」

 久しぶりに袖を通した私服を気にしながら、エイミィの呼びかけにこたえる。今日は楽しいお買い物だ。いわゆるデパートに繰り出して、というのは、フェイトにとって生まれて二度目の経験で、前回も人の多さに意識が飛びそうになった事を覚えている。

「でもエイミィ、本当にお仕事大丈夫なの? 昨日の様子だと、大変な事になってるんでしょ?」

 昨日、フェイトが見つけた致命的なミスについて、心配するようにエイミィを見る。

「大丈夫大丈夫。明日ぐらいまでに終わらせる必要のある仕事は全部、昨日のうちに片付けてるし、フェイトちゃんが見つけたミスは担当者に差し戻しだから、すぐにあたしたちがどうってこともないし。」

 そもそも、ミスをしたのは担当者であってフェイトではないので、彼女が気にする事ではないのだ。むしろ、フェイトが見つけてなかったら、下手をしたら帳尻の合わない数字で外部に公開する羽目になりかねなかったので、いくら感謝してもしたりないぐらいなのだ。

「それにしても、フェイトちゃんの私服姿、結構久しぶりだよね。」

「……そうだね。ここのところずっとジャージだったから。」

 基本アースラに缶詰めのフェイトは、これと言ってやることがないため、ひたすら勉強と訓練に励んでいる。基本的に、訓練>勉強>食事>勉強>訓練……という感じなので、私服にわざわざ着替える理由がなく、日がな一日、ずっとジャージで過ごしているのだ。

「……優喜とおそろい?」

 少し考えて、おしゃれに目覚め始める年頃の少女としてはどうか、と思う事を口にするフェイト。心なしか嬉しそうなのが駄目である。

 似たような生活サイクルだったはずの高町家滞在時は、一応フェイトも私服に着替えていたらしいのだが、見せたい相手がいないとそこら辺がずぼらになるのは、フェイトの年でも同じらしい。アースラ内でおしゃれに気を使う理由がなく、また、周りも仕事中ゆえずっと一張羅の人間ばかりなので、自然と一番楽でアースラ内をうろついても違和感の少ないジャージに落ち着いたらしい。

 因みに、プレシアはジャージでこそないものの、手抜き全開の白いブラウスに、汚れようがどうしようが全く問題の無い安物のジーパン、その上に消耗品の白衣という研究者スタイルでずっと過ごしている。親がファッションに気を使う気がないのに、その娘が見せたい相手もいないのに、おしゃれをするわけがないのだ。

「お姉さん、そのペアルックだけは認めませんよ!!」

 ここで今のうちに矯正しないと、フェイトはこの年で干物女に一直線だ。そんな危機感を覚えたエイミィは、本来の目的を忘れて、まずは婦人服売り場に直行する事を心に決める。

 せっかく、芸能人に混ざってテレビに出ても負けないだけの容姿を持っているのだ。優喜と違って、似合う服を着ても性別上は問題ないのだ。だったら、日がな一日引きこもって運動と勉強をしているから、なんていう理由でずぼらをかまさず、ちゃんと身だしなみを整えさせるのが、年長者の自分の役目に違いない。と、エイミィ本人にしか通じない理論武装をかため、フェイトの肩を掴んで、情熱的な瞳を向ける。

「フェイトちゃん!」

「なに?」

「このエイミィさんが、おしゃれのイロハを教えてあげるからね!」

 さっそく熱意が空回り気味のエイミィに、若干引き気味のフェイト。その様子を苦笑しながら見守っていたプレシアが、白衣のポケットからカードを取り出し、エイミィに渡す。チャージ済みのプリペイドカードだ。ミッドチルダでは一般的な支払方法である。

「エイミィさん、お金はこのカードを使ってちょうだい。多分、残高は十分あるはずだから。」

「あ、はい。分かりました。」

 実のところ、プレシアはかなりのお金持ちだ。アルハザードに行くために派手にお金を使ったが、それでも収入源となる特許や実用新案の類は、今回管理局に譲ったもの以外はほとんど手放していない。幸か不幸か、狂気の世界に足を突っ込んでいたため、研究以外の事を一切気にしておらず、結果として収入源はほぼそのままだったのだ。

 因みに、長い事研究以外に興味を示さず、衣食住にかかる費用についてもまともに気にしてこなかったプレシアは、普段使いのカードにすら研究用の機材を基準にチャージしているため、下手をすれば一等地で家が買えるほどの金額を、常に持ち歩いていたりする。エイミィに渡したカードも、もちろんその例に漏れない。

「それと、せっかくのお出かけなのだし、出来るだけおいしくて栄養価の高いものを食べさせてあげてくれると嬉しいわ。こちらの勝手で言うのだから、エイミィさんの分もそのカードで支払ってちょうだい。もし足りなかったら、後で請求してくれれば、足りなかった分はお返しするわ。」

「自分の分は自分で出しますよ。」

「娘の面倒を見てもらうのだから、これぐらいはさせてもらわないと、こちらの気が済まないわ。それに、親子そろって世間から離れて暮らしていたから、どうにも一般常識とかそういうものに疎くなっているし、そういった面で私も迷惑をかけると思うから。」

「まあ、そういう事でしたら。」

「それじゃあ、フェイトとアルフの事、よろしくお願いします。」

 プレシアに見送られて、心の踊る買い物へうきうきした気分で出発する二人。なお、アルフは昨日まで無限書庫だったため、ミッドチルダの首都・クラナガンの転送ポートで合流予定だ。この後エイミィは、最初の店に入る前に、プレシアの金銭感覚の確認も兼ねて残高照会をして、家でも買う気かと言いたくなる金額にめまいを覚えそうになるのだが、ここだけの話である。







 クラナガンで最大規模の繁華街。そのあまりの人の多さに、おのぼりさんをする前に酔っ払って気分が悪くなったフェイトを連れて、まず最初にデパートの喫茶店に入るエイミィ。何しろ、地方都市である海鳴のデパートですら、人の多さに酔ったのだ。東京やニューヨークと言った、地球で指折りの大都市と同じ規模のクラナガン、その最大規模の繁華街に繰り出して、人ごみに不慣れなうえに人見知りの激しいフェイトが、酔わないわけがないのだ。

 しかも、彼女の場合、なまじ聴頸の練習で感覚を鍛えていたものだから、普通の人間に比べて、拾う情報量がけた違いに多いのもまずかった。優喜のように意識せずに拾う情報の取捨選択ができるレベルではなく、しかもこれだけの大都市にあってもなお、フェイトとアルフの組み合わせは人目を引く。ようやく海鳴商店街レベルの視線に耐えられるようになったばかりのフェイトには、いきなりのクラナガンはかなりハードルが高かったようだ。

「フェイトちゃん、大丈夫?」

「う、うん……。だいぶ……、慣れてきたと思う……。」

 ようやく落ち着いて、気持ちの悪さが抜けてきたフェイト。進歩の無さに情けなくなってくるが、嘆くだけではそれこそ何の進歩もない。たかが買い物でこれで、これからちゃんと生きていけるのだろうかと不安になるが、慣れるまで練習するしかない種類のものだ。

「無理するんじゃないよ、フェイト。最悪カタログ見て探して、アタシかエイミィが代わりに買いに行くって手もあるんだからさ。」

「うん。ありがとう、アルフ。でも、大丈夫。これも、いずれ避けて通れない道だから。」

 フェイトの大仰な言い方に、かなり微妙な顔をしてしまうエイミィ。幼いころから偏った教育をうけ、世間から隔絶された状態で孤立して過ごすとどうなるのか。そういう環境で育った人間が、急に社会に放り出されるとどうなるのか。その実例を目の当たりにすると、フォローする方も結構覚悟がいるんだなと、今更ながらに思い知る。

 協力してジュエルシードを集めるようになってから、アースラに保護されるまでの一ヶ月半。優喜はこのフェイトの面倒を見て、世間にある程度溶け込めるようにフォローしてきたのだ。無論、士郎や桃子、なのはにその友人、果てはご近所さんや海鳴商店街の皆さんも協力してはいただろうが、フェイトのなつき方や信頼度を見るに、メインは優喜だろう。

「どうしたの、エイミィ?」

「あ、いや、その。優喜君も大変だったんだなあ、って思って。」

「……うん。優喜がいなかったら、そもそもいまだに自分でちゃんと買い物もできなかったかもしれない。」

 フェイトの言う自分でちゃんと買い物する、というのは、スーパーやコンビニのように陳列されたものをかごに入れて支払いをするのではなく、屋台などで自分の欲しいものを注文して購入する事を指す。実は優喜は知らない事だが、ゴキブリとどつきあいをする前に、フェイトはアルフにねだられて屋台で買い物をしようとして、どう声をかけていいのかが分からずにおたおたし、店主に声を掛けられてびっくりして逃げるという、傍から見て何をしたいのか分からない失敗で挫折している。

「フェイトちゃん、それいろいろ重症すぎるよ……。」

「だから、ちゃんと普通に生活できるように、今日はがんばって買い物しようと思うんだ。」

 その程度の事で、と言いたくなる事に、やけに気合を入れるフェイト。因みに、フェイトが初対面の他人を怖がらないケースは三つ。優喜や鷲野老人のように親切に助けてもらった場合と、知り合いが一緒にいる状況で威圧的でない相手と会話する場合。そして、スイッチが完全に戦闘モードに切り替わっている時だ。

 もっともこの問題も、再び高町家で暮らすようになり、学校に通いだすころには、ほとんどの相手が怖がる必要がないと分かって解決するのだが。

「まあ、フェイト。焦るこたあないよ。先は長いんだしさ。」

「うん。でも、いつまでも優喜におんぶに抱っこじゃ嫌だから……。」

「だったら、まずはおしゃれと身だしなみからね。」

「え?」

 今までの会話とまるでつながっていないエイミィの台詞を、まったく理解できずに固まるフェイト。

「フェイトちゃん、女の子の場合、自分の美を磨くことも恩返しになるんだよ?」

「え? そうなの?」

「うん。それに、優喜君だって、同じ面倒を見るんだったら、おしゃれもしてないだらしない不細工な子より、身だしなみの整ったおしゃれで綺麗な子の方が何倍も嬉しいだろうし。」

 間違ってはいないが、明らかに誇張しているであろう表現で、自分のやりたいことを押し通そうとするエイミィ。その様子にあきれつつも、自分はともかくフェイトがおしゃれに目覚めるのはいい事だと傍観を決め込むアルフ。

「……エイミィ。」

「ん?」

「私がおしゃれをすると、本当に優喜は喜んでくれるのかな?」

「ストレートに喜んでくれるかどうかはともかく、綺麗な子を見るのが嬉しくない男の子はいないって。」

「……綺麗ってところには自信ないけど、優喜が喜ぶならがんばってみる。」

 思わぬ言葉で釣れた大物に、少しあっけに取られるエイミィ。そういう感情は未熟そうだと思ったのに、なかなかどうして結構進んでいる。もっとも、今のフェイトはそこまで自覚してはいないだろうし、自覚していないがゆえにやきもちを焼くところまでは至っていない感じだ。

「じゃあ、次に会った時に優喜君を虜に出来るように、思いっきりいっぱい買おっか。」

 気合の入ったエイミィの言葉に頷くフェイト。三十分後、買い物慣れしていない彼女は、この返事を心底後悔することになるのであった。







「エイミィ、いい加減アタシは腹が減ってきたよ……。」

「もうちょっとだけ待って。後これだけ試着してもらったら、ご飯にするからね。」

 服選びを始めてから三時間。すでに昼食には遅い時間。やたら気合を入れて、とっかえひっかえ試着させるエイミィと店員に呆れつつ、割とせっぱつまってきた空腹を必死に訴えるアルフ。

「その、後これだけ、ってのが、アンタ達の場合長いんだけどねえ。」

 自分が着るわけでもないのに、よくそんなに盛り上がれるものだ。心底そう思うアルフ。ファッションというものにかけらも興味の無いアルフには、そもそも他人を着飾らせて喜ぶ目の前の二人は理解できない。究極的には、フェイトがどれだけ可愛くなろうがダサかろうが、彼女達には利も害もないはずだ。

 まだ身内のカテゴリーに入るエイミィはともかく、店員の熱意はもっと理解出来ない。何しろ、これだけ粘って、お買い上げはたった三着だ。それも、エイミィがためらいを見せないところを見ると、それほど高い服でもあるまい。商売で考えたら、明らかに効率の悪い客だ。なのに、エイミィと変わらぬ熱意で服を吟味し、試着を終えて出てくるとエイミィと一緒にやたらめったら可愛がる。

 フェイトが綺麗でかわいいのは自明の理だが、商売を捨てるほどかと言われると、それは身内びいきが過ぎるんじゃないか。そう考える程度の冷静さはアルフにもある。そしてその冷静さが、目の前の二人を、どんどん理解できない存在へ変えていく。

「あの……。」

 とりあえず差し出されたスカイブルーの、ノースリーブのちょっと上品なワンピースに着替えた後、恐る恐る声をかける。

「よく考えたら、ここへははやてのプレゼントを買いに来たんだよね?」

「そういえばそうだったよね?」

「服選びじゃなくて、そっちに時間をかけなきゃいけなかったんじゃ……。」

 フェイトの指摘に、笑顔のまま冷や汗を一筋たらすエイミィ。

「フェイトちゃん。」

「何?」

「プレゼントなんて、直感でぱぱっと選べばいいんだよ!」

 著しくアバウトな事を言い出すエイミィを、本当にそれでいいの? と不安そうな目で見上げるフェイト。疑わしそうにジト目で見るアルフ。

「ごめん。かなり適当な事言いました。」

 二人の視線に負け、思わず素直に謝るエイミィ。

「だったら、早く探さないと。」

「まあまあ、フェイト。アンタが着せ替え人形にされてる間に、ざっと見て候補は絞っておいたからさ、ご飯食べてからでいいじゃないか。」

「あらら。アルフってばいつの間にか消えてたと思ったら、そんなことしてたんだ。」

「まあね。主の役に立ってこその使い魔だからねえ。ここでボーっとフェイトのファッションショーを見るだけ、ってのも芸がないと思って、ね。」

 ここのところ、聴頸の訓練以外であまりフェイトの役に立っていない自覚があったアルフは、たまには自分が役に立つところを見せないと、と、さりげなく張りきっていたのだ。

「で、今着てるのも買うのかい?」

「そだね。フェイトちゃん、青も似合うからこれもお買い上げかな。」

「だ、そうだ。フェイト。さっさと着替えといで。ここでご飯食べそびれたら、最近の傾向だと下手したら晩も食べそびれるからさ。」

 成長期の子供の食事抜きなど、本来絶対に避けるべき事だ。特にフェイトのように小食で、カロリーに余裕がないタイプは。

「あ、だったらそれ、そのまま着ていったらどうかな?」

「……ご飯食べる時に汚したらもったいないから、着替えてくるね。」

 エイミィの言葉につれない返事を返し、さっさと元の黒いブラウスに膝丈の白いスカートという服装に着替える。さんざん着替えたからか、やけに着替えが早い。

「じゃあ、あとはさっき保留にしてたこのカーディガンで全部かな。」

「あんまりいっぱい買っても、すぐ育って着れなくなると思うんだけどねえ。」

「着れなくなったら、新しいのを買えばいいんだよ。プレシアさん、それぐらいのお金は持ってるし。」

「勿体ないって思っちまうのは、アタシが貧乏くさいのかね。」

「下着類はともかく、こういう普通の服は、フリーマーケットで売ったり、寄付したりとかできるから、アルフが思ってるほど無駄にはならないよ?」

 意外と庶民的なアルフに苦笑しながら、やはりかわいい子や綺麗な子はちゃんと着飾るのがジャスティス! と、先ほどまでのファッションショーの映像データを確認しながら心の中で頷くエイミィ。あとは店員がラッピングした服を持ってくるのを待つばかりだ。

「それでアルフ、候補って?」

「服は最初から除外として、とりあえず、アクセ類とぬいぐるみは避けた方がよさそうだったね。どっちも子供が子供にプレゼントするような値段じゃなかったよ。それに、ぬいぐるみはかぶりそうだし、アクセは優喜が作る物の方がいい。」

「他には?」

「本って線も考えたけど、ミッドチルダ語の本を渡しても、はやては読めないだろうしね。インテリアか便利グッズ、あとは文房具もありじゃないかな?」

 フェイトの質問に、よどみなくこたえるアルフ。意外にまじめに、ちゃんと考えて絞り込んでいたアルフに、驚きの目を向けるエイミィ。因みに、アルフが言うインテリアと言うのは、ソファーとか絨毯のような大物ではなく、観葉植物や金魚鉢のような、比較的小さな置物の類を指す。

「へえ。アルフ、こっちの物価知ってたんだ。」

「あんまり実感はわかないけどね。一応アースラや無限書庫近辺の食堂、それからさっきの服の値段なんかで、大体の物価基準は把握してるつもりだよ。リニスなら、もっと正確に判断も出来ただろうけどねえ。」

「はあ、アルフ、意外と頭良かったんだ。」

「エイミィ、アタシを一体何だと思ってるんだい?」

 アルフとエイミィのやり取りに、さすがにそれはひどいという視線をエイミィに対して向けるフェイト。まあ何にせよ、アルフが大幅に絞り込んでくれた事だし、後はフェイトのセンスで勝負だろう。

「さて、さっさとご飯にしようじゃないか。」

「そうだね。フェイトちゃんが早く探したいってうずうずしてる感じだし。」

 店員がレシートとカード、商品を持ってきたのを見て、とっとと食事に移る事にする一行。フェイトが調理法や素材、調味料などにについて意外と好奇心旺盛だった事に驚きつつ食事を済ませ、ようやく本来のプレゼント探しに手をつける。

「このオルゴールなんかどう?」

「……うーん。」

「このかご、お菓子類を入れて飾るのに、なかなかしゃれてていいんじゃないかい?」

「……確か、はやての家のリビングで、似たようなのを見たと思う。」

 などと、予想通り難航する。実際、プレゼントというのは結構難しい。相手の好きそうなものは普通に持っている事が多く、また変に高価なものは気を遣わせる。かといって、安っぽいちゃちなものをプレゼント、というのは人格を疑われそうで躊躇われ、誕生日のプレゼントである以上、それなりに値が張ったところで消耗品は避けたい。

 さらに、インテリアの場合、人目に触れるものゆえ、地球の技術で再現できない物はまずい。よさそうに見えるものも、結構そういう理由でそもそも海鳴に持ち込めず、泣く泣く没にしたケースが少なくない。

「やっぱり、文房具類が無難かねえ。」

「手抜きっぽいのが問題だけど、無難は無難だよね。」

 文房具というのは、少々技術が進んだところで、それほど大きくは変わらない。せいぜい、キャップをはずして放置してもインクが乾かない、とか、シャーペンの芯が端まで使いきれる、とか、技術的にはすごいが、使う側からすれば意識しないような部分で進歩している程度だ。

 デザインにしても、人の手の構造が変わるわけではないのだから、使いやすいデザインなどそれほど大きく変わりはしない。見た目の高級感なども、地球のそれと大差なく、あって邪魔になるものでもないので、選ぶのに挫折して手抜きした、と思われる事にさえ目をつぶれば、大きく外す事もない。後はプライドの問題だろう。

「……これ、なんだろう?」

 文房具コーナーの入り口付近にあったそれを、首をかしげながら観察する。文房具だというのに、デバイスのメンテナンスポートのようなものが付いている事に興味をひかれたのだ。商品タグで正体を把握し、軽く観察して使い方を理解する。当然と言えば当然だが、それほど難しくはないようだ。

「ねえ、エイミィ。」

「なに?」

「これ、地球に持ち込んで大丈夫かな?」

「ん? ちょっと待ってね。」

 フェイトの持ってきたもののスペックを確認、地球の技術水準で、一番近いものがどのレベルかを調べる。

「お金を気にしなければ八割型は再現できるレベルで、基本的にインテリアほどの頻度では人目に触れない、か。グレーゾーンってところかなあ。」

「駄目?」

「はやてちゃん、デバイスの事とか全部知ってるんだよね?」

「うん。」

「なら、どうにかできるかな。見せる相手を注意して、いくつかの機能を基本的に使わないようにしてくれれば、それ以外はそれほど問題ないと思うから。」

 どうやら問題ないらしい。もっともこの二日後に、当の八神はやてがもっとやばいものを持っていると分かり、この程度でおたおたする意味が無くなるのだが。

「じゃあ、お金払って、ラッピングしてもらってくる。」

「うん。頑張って。」

 プレシアのカードを渡し、背中をポンと押して激励する。基本的にフェイトはミッドチルダのお金を持っていない。そもそも彼女が持っているのは、ジュエルシード捜索中の生活費であり、お小遣いではない。

「さて、せっかくだから、フェイトちゃんが戻ってくるまでに、あたしもペンの一つでも買おうかしら。」

 などと、文房具を見ながらつぶやく。レジで紆余曲折があったようで、エイミィがペンを一本選んで買うよりはるかに時間がかかったが、そんなこんなで、どうにかフェイトははやてへの誕生日プレゼントを手に入れ、心置きなく本番を迎える事が出来るのであった。



[18616] 第4話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:6c395da7
Date: 2010/10/31 11:42
「そういえば、フェイトちゃん、いつごろ帰ってくる予定なん?」

「三日に帰ってきて、五日の晩にまたアースラ。」

「しゃあない事やけど、忙しいなあ。」

 はやての誕生日が間近に迫ったある日。いつものように軟気功ではやての麻痺の進行を抑えていると、はやてが気になってしょうがないことを聞いてきた。

「それで、フェイトちゃんとは連絡とってへんの?」

「うん。さすがにまだ、連絡を取って近況を確認するほど間も開いてないし、これからちょくちょく顔を合わせる用事も出てくるし、そもそも、夏休みまでにはこっちに戻ってくるからね。」

「そっか。夏休み言うたら結構先言う気がするけど、よう考えたら後一ヶ月ちょっとやもんなあ。」

「だから、取り立てて直接連絡を取る必要もないんだ。まあ、向こうとの通信障害がひどいから、手持ちの手段じゃ連絡が取れないのも理由だけど。」

 相も変わらず、第九十七管理外世界近辺には、正体不明のやたら強力で不自然な通信障害が発生している。思い出したように通信がつながったりもしているが、よほど優秀な通信手段でもなければ、次元航路やミッドチルダなどとは連絡が取れない、と考えたほうがいいだろう。

「そういえば、フェイトのことで思い出した。これからの交渉次第だけど、はやてには、なのはたちと一緒に向こうに行ってもらうことになるかもしれない。」

「向こうってミッドチルダ?」

「うん。クロノからの連絡待ちだから、まだはっきりしたことは言えないし、先に僕が乗り込んで交渉になるだろうけど。」

「そういう判断は全部優喜君に任せるわ。正直私は現状単なる車椅子の小学生やから、大人の話とか交渉とかさっぱりやし。」

「ごめんね、勝手に話を進めて。」

「ええって。最初に全部任せる言うて押し付けたんは私やし。」

 小学生とは思えない大人の態度で、優喜にGOをかけるはやて。中身をまったく知らせずに、勝手に将来に関わる話を決めているというのに、実におおらかなものだ。よほど相手を信頼していないと、こうは行かない。

「ただ、時空管理局やっけ? そこの事は教えてくれると嬉しいんやけど。」

「ん。そうだね。はやても関わる事になる相手だしね。」

 はやての問いかけに、組織の概要のほかに、なのはの受験用のテキストから、設立の経緯をはじめとした歴史を話す。

「大層な名前やと思っとったけど、元々は交通整理の組織やったんか。」

「らしいね。まあ、今や局員以外にはほとんど知られてない歴史らしいけど。」

「ふーん。リニスさんも知らんかったん?」

「見たい。僕達に説明してた時も、この事に触れてなかったし。まあ、ぶっちゃけ、知らなくても困らない歴史だけど。」

 概要についてはそれほど食いつきの良くなかったはやてだが、前身となった時空航行管理局の話には、興味津々と言う体で食いついてくる。時空管理局の成り立ちは、次のとおりである。

 管理局は元々は、次元航路の管制とトラブル解決を主な役割とした、ミッドチルダの公的機関だった。それが、次元航路の拡大・発展に伴い、複数の次元世界で世界連盟のようなものを作る事になった時、当時最大の交通網と航行技術を持っていたミッドチルダの時空航行管理局が、そのまま他の世界の交通元組織を吸収する形で独立し、国際機関となったのが、現在の管理局の始まりである。

 当初はそれこそ交通事故などのトラブルのみを担当していたのだが、複数の世界で暴れる犯罪者やテロ組織が現れ、内紛が他の世界に飛び火し、と言った事が続いた結果、事態収拾の迅速化のための組織の統合が必要になった。特に、次元航路を自由に移動する権限を持っているのが時空航行管理局だけだったのが問題で、どれほど緊密に連携を取ったところで、複数の組織をまたぐとどうしても無視できないタイムラグが発生する。この事態を重く見た主要世界のいくつかが、軍と警察と航行管理局の統合を提案、可能な限り機動的に動ける組織作りを目指し、国際議会にかけた。

 その結果、すでに被害が馬鹿にならなくなっていた事もあり、最終的には議会は全会一致で軍と警察、さらには双方からの要望で裁判所の権限も時空航行管理局に統合する事を決定、名前を時空管理局に改名したのだ。これが大体百五十年ほど前の事である。因みに、裁判所の権限を軍と警察が要求したのは、前に優喜が言ったような、司法がまともに機能していないケースがあまりにも多かったためである。

「そういえば、なのはちゃんとフェイトちゃんって、管理局に入るんやんな?」

「うん。」

「試験勉強、どないな感じ?」

「フェイトの方は分からないけど、なのははまあ、ぼちぼちって感じ。ある程度特例処置もあるから、受からないほどひどい点数にはならないでしょ。」

「ふーん。それで、優喜君はそこらへん、どうするん?」

「僕はぶっちゃけ、今現在は管理局サイドから見たら、ただの一般人の子供だからね。適当に距離を置いて、基本的にはフォローに徹するつもり。」

 優喜の、ただの一般人の子供、というセリフに、思わず疑わしそうな目を向ける。直接かかわったリンディやクロノなどは、ただの子供などとは口が裂けても言わないはずだ。もっとも、優喜はある一定以上の規模の組織にとっては、中に取り込んでも異分子にしかなり得ないので、結構そういうところが建前上普通の子供、という扱いになっている理由かもしれないが。

 まあ、組織で無いと出来ない事も一杯あるが、組織に入ってしまうと出来なくなることも一杯ある。読書家で年より大人びた考え方をするはやてには、優喜が距離を置く理由がそんなところであろうと大体察せられる。

「まあ、管理局がらみはそんなもんとして、すずかちゃんの叔母さんやっけ? その人の事はあのあとどうなったん?」

「今、テキストが中級の二冊目。そろそろ中身がきつくなってきたから、六月中にもう一冊は終わらないと思う。」

「そんなに難しいんや。」

「僕の場合、元々が、付与術師としては普通ぐらいだからね。まあ、普通って言っても、そもそも出来る人間がほとんどいないから、平均レベルとか、あってないようなものだけど。」

「せやろうな。手首に鎖巻くだけで頭に当たった銃弾弾くとか、そんなこと出来る道具を作れる人間がごろごろおったら、世界中の科学者が失業してるわ。」

 はやての言い分に苦笑する優喜。実際のところ、なのはの使う魔法も、夜の一族の秘術や優喜の魔術も、別段何の原理も法則もなく現象を起こしているわけではないので、原理や法則、そのためのエネルギー源などを解明すれば、あっという間に科学の仲間入りだ。

 実際、なのはの魔法に至っては、すでに原理も法則もほぼ解明されているので、名前が魔法で万人が扱えないというだけで、ミッドチルダでは科学技術と変わらなくなっている面がある。

「それはともかくとして、とりあえずいろいろ出来る事は増えたから、ちょっとフェイトに渡す鎖はいじってる。」

「ほうほう。それはまた何で?」

「僕が今まで作ったやつだと、同じ効果のアイテムを二つ以上持ってると、干渉して一つ一つの効力が落ちるんだよ。さすがに一つつけるより二つ付けた方が効力が高いのは変わらないけど。で、今回、皆にお守り代わりに渡した鎖って、フェイトの指輪と同じ効果だから、フェイトだけ干渉して効力が落ちるし、渡せるまで時間があったから、新技術を試したんだ。」

「成果は?」

「ばっちり。ただ、単品でもっと効力の強いものを、となると、まだまだ要修行。」

 新しい技術と言ったところで、全体で見れば所詮は中級の初歩だ。上にはまだまだいくらでも上がある。例えば、防御力強化一つとっても、有毒ガスや粉塵などを防ぐ機能をつける、飛んでくる攻撃の威力を割合でカットする、最終的な防御力を割合で強化するなど、実物を見た事があり、だが優喜の技量では現状付与できない機能はいくらでもある。

 そもそも、銃弾ごときを防ぐのにてこずっている時点でアウトだ。エリザを含む師匠筋の連中は、優喜が使うものと同じランクの術で、平気でミサイルぐらい無力化するのだから。

「ふーん。優喜君も大変やなあ。」

「まあ、これぐらいの修行は慣れてるし。っと、今日はこんなもんかな?」

 大体いつもぐらいの量の気を送り込んだあたりで、優喜がいつものように打ち切る。終わってから上半身を起こし、いつものように体の調子を確認するはやて。

「優喜君にこれやってもらうようになってから、調子悪い日言うんがなくなったわ。」

「それはよかった。残念ながら、麻痺を治すには全然足りてないけど、ね。」

「それはしゃあないって。そもそも原因が、医療でどうこうできるジャンルちゃうんやから。」

「確かにそうなんだけど、修行不足を突き付けられた気分で、それなりに傷つくもんだよ。」

 優喜の言い分に苦笑するはやて。多分、彼女の主治医の石田先生も、同じような気分なのだろう。

「まだ気が早いかもしれへんけど、私、優喜君にはすごい感謝してるんよ。友達いっぱい紹介してくれたし、足なおすために頑張ってくれてるし。」

「その感謝は、全部終わってからにして。まだ、確実に治せる保証がないし。」

「分かってるよ。でも、仮に失敗して、最悪死ぬしかなくなるにしても、多分優喜君の事は恨まんと思うわ。」

「……ん。ありがとう。」

 今その台詞は不吉なんじゃないかなあ、などと内心思いつつ、心づかいは素直に受け取る事にした優喜。もう一度はやての全身の気の流れを確認し、ふと思いついたことを実験してみる事にする。

「ん? どうしたん、優喜君。またその本がいるん?」

「あ、別にそうじゃなくて。ちょっと思いついたから、少しばかり実験を。」

「何するん?」

「ちょっと、軟気功を通してみようかな、って。はやてからこっちに流れるってことは、もしかしたら直接通せるかもしれないから。」

 闇の書の表紙に手を添え、慎重にほんの少し気を流し込む。無機物に通した時とは違う感触。下手な事をして外部からの書き換えと判断させるとまずいので、はやてからのエネルギーの流れに偽装して、少しずつ流す量を増やし、まずは全体の状態を確認するにとどめる。

「うわあ……。」

「どないしたん?」

「この本、よく動いてるなあ、って思って。」

「そんなにひどいん?」

「ものすごく。どうひどいのかは説明しずらいんだけど……。」

 言ってしまえば、鶏の翼が魚のエラになっているような違和感、それがあちらこちらにあるのだ。そもそも生物と同じ形で気功が通る時点で普通ではないのだが、それを差し引いても普通ではない。キメラなどの人造合成生命体でも、普通はもっと統一性がある。

 しかも、本来のままであろう部分も、どうにも妙な歪み方をしており、仮に今回何の手も打てずにはやてごと吹き飛ばした場合、下手をすれば次はないかもしれない。それぐらいおかしなことになっている。

「これ、軟気功で手を出して大丈夫なのかなあ……。」

「どう言う事?」

「外部からの書き換え、って判断されたら、はやてを吸収してどっかに転生しちゃうから、システムの書き換えじゃないとは言っても、手を出して大丈夫なのかな、って。」

「ん~、手ごたえとしてはどうなん?」

「気を通した時点で、データをかすめ取った時みたいな反撃が来てないから、少しずつならもしかしたら、とは思わなくもないかな。」

 微妙なところだ。失敗すれば即、はやての命がない。だが、うまくいけばもしかしたら、と思うと、やめるという選択肢も悩ましい。

「それやったら、ものすごく慎重に、ほんの少しだけ修正してみたらどない? そもそも、その本、現在進行形でおかしなって言ってるんやろ?」

「うん。確認してる時にも、じわじわ歪んで行ってたし。」

「ほんなら、そのバグがやった事、みたいに偽装しながら修正、とかできひん?」

「やってみる。」

 はやての提案にあわせ、まずはバグの変質のさせ方を観察する。それっぽくエネルギーの流れを操作し、今まさに変質したところを、少しずつ元に戻す。どうやら、外部からではなく、内部での変更と認識されたらしい。情報の書き換えではなく、取り込んだエネルギーによる内部の状態変更が理由だからか、驚くほど抵抗が少ない。

「……いけそう。」

「そっか。せやけど、プログラムを生命エネルギーで修正する言うんも、変な話やなあ。」

「だね。」

 などと無駄口を叩きながら、二時間程度をかけ、全体の一パーセント程度を修正する。変質の速度を考えれば、明日には効果は半分以下になっているだろうが、やらないよりはましだと判断し、集中力と体力の持つぎりぎりまで修正作業を続ける優喜。

「さすがに、今日はこれが限界。また明日、続きをやるよ。」

「うん。ありがとうな。」

「じゃあ、また明日。」

 はやてに挨拶を済ませ、帰路につく。この作業が、闇の書の覚醒のタイミングに微妙な影響を与えるのだが、結局その事については、最後まで誰も知る由もなかった。







「ただいま、なのは。」

「お帰りなさい、フェイトちゃん。」

 はやての誕生日の前日。予定通りアースラから一時帰宅してきたフェイトが、結構な数のお土産を抱えて高町家の玄関に立っていた。はやての誕生日プレゼントを買った時に、ついでと言う事で、営業時間ぎりぎりまで粘って買い集めたものだ。

 因みにアルフは、ユーノの手伝いのために、無限書庫にいる。二人とも翌日のコンサートのチケットがないため、はやての誕生会ぎりぎりまで無限書庫に居座る事にしたのだ。コンサートのチケットがない理由は簡単で、二人の事を説明しそびれたからだ。まあ、なんだかんだと忙しくなってきているので、結果的にはよかったのかもしれない。

「元気そうでなにより。」

「ちゃんと、ご飯を食べるように気をつけてたから。」

 優喜の言葉に、少し微笑みながら胸を張って答えるフェイト。別れる前に比べ、少しだけ自信を感じさせる仕草だ。

「そうそう、なのはのわがままに応えて、こんなのを作っておいたから。」

「鎖?」

「うん。ブレスレット。アリサ達ともお揃いだよ。」

「……優喜、なのは、ありがとう。」

 などと、外部の人間が入り込みにくい空気を作りつつ会話を続けていると……。

「いつまでも玄関で突っ立ってないで、入ったらどうだ?」

「あ、そうだね。」

 なかなか家に入ってこない子供たちを見かねて、恭也が声をかけに来た。何しろこの後、戻ってきて早々に軽く一戦交えて、お互いの不在時の成果を見せ合う予定なのだ。夕飯の時間も考えると、あまりうだうだとやっている暇はない。因みに美由希は、現在図書館なのでここにはいない。

「それにしても、結構な荷物だな。」

「ミッドチルダで、一杯お土産を買ってきたんだ。ほとんどは食べ物だけど……。」

「ふむ。魔法世界でも、土産用の菓子類の包装は、それほど違いはないんだな。」

「買い物の時、私も結構びっくりしたよ。」

 フェイトがテーブルに並べた、パッケージの写真から明らかにお菓子だろうと思われる箱を手に取り、しげしげと観察しながら恭也が言う。

「まあ、地球でも、意外と海外のお土産のお菓子も、箱自体は日本のものとそんなに変わらないし、こういうのはそれほど違いはないんじゃないかな?」

 発掘調査やら何やらで、結構海外に連れまわされている優喜が、そんな事を補足する。

「本当は、置物とかも買いたかったんだけど、技術レベルがどうとかいろいろあって、検疫が通りやすいお土産用の食べ物しか無理だったんだ。」

「多分、そんなところだと思った。わざわざ管理外世界と断ってるんだから、食べてなくなるものぐらいしか持ちだせなくて普通だろうし。」

「あ、でも、服とかは大丈夫だったよ。」

「フェイトちゃん。お土産とか、そんなに気にしなくてもよかったのに。」

「買い物の練習も兼ねてたんだ。」

 そう言って、別の袋からいろいろ取り出し、そのうち一つを恭也に渡す。

「ほう、手袋か。」

「うん。アームドデバイスを振り回しても傷まないらしいから、恭也さんと美由希さんにちょうどいいかな、って。」

「ありがたく頂こう。」

 オープンフィンガータイプのお洒落な黒色の手袋をじっくり観察し、実際にはめてみる。軽く指を動かし、手を開いたり閉じたりを繰り返す。最後にテーブルから離れて十分距離を取り、小太刀の抜刀と納刀を流れるような動作で試す。

「……いい手袋だ。」

「お兄ちゃん、かっこいい……。」

「褒めても何も出ないぞ。」

 実に絵になる恭也と、やたら感心して見せるなのは。そんな二人の様子に苦笑するしかない優喜。高校時代は目立たないように存在感を消していたのと、親友の赤星勇吾が非常にモテたため、ほとんどの女子生徒は存在そのものを認識していなかったようだが、実際のところ、恭也はかなりの男前だ。

 もっとも、どこか枯れたところも含め、雰囲気が引き締まりすぎているため、絵になりすぎて、フィアッセや忍と言った物おじしないタイプの美女でなければ、近寄る気も起こらないようだが。一般女性にとっては、こういうタイプは、遠くから眺めてうっとりするのが一番らしい。

「それでフェイトちゃん、他にはどんなものを買ってきたの?」

 呆けたように恭也の動きに見入っていたフェイトに、続きを促すなのは。

「あ、うん。士郎さんと桃子さんには、新しいエプロン。家で使ってるものが、結構傷んでる気がしたから。」

「また、えらくシンプルなのを買ってきたな。」

「夫婦でおそろい、だとこれがいいかな、って思ったんだ。」

 翠屋で使っているものによく似た、濃いグリーンの余計な装飾の無いエプロンを見て、恭也が苦笑がちにコメントする。

「それで、なのはには私とおそろいのリボンを買ったんだ。嫌でなければ、着けてくれると嬉しい。」

「うん!」

 元気よく返事をして、その場で新しいリボンで髪を縛るなのは。大して見た目が変わるわけでもないのに、二人とも実にうれしそうだ。

「ただ、優喜のが、どうしてもいいのが見つからなかったんだ……。」

「いや、別に気にする事はないんだけど。」

「でも、恭也さん達にはちゃんと用意したのに、優喜だけ何もなしは……。」

 さっきまでの嬉しそうな様子はどこへやら、すっかり意気消沈しているフェイト。アクセサリ加工に使う手袋は本人が消耗品としてたくさん用意してあるし、作業着はジャージで問題ない。デバイスはおいそれとプレゼントできるような代物ではないし、優喜が使うような道具は普通のデパートには売っていない。

 服も考えたが、そもそもサイズがよく分からなかったし、似合いそうな服は、まっとうな神経の男の子が外に着て歩けるようなデザインではない。思いあまっておそろいのジャージを買おうとしたら、アルフとエイミィに止められた。冷静になって考えれば、いくらなんでもそれはないと自分でも思う選択肢だ。

 これが、季節が冬に向かっていれば、マフラーやコートのような防寒具も選べたのだが、残念ながら今はこれから暑くなる季節だ。防寒具なんぞプレゼントした日には、何のいやがらせかと問い詰められかねない。恭也たちのように、普通の手袋を渡す案もあったが、何の処理もしていない普通の手袋だと、戦闘に巻き込まれたら、恭也たちと違って一回で駄目になりかねない。フェイトはそれでも構わないが、優喜が気にするだろう。

 こうやって考えていくうちに、結局いいお土産が見つからなかったのだ。言ってしまえば考えすぎたのである。

「フェイトちゃん、お料理は練習してる?」

 本気で落ち込んでいるフェイトを見かねてか、なのはがそんな事を聞いてくる。

「……? ちゃんといっぱい練習してきたけど?」

「じゃあ、今日の晩御飯、一緒につくろよ。優喜君の分だけ、気合入れて一品多く作って、ね。」

「……うん!」

 二人のやり取りを聞いていた恭也が、もてる男は辛いな的な、からかう気満々の視線を送ってくる。恭也の視線を苦笑しながら受け流し、高町家唯一の料理下手の顔を思い浮かべる。

(どうにも、美由希さんの危機感を相当あおりそうだなあ……。)

 優喜の予想は正しく、軽く一戦交えた直後からすぐに下ごしらえにかかったその前菜的な一品は、軽く味見をした士郎や桃子すらをうならせることに成功。美由希の危機感を猛烈にあおるのであった。







「なのは! フェイト!」

 花束を持って楽屋に顔を出すと、真っ先にフィアッセが出迎える。

「アリサちゃんにすずかちゃんも、よう来てくれたな。」

「本日はお招きいただき……。」

「かたい挨拶はなしやで、すずかちゃん。」

 すずかの挨拶を遮り、ゆうひがアリサとすずかを捕獲する。

「それで、その子がはやてちゃん?」

「うん。」

「八神はやてです。今日は本当にありがとうございます。」

「別にかしこまらんでもええよ。うちらが聴いてほしかったから誘っただけの事やし。」

 ゆうひの言葉に、控室にいる美女たちから賛同の声が上がる。

「海鳴公演の日程がなのはの友達の誕生日なんて、運命以外の何物でもないし。」

「せっかく神様が用意してくれた機会なんだから、じっくり堪能してもらわないとね。」

「そうそう。がっかりさせたりしたら、クリステラ・ソングスクールの名がすたる。」

 アイリーン・ノア、エレン・コナーズ、アムリタ・カムランなど、名だたる歌姫たちが口々に熱のこもった言葉を告げる。

「なのはとフェイトも、来年はこっち側になれるといいね。」

 歌姫達の言葉を受けて、フィアッセがそんな恐ろしい事を言う。あまりに恐ろしい言葉に、二人揃って一生懸命首を左右に振るなのは達。

「優喜君も、女装させたら普通にここに混ざれるで。」

「全力でお断りします。」

 優喜が心の底から嫌そうに断る。こんな大舞台に女装して出るなど、罰ゲームの領域を超えている。しかも、自分でも違和感がかけらもない事が分かるのが、余計に泣けてくる。なお、言うまでもないが、今日の優喜の服装は、さすがにジャージではない。

「恭也、忍。今の私を、全部歌うから。」

「ああ。」

「はい。最後まで、ちゃんと聴きます。」

 フィアッセ達の会話を、不思議そうに聞くフェイトとはやて。三人の間に入り込めない空気を感じ、苦笑しながらそっと二人を促し、頭を一つ下げて退室する優喜。同じく苦笑しながら、それを見送るフィアッセ以外の歌姫達。

「それじゃあ、俺たちはそろそろ。」

「フィアッセさん、応援してます。」

「うん。二人に胸を張れるように、今できる一番を見せるから。」

 一つ頭を下げて出ていく恭也たちを見送り、メンバーに向き直るフィアッセ。

「さあ、はやての誕生日に、ううん、聴きに来てくれたすべての人に、最高の思い出をプレゼントしよう!」

「聴きに来てくれた人みんなにとって、今日を特別な日にする。それがソングスクールの、歌うたいの心意気っちゅうもんや!」

 フィアッセとゆうひの激励に、気合のこもった目で頷きかえす一同。その日のコンサートは、いつになく熱のこもったスタートを切ったのであった。







「はぁ……。」

 コンサート終了後。八神家への帰り道。鮫島が運転する車の中で、先ほどまでの余韻をため息とともに吐き出すはやて。

「……凄かったね。」

「凄かったでしょ?」

 フェイトのどこか呆然とした感想に、自分の事のように嬉しそうに答えるなのは。カラオケの時に、フィアッセとゆうひの実力は嫌というほど認識していたが、舞台だとまた格別である。

「……ねえ、なのは。」

「何?」

「私達、夏にあの人たちにいろいろ教わるんだよね?」

「うん、そうだよ。」

 そこまで言って、フェイトの考えを理解するなのは。

「さすがにフィアッセさんも、そこまで酔狂な事は……、……多分しないはず。」

「本当に?」

「おそらく、多分、きっと、しないといいなあ……。」

 悪戯好きで、変なところでお茶目なかつての高町家の長女的存在を思い出し、だんだん言葉に力が無くなっていくなのは。

「まだ、なのは達はいいよ。」

 力無く希望的観測を述べるなのはに、優喜が浮かない顔で口をはさむ。

「僕なんて、上手くなる予感が全然しないのに、なぜか巻き添え食って一緒に教わる事になったんだよ?」

「……ご愁傷さま、としか言えないわね。」

「……ゆうくん、がんばって。」

「頑張るのはいいんだけど、その結果が下手をするとね……。」

 いつになくネガティブな台詞を吐く優喜だが、その先の言いたい事を理解してしまった一同は、否定も出来ずただただひたすら苦笑するしかない。

「歌手志望の人とかやったら羨ましい話なんやろうけど、優喜君の場合はうまなっても下手なままでも地獄見そうなんがなあ。」

「正直、アリサかすずかに代わってほしい気分だけど、駄目だろうなあ……。」

「優喜、男なんだからいつまでも女々しい事言ってないで、腹くくっておもちゃにされてきなさい。」

「あ、アリサちゃん、いくらなんでもそれはひどいよ。」

 どこまでも優喜の肩を持つすずかに、苦笑して肩をすくめるアリサ。恋する乙女に抵抗しても意味がない。

「もう、ユーノ君もアルフさんも来てるみたいやな。」

 じゃれ合っているアリサ達を放置し、家に明かりがついているのを見て、はやてが言う。遅くなって待たせると悪いからと、事前にリニス経由でアルフに合鍵を渡してあったのだ。

「さて、早いとこ二次会としゃれこもうか。」

「そうね。」

 二次会と言っても、かなり早めの夕食ではあるが、コンサート前に食事は済ませてある。ユーノとアルフのための料理も、コンサートに行く前に寄り道して用意してきている。後は冷蔵庫に入れてあった翠屋特製バースデーケーキを食べながら、プレゼントをあけたり、ちょっと夜更かし気味にパジャマで駄弁ったりするだけだ。

「おかえり。」

「コンサートは楽しかったかい?」

 鍵をあけると、中で待っていた二人が出迎えてくれる。

「凄かったで。この感動は、多分一生忘れへんと思うわ。」

「毎年クリステラのコンサートは聴いてるけど、今年は特に凄かった気がするわね。」

「うん。なんだか、去年までと比べて、気合が違うというか、思い入れが違うというか……。」

「そうなんや。私はこれが初めてやし、凄い、言うんしか分からへんかったわ。」

 荷物をおろして、和気藹々とはやての家に入っていく一同。アリサやすずかの自宅にははるかに及ばないものの、この家も高町家同様、一般庶民の家としてはかなり大きく、部屋数も多い。現在はやて一人しか住んでおらず、しかも泊っていく来客もほとんどいなかったため、部屋の八割は基本的に使われていないという贅沢な仕様だ。

「それで、ユーノ君、アルフさん。ご飯はちゃんと食べた?」

「うん。用意してくれてあったのを頂いたよ。」

「美味しかったよ。いくつか覚えのある味があったけど、フェイトも手伝ったのかい?」

「うん。私となのは、後優喜も、簡単なものをいくつか。」

 学校から帰ってきたなのはをまきこんで、みんなで心づくしの手料理を用意したのだ。

「本当に、フェイトも腕をあげたねえ。」

「まだまだだよ。そんなに難しいものはまだ作れないし、大体、優喜の方が上手だし。」

「ねえ、フェイト。それは調理実習以外で碌に包丁も握らない私やすずかに対するあてつけかしら?」

「え? そ、そんなつもりじゃ……。」

 分かっていてわざと笑いながら噛みつくアリサに、思わずしどろもどろになって言い訳をしようとするフェイト。

「アリサちゃん、私も最近、お料理習い始めたんだけど……。」

「え?」

「まだ早いかな、とは思ってたんだけど、はやてちゃんはずっと自炊してるみたいだし、フェイトちゃんもある程度自炊できるぐらいには出来るみたいだし、出来ないと恥ずかしいかも、って思って……。」

「ちょっと待ってよ。この場でまともに料理できない女の子って、もしかして私だけ!?」

 すずかの自己申請に、思わず引きつった叫びをあげてしまうアリサ。

「安心しなよ、アリサ。アタシも大した料理は出来ないからさ。」

「私も、習い始めたばかりで、まだ卵焼きと目玉焼き以外は、カレーとお味噌汁ぐらいしか作れないし。」

「そういう問題じゃないわよ……。」

 慰めるように声をかけるアルフ達に、肩を落として答えるアリサ。内容は違えど、温泉の時と同じような感じで仲間はずれなのだ。なのはとフェイトが最近料理の勉強を頑張っているのは知っていたが、よもやすずかに裏切られているとは思ってもみなかったのだ。

 別段、すずかも仲間はずれにする意図があって黙っていたわけではないのだろう。ただ単純に、わざわざアリサに言うほどの事でもないと思ったに違いない。実際、料理を習うかどうかなど、完全に個人の自由だ。アリサに断わりを入れる筋合いのある話でもない。

 ただ、よもやこのメンバーで、自分一人が美由希と同じ気持ちを味わう事になろうとは、ついさっきまで考えもしなかった、というのがアリサの本音だ。因みに、この場にいる人間の現在の実力は、はやて>優喜>なのは=フェイト>アルフ=すずか=ユーノ>越えられない壁>アリサ、という感じである。

「もういい。私は料理できる男の人捕まえるんだから!」

「まあ、アリサの立場ならそれでもいいんじゃないかな。僕みたいに、無人島あたりで完全に一人で生きていく前提で、物事を学ぶ必要もないわけだし。」

「優喜君、それは料理が出来る出来ない以前のところで、どうかと思うな。」

「うん。一人で生きていくとか、その考え方はさびしいと思う。」

 アリサのフォローのつもりで言った台詞に、なぜかなのはとフェイトが食いついてくる。

「まあ、とりあえずなのはちゃんとフェイトちゃんにはご馳走さまと言うとくとして、ちょっとケーキ切ってくるわ。」

「あ、手伝うよ、はやて。」

 言いたい事を言って台所に向かうはやての後を、あわてて追いかけるフェイト。さすがに手が足りないだろうと後を追いかけようとした優喜は、アリサとすずかに止められる。

「今日は私たちがやるから、ね。」

「そうそう。ケーキとジュースを運ぶぐらい、男手に頼る必要もないわよ。」

 その台詞に苦笑し、ダイニングの椅子に座って素直に待つ事にする優喜。なんとなくあぶれてしまったなのはも待機組だ。

「そういえば、ユーノとアルフは、待ってる間どんな話をしてたの?」

「ん? ああ、別に大した話じゃないよ。」

「第一陣の発掘が始まったから、第二陣をどこにするのがいいか、地図を見て決めてたんだ。」

「へえ、もう始まってるんだ。早いね。」

 優喜がユーノに場所の絞り込みを頼んでからせいぜい一週間。普通なら考えられないスピードだ。もっとも、基本的な技術レベルが段違いの地球とミッドチルダでは、発掘に関してもそれぐらいの差があっても、おかしくは無いのかもしれない。

「まあ、それがスクライアが考古学で名を売った理由だからね。第二陣についても、いろいろせっつかれてるんだ。」

「本当に、スクライアの連中はあきれるぐらい遺跡が好きだからねえ。この分だと、半年もあれば候補地全部掘り終わるんじゃないかい?」

「あはは。否定できないかも。」

 アルフとユーノのやり取りに、苦笑するしかない優喜。やはり本来の仕事だけあって、実に生き生きしている。そのうち、一緒に遺跡の発掘に行くのもいいかもしれない、などと横道にそれた事を考えていると、今度はユーノから質問が飛ぶ。

「なのはの方は、どんな感じ?」

「どんな感じ? って言われても……。」

「僕が見た感じでは、相手のペースに巻き込まれない限りは、クロノぐらいならどうとでも出来るってところかな。」

 ユーノの質問に詰まるなのはの代わりに、師匠として優喜が答える。

「そうなの?」

「いや、なのは、自分の事だから自分でもうちょっと理解しようよ。」

「だって、おにーちゃんにも優喜君にも、まともに攻撃が当たった事がないし……。」

「まあ、恭也さん達を仕留めるのって、実はそれほど難しくは無いんだけどね。」

 今一歩、自分がどの程度の力量を持っているかについて疎いなのは。何しろ、周りが周りだ。限定条件下でかつ、なのはの経験不足をついているとはいえ、常に一方的に制圧される側なのだ。自分の実力がピンと来なくても仕方がないだろう。

 因みに、なのはが恭也や美由希を仕留める場合、一番確実なのは鋼糸も飛針も届かないぐらいの高度から、圧倒的な密度と物量の弾幕を張れば、それだけで大体けりがつく。さすがに二人とも、体が通らないほどの密度の弾幕を全方位に張られて、全く被弾なしでしのぎきれるほど非常識な体はしていない。その上、優喜のように弾幕ごときでダメージを受けないような圧倒的な防御力とも縁がない上、なのはの弾幕は、一発の威力も十分すぎるほど重い。

「出来たためしのない事はおいといて、クロノ君って、そんなに強いの?」

「いろいろ理由があって、模擬戦にも応じてもらってないからねえ。ただ、AAA+ランクの魔導師が弱いなんて事はないだろうね。」

「優喜、クロノの実力はどんなものだとふんでる?」

「そうだね。他の魔導師をアースラの武装隊しか知らないから何とも言えないけど、魔導師というくくりで見れば強い方だと思う。会話や立ち居振る舞いから察するに、タイプとしては手札の枚数とぺてんや立ち回りで相手を追い詰める種類の、万能と見るか器用貧乏と見るかで評価が変わる口かな。」

 優喜が、クロノについてそう分析してのける。

「あと、体術が武装隊の人たちと比べると練れてるから、クロスレンジじゃなのはよりは確実に上だと思う。それから、臨海公園での様子を見た限り、スティンガーブレイド・エクスキューションシフトより威力のある技は持ってないだろうから、なのはやフェイトに比べると、決め手に欠けるんじゃないかとも思う。」

「つまりは?」

「一定ラインより劣勢になったら、自力では押しかえせない可能性が高い。まあ、それを補うための芸を何か持ってるのは確実だね。もっとも、僕も実際に戦ってるところを見たのは、臨海公園でのあの一戦だけだから、はっきりとは言い切れないけど。」

「……聞いてて、よく分からなくなってきました。」 

 なのはの感想に苦笑する。言うまでもないが、なのはの頭が悪い訳ではない。この手の分析に関しては、あくまで経験が物を言う世界の話なので、口でいくら言ってもピンとこないものだ。

「ゆうくん、何の話してるの?」

「んとね、クロノってどれぐらい強いの? って話。」

「で、結論は?」

「ペースにはまれば、フェイトやアルフでも封殺されるぐらい。ただし、何かのきっかけでペースを乱されれば、あっという間に押し切られかねない側面がある。」

 身も蓋も無い評価に、そういうものかと納得する一同。

「まあ、ケーキを食べながらする話でもないし、この話はこれで。」

「あ、最後に一つだけいいかな?」

「なに、なのは?」

「クロノ君が持ってる、劣勢をひっくり返すための芸、って何?」

 なんだかんだ言って、それなりに理解はしているらしいなのはに、思わず苦笑しながら考える。

「多分バインドだと思うよ。臨海公園の時でも、ユーノと勝負できる強度のバインドを飛ばしてたし。それに、思考誘導して相手をはめて勝負を決めるって場合、大魔力が必要無くて、しかも物によってはものすごく出が早いバインド系統が一番使い勝手がいいと思うから。まあ、僕はミッドチルダの魔法に詳しくないから、他にそういうぺてんに使いやすい魔法があるのかもしれないけど。」

「ふーん。要するに、バインドに注意すれば、逆転は出来るってこと?」

「それはもう、腕次第としか言えない。ただ、人間同士の戦闘だと、バインドは決まれば十中八九勝負がつくから、警戒して損は無いんじゃない?」

 仮にこの場にクロノがいたら、確実に顔をひきつらせていただろう。何しろ、クロノの性質を、大方正確に言い当てていたのだから。少なくとも、これを聞いていたグレアム陣営は、優喜の評価が甘かった事を、顔を引きつらせながら再認識していた。

「正直、僕としては、クロノの実力なんかより、皆がプレゼントにどんなものを用意したのかの方が気になる。」

「あ、それは確かに。」

「フェイトも苦労してたしねえ。参考までに、アンタ達がどんなものを用意したのか、見せてくれないかい?」

 優喜の言葉に、ユーノとアルフが同調する。

「そうね。はやてに順番にあけてもらいましょうか。」

 アリサの言葉にあわせて、全員がきれいにラッピングしたプレゼントを取り出し、テーブルの上に並べる。

「みんな、ありがとうな。遠慮なくあけさせてもらうわ。」

 そう言って、比較的包みの小さい、優喜のものから順番にあけていく。優喜のものは、例の葉っぱをモチーフにしたカジュアルなペンダント。アリサのものは、はやてが集めているキャラクターグッズの新製品、それをコネでフライングゲットしたものだ。すずかは落ち着いたデザインのオルゴールをプレゼントしており、オルゴールを避けたフェイトとアルフは、内心でかなりほっとしたものだ。

「ユーノ君のこれ、綺麗で変わってるけど、一体何?」

「宝石の原石。遺跡発掘の時に結構出てくるんだ。純度も大きさも大したことないから価値はほとんど無いけど、そのままでも十分綺麗だから貰ってきた。」

「へえ、そうなんや。ありがとう。」

 もう一度しげしげと観察した後、そっとテーブルの上に戻す。そして、残りの三つ、なのはとフェイト、それにアルフの分に手を伸ばす。

「なのはちゃんのは写真立てか。この写真、あのアースラの出航の時のやつ?」

「うん。みんなで写ってる写真、あの時のしか無いから、とりあえずそれを入れたんだ。」

「さすが鷲野さんやわ。ほんまによう撮れてる。」

 じっと写真を見た後、にっこり微笑んで写真立てをカウンターの上の、目立つ場所に置く。

「アタシのは、フェイトのものとセットなんだ。だから、一緒にあけとくれ。」

「はいな、了解や。」

 フェイトのプレゼントは、何やら大判の冊子のようなもの。一見普通の冊子だが、どことなくメカニカルな印象を見る者に与える。アルフの箱から出てきたものは、ノートパソコンなんかのカード型ユニットに似た印象の機械に、何かの変換ケーブルらしきコードが一本。アルフの説明からすると、このカード型ユニットは、フェイトがくれた冊子型の機械につないで使うものだろう。

「なんか、ちょっと仰々しい機械やけど、これ何?」

「アルバム。ただ、地球じゃ再現できない機能がいくつかあるから、この場にいる皆でしか見れないけど。」

「因みに、アタシが用意したのは、そのアルバムにこっちのデジタルデータを入力するための変換ユニットさ。」

 そう言って、使い方の説明として、なのはの持ってきていたデジカメやレイジングハート・バルディッシュのデータ、さらには写真立ての写真などをアルバムに取り込んでみせる。

「ほほう。結構操作は簡単なんや。」

「簡単じゃないと、普通の人は使えないから。」

 因みに、ミッドチルダでは、個人的な写真の大半は個人用の情報端末に収めておく。だが、家族で思い出の写真を共有する習慣自体はすたれてる訳ではなく、その目的に特化した、安価なアルバム用の機械も、普通に文房具として出回っているのだ。なお、ミッドチルダでも、フィルムこそすたれたものの、普通の写真は今も生き残っている。

「それで、確かに一見いろいろすごいけど、どういうところが他の人に見せたらあかんの?」

「例えばこういう機能。」

 そう言って、フェイトがやって見せたのが、写真の空間投影。確かに、まだ地球では、スクリーン代わりに水などを使う必要がない空間投影ディスプレイは、開発されていない。他にも、物理的なページを無限にめくれる機能など、現在の技術力では再現しようもない。

「なるほどなあ。確かにそういうのは地球の機械やと、まだ無理やな。」

「うん。だから、ミッドチルダの事を知ってる、ここの皆でしか見れないんだ。」

「そっか。ほな、これはここの皆の、秘密のアルバム言う事やな。」

 にっこり笑って、はやてがフェイトに告げる。フェイトがそこまで考えたかはともかく、実質的にそれ以外に使い道がないものなのは確かだ。そもそも、はやてにしても、両親が逝ってからいままでで、この一月半の間の出来事が一番大事な思い出であり、それを共有できる相手はこの場にいる人間だけだ。

 そして、これからも大事な思い出の大部分は、このメンバーで積み重ねていく事になるだろう。だったら、他の人に見せるわけにいかないこのアルバムは、優喜達との思い出を大事にしまうのにもってこいだ。

「多分、生半可なことで埋まるようななまっちょろい容量やないんやろうけど、それでも全部埋める勢いで思い出を作りたいから、みんな、協力してや。」

「「「「「「「……うん!」」」」」」」

 そのあと、最初の一人が眠気に負けるまで、ケーキをつつきながら和気藹々と、この一ヶ月半の出来事を、写真やデータを取り込みながらにぎやかに喋るはやてたちであった。







後書きもどき

ヴォルケンリッター出現まで行かなかった……
何だろう、このジュエルシード編と打って変わった話の進まなさは……



[18616] 第5話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:e1a5c0d9
Date: 2010/10/06 22:17
 もう少しで六月四日から五日に日付が変わろうかという時間帯。八神家において、静かに目覚めの時を迎えようとしているものがあった。

 本来なら、もう一日早く、日付が六月三日から四日に変わった瞬間に目覚めるはずだった。少なくとも、それを統括している存在は、流れ込む魔力からそう予想を立てていた。

 状況が変わったのはここ半月ほどの事。主から流れ込む魔力の量が、特定の時間帯だけ急激に増えるようになったのだ。そのまま続けば、起動に必要な魔力が一日早くたまる。そのはずであった。

 だが、その予想はさらに裏切られる。流れ込んだ魔力が、どういう作用を起こしたのか、長年侵食を受けて歪んでいたシステムを矯正し始めたのだ。目覚める予定の数日前の事である。魔力がシステムの矯正を行うのは、魔力量が増えている時間帯だけで、結果として浸食を押し返す速度は微々たるものに落ち着いている。

 問題は、その結果としてシステムに整合性が取れなくなり、起動条件を満たしても、正常に起動しなくなったのだ。正常、と言ってもすでに本来の形で起動しなくなって久しいのだが、そういう意味ではない。

 結局、システムの整合性を取るためにデフラグを行った結果、起動条件を満たしてから一日以上かかって、ようやく起動出来る状態になったのだ。何とも幸先の悪い話である。もっとも、目覚めること自体が不幸の始まり、そんな存在になって久しい彼女が、起動の仕方に問題がある事を持って、幸先が悪いというのもおかしな話かもしれない。

(考えても、仕方がないか……。)

 出来れば起動したくはなかったが、ここに至っては仕方がない。もはや残り少ない命だが、今度の主は少しぐらい幸せになってほしい。自分のせいで、十年に満たない生涯になってしまうのだ。ならば、せめてもの償いに、最後の最後で必ず主を裏切ってしまう自分と違う、何があっても裏切らない絶対の味方をプレゼントしよう。どうやら、辛うじて誕生日プレゼントは間に合いそうだ。

「起動。」

 プロテクトを兼ねた鎖を引きちぎり、眠っている四人の守護騎士を解き放つ。かつて、本来の夜天の王の時代、王とともに戦場を駆け抜け、最後の瞬間まで王の傍を離れず、死した後も夜天の書の騎士としてその身をささげた、古代ベルカにおいて忠誠心の代名詞ともなった、ただ四騎からなる精強なる騎士団。騎士の中の騎士として、その名も高きヴォルケンリッター。

 誕生日プレゼントとしては、いささか物騒にすぎるかもしれない。平和な現代日本において、精強な騎士など何の役にも立たない。天涯孤独の身である主にとって、欲しいのは絶対なる忠誠心ではなく、家族としての親愛の情だろう。

 だが、たとえプレゼントとしてずれていたとしても、その身に自由は無く、自由になった時は破滅の時である彼女にとって、出来る事などそれだけしかない。四人の騎士を解き放った彼女は、事の推移をただ見守るのであった。







 夜十一時半。八神家はすっかり寝静まっていた。何しろ、基本みな小学生なのだ。九時まですさまじいレベルのコンサートを聴いて、感動に気が高ぶっていたとはいえ、それほど遅くまで起きていられるわけがない。早寝早起きの習慣が染みついているなのはとフェイトが十時半ごろにダウンし、それにつられるように連鎖的に全員眠気に抵抗できなくなり、この時間には完全にみんなそろって熟睡中である。

 当然、家主であるはやてもきっちり熟睡中だ。本来ならそう簡単に目が覚めるほど浅くは無い眠り、それを無理やり叩き起こす出来事が起こった。

 まず最初に、本棚に収められた闇の書が、自力で本棚から抜け出し、はやての傍らまで飛んでくる。その場で空中にとどまると、部屋の外には聞こえず、だがはやての眠りを妨げる程度には派手な音を立て、書を縛っていた鎖を引きちぎってページを開く。

「……ん、……なんやうるさいなあ……。」

 はやての寝ぼけた声での抗議に耳をかさず、闇の書は定められた工程を続ける。一通りページを開き終わると同時に、部屋中をまばゆいばかりの青白い光が覆い尽くす。

「……眩しいなあ、もう……、そういうのは間にあってるから、よそでやってんか……。」

 まだ意識ははっきりしていないが、その光で完全に眠りを妨げられ、不機嫌そうに身を起こす。もちろん眩しくて直視できないので、目元を腕でかばい、光からは目をそらしている。

 そんな不機嫌な主を放置し、闇の書は起動シークエンスの最後の一つを淡々と進める。光の中から四人の人影がひざまずいた状態で現れる。四人が完全に実体化したところで、ようやく光がおさまる。

「なんや……?」

 光の中から現れたのは、明らかに日本人ではない、一見した年齢もバラバラな女性三人、男性一人の、明らかに不審人物です、という感じの黒い袖なしの上下のツーピスを着た、怪しい一団であった。少なくとも、男性以外はスカートの丈もやけに短い事もあり、六月とはいえまだまだ朝晩は肌寒く、日によっては日中も薄手の上着が恋しいこの季節に、外を出歩ける服装ではない。

「ヴォルケンリッターが一人、烈火の将・シグナム。」

 はやての戸惑いを無視してか、それとも単純にそんな事に気が付いていないのか、ラベンダー色の髪をポニーテールにした、長身の女性が名乗りを上げる。

「同じく鉄槌の騎士・ヴィータ。」

 自分たちと大差ないぐらいの年の頃の、赤毛を一本の三つ編みにした少女が、仰々しい名前を告げる。

「湖の騎士・シャマル。」

 金髪を首筋でそろえた、女性三人の中では最も年上に見せる女性が、静かに告げる。

「盾の守護獣・ザフィーラ。」

 知り合いの誰よりも長身で、全身を鋼のごとき筋肉で守った、犬の耳をはやした男性が重々しく名乗る。

「「「「我らヴォルケンリッター、ここに馳せ参じました。」」」」

 最後に怪しい服装以外に統一性の無い一団が、見事に声をそろえて、そんな仰々しい言葉を告げてくる。

「は?」

 あまりに現実味の無いその光景に、思わず頬をつねるはやて。痛い。夢ではないらしい。では幻覚か? そんな事を考え、恐る恐る近寄ろうとして……。

「あいた!」

「主!?」

 己の足が動かぬ事を忘れ、思いっきりベッドから落ちる。これではっきり目が覚めた。夢ではあり得ない。シグナムと名乗った女性が、あわててはやてのもとに駆け寄り、彼女を助け起こす。

「大丈夫ですか、主!?」

「あ、うん、大丈夫、多分。」

 などと、あやふやな返事を返し、差し出された手ではなく、シグナムの体の部位で、はやて的に最も気になった場所に手を伸ばす。

「あ、主?」

「あ~、うん。なるほど、夢でも幻覚でもないみたいやな。さすがに、幻覚でこんな生々しい乳の感触はありえへんか。」

 シグナムの豊かな胸を無遠慮にこねくり回しながら、微妙に呆然とした感じでつぶやくはやて。

「いや、あの、主?」

「あ~、ごめんごめん、結構なお手前で。って、そうやなくて。」

 よく分からない答えを返した後、気を取り直して本来するべき反応をする事にする。こう書くとすさまじく冷静に対応しているように聞こえるが、実際のところはやてはものすごく混乱している。

「あんたらなんやねん!! どっから出てきてん!! そもそも今何時やと思ってるんや!!」

 お前こそ、今何時だと思ってるのかと問い詰めたくなるほどの音量で絶叫する。その声に目を丸くするヴォルケンリッター。ほどなく扉が開き、戦闘態勢のなのはとフェイトが飛び込んでくる。

「はやてちゃん!?」

「はやて、大丈夫!? 何があったの!?」

「魔導師か!?」

 飛び込んできた二人の魔導師を見て、表情が硬くなるヴォルケンリッター。彼女達の感性ですら、年端もいかないと分類できる二人の少女。だが、その構えには隙が無く、それなりの修羅場か、かなりのレベルの訓練を経験している事は一目で見てとれる。黒い服の魔導師の傍にいる使い魔も、見た感じではかなりの力量だ。

 目の前の二人の素性は分からないが、第一声を聞いた限りでは、主の敵ではなかろう。だが、主の敵ではない事と、自分たちの障害にならない事は必ずしもイコールでは結ばれない。何しろ、彼女達が戦ってきた相手の中でも、上から数えた方が早いほどの魔力量と制御技術を、この二人は持ち合わせている。着ている騎士甲冑の構成や、手にした鎌の魔力刃を見れば、そのぐらいの事は分かる。そんな人間が、フリーで転がっているはずなどあり得ない。下手をすると、自分たちの敵である管理局に所属する魔導師かもしれない。

 闇の書が起動したばかりの現状、彼女達の武器は起動出来るが、残念ながら主から騎士甲冑を授かっていない。そうなると、攻撃面はともかく防御面で著しく不利だ。数の利と経験、さらには武器の性能差もあるため、負けるという事はまずあり得ないが、主を巻き込まずに、となるとかなり心もとない。

「主、騎士甲冑と戦闘許可を頂きたい。」

 四人そろって臨戦態勢に入り、己のデバイスをいつでも起動出来るよう準備するヴォルケンリッター。将と名乗っていたシグナムが、その四人を代表してはやてに要求を出す。

「ちょっ、なに物騒な事言うてるんや! そもそも、主って私の事かい!?」

「ええ。あなたが、我らヴォルケンリッターの主です。」

「ほな主の命令や。その二人は友達やから、戦闘は絶対禁止!」

「ですが……。」

 絶対禁止、などと言われても、相手がその気では戦闘を避けることなど出来ない。シグナムがそう言いたいのだと察したはやてが、なのはとフェイトに向かって一つ頭を下げる。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、アルフさん。悪いんやけど、この場はちょっと武器を収めてくれへん?」

「はやてちゃんがそういうのなら。」

「その人たちが、はやてに害を与えないのなら、別に戦う理由は無いよ。」

「アタシはフェイトに従うよ。」

 思ったよりあっさりと武装解除に応じるなのはとフェイト。その場で戦闘態勢を解くアルフ。その頃になって、ようやく他のメンバーが、はやての部屋にやってきた。

「なによ……、こんな時間に……。」

「はやてちゃん……、もうちょっと静かに騒げないかな……?」

 二人が武装解除するより、ふた呼吸ほど早く顔を出すアリサとすずか。構えこそ解いたものの、武装を解除するタイミングを逸するなのはとフェイト。もっと静かに騒げ、などという無茶な要求に、それはどうすればいいのかと冷静になった頭でこっそり突っ込みを入れるはやて。

「なのは、フェイト……。あんた達真っ先に寝てたくせに、何でバリアジャケット着て遊んでるのよ……。」

「あ、遊んでたわけじゃ……。」

「はやての身に何かあったんじゃないかって思って、もしもの時に備えて……。」

「黙りなさい。」

 寝起きだからか、妙に不機嫌なアリサの迫力に押され、反射的にバリアジャケットを解除してしまうなのはとフェイト。花柄とペンギン模様の可愛らしいパジャマが、一気に戦闘前の緊張感をそぎ落とす。

「それで、騒ぎの元凶は、そっちの勘違いした服装でそろえた、正体不明の不審な一団のせいかしら?」

「か、勘違い……。」

「不審……、だと……?」

 小学生にあっさり不審人物と断じられ、思わず絶句するシグナムとザフィーラ。

「テメエ! アタシ達に喧嘩売ってんのか!?」

「そういうのは明日にしなさい。」

 あまりの言い草に、思わず頭に血が上ったヴィータに、不機嫌そうにそう言い捨てるアリサ。

「テメエから喧嘩売ってきて、その言い草はなんだよ!!」

「だから、そういうのは明日にしなさい。今何時だと思ってるのよ。」

「あのなあ!!」

「あ・し・た・に・し・な・さ・い!!」

 本気で切れかけたヴィータを、正体不明の迫力で抑え込むアリサ。美容と健康と健全なる成長のために、睡眠時間はとても大事なのだ。こんな現代日本に放り出せば道化にしかなり得ない連中のために、その大事な睡眠時間を削るなんてもってのほかなのだ。

「優喜……。」

 ようやく上がってきた優喜に、八つ当たり気味に声をかけるアリサ。

「なに?」

「こういうのは、あんたの担当でしょ。私達を巻き込まない。」

「無茶言わないでよ。」

「いいから、あんたの責任で、何とかしなさい!」

 あまりの無茶ぶりに苦笑するしかない優喜。こういう時アリサを窘める役目のすずかは、眠気が限界に達したのか、立ったまま眠っている。今にも前につんのめって転びそうな彼女を見て、さすがにとっとと話を終わらせるべきだと判断する。

「まあ、とりあえず僕たちは明日も学校があるし、細かい話は学校から帰ってきてから、ってことでお願いしたいんだけど。」

「……なぜ、と言いたいところだが、不作法なのはこちらなのだろうな。」

「シグナム、今回の主はまだ子供だし、こんな時間なのにいつまでも起こしておくのは、医者としてもどうかと思うわ。」

「……分かった、今はそちらの申し出を飲もう。」

「ありがとう。」

 日付が変わって、ようやく話がすべて終わる。今回のヴォルケンリッターの顕現は、いまいちしまらない形で始まったのであった。







 翌朝。染み付いた習慣に逆らえず、結局誰よりも早くおきてランニングに向かうチーム高町家。起こさないようにそっと抜け出すとか、何気に熟練の技になっていたりする。なお、言うまでもないが、優喜が先に起きて本来走るべき距離を稼ぎ、そのあとなのは達と合流して、整理運動も兼ねてのんびり走っている。

 適当にコースを見繕って、普段走る程度の距離を走った三人。ちなみに、最近のなのははフェイトと大差ないぐらいのペースで走るようになってきているため、そろそろ一般的な小学生としてはかなり足が速いほうに分類される。

「おかえり。」

「ただいまって、みんな結構早起きしたんだ。もしかして、起こしちゃった?」

「大丈夫よ。起きたのはさっきだし。それにすずかはまだ寝ぼけてるしね。」

「まあ、昨日の晩はあんな事があったしね。」

 昨日の晩、という優喜の台詞に、思わず苦笑する一同。普通に考えて、唐突に見知らぬ一団が部屋の中に現れれば、パニックを起こして当然である。あの程度で済んだのは、はやてが部屋にある闇の書がデバイスである事を知っており、魔法というものに対する予備知識がある程度あったからにすぎない。

 もっとも、彼らが何時か出てくる事を知っていた優喜かユーノが、前もってはやてに教えておけば、昨日の晩の間抜けな状況は避けられたのかもしれないが、監視を含めたいろいろな事情から、詳しい話が出来なかったのだ。それで、間抜けなドタバタを起こしていれば世話は無いのだが。

 因みに、昨晩最後まで上がってこなかったユーノは、人数が増えすぎると収拾がつかなくなるから、という理由で、優喜に待機するよう頼まれたのだ。どうせヴォルケンリッターが出てきたのだろう、とあたりをつけていたため、ユーノもその指示に素直に従い、ドタバタが収拾したあたりでさっくり二度寝に入っていた。

「それで、あの人たちは?」

「もう起きてきてるわよ。今、はやてが朝ごはんの支度してるのを、はらはらしながら見守ってるわ。」

 フェイトの問いかけに、あきれたように肩をすくめながら答えるアリサ。彼女の見立てでは、刃物の扱いはともかく、料理というカテゴリーになれば、全員確実にはやてより危なっかしいはずだ。

「フェイトちゃん、私たちも手伝わなきゃ。」

「やめといた方がいいんじゃないかしら。」

「え?」

 アリサの言い分にきょとんとしてしまうなのはとフェイト。二度ほどとはいえ、はやてと一緒に料理をした事のある二人は、少なくとも彼女の足を引っ張る事は無い。はやての側もそれを承知しているため、手伝うという申し出を断るとは思えない。

「別に、アンタ達の腕がどうって問題じゃなくてね。余計な手出しをすると、あの連中が暴発しそうなのよね。」

「「ああ、なるほど……。」」

「だから、今日は大人しくしておきなさい。」

 アリサの言葉に素直に頷き、とりあえずシャワーを借りるために風呂場へ。一番髪を乾かすのに時間がかかるフェイトが、女の子とは思えないほど手早く済ませ、入れ違いでなのはが、これまた普段の長風呂からは想像もつかないほどあっさり済ませる。普段はシャワーでももう少し長いのだが、さすがに人の家のシャワーを借りているため、遠慮しているのだろう。

「おはよう、なのはちゃん、フェイトちゃん。」

「あ、おはよう、すずかちゃん。」

「もう、シャワー終わったんだ。」

「うん。」

 朝に弱いすずかには、起きてすぐシャワーを浴びる習慣は無い。手持無沙汰だったので、いつぞやの温泉の時のように手間のかかるフェイトのドライヤーを手伝う事にしたようだ。因みにアリサは、優喜達が帰ってくる前にシャワーを済ませ、髪もすでに乾かし終えている。

「やっぱり、朝のうちに詳しい話が出来る状況じゃないわね。」

「だね。」

 制服に着替え終わった優喜とアリサが、まだまだバタバタしているなのは達を見て苦笑する。幸いにして、洗面台の取り合いはそれほどひどくは無かったが、この感じでは朝食の準備を手伝うどころではないだろう。

「それで、優喜。」

「ん?」

「どうせ、あの人たちの事も、何か知ってるんでしょう?」

「まあ、大体のところは。ただ、何者かは知ってても、どういう人かは知らない。それに、何者かって言うのも、僕よりむしろユーノの方が詳しいし。」

 優喜の台詞に苦笑するアリサ。いつぞやはこの秘密主義に大いにキレたが、いろいろあってそういうものだと理解した今は、下手に首を突っ込まない方が丸く収まる事もよく分かっている。それに、優喜の口ぶりからは、彼らがどういう集団かと、何故ここにいるか、後せいぜいどれぐらい強いか、ぐらいしか知らないのであろうことがうかがえる。質問したところで、本当に必要な答えは、彼自身にも返せない可能性が高い。

「まあ、アンタが秘密主義なのは今に始まったことじゃないし、こっちにこれと言って実害はないんでしょ?」

「少なくとも、アリサとすずかは、余計な喧嘩を吹っかけない限りは実害はないと思うよ。はやては彼らの主だから、彼らから攻撃される事はないし。」

「その言い方だと、アンタやなのは達には実害が及ぶように聞こえるけど、どうなの?」

「今後の展開次第。理由は察して。」

 優喜の言葉に、小さくため息をつくアリサ。本当に、新学年になってから、面倒事が続くものだ。優喜が来たせいだ、と言いたいところだが、ジュエルシードについては、なのはは優喜が来る前から巻き込まれていたようだし、今回の件も早いか遅いかの違いに過ぎないのだろう、という事もなんとなく分かってしまう。

 正直、魔法だの管理局だのという要素は、自分達には全く必要がない。前に塾の帰りにそれとなく聞いたことがあるが、なのはも実際のところ、空を飛べること以外に、それほど魔法という力に魅力を感じているわけではなさそうだ。ただ、せっかくできる事があるのだから、いろいろ試してみたい、という程度らしい。

 その程度のものにこうまで振り回されるのはしゃくだが、幸いにして優喜が大半の面倒事は背負ってくれるようだ。ならば、一般人のアリサとすずかは、可能な限りそれをサポートするしか無かろう。

「まったく、本当に面倒な話ね。」

「ごめんね、巻き込むだけ巻き込んで、詳しい話も出来なくて。」

「いいわよ。今回は前と違って完全に蚊帳の外ってわけじゃなさそうだし。せいぜい出来る範囲でサポートしてあげるから、絶対うまくやりなさいよ。そうじゃなきゃただじゃおかないからね。」

「出来る限りは頑張るよ。もっとも、とっくの昔に僕一人でどうこうできる範囲を超えてるから、他の人の頑張りにも期待しなきゃね。」

 予想通りというかなんというか、すでに優喜は裏でいろいろやらかしているらしい。ジュエルシード事件が終わってからまだ半月。この時点ですでに個人の手に余る状況になっているあたり、どれだけ効率的に周りを巻き込んだのかが非常に気になる。

「よくもまあ、この短期間でそこまで周りを巻き込めるわね。」

「まだまだ。最低限、後二組は巻き込むつもりだし、その過程で手を借りれそうなところが増えたら、そこもどんどん巻き込んで行くつもりだし。」

「……そんなに大変な話なの?」

「リンディさんやユーノの話だと、上手くいけば少なくとも歴史に名が残るレベルの事業だってさ。」

「……本当に面倒な話ね。」

 ため息交じりのアリサの台詞に苦笑すると、朝食の配膳を手伝いに行く優喜であった。







「朝がこんなにあわただしかったん、久しぶりやわ。」

「ごめんね、はやて。」

「ええって。足が治って学校行くようになったら、毎朝こんな感じになるんやし。」

 聖祥組が登校するのを見送った後。食後の片付けも済ませて一息つく自宅警備員組。いつも朝はダラダラしている事が多いはやてとしては、これぐらいメリハリがある方が、自分が健全な生活をしているという自覚ができてうれしいわけだが。

 因みに、現在食堂のテーブルにはユーノ、フェイト、はやてと、ヴォルケンリッターの代表としてシグナムが座っている。ヴィータとシャマルはリビングのソファに大人しく座っており、アルフとザフィーラは狼の姿で、一見仲よく窓際で寝そべっている。

「それにしても、はやてはすごいね。」

「ん? なにが?」

「あの人数の朝ごはんを作ってるのに、ちゃんとお弁当も一緒に準備できるんだし。」

「慣れたら大したことないって。今日作った朝ごはんなんか、人数増えてもあんまり関係ないメニューやったし、お弁当もよっぽどの人数分で無かったら、それほど手間は変わらへんし。」

 ようやく火加減の難しい、手の込んだ料理が出来るようになったレベルのフェイトからすれば、三つあるガスコンロを同時に使って手際よくあれだけのメニューを用意できるはやては、雲の上の存在だ。

「それはそうとフェイトちゃん、ユーノ君、今日はこっちにどれぐらいまでおるん?」

「晩御飯食べたら戻るつもり。」

「僕もそのぐらいかな。」

 とりあえず、今日の予定を確認するはやてに、素直に答える二人。明日から、二人とも何気に地獄のように忙しくなるのだが、今日はのんびりしてもばちは当たらないだろう。

「それはそれとして、えっと、ぼるけんりったー、だっけ?」

 緊張の面持ちで、おずおずとシグナムに声をかけるフェイト。がんばれ、自分! と内心で声をかけ続け、なけなしの勇気を振り絞って話を切り出す。その様子に、思わず見えないところで拳を握り締め、心の中で、がんばれ! などと応援してしまうユーノとはやて。

「ヴォルケンリッター、だ。」

「あ、ごめんなさい。あなた達とはやての関係を、聞かせてもらってもいいかな?」

 フェイトの問いかけに、少しばかり沈黙するシグナム。主との仲睦まじい様子を見せられては、無下に扱う訳には行かない。だが、この少女は手練の魔導師だ。一対一で武器の差がなければ、六四か、下手をすれば五分五分の可能性すらある、そんな相手だ。

 戦って勝てない相手ではない。それどころか、現状十回やれば十の勝利を収められる相手だ。が、この年でこれだけの実力を持っているとなると、絶対に鍛えた人間がいる。そして、目の前の少女にしろ、それを鍛えた人物にしろ、どこにも所属していないフリーの存在、ということはありえない。

 フェイトをじっと見つめながら、そんな現実的には半分正解で半分外れ、ぐらいの内容を思案していると、きょとんとした表情で小首をかしげながら見つめ返してきた。

「……そうだな。その前にまず、こちらから質問してもいいか?」

「? あっ、そうか、そうだよね。」

 シグナムの返事に、いきなり何かを思い出した様子を見せるフェイト。その様子にいぶかしげな視線を向けると、フェイトが状況を考えると頓珍漢としか言いようがない事を言い出す。

「人にものを尋ねる時は、まず自己紹介からしないといけないよね。」

「はあ?」

「私は、フェイト・テスタロッサ。……えっと、んと……。」

 真剣な顔で唸りながら何やら考え込み、心の底から困りました、という顔ではやてとユーノに助けを求める。

「ねえ、はやて、ユーノ。自己紹介って、なにを言えばいいんだっけ?」

「……悩んでたのって、そこなんだ。」

「せやなあ。普通は、年と通ってる学校と趣味・特技、言うところやけどなあ。」

「えっと、年は推定九歳でいいとして、学校は通ってないし、趣味とか特技と言えるほどのものは無いし……、どうしよう……。」

「あ~、フェイトちゃん。難しく考えんでも、もう今の時点で、大体の人となりは伝わってると思うで。」

 はやてが苦笑がちに指摘すると、フェイトがそうなの? という顔で見詰め返してくる。こう、同性でもいじりたくなるような妙な可愛らしさに、思わず一瞬くらっとするはやて。実際のところ、はやての指摘した通り、ヴォルケンリッター側もフェイトの人となりを理解して、緊張感を維持しにくくなっていた。

(なあ、シグナム……。)

(どうした、ヴィータ?)

(こいつ相手に、そんなに警戒する必要無いんじゃね?)

(かもな。)

 ヴィータのあきれたような言葉に、シグナムも内心苦笑しながら答えを返す。

「それで、シグナムさんやっけ。質問したい事って何?」

「主はやて、私の事はどうぞシグナムと呼び捨ててください。」

「呼び方なんかどうでもええやん。今大事なんは、お互いの疑問をはっきりさせることやで。」

「まあ、あんまり先走っても、優喜達が戻ってきた時に同じ話を繰り返すことになるから、ほどほどにした方がいいとは思うよ。」

 ユーノに窘められ、それもそうやな、と、とりあえず自重する事にするはやて。

「まあ、とりあえず、さっき質問しようとしとったことぐらいは、済ませてもうてもええんちゃう?」

「だね。」

「そういうわけやから、質問お願い。」

 どうにも微妙なペースで会話が進むため、はやてサイドもヴォルケンリッターサイドも、いまいち戸惑いが抜けきらない。先ほどのフェイトのものすごい勢いの天然ボケで、ずいぶん空気が柔らかくなったのが救いと言えば救いだ。

「そうですね。テスタロッサ、まずはっきりさせておきたい。」

「何?」

「聞くまでもない事だが、一応確認しておく。お前とスクライア、それに先ほど学校に行った、確かなのはと言ったか? あの少女は魔導師だな?」

「うん。一応、ミッドチルダ式の魔導師、という事になるんだっけ?」

 魔導師の分類としては、現在大雑把に二種類、ミッドチルダ式とベルカ式が存在する。ただし、ベルカ式の本流は夜天の書が成立して少し後に勃発したベルカ戦争において、ベルカ世界の崩壊・消滅と一緒にほぼ途絶えている。今ベルカ式と呼ばれているのは、ミッドチルダ式を下敷きにして復刻した、亜流とでもいうべきものである。

「ほう、そう自己紹介する、という事は、ベルカ式についても少しは知っているという事か。」

「うん。確か、カートリッジシステム、だったかな? それを使う、近距離寄りの系統だってことだけ、教えてもらったことがあるよ。」

 ミッドチルダ式は、なのはやフェイトが使う系統だ。なのはの集束砲などの例外を除き、基本的に己の魔力のみをエネルギー源として現象を起こす系統で、汎用性が高い半面、出力が術者の才能にもろに依存するという欠点を抱えている。ただし、あくまで使うのが自身の魔力のみなので、先のなのはのような例外を除き、基本的に身の丈に合わない魔法の発動は出来ず、儀式魔法の統率でもしない限りは、命にかかわるほど負荷の大きい魔法というのはほとんどない。

 一方のベルカ式は、中から近距離での斬り合い、殴り合いに特化した系統であり、現存する術式のほとんどは身体強化や物理攻撃の威力増幅という、むしろ肉体言語と呼んだ方が近い系統だ。逆に飛び道具、特に誘導系の魔法は数少ない。現時点でベルカ式の最大の特徴になっているのは、カートリッジシステムと呼ばれる、使い捨ての魔力増幅弾を使った一時的な出力強化を行うシステムだろう。

 当人の出力が低くても大魔力を扱えることが特徴のカートリッジシステムだが、基本的に身の丈に合わない力を振り回すわけだから、当然かかる負荷は馬鹿にならない。また、自身の魔力ではないため、あまり複雑な事には使いづらい。負荷に耐えるための強靭な肉体が必要な上に、あまり複雑な事には使えないその特性が、ベルカ式が全般的に近接戦闘に特化しがちになった原因ともいわれる。

 シグナムが武器の差を強調していたのは、このカートリッジシステムの存在を指している。カートリッジを撃発した直後だけとはいえ、なのはやフェイトの最大出力をあっさり超える事が出来るうえ、それを使いこなす程度の技量は持ち合わせていることも考えると、シグナム達が考える通り、現状なのはやフェイトには勝ち目がないだろう。

「さて、それを知っているという事は、フリーの魔導師という事はあり得ないな。テスタロッサ、スクライア。お前たちは、どこの組織に所属している?」

「僕は、名前の通り、スクライア一族だよ。考古学と遺跡の発掘を生業とした一族だ。」

「私は、今のところ、これと言ってどこかに所属してる訳じゃないんだけど……。」

「……無所属だと? 貴様のような実力のある魔導師が?」

「実力のある魔導師?」

 シグナムの言葉に、きょとんとした表情で首をかしげるフェイト。そのまま、隣にいるユーノに、ストレートに疑問をぶつける。

「ユーノ、私って実力のある魔導師だったの?」

「推定ランクAAA以上の君に実力がないんだったら、実力のある魔導師は五パーセントを切るよ……。」

 実際のところ、ずっと相性の悪い相手や状況が多かったために実感しにくいが、フェイトは間違いなく、魔導師としては一流に分類できる。経験不足による判断ミスも多いので、どうにも実績面でぱっとしないのは確かだが、八割型の状況は十分に単独で解決できるだけの能力を持ち合わせている。

「……ねえ。」

「なに?」

「どうした?」

「AAAの魔導師って、すごいの?」

 フェイトの素朴な疑問に、思わず絶句するユーノとヴォルケンリッター。どうにも、いろいろ認識の違いが出てきたらしいとみて、今後の展開をわくわくしながら見守るはやて。

「全力で戦えば、都市の一つや二つは余裕で廃墟に変えられる存在がすごいのかと聞くとは、なかなか剛毅ね、テスタロッサちゃん。」

「だって、私よりランクの低い魔導師を見たことがないし、第一、私、優喜に手も足も出ないし。」

 フェイトの言い分は正確ではない。リンディは魔力炉のバックアップを受けなければ、ランクそのものはAA+でフェイトより低いし、直接魔導師として働いているところを見ていないだけで、アースラにはB+からA+ぐらいの魔導師が十数人いる。
 なので、正確に言うなら、AA+未満の魔導師が魔法を使っているところを見たことがない、だ。ただ、そもそも、アースラで面識のある人間のうち、明確に魔導師であるという事を知っているのはリンディとクロノだけで、リンディの魔導師ランクなんぞ知らないため、フェイトの中ではこの言葉が真実なのだ。

「優喜? ああ、一人だけ違う制服を着ていた娘か。」

 いきなり出てきた固有名詞に、少し考え込んで聞き返す。

「まあ、優喜君はその子で正しいんやけど、やっぱりシグナムも勘違いしとったか。」

「優喜は、男の子だよ。」

 はやてとフェイトの言葉に、思いっきり固まるヴォルケンリッター。どうやら全員、優喜の事を、シグナムやヴィータのように性別意識を捨てたタイプの少女だと思っていたらしい。

「ついでに言うと、優喜は全力のなのはとフェイトを同時に相手にして、余裕で勝てる人間だし。」

「……見た目通りでは無いとは思っていたが、そこまでの魔導師か。」

「もう一つ訂正。優喜にはリンカーコアは無いよ。」

「……非魔導師が、AAAランクの魔導師二人を相手取って勝つ? 状況次第では不可能だとは言わないが、それをするにはあの小僧は幼すぎる。第一、あの体で放つ攻撃が、相対的には薄い方に分類されるとは言え、テスタロッサの騎士甲冑を撃ち抜けるはずがない。」

 シグナムの意見は、魔導師ならずとも常識と言っていいだろう。どれほど鍛えたところで、普通九歳十歳の子供の放てる打撃など、しっかり防具を着込んだ大人にダメージを通すには足りない。少なくとも、一般的な武道や格闘技の類では、盾を構えた機動隊の隊員を吹きとばしたり、盾をぶち抜いて本体にダメージを与えたりはまず不可能だと考えて問題無いだろう。鍛錬に回せる時間、経験、威力を出すための体格、全てが圧倒的に足りないのが普通だ。

「まあ、いろいろと規格外だから、ね。」

「多分、腹割って話したら、いろいろ驚くと思うで。」

 ユーノとはやての言葉の裏には、この話はここで終わり、という意思表示がにじんでいる。どうやら、主たちの一団は、その優喜という小僧が主導権を握っているらしいと判断し、全てをとりあえず保留にする。結局フェイトに所属の事をはぐらかされた事に気がついたが、そこはもう、そんな腹芸は出来ないと勝手に思い込んでいた自分たちのミスだ。

 シグナムは知らない。フェイトは所属については、全て正直に話していた事を。管理局とつながりがあるのか、もしくは、今後管理局に所属するつもりがあるのか、と聞けば、素直にYESと答えていたという事を。時に腹の探り合いにおいては、天然ボケは古狸より厄介なことがある、という典型例であった。







「……フェイト、なにやってるの?」

 半日の授業を終え、送ってきてくれたノエルの車から降りた優喜。その第一声がそれだった。

「待ってる間暇だったから、皆ではやての家の大掃除をしてたんだ。」

 二階の窓を、飛行魔法を使って外から拭いていたフェイトが、振り向いて優喜に答えを返す。因みに、高いところを掃除するから、という理由で、はやてに言いつけられてジャージ姿になっている。

「どう言う話をしたらそうなったのか、非常に興味深い状況なんだけど?」

「ハウスキーパーさんが定期的に掃除に来てくれるって言っても、この大きな家をはやて一人で維持するのは大変だよね、って話から、なんとなくこうなった。」

 と、実に充実しきった顔で汗をぬぐいながら答えるフェイト。どうやら、関係者一同、フェイトの天然ボケに引っ張られて、なかなか愉快な事になっているようだ。どれだけの熱意で窓を拭いたのだろうか。ものすごくぴかぴかになっている。

「ご飯の前に、僕達も手伝おうか?」

「もうそろそろ終わるから、大丈夫だよ。」

「そっか。」

 フェイトの言葉に一つ頷き、八神家に入っていく。仲良く庭でせっせと草引きをしているアルフとザフィーラの姿に、どうしても苦笑が浮かぶのが止められない。天然ボケの恐ろしさ、ここに極まれりだ。

「なんだか、私たちが学校に行っている間に、すっかりみんな仲良くなってるの。」

「フェイトちゃんのペースに巻き込まれちゃったんだろうね。」

「というか、フェイトがよく初対面の強面相手に打ち解けられたわね。」

 八神家の様子に、言いたい放題の三人。実際のところ、昨日の晩の険悪さを考えれば、なにがあったのかと疑いたくなるのもしょうがない。

「まあ、とりあえずご飯にしようか。なにするにしても、それからだと思うし。」

「そうね。とはいっても、お昼を済ませたら、やることは決まってるんだけどね。」

「一応確認したいんだけど、やっぱり僕も行かなきゃ駄目?」

「ゆうくん、男の子の意見も、結構大事なんだよ?」

 すずかの一言に、気が重そうにため息をつく優喜。正直、自分やユーノの出番や役割はそこじゃないと思うのだが、お姫さま方はそれでは納得してくれないらしい。

「まあ、男手が必要なものもあるだろうから、そっちで役に立てるように頑張るよ……。」

 あきらめたように了解の意を伝え、リビングに入っていく。そこには、昨日と変わらぬ服装のまま、無心に床にモップ掛けをしているヴィータと、同じく昨日の服装のままソファーを持ち上げているシグナムの姿が。

「……戻ったか。」

「ん。お昼用意してきてるから、適当なところで切り上げて、ご飯にしよう。」

「ああ、分かった。こちらはこのソファーの下を磨き終えれば終わりだ。それほど待たせずに終わるはずだ。」

「了解。じゃあ、悪いけど先に着替えてくるよ。」

 と、ここでも特にもめること無く話が終わり、キッチンにノエルが用意してくれた昼食を置いた後、いつものようにジャージに着替えるためにリビングを出ていこうとしたその時。

「あ、そうだ。えっと……。」

 同じく冷蔵庫にデザートのシュークリームを仕舞ったなのはが、思い出したようにシグナム達に声をかける。

「シグナムだ。」

「ヴィータだ。人の名前ぐらい覚えろ。」

「あ、うん、ごめんなさい。シグナムさん、ヴィータちゃん、とりあえず間に合わせだけど、服を用意してきたから、ご飯食べ終わったら、着替えてほしいの。」

「着替え? 何故だ?」

「ご飯の後、皆で買い出しに行くんだけど、その服だとちょっと。」

 実際のところ、服がどうであれ確実に目立つのだが、少なくとも目立つの意味が変わる。

「んだよ。アタシ達の格好が変だっていうのか!?」

「少なくとも、この国のこの季節には一般的じゃないわね。」

「アリサ、もう着替えたんだ。早いね。」

 優喜の言葉をさらっと流し、シグナムとヴィータの方に向き直るアリサ。

「別に似合わないともおかしいとも言わないけど、この国じゃ、そういう服は一部の職業の人間が、舞台で仕事着として着てたりとか、そういう感じだから。」

「部隊? この国にも、やはり騎士がいるのか?」

「いないわよ。そもそも、この日本は、戦後の憲法とかいろいろあって、まともな軍隊すらないんだからね。」

「……なんだと?」

 信じられない話を聞いた、という顔をするシグナムとヴィータ。

「ちょっと待てよ、おい! この国の連中は正気か!?」

「それで外部から攻められたら、どうするつもりだ?」

「まあ、建前はそうならないように外交で蹴りをつける、ということになってるけど、実際には世界最強の軍事力を持ってる国が睨みを聞かせてるから、誰もわざわざちょっかいを出さない、という感じかな。」

「あと、最近の兵器がコスト、破壊力共に上がりすぎてる上に、勝っても負けても賠償金が取れないし植民地にも出来ないから、メリットがほとんどないんだって。」

 優喜の言葉に、地味にミリタリーに詳しいすずかが補足を入れる。

「で、軍隊はないけど、治安そのものは世界一いいから、基本的に個人に武力は必要ないのよ。」

「……それは、私達が必要ないってことかしら?」

 アリサの言葉にとっさに答えを返せず、沈黙してしまったシグナムとヴィータに代わり、自分の割り当てを終え、リビングに入ってきたシャマルが問いかける。見れば、いつの間にかザフィーラもリビングにいた。

「あなた達が必要かどうかは、はやてが決めることよ。私達に分かっていることは、日本で普通に暮らす限りは、本来は魔法も武術も一切いらない、ってことだけ。」

「……それは、暗に我々は邪魔だといっているようなものだぞ?」

「違うわよ。必要ないのは武力であってあなた達じゃないの。」

「武力が不要ならば、騎士に居場所など無い!」

 己の存在意義を根底から否定されたような言葉を、頑なに認めようとしないシグナム。

「そもそも、ここがお前らが言うほど安全だってんなら、あの魔導師二人は何なんだよ! そっちの小僧だって、武力がいらねえって言うには物騒すぎるじゃねえか!!」

「第一、本当に軍が無いのであれば、それこそ何かあったときのために私達が必要なはずよ。」

「大体、どれほど安全だといったところで、まったく危険が無いことなどありえない。防備を固めておくに越したことは無かろう。」

 ヴィータの、シャマルの、ザフィーラの言葉に、どう説明したものかと頭を抱えるアリサ。

「そうね。まず最初に言っておくけど、ザフィーラだったかしら? あなたが言うことはまったく間違いではないわ。最低限の危機管理は絶対に必要よ。」

「ならば……。」

「単純に、あなた達の考える最低限と、この国で本当に必要な最低限の間には、かなりの差があるって事。」

「お前達が勝手にそう思っているだけじゃないのか?」

 どこまで行っても平行線、という感じの会話に、疲れたようにため息をつくアリサ。

「そうね、百聞は一見にしかず、ね。」

「どういう意味だ?」

「どうせ、あなた達がここで暮らすための最低限の準備をしなきゃいけないんだし、そのためにもともと昼から買い物に行くつもりだったの。当然あなた達のことなんだから、ちゃんと付いてきてもらうわよ。」

「ふむ。護衛をしろ、ということか?」

「もう、そういうことでいいわ。それで、今の服装だと不審者扱いされてもおかしくないから、用意した服装に着替えなさい。いいわね?」

 不審者、という言葉に色めき立ちそうになるシグナムたちを半眼で睨むと、アリサが重ねて言葉をぶつける。

「い・い・わ・ね!?」

「あ、ああ……。」

「郷に入りては郷に従え、っちゅうことで堪忍な、シグナム。」

「主はやてがそうおっしゃるなら……。」

 その様子を見て、深く深くため息をついたアリサが、はやての肩をぽんと叩く。

「はやて、アンタ一人じゃ大変だろうから、私もこの時代錯誤どもの面倒見るの、手伝うわ。」

「私も協力するから、困ったことがあったら、遠慮なく言ってね。」

「あはは、ありがとうな、アリサちゃん、すずかちゃん。」

 その後手早く昼食を済ませ、服や食器、最低限の家具などを総出で買い出しに。その中で散々頓珍漢なことをやらかしてはアリサに突っ込みを入れられ、買い出しが終わるころには、はやてに対してとは別の意味でなんとなくアリサに頭が上がらなくなったヴォルケンリッターであった。



[18616] 第6話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:43cec595
Date: 2010/10/09 11:11
「結構早く話がついたんだね。」

「ああ。夜天の書の名を出したら、ものすごい食い付きだった。」

 はやての誕生日から二日後、ヴォルケンリッターの生活雑貨を買い出しに行った翌日の午前中。クラナガンの中央ターミナル。優喜とクロノは、聖王教会からの出迎えを待っていた。

「それで、どこまで話が通ってるの?」

「これから交渉しに行く相手は、聖王教会の中でもトップテンに入るぐらいの人物だ。彼女が直々に出てくるぐらいだから、トップまで話が伝わっていると考えていいだろう。」

「クロノも何気に、えらいところに伝手があるんだね。」

「彼女に直接伝手があるわけじゃないさ。ただ単に、その身内と、士官学校で同期だったにすぎない。」

 クロノが彼女、と言っているからには女性であろう。もっとも、若いとは一言も言っていないし、仮にも大規模な組織の重鎮なのだから、優喜の実年齢とですら、親子どころか孫ぐらい離れていてもおかしくない。

 それに、仮に相手が若い美女だったとしても、それを喜ぶようなおめでたい感性は持ち合わせていない。なにしろ、プレシアを筆頭に、リンディ、レティ、桃子、忍と、見た目や実年齢が実際に若い美人の知り合いは多いが、大方は頭の回転が速く性格的にも癖が強い、交渉相手としては面倒なことこの上ない相手だ。今のところ、下準備や運び方がうまくかみ合っているため、一見して優喜が一方的に主張を通しているようにみえるが、手札を切る手順を一度でも間違えれば、あっという間に立場が逆転する相手ばかりなのだ。

 因みに、管理局人事部の親玉、レティ・ロウランとは、クロノの手引きによって、ターミナルに来る前に顔合わせを済ませている。どうやら、優喜が厄介だと思った程度には、レティの側も優喜を手ごわいと考えているようで、単なる挨拶だけだというのに、最後の最後まで一瞬も気を抜く事が出来なかった。面倒な話である。

「それはそうと、交渉がうまくまとまったとして、いちいち用事の度に迎えに来てもらって、って言うのはお互いに面倒だと思うけど。」

「向こうにも個人用の転送装置ぐらいはある。交渉がまとまれば、許可申請を出して時の庭園から直接飛べばいいさ。」

「なるほど。それなら安心だ。」

 優喜の言葉に苦笑する。二十歳前後の若造だと、あるならどうして今回は使わない? などという礼儀の部分を分かっていない発言をしそうなものだが、さすがにこの狸はそういう面ではそつがない。

「どうでもいいけど、なんだか時の庭園が、悪巧みの舞台装置みたいになってるよね。」

「まあ、元々の購入目的を考えれば、あながち間違った使い方でもないだろう。」

「あれ、一応ロストロギアなんでしょ? プレシアさんの罪状に影響しないの?」

「ロストロギアと言っても、全てが個人所有禁止というわけではないからな。時の庭園は正規の手続きを踏んで購入したものだから、管理局がどうこう言う問題じゃない。」

 ロストロギアというのは、基本的に滅びた文明の、現在では再現不可能なものの総称である。時の庭園の場合、次元航行艦数隻分を上回る出力の魔力炉と、次元空間の航行手段がロストロギアとなっているが、サイズの問題に目をつぶれば、これらはすべて代用品が存在する技術だ。それに、長年にわたり研究され尽くしており、安全性などに問題がないことが証明されているものでもある。

 こういった暴走の危険の無いものは、不動産のような扱いで売買が認められており、取得時点で悪質性の高い事件を起こしておらず、十分な資金があれば、基本的に誰でも買えるものなのだ。もっとも、たくさん出土しているようなものならまだしも、時の庭園のような大物は、クラナガンの一等地に城を何軒か建てられるほどの値段なのが普通であり、その一点をもってしても、プレシアが握っている特許などがどれほどのものかがよく分かる。

「ありがたく使わせてもらっている身の上でこんなことを言うのもなんだけど、プレシアさんもよくあんなものをポンと買い取ったもんだ。」

「正直、僕たちのような公僕には、どれほどの値段かが予想も出来ない。」

「フェイトが箱入りで世間知らずなのも、ある意味おかしなことじゃないんだよね、そう考えると。」

 いろんな意味で将来が約束されている友人の顔を思い浮かべ、苦笑しながらクロノに答える。

「それはそうと、執務官ってのは高給取りの代名詞の一つだって聞いたんだけど、そこら辺はどうなの?」

「あんな規格外の研究者と一緒にされても困る。確かに職質手当も危険手当も一般の武装局員とは段違いだが、それでも常識の範囲内だ。そもそも執務官には時間外手当の類は無いし、功績給もそれほどの額がつくわけでもない。」

「そんなもんなんだ。」

「ああ。さすがに提督クラスになれば、ロストロギアの購入に手を出せるぐらいの収入もあるだろうが、それだって結局は、使う暇がないからという側面が否定できない。」

 クロノの言葉に苦笑する優喜。因みに、今日はクロノは優喜のために、わざわざ休暇を取ってセッティングしてくれたらしい。なにしろ、本来の職務である密輸業者の摘発に加え、プレシアの裁判にグレアムサイドの動向調査まで抱えている。他にも細かい事件に対する応援要請を数件抱えており、一般的には休暇に設定されていても、休んでいる暇などないほど忙しいのが現実だ。一般局員にとっては休日なのに、休暇を使わなければ休めないという現実が、執務官の多忙さを物語っていると言える。

「ん、迎えが来た見たい。」

「ああ。予定より早かったな。」

 二人の前に、リムジンが滑り込んでくる。予定時刻の十分前。どうやら、向こうも優喜達と同じく、予定より早め早めに行動を起こすタイプのようだ。

「やあ、クロノ。どうやら待たせたみたいだね。」

「大して待ったわけではないさ。それよりロッサ、面倒な用事を押し付けて悪いな。」

「なに、これぐらいお安いご用さ。それに、こちらにとっても、今回の話はいろいろと聞き捨てならない話だからね。」

 リムジンから降りてきた、一言で表現するならチャラい優男と、親しげに会話するクロノ。その様子を思わず珍しそうに観察してしまう優喜。さすがに、クロノの友人にこういう軽薄そうな男がいるとは予想していなかったのだ。

「それでクロノ、そろそろそちらの将来が楽しみな美少女を紹介してほしいんだけど。」

「それが目的だから構わないが、やはり君も間違えたか。」

「間違えた、とは?」

「どう見ても美少女なのは認めるが、彼は男だ。」

 クロノの台詞に硬直する優男。その様子に苦笑しながら、人に名を尋ねるには自分から、という事で自己紹介を始める優喜。因みに優喜は、正装に相当する服の持ちあわせが無かったため、とりあえず聖祥の制服でごまかしている。

「僕は竜岡優喜、私立聖祥大学付属小学校三年生で、夜天の王の代理人です。今日はわざわざありがとうございます。」

「ヴェロッサ・アコースです。特別査察官をやらせてもらっています。僕相手にそんなに畏まる必要はないよ。こちらも、普通に喋らせてもらうから。」

「了解。」

 互いに自己紹介を済ませた後、再び優喜を上から下まで観察するヴェロッサ。

「しかし、本当にもったいない。女の子なら、後十年、いや五年あれば、僕も含めて男どもが放っておかないだろうに。」

「大丈夫。性別を気にしない血迷った男が放っておかないから。」

 ヴェロッサの大げさな態度に、嫌そうに吐き捨てる優喜。言うまでも無く、そういう経験には事欠かない。

「まるで経験者のような言葉だけど、覚えがあるのかい?」

「この年でも十分に。」

 優喜の台詞に、思わず引きつるヴェロッサ。

「ねえ、クロノ。」

「なんだ?」

「彼は、本当に初等部の人間なのかい?」

「……所属と年齢は、な。」

 クロノの返事に、思わず沈黙してしまうヴェロッサ。

「ロッサ。とりあえず、とっとと向こうに行くぞ。ここで腹の探り合いをする価値は無い。」

「あ、ああ。そうだね。」

 クロノの一言で我に帰り、客人のエスコートという本来の役割を思い出すヴェロッサ。この時彼が抱いたかすかな予感は的中し、車中でもいまいちペースをつかみきれないまま、ベルカ自治区の聖王教会まで案内する事になったのであった。






 ベルカ自治区は、クラナガン郊外からハイウェイで一時間少々という、利便性という観点では少々疑問符がつく立地条件の場所に存在している。公共交通機関だと、始点と乗り継ぎ次第では二時間以上は余裕でかかる事もあり、移動コストも高くつくので、あまりここからクラナガンに通っている人間というのはいない。

 そして、そのベルカ自治区を事実上統治しているのが、件の聖王教会である。ベルカ戦争で住む世界を失ったベルカ人たちは、あちらこちらの次元世界でこのような自治区を与えられ、辛うじて自身の文化を放棄せずに細々と暮らしている。そういったベルカ人たちのネットワークを維持し、権威という面から支えるのが聖王教会の主な仕事だ。

 教会と名がつくだけあって、教義の存在をはじめ様々な面で宗教色が強い。ただし、聖王教会が普通の宗教と違うのは、神に現世利益や来世の幸福を祈るのではなく、ベルカを想い、その信念を貫いて散って逝った諸王の功績をたたえることで、ベルカ人としての誇りを維持し、いつの日かもう一度ベルカの復興を誓う点であろう。

 因みに、聖王教会と銘打っているが、なにも聖王家だけを過剰に特別扱いしているわけではない。単に、最後の聖王は若くして散った美しい女性で、民を守るために軍の先頭に立ち、誇りと信念を貫いた気高き悲劇のヒロインであったため、看板にしやすかったのだ。

 他の王家をないがしろにしているわけではない事は、夜天の王の代理人として夜天の書について交渉に来た優喜とクロノを、最上級のもてなしで迎え入れたことからも明らかであろう。

「お待たせして申し訳ありません。教皇の代理人として本日お話を伺わせていただきます、カリム・グラシアです。こちらは私の補佐をしている、シスター・シャッハです。」

「シャッハ・ヌエラです。本日はよろしくお願いします。」

 優喜達の交渉相手として現れたのは、美由希やエイミィとそれほど変わらない、少女という呼称を卒業するかどうかの境目という感じの女性二人であった。カリム・グラシアと名乗ったのは、長い金髪の清楚という印象の女性。シャッハ・ヌエラと名乗ったのは、シスターというイメージに合った服装の、おかっぱと表現するのが近い髪型の、活発な印象の女性。どちらも、水準以上の美人である。

 因みに、二人とも顔には出さなかったが、クロノが連れてきたのが優喜のような年端もいかぬ美少女であった事には、それなりの驚きと戸惑いを感じてはいるようだ。少なくとも、カリムの瞳孔が微妙に揺れ、シャッハの視線が微妙に泳いだ事を、優喜は見逃さなかった。

「本日は、わざわざお時間を割いていただいて恐縮です。夜天の王の代理人で、私立聖祥大学付属小学校三年、竜岡優喜です。」

「クロノ執務官も、本日は呼びつけてしまって、申し訳ありません。」

「いえ。お気づかいなく。このような機会でもなければ、旧友と顔を合わせる事もなかなかありませんので。」

 などと、ある意味型どおりともいえる挨拶とともに握手を交わし、交渉の席につく一同。とりあえず相手に気づかれぬよう、監視や盗聴の類がなされていない事を確認し、話し合いを始める前に軽く場を和ませる事にする優喜。

「話し合いの前に、一つ。」

「はい、なんでしょう?」

「今までの経験から、十中八九勘違いされていると思うので、どうでもいいことではありますが念のために申し上げます。」

「はい。」

「僕は、このなりでも一応男ですので。」

 本来、交渉の席では、一人称は私が礼儀のようなものだが、ここは台詞の問題もあるので、あえて僕という一人称で話を切り出す優喜。

「え?」

「本当に?」

 何故か優喜本人ではなく、クロノの方に確認の視線を向けるカリムとシャッハ。クロノが一つ頷いて見せると、もう一度驚きの表情を浮かべ……。

「それは、大変でしたね。」

「まあ、慣れてますから。」

 割と意味不明の会話をするカリムと優喜。緊張感自体は薄れたものの、場が和んだとは決して言い難い結果に落ち着く。

「さて、本題に入りましょう。」

「はい。まず最初に確認しておきたいのですが、グラシア卿。」

「その呼び方は、少々他人行儀にすぎます。どうぞ、カリムと呼んでくださいな。」

「では、カリム卿で?」

「それも少々仰々しすぎます。どうせこの場にいる人間は、これからも長く顔を突き合わせるのですし、他に誰も聞いてはいないのですから、無理に丁寧な敬称などつけず、普通にカリムと呼び捨ててくださって構いませんよ。」

「それはそれでこちらの気がとがめますね。では、カリムさん、と呼ばせていただくという事で。」

「分かりました。それではこちらも、優喜さんと呼ばせていただきます。」

 せいぜい大学生ぐらいの女性と小学生の少年の会話とは思えない言葉の応酬に、カリムと違っていまだに交渉相手が優喜だとは思えなかったシャッハが、ようやく襟を正す。移動の車中で見た目と中身がかけ離れている人種だと嫌というほど理解していたヴェロッサも、たかが呼び方一つで腹の探り合いのような真似をやらかす二人に、思わず見えないところで冷や汗を流している。

「それで、話を戻しますが、夜天の書と闇の書について、カリムさんがご存知ない事は、教会全体でも誰も知らないと考えてよろしいでしょうか?」

「確実にとは申し上げられませんが、多分長老たちでも、私が存じ上げている以上の事は、ほとんど知らないと思います。」

「それでは、まず知識のすり合わせから行いましょう。」

「そうですね。」

 まずは、優喜が夜天の王の代理人であることを相手に納得させなければならない。そのためにまずは、共有しておくべき知識を共有しなければ、話が進まない。夜天の書の成り立ちと闇の書への変貌の経緯、そして闇の書の現状について、手元になければ分からない事も含めて話しておく。

「……なるほど。我々の認識とは、ずいぶん違うものですね。」

「聖王教会においての、公的な認識というのは?」

「闇の書は、失われた夜天の書の粗悪なデッドコピー品、そう考えていました。」

「なるほど。確かにヴォルケンリッター自身が夜天の書を闇の書と呼んでいるようでは、両者を同一の物と見るのは難しいでしょうね。」

 優喜の言葉に、一つ頷くカリム。

「これまでの話で、夜天の書が危機的状況にある事は理解しました。それで、あなたが我々聖王教会に要求するのは、一体どのような事ですか?」

「いくつかありますが、ゆずる事が出来ない要求は一つ。闇の書の暴走を確実に阻止できるようになってからか、もしくは重要な部分を写し取った上での完全破壊、そのどちらかが完了するまで、ありとあらゆる勢力から書の主を保護していただきたい。」

「聖王教会の立場上、その申し出を拒否することはできませんが、容易に出来る事ではありませんね。」

「ええ、もちろんです。ですが、その分あなた方が得ることができるメリットも大きいと考えております。」

 メリット、という言葉に少しだけ空気が変わる。今までは、言ってしまえば犯罪者を無条件で匿え、という話に過ぎなかった。それでもモノがモノで、しかもヴォルケンリッターがすでに出現しているとなると、聖王教会の立場上、決して断ることは出来ない事柄だ。別に、それはそれで利用法はあるのだが、あとあとの事を考えると、いろんなところにしこりが残る事は避けられまい。

 だが、十分かどうかはともかくとしても、見返りがあるなら話は別だ。単に保護をして恩を売った、というだけでも十分かもしれないが、メリットがあるのであれば、それを盾に上を説得し、周りを鼓舞するのもやりやすい。

「メリット、とは?」

「まず、夜天の王とヴォルケンリッターに大きな恩を売る事が出来る。次に、必然的に修繕事業にかかわるため、夜天の書そのものの技術的なフィードバックが得られる。さらに、夜天の書が収集した古代ベルカの遺失魔法についても、もう一度一般的な魔法にする事が出来るかもしれない。」

「……。」

「それに、現在管理局内部の一部有志のみで進んでいる修繕事業にいち早く組織全体で関われば、管理局に対していろいろなアドバンテージを得る事が出来ると考えています。」

「そうですね。最後はこちらの立ち回り次第、という面が大きいですが、確かにどれも魅力的な提案です。」

 そう、実に魅力的な提案だ。このまま管理局主導で進めてしまった場合、古代ベルカの王だというのに、聖王教会は夜天の王に対して、何一つ主張できなくなる可能性もある。

「メリットについては分かりました。ですが、申し訳ありませんが、それだけでは要求を受け入れるのは難しいです。」

「手土産が足りませんか?」

「いえ。足りないのはメリットではなく、成功についての保障です。よろしければ、現在の進捗と成功するか否かの見通しについて、可能な限り詳細に教えていただけませんか?」

「分かりました。」

 現状を包み隠さず答える優喜。優喜の説明を聞いて、一つため息をつくカリム。

「仕方がないこととはいえ、正直もっと早く話を持ってきていただきたかったですね。」

「申し訳ありません。こちらも、クロノ執務官と面識を得たのがつい最近のことでして、いろいろと慎重に判断せざるを得なかったのです。」

「その事については理解しています。ただの愚痴と受け取ってくださいな。」

「本当に申し訳ない。」

 やけに馬鹿正直にメリットを提示てくるわけだ、と内心でもう一度ため息をつく。ありとあらゆる勢力、と言うが、実際のところ優喜が牽制してほしいのは、主体となる予定の管理局なのだ。非常に面倒な仕事だが、やらねばならない理由こそあれ、断る理由は無いのが厄介だ。

 正直なところを言えば、もっと条件を吹っかけたいところだが、今更それを言い出すのは信義にかかわる。聖王教会自身は営利団体ではない。本来の設立目的に絡む案件で、これ以上吹っかけるのもおかしな話だし、第一うまく立ち回れば、管理局に対して今まで以上に影響力を持てるのだ。足りない利益は、そっちで得られるように動けばいい。

「そうですね。協力を了承したあかしとして、当方から一人、古代ベルカ式のデバイスに詳しい技術者を、非稼働品のデバイス数点と一緒にすぐに派遣しましょう。」

「ありがとうございます。」

「ただ、申し訳ないのですが、デバイスの方はともかく、技師の派遣は今日すぐに、とはさすがにいきません。いくつかの部署に話を通した上で、当人に準備をさせる必要がありますから。」

「承知しています。当方でも受け入れ準備ができているわけではありませんので、すぐに来ていただくのも少々難しいと思われます。」

 実際のところ、時の庭園での受け入れ、それ自体は特に問題ない。問題になるのは、派遣されてくる技師を、どういう扱いにするのかである。さすがに、いきなり最初の交渉で、相手方から人員の派遣を申し出てくるとは思っていなかったので、その辺のすり合わせがグループ内で完全には出来ていないのだ。

「そうですか。では、とりあえず、今すぐに持ち出せるデバイスを一点、準備させます。シャッハ。」

「はっ!」

 カリムの指示を受け退室するシャッハ。とりあえず、今日の目的はこれで終わりだ。後は、近いうちにヴォルケンリッターを説得してはやてを聖王教会に一時避難させ、グレアム一派を口説き落とせば、交渉周りはそこでほぼ完了である。

 だが、残っているのが頭の固いヴォルケンリッターと、復讐に目がくらんだグレアム一派。スムーズに進むとは思えない。

「さて、少し遅くなってしまいましたが、昼食にしましょう。今の夜天の王がどのような方か、食事の席でいろいろと教えていただけますか?」

「喜んで。」

 こうして、優喜はどうにか無事に聖王教会の協力を取り付けることに成功したのであった。







「ねえ、はやて。」

「ん? どうしたん?」

「ちょっと、ヴォルケンリッターを借りたいんだけど、いいかな?」

「私は特に問題あれへんから、あの子らがええって言うたら好きに連れて行って。」

 はやての誕生日から一週間後。前倒しになったなのは達の嘱託試験の二日前。例によって軟気功ではやての体と闇の書を矯正しながら、ちょっと早いかな、と思いつつ切りだす。

「せやけど、いつも思うんやけど、何でわざわざ外で話すん?」

「まあ、いろいろ理由がありまして。……ん~、そうだなあ。はやても来る?」

「一緒に行ってええんやったらついていきたいんやけど、大丈夫なん?」

「まあ、そろそろはやてにも話しておいた方がいいかも、と思わなくもないんだ。ただ、ヴォルケンリッターについては、出てきてからまだ一週間だし、ちょっと早いかもしれないんだけど……。」

「……なにがまだ早いんだ?」

 部屋の外で壁に背中を預け、それとなく優喜を警戒していたヴィータが口をはさむ。

「さすがに、一週間じゃこっちの暮らしに馴染んでないだろうし、はやてとアリサ以外は、まだ貴方達に信用されてる気がしないし、そういう意味でちょっと早いかもなあ、とは思うんだけど……。」

「……お前がただの小僧だったら、信用してもいーんだけどな。」

「うん。その意見は実に正しい。僕だって、一緒に暮らしているわけでもない同じような生き物を、たった一週間で信用しろって言っても無理だしね。」

「……自分で言うのかよ……。」

 ヴィータの言い分に苦笑を返し、とりあえずはやての治療を切り上げる。

「それと、先に言っておくけどな。」

「何?」

「別におめーらを信用してないわけじゃねえぞ。少なくとも、おめーらが悪い奴らじゃねーのは理解してるつもりだ。」

「ん。ありがとう。」

 ヴィータの言葉に小さく微笑んで礼を言う。

「それで、ここじゃ言えねー話って何なんだよ。」

「ちょっと待ってよ。話すなら一度で全部済ませよう、ね。」

「ちっ。分かったよ。シグナム達よんでくる。」

「お願い。すぐにリビングに行くから。」

 返事代わりに手を振ってヴィータが出ていったのを確認した後、はやての体を抱き起して車いすに乗せる。はやてに闇の書を渡し、車椅子を押してリビングへ移動する。

「……それで、話とはなんだ?」

「まあ、ここじゃなんだから、ちょっと付き合って。」

「付き合うのはいいけど、どこに行くの?」

「まずは手土産の調達に、翠屋まで。そこで、案内してくれる人を呼ぶつもりだから。」

 そう言って、プレシア特製の、通信機能に特化した小型端末をぶら下げて見せる。

(物々しい話だな。一体何を警戒している?)

(いろいろと、ね。)

 ぶっちゃけ、盗聴を含めた監視に気が付いている事は向こうにもばれているのだから、別段八神家で話をしてもかまわないのだが、最近はグレアム陣営以外の物々しい気配を感じる。どこにどんな耳があるのか分からない以上、素直に情報漏洩対策として、安全性の高い時の庭園を使うに越したことは無いだろう。

「なあ。」

「なに?」

「今のおめーの姿見てるとさ、この国が見た目ほど安全なのか、すげー疑問なんだけど。」

 出かける準備をしながらのヴィータの言葉に苦笑しながら、返す言葉を考える。

(あのさ。)

(なんだよ?)

(僕が、この世界で普通に起こるトラブルごときで、ここまでいろいろ警戒して動くと思う?)

 念話で伝えられた優喜の言葉に、思わず沈黙してしまうヴォルケンリッター。実際に戦った事は無いが、優喜は下手をすると、自分たちより強い。その優喜がここまで過剰に警戒するのだから、むしろ自分たちの側のトラブルに、主が巻き込まれているのだろう。

「最低限の危機管理、というやつがどれほど難しいか、改めて考えさせられる話だな。」

「何が?」

「この国では、お前や私たちは、単なる個人の危機管理のための戦力としては、明らかに過剰だ。一週間あればそれぐらいは分かる。月村の言葉ではないが、社会全体でここまで治安維持に成功していれば、個人として我々のような存在や組織だった犯罪者に対して身を守れるように備える、などというのは、著しくコストパフォーマンスに欠ける。」

「だけど現実に、魔導師がほとんどいないはずのこの世界で、魔導師で無いと解決できない事件が何週間か前まで続いていたみたいだし、絶対に不要か? って言われるとそうでもないのが問題なのよね。」

 結局は、確率の問題なのだ。大規模なテロや他国からの宣戦布告なしでの攻撃、魔導師による無差別破壊など、それほど大きな確率では無くても、ゼロでは無い危機などいくらでもある。そのうちどのあたりまでを国家に任せ、どのあたりから自衛するのか、また、どれくらいの確率で起こる事件まで見こんでどう準備するのか、結局そこら辺をコストや実現性で線引きするしかないのだ。

「……因果な話だな。俺たちが見たことも無いほど平和で安全な国に生まれたというのに、主に選ばれてしまったがゆえに、無視できる確率のトラブルに巻き込まれてしまうとは。」

「まあ、ぶっちゃけ四月に僕やなのはと友達になった時点で、前の事件に巻き込まれるのはほぼ確定してたんだけど。」

 ザフィーラの嘆息に、やや申し訳なさそうに優喜が口をはさむ。

「優喜君、結局、それは遅いか早いかの違いだけやん。あの事件も穏便に、誰も泣かんで済む終わり方したんやし、私が危ない目にあったわけでもないし、細かい事は気にしなや。」

「ん、そうだね。もう終った事だしね。」

「そうそう、終わったことや。」

 優喜とはやての会話に、疎外感を感じざるを得ないヴォルケンリッター。

「主はやて。差し出がましいようですが、我らが顕現するまでに、一体何があったのかを教えていただいてよろしいですか?」

「ええよ、って言いたいところなんやけど、フェイトちゃんとかすずかちゃんの重大なプライバシーにかかわる部分があるから、私の一存ではどうにも、な。」

「やはり、話してはいただけませんか。」

「ごめんな。みんなの事を信用してへん訳やないんやけど、どんなに信用してる相手に対してでも、人として勝手に話されへん事ってあるんよ。ほんまにごめんな。」

「いえ、主はやてがお気になさる事ではありません。」

 フェイトとすずかのプライバシーにかかわる問題が起こった、というところが実に気になるが、そういう話を本人がいない場所で勝手に聞かない程度には、彼女達も礼儀や常識をわきまえている。結局、その話はそこで終わり、翠屋につくまでの話題はシグナム達の戦争ボケ体験の暴露大会となってしまうのであった。







「お疲れ様です、優喜君。」

「お疲れ様、リニスさん。いつも手間かけてごめんね。」

「いえいえ。こういうのも楽しいので、気にしないでください。」

「楽しんでくれてるならいいけど、さすがにそろそろ、自力での転移手段も調達した方がいいかなあ。」

「そういう話は、プレシアに相談してください。多分、喜々としていろいろ用意してくれると思いますよ。」

 リニスの言葉に、微妙に嫌そうな顔をする優喜。プレシア・テスタロッサはマッドだ。昔はそうでもなかったようだが、一度狂気の世界に足を突っ込んでからは、発想がマッドな方、マッドな方へと流れる傾向がある。用意された通信機も、従来のもと比べると、斜め上の方向で強化されている。何より、たかが通信機にランクA+の自爆装置を組み込むあたり、もはや引き返せない領域でマッドになっていると言えるだろう。

「それで、そちらが?」

「うん。はやての忠実なる部下・ヴォルケンリッター。女性は身長順に、シグナム、シャマル、ヴィータ。男性はザフィーラ、守護獣だそうな。みんな、この人は使い魔のリニスさん。これから貴方達に持ちかける話の中心人物の一人。最近いろいろ悪い楽しみを覚えたって、主のプレシアさんが愚痴ってる人。」

「はじめまして。最近優喜君のせいで、悪巧みと暗躍の楽しさを覚えてしまったリニスです。」

「あ、ああ。ヴォルケンリッターの将、剣の騎士・シグナムだ。」

 にこやかに物騒な事を言うリニスに一抹の不安を覚えながら、とりあえず礼儀にしたがって自己紹介を返すシグナム。

「鉄槌の騎士・ヴィータだ。」

「湖の騎士・シャマルです。」

「盾の守護獣・ザフィーラだ。」

 シグナム同様、こいつ大丈夫なのか? という不安を覚えつつ、さすがに友好的な態度の相手に喧嘩を売るわけにもいかず、大人しく自己紹介を済ませる他の三人。

「さて、立ち話もなんですし、目立たないところまで移動しましょうか。」

「あ、ああ。」

「シャマルさんは転移魔法、使えますよね?」

「え、ええ。」

(では、座標を教えますので、適当にダミー転移を十回程度はさんで合流してください。)

(わ、分かりました。)

 にこやかに、やけに物々しい事をさらっと言い出すリニスに、いろいろ不安を隠せないシャマル。どうも、自分たちは知らぬ間に、それだけのことをしなければいけない事情に巻き込まれているらしい。

 いや、主が平然と構えているという事は、知らないのは自分たちヴォルケンリッターだけのようだ。この手際の良さを考えるに、昨日今日始まった状況でもなさそうなので、多分自分たちが顕現するよりずっと以前から続いているのだろう。

「それでは、行きますよ。」

「あ、ああ。」

「私、転移魔法で地球の外に出るんは初めてやから、かなりわくわくするわ。」

 何か、明らかに過剰な期待を持って、わくわくしながらリニスを見るはやて。そのはやてに苦笑しつつ、溜めも勿体つけも一切行わずにさっくり転移を開始するリニス。

「おおう、これが転移魔法か。」

「はい。ようこそ、時の庭園へ。」

「おじゃまします。」

 なんとなく気の抜ける会話をはやてとリニスが交わしている間に、少し遅れてヴォルケンリッターが到着する。

「ようこそ、悪巧みと暗躍の舞台・時の庭園へ。」

「リニスさん。いくら事実でも、初対面の相手にそういう趣味の悪い事を言わないの。」

「はい。そろそろ自重します。」

 前に会ったときより更にはっちゃけた感じのリニスを見て、いったい彼女に何があったのかと微妙な目線を向けながら考えるはやて。ついに全員駄目なほうに落ちたかと、達観した感じで見守る優喜。このノリについていけないヴォルケンリッターは、付いてきたことを、一瞬本気で後悔していた。

「とりあえず、ここは監視も盗聴も心配要りませんので、疑問点とか全部ぶっちゃけちゃっていいですよ。」

「だが、代わりに貴様らに記録されるのだろう?」

「何か問題でも?」

「……本気で趣味の悪いことを堂々と言う女だな……。」

「伊達に悪巧みと暗躍の舞台の管理をしていない、ということです。」

 リニスの言葉に苦笑しながら、とりあえず疑問をひとつ解決することにする。

「聞いておきたいんだけど、ここ、僕達以外にも使った人がいる?」

「ええ、何組か。誰がどういう話し合いで使ったのかについては、本題が終わった後に資料をお渡ししますね。」

「ん、お願い。」

 どうやら、現在の状況について、優喜も完全に把握し切れているわけではないらしい。何しろ、手が足りないからと、水面下で結構な人数が動いている。しかも、先日正式に聖王教会が協力を申し出たので、更に規模が大きくなった。当然ながら、重要事項はともかく、瑣末な話し合いや毎日の進捗状況などは、それぞれの役割のトップが個別に把握しているだけである。本来なら、そろそろ進捗の共有のため、トップレベルでの会合が必要になっている状況だ。

「それじゃあ、お茶を用意してきますので、こちらにお願いします。」

 立ち話もなんだし、という事でリニスにしたがい、用意された部屋で表面上くつろぐ一同。リニスがお茶を持ってくるまでの間、つかの間の休憩を取る一同であった。







「今日わざわざここに来てもらったのは、いくつか確認したい事があったからなんだ。」

 リニスが用意したお茶を、毒が入っていないことを証明するように一口すすり、話を切り出す。なお、リニスは解析作業のために席をはずしている。

「確認したい事……?」

「うん。貴方達の今後にもかかわる、本当に大事な話。」

「……どうせ、無関係のものに聞かれては困る類の話なのだろう?」

「もちろん。でなきゃ、監視と盗聴を気にして、わざわざこんなところに連れてきたりしないよ。」

 監視と盗聴、という言葉に顔が引き締まる一同。

「今更の話だが、我々が住んでいる家は、監視されているのか?」

「うん。ぶっちゃけ、貴方達が出てくる前から、ずっと監視されてるよ。」

「そうなん? いつごろから?」

「少なくとも、僕とはやてが初めて会った時には、もう監視されてたよ。たぶん、はやての家に闇の書が来たころからじゃないかな?」

 監視に全く気がつかなかったヴォルケンリッターが、物騒な表情を浮かべながら、優喜に対してうめくように言葉を絞り出す。

「本当に、監視されてるのか?」

「探知範囲内にそういう反応は無かったけど、事実だとしたら一筋縄ではいかない相手ね。」

「監視されてるんだとしたら、やっぱり安全な国ってわけじゃねーじゃんか。」

「だが、俺の鼻が聞く範囲には、そういう気配はなかったぞ。」

 ヴォルケンリッターの反応から、どうやら彼らも一般の魔導師と同じで、気配や殺気に対する感知能力は普通程度らしい。また、グレアム陣営が仕掛けた隠密型の監視用サーチャーは、シャマルの能力でも捕捉出来ないレベルのようだ。もっとも、プレシアに言わせれば、あると分かっていれば簡単に見つけられる程度だそうだが。

 とはいえ、元々正面切っての戦闘がメインで、少々攻撃が当たったところでびくともしないヴォルケンリッターと、視力をおぎなうために感覚器を磨き抜いた優喜や、不意を撃たれれば即命がない世界で戦闘している御神流とでは、必要な気配感知の精度や範囲が大幅に違うのは仕方がない点であろう。

「まあ、とりあえず、一つ目の質問の答えは分かったよ。」

「監視に気が付いているかどうかを聞きたかったのか?」

「うん。まあ、これに関しては割と、どっちでもいいと言えばいいんだ。知ってたらそれでよし、知らなくても今話せば終わり、ってことだし。」

「ならば、他の質問とやらを言え。」

 物騒な表情になっているシグナムに、苦笑を返す優喜。一週間かけて、自分たちの暮らしている国が異常なぐらい治安が良く安全な国だという事を、認識した矢先の話だ。いきなり騙されて梯子を外されたように感じても、無理もない話だろう。

「じゃあ、二つ目。貴方達は、闇の書が改変されて、現在進行形でおかしくなっていってる事を知ってる?」

「もちろんだ。我々自身の事だからな。」

「じゃあ、はやての足の麻痺が、その改変にかかわっている事は?」

「……どう言う事だ?」

 やはり、これもちゃんとは知らなかったようだ。言ってしまえば、病気についての知識のようなものか。自身がなにがしかの病気である、という自覚症状はあっても、それがどういう病気でどの程度進行しているか、当事者には案外分からない物だ。

「この場で調べればすぐに分かる事だけど、闇の書が、はやてのリンカーコアを侵食している。足の麻痺は、浸食されて足りなくなったエネルギーの帳尻を合わせた結果だ。」

「……シャマル?」

「分かったわ。調べてみる。」

 シグナムに促されて、はやてと闇の書のリンクをチェックするシャマル。その顔がどんどん険しくなって行き、最終的に蒼白、と呼んでもいい状態になる。

「……残念ながら、優喜君の言う通りのようね。」

「で、その事にかかわる話だけど、夜天の書って言う名前に聞き覚えは?」

「……ないな。かすかに記憶に引っかかる物はあるが、少なくともはっきりとは知らん。」

「じゃあ、もう一つ。前回の覚醒が何時で、その結果がどうだったか、覚えてる?」

 優喜の質問に対して、はっきりと顔色が変わる。最後、どころか過程すら思い出せないのだ。

「……優喜。貴様は何を知っている!?」

「ちょっと待って。後で全部話すから。次がこの件に絡む最後の質問。管理人格の名前は?」

「……なぜだ。何故思い出せん!!」

「やっぱり。どうにもなかなか重症みたいだね。」

 ヴォルケンリッターの蒼白になった顔を見て、心の底から重いため息をつく。そこに、はやてが不思議そうな顔で質問する。

「なあ、優喜君。」

「ん?」

「管理人格って、なに?」

「えっとね。夜天の書にはもう一人、人格プログラムがいるんだ。名前の通り、書のシステム全体を管理する、主を除けば最上位の存在で、同時に書の主やヴォルケンリッターの強化ユニット・ユニゾンデバイス、ベルカだと融合騎って言うんだったかな? でもある存在。

 ヴォルケンリッターみたいに実体化することもできるんだけど、今ここにいないってことは、どうやら実体化にヴォルケンリッターとは別の条件があるみたい。ユニゾンデバイスについては説明を省くから、名前で予想して。僕が知ってるのはこんなところだけど、だいたいはこれであってるよね?」

「あ、ああ。」

 優喜の説明はほぼ正確だ。この時点で、相手は自分達の事をほぼ知りつくしていると判断していいだろう。

「で、貴方達の名前はちゃんと調べて分かってたんだけど、どうにもこの管理人格は奥ゆかしい人らしくてね。名前が出てくる資料がないんだ。まさか、名無しってことはないよね?」

「ああ。ちゃんとした名があった。だが、どうしても思い出せない……。」

「一体どうなっちまってんだよ……。」

「それについて、これから説明するよ。ただ、貴方達にとってはショックな話だから、それなりに覚悟はしておいてよ。はやても、ね。」

 真剣な顔の優喜に、うろたえる心を無理やり押さえつけ、顔を引き締めて一つ頷くヴォルケンリッター。その様子を見て、分かっている限りの夜天の書の現状を説明する優喜。

「……今更聞くことではないが、事実か……?」

「嘘をついて、僕に何のメリットがあるの?」

「……だが、到底信じられん。」

「少なくとも、おかしくなっていってる自覚はあるんでしょ?」

 優喜の問いかけに、苦虫をかみつぶしたような顔で頷くシグナム。

「それで、だ。仮に貴様の話が事実だとして、直すあてはあるのか?」

「さっきのリニスさんが、先々週ぐらいに書のシステムの断片をコピーして解析してる。彼女に言わせると、解析そのものは同時代の古代ベルカデバイス言語があれば、暗号解読で一日、本体解析でもう一日ぐらいだって言ってたよ。」

「信じられない能力ね……。」

「でしょ? 伊達にマッドサイエンティストの使い魔はやってないみたい。それに、他にも色々とやれることはやってるから、後は時間との勝負。」

 優喜の言葉に、ため息をつく。その時間との勝負という状況で、わざわざ一週間も話を持ちかけるのを待ったのは、間違いなく自分達に対する配慮であろう。

「そこについては分かった。もう一つ聞いておきたいのだが、監視している人間については分かっているのか?」

「うん。時空管理局本局提督、ギル・グレアム。はやての後見人のギル小父さんだ。」

「えっ……!?」

「貴方達は管理局にばれないように事を運ぶつもりだったみたいだけど、残念ながら、最初から管理局の一部には筒抜けだったんだ。」

 優喜の言葉に、どこか他人事だったはやてが、顔を青ざめさせ優喜を見る。

「なあ、優喜君。ほんまなん?」

「残念ながら、ね。」

「何で? 何でギルおじさんが?」

「十一年前の闇の書の暴走事件、その時の担当が彼だったんだ。で、その時に、暴走した闇の書と一緒に、腹心ともいえる部下をその手で消滅させている。」

 優喜の言葉に、息を呑む一同。

「それで、リンディさんとクロノって言う、今度シグナムたちに会ってもらう予定の管理局の人がいるんだけど、そのリンディさんの夫でクロノの父親がね、闇の書と一緒に消えた人なんだ。」

「……ちょっと待て。」

「言いたいことはわかってるよ。ちゃんと、そこらへんも何度も確認してある。それとも、本当にそんな事件があったのかが信用できない、って言うんだったら、映像資料が手元にある。」

「……いや、今更そこは疑わないが、その人は本当に信用できるのか?」

「少なくとも、嘘は言ってない。ただ、あなた達と直接対面したときまでは保障できない。」

 優喜の言葉に、手元のティーカップを睨みながら、言葉をかみ締めるシグナム。

「……なあ、優喜君。」

「何?」

「ギルおじさん、私のことも憎いんかなあ……?」

「……なんとも言えないよ。僕が直接会った相手は、彼の使い魔だしね。」

 重苦しい沈黙が場を覆う。優喜がはやてに秘密で話を進めるわけだ。さすがにこの内容を、盗聴されてる場所で堂々と話すわけには行かないだろう。

「……優喜君。」

「ん?」

「ギルおじさんと直接話すことって、出来へんのかなあ……。」

「もう少し待って。今、そのためにがんばってるから。」

「……うん。」

 更に沈黙。しばしの沈黙を破って、優喜が口を開く。

「それで、言いづらいんだけど……。」

「言わずとも分かっている。」

 優喜の言葉をさえぎり、重々しく言葉をつむぐシグナム。

「正直、信じられん話ばかりだ。いや、信じたくない、というのが正しいか。」

 深い深いため息をひとつ漏らすと、シャマルがシグナムの言葉を継ぐ。

「でもね、少なくとも、このままだとはやてちゃんの体が持たないことと、蒐集が問題の解決になるかが疑わしいことは分かったわ。」

 シャマルの言葉が終わるのを待ち、ザフィーラが静かに己の意見を告げる。

「我らは騎士だ。我らが将の判断に従おう。」

 最後に、ヴィータが優喜を睨みつけ、己の言葉をほえる。

「だがな、たとえ手を組むしても、だ。お前がアタシ達を、いや、はやてを裏切ったら、絶対ゆるさねえ! 地獄の底からでも蘇って、オメーをぶっ飛ばす!!」

 ヴィータの言葉に、目を鋭く細め、相棒たるデバイス・レヴァンティンを起動し、切っ先を優喜に突きつけるシグナム。

「シ、シグナム!?」

 はやての言葉を無視し、優喜に突きつけた切っ先で、首筋を軽くなぞる。うっすらと一筋、赤い線が首に浮かぶが、優喜は微動だにせずシグナムを見つめ続ける。

「この場は貴様を、主はやてが心を許し、アリサ・バニングスが認め、月村すずかが慕う貴様を信じ、その言葉に従おう。」

 レヴァンティンをおろし、睨みつける眼光もそのまま鋭く吐き捨てる。

「だが、我らを裏切ったとき、この切っ先が貴様の首を切り落とすと知れ!」

「言われるまでもない。仮に管理局があなた達を裏切ったなら、生き物であることを捨ててでも連中相手に落とし前をつけるさ。」

 シグナムの言葉に、愛らしい顔に似合わぬ不敵な笑みを浮かべ、物騒なことを言い切る優喜。その覇気に、シグナムは満足そうに相棒を鞘に収める。

「貴様に従い、管理局と手を組もう。」

 烈火の将・シグナムが、ヴォルケンリッターの方針を決定する。長きに渡る闇の書と管理局の対立、それがこの時、ようやく歩み寄りを始めたのであった。



[18616] 第7話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:9e05b00a
Date: 2010/10/16 18:21
 優喜が聖王教会と顔合わせをした一週間後。ヴォルケンリッターが管理局と協力することを認めた二日後。なのはとフェイトの嘱託魔導師採用試験の付き添いで本局まで来た優喜は、終わるまでの間クラナガンの中央ポートに程近い公園で、フリーマーケットでアクセサリー売りをしていた。

 付き添いはいいが、待っている間やることがない、という優喜に対し、リンディが本局の見学を勧めてきたが、広すぎて戻るのに時間がかかる上、次元世界の通貨を持ち合わせていない優喜にはそそるものがほとんど無かったのだ。無限書庫も、今ユーノが遺跡発掘の第三陣として留守にしているため、ほんの数人の司書により少しずつ整理が進められているだけの状況だ。優喜のように、魔法の素養が一切ない人間が出向くにはいろいろ問題が多いため、現在は資格所有者以外立ち入り禁止である。

 そこで、優喜がアクセサリー作りを趣味でやっている事を聞いていたエイミィが、だったらフリーマーケットで出品してはどうか、という話を持ち出し、手続きまで代行してくれたため、試験が終わった後遊んで帰るための軍資金稼ぎも兼ねて、処分が終わっていない物を適当な値段をつけて売りさばいているのだ。

「売れ行きはどう?」

「まあまあ、ってところかな? 持ち込んだ分の半分ぐらいは売れたし。」

 試験の関係で地上本部の方に用事があったエイミィが、ついでに優喜の様子を見に顔を出す。さぼっているように見えなくもないが、これも一応彼女の仕事だ。

「しっかしすごいなあ。仕事中じゃなかったら、一つ買って行くのになあ……。」

 優喜がずらっと並べているアクセサリーを見て、実に残念そうにぼやくエイミィ。因みに、優喜にこちらの物価など分かるはずがないので、値段についてはエイミィが相場を教えていたりする。

「どれが欲しいの?」

「え?」

「エイミィさんにはいろいろお世話になってるから、プレゼントするよ?」

「いいの?」

「うん。なんなら、注文くれたら作るけど?」

 優喜の言葉に真剣に考え込む。

「じゃあ今度、制服でも私服でも違和感ない、ちょっとおしゃれな感じのイヤリングとかお願いしていい?」

「いいよ。サービスでちょっとしたおまじないもかけとくよ。」

「おまじない?」

「うん。まあ、あんまり役に立たないとは思うけど、軽く弾よけのおまじないあたりをね。」

 えらく実用本位なおまじないを持ち出す優喜に、明後日の方向に視線を泳がせながら乾いた笑みを浮かべるエイミィ。実際、エイミィには役に立たなかろう。因みに、優喜の弾よけのエンチャントは、軽めのものでフェイトのフォトンランサーを五分五分で、なのはの弾幕を七割の確率で、デリンジャークラスの弾なら確実に反らす事が出来る。

 納期が一月ほどあれば、威力ランクB+以下の飛び道具は完全に無力化できるものも作れるが、まだ今の実力では、そんなに難しい事をすると、その間他のエンチャントが出来ないという弱点がある。なので、保険程度の軽めのエンチャントなのだ。

「そのおまじないは、むしろクロノ君のためにしてあげて。」

「了解。間を見てクロノ用も作っておくよ。で、なのはとフェイトはどんな感じ?」

「学科の方は、ざっと回答を見たけど問題ないみたい。カンニングチェックにも引っかかってないし、ペーパーテストで落ちることはないと思うよ。」

「じゃあ、あとは実技だけか。」

「うん。今は儀式魔法を四種、フェイトちゃん主導でやってるところ。」

 儀式魔法に関しては、現状なのはの実技周りで一番の弱点だ。得手不得手はあれど、他の魔法は一通り、必要最低限の効果が出るところまでは練習しているが、儀式魔法は時間がなくて手つかずだ。なので、参加は出来るが主導は出来ない。

「フェイトはともかく、なのはにとっては一番の不安要素だね。」

「大丈夫大丈夫。部署にもよるけど、儀式魔法なんて長距離転送か強装結界ぐらいしか使わないから、参加が出来ればそれで十分だって。」

「そういうもんなんだ。」

「そ。それにね、なのはちゃんとかフェイトちゃんを、わざわざ強装結界の要員に使うとか、そんな勿体ない事は普通しないし。」

「なるほどね。」

 無論、プレシアがやったように次元空間から攻撃するとか、浄化のための儀式とか、儀式魔法の出番がないわけではない。だが、普通の事件で儀式魔法が必要なほどの大規模な攻撃魔法は使わないし、一定ラインを超える破壊力が必要なら、素直に魔導砲・アルカンシェルで吹き飛ばす事が多い。浄化などの儀式に関しても、なのは達のような門外漢ではなく、それ専門の魔導師が主導するので、ほとんどの魔導師は、参加は出来ても主導は出来ない、とのことだ。

「だから、実質戦闘試験が一番の難関だとは思うけど、これも、よっぽど無様な負け方をしなかったら、まず問題無く受かるしね。」

「無様な負け方ってのが危なっかしいなあ。特にフェイトが。因みに、試験官はクロノ?」

「うん。最初予定してた教導隊の人たちが、急な特別任務で出払っちゃってね。連携戦闘については、さっき地上本部の方に顔を出して、頭を下げてきたから別の人だけど。」

 さすがにクロノといえども、AAAクラス二人とその使い魔一人という組み合わせを単独でどうにかするのは厳しいらしい。しかも、なのはとフェイトは、きっちり役割分担ができる組み合わせで、しかも一緒に肩を並べて戦った経験もそこそこある。それに何より、なのはの砲撃は、当たればそれで勝負がつきかねない。なので、応援要請として、首都防衛隊の待機組から二人ほど、頭を下げて協力してもらったのだ。

 同じ組織とは思えないほど仲の悪い地上と本局では珍しい話だが、首都防衛隊に限っては、本局の局員と肩を並べて戦う事も多いので、部隊を選べばそれほど話が通じないわけではない。それに、そもそもAAA以上の魔導師が複数となると、地上では首都防衛隊ぐらいにしかいない。

「もしかしたら、悪い事をしたかも。」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとね。」

 はやての誕生会でなのはに話した、クロノの戦闘スタイルについての分析を、正直に全部話す。

「うわぁ……。クロノ君が気にしてる事とか、全部ビンゴだよ……。」

「あ~、やっぱりか……。まあ、分かってても引っ掛かる時は引っ掛かるし、手札が割れてても関係無く引っ掛けるのが、あの手のスタイルの本領なわけだし。ただね。」

「ただ?」

「別にクロノ相手だけを考えたわけじゃないんだけど、戦闘訓練、最近はバインド対策も結構やってるんだよね。」

「あ~……。」

 バインドというのは、まっとうな対人戦では絶大な効果を発揮する。なので、バインド対策をきっちりやるのは悪いことではない。ないのだが……。

「もしかしたら、試験官がぼろ負けするとか、そういう珍事が起こる可能性もあるかも……。」

「まあ、なのはもフェイトも、まだまだ攻め手が荒いし詰めが甘いから、型にはまるとあっさり完封されるし。」

 という優喜のフォローもむなしく、クロノを含む試験官はこの後、えげつないとしか言いようがないやり口で対応をつぶされ、小細工ではどうにもならない世界というものを徹底的に味わう羽目になるのだが。

「まあ、クロノ君の無事を祈るしかないかな。優喜君も祈ってあげて。」

「はいな。それで、そろそろ結構な時間がたってるけど、仕事はいいの?」

「あ、そうだね。そろそろ行くよ。ごめんね、邪魔しちゃって。」

「いやいや。お客さんと駄弁るのも、フリーマーケットの醍醐味だし。」

 そだね、と優喜の言葉に同意してから、軽く手を振って立ち去るエイミィ。運がいいのか悪いのか、この後の珍事に、彼女はそれほど大きくは巻き込まれずに済んだのであった。






 もう昼には遅いかな、というぐらいの時間。いい加減持ち込んだアクセサリーも目ぼしいものはすべて売れ、優喜の観点で今一歩というものが後数点、という頃合いに、その親子連れは現れた。そろそろ店じまいして適当に買い食いでも、とか思っていたので、彼女達を最後の客にする事に。

「へえ、いいのが並んでるじゃない。誰かの手製?」

「ええ。目ぼしいものは全部売れましたけど。」

「あらら、ちょっと遅かったか。」

 青い髪をポニーテールにした、上で見積もっても二十代半ばと思われる快活な女性が、実に残念そうに言う。その足元では、なのは達より少し年下、という感じの長い髪の少女と、まだ幼稚園児ぐらいのショートカットの女の子が、興味深そうに並んでいる商品を見つめていた。下の子とは辛うじて親子ぐらいに見えるが、上の子とは少々年の離れた姉妹にしか見えない組み合わせだ。

「それで、何か気に入ったものあった?」

 優喜に声をかけられ、びくっとして母親の後ろに隠れるショートカットの女の子。

「あらあらスバル。このお姉ちゃん、そんなに怖くないでしょ?」

 娘の人見知りに苦笑しながら、足にしがみつく娘の頭を軽くポンポンと叩く女性。

「おいおい、お前ら。あんまり勝手にさきさき行くんじゃねえ。」

 女性が自分の娘をあやしていると、中年の渋いおっさんが親子に声をかける。

「あら、ゲンヤさん。もうお話はいいの?」

「本来、今日は家族サービスの日だからな。それで坊主、うちの娘どもは、どれがいいって?」

 父親らしい中年のおっさんの言葉に、怪訝な顔をする女性。

「ゲンヤさん、坊主って?」

「まあ、この顔だから間違えてもしょうがねえか。坊主、お前さん男だろ?」

「よく分かりましたね。所見で男だと分かった人は久しぶりです。」

「仕事柄、そういう観察力は鍛えておかねえとまずいんだわ。で、娘どもが欲しがってるのはどれだ?」

「聞く前に怖がられちゃいまして。」

 優喜の返事に苦笑するゲンヤ。

「まあ、スバルは人見知りするからなあ。ギンガ、どれがいいんだ?」

「……これ。」

 ギンガと呼ばれた、年上の方の子供が指さしたのは、非常にシンプルなチェーンネックレスだった。残っている中では一番値段が高いうえ、一番地味なデザインである。因みに、同じものがもう一つある。

「おいおい、本当にこれか? こっちのブローチとか、この髪飾りとかじゃなくて?」

「うん。これがいい。」

「おやびっくり。お嬢ちゃんはお目が高い。そのネックレスはちょっとしたおまじないがしてある、実は今日持ってきた中で一番手が込んでるものだよ。」

「おまじないって、そんなもんで値段を吊り上げてるのかよ……。」

 ゲンヤの言葉に苦笑する。魔法という技術が存在しているミッドチルダでも、やはりおまじないはオカルトの類らしい。

「因みに、おまじないってどんなもの?」

「防御力強化。首から下げるだけで、低ランクのバリアジャケットと同じぐらいの防御力をゲットできる優れもの。」

「……いきなり即物的な表現になったわね。」

「他に表現のしようがありませんから。」

 優喜の説明に苦笑する女性。おまじない、という語感から来る印象とはかけ離れた、異常に生々しく即物的な効果に、思わず突っ込みたくなったのも無理はないはずだ、と取り合えず自己弁護をしておくことにする。

「低ランクって、具体的には?」

「僕は管理外世界の人間だし、魔導師資質がないから詳しいランク区分は分からないけど、とりあえずデリンジャー程度の拳銃の威力なら、完全にノーダメージで防げるぐらいですね。」

「……本当に?」

「一応、ちゃんと効果は確認してあります。まあ、こればっかりは、着けて試してみて、としか言いようがないので。」

 優喜の言葉に、しばし考え込む女性。こんなフリーマーケットに出回ってる、手製のチェーンネックレスとしてはかなり高いと言わざるを得ない値段だが、付加効果が本当であれば、逆に驚異的に安い。身につけているだけでコストなしで防御力向上、などというアイテムは、それこそロストロギアの領域なのだから。

「そうね。話のタネに買って行こうかしら。この子たちもこれが一番気に入ったみたいだし。」

「お、おい、クイント……。本気かよ……?」

「別にいいじゃない。こういう怪しげなものを買うのも、フリーマーケットの醍醐味みたいなものなんだし。」

「ま、まあ、納得してるんだったら、別にいいんだがよ……。」

 ゲンヤがごにょごにょ言っているのを無視して、さっさと支払いを済ませるクイント。さすがにフリーマーケットでは、みな現金決済が普通である。因みに、優喜本人はピンと来ていないが、今日一日で普通の企業の高卒程度の新入社員の、一カ月の手取り収入程度の稼ぎをあげていたりする。

「そういえば君、管理外世界の子だって言ってたけど、移住してきたの?」

「いえ。今日は単に友達の用事の付き添いで、こっちに。終わるまでの間時間つぶしと軍資金稼ぎも兼ねて、練習で作って処分に困ってたものを出品してました。」

「別に、無理に敬語でなくていいわよ。それで、お友達の用事って何?」

「んと、嘱託魔導師試験を受けに来たんだ。いろいろあって、どこにどんな風に目をつけられてるのか、分かったもんじゃないって状況になっちゃって。」

「目をつけられるって、大規模な砲撃でも連射したの?」

「そんなところ。なにしろ、推定ランクAAA以上の魔導師が何人か、全力戦闘をする羽目になったから。」

 優喜の言葉に、しばし沈黙するゲンヤとクイント。どうやら、相当大規模な事件に巻き込まれたようだが、魔導師資質がない目の前の少年が、よく無事に切り抜けたものだ。

「で、僕自身は管理局に所属する理由がないから、こうやって試験が終わるまで、軽く商売をしてたんだ。」

「なるほどねえ。それで、試験が終わった後に、打ち上げとして軽く遊んで帰るって腹かい?」

「そそ。本局内の福利施設で遊ぶか、クラナガンで遊ぶかは、合流してから考えるつもり。」

 優喜の返事に、そういう事ならといくつかお勧めのスポットを教えるクイント。こんな感じで、異世界でもフリーマーケットの醍醐味を楽しむ優喜であった。







 そのあと、もうすこしだけナカジマ一家と雑談をしている最中。唐突に、少しばかり優喜の顔つきが変わる。常に無意識のレベルで行っている気配探知。それが、やけに攻撃的な魔力を拾ったのだ。大きさはなのはの通常魔力弾換算でせいぜい五発分程度。人一人を気絶させるには十分だが、たとえ物理破壊設定でぶっ放したところで、人間を即死させることは出来ないだろう。低ランクでもバリアジャケットがあれば、戦闘能力を失わずに済むレベルだ。

「ねえ、おじさん。」

「なんだ?」

「おじさんは、管理局の人だよね?」

「ああ。地上勤務だがな。」

「こういう公園って、警備とかはどうなってるの?」

 いきなり雰囲気が変わった優喜の問いかけに、怪訝な顔をしながら少し考え込む。

「……そうだな。今日みたいな大きめのイベントの時は、一応それなりの人数を交代制で巡回させているし、出入り口と人の多い場所には常駐の警備員も置いてある。それに、人目の無いところを出来るだけ埋めるように、結構大量のサーチャーをばらまいてあるぞ。」

「なるほど。出品者は荷物のチェックも受けてるから、盗難届が出てない盗品でも出てない限り、出品されてるものが原因でトラブルが、ってことは少ないか。」

「まあな。それで、どうしたんだ?」

「どうにも妙な感じなんだ。この手のフリーマーケットって、トラブルは多い?」

「人がこんだけ集まるんだ。トラブルゼロはあり得ねえさ。」

 優喜がなにを言いたいのかがいまいちピンとこないゲンヤ。少し考え込んで、荷物の中から取り出したシンプルなチェーンブレスレットをゲンヤに投げて渡す優喜。

「おじさん、魔導師じゃないんでしょ? さっき売ったやつと同じおまじないがかかってるから、念のためにそれつけといて。」

「おい。どう言う事だ?」

「それから、お姉さんは武術をやってる魔導師だろうから、少々のもめごとなら大丈夫だと思うんだけど、どう?」

「……よく分かったわね。そういう君も、何かやってるんでしょ?」

「まあ、師匠から見ればたしなみ程度の技量だけどね。」

 そう言いながら、魔力の発生源を探知する。場所は三つ左隣りの向かい。徐々にこちらに近付いている。何かブツブツ言っているようだが、人が多すぎてなにを呟いているのかは拾えない。

 自分も引きの悪さはフェイトの事を言えないな、などと思いつつも警戒していると、予想通り唐突に魔力弾が炸裂した。

「ゲンヤさん!!」

「大丈夫だ!」

 優喜の反応から何かあると身構えていたことが幸いし、防御魔法が間にあうクイント。優喜の渡したブレスレットのおかげで、直撃しても無傷で済んだゲンヤ。

「しかし驚いたな。本当に効果がありやがった。」

「本当ね。ギンガ! スバル! 怪我はない!?」

「うん!」

「おにーちゃんが守ってくれたから、大丈夫。」

 見ると、ギンガとスバルはいつの間にか優喜の後ろ側に回っており、流れ弾で飛び散った瓦礫のうち、直撃コースのものはすべて優喜に叩き落とされていた。

「ひゃはははははははは!!」

 今の一撃で何かが吹っ切れたらしい。事を起こした、まだせいぜい二十歳前後の若い男性魔導師は、明らかに逝っちゃった顔で無差別に魔力弾をばらまき始める。

 突然のこのテロ行為に、周囲がパニックを起こし、蜘蛛の子を散らすように逃げ回る。結果として、取り押さえるために急行してきた局員が、人波に押されて現場にたどり着けなくなる。

「クイント!」

「分かってる! けど、数が多すぎる!」

 唯一、魔導師として事態に対応できるクイントは、次々放たれる物理破壊設定の魔力弾を、周りの一般市民に当たらないように防ぐので手一杯だ。力量差だけを考えれば、五秒で制圧できる程度の相手。そんな相手に状況を盾に取られて苦戦せざるを得ない現状に、歯噛みせざるを得ない。また、整備中で自分のデバイスを持ってきていなかったのも痛い。

 当たったところでせいぜい打撲程度の威力。当たり所とタイミングが悪くても、いいところ骨折するかしないかぐらいの魔力弾。だが、たとえその程度のものでも、一般市民に当てさせるわけにはいかない。健常者には大した威力ではなくても、子供や老人にとっては危険な一撃だ。

 ゆえに、不意打ちで防ぎれなかった初撃以外は、体を張ってでも全てを防ぐしかない。そして、クイントは実際に、広範囲に無差別にランダムにばらまかれる魔力弾を、デバイスも無しで全てたたき落とすという離れ業をやってのけていた。彼女が卓越した戦闘技能を持っていることは、この一点をもってしても明らかであろう。

「手伝うよ。」

 ゲンヤと協力して、負傷者と子供達を安全圏に逃がし終えた優喜が、ひょっこり戻ってきて声をかける。

「魔導師でもない子供が、いちいちしゃしゃり出てこないの!」

「この程度、魔導師でなくても仕留められるよ?」

 クイントの言葉を一蹴し、拾った小石で飛んできた魔力弾を全て撃ち落とすと、一流の武道家であるクイントですら、なにが起こったか分からない動きで距離を詰める。次の瞬間、崩れ落ちる魔導師。

「……強いわね、恐ろしく。」

「いやいや、ただの小僧の手慰みだって。」

「その台詞を、どつき倒されたこの男に言ってみな。刺されても文句は言えねえから。」

「まあ、そうかもね。」

 ゲンヤの言葉に苦笑しながら、適当に縛るものを探して、両手の親指を後ろ手に壊死しない程度の強さで縛る。

「坊主、やけに手慣れてるけどよ、その年で一体どんな人生を送って来てんだ?」

「まあ、いろいろと波乱に満ちた人生?」

「それで済ますのかよ……。」

 ゲンヤの言葉に肩をすくめて見せると、もう一度犯人をじっくり観察する。

「しっかしこれ、大したもんだな。豆鉄砲とはいえ、痛くもかゆくもねえんだから。」

「いいでしょ。とまあ、とりあえずその辺の話はおいといて。この人だけど、多分薬物検査をした方がいいと思う。」

 優喜の言葉に、顔つきが変わるゲンヤ。

「どう言う事だ?」

「ふむ、詳しく聞かせてもらえないかね、少年。」

 ゲンヤの言葉に割り込むように、立派なひげの壮年の男が割り込む。後ろには、メガネをかけたクールビューティを一人、従えている。

「こ、これはゲイズ中将閣下!」

「休暇の最中まで、いちいちかしこまる必要はないぞ、ゲンヤ・ナカジマ三佐。」

「で、ですが……。」

「中将閣下は、一体どのようなご用件でこちらに?」

「なに。仕事の合間の時間に、フリーマーケットの様子を見に来ただけだ。たまにはこういう活気のある場所を見ねば、自分が何のために管理局にいるのか、忘れそうになるのでな。」

 そう言って腹立たしそうに、目の前の魔導師が暴れた跡を見渡し、もう一度優喜に視線を戻す。

「それで、話をもどすが、少年。」

「なんですか?」

「改まる必要はないぞ、少年。お前は儂の部下ではないし、第一お前ぐらいの子供が畏まった態度で礼にかなった言動をするなど、気色悪くて仕方がない。」

「了解。それで、えっと、薬物検査の話だっけ?」

「ああ。」

 少し間を置き、目の前の油ギッシュと紙一重のラインで精力的と評することができる強面を軽く観察。自分と同じく腹に一物あるタイプだが、私利利欲で動く人物でもないだろうと判断し、とりあえず分かっていることを全部話す。

「僕はちょっとした事情で、鼻と耳と舌は普通の人より鋭いんだ。で、この人の体臭、具体的には汗に、あんまりよろしくない種類の臭いが混ざってるのを感じたから、薬物反応を調べた方がいいんじゃないかな、って。あと、心拍数とか脈拍、呼吸もなんか妙だし、変な感じに瞳孔が開いてるから、薬かなあ、って。」

「それだけが根拠か?」

「他にもあるけど、こちらには存在しない概念だから、ここで説明すると長くなる。」

「ふむ。少年、この後の予定は?」

「友達の嘱託魔導師試験終了を待って合流、ちょっと遊んで帰るだけ。明日は学校だから、そんなに長くはこっちにいられないけどね。」

「……ふむ。本来は事情聴取などで時間を取りたいところだが……。」

 ゲイズ中将は、ちらりとナカジマ夫妻に目を向け、しばし考え込む。

「そうだな。まず今回の事件については、ここで略式の事情聴取を行おう。少年、君は現在どこに住んでいる?」

「えっと確か、第九十七管理外世界、だったかな?」

「へえ、そりゃ奇遇だな。俺の先祖が第九十七管理外世界の出身なんだ。」

 ゲンヤが面白そうに優喜に声をかける。

「なるほど、管理外世界の人間か。それなら確かにそれほど時間はかけられんな。儂はレジアス・ゲイズ。時空管理局地上本部のトップだ。少年、名と連絡先を教えてもらえんか?」

「名前は竜岡優喜。連絡先は……、この場合どこを教えればいいんだろう?」

「こちらに来ているという事は、誰か管理局の関係者がいるはずだ。その人物を教えてくれればいい。」

「だったら、トップは今のところ、リンディ・ハラオウン。」

「ハラオウンか……。」

 リンディの名が出てきたところで、ゲイズ中将の顔が険しくなる。

「そういえば、地上と本局って、ものすごく仲が悪いって言ってたっけ?」

「ああ。頭のいてえ事にな。」

「でもさ、普通管理外世界在住の人間がこんなところにいるのって、大体本局がらみの事件にかかわったからだと思うんだけど……。」

「まあ、そうだろうなあ。」

「それで本局の人間と知り合いだからって、機嫌を悪くされても困るんだけど……。」

 優喜の苦情に、少し表情を緩める。

「ああ、確かにそうだな。すまん。儂は本局は嫌いだが、それはお前達には関係の無いことだからな。」

「その主義主張に口をはさむ気はないけど、トップはそういう事にあまりこだわらないでほしいなあ……。」

 優喜の命知らずな苦情に、思わず表情が固まる管理局員達。逆に、妙に機嫌よさげに、だが今にも目の前の生意気な小僧を食い殺しそうな目で優喜を見つめるゲイズ中将。

「面白い少年だな。儂を前にそこまで言い切れるあたり、なかなかの根性だ。」

「個人の主義主張はいいんだけど、それを組織全体でやられると、結局迷惑をかぶるのは部外者だってことは、散々経験してるからね。特にあなたたちは公的な治安維持組織なんだから、組織内での反目は、最終的には守るべき一般市民に返って来るんだよ?」

「言ってくれるな。だがその年で、そこまで明確に主義主張を持っているところは気に入った。優喜といったか? ナカジマ三佐が、無防備に魔力弾の直撃を受けて無事だった理由も知りたい。今日とは言わんが、一度じっくり話をする時間を取ってもらえんか?」

「それはかまわないけど、それほど実りのある話は出来ないと思うよ。」

「それを判断するのは儂だ。あとで都合がいい日時を教えてくれ。」

 レジアスの言葉に、驚愕の視線を向けるクールビューティ。

「中将閣下、いくらなんでもそれは……。」

「管理外世界の人間に無理を言って話をさせるのだ。こちらが時間の都合をつけるのが筋であろう? 大体、優喜は儂の部下ではない。」

「忙しいんだったら、そんなに無理しなくてもいいんじゃない?」

「いや、ぜひとも話を聞かせてもらいたい事情があってな。内容次第では、地上の深刻な人材不足が、多少は解決するかもしれん。」

「さっきおじさんに渡したブレスレットのことを言ってるんだったら、あれはまだそんな数は作れないから、お役に立てるとは思えないんだけど。」

 数は作れない、という言葉に目つきが変わるレジアス。それを見て、余計なことを言ったと後悔する優喜。まあ、こうなった以上、最悪夜天の書の修復プロジェクトに巻き込めばいいか、と腹をくくる。

「どうやら、何が何でも話を聞かせてもらわねばならんようだな。」

「分かった、分かりました。第九十七管理外世界の日本時間で十六時ぐらいなら、一時間ぐらいならどうにか時間の都合は付けられると思うから、そちらの都合のいい日にちでお願い。後、場合によっては、こっちもお願いすることが出るかもしれないから、そのときはよろしく。」

「内容次第だが、出来ることなら善処しよう。」

 そこで話がまとまり、略式の事情聴取が進められる。と言っても、犯人は現行犯逮捕されている。発生状況についてや前後の様子など、気がついたことを答える程度だ。

「他に質問は?」

「まあ、こんなもんだろう。」

 聞くべき話を聞き終えて、肩を叩きながら答えるゲンヤ。手が足りない事もあり、臨時でお手伝いである。

「なんだかすごい騒ぎになってるけど、なにがあったの?」

「あ、エイミィさん。試験は終わったの?」

「うん。無事、と言っていいのかどうかはともかく、二人とも合格だよ。で、なにがあったの?」

「ちょっとばかし通り魔的な事件がね。まあ、犯人はちゃんとどつき倒しておいたけど。」

「……優喜君って、フェイトちゃんとは違う方向で、トラブルに巻き込まれやすいよね。」

 エイミィの言葉に苦笑していると、エイミィに気がついたレジアスが、不機嫌そうに寄ってきた。

「……ふん、ハラオウンの飼い犬か。」

 レジアスの登場に、思わず身を固くしながら反射的に敬礼をするエイミィ。

「レジアスさん、そういう事を言わないの。この人たちがいなかったら、ぼくたちの世界もどうなってたのか分からないんだしさ。」

「……別に、本局を軽んじているわけではない。」

「まあ、個人的な好き嫌いはいいんだけどさ……。」

 レジアスを窘める優喜を見て、驚きの顔を浮かべてしまうエイミィ。

「じゃあ、レジアスさん。お迎えも来たことだし、僕はこれで。」

「ああ。約束を忘れるでないぞ。」

「分かってるって。」

 レジアスに手をあげて立ち去る優喜。一つ頭を下げた後、あわてて優喜を追いかけるエイミィ。公園を出たあたりでこっそり優喜に声をかける。

「ゲイズ中将と、いつの間に仲良くなったの?」

「ついさっき。まあ、仲良くなったというよりは、管理局について、己の主義主張をもとに再教育しよう、ってところだとは思うけど。」

「あ、あはは。優喜君も、大変な人に目をつけられたみたいだね。」

「まあ、悪い人ではないと思うよ。腹に一物はあるだろうけど、私利私欲に走るタイプではなさそうだし。」

 優喜の人物評価に、だから厄介なんだけどなあ、と小さくつぶやくエイミィであった。







 試験から二週間。それぞれに多忙な日々を送った結果、ようやくヴォルケンリッターとアースラトップスリーとの初対面が行われることになった。本来はもっと早くに面会する予定だったのだが、クロノとエイミィはいくつかの調査が大詰めになってしまって身動きがとれず、リンディはリンディでなのはとフェイトを部下にするためにいろいろ奔走しており、結局予定より大幅にタイミングがずれてしまったのだ。

 この二週間の間の大きな変化としては、優喜がレジアスに再々呼び出される仲となったこと、ユーノが発掘先のミッドチルダ系文明の遺跡で、夜天の書の成立年代に近い稼働品のデバイスを発掘したこと、プレシアと忍の協力体制により、夜天の書のハード周りの不具合をいくつか洗い出せたこと、そして美由希の友人で霊能者の神咲那美に霊視してもらい、そう簡単に払えないレベルの霊障が発生していることを確認したことだろう。

「どうやら、生活の方は落ち着いたみたいだね。」

 シグナムに出迎えられ、つい先ほど各種手続きを終えて発掘先から戻ってきたユーノが、応接室に腰をおろしながらシグナムの様子を見てそう声をかける。リンディたちアースラ組は、細かい業務の引き継ぎや書類決裁のため、まだこちらには顔を出していない。

「ああ。いまだに主はやてやバニングスの手を煩わせることもあるが、どうにか平穏にはやっていけている。スクライアも元気そうだな。」

「うん。久しぶりに本業に戻ったから、いろいろ楽しかったよ。」

「なるほど。その成果がそのかばんか?」

「そそ。他にもいろいろ資料とか出てきたし、そこら辺をちょっといろいろと皆で解析しようかと思ってね。」

 ユーノが発掘した遺跡からは、稼働品のベルカ系デバイス以外にも、データチップがいくつか、中のデータが生きている状態で出土した。データチップの方は、ユーノが個人で持っている機材では読み取り形式が合わず、また結構頑丈なプロテクトがかかっていることもあって、中身はまだ誰も見ていない。

「それでシグナム、そっちの方は何かおかしなこととかは?」

「いや、これと言って特には。せいぜい、竜岡が管理局のどこかの部署のトップに気に入られて、やけに忙しくミッドチルダに出入りしていることぐらいだな。おかげで、高町や月村の機嫌が妙に悪くて困る。先週など、ほぼ毎日呼び出しに顔を出していたぞ。」

「……まあ、優喜が妙なところで変に気に入られるのはいつものことだし、それで今回の事がうまくいくんだったら、しばらくは目をつぶってもらう事にしよう。」

「ああ、そうだな。」

 すっかり肩の力が抜けた様子のシグナムを見て、日本での生活はうまくいっているのだろうとあたりをつける。監視については、今のところ気にしてもしょうがないことだし、会話内容にだけ気をつけて、聞かれて恥ずかしくない事だけにすればいいのだと割り切ったようだ。

「それで、その優喜は?」

「今、プレシアさんと何かを確認している。そろそろこちらに顔を出すだろう。」

 シグナムの言葉が終わる前に、優喜がはやてを伴って応接室に入ってくる。医療担当と言う事で、シャマルはプレシアと一緒に後処理中だ。因みにヴィータとザフィーラは、リニスを手伝って機材運びをしている。シグナムがサボっているようにみえるが、単純に手伝いを中座して、ユーノを出迎えていただけである。

「ユーノ君、お久。」

「ユーノ、お疲れ様。いろいろ出てきたみたいだね?」

「うん。ただ、デバイスは生きてるのは確実なんだけど、誰が何をしてもうんともすんとも言わないし、データチップも今の機材とは全く規格が違うから、僕みたいにそっち方面じゃ門外漢の人間にはどうにも出来なかったよ。」

「なるほど、そこら辺は確かに、プレシアさんとかリニスさんの出番だね。それで、そのデバイスってのは?」

「ちょっと待って、今出すから。」

 そう言って、発掘品を納めたアタッシュケースを開いた途端、今まで沈黙を保っていた、レイジングハートに似た青い球状のデバイスが飛び出し、優喜の目の前に浮かんで静止する。

「ユーノ君、このデバイス沈黙しとったんちゃうん?」

「う、うん。実際さっきまでは本当に稼働品なのかも疑わしいレベルだったんだけど……。」

 いきなりのデバイスの反応に戸惑う二人をよそに、その古代ベルカの英知を無駄な方向に詰め込んだデバイスは、本来なら後の歴史に残ったであろう第一声を、珍妙な内容で発した。

「よし、君に決めた。友よ、私を使え!」

「「「「は?」」」」

 今までのデバイスにはない、妙に人間くさい言葉を「日本語で」発する古代ベルカの秘宝。そのあまりにもあまりな展開に、さすがの優喜ですら、一瞬反応に困ってしまう。やたら男くさいセリフなのに、合成音声では無い綺麗な女性の肉声で話すものだから、余計に戸惑いが大きい。

「ちょっと待って。友って誰?」

「友よ、君のことだ。」

「いや、だから、いつ僕はデバイスとお友達になったの? 大体何で日本語なんて話せるのさ?」

「決まっている。君の発する言葉をもとに、一番近い管理外世界の電波を収集して、友と最も円滑にコミュニケーションが取れる言語を構築したのだ。」

 ファンキーな口調とは裏腹に、やってる事は凄まじく高度だ。だがそれ以前に、これほどぺらぺらと余計な事を話すデバイスなど、数百年存在しているシグナムですら初めてだ。

「しかし、確かに少々話を急ぎすぎたか。やはりまずは定石通り、自己紹介から行くべきだったな。」

「いや、そういう話じゃなくて。」

「私はベルカ式融合騎兼祈祷型アームドデバイス・ブレイブソウル。夜天の書の製作者の手により、書に有事があった際のカウンターの一つとして製作された。友よ、名を教えてほしい。」

「あ、うん。僕は竜岡優喜。私立聖祥大学付属小学校三年生。で、今いろいろと聞き捨てならないことを言ったけど、詳しい話を聞いていい?」

「もちろんだとも。だが、その前に友よ、私の使い手となれ!」

 どうにもこうにも押しの強いデバイスに、いろいろある突っ込みどころに突っ込む気力も根こそぎやられてしまう。

「あのさ、僕は魔導師じゃないし、リンカーコアもないんだけど……。」

「問題ない。リンカーコアは自前のものがあるし、私にとって必要なのは高い魔導師資質ではなく、たとえ真竜相手でも白兵戦で一撃入れて生き残れる腕を持った戦士なのだからな。」

「いやまあ、確かにその条件やったら、優喜君以外は主になられへんやろうけどさあ。」

「真っ先に優喜を選ぶとか、デバイスのくせにどれだけ眼力が鋭いんだよ……。」

 ブレイブソウルの言葉に、げんなりしたようにつぶやくはやてとユーノ。

「そもそも、ベルカ式のデバイスのくせに、何でミッドチルダ式の命名方法なのかしら?」

 ようやく作業の仕上げが終わったらしく、シャマルを伴って戻ってきたプレシアが、珍しく対応に困っている優喜に代わって、いろいろ質問を始める。

「それは簡単な話だ、稀代の魔女よ。私の最初の友がミッドチルダ人で、彼女が私の名付け親だったからだ。勇者の魂などという我が身に過ぎた大仰な名前も、この身にリンカーコアを差し出した騎士が、ベルカで指折りの勇者とたたえられていたからに過ぎない。」

「なるほどね。まあ、ヴォルケンリッターの事もあるし、リンカーコアをデバイスに取り込むぐらいのことは、古代ベルカの技術なら可能かもね。それで、カウンターとして作られた、と言っているけど、具体的にはなにが出来るの?」

「大したことは出来ないさ。せいぜい、夜天の書のソースプログラムと暗号の複合化キーを持っていること、それから暴走状態の書に割り込みをかけるためのハッキング機能がある程度だ。どれも、他の事には役に立たない。」

「確かに、夜天の書を修復する以外には使い道はないわね。それはそうと、ハードの図面はないのかしら?」

「全てを私一人に集約させると、同じものを作って暴走させる馬鹿が出てきかねないからな。残念ながら、私が持っているのはソフト周りだけだ。」

 プレシアの質問の答えを聞き、どうやらユーノが大当たりを引いたらしい事を悟る一同。ベルカ関係のものがベルカの遺跡からしか出てこないというのは先入観に過ぎないとはいえ、よもやこんな大きな当たりがミッドチルダ系文明の遺跡から出てくるなど、誰が予想しようか。

「それで、仕切りに優喜を所有者にしようとしているけど、それと夜天の書と何か関係があるのかしら?」

「それも簡単な話だ。私の機能が役に立つ状況となると、高確率で書が暴走しかかっているだろうと予測される。その場合、主に相手となるのは管理人格か防衛プログラムだろうが、どちらを相手にするにしても、並の武人やまっとうな魔導師では荷が重い。

 そして、私の機能の性質上、一秒未満でもいいから、管理人格なり防衛プログラムなりに対して、物理的に接触する必要が出てくる。それゆえに、白兵戦もしくは格闘戦でそれが可能な技量の持ち主を、我が使い手として選ぶ必要があるのだ。それに、使い手が決まっていないと、夜天の書のカウンター機能を含むほとんどの機能は、ロックがかかっていて使えないのでね。」

「なるほど、全部把握したわ。細かいことはまたあとで聞くとして、最後の質問よ。リンカーコアを持っていると言ったようだけど、それによって何ができる?」

「騎士甲冑の生成、転送、結界、防御、後はベルカ式の攻性魔法をいくつか、と言ったところだな。このあたりは私の魔力を使えるから、友が非魔導師でも関係なく使える。後、選んだ友が魔導師で、融合騎に対して適正がある場合は融合による強化も出来るが、今回はこの能力は関係ない。まあ、一応融合騎として働くためのアウトフレームの展開も出来るが、夜天の書と違って自前の魔力で起動する必要があるから、アウトフレーム展開中は並の魔導師にも劣ると考えてくれ。」

 デバイスとしてはロストロギアと呼んでもいいほど特殊な存在だが、性能そのものはそこまで大したものではないらしい。少なくとも、アウトフレームを展開すると魔導師としては大した実力ではなくなるぐらいだから、コアの魔力量は上で見てAAぐらいと言ったところか。

 もっとも、並の魔導師というのが管理局の本局基準なら、もう少し上方修正が必要かもしれないが。

「OK、さしあたって今知るべきことは全部理解したわ。優喜、ブレイブソウルのセットアップをなさい。」

「……非常に先行きが不安だけど、それしかないみたいだね。」

「ようやく、私を使う気になってくれたか、友よ!」 

「はいはい、そういうのはいいから、セットアップ手順を教えて。」

「なに、さして難しいものではない。登録モードに移行するから、アームドデバイスとしてのフォルムを三つと騎士甲冑をイメージしてくれたまえ。後はこちらで勝手に微調整をして登録する。」

 言われて素直に自分の使いやすい武器や道具をイメージする。バリアジャケットは面倒なのでジャージに決定。フォルムの一つは武器ですらないが、別にかまうまい。

「友よ! その騎士甲冑は認められない!」

「駄目出しするの、そこなの!?」

「友のように女性の美しさと男性の力強さを持つたぐいまれなる麗人が、ジャージにナックルをつけて敵と殴り合うなど天が許しても私が許さない!」

「いやちょっと待ってよ! 普通駄目出しするんだったら、思いつかなくていい加減に決めた三つ目じゃないの!?」

「アームドデバイスが平和的な機能を持っているのもまた一興!」

 ブレイブソウルのあまりに駄目な発言に、全力で脱力する優喜。

「そもそも、僕にそういうセンスを求めないでよ……。」

「ならば夜天の王よ。少女としての貴公に問おう。友の騎士甲冑に、何かいいものはないか?」

「まあ、無くもないで。別に甲冑って名前ほど仰々しくて硬そうなもんでなくてもええんやろ?」

「無論だ。」

「ほんなら、こんなんはどう?」

 そう言ってはやてがブレイブソウルに見せたのは、いつぞやの月村家でのお茶会で、優喜がゴシック衣装でコスプレをさせられた時の写真。はやてはその場にいなかったが、あまりに優喜にゴシック衣装が似合うものだから、いつか目の前で来てもらおうと、その機会を虎視眈々と狙っていたのだ。

「ほう? なるほど、これはいい。この服をもとに、戦闘向けにシルエットをいじってみよう。……できた。さあ、友よ。今こそセットアップをする時だ!」

「……明らかに嫌な予感がするから、絶対嫌だ。」

「なに!? 友よ、それはあまりにつれないぞ!」

「……優喜がここまで振り回されてるのって、初めてのような気がする。」

「……互いに、あれが我が身に降りかからなかったことを、感謝すべきかもしれないな。」

 駄目な方向でデバイスとは思えないほど人間臭いブレイブソウルと、それに振り回されてぐったりしている優喜を見て、しみじみ語り合うユーノとシグナム。正直、性格的には優喜よりはやてとの方が相性がよさそうなデバイスだ。

「騒がしいぞ。なに揉めてんだ?」

「外まで聞こえてきているぞ。リニスが今客人を迎えに出ている。もう少し静かにした方がいい。」

「紅の鉄騎に蒼き狼か。いや何、我が友がセットアップしたくない、と駄々をこねているのでな。」

「いやだって、何が悲しゅうてフリルたっぷりの男物着てどつきあいをしなきゃいけないのさ。」

「その台詞、なのはちゃんとかフェイトちゃんに言うたらあかんで。二人ともバリアジャケットのデザイン考えたら、後十年もしたらいろいろやばいんやから。」

 優喜のぼやきに、はやてがかなりひどいことを言う。そもそも、フェイトのジャケットは今の年齢でもやばい気はしなくもないが、本人が気に入っており、プレシアもリニスも何も言わないのだから、部外者が下手な事は言えない。

「よく分かんねーけどよ。ユーキが駄々こねてるってんだったら、諦めてとっとと起動すれば、話は済むんじゃねえのか?」

「どうにもこの件については、誰かに味方してもらったことが一度もないんだよね……。」

「優喜、僕は君の味方だけど、今回はあきらめて。」

「似合わないわけではない、というかむしろものすごく似合っているのだから、とっとと腹をくくりなさい。」

 ユーノにプレシアにまでとどめを刺され、諦めのため息を吐き出す優喜。いやいやブレイブソウルを手に取ると、本気で嫌そうに眼の高さまで持ち上げる。なんでも、初回はそれが儀式の一環だと、ブレイブソウルから念話で指示が飛んできたのだ。

「古代ベルカの騎士って、こういう人種が一般的なの……?」

「優喜君、さすがにそれとヴォルケンリッターを一緒にしないでください!」

「それ扱いはひどいな、風の癒し手よ。」

「いいからさっさとセットアップしろ。」

 シグナムの言葉に小さくため息をつき、登録のための最後のキーワードを、念話で指示された通りに復唱する。

「始原よりの盟約の元、友として汝に求める。我に力を! ブレイブソウル、セットアップ!」

 登録のキーワードまで無駄に仰々しいあたり、デバイスか開発者かのいずれかは、重度の中二病を患っているに違いない。そんな益体もないことを思いながらも、照れがあったら余計に恥ずかしいと自分に言い聞かせ、一度だけだと割り切り恥ずかしさを完璧に押し殺して、これから無駄に長い付き合いになりそうなデバイスを起動する。

 いつものジャージ姿から、白と黒のツートンカラーの、貴族的な雰囲気のゴシック衣装に切り替わる。フリルをふんだんに使ってはいるが、シルエット自体は鋭角的な印象が強い。優喜が最初にイメージしたナックルがどちらかと言うと目立たないデザインだったため、完全に衣装の中に沈んでしまっており、ぱっと見には近接戦のための姿には見えない。

「やっぱ、こういう服はかっこいいなあ、優喜君。」

「ふむ。高町とテスタロッサ、それぞれに対して対称的、と言ったところか。」

「あら、いいじゃないの優喜。」

「ああ、なんだか私の中に、腐の世界に誘ういけない扉が開きそう……。」

 などと、褒められてはいるのだが、割と嬉しくない言葉が続く。特にラストのシャマルの言葉は、実害があるわけでもないのに、非常に身の危険を感じてしまう。

「……優喜、いろいろ聞きたいことはあるが、その趣味に走り切ったバリアジャケットは、お前が指定したのか?」

 部屋の外から起動の瞬間を見ていたクロノが、うめくように優喜に問いかける。その隣では、リンディとエイミィが、いいものを見たという表情でじっとこちらを見つめている。リニスはたいへんいい笑顔で親指を立てていた。

「……ちょっと吊ってくる。」

 とっととバリアジャケットを解除してジャージ姿に戻った優喜が、こう、何というか妙に朗らかな顔で宣言する。手にはいつの間に荷物から取り出したのか、八番鋼糸が握られている。あまりに朗らかに宣言するもので反応が遅れた一同は、動く気配も感じさせずに部屋から出ていった優喜を、あわてて総出で捕まえようとする。

「ちょっと待てユーキ! この程度の事ではやまんな!!」

「優喜君、私が悪かった! 悪乗りしすぎた! 謝るからちょう落ち着いてや!!」

「友よ! いくらなんでもその反応は、あまりにもご無体な!!」

 などと説得の言葉を投げかけながら、どうにかして捕まえようとするが、ヴォルケンリッター総出の捕縛術は並みはずれたレベルの体術ですり抜け、ユーノやクロノのバインドは、かかった瞬間に粉砕される。正直そこまで嫌だったのかと、全員内心で反省しつつも、とにもかくにも無駄に高度な動きと突出した実力で包囲網を突破しようとする優喜を、必死になって取り押さえようと躍起になる。

 結局優喜を落ち着かせて話し合いに持ち込めたのは、それから三十分近くたってからであった。



[18616] 第7話 後編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:0d157da8
Date: 2010/10/23 15:32
「色々あったけど、とりあえず横に置いておいて、さっさと本題に入りましょうか。」

 あれを見たほとんどの魔導師は自信を粉々に砕かれるであろう。そんな追跡劇を終えた一同は、色々疲れをにじませながら、プレシアの言葉にひとつ頷く。

「まずは、初対面同士の顔合わせから、かしら。」

「そうだね。もともと本来は、リンディさんたちとヴォルケンリッターの顔合わせが目的だったわけだし、ブレイブソウルも僕のバリアジャケットもどうでもいい問題だったはずなんだよね……。」

「ユーキ、そのことは忘れろよ……。」

「そ、そうだよ、ね?」

 下手にカッコよかったとか言うとまた吊りに行きかねないので、お互い忘れる方向で宥めるしかないあたり、実に厄介だ。もっとも、外野がどう思ったにしても、自分が同じ立場に立たされたらと想像すると、間違いなく吊りに行こうとするのは目に見えているが。

 因みに、今は他人事でよかったと内心胸をなでおろしているヴィータだが、状況こそ違えどシグナムと一緒に優喜と同じような立場に立たされ、優喜が吊りに行こうとした理由を思いっきり理解する羽目になるのだが、まだ先の話である。

「話を戻すとして。シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。こちらがプロジェクトの現在のトップ、リンディ・ハラオウン艦長よ。その隣が、その御子息で執務官のクロノ・ハラオウン。もう一人が執務官補佐のエイミィ・リミエッタね。艦長達には、紹介はいらないわね?」

「……ええ。直接会うのはこれが初めてだけど、記録映像で何度も姿は見ているから、ね。」

 ドタバタで弛緩していた空気を、リンディの表情が引き締める。怨み、憎しみ、哀れみ、それら複雑な感情をすべてため息と共に吐き出すと、いつもの交渉用の笑顔を浮かべ、シグナムに手を差し出す。

「紹介に預かりました。時空管理局本局所属、次元航行船アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです。はじめまして。」

「同じくアースラ所属、執務官のクロノ・ハラオウンだ。貴方達とは長い付き合いになると思うが、よろしくお願いする。」

「アースラ所属、執務官補佐のエイミィ・リミエッタです。」

 差し出される手を、僅かにためらいながら握り返すシグナム。色々頭をよぎった言葉はあるが、果たして自分達が言ってもいい言葉なのか、いやそもそも、目の前の女性に何事かをいう資格が、自分達にあるのかどうか。

「ヴォルケンリッターが剣の騎士・シグナムだ。」

 結局、自分達と相対して湧き出たであろう全ての感情を飲み込んだリンディに対し、加害者である自分達が何を言うのも単なる冒涜であろう。そう苦い感情と共に判断したシグナムは、謝罪すら出来ぬ心苦しさを鋼の精神で隠し通し、将としてリンディに応える。

「鉄槌の騎士・ヴィータ。」

「湖の騎士・シャマルです。」

「盾の守護獣・ザフィーラだ。」

 相手が自分たちのことを熟知していようが、紹介されれば名乗るのが礼儀だ。内心ではシグナム同様、罪悪感を主成分とした色々と複雑な感情はあるが、やはりこの場でそれを出すことは許されない。

「そういえば、そちらのお三方には、ちゃんと名乗っていなかったな。」

 重くなった空気を読めなかったのか、それともあえて読まなかったのか、ブレイブソウルがアースラ組の前に浮かび上がる。一つ銀色の魔力光を放つと、シャマルとあまり変わらない背丈の、均整がとれたと表現するのが一番正しいプロポーションの、栗色の長い髪を持つ女性が現れる。美人は美人なのだが、ぱっと見た目には、光の角度によって金色の輝きを宿したように見える瞳以外は、これと言って特徴の無い女性である。

「私はベルカ式融合騎兼祈祷型アームドデバイス・ブレイブソウル。夜天の書の製作者の手により、書に有事があった際のカウンターの一つとして製作された。長い付き合いになると思うので、まあ見知っておいていただきたい。」

「……また、とんでもないものが出てきたようね。」

「まあ、今のところ、まだ当人の自称に過ぎないから、一度ちゃんとデータチェックをしてから、ということになるのだけどね。」

 唐突に割り込んできたブレイブソウルに、ため息をひとつつきながら苦笑を交わすリンディとプレシア。とはいえ、何度検査をしてもリンカーコアをかけらも確認できなかった優喜がバリアジャケットを展開していたのだから、間違いなく普通のデバイスではないことは確かだ。

「しかし、予想していたとはいえ、こうもヴォルケンリッターから無反応だと、少しばかり寂しいものだな。」

「どう言う意味だ?」

「互いに生前、浅からぬ因縁があった間柄だからな。まあ、私のように平凡な容姿の女について、今の貴公らに思い出せというのも酷な話か。」

「……すまん。」

「なに、気にするな。こうしてまた巡り合えたのだ。再び背中を預け合えばいいだけの話だ。」

 なんだかんだ言って、ちゃんとシリアスな空気を維持するブレイブソウル。シグナムと話すブレイブソウルの様子を見て、ちゃんとまじめな話も出来るのかと微妙な気分で見守る一同であった。







「それで、まずは何から話すべきかしら?」

「そうだね。まずは夜天の書の状況を、もう一度整理しようか。」

「そうしてくれると、私としてもありがたい。なにしろ、私の存在意義に、ダイレクトに関わってくる話だからな。」

 ブレイブソウルの要請もあり、現状について一度まとめることにした。

 まず、書のはやてに対する侵食状況だが、二週間前と比較して速度そのものは変わっていない。優喜が出来るだけ毎日軟気功で進行を遅らせていることもあり、しばらくは状況が急変する可能性は低いと考えられる。

 また、夜天の書の変質についても、エネルギー循環周りの不具合は優喜の手によって少しずつ修正されており、現状三パーセント程度修正が進んでいる。この事により、タイムリミットは相当後ろに押し戻されている可能性が高いと考えていいだろう。

 だが、それ以外となると芳しくない。ソフト周りは残念ながら、聖王教会の所有するデバイスはどれも微妙に時代が合わず、それらをもとに暗号解析を行うと、そもそもプログラムの体をなさない。かといって、直感でそれっぽく復号化しても、やはりどこかつじつまが合わなくなってアウトだ。本体のコピーにしても、機材を壊した場合、発注してから納品までの納期を考えると、迂闊に試せない状況になっている。

 他にも、ハード周りもいくつか劣化している部品や、変質して誤動作を起こしている部品、そもそも部品がいくつか完全に壊れて、丸々一ブロック沈黙している部分すらあった。これらについて、現在忍がパズルの要領で元の状態を復元しているが、大本のハード図面がないので、寸法が正しいかどうかの保障が全くない。

 そして何より厄介なことに、歴代のマスターの怨念がたまりにたまって、変な手出しをすると霊障が発生するのだ。幸い、プレシアや忍といった中核スタッフには影響は出ていないが、これまでに二人、スタッフが霊障でダウンしている。

「ふむ、なかなか厄介なことになっているな。となると、まずは軽く中を覗いてみなければまずそうだな。夜天の王よ、メンテナンスツールを使うから、書を一度貸してくれないか?」

「ええけど、その仰々しい名前の呼び方、どうにかならへんか? 私は王とかそんな大層な人間やないし、そもそも正直鬱陶しいで。」

「これは手厳しい。では、何と呼べばいい?」

「はやてでええよ。」

「ふむ。でははやて、書を貸してくれ。」

 はいな、と、軽く応じてブレイブソウルに手渡すと、アウトフレームの胸元にあるブレイブソウルの本体から、メンテナンス用のコネクタが伸びる。単なる玉からコネクタがにゅっと伸びる姿は、なかなかにシュールだ。しばらく、ブレイブソウルの本体の表面がちかちか点滅し、データのやり取りが行われる。

「ふむ、これはなかなか厄介なことになっているな。」

「優喜の話からそんな気はしていたけど、案の定と言ったところかしら?」

「ああ。ここまでとなると正直、私が持っているソースプログラムで上書きして、最適化をすれば終わり、という次元はとうに過ぎているな。ソースプログラムをもとに、現在のソフトの不具合を全て確認して修正し、書き換えた上で再起動をかける必要がある。」

「また難儀な話ね。それで、本体プログラムのコピーは?」

「残念ながら、このメンテナンスツールだけでは難しいな。幸い、管理人格の機能はまだ半分以上は正常なままだから、奴を起こしてバックアップ許可を取れば、私のツールで複製できる。もっとも、書き換えにはマスター権限を持った者の許可が必要だが、防衛プログラムが致命的にバグっているから、正常にマスター権限の付与が認証されるとは思えない。ハッキング機能で強制的に上書きと再起動をかけさせる以外に手段はないと考えた方がいい。」

 その言葉に、小さくため息をつくプレシア。膨大な量の古代ベルカ語のプログラムを、すべていちいち照らし合わせて周りの状況にあわせて修正し、書き換え前に最適化まで済ませる。口で言うのは簡単だが、作業の量となるとシャレにならない。ソースプログラムのままでは無理、というのは多分、相当ハード側も変質しているという事だろうから、そっちの解析も必要だ。

 枝葉末節は人海戦術で修正すればいいとしても、コアとなる部分を触って大丈夫と確信できるのは、プレシア本人以外ではリニスと忍に本局のマリエル、聖王教会から出向してきた技師のトップと、昔の伝手でかき集めた三人ぐらいだろう。期日が読めない上、管理人格の起動とやらにもそれなりに時間がかかると思った方がいいとなると、前よりはるかに好転したとはいえど、芳しい状況とは言えない。

「それで、この際だからついでに確認しておきたいのだが、友は書の変質を食い止めることができると言っていたな?」

「うん。はやての体を治す要領でやったら、反発されずに修正できたんだ。」

「ならば、もう一度モニターするから、今この場で少しやってもらえないか?」

「ん、了解。」

 ブレイブソウルの頼みを聞き、テーブルの上に置かれた夜天の書に、手を当てて気を流し込み始める優喜。あまり派手に変化させると一気にバランスが崩れたり、外部からの書き換えと認識して転生プログラムが起動しかねないため、ゆっくりじっくり少しずつ修正をかける。十分ほど、空間投影ディスプレイに映し出したモニタリングデータを皆で観察した後、ブレイブソウル本人が結論を告げる。

「なるほど、確かに末端部分とはいえ、バグは正常に調整されているな。」

「先に言っておくけど、僕に分かってるのは、こうすればこうなるっていう因果関係だけで、その理屈は分かってないから。」

「ああ。別にそれはこの際、大して重要ではないから問題ない。この場合重要なのは、だ。」

「ん?」

「友のそのやり方だと、書が蒐集を行ったと勘違いして、ページを埋めている可能性があると言う事だろう。もっとも、一日に二時間程度修正を行ったとして、せいぜい十日で二ページに届かない程度だろうがな。」

 ブレイブソウルのその指摘に、シャマルがあわてて書をめくる。彼女の指摘の通り、夜天の書は五ページ程度埋まっていた。

「本当に埋まってるわ……。」

「ちょっと待て! 我らはまだ、一度も蒐集作業は行っていないぞ!?」

「慌てなくても、蒐集されている内容を読めば、そんな言い訳をする必要などないことはすぐ分かると思うが?」

 ブレイブソウルにまたしても指摘され、ざっと内容を読むヴォルケンリッター。

「気功の基礎原理について、か……。」

「しかも、これ途中で途切れてんぞ。」

 シグナムとヴィータの反応に、怪訝な顔をする一同。

「何かおかしいのか?」

「ああ。蒐集を行った場合、途中で邪魔が入るか対象が死にでもしない限り、内容が途中で途切れることはあり得ない。」

「後、これはおかしいってほどじゃねーけど、この手の何年も鍛錬しなきゃ身につかねー類の、技能に分類されるものについては、普通はほとんど蒐集されねーんだ。」

「考えても見てください。ベルカ騎士を相手に蒐集活動を行って、いちいち個人個人の独自の肉体鍛錬法とか生活習慣とか、そんなものを記録していたらきりがありません。」

 クロノの問いかけに対して、真面目な顔でどうおかしいかを説明するヴォルケンリッター。そこに腑に落ちない物を感じたクロノが、もう一つ重ねて質問を飛ばす。

「だが、夜天の書は文化背景なんかも記録しているのだろう? それに、違う魔導師でも同じ術式を使うことぐらいざらだと思うが?」

「術式の傾向などに文化的なものが噛むことは多いからな。過去に重複分がないのであれば、そういったものも蒐集される。また、ページ数と言うのは結局、魔力をどれだけ蓄えたかの目安に過ぎん。だから、術式そのものの重複分が多い場合、いったんそのまま記録をして、記載内容が多いリンカーコアを蒐集した時には重複分の表記を削って新規分を記載することが多い。

 あと、鍛錬方法や特殊な技能が、新たに蒐集した術式の使用に密接にかかわっている場合、そこの部分を明確に記録するために、その手の情報を記載することはある。それが、ヴィータが言ったおかしいというほどじゃない、という意味だ。」

 クロノの追加質問に、丁寧にザフィーラが答える。ザフィーラがそこの事情に一番詳しかったのは単純で、文化背景が絡む特殊な技能や鍛錬が必要な魔法、というのは彼のような使い魔がよく使うからだ。

「なるほど、理解した。それで話を戻そう。五ページほどというのは、具体的にはどの程度の蒐集量なんだ?」

「簡単に言うと、魔力量Bランク程度のコアを一つ蒐集すれば、その程度になるな。」

「なのはやフェイトだったら、二十ページ程度は集まるはずなんだけどな。」

 ヴィータはこう踏んでいるが、実際のところなのはとフェイトの魔力量は魔力養成ギブスと気功訓練、さらには肉体鍛錬による精神力向上により、この予想よりかなり上積みされている。もっとも、さすがに手合せの一つもしていない彼女がそんな情報を知っている方がおかしいのだが。。

 因みに言うまでもないが、この世界のランクは、A未満よりA以上の方が、ランク一つの差が大きい。単純な魔力による物量勝負となると、ヴォルケンリッターでも今のなのはやフェイトに勝てる要素はない。多分この点で勝てるのは、現状プレシアか夜天の書からの侵食が無くなったはやてぐらいであろう。

「ふむ。まあ、リンカーコアがらみの被害届もないし、内容的にも該当する人間が現状数人しかいない以上、貴方達が無罪なのは疑う余地はないだろうな。」

「信じていただけて助かる。」

「これから、互いに協力し合うのだからな。無用な疑念は持たないに限るさ。」

 シグナムとクロノの会話に、一つため息をついて胸をなでおろすヴォルケンリッター。だが、厄介な話はここからである。

「だが、問題はだ。管理人格の起動には、四百ページ以上の蒐集が必要だ。この場にいる魔導師に高町とテスタロッサを加えれば、百ページはすぐに集まるだろうが……。」

「先に言っておこう、烈火の将よ。修復後はともかく、現段階で身内からの蒐集は避けた方がいい。場合によっては暴走する相手に、こちらの手札を与えるのはあまりによろしくない。」

「では、どうするべきだと思う?」

「一番いいのは、いざという時に戦力としてカウントする必要のない人間から集めることだが、心当たりは?」

 ブレイブソウルの言葉に、考え込む一同。

「ローテーションを組んで、という形にはなると思うけど、多分頼めば聖王教会の人たちは協力してくれると思う。」

「アースラの武装局員も、基本的に本番では結界要員だから、戦力外として蒐集しても大丈夫そうね。」

「それで足りない分は、管理外世界や無人世界の、リンカーコア所有の生物から、出来るだけ被害を出さないようにかき集めるしかないでしょうね。」

「ふむ、妥当なところか。どうせ魔導生物の類が使う術など、蒐集したところで発動できない事がほとんどらしいからな。」

 ブレイブソウルの言葉に、方針を確定させる一同。デバイスに主導権を握られているようにみえるが、夜天の書について一番詳しいのは残念ながら彼女なので、ここについては仕方がない。

「後は、ハード周りだけど、そこはもう管理人格が起きるまでに、忍さんに頑張ってもらって可能な限り復元してもらうしかないかな。」

「そこについては、彼女に押し付けっぱなしで申し訳ないとは思うけど、実は全く心配していないわ。」

「プレシアさん、その忍さんと言う方はそんなに?」

「ええ。ベースがあったものを修復したとはいえ、そこのブレイブソウルと勝負行くぐらい人間臭い機械人形を作り上げるくらいだもの。」

 その言葉に、プレシアも月村家の秘密を知っていることを確信する優喜。まあ、お互いに社会にばらせない秘密を握り合った仲なのだから、特に問題はないだろう。それに、作ったことがあると知っていたところで、それが誰なのかを知らなければ問題ないのだし。

「あ、言うまでもないけど、この話は他言無用よ? さすがに忍さんの身の安全に直結する問題だから。」

「言われるまでもないわ。まあ、そういう話なら、信用して任せることにするわ。資材なんかで必要なものがあったら、最大限バックアップすると伝えておいて。」

「それこそ言われるまでもなく、こちらからの資材要請にすでに混ぜてあるから安心して。」

 プレシアの返答にふっと笑みを浮かべるリンディ。さすがにこの魔女殿は抜け目無い。味方につけると実に頼もしい。

「ハード周りと言えばユーノ、この時期のデバイスのハードウェア技術について、資料とかそのたぐいはどうにかならない?」

「一応調べてはいるけど、あんまり当てにはしないで。あ、そうだ、ブレイブソウル。」

「ん? なんだ学者殿?」

「君の他にも、夜天の書の異常に対するカウンターはいくつかあるんだよね?」

「ああ。その中には、ハード側から干渉するものも当然ある。」

「じゃあ、ものすごく運が良ければ、今発掘中のチームがどれかを掘り当てるかも知れない訳か。」

 ユーノのつぶやきに、さすがにそれを期待するのは無理だろうと考える一同。ユーノがブレイブソウルを引き当てた事すら、奇跡の範疇に含まれることなのだ。これ以上はそうそうないだろう。

「まあ、遺跡がらみはこれ以上は期待しないとして。後は、霊障について、かしら?」

「そっちは、僕がどうにかできると思う。ただ、那美さんと久遠が難しいと思うぐらいだから、場合によっては何か手を考えたほうがいいんじゃないかも。」

 優喜の武術は、もともとどちらかというと、人間よりも霊だの悪魔だのといった連中を相手にするほうが向いている。気脈崩しなど、幽霊の類には致命的な効果を発揮する技だし、他にも人間相手には使いどころのない技も多い。魔法と名がついているなのは達のスキルより、優喜の武術の方がよっぽどオカルト側にいるのだから、世の中は一筋縄ではいかない。

 なお、久遠と言うのは那美の友達の狐で(決してペットに非ず)、数百年生きている大霊狐だ。少し前までは大昔に大切な人を人間に殺された怒りが呪いとなり、人間を滅ぼそうとする大妖狐に身を落としていたが、那美の必死の悪霊払いにより怒りを鎮められ、今では非常におとなしくて純真な性格になっている。

「友よ、その件についてだが……。」

「何?」

「上手くやれば、そのための術式の構築が出来るかもしれない。なので、一度私を身につけた状態で、その手の相手と戦ってみてほしい。後、出来ればその霊能者殿に、霊障を払う作業というものを見せてもらいたいのだが。」

「了解。頼んでみるよ。」

「……しかし、どんどんこちらの事を知っている人間が増えていくな……。」

 クロノのぼやきに、苦笑するしかない優喜。優喜とて、さすがに那美や久遠を巻き込む気は一切なかったのだが、ミッドチルダでは瘴気の類はともかく、霊だの魂だのと言った方面は基本的に完全否定されており、霊能者という商売すら成り立たないレベルだ。ゆえに自前でこの手の問題を解決する手段がなく、那美の手を借りるほかなかったのだ。

 因みに霊能者は完全否定されているが、占いや予言は、ある種のレアスキルとして認められているため、一応その手の商売は成り立っている。

「まあ、巻き込んだ人は、基本的にこっち側に近い人たちばかりだから、わざわざ言いふらすことはないと思うよ。」

「それは分かっている。分かっているんだが……。」

 クロノの立場では、いくら問題無かろうと、法律違反を積極的に行うのは非常に気が進まない。だが、現実問題として必要な状況だった以上、そこは割り切るしかない。

「執務官殿には釈迦に説法だろうが、あくまでもルールは人のために存在するものだ。ルールのために人が存在するわけではない。むやみやたらに法を無視して、「ルールに縛られない俺カッコイイ!」などと考えるのは愚の骨頂だが、法の順守を求めるあまり、助けられる人を大勢死なせるのも、同じぐらい愚かなことではないか?」

「分かっている。そのための免責規定だ。だが、それでも守れる法はぎりぎりまで守らなければ、その一点からずるずると骨抜きにされる。」

「執務官殿、貴方達はそこまで愚かで無能なのか?」

「……本当に口の減らないデバイスだな。」

「お褒めにあずかり、至極恐悦。まあ、あまり考えすぎない事だ。もっとも、執務官殿はまだ若い。それぐらいの方がいいのかもしれないな。」

 ここまでのブレイブソウルの実に真面目な会話に、もしかしてアウトフレーム展開中は真面目な会話しか出来ないのではないか、と余計な疑いをかける一同。

「さて、話がまとまったところで一つ聞きたいのだが。」

「ん?」

「友は私の胸についてどう思う? さすがにサイズでは烈火の将や魔女殿、艦長殿の足元にも及ばないが、形と柔らかさと感度については、そこそこ自信があるぞ?」

「いや、まだ第二次性徴も始まって無い子供に、その手の性癖を聞くなと言いたいんだけど?」

「だが、はやては私の乳に興味津々のようだが?」

「いやん、ばれた!」

 美女の姿で、容赦なくエロトークを展開し始めるブレイブソウル。一瞬でもこいつを見直した自分達が馬鹿だったと、思わず疲れた顔をしてしまう優喜。

「ふむ、どうやら友より執務官殿の方が、この手の話には興味があるようだな。さあ、君の性癖を容赦なくオープンにしたまえ!」

「誰がいつ興味を示した!」

「ほう? そうか、君は尻か。よかったではないか、執務官補佐よ。乳と言われれば強敵しかいないが、尻ならば君も引けを取っていないぞ。」

「え? そうかな?」

「だから、いつ僕がそんなことを言った!?」

 思いっきり油断していたクロノが、全力でいじられ始める。どうにも大概その手の話に免疫がない、と言うよりそういう事を語るのが格好悪いというプライドが足を引っ張り、さんざんいじり倒される。結局、クロノはブレイブソウルがつやつやするまで解放されなかったのであった。







「で、さあ。」

「……どうした?」

「蒐集を始めるのはいいとして、グレアムさんをほったらかしにしていいの?」

「……そうだな。彼をどうにかしないと、下手をすれば我々全員が犯罪者だ。」

 グレアムの名が出てきたところで、身を固くするはやて。出来るだけ感情を出さぬように、反射的に表情を殺すシグナム。

「ふむ。そのグレアムという御仁が、何か問題でも?」

「ああ、そういえばブレイブソウルは知らないんだっけ。プレシアさん、ちょっとブレイブソウルにその辺の資料を全部転送して。」

「ええ。」

 プレシアから転送された資料を確認し、一つため息をつくブレイブソウル。こういうところは、デバイスは便利だ。

「……まったく、難儀な話だな。」

「難儀な話なんだよ。で、クロノ。グレアムさんはこの件について、何をもくろんでるか分かった?」

「ああ。先生は……。」

 少し言いよどんで、ひとつ深呼吸、覚悟を決めて結論を話す。

「先生は、闇の書を永久凍結封印しようとしている。」

「封印か。普通に封印かけて、うまく行くものなの?」

「いや。現時点で封印をかけたところで、書が転生をして終わりだ。だから、完成し起動し始めたタイミングを狙って、力技で封印するしかない。先生はそのための準備をしていた。」

 少し黙り込む優喜。その間に、ブレイブソウルがコメントをこぼす。

「提督殿がどう考えているかは分からないが、単に封印するだけというのは、悪手ではないがいい手ともいえんぞ。」

「……だね。封印ってのは、破られるのが前提だ。確かに単に破壊するよりは稼げる時間は長いけど、その間に対応策を用意できないんじゃ意味がない。」

「そもそも、問題はそこじゃない。永久凍結封印ということは、事実上それ以上の対策を放棄している、ということだ。何しろ、対象のすべてを凍りつかせて封印するわけだから、一度やってしまうと封印を解除しない限り一切干渉が出来ない。」

 クロノの台詞に、小さなため息が漏れる優喜とブレイブソウル。そこまでお膳立てを立てておいて、現時点で闇の書に対して何のアクションも起こしていないとなると、多分グレアムには自分達のように書の解析に対して、他に打つ手がないのではないか、そう推測できてしまう。

「それで、その永久凍結封印とやら、そうそう気楽に出来るものなの? というかそもそも、夜天の書の封印って、どうやるの?」

「指摘のとおり、そう簡単に出来るものじゃない。まず、現段階では、主にしろ書にしろ、封印をかけてしまったが最後、主を吸収して転生をしてしまうだろう。それを防ぐためには、特定のタイミングで、主と書を同時に封印するしかない。」

「それのタイミングとは?」

「書が完成し主を取り込んで、暴走を開始する直前、もしくは暴走を開始した直後。これなら、主が死んだわけではないから転生プログラムは働かないし、完成しているのだから、蒐集をしない主を吸収して転生する、ということもありえない。」

 その言葉に、本日何度目かのため息をつく優喜。

「何の対策も打たずにそんなタイミングで封印って、何かの拍子で封印が解けたら最後だよね。」

「ああ。だから、提督のプランは阻止しないと。」

「いや。封印の準備そのものは止めなくてもいいよ。そっちはそのまま進めてもらって、その上でグレアムさんにはこっちについてもらう。」

「そうだな。私も友の意見に賛成だ。現状、修復が間に合うかどうかが非常に微妙だ。もしどうにも間に合わないとなった場合、最低限、書の暴走を止められる手段が確立できるまで、永久凍結封印を行う以外にはやてを助ける手段がない。」

 ブレイブソウルの意見に、沈黙を守っていたシグナムが口を開く。

「……本当に、それしかないのか?」

「理論上は、無いわけではない。」

「それはどんな手段だ?」

「八神はやてが夜天の書のマスター権限をもぎ取り、防衛プログラムを切り離した上でこれを破壊、再度防衛プログラムを生成する前に管理人格とセットで夜天の書本体を完全破壊する。この方法なら、いろいろな意味で後腐れなく片が付くが、正直お勧めはしないな。」

 ブレイブソウルに言われるまでもなく、即座にそのプランを破棄する管理局サイド。それに対し、何がまずいのか理解し切れていない様子のヴォルケンリッター。

「それではまずいのか?」

「あまりにも博打要素が強すぎる。そもそも、入り口段階のマスター権限をもぎ取ることすら、かなり上で見積もっても成功率は一割を切るだろう。それほど、防衛システムの破損がひどい。それに、だ。」

 ブレイブソウルははやてを正面から見据え、彼女にとっては到底受け入れることが出来ない言葉をつむぐ。

「はやて、君は自身の生存のためだけに、ヴォルケンリッターと管理人格を殺すことが出来るか?」

「……出来るわけあらへん。」

「主はやて……。」

「まだ、家族と呼ぶんもおこがましい関係かも知れへんけど、それでもシグナムも、ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも、皆家族のつもりや。身内殺して自分だけのうのうと生きるんなんか、それこそ死んでもお断りや。」

 はやての言葉と表情に、息を呑むシグナム。そんなシグナムに目もくれず、はやてはブレイブソウルの視線を押し返しながら、更に言葉を継ぐ。

「それに、や。その管理人格さん、ずっと一人で寂しい思いして、やっと出てきたと思ったら暴走したプログラムのせいで主殺して周りの人を殺して、独りぼっちになってまた転生、言うんを繰り返してたんやろ? それやったら、今度こそちゃんと受け入れてくれる家族が必要や。最後まで一人寂しく、なんてことは絶対認めへん。」

「だ、そうだ、烈火の将よ。」

「……。」

「はやての意見も聞いたし、クロノ、早いところグレアムさんと会う段取りお願いね。」

「ああ。」

 こうして、今後の方針がすべて決まったところで、いい時間になったのでお開きにする一同。ブレイブソウルもアウトフレームを解除し、優喜のジャージのポケットに侵入する。シグナム達の思いつめた表情を気にしながらも、皆順次帰路につく。はやての家が近付いたあたりで、シグナムがブレイブソウルに念話で声をかける。

(ブレイブソウル。)

(ん? どうした、烈火の将?)

(おまえは、リンカーコアの摘出術は使えるか?)

(術式さえあれば、出来なくはない。)

(ならば、コアの蒐集方法と一緒に、術式を転送しておく。)

 シグナムの言葉に、怪訝な顔をする(と言っても、現在は単なる玉なので、表情など誰にも分からないが)ブレイブソウル。

(穏やかではないな。一体何を考えている?)

(過去の罪を清算してくるだけだ。ただ、多分我らの命はないだろうから、お前にこれからの事を託す。)

(そういう事は、友に言え。私は単なるデバイスだ。)

(だが、ベルカの同胞だ。それに、竜岡に話せば反対するに決まっている。第一、主はやてには、この事を知られるわけにはいかん。)

(……まったく。貴公らは昔も今も、こういう事には頭がかたいな。どうせ止めても聞かんのだろう? ならばせめて、こちらの足を引っ張らないようにしてくれ。)

(言われるまでもない。)

 ブレイブソウルの、匙を投げるような言葉に内心苦笑しながら術式その他を押し付け、とっとと家に入る。これ以上長々と話をすると、優喜に悟られて、止められかねない。少なくとも、すでに何かを企んでいることは、ばれていると考えた方がいいだろう。

 正直、シグナム達はブレイブソウルを全面的に信用しているわけではない。ただ、これまでの言動について、夜天の書に関してだけは一貫してまじめな態度を貫いてきたことから、この事に関してだけは信用してもいいと判断したにすぎない。そして、蒐集のための手段を押し付けておけば、相手の存在意義から、悪いようにはしないだろうと考えただけである。

「はやてちゃん。そろそろ小学生が起きている時間じゃないわ。早くお風呂に入って、早くおやすみなさい。」

「はやて、一緒に風呂はいろーぜ。」

 夕食を終え、それなりの時間になったことを確認し、はやてを寝かしつけるための行動を開始する。先ほどのはやての態度を考えると、自分達がやろうとしていることを、決して認めはすまい。ゆえに、絶対に悟られてはならない。主を騙している事に後ろめたさを感じつつ、自分達にとって最後の入浴になる可能性を考え、相手に対して失礼にならぬよう、丁寧に身を清める。

 日付が変わり、はやてが完全に寝入ったことを確認すると、ヴォルケンリッターはおもむろに行動を開始した。

「ギル・グレアム提督、聞いておられるか?」

 盗聴されて、監視されていることを逆手に取り、相手に声をかける。暗黙の了解で、こういった時の代表はシグナムだ。

「聞いておられるなら、直接会って話したいことがある。出来れば主には知られたくない。可能な限り早く、時間を取ってはいただけないだろうか?」

 慇懃無礼の典型例のような要求に内心苦笑しつつ、他に言葉の選びようも譲歩できる部分もない事を再認識し、しばらく時間をおいて、再び同じことを告げる。明け方近くまで同じことを繰り返すと、自分達の目の前に、双子の使い魔が現れる。

「……どう言うつもりよ?」

「どうもこうもない。言葉通り、貴方がたに話したいことがある。とても大事な事で、主に知られるわけにはいかない事だ。だから、ここではまずい。」

「信用できねーって言うのも分かる。だから、そっちにこいつを預ける。」

 ヴィータが、己の唯一無二の相棒、グラーフアイゼンを待機状態のままリーゼアリアに投げてよこす。それに習って、シグナムもシャマルも、己が相棒を待機状態のまま相手に差し出す。

「これで、私達は貴方達に対抗する能力を失ったわ。これだけでは不満かもしれないけど、それ以上については、貴方達の主と話をしてから、よ。」

「……分かったわ。いいでしょう。」

「……アリア、こいつらを信用するの?」

「ロッテ、たとえ四人いるとはいえ、貴方はデバイスも持っていない魔導師に後れを取ると言うの?」

「まさか。デバイスがあったところで、二人多いぐらいは丁度いいハンデ。」

「だったら、問題ないでしょう?」

 ちょうどいいハンデ、という言葉にカチンとくるものが無くもないが、相手が低く見積もっても自分達と大差ない実力を持っていることは、見れば分かる。その上で、相手はヴォルケンリッターの事を全て知り尽くしていると考えていいのに対し、こちらは相手の事を何一つ知らない。不意でも打たれない限り一方的に負けるとは思えないが、二対四でも負ける可能性があることは否定できない。

 そんな益体もないことを考え、そもそも戦う事などあり得ない、と思考を切り替えるシグナム。自分達の目的を考えると、戦ってはいけないのだ。

「では、話し合いに応じてくれるか?」

「ええ。」

 無愛想にそう言い捨てると、転移魔法を発動させる。どうやらどこかの屋敷の内部らしい。時の庭園の城内を彷彿とさせる廊下に転移した一同は、猫姉妹の案内に従い、館の主の部屋らしい一室の前に来る。

「父様、ヴォルケンリッターを連れてきました。」

「入りたまえ。」

「失礼する。」

 豪華だが上品な調度品で統一された室内で待っていたのは、初老の立派な髭を蓄えた、上品で柔和そうな男性であった。

「突然押し掛けて申し訳ない。ヴォルケンリッターが剣の騎士、シグナムだ。貴方がたに、どうしてもお願いしたいことがあって、無理を承知で時間を頂いた。」

「挨拶はいい。要件を聞こう。」

「では、単刀直入に言う。我々は、貴方に首を差し出しに来た。」







 シグナムの発言に、室内は沈黙に包まれる。あり得ない相手からあり得ない言葉を聞いた。猫姉妹の顔に浮かぶのはそれにつきる。

「……どう言う風の吹きまわしかね?」

「簡単な話だ。我々が犯した罪に、当時生まれてもいなかった主はやてを巻き込むのは、一切筋が通らないだろう?」

「……お前達が首を差し出したからって、なにも変わらないよ!」

「分かってる。失われたものは戻ってこない。アタシ達がそっちに首を差し出したからって、死んだ人が生き返るわけじゃねえ。こんなことで、アタシ達がしでかしたことが帳消しになるわけがねえ。」

 シグナムとヴィータの言葉に、グレアムが感情を感じさせない口調で、質問を紡ぐ。

「それが分かっていて、何故今更そんな事を?」

「夜天の書の修復のために、管理人格を起こす必要が出てきました。」

「……管理人格が目覚めると言う事は、そのまま暴走すると言う事ではないのか?」

「それは違う。主はやてがマスター権限を得るためには書を完成させなければいけないが、管理人格を起こすだけなら四百ページあればいい。そして、管理人格を起こせば、書のプログラムを複製することができる。書が完成するわけではないから、その時点では暴走も起こらない。」

 シグナムの言葉に、微妙な沈黙が下りる。優喜が噛んでから、闇の書についてはすでにグレアム陣営の監視下を完全に離れている自覚はあったが、ここまで話が進んでいたとは予想外だったのだ。そもそも、書の転生を確認してからの数年間、グレアムの動ける範囲でとはいえ、出来ること全てで調査をし、修復も完全破壊も断念したというのに、あの小僧が噛んだだけで、正確なコピーを取る手段を確立したというのだ。俄かには信じがたい話だ。

「正直に言うと、究極的には主はやてが助かるのであれば、最終的に夜天の書の処遇が修復でも完全破壊でも構わない。その結果、我らの存在がこの世から消えるのも問題ない。だが、どういう方向にもっていくにしても、一度はある程度の修復が必要だ。そのために貴方がたの協力がどうしても必要なのだ。」

「だが、貴方がたの協力を得るためには、どう考えても俺達の存在が邪魔だ。だから、首を差し出しに来た。この首と引き換えに、彼らに協力していただけないか?」

「……私達を、馬鹿にしているの?」

 リーゼアリアの言葉に、沈黙を返すヴォルケンリッター。どう取られたところで、彼女達に文句を言う権利はない。どう言い繕ったところで、言い訳と取られるだろう。そして、それはすべてシグナム達の責任だ。

「……我らの望みはただ一つ。」

「この首と引き換えに、過去の事を一度手打ちにしてほしい。」

「過去の罪を、生まれてもいなかった子供に背負わせないためにも、これ以上同じことを繰り返さないためにも。」

「俺達を許せとは言わん。刈り取った首を晒そうが蹴鞠にしようが文句は言わん。闇の書の新たな悲劇を確実に食い止められるなら、我らが主が不幸を背負わずに済むなら、この首、惜しくもなんともない。」

 ヴォルケンリッターの、余りにも身勝手な言い分に、今度こそ怒りが臨界を突破するリーゼロッテ。一切の手加減なしでシグナムを殴りつける。不意打ちでも何でもない、怒りにまかせた大振りのその一撃を、一切の防御なしで無抵抗で受け入れるシグナム。

「大人しく話を聞いてりゃ身勝手なことばかり言って! なにが首を差し出す、だ! なにが一度手打ちに、だ! 勝手な理屈こねて、自分の罪から逃げてるだけじゃない!」

 感情に任せてシグナムの体を滅多打ちにするロッテ。室内に骨が砕ける音が鳴り響き、瞬く間にシグナムの体に、まともな姿を保った部位が一つもなくなる。普通の人間なら、最初の一撃で即死していてもおかしくないが、残念ながら、ベースとなったヴォルケンリッターが、生前からこの程度のダメージではそうそう死なない鍛え方をしている。ゆえに、必然的に私刑の時間も長くなり、見るに堪えない姿になっていく。

「そりゃアンタ達は満足だろうさ! だけどね! 死んだ人の家族は、この程度じゃ納得できないほど苦しんでるんだよ! その人たちを、どこまで馬鹿にすれば気が済むのさ!」

 ボロ雑巾と表現するしかない姿のシグナムを、天井に届くほど大きく蹴り上げる。地面に落ち、ピクリとも動かなくなった彼女の顔面を踏みつけ、ロッテが最後の一言を告げる。

「分かったよ! アンタの望み通り殺してあげる! 地獄でせいぜい後悔しな、卑怯者!!」

「そこまでだ、ロッテ。」

 シグナムの頭を踏み砕こうとしたロッテを、グレアムが止める。

「……今日のところは、お引き取り願おうか。」

「分かりました。今日のところは出直します。」

 ボロ雑巾となったシグナムを、可能な限り表情を動かさずに回収し、将の代理として静かに告げるシャマル。

「アリア、彼らにデバイスを返してあげなさい。」

「はい、父様。」

 アリアが感情を見せぬ顔でデバイスを投げてよこす。受け取ったクラールヴィントを展開し、転移術の準備をしながら頭をひとつ下げる。グレアムの興味が自分達から消えたのを確認すると、シャマルは速やかに撤退した。







「優喜君! シグナムたちがおらへん!」

 朝一番のはやてからの電話で、大慌てで八神家に出向く優喜となのは。あまりにただならぬ様子に、どうにも嫌な予感がして仕方がなかったからだ。その予感は的中し、呼び鈴と同時に転がり落ちるように出てきたはやてが、優喜となのはにすがりついてきた。

「はやてちゃん、どうしたの!?」

「優喜君! なのはちゃん! シグナムが! シグナムが!!」

 ただならぬ様子のはやてをどうにか宥めながら、八神家に入ってく優喜となのは。どうにか話を聞くと、優喜に電話をかけて少ししたぐらいに、ヴォルケンリッターが瀕死のシグナムをつれて戻ってきたらしい。何があったかを問い詰めても頑として口を割らず、治療魔法をかけることにすら首を縦に振らないシャマルに業を煮やし、いっそ主の命令を盾にせめて治療だけでも、と考えた矢先に優喜たちが来たらしい。

「とりあえず、まずはシグナムを見せて。」

「う、うん……。」

「なのははここに……。」

「私も手伝うよ。回復魔法は苦手だけど、小さな傷ぐらいは治療できるから。」

 こういうとき、なのはは絶対に言うことを聞かない。あきらめてなのはに念押しをして、一緒にシグナムの部屋に入っていく。

「……これはまた。」

「……。」

 無残、という言葉にも限度があるだろう。そんな状態のシグナムに、さすがに言葉を失い目を逸らすなのは。当人の元からの強靭な生命力に加え、守護騎士プログラムによる補正などがなければ、とうの昔に命を落としているだろう。

(ブレイブソウル。)

(どうした、友よ?)

(クロノとユーノに連絡とって。)

(分かった。)

 ブレイブソウルに必要な指示を出した後、なのはと二人で気休め程度の治療を始める。まずは麻酔代わりのツボをついて痛みを麻痺させ、折れている骨を正常な位置に矯正し、気を通してダメージを軽減させる。本来なら、自分の生命力だけで治る怪我などは出来るだけ魔法や気功に頼らず治すべきだが、そもそも回復力が衰える、などという副作用の無い守護騎士たちの場合、むしろ治せる傷はとっとと治した方がいい。

「それで、なにがあったかは大体予想がつくけど、治療すらしないのはどういう事?」

「信義の問題です。」

「信義、か……。」

「どういう事や、シャマル!」

「これからの行動をスムーズに行かせるために、グレアムさんのところに命を差し出しに行った、ってところじゃない?」

 優喜の指摘に対しても、なにも言わないシャマル。その態度が答えだろう。

「シャマル、私のため、か? 私が何時、そんなことせえて言うた? 私が皆を犠牲に生き残って、喜ぶと思ったん?」

「……。」

 ぐちゃぐちゃになった思考で、シャマルに詰め寄る。あくまでも答えを返さぬシャマルに業を煮やし、怒りの矛先を実行犯に向ける。

「夜天の書を修理する、言うんはここまでされなあかん事なん!? 私はそんなに助かったらあかんの!? そんなにおじさんは私を封印したいん!? そこまで私の事が憎いん!?」

「……。」

「聞いてるんやろ、おじさん!! 私が生きてることがあかん言うんやったら、私を殺しに来たらええやん! 封印しかない、言うんやったらとっとと封印したらええやん! それしかない言うんやったら黙って封印でも何でもされたるから、これ以上私から家族を取らんといて!!」

 今まで、いろいろなことを柔和な態度で受け流し続けてきたはやて。そのはやてが、初めて心から叫びをあげる。そこが限界だったらしく、はやては初めて、優喜達の前で号泣した。

「はやてちゃん……。」

 効果が認められない回復魔法を中断して、はやてを抱きしめるなのは。その直後に、クロノが転移してきた。

「……もっと早くけりをつけるべきだったか。」

「……クロノ、早かったね。」

「ああ。いろいろ予定がパーだが、さすがに見過ごせる状況じゃないからな。」

 クロノに続いて、ユーノが転移してくる。一目でシグナムの状況を理解すると、なにも言わずに治療を始める。

「なのは、悪いけど今日は学校休むから、士郎さんに連絡お願い。あと、アリサとすずかにも声をかけておいて。」

「うん。はやてちゃんをこのままにしておけないから、私も今日はお休みするよ。」

「お願い。ただ、なんか、どんどん出席日数があやしくなりそうだなあ……。」

 しかも、これだけやって教師に目をつけられて、はやてが助かること以外に優喜達にメリットがないのだ。人脈がどうとかいうのは、将来的にはともかく現状ではそれほど嬉しくもない。

「とりあえずクロノ、準備は出来てる?」

「ああ。プレシアさんが、現状についての資料を全部用意してくれていたから、いつでも行ける。」

「じゃあ、さっさと終わらせに行こう。ユーノ、あとは任せたよ。」

「ん。任せて。」

 ユーノの返事を聞いた優喜は、クロノの指示に従い、ブレイブソウルの転移術でグレアム一派の本拠地に直接乗り込むのであった。







 ギルバート・グレアムは悩んでいた。

「……どうにもしっくりこないね。」

 彼らが去ってから数分後、ぽつりと漏らすグレアム。その一言を耳ざとく聞きつけ、アリアが質問を投げかける。

「なにがです?」

「十一年前に相対したヴォルケンリッター。彼らは、あそこまで表情豊かだっただろうか?」

「あんなの、振りに決まっています!」

「振りをするにも、ある程度感情や人格というものは必要だ。だがね、ロッテ、アリア。十一年前の彼らに、人格らしきものを感じたかね?」

 グレアムの言葉に、返事を返すことができずに沈黙するロッテとアリア。そう、彼女達もそこに違和感を感じていた。監視をしていた時にも、人格を持っていると感じられる言動をいくつもしてはいたが、主の望みにしたがってそう見えるように振舞っていただけだと思っていた。だが……。

「他にもしっくりこない事はある。」

「しっくりこなくてもいいじゃないですか。」

「どうせあいつらも蒐集を開始するんだし、犯罪者として闇の書と一緒に封印するんだし、さ。」

「アリア、ロッテ。そうやって違和感を無視して話を進めると、いつぞやの少年の時のような失敗を犯しかねない。」

 優喜の事を例に持ち出されて、またもぐうの音も出ずに沈黙するリーゼ達。

「話を戻そう。彼らは罪を清算するために、首を差し出しに来たと言っていたが、どうにも自身がどれほどの罪を犯したのか、いまいち実感していないように感じた。ロッテがあそこまで怒ったのも、そのせいではないかね?」

「うん。あいつら、あんなことを言いながら、全然分かってないように見えて、腹が立って腹が立って……。」

 アリアも同じように感じたようだが、グレアムは少々感じ方が違った。実感していない罪ではあっても、ちゃんと罪悪感と呼べる感情自体は持っていた。今後のためにちゃんと清算せねばならない、という強烈な意志は、どこかかみ合っていない交渉であっても痛いほどこちらに伝わってきた。

 そもそも、いくら我慢強いと言っても、命にかかわる一撃を、完全に無防備に受けることなど、生半可な覚悟では出来ない。その一点を取っても、彼らが本気で首を差し出しに来たことは疑う余地はない。少なくとも、ギルバート・グレアムはそう判断した。

「それに、そもそも以前の言われたことをこなすだけの人形なら、独断専行で首を差し出しに来た揚句、主の命に背いて将の治療を行わず、独断専行の内容を頑として口を割らない、などと言う事はあり得ない。」

 先ほど漏れ聞こえてきた八神家のやり取り、それがグレアムの疑念を決定づけた。どれほどはやてが詰め寄っても何一つ口を割らず、あえてよそよそしい態度を取ってまで黙っている。首を差し出したという信義に基づいての行動であれば、彼らは何一つ嘘をついていない、という事だろう。

「独断専行じゃなく、誰かの入れ知恵を受けた主に命じられて、という可能性はあります。」

「否定は出来ないが、その確率は高くはないだろう。」

 八神はやての性格を鑑みるに、自分が生き残るためにヴォルケンリッターの首を差し出すなど、百パーセントあり得ない。グレアムのそんな思いを裏付けるように、盗聴器からはやての叫び声が聞こえてくる。

『夜天の書を修理する、言うんはここまでされなあかん事なん!? 私はそんなに助かったらあかんの!? そんなにおじさんは私を封印したいん!? そこまで私の事が憎いん!?』

「……。」

『聞いてるんやろ、おじさん!! 私が生きてることがあかん言うんやったら、私を殺しに来たらええやん! 封印しかない、言うんやったらとっとと封印したらええやん! それしかない言うんやったら黙って封印でも何でもされたるから、これ以上私から家族を取らんといて!!』

「勝手なことを……。」

「……勝手なことを言っているのは、我々かもしれないよ。」

 ロッテのつぶやきに、かすれた声でこたえるグレアム。はやてに闇の書を暴走させ、永久凍結魔法で封印する。それ以外に確実に被害を抑えられる手段はない。グレアムは今でもそう確信している。だが、それと彼女や周囲の人間に暴力を振るう事とは別問題だ。

 本来、はやては完全に被害者だ。書の主になってしまったのは、本人には避けるすべのないことだし、ヴォルケンリッターが蒐集を始めていない以上、主であることで犯罪者として扱われるわけではない。方法論の問題で犯罪者の汚名を着せることになるが、本当ならこちら側が頭を下げて許しを請うべき相手だ。

「……転移反応を確認しました。」

「アリア、彼らを出迎えてくれ。」

「分かりました。」







「提督、正直あなたには失望しました。」

「顔を出すなり不躾だね、クロノ。」

「不躾にもなります。管理局員、それも提督の地位にまで上り詰めたものが、怨みと憎しみに駆られてリンチを行うなど、決してあってはならない事です。」

「……そこは私の不明だ。なにも言い訳は出来ない。」

「父様!?」

「クロスケ! アンタあいつらの肩を持つって言うの!?」

 クロノの言葉に、かなりカチンとくるロッテ。そんなロッテに取り合わず、グレアムを真正面から睨みつけ、思いの丈をぶつける。

「管理局員は法を守らせる立場です。そのトップクラスに位置する人が、努力を放棄して無実の人間に罪をかぶせて封印するなど、認めるわけにはいきません。そんなことをすれば、死んだ父に顔向けができなくなる。」

「クロノ! そのクライド君を殺したのは、あいつらなんだよ!?」

「ヴォルケンリッターが手を下したわけじゃない。それに、はやては父さんの死に全く関与していない。」

「あいつらが殺したようなもんじゃないか!!」

 アリアの叫びに一つ首を横に振ると、クロノは先ほどから感情的に叫ぶ猫姉妹に対して、睨みつけるような目で言葉をぶつける。

「ロッテ、アリア。いい加減、父さんの死を冒涜するのはやめてくれないか?」

「クロスケ!?」

「クロノ、どういう意味よ?」

 クロノの言葉にショックを受けた二人が、思わず食って掛かる。だが、クロノは一切取り合わず、再びグレアムに向き合う。

「提督、あなたのプランは、法的にも道義的にも、問題が多すぎます。何より、何の対策も用意せずに封印をかけるのは、復活周期が長くなるだけで、アルカンシェルで主ごと吹き飛ばすのとなんら変わらない。」

「……では、君達のプランなら、確実に問題を解決できるのか?」

「確実に、とはいえません。でも、時間さえあれば、必ず修理は完了する。」

「根拠は?」

「それは私が説明しよう。」

 ここまで沈黙を保っていた優喜のジャージから、ブレイブソウルが飛び出す。さっさとアウトフレームを展開すると、その場にいた人間に挨拶を開始する。

「私はベルカ式融合騎兼祈祷型アームドデバイス・ブレイブソウル。夜天の書の製作者の手により、書に有事があった際のカウンターの一つとして製作された。長い付き合いになると思うので、まあ見知っておいていただきたい。」

「書の、カウンター……?」

「そんなものをどこで!?」

「わが友の指示により、ユーノ・スクライアが発掘した遺跡に私があった。確かに引き当てたのは奇跡に近い類の偶然だが、少なくとも、資料から遺跡を割り出して発掘するという行動を起こさねば、そんな低確率の偶然すら起こりはしない。当たり前の道理だろう?」

 ブレイブソウルの言葉、その道理に返す言葉もなく沈黙する。

「私はこの身に、書のソースプログラムと暗号解析コード、それにハッキングツールを搭載している。私のハッキングツールは強力だぞ? 何しろ、夜天の書を転生させずに書き換えが出来るのだからな。」

「なるほど、それなら確かに修理が可能であると自信を持って言えるわけか。」

「それで、だ。修理のために現状のプログラムをコピーする必要があるが、残念ながら管理人格を起動させねば、メンテナンスツールによるコピーが不可能だ。ハッキングツールで吸い出す手もあるが、切り札はあまり多用しない方がいい。」

「道理だ。」

 グレアムが重々しく頷くのを見て、現状の進捗をグレアムに説明し始めるブレイブソウル。

「……我々が何年もかけて出来なかったことを、君たちはたった数ヶ月でやってのけたのか……。」

「運がよかっただけだよ。運よく能力のある研究者と仲がよかった。運よく、資料の検索能力が高い友人がいた。運よくリンディさんたちが恨みを吹っ切っていた。」

「……だが、彼らが君に協力的なのは、君が自身より彼らのことを、なによりはやてのことを優先していたからだろう。」

「グレアム卿。今更貴殿に言うことではないが、人間、本当に求めていること以外の道は案外見えないものだ。今はともかく最初に対策を探したとき、貴殿は本当は復讐を望んでいたのではないか? でなければ、使い魔がここまでトチ狂うとは考えづらい。」

 ブレイブソウルの指摘に、渋い顔で沈黙するグレアム。彼女に言われるまでもなく、当時の自分が復讐に目がくらんでいたことは否定できない。主とのリンクを通してその激情にさらされ続けたアリアとロッテが、主の頭が冷えた今でも結論を変えられないのも無理もなかろう。

「グレアムさん、あなたは今でも闇の書に復讐をしたい?」

「……分からない。分からなくなった。」

「提督、僕達が、父を、夫を失った人間が悲劇を食い止めようとしているのに、あなたはなぜそれをためらう!?」

「クロノ。私のような大人はね、過去にしがみついてしまうのだよ。ここまで進めてきて、などとくだらない感傷でね。」

「提督、もう一度言います。八神はやてにすべてを押し付けて表面上の解決をするような、非人道的な解決はやめてください! これ以上父を冒涜しないでください!!」

 クロノの叫びにも言葉を返さず、己の中の答えを探すために瞳を閉じる。永遠にも感じる数分の沈黙の後、グレアムは優喜に視線を向け、結論を質問の形で口に出す。

「……それで、君は私に何を求めるのかね?」

 ここが潮時だろう。認めたく無かっただけで、本来は当の昔に自分が間違えていたことぐらい分かっていたのだ。結論を支える理由が消えてしまった以上、感傷に浸って教え子の言葉を拒否するのは、ただの老害だ。

「父様!!」

「こいつらを信用するの!?」

「仇敵が筋を通し、教え子に窘められ、それでも己を貫けるほど、私は強くないのでね。ロッテ、アリア。これ以上自分でも正当性を見出せない復讐のために、クライド君と誓った己が理念を踏みにじることは、私には出来ない。」

 穏やかな、実に穏やかな口調で使い魔たちに語る提督。場違いな使命感と一体となった復讐心を捨てると決めたとたん、素直にすべきことを受け入れられる自分に気が付く。

「それで、実質的なリーダーである君に聞こう。私に何を求める?」

「まず、永久凍結封印の準備はそのまま進めてほしい。時間切れのときの対策として、今のところそれ以上の手段がない。」

「他には?」

「このプロジェクトの旗振り役として、矢面に立ってほしい。」

「……ずいぶん大胆なことを言うね。」

「リンディさんだと、階級的にも年齢的にも厳しいと思ったから貴方にお願いしたいんだけど、無理そう?」

 優喜の言葉を笑い飛ばすと、グレアム提督は力強く宣言する。

「面白い。その挑戦、受けて立とう。」

 ギルバート・グレアムのこの宣言により、水面下で進んでいたプロジェクトは、ついに管理局の正式な事業となったのであった。



[18616] 閑話:ヴォルケンズの一週間
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:1e611f20
Date: 2010/11/01 21:23
 ヴォルケンリッターが顕現してから初めての日曜日。

「頼むから、今日は大人しくしててよ……。」

「主はやてに危険がなければ、大人しくしているさ。」

「昨日、危機でも何でもない事に散々大げさに反応してるから、一切合財信用できない。」

 結局、最低限の服と食器ぐらいしか買えなかったこともあり、もう一度、朝から買い出しに出ることになった。昨日の様子からいろいろ不安だから、と、アリサ達も一緒だ。

「優喜がいないのが、これだけ不安に感じることもそうはないわね……。」

「あ、あはは。アリサちゃん、大丈夫だから、ね?」

「すずかに保証してもらってもねえ……。」

 アリサのどよんとした様子に苦笑するしかないなのはとすずか。昨日散々突っ込んだので少しは大人しくなるかもしれないが、一日二日でそうそう考え方が変わるわけがない。

「……ん? 大道芸か?」

「お~、ほんまや。ベタなピエロの大道芸とはまた、珍しいなあ。」

「はやて、あーいうの、珍しいの?」

「海鳴みたいな地方都市やと、大道芸自体、あんまり見かけへんからなあ。しかも最近のパフォーマーは皆おしゃれになって、ああいう古典的な衣装の人はほんま減ったわ。」

 はやての言葉にそう言えばそうだね、と同意するすずか。

「そういえば、ピエロ言うと確か、全身に重火器をこれでもか、言うぐらい詰め込んだ挙句に、体操選手みたいな動きでわざわざムーンサルトで三回ひねりしてから全砲門一斉掃射するんやっけ?」

「……あの芸人、そんなに物騒なのですか!?」

「ならば犠牲者が出る前に我々が!」

 はやての余計なひと言にいきり立ち、人畜無害な大道芸人を始末しようと動きはじめるヴォルケンリッター。だが、彼らが行動を起こす前に……。

「洒落が通じない連中に、そういう冗談を言うな~!!」

 どこからともなくハリセンを取り出し、アリサがフルスイングではやての頭を張り倒した。すぱーん! と小気味よい音があたりに響き渡り、思いっきり前につんのめるはやて。

「あいた~! アリサちゃん、今のは結構効いたで……。」

「普通のハリセンなんだから、そんなに痛くないでしょ?」

「そもそもどっからハリセンなんか取り出したん?」

「忍さんがくれた発明品よ。なんでもデバイスの待機モードを参考に、亜空間に収納してるとか何とか言ってたわね。」

 アリサが台詞とともにハリセンを収納する。そのあまりの技術の無駄遣いぶりに、思わず遠い目をしてしまうなのは。

「アリサてめぇ!!」

「なんか文句ある?」

「……アタシが悪かった。」

 ヴィータが食ってかかるも、再び取り出されたハリセンと、アリサの妙な眼力にビビって、思わず謝ってしまう。

「なのはちゃん、そこで他人の振りはひどいで。」

「ごめん、はやてちゃん。私はまだ芸人にはなりたくないの。」

「ひどい、ひどいでなのはちゃん! 二人で芸人の星を目指そうと誓い合ったあの夜は嘘やったん!?」

 そろそろ当初の目的を忘れて暴走し始めているはやてに、いい加減話が進まないと感じたアリサが、待機モードのハリセンを再び取り出す。

「はやてちゃん。そろそろいい加減にしようね。」

 ピコ、っという可愛らしい音ともに、赤いおもちゃのハンマーがはやての頭をとらえる。すずかが、控えめにはやての頭をピコピコハンマーでどついたらしい。悪乗りしておかしなことを言いだしたはやてに、再びハリセンを振りかざそうとしたアリサが、思わぬ伏兵に目を丸くする。

「すずか、アンタいつの間にそんなもの……。」

「お姉ちゃんがね、一応持って行けって。」

 にっこり笑いながら、何事も無かったかのようにピコハンを収納するすずか。忍にいろいろ言ってやりたいことは出来たものの、突っ込み役が増えるのは歓迎だ。そう割り切ることにしたアリサであった。

 因みにこの日は、なんだかんだで八回、ハリセンが唸りをあげた。







 月曜日。

「普段するような買い物は、ここで大体は揃うで。」

 スーパーみくにや。はやては普段の生活圏をヴォルケンリッターに案内していた。

「とは言うても、実は私もあんまり来たこと無いんやけどな。車椅子で買い物は結構骨やから、いつも隣のおばさんとかに頼んどったし。」

「……凄い種類の品物だ。」

「日本のスーパーは、どこもこんなもんや。」

 はやての言葉に目を見張るヴォルケンリッター。ほとんど薄れかけた記憶の中にも、いろいろな市場やスーパーマーケットの類の光景は残っているが、その国で指折りの大規模な都市でもなければ、売り場面積も品ぞろえもこの半分以下なのが普通だ。

「この国は、豊かなんですね。」

「広さで言うたらちっこい国やけど、経済規模は上から数えた方が早いぐらいやし、人口もそんなに少ないわけでもないからなあ。純資産になると確か世界一やったはずやで。」

 その国の経済状態と言うのは、こういう市場を見れば大体分かる。特に、食料品については、種類と品質がダイレクトにその国の生活水準を示していると言っていい。余程極端な農業国家でもなければ、食べてなくなる食品にそれほどこだわる余裕があるのは、大体において富裕層だけだからだ。

 そういう視点で日本を見ると、過疎地でもなければどこにでもそれなりの規模の食品スーパーマーケットがあり、大体の場所でよほどマイナーか季節を外したもの、もしくは地域性の問題で食べない物でない限り、大抵の食材は手に入る。これは、ヴォルケンリッターが見てきた中でも指折りの豊かな国である証拠だ。

「ほな、せっかく来たんやし、ついでやから今日と明日の朝の分の食材買うて行こうか。」

「分かりました。」

 てきぱきと山ほどの食材を選んでかごに入れ、ヴォルケンリッターが唖然としているのを横目にさっさと支払いを済ませる。帰り道についでに商店街の比較的よく利用する店を紹介しながら家路へ。

「ん? ヴィータ、なに見てるん?」

「あ、いや、何でもないよ、はやて。」

「あ~、これが欲しいんか。ちょっと待ってな。」

 ヴィータの視線の先を見て判断し、財布の中身を確認する。ちょっと足りない。さすがに、昨日一昨日と結構な金額の買い物をしているので、貯金はともかく手元の現金は微妙な事になっている。

「ちょっとお金おろしてこなあかんなあ。明日の食材にも微妙や。」

「いいよ、はやて。」

「ええってええって。どっちにしてもお金おろさんとあかんねんし。」

 そう言って銀行に向かおうとしたその時、シャマルがデバイスを展開する。

「シャマル、なにしてるん?」

「安心してください、はやてちゃん。買える値段まで値引きしてもらいますから。」

「どうやって?」

「魅了の魔法って、便利なんですよ?」

 その台詞が終わるより早く、アリサからもらっていたハリセンが火を噴く。

「そういう人道にもとる真似は禁止や。ええね?」

「……は~い。」

 こうして、ヴィータのお気に入りとなる兎の人形は、ちゃんと正規の手段で正規の値段で購入されるのであった。







 火曜日。

「高町の兄上が、剣の達人と聞いて。」

「いきなりだな……。」

 閉鎖空間限定とはいえ、なのはとフェイトが手も足も出ないと言う話を聞きつけたシグナムが、はやての許可を取って出稽古に来た。もちろん、場所を知らないのではやてと一緒だ。他のヴォルケンズは、あまり大勢で押し掛けるのも、という事で今日はお留守番だ。

「言っておくが、俺はごく普通の人間だから、現状では魔法を一撃食らったら即戦闘不能だぞ?」

「だが、その条件で高町とテスタロッサを制圧しているのだろう?」

「あいつらは、道場みたいな狭い空間での魔法の使い方がまだまだだからな。貴女はそうではないだろう?」

「まあ、そうなるな。ならば、魔法なしではどうだ?」

「それならいいだろう。とはいえ、木刀を使うから怪我でもしたらはやてちゃんに申し訳が立たない。念のため、バリアジャケットは着ておいてくれ。」

 恭也の言葉にうなずき、道場に移動。レヴァンティンを起動、バリアジャケットを纏う。

「優喜、審判を頼む。」

「了解。」

 宿題を切り上げた(正確には、なのはの家庭教師を切り上げた)優喜が、なのは達が観戦位置に陣取り、二人が木刀を構えたのを見て、始めの合図を送る。

「ふっ!」

「せい!!」

 速攻で、素人のはやての目ではとらえきれない攻防戦が始まる。シグナムが恭也を弾き飛ばすような一撃を叩きつけたかと思えば、恭也が徹の乗った重い攻撃を四連続で放つ。その後もえげつない攻防が続き、だんだんヒートアップしていく二人とは裏腹に、無情にもシグナムの木刀が砕け散る。実戦ではともかく、同じ強度の練習用木刀の場合、衝撃が分散する二刀と攻防すべてが集中する一刀では、持ちが大幅にちがうのは仕方がないだろう。

「ちっ! レヴァンティン! カートリッジ……!」

「生身の人間に、カートリッジを使おうとしない!」

 砕けた木刀を即座に投げ捨て、道場の隅に置いてあったレヴァンティンを拾い上げて、一連の流れでカートリッジを撃発しようとし、優喜にハリセンでしばかれる。痛みもダメージもない癖に、恐ろしい衝撃が頭部を襲い、思いっきりつんのめるシグナム。

「……またその武器か! 騎士甲冑を貫いた揚句、ダメージも与えずにつんのめるほどの衝撃を叩きこんでくるとは、非常識にもほどがあるぞ!」

「生身の人間にカートリッジ付きの攻撃をかちこもうとする人間が、常識を語らない。」

「……すまん。」

「まあ、そういう試合がしたいんだったら、また今度僕がつきあうからさ。」

 優喜の台詞に苦笑する恭也となのは。

「因みに、この試合どっちの勝ち?」

「カートリッジ使わせた時点で、恭也さんの勝ちでしょ?」

「ああ。正直、何発か直撃をもらっているし、実戦では下手をすれば死んでいてもおかしくないからな。」

「……なんか、恭也さん凄すぎて、私やとなにがどうなったか全然やわ。」

 はやての言葉に、にやりと笑って見せる恭也。しかも、シグナムが食らった攻撃はすべて徹が乗ったえぐい一撃だ。バリアジャケットを着ろと言ったくせに、着ていても意味の無い攻撃をガンガン叩き込むあたり、勝負になると非常に性格の悪い男だ。

「しかし、高町やテスタロッサが勝てないと言った理由もよく分かる。あの動きでは、単純な射撃や狙いの甘い誘導弾では、かすらせるのも厳しいだろうな。」

「うん。実際、今まで一回も攻撃を当てたことがないの。」

「それに、あの騎士甲冑を貫通してくる一撃。あれでは、騎士甲冑による防御力のアドバンテージなど、あってないようなものだ。」

「優喜君は、もっとひどい攻撃とか平気でするよ?」

「本当か? と聞きたいところだが、先ほどの動きを見ると事実なのだろうな。」

 シグナムの言葉に真面目な顔で頷く恭也となのは。実際、優喜はどんな形であれ、接触すればその瞬間に発勁を叩きこんでくる。しがみついた状態で腹や太ももから発勁を叩き込むとか、漫画の世界かと言いたくなる攻撃だ。

「まあ、とりあえず試合も終わったし、おやつにしようか。」

「数が足りないと思うが、どうするんだ?」

「そう思って、はやてが来た時にデリバリー頼んでおいた。」

 優喜の言葉と同時に、玄関が開く音がする。見ると、玄関のげた箱の上に、ロールケーキの入った箱が置かれている。

「全く、相変わらず無駄に手際がいいな。」

「そういうもんでしょ。」

 こうして、試合の後は、穏やかにお茶会が進むのであった。







 水曜日。

「……来客か?」

 呼び鈴を聞きつけ、狼形態のザフィーラが、のそりと立ち上がる。現在、他のヴォルケンリッターははやてに頼まれて、商店街の方へ買い物に出かけている。はやてが留守番なのは、この後塾が始まるまでの間、アリサとすずかが顔を出す予定だからだ。

「主は……、どうやら気が付いていないようだな。」

 呼びに行くかどうかを少し考え、アリサとすずかなら、中に通してから呼べばいいだろうと結論を出す。狼形態のまま、玄関に移動し、器用に鍵をあけ扉を開く。

「八神さん、お届もので……ヒィ!!」

 どうやら、来客は宅配便だったらしい。面倒だな、と思いつつも、家の中に入り、印鑑を咥えて玄関に戻る。はやては足が不自由な関係上、結構通販で物を買う。なので、彼らの前で受け取りのために印鑑を押す姿を何度か見せているし、受け取りのためにどこに印鑑を置いているかは全員が知っている。

 腰を抜かしている配達員に印鑑を渡すと、ちょこんと座って判を押すのを待つ。恐る恐る受け取った配達員は、さすがに狼が印鑑を押せるわけはないと変に冷静に判断し、受け取り伝票のところに印鑑を押す。恐る恐る返してきた印鑑を、間違って相手の手をかまないように慎重に咥えて受け取ると、とりあえず邪魔なので一度げた箱の上に。

「あ、ありがとうございました~!!」

 ビビりながら納品書をちぎって荷物のひもにはさむと、脱兎のごとく逃げ出す配達員。一つため息をつくと、置き去りにされた荷物を加えて中に入れ、扉を閉めて鍵をかける。

「ザフィーラ、横着せんと、人間の姿で受け取りや。」

 玄関でごちゃごちゃやっているのに気がついたはやてが、ようやく様子を見に来たらしい。

「……すずかとアリサだと思った。それに、良からぬことをたくらむ連中なら、この姿を見れば勝手に逃げるから、手間がかからないと思ったのだが……。」

「いや、それでも一応人間の姿で対応しいや。何ぼ何でも、犬とか狼とかが扉開けて来客に対応するってのは、いろいろ問題あるで。そうでなくてもザフィーラは体大きいんやから。」

 ザフィーラの狼形態は、普通に人一人ぐらい乗れるサイズだ。さすがに牛や馬ほどあるわけではないが、犬としてはかなり大きい方に入るだろう。

「……申し訳ない。以後、気をつける。」

「頼むで。」

 この後、ザフィーラは律儀に言いつけを守り、地球にいる間はきちっと人型形態で来客対応をするようになる。が、時すでに遅く、この一帯ではとある都市伝説が広まるのだが、それはまた別の話だ。







 木曜日。

「なあ、はやて。あれ何やってるんだ?」

「ああ。あれはゲートボールやね。」

「ゲートボール?」

「そういうスポーツがあるねん。とはいうても、私もルールはほとんど知らへんねんけど。」

 せっかくなので、少し観戦していくことに。ハンマーでボールを叩くと言うルールに惹かれてか、他の四人(と言っても、ザフィーラは狼形態だが)に比べて真剣に見入っているヴィータに気がつき、ゲームをしていたご老人が一人、声をかけてくる。

「嬢ちゃん、興味があるのかい?」

「ん? ああ。なんか面白そーだな、って思ったんだ。」

「ちょっとやってみるか?」

「ルールわかんねえぞ?」

 誘われるに任せてスティックを手に取り、ルールの説明を受けて恐る恐るボールを打ってみる。

「ほうほう。」

「中々ええ筋しとるの。」

「そ、そっか?」

 と、このように褒められ、新規のゲームに混ぜてもらって軽く一試合。とはいえど、身体能力は高いが所詮ルーキーのヴィータ、思う位置に球がいかず、試合慣れしたお年寄り達の搦め手からの一打に翻弄され、あまりいいところも無くゲームを終える。

「……アイゼン、セットアップ。」

「ヴィータ?」

 ご老人達が見ていないところで、こっそりグラーフアイゼンを起動するヴィータ。

「やっぱ借りモンでやってもうまくいかねーのは当たり前だよな?」

「それはそうだが、そもそもルールを覚えたばかりで練習もしてないスポーツの初試合で、熟練者相手に活躍しようと言うのが虫がよすぎると思うのだが……。」

 シグナムの言葉に耳をかさず、グラーフアイゼンを構えると……。

「アイゼン! カートリッジ……!」

「やめい!」

 さすがヴォルケンリッターとでもいうべきか、シグナムと全く同じ行動原理で事を起こそうとする。そうなると当然結末も同じで……。

「ヴィータ! いちいちなんかあるたびにカートリッジ使おうとするんやめや!」

「だって、はやて……。」

 ハリセンでしばかれた頭を押さえながら、涙目で上目遣いに言い訳が混じった抗議をしようとするヴィータ。

「言い訳せんの! 大体、ルール決まってるゲームを魔法で捻じ曲げようとするんは卑怯やで! そういうのは興醒めもええ所やから絶対あかんで!」

「分かったよ、はやて……。」

 主の命令には逆らえず、しぶしぶアイゼンを待機状態に戻して、もう一度借り物のスティックで勝負を挑む。ある程度コツはつかんでいたらしく、先ほどよりは正確なコントロールでいい位置に球を転がせる。

「よしっ!」

「やっぱり嬢ちゃんは筋がええのお。」

「また一緒にプレーしましょう。」

「ああ。じっちゃん、ばっちゃん、またな!」

 この日、ヴィータに新たな趣味が出来たのであった。







 そして金曜日。

「ねえ、はやて。」

「ん? どうしたん?」

「ちょっと、ヴォルケンリッターを借りたいんだけど、いいかな?」

「私は特に問題あれへんから、あの子らがええって言うたら好きに連れて行って。」

 いつものように軟気功ではやての体と闇の書を矯正しながら、優喜が唐突に切り出してくる。

「せやけど、いつも思うんやけど、何でわざわざ外で話すん?」

「まあ、いろいろ理由がありまして。……ん~、そうだなあ。はやても来る?」

「一緒に行ってええんやったらついていきたいんやけど、大丈夫なん?」

「まあ、そろそろはやてにも話しておいた方がいいかも、と思わなくもないんだ。ただ、ヴォルケンリッターについては、出てきてからまだ一週間だし、ちょっと早いかもしれないんだけど……。」

 どうにもこうにも隠し事の多い優喜。別に自分達に不利益がかぶらないのでどうでもいいと言えばどうでもいいのだが、それなりに好奇心の類ぐらいははやても持っている。あまりあからさまにこそこそされると、必要無くても暴きたくなる。

「……なにがまだ早いんだ?」

 部屋の外で壁に背中を預け、それとなく優喜を警戒していたヴィータが口をはさむ。

「さすがに、一週間じゃこっちの暮らしに馴染んでないだろうし、はやてとアリサ以外は、まだ貴方達に信用されてる気がしないし、そういう意味でちょっと早いかもなあ、とは思うんだけど……。」

「……お前がただの小僧だったら、信用してもいーんだけどな。」

「うん。その意見は実に正しい。僕だって、一緒に暮らしているわけでもない同じような生き物を、たった一週間で信用しろって言っても無理だしね。」

「……自分で言うのかよ……。」

 ヴィータの言い分に苦笑を返し、とりあえずはやての治療を切り上げる。

「それと、先に言っておくけどな。」

「何?」

「別におめーらを信用してないわけじゃねえぞ。少なくとも、おめーらが悪い奴らじゃねーのは理解してるつもりだ。」

「ん。ありがとう。」

 ヴィータの言葉に小さく微笑んで礼を言う。

「それで、ここじゃ言えねー話って何なんだよ。」

「ちょっと待ってよ。話すなら一度で全部済ませよう、ね。」

「ちっ。分かったよ。シグナム達よんでくる。」

「お願い。すぐにリビングに行くから。」

 返事代わりに手を振ってヴィータが出ていったのを確認した後、はやての体を抱き起して車いすに乗せる。はやてに闇の書を渡し、車椅子を押してリビングへ移動する。

 この後、優喜は八神家一同に全てを話し、本格的に闇の書の修復に関わらせることになるのであった。



[18616] 閑話:なのはとフェイトの嘱託試験
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:f4fbff63
Date: 2010/11/06 19:00
「いよいよ、だね。」

「うん。……大丈夫かな……?」

 時空管理局嘱託魔導師採用試験。ペーパーテストおよび儀式魔法四種の実技を終え、なのはとフェイトはいよいよ午後の部の戦闘試験を受ける時間が迫っていた。嘱託魔導師採用試験を難関たらしめているテストだ。

「艦長やエイミィは、私達の実力ならまず間違いなく合格する、とは言ってたけど……。」

「……ちゃんと攻撃、出来るかな……。」

 だが、なのはとフェイトの懸念はむしろ、試験官に対して、躊躇い無く攻撃魔法のトリガーを引けるかどうかだ。最近なのはは、ようやく優喜が相手の時には躊躇い無く魔法を放てるようにはなったが、知らない相手に対して同じことができるかと言われると、今一歩自信がない。

 フェイトにしても、アルフやリニスのような、フォトンランサーが一発直撃したぐらいではどうこうならないとお墨付きをもらった相手に対しては、どうにか躊躇い無く魔法を撃てるのだが、それが他の普通の人間だとどうなのか、というのはやってみないと分からない。

「……やるしかないんだよね。」

「……うん、そうだね。どう転んでも、しばらくは管理局にお世話になるし、管理局の仕事をする以上、必ず人に対して魔法を撃つ必要が出てくるはずだから、非殺傷設定を信じて、そろそろ割り切らないと駄目だと思うの。」

 優喜や恭也に魔法を撃つ時、どうしても例のハンターの事が頭をよぎり、非殺傷設定そのものを信じきれないなのは。他人に魔法を撃とうとする自分に、どうしても嫌悪感を抱いてしまうフェイト。自分達の攻撃力を理解しているが故の、ある意味健全な反応ではあるが、本当にいい加減そろそろ割り切らないと、それが命取りになる。二人とも、そういう立場に立っているのだ。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、そろそろ準備できた?」

「あ、エイミィ。」

「準備オッケーです、エイミィさん。」

 エイミィの呼びかけに、デバイスを起動させて立ち上がる。まずは個人戦技。フェイトが先で、二番目はなのはだ。

「フェイトちゃん、がんばって。」

「うん、がんばる。なのはも、負けちゃダメだよ。」

「うん!」

 いろいろ不安を抱えつつも、試験フィールドに入っていくフェイトであった。






「……クロノ執務官が試験官なんだ。」

「ああ。AAAランク以上の試験が出来る人間となると、なかなか手が空いてなくてね。」

 そう言いながら、カードを何枚かとりだす。すでにデバイスは起動している。

「さて、一応説明しておくけど、ここに入る前に、エイミィから機材を受け取っているだろう?」

「うん。」

「それは競技用のダメージカウンターだ。そこに設定された数値がゼロになれば負けだ。今回は公平を期すために、ダメージ許容値はお互い二千五百に設定してある。一定以上のダメージをカットしてくれるから、安心して攻撃してくれればいい。」

「うん、分かった。」

 クロノの説明が終わり、開始位置に立つ。エイミィから開始の合図が送られると同時に、たがいに初手の一撃を発動する。一定以上のダメージをカットしてくれると聞いて、安心して最初の一手を発動するフェイト。

「ランサー、ファイア!」

「スティンガースナイプ!」

 互いに放った一撃をすり抜け、大きく距離を取る。さらに牽制に二発ばかりフォトンランサーを撃ちこみ、一気にトップスピードに加速するフェイト。少しでも速度を殺そうと射撃魔法・スティンガーレイと誘導弾・スティンガースナイプを混ぜてばらまくクロノ。

「ガトリングランサー、セット!」

 スティンガーレイを切れ味鋭いインメルマンターンでいなし、スティンガースナイプをローリングとヨーヨーを駆使してすり抜け、今回主力となるフォトンランサーのバリエーションを起動する。

 フェイトの左右に四つずつ、計八つのフォトンスフィアが生成される。このスフィアが回転して入れ替わり、順番にフォトンランサーを発射する、高機動空中戦でのメインウェポンとして作り上げたバリエーションだ。再びフェイトを落とそうと迫ってきたスティンガースナイプを、左右で三発づつ、六発のランサーが迎撃する。

「ホーミングランサー、アークセイバー、セット!」

 ランダムに軌道を変えつつ、クロノとの距離を詰めながら、次の一手を準備する。飛んでくるスティンガースナイプをガトリングランサーで迎撃しながら、クロノを軸線上にとらえ、バレルロールのモーションに入る。

「ファイア!」

 バレルロール開始と同時に、アークセイバーと八発のホーミングランサーを発射する。自己誘導機能が付いた光の刃と光の槍が、それぞれ緩やかな放物線を描きながら、クロノに一斉に殺到する。

(バルディッシュ、バインドブレイクの準備お願い。)

(了解。)

 あえて大きめの旋回径でバレルロールを行いながら、クロノの小細工を警戒して準備をする。ついでにノーマルのフォトンランサーを準備、あわよくばたたき込めないかと機会をうかがう。

「ちっ!」

 ランサーの半分をスティンガースナイプで落とし、残りをすり抜けるように回避するものの、アークセイバーを取りこぼしてしまうクロノ。直撃を避けるためにバリアを張るものの、アークセイバーの刃が回転するという性質ゆえ、バリアに完全に噛みこんでしまい、クロノの動きが止まってしまう。

 その機を逃さず、しっかり準備してあった正規のフォトンランサーを叩きこむフェイト。ガトリングランサーもホーミングランサーも、付加機能をつけつつ消費を絞った分、威力はどうしても一つランクが落ちており、やはりまともなダメージとなるとノーマルのフォトンランサーに頼ることになるのだ。

 四発のフォトンランサーにバリアを抜かれ、十二発のガトリングランサーの直撃を受けたクロノは、トータルで千ポイント程度一気に削られる。

「先制点は、フェイトさんね。」

 仕事の合間に試験の様子を見に来たレティが、一分程度の攻防戦の結果をぽつりとコメントする。

「さすがに、ここまで見事にマニューバをこなされると、ちょっと分が悪いかな?」

「だけど、クロノも伊達に執務官を名乗っているわけではないわよ?」

「そうね。そろそろフェイトさんの癖を見切ったみたいだしね。」

 高速で飛び去ったフェイトを見送り、体勢を立て直すクロノ。ターンと同時にガトリングスフィアの再生成を行い、再度違うパターンで切りこもうとした瞬間、死角からスティンガースナイプが襲いかかる。ターンのほんのわずかなもたつきとスフィア生成の隙を、見事に突かれる形になった。

「っ!? ディフェンサー!」

 避けられないと判断し、バリアでスティンガースナイプを防ぐ。一瞬衝撃で動きが止まり、その一瞬をクロノに突かれる。

「バインド!」

「あっ!?」

 こうなっては、いかなフェイトといえど身動きは取れない。勝負は決したかに見えたが……。

「ブレイズキャノン!!」

 ほかにも隠してあったスナイプでバリアを削り、チャージを終えた砲撃で追撃をかけるクロノ。だが、本来なら十分間に合うはずのその一撃は、かすめるだけにとどまってしまう。

「バインドブレイク!?」

「早い!」

 砲撃で巻き起こった煙が消えた跡には、フェイトの姿はどこにもなかった。

(スナイプ三発の直撃と砲撃がかすったダメージで千五百ポイント、か。我ながら当たると本当に脆い……。)

 ダメージ状況を確認し、苦笑を洩らすフェイト。バインドブレイク自体はすぐに終わったのだが、スナイプをいなす余裕がなく、誘導弾とはいえ直撃を受けた衝撃で動きが遅れたところに砲撃が来たのだ。完璧にかわす余裕はなく、左の腰アーマーは完全に持っていかれている。

「バルディッシュ、どう逆転をかける?」

『フォトンランサー以下の攻撃では、直撃させても執務官のポイントを削りきれません。バリアを抜いた後、砲撃で仕留めるしかないでしょう。もしくは、ファランクスシフトを。』

「ファランクスシフトは準備に時間がかかりすぎるし、コストパフォーマンスが悪すぎる。後にまだ連携戦闘の試験もあるし、サンダースマッシャーを当てることを考えた方がいいかな?」

『同意します。』

「じゃあ、チャージをごまかす必要があるね。」

 バリアジャケットを修復しながら、方針と覚悟を決めるフェイト。今までうまくいった記憶がない、飛行しながらの三種同時起動を試すことになるが、大技をチャージしているとばれたら一発で終わる。出来るだけ派手に目くらましをしないと、本命をガードされて詰みだ。

 そもそも、もともと並列起動はそれほど得意ではない。高速戦闘を突き詰めると、どうしても高速飛行をしながら最低でも二種の並列起動が必要になるため、優喜に徹底的に仕込まれたのだ。

「よし、行くよ、バルディッシュ!」

『Yes sir。』

 とにもかくにも、まずはトップスピードまで加速だ。どうせ隠密性など今回は無意味、ならせいぜい派手に加速しよう。

「さて、もうひと勝負、ってところかしら。」

「ですね。これで仕留め切れなければ、クロノ君の勝ちです。」

 トップスピードまで加速したフェイトが、馬鹿正直に真正面から突っ込んでくる。罠を警戒しながらスナイプを飛ばすと、まだ距離があると言うのにバレルロールをかけてすり抜ける。

「ホーミングランサー、ダブルファイア!」

 バレルロールの最中、ガトリングランサーをばらまきながら、先ほどの倍、十六発のホーミングランサーを飛ばす。さらにやけくそのようにノーマルのフォトンランサーを飛ばし、アークセイバーを放ち、とどめにもう一度ホーミングランサーを十六発撃ちだす。一瞬にして、視界内を様々なランサーが埋め尽くし、さすがのクロノも、どれがどの軌道を描くのかを完全に見切れなかった。

「くっ!」

「ホーミングランサー、ダブルファイア!」

 さすがに動きが止まったクロノの頭上を飛び越える際、駄目押しとばかりにさらに十六発ばらまき、そしてとどめの一言を放つ。

「ブレイク!」

 フェイトの掛け声に合わせ、アークセイバーと全てのホーミングランサーが四つに分裂する。もちろん威力は四分の一になるが、これだけの数だ。クロノのバリアジャケット程度では、二割も直撃を食らえばなかなかのダメージになる。第一、アークセイバーは多段ヒットするから、意外とダメージが大きい。それらがどうあがいても回避できない密度で、しかも自分を狙うように飛んでくるのだ。バリアを張る以外の選択肢はない。

「なのはもえぐかったが、君も大概だな!!」

 バリアを張って全てを弾きながら、ぼやきとも苦情ともつかぬ言葉を漏らすクロノ。プチファランクスシフトとでもいうべきその攻撃はしかし、一撃の軽さと当たる数の少なさから、バリアを抜く程度の効果しかない。だが、クロノは気が付いていなかった。単にこの弾幕は、目くらましを兼ねたバインドとバリアブレイクの代わりでしかなかったことを。

「サンダースマッシャー!!」

 いつの間にやらクロノの真下をくぐりぬけようとしていたフェイトが、すれ違いざまに、空戦と言うフィールドではゼロ距離と言っても過言ではない位置から砲撃を叩きこむ。

「なっ!?」

 バリアを張ろうにも、今現在ちょうど張ったバリアを抜かれたところで、クロノにその一撃をかわすすべはない。しかも、大したダメージではないにしても、分裂したホーミングランサーがバリア崩壊後に何発か着弾し、完全に動きを止められてしまっている。悪あがきの余地もなく、全身を洒落にならない威力の電撃が駆け抜けていく。

「勝者、フェイト・テスタロッサ!」

 エイミィが結果を告げる。システムのおかげで互いに大したダメージはないが、九歳の少女の最後の賭けをいなしきれなかった不甲斐なさは、クロノ的には中々精神的に堪える。

「フェイトさん、最後の派手な弾幕、あれもしかして?」

「うん。サンダースマッシャーのチャージを誤魔化すために、わざと消費の軽い魔法を大量にばらまいたんだ。それに、まだ私の技量じゃ、速度に緩急をつけて的を絞らせないとか、そういうのは無理だから……。」

 派手さに誤魔化されがちだが、実はホーミングランサーの消費は、威力に比べて非常に軽い。なにしろ、ホーミングランサー四発でフォトンランサー一発分なのだ。どうせ高速戦闘中の射撃なんてそうそう当たらないと割り切って、手数と発動の早さに的を絞り、威力を落として自己誘導の精度をアークセイバーより甘くすることで、大幅に消費を絞ったのである。

「……そもそも、君の年で高速飛行中に砲撃魔法をチャージしながら弾幕を張るなんて真似が出来る方が異常だ。」

「そこはあれだよ。優喜にしごかれてるから。」

 その台詞を聞いて、思わず納得する管理局員。そう考えると、クロノの性質的に、むしろなのはの方が厄介かもしれない。しかも、フェイトは薄くて速い典型的な高速型だが、なのはは火力と堅牢さが売りの移動砲台だ。当たれば状況がひっくり返るフェイトとは逆に、自分が一瞬で状況をひっくり返されてしまう。

「さて、休憩したら、次はなのはさんね。」

「なのはちゃん、クロノ君をあんまりいじめないでね。」

「あ、あはははは……。」







 再び試験フィールド。今回は全部同じ設定のフィールドを使うらしく、先ほどと同じく部分的に森林のある平原だ。先ほどと違い、今回はクロノにとってかなり不利な条件である。

「さて、なのははどう出るのか……。」

 クロノが知っているなのはの情報と言えば、重装甲でやや機動戦が苦手である事、ブレイズキャノンを上回る威力の砲撃を三点バースト出来る事、他人の使用済み魔力を回収して、恐ろしい威力の集束砲を撃ってくることぐらいだ。書類データには、単純魔力弾と誘導弾、バインド一種、後はそれなりのバリエーションの防御魔法を持っていることが記されているが、それをどの程度の練度で使ってくるかははっきりしない。

 もっとも、試験と言うのはそういうものだ。相手がどんな能力を持っているか、どの程度使いこなしているか、そういったものを実地で見るのが目的だし、それ以上に実戦ではデータがないことも珍しくない。さらに今回のように、相手にある程度以上自分の情報が漏れているケースだって、それほど少ないわけでもない。

 そういった不利を覆してこその執務官だ。気合を入れなおし、三つほどの手札をいつでも切れるように準備しながら、油断なくなのはを観察する。基本的に後の先を取る戦闘スタイル上、先に攻撃を入れるのはうまくない。攻撃するとどうしても隙が出来る。

「ディバインバレット!」

 様子を見ていたクロノの周りを、恐ろしい数の魔力弾が取り囲む。嫌な予感がして発動直前に大きく動いたため、どうにか完全に囲まれることは避けたが、ほとんど詠唱なしでこの弾幕と言うのはなかなかひどい。

「ちっ! スティンガーレイ!」

 普段より多めにスティンガーレイを撃ち、弾幕を払う。視界の隅から、こっそり迫ってきた誘導弾を紙一重でかわし、邪魔をさせないようにスティンガースナイプで撃ち落とす。この流れで次に来る攻撃と言えば……。

「ディバインバスター!」

 予想通りの砲撃だ。射線上から少し動き、準備しておいた反撃のブレイザーキャノンを撃ち出す。ヒットを確認し、位置を変えながら追撃を入れようとすると……。

「ターン!」

 なのはの掛け声と同時に、先ほど回避した砲撃がかくんとあり得ない曲がり方をし、背後からクロノに直撃する。バリアジャケットなど意味をなさないとんでもない一撃は、あり得ない曲がり方をしたためか辛うじてクロノのポイントを削り切れずに終わる。

「くっ。五百のダメージと引き換えに、二千以上持っていかれたか……。」

 しかも、受けて分かったことだが、ディバインバスターのバリア貫通性能は、まっとうな普通の砲撃の数倍のレベルだ。ユーノクラスのラウンドシールドならともかく、万能と器用貧乏の境界線上であるクロノの防御魔法など、防御のうちに入らない。

(砲撃を撃たせるのはまずい。あれを三点バーストなんてされた日には、よけきれるイメージが全く湧かない。)

 砲撃を撃たせない方法は単純。フェイト同様ひたすら動き回って的を絞らせず、誘導弾と通常射撃を混ぜて撃つことで大技を撃ちにくい状況に追い込むことだ。

「スティンガースナイプ!」

 姿を発見したなのはに、誘導弾を撃ちこむ。クロノの流儀ではないが、手数で押しながら距離を詰め、ブレイクインパルスあたりの近接戦用の高威力技で仕留めるのが一番安全だろう。動きを制限してバインドで固定すれば普通は安全なのだが、どうにもそういうやり方では無力化出来る気がしない。なにしろ、優喜が鍛えている。バインドを受けたら砲撃出来ないと言う保証がないのだ。

「ディバインバレット!」

 再び山盛りの魔力弾が視界を埋め尽くす。が、最初からそう来る前提で動いていたため、今度は包囲されずに弾幕を引き剥がせる。

「ブレイクインパルス!」

「キャスリング!」

 数発被弾し、動きが止まったなのはに肉薄する。フェイトほどでは無いがちょろちょろと器用に逃げ回るなのはをようやく追いつめ、クロスレンジでの高威力技を入れようとした瞬間、目の前からなのはが消える。空振りしたS2Uに、小石がこつんと当たる。

「なっ!?」

 いきなりの異常事態に混乱しそうになるが、空振りした以上反撃が来る。大慌てで離脱した瞬間に、ディバインバスターがクロノの居た後を焼き払う。

 ちなみになのはが行った入れ替わりだが、これは彼女の魔法ではなく優喜からもらった指輪の機能だ。視界内の入れ替われる空間がある場所に、百キロ以下のフリーの物体がないと発動できず、練習しなければ転移酔いに加え、自身の位置や向きを見失うため意外と使い勝手が悪いが、なのはの弱点を補うには十分な代物だ。

「ターン!」

「何度も同じ手が!!」

 予想通り曲がってきたバスターを、分裂させたり破裂させたりする可能性も考えて大きくよける。どうやら現時点では、一度曲げたら二度目は無理らしく、地面に着弾して消滅するディバインバスター。

「スティンガースナイプ!」

 再び同じようになのはを追いつめようと、本日何度目かのスティンガースナイプを放つ。馬鹿の一つ覚えのようにみえるが、元々攻撃魔法をそれほどたくさん身につけている魔導師は多くない。大体射撃、誘導弾、砲撃、あとはせいぜい人によっては広範囲攻撃もしくは切り札、あるいはその両方を各一つ、というところだ。

 そもそも、フェイトのように特定の戦術のためのバリエーションを増やすならまだしも、普通の思念誘導型の誘導弾は、そう何種類も習得する意味がない。せいぜい、コントロールしやすい低速のものと、コントロールは難しいが避けにくい高速のものを覚えていれば十分だ。

 クロノもその例にもれず、誘導弾は高速・高威力でコントロールしやすい、ある意味理想的な性能のスティンガースナイプしか覚えていない。そもそも、一人の相手にこれだけ何発も誘導弾を撃つ機会も、これだけ撃って仕留め切れないケースもほとんど無いのだ。

「ディバインバレット!」

 なのはも馬鹿の一つ覚えのように弾幕を張る。だが、同じ馬鹿の一つ覚えでも、一つだけ状況が違った。なのはのばらまいた弾幕は、全て射出前の状態で空中を漂っているのだ。別にクロノも忘れていたわけではない。単純に、今回の分を合わせて総数三百に上る魔力弾を全部掃除するような、そんな手間のかかる真似をする余裕がある相手ではないのだ。

 毎回毎回発動の度に百を超える魔力弾が生み出される以上、直撃しなければそのまま放置するのは普通である。が、この魔力弾、一発一発は直撃しても大したダメージではないが、無視できるほど弱くもない。なにしろフェイトのホーミングランサー、あれの分割版と互角か、やや上回るぐらいの威力はあるのだ。

「シュート!」

 なのはの掛け声と共に、そのすべての魔力弾がクロノに殺到する。

「ちょっ!? 待て!」

 三百発と口で言うのは簡単だが、いろんな方向から飛んでくるのだ。単純に一方向に逃げればかわせるというものではない。大慌てで引き離すように飛び、正面から来る分を必死に避けて焦点位置からその身をずらす。一発二発当たったところでダメージにはならないが、その隙に誘導弾か砲撃が飛んできたらそれでアウトだ。いや、そもそも残りポイントが乏しい。下手に魔力弾を食らった日には、ガードの上から削りきられかねない。

「ターン!」

 半分ぐらいやり過ごしたところで、なのはの一言でやり過ごした魔力弾が反転する。半分ほどは単純魔力弾の癖に、生意気にもまっすぐに飛ばずに妙な軌跡を描く。ランダムなくせに妙な鋭さでクロノを狙う軌跡に苦労しつつ、再び半分以上を回避したところで……。

「なっ!」

 紙一重で避けた魔力弾が分裂し、やけにシャープな動きでクロノのわき腹を捕らえる。

「ゆ、誘導弾を仕込んでいた、か……。」

 どうやら、ターンの際に妙な軌跡を描かせたのは、誘導弾を混ぜても識別できないようにしたらしい。直接混ぜるのではなく、普通の魔力弾、それも直進してくるものと重ねて飛ばし、クロノを騙したのだ。さすがは竜岡優喜の直弟子。力押しで十分なくせに、やることがいちいち黒い。

「勝ちっ!」

 クロノのポイントを削りきったことを確認し、勝ち鬨を上げるなのは。何気に半分以上は削られているのだが、勝ちは勝ちなので気にしないらしい。

「……ねえ、リンディ。」

「何かしら、レティ?」

「資料によると、なのはさんって魔法に触れて二ヶ月程度だという話だけど、本当なのかしら?」

「間違いなく事実らしいわよ?」

 たかが二ヶ月であれとか、優喜にいったいどんなやり方でしごかれるのだろうか?

「なのは、お疲れ様。」

「フェイトちゃんも。」

 手を打ち合わせて互いの健闘をたたえる仲良しさんたち。まだ連携戦闘試験が残っているから、ハイタッチはしないらしい。ここだけ見ていると、普通の少女だ。この後の試験に一抹の不安を感じながら、その光景を強引にほほえましいと思い込んで見守る一同であった。







「……なあ、ハラオウン執務官。」

「何ですか、ヴェルファイア一尉。」

「あれ、本当にランクAAAか?」

「今受けている試験はそうですね。」

 トーマス・ヴェルファイア一尉のげんなりした様子での質問に、疲れたように笑いながら答える。少なくとも、最初に接触したときは最低はAAAでも、Sランクにはまず届いていない見積もりだったのだ。なので、AAAで試験をしたのだが……。

「ヴェルファイア、別にかまわないだろう?」

「とは言うがなあ、ブリット。試験管が負けたら話にならないぞ?」

「負けるつもりなのか?」

「……言うねえ。まあ、そうだな。」

 同僚のエスティマ・ヘンリー・ブリット一尉の挑発するような言葉に、どこか納得するヴェルファイア。そもそも、負けるつもりで戦闘に望む馬鹿はいない。

「それで、ハラオウン執務官、連戦の上、さっき結構いいのもらってたが、大丈夫か?」

「それについては問題ない。不甲斐なさにへこんだ程度で、ダメージ自体はほとんど受けていない。」

 クロノの言葉に、参ったなという感じで視線を交わすヴェルファイアとブリット。

「先ほどの試験結果から分かると思いますが、油断すると我々でもあっさり制圧されかねません。しかも、今回はフェイト・テスタロッサの使い魔も参加します。正直、何をしてきても驚かないつもりでないと。」

 ある種の達観をこめて二人に忠告するクロノ。先ほどの戦闘では、二人とも切り札を切っていない。フェイトは新技を色々見せたが、結局戦鎌による攻撃は一回もしなかったし、なのはに至っては砲撃の三点バーストは温存しきった。

「なるほどな。まあ何にしてもとりあえず、戦い方からあの年としては異常と言っていいレベルの経験か訓練を積んでいるのは間違いないぜ。」

 ヴェルファイアが、もう一度試験のデータを見ながら言い切る。フェイトのラストの攻撃は、高速飛行でマニューバを維持しながらの三種並行発動だ。試験時の魔力パターンから安定しているとはいいがたいが、フェイトの年でとか以前に、そもそもここまで出来る魔導師自体が意外と少ない。

 なのはにしても、曲がる砲撃と圧倒的な物量の魔力弾に目を奪われがちだが、旋回性能に欠ける機動特性で一分以上、被弾なしでクロノの攻撃を凌いだのだ。才能に胡坐をかいた幼女に出来る真似ではない。

「しかも、砲撃主体と高速戦闘主体と来てる。うまくかみ合うと手がつけられん。」

 ブリットの台詞に、嫌な予感がひしひしとする。事前データには、この二人はとある事件解決の功労者と書かれている。それなりに連携戦闘は出来ると思ったほうがいいだろう。

「手を抜いて勝てるほどやわな相手じゃねえ。気を引き締めていくぞ。」

「ああ。」

「はい。」







 作戦会議も兼ねた休憩をはさみ、嘱託魔導師採用試験最後の科目、連携戦闘試験が始まる。

(なのは、アルフ、まずは私が切りこむから、援護をお願い。)

(分かってる。)

(任せておきな。)

 バルディッシュをサイズフォームにし、切り込み隊長としての準備を整えながら、なのはとアルフに声をかける。二人の返事と同時に、開始の合図が入る。合図の直後、ガトリングランサーを起動し、一気にトップスピードに加速して突っ込むフェイト。

「ディバインバスター!」

 三人いるから、という理由で、三点バーストで主砲を撃つなのは。今回のルールだと、直撃すればフェイトは即アウトと言う威力のそれが、彼女をかすめてものすごいスピードで敵に迫る。

「ちっ!」

 直進してきた砲撃をかわし、曲がってきた分をやり過ごし、まっすぐ突っ込んでくるフェイトに反撃の射撃魔法を撃ちこむブリット。

「ホーミングランサー、ダブルファイア!」

 反撃をすり抜けて肉薄するかと思われたフェイトが、なにを思ったかホーミングランサーを大量にばらまき、まだそこそこ距離があると言うのに、インメルマンターンで離脱する。

「っ!? やばい!」

 ホーミングランサーを全て撃ち落としたブリットは、フェイトとランサーの陰に隠れた、細く絞りこまれたディバインバスターの存在に気が付き顔をゆがめる。とっさにラウンドシールドを展開するが、防御魔法はクロノと大差ない身の上だ。下手をすると減衰なしで抜かれかねない。

「ちぃ!!」

 ヴェルファイアがブリットの前に割り込み、ラウンドシールドを軽く当てて砲撃をそらす。曲がってくる前提で砲撃から目を離さず、反転してきたディバインバスターを散開してかわすと……。

「バースト!」

 可愛らしい掛け声とともに、ちょうど彼ら二人の真ん中で砲撃が破裂する。とっさにラウンドシールドを展開しなおして弾くが、それでも三百ポイント程度持っていかれる。

(……二人とも、いい度胸してやがるなあ……。)

(味方をブラインドにこんな砲撃をぶっ放す方も大概だが、当たれば自分が落ちるような攻撃を、我が身で隠す方も大概だな。)

 とにもかくにも、先制ポイントは受験生側だ。この三百ポイントは結構痛い。比較的防御に優れるヴェルファイアはともかく、ブリットはバスターの直撃を食らえば退場になりかねない。

 一方、クロノはと言うと……。

「くっ! アルフか!」

 離脱したフェイトのサンダースマッシャーで足を止められ、アルフの接近を許してしまっていた。

「クロスレンジでのパワーじゃ、さすがのアンタもアタシにはかなわないだろう!?」

 いかにクロノが体術に優れると言ったところで、せいぜい格闘技の初段二段と言ったレベルだ。使い魔を相手に格闘戦が出来る技量ではない。こちらもとっさにラウンドシールドを展開してパンチを止めるが……。

「バリアブレイク!」

 何気に搦め手からの手段をたくさん抱えているアルフは、あっという間にクロノのラウンドシールドを食い破る。バリアジャケット越しとはいえ、鳩尾に拳がめり込み、一瞬息が止まるクロノ。そのまま追撃が来るかと思いきや、アルフはさっさと離脱する。

「ディバインバスター!」

 アルフが離脱したタイミングで、クロノにディバインバスターが迫ってきた。回避しきれずに左腕にかすり、アルフの攻撃と合わせて八百程度持っていかれる。

「ブレイズキャノン!」

 なのはが位置を動いていないと踏んで、反撃に一発砲撃を入れるが……。

「キャスリング!」

 何と、あろうことかなのはは、直撃ぎりぎりで、ヴェルファイアと入れ替わると言う荒業をやってのけた。唐突に入れ替わられたヴェルファイアは、とっさに状況を把握できず、背中からブレイズキャノンをもろに食らってしまう。もちろん、こんな真似をすれば、無防備な状態でブリットの前に姿をさらすことになるが、当然それも織り込み済みだ。

「バスターシュート!」

「ディバインシューター!」

 入れ替わってきたなのはに即座に反応し、出の早い砲撃を叩きこむブリット。きっちりラウンドシールドでガードされたが、それでも五百は削る。もっとも、反撃のディバインシューターで三百程度持っていかれているので、収支ではマイナスかもしれない。

「キャスリング!」

 その後、数発のやり合いののち、フェイトからの援護を受けてヴェルファイアと再び入れ替わるなのは。さすがに至近に近い距離ではブリットの方に分があり、少なくないダメージを受けてしまう。フェイトもアルフも、なのはのカバーに入るまでに結構削られており、総ダメージでは分が悪い展開になっている。

(ちっ。アルフを削り切れなかった!)

(こちらも、フェイトにそれほどダメージを入れられなかった。)

(高町を半分近くまで削れたのが収穫と言ったところか。)

 総ダメージはずいぶん稼いだが、喜べる戦況ではない。なにしろ、こちらは大技の直撃で確実に落とせる相手がフェイト一人なのに対し、向こうは誰かに砲撃を一発当てれば、それだけで状況をひっくり返せるのだ。

(とにかく、高町かテスタロッサを落とさないと、話にならないな。)

(ああ。出来れば全部の攻撃がやたらと重い高町を落としたいが、あの硬さと入れ替わりが厄介だ。焦って攻撃すると碌な事にならねえ。)

(その入れ替わりだが、特性がそろそろ見切れそうだ。)

(なら、僕が大技で揺さぶってみます。それまで援護をお願いします)

((了解!))

 クロノの言葉に返事を返し、誘導弾と射撃魔法で三人を牽制する試験管二人。クロノが大技の詠唱に入ったことに気がつき、妨害に動こうとするフェイトを見事に牽制する。

(フェイト、クロノの大技っていったら!)

(うん、分かってる! あれしかない!)

(こっちからも妨害は難しそうだから、やり過ごして一気に蹴りをつけよう!)

(分かった!)

 方針が決まったあたりで、クロノの詠唱が終わる。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 クロノの切り札でもある広域攻撃魔法。なのはの弾幕と勝負行く数のスティンガーブレイドを作り出し、一斉に飛ばす大技である。が、もう少し狭い空間ならともかく、だだっ広く地上に意外と遮蔽物の多い今回の試験フィールドでは、隙間が結構大きくて命中率が激減する。

 しかも悪いことに、牽制しきれずに三人が広域に分散してしまい、しかもなのはから弾幕だの砲撃だのの妨害が入ったため、一箇所にまとめて一気に制圧という手段は取れなかった。こんなところでも彼女達の手ごわさが垣間見える。

(フェイトちゃん、アルフさん、大丈夫?)

(何とか致命傷は避けたよ。)

(こっちもだ。なのはは?)

(問題無しだよ。いい具合に魔力もたまったし、チャージを始めようかな?)

 なのはの言葉通り、ここまでの戦闘で、試験フィールドにはずいぶん使用済みの魔力がたまっている。聴頸の訓練により、そういった魔力の感知と回収の技量も上がっているのは、教えた側にとっても予想外だったらしい。

(了解。私が撹乱するから、一か所に集まるように誘導するの手伝って。)

(うん。やってみるよフェイトちゃん。)

(任せな、フェイト!)

 もうひと勝負。これをミスれば次はない。後はじり貧になって押し切られるだけだろう。なのはは、切り札の準備に入りながら、並行でディバインバスターの三点バーストと弾幕を発動させる。

「ちっ! まだまだ元気ってか!?」

「しぶといちびっ子たちだ。」

 連続で飛んでくる攻撃に舌打ちしつつ、それらをかいくぐりながら反撃する。何にせよ、大技の消耗で、クロノは少しの間使い物にならない。どうにか彼をカバーしながら、ここを凌がなければならない。

「フォトンランサー!」

 逃げた方向にフェイトのランサーが突然現れ、大慌てですり抜ける。それを予測していたかのようにフェイト本人が肉薄し、ヴェルファイアに鎌を一撃入れて離脱する。辛うじて防ぎきって反対側を見ると、アルフの体当たりで吹っ飛ばされたブリットがぎょっとするほど近くまで追い込まれている。

「やばい! 追い込まれてるぞ!」

 警告を発するも時すでに遅し。気がつけば三人とも、ほぼひと固まりと言っていい距離に集められてしまっている。

「フォトンランサー!」

「ディバインバレット!」

 散開しようとするのを防ぐために、なのはとフェイトから射撃が飛ぶ。散開のタイミングとフェイトの姿を見失いながら、どうにか逃げ道を確保した次の瞬間、頭上から金の髪の黒い影が、重力加速度を味方につけた、当人のトップスピードを大幅に超える速度で急降下してくる。

「くっ!」

 よけきれぬと見て、とっさに頭上にラウンドシールドを展開すると、予想に反してなにもせずに三人の真ん中をすり抜け、墜落寸前でターンして、地面すれすれを飛んで離脱するフェイト。数秒遅れて、フェイトがばら撒いてあったホーミングランサーの雨が三人を叩く。

 だが、フェイトの真の目的は、そんな低威力のちゃちな攻撃ではなかった。

「バインド!?」

「これが目的か!!」

「そーいう事さ。」

 フェイトのバインドを、アルフがもう一つかけて補強する。

「なのは!」

「うん!」

 チャージを終え、後は撃ち出すだけとなった必殺技が、レイジングハートの先端に鎮座している。なのはの持つ、温かみのある桜色の魔力光も、こうなるとただの暴力の象徴にしか見えない。

「大きいの行きます!」

「やばい!」

「とっととバインドを破って逃げるぞ!」

「これが私のとっておき! スターライト……ブレイカー!!」

 試験フィールド全域に漂っていた使用済み魔力。それを根こそぎかき集めた豪快な一撃が、三人の試験官を襲う。着弾寸前にどうにかバインドを破り、大慌てで散開する彼らだが、なのはの一言で絶望を味わう事になる。

「ブレイク!」

 なにしろ、この集束砲は、集束砲のくせに三つに分割され、瞬く間に彼らを飲み込んだのだから。

「大勝利!」

「やったね、なのは!」

 最後の攻防戦で破損したジャケットを修復し、今度こそハイタッチをかわす少女達。ぶっちゃけた話、たとえ三分割したところでオーバーキルもいいところだったのだが、そもそもなのはは自身の砲撃の威力をあまり理解していない。落としきれるか不安である以上は、切れる最大の札を切るのが当然の戦術だ。

 それに、終わってみれば一番被弾が少なかったフェイトですら、残り八百ポイント程度だったのだ。ギリギリの勝負だったのは間違いない。展開だけを見ると一方的になのは達が押していたように見えるが、要所要所でそれなりに削られているのだ。急増のチームとはいえ、精鋭部隊やエリートは伊達ではなかったのだ。

 単に、なのは達の行動が彼らの予想を上回った、それだけなのだ。

「……一度、正規のランク認定試験を受けさせた方がいいんじゃないかしら?」

「……そうね。特になのはさんは、認定試験の後、一から徹底的に教育しなおした方がいいかもしれないわね。」

「あの、艦長、レティ部長……。」

「なに、エイミィ?」

「今のスターライトブレイカー、臨海公園の時と比べて、どうもバージョンアップしてるらしくて……。」

 言いづらそうに、解析データを手にリンディ達に声をかけるエイミィ。

「バージョンアップ? 集束時間の高速化とか?」

「いえ、多分それと逆のことをやってます。」

「逆?」

「多分、チャージ時間を延ばして高威力化をしてると思うんですけど、おそらくですがその結果……。」

 どう言っていいのやらと迷いつつ、あきらめて解析結果を単刀直入に話す。

「結界破壊の作用が確認されました。多分、あれを外してたら、試験フィールドの結界が完全に崩壊してたと思われます。」

「破壊? 貫通ではなくて?」

「はい。結界機能の完全破壊です。余波で、試験フィールドの結界が侵食されていました。」

「単純魔力砲で?」

「……信じたくはありませんが、間違いなく。」

 何とも言えない沈黙が場を覆う。なのはの魔法は、全体的に無駄にバリア貫通能力が高い。だが、いくらなんでも結界機能の完全破壊というのは……。

「フィーリングで術式を組む子は怖いわね……。」

「リンディ、あの子達をどう扱うつもり? 正直、今の時点であれだと、どこの部隊に組み込むにもオーバースペックすぎるんじゃないかしら?」

「予想外の拾い物だと喜んでいいのか、戦力の調整が面倒になったと嘆けばいいのか……。」

 予想以上過ぎた二人のルーキーの扱いに、派閥のトップクラスは頭を抱える事になるのであった。







 なお、この試験の映像を見た優喜の感想は、と言うと……。

「まずまず、ってところかな。いろいろ問題点があるから、新しいメニューで、もっとがっつり鍛えようか。」

「あ、あれでまずまず、なんだ……。」

「や、だってさ。フェイトは高速戦闘のくせに被弾が多すぎるし、なのははいくら基本再利用だけでやってるって言っても、撃ち方に無駄が多すぎるし。」

「ええ!? あれ全部再利用だったの!?」

「最初の何発かから後は、基本的にそうだよ?」

 どうやら、あまりお気に召さなかったらしい。おかげで、夜天の書の暴走周りの修復が終わるころには技量が上がりすぎて、デバイスの改修の成果もあってどこの部隊も敬遠するレベルに達してしまうのだが、それが当人達にとっていいことか悪いことかは永遠の謎である。






後書きと書いて愚か者の告白と読むコーナー

閑話とは思えない容量になったこの話
最初は本編に入れるつもりだったんだぜ?



[18616] 第8話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:adc62d8d
Date: 2010/11/13 18:33
「優喜か?」

「あれ、レジアスさん?」

 七月上旬の日曜、本局の転送ポート。なのはを引き連れ、ユーノやフェイト、アルフと合流した優喜は、珍しい人物と顔を合わせる。

「本局で会うなんて、珍しいね。」

「そちらこそ、午前中にこちらにいるとは珍しい。学校は休みか?」

「うん。とはいっても、当面はいろいろバタバタしてるから、友達と遊ぶ余裕はあんまりないかな?」

「ふむ。それで、今日はどういう用事だ?」

「これから聖王教会に顔見せ。この子たちを紹介しにね。」

 強面のレジアスが優喜の後ろにいるなのは達を見ると、それだけでフェイトが隠れようとする。

「む、すまん。怖がらせたか。」

「ごめんね、フェイトは人見知りが激しいから。」

 申し訳なさそうにするレジアスに思わず噴き出しながら、優喜が代わりに謝る。ついでにざっと四人を紹介する。

「それで優喜、このおじさんは誰だい?」

「地上本部のトップ、レジアス・ゲイズ中将。いわゆる偉いさん、らしい。」

「……そういう人にそういう口のきき方が出来る優喜の精神構造を、一度専門家に詳しく解析してもらいたいかな。」

「ユーノと言ったか? こいつの言葉づかいは、儂が言ってそうさせておってな。優喜やお前さんぐらいの小僧が丁寧な言葉遣いで敬った態度をとるのなぞ、見ているこっちが気持ち悪くてしょうがない。お前さん達も、儂の部下と言うわけではないのだから、わざわざへりくだった態度をとる必要はないぞ。」

 レジアスの言葉に、どうしようかという感じで顔を見合わせるなのは達。少しばかり補足事項が必要な事に気がつき、その話をするべく口を開く優喜。

「それがね、レジアスさん。なのはとフェイトは、嘱託試験に受かってるから、一応局員なんだ。まだ通信教育での研修中だから、正式な雇用関係も発生してないし、それが終わってからも当面は、多分レジアスさんも知ってるあるプロジェクトの戦闘要員として、どこの部署とも独立して行動するけどね。」

「……もしかして、ギル・グレアムが旗振り役の、あのプロジェクトか?」

「そ。だからその関係で、この子たちを紹介しにこれから聖王教会に行くんだ。っと、そうだ。レジアスさん、今晩は時間空いてる?」

「空けようと思えば空けられなくはないが、何の用だ?」

「そのプロジェクトについて、地上本部にも噛んでほしいんだ。いくら元々が本局の案件だとはいえ、聖王教会が全面的に噛んでて、ミッドチルダにある教会本部がいろいろ動いてるし、地上本部を無視してって言うのはいろいろまずいんじゃないかなって思って。」

 優喜の言葉に、ぎょっとした顔を向けるユーノとアルフ。なのはとフェイトはピンと来ていないが、管理局の本局と地上は、仲が悪いなんて言う単語でかたがつくレベルではないほど、お互いに反発しあっている。例外は、いくつかの教育施設と首都防衛隊の一部、それから陸も海も関係なく戦技を開発、教導する戦技教導隊ぐらいのものである。

 その仲が悪い二つの組織の、かたや本局の最大派閥の長、かたや地上本部のトップを直接合わせて協力させようと言うのだから、ユーノとアルフが、なんてことを言うんだこの女顔は、と思うのも仕方がないだろう。

「……薄々予想はしていたが、やはりあの話の実質的なトップは貴様か?」

「まあ、最初に管理局に持ちかけたのは僕だし、その前からいろいろ動いてはいたけどね。今はせいぜい、トップの人たちの間の細かい調整役としてしか動いてないよ。」

「ふん。どうせ貴様の事だ。詭弁と正論とぺてんを混ぜて、否と言えん状況で無理やり巻き込んだのだろう?」

「よくお分かりで。」

「分からいでか。」

 優喜とレジアスの会話に、うすら寒いものを感じる傍観者一同。毎度毎度、この手の会話で話を飲ませてきたというのなら、そんな二十歳は正直嫌だ。

「そもそも、今日わざわざ本局に来たのも、その話があったからだ。ギル・グレアムがわざわざ地上本部に来る、とか言いだしたがな。傲慢な本局に、重鎮をわざわざ呼びつける傲慢な人間と思われるのも癪に障るから、こちらから出向いた。」

「なるほど、ね。まあとりあえず、本局に地上の窮状やら怒りやらをぶつけるにも、本局の状況を知るにもちょうどいい機会だし、出来たら時間を作ってほしい。」

「……ふん、いいだろう。どちらにしても、こんな短時間では実りのある話なんぞ出来ん。文句を言いつけるにしても、腰を据えて話さねば意味がないからな。」

「ありがとう。あ、そうそう。出来たらオーリスさんも、外してほしいんだ。」

 優喜の言葉に、後ろに控えていたオーリスが、不愉快そうに眉を一つ跳ね上げる。レジアスの娘であり、彼の腹心でもあるオーリスにとって、自分の預かり知らぬところで父が関わり物事が動く、というのは愉快なことではない。

「何故だ?」

「なにしろ、いろんな組織のトップが集まって話をするからね。出来るだけ場所を知っている人間は少なくしたいんだ。」

「……オーリスまで外すとなると、相当だな。」

「うん。相当なんだ。」

 本来はプレシアの私物であるはずの時の庭園。それがだんだん、悪巧みと暗躍の場だけでなく、重大な話し合いの舞台にもなりつつある。

「僕が迎えに来るから、お願い。」

「……分かった。」

「中将!」

「オーリス、こいつがここまで言うのだ。何かあるのだろう。」

「ですが……。」

「ごめん、オーリスさん。終わったら必ず理由は話すから、ここは引いて。」

 優喜の真剣な態度にしばし黙考し、この少年の今までの言動などを考えて、申し出を受け入れることにする。

「分かりました。ただし、話し合いの内容は、全てレポートにまとめていただきますから。」

「分かってる。それについては、ちゃんとそこの持ち主に中立の立場で議事録を取ってもらってるから、それと添付資料をセットで持って帰ってもらう、ってことでいいかな?」

「いいでしょう。」

「ありがとう。」

 もう一度頭を下げる優喜に一つため息をつくと、そろそろ時間だからと父親を促して立ち去る。妙な緊張感が解けて、思わずため息を漏らす一同。

(友よ。)

(なにさ?)

(機密保持や安全性の確保が理由なのは分かるが、オーリス女史をハブる理由としては弱いぞ?)

(ああ、まあ、普通に考えてそうだよね。)

 優喜とブレイブソウルのやり取りに興味をそそられたなのはとフェイトが、優喜に対して声をかける。

(あの言い方だと、私たちが時の庭園の場所を知ってること自体、結構まずいと思うんだけど?)

(あれはどっちかって言うと口実。実際の理由は別だし、なのは達から漏れる可能性はないに等しいから大丈夫。)

(それで優喜、その実際の理由って何? 私たちも気をつけなきゃいけない類の事?)

(なのは達は大丈夫。だって、理由ってのが、たまにオーリスさんとか他の秘書官の人とかが、中身が別人になってる事があるからだし。)

 優喜の言葉に、ぎょっとした顔で彼を見る一同。

(優喜、それってもしかして……。)

(多分、ユーノが想像してる通りでいいと思う。正直、こういう時、気の流れを読めないのって、不便だよね。)

(友よ、気の流れだけが根拠なのか?)

(いんや。姿を借りた別人の時は、その人の体内から機械音がする。普段しない音だから結構目立つんだ。)

 優喜の言う決定的な違いに、反論の余地を見つけられずに黙る一同。普通なら、体内の機械音なんか聞き取れるわけがない、と一蹴される話だが、優喜は家の外から八神家の内部に仕掛けられた盗聴器や監視カメラの音を聞き分けた実績がある。聞こえてもおかしくない。

「さて、そろそろ僕たちの番だし、この話はこれでおしまい。さっさと転送してもらおう。」

 その後、聖王教会に別ルートで来ていたシグナム達と模擬戦の流れになる。カートリッジシステムの性能とデバイス自身の強度の差、そこに経験値の差と相性の問題も加わり、なのは達は普通に負けるのだが、それはまた別の話だ。







「すまない、よく来てくれた。」

「ふん。昼に会ったばかりだろうが。」

「それも含めて感謝しているよ。地上のトップや幹部と腹を割って話す時間や機会を作るのは、なかなか難しいのだから。」

「それもこれも、基本的に全部貴様らが悪いという事を忘れるな。」

 睨みつけながらのレジアスの言葉に、深く頷くグレアム。

「だが、言い訳をさせていただくなら、本局とて、決して地上を軽視して貴重な戦力を横取りしてきたわけではない。あれだけ吸い上げてまだ足りない、というのが現実なのだ。」

 苦い顔でレジアスに告げ、先月の本局の対応した事件を表示する。第一級災害指定のロストロギアだけで三件、S級の犯罪者の捕縛が五件、大規模な広域指定犯罪組織の摘発、壊滅も二件ある。その他こまごまとした事件ともなると五桁に届こうかという勢いだし、未解決事件になると、大小あわせると桁が一つ違う。

 しかも、この件数はあくまでルール上、本局が対応することになっている事件のみである。グレーゾーンと言うべき案件はすべて、この報告書には含まれていない。

「……やけに負傷者が多いな。」

「ああ。第一級災害指定のロストロギアともなると、発動するだけで被害がしゃれにならない。それに、S級の犯罪者ともなると、無傷でとはなかなか行かなくてね。」

 これでも、死者が出なかった分、被害が少ないほうだ、というグレアムの言葉に、なんともいえない沈黙が漂う。

「つまりこう言いたいのか? 人手が足りんから一人頭の負担が増え、その分負傷者が続出する。負傷者や死者が出るたびに一人頭の負担が増え、さらに負傷者や死者が出やすくなる。」

「ああ。もっとも、そんな話は地上も同じだと言う事も、言われるまでもなく分かっては居るよ。」

「その通りだ。貴様らが優秀な人材を強引に徴収する理由にはならんぞ。」

「地上が疲弊すれば本局の仕事量が増える。だが、本局が役割を果たさねば、結局そのしわ寄せは地上に行く。全く、頭の痛い話だよ。」

 グレアムの発言に、表情を変えずに内心認識を改めるレジアス。グレアムは、彼が思っているよりかなり正確に、地上の窮状を理解していた。結局のところ、どこまで行っても問題は人材難なのだ。むしろ、本局がややもすると、地上より逼迫した状況にあるとは想像もしていなかった。

 どんな犯罪も、出発点は地上だ。ゆえに、本来なら地上に戦力を配備するべきなのだろうが、管理世界の数を絞っているとはいえ、地上が担当する世界の数は広い。たとえ、高ランク魔導師をすべて地上に配備したところで、完全な水際防御などできはしない。必ずどこかで漏れが出る。それに、ロストロギアがらみの事件や次元震などの次元災害は、必ずしも地上で起こるわけではない。

 そうした諸々に加え、管理外世界の中には管理局と対立している世界もないわけではない。そういった世界の軍が、海賊を装って管理世界の船舶にちょっかいをかけるケースもある。そういった、地上をどれほど強化したところで対応しようがない事件などの対処を考えると、最初から本局を強化し、一定以上のレベルの犯罪者は本局がまとめて対応するのが、一番人員配置として効率がいい、という話になってしまう。そこらへんが、ねじれの本質的な問題だ。

「我々本局が、優秀な人材を餌で釣って根こそぎ持って行っていることは認める。だが本質的には、CやDぐらいのランクの魔導師すら、絶対数が圧倒的に足りない事が問題だ。なにしろ、地上の問題の九割は、一人のランクAより十人のランクDのほうが解決に向いている類のものだからね。」

「……だったらせめて、予算をよこせ。地上の機動力をそいでいる事情の半分は、そこが原因だぞ?」

「こちらとしてもそうしたいところだが、寄付金をはじめとしてあちらこちらに出資は募っているが、なかなか、ね。」

 地上と本局、どちらの設備がより金がかかるかと言えば、これまた圧倒的に本局だ。次元航行艦の一隻分の維持費だけで、小規模な部隊を結構な数養える。だが、この次元航行艦が、本局の任務の命綱である以上、ここにかかるコストは省けない。本局も地上も、事務費用などは極力節約しているが、それで浮くコストなど焼け石に水である。

「そこで、今回の話につながるのだが、聞いてくれるか?」

「……さっさと話せ。」

「夜天の書を復活させることができれば、ユニゾンデバイスの製造方法を復元できる可能性が高い。ユニゾン適性さえあれば、低ランクの魔導師でも高ランク相手に渡り合えるようになる。それ以外にも、ベルカ戦争で失われた魔導師技術を大量に復元できるだろう。そして、地上本部が関われば、それらの復元にかかる時間も短縮できる。」

「……夢のような話だな。その話が飛び出したのが本局のトップの口からでなければ、思わず飛びついていただろうな。」

 レジアスの言い分に、小さく苦笑を浮かべるグレアム。今までの本局と地上の関係を考えるなら、レジアスが裏があるのではと勘繰るのも当然だろう。同じ組織だと言うのに、互いに、少しでも譲歩すればとことんまで踏み込まれる、などと考えている間柄なのだ。

「私も、地上本部のトップに、直接こういう話をする日が来るとは思わなかったよ。」

「どういう風の吹きまわしだ?」

「いろいろと思うところが出来てね。設立の経緯やこれまでの流れから、互いが仲が悪くなるのはどうしようもない。それに人間、自分の見える範囲でしか判断できないし、都合のいい情報しか耳に入れようとしないものだ。たとえ、反感を持つにいたった行為にどれほど正当性があろうと、ね。」

「……地上にも、もめる原因があると言うつもりか?」

「人間関係や組織関係の問題は、一方だけが原因の全て、という事は少ないよ。一番大きな原因が本局にあることは間違いないがね。まあ、これ以上この話をしても、こじれるだけで誰にも益はない。それに、子供たちに、こんなくだらない言い争いで負担をかけるのも、馬鹿馬鹿しいだろう?」

 グレアムの言い分に、不承不承頷くレジアス。そこら辺は、管理局的には比較的第三者の優喜に、さんざん指摘された話でもある。彼の場合、本局の肩を持つと言うより、友人が管理局に入る以上、内部分裂を起こしかねないような状況はありがたくない、と言う態度を一貫して取っている。その上で、聞き流すべき愚痴と、釘を刺しておくべき内容をふるいにかけて反応を返してくるので、レジアスがいかに本局が嫌いでも、いい加減少しは方向転換せざるを得なくなってきている。

「……ふん、いいだろう。こちだとて、大人げない態度を取った、と反省せねばいかん部分があることぐらいは、さんざん指摘されて思い知っているしな。だが、グレアムよ。貴様のその思考、あの小僧に相当入れ知恵されているのではないか?」

「地上の窮状に関しては、いろいろほのめかされはしたよ。もっとも、言われるまでもなく、陸が切迫した状況にあることぐらい、想像はついていたがね。魔導師だけでなく、事務方まで優秀な人材を引き抜きに走って、地上の治安が悪化しているも何もなかろうとは、何年も言い続けていることではあるんだが、なかなかね。」

「どうやら、儂も認識を改めねばならんようだな。本局のトップが、ここまで状況を正確に把握しているとは思わなかったぞ。だが、いくら状況を把握していたところで、手綱を引き締められんようでは意味がないぞ?」

「それはすまないと思っている。だが、最大派閥のトップ、などと言われていても、影響力はたかが知れているものでね。実働部隊からの叩き上げ連中には話が通じても、事務方上りの現場を知らぬ将官は、数字とランクでしかものを判断しない連中が多い。ロウラン部長がそのあたりをまっとうに判断しているのが、奇跡と言いたくなるレベルだよ。」

「……残念だな。貴様が十一年前の事件で失脚していなければ、地上ももう少しましになっていたかもしれん。」

「……今の私は、己の妄執に取り憑かれ時間を空費し、仇敵に筋を通され教え子に諭された愚かなおいぼれだよ。せいぜいその償いに、次の世代のための盾となって、少しでも風通しを良く出来ればそれでいい。その程度の事しか出来ぬ老兵だ。ゲイズ中将が望むような世界は、たとえ失脚していなくても作れなかっただろうね。」

 グレアムの韜晦に、その場を沈黙が覆う。案外、彼が地上のトップからすれば、気味が悪いほどもの分かりが良くなったのも、そこら辺が原因なのではないかと察するレジアス。

「……まずはプロジェクトの資料をよこせ。それを持って本部で検討する。さすがにこの場では返事は出来ん。」

「ああ、分かっているよ。そちらについては、返事は急がない。それに、仮に協力を得られなくとも、書の復元によって得た技術の提供は、惜しむつもりはない。」

 グレアムの、それについては、という言葉に、不審げな視線を向けるレジアス。

「ほかに、何かあるのか?」

「一つ、頭の痛い話がね。ゲイズ中将、高町なのはとフェイト・テスタロッサには会ったかね?」

「ああ。可愛らしい女の子達だったな。うちのヴェルファイア一尉とブリット一尉をかなり痛めつけてくれたらしいが、それほどの能力を持っているような雰囲気はなかった。」

「まあ、見た目や性格と実力がかみ合っていない例など腐るほどある。その最たるケースを、君も一人知っているだろう?」

「確かにな。あれに比べれば、子供がAAA+の武装局員を叩きのめすぐらい、おかしな話でもない。出力と容量の大きなリンカーコアを持っていれば、単に運用の仕方を鍛えて初見殺しの戦い方に徹すればどうとでもなる。」

「そういうことだ。まあ、彼女たちは初見殺しに徹する、というレベルではなかったが。」

 そこまで言って、一つため息を漏らす。

「彼女達が、平均的な武装局員と比べて、圧倒的といってもいい実力を備えているのは間違いない。だが、それはどんな状況でも戦える、というのとは違う。第一、基本的に安全が保障されている訓練や模擬戦でいくら強くても、生死のかかった戦いでその実力を十全に発揮できる、ということにはつながらない。」

「何が言いたい?」

「君も知っていると思うが、最近我々が追いかけている事件の一つに、管理外世界に拠点を置く組織の、麻薬の密輸事件がある。」

「ああ。儂が優喜と知り合うきっかけとなったフリーマーケットの事件、あれの犯人からも、その成分が検出されたからな。」

「密輸組織のアジトを複数発見し、今偵察中なのだが……。」

「まさか、あの子達にアジトを落とさせようとしているんじゃなかろうな?」

 レジアスの疑問に、渋い顔で一つ頷くグレアム。

「本局トップの制服組が何人か、結託しているようでね。」

「跳ね除けられんのか?」

「ここまでに色々無理を通しすぎた。無論拒否はしているが、今回は厳しい。しかも、恐ろしいことに、二人だけですべてのアジトを攻略するように突きつけてきた。使い魔であるアルフ君すら、同行を禁止する徹底ぶりだ。」

「……そいつらは正気か?」

 あまりの非常識さに、眉を潜めながら不快感を隠そうともせずに吐き捨てるレジアス。苦い顔のままのグレアムが、心底疲れたように言葉を続ける。

「倫理や現場の常識を知らないだけで、少なくとも理性という面では正気だろう。事務方出身の佐官や将官の中には、あの年であれだけの実力を持つ二人を、新たな英雄として広告塔に仕立てたい勢力がいる。それ以外にも、単に引きのよさだけで認定ランクAAA、推定ランクは最低でもS以上の、下手を打たなければこの先何十年も使いつぶせる魔導師を二人も自派に引き入れ、しかも保護者の意向という錦の御旗を持って、自身の戦力をほとんど減らさずに手元に置く事に成功したハラオウン艦長を、よく思わない人間も多い。」

「そこに加え、一級災害指定ロストロギア・闇の書の修復という大事業を、成功の目処を立ててからとはいえごり押しでグレアム派が実行することになったとあっては、面白く思わない勢力が足を引っ張るために、何をしでかしてもおかしくない、か。」

「そういうことだ。悪いことに、我々の足を引っ張りたい勢力と、なのは君たちを新たな英雄にしたい一派とは、望む結果は反対でも、そこに至るまでの利害は一致している。いかに最大派閥といったところで、相手のほうが勢力としては大きいし、この状態に持ってくるために無理を通しすぎた。書類上も不可能とは言い切れないこともあって、とても突っぱねきれない。」

 なのはとフェイト、二人の実力が高すぎたが故の問題だ。多分、優喜が絡まず、時間の流れるに任せていたところで、AAAランク未満になるとは考え辛かった以上、同じ状況になっていただろうとは思われる。だが、それでもあそこまで極端な能力を持つことはなかったはずで、その分、こういったごり押しも断りやすかったはずだ。そう考えると、能力が高すぎるのも考え物だ。

「ふむ。だが、それと儂に対する用件と、何のつながりがある?」

「陸の君に海の事情に首を突っ込んでもらうのもおかしな話だが、書類の数値だけで子供を使いつぶそうとする愚か者の牽制を、手伝ってほしいのだ。」

「……それは筋違いもいいところだぞ?」

「分かっているさ。だが、恥ずかしい話だが、もはや本局内部だけで、連中を抑え切れんのだ。今回の件は最終的に飲まざるを得ないにしても、たびたび同じことを繰り返されては、鬱陶しくてかなわない。第一、いくら人的資源に余裕がないとは言え、我々が入局したころに比べればずいぶんマシになっている。昔と違って、未来ある子供を、こんな形で使いつぶす必要など一切ない。あの子達のためにも、今後入局する若者達のためにも、あの連中を封じ込め、場合によっては掃除してしまう必要がある。」

 グレアムの言葉にため息が漏れるレジアス。海も陸もぎりぎりのバランスだが、だからこそ子供を使いつぶすわけには行かない。確かに台所事情は厳しいが、海も陸も、今の台所事情が厳しいがゆえに、若手や新人を温存し、きっちり育てて経験を積ませ、ちゃんとした戦力にしなければいけない。ようやく、そう言った先を見据えた運用に意識を向けられるようになってきたのだ。

 海の人間の思惑に乗るのは癪だが、グレアム派に横槍を入れている連中の思惑を通し、行動を増長させればこれまでの苦労が水の泡だ。人材不足の一因は、有望な新人や若手をフォローも無しに厳しい任務に投入し、再起不能にし続けてきたツケもあるのだから。

「それに、本局が抱えている問題を、地上が全く抱えていないとは思えない。違うかね?」

「……痛いところをついてくるな。」

「あくまで小耳にはさんだ噂だが、地上の一部で、陸士学校の卒業と入局を前倒しにしようという動きがあるそうだ。心当たりは?」

「ありすぎて困るぐらいだな。」

「だったら、利害は一致すると思うのだが、どうかね?」

 グレアムの言葉に、どう答えるか悩むレジアス。なけなしの良心が、グレアムの言葉にしたがえと囁く。だが、不足した戦力のやりくりで疲弊した心は、応と答えてしまうと、戦力不足の解決のために、己の魂を売ってまで進めてきた計画まで否定されかねない、と訴える。

「……確か、明日は陸海の合同会議だったな。」

「ああ。」

「ならば、その席で低年齢の新人の保護と、消耗の少ない若手の育成システムについて打診する事にしよう。」

「助かる。」

 結局は、レジアスは己の良心に従う道を選んだ。伝説の三提督の同期はほぼ全て戦死か再起不能、レジアスやグレアムの世代も数えるほどしか残っておらず、何世代か下のゲンヤやゼストの同期ですら組織の規模からすれば少ない歪な人員構成。いい加減何とかしなければ、いずれじり貧だ。

「だが、この程度では牽制にもならんぞ。それに、先を見据えれば今踏みとどまらねばならんとしても、だ。その結果、今が破綻しては本末転倒だ。それについての対策は考えているのか?」

「優喜君の協力次第、というところだろうな。彼は非魔導師だが、それだけに我々とは全く違う技能系統を修めている。彼自身の修めている武術を覚えるだけで、非魔導師でも低級の犯罪者を取り押さえることぐらいは出来るだろうし、付与魔術と言うらしいが、あれで作れる道具類は魔導師にとっても役に立つ。」

「……あの防御の腕輪か。ナカジマの娘に頭を下げて借り受けていろいろ実験したが、低レベルのバリアジャケットと勝負できる程度の性能はあったな。バリアジャケットと違って耐環境性が無いのが問題だが、その代わり魔力切れを起こしても防御力の低下が起こらない利点がある。」

「他にも、入れ替わりの指輪なんて言うものも作っていたね。現状、それほどたくさんは作れないらしいことと、彼自身がまだ修行中で、他人に教えられるレベルに達していないらしい事が問題だが、我々の支援で解決できる問題なら支援を惜しむつもりはない。」

 問題は、優喜がそれを受け入れるかどうかだろう。彼の性格からして、知り合いの頼みなら大抵のことはしてくれるだろうが、不特定多数の局員のため、となると怪しい。それに、付与魔術で作れるものは、どれもこれも効果が大きすぎる。キャスリングなどはロストロギアと大差ないものだし、そこまでいかなくても、いろいろやばいものはたくさんある。それを、頼まれたからと言って量産するような迂闊な真似をするのかどうかも難しい。

 頼むとなると、何らかの形で管理局内でシステム化し、それなり以上の費用を彼に支払う事で仕事という形にして、さらに持ち主を固定する手段も考える必要がある。犯罪者に奪われたりしたら目も当てられないものもあるのだから、そこらへんの整備の目途をつけてから、優喜に話を持ちかけるしかない。

「結局、子供に頼らねば状況の改善が出来ない事には変わりない、という事か……。」

「残念ながら、ね。だが、死亡・高度障害の確率を減らすことができれば、それだけでも状況は好転するはずだ。それに、道具作りを頼む分には、前線に送り込んで命の危険にさらすよりはずっとましだ、という事にするしかない。」

「ふん、因果な話だな。それで、そちらの方はそれでいいとして、肝心の二人の方はどうするつもりだ?」

「今回はどうしようもない。なにしろ、フェイト君の移住許可申請まで盾に取っているぐらいだ。断ることは事実上不可能だ。だからせめて、出来るだけ準備の時間を稼いで、どうにか無事にこの件を終わらせるしかない。」

「全く持って、不細工な話だな。」

「まったくだ。」

 レジアスの言葉に、ため息しか出ないグレアム。結局この後大して実りのある話も無く、地上と海のトップは、限定的な協力を約束するだけで終わった。







「さて、どうしたものかな……。」

 珍しく頭を抱えている優喜に、どうにも不安が募るリンディとプレシア。記録を見る限りでは、このぐらいの任務はどうにかなりそうな気がしなくもない。

「そんなに厄介なの?」

「厄介だよ。だってさ、拠点制圧って、今のなのは達に一番相性の悪い仕事だよ?」

「どうして?」

「閉鎖空間での戦闘って、ほとんど手つかずなんだよ。せいぜい、恭也さん達と道場でやり合ってる程度で、さ。」

 二人がシグナムとヴィータに負けた原因の一つが、戦闘フィールドが比較的狭かった事である。特になのはは懐に入られると弱い。普通のAランクぐらいの魔導師ならまだしも、クロノやヴィータ相手には何も出来ないに等しい。キャスリングの指輪も、今のなのはでは連続使用が出来ないし、三秒程度のクールダウンが必要と言う指輪自体の性能限界もある。そもそも、入れ替わるものが無くなれば逃げられない。

 フェイトも、現状あまり狭いフィールドだとマニューバをこなしきれない。そして、マニューバが出来ないフェイトは戦闘能力ががた落ちする。嘱託試験にしても、試験フィールドが三分の一の広さだったら、なのは達が負けていた可能性の方が高いぐらいだ。優喜が試験結果を見てまずまずだと言ったのは、二人にとって一番有利なフィールドでも、割とぎりぎりまで追い詰められていたことを指しての言葉だ。

「それにね、普通の人間相手に魔法を撃てないのも変わってない。」

「……そうだったわね。」

「それ以外にも、こう、ね。どうにも嫌な予感がするんだ。今の二人だと、絶対対応できない何かがある、って。」

 優喜のように、ある程度以上荒事に慣れ親しんだ人間のこの手の勘と言うやつは、決して軽く見てはいけない物だ。実際、リンディにもありすぎるぐらい覚えがある。クロノはまだまだこの手の感覚は甘いと言わざるを得ないが、いずれそれに助けられるようになるだろう。

「それで、そのミッションはいつ?」

「最大限まで引っ張っても、日本時間で次の日曜の午前中かしら。偵察に行った人間がまだ帰ってこないから、どんなに早くなっても三日以内と言う事はないけど、もし三日以内に偵察が帰ってこなくて、MIA扱いで強行突入、となった場合は、最短で四日後ね。」

「……最短で準備しておいた方がいいかもね。とりあえず、気休めだけど二人には閉鎖空間での戦闘訓練について、いろいろメニューを組んでおくよ。四日で身につくものじゃないけど、いずれやる必要があることだし、ね。」

「こちらも出来るだけ引っ張るわ。」

 それだけを告げて、ため息を一つ洩らす。内容が内容だけに、優喜が直接出向く方がいいのかもしれないが、彼は現状部外者だ。夜天の王の代理人という肩書は有効だが、この手のミッションに介入できる種類のものではない。

 また、同じ理由でヴォルケンリッターの投入も厳しい。今必死になって、現地協力者と言う扱いで予備戦力にするための調整を続けているが、二人がよほどのピンチにならない限りは、投入する口実を得るのは難しいだろう。

「それで、レイジングハートとバルディッシュの調子は?」

「カートリッジシステムに負けたのがよほどショックだったようね。自分達にもカートリッジシステムをよこせの一点張りよ。聞いてみる?」

 そう言って、二機のデバイスとのやり取りを再生するプレシア。

『地に堕ちた我々の誇りを取り戻すために!』

『マスターの安全と栄光のために!』

『『我々は、カートリッジシステムを要求する!!』』

「これの繰り返しよ。全く、こんな芸風をどこで仕入れてきたのかしら……。」

 プレシアのぼやきに、思わず苦笑が漏れる優喜とリンディ。現実問題、優喜もプレシアも、現時点でのカートリッジシステムの組み込みには反対だ。実際に使ってみた感じ、子供が使うもんじゃないと言う結論が出る程度には負荷が大きい。鍛えている優喜がそう感じたぐらいだから、まだまだ基礎鍛錬の足りない二人に、下手に使わせるのは危険だ。一戦二戦ならいいが、何度も使い続ければ、どこにどんな故障を抱えるか分かったものではない。

「それで、結局どうするの?」

「どうするもこうするも、部品があったところで、四日やそこらで組み込んでフレームを強化して調整して、なんて突貫工事でやったら、どこにどんな不具合が出るか分からないから、今回は我慢しなさいって言い含めておいたわ。それこそ調整が甘かったら最悪、カートリッジをロードした時に暴発して自壊する可能性すらあるんだから。」

「だよね。となると、デバイス側からはその場しのぎも厳しい、か。」

「申し訳ないけど、出来るのはせいぜいフレームの補強ぐらいね。」

 とにもかくにも時間が無さ過ぎる。他の装備を用意するとしても、プレシアが用意できるものなど知れている。むしろ、この場合は優喜の方が出来ることは多いだろう。

「優喜君、貴方の方では何か用意できないの?」

「それについては、考えてる事がある。後が怖いからやりたくないけど、エリザさんにも頼んでダース単位で用意する予定。」

「ダース単位って、そんなにいっぱい何を用意するつもり?」

「消耗品。今回の目的は二人を生きて帰らせることだから、そのための道具を大量に用意して物量勝負で押し切ろう。準備はするから、本番になったら、二人にも手伝ってもらうよ。」

 優喜の言葉に首をかしげるプレシアとリンディ。手伝うのは構わないが、今回は直接手出しする事は出来ない。

「とりあえず、変なお願いをするけど、フェイトの髪の毛とか爪とか、出来るだけたくさん集めておいて。」

「……優喜君、一体そんなもの、なにに使うつもりなのよ。」

「ある種の呪術にね。詳しい話は段取りが間にあったらするよ。なにしろ、そもそもエリザさんが頼まれてくれなきゃ、道具がそろわないからどうにもならない。」

「……まあ、詳しい話はその時に聞くわ。フェイトの髪の毛でいいのね?」

「うん。まあ、髪の毛でなくても体の一部なら何でもいいんだけど、一番集めるのに抵抗が少ないのは髪の毛かな、って。」

 体の一部とはまた、本格的に呪いっぽい話だ。一体何をするのか、聞くのが怖くなってくる。

「それはそれとして、最近どうも、翠屋近辺に魔導師と思われる気配がうろうろしてる。どうにも物騒だから、シグナムとシャマルに、アルバイトって口実で翠屋に詰めてもらおうかと思うんだ。」

「やっぱり、連中に捕捉されていたみたいね。」

「うん。どうもヴォルケンリッターの顕現がとどめになったみたい。あれも結構な魔力をばらまいたみたいだし。」

「それで、力量はどれぐらいだと思う?」

「こっちを窺ってる連中は、正面からやり合う分には、それこそ閉鎖空間でもなのは一人で十分片付くぐらいだ。ぶっちゃけ飛ばれない限りは、恭也さんに勝てるような力量は無いよ。いや、最近だったら、飛んだところで飛針で普通に撃ち落とせるぐらいかもしれない。」

 優喜の言葉に、だったらなぜそこまで過剰に準備しようとするのか、と疑問がわくプレシア。逆にリンディは、その程度の力量の連中が、あれだけ荒っぽい事をしていると言うのに、今まで管理局に捕捉されなかったことをいぶかしむ。むしろ、優喜の嫌な予感と言うやつは、そこに起因しているのではなかろうか。

「それで、その事は士郎さんや恭也さんは?」

「もちろん、僕が言うまでもなく気がついてるよ。リーゼ達と言い、魔導師って連中は、どうにも気配を殺そうという意識を持ってない気がする。」

「大部分が気配を察知できないんだから、気配を殺す方も技が廃れるのはしょうがないわ。」

 リンディの言葉に苦笑する優喜とプレシア。サーチャーと言う便利な探知システムとそれに対する対抗策が、人間のそっち方面の限界を大幅に落としている感が否めない。いやそもそも、魔法と言うやつが全体的に便利すぎて、肉体鍛錬ですら、ずいぶん限界が落ちている気がする。

「それで、シグナムさんたちにその話は伝わっているの?」

「今日の昼に、模擬戦やる前に話したよ。はやてのほうを手薄にするわけにいかないから、バイトって言う口実を使いにくいヴィータとザフィーラを残すことになった。」

「妥当なところね。」

「むしろ問題なのは、二人ともバイトに一抹の不安があることのほうかも。口実とはいっても、実際に働いてもらうことには変わりないし。」

 優喜の言葉に、思わず沈黙するプレシアとリンディ。良くも悪くも騎士の思考のシグナムと、なんでもそつなくこなしているように見えて、ところどころでフェイトもかくやという天然ボケをやらかすシャマル。戦力としてはこの上なく強力でも、それ以外の仕事をさせるのは微妙に不安がある。

 何より不安なのが、ヴォルケンリッターはいまだに戦争ボケの傾向があることだ。さすがに客商売でむやみやたらとレヴァンティンを抜くことはしなかろうが、本当の役割が護衛である以上、過剰に反応する可能性を誰にも否定できない。

「そればかりは、やってもらってみて、周りがフォローするしかないわね。はやてがどれぐらいうまく言い含めるかが勝負、というところかしら。」

「多分、書が成立してから初めての経験でしょうし、多少やらかしても大目に見てもらうしかないわね。」

「だね。後、言っておくことは……、あっとそうだ。」

「何か、問題があるの?」

 リンディの嫌そうな顔に苦笑しつつ、管理局の屋台骨を揺るがしかねないことを言い放つ。

「実はね、たまに外見と中身が一致してない人がいるんだ。基本的にはレジアスさんの周りの人なんだけど、たまに本局の人も中身が入れ替わってるね。」

「……根拠は?」

「気配や気の流れが全然違う。それに、体内から機械音がするんだ。オーリスさんとか、普段はそういう音は全然しないから、ものすごく目立つよ。」

「……スパイが入り込んでいるわけね。でも、直接入れ替わるなんて、これだけあからさまなのも珍しいわね。」

 ものすごく嫌そうに吐き捨てるリンディ。体内から機械音、という言葉になにやら思案するプレシア。

「戦闘機人計画か……。まだそんなものが生き残っていたのね。」

「プレシア、何か知ってるの?」

「リンディは聞いたことはない? 魔導師不足を補うための、生命倫理を踏みにじる研究のことを。」

「……噂だけは、ね。」

「そのうちの一つが私が完成させたプロジェクトFで、平行で進んでいたものの一つが、戦闘機人計画よ。内容は、名前から察して。」

 ちなみにプロジェクトFは、アリシアとフェイトの例でも分かるとおり、リンカーコアを持って生まれる確率が普通の出産となんら変わらない。つまるところ、余程倫理観を捨てない限りは、目先の魔導師不足に対する処方箋には、基本的に使い物にならない。

「ほかのプロジェクトについてはおいておきましょう。ここで話すことではないわ。」

「そうね。それでプレシア、その戦闘機人計画について、何か知っていることはある?」

「詳細は知らないわ。係わり合いになっている人間については、何人か心当たりはあるけど、まだ現役となるとひとりだけね。」

「それは?」

「ジェイル・スカリエッティ。広域指定犯罪者だから、名前ぐらいは聞いたことがあるでしょ?」

「……ええ。」

 一気に余計な方向できな臭くなってきた話に、軽い頭痛を覚える二人。別に優喜のせいではないと知りつつも、どうしてこいつはこういうややこしい話を引き寄せるのだろうか、と思わざるを得ない。

「それで、優喜君。その機人は全部同一人物?」

「ほぼ確実に同一人物だね。他にもいるのかもしれないけど、それを調べるのは僕の仕事じゃない。そもそも、僕は目の前の人間が普通の人かどうかは分かっても、それがおかしなことかどうかは分からない。」

「……この件が終わったら、本格的に大掃除が必要そうね。」

「グレアムさんも、同じことを言ってたよ。」

 本当に、色々こき使ってくれるおガキ様だ。動かざるを得ないところが妙に腹立たしい。

「中将はこのことは?」

「ここにきたときに話した。この件では利害が一致するはずだから、多分協力してくれるんじゃない?」

「分かったわ。あまり聞きたくないけど、また何か分かったら教えて頂戴。」

「了解。」

 こうして、嵐の前の静けさともいえる一連の打ち合わせは終わった。



[18616] 第8話 後編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:7cc235b4
Date: 2010/11/22 21:09
「ありがとうございました。」

 翌日の晩。ようやく接客に慣れ、ぎこちないながらも一日の仕事を終えたシグナムとシャマル。最後の一組を送り出し、その姿が見えなくなったところで小さくため息をつく。

「……接客業が、これほどハードだとは思わなかった。」

「お疲れ様。今日はありがとう。」

「いえ。それより、不手際が多くていろいろご迷惑をおかけして、申し訳ない。」

「誰だって最初はそうよ。それに、シグナムさん達が入ってくれたおかげで、ずいぶんと助かったのは事実だし。」

「そう言っていただけると助かります。」

 桃子の言葉に、明日はノーミスで仕事を終えて見せる、と、妙なところで気合を入れるシグナムとシャマル。シグナムは慎重に事を運ぼうとするあまり一つ一つの動作がもたつく傾向があり、シャマルはあわただしさに押されて、注文のチェックミスやテーブルの間違いが多かった。

 だが、数百年の間戦場に身を置き続け、接客業はおろか飲食店で食事する機会自体少なかったヴォルケンリッターに、接客業をうまくやれと言うのは、間違いなく酷な話だろう。そもそも、彼女達に自覚はないが、ちゃんとした人格が表に出てきたこと自体何年振りか、というレベルだ。それを考えれば、シグナムもシャマルもちゃんとやった方だと言うのは間違いない。

「すぐに着替えて店じまいするから、ちょっと待ってね。」

「はい。」

 閉店後の掃除を終え、火の元を確認し終えたところで、桃子が着替えにスタッフルームに入る。シグナム達は地味に臨戦態勢と言う事で、翠屋の制服と同じデザインのバリアジャケットを着ている。ゆえに着替えは必要ない。因みに、シグナムはレヴァンティン本体は亜空間に格納しているが、シャマルは指輪で目立たないのをいいことに、クラールヴィントを展開して常にサーチャーを周辺に飛ばしている。

(シャマル、どうだ?)

(確かに、それらしい魔導師がいるわ。翠屋周辺だと、三人、引っ掛かってるわね。)

(まったく、面倒な話だな。)

 いっそ蒐集してしまおうか、などと物騒なことを考えつつ桃子を待つ。もっとも、翠屋の制服と言うやつは、基本的に白のカッターシャツと黒のスラックスもしくはスカートに、ロゴの入ったエプロンをするだけというシンプルなもので、余程派手な服装でない限り、単に私服の上にエプロンをするだけでも許されている。シグナムとシャマルはカッターシャツとスラックスをバリアジャケットにして、エプロンをその上からかけているし、桃子も基本的にエプロンを店に置いて、制服で通勤している。

(それで、魔力量はどんなものだ?)

(一番大きなものでも、せいぜい二ページぐらいかしら。余程の戦闘技能を持っていない限りは、恭也さんや美由希さんを相手取るには不足ね。)

(我々も、と言うかこの世界の人間もなめられたものだな。)

(そうね。一般人なら十分脅威だし、管理局も辺境になれば地上部隊のレベルも格段に低くなるから、出し抜くだけなら十分と言ったところでしょうけど……。)

(甘く見てはいけないが、その程度の魔力量なら、肉体鍛錬をきっちりやった非魔導師なら、制圧する方法はいくらでもある。ましてや、この世界の古流と呼ばれる流派の達人連中は、拳の届く距離なら、普通に鎧の裏側に衝撃を通してくる。)

 恭也を筆頭に、彼の知り合いの幾人かの達人にさんざんやられた攻撃を思い出し、微妙な苦さとともにシャマルに告げる。

(私たちも人の事は言えないけど、魔導師は基本的に、魔力を持っていない相手を戦力としては見下す傾向が強いから、多分こちらをそれほど警戒してはいないでしょうね。)

(だな。それに、我ら騎士と違って、ミッドチルダの魔導師は、基礎体力ほど武技の類を評価していない。連中も十中八九ミッド式の魔導師だろうから、懐に入られたが最後、こちらの武術にはいいカモだろう。)

 そもそも、射撃魔法や砲撃魔法は、拳銃に比べると弾速が遅く、しかも発射タイミングも割合読みやすい。その上で、相手の魔力量を考えると、一撃で人間を殺せるかどうかは微妙なラインだ。非魔導師相手なら十分と言えば十分だが、ヴォルケンリッター相手となると、装甲を貫けるかどうか自体があやしい。

「お待たせ。」

 いろいろ不愉快な話題で話をしていると、桃子がスタッフルームから出てくる。こまごまとした荷物と一緒に、ケーキを入れる箱も持っている。

「それでは、帰りましょうか。」

「ええ。子供達も待ってるし。」

 そう言ってから、思い出したように手元の箱をシャマルに差し出す。シグナムでなくシャマルなのは、剣を使うシグナムの手がふさがってはまずいから、という判断らしい。

「ああ、これ。今日のお礼にシュークリームを用意したから、皆で食べてね。」

「そんな、気を使わないでください!」

「いいからいいから。新しく来たバイトの子には、毎回渡してるんだし。」

「でも……。」

「それに、はやてちゃんはうちのお得意様だし、子供達の大切なお友達だから、桃子さんいくらでもサービスしちゃうわよ?」

 確かに優喜と縁が出来てから、はやてはよく翠屋にお菓子類を買いに来るようになった。サービス価格とは言え、ちゃんと元が取れる程度には貰っているのだから、桃子的にはこれぐらいは何でもない。因みに、アリサとすずかの飲食代は、向こうの言い分により、特別なケースを除き定価販売だ。請求書を送れば、後で鮫島やノエルが清算しに来てくれる。

 所詮小学生のはやてには、そこまでの経済力はない。それに、士郎や桃子の、娘の友達に親らしい事をしたいという気持ちも分かる。なので、そこら辺を酌んで、折衷案としてサービス価格と言う厚意をありがたく受け取っている。

「生ものだから、断られると桃子さん凄く困っちゃうのよ。だから、ね。」

「そこまでおっしゃられるのであれば……。」

「ありがたく頂きます。」

 桃子の茶目っ気たっぷりながらの押しの強さに、恐縮しながらお土産を受け取るシャマル。その間もマルチタスクを生かして警戒は怠らない。そんなこんなをしていると、その日は何事もなく高町家に到着する。

「それでは、我々はここで。」

「おやすみなさい、桃子さん。」

「はい、おやすみなさい。明日もよろしくね。」

「こちらこそ、明日もご迷惑をおかけしますが。」

「こっちの都合で手伝ってもらってるんだから、そこは気にしないの。」

 それじゃ、と一つ手を振って高町家に入っていく桃子を見送り、帰路につく二人。魔導師はついてきているが、どうやら仕掛けてくるつもりはないらしい。高町家付近にも三人、別口の魔導師がいるが、こいつらもただ見ているだけのようだ。

(シャマル、ヴィータ。バニングスと月村の方はどうだ?)

(月村家には五人かしら。やっぱり一番大きい魔力で二ページ程度。翠屋を見張っていた連中と、大した違いはないわね。)

(アリサんちにも同じぐらいだな。後、うちの周りに三人。現状仕掛けてくる様子はねえ。)

(三人、か。本気でなめられているようだな。)

(どーせ、はやてが車椅子で、アタシ達が十分に戦えねえと思ってんだろうよ。)

 ヴィータの指摘に、内心で一つ頷くシグナム。ぶっちゃけた話、ヴィータもザフィーラも、この程度の連中にはやてを人質に取られるような無様は、決して晒さないだろう。ただ、たかが密輸組織としてはやけに戦力が整っているのは事実だ。全部、管理局基準でせいぜいDランクぐらいの、シグナム達から見れば単なる雑魚だが、単なる監視に二十人近く魔導師を裂けるのだ。

(なあ、シグナム。面倒だから全員ブッ飛ばしちまっていいんじゃねーか?)

(それは、高町とテスタロッサの仕事が終わってからだ。むやみに刺激して、わざわざ連中を警戒させる必要もなかろう。)

(それはそーだけど、あいつらがこの程度の連中にやられるようなタマか?)

(ヴィータ、俺はシグナムに賛成だ。)

 ザフィーラの言葉に、一気に不機嫌になるヴィータ。

(どうにもいろいろ腑に落ちん。たかが密輸組織のくせに、妙に魔導師戦力が整っている。そのくせ、管理局の網を完全にかいくぐっているし、第一あの小僧の感覚は無視できない。)

(そうだな。私も嫌な感じがしてならない。誰か一人、いざという時にあの二人を助けに入れるように、準備だけはしておいた方が良さそうだな。)

(そこに異存はないけど、そこまでするのには、さすがに手が足りないわよ?)

(なに、高町家と月村家は、あの程度の戦力なら無視してもかまわないだろう。バニングス家が少々戦力が読めないからフォローは必要かもしれないが、あの鮫島という老人、何気に結構やるぞ。)

(なら、アタシかシグナムがなのは達のフォロー要員になるつもりでいればいいわけか。)

(だな。優喜の不安が移っただけかもしれないが、どうにも無事に終わる気がしない。)

 シグナムの不気味な予言に押し黙るヴォルケンリッター。他の事ならまだしも、このミッションだけは今のあの二人では駄目だ。そんなシグナムの考えが伝わったらしい。

(なあ、シグナム。)

(どうした?)

(翠屋とバニングス家、両方フォローできっか?)

(バニングス家が数分程度持てば、問題無くフォローできる。)

(だったら、当日アタシがばれねーように近くで待機する。構わねえよな?)

 ヴィータの言葉に、迷うことなく許可を出すシグナム。こうして、当日の布陣が確定する。自分達の本領発揮であるはずなのに、折角の平和で平穏な暮らしに水を差されたことに、どうにも不愉快さが消えないヴォルケンリッターであった。







「優喜、なにしてるの?」

「なのは達の初仕事のために、いろいろ準備してるんだ。」

「それはいいんだけど、そういう怪しげな真似を朝っぱらから教室でやらないの。」

 何やら白紙の紙に魔法陣らしきものを書き込み、ごちゃごちゃやっている優喜に、呆れた顔で突っ込みを入れるアリサ。

「僕としても、ぜひともこういう事は引きこもってやりたいところだけど、とにかく時間が足りない。」

「……そんなに厄介なの?」

「はっきりとは分からないけど、準備に手を抜いたら冗談抜きで命にかかわる確信がある。」

「……嫌な話ね。」

 などと会話をしているうちに、魔法陣が突如燃え上がり、中心に置かれたビー玉に吸い込まれる。

「それで、なに作ってるのよ。」

「使い捨ての隠れ身。三時間ぐらいしか持たない簡易版だから、二人分として最低でも十個ぐらい作っとかないとね。」

「そんなにいるの?」

「一か所じゃないし。」

 それだけ答えて、黙々と作業を続ける優喜。その真剣な様子に、なにも言えなくなるアリサ。そこに、先生に用事を頼まれていたすずかが戻ってきて、優喜に声をかける。

「ゆうくん。」

「何?」

「エリザおばさんが、優君の頼んでたものを作り終わったから、家の方に送っておく、だって。あと、今回は代償は無しでいい、っていってたよ。」

「それはありがたい。これで、死ぬことだけは無くなった。」

 死ぬ、という物騒な言葉に、思わず顔をしかめるアリサとすずか。

「管理局って組織は、なにを考えてるのよ……。」

「ぶっちゃけ、次元世界の、魔導師を欲しがってる組織はどこも似たようなもんだって。管理局や聖王教会よりそこら辺がまともな保護機関は無かったよ。まあ、グレアムさん達が頑張ってるから、ここさえ凌げば、当分は危ないことはしなくて済むはずだし。」

「ゆうくん、それ、信用していいの?」

「信用するしかないよ。組織がらみについては、僕は何も出来ないんだから。」

「そっか……。」

 派閥闘争に本来保護対象であるはずの子供すら巻き込んでしまうのが組織の限界なら、そういった組織から身内を守り通せず、またその組織の状況にこれと言って手を打てないのが、外部の個人の限界であろう。

「どうしたの? みんな、なんかすごく暗い顔してるよ?」

 教室に入ってすぐ、他のグループの子に呼ばれて、何やらメモを取りながら話をしていたなのはが、不思議そうな顔で輪に混ざってくる。

「アンタの初仕事の話。そっちは何の用だったのよ?」

「ケーキとシュークリーム、予約できないかって聞かれたから、種類と数をメモしてたの。」

「そんなの、直接店に電話でもかければ済む話じゃない。」

「まあまあ、アリサちゃん。私たちだって、たまに似たような事やってるから、人の事言えないんだし、ね?」

 もっとも、そこは親しさの差、みたいなものだ。まあ、親密度ではアリサ達ほどではないにせよ、それなり以上には親しい相手だし、優喜が来る前は放課後遊ぶ機会もあったし、こういう頼みをしてきてもおかしくはないだろう。

「とりあえず、このメモ、忘れないうちに翠屋に送っておくか。」

「うん、お願い。」

「てな訳だからブレイブソウル、ちょっと持って行ってくれないかな?」

「それは構わないが友よ、細工はいいのか?」

「学校では、細工が必要な付与はやらないよ。」

 優喜の回答に納得したのか、ブレイブソウルは転移魔法を起動して翠屋に移動する。その様子を最後まで見届けた後、アリサが呆れたように言う。

「アンタ、わざわざ学校にまであのファンキーデバイス持ってきてるの?」

「忘れ物した時とか便利だし、プレシアさんに預けてたりしてない時にほったらかしにすると、後がうるさいしね。」

「なるほど、ね。納得したわ。」

「うるさいって言うのは、すごくよく分かるよね。」

 ため息交じりの言葉に、こちらも苦笑がちにすずかが同意する。そこで表情を切り替えて、なのはに顔を向ける二人。

「なのは、絶対無事に戻ってきなさいよ。」

「大怪我とかしたら、絶対許さないから、ね。」

「……うん。」







「それで優喜、私たちの作業は一体何?」

「この人形が壊れたら、すぐに別の人形に髪の毛とかを張り付けてほしいんだ。」

 作戦決行当日。嫌な予感がぬぐいきれないまま集まった大人組は、なのは達を送り出した後、高町家の道場でエリザから送りつけられた段ボールの中身を囲んでスタンバイしていた。

「この人形は?」

「スケープドールって言ってね。壊れるまでダメージを肩代わりしてくれるんだ。」

「便利ね。ただ、疑問なんだけど、壊れかけの時に残ってる耐久力以上のダメージをあの子たちが受けた場合、どうなるの?」

「その一撃をチャラにして壊れる。完全に壊れるまでは、一切のダメージを受けることはない。」

「あり得ないほど便利だけど、状況から言ってそれぐらいのずるは必要ね。」

 状況の悪さに、そんな毒のこもった一言を漏らすリンディ。段ボールの中には、五十個程度の人形が入っている。優喜の言葉が正しければ、最大で合計五十回までは即死ダメージをチャラに出来るのだ。それでもなお、不安がぬぐえない当たり、今回はここまでの経過が悪い。

 偵察に行った人間が一人、ギリギリになって瀕死の重傷を負って帰ってきた。その時の様子から分かっているのは、相手は魔法ではなく拳銃や機関銃などの質量兵器がメインである事のみ。潜入し生還することに長けた局員が数人、魔法も使わない連中に敗れた事。その上、せっかく生還した人間も、情報を伝える前に意識を失い、デバイスは完全に機能停止をしているために、アジトの内部情報はゼロ。

 こんな状況だから、いったん準備をやり直すべきだという主張は、数の暴力に流された。こちらの作戦が向こうに予測されているのだから、逃げられる前に強行突入で捕縛しろと押し切られ、結局十分な準備や情報もないまま作戦を開始せざるを得なかった。ならば、せめて増員を認めろという主張に対しては、そういう状況で生還出来るからこその高ランク魔導師だろうと突っぱねられた。逃げられては元も子もない以上、倫理的な問題を横に置けば、必ずしも間違った言い分ではない事が頭の痛い話である。

 辛うじて現場の判断で、現地での協力者が直接・間接的に手を貸すことは認めさせたものの、開始直後からの増員は認めさせることができなかった。これでは、どうあってもなのはとフェイトに死んでほしいようにしか見えない。時間が無かったとはいえ、そこまで反感を買ってしまった自分達の落ち度を幼い二人に押し付ける形になったグレアム派と、それを止めることができなかった良識派の派閥は、全て苦い顔を抑えられなかった。

 無論、敵対派閥も全員そうだと言うわけではない。まっとうな情報も与えずにゴリ押しで事を行わせて、二人にもしものことがあれば、自分達にも責任が降りかかってくる。それに、本来成功する状況で失敗し、それでも生還すると言うのがベストであり、高ランクでも普通に失敗する全く情報なしでの作戦決行など、どう転んでも自分達にいいことなどない。第一、九歳の子供が死んでもいい、と考えるほど倫理面で壊れている人間は、失敗を望む派閥ですら一握りだけだ。

 結局、その一握りの発言力が大きかったことと、伝説の三提督を飛び越えたさらに上からの指示があり、反対意見はすべて押し潰されてしまったのだ。結果がどうであれ、終わった後の幹部会議は大荒れになるのは間違いないだろう。何しろ、この時の無改竄の署名付きの議事録と会議の映像は、中立的立場である無限書庫経由で、グレアム派と協力体制にある聖王教会にも流れているのだから。

「最初から、全部にくくりつけておくのはいけないの?」

「残念ながら、全部同時に同じように壊れるから意味が無い。」

「さすがに、そこまで便利ではないわけね?」

「当たり前だよ。どんなものだって、限界ってものはあるんだから。」

 プレシアの質問に、ため息交じりに答える優喜。

「とりあえず、壊れたら二つ以上かぶってもいいからすぐに貼り付ける事。完全に壊れたかどうかは色で分かるから。五個壊れたら、僕は向こうに行くからね。」

「了解。」

「分かったわ。」

「言うまでもないけど、優喜君も気をつけるんだよ。」 

「ん。」

 エイミィの言葉に気の無い返事を返し、デフォルメしたなのはとフェイトの姿をした人形を真剣な顔で見つめる優喜であった。







(こいつはやばいな……。)

 リンディ達に内緒で先に現地に来たヴィータは、偵察が失敗した理由を即座に悟った。

(AMF、それもかなり高濃度な奴だな。)

 アンチマギリングフィールド、通称AMFは、その名の通り魔法の発動を阻害するフィールドだ。フィールド系魔法の一種としてミッドチルダ式にも存在する代物だが、その魔法ランクはAAA、しかも阻害できるのはせいぜいランクAぐらいまでの出力と言う、費用対効果のあまりよろしくない魔法ではある。

 言うまでもないことだが、この程度の規模の密輸組織が、そんな魔法を使える魔導師を抱えているケースなど皆無だ。第一、それが出来るなら、監視にあんなお粗末な連中を派遣してくるわけがない。それに、ミッドチルダ式にあるAMFは、余程の使い手でなければここまでの濃度に出来なかったはずだ。

(内部に近付くほど濃度が上がりやがるか。これだと、アジトの中はへたすりゃ騎士甲冑の維持も厳しそうだな。)

 ごく普通のミッドチルダ式のAMFなら、なのはとフェイトの出力ならそれほどの問題にはならない。だが、このAMFは確実に別系統のそれだ。ベルカ戦争やそれ以前の紛争で使われた、一部の兵器やロストロギアが、これぐらいのえげつないAMFを発生させたはずだ。

(こいつはさっさと連絡して、作戦を中止させねーと。)

 連中のアジトから十分に距離を取った、太平洋のど真ん中の海上で、忍特製の探知・妨害されにくい非魔法技術による通信機を取り出す。アジトに近付いた途端に、プレシアの通信機ですら機能しないほどの通信障害が発生したのだ。どうやら、リンディ達が考えていたように、この近辺の通信障害はこいつらが関わっている可能性が高い。

「艦長か? ヴィータだ。勝手なことして悪いとは思ったけど、先回りして連中のアジトを軽く調べたんだ。作戦は中止した方がいい。かなり高濃度のAMFが現場周辺に発生してる。確実にロストロギアかベルカ時代の兵器が噛んでんぞ。」

『……そういう事、か。ヴィータさん、ありがとう! エイミィ、本局に連絡! 作戦の中止の許可を取って!』

 リンディの言葉に、通信機の向こう側であわただしく動く音がする。しばらくして不吉な言葉のやり取りと、リンディの怒声が漏れ聞こえ、さらに少ししてから通信機からヴィータを呼ぶ声が聞こえる。

「どうなった?」

『中止の許可が下りなかったわ。ごめんなさい、厳しいかもしれないけど、フォローのためにもう少しそこにいて……。』

「分かった。もとよりそのつもりだしな。」

『本当にごめんなさい……。』

 リンディの謝罪に答えを返さず、通信機を切る。管理局の腐った判断に怒りを覚えかけ、だが自分達の時代はおろか、少し前までは次元世界全体がそうだった事を思い出し、舌うち一つで感情を整理する。

 今回問題なのは、平和な世界で育った経験の乏しい九歳児を、才能だけを頼りにフォローなしで予備兵力も用意せずに投入した事のみ。そんな事、ベルカ戦争が終わりベルカ世界が消滅してからこっち、かなり最近になるまで普通に行われていたことだ。その結果が今の慢性的な人材難だとはいえ、それほどまでに次元世界には余裕が無かったのだ。

 結局、ようやく狂った常識について、腐ってると言いきれる余裕ができただけだ。社会にも組織にも、少年兵の問題について理解しない人間が一定数いるのはしょうがない事で、それがトップにいるのもどうにもならない話だ。あくまでも、先ほどまでのヴィータの感覚は、日本と言う次元世界でも屈指の平和で安全で豊かな国の発想にすぎない。

(しゃーねえ。気合入れてあいつらのフォローすっか。)

 再びアジトの島に戻り、息をひそめて二人の突入を待つ。後にヴィータは、辛うじて無事に脱出してきた二人の様子を見て、最初から大人の配慮など無視して暴れればよかったと後悔することになるのであった。







「フェイトちゃん、AMFって何?」

「魔法の発動を邪魔するフィールド。なのは、今回のお仕事、かなり厄介なことになると思う。」

「……そっか。ディバインバスター、ちゃんと撃てるのかな?」

「分からない。ただ、普通のAMFは、さすがになのはのバスターをつぶせるほどの効果はないはず。」

 その回答を聞いても、いまいち安心できないなのは。何しろ、なのははフェイトと違って、魔法なしだとただのドンくさい子供だ。最近の走り込みその他で、辛うじて体力だけは平均以上を保っているのだが、それとて大人を相手にどうにかできるほどではない。

 もっとも、フェイトにしたところで、一人二人なら体の小ささを生かした立ち回りでどうにかは出来るかもしれないが、それ以上になると体格と腕力の差で確実に負ける。ぶっちゃけ、魔法も気功も無しの単純な打撃で、普通に大の大人をノックアウト出来る優喜がおかしいのだ。

「……結局、簡単なお仕事なんてない、ってことだよね。」

「……多分、そういう事なんだと思う。」

 このミッションが、簡単じゃない仕事なんて言うレベルをはるかにぶっちぎっていることなど、経験が乏しい上に偏っている二人には分かるはずもない。ただ、前提条件からして、自分達とはとことん相性が悪い仕事だと言う事だけは知っている。

(そろそろ、話は念話でやろう。)

(うん。それで、どこから入る?)

(どこからでも同じだと思う。そもそも、全員倒すのが目的だから、下手に奇をてらって撃ち漏らすと厄介。)

(じゃあ、正面から行こっか。)

 方針を決め、念のために隠れ身の効果が続いていることを確認して、そっと扉の両側に張り付く。

(マスター、AMFの影響で、出力が四十五%低下しています。)

(サー、内部のAMF濃度はもっと濃いと予想されます。おびき出して空戦で殲滅することを提案します。)

(それが一番いいんだけど、魔法を使ってるところをあまり管理外世界の住民に見られるとまずい。)

(それにね、おびき出すと言っても、反応されずに隠し通路とかから逃げられたら元も子もないし、そもそも、わざわざ不利な外に出てくるとは思えないの。)

 結局のところ、なのはの言葉が止めとなって、突入以外の選択肢が無いという結論になる。

(なのは、私が扉を斬るから、バスターお願い。)

(うん、分かった。)

 集束技能も使った高密度のディバインバスターを練り上げ、フェイトが鎌の魔力刃で扉を切り裂いた直後に問答無用で叩き込む。

(ターン!)

 最初の曲がり角で一度曲げ、結果を見る前にもう一発。奥の通路にも曲げて撃ちこみ、反応を見る。

(やっぱり、大分威力が落ちるよ。フェイトちゃんも気をつけて。)

(分かってる。)

 普段の威力なら、曲げた後にこのアジトを横に貫くぐらいの事は余裕で出来るのだが、今回は大した距離を飛んでいないのが感覚で分かる。

 数分間待って、特に反応が無いのを確認して突入しようとしたその時、奥から人型をした何かがわらわらと現れる。その姿を見たフェイトが、信じられない物を見た、という表情を浮かべる。

(傀儡兵!? この高濃度AMF下でどうして!?)

(フェイトちゃん、私たちが影響を受けるからって、相手も同じ条件だとは限らないんじゃないかな?)

(……そうだね。……多分、あれならまだ、今のなのはのバスターで制圧できる。もう一発、今度は物理破壊設定でお願い。)

(了解。)

 フェイトの指示に従い、物理破壊設定でバスターを叩きこむ。あっという間に傀儡兵をスクラップにし、廊下の突き当たりの壁を多少抉って消える。傀儡兵の残骸を確認し、一気に突入する。

 突入前と同じ要領で、非殺傷のバスターを通路に撃ちこみ、反応を見て奥へ進む、を繰り返す二人。途中何度か出てきた傀儡兵をすべて破壊し、予想される広さから見て、半分ぐらいまで侵入する。徐々にバスターの射程距離が短くなり、バリアジャケットの維持が難しくなっていく。

(傀儡兵は多分これで全部かな?)

 破壊したばかりの十体ほどの残骸を見て、なのはがフェイトの意見を聞く。破壊した数はトータルで三十体。普通この程度の規模としては多い方ではなかろうか。

(だと思う。でも、肝心の犯罪者が一人もいない。それに、ここまで拳銃を持ってる相手もいなかった。)

 フェイトの言葉に、精神を研ぎ澄まし、少しだけ気の流れを読むなのは。

(駄目、わかんない。)

(私もだよ。というか、なのは。まだ私達じゃ、優喜や恭也さん見たいには行かない。)

(どうしようか?)

(見敵必殺で行くしかない。)

 そう覚悟を決めなおした瞬間、レイジングハートとバルディッシュが警告を発する。

(AMF濃度上昇。通常のディバインシューターの発動が不可能になりました。)

(サー、フォトンランサー以下の魔法が完全に使用不能です。注意してください。)

 デバイスの警告とほぼ同じタイミングで、隠れ身の効果が切れる。

「っ! フェイトちゃん!!」

 とっさにフェイトの頭を下げさせ、念のためにラウンドシールドを展開する。次の瞬間、ラウンドシールドに結構しゃれにならない衝撃が走り、ウェストポーチの中で何かが砕け散る。

「このAMF下でマグナム弾を防ぐか。ガキの癖に末恐ろしい奴だな。」

 奥の通路の影から、ごついとしか表現できない大型の拳銃を手にした男が、あきれたようにぼやきながらでてくる。なのはとフェイトは知らないが、この男が持っている銃はデザートイーグルと呼ばれる、ハンドキャノンの異名を持つ、拳銃としては地球上で屈指の破壊力を持つ代物だ。AMFなどなくても、低ランクの魔導師のバリアジャケットでは無傷ですまない類の代物である。

 多分、AMFなしでも、物影から撃たれた場合、ジャケットが薄いフェイトでは、優喜の護符なしではノーダメージにはならない。当たり所によっては、衝撃で一撃で意識を刈り取られかねない。

(なのは、大丈夫!?)

(うん。でも、防御増幅を一個、使わされちゃった。)

(隔壁が降りはじめてる! 降り切る前に逃げないと!)

 防御に優れるなのはのラウンドシールドを貫かれるぐらいだ。装弾数が何発かは分からないが、こちらの持っている防御増幅よりトータルの手数は多いはずだ。

 二人とも即断で隠れ身と速度増加を使い、全速力でその場から離れる。隠れ身の効果で足音も消えるが、直前の場所は割れているのだ。あれだけの威力だから、よほど体を鍛えていない限りそれほど連射は出来まいが、流れ弾ですら普通に危険だ。

「ちっ! ガキの癖に多芸だな!」

 三発ほど連射し、当たりを確認できずに舌打ちしていると、別の男がロケット砲・RPG-7を担いで現れる。狙いを察して即座に通路に隠れると、後ろに仲間がいないことを確認したRPG-7持ちが、容赦なくぶっ放す。

 榴弾砲が、隔壁の手前で炸裂する。二つの魔力光が発生し、煙の向こうからなのはとフェイトの姿が現れる。強い衝撃により、隠れ身の効果が消えてしまったのだ。残念ながら、体勢を立て直すのにかかったタイムロスで、隔壁が下りる前に脱出できなかったようだ。

「これでも無傷か。もうちょっと濃度あげろ。」

 銃弾を防ごうとしているなのはと、魔力刃で隔壁を切り裂こうとしているフェイトを見て、トランシーバーでどこかに連絡を入れる男。数秒後、ラウンドシールドと魔力刃が消える。通路の奥から、ぞろぞろと男の仲間が現れる。

「これでまだバリアジャケットが残ってやがるのか。本当に厄介なガキどもだな。まあいい。」

 逃げられないようになのはの足を撃ち抜こうとする男。ラウンドシールドとお守り、それに防御増幅の効果で、辛うじてマグナム弾を防ぎきる。その様子を見て、下種な笑みを浮かべる男たち。

「頑張るじゃねえか。」

「どこまで粘るか、試してやろうぜ。」

 男たちは、ニヤニヤと笑いながら、一斉に引き金を引いた。







 最初の人形が二つ、同時に壊れたのを見て、優喜以外の顔がこわばる。なのは達が、RPG-7の直撃を受けた時だ。

「壊れたら、十五秒以内に次の人形に貼り付けて。」

 誰よりも早く、なのはとフェイトの髪の毛を新しい人形に張り付けた優喜が、淡々とその場の人間に告げる。

「十五秒? どうして?」

「壊れた人形の効果で、十五秒は無敵時間なんだ。」

 ただし、死なない、ダメージを受けない、と言うだけで、痛みは普通にある。効果が切れたら、痛みによりショック死する可能性がある。その説明を聞いたリンディ達は、真剣な顔で人形を見つめる。五分後、再びなのはの人形が壊れる。即座に反応して髪の毛を張り付けるリンディ。もう一度なのは。エイミィが反応する。フェイト。プレシアがすばらしい反射神経で貼り付ける。

「僕は現地に行くよ。」

「お願い。」

「頼んだわよ。」

 大人たちの言葉に返事を返さず、優喜はブレイブソウルに転移魔法を発動させるのであった。







「不味いな、これは……。」

 AMFの濃度が急激に濃くなったのを感じ取り、ヴィータが舌打ちする。カートリッジシステムを完全に潰すほどではないが、そろそろ単独では攻撃はおろか、バリアジャケットの維持も厳しくなってくる濃度だ。建物の壁ぎりぎりでこれだ。内部だと、ヴィータの出力では、カートリッジなしではジャケットの展開もおぼつかない可能性が高い。さすがに、守護騎士システムをキャンセルするほどではないから、体を維持することが出来ない訳ではないが、あまりよろしくない状況なのは間違いない。

「どうする? 突入するか?」

 中で派手な爆発音が聞こえたあたりで、嫌な予感が最高潮に達する。このAMF濃度では、いかになのはといえども、これほどの衝撃と振動を起こすような砲撃は不可能だ。だが、突入したところで、犯人を仕留めることは出来ても、二人を無事に救出できる自信はない。

「……悩むのはやめだ。とっとと突入するぞ!」

 中から派手な銃声が連続して聞こえてきたあたりで、覚悟を決めるヴィータ。

「ヴィータ、悪いけど中には僕がいく。」

「ユーキか。勝算は?」

「歩兵が使える程度の火器が、僕に効くとでも?」

 優喜の言葉に、えらく納得してしまうヴィータ。そもそも、近代兵器といえど、歩兵が屋内に持ち込めるような火器に、ディバインバスターを超えるほどの威力があろうはずがない。そして、優喜がディバインバスターの直撃でもノーダメージに出来ることは、ヴィータですら実際に見て確認している。

 それに、破壊力と言う観点でみれば、現状彼らの中の戦闘要員としては、御神流一門を除けば最低ラインだが、致傷力と言う観点では誰よりも強い。こういった屋内での戦闘に置いては、破壊力より致傷力の方が重要である。つまり、今回に関しては、メンバーの中では最も強力な駒は彼なのだ。

「ヴィータはここで待機。逃がすかもしれないから、取りこぼしたのをつぶして。」

「わーった。ぬかるなよ。」

「もちろん。」

 突入のため、優喜が入り口の隔壁を破壊したところで、基地を桜色の砲撃が貫く。

「ディバインバスター? でも、ちょっと感じが違う。」

「ちょっと待て! この状況であの威力のバスターを撃つのは、いくらなのはの出力が凄まじくても無理なはずだ!」

 二人してそんな風に戸惑っていると、風穴の開いた基地の中から、十代半ばか、上で見積もっても二十歳にはとどいていないであろう童顔の、背中に三対六枚の翼を生やし、なのはのものと同じバリアジャケットをまとった桃子によく似た女性が、大破したバルディッシュを手にしたフェイトを抱えて飛び出してきた。手に持っているレイジングハートらしきデバイスも、バルディッシュ同様大破している。

「なのは、フェイト!」

「え!? あれ、なのはなのか!?」

「うん! ……もしかして、アリシア?」

「誰だよ、アリシアって!?」

「帰ってから説明するよ! アリシア、もう大丈夫だから! そのままだと消滅する!!」

 優喜の言葉が聞こえたからか、二人の前に着陸したなのはと思われる女性は、フェイトを地面に下ろすと急激に縮み、見覚えのある高町なのはに変わる。優喜の目には、なのはの体から消滅寸前のアリシアの霊体が出てくるのがはっきりと見えていた。安定しているから消えることはないだろうが、優喜や那美の目から見れば、自殺行為もいいところである。

「……優喜、君?」

「うん。もう大丈夫だよ。」

「優喜……。」

 なのはとフェイトの手から、相棒が滑り落ちる。気力だけでかろうじて立っていた二人が、優喜にすがりついて崩れ落ちる。緊張の糸が切れてか、優喜が二人を抱きとめたと同時に、なのは達の意識は闇に沈んだ。

「……友よ。中で何があったのか、そこの二機に確認した。反吐が出るような状況だが、一応見せておこう。時間がもったいないから、脳に直接転写する。」

「了解。」

 普通に聞くと危険極まりない事を、互いに平然と言ってのける。そんな主従に思わず引いていると、状況確認が終わったらしい優喜が、やたらと真剣な声でヴィータに告げる。

「……ヴィータ、転送するから、二人を連れて先に戻ってて。」

「ちょっと待て、いきなり何を言い出すんだ? それに、おめーはどうすんだよ。」

「連中を徹底的に潰さなきゃ、気が済まなくなった。大丈夫、全部合わせても二時間もあればいけるから。」

「いや、そうじゃなくて!」

 優喜の腕をつかんだヴィータは、振り返った彼の表情に、思わず固まる。優喜は、笑っていたのだ。それも、獰猛としか表現できない笑みで。思わず、本能的に危険を感じて一歩下がるヴィータ。

「……ユーキ、早まるなよ?」

 顔こそ笑っているが、目は全然笑っていない。しかも、雰囲気からしてかなり頭に血が上っているようだと言うのに、こういう状況でいきなり突入しようとしない程度の冷静さは残している。嫌な切れ方だ。何より怖いのは、明らかに怒っているのに、口調や対応が普段と同じなのだ。それなりに親しいヴィータだから獰猛と言う印象を受ける笑顔だが、初対面の人間だと分からないかもしれない。それがまた怖い。

「大丈夫、死なせはしないよ。こんな屑どもの命なんて、絶対に背負いたくないから。」

「いや、そういうことじゃなくて、さ。」

「あきらめろ、紅の鉄騎。言葉で止まるほど、友の怒りは軽くない。せいぜい下種どもの末路が少しでもましになるように、祈ってやってくれ。もっとも、個人的にはその必要も一切ないと思うが。」

 ブレイブソウルの言葉に、優喜の説得をあきらめるヴィータ。そもそも冷静に考えれば、こいつらを優喜がつぶした結果、グレアム派が抱えるであろう面倒事など、彼女が心配する筋合いは一切ないのだ。それに、そもそもなのはが管理局に入局する以外の選択肢を奪われたのも、根本的にはこいつらの責任が大きい。

「もう止めねーよ。だけど、絶対やりすぎるなよ?」

「大丈夫。ちゃんと五体満足のまま、生まれてきたことを後悔させてあげるつもりだから。」

「友よ、八つ当たりでそこまで徹底的にやろうとする君の本性に、さすがの私も少々引き気味なのだが。」

「もう手遅れ。くだらない作業はさっさと済まそう。それじゃあヴィータ、後お願い。」

 おう、と気が進まない感じで返事を返し、レイジングハートとバルディッシュを回収して、ブレイブソウルの転移魔法で海鳴に送ってもらうヴィータ。いろんな意味で、最初から自分がギガントか何かでつぶしておけばよかったと後悔するが後の祭りだ。二時間後、戻ってきた優喜に言われて捕縛に向かったアースラのメンバーは、三か所のアジト全てにおいて、完全に破壊しつくされた火器の残骸に囲まれて、ほぼ無傷のまま発狂寸前の状態で縛られ放置されている構成員を発見することになるのであった。







 少しだけ、時間はさかのぼる。

「これだけのマグナム弾を受けて無傷か。お前らも、ロストロギアを持ってるのか?」

 この場にいる連中の中ではリーダー格だと思われる男が、当たらずとも遠からず、と言うレベルの推測を口にし、ニヤニヤ笑いながら二人のもとに近寄る。

「だがよ。どうやら攻撃能力はないみたいだな。あったら、当の昔に反撃してるはずだしな。」

 そう言って、大量のマグナム弾を受けた衝撃で膝をついていたなのはを蹴り上げる。

「っ!」

「なのは!」

 無理やりラウンドシールドを使い続けた疲労で、自動防御すら使えず、腹を思いっきり蹴り上げられるなのは。次の一撃を入れようとした男は、フェイトの振るった大振りの一撃を、反射的に頭を下げてかわす。次の一撃を入れる前に、別の男に取り押さえられるフェイト。

「あぶねえなあ。そういうしつけのなってねえガキは、とことん痛めつけねえとな。」

 あとはリンチだ。その場にいた男たちが、ニヤニヤ笑いながら二人を好き放題蹴りまわす。その程度の打撃では、そもそも優喜の作った防御用の護符を抜くことすらできないが、それでも当たったことが分かる程度のいくばくかの衝撃は伝わる。第一、大人の男の集団に取り囲まれ、好き放題踏みつけられ蹴り飛ばされる、という状況は、たとえ痛みが無かろうとも、先ほどまでのマグナム弾の嵐で消耗した二人の精神を確実に削り取っていく。

 しばらくして、やはりなのはもフェイトもダメージは受けていない事を確認したリーダー格は、腰に下げていた大振りのナイフを取り出し、フェイトの髪をつかんで無理やり引きずり起こした。

「さて、お前らの持つロストロギアが、どの程度までお前らを守ってくれるか実験だな。」

 そう言って、躊躇なく思いっきりフェイトの顔面を切りつける。当然のごとく傷などつかないが、思わずとっさに目をそらしてしまうなのは。

「なるほどな。中々高性能だな。」

「そうなると、後試すのはあれしかねえよな?」

「待て待て、お前の馬並ぶち込んだら、壊れて二度と使い物になんねえよ。」

「何言ってんだよ。どうせこの人数でマワすんだから、どっち道おんなじだって。」

「それもそうだな。」

 男たちの下卑た笑みに、言葉の意味が分からないながらも、幼いなりに女としての本能で身の危険を感じて、体を強張らせるなのはとフェイト。ふらつく体を奮い立たせ、隙をついて逃げようとするが……。

「おっと、どこ行くんだいお嬢ちゃん?」

「どうせそっちに逃げたところで俺らの仲間がいるから、マワす人数が増えるだけだぜ?」

「そうそう。せっかく同級生より一足先に女になれるんだし、諦めてお前も楽しみな。」

 この状況で逃げられるはずもない。勝手なことを口々に言い放ち、二人がかりで押さえつけたなのはのバリアジャケットを、持っていたナイフで容赦なく切り裂いた。元々、AMFの影響で辛うじて革製の服以上防弾チョッキ未満の防御力を維持していただけのそれは、せいぜい普通の服より切りにくい、程度の抵抗しかしなかった。

「なのは!」

「次はお前の番なんだからよ、友達が一足先に女になるのを黙って見てな!」

 男の勝手な言葉に、我を忘れて暴れまわる。男の力で抑え込まれた関節が悲鳴をあげるが、そんなことなどどうでもいい。このままでは、たとえ命が助かっても、なのはの心は致命傷を負う。それを理解しているからこそ、己の身を捨てても助け出そうともがくのだが……。

「何だ、一人だけ置き去りってのはやっぱり嫌か。」

「じゃあ、お前も一緒にマワしてやるよ!」

 そう言って、なのはのものよりはるかに薄いバリアジャケットの胸元を、容赦なく切り裂いた。年齢的に当然ながら、第二次性徴の兆しすら現れていない胸。それが見知らぬ男たちの前で露わになった事に、羞恥心とは違う、本能的な意味での深刻な衝撃を受ける。

 肌をさらすことにそれほど抵抗の無い自分でこれだ。これ以上の事をされてしまえば、なのはは確実に壊れる。駄目だ。それだけは絶対駄目だ。

(駄目! 誰か、誰かなのはを!)

 どうにもできない無力に涙しながら、心の中で必死に助けを求めるフェイト。その一部始終を唇をかみしめながら見つめていた存在が、ついに意を決して行動を起こした。





──── お姉ちゃんが、守ってあげる! ────





 この期に及んでまだ親友の身を案じる妹。その望みをかなえるために、アリシアはフェイトの魂に己を重ねた。優喜に教わりフェイトが身に付けた気功を、己の存在を削って一時的に極意にまで昇華させ、体をこれから行う行為に耐えられるように、全盛期のそれに変化させる。

 身長が急激に伸び、全身が女性らしい丸みを帯びる。大人になるとここまで変わるのか、と言うほど胸が膨らみ、腰から尻にかけての見事なラインが、女としてのある種の美の極致を表現する。バリアジャケットの基本的なデザインは何も変わらないが、マントの変わりに背中に三対六枚の翼が生えており、髪型もポニーテールに変わっている。

(……もしかして、アリシア?)

 唐突に聞こえた声と、そこから始まった自分の体の変化に戸惑いながら、心の中に問いかける。肯定の意思とともに、今何が起こっているのか、どうやって魔法を発動させているのかを、フェイトの意識に伝えてくる。明らかに、今の自分の力量を超えているが、確かにそのやり方なら問題ないだろう。

「フェ、フェイト……ちゃん……?」

 唐突に変わったフェイトの姿に、抵抗することすら忘れて呆然とするなのは。

「へえ? わざわざ俺達好みの格好になってくれるとは、気が利いてるじゃねえか。」

 少しの間あ然としていた男がそう言いながら我に帰る。後ろから捕まえていた体勢をいいことに、そのまま乳房を揉みしだこうとした男を、背負い投げで地面に叩きつける。電光石火の動きでバルディッシュを拾い上げ、瞬く間になのはを押さえ込んでいた男達を叩きのめす。普段よりかなり大ぶりな刃が出ているせいか、ただ魔力刃を出しているだけでバルディッシュが軋み、破損を始める。

「テメェ!」

「体がでかくなったぐらいで、調子に乗ってんじゃねえぞ!!」

 まだ弾薬を残していたらしい男達が、なのはを回収したフェイトに向かってマグナム弾を叩き込む。よけると気絶している男達に当たりかねないため、念のためにラウンドシールドではじく。ただそれだけの行為で、バルディッシュの破損がどんどん進む。

「サンダーレイジ!」

 あまり長く持たないと判断し、手持ちで一番早く発動する範囲攻撃を叩き込む。流れ弾で死なれても目覚めが悪いので、これ以上銃を撃たせるのも面倒だ。大量の落雷により、一瞬で制圧される男達。バルディッシュの破損が一気に進む。

(奥にまだ十五人。全部制圧して脱出する余力は……、さすがにないか。)

 サーチャーを飛ばして状況を確認し、即座に方針を固める。残念だが、自分達だけでは、このミッションを完遂することは出来ない。第一、自分もなのはも、もはやこのミッションを続ける精神力は残っていない。一刻も早く逃げ出したくてたまらない。それは、この力を得た今でも変わらない。

「バルディッシュ、サンダースマッシャーで天井まで抜ける?」

『それだけの出力に、サーの体が持ちません。』

 フェイト自身が感じていた事を、バルディッシュが断言する。サンダースマッシャーは構造物の破壊にはやや相性が悪い。荷電粒子なら出力をあげれば破壊速度も上がるが、放電の場合はそうでもない。それに、フェイトの体もだが、そもそもバルディッシュが最後まで持つまい。

 電撃への変換資質の欠点が、見事に露わになった形である。

(アリシア、隔壁を全部斬るまで融合が持ちそう?)

 アリシアの返事は否。これも、フェイトの実感と同じだ。となると、融合を維持しておく意味もない。悩んでいる間にも、バルディッシュが壊れ、アリシアの何かがすり減り、フェイトの体から力が抜けていく。ゆえに、フェイトは思い切って、アリシアに無茶を頼む事にした。

(アリシア、なのはと融合できる?)

 フェイトの言葉で全てを悟ったアリシアが、肯定の意思を伝え、フェイトの体から抜け出す。瞬く間に子供の姿に戻るフェイト。もっとも、バリアジャケットはちゃんと修復されているが。

「なのは、今からアリシアがなのはの中に入っていくから、受け入れてあげて。」

「え?」

「一時的に、だけど、多分それで魔法が使えるようになると思う。」

「……うん、分かった。」

 幽霊に取り憑かれる。そう考えると背筋に寒いものが走るが、さっきの男たちの下卑た笑みより怖いものはない、と思い直して頷く。正直、こんな場所には一秒たりとも居たくはない。

 それに何より、自分を助けるためにそんな無茶をして、疲労で動けなくなっている親友のために、たかが幽霊に憑依されるぐらいでビビっていては女が廃る。レイジングハートのマスターとして、この程度の事に屈してたまるものか。

「アリシアちゃん、お願い。」

 なのはの言葉に、アリシアが彼女の体に入っていくことで答える。アリシアから見れば家族ではあっても、血縁的には完全に他人のなのはは、フェイトとは違って双方に抵抗が大きい。あまりのおぞましさに身震いし、崩れ落ちて膝をつくなのは。

「なのは!」

「……フェイトちゃん、……あのね……。」

 だが、それがどうした。自分がおぞましさを感じていると言う事は、アリシアが拒絶され、苦しんでいると言う事だ。自分達を助けるために、死んだ身でありながら力を貸してくれているのに、この程度の感触に屈してなるものか。

 そんな理屈にもなっていないような理屈でおぞましさをねじ伏せ、アリシアを完全に受け入れるなのは。全身の隅々までエネルギーがいきわたり、フェイトと同じく気功の極意を持って最全盛の姿に変わる。

「……魔法少女だって……、……最後に物を言うのは……。」

 手足が伸び、フェイトに比べてやや背丈が足りない程度の身長になる。急激に膨らんだ乳房は、トップでこそフェイトに劣るものの、ブラのカップサイズでは互角と言ったところか。腰から尻、太ももにかけてのラインは、これまたフェイト同様、実に見事なものだ。バリアジャケットもフェイト同様デザインは変わっておらず、同じように背中に三対六枚の天使の翼が現れ、今よりさらに延びた髪は、髪止めもなにも着けず、ストレートヘアとして後ろに流される。

「根性なんだよ!!」

 そんな、今の見た目にそぐわない言葉とともに、即座にディバインバスターをチャージする。魔力の気功変換、及び気功による魔法の発動。本来、今のなのはやフェイトには不可能な高等技術を、霊としては比較的高位に位置するアリシアの手助けを受け、無理やり行っているのだ。レイジングハートとアリシアが負荷を大幅に軽減していなければ、なのはもフェイトも一度の魔法行使で、廃人同然の体になっていただろう。

 その代償として、なのはの圧倒的な出力のディバインバスターは、ただ一発天井に向けてはなっただけで、レイジングハートを大破させる。だが、相棒を気遣っている暇はない。アリシアと一緒に無理をした代償で、立つのもやっとというほど消耗したフェイトを抱え込み、空けた風穴から一気に脱出する。

 こうして、なのはとフェイトの初陣は、まごう事なき敗北で終わりを告げたのであった。







 ミッション完了から丸一日たった翌日の夕方。

「……あれ……?」

「……私たち……、……確か……。」

「よかった、目が覚めた。」

 ようやく目を覚ましたなのはとフェイトを、心の底から安心した、という表情で見守る優喜。

「……ゆうき?」

「……ゆうき、くん?」

「うん。」

 夢うつつのまま、優喜の腕に触れると、唐突に昨日の記憶がよみがえる。そのフラッシュバックに、恐怖がぶり返す。いや、その場にいた時より、むしろ激しくなっている。

 当然だ。ロケットランチャーだのマグナム弾だので何発も撃たれ、大の大人に囲まれて容赦なくリンチにかけられ、止めに強姦未遂だ。まだまだ心身ともに未熟な小学生が、恐怖を覚えない方がおかしいのだ。

 まだ、事態に直面していた時はいい。作戦中という高揚感やら傀儡兵との戦闘やらでアドレナリンが出ており、恐怖心やら何やらと言ったものがかなりマヒしていたし、ピンチ自体はアリシアの手助けにより、圧倒的な力でねじ伏せる形で脱していたのだから。

 だが、それらの恐怖心を抑える要素が無くなったとたん、反動で何倍も怖くなってしまった。元々、二人とも本質的には荒事向きの性格ではない。ぶり返した恐怖に、二人は体の震えを止める事が出来なかった。

「……大丈夫、もう大丈夫だから。」

 なのはとフェイトをそっと抱き寄せ、優しく背中をさする。震える手で優喜にしがみつき、口から洩れようとする意味をなさない言葉を、どうにか押しとどめようとする二人。

「大丈夫だから。我慢しなくていいから。今は、なにがあっても僕が守るから。」

 少し力を込めて抱き寄せると、ようやく素直に声を出す。意味をなさない言葉が嗚咽に変わり、号泣に変わるまでそれほど時間はかからなかった。

(……やっぱり、あの程度じゃ甘かったかな?)

(友よ、あれ以上はそれこそ人格を疑われかねんぞ。)

 正直、怒りのぶつけどころは他にもあるのだ。そっち方面はグレアムとレジアスに丸投げになっているが、ぶっちゃけ優喜自身が動いてもいいのではないか、と思うところもある。そのための人材として、心当たりがなくもない。

「なのは、フェイト。これ以上、大人の都合で怖い事を無理やりさせられないように、僕が何とかする。だから、もう心配しないで。」

 優喜の言葉を聞いてか聞かずか、二人はまだまだ泣き続けるのであった。



[18616] 第9話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:78b2046a
Date: 2010/11/27 11:05
「ロストロギア・縛めの霧、か……。」

『外見と能力から一致するものは他になかったから、ほぼ間違いないはず。』

 なのはとフェイトが目を覚ますより数時間前。ユーノの報告書を見て、眉をひそめるクロノ。

『詳しい事は添付資料を見てもらえば分かるけど、要するに魔導師戦力に対するブービートラップだね。』

「誘いこんで通信・探知を封鎖して孤立させ、AMFで無力化した後に質量兵器で殲滅、か。悪質だが効果的だな。」

 概要を見て、うめくようにつぶやくクロノ。縛めの霧そのものに攻撃能力はないが、なのはとフェイトを見れば分かるように、まともな魔導師は事実上無力化される。

『特筆すべき性能は効果範囲の広さかな? AMFは最大出力なら大き目の島一つ覆うレベルだし、通信・探知妨害は最小出力でも惑星一つを覆い尽くし、次元空間まで届くぐらい。しかも、自然現象と見分けが付かない。』

「最大出力だと二十四時間の連続使用で四十八時間の冷却が必要、というのが辛うじて欠点といえる程度か。だが、なのはとフェイトを無力化した出力で八割程度ということを考えると、大して大きな欠点ではないな。」

『後、もう一つ厄介なのが、登録した魔力パターンは妨害されないこと。傀儡兵が出てきてたのも、このシステムだろうね。』

 単品では暴走の可能性もなく、次元震を起こしたりするようなものでもないのだが、管理局にとっては悪夢といっていいロストロギアだ。何しろ連中のような、三流としか表現できないような連中ですら、管理局を出し抜いて好き放題出来てしまうのだから。

 もっとも、所詮魔導師を普通の人間にするだけのロストロギアなので、地球のように質量兵器が主流の世界では、まったく役に立たないという側面もある。地球上の通信手段が全く死んでいなかったのも、地球の軍事組織に発見されるのを防ぐために、連中がわざとそのままにしていたのだろう。

 因みに、連中がこんな厄介なものを手に入れた経緯は、全くの偶然である。地球に来る前に拠点にしていた無人世界で大規模な地震が起こり、遺跡となっていた古代の軍事基地が出てきたのだ。半壊した拠点の代わりに使えないかと調べた結果、無傷の縛めの霧を三つ発見し、適当にいじって使い方を調べた後に持ち出したのだそうだ。

 優喜がよほど怖いらしく、大した取調べをするまでもなく連中はぺらぺらと洗いざらい自白した。大量に出てきた前科や余罪は、彼らを最低でも三百年は豚箱にぶち込むのに十分で、生きて娑婆に出てくることはまずありえないだろう。とはいえ、罪状の大きさは件数と手口の荒っぽさが理由で、内容自体はまさしく、ロストロギアを得たことで気が大きくなった三下が、自分の分もわきまえずにやんちゃをしすぎた、としか表現できないものばかりである。取り調べでの態度も、とてもなのは達を追い詰めた連中とは思えないものだった。

「まあ、終わった事件の確保したロストロギアについては、この際もうどうでもいいだろう。」

『そうだね。本来、この手の資料は事が起きる前にこそ役に立つものだしね。』

「問題なのは、連中に対して、優喜が何をやったのかが分からない事だ。当人は想像に任せるとしか言わないし、ブレイブソウルは頑なに答えようとしない。」

『とりあえず、追及しても無駄だし、追求しないほうがいいんじゃない?』

「そうは行くか。報告書をどう書くか、という問題に直結するんだ。」

 クロノの言葉に、苦笑が漏れるユーノ。

『わざわざ虎の尾をもう一度踏む必要もないだろうし、そこら辺はもう、リンディさん達に任せておけば?』

「……まったく、あいつは厄介事ばかり持ち込んでくれる。」

『一緒くたに粛清されないだけ、ましだと思おうよ。今回の事って、そうされても文句言えないんだし。』

 ユーノの言葉に、渋い顔をするクロノ。どうにも、この問題で真相解明をこだわっているのは、クロノ一人のようだ。非常に旗色が悪い。

「とりあえず、調査はご苦労だった。また何かあったらお願いする。」

『はいはい。とりあえず、僕に頼る前に、まずは発掘整理のためのチームをもっと充実させようね。』

「一応打診はするさ。ただ、その前に、今回の件で起こるであろう嵐を、無事に乗り切ってからだが。」

 クロノの疲れ切った言葉に、苦笑しながら通信を切るユーノ。山ほどある外患を前に、組織の老朽化と言う内憂に直面する羽目になったグレアム派は、これからもしばらくは順調には行かないようだ。







「さて、報告書をどうしたものかしら……。」

「リンディも大変ね。」

「全くよ。いくらなんでも、幽霊が憑依して大人の体になった、なんて書けないわよ。」

 同時刻、時の庭園のメンテナンスルーム。大破し機能停止寸前になった二機のデバイスのもとで、事のあらましを記録映像で確認したリンディは頭を抱えていた。

「プレシア、何か説得力のある言い訳、ないかしら?」

「そうね。どうせどっちも大破してるんだし、闇の書の暴走対策のために暫定的に搭載した調整中のフルドライブモードを、デバイスが自己判断でプロテクトを解除して起動、調整と補強が甘くて大破した、ってことにしておきましょうか。」

「それでいいの? それだと、貴女も責任を問われかねないわよ?」

「大丈夫よ。せっつかれて時間が無くて、ちゃんと調整できずにプロテクトをかけてあったものを、現場の判断で使わざるを得なかったことにすれば、ね。状況的に、それほど間違った言い訳でもないし。」

 プレシアの返事に、渋い顔をするリンディ。今回は、プレシアは被害者の親と言う立場だ。いくら公判停止中の犯罪者とはいえ、それとこれとは別問題だ。そのプレシアに責任をかぶせるのは、ちょっとどころではない抵抗がある。そもそも公判の停止も、闇の書の修復のために、罪の軽減と引き換えに協力をさせていると言う、見た目上に近いとはいえ、管理局の都合が大きく噛んでいる事情だ。

 なのはとフェイトにしても、闇の書が暴走した時のスタッフとして、むしろ現地協力者に近いスタンスの扱いである。どちらも、本来交わした契約の範囲外の仕事を、管理局の都合で無理やり押し付けたようなものなのに、その結果の責任を押し付ける羽目になる。まともな神経をしていれば、リンディでなくても渋い顔をするだろう。

「まあ、他人のやったことの責任をかぶるのは慣れてるから、気にしなくていいわよ。それで、むしろこっちが本題なのだけど……。」

「何?」

「ジュエルシードの使用許可、下りないかしら?」

「は?」

 プレシアの言葉に、思わず耳を疑うリンディ。確かに、プレシアはジュエルシードの制御について、一定ラインでは成功していると言っていたが……。

「……なにに使うつもりなの?」

「レイジングハートとバルディッシュを強化するのよ。これが仕様書。」

 そう言ってプレシアが表示した仕様書を見て、思わず絶句するリンディ。

「……プレシア、正気?」

「さて? 私は一度向こう側に行った人間だから、今もまだ向こう側でもおかしくないわよ?」

「そもそも、ちゃんと出来るの?」

「問題ないわ。ジュエルシードは制御と出力は正確だし、入力にノイズが乗らなければ暴走することはない。」

「だけど、あの二機をブレイブソウルと同型のデバイスにする、なんて……。」

 プレシアの無茶ともいえる計画に、眉をひそめるリンディ。まかり間違って暴走させた日には、デバイスが原因で次元震が起こる、などと言う笑えない結果が待っている。

「大丈夫よ。ブレイブソウルから、ハードの設計図とソースプログラムはかっぱいであるし、ユニゾン用リンカーコア生成周りの技術に関しても、ブレイブソウルの設計周りにちゃんと残っていたし、ね。」

「でも、なのはさんとフェイトさんにユニゾン適性が無かったら……。」

「そっちも問題ないわ。あの子たちに、ユニゾンした時のリンカーコアのデータが残っていたから、それにあわせてコアを生成して、後は現場でその都度微調整させればいいのよ。」

 逃げ道はふさがれているようだ。どういう言い訳でジュエルシードを組み込むことを了解させるのか、という問題もあるが、どうせそれも闇の書の暴走対策と言い訳すれば通ってしまうだろう。まさに、毒を以て毒を制するやり方そのものなのが頭が痛い。

「それに、今更元通りに修復したところで、本人たちがエラーとかほざいて、結局まともには使えないわ。それとも、官用デバイスであの子たちが使えるようなものが支給できるの?」

「……無理ね。二人とも、成長速度がこちらの予想を超えているわ。普通の官用デバイスなんて、一年もたたないうちに自前の出力だけで破損させるようになるでしょうね。」

「そういうことよ。断言してもいい。この子たちを強化しても無理なら、現状フェイト達の一年後に耐えられるデバイスは作れない。優喜の鍛え方だったら、最終的に官用デバイスなんてない方が強いかもしれないわね。」

「そこは否定しないけど……。でも、それなら、単に出力に耐えられるようにするだけでいいんじゃないの?」

「同じやるなら徹底的に、よ。ただカートリッジシステムを積んで補強するだけ、なんていう手抜きをしたら、フェイトはともかくなのはは必ず体を壊すわ。だったら、負荷軽減についても、今のうちから段取りをしておいたほうが、効率はいいもの。」

 言い出したら引かないなのはと、最後の最後では主を煽るだけ煽って一緒に突貫するレイジングハート。その主従の性質をよく理解したプレシアの言葉に、思わず深くため息をつくリンディ。反論の余地が見つからなかったのだ。

「そのためのユニゾン、か。無茶を考えるわね……。」

「これぐらい、いつもの事でしょう?」

「その結果、頭を痛めるのが私たちなのも、いつもの事と言うわけね……。」

「そういう事。後、暴走の心配についてはいらないわ。ジュエルシードに特殊な封印をかけて、出力リミッター代わりにするから、リンカーコアを生成する以上の出力は出せないわよ。その程度じゃ、よほど効率よくやらない限りは、いえ、よほど効率よくやっても、小規模な次元震を起こせるかどうか、と言うところね。」

「……この短時間で、そこまで計算したの?」

「まさか。設計自体は、この子たちがカートリッジシステムを要求して来た時点で、強化案の一つとして準備してたのよ。実行するかどうかは決めかねていたのだけどね。」

 これを実行する、と決めたプレシアの心境を考えて、再びため息を漏らす。ため息をつくと幸せが逃げていく、と言うが、そうだとしたら優喜と知り合いになってから、どれほど幸せが逃げていったのだろうか?

「プレシア、それがあなたなりの仕返し、ってこと?」

 このプランが実行された場合、管理局は二人を手放すことも、無理を強いることも出来なくなる。何しろ、離れられたらロストロギアが野放しになり、無理を強いて命にかかわる事故でも起こったら、そのまま次元震に直結しかねなくなる。取り押さえようにも、現状ですら広い場所ではAAA+以上が三人でも返り討ちにあう可能性が高いと言うのに、それ以上にパワーアップをするのだ。二人を丁重に扱って飼い殺す、以外の選択肢が無くなってしまう。

「ご想像にお任せするわ。私自身の公的な立ち位置としては、今回の件での表立っての八つ当たりや仕返しは、すべて優喜に任せることにした、というものだから。」

「あれは怖かったわね……。」

「たとえ私や士郎さん達でも、今の優喜からその仕事を取り上げたら多分、無事では済まないわ。全く、本来は喜怒哀楽が激しいタイプとはよく言ったものね。あれだけ頭に血を上らせて、それでも冷静に一番効果的な仕返しを考えるんだから、たまったものじゃないわ。」

 連中のアジトを壊滅させて帰ってきた優喜だが、まだいまいち怒りが収まりきっていない様子だった。今のところ、辛うじてそれで手打ちにしようとする意思は感じられるが、目が覚めたなのは達の様子次第では、どこに矛先が向かうか分からない。さすがにグレアム派の人間に向くことはないだろうが、余波を被る可能性は高く、全く安心できない。

 組織の都合で身内がひどい目にあうのを止められない、と言うのが組織外の個人の限界なら、その結果被った被害に対して、組織の都合を無視して報復に走れるのが個人の強みだろう。大体は組織が持つ権力、人脈、資金力などに阻まれて大したことは出来ないが、相手は優喜だ。組織と言っても所詮は人の集団である以上、ああいうタイプに付け入られる隙はどこにでもある。

「リンディ、覚悟をしておきなさい。今のところ、管理局は優喜に対して、信用されるようなことは何一つしていないわ。最悪の場合、あの子がやらかしたことで、管理局自体が瓦解する可能性も視野に入れる必要がある。」

「最低でも、内部に粛清の嵐が吹き荒れかねないぐらいの覚悟はしておくわ。」

「まあ、そうは言っても、管理局の末端、人員の大部分を占める現場で活動している人間が、真面目に真剣に職務に取り組んでいる事は理解しているみたいだし、優喜の最終目的を考えたら管理局が瓦解したら困るだろうから、そこまで極端な真似はしないでしょうけどね。」

「だといいけど……。」

 このプレシアとリンディの読みは実に正しく、優喜は管理局を瓦解させたり信用を落としたりしない程度に揺さぶり、綱紀粛正の名の下、ある程度管理局内部の膿を出すことに成功するのだが、それはまだ先の話である。







「お姉さん、ちょっといいかな?」

 なのは達が目覚めた翌日の聖王教会。二人をカウンセリングにつれていった待ち時間。優喜は聖王教会に出入りしている人たちの中に、目的の人物を見つけた。

「何かご用かしら、お嬢ちゃん?」

 優喜に声をかけられた修道服の女性が、小さく笑みを浮かべながら寄ってくる。

「うん。ちょっとここだと話しにくいことだから、ついてきてほしいけど、いい?」

「ここじゃ駄目なの?」

(貴方の体内から、機械音が聞こえるって話だけど、ここで堂々と話してもいいの?)

 相手に聞こえるぎりぎりぐらいの小声でつぶやいて見せる優喜に、表情こそ変わらないものの、じわりと殺気をにじませる女性。

「ここだと、落ち着いて話が出来ないから、ね。」

 先ほどのつぶやきが無かったように振舞う優喜に、内心で舌打ちしつつ表面上はにこやかに応じる。人目が無ければすぐさま殺してやるのに、と言う意志と、始末するにしても、それなりに時間をおいてからでないと足がつきかねないと言う冷静な判断とのせめぎ合いを続けているうちに、教会の敷地から結構離れた、まったく人気のない路地裏の袋小路につれてこられる。

「あら、不用心ね。こんなところにつれてくるなんて、殺してくださいと言っているようなものよ?」

「不用心なのはどっちなのやら。お姉さん、目の前の相手がどういう生き物かも識別できてないでしょ?」

 口の減らない小娘に、ほとぼりが冷めたら八つ裂きにしてやることを決定、不敵な感じがする笑みを浮かべて向き合うことにする。

「さて、取り合えずまずは変身を解かせてもらうよ。」

「出来るものなら……。」

 女性は、最後まで言葉を継ぐことは出来なかった。優喜が何をしたわけでもないのに、あっさり変身が解けてしまったのだから。

「やっぱり、こっちの魔法系統は全体的に、中和系に対する抵抗が弱い。もう少し構造を複雑にして、最低でも中和点を三つ以上作らないと、うちの同門には全く通用しないよ?」

 清楚な印象のショートカットの修道女から、タイトなボディスーツを着た、ロングのブルネットの髪の、きつめの面差しの女性に化けた目の前の相手に、はっきり言って無駄以外の何物でもない助言をする優喜。

「……なにをしたの!?」

「だから、貴女の使ってる術を中和したんだって。この程度で取り乱さないでほしいなあ。」

 余計な事をさえずる優喜に、思わず手が出そうになる女性。辛うじて自制心を取り戻し、どうにか手を出さずに済んだが、下手に手を出していれば、なにをされていたか分からない。その事に気がついてしまう。

「それで、私に何の用かしら?」

「なに、ちょっとばかり、貴女の背後関係を教えてもらいたくてね。最初は管理局の仕事で僕の出る幕じゃないと思ってたから、手を出さずに泳がせておくつもりだったけど、状況が変わった。」

「簡単に話すと思ったの?」

「いんや。ついでに言えば、まっとうな拷問の類や色事の類でも、話すとは思ってないよ。」

「なのに、私に吐かせる、と?」

 女性の言葉に、優喜がにやりと獰猛な笑みを浮かべる。

「心配しなくても、貴方みたいな目の前の子供の性別も見抜けないような人間に対して、物理的暴力も性的暴力も使わずに、抵抗できないぐらい骨抜きにする手段は結構あったりするんだ。」

 可愛い顔に似合わない獰猛な笑みで、じりじりと女性に近寄りながら、何とも物騒な言葉を平然と言い放つ優喜。

「……私が言うのもなんだけど、その年でその手の手段を知っているのかの方が非常に気になるんだけど。」

 優喜の言葉と雰囲気に、遅まきながら身の危険を感じて後ずさりながら突っ込みを入れる。

「大丈夫。傍目に見て人の道に外れるような手段じゃないから。それに、運が良ければ天国が見れるし。」

「う、運が悪かったら……?」

「軽く三回ぐらい地獄を見ることになるかな? まあ、安心してよ。どっちに転んでも、死んだり発狂したりすることだけはないから。」

「そ、その方がはるかに嫌なんじゃないか、って心の底から思うな、私。」

 ようやく、目の前の生き物のやばさを理解した女性は、心なしか幼い口調になりながらじりじりと後ずさる。

「そ、そうだ。取引しましょう。ね?」

「最初に言っておくと、僕は見た目の年齢通り性欲の類はないし、お金は自分で稼げるから必要ない。名誉だなんだに興味はないし、そもそも今の状況で聞いた情報や約束を信用するほど純粋じゃない。」

「えっと、あ、そうだ! この事を、一緒に来てた子たちに話してもいいの?」

「どうぞどうぞ。それで嫌われたり拒絶されたりしたら、それはそれで好都合だ。今言われるのはあの子達のためによろしくないけど、立ち直ってからなら全然問題ない。元の世界から迎えが来るまでどこかでサバイバルでもしながら、ゆっくり目的を達成するよ。」

 最悪な事を平気で言う優喜に、今度こそ二の句が継げずに硬直する女性。いつの間にか、壁際まで追い詰められていた。戦闘機人としての身体能力なら、この程度の壁は余裕で飛び越えられるのだが、どうしてもそれで逃げられる気がしない。

「さてと、とりあえず名前ぐらいは教えてもらってもいいかな? どうせそっちは、僕の名前ぐらい知ってるだろうし、こっちだけ知らないのは不公平だ。」

「……ドゥーエよ。」

「ふーん、二番ねえ。名付け親はセンスが無いか、手抜きをしたかのどっちかだな。」

「……。」

 生みの親の事を悪く言われてむっとしたのもつかの間、自分が実に絶体絶命のピンチに立たされている事を思い出し、いつの間にか手の届く距離まで寄ってきていた優喜に、思わず悲鳴をあげそうになる。

 ドゥーエは、非常に運が悪かった。普段の優喜なら、ここまで直接的な手段を取らずに、口八丁手八丁で、平和的に彼女を籠絡したであろう。だが、今の優喜は虫の居所が非常に悪い。その上、自分がどう思われるかなんてことを気にするような、自己防衛に基づく繊細さは最初から持ちあわせていない。それに、最終的にドゥーエにどう思われようが、それが広まって他の人間からどう見られようが、優喜本人は全く困らないのだ。

 怒りのハードルをあげることには成功していても、本気で怒っても穏やかな手段で済ませられるほどには、優喜の精神は成熟していない。こんなところで実年齢は所詮二十歳だと言うことが露呈しているが、こんなところだけ実年齢相応でも嬉しくもなんともない。

「さて、天国が見えるか地獄に落ちるか、審判の時間だ。」

 すっと優喜がドゥーエの手を取る。何をやられたのかも分からないまま、ドゥーエは未知の世界へと旅立たされた。幸か不幸か、ドゥーエが最初に見たのは天国だったようだ。そのまま、天国と地獄を行ったり来たりする。

「さてと。まだ時間的にも体力的にも余裕ありそうだし、とりあえずもう一回いっとくか。」

「やめて!! さすがに二度目はいろんな意味で持たない!!」

 彼女にとっては何時間にも感じられた天国と地獄は、実際の時間に直すと五分程度だったらしい。二度目をやられそうになったドゥーエは、涙ながらに全てを洗いざらい吐き出し、さらに優喜の目的のために協力する事、この事を生みの親のスカリエッティには黙っている事、そのための記憶プロテクトと約束を破った時の報復措置まで施される。性的な事は何一つされていないと言うのに、お嫁にいけない体で解放されるのであった。







「なのは、フェイト、優喜、いらっしゃい。」

 夏休み初日。前もって取ってあったパスポートを手に、クリステラソングスクール、通称CSSの敷地に足を踏み入れる優喜達。因みにフェイトの移住申請はあの事件の後すぐに通り、イタリア系アメリカ人として日本に永住権を持つ形で国籍を取得し、高町家に下宿する運びとなった。プレシアの方は、さすがにまだ公判中なので、戸籍と永住権の取得はフェイトにあわせて済ませては居ても、実際の移住の許可は下りていない。

「フィアッセさん、お世話になります。」

「来てくれてうれしいよ。特に優喜は、あまり乗り気じゃなさそうだったから。」

「まあ、約束は約束なので。」

「そういえば、なのはもフェイトもちょっと元気ないみたいだけど、どうしたの?」

 フィアッセの言葉に、少し身を固くする二人。まだ、事件から半月も経たないため、完全にどころか、ほとんど立ち直っていないのだ。事のあらましを大体知っているアリサとすずかが、ソングスクールで歌を聞けば、少しは立ち直れるのではないかと期待するぐらいには重症である。

「ちょっと、いろいろなことがありまして。フィアッセさん、ちょっとお願いが。」

「何?」

「最初別室でって言ってたけど、しばらく三人一部屋にしてもらえないかな?」

 優喜は、毎夜毎夜うなされては飛び起きる二人を宥めて再び眠らせる、という重要な役割を続けている。あまり酷いときは桃子が添い寝しているが、それ以外のときでも飛び起きた後寝付けずに、美由希や優喜が宥めるために一緒に眠ることがある。桃子に対して遠慮があるフェイトに、なのはがつられる形で、というのがそういうときの流れだ。

 なお、恭也はお互いにそういうことをすることに抵抗があるため、士郎はダメージがぶり返すのを心配したため、うなされていても手を出せないでいる。

「いいよ。今から連絡する。」

 そう言って、内線で寮の方に連絡を取るフィアッセ。本来なら、年齢に関係なく男女は分けるべきなのだろうが、優喜は中身はともかく体はまだ子供だ。基本的に、まだ一緒に風呂に入ることすら問題ない肉体年齢なので、何か問題が起こる可能性はまずない。

 なにしろ、日本では、男女が同じ教室で着替えるお年頃だ。

「手配しておいたから、荷物はここに置いて、ちょっと校舎を案内するよ。」

 校長兼現役の一流歌手として多忙であろうはずのフィアッセが、自ら案内すると申し出てくる。どうやら、よほど彼らが来るのが楽しみだったらしい。

「それで、皆、時差ボケの方は大丈夫?」

「ちゃんと、それにあわせて機内で眠ったから、それほど問題はないかな?」

「私も大丈夫。」

「……今のところは、問題ない、と思う」

 いまいち頼りないフェイトの返事に苦笑する優喜となのは。まあ、見た感じ問題なさそうだと言うことで、普通に案内を始めるフィアッセ。さすがと言うかなんというか、出来る事なら六畳間をもう一つ、と言うのが大それた野望である日本と違って、たかが音楽の学校とは思えないほど広大な敷地に、ゆったりとした設備がたくさんそろっていた。

「三人は基本的に短期の声楽コースだけど、余裕がありそうだったら、ピアノの弾き語りとかも勉強しようか?」

「あ、それも楽しそう。」

「なのは、やってみる?」

「うん。一緒に覚えようね、フェイトちゃん。」

 因みに、オペラ系が主流のCSSだが、ミュージカルなどのために、ダンスなども教えている。その教えをある種尖った形で完成させたのが、ロック歌手のアイリーン・ノアだ。ほかにも、民族音楽やジャズなどもある程度はやっている。

「とりあえず、今日は移動で疲れたと思うから、この後はご飯食べてお風呂に入って、ゆっくり休んでね。」

「「「はい!」」」

 フィアッセの言葉に、割と元気よく返事を返す子供たち。そこで、ふと思い出して一つ付け加えるフィアッセ。

「そうそう、ご飯だけどね。」

「はい?」

「日本から知り合いのコックさんに来てもらってるから、イギリスだからって不味いご飯が出てくることはないよ。そこは安心してね。」

 フィアッセの茶目っ気たっぷりの言葉に、どう反応していいのか分からず戸惑う優喜となのは。

「ねえ、なのは。」

「なに、フェイトちゃん?」

「イギリスって、ご飯不味いの?」

 フェイトの素朴な疑問に、どう答えるべきか悩むなのは。その問いに答えたのは、何と当のイギリス人であるフィアッセだった。

「そうだね。他の国の料理とティーフードの類は、そんなに不味い訳じゃないかな? ただ、イギリスの伝統料理って、どれも雑って言うかなんというか……。」

「要するに、美味しくはない、と。」

「まあ、日本と比べたら、大体の国のご飯は美味しくないよ? ただ、その中でも、自国の食文化だけはお世辞にも上の方だと言えないのが悲しいと言うか……。」

「僕はフィアッセさんの中身は、英語ができる日本人だと思ってたんだけど……。」

「あはは、そうかも。」

 優喜の突っ込みに、妙にうれしそうに答えるフィアッセ。このやり取りで、ご飯に関する微妙な空気は払拭されたのだが、フィアッセが言いたかったことは、週末に観光に案内された時に理解することになるのであった。







「優喜、ちょっといいかな?」

「どうしたの、フィアッセさん?」

 夕食後、なのはたちが風呂に行っている最中。フィアッセが優喜に声をかける。

「なのはたちのこと、教えてほしいんだ。」

「守秘義務が関わることもあるから、全部話せないけどいい?」

「話せることだけでいいよ。」

 フィアッセの返事に頷き、話せることだけをさっくり話す。

「そうなった経過は話せないけど、少し前に複数の大人の男に、集団で暴行を加えられた上、ちょっと女の人には言いにくいんだけど……。」

「もしかして……。」

「間一髪ってところ。犯人達には僕が制裁をしておいたし、今警察の世話になってるから二度と直接手を出しにはこれないだろうけど、残党がいないとも限らない。」

「……そっか。」

 想像以上の状況に、何もコメントを返せないフィアッセ。

「とりあえず、カウンセリングとかは受けてるけど、やっぱり二人とも男の人が怖いみたい。フェイトなんて、前にも増して人見知りが激しくなったし、なのははなのはで、クラスメイトでも男子と話すときはちょっと固くなってる。」

「……気が付いてはいたけど、やっぱり重症だね。」

「もっとも、僕はこの外見だから大丈夫みたい。今回ばかりは、女に見られるこの顔に感謝だ。」

「まあ、優喜は普通に男の子の外見でも大丈夫だったとは思うよ?」

「かな? だといいけど。」

 優喜の言葉に、ため息が漏れるフィアッセ。

「優喜、もう少しあの二人に対する自分の立ち位置に、自覚と自信を持った方がいいよ。」

「そうかな?」

「うん。好意の種類はともかく、なのはにもフェイトにも、優喜はもう特別な人なんだよ?」

「僕の本来の立ち位置的には、あまりありがたい話じゃない。」

「そういうところ、何気に恭也とか昔の士郎に近いよね。」

 フィアッセの言葉に、微妙に納得するものが無くもない優喜。恭也も現役だったころの士郎も、本質的には社会の裏側にいるタイプの人間だ。そこらへんを理解して踏み込んでくる相手を忌避することはないが、自分からわざわざ近寄ることはしないのが、この手の人間の特徴だ。

「士郎と恭也は大丈夫なの?」

「今はほぼ大丈夫。ちょっとフェイトが克服しきれてないかな、って部分はあるけどね。むしろ、関わる機会は多いけど、接点は少ないって相手が問題なんだ。」

 具体的にはクロノとザフィーラ、グレアム、レジアス、アースラの男性職員などがこのケースに当てはまる。フェイトは、クロノに対する人見知りを再発させるし、なのははもともとそれほどクロノと親しいわけではない。同じぐらい接点の少ないはずのユーノがこの問題に引っ掛からなかったことは、ユーノとクロノ双方を、それぞれ別方向でへこませていたりする。

 とりあえず、ザフィーラについては、二人の前では基本狼形態で過ごすことで解決を図っているが、他のメンバーのうち会う機会が比較的多いクロノについては、時間が解決してくれるのを待つしかない、という厄介な状況になっている。

「そっか。だったら、優喜が頑張らないとね。」

「え?」

「これは私の勘だけど、その問題を解決できるのは、最終的には優喜だけなんじゃないかな、って思うんだ。」

「それはまたどうして……。」

 勘に対して根拠を聞いても無駄だと知りつつ、思わず聞き返してしまう優喜。

「それは自分で考えて、ね。」

 優喜の問いにどこか楽しそうに答えを返すフィアッセ。フィアッセの言葉に苦笑しながら、結局できることをやるしかないと結論付けるしかない優喜であった。







「さて、ゲイズ中将。」

「ふん。全く面倒なことになったな。」

 再び時間はさかのぼる。優喜達がCSSへ出発する前日の事。リニス経由で優喜から渡された膨大な資料。それを見ながら渋面を作る海と陸のトップクラス。

「彼が、この短期間でここまでやってのけるとは、な。」

「捕まった連中の様子を考えると、一体どんなやり口を使ったのか、想像する気も失せる。」

 詳細までは見ていないが、上層部すべての人間のありとあらゆる脛の傷をすべて網羅していると言ってもいいボリュームだ。当然、その中にはグレアムとレジアスのものも含まれている。

 グレアムはまだいい。致命傷になりうるのは闇の書周りの対応ぐらいで、それとて、明確に管理局法を踏みにじったとは言い難い。それに、もはや闇の書事件は誰も考えなかった状況にあり、今更グレアムの対応をつついて足を引っ張って、結果として進捗を遅らせて時間切れにしてしまっては元も子もない状態だ。だが、レジアスはそうはいかない。

 戦力不足に端を発した行動とはいえ、戦闘機人計画に深く関与し、その結果として犯罪者と裏でつながっているのだから。

「事ここに至っては、君と私は運命共同体だ。互いに己の正義を踏みにじった身の上、その償いは組織を正すことでしか出来まい。」

「ふん。貴様らがせっかく育て、鍛え上げた戦力を紙切れ一枚と多少の手切れ金で奪わなければ、儂とてこんな事に手を出すつもりはなかったのだぞ。」

「何を言ったところで、言い訳にもならないよ。現場の人間が、犯罪者を芋づる式に引きずり出すために、あえて手を組んで泳がせていたと言うのならまだしも、トップがこんなことをしていては、どんな理由があっても言い訳は効かない。私にしても同じことだがね。」

「それで、どうしろと言うのだ?」

 レジアスの言葉に、深く深くため息をつくグレアム。夜天の書の修復事業と並行で進めるには、少々荷が勝ちすぎると言うのが本音だが、それこそ言い訳にもならない。

「正直なところ、管理局の規模で考えれば、この程度の量で済んでいるのは奇跡にひとしい。それでも一つ二つならともかく、全てが一度に外に漏れると致命傷だろう。管理局が瓦解することは避けられない。我々にこの資料を押し付けたということは、優喜にしても管理局と言う組織が無くなっては困るのではないかと思う。」

「つまり、派閥闘争のレベルでとっととけりをつけろ、というわけか……。」

「だろうね。幸いにして、この資料を渡される程度には、我々は彼に信頼されているらしい。今更私の地位や名誉がどうなろうがどうでもいいが、末端の真面目にやっている、汚職や派閥闘争とは一切かかわりの無い局員たちの未来が失われるのはよくない。」

「まったく、陸も海も目先の戦力不足に目を奪われ続けたつけを、こんな形で払うはめになるとはな。」

 とにかく、この資料が表に漏れてはまずい。幸いにして、この時の庭園は、今や情報セキュリティも物理的なセキュリティも、次元世界で最強と言って差し支えないレベルに達している。ここに保管しておき、手をつけやすいところから切り崩していけば問題なさそうだ。

「さて、君に問おう。」

「何だ?」

「君も私も、互いに己の正義を己が手で地に引きずり落とし踏みにじった身だ。その踏みにじった正義にわびるために、少しでも次の世代が輝ける組織にするために、その身を捨てる覚悟はあるか?」

「……いいだろう。いい加減儂も、犯罪者どものいいなりになるのには、少々嫌気がさしてきたところだ。この機にこんな仕事を押し付けてきた最高評議会と手を切り、この身も含めた老害どもに引導を渡す事にしようか。」

「ならば、まずは今紛糾している例のアジトの件について、愚か者どもを黙らせるところからスタートだ。」

 グレアムの言葉に、力強く頷くレジアス。何度も拒否した案件をゴリ押しで押し付けた揚句、準備も碌にさせずに強行させ、現場が不可能と判断したミッションの中止も認めないような連中は、もはや害にしかならない。しかも、その責任をすべて現場に押し付けるようでは話にもならない。

「それと、君にとっては遺憾かもしれないが、戦闘機人計画もアインヘリアルも凍結させてもらう。」

「……仕方がないな。だが、その埋め合わせはしてもらうぞ。」

「もちろん。」

 この日、後に管理局始まって以来の大改革と呼ばれることになる、大規模な人身の入れ替えは、そのスタートを切ったのであった。







「……ん、よし。二人とも、だいぶ立ち直ったみたいね。」

「よかった、本当によかったよ。」

 八月中旬。夏休み終了まであと二週間、CSSを去るまであと一週間に迫ったある日の事。アリサとすずかが、様子見を兼ねて遊びに来たのだ。

「アリサとすずかも、元気そうでなにより。」

「私達は、あんた達みたいにヘビーな事件には巻き込まれたりしないもの。」

「誘拐とか強迫とか、そんなに再々あるわけじゃないしね。」

 いつも通りのアリサとすずかに、嬉しそうに微笑むフェイト。

「それで、歌の方はどんな感じ?」

「自惚れていいんだったら、多分クラスで一番上手になった自信はあるよ。」

 なのはの大きく出た言葉に、ちらっと優喜を見るすずか。苦笑しながら頷く優喜を見て、まあ天下のCSSだし、それぐらいは当然かと結論を出す。

「優喜はどうなの?」

「僕の方は変わらず。テクニックは上達したけど、それだけ。情感を込めて歌う、ってやつがどうにも苦手でね。」

「それはそれで聞いてみたいかも。」

 アリサの言葉に、苦笑しか出ない優喜。正直、優喜の実力だったら、歌を歌わせられるプログラムの方が、まだ情感と言う面では上かもしれない。

「だったら、二人に披露してみる?」

「え?」

 唐突に表れたフィアッセの言葉に、反応を決めかねる優喜達。

「そうね。フィアッセさんもこう言ってるんだし、一曲歌いなさいよ。」

「嫌じゃなかったら、聞かせてほしいな。あ、フェイトちゃんは、出来れば演歌以外で。」

 親友二人にこう言われて、どうにも引くに引けなくなったなのはとフェイト。どうあっても避けられないと踏んだ優喜が、先に予防線を張っておく。

「なのはとフェイトはともかく、僕は期待しないでよ。下手すると、アリサ達の方がトータルじゃうまいぐらいなんだから。」

「優喜、そういう言い訳は男らしくないわよ。覚悟を決めて、ババンと私たちを感動させて見せなさい。」

「ゆうくん、がんばって。」

 なのはとフェイトのハードルをあげつつ張った予防線は、見事に粉砕される。どうにもならないと見た優喜が、小さくため息をつく。

「それで、どこで歌うの?」

「今の時間だと、小ホールがあいてるから、そこにしよっか。曲は丁度いいから、課題曲で。」

 聞かせる人数と音響の兼ね合いで、そう場所を提示してくるフィアッセ。因みに課題曲はなのは達と優喜では別のものだ。優喜の方がレベルが低いので、当然と言えば当然である。

「本当は生演奏の方がいいんだけど、今日は録音で勘弁してね。」

「まだ、生演奏をバックに歌えるほどのレベルじゃ……。」

 フィアッセの恐ろしい言葉に、かなり引きながら突っ込みを入れるなのは。

「なのはとフェイトは大丈夫だよ。優喜は……、テクニックと声量は十分だし、無理ってほどでもないかな?」

「そこはもう、素直にそのレベルじゃないって言ってくれた方がうれしい。」

 優喜の苦情をさらっと聞き流し、課題曲の入ったCDをプレイヤーにセットする。言うまでもないが、CDラジカセのようなちゃちな機材ではない。

「じゃあ、まずは優喜から。」

「はーい。」

 ここまで来て、無駄に抵抗するような見苦しい真似はしない。マイクの前で大きく息を吸い込み、課題曲を朗々と歌い上げる。

「……なるほど。」

「……ゆうくんが何を言ってたのか、よく分かった気がする。」

 声量は十分だし、音程も発音も完璧。ビブラートのようなテクニックも破綻なくこなし、歌詞の盛り上がりなどに合わせて声の強弱もきっちり付けているのだが、どうにも心に響かない。単に、用意された楽譜をなぞっているだけ、という印象が強く、これだけテクニック面では高度なのに、どうにも棒読みに聞こえるのだ。

「あまり、上手くはなってないでしょ?」

「そうでもないわよ。温泉の時と比べたら、ものすごく上達してるわ、テクニック面は。」

「テクニックは、よっぽど音感に問題でもない限り、ちゃんとした指導者のところで死ぬ気で練習すれば、誰でもある程度のレベルには達するからね。僕なんかは、師匠から練習で身につく類のものを効率よく短期間で習得する方法を教わってるから、こういう事を身につけるだけなら、それほど難しくはないんだよ。」

「それはそれでうらやましいけど、要するに上達が早い分、頭打ちも早くて壁を超えるのも難しい、ってわけ?」

「そそ。それに、場合によっては、そんなずるみたいなやり方で即席で覚えるよりも、じっくり時間をかけて一歩一歩磨き上げた方が、簡単に高みに昇れることもあるし。急がば回れってのは、学習の分野でも割と当てはまる。」

 だったらその効率の良い習得方法とやらをやらなければいいのでは、と思うのだが、多分骨身にしみついているのだろう。

「まあ、この話の意味は、次を聞けば分かるから。」

 そう言って、舞台の上を見る。すでになのはが準備を済ませ、演奏が始まるのを待っている。その様子に気がついて、おしゃべりを止めるアリサとすずか。

 雑談が終わったのを見て、フィアッセがなのはの課題曲を流す。大きく息を吸い込み、優喜とは比較にならないほど情感豊かに、朗々と楽しそうに歌いあげる。

 さすがに、フィアッセやゆうひに比べれば稚拙な面はいっぱいある。テクニカルな面では、部分的に優喜の方が上達している場所もあるかもしれない。第一、まだ子供で声質そのものが安定していない。だが、優喜とどちらが上と聞かれれば、誰もが迷わずなのはが上だと答えるだろう。

 なのはが歌い終わり、フェイトが壇上に上がる。なのはの歌の余韻が程よく抜けたあたりで、フェイトの課題曲が始まる。これまた楽しそうに、嬉しそうに朗々と歌い上げるフェイト。こちらは、元々の引っ込み思案の性質が影響してか、やや声量が安定していない面があり、なのは同様声質も不安定だが、テクニックは三人の中で頭一つ抜けているイメージだ。トータルでなのはとどちらが、と言われると素人のアリサとすずかには甲乙つけがたいが、コンクールなどではフェイトが紙一重で上回るイメージである。

 正直なところ、なのはとフェイトが合唱するのが、一番いいものが聴けるだろうと言うのが、この場にいる一同の確信である。それほど、二人のレベルは高く、拮抗している。しかも、なのはの弱い部分がフェイトの得意なところで、フェイトが苦手そうな部分がなのはの得意分野であり、魔法や料理に続いて、こんなところまで互いに補い合うあたり、どれだけラブラブなのかと問い詰めたくなる話だ。

「ね、言ったでしょ?」

「……そうね。一切嘘は言ってなかったわね。」

「ゆうくん、そんなに音楽って苦手?」

「苦手と言うか、歌に情感を込めるって部分が、どうにもよく分からなくて。これでもやってるつもりなんだよ?」

 結局のところ、優喜には音楽の一番大事な部分で致命的に才能がないらしい。本当の意味で無才という訳ではないあたりがかえって残酷ではなかろうか。

「せっかくだから、なのはとフェイトは、練習してたデュエットをやろうか。」

「はーい。」

「うん。」

 素直に返事を返し、再び舞台の上に上がる。優喜が気を利かせてマイクスタンドをどけ、二人に一つずつ手持ちのマイクを渡す。優喜が舞台から降りたのを確認したところで、なのはとフェイトが最初の立ち位置に移動する。

 全ての準備が整ったあたりで、フィアッセがCDを再生する。再生された曲は、どこで仕入れてきたのか、八十年代を代表する伝説のアイドルデュオのヒット曲、それも比較的後期の曲だ。日本に置いて、ある意味アイドルのイメージを確立したデュオでもあり、いまだにあちらこちらでネタにされてもいる。なお、某ピンクの淑女は七十年代を代表する方なので、今回は違う。

 言うまでもなく、アリサもすずかも元ネタなど知るわけがない、と言うか、フィアッセすら日本にいたころに名前を聞いたことがあるレベルの古いネタだが、それでもなのはとフェイトが一定以上の年代の日本人にとっては懐かしいという方向性で受けを取れる事をやっている、と言うのは理解できている。ちなみに、大本のネタを振ったのははやてだ。彼女がどこでそんなネタを拾ってきたのかは、聞かないほうが身のためなのかもしれない。

「……一カ月やそこらで、よくもまあ、あのなのはにここまで完璧にダンスを仕込んだものね……。」

「私たちもここで勉強すれば、あれぐらいできるようになるのかな……?」

「ここでなくても、普通にできるようになるんじゃない? 出来るようになってどうするのかは置いておくとして。」

 アリサとすずかのコメントに、苦笑しながら突っ込みを入れる優喜。それほどまでに二人の歌とダンスは完璧だった。衣装がジャージなのが残念でしょうがない。

「ここまでやるんだったら、バリアジャケットで衣装も用意すればよかったんじゃない?」

「フィアッセさんは、その辺の事を知らないから無理。」

「そういえばそうだっけ。」

 などと無駄話をしながら、いろんな意味で完璧な二人のステージに、惜しみなく拍手を送る一同であった。







「それで、あの子たち、今魔法は使えるの?」

 小さなステージが終わり、フィアッセがなのはとフェイトを連れてどこかへ行ってしまった後。その場に取り残された優喜達は、二人の前では話しにくい現状報告を行っていた。

「その系統の練習は、今一切やってないから、なんとも言えない。とりあえず、基礎体力のための走り込みと、感覚作りの聴頸、あと怪我した時のための軟気功の練習ぐらいはやってるけどね。」

「気功はやってるんだ。」

「基礎体力も聴頸も、管理局にかかわらなくても役に立つからね。結局、なにをするにしても最後は体が資本だし。」

 二人が今回、十分な声量を稼げていたのも、ずっと続けていたランニングの成果が大きい。そもそも、成長期の小学生は、この手の事を毎日続けていれば、二カ月ぐらいでもずいぶん変わってくる。さすがにいかにスパルタ式とはいえ、まだ本格的にスポーツをやっている子供と比べれば幾分劣るが、単に運動が得意、と言うレベルの子供に比べれば、なのはですら基礎体力だけはかなり上回っている。

「しかしまあ、まだまだ不安が残る状態ね。」

 優喜から一通りの現状を聞いたアリサが、微妙に顔をゆがめながらこぼす。うなされて起きることは減ったようだが、ほぼ女子校と言っていいCSSでは、男性に対する感情がどのぐらい改善されているかは、いまいち分かり辛い。日本に帰ったとたん、よくなったものがぶり返すようでは困る。

「そういえば、フェイトちゃんは予定では、新学期から転校してくるんだよね?」

「うん。試験に落ちなければその予定。」

「フェイトちゃん、大丈夫そう?」

「それは試験について? それとも、学校に溶け込めるかどうかの方?」

「両方、かな?」

 すずかの心配に、それなりに真剣な顔で答えを考える優喜。

「まず、試験の方は大丈夫。名前を間違えたとか、回答欄が一つずれてたとか、そういうミスをしでかさない限りは落ちないはず。」

「フェイトの場合、普通に勘違いでやりそうなのが問題なのよね……。」

「そこは心配したところでどうにもならない。」

「まあ、そうだけど……。」

「それで、溶け込めるかどうかは、それこそ僕達がどれだけフォローするか、だと思うよ。」

 それを言われてしまえば反論のしようがまったくない。今回の問題があろうがなかろうが、フェイトが普通の男子に対してまったく免疫がなく、周囲のフォローが必要なことに変わりはない。結局は昔に戻っただけだ。

「結局、私達の仕事が増えるわけね。」

「うん。悪いけど、色々頼むよ。」

 と、そこまで言ったあたりで、顔つきが微妙に変わる。

「まったく持って、往生際の悪い連中だ。」

「何?」

「今回の元凶、その生き残り。ちょっとお仕置きしてくる。」

 優喜が獰猛な感じの笑みを浮かべて席をはずす。その様子を見て、思わずため息が漏れるアリサ。

「君達も大変だな。」

「何だ、居たの。」

「さすがに、友も戦闘能力が高いわけではない君達を、この状況で無防備に置き去りにしたりはしないさ。」

 ブレイブソウルの言葉に、苦笑をもらすアリサとすずか。とりあえず、優喜が用事を済ませるまで、このファンキーデバイス相手に駄弁って過ごす二人であった。







「あの、フィアッセさん?」

「分かってるよ。二人を呼んだ理由は、すぐ分かるから。」

 そう言って、なのはとフェイトを引きつれてフィアッセが向かったのは、レコーディングスタジオであった。

「フィアッセさん、ここで何を?」

「二人はただの見学。今から、新曲のレコーディングなんだ。」

「え……?」

 なのはとフェイトの反応に気を良くしたフィアッセは、悪戯っぽい笑みを浮かべてスタジオに入っていく。どうやら、さっきの三十分ほどは、準備を待つついでに気分転換をしに来たらしい。

「今回は特別だから、ね。」

 収録室に入る前にそう言い置いて、何やらスタッフと打ち合わせに入る。

「あの……、イリアさん……。」

「とりあえず、話はレコーディングの後です。」

 今は亡きフィアッセの母でCSSの創設者・ティオレの秘書であり、今はフィアッセの秘書をやっているイリアが、彼女にしては柔らかい表情で二人の疑問を黙殺する。

 内部でいろいろ打ち合わせを行った後、フィアッセが歌い始める。レコーディングスタジオと言う狭い場所だと言うのに、いつもと同じようにのびのびと、力強くおおらかに歌いあげる彼女を、なのはとフェイトは食い入るように見つめる。

 明るく穏やかな曲調の一曲目が終わり、暗い曲調の、刃のように鋭く、だがほんの少しだけ暖かいイメージの二曲目を歌い始める。どちらも日本で発表する予定の歌らしく、日本語の歌だ。

「……この歌……。」

「……うん。多分、お父さんとお兄ちゃんだ。」

 フレーズ一つ一つが、世の中の裏側に生き続けた一族の、黒衣を纏う静かな青年とその父親を思わせる。だが、なのはとフェイトにとっては、もう一人、この歌のフレーズが該当する人物がいる。

 特に、癒えぬ傷を抱え、帰らぬ日々を思いながら、それでも譲れぬもののために立ち上がるというフレーズは、父にも、兄にも、そして彼にも、驚くほど重なる。

「……フィアッセさん。」

「この歌……。」

「なのはとフェイトがそう思ったのなら、二人にとってはそれが正解。歌の解釈なんて、これが絶対の正解、なんてものはないんだから。」

 フィアッセの言葉に、小さく一つ頷く。

「さ、アリサ達のところにもどろっか。イリア、後お願いね。」

「分かっています。」

 スタッフに後の事を任せ、なのはとフェイトを連れてスタジオを後にする。さっきの歌について、あれこれ楽しそうに話しながら、来た道を戻って行く三人であった。







 しばらく歩き、アリサ達の居る小ホールがある建物が見えてきたあたりで、唐突にフィアッセが二人を抱え込んで地面に伏せる。

「ちっ! 勘のいい女だ!」

「まあいい。正面からやるぞ。」

 人相の悪い男が二人、空中から攻撃を仕掛けてきたのだ。手にデバイスを持っていることから、明らかに魔導師だ。

「貴方達! こんな小さな女の子に暴力をふるって、恥ずかしくないの!?」

 腕の中で震えるなのはとフェイトを守りながら、明らかにせこい小悪党と分かるチンピラ風味の魔導師に非難をぶつける。

「うるさい! 俺たちはな、そのガキどものせいで惨めな思いをしたんだよ!」

 フィアッセの言葉に、怒りにまかせて魔力弾を撃ちこんでくる。とっさにシールドを展開し、魔力弾を弾くフィアッセ。なのは達は知らぬことだが、フィアッセは変異性遺伝子障害と呼ばれる遺伝子病の、それも極めて珍しい症例を抱えている。Pケースと呼ばれるその症例は、副作用と引き換えに超能力を使う事が出来るのだ。

 その中でもフィアッセは、かつては最も効率の悪い形でしか力を使えなかったのだが、今はいろいろあって、誰かを守るためのシールドなど、特定条件では誰よりも効率よく力を使えるようになっている。

「貴方達が惨めな思いをするのは、当たり前のことだよ。」

 高機能性の証である、フィンと呼ばれる翼を背中に広げながら、フィアッセが悲しそうに答える。かつては堕天使を思わせる黒い翼だったそれは、今では純白の神々しい光を放っており、傍目にも分かりやすいぐらい善悪がはっきり分かれている。

「だって、何故悪い事をしちゃいけないのか、貴方達は本当の理由を理解してないんだから。」

「うるせえ!」

 フィアッセの言葉に、先ほどから喚いていた男がさらに激高し、後先考えずにどんどん魔力弾をばらまき始める。言うまでもないが、全て殺傷設定だ。

「おい! 落ち着け!」

「テメエも攻撃しろ! あの化け物娘がおびき寄せられてるうちに蹴りつけねえと、俺たちは今度こそ終わりだ!!」

 相方の台詞に舌打ちを一つし、砲撃魔法の準備をする。思うところがあるのか、こっちはあえて非殺傷設定だ。

「なのは、フェイト。優喜が来るまで持たせるから、絶対にここから動いちゃダメだよ。」

 フィアッセの言葉に、素直にうなずけないなのはとフェイト。多分、連中の狙いは自分たちだ。そして、比較的冷静な方は結構な威力の砲撃魔法をチャージしている。無論、なのはの使うそれと比較すれば、デリンジャーとデザートイーグルぐらいの差があるが、曲がりなりにも砲撃は砲撃だ。フィアッセのシールドが完全にはじき切れる保証はない。それに、フィアッセのシールドは強固だが、いったい何をコストとして支払っているのかが分からない。そんなものを長く使わせたくない。

 恐怖に折れそうな心を叱咤し、フェイトに念話で声をかける。

(フェイトちゃん!)

(分かってる! でも、今の私たちに、出来るかな……。)

(出来るかどうかじゃない! やるんだよ! 私たちの事情にフィアッセさんを巻き込んで、また優喜君に尻拭いをさせて! このままじゃ私たち、いつまでたっても惨めなままだよ!)

 なのはの喝に心を決めるフェイト。震える体をねじ伏せて、丁寧に迅速に、目当ての魔法を構築する。あのミッションの時にはAMFに阻まれて中々発動しなかったそれが、今回はデバイスなしだと言うのに、いつもよりもあっけなく発動する。

「デバイスなしの魔法で、砲撃を防げるつもりか!?」

 二人がかりで二重にラウンドシールドを展開したのを見て、あざけるように男が言う。その言葉に返事を返さず、込められるだけの魔力を込める。

「せいぜい無力を悔やみな!」

 チャージを終えた砲撃魔法を、容赦なく叩きつける男。ラウンドシールドとぶつかりあった衝撃で、あたりに砂煙が巻き上がる。

「いくら高ランク魔導師でも、デバイスなしでこの一撃は……。」

 男の言葉が終わるより早く、砂煙の向こう側に桜色の魔力弾と、金色の光の槍が浮かび上がる。

「な、なんだと!?」

「生身の魔導師、それもコントロールもろくにできねえ年のガキが、デバイスなしで砲撃魔法を防いで攻撃魔法を起動する、だと!?」

「もう、これぐらいのことで、いちいち驚かないで。」

「そんな相手に負けた私達が、すごく惨めになるから。」

 淡々と言い返し、作り出した攻撃魔法を、相手に向かって撃ち出そうとする。

「ま、待て!」

「それを撃ったら、非殺傷でも俺たちが死ぬぞ! いいのか、管理局!?」

 あわててそんなことをほざきながら、落ちたら確実に死ぬであろう高さまで飛び上がる男達。その様子を見ているうちに、彼らに対する恐怖心が、急速に消えていく。なんだか、おびえていた自分達が馬鹿みたいだ。

「……子供相手に、格好悪い……。」

「でも、どうしよう、フェイトちゃん……。」

「撃ち落して、死ぬのを見るのは嫌だよね?」

 フェイトの問いかけに、困った顔で頷くなのは。高度な空中戦が出来るようなレベルではないが、空中から攻撃が出来る程度の能力はある辺り、鬱陶しいことこの上ない。

「へっ! やっぱり甘いな管理局は!」

「殺す覚悟もなしに、前線にしゃしゃり出てくるな、ガキが!」

 それこそ殺される覚悟もしていないくせに、言いたい放題さえずる三下共。なのはたちが対応に困っているのをいいことに、好き放題一方的に攻撃をばら撒いてくる。

「なのは、フェイト。」

「フィアッセさん?」

「大丈夫だよ。私が、二人を人殺しにはさせないから。」

 なのはとフェイトの不安そうな視線に、一つ力強く頷くフィアッセ。哀れむような視線を男達に向けると、なのはたちにはっぱをかける。

「だから、あの人たちにお仕置きしちゃって。」

「うん!」

「分かった!」

 フィアッセの力強い言葉に勇気をもらい、既に準備が終わっている攻撃魔法を解き放つ。すさまじいスピードで鋭く相手をえぐりこむフォトンランサーと、巧妙な動きで防御を行わせないディバインシューター。二つの攻撃魔法が容赦なく男達を打ちのめし、魔力と意識を奪い取る。

「がっ……!!」

「げへっ……!!」

 意識を失い、地面に向けてまっさかさまに落ちていく男達。フィアッセが念動力で落下速度を抑えようとするより早く、小さな影が男達を回収する。

「ごめん、遅くなった!」

「優喜君!」

「優喜、大丈夫だった!?」

「大丈夫。出て来たの全部チンピラだったし。ただ、数が多い上に、本命がちょろちょろ逃げ回っては現地調達らしいチンピラを足止めに出してきたもんだから、始末に手間取った。」

 とりあえず、数の多いほうを片付けにいった優喜は、余計な知恵を働かせた連中に無駄に時間を稼がれてしまったらしい。制圧するのにかかった時間は移動時間も含めてせいぜい五分だが、数だけは多かったため後始末に手間取ったのだ。

「本当にごめん!」

「優喜君が謝る事じゃないよ。」

「もともと、こんな人たちに負けておびえていた私達が悪いんだ。」

 なのはとフェイトの言葉に、そこはおびえるのが普通なんじゃないかな、と、自分のことを割りと棚にあげて考えてしまう優喜とフィアッセ。

「あ、そうだ。フィアッセさんに、私たちのことをちゃんと説明しておかないとね。」

「フィアッセさん、黙っててごめんなさい。そのせいで、危ないことに巻き込んだ。」

「いいよ、別に。私だって、この羽根のこと、隠してたしね。お互いに、秘密を交換しておしまい、ね?」

 フィアッセの言葉に、涙を浮かべながら破顔するなのはとフェイト。いつまでたっても戻ってこないのを見かねて様子を見に来たアリサとすずかにも事情を話し、また一つ共有すべき秘密を増やす。

「まったく、優喜が来てから、世界の見え方がすっかり変わったわ。どうせアンタ、初対面のときから分かってたんでしょ?」

「ゆうくん、こういう事例を引き寄せる才能があるのかもね。」

 あきれながら妙に嬉しそうに言うアリサとすずかに、苦笑を返すしかない優喜であった。



[18616] 閑話:元の世界にて3
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:c1bbe0ea
Date: 2010/12/04 17:29
「あれ? エリカちゃん?」

「や、紫苑さん。」

 例の遺跡の再調査。その出発当日。集合場所に伊良部教授をはじめとした発掘スタッフに交じって、優喜の同門の一人、大宮エリカが待っていた。日本人ばかりの中では、ゆるくウェーブのかかった天然の金髪と青い瞳はとても目立つ。彼女はハーフなのだ。

 背の高さは紫苑とそれほど変わらないが、異国の血のなせる業か、胸部のボリュームは二段ぐらい上だ。もっとも、紫苑も日本人としては大きい方に分類されるので、それほどコンプレックスの類はない。第一、大きかろうが小さかろうが、意中の人が振り向かないのであれば関係ない。

 発掘スタッフに男性が多いこともあって、西洋と東洋のいいとこ取りのような美貌のエリカと、体型はともかく容姿は純和風の美女である紫苑が並ぶと、非常に引き立ってより一層目立つ。この割と正体不明の一団は、二人の美女のおかげもあって、非常に人目を引いていた。

「何でエリカちゃんが?」

「それはね。今回の発掘作業のスポンサーが、私の叔父さんだから。」

 優喜の同門の中では唯一、血縁のある身内に金持ちが居るエリカだが、実際のところ、彼女の父親は実家から勘当されていた身の上である。それもそのはずで、留学先の日本で知り合った娘と恋に落ち、政略結婚を嫌って駆落ちしたのだ。日本で職を得るために帰化し、母親の姓を名乗るようになっていた。

 なので、エリカが自分の父の実家が金持ちだと知ったのは、両親が亡くなった後の話である。母親は出産の後に病で亡くなり、父親は祖父が危篤だと言う理由で実家に呼び出され、渡欧中に飛行機事故で帰らぬ人となった。エリカが難を逃れたのは、単純に直前に熱を出し、日本に残ったからだ。なお、この時エリカの面倒を見ていたのが、日本で寮の管理人をしていた、彼らの師匠の息子である。

 母親は母子家庭で、祖母はエリカを抱く前に亡くなっている。そのため、日本に残ったエリカは、身寄りもないまま一人取り残される羽目になってしまった。その事を気に病んだ父親の弟が、後見人として全面的に面倒を見ることにしたのだ。幸い、後継者として金だけは余るほど持っている。

 また、エリカ自身も、父親の保険金に航空会社からの慰謝料などを受け取っているため、大学を院まで行ってさらにしばらくは食いつなげる程度のお金は持っている。そこら辺が、生命保険の類がなかったり、医者代ですべて食いつぶしたりしている竜司や優喜との違いだろう。

「何も言ってないのに、おじさんがポケットマネーで、さっさと話をまとめちゃったの。あの人、お金だけはいっぱいあるから。」

「そうなんだ。」

「それで、気になるだろうからって、麗(うらら)も呼んでるらしいんだけど、まだ連絡がない。」

「すまない、待たせた。」

 噂をすればなんとやら。エリカのもう一人の待ち人で、優喜の同期の同門の最後の一人が現れる。滝沢麗、旧名黄美麗。百七十センチをいくつか超える、背の高い女性だ。この場の三人の中では一番胸が小さいが、その分、体のラインが非常に美しい。名は体を表すを地で行く男装の麗人だ。エリカ達は「うらら」と呼ぶが、大体の知り合いは「れい」と呼ぶ。当人はそこらへんのこだわりは薄い。

 旧名から察せられるとおり、彼女はもともとは中国人である。彼女の事情は簡単で、人身売買もどきのブローカーに売られて、日本で過酷な労働に従事していたところを、彼らの師匠に保護されたのだ。どうせ親元に帰ることもできない身の上だったので、保護してくれた師の紹介で、武家の家柄である滝沢家と養子縁組し、日本国籍を取得して日本人名に改名した。今ではそこらへんの日本人以上に日本人である。

 名前を美麗のままにしなかったのは、本人が昔を思い出したくないからと強く主張したからだ。せめて親からもらった名前の痕跡ぐらいは残しておこう、という滝沢夫妻の言葉に妥協し、今の名に落ち着いた。

 ちなみに、麗と優喜は、服装のセンスが近い。優喜のようにジャージを常用したりはしないが、麗は男物やユニセックスタイプの服が多い。優喜が顔の問題で男物が絶望的に似合わないのに対し、麗は性別意識が異常に薄いため、動きにくい女物を嫌う傾向が強い。

 なお、優喜の同期生は全員同い年で、身寄りを亡くした時期も大体同じである。

「そういえば、竜司は来ない?」

「残念ながら、会社の行事と日程がもろかぶりだったんだって。」

「なるほど。会社員というのも大変だ。」

 麗のしみじみとつぶやいた言葉に苦笑する紫苑とエリカ。麗はまだアルバイトぐらいはしているが、紫苑とエリカはまともな労働とは縁がない。今回の場合、紫苑は炊き出しと調査補助と言う形で同行しているが、旅費その他を負担してもらうだけで、バイト料をもらうわけではない。エリカと麗に至っては、スポンサーサイドと言うことで、単に見学だけである。

「それで、調査隊はこれで全員?」

「ちょっと、伊良部さんに確認してくるね。」

 麗の質問に、エリカが確認を取りに行く。まだ飛行機が出るのは先だが、いろいろと手続きがあるし、挨拶も必要だ。

「何か手掛かりぐらいはあるといいんだけど……。」

「まあ、何か見つけたところで、すぐにどうこうできるとは思えないけど。師匠が最低半年と言うのであれば、半年はどうにもならないと考えた方がいい。」

 麗の言葉に、小さく頷く。そもそも、まだ優喜が行方不明になってから、一カ月しか経っていないのだ。元々、海外で行方不明になった人間の消息など、一カ月で確かめられることはそれほどない。しかも、今回は普通の人間が見れば、生存は絶望的、と言う類の事故である。人が住んでいるような地域ではないため、まだ瓦礫の撤去すら始まっていない。

「それはそうと、紫苑は海外は初めて?」

「うん。優君の事がなかったら、夏休みにお父さんの出張について、アメリカにいくつもりだったんだけど……。」

 事故がなくても、優喜はこのぐらいまで、発掘作業で帰ってこないのだ。発掘調査について行くのは周りがいい顔をしないし、アルバイトの枠も大してあいていない。今回のようなケースでもなければ、体力に不安のある紫苑が、その数少ないアルバイトの枠を食いつぶすのは申し訳ない。なので、紫苑は紫苑で、単独行動の計画を立ててそれなりに過ごすのが、大学に入ってからの二年間のパターンである。

「なるほど。ちょっと意外かな。」

「だよね。紫苑さん、英語ぺらぺらだし、結構いろんな国のマナーについて知ってるから、よくあっちこっち行ってるのかと思ってた。」

「お父さんがね、これからの世の中、日本の国内だけで人生が完結する可能性は低いから、関わる可能性が高い国の文化風俗ぐらいは、勉強しておいて損はない、って言っていろいろ教えてくれたの。」

「……私たちが言うのもなんだけど、その理由で勉強して、生きた知識としてそういうのが身につくのって、何気にものすごい事だよ?」

 エリカの言葉に苦笑を返す。単純な話、世界から見た日本、日本から見た世界、地域による常識の違いと言った事柄全てが、紫苑にとってはとても面白い内容だっただけの話だ。勉強なんて言うものは、面白いと感じたものはいくらでも学べるものである。それに、頭に入っている内容など、欧米の主要な国と一部東南アジアの風習ぐらいだ。

「まあ、それはそれとして、もう全員揃ったの?」

「うん。これから手続きだって。」

「じゃあ、私たちも挨拶を済ませて、手続きかな?」

「そうするか。」







「遠かったね。」

「優君、長期休暇の度にここに来てたんだ……。」

「まあ、感慨に浸るのは後回しにしよう。まずは車に荷物だ。」

「紫苑さんは、私達から離れちゃダメだよ。中央アジアのこういう国は、見た目の牧歌的な風景と違って、結構物騒だから。」

 さっそく物騒な事を言いながら、さりげなく警戒を始めるエリカと麗。その会話を聞いていた伊良部教授が、懐かしそうに思い出話を披露する。

「やはり、君たちも竜岡君の同門だね。彼も、空港から出て荷物を積む時に、まずそこを気にしていたよ。」

「まあ、そうでしょうね。」

「それに、発掘調査中に、三度ほど武装勢力が出てきたことがあったが、追い返したのは彼だったよ。」

「優喜が来る前は、そういう時はどうしてたんですか?」

「どうするもこうするも、そのために金品や物資を多めに用意して、そういう連中との交渉を専門にしている人間に任せて、我々素人は下手にしゃしゃり出ないようにしていただけさ。それに、連中だってそれほど愚かではないから、我々に余計な手出しをして死人を出して、政府や国際社会に睨まれるような真似は避けるさ。」

 さすがにフィールドワークのベテランだけあって、そういった状況には慣れているようだ。なお、優喜が関わってから四度目に出てきた武装勢力は、優喜はどういう交渉をしたのか、食事とわずかばかりの金品、それから日本語の漫画をいくつか渡すことで、護衛兼現地の発掘スタッフとして引きこむことに成功していた。

「正直なところ、君たちと同じで、私も彼があれぐらいのことで死んだとは、到底思えないんだよ。常人なら、あの状況での生存は絶望的だろうけど、竜岡君はそういう面では一般人のカテゴリーからはかけ離れている。調査隊が何らかの原因で全滅しても、彼だけは生き延びる。彼に限らず、君たち一門はそういうタイプの人間ばかりだ。」

 伊良部教授の意見は、優喜達一門を知らない人間にとっては荒唐無稽な話であっても、当人達をよく知る人間からすればある種当たり前の認識である。

 もっとも実際のところ、優喜は遺跡の機能が生きていた事に気がつかなかった。何しろ、エネルギー源が完全に沈黙していて、優喜の感覚器をもってしても、漠然とした不安や危機感を覚えるのがせいぜいだったのだ。その直感にしたがって慎重に、いつでも逃げ出せるように作業をしていたにもかかわらず、ブービートラップのように発動した遺跡の機能に対処しきれなかった。異世界に飛ばされることがなければ、彼はその時点で死亡確定だっただろう。

 エネルギーによる攻撃に対しては、たとえ核弾頭でも即死しない自信がある彼らだが、辛うじてまだ普通の生命体であるため、大質量に押しつぶされるケースには弱い。そして、作業場所が結構深い位置にあったこともあり、落ちてきた瓦礫は優に数百トンの重量におよぶ。孫悟空でもあるまいし、そんな重量に長時間押し潰されれば、ただの人間である優喜は、いずれエネルギー切れで死ぬ。

「まあ、少なくとも、優喜があの事故で死んだかどうかは、崩落現場を掘り返せばすぐに分かります。」

「うん。ただ、路面状態が悪くて、重機の到着が遅れる見通しなんだ。」

「それはまた……。」

「日本じゃあるまいし、一カ月やそこらで大型車が通れるほど道を復旧させることは無理だってことかな。」

 伊良部教授の言葉に、思わず納得してしまう一同。影響を受けた範囲こそせまいが、震度六クラスの地震が起こったのだ。周囲の道が無事でなくてもおかしなことは一切ない。

「まあ、我々が乗るぐらいのサイズのオフロードカーは普通に走れるから、現地に荷物を持ち込むのはそれほど困らないよ。」

「そうでなければ、私たちがそもそも現地入りできません。」

「違いないね。」

 麗の言葉に、真顔で頷く伊良部教授。

「何にしても、今日は現場近くの町まで行って一泊、現地入りは明日の午後だ。本格的な調査は明後日からになるかな?」

「分かりました。」

 伊良部教授の提示する日程に一つ頷く彼女達。こうして、紫苑の滞在予定二週間の発掘調査、その初日はゆっくり過ぎていくのであった。







「……この覚えのある気配は。」

「……なんで居るんだ?」

 初日の晩。夕食を終え翌日の話を聞いている時に、不意にエリカと麗が座った目でつぶやく。

「どうしたの?」

「竜司がいる。」

「え?」

「ちょっと、問い詰めてくる。」

 エリカが立ち上がって、部屋を出ていく。麗も一緒だ。慌てて後を追う紫苑。果たして……。

「む?」

「こんなところで何やってんのよ、竜司。」

 普通に地酒と土地の郷土料理で夕飯を食らう竜司がいた。

「何と言われても、会社の特別研修だが?」

「酒造系メーカーが、こんなところでどんな特別研修をしてるのよ。」

 エリカの厳しい突っ込みに、非常に困った顔をする竜司。どうにも、彼自身あまり腑に落ちていないようだ。

「大体、他の社員はいないのか?」

「うむ。どうやらこの特別研修と言うやつ、会長が面白そう、もといおもちゃにしてよさそう、いや、見どころがあると判断した社員に、研修期間と言う名の特別休暇と特別手当を与えて、用意した企画をどうこなしたかをレポートさせて、それを見て大爆笑するためのシステムらしい。」

「……ああ、あの会長さんならやりかねないわ。」

「あの会長だからな。」

 竜司の言葉にひどく納得するエリカ。実物を知らない紫苑や麗は分かっていないようだが、竜司の勤め先の会長は、彼らをしてアクが強いと評させる人物である。伊達に非上場の世界的名門企業を経営しているわけではない。

「それで、何でまたここなんだ?」

「俺に聞くな。研修があるからパスポートを用意しておけと言われて、先々週に急に日程を提示されて、先週チケットを渡されてここに送りだされたんだからな。」

「あの、竜司君。」

「む? どうした?」

 紫苑がおずおずと質問しようとしているのを見て、一口酒に口をつけてから彼女の方を向く。

「結局、研修の内容ってどういうものなの?」

「うむ。大したことではない。単純に、この国で指定された期間、観光以外の事をして過ごすと言うだけの話だ。何をしていてもかまわんが、やったことは詳細にレポートせよとのお達しだ。」

「……それって、なかなかハードなんじゃ……。」

「そうなのか?」

 言葉の通じないであろう、前情報なしの文化風習など一切分からない国で、サポートなしで観光以外の事をして一カ月近く過ごすと言うのは、普通の人間にはかなりの苦労だ。しかも、牧歌的ではあっても治安がいいわけではない中央アジアを指定するあたり、中々恐ろしいセンスだ。

「普通の人は、いきなり一人で知らない国に放り出されたら、かなり苦労するんだよ?」

「そういうものか。まあ、毎年内容は変わるらしいから、俺がやったことを他の人がやっているとも限らんが。」

 毎年変わる、ということは、この一昔前のバラエティ番組のような内容の研修を、毎年毎年考えているということで、大企業の会長とは思えない暇人ぶりだ。

「それで、竜司はここでその研修とやらで、実際には何をしていた?」

「うむ。ここから見える山があっただろう?」

「うん。」

「一日一回、あれに登っていた。」

 竜司が言っている山、と言うのは、ヒマラヤ山系に連なる六千メートル級の山である。山頂に万年雪が見える、素人が見ても一日二日で登りきれるとは思えない類の山だ。

「今更、普通に山登りしたぐらいじゃ、修行にもならないでしょ?」

「別に、修行のつもりではないぞ? 単にやることが思い付かなくてな。山があったから登っていた。」

 どこぞの登山家のような事を真顔でほざく竜司。酒盛りをしながら聞くとは無しに聞いていた日本人スタッフが、修行にもならないのかよ、と突っ込んでいたのが聞こえてくる。普通なら一日一回登っていた、という単語に突っ込むのだろうが、いい具合に優喜に毒されているらしく、そこは誰も触れない。

「大体、よその国の山をふらふら上るなら、まず富士山頂で御来光を拝んでから降りる荒行を、一カ月続けるのが日本国民の責務だろう。」

「俺もそうしたいところだがな。降って湧いた研修で場所まで指定されているから、どうにもならん。」

 麗の突っ込みに、心底同意しながらぼやく竜司。あまりの突っ込みどころの多さに、日本人スタッフ達も突っ込むのをやめたようだ。

「竜司君。山登りの事を、レポートに書くんだよね?」

「うむ。レポートと言う名の日記だがな。」

「それだけだったら、ただの与太話にならないかな?」

「問題ない。証人がいて証拠写真がある。」

 そう言って取りだしたるはデジタル一眼レフカメラ。それを写真鑑賞モードで起動して、順繰りに写真を切り替えていく。高山植物やら高所での絶景、さらには山頂で一緒にピースサインをしながら写っている登山家など、実際に登っていなければ撮影自体不可能であろう写真が、いっぱい写っている。

「なんだか、吹雪いてるみたいに見えるんだけど……。」

「ああ。四千を超えたあたりだったか、少々天候が荒れている場所があってな。まあ、俺の足で十分もあれば抜けられる範囲だが。」

「それ、前見えてるの?」

「少々視界が悪い程度で、俺達が困ると思うか?」

 無駄に説得力のある言葉に突っ込むだけ野暮であった事を悟り、次の写真に切り替える。

「あれ? この人たち……。」

「俺がこっちに来たあたりで出発した一団だ。急な吹雪で立ち往生していてな。」

 ヨーロッパあたりの一団らしいその登山家たちが、竜司が持ち込んだ温かいスープや大量の防寒具を、地獄で仏に出会ったような顔で受け取っている。どこかの洞窟らしい場所だ。おそらく、そこで遭難するのを避けているらしい。

「毎日持って行ってるの?」

「ベースキャンプの連中に頼まれてな。吹雪き出したのが一昨日ぐらいだったから、明日か明後日には回復するだろう。さすがに、今回はあきらめると言っていたな。他にも登っている連中は居たが、吹雪いている事を教えたら、別ルートで降りていった。」

「そういう場所に、その恰好で登ってるのがシュール……。」

「こんな気候もよく知らんような場所に、そうでなくても売ってる服が少ない俺が、どんな格好で来れば不自然でないのかなんぞ判断出来る訳がなかろう。」

 ジーンズにTシャツ姿の竜司が、無駄に力強く断言する。

「まあ、大体の事は分かったよ。それで竜司、暇なんだよね?」

「ああ、暇だ。あまりに暇だから、明日は二往復にチャレンジしようかと思っていたぐらい暇だ。」

「だったら、お前も発掘調査を手伝え。どうやら重機がすぐに入ってこれないらしくて、瓦礫の撤去に困りそうだ。」

 竜司に手伝いを強要するエリカと麗。瓦礫の撤去を竜司にやらせようと言うあたりがひどい話だが、押しつぶされたならともかく、どけるだけなら問題なさそうなのが業が深い。

「分かった。だが、さすがに立ち往生してる連中に届け物をする必要がある。昼からで構わんか?」

 あっさり承諾する竜司に、一つ頷くエリカ。この後日本で、竜司はこの登山家の一団から命の恩人として大層感謝されるのであるが、そこは関係ない話である。

 結局、今回の調査では、優喜が潰された痕跡が発見できなかったことと、奇跡的に無傷で残っていたデジカメのデータから、優喜が調べていた遺跡の姿が確認できた程度であった。なお、今回は、

「このバランスだと、エリカが斬るのと竜司が砕くの、どちらが安全に撤去できるサイズに落とせるかな?」

「そうだな。……エリカ、滑り落ちんように上半分だけ斬ってくれ。」

「了解。」

 最後まで瓦礫の撤去に重機を使わなかったことだけ、ここに記しておく。



[18616] 第10話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:63e470d6
Date: 2010/12/11 18:22
『今時間いいか?』

「問題ないけど、どうしたの?」

 イギリスから日本に戻ってきた次の日の晩。唐突にクロノから通信が入った。

『なのはとフェイトの事について、少し聞きたいことがある。』

「何?」

『プレシアさんからデバイスを受け取ったらしいが、二人とも戦えるようになったのか?』

「立ち直りはしたよ。戦える、ってほどかどうかはもう少し経過を見た方がよさそうな感じ。それから、デバイスは最終調整のためのデータ取りで使ってるだけだから、まだそれほど長い時間は手元に戻ってくるわけじゃない。」

『そうか……。』

 それを聞くだけのために、わざわざくそ忙しいクロノが通信を入れてくるとは思えない。何か他の用事があるのだろう。

「それで、なのはとフェイトが立ち直ったかどうかをわざわざ聞いてどうするの?」

『どうする、と言うほどの話でもないんだが、ちょっとな。』

「煮え切らないね。本当にどうしたの?」

『ああ。まだ夏休みが残っているんだったら、ごく短期になるが、こちらの空士学校で研修を受けてみないか、と誘うつもりだったんだ。』

 クロノの言葉に納得する。それは確かに、戦える状態になるまで復活していなければ、あまり意味がない。

『二人とも、確かにすばらしい技量をもってはいるが、正規の訓練を受けているわけではない。いろいろ偏りもあるから、一度どこかで、短期間でもいいからきちっとした研修を受けておいてもらいたいんだ。』

 多分、あの事件がなければ、元々の予定として組み込まれていたものなのだろう。予定されている日程表と講義内容、講師のプロフィールなどをどんどん転送してくる。

「まあ、なのはもフェイトも、今まで受けてたのは通信講座での座学だけだから、短期集中でも正規の研修を受けた方がいいのはいいかもしれないけど、この日程はきついかもしれない。」

『そうなのか?』

「うん。フェイト、明日編入試験なんだ。それで、今も最後のあがきとしてチェックしてる。」

 夏休み終了まであと一週間。編入試験の事を聞いたフィアッセが、最後の仕上げと修了試験を二日ほど繰り上げてくれたため、時差ボケその他をきっちり解消した状態で試験に挑める。もっとも、フェイトの場合、最大の敵は自身の天然ボケなのは言うまでもない。

『そうか……。まあ、一応話をしておいてくれ。日程に関してはある程度こちらで調整しておく。』

「了解。」

 この後、無事に編入試験を終えたフェイトが話を聞き、なのはを説き伏せて参加することになるが、基本的に空士学校での訓練内容は二人いわく

「大変ぬるかった。」

 とのことである。ファーン・コラード校長にコテンパンに叩きのめされつつ、最後の最後で一勝をあげることができたのが、この研修の数少ない成果だったらしい。







「今日から、皆さんに新しいお友達ができます。入ってきてください。」

 新学期。フェイトにとって、正真正銘の初登校。一応、管理局の訓練校やCSSで勉強している時間もあったが、一般的な意味で学校に通うのはこれが初めての経験であるフェイトは、当然のごとくがちがちに緊張していた。右手と右足が同時に出るほど緊張していた。

「今日から皆さんと一緒に勉強する、フェイト・テスタロッサさんです。海外からの転校生ですが、皆さん仲よくしてあげてくださいね。」

「フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします。」

 いまだに自己紹介と言うやつに慣れていないフェイトは、がちがちに緊張したまま、おずおずと頭を下げる。その様子を苦笑がちに見ていた優喜に、夏休み直前の席替えで、後ろの席になったアリサと隣の席になったすずかが小声で声をかけてくる。

「がちがちね……。」

「ゆうくん、ちゃんとフォローしてあげてね。」

「僕ばかり出しゃばるのもどうかと思うから、学校での事はアリサとすずかにお願いしたいんだけど。」

「まあ、そこら辺は任せておきなさいって。」

 などとこそこそやっていると、フェイトがすずかの反対隣りに来る。優喜となのはの間の位置だ。同じ家に住んでいるのだから、とフォローの意味を兼ねて担任がその位置に配置したのだ。因みに言うまでもないが、聖祥は男女平等の観点から、席替えは完全にランダムだ。

「優喜、なのは、よろしくね。」

「ん、よろしく。」

「勉強、一緒に頑張ろうね。」

 などと微笑ましいやり取りができるのも、この日はこの時だけ。何しろ、金髪の綺麗な転校生、などという珍しい生き物が入ってきたのだ。好奇心で同級生たちが群がってくるのも当然のことだ。

「前はどこに住んでたの?」

「前に通ってた学校って、どんなところ?」

「好きな食べ物とかある?」

「どうして高町さんのおうちに住んでるの?」

 などなど、怒涛の勢いでマシンガンのように質問が飛んでくる。注目を浴びるのにも質問攻めにされるのにも慣れていないフェイトは、その恐ろしい勢いと密度に怯えて、思わず逃げそうになる。その様子を見かねたアリサが、同級生達の間に割って入った。

「はいはい。フェイトが可愛い子だから気になるのは仕方ないけど、そんなに一度に質問しても答えられないでしょ? それにその子人見知りが激しいから、そんなに一気に詰めよっちゃ、怯えちゃうわよ。」

「バニングスさん、テスタロッサさんと知り合いなの?」

「ちょっと縁があって友達になってね。優喜となのはの次ぐらいには、その子と親しいつもりよ?」

 アリサの言葉に、視線がアリサとすずかにも集中する。その様子に苦笑しながら、すずかが一つ頷く。

「まあ、そういうわけだから、質問は落ち着いて一つずつ、ね。」

「はーい。」

 アリサの取りなしのおかげで、フェイトは苦手な状況からすこし脱出できる。まだまだ注目を集めてはいるが、詰め寄られないだけましだ。アリサに感謝の視線を送ると、苦笑しながら気にするなというジェスチャーが返ってくる。その様子を見るだけでも、フェイトとアリサが一定以上のラインで親しいことは明白だろう。

「前はどこに住んでたの?」

「アメリカの一番大きな山脈のふもとにいたんだ。場所が場所だから学校とかなくて、ずっと通信教育で勉強してたから、学校に通うのはこれが初めてなんだ。」

「好きな食べ物は?」

「翠屋さんのシュークリームは大好き。それ以外は好き嫌いは特にないかな?」

 などなど、とりあえず無難に受け答えをするフェイト。時折天然ボケを発動させて、危なっかしい回答をしてアリサ達をひやひやさせることもあったが、どうにかこうにか初日の午前中は細かいトラブルはあっても大過なく切り抜ける。

「それで、うちの学校の感想は?」

「まだ何とも言えないよ。」

 アリサの問いかけに、お弁当に箸をつけながら、疲れをにじませて答えるフェイト。四月に初めて高町家でご飯を食べた時には危なっかしかった箸使いも、今ではややもすると同級生の一部より綺麗に使いこなしている。性格的には天然ボケで不器用だが、スペック的にはものすごく器用な娘だ。

「ただ、休み時間の度に質問攻めだと、落ち着く暇がないのが辛い、かな。」

「まあ、せいぜい三日もすれば落ち着くだろうし、少しの間の辛抱よ。」

「だね。僕の時は三日もかからなかったし。」

 もっとも、優喜の場合、フェイトのように人見知りをするわけでもなく、精神的にもずいぶん大人であることも手伝って、それほどてこずらずに質問攻めをやり過ごしたわけだが。

「勉強の方はどう?」

「漢字が難しいよ……。」

「まあ、それはもうあきらめて頑張るしかないかな?」

「うう、この先勉強についていけるか、不安だよ……。」

 よその国で勉強する場合、大体の人間が真っ先に引っ掛かるのが国語であろう。御多聞に漏れず、フェイトも国語にしょっぱなから引っ掛かっていた。竜岡式詰め込み教育の成果で、小学校三年程度までの漢字は大体読めるようになっているが、書き取りがいろいろ難儀な様子で、中々前途多難である。

「フェイトの場合、社会も厄介なんじゃないかしら?」

「あー、そうだよね。」

 アリサの言葉に頷くすずか。社会の内容は多岐にわたる。小学校で習う内容は基本的な地理と歴史がメインだが、海鳴の郷土史がどうのこうの言われてもフェイトに分かるはずがない。口実に使ったアメリカの地理ですら、いまいちよく分かっていないぐらいだ。

 もっとも、移民の多いアメリカの場合、識字率が意外と低く、自分の住んでる州の名前ぐらいしか知らない人間も多い。とはいえ日本の場合でも、識字率こそ高水準を維持しているものの、四十七都道府県の配置となるとお手上げという人間は結構多いので、他所の国の言えないのだが。

「まあ、国語と社会が拙いのはなのはも同じだから、二人一緒にしごいてもらいなさい。折角同じ家に住んでるんだからさ。」

「とはいえ、僕も高校レベルになると、そんなに偉そうなこと言える成績じゃなかった覚えがあるよ。」

「そこはそれ、もう一度勉強しなおせばいいんじゃないかな?」

 小学校レベルでは天才児の優喜でも、大学レベルとなると上の下程度である。何しろ、例の勉強法を使っても、東大に受かるほどの学力はついぞ身につかなかったのだから。

「まあ、中学ぐらいまではどうとでも出来るから、そこはがんばって家庭教師をするよ。そこから先は責任持てないけど。」

「そこから先は、自己責任でいいんじゃない?」

「私もアリサちゃんに賛成。いつまでもゆうくんに頼り切りは、ね。」

 なかなか厳しい事を言ってくる非魔法少女組。とはいえ、今現在は元々ハンデを抱えている状態なので、そこを埋めてからの話になるだろう。

「それから、歴史については、あんまり学校で教わる内容は鵜呑みにしない方がいいよ。」

「そうなんだ。」

「どうして?」

 優喜の妙な台詞に食いついてくる魔法少女組。フェイトはともかく、なのはがこういう反応を示すあたりは苦笑するしかない。

「どこの国もそうだけど、大体学校で教える歴史って言うのは、自分の国に都合がいいように解釈してることが多い。日本の場合は戦争に負けてアメリカに占領されてた都合上、アメリカにとって都合のいいようにこじつけたものが多いし、中国や韓国にかかわる話は、嘘を教えてる部分も結構ある。それに聖祥はどうか知らないけど、第二次世界大戦前後の話って、ほとんど授業をやらない学校も多いんだ。」

「第二次世界大戦?」

「六十年ほど前にあった、世界中を巻き込んだ戦争。現時点では、核兵器が使われた最初で最後の戦争でもある、かな? まあ、そのうち習う、はず。」

 優喜のアバウトな言い方に苦笑するアリサとすずか。第二次世界大戦関係は、学校教育以外の事でも、いまだにあれこれもめている内容である。そんなデリケートな部分を例に出されても困る、と言うのが読書家で情報通の二人の認識だ。

「まあ、明後日は音楽だから、アンタ達の得意分野でしょ?」

「フェイトちゃん、また注目を集めるかもね。」

「それは困るよ……。」

 すずかの言葉に心底困った顔をするフェイト。残念ながらフェイトの願いもむなしく、夏休みの間に叩きこまれたクリステラ魂は歌で手抜きを許さず、思わずなのはと二人で思いっきり歌ってしまって、クラスだけでなく学校中の注目を集める羽目になってしまうのであった。







「高町、テスタロッサ。」

「シグナム?」

「どうしたの、シグナムさん?」

「これを頼むのは心苦しいのだが……。」

「なに?」

 放課後。士官学校での研修で得たデータをもとに、ようやく最終調整を終えたデバイスを受け取りに来たなのはとフェイトは、何事かの相談に来ていたらしいシグナムと鉢合わせした。

「先に聞いておきたいのだが、二人はもう、戦えるのか?」

「自信はないけど……。」

「魔法を使うのも怖い、って言うのはなくなったよ。」

「そうか……。」

 なのはとフェイトの返事に、かえって表情が暗くなるシグナム。

「シグナム、そんな顔して本当にどうしたの?」

「いや、むしろ戦えないと言う返事を期待していた。あんなことがあった以上、平和な世界で暮らせる人間が、こちら側に首を突っ込まなくてもいいと思っていたんだが……。」

「そこは気にしなくていいよ。多分、どうあがいたところで、私達が普通の暮らしをするのは無理だと思うから。」

 フェイトの言葉は、高位魔導師の立場を的確に言い表していた。プレシアのように高位魔導師であっても前線に出ない人材も少なくはないが、それとて魔法が一切関わらない仕事をしているわけではない。高位魔導師でなければできない技術開発なども厳然としてあり、その大半が軍需か軍事転用可能な民生品と言ったラインだ。よほど大きな組織のバックアップでもなければ、高位魔導師が魔法の関わらない平和な仕事につくのは、身の安全の問題で難しい。

 職業選択の自由だなんだをさえずることができる国は、実のところ地球上ですらそれほど多くはない。ましてや、次元世界の安全の基幹を握っている魔法と言う技能、その才能が突出している人間をレジ打ちのアルバイトなどに回せるような余裕は、どこの次元世界にもない。

 結果、なのはのように魔法技術がほぼ無いに等しい管理外世界に生まれた突然変異種でもなければ、高レベルの魔導師は生まれた時から事実上、その人生は決まっていると言える。犯罪者になりたくなければ、公的機関でこき使われるか、大企業でこき使われながら飼い殺されるしかない。

「結局、あの時のことは、私達が甘かったんだと思う。」

「いや、テスタロッサ。あれは普通に作戦自体がおかしいぞ。」

 ヴィータの例を見るまでもなく、シグナム達は少年兵を忌避するような感覚は持っていない。だがそれと、フォローする余力がある状況で、初陣の少年兵を単独で難易度の高い作戦に、それも情報なしで送り込むことをよしとするのは別問題だ。

「それで、シグナムさんは一体私達になにを頼みたいの?」

「……ああ。蒐集の進みが悪くてな。二人に手伝ってもらいたいんだ。」

「私達のリンカーコアが必要なの?」

「いや。今、管理局の許可のもと、新規に発見された独自の生態系を持つ無人世界で、調査も兼ねて大型の魔獣を相手に蒐集を行っているのだが、これが手ごわくてな。」

 シグナムの話によると、管理局員や聖王教会からの蒐集は大した成果が上がらなかったらしい。それもそのはずで、大半の局員や教会騎士は、魔力量自体は多くても十ページ前後で、しかもどちらの組織も、ローテーションの都合で、多い時でもせいぜい週に二人ぐらいしか蒐集させてもらえなかった。人材難の上、一度収集するとなのは達のような回復力の高い子供でも、回復に丸一日、安定するまでにさらに二日程度はかかるのだ。一度に何人も休ませる余裕はない。

 その上、一度蒐集した人間からは、二度蒐集できない。結果として、なのは達が復帰するまでに、管理局員からは百八十ページ程度しか集まらなかった。その後、許可を取って地球上の人間以外の生き物から、悪影響が出ない範囲でかき集めたのだが、それでもがんばって百ページ程度しか集まらなかったらしい。ぶっちゃけると、クロノやユーノより多いカエルやフナなどが合計で六匹いただけで、後は居ても数行程度の生き物ばかりだった。

 結局、管理局からの要請にしたがい、無人世界の魔獣を殺さないように仕留めて蒐集しているのだが、これがまた厄介なのだ。何しろ、その世界のリンカーコア持ちは最小でも全長五メートル前後、平均が五十メートル台と言う洒落にならないサイズで、時折二百メートルを平気で超えるものや、千五百メートルと言う規格外が襲いかかってくるのだ。

 魔力量は五十メートルクラスで三十、百で五十、千五百ともなると余裕で二百以上は埋まるのだが、仕留めるために書の力を借りることも多く、大体の日がトントンかやや黒字程度、場合によっては普通に赤字になるレベルである。因みに、千五百はまだ一度しかやり合っていないが、書の魔法を五発程度撃たされたために、余裕で大赤字だ。

「……なんだか、そこまで極端だと、全然ピンとこないんですけど……。」

「私たちも、真龍すら下手をすればぬるい世界があるとは思わなかったぞ。」

「真龍?」

「知恵を持つ龍族としては、頂点に立つ生き物だ。魔力量だけなら多分、あの世界の連中を余裕で凌駕するだろうな。」

 シグナムの言葉に、世界の広さを思い知る二人。せいぜい人間レベルでいくら強くても、その小賢しさを鼻で笑うような生き物などいくらでもいる、ということだろう。

「正直に言うと、だ。攻撃を防ぐのはそれほど難しくはない。連中はサイズがサイズだけに、攻撃そのものはひどく大味だ。破壊力はシャレにならないが、直撃を受けないようにするのはそれほど難しくはない。」

「えっと、それじゃあ、私たちの手を借りたいのはどうして?」

「単純な話、火力が足りない。とにかくタフな連中でな。何しろ、五十メートルクラスでさえ、こちらの最大火力を五、六発叩き込まねば沈まない。千五百ともなると、絶望的な生命力をしている。そして、事実上千五百クラスに多少とはいえまともにダメージが入るのは、私の最大火力のシュツルムファルケンと、ヴィータの最大火力であるギガントシュラーク、あとは書のページを食いつぶしての大規模砲撃だけだ。」

「その言葉通りだと、なのははともかく、私の攻撃力じゃ全然足りないんじゃないかな?」

 フェイトの言葉に、首を左右に振るシグナム。確かにガトリングランサーやホーミングランサーは頼りにならないだろうが、サンダーレイジやサンダースマッシャーなら、かすり傷程度とはいえ十分ダメージが入るレベルだ。同じ威力でも、斬撃と砲撃では、大規模な目標に対しては効果が全然違う。

「私達の手札には、大規模な目標に対してダメージを入れられるものが乏しい。資料で見せてもらったが、高町のスターライトブレイカーなら、チャージ次第では十分、千五百でも一撃で沈められる。それに、テスタロッサの攻撃は手数が多い上に、電撃特有の付加効果もある。あまり危険な事に誘いたくはないが、手を貸してくれると非常に助かる。」

 シグナムの言葉に、どうしようかと顔を見合わせるなのはとフェイト。

「なんだか、そういうのって優喜君の専門分野のような気がする。」

「だよね。母さんの体を治した時以外に、優喜が全力でそういう事をしたところって、見たことないよね。」

「竜岡か。あいつはむしろ私達の側じゃないのか?」

 シグナムの甘い認識に、思わず苦笑が漏れるなのはとフェイト。普段加減した発勁で内側にダメージを徹すやり方しかしていないため、致傷力は高いが攻撃力自体は大したことがないイメージが染みついているが、実のところ素手でなのはとユーノのラウンドシールドをぶち抜いた揚句、内側にある岩を砕くぐらいの芸は普通にやってのける。その火力をそのまま内部に浸透させた揚句、波紋のように反響させて増幅するのだから、大規模破壊はともかく、単体に対する致傷力はサイズに関係なくメンバー最強だろう。

「まあ、どっちにしても手が足りないんだったら、優喜君も誘った方がいいかも。」

「……そうだな。一人増えれば、それだけ攻撃が分散して身を守るのも容易くなるし、あいつの規格外さなら何かあっても問題ないだろう。」

 シグナムが納得して見せたのを見て、小さく苦笑する。

「それで、お前たちはどうする?」

「どうしようか?」

「実物を見てみない事には、何とも言えないよ……。」

 などとためらっていると、

「フェイト、なのは、手伝ってあげなさい。」

 待機状態のデバイスを持ったプレシアが、入ってくるなりそんな事を言ってのける。

「母さん?」

「シグナム、資料は見せてもらったわ。千五百はともかく、百前後の連中は、集団戦での連携と新型デバイスに慣れるためにちょうどいいぐらいの相手ね。」

 プレシアの言葉に絶句するなのはとフェイト。恐竜みたいなサイズの生き物が、デバイスに慣れるための訓練にちょうどいい?

「そもそも、今回の任務はヴォルケンリッターが主体だし、時間が合えば、という前提条件とはいえ、優喜が行っても問題ないのよ? その上で、貴方達はこのプレシア・テスタロッサの最高傑作を持っていく。何を恐れる必要があるのかしら?」

「百メートル以上の生き物と戦うのって、普通に怖いと思うんだけど……。」

 ジュエルシードの暴走体ですら、大きくてもせいぜい十メートル台だったのだ。その十倍以上ともなると、想像もつかない。どこになにが潜んでいてもおかしくない海の中ならまだしも、陸上の生き物に百メートルクラスのものなど、地球にはいない。

「それに、お手伝いはいいけど、学校も塾も宿題もあるから、そんなに沢山は手伝えないと思う。」

「そこは重々承知している。手が空いている時間だけで構わない。それに、私達の食事の事もあるから、出来るだけ夕飯の時間には戻れるようにする。管理局の方からも報酬が出るように掛けあおう。だから頼む。」

 そこまで頼まれてしまっては、否と言う返事は返しづらい。ある意味リハビリにちょうどいいかもしれないということもあり、不承不承出はあるが、首を縦に振るなのはとフェイト。

「無理を言ってすまない。助かる。では、都合がついたら連絡をしてくれ。私はアースラまで行って、報酬の件について掛けあってくる。」

 そう言って、二人の返事を待たずに時の庭園の転送装置まで移動する。そのあわただしさに顔を見合わせていると、プレシアが声をかけてくる。

「それじゃあ、レイジングハートとバルディッシュの変更点を説明するわ。」

 そう言って、二人に待機状態のレイジングハートとバルディッシュを渡す。

「まず、最大の違いは、ジュエルシードを組み込んだことによるユニゾンシステムね。」

「じゅ、ジュエルシードを組み込んだ、って……。」

「母さん、それ大丈夫なの?」

「私が、そうそう簡単に暴走させると思ってるの? ちゃんと出力リミッターもかけてあるし、何度もテストをして出力の安定を確認してあるわ。」

 怖い事を平気で言うプレシアに、改めて恐ろしい人を敵に回しかけていた事を理解するなのは。自分の母親のマッドさ加減に声も出ないフェイト。

「そのついでに、カートリッジシステムとフルドライブシステムも組み込んだけど、どっちも負荷が大きいから、体が育ち終わるまでは、ユニゾンなしで起動できないようにロックをかけてあるの。あまりいいものじゃないから、ユニゾンしてても出来るだけ使わないようにしなさい。」

「カートリッジシステムって、シグナム達が使ってる、ベルカ式のシステムだよね?」

「そうよ。」

「ヴィータちゃんも使ってるけど、そんなに負荷が大きいんですか?」

「ベルカ人の魔導師の大半は、体質的にカートリッジシステム特有の負荷に強いのよ。そもそも、あのシステムの負荷は、集束に比べると肉体側の負担が大きくて制御側の負担が軽いから、体を鍛えればある程度どうにかなる種類のものだし。」

 それが、ベルカ式が近接に特化した原因のようなものだ。さらに言うなれば、シャマルがカートリッジを使わないのは、攻撃以外には使いにくい性質上、補助魔法メインの人間には使いどころがないからである。

「使っちゃまずいんだったら、組み込まなきゃよかったのに。」

「その通りなんだけど、ね。」

 フェイトの遠慮のない指摘を苦笑しながら肯定し、ため息をひとつついて理由を話す。

「その子たちが、カートリッジシステムを組み込めってうるさくてね。何をどうやってもエラーを吐き出すものだから、根負けしてつけたのよ。」

「じゃあ、フルドライブも?」

「そっちは、報告書との整合性を取るためね。アリシアの補助を、試験的に用意したフルドライブモードの効果ってことにしたから、言い訳としてつけておく必要があったの。」

 要するに、大人の事情である。まっとうな神経をしたデバイスマイスターが見た日には、言い訳のためにこんな高度なシステムをついでで組み込むプレシアの技術と神経に、めまいがする事請け合いだ。まあそもそも、自分の娘のデバイスに、次元震を起こしかねないロストロギアを組み込む時点で、まともなデバイスマイスターなら卒倒しかねない話だが。

「それで、いろいろ変わったから、名前もちょっとだけ変わったの。」

「どんなふうに?」

「バルディッシュ・アサルトとレイジングハート・エクセリオンよ。呼びかけるときはともかく、起動のキーワードはそっちになるから。」

「うん。」

「分かりました。」

 そのあとも、追加機能についていくつか講義を受け、各種機能の実践テストと最後の微調整を済ませてこの日の用事は終わった。







「……この情報は、ドクターに渡してしまっていいのね?」

「うん。」

「……この間の聖王の遺伝子についてもそうだけど、ドクターの思惑通りに進めてしまっていいの?」

「逆に、今の段階で阻止しちゃまずいんだ。いきなり手を切ったりしたら怪しまれるし、プレシアさんにせよ君の親にせよ、ああいうマッドな人たちって、下手に行動を阻止したら何やらかすか分かんないからね。」

 優喜の言葉に、妙に納得してしまうドゥーエ。ジェイル・スカリエッティに関しては、気分が乗っている研究を中断させた場合、と但し書きがつくが、優喜の言うようにいきなり行動を潰した結果、碌な事をしなかった前科が山ほどある。彼が広域指定犯罪者なのも、そこら辺が原因の一端である。

「それで、貴方は何をしたいのかしら?」

「これと言って、大それたことは考えてないよ。」

「本当に?」

「別に、次元世界の平和だの正義だのに興味はないし、お金はあるに越したことはないと言っても限度はあるし、権力なんて持ったら碌な事にならない。せいぜい、身内が例の件みたいに理不尽なリスクを背負わされなければ、それ以上は望まないよ。」

 言ってることは小市民的だが、実行するとなると非常に大それたことになる事柄を告げる優喜。

「いろんな人間を見てきたけど、あなたほどの欲張りはそうはいないわ。」

「もともと手の届く範囲は知れてるんだ。せめてその範囲ぐらいは欲張っても、ばちは当たらないんじゃない?」

「どうせなら、世界平和だとか最大幸福社会の実現とか、大きな理想を掲げたらどう?」

「小学生になにを求めてるんだか。第一、平和なんてものは身内のついでに守るものだし、幸せかどうかなんて、そう思い込めるかどうかだけの話だ。そんなスローガンにもなりはしない物のために、これ以上面倒を抱えたくない。」

 自分勝手で自己中心的な優喜の発言に、まったくもってやりにくいガキだと苦笑するしかないドゥーエ。このジャイアンに逆らう手段の無いノビ太君なドゥーエに出来ることは、こいつの面倒な指示を、出来るだけ手を抜いて完了できるように頭を絞ることだけだ。

 ぶっちゃけ、ドクターの指示を淡々とこなしている方が、はるかに頭を使わずに済む。何しろ、ドクターの指示で相手にする人間は、九割がたは付け入る隙がある。その上、こいつの指示をこなすということは、マッドな生みの親に二重スパイをやっている事を悟られないようにすると言う、無駄に難易度が高く、やたらとリスクの大きい行動を強いられるのだ。そして、ばれたが最後、いろんな意味で無事では済まない。

 かといって、裏切ってドクターに全部ぶちまけたところで、優喜にその事を悟られずにスパイを続けることができるとは思えない。今まで、ドクター相手でさえ通じた詐術が、こいつにはどうしたことか通用しない。完璧に平常心でついた嘘を、あっさり見抜かれてしまう。

「それで、いろいろ頑張ってくれてるから、もの以外でご褒美を何か、と思ってるけど。」

「だったら、私を解放してくれると非常にありがたいんだけど。」

「それは駄目。」

「でしょうね……。」

 優喜の返事に、ため息を漏らすドゥーエ。Sな彼女としては、虐げられているだけの現状からとっとと脱出して、思う存分裏からいろんな人間をいたぶりたいのだが、多分こいつがいなくならない限り、そんな日は永久に訪れないだろう。

「正直疲れがたまってるから、たまには何も考えずに休みたいものね。」

「さすがにまだ、そんな暇をあげるわけにはいかないけど、疲れが取れればいいんだったらどうとでも出来るよ。」

 そう言って肩に触れようとする優喜から、思わず距離を取るドゥーエ。最初に籠絡された時に加え、二度ほど反逆を試みた時のトラウマが残っているのだ。

「別に逃げなくても大丈夫だって。」

「今まで何やってきたのか、自覚ある?」

「逃げようとするから悪いんだって。」

 そういいながら、あっさりドゥーエの動きを封じ込めて、当初の予定通り肩に手を置く。次の瞬間、ドゥーエの全身を表現できない快感がつきぬける。

「あ。あ、ふぁ。ああああああああああああ。」

 やたら色っぽい声で悶えるドゥーエに、ツボを間違えたかな? と心配になる優喜。肉体年齢の問題もあって、性欲の類がないので妙な気分になることはないが、何とも気まずい感じだ。

「ちょ、ちょっと優喜……。」

「ごめん、ツボ間違えてた?」

「た、確かに体の疲れは消えたけど……、別の意味でなんだかピンチな感じになったじゃない……。」

「悪いけど、さすがにそこまで責任は取れない。っと、そろそろ戻んないと。ブレイブソウル、お願い。」

 ドゥーエとの話の時には空気を読んで休眠状態に入っているブレイブソウルが、起動するなりあきれた声で優喜に突っ込む。

「友よ、さすがにこのスパイの扱いが何重かの意味でひどすぎる気がするんだが?」

「え~? ちゃんとご褒美でリクエスト通り疲労回復をやったんだけど?」

「あんた絶対わかってて余計なオプションつけてるでしょ!?」

「そんな、個人の体質に絡んでそうなところまで気にしてる訳ないじゃない。」

 優喜としては本心からそう言っているのだが、日ごろの行いのせいでこの場の誰にも信じてもらえない。

「っと、本気でまずい。ブレイブソウル、転送お願い。」

 冗談抜きで時間がない優喜は、ドゥーエをさっくり放置してブレイブソウルに転送をせかす。

「……スパイよ、強く生きろ。」

「ちょっと! せめて入れたスイッチを切ってから!!」

 ドゥーエの抗議もむなしく、優喜達は彼女を全力で放置プレイして立ち去る。その後ドゥーエは妙なスイッチが入って火照った体を持て余しながら隠れ家に戻り、その火照りを抑えるために余計に疲れる羽目になるのであった。







「フェイトちゃんどうしたん、難しい顔して。」

「うん、ちょっとね。」

 始業式の翌日。闇の書の侵食度合いのチェックに来ていたはやてが、お茶を手にため息をつくフェイトを見咎めて問う。

「悩んでることがあるんやったら言うてみ? 話聞くぐらいは出来るで?」

「うん。ありがとう。」

 はやてに礼を言い、少し考え込んでから、正直に話すことにする。

「えっとね。昨日受け取ったデバイスで、さっきシグナム達と模擬戦をやったんだけど……。」

 さすがに、海の物とも山の物とも知れない改造デバイスを持って、いきなり何十メートルと言うサイズの獣を相手にどつきあいをするのは、いかになのはとフェイトがずば抜けた実力を持っていたとしても危なっかしい。そんな訳で、シグナムとヴィータ相手に、一対一、及びペアでの模擬戦をやったのだが……。

「ものの見事にぼろ負けしちゃって。」

「あ~、そらしゃあないわ。なのはちゃんもフェイトちゃんも、戦闘訓練そのものはずっと休んどったんやろ?」

「うん。だけど、せっかくパワーアップしたデバイスをもらったのに、出だしからこれで大丈夫なのかな、って……。」

 フェイトの言葉に、どうアドバイスしたものかと悩むはやて。何しろ、はやて自身は戦闘に関しては門外漢だ。一般論は言えても下手なアドバイスは出来ない。

「……まあ、今回の模擬戦の理由って、実戦でそうなったらまずいから、やん?」

「そうなんだけど、ね。」

「まずは、少しでも新しいデバイスの使い方に慣れるところからスタートするしかないんちゃう?」

「うん。ただ、それでもシグナム達に勝てるイメージがわかなくて……。」

 フェイトの言葉に、あー、としか言えないはやて。この場に優喜か当人達かがいれば、あまりに自身を過小評価しているフェイトにいろいろと突っ込みを入れていたところだろうが、残念ながら居るのは次元が違いすぎて凄さが分からないはやてだ。下手な慰めは逆効果になりかねない。

「まあ、アニメでも新型ロボットに乗り換えた直後って、必ずしもパワーアップするわけやないし。それに、新型になってから特訓で必殺技を作る、いう例もあるし。」

「必殺技、か……。」

 考えなくもなかったフェイトだが、師匠である優喜が、現状その手の物に手を出すことに否定的だ。基礎もできておらず、今使えるものの練度も完璧とは言い難いのに、新必殺技なんてもってのほかだ、と言う理由には、フェイトも反論する気はない。

「まあ、必殺技に限らず、せっかくデバイス新しくなったんやから、バリアジャケットをリニューアルするとか、そういう感じで強化するのもありやと思うで?」

「バリアジャケットの強化、か……。でも、元々私は防御系は苦手だし、下手にジャケットを分厚くすると、重くなってスピードが落ちて逆効果だし、かといってこれ以上薄くするのも……。」

 フェイトの、ジャケットを薄くすると言う言葉にピンとくるはやて。思いついたことを言ってみることにする。

「フェイトちゃん、確か優喜君から防御力強化の指輪、貰っとったやんな?」

「うん。」

「ほな、ジャケットを薄くしてもええんちゃう?」

「……それはいくらなんでも無謀だよ。優喜の指輪だけしかない状態だと、なのはの弾幕でも落とされかねない。」

 さすがに無茶か、とフェイトの返事で確認するはやて。だが、別段最初から最後まで薄くする必要はないのだ。

「それやったら、アーマーパージなんかどう?」

「アーマーパージ?」

「うん。必要な時だけパーツを外して軽量化するんや。バリアジャケットは、魔力さえあればいくらでも作りかえられるんやろ?」

「うん。……そっか、それなら……。」

「軽量化のリスクは、最小限に抑えられるで。」

 はやての言葉に、希望を見出したフェイト。そうなってくると、パージするパーツとパージ後のデザインを考えなければいけない。

「パージを前提に、ちょっとバリアジャケットをいじってみる。」

「それやったらフェイトちゃん、パージ後はこうしたらええんちゃうかな、って言うんがあるんやけど。」

 そこでアドバイスを止めておけばいいのに、余計な事を思い付いて余計な入れ知恵をしようとするはやて。

「ちょっとまってな。」

「あれ? ここ、携帯電話使えるんだ。」

「まあ、通信ユニットを経由する必要はあるけどな。」

 因みに、その通信ユニットはリニスが勝手に作ったものだ。携帯電話会社も、さすがに異世界人にそんな真似をされているとは思うまい。

「……お、あったあった。これこれ。」

 携帯電話のインターネット機能を使い、優喜達と知り合う前にいろいろアニメや動画を漁っていた時に見た、自分達が生まれるよりはるか昔の少女漫画原作のアニメを引っ張り出す。フェイトに見せたいのは、そのエンディング映像だ。

「これやったら、相手の判断ミスを誘う効果もばっちりやで。」

「……さすがに、これをやったらただの変態なんじゃ……。」

「大丈夫大丈夫。私らにわいせつ物陳列罪は適用されへん。それに、こういう恰好は、男の子結構喜ぶって聞いたことあるで。せやから、優喜君も喜ぶはずや。」

「……本当に、優喜が喜ぶ?」

 思わぬ言葉で釣れたフェイトに、内心でやばいと思いつつもとりあえず頷いておくはやて。

「だったら、これも検討しておくよ。はやて、ありがとう。」

「期待してるで。」

 優喜達の反応を期待しながら、その場を立ち去るフェイトを見送るはやて。次の日はトレーニングルームで新フォームのための秘密特訓を行い、さらにその翌日に再戦を申し込むフェイト。

「何やら昨日は一生懸命トレーニングしてたみたいだけど、言ってくれたらアドバイスぐらいしたのに。」

「いろいろ恥ずかしかったから、こっそりやりたかったんだ。」

「一体何をやらかしたのやら……。」

 フェイトの言葉に一抹の不安を覚えながらも、審判代わりにシグナムとの対戦を見守ることにする優喜。戦闘開始から数分間、前回同様ユニゾンもカートリッジも新技も無しで戦闘を続ける。前回より動きの切れが良くなっているフェイトに苦戦しながら、徐々に追い詰めていくシグナム。

「やはり強いな、テスタロッサ! 将来が楽しみだ!」

「簡単に追いつめられてるから、褒められても信用できない!」

 そういいながら力技で距離を取り、ついに新フォームを披露するフェイト。

「バルディッシュ! ソニックフォーム!」

 フェイトが何かをやろうとしていると判断し、強引に距離をつめるシグナム。間一髪のところでソニックフォームへのフォームチェンジが発動し、パージしたパーツの衝撃でシグナムを弾き飛ばす。

「アーマーパージだと!? あの薄い装甲を更に削る……、と……、は……?」

 アーマーパージにより吹き飛ばされたシグナムは、衝撃が抜けた後、思わず我が目を疑う。それだけ、フェイトの格好がひどかったのだ。

「……フェイト、その格好は正気?」

 優喜が、あきれを含んだ声で突っ込みを入れる。フェイトは、なんとマントの下のジャケットをすべてパージしたのだ。はやてが見せた八十年代に放送された少女マンガ原作のアニメ、そのエンディングと同じく、マントの下は一糸纏わぬ姿である。

「……ネタ振っといて何やけど、本気でやるとは思わへんかったわ。」

「……おかしいと思ったら、はやてが原因か。」

 唖然としているシグナムに対し、攻撃に移らず動きが止まっているフェイト。やがて

「……恥ずかしい……。」

 やはり羞恥心は克服できなかったらしく、マントで前を隠して地面にへたり込む。

「……テスタロッサ、やる前から分からなかったのか?」

「恥ずかしいだろうとは思ったけど……、優喜が喜ぶかもって言われて……。」

「はやてはそんなに僕を変態だと思ってたんだ……。」

「え~? 普通男の子って女の子の裸見て喜ぶもんやないん?」

 はやての言葉に小さくため息をつくと、ハリセンで一発はやての頭をしばく。

「あいた!」

「あのさ、はやて。見た目どおりの年のころで、同い年の女の子の裸見て喜ぶやつはそう居ないって。」

「中身の年齢やったら?」

「残念ながら、僕の好みは最低限第二次性徴が終わってるぐらい。」

 優喜の台詞に、はやてに騙されて先走って、思いっきり空回りしたことを思い知るフェイト。

「うう……。はやて、ひどい……。」

「いや、喜ぶと断言はしてへんやん。」

「主はやて、友人を変態扱いするのは感心しません。」

 シグナムにまで責められて、さすがに身の置き場がなくなるはやて。

「いやさ、フェイト。それ以前の問題として、ユニゾンしたらマントが翼に化けること忘れてない?」

「あ……。」

 つまり、現状のソニックフォームは、ユニゾン状態だと完全に全裸になるのだ。装甲が薄いとかそういう次元ではない。天使の翼を生やした全裸の女性、というのはアニメや漫画、ゲームのイベントシーン、小説の挿絵などではよくある演出だが、さすがに現実でやるとただの変態である。しかも、ユニゾンすると体は大人のそれになるのだ。

「フェイト、帰ったら一緒に落とす装甲パーツの検討しようか。」

「……うん……。」

 優喜の提案に、顔を真っ赤にしたまま一つ頷くフェイト。大型モンスター相手の実戦前に余計な問題を発生させずに済み、一つため息をつく優喜たち。この後、妙なネタでフェイトをおかしな方向に誘導したはやては、フェイトを除くテスタロッサ一家から、きついお灸をすえられることになるのであった。



[18616] 第11話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:a5dc51ea
Date: 2010/12/18 17:28
「士郎さん、本格的に御神流を教えてもらいたいんだけど、駄目かな?」

 ソニックフォームのデザイン検討も慣らしも終わった、その日の夜。フェイトは、夕食の席でそう切り出した。

「……いきなりだね。」

「前から、考えてはいたんだ。ただ、そこまで踏み込む覚悟がなかなか……。」

「ふむ。訳を聞いていいかな?」

「今のままだと、ソニックフォームが使いこなせなくて……。」

 人の身で出せるものとしては、圧倒的な速力を持つソニックフォーム。だが、圧倒的すぎてまだまだ振り回されてしまう。

「ソニックフォーム?」

「高速戦闘用に、装甲を削って速度をあげた新フォーム。当たると終わるから、前以上に回避をしっかりしないといけないんだけど……。」

 そもそも、素の状態でも現状のフェイトは結構ぎりぎりなのだ。それ以上のスピードとなると、意識は追いついても体が追い付かない。

「……あまりみだりに装甲を削るのは、感心しないな。」

 フェイトの言葉を聞いて顔をしかめる士郎。確かに、装甲と言うのは当たった時に役に立つものだ。きちっとよけられるなら、最悪なしでもいい。だが、世の中そうはいかない。

 身動きの取れない状況、狙撃をはじめとした不意打ちでの一撃、圧倒的な広範囲への攻撃、判断ミスに流れ弾。当たる時にはどうやっても当たるのが攻撃というものであり、そのどうやっても当たってしまう類の攻撃で死んだ御神流の使い手は、それこそ枚挙に暇がない。何しろ生身の彼らは、バリアジャケットの装甲などと言う便利なものはないのだから。

 そうなったとき、最後の保険として役に立つのが装甲であり、そうでなくても底辺に近いそれをさらに削るのは、速さこそ力を信条としている御神流から見ても、自殺行為としか言えない。

「必要な時だけアーマーパージして使う切り札のつもりなんだけど、今のままじゃ、切り札にならずに自滅しそうだから。」

「そういうことならまあいいか。」

 フェイトの言葉に納得し、明日から指導内容を変えることを決める士郎。だが、そこに恭也が異を唱える。

「父さん、教えるのは問題ないが、フェイトのメイン武装は長柄武器だ。俺達の技がそのまま役に立つとは思えないぞ。」

「そこはもう、優喜に丸投げするしかないさ。」

「いや、僕も長柄武器は専門外なんだけど……。」

 優喜が苦笑しながら、無責任な事を言いだす御神流師弟に突っ込む。特に戦鎌などと言う特殊な武器は、優喜とて未知の領域だ。せいぜい、薙刀あたりの派生として振ればいいかな、ぐらいの感覚しかない。

「最悪、母さんに頼んで、バルディッシュにそのためのフォームを追加してもらうよ。」

「そうだね。ものになってからバルディッシュを改造するのが一番早いと思う。鎌と小太刀二刀じゃ、性質も使いどころも全然違うし。」

 小太刀二刀は取り回しがよく、戦場に関係なく振りまわせる半面、手が短く一撃が軽い。特にフェイトの体格に合わせたバランスだと、遠心力も体重も大して乗せられないため、魔導師相手では心もとない。御神流はその弱点を徹をはじめとした特殊な技法と、斬撃の速度そのものをあげることによる切れ味の向上で補っては居るが、それでも重量武器を超えるほどではない。

 一方大鎌は、その大きさゆえに狭い空間では使い勝手が悪いが、大きいということは遠心力も重量も大きいということだ。魔力刃で切るのだから関係なさそうに見えるが、防がれた時に相手に与える衝撃の差は、小太刀と比べると馬鹿に出来ない。単純な力学の問題として、同程度の訓練時間だとどちらが威力そのものは上かと言うのは、比べるまでもない。

 鎌という独特の形状のものを選んだセンスはともかくとして、子供の体格とその非力さを補うために長柄武器をあてがったプレシアとリニスの判断は、理にかなったものだと言える。

「でもさ、フェイトが欲しいのって、御神流の技って言うより、『神速』だよね?」

「美由希さん、そんな当たり前のことを今更突っ込まなくても。」

「あ、そうじゃなくて。優の流派にないの?」

「似たようなものはあるけど、せっかく正規の指導者がいるんだし、そっちで教わる方がいいんじゃないかな、と。」

 優喜の言葉に、まあそれもそうかと納得して見せる美由希。

「フェイトちゃんが……、人間の世界から足を踏み外そうとしてる……。」

 ポンポン進む話に口をはさめなかったなのはが、少し暗い顔でポツリと余計な感想を呟く。

「なのは、ブーメランって知ってる?」

 なのはのあまりに己を顧みない発言に対し、苦笑交じりに桃子が突っ込みを入れる。

「えっと、投げたら戻ってくるあれだよね? それがどうしたの?」

「他の人から見たら、なのはの方が何歩も人間の世界から足を踏み外してるって事だ。」

 折角桃子がオブラートで包んだ言葉を、恭也が情け容赦なく真正面からたたきつける。

「にゃ!? 私は魔法使っても、生身で普通の人の目がついて行かないようなスピードで動けないよ!?」

「その代わり、まっとうな人間だと、どう訓練してもえられない、絶望的な破壊力を身につけてるじゃないか。兄はお前の方が人類かどうか疑わしいと思っているぞ?」

「それ言い出したら、優喜君はどうなるんですか、おにーちゃん!!」

「いや、僕のはこれと言って才能がない人間でも、ちゃんとした師匠について十年も訓練すれば大体できるぐらいのレベルなんだけど……。」

 よもや、優喜に裏切られると思っていなかったらしいなのはが、ショックを受けたような顔で兄と優喜を見比べる。

「まあ、空飛んだり気功弾飛ばしたりとかいうのは、教える側が余程の人じゃないと難しいけどね。」

「それでも、一般人でも訓練で出来る、というわけだな?」

「出来るよ。少なくとも、発勁で生き物殺すぐらいは、普通の人が普通の師匠についてても、十年あれば十分いける。」

 ただし、十年続けばだけど、という言葉に沈黙が下りる。因みに、優喜が生き物という表現を使ったのは、普通の訓練課程で覚える打撃の中に、明らかに人間相手だと一瞬で内臓をミンチにしてお釣りがくるような、使いどころが分からない代物がごろごろ存在しているからだ。覚えるのが仕上げに近い時期になるとはいえ、ちゃんと入れれば、象だろうがカバだろうが鯨だろうが仕留められるんじゃないか、と言うのが率直な印象である。

 なお、これはあくまで、一般人が普通の(と言っても、一般人の範囲からは当然数歩以上逸脱しているラインだが)師匠に師事して、十年まじめに修行に耐えきれば覚えられる範囲、の話だ。単に筋肉と呼吸の使い方を極めるだけでも、人間それぐらいの領域にはとどく。もっとも、その域に達したところで、マシンガンを持った兵士一人に敵わないのが現実なのだが。

「あ、そうそう。なのは、フェイト。」

「なに?」

「なに?」

 きょとんとした顔で優喜を見つめ返してくる二人に苦笑しつつ、とりあえず考えていた事を告げる。

「さすがに生き物を一撃で仕留めるようなレベルじゃないけど、二人に発勁を覚えてもらおうかと思ってる。」

「うん、分かった。……って、え?」

「発勁って、あの触っただけでズドンと来るやつだよね?」

「だよ。師匠ほどの期間短縮は無理だけど、一年ぐらいである程度使いこなせるとこまでは叩きこむから。」

「わ、私人殺しは嫌だよ!?」

 何を勘違いしたのか、なのはが恐れおののいて余計な事を言う。

「あのさ、発勁を手加減不能な殺人技か何かだと思ってない?」

「優喜君、そういう運動神経の絡みそうなものを、私が手加減して使うとかできると思ってるの!?」

「運動神経がなくても使いこなせる種類のやつを教えるし、いくらなのはだって、毎日やってることは運動神経が絡んでても、普通に問題なく出来てるでしょ?」

「受け身とかと一緒にしないでよ!!」

 なのはの言葉に、苦笑するしかない優喜。見かねたフェイトが、使えるようになっても使わなきゃいいんだからとなだめて落ち着かせ、ようやく納得するなのはであった。







「ふむ。なるほど、な。」

 とある最高級ホテルの一室。ドゥーエの報告を聞き、小さくため息をつくグレアム。思った以上に最高評議会の根が深い事にため息をつきつつ、今後の方針を決める。因みに、盗聴器やら何やらはドゥーエの手でチェック、無力化されており、それ以外のものはプレシアと忍が共同開発した、超強力覗き見妨害装置で完全に沈黙させている。

「レジアス、君の話を聞く限りでは、最高評議会の連中は、完全に手段が目的化しているように思われるが、どうかね?」

「まあ、そんなところだろうな。奴ら、管理局の設立目的を完全に忘れている。いや、口実にしている、と言った方が正しいか。」

 管理局の事実上のトップともいえる、最高評議会。一般局員レベルではよくてせいぜい噂話、大半は名前も知らない存在であるが、上層部には広く存在が知れ渡っている連中である。ドゥーエに聞くまで、レジアスすらその正体を正確には知らなかったが、彼女を優喜が抱きこんだおかげで、正体と行動原理、影響範囲などが完全にではないが明らかになってきた。

「さて、目先の話になるが、奴らは書の修復プロジェクトに横やりを入れてくると思うかね?」

「まず間違いなく入れてくるだろうよ。夜天の書は、ロストロギアの中でも屈指のえげつない代物だ。管理局の支配体制を確固たるものにするには、この上なく都合がいいからな。」

「となると、そちらも警戒する必要があるな。ドゥーエ君、君もいろいろと大変だろうが、そのあたりも注意して調査してくれると助かる。」

「……敵の手下にそんな事を頼むとか、管理局のトップはどうなってるのやら。」

「何をいまさら。地上のトップが犯罪者と通じていたんだ。抱きこんだスパイを使うぐらい、大した問題じゃない。」

 グレアムの言葉に、レジアスとドゥーエが苦い顔をする。

「まったく、あの小僧と関わってから、碌な事がない。」

「運がなかったと思ってあきらめることだ。もっとも、儂にとっては運がよかったのかも知れんがな。」

「時折、ここにいる連中を全部まとめて始末して、そのまま姿をくらましてやりたくなるよ。」

「出来るのであれば、好きにすればいい。」

 レジアスの言葉に、小さくため息を漏らすドゥーエ。言うまでもなく、出来るわけがない。確かにドゥーエ自身の戦闘能力は、そこらの局員をまとめて相手にしてお釣りがくるレベルだ。だが、ギル・グレアムとその使い魔二人を同時に相手取って、正面から戦って勝てるかと言われれば、答えは否だ。

 不意打ちならどうにかなる。だが、仮にそれでグレアムを仕留めたところで、優喜に捕まって碌でもない目にあわされるに決まっている。自害など許してもらえない事すら容易に想像がつくあたり、本当に厄介だ。

「それで、本当にドクターの計画を、そのまま進めさせていいの? 私としては、生みの親をそんなに裏切らなくて済みそうだから、願ったりなんだけど。」

「ああ。さすがに、ジュエルシードだけは危険物にもほどがあるから、君達にくれてやるわけにはいかないがね。」

「まあ、あの石っころには、ドクターもそんなに執着してないからいいとは思うけど。」

「それに、いきなり決別するよりは、こちらの準備が整うまでは、流れる情報をある程度制御しつつ、目の届く範囲で自由に泳いでもらっておく方が、こちらとしても楽なのでね。」

 ドゥーエを完全に身内と思っているのか、それとも優喜の掌から逃れられないと高をくくっているのか、隠しておくべきであろう本音をあっさりばらすグレアム。グレアムの考えている通り、ドゥーエがスカリエッティにこの話をすることは出来ない。優喜が自分の体にやらかしてくれた様々なやり口に加え、自分が優喜にはめられるきっかけとなった作戦、その相手の末路を知ってしまったこともある。さすがにああなるのは、自分を捨て駒だと自覚しているドゥーエでも、正直勘弁してほしい。

「それで、他になにを知れべて来ればいいの?」

「そうだな。他に犯罪者とつながってる連中が、今どんな動きをしているのか、それはしっかり把握しておきたい。」

「後、もう一度予算の流れを洗い出してほしい。別段、同じ部署のよそのプロジェクトから、基本共用する機材の更新費用を持ってきた、とかそういうレベルの違反はどうでもいいが、裏金を作った挙句に度を越して違法研究に投資していたり、私服を肥やしていたりと言うのは見逃すわけにはいかないからね。」

「はいはい。あんまり派手にやると、外に漏れるから気をつけなさいよ。」

 ドゥーエの忠告に、驚いた顔で彼女を見つめ返すグレアムとレジアス。

「君の口から、そんな言葉が聴けるとはな。」

「別に、貴方達を心配した訳じゃないわ。私達みたいな技術系の犯罪者はね、あまり治安が良すぎても悪すぎても困るの。管理局が力をつけすぎるのもまずいけど、スキャンダルで組織が崩壊して、治安が悪くなりすぎても駄目。本音を言うと、今ぐらい適度に腐ったままダラダラ行ってくれるのが一番だけど、それはそれで、別の理由で組織が持ちそうにないのが面倒なのよね。」

「なるほど。君がそういう本音を語ってくれるとは思わなかった。」

「別に、知られて困ることじゃないからね。貴方達だって、私なんかに本音を全て語った訳じゃないでしょ?」

 違いない、と苦笑するグレアムとレジアスを置いて、部屋を出ていくドゥーエ。グレアムとレジアスの内部粛清は、外に漏れないようじわじわと進んで行くのであった。







「サンダースマッシャー!」

「ディバインバスター!」

 アルフのバインドで絡め取られ、シュツルムファルケンの直撃で動きが完全に止まった七十メートルほどの翼竜を、なのはとフェイトの砲撃が叩き落とす。

「シャマル!」

「ええ!」

 意識を失う直前の翼竜から、リンカーコアを抜き取り蒐集する。本日三種目の五十メートル超級は、三十八ページだった。

「今、何ページだ?」

「今回ので三百五十二ページね。もう二体ぐらいかしら。」

「そうか。順調だな。」

 爪や皮膚と言った、切り取っても相手の命に別条ない組織を回収しながら、今までと打って変わった順調な進み具合を聞き満足そうにうなずくシグナム。

「やっぱ、なのはの砲撃は効くなあ。」

「フェイトの電撃も、案外効果のある連中が多い。」

 優喜と一緒にどつき倒した六十五メートルぐらいの大型獣を、同じように組織を引っぺがしながらヴィータとザフィーラもコメントする。こちらは、優喜が死なない程度に脳を揺らすやり方で気絶させたため、二人ともほとんど魔力を消費していない。因みに、すでに蒐集は終わっている。

「カートリッジの消費が嘘のように減った。やはり、大火力砲を使える人間がいるのは心強いな。」

 手持ちの残りを確認したシグナムが、感心を通り越して感動するように言う。今までなら、とうの昔に使いきっているはずのカートリッジが、まだまだ潤沢に残っている。百メートル超級とまだ遭遇していない事もあるが、やはり大型獣相手となると、カートリッジなしで高火力の砲撃を撃てないヴォルケンリッターは不利だ。

「それはそうと、二人ともユニゾンはしないのか?」

「まだ、大丈夫そうだったから。」

「それに、これぐらいでユニゾンしてたら、千五百とか相手に不安が……。」

「それもそっか。余力は残しておくにこしたことはねーもんな。」

「そうそう。」

 などと駄弁っているうちに、管理局から依頼があった分の組織採集が終わる。

「ちょっと疲れたし、場所移して休憩かな?」

「いい加減、アタシは腹が減ってきたよ……。」

「そうだな。さすがに朝から狩り続けているから、いい加減休んだ方がいいだろう。」

「後二体ぐらいってのが、判断に困るところだよな。」

 正直なところ、今の消耗度合いでも、二体やそこら全く問題なく仕留められる。だが、相手が相手だけに、判断ミスで直撃を食らえば、それだけでその余裕は一気にすっ飛ぶ。いくら大味とはいえ、何十トン、下手をすれば数百トンクラスの体重から繰り出される物理攻撃や、何十ページも埋まる魔力から繰り出される特殊攻撃は、優喜とザフィーラ以外は一撃で落ちかねない威力を有する。

「休憩するとして、どこにする?」

「この世界の水辺は安全圏とは言い難い。むしろだだっ広い平原の方が安全だろうな。」

「じゃあ、向こうの方にあった草原地帯がいいか。」

 と、話が決まったところで移動を開始しようとする。だが、順調な時ほど落とし穴と言うのは大きいもので……。

「フェイト!」

「フェイトちゃん! 後ろ後ろ!!」

「え?」

 移動を開始しようと湖を背に飛び上がったフェイトを、湖から飛び出した全長三百メートル前後の、大型の肉食魚に翼と足を生やしたような外見の生き物が一口で丸呑みした。

「フェ、フェイト!?」

「フェイトちゃん!!」

 あまりにあまりな情景にあたふたしているなのは達を横目に、優喜が真っ先に動く。相手のサイズがサイズだけに、まだフェイトは無事だろう。だったら、消化されてしまう前に口を開かせ、吐き出させるのが先決だ。

「でい!」

 多分横隔膜だろうあたりを発勁で揺らし、唸り声をあげて暴れる魚龍の口を大きく開いた状態で固定する。

「アルフ! ザフィーラ!」

「あいよ!」

「承知!」

 優喜の意図をくみ取った使い魔二人は、上顎と下顎を大きく開いた状態でバインドする。シャマルも加わり、さらに大量のバインドを飛ばし、地面に張り付けるように縛り上げる。

 と、その時、魚龍の体内から洒落にならない大魔力が発生し、口から極太のプラズマ砲がほとばしる。その直後に、ユニゾンしたフェイトが口から飛び出してきた。どうやら、フェイトが砲撃を放って、道を作ったらしい。

「フェイト、無事?」

「うん……。だけど、また食べられた……。」

 フェイトの言うまた、と言うのは、かつてジュエルシード回収中に、巨大なガマガエルに丸呑みにされたことを指す。

「落ち込むのは後にして、まずは目の前のあれを仕留めよう。」

「……うん。……そうだね!」

 優喜の言葉に頷くと、カートリッジを二発連続で撃発し、もう一丁今度は外側から砲撃を入れる。サンダースマッシャーのカートリッジ使用バージョン、プラズマスマッシャーだ。二発撃発したのは、一発だと心もとないからだろう。

 フェイトが自力で脱出してきたのを受け、遠慮無く全力で攻撃を開始するシグナム達。まだカートリッジが十分余っているのをいいことに、カートリッジをガンガン使って連続でシュツルムファルケンをぶっ放すシグナム。さすがにシグナムほどの速射性はないが、大物を問答無用でつぶすのは自分の仕事だとばかりに、ひたすらギガントを振りおろしまくるヴィータ。そこに、ユニゾンしてカートリッジを三発撃発したなのはのバスターが突き刺さり、あえなく大型魚龍は沈黙させられるのであった。

「ふう……。」

「さすがにこのクラスは、バインドで固定するのは骨だな……。」

 大型魚龍が完全に沈黙するのを確認した後、疲れをにじませながらバインドを解除し、思わずぼやくバインド組。引きちぎられそうになっては追加のバインドを飛ばして強化することを繰り返していたものだから、ずいぶん大変だったようだ。

「私、食べられるとか絡まれるとか、そういうことばかり起こってる気がするんだ……。」

「フェ、フェイトちゃん! だ、大丈夫だから! そのうち絶対いいことあるから!」

 終わってから、先ほどの事を今更のように蒸し返すフェイト。また食べられた、だの、絡まれる、だの、今まで何があったのかが非常に気になるヴォルケンリッター。さすがに、巨大ゴキブリにたかられただの巨大ガエルに食われただの巨大ミミズに絡みつかれただのと言う、出家してもいいんじゃないかと言う過去は、彼らといえども想像の埒外だ。と言うか、これだけの断片的な情報で、そんな想像をするようでは、そっちの方がいろいろと問題である。

「まあ、せっかく仕留めたんだし、蒐集しようか。」

「そうだな。」

 優喜の言葉に頷き、シャマルを促す。シグナムの意を受け、多分これで必要なページが埋まることを期待しながらコアを露出させ、書に蒐集させるシャマル。

 その間に、他の人間は取れる体組織を取れるだけ集めている。とはいえ、サイズがサイズだ。そうそう簡単に終わるものでもない。仕留めるのにかかった数倍の時間をかけて、ようやくすべての作業を終えた。







 さて、ここでフェイトの特徴、と言うか特性を思い出していただきたい。彼女は時折、恐ろしいほどの引きの悪さを見せることがある。しかも、致命的な引きの悪さを示す時は半々か、それより分が悪いぐらいの確率で、先にややましな程度の引きの悪さを見せる。

 何が言いたいのかと言うと……。

「友よ! 二時の方向から強力な魔力反応!!」

「言われなくても、こっちでも拾ってるよ。……この速度だと、転移も間にあわないか。」

 ようやく全ての作業を終え、さあ今度こそ休憩、と言う段になって、休眠状態だったブレイブソウルが勝手に起動し、わざわざ不要な警告を発する。ブレイブソウルの警告と同時ぐらいに、周囲にいた小動物(と言っても、最低でも人間大だが)が一斉に逃げ始めた。

 因みにブレイブソウルが大人しく待機状態で休眠していたのは、単純に役に立たない事を自覚していたからだ。パートナーが優喜でなければいろいろ出来ることがあるのだが、残念ながら使い手はデバイス不要の優喜だ。本来ならチートだのロストロギアだのと言われる領域の、反則じみた性能のデバイスだが、優喜が使っている限りは一切パワーアップにつながらない。

「どうした? ……あれか。」

「どうしてこう、いつもいつも消耗してる時に来るんでしょうね……。」

 ついに目視できるようになった巨大な古代龍を見ながら、思わず嘆くシャマル。シャマルの嘆きの言葉に対して、優喜となのは、アルフの三人がとっさに考えたのは、フェイトが居るからだろうなあ、である。まあ、サイズがサイズだけに、いくら目視できると言っても、最低でも数十キロは先なのだが。

「シャマル、今のページ数は?」

「四百四十一ページ。さっきの魚龍が八十九ページもあったの。」

「そうか、新記録だな。」

 どうでもいいことを言いながら、レヴァンティンをボーゲンフォルムに切り替える。百メートル未満ならまだ、直剣のシュベルトフォルムや蛇腹剣・シュランゲフォルムの出番もあるが、キロメートルオーバーの生き物に、そんな武器をどう使えと言うのか、と言うのがシグナムの率直な感想だ。

「それで、前回のはぴったり二百ページだったの?」

「いや、若干はみ出していた。確か、二百十二ページほどだった。」

 なのはの問いかけに、ザフィーラが答える。そして、そこではっとする一同。

「拙いな。二百二十五ページ以上だと、書が起動してしまう。」

「どうせ、あのサイズを僕達の技だけで仕留めるのは厳しいんだし、スターライトブレイカーの威力向上のためにも、書の砲撃を一発二発叩き込んだら?」

「……それしかないか。」

 シグナムが同意し、シャマルが発動準備に入ったあたりで、生意気な小動物達が迎撃の準備を始めたと知ったのか、古代龍から攻撃が飛んでくる。

「っ! 拙い! 散開するぞ!!」

 五キロ以上先からの砲撃を、大慌てで散開してよける一同。散開した直後に、古代龍の口から飛び出した魔力弾が着弾、なのは達に仕留められ、気絶していた大型獣を巻き込み、辺り一帯を更地に変える。先ほどまで採取していた魚龍も、跡形もなく消え去ってしまった。

「……さすがに、当たるとシャレにならんな。」

「洒落にならない、ですまないんじゃないかしら?」

「だな……。」

 などと無駄口を叩いている間に、とうとう戦闘距離まで接近する。前回の時もそうだったが、スケール感覚が狂うサイズだ。目の前にあるのがどの部位なのか、すでに分からなくなっている。さすがにそのサイズが、飛び道具とは言え攻撃が届く距離をうろうろしているのだ。周りの大気がえらいことになっている。

「まったく、このサイズが無遠慮に飛び回って、それでも植物とかがへし折れたりしないんだから、何もかも規格外だよな、この世界。」

 至近距離を飛ばれたため、風圧で弾き飛ばされたヴィータが愚痴る。確かに、湖は大時化になっており、こいつが羽ばたくだけで大津波が起こっている。なのに、地上の木々は地面につくんじゃないかと言うぐらいしなっていると言うのに、折れる気配すらない。

 まあさすがに、常日頃から上空を百メートル前後の生き物が飛びまわり、地上や水中を要塞のような生き物がうろうろするような環境で、たかが台風程度の風で折れるような植物が、生きていけるわけがないのは確かだろう。

「まあ、何にしても仕留めるぞ! 高町! チャージ開始だ!」

「了解! レイジングハート、ユニゾン・イン!!」

「バルディッシュ!」

 さっさとユニゾンし、攻撃の準備に入る。幸いと言っていいのだろうか、先ほどの古代龍の砲撃のおかげで、周囲には十分な量の魔力がある。ちょっとだけジュエルシードの出力をあげれば、素敵な威力の集束砲が撃てそうな予感がする。

「シャマル! 合図と同時に書の砲撃を開始!」

「了解!」

「ザフィーラとアルフはシャマルと高町をガードしてくれ! 他の人間は囮になるぞ! 各自、最大火力で攻撃を!」

 シグナムの指示が矢継ぎ早に飛び、各自、最大火力の攻撃を行う準備に入る。

「バルディッシュ! ザンバーフォーム!」

 出し惜しみをしている余裕のある相手ではない。さっさとフルドライブモードを起動し、シリンダー内のカートリッジを全部撃発して突撃する。バルディッシュも心得たもので、ユニゾンコアの維持に回す分以外のジュエルシードの魔力を、全て超巨大な魔力刃の密度とサイズの向上に回す。

「ジェットザンバー!!」

 とにかく目についた翼に、フルドライブからの一撃を叩きこむ。物理破壊設定ではないので、当たったからと言って切り落とされるわけではないが、それでも一瞬だけ機能停止させるぐらいの効果はあったらしい。明らかにノーダメージではない。

 その一撃でバランスを崩した巨大龍に、ヴィータのギガントが追撃で入る。バランスを崩した状態でのその重い一撃はさすがに受け止めきれず、失速して地上に墜落する。周囲を大地震が襲い、湖が先ほど以上の大津波を発生させる。砂塵が舞い上がり、衝撃波が周囲の木々をなぎ倒す。

「シュツルムファルケン!!」

 本日何発目か、カウントする気も起らないシグナムの最大火力が、墜落した龍に突き刺さる。さすがに優喜のように、このクラスの攻撃をノーダメージで受け止めるような、そんな洒落の通じない防御力は持っていないらしい。かすり傷よりはずいぶんまし、という程度のダメージは通る。

 実際のところ、これまでの三連撃で、一番大きなダメージが墜落によるものであり、次がフェイトのジェットザンバーだ。その程度のダメージでは、衝撃ですぐに動けないだけで、まだまだ戦闘能力は失われていない。シグナム・ヴィータとフェイトの差は、単純に使ったカートリッジの数の差である。さすがに、最大装填数が二発と三発のレヴァンティンとグラーフアイゼンでは、全部撃発したところで、六発使えるバルディッシュには最大火力の面では及ばないのも当然ではある。

 地面にたたき落とされた古代龍の頭部に、優喜がバリアを張って体当たりする。フェイトのトップスピードと勝負できるスピードで頭を弾くと、そのまま一気に離脱する。当然、全ての衝撃は発勁として内側に浸透し、特殊な方法で増幅され、さらに波紋となって共鳴、内部でうねりをあげて威力を増す。だが、いくら内側と言ったところで、皮膚の外側から脳の外周まで数十メートルあるのだ。優喜の今の体では、そこまで衝撃を完全に通すことは出来ない。

「シャマル!」

「ええ!」

 優喜が離脱したのを受け、闇の書の砲撃を容赦なく叩きこむ。いつもより使用ページを増やした特別版だ。当然、これまでの豆鉄砲に毛がはえた程度の代物とは、比較にならないダメージを与えることに成功する。

 必殺技ラッシュで無視できない程度にダメージを受けた古代龍は、怒りの咆哮をあげる。その声だけで大地が震え、大気が共鳴し、洒落にならない衝撃波が周囲に飛び交う。

「ちっ!!」

「ラウンドシールド!」

 回避など許さない、圧倒的な範囲の衝撃波に対し、なすすべもなく吹き散らされる一同。

「なのは、大丈夫かい!?」

「うん! ありがとう、アルフさん!」

 チャージを潰されては困る、という理由でアルフがカバーしたなのはは、とりあえず現在のところ無傷でやり過ごしている。精度の問題から、書の砲撃の砲兵を努めるシャマルも、ザフィーラにガードされてノーダメージだ。

「フェイト、動ける?」

「大丈夫、優喜が守ってくれたから。」

 メンバーの中では飛びぬけて防御が薄いフェイトを、優喜が念のためにかばう。何しろ、一人欠けるだけで致命的になりそうな相手だ。しかも、この攻撃力の前では、優喜の防御アイテムを二つ持っていたぐらいでは、どうやってもカバーできない。シグナムの言う通り、基本的にここの生き物は攻め手が粗く、攻撃に対応するのはそれほど難しくはないが、さすがにこのサイズの相手では、いくら攻め手が粗かろうと、効果範囲が圧倒的すぎて、回避主体のフェイトでは厳しい。

「奴が飛びあがる前に、もう一度行くぞ!!」

 シグナムの掛け声と同時に、カートリッジのリロードを済ませたフェイトとヴィータが、今度は狙いどころを変えて追撃を入れようとする。が……。

「ヴィータ!」

 優喜が先ほどの攻撃と同じように、バリアを張ってヴィータを弾き飛ばす。今度の当たり方は、純粋に遠くに弾くための当て方なので、姿勢が崩れる以外はヴィータにダメージは一切入らない。

「なにすんだ!」

 いきなりの事に怒鳴りかけたヴィータは、優喜が古代龍の尾で弾き飛ばされる瞬間を目撃してしまう。さすがと言うかなんというか、ザフィーラを鼻で笑う防御力と防御技術は伊達ではなく、大したダメージを受けた様子も見せずに再び頭を体当たりで攻撃する。

「ユーキ、大丈夫か!?」

「問題ない! だけど、さすがにこの体だと火力が足りないなあ……。」

 やはり大してダメージを徹しきれなかった優喜が、舌打ち交じりにぼやく。いっそ、腕一本粉砕する覚悟で攻撃を叩き込もうかと真剣に考える。

「友よ、大人の体なら、手があると言うのか?」

「単純に、乗せられる気の大きさが段違いだから、普通にやっても脳まで衝撃を通せるんだよ。まったく、本気で子供の体は不便だ……。」

「そこを嘆かれても困るぞ。」

 どうにもならない事をぼやく優喜をなだめつつ、少しでもダメージを徹しやすそうな部位をサーチするブレイブソウル。そんな優喜達に構わず、今度こそ追撃を入れるヴィータとフェイト。頭を狙った一撃は、さすがに先ほどよりは効果があったらしい。苦しそうにのたうちまわり、どんどん周囲の被害を拡大していく。

「もう一発、大きいのが来るよ!」

 優喜の警告から数瞬後、古代龍の角から電撃がほとばしり、周囲を薙ぎ払うように焼く。辛うじて回避したフェイトと、ギガントの反動でかわしきれずにカス当たりし、防御魔法でどうにかかすり傷に抑えるヴィータ。その様子を見たシグナムが、苦い顔でつぶやく。

「前のやつより強いぞ……。」

「やっぱり?」

 シグナムのつぶやきを聞きつけた優喜が、衝撃を内側に通すことをあきらめ、気功弾を絨毯爆撃しながらシグナムに聞く。ファルケンですらかすり傷よりまし、程度のダメージしかならない以上、いくら浸透性のダメージとはいえど、優喜の気功弾など何発当たったところでダメージにはならないだろうが、衝撃で足止めと時間稼ぎぐらいにはなる。

 前にシグナム達とやり合った千五百メートルクラスは、タフさこそ大差なかったものの、カス当たりでヴィータの防御をぶち抜いてくるような火力はなかった。共通点は、相手の防御が堅すぎて、気絶させなければシャマルのリンカーコア抜きが通じない事だけだ。

「ああ。竜岡、本当に手札はないのか?」

「一応あれぐらいなら仕留められる札はあるけど、いろんな理由で今回は使えない。」

「具体的には?」

「蒐集って目的から考えたら、さすがに触った相手だけを跡形もなく消滅させる技なんて使えないでしょ? それに、多分今の体で使ったら、間違いなくあれを道連れに僕が死ぬ。」

「そんなに反動がきついのか?」

「当たり前だって。あれをあの程度って言いきれるような技だよ? しかも周囲に一切影響を出さずに消滅させるしね。そんな技が子供にホイホイ撃てたら終わりだって。伊達や酔狂で、うちの流派の秘伝を名乗ってる技じゃないよ。」

 優喜の言葉に納得するシグナム。実際、優喜が本来の体だったとしても、撃てるのは二十四時間以内にせいぜい二発。それ以上撃てば、三発目で三日は絶対安静、四発撃てば半年に延び、五発撃てばよくて廃人、悪ければ即死と言うリスクの大きい技だ。それだけ反動が厳しく、後に引くのだ。無論、優喜は特定の状況以外では二発以上撃ったことがないので、感覚としてこのぐらいだろう、と言う事しか分からない。

「そうか、文字通り切り札、というわけか……。」

 シュツルムファルケンを相手の頭にたたき込みながら、優喜の説明をそうまとめるシグナム。幾多の戦をくぐりぬけてきた経験が、なんとなくその切り札を切っても死なずに済む手段を持っているのではないか、と考えさせはするが、どちらにせよ現状使い物にはならない。

「後は僕に使える手段って言ったら、腕の一本でも砕くつもりで、体の許容量以上の気を乗せて打撃を入れるぐらいかな。」

「やめておけ。多分それで与えられるダメージも、たかが知れているだろう。」

 もう一射、ファルケンを叩きこんだシグナムが、優喜を窘める。シグナムの言葉に苦笑しながら頷き、とりあえず気功弾の属性をいろいろいじってダメージを検討する優喜。試した結果、結論は違いが分からない だ。

「やっぱり、なのは頼りだな。っと、大技来るよ!」

「ああ!」

 とうとう優喜達からの攻撃を押し切り、古代龍が咆哮をあげながら再び空に上がる。その衝撃が砲撃手に行かないように、必死に踏ん張ってガードするアルフとザフィーラ。この二人は、優喜以上に切れる札がないため、ひたすら防御に専念している。

 飛び上がった古代龍が、深く浅く独特の呼吸を繰り返した後、息を大きく吸い込む。それを見た優喜が、顔色を変える。間違いなく、次の攻撃は辺り一帯を更地に変えた、あの最初に放った魔力弾だろう。

「拙い!!」

 シグナムが叫ぶ。優喜が何やら詠唱をはじめ、フェイトとヴィータが阻止すべく攻撃モーションに入ろうとする。だが、二人の攻撃が届くより先に、優喜と古代龍の準備が同時に終わる。

「食らい尽くせ!」

 古代龍が魔力弾を吐き出すより一瞬早く、優喜の中和系魔力消去術が発動する。普段なら、詠唱などせずに発動させるのだが、相手の魔力密度の高さと結合強度の強さから、あえて詠唱という手順を踏んで効果を底上げしたのだ。そこまでやるなら完全魔力消去魔術を使えばいいのではないかと言われそうだが、今度は詠唱が長すぎて間に合わない。

「やっぱり足りなかった!」

 予想通り、詠唱が短すぎたこともあり、核の魔力を中和しきれなかった。結合力を大幅に落としはしたものの、不発させるには至らなかった。しかも、大幅に削ったとはいえ、それでもプレシアの儀式魔法を上回る威力は普通にある。アルフとザフィーラが組んでガードしても、まず間違いなくぶち抜かれる。

 優喜の取った行動は早かった。最大出力でバリアを張り、魔力弾を横から弾き飛ばしたのだ。もっとも、これまでに多少なりとも消耗し、防御力が落ちている優喜では、そこまでの荒業を行えば無傷では済まない。上半身をぼろぼろにした状態で、肩で息をしながら着地する。

「優喜君!」

「優喜!」

「チャージを乱さない!!」

 要求される威力の大きさに加え、度重なる衝撃によりチャージ速度が上がらないなのはは、いまだに十分な威力に達しないスターライトブレイカーに焦りを隠せない。今まで程度の妨害なら、多分後十秒で最低ラインは突破するはずだ。だが、当初の予想に合わせた最低ラインで、果たしてあれを叩き落とせるのだろうか?

「なのは! 焦らなくていいから! 十分だと思うところまでチャージして!」

 なのはのためらいに気がついたフェイトが、そう声をかけてカートリッジをリロードする。初めての起動で随分長いことフルドライブを維持しているが、バルディッシュは持つのだろうか?

「バルディッシュ、もうザンバーフォームを長く維持してるけど、大丈夫?」

『問題ありません。』

「そっか。」

 納得はしていないが、出し惜しみできる状況でもない。ザンバー以外でダメージを与えられるとも思えない以上、本命の発射態勢が整うまでは無理をしてもらう事にしよう。

「次が来るよ!」

 アルフの警告に合わせて、あわてて逃げるフェイト。数瞬後、フェイトが居た場所を電撃が薙ぎ払う。そうやってこちらの出鼻をくじいて、深く浅くと独特の呼吸を開始する。どうやら、もう一度魔力弾を吐き出すつもりらしい。

「魔力弾が!」

「分かっている!」

 少しでも妨害しようとシュツルムファルケンを頭に撃ちこむシグナムだが、ダメージはあっても妨害できるほどではない。発射の阻止は不可能だろう。詠唱をしようとした優喜を尻尾が妨害しているのが見える。

「バルディッシュ! あの魔力弾、ザンバーフォームで斬れる!?」

『厳しいですが、やってやれない事はありません。ですが、サーが破裂の余波に巻き込まれて、ただでは済まないと思われます。』

「ジャケットの強化、どのぐらいまで行ける?」

『どうにかしましょう。ですが、カートリッジが六発では不足だと思われます。』

「ありったけ突っ込もう! みんな! 少しだけでいいから、発射を遅らせて!!」

 バルディッシュとヴォルケンリッターが了解の意を示したところで、魔力刃を消してありったけのカートリッジを撃発する。リロードをしている間に、ヴィータがギガントで頭を殴り、呼吸のタイミングをわずかにずらす。ヴィータが離脱したところで、ようやく準備が終わった闇の書の砲撃、その二発目を叩きこむシャマル。二発目の砲撃は、古代龍のチャージを大幅に遅らせることに成功する。

 その間に、ようやく残り二つあったスピードローダの分も合わせて、計十八発のカートリッジ撃発を終えたフェイトは、今までよりはるかに長く、高密度にザンバーを展開する。そして、さんざん遅らせながらも、結局阻止できなかった古代龍の砲撃に合わせて、二百メートルを超える長さのザンバーを容赦なく横に薙ぎ払う。

「ジェットザンバー!」

 ちょうど口の中に出来上がった直後の魔力弾を、フェイトのザンバーが両断する。さらに、そのままの勢いで首をなぞるように切り、魔力刃が消えるまで古代龍の体を引き裂く。非殺傷設定ゆえ物理的なダメージは与えていないが、書の砲撃に勝るとも劣らないダメージを叩きだすことに成功する。何より、古代龍の魔力弾を、最大威力のまま直接相手に叩きつけられたのが大きい。

「フェイトちゃん! チャージ完了!」

「分かった! 離脱する!」

 なのはの報告を受け、今のでガタが来たバルディッシュをアサルトフォームに戻し、一気に距離を取る。魔力弾の爆発と今の反動で、フェイト自身も結構なダメージを受けているらしく、バリアジャケットが微妙にきわどい感じだ。今のダメージで再び墜落した古代龍は、体勢を立て直せずにのたうちまわる。その振動で砲撃を外すと後がないと見たなのはが、最後の総仕上げのために飛び上がる。

「これが正真正銘の全力全開!」

 現状、ユニゾン状態で制御できる限界ぎりぎりから半歩足を踏み外したその一撃。足元に転がった、空のマガジン六ケースが、なのはの無茶を象徴しているようだ。長時間、エクセリオンモードで本来の許容量を超える魔力を扱わされたレイジングハートが、バルディッシュ同様きしみをあげている。なのは本人も、全く被弾していないにもかかわらず、反動でバリアジャケットがなかなか悲惨な事になっている。ユニゾンなしでは、多分深刻な後遺症が残っていたであろうこと間違いなしの惨状だ。

「スターライトブレイカー!」

 物理破壊設定であれば、小さな島ぐらいは平気で蒸発させるだけの威力のそれが、全長千八百メートル(計測したブレイブソウル談)の古代龍に吸い込まれていく。着弾した次の瞬間、長く巨大な咆哮をあげて体をのけぞらせ、そのまま崩れ落ちる古代龍。

「シャマル!」

「分かってるわ!」

 シャマルが、ようやく沈黙した古代龍のリンカーコアを抜き取る。こうして、ヴォルケンリッター結成以来屈指の大物との対決は、小学生トリオが結構なダメージを受けながらも、どうにか致命的なダメージなしで勝利することができたのであった。



[18616] 第12話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:334f6ea9
Date: 2011/01/08 13:36
「まったく、誤魔化しのために組み込んだフルドライブモードで、早速ここまで無茶をやらかすとはね……。」

 戻ってきた直後の事。なのはとフェイトの検査を終えたプレシアが、あきれたようにため息をつく。

「ユニゾンしてなきゃ、二人ともその年で廃人確定だったわよ?」

「……え?」

「そこまでひどかったの、母さん?」

「大人でも普通やっちゃいけない類のやり方よ。特になのは。必要だったと言っても、カートリッジ三十九発はないわよ。レイジングハートも止めないし、カートリッジシステムを組み込んだの、失敗だったかしら……。」

 なお、無茶の代償として二機のデバイスは中破しており、たった一度の実戦でオーバーホールと再強化と言う運びになった。もっとも、あの戦いに参加したデバイスで無事なのは、直接戦闘に関わらなかったクラールヴィントと、相棒の性質的に戦闘では基本役に立たないブレイブソウルのみである。

 レヴァンティンもグラーフアイゼンも、そんじょそこらのデバイスとは基礎強度からして段違いの高性能なデバイスだが、さすがにシュツルムファルケンやギガントシュラークを何発も連射することは想定していない。数発程度ならクールタイムを置けば、反動によるひずみは自己修復で治るのだが、さすがに手持ちのカートリッジを使いきる勢いで連発していれば話は別だ。ここ数日の無理もあり、あちらこちらにガタが来た結果、あえなくレイジングハートやバルディッシュと一緒にオーバーホールの憂き目にあっている。

「とりあえず、三日間は訓練の類は禁止。魔法も使っちゃダメよ?」

「えっ!?」

「どうして!?」

「あのね、ユニゾンしてなきゃ廃人確定ってことはね、ユニゾンしてても体に影響が出るってことよ? 二人とも気がついてないとは思うけど、結構体に反動がたまってるわ。本当はゆっくり体を休めた後、整体でちゃんと整えてもらうのが一番だけど、私もリニスもそっち方面は門外漢なのよね……。」

 プレシアの言葉に、自分達が自覚なしに相当の無茶をやらかしていたらしいと思い知る二人。ここは素直に従っておいた方がいいだろう。

「あ、でも、学校の体育とかはどうしよう?」

「運動も絶対禁止?」

「……軽いランニングぐらいは許可するわ。具体的には、いつも走る距離とペースの三分の一ぐらい。体育も、絶対全力で動いちゃダメよ。いいわね?」

 プレシアの念押しに、コクコク頷くなのはとフェイト。この年で寝たきりとか勘弁してほしいのは事実なので、ここは素直に聞き入れるべきだろう。理性と本能の両面でそう理解する。

「あと、夜天の書がらみの本番まで、カートリッジとフルドライブにはロックをかけておくから。」

「は~い。」

「分かったよ、母さん。」

「いい返事ね。じゃあ、優喜に診察結果を伝えるから、食堂でおやつを食べてきなさい。」

 またまた素直に頷く二人を送り出し、もっと頭の痛い状態になっている連中の診察結果を伝えるべく、まず最初に優喜を呼び出す。

「さて、自覚はあるんでしょ?」

「まあね。とりあえず、治らないほどの無理はしてないから、三日ぐらい軽めのランニングに収めておけばいいかな?」

「本当に、あの砲撃を体で逸らしたくせに、よくその程度で済んでるわね。」

「本当なら、あれぐらいでダメージを受けてちゃまずいんだけどね。」

 常々、子供の体の不便さを嘆いている優喜。その能力で何を贅沢な、と思っていたが、一年前に出来ていた事が今できない、と言うのは、もどかしい事この上ないのだろう。なのはのように無謀に近い無茶をやらかさない代わりに、自分の現状と昔の感覚とのギャップに、ストレスがたまっている感は否めない。

「それで、シグナムと物騒な話をしていたようだけど、主治医代わりとして、出来るだけ全てを隠さずに教えてくれるかしら?」

「全て、ってどの範囲で? 出来るだけ手札を晒すのは避けたいんだけど?」

「流派の秘伝の性質をシグナムに語っておいて、よく言うわね。」

「あれに関しては、あの程度の事は知られても大して困らないから。」

 と言うことは、知られて困る何かを隠している、ということだろう。まあ、触れた相手を跡形もなく消滅させる、などと言う触れられないようにするしか対処方法の無い技の大雑把な概要なんて、知られたからと言って困らないという意見は分からなくもない。何しろ、具体的にどう触られたらまずいのか、予備動作や前兆の類はどうなのか、溜め時間は、と言った、防ぐために必要な情報が何一つない。そして、優喜のスピードと体捌き相手に、触れられないように戦うと言うのはかなり厳しい要求である。

「それで、その秘伝がらみで何か隠してるでしょう?」

「根拠は?」

「使えない技を、貴方が選択肢として提示するとは思えないから。」

「まあ、そこはノーコメントで。」

 プレシアの鋭さに苦笑しながら、とりあえず答えないと言う意志表示をする優喜。元々、どうしようもなかった時以外には、なにがあっても使う気の無かった技だ。単に、もしもの時のための保険としてシグナムに伝えたにすぎない。支払う代償を考えたら、人の身でホイホイ使うような技ではない。

「……まあ、いいわ。その代わり、何かおかしいと思ったら、容赦なく吐かせるからそのつもりでね。」

「了解。」

 多分、遠くない将来、もう一つの切り札について話さざるを得なくなるんだろうな、と確信しつつ、プレシアから解放されて食堂に移動する優喜。その後、ヴォルケンリッター全員が一週間の戦闘禁止を言い渡され、事後処理は大体終わったのであった。







「しかし、六百六十五ページか……。」

「あれ一体で三百二十四ページとか、強い訳だよな。」

「本当にきわどかったです。対策が完了した訳じゃないのに、危うく書が起動するところでした。」

「まったく、悪夢としか思えん話だな。いくら私が盾の守護獣と言っても、あれの攻撃を防げる気は一切しないぞ。」

 事後処理の終わった次の日の放課後。はやてを回収して時の庭園に移り、書の埋まり具合を再度確認してため息をつくヴォルケンリッター。書の砲撃二発で百ページほど消費していたと言うのに、平気で残り一ページまで埋まるあたり、本当に規格外の生き物だ。単品の生き物であれの上となると、最強の真龍以外に思い付かない。

 倒せるかどうかギリギリの相手を引いた揚句、ぴったり一ページだけ残すと言うきわどい状況に追い込むあたり、明らかにフェイトの結果オーライ的な引きの悪さが噛んでいるとしか思えない。

「それで、管理人格の起動って、ページは使うの?」

「五十ページほど消費するわね。だから、普通は管理人格は書の完成まで外に出てこないの。」

「なるほど。まあ、五十ページぐらいだったら、あそこで狩らなくてもすぐに埋まるね。」

「ええ。」

 優喜の質問にシャマルが答える。

「そういえば、管理人格さんの名前、皆思い出せた?」

「それが……。」

「一向に思い出せねえんだよ……。」

 はやての問いかけに、沈んだ顔で答えを返すヴォルケンリッター。その様子に、ふと思いついて、優喜の首にぶら下がっているブレイブソウルに声をかける。

「ブレイブソウルは、管理人格さんの名前、知らへんの?」

「すまんな、はやて。管理人格の名前は、初代の書の主が決めることになっていたのだが、最初の主が決まったのが、私が最初の友のもとに預けられた後のことでな。結局、そのあと今まで、夜天の書と直接かかわる機会が無かった。」

「そっか。残念や。」

 心底残念そうにするはやてに、もう一度すまんと声をかけるブレイブソウル。

「まあ、本人が覚えててくれたら、直接聞いたらええんやけど……。」

「残念ながら、それも望み薄だ。無限書庫を調べて見つけられなかったぐらいだから、もはや初代の主がつけた名は失われていると考えていいだろう。」

「そっか。でも、管理人格さんとか夜天の書さんとか呼ぶんも変やしなあ。」

「ならば、主である君が決めればいい。」

 ブレイブソウルの言葉に驚くはやて。

「驚くことでもない。元々、管理人格の命名は、夜天の書の最初の主にのみ与えられた、神聖なる権利だ。ならば、新生した夜天の書の最初の主であるはやてが、管理人格に再び名をつけることに、何の不思議がある?」

「……私がつけてええん?」

「もちろんだ。だが、君自身の名誉のためにも、そして彼女のためにも、あまり妙な名をつけるのはやめておいた方がいいだろうな。」

「そっか。ほな今から考えるわ。」

 ブレイブソウルの言葉にうきうきした声色で応え、あーでもないこーでもないと楽しそうにプランを練るはやて。

(それで、友よ。)

(何?)

(昨日メンテナンスツールで書の状態を確認したが、ウィルスの書に対する浸食が加速している。友が押し戻した分は、大部分が食いつぶされていた。その上、友の体を考えると、明後日ぐらいまでは気功で押し返すのはまずい。)

(つまりは?)

(タイムリミットは、意外と残されていない可能性が高い。)

 ブレイブソウルの言葉に、少しばかり考え込む。

(はやてに対しては?)

(現状それほど変化はない。が、加速している気配はある。)

(となると、はやての体との兼ね合いになってくるかな? ただ、その話だと、今のプランで進めるのは厳しそうだね。)

(ああ。ここから先は人海戦術だ。デバッグ完了が先か、書やはやてが食いつぶされるのが先か、そういう勝負になる。)

 ブレイブソウルの言葉に、はやてに気がつかれないように小さくため息を漏らす。やはり、どう考えても蒐集が遅れたのが致命的になりそうな感じだ。ヴォルケンリッターも限界まで頑張ってはいたが、法に触れない範囲でとなると、今以上のペースでは厳しかったのも事実だろう。

 結局、いろんな意味で密輸組織のアジト攻略が、足を引っ張っているのだ。蒐集にしても、なのは達が最初から関わっていれば、もっと早くに終わっていた可能性が高い。今回は、グレアム派の対抗派閥に、最後の最後まで足を引っ張られる形になりそうだ。

「それはそうと、なのはちゃんとフェイトちゃんは?」

「海鳴中央病院にいる高町家の主治医のところで、整体を受けてる最中。終わったらアルフが回収しに行く予定。」

「へえ、そんな人居るんや。」

「フィリス・矢沢先生だそうな。見た目の年齢は、上で見積もって中学一年生ぐらい。見る人によっては、僕達と同年代扱いしそうな感じ。」

「あ~、その先生、見たことあるわ。銀髪の、フェイトちゃんとは違う方向でものすごく可愛い人やんな?」

 はやての言葉に頷く優喜。なお、日常生活ではところどころポンコツなところなどは、方向性は違えどフェイトの同類かもしれない。

「それで、優喜君も結構な怪我しとったみたいやけど、診察受けんでええん?」

「受けてきたよ。あの二人ほどダメージの蓄積も骨格のゆがみもなかったから、今日は整体もマッサージも無しでいいって。」

「ふ~ん、やっぱり優喜君は頑丈なんや。」

「ある程度は、自分でバランスを取り直してるからね。さすがに限度はあるけど。」

 とはいえど、ある面では元の世界にいたころよりハードな生活を送っているため、関節に地味に疲労がたまっているかもしれない自覚はある。さすがに、一件一件のハードさは元の世界にいたころに遭遇した事件を超えてはいないが、日常生活まで含めたハードさは多分、こちらでの生活の方が上だ。

「まあ、近いうちに、ちゃんとじっくり見てもらうつもり。」

「そやね。その方がええわ。うちの子らも石田先生に頼んで、その矢沢先生に見てもろた方がよさそうな気がするわ。」

「その方がいいんじゃないかな? プレシアさんいわく、ヴォルケンリッターも相当ダメージがたまってるらしいし。」

「そっか。それやったら、明日にでもお願いしてみるわ。」

 などとお茶を飲みながら話をしているうちに、リニスがなのはとフェイト、アースラ組とユーノ、さらにはグレアムとリーゼ姉妹が到着したことを告げてくる。

「お疲れ様。」

「そちらこそお疲れ様。記録を見たが、よくあんなものを倒せたものだ。」

「いろんな意味で、かなりぎりぎりだったよ。あれ二体で、大方夜天の書のページが埋まるレベルだったし。」

「……世界は広いものだな。」

「まったくだ。そもそも、あのサイズの古龍が、何でわざわざ人間みたいな小物を襲いに来たんだろうね?」

 優喜の疑問に、そこが今検討中の課題だ、との返事が返ってくる。食性によってはプランクトンを大量に食べるノリで食べに来る可能性はあるが、三百メートルだの千五百メートルだのと言った規模の生き物が、わざわざ攻撃を仕掛けてまでと言うのはピンとこない。

「とりあえず、スクライアの見解だと、彼らはリンカーコアを捕食する性質があるんじゃないか、って説が出てる。」

「でも、現状一番容量の大きいなのはとフェイトでも、五十メートル級の平均にちょっと届かないぐらいだよ? わざわざ攻撃を仕掛けてまで食べるほどのものじゃないと思うんだけど。」

「今までの成分解析から、あの世界の生き物は、どうやら魔力であのサイズと能力を維持しているらしいんだ。だから、体格やリンカーコアの容量の割に、魔力攻撃の威力は小さかったみたい。」

 それで大体納得する。要するに、あの世界の生き物基準で言うと、なのは達の攻撃は百メートル超級の威力があったらしい。そのサイズに合わせれば、古代龍といえども攻撃なしでは捕食出来ないと言う事になるのだろう。ラストのスターライトブレイカーやジェットザンバーに至っては、古代龍でも出せない威力だった模様だ。

「あと、あの龍のテリトリー内で暴れすぎたんじゃないか? って説も出ていたな。」

「むしろそっちかもね。食べるつもりにしては、先制攻撃の威力が大きすぎるし。」

 まあ何にせよ、最強クラスの古代龍のテリトリーを引き当てる引きの悪さは、明らかにフェイトの特徴だ。

「それで、体の方は大丈夫か? かなり派手に負傷していたようだが。」

「僕は大丈夫。ただ、他の皆様がたはなかなか難儀なことになってるみたいで。」

 と言ってちらっと視線を向けると、ちょっとぐったりしているなのはとフェイトの姿が。

「それで、そっちの二人は、診察はどうだったの?」

「ものすごく怒られたよ……。」

「事情を話してないのに、無茶な事をしたのがばれてたんだ……。」

「まあ、僕が説明した訓練内容じゃ、今のなのは達の体の出来上がり方だと、そこまで悲惨なことには絶対にならないからね。プロフェッショナルにはその手のごまかしはきかないって。」

「そういうものなの?」

「そういうもんだ。」

 なのは達の様子と主の言葉から、明日の我が身に起こる事を考えて欝が入るヴォルケンリッター。彼らにとっても、実は医者が一番手ごわい相手なのかもしれない。

「さて、積もる話もいろいろあるでしょうけど、こちらの準備が整ったから、管理人格の呼び出しをお願いしていいかしら?」

「あ、済まない。」

 プレシアが呼びに来たのを見て、思わずあわてて席を立つクロノ。別に焦る必要もないのに、と苦笑しながら後に続く優喜。二人につられるように、一同がぞろぞろと用意されている実験室に移動したのであった。







 とうとう外に呼び出される。外の会話を拾った彼女は、その瞬間が近付いている事を悟り、書の中で身を固くする。

 昨日の蒐集は、シャマル達が思っている以上にきわどかった。単に記載内容が足りないから一ページ空いているように見えるだけで、実際には後数文字と言うところまで埋まっていたのだ。

 その数文字分をはやてのコアを侵食して埋めようとする夜天の書の闇に抵抗した結果、大幅にプログラムを書き換えられてしまったが、そこで一旦、どうにかあきらめてくれたようだ。だが、結果としてタイムリミットは却って短くなったかもしれない。

「それで、どうやって呼び出すんだ?」

「我らが起動の手順を踏んだ後、主はやてが呼び掛ければ、管理人格のアウトフレームが起動する。その際、書とのリンクを維持したり、システムのモードを切り替えたり、リンカーコアとアウトフレームを生成したりと言った作業でページを使う。」

「それが五十ページってことか。」

「そういうことだ。一度起動してしまえば、後は自前のリンカーコアでまかなえるから、必要なのは最初だけだ。」

 シグナムが説明をし、起動準備に入る。とは言っても、ヴォルケンリッターが担当する起動準備は、大した作業ではない。単純に、魔力認証式のスイッチを押すだけだ。それだけとはいえ、ページが埋まると問答無用で起動する夜天の書本体と違って、いちいち面倒な話ではある。

 ヴォルケンリッターがスイッチを押し終え、いよいよはやてが呼びかける段になる。とうとう逃れられなくなった管理人格は、怯えに似た気持ちで、その瞬間を待つ。

「管理人格さん、出てきてください。」

 割と気の抜けるフレーズではやてに声をかけられ、否応なく反応する夜天の書。クロノやリンディ、グレアムもいる場に顔を出すことに怯えながら、夜天の書の管理人格は十一年ぶりの現界を果たす。

「……。」

「はじめまして、でええんかな? 私は八神はやて。名前、教えてくれへんかな?」

「……。」

「そんなに怖がらんでも、誰も噛みついたりせえへんよ。」

 はやての言葉にうつむくしかない管理人格。答えようにも己の名前など、もう百年以上前にバグに食いつくされて、完全に消えている。

「やっぱり、名前は覚えてないん?」

「……はい。」

「それやったら、私がつけたげる。ええよね?」

「……。」

「私がつけるのは、不満?」

 はやての問いかけに、黙って首を左右に振る。そんな管理人格を、不思議そうに見つめるはやて。

「それやったら、なにがあかんの?」

「……私は、……大量虐殺犯だから……。」

「別に、やりたくてやったわけやないんやろ?」

 はやての言葉に、一つ頷く。

「……でも、……それは言い訳にもならない……。」

 己の名前も覚えていないと言うのに、データベースとしての機能が、蒐集という特性が、己が手にかけた歴代の主の、蒐集過程で食らい尽くした人たちの、そして暴走して殺してしまった人たちの情報を、いちいち記録する。無論、暴走時に食らい尽くした人たちの事など、断片的にしか覚えていないが、少なくとも自分がどれだけの命を手にかけたのか、それだけははっきり覚えているのだ。

「……止められなかった。……前の時も……、……やっちゃダメだって分かってたのに……、……食いつぶした主の最後の望みに逆らえなくて……、……バグに負けて……。」

「もうええ、もうええって、リィンフォース。」

「……リィンフォース?」

「うん。貴女の名前。強く支えるもの、幸運の追い風、祝福のエール。もう誰にも、リィンフォースを闇の書と呼ばせたりせえへん。」

「……そんな立派な名前、受け取れない……。……私は呪われた闇の書だから……、……どう償えばいいか分からないほど、たくさんの命を……。」

 ぽつぽつと言葉を紡ぐと、いやいやをするように首を左右にふる。そんなリィンフォースの傍によると、腕を軽く引っ張るはやて。

「……?」

 涙のにじんだ瞳を向け、不思議そうに見つめ返すと、はやては一つ微笑んで手招きをする。目線を合わせるようにかがみこむと、いきなり抱き寄せられた。

「辛かったんやな。みんな、それこそヴォルケンリッターまで、あったこともほんまの姿も忘れていって、毎回外に出てきた時には一人ぼっちで、恨みも憎しみも全部一人で受け止めて後始末せなあかんで……。」

「……。」

「もう、我慢せんでもええ。もう、一人で抱え込まんでもええ。一人で償われへんのやったら、私も一緒に償う。文句言うてくる人からは、私が守ったる。だから、だから、寂しいの我慢して、一人で罪をかぶろうとする必要はあらへん。そうやろ、おじさん?」

「……ああ。君一人に罪を背負わせたのは、我々管理局の責任だ。そもそも、直接血縁が被害にあったわけでもなく、そのくせ個人的な感情で九年を無駄にした私が、君を責める資格などない。」

「それに、今回に関しては、君達は何一つ罪を犯してはいない。そもそも、夜天の書の履歴や故障状況から、君達に刑事的な罪を問うことは出来ないと言うのは、管理局の司法部門共通の見解だ。僕も母さんも、罪を問うべきでない相手に恨みをぶつけるつもりもない。さすがに民事の方はどうにもならないが、それでも君達が罪人として裁かれることだけはない、と言うのは約束しよう。」

 被害者の遺族であるクロノの言葉、それを聞いたリィンフォースの瞳から、とうとう涙があふれ出す。

「……ごめんなさい……、……巻き込んで、苦労をかけて……、……大切な人を奪って……、……ごめんなさい……。」

「ええよええよ。その代わり、もうどこにも行ったらあかんで。」

 はやてが、リィンフォースの髪を優しくなでてなだめる。しばらく、リィンフォースのすすり泣く音のみがあたりに流れるのであった。







「無粋な話になって申し訳ないのだけど、そろそろいいかしら?」

 リィンフォースが落ち着いたのを見計らって、プレシアが話を切り出す。

「あ、そうやね。リィンフォース、早速で悪いんやけど、本体プログラムのコピー許可、出してくれへんかな?」

「……分かった。」

 はやてに促され、ブレイブソウルと書を接続し、彼女を経由してバックアップ用の大型ストレージに本体プログラムをコピーする。メンテナンスツールを経由してブレイブソウルまで浸食しようとするバグだが、さすがに百戦錬磨の堅牢なAIを持つ彼女は、直接人の手で書き換えられでもしない限りはそうそう侵食されたりはしない。

「無事に、と言っていいかは分からないが、とりあえずコピーは終わった。」

「お疲れ様。それで、どうかしら?」

「見てもらえば分かるだろう。」

 ブレイブソウルの言葉に苦笑しながら、使い捨て十九号をバックアップを取った大型ストレージに接続する。ざっと、自作のチェッカープログラムを走らせ、あっさり方針を決めるプレシア。

「現行の方針は破棄、分割補修プランに移行、ね。」

「技術畑じゃない私たちにも、分かるように説明してもらえるかしら?」

「そうね。簡単に言うと、最初のプラン通り、優喜の気功でバグの進行を抑えながら、本体プログラムを現在のハードに合わせて修正するのは、バグの範囲と深刻さからタイムリミットに間に合わないの。」

 リンディの問いかけに、思うところを正直に答えるプレシア。いかなマッドサイエンティストでも、出来ることと出来ない事がある。たとえ、同等以上の天才であるジェイル・スカリエッティが関わったところで、この場では同じ結論を出すだろう。

「そんなに深刻なのかね?」

「かなりね。まず、八月頭にチェックした状況から、一気に侵食が進んだの。優喜が押しかえした分はほぼ食いつぶされたとみていいわね。その上、はやてに対しても浸食が加速している気配があるから、予想以上にタイムリミットが短い。」

「予想されるタイムリミットは?」

「日本時間で十二月二十四日。残り三カ月程度よ。ハードウェア周りの改修もあるから、どれだけの人員を動員しても、まず間に合わないわね。」

 プレシアの言葉に、渋い顔をする一同。

「それで、具体的にはどうするのかね?」

「そうね。基本的に、現場のやることは変わらないわ。起動後、優喜が一撃入れてハッキングする事、はやてがどうにかしてマスター権限をもぎ取る事は同じね。違うのは、修復済みのプログラムを書き込むんじゃなくて、書の内部から壊れた九十九パーセントのプログラムを切り離して最低限の機能を残した軽量版と書き換え、切り離したプログラムを、魔力バッテリーの存在しない単純な超大型ストレージに移し替えるプランよ。」

「つまり、時間稼ぎかね?」

「そうよ。時間稼ぎよ。」

 グレアムの身も蓋もない言葉に、あっさり答えるプレシア。

「プレシアさん、一ついいかな?」

「どうぞ。」

「僕が気功を流した感じ、多分単純にバグったプログラムを切り離しただけじゃ、問題は解決しないと思う。」

「霊障の事を言っているのかしら?」

「うん。そっちを引きずりだすための除霊プログラムと、切り離したそいつを駆除するための浄化プログラムも、並行で準備してほしい。」

 優喜の言葉に、少し難しい顔をして考え込むプレシア。

「さすがの私も霊がらみは専門外だから、とっかかりも無しでは厳しいわよ。」

「それについては、ブレイブソウルがどうにかするって。」

「友と一緒に巫女殿のところで修行して来た。気功と霊力周りの仕組みは大体分かったから、基礎変換プログラムは作れると思う。ただ、私では応用力にかけるのでな。そこら辺を魔女殿にお願いしたい。」

「となると、まずはミッドチルダ式への応用からスタートね。まあ、基礎理論が確立しているのなら、二週間もあれば問題ないわね。」

 プレシア・テスタロッサは、紛れもなく天才の一人だ。バグ取りのような人海戦術が噛む要素では才能を生かしきれないが、とっかかりさえあれば、この手の新技術の開発は恐ろしく早い。ジュエルシードを使ったとはいえ、わずか一カ月でブレイブソウルのようなロストロギア級のデバイスを複製してのけるところからも、その事はよく分かる。

「ユーノ、悪いけど古代ベルカ式とミッド式の浄化系の資料、漁れるだけ漁っておいて。手持ちの資料だけでは不安が残るわ。」

「了解。人手は借りても?」

「ええ。リニス、アルフ、出来るだけユーノを手伝って。」

「分かったよ、任せな。」

「悪巧み以外で本局に行くのは久しぶりなので、ずいぶん心が躍ります。」

 やる気がたぎっているアルフとリニスに仕事を振り、やるべきことは確定する。

「神咲の方で霊障払いができれば話は早かったんだが……。」

「書のプログラムと一体化してるって言われたら、どうしようもないって。」

 神咲家での調査結果は、芳しいものではなかった。祟りと化した対象にダメージを与えずに払うのは、いかな神咲をもってしても至難の業だ。規模や強さで書の霊障に勝る久遠を鎮め、祟りから大霊狐に戻した経験のある那美といえど、その分濃さと深さが段違いで、しかも久遠相手のようなとっかかりの無い夜天の書には、大きな破損を伴わない浄化方法は持ち合わせていなかった。そして、力量では那美を上回っていても、基本的に対象を力技で払ってきた他の神咲には、そもそもこの規模の霊障を、書の消滅や破損を伴わずに払うすべはない。

 むしろ、プログラムと一体化していると言うのは不幸中の幸いだったと言える。何しろ、切り離しプログラムにより、霊障のみを切り離す目処が立てられたのだから。本来は、切り離した霊障を神咲一族に払ってもらうのが一番手っ取り早いのだが、さすがに数代前に神隠し事件で一度関わりがあったとはいえ、直接接点のあるわけではない彼らを、無人世界にまで連れてくるわけにもいかない。

「祟りの方はそれでいいとして、決行はいつにする?」

「トラブルで延期になる可能性を考えて、十一月の末に設定しておくわ。そこまでに、こちらの準備は意地でも整えるから、安心して。」

「分かった。こちらも根回しはしておこう。今回は前回と違って、十分に時間もあるからね。」

 グレアムが気負いのない態度で請け負い、この日に必要な話し合いは終わる。

「なあ、プレシアさん。」

「なに、はやて?」

「リィンフォース、見捨てたりはせえへん?」

「安心しなさい。方針変更は、単に時間が足りないからよ。そもそも、ここまで深刻な壊れ方をした古代の英知を、半年やそこらでどうにかしようとしたこと自体が認識が甘かったわ。」

 そこまで言って一つ大きく息を吐き出すと、曲者全開の笑みを浮かべてはやてに

「完全な修理はともかく、ちゃんと全員でクリスマスパーティが出来るようにするから、期待して待ってなさい。」

 胸を張ってそう請け負うプレシアであった。







 そして十一月末。運動会でフェイトとすずかが活躍しすぎたり、学芸会の合唱でなのはとフェイトがソロパートを割り振られたりとこまごまとしたイベントがあって、あわただしく二カ月が過ぎる。

「それで、起動手順は?」

 起動予定の無人世界で、ウォーミングアップをしながらプレシアに確認を取る優喜。因みにはやては半月前から、この殺風景な世界で過ごしている。石田先生に、診察を二回休ませてもらうために、非常に言い訳に苦労したのはいい思い出だ。

「普通に最後のコアを蒐集して終わりよ。今回は、アースラの非戦闘員から志願者を募ったから、起動直後に彼を回収して離脱するのがスタートね。」

「起動してから戦闘モードに入るまで、いくらか時間はあるんでしょ?」

「ああ。これまでの記録から、三十秒前後ある事は分かっている。ただし、その間はこちらからも手出しは出来ないが。」

「まあ、起動中のプログラムに余計なちょっかいを出した日には、どういう不具合を起こすか分かったもんじゃないしね。」

 優喜の言葉に苦笑する技術者チーム。どれほど技術レベルが進んでも、デバッグ以外で動いているプログラムにちょっかいを出すと、碌な事にならないのは共通の常識だ。

「もう一度確認しておくけど、まず蒐集が終わったら提供者を回収。結界を張って起動完了を待って、優喜がブレイブソウルでハッキング。技術者チームで霊障に浸食された部分を切り離すから、そのあと使い魔勢とバックアップ組で霊障をあぶり出して、後は総攻撃で浄化すれば完了よ。」

「優喜には申し訳ないが、ハッキングが終わった後、切り離しの最中の抵抗を抑える役を引き続きやってもらうことになる。本来部外者なのに、リスクばかりを押し付けて悪いが……。」

「前衛って言うのは、そういうもんだからね。」

 ウォーミングアップを済ませ、ブレイブソウルをセットアップしながら、特に気追うことなく答える優喜。今回ばかりは、ブレイブソウルの趣味が多分に反映されたバリアジャケットを着るのも我慢するしかないとあきらめているらしく、外を歩けるような服装でない事については何も言わない。

「こっちは準備完了。みんなは?」

「技術者チームは、いつでも行けるわ。」

「バックアップチーム、準備できてます。」

「アタッカー、配置完了。」

 全員の準備が整ったことを確認し、リンディに視線を送る。一つ頷くと、夜天の書修復プロジェクト、そのひと区切るとなるミッションにGOをかけるべく、通信を開く。今回はグレアムが志願してバックアップ組へ入っているため、自然と全体の指揮はリンディにゆだねられることになったのだ。

「それでは、ミッションスタート!」

 リンディの掛け声と同時に、アタッカーから一時的に前衛側に来ているシグナムがコアを蒐集する。フェイトとヴィータ、そしてシグナムは遊撃として、暫定的にアタッカーに配置されているが、以前の古代龍ほどではないにしろ最大火力を連打することになるだろうという予想から、最終的に前衛となるのは優喜一人になる予定だ。

「夜天の書、起動確認! はやてちゃんが内部に取り込まれました!」

「ここまでは予定どおりね。」

 エイミィの報告に、遠隔モニターで書の状態を確認していたプレシアがつぶやく。この日のために忍と必死こいて作ったデバッグツールの一つだ。

 コアを蒐集された志願者を、シグナムが回収して離脱する。速度だけならフェイトが適任なのだが、彼女は蒐集作業が出来ない。なので、ヴォルケンリッターの中でも速度が速く、体格的にも人一人抱えて離脱しやすいシグナムがこの役割を振られたのだ。

「夜天の書、システムエラー確認!」

「やっぱり来たか……。」

 はやてがリィンフォース相手に認証を取った直後、書がシステムエラーを起こし暴走を開始する。それと同時に遠隔モニター用の端子が破壊されるが、元々今回については、端子の役割は暴走開始のタイミングを確認するためだけだ。この後のモニタリングは、ブレイブソウルの仕事である。

「優喜! ハッキング開始!」

「了解!」

 リィンフォースの姿をした夜天の書の闇を捕まえ、発勁で動きを封じて関節を極める。密着する形になるが、ブレイブソウルがハッキングを完了するまでの時間稼ぎとしては、これが一番確実なのだ。

「魔女殿、割り込みに成功した!」

「切り離し開始! 技術チームはここが正念場よ!」

 プレシアの号令と同時に、今回のミッションで最も人数を集めた技術チームが、一斉に相手の書き換えを開始する。切り離し用の超大型ストレージに、どんどん霊障に浸食されたプログラムが隔離されていく。それと同時に浄化プログラムが書き込まれ、再度の侵食をブロックする。

 数分間の攻防の末、ついに侵食された部分が自分からストレージの方に移り始める。いかな浸食速度を持っていようと、三桁に届く人数の、優秀な技術者たちの手による人海戦術には抗しきれなかったらしい。防衛プログラムをはじめとした一番厄介な破損部分が全て超大型ストレージに移動したのを確認し、ワクチンプログラムと動作保証用のダミーを書き込み始める。

「第一段階切り離し成功!」

「管理人格およびデータ領域の保護完了!」

「優喜君、リィンフォースさんを解放して! グレアム提督! シャマルさん! 除霊魔法発動!」

 リンディの指示に従い、ストレージに入った本体と、リィンフォースの中にわずかに残った霊障を、除霊魔法を使ってあぶり出す。

 巨大な魔法陣がストレージとリィンフォースを中心にとらえる。黒い影がたちのぼり、上空でひとまとまりになって名状しがたい姿を取る。黒い煙がすべて出切ったあたりで、リィンフォースの姿が、髪の色だけを残しはやてのそれに代わる。

「! プレシアさん! 夜天の書のバッテリーとアースラの魔力炉に異変が! 魔力が吸収されています!」

「アースラの動力を、魔力炉から通常の電力に切り替えて! バッテリーの方は何とかするわ!」

「了解! ……予備の発電機に切り替えました!」

「バッテリーの保護完了! 持っていかれた魔力量を教えて!」

「データ転送します!」

 エイミィから送られたデータを見て、表情を険しくする。防衛プログラムが本格的に暴走を開始するしきい値、それを上回ったのだ。

「前線部隊に通達! 魔力を盗まれたわ! 防衛プログラムが暴走する可能性が高い! 注意して!」

 プレシアの警告と同時に、防衛プログラムが実体化する。リィンフォースそっくりの女性をコアとし、辺りの物を片っ端から吸収して巨大化する。岩の肌を持つ大木、と言った姿に化けた防衛プログラムを見たシグナムが、不敵に笑いながら言葉を吐き捨てる。

「ふん。確かに化け物じみた力は持っているが、大きさも威圧感も、先日の古代龍の方が圧倒的に上だ。」

「ただ暴走して無目的に暴れてるだけの相手に、私達が負けるわけがない。」

 シグナムの言葉を引き継ぎ、フェイトが力強く言い切る。

「バリアの解析完了! 相手のバリアは四層構成です! 外側から順に、物理、魔力、物理と魔力の混合、魔力の順番で撃ち抜けます!」

「分かった! なのは! チャージ開始だ! あれを撃ち抜けば霊障を丸裸に出来る!」

「うん! レイジングハート!」

 クロノの言葉にしたがい、馬鹿の一つ覚えのごとくスターライトブレイカーをチャージするなのは。たとえ夜天の書が正常に復活したところで、単体相手に彼女の火力を上回る手段などそうそうありはしないだろう。

「なのは! 相手にリミッターをかけてあるから、使うカートリッジは六発までにしなさい! いいわね!」

「分かりました!」

 釘をさしてくるプレシアに元気よく返事を返し、例によってオーバーキル目指してチャージを進めていく。六発までならOKと言う言葉にしたがい、がっこんがっこん景気よくあっという間に六発カートリッジを撃発するあたり、将来トリガーハッピーになるのではないかと心配になる光景だ。

 他のメンバーが準備を続ける間、余計なことをする防衛プログラムを優喜が牽制し、シャマルとユーノ、ザフィーラからのバインドが潰す。

「優喜君!」

「この程度の豆鉄砲、今更通じると思わないで!」

 防衛プログラムからの、ノーマルのディバインバスターの倍はあろうかという威力の砲撃を、その身で受け止めてはじき返す。その様子を見たはやてが、クロノに詰め寄る。

「クロノ君、私にできる事って何かあらへん!?」

「そうだな……。だったら、四層目のバリアを抜いてくれ。折角のなのはの大技を、バリアで減衰させられるのはもったいないからな。」

「了解や!」

 クロノの言葉が終わると同時に、ギガントを展開し終えたヴィータが突っ込む。

「物理ってことは、一番手はアタシだな!」

 全力で振りおろしたハンマーがあっさり表層のバリアを粉砕し、二層目に大きな負荷をかけて止まる。

「続いていきます!」

 ヴィータが離脱した直後に、六発撃発済みのザンバーを振り下ろすフェイト。二層目のバリアを豆腐のように切り裂き、物理と魔力の混合攻撃以外通じないはずの三層目に、大きな傷跡を残して魔力刃が消滅する。もう一発撃発していれば、間違いなく三層目も一緒くたに切り裂いていただろう。

「撃ち抜け、ファルケン!」

 レヴァンティンの刀身の一部を核に撃ち出すシュツルムファルケンは、最もバリアを撃ち抜く能力の高い混合攻撃だ。余裕で三層目をぶち抜き、四層目を半ば貫通しかかったところで押し戻される。そして

「本邦初公開、古代ベルカ式最強の範囲攻撃や!」

 はやてが終焉の笛を吹きならし、最後の一層と本体の三割を消滅させたところで、グレアムが動く。

「さて、これ以上ここで手間取るつもりはないのでね。大人しくしてもらうよ。エターナルコフィン!」

 封印用の永久凍結魔法。ここまでもしもの時のために温存していた札を平気で切るグレアムに対して、驚愕の視線を向ける一同。

「状況がここまで進んだ以上、もはや用済みの魔法だからね。完全に非実体である霊障にはどうせ効果はないだろうし、再生を止めるぐらいの役には立つと思って使わせてもらったよ。」

 グレアムの指摘の通り、しつこくしつこく再生していた防衛プログラムが、動きを止めている。

「さて、奴の悪あがきをこれ以上続けさせないために、あれを砕いてくれないか、なのは君。」

「はい! 行きます!」

 グレアムの言葉にしたがい、スターライトブレイカーを解き放つ。防衛プログラムのコアを撃ち抜き、完全に消滅させた上で大気圏外まで飛んでいくスターライトブレイカー。本来は拡散が早く、地上から飛行機を撃ち落とすほどの射程距離はないはずの魔法なのだが、撃ったなのは本人が驚いているあたり、どうやらレイジングハートがこっそり改良していたらしい。彼女は、なのはをどこにつれていく気なのだろうか?

「さて、本命の登場だ。」

 大気圏を撃ち抜いたスターライトブレイカーに唖然として居る一同を放置し、この後に対処するために気を練り上げる優喜。これだけ壮大にいろいろやって、ようやく最終工程のための下準備が終わったにすぎないのであった。







「シグナム?」

 呆けている間に動いていた事態に、一番最初に気がついたのはフェイトだった。

「油断したな……。」

 勝手に上がりそうになる腕を必死に抑え、脂汗を浮かべながらうめくシグナム。よく見ると、他のヴォルケンリッターも同じらしい。唯一問題がないのは、ユニゾン中であることに加え、さんざん除霊魔法だの浄化プログラムだのをぶつけられたリィンフォースのみのようだ。

「どうやら、アタシ達の体の中に、霊障のかけらが残ってたらしい……。」

「すまんがテスタロッサ……、浄化術式を組み込んだ奴で、一度我らを切ってくれないか?」

「え……?」

「残念ながら、私たちは今回はここでリタイアね……。」

 脂汗をにじませながら、苦笑がちに言うシャマル。彼女の言葉に不承不承と言った感じで頷く他のヴォルケンリッター。

「まだ霊障を相手にする以上、優喜の手を煩わせるわけにはいかん。なのははあれの反動ですぐに動けんし、クロノの魔力はまだ温存しておくべきだろう。主に浄化術式がない以上、すぐ動ける人間で頼めるのはフェイトしかいないのでな……。」

「頼む……。この土壇場で、足を引っ張りたくない……。」

「……分かった。ごめんなさい。」

「フェイトが謝ることじゃねーよ……。」

 ヴィータの返事に泣き笑いのような表情を浮かべることで答え、ハーケンフォームに戻していたバルディッシュで、シグナム達の意識を刈り取る。嫌な手ごたえとともに、誰のものでもない声をあげて黒い影がたちのぼり、霞のように消える。

「さて、ここからは私も戦力外通知やな。優喜君、クロノ君、後は任すわ。」

「年寄りの冷や水も、ここで終了だね。アリア、ロッテ、君たちは引き続き、補助を頼むよ。」

「分かってます、父様!」

「あいつらは正真正銘クライド君の敵だ! 絶対に撃ち漏らしたりなんかするもんか!」

 二人の言葉に小さく笑みを浮かべると、ユニゾンを解いたはやてを伴って、ユーノとリィンフォースの手によって回収されたヴォルケンリッターの傍まで退避する。

「ユーノ君、浄化結界の方はどないな感じ?」

「シャマルさんが抜けたのは確かに痛いけど、どうにかなるよ。それよりはやてこそ大丈夫?」

「今は大丈夫やけど、何で?」

「いやさ、ヴォルケンリッターは霊障対策で、今は君の使い魔に近い状態になってるから、多少はダメージのノックバックはあるはずだよ? それに、今まで機能不全だったリンカーコアを使って、いきなりあんな大技使ったらただではすまないとおもうんだけど……。」

「そういうもんなん?」

 はやての疑問に頷いて答えると、どうにも腑に落ちない、という表情が帰ってくる。その様子に、どうやら大丈夫らしいと浄化結界の方に意識を戻すユーノ。はやてが彼の言葉の意味を知るのは、ミッションが終わってすぐの事になるのだが、それは後の話である。

「さて、とっととけりをつけるよ!」

 とうとう丸裸になった霊障を睨みつけ、優喜が一気に懐に飛び込む。

<クルシイ! クルシイ!>

<ナゼダ! ナゼワレワレガコンナメニ!>

<ヒモジイ、モットクワセロ!>

 口々に勝手なことを言いながら、巨大なひと固まりを維持する霊障。ここまで固まっていると、まっとうな霊能者では浄化などできはしない。神咲一門でも、十指に入る力量の持ち主でなければ相手にもならないレベルだ。なので、優喜のすることはただ一つである。

「解放してやるから、しばらく黙ってて!」

 相手の気脈、その中心に高密度の闘気を叩きこんで崩す。一歩間違えれば自身が取り込まれかねない危険な行為だが、それだけに効果は抜群だった。

「優喜!」

「大丈夫! 今ので細かいのは大分消えたはずだ!」

 優喜の言葉通り、核の引力でつながっていただけの弱い霊障は、砕かれ離れた拍子に浄化されていた。元々、単体では霊障であること自体を維持できないような代物だったため、当然と言えば当然の結果だ。

「まだ残ってるでかいのは!?」

「あれが諸悪の根源、言うなれば夜天の書の闇だ!」

「あれが……。」

 いくつかの大きな霊障の塊を睨みつけ、S2Uを構えるクロノ。

<ナゼワレラヲウケイレヌ!>

<ワレラヲウケイレレバ、ドンナノゾミモカナウトイウノニ!>

「それは、夢の中での話やろ?」

<ユメノナカデナニガワルイ?>

<ドウセイツカハシニユクミダロウ?>

「残念ながら、都合のええ夢に溺れて死ぬなんて、お父さん達に顔向けできひん真似するぐらいやったら、今すぐ首吊った方が百倍ましや。」

「同じ自己満足だったら、生きてる間に自分でするよ。それに、母さんからまだ来るなって言われてるしね。」

 はやてと優喜の台詞に、夜天の書の闇、その元締めともいえる存在が自分勝手なことを言いだす。

<キサマゴトキコムスメダケガ、ワレラノウンメイカラノガレヨウトイウノカ!>

<リフジンダ! ナゼキサマダケ!>

<ワレラガイッタイナニヲシタ!?>

<リフジンナシガウンメイデアルイジョウ、セメテサイゴダケハシアワセナユメヲミセテヤロウトイウシンセツシンヲ、ナゼリカイシナイ!?>

「勝手なことばかりさえずってくれるな。」

 好き放題しゃべる夜天の書の闇を睨みつけ、低い声でつぶやくクロノ。

「世界は、いつだって……こんなはずじゃないことばっかりだよ!! ずっと昔から、いつだって、誰だってそうなんだ!! こんなはずじゃない現実から逃げるか、それとも立ち向かうかは、個人の自由だ! だけど、自分の勝手な悲しみに、その苦しみに無関係な人間を巻き込んでいい権利は、どこの誰にもありはしない!!」

<ダガ、ソノコムスメハワレラトオナジソンザイダ!>

<ムカンケイナドデハナイ!>

<ソイツトテ、ワレラトオナジク、ショノチカラヲツカッテイルデハナイカ!>

「言っただろう! 与えられた現実に立ち向かうのは、個人の自由だと! お前達の嫉妬に、これ以上他人を巻き込むな!」

 大きくほえると、すべてを一度にしとめるために、手持ちの最大の技を起動する。スティンガーブレイド・エクスキューションシフト。多数に分裂した夜天の書の闇、それをすべて同時に撃ち抜くのに最適の技だ。なのはの魔力弾では火力が足りず、優喜やフェイトでは手数が足りない。第一、なのははようやくスターライトブレイカーのノックバックが消えたところだ。

<サセルカ!>

「僕を無視して、邪魔を出来ると思わないでね!」

「クロノの邪魔はさせない!」

 拡散しながら突撃してくる夜天の書の闇を、優喜とフェイトが迎撃する。ほとんどの闇を叩き落し弾き飛ばし、場合によっては浄化して邪魔をするが、物量差は厳しい。一体、すり抜けられてしまう。

<ワレラノジャマハサセン!>

「それは……、こちらの台詞だ!!」

 足元からすり抜けた一体を、拘束条が貫く。そのまま、数十メートル程度までの高さにいる連中を、まとめて貫いて固定する。

「ザフィーラ!?」

「動けたの!?」

「フェイトの手加減が絶妙だったからな。盾の守護獣の名は伊達ではないつもりだ。」

 もっとも、さすがにそちらに行けるほどではないがな、という言葉に、ザフィーラがどれほどぎりぎりなのかを理解する。

「クロノ! 浄化結界の準備が出来た!」

「分かった! 夜天の書のすべての悲しみを、ここで終わらせる!!」

 ユーノの報告に、再び気合を入れなおし、事件の幕を下ろすための一撃を振り下ろす。

「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」

 クロノの引き金に従い飛び出したスティンガーブレイドは、すべて正確に夜天の書の闇を貫き、浄化しきったのであった。







「……あれ?」

「あ、はやてちゃん、起きたんだ。」

「なのはちゃん?」

「うん。はやてちゃん、あの後魔力の使いすぎで倒れちゃったんだ。弱ってたリンカーコアを酷使しすぎたんだって。」

「あ~、そういえばユーノ君も言うとったなあ。」

 なのはの言葉に、少し納得するはやて。

「それで、他の人は?」

「優喜君はプレシアさんたちとこれからのことを話し合ってる。フェイトちゃんたちは、お祝いの準備をしてるよ。」

「これからのことって?」

「今回のは応急修理だから、どういう形で修理するのか、同じ事を二度と起こさないために、どういう対策を取るか、そんなことを話し合うんだって。」

 その言葉を聴いたはやてが、顔に不安をにじませる。

「リィンフォースは、どうなったん?」

「今はプレシアさんたちのところにいるよ。」

 なのはの言葉を聞くや否や、あわてて体を起こし、車椅子に飛び乗ろうとする。

「そんなにあわてなくても、リィンフォースさんはどこにも行かないよ。」

「あの子のネガティブさを考えたら、全然安心できへんよ!」

「どっちかって言うと、僕達を信用してほしいところかな、そこは。」

 はやての叫びに答えたのは、プレシアのところにいるはずの優喜だった。

「優喜君! リィンは、リィンはどうなるん!?」

「まず、はやての考えてるような状況にはならないことは保障するよ。ただ、はやての心配は半分だけ当たってるかな。」

「半分って?」

「完全修復に三年。」

 優喜の言葉の意味を、なのはもはやてもすぐに理解できなかった。

「ヴォルケンリッターと同じように動けるようになるのに、三年かかるんだ。」

「三年も……。」

「その間、今のアウトフレームは一旦解除しなきゃいけないし、夜天の書も分割しなきゃいけないから、ヴォルケンリッターもその間致命傷を負うと、二度と復活できない。」

「そんな……。」

「ただ、今すぐじゃないよ。一月一杯までは、応急処置で今の体を維持しておくから。」

 優喜の言葉にうつむくはやて。たった二ヶ月。たった二ヶ月しか、リィンフォースの孤独を癒してあげられないのだ。

「それに、会えなくなる訳じゃない。基本的に軟気功で修理するから彼女の仮ボディは僕が預かるし、月に一度ぐらいはバッテリーを使ってアウトフレームを作るから。」

「……どうにもならへんかったん?」

「うん。色々検討したけど、これが一番いいって結論になった。大見得切った割には情けない結果でごめん。」

「……優喜君が謝ることやあらへん。皆無事で、リィンも治る見込みが出来た。多分これ以上を望むんは贅沢なんやろうなあ。」

「……。」

「でも、でもな。私はええ。私は皆が居るからさみしない。でも、リィンは?」

 はやての言葉に、答える言葉を持たずに沈黙するしかない優喜となのは。はやてに対する答えは、意外なところからかけられた。

「……ありがとう。」

「リィン?」

「……心配しないで。……帰る場所があるし、……優喜たちもいる。」

「リィン……。」

「……主の元にいられないのは、寂しいし悔しいけど……。」

 初めて顕現したときとは逆に、はやてを抱きしめる。

「……大丈夫……、……私は絶対、主はやての元に戻ってくるから……。」

「……リィン、フォース……。」

 リィンフォースの温もりにつられてか、はやての声が涙声になる。

「……リハビリと私の修理、競争だね。」

「……うん。先に歩けるようになって、リィンフォースの事待ってるからな……! 早く帰ってくるんやで!」

 はやてとリィンフォースの約束、それが最後の闇の書事件を締めくくる、終わりの言葉であった。



[18616] 闇の書編 エピローグ
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:27b04501
Date: 2011/01/09 08:08
「メリークリスマス!」

 士郎の音頭に合わせて、グラスがなる音が響く。地獄のごとく忙しかった翠屋の営業時間も終わり、関係者のみの貸切でクリスマスパーティが始まる。

「クロノ、色々お疲れ様。」

「君こそ、お疲れ様。」

 シャンメリーが入ったグラスを軽く打ち合わせ、互いの労をねぎらう。

「なんかもう、今年はいろんな意味で長かった。」

「君の場合、実際に三ヶ月程度延長しているからな。」

 クロノの言葉に苦笑する。どうにもこうにも、人生設計が狂いまくった一年なのは間違いない。

「なんにしても、ようやく本腰入れて、帰る手段を探せるようになったよ。」

「……あれだけいろいろなところに首を突っ込んで、まだ帰るつもりだったのか?」

「むしろ、世話になってる身の上で、放置して知らん顔できるような案件が一つでもあった?」

「まあ、そうなんだが……。」

 優喜の言葉に、苦笑するしかないクロノ。何しろ、ジュエルシード事件も闇の書も、何もせずに放置していれば、最悪地球がなくなっている可能性すらあったわけで、そういう意味合いからも関わらずに済ませるのは厳しかったのは間違いない。

 これが優喜が一般人であれば、間違っても積極的に首を突っ込んだりはしなかっただろう。だが、幸か不幸か優喜にはしゃれが通じない戦闘能力と、出来ることとできないことを理解できる程度の知能、そして出来ることがあってやるべきだと考えたら行動に移せる程度の精神力の持ち合わせがあった。

 なのはに撃墜された時点で、優喜が管理局に関わらない未来は存在しなかったのだ。

「それはそうと、クロノも無茶をやったね。」

「あまり、この手の裁判を長引かせたくはなかったからな。」

 九月に方針が決まった時点で、クロノは十二月に入ってすぐに裁判が終わるように、事前審議や関係者のスケジュールのすり合わせ、その他もろもろの準備を済ませてあったのだ。結果として、刑事に関しては十二月第一週に結審し、はやては無罪、ヴォルケンリッターは修復完了後から五年程度の保護観察という事実上の無罪で蹴りがついた。

 民事の方も、今決まっている金額は個人で払うには多額にすぎるとはいえ、賠償金で一応和解が成立し、過去の件については、法的にはこれで後腐れなく終わった。後は完全に修理が終わり、再発防止策を徹底できれば闇の書事件はすべて終わりである。

「ただ、はやての発言で、いろいろ予定が狂ったがね。」

「それは原告側も一緒でしょ。用意してた落とし所を、よもや一番の被害者かもしれない原告の小学生が、自分に不利になる形で蹴るなんて誰も思わないって。」

 和解が早期に成立した一番の理由、それははやてが夜天の書の解析によって得られる利益全てを放棄し、闇の書事件の被害者団体に全て寄付する、と言い切ったからだ。その上で、賠償金も自分達で払うといいだし、周囲の説得にも折れず押し切ってしまった。

 本来、夜天の書からの収益で払う形で蹴りをつけるつもりだった原告団と双方の弁護士は、いかに不自然にならないようにはやてが払えるであろう金額まで削るかで慌てることになった。もっとも賠償額は決まってしまっている上、はやてに控訴する気がない以上は、何割かの債権の放棄しかないだろうということで、どの程度の金額放棄するかなどでまだもめているが、はやてはいくらであろうと言われた金額を死ぬ気で頑張って払うだけだ、という態度で傍観している。

 はやてに言わせれば、主である以上は部下のしでかした不始末は責任を取らなければいけない、ということになるのだが、周りからすれば、被害者であるはずの原告側が、理不尽にも車椅子の小学生から金を巻き上げるだけでは飽き足らず、さらに賠償金までむしり取ろうとしているように映る。

 確かに、夜天の王とヴォルケンリッターが死ぬ気で頑張れば、定年までかかってぎりぎり払い終わるかもしれない、という金額ではあるが、それは最低限、はやてがリンディより若い時点で提督まで昇進すれば、の話だ。事実上、年金まで賠償金の支払いに持っていかれるのが確定したようなものではあるが、さすがにそこまで考えてはいないだろう。

「まあ、僕達が気をつけるべきことは、逆恨みの類がはやてに行かないようにすること、ぐらいだろうね。」

「だな。ヴォルケンリッターに行く分は彼ら自身が背負って受け入れるだろうが、はやてはどこまで行っても被害者だ。これ以上、闇の書事件の事で負担をかけるのは、問題がありすぎる。」

 などと固い話を続けていると、使い魔を伴ってグレアムが顔を出す。

「クロスケ、優喜、折角のパーティなんだから、堅い話はやめときなよ。」

「まあ、そうだな。」

 ロッテの言葉に苦笑しながら同意するクロノ。今考えたところで、何が変わるわけでもないのだ。ならば、素直にパーティを楽しむべきだろう。

「二人とも、はやてやヴォルケンリッターとはうまくやれそう?」

「あのさ。パーティなんだから、そういうご馳走がまずくなる話はやめてよ。」

「今更波風を立てる気はないけど、そうそうすぐに感情の整理がつくわけないでしょ。」

「まあ、そうだろうとは思う。」

「でも、直接手を下したわけじゃないけど、私たちはクライド君の敵打ちが出来たんだ。向こうの態度次第だけど、こっちはこれ以上は、もうこの件で何か言う気はないわ。」

「そっか。なら、大丈夫かな。」

 使い魔たちと優喜の会話を静かに微笑みながら聞いていたグレアムに、クロノが声をかける。

「しかし提督、よく今日は時間を空けられましたね。」

「それはお互い様だろう、クロノ。」

「まあ、そうかも知れませんが……。」

 闇の書事件はすべて終わったが、日本の小学生組以外の関係者は、まだ体があいたとは言いがたい状況だ。

「色々押し付けた僕が言うのもなんだけど、グレアムさんもレジアスさんも、あれこれ大変そうだ。」

「色々というか、大多数は君に押し付けられたことだがね。まあ、いずれどこかで帳尻を合わせねばならなかったことだから、それを我々老人が次の世代のためにやる分には吝かではないつもりだよ。」

「ありがたいことだ。僕だって、いつまでこっちの世界にいるか分かったもんじゃないから、出来るだけ関わった人たちが余計な心配をしなくてすむようになってほしい。」

「分かっているさ。はやてにこれ以上大人の都合で迷惑をかけないためにも、しっかり組織のタガを締めなおすよ。」







 最近のはやてやヴォルケンリッターの様子などを話した後、用意してあったクリスマスプレゼントを交換して立ち去るグレアム一行。

「まったく、いつもいつも見事なものだな。」

「何が?」

「提督やリーゼ達に渡したアクセサリーだ。よくもまあ、あれだけのもを作れるものだと感心していた。」

「まだまだ。さすがにあれで食って行くには不安があるよ。」

「え~? 優喜君のあれでも、食って行くには不安があるんだ。」

 優喜の返事に驚いたように口をはさむエイミィ。どうやら、女の子達の輪から抜けてきたらしい。

「上を見ればきりがないぐらいだからね。まあ、露店出して小銭を稼ぐ分には十分かな、とも思うけど。」

「やっぱりどんな世界でも、食べていこうと思うと厳しいんだ。」

「そりゃね。っとそうだ。エイミィさんにはまだ、プレゼント渡してなかったよね。」

 鞄の中から包みを取り出し、エイミィに渡す。出てきたのは、クロノとおそろいのブレスレットだ。

「前に言ってたように、そっちの基準で威力B以下の飛び道具は、完全にはじくエンチャントをかけておいたから。」

 優喜の台詞に、口をつけていたシャンメリーを噴き出しそうになるクロノ。

「まて。もしかして僕にくれたやつもか!?」

「だよ。というか、今日渡した奴、基本的に全部そう。ただ、達人の投擲と一部の気功弾、それからロケットパンチの類は威力に関係なくすり抜けるから。」

「十分だ、と言うか十分すぎる。」

 平均的な射撃が威力C+程度、砲撃でも実は平均は威力B+ぐらいしかない事を考えれば、少なくとも地上の平均的な局員相手には、無敵に近い性能を持っていると言っていい。

「あと、なのはとフェイト相手にはあんまり役に立たないんだよね。」

「言うな……。」

 恐ろしい事に、なのはで威力B以下は魔力弾のみ、フェイトはフォトンランサーのバリエーションの一部がBに届かない程度。ユニゾンしてカートリッジを一発撃発すれば、あっという間にチャラにされてしまうレベルだ。

「先週に計測したら、なのはもフェイトも、魔力容量と出力が嘱託試験の時の倍以上になっていたんだが、一体何をどう鍛えればあそこまで増えるんだ?」

「魔力がらみを僕に聞かないでよ。僕は基礎体力と気功周りの鍛錬しかやってないよ。後はせいぜい、戦い方をいくつか教えた程度。二人とも、普段は限界まで魔力負荷をかけて生活してるらしいけど、僕が知ってるのはそれぐらいだよ?」

「……もしかして、だが。」

「ん?」

「リンカーコアの成長期に気功を学ぶと、魔力容量と出力の伸び率が上がるのかもしれないな。」

 つまり、優喜はそうと知らずに、鍛える必要の薄い項目を必要以上に鍛えていた可能性が高いわけだ。後にこの理論はナカジマ家の姉妹をはじめとした管理局関係者の身内と、フェイトが保護した幾人かの少年少女によって実証実験が行われ、気功と魔力との相関関係が完全に証明されるわけだが、確証を得、定説として浸透するのはプレシアが天寿を全うした後のことだ。

 なお、クロノの仮設を聞いて優喜が思ったのは

(魔力養成ギブス+気功で、魔力が半年で二倍以上って、まるで深夜帯の怪しい通販番組の宣伝文句みたいだな。)

 であったとか。

「そういえばさ、優喜君。」

「ん?」

「前に、これ一個作るのに一カ月ぐらいかかるって言ってたよね?」

「あの頃は、付与に一カ月ぐらいかかったんだ。今は、同時に三個ぐらいまでなら、一週間ぐらいあれば用意できるようになったから。」

「……もしかして、相当苦労してる?」

「うちの師匠筋って、大体そんな感じなんだよね……。」

 優喜の苦笑に、どことなく黒いものがにじむ。どうやら、エリザ叔母さんとやらの特訓は、優喜をしてきついと思わせるほどあれで何な感じらしい。こんなところで世の中の奥の深さを思い知るとは思わなかったが、正直知らずに済むなら知らずに済ませたかったクロノとエイミィ。

「来年には、もっと上級の付与ができるようになってるだろうね、今のペースだと。」

「あ、あははははは。」

「くれぐれも、犯罪者の手に渡るような真似だけは避けてくれよ……。」

「さすがに使用者限定は必要かな、と思ってる今日この頃。」

「ぜひそうしてくれ……。」

 疲れたようにつぶやくクロノに苦笑し、そろそろ他の人とも話してくる、と言って席を立つ優喜であった。







「ユーノ、メリークリスマス。」

「メリークリスマス。」

「これで、ようやく元の世界に帰る方法を、本腰入れて探せるよね。」

「クロノがもう少し常識とか限度とかを考えて仕事を振ってくれたら、ね。」

 ユーノの台詞に苦笑するしかない優喜。例の最終決戦から今まで、普通の司書なら三人がかりでやるような量の仕事を容赦なく押し付けられたらしい。下手に能力があると、限界までこき使われてしまうという典型例だ。

「まあ、そうだと思って、ユーノには疲労回復に効果があるペンダントを用意しておいたから。」

「ありがたいけど、それは僕にもっと働けってこと?」

「さすがにそんなつもりはないけど……。」

 どうやら、ユーノも相当疲れているらしい。言葉の端々にとげがある。

「ユーノ、すごく疲れてるよね。」

「優喜君も、無茶ぶりしてない?」

「夜天の書の時はいろいろ無理を頼んだけど、今月はなにもお願いしてないよ?」

「優喜やプレシアさんからは、今月は何も言われてないんだ。ただ、クロノをはじめとした管理局連中が……。」

 今回の夜天の書修復プロジェクトで、謀らずも一番存在感を示してしまった無限書庫。その便利さと重要さに味をしめたクロノが、調査に行き詰った事件の資料をユーノに探させたのがきっかけで、あっという間に執務官全体に知れ渡ってしまった。一番ユーノをこき使っているのはもちろんクロノだが、他の連中も割と切羽詰まった内容をギリギリのタイミングで振ってくるものだから、今の今までまるで休めなかったのだ。

「ユーノも、疲労回復を早くするために気功を覚える?」

「そんなこと出来るの?」

「効率よく疲れを抜くやり方は身につくよ、ね?」

 優喜の言葉に頷くなのはとフェイト。これが出来ないと、そもそも御神流地獄のしごきや竜岡式鍛錬法に耐えられない。むしろ、これだけやって素の運動神経がいまいちなままのなのはがおかしいのだ。

「だったら、暇ができたら教えてもらおうかな。別に、なのは達ほどの走り込みはいらないよね?」

「うん。前に僕達に付き合ってた程度に走ってれば、それで十分。」

「なら大丈夫だと思う。ただ、ここ一カ月は走る体力も残って無かったからなあ……。」

「そこはもう、後でグレアムさんとレジアスさんに言って、もうちょっと何とかしてもらうよ。」

「お願い……。」

 ユーノの様子に顔を見合わせ、思わず苦笑する三人。今まで書類の突っ込み部屋にしておきながら、有効活用できる人材が来たとたんにこれだ。この分だと、管理局は他にも宝を腐らせている可能性が高い。

「それで、僕達の年で将来がどうって話もおかしいんだけど、ユーノはこのまま無限書庫に就職?」

「今の待遇だと、正直勘弁してほしいところなんだけどね。給料は確かにものすごくいいけど、あまりにも労働条件がブラックすぎる。」

「そっか。まあ、本気でグレアムさんとレジアスさんにお願いして、もうちょっと人員を強化してもらうから、もう少し踏ん張って、貰えるだけ給料ふんだくっておけばいいんじゃないかな?」

「そうするよ。優喜は?」

「僕はまあ、基本的には向こうに戻るつもりだから、戻ったら大学三年をもう一年やって、頑張って教員免許を取る予定。」

 向こうに戻る、と言う単語に表情が曇るなのはとフェイト。リィンフォースを囲んで話をしているはやてやアリサ、すずかも同じような顔をするだろう。

「そんな顔しないの。前々から言ってたじゃないか。それに、どう考えてもすぐに帰る方法なんて見つからないし。」

「ねえ、優喜。どうしても帰らなきゃいけない?」

「どうしてもってほどじゃないけど、向こうにいる人たちに心配もかけてるし、そもそも、僕の家族のお墓は向こうだ。あんまり親不孝をしたくない。」

「そっか……。」

 優喜の返事を聞いて、せっかくのパーティなのに泣きそうな顔になるフェイト。まだ先の、それこそいつになるかも分からない話だというのに、なのはの表情まで暗くなる。

(なのは、フェイト。)

(なに、ユーノ君?)

(……ユーノ?)

(帰る方法が見つかるのなんて、いつになるか分かんないんだから、皆で優喜が帰れない理由になればいいんだよ。)

 念話で告げられたユーノの言葉に、思わず驚いたように視線を向けるなのはとフェイト。それを見て、なにを言ったのかを察したらしい優喜が、ユーノに何とも言い難い視線を向ける。

「まあ、折角のパーティで、こんなことで泣かれるのもあれだから、今回は何も言わないよ。」

「とりあえずそれは置いといて、なのはとフェイトは、このまま管理局に入るの?」

 ユーノの無理やりの話題変更に苦笑しながら、あまりよろしくない雰囲気が続くのもありがたくないので、とりあえず乗っかることにしたなのはとフェイト。

「私は、クロノみたいに執務官資格を取ろうかな、って思ってる。」

「そっか。難関だけど、フェイトなら通ると思うよ。何なら、参考書とか探して送るから、優喜と一緒に勉強して。」

「うん、ありがとう。」

「何故に僕がフェイトと一緒に?」

「教師を目指すんでしょ? だったらその練習でいいんじゃない?」

 ユーノの言い分に、またしても苦笑が漏れる優喜。正直、何の役にも立ちそうにない知識だが、ものを教える練習という意味では、確かに未知の分野は悪くない。

「それでなのはは?」

「私は、このまま管理局に入っていいのかなって、ちょっと迷ってるんだ。」

「へえ。どうして?」

「私が魔法を使いたいのって、空を飛ぶのが気持ちいいからなんだよ? でも、このままじゃ、私移動砲台として戦い続けることになりそうで……。」

「あ~……。」

 なのはの返事に、妙に納得する優喜。管理局にとって、なのはの何が欲しいかと言われると、間違いなく魔法による戦闘能力だ。だが、なのは本人はそれほど戦うことが好きなわけではない。

 蒐集の時に、妙に喜々としてディバインバスターを撃っていた事はスルーしてあげるのが、大人の対応と言うものだろう。何しろ、あれはなのはでなくても、ゲーム的な感覚が強い光景だったし。

「管理局のほうでも、なのはとフェイトはちょっともてあまし気味なんだって。」

「え?」

 ユーノの意外な言葉に、まじまじと彼を見つめるなのはとフェイト。

「性格がどう、とかじゃないよ。それは先に断っておく。」

「まあ、そうだろうとは思う。」

「問題になってるのは、なのはとフェイトのランクと力量のほう。どう言い訳しても、なのはもフェイトも最低SSランク、デバイスも込みで考えればSSSに届くかもしれない。そもそも、ランク認定試験は受けてないけど、それでも認定ランクはS+だからね。」

「……それってすごいの?」

 ぴんと来ません、という感じのなのはに小さくため息をつくと、説明を続ける。

「まず、AAAが魔導師の5%ぐらい。Sランクはその中でも更に少なくて、その上ともなると実物を見たことない人のほうが多いくらいだと思うよ。」

「それと、管理局がもてあますこととの関係は?」

「簡単だよ。管理局には、戦力が一点集中しないように、一部隊での保有制限があるんだ。この制限に引っかからないのって、執務官や捜査官みたいに、任務の都合で本来の所属とは別の場所に一時的に間借りするケースか、戦技教導隊みたいにもともとランク制限がゆるい部隊ぐらいなんだ。それだって限度はある。」

「そういえば、リンディさんもなのはたちを抱えるのに苦労してたしね。」

「で、いくら書類上はS+でも、推定SS以上でロストロギア級のデバイスを持った魔導師なんて抱えてたら、どう難癖つけられるか分かったもんじゃないから、どこの部隊も積極的にはほしがらない、という感じになってる。」

 ユーノの台詞に、ひどく納得してしまう優喜。逆に、いまだにヴォルケンリッターに完封されることもあるなのはとフェイトは、どうにも納得できないものを感じてしまう。

「まあ、それ以前に、基礎訓練、ぬるかったんでしょ?」

「うん。」

「厳しくはなかったよ。」

「だったら、なのは達が入って、部隊行動がちゃんと取れるかどうか自体が怪しいよね。」

 優喜の言葉は、まさしく二人がもてあまされている核心である。曲がる砲撃、視界を埋め尽くす弾幕、果ては大気圏外まで貫く集束砲。こんな砲撃魔導師とまともに部隊行動を取れる人材はそうは多くないだろう。フェイトはフェイトで、ついにロボットアニメに出てきそうな戦闘機動をこなし始め、援護できるのがなのはと優喜以外は、ヴォルケンリッターぐらいになってしまっている。

 保有制限のある部隊にこんな人間を放り込んで、回りと連携など取れるわけがないのだ。取れるレベルの人材を抱え込んだ日には、結界要員とかそう言った人材は一切抱え込めない。

「かといって、そんな人材を野放しには出来ないしね。」

「何と言うか、プレシアさんが意図するところがそこだとは言え、見事に微妙な位置にいるなあ、なのはもフェイトも。」

「あ、あのね。私も、一度は管理局に入っておくべきなんだろうなあ、とは思ってるの。ただ、一度入ってやめられるのかな、とか。」

「そこはもう、なんとも。まあ、身も蓋もないことを言うなら、ジュエルシードの回収に関わった以上、管理局に一度も入らずに済ませるのは難しかったと思うよ。主に身の安全の問題で。」

 優喜の言葉は、納得するしかない事実だ。

「まあ、別に急いで決めなくても、興味あること、やってみたい事に手を出して行けばいいと思うよ。まだまだ、将来のことを焦る時期じゃないから。迷ったら僕や優喜も相談に乗るし。」

「……そうだね。優喜君、ユーノ君、私のやりたいことが見つかるまで、付き合ってくれるよね?」

「もちろん。」

 なのはの言葉に即座に答えるユーノ。一方の優喜は……。

「こっちにいる間は付き合うよ。」

「優喜、そこはYESと言おうよ……。」

「いやだって、そんな無責任なことはいえないよ。」

 優喜の返事に、もうこいつがこうなのはどうしようもないと悟るユーノたち。

「さて、クロノに文句言ってくるか。」

「ユーノ、私も手伝うよ。」

「がんばれ。」

 そんな風に少し気合を入れ席を立ったユーノとフェイトを見送り、アリサ達にもプレゼントをばら撒きに行く優喜となのはであった。







「楽しんでる?」

「なのはにユーキか。」

「心配しなくても、我々もリィンフォースも、十分に楽しませてもらっているさ。」

 そういいながら、苦笑がちに視線を動かすシグナム。その先には、無表情ながら初めて見るであろうご馳走の数々に目を輝かせ、一心不乱に味わっているリィンフォースの姿が。

「リィンフォースさんって、すごくおいしそうに食べるんだよね。」

 みているこっちが嬉しくなる、という感じですずかがこっそり優喜となのはに耳打ちする。

「まったく、あの無口無表情で、よくもまああんなにおいしいって表現が出来るわね。」

 嬉しさを滲ませつつ、あきれたような態度を作って評論するアリサ。日本の食事のレベルの高さは、管理局員達すら太鼓判を押すレベルだ。長い間食事そのものをしてこなかったリィンフォースが、このご飯の虜になるのは当然かもしれない。

「そういえばなのは。」

「何?」

「今日の料理、美由希さんが作った奴もあるって本当?」

「うん。私やフェイトちゃんが作ったのもあるよ。」

「アンタ達はともかく、あの美由希さんよね?」

 アリサの言葉に、小さく苦笑する聖祥組。美由希に関しては、あのと言われてもしょうがないだけの実績を積み重ねてきている。

「おねーちゃん、私達がイギリスに行ってる間、ものすごくがんばって練習したんだって。」

「なんか、なのはとフェイトの上達具合に危機感を覚えたらしいよ。」

「……練習したらちゃんとできるのに、前までのアレは何だったのよ?」

 アリサの言葉に反応するシグナム。

「そんなに酷かったのか?」

「大概不味くても食べる優喜をもって、これは食えないと言い切ったレベルだったからな。」

「あ、おにーちゃん。」

 後ろからかけられた声に驚いて振り返ると、そこには忍と那美を引き連れた恭也の姿が。

「それほどだったのか……。」

「ああ。しかも悪いことに、自分では味見をちゃんとしなかったもんだから、余計に被害が拡大することが多くてな。」

「恭ちゃんうるさい!」

 過去の汚点をばらされそうになった美由希が、追加の料理を持ってきながら恭也の言葉をさえぎる。

「でも、美由希さん本当に上手になりましたよね。なのはちゃんもフェイトちゃんもすずかちゃんも料理できるのに、私は……。」

「あ~、那美、那美。そもそも包丁よりドライバーのほうが扱いなれてる私より、那美のほうがよっぽどましだって。」

 こう、親友に裏切られた的な感じで落ち込んでいる那美に対して、苦笑しながら慰める忍。だが、シグナムはそんな彼女達の様子よりももっと重要なことが気になっているらしい。

「うちでは主に主はやてが食事の用意をしてくださっているが、たまにシャマルが代打を務めることがある。あるのだが……。」

「基本的に、食えないようなものはつくらねーけど、それなりの確率で、煮物に芯が残っていたり、味噌汁にダシを入れ忘れたりすんだ。」

「しかもそういうときに限って、味見を忘れるのだが、こういうのは特訓で治るものなのか?」

「シグナム! ヴィータちゃん!」

 シグナムたちの真剣な言葉に、それなりの確率でのはずれを食らったリィンフォースが真剣な顔で見てくる。彼女にとって、一番の楽しみが日本での美味しい食事なのだ。しかも、本格修理に入ってしまうと、はやてたちと離れ離れになるだけでなく、食事も満足に出来ない状況が長々と続くのだ。彼女にとっては、結構深刻な問題である。

「まあ、美由希がどうにかなったんだし、神咲さんもシャマルさんも、特訓すればそういうのは減るんじゃないか?」

「私としては、そんなに気にせんでもええと思うんやけどなあ。」

「ですが、主はやて。もし仮にあなたが風邪などひかれて、そのときにシャマルの失敗作をそうと気が付かずに召し上がられたら、と思うと……。」

「シグナム! あなたそんなに私を信用したくないの!?」

「実績の問題だ。」

 などと姦しくもめているのをみて、小さく吹きだすはやて。チラッと優喜を見ると、視線に気が付いた彼が小さく肩をすくめる。

「そういえば、那美さん。今日はくーちゃんは?」

「知らない人が一杯居るから、人見知りしちゃって。」

「あ~、久遠だったらそうよね。」

「ゆうくんも、仲良くなるまで相当苦労してたよね。」

 大霊狐である久遠の最大の弱点が人見知りだ。基本的に那美以外のこの場にいる仲良くなれた人間で、ストレートに一発で気を許してもらえたのはフェイトのみである。どうやら、人見知り同士、雷様同士のシンパシーを感じたらしい。アリサとすずかも、相当時間がかかった記憶がある。

「今思ったんだけど、那美さんは大学とかどうするの?」

「推薦で近くの大学に通うことになったの。去年の今頃は、高校を卒業したら実家に帰るつもりだったんだけど、色々あったから。」

「その色々って、たまに月村家でメイドやってたりすることにもかかわりが?」

「ん~、あるような……、ないような……。」

 どうにも、高校生・大学生組は、小学生組や新参者があずかり知らぬ、いろいろな事情を抱えているらしい。それらの事情は大体において、優喜が来る丁度一年前ぐらいに起こっているようだ。

「まあ、また何かあったら言ってね。私も久遠も、できるだけお手伝いするから。」

「その節は、貴女方には大変お世話になりました。夜天の書の関係者を代表して、礼を言わせていただきたい。」

「いえいえ。困ったときはお互い様ですし、それに、こんな悲しいことは終わりにしないと。」

「何かあったときは、遠慮なく言ってください。ヴォルケンリッターの名にかけて、すべてを賭けて恩を返します。」

「そ、そんな大げさな……。」

 シグナムの時代がかった言葉に引き気味の那美。彼女にとっては当たり前のことをしただけだし、第一決着をつけたのは本人達だ。

「まあ、堅い話は終わりにして、せっかくのご馳走を味わおう。」

「そうやな。これなのはちゃんが作ったって聞いたけど?」

「うん。こっちはフェイトちゃん。」

 そんなこんなで、パーティは和やかな雰囲気のまま、終わりまで続いたのであった。







「主はやて、お話とは?」

「私から皆へのクリスマスプレゼントがあるねん。」

 パーティから抜け出したはやてが、ヴォルケンリッターを呼び出して店の外に出る。昼から降り続けた雪は、今はやんでいるようだ。人通りの途絶えた道には、僅かな足跡を残して雪が積もっている。

「プレゼント?」

「うん。優喜君が用意してくれてん。」

 そういって、紙袋ではなく立派なジュエリーケースを五つ取り出す。

「……これは?」

「あけてみ。」

 はやてに促されて、首をかしげながらジュエリーケースを開くと……。

「これは……。」

「……シュベルトクロイツ?」

 中に入っていたのは、はやての杖・シュベルトクロイツの待機状態をモチーフにした襟章と勲章だった。それぞれのイメージを反映した石を組み込んであるあたり、手もお金もかかっている。

「ヴォルケンリッターの証や。ちょっとした特殊機能もつけてくれてるみたいでな。」

「……こんな立派なもの、もらっていいの……?」

「貰ってもらわな困るねん。それは、私も含めた皆が、新しい人生を歩み始めた、その証やから。」

 はやての言葉に、肩を震わせうつむくリィンフォース。

「どうした、リィンフォース?」

「……嬉しくて、……幸せすぎて、……私なんかが、……こんなに幸せでいいのかなって……。」

「何言ってんだよ、リィン。」

「主は、我らが胸を張って幸せになることを望んでいる。お前が幸せでなければ、片手落ちもいいところだろう?」

 ヴィータとザフィーラの言葉に、リィンフォースはうつむいたまま答えない。

「リィン、あんまりネガティブなことを言うてると、リィンだけご飯シャマルにつくらせんで。」

「……それは、……困る。」

「ほんなら、笑って。色々けりも付いたし、せっかくの晴れの日や。いつまでも下むいとったらあかん。」

「……うん。」

 はやての言葉に、目じりに涙をにじませながら顔を上げ、小さく微笑む。 

「それな、リィンが復帰した後にな、全員そろってるときだけ効果が出る強力なエンチャントをつけてくれる予定になってるねん。」

「……えっ?」

「せやから、はよ戻ってきてや。」

「……うん、がんばる。」

 リィンフォースが初めて見せた満面の笑み。その笑顔は、はやて達と雪景色、そして月だけの秘密であった。



[18616] 闇の書編 あとがき
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:27b04501
Date: 2010/12/31 22:08
どうにか2010年内に闇の書編まで書き終えることが出来ました。
色々反省点が多い話ではありますが、一番大きな反省点は確認が甘くてザフィーラを
はじめとして何人かの一人称を間違えたことです。
思い込みで話を書いてはいけない……。
出来るだけチェックして修正しますので、今まで間違えた分については大目に見て
いただけると……。



他の反省点としては、ヴォルケンリッターの見せ場があまり作れなかったこと。
特にヴィータとシャマルがまったく見せ場らしいところを作ってあげられなかった
のが心残りです。
他にも、エピローグ以外での猫姉妹とヴォルケンリッターの歩み寄りのシーンが、
どうしてもうまくまとまらずに切ったのが力量不足を痛感して個人的に痛かった。



なのはとフェイトの敗北シーンについては、一度どうしても徹底的に心を折って
挫折させて起きたかったのですが、そのやり方があれしか浮かばなかったのは
作者の発想力のなさです。
不快に感じた方には申し訳ありませんが、パワーアップはともかく恋愛フラグに使う
つもりであのイベントを起こしたわけではないことだけは断言します。



本編途中でPVが十万、感想数が三桁に届いたのは、書き始めた当初からは考えら
れないことです。作者的に一番意外だったのが、嘱託試験の話で、なのはの弾幕や
SLBの分割にまで突込みが入ったこと。どちらも一度は出てるのに、と。
ちなみに蛇足ながら、この時なのはがやったことは全部一度ネタは振ってあったりします。

応援してくださった皆様、個別に返事を返すことはしませんがここでお礼をさせていただきます。



それでは、とりあえずSTSに当たる話が終わるぐらいまで続けるつもりですので
それまでお付き合いくださればこの上ない喜びです。

2010年 大晦日 埴輪



[18616] 空白期 第1話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:7e12757d
Date: 2011/01/08 14:39
(何で私、こんなところでこんな衣装を着てスタンバイしてるんだろう……。)

 結構な人数が集まった会場の様子を舞台袖から眺めながら、なのははずっと自問し続けていた。色々自分をごまかしながらレッスンを受け続け、目が覚めたらなかったことになっているのを期待していたら新学年の始業式前日にこのイベントを組まれ、目の前に現実を突き付けられたために我に帰ってしまったのだ。

「ねえ、フェイトちゃん……。」

「どうしたの、なのは?」

「私達、管理局の嘱託魔導師だよね?」

「うん。それがどうしたの?」

 心底不思議そうな顔で聞き返してくるフェイトに、大きくため息をつきながら思っていることを告げる。

「何で私達、こんなヒラヒラのバリアジャケット着てここにスタンバイしてるんだろう?」

「歌うため?」

「いやまあ、そうなんだけど……。」

 なのはが言いたいのは、嘱託魔導師がなぜにアイドル衣装を着て、小規模とはいえステージの上で特殊効果付きで歌わねばならないのかということだが、多分それを言ってもフェイトには通じまい。

「フェイトちゃんはおかしいと思わないの?」

「何が?」

「私達、魔導師ではあっても歌手でもアイドルでもないんだよ?」

「……なのは。」

 ようやく、なのはが何を言っているのかを理解したフェイトが、苦笑交じりになのはを見る。

「本職が歌手かどうかは、もうこの際どうでもいいと思うよ。」

「え?」

「どうやって集めたのかは分からないけど、私達の歌を聴きに来てくれた人があんなにいるんだから、クリステラ魂にかけて、聴きに来て良かったって思える歌を歌わないと、ね。」

「……うん、そうだね。」

 フェイトの言葉に、疑問はそのまま腹をくくる。嫌だという機会を逃したらしいというのは、もうこの状況で十分理解出来た。余興の練習のとき、よく分からないままひらひらの衣装を着せられて喜んでいた自分を殴ってやりたいが、全て手遅れだ。ならばせめて、クリステラソングスクール出身者として、目の前の観客を沸かせて帰るしかないだろう。

「それにしてもフェイトちゃん。」

「ん?」

「よく平気だよね。緊張してる様子もないし。」

「そうかな?」

「うん。凄く落ち着いてるように見えるよ。」

 なのはの言葉に淡く微笑むと、その手を取って胸に当てる。

「緊張は、してるんだよ?」

「あ、ほんとだ。凄くドキドキしてる。」

「ただ、あそこにいる人たちと、直接お話をするわけじゃないから。」

 フェイトにとって、舞台は舞台と言うことらしい。普通に考えたら、大人数に見られる部隊の方がはるかに緊張しそうなものだが、フェイトにとっては、知らない相手と一対一で話をさせられる方が緊張するらしい。人見知りと言うのは面倒なものだ。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、そろそろ出番だよ。」

「は~い。」

「行ってきます。」

 エイミィに促されて、マイクを受け取って舞台に上がる。観客と向き合った瞬間、なのはの中のスイッチが入り、一時的に疑問がすべて消えさる。

「今日は私達のために、忙しい中足を運んでくださって、ありがとうございます。」

 なのはとフェイトの、なのはにとっては黒歴史にしたい種類の輝かしい伝説は、公式的にはここからスタートしたのであった。







 何故になのは達がアイドルのまねごとをしているのか。事の発端は、リィンフォースが本格修理のためにアウトフレームを解除する前日、プロジェクトの第二フェイズ壮行会での事。

「しかしまた、えらく顔ぶれが豪華だな。」

 出席者を見渡して、クロノが胃の辺りを押さえながら言う。ユーノは先日興味をそそられる遺跡の資料を見つけ、発掘にいってしまったので、今日はこの場にいない。

「そうなの?」

「ああ。君がどう考えているかは知らないが、陸と海の事実上のトップに加え、伝説の三提督に聖王教会の教皇と枢機卿まで来ているとか、普通にあり得ない光景だ。いくら夜天の書の修復が歴史に残るプロジェクトだと言っても、次元世界の中枢に近い人間をここまでかき集めてパーティをするなんて、本来あり得ない事だ。」

「って言われてもねえ。僕にとっては、全員気のいい爺ちゃん婆ちゃんみたいなもんだし。」

「だから、それがおかしいんだと言っているんだ。」

 ぶっちゃけ、管理局とも教会とも一定の距離を置いている優喜としては、えらいさんかどうかなどあまり関係がない。人生の大先輩としていって、また大きな組織で上に上った人間として、一定以上の敬意は払っているが、あくまで人間として敬意を払っているだけだ。

 向こうも向こうで、どこかの組織に所属する気がない事を知っているからか、優喜に私利私欲のために自分達を利用しようとする気が無いからか、普通の年寄として接している節がある。教皇や枢機卿に至っては、軍人将棋などのマイナーなテーブルゲームの相手扱いだ。

「それで、なのはとフェイトが余興で歌うことになってるらしいんだけど。」

「歌が上手いというのは聞き及んでいるが、なのははともかくフェイトが人前で歌えるのか?」

「あ~、そこはフィアッセさんたちの教育の成果というか……。」

 苦笑がちに優喜が答える。

「まあ、見れば分かるよ。」

「百聞は一見にしかずか……。」

「そういうこと。」

「優喜は何もしないのか?」

「僕は余興向けじゃないから。」

 優喜の返事に苦笑する。

「それで、出番はいつなんだ?」

「さっき準備に行ったから、そろそろじゃない?」

「そうか。」

 などと話していると、司会をやっている幹事の局員が次の出し物を宣言する。思ったとおり、次はなのはとフェイトらしい。

「今回の衣装、私がコーディネイトしてん。」

「ふうん?」

 唐突に声をかけてきたはやてに返事を返して振り向くと、彼女の車椅子を押すのはクロノ的にはとんでもない人物だった。

「く、クローベル統幕議長!?」

「無礼講ですよ、クロノ。」

「そ、そう言われましても……。」

 畏まるクロノを放置し、ステージに意識を向ける優喜。わざわざ会場の明かりを少し落とし、スポットライトまで用意するあたり、無駄に手が込んでいる。

 スポットライトに照らされた二人は、ゴスロリ(日本発祥)をベースに、公序良俗に反しない程度に大胆に肌を露出させた、左右非対称の無駄に凝ったアイドルドレスである。ちなみに二人並ぶと左右対称になるようにデザインされており、色はお約束どおりなのはは白で、フェイトは黒だ。二人の可憐な容姿によくマッチしており、普段とは違う、ある種の妖艶な魅力すら振りまいている。

「一応確認しておくけど、あれ。」

「言うまでもなく、バリアジャケットやで。振り付けとか歌詞はともかく、ステージ衣装まで本家と同じやと訴えられたら負けるから、あえて衣装はオリジナルや。」

「別に、誰も訴えないとは思うけど……。」

 などといっているうちに、イントロが流れ始め、某アイドルデュオの、おしゃれ泥棒というタイトルの歌が始まる。

「……。」

「……。」

 なのはが第一声を発生した瞬間、会場が水を打ったように静まる。Aメロのうち、なのはが担当するパートが終わると同時に歓声が上がり、フェイトが担当するパートが終わるころには、完全に会場が一体化する。

 完璧なダンスと共に一番を歌い終わったところで、二人は比較的耐性のある身内以外を完全にとりこにしてしまった。もはや魔導師なのかアイドル歌手なのか、分かったものではない。

「驚いたな……。」

 呆然とクロノがつぶやく。そのクロノの様子に苦笑しながら、ステージの上の二人を見つめる。技量もさることながら、二人とも実に楽しそうに歌っているのを見て、何となくうれしくなってくる。

 完璧なユニゾン―この頃から、アイドルグループの歌はハーモニーでは無くユニゾンの方が多くなってくる―を見せて最後のサビを歌い終え、会場をスタンディングオベーションさせた二人が、小さく一礼して舞台袖にはける。会場が温まりすぎて、次の出し物がやり辛いだろうなあ、などと余計な事を思っていると、ぽつりとはやてがつぶやく。

「今思ってんけど……。」

「ん?」

「歌って踊れて砲撃もできるアイドル局員って、すごく新しない?」

「それだと、フェイトは歌って踊れてマニューバもできるアイドル局員ってことになるの?」

「いや、そこは歌って踊れてアーマーパージもできるアイドル局員やと思うで。」

 予想通りと言うかなんというか、はやての発想は例によって例の如く、割とどうでもいいものだった。だが、この割とどうでもいい発言が、強すぎて使い勝手が悪すぎる二人の立ち位置を決めてしまう、とても重要な発言になってしまうとは、口に出した本人も思いもよらなかった。

「なんだか、日本の日曜朝に放送されてるヒロインアニメみたいね。」

「おろ? ばっちゃんそういうの好きなん?」

「孫娘が第九十七管理外世界のアニメが大好きなのよ。私もよく一緒に見せてもらってるわ。」

 この発言を聞いたあたりで、微妙に嫌な予感を覚えた優喜とクロノは、実にいい勘をしていたといえる。

「統幕議長、その話、詳しく聞かせていただけますかな?」

「あの二人の運用について、素晴らしいヒントになるかもしれません。」

 いい年をしたオヤジが二人、はやてのつぶやきからスタートした一連の会話をしっかり聞いており、使い勝手の悪い二人の使い方として、真剣に検討していたのだから。







「「広報部に配属?」」

「うむ。」

「君達二人の配属について、局内でいろいろもめている事は知っているね?」

 グレアムの言葉に顔を見合わせ、とりあえず一つ頷く。この話が出るまでに何度か、休みの日に武装隊などで演習を行っていたが、結果は散々だった。

 まず、普通に部隊の一員として混ざった場合、周囲の隊員のレベルに合わせる必要があったため、二人が持っている技量を全く生かしきれずに埋没。何のためのオーバーSランクなのかが分からない状態だった。かといって、指揮をさせると言ったところで、二人とも士官教育などまともには受けていない。結局、せいぜいタフな一般局員以上の運用は出来ない事がはっきりとしてしまった。これでは部隊編成を圧迫するだけで、宝の持ち腐れである。

 二人を別々の隊に分けての模擬戦がまたひどく、なのはとフェイトの戦闘、その流れ弾で次々に他の隊員が落とされていくという情けない状況に陥った。そもそも、オーバーSランクの実力が拮抗した人間が正面からぶつかって、周囲に気を配る余裕などありはしないのだ。それでも後で記録をチェックしたところ、二人ともなんやかんやいいながら、味方には一発も流れ弾を当てていないのだから恐れ入るしかない。

 唯一まともにできたのが、単独もしくは二人で組んでの仮想敵。やりすぎることなく、かといって甘すぎずといい塩梅に弱いところをついてしごきあげてくれたが、年齢一桁の少女にあからさまに手加減された揚句に、大量に欠点を指摘された側はたまったものではない。思いっきりへこんで復活に時間がかかった局員が続出し、二人の配属の難しさを改めて浮き彫りにした。

「一般的な部隊では、人員を圧迫するだけで宝の持ち腐れにしかならん。かといって、二人とも戦技教導隊送りと言うのはあまりにも芸がない。」

「そこで、保有戦力協定に引っかからない、単独運用が可能な手段を検討した結果……。」

 言いながらグレアムが資料を投影する。そこにはスーパーヒロイン計画と言う突っ込みどころ満載なタイトルが。

「君達を広告塔として利用しよう、と言う事になった。」

「え~っと、あの、よく分からなくなったんですけど……。」

「要するに、実戦投入可能なアイドルとして、君達を芸能界にデビューさせようという事に決まった。」

「……芸能界?」

 あまりに斜め上にすぎる単語に、思わず間抜け面を晒すなのはとフェイト。ただし、なのはがなに言ってるんだろうこの老人は的な理由なのに対し、フェイトはそもそも芸能界って何? という根本的な常識の欠如が原因だったりするが。

「因みに、可能かどうかについてはすでに検討済みだ。」

 レジアスが、資料を切り替える。スクリーンに映ったのは、第二フェイズ壮行会での、二人のステージ映像だ。記録が残っていたとは思わなかったらしい。なのはもフェイトも、冷や汗をかいている。

「……冷静に第三者としてみると……。」

「……私達、結構恥ずかしい事をしてるよね……。」

 顔見知りばかりでの余興で、なにをやらかしたところで誰も気にしないからこそできたようなものだ。少なくとも二人はそんな風に思っていた。だが……。

「これを、ネットワークに流して反応を確認し、ついでに広報部のコネを使ってあちらこちらから意見を集めてきた。」

「結論として、つけるプロデューサーと予算の使い方さえ間違えなければ、十分に売れると判断し、GOをかけることにした。」

 いい年こいたおっさん二人が、大真面目に明後日の方向に向いているとしか思えない事を言ってのける。そもそも、許可もとらずに勝手に自分達の映像をネットワークに流すとか、肖像権とか個人情報とかそういう観点でどうなのかと思う事を、治安維持組織の人間が勝手にやっていいのか?

「ふむ。高町夫妻やプレシアどのが君達が許可をくれたと言っていたのだが、なにも聞いていないのか?」

 二人の様子を見て、さすがに不審なものを感じたらしい。レジアスが怪訝な顔をしている。士郎と桃子が珍しく超次元通信をしている事があったが、どうやらこの件について話し合っていたらしい。

「まあ、この段階では個人情報が特定できないようにいろいろ工夫しておる。第一、この時はバリアジャケットの機能でメイクもしているから、余程の人間でもなければ素顔を見て気がつくことはなかろう。」

「ここに来るまでに、別段妙な視線を集めたりとかはしていなかっただろう?」

 年寄り二人の言葉に、不承不承頷くなのはとフェイト。因みに、ネットワークに流したものは、そのよほどの人間対策に不自然にならないように顔をぼやけさせ、音質はともかく画質は割と落としたものを流している。

「あの、根本的な疑問があるのですが、いいですか?」

「ああ、何でも聞いてくれたまえ。」

「私たちは、アイドル活動だけをやるんですか?」

「いや、違う。君たちは、テレビ番組の収録やコンサート、学業の合間の空き時間を利用して、手近な事件の解決に協力してほしい。」

 しれっと無茶ぶりをしてくれるグレアム。管理局の魔導師戦力とアイドル歌手。どちらも片手間でできるような内容ではあるまい。

「我々も最大限バックアップする。メイクやエステ、その他広報活動に必要なものはすべて必要経費でかまわない。楽曲の売り上げは無論印税契約もするし、コンサートも集客や収益に応じた歩合で手当てを出そう。」

「また、魔導師としての出動一回ごとに危険手当の用意もある。資格が取りたければそれについても考慮する。」

 やけに好待遇だ。末端の武装局員が聞けば暴動を起こしかねないレベルである。とはいえ、それだけ二人に求められていることが難しいのも事実だ。

 アニメや特撮のスーパーヒロインなんて、現実にやるとなればこれぐらいのバックアップは最低ラインなのだから。

「申し訳ないが、君達に選択の余地はない。」

「なに、失敗してもこの年寄りどもの顔がつぶれるだけだ。お前たちは上司にやらされたと言っておけば問題ない。」

 などと好き勝手なことを言って押し切ってくる。結局いくら実年齢より聡明で精神年齢が高かろうと、経験やら何やらの差はいかんともしがたく、よく分からないうちに「快く」引き受けた事になってしまったなのはとフェイトであった。







「まったく、無茶を言う年寄りだ。」

 同じ日の時の庭園。打ち合わせが終わり、はやての経過観察を待っている間に、なのはとフェイトの話を聞いていた優喜が、思わずそんな感想を漏らす。

「そういうんだったら、何とかしてよ。」

「優喜……、私、ステージの上ではともかく、それ以外の場所で普通に受け答えする自信ないよ……。」

「あ~、そうだろうなあ。」

 なんとなく、プレシアがフェイトに黙って、今回の件を勝手に了承した理由が分かってしまった。この荒療治がうまく行けばいいのだが。

「まあ、何事も経験だし、僕らぐらいの年齢でのやんちゃは、大体皆見なかったことにしてくれるし。」

「そう言って、後から掘り返すのが年長者だという事は、なのはの乏しい経験でもよく分かってるのです!」

「年長者だけとは限らないけどね。」

 優喜の台詞に、思わずじっとりとした目で彼を見るなのは。ぶっちゃけた話、この件に関しては優喜は年長者と同列の存在だ。

「とりあえず、この件に関して、僕に出来ることは何もないよ。せいぜい、アクセサリの一つでも作る程度だし、それだって注文なしでやるのはちょっとね。」

「え~?」

「いやだって、こっちが出した条件を考えたら、これ以上は余計なこと言えないし。」

「そんなあ~。」

 どうやら、なのはは心底嫌らしい。あまりの嫌がり方に、少しばかり好奇心がわく。

「なのは、どうしてそんなに嫌なの?」

「なんでって言われても……。」

 どう言っていいのか分からず、思わず口ごもるなのは。明確に言葉に出来ない種類の、どちらかと言えば本能に属する部分が拒絶している感じなのだ。だが、あえて言葉にするなら……。

「私の中の何かが、芸能活動なんてうまくいきっこないって訴えてるの。恥かくだけだからやめておけって。」

「あ~……。」

 その声は重要だ。人間、結構本能だの直感だのに属するものによる判断は正確だ。そこで納得しかけた優喜だが……。

「なのは、多分それは本当の理由じゃないんじゃないかな?」

「え?」

 何と、フェイトが異議を唱えてきた。

「なのは。少なくとも私たちにとっては、歌手だろうが魔導師だろうが関係なく、なのははなのはだよ?」

「あ~、なるほど。」

 フェイトの言葉で、なのはがためらう本当の理由をようやく理解する。どうやら、なのは本人もそうだったらしい。なにしろ、高町なのはと言う少女は、一時期家の中でも孤立していたのだ。高町家の最年少だというのに、まだ小学生にもなっていないというのに、さまざまな事情で家族からほとんど顧みられることなく過ごしていた時期があった。

 あの時期に関しては、タイミングが悪いとしか言いようが無かったのだ。そうなってしまった理由が解決し、優喜とフェイトと言う、家の中で一緒に行動する相手も出来た今、彼女はそのかつての孤独感を完全に忘れることができたが、孤立する事、自分を自分としてちゃんと見てくれない事に対するトラウマは、今もなお根深く残っているようだ。

「まあ、何か言われたら、僕かアリサにでも泣きついてくればいいよ。原因をどうにかする事は出来ないだろうけど、愚痴を聞いたりは出来るから。」

「うん……。」

 まだ納得できてはいないようだが、とりあえず腹はくくったらしい。文句を言うのはやめることにしたなのは。

「何の話してるん?」

「あ、はやて。」

「お疲れ様。」

 ようやく検査が終わったはやてが、リニスに車椅子を押されて出てくる。本来はヴォルケンリッターの誰かがやるべき役割なのだろうが、彼らは現在借金返済のために、管理局でこき使われている最中だ。もっとも、彼らの技量からすれば、危険の割には実入りがいい仕事が多いうえ、闇の書事件の間は戦闘らしい戦闘がほとんど無かったこともあって、とてつもなく張り切っている。

 いろいろ複雑な感情はあれど、ヴォルケンリッターが管理局で頑張った結果、本来出るはずだった怪我人が減っているのは事実だ。まだ二月ほどではあるが、彼らは着実に受け入れられ始めていた。

「それでどうだった?」

「今のところ、これと言って悪影響は無しや。リハビリの方はぼちぼち、言うところかな?」

「ならよかった。書をばらしたせいではやてに何かあったら、本末転倒もいいところだからね。」

「まあ、そうなったとしても、文句は言わへんよ。何もせえへんかったら死ぬか封印されるかのどっちかやってんから。」

 はやての言葉に、表情の選択に困るなのはとフェイト。そんな二人ににっと笑いかけると、話をもどす。

「そんで、さっきまで何の話をしとったん?」

「ん? ああ。なのはとフェイトの配属の話。」

「あ、やっと決まったんや。どこになったん?」

「広報部。」

 優喜の台詞に、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をするはやて。さすがにいくらなんでも、強力な魔導師二人を広報部に配属するなどと言う斜め上の展開は、まったく予想だにしていなかったらしい。

「いやまあ、なのはちゃんもフェイトちゃんも平均をぶっちぎって可愛いから、客寄せには向いてるんやろうけど……。」

「因みに、今回の配属については、はやても原因の一部だから。」

「なにその濡れ衣!?」

「いやだって、コンセプトが歌って踊れる戦闘魔導師としてアイドル活動、だもん。」

「あ~! そういう事かい!」

 確かにそういう発言をした覚えがある。ありすぎるほどある。

「ギル小父さんも、無茶しよるなあ。」

「まったくだ。」

「はやてちゃん、グレアム提督に言って、どうにかできないかな?」

「それとこれとは別問題や。それに、私も残念ながらリハビリ終わったら研修受けて局に入局やし、自分の事で便宜図ってもらうだけで精いっぱいや。」

 親友だと思っていたはやてにまで裏切られ、ずどーんとへこむなのは。その様子に穏やかに苦笑するフェイト。

「そういえば、フェイトちゃんは平気そうやな?」

「ん~、そういうわけじゃないけど……。」

 そこで、どことなくピンと来るものがあるはやて。

「ごねたら優喜君に嫌われる、みたいなこと言われた?」

「……違うよ?」

 どうやら、近い事を言われたらしい。一度やっておいて何だが、いい加減フェイトは、優喜を引き合いに出されると、無条件で指示に従ってしまう性質を何とかした方がいい。

「まあ、これでも、私は私なりに思うところはあるんだよ?」

「もしかして、美容とかファッションを局のお金で仕事の名目で勉強して、優喜君を骨抜きにして帰る気をなくさせようとか、そういう計算高い事考えたとか?」

 はやての発言にきょとんとするフェイト。仕事の名目で勉強、はむしろアリサが考えそうなことで、優喜を骨抜きに、はすずか、と言うより忍が考えそうなことである。第一、いかに頭がよかろうと、なのはやフェイトにそういう方向性での計算は無理だ。

「ねえ、はやて。」

「なに?」

「私が美容やファッションを勉強したぐらいで、優喜が元の世界に帰るのをやめてくれるの?」

「……ごめんなさい、私の考えが甘すぎました。」

 よもや当のフェイトにそこを指摘されるとは思わなかった。そういう意味で、自分の甘さを正直に認めるはやて。天然ボケのくせに妙なところで鋭く正しいのだから、とても始末に負えない。

「まあ、フェイトの思うところはともかくとして、一度やるだけやってみたら? どうしても嫌だったら、わざと失敗するのも手だし。」

「頑張って失敗するのはともかく、わざと失敗するのは嫌だよ。」

「じゃあ、やれるだけやってみるしかないよ。」

「……。」

「大丈夫。どう転んだところで、僕もはやてもなのはの味方だから。」

「うん。……そうだね。やっぱり嫌なことでも、失敗するなら全力でぶつかって失敗したい。」

 かつて、ジュエルシード回収中に、一度折れそうになった時のことを思い出して、覚悟を決めなおすなのは。後にこの芸能活動への覚悟を、早まったことをしたと後悔するのだがそれこそ後の祭りである。因みに、最初に覚悟を早まったと後悔したのは、デビュー前の歌のレッスンに、講師としてフィアッセが現れた時だった事をここに記しておく。







 そして時は進み、冒頭のコンサート終了直後。

「……もしかして、やっちゃったかも……。」

 舞台袖でスイッチが切れ、温まりすぎるほど温まった客席を見て、愕然としながらつぶやくなのは。さすがの管理局といえども、初めての分野でいきなりメインで大舞台を踏ませるような無謀な真似は出来なかったようで、とある生放送の歌番組の、前座的なコーナーで一曲披露したのだ。

「なのは?」

「やっちゃったって、大成功じゃない、なのはちゃん。」

「だから、やっちゃったかもって……。」

 こう、テーブルに両手をついてがっくりした様子を見せるなのは(アイドル仕様のバリアジャケット着用)。大成功だと、なにがやっちゃったのかがいまいち理解できないエイミィ。

「エイミィさん、私達ステージの上で、どんな事口走ってました?」

「もしかして覚えてないの?」

「ごめん、エイミィ。私もいまいち覚えてないんだ。」

「フェイトちゃんまで……。」

 二人とも、舞台の上では完全にスイッチが切り替わるタイプらしい。と言うか、素の性格から考えて、スイッチが完全に切り替わっていないとやってられないだろう。

「凄く堂々と受け答えしてたよ。フェイトちゃんは相変わらず天然っぽかったけど、それもすごく受けてたし。」

「そ、そうなの?」

「本気で記憶が飛んでるよ……。」

 目を白黒させているフェイトと、ますます深く沈みこむなのは。

「ねえ、なのはちゃん、フェイトちゃん。逆に覚えてることって何?」

「「歌ってる間は楽しかったこと。」」

「うわ……、重症だ……。」

 そんな二人を生温い目で見るエイミィ。言うまでもなく舞台袖でそんなことをしていれば、関係者には非常に目立つ。出演者やスタッフが、そんな彼女達に胡乱な視線を向けていた。もっとも、そうでなくても管理局本局の制服を着ているエイミィは、本人が自覚するぐらいには目立っているが。

「そういえば、優喜は?」

「今聖王教会だって。」

「そっか。」

「歌を聞いてもらえなくて残念なような、見られてなくてほっとしたような……。」

 優喜の不在を聞いて複雑な表情を見せるなのはとフェイト。

「そういえば、割と自然だったから気にしてなかったけど、エイミィさんってここにいて大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。リンディ艦長の命令だから、二人は気にしなくても大丈夫だよ。」

 なのはとフェイトのバックアップのために、少しの間エイミィが付き人的なことをすることに決まったのだ。本来はアルフも来る予定だったのだが、無限書庫に大量の資料申請がクロノ以外から来たこともあり、ユーノから泣きつかれてリニスと一緒に手伝いに出向中だ。なお、リーゼ姉妹も手伝いに出向中である。

「そもそも、今アースラはドッグ入りで当分出航する予定はないし、必要な書類も大体方はついてるし、クロノ君は優喜君とは別件で聖王教会だから私の出る幕はないし。」

「そうなんだ……。」

「そうなの。それで、この後の予定はどうだったかな?」

 なのは達のせいで温まりすぎて妙にやりづらそうな舞台を尻目に、邪魔にならない隅っこのほうで予定を確認していると……。

「え?」

「緊急出動要請?」

 同時にレイジングハートとバルディッシュにも同じ通知が来る。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、いける?」

「はい!」

「もちろん!」

「じゃあ、飛行許可は取ってあるから、急いで! 場所と詳細は移動中に説明するから!」

「「了解!」」

 エイミィの号令に敬礼を返し、ステージ衣装のまま舞台袖を飛び出す。二人を見送ってから、番組プロデューサーに事情を説明しに行くエイミィ。

「エイミィさんだったかな?」

「はい。」

「その様子、こちらで生中継しても問題ないかな?」

「えっと、ちょっと待ってください。上に確認します。……許可が下りました!」

「撮影班! 今の新人二人にサーチャーを回せ!」

 急激にあわただしくなる収録現場。スタッフのあわただしさが舞台袖の出演者に伝染し、見学者が異変に気がつく。エイミィから受けた説明通りなら、どうせ緊急速報をはさむ事になる。プロデューサーは司会者にカンペで指示を出し、緊急生中継に切り替える。

「……もしかして、結構大ごとになっちゃった?」

 事実上番組を乗っ取ってしまった事に思わず冷や汗をかきながら、二人の状況をモニターする事に無理やり集中するエイミィだった。







「フェイトちゃん、あれ!」

「結構大きいね。」

 番組が緊急生中継に切り替わったのと同時刻。なのはとフェイトは目標を射程圏内にとらえていた。管理局でも屈指の速さを持つフェイトと、旋回能力はともかくトップスピードではフェイトに匹敵するなのはの、面目躍如とも言える到達速度である。

 目標は五十メートル級の翼竜。大自然ならともかく、街中でそんなものが飛びまわった日には衝撃波だのなんだのでえらい事になってしまう。しかも、どうやら召喚能力でもあるらしく、猛々しく吠えると多数の小型の同種族がわらわらと湧いて出てくる。

「エイミィ! 目視だと状況が分からない!」

「一般市民の避難は!?」

『一般市民の避難は完了したとの報告あり! ただし、その過程で地上部隊に少なくない被害が出てる! あと、首都防衛隊と航空隊は別件で出動中、到着が遅れそうだって!』

 つまるところ、要するにあれを自分達だけで仕留める必要がある、と言うことだ。相手が暴れている場所が広い公園の上空であり、呼び出される眷族が平均で三メートル程度、大きくても十メートルに届かない小粒の相手である事が、不幸中の幸いとしか言いようがない。

「っ! なのは、来た!!」

 敵の群れの一部が、二人の方を向き突撃してくる。距離はあるがチャージなどのもろもろを考えると、たとえ一ミリ秒程度の硬直とはいえ、ユニゾンをしている時間的余裕はなさそうだ。

「ユニゾンしてる暇はなさそうだね、フェイトちゃん!!」

 判断ミスに歯噛みする。移動中にユニゾンする時間ぐらい、いくらでもあったのだ。そして、ユニゾンしていればカートリッジもフルドライブも使えるのだから、あの程度なら一分かからず制圧できるのだ。

「まずは取り巻きを全滅させて数を減らして、飽和攻撃でユニゾンする隙を作ろう!」

「了解!」

『なのはちゃん、流れ弾の被害が怖いから、砲撃を撃つ時は出来るだけ下から撃ちあげて!』

「分かりました!」

 エイミィの指示を受け、相手の集団よりやや低い高度を保つ。まずは注意を引く必要がある。フェイトの突撃に合わせて、ディバインバスターを三射。ここら辺はもう、基本パターンの一つだ。

 牽制程度の感覚で放ったバスターだが、それでも群れの大部分を一撃で消し飛ばす程度の効果はあったらしい。フェイトのフォトンランサーでも消えるところを見ると、一定以上のダメージを受けると元の世界に戻される、が正確なところだろう。

「なのは!」

「うん!」

 敵の群れから、大量の火炎弾が飛んでくる。敵の反撃を、二人同時に大量の弾幕を張って相殺、潰しきれなかった分を散開して回避する。流れ弾の被害が怖いので、避けた火炎弾はなのはが誘導弾で迎撃する。なのはが後始末をしている間に、フェイトがさらに大量の弾幕を張りつつ、複雑なマニューバを駆使して敵の群れに切り込んでいく。

「サンダーレイジ!」

 発動が早く、攻撃範囲の広いフェイトの切り札の一つ。かなりの数を掃除することに成功する。初手と次の手で一気に数を減らされた翼竜(大)は、再び眷族を呼び出そうとする。それを見切ったなのはが、ピンポイントの砲撃で相手の呼吸を乱し、召喚を阻止する。

「なのは、ナイス!」

「反撃が来るよ、フェイトちゃん!」

 怒りに燃えた翼竜(大)が、大規模な火炎放射を行おうとする。拙いと感じたなのはが、相手の射線の正面に立ち、ラウンドシールドを展開しながら、普段より高い出力で砲撃をチャージする。

「ディバインバスター・フルバースト!」

 カートリッジを用いない、なのは単独の攻撃としては二番目の威力を持つ大技。本来は魔力の壁に見えるほど拡散させて、広範囲を一気に押しつぶすタイプの砲撃なのだが、今回は防御的な使い方をするため、相手の火炎放射と同じ程度の太さに絞り込み、真正面から押しあう。

 数秒間、威力が拮抗する。その間に近辺の取り巻きからの攻撃が大量に被弾するが、そもそも展開したラウンドシールドは、本命の火炎放射に耐えるための特別製だ。雑魚の火炎弾ぐらいで抜けるような、やわな防御力はしていない。

「なのは、大丈夫!?」

 撃ち漏らした火炎弾が何発か当たったのを見て、心配そうに聞いてくるフェイト。

「このぐらい、大したことない!」

 なのはの言葉の通り、出力をさらに二割ほど上乗せして押し出すと、それだけで相手の火炎放射は押し返され、吹き散らされる。残念ながら本体に砲撃は当たらなかったが、防御という点では完璧な成果をあげたといえる。

 その間に取り巻きの大半を仕留め、残りの掃討に移るフェイト。とにもかくにも雑魚を掃除しないと、本体の始末に支障が出る事夥しい。

「フェイトちゃん、後ろ!」

「えっ? あう!!」

 残りの一体を仕留めたところで、翼竜(大)の尻尾に弾き飛ばされてしまう。追撃に移りかけてなのはの砲撃に邪魔され、いらだたしげに吠える翼竜。

「フェイトちゃん、大丈夫!?」

「自動防御が間にあったから平気! 大技行くから、ちょっとだけ時間を稼いで!」

「分かった!」

 フェイトの言葉にしたがい、大量の弾幕を作って牽制を始める。そんななのはを完全に無視し、フェイトにターゲットを絞る翼竜。無秩序に火炎弾を連射し始め、その対応で技の準備がどうしても遅れてしまう。

「え? どうして?」

 火炎弾を避けようとして、この場にいてはいけない物を見つけて硬直するフェイト。とっさに当たりかけた火炎弾を切り払って防いだのは、日ごろの優喜のしごきに耐えた成果であろう。

『フェイトちゃん、どうしたの?』

「エイミィ! まだ避難してない一般市民が! 六歳ぐらいの女の子!」

『え!?』

「あっ! 駄目! 防ぎきれない!!」

 落としそこなった火炎弾がフェイトの横をすり抜け、少女へ肉薄する。絶望の声をあげるフェイトをよそに、火炎弾は無慈悲に少女に襲いかかり……。

「キャスリング!」

 白いアイドルドレスを着た小柄な人影に、桜色のラウンドシールドによって阻まれる。

「なのは!」

「フェイトちゃん、ここは任せて、早くチャージを!」

「うん!」

 なのはに促され、目的の大技をチャージする。この隙にユニゾンすればいいのでは、と言う突っ込みは却下だ。大技のタメは訓練によって動きながらでもできるが、ユニゾンは完全に動きが止まってしまう。その間に広範囲攻撃でも来たら目も当てられないのだ。なので、ユニゾン完了まで、確実に相手の動きを封じ込める必要がある。

「フォトンランサー・ファランクスシフト!」

 なのはが手持ちの攻撃手段を駆使して稼いだ三秒で、かつて手持ちで最強を誇った己の手札をオープンする。三十八基のフォトンスフィアが発生し、翼竜を完全に取り囲み、容赦なくフォトンランサーを浴びせかける。普通の相手なら余裕で仕留めうる攻撃だが、この手の大型生物は皮膚が分厚く、いくら出力が上がったとはいえ威力ランクB+程度の射撃魔法では、どれだけ当ててもそう致命的な結果は出せない事が多い。

 フェイトの予想通り、ランサーの炸裂光がすべて収まった後には、それなりのダメージは受けているが、まだまだ健在である事をアピールしている翼竜の姿が。

「レイジングハート!」

「バルディッシュ!」

「「ユニゾン・イン!」」

 まだまだ健在であっても、さすがに完全に姿勢が崩れてすぐには行動が出来ない翼竜。その隙をついて、ついにユニゾンを果たす二人。バリアジャケットこそアイドル衣装のままだが、肉体が大人のそれになり、背中に大きな三対六枚の純白の翼が現れる。

「エクセリオンモード、起動!」

「ザンバーフォーム、起動!」

 いい加減相手を暴れさせすぎた。フルドライブで一気に蹴りをつける事にする二人。その剣呑な様子に危機感を覚え、最大威力で砲撃を行おうとする翼竜。

「ジェットザンバー!」

 そうはさせじとカートリッジをロードし、チャージされた砲撃を発射前に叩き斬る。爆散による衝撃波は出るが、そんなものかつてやり合った千八百メートルの古代龍の時と比べれば涼風のようなものだ。

「エクセリオンバスター!」

 こちらもカートリッジをロードし、威力を強化したディバインバスターを撃ちこむ。いい加減ダメージが蓄積していた翼竜にとっては、かなり深刻な一撃だったようだ。完全に地面に叩きつけられ、苦しげにのたうちまわる。

「フェイトちゃん、大技いける!?」

「チャージは出来てる! なのはは!?」

「いつでもOK!!」

 一気にとどめをさすことにしたなのはとフェイトは、いざという時のために用意しておいた、比較的チャージの短い合体技を起動する。

「全力全開!」

「疾風迅雷!」

「「ブラストカラミティ!!」」

 桜色と金色の魔力光が絡み合い、増幅し合って翼竜に吸い込まれ、巨大な光の柱を立てて炸裂する。非殺傷設定とはいえ、衝撃波ぐらいは出るため、まるで嵐のような風が周囲に吹き荒れる。本来は広範囲に炸裂する魔法なのだが、この場でとっさにアレンジしたのだ。

「状況終了。」

「お疲れ様。」

 完全に終わったことを確認して互いに手を打ち合わせ、ユニゾンを解除するなのはとフェイト。なのはが後ろにかばっていた女の子に向き合い、無事を確認する。

「大丈夫?」

「けがはない?」

「うん!」

 普通なら怖がってもおかしくない状況なのだが、どちらかと言うと憧れのような感情を抱いたらしい。瞳をキラキラ輝かせて、二人を見上げている。

「お姉ちゃん達、管理局の魔導師さんなの?」

「うん、そうだよ。」

「管理局の魔導師さんって、綺麗な衣装であんな風にかっこよく戦うの?」

「そ、それはちょっと違うような……。」

「え~? 違うの? かっこよかったのに。」

 女の子の問いかけに、しどろもどろになるなのは達。なにしろ、どう贔屓目に見たところで、なのはとフェイトは例外だ。能力的にも立場的にも。

「ご苦労様です!」

「ご協力感謝したします!」

 市民の安全を守っていた地上部隊の局員が、回収部隊を連れてなのは達に敬礼する。

「嘱託魔導師・高町なのは並びにフェイト・テスタロッサ、これより帰投します。」

「後の処理はよろしくお願いします。」

「了解しました。お気をつけてお帰りください!」

 二人から引き継ぎを受け、派手な戦闘の割には流れ弾などの被害が少なかった戦場の後始末を始める局員たち。因みに今回の件は、ペットの密輸業者が管理をしくじって亜空間に閉じ込めてあった翼竜を逃がしてしまったのが原因だったらしい。言うまでもなく、めったに起こるような事件ではない。

「お姉ちゃん達、またね!」

「またね。」

「ばいばい。」

 母親が迎えに来た女の子に手を振って別れを告げ、とりあえず収録現場に戻る二人。そこには、英雄の凱旋を今か今かと待ちわびた、出演者一同および観客の姿があった。

「え? え?」

「何? これどういうこと?」

「あのねえ。一件圧倒的な劣勢をたった二人でひっくり返して、ピンチをコンビネーションや変身でしのいで、最後は二人で合体攻撃って、これで盛り上がらないわけがないよ。」

 エイミィの言葉に、思わずしまったという顔をするなのは。考えている余裕は一切なかったが、どうやらグレアムやレジアスが求める役割を、完璧に果たしてしまったらしい。

「報道陣もこっちに向かってるみたいだし、これでしばらくはこの路線で決まりっぽいよ。」

「そんなあ……。」

「なのは、諦めよう……。」

 こうして、高町なのはのアイドルデビュー初日は、圧倒的な人気を獲得してスタートしてしまうのであった。



[18616] 第2話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:87fe9c21
Date: 2011/01/15 11:39
 そろそろ夏休みの予定を立てようかという時期の、ある日のこと。

「もう何度同じ事言ってるか分からないぐらいだけど、なのはもフェイトも最近疲れてるわね。」

「アリサ、私甘く見てたよ……。」

「甘く見てたって、何が?」

「アニメの魔法少女が、こんなにハードな暮らしをしてるとは思わなかった……。」

 フェイトの言葉に納得する。地球で暮らしていると想像も出来ないが、なのはとフェイトはミッドチルダで、古きよき魔法少女の生活をリアルで行っていたりする。一つ違いがあるとすれば、公的機関である治安維持組織の一員である、という点であろうか?

「ちなみに優喜、なのは達の生活ってどんな感じなの?」

「ん~、とりあえず昨日の日程から上げていこうか?」

 そういって優喜があげたのが

・午前五時起床、いろいろ身支度

・午前五時十五分ごろから午前七時前までランニング十キロ(アップダウンあり)、腹筋、発声練習、錬気、聴勁、制御訓練etc

・訓練終了後、朝食と弁当の準備の手伝い

・朝食後放課後まで学校

・塾の時間までミッドチルダで取材

・取材直前に出動、通り魔を取り押さえる

・ぎりぎりに戻って塾

・塾が終わってから夕食まで軽く戦闘訓練(ちなみに最近は発勁の反復練習も含まれる)

・夕食後、宿題をやって入浴就寝

「って感じ。」

「むしろ、アンタが平気なのが不思議ね。」

「鍛え方の違いってことで勘弁して。ちなみに、学校終わるまでと塾に行ってから後ろは、魔力養成ギブスと仮想戦闘シミュレーターを、直接戦闘訓練以外では常にやってるから。」

「それで成績落ちないのは、さすがとしかいえないよね。」

「二人そろって文系の成績はいまいちだけどね。」

 優喜の言葉に言わないで、という表情を向ける二人。なのはとフェイトにとって、文系科目の不振は結構深刻なコンプレックスなのだ。

「それで、アンタ達は今日もミッド行き?」

「うん。」

「今日はテレビで新曲発表。」

「どうせまた、何か事件発生してえらい目見るんだろうなあ。」

 優喜の言葉に固まるなのはとフェイト。今まで、取材とかテレビ収録とか言うと、ほぼすべて何らかの事件に巻き込まれて出動する羽目になっている。危険度に応じての増減はあるとはいえ、この三ヶ月ほどで出撃手当てを結構稼いでいたりする。

 常に悪意を感じるタイミングで事件が発生するが、別に上の連中がなのは達に押し付けているわけではない。七割は移動中に巻き込まれたり、収録中に収録現場近くで発生したりして、単純に一番早く対応できるから対応した、という種類だ。ぶっちゃけ、余計な予算をかけて二人に出動させなくても、駆け出しの職員でもどうにかなるようなものも結構多い。

 逆に、どういう訳か、そういったメディア関係の仕事がない時は、出動要請もかからない。フェイトは当然否定しているが、なのははひそかに彼女の引きの悪さに巻き込まれているのではないかと疑っている。

「優喜、それを言わないで……。」

「最近ついに局の制服でも誤魔化せなくなったの……。」

 ほんの三ヶ月でミッドで知らぬもののいない存在になってしまった二人。いい加減視線には慣れてきたものの、こんなに簡単に売れて大丈夫なのかと、不安を感じないわけではない。

「ゆうくんは、今日はミッドチルダ?」

「いんや。プレシアさんと通信で打ち合わせしながら、リィンフォースの調整。」

「それって、時間かかる?」

「別に、他の用事を割り込ませられなくもないよ?」

 すずかの口ぶりに、なんとなくぴんと来るものがあってそういう。

「じゃあ、今日放課後、うちに来てくれないかな?」

「了解。」

 優喜とすずかの会話に、どことなく物欲しそうな視線を向けるなのはとフェイト。

「そんな顔しないの。アンタ達のオフの日には、ちゃんと遊んだげるからさ。」

「うん。」

「オフを作れるようにがんばるよ。」

 なんだかんだ言っても遊びたい盛りのなのはたち。彼女たちは知らない。仕事というのは、往々にして張り切って片付けるほどに増えるということを。







「いらっしゃい。」

「お邪魔します。」

 月村家。すずかの部屋に呼ばれた優喜は、少し申し訳なさそうなすずかと、テーブルの上に置かれた出どころや製法不明の飲み薬型増血剤から、予想が正しかった事を知る。因みに、用意されている増血剤が怪しいといいきっている理由は、やたらめったら効き目が早いからだ。

「そんな顔しないの。」

「でも……。」

「そろそろしんどいんでしょ?」

「うん……。」

 そう言って、差し出された腕に恐る恐る噛みつく。さすがに首筋から直接もらった時に比べれば劣るが、うっとりするほどの美味が口の中に広がる。すずかにとっては極上ともいえる美味に心を奪われすぎぬよう、慎重にすする量を調整して飲みこむ。大体献血より少ない程度の量を飲み終えると、飲みすぎたと思った分にこっそり己の血を混ぜて戻す。

 因みに、自分の血を混ぜて戻すのは、忍の言いつけを守ってやっていることで、そこに込められた意味は理解していない。ただ、その行為になぜか少し心が高鳴る事には気が付いている。

「ご馳走様でした。」

「お粗末さまでした。」

 いつものことながら、少し酔っ払ったようにとろんとした表情になるすずかに、増血剤を飲んで、自身の気の流れを整えながら答える。

「お疲れ様でした。」

「疲れるような事はやってないけどね。」

 ファリンが、いろいろ片付けてから一つ頭を下げる。ドジっ娘の名をほしいままにする彼女だが、やらかしたところで特にこれと言って被害がない時は、どういうわけかあまりやらかさない。

「下で忍お嬢様がお待ちです。」

「了解。」

 ようやく正常モードに復帰しつつあるすずかを連れて、一階テラスのテーブルに移動する。

「ご苦労様。」

「いえいえ。」

 茶菓子を用意して、ノエルを傍に控えさせた忍が、梅雨の間の晴れ間を楽しみながらお茶を嗜んでいる。二人が席に着くと同時に、ノエルがお茶を用意し始める。

「前々から疑問に思ってたんだけど。」

「何かな?」

「僕の血って、そんなに美味しいの?」

 優喜のいまいちピンときません、という様子で発された質問に、どう答えるべきか悩むすずか。そんなすずかに苦笑を洩らし、代わりに正直なところを答える忍。

「そうね。正直、人間のパートナーがいない夜の一族だったら、君の血を飲んだらまず他の血は飲めないでしょうね。」

「そこまでなんだ。」

「そこまでなのよ。基本的に、血の味は体と心の強さが反映される。恭也や優喜君は、そういう意味では人類でも最高峰だし、その時点でまずいはずがないのよね。」

「ふ~ん?」

 忍の説明を聞いたすずかの顔が曇る。

「ただまあ、血の味を決めるのって、それだけでもないんだけどね。」

「と言うと?」

「業の深い話だけど、精神的な結びつきが強い相手ほど、血が美味しく感じるのよ。多分、それが不健康な生活を繰り返してきた、堕落しきった怠惰な人でも、恋人だったら君の血より美味しいでしょうね。」

「なるほどね。」

 何をどう言われたところで、夜の一族ではない優喜にはピンとこない部分だが、なんとなく納得できる話でもある。ただ、この場での問題は、それを聞いたすずかが、今にも泣きそうな顔をしていることだ。

「ただね。」

「ん?」

「少なくとも、私は血が美味しそうだから恭也を好きになった訳じゃない。好きになった相手が、たまたま私たちにとってとても美味しい血の持ち主だっただけ。」

「それは、言われなくても分かってるよ。そもそも、結局恋愛感情も究極的には本能に根ざした衝動だから、別に肉体目当てでスタートしても、それはそれでいいんじゃない?」

「だ、そうよ、すずか。」

 優喜の言葉に、泣き笑いのような顔になるすずか。どうやら、優喜も忍も、すずかが心の奥で悩んでいたことぐらい、お見通しだったらしい。

「それで、優喜君はすずかの事、どんなふうに見てるの?」

「一見大人しいけど、割と強情で、結構考えすぎて動けなくなるタイプの優しい友達、かな?」

「やっぱり、同級生と恋愛は無理?」

「今のところは、同級生でなくても無理。」

 先ほどの言葉に照らし合わせるなら、優喜は恋愛感情につながる本能が摩耗している。その上で中身の年齢は二十歳を過ぎているのだから、小学生相手に恋愛感情など、どうあがいても持てはしない。

「まあ、まだしばらくは大目に見るけど、ね。中学に入ってもその調子だったら、君のためにもすずか達のためにも、体に関する隠し事は洗いざらい吐いてもらうからね。」

「……了解。」

 いつになく強い調子の忍の言葉に、まじめな顔で一つ頷く。出来れば隠し通したいところだが、帰るために積極的に動いてくれているのは管理局とユーノだけだ。師匠が中学までに迎えに来てくれない限り、優喜が隠している本当の切り札とそのリスクまで話す事になるだろう。何しろ、この件で優喜を問い詰めに来るのは、プレシアと忍と言う頭の回転が速いマッド二人だ。

 避けられないであろう受難に思わずため息をつく優喜を、すずかはただ黙って見つめているのであった。







「ユーノが来る?」

「うん。久しぶりに休みが取れそうだから、皆の顔が見た言って言ってた。あとなんか、相談したい事があるんだって。」

「相談ねえ。」

 優喜が月村邸を訪問してから数日後の事。最近とんと顔を見る機会が減った友人の名前を聞き、少し首を傾げるアリサ。彼女からすれば、ユーノは相談を受ける側ではあっても、相談を持ちかける側だとは思えない。

「正直、あたし達は向こうの常識とか知らないから、それほど相談相手には向いてないわよ?」

「そこはもう、聞いてみないと分からない話だからなあ。」

「それもそうね。」

 どうにも、ユーノから相談を受ける、という状況がピンとこないという表情のアリサを、苦笑しながら見つめるなのは達。

「それで、いつ来るの?」

「明日の放課後だって。みんなの都合が合わなかったら、日付をずらすとは言ってたけど。」

「あら、ちょうどいいわ。明日は塾もないし、ちょうど習い事も先生が用事でお休みだから、時間が空いてるのよ。」

「私も。」

 アリサとすずかは、予定が空いているようだ。何気にこのグループ、皆結構忙しかったりするのが浮き彫りになる瞬間である。

「確か、なのはとフェイトは明日はオフだったよね?」

「うん。」

「ここのところずっと立てこんでたから、明日と明後日はお休みをくれたんだ。」

 言うまでもない事だが、嘱託といえどもちゃんと休日は設定されているし、有給休暇のシステムもある。休みをくれたというが、実際には本来とるべき代休を設定しただけだったりする。ぶっちゃけ、二人ともデビューからこっち、一日も休んでいないため、小学生の身の上とは思えないほど代休がたまっている。なので、ここいらで少し消化させるべきだと上司が判断したのだ。

 因みに、立場は違えど、ユーノも状況は大差ない。ユーノの場合、なのは達のような臨時収入がないのが余計に哀れだ。もっとも、なんだかんだ言いながらも、ユーノは結構したたかに休みをねじ込み、合間合間で遺跡の発掘に行っては趣味で臨時収入を稼いでいるのだから、流されるだけのなのは達と違って中々逞しく生きてはいるようだ。

「そういえば、なのは達ってそんなにすごいの?」

「今のところ、飛ぶ鳥落とす勢いとはこのことだ、ってぐらい凄いかな。」

「今は、物珍しさが勝ってるだけだよ……。」

 優喜の言葉に、げんなりしながら突っ込みを入れるなのは。現実問題として、まだ所詮三カ月程度なので、話題だけが先行している状況なのは否定できない。もっとも、手持ちの曲だけでコンサートが出来るようにと、三カ月連続で新曲を発表し、それがすべて次の曲まで売り上げやリクエスト一位を維持している、と言うのは、話題が先行し、勢いだけでどうにかしているというにはいきすぎている感があるが。

「エイミィさんがディスクをくれたし、ユーノが来たときに一緒に見ようか。」

「や、やめてよ!!」

「優喜、それは恥ずかしいよ……。」

「フェイトは雑誌に載った前科もあるんだから、いい加減あきらめたら?」

 一年ほど前に発売された、海鳴を紹介する記事が載った雑誌。その話を持ち出されて顔を赤くするフェイト。確かに知らない人間が個人を特定できるような写真ではなかったが、よく知っている人間が見れば一発で分かる程度にはしっかり特徴が写っていたのだ。おかげで、商店街の人たちに散々からかわれて、恥ずかしい思いをしたのは、フェイトとしてはまだ記憶に新しい出来事だ。

「しかし、ユーノの相談事ねえ。」

「大したことじゃない、とは言ってたよ。」

「ユーノ君が大したことないっていうんだったら、たぶん本当に大したことないんだと思う。」

 すずかの言葉は、聞き様によっては優喜に対するあてつけに聞こえなくもない。何しろ、こいつの大したことないほど信用できない物はないのだから。

「まあ、全部明日になったら分かるでしょ。」

 そろそろ担任が来る時刻になったので、あっさり結論を出して話を終わらせる優喜であった。







「久しぶりね、ユーノ。」

「元気にしてた?」

「ぼちぼちってところかな? 新しく入った人たちも慣れてきたから、よっぽどじゃなきゃ徹夜する必要はなくなったし。」

 翌日の放課後。集合場所となった八神家のリビング。めったに顔を合わせる機会のないアリサとすずかが、真っ先にユーノに挨拶をする。何しろ、夜天の書の件でミッドチルダに戻ってからは、はやての誕生日と夏休み終わってから一度、後はクリスマスパーティでしか顔を合わせていない。それも、一日二日程度の時間なのだから、近況が気になるのは当然だろう。

 なお、言うまでもないが、ヴォルケンリッターは護衛もかねてザフィーラが狼形態で残っているだけで、他の人間は皆、管理局で絶賛お仕事中である。バリバリ稼がないと、賠償金の支払いが終わらない。なお、ザフィーラ以外にも元防衛プログラムのパックンフラワーもどきが、リビングの隅っこでフラワーロックのごとくうねうね動いているが、既に見慣れているために、誰も突っ込みを入れない。

「アリサ達も元気そうでなにより。」

「あたし達はそれほどハードな生活はしてないからね。」

 アリサの言葉に苦笑するしかないなのは達。ハードな生活に慣れてしまったため、仕事がないとスカみたいに感じてしまうのはいろいろとまずいかもしれない。

「そういえば、はやては聖祥に編入しなかったんだっけ?」

「うん。借金返さなあかんから、あんまりお金使いたくないんよ。それに、特別扱いされるんもいややったし。」

「中学受験はするんだよね?」

「おじさんらから散々言われたから、一応がんばるつもりではおるよ。」

「待ってるよ、はやてちゃん。」

 はやての言葉ににっこりほほ笑むなのは。

「そういえばさ、ユーノから見て、なのは達ってどんな感じなの?」

「局員の人たちからすると、現状単なる色ものかな。」

「だよね。」

 ユーノの言葉にがっくりするなのは。

「でも、すごい人気だよね。メディアにそんなに出てる訳でもないのに。」

「え? そうなの?」

「うん。直接は、週に一本は出てないぐらい。雑誌って言っても、基本的にこっちと同じで月刊誌が多いし。」

「メディア関係のお仕事があるのって、月の半分もないの。」

 なのはの言葉に、そんなものなのか、と言う顔をするはやてたち。

「部長がね、私達が管理外世界在住で、義務教育真っ最中だって言う事に配慮して、出来るだけそっち方面のスケジュールは少なめにしてくれてるんだ。」

「の割には、よくテレビで見かけるんだけどね。」

「ニュースで、でしょ?」

「うん。」

 取材や収録の回数だけニュースで活躍が報じられるため、わざわざ他の芸能人のように、顔を売るために過密なスケジュールを組まなくても、十分宣伝になる。そこらへんの計算もあって、広報部の部長はあまり無理をさせないようにしているのだ。

「それでも売れてんねんから、公的機関のバックアップって美味しいんやなあ。」

「この場合、バックアップがある事より、犯罪者の逮捕権を持ってる事の方が大きいんじゃないかな?」

「そうね。一般のニュースで、犯罪者を逮捕した事が報道されるアイドルなんて、普通居ないから。」

 どちらにしても、公的機関所属の実務もやっているアイドルと言う、物語ではよく見かけるが現実には普通考えてもやらない存在になってしまったことが、二人の人気の秘密なのは間違いないだろう。

「それで、具体的にはどんな感じなの?」

「エイミィさんが、あっちこっちからもらった映像データをディスクにまとめてくれてるから、ちょっと見てみようか。」

「ちょ、ちょっと優喜君……。」

 いろいろあきらめの境地に入りつつあるフェイトと違い、最後まで必死に抵抗するなのは。だが、こういう状況では多勢に無勢になるのが基本だ。なのはもその例に漏れず、結局抵抗しきれずにみんなで見る羽目になる。

「わ、なのはちゃんもフェイトちゃんも可愛い。」

「ミッドの歌手はよう分からへんけど、今の日本のアイドルはこんなに歌うまないで。」

「前にも思ったけど、よくなのはの運動神経で、こんなに完璧にダンスを踊れるわね。」

 などと、好き放題言いながら、デビュー初日の舞台映像を見る一同。因みにユーノは休憩時間に、後輩の司書がこの番組を見ており、お気に入りの歌手が出るからと一緒に見ていたらこのシーンにあたって、思わずお茶を噴き出しそうになった記憶がある。

 そのあとの戦闘シーンは全員が釘付けになってしまい、結構長い事仕事が止まってしまったのはここだけの話だ。なお、終わった後に友達である事がばれ、いろいろ問い詰められたのは、(まだ三カ月ほどしかたっていないが)いい思い出である。

「……。」

「……。」

「……。」

 その後の戦闘シーン。なのは達にとっては、割とどうってことない戦闘だったのだが、アリサとすずかからすればそうはいかない。何しろ、客観的に見て、美少女が怪獣相手に優勢に戦闘を進めているという、いろいろ間違った状況なのだ。しかも、常に優勢だった訳ではなく、何度かピンチもあったのだ。そして何より……

「あのね、なのは、フェイト。」

「バリアジャケット、せめて普段のに変えてから戦おうよ。」

「と言うか、そもそもスカートで空中戦をしない!」

 スカートで激しい空中戦をしているものだから、下着が何度も見えている。何より問題なのがユニゾン後だ。二人のバリアジャケットは、元々第二次性徴も始まっていない体に合わせた構造になっているため、体形変化に合わせてサイズを変更したところで、根本的な部分でいくつか払うべき注意を払っていない。

 具体的に言うと、ノーブラで激しく空中を移動したり、反動や衝撃の大きな砲撃を撃ったりしているのだ。まだ、普段のジャケットはそういう意味では少しましだ。なのはのセイクリッドモードは露出面積が少なく体のラインは隠れるし、フェイトのライトニングフォームは体のラインこそはっきり出すぎるが、高速戦闘のためにあれこれきっちり固定している。そもそも、ユニゾンテストの段階で最初から問題に気がついていたため、実戦で使う頃にはユニゾン用の対応が終わっていた。

 だが、ウィンクモード、もしくはウィンクフォームと呼んでいるアイドル衣装のバリアジャケットは、高速戦闘も反動の大きな砲撃も考慮していない。その上、子供の体型では目立たないが、結構大胆に胸元が露出しているため、大人の体型になると派手に揺れる上にいろいろ見えそうでまずい。まだスカートの中身は、アイドル衣装の宿命として見える前提の物をつけているため、それほど問題はないのだが。

 悪い事に、その時の二人の体型は現在の姿からは想像もできないほど育っており、ぶっちゃけやろうと思えばグラビアアイドルも出来るぐらいだ。因みに、この問題点はこの戦闘の直後に、局の内部のあちらこちらから指摘が来て、すでに修正済みである。単純に、誰もこのバリアジャケットのままユニゾンして戦うことを想定しておらず、実戦になるまで問題に気がつかなかったのだ。

「この映像、僕がテレビで見たやつと違う。」

「え?」

「色々編集されてるっぽい。たとえば、ユニゾンのシーン、テレビで見たときはアップじゃなかったんだけど、これはアップで二人並列で挿入されてるし。」

「多分、ユーノが見たのって、生中継された映像だと思うんだ。一般的に見られてるのって、この映像らしいよ、エイミィさんいわく。」

 優喜の補足に納得する。確かに、生中継では状況がころころ切り替わる上、ユニゾンなんて見ているほうにとっては一瞬なのだから、そのタイミングで拡大とかかなり厳しい。生放送中は、辛うじてユニゾンが終わった直後のなのはとフェイトを順番にアップにするのが限界だった。

「それにしても、ごっついなあ。」

「何が?」

「あのサイズを平気で落とすとか、本気でごっついで。」

 はやての言葉に、思わず黙るなのはとフェイト。正直、本体の強さはなのは達の基準では弱いほうだったのだが、とても言い出せる空気ではない。ついでに言うなら、このサイズなら発勁が普通に内臓まで通るので、優喜なら下手をすれば接敵三十秒程度で始末しかねない。

「あの……。」

「何、フェイト?」

「よく考えたら、ユーノって、相談があってこっちに来たんだよね?」

 放っておくと延々バリアジャケットの評論と戦闘内容で盛り上がりかねないと判断し、とりあえず水をさすだけさしておくフェイト。

「ん? ああ、そうだった。」

「ユーノ君、相談って何?」

「相談ってほど大したことじゃないんだけど、前にアリサとすずかが、遺跡の発掘に興味があるっていってたよね?」

「ええ。すごく興味があるわよ。」

「私も、どんな技術でやってるのか気になってる。」

 二人の返事に一つ頷くと、本題を切り出す。

「事前調査が終わって、トラップの類の解除が大体終わった遺跡があるんだけど、今度皆で覗きにいけないかな、って。」

「え?」

「いいの?」

「うん。あんまり深いところまではいけないけど、それでいいなら、一緒に発掘にいかない?」

 相談というより、誘いに来たといったほうが正解だろう。ユーノの言葉に、少し考え込んだ後に重要なことを聞くことにする。

「それって、日程は決まってるの?」

「まだだよ。君たちの夏休みにあわせようと思ってるけど。」

「そうね、丁度いいからアンタ達も夏休みの予定教えなさい。」

 アリサに促されて、少し考え込んでからなのは達に話を振る。

「えっとね、私とフェイトちゃんは七月一杯はフリーで、八月頭から中までクリステラでコンサートツアー前のレッスンの詰め、中旬から管理局での研修をはさんでコンサートツアーの予定。」

「私は夏休み一杯、士官学校で幹部教育や。ちょっと抜けられそうにないわ。」

「僕は普通に予定は空いてるね。」

「アタシとすずかはどうとでも調整できるから、行くとしたら七月末?」

 そのアリサの台詞に、少しばかり申し訳なさそうにするユーノ。

「ごめん。さすがに七月中に行くのは、ちょっと日程調整が間に合いそうにない。」

「あらら。それじゃあしょうがないわね。だったら、なのは達がソングスクールにいる間に一度陣中見舞いに行く予定だから、その後に行きましょうか。」

「そうだね。ごめんね、なのはちゃん、フェイトちゃん。」

「気にしないで。ただ、せっかくだから、夏休みに入ったらすぐ、皆で海に行かない? はやてちゃんもそれぐらいはどうにかなるよね?」

「そやね。せっかく歩けるようになったし、海鳴に住んでるんやし、海行きたいなあ。」

 はやての言葉に、すずかが優しく微笑んで頷く。

「だったら決まり。ユーノ君、それぐらいにお休みは取れそう?」

「うん。予定が決まったら言って。」

「せっかくやから、うちの子らも休み取らせて、皆でいこっか。」

 久しぶりに全員そろって遊びにいけるとあって、妙にテンションが上がる一同。特に、なのはとフェイトはアイドルになってから、ほとんど友達と遊べていない。こういうイベントは大歓迎なのだ。

「すずか、フェイトに負けないように気合入れて水着選ばないとね。」

「多分、微笑ましいものを見る目で見られて終わりだと思うんだ……。」

「だよね……。」

 などなど、楽しみなイベントにテンション高めにだべり続けるのであった。







 いろいろあった海水浴も終わり、遺跡見学当日。高町家のプレシア特製小型転送装置を使ってミッドチルダの中央ターミナルでユーノと待っていた優喜は、月村家の転送装置を使って合流して来たアリサ達を見て微妙な顔をした。

「アリサもすずかも、気合入ってるね。」

「とりあえず、汚れてもいい服と靴を用意してきたわ。」

 探検家ルックのアリサとすずかに思わず苦笑する優喜。因みに、例によってジャージだ。

「友よ、せめてもう少しかっちりとした格好は出来ないのか?」

「いいじゃないか、別に。少々汚そうが破ろうが安く済むんだし。」

 中年の体育教師のような事をのたまう優喜。どこまでもジャージで済ませようとする優喜に、微妙に匙を投げたような空気を醸し出すブレイブソウル。

「まあ、優喜は地球で遺跡発掘の経験もあるみたいだし、それで大丈夫だって判断してるんだったら別にいいんじゃないかな?」

「極端に暑かったり寒かったりするんだったら、ちょっと対策を考える必要はあるけど、でも、それ言い出したらアリサ達の格好でもそうだしね。」

「あ、気候に関しては気にしなくても大丈夫だよ。日本やミッドチルダほどすごしやすくはないけど、極端な防寒対策が必要だったりはしないから。」

「了解。」

 ユーノの言葉に一安心、とばかりにリュックサックを背負いなおす。実のところ、なのは達ほどではないにしても、優喜はそれなりにミッドチルダの通貨を持っているため、必要そうならそのための道具を買うつもりだったのだ。

「それで、今回の遺跡はどういう代物?」

 転送装置の順番待ちの間に、遺跡の概要を確認する優喜。事前に資料をもらう予定だったのだが、ユーノの側が休みを作るために忙しくなり、資料を用意できなかったのだ。先ほどの気候対策の話も、結局そこが原因である。

「ベルカ戦争よりかなり前の時代のもので、時空系の研究が盛んだった世界の遺跡。」

「滅亡の原因は?」

「詳しい経緯は不明。分かっているのは、古代ベルカが台頭し始めるかどうかぐらいの時期に、突然ぱたりと住民が居なくなった事。資料もそこで途絶えたもんだから、実在自体が疑われてたんだけど……。」

「ユーノが無限書庫で場所を特定して、今に至る訳か。」

「そういう事。」

 律儀なユーノは、殺人的な資料請求の合間を縫って、優喜が元の世界に帰るための手段を、地道に探してくれていたのだ。今回の発見は、その過程で見つけたものである。

「で、今回の遺跡がその文明の物である確率は?」

「少なく見積もって八割ってところ。数少ない資料に記された内容と一致する施設とかがかなりあるから、確定してもいいんじゃないかな、ってレベル。」

「そっか。」

 例に寄って、ユーノと無限書庫の組み合わせは強力だったようだ。ユーノで見つけられないのであれば、無限書庫には資料がない可能性の方が高いのではなかろうか。

「それで、遺跡の危険性は?」

「政府の中枢施設と思われる場所の警備システムがいまだに生き残ってるから、その区域だけは上の下ってレベル。致命的なトラップはないけど、当たり所が悪いと命にかかわる可能性は十分にあるから、アリサとすずかはそっちには案内できないかな。」

「分かったわ。」

「私たちは大人しくしてるよ。」

 警備システムと聞いて、忍が仕掛けたトラップの数々を連想したらしい。アクティブなアリサにしては珍しく、異を唱えることなく素直に従った。

「そうそう、ブレイブソウル。」

「何かな?」

「せっかく来てもらったんだし、遺跡の中枢の警備システムを攻略できないか、ちょっと試してほしいんだけど。」

「分かった。最近ニートと言われても反論できない状況だった事だし、久しぶりに工具以外の仕事をしようか。」

 作られた目的を果たしてお役目ごめんになってしまったブレイブソウルは、高町家に転送装置があることも災いして、すっかりデバイスとしての出番が無くなってしまっている。最近ではナックル、小太刀に続く第三のフォルムの出番しかなく、めっきり使い減りしないアクセサリ製作用工具として使い倒される日々を送っている。

「となると、僕はそっちに付き合えばいいのかな?」

「うん、お願い。優喜にとっては、大したことない警備システムだから、場合によっては力技で突破してくれてもいいよ。」

「了解。」

 トラップに引っかかってえらい目にあった人にとっては、かなり聞き捨てならない事をあっさり言うユーノと優喜。

「ねえ、ユーノ。」

「何?」

「遺跡の調査って、そういうものなの?」

「分かってるトラップを力技で突破するってのは、それほど珍しい対応でもないよ。それ以外に方法がないことも多いし。」

 地球の遺跡調査と言うと、大体遺構だの何だのを発掘して地層やら何やらで成立年代を調べるという地味なものが一般的で、インディ・ジョーンズが調査しているようなトラップ満載の大型遺跡など、有名なものは大体調査しつくされて枯れ切っている。

 ぶっちゃけた話、地球に存在する遺跡の大部分は、月村邸に比べるとものすごく安全な代物だ。そもそも、ユーノが発掘してきた遺跡の中で、そこまで致命的なトラップが満載だったものがどれだけあるのか、そっちの方が気になる。

「しかしよくよく考えたら……。」

「何?」

「トラップだなんだって、かなり物騒な会話してるなあ。」

「まあ、私達の年だと、聞かれてもゲームか何かの話だと思われておしまい、じゃないかな?」

「そうだろうね。」

 などとどうでもいい事をだべっている間に順番が回ってくる。手続きをさっくり済ませて、目的の遺跡がある世界にさっくり移動する一同であった。







「えっと、中央の政府中枢ブロックってあれ?」

「うん。」

「じゃあ、ちょっと見に行ってくるから、ユーノはアリサとすずかをお願い。」

「了解。」

 ブレイブソウルを持って中枢ブロックに歩いていく優喜を見送ってから、とりあえず安全が確認されているところを一通り案内することにしたユーノ。

「遺跡って聞いてたから、もっと風化してるものかと思ってたわ。」

「ここは遺跡といいつつ、半分生きてるからね。」

「生きてるって?」

「都市としてまだ機能してるんだ。だから、中枢ブロックの警備も生きてるし、建物もそれほど傷んでない。照明とかも入ってるでしょ?」

 言われてあたりを見渡すと、確かに言うとおり、いくつかの建物に明かりがついている。

「ユーノ君、この街、いつごろのものなの?」

「見つかった資料からすれば、八百年ぐらい前には人が住んでたみたい。そこから後ろは日誌とか全部途絶えてるんだ。」

「それだけの間、よくこんな綺麗な街が誰にも見つからなかったね。」

「ここは長い間無人世界で、入植が始まったのが五年ぐらい前のことなんだ。しかも、隠蔽機能があって完全に隠れてたから、最近まで見つからなかったんだ。」

 隠蔽機能を解除するのに一ヶ月程度かかったと楽しそうに笑っているユーノを、思わず尊敬のまなざしで見てしまう。

「とりあえず、軽く居住区画を見ていこうか。」

「どれぐらいの広さがあるの?」

「この遺跡自体は海鳴ぐらいの広さかな? 隠蔽機能で地下にもぐっている部分まで合わせたら、日本より広いぐらいの面積はあるんだけど、そっちは完全に機能が死んでるみたいでどうやっても上がってこないから、今回は後回しにしたんだ。」

「やっぱり、結構広いんだ。」

 ユーノの説明に、ひどく納得した様子のすずか。これだけの規模の都市の住民が、全員一度に忽然と消えたというのがきな臭い。

「……本当に、いきなり人が消えた感じね。」

「うん。」

 信号らしき物の前で整然と並ぶ、運転手のいない車の列。何百年も干されたままらしい洗濯物が、かなり風化しながらも辛うじて原形をとどめながら庭先にぶら下がっている。

「飼ってたペットとか、どうなったんだろう?」

 すずかの視線の先には、鎖につながれた首輪だけが残った犬小屋らしきものが。そこかしこにこういった人の営みの痕跡が残っている様は、無機物しかないというのに妙に生々しいものを感じさせる。

「……不自然なぐらい清潔なのが怖いわね……。」

「……都市の自動機能は半ば生きてるから、自動的にある程度の掃除と補修はされてるんだ。」

 滅びた文明の都市というのは、色々凄惨な様子が残ったものが多い中、これは珍しいタイプだ。もっとも、表面上綺麗な分、かえって不気味で生々しく感じてしまうのだが。

「ねえ、ユーノ。」

「ん?」

「遺跡って、どれもこんな感じなの?」

「こういう、都市がはっきり残ってるのは珍しいタイプ。大体は自然に衰退した、完全に地層に埋もれた文明の物。次に多いのが戦争で滅んだ都市。後、疫病で全滅したようなのもある。」

 割合としては自然に衰退したものが多いが、絶対数で言うなら、戦争、疫病、天変地異の三大要因で滅んだ文明の方が多い。技術の暴走で滅んだらしい今回のケースは、なかなかのレアケースだったりする。

「まあ、ここの場合、都市としては滅んでても、文明自体が滅んでるかどうかは何とも言えない。」

「え?」

「ここは時空系の研究が盛んだった文明だから、もしかしたら別の世界で、その末裔が生き延びてるかもしれない。時間移動してて、当事者がまだ普通に生きてる可能性もある。」

「それも含めて、これから調査ってことね?」

「うん。」

 知的好奇心を大いに刺激する内容に、しきりにユーノに質問を飛ばすアリサ。その様子を微笑ましく見守りながら、すずかはすずかで気になるところを観察し続けるのであった。







 一通り居住区を見て回り、商業区らしき一角を覗きに行こうかという話になった時の事。

「ねえ、ユーノ。」

「どうしたの?」

「あれ、地下道じゃないの?」

「そうみたいだね。」

「あれを通って、残りの隠蔽機能で隠れてる場所にいけないの?」

「ちょっと待って。……まだ、そこまでは調査してないみたいだ。」

 ユーノの返事に顔を見合わせるアリサとすずか。その表情に浮かんでいるのは、見てみたいが七で安全に対する疑問が三である。いかにアリサとすずかが年よりはるかに聡明で慎重でも、年相応の好奇心はあるのだ。

「なんか、すごく見に行きたそうな顔だね。」

「個人的には見に行きたいけど、万が一が怖いのよね。」

「私もそう思う。」

「まあ、崩落の危険はそれほどないとは思うけど、地盤のチェックぐらいはしてからの方がいいかな。」

 ユーノの言葉に従い、彼が地盤チェックを済ませるまで周囲の様子を観察する二人。やや地盤が緩んではいるが、今日明日崩落するほどでもないとの結論を出したユーノが、待っていた二人に声をかける。

「とりあえず、入り口からちょっとの間は、今日明日崩れるほど弱くはないみたい。」

「そう。」

「見に行く?」

「行っていいのなら。」

 顔は全力で見に行きたいと言っているのに、なおも慎重にお伺いを立てるアリサ。その様子に、思わず苦笑しながら了承するユーノ。アリサとすずかなら無茶はしないだろうという判断と、少々のトラブルは自分一人で対応できるという自負、何より時間を稼いでSOSを飛ばせば、すぐに駆け付けられる距離に優喜が居るという妙な安心感から、ユーノにしてはやや安易に判断を下してしまう。

「多分単なる通路だから、トラップとかはないと思うけど、未調査区域だから慎重にね。」

 十人ぐらい並んで歩ける広い地下道を、頭上や足元、左右に注意を払いながら慎重に歩いていく。

「分かってるわ。」

 言葉通り、出来るだけユーノの傍から離れず、余計なものを触らないように移動するアリサとすずか。たまに視察に来る無鉄砲な偉いさんなどには、出来るだけ見習ってほしい態度だ。

「ユーノ、スイッチみたいなものがあるわ。」

「後で、スタッフ連れて来て調べるよ。触らないでね。」

「分かってる。」

「ユーノ君、もうちょっと先で左右にわかれてるみたい。」

「下手に曲がって道が分からなくなると困るから、今回はまっすぐ、でしょ?」

 などなど、いろんなものを目ざとく見つける割に、無茶は一切しないアリサとすずか。二人に自衛能力と多少の専門知識があれば、もう少し踏み込んだ調査もできるのに、と少しばかり惜しい気持ちもあるユーノ。

「それにしても、暗いわね。天井に明かりになりそうなものが見えないんだけど、明かり無しだったのかしら?」

「ここまでの調査で分かってる事から考えると、多分天井全体が光を出すシステムになってると思うんだ。」

「天井に掘ってある溝から光が出るんじゃないかな?」

「見えるんだ、すずか。」

「うん。私はほら、ね?」

 すずかの言葉に、少しばかり気まずそうに顔を見合わせるアリサとユーノ。しばらく、懐中電灯の明かりだけを頼りに、辺りに気を配りながらいけるところまで黙々と歩く。

「突き当りね。」

 何度かの分岐を無視して歩いて行くうちに、つきあたりにたどり着く。左右に通路が伸びているのを見て、ぽつりとつぶやくアリサ。

「引き返そうか。」

「ええ。」

 一応現在位置はマッピングしているが、迷ったり道が崩れたりしては大変だ。ここは安全を最優先に、さっさと引き返すべきだろう。

「そういえば、優喜の方は今どうなってるんだろう?」

「言われてみれば、別行動になってから結構経つわよね。」

「ちょっと連絡取ってみるよ。」

 別段なにもなかったことで、少し油断が生まれていた。周囲に対する注意が逸れた結果、アリサの歩き方がややすり足気味になってしまう。結果として、段差とも呼べない程度の段差に靴の裏が噛みこみ、足を取られてこけそうになる。

「あっ!」

 人間、それなりに意識していないとまっすぐ歩いているつもりでもだんだん端の方に寄って行ってしまうものだ。彼らもその例に漏れず、油断が生まれた結果、道の真ん中付近を歩くという意識が薄くなり、いつの間にか左の壁際まで来ていた。そのため、バランスを崩すと無意識に壁に手をついてしまうわけで……。

「ご、ごめん、ユーノ!」

「どうしたの、アリサ?」

「バランス崩した拍子に、何かのボタン押しちゃった!!」

「えっ!?」

 アリサにしては珍しいミスだ。どちらかと言えば、それをやりそうなキャラは美由希か那美、もしくはファリンであり、彼女達の中でそのポジションに来るとすれば、最大限譲ってもフェイトである。言うまでもなく、フェイトは持ち前の引きの悪さで、後の三人は単純にドジをやらかして、だ。うっかりやらかしそうなシャマルは、案外こういうミスはやらかさない。

 きっちり奥までボタンを押しこんだ結果、重々しい音を立てて何かが動き始める。天井の溝に気がついていたすずかが、ところどころに通路を横切るように溝が掘られているのを思い出し、なにが起こるのかを即座に予測する。

「ユーノ君! アリサちゃん! 多分隔壁が下りる!」

「……そうか! 防災シャッターか!」

 それを聞いて、大慌てで元来た道を戻る三人。外までは結構な距離がある。大したことないはずの距離が、この時ばかりは絶望的に感じるのであった。







 慌てるあまり、ユーノは大きなミスを犯していた。別に、シャッターが下りてしまっても、転移魔法で外に出れば済む話だったのだ。それに、通信もつながるのだから、誰かを呼んで、外から隔壁をぶち抜くか開けてもらえば、大したリスクなしに外に出られるのだ。

 だが、いくら頭の回転が速いといえども、そこは場数を踏んでいない小学生。アリサもすずかも、そこまで考えが至らない。ユーノ一人ならそういった判断もできるのだが、アリサとすずかの存在が焦りを増幅させてしまったようで、思わず一緒に走ってしまったのだ。

「ああ!」

「間にあわない!」

 目の前で隔壁が下り、完全に閉じ込められてしまう三人。それで終われば、少し落ち着けば、ユーノが魔法で外に出るという手段に思い至っていただろう。だが、昨日が半分死んでいる遺跡の、基本的に機能が死んでいる領域での出来事だ。経年劣化にさらされた天井の構造材が、隔壁が下りた時の衝撃で崩れ落ちる。優喜がこちらの世界に来た時のような大規模なものではないが、子供三人が生き埋めになるには十分な規模だ。

「危ない!」

 とっさに気がついたすずかが、アリサを引っ張って飛び退く。だが、完全に崩落範囲から逃げられるはずもない。ユーノがすばらしい反射神経を見せて、広範囲にラウンドシールドを展開する。

「ユーノ君!」

「大丈夫! だけどいつまでも持たないから、誰か呼んで!」

「うん!」

 自分のミスを引き金に起こった一連の事故。その衝撃で呆然としているアリサに代わり、てきぱきと行動するすずか。やはりと言うかなんというか、真っ先にSOSを発信した相手は、案の定優喜であった。

「ゆうくん! 天井が崩れて閉じ込められたの!」

『分かった、すぐ行く! ユーノは!?』

「崩れた天井を魔法で支えてるの! でも長くは!」

『了解!』

 これで優喜ならすぐに来てくれるだろう。問題は、それまでユーノが持つかどうか。少しでも負担を減らすため、とりあえずアリサを引っ張って安全圏に下がる。

「ユーノ君、どれぐらい持ちそう?」

「分からない! 思ったより瓦礫が重いから……!」

 それを聞いて、ざっとラウンドシールドの上に載っている瓦礫を観察する。大半は大した重さもなく、ちょっと衝撃を与えれば魔法の壁に沿って左右に崩れ落ちるぐらいだろう。だが、それをするには上の方に載っている三つほどの瓦礫がまずいかもしれない。

 大きさは多分、気合を入れれば手で持てるぐらい。予想される重さは、大人が二人がかりでどける程度。多分キログラム表示で三桁は行かないだろう。現状のすずかでは無理だが、血を飲めばあるいは……。

「ねえ、すずか……。」

「なに?」

 青い顔をしたアリサが、絞り出すような声ですずかを呼ぶ。その声に思考を中断し、出来るだけ穏やかな声で、その呼び掛けに応える。

「夜の一族って、血を飲めばいろいろ出来るのよね?」

「うん。」

「あの瓦礫、それでどけたりとかは……。」

「量にもよるけど、多分出来ると思う。」

 すずかが考えていた事をズバリ言い当てられ、内心でひどく驚きながらも、辛うじて平常を装って返事を返す。

「ねえ、すずか。」

「なに?」

「あたしの血を飲んで。」

「え? ええ!?」

 アリサの突然の申し出に、思わず大声で叫んでしまう。

「すずかが夜の一族の事、すごく気にしてる事は知ってる。こんな事を言うのは申し訳ないと思うわ。でも……。」

「アリサちゃん、無理しなくていいよ。」

「無理なんかしてない!」

 すずかのなだめるような言葉に、強く反発する。そして、そのまま思いの丈をぶつける。

「全部、全部あたしのせいなのよ! あたしが注意してなかったから! それなのに、この場ではあたしは役立たずだから、これしかできないから!」

「……アリサ、君だけのミスじゃないんだ。」

「でも、あたしがあのボタンを押してなかったら!」

「遺跡調査じゃ、これぐらいのトラブルはいくらでも起こるよ。大丈夫。優喜が来るぐらいの時間は十分に持つから。」

「すずか! お願い! あたしの血を飲んで! あたしに挽回のチャンスをちょうだい!」

 そんなユーノの言葉を聞かず、アリサは真剣な、泣きだしそうな顔ですずかに詰め寄る。アリサの悲壮なまでの覚悟に、躊躇いを殺しきれないながらも頷いてしまうすずか。

「ありがとう、すずか。さあ、ひと思いにガブッとやって!」

「う、うん……。」

 服の襟もとを緩め、綺麗な首筋を晒すアリサ。事がここに至っては、いちいち躊躇っている余裕はない。アリサの言葉通りひと思いに牙をつき立てると、必要だと思われる量を急ぎすぎない範囲で手早く飲み込む。優喜には劣るものの、アリサの血の味もそろしく魅力的だ。必要以上に飲みたくなる衝動を意志の力で抑え込み、さっさとアリサの傷口をふさぐ。

「アリサちゃん、ありがとう。ごめんね。」

 一言そういい置くと、夜の一族の力を解放する。前に制御訓練で輸血用血液を飲んで解放した時に比べると、けた違いの力が湧いて出てくる。瞳が赤く染まり、身体能力が何倍にも膨れ上がる。

「ユーノ君、衝撃が行くかもしれないから、注意して!」

「うん!」

 すずかの警告に、気合を入れてラウンドシールドを強化する。その様子を見ながら、慎重に崩れないように、上から順番にどけていく。三つ目をどけ、残りの土砂を軽い衝撃を与えてシールドの上からすべり落とす。無事にユーノの限界が来る前に作業を終えたことに、安堵のため息をついていると……。

「すずか! 危ない!!」

「えっ?」

 アリサの声に振り向き、視線を追いかけると、まだ崩れていなかった瓦礫が、すずかに直撃するコースで落ちてくる。今まさに集中力が途切れたところだったすずかには、これを避ける余裕はない。

「すずか!!」

 さすがの夜の一族といえど、これが直撃したら終わりだろう。どこか呆然としたまま、スローモーションで落ちてくる瓦礫を見つめ続けるすずか。ラウンドシールドも間に合いそうになく、ユーノとアリサの顔が絶望に染まる。次の瞬間。

「キャスリング!!」

 そんな掛け声と共に、優喜と瓦礫が入れ替わる。すずかの上に落ちる前に、扉のほうに衝撃波を放ち、軌道と姿勢を変えて、何事もなかったかのように着地する優喜。

「ごめん、遅くなった!」

「いや、ばっちりのタイミングだよ。」

「本当に、もう駄目だと思ったわ……。」

 完全に腰が抜けて立てなくなる三人を、心配そうに見つめてくる優喜。そんな優喜を、魂が抜けたかのように見つめるすずか。どことなく顔が赤い。

「それで、皆怪我はない?」

「僕は大丈夫。」

「アタシも、ユーノとすずかのおかげで特に問題はないわ。すずかは?」

「平気だよ。ただ、ちょっと緊張が解けて、膝が笑っちゃって……。」

 三人の様子に、大した問題はないと判断して一つため息をつき、何かに気が付いたように、すずかの顔を正面から見つめる。

「すずか、もしかして……。」

 どうやら、すずかが誰かの血を飲んだことに気が付いたらしい。よくみると、まだすずかの瞳が赤いままだ。

「え? あ、うん。アリサちゃんの……。」

「そっか、ごめん。アリサにもすずかにも、無理させちゃったね。」

「あたしのことは気にしないで。それより、ごめんね、すずか。あんたが気にしてるのを知ってて、自分のミスの清算の為に曲げさせて……。」

「気にしないで、アリサちゃん。私こそ、謝らないといけないんだ。」

「え?」

 はとが豆鉄砲を食らったかのような顔をするアリサに対し、少しためらいながら口を開く。

「アリサちゃんの血が、すごく美味しくて……。必要以上に飲みそうになって……。」

「……ありがとう。」

「えっ?」

「あたしのこと、大事な人だと思ってくれて。」

 アリサの言葉に、すずかの顔に驚きが広がる。

「どうして……。」

「忍さんがね、教えてくれたの。すずかにとって大切な人の血ほど、飲んだときに美味しいんだって。」

 すずかの顔が、複雑な表情にゆがむ。いまいち言うことを聞かないひざに活を入れて、すずかのそばに歩み寄ると、そっと親友を抱きしめるアリサ。

「すずか、ありがとう。」

「アリサちゃん……。」

 緊張の糸が切れたのか、声も出さずはらはらと涙を落とすすずか。すずかをぎゅっと抱きしめるアリサ。そんな二人を見守る優喜とユーノ。しばらく静かに時間が進み、再び崩れ始めた無粋な瓦礫に、現実に引き戻される。

「さっさと地上に戻ろうか。」

 崩れてきた瓦礫を殴り飛ばしながら、現実的な提案をする優喜。

「そうだね。優喜、瓦礫どけられる?」

「そんなことしなくても、転移魔法で外に出ればいいんじゃないかな?」

「あ、そうか……。ごめん、最初からそうしてればよかった……。」

 ユーノの懺悔に、小さく吹きだすアリサとすずか。その様子にもう大丈夫と判断して、珍しく空気を読んで黙っていたブレイブソウルに転移魔法を発動させる。

「今日は、久しぶりにデバイスらしい仕事をしたな。」

「本当にね。僕はあんまり役に立ってないけど。」

「そんなことないよ。ゆうくんが来てくれなかったら、私は死んでたんだから。」

 すずかの言葉に、小さくため息をつく。一見美味しいところ持って言ったように見えるが、そもそもあの状況になった時点で、優喜は何も役に立っていない。出来る範囲でという但し書きをつけたとは言えど、優喜的にはすずかへの誓いを果たせてるとはいえない。

「それ以前に、僕が落ち着いていれば、そもそも優喜に助けてもらわなくてもよかったんだよね……。」

「それを言い出せば、そもそもあたしがあのボタンを押さなかったら、何事もなかったはずなのよね……。」

「そういえば優喜、ブレイブソウルの転移魔法を使えば直接飛び込めたんじゃない?」

「転移のときの時差が怖いから、直接飛んできたんだ。キャスリングだったら、タイムロスなしで移動できるし。」

 優喜の言葉に納得する。直線ならフェイトを超える優喜のスピードなら、距離を考えれば、普通に移動してキャスリングで移動したほうが、転移魔法より速い可能性は十分にある。ちなみに、優喜のキャスリングアイテムはなのは達のものより若干制約がゆるく、交代先に十分な空間があれば目視できなくても移動可能だ。なお、すずかの上に落ちそうになった瓦礫の位置を、音で特定したのは言うまでもない。

「あれ? ユーノ、ここ……。」

「え? あ、血が出てる。」

「ごめんね、あたしのせいで……。」

「誰だってミスはするよ。だから、ね。」

「うん……。」

 一つ頷いて、そっとハンカチでユーノの傷口をぬぐい……。

「え?」

 そっと彼の額に口づけをする。

「今日のお礼とお詫び。返品は不可だから、ね。」

「う、うん……。」

 事故が起こってから初めて見せたアリサの微笑みに、ただただ見とれるユーノであった。







不定期掲載な後書き

普通にアリサとユーノって相性がいいと思うんだ
とりあえず、いまだにリィンフォース姉妹の相性が思いつかないので誰かアイデアぷりーづ



[18616] 閑話:高町家の海水浴
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:d2999c32
Date: 2011/01/22 09:18
「いいな~、恭也いいな~。」

「俺は引率で行くんだぞ、かーさん。」

「でも、羨ましいのは羨ましいの!」

「子供達のために、がんばって働いてくれ。」

「そうだぞ母上殿。私も共に置いてけぼりになるのを我慢しているのだ。」

「分かったわよ……。」

 つれない態度の恭也に文句を言うのをあきらめ、仕込みのために未練を断ち切って、アウトフレーム展開済みのブレイブソウルを伴って翠屋に行く桃子。もうすぐ三十路も折り返すというのに、たまにこういう子供っぽい態度を取るのだから、長男としては結構困る。ちなみにブレイブソウルは美由希が抜ける穴埋め兼入浴時に色々やらかした罰で、翠屋の手伝いを申し付けられている。

「まったく。俺は海に入らないというのに……。」

「え? 恭也さん、泳がないの?」

「フェイト。全身に刀傷がある男が、一般客がわんさかいる海水浴場で水着姿になれるわけがないだろう?」

「そうなの?」

「ああ。そんな事をしたら、公的権力が飛んできて、すぐに手が後ろに回るぞ。」

 フェイトの感覚のずれに付け込んで、大げさにあることない事を吹き込む恭也。実際には、刺青や刀傷だけで逮捕されるようなことはないが、周囲に無駄に威圧感を振りまくのは事実だ。

「恭ちゃん。フェイトは素直なんだから、あんまり変な事を吹き込まないの。」

「だが、俺が一般のプールや海水浴場で泳げないのは事実だぞ?」

「さすがに、警察にしょっ引かれる事はないよ。だって、全身に刺青してる人が堂々と海水浴してるぐらいだし。」

 単に、無関係な一般人に気を使うか否かの問題でしかない。それを理解したフェイトが、こう何とも言えない表情で微笑む。どうやら、反応に困って笑ってごまかしたらしい。騙されそうになった方が笑ってごまかすあたり、フェイトの怒るのが苦手な穏やかな性格が表れている話だ。

「そういえば、美由希さんは刀傷の類、ほとんど無いよね?」

「とーさんも恭ちゃんも、私が女の子だから気を使ってくれてるみたい。打ち身とかはしょっちゅうなんだけどね。」

「私は、それもあんまりないかな……。」

「フェイトはバリアジャケットがあるから。あれは本気でうらやましいよ。」

 なにしろ、当たれば大怪我だ。その緊張感が腕を伸ばすために必須なのかもしれないが、一歩間違えれば父や兄を殺しかねないのだから、いろいろ勘弁してほしい。

「でも、優喜に言わせると、バリアジャケットと非殺傷設定のおかげで、管理局の局員は防御訓練が甘いって。」

「やっぱり、何事も善し悪しだよね。」

 フェイトの言葉に、世の中うまくいかないものだとため息をつく美由希。

「とりあえず、朝ごはんの支度してくる。」

「お願い。」

 夏休みに入ってから、朝食の支度はなのはとフェイトが交代でやっている。いずれ独り立ちしたら、日ごろの多忙な生活のまま、家事もすべて自分でやる必要があるため、今のうちから練習したいとのたっての願いからだ。夏休みのお手伝いという側面もある。桃子も、娘達の腕が上がるのは喜ばしいことなので、朝早くに店に出る必要がある親二人の分ははずすことを条件に快諾した。

 なお、夏休みの間だけなのは、さすがにまだ早朝訓練の後に、弁当を作りながら朝食も用意する腕はないからだ。材料があれば勝手に自分で昼食を作ってくれるようになったため、桃子も休みの日は少し楽ができるようになったとおどけていたが、母親としては小学生のうちから手がかからなくなりすぎて、さすがに少々寂しそうではあった。

「十時に迎えに来るんだっけ?」

「うん。」

 朝食を作る手を止めず、美由希の質問に答える。昼は海の家で適当に食べる事になるため、朝ご飯を割と手の込んだものにする。なお、ご飯とみそ汁は桃子が作ってくれているので、フェイトが作っているのはおかずだけだ。まあ、みそ汁はともかく、ご飯は炊飯器が勝手に炊いてくれるのだが。

「そういえば、優となのははなにしてるの?」

「リィンフォースのアウトフレーム起動のために、バッテリーに魔力を入れてるんだ。私は今日は当番だから、なのはに任せた。」

「なるほど。それで、いつもより多くおかず作ってるんだ。」

「うん。」

 ほどなくして、私服姿のリィンフォースを伴って、優喜となのはが下りてくる。因みにリィンフォースの服は、バリアジャケットの流用以外は、大体忍かシグナムの物を借りている。桃子の物はどうにも雰囲気的に似合わず、他の人間は胸がきつくてアウトだったのだ。かといって、さすがに接点のないアリサの母の物を借りるわけにもいかず、リンディあたりは単に服を借りるためだけに会いに行くには、少々遠すぎる上に相手が忙しすぎる。

「おはよう。もうすぐできるから、もうちょっとだけ待っててね。」

 煮物を綺麗に盛りつけながら、リィンフォースに声をかけるフェイト。彼女は外見に似合わず、得意料理は和食だったりする。たくさんすり下ろされた山芋に軽くあぶった魚の干物、綺麗に焼き上げられただし巻き卵など、旅館の朝食に並びそうなメニューを次々と仕上げていく。

「……おいしそう。」

「そういえば、リィンフォースさんは、フェイトちゃんが当番のときのご飯は初めてだよね? フェイトちゃん、和食がすごく上手なんだ。」

「最近、母さんが追い付かれそうだって言ってたよね。」

「……期待。」

 いろいろあって、ヴォルケンリッター一の食いしん坊になってしまったリィンフォース。その食べっぷりは、たまに体重が気になるお年頃のエイミィあたりを羨ましがらせている。なにしろ彼女の体は魔力だけで構成されるアウトフレームだ。食った分のエネルギーはすべて魔力に変換され、体脂肪に化ける余分なカロリーなど一片たりとも存在しない。一応胃袋の限界はあるが、少なくとも太る事を気にして食事を控える必要が一切ないのは、世の体重に悩む女性にとっては羨ましいですまない体質だろう。

「お待ちどうさま。」

「今日はまた、やけに張り切って作ったよね。」

「リィンフォースに、あまり粗末なものを食べさせるのはどうかと思ったんだ。」

「……ありがとう。」

「お礼は、食べておいしかったらでいいよ。」

 やけにストイックな事を言いだすフェイト。彼女的には、どれほど心をつくした料理でも、相手の口にあわなければ意味が無いのだ。無論、自分が逆の立場になった場合、食べて死ぬようなものでなければ、どんなものでも感謝して食べるわけだが。

「それじゃあ、一生懸命作ってくれたフェイトに感謝して、味わって食べようか。」

「はい。召し上がれ。」

 士郎と桃子の代理として、食事の開始を宣言する恭也。恭也の宣言に合わせて、全員同時に手を合わせていただきますを唱和する。

「このひじき、旨いな。」

「……だし巻き、美味しい。」

 黙々と食べていた恭也とリィンフォースが、特にフェイトが手間をかけていた料理を褒める。

「出汁を昨日のうちに仕込んで、冷凍しておいたんだ。」

「ほう、自分で一から出汁を取ったのか。」

「うん。朝が忙しいと、出汁を仕込んでる暇はないだろうな、って思って、昨日多めに作って保存した。」

「……そこまでやる小学生って、どうなんだろうね?」

「あははははは。」

 優喜の微妙な感想に、思わず乾いた笑いをあげる美由希。ちゃんと料理ができるようになった今、昔ほどのコンプレックスは感じないものの、妹達の進歩の速さには女として複雑なものを感じざるを得ない。なにしろ、いつの間にやら二人して、冷蔵庫の中身のあり合わせで、適当に簡単な創作料理を作る領域に達している。

 一般のご家庭の冷凍庫は、弁当を作る必要がある子供がこれだけの人数いれば、普通結構な分量の冷凍食品が入っているものだ。だが、高町家の冷凍庫には、なのはが作った各種スープやソース類と、フェイトが作った出汁が結構な容積を占領しており、冷凍食品の類は皆無だ。

 これで、あり合わせで端材まで使い切った手の込んだ料理を作り始めたら、結構な人数の主婦の皆さんが、己の立場に危機感を覚える事になるだろう。毎朝手伝っているとはいえ、まだまだ朝から凝ったものを作りつつ、さらにお弁当の用意をするほどの手際のよさは持ち合わせていないのが救いではあるが、二人の情熱を鑑みるに、その域に達するまでそれほど時間はかかるまい。

 もちろん、美由希も間があれば台所に立つようにしてはいるが、なのはとフェイトの熱意に押され、せいぜい塾や仕事で帰ってくるのが遅くなる日の夕食ぐらいでしか、腕を振るう暇がない。これでは腕前で水をあけられるのも、当然といえば当然だ。最近は、なのはの翠屋二代目就任に黄信号が灯っていることもあり、アルバイトの最中にお菓子作りや料理を習うべきかと真剣に検討している。

「そういえば、フェイトちゃんぬか漬けも作ってたっけ?」

「うん。今日はキュウリが食べごろだったから。」

「なんで、異世界人の小学生が、日本の古き良き食文化を継承してるんだろう……。」

「……漬け物美味しい。」

 自分達のアイデンティティに悩む高町姉妹をよそに、マイペースで食事を続けるリィンフォース。今月は特別だが、基本的に月に一度しかご飯にありつけないのだから、かなり真剣に味わっている。

「とりあえずフェイト。アイドルは手荒れとか厳禁だから、そこは要注意。」

「分かってる。スキンケアはこれでも気を使ってるんだよ?」

「だったらいいよ。」

 仕事と立場の問題で仕方が無いとはいえど、十歳児なのに下手な大人の女性より美容に気を使っているフェイトに、思わず苦笑するしかない恭也と優喜であった。







「ねえ、すずか、フェイト。」

 海の家の更衣室。水着に着替えながら、気になってた事を切り出すアリサ。

「何?」

「どうしたの、アリサ?」

「前々から思ってたんだけど、最近アンタ達、ちょっと胸が出てきたんじゃない?」

「え?」

「そうかな?」

 アリサの言葉に、ものすごい勢いで胸元に視線を集中させる人間が二人。はやてと那美だ。

「そういえば、少し膨らんできてるかも……。」

「これは将来が楽しみやなあ。」

 言われてみれば、まだ乳房と呼べるほどではないが、第二次性徴が始まっていることを示す程度には丸みを帯び始めている。

「ねえ、那美さん。一つ聞いていい?」

「え?」

「那美さんが、どうしてフェイトとすずかの胸にそんなに食いつくの?」

 美由希の言葉に、こう、いろいろとダークな影を背負いながら自分の胸元をさすり、

「私、料理に続いて、このジャンルでも小学生に負けるのかな、って……。」

 と、地の底から絞り出すように答える。普段はそれほど気にしているわけではないが、忍とシグナムを筆頭に、周りにこう立派な持ち物を持つ女性が集まると、さすがにコンプレックスぐらいは感じるもので……。

「あ~、那美さん? 私もどっちかって言うと、このメンバーだとそっち側なんだけど……。」

「美由希さんは、谷間が出来るぐらいにはあるじゃないですか……。」

 それを言い出せば、那美でも一応絶壁と言うわけではない訳で、第二次性徴が明確な形で始まる前に書の守護騎士になってしまったヴィータや、現在まだ兆しが一切出てきていない他の小学生組よりは何ぼかましなのだが、こういうものは自分との折り合いと言う面が強い。第一、小学生と張り合って負けるとか、プライドも何もあったものではない。

 ちなみに中学を卒業するまではなのはが那美の側に行くのだが、高校を卒業するころには、はやてが那美の側に来ることになるのはここだけの話である。

「むしろ私としては、はやての食いつきの方が不思議ね。」

 保護者代表として、アルフとリニスを伴って参加しているプレシアが、もう還暦を迎える女性とは思えない見事な肌とボディラインを、年甲斐と言う単語をたまには思い出してほしい、割ときわどいデザインの水着で隠しながら突っ込む。正直、上下がつながっているだけで、露出はビキニと大差ないような代物だ。

因みにアルフは横着してバリアジャケットで誤魔化して、とうの昔に海に突撃している。ちなみに普段着のボトムを水着っぽくしただけだ。リニスはノエルやファリン、恭也と一緒に陣地を確保しており、来たはいいものの、水に入る気はなさそうだ。

 なお、水着をバリアジャケットでごまかしたのは、ヴォルケンリッターも同じである。理由は簡単で、私服はともかく水着はお金がもったいないという意識が働いたからだ。リィンフォースに関しては、単純に調達する暇が無かったというのもある。ついでに言うと、お金の問題ははやてにも降りかかっているため、彼女はまだ色気づくには早いと言わんばかりに学校指定の競泳水着をそのまま着ている。

「そらプレシアさん、おっぱいには愛と希望が詰まってるからに決まってますやん。」

「そのセクハラ親爺一直線な思想の一割でもいいから、優喜にプレゼントしてあげてほしいところね。」

「あれは恭也とは別方向で枯れすぎだと思うんですよね、正直。」

 忍の言葉に頷く高校生以上の面子。小学校四年生と言うのは微妙な年頃で、女体に対する好奇心や照れと言うものがそろそろ見え隠れする時期だ。なのにあの悪党は、本気で一切合財女体に対して興味を示していない。同級生の裸体に興味が無いのは中身の年齢からして当然だが、シグナムやアルフなどの妙齢の、特殊な趣味でもなければ普通に食らいつきそうな体型の女性にも、全く興味を示さない。

 かといって、単に大きい胸に興味が無いのかと言えば、美由希やエイミィ、ブレイブソウルのような普通サイズにも、那美のような小さいのにも食いつく様子が無く、コミケで女性向けとして氾濫しているような、倒錯した薔薇系の性癖を持っているわけでもない。単純に、そういう種類の感性が、不自然に思えるレベルで欠落している感じだ。むしろそっち方面では、ブレイブソウルの方が大活躍している印象すらある。

「今はまだ子供だからいいにしても、性的な要素に全く興味を示さないのは、それはそれで相手に失礼になることもあるのが問題なのよね。」

「……母さん。」

「何?」

「言ってる事が難しすぎて、話についていけないんだけど……。」

「今のままの気持ちを持ち続けていれば、そのうち骨身にしみて分かるようになるわ。」

 真面目な表情のプレシアの言葉に、よく分からないまま一つ頷くフェイト。自分にも降りかかってくる言葉だと考えたか、神妙な顔でプレシアの言葉を覚えておくすずか。

「それで貴方達、日焼け対策はちゃんとしてきた? 特になのはとフェイトは日焼けはあまり良くないんでしょ?」

「私とフェイトちゃんは、バリアジャケットの応用でどうにかするつもりです。」

「私もなのはちゃんらと同じで、魔法の練習を兼ねてUVカットフィールド展開中です。」

「すずか達には、忍ちゃん特製の日焼け止めを来る前に渡してあるから大丈夫。」

 忍特製、という言葉に動きが止まる大人組。

「あ、ちゃんとアレルギーテストとかきっちりやってるから安心して。」

「本当に大丈夫なんでしょうね?」

「それをプレシアさんに言われるのは、割と心外なんだけど……。」

 他のメンバーの態度とプレシアの言葉に、かなり不機嫌そうに言葉を返す忍。とりあえずそろそろ、プレシアと忍は自身の実績をちゃんと認識する作業を始めた方がよさそうだ。そんな事を考えつつ、自分達のスキンケアが小学生よりも手抜きである事にショックを隠しきれない美由希と那美であった。







「はやて、おせーぞ!」

 先に水に入って泳いでいたヴィータが、ようやく出てきたはやてを見て、子犬のように寄ってくる。選んだ水着はスポーティなセパレートタイプの物。バリアジャケットなので、いくらでも変更が聞くのはここだけの話だ。

「ごめんごめん。他の皆は?」

「シグナムとザフィーラは、ナンパを追っ払う作業で忙しい。他の連中はともかく、リィンがおびえちまってさあ。」

 見ると、烈火の将と言う肩書にふさわしい真っ赤なビキニに身を包んだシグナムが、見られるだけで焼き尽くされそうな険しい視線で、軽薄そうな三人組を追っ払ったところだった。その後ろでは、ザフィーラを壁におどおどしている白いビキニのリィンフォースと、あらあらと言う感じで笑っている緑のワンピースのシャマルが。

「大変そうやなあ。」

「一番大変なのは、実はユーキかも知んねーぞ?」

 と言ってヴィータが指さした方向を見ると……。

「いや、あのだから、僕は正真正銘男なんだって。」

「とにかく、ちゃんとした水着に着替えてきなさい!」

 なんか、そこそこいい年のおばさんに捕まって説教を受けている、学校指定の水着を着た優喜の姿が。

「あれ、なにやってんの?」

「どうも女に間違われて、ここは日本なんだから、そんな上半身むき出しの水着で泳ごうとするなはしたない、みたいな説教受けてんだよ。」

「……それ、笑ったらええん?」

「アタシに聞くなよ。ぶっちゃけ、今のあいつの年だと、女物着てたら確実に間違える自信あるぞ。」

「私は正直、股間ごまかしてパットでも入れといたら、十年後でも性別間違える気がするわ。」

 はやての言葉に思わず想像し、思いっきりため息をつくヴィータ。二人は知らない事だが、優喜ぐらいの使い手なら、自分の骨やら何やらをある程度自在に動かして、多少体型をいじる事が出来る。やろうと思えば股間の男の象徴を体の内側に引きこんで、性別を多少ごまかすこともできなくはない。

「多分、アタシとかシグナムより女らしいんだろーな。」

「私でも怪しいと思うで。」

 はやての言葉に、さらにため息をつくヴィータ。なんとなく聖祥の女子部に混ざって、並みいる女子生徒をなぎ倒し、女らしさで頂点に立っている姿を想像してしまったのだ。

「まあ、優喜君が下手な女の子より女らしいんは今更の事やし、考えたらへこむだけやから、考えんとこうか。」

 はやての言葉に黙って頷くヴィータ。とりあえず放っておくといつまでもやってそうなので、一応助け船は出そうかと思ったその時、飲み物を買って戻ってきたばかりの恭也が動く。どうやらなのは達が優喜を見つけたため、そろそろ回収する頃合いだと判断したらしい。

「ほな、皆のところにいこか。」

「りょーかい。」

 メンバーの中で唯一水に入った後のヴィータを連れて、待機場所に戻っていく。このくそ暑い中、折角砂浜に居るのに私服姿のノエルたちは非常に目立つ。ノエルもファリンも自動人形と言う性質上、やや水に浮くには比重が重すぎるため、人前で海水浴と言うのはちょっと問題があるのだ。もっとも、目立つと言えば、ご丁寧に黒一色で長袖着用の恭也が一番目立っているわけだが。

「はやて。」

 合流すると同時に、アリサが呆れを含んだ声ではやてに声をかける。因みに小学生ズの水着は、なのはとフェイトが白と黒のおそろいの、要所要所にフリルをあしらった、年相応のデザインの可愛らしいワンピース。アリサはヴィータとあまり変わらない、スポーティなセパレートタイプ。すずかがやや大人っぽい、ビキニとワンピースの中間ぐらいの物を着ている。ユーノはごく普通のトランクスタイプだ。

「どうしたん、アリサちゃん?」

「来年はうちかすずかのところのプライベートビーチに行くわよ。」

「……了解や。」

 シグナム達に海の家のような醍醐味を味わってほしかったので、今回は無理を言って一般の海水浴場に来たのだが、いろいろ大失敗くさかったのは確かだ。具体的にはナンパと恭也の存在で。

「来年あたり、すずかとフェイトもあっちに回りそうだしね。」

「そうやな。私らはまだ、体型的に無理かもしれへんけど。」

 因みにこの予言はフェイトに関しては若干外れる。どうにもフェイトはスタートは早い分、第二次性徴の進行そのものは非常にゆっくりで、一年かかってもまだ、ブラが必要かどうか悩むぐらいにしかならなかったりする。もっとも、進行がゆっくりな分終わるのも遅く、成長が止まったのは高校を卒業するぐらいと、なのはを除く残りの小学生組より二、三年長く成長が続いた。なお、なのはは本格的に第二次性徴が進んだのが高校に入ってからだったため、二十歳すぎてもまだ胸と背が微妙に増え続けたりする。

「とりあえず、えらい目にあった……。」

 まだ水に入ってすらいないというのに、思いっきり疲れをにじませる優喜。もっとも、原因こそ違えどシグナムとザフィーラも、似たような表情をしているのだが。

「女物を着た方が楽だっただろう?」

「いくらなんでも、女物の水着を着た日には自分が変態になったみたいな気分を味わいそうだから嫌だ。」

「あれなら、それほど問題ないんじゃないか?」

 そう言って恭也が指さした先には、いまいち色気にかけるタンキニを着ている美由希の姿が。傍らには、清楚ではあるが、これまた色気の類は死んでいる、何一つ凝ったところの無い白いワンピースの水着の那美がいる。美由希がやけにへこんでいるのは、少し別行動している間に那美だけナンパされた事に起因する。水着姿なのに色気が無いのはともかく、顔立ちは整っているのだから、野暮ったい三つ編みとメガネをどうにかすれば、そこそこにはもてそうなものなのだが。

「多分美由希さんの水着だろうけど、恭也さんはいくら子供といえど、あれを着た男と並んで歩きたいの?」

「まさか。いくら似合うと言っても、さすがにあれを着た男と並んで歩くのはごめんこうむりたい。」

「でしょう?」

 美由希のそれは、ビキニパンツの上にトランクスタイプのデザインのボトムを履く構造になっているため、容姿次第では男が着ても違和感はないデザインではある。だが、それでもデザインそのものは明確に女物なので、一応男としての意識はきっちり持っている優喜としては、どれほど切羽詰まっても避けたい選択肢だ。

「海に来て女物の水着を見て、出てくる会話がそれってどうかと思うな私。」

 流れが流れだとはいえ、あまりにあんまりな会話を続ける優喜と恭也に、とりあえず突っ込みを入れて軌道修正する忍。プレシアの水着もきわどかったが、彼女の水着も結構きわどい。文字で書くと黒のビキニの一言で済むが、余程身体に自信があり、しっかり手入れをしていなければとても着られないようなものだ。事実、忍とプレシアが来てから、男どもの視線はそっちに集中している。

「居心地が悪すぎて、こんな下らん事でも考えてなければやってられんぞ。」

「だったら恭也、ちょっとこれ塗ってよ。」

「何だ、これは?」

「忍ちゃん特製の日焼け止め。背中の方はちゃんと塗れてないからお願いね。」

 忍の台詞に、一瞬殺気立った視線が恭也に集中する。もっとも、不機嫌そうに周囲を見渡すだけで、あっという間にその手の視線は消えさるのだが。

「……お前が彼氏に苦行を押し付けるような女だという事はよく分かった。」

「あら、ベッドの上では……。」

「子供がいるところでそういう会話は感心しないわね。」

「……自重します。」

 際どすぎる会話をプレシアに制され、バツが悪そうな顔で明後日の方向を見る忍。好奇心に目を輝かせながら続きを待っていたアリサとはやてが、露骨に残念そうな顔をしてすずかに呆れられている。

「とりあえず恭也さんと忍さんは、もっと別のところでいちゃついてればいいんだ。」

「ごめんごめん。お詫びに何でもおごるからさ。」

「お詫びしてもらわなくても、最初かたらたかる気満々だから安心して。」

 優喜の遠慮のない発言により、ようやく微妙な空気が払拭され、遊ぼうという気分に切り替わる一同だった。







「そういえば、ユーノとはやては泳げるの?」

「あんまり泳ぐ機会はないけど、一応泳げるよ。」

「残念ながら水泳の練習する機会はなかったから、ものの見事にカナヅチや。」

「そっか。」

 因みに聖祥組では、アリサとすずかは水泳も得意科目、なのははターンが苦手だが泳ぐだけなら二キロはかたく、フェイトは水には浮くが息つぎが苦手でフォームも矯正中、と言ったところだ。

「じゃあ、お昼までフェイトとはやての練習を手伝おっか。」

「そうだね。」

 去年カナヅチ手前だったなのはは、優喜にフォームの矯正から始まる一連の特訓を受けて、鍛えられた基礎体力も相まって泳ぐだけなら全く問題ないレベルに到達した。基礎体力はともかく、運動神経にはいまだに難のあるなのはでも泳げるのだ。フェイトはオリンピックすら目指せるレベルで運動神経がいいのだから、すぐにちゃんと泳げるようになるだろう。水を怖がっていないので、単に経験の問題だ。

 どちらかと言えば、歩けるようになって日も浅く、運動神経もそれほどよろしくないはやての方が厄介そうだ。こっちも、特に水を怖がっていないので、浮けるようになるまでは早そうだが。

「まずは、浮く練習からかな?」

「そやね。」

 などなど、途中で休憩をはさみながら一時間ぐらいあれこれやって、とりあえずはやてがバタ足の練習に至ったところでお昼に呼ばれる。

「……微妙。」

 焼きそばを一口すすったリィンフォースが、あまり表情を動かすことなく小声でつぶやく。

「祭りの屋台とか海の家の料理なんてそんなもんや。元々大した調理設備はないんやから、大したもんは作られへんし。」

「こっちのおでんはまあまあだぞ。」

「カレーはまあ、はずれではないかな? もっとも、外しようがない、と言うのが正解かもしれんが。」

 などなど、聞かれないように好き放題言う一同。

「こういうのは、海に遊びに来たって言う雰囲気で味わうものだから、味についてあんまりうるさく言わないのがマナーよ。」

「そうそう。祭りの屋台も、普段食べても大して旨くない事が多いからな。」

 明らかにレトルト、という観点で外しようがないカレーを食べながら、そんな事を言ってくる恭也と忍。言われずとも分かっている小学生組は、味については一切文句を言わずに、適当に頼んだものを皆で分け合ってつついている。

「これが微妙って言うあたりが、この国の食生活を象徴してるよね。」

「あ~、ユーノだったらそうかもなあ。」

「そういえば、ユーノ君って遺跡の調査とかに行くから、あんまりきっちりしたものは食べない事も多いんだよね?」

「うん。それに、無限書庫最寄りの食堂も、普段行く手頃な方はそんなに美味しい訳じゃないしね。」

「あそこの飯が不味いって、アタシだけの感想じゃなかったんだ。」

「安くて割とサービスはいいけど、味はここの方が美味しいよね、あの食堂。」

 今まで、本局の中でも割と僻地扱いされていた無限書庫。一番近い食堂でも十分はかかる上に、そんな場所にある食堂がレベルが高い訳が無いのだ。

「でも、最近は来る人も増えてきたんでしょ?」

「うん。特にロストロギア関連は、無限書庫の情報が命綱になることも多いし、最近は司書も増員されたからね。」

 その陰で切られた予算も数多く、特に地味に最高評議会がらみの予算は、おっさんどもの手によってこそこそ食い荒らされていたりする。

「もう少し辛抱すれば、無限書庫の近くでも美味しいものを食べられるようになるかもしれないよ。」

「だといいけどね。」

「飲食店ってのは、人の行き来が多くて店の少ない場所には、割とすぐできるもんだからね。」

「なるほど。期待せずに気長に待つよ。」

 ユーノの言葉に頑張れと声をかけ、なんとなく肉気が欲しくなってフランクフルトを買う。リィンフォースがなにそれ、と言う視線を向けてくるので、もう一本買って差し出すと、

「……これは結構美味しい。」

 なかなかに好評だった。







「それで、この後何をするの?」

「海で定番の遊びって言うたら、ビーチバレーにゴムボートにスイカ割りやん。」

「……ビーチバレーねえ。」

 その単語に色々考え込む。人間のレベルを超えた運動能力を持っていない人間は、なのは、アリサ、はやて、那美、シャマルぐらい。残りは全員、本気を出せばオリンピック選手もびっくりの運動能力を示す。そのうち、フェイトを含む地球組はまだいい。限度とかさじ加減とかいったものをよく知っているから。

 問題はヴォルケンズとアルフだろう。基本的に普段はそこまで無茶をやらかしはしないが、勝負事には熱くなりがちな気質をしている。ヴィータがゲートボールでカートリッジをロードしようとしたことを引き合いに出すまでもなく、とにかく負けず嫌いなのがベルカ騎士なのだ。そして、こいつらが勝負事に熱くなりすぎ、本気を出して暴れたらどうなるのか。

 人間の限界を無視して行われるであろう空中戦。吹き荒れる衝撃波に飛び散る砂煙。ブロックした人間ごと吹き飛ばすサーブに、受けると足がめり込むアタック。そして、人知を超えた勝負に使われても、なぜか割れないビーチボール。明らかに悪目立ちする上に、どう考えても優喜や恭也が巻き込まれない道理がない。

「……ビーチバレーはやめておこう。」

「そうね。あいつら絶対熱くなりすぎて、加減って物を忘れるわよ。」

「フェイトちゃんとかゆうくんとか、確実に巻き込まれるよね。」

「なのはは、自分が巻き込まれない自信がありません。」

 どうやら、皆同じ結論に達したらしい。言い出したはやてですら同じ事を考えたらしく、あっさり没になった。

「後、スイカ割りは、僕は見学に回るよ。」

「え~? 何おもろない事言うてんの?」

「あのさ。僕が参加したら、一発で割って盛り下がるに決まってるでしょ?」

「やってみな分からんやん。」

 はやてがそんなことを言うので、ためしにビーチボールをスイカに見立てて実践して見せることに。それなりにまったりした後だとはいえ、昼を食べたばかりで割ったスイカを食べるのはどうかという結論で一致したためだ。

「ちゃんと目隠しできてる?」

「問題ないよ。」

「じゃあ、十回回して……。」

 おとなしく十回回され、あさっての方角に向きを変えられた優喜は、周りの声を完全に無視してビーチボールをあっさり叩く。

「……ほんまに、ちゃんと目隠しできてる?」

「出来てるよ。単純に、僕は目が見えないのがハンデにならないだけ。」

「……そういえば優喜君は、目が見えなくても大丈夫なように訓練していましたね。」

 もともと視力にほとんど頼っていない人間に、目隠しをしたからといって意味があるわけがないのだ。もっとも、視力が戻って何年もたっているというのに、いまだに目が見えない状態を基本にしているのもどうか、と言うのももっともだが。

「優喜ほどじゃないが、俺と美由希も避けた方がいいかもな。」

「あ~、そうだね。」

 真夜中の暗闇で、足場の悪い森の中を走り回る人間にも、スイカ割りと言うのはあまり適さない遊びだろう。もっとも、さすがに優喜ほどに鋭敏なわけではないので、まだ多少は競技になるのだが。

「で、このままスイカ割りをするの?」

「どうしよっか?」

「ちょっと白けた気がするから、もうちょい海に入って、それからにしよっか。」

「了解。」

 いろいろ持ち込んだビニール製の遊具を膨らませ、適当に持って海に突撃する。白と黒のコントラストがいいのか、それとも形がそそるのか、フェイトはシャチの浮き輪が気に入ったらしい。捕まってぷかぷか浮かんでは波にさらわれてひっくり返るという、傍から見ているとドンくさい遊びをエンジョイしている。

 食べ足りなかったアルフとリィンフォースは、プレシアや忍におごってもらっていまだにいろいろ食べている。とりあえず、タコ焼きとフランクフルト、それからアメリカンドッグは気に入ったようだ。実のところ、アルフはともかくリィンフォースはほとんど海に入っていなかったりする。

 ザフィーラは引き続きリィンフォースの護衛だ。はたから見ている分には、この二人できてるんじゃね? という感じに目と目で通じ合っているが、当人達にはその気は一切ない。シャマルはナンパをうまくあしらって、あれこれおごらせた挙句に放置プレイという、なかなかひどいことをしている。さすが参謀、腹黒い。そんな感じで、皆思い思いに遊ぶ午後であった。







「そろそろ引き上げ時だが、十分に遊んだか?」

 一部の人間を抜いてスイカ割りをし、皆でスイカとカキ氷を堪能した後、軽く遠泳的なことをやって戻ってきたあたりで、恭也にそう声をかけられる。ちなみに、スイカ割りは那美が砂地に足を取られて顔面からこけた際に、偶然全体重ののった木の棒がスイカを直撃すると言う形で幕を閉じた。前評判ではアリサかシグナムが割ると思われていたため、やや意外な結末だった。

「うん!」

「だったら片づけはこっちでやっておくから、さっさと着替えてくるように。」

「は~い!」

 元気よく返事を返し、とてとてとロッカーを借りた海の家へ群れをなして入っていく。まあ、着替えるといっても、アルフとヴォルケンリッターはシャワーを浴びて塩を洗い流し、バリアジャケットを解除するだけなのだが。

「恭也さん、ご苦労様。」

 一足先に着替えを追えた優喜が、付き添いで気苦労だけをかけた恭也に声をかける。

「何、お前たちは手のかからん人間ばかりだからな。ただ、リニスさんに冷房をかけてもらっていたとはいえ、さすがに少々暑くはあったが。」

「来年は気にせず水着になれるように、すずかの家のプライベートビーチに行くことになりそう。」

「正直その方がありがたい。」

「ただ、いくら忍さんの水着姿が魅力的だからって、小学生もいるんだから十八歳未満お断りの展開は無しの方向で。」

 優喜の台詞に苦笑する。さすがにそっち方面は普段の趣味ほどかれていないどころか、年相応には滾っているとは言えど、さすがに常識とか良識というものは持っている。二人っきりで人気のない海岸に遊びに来ているならまだしも、小学生を引率している状況でそんな真似はしない。

「どっちかというと、むしろお前がこっちの誰かとそういうことをするようになって欲しい、というのが大多数の意見のようだがな。」

「無茶言わないで。」

 それを無茶と言い張る優喜の将来を微妙に心配しつつ、とりあえず肩をすくめて話を終える。今は冗談半分で言っているこの会話が、結構しゃれにならない治療を伴った、割と深刻な問題になるのは優喜が中学に上がってからのことである。

「皆揃ってる? 忘れ物はないわね?」

「ちょっと待って、最後に写真を一枚!」

 帰る前の集合写真を撮るなのはに、思わず微妙な表情を浮かべるフェイトと優喜以外の海水浴組。

「アンタ達元気ね……。」

「我らですら、普段使わない筋肉を使って、思ったより疲れているというのに……。」

「鍛えてますから。」

「ね~。」

 そんなこんなで、楽しい海水浴はにぎやかに終わりを告げるのであった。



[18616] 第3話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:cdbc2bb8
Date: 2011/01/29 19:16
「予想以上に件数が多いな。」

「前々から、フェイト君が絡むとこういう傾向はあったが……。」

 広報部から上がってきた二人の緊急出動件数を見て、小さく唸るグレアムとレジアス。

「レジアス、ミッドチルダ全体の発生件数が増えている、というわけではないのだろう?」

「ああ。毎月増減を繰り返しながら、全体では現状維持、と言ったところだ。」

「となると、単純に事件に遭遇しやすいのだろうね。」

「もはや遭遇しやすいというよりは、引き寄せている、と言った方が正しいがな。」

 レジアスの言葉に苦笑するしかないグレアム。実際のところ、出動回数そのものは、取り立てて多いというほどではない。ただ単純に、常に致命的なタイミングで事件に遭遇、もしくは二人の手が必要な事件が発生し、アポイントにぎりぎりの時間になるのだ。

「最近では、余裕を持って収録先に到着したら、拍子抜けされる領域だそうだ。」

「ツアーの最中も二度ほど襲撃があって、危うく本番がつぶれそうだったそうだが。」

「そちらは普通に狙われたらしい。どちらも野外ステージで見通しが良く、来るタイミングが分かったから、歌いながら対処したそうだが。」

「……羨ましい対処能力だな。」

「ああ。まったくだよ。」

 レジアスの言葉に同意するグレアム。来るのが分かっている相手に対処する、と言うのは案外なんとかなる。だが、観客を前に歌いながら、一切の不安を抱かせずに対処するというのは余程隔絶した実力がなければ無理だ。なお、そのシーンはお宝映像としてどこからともなくネットワークに漏れ、ものすごい再生数を叩きだしている。

「ここまでうまくいってしまうと、別の心配が出てくるな。」

「その件については、すでに広報部の部長が締め付けているそうだ。」

 衰える事のない二人の人気に便乗しようとして、いくつかの芸能事務所が逮捕権の無い一般の魔導師を、同じようなコンセプトで売り出そうとする動きが出てきていた。ほとんどがCランク未満のそれほど強力とは言えない魔導師で、二人ほどの歌唱力も戦闘能力もなく、単に状況を悪化させるだけなのが目に見えていたため、先手を打って締め付けを行ったのだ。

「とはいえ、我々も後に続く人材を出すのはほぼ不可能だろう。」

「当たり前だ。現状、二人はあくまでイロモノだからな。第一、プロ級の歌唱力とSSSランクの戦闘能力を両立した魔導師など、そんなにごろごろ出てきてもらっても困る。」

 そんなものがごろごろ出てきた日には、対応する事件の難易度がうなぎ登りだ。管理局にたくさん強力な魔導師が居るという事は、在野にもたくさん強力な魔導師が居るという事につながるのだから。

「まあ、その話は置いておこう。広報部に関して、広報部長から半期の収支報告書とセットで質問が来ている。」

「ふむ? ……中々とんでもない数字だな。」

「ああ。芸能活動と言うやつは、当たれば実に儲かるものだね。」

「それで、質問と言うのは?」

「この膨大な収益をどうするべきか、と言うのを聞いてきている。何しろ、広報部だけで使うには巨額すぎるし、そもそも予算に組み込まれていない資金だ。二人にある程度還元はしているようだが、全て還元は出来ないし、するべきでもない。第一、大半を占める印税収入は、管理局と彼女達の取り分が同額だから、これ以上増やすのはバランスに欠ける。」

 なのはとフェイトの芸能活動。その収支は、たった半期で膨大な黒字を叩きだした。何しろ、要望があったものを作って売り出すだけで、いくらでも収益が上がるのだ。一般的なグッズ類で今現在売り出されていない物は、時間が無くて撮影ができていない写真集と、機密の問題で許可を出しづらい、二人のデバイスを模したおもちゃぐらいなものだ。因みに、ミッドチルダではあまり一般的ではないフィギュアの類は現在、問い合わせを受けてどうするべきか検討中である。

 また、テレビ出演や雑誌取材の類は、基本的に通常業務の一環扱いであるため、そのギャラのほとんどが管理局に入る。他にも事件解決時の映像使用料をはじめとした、著作権・肖像権が絡む話が山ほどあり、事件を一つ解決する、もしくはライブ映像が一つできるたびに膨大な金が動くのだ。

 しかも、通常業務の一環であるテレビ出演も、二人が基本学生であまり時間が取れない事もあって、時間単価が日に日に跳ね上がっており、今やドル箱になってしまっている。コンサートツアーに関しては、それ自体は赤ではない程度の利益しか出ていないが、それに付属するもろもろが、これまた巨額の収益を生み出している。

「そうだな。まあ、あの子たちが稼いだ金だから、あの子たちの活動費に優先で当てて、余った分は予備費として蓄積、来期に使い道を考えよう。」

「いっそ、機動的に使える予算として、プールしておく方がいいかもしれないね。」

「ああ。災害対策にテロの後始末、突発的に金が居る事態はいくらでもあるからな。」

「それに、金額そのものは割と大規模な部隊を運営できるものだが、収益の安定性に疑問もある。さすがにこの金を当てにして新規の部隊を運営するのは、もうしばらく推移を見守ってからの方がいいだろうね。」

 新たな試みと言うのは、上手く行こうが失敗しようが、たくさんの懸案事項が新たに生まれるものだ。しかも、今回は上手くいっているが、人気と言うのは水ものである。何がどう転ぶか、分かったものではない。その場その場で対応を決めながら、最低でも三年ぐらいは状況を見守るしかなかろう。

 もっとも、どう転んだところで、なのはとフェイトが普通の部隊で運用できないという問題は解決しないのだが。

「予算と言えば、またしてもいろいろと面白いものが出てきているぞ。」

「ふむ。……なるほど。」

「優喜には感謝だな。ドゥーエを引きずり込んだだけで、ここまで動きやすくなるとは思わなかった。」

「裏を返せば、スカリエッティには内部事情が筒抜けに近かった、ともいえるがね。」

「そこはいまさら言っても始まらん。それで、どう見る?」

 いくつかの不明瞭な予算の流れ。それを追いかけてあぶり出された事実。

「連中も焦っているようだね。ここしばらく、外に漏れないように彼らの手足を切っているから、こちらの予想より早いペースで影響力が落ちて行っているのかもしれないね。」

「見た限り、奴らのための予算、今期はほぼ半額まで削り取れた、と考えていいだろう。後二割ほど削れば、実質連中に使える予算はなくなるはずだ。」

「だが、その前に妨害工作があるだろう。何しろ、彼らは管理局の成立以前から、少なくとも一世紀半は確実に存在してきた化け物だからね。」

「まったく、管理局が成立した頃合いの情勢がひどかったのは分かるが、いつまでも自分達がいなければ何もできないと思うのは、いい加減やめてほしいものだ。」

「まあ、そう言わない。もはや情勢の変化にも適応できなくなった老害とはいえ、世界の平和のために人間の体を捨てた傑物であったのは事実だ。いい加減彼ら自身が混乱の原因になっているとはいえ、その志には見習うべき点もある。もっとも、引き際を間違えると無残な事になる、という反面教師でもあるがね。」

 グレアムの言葉に、思わず渋い顔をしてしまうレジアス。何しろ、リンディとレティを筆頭に、後を任せられる後進が綺羅星のごとく育っているグレアム派と違い、今や地上の要となっているゲイズ派は、いまだにレジアス頼りである。人のせいにはしたくないが、事務方や非魔導師の指揮官連中すら、優秀な人材を容赦なく引き抜かれたことが響いている。

「……儂の年から言って、せいぜい後十年だろうな。」

「何がだね?」

「老害にならぬように身を引く、そのタイムリミットだ。」

 レジアスの言葉に、彼の危機感を理解してしまう。地上の人材難は深刻だ。現場を知りながらもある程度大局的に物を見ることができそうな人材は、彼の知るところではナカジマ三佐ぐらいしか見当たらない。ゼスト・グランガイツは指揮官としても有能だが、その本質はあくまで武人だ。いろんな相手と交渉し、時と場合によっては人道にもとる行為を指示し、その結果と責任をすべて背負う、と言う事にはお世辞にも向いているとは言えない。

 かといって、ゲンヤ・ナカジマは一生現場から離れる気はないと公言してはばからない人物であり、それ以外となると優秀だが官僚的な、トップに立つという観点では小粒な人間が目立つ。そういったバランスにも配慮して、年齢一桁で在りながら将たる器の片鱗を見せる八神はやてを地上に配属させたが、それとて十年ではまだ二十歳前後。素質はともかく、圧倒的に経験が足りない。

 なお、言うまでもないが、なのはとフェイトは大規模な組織のトップという観点では、最初から弾かれる。どちらも気質がまっすぐすぎる上に、情にもろすぎるからだ。もっと言うなら、二人とも誰かに何かをしてもらうのが、割と苦手なタイプでもある。方向性は違えど、スタンドアローンで戦場に出られる戦闘タイプとして完成している点からも、その事はうかがえるであろう。どちらかと言えばトップに立つよりも、組織の象徴として全ての命令系統から独立させ、今のように広報活動をさせておくのがちょうどいい。

「いま、そこまで先の事を考えても仕方が無いさ。誰か一人ぐらい化けるのが居るかもしれないし、最悪こちらから見込みのありそうな中堅をそちらに回すことも考えるよ。」

「まったく、年はとりたくないものだ。」

 自分達の組織人としてのタイムリミットがあまり残されていない事を認識し、思わず小さくため息をつく二人であった。







「「おはようございます。」」

「ああ、おはよう。」

 日曜日の始業時間前。本局とミッドチルダ、そして日本の時間はほぼ一致しているため、この日は世間一般では休みの日だ。広報課の中でも企業や公的機関向けの部門は休みだが、なのはとフェイトが所属する一課については、一般向けがメインということもあり、ある意味休みの日が一番忙しい。

 広報部という部門は、時空管理局の中で数少ない、本局と地上で一本化されている部署だ。組織としては本局内を拠点とした三つの課と楽隊、地上本部および各地上司部に設置された分室がある、後方部門としては比較的規模の大きな部署だ。だが、規模の割りに抱えている人数は少なく、特に隠しているわけではないのに、内部でもそれほど組織の構成が知られていない、かなりマイナーな部門である。

「今日は新曲のレッスンと新しいコマーシャルの撮影、それから生放送の音楽番組出演だ。」

「レッスンは何時からですか?」

「歌は九時半から一時間、そのあと軽く休憩をはさんで、振付を昼休みまでの予定だ。先生が来るまでは自由時間だから、宿題なり何なり好きに過ごしていてくれ。」

 ほとんど二人のマネージャーになりかかっている一課課長から本日のスケジュールを聞き終え、自分の机に座ってテキストを広げるフェイト。なのははフェイトにお茶を淹れた後、歌詞を見ながらヘッドフォンで新曲を聞いている。ばれないようにごまかしているが、明らかにフェイトに比べると歌詞をトチりそうになる回数が多いなのはであった。

「おはよう。」

「おはようございます。」

 二十代半ばの男性先輩局員に朝の挨拶を返す。広報部所属でありながらめったに部屋にいないなのはとフェイトは、その容姿と性格から、席に座っていれば課に関係なく可愛がって貰っている。

「二人とも、朝から精が出るね。フェイトちゃんは何の勉強?」

「執務官資格の試験勉強。」

 フェイトの返事に、うへえと言う顔をする。先輩局員。なお、広報部といえども一応局員なので、ちゃんとみんな階級は持っているのだが、一番上でも三尉程度と大して高くないため、役付き以外は敬語なしでフランクに会話している。ぶっちゃけ、平の課員は皆出世コースからは外れており、なのはとフェイトを除けば前線に出る事もほぼないため、階級をうるさく言う意味があまりないのだ。

「また難しいのを選んでるね。」

「ちょっと思うところがあって。」

「さすがに俺じゃアドバイスも出来ないなあ。」

「気持ちだけ受け取るよ。」

 先輩とのコミュニケーションを円滑に進めながら、手は黙々とテキストの問題を解いていく。さすがに合格率が低い難関の資格だけあって、求められる知識の幅が実に広い。大分頑張ってはいるが、正答率七割の壁がなかなか抜けない。

「そういえば、なのはちゃんは資格とかは取らないの?」

「今のところ、これと言ってピンと来るものが無くて。」

「だったら、もしかしたら後輩とかできるかもしれないから、教導官とかどう?」

「教導官資格が無くても、ものを教えるのは問題ないですよね?」

「ま、そうだけどさ。持ってればいろいろつぶしは効くと思うよ。」

「教導官、か……。」

 フェイトが執務官資格の勉強に本腰を入れ始めた時、グレアムとレジアスが主だった資格について説明をしてくれた。その中にあった、割と重要で難易度の高い資格の一つが教導官資格だ。これがあれば、他所の部隊の人間にものを教える事が出来るほか、新戦術の開発など、執務官とは違った方向で、多岐に渡る業務への発言権が強くなる。

「そういえば、優喜君は学校の先生を目指してたっけ。」

「教導官を取れば、なのはは優喜とお揃いになるのかな?」

「学校の先生と教導官は微妙に違うから、おそろいって言うのはどうだろう?」

 フェイトの言葉に、首を傾げるなのは。

「優喜君ってのは、お友達だっけ?」

「うん。これを作ってくれた子で、私にとっては恩人でクラスメイトで同居人。」

 小指の指輪を見せながら、明らかにそれ以上の感情をにじませた声色で質問に答えるフェイト。

「へえ、綺麗な指輪だね。」

「あたしも、頼めば作ってもらえるかな?」

「多分作ってはもらえると思うよ。練習で作ってるものもあるから、今度頼んでいくつか持ってこようか?」

「あ、お願いしていい?」

「優喜がいいって言ったら。」

 元々、作るだけ作って処分に困っている事が多いものだ。完成品に関しては、先約が無ければ割合扱いは緩い。まあ、材料が比較的安い素材なのも大きいだろう。因みに、最近はバニングスの関係者や夜の一族からの注文も増え、必然的に練習用に回る没デザインも多くなり、使う素材の値段も受け取る報酬も上がってきていたりする。税金関係は先方が勝手にやってくれているので、優喜はもうただひたすら作っているだけだが。

 その後、二課や三課の休出組も交えて始業時間まで雑談し、広報部全体の連絡事項が終わった後、移動時間までひたすら勉強を続ける二人。宿題の類は少々しんどくても夜の訓練前に終わらせているので、純粋にこういう空き時間はキャリアアップに専念である。

「あ、そろそろ時間かな?」

「そうだね。いこっか、なのは。」

「うん。」

 こうして、なのは達の多忙な業務が始まるのであった。







「フェイト・テスタロッサにここまでやらせるとはね……。」

 ネットワークに流れているものや最近のテレビでの出演番組を集めたデータを眺めながら、ジェイル・スカリエッティはあきれと感嘆の混じった声を上げた。

「違法研究の成果たる彼女を法の番人たる管理局のコマーシャルに起用するなど、なかなかのブラックジョークだと思わないかね?」

「それ以前に、私はたった一年ほどで、フェイトお嬢様がここまで表情豊かになっていることに、驚きを禁じえません。」

 敬愛するドクターの言葉に、まじめな顔で自分の意見を告げるウーノ。画面には、二人が変身するシーンをバックに、「来たれ若人! 時空管理局へ!」と言う宣伝文句が躍っている。

「多分、一緒に歌っているこの高町なのは嬢の功績が大きいのだろうね。」

「おそらくは。あと、ドゥーエの情報によると、プレシア・テスタロッサが正気に戻り、フェイトお嬢様に深い愛情を注いでいるとの事です。」

「ほう? あの彼女がねえ。」

 自身の興味に集中してテスタロッサ一家から完全に意識を逸らしている間に、なかなか面白いほうに話が転がっているようだ。

「そもそもプレシア女史は、リンカーコア侵食型の肺炎を患っていたはずだ。普通ならば、よほどの奇跡でもなければ、当の昔になくなっているか、よくて寝たきりになっているはずだがね?」

「それが、スクライア一族が遺跡から発掘した遺失魔法で完治したとの事です。」

「ほう? そんな魔法は聞いたことがないが?」

「かなり高度な儀式魔法の上、まだ効果が実証されていなかったため、一般には出回っていない魔法のようです。」

「その魔法、データはあるかね?」

 その言葉に、公開されてる臨床試験データを呼び出してスカリエッティに見せる。

「……これはまた、実に難易度が高くて効率が悪い魔法だね。このデータはいつのものだい?」

「プレシア・テスタロッサが受けた治療のものです。現時点では、この儀式魔法の唯一の臨床例です。」

「魔導師の命ともいえるリンカーコアに手を入れる儀式を、生き残るためとはいえ自ら進んで受けるとはね。その執念には、頭が下がる想いだよ。」

「あれほどお嬢様のことを憎んでいた彼女が、どうしてここまで心変わりしたのか、いまだに納得が出来ませんね。」

「人の心というものだけは、いかな天才といえども簡単にどうにかできるものではないからね。思考と感情を誘導することは出来ても、完璧な支配も理解も不可能だよ。」

 スカリエッティの言葉に深く頷くウーノ。自分の博士への敬意や愛情とて、このマッドサイエンティストにどれほど伝わっているのか、時折疑問に思うのだ。

「さて、今回のこの一手、正直時空管理局らしからぬやり口だと思うが、何か心当たりはないかね?」

「単純に、高町なのはとフェイトお嬢様の実力が突出しすぎて、どうやっても制限を守った状態では部隊行動が取れなくなったことが原因のようです。」

「映像資料の類は?」

「最新の全力戦闘のものは手に入りませんでしたが、嘱託魔導師採用試験のものと、デビュー当時のものならば。」

「見せてもらっていいかな?」

 スカリエッティの要請に従い、そのときの映像を流す。資料の映像に釘づけになるスカリエッティ。高度な戦闘機動に濃密な弾幕、曲がる砲撃、やや荒削りながらも見事なコンビネーション戦闘。さらには原理不明の入れ替わりに集束砲の三分割と来た。確かに、こんな魔導師を招き入れたところで、生半可な部隊では使いこなせまい。

「……誰が鍛えたかは分からないが、いろいろと常軌を逸したレベルにはあるようだね。」

「こちらは、更にレベルが上がっています。」

 ウーノが次の資料を流す。こちらは世間一般に普通に出回っている、デビュー当日の対翼竜戦だ。こちらはさらにコンビネーションが洗練されており、一年ほどでさらに腕に磨きをかけたのが、戦術や細かい技能については基本素人である二人にもよく理解出来た。

 採用試験の時に見せた奇手の数々のうち、今回見せたのは入れ替わりだけ。後はオーソドックスに射撃や誘導弾と砲撃に近接戦闘も交えた、ごく当たり前のスタイルで相手を制圧している。が、相手は本体の五十メートルを筆頭に、小さくても三メートルはある翼竜たちだ。普通の力量の魔導師がオーソドックスな戦闘法で制圧できるなら、誰も苦労はしない。嘱託試験で使った奇手に頼らず、普通に戦ってあれを制圧できるようになったと言う事が、そのまま戦闘魔導師としての力量向上を表しているのだ。

「……ユニゾンだと!?」

 翼竜戦のクライマックス。フェイトがファランクスシフトで足を止め、二人同時にユニゾンを行ったシーンで、驚愕の声と共に立ち上がるスカリエッティ。

「どういう手段を使ったのかは不明ですが、高町なのはとフェイトお嬢様は、適性のあるユニゾンデバイスを所有しているようです。」

「……いや、あれは彼女達が昔から使っていたデバイスでユニゾンしている。だが、どうやって? ……まさか、……だが、あの魔女なら。」

 あまりに衝撃的な出来事に、画面を見ながらぶつぶつつぶやくスカリエッティ。ドクターの助手をやっているウーノも、さすがに初めて二人がユニゾンをしたシーンを見た時には衝撃を受けた。当然だ。現代では製法が失われている融合騎。現存しているものは少なく、さらに適性がなければ融合事故を起こしてしまうという使い勝手の悪いものだ。当然、自分に合ったものを偶然入手する確率など、天文学的な数字になるだろう。

 だが、スカリエッティが衝撃を受けたのはそこではないらしい。彼の言葉が正しいとするなら、彼女達が使っているインテリジェントデバイスに、ユニゾンデバイスの機能を後付けで追加したという事になる。それも、ユニゾン適性の問題をクリアした、完璧なリンカーコアをだ。

「……面白い、実に面白い。」

 久しぶりにたぎってきた、と言う表情でつぶやくジェイル・スカリエッティ。今現在、彼にはどうにもできない技術を見せられて、どうやら本格的に何かが燃え始めたらしい。

「ウーノ、ドゥーエに彼女達の資料を集めさせて欲しい。後、最近管理局内部で静かに政変じみた動きがあるようだから、そちらの調査も。後は……。」

 少し考えた後に、にやりと笑って付け加える。

「そうだな。管理局が彼女達のプロジェクトで動かしている資金、その収支を持ってきて欲しい。」

「その理由は?」

「なに。どうやら連中、戦闘機人計画に見切りをつけつつあるようでね。」

 表情にこそ出さないが、少しばかり不審な雰囲気が漏れたらしい。それを察したスカリエッティが、その憶測に至った理由を告げる。

「どうやら、例の政変の影響らしい。レジアスはすでに最高評議会に従う気は全くないらしい。あと、どうにもこちらの研究に金を出さずとも、戦力不足を解消する当てを見つけたらしい。いきなり予算を全額切りはしなかったが、相当減額されたよ。」

「それと、彼女達の活動の収支と、どうつながるのですか?」

「大赤字を出しているならそこをつついていやがらせを、黒字ならば我々も見習おうかと思ってね。」

 スカリエッティの言葉に、露骨に不審と不安が混じった表情を見せるウーノ。ドクターに骨の髄まで惚れこんでいる彼女としては、実に珍しい反応だ。

「どちらにしても、既に取りかかっている計画そのものに変更は加えないよ。」

「……分かりました。」

 なのはとフェイトは、本人の預かり知らぬところで、地道にキーパーソンへの道を歩み続けているのであった。







「そこのジューススタンドのフレッシュジュース、すごく美味しいんだ。」

「へー、そうなんですか。」

「フェイトちゃん、今日は出動なかったら直接帰ってもいいから、帰りに寄って行こうか?」

「そうだね。たまには寄り道してもいいよね。」

「バナナとオレンジのミックスがお勧めね。あ、でも三種のベリーも捨てがたいかな?」

 生放送の番組収録中。野外ステージの袖で出番待ちの最中、若いスタッフの女性と、マイクに入らない程度の声でガールズトークに興じるなのはとフェイト。因みに、今は管理局本局の、紺色の制服だ。最近は管理局員である事をアピールするため、基本的にステージ衣装には、前奏が始まった瞬間に変身する。

「あそこのジューススタンドだったら、季節のフルーツは絶対にはずれが無いから、苦手な果物じゃなかったらそこから入るのもあり。」

「あ、そうなんですか?」

 なのは達の会話を聞くとは無しに聞いていた出番待ちの女性グループ、その中の一人がなんとなく混ざってくる。年のころは十代半ばから後半、美由希やエイミィあたりの年頃だ。それなりに整っているがどうというほどでもない容姿で、体型もユニゾンしている時のなのはやフェイトの方が上であろう。

 だが、さすがと言うかなんというか、それなりに人気のあるグループのメインヴォーカルの一人だけあって、街ですれ違った人の十人中、八人から九人が振り返り、その姿を記憶にとどめるであろうほどには存在感がある。容姿やプロポーションだけでは言い表せない華、それを持ち合わせた少女だ。

「しまった、それがあったの忘れてた。」

「でもまあ、店の人に今日のお勧めを聞くのが確実かな。やっぱり、その日の一番いいのを知ってるのは店の人だし。」

「なんだか、聞いてるとどれも美味しそう。」

「そういえば、二人とも管理外世界の出身だっけ?」

「はい。」

「第九十七管理外世界在住です。」

 などとそんな風に和やかに話をしてると、

「ソアラ! 本番前に駄弁るな! アンタ達も仕事中だろう!?」

 同じグループのもう一人のメインヴォーカルが、イライラした感じで声を抑えて怒鳴る。どことなく人懐っこい雰囲気を持つソアラと違い、こうなんと言うか、無駄に迫力だけ余っている感じだ。美人ではあるが、さぞ誤解されている事であろう。まだ二十歳前後だというのに、何とも世知辛い気質だ。

「別にいいじゃんか、リーダー。問題ない範囲で駄弁って余計な緊張ほぐすのも仕事のうちっしょ?」

「そんな公権力の犬に尻尾振ってんじゃねえ、って言ってんだ。」

「公権力、ねえ。」

 いまいちそういういかつい単語と一致しない二人を見て、思わず首をかしげるソアラ。なのはとフェイトも、どうしたものかと困惑の表情でリーダーとソアラを見ている。正直なところ、斬ったはったの世界をくぐりぬけてきたこの二人に、いくら迫力があろうと、ただの人であるリーダーの恫喝などどうという事はないのだが、それはそれとして、同じ番組に出演する人間の機嫌が悪いのは勘弁してほしい。

「管理外世界出身の高ランク魔導師の子供なんて、基本的に選択肢はないっしょ?」

「選択肢があろうとなかろうと、そいつらが公権力をバックにやりたい放題やってんのは一緒だろうが。」

「どっちかって言うと、この子たちはやりたい放題やられてる方だと思うけどね。」

 歌と出撃を両立している二人に同情的な視線を送りながら、妙にいらついてるリーダーをなだめに入る。

「とりあえずさ、リーダーの主張も分からないではないけど、所詮下っ端のちびっ子たちにギャーギャー言うのは大人としてみっともないよ?」

「……ちっ。」

「リーダー、もうすぐ本番だし、スマイルスマイル。」

「分かったよ。だがな、遊び半分でチャラチャラやってて、もてはやされるのも今のうちだからな、犬共!」

 どうにもリーダーの言いたい事が分からず、どう反応していいのか戸惑うなのはとフェイト。とりあえず、フェイトが性質的に犬っぽいというのは分からなくもないが。

「まったく、どうせ上の連中の都合で動いてるだけの子供に、なにいらついてんだか。」

「あの……。」

「私達、何か気に障る事でも……。」

「ああ、気にしない気にしない。どうせ単なるやきもちだから。リーダーは、何のバックも無しに歌一本で叩きあげて今の地位にいるからさ。アンタ達みたいにでかい権力のバックアップ受けてチャラチャラやってるように見える連中が、大っきらいなんだと。」

 そう言われても困るしかないなのはとフェイト。実際のところ、割り当てられた仕事だからやっているだけで、やらなくていいというのであれば特に文句も言わずに辞めるだろう。本当のところは、現時点で普通に派手にプロモーションの類をうたずにやって、それで売れていなければこの方針は取り下げる予定だったのだ。

「あたしも、アンタ達の歌が本物じゃなくて、いやいや歌ってるようだったらかばうつもりもなかったけどね。」

「え?」

「二人とも、ちゃんと本気で歌を磨いて、その上で歌うの楽しんでんじゃん。だったら、同じ歌うたいとしては、どんな形で歌ってても否定したりこきおろしたりしたくないんだわ。」

「あ、ありがとう……。」

「いいっていいって。さて、そろそろそっちも出番じゃね?」

 言われて辺りを見渡すと、心配そうにしているスタッフが恐る恐るあと三十秒のカンペを。

「ご、ごめんなさい!」

「すぐ行きます!」

 このドタバタで、しっかり覚えてたはずの段取りが一部こんがらがっている事に気がつかず、お互い確認する暇もなく舞台に上がる二人であった。







「さて、そろそろか。」

 地上本部のとある部隊の詰め所。時計を見て時間を確認したシグナムは、書き終えた書類をチェックし、ざっと束ねて上司のデスクに提出し、テレビのある休憩室に移動する。別に、レヴァンティンの通信機能を使ってもいいのだが、こういうのは休憩室で見るのがマナーだ。

「シグナム、休憩か?」

「はい。現在は待機任務ですし、書類仕事も一段落ついていますし、それに友人がテレビに出る時間がそろそろですので。」

「友人って、例のか?」

「ええ。一応レヴァンティンに録画はさせているのですが、折角の生放送ですので。」

 先客の先輩武装隊員に挨拶をし、今は誰も使っていない備え付けのテレビをつける。ちょうど、なのは達が舞台の袖から現れる瞬間に間に合ったようだ。

「この子たち、可愛い顔しておっかねえほど強いんだよな。」

「私も、条件が悪ければ、あっという間に負けてしまいます。」

「シグナムでもかよ。じゃあ、俺なんざどうやっても勝てやしねえな。」

「申し上げにくいのですが、寝込みでも襲わない限りは、テスタロッサはともかく、高町の方にはダメージすら通らないかと。」

 少々言いにくそうに、先輩局員に事実を告げる。高町なのはは、誘導弾と砲撃を主体とした魔導師としては珍しく、下手なフォワードを鼻で笑うほどに防御力が高い。しかも、移動にしても旋回性能に劣るが瞬発力はあり、本気で動きまわられると案外攻撃を当てにくい。さすがに、防御魔法も無しで威力ランクがAを超えるような砲撃を完全に防ぐ防御力はないが、完全に防げないというだけで、AAぐらいまでの攻撃は直撃しても普通に戦える。

 逆に、先輩局員の攻撃力は地上基準での並程度。下手をすると、最大火力でもなのはのバリアジャケットを抜けない程度だ。そもそも、今シグナムが所属している部隊は、首都航空隊でも首都防衛隊でもないごく普通の部隊だ。高ランク魔導師を一般的な地上部隊で運用するテストケースとして、特例的にランク制限を一時的に緩めてシグナムを配置している。なのでそもそも、なのは達のような相手にぶつける部隊とは、根本的に用途が違うのだ。

「はっきり言ってくれるねえ。まあ、いろんな意味で成長期の過ぎたランクCが、ああいう突然変異みたいなのに張り合ってもしょうがねえわな。」

 愉快そうに笑いながらテレビを見る先輩。元々、自分達と向こうとでは、根本的に用途も経験の種類も違うことぐらいは理解しているので、特に気を悪くするつもりもない。何より、自分達の領分なら、確実に彼女達よりも活躍できる。その事はシグナムが来たおかげで、はっきりと証明できている。そもそも、シグナムの態度が、彼の自信を肯定している。

「へえ、金髪の子、執務官資格を目指してるのか。」

「デビュー前から一応勉強はしていたのですが、何やらコンサートツアーで他の管理世界を巡った時に、いろいろ思うところが出来たそうで。」

「本腰を入れ始めたってか?」

「はい。まあ、性格的に黒い話に適応できるかどうかが心配ではありますが、そこを除けば適任だとは思います。」

「見るからに二人ともお人好しそうだからなあ。」

「そのお人好しに、我々も、我らが主も救われました。」

 シグナムが、圧倒的に年下の友人達に向ける敬意。それを感じ取った先輩局員が、小さく笑いながら画面に集中する。そろそろ歌が始まるのだ。この時間帯のスペシャルゲストと言う事で、デビューから立て続けで発表し続けた曲のうち、事前投票の多かった曲を五曲、ショートバージョンをつないでメドレー形式で歌うのだ。デビュー半年程度の新人としては、破格の扱いだろう。

「……あ。」

「……お?」

 ステージの中心で、管理局の服のまま出だしのポーズで待機。前奏が始まった瞬間にバリアジャケットを展開。ここまでは普段通りなのだが、その結果がおかしい。

「何で衣装のデザインがそろってないんだ?」

「……どうやら間違えたようですね。」

「こういうところは、やっぱ子供ではあるんだな。」

 普通のアイドルや歌手では絶対に起こらない種類の、ある種微笑ましい失敗に苦笑しながら感想を述べる先輩。現実には、出番前のごたごたで曲目と曲順が飛び、トークの間になにを歌うのかは思い出したが、順番はごっちゃになったままだったため、二人揃って全く違う曲のジャケットを展開してしまったのだ。

「ちょっとあわててるな。」

「まあ、二人とも一応プロです。歌が始まるまでには立ち直るでしょう。」

 シグナムの言葉通り、顔こそあわてていたもののダンスは即座に修正、しょっぱな以外ではミスらずに踊り切る。Aメロに入った時点ですでに歌手の顔に戻っていた。

「見た事ないポーズの組み合わせだったから、おかしいとは思ったんだ。」

 先輩のつぶやきに、思わず彼の顔を見るシグナム。因みにこの疑問は、ポーズをとった瞬間に当の本人達も感じたのだが、念話で確認している間に歌が始まってしまったのだ。

「先輩も、テスタロッサ達をよく見ているのですか?」

「娘がファンなんだよ。魔導師資質が無いのをえらく悔しがってたぞ。」

 話を聞いて、少し顔がほころぶシグナム。この先輩、まだ二十代半ばだが結婚が早く、すでに六歳と三歳の娘が居るのだ。

「いくら強力な魔導師資質を持っていたとしても、さすがにあの二人の真似は厳しいでしょうね。何しろ、彼女達の歌の先生はとても優しい人ですが、仏の顔で難しい事を要求してくる人物でもあります。」

「なるほど、歌がうめえわけだ。」

「それに、そもそも歌手活動をしながらあれだけ出撃を繰り返せば、並の体力ではまず持ちません。」

「あ~、なるほど、違いねえ。」

 などとこそこそ話をしている間に最初の曲のサビに入り、そのタイミングで自然な動きで正規の衣装に切り替える二人。その見事なタイミングに、会場からどよめきが走る。

「お~、すげえ。」

「流石ですね。」

 歌って踊りながら、バリアジャケットを切り替える。言うだけなら大したことではないが、今は局側の都合により、なのは達はデバイスの補助を受けていない。その上、二人が持っている衣装のパターンは結構多い。その中で再び間違えずに、歌も踊りもおろそかにせずに切り替えるというのは、なかなかに度胸が必要な難易度の高い芸当だ。

 この後正規の曲順をしっかり思い出した二人は、残りの曲を特にミスをすることもなく最後まで歌いきった。途中、最初のミスをごまかす意味も含めたサービスで、お互いの衣装のデザインを即興で入れ替える離れ業をやってのけて更に客席をどよめかせ、そのくせ歌には一切手抜きをしなかったものだから、終わると同時に客席を大いに沸かせた。もっとも、終わった後に最初が二人揃って勘違いしましたと素直に正直に謝ったときには、司会者やゲストに大爆笑されて真っ赤になっていたのだが。

「模擬戦のときの凶悪さが嘘のようなエンターテイナーぶりだな……。」

「模擬戦だとそこまでか……。」

 まあ、地上の戦力が一蹴されるような相手を、何事もなかったかのように仕留めるしなあ、などと彼女達の行く末を微妙に心配しながらも、とりあえず勤務時間も終わっているし見るものも見たので、帰り支度をする先輩であった。







「ねえ、フェイトちゃん。」

「何?」

 お土産に買ってきた、氷抜きにしてもらったフレッシュジュースを冷蔵庫に詰めたなのはは、きっちり三角巾とリボンで髪を束ね、商店街でおすそ分けをもらった野菜をいくつか入れて、「美味しくなれ美味しくなれ」とつぶやきながら糠床の世話をしているフェイトに向かって声をかけた。

「ずっと気になってたんだけど。」

「うん。」

「コンサートツアーが終わってから、やけに一生懸命執務官試験の勉強をするようになったけど、どうして?」

「えっとね。」

 糠床をいつもの収納場所に入れ、塩分控えめ自家製梅干の様子を確認しながら、どう言うべきか言葉を捜すフェイト。

「私達よりずっと小さい子供がね。」

「うん。」

「全然、笑ってなかったんだ。」

「……。」

 コンサートツアーで回った管理世界の中には、数年前まで内戦があった世界があった。一度大きな病気が流行り、たくさんの人が死んだ世界もあった。そういった世界への慰問もかねてのツアーだったが、そこで見た光景は、二人の幼心に強い衝撃を与えた。

「笑ってないどころか、目に全然輝きがなくて、生きてるはずなのに全然力がなくて……。」

 梅干をそっとしまい、小さく小さくため息をつく。

「どうしても、嫌だったんだ。」

「……何が?」

「子供が笑ってないのが。何も出来ない私が。」

 フェイトの言葉に、何も言えずに黙る。フェイトの境遇だって、決して恵まれていたとはいえない。優喜のおかげで母親を失わずにすんだとはいえ、それまでのフェイトは、あの子供達より若干マシ、という顔しかして居なかった。なのはが衝撃を受けたのは、あのころのフェイトの顔を思い出し、子供達の背景を想像してしまったからである。

「私、やっぱりまだまだ子供なんだな、って思っちゃって。」

「フェイトちゃん……。」

「私のこの気持ちが、自分のエゴ丸出しの自分勝手で傲慢な考え方だ、って言うのは分かってるんだ。でも……。」

 三角巾を外しながらなのはに向き合い、優喜に対する感情とは違う、だが同じぐらい日に日に熱くなっていく気持ちを、その熱を少しでも逃がすかのように、言葉と一緒に吐き出す。

「子供は、笑っていなくちゃ駄目なんだ。時々泣いているのはいい。怒るのもいい。でも、あんな人形みたいな顔してちゃ駄目なんだ。私は、どうしても、あの子達のあの顔が受け入れられないんだ。」

「そっか。それで、執務官?」

「うん。執務官資格があれば、あの子達みたいな子供に対して、できることがずっと増える。今の私じゃ、ほとんど何も出来ないから。」

「……フェイトちゃん、やりたい事を見つけちゃったんだね。」

 なのはの、少し寂しそうな言葉に、少し首を傾げる。

「なのは?」

「ん、なんでもない。それで、今年は後一回試験があるけど、それを受けるの?」

「さすがに、今のレベルじゃ無理だと思うから、来年の最初の試験を受けるつもり。」

「そっか。がんばって。私も出来ることがあったら協力するから。」

「ありがとう。がんばるよ。」

 なのはに話したことで、自身の気持ちが明確な形になることを感じたフェイト。これが、フェイト・テスタロッサの大人への階段の、その第一歩であった。



[18616] 第3話裏
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:677474f8
Date: 2011/02/06 08:55
「それで話って?」

「大した話ではないのですが……。」

 聖王教会に呼び出された優喜は、割と微妙な顔をしているカリムに用件を聞く。

「まず最初に、聞くだけ無駄だとは思いますが、一つ確認をさせてください。」

「何?」

「貴方は、勲章の類に興味はありますか?」

「いんや。」

「ですよね……。」

 即答されて苦笑を洩らすカリム。こいつが立身出世に興味を示すような人間なら、とうの昔に管理局も聖王教会も乗っ取られている。

「何でそんな事を聞くの?」

「いろいろと変な話が、内部で蔓延しているのですよ。」

「と言うと?」

「まず、発端は、教会の騎士も、貴方から未知の技能を学ぶべきだ、という意見が出てきた事です。」

 カリムの発言に、今度は優喜が微妙な表情を浮かべる。

「それを言いだした根拠は?」

「表立って信じている人間はそれほどいませんが、貴方が非魔導師でありながら、本気を出したヴォルケンリッターを単独で制圧できるという話は、結構有名ですよ?」

「いや、本人が強いのと、教えるのがうまいのとはまた別問題だって。」

「なのはさんとフェイトさんの師匠が貴方である事は、聖王教会、と言うより騎士たちの間では公然の秘密です。」

 カリムの言葉に顔を抑えて天を仰ぐ。

「誰だよ、それを言いふらした奴は……。」

「はっきり口にしたわけではありませんが、はやてやヴォルケンリッターの言葉の端々に、そういう事実がにじんでいます。取り立てて口止めはしていないのでしょう?」

「全くしてないわけではないけど、わざわざ信じる人間もいなかろうから、そこまで強くはしてないかな。」

「それでは文句は言えないでしょうね。」

「まあ、それもそうか。」

 そもそも、問題がそこではない事を思い出し、苦笑がちにカリムに同意する。

「それで、僕がものを教える事と、勲章がどうのこうのとどうつながるの?」

「騎士位も勲章も師範の免許も持っていない小僧にものを教わってたまるかと言う、沽券にかかわる的な発言をする騎士が、古参の実力者を中心に結構な人数いまして。」

「正論だ。実に正論だよ。」

「それに、今回の夜天の書の修復プロジェクトで、貴方が決して軽視できない役割を果たした事は、教会の上層部は誰もが知っています。その功績をたたえる必要がある、と言うのも口実の一つです。」

「勲章とかいらない。そんなもののために頑張った訳じゃない。」

 優喜の言葉に、言うと思ったという顔をするカリム。

「あと、いくら妙な技能を持っているからと言っても、非魔導師に魔導師でもあるベルカ騎士の指導ができるのか、という意見もあります。」

「それまた正論だ。僕に出来るのは、基礎鍛錬と気功、無手およびいくつかの武器の扱い方の指導、後はどういう魔法が使えると戦闘で便利か、っていう意見を言うのと、仮想敵ぐらいだね。」

「十分です。なのはさん達の魔法についても、運用を含めてアドバイスをしたのでしょう?」

「半分ぐらいは、冗談半分で言った適当な思いつきを、レイジングハートとバルディッシュが勝手に実現したものだけどね。そもそも、ジュエルシード事件が終わってからは、魔法がらみは全部、デバイスが勝手に主を無視して作ったり改造したりしてるし。」

 優喜の言葉に、AIが高度すぎるインテリジェントデバイスも難儀なものだ、と言う正直な感想を漏らしてしまうカリム。その思いは、年々ひどくなっていく二人の魔法を見るたびに強くなるのだが、それはここだけの話である。

「まあ、とりあえず、こちらでももう少し準備は必要ですので、返事は急ぎません。頭の片隅にとどめておいていただければ十分です。ただ、出来れば、いい返事を期待していますよ。」

「了解、考えておくよ。とはいっても、教えるとしても、なのは達とは生活環境も含めて全く条件が違うから、そんなにきっちりは教えられない。」

「それは教わる側次第でしょう?」

「まあ、ね。」

 なのはもフェイトも、優喜が基礎鍛錬から付き合っていた、と言う事もあるが、一番大きいのはジュエルシード事件で感じた危機感だ。ジュエルシードの回収は、それだけで普通の人間の一生分ぐらいの危機を経験した。訓練に身が入るのも、当然と言えば当然だろう。

 ただ、夜天の書の件も含めて、いろいろ薬が効きすぎた感があるのも事実だ。優喜自身はもっとどうにもならない領域を知っているので、これ以上は必要ないかなと思う半面、まだまだ鍛え方としては生ぬるいとも思っているが、周りから見ればすでに行き過ぎのレベルである。もっとも、優喜が鍛えているのは基礎体力と基本的な戦闘技法のみで、魔法周りはジュエルシード事件のころにすこしばかり余計な提案をした以外は、何一つ干渉していない。

「それで、近頃はやての様子はどんな感じですか?」

 主だった用件も終わったので、とりあえず近況報告も兼ねた雑談に入る。優喜自身はたびたび聖王教会に顔を出しているが、カリムと話をする機会はそんなにない。カリム自身の仕事が忙しい事もあるが、どちらかと言うともっと忙しいはずの教皇や枢機卿のゲームの相手と愚痴の聞き役として、強制的に引っ張り出されることが多いからだ。

「体の方は特に問題ない。ただ、遊ぶ相手がいないから、寂しがってはいるね。特に、ヴォルケンリッターがみんな忙しく働いてるから、TRPGするのに面子が揃わなくなったのが不満っぽい。なのは達もたまに付き合ってるけど、向こうは向こうでみんな忙しいからなあ。このままだと、ネトゲ廃人一直線かも。基本無料だし。」

「そうですか。」

「あと、自分が余計な事言って背負いこんだ負債を、シグナム達をこき使って返してると思ってるみたいで、そこのところはちょっと罪悪感があるみたい。」

 優喜の言葉に、一つ小さくため息をつくと、はやてらしいとつぶやくカリム。

「それはむしろ逆なのですけどね。」

「だよね。一般的な観点から言えば、むしろヴォルケンリッターや管理局の事情で、本来背負わなくていいはずの負債を背負ったわけだし。」

 実際問題、本来チャラになるはずの負債を背負った結果、シグナム達はうやむやになって失われるはずだった贖罪の機会を得ることができ、むしろ張り切って働いている。ただ、その機会を得るために、はやてに余計な負担を強いてしまった事は、罪悪感ですまないレベルで苦いものを感じてはいる。

 また、遺族の側も、明らかに被害者サイドのはやてが加害者として負債を背負った事、その賠償金のために、ヴォルケンリッターが誰の目から見ても全力で頑張っている事、また、はやて自身も積極的に働きに出ようとしていることなどもあって、少しずつではあるが、感情のしこりが解けてきている。

 本来なら、はやては胸を張って生きるべきなのだ。なのに現状に罪悪感を抱いているのは、自分が真面目に働いて支払うと言った賠償金を、実際にはほとんど仕事をせずに支払っている形になってしまっている事が原因だろう。何しろ、なのは達と違って、現状はやての仕事は、士官教育のケーススタディを兼ねた書類仕事がほとんど。それもせいぜい、一日二時間程度で終わるものばかりだ。管理局としては結構重要な仕事も任せているのだが、本人としてはほとんど働いている実感はないのだろう。

「はやても、そんなに生き急ぐ必要はないと思うのですけど……。」

「まあ、額が額だからね。しかも、被害者の人数で考えたら、あの金額でも一人頭はそんなに大きな金額じゃないし。」

「結局、聖王教会の無策と、管理局の場当たり的な対応のツケを、はやて一人に押し付けてしまいましたね。」

「まあ、若いころの苦労は買ってでもしろってことにしておくしかないんじゃない? いまさら何を言っても、ね。」

「……そうですね。」

 何度も話し、そのたびに納得しようとして、それでも納得しきれない感情をため息とともに吐き出すカリム。結果を全て割り切って受け入れている優喜が、時々心底羨ましくなるカリムであった。







「訓練に付き合ってくれるのはいいけど、今日はゲイズ閣下の用事とかはいいの?」

「ミッドに来るたびに顔を出してる訳じゃないし、いい加減僕が口出しするような事はなくなってるよ。」

「それならいいけど。」

 なのは達と合流し、一緒に昼食を済ませた後。コマーシャルの撮影に向かう二人と別れ、グランガイツ隊の方に顔を出した優喜は、ちょうど午後の訓練が始まるという事で軽く混ざる事にした。

「それで、僕は何をすればいい?」

「あら? 優喜君がここにきてやる事なんて、隊長クラスの相手以外の何があるのかしら?」

「やっぱりそう来るの……。」

 ややうんざりした口調で、クイントの言葉にしたがう優喜。とにもかくにも、隊長のゼストの相手が疲れる。何しろこのご仁、古代ベルカ式を扱うベルカ騎士としてありがちな気質で、とにかく勝負事に熱くなるタイプだ。それが訓練であっても同じことで、いまだに優喜相手に一勝もあげていない事が気に入らない彼は、顔を出す度に訓練と称して本気で挑んでくるのだ。

 とはいえ、実際のところ優喜が勝っているわけでもない。彼ほど気合の入った生き物相手になると、普通の命にかかわらないレベルの気脈崩しは通用しない。そして、ザフィーラと大差ないほどタフな彼には、生半可な発勁では戦闘能力を奪えない。かといって、訓練で命にかかわるような技を出す事も出来ず、気功弾の非殺傷は魔法と違ってスタミナを奪うタイプの上、流れ弾を気にせずに済む威力だと、気合で普通に吹き消されてしまう。

 要するに、互いに決め手に欠けるのだ。そのままずるずるやり合っているうちに時間切れになり、とりあえず限りなく判定勝ちに近い引き分けで幕を下ろす、と言うのがこの勝負の常である。よくよく考えれば、最近のゼストは割と平気で死に兼ねない攻撃を出してくるのだから、結構不公平な勝負なのではないかと思わなくもない。

「ブレイブソウル、ブレードモードで。」

「ほう? 友よ、今日は御神の技を使うのか?」

「それでもいいけど、勝手に人さまの手札を晒すのもあれだから、師匠に習った技を研ぎなおすよ。」

「……手加減のつもりか?」

「まさか。もしかしたらこっちを人に教える事になるかもしれないから、強い人相手に使って、一度研ぎなおしたいんだ。」

 その返事に不満そうなゼストに、軽く苦笑しながら一つ肩をすくめ、一言告げる。

「たまにはこっちのわがままも聞いてくれていいんじゃない?」

「……承知。」

 不満には違いないものの、訓練時限定とはいえ、今まで散々わがままにつきあわせた身の上としては、さすがに強くは言いだせない。たまには仕方がないかと割り切り、優喜の準備が整うのを待つ。

「片手半、スタンモードで。」

 優喜の言葉にしたがい、彼の体格に合わせた長さの長剣に変形するブレイブソウル。片手半と言うのは柄の長さの事だろう。片手で振るうのに邪魔にならず、両手で振るのも問題ない程度の長さに設定されている。

「優喜君、バリアジャケットは?」

「友の防御力の場合、私ごときが展開する騎士甲冑では、あってもなくても変わらなくてね。」

「そういうものなの?」

「ああ。それに、私はとても似合うと思うのだが、友はあのジャケットのデザインがお気に召さないようでね。身にまとったのは、初めて起動した時と夜天の書再生プロジェクトの時、ただ二度だけだよ。」

 ブレイブソウルの台詞に、その場にいた全員の思考が一致する。

 見てみたい、と。

「貴公のわがままにつきあうのだ。この場の人間のリクエストに応えて、バリアジャケットも展開してはどうだ?」

 意外な事に、ゼストもギャラリーと思考は同じだったらしい。さらっと恐ろしい事を言ってのける。

「うわ、なんかひどい事言ってる。なにその割にあわない提案。」

「そこまで嫌か?」

「冷静かつ客観的に見てかなり「痛い」デザインだから、正直絶対着たくない。」

 こういうとき、抵抗すればするほど碌な事にならないのは優喜にも分かっている。だが、ブレイブソウルがあの発言をした時点で、どう転んでもバリアジャケット着用は避けられまい。ならばせめて、本気で嫌がっていることぐらいはアピールした方がいいだろう。あのジャケットが実は自分の趣味だと思われたら、たまったものではない。それこそ本気で釣りたくなる状況だ。

「ねえ、ブレイブソウル。」

「承知。」

 本気で嫌がっている優喜を見て、たまには弱みの類を握っておこうなどと邪悪な事を考えたらしい。クイントがさりげなくブレイブソウルに声をかけ、ブレイブソウルが即座に要求にこたえる。

 優喜の全身が光に包まれ、一瞬にしていつものジャージ姿から、白と黒のツートンカラーの、貴族的な雰囲気のゴシック衣装に切り替わる。相変わらず無駄にフリルをたくさんあしらった、戦闘用の衣装とは思えないデザインだ。女顔の美少年である優喜が着ると、ある種退廃的な雰囲気を纏い、妖艶と言ってもいい魅力を振りまく。男の色気むんむんだ。

「……あのさ。」

「どうした、友よ?」

「前のですでに痛かったのに、何故にデザインをいじってより痛くする?」

「体が成長しているのだから、いつまでも同じデザインでいるわけにもいくまい?」

 デバイスと押し問答をしている優喜を、ぽかんとした表情で見ているゼスト以外の一同。この衣装がここまで似合う人間は、長い人生でもそうはお目にかかれまい。

「ねえ、ブレイブソウル。」

「何かな?」

「もしかして、わざわざ毎回デザインを変えてるの?」

「ああ。さすがに今回は前回からずいぶん間が空いたから、以前に比べて変化が目につくのも当然だろう?」

 ブレイブソウルのアレな発言に、思わず大きくため息をつく。

「と言うか、そんな微妙な体格の変化、いちいちチェックしてるの?」

「当然だ。私は友の身長・体重・スリーサイズからナニの大きさまで、隅から隅まで全て把握しているぞ。」

 どうにも、海に行くときに置いて行かれた事を全く反省していないらしい。もう一度大きくため息をつくと、とりあえずクイントに声をかける。

「クイントさん。」

「え? な、なに?」

「デバイスって、どこに持っていけば捨てられる?」

「ちょ、ちょっと待て友よ! それはあまりにもあんまりだぞ!!」

「いや、普通に捨てていいと思うんだ、個人的に。」

 優喜の冷たい言葉に、大いに焦るブレイブソウル。この分では、女性型である事を生かしてなのは達の風呂に乱入した時の映像や、さまざまな手段を駆使して記録を取っている女性陣の体型データなど、流出すれば犯罪者として手が後ろに回りそうな数々のお宝データがばれたら、跡形もなく砕かれかねない。

「まあ、待て竜岡。」

「なに?」

「そいつは確かに悪ふざけが過ぎるようだが、体型の変化やメディカルデータの記録は、デバイスとして重要な仕事の一つだ。特にお前のような成長期の子供に置いては、な。」

 ゼストの取りなしに、そういうものなのか? と他の面子を見る。どうやら一応そういうものらしく、全員一つ頷いて同意する。

「だったら、今回は見逃すよ。」

「ありがたい。一生恩に着るぞ、ゼスト殿。」

「気にする必要はないが、ほどほどにな。」

 大げさに礼を言ってくるデバイスに、わずかに苦笑して首を横に振る。そして、弛緩してしまった空気を引きしめなおすように、手にした槍を構えて闘気をにじませる。

「さて、いい加減始めるとするか。」

「了解。」

 ゼストの言葉に答えて片手剣を無形の位に構え、右半身を彼に向ける。始めの合図など不要。互いに構えを取った時点で、すでに始まっているのだ。

「はっ!」

「っ!」

 ゼストの突きをすり抜け、カウンター気味に切り上げる。電光石火の動きで引き戻した槍が、優喜の一撃を弾き返す。最初の一撃で、おおよその技量を把握したゼストが、槍に余分に魔力を乗せる。無手の時に比べ三枚程度落ちるのは事実だが、それでも余裕で達人の領域だ。何より、剣を持っていようがどうしようが、体術の切れは変わらないのだから、単に攻撃精度が落ちる程度の話でしかない。

「対処法を学ぶための手慰み、とはよく言ったものだな。」

「素手の方が強いのは事実でしょ?」

 などと軽口をたたき合いながら、舞うように戦闘を続ける二人。ゼストの薙ぎ払いをかわした優喜が、死角から一撃を入れに来る。石突きで迎撃し、そのまま頭をかち割らん勢いで槍を振り下ろすと、横からの一撃であっさり受け流される。分身と同時に、いろんな角度からの突きや斬撃が飛んできては、全てゼストに潰される。

 普通の達人同士の戦闘など、大抵は仕掛けた時点で勝負がついているものなのだが、それでは訓練にならない。それに、ゼストは魔導師だ。魔導師と言うやつは基本的に、近接戦闘では実にタフなもので、フェイトのザンバーやシグナムの紫電一閃、ゼストの大技など一部の例外を除き、近接攻撃で一撃で仕留められる事はまずない。ミッドチルダ式魔導師が白兵戦を軽視しがちなのも、ここら辺に原因がある。

 もっとも、ここ十年ほどは近代ベルカ式がずいぶん発達してきたこともあり、クロノのように対処の幅を広げるために、きっちり体術を鍛える魔導師も増えてきてはいる。

「さて、そろそろ訓練を切り上げようか。」

「……逃げるのか?」

「別にいいじゃん、どっちの勝ちでも。これは単なる訓練だ。」

「……承知。」

 ついに大技を使い始めたゼストの猛攻をいなし、結果に関係なく次の一撃で終わりにするという宣言をする。気配の質が変わり、構えに緊張感が漂い始める。優喜の意図を理解したゼストが、槍を構えなおす。互いににらみ合い、構えを崩さずに小さな動きでフェイントをかけあう。どれほどの時間が経ったのか。息の詰まる緊迫した時間が流れるうちに、ついに見ている側が我慢しきれなくなったらしい。誰かが小さく息を吐く。

 その物音に反応して、同時に動く二人。ゼストの突撃を迎撃するように、横に大きく薙ぎ払う優喜。剣と槍がぶつかり合うか否かと言う刹那、ゼストが槍を手放して大きく後ろに飛び退く。手放された槍を真っ二つに切り裂いた優喜の剣は、そのまま空を切ってもとの構えに戻る。

「あらま、やっぱり通じないか。」

「よく言う……。」

 ダメだこりゃ、という態度の優喜と、大きく切り裂かれたバリアジャケットを苦々しく睨みつけるゼスト。幸いにして地肌にまでは達していなかったが、直撃すれば命にかかわりかねない。もっとも、優喜がそういう技を訓練で使うとは思えないが。

「ブレイブソウル、待機モード。」

「了解。」

 ジャケットを解除して、ジャージ姿に戻る優喜。暗黙の了解で、これで優喜が参加する訓練は終わりだ。ただ、優喜の場合、この状態でも全く戦闘能力は落ちていないのだが。

「やっぱり、武器の扱いは練度が足りない。」

「当然じゃない。武術をあれだけ磨いてるのに、剣術まで同レベルだったら立場ないわよ。」

 この手の技能は、素振りや型を一日に何回やるか、と、その技能でどれだけ戦闘をこなしたか、の二つの要素が、そのままダイレクトに力量に直結する。シューティングアーツと呼ばれる格闘術に、局員としての大半を注いでいるクイントからすれば、素手で完全に負け、その上で剣にまで負けるとなると、本格的に立場が無い。

「とりあえず、剣術だとあれが限界。あのランクの技は多分、次からはゼストさんにゃ通じないだろうし、それ以上となると今度、溜めの問題でホイホイ出せない。」

「……本当に、あれが限界なんだろうな?」

「今のところは。」

 優喜の返事に、どうしても顔が渋くなる。相手はまだまだ伸び盛りの子供で、こちらは衰えこそしていないが、そろそろ経験以外の伸びしろが無くなりつつある年だ。しかも、優喜の使う技能は、魔導師のそれと違って、かけた時間が才能の大きさを凌駕する種類の代物である。

 ずるいとは思わないが、羨ましいとは思う。それが武人としての正直な感想である。明らかに技量と年齢が釣り合わないところには、とりあえず今のところは目をつぶっておく。何がどうであれ、少なくともいずれかの時点でちゃんと真面目に努力と研鑽を積んで、一生懸命体に刻み込んだ代物なのは間違いないのだから。

「また今度、次は予定が合えば、なのはかフェイトを連れてくるよ。」

「そういえば、あの二人も君の弟子だったっけ?」

「うん。と言っても、基礎鍛錬と気功の基本、それから絶対押さえておくべき戦闘のイロハを軽く教えた程度だよ。後はひたすら仮想敵ぐらいしかやってない。」

「貴様が仮想敵なら、十分すぎるだろう。」

 ゼストの言葉に頷く隊員達。たまに顔を出した時のデータでシミュレーションをするだけでも、自分達のクロスレンジの対応力が伸びていっているのが実感として分かる。さすがにレジアスを除く上の連中の目が厳しい事もあり、非魔導師の戦闘データを他所の、それもごく普通の部隊に流すわけにはいかない事もあり、もっぱら首都防衛隊と航空隊のみで共有する形になっているが、直接指導を受けなくてもレベルが十分に上がっている事は、これまでの出動で実感している。

「さて、どうなのやら。」

「すぎる謙遜は嫌みよ?」

「気をつけるよ。……ん?」

 ブレイブソウルが、わざわざ振動して通信の着信を知らせる。普通に口で言えばいいのに、無駄に凝った真似をするデバイスだ。

「グレアムさんか。何だろう?」

 一応全員に軽く頭を下げて訓練室を出ると、廊下で人目を気にしながら通話に出る。幸いにして、ここに用事がある人間はほとんどいないらしく、特に人気はない。

「どうしたの?」

「少々ドゥーエ君から面倒な話が来てね。少し意見が欲しい。いつものホテルにいるから、申し訳ないが顔を出してくれないかな?」

「了解。いまグランガイツ隊にいるから、そんなにかからないと思うよ。」

「ありがたい。すまないね。」

「気にしないで。」

 通信を切ると、ゼスト達に呼び出しがあった事を告げて、そのまま立ち去る。結構いろいろ忙しい優喜であった。







「どうやら、ドクターがあの子たちの事に興味を持っているらしいの。」

 メンツがそろって開口一発、そんな厄介な話を口走るドゥーエ。

「具体的には、どんな指示を?」

「現在管理局内部で起こっている政変について可能な限り詳しくと、高町なのはとフェイト・テスタロッサの内部資料をありったけ、それから、あの子たちの活動の詳細な収支よ。」

「なかなかピンポイントな要求だね。」

 確かに、面倒な話だ。優喜に話が来るわけである。何しろ、事はなのはとフェイトだけの話ではない。現状、優喜の技能、特に付与魔術関連は内部でも極秘である。魔力と言うコストを支払わずに魔法じみた機能を発動でき、ものによっては現在の魔法技術では再現できない物まであるエンチャントアイテムについては、優喜の身柄も含めて細心の注意を払って扱うべき事柄だ。そのため、表面上は存在しない物として、気功も付与魔術も、レアスキル認定すらしていない。

「どの程度の資料を、向こうに流す?」

「そうだね。とりあえず、活動の収支は別に隠す必要はないと思う。知られたからと言って、どうなるものでもないし。」

「漏れ方次第では、予算として寄こせコールやピンはねに対する非難の大合唱が待っているとは思うが?」

「どうせ、予定外の出費に対する予備費として、基本全額プールするんでしょ? ピンはね云々に関しては、適当な割合を退職金なり年金なりに積み立てて、上乗せしておけば? 二人とも管理外世界在住だから、今そんな大金持ってても、ほとんど使い道ないし。」

「そうするか。」

 元々、収益が上がる前提ではなかった。そもそも、一年二年は下積み期間として見ていたため、この時点でブレイクして収益が上がっていること自体が、予定外にもほどがある。そんな不安定な収入を、何らかの予算に組み込むなど危なっかしい真似、酸いも甘いも知り尽くしたこの二人に出来る冒険ではない。

「政変に関しては……、スカリエッティは最高評議会サイドだったか?」

「現状の立ち位置はそうだけど、実際にはむしろ、憎んでいるといっていいわ。」

「ふむ。となると、もしや君は、彼の復讐のために、管理局の内部を探っていたのかね?」

「半分正解で、半分は外れといったところかしら。」

「ふむ……。」

 ドゥーエの返事に、しばし考え込む。ここでさじ加減を間違えると、どうにもろくなことにならない予感がひしひしとしている。

「……そうだな。現状の人事周りは、すべて情報を流してしまってもいいだろう。どうせ、その気になれば、ドゥーエ君でなくとも少々手間をかけるだけで分かる内容だ。予算周りは……、半分程度向こうに流すか。内容の検討は、アリアに任せよう。」

「となると、あとはなのはとフェイトの情報か。こいつのさじ加減が一番難しそうだな。」

「ああ。優喜の存在までかぎつけられると、非常に面倒だ。経歴をいくつか細工して、できるだけ手札が漏れないように慎重に選ぼう。」

「細工と言っても、ジュエルシード事件や夜天の書再生プロジェクトの第一フェイズラスト、あと古代龍戦なんかはばっちり僕の姿が残ってるんだけど?」

 優喜の言葉に、少しばかり視線が鋭くなるレジアス。だが、その事についてはあっさりグレアムが答える。

「心配せずとも、それらについては最初から、全て細工済みだ。」

「それでいいのか、管理局!?」

「考えてもみたまえ。非魔導師がジュエルシードや古代龍の攻撃をほとんど無傷でしのいでいる姿など、報告を受けた人間が納得すると思うのかね?」

「道理だな。」

 グレアムの言葉に納得して見せるレジアス。次元世界の常識に照らし合わせれば、むしろ優喜の姿が映っている方が細工しているように見える。ちなみに、第一フェイズラストの記録映像では、ブレイブソウルはザフィーラが使っているように細工されているし、古代龍戦はそもそも、諸般の事情で映像記録が破棄されている。

「細工には、クロノも苦労していたよ。」

「だろうな。魔法が使えないから当然と言えば当然だが、よりにもよってこいつは接近戦を主体としているのだからな。どうやったところで、不自然な細工は残る。」

「多分、ドクターならその不自然なシーンに気がつくでしょうね。」

「となると、ジュエルシード事件や夜天の書再生プロジェクトの映像は、基本的に破棄した方が安全か。」

「そうだな。細工前のマスターは残っているのだろう?」

「ああ。時の庭園の、ネットワークから独立したストレージに保管されている。後は無限書庫だが、あそこはジェイル・スカリエッティといえども、そう簡単に手出しは出来ない。違うかね?」

「そうね。いかにドクターといえど、ネットワークから独立した、時空管理局本局の内部にある施設の、どこに転がっているかもわからないようなものには手を出せないわ。それに、内容が内容だから、例のスクライアの子に、不審がられずに資料請求なんて、出来ないでしょ?」

 ドゥーエが優秀なスパイなのは、変身で姿を変えて相手に不信感を抱かせずに情報を引き出せるからだ。情報を引き出せる当人に化ければ、情報流出が問題になっても、ドゥーエにまではそうそうつながらない。不審を感じられても、まさか別人が化けているなど、普通は想像もしない。

 だが、無限書庫のように、特殊なスキルが無ければ情報を引き出せない場所では、どうしても外部の人間として資料請求するのを避けられない。そして、ドゥーエが求める類の情報は、普通は無限書庫に問い合わせする必要がある代物ではなく、また欲しがる頻度もほとんどない類のものである。疑うな、と言う方が無理だ。

 そして、そういう疑われ方をすると、芋蔓式に自分のような存在がいる事が割れてしまう可能性が高い。管理局の情報部も、無能ではないのだ。そうなると、スパイとしては終わりだ。そうでなくても、優喜に存在を見抜かれたのだから、他に自分の存在に行きついている人間がいてもおかしくない。

「なるほどね。ならば、その手の部外秘資料は、一度全部非ネットワークストレージに移管、旧データはすべて破棄するよう指示を出すか。」

「どういう名目で行う?」

「そりゃ、機密情報の扱いをかえるんだから、情報流出があった事にするのが手っ取り早いでしょ? 実際、なかった訳じゃないんだし。」

 優喜の言葉に、暗に名指しされたドゥーエが嫣然と微笑む。

「そうだね。ハッキング履歴でもでっちあげて、情報流出対策と言う名目で行うか。必要なら、プレシア女史に使い捨てハッキング装置でも用意してもらって、適当に足のつかない場所で、……いや、拠点割り出しまで済ませて泳がせている犯罪組織がいくつかあるから、そこの拠点にこっそり仕込んで、そいつらに罪をかぶせるか。」

「いっそ、情報管理の抜き打ち検査、という名目で合法的にハッキングをするのもありだな。」

「それもいいね。だったら、徹底的に利用する事にしよう。まずは、犯罪組織の拠点に使い捨てハッキング装置を仕込み、最高評議会派の連中の機密をハッキング、そいつらを検挙した後に、それを口実に情報管理の抜き打ち検査と称して、リニスくんかブレイブソウルに侵入してもらい、管理の甘さを理由に非ネットワーク管理への移行、と言うところか。」

 えげつない事を言いだすグレアムに、やけに満足そうに頷くレジアス。自身の保身を完全に切り捨てた権力者ほど厄介な生き物は、そうはいないだろう。しかもこいつらの場合、真剣に管理局の改革を志している上、捨て石になる覚悟を完全に固めている。今更自身の名を惜しむつもりが一切ないため、必要とあらばどんな汚い事でもやってのける。

「ドゥーエ君、今日すぐにデータを持っていく必要はないのだろう?」

「ええ。さすがのドクターも、そこまでの無茶は言わないわ。」

「ならば、人事周りと予算周りの資料はすぐに用意させるから、それでなのは君達の情報に対する対策の時間を稼いでくれないかね?」

「了解。それだけでいいの?」

 明らかに、この後頼まれるであろうことを想定した発言をするドゥーエに、黒い笑顔を向けるレジアス。強面な顔の造形と相まって、はっきり言って怖い。

「察しが良くて助かる。プレシアが用意したハッキング装置を、連中のアジトに仕込んできてもらいたい。それも、出来るだけ連中が自分の意思で使うように誘導して、だ。貴様なら余裕だろう?」

「赤子の手をひねるより簡単ね。むしろ、ドクターの催促をかわすほうが骨なぐらい。」

 優喜が口をはさむまでもなく、絶対に部外者に聞かれるわけにはいかない会話が続く。その会話の推移を黙って聞いていたブレイブソウルが、実に楽しげに口を開く。

「これまでに私の使い手は幾人かいたが、今回の友ほど面白い使い手は初めてだ。」

「具体的にはどういう意味で?」

「私の特性上、どうしても使い手はゼスト殿のような武人が多いのだが、それゆえに揃いも揃って脳筋と表現したくなるような人間でね。正直、私の使い手が、陰謀に加担するケースに遭遇するとは思っていなかったのだよ。実際の犯罪者の逮捕口実を、政敵の抹殺のためのマッチポンプに利用するなど、実に私好みでいい。」

「別に、関わりたくて関わってる訳じゃないよ。身内を守ってたら、引くに引けなくなっただけ。」

「その理由でここまでやってのけるその才覚、出来ない事をあっさりと切り捨てるか他人に振るドライさ、これまでの友に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいだよ。」

 ブレイブソウルの言葉に苦笑する。本物の陰謀の世界では、優喜などまだまだ可愛らしいものである。

「こういう事にかかわると、ドクターを裏切った甲斐があったと思うあたり、私も結構毒されてきてるわね。」

「陰謀に加担することで充実感を感じないでよ。」

「しょうがないじゃない。私はそういう風に作られたんだし。」

 最初の頃は割といやいやだったドゥーエでも、一年もこの関係が続けば適応ぐらいはする。今ではドクターと管理局、双方に対する爆弾を握っている快感と、二重スパイが発覚して抹殺されかねないスリルの両方に酔っていたりする。しかも悪い事に、このチームは陰謀を進めるうえで、結構理想的な人材がそろっている事も、ドゥーエの充実感に拍車をかけている。

 少なくとも、いろいろ盾に取られて強制されているわけではない。最初の頃こそ事あるごとに反抗を企てては、優喜に毎回違う妙なツボをつかれてえらい目にあわされてはいたが、それが原因で本気で加担するようになったわけではない。間違っても、人として目覚めてはいけない妙な快感に目覚めてはいない、はずである。

「とりあえず、話はそれで終わり? だったら今日は引き上げるけど。」

「ああ。もう話し合うような事はないね。また何かあったら連絡するよ。」

「ちょっと待て。そろそろなのは達の出演時間だ。それぐらいは見て帰ってもばちは当たるまい?」

「あ~、そういえばそうか。」

 レジアスの言葉に一つ頷くと、せっかくなのでテレビぐらいは見て帰る事にする優喜であった。







「……立派に受け答えするようになったな。」

「なのは君、前はあれほど嫌がっていたのに、最近では完全に割り切っているようだね。」

 生放送、十二時間ほどの特番の歌番組の、ちょうど仕事終わりの休憩ぐらいの時間に入るスペシャルコーナー。そこで最近注目の新人であるなのは達が、五曲ほどのメドレーを歌う事になっている。五分程度のトークの後に十分程度の歌の時間、そして終わりのトークがまた一分程度、という構成だ。

「今日は出動とかないんだ。」

「いくら高確率で出動があると言っても、毎回ではないぞ。」

「でも多分、なにがしかのトラブルはあったみたい。受け答えは普通にしてるけど、ちょっとばかし挙動が不審だ。」

「ほう、そうなのか?」

「うん。」

 優喜の指摘を受け、もう一度観察しなおす一同。だが、どうにもどこら辺が挙動不審なのかが理解できない。

「まあ、分かんなくてもしょうがないって。僕は同居人だし、ずっとあの子たちの師匠をやってきてるんだから。二人の事に関しては、部分的には本人より詳しい自信があるよ。」

「……優喜がそういうのなら、そうなんだろうね。」

「ん。とりあえず何にしても、それが分かったからって、今この場ではどうする事も出来ないんだけどね。」

 そこで言葉を切って、二人の受け答えに集中する。彼女達の人となりは、ここ半年の取材やら何やらで随分知られて来てはいるが、直接テレビでトークをする機会はあまりない。今回は、何度も聞かれたデビューの経緯やら何やらではなく、直近のコンサートツアーと、その時に感じた事を中心に受け答えしている。

「……へえ。フェイトお嬢様、執務官を目指してるんだ。」

「うん。前々からプレシアさんの事もあって、出来る事は多い方がいいからって、資格を取る勉強はしてたんだけど、ツアーから戻ってきたら、急に熱心になってね。」

「どういう心境の変化かしら?」

「途中で覗きに行った時の様子からすると、コンサートツアーで見た子供の目が死んでたのが、どうにも気に食わなかったみたい。その時も、帰って来た時も、自分が子供だってことを嘆いてたし、執務官の権限で出来る事、出来ない事を、一生懸命調べてたよ。」

「それも、直接聞いたわけじゃないんだろう?」

「こういうことは、聞かなくともなんとなく分かるよ。」

 優喜の言葉に少し考え込む様子を見せるドゥーエ。画面の中では、なのはが将来の夢がいまいち定まらない事をぼやいて、出演者たちに温かい目で見られている。

「本気で私も染まってしまったみたいね。こんな事に手を貸しているというのに、フェイトお嬢様の夢を応援したくなるなんてね。我ながら、焼きが回ったものだわ。」

「いいんじゃない? こっちの年寄りどもは、自分達が汚れを担当して、子供達の夢を支援するんだ、なんて真顔で言ってるんだし。」

「そのやり口があれってのも、怖い話ね。」

 優喜とドゥーエの会話を苦笑しながら聞き流す年寄りども。やり口がえげつないという部分は、微妙に反論できないことを理解していたからだ。

「そろそろ歌が始まるかな?」

「そのようね。」

 二人がステージのほうにスタンバイする。優喜が即座にその立ち姿に違和感を感じたのは、付き合いの長さといえるだろうか。

「ありゃ。二人とも、立ち居地を間違ってるよ。」

「ふむ?」

「そうなのか?」

 忙しさも手伝って、さすがに二人の開始立ち位置を覚えるほどは映像を見ていないレジアス達。もっとも優喜にしたところで、うちで毎日ダンスの復習に付き合っているから、自然と覚えたに過ぎないのだが。

「うん。やっぱり、さっきの挙動不審の原因が尾を引いてるのかな? 今も、間違いに気が付いて結構おたおたしてるし。」

 他の人間からみても分からない程度の差を、当然のごとく語る優喜。さすがは二人の師匠、といったところか。

「あ、やっぱり間違えてた。」

「そのようだな……。」

 展開したバリアジャケットを見て、否定しようもなく間違えていたことを理解する一同。さすがに、普段揃っているはずの衣装が違えば、間違ったとしか判断しようがない。しかも、明らかにダンスが間違えている。

「お、ちゃんと修正した。」

「割と突発的なトラブルに弱かったフェイト君が、成長したものだ……。」

「その感慨深そうな発言、年寄り臭いわよ。」

「年寄りだからしょうがないじゃないか。」

 などなど、微妙にずれた観点で二人の歌を聞いていると……

「あ、バリアジャケット修正した。」

「二人とも衣装を間違えていたのか……。」

「まあ、出だしのダンスを二人とも間違えてたんだから、衣装も間違ってるだろうね。」

 そこまでの黒い会話はどこへやら。完全にそこらのお茶の間の様子と代わらなくなってしまっている。

「……二人とも、地味に魔導師としての技量も上がっているね。」

「ん。威力や精度は落ちるけど、ジュエルシード事件のころに出来たことは、デバイスなしでも出来るようになってるよ。」

「落ちてどれぐらいかね?」

「まあ、普通の武装局員とは、自分達が優位なまま張り合えるんじゃない?」

 デバイスなしでランクA以上とか、普通の局員が聞いたら泣きたくなる話だ。

「むしろ、彼女達より一般局員を君に鍛えてもらうべきなのかもしれないね。」

「聖王教会でも言われたけど、さすがにそれは無理。面倒見れて、せいぜい後一人二人だよ。」

 優喜のせりふに、むうと唸る重鎮達。そんなこんなをしているうちに、なのはとフェイトが互いの衣装を入れ替えるサービスを行って客席を盛り上げ、ステージそのものは最高のまま終える。

「半年で、よくもまあここまで対応力が付いたもんだ。」

「まったくだ。」

「とりあえず、見るものを見たし、僕は引き上げるね。」

「ああ、すまないね。」

「また何かあったら連絡する。」

 レジアスとグレアムの言葉に軽く手を振って答え、そのまま帰路につく。この後、年寄り二人とその使い魔達は、膨大な量の業務手配に忙殺されるのであった。







後書き
とりあえず、このおっさん達、そろそろ自重すべきだと思うんだ



[18616] 閑話:高町家の歳時記
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:afc44e0e
Date: 2011/02/19 17:56
1.鏡開き



 年に一度の鏡開きの日。昨今の鏡餅は、個包装の小餅をいくつか鏡餅型の容器の中に入れているものが多いが、高町家は昔ながらの生餅である。なので、カチカチに乾燥した餅を割って、カビやら何やらを削って、ぜんざいや鍋物に入れて食べるのが仕来たりだ。

「今年は、結構お餅残ったよね。」

 ぜんざいを食べ終わり、余った餅のカビを削りながら、在庫に対してそう感想を漏らすなのは。鏡餅だけでなく、正月用に買った個包装の餅も残っている。

「恭也さんが、外泊多かったから。」

「フェイト、そこは触れてあげないのが家族の思いやりだよ。でないと、私が惨めに……。」

 実は、なのは達より外泊が少ない美由希。そもそも、お互いの家を行き来するような友達が那美と忍ぐらいしかおらず、また生まれてこのかた、ずっと男性と縁が無かったこともあり、それなりの頻度で朝帰りをしてくる恭也に対しては、割と言いようのない感情を持っていたりする。

「まあ、遅くても僕達が中学出るぐらいには結婚するだろうし、いまさらの話ではあるよね。」

「うう、私の春はどこに……。」

 新学期から、那美の通っている大学に進学する美由希。当人が気がつかないところでそれなりにもててはいたのだが、一緒に出歩く相手が那美や忍、シグナムなど、美由希よりもっと目立つ、声のかけられやすい女性ばかりなので、どうにも本人や身内は男にスルーされているイメージしか持てない。

「とりあえず、ご飯の用意しようか。おにーちゃんは今日はどうだったっけ?」

「多分帰って来たと思うんだけど。」

「じゃあ、たくさん炊いておかないとだめだよね。」

 そう言って、米櫃の中を覗き込むと……。

「ちょっと足りないかも。」

「どれぐらい残ってる?」

「四合半ぐらいかな?」

「足りないね。」

 高町家はよく食べる。食べざかりの人数が多いのも理由だが、それ以上に平均の消費カロリーが大きい。一番食の細いフェイトですら、最近では定食一人前をきっちり食べきるほどだ。ジュエルシードを探していたころは、迂闊に間食すれば晩御飯が食べられないほど食が細かったのが、嘘のようである。と言うか、その食生活では体が持たなくなったというのが正しい。

「とりあえず、お米買ってくる。」

「うん、お願い。」

「晩御飯、お餅のメニューにすれば、これでお米足りるんじゃないかな?」

「そうだね。チーズがあるから、お餅のグラタンスープにしようかな?」

 米を買いに出た優喜を見送り、冷蔵庫の中身やら何やらを確認してメニューを考えるなのは。特に誰も反対意見を出さないようなので、今日のメインは餅のグラタンスープで決まりだ。

「一連の流れに、口をはさむ隙間が無かった……。」

 あまりに段取りのいい妹達に、姉としての威厳やら何やらについて思わず考え込む美由希。

「グラタンスープもうまいが、このスパニッシュオムレツ、なかなかの味だな。」

「なのは達だけに台所を占拠させるつもりはないよ。」

「美由希の作品か。優喜が来た頃が嘘のようだな……。」

「あの頃の事は言わないでよ……。」

 とりあえず、メイン以外のメニューを全部力技で担当し、どうにか姉の体面を保つ美由希であった。







2.節分



「フェイトちゃん、カンピョウいるんだろう?」

「イワシのいいの、入ってるよ。」

 商店街で買い物をしていると、あちらこちらから声がかかる。一時期は人見知りしていたフェイトも、最近では愛想よく対応するようになり、ちゃっかりおまけしてもらうようになっていたりする。

「えっと、海苔にかんぴょうにきゅうりにしいたけ、桜でんぶに……。うん、材料はこれでいいかな。」

 今日は節分。商店街でも、豆まき用の大豆やデフォルメされた鬼の面、あとは海鳴では割と最近に定着した恵方巻やその材料などが店に並んでいる。恵方巻については、大手スーパーなどはなのは達が生まれるより前から全国展開していたようだが、一般に浸透したのはそれほど前のことではないらしい。

「ちょっとだけ、翠屋によっていこうかな。」

 今日は珍しく、塾も管理局の仕事もない。時間的にもお小遣い的にも、少しぐらいの寄り道の余裕はある。少しお茶とおやつをいただいても問題ないだろう。昔と違って、それぐらいで夕飯が食べられなくなるほど食が細いわけではないし。

 因みに、最近のルールでは、店で食べるまかない以外の物はお小遣いで、という形になっている。優喜やテスタロッサ親子の主張で、そこはそろそろきっちり線引きするべきだ、と言う事になったのだ。さすがに、一応身内と言う事で原価販売にはなっているが。

「いらっしゃいませ。」

 入ってきたフェイトを、接客用のスマイルで迎え入れる美由希。

「あら、フェイト。」

「フェイトさん?」

「あれ? 母さん? リンディ提督?」

 入ってすぐに、カウンター席で紅茶を片手にシュークリームをむさぼっている母親と元上司の姿が。

「フェイトもここでおやつ?」

「うん。お小遣いにちょっと余裕があるし、軽く食べていこうかなって。」

「だったら、今日は私が払うわ。」

「いいの?」

「ええ。私を誰だと思ってるの?」

 プレシアの言葉に、小さく吹きだすリンディ。

「笑うことないじゃない。」

「だって、えらそうに言うことじゃないもの。」

 リンディが何を笑っているのか、いまいちぴんとこないフェイト。

「フェイトさん。プレシアはあなたの母親なんだし、普段一緒に暮らしていないのだから、こういうときぐらいは甘えてあげなさいな。」

「うん。」

 素直に頷くと、プレシアの隣の席に座る。

「母さんはともかく、リンディ提督はどうしてここに?」

「今日は休暇で、こっちへは住む場所を探しに来たのよ。」

「引っ越してくるの?」

 フェイトの質問に、小さく頷くリンディ。

「実はね、ここだけの話なのだけど、クロノとエイミィがもうじきゴールインしそうなのよ。」

「え?」

「それで、この街は知り合いも多いし、子育ての先輩も居るから、クロノたちが暮らすのにいいんじゃないかな、って。」

 リンディの言葉に、ひどく納得してしまうフェイト。

「お待たせしました。」

 そこに美由希が紅茶とシュークリーム、それに大豆の入った小さな個包装のパックを持ってくる。

「あ、翠屋でも福豆出してるんだ。」

「福豆?」

「うん。日本の風習で、今日は邪気をはらうために豆をまいて、邪気払いに使った豆を年の数だけ食べるんだ。」

「ああ、この大豆は、そういうものなの。」

「年の数だけ、ねえ。」

 プレシアが、実に嫌そうな顔をしている。何しろ、既に還暦を過ぎているのだ。そんな大量の豆を食べるのはきつい。

「年はとりたくないわね……。」

「今のあなたの食欲と外見で、実年齢を察することが出来る人間なんていないわよ。」

「それはそれで複雑なのよ……。」

 年長者二人の、どうにも口を挟みがたい会話にどうしようか迷った末、あきらめて目の前のシュークリームに専念するフェイト。相変わらず控えめで優しい甘さが体中を包み込み、たった一口で幸せになってしまう。実に幸せそうな表情で、少しずつ少しずつシュークリームをかじるフェイトを、まるで小動物を見守るようなほのぼのした雰囲気で見守る保護者達。体はずいぶん大きくなったが、プレシアの中では、和解したころの小さなフェイトのままだ。

「そういえば、ずいぶん一杯買い物してるけど、何?」

「同じくこの日の風習で、恵方巻って言う巻き寿司を食べるから、その材料。」

「色々あるのね。」

「去年はなのはもフェイトも忙しくて、自作する時間はなかったんだよね。」

 サービスの紅茶を注ぎながら、美由希が口を挟む。

「プレシアさん、リンディさん、今日はうちでご飯食べていくんでしょ? だったら、フェイトの渾身の一作が食べられるよ。」

「あら、ありがたい話だけど、数は足りるの?」

「大丈夫。明日の朝の分まで作るつもりだったから。」

「だったら、リニスとアルフも呼ぼうかしら。」

「うん、呼んであげて。最近、私の都合で裏方仕事ばかり押し付けてるから。」

 問題はいわしが足りなさそうなことだが、帰りに買い足せばいいだろう。

「たくさん作るから、たくさん食べていってね。」

「ええ。」

 その後、お互いの近況を話し合う。色々あってなかなか一緒に暮らせない親子だが、反抗期に入るまでにはどうにか蹴りをつけたい。二人の様子を見ながらそんなことを思うリンディ。

「じゃあ、用意してくるから、先に行くね。」

「私たちは、もう少しお茶してから、もう一件見て回るわ。」

「うん。」

 翠屋で母と別れ、いわしを買い足してから高町家へ。今や時の庭園よりも、こっちのほうが我が家としてしっくり来るあたり、ずいぶん自分も日本での暮らしになじんだな、と思う。

「さて、まずはたくさんご飯炊かないと。」

「……フェイトちゃん、張り切ってるね。」

「一般家庭が食べる分量を、明らかに越えてる気がするけど。」

 あまっていたご飯を全部炊飯器から出すと、一升ほど米を炊き始める。米が冷める前に酢飯にしつつ、十分な量のご飯を炊き上げねばならない。具材の調理も戦争だ。ありったけのコンロをフルに活かして、かんぴょうとしいたけを煮込み、出汁巻きを作っていく。ちなみに、今回フェイトが作るのは、七福神にあやかった七種類の具を巻くもので、しいたけは細く切って使う。

「母さん達が来るから、一杯作らないといけないんだ。」

「手伝うよ。こっちのご飯を酢飯にすればいい?」

「うん。お願い。」

 優喜となのはの協力を得て、どんどん作り上げられていく巻き寿司。大皿二枚にドドンと積み上げられた恵方巻は、なかなか圧巻である。

「そういえば、豆がないけど、今年はまかないの?」

「魔法で当たってもあんまり痛くない豆を作ってまく予定。」

「あれだったら、後片付けが楽だもんね。」

「恭也さんが大人気ない真似しても、ムキになった美由希さんが指弾飛ばしても、周りに被害はでないし。」

 去年の豆まきを思い出して、思わず苦笑する。何しろ、恭也が神速まで駆使してむやみやたらと大人気なく高度に回避し、ひたすら美由希を挑発するのである。怒った美由希が周囲の被害を無視して豆を撃ち出しはじめ、なのは達が結界を張って必死に被害の拡大を食い止めたのだ。もちろん、終わった後に二人とも大目玉を食らっている。

「どうでもいいけど、ちゃんと風習の通りにやるんだったら、すごい人数で妙な方向を向いて太巻きを齧ることになるんだよね。」

 優喜の指摘にその図を想像して、思わず吹きだす二人。特にプレシアとリンディは、何かの冗談のようだ。

「えっと、いわしは燻すんだっけ?」

「そうそう。」

 そんなこんなで、結局子供達の手だけで、節分の準備があらかた終わってしまう。結局、豆まきは予想通りろくなことにならず、大人気ないまねをした連中はまとめて、プレシアの雷を比喩的にも物理的にも落とされる結果になるのであった。

 なお、大量にあった恵方巻はきれいになくなったが、皆最初はちゃんと風習通り恵方を向いて齧り、終わった後に微妙な顔をしていたことをここに記す。







3.バレンタイン



「えっと……、こう?」

「うん。それでね……。」

 月村家のキッチン。明日のために、少女達が真剣な顔で材料と格闘していた。

「なのは、これでいいかな?」

「ちょっと待って……。うん、よく出来てるよ、フェイトちゃん。」

「なのはちゃん、うまく固まらないんだけど……。」

「えっとね、その場合は……。」

 女子の戦場・バレンタインデー。普段は料理などさわりもしないアリサも、気になる男の子が居るので真剣勝負だ。この場に居ないはやては、

「私は皆ほど気合入れて作る相手がおらんからなあ。」

 などと嘯いて、自宅で割りと手抜き気味の義理チョコを作っている。なぜ義理なのに手作りか? 単純に、桃子経由で業務用のチョコを仕入れれば、たとえ義理でも買うより安く作れるからだ。

「そういえば、翠屋さんのバレンタイン、今年はなのはちゃんも手伝ったんだよね?」

「うん。オリジナル商品を一つ開発したんだ。ただ、量産はおかーさんと松尾さんの出番だったけど。」

 バレンタインは毎年、クリスマスと並んで翠屋の売り上げに大きなインパクトを与えるイベントである。百貨店などで買うよりは安く、そこらのスーパーのものよりは良質、何より個別注文でリーズナブルに特別なものも作ってくれるというサービスの良さで、義理も本命も結構よく売れるのだ。

 ちなみに、なのはが作ったオリジナルチョコは、義理と本命の中間と言う層に結構よく売れて、翌年から定番商品になるのだが、この場では関係ない話である。

「これでよし、っと。」

「お疲れ様。後はラッピングだね。」

 みんなして、まっとうな神経をしていれば、絶対義理と間違えることはないであろう出来のチョコを作り上げる。ちなみに、去年はなのはもフェイトも忙しく、バレンタインに手の込んだ真似をする余裕は一切なかった。なので、今年はリベンジとして目いっぱい頑張っていたりする。

「そういえば、なのは。」

「何?」

 ラッピングをしながら、アリサがなのはに気になっていた事を聞く。

「何種類か作ってたみたいだけど、その一番気合が入ってるのは誰にあげるの?」

「日ごろの感謝を込めて、優喜君にだけど?」

「それ、どう見ても本命チョコにしか見えないわよ?」

 アリサの指摘に、なのはが苦笑を浮かべる。

「うん。多分そう見えると思う。」

「フェイトとすずかがいるのに、そのレベルのチョコを義理として渡すのって、なかなかの度胸ね。」

「ん~。私は、優喜君がこれを本命だとは思わないんじゃないか、って思ってるの。」

「……まあ、あいつの場合、あんたからもらっても、そういう勘繰りはしないか。」

 どうやら、納得してもらえたらしい。正直なところ、なのはが優喜にどういう感情を持っているのか、第三者が見てもいまいちよく分からない面がある。凄く好意を持っているのだけは確かなのだが、その方向性が分からない。フェイトやすずかほどではないにしろ、割と優喜の方を見ているが、彼が単独行動をとっても昔ほどは不満を口にしない。かといって、アリサやはやてのように放置されて平気かと言うとそうでもなく、このグループで行動している時も、かまい方が足りないと不機嫌になる。

 恋愛感情と言うほど確固としたものではなさそうだが、かといって単なる友情と言うにはずいぶんねっとりしている。実際のところ、これが同性の上付き合いの長いアリサだからこういう判断もできるが、つきあいが薄いクラスメイトや一応中身が男の優喜だと、どう判断してもおかしくないところだ。言ってしまえば、初めて一緒に旅行に行ったころのフェイト、その一歩手前ぐらいだ。実際、今後どっちに転んでも、何の不思議もないところである。

「それはそれとして、アリサちゃんはユーノ君だよね?」

「そうよ。悪い?」

「あ、文句があるとかじゃなくて、どうやって渡すのかな、って。」

「それをフェイトにお願いしようと思ってたのよ。」

 いきなり名指しされて、きょとんとした顔をするフェイト。

「アルフ、よく無限書庫に出入りしてるでしょ?」

「うん。」

「明日、持って行ってもらえないかなって。」

「分かった。頼んでおくよ。」

「お願い。」

 アリサに頼まれて、その場でアルフと連絡を取る。呼ばれてすぐに駆け付けたアルフに、雑用を頼んで申し訳ないと頭を下げつつ、乙女の真心を預ける。

「忘れずに届けてね。」

「分かってるって。」

 普通に考えると結構どうでもいい事に呼びつけたわけだが、そんな事一切気にせずに、気のいい返事で引き受けるアルフ。その様子に、今度、彼女の大好きな美味しい肉料理をご馳走しようと心に決めるアリサ。

「さて、今日はこんなところかな?」

「そうね。なのは、ありがとうね。」

「こっちこそ、作るの誘ってくれてありがとう。」

「じゃあ、ノエルに送って行ってもらうね。」

 こうして、決戦の準備は整った。







「あんた達、まだ渡さないの?」

 翌日の昼休み。微妙に浮ついた雰囲気のある教室で、優喜が先生の用事で席をはずしている間に、こっそりアリサが尋ねる。

「学校ではちょっと……。」

「さすがに、他の人がいるところでは恥ずかしいよ……。」

「それに、ここで渡したら、ゆうくんが周りの子たちから無理やり返事をさせられそうだし……。」

「まあ、それもそっか。」

 この衆人環視の中、あんな気合の入ったチョコレートを渡すとか、お互いにとって拷問である。かといって、こっそり呼び出して渡したとしても、荷物を覗かれれば一発だ。

「どうでもいいけど、仮に中学から後ろもこのまま共学だったら、この時期はもっと切実な感じになるんでしょうね……。」

「今は男の子達、あんまり気にしてないみたいだもんね。」

「せいぜい、お菓子がもらえてうれしい、ぐらいなもんでしょ。」

 アリサが、過半数の同級生の気持ちを正確に言い当てる。そんな話をしていると、

「何の話?」

 割と微妙なタイミングで、戻ってきた優喜が口をはさむ。

「ああ。もしうちの学校がこのまま男子部と女子部に分かれてなかったら、バレンタインデーは結構切実だったんだろうな、って話。」

「あ~、確かに。」

「優喜君、高校生の時はどうだったの?」

「幼馴染が毎年義理チョコをばらまいてたから、同じクラスに限っては、家族以外は義理もゼロって男はいなかったかな。」

「幼馴染? チョコ配ってたってことは、女の子だよね?」

 幼馴染、と言う単語に微妙に危険なものを感じるフェイトとすずか。なのはも、何かしら引っ掛かるところはあるようだ。

「うん。ぶっちゃけ、僕もその子と同門の友達ぐらいしか義理チョコくれる相手はいなかったし。」

「本当に義理なの?」

「義理だよ。」

 代表で聞いてきたアリサに、はっきりきっぱり言い切る優喜。本気で義理だったエリカたちはともかく、紫苑が聞けば泣きそうな話である。

「他にくれる人がいなかったって、本当なの?」

「と言うか僕の場合、それしか義理もらえないような連中から、むしろお前も配れとか言われる側だったし。それに、わざとやってたとはいえ、クラスでも学校でも浮いてたし。」

 その返事に、妙に納得する一同。何か嫌な事でも思いだしたか、よく見ると優喜の表情が微妙にダークになっている。

「優喜君、なんかすごく嫌そうな顔してるけど、どうしたの?」

「大したことじゃない。単におかしな趣味の男からラブレター渡されたり、彼女いるはずの男と三角関係にされかけたり、いろいろアレな事を思い出しただけ。」

 優喜の台詞に、全力で引くなのは達。その表情は明らかに、聞くんじゃなかったと語っている。多分、学校で浮いていたというのも、半分はそこが原因なのだろう。

「とりあえず、さっさとご飯食べよう。」

「あ、そうだね。」

 優喜のあまりにアレな告白に、バレンタインと言う雰囲気が完全に消えさる一同であった。







「そういえば、今日はすずかの家に行く日だっけ?」

「あ、そうだね。」

 放課後。さて帰るか、と言う段になって、優喜がそんな事を言いだす。

「ちょうどいいじゃない。すずか、家で渡したら?」

「うん、そうする。」

「……何の事かは、あえて聞かない事にするよ。」

「いい判断ね。」

 二月十四日に女の子が男の子に渡すものなど、普通一つしかない。分からなければ鈍感極まりなく、分かっていて聞くのは嫌みにすぎる。しかも、すでに半日たって、今日が何の日か忘れていた、などと言う言い訳が通じない時間になっているのだ。

「まあ、そういうわけだから、僕は直接すずかの家に行くよ。」

「じゃあ、私たちはお仕事してくるね。」

「あ、ちょっと。渡さなくていいの?」

「ここじゃちょっと、ね……。」

 さすがにこちらの会話に聞き耳を立てている人間はいないが、結構な人通りがある。もっとも、なのはもフェイトもこの事態を予想していたので、最初からチョコを持ってきていなかったりする。

「それじゃあ、またあとで。」

「なのは、フェイト、あんまり無理しないように。」

「うん。」

「行ってきます。」

 軽く挨拶して、そのまま仕事に行く。この日の仕事が、アイドルになってから経験したことのないハードさになるとは、この時点では思っても居なかった。







「ディバインシューター!」

「ホーミングランサー!」

 例によって、収録現場にたどり着くまでに普通に犯罪者に遭遇。丁度相手が人質をとって、雑居ビルに立てこもろうとしたその瞬間に立ち会う羽目に。時間がないのでさっくり許可を取って、二人いた人質と入れ替わった後にデバイスも起動せずにさっさと仕留める。

『なのはちゃん、フェイトちゃん! 停電の影響で研究所から魔法生物が逃走! プロデューサーさんから許可を取ったから、すぐに捕縛に向かって!』

「「了解!!」

 先輩からの指示で、名状しがたいコミカルな魔法生物の大群を、シールドとバインドで制圧してケージに捕縛。一時間ほどかけて取りこぼした相手を全部確保すると、研究所につれて帰る。

『なのはちゃん! フェイトちゃん! ヘルプお願いできるか!?』

「はやてちゃん?」

『今、大規模な魔法テロがあって、天候がえらい事なってんねん! 私一人やと災害を抑えるので精一杯や!』

「分かった! すぐ行くから、場所を教えて、はやて!」

『そっちに座標送ったで!』

「了解! すぐつくと思うから、もうちょっとだけ踏みとどまって!」

 親友のSOSを受けて、大急ぎで現場に飛ぶ。

「うわあ……。」

 現場は、異様な空間になっていた。台風もかくやという強風に豪雨。後三十分も続けば、崖崩れあたりの大規模災害が起こりかねない。

「これはまず、儀式してる連中をどうにかしないと、被害が広がる一方だ。」

「だね。……あそこかな?」

「向こうにも反応。」

「二手に分かれよう。」

 見つけた反応を手早く制圧し、儀式を潰す。全部で四つのグループに分かれていたが、護衛の戦闘魔導師はなのは達の基準では大したことなく、むしろ強風の中での移動に時間を食われる。

「はやて! 犯人グループは確保した!」

「儀式潰すの手伝って! 私の詠唱速度やと被害が大きなりすぎる!」

「「了解!!」」

 なのはとフェイトが、気功によって鍛え抜かれた馬鹿魔力と大魔力には珍しい高速詠唱で、一気に儀式を進める。二人の愛機も、ユニゾンシステム対応のためのデュアルコア、という特性を生かした高速演算で儀式を助ける。

「なんか、私の存在意義が微妙になってくる光景やなあ……。」

「はやてちゃんは、まだ本領を発揮できる状態じゃないから、しょうがないよ。」

「はやても、気功は練習してるんだよね?」

「うん。一年で魔力量が三倍近く増えたわ。」

 なのは達にも覚えのある話をされて、思わず苦笑する。

「だったら、夜天の書が直ってリィンフォースさんが復帰すれば、私達よりできることは増えるはずだよ。」

「とりあえず、今は被災者の救助だね。」

「せやな。悪いけど、もうちょい付き合ってくれへん?」

「「もちろん。」」

 この救助活動は、むしろテロの制圧よりはるかに難航することになる。あまりに帰りが遅い二人を心配して、わざわざ夕食を持って様子を見に来た優喜を巻き込んで、日付が変わるまで救助活動は続けられた。

「……日付、変わっちゃったね。」

「だね……。」

 ようやく最後の一人を避難所に連れて行き、さあ帰るか、と時計を見て、呆然とつぶやく二人。

「どうしたん?」

「はやて……、バレンタインが……。」

「え? ……ああ、そういうことか。」

 フェイトの言葉に、状況を察するはやて。

「まだ、今やったら遅刻はほんの少しやで。」

「……でも。」

「まさか、チョコ持ってきてへんとか?」

「……持ってきてるよ。帰ったらすぐ渡せるように。」

「せやったら……。」

 と言いかけて、フェイトの繊細さを思い出して黙り込む。

「フェイトちゃん、一緒に渡そ。」

「なのは?」

「せっかく優喜君がここにいるんだし。」

「……。」

 なのはの呼びかけに、非常に深刻に悩んでみせるフェイト。正直、竜岡優喜という男が、たかが数分程度の遅刻でどうこう言うとは思えないのだが、こういう面はメンバーで一番ロマンチストのフェイトには、非常に思いっきりが必要な行為のようだ。

「まだ帰らないの?」

「ちょっと、乙女の内緒話があってな。」

「……向こうにいた方がいい?」

「いんや。ある意味丁度ええわ。」

 人を食ったような笑みを浮かべると、デバイスから何かを取り出す。

「少し遅刻やけど、バレンタインの義理チョコや。」

 はやてが渡したのは、義理という言葉のとおり、シンプルに溶かして固めただけ、という感じのチョコだ。ただ、さすがに恩人に渡すためか、ラッピングは義理っぽい手抜きのものではあっても、チョコの中には砕いたアーモンドが入っており、普通の義理よりはグレードが高いことは伺える。

「ん。ありがとう。」

「ほら、なのはちゃんもフェイトちゃんも。」

 二人の後ろに回って、優喜の前まで背中を押す。

「あ、あの、優喜……。」

「遅くなっちゃったけど、チョコレート、もらってくれる、かな?」

「あ、うん。ありがとう。」

 なのはとフェイトから、すずかからもらったのと大差ないぐらいに凝ったラッピングのチョコを受け取る。

「フェイトちゃんは予想し取ったけど、なのはちゃんも本命か。」

「え? ち、違うよ!? 義理じゃないけど本命でもないの!」

「それは、多分フェイトちゃんに失礼やと思うで。」

「大丈夫だよ、はやて。なのはの義理がそれだって言うのは、ちゃんと昨日聞いてるから。」

「……そういえば、皆で一緒に作っとったんやっけ?」

 フェイトの言葉に納得するはやて。更に、学校で渡せない理由も。

「とりあえず、去年のリベンジは成功、言うことでいいんかな?」

「……駄目。」

「あ、やっぱり?」

「来年こそは、ちゃんとバレンタインデーのうちにチョコを渡して見せる。」

 なんとなく、方向性がずれているフェイトの決意で、バレンタインデーは幕を閉じたのであった。






後書き
時節ネタをやりたくなって、書きあがって推敲中のものをほっぽり出して仕上げてみたり
また思いつきでやるかもですが、間が悪くても生温い目で見守ってくださいな



[18616] 閑話:聖祥学園初等部の林間学校
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/06/25 09:06
「忘れ物はない?」

「大丈夫。」

「何度も確認したよ。」

 一泊二日の林間学校。その準備に漏れが無いかを確認する桃子に、満面の笑顔で答えるなのはとフェイト。五年生の一番大きなイベントで、二人とも実にわくわくと浮き足立っている。いつもより早い時間に起きて訓練を始め、いつもより早い時間にそれを切り上げたところからも、二人の浮き足立ち方がよく分かるだろう。

「優喜君は、って聞くまでもないか。」

「まあ、着替えと入浴・洗面用具以外は最悪、どうにか現地調達できなくもないしね。」

 なのはとフェイトが張り切って作った弁当を鞄につめながら、二人ほど浮き足立った様子もなく、あっさり答える。人生経験の差か、実に落ち着いたものである。

「そういえば、優喜君以外の男の子と何かする機会って、あんまりないよね。」

「だね。班行動でこういう大きなイベントに参加するってのも、初めての経験だし。」

「私はちょっと不安かな。近頃、優喜以外の男の子は、なんだか変な目で見てくるし。」

「あ~、男子もそろそろ、そういう年頃なんだよね。」

 ついに体育の着替えが男女ともに更衣室に移った五年生。第二次性徴が始まっている生徒がクラスの三割ぐらいに登っている事に加え、男子の側も性的な意味での羞恥心や好奇心がようやく女子に追いついてきているため、着替えがらみはきっぱり隔離されている。保健体育の時間が増え、性についての教育も、理科の時間との連動で少しずつ始まっている。

 因みに、女子に関しては、恋愛面では大人と大差ない。価値観に関してはさすがに経験の問題もあって、大人よりはるかに夢見がちな基準で相手を選ぶが、さめる時のドライさや何やらは、もはや子供と侮れない水準になっている。実際、優喜が編入した三年の頃は希少価値だったカップルも、今はそれなりにいる。もっとも、男子がまだまだ子供なので、女子と一緒なんて、みたいなことを子供も一杯いるが。

「そういう年頃?」

「好奇心じゃなくて、恋愛や性欲の対象として女体を見始めるお年頃。」

「優喜もそうなの?」

「ん~、ぶっちゃけよく分からない。元の体の時は、ちょうどこの辺で目が見えなくなったし、今は中身と体の年齢がかみ合ってないから、いろいろややこしい事になってるみたいだし。」

「なってるみたいって、そんな他人事みたいに……。」

 渋い顔をする桃子に、大したことなさげに笑って見せる。正直なところ、恋愛だの結婚だの子作りだのに関してすっぱり割り切れば、当人にとってはそれほど困る事はないのだ。むしろ、困るのは、こんな厄介な男に惚れた女性の側だろう。

「さて、そろそろ出ないと、集合時間に遅れるよ。」

「あ、そうだね。」

「行ってきます。」

 優喜に促されて、慌てて荷物を担いで家を出るなのは達。その姿を見送った後、一つため息をついてから自身も仕事に向かう桃子であった。







「なのはもフェイトも、結構な荷物になってない?」

 班ごとに割り振られたバスの席。そこに座るや否や、アリサが気になっていた事を切り出す。因みに、優喜のクラスだけ三十七人なので、六人の班が五つ、七人の班が一つ出来る。その七人の班が優喜達の班だ。

「そうかな?」

「美容師さんに言われて、日焼け止めとか化粧水とか持ってきてるから、そのせいかも。」

「それだけだとは思えないけど……。」

 意外と大きなリュックを持ってきているなのはとフェイト。この年頃の女の子は、そろそろ着替え一つにしても下着のかさが増え始める時期ではあるが、なのはもフェイトも、それ以上に荷物のかさが高い気がする。

「今日の晩御飯は、皆でカレーを作るんだよね?」

「そうよ。材料とかは全部、学校側が用意してくれてるから、私たちは今日のお昼のお弁当以外は、食材の類は持ち込まなくてもいいわよ?」

「うん。それは知ってる。」

 アリサの言葉に、どことなく含むところをにじませるなのはとフェイト。どうやら、単純に指定通りのカレーを作る気はないらしい。

「一体何を持って来たのよ。」

「「「秘密。」」」

「……すずかまで何か仕込んできたの……?」

 最近無駄にとしか言えないレベルで料理の腕が上がっている連中に、違う意味で一抹の不安を覚えるアリサ。さすがにキャンプ場でプロ顔負けのカレーとかを作ったりはしないとは思うが、かといって、普通の小学生が林間学校で飯ごう炊さんとセットで作るカレーで済ませるとも思えない。

「ねえ、優喜……。」

 前の席に座っている優喜に、やや困った顔で声をかける。

「ん?」

「うちの班だけ、無駄に戦力が多すぎる気がするんだけど……。」

「何を今更。」

 本当に今更の話だ。優喜達の班は、クラスの料理できる人間だけをかき集めたような班編成になっている。ぶっちゃけ、優喜一人でも、カレーぐらいは余裕なのだ。だが、正直炊飯はともかく、カレー作りに関しては、優喜が材料に触らせてもらえるとは思えない。

「なあ、竜岡。」

「ん?」

「うちの班って、そんなに料理できる人間多いのか?」

「女子はアリサ以外、全員料理できるよ。」

「悪かったわね、料理できなくて。」

 優喜の説明に、不機嫌そうな口調で文句を言うアリサ。

「いや、普通は小学生の身の上で、料理なんてできないって。」

「料理できるアンタに言われても、何の慰めにもならないわよ……。」

「予想はしてたけど、竜岡も料理できるのかよ……。」

「お前、男のくせに家事万能とか、うちの姉貴より女らしいぞ。」

 同じ班の男子二人の台詞に小さく苦笑する優喜と、女らしくないと言われた気分になってむくれるアリサ。

「……なんだか、高町さんとかに負けるのはともかく、竜岡君に負けるのは結構ショックよね……。」

「……料理とか裁縫とか、ちゃんと勉強しようかな……。」

「……案外、なのはちゃんとかって、それが理由で料理できるようになってたりして……。」

 どうやら、今の会話が、バス全体に伝わったらしい。女子のひそひそ話が、優喜の耳に飛び込んでくる。なのはとフェイトの料理に関しては、切っ掛けと言う意味では間違っていない。正直、必要になると思って覚えた芸の類に、そこまで突っ込まれても困るのだが。

「竜岡君、女の子っぽいのは顔だけにしておいた方がいいわよ。」

「そうそう。そうでなくても、プライド的な意味ではすでに女の敵なんだから。」

「僕がなにしたって言うんだ……。」

 えらい言われように、珍しくへこんで見せる優喜。彼とて、好きで女顔でいるわけではないのだ。文句を言うなら、あの世にいる、女顔に産んだ母親に言って欲しい。

「みんな、それはいくらなんでもひどいよ。」

 フェイトの真剣な声色での一言に、好き勝手さえずっていたバスの中がしんとなる。フェイトとすずかが優喜に気がある事など、クラスメイトにはすでに知れ渡っている事実だ。なのに、二人の気持ちを歯牙にもかけていないようにしか見えない優喜は、そういう意味でも女の敵認定されつつある。

 事情を知っているなのはとアリサが、あれはある意味当然なんだとフォローしているが、理由がちゃんと説明できない種類のものなので、どうにも効果は薄い。アリサはともかく、なのはも一部にはそういう方向で疑われているため、余計に説得力が無い、と言うのも一因である。アリサですら、その意見を完全に否定できないのだからしょうがない。

「優喜の方が女らしいからってへこむのは勝手だけど、こいつに文句言ってもしょうがないじゃない。」

 アリサの正論に、どうにも気まずい雰囲気が漂う。実際のところ、この件については優喜は何も悪くない。

「ま、まあ皆、カレーぐらいなら、ちょっと練習すれば簡単に作れるようになるから、ね。」

 気まずくなった雰囲気をフォローしようと、やや引きつった声で言ったすずかの言葉が、ある意味止めとなるのであった。







「なんか、バスの中が拷問だった……。」

「ご、ごめんね、ゆうくん。」

「や、別に誰が悪い訳でもないんだけどね……。」

 クラスはおろか、学校全体でも指折りの美少女にかばわれたという事実は、一部の男子を確実に敵に回している。それ自体は気にもしないのだが、そこに微妙に反感を覚えている女子が加わるのが面倒臭い。しかも、その空気になのはやフェイトが過剰に反応するのだから、余計に神経をすり減らす。正直に言って、別に彼女達に害はないのだから、あまりこの件でかまわないでほしいというのが本音だ。

 ぶっちゃけたところ、優喜が他人の評価を気にしている理由など、大半は同居人およびその友人のためだ。優喜自身は、誰からどう思われようが、それでクラスから浮こうがいじめられようが、一切気にしないと言うか困らない。そもそも、いくら陰湿だろうが子供のやることだし、物理暴力に頼るような輩など大して怖くもない。

 だが、優喜が反感を買った結果、仲良くやってくれているなのはたちに累が及ぶと、さすがに笑って済ませるわけにもいかない。多分そうなったところで、そんなくだらないことをする連中と優喜を秤にかけたりはしないだろうが、むしろそれをしないからこそ、彼が気をつけなければいけないのだ。世の中、ままならぬものである。

「うおっ……、っとさんきゅ。」

「ここら辺はちゃんと整備された道じゃないから、変な石とか出てる。足元気をつけて。」

「だな。ありがと。」

 道のでこぼこに足をとられたクラスメイトを、リュックをつかんで支える。砂利と石と土が混じった未舗装のハイキングコースだ。リアカーの轍が残っているぐらいで、車の類が入れるような場所ではない。不慣れだと割と歩きにくく、油断すると足を取られやすい。目的地のキャンプ施設にはもちろん、トラックが入っていける道が無い訳ではない。が、林間学校の趣旨を考えれば、山道を歩くのは当然の話である。

「そういえばこの道、他の学校で迷子が出たって言ってたよね?」

「こんな一本道で?」

「足踏み外したりとかすれば、普通に迷子になるからね。」

「足を踏み外したりするんだ……。」

 アリサやすずかからすれば、こんな分岐もない道で迷子になるなど考えられない事だが、こういう道に慣れている優喜からすれば、好奇心旺盛で注意力がやや足らず、あまり人の言う事を聞かないようなタイプが迷うには十分だったりする。よく見れば人が入れそうな獣道は結構あるし、道端にキノコでも生えていれば完璧だ。

「あんまり言うと本当に行っちゃう子が出るかもしれないから言わないけど、地元の人が山に入るときに通ってるっぽい獣道も結構あるから、そういうところに迷いこんじゃうと一大事。」

「竜岡、よくそういうの分かるよな……。」

「高町家の人たちが、そういうの結構詳しいもんで。」

「高町さん、そうなの?」

「ふぇ? あ、うん。おとーさん、ボーイスカウトの指導とかもやってるから。」

 嘘ではないが、真実全てでもない答えを返す優喜となのは。さすがに、夜中に黒い服着て、山の中で真剣を使って切ったはったの訓練をしています、などとは、言ったところで誰も信じはしないだろう。

「高町さんの家って、結構いろいろあるよな。」

「私も、優喜君が来るまで、おとーさんがこんなにいろんな事をやってるとは思わなかったの。」

 自分の家の奥深さに、しみじみとした口調でつぶやくなのは。

「それ言ったら、なのはだってその年で色々やってるじゃない。」

「そうかな? 私自身はそんなに特別だとも思わないけど……。」

 なのはの返事に、人は自分のことは分からないものなんだな、という意見で一致する。

「あれ?」

「どうしたのよ、すずか。」

「フェイトちゃんがいないんだけど……。」

 すずかの言葉に、あわててあたりを見渡す班のメンバー。さっきまで先頭を歩いていたはずなのだが……。

「フェイトならあそこ。」

「え? あ、本当だ。」

「フェイト、アンタ何やってるのよ……。」

 結構先の方で、何やらじっと見ているフェイトに駆け寄るアリサ達。アリサに声を掛けられて振り向き、ようやく自分が先行し過ぎていた事に気がつくフェイト。

「フェイトちゃん、なに見てたの?」

「あれ。」

 フェイトが指さした先には、何やら蔓植物が生えていた。男子二人にはその蔓が何かピンとこなかったようだが、博識なアリサと最近料理を頑張っている二人には、それが芋の類だという事がなんとなく分かった。優喜は最初から、それの正体が分かっているらしく、思わず苦笑を浮かべてしまう。

「テスタロッサさん、あれ何?」

「山芋。優喜、多分すごく立派なのが取れると思うんだけど、掘っちゃ駄目だよね?」

 フェイトの言葉に、先ほど優喜が言った足を踏み外す、だの普通に迷子になる、だのの意味を理解する一同。フェイトの場合は特殊例だろうが、基本的にこういう流れではぐれて迷子になるのだろう。

「この山が誰のものか分かんないし、今は団体行動中だからね。また今度、皆でキャンプに行った時に探そう。」

「うん。」

 優喜の言葉に、後ろ髪をひかれながらも素直に頷く。目ざといのか周りを見ていないのか、よく分からないフェイトであった。







「さて、本日のメインイベント・カレー作りだけど、分担どうしようか?」

「水汲みとか薪運びとかはそっちの男子に任せるとして……。ってちょっとすずか、アンタどこからフライパンなんて取り出したのよ?」

「お姉ちゃんの発明品だけど?」

「あ~、あのハリセンと同じ理屈ね……。」

 やけにやる気満々のすずかの返事に、ため息交じりに納得の声をあげるアリサ。見るとなのはもカバンの中から何やら缶のようなものを取り出している。

「なのは、それは?」

「翠屋特製スパイス。時間が無くてルーとかレトルトのカレーにするとき、これ使って味を調えるんだ。」

「……飯ごうで炊いたご飯に、やけにもったいないものを使うわね……。」

「少しでも美味しいものを食べたい、っていうのはおかしな考えじゃないよね?」

 こっちもやけにやる気満々だった。となると、フェイトも当然、そのたぐいのものを何か持ち込んでいるはずだ。

「で、フェイトは何を持ち込んでるのよ?」

「私は自家製のラッキョと福神漬けだよ?」

 そう言って、小さめのタッパーを二つ取り出す。昼にも自家製の梅干しが弁当に入っていたあたり、高町家のどこかに漬物蔵をこっそり作っていかねない。さすがにラッキョと言っても単に自分の家で漬物にしているだけだろうが、家庭菜園で育てましたと言われても、だんだん驚けなくなってきている。

「よく許可が下りたわね……。」

「クラス全員分を持ってくる条件で、許可を取ったんだ。さすがに他のクラスの人の分まではないけど。」

 試食の結果、やたら評判が良かったフェイトの福神漬け。キャンプ施設とはいえ、一応管理人室に冷蔵庫があるので、余ったとしてもそこに入れてもらえばいいだろうと許可を出したそうだ。

「もう、他には何も持ってきてないわよね?」

「……持ってきてはいないよ?」

「……なに拾ったのよ……。」

「ワサビ。向こうの川のあたり歩いてる時に、優喜とワサビ生えてるねって話してたら、管理人さんが持って行っていいっていうから、ちょっともらってきたんだ。」

 ワサビと言うやつは、きれいな水が無いと自生しない。自治体系のあまり利用頻度が高くない施設とはいえ、キャンプ場付近の川辺にワサビが生えているというのは、意外と珍しい話かもしれない。

「さすがに、カレーにワサビはちょっと……。」

「うん。だから明日何かに使おうかなって。」

 まだ準備に入ってすらいないというのに、突っ込みすぎで異常に疲れた気分になるアリサ。必要以上に美味しいカレーが食べられるのは確実だろうが、その代償としては割にあわない気がする。そもそも、何故にこの班の女子は、ここまでフリーダムなのだろう?

「まあ、とりあえずアリサ。火の管理と飯ごうは僕がやるから、適当に分担割り振って、下ごしらえ始めてて。」

「了解。川村と田辺はさっき言ったように薪とか貰ってきて。女子は全員、野菜洗って下ごしらえ。」

「はーい。」

「結局力仕事か。」

「ぼやくなって。どうせ俺らに料理なんてできないんだしさ。」

 などと口々にいいながら、下ごしらえに入る。その間に、優喜が教師より手際よく火種を用意して回り、受け取った薪をざっと仕分ける。

「タマネギ、そこまで剥いちゃダメ!!」

「その包丁の使い方、危ない!!」

 下ごしらえが始まってすぐに、なのは達の悲鳴が響き渡る。まだ小学生だから仕方がないとはいえ、調理に慣れていないクラスメイト達の、あまりにも危なっかしい仕草に、気が気でないらしい。結局、料理できる三人組が、自分達の班の下ごしらえを見本として見せながら、他の班の分も手伝う流れになったようだ。さすがに、指でも切り落とされたら事だ。

「事前に予習ぐらいはしておいて、正解だったわ……。」

「どうでもいいけど、うちの班だけフライパンがあるのが、割とシュールだよね。」

 全ての班の飯ごうを管理しながら、アリサのぼやきに割と関係のない返事を返す優喜。因みに、ご飯の方は優喜が水加減などを確認してあるため、それほどおかしなことにはならないだろう。少なくとも、他のクラスよりは美味しく炊きあがるはずだ。

「竜岡君は、あっちに混ざらなくていいんですか?」

「向こうにゃ、僕の出番はありませんよ。」

 火の番をしている優喜に、声をかける担任。向こうでは、当初の予定とはやや違うながらも、楽しそうに和気藹々と料理を続けるクラスメイトの姿が。

「うん、そうそう。指、気をつけてね。」

「もう少し小さく切った方が、火の通りはいいかな?」

「あ、それは水多すぎるよ!」

 とりあえず、なのは達三人の獅子奮迅の活躍を見る限りは、優喜に出番はないだろう。火の加減を見て、飯ごうの位置を微調整していると、もう何も言うまいという感じで立ち去っていく担任。最近ずいぶんと浮き気味の優喜に、地味に神経をすり減らしているのだろう。優喜としては申し訳ない話だが、買っている反感の種類が種類だけに、なるようにしかならないと開き直るしかない。

「ゆうくん、こっちのコンロに火種用意できる?」

「了解、ちょっと待って。」

 フライパンとフライ返しを片手に声をかけてくるすずかに答え、手際よく新しい火種をコンロの中に用意する。

「薪で調理するのは初めてだと思うけど、大丈夫?」

「うん、任せて。」

 そう言って、他の班は省略した、具材を炒める工程を始める。薪の火力を活かして手早く、だがしっかりと火を通して行く。

「本当は、タマネギを徹底的に炒める方がいいんだけど、今日は時間が無いから軽めで。」

「私も、フライパン、持って来ておいた方がよかったかな?」

「一個で十分だよ。」

 なのはにそう答えると、炒めた具材を鍋に入れ、火にかける。そのまま続いて、こっそり持ってきていたにんにくを取り出し、細かめに切ってフライパンに乗せる。薬味として、ガーリックチップを作るつもりらしい。

「ちょっとすずか……。」

「どうしたの?」

「にんにく、大丈夫なの……?」

「ちゃんと、許可は取ってるよ?」

 アリサの言葉に、なにを問題視しているのかが理解できずに首をかしげるすずか。多分、許可を出した方は、なのはのスパイスやフェイトの福神漬けと同じく、作ってきたものを持ち込むと思っていただろう。まさか、マイフライパンを持ってきて、自分で作るところからスタートするとは、予想もしていまい。

「えっと、そうじゃなくて……。」

「え?」

「……吸血鬼がガーリックチップを作ってるのって、すごいブラックジョークだよね。」

「あ、そういうこと。」

 すずかにだけ聞こえるようにぼそっとつぶやいた優喜の言葉、それでようやくアリサの言わんとしている事を理解するすずか。夜の一族と言っても、血を飲まないと成長などに問題が出る以外は、食事に関しては普通の人間と変わらない。そもそも、伝承どおりであれば、昼間出歩いていること自体がおかしい。

「食べ物に関しては、そんなに気にしなくて大丈夫。」

「本当に?」

「うん。だって、前に一緒ににんにくを使った料理、食べたでしょ?」

「……そういえばそうだったわね。」

 気にするとすれば、口臭ぐらいだろうか。エチケットとして、そこはどうしてもある程度気になる。

「因みに、口臭消しも用意してきてるんだ。」

「本当に用意がいいわね……。」

 しおりに書いてあったもの以外は、せいぜい虫さされ対策のかゆみ止めぐらいしか余分なものを持ってきていないアリサとしては、この少々特殊な友人達を見ていると、自分が間違えているような気分になってくる。

「ルー入れる前に灰汁とらないと!」

 自身と友人たちとの価値観の違いに悩むアリサに、フェイトの慌てた声が聞こえてくるのであった。







「なあ、竜岡。」

「ん?」

「お前、月村さんとかテスタロッサさんの事、どう思ってるんだ?」

「ん~、大事な友達、だけど?」

 消灯前。同じバンガローに割り当てられたクラスメイトと、定番と言うには少々早すぎるような話題で駄弁る。どうにも、彼の割り当てのバンガローには、比較的早熟な男子が集まっているようだ。

「お前とテスタロッサ、高町の家に住んでるんだよな。」

「うん。僕は親兄弟も親戚もいないし、フェイトのお母さんは向こうでのごたごたが長引いててね。」

「あ、わりぃ。」

「いいよ、気にしないで。」

「そーいや、竜岡って結構ヘビーな人生歩んでたんだよな。」

「これで見た目通り女だったら、周りの大人が絶対ほっとかないって。」

 クラスメイト達の好き勝手な台詞に、反応を決めかねてあいまいに微笑む。

「そーいや、テスタロッサさんのお母さんも、なかなかこっちに来れないんだな。」

「本当は、もうとっくにこっちに来れる予定だったんだよ。一年できかないほど遅れるなんて、関係者全員思ってもなかった。」

 当初の予定では、とっくの昔に裁判も保護観察も終わっていなければならないはずのプレシアだが、そもそも違法研究に踏み込むきっかけとなった魔力炉の暴走事故、その裁判を蒸し返す羽目になっていた。

 原因は簡単で、暴走事故の原因を全てプレシアに押し付けた例の会社が、再び彼女の制定した安全基準の不備を理由に、訴訟を起こしたのだ。かつてプレシアの警告を完全に無視し、暴走事故の引き金を引いた男が、再び別のプロジェクトで暴走事故を起こし、その原因をもう一度押しつけようとしているのである。

 普通なら、即座に却下されるような案件である。だが、ちょうどグレアムとレジアスによる粛清が大きく進んだ頃に事故が起き、影響力は残っているが権限が奪われはじめていた最高評議会一派が、この事故を利用して話を大きくしたのだ。とはいえ、事は必ずしも最高評議会一派の思惑通りに進んでいるわけではない。

 そもそも最初のプレシアの案件自体に、合理的な疑いを持っている検事や裁判官も多く、時間がたったからこそ出てきた新証拠や新証言もあり、一から審議をやり直した方がいい、という形になったのだ。正直、プレシアにとっては、終わった事を蒸し返された上に、自身の身の潔白と引き換えにフェイトと暮らせる大事な時間を削られるという、有難迷惑にもほどがある状況になっているのは間違いない。

 いろいろ余計な思惑が交差した結果、無意味に裁判が長期化の様相を示してきた。今ではいっそのこと、時の庭園と高町家の物置きあたりをつないで、事実上同居している形にしてしまおうか、などと画策するほど、プレシアはフェイトとの生活に飢えている。

「それで、一緒に住んでるのに、お前ら何もないのか?」

「何もって?」

「何って、チューしたりとかそういう事。」

 あきれてジト目でクラスメイトを見る。同居してるだけでそこの家の子と出来るのなら、女の子のいる家に引き取られて暮らしている孤児は、皆彼女持ちだ。

「まあ、竜岡がクラスの女子になびかないのも、当然じゃないか?」

「どういう事だよ、高槻?」

「だってお前、変な言い方だけどさ、俺らの年の女子って、非常に中途半端なわけだ。」

 クラスメイトの中で唯一、三年生のころからずっと男女交際を続けている、翠屋FCの名ゴールキーパー・高槻君。優喜を除くならば、精神的にはクラスはおろか学年の男子でも飛びぬけて早熟な少年である。この年の頃のスポーツマンと言えば、勉強が苦手で粗暴な部分が強いのが普通だが、彼は文武両道を心掛けている秀才でもあり、優喜をこの年頃の限界二歩手前ぐらいまでスペックダウンすれば、多分彼になるだろうという優秀な少年だ。

 ちなみに、彼女にプレゼントするアクセサリを優喜に作ってもらった縁で、同学年の男子の中では優喜と一番仲がよく、唯一の理解者になっていたりする。自分の恋愛をからかったりせず、割と紳士に応援してくれるから、と、下手をするとなのは達より優喜を評価している面がなくもない。なのは達と行動する時間がもっと短ければ、基本的につるむ相手は彼だったに違いない。

「中途半端って、どういう意味だ?」

「だってさ、体って意味じゃ全然大人じゃないし、さっき見てても分かるけど、自立するための努力なんてほとんどしてない連中ばっかりなわけじゃん。まあ、俺らが偉そうに言えるこっちゃないけど。」

「いや、まだ中学にも上がってないのに、自立する努力してる方が怖いんだけど。」

「竜岡がそれ言っても、説得力無いって。お前、就職に年齢制限なかったら、とっくに自立して食っていけるだろ?」

「まあ、出来なくはないけど。」

 とはいえ、二十歳から小学三年生まで若返ってしまった人間を基準にしても、話にもならない。普通、小学生の限界なんて、いいところなのはかフェイトぐらい。彼女達にしても、仮に就労年齢の制限が無くても、現状日本で食って行くなら芸能界以外の選択肢が無く、非常にリスキーな人生を歩む事になるだろう。

「でまあ、話を戻すけどさ。基本、女子は男子よりマセてるから、心身ともに大人とは言い難い癖に、口だけは常に達者なわけだ。ついでに言うと、俺ら男子の事をガキだと思ってるし、実際俺らは向こうよりさらにガキだ。」

「それと竜岡の事と、どうつながるんだ?」

「つまり、竜岡から見たクラスの女子って、向こうから見た俺らと大差ないってこと。違うか?」

「ノーコメント。」

 さすがは五年生男子一の秀才。優喜の中身が二十歳すぎだという事を知らないくせに、性欲がらみ以外で一番大きな理由のど真ん中を指摘してのける。

「実際、こいつが俺達と同い年だと思えるか?」

「……微妙。」

「たまに、妙に理解のある大人と話してる気分になる事がある。」

「だろ?」

 高槻君の主張に、やけに納得してのける一同。よもやクラスメイトの男子に、そこまで洞察力の鋭い逸材が紛れ込んでいるとは考えてもいなかった優喜は、高槻君の事をものすごく見直してしまう。

「だからまあ、テスタロッサと月村の件に関しては、女子の言い分も上から目線で結構理不尽なんだよ。大体、当事者がお互いにそれで納得してんだから、外野がごちゃごちゃ言うこっちゃないし。」

「高槻、お前大人だな。」

「男前ってのは、こういう事を言うんだなあ。」

 クラスメイトに持ち上げられて、微妙に苦笑を洩らしながら、優喜にこんなところでどうだ、と言う視線を送る高槻君。その視線に、ありがとう、助かったというサインで返事を返す。同学年でほぼ唯一の男子の友人は、実にいい男であった。







「カレー、美味しかったね。」

「隣のクラスは、結構悲惨な出来だったみたいよ?」

「うちのクラスは、料理上手がいっぱいいてよかったよね。」

 先ほど、獅子奮迅の働きを見せたなのは達を、口々に褒める女子生徒達。あそこまでできると、同性からも憧れの目で見られるものである。

「私としては、優喜君が炊いてくれたご飯が、すごく美味しくてびっくりしたの。」

「そういえばご飯も、他のクラスは、ちょっと悲惨な出来だった班があったみたい。」

 一番悲惨だったのが、隣のクラスのとある班で、米は芯があってかたく、カレーは水が多すぎてしゃぶしゃぶになっていて、見てきた人間に言わせれば、とても食えた代物ではなかったらしい。もっとも、かわいそうだからと食べられるようにごまかしに行ったなのはの視点では、誤魔化せる分、美由希の初めての料理よりはましに見えたものだが。

「そういえばなのはちゃん、隣のクラスになにしに行ってたの?」

「あんまりにも出来があれだったから、ちょっとひと手間加えて、リゾット風スープカレーにしてきたの。」

「そんなこと出来るの?」

「うん。お米もルーもちょっと余ってたから、優喜君に火を起こしてもらって誤魔化してきたんだ。」

 どうやら、悲惨な出来だった班は、なのはの機転と工夫により、美味しくないご飯を無理して食べる事だけは避けられたようだ。特製スパイスやその他の調味料があったことも幸いし、その班だけ一風変わった夕食にありつけて、周りから羨ましそうに見られていた。

「月村さんのガーリックチップも、テスタロッサさんの福神漬けも美味しかったよね。」

「福神漬け、自家製だっけ?」

「うん。他にもいろいろ作ってるよ。」

「フェイトちゃんの作るお漬物、すごく美味しいんだよ。特に糠漬けが。」

「……ねえ、なのはちゃん、すずかちゃん。フェイトちゃん、本当に外国人?」

 言いたくなる気持ちが凄く理解できるため、思わず乾いた笑いをあげてしまうなのは。ちなみに、フェイトが和食に目覚めてしまったため、なのははなし崩しに洋食、それも主にイタリアンを極める方向に進んでしまっている。イタリアンなのは、単に翠屋のフードメニューが、パスタ類をはじめとしたイタリアンに寄り気味だからだ。

「私も、時々疑問に思うんだ。」

「なのは、それ結構ひどい。」

「だって、フェイトちゃんカラオケだと、演歌しか歌わないし。」

「歌謡曲も歌ってるよ!」

 それもなんだかなあ、と思わざるを得ないクラスメイト達。しかも、さっきのキャンプファイヤーでの出し物で、なのはと一緒に新旧アイドル系ソングメドレーなる名目で、「ふりむかないで」などの、下手したら親世代ですら生まれていなかったころの歌を歌っている。そのあまりの上手さとはまり具合に、クラスメイト達からの国籍詐称疑惑がどんどん深くなっていたりするのは、ここだけの話だ。

「まあ、あれよ。フェイトはいわゆる、日本文化に間違ったかぶれ方をした外国人なのよ。」

「「「ああ、なるほど……。」」」

「アリサもひどい……。」

「事実じゃない。あたしの知り合いにも居るのよ。こういう間違ったかぶれ方をした揚句、日本人より深く日本の伝統文化に精通しちゃってるアメリカ国籍の知日派が。」

 それはそれでいいことなのかもしれないが、日本に生まれているのに日本文化に疎い自分達を顧みると、なんだかなあと思うしかない。

「ただ、和食にはまったからって、自分で漬物までつける外国人はフェイトが初めてよ。」

「アリサだって、日本人から見たら外国人じゃない。」

「あたしは外国人らしく、自分で漬物をつけたり和食作ったりはしないわよ?」

「和食作れるのはいろんな意味で高得点だ、なんて言ってたの、アリサなのに……。」

「それ、あたしじゃなくてはやてだったと思うんだけど?」

「そうだっけ?」

 アリサとフェイトの会話に、思わず生暖かい目を向けてしまうクラスメイト達。

「そういえば、フェイトちゃんとすずかちゃんって、やっぱり竜岡君のこと好きなの?」

「うん、好きだよ?」

「私も。」

 フェイトとすずかのストレートな回答に、やたら盛り上がる女の子達。だが、少しばかりさめた表情で、アリサがその盛り上がりに水をさす。

「あのねえ。その聞き方だと、恋愛感情か友情なのか分かんないでしょ?」

「私は多分、この気持ちは恋愛感情だと思う。」

 アリサの突込みに対して、頬を染めながらも、割りときっぱり言い切るすずか。

「……アンタの度胸には、時々感心するわ……。」

「誤魔化しても仕方がないもの。アリサちゃんだってユー……。」

「ここでその名前を出すなあ!」

 などと、恋バナで盛り上がる。割と固い話題になっていた優喜たちとは正反対の、ある意味年相応な光景である。なお、なのははこういうとき、大体攻撃対象から外れる。アリサやすずかからすればそんな事はないのだが、クラスメイトから見ると、そういう面ではかなり幼い印象があるらしい。

「でも、やっぱり竜岡君、ひどいよね。」

「だよね。」

「いい子なのは確かなんだけど、フェイトちゃんたちの気持ちを無視するなんて、最低だよ。」

 ひとしきりフェイトたちの感情を確認した後、口々にそんなことを言い出す少女達。いきなり優喜の非難が始まったことに、どうしてもついていけないなのはと、また始まったとばかりに額を押さえるアリサ。

「アンタ達がどう思おうとそれは勝手だけど、少なくとも好きだって言ってる子の前で、そいつのことを悪く言うのはいただけないわよ?」

「だって……。」

「ねえ……。」

「第一、フェイトとすずかには悪いけど、優喜が誰を好きになったからって、あたし達がどうこう言う権利はないし、あいつにフェイトたちの気持ちを受け入れる義務もないのよ?」

 アリサの言い分に、どことなく釈然としない様子のクラスメイト達。理屈は分かるのだが、フェイトやすずかの一生懸命さを見ていると、どうしても優喜の態度には腹が立ってしまう。

「そもそも、今の私たちじゃ、ゆうくんが恋愛対象に見てくれないのも、当たり前のことだし。」

「その上から目線が、見てて結構腹が立つのよね。」

「いやだって、あたし達、まだ普通に子供じゃない。向こうは、中身はそこらの大学生より自立してるんだから、小学生を恋愛対象に見るようじゃ、却ってまずいわよ?」

 多分、アリサ達のその評価が、いちばん釈然としないところなのだろう。クラスの男子の中では飛びぬけてガキっぽさが無いのは確かでも、やはり女子の目から見れば、自分達より子供に見える。第一、男子の平均よりやや高い程度の身長しかない、男とも女ともつかない童顔の小学生を、大人だと思える方がおかしい。

「してもらってばかりの私たちじゃ、子供だって思われるのはしょうがない事だから。」

 フェイトの、どことなく大人びた達観した表情に、これ以上は自分達が悪役になるだけだと判断したらしいクラスメイト達。とうとう、何も言えなくなって黙ってしまう。

「まあ、本格的な惚れたはれたは、せめて子供作れるようになってから、ってことね。」

 アリサのまとめに、反論の余地を見つけられず、そのまま話を終えるしかない女の子達であった。







 その後、なんやかんやといろいろありつつ、全体ではそれほど大したトラブルもなく、無事に林間学校は終わった。次の日のメニューは、事前アンケートで川遊びとピザ・ハム・小物づくり体験に分かれ、それぞれの施設で昼まで過ごす、というものだった。なのはとアリサがピザ作り、フェイトとすずかが川遊びで、優喜は身内からのリクエストが多かったこともあり、一日中木彫りに専念、と言う風に分かれた。

「昨日に続いてなのは、大活躍だったわね。」

 帰りのバスの中。お互いの活動成果で盛り上がる。

「ハムとか小物作りはともかく、ピザで他の子に後れをとるわけにはいかないの。」

 気負う様子もなく、さらりと言ってのけるなのは。因みに、さすがにハム作りと言っても、屠殺・解体から始めるわけではなく、すでにばらして血抜きやら何やらが終わった材料で、ハムやソーセージを作るだけである。

「それ言ったら、フェイトとすずかもすごかったらしいね。」

「私はそんなに大したことはしてないよ。フェイトちゃんはすごかったけど。」

「魚のつかみどりは、日ごろの訓練成果の確認にちょうど良かったから。」

 フェイトは事もあろうに、浅瀬をちょろちょろ泳いでいた山女や岩魚を、素手でひょいひょい捕まえたのだ。もちろん、食べるわけにはいかないので逃がしてはいたが、すずかですら真似が出来ない大技だったのは確かだ。

 ちなみに、学年内でトップクラスに発育のいいすずかと、クラス内でなら上位のフェイトの水着姿は、色気づき始めた男子達にとってはいい目の保養になっていたようだ。フェイトはまだまだ乳房の存在が確認できる程度だが、すずかは既に、小学生のボディラインではなくなって来ている。

「まあ、一番すごかったのって、多分優喜なんでしょうけどね。」

「先生も、目を丸くしてたよね。」

 あきれた事に優喜は、手に入るだけの材料をすべて使い切って、自分を除くクラスメイト三十六人分と、八神家のメンバー(含むリィンフォース)をデフォルメした、小さな木彫りのストラップを完成させていたのだ。さすがに、教師の分までは手が回らなかったとか言っていたが、あまりの手の速さと出来の良さに、施設の指導員も驚いていた。九時前からスタートで十二時に終わっていたので、一個五分を余裕で切る計算だ。

 最近は、もっぱらブレイブソウルを工具モードで起動して加工していたので、久しぶりに前に使っていた道具で木工細工を作るのは、それなりに楽しかったというのが優喜の談だ。もっとも、いくら形状が手抜き気味で、どんなに手入れされたいい道具を使っていたと言っても、電動や空圧機器ではないのだから、人間離れしたスピードで加工している事は否定できない。周りの人間も、あまりの集中力と阿修羅のごとき手の動きにビビって、とても声をかけられなかったと証言している。

何しろ、道具の持ち替えのタイミングが見ていてわからなかった上に、新しい材料を手に取るとき以外、木を削る音が一度も途切れなかったぐらいだ。どうにも、よっぽど鬱憤が溜まっていた感じである。

「本当に優喜はすごいよね。私、結構不器用だから、あんな風に綺麗な形に木を削ったりできないよ。」

「私だってそうだよ、フェイトちゃん。私、運動神経だけじゃなくて、手先の神経も切れてるんじゃないかなあ、って図画工作の度に思うの。」

「まだなのははPOP作ったりとかしてるじゃないの。あたしは自慢じゃないけど、生け花とかはともかく、こういう細工ものは全然素質ないわよ。」

「アリサちゃん、本当に自慢じゃないよ、それ……。」

 女の子達の会話に、小さく笑う優喜。笑われて急に恥ずかしくなったか、アリサが顔を赤くして優喜を睨みつける。

「まあ、僕は毎日何かしら作ってるから、下手だったらまずいんだよね。」

「よく、毎日作るものが思い付くわね?」

「一度作ったデザインをいろいろいじるのも、練習になって結構面白いんだ。それに、毎日何かしら作っておかないと、どんどん腕がさびついて行くし。」

「ああいうのでも、そうなんだ。」

「どんな事でもそうだよ。」

 優喜の言葉に、林間学校の最中だというのに、なのはとフェイトが普通に早起きして何やらやっていた事を思い出す。もっとも、二人に関しては、もはやそれが習慣だから、という面もあるのだろうが。

「さて、今日はアクセサリは、作らなくてもいいかな? 昨日サボってるけど。」

「今日はあれだけいっぱい作ってるし、別にいいんじゃないかな?」

「そーいや、高町家の分とテスタロッサ家の分、忘れてたなあ。」

「そこまで言いだしたら、きりが無いよ……。」

 などと、優喜達のグループの、クラスメイト達にとっていろんな意味で意外な一面を見せつけた林間学校は、一応特に大きくもめることもなく終わりを告げたのであった。なお、優喜の作った手抜き気味の造形の人形は、手抜きでもそれなりにクラスでは好評で、結果として職人というあだ名を頂戴する事になるのだが、それはまた別の話である。



[18616] 第4話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/02/26 09:18
「今日は暑いね……。」

「予想最高気温三十七度だって……。」

 八月。記録的な猛暑となったその夏の、一番暑い日。暑さにやられ気味なままどうにか朝食を済ませ、お仕事に向かうために堅苦しい制服に着替えようとして、思わずうめくなのはとフェイト。毎朝の訓練は涼しい時間帯だが、それでもあまり運動したくないぐらいの暑さだった。

「制服だからしょうがないとはいえ、長袖にネクタイは暑いよ……。」

「ミッドチルダはこんなに暑くないはずだから……。」

 ミッドチルダは一部地域を除けば、冬でもめったに氷点下までは下がらず、夏でも三十度を超すことはまれである。なので、堅苦しい管理局の長袖ジャケットでも、それほど暑くなく寒くなく、と言う時期が圧倒的に長い。一応半袖の夏服もあるのだが、二人は立場上かっちりした冬服を着る事が多い。一応夏仕様のものを用意してもらってはいるが、紺色の長袖、という時点でアウトである。

「優喜君は平気そうだね……。」

「慣れと鍛え方の違い。まあ、裏技もあるにはあるけど。」

「裏技?」

「軟気功の応用で、体の温度を一定に保つんだ。高等テクニックだから、多分なのは達にはまだ厳しいと思うけど。」

 言われて、微妙にしょんぼりするなのはとフェイト。実際、二人とも軟気功はそれほどうまくない。傷を治すにしても、圧倒的な出力を生かして、魔法で力技でやった方が早くて簡単なのだ。専門分野以外はほとんど初歩しか使えないとはいえ、基礎スペックの差で、初歩でも十分すぎる効果を得られるのが、いろんな意味で厄介なところである。

「魔法で同じ事やったら?」

「基本的に、訓練と仕事中以外の魔法の使用は禁止なの……。」

「それに私達の場合、出力が大きすぎて、デバイスなしだとそんな小技でもいろいろ悪影響が出るんだって……。」

 優喜の提案に、しょんぼりの度合いが微妙にから割とに格上げされる。因みに、海水浴の時は、日焼けが本格的にまずいと言う理由から、限定的な許可が下りただけだ。今回は肌の露出部分が基本的に少ないので、普通の日焼け止めで対処しろ、と言われて終わりになるだろう。一般の局員もこの暑さで頑張っているのに、なのは達だけそうそう特別扱いされるわけがないのだ。

「そこは、制御訓練が甘いとしか言えないよ。」

 優喜の追撃に、かなりしょんぼりする二人。ぶっちゃけ、優喜の言い分はかなり無茶だ。普通の範囲にくくれる魔導師なら、たとえ一流の人物でも、二人の出力を振り回されずに使いこなす事は出来ない。言ってしまえば、小型の魔力炉をデバイスと自分の制御能力だけで使いこなそうとするようなものである。大魔力と高速詠唱・並列処理が食い合うのも、結局はそういう部分が噛んでくる。

 なのはとフェイトが驚異的なのは、小型の魔力炉と同レベルの容量・出力を誇りながら、一般的な魔導師を超える詠唱速度と並列処理を実現している事である。これはひとえに、高出力と言う要素が後天的な訓練で得られた資質であるが故の奇跡だ。最初からSランク以上の容量と出力を持っていたはやてが、そこらへんの運用が苦手である事がその証拠である。もっとも、はやては今や、個人で中型魔力炉クラスの出力を叩きだしているのだが。

 そもそも、出力が大きすぎて、などと言っても、余計な影響が出るような甘い制御はしていない。単純に、このレベルになると、完璧に近い制御で魔法を使っても、魔力素の吸収量の影響で、Fランクぐらいの魔導師では魔法が発動しなくなることがある、と言うだけの話だ。

「そろそろ発勁も普通に使えるようになってるし、明日ぐらいから気功の制御周りをもうちょっと重点的にやる?」

「そうだね。最近、我ながら行動が荒っぽい気がしてたの。」

「力押しばかりって言うのも、なんとなく頭が悪そうで嫌だしね。」

 そんな事を言いながら、あまり駄弁っていると遅くなるため、さっさと着替えに上がる二人。この時、二人は明日の訓練が中止になるとは考えてもいなかった。







「ミッドチルダも暑い……。」

「暑いね……。」

 この日は、ミッドチルダも朝から三十度を超す猛暑日だった。言うまでもなく、数年に一度あるかないかの気候である。

「上着脱ごうかな……。」

「フェイトちゃん、下着のライン、見えちゃうよ……。」

 すでに服の中は汗でぐっしょりだ。多分、上着を脱げば、かなり危険な状態になっているだろう。まあ、なのははもとよりフェイトでも、まだ一般人が目の保養と言うには体つきが幼いが。

「どうして私たちは半袖駄目なんだろう……。」

 なのはの愚痴に、声に出さずに同意するフェイト。はっきり言って、殺人的な暑さだ。せめてジャケットの下を半袖にさせてくれればいいのに、と、珍しく不満たらたらである。

「飲み物、買って行こうか?」

「そうだね。この暑さだと、ちゃんと水分取ってないと危ない。」

 この日は現地集合だし、まだ最初の仕事まで時間がある。本日メインであるコンサートの会場には、ちゃんとスタッフ用の飲み物が用意してあるが、最初の仕事はその手の物は一切ない。因みに、珍しく芸能活動ではなく、管理局としての広報活動だ。

「えっと、ここで飲んでいく分と、向こうに持っていく分、かな?」

「だね。そこまで意識しなくてもいいとは思うけど、今日は外での行動が多いから、気をつけないと。」

「昨日の予報では、こんなに暑くならないはずだったのに……。」

 ぼやきながらも、一リットル入りと三百ミリ程度のスポーツドリンクを一つづつ手に取るなのは。同じものを手に取り、先に清算を済ませるフェイト。次元世界一有名な管理局員が目の前に現れて、思わずまじまじと見つめる店員。

「今日は暑いですね。」

 その視線に気がつき、やや力ない笑顔を向けて話しかけるなのは。

「そうですね。こんな暑い日は何年ぶりですかね?」

「やっぱり、ミッドチルダでは珍しいんですか?」

「ええ。クラナガンは、あんまり極端な気温になる事はありませんし。」

 手早く清算しながら、愛想良く雑談に応じる青年の男性店員。この後休憩時間に、二人の容姿と、暑さには弱いらしいという話題で、他の店員達と盛り上がり、話しかけられた店員がヒーローとなるのだが、なのは達には関係ない話である。

「今日はもっと暑くなりそうですし、体に気をつけて、お仕事がんばってください。応援してます。」

「ありがとうございます。お兄さんも、お仕事がんばってくださいね。」

「応援、ありがとう。」

 ファンの応援で少し元気が出たなのはとフェイトは、できるだけ颯爽として見えるように店を出て行く。イートインスペースが店内にないため、店の前のごみ箱の傍の目立たない場所に移動、小さいほうのスポーツドリンクをあけ、口をつける。

「あれ? あかない。」

「大丈夫?」

「うん。ちょっとかたいだけ。」

 なのはがボトルの蓋にてこずっている間に、フェイトは自分の分をあっという間に飲み干してしまう。どうやら、自分で思っているよりずっと、のどが渇いていたらしい。フェイトが飲み終わったぐらいに、なのはがようやく自分の分の蓋をあけ……

「? なのは?」

「あぶない!!」

 唐突になのはが飛び出す。視線の先には、幼稚園に通っているぐらいの年のころの子供が二人。まだ赤信号だというのに車道に飛び出している。そこに、制限速度ぎりぎりのスピードで車が走ってきた。

 クラクションを鳴らしながら、ブレーキ音を響かせて突っ込んでくる車。ぶつかる直前に二人の男の子を抱え、全力で反対側の歩道に飛び込むなのは。後ろで派手な音を立てて車が何かを踏みつぶすが、気にかけている余裕はない。抱え込んだ二人の安否を確認し、歩道に着地して安堵のため息を漏らす。

「なのは! 大丈夫!?」

「うん。平気。この子たちも怪我はないみたい。」

 信号が変わるのを待って、フェイトが駆け寄ってくる。

「も、申し訳ありません!!」

 すぐそこに車を止めた運転手が、大いに恐縮して頭を下げる。交通量が多く、ゆるくカーブしているために案外見通しが悪い道。たまたま車の往来が途絶えたタイミングで、子供達がふざけているうちに車道に飛び出し、そこに車が普通に突っ込んで行ってしまったらしい。ドライバーも、対面で六車線あるうちのいちばん中央を走っていたので、子供をはねそうになるとは予想もしていなかったのだろう。

 主要幹線道路で交通量の多い道路だが、信号などの絡みで、時間帯に関係なく完全に車の往来が途絶えるタイミングが結構ある。そういうタイミングで事故が多いため、辺りには注意を喚起する看板や標識が乱立している。

「怪我とかはありませんか!?」

「大丈夫ですよ。誰も怪我とかしてませんから。」

「そうですか……。何かを踏みつぶしたような感触があったので、気が気でなかったのですが……。」

「踏みつぶしたのって、あれじゃないかな?」

 フェイトが指さした先には、車に轢かれて無残に中身をぶちまけたスポーツドリンクのボトルが。子供達を抱え込んだ際に、手に持っていた袋を落としたらしい。

「あ~! そういえば、あわてて飛び出したから、袋持ったままだった!」

「弁償します!」

「いえ、気にしないでください。それより、車に傷とか、入ってませんか?」

「それこそ、気にしないでください。人をはねる事を思えば……。」

 などとなのはとドライバーが押し問答をしている間に、無残な事になっているスポーツドリンクを回収し、野次馬に出てきていた先ほどのコンビニの店員に、頭を下げて処分してもらうフェイト。ついでに、駄目になってしまったなのはの飲み物を買いなおそうかと思って店内の時計を見ると……。

「なのは! そろそろ急がないと!」

「え? あ、本当だ!!」

 かなり際どい時間になっている。ここからは歩いて十分程度。二人の足なら、走れば十分間に合う。

「送って行きましょうか?」

「いえ、ここからなら多分、自分の足で走った方が早いですし。」

「そうですか。」

 現在立っている駅近くからだと、車で行く場合はぐるりと回らなければいけない。そのため、本局ターミナルからならともかく、ここまで来てしまうと車ではかえって遠回りになるのだ。

「それでは、急ぎますので。」

「この後も、気をつけて運転してください。」

「君達も、飛び出しちゃダメだよ?」

 子供達に目線を合わせて諭すように言うと、そのまま駆け出す。その健脚に驚く人たちをよそに、汗だくになりながら集合時間ぎりぎりに到着する二人であった。







「疲れた……。」

「大丈夫?」

「ありがとう……。」

 最初の仕事を終え、木陰のベンチでぐったりしているなのはに、自分のスポーツドリンクをコップについで差し出しながら、心配そうに聞くフェイト。直接ボトルを渡してもよかったのだが、そうするとなのはは性格上、本当に口をつけるだけで終わらせてしまう。因みに、コップはバルディッシュの格納スペースに常備してあるものだ。一度恭也たちにサバイバル訓練につれていかれてから、とりあえずコップとシャベル、ナイフにライターは常に持ち歩いている。食料と水は、管理の問題であえて持ち歩いていないが。

「本当に、今日は暑いよね……。」

「うん。この暑さだったら、一番大きいボトルでもよかったかも。」

 コップにもう一杯ついでなのはに渡し、残量を見て小さくため息をつく。誰が悪い訳でもないが、朝になのはがちゃんと補充できなかったのが、結構響いている。フェイトが見たところ、なのははもう少し水分を取る必要がありそうだが、そうすると今度は自分の分がなくなる。今日はまだまだ野外での仕事が多い以上、そうなれば下手をすると共倒れだ。フェイト自身はそれでもいいが、なのはが気に病むのが目に見えている。

「あれ?」

 申し訳なさそうにコップを受け取ったなのはが、妙な違和感を感じて周りを見渡す。フェイトも同様におかしさに気がつき、ボトルを格納して、周りの人間に分からないように、いつでもセットアップできるように身構える。

 結論から言えば、この時なのはは、さっさと飲み物を飲んでしまうべきだったのだ。そうすれば、後々の影響がもう少しましだったはずである。

「わわ!」

「なに!?」

 大きな地響きとともに、大量の砂煙が二人の元まで飛んでくる。あまりに急な出来事に、なのはもフェイトも目をつぶるのが精一杯で、コップをかばう余裕が無かった。

「な、なに今の!?」

「分からないけど、大きめの魔力反応があったよ!」

 バルディッシュをセットアップし、辺りの様子をうかがいながらそう答える。その時、なのはの素っ頓狂な声が。

「ああ!!」

「どうしたの、なのは!?」

「飲み物が……。」

 コップの中を見ると、たっぷり砂利が飛び込んだ、無残で哀れな姿になったスポーツドリンクのなれの果てが……。

「濾過! 濾過しないと!!」

 何をトチ狂ったのか、上着を脱ぎながらそんな事をほざくなのは。

「なのは! 私の分をあげるから、こんなところで脱がないで!!」

 一気に緊張感が緩むのを感じながら、そう言ってどうにかなのはをなだめるフェイト。普段こういう引きの悪さはフェイトの仕事なのだが、今日はなのはが厄日らしい。フェイトのそれと違って、命にかかわる方向が地味なあたりが、余計に不運である。

「とりあえず何があったのか、ちょっと確認するね。」

「……うん。」

 ヘドロになってしまったスポーツドリンクを捨て、ティッシュペーパーでコップの汚れを落としながら、フェイトにそこら辺を全て丸投げするなのは。物理的にも比喩的にも、背中が実にすすけている。

「……えっとね、この間捕まえた魔法生物がいたでしょ?」

「うん。」

「あれが暑さで暴走して、合体して暴れたんだって。」

「……そういえば、あの研究所のビルって、ここから見えてたね。もう制圧されたの?」

「制圧って言うか、檻と壁を壊して外に出た時点で、暑さの許容量を超えて休眠状態に入った、って言ってたよ。」

 どうやら、先ほどの地響きは壁を壊した時か、休眠状態に入った時のものらしい。何とも人騒がせな話である。

「……とりあえず、次の仕事、いこっか。」

「……うん。」

 覆水盆に返らず。いつまでも飲めなかった水を嘆いていても仕方がない。

「なのは、残りあげる。」

「いいよ、フェイトちゃん飲んで。」

 なんやかんやで仲睦まじく、次の仕事に向かう二人であった。







「なのは、もうちょっと飲む?」

「まだ喉は乾いてるけど、今飲めそうにないから、後にするよ。」

 ようやく補充できた飲み物を片手に、なのはの様子をうかがいながら言葉で確認する。もう一つの啓発イベントを終え、少しフリーの時間が出来たので、そろそろ危険領域に入っていそうななのはに、水を飲ませていたのだ。

「本当に大丈夫?」

「うん、平気。あんまり食欲はないけどね。」

 珍しく、素直に調子が悪い事を漏らすなのは。いまいち顔色もよろしくない。本当はもう少し強引に飲ませるべきかもしれないが、脱水症状が出始めているからと言ってあまり一度に無理して水を飲むと、飲んだはしから戻すこともある。時間をかけて無理のない量を飲むしかない。

「えっと、次は何だっけ?」

「ご飯食べながら、リハーサル前のミーティング。連絡入れて、薄味のお粥みたいなものを用意してもらうよ。」

「そこまでしてくれなくても、大丈夫だよ?」

「なのは、調子悪い時にはちゃんと調子悪いって言わないと。今日は不可抗力みたいなものだし、誰も文句は言わないよ。」

 フェイトの言葉通り、今日はクラナガンでは異例の暑さで、スタッフにもダウンした者が何人か出ている。日本と違ってミッドチルダは、こういうときは精神論を振りかざさない。

「だけど、私が調子悪いって言ったら、下手をしたらコンサートが中止になっちゃうよ。体調管理も仕事のうちなの。」

「……。」

 こうなると、なのはは梃子でも動かない。なまじ魔力量が大きくて体力も抵抗力もあるものだから、無理やり休ませるにしても、バールのようなもので物理的に殴り飛ばして気絶させるぐらいしか手段がない。

「とりあえず、会場に行こう。」

「うん。」

 なのはの言葉に頷き、タクシーを呼ぶフェイト。普段なら電車と徒歩で移動するが、今日は特別だ。それこそ、そんな余計なことで体力を使って、本格的にダウンしたら目も当てられない。

「フェイトちゃん、歩いていけるよ?」

「いいから、今日は少しでも体力を温存するの。なのは、傍で見てたらすごく危なっかしいよ。」

 実際のところ、フェイトも当人が思ってるほどの余裕はないのだが、それでも要所要所で、なのはよりしっかり水分補給できているのが効いている。

「中央公園までお願いします。」

「はい。」

 今日のコンサートは、クラナガン中央公園の野外イベント用ステージだ。なのは達のイベントは、観客動員や飛行魔法を駆使したファンサービスと、いざという時の出動のために、野外のステージを使う事が多い。因みに、ミッドチルダでは、雨が降っても必要な範囲を結界でガードするため、彼女達のイベントに限らず、野外でのコンサートは、雨天中止はほぼ起こらない。

「今日はコンサートですか?」

「ええ。これからその打ち合わせと本番前リハーサルなんです。」

 やはり、タクシードライバーも、自分達の事を知っているらしい。芸歴はまだ一年半に満たないというのに、自分達の名前の広がり方が怖くなってくる。

「そうそう。私、お二人に会ったら、お礼を言おうと思っていたんですよ。」

「お礼?」

「はい。半年ほど前、天候魔法でのテロがありましたよね?」

「ええ。」

 よく覚えている。日付が変わるまで、この場にいないはやても含めて、三人で必死になってたくさんの人を助けた。チョコをバレンタインデーに渡せないという犠牲を払ったが、その甲斐あってか死者は一人も出なかった。

「あそこには、私の妹一家が住んでいまして。訳の分らぬまま土石流に飲まれて生き埋めになって、もうだめかと思ったところをお二人にに助けられた、と言っておりまして。」

 初老のタクシードライバーが、深い思いやりを感じる口調で告げる。どうやら、兄妹の仲は悪くないらしい。

「ニュースで第一報を受けた時は、気が気でなかったのですが、翌朝にすぐに連絡が入りましてね。」

「……私たちは、やりたい事、出来る事をしただけです。」

「私もフェイトちゃんも、あの時は単に、わがままを通しただけですよ?」

「ですが、そのわがままで救われた人がたくさんいます。お二人のわがままは、胸を張っていいわがままだと思います。」

 タクシードライバーに励まされ、少しばかり力が湧いてくる感覚を覚える。あの日の自分達は、耳に届く助けを呼ぶ声を無視できず、足手まといになるかもと頭の片隅で思いながらも、衝動に任せて救助活動を強行した。幸いにして、高位魔導師の馬力と聴頸の発展による感知能力は、足手まといどころか無くてはならないレベルで大活躍できたが、何度も引き上げ指示を拒否して救助活動をつづけた事は、内外から批判が無かった訳ではない。また、熱烈な人気を誇るだけに、こういった活動を人気取りだのいい子ぶってるだのと叩くアンチも少なくない。

 誰に何を言われたところで、目先に自分の出来る事があるのに、何もしないという選択肢を取る事はない。だが、それでも批判的な意見を大量にぶつけられると、どうしても心が揺らいでしまうのも事実だ。二人とも、所詮今年十一歳になる小娘だ。日々の行動に、そこまで確固とした覚悟も信念も、ありはしない。結果として世間から大きな支持を勝ち得ているが、胸を張れるほどには心が定まっていないのだ。

「……ありがとうございます。」

「無理にわがままを通して、いろんな人に叱られた後だったので、そう言っていただいて、救われた気分です。」

「お二人が元気に歌う姿も、災害や犯罪に立ち向かう姿も、大勢の人を元気づけています。これからも、素直な気持ちで、するべきだと思った事を貫いてください。」

「「はい!!」」

 思わぬところにいたファンに思わぬ形で励まされ、先ほどまでの疲労がどこかに吹き飛んでしまう。

「つきました。お代は結構です。」

「え? でも……。」

「妹一家の命の代金には、安すぎるぐらいですよ。」

 そういって笑ってみせるドライバーに戸惑う二人だが、どうにも相手も引く様子がない。結局あきらめて折れ、タクシーを降りて一つ頭を下げる。

「それでは、お体に気をつけて。」

「はい!」

「どうもありがとうございます!」

 こうして、元気を補充して、次の仕事に向かうなのはとフェイト。彼女たちは気が付いていなかった。肉体的には、何一つ問題が解決していなかったことを。







「なのはちゃん、ちょっといいかな?」

「はい?」

 通しのリハーサルが終わり、オネエ口調のプロデューサーに呼ばれて、未開封のドリンク片手に話を聞きに行く。ちなみに、今は二人ともジャージ姿だ。最初からこのリハーサルのためにジャージは用意してあったものだ。とはいえ、ここまでの仕事で制服やそれまでつけていた下着が悲惨なことになっているため、家にある替えを、ブレイブソウル経由で優喜に持ってきてもらう手はずになっている。

「まず、全体的に立ち位置が後ろすぎるから、三歩前に出て。」

「はい。」

「それから、ここの部分、ちょっと演出変えたいけど、大丈夫?」

「いけます。」

 なのはは、フェイトに比べてリハーサルや収録での駄目出し・変更が多い。元々本番に強いタイプなのに加え、フェイトに比べると運動神経が追い付いていない部分を、その場の勢いや妙なアドリブで何とかすることが多いからだ。これが生放送やコンサートの本番になると、少なくとも歌の振りつけは間違えないのだから不思議なものである。

「こういう感じに変えるから、ちょっと確認。やってみて。」

「はーい。」

「……そうそう。そんな感じ。本番でもいけそう?」

「大丈夫です。」

「そんなに心配はしてないけど、間違えないでね?」

「気をつけます。」

 プロデューサーに力強い返事を返すと、二度三度、変更部分をなぞって確認する。開場まであと一時間半と言ったところ。二度目の通しは、時間的に微妙なラインだ。まあ、なのはの事だし、本番で致命的なミスをすることはあるまい、と、そこは全幅の信頼を置くフェイト。

 むしろフェイトとしてはどちらかと言うと、いまいち顔色がよくない事の方が心配だ。タクシーで見知らぬ運転手に励まされて気合が入ったのはいいが、精神力で物理的な限界を超えると、その場はいいが後が危険だ。結局、昼も見た目の元気さとは裏腹に、用意されたものをほとんど食べていなかった。空元気ではなく、普通に精神が高揚しているのだから、フェイトとしては気が気でない。

「なのは。すずしい場所で少し横になってて。」

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。」

 ボトルの口をあけながら、フェイトの申し出をやんわり拒否するなのは。別に強がっているわけではない。単に、今横になると、ライブ本番の時に体が動かない確信があるのだ。

「なのは、本当に顔色悪いよ。」

「うん。……だけど、今からしんどいとか言えないよね?」

「……それはそうだけど……。」

 フェイトが気になっているのは、顔色だけではない。この暑い中、自分に比べてなのはの汗のかき方が少ないのだ。そういう体質だから、ではない。朝の時点では、二人とも大差ない感じで汗をかいていた。幸い、暑さの盛りは過ぎ、幾分気温が下がっているのが救いだろう。

「とりあえず、それ飲んだらシャワー浴びてこよう、ね?」

「うん。」

 ゆっくり飲みながら、フェイトに頷き返すなのは。どうにも、調子の悪さが胃にも来ているようで、体は水分を欲しているというのに、胃がすぐには受け付けてくれない。少しずつちびちびと、ボトルの三分の一ほど飲み終えたあたりで、出動要請の通信が入る。

『なのはちゃん、フェイトちゃん! 出動いける!?』

「もちろん!」

「いつでもどうぞ!」

『昼間に合体して暴走した魔法生物が、また暴走を始めたの! 中央公園に向かって走ってるから、そこからだったらすぐに見えるわ! 飛行許可は下りてるから!』

 先輩の言葉を聞いて、即座にデバイスをセットアップし、一気にユニゾンまで済ませる。相手が魔法生物である以上、いちいち現地でユニゾンしている余裕はない。先にセットアップやユニゾンを済ませて出動すると、結構あっちこっちから不満が出るのだが、一般市民の安全を考えればそんな配慮はしてられない。

「出動要請ですので、ちょっと行ってきます!」

「開場までにはけりをつけますから!」

「了解!」

「がんばって!」

 スタッフの応援を受け、全速力で飛びだしていく。上空に上がると、情報の通り、すぐに合体して巨大化した魔法生物が視界に収まる。

「うわあ……。」

「これは……。」

 十五メートルほどのサイズの、名状しがたい形状のコミカルな生き物。片手で持てるサイズの時は愛嬌があって可愛らしかったのだが、このサイズだと、愛嬌がむしろ不気味に見えるのだから不思議なものだ。

 ちなみに、この生き物には攻撃性は一切ない。今回だって、単に暑さにやられてハイになっているだけだ。サイズが十メートルを超えたら、単に普通に走ったり踊ったりするだけでも、周りにとっては大惨事である。しかも、でかくなっても、その敏捷性は一切損なわれていない。

「これはさすがに……。」

「多分、バインドじゃどうにもできないと思う。」

「気が進まないけど、ちょっとワンショット入れて様子を見てみるよ。」

「うん。」

 フェイトに一声かけ、普通の魔力弾をぱすっと一発ぶつける。多分、反射的な行動なのだろう。魔法生物が、手に持ったアイロンのようなもので、魔力弾をガードする。

「……効いてない?」

「でもないよ。」

 なのはに答えて、フェイトがある一点を指差す。フェイトが指差した先では、当たった場所から一匹、標準サイズの魔法生物が剥がれ落ちていた。

「要するに、魔力ダメージを与えれば融合が解ける、ってことかな?」

「だと思う。」

 などといっている目の前で、広い地面を見つけた魔法生物が、恐ろしい音を立てて地面にアイロンのような物を振り下ろす。その衝撃波が周囲を派手に揺るがした。

「な、何!?」

「落ち着いて、なのは! あの生き物の習性だと……。」

 フェイトの言葉通り、数秒地面にアイロンを押し当てた後、顔と呼ぶべきか体と呼ぶべきか呼び方に困る部位をそこに押し付ける。アイロンを上げた瞬間、周囲にむわっとした空気が流れる。この一帯だけ、確実に気温が三度は上がっただろう。よく見ると、通りに面したビルのそこかしこに、アイロンの跡がついている。

「あたたかい。」

「ほら、ね?」

 そう。この珍妙な魔法生物、どこにでもアイロンを押し当てて暖を取るという、なんとも言いがたい習性を持っているのだ。むしろ、基本的にそれしかしない、といったほうが正しい。

「あれじゃあ、暖かいじゃなくて、熱い、だと思うんだけど……。」

「魔法生物にそれを言っても……。」

 とりあえず、やることは一つ。

「フェイトちゃん! とりあえず非殺傷で全力攻撃!」

「了解!」

 正直、とっとと蹴りをつけないと、そうでなくても暑いのに、バリアジャケットを着ていても耐え切れないような温度になりかねない。

「行くよ! ディバインバスター!!」

「フォトンランサー・ファランクスシフト!!」

 フェイトにとめられて、カートリッジロードせずにバスターを乱射する。フェイトは魔力ダメージの効率から、着弾数の多いファランクスシフトを選択。ユニゾンによる高速処理と反動キャンセルは伊達ではなく、本来三秒程度必要なチャージやクールタイムが、ほとんどないも同然まで短縮される。

「終わったかな?」

「フェイトちゃん、それアニメとかだと失敗してるときの台詞だから。」

 衝撃による砂煙を睨みつけながらのフェイトの言葉に、なのはが割りとメタなことを口走る。幸いにして、過剰なまでに魔力ダメージを叩き込まれた対象たちは、完全に気絶して分離し、かなり大きな山を作り上げていた。

「状況終了。」

「後は護送、か……。」

 数が数だけに護送に結構時間がかかってしまい、結局戻るのは開場時間ぎりぎりになってしまうのであった。







「今日はありがとう!」

「気をつけて帰ってね!」

 アンコールも終え、会場を立ち去るファンに手を振って見送る二人。会場に残っているのが身内だけになったのを確認し、控室に引き上げる。因みにクラナガン中央公園の野外ステージは常設の物で、ロッカールームや控室も、ちゃんとした設備の物がある。

「やっと終わったね。」

「うん……。」

 夜になって、ようやく暑さが落ち着いてきたクラナガン。控室に戻って冷たいスポーツドリンクに口をつけ、一息つくフェイト。なのはがドリンクを取ろうとしない事に気がつき、代わりにテーブルのそれを手にとって渡そうとすると……。

「なのは?」

「……。」

「なのは! なのは!」

 受け取ろうとする動作の途中で、なのはがフェイトの方に倒れ込んできた。完全に意識を失っている。

「だれか! なのはが、なのはが!!」

「フェイト! どうしたの!?」

 フェイトの声を聞きつけ、優喜が控室に飛び込んでくる。

「なのはが倒れた!」

 フェイトの台詞に返事を返さず、抱きかかえられているなのはに手を触れていろいろ確認する。

「……多分熱中症だ。……まずいな。体が熱いのに、汗をかいてない。」

 そういうと、フェイトからなのはの体を預かり、部屋の中でも一番空気の流れがいい場所に横たえる。そのまま、迷いのない動作で上着を脱がせネクタイをはずし、服を緩めていく。

「フェイト、シャマルかユーノか救急車呼んで、バケツか何かに水汲んできて。応急処置は僕がやっとく。」

「わ、わかった。おねがい。」

 いきなりなのはの服を脱がせ始めた優喜に動きが固まっていたのも束の間、指示を受けてバルディッシュを取り出し、ユーノとシャマル、それに救急車を呼び出す。連絡が終わると、すぐに部屋を飛び出していく。その間にざっと気の流れを整え終えた優喜は、備え付けの冷蔵庫に入っていた飲み物やら保冷材やらを取り出し、様子を観察しながらなのはの体に当てて、熱を冷ます。フェイトが出て行ってから、それほど間をおかずにユーノとシャマルが入ってくる。

「優喜、なのはは!?」

「優喜君、なのはちゃんの容体は!?」

「今応急処置の最中。気の流れからいうと、命の危険はないと思う。ただ、倒れた時の状態が悪いから、後遺症に関しては何とも言えない。」

 優喜の言葉を聞いて、早速診断を始めるシャマルと、彼女を邪魔しないように応急処置を手伝うユーノ。そこに、水を汲んできたフェイトが、心細げな表情で入ってくる。

「……とりあえず、処置が早かったから後遺症は大丈夫ね。峠は越えたとみていいわ。」

 シャマルの診断に、少しほっとした顔になるフェイト。

「フェイトちゃん、正確な状態を確認したいから、質問に答えてくれるかしら?」

「うん。何でも聞いて。」

「午前中、どれぐらい水を飲んでた?」

「えっと、こっち来てすぐはトラブルで飲めなくて、朝一番の仕事が終わってからはコップ一杯だから百五十ぐらい。もう一杯飲ませるつもりだったけど、これもトラブルで飲めなくなって。で、そのあとの仕事が終わってから、ここに移動する前にもう一度、コップ一杯分ぐらいかな? 飲もうとしても胃が受け付けなくなったみたいで、それ以上はその場では飲めなかったんだ。」

「……その時点で、すでに症状は出てたわけね。出来れば、医者に連絡を取るべきだったけど、さすがに言いだしづらいか。」

 シャマルの言葉に、一つ頷くフェイト。自分がなのはの立場でも、体が動かせるレベルの体調不良では、医者に連絡をとったりするのはためらわれる。しかも、二人の仕事は、代えが効かない物ばかりだ。

「お昼ごはんは、どのぐらい食べた?」

「ほとんど食べてない。箸をつけただけだった。正直、あまり顔色がよくないから、涼しいところでちょっと横になった方がいい、とは何度も言ったんだけど……。」

「聞き入れるとは思ってなかったんでしょ?」

「……うん。」

 顔を曇らせながらのフェイトの返事に、やっぱりと言う感じでため息をつくシャマルとユーノ。そのあとの出来事を子細に確認を取り、診断結果と照らし合わせて結論を出す。

「結構体がやられてるから、一週間ぐらいは休んだ方がいいわね。」

「となると、入院させた方がいいか。家にいると大人しくしてるのは難しいし、海鳴は今週いっぱいぐらいは、今日のクラナガンと大差ない気温みたいだし。」

「私も、その方がいいと思う。なのは、なまじ体力があるから、うちで休んでると料理とかしそうだし。」

「体力があるからこの程度で済んだ、って言う側面はあるとはいえ、厄介な話だよね。」

 暗に鍛えすぎだと優喜を批判するユーノに、苦笑を返すしかない優喜。体調管理に関しては、体力を鍛える以上に慎重に教え込んだはずなのだが、まだまだそこら辺は甘かったらしい。

「救急車が来たみたい。僕たちは別ルートで行くから、優喜とフェイトはついて行ってあげて。」

「士郎さん達には、私の方から連絡しておくわ。お金は……、まあ心配はないかな。労災も下りるし、二人ともこっちのお金、ほとんど使ってないんでしょ?」

「うん。交通費とお昼御飯代、あとは軽い買い食いぐらいにしか使ってない。」

 ならば十分だろう。何しろ、二人ともその年ですでに下士官相当の待遇だし、歩合制の各種手当類をしこたま稼いでいるし。

「それじゃあ、またあとで。」

「いろいろありがとう。忙しいのにごめんね。」

 こうして、なのはに取っては生まれて初めてと言えるほど運の悪い一日は、どうにか大事に至らずに終えることができたのであった。







「……あれ?」

「起きた?」

「……優喜君?」

「うん。大丈夫?」

 置きぬけの、定まらない頭で状況を把握しようと考える。どうやら、なのはが混乱していることを察したらしい。優喜がほしかった説明をくれる。

「コンサートが終わったあと、控室で倒れて病院に担ぎ込まれたんだ。原因は熱中症。後遺症は心配ないけど、体力が極端に落ちてるから、大事を取って一週間入院。」

「……一週間も?」

「熱中症とかを甘く見ちゃいけない。幸い程度は比較的軽かったけど、少し処置が遅れてたら、命にかかわるところだったんだから。」

 優喜のたしなめるような言葉に、反論できずに押し黙る。倒れた、と言う割には体が軽いが、多分優喜が軟気功で体調を整えてくれただけだろう。彼が張り付いているところからすると、少し無理をすれば、すぐにぶり返す状態に違いない。

「……そっか。控室に戻って、気が抜けちゃったからかな。」

「気力で限界を超えるのって、本当はあんまりいいことじゃないからね。その時はいいけど、絶対に後で揺り戻しが来るから。」

「どうしても頑張らなきゃいけない時って、あると思うんだ。」

「うん。後でどれだけひどい目にあっても、その場を無理やり凌がなきゃいけない事なんてしょっちゅうだ。だけど、だからこそ、気力で限界を超えるのが普通、って状態になっちゃ駄目。」

「……反省します。」

「とりあえず、調子悪いなら調子悪いって、ちゃんと周りに言わないと駄目。イベントの中止は無理にしても、周りの人だって、調子悪いの知ってれば、対処のやりようはあるんだから。」

 優喜の言葉にしゅんとするなのは。その様子を見て、釘をさすのはこの程度でいいか、と判断する。

「とりあえず、今日は不可抗力みたいなものだから、これ以上は言わないよ。次からは気をつけてね。」

「うん。」

 素直な返事を聞いて、必要のない無理はしないだろうと確信する。とりあえず、また微妙に乱れ始めた気の流れを軟気功で整えながら、聞いておくべき事を聞く。

「今、食べられそう?」

「……ん~、お腹はすいてるけど、あまりたくさんは食べられない気分?」

「じゃあ、リンゴがあるから、もうちょっとしたらむいてあげる。すりおろした方がいい?」

「うん、お願い。」

 軟気功の気持ちよさにうっとりしながら、優喜の心配りに甘える事にする。五分程度軟気功をつづけた後、やや小ぶりなリンゴを半分、皮と芯を取ってすりおろす。軟気功のぬくもりが途絶えた事をなんとなく残念に思いながら、優喜のその一連の作業を眺めるなのは。

「さ、体起こそうか。」

「あの、多分、自分で起こせると……。」

 慌てて体を起こそうとして、ほとんど体が言う事を聞いてくれないという事態に直面する。

「今日一日は、多分体まともに動かないと思うから。」

「え?」

「言ったでしょ? 気力で限界を超えると、碌な事にならないって。」

 どうやら、スポットライトを浴びてのコンサートが、熱中症の体にかなりのダメージを与えていたようだ。辛うじて口は普通に動くが、それ以外となると腕を持ち上げるだけでも一苦労だ。これは熱中症の症状というより、その状況で無意識に軟気功まで使って無理をしたツケのようなものらしい。

「まあ、そういうわけだから、少なくとも今日一日は、大人しく僕に介護されてて。」

「うっ……。ご迷惑をおかけします……。」

「身内ってのは、迷惑をかけるために居るんだよ。調子悪い時ぐらいは甘えないと、ね。」

 そう言って、なのはの体を優しく起こし、そのまま、腕をあげるのもつらそうな彼女の口元に、スプーンを運ぶ。

「はい、口あけて。」

 嬉し恥ずかしのあーんしてイベント。その恥ずかしさに頬を染めながらも、おずおずと口をあけるなのは。その口に、照れも恥じらいもなく、だが事務的と評するには思いやりにあふれたやり方で、すりおろしリンゴが運ばれる。

「もう少し食べられそう?」

「今はもういいかな。」

「分かった。」

 その返事に一つ頷くと、なのはの体を再び優しく横たえる。

「もう少し眠った方がいい。次に起きたら、もう少し体が楽になってると思うから。」

「はーい。」

 優喜の言葉に素直に返事を返し、そのまま目を閉じる。額に置かれた優喜の手、その感触に誘われるように、すっと眠りに落ちるなのは。その様子を見て、小さくため息をつく優喜。

「この子の旦那さんは、大変だろうな……。」

 根が善良すぎる上に、どうにも甘えるのがへたくそで、何でもかんでも背負いすぎるきらいがある。その上、大層な努力家で、全次元世界にたくさんのファンを抱えるアイドルと来ている。保護者目線で見ると、どうにも嫁の貰い手がいるのか、不安でしょうがない。

 そんな、本人が聞けば怒りのあまり泣き出しそうな事を考えながら、この頑張りすぎる寂しがり屋が寂しくないように、そっと手を握ってやる優喜であった。







「それじゃ、また明日も、面会時間の間はここにいるから。」

「うん。ありがとう。」

 面会時間が終わり、優喜が帰っていく。その後姿を見送った後、誰もいなくなった病室でため息をつく。結局、今日一日かかっても、体を起こすところまでしか回復しなかった。その不甲斐ない体と、急激に寂しくなった病室との両方が、なのはの心をじわじわ苛む。

「……病院って、静かなんだな……。」

 寂しさのあまり、ポツリと独り言をもらす。そして思いついたように、机の上に置かれたレイジングハートに声をかける。

「ねえ、レイジングハート。」

『どうなさいましたか?』

「あのね、私が倒れたときの状況って、記録残ってる?」

『はい。ご覧になりますか?』

「お願い。」

 主の要請に従い、音量を絞って記録を再生する。フェイトに倒れ掛かるところからスタートし、優喜がなのはの服を脱がし始めるところまで目まぐるしく状況が変わる。

「うわ……、なんか、ものすごく無造作に脱がされてるよ、私……。」

『熱中症に対する正しい対処法です。』

「そ、そうなの?」

『はい。熱中症のときは、とにかく体をさます事が重要です。』

「そうなんだ……。冷蔵庫の中からペットボトル取り出したりとかも、そういう理由?」

『そうですね。』

 などと、レイジングハートに解説されて、一応表面上は納得するなのは。だが、それでもあんなにてきぱきと無造作に脱がされた事自体は、正直釈然としていない。しかも、応急処置に必死だったであろうとはいえ、あられもない姿になった自分を、まったく意識した様子もないのだ。

「優喜君もユーノ君も、緊急事態だったのは分かるけど、もう少し私女の子だってことを意識して欲しいなあ……。」

「学者殿はともかく、我が友に女を意識させるには、かなり発育も色気も足りないと思うぞ。」

「え? ブレイブソウル? 何でいるの!?」

「何でとはお言葉だな。君一人では体がまともに動かないから不便だろうと、友が気を使って私を残していったというのに。」

「い、いつの間にそんな話し合いを……。」

『マスターが眠っている間です。残念ながら、私にはアウトフレームを展開する機能はありませんので。』

 レイジングハートの言葉に、またも釈然としないながらも納得するしかないなのは。

「とりあえずなのはよ。友を意識させたいというのであれば、もっと女を磨かねばならんぞ?」

「い、意識させるとか、そんなこと……。」

「そんなことを言いながら、授業中とかさりげなく友の方をよく見ている気がするが、気のせいか?」

『同意します、ブレイブソウル。』

「な、何言い出すの、レイジングハート!」

 二機のデバイスの息のあった発言に大慌てで否定をぶつけるが、人をからかうことにかけては兄恭也やはやてより年季の入っているブレイブソウルに対しては、さすがに分が悪すぎるなのは。

「とりあえず、病院では静かにな。」

「誰が大声ださせてるの……?」

「まあ、話を戻すとして、だ。」

「戻さなくていいよ……。」

 ぐったりしたなのはにかまわず、なのはが無意識に考えないようにしていた事を突きつける作業に入るブレイブソウル。

「確認しておく。仮にの話だが、友を連れ戻しに、元の世界から見知らぬ女が来たらどうする?」

「え?」

「それもフェイトやすずかに勝るとも劣らぬ美女で、誰の目から見ても友にぞっこん、友に他の女など寄せ付ける気もない、という相手だ。」

 実に生々しい話を突きつけてくるブレイブソウルに、思わず固まるなのは。

「ついでに言うと、帰ってしまえば二度と会う機会はない。」

「……。」

「どうする?」

「……優喜君が帰りたい、っていうんだったら、私達に何か言う権利はないよ。」

「権利がどう、ではない。君がどう思うのか、と言うことを聞きたいのだ。」

 ブレイブソウルの言葉に、言ってはいけない言葉が口元まで上がってくる。

「ではもう一つ。」

「なに?」

「友がフェイトかすずかと出来たとしよう。二人ともなんだかんだといって、どうしても君との付き合いはおろそかになる。どう思う?」

「……私が口を挟むことじゃないんだけど……。」

「ふむ?」

「嫌だ。それは絶対嫌だ……。」

 なのはの言葉に、内心でにやりと笑うブレイブソウル。正直なところ、素直ななのはだけに、そちらのほうに流れかけている感情を誘導して確定するのはそれほど難しいことではない、とは踏んでいた。だが、義理堅いその性格を考えると、確実に持っていける自信はなかったのだ。

「ならば、君が友をものにするのが一番簡単だぞ?」

「……それは、駄目だよ……。」

「どうして?」

「だって、フェイトちゃんもすずかちゃんも、優喜君に好きになってもらうために、すごくがんばってるんだよ? 私みたいにふらふらしてる子供が、単に寂しいからなんて理由でそれを邪魔するのは……。」

「それの何が悪い?」

「え?」

 実に楽しそうにブレイブソウルがささやく。主にとって悪いことではないとでも思っているのか、レイジングハートは一切口を挟まない。

「寂しいから、というが、別段誰でもいい訳ではないのだろう?」

「そ、そんなの当たり前だよ。」

「それに、向こうの二人も、動機は大差ないぞ? 一方は自我の形成段階でそういう風に刷り込まれてしまっただけで、もう一方にいたっては純粋に肉体目当てだ。」

「……。」

「現状、どう転ぶか分かったものではない。あの二人が友に対する重石になるとは限らないし、いつ向こうから迎えが来るかも分からん。ならば、君があれを自分のものにする勢いでがんばるべきではないかな?」

「……優喜君は、私のことは子供だとしか思ってないよ……。」

 予想通り、かなり揺れながらもなかなかしぶといなのはに、顔や声にこそ出さないが、それでこそと喜ぶブレイブソウル。やはり、この手の身持ちの固いタイプを口説き落とすのは面白い。

「だからこそ、女を磨けといっているのだ。あれは君たちがどれほど真剣に恋をしているか、まったく理解していない。男というものは皆そうだが、あれもまた、女のほうが精神的に早く成熟する、という程度の認識しかしていない。年齢が二桁に達した女というものが、どれほど本気で人を愛することがあるか、など想像もしていまい。」

「それとこれとは、別問題だよ。やっぱり、後から割り込むような真似は出来ない。」

「さて、そうやって君が我慢することを、あの二人がよしとするのかな?」

「えっ……?」

 なのはが、気が付かぬうちに自分が優喜に恋愛感情を抱いていると認めてしまったことに気を良くしながらも、ひたすらなのはを口説き落とそうと頑張る。一見してただ煽っているだけにも、なのはのためを思っているようにも見えるが、本質的には己の使い手のある種の異常性、その修正のためになのはを利用しようとしているだけだったりする。

 普通のデバイスのAIと比べれば、はるかに悪ふざけが激しく暴走しがちだが、彼女も根本はデバイスだ。自身の使い手を最優先で考える部分は、レイジングハートやバルディッシュなどと何一つ変わらない。そして、元人間として、長く存在したデバイスとして、優喜の異常性については、致命的な何かを感じ取っている。それを治すためなら、主の友人を利用することになろうと、その結果恨まれようと気になどしない。

「あの二人は友と結ばれることを渇望してはいるが、別段独占することを望んではいない。重石にさえなれれば、自分の順位が何番目でも、一切気にすまいさ。」

「だ、だからって……。」

「まあ、ここまで言っていやだというのであれば、私はもう何も言わないさ。」

「……。」

「幸い時間は十分ある。一晩じっくり考えるといいさ。」

 言いたい事を言って、そこで黙るブレイブソウル。本当にたちの悪いデバイスだ、などと心の中で非難しながら、今の今まで考えもしなかった事を整理してみる。考えれば考えるほど、一つの結論にしか至らず、だがそれを認めてしまうと、どうにもフェイトたちの顔を正面から見ることが出来なくなりそうな気がする。

「うにゅう……。」

 結局、昼間眠りすぎたこともあり、ブレイブソウルの余計な一言を、悶々としながら考え続ける羽目になったのであった。







「退院おめでとう。」

「ありがとう。ご迷惑をおかけしました。」

「それで、なのはちゃんもフェイトちゃんも、私達に頼みたいことって何?」

「はい。」

 退院に立ち会ってくれたユーノとシャマルに、真剣な顔で頼みごとを告げる。

「ユーノ君、シャマルさん。」

「私達に。」

「「補助と回復を教えてください!」」

 いきなりの申し出。そのあまりにあんまりな内容に、思わず顔を見合わせてしまうシャマルとユーノ。

「べ、別にそれはかまわないけど……。」

「二人の資質だと、あまり上達はしないと思うわよ?」

「それでもいいんです。」

「私もなのはも、こういうとき、あまりに出来ることが少なすぎるから……。」

 そういって、ポツリポツリと思いのたけをぶつける。なのはが倒れたとき、ただおたおたしながら助けを呼ぶことしか出来なかったフェイト。立場が逆なら、同じく何も出来ないであろうなのは。せっかくの魔法というスキルも、戦闘、それも攻撃に偏りすぎている自分達が、あまりにも情けなく感じたのだ。

「二人とも、役割分担って言葉は、当然知ってるわよね?」

「分かってる。全部を一人で担当することは出来ないって。でも……。」

「同じことがあるたびに、同じ後悔はしたくないんです。それに……。」

「少しでも立派な人間になって、保護対象じゃなく、対等な女と見られるために、一つでもできることを増やしたいんだ。」

「だから……。」

「「お願いします!!」」

 なのはとフェイトの真剣な言葉に、小さくため息をつくしかない。

「ねえ、なのはちゃん。」

「はい?」

「隣にいる子、ライバルになるのよ?」

「そこはすずかも交えてちゃんと話し合ってるから、大丈夫だよ。それに、今はそれ以前の話だから。」

 どうやら、なのはとフェイトの間には、何がしかの協定のようなものが結ばれているらしい。優喜の一挙手一投足にどきどきし、目が逢うたびについ目を逸らし、まともに彼の顔を直視できなくなった結果、自分の気持ちを認めざるを得なくなったなのは。その事をフェイトと一生懸命話し合った結果、よもやライバルから応援されてしまう結果になり、今に至る。

「……妬けるというか、大変だというか……。」

「まあ、恋する乙女の応援をするのも、年長者の務めかしら。」

「それじゃあ?」

「出来る限りは教えてあげる。」

「でも、適正が適正だから、芽が出なくても恨まないでね。」

 こうして、規格外の魔導師二人は、恋心の暴走にあわせて、更におかしな方向に進化するきっかけを得るのであった。



[18616] 第5話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/03/05 19:26
「よう。」

「ヴィータちゃん、こんにちは。」

「はやてが待ってんぞ。」

 二学期も半ばを過ぎたある休日。珍しく、なのは達とはやて、それからヴォルケンリッターの休日が祝日に重なったため、久しぶりにみんなで遊ぼう、という話になり、アリサ達も含めてはやての家に集まることになったのだ。

「ヴィータ、なんだか機嫌が悪いね。」

「そうか? まあ、オメーらが関係あることじゃねーから、気にすんな。」

「気になるよ。折角みんなで遊ぶのに、そんなんじゃ……。」

「あ~、わりぃ。ちょっと任務でな。……そうだな、アリサ達まだみてーだし、もしかしたらそっちも関わるかも知れねーから、管理局組だけで話しとくか。」

 そう言って、先にリビングに行くヴィータ。いまいち不機嫌なその姿に、思わず顔を見合わせるなのは達。

「なんか、相当な事があったんだろうね。」

「かなりイライラしてるよね。」

 なのはとフェイトの言葉をよそに、少し前にグレアム達に聞かされたきな臭い話を思いだす優喜。

「もしかして、あれの事かな?」

「優喜君、何か心当たりがあるの?」

「心当たりって言うか、ね。グレアムさん達が頭抱えてたんだけど、最近AMFと質量兵器を搭載した機械が、あっちこっちで局員を襲ってるんだって。もしかしたらその関連かな、って。」

「AMFか……。」

 なのはもフェイトも、AMFと言う単語に苦い顔をする。かつて命と貞操の危機を迎える羽目になった例の任務、あれもAMFが関わっていた。今なら、魔法が全く使えないAMF濃度でも、気功変換で普通に何事もなく戦闘できるが、一度刻み込まれたトラウマはそうそう抜けはしない。

 不吉な単語を聞き、そっと優喜の服の裾をつかむなのはとフェイト。そんな二人の様子に、大丈夫という感じの笑みを向けると、リビングから顔を出したシグナムに向き直り、声をかける。

「という推測を立ててるんだけど、どうかな?」

「大方それであっている。」

「ヴィータ自身がひどい目にあった、とかそういう話じゃないよね?」

「ああ。つい先日、ヴィータが目をかけていた後輩を、そいつに目の前で再起不能にされてな。幸いにして、その後輩の命は助かったのだが、言ってしまえばAMFがある以外はただの雑魚に後れをとり、そのミスで大事にしていた人間を殺されかけた、と言う不甲斐なさで、今とてつもなく機嫌が悪い。」

 シグナムが、事のあらましを簡単に告げる。そのヘビーさに、うわあと言う顔をするなのはとフェイト。もしかすると、自分がその立場だったかもしれない。そこに思い至り、服をつかむ手に力をこめる。二人の手を軽く握って落ち着かせると、疑問を口にする優喜。

「それ、いつのこと?」

「事件自体は先週の頭だったか。その後輩が目を覚ましたのが、三日ほど前の事。その件であまりにもヴィータが荒れてるものだから、強制的に休暇を取らされたのが今日、ということだ。」

「そりゃ、荒れてるわけだ。」

「ああ。だから今日のボード戦は派手な展開ができるように、制限を緩くすることになった。間違っても接待プレイなんかするなよ?」

「了解。」

 シグナムが、やや挑発的な表情を浮かべて言い放った言葉に、にやりと笑って答える優喜。ここで言うボード戦と言うのは、今回の場合はバトルテックという人型ロボットが主体のTRPGの、戦闘部分だけを遊ぶことを指す。

「そういえば、サイコロ振るのも久しぶりだけど、シグナムさんとヴィータちゃんに会うのも、久しぶりだよね。」

「そういえばそうだね。」

「互いに忙しい身の上だからな。」

 シグナムの言葉に偽りはない。売れっ子アイドルの二人と、人手不足の地上部隊隊員。どちらも忙しくないわけがないのだ。因みに、シャマルとは魔法を教わるために、はやてとは任務の絡みで、それなりの頻度で顔を合わせている。

「テスタロッサ、執務官試験に受かったそうだな。遅くなったが、おめでとう。」

「ありがとう。落ちたら、なのはが気にすると思って、必死になって頑張ったんだ。」

 ちょうど、なのはが退院してすぐぐらいの時期に、フェイトが受ける予定だった執務官試験があったのだ。そのため、補助魔法の特訓も、フェイトの試験に有利になるものからスタートしている。

「そういえば、ちょうどそのぐらいの時期だったな。あの日は、救急車の出動回数も多かったぞ。」

「だろうね。コンサートが夕方からでよかったよ。」

「違いない。」

 などなど、和やかに話しながらリビングに入る。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、優喜君、いらっしゃい。」

「お邪魔してます、はやて。」

「おやつ作ってきたから、後でみんなで食べようね。」

「お、ありがとう。」

 なのはが持ってきたプリンをはやてに差し出す。

「あ、そうそう。はやての家って、金山時味噌とか食べる?」

「また渋いところを突いてくるなあ。」

「今日自家製のを一応持ってきてるんだけど、食べないなら持って帰るよ。」

「いや、私おかず味噌は結構好きやから、ありがたく頂くわ。そういえば今日のお昼どうする? 一緒に作る?」

「「うん!」」

 などと、女の子たちが楽しそうにおしゃべりに移りかける。

「なあ、はやて。アリサとすずかが来る前に、こいつらにも話しておきてーんだけど……。」

「ああ、そやな。多分、なのはちゃんらの耳には、まだ入ってへんやろうし。」

「先ほど、ざっとした概要は私と竜岡が話しました。」

「そっか。ほな、さっくり映像いこか。」

 そう言って、はやてがシュベルトクロイツを操作して投影した映像には、レトロな印象のデザインの、シンプルな機械がふよふよ浮いているのが映っていた。

「こいつが、ここ一月ほど、あっちこっちの次元世界にちょろちょろ出て来とる。性能としては低レベルのAMF以外に、見るべきところはあらへん。けどな……。」

「低レベルって、どれぐらい?」

「出力ランクAあれば、減衰はされるけど普通に本体に届くレベルや。ぶっちゃけ、このレベルやったら正規の手段で展開したAMFの方が効果あるで。」

「でも、それってランクC以下は自己増幅か、ゼロ距離で直接内部に叩き込まないと発動すらしない、ってことだよね?」

「そうやねん。それが問題や。普通、ランクA以上の魔導師でも、自動発動の防御なんかそこまでの出力はあらへん。」

 はやての言葉に沈黙が下りる。結局のところ、ヴィータの後輩が落とされたのもそこだ。

「……これについて、何か対策とか立ててるの?」

「一応、回収した残骸のうち、比較的損傷の少なかったやつを使って、AMFの特性とかを実験中や。そのデータをもとに、プレシアさんらにAMFキャンセラーを作ってもらう予定になっとる。」

 一応対策を打っていることを告げるはやて。この時に作られたものはアンチ・アンチマギリングフィールド、通称A2MFと呼ばれるようになり、地球におけるECM・ECCMのように、いたちごっこの関係として一般に定着する。

「そういえば優喜君、プレシアさんって、今何やってるの?」

「夜天の書の担当部分がひと段落したからって、趣味に走った研究をしてるらしい。ただ、内容は食料関係としか聞いていないけど。」

「そういえば私、前に母さんから、試作品のしょう油を貰ったよ。」

「……それで、なんとなく何を研究してるのか分かった。」

 言われてみれば、節分の時にはひどく米の料理に飢えていた。そして、ミッドチルダではしょう油やジャポニカ米はかなりの貴重品で、常食のために日本で購入して持ち込むには、手続きが面倒にすぎる。プレシアほどの人物なら、工業的な手段で自給自足に走るのも当然かもしれない。

「プレシアさん、確か低ランクの魔導師用の、カートリッジシステムを利用した特殊装備の開発もやっとったはずやで。」

「裁判と行動規制のフラストレーションを、発明で解消してるっぽいね。」

「フェイトちゃん、もうちょっとプレシアさんと会う頻度あげよっか?」

「そうだね。デバイスのメンテナンスあたりを口実にすればいいかな?」

 因みに、次に会いに行った時には、傀儡兵を農作業兼用に改良し、時の庭園の空きスペースを酪農用に改造、和牛や黒豚の研究にまで手を出していたのはここだけの話である。

「そうそう。夜天の書って、今どうなってるの?」

「今、細部のバグ取りと調整の最中や。それが終わって、単独の起動テストが終わったら、管理人格との連結テスト開始ってとこやな。予定では、来年の一月末になるらしいで。」

「リィンフォースさんの妹は?」

「そっちは、来月入ってすぐに起動テストや。上手い事行ったら、八神家にもう一人家族が増えるで。」

 リィンフォースの妹の話題が出てきたことで、ヴィータの雰囲気が少し和らぐ。妖精という表現がしっくり来る八神家の末っ子を、実は誰よりも楽しみにしているのがヴィータである。

 形式名称リィンフォース・ツヴァイは、夜天の書修復プロジェクトの一環として、管理人格のバックアップのために、書から独立した存在として作られた、新たなユニゾンデバイスだ。サイズは人間の肩に座れるぐらい、外見はリィンフォースをそのまま年齢一桁にした感じである。どちらかと言うと、ユニゾンデバイスは普通は妖精サイズだそうで、むしろリィンフォースやブレイブソウルの方が特殊例である。

「そっか、楽しみだね。」

「ああ。」

 意図せず話が逸れたために、ヴィータの荒れ具合が幾分ましになる。アリサ達が来るまで、新しく増える子はどんな子なのか、などと盛り上がる一同であった。







「今回、ものすごく状況が荒れたね。」

「ああ。お互いにラッキーヒットを当てて、同時にリーダー機のエンジンをふっ飛ばすとは思わなかったぞ。」

 ゲーム終了後に、おやつを食べながら駄弁る。もちろん、内容は先ほどまでのボード戦がメインだ。

 バトルテックで使うメックと呼ばれるロボットは実に頑丈で、一番軽くて装甲が薄い機種でも、攻撃が一発当たったぐらいでは普通は落ちない。腕一つもぐにしても、装甲板をすべて吹き飛ばし、さらに中枢の耐久値をゼロにしないと壊れない。

 だが、何事にも例外と言うものがあって、どこに当たったかを決める時に、三十六分の一の確率で、装甲の残りだとかそういったものを無視して胴体の中枢に食い込む。中枢にダメージが入ると、一定確率で致命的な破損が起きることがある。今回は初手の牽制射撃でお互いのリーダー機にそれが起こり、滅多にない確率で同じターンに同時に沈んだのだ。本来なら、ここで引き分けでゲーム終了だが、あまりに早すぎるために、一方の全滅もしくは投了までゲームを続けた結果、お互い三機ずつ同時撃墜を起こして引き分けと相成ったのが、今回の試合である。

「と言うか、今回同時撃墜が多すぎるわよ。」

「やなあ。」

 アリサとはやてが、あきれたように笑いつつ、戦況を振り返る。因みに、今回は聖祥組とヴォルケンリッターに分かれ、それぞれのチームのリーダーをアリサとはやてが務めた。最初の段階で自分の駒が無くなったため、基本的には意見を出しながらの傍観だったが。

「久しぶりだってのに、なのはの射線の取り方とフェイトのウィングは絶妙だよな。」

「それ言ったら、そっちの砲兵の守り方だって。」

「とかいいながら、私を一撃で葬り去ったのはどこの誰だ、竜岡?」

「突撃のノックバックで同時撃墜になったんだから、別にいいじゃないか。」

 などと、互いのいい点、悪い点を語り合う。何というか、魔導師組は、ボードゲームでも行動原理や適性が変わらないあたりが業が深い。

「なあ、はやて。」

「どうしたん、ヴィータ?」

「前から思ってたんだけどさ。これ、指揮の練習とかに使えねーかな?」

「せやなあ。士官学校のカリキュラムには、一応似たようなんはあるから、ちょっと応用したら、短期の一般教導とかに使えん事はないかも。」

「そっか。ちょっとルールいじって考えてみっかな。」

「必要なら手伝うで。」

 真剣にルールを睨み始めたヴィータを、皆で微笑ましいものを見るような目で見守る。

「どうやら、ちゃんと気分転換になったみたいね。」

「ヴィータちゃん、今日はなんだかピリピリしてたもんね。」

 小声でそんなやり取りをするアリサとすずかに、真面目な顔で一つ頭を下げるシグナムとザフィーラ。この年下の友人たちには、こういう面でいつも助けてもらっている。闇の書から出てきた時の事を差し引いても、彼女達には頭が上がらない。

「さて、これからどうする?」

「もう一戦、にはちょっと時間が遅いわよね。」

「この人数で普通のテレビゲームとか、さすがに拷問やと思うで。」

「インディアンポーカーとか、変なゲームやる?」

「その種のゲームは、貴様か主はやてがそっちの二人をカモにするだけだと思うが?」

 優喜の提案を、なのはとフェイトを引き合いに出して却下するシグナム。因みに、それを言っているシグナムやザフィーラも、五分五分の確率でカモられる。

「パーティ仕様の大人数向け人生ゲームとか、一応持ってきてるんだけど。」

「とりあえず、クイズとかパズルの詰め合わせソフト、持ってきてるよ。」

 すずかとなのはの提案に、少し考えた上で、片付けが楽だからという理由でなのはの案を採用する。その後、アリサ達が引きあげる時間まで、ワイワイと遊んでいたのであった。







「私たちに見せたいものって、何ですか?」

 翌日。学校が終わり職場に顔を出してすぐ、二人揃ってグレアムに呼び出しを受けた。何やら見せたいものと伝えたい事があるらしい。優喜はともかく、なのはとフェイトの意見を聞くのは、実に珍しい話である。

「まあ、それほど身構えなくて構わないよ。」

「はあ。」

「見てほしいのは、この動画だ。」

 そう言ってグレアムが再生したのは、次元世界の動画投稿サイトに投稿されていた映像である。タイトルは「犯罪予告的に歌って踊ってみる」、投稿者は「じぇい☆るん」となっている。投稿者の名前が何故か日本語なのが、どうにも恐ろしく違和感を感じさせる。

「……うわぁ……。」

「……これは……。」

 再生された映像に、思わずうめくなのはとフェイト。優喜は苦笑するだけで何も言わない。

「この動画が投稿された一時間後に、この場所にあったロストロギア『レリック』が、何者かの手によって盗まれた。タイミングと言い、場所と言い、間違いなく彼女達の仕業だろう。」

 そんなグレアムの言葉も耳に入っていないらしい。なのはとフェイトは、痛ましそうな表情で、画面の中で踊っている三人を見ていた。

「どうしたのかね、そんな顔をして。」

「え? あ、その……。」

「多分、この人たち、心底やりたくないんだろうなあ、って思って……。」

 そう言って、体のラインを強調した、無駄にセクシーな衣装で踊る三人を見る。露出面積はそうでもないのだが、ポイントを押さえていることもあり、変に肌を晒すよりも色っぽい。もっとも、多分一番年下であろう、なのは達よりも幼く見える少女は、なのはと同レベルかそれ以上の幼児体型であり、正直痛々しさを増幅する結果にしかなっていないのだが。

「だけど、これって、かえって恥ずかしいよね。」

「うん。こういうのは、開き直って堂々と思いっきりやらないと、こういう中途半端が一番恥をかくんだよね。」

 どうにも、論点がずれた発言をするなのはとフェイト。だが、日々エンターテイメントの世界でしのぎを削らされている彼女達のこの言葉は、論点がずれていながらも実に説得力がある重い言葉としてグレアムに届く。

 三人とも妙なマスクをしているため顔ははっきりと分からないが、一番小さい少女は明らかに恥が勝っており、真ん中ぐらいの女性は完全にふてくされている。リーダー格と思われる女性は両隣の二人に比べると堂々とはしているが、生真面目に引き締められた表情が、不本意である事を雄弁に伝えてしまっている。その様子が、非常に哀れを誘って、他人事では無いなのは達にとっては、身が引き締まる思いなのだ。

「ちょっともったいないよね。」

「うん。歌も動きもちゃんとそろってて、最低水準はクリアしてるんだから、恥ずかしがったりふてくされたりするよりは開き直って楽しんだ方が、後からダメージが小さいし。」

「まあ、二人とも。論点はそこじゃないから。」

 優喜のその言葉に少し苦笑し、ずれていた思考を戻す。ようやく話を進められるとあって、苦笑していた表情を引き締めるグレアム。

「とりあえず、この動画の投稿者が何者かは分かっている。だが、居場所と意図が分かっていない。」

「投稿元を洗いだせなかったんですか?」

「ああ。かなりあちらこちらのポイントを経由していてね。途中で痕跡が途切れてしまったよ。」

「えっと、これ、どういうサイトに投稿されているのかって、今見れます?」

「問題ない。すぐに呼び出そう。」

 そう言って、手元の端末を操作する。呼び出されたのは、次元世界最大の動画投稿サイト。最大の特徴は、動画に直接コメントが流れる仕様になっていることだろう。関連商品の登録も可能となっているのも他のサイトにはあまりない特徴だ。恥ずかしそうに踊る幼児体型を応援する声が、やたらいっぱい流れているのが目を引く。

「……今回初投稿なのに、何ですでに関連商品に、抱き枕カバーとかティッシュボックスとか、そういう妙なものがあるんだろう……。」

 優喜の疲れたような突っ込みに、同じく疲れたように同意するなのはとフェイト。結構バカにならない数が売れているあたりに、男と言う生き物の、世界の壁を超えた業の深さを感じる。

「もしかして、だけど……。」

「ん?」

「この人たち、金策のためにこういう事やってるんじゃないかな……?」

 関連商品の、原価を考えれば法外とも言える値段を見て、そんな事を呟くフェイト。その言葉に思わず沈黙する一同。普通に考えれば、こんなものを盗んで捕まらない能力があるのであれば、わざわざ抱き枕カバーなんぞで商売をしなくてもいくらでも稼げそうな気がする。だが……。

「あり得なくはないな。」

「と、言うと?」

「一見、足がつきやすそうで効率が悪そうに見えるが、動画の内容はともかく、商売そのものは合法的なものだ。これだけでは加工業者を摘発する根拠としては薄いし、第一、そこから金の流れを追って行ったところで、管理外世界でも経由されればすぐに途切れるだろう。」

「そっか。盗品を売りさばいた場合と違って、物資の移動そのものはすべて合法だから、そっちのラインからは足がつかないか。」

「そういうことだ。どうせ生産だけでなく、受注も十中八九は外部の業者もしくは自動システムに丸投げだろうし、投稿場所も不特定多数が使う場所を利用されてしまえば、犯人の居場所特定には役に立たない。」

 グレアムの言葉で、わざわざ足がつく危険を冒す理由に、説得力が出来た。

「あの、それで、どうしてこれを私達に?」

「別段、私達が見る必要性がなかったような気がするんですけど……。」

「あ~、それはね。」

「これの投稿者の『じぇい☆るん』という男が、君たちに興味を持っているからだ。」

 説明しようとした優喜を遮ってのグレアムの言葉に、戸惑って顔を見合わせるなのはとフェイト。何の話だかが、まったく見えてこない。

「この男、本名はジェイル・スカリエッティといってね。技術型の広域指定犯罪者なのだよ。」

「えっと、そんな人がなぜ……。」

「理由は推測するしかないが、そもそも、プレシア君をプロジェクトFに誘い込んだのは、この男だ。その成果でもあるフェイト君には、前々から興味があったと、スカリエッティサイドから寝返ったスパイが言っていたよ。」

「……その人、本当に信用できるんですか?」

 なのはの問いかけに、いたずらっぽい笑みを浮かべるグレアム。実は、完全に寝返った、実に説得力に富んだ理由があるのだ。

「スカリエッティはね、彼女にもあの衣装を着て踊るように言い出したんだそうな。それであきれて見切りをつけたらしい。」

「それは……。」

「確かに寝返るかも……。」

「スパイに顔を晒して歌って踊れとか、さすがについていけない、とこぼしていたよ。」

 グレアムの台詞に、思わず乾いた笑いをあげてしまうなのはとフェイト。その様子を満足そうに一つ頷くと、表情を引き締めて話を戻すグレアム。

「この三人については、ある程度の情報を貰っている。中央の女性がトーレ、左隣がクアットロ、一番小さい子がチンクと言うそうだ。三人とも戦闘機人、いわゆるサイボーグと言うやつだ。」

「戦闘機人……。」

「致命的ともいえる魔導師戦力の不足を補うために、倫理を切り捨てた研究の成果、と言ったところだね。」

 管理局が関わっていた、と言う事はあえて言わない。二人の年齢を考えると、組織の、と言うより人間の汚い部分を強調するような話はまだ早い、という判断だ。もっとも、年からすれば察しのいい二人は、管理局が関わっていた事を、薄々察しているかもしれないが。

「トーレは高速行動、クアットロは幻術、チンクは爆破の特殊能力を持っているそうだ。具体的にどの程度強いのか、と言うのははっきりしないが、トーレは低く見積もってもAAA程度の能力はあるだろう、とのことだ。」

「グレアム提督は、私達がこの人たちとぶつかる可能性がある、と考えているんですか?」

「その可能性は高いだろう。今回の件でも、君達を意識しているのが分かる。言ってしまえば、今回のこれは、アプローチを変えただけで、君達の二番煎じだ。権利関係が噛まない分、利益率はこちらよりはるかに高そうだがね。」

「それに、そのスパイがね、二人の戦闘データを集めるように命令されてたんだ。いずれしびれを切らせて、こちらに何か仕掛けてくる可能性は高いよ。」

 断言する二人に、思わずうんざりした顔をしてしまう。そうでなくても、普段から出動と芸能活動で忙しいのだ。この上、訳の分からない集団と喧嘩するなんて、出来る事なら避けたい。

「後、多分はやてから聞いているとは思うが、AMFを使う機械兵器が出没している。」

「はい。」

「ヴィータが、後輩の人をそれにやられたって、怒ってました。」

「どうやら、それにもスカリエッティが絡んでいるらしい。」

 その情報に、小さくため息をつく。本当に、むやみやたらといろいろやっている男だ。

「ただし、レリックを集めて何をしようとしているのか、と言うのは、スパイも知らないらしい。多分、管理局転覆計画とは直接関係ないだろう、とは言っていたが。」

「管理局転覆計画、ですか……。」

「それって、おおごとなんじゃ……。」

「転覆、と言っても、今の上層部のスキャンダルを暴いて、復讐をしたいだけみたいだね。あまり弱体化されると困るから、瓦解させるところまでは考えてないらしいよ。」

「もっとも、彼が握っているであろう情報を考えれば、弱体化で済むかどうかは難しいところだがね。」

 自分達が無邪気に歌って踊っている間に、中々ややこしい事になっているようだ。だが、ここまで情報を握っていて、それでもスカリエッティの逮捕に動けないらしいグレアム達に、どうしても疑問が浮かぶ。

「本来なら、さっさと逮捕に動きたいところだが、残念ながらAMF対策が進んでいない。どうせ、本拠地には高濃度のAMFが張ってあるだろうから、今突っ込んでも無駄に被害が大きくなるだけだ。」

「そっか……。」

「AMF、か……。」

 今となってはどうという事のない代物とはいえ、なのはもフェイトも、一度それでひどい目にあっている。グレアムが慎重になるのも、当然と言えば当然だろう。魔法という単一の技術・技能に頼ることの弊害が、見事に表に出たケースだ。

「多分、すぐにどうという事はないだろうとは思うが、場合によっては、君達に出動をかけざるを得なくなるかもしれない。あんなことがあったというのに、また類似の技術にぶつけるのは心苦しいが……。」

「分かっています。心配しないでください。」

「私もなのはも、二度とAMFなんかに負けません。」

「……すまない。頼りにさせてもらうよ。」

 そう言って頭を一つ下げると、退室を促す。貴重なレッスンの時間を割いてもらっているのだ。不要な長話をする時間はない。

「さて、優喜。」

「何?」

「スケープドールの在庫は、どれぐらいある?」

「……何を考えてるの?」

「大規模な生産拠点を、一か所発見した。グランガイツ隊が先走りそうだとの事だ。摘発はせねばならないにしても、無駄に被害が出ると分かっていてGOをかけるわけにはいかないからね。」

「……ゼストさんなら、普通にやりそうだね。了解。人数分は、何とか用意するよ。」

「頼む。A2MFの試作が間に合うかどうか、それすら分からない状況だからね。」

 グレアムの言葉に一つ頷き、そのまま退室する優喜。これが、グレアム一派とスカリエッティの長く続く因縁の、本格的なスタートラインであった。







「ふむ。売れ行きはなかなかのものだね。」

 構想から一年ぐらいかかって、ようやく実行に移せた計画。その結果にそれなりに満足そうに頷くスカリエッティ。門外漢が手探りでやった初PVとしては、上々の反応だといえるだろう。不満を言うとすれば、資金不足で稼動が遅れたセインとディエチが、教育と調整の関係で、このPVに混ぜることが出来なかったところだろうか。

「……ドクター。」

「なんだい?」

「わざわざ、リスクを冒してまで得るような、そんな大きな収入ではないと思うのですが……。」

 ウーノの言葉に、にやりと笑って我が意を得たりと口を開く。

「まだ一回目だ。そんな大きな収入が得られるわけがなかろう? 所詮私たちは草の根活動なのだよ?」

「だったらなおの事、こんなちまちまとした収入のために、危険を冒す必要を感じません!」

「何を言うのかね? 合法的な商売と言うのも、実に大切なものなのだよ?」

 どうにも噛み合わない会話に、思わず頭痛を感じるウーノ。ドゥーエが離反するわけである。

「さて、次はどんな衣装と歌にするかな?」

「……。」

「そうだ、ウーノにぜひともやってほしい事があるのだが、どうだね?」

「……内容によります。」

 その返事に気をよくしたらしいスカリエッティが、フェイトのステージを再生する。彼女達が暮らす国・日本の歌や文化を紹介する、という趣旨のコーナーで、着物と呼ばれる民族衣装を着て、演歌と呼ばれる、こぶしの効いた独特の節回しのバラードを歌っている。

「……もしかして、これを?」

「ああ。実は、衣装も手配してあるんだ。」

「……どうしてまた……。」

「簡単だよ。私が見たいからだ。ウーノなら、フェイト・テスタロッサより素晴らしい歌を聞かせてくれると確信しているし、ね。」

 はっきり言って、断りたい。だが、子供のように目を輝かせ、期待に満ちた表情で見上げられると、どうにもノーとは言いにくい。惚れた弱み、と言うのはこういうことなのだろう。あきらめて、ため息とともに一つ頷く。

「そうか、やってくれるか。」

「妹達も頑張ったのです。私だけ駄々をこねて拒絶するわけにはいきません。」

「別に、強制するつもりはなかったのだがね。」

 ドクターの厚顔無恥な言い分に、思わず苦笑が漏れる。

「さて、悪いけど、コーヒーでも淹れてくれないかね? 少しリフレッシュして、次の構想を考えねばならないからね。」

「分かりました。」

 先ほどよりは容易い頼みを聞き入れ、コーヒーを淹れるために席を外すウーノ。その間にも、スカリエッティの無駄に高性能な脳みそは、いろいろ余計な方向に高速回転し続ける。

「まずは、あの二人との対決姿勢を明確に打ち出すか。上手い具合に、衣装の傾向は対照的になっている。となると、彼女達の新曲に対抗する曲を用意せねばならないか。」

 そんな事を呟きながら、必要な手続きを恐ろしいスピードで進める。あっという間に新曲の手配が終わり、次の思考に移る。

「そうそう。折角応援してくれる人たちがいるというのに、あまりやりたく無いオーラがにじみ出ているのはよろしくない。コメントでも散々叩かれていることだし、そこらへんの矯正は急務のようだね。特にクアットロ。」

 スカリエッティがこうつぶやいた瞬間、別室で調整を受けていたクアットロの背筋に冷たいものが走る。アングラ系アイドルグループ・ナンバーズの前途は、なかなか大変そうである。さらに、新規のグッズ展開として、等身大バスタオルや合法ぎりぎりのラインの写真集など、あからさまに下世話なものをいくつか企画・手配して、サイドビジネスに関する思考を終える。

「結局、高町なのはとフェイト・テスタロッサの戦力情報は、碌なものが集まっていない。ここはあえてつぶされても痛くない拠点を利用して揺さぶりをかけ、少しでもデータをかき集めるか。どうやら、リークした情報に食いついている部隊もいるようだしね。」

「……強くは言いませんが、ドクター。あまり火遊びに夢中になられませんよう、お願いします。」

「分かっているさ、ウーノ。我々は愉快犯だ。愉快犯らしく、安全なところからかき回すことに専念するよ。」

 ウーノからコーヒーを受け取り、食いついてきているグランガイツ隊をどうやって釣り上げるか、その詰めについて計画を検討するスカリエッティ。ドゥーエは態度にこそ出していないが、彼女の離反がほぼ決定的となっている事はスカリエッティも理解している。そこも踏まえての計画の修正も考える必要がある。

 グレアムとレジアス以外に、誰かが噛んでいる。その誰かを引きずりだすためにも、ここからは慎重に計画を詰めて大胆に実行する必要があるだろう。マッドサイエンティストにありがちなことだが、スカリエッティもまた、困難に直面すると、余計な方向で燃え上がるたちであった。







「今回、グランガイツ隊に僕が手を貸せるのはここまでだよ。」

 スケープドールとおまけを少々詰め込んだ箱を渡し、優喜がおっさん二人にそう宣告する。

「十分だ。ありがとう。」

「すまんな。助かった。」

 数日後。度重なる挑発についに我慢の限界に達したゼストが、不退転の決意で拠点制圧を上申してきたのだ。これを抑え込めば、確実に独断専行に移るのが目に見えていることもあり、グレアムサイドが進める最低限の準備が整うのを待つ、という条件で決行を許可した。折よく前々から準備していたスケープドールが同じ日に数がそろい、グレアムがなのは達の配置をコントロールするための仕掛けを即座に行って、現在にいたる。

「しかし、よくなのは達の仕事、あんな条件のいいものをねじ込めたね。」

「最初から出動の予定がある事をほのめかせば、食いついてこない放送局はないからね。」

「売れっ子も大変だ。」

 しかも、昨日発表で今日決行と言う突発ゲリラライブだというのに、チケットは五分で完売している。なのは達に動画を見せてからすぐに計画し、いつでも実行に移せるように突貫工事でレッスンやリハーサルをしていたのだから、彼女達を含めたスタッフが一番割を食ったのは確かだろう。チケットの発行なども、相当無理をしている。

「後は何もないと思うが、なのはとフェイトのために、一応現地で待機していてくれると助かる。」

「了解。」

 返事をして、時の庭園を出て行く。その後姿を見て、小さくため息をつく。

「結局、A2MFは間にあわなかったか。」

「無理を言ってはいけないよ。まだ、残骸の解析が終わって半月程度だ。いかな稀代の魔女と言っても、時間が足りなすぎる。」

「やはり、無理にでもゼストを抑え込むべきだったか……。」

「実際に民間にも被害が出ている以上、引き延ばしはここが限度だっただろう。」

 あと二日も後ろに食い込ませた日には、何の準備も無しに突入しかねない。 やはり、ここが潮時だったようだ。

「奴に対する報酬のほうは、どうなっている?」

「とりあえず、今回は本局のほうから出そう。名目は、外部発注のテスト装備購入、だ。もっとも、金額に関しては、相場というものが存在しないから、正直妥当かどうか判断できないがね。」

「だろうな。とりあえず、後で設定金額を教えてくれ。今後、こちらでも購入することになるはずだからな。」

「ああ。」

 いまいち精彩に欠ける表情で話し合い、そのまま戻り支度をする二人。戻り方を工夫しないと、余計な勘繰りを受けるのが面倒くさい。偉くなどなるものではない、とつくづく思う。

「いつものことだが、何をするにも時間が足りんな……。」

「どれだけ十分な時間があっても、結局はぎりぎりになるのが人の世の常だ。」

「儂の自業自得とはいえ、単に共同で物事を進めるだけでも、いちいち余計な反発で無駄に時間がかかる……。」

「管理局ほど巨大な組織では、そうそう急に方向転換など出来ないよ。私達が退くまでに、改革の道筋がつけば御の字だと思うしかない。」

 互いに前途の厄介さにため息をつくと、スケープドールを抱えたレジアスが転送されるのを見送る。時差を考慮して十分に時間が過ぎるのを待ち、グレアムも時の庭園を去るのであった。







「これより制圧作戦を開始する!」

 クラナガン郊外のさびれた研究施設。そこを目視できる距離に潜みつつ、作戦開始を宣言する。もしもの時のために、高町なのはとフェイト・テスタロッサが即応できる位置でコンサートを行っているそうだが、そんなものを当てにするつもりは一切ない。

「内部は高濃度のAMFが展開されていると考えられます。各人、常に退路に気を配り、注意を怠らない事!」

「この日のために練り上げ、磨き続けた非魔法による対質量兵器戦闘法、存分に見せつけなさい!」

 ゼスト・グランガイツの言葉に続き、メガーヌ・アルピーノとクイント・ナカジマが檄を飛ばす。隊長勢の檄に、意気高く敬礼を返す隊員達。その様子を見て満足そうに頷くと、最後にもう一度、カートリッジその他の残量を確認するゼスト。

「それでは、総員突入!!」

 ゼストの号令にしたがい、恐ろしい勢いで研究施設のゲートに突撃をかけるグランガイツ隊。わずか数秒で搬入口のシャッターが食い破られ、大きな出入り口が作られる。けたたましい警報とともに、魔法の発動が急激に重くなる。

「AMFの発生確認!」

「バリアジャケットと自動防御は当てにするな!」

「当たったら終わりよ! 流れ弾に注意して動き回りなさい!」

 奥からわらわらと出てきた機械(スパイの情報によればガジェットドローンと言うらしい)を一気に薙ぎ払って一刀両断しながら、注意を呼び掛ける。いつも通りの対処方法では、命がいくつあっても足りない。相手の武器は、短距離の飛び道具が主体なのが分かっている。とにかく緩急交ぜて小刻みに動き、照準を絞らせないのが一番の対処方法だ。

「三班、目視範囲を制圧完了!」

「二班、完了!」

「第一波、殲滅確認!」

 幸先よく、ほとんど消耗せずに最初の群れを殲滅、士気が高いまま奥に侵入できる。踏み込んだ先には、ガジェットドローンの生産工場が。

「ここであのガラクタを作ってたわけか。」

「工場は、ここだけではないと思われます。」

「当然だな。アルピーノ、ラインの破壊は可能か?」

「問題ありません。」

「では、一気にやれ。」

「了解。」

 ゼストの指示に従い、大量の蟲を呼び出して生産ラインの配線を食い荒らさせる。瞬く間に、ラインのあちらこちらでショートが起こり、主電源が漏電遮断器によって落ちる。工場の明かりが消え、辺りが薄暗くなる。

「……この設備は、人が扱うような構造にはなっていません。どうやら、生産そのものは無人で行われている模様です。」

「ジェイル・スカリエッティは、基本的に単独犯だ。仮に協力者が居たとしても、たかが使い捨ての戦闘機械を作るのに割けるほどの人員は抱えていないだろう。」

 ゼストの指摘に一つ頷き、ラインの上にのっかっている、九割がた完成しているであろう作りかけを破壊して回るクイント。大丈夫だとは思うが、まかり間違って動きだしでもしたら、目も当てられない被害が出る。

「総員、気を緩めるな! これだけの規模の設備だ! まだまだガラクタは出てくるぞ!」

 ゼストの掛け声に、それぞれのデバイスを掲げて返事を返す。その言葉が合図にでもなったか、次の突入先を検討している最中に奥の壁が開き、ガジェットドローンがわらわらと現れる。それらを即座に、見事な連携で仕留めていくグランガイツ隊。さすがは、地上トップクラスの戦闘部隊である。すでに工場の資料をある程度押さえているというのに、注意が一切散漫になっていない。

「AMF濃度上昇!」

「ランクB以下の隊員は退却準備!」

 先ほどの倍以上の数のガジェットをどんどん制圧しながら、即座に退却指示を出す。すでに、出力ランクAでも発動が厳しいラインだ。隊員の半分はバリアジャケットが解除されてしまい、念のために着込んであった防弾ジャケットが最後の砦になっている。

「隊長! 後方より敵の増援を確認!」

「全軍一時撤退!」

 その知らせを聞いた瞬間、迷わず撤退指令を下す。このままでは孤立する。ならば、AMFの効果が薄い施設の外で可能な限り迎え撃ち、態勢を整えて再突入するのが妥当だろう。この狭い空間では、的を絞らせないための挙動が取りにくい。即座にそう判断し、撤退のために動き始める。だが……。

『あらぁ。勝手に侵入しておいて、そう簡単に撤退できると思っているのかしら?』

 メガネをかけた女が、そんな事を宣言する。その言葉が終わるか否かぐらいのタイミングで、後方より大規模砲撃が叩きこまれ、全軍が追い込まれる。

「アルピーノ! 援軍要請の後、後方を支えろ! ナカジマ! 正面突破をかける! 続け!」

 少しでも優位に立ちまわれる場所を求め、次に突入すると決めてあった扉に向かって走る。さすがに希少なSランクのゼストと、精強なグランガイツ隊の中でも頭一つ抜きんでたクイントだ。少々きついAMFでも難なくガジェットを破壊し、一気に扉まで突破する。

「ようこそ。」

 扉の向こうには、精悍と表現するのがしっくりくるグラマラスな女性と、なのは達と大差ないかやや幼い印象の少女が待ち構えていた。

「はめられたか……。」

 頼るつもりはなかったが、こうなっては援軍だけが頼りだ。何人生き延びられるか。そんな絶望を振り払い、槍を構えて迎え撃つゼストであった。







「そういえば、果物と言えば、日本ではもうすぐ柿の季節だよね。」

「うん。そろそろ、一番早いのが出回るころだね。」

 曲と曲の合間のトーク時間。会場のリクエストで好きな果物からスタートし、日本での話題にうつりかけたあたりで、デバイスのアラームが鳴る。

『なのはちゃん、フェイトちゃん! グランガイツ隊より緊急援助要請! すぐに出動して!』

 いつもの先輩より要請が入り、即座にデバイスをセットアップする。そのシーンに会場が沸き立つ。

「会場の皆さん! ごめんなさい!」

「聞いての通り、この近くで作戦展開中の部隊がピンチなんだ!」

「今から出動するから、現地に着くまでの間は、今まで発表した歌のダイジェストで我慢してね!」

 二人の宣言に、会場から応援の言葉が次々に飛ぶ。その言葉に一つ頷くと

「「ユニゾン・イン!!」」

 即座にユニゾンして、観客達の声援を浴びながら飛び立つ。

「フェイトちゃん。グランガイツ隊って、確かものすごく強い部隊だったよね。」

「うん。隊長はゼスト・グランガイツ。数少ない古代ベルカ式の使い手で、オーバーSランクの武人。他の隊員の平均ランクもAに届いてるから、海の部隊と比較しても弱くはないよ。」

「その部隊が救援要請、か……。」

 事前にそれなり以上の確率でこうなる事を聞かされてはいたが、フェイトが説明したグランガイツ隊の概要から察するに、そうそうよその部隊に救援要請をするとは思えない。そんな事を考えつつ、一分かからないぐらいで現地に到着する。

(なのは、フェイト。)

(優喜君?)

(どうしてここに?)

(もしもの時のために、ここで待機しててって言われたんだ。一応、ここから分かる状況を軽く説明するよ。)

 優喜の言葉に頷いて、気配を探って近くに降りる。どうやら隠れ身を使っているらしく、すぐ近くにいるのは分かるのに、姿はどこにも見えない。

「とりあえず、後々の事もあるから、まだ隠れ身は解かないでおく。」

「分かった。」

「それで優喜、状況は?」

「グランガイツ隊は、内部で退路を断たれて孤立してる。今のところ死者は出てないけど、スケープドールは隊長三人を含めて半分が壊れてる。残り半分も長くは持たないと思った方がいい。」

 その言葉に一つ頷くと、そのまま正面から突入しようとする。そこに、ブレイブソウルが制止の言葉をかける。

「なのは、フェイト。内部は出力ランクB以下の魔法が発動しない。それに、正面には大量のガジェットドローンが居る上、奥にグランガイツ隊がいる。正面からの大技での制圧は、救援対象を巻き込みかねない上に時間がかかるから、あまりお勧めできない。」

「同じ理由で、天井をぶち抜いての侵入も避けた方がいいね。」

「……それって、もしかして……。」

「ああ。風の癒し手から習っているだろう?」

 シャマルが、リンカーコアを抜くときによく使っている手段。あらゆる障害物を迂回し、対象の身に直接ちょっかいをかけるあの術。確かに、なのはとフェイトはその術の変形版を習っている。資質の問題もあって、まだ単独で発動させるのは厳しいが、今回は二人揃っている。実戦で使うのが初めてだ、という以外に、使用をためらう理由はない。

「……分かった。」

「なのは、発動したらバスターお願い。そのあと、私が突入して制圧するよ。」

「うん。」

 方針が決まり、儀式の準備を行いながら、ライブ会場に映像を送る指示を出す。正確な動作で左右対称に動き、巨大な魔法陣を書き上げ、三十秒ほどで発動のための第一段階を終了する。儀式の前に飛ばしてあったサーチャーでゲートを開く場所を確定し、AMFの妨害を押し切って一気に空間を切り開く。

「ゲート展開成功!」

「なのは!」

「うん!」

 開いたゲートの向こうに杖を向け、チャージを済ませたバスターを撃ち出そうとして動きが止まる。向こう側には、乱戦状態となってめまぐるしく動き回るグランガイツ隊の姿が。

「……なのは?」

「たった三十秒で、ここまで状況が変わってるなんて……。」

 儀式を始めた段階ではもう少し双方固まっていたのだ。だが、ここまで入り乱れてしまえば、少しそれただけで味方を仕留めてしまう。一発でも誤射をしてしまえば、その隊員の命はない。自然と手が震え、トリガーを引くことに恐れに似た感情が湧きあがる。

 だが、撃たねばただ全滅するのを待つだけだ。いかなフェイトといえど、この乱戦状態に飛び込んでは、満足な活躍は難しい。それどころか、元々閉鎖空間ではそこまで長所を生かせない彼女では、下手をすれば味方に足を引っ張られて、ただの的になり下がる可能性すらある。

 撃たねばならないのだ。だが、どこに? どう撃てばいい? 冷や汗を流しながら、必死に空回りする思考をまとめなおそうとする。手の震えがひどくなり、焦りと恐怖が膨れ上がる。どうすればいい? どこがいい? 頭の中を、その言葉だけが埋め尽くす。

「なのは……。」

 彼女の迷いを察したフェイトが、そっとレイジングハートを握る手に自分の手を添える。それと同時に、見えないもう一つの手がレイジングハートを支える。

(優喜……?)

(うん。)

 思わず名前を呼びそうになり、放送中である事を思い出してとっさに念話に切り替える。思わぬ状況と、密着した優喜の体の感触に、違う意味でなのはの動きと思考が止まる。

(なのは。僕が大体の位置を示すから、自分で微調整して撃って。)

(え?)

(残念ながら、僕は射撃の方はからっきしだから、大体どこに撃てば大丈夫ってのは分かっても、ちゃんと当てる能力はない。だから、なのは。)

 優喜の手に力がこもる。

(ミスしたときは、僕が一緒に背負うから、僕と自分自身を信じて、思いきって撃つんだ!)

 そう言って、優喜がレイジングハートの先をある角度に向ける。乱戦は乱戦だが、比較的敵の密度の方が大きい。巻き込める数に目をつぶり、もう少しだけ外側にずらせば、ガジェットドローンだけ粉砕できる。そうやって見てみると、意外と撃ち込める場所がある。そこに気がついた瞬間、すっと焦りが消え、頭が冷える。

「なのは、大丈夫だから。私がついてるから!」

「ありがとうフェイトちゃん。」

 一旦チャージしたバスターを解除し、最速で再度チャージしなおす。術式の変更が混ざるため、確実に発動するように、一からやり直したのだ。

(頭はクールに、ハートは熱く、だよね!)

 クールダンした頭の中で予定の軌道を描き、戦況の流れを見極めタイミングを計る。惚れた男と無二の親友。その二人の心の熱が、なのはの覚悟を後押しする。

「行きます! ディバインバスター!」

 なおも悪い方に変化し続ける状況に歯止めをかけるために、思いっきりバスターを叩きこむ。先ほど優喜が示した場所ではなく、戦場のど真ん中に吸い込まれそうになり……。

「ブレイク!!」

 五つに先が分かれ、隅っこの方に吸い込まれる。

「ターン!!」

 掛け声とともに、五本の砲撃が鋭角で曲がり、ガジェットドローンの群れを背後から飲み込み……

「バースト!!」

 砲撃がグランガイツ隊に牙を剥く前に、周囲のガジェットを巻き込んで大爆発し、消失する。

「フェイトちゃん!」

「うん! 行ってくる!」

「スターライトブレイカーで出口を作るから、巻き込まれないように気をつけて!」

「了解!」

 フェイトが突入したのを見送ってから、角度を取るために空に上がる。

「レイジングハート! エクセリオンモード起動!」

『エクセリオンモード!』

「カートリッジロード!」

 本体内部に装填された六発のカートリッジを一気に撃発し、スターライトブレイカーのチャージに移る。状況から言って、最大チャージの一割でも大きすぎるぐらいだが、バスターの連射で出口をあけるには、少々面積が広すぎる。とはいえど、ユニゾンなしで制御できる最大チャージですら、今では下手をすると小さな島の一つを沈めかねない威力がある。ユニゾン状態では、絶対に物理破壊設定で最大チャージを使うな、と何度も何度も釘を刺されている魔法だ。

 加減を間違えると、敵も味方も一網打尽になる。正直、今までの経験から言うと、ちょっと弱いかな、程度で撃った方が安全だろう。そう考え、かなりの時間をかけて慎重にチャージを調整し、非ユニゾン時の最大の八分の一程度の低威力で叩きつける。どういう訳かこれを超えると、出力と破壊力の関係が正比例ではなく二乗になり、出力二倍で破壊力が四倍になってしまうのだ。

「行きます! スターライトブレイカー!!」

 チャージにかかる手間と過剰すぎる威力のため、アイドルになってから一度も使う機会が無かった、はやても含めた魔導師仲間の攻撃で最大の破壊力を誇る集束砲。対外的には本邦初公開となるそれを、直撃コースから結構離れた位置に叩き落とす。

 次の瞬間、大地を派手な震動が襲い、余波が入り口とその付近にいたガジェットドローンを根こそぎ消滅させ、辺り一面を大量の粉じんが覆い隠す。砂煙が収まった後には、五メートルほどの深さの大きなクレーターが穿たれていた。







「ちっ!」

 回避が絶望的な熱線砲を、優喜がおまけとして付けてくれた使い捨ての防御アイテムで防ぐ。一発二発はともかく、十を超える数が同時に来れば、ゼストといえどただでは済まない。

「さすがに粘るな!」

「貴様らごときの腕で、この俺が仕留められると思うな!」

 大柄なほうの女の斬撃を槍で払い、突き返す。切り払われると同時に、女の姿が消える。どうやら、事前情報にあった、例の高速行動のようだ。

「ぬるい!」

 左後方に現れた女を石突で吹き飛ばし、行きがけの駄賃として邪魔なガジェットを二体、一気に粉砕する。

(こいつら自体はどうとでもなるが、ガジェットの数が多いな。)

 子供から投げられた投げナイフを大きく弾き飛ばしてガジェットにぶつけ、大柄なほうの女に再び一撃入れようとする。次の瞬間、どこからとも無く砲撃が飛んできて、追撃を潰される。

「ナカジマ! このままではキリがない! まずはこいつらを一人仕留めるぞ!」

「了解!」

 ゼストとクイントが覚悟を決め、雑魚を振り切って本命に集中しようとしたところで、事態が大きく動いた。

「また砲撃!?」

「いや、これは!!」

 ゼストたちの頭上を飛び越え、急角度で曲がった砲撃が、ガジェットを大量に巻き込んで爆散する。こんな非常識な砲撃を撃てる人間など、彼らの知る中では一人しかいない。

「ナカジマ、どうやら援軍が来たようだぞ。」

「援軍が来たところで、このの劣勢が覆るとでも思っているのか?」

「覆るさ。」

 高町なのはとフェイト・テスタロッサ。直接対面したことは無いが、色々非常識な噂には事欠かない人材だ。そして、その噂に信憑性を与えているのが、竜岡優喜に鍛えられた、という一点である。

「ほう。ならば、覆して見せろ!!」

 そういって打ちかかろうとした女は、黒い影に弾き飛ばされる。

「サンダーレイジ!」

 金糸の髪を持つ黒い影は、一般の魔導師にとっては致命的な濃度のAMF、それを何事も無かったように無視して大技を放ち、一気に前方のガジェットを殲滅する。

「フェイト・テスタロッサか?」

「はい、グランガイツ隊長。遅くなりました。」

 そういって、引き締まった表情で戦鎌を構える。が、次の瞬間、その表情がどうにも情けなさを伴った微妙なものに崩れる。

「ぶつかるかも、とは聞いてたけど、こんなに早くか……。」

「どうかしたのか?」

「あ、そのですね。」

 いきなり妙なことを口走ったフェイト。その言葉に敵味方共に動きが止まる。

「なんというか、嫌そうな感じで歌って踊ってる映像を見てるから、どうにも可哀想でやりにくいなあ、と。」

 先ほどの電撃とフェイトの言葉からようやく立ち直りかけたところで、その台詞に完全に硬直する戦闘員。

「あのね。」

「何が言いたいのですか、フェイトお嬢様……。」

「ここで投降すれば、少なくとも恥ずかしいのに無理して歌って踊らずにはすむよ?」

「……言いたい事はそれだけですか?」

「えっとね。仮にここで引いて、もしあれを続けるんだったら、恥ずかしいとか不本意だって思いは捨てないと、かえって痛いよ。」

「……。」

 敵同士のはずなのに、やたら親身になって忠告してくれるフェイト。思わずその言葉にぐらつきそうになる女と子供。

「……忠告、痛み入ります。ですが、我々はここで投降するわけには行かない。」

「いいの? ここで駄々こねてでもやめないと、多分私達みたいに引くに引けなくなるよ?」

「うっ……。」

『トーレ姉様。お嬢様の口車に乗って裏切るおつもりで?』

 この場にいないもう一人の言葉に、動揺をどうにか押さえ込むトーレ。

「そうだな。ドクターの悲願のために、あの程度のことを嫌がって、ここで投降するわけにはいかん。」

『そうですわ、トーレ姉さま。』

「一番嫌がってふてくされてたくせに……。」

『何かおっしゃりまして、フェイトお嬢様?』

「別に。ただ、投降する気がないんだったら、そろそろ耐ショック防御はしておいた方がいいかな。」

「総員、耐ショック防御急げ!!」

 その言葉に不吉なものを覚えたゼストとクイントが、すぐさまその場にうずくまり、全力で防御魔法を展開しながら声を張り上げる。数秒後、研究所全体をすさまじい振動が襲う。振動がおさまるとともに、急に研究所内が明るくなる。

「ね?」

「い、いったい何が……。」

「高町の集束砲か?」

「正解。やっぱりちょっと加減間違えてるね。」

 体を浮かせた上で、何事も無かったかのようにグランガイツ隊全員をガードしてのけたフェイトが、あっさり答えを告げる。ちなみに、隊員たちは知らないことだが、事前にこうなることを予想していたフェイトが、遅延発動で強化型防御魔法をチャージして、大規模魔法でもはじく出力で展開したのだ。

「でも、建物が倒壊してないから、着弾場所はちゃんと選んだみたいだね。」

「……いったい、どんな威力でぶっ放したのよ……。」

「外に出ればわかりますよ、多分。」

 そういって後ろを指差すと、瓦礫すら残らず綺麗に吹き飛ばされ、青空を晒している研究所の入り口が。

「という訳で、医療班を手配してあるので、皆さんは一度引き上げてください。後は私となのはで制圧します。」

「わ、分かった。」

 あまりにもあまりな光景に青ざめている戦闘機人を放置し、動ける人間で負傷者を担いで引き上げるゼスト。

「さて、なのはが次の砲撃に入る前に、あなたたちを捕縛させてもらうよ。」

「クアットロ! ディエチ! 引き上げるぞ!」

 トーレが声を張り上げ、青ざめてがたがた震えている子供を抱えて距離をとる。フェイトが戦鎌を振り上げて突っ込んでくるのを見て、子供がトーレにしがみつく。だが、それをたしなめる余裕はトーレにも無かった。何しろ、彼女とて、先ほどの光景を見て平静ではいられなかったのだ。いくら長く組んで行動していると言っても、この状況であっさり「やっぱりちょっと加減間違えてるね」で済ませる、と言うだけでも、敵対している人間からすれば底しれぬ恐怖がにじみ出る。

 明らかに怯えてパニックを起こしている二人に、フェイトはその美しい顔に憐みを浮かべながら、それでも一切加減せずに距離を詰め、このAMF下でなお出力が衰えない魔力刃を、情け容赦なく振り下ろす。魔力刃が二人をとらえる寸前、その姿が消える。

「……逃げられちゃったか。」

 間一髪で転移が間に合った戦闘機人たち。どうにも、長い付き合いになりそうだ。

「なのは、状況終了。引き上げてコンサートの続きだね。」

『了解。早く戻ろう。』

 どうやら、既にいろんな意味でクールダウンしているらしいなのはの返事。それを聞いて一つ安堵のため息をつくと、ユニゾンを解除してとっとと会場に戻るフェイトであった。







「予想していたが、馬鹿にならん被害だな。」

「再起不能になるほどの重傷者がいないのが救いではあるが、笑ってすむ被害ではないね。」

「ああ。もし、二人を送り込まなければ、と思うとぞっとするぞ。」

「やはり、あの子達がAMFで殺されかけたときに、さっさと対策を打っておくべきだった。」

 半壊、としかいえないレベルの被害を出した今回の件。限界を超えて蟲達を酷使したメガーヌは意識不明の重態で、ゼストとクイントは三日間の絶対安静、他も再起不能ではない、というだけで半年やそこらは普通にベッドに縛り付けられるレベルである。

「とりあえず、比較的規模の大きい生産拠点を一つ叩き潰せただけまし、というしかなかろうな。」

「まったく、頭の痛い話だよ。しかも、だ……。」

 ため息と共に、グレアムが映像を展開する。画面には、あんな目にあったというのに、ある種やけくそのような雰囲気で楽しげに踊る戦闘機人たちの姿が。管理局に顔がばれたから、と言う事で、マスクはなくなっている。

「わざわざ再び挑発を仕掛けてきている。しかも、人数を増やした上で無駄にレベルを上げて、ね。」

「……また、色々頭の痛いグッズが増えているな……。」

「まったく。こういう下世話なアイデアを、どこから仕入れてくるのやら。」

 等身大バスタオルとセクシーポーズのフィギュアという、下世話な上にアプローチをする層がいまいちよく分からないグッズを見て、一つため息をつく。

「とりあえず、これで世間的にも、なのは君たちと彼女たちはライバル認定されることになりそうだ。」

「連中の金策を手伝うことになるのは気に食わんが、せいぜい大いに盛り上げるしかなかろうな。」

 頭が痛すぎる現状にため息をつきながら、とりあえず今後の対策を立てるおっさん達であった。一方そのころ。

「あれと正面から戦えとか、絶対嫌だ!!」

「セインはいいじゃない。まだ直接戦闘になる可能性は低いんだし。どうしてあたしは、あれと同じ砲撃型なんだろう……。」

 新たに投入された二人の戦闘機人が、今後の不安を大いに嘆く。だが、それを誰もたしなめない。少なくとも、絶対広い空間で戦うのは嫌だ、というのは戦闘機人達の共通認識だからだ。

「とりあえず、まずはAMFの出力強化と、逃げるための手段の強化から、だねえ。」

「ドクター、やはり現状では手に余りますか……。」

「ああ。集束砲はそれほど警戒しなくてもいいにしても、二人揃って普通に出力がSSを超えているからね。現状のAMFではあってもなくても一緒だよ。」

 自身の予想をあっさり二周りほど上回られ、ため息をつくスカリエッティ。

「……ぼやいている割に、明らかに燃えていますね……。」

「ああ。こんな面白い状況は他にないからね。」

「あたしとしては、ドクターにはあきらめて欲しい……。」

 無駄に燃えているスカリエッティに、深々とため息をつくディエチ。何しろ、彼女が力を発揮する戦場は、高町なのはの本領なのだ。

「とりあえず、何をするにしても資金が必要だ。君達には一杯働いてもらうよ。」

 こうして、ナンバーズは金策のために、寿命が縮む想いで余計な挑発を繰り返す羽目になるのであった。







おまけ(一発ネタ)

「レイジングハート! エクセリオンモード起動!」

『エクセリオンモード!』

「カートリッジロード!」

 本体内部に装填された六発のカートリッジを一気に撃発し、大技のチャージに移る。状況から言って、最大チャージの一割でも大きすぎるぐらいだが、バスターの連射で出口をあけるには、少々面積が広すぎる。とはいえど、ユニゾンなしで制御できる最大チャージですら、今では下手をすると小さな島の一つを沈めかねない威力がある。ユニゾン状態では、絶対に物理破壊設定で最大チャージを使うな、と何度も何度も釘を刺されている魔法だ。

 両手の間に集められた魔力がどんどん肥大化して行き、気がつけばなのはの体の数倍のサイズまで膨れ上がっている。

「行きます! ストナーサンシャイン!!」

 掛け声とともに地面に向かって投げつけられた巨大な魔力弾は、複雑な軌跡を描きながら狙い過たず予定地点に着弾し、辺りを一気に消滅させる。派手な震動を起こし、すさまじい爆風とともに地形を変え、後には雑草一本の凝らぬ巨大なクレーターが。

「なのは。それって、武装から言ったらむしろフェイトの業じゃない?」

「え?」







なんとなく思いついた一発ネタ。スターライトブレイカーじゃなくてストナーサンシャインに入れ替えても、違和感ゼロだと思うんだ。



[18616] 第6話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/03/19 18:33
 フォルク・ウォーゲンはその日、一目ぼれをした。壇上で、彼を含む新たに見習いに昇格する騎士の卵達に、祝福と激励を送る人物。その姿に釘づけになる。

「……あれが、夜天の王……。」

 まだ中等部には上がらないぐらいの、子供と言ってもいい人物だ。同年代の少女と比較しても小柄だが、その割には出るべきところは見て分かる程度には出ている。可憐な顔立ちには多分に幼さが残っているが、その表情と雰囲気は、年に似合わぬ凛としたものである。

「それでは最後に、皆さんが、聖王教会を、ベルカを、ひいては次元世界を守る盾となる事を願って、夜天の王の名のもとに祝福を送りたいと思います。」

 そう言って、左手に持った本のようなデバイスを開くと、右手の杖を軽く振る。杖から降り注ぐ光が見習い達に吸い込まれる。光を浴びたフォルクは、自分の体に活力がわいてくるかのような気持ちを覚えた。

「この時より、皆さんは聖王教会の騎士見習いです。その名に恥じぬよう一層の努力を期待します。」

 そう告げて、夜天の王は一つ頭を下げると舞台袖に引き上げる。その姿を、憧れのこもった視線で見送るフォルク。

「夜天の王とヴォルケンリッターか……。」

 いずれ、彼らと肩を並べて戦いたい。そんな強い欲求が体の中を駆け抜ける。だが、自身の資質は中の下ぐらい。そもそも、魔導師資質が無くて騎士の道を断たれた盟友達に比べれば恵まれているとはいえ、精強さでその名も高きヴォルケンリッターと並び立てるほどになるとは、到底思えない。

(強くなりたいな……。)

 後から続くお偉いさんの話を聞き流しながら、どうすれば憧れの存在に近付けるのか、そんな事を考え続ける。今まで、ベルカ騎士と言うイメージだけの存在に憧れ、目標として来たフォルクは、この時初めて、目指すべき道に明確な形ができ、血肉が通ったのであった。







「お疲れ様でした、はやて。」

「ほんまに疲れたわ。正直、ああいうのはいつまでたっても慣れんで。」

「これからどんどんこういう機会が増えるのですから、諦めて腹をくくってくださいな。」

 式典の出番が終わり、疲れをにじませた顔でカリムにぼやくはやて。正直、素の自分とかけ離れた「夜天の王」の仮面は、まだ今年ようやく十二になる小娘にはしんどい。

「それで、目ぼしい子はいましたか?」

「正直五十歩百歩や。何人か強い魔導師資質は持っとったけど、それでもクロノ君らにも届かへん。」

「クロノの資質を非力と断じるのは、さすがに贅沢が過ぎますよ。」

「分かってんねんけどね、事が事だけに、どうしても比較基準がなのはちゃんらになってくるんよ。」

「そこを持ってくるのは、贅沢を通り越していますね。」

「そうやろな。」

 一つため息をつきながら、カリムの指摘に同意する。とはいえど、はやての周辺に増やす人員、という話になると、どうしてもハードルが上がってしまう。

 先ほどはやてがかけた祝福の魔法は、短時間の間、多少の潜在能力を引き出すものだ。夜天の書を作らせた、血統と言う意味では最後の夜天の王が使っていた魔法の一つである。あの程度の魔法で化けるような人物がいれば、そのまま計画通りはやての直属として優喜に鍛えさせるつもりだったのだが、世の中そううまくは行かない。

「優喜君は、誰か目ぼしい人材はおった?」

 気配を消して式典を観察していた優喜に声をかける。堂々と式典に混ざっていたというのに、誰ひとり気が付いていないあたりが見事だ。

「ぶっちゃけると、誰鍛えても同じ。」

「そっか。ほんなら、優喜君の好みで決めるのが一番かな?」

「まあ、鍛錬してるところを見て決めるよ。別に、女の子じゃなきゃ駄目、とか、そういうのはないよね?」

「純粋に能力本位やから、性別とか気にせんでええよ。ただ、私とかヴォルケンリッターに恨みがある人は避けてほしいけど。」

 はやての言葉に一つ頷く。とはいえ、見習い達の様子からすると、実像を知ってがっかりする可能性はあっても、はやてを害するような負の感情の持ち主は現時点ではいない。

「で、見習いの鍛錬開始は何時?」

「お昼終わってからやな。騎士学校でそれなりに鍛えてきてるはずやから、多分しょっぱなのなのはちゃんよりは、皆体が出来てると思うで。」

「たとえ後衛でも、あれより体が出来てないってのはどうにもならなさすぎるよ。」

 優喜の突っ込みに、苦笑するしかないはやて。大して体を鍛えていないはやてですら、あのころのなのはよりは体力も運動能力もあるのだ。なのはの運動音痴は筋金入りで、今でも魔法も気功も抜きだと、前線にほとんど出ないはやてとどっこいどっこいでしかない。

「とりあえず、もうちょい向こうの行動を観察してくる。」

「分かった。頼むわ。」

 はやての言葉に軽く手をあげ、再び気配を消して見習い達の群れに混ざる優喜であった。







 こまごまとした手続きを終え、今日から移る騎士団寮と見習いの仕事、昇格試験その他の説明を受ける。預けてあった荷物を回収してあてがわれた部屋に置き、昼食までの自由時間をデバイスのメンテナンスに当てる。フォルクのデバイスは特別申請を行って持ち込んだ、かつて祖父が使っていたというデバイスだ。祖父が引退するまでに一度改修されて、近代ベルカ式の物になっている、そこそこ年代物の非AI搭載型アームドデバイスである。

「持ち込みデバイスか。」

「ああ。俺の戦闘スタイルはちょっと珍しいから。」

 同室の少年にそう答えると、待機状態のままで出来るメンテナンスをする。デバイスマイスターの資格が取れるほど詳しくはないが、日常点検と簡単な修理ぐらいは自力で出来る。珍しい戦闘スタイルに合わせたデバイスだけに業者の費用も高く、ちょっとした修理ぐらいで頼んでいては破産しかねない。

「珍しいって、どんな感じだ?」

「もうじき訓練だから、すぐ分かるよ。」

「メンテするのに、セットアップしなくていいのか?」

「ここだとちょっと狭いから、特に不具合がないなら、訓練終わってからメンテナンスルームを借りて本格的にやるよ。」

「そんなにでかいデバイスなのか。」

「まあな。」

 などと駄弁っているうちに、デバイスのセルフチェックが終わる。ついでに裏側を覗いてみたが、軽い最適化が必要な程度でシステム面では特に問題ない。これ以上のチェックはセットアップが前提になる。この場ではここまでだろう。

「終わったのか?」

「ああ。時間余ったし、メンテナンスルームの場所聞いてくる。」

「おう。俺は荷物整理したら、寮のトレーニングルームを見てくるわ。」

 同室の彼に手をあげてあいさつし、寮を出る。シスターの一人に頭を下げてメンテナンスルームの場所を聞き、ついでに使用許可の取り方などのこまごまとした説明を受ける。とりあえず時間的な問題で、今回はメンテナンスルームを使うのはあきらめることにする。

「昼間でまだちょっと時間があるか。」

 時間を確認し、周りを見てからよし、と一つ頷く。

「アイギス、セットアップ。」

 フォルクは、先輩の騎士たちがやっている自己修練に混ぜてもらう事にした。魔法を使った訓練はともかく、素振りぐらいは出来るだろう。見習いの向上心に快く付き合ってくれた先輩達が、セットアップしたフォルクのデバイスを見て驚く。

「盾とはまた、珍しいデバイスだな。」

「その剣とはワンセットか?」

「はい。祖父がこの戦闘スタイルだったそうです。」

 フォルクのデバイスは、片手剣とタワーシールドがセットとなった、防御重視の代物だ。肩から足首まで隠す大きな盾と比べると、手に持った片手剣は普通の長剣サイズだというのに、妙にちゃちく見える。

「でも、そのスタイルって、指導できる人ほとんどいないんじゃない?」

「そうですね。盾を使う人って、あまりいませんから。」

 素振りをしながらそう答えて、聞き覚えのない声に振り向く。そこには、夜天の王より少し高い程度の身長の、すらりとした体型の美少女が。見たところ、目の前の少女と夜天の王はほぼ同い年ぐらい、フォルクから見て一つか二つ、年下だと思われる。短く切った黒髪がもったいない、と思う。長くのばせば、さぞ映えるだろうに。

 成長期である事もあって、それほどがっしりした体格ではないフォルクだが、目の前の少女と比べれば肉付きはいいだろう。夜天の王は華奢、という印象だったが、彼女は引き締まっている、というイメージだ。ただ、今後の事を考えるなら、女の子としてはもう少し肉がついていた方がいい気がする。

「君は、自己流で?」

「祖父に基礎は教えてもらいましたが、半分ぐらいは自己流です。」

「そっか。……よし、決めた。」

 唐突にデバイスの通信機能を起動し、どこぞに連絡を取る。

「あ、はやて、カリムさん。弟子を決めたよ。」

『まだ、午後の訓練どころか、お昼も終わってませんよ?』

「自己修練をやってる人の中に、変わったスタイルの人がいたからね。面白そうだから彼にすることにした。」

『別にあなたがそうしたいのであれば構いませんが、一応面接ぐらいはさせてくださいな。』

「了解。今から連れていくよ。」

 何が何やら分からぬうちに話が進み、戸惑っているフォルクを手招きして呼び寄せる少女。

「話があるから、ついてきて。」

「あの、貴方は一体……?」

「僕は竜岡優喜。昔夜天の王の代理人をやってた。詳しい話はカリムさんがするけど、これから君の師匠になる予定。」

「師匠って……。」

 どう見ても、優喜は自分より年下だ。しかも、自分でフォルクのスタイルが珍しいと言っていたのに、指導など出来るのだろうか?

「因みに、ここの騎士たちよりは、盾の扱いには詳しいよ。片手剣はそこまで大口は叩けないけど。」

「ですか……。」

 どうやら疑問が顔に出ていたらしい。嘘か本当かの判断はしかねる事をさらりと口走る。身のこなしから言って、魔法抜きだと自分よりは確実に鍛えているとは思うが、見習いとはいえ狭き門だ。それをくぐりぬけた人間を弟子にするというほどには、目の前の少女が強いとは思えない。

 とはいえ、盾の扱いが聖王教会の騎士より詳しい、と言うのは嘘とは断定できないところだ。そもそも、ベルカ騎士と言っても基本は魔導師だ。防御魔法と言う便利なものがある以上、わざわざ取り回しが悪く視界もふさがれ、しかも攻撃の自由度が落ちる物理的な盾を持つ理由は薄い。それが、フォルクの、ひいては祖父の戦闘スタイルが珍しいと言われるゆえんである。

「さて、ちょっとした面接があるから、中に入って。」

 フォルク達見習い以下が、滅多なことでは近付かない一帯に連れ込んで、そんな事を言う。優喜がノックした扉には、「カリム・グラシア」と書かれたネームプレートが。

「あ、あの……。」

「戸惑うのは分かるけど、向こうはえらいさんで忙しいんだから、さっさと覚悟を決めて。」

 そう言って、有無を言わさず中に連れ込む。

「お待ちしておりました、優喜さん。彼ですね?」

「うん。えっと、名前は?」

「確か、フォルク・ウォーゲン君やったね?」

 自己紹介を始める前に、夜天の王がそんな風に口をはさむ。思わず驚いて顔を見返すと

「驚くことでもないで。私とカリムはいろいろあって、今回の見習いの子らの顔と名前は全部覚えてるねん。」

「今から貴方に、そのいろいろ、の事情を説明します。」

「聞きたい事はようさんあるやろうけど、まずは全部話聞いてから、な。」

 雲の上の人物二人にそう言われると、頷かざるを得ない。納得出来ない物はあるが、目の前の二人の真面目な顔に、所詮下っ端のフォルクがちゃぶ台を返すような真似をするのは難しい。

「まず最初に、貴方ははやての事を、どの程度知っていますか?」

「夜天の書に選ばれた今代の夜天の王で、夜天の書が闇の書として暴走していたころの責任を取って、生まれる前の事であるにもかかわらず、多額の賠償金を自ら背負った立派な人物である、ということぐらいですね。」

「おおむね間違ってはいません。」

 フォルクの返事は、はやての対外的なイメージそのままである。

「では、そのはやてを恨んで、亡きものにしようとする動きがある事はどうですか?」

「え?」

「それも、闇の書事件の事後処理が終わってからずっと、定期的に何らかの形でいらぬちょっかいを出してくる輩がいるのです。」

「……なぜ、と聞くだけ無駄なんでしょうね。」

「ええ。家族を失った悲しみには、理屈は通じませんから。」

 カリムの言葉に、小さくため息をつく。その犯人の気持ちは、親しい人間を、そう言った理不尽で失ったことがないフォルクには、どうやっても理解できない。だが、理解できないからと一方的に断罪する気にもなれない。

「参考までに、一ついいですか?」

「はい。」

「どうしてあなたは、この件について、何故と聞くだけ無駄、と判断しましたか?」

「俺、じゃなかった、自分には、理不尽で身内を失った経験がないからです。経験もない事を理解することは出来ないし、そんな人間がなにを言っても話にもなりません。」

「珍しいですね。貴方ぐらいの年頃で、そういう判断ができるなんて。」

「前に、それで大事な友達と決裂して、父や祖父にものすごく叱られましたから。」

 苦い思い出を思い出し、うめくように吐き出す。今でも一般論・理想論としては、自分が言ったことは間違っていないと思っている。だが、それが相手の心情を土足で踏みにじる事だ、ということも身にしみた。大事な友を取り返しのつかない形で傷つけてしまった以上、同じ轍を踏まないようにするのが、せめてもの償いだろう。

「……ごめんなさい。嫌な事を思い出させました。」

「いえ。ですが、これ以上あいつを裏切りたくないので、何があったかは……。」

「もちろん聞きません。この場では関係ない話ですし、貴方の顔を見れば、部外者が土足で踏み込んでいい話ではない事も分かります。」

「ありがとうございます。」

 自分が悪い訳でもないのに、深々と頭を下げるフォルク。その様子に目を丸くするはやてと、こういう件での優喜の引きの強さに目を細くするカリム。どうやら、人物面では十分に当りらしい。

「頭をあげてくださいな。」

「はい。」

「それで、話を戻します。」

 ようやく本題に入るカリム。今までの流れから大体の予想はつくが、先走って判断は出来ない。表情を引き締め、真剣に彼女の言葉を待つ。

「先ほどの話の通り、はやての身の回りが何かと不穏な状態になっています。今まではザフィーラが対応してきましたが、それも限界があります。そのために、教会から一人、はやての直属の部下として派遣することになったのです。」

「それなら、自分のような未熟者以前ではなく、正騎士以上の方を派遣すべきではないですか?」

「聖王教会とて、それほど人材に余裕があるわけではありません。それに、前々から魔法とは別系統の新たな技能について、誰か一人習得させる計画があったのです。新しい技能系統である以上、教会の流儀に染まり切っていない、見習いかそれ以下の人物の方が好ましい、と言うのも、貴方を選んだ理由です。」

「その話ならば、自分でなくてもいい、ということですか。」

「ええ。究極的には、教会に忠誠を誓った信頼できる人柄の、優喜さんが教えたいと思う人であれば誰でもいいです。」

 カリムの言葉に、顔に出さないように内心で激しくへこむ。言ってしまえば、たんに優喜の興味を引いたから選ばれた、と言うだけの話で、絶対フォルクでなければ駄目だ、ということではないらしい。

「フォルクくん。」

「はい?」

 気がつくと、はやてがまっすぐにフォルクを見つめていた。思わず顔が赤くなる。平凡な顔のフォルクと違って、はやては間違いなく水準以上の美少女だ。そんな少女に真剣な目で見つめられて、平静を装うには彼では修行が足りない。

「強くなりたい?」

「……はい。騎士を目指す以上、誰よりも強くなりたい。」

「それやったら、今回はええチャンスやで。優喜君は、なのはちゃんとフェイトちゃんの師匠やから。」

 その言葉に、思わず優喜の顔を見て、もう一度はやての方に視線を戻す。

「あの、なのはさんとフェイトさんと言うのは、もしかして……。」

「私がその名前を出す以上、高町なのはとフェイト・テスタロッサ以外あり得へんよ。」

「……本当に?」

「まあ、魔法がらみはちょっと余計な入れ知恵をした程度だけど、基礎に関しては鍛えたのは僕だよ。」

 二人の答えに、思わずめまいがする。高町なのはとフェイト・テスタロッサ。今、管理世界の文明圏に住んでいる人間で、その名を知らぬ者はいないだろう。管理外世界出身の、突然変異としか思えない能力を持つ、「Wing」というアイドルをしている少女たちだ。

 さすがに、単独で強くなったなどとはかけらも思っていなかったが、こんな小娘がそこまで鍛えた、と言うのは俄かには信じがたい。だが、わざわざ自分のような下っ端を担ぐために、こんな大物二人がそんなウソをつく必要もない。

「とりあえず、貴方には拒否権があります。こんな得体のしれない男に鍛えられるのが嫌だ、正攻法で強くなる、と言うのであればそれはそれで構いません。」

「そうなったら、私の護衛は一から選びなおしやけどな。」

 はやての言葉に、心を決める。あこがれの存在の近くで働ける。しかも、強くなってというおまけ付きで。師になるという人物があやしげな小娘である事は、この際横に置いておこう。そこではたと気がつく。

「得体のしれない男、ですか?」

「やはり、貴方も勘違いしていましたか。」

「優喜君は、男の子やで。」

「……それは、大変な人生を……。」

「もう慣れたよ。大人になっても間違われるのも分かってるから、その件についてはあきらめてる。」

 優喜の言葉に、何とも言い難い顔をしてしまう。が、優喜が男か女かはこの際どうでもいいことだ、と言う事に気がつき、とりあえずさっさと返事をしてしまう。

「不肖、このフォルク・ウォーゲン、今回のお話を、謹んで受けさせていただきます。」

「そうですか。では、昼食が終わったら、荷物をまとめてこちらに戻ってきてください。」

「え?」

「申し訳ありませんが、貴方には、優喜さんの都合に合わせて、別の場所で修行をしてもらいます。」

 どういうことだ、と詰め寄りそうになって、すぐに冷静さを取り戻す。よく考えれば、なのはもフェイトもはやても、管理外世界在住だ。

「どのぐらいの期間、ですか?」

「そうですね。優喜さん、どういう予定になっています?」

「どのぐらい出来るかいろいろテストしてからだけど、一カ月でなのは達の朝のカリキュラムについていけるようにして、半年で最低限の形にはする予定。そこから先はそっちの判断に任せるよ。」

「だそうです。ですので、途中で一度は報告のためにこちらに戻っていただくことにして、それ以外は現地の皆さんの指示に従ってください。」

「了解です。」

 どうやら、自分はたいへんな幸運に恵まれたらしい。この幸運をものにするためにも、どんな厳しい特訓にも耐えて見せる、などと気負いを見せるフォルクを、生温い目で見守るはやてとカリム。優喜の特訓のあれさ加減に挫折しないように、ただそれだけを祈るしかない二人であった。







 昼食を済ませ、指導教官や同部屋の少年に事情を説明して別れを告げ、優喜とはやてに連れられたのは、次元空間に漂う大きな城だった。

「優喜君、はやてさん、お疲れ様です。彼がですか?」

「うん。騎士見習いのフォルク・ウォーゲン。フォルク、ここの管理人のリニスさん。主に彼女のお世話になると思うから。」

「最近農場の管理も始めたリニスです。」

 いつもの服装で軍手に麦藁帽子を装着したリニスが、そんな自己紹介をする。

「あの、俺はここで世話になるんですか?」

「そやで。フォルクくんの年やと、日本で生活するんはいろいろややこしいねん。」

「普通は学校に行ってる年だからね。春休みの間はいいんだけど、平日はちょっと。」

 はやてと優喜の言葉に納得する。だが、毎朝いちいち地球に出る必要があるのかと思うと、それはそれで手間がかかるのではないか、と思ってしまう。

「ここから高町家に移動するのは簡単よ。部屋が一つ、つながってるから。」

 考えていることが顔に出たか、他所見をしているフォルクの疑問に簡潔に答える声が。

「あ、プレシアさん。」

「お邪魔してます。」

 かけられた声に振り向くと、まだ中年に達していないぐらいの、農作業に適した服を着てゴム製の長靴をはき、麦わら帽子をかぶった美女が。

「あの、貴女は?」

「私はプレシア・テスタロッサ。ここの主で研究者よ。」

「フェイトちゃんのお母さんでもあるで。」

「研究者、ですか……。」

 手の軍手を外して、首にかけたタオルで汗を拭きながら答えるプレシアの姿からは、研究者と言うイメージにはつながらない。

「農婦か何かだと思った?」

「ええ。」

「正直に言うなあ。」

「こういう場合、嘘をつくのも失礼かと思いまして。」

 フォルクの言葉に、苦笑を浮かべるプレシア。

「一応専門は魔導工学よ。多分貴方も、私の特許が使われている製品を使った事があると思うわ。」

「そうですか……。」

 目の前の農婦然とした女性からは、そんなイメージは一切ない。何というか、研究者特有の怜悧な雰囲気が薄く、空気が緩いのだ。

「庭いじりと畑仕事は、老後の趣味の定番じゃない。」

 フォルクの気持ちを察してか、そんな事をのたまうプレシア。

「老後……?」

 どう見てもアラサー、どんなに上で見積もってもアラフォーには見えないプレシアの言葉に、思わず首をかしげる。その様子に一同苦笑しながら、これからの予定の話に入る。

「まずは各種検査と能力測定かしら?」

「そうだね。大体のあたりは付けてるけど、もう少し細かくやらないと。」

「一応、細かい適正のデータももらってきてるで。」

「どうせすぐに変わるだろうし、精度を上げるためにこっちで現在のデータをとるわ。」

「了解。」

 フォルクが口をはさむまでもなく、ごくごく自然に今後の予定が確定する。そのままあちらこちらを連れまわされ、終わるころにはフォルクはぐったりしていた。因みに、彼の資質は防御特化に近いもので、ユーノの補助・回復・バインドの分を、攻撃および自己強化に振ったような感じだ。特に補助とバインドは壊滅的で、多分どれほど訓練したところで、発動そのものがおぼつかないだろう。

「お疲れ様。デバイスは改造するから、基礎訓練の間はこっちで預かるね。」

「しばらくはこっちの訓練用のデバイスを使いなさい。」

 そう言って、魔導師養成ギブスの機能と初歩的な魔法一式が詰め込まれた簡易デバイスを渡す。相方を取り上げられることに一抹の不安はあるが、強くなるためだと割り切って従うフォルク。なお、このフォームチェンジも付いていない、シンプルイズベストを地で行くデバイスは、プレシアの手によってフレーム段階からがちがちに強化され、AIこそ非搭載ながら、フルドライブを含む三形態変化に加え、A2MFをはじめとしたいくつかの機能を付け加えられた、最新鋭のワンオフ機に化ける事になる。

「今日の夕食は、なのはが当番だったかしら?」

「うん。まだメニューは決めてないって。」

「だったら、そろそろいい感じになった牛肉があるから、フォルクの歓迎会用に持って行ってちょうだい。」

「了解。」

 ここまで研究者の顔で話を進めていたというのに、最後の最後で農家のおばちゃんになってしまうプレシア。この後歓迎会の席で、時の庭園の自給自足では、だしに使う鰹節や昆布が手に入らないと散々ぼやくのであった。







「お疲れ様でした……。」

「お疲れ様~。」

「先にシャワー使わせてもらうね。」

 そろそろ恒例になりつつある朝の光景。朝食の準備のため、へろへろになったフォルクを放置してシャワーを浴びに行くフェイトに手を振って、フォルクに話しかけるなのは。

「思い出すなあ。私たちも最初は、こんな感じだったよね。」

「……そう……、……なんだ……。」

 息も絶え絶えのフォルクに苦笑しながら、昔を懐かしむように話すなのは。

「うん。私の最初の頃なんて、もっとひどかったよ。三キロも走れなかったし。」

「……信じられない。」

「私もこんなに体力がついたのって、自分でも信じられないよ。」

 むしろフォルクからすれば、そこからのスタートで、ここまで折れずにやってこれたことが信じられない。なのはの強さは、出力や技量ではなく、そういうところなのかもしれない。

「明日から学校だっけ?」

「うん。おにーちゃんとおねーちゃんも、今日帰ってくる予定。まあ、私は今日もお仕事なんだけどね。」

「そっか。」

 ようやく体力が戻って来たフォルクが、立ち上がりながらそう答える。因みに、恭也と美由希は、春休み恒例の山籠りだ。フォルクが来た時にはすでに出発して一週間ほどたっていたため、まだお互いに面識はない。もっとも、恭也が大学を卒業するため、多分今回か次回が最後になるだろう、とのことだが。

「そろそろ、私もシャワー浴びてくるね。」

「ああ。俺もあとで使わせてもらうよ。」

 そう言って、なのはが浴室の方に消えたのを確認すると、縁側に腰かける。

「あれだけ鍛えてても、二人ともやっぱり女の子の体なんだよな。」

 聴頸の訓練などで触れ合った時の感触を思い出しながら、思わずぽつりとつぶやく。あれだけ鍛えているのに、女性特有のやわらかさが失われていないのは、フォルクからすれば不思議な気分だ。逆に、どれほど女の子っぽく見えても、優喜の体は男のそれだ。そこが、フォルクにはどうしても納得できない。

 他の見習い騎士の女性は、もっと筋肉質でかたい感触だった。先ほどの聴頸にしろ、見習い騎士との訓練中の接触にしろ、性別を意識する余裕など全くないため、思い出してもドキドキするようなことはないのだが、それでもいまいち不思議な感じはする。一度指導に来てくれたシグナムも、ボディラインは非常に魅力的だが、腕や足などは戦う人のそれであり、なのは達と比べると引き締まりすぎている感じだ。手もごつごつしていて、あまり柔らかい感じではなかった。

「なんか、不思議そうな顔してるね。」

「優喜か。」

「なのは達は、あんまり筋肉質にならないよう、ちょっと特殊な鍛え方をしてるんだ。だから、実際のところ、スタミナと肺活量はともかく、腕力とかは大したことない。」

「そんなこともできるのか?」

「出来るよ。二人がやってるのは、気功に耐えられる体力と、効率のいい筋肉の使い方を身につけるための訓練。元々、二人とも大魔力を的確にたたきこむスタイルなんだから、デバイスをそう簡単に弾き飛ばされさえしなければ、シグナムみたいながっちりした体は必要ない。」

 優喜の言葉に納得する。そもそも、あの二人をアマゾネスのような体に鍛え上げるのは、優喜でなくても気が引ける部分だろう。ましてや、今や押しも押されもせぬトップアイドルだ。いくら戦うための体だとはいえ、女性らしさを切り捨て、乳房ではなく大胸筋です、などと言う体つきにするわけにはいかない。

「だから、二人とも僕とは違って、体脂肪率は平均以下ではあるけど標準の範囲内。」

「それであれだけ強いのか。ずいぶん苦労したんだろうな。」

「最初のうちはね。フォルクも、今を乗り越えればあとは習慣になるから、それなり以上には強くなれると思うよ。」

「それなり以上、なのか……。」

「そこから先は本人次第。ただ、多分魔力量と出力では、なのは達にはどうやっても届かないと思う。」

 魔導師としては大成しないと言われたような気分になり、妙にへこむフォルク。

「まあ、魔法が使えなくても、あの二人に勝つのは無理じゃないし。」

「え?」

「知らなかったの? 僕は、魔導師資質ゼロだよ?」

「そうなのか?」

「うん。念話とかは気功でごまかして使ってるけど、魔法でしかダメージが与えられない相手、とかになったら、かなり分が悪いのは事実。」

 普通になのはやフェイトの魔法を弾いていたので、そういう種類の魔法を使えるものとばかり思っていたフォルクは、鍛えれば魔法なしでもそこまで出来る、という実例を知って気を取り直す。

「ご飯終わったら、気功戦闘の訓練をがっつり行くからね。」

「ああ。よろしく頼む。」

 そんな話をしていると、フェイトが食事の準備が終わったと呼びかけてくる。朝食に出された和食の旨さに活力を取り戻し、オーバーワーク寸前まで優喜にしごかれるフォルクであった。







「三カ月ほど経ちましたが、フォルクさんはどうですか?」

「一応予定通り、最初の一カ月で朝の訓練にはついていけるようになった。今は基礎を固めながら、いろんな相手と訓練して応用に近い部分を仕込んでるところ。」

「へえ。それでは、私が乗り込んでも……。」

「待った待った。まだ、クロノに近接戦で出し抜かれるレベルだから、シャッハさんにとっては面白味がない。」

 優喜の待ったに、心底残念そうな顔をするシャッハ。

「では、現状の詳細な説明を求めます。」

「了解。ブレイブソウル。」

「ああ。とりあえず、何人かとの実戦訓練の様子を見せよう。」

 そういって、何人かとの一対一の訓練模様を見せる。そこには、クロノに出し抜かれてバインドで固められたり、ヴィータに正面から盾ごと潰されたり、シグナムの蛇腹剣に後ろを取られたり、恭也に防御を貫かれたりしているフォルクの姿が。

「シャッハ、どうですか?」

「……普通の見習いとしては、十分トップクラスではありますが……。」

「残念ながら、普通の見習いのレベルでは無意味です。」

「ええ。せめて、クロノ執務官に接近戦で勝てるぐらいになってもらわねば。」

 地味に恐ろしいハードルを設定してくるカリムとシャッハ。クロノとて、頻度は少ないが、優喜に鍛えられている身の上だ。接近戦でも、早々新人ごときに遅れはとらない。

「とはいえ、鞭ばかりだと折れるかもしれないし、成果が見えなきゃやる気も出ないだろうから、一度こっちで、現状の確認をさせようかと思ってる。」

「そうですね。クロノやシグナムに叩きのめされているだけでは、自信をなくして辞めかねませんし。」

「そもそも、彼がこれから置かれるであろう立場を考えると、必ずしも一対一で勝てる必要もありません。」

 今はまだそれ以前ではあるが、それでも準騎士試験には合格しうるレベルには達している。さすが竜岡式、恐るべしだ。

「あと、予定の期日が来たら、最初の仕上げとして一度、なのはとやらせようと思ってる。」

「……それは、いじめと言うレベルではないと思いますが……。」

「勝てる必要はない。ただ、極限まで追い込んで、一皮むけさせたいだけ。盾を使うから、なのはが適任じゃないかって考えた。」

「そうですか、分かりました。細かい事は、こちらで手配しておきます。貴方は思うようにやってください。」

「了解。」

 着々と進んで行くフォルク改造計画。因みに、久しぶりに参加した古巣の訓練に、思わずフォルクは

「こっちの教官って、意外とやさしいんですね……。」

 などとしみじみつぶやいたという。







 古巣での訓練から一月半ほど。予定の期日まで一月半をきった時の事。

「そろそろ仕上げだから、もう一段階訓練の濃度をあげようか。」

「どんとこい!」

 夏休みに入ったため、フォルクの修行に割く時間が増えた優喜がメニューの変更を告げ、威勢のいいフォルクの反応に苦笑しながら、気功周りを一段重くする。

「こ、これは……、きついな……。」

「そりゃそうだ。今までのは、算数で言うならせいぜい掛け算割り算の勉強ぐらいのレベルだし。」

「他は……、誰がこのレベルなんだ……?」

「クロノとスバルがこのへん。はやてとギンガはもう一個上で、なのはとフェイトは微分積分ぐらいのレベルかな?」

 経歴の差とはいえ、ギンガがこれを平気でやってるという事に、本気でへこみそうになるフォルク。その様子を見て苦笑しながら、集中するように注意する優喜。これまでに培われた根性が功を奏してか、一週間ぐらいでどうにか普通に集中できるようになり、さあこれから、と言うあたりで、フォルクの体に異変が起こった。

「……。」

 修行を一段上げてから十日目の事。空腹感に任せて朝食を口に含み、美味を堪能して飲み込もうとして、自身の異変に気がつく。

「どうしたの、フォルク?」

「美味しくなかった?」

「い、いや、そんな事はないんだ。」

 うめくように答え、口の中の物を一度飲みこんだ後、口を押さえて吐き気をこらえる。その様子を見た優喜が、なのはとフェイトに軽く目配せをしてからフォルクに告げる。

「今は、無理に食べちゃ駄目だ。」

 フォルクの背中をさすりながら、諭すように言う。

「フォルク君、ちょっと横になってきた方がいいよ。」

「薬膳粥を作っておくから、起きてから食べて。」

「いや、俺の事は気にしなくていいから。それに、そんなものを作ってたら、仕事に遅れるんじゃ……。」

「お粥作るぐらい、すぐだよ。」

 そう言ってやさしく微笑んだフェイトは、置いてあったエプロンを手早く纏い、なのはと連れだって台所へ。

「とりあえず、今日の昼の予定は全部ストップ。」

「……面目ない。」

「気にする必要はない。無理をしても、なにも身につかないからね。」

 そう言って、肩を貸して時の庭園に運び込み、リニスに任せて無限書庫へ向かう優喜。庭園の自室のベッドに倒れ込むと、すぐに意識を失うフォルク。目が覚めた時には、すでに昼を回っていた。

「フェイトが用意してくれたものよ。食べられるだけでいいから、食べておきなさい。」

「すみません……。」

「気にしないの。」

 小さく微笑んで部屋を出ていくプレシアに、もう一度頭を下げる。用意された、優しい味の粥を口に運ぶと、自身の不甲斐なさに涙が出てくる。悔しさにすすり泣きしながらも、どうにか暴れる胃袋を叱りつけて粥を平らげ、もう一度眠りにつく。その日のフォルクは、ほとんど寝て過ごした。

「午前中はここまで。」

「……ありがとうございました。」

 その後一週間、フォルクは何をするにしても身が入らず、そんな自分に苛立ち、無意味に時の庭園を走り回っては苛立ちをぶつけ、その後情けなさにどん底までへこむ、と言う事を繰り返していた。集中しようにも、自分の中の何かがどうにもかみ合わず、没頭しかけると寸止めのように何かに現実に引き戻され、ひたすらフラストレーションがたまっていく一方だ。日ごとに蓄積されていく出口の無いエネルギーが体の中で暴れまわり、どんどんフォルクの心を荒ませていく。

「……俺、やっぱり駄目なのかな……?」

「どうして?」

「ちょっと修行の濃度をあげただけでこのざまだ。情けないにもほどがある……。」

「まだ、切り替えて二週間ちょっとだし、予定の期日まで一月近くあるよ。」

 優喜の言葉に、釈然としないながらも、根をあげるにはまだ早いと思いなおすフォルク。

「きついとは思うけど、もう少しだけ付き合って。」

「……分かった。」

「じゃあ、ご飯食べて休んできて。」

 その言葉に力なく頷くと、トレーニングルームを出て、食堂に向かう。新しい修業に移る前は、心の底から楽しみだった食事。だが、今ではただ義務感だけで胃袋に詰め込んでいるだけのような気がする。食べようとすると二食に一回は戻しそうになるし、食べても食べても体重は落ちる一方だし、で、最近は食事すら苦痛だ。そんな自分に心からの食事を用意してくれるなのはやフェイト、プレシアに対して、申し訳ない気持ちばかりがわき上がり、ますます心を荒ませる。

「フォルク、フォルク。」

 沈んだ顔で食堂に入ると、手のひらに乗るぐらいのサイズの、妖精のような少女が声をかけてきた。

「え? フィー? どうして?」

「調整に来たのですよ。そこでフォルクが腐ってると聞いて、心配になって見に来たのです。」

 そう言って、フォルクの肩にちょこんと座る。少女の名はリィンフォースツヴァイ・フィー。管理人格の外部バックアップユニットとして、リィンフォースをベースに作られた、夜天の書から独立して動く新たなユニゾンデバイスだ。完成し、起動に成功したのは一年近く前の事だが、経験不足に加え調整が完璧ではないため、いまだにユニゾンテストには至っていない。

 因みに、フィーと言う名前ははやてがドイツ語の妖精をもとに決めた名前だ。リィンフォースでは、姉の方が復帰した時にどちらの事かが分からなくなるし、アインス・ツヴァイではあんまりだ、ということで、皆で頭をひねって愛称を考えたのだ。なお、姉の方にも月を意味する「モナト」と言う別名は用意してあるが、本人がまだ復帰していない上に、リィンと言うとモナトの方を指すことが多いため、フィーと違って定着する気配はない。

「悪い。心配かけたみたいだな。」

「そこは気にしないでいいのですよ。フィーも出来ない事が多くて嫌になる事はあるのです。」

「フィーはしょうがないよ。まだ一歳にもなってないんだし。」

「それを言い出したら、フォルクはヴォルケンリッター見習い候補になって、まだ半年も経ってませんです。」

 フィーの台詞に、それもそうだと苦笑する。

「それに、シグナムが言っていたのですが、ヴォルケンリッターは気功みたいな新しい技は、そう簡単に習得できないらしいのですよ。」

「それは、プログラム体だから?」

「そうらしいのです。フィーも、小型デバイスだからか製造物だからか、上手く気功が出来ないのですよ。なので、八神家でははやてちゃんしか、気功を扱える人はいないのです。」

「そっか。ヴォルケンリッターはすごい、って思ってたけど、いろいろ制約があるのか。」

 フォルクの言葉に一つ頷くと、飛び上がって正面に回る。

「ヴォルケンリッターは、後は夜天の書の修理が終わるかデバイスを改造するかぐらいしか、大きなパワーアップの手段がないのです。そういう意味では、フィーもフォルクもまだまだ伸び放題。可能性の塊なのですよ。」

「可能性の……、塊……。」

「そうなのです。今できなくても、今度出来ればいいのです。フィーたちは子供なので、それが許されるのです。」

「……そうだな。そうだよな! まだたった二週間ちょっとだ。出来ないって決まった訳じゃないし、一回目で無理でも二回目で出来ればいいんだ!」

「フォルク、元気でたですか?」

「ああ。ありがとう、フィー!」

 フィーを手のひらに乗せ、優しく頭をなでてやる。気持ち良さそうに目を細めると、まだ調整があるから、とすっと飛び立って食堂を出ていく。どうやら、誰も口には出さないが、ヴォルケンリッターにまで心配をかけていたらしい。本気で不甲斐ない話だが、ここでへこんでは折角フィーが来てくれた意味がない。

 彼らの厚意を無駄にしないためにも、結果がどうであれ最後までやりとおすしかない。せいぜい折れずにやりとおして、無理かもと思ってへこんだ自分を見返してやろう。そのためには、まずせっかく用意してくれた、まだ湯気の出ている昼ご飯を美味しく楽しく頂くことからスタートだ。

 食事が終わった後、ここ数日のパターンにしたがって部屋で深い眠りにつく。この日はうなされることなく、夕方まで眠りこむのであった。






 次の日。

「はい、そこまで。」

「え? もう?」

「うん。二時間経ったよ。ちゃんと集中できてた様でなにより。」

「ああ。なんだか、世界の息吹みたいなものが感じられて、いろんなものが流れ込んできて、それが何だろうかって調べてるうちに……。」

「どうやら、ちゃんと乗り越えられたみたいだね。」

 優喜の言葉に、理解が追い付いていないという表情を見せる。

「ここしばらくの君の不調は、急激な成長に心身両面でついていけなかったからだ。だから、自分の体を作り変えて、少しでもなじもうとしてたんだ。言うなれば、この一週間ほどは、さなぎになってた時期かな。」

「それって、俺が強くなってたってこと?」

「うん。今だから言うけど、この段階に持っていくのって、普通は一年以上かけてじっくりやるんだ。今回はこっちの都合で制限時間があったから、なのは達がやったみたいな荒行をやってもらってる。だから、最初から、多分ここで一度引っ掛かると思ってたんだ。」

「予定どおりってことか?」

 どうも、優喜は最初から、フォルクがどういう状態か分かっていて放置していたようだ。今までの事から、いい加減な事をしたわけではないだろうとは思うが、理由があるならちゃんと説明してくれても良かったのではないだろうか。

「ごめんね、黙ってて。でもね、この話をするとかえって失敗するケースもあるから、下手に教えることもできなかったんだ。それに、その苦しみを自分で乗り越えられないと、自分のものにはならないから。」

「……お前も、これを乗り越えたのか?」

「僕の時はもっとひどかったかも。だって、気功習い始めてからこの階梯まで、三日で引きずりあげられたから。」

「……お前の師匠って、いったいどういう人なんだよ……。」

 あれは本気でしんどかった、などとほざく優喜にため息交じりに突っ込む。

「とりあえず、今日からはもう、普通にご飯も食べられると思うから、がっつりいってきて。」

「分かった。」

 これまでにないぐらい、腹が減っている。今ならば、どんぶり飯三杯でもいけそうだ。健康診断が終わったフェイトが用意してくれた食事を、ものすごい勢いで平らげていく。それを見ていたフェイトが目を丸くしながら

「もう体はよくなったんだ。」

 と声をかける。

「ああ。心配かけたな。」

「良かったよ。どんどんやせていくから、本気で命の方を心配したよ。」

「すまない。後、いろいろ当たり散らして悪かった。」

「気にしないで。私もなのはも覚えがあるから。」

「そっか。」

 しばらく、無言で飯をかっ込む。とにもかくにも腹が減ってたまらない。食べたはしからエネルギーに化けている気がする。

「もっと何か作ろうか?」

「頼んでいいか?」

「うん。そろそろなのはも健康診断が終わるから、二人で作ってくるよ。」

「ありがとう。」

「遠慮しないでどんどん言って。美味しく食べてくれるのが、一番うれしいから。」

 そう言ってほほ笑むフェイトを、思わず赤くなりながら見つめる。そんなフォルクに気づいた様子もなく、併設されているキッチンの方に歩いていく。はやてと言う一目ぼれの対象がいたからこれで済んだが、この様子では無意識に気を持たせている相手がいっぱいいるんだろうな、などとおかずをむさぼりながらぼんやり考える。

 それなりに付き合いが深くなれば間違えようがないことだが、なのはもフェイトも、優喜以外の男は「男」にカウントしていない。相手を何とも思っていないからこそ、特に意識することなく親切にするのだろうが、それは相手によっては非常に残酷なことだ。

 まあ、それを言い出せば、一番残酷なのは優喜なのだが。

「お待たせ。」

「たくさん食べてね。」

 思ったより早く、次の料理がたくさん出てくる。和と洋の入り混じった、だが味も見た目も栄養バランスも良い料理を次々と平らげ、公約通りどんぶり飯三杯を平らげ切る。

「旨かった、ありがとう。」

「お粗末さま。」

「フォルク君がご飯が楽しめるようになって、良かったよ。」

「本当に心配かけたな。」

「こっちが勝手に心配してただけだから。」

「それに、多分一番心配してたの、優喜だと思うし。」

 それは、さっき朝の修行が終わった時の話で感じた。苦しんでいるのが分かっていて、手を出せずに見守るしか出来ない、と言うのは相当なストレスだろう。しかも、優喜は立場上、それを表に出すわけには行かない。せいぜい、折れないように誘導するぐらいしか出来ない。

「なのは達も、あれを経験してるのか?」

「今にしておもえば、ってレベルだけど、ね。」

「丁度同じ時期に、別のトラブルで心が折れかけてたから。」

「別のトラブル?」

 怪訝な顔をして聞き返すフォルクに、あいまいに笑って答えない二人。正直、男性であるフォルクに話したいことではない。

「あ~、すまない。」

「ごめんね。」

「いや、謝られても……。」

「何の話してるの?」

 微妙な空気になった食堂に、優喜が入ってくる。

「ああ。俺がなった奴、なのは達も経験してるのかな、って。」

「ちょうどいいタイミングで骨休みせざるを得なくなったから、フォルクほどはひどくなかったとおもう。」

「それは聞いた。」

「まあ、お互い乗り越えたことだし、どうでもいいんじゃないかな?」

「そうだな。」

 そのまま、黙々と食事を続ける一同と、それを見守るフォルク。

「あ、そうそう。」

「何?」

「なのはとフォルク、来月末に試合をしてもらう予定だから。」

「おう、って、ん?」

「分かった、って……。」

「「ええ~!?」」

 優喜の爆弾発言に愕然とする二人。最終日に向けて、壁を乗り越えたフォルクは更にしごかれるのであった。







「本当に、大丈夫なのか?」

「アタシに聞くなよ……。」

「シグナム、ヴィータちゃん、フォルクはやれる子なのですよ! その言い方は失礼なのです!」

 試合当日。無理を押して予定をやりくりし、関係者全員が聖王教会本部の試合場に集合した。

「というかユーキ。あいつ、なのはに勝てるのかよ?」

「今この場でそれを聞くの?」

「聞きたくもなるっての。」

 ヴィータの台詞に小さくため息をついて、とりあえず念話で答える。

(まあ、はっきり言って、なのはがよほど調子を崩してない限り、勝ち目は無いね。)

(じゃあ、何でやらせるんだよ……。)

(極限に追い込みたかったんだよ。もともと、最後はこうする予定だったし、実際に後一押しで一皮剥けそうなところまでは仕上げられたし。)

 優喜の言葉に胡乱そうな視線を向ける。確かに、最初から見れば非常に体は締まっている。体重なんか、確実に十キロ以上落ちただろう。なのはと比較したら、普通にフォルクのほうが強そうに見える。

 だが、魔法抜きでもなのはの戦闘能力は結構高い。筋肉に頼らない打撃の入れ方を練習していることもあり、腕力がへなちょこでも、結構な威力の攻撃を出してくる。いかな優喜といえど、半年でその領域までフォルクを鍛えられたとは思えない。

「クロノとユーノも来てたんだ。」

「さすがに心配でな。」

「ついでもあったし、僕が教えたシールド魔法がどこまで通じるかも見たかったし。」

 約一月前のフォルクの状態を知っているだけに、二人ともなのはとぶつけるのは不安があったらしい。ユーノは防御魔法の先生もしているから余計だ。

「なのは。」

「なに?」

(手加減はともかく、手は抜いちゃ駄目だよ。)

(うん。分かってるよ。ユニゾンなしだったら、多分丁度いい加減になると思う。)

(あと、必ず一回はスターライトブレイカーを使って。)

(え!?)

(威力は……、そうだね。嘱託魔導師試験で使ったぐらい。)

 現状でしかもユニゾンしても、バスターで出すには厳しい威力だ。カートリッジが必然的に封印される今回の試合では、どうあがいても不可能な威力である。

(レイジングハートに加減を任せれば、うまくやってくれるかな?)

(多分、私が普通にやったら、威力過剰になると思う。)

(まあ、少々過剰でも大丈夫だけど、デバイスなしで使える上限は絶対超えないでね。)

(気をつける。)

 裏でこそこそ打ち合わせを済ませ、戦闘開始を宣言する。試合開始と同時に分厚い弾幕を張り、即座に空に上がるなのは。距離をとられる不利を理解しつつも、すべての弾幕を正面で捕らえるように動くフォルク。

「行くよ! ディバインバスター!」

 まずは小手調べ。即座に撃てる最大出力で、正面から砲撃を叩き込む。本来はかするだけでも致命的な被害を受ける威力だが、タワーシールドのデバイスは伊達ではない。真正面から受け止め、押し返す。

「シールドレイ!!」

 バスターを受け止めきり、そのままの姿勢で盾と同じサイズの砲撃を打ち返す。すっと射線から身をずらすなのは。さすがに砲撃を曲げるような器用な真似は出来ないため、そのまま不発だ。

「まだまだ行くよ! ディバインバレット! ディバインシューター!!」

 もう一度、濃厚な弾幕が張られる。それを盾と剣を駆使して受け止め、弾き、切り払いながらじりじりとなのはとの距離をつめていく。牽制程度に散発的に射撃を撃ち出すが、元々資質的に向いているとは言えない上、フォルク自身の出力が知れているため、当たったところでジャケットを抜ける気すらしないし、実際、なのはは歯牙にもかけていない。距離を詰めてはバスターで押し返され、と言う事を続けていくうちに、完全に状況が膠着する。

(この威力なら……、いけるか!!)

 もう一度弾幕の威力を確認し、一つ腹を決める。互いに膠着状態が続いているが、手札も経験もなのはの方が豊富だ。このままではじり貧だし、そろそろ距離を離すためではなく、仕留めるための砲撃を撃ってくる可能性が高い。

「ワイドシールド!」

 シールド魔法を展開し、この後のために備える。何かを察したのか、なのはが弾幕を殺到させ、バスターの発射姿勢に入るが……。

「遅い!!」

 こともあろうに、フォルクは左手の盾を投げつけた。まだ成熟しきっていないとはいえ、人の体の肩から足首までをカバーする巨大な盾だ。ただまっすぐ飛ぶだけでも、射線上の弾幕の大半は蹴散らされる。

「ディバインバスター!」

 迎撃のために、フォルクに向けた射線を盾のほうにずらし、一切加減なしでぶっ放すなのは。だが、巨大な盾は悠々と砲撃を切り裂き、なのはに迫る。

「わわっ!?」

 とっさに進行方向から逃げ、もう一度デバイスを構えなおすが……。

「あう!!」

 急に進路を変えたタワーシールドは、勢いを落とさず容赦なくなのはを打ち据える。そのままもう一度なのはに直撃した盾は、悠々とフォルクの手元に戻っていく。自動防御こそ間に合ったようだが、ノーダメージとは行かなかったらしい。バリアジャケットに、僅かながら損傷が見られる。

「誘導弾とは恐れ入ったな……。」

「まったく、無茶する奴だ……。」

 あまりの光景に、思わずボソッと突っ込むシグナムとザフィーラ。慎重に被弾ダメージを確認していたのは分かるが、それでも要となる盾を投げつけるとは、正気の沙汰とは思えない。いくら投げてから一秒程度で戻ってくるとは言え、防御力はガタ落ちするのだ。

「……ごめん、フォルク君。私、どこかで甘く見てた。」

「甘く見たままでもいいぞ。」

「そうは行かないよ。ここから先は、様子見なしで行くよ!」

 そう宣言すると、ノータイムで更に濃厚な弾幕を張り、五発のバスターをチャージする。

「アイギス! ブレイカーフォーム!」

 すべてを盾で防ぎきることは出来ない。即座にそう判断したフォルクが、デバイスのフォームを切り替える。動き回ってバスターの曲がる回数を無駄遣いさせ、四発をどうにか盾の正面に誘導、残り一発に姿を変えた剣の背をたたきつける。

 ソードブレイカーと呼ばれる、相手の剣をへし折ることを目的とした武器に姿を変えた片手剣が、その背の櫛状に並んだ鉤爪のようなスリットで、正面から砲撃をくわえ込む。そのまま、直撃コースをたどっていたディバインバスターを、力任せにへし折り、明後日の方向に捻じ曲げる。

「カートリッジ・ロード! リフレクトシールド!」

 ほぼ同時にカートリッジを撃発し、正面で受け止めた四発を、そのままなのはに向けて反射する。

「バースト!」

 何かやってくることは予測していたらしい。反射された直後に爆発させて、少しでもダメージを稼ごうとするなのは。だが、盾を構えているフォルクに、正面から衝撃を加えたところでそうそうダメージにはならない。

「そう簡単に食らうと思うな!」

「最初から、当たるとは思ってないよ!」

 そのなのはの言葉と同時に、背後から砲撃が直撃する。

「がは!」

 持っていかれそうになる意識をどうにか踏ん張ってつなぎとめ、どうにか盾を構えなおす。振り返らずに気配を探ると、背後に魔力の塊を探知。どうやら弾幕にまぎれて、遠隔操作型の砲撃用スフィアを配置していたらしい。

「やっぱり、優喜君に鍛えられてるだけあって、タフだよね。」

 本命をチャージしながらしみじみつぶやくなのは。だが、それに答えを返す余裕はフォルクにはない。荒い息のまま、なのはを睨みつけるのが精いっぱいだ。さすがに本体からじかに撃つ場合と比べて威力は落ちるが、それでもスフィアからの砲撃は、普通なら撃墜されていてもおかしくない威力だ。自動防御が間にあったとはいえ、決して魔力容量が大きいとは言えないフォルクが無防備に食らって、ただで済む一撃ではない。

「次は小細工なしで大技行くから、止めて見せて!」

 なのはの宣言に、ふらつく頭に喝を入れて足を踏ん張る。彼女の大技と言えば一つしかない。ディバインバスターですら、アイギスの性能がなければ何発も止められなかっただろう。その上をいくあの魔法となると、中途半端に耐えようとしても無駄だ。

「アイギス、フルドライブ!」

 フォルクの掛け声と同時に、タワーシールドが一回り大きなラウンドシールドに変形する。シェルターフォームと名付けられた、攻防一体の究極の盾だ。

「カートリッジ、フルロード!」

 ありったけのカートリッジを撃発し、使いうるありとあらゆる防御手段を重ねていく。

(これじゃ駄目だ! 足りない!)

 なのはがチャージする砲撃を見て、単純に重ねるだけでは無駄だと判断、頭を限界まで回転させる。

「行くよ! スターライトブレイカー!」

 組み換えが終わる前に、なのはからスターライトブレイカーが飛んでくる。いつぞやテレビで見たそれとは違い、試合用に加減されているのかずいぶんささやかな威力だが、それでも直撃させれば、Aランク以上の魔導師一個大隊をふっ飛ばしてお釣りがくる威力だ。それが迫ってくるに至って、フォルクの中で何かが切り替わった。

 極限状態に入ったためか、それまでに比べて非常にゆっくり迫ってくる砲撃を前に、いくつもの防御魔法を必死になって編み上げる。硬気功をベースに足りないところを補い、増幅し合うように組み上げられて行く防御魔法。一つ一つは大したことの無い、資質さえあれば誰でもできる類の魔法が、絡み合い、重なり合うごとに飛躍的に防御力をあげていく。やっている事は同じでも、それは最初の何も考えずにただ重ね張りをしただけの防御魔法とは全く別物に進化していた。

「アート! オブ! ディフェンス!!」

 フルドライブ中にしか実現できないであろうその魔法を、即興でそう名付けて起動トリガーとし、着弾寸前で発動。正面からスターライトブレイカーを受け止める。傍目には泥くさい攻防だが、実際に起こっているのは防御の芸術の名に恥じぬ、芸術的なそれである。

 威力こそずいぶん抑えられているが、なのはがレイジングハートと二人三脚で作り上げ、磨き上げた、個人で撃てるものとしてはもはや究極と言ってもいい砲撃。その砲撃を二桁を超える防御魔法が受け止め、逸らし、削り取り、じわじわとすり減らしていく。わずか数秒の攻防の後、防御魔法が相手を全て食い尽くした。

 この瞬間、フォルクはついに、スターライトブレイカーを正面から受け止めた初の魔導師系戦力となった。加減したものはいえど、この偉業は結局なのはの存命中は他に誰一人達成できず、唯一無二の男として歴史に名を残すことになる。

「嘘!? 本当に止められちゃった!」

「ちょっと待て! いくら複合発動とはいっても、使ってた魔法のほとんどは普通のやつだぞ!?」

「まさか、僕が教えた魔法であれを止めるなんて!!」

 さすがに止めるのが精いっぱいで、肩で息をしながらなのはを睨みつける事しかできないフォルク。正直なところ、この後戦闘を続ければ、確実になのはが勝つ。今のでフォルクはすでに限界だ。それに比べて、なのはの方はまだまだ余力がある。

 だが、現実的な話、いくら加減したとはいえ、なのはの最強の一撃を受け止めたのだ。評価という点ではフォルクの勝ちであろう。撃ったなのはも大きなショックを受けているが、むしろ周囲の人間の方が衝撃が大きい。言ってしまえば、フルドライブを展開している最中は、正面からはほとんどの攻撃が通用しないということになる。限定的とはいえ、優喜がもう一人増えたようなものだ。

「うおおおおおお!!」

 スターライトブレイカーの効果が終わってから数秒後、突然雄叫びをあげ、右手の剣を盾に突き刺して、なのはに突っ込んで行くフォルク。もはや動く体力は残っていないと思っていた周囲の驚きをよそに、ある程度予想していたらしいなのはが、泣き笑いのような表情で、レイジングハートの構えを変える。

「まだだ! まだ終わってないぞ、高町なのは!!」

「うん。分かってたよ。ここまでやって、あれで終わるはずがないって。」

 スターライトブレイカーのクールタイムが終わっていないため、迎撃のための砲撃は使えない。今回は非常に低威力で撃っているため、トータルでせいぜい十秒はかからないぐらいだが、さすがにフォルクの攻撃の方が早い。飛び上がりながら鎖に変形した右手の剣を大きく振りかぶり、鎖で繋がれた盾を、円盤として叩きつける。

 飛んできた盾をラウンドシールドではじき、一呼吸でフォルクの懐に飛び込むなのは。よもや、なのはの側から近づいてくるとは予想しておらず、完全に虚を突かれて密着を許すフォルク。

「ごめんね、フォルク君。」

 その言葉とともに、レイジングハートの柄でフォルクの胸元を軽く突く。普通なら鎧に阻まれる程度の衝撃が中までとどき……。

「……気脈崩しか!」

 疲労以外の理由で言う事を聞かなくなった手足に、受けた攻撃の正体を悟る。もはやどうにもならない。そう悟ったところで気力がつき、意識を手放す。飛行状態を維持できず墜落しそうになったフォルクを、誰かが優しく受け止めた。







 闇の中から意識が浮上する。後頭部に柔らかく温かい感触を感じ、なんとなくまずい気がして目をあける。

「……目、覚めた?」

「あれ? 王はやて?」

 目を開いてすぐに、自身が恋い焦がれる女性の顔が飛び込んでくる。

「その仰々しい呼び方はやめって何べん言うた? ええ機会やから、これからはやてって呼び捨てて。」

「あ、すみません。」

「あと、これも前から言うてるけど、敬語禁止。これから長い付き合いになるんやから、堅苦しいんはあかんで。」

 これから長い付き合いに? と、疑問に思ったところで、自分がとんでもない姿勢で横になっている事に気がつく。フォルクは、はやてに膝枕されていた。

「す、すみません!!」

 体を起こそうとして、首から上以外、全く言う事を聞かない事実に気がつく。

「まだ気脈崩しが抜けてないから、多分動かれへんと思うで。」

「フォルク君、無理しすぎてたみたいで、思ったより深く入っちゃったみたいなの。ごめんね。」

「そっか。そういえば、最後になのはに貰ってたな……。」

 ようやく、意識を失う直前の事を思い出す。予想はしていたが、完敗だった。手加減をしていたなのはにすら、手も足も出なかったに等しい。

「完敗、か……。」

「そうでもあらへんで。」

「え?」

「スターライトブレイカー止めたんなんか、今まで優喜君以外一人もおらへん。切り札切って倒しきれへんかった時点で、本来やったらなのはちゃんの負けや。」

 はやての言葉に、釈然としないという顔をするフォルク。その様子に苦笑しながら、言葉をつづけるはやて。

「そもそもな、フォル君は基本的に誰かと一緒に行動するんやで。相手の大技つぶした時点で、他の事はチーム組んでる誰かに任せて問題あらへん。」

「……もし、一人で戦うことになったら?」

「なのはちゃんみたいな特殊例とぶつかったら、まず逃げること考え。撤退上手も騎士の資質や。」

「……それでいいのか……。」

 納得したようなしていないような、と言う感じのフォルクに小さく微笑みを向け、この半年の結論を告げる。

「まあ、そういうわけやから、フォル君は今日からフィーと一緒にヴォルケンリッター見習いや。これから忙しくなるで。」

「一緒に頑張るのです、フォルク!」

「本当に? 本当に俺でいいの?」

「もちろんや。嫌や言うても連れて行くつもりやで。」

 はやての言葉に、どういう表情をしていいのか分からないという感じに笑うフォルク。それを見て、少し意地の悪い顔をしながら最後の言葉を告げる。

「とりあえず、まずは日本で生活するために中学生ぐらいの学力をつけるところからスタートや。それに、上級キャリアの補佐官試験にも合格してもらわなあかんし、ヴォルケンリッターの前衛として合格出すには、攻撃周りをもっと鍛えてもらわなあかん。それにな。」

「それに?」

「私が口説き落とされてもかまへん、思うぐらいええ男になってもらわなな。そうでないと、そういう関係にならへんとしても、胸張って連れて歩かれへんしな。」

「え? ええ!?」

 やけにうぶな反応を返すフォルクに、笑いが広がる。こうして、本人にとっては紆余曲折あったものの、無事に予定どおりにヴォルケンリッターの見習いが一人増えたのであった。







おまけ(リィン姉と見習いの初対面)



 フィーが起動してから最初の、リィンフォースのアウトフレーム展開の日。

「リィン。」

「主はやて……、会いたかった……。」

「リィンは寂しがり屋さんやね。優喜君らもおるやん。」

「主はやては、特別だから……。」

「そっか。」

 こういう形では月に一度しか会えないリィンフォースは、起動するたびにはやてに甘える。見た目は明らかにリィンフォースの方が年上なのに、まるではやてが母親のようだ。

「そうそう。ヴォルケンリッターに見習いが増えたんよ。リィンに紹介するわ。」

 そう言って、柱の陰に隠れていたフィーを呼ぶ。呼ばれてすごい勢いで飛び出してくるフィーを見て、愕然とした表情を見せるリィンフォース。

「紹介するわ。リィン、自分の妹でリィンフォースツヴァイ・フィー。みんなフィーって呼んでるから、リィンもそう呼んだって。」

「はじめましてです、お姉さま!」

 そう言って情熱的にハグされに胸元に飛び込んでくフィー。だが、なにがしかのショックを受けているらしいリィンは、彼女の行動に反応を示さず、涙目になってはやての方を見る。

「主はやて……。」

「どうしたん?」

「私……、お払い箱……?」

「なんでそうなるねん!!」

 はやての激しい突っ込みにびくりとしながら、無表情のままおどおどと考えた事を告げる。

「だって……、この子がいれば私がいなくても問題ない……。」

「いやいやいや!」

「お姉さま! フィーでは夜天の書の管理は出来ないのですよ!」

「そうやで! そもそもフィーは自分に何かあった時の外部バックアップが仕事や。夜天の書にもぐりこむ事は出来ても、接続できるようにはなってへんねん。」

 そう言って、予想外の反応にため息をつくと、さらに言葉を続ける。

「第一、この子はまだ生まれたばっかで経験が全然足りへん。私らには、やっぱりリィンが必要やで。」

「そう……。」

「安心した?」

「うん……。」

 こうして、その場は落ち着いたリィンフォースだが、フォルクを紹介した時に

「やっぱり……、私、お払い箱……?」

「フォル君は根本的にポジションも種族も経験内容も全くかぶらへんやん!!」

 と、同じやり取りを繰り返すことになるのであった。




 一本の話に膨らませられなかった、リィンフォース姉妹の初対面。多分リィン姉はずっとこんな感じにネガティブなんだろうと思う。
 余談ながら、「アート! オブ! ディフェンス!!」の台詞だけ、何故か脳内で檜山ボイスで再生されました。何故だ?



[18616] 第7話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/06/11 17:58
「ユーノ君、アリサちゃん。」

「あれ? なのは、フェイト?」

「珍しいわね。アンタ達が無限書庫に来るなんて。」

 みんなそろって中学に上がった後のある日の事。珍しい事に、なのはとフェイトが無限書庫に顔を出した。彼女達の名誉のために言っておくと、なのはもフェイトも本を読まないわけではない。むしろ立場上、人一倍教養には気を使っているため、最近では速読法も身につけ、美由希もかくやというレベルで本を読んでいる。

 ただ、とにもかくにも忙しい身の上であり、なかなか直接無限書庫に顔を出すには至らない。ここの資料や書物もよく利用してはいるのだが、大抵急ぎと言うわけではない事もあり、大体がアルフやリニス、優喜、あるいは最近手伝いによく顔を出すアリサを経由してのやり取りになりがちだ。ユーノとも通信ではそれなりに話すが、忙しそうなので遠慮して、あまり資料請求とかはしない。

「ちょっと資料を探さなきゃいけなくて。」

「忙しいところ申し訳ないんだけど、お願いしていいかな?」

「いいよ。何を探してるの?」

「私は第八管理世界の気候・天候と土壌の資料。母さんに渡して、向いてる作物を教えてもらうんだ。」

「私は教導用に、過去のデータをいろいろ当たろうかと思って。」

「了解。すぐ用意する。」

 なのは達の発注を受け、十数秒で目的の資料を引っ張り出す。

「しかし、なのはが教導ねえ。」

 なのはと教導と言う組み合わせに、妙にしみじみと呟くアリサ。フェイトが執務官資格を取った関係で、なのはも何か一つ上級資格を、という話が出て、とりあえず一番性にあいそうな教導官資格を取ったのが半年ほど前の事。ちょうど、フォルクと試合をした後ぐらいである。その後、広報部に新人を入れることになりそうだと言うことで、予行演習として本局武装隊のほうに三日ほど教導官として出向くことになったのだ。

「おかしいかな?」

「性格的には、向いてるんじゃない? ただ、テストの度に、分からないところを優喜に泣きついて教わってるから、いまいち教える姿が想像できないのよ。」

「うっ……。」

 アリサの厳しい指摘にひるむなのは。そんな様子に苦笑しながら、ユーノが掘り当てた資料をコピーし、二人のデバイスにデータ転送するアリサ。終わった後に初めて掘り出した資料にタグをつけて、どこに返すかを指定する。

「アリサ、手慣れてるね。」

「別に、難しい作業じゃないでしょ、こんなの。フェイトだって、前は手伝ってたじゃない。」

「でも、アリサが手伝ってくれると、掘り出した資料の整理がものすごく速く進むから助かるよ。」

「根本的に、人が足りなさすぎるのよ。あたしがやってる作業なんて、一人普通の人を張りつかせれば問題ない内容よ?」

 アリサのもっともな言い分に、苦笑が漏れるユーノ。ユーノのおかげでようやく価値が浸透してきた無限書庫だが、人員の増強はなかなか進んでいない。半期に一人二人と言う感じで少しは増えているのだが、時折来る殺人的な資料請求に追いつくほどではない。

「そういえば、なんだか難しい顔をしてたけど、どうしたの?」

「ああ。今手が空いてるから、優喜が帰る方法を探してたんだけど……。」

「ちょっと判断に困る資料が出てきたのよ。」

 優喜が帰る方法、と聞いて、少し顔を曇らせるなのはとフェイト。正直、帰ってほしくはないが、それを言いだすのが酷だということも分かっている。一見馴染んだように見えて、裏で帰るためにいろいろ努力をしている事ぐらいは、なのは達も知っている。

 居心地がどう、と言うことではない。最終的にどうするにしても、けじめのために一度は向こうに戻らなければならない、と言うのが優喜の考えだ。義理堅い彼の事だ。何年たとうと、諦める事はしないだろう。

「どんな資料なの?」

 横道にそれた思考を軌道修正し、とりあえず内容を確認するなのは。

「高度な時空系の研究が進んでた文明の記述よ。ただね……。」

「その記述があった遺跡、とっくに発掘調査が終わって、枯れてるはずなんだよ。」

 二人の説明に、なるほどと言う顔をする。確かに判断が難しい話だ。地球でも、発掘が完全に終わって新発見などないと思われた遺跡から、思わぬものが見つかったりする。そのため、もはや隅々まで調べられているような遺跡や遺構を、ずっと研究し続ける考古学者も少なくない。

「再度発掘調査をするかどうか、判断が難しい、と。」

「そういう事。お金も時間もかかるから、もう少し確証をつかんでからでないと動きにくいし。」

「アリサちゃんはどう思ってるの?」

「あたしはなんとなく、これは当たりかもしれない、とは思ってるわ。」

 アリサの言葉に驚くなのはとフェイト。アリサは学問は天才の範囲に入る人材だが、別に考古学の専門家ではない。しかも、ミッドチルダのそれとなると、基本的に素人そのものだ。

「アリサ、自信はあるの?」

「五分五分より少し上、ってところね。別に根拠があるわけじゃないし。」

「アリサちゃんでも、そういう勘みたいなもので判断することがあるんだ。」

「当然よ。必要な情報無しで判断しなきゃいけない事なんて、いくらでもあるでしょ?」

 アリサのもっともな言い分に、ちょっと気圧されて頷くなのは。そんななのはの様子を微笑みながら見守るユーノとフェイト。

「それで、その遺跡ってどこにあるの?」

「第八管理世界だね。だから、フェイトの資料請求ってすごい偶然だな、って思って。」

「……フェイトの資料請求とかぶったってところで、何かあるんじゃないかってあたしの勘に信憑性が出てきた気がするわね。」

「あ、あははははは。」

 アリサの寸評に乾いた笑いをあげるフェイト。フェイトが関わると、どうにも平穏無事にすまない傾向がある。良くも悪くも当りを引く確率が高く、引いた当りが偉く迷惑なケースが多い。悪運か人徳か、大抵は最良に近い終わり方をするが、そこに至るまでの過程がやたらひどい目にあうのだ。

「で、フェイトはどの地域の支援をするの?」

「えっとね、北大陸のベルカ自治区。最近の内戦で、一番被害が大きかったところだから。」

「……うわあ……。」

「……何かあるのが、確定したわね……。」

「……だね……。」

 二人の反応に、思わず顔を見合わせるなのはとフェイト。

「もしかして。」

「その遺跡があるのって。」

「うん。ベルカ自治区の端から北東に百五十キロほど離れた、大陸中央に程近い山の中。基本的に誰も済んでない場所だし、空爆の被害は出てないと思う。」

 第八世界の内戦と言うのは、複数の部族が対立しあい、お互いに引くに引けなくなって戦争に踏み切ってしまったというありがちなものだ。価値の低い荒野に陣取っているベルカ自治区は、基本的に自身の暮らしを維持するのが精いっぱいなこともあって非干渉を貫いていたが、受け入れ拒否をしたにもかかわらず、劣勢になった部族のトップが強制的に逃げ込み、巻き添えを食う形で空爆を受けてしまったのだ。

 さすがに見過ごせなかった聖王教会が、管理局の許可を取って自衛のために介入、圧倒的な魔導師戦力で逃げ込んだ人間を叩きだし、それでも空爆を続けようとする連中を力ずくで制圧したのだが、大量の死者・行方不明者が出て、いまだに地域の立て直しは済んでいない。

「だったら、私の用事が終わったら、いっしょに調べに行く?」

「フェイト、アンタ忙しいんじゃないの?」

「大丈夫だよ。三日ぐらいは休みを取る予定だから。ね、なのは。」

「うん。イメージアップにつながるからって、こういう休みは取りやすいんだ。」

 身も蓋もない管理局の方針に、どうにもコメントできずに苦笑するユーノとアリサ。因みに、なのははフェイトがピンの番組に出ている時は教導をしている事が多いが、フェイトはなのはが単独で活動している時は、こういうチャリティ的な事をしている事が多い。これは二人の職質が絡む問題なので、どっちがいいとは一概に言えない。

「それじゃあ、その話はいつになるのかしら?」

「えっと、まずは作物の選定からだから、二週間ぐらいかな?」

「さすがに、それはこっちの準備が間に合わないね。」

「あ、別にいつって決まってる訳じゃないから、作物の選定が終わったらいつでも行けるよ。」

「了解。じゃあ、夏休みぐらいに合わせましょうか。」

「そうだね。いちいち行って帰ってきてを繰り返すの、結構面倒だしね。」

 今回の孤児院向けの農業指導については、元々結構大規模にやる予定だったのだ。なので、最初から学校の連休に合わせて、泊りがけで行く予定だった。夏休みなら何の問題もない。

「じゃあ、予定が出来たら、早めに連絡お願い。」

「分かってるわ。すずかにも声かけとくから。」

 そういって、ざっと予定を決める一同。この遺跡調査がある種のターニングポイントになるのだが、この時の彼女達は知る由もなかった。







「さてと、そろそろ話してもらおうかしら?」

「しらばっくれても無駄だからね、優喜君。」

 なのは達が無限書庫で調べ物をしている最中の事。優喜はプレシアと忍に呼び出され、時の庭園に来ていた。

「しらばっくれるって何を?」

「分かってるんでしょ?」

「いい加減、体が子供だから、でごまかせるとは思わない事ね。」

 ずいっと迫る二人に、さすがにひるむ優喜。そこに、ブレイブソウルが追い打ちをかける。

「友よ、君の生殖機能に問題がない事ぐらいは、とっくに分かっていることだ。さらに言うと、耽美系の趣味がない事も。」

「……ちょっと待て。何故にブレイブソウルがそんなデータを持ってる!?」

「言ったはずだ。私は友の身長体重スリーサイズに体脂肪率からナニの大きさまで、全て把握していると。声質はほとんど変わっていないが、すでに声変わりが始まっている事もな。」

 優喜の声は、前の体の時もあまり声変わりしなかった。普通に聞いている分には、男女どちらにも聞こえてしまう。これが余計に女扱いされやすくしているのだが、ここでは関係ない話だ。

「成長期の体はいろいろ不安定だ。ゆえに魔女殿の要請もあって、友の体については可能な限り逐一データを取っている。なのは達のデータも、別段趣味で集めているわけではないぞ?」

「僕のはともかく、なのは達のまでなんで君が取るのさ?」

「分かっていないな。君がもたらした未知の技能の影響を調べるために、多角的かつ多面的にデータを収集、判断する必要があるからに決まっているだろう?」

 相変わらず、無駄に口が達者な変態デバイス。九割がたは趣味でやっているにに決まっているのに、言っていること自体は正論なのが腹立たしい。

「話が逸れたが、友よ。君のその性欲の無さが、現時点で一番大きな問題なのだ。それ以外で懸念されていることなど、せいぜいなのはの第二次性徴がほとんど始まっていない事と、気功を早期に学んだなのはとフェイトが、そろって初潮がまだである事ぐらいだ。」

「あのね、ブレイブソウル。とりあえず、女性型のくせにデリカシーって単語を投げ捨てるのは、どうかと思うよ。」

 なのはとフェイトの余計な情報を漏らしたブレイブソウルに、苦い顔で釘をさす優喜。ついに恭也が結婚して月村家に行ってしまったため、男は士郎と優喜しかいない。それゆえに、デリカシーというものに人一倍注意する必要があるのだ。

「これからする話で、デリカシーなどと言うものを気にして話せるものなど一つもないさ。」

「威張られても困るんだけど。」

「気にするな。さて、話をもどすが、君の生殖機能に問題がないのはすでに確認済みだ。ちゃんと精通も始まっているし、勃起障害と言うわけでもない。」

「それをどうやって確認したのさ。」

「悪いとは思ったが、友の眠りが妙に深くて無防備な時に、ばれないように神経系統を乗っ取って強制的に勃起・射精させた。無論、影響が出ないように後始末も済ませた。私が話すまで気がつかなかったのが、その証拠だ。」

「もうやだ、この最低デバイス……。」

 さすがに、勝手にやったこと自体は心底申し訳ないと思っているらしい。優喜のぼやきに、すまない、と一言謝る。

「まあ、ブレイブソウルが趣味だの好奇心だのネタだのでそういう真似をしたわけじゃない事ぐらいは、ここまでの流れで分かってる。ただ、何のためにそこまで最低な事をしたんだ?」

「大人達がずいぶんと気にしていてな。そちらの二人など、機能がないのであれば、そっちの治療を考えねばならない、とえらく先走った事をほざいていた。」

 ブレイブソウルの台詞に、思わずジト目でプレシアと忍を見る優喜。その視線から逃げるように、明後日の方向を向いて鼻歌なんぞをハモらせる二人。

「結果的に、その最悪の事態は避けられた訳だが、そうなると今度は、あまりにも不自然なほどの性欲の無さが、余計異常にうつる。何しろ、本来なら女体に興味を持ってしかるべき時期だが、幼女から熟女まで、巨乳にも洗濯板にもその中間にも、トンと興味を示さない。一度など、忍が露骨に胸の谷間を強調して攻めたが、目をそらすとか見ないようにするとかではなく、自然にスルーしていたではないか。」

「人の彼女に興味持ってどうすんのさ。」

「そういう次元の問題ではない。余程筋金入りでなければ、好みがどうとかそういうのとは別次元で、正面からあそこまでされて無反応と言うのは無理だ。それが男のサガと言うものだ。」

「何で、女性型のデバイスにそれを力説されてるんだろう……。」

 優喜のもっともな疑問に、思わず噴き出すプレシアと忍。とりあえず問い詰めるのはブレイブソウルに丸投げする事に決めたらしく、えらく余裕を見せている。

「とりあえず、そういう細かい事は気にするな。で、だ。話を戻すと、忍の乳に興味を示さないとなると、次は幼女か洗濯板系の女性にしか興味がないケースになるが、どちらもこれまでの経緯から、明確に否定されている。那美のドジに巻き込まれて、嬉し恥ずかしいドキドキイベントに遭遇しても、友はその手の反応を一切示さなかった。そして、幼女が対象外なのは、これまでのなのは達との接し方で明確になっている。」

 まるで論文でも発表するかのように、いちいち優喜の性癖を暴露していくブレイブソウル。これまでの持ち主は、こいつとどういう風に接していたのだろう?

「さらに、男色家でもないのは言うまでもない。男に告白された時のおぞましそうな視線と絶対零度もかくやと言う冷たい態度で、ツンデレを疑うほどおめでたい脳みそをしているつもりはないからな。」

「で、結論は?」

「友よ。こちらに来る前に、何か恋愛や性的な問題とは直接関係ない事柄で、心身に致命的なダメージを受ける羽目になった事はないか?」

 ブレイブソウルの打って変わった鋭い質問に、心の中で舌打ちする。いかに変態といえども、伊達に長く人間性を維持して存在しているわけではない、と言うことか。

「何故そう思った?」

「恋愛がらみでダメージを受けたのなら、いかに精神が大人でも、他人の恋愛に一切否定的な感情を見せない、と言うのは不自然だ。性的な問題で性欲を失ったというのであれば、クラスメイト達のエロ本談議をもっと軽蔑してもおかしくない。だが、どちらもそういうものだと肯定し、悪いことではないと思っていることが私にも伝わってくる以上、一般的なPTSDが原因ではないのは間違いない。」

「乗り越えただけかもしれないけど?」

「友が強靭な精神を持っている事は否定しないが、PTSDが残るような被害を受けて、他人の恋愛や性欲を全部受け入れる事が出来ると思うほど、二十歳やそこらの若造の精神を評価してはいないのでね。」

「道理だ。」

 反論の糸口を見つけられず、仕方なしに苦笑しながら同意したところで、丸投げしていたプレシアが口をはさむ。

「因みにここまでは、貴方が関わりを持つ大人、全員の一致した意見よ。それで、ここからは私と忍、それからブレイブソウル、後士郎さんもだったかしら? その辺の、かかわりが深い人間が持っている危惧なのだけどね。」

 そこで一つ言葉を区切り、深呼吸をして気合を入れて、最も聞きたい事をえぐりこむ。

「私たちはね。貴方の性欲がらみ、そのままにしておくと破滅に向かうしかないのではないか、と思っているのよ。」

「かつて、管理人格の起動のために古代龍を仕留めた時、友が話していた切り札の事。あれの代償が関わっているのではないか、と踏んでいるのだが、そこのところを詳しく頼む。」

 恐ろしく鋭い考察に、誤魔化しきれない事を悟った優喜は、一つ、とても深いため息をつくと、降参と言う表情で口を開いた。

「半分あたりで半分はずれってところ。確かに、うちの武術の秘伝、その代償に絡む事なんだけど、別に普通に撃ったからって言って、性欲が無くなって行く訳じゃない。」

「じゃあ、何をやらかしたの? お姉さんにそこのところ、正確に話してちょうだい。」

「前に話したかな? うちの流派の秘伝は、人間の限界まで体を鍛えて、二十四時間以内に二発が限界なんだ。それ以上を撃つと、多分三発目で三日、四発目で半年ぐらいは絶対安静になる。五発目は良くて廃人、悪ければ反動で即死する。」

「それで?」

「一つだけ裏技があって、代償を別の物に挿げ替えることで、裏技が発動している時間内は、何発撃っても死ななくなる。」

 代償を挿げ替える、という言葉に、非常に嫌な予感がひしひしとする。

「その裏技、具体的には?」

「生き物の器を捨てて、現象にまで存在を落としこんで、竜岡優喜という現象が発生した結果、どの技が何発発動した、という形にするんだ。」

「そうするとどうなるの?」

「生き物らしさと引き換えに、全ての技のコストや反動がチャラになる。現象なんだから、決まった結果しか起こらないって理屈でね。」

 生き物らしさ、という言葉にいろいろとぞっとする。厄介な事に、全てつながってしまった。

「つまり、優喜はその秘伝とやらを三発以上撃つために、生殖本能を代償に、自分を現象に落とし込んだ事がある、ということかしら?」

「そういう事。因みに、何がすり減るかは、やってみるまで分からない。基本的には一番弱い生き物らしさがすり減るから、同じ事をやった同期は、代償が恐怖心だったり性別意識だったり、ばらばらだった。」

 嫌な予感がすべて的中してしまった。思いすごしである事を祈りながら、忍が駄目押しで質問を重ねる。

「それを何度も続けると、どうなるの?」

「最終的に、現象から戻れなくなる。当然、やればやるほどすり減るのも早くなっていくよ。」

「因みに、どれぐらいの時間で、貴方はそうなったの?」

「十秒を二回。」

 あまりのコストの重さに絶句する。しかも、二回と言う事は、それをしなければいけない状況に、二度も遭遇している事になる。フェイトも大概引きが悪いが、優喜の場合は人の縁と引き換えに、そういう部分で致命的な不運を背負っているのかもしれない。

「最後に一つ。」

「何?」

「それ、治せるのかしら?」

 プレシアの質問に、少し考え込んで慎重に答える。

「可能性はない訳じゃないらしい。師匠は、失った欲求を奮い起こせさえすれば、少しずつ回復するとは言ってた。結局本能ってやつは、別に奥の手ですり減らさなくても、使わなければ摩耗して無くなって行くらしいし、逆にかなり摩耗してても、使って行けば回復してくるみたいだし。」」

「なるほど、分かったわ。」

「……なんか、その目は明らかにひどい事を考えてる目のような気がするんだけど。」

「あきらめなさい。貴方だって、現象になりたい訳じゃないんでしょう?」

「そうそう、奥の手を使う羽目にはならないと思うけど……。」

「備えってものは、しなくなった途端に必要になるものよ。それに、性欲が戻って困る人間もいないのだし、ね。」

 どうにも、どう説得しても聞き入れてもらえそうにない。あきらめて、治療方法を聞く事にする。

「それで、結局何をどうするの?」

「一応もう一度確認しておくけど、生殖器周りの機能はちゃんと生きているのよね?」

「ああ。先ほども言ったように、神経を外部から強制的に刺激してやれば、ちゃんと行為そのものは可能だ。」

「だったら、ED治療用の強制勃起薬を使って、少しずつ快感を教え込んで性欲を呼び覚ますしかないわね。」

「私もその方針に賛成。精神的なものとはいえ、PTSDが原因じゃないから、カウンセリングが無意味だし。」

 女性三人から、嫌になるほど生々しい言葉を聞かされ、非常に居心地が悪い優喜。こう、生きててごめんなさい、とかいいそうになるレベルだ。

「いきなり本番は、リスクが大きすぎるわね。」

「そうだね。さすがにいきなりやって失敗でもしたら、いろいろこじれて目も当てられないし。」

「何で僕はこんな話を聞かされているんだろう……。」

 他人の猥談ほど、聞かされて居心地の悪いものはない。これが食いつける精神構造の人間ならいいが、そもそも性欲そのものがなく、知識はあれど興味は一切ない優喜にとっては、実に対応に困る状況だ。

「まあ、そういうわけだから、薬処方しておくから、最低でも週に一回、推奨は三日に一回以上、それを飲んで自慰行為をしなさい。」

「は?」

「自慰行為よ。オナニーとかマスターベイションとか呼ばれる類のやつ。」

「いや、そう露骨に言われると、それはそれで困るんだけど……。」

 優喜の言葉に、忍と顔を合わせてため息をひとつつくプレシア。そのまま肩をがしっとつかむと、目を合わせてマジな顔で言い切る。

「貴方の体は、貴方が思っているより深刻だと考えなさい。それに、そろそろいろいろと切実な問題になってきてるのよ。」

「すずかはもう発情期が来るようになってるし、なのはちゃんとフェイトちゃんも、いずれ今のままってわけにはいかなくなるしね。」

「なんか、そこに僕の人権って単語が抜け落ちてる気がするのは、気のせいかな?」

「この件に関しては、ある意味あなたの命と人権、どちらを取るかという話も含んでるのよ。」

「友よ。あきらめて、普通の青少年のごとく、猿のように盛れ。」

 どんどん表現がひどくなっていくブレイブソウルのコアを一発しばくと、ため息とセットで一つ頷く。

「分かった。分かりました。気は進まないけど、善処はします。」

「オカズが必要ならいくらでも用意するから、遠慮なく言ってね。」

「遠慮しておきます。と言うか忍さん、何でそんなに楽しそうなの?」

「優喜君をいじれる、数少ない機会だもの。心配してるのも本当だけど、ね。」

 どうにも、この件に限っては分の悪い優喜。どうせ言う通りにしていなければ、ブレイブソウル経由で連絡が行くのだろう。性欲をなくしたのが早かったこともあって、何をどうすればいいのかも分からないが、これ以上こんな品のない事でいじられないためにも頑張るしかない、と、あきらめにも似た気持ちで覚悟を決めるのであった。







 結局、まずは監視の意味も込めてと四錠だけ薬を渡されたところで、なのはとフェイトが顔を出す。もはや勝手知ったる時の庭園、二人とも、来る時にわざわざ事前に連絡など入れない。

「あら、お帰り。」

「母さん、ただいま。」

「あ、優喜君に忍さんも居たんだ。」

 アルフとリニス以外がいるという珍しい状況に、思わず好奇心が表に出るなのは。

「あれ、優喜……。」

「なに?」

「薬貰ってるみたいだけど、どこか悪いの?」

「体はどこも悪くない。」

 嘘はついていない。実際、体はどこも悪くないのだ。

「じゃあ、その薬は?」

「……あんまり人に言いたくない類の物。特に女の子には、ね……。」

 どうにもダークな表情の優喜に、一体何があったのか非常に気になる二人。だが、本人が言いたくないと言っているものを無理に聞きだすほどには、なのはもフェイトも肝は据わっていない。

「貴女達は、どの程度の性教育を受けているのかしら?」

「え?」

「あのさ、プレシアさん……。」

 娘達に生々しい話をする気のプレシアに、思わず突っ込みを入れる優喜。

「優喜。私は性をタブーにするつもりはないわよ。」

「そうそう。正しい知識と現状認識は、どんな分野でも絶対必要だからね、優喜君。」

「友よ。性的な知識こそ、ちゃんと正確なものを持っていなければ、余計なリスクを背負うことになるぞ。」

 突っ込みを入れた優喜に向って、結託して総攻撃をかける大人の女三人。面白がっている部分の割合が明らかに大きい癖に、全力で結託して正論をぶつけてくるのだからタチが悪い。

「ただいま。」

「プレシア、今戻りました。」

 どう反論するかの糸口を探しているうちに、どうやら出かけていたらしいアルフとリニスも帰ってくる。

「あ、アルフ。お帰り。どうだった?」

「用地の使用交渉は上手くいったよ。後は、畑の開墾を進めるだけ。」

「そっか。ご苦労様。」

 フェイトの立場上、一緒に戦闘できなくなったアルフは、なかなか時間が取れないフェイトに代って、彼女が支援している孤児院や保護した子供達を見て回っているのだ。もちろん、それ以外にも無限書庫の手伝いをしたり、緊急支援要請を代わりに受けたりと、表に出ないところで忙しく働いている。主であるフェイトが洒落にならないほど強くなっていることもあり、現在単独では最強クラスの使い魔の彼女は、支援要請の件数も多く、下手をすると主より忙しい。

「リニスさんは、なにしに外に?」

「時の農園、じゃなくて庭園で使われている工業式農園システムの特許申請と、次の研究テーマの聞き取りに行っていました。」

「次って、何の研究を頼まれたんですか?」

「レリックの解析をメインに、スカリエッティ一味の転移手段のジャミングとカートリッジを使った非魔導師向けの戦闘システム開発、あとは気功を機械的な手段で再現できないか、と言うところですね。」

「どれも、なかなか無茶を言ってきてるみたいな……。」

「マッドサイエンティストは、無理なテーマを完成させて何ぼです。」

 リニスの言葉に、満足げに頷くプレシアと忍。

「とりあえず、話を続ける状況じゃなくなったし、今夜私の部屋に来なさい。」

「は~い。」

「分かったよ、母さん。」

「優喜、邪魔したらだめよ?」

「そんな怖い事はしないよ。」

 そんな感じでこの場は終わる。この後夕食後に、恐ろしく生々しい話を聞かされたなのはとフェイトは、妙な事を意識しすぎた結果か、生れて初めてエッチな夢を見てしまい、翌朝、気まずさのあまりに優喜の顔を直視できなくなったのであった。







「みんな、種芋はいきわたったかな?」

『は~い!』

 夏休みに入った直後、第八世界のベルカ自治区。なのは達は、孤児院すべての子供達を集めて、皆ががんばって開墾した畑に、芋を植えに来ていた。

「このお芋はとっても丈夫で、一株でたくさんできるから、頑張ればお腹一杯食べられるよ。」

「このお芋が育ったら、次に育てる作物を持ってくるからね。」

 ジャージ姿のなのはとフェイトが、子供達の前でそんな風に声をかける。その言葉にわくわくした顔を見せる子供達。プレシアが用意したのは、サツマイモをこの土地にあわせて品種改良したものである。荒地でも丈夫に育ち、あまり世話をしなくてもたくさん収穫できるという考えで用意したものだ。ただ、どんな作物でも、同じものを何度も育てると連作障害が起こる可能性がある。食べる側の飽きを避ける意味も含めて、次はまったく味の違う作物を用意する予定だ。

「あ、そんなに引っ付けて植えたら駄目よ。栄養を取り合って育たなくなるわよ。」

「土はもっと軽く乗せるんだよ。そんな風に踏み固めたら、芽が出てこれなくなるからね。」

 なのは達と同じように、ジャージ姿で指導に協力するアリサとユーノ。二人よりそって仲むつまじくやっている姿は、一向に先の展望が見えないなのは達には、大変うらやましい。

「そうそう、上手上手。」

「他のところを踏まないように気をつけて。」

 結構離れた場所で、別々に子供達の様子を見守る優喜とすずか。孤児院三件で共同管理する広い畑だけに、どうしても一箇所に固まっては難しい。聖王教会のシスター達も、それぞれに子供達を見守っている。

「けっ。」

 和気藹々とした空気に水を差すように、荒んだ雰囲気を漂わせた二十歳前後の若者が、いらいらしたように柵を蹴り飛ばす。

「バナール!」

「んだよババア。またあの偽善者に付き合って、無駄な努力してんのか?」

「無駄かどうかなど、やってみなければわからないでしょう?」

「無駄に決まってんだろうが。人間、どうあがいたところで、ちょっとしたことで死んじまうんだ。どうせ生きてても地獄なんだから、まま事みたいな畑作って目をそらしてんじゃねえよ。」

 バナールの言葉にため息をつく年配のシスター。彼と同年代の若者は、内戦に対する無力感をこじらせたものが多く、立ち直ろうとしている人間を馬鹿にしたり、邪魔したりする連中がちらほら見られる。その中でもバナールはタチの悪い方で、一度などはフェイト経由で届いた衣料品を、分配する前に焼き払った事があった。危なく孤児院に燃え移るところだったが、それを見て本気で

「残念だったな、死にぞこなって。火事になってりゃ死んで楽になれたのによ。」

 と言い出す始末だ。内戦で家族を失ったわけでもなく、現状貧しくはあるが食うに困るほどでもないのに、事あるごとに孤児院や病院などに余計なちょっかいを出しに来る。シスター達からすれば、体がでかいだけの甘ったれた未熟者だ。

「何よ、あれ……。」

「環境が悪いと、どうしてもああいうのは出てくるよ。そもそも、フェイトの支援対象は自分で何とか出来ない子供達であって、ああいういい年した若者の甘えまでは知ったことじゃないしね。」

 ガラが悪いチンピラに、ため息交じりのアリサとユーノ。いまだにもめ続けるバナールとシスターの間に、あきれたような顔でアルフが割って入る。

「またアンタかい。懲りないね。」

「犬ころは黙ってろ!」

「アンタの方が黙ってな。」

 邪魔をされてはかなわない。つまみだそうと担ぎあげようとすると、小癪にもつかまれないように避けて、畑をわざと乱暴に踏み荒らしながらフェイトの方に走り寄る。

「いつまでこんな下らねえ無駄な事続けてんだよ?」

「この子たちが、自分で生きていけるようになるまで、だよ。」

「テメエ自身がガキのくせに、生意気言ってるんじゃねえよ!」

 怒鳴り散らす言葉に、子供たちが身をすくませる。そんな事は気にせずに、上から睨みつけながら喚き続けるバナール。

「大体よお! 大した苦労も挫折も知らねえくせに、才能だけでちやほやされてきたクソガキが、上から目線で可哀想だって何様のつもりだ!? 偽善者が善人ぶってんじゃねえぞ!」

 バナールのあまりにも無礼な言葉に、思わず殺気立ちそうになるアリサとすずか。そんな二人を手で制し、静かな表情で言いたい放題ぶつけられる言葉を受け止めるフェイト。

「テメエみたいな思い上がったガキがなにやったところで、こいつらの境遇は変わらねえんだよ! 管理局からも教会本部からも見捨てられたこいつらは、上から目線のクソガキに薄っぺらい希望を与えられて生き地獄に送り込まれるぐらいなら、そのままのたれ人だ方がはるかに幸せなんだよ!!」

「言いたい事は、それだけ?」

「ああ!?」

「だったら、一つ。反論させてもらうね。」

 あくまでも静かな瞳で、淡々とバナールに言葉を返すフェイト。その、年に似合わぬ胆力と眼力に、思わずひるむバナール。

「私は、貴方やこの子たちが、どんな光景を見てきたかは分からない。だから、私に対して言われた言葉を否定する気はないよ。」

「今更わびる気か!? どこまで人を馬鹿にすれば!?」

「でもね。」

 バナールの言葉をさえぎり、言葉を紡ぐ。特に声を荒げたわけでもない、いつも通りの口調、いつも通りの声の強さ。だというのに、不思議と普段より周囲に良く通る。

「貴方の勝手な絶望を、この子たちに押し付けるのはやめてくれるかな? 貴方が絶望してひがむのは勝手だけど、立ち直ろうとして、前に進もうとしている人の足を引っ張る権利はないよ。」

「うるせえ!」

「何やっても無駄だ、どうせこの先は地獄しか待ってない、なんて毒をまき散らして、それで自分は善人だって思ってるんだったら、貴方は私の事は言えないよ。」

「利いた風な事を!」

 かっとなって手をあげようとしたバナールを、どこからともなく飛んできたバインドが拘束する。

「そこまでにしとき。」

「はやて?」

「や、フェイトちゃん。」

「まったく、いい年した男が、泣きごとをぎゃんぎゃん喚いて恥ずかしいぞ。」

 バインドで拘束されたバナールを、フォルクが担いで運びだす。

「てめえら! 何の権利があって!?」

「私は管理局の捜査官やし、教会の騎士でもあるからな。基本治外法権のベルカ自治区でも、一応逮捕権はあるで。因みに罪状は、恐喝と暴行や。現行犯やから言い逃れは効かんで。」

「俺がいつ恐喝したって!?」

「その大声は十分恐喝や。後、器物破損も付け加えとかなあかんな。」

 そう言ってはやてが指さした先には、バナールが蹴倒した柵が折れていた。これでは使い物にはならないだろう。


「そういうわけやから、神妙にお縄をちょうだいし。」

「俺がやったって証拠はあるのかよ?」

「一部始終見とったからな。割って入ろう思ったけど、ちょっと距離があって間に合わんかってん。畑荒らさせてしもて、勘忍な。」

「いいよ、気にしないで。まだやり直せる程度だし。」

 そう言って、バナールを放置して作業に戻る。まだ土をかぶせただけだし、種芋も残っている。駄目になっていれば植え直せばいいのだ。

「みんな、終わったらおやつもってきてるからね。」

「このお芋を使った、私の特製スイートポテトだから、楽しみにしててね。」

 優喜となのはの言葉に、委縮していた子供たちが活気を取り戻す。バナールを留置場に放り込んできたはやてとフォルクも手伝い、和気藹々と作業を終えたのであった。







「いろいろ面倒な話が来てなあ。」

 聖王教会の宿泊施設。仕事でこちらに来られない予定のはやてが何故居るのか、その説明をぽつぽつと始める。

「面倒な話?」

「そうやねん。ユーノ君の遺跡調査の話、どうもどっかから漏れとったらしくてな。」

「まあ、取り立てて隠してたわけじゃないから、それはしょうがないよ。」

「どこから漏れたか、言うんはまあ、この際置いとこう。ユーノ君も言うた通り、別段隠してたわけやないから、探してもしゃあないし。」

 そこで言葉を切り、お茶を一口。一つため息をついて、話を続ける。

「問題なんは、反夜天の書再生派の、それも過激な思想のおっさんが、先回りしてロストロギアを掘り当てたんちゃうか、っちゅう情報が入ってきてな。」

「それだったら、はやてを派遣するのは不味くない?」

「カリムもそういうとったけどな。情報が正しかったら、私がこっちに来たら、なんか動きは見せるやろうって思って、志願してん。」

「はやてちゃん、無茶はいけないよ……。」

「言うたらあれやけど、このケースは私がどこおっても同じや。それやったら、こっちから出向いたほうが、早く事態が解決するで。」

 はやての思いっきりのいい言葉に、言葉を失う一同。

「まあ、それはおいとくとして、や。ユーノ君らは、明日件の遺跡に調査・発掘に行くんやろ?」

「発掘ってとこまでは行かないだろうけどね。」

「進展がどうなるかは置いといて、や。囮にして悪いんやけど、私とフォル君もそっちにお邪魔させてもらうわ。」

「分かった。」

 囮にして、という言葉に首を傾げるアリサとすずか。そこに気がついた優喜が、苦笑しながら意味を告げる。

「要するに、アリサとすずか以外は、公的に夜天の書に関わってる人間だってこと。」

「それって、もしかして……。」

「そ。夜天の書に恨みを持ってて再生プロジェクトを潰したがってた人間にとっては、絶好の機会に写るってこと。」

「ごめんな、アリサちゃん、すずかちゃん。巻き込んでしもて。」

 はやての謝罪に、苦笑を浮かべながら首を横に振るアリサ。すずかも、今更そんなことを気にしなくても、という表情を隠さない。

「別に、こんなことぐらい慣れっこよ。」

「私達のせいでなのはちゃんたちを巻き込んだこともあるし、お互い様だよ。」

 何事もなかったかのように笑うアリサとすずかに、もう一度頭を下げる。

「それで、こっちに来てるのはフォルクだけ? 他のヴォルケンリッターは?」

「シグナムとシャマルは抜けられへん任務があって、今週は動かれへん。ヴィータはフィーの調整とユニゾンテストの日程にもろかちあって、これまたすぐにはこっちに来られへん。終わり次第こっちに来てくれる手はずにはなっとるけど、間に合うかどうかは微妙や。リィンはシグナムのフォローに行かせとる。後、夜天の書はまだちょっと不安定やから、今回はリィンに預けてきた。」

「ザフィーラはこっちに?」

「来とるよ。ちょっと、先に遺跡見に行ってもろてるねん。」

 ヴォルケンリッターの状況を確認し、とりあえずこの話は置いておく事にする。ちなみにヴィータは戦技教導隊、シャマルは医局、シグナムは地上部隊所属だ。はやてが自由に動かせるのは、現状直属の副官であるフォルクと、デバイス扱いのリィンフォース姉妹、そして使い魔待遇のザフィーラである。ただし、リィンフォース姉妹はいまだに安定しているとは言いがたく、また請われての出向も多いため、実質フォルクとザフィーラのみといってもいいだろう。

「まあ、フォルクとザフィーラが来てるなら、余程じゃない限りは大丈夫か。」

「そうそう。正面からフォル君を抜ける相手はそうおらへんし、経験不足はザフィーラがカバーしてくれるやろ。」

「はやてがそこまで評価してくれるのは嬉しいけど、ここに正面から普通に抜いてくる奴が三人もいるんだから、油断だけはしないでくれ。」

 フォルクの生真面目な言葉に、思わず噴き出すはやて。確かに、師匠である優喜と、姉弟子であるなのはとフェイトは、フォルクの正面防御を普通に抜いてくる。それも、力技と搦め手、両方のやり方で、だ。

「さて、そろそろ夕食前の運動をしてくるよ。」

「あ、そっか。もうそれぐらいの時間だね。」

 立ち上がった優喜につられて、なのはとフェイトも席を立つ。ちょうどザフィーラが戻ってきたので、はやての護衛を任せてフォルクも鍛錬に付き合う事に。

「わざわざ泊りがけでこんなところまで来てるのに、ご苦労な事ね。」

「一日鍛錬を休めば、取り戻すのに三日はかかるからな。」

「ザフィーラさんも、そういうのあるの?」

「幸いにして、私のような守護獣は、肉体的には鍛錬をさぼったぐらいでは衰えない。だが、それなり以上の頻度で型鍛錬ぐらいはしておかないと、技の方がどんどん錆びついてくるがな。」

「やっぱり、どんな事も継続が一番重要なのね。」

 アリサの言葉に、しみじみ頷く一同であった。







 その日の夜。罰金を払って解放されたバナールは、教会の敷地内にある孤児院を見に来ていた。

「くそっ。あのガキども、調子に乗りやがって……。」

 昼間の事を思い出して、憎々しげに吐き捨てる。すでに日はとっぷり暮れており、街灯が全く復旧していないこの町は、窓から漏れる明かりがなければまともに歩けないほど暗い。さすがに、この時間に畑を荒らす度胸はバナールにはない。

「何で楽しそうなんだよ……。」

 明かりと一緒に漏れてくる会話を、いらいらしながら聞く。フェイトが余計なちょっかいを出すまで、この孤児院の子供たちは暗い顔をしていた。失った家族や友達の事を悼み、明日への不安ですすり泣き、絶望のまま人形のように日々に流されていた。

 それが、今では死んだ人間の事を忘れたように明るくふるまい、ありもしない希望を胸に前を見ている。それが、バナールにはたまらなく不愉快だ。

「あんな管理局の犬に尻尾振って、てめえの家族の事も忘れやがって、プライドはねえのかよ、こいつら……。」

 自分勝手な色眼鏡で孤児院をこき下ろす。自力で立ち直れなかったくせに、管理局からの支援を受けたとたんに、あの地獄のような光景を忘れて笑っている。周囲はバナールの事をひとでなしのように言うが、彼からすればここの連中こそがひとでなしだ。

 第一、内戦の時には管理局は何もしなかった。聖王教会本部も、局との関係がこじれるのを恐れて、実際に空爆を受けるまで介入をしてこなかった。結果、自治区は壊滅的な被害を受けた。

 たかがAランクの空戦魔導師二人に、この町は瓦礫の山に変えられた。この自治区には空戦魔導師は一人しかおらず、別ルートから侵入してきた相手を抑えるので手一杯だった。それなりの人数が居た陸戦魔導師も、正面から攻撃を仕掛けてきた陸戦部隊を押しとどめるのが精いっぱい。連中にしたい放題されてしまった。

 もちろん、一番怨むべきは勝手に逃げ込んできたとなりの部族のトップであり、強引に空爆を仕掛けてきた対抗部族だが、管理局か教会がさっさと動いていれば、そもそも出す必要のない被害だった。

 だから、必要な時に動かなかったくせに、大きな被害が出てから善人面して支援をしに来ているフェイトも、それをのうのうと受け入れている聖王教会も、そして、その事を忘れて支援を喜んでいるこの孤児院の子供達も、バナールからすれば全て屑以下と言うレベルで軽蔑する対象であり、徹底して排除すべき敵である。

「まずは、あのガキどもの化けの皮をはがさねえとな。」

 目に情念を宿らせ、決意を固めるバナール。だが、彼はなのはやフェイトが当時管理局に所属もしておらず、また今の支援も管理局の人間ではなく個人で行っている事を知らない。

「ふむ。ならば、協力してくれないかね?」

 突如、後ろから声をかけられ、悲鳴をあげそうになるバナール。そんな彼に苦笑しながら、声をかけた老いた男性は、実に暗い瞳を向けて言葉を続ける。

「あの連中はね、自分が助かりたい一心で、忌むべき大規模破壊兵器を再生した極悪人でね。何としてでも始末しないと、世界を破壊しつくしかねないのだよ。」

「へえ? やっぱりうさんくせえと思ったら、そんなところかよ。」

「善人面をしているが、あの年で自分の保身しか考えておらん連中だよ。」

 胡散臭い老人の言葉を鵜呑みにするバナール。老人の言葉は一面に置いては真実だが、修理しなければそれこそ世界を滅ぼしつくしかねない、という事実が抜け落ちている。だが、そもそも夜天の書の一連の事件について、バナールは何も知らない。そして、初手からずっと疑い続けてきた彼にとっては、その言葉は何よりも信用できるものだった。

「あの愚か者どもを懲らしめるための手段は、すでに用意してある。後は、油断をついて実行に移すだけだ。」

「それで、俺は何をすればいい?」

「なに。連中の後をつけて、適当に騒ぎを起こしてくれればいい。それで、全て終わるよ。」

「分かった。」

「頼むよ。」

 老人に任せろ、と言うと明日のために自宅へ帰るバナール。その後ろ姿を見送った老人は、

「これで、全て終わるよ。全てね。」

 そう言って暗く嗤うのであった。







「やっぱり、誰かに荒らされてるね。」

「そうなの?」

「うん。分かり辛いと思うけど、ほら。」

 そう言ってユーノが指差した先は、ほんの僅かにだが、確かに不自然にずれていた。

「とりあえず、誰かが漁ったのは確かだから、きっちり調べた方がいいね。」

「とは言っても、私とフェイトちゃんは、こういうのは素人だから、あんまり役には……。」

「私もだよ、なのはちゃん。」

「私とフォル君もやなあ。」

 とりあえず、チームとして役に立ちそうなのは、実際に発掘をした事があるユーノと優喜、ユーノに最近ひっついていくことが多く、ずいぶん知識を蓄えたアリサぐらいなものだ。

「ザフィーラ、昨日気がついた事って何かある?」

「不自然なにおいが多少残っていたぐらいですね。」

 とりあえず、先行で調査しに来たザフィーラに、昨日の事を確認する。彼に案内されて、不自然なにおいが残っているという場所を確認すると……。

「よくこんなとこを開けたもんだ。」

「だね。」

 何かあると知っていなければ分からないレベルで、わずかにこじ開けられた痕跡が。

「これはプロの仕業だ。それも、短期間でどうにかできるような内容じゃない。」

「相当前の段階でマークされてた、と考えていいね。」

「だが、においが残っている以上、ここに来たのは、どれほど前で見積もっても一週間以内だ。それ以上前になると、いかに密閉空間から漏れたものとはいえ、私の鼻でも無理だろう。」

 案外残っていた手がかりを元に色々考察している最中、優喜の表情が変わり、ザフィーラの手のひらに密かに魔方陣が浮かび上がる。

「そこか!」

「わあ!?」

 においで位置を特定し、バインドを飛ばすザフィーラ。隠れてこっそり飛びかかろうとしたバナールが、何の抵抗も出来ず見事に拘束される。

「ちっ! くそ! 離しやがれ極悪人ども!!」

「私や優喜はともかく、他の人間は極悪人と呼ばれるほどの事はしていないが?」

「しらばっくれるな! てめえら、自分の保身のために、大量破壊兵器を再生したらしいじゃねえか!」

「……間違いとは言い切れないけど、正しい情報とも言えないね。」

 どうやら、悪意を持った誰かに、半端な情報を吹き込まれたらしい。

「修理しなきゃ、延々暴走して被害を広げ続けるだけだった、と言っても信用しないよね。」

「当たり前だ! 必要な時に動かなかった管理局や教会の言う事が、信用できるか!!」

「それで、情報の裏も取ろうとしない正義の味方気取りの、そのくせ子供をいじめることしかできない貴方は、ここになにしに来たのかしら?」

 アリサの言葉に再び口を開こうとし、唐突にフォルクが動いたために喋りそこなう。

「貴様、何をするつもりだった?」

「教会の犬か!?」

 フォルクの突撃を受けて押し倒された老人が、憎々しげに吐き捨てる。

「そこの馬鹿よりは上手く気配を隠していたが、俺に気づかれるぐらいじゃ、話にならないな。」

「それで、何をするつもりやったん、ジョナサン・キャデラック。」

「知れた事。大量破壊兵器『闇の書』を復元しようとした貴様らを、息子を、娘を殺した貴様らを、全て滅ぼしに来たに決まっていよう!!」

「やっぱり、てめえら殺人鬼じゃねえか!」

 バナールの言葉に、黙って聞いていたすずかが切れた。

「関係者でもない、なにも知らない貴方が、知った風な口を聞かないで!!」

「んだよ! 人殺しに人殺しって言って何が悪い!!」

「いい訳ない! そもそも、はやてちゃんは人を殺してない! 夜天の書だって、欲しかった訳じゃない! 勝手にはやてちゃんを持ち主にして、勝手に命を人質に取って、勝手に暴走しようとして……!」

「すずか、落ち着いて。」

「落ち着ける訳ないよ! この人たち、何も知らないで、持ち主にされたからって、生まれる前の事まで責任押し付けようとして!!」

 いちばん大人しそうに見えたすずかの、あまりに激しい怒りの言葉に、好き勝手わめいていたバナールが黙る。どの言葉が地雷だったか不明だが、どうやら押してはいけないスイッチを押してしまったらしい。

「我が子の死にかかわっていなかったところで、そいつを連れ歩き、闇の書を治そうとした時点で同罪、いやもっと罪深い!」

「壊したところで自己再生して暴走するんやったら、修理するしかあらへんやん。」

「次も自己再生するという証拠は!?」

「デバッグの段階ではっきりしとった。次壊したら、下手したら次元世界全部飲みこむレベルで暴走しかねへんって。永久凍結封印も補助手段として用意はしとったけど、それも相手が相手だけに、ちょっとしたことで解けかねへんかったし。」

 そこまで言って、一つため息をつく。

「それに、夜天の書自体は、魔法が起動出来る単なるデータベースや。アホが余計な改造をせえへんかったら、あんな自然災害的な代物にはなってへんかった。」

「その証拠は!?」

「同時代のデバイスである、私が証言しよう。」

 優喜の胸元で大人しくぶら下がっていたブレイブソウルが、アウトフレームを展開してしゃしゃり出る。

「自己紹介しておこうか。私は古代ベルカ式融合騎兼祈祷型アームドデバイス・ブレイブソウル。夜天の書の製作者の手により、書に有事があった際のカウンターの一つとして製作された。半年ほど前まで、夜天の書の管理人格の修復および調整を手伝っていた。短い付き合いになるだろうが、よろしく。」

 唐突に表れた女性に、唖然とした顔をするバナールとキャデラック。

「わざわざアウトフレームを展開したのに、ホログラフィの類だと言われても面倒だ。一応、融合騎である事を証明しておくか。はやて、ユニゾンするぞ。」

「大丈夫なん?」

「ああ。君となら適合する事は、ちゃんと事前に調べてある。行くぞ。」

「はいはい。ユニゾン・イン!」

 あきれたようにつぶやきながら、とりあえずユニゾンして見せる。はやてとブレイブソウルのユニゾンの場合、それほど派手な外見の変化は起こらない。せいぜい髪が長くなり、瞳が角度によっては金色の輝きを宿したように見えるぐらいだ。

「こんな真似できるデバイスは、ロストロギアを組み込んであるレイジングハートとバルディッシュ以外は、発掘品ぐらいなもんや。そもそも、普通インテリジェントデバイスのAIは、こんな口達者やあらへんしな。」

 そこまで言って、ため息とともにユニゾンを解く。

「信じる信じないは自由だが、闇の書になっていた夜天の書はひどく汚染されていてな。破壊すればするほどおかしな方向に進化するようになっていた。あと一回か二回、アルカンシェルあたりで吹っ飛ばしていたら、もはや手がつけられなかったかもしれんな。」

「ふざけるな! だったらなおの事、解体処分せねばならんだろう!!」

「制御を取り戻す前にそんな真似ができていれば、ここまで何回も暴走事故を起こすわけがなかろう?」

 ブレイブソウルの正論に、ぐうの音も出ない二人。

「……管理局の言い訳なんか、信じられるかよ!」

「子供だな。」

「なんだって!?」

「君の言い分では、時空管理局は全ての管理世界を武力で征服していなければならんぞ?」

 ブレイブソウルの言いたい事が理解できず、不信感全開の目でにらみつける。

「管理世界などと言ってはいるが、それぞれに政府があり、それぞれに法がある。管理局には、それを完全に無視するほどの権限はない。聖王教会もしかりだ。そもそも、要請も無しに内戦に干渉できるのであれば、政府など必要ないからな。」

「何が言いたい?」

「文句があるなら、この世界の政府に言え、と言っている。第一、管理局の代表として来ているわけでもない人間に、所属していなかったころの事言うこと自体、笑止千万。」

 言いたい放題言った後、もう話す事はないとばかりにアウトフレームを消す。あまりに傍若無人な態度に唖然としているバナールを放置し、キャデラックが動く。

「もはや、お前達と語る事など無い! 勝手な言い訳をしながら死ね!!」

 それこそ勝手な事を言いながら、何かのスイッチを押す。唐突に魔力が膨れ上がり、大地が激しく振動する。危険を感じたなのは達が、大慌てで飛べないアリサとすずかを回収してその場から離れる。間一髪のタイミングで遺跡が崩落し、大きなエネルギーをばらまきながら、何かが空に浮かび上がった。







「あのレベルの物があるなんて……。」

 とりあえず遺跡の外まで避難し、空を見上げながらつぶやく。荒らされている以上、何かはあるだろうとは思っていた。だが、次元震を起こしうるエネルギーを発生させているそれを見て、予想が甘かったと思い知る。

「とにかく封印しないと!」

「だけど、あのエネルギー量じゃ!」

「全力のスターライトブレイカーなら、届くかもしれない!」

 物騒な事を言って、さっさとユニゾンしてエクセリオンモードを起動、もしもの時を考え、手持ちのカートリッジ半分を使ってチャージを加速する。恐ろしいスピードで魔力をかき集め、瞬く間に星を貫きかねない威力の集束砲を完成させる。仮に物理破壊設定で地面に向かって撃ちこんだ場合、下手をすれば惑星コアまでとどきかねない出力だ。

「全力全開! スターライトブレイカー!!」

 なんとなく無理な気がしながら、それでも可能性を信じて撃ち出す。結果は……。

「駄目、か……。」

「あのスターライトブレイカーで無理だなんて……。」

「多分、出力が問題じゃなくて、砲撃や誘導弾でやること自体が無理なんだと思う。」

 経過をしっかり観察していたなのはが、そんな風に結論を出す。どうにもロストロギアの周辺が激しく空間が歪んでいるらしく、なのはのコントロールを離れていないにもかかわらずおかしな軌道を描いて飛び、到達する前に魔力が拡散してしまったのだ。

「つまりは?」

「あそこを強引にでも突破して、至近距離から直接封印術式を入れるしか無いんじゃないかな?」

「……それって。」

「うん。封印術式が使える人間だと、多分ザフィーラさんとフォルク君以外は、到達する前に死ぬと思う。」

 そこまで言って、一つため息をつく。

「でも、多分ザフィーラさんもフォルク君も、あれを封印できるほどの出力は……。」

「言うまでもないが不可能だ。」

「そもそも、俺の資質だと、封印は出来なくもない、ってレベルだからなあ。」

「それ以前に、封印するとなると、ジュエルシードのリミッターを解除して、直接ぶつけるしか手がないんだよね。」

 フェイトの言葉に、渋い顔をする地球組。ジュエルシードと言うやつが、どれほど不安定で物騒なのかを良く知っているがゆえに、簡単には頷けない話だ。

「……ねえ、はやて、ユーノ。」

「なに?」

「どうしたん?」

「あれ、壊してもいいんだったら、手がない事もないよ。」

 突然の優喜の言葉に、顔色を変えるなのは、フェイト、すずか。

「手があると言うのは、いつぞやの古代龍戦でシグナムに言っていた、あの奥の手と言うやつか?」

「うん。僕なら、あの空間のひずみを強引に突破出来るし、あの技なら、あれぐらいは訳なく消し飛ばせる。」

「……駄目!」

 優喜の提案に、真っ先に反対したのはフェイトだった。

「フェイトが何を心配しているかは分かるけど、一発で済むから、思ってるような事にはならないよ。」

「でも!」

「それに、あまり時間もないみたいだし。」

 フェイトと押し問答になりかけたところで、ブレイブソウルが割って入る。

「友よ、私も無策のまま突っ込むのは反対だ。」

「なら、他に手があるの?」

「いや、あくまで、そのまま突っ込んでその技を撃つのは反対だ、と言うだけだ。」

 ブレイブソウルの言葉に、怪訝な顔をする優喜。だが、とりあえず無駄な押し問答だけは避けられそうだ、と判断したブレイブソウルは、思うところを正直に告げる。

「生身のまま、何の補助も無しで突っ込めば、無傷であのロストロギアまではたどり着けまい。そうなると、君の体が反動に耐えられない可能性も出てくるし、最悪失敗して犬死になりかねない。」

「そこまでヤワじゃないつもりだけど?」

「可能性の話だ。つまり言いたいのは、せっかくユーノとはやてがいるのだ。十分に防御魔法を重ねてから突っ込んでもいいのではないか、ということだ。」

「……そうだね。ここで押し問答してる時間をそっちに振れば、十分かどうかはともかく、防御魔法をたくさん重ねておく時間ぐらいは出来るか。」

 ブレイブソウルの提案に一つ頷き、ユーノとはやての方を見る。二人ともちゃんと話を聞いていたらしい。すでに魔法の準備に入っている。

「フェイトちゃん、私達も。」

「なのは……。」

「優喜君に詰め寄るのは、終わった後にしよう。私達の不手際で、あの子たちを死なせるわけにはいかないよ。」

 そう言って、儀式魔法の手順に入るなのは。なのはの表情が、手の震えが、言葉とは裏腹に全く納得していない事を雄弁に語っている。その顔を見て、もはや流れを変えるのは不可能だと悟ったフェイトは、せめて少しでもリスクを減らせるよう、全力を絞り出す事にする。

「……なんでだよ。」

「何が?」

「自分だけ死ぬかもしれねえってのに、何でそんな真似、出来るんだよ?」

「そりゃ、やって失敗するのもやらないのも、僕にとっては結果が同じだからだよ。」

 結果が同じなら、やらなければいいじゃないか。そういいかけて、アリサに睨まれ口を噤む。

「やって失敗するのとやらないのとが同じなら、やって成功する可能性にかけた方が、後悔しないで済むからね。」

 そう言って、ブレイブソウルをセットアップする。滅多に切る事のないバリアジャケットは、優喜の感覚では、また一段と痛くなっていた。正直、優喜が第三者なら、この格好の男と話したくない。

「……もしかして、お前男だったのか?」

「この格好でようやく性別が正しく判別されるのって、非常に悔しいのは何でだろう……。」

「これから大事な仕事があるんだから、余計な事を言って足を引っ張るな!」

 アリサに睨まれ、今度こそ口を閉ざすバナール。

「ねえ、アリサちゃん。」

「すずか?」

「少しだけ、血をもらってもいいかな?」

「何するつもりよ?」

「ゆうくんの体に、少しだけ私達の性質を付け加えるの。少しぐらいは、反動に耐える役に立つかもしれないから。」

 すずかの言葉に頷きかけて、問題に思い至る。

「すずか、あっちの二人はどうするのよ!」

「終わってから、不自然にならないように記憶を書き換えるよ。どうせ、二度と会う事のない人たちだし、こっちの魔法に引っかからない事は分かってるし。」

 どうやら、すずかも言い出したら聞かないらしい。どうせアリサ自身も何もできない事だし、ここは素直に協力しよう。そう覚悟を決め、首筋を差し出して頷く。

「すずかちゃん、私たちの分も。」

「もうすぐ、こっちの術は終わるから。」

「私とユーノ君は、残念ながら結構いっぱい維持せなあかんから、そっちには協力できへんわ。」

「なのはちゃん、フェイトちゃん、ちょっとずつもらうね。はやてちゃん達は、補助魔法をしっかりお願い。」

 そう言って、三人の首筋に牙を立てると、本当にわずかに血をすする。口の中に美味が広がり、全身に活力がいきわたる。

「ゆうくん。」

「うん。」

 ラブシーンもどきを演じて優喜の首に牙をつき立て、貰った活力を全て注ぎ込む。同時に、すずかの瞳が元の色に戻り、全身を脱力感が襲う。

「さて、これで準備は整った。」

「友よ! 今が駆け抜ける時!」

 ブレイブソウルの檄を受け、全身に分厚い闘気の壁を張り巡らせる。そのまま最大加速で一直線にロストロギアに突撃をかける。

「ぐぅ!」

 あと十メートルの時点で、急激に壁にかかる負荷が跳ね上がる。複数かかった防御魔法が、悲鳴を上げながら崩れていく。

「友よ! 持ち込んであった防御強化、半分を消費!」

「まだ問題ない!」

 残り五メートル。ユーノがアートオブディフェンスを参考に組み上げた防壁が、急激に食らい尽くされていく。残り三メートル。ついにはやてのかけた防御魔法が食い破られる。二メートル。ユーノの魔法が、跡形も無く消滅する。残り一メートル。なのはとフェイトの魔法が、首の皮一枚で耐え切る。五十センチ。ロストロギアに手が届こうかというとき、ついにすべての防御魔法が粉砕される。

「優喜!!」

 すべての魔法を崩されたユーノが、思わず悲鳴を上げる。ついに最後の砦であるバリアジャケットが消滅し、もろに魔力の被曝に晒され始めたのだ。しかも、既に空間のゆがみは次元震一歩手前まで広がっている。後一押しで、この世界を巻き込む次元断層が発生するだろう。

「でえい!!」

 全身から血を吹きだしながら、残り五十センチを気合で詰める。次元震にこそ至っていないが、まともな生き物なら、当の昔にずたずたになって死んでいる状況だ。すずかの血がなければ、最も震源地に近い腕などは既に砕けていたかもしれない。それほどのダメージを無視して両手でロストロギアを掴み取ると、周囲と全身のエネルギーをすべて、瞬時に対象を消滅させるためのものに置き換える。

「消えてなくなれ!!」

 両手で触れた対象に、一滴残らず変換したエネルギーを送り込む。外には欠片たりとも漏らさない。この技の本当の恐ろしさは、使ったエネルギーに余波や欠損などの無駄が一切出ないところである。竜岡優喜の持つ膨大なエネルギーが、ロストロギアに余すところ無く叩き込まれる。次の瞬間、ばら撒いていたエネルギーや出来かけていた次元断層も含め、すべてが跡形も無く消滅するロストロギア。

 ただし、ロスをなくす為に行う複雑な気功が、恐ろしく体に負荷をかける。それが死ぬほどひどいのだ。今回も、ただ一発撃っただけだというのに、全身の筋肉はおろか骨格にまでダメージが浸透している。更に色々物理法則を無視したことによるノックバックも、洒落にならない強さで肉体と魂に食らいこむ。すずかが送り込んだ血がずいぶんと打ち消したが、それでもそのまま姿勢制御も出来ず、受身も取らずに地面に落ちる。

「優喜君!?」

「優喜!?」

「大丈夫、生きてるよ。」

 あまり力なく手を上げる優喜。だが、体が動かせるということは、少なくとも死ぬ心配は無いだろう。安心していいのか、怒ればいいのか、複雑な胸中をどう吐き出せばいいか分からず、泣き笑いになるなのは達。まだ育ちきっていない未熟な体では、せいぜい後遺症が残らないように反動を抑えるのが限界だったらしい。

「なぜだ!」

 突然、キャデラックが叫ぶ。忘れ去られたその男を、全員が注目する。

「なぜ、貴様らは死なない!? なぜ貴様らは生きている!? 貴様らが生きているのに、私の娘は、息子は、なぜ死んだ!?」

 バインドに固定されたまま、気がふれたようにわめき散らすキャデラック。それを呆然と見ていたバナールに、ブレイブソウルがささやく。

「よく見て置け。今のままだと、君の末路はあれだ。」

「どういう意味だよ。」

「自分で考えることだ。すずか!」

 ブレイブソウルに呼ばれて、バナールの元に駆け寄るすずか。意図を察して、目線を合わせる。

「な、何だよ?」

 美少女の綺麗な瞳に真正面から見つめられ、どぎまぎしてどもるバナール。そのとき、すずかの瞳が怪しく光り、頭に霞がかかったようになる。めまいを振り払うと、いつの間にか目の前からすずかがいなくなっている。

「さて、重傷者が出た以上、さっさと引き上げるしかないな。」

「悪いね。」

 本来なら、発狂寸前の激痛に苛まれているであろう優喜が、何事もないように返事を返す。さすがに動けないであろう彼を、フォルクが抱えあげる。

「もう、無茶するんだから……。」

 背負われた優喜に、抗議と労いとをこめた口調で話しかけるすずか。

「とりあえず、フォル君は優喜君を時の庭園に連れてったげて。私とザフィーラは、このアホ二人を豚箱にぶち込んでくるから。」

「了解。気をつけて。」

「そっちも。」

 フォルクの言葉二手を挙げて、愚か者二人を担ぎ上げて去っていくはやてとザフィーラ。それを見送った後、少し名残を惜しむようにフェイトが口を開く。

「私も、一度向こうに戻って、話を通してくるよ。」

「分かった。優喜君のことは任せて。」

「お願い。」

 アルフを残してあるとはいえ、さすがに挨拶もなしに帰るのはまずい。様子から言って死ぬようなことはないだろうし、心配したところですぐに何かできるのはユーノとプレシアぐらいだろう。ユーノは既に応急処置を済ませているので、後は時の庭園で本格的な処置をするしかない。

「さて、帰ろうか。」

「うん。ブレイブソウル、お願い。」

「承知。」

 こうして、色々洒落にならない結果を招きかけた遺跡探索と孤児院の農業指導は終わった。余談ながら、この後バナールは少しずつ態度を改め、数年後には孤児院の畑の開墾を手伝いはじめ、最終的には耕作面積を倍の広さにするのだが、ここだけの話である。また、この後フェイトたちと直接関わるのは、十年以上先のことだ。

 ちなみに、優喜は一週間絶対安静であった。この日から、優喜の周りの事情を知る人間が危機感を募らせ、彼のED治療を本格化させるのだが、これまた別の話である。



[18616] 第7話後日談
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/04/03 10:25
「なかなか、ひどい事になっているな。と言うか、お前が修理を受けているのを、初めて見た気がするぞ。」

 優喜の見舞いを終えた後、修理中のブレイブソウルを冷やかしに着たシグナムが、開口一発そんな軽口をたたく。

「さすがに、次元震が起こっているところに突っ込んで行って無事で済むほど、頑丈なつくりはしていなくてね。」

「普通はそうだろう。さすがの竜岡も、今回は無事では済まなかったようだしな。」

 シグナムの言葉に、どう口をはさむべきかを思案する空気を漂わせるブレイブソウル。その様子に不審に思ったヴィータが、訝しげに声をかける。

「どーしたんだよ。らしくなく考え込んでさ。」

「いや、なに。正確なところを告げるかどうかに悩んでな。」

「正確なところ?」

「ああ。友の受けたダメージの九割は、技のノックバックだ、という事実をな。」

「「はあ!?」」

 やはり、そういう反応になるか、などと他人事のように思いながら、とりあえずありのままを告げる。

「友が使った技はな、一切のエネルギーを外に漏らさず、相手の消滅以外に一切の影響を与えないという、反則じみた性質をしていてな。正直、反動から性質から威力から、全てに置いて、ありもしない背筋が凍るかと思ったぞ。」

「……ちょっと待って。」

「どうした、風の癒し手?」

「一切の影響を与えないって、そんな次元震を起こしかけたロストロギアを消滅させて?」

「ああ。理不尽な話だが、それまでばら撒かれていたエネルギーや起っていた空間のひずみまで、綺麗さっぱり消えていた。質量保存の法則も、エネルギー保存の法則も明らかに無視しているぞ。」

 ブレイブソウルの台詞に、思わずめまいが起こりそうになるシャマル。言うまでもないが、プレシアも、ブレイブソウルの計測データを見た時、常識やら物理法則やらを根こそぎ投げ捨てたような結果に軽く意識が飛んでいた。

 そもそも、破壊されたロストロギアにしたところで、もはや生身の人間がどうこうできる範囲を超えていた。封印するにしても、損傷覚悟で次元航行船をぎりぎりまで近付けて、魔力炉を全開にした上で増幅術式を何重にもかけてねじ伏せるしか術がなかった。なのはやフェイト、はやてのような規格外でも、単独ではどうやっても出力が足りないし、第一近付く手段がない。

「それも理不尽な話だが、もう一つ理不尽な話をしておこうか。」

「何?」

「技そのものは、溜めも硬直も無いも同然、ノックバックらしきものも発生していなかった。あのダメージは純粋に、世界そのものに喧嘩を売った結果、みたいなものだ。」

「どういう意味だ?」

「要するに、世界の復元力とでもいうものを強引にねじ伏せて、対象の消滅による影響を一切チャラにした結果、人間の体では持たなくなって、大きなダメージを受けてしまったわけだ。」

「……いい加減、ユーキのやる事に驚いてたらキリがねーけど、それはいくらなんでも反則だろう。」

 ヴィータの発言に、違いないと答える。

「ブレイブソウル、その技の封じ方とかは分かるか?」

「考える必要はない。人間のカテゴリーに含まれるような相手には、最初から使うという選択肢が存在しないさ。普通の生き物に使うなど、言ってしまえば、蟻をわざわざギガントシュラークで潰すようなものだ。」

「……理不尽だが、納得した。」

「……つーか、一体何と戦うための技だよ、それ……。」

「私も、それが気になっている。と言うか、そもそも、一体何と戦うための武術なのか、と言うところからか。」

 ブレイブソウルの言葉に、その場が沈黙する。

「私が一番怖いのは何か、一応話しておこうか?」

「……頼む。」

「友は、過去に二度ほど、一回の戦闘であの技を何発も撃った事があるらしい。」

 ブレイブソウルの言葉に凍りつく。

「友の不自然なほどの性欲の無さも、それが原因だ。」

「……ちょっと待て。」

「どうした、烈火の将?」

「一発撃っただけで、あのダメージなのだろう? どうやって何発も撃つのだ?」

 シグナムの質問に、苦笑するような気配をにじませるブレイブソウル。

「まず、誤解を一つ解いておくと、だ。体が成人していれば、二十四時間で二発までは、ほぼノーダメージで撃てるらしいぞ。」

「それはまた、とんでもない話だな。だが、二発やそこらではないのだろう?」

「ああ。技の性質から考えて、最低でも五発、多分十発以上は撃っていると思う。」

「何を根拠に?」

「詳しい原理は分からないが、己の存在を現象に落とし込むことで、肉体に対するノックバックを一切なくす手段があるらしい。代償として、生き物として当たり前の、本能に属する性質を失って行くとの事だ。友は過去に二度ほど、一回十秒間程度その方法を使った事がある、と言っていた。」

 技の発動速度や移動など、全てを考慮に入れて出した答えがそれだ。優喜の能力なら、十秒あればかなりの事が出来る。

「十秒必要だった理由が、複数の相手にあれを撃つ必要があったのか、単に一発二発では足りなかったからかは分からない。そもそも、それを使ったのが、向こうで何歳の時だったのかも聞いていない。だが、そこまでする必要があったのは間違いない。」

「……一つ聞いていいか?」

「あれでなければ仕留められないような相手とかちあって、私達にどうこうできるのか、という問いならば、微妙なところだと答えるが。」

 質問内容を正確に把握して返事を返してきたブレイブソウルに、微妙なため息を漏らすシグナム。

「微妙と言うのは?」

「一発で落とせる相手の場合、幅が広すぎて何とも言えん。そもそも、友は元々致傷力は高いが、火力と言う観点ではそれほどでもない。単に破壊力を見るならば、基本出せる威力はシュツルムファルケンやギガントシュラークにはどうあがいても届かない。」

「その代わり、ロスなしで完全に相手の体内に浸透させるから、単体に与えるダメージ自体はなのはと大差ないがな。」

「蒼き狼の言葉通り、与えるダメージだけなら、なのはと大差ない。さすがにあれ以外では、スターライトブレイカーでたたきだすほどの威力は一撃では出せんが、防御力を無視して叩き込む以上は、普通の生き物相手にはむしろ過剰なぐらいだろう。」

 ブレイブソウルの今更のような解説に、言わんとしている事が分からないヴォルケンリッター。

「結局、何が微妙なんだ?」

「使わなければならなかった理由、それが単に火力不足だったのか、それとも相性が悪かったのかで変わる、ということだ。」

 そこまで言って、言葉を選ぶために少し沈黙する。

「相性だけの問題なら、やりようはないでもない。例えば友の場合、非実体にはダメージを与えられるが、気体相手だと威力を徹しきれない。一部の魔法生物のように、体の構造が特殊な生き物には、発勁は効果が薄い。他にもいまいちダメージを出せないケースもあるはずだ。」

「確かに、そのケースなら、むしろ竜岡より我々の方が向いているかもしれない。」

「これが威力不足となると、打てる手が非常に限られてくる。ほとんど防御が意味をなさない友の攻撃がまともにダメージにならない相手となると、なのはかフェイト、もしくははやての最大出力ぐらいしか通用しそうな技が無い。そして、もっと致命的なのが……。」

「純粋に火力が足りなくて、何発も撃ちこまねばならん相手、ということか。」

「ああ。」

 正直なところ、秘伝とそれ以外の技との威力差が大きすぎて、どういう状況で優喜がそこまでのやんちゃをやらかしたのかが絞り切れない。だが優喜は、すでに過剰なまでに鍛えられているはずのなのはとフェイトを、微妙なラインと言いきっている。それはすなわち、奥の手を使ったかどうかはともかくとして、それなりの頻度で、秘伝を撃つ必要がある相手とやり合っているということだ。

「友と出会ってもうじき五年目。これだけの期間、そこまでの相手とは遭遇していないのだから、こちら側でぶつかる可能性は低い、と考えてはいるが……。」

「それを言い出したら、優喜君がここにいること自体がおかしいものね……。」

「そういうことだ。全く、実に悩ましくて、嫌気がさしてくる。」

 ブレイブソウルの懸念を理解したヴォルケンリッターが、大きくため息をつく。元々、おかしいとは思っていた。こっちの地球とほぼ同じ世界の武術にしては、いろいろと物騒にすぎる。はっきり言って、戦車か戦闘機でも相手にしない限り、フォルクが教わったレベルでも過剰なぐらいだ。

「友の事だ。切り札を切らねばならないとなれば、躊躇いもせずにやってしまうだろう。今回だって、最初から破壊して構わないと分かっていれば、断りもせずに突っ込んで吹っ飛ばしていたはずだ。」

「人の事は言えんが、いびつだな……。」

「ああ。」

 ブレイブソウルの話を聞き終え、小さく感想を漏らして沈黙するシグナム。正直、全てにおいて、彼女達の手に余る。夜天の書に気功周りの記述が載っているとはいえ、それをヴォルケンリッターに適用するには、結構長い期間がかかる。さらに、夜天の書経由で使用可能になったところで、即座に使いこなせるわけではない。ぶっちゃけ、竜岡式で期間短縮が出来る分、このジャンルに関しては、普通の人間の方がはるかに有利だ。

「まあ、魔女殿も私が渡したデータからいろいろ対策は考えると言っているし、こちらはこちらで、少しでもリスクを減らせるように、せいぜい打てるだけの手を打つさ。」

「なのはをけしかけたのも、これが理由か?」

「あの時は、ここまでいろいろ深刻な話だとは思っていなかったがね。」

「まあ、普通エロい事に興味がないのって、誰かに惚れられでもしねー限りは問題ってほどの事でもねーよな。」

 ヴィータの言葉に頷くシグナムとザフィーラだが、シャマルはさすがに、医者としての立場から同意は出来ないらしい。

「とにもかくにも、一番のリスク回避は、出来るだけ友の性欲を回復させる事につきる。が、あまり漲ったところで、どうせ別の人間性をすり減らすだけだろうから、それ以外にもあの技の負荷と反動を減らす手段を考えるに越した事はなかろう。」

「どうやら今回も、我らは竜岡の役には立てないようだな。」

「気にするな。それは私とて同じ事だ。と言うより、長年デバイスをやってきたが、これほど無力が身にしみる使い手は初めてだよ。」

 ブレイブソウルに励まされ、とりあえずプレシアにパワーアップ手段を検討してもらうことで落ち着いたヴォルケンリッター。

「良く考えれば、あいつが真面目な話だけしかしなかったのって、初めてじゃねーか?」

「言われてみれば……。」

 夜天の書の対策の時以上に真面目だった彼女に対し、

「あれにも、一応悔しいという感情はあったのだな……。」

 しみじみつぶやくザフィーラ。日ごろの行いのたまものとはいえ、励まされたくせに、なかなかひどいヴォルケンリッターであった。







「事後処理は終わったの?」

「我々が噛む内容は終わったよ。」

「具体的に、どういう処理になるのか、聞いてもいいかしら?」

「まず、事件そのものは秘匿。さすがに、時限震を起こすようなロストロギアを、生身の人間がゼロ距離で破壊した、などという内容は公表できんからな。」

 レジアスの説明に、一つ得心したように頷くプレシア。当然と言えば当然の判断だ。

「主犯のキャデラックは、どんなに軽く見積もっても恩赦なしの懲役百年を下回ることは無いだろう。情状酌量の余地もないし、君のように司法取引の材料になるようなものもない。第一、反省の様子も無い。」

「逆に、バナールのほうは、一応従犯という扱いにはなるが、正直大した刑にはならんし、その必要もない。騙されてわめいていたいただけで大した事はしていないし、計画の内容すら知らなかった。いてもいなくても事件に影響は無かったし、口は悪いがそれなりに本気で反省している。反社会的な態度でかつ保釈金を払った直後の犯行と言うことで刑が少々重くなるが、それでも重くてせいぜい四年程度の懲役刑の後、更生施設で奉仕労働、と言うところだろう。」

「バナールだったかしら。その子に対しては少々甘い気はするけど、まあ、妥当なところでしょうね。」

 プレシアの言葉に一つ頷く。ぶっちゃけ、バナール自身の行動そのものは、わざわざ罪に問えるようなことではなく、せいぜいキャデラックにそそのかされて、何も知らずに馬鹿をやったことだけだ。本人も刑に素直に従うつもりらしいし、事件が秘匿されることもあって、故郷である自治区を追われるようなことにはならないだろう。

「それで、本当に優喜の体は大丈夫なんだろうな?」

「ええ。胡散臭いぐらい問題無しよ。」

「あれほどの技を撃って後遺症が残る心配なし、か……。」

 受け取ったデータと優喜の現状を聞いて、思わず黙りこむ大人達。

「とはいえ、多用できる技ではないのは確かね。本人の自己申告通り、撃てていいとこ、二十四時間で二発、と言うところよ。まあ、アルカンシェルも真っ青なエネルギー量を扱うんだから、それぐらいのリスクは当然ね。」

「そもそも、何に対して二発も撃つのかね?」

「何に対して、って言うのは分からないけど、優喜がああなった原因は、二発で効かない相手とやりあったから、らしいわよ。」

 グレアムの問いかけに、しれっとそんな事を答えるプレシア。

「これはブレイブソウルも言っていた事だけど、正直、これを何発も撃ちこむ必要がある相手なんて、想像もしたくはないわね。それこそ、神様にでも喧嘩を売ったとしか思えないわ。」

 プレシアの言葉に黙りこむグレアムとレジアス。だが、プレシアは容赦しない。

「この技、確かにきわめて効率的ではあるけど、同時に恐ろしく非効率なのよ。まず、接触限定と言う時点で、単体以外に効果がない。その上、外部に余波の類が一切漏れないから、叩き込んだエネルギーが、相手の消滅以外には欠片たりとも使われない。だから、目の前の一つを消滅させるには極上だけど、多数を相手にするときには、まったく使い道がない。しかも、生き物相手に使うには、威力が大きすぎて率が悪いし、消滅させないように加減する、なんて器用なまねをするなら、使う必要自体が無い。本当に、あの武術の開祖は、何と喧嘩をするためにこんな技を編み出したのかしら。」

「……とりあえず、何に使うのかが、どうやっても想像できない事だけは分かった。」

「この技が何発も必要な相手が、我々が対処せねばならん状況で出てこないよう祈るしかなかろうな。」

「それが賢明ね。どうせ、備えようもないのだし。」

 プレシアの言葉にため息をつく二大巨頭。

「それで、念のために確認しておくが、この技は伝授可能なのか?」

「可能な方がありがたいの? それとも逆?」

「どちらでもない。と言うか、可能かどうかを知らねば、考えようもない。」

「そう。まあいいわ。」

 はぐらかされたかのような返事に苦笑しながら、とりあえず優喜がした説明を告げる。

「伝授が可能と言うより、彼の武術を系統だって学んでいけば、特に教えなくても自然とたどり着くそうよ。ただ、今のところ、ちゃんと系統だてて教えている相手はいないから、今のまま何十年修行しても、多分この技には至らないだろう、とも言っていたけど。」

「そうか。」

「具体的に、どの程度の期間は修業が必要だとか、そういうのは分からないのかね?」

「普通の修行でどれぐらいかかるかは、よく分からないそうよ。この技の使い手が、普通だったケースが無いらしいわ。」

 プレシアの返事に、渋面を作るグレアムとレジアス。普通でないのなど、最初から分かっていることだ。

「普通、の定義から聞きたいところだが、そこは置いておこう。まず、まともなやり方で、その技が見えるラインに到達するのにどれぐらいかかるのか、そこから確認した方がよさそうだね。」

「それもちゃんと聞いてあるわ。生活の八割を武術に捧げて、それで二十年ならそうとう早い、と言ったところらしいわね。短縮する方法もあるけど、短縮すればするほどリスクも跳ね上がるらしいのよ。」

「優喜の場合、元の年齢から考えて十年、いや、今ぐらいの年に一度やらかしているらしいから、もっと短いか。相当リスキーなやり方をしたようだな。」

「初期段階は、修行とか訓練とかじゃなくて、もはや肉体改造の次元だったみたいよ。」

 優喜いわく、正気を保てる限界のやり方だったらしい。フォルクのレベルまで三日で、と言っていたが、それは気功周りについてのみで、その期間で主にやらされたのはむしろ、己の神経系統の完全掌握だったらしい。終わった後は、心臓すら自在にコントロールできるようになっていたそうだ。

 他にもいろいろ、ちゃんとフォローできる人間がついていないと確実に廃人になるようなやり方で、本来年数をかけて鍛える肉体面も鍛え上げられて、たった半年で無理やり、人間の限界というものが見えるところまで引きずりあげられたそうだ。

「正直、管理局でやるわけにはいかないやり方だね。」

「聖王教会の小僧のカリキュラムですら、教導隊あたりの訓練よりえげつない。それ以上となると、まともにこなせる人間を探す事すら難しくなるだろうよ。」

「本人も同じ認識よ。自分と同じやり方は、師匠かその家族ぐらいしかできないだろう、ってね。」

「なるほどな。となると、その師匠とやらがこっちに来て余計な事をしない限り、知らぬところであれと同じような存在がごろごろ生まれる、という事態にはならんか。」

 レジアスの言葉に、一瞬数万人の竜岡優喜が総攻撃を仕掛けて来る映像を想像するプレシアとグレアム。同時に考えたタイトルは、「管理局終わった」だ。何というか、アルカンシェルで吹っ飛ばしても、殲滅出来る気がしない。あまりの恐さにその考えを封印して、なかった事にする。

「とりあえず、話を戻すわね。」

「ああ。」

「あの技を何発も撃たなきゃいけない相手に関しては、現時点ではそもそもどういう相手なのかが想像すらできないから、対策の立てようもないわね。武術を複数人に伝授させるにしても、時間的にも人員的にも限度があるし、第一最後まで育てきるまで、優喜がこちら側にいる保証もないわ。」

「だな。」

「そうなると、結局は、そういう相手が出現した時は、私たちはバックアップに徹して、彼に丸投げするしかないわね。いろいろな意味で、あまりにもデータが足りないわ。」

 プレシアの言葉に、一つ頷くおっさん二人。そこで、一つ気になった事を質問する。

「それ自体はいいのだが、奴の本能は元に戻るのか?」

「可能性は、それほど低くないと思っているわ。」

「その理由を、聞いてもいいかね?」

「ええ。私の体を治した時までさかのぼるのだけど、フェイトがね、はやてから借りた漫画に毒されて、お礼と称して優喜となのはにキスをした事があったのよ。言うまでもなく、唇にね。」

 いきなり微妙な話を聞かされ、どう反応していいのか分からなくなるおっさんども。

「その時、珍しく優喜が結構取り乱して、『本人が理解してないからノーカン』ってぶつくさつぶやいてたから、あの体になってからは、完全にそういう本能が死んでいるわけではないと思うの。」

「なるほどな。」

「となると、あの子たちのがんばり次第、ということか。つくづく私たちは出来る事が少ないね。」

「仕方があるまい。いくらなんでも、儂らが無理やり風俗につれていくわけにもいかんからな。」

「そんな事をしたら、後の事は一切保証しないわよ。」

 プレシアの言葉に、表面上は平静を取り繕いながら、背筋に寒いものを感じざるを得ないレジアス。もっとも、優喜に薬を与え、自慰行為を強要しているプレシアに言われたくはない話ではあるが。

「結局は、現状どこまで行っても経過観察しかないわ。あきらめて、年寄りは大人しく、若者の可能性に賭けましょう。」

 プレシアの言葉に一つ頷くトップ二人。こうして、優喜に関しては、ほとんど匙を投げたような感じで結論が出るのであった。







「優喜、普通に食べられるんだよね?」

「うん。」

 ベッドに縛り付けられた優喜に、エプロン姿のフェイトが質問をぶつける。基本、優喜は出されればなんでも食べる。試食以外で食事に注文をつけるという事をしない主義の人間であり、余程体調が悪くない限りは、無理してでも食べてしまう。

「……うん。消化器系にダメージは出てないみたい。」

 苦手な軟気功をバルディッシュの補助を受けて行い、ざっと優喜の体調を確認する。結構大胆な姿勢になっているが、互いにそのつもりが一切ないので、照れも何もない。とりあえず、まともな食事でも大丈夫そうだと結論を出すフェイト。とはいえど、今現在消化器系にダメージがないと言うだけで、内臓も結構あっちこっちが疲弊している。やはり消化吸収が良く、あまり内臓に負担のかからない物を作った方がいいだろう。

「だけど、あっちこっちおかしくなってるから、絶対に無理はしないでね。」

 そう言い置いて、少しでも体を治す役に立つメニューを考えながら部屋を出ていく。入れ違いで、薬と包帯を持ってきたなのはが入ってくる。

「優喜君、薬持ってきたよ。」

「ん、ありがとう。」

 入院二日目。早くも怪我の治りが確認されてはいるが、それでも骨格やら筋やらに、結構深刻なダメージが出ている。内服薬だけでなく張り薬なども使って、包帯で矯正しながら治療しないと、下手をするとおかしな後遺症が残りかねない。

「包帯、緩めるよ。」

「うん。」

 大人しくなのはのなすがままになっている優喜。照れやら何やらがあって、一人でいろいろやろうとしたなのはとは大違いだ。こういうとき虚勢を張ったり無理をしたりすると、かえって悪化する事を良く理解しているのだろう。むしろ、薬と包帯の交換という大義名分があるとはいえ、惚れた男を脱がしているなのはの方が、よっぽど照れている。

「凄いね……。」

「何が?」

「皮膚の傷、もうほとんどふさがってるよ。」

「そういう傷は、治るの早いから。なのはも、自覚あるでしょ?」

「そう言えば、そうかも。」

 なのはもフェイトも、もはや無意識のレベルで、常に多少の軟気功を行うレベルに達しており、ちょっとした傷なら、一日もあればかさぶたも出来ずに消えてしまう。優喜の方が数段レベルが高いのだから、生命維持活動のレベルで行う軽度の軟気功でも、効果が段違いなのはおかしなことではない。

「……出来た。おしまい。」

「ご苦労様。」

 少し手間取りながらも、上半身全部の包帯を巻き終えるなのは。さすがに下の方は、照れとか以前の問題が絡むため、医療用機械に任せている。と言うか、プレシアも桃子も忍も、さすがに下の世話を許可するほど逝っちゃってはいない。

「……どうしたの?」

 優喜の手を握ったまま離さないなのは。どうにも、少し不穏なものを感じて確認を取る優喜。

「やっぱり、私はまだまだ弱いんだな、って……。」

 なのはの、他の人が聞けばふざけるなと言いそうな言葉に、思わず苦笑を洩らす。

「状況とか相性とか、そういうものもあるからしょうがないよ。」

「でも、優喜君から見て、私達はまだまだなんでしょ?」

「上を見れば、きりがないからね。それに、なのはもフェイトも、別に戦いたい訳じゃないでしょ?」

「それは当たり前だよ。今でも、人に向けて攻撃するのは怖いよ。」

 いまだに、人間相手に砲撃を撃つのはためらいがあるなのは。ジュエルシード事件での経験から、いまだに非殺傷設定をそれほど信用できない。それゆえ、教導や模擬戦以外では人間相手にはほとんど砲撃は使わないし、魔力弾や誘導弾も可能な限り威力を絞っている。言うまでもないが、フェイトも状況としては大差ない。

「それでいいと思うよ。そのブレーキがなくなったら、兵士としてはともかく、人としては終わりだ。それに、組織相手に身を守れる実力、っていう意味なら、今で十分だし。」

「私達が気にしてるのは、今回みたいに優喜君があの技を使わなきゃいけない時、また何もできないんじゃないか、って言う事なんだよ。」

「そこはもう、役割分担の話だし。そもそも僕は、ああいう時に生きて帰ってきて欲しいから二人を鍛えたのであって、あの手の物を相手に限界以上の無茶させるために、その技を教えたわけじゃない。」

 どうにも考え方が平行線になっている事を自覚しながら、とりあえず自分のような無茶をしないように諭す。なのはの気質から絶対納得しないのは分かっているが、それでも言わずにはいられない。優喜にとって、なのはは恩人の娘で、大事な妹分なのだ。自分がやっているから説得力はないとはいえ、出来るだけ命にかかわる無茶はさせたくない。

「それに、僕がああいう無茶をした時、なのは達まで動けなくなったら、誰が僕の面倒を見てくれるの?」

「そ、それは……。」

「そういうわけだから、無茶は男の担当だってことで、納得してくれると助かるよ。」

「……納得できないけど、納得するよ。」

 本当に納得できない顔をしながら答えるなのは。

「でもね、すごく心配するんだから、今回みたいな事は避けてほしい。」

 こういう時に頼りにしてもらえるのは嬉しいが、ああいうシーンを見せられると、半端じゃなくショックが大きい。優喜はやって死ぬのもやらずに死ぬのも同じ、などと言っているが、残される方からすれば、一緒に死ぬのと自分だけ生き残るのとでは大違いなのだ。

「残念ながら、約束は出来ないよ。先の事は分からないから。」

 予想通りの優喜の返事に苦情をぶつけようとしたところで、フェイトが作った食事を持って、すずかが入ってくる。

「あれ? フェイトは?」

「今は、私達が食べる分を作ってくれてるよ。ゆう君の食事は時間がかかるだろうからって、先に作ってくれたんだ。」

「そっか。気を使わせたかな。」

「今は気にするときじゃないよ。」

 そう言ってベッドに備え付けられたトレーをを引っ張り出し、料理をざっと並べる。そのまま自然な流れで傍らに座ると、薬膳粥を一つすくって息を吹きかけ、優喜の口元に運ぶ。

「はい、あーんして。」

 すずかの言葉にしたがい、素直に口を開く。以前のなのはと違って、無駄な抵抗はしない。

「……。」

 その様子をじっと見つめ、何やら考え込むなのは。わざとか無意識か、優喜の口元にレンゲを運ぶたびに、すずかの年に見合わぬ大きな胸が、彼の腕でひしゃげる。

「……。」

 二人に気付かれないよう、いまだにまっ平らな胸に手を当てる。今ならまだ、ユニゾンすれば辛うじてすずかに勝てるが、それをするのは負けたような気がする。だが、仮にちゃんとあの姿に育ったとして、結局同じ年の頃のすずかとは勝負にならない気がする。

「……。」

 胸元を見下ろしていた視線をすずかに向ける。良く見ると、すずかの顔がほんの少し赤い。どうやら無意識ではなく、わざとのようだ。いわゆる一つの「当ててんのよ」と言うやつだろう。発育がいい女の子の特権である。なのははおろか、フェイトでも同じ真似は厳しい。

 現時点ではフェイトのバストは、アリサやはやてにも逆転されている。なのはと違って測るたびにじわじわ増えているので、単に性格同様胸の成長もマイペースなだけらしい。とはいえど、さすがに天然ボケのフェイトといえど、思春期に入ってそういう事が気になる年頃になった今、かなりの危機感は持ち始めている。

「あれ? まだ終わって無かったんだ。」

「あ、フェイトちゃん。」

「ご苦労様。」

「……もうちょっとでおしまいみたいだから、配膳だけ済ませて待ってるよ。」

 ボードの上の料理を見て、そう結論を出す。隅に立てかけてあったテーブルを引っ張り出すと、その上に三人分の昼食を並べる。

「なのはとすずかも、薬膳粥にしたけど、いいよね?」

「うん。」

「お代りも持ってきてるから、どんどん食べてね。」

 テーブルの中央に粥の入った土鍋を置くフェイト。どうやら、作った分を全部持ってきたらしい。

「ご馳走さま。」

 小鉢の最後の一口を食べ終え、気持ちの上で手を合わせてそう告げる優喜。

「お粗末さま。」

「美味しかったよ、ありがとう。」

「口にあってよかったよ。」

 そういって微笑むと、行儀よく手を合わせて食事を始める。

「……。」

「……。」

「どうしたの?」

 一口食べて、見た目のシンプルさとは裏腹の丁寧で凝った味付けに、思わず声を失う。専門ジャンルでは負けていない自信はあるものの、和食だとどうあがいても追いつける気がしない。

「あ、うん。」

「どれもシンプルな料理なのに、すごく美味しくてびっくりしてたんだ。」

「そっか。実は、ちょっと実験した事とかもあるから、評価が怖かったんだ。」

 おっとり微笑むフェイトに、いろいろ負けた気分になるなのはとすずか。そもそも優喜の場合、性欲がほとんど無いのだから、色気より胃袋を責めた方が効果的なのではないか? と言う事に思い至る。言うまでもなく、フェイトにそんな計算ができるわけがないので、自然体で最大効果を発揮したのだろう。

 もっとも、なのははそもそも得点稼ぎという発想がないし、すずかとてアピールや策略と言うより、優喜の本能の回復を焦ったというのが正しいところだ。結局、三人そろって、まだまだ駆け引きと言う考え方には至らないのである。

(とりあえず、砲撃よりお料理とかを、もっと頑張ろう。)

(焦って行動しても意味がない、か。)

 とりあえず、まずは足場固めに本腰を入れる事を決意する少女たち。この後、優喜の入院中に、フェイト自身がなのはの洋食やすずかの和風中華に衝撃を受け、さらに料理の研究に余念が無くなるのだが、ここだけの話である。






後書き
とりあえず、補足説明なども少し入れてみました
[159]kyoko◆fd47bbf4様、バナールが自治区を追われずにすむ理由、これで納得していただけるでしょうか?



[18616] 閑話:竜岡優喜の鉄腕繁盛記
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/04/09 19:07
「優喜、ちょっといいか?」

「どうしたの、士郎さん?」

 部屋でがっつりアクセサリを作っていた優喜は、ノックとともに士郎に声をかけられ、作業の手を止める。

「少し話したい事があってな。」

 帳簿を手に部屋に入って来る士郎。帳簿を持ち込むような話にピンと来なくて、少し首をかしげる。

「それ、翠屋の帳簿だよね。何か問題が出てきたの?」

「ああ。優喜は税制とかはどれぐらい知ってる?」

「そんなに詳しくはないよ。経営が絡む話の知識なんて、昔バイト先の店長が面白半分で、貸借対照表の大雑把な見方を教えてくれた程度。後、個人と法人の違いを簡単に教えてもらったぐらいかな。」

「だったら、そこからか。」

 どうやら、帳簿を開く必要があるらしい。机の上をざっと片付け、空きスペースを作る。

「まず、翠屋は法人にはなっていない。これはいいな?」

「うん。普通、翠屋みたいな店は、チェーン展開でもしない限りは、法人にする事ってまず無いって言ってた。」

「まあ、そういうことだ。で、飲食店にせよ工場にせよ、個人と法人ではずいぶん税制が違ってな。」

 そう言って、ざっと帳面を見せながら説明をする。細かい話をすると簿記あたりの参考書並みの内容になってしまうので要点だけを説明すると、法人と個人では、利益として課税対象になる範囲がかなり違う、という話だ。法人では一定範囲までは、社長一家の給料は累進課税の所得税、会社の利益は定率の法人税と課税対象としては別計算になるが、個人の場合は店の利益とオーナーの給料はワンセットで所得税として課税され、累進課税の対象になる。このため、個人だと利益をあげればあげるほど手取りが少なくなるケースが出てくるのである。

「えっと、で?」

「優喜のアクセの売り上げが、いい加減税務署に目をつけられそうになってきてな。個人の店だと、生計を一にする人間に支払う報酬は、いろいろうるさいんだよ。」

 個人経営での一番の難点は、家族で店を営んでいる場合、働いている家族の給料は別々に、と言う扱いは認められない事が多い。翠屋の場合で言うと、本来なら桃子に支払われる給料も、士郎の給料として扱われる事になり、その分士郎の収入が増えたという事になって、夫婦別々に給料を支払っていた場合に比べ、所得税の課税率が跳ね上がる。この部分は、アクセの売り上げとして優喜に支払うお金にも言える話だ。

「そっか。それで、どう対応するつもり?」

「デビッドさんや月村の人たちとも話し合ったんだが、いい機会だからお前さんも、店を持つのはどうか、という話が出てる。」

「……正気?」

「ああ。ここに転がってる在庫とか、受注生産分とか、そういうのも計算したうえでの結論だ。材料費やら家賃光熱費やらを考えても、十分にやっていける売り上げになっているしね。」

 優喜が心配しているのは、売上だけの問題ではない。自分は戸籍上はまだ中学生で、今みたいに軒先を借りる形ならともかく、独立した店を構えるのはいろいろややこしい問題があるのではないか、という点である。

「後、一応就労制限はあるが、中学生は絶対に働いちゃいけない、ということじゃないから、そこらへんの問題もいろいろ考えてある。」

「まあ、それはいいんだけど、具体的にはどうするの?」

「今出てるのは、忍ちゃんを株主兼社長と言う形にして、月村家とバニングス家が共同出資する形で株式会社を立ち上げる案だ。優喜が課外時間に加工した分を買いあげる、という形式で店舗に並べて販売する形にすれば、優喜自身は自由業と言う扱いになるから、労働基準法には触れない。要は、学業との両立が出来てさえいればいいんだ。」

 やけに大掛かりな事を考える人たちだ。そもそも、優喜がいつまでこちらにいるのか分からないと言うのに、そこまでやっていいのだろうか?

「……いつまで僕がこっちにいるかも分からないのに、それを本気でやるの? わざわざ店も人も用意して?」

「ああ。別に迎えが来て事業が続けられなくなれば、会社を畳めばいいだけだし、初期投資ぐらいは、三年あれば十分回収できるよ。それに、デビッドさんや月村の人たちにとって、それぐらいの費用はポケットマネーで遊びで出せる範囲だ。」

 確かに、富豪である彼らなら、株式会社を立ち上げるための資本金と、店を一軒用意するための資金ぐらいは、即金で出せる範囲だろう。だが、曲がりなりにも実業家でもある彼らが、そんな趣味の延長線上みたいな事に、そこまで大きな資金を出す事も、普通はあり得ない。

 要するに、竜岡優喜にその程度の投資をする用意はある、という意思表示であると同時に、そう簡単には逃がさないという宣言でもあるのだ。

「それで、僕にこの話を持ってくるってことは、話はもうほとんど決まってるってことだよね?」

「ばれたか?」

「分からないわけがないよ。」

 士郎の言葉に、ため息をひとつつく。実際、優喜自身も、そろそろ今のやり方は潮時かもしれないとは思っていた。いい加減、入ってくる金額が大きくなってきて、間借りと言う形では不味いんじゃないかと感じていたところだ。

「どこまで話が進んでるの?」

「もう、店舗の用地選定も人員の選定も終わっていて、後はお前の承諾を得て、実際の手続きを進めていくだけになっている。」

「……嫌な外堀の埋め方をしてくるね。」

「駄目と言われたところで、別のやり方をしただけだしな。因みに、店長は当面はノエルちゃんにお願いしてる。優喜の手が空いてない時に彼女が店を空けざるを得ない場合は、美由希かさざなみの人たち、もしくは鮫島さんが店番をしてくれる手はずになってるよ。」

「本当に、無駄に段取りがいいよね。」

「お前さんを見習って、な。」

 ここまでやってしまえば、優喜が嫌と言わない事を見越しての行動だ。普通なら反発するところだが、思惑はどうあれ、自分の事を考えての行動なのは間違いなく、勝手に話を決めるな、ぐらいしか文句も言えない。稼ぎ次第では学費と生活費ぐらいは出せるかもしれない、となると、居候の身分としては断るのも惜しい。出したところで受け取らないのは目に見えているが、こういうのは気分の問題だ。

「で、どうする?」

「そこまでされて、ノーと言えるほど義理を知らないわけじゃない。」

「だろうな。まあ、この話が流れたとしても、別のやり方を考えるつもりはあったがね。」

「これ以上手間をかけるのもあれだし、そのまま進めて。」

「了解。店舗工事に入る前に、間取りやデザインの打ち合わせをするから、その時は連絡する。」

「は~い。」

 こうして事実上、優喜のこちらでの将来の仕事は決まってしまうのであった。







「店、か。」

「どうしたのさ、いきなり。」

「いや、何。他人の生活を背負うようになれば、そうそう無茶を言いだす事はなくなるかな、と思ってな。」

 三カ月後。各種申請も通り、着工前の最後の打ち合わせを終えたあと、珍しく、特に用もないのにブレイブソウルが口を開く。意外に思うかもしれないが、この変態デバイス、普段はほとんど喋らない。用もないのに自分からべらべらしゃべるのは、特に理由もなく、長時間部屋などに放置された時ぐらいだ。

 基本、口を開けば碌な事を言わない駄目人格だが、人生経験の長さか、時折実に深い事を言う。いや、むしろ駄目人格を装わないとやっていられないほど、余計な経験を積んでしまったのかもしれない。

「無茶、か。僕自身はそんな無茶を言った自覚はないんだけど。」

「普段はな。正確な話をすると、だ。友の場合、普段と変わらぬまま、非常時にナチュラルに最終手段を取る傾向があるのがな。」

「秘伝を撃った時の事?」

「ああ。正直、あの技をモニタリングして、ありもしない背筋に怖気が走ったぞ。いくら他に手段が無かったとはいえ、取れる準備をせずにあんなものをナチュラルに撃とうとするのは、正直やめてもらいたい。」

 ブレイブソウルの言葉に苦笑する。

「あれしか手段が無いんだったら、躊躇ってもしょうがないでしょ?」

「限度と言うものがある。第一、誰かを犠牲にして助かったところで、助けられた方が苦しむだけだ。それを理解していないとは思えないが?」

「分かっちゃいるよ。僕だってそうだったしね。ただそれでも、みんなで一緒に仲良く死のう、なんてのは受け入れられない。」

「あがくのは大いに結構だが、単独でケリをつけようとするのはよろしくない。自己犠牲など、下らん感傷に過ぎんよ。」

 本当に、言いにくい事をずばずば言うデバイスである。

「まあ、それについては、今後もなるようにしかならないよ。人の身ではどうにもならない事も多いし、自己犠牲だなんだって言ってられない事態も、ないとは言い切れないし。」

「……全く、困った男だな。」

「そこはお互いさまでしょ。」

「違いない。まあ、くれぐれもなのは達を泣かせるような事にならんようにな。特にフェイトは、君に何かあったら、確実に壊れる。」

「まったく、ありがたくない話だ……。」

 重ねてきた四年と言う時間の長さと濃さに、小さくため息をつく。ある種孤立していた彼女に対し、最初に手を差し伸べた外部の人間だというだけなのに、ずいぶんと重い扱いになってしまったものだ。優喜の側も、言い訳をする気が起こらない程度には、今の人間関係に対して情がうつってしまっている。

「まあ、なるようにしかならない事は今は置いておこう。さしあたって僕が悩まなきゃいけないのは、開店までに作っておくアクセサリーの種類と数、かな?」

「どう転んでも、大量生産は不可能だからな。さすがに、月村家もバニングス家も、いきなりそこまで投資する気もなかろう。」

「だね。」

 これからいろいろ大変そうだ、ということで意見の一致を見て、思わずため息をつく優喜とブレイブソウルであった。







「ギルから聞いたが、店を持つそうだな?」

「おや、耳が早い。」

 いくつかの部隊で試験的に使われているスケープドールと各種消耗アイテムを納めに来た時の事。開口一発、レジアスがそう話を切り出す。

「その類のものも扱うのか?」

「まさか。ただの宝飾店。」

 あっさり否定する優喜に、まあそうだろうな、と納得する。そこでふと、思いついた事を口にする。

「ならば、ミッドチルダで、それを扱うための店を用意するのはどうだ?」

「は?」

「いい加減、今のやり方もどうかと思っていてな。それに、スケープドールにしても、保管・管理する場所があった方が良かろう?」

「スケープドールについては、確かにそうかもね。ただ、マジックアイテムを商売のメインにする気はないよ?」

「ならば、表向きの看板として、オーダーメイド専門の宝飾店でも開けばいい。なんなら、時の庭園と高町家のように、ミッドチルダの店と海鳴の店を繋いでもいい。」

 やけに乗り気のレジアスに、思わずジトっとした視線を向ける。店一つでも大変そうなのに、二つも三つもどう管理しろ、と言うのだろうか?

「別段、受注と保管メインでかまわん。それなら、自動受付システムでも用意すれば問題ないし、それでは味気ないというのであれば、信頼できる人間ぐらいは紹介する。」

「要するに、いちいち僕を呼び出して注文を通してられない、と。」

「まあ、そういうことだな。それに、そろそろ正式運用の話も出ているから、最低限個人商店の体裁をとっていてくれた方がありがたい、と言うのもある。」

「それ、僕がいなくなった後の事は考えてる?」

「そこが不安要素ではあるが、個人に依存していて一か所に調達が集中している物資は少なくないから、今更一つ二つ増えたところで、という面もある。」

 それでいいのか管理局、と言う感想を飲み込み、苦笑しながら頷く。

「まあ、一つ贅沢を言うのであれば、スケープドールだけでも誰かに作り方を伝授するか、誰でも作れる量産システムの構築をしていてくれればありがたいが。」

「……まあ、今後注文も増えるだろうし、エリザ先生と相談して何か考えるよ。」

「ありがたい。とりあえず、さっきも言った理由で、こちらでもお前の店の準備を進めておくが、いいか?」

「了解。あまりシステム的なところは詳しくないから、出来るだけ簡単に運営できるようにお願い。」

「分かっている。悪いようにはせん。」

 こんな感じで、優喜は同時に二軒の店を経営する羽目になるのであった。









「これはどこに並べるの?」

「そっちのショーケースに。」

 そして、時は流れて春休みの中ごろ。ついに、翌日開店と言う段になった宝飾店「ムーンライト」。店名は、出資が主に月村家から出ている事に由来している。店の名前に合わせて、三日月をモチーフにしたイヤリングやペンダントなどをたくさんデザインしたため、さすがの優喜も、当面は月絡みはネタ切れである。

 黒を基調とした、シックで落ち着いた雰囲気の高級感漂う店内に、見栄え良く配置されていくアクセサリー類。優喜の部屋に適当に放置されていたころよりも上等に見えるのだから、置き場所の効果と言うやつも馬鹿に出来ない。

「明日からは、ノエルさんにはお世話になります。」

「気にしないでください。主一家の役に立つのは、メイドの喜びですから。」

 そもそも、最近は恭也も忍も免許を取って、二人だけでアクティブに動き回るようになってきた。護衛と言う面でも、恭也一人で下手なSP五人分の仕事をするし、そもそもマッド二人の合作である個人用防衛システムを突破できる人間はごく少数だ。雑用に関しても、屋敷にいる間はいくらでもやってくれる人がいるし、外出中は二人であれこれやるのが楽しいらしい。

 要するにノエルは、微妙に手が空き始めているのである。それに、お払い箱にこそされてはいないが、新婚夫婦の間に割り込むような野暮はしたくないという事情もある。彼女にとっても、今回の話は渡りに船、みたいな部分があったのだ。

「なんだか、ポスターとかポップとか作りにくい雰囲気のお店だよね。」

「売るものがものだから、あんまり安っぽくは、ね。」

 忍の言葉に、思わず納得する。いくら優喜の手が早いとはいえ、所詮個人が作るものだ。作れる分量が知れている以上、薄利多売に走るのは難しい。だったら、最初からある程度高級な雰囲気の店にして、そこそこの値段をつけた方がいい。元々、翠屋に置いてもらっていた時も、そこまで安くはなかったのだ。

「それにしても、どれもこれも落ち着いたいいデザインだよね。」

「本当。一つ欲しいけど、さすがに値段が……。」

 小遣いの残高と比較して、がっくりした感じのなのはとフェイト。次元世界の通貨なら、それこそこの店を根こそぎ買い取れるぐらいの現金を持っている二人だが、日本円は乏しい小遣いをやりくりして使っている身の上だ。そのため、出来るだけ両方で使えるものは、ミッドチルダで買って帰るようにしているが、年頃の女の子はあれこれ物入りである。

 優喜のように、ある程度小遣い稼ぎが出来るのであればまだいいのだが、なのはもフェイトも、管理局の仕事が忙しすぎて、高町家の代表的な小遣い稼ぎである、翠屋のお手伝いがなかなかできない。もっとも、元々結構男性客も多い翠屋の場合、二人が同時に手伝いに入ると、売り上げが跳ね上がる代わりに厨房が地獄を見る羽目になるのだが。

「明日手伝ってくれるんだよね?」

「うん。」

「そのつもりだけど?」

「じゃあ、アルバイト料として、一つ取っておいてあげる。」

「「いいんですか!?」」

 名目上とはいえ、トップの剛毅な決断に、目を輝かせるなのはとフェイト。つける機会が少ないアクセサリー類を結構持っているというのに、まだこういうのが欲しいあたりが女の子である。因みに、あまりアクセサリー類を身に着けないのは、校則などの問題ではなく、単にあまりおしゃれをするとナンパがうざいからだ。むしろ、普段はジャージで行動する事の方が多い。

「いいのいいの。その代わり、明日は宣伝のために、うんと着飾ってもらうからね。」

「「はい!!」」

 その後、明日のための衣装合わせなどを済ませる少女達。長身のフェイトはクールでカッコいい女に、発育のいいすずかは清楚な色気たっぷりに、一番年相応の雰囲気を纏うなのはは思春期特有の繊細な魅力を前面に出し、あしらったアクセサリとの十分な相乗効果を引き出すことに成功する。ここら辺は、衣装を担当したさくらとアリサの面目躍如というところか。

 あまり一度に売れすぎても困るから、と、開店セールの類もなければ折り込みの宣伝チラシもばら撒いていないムーンライト。だが、翠屋に置かれた店の名刺と、アクセサリー類販売中止のお知らせが効いてか、それとも一日だけのアルバイトが効いてか、開店初日は予想よりも多くの客が来店し、さほど安くもない商品が結構売れてしまったのであった。







「お疲れ様。」

「お客さん、一杯来たよね。」

「だね。まあ、アクセサリーなんて頻繁に買うものでもないし、いっぱい売れるのはせいぜい長くて今月いっぱい、ってところじゃないかな?」

 優喜の言葉に、そうかもと同意するなのはとフェイト。元々、翠屋に並べていたころより値段が高く設定されているし、その分素材も手間のかかり方も一段上だ。それまで作っていた安い素材の物は、店ができるまでに翠屋やフリーマーケットで大方売りつくしている。

「でも、お店が始まっちゃったから、ますます一緒に遊びに行ったりは難しくなるかな?」

 隣に座って、そっと優喜に体を持たれかけさせながら、寂しそうに言うなのは。フェイトも、反対側から同じような感じで体を預ける。いい加減、体が大人のそれになってきた三人が座ると、ソファーが普通に満員になる。休み明けには中学二年に進級するので、そろそろ子供のじゃれあいとはいえなくなってきている。

 はやてに追い抜かれたまままだ追いついていないとはいえ、フェイトの体型は同年代の平均を超えているし、まだ初潮が来ていないなのはも、ようやく胸が張る感覚が出てきて、女性の体に変化する兆しが表れた。日本人の平均をやや超えたあたりで、急激にバストの成長が遅くなってきたはやてとは違い、二人ともまだまだ第二次性徴が止まる様子は無い。

「まあ、個人の店だし、休もうと思えば休めるんじゃないかな?」

 今日は、と言うか最近えらくスキンシップが過剰だな、などと思いつつも、女体の柔らかさと人肌のぬくもりにこれと言った感慨も抱かずに、二人の不安を事もなく解消してやる。こういう行動がなにを意味するのか、知識の上では何となく理解しているが、感情面では理解できない。

 とりあえず、最近胸を押し当ててくる事が多いフェイトとすずかに、はしたないから慎むように言うべきか否かと言うのがひそかな悩みではある。大人達にこの話をして、釘をさしておいてくれないかと言ったところ、思いっきり白い目で見られた上で小一時間ほど説教を食らったため、言っていいのかどうか判断できなくなったのだ。正直、胸を押し当てられたからと言って優喜が何かを感じるわけが無く、完全に独り相撲になっている感が強い。


「それに、最悪ブレイブソウルに店番任せる手もあるし。」

「友よ、そういう美味しいイベントでは、毎回ハブられている気がするのは気のせいか?」

「さあ、どうなのやら。」

「イジメカッコワルイ!」

 少ししんみりした雰囲気を、あっさり粉砕するブレイブソウル。余りに跡形もなく雰囲気を壊され、苦笑するしかないなのはとフェイト。

「とりあえず、そういう時に限らず、ブレイブソウルが店番ってケースも結構出てくると思うし、そういう意味では頼りにしてるよ。」

「ひどい男だ。そう言われると、Noとは言えんではないか。」

「頼りにしてるから、店番の時に下ネタエロトークはやめてね。」

「友よ! さすがに私もTPOぐらいはわきまえているつもりだぞ!?」

 ブレイブソウルのその発言に、思わず目で会話をする三人。結論の一致を見て、とりあえず突っ込みを入れてやる事に。

「微妙に信用できない。」

「TPOを弁えた上で余計な事を言うのがブレイブソウルだし。」

「そこまで信用ない!?」

「「「日ごろの行いが、ねえ。」」」

「イジメカッコワルイ!」

 とりあえず、日ごろ無駄に豊富な経験でこちらをいじってくるブレイブソウルをフルボッコにして、これまでの仕返しを済ませる三人。日ごろの行いと言うのは実に大事だ。

「とりあえずなのは、フェイト。いまいち友には効果が薄いし、母君に見られたら私の比ではないぐらいにいじられるだけだから、そろそろ見た目だけいちゃつくのはやめにしてはどうか?」

「……。」

「……。」

「はっ!? これが地雷を踏み抜くということか!?」

 なのはとフェイトの絶対零度の視線にたじろぎ、余計なことを口走るブレイブソウル。

「ねえ、レイジングハート。」

「バルディッシュ、ちょっといいかな?」

『『御心のままに。』』

「な、何をする気だ?」

「暴力的な事は何も。」

「ただ、貴方のメモリーから、今の光景を削除するだけだよ。」

「イジメカッコワルイ!!」

 さすがのブレイブソウルも、レイジングハートとバルディッシュの二機を相手にするとなると、かなり分が悪いらしい。結局は、なのは達の秘蔵映像を守るのが精いっぱいで、今の決定的瞬間を守り切る事は出来なかったようだ。

「とりあえずブレイブソウル。」

「な、何かな、友よ。」

「同じネタは三度まで。」

「くっ、オチを潰された!」

 と、珍しく分が悪いまま会話を終える事になるブレイブソウル。優喜の胸元を離れ、部屋の隅でいじけるように転がっている彼女の姿に、思わず笑みが浮かんでしまう。

「とりあえず、入ってるオーダーを蹴りつけなきゃいけないから、四月は結構忙しいかも。」

「私達も、あまりお休みは取れないから、がんばってせいぜい御花見ぐらいかなあ。」

「だよね。こんなに忙しい中学生って、滅多にいないと思う。」

「違いない。」

 こうして、竜岡優喜は職人兼商売人として、日本とミッドチルダ両方で忙しく働く事になるのであった。



[18616] 第8話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/04/16 17:57
「セイン、そっちはどう?」

「ちゃんと買って来たよ。ディエチは?」

「ぎりぎりってところ。」

「そっか。お互い、余分なお金は残らなかったみたいだね。」

「うん。この手の物って、消耗品なのに結構高いよね……。」

「無事調達任務を終えた事を喜ぶべきか、折角盛り場にまで来たのに色気もくそもない買い物以外、何も出来そうにない事を嘆くべきか……。」

 セインの言葉に、ダークな表情でため息をつくディエチ。あれで何な格好で歌い踊る事にはもう慣れた。最近はファンもついて、それなりにやりがいが無いわけでもない。だが、さすがに今回の買い物は、正直微妙な気分にしかならない。何が悲しゅうて、正体がばれないようにアレでナニな格好までして、繁華街のディスカウントストアで、自分達が使うわけではない物を大量に買い込まねばならないのか。

「そもそも、何でこんな事になったのか知ってる?」

「あれ? セインは聞いてないの?」

「全然。」

「最高評議会派の連中が、保身のための証拠隠滅に、ドクターに全部押し付けたんだって。」

 予想外の理由に、表情の選択に困るセイン。ディエチも、どう言っていいのかが分からない、と言う顔をしている。

「……また唐突に、どうしてそんな事に……。」

「管理局内部の派閥闘争の結果、ってところかな? なんか、フェイトお嬢様が内偵に入った時に、事故で……。」

 セインの問いかけに、あたりをはばかりながら小声で理由を説明し始めるディエチ。が、最後まで説明を続ける前に、聞かれるとまずい人が横から口をはさんでくる。

「私が何?」

「フェイトお嬢様が、事故で何かの装置の電源を落としちゃったらしくて……。」

「あ~、あの事か。恥ずかしいから、あまり思いだしたくないよ……。」

「って、ナチュラルに話に混ざってるけど、何でアンタ達がここに!?」

 今更のようなノリ突っ込みで、だっさい恰好をしているなのはとフェイトに突っ込みを入れるセイン。ディエチも、両手に買ってきた荷物をぶら下げたまま、思わずファイティングポーズをとりそうになる。

 因みに、なのはは髪をいつものサイドテールではなく一本の三つ編みにして、Tシャツにオーバーオールと麦わら帽子と言う、どこの田舎の農民だという服装をしている。フェイトはフェイトで、折角のくせのない金糸の髪をお下げにして、黒ぶちの野暮ったいメガネをかけ、これまたどこの田舎から出てきたのか、と言う野暮ったいブラウスとスカートを身にまとっている。因みに、変な癖がつくのを防ぐために、髪型はバリアジャケットの応用である。理由が理由ゆえに、これぐらいの許可は下りるのだ。

 もっとも、セインとディエチも服装的には大差なく、せいぜい髪型をいじっていない代わりに光学処理で髪を染めていることと、方向性が田舎者が都会を勘違いしている、と言う感じになっている程度だ。要するに、この場の四人はそろいもそろって、傍目にはダサい田舎のおのぼりさんにしか見えないのだ。

「何でって、なんとなく見知った顔が、私達と大差ないぐらいわざとらしくダサい服装で、おむつだの粉ミルクだのをたくさん抱え込んでるから、何してるのかなって思って。」

 なのはの台詞に、思わず顔を真っ赤に染めるセインとディエチ。二人とも、自分の服装が、年頃の少女がするような格好ではない自覚があるのだ。

「そんなに身構えなくても、今日は私達もオフだし、デバイスは今調整中で手元にないし、第一こんな街中で昼日中からドンパチするほど血に飢えてる訳じゃないから、安心してほしいの。」

「信用できない。」

「まあ、そうだよね。普通そうだよね。」

 追う側と追われる側のはずなのに、追う側に全く緊張感が無い事に、とことんまで疲れてしまうセインとディエチ。こっちは毎回、犯行現場でかちあうたびに生きた心地がしないというのに、何でこいつらはここまで余裕なんだろう?

「とりあえず、私もなのはも、せっかくのオフを逃げられると分かってる捕りもので潰す気はないし、一度あなた達とは、落ち着いて話をしたいと思ってたし。」

「そうそう。デバイスがあっても逃げられてるのに、デバイスなしで捕獲は無理だよね。」

 自分達の無能を笑い話にしているなのはとフェイトに、何ともいえぬ敗北感を味わう。そもそも、ナンバーズが毎回逃走に成功しているのは、ひとえにスカリエッティとプレシアのいたちごっこが、紙一重でスカリエッティに軍配が上がっているからにすぎない。戦闘と言う観点でみれば、ナンバーズはこの二人に一度も勝利していないし、レリックの奪取と言う目的に関しても、彼女達相手だと成功率は三割程度だ。彼女達の出動が不可能な時に事に及んだ場合は、わざわざ姿を晒しても百パーセント成功している事を考えれば、この二人は極めて優秀と言っていいだろう。

「どうしたの? なんだかすごく背中が煤けてるんだけど……。」

 心配そうに声をかけてくるなのはに、ついにセインが切れた。

「誰のせいでこんな事になってると思ってるの!?」

「ほぼ全部、ジェイル・スカリエッティの責任かな。」

「まあ、逆らわずに命令に従ってる時点で、自己責任もちょっとはあるかとなのはは思うのです。」

「「アンタ達が無罪を主張するのはおかしい!!」」

 自分達の事を棚に上げるなのはとフェイトに、思わず激しく突っ込むセインとディエチ。ナンバーズサイドからすれば、この二人が何かやるたびに、なにがしかの影響が跳ね返ってくるのだ。

「そう言われても、ね。」

「私たちだって、やりたくてやってる訳じゃないし。」

「と言うか、私、前に言わなかったかな?」

「何を?」

「ここで投降すれば、少なくとも恥ずかしいのに無理して歌って踊らずにはすむよ、って。」

 言っていた。確かに覚えがある。その後のなのはの集束砲に肝を冷やし、自分達だけでも投降すればよかったと心底後悔したものだ。あれからもうじき三年になるのかと思うと、よく生きていたなとしみじみ思う。この二人に殺意もやる気もそれほど無いから助かっているだけではあるが。

「とりあえず、なんだかイライラしてるみたいだけど、もしかしておなか減ってる?」

「カルシウムが足りない……、って言うのは、ディエチの方はないか……。」

「あたしが足りてないって、どういう意味!?」

「……言っちゃっていいの?」

「言いたい事は分かったけど、アンタにだけは言われたくないよ、高町なのは!」

「うっ、気にしてるのに……。」

 どうにも気が抜けるやり取りを続けているうちに、二人のお腹が自己主張を始める。

「あ~、やっぱりおなか減ってるんだ。」

「くっ!」

「買い食いすら許してもらえない予算の少なさが恨めしい……。」

 フェイトに指摘されて、実に悔しそうに吐き捨てる二人。あまりに哀れを誘うその様子に、思わず余計な事を考える。

「ねえ。」

「なによ?」

「この近くに、美味しいお店があるって教えてもらったんだけど、一緒に行かない?」

「「はあ!?」」

 敵を食事に誘うという魂胆が理解できないセインとディエチ。反射的に罠を警戒し、だがこの二人にそんな高等テクニックが使える気がしないというジレンマに悩まされる。

「お金の事なら、誘った以上はご馳走するよ?」

「いや、そこじゃなくて……。」

「懐柔する気じゃないのか、って疑ってるのよ。」

 ディエチの言葉に、何とも言い難い微妙な笑みを浮かべると、フェイトがものすごく正しい指摘をしてくる。

「これぐらいで懐柔されるんだったら、最初から投降してるよね?」

「……何、その腹立たしいぐらいの正論は……。」

 苦労人オーラを出して、壁に手をついてがっくりしているディエチの肩を、慰めるようにポンポンと叩くなのは。敵なのに、彼女の気遣いが変に心にしみる。

「ディエチ。」

「何よ、セイン……。」

「こうなったら、せめて一番高いものを頼んで憂さ晴らししよう。」

「……了解。」

 おごってくれる、と言う相手に対し、堂々とそんな事を宣言するナンバーズに、思わず苦笑する。正直なところ、ミッドチルダでの金銭感覚が壊れ気味のなのは達は、宝石商でもする気か、と言うぐらいの金額をカードにチャージしている。銀行に行く機会がなかなかないため、そうそう使いきれない金額を入れる習慣が出来ており、余程の高級料理店でも財布が空になる心配はしなくてもいい。それだけの金額をチャージしても、分散して預けてある口座すべてにお金があふれているのだから、トップアイドルと言うのは儲かるらしい。

「話がまとまったなら、早く行こう。結構混むお店みたいだし。」

「了解。」

「後でお金足りなかった、とか言っても容赦しないからね。」

 こうして、ウィングとナンバーズの初対談は、誰も知らないところで始まったのであった。







「あ、これ美味しい。」

「後でレシピを聞いて帰ろっか?」

「そうだね。」

 本通りから裏に一筋ずれた場所にある、こじんまりとしたお店。前評判通り結構人が待っており、いつ入れるかと微妙にやきもきしたが、ちょうど客の入れ替わりが重なったためか、意外とすんなり入る事が出来た。

「……。」

「……。」

「どうしたの?」

「口にあわなかった?」

 一口食べたきり黙りこんで、動かなくなったセインとディエチに、心配そうに声をかけるなのはとフェイト。因みに、二人とも公約通り、一番高いメニューを臆面もなく頼んでいる。

「いや、そうじゃなくって。」

「あたし達だけ、こんな美味しいものを食べて帰って、いいのかなって……。」

 最近、食事と言えばブロックタイプの総合栄養食だとか、吸収とエネルギー変換効率だけを重視した流動食だとか、餌と言う表現すらそぐわないようなものばかりを口にしているナンバーズ。理由は簡単で、ラボの設備で簡単にほとんどコストをかけずに生産できるのが、その手の軍用食の類だからだ。同じ低コストでも、高度な循環システムで効率よく自然食を作っている時の庭園とはえらい違いである。

 もっとも、食事の質に力を入れているマッドサイエンティストなど、少数派なのは間違いないが。

「そんなに、食事事情が悪いの?」

「良くはないよ。」

 出てきたものを残すのも忍びない。そう思って再び手をつけながら、真剣な顔で答えるセイン。

「あたし達が稼働したころは、まだそれなりにまともな食事もあったの。」

「でも、最近はいろいろあって、さ。」

「もしかして、そのいろいろに、おむつとか粉ミルクとか関係あるの?」

「うん。単純に手がかかる食べる口が増えて、あたし達の稼ぎだけだと結構微妙なんだ。」

 ドゥーエが本当に寝返っているのであれば、この程度の内部事情は筒抜けだろう。そう考えて、正直に窮状を訴える事にするセイン。

「誰かが産んだの?」

「違う。一人二人だったら、そもそもあたし達の稼ぎで食いつめたりなんかしないわよ。」

 ディエチの恨みがましい視線に、思わずたじろぐフェイト。

「フェイトお嬢様、潜入捜査でトチって、最高評議会の連中にとどめ刺したでしょ?」

「えっと、最高評議会って、誰だっけ?」

「……知らずにやっちゃったのか……。」

「私、潜入捜査に限らず、人を殺した事はまだないんだけど……。」

 フェイトの反応に、何ともいえぬ表情を浮かべるセインとディエチ。

「ディエチ、どう思う?」

「あたしは、あれを人のカテゴリーに入れるのは抵抗があるから、殺してない、で問題ないと思う。」

「まあ、普通なら、とっくに寿命でくたばってる連中だしねえ。」

「えっと、結局、最高評議会って誰?」

 フェイトの心細そうな表情に、どう説明するか悩む二人。正直、ドクターの悲願を妙な形で潰した挙句、余計な荷物を押し付けられる原因を作った女に、慈悲の心を持つのはどうかと思わなくもない。だが、ここまでの流れで、単純にフェイトを敵だとか憎むべき相手だとかも思えなくなっているのも確かで、この表情で悩み続けられると、クアットロに比べればはるかに健全な心が、きりキリ痛んでしょうがない。

「フェイトお嬢様。ちょっと前の潜入捜査で、妙な装置を壊さなかった?」

「装置? ……それは心当たりはないけど、何かのケーブルに足を引っ掛けたのは覚えてるよ。確か、脳みそみたいなのが入った筒につながってたような……。」

「それ。その脳みそが、時空管理局最高評議会。」

「え?」

「あたし達が、人のカテゴリーに入れるかどうか悩んでたのも分かるでしょ?」

 ディエチの言葉に、思わず反射的に頷く。

「ねえ、フェイトちゃん。」

「何?」

「一体何があったのか、話してもらってもいいかな?」

「……ん~。一応機密に引っかかるけど……。まあ、ゲイズ中将もグレアム提督も、なのはとの情報共有は構わないって言ってたから、いいかな。そっちの二人も、その様子だと、何があったかは大体知ってるんだよね?」

 フェイトの問いかけに頷くディエチ。スカリエッティ派には、ある程度コントロールした情報を流している事は聞かされている。ゆえに、この返事も予想の範囲内だ。

「ちょっと待ってね。とりあえず一応は確認するから。」

 そう言って、メンテナンス中のデバイスの代わりに持たされている通信機を取り出し、グレアムを呼び出す。本来なら、多忙な彼をこんな風に無造作に呼び出すのは、所詮二尉程度の待遇でしかない彼女がしていいことではないのだが、なのはもフェイトも管理局内ではかなり特別な存在だ。そうホイホイやってる訳でもないので、周りも黙認している。

「……ん、許可が下りた。とりあえず、詳しい話は、ご飯食べてからにしようよ。食事中にする話でもないと思うし。」

「あ~、確かに。」

 さすがに、食事中に脳みそがどうだのと言う話はしたくない。それに、認識阻害の魔法を使っているとはいえ、正体が特定される可能性のある会話を続けるのもよろしくない。ナンバーズの二人を見ると、どうやら同じ意見らしく、一つ頷いて食事に専念する。

「じゃあ、さっさと食べちゃおうか。レシピも聞きたいし。」

「そうだね。知らない野菜とかも入ってるから、そこから教えてもらわないと。」

 本気でレシピを教えてもらう気満々の二人に、思わずげんなりするセインとディエチ。正直、この二人の料理に賭ける情熱は、まったく理解できない。

「ねえ、フェイトお嬢様。」

「ん?」

「どうしてそこまで料理にこだわるの?」

「美味しいって言って欲しい人がいるから。」

 恋する乙女の顔になって答えるフェイト。その表情に、しまった、と思うディエチ。身近にそういう人間はいないため経験はないが、こういう顔をした女の話と言うのは、大概聞くのが苦痛になるほど甘ったるいのろけ話で、しかもものすごく長い。ドラマだの映画だのといった娯楽作品からの知識でしかないが、多分そう外れてはいないだろう。

「へえ、どんな男?」

 どうやら、そういう空気を読めなかったらしいセインが、地雷原に突っ込んで行く。その様子に、内心頭を抱えるディエチ。

「見た目は、すごくきれいな女の子。」

「……フェイトお嬢様って、もしかしてそっちのケがある?」

「そっち?」

「恋愛対象が女。」

「……どうしてそう思ったのかは知らないけど、ちゃんと話せば、間違いようがないぐらいには男の子だから。」

 フェイトのむっとした顔に、本気で地雷を踏んだ事を察するセイン。

「いやだってさ、フェイトお嬢様って、高町なのはとそういう雰囲気があるじゃん。それで、好きな男が見た目は綺麗な女の子って言いだしたら、さ。」

「……フェイトちゃんとは、そういう関係じゃないよ?」

「本当に? テレビとかで見てる感じじゃ、たまに外部が割り込めない雰囲気を醸し出してる事があるんだけど?」

「それを言いだしたら、そっちもたまにそんなときがあるよ?」

「そこはそれ。あたし達は姉妹だから。」

 どうにも、やたらとなのはとフェイトをそういう関係にしたがるセインと、それ以上地雷を踏むな、と目で訴えているディエチ。そんな二人の様子に気がつかず、むっとした表情のまま言葉を紡ぐフェイト。

「顔で好きになった訳じゃない。」

「でも、美形は美形なんでしょ?」

「女としてのプライドが危なくなるぐらいには。」

 なのはの、どこか遠い目をしながらの回答に、思わず絶句するナンバーズ。さすがに、そこまで女っぽい顔の男など、テレビですら見た事が無い。

「だけど、私たちがその人を好きになったのは、別に見た目の問題じゃないの。」

「一緒に歩いてると、一番最初に彼がナンパされてへこんだりとか結構あるから、出来ればちゃんと男の人に見える外見の方が嬉しいけど、それとこれとは別問題。」

 多分、今みたいにわざとダサい格好をしているのだろうとは思うが、それを差し引いても次元世界でも屈指の美少女であるなのはとフェイトを差し置いて、真っ先に声をかけられるほどの美少女顔。そんな男がいること自体、いろいろ突っ込みどころのある話だ。少なくとも、セインもディエチも目の前の二人ほどそいつを受け入れられる気がしない。

「何がきっかけで、この気持ちを得たのかは、もう今となっては分からない。でも、今の私を形作る全ての根源に、彼がいる事だけははっきりと断言できる。」

「私も、自覚したきっかけはともかく、どの時点で今の気持ちに至ったのかはもう分からない。ただ、この気持ちを差し引いても、フェイトちゃんに負けないぐらい、その子に依存してる事は分かっちゃったんだ。」

「……ごめんなさい、あたしが悪かった。」

 いろんな意味で降参するセイン。ディエチが睨んでいた理由が、今頃理解出来たのだ。これはまずい、確かにまずい。さすがにいくらなんでも、問答無用で全力全開の砲撃を叩き込まれる事はないだろうが、これだけ真面目に思いを寄せている相手を茶化すのは、たとえ不真面目がカラーのセインといえども、良しとは言えない。

 さらに言うならば、真面目な気持ちを茶化した後味の悪さに加え、どっちに転んでも延々惚気のような話を聞かされると言う苦痛を味わう。ディエチがしまったという顔をするわけだ。

「……本当に反省してる?」

「さすがに、あたしも、そういうのを馬鹿にするのはポリシーじゃない。」

「……そっか。」

「だったら、この話はこれでおしまい。」

 二人の予想に反して、なのはもフェイトも惚気も愚痴も言わずにあっさり話を済ませる。

「とりあえず、早く食べちゃおう。」

「レシピも教えてもらわなきゃいけないしね。」

 結局、レシピについては妥協しなかった二人。恋する乙女の願いに快く答えた店の主人に根掘り葉掘り聞く二人を、思わずげんなりした顔で見守るセインとディエチであった。







「それで、結局何があったの?」

「ん~、どこから話せばいいかな?」

 裏路地の廃ビル。人払いと消音の結界を張って、ボトルの飲み物に口をつけながら話を始める。

「そうだね。潜入捜査で、何を調べにいってたか、からかな。」

 フェイトの潜入捜査の内容と言うのは、違法研究について、だったそうだ。管理局本局内で違法研究をしているという情報があり、たまたま手が空いていたフェイトに話が回ってきたのだ。普通なら何日もかけるミッションだが、表ざたに出来ないルートで大方の証拠は集まっており、局員の手で正規の方法で裏付けを取るだけで終わり、という段階だったのだ。

 フェイトは知らない事だが、この表ざたに出来ないルートと言うのは、言うまでもなくドゥーエだ。管理局も腕利きの諜報員をたくさん抱えているが、彼女ほどの実力者はいない。

「その違法研究の調査とやらが、レジアス・ゲイズが仕掛けた、最高評議会排除の一手だった訳か。」

「そうなのかな? 私は最高評議会ってものの存在を今日初めて知ったから、その辺の詳しい話はよく分からない。」

「だろうね。連中の存在は、管理局でも上層部しか知らないはずだし。」

「なるほど。で、とりあえず話を戻すと……。」

 レジアスから指定されたのは、本局内部でも外れの位置にある、古さでは上から数えた方が早いぐらいの施設。管理局本局は下手な大都市よりも広く施設の数も膨大なため、古い施設の中には何のためのものか分からなかったり、もう役割を終えて休眠していたりするものも数多い。そういう施設についての情報を全部把握している部署もないため、往々にして内部での犯罪行為の温床になっていたりする。

 言うまでもなく、過去に何度もその手の施設の調査管理のための部署を立ち上げ、解体処理を進めていこうとしたのだが、その都度人手不足と予算の壁、さらには利権が絡んだ駆け引きの前に挫折して来た。ここ十数年は、役目を終えた部署の施設は、他に使い道がなければとっとと解体するようになってきたが、それでも管理局成立以前の、前身となった組織の頃からある、百年物の廃墟も結構残っている。頭が痛い事に、そういう施設や事実上何もしていない部署にも、予算は振り分けられていたりするのだ。

 組織が古く、大きくなってくるにつれて、どんなに頑張ってもこういう問題は出てくる。管理局が取り立てて腐っているわけではない。ちょっと裏側をのぞけば、複数の管理世界にまたがるような企業・組織は、大体似たような問題点を抱えている。単に、時空管理局が規模としては突出して大きく、また、前身となった組織まで見れば結構な歴史を持ち合わせている分、内部に抱える問題の絶対数が多くなるだけだ。それに、グレアムとレジアスの捨て身に近いやり方で、ずいぶんと内部は綺麗になってきている。

 因みに、この種の昔からある予算だけ食って事実上死んでいる部署の代表例に上がっていたのが、ユーノが来る以前の無限書庫だったりする。管理できないデータベースなど、予算の無駄だから廃止すべしという意見が定期的に上がり、その都度、中にどんな爆弾があるか分からないから下手に廃棄できないという意見がでて、処分先送りのまま資料の廃棄場所となっていたのである。

「結構物々しい警備をしてて、内部にはAMFも展開してあったから、これは確かに後ろ暗い事をしてるな、って思って、割と手薄なところから一気に突入したんだ。」

「真っ向勝負で?」

「うん。物々しいって言っても、アウトレンジからソニックフォームで突っ込んで行けば、さすがに対応できるような警備システムじゃなかったし。それに、ちょっと前に組んでた光学迷彩とかジャミングとか、そこらへんの魔法も使ってたし。」

 実際には、優喜が作った使い捨ての隠れ身を使って突入したのだが、そこは真実を言うとまずいと判断して誤魔化しておく。一応、隠れ身を切らした時のために、その手の魔法もちゃんと使えるように訓練している。なお、進級を期に二人ともバリアジャケットのデザインを変更しており、ソニックフォームもいろいろリファインされている。新旧どちらのソニックフォームの方が、目のやり場に困る度合いがマシかは、かなり微妙なラインではあるが。

「……一体どんな潜入工作員よ……。」

 ディエチのあきれたようなセリフに、思わず苦笑を洩らす。実際には、フェイトはいまだに閉鎖空間での戦闘は苦手だ。超音速で動ける最高速度からすれば半分程度しか出せないし、マニューバでのかく乱もやりにくい。だが、元の実力が突出している事に加え、御神流による鍛錬の成果もあって、そんじょそこらのベルカ騎士よりは上手くたち回れる。むしろ、苦手分野でそれだという事に、突っ込みを入れるべきかもしれない。

「で、内部に力技で突入した後、あれこれ調べてたんだけど……。」

 半分程度を調査したあたりで、巡回中のガードメカが、たまたま侵入していた羽虫に反応して、迎撃のために撃ったビームの流れ弾が、フェイトに着弾した。いくら次元空間に存在するとは言え、人が暮らしていて公園などに緑がある以上、小さな虫の類が全く存在しないというわけにはいかない。その結果、ステルス周りがすべて解け、ガードメカに発見されてしまったのだ。引きの悪さは相変わらずである。

 その後はグダグダだ。迎撃にガジェットは出てくるわ妙な魔法生物や合成獣が出てくるわで、そいつらの始末に大わらわになっている間に、脳髄の入った巨大なポットがある、中央の大きな広間に追い込まれてしまったのだという。

「そこで戦闘してるうちに、ポットの機械につながってるケーブルに足を引っ掛けちゃって……。」

 その時はすぐには気がつかなかったが、その機械から部屋の端に這わされたケーブルは、ミッドチルダで一般的な仕様の、家庭用の電源コンセントだった。ガジェットと魔法生物を全て仕留めた後、そのケーブルの形状を調べてショックを受けたものである。

「……家庭用電源のコンセントって……。」

「つうか、ガジェットとのドンパチに巻き込まれて、よく機械が壊れなかったもんね。」

「機械そのものは、ものすごく頑丈だったよ。ガジェットの質量兵器の流れ弾で壊れないぐらいだったから。」

「なのに、電源が家庭用って……。」

「多分、産業用の動力より安かったからじゃないかな?」

 フェイトの台詞に、そんなはずはないと突っ込みかけて、考えを訂正する。最高評議会派は、レジアスとグレアムの裏工作で、年々資金源が潰されていた。当然、高度なシステムを使った、メンテナンス費用が高くつく機材での延命は出来なくなっていく。さらに、産業用の動力を使ってとなると、不自然さで足がつきかねない。

「……なるほど。人とは呼べなくなってたとはいえ、哀れな最後ね……。」

「……天然ボケって怖いなあ……。」

 セインとディエチのえらい言い分に、思わず苦笑するなのはと釈然としない顔をするフェイト。

「私だけがいろいろ言われるけど、そんな大事なシステムがある場所でガジェットに攻撃させる仕様にしてあった方が、どうかと思うよ?」

「あ~、それはそれで一理ある。」

「でもさ、いわばそこって、その施設の心臓部みたいなものだから、侵入者の排除のために、何らかの攻撃手段は必要だし、そのための設定だったのかも。」

「ん~。多分、電源ラインが地中埋め込みだった頃の、シールド魔法で防御できる前提のシステムを、変更するのを忘れてたんじゃないかな?」

 なのはの言葉に、それだ、と言う顔をする三人。この面子の中で、一番機械に強いだけの事はある。

「しかし、そうなると、よく電源コードに流れ弾が当たらなかったね。」

「それが一番の奇跡かも。」

 実際、あちらこちらに弾痕があるというのに、電源ケーブルのあたりには一発も当っていない。因みに、フェイトは知らない事だが、後でドゥーエが最高評議会の連中の生死を確認しに行った時、機材はきっちり機能が残っており、

『で、電源が!?』

『誰か! コンセントを、コンセントを!!』

『くっ! 意識が!!』

『あっ……。』

 と言うログが残っており、最後の台詞のすぐ後に、生命反応途絶と記録されていたらしい。

「結局、やっぱりあたし達のこの状況は、フェイトお嬢様が原因か……。」

「え? どうして?」

「最高評議会派が証拠隠滅のために、自分達の違法研究の成果をドクターに押し付けたんだ。」

「大半は適当に捨てたみたいだけど、いくつかそういうわけにいかない物があってね。」

 最高評議会がこだわっていたのは、魔導師不足を補うための手段だ。それも、可能な限り質量兵器に頼らない方向で。自分達の身を守るために、質量兵器に分類されるガジェットドローンを使っているくせに、結構勝手な言い分だ。だが、昨今の世界的な大規模質量兵器へのアレルギーを考えると、表に出せるのは魔法関係になってしまう。

 結果として、どうしても生命倫理に引っかかる研究が多くなってくる。その中でも特に多いのが、人体に直接干渉して、人為的に魔導師もしくはそれに相当する存在を生み出す研究だ。ここ二、三年はプロジェクトFの成果を利用したコピーを、戦闘機人の素体や後天的なリンカーコアの付与、強化、さらにはキメラ実験などに使う事が多くなり、表に出せない被検体が山盛り出来上がっているのである。

 その中でも、特に処分に困ったのが、普通にリンカーコアを持って生れてきたクローン達。有力な魔導師の遺伝子を片っ端からクローニングし、幾人かは同年齢の頃のオリジナルと同等、もしくは凌駕する個体が現れるところまで計画が進んでいた。さすがにこれを適当に処分するわけにはいかず、また、全ての実験体が移送の都合で培養槽から出されており、現状単なる赤子と言うのも一杯いる。そのため、なにがしかの実験に使うにしても、もう少し育ってからでないとどうにもできないため、仕方なしに面倒を見ているのである。

「本当に、毎日が地獄だよ……。」

「赤ちゃんの世話がこんなに大変だとは思わなかったよね……。」

「メガネ姉は絶対手伝わないし、トーレ姉は危なっかしいし、チンク姉に何でもかんでも押し付けるのもあれだし……。」

「ノーヴェが意外と頑張ってくれてるけど、押し付けられた連中は、基本的に人格も知識も経験もないから、現状は全員単なるでくの坊だし……。」

「それなのに、ドクターときたら、あたし達にやれ偵察だ、PV撮影だ、新曲のレッスンだ、と、無茶ぶりばっかり。少しは休ませろ、と、セインさんは声を大にして言いたい訳だ……。」

 あまりにすすけている背中を見て、なんと声をかけていいのか分からないなのは。そんな二人に見かねて、フェイトが前に断られた申し出を再びする。

「今更だけど、投降してこない? その子たちの事も含めて、絶対悪いようにはしないから。」

「……本音を言うと、あたし達はともかく、チビ達のためを考えれば投降すべきなんだとは思う。セインさん、これでもあんまり自分がかしこくない自覚はあるけど、それが分からないほどおバカやってるつもりもないし。」

「……でも、あんな変態でも生みの親だし、別に嫌いでもないし、それに、あたし達が今そっちに行ったら、ウーノ姉やチンク姉、それから稼働したばかりのノーヴェに迷惑がかかるし……。」

「……そっか。」

 予想通りといえば予想通りの言葉に苦笑して、話をそこで終える。やってる事は法に照らし合わせるまでもなく悪い事だし、初めて遭遇した時は死人を出す手前だったが、それでも彼女達が悪い人間だとは思えないフェイト。何というか、プレシアが狂っていたころの自分に通じる何かを感じるのだ。

「気が変わったら、いつでも言ってね。本当に、絶対に悪いようにはしないから。」

「……ん。ありがとう。」

 フェイトの言葉に手をあげて、個人転移でその場を立ち去る。それを見送った後、せっかくの休日をもう少し満喫しに引き返すなのはとフェイト。その途中で、

「あれ? なのはちゃんにフェイトちゃん?」

「なんだよ、そのざーとらしい格好は……。」

 かつて何度か揉めて、その結果今やすっかり仲良くなったガールズバンド。そのメインボーカルのソアラと、主にもめる原因だったリーダーの二人に発見される。

「私たちの服装、そんなに分かりやすいかな?」

「ん~、まあ、ものすごく仲のいい相手なら、もしかしてと思うレベル、かな?」

「さすがに、普通お前らがそんな恰好してるとは思わねえって。」

 なのはとフェイトの変装について、そんな感想を述べるソアラとリーダー。そのまま、四人でショッピングとおやつを楽しみ、久しぶりの丸一日の休暇を楽しんだのであった。







「遅かったのね。」

「ちょっと、いろいろあってさ。」

「ちゃんと、買えるだけは買ってきたよ。これ、レシート。」

 そう言って、亜空間格納しておいた粉ミルクと紙おむつを数ケース、どさどさと積み上げる。リュックと両手のビニール袋で運んできた、格納スペースからあふれた分も同じように積み上げる。

「……確かに、他のものは買ってない見たいね。でも、その割には遅かったけど、どうしたの?」

「高町なのはとフェイトお嬢様に見つかっちゃって、ね。」

「ご飯たかってきた。」

「……貴女達ねえ……。」

 あまりに無謀な妹達に、思わず頭を抱えるウーノ。

「てかさ、ウー姉。向こうでご飯食べたときに思ったんだけどさ。」

「やっぱり、軍用食じゃなくて、ちゃんとしたものを食べるようにした方がいいよ。そのお金がないって言うんだったら、もっと稼げるように頑張るから、さ。」

「あたしたちはまだいいんだけどさ。さすがにチビたちがああいう、餌と呼ぶのもおこがましい食事ってのはねえ。」

 セインとディエチの言葉に、しばし考え込むウーノ。正直に言うならば、別段ある程度まともな食事を調達する程度の費用はある。と言うか、彼女達が思っているほど、金が無いわけではない。ぶっちゃけ、ドクターの研究費を最優先にしているが、昨今の収入額を考えれば、食事ぐらいは豪勢にしても問題ないレベルだ。

 今のところ、彼の研究もそれほど大きな費用がかかる感じではないし、ガジェットドローンの売り上げも悪くない。妹達の稼ぎも、孤児院ぐらいは余裕で運営できるレベルだ。正直なところ、ウーノの考え方はスカリエッティに近いため、食事の質をあげるということに意味を見いだせないのだが、個人的な思想で妹達の言葉を切り捨てる気もない。

「……そうね。貴女達がそういうのであれば、検討はするわ。」

「そっか、ありがとう。」

 嬉しそうなセインとディエチの顔に、小さくため息をつく。どうやら、ウーノに理解できないだけで、食事と言うのはかなり重要なものらしい。

「ただし、意見を通す以上は、ちゃんと働いてもらうわよ。」

「分かってる。」

「なんでもするよ。」

 なんでも、という言葉に一つ頷くと、ドクターが考えた、かなり変態的な、ターゲットをどこに絞っているのかが理解できない新グッズの説明をする。

「……あのさ、ウー姉……。」

「……何でもする、って言ったからにはやるけどさ。正直、それって企画した人間の神経とか品性とか、その辺の人として大切な何かを疑われるんじゃないかな?」

「その辺は、今更の話でしょう?」

「ウー姉、地味にきついね。」

 セインの率直な感想に、思わず苦笑する。因みに、トーレとチンクはかなり微妙な顔をしていたし、ノーヴェは絶対嫌だと全面拒否、クアットロは理解できないと言いきっていた。ただし、クアットロが理解できないのは、それを買う可能性がある、人間の精神構造の方らしいが。

「こういう痛い作業は早く済ませるに限るわ。さっさと終わらせましょう。」

 とりあえず、誰か一人、やると言う人間が出てきたら全員やる、という約束を取り付けていたので、セインとディエチの申し出は渡りに船だったのは間違いない。

「……うう、早まったかなあ……。」

「……セイン、耐えるのよ。美味しいご飯のために、耐え抜くのよ……。」

 さすがのウーノも、今回ばかりはこの二人を叱る気は起きないらしい。苦笑しながら録音ブースに向かったセインとディエチを見送ると、他のメンバーにも声をかけに行く。

「どうやら、首尾よく説得できたようだね。」

「説得と言うより、等価交換のようなものですが。」

「一応言っておくと、私だけのアイデアではないのだよ?」

「……実現しようとしている時点で、同じ穴のムジナですよ。大体、ドクターはああいうもので興奮するわけではないのでしょう?」

 無限の欲望、などと言う御大層なコードネームで呼ばれているスカリエッティだが、生まれによる問題で、まっとうな意味での性的な欲求は存在しない。スカリエッティはその存在を認識してはいないが、彼の予定をいろいろ狂わせた諸悪の根源である竜岡優喜と、妙なところで共通点を持っているのは、不思議な縁である。

「それはそれとして、ウーノ。」

「なんですか?」

「さすがに、この施設にあの数の赤子は多すぎると思うのだが、どう思う?」

「その意見には同意しますが、これと言って手立てがあるようには思えません。」

「だろうね。我々の立ち位置にとらわれていれば、そうだろうね。」

 そう言って、にやりと笑うスカリエッティ。その様子に、嫌な予感がするウーノ。

「孤児院をいくつか、買収しようと思っているのだが、どうかね?」

「……また、突飛な事を考えますね。」

 この男のスタンスに、子供の健全な成長だとか、命の尊厳を尊重するだとか、そういう善人が発しそうな言葉は、かけらも存在していなかったはずだ。普通ならそもそも考える事すらしない胎児や乳児に対する人体実験とて、何のためらいもなく平気で行い、その結果何人死のうが知った事ではない。ジェイル・スカリエッティはそういう種類の研究者だ。その男の口から出てきた、孤児院と言う単語。また、碌な事を考えていないに違いない。

「別段、突飛と言うわけでもない。そもそも、我々には子供の世話についてのノウハウが全くない。それに、非合法に産み落とされた子供が、善悪はともかくまともな人格を得る事が出来るのか、そう言った追跡実験にも都合がいい。何より、孤児院を運営しているという事実は、管理局に対する手札に使える。」

「……分かりました。適当に手配をかけます。ですが、一か所では疑われます。人数から言って、最低でも五か所、確実を期すためには十か所以上必要になりますが、そのための費用を研究費から出してしまって問題ありませんか?」

「ああ。次の収入の当てはあるからね。」

「……例のグッズが、それほど売れるとは思えないのですが……。」

「違うよ。A3MFおよび、それを搭載した新型の人型ガジェットドローンが、一応実用レベルで完成している。すでに量産可能なところまで持ち込んであるし、売り先もそれなりに確保してある。」

 さらっと、とんでもない事をぶちまけるスカリエッティに、らしくもなく驚愕の表情を浮かべるウーノ。

「……いつの間に……。」

「連中から、子供達を押し付けられたあたりで構想が思い浮かんで、三日ほどで完成させたよ。今日、一号機と二号機を子守に回す予定だったからね。」

「ガジェットを子守に、ですか……。」

「それぐらいの柔軟さが無いと、向こう側から帰ってきたプレシア・テスタロッサと渡り合うのは厳しいからね。」

 スカリエッティの言葉に、もはや信仰の域に達していた忠誠をさらに深くするウーノ。だが、彼らは気が付いていない。この時の決断により、後のちスカリエッティの無限の欲望のうち、「保護欲」と言うもっともらしくない欲望が増幅され、そういう方向性でまでテスタロッサ一家と張り合う事になる事を。

 なお、この時セイン達が収録した音声は、飲み口を吸うとチュパチュパと卑猥な音がし、口を離すと「ふう」と切なそうなため息をつくと言うかなり痛い仕様のドリンクボトルに使われて、ジョークグッズとして意外とバカ売れして大きな利益をあげてしまうのだが、ここだけの話である。







後書き

作中の痛いドリンクボトルは友人に、「エロ系の痛いネタグッズ、何か無い? 痛ければ痛いほどいいけど、手が後ろに回らないレベルで」と問いかけたら出てきたものです。等身大バスタオルとかがぬるい世界がある、と思い知ったのはここだけの話。世の中業が深いなあ。
なお、痛いグッズのアイデアがあればください。ものによっては本編に出します。ただし、直球ストレートにエロいのは無しで。



[18616] 閑話:時空管理局広報部の新人魔導師
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/04/23 11:07
「私、こんなところで何してるんだろう……。」

 新年度から広報部に配属された新米魔導師、カリーナ・ヴィッツ三等空士は、目の前のスペクタクルな光景に、思わず現実逃避モードに入りかける。彼女の視界内では、時空管理局地上本部特別捜査官・八神はやて三等陸佐の補佐官である、フォルク・ウォーゲン三等陸尉が、必死になって三十メートルクラスの魔法生物の攻撃をしのいでいる。他所の部署の人だが、上司の上司であるレジアスの命令でここにいる。

「カリーナ! 現実逃避してる暇があったら攻撃しろ!!」

 大型肉食獣の尻尾を盾で受け止め、その衝撃を相手にそのまま反射しながらフォルクが叫ぶ。その言葉に我に帰り、手に持ったレイピアを複雑な軌道で振る。

「ブレードネット!!」

 攻撃性バインドと呼ばれるタイプのバインドを、視界を埋め尽くす巨大な肉食獣にかける。その名の通り、もがけば切れる刃の網が、その痛みで獣の動きを制限する。一応非殺傷設定なので、物理的にどついているフォルクやもう一人の攻撃と違って、相手に対して深刻なダメージは出ないはずだ。

「ナイスだぜ、カリーナ!!」

 同時期に広報に配属されたもう一人の新人、アバンテ・ディアマンテ三等陸士がカリーナをほめながら、全速力で突っ込んで行く。

「アクセルスマッシュ!!」

 全身をばねにして、肉食獣の頭を弾き飛ばすアバンテ。そこに、フォルクの投げた盾が直撃、苦しそうに唸り声をあげる肉食獣。

「ノーブルフェニックス!」

 流れ的に、自分も攻撃の一つもしなければいけないだろうと判断し、とりあえず現状一番強い攻撃力を持つ技を発動させる。レイピアの切っ先で魔法陣を描き、その中心に刃をつき立てて突っ込んで行く。全身を炎が包み込み、一羽の不死鳥となって飛んでいく。因みに、今後の必殺技として、仮デバイスに最初から登録されていた魔法だ。

 カリーナの突撃が頭部をとらえ、大きく姿勢を崩す肉食獣。だが、いくら一番火力のある攻撃といえど、所詮は大した資質を持たない新人の攻撃。一発当てたところで、これだけ巨大な生き物には大したダメージにならない。なので、効果時間が切れるまで、当たるに任せて何回も体当たりを繰り返す。

 高速戦闘が可能、と言うレベルの端っこに辛うじて引っ掛かる程度の旋回性能ゆえ、頭を狙い続けるとかそういう真似は不可能だ。なので、腹だろうが尻尾だろうが前足だろうが、とにかく当る場所ならどこでもいい、と言うレベルで体当たりを続ける。

「シールドレイ!」

 魔法の効果が切れ、離脱するタイミングでフォルクから砲撃が飛ぶ。これだけの相手なのだからフルドライブで殴ればいいのに、とは思っていても口に出来ないカリーナ。

「いくぜ! ダイナミック・アバンテ・キック!!」

 高らかに宣言し、高度を取って離脱するカリーナの頭上を飛び越え、そのまま重力加速度を乗せた飛び蹴りを放つアバンテ。因みに、彼は飛行能力が無いので、自前の脚力でそれだけのジャンプをやってのけている。自己増幅の資質がものすごく高いと言うからくりがあるとはいえ、洒落にならない身体能力だ。

 必殺技に自分の名前をつけるのはどうなんだろう、とは思わなくもないカリーナだが、彼女もアバンテもまだ十歳だ。体格こそカリーナはユニゾンで、アバンテは自己身体制御で大人のそれになっているが、中身は普通に子供である。特に男の子はそういうのが大好きである事はよく知っているし、そもそも、彼の今の格好だと、むしろそれぐらいの方が違和感がない。

 何しろ、アバンテときたら、日本の変身ヒーローの代表例ともいえる、今でも日曜朝に放送されている某ライダーと、九十年代に放送された、とあるロボットアニメをリスペクトした、変身するたびにわざわざ服を破り捨て、変身を解くたびに全裸になって街中に取り残されていた変身ヒーローアニメ、その二つを足して二で割ったようなデザインの外見になっているのだ。

 因みにこの姿、バリアジャケットではない。彼は資質の問題でバリアジャケットを生成できないため、管理局でも実に珍しい、全身鎧のデバイスと言う変わったものを与えられている。デザインは広報部の人間がコンセプトに合わせて決めたもので、アバンテの意思は一切噛んでいない。が、自分の格好と立場を気に入っているらしいのは、これまでの戦闘挙動でよく分かるだろう。

 カリーナに関しては、現時点ではまだ、本局の制服をベースにしたバリアジャケットで許されているが、こっちも何ぞ、微妙なコンセプトに合わせたジャケットのデザインが水面下で進んでいるらしい。

「……終わったか。」

 フォルクが構えていた盾を下し、一つため息をつく。いい加減ダメージが蓄積していた大型獣は、アバンテのクレーターでも作る気か、と言いたくなるような蹴りを受けて意識を保ちきれるほど体力が残っていなかったらしい。完全に気絶し、ピクリとも動かなくなっている。

 さすがに新米二人を抱えて相手をするには荷が勝ちすぎる相手だったようで、フォルクの顔には疲労の色が濃い。そもそも、まっとうな神経をしていれば、新米がどうこう以前に、たった三人で戦闘させるような相手ではない。しかも驚く事に、これは単なる訓練なのだ。広報部と言う、本来戦闘に一切関係ないはずの部署の訓練が、何故にここまで洒落にならないレベルなのだろうかという疑問は、この際封印しておくべきだろう。

「……あの……。」

「終了の合図はまだ出てないぞ。さすがにそろそろ終わらせてくれるとは思うが、警戒は怠るな。」

「了解です……。」

 そろそろ、ここに連れてきた指導教官の女顔と、命の恩人である、かつて憧れだった二人の少女に盛大に文句を言ってもいいのではないか、という気がしてきているカリーナ。そんな彼女の様子に苦笑気味の男二人。そんな中、カリーナのデバイスが警告を発する。余談ながら、この場の三人のデバイスのうち、カリーナの物のみインテリジェントデバイスだ。もっとも、今与えられているのは、ユニゾン周りのデータ取りを目的とした仮デバイスで、本デバイスの方はいろいろな調整が非常に難航しているのだが。

『巨大な魔力反応探知。距離十万。あと十秒で目視圏内に入ると思われます。』

「距離十万で、あと十秒で目視範囲ってどんなスピードよ……。」

『推定サイズ千五百メートルです。』

「は?」

 それは警戒してどうなるものなのだろうか、などと思っていると、フォルクが口を開く。

「ああ。それは俺達の担当じゃない。多分、一分もしないうちにけりがつくだろうさ。」

「ウォーゲン三尉、それって?」

「すぐ分かるさ。」

 彼にしては珍しく、どこか投げやりに答える。その言葉が終わってすぐに、視界の隅に飛んでくる物体を捉えるカリーナとアバンテ。距離五万だと言うが、それですでに普通のサイズに見えるのはどうなのだろう?

 などと余計な事を考えていると、距離一万ぐらいの時点で巨大な魔力反応が発生。魔力光から、どうやら彼らをここに連れてきた三人のうち一人、フェイト・テスタロッサが何かしたらしい。続いて、桜色の魔力光。

「フォトンランサー・ファランクスシフト!」

「ディバインバスター・オーバーブラスト!」

「ジェットザンバー!」

「スターライトブレイカー!」

 接敵からわずか四行、時間にして三十秒程度で地面にたたき落とされる巨大生物。キロメートルオーダーだけあって、ただ地面に落ちただけで恐ろしい振動がこちらまで伝わってくる。震度で言うなら五は下るまい。

「……な?」

「……。」

「あれについては考えるな。あいつらは化け物だ。俺達とは違う生き物だと思っておけ。」

 最後のスターライトブレイカー以外全部普通に受け止めきる男が、苦笑交じりにそんな事を言う。五年ほど前、まだ九歳だった頃はヴォルケンリッターがいたにもかかわらず大騒ぎをした揚句、全員ぼろぼろになりながら仕留めた相手だと言うのに、今や雑魚扱いである。成長すればするものだ。

 因みに、夜天の書が安定している時なら、バックアップ体制のおかげで、ヴォルケンリッターでも今回のなのは達と近いレベルで制圧できる。バグのおかげで当人達も忘れているが、夜天の書が正規の状態であれば、単にでかくて火力があるだけの古代龍など、本来シグナム達の敵ではないのだ

「フォルク君、聞こえてるよ?」

「フォルク、化け物扱いはいくらなんでもひどいよ……。」

「事実だろうが。ここにいるメンバーじゃ、どんなに鍛えても、あれを少人数で仕留めるのは無理だぞ?」

 などと、気の抜けるやり取りをするフォルクとなのは達。

「それで、まだ続けるのか?」

「あ、そっちはもう引き上げて。」

「私たちは他にも頼まれてるものがあるから、もう少し狩ってから帰る。」

「了解。」

 それだけ話をして、通信を切る。同じぐらいのタイミングで再び地響き。体勢を立て直して振り返ると、二百メートル程度の龍が地面にたたき落とされ、完全に気絶していた。魔力を感じなかったところを見ると、優喜が叩き落としたのだろう。

「……。」

「細かい事は気にしない方がいいぞ。」

「……理解しました。」

 すげー、などと目を輝かせているアバンテを放置し、ため息とともにそう告げるカリーナ。その様子に苦笑しながら、迎えに来てもらうように連絡を通すフォルク。こうして、この日の新人たちの訓練は終わりを告げた。







 カリーナとアバンテが広報部に配属されたのは、別段優秀だったからではない。むしろ、理由としては真逆だろう。

「フォル君、なのはちゃんとこの新人さんは、どんな感じ?」

「聞いていたよりは使える感じだな。」

 はやての質問に、率直な印象を告げる。見栄えが良くて人格に問題が無く、能力的に普通の部隊で活躍し辛い人間、と言う選考基準で空士学校や陸士学校の生徒から選んだと聞いていたが、その割には結構な実力があった。まあ、優喜が鍛えているので、魔力資質ゼロでも普通に強くはなるだろうが。

「ほう? そうなのか?」

「ああ。まあ、アバンテの方は、正直どう鍛えたところで、まっとうな武装隊とかに配置するのは無理があるだろうけど、カリーナは、そうだな……。」

 少し考え込んで、ちょうどいい目標を思い出して言葉を継ぐ。

「タイプ的に、クロノ艦長かその手前ぐらいまで腕を磨けば、他所の部署でもやっていけるんじゃないか?」

「それ、かなりハードルたけーぞ。」

「分かってるって。でも、あいつはアバンテとは逆に、適性的に一点特化はほぼ不可能だから、目指すとしたらクロノ艦長を近接寄りにして、さらにオールラウンダーにしたタイプを目指すしかないんだよな。」

「そうなのか?」

「なんと言うか、さ。全ての適性が平均よりちょっと上、ぐらいで全くばらつきなくそろってるんだ。魔力容量も出力も平均よりは多いんだけど、その程度の差だと、少し資質がとがってるとあっさりひっくり返るからなあ。」

 これに関しては、なのはとフェイトが、容量と出力だけなら管理局でもトップスリーに入るのに、補助の性能に関しては半分以下の出力しかないユーノやシャマルに劣るという例を見れば分かるだろう。それでも、二人とも回復・補助についてAA+のランクを持っているのだから、全く発動できないほど適性が低い場合でなければ、努力と出力である程度ひっくり返せなくはないのだ。

 ただ、カリーナの場合、空士学校に在籍中は平均の倍も三倍も出力があるわけではなかったので、なのは達のようなやり方で適性の差をひっくり返す事は出来ず、また、手薄なところをカバーする、という運用ができるほど総合能力が高くなる気配もなく、指揮官としてはなのは達とは別の意味で扱いに困るタイプだった。

 逆にアバンテは、魔力量は平均の倍以上を叩きだしていたものの、適性が自己強化系以外は発動すらおぼつかないほど低く、必然的に管理局の魔導師にとって一番重要な非殺傷設定が使えない、という問題があり、これまた普通の部隊では使い道が無いと結論が出たのである。

 二人揃って従来の判定基準では、野に放つには少々危険だが、手元に置いておくのも大したメリットが無い、と断定されるタイプなのだ。それゆえに、卒業を一年ほど前倒しして、初等教育のうちに広報部に配属する、というやり方にも、特にどこからも反発が出なかったのである。

「……大変そう……。」

「まあ、カリーナには、ブレイブソウルと同型のユニゾン機能付きアームドデバイスが支給される予定らしいから、心配しなくても平均的な魔導師よりは強くなるだろう。」

「……ブレイブソウルと同型……。」

 少し考え込んで、結論を漏らすリィンフォース。

「そっちの方が、何倍も大変そう……。」

「いや、AIの性格まで、あれをベースにするわけじゃないと思うんだが……。」

 リィンフォースの結論に、思わず引きつりながら突っ込みを入れるフォルク。

「どうだろうな。デバイスを担当してる連中、揃いも揃って洒落がきついぜ?」

「せやなあ。プレシアさんに忍さんやもんなあ。」

 ヴィータとはやての言葉に、あり得ないと言いきれない自分が悲しいフォルク。

「主はやて、ヴィータ、あまりそういう事を言うのは……。」

「そうですよ、はやてちゃん。あれが二人に増えるなんて、考えたくもないわよ。」

「シャマルも大概ひどい事を言ってる気がするのです。」

「じゃあ、フィーはブレイブソウルが二人に増えて、我慢できるの?」

「……それは、ものすごくうざそうです。」

 同型だと言うだけで、えらい言われようのブレイブソウル。日ごろの行いは大切である。

「とりあえず、この話はこれで終わりにしよう。」

「そ、そーだな。本気で倍に増えたら大惨事だ。」

 フォルクの台詞に、一も二もなく同意するヴィータ。だが、彼らは知らない。カリーナをいじるため、と言うくだらない理由で、AIの性格がブレイブソウルをベースにした揚句、もっとうざったくなっている事を。







「今日のレッスンはここまで。」

「「ありがとうございました!」」

 特別講師のフィアッセの宣言で、歌のレッスンが終わる。広報部に配属されて約九カ月。ようやくデビューの日程が決まり、二人の新米はいま、戦闘周りも芸能周りも、総仕上げで大忙しだ。

「……うん、二人とも、すごく良くなったよ。」

「そうですか?」

「自信を持って。そりゃ、なのは達にはまだまだ届かないけど、そこは年季の差だから。」

 そう言われても、比較対象が段違いすぎて、褒められても自信など持てないカリーナ。その力量差が分かると言う事は、それだけ実力がついてきたという事なのだが、空士学校に入ってから後ろ、すっかり落ちこぼれてネガティブな思考にとらわれている彼女にはそんな事は分からない。だが、それなりに手ごたえを感じているらしいアバンテは、カリーナと違ってフィアッセの言葉に嬉しそうに反応する。

「いつかは、自分の歌をバックに悪を殲滅したりできるっすか?」

「きっとできるよ。」

「そっか、燃えてきた!」

「その意気だよ。アバンテの歌は、その素直さと力強さが一番の魅力だから。」

 フィアッセの言葉は、カリーナにもよく分かる。歌とは魂の形を相手に伝える事、とは良く言ったもので、アバンテの正義を愛する熱い心は、歌を聞いているこちらのテンションまで上げてしまう。あの歌をバックに戦えば、普段の何倍もの実力を出せる事請け合いである。

「カリーナ、自信を持てないのは仕方ないけど、自分の頑張りは認めてあげて。」

「……はい。」

 若干十歳にして、どんなに頑張っても結果が伴わなければ無意味である事を骨身にしみて理解しているカリーナは、フィアッセのその励ましをアバンテほど素直に受け入れる事は出来ない。

「そういえば、カリーナはどうして、管理局に入ろうと思ったの?」

「えっと、それはですね。」

 カリーナは六歳の頃、デビュー当時のなのはとフェイトに助けられているのだ。二人のデビュー当日、翼竜が暴れた公園にいた彼女は、避難の際にいろいろあって両親とはぐれ、公園に取り残されてしまった。逃げ場所を探して右往左往しているうちに、よりにもよって戦闘中のフィールドに紛れ込んでしまい、危うく火炎弾で丸焼きにされそうになったところを、なのはにかばってもらったのである。

 その時の二人の姿が心に強く焼き付き、入学予定だった学校をやめて空士学校に編入。幸いにして入学資格を満たす程度には魔力資質を持っていたため、それなりに順調に編入が認められたのだが、残念な事に資質的に大成するのは不可能だと言う事が入学後に発覚。それでも頑張ればどうにかなると信じて努力を続けたが、八歳にして早くも資質の壁にぶち当たり、九歳の頃にはスペックは平均以上だと言うのに、すっかり立場や周囲の認識は落ちこぼれのそれに。

 しかも、なのはとフェイトのいる広報部には、基本的に新規の魔導師の配属はしない方針だと入学二年目に聞かされて夢も破れ、残されたのはどうにもならない現実のみだった。そんなこんなで、カリーナはずっと、自身が落ちこぼれであると言う劣等感と、どれほど努力しても結果が出なければ無意味という現実にさらされ続け、すっかり悲観的になってしまっていた。

「そっか。でも、夢はかなったよね?」

「それも、理由を聞いちゃったから素直に喜べなくて……。」

「理由?」

「はい。私もアバンテも、資質や適性の問題で、普通の部隊では使いにくくて敬遠されるから、という理由で、広報部に配属されたんです。」

「……それは、誰が?」

「本局の人事の男の人です。」

「……そっか。」

 たとえ事実だとしても、言ってはいけない言葉はある。そもそも、言われなくても多分、二人ともそんな事ぐらいはわきまえているだろう。カリーナは言うまでもなく、年相応の無邪気さを持つアバンテも、自分の資質がどういうものかを理解しないほど頭が悪いわけではない。

 ただ事実として言われただけなら、カリーナがここまでへこむ事はなかっただろう。多分、不良品をイロモノ部署に押し付けた、みたいなことを侮蔑的な顔と口調で言ったに違いない。そこまで察してしまったフィアッセが、思わず顔をしかめる。

「フィアッセ先生。」

「……アバンテ?」

「そんな顔しなくても、俺はイロモノでも何でもいいんです。だって、普通の部隊に配属出来ない資質のおかげで、憧れのヒーローになれるかもしれないんですから。」

「……そっか。うん、えらい。頑張れ!」

「うっす!」

 あくまでも前向きなアバンテを、思わず眩しそうに見るカリーナ。お互いまだ子供だと言うのに、この差は一体どこから来るのか。そんな事でも彼女をへこませる。

 正直、今のカリーナは、自分の長所を一切信用できない。辛うじて顔だけは平均を大きく引き離しているとは思うが、それだってなのはやフェイトには遠く及ばない。エステをはじめとした美容周りを頑張れば、もしかするとなのはには追い付くかもしれないが、発散するオーラなどまで含めれば、何年たっても自分は凡人の範囲を出る事はないだろう。

 フェイトに至っては、次元世界全ての有名人をかき集めても、ユニゾンして大人になった彼女の容姿を超える美女など、見たことがない。せいぜいフィアッセが同レベルと言ったところか。もっとも、実年齢での容姿に限定し、しかも性別を無視すれば、一人例外がいる。そう、本気で女装をさせられた竜岡優喜が、ややもすればフェイトを超える美少女ぶりを発揮していて、カリーナどころか一定年齢以下の女性のプライドを一片たりとも残さずに粉砕したのだ。

「カリーナ、卑屈になるのだけは駄目だから、ね?」

「……はい。」

 フィアッセに諭されて、どうにかこうにか気分を切り替えようとする。カリーナ本人は知らない事だが、竜岡式特訓法の成果は十分に発揮されており、普通に空士学校に通っていたころにはどう逆立ちしても不可能だったであろう、魔導師ランクAA超えを既に達成しているのだが、本人がその事を知るのはデビューしてからの事である。

 余談だが、どこから伝わったのか、新人たちと広報部、双方に対して侮蔑的な態度をとった人事部の男は、その後レティの手によっていろいろ調査され、似たような事を何度もやっている事が発覚、他所の部署と一切関わらない種類の窓際部署に左遷されるのだが、ここだけの話である。







(ついにこの日が来ちゃったか……。)

 さらに時が過ぎ、新年早々。とうとう、新人たちのお披露目イベント当日がやってきたのだ。十分に準備したとはいえ、アバンテもカリーナも、歌という点では普通に上手い、という領域を出てはいない。他の特訓と並行で歌のレッスンを受けていたのだから当然と言えば当然である。クリステラソングスクール本校で、泊まり込みで一カ月以上かけてみっちり特訓したとはいえ、その程度でプロで通用する力量に達したなのはとフェイトが異常なのだ。

「カリーナ、デバイスの調整がようやく終わったから、時の庭園で最後の微調整やってきて。」

「はい。」

 フェイトに促され、デバイスを受け取りに行く。聞いた感じでは、どうにも癖の強いデバイスらしく、自分のような凡人に扱いきれるのかという疑問を捨てきれないカリーナ。

「来たわね。」

「カリーナちゃん、覚悟はいいかな?」

「覚悟、ですか?」

「そ、覚悟。」

 忍の言葉にピンと来なくて、思わず首をかしげるカリーナ。デバイスを受け取るだけで、どうして覚悟が必要なのだろうか?

「まあ、覚悟がどうであれ、手心は一切加えないのだけど。」

「そうだね。と言うわけで、出てきて。」

「お呼びとあらば、即惨状、ですわ。」

 忍の呼びかけにしたがって現れたのは、アライグマのぬいぐるみであった。惨状の文字が違うのではないか、と言う突っ込みは、あまりに予想外なその姿に口にする前に消えてしまう。

「えっと、これが?」

「そ、これが。」

「ぬいぐるみに見えるんですけど……。」

「諸般の事情で、ガワをぬいぐるみにしてるのよ。」

 どういう事情だ、と突っ込みたくても突っ込めない気の弱さが恨めしいカリーナ。どうやら、その表情を読んだらしい忍が、補足説明をしてくる。

「魔法少女とか美少女戦士には、マスコットが必要じゃない?」

「……ノーコメントで。」

 忍の台詞で自分の今後を悟って、絶望とともに遠い目をしながら言葉を濁す。

「それで、とりあえずこの子に名前をつけてあげて。」

「それには及びませんわ。」

「へっ? 喋った?」

「当たり前ですわ。これでも母・ブレイブソウルの構造をベースにした廃スペックデバイスなのですよ?」

 ハイスペックの文字が一部違う気がするのだが、相手があまりにも早口すぎて、そこに突っ込む余裕も無いカリーナ。そんなカリーナを気にかける様子も無く、更にまくし立てる謎のデバイス。

「わたくしの名前はプリンセスローズ。ミッドチルダ式のユニゾン型アームドデバイスですわ。」

「……誰がこの名前を?」

「その子が勝手に名乗ってるんじゃない?」

「少なくとも、私も忍も、名前の決定には関与していないわよ?」

 どうやら、自称らしい。厄介なのは、明らかにこいつはその名前以外でセットアップとかやってくれそうに無いことだろう。

「まあ、とりあえずカリーナ。最後の調整をするから、一度セットアップして。」

「はーい……。」

 本音を言えば全力で拒否したいのだが、ここで拒否する顕現も度胸も無い。しぶしぶぬいぐるみを抱き上げてセットアップする。

「プリンセスローズ、セットアップ!」

 しぶしぶセットアップすると、自動的にユニゾンを開始し、体格が大人のそれに変わる。服装も、今まで仮デバイスで構築していたバリアジャケットと違い、なんと言うかレトロと言うか恥ずかしい感じのものである。

「……データ取得完了。微調整開始。」

「ハード周りの調整完了。」

「ソフトウェアおよびユニゾン周りの調整完了。」

「とりあえず、専用魔法は色々構築してあるから、今まで使ってる奴よりは高性能なはずよ。」

 言われて、とりあえずストレージに登録されている魔法を確認する。どうやら、この装備を前提にした魔法が増えている模様だ。正直、ユニゾンなしでまともに制御できる魔法は一つもない。問題は、どれもこれも趣味性が強く、あまり触りたくない魔法だと言うことか。

「それじゃあ、セットアップを解いて、そのまま持っていって頂戴。」

 言われてセットアップを解こうとすると、緊急通信が入る。

『カリーナちゃん、デビューイベント前で悪いんだけど、緊急出動できる!?』

「……丁度デバイスの調整も終わりましたし、いつでもいけます!」

『じゃあ、中央公園に行って!』

「了解です!」

 要請に従い、転送装置を使って飛び出していく。カリーナの初任務は、心身ともにハードなことになるのだが、このとき彼女はまだ知らないのであった。







 時空管理局地上本部所属、ティーダ・ランスター二等陸尉は苦戦していた。

「最近レベルが上がったと聞いていたが、所詮管理局の魔導師なんざ大したことねえな。」

 足を負傷し、魔力が枯渇して飛べなくなったティーダを、ニヤニヤ笑いながらなぶる違法魔導師。ほんの少しの交戦で自分の手に負える相手ではないことを悟り、さっさと支援要請は済ませている。だが、こういうとき援軍として来てくれるアイドルたちは、別件で既に出動中だという。

 しかも、自分が把握している限り、少し前にもう一件支援要請が入っている。そっちに一人、広報部から新人が派遣されたらしいところまでは把握している。が、こっちはどうなのかと言うのは分からない。それを確認する余裕など無かったからだ。

「さて、そろそろ死んでもらうぜ。これ以上雑魚に手間をかけてられねからな。」

「ぐっ……。」

 ついになぶるのをやめ、止めを刺しに来る違法魔導師。

(すまない、ティアナ……!)

 観念しつつも、最後の抵抗のために魔力を高めるティーダ。そして、運命のときが訪れ……。

「何だ!?」

 手を下そうとした男に対し、直撃コースで一輪のバラが飛んでくる。慌ててよけた男の足元に、深々と突き刺さるバラの花。

「そこまでです!」

「誰だ!!」

 後ろから声を掛けられて、慌てて振り向く男。見ると、街灯の上に一人のあれで何な服装をした少女が、モデル立ちてたたずんでいた。

「……何だてめえは?」

 少女のあまりにアレな格好に、思わずあっけにとられてぽかんとする違法魔導師。ティーダも、毒気を抜かれたような顔で呆然と見つめている。

 十五、六歳と思われるその少女は、袖の膨らんだ半袖のフリルたっぷりのブラウスの上から薄茶のベストを着込み、少し動けば下着が見えそうな、そのくせ真下から見上げても中身が見えないように巧妙に動きそうな赤いチェックのスカートと、太ももまで覆うハイソックスにブーツを履き、マントをはおっていた。白い手袋で肘まで覆われた手にはレイピアが握られ、顔は羽根付き帽子とマスカレードで隠れていてはっきりとは分からないが、その輪郭だけでもかなりの水準の美少女である事ははっきり分かる。

 そう、少女は昭和の終わりから平成の頭に流行ったいわゆる美少女戦士、それも実写でやっていた類の服装をしているのだ。すぐそばにアライグマのぬいぐるみが浮かんでいるのがシュールである。見た感じ、当人とてやりたくてこの格好をしているわけではなさそうなのは、どことなく赤い顔でなんとなく察せられる。

「……。」

「マスター、台詞を忘れてますわ!」

「……えっと、なんだっけ?」

 いまいちしまらない間抜けなやり取りをしている美少女戦士(仮称)に、こけにされたと思ったらしい。違法魔導師が切れた。

「ふざけてんのか、てめえ!?」

「ふざけてやるのなら、もっと別の事をやります!!」

「「……なるほど。」」

 美少女戦士(仮称)の魂の叫びに、思わず納得する男二人。その間にも、彼女の前になんぞモニターのようなものが映し出される。どうやら、カンペの類らしい。

「……これ、本当に言うの?」

「もちろんですわ、マスター。今更恥ずかしがってどうするのです?」

 アライグマの言葉に、思わず納得するその場の三人。どうでもいいが、このアライグマから、恐ろしくうざそうな空気を感じるのはなぜだろう?

「び、美少女仮面ルナハート! あ、愛とともに参上です!」

「きゃー! カリーナちゃん! 素敵ですわ!!」

「本名隠せって言ったの、貴女だよね!?」

「そんな過去は投げ捨てましたわ!」

 こいつうぜえ。その場にいた全員の気持ちが一つになる。

「と、とりあえず! 管理局法規に基づき、あなたを成敗します!」

「やれるもんならやってみな!」

「言われるまでもありません! セイントローズ!」

 レイピアに軽く口付けし、大きく振り下ろす。その動作と同時に大量のバラの花が虚空に出現し、恐ろしいコントロール精度で違法魔導師を襲う。

「やるな、イロモノ!」

 直撃コースのいくつかを辛うじて迎撃し、砲撃をチャージしながら気合を入れなおす違法魔導師。先ほどまでいたぶっていた相手より、二段程度は上と見て間違いなさそうだ。

「だが、相手が悪かったな! ブラスターカノン!」

 違法魔導師から砲撃が飛んでくる。弾速・威力ともになのはのバスターとは比較にもならないが、非殺傷などと言うぬるい事はしていない事を考えると、当れば命にかかわるのは間違いない。

「ローズミスト!」

 レイピアを軽く振り、地面に突き刺さったバラに魔力を送り込む。トリガーと同時に、バラの花びらが大量に舞い散り、視界を覆い尽くす。ひらひら舞う花びらにどんどん威力をそぎ落とされながら、カリーナに迫る砲撃。その砲撃をレイピアで絡め取るように払い、さらに威力を削り取ってから安全な場所に反らす。そのまま一連の動作で砲撃をさかのぼるように刃を突き出して、魔力刃を発射する。

 リポスト(突き返し)と呼ばれるフェンシングの技法を応用した、カリーナ独自の戦法だ。なのはじゃあるまいし、普通は砲撃がかくんと曲がったりはしないので、射線をそのままさかのぼれば、当るかどうかは別にして、普通砲撃手に攻撃が届く。後は、高威力の砲撃相手にそれをやる度胸があるかどうかだけの問題である。


「チッ、味な真似を!」

 直撃は避けたものの、予想外の手段で反撃を受けた違法魔導師は、さらに目の前のイロモノの評価を変える。パワーこそ微妙だが、意外と動きが素早く、しかも攻防ともに予想し辛い手段を持ち合わせているようだ。後ろでキャーキャー言っているアライグマを無視すれば、中々に緊迫した戦いが楽しめそうだ。だが、それでも所詮小娘。いろいろと詰めが甘い。

「ハウリングバレット!」

 再び砲撃をチャージしながら、大量の魔力弾をばらまく。大量と言っても三十やそこらの常識的な範囲だが、それでもカリーナの技量では、普通に対処に手間取るラインである。なのはのように、弾幕と称して百も二百も一度にばらまく方がおかしいのだ。

「くっ! ローズミスト!」

 先ほど舞い散らせた花びらを再び舞いあげ、弾幕を迎撃する。即座に対応できる手札が他になかったためだが、結果として、今ので視界が一瞬ふさがってしまった。

「やっぱり詰めがあめえな!」

 身動きが取れないティーダに対して砲撃をぶっ放しながら、あざけるように言う違法魔導師。

「ホーリーシールド!」

 とっさに割り込んでシールド魔法を発動。どうにかこうにか砲撃を受け止めきるカリーナ。だが、違法魔導師の言葉通り、少しばかり詰めが甘かったようだ。

「かはっ!」

 死角から飛んできた誘導弾に、脇腹をえぐられる。自動防御で大幅にダメージは軽減したものの、完全に動きが止まってしまう。さらに追い打ちで三発、花びらの陰に隠れていた誘導弾が直撃する。

「さて、兄ちゃん。後輩の足を引っ張った感想はどうだい?」

「くっ……!」

「さっさと始末するつもりだったが、気が変わった。後輩がボロボロにされるのを、指をくわえて見てな!」

 そう言って、魔力弾でティーダの手足を撃ち抜く。カリーナの防御も間に合わないほどの早技。やはり、この男は相当戦い慣れている。

「さてと、メインディッシュと行こうか!」

 にやりと歪んだ笑みを浮かべ、両手に魔力の爪を作り出す。それを見て、ダメージの抜けきらぬ体に喝を入れて立ち上がり、ふらつきながらもレイピアを構えるカリーナ。

 右手を受け流し、左手をよけ、もう一度来た右を叩き落とす。縦横無尽に飛んでくる爪の一撃を、必死になって防ぎ続けるカリーナ。徐々に速度が速くなり、一撃が重くなってくる。ついに防御が追い付かなくなり、体のあちらこちらにかすり傷をつけられる。どうやら、この違法魔導師は、白兵戦や格闘戦の類は、大した技量ではないようで、ダメージを受けてなければ十分に対応できるはずの攻撃しか飛んでこない。だが、さすがに殺傷設定の誘導弾を四発も食らって本来の動きを維持できるほどには、彼女には体力も経験もない。

 辛うじて首から上と心臓だけは防ぎ続けていたカリーナだが、とうとう右の爪を流し損ねてレイピアを大きく弾かれ、左の爪で肩口から胸元まで切り裂かれてしまう。どうにか致命傷を避けるための動きが間にあい、体に傷がつくほど深くえぐられる事は避けたが、純白の下着に包まれた、ミッドチルダ女性の平均よりは豊かな、巨乳ではないが普通に大きい胸の谷間が露出してしまう。

「安心しな。眼福だって言いたいところだが、色気絶無なガキに興味はねえ。」

 女の本能で胸元をかばうカリーナに、そんな失礼な言葉を浴びせかけ、違法魔導師は止めに移ろうとする。一か八かでカウンターを取ろうとカリーナが構えた瞬間、

「ダイナマイトタックル!」

 聞き覚えのある声が聞こえてくる。見ると、別件で出動していたはずのアバンテが、相手を十メートル以上離れた建物の壁にたたきつけていた。発勁の一種で、衝撃を全て対象を弾き飛ばすエネルギーに変える、爆発頸と呼ばれるやり方だ。地上本部の制服を着た十歳の男の子が、大した魔法も使わずに大の男をふっ飛ばすシーンは、何気にかなり違和感の強い光景である。

「待たせたな、ルナハート!」

「何でその名前を!?」

「そこのアライグマがそう呼べって言ってたからな。」

「細かい事は気にしちゃ駄目ですわ、カリーナちゃん!」

「だから、何でいちいち本名を出すの!?」

 今までの緊張感を一気にそぎ落とすプリンセスローズに、思わず全力で突っ込みを入れるカリーナ。そんなやり取りを完全にスルーし、アバンテが台詞を続ける。

「こいつの相手は、しばらく俺がする。お前はまず、体勢を立て直せ!」

「分かった!」

 アバンテの言葉に甘え、まずはバリアジャケットの再構築と、自分とティーダの治療を始めるカリーナ。身づくろいを最優先にするあたりは彼女も一端の女と言えるが、その事が無くとも、ずいぶんあちらこちらが破損して防御力が落ちている。流れ弾を考えると、真っ先に修復すると言う選択は、間違っているとは言い切れない。

「なんだ、てめえは?」

「お前みたいな下種に、名乗る名前は持ってない!」

「ガキのくせに粋がるな!」

 アバンテのなめた返事に切れ、魔力弾を必要以上に大量にばらまく男。その魔力弾を冷静に見切り、直撃コースの物を全てパンチで迎撃するアバンテ。逸れたものを適当に拾った小石で潰し、瞬く間にすべてを処理しきる。

「そいつは質量兵器じゃねえのか!?」

「知らなかったのか? 管理局は、許可さえ取れば拳銃ぐらいまでは支給されるんだぜ?」

「えげつないダブルスタンダードぶりだな、おい!」

 さすがに、質量兵器を取り締まっている管理局が、申請さえすれば堂々と質量兵器が使えると言う事実には突っ込まざるを得なかったらしい。思わず動きを止めて余計な事を言ってしまう違法魔導師。その隙が命取り。アバンテに距離を詰められてしまう。

「アクセルスマッシュ!」

 右のボディブローが違法魔導師に食い込む。先ほどと違い、今度は内部にダメージを残しつつ、余剰威力を体を浮き上がらせる方に回す打撃だ。胃が破裂するかというような衝撃とともに、今度は真上に大きく吹っ飛ばされる。

「ソニックブロー!」

 浮きあがった違法魔導師を固定するように、凄まじい速度で連打を叩き込む。大層な名前が付いているが、やっている事は高速行動魔法・ブリッツアクションを用いた単なる連打だ。だが、使い魔もかくやと言うレベルまで増幅された身体能力から繰り出される連打は、AAAランクに分類される違法魔導師のバリアやシールド魔法ですら、容易に撃ち抜いて見せる。

「……おかしい。」

「どうしました?」

「彼はなぜ、デバイスを使わない?」

「あ~……。」

 治療結界の内部で状況の推移を見守っていたティーダが、アバンテの戦いぶりを見てぽつりとつぶやく。その理由を知っているカリーナだが、今迂闊にそれを漏らせば、敵に弱点が伝わりかねない。

「……変身ヒーローは、ぎりぎりまで生身で戦うのが様式美だそうです。」

 ゆえに、とりあえず嘘ではないがそれほど大きいわけでもない理由でお茶を濁す。

「そ、そういう問題なのか……。」

「そういう問題だそうです。因みに私は、デバイスの最終調整の最中に呼び出されたので、セットアップしたままこっちに来たんです。」

 その恰好で飛んできたのか、という問いかけは、彼女に余計なダメージを与えかねないと判断して胸にしまいこむ。

「あっ……。」

 アバンテの猛攻をくぐりぬけた違法魔導師が、ついに反撃に成功する。距離を引き剥がし、弾幕を張って追撃を潰し、空に上がって距離を置く。

「テメエをただのガキだと甘く見てた事は謝るぜ。だが、向こうのイロモノとおんなじで、まだまだ詰めが甘えな。」

 距離を置きながらチャージしていた大規模砲撃を構え、嘲るようにはき捨てる。

「俺をここまで追い詰めた事は褒めてやるが、やるんだったらとっとと俺を殺しておくべきだったな!」

 そのまま、街中で使うような威力ではない砲撃を、容赦なく地面にたたきつける。

「ブリガンティン! セットアップだ!」

 砲撃を見て即座にセットアップ。一撃で家数軒分ぐらいの面積なら普通に更地に変える威力があるそれを、真正面から受け止めに入る。この場に立っているのがフォルクであれば、アートオブディフェンスを使う必要すらなく防いでのける程度の代物だが、残念ながらアバンテに防御魔法は使えない。ならば、やる事はただ一つ。

「ライジングインパクト!」

 気功による防壁を張り、砲撃に体当たりをかけて軌道を変えるのだ。さすがに、未熟者のアバンテでは、この規模になると優喜のように無傷で潰すような真似は不可能だ。このままならば多分、砲撃の処理が終われば戦闘不能になるだろう。だが、それでいい。

「ホーリーシールド!」

 予想通り、カリーナから強力な支援防御が飛ぶ。実際のところ、大技を使う前に劣勢に立たされた彼女は、ほとんど魔力を消費していない。それに、竜岡式で鍛えられている彼らは、必修科目である気功の特性で、体力も魔力も、常人とは比較にならないほど回復が早い。

 それにそもそも、アバンテの役目は時間稼ぎだ。そして、立て直しが必要なカリーナは、すでにダメージも抜け、体力も魔力も全快状態である。いまだに後ろでごちゃごちゃやっているのは、単にティーダが自衛できるぐらいまで治療しているだけだ。

「はああああああああ!!」

 さらに飛んできたカリーナの支援防御も合わせて、一気に砲撃を押し返すアバンテ。数秒間の押し合いの末軌道を押し曲げられた砲撃は、上空に向かって勢いよく飛んで行く。

「今だ、ルナハート!」

「ええ! ノーブルフェニックス!!」

「きゃー! 素晴らしいですわ、カリーナちゃん! 私の心の中のピーな感じの物がギンギンですわ!!」

 余計な事をほざくアライグマを完全放置して、砲撃を捻じ曲げられて呆然とする違法魔導師に向かって、最大威力の魔法を起動して突っ込んで行く。三十メートルクラスの大物相手では一撃では足りなくとも、消耗している違法魔導師ぐらいなら十分な威力があるそれは、男を真芯にとらえて、一瞬で意識を刈り取るのであった。







「やっと終わった……。」

「ご苦労様。足を引っ張って済まない。」

「怪我をしてたんだから、仕方ないですよ。」

「いや、俺の未熟さが招いた失敗だよ……。」

 とりあえず念のため、非殺傷の魔法を大量にたたきこんだ後、物理的な拘束とバインド魔法を何重にもかけてから、ようやく一息つけると言う感じでしみじみ語りあうカリーナとティーダ。そこに、素っ頓狂な声が割って入る。

「カリーナちゃん! 決め台詞とポーズを忘れてますわ!」

「え!? そんなのまであるの!?」

「当たり前ですの。さあ、これをやるのです!!」

「……本当にこれをやるの? わざわざ? それも人前で?」

「もちろんですわ! この後デビューイベントで放送されるのに、コンセプト通りにやらないなんて減俸ものですわ!」

 減俸と言う言葉に、しぶしぶながらカンペの通りにやる事にする。正直、美少女戦士などと痛い名前を自称するのも、道化そのものみたいな決めポーズと決め台詞も嫌だが、減俸だって同じぐらい嫌だ。

「び、美少女仮面ルナハート、あ、愛ある限り戦います!」

 くるっと一回転してチョンと膝を曲げ、ウィンクしながら決めポーズ。顔を真っ赤にしながら、どうにか「キリッ!」とか揶揄されそうな表情で台詞を言いきるカリーナ。その様子を、憐みのこもった生温かい視線で見守るティーダ。

「……うう、恥ずかしい。」

「慣れるしかねえって。」

「そうなんだけど……。」

 心底恥ずかしそうなカリーナを、苦笑しながらなだめるアバンテ。

「それはそうとアバンテ、飛べないのにどうやってここまで来たの? 出動先、結構遠かったと思うんだけど。」

「ああ、アルフさんに送ってもらった。」

 事もなく言ってのけたアバンテの言葉に、驚いて周囲の気配を探るカリーナ。どうやらすでに引きあげているらしく、それらしい気配も魔力もない。初出撃でいっぱいいっぱいだったカリーナは気が付いていないが、実は何かあった時のためのフォローに、アルフだけでなくリーゼロッテとリニスまで来ていたのだ。要するに、最初からカリーナとティーダの生還は確定していたのである。

「そろそろリハーサルの時間だから、急いで戻るぞ。」

「え? あ、本当だ!」

「ランスター二尉、こいつの事お願いしてよろしいですか?」

「ああ。任せておけ。もしものために応援も呼んだから、安心して戻ってくれ。」

 ティーダの言葉に一つ頷くと、セットアップを解かずにアバンテを抱えて飛び上がるカリーナ。あまりに無防備に飛びあがるため、あわててスカートの中が見えないように視線をそらすティーダ。が、逸らす直前に真下からのアングルを視界の隅でとらえてしまい、自己嫌悪に陥ってしまう。せめてもの救いは、ルナハートのスカートは、真下からのアングルですら不自然な動きで乙女の純真を隠し通していた事ぐらいだろう。余談だが、彼女のバリアジャケットに使われているパンチラ禁止の術式はその後、一部のどうにもならない形状の物を除き、女性魔導師のバリアジャケットに標準搭載される事になり、思春期の下世話な男達を心底がっかりさせるのだがここだけの話だ。

 なお、正統派ヒーローとして活躍したアバンテと、デバイスにすらいじられながらもけなげに奮闘したカリーナは、共になのはとフェイトに続く新たな広告塔として、並の芸能人をぶっちぎる人気を獲得するのであった。







おまけ:アバンテの初出動

 ヴァイス・グランセニックは、己の腕が震えるのを抑えられなかった。スコープの中で繰り広げられる光景、それが冷静さを要求される狙撃兵を、著しく動揺させていた。

 狙撃目標の腕の中では、彼の最愛の妹が拘束され、銃を突き付けられていたのだ。しかも、周りに怒鳴り散らしながらふらふら動くため、照準が安定しない。こうも動かれると、神業クラスの狙撃兵でもなければヘッドショットは難しく、だが胴体を狙うと妹を誤射しかねない。

「落ち着け、陸曹!」

「で、ですが……。」

 これで落ち着けるほどには、ヴァイスの精神は成熟していない。いかに腕のいい狙撃兵だと言っても、所詮まだ二十歳にもなっていない若造だ。肉親を盾に取られて、動揺するなと言うのが無理な話である。

「陸曹、広報部から応援要員が来た。今から内部に潜入するそうだ。」

 その言葉に一つ頷く。時間の猶予がさらに短くなったのは確実だろう。これまでにない集中力で対象の動きを観察し、確実な狙撃ポイントを発見する。

「……これより狙撃します。」

「了解。突入班、準備しろ!」

 副長の連絡に、隠れていた突入班が準備を済ませる。それを確認したヴァイスが、狙い定めたタイミングで、相棒・ストームレイダーの引き金を引く。

 本来なら、確実に成功していたであろう一撃は、不運にも男がわずかに顔を動かした事により狂ってしまった。どうやら、奥に拘束されている人質が、何か余計な動きをしたらしい。結果、弾丸は彼の妹・ラグナの瞳に吸い寄せられるように飛んでいき……

「ダイナマイトタックル!!」

 通信機越しに聞こえたその声と同時に、ラグナを拘束していた男が弾き飛ばされ、彼女の頭があった位置を弾丸が素通りし、後ろに立っていた犯人グループの別の男の股間を撃ち抜く。引き金を引いてから、一秒に満たない時間の出来事である。

「な、なんだ貴様は!?」

「お前らに名乗る名前はない!!」

 ドラマか何かのようなやり取りとともに、スコープの中でそのまま乱闘が始まる。男を弾き飛ばしてラグナを助け出した少年は、見事な動きでラグナをかばいながら、瞬く間に犯人グループを三人、殴り倒す。そのまま、人質達が拘束されてる場所にラグナを連れていくと、その位置に陣取ってさらに犯人達を仕留める。

 そこまで状況が進んだあたりで、犯人グループが連携を取り戻し、人質を巻き込んでの集中砲火に入ろうとするが……

「ブリガンティン、セットアップだ!」

 デバイスをセットアップし、大人の体格、変身ヒーローの姿になった少年が、撃ち込まれた銃弾をすべて叩き落としてしまう。その後は突入班の活躍もあり、人質に一切被害を出すことなく事態が収拾する。

「ラグナ、大丈夫か!?」

「うん。あの人が助けてくれたから。」

「そうか、よかった……。」

 指さされたあの人は、陣頭指揮をとっていた隊長に何か告げると、誰かの使い魔らしい赤毛の女性に連れられて、そのままどこかに転移してしまう。

「名前、聞きそびれたな……。」

「兄ちゃんが、後で聞いておいてやるよ。」

 この事件は、同じ日に発生し、なのはとフェイトによって被害ゼロで制圧された大規模テロのニュースに隠れて、ほとんど報道されることなく終わった。だが、妹を誤射しかけたヴァイスはそのトラウマを乗り越えられずに狙撃兵をやめ、ヘリのパイロットに転向する事になる。

 因みに、後にラグナを救った少年(言うまでもなく、アバンテだ)と話す機会を得たヴァイスが、絶妙なタイミングで体当たりを敢行した彼に、あのタイミングは狙ってやったのかを問うたところ、

「狙撃手の魔力反応を感じた瞬間に男が動いて、女の子の頭が射線に割り込んでいそうだったから、まずいと思って独断で動きました。」

 との回答を受けて、広報部の魔導師達の規格外ぶりを思い知るのはここだけの話だ。







後書き

先に宣言しておきます。カリーナとアバンテはチョイ役です。
この後も広報部には、割とちょくちょく新人が配属されるようになりますが、全員こいつらみたいな、容姿と人格に問題のない欠陥品です。
詳細設定も出番もありませんが、スーパー戦隊だったり美少女戦隊だったりもそのうち結成される予定となっております。
人材の廃物利用、ここに極まれり。



[18616] 閑話:竜岡優喜の憂鬱
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/04/30 18:34
「不機嫌そう? 優喜が?」

「うん。だから、フォルク、何か知らない?」

「……まあ、心当たりがないではないけど……。」

「本当に!?」

 中学二年も二学期に入ったある休日。久々に学校の休みと管理局の休みが重なったその日、八神家に遊びに来ていたフェイトが、そんな事を言ってきた。聖祥は中等部から男女別で、女子部には男子部の情報がいまいち入ってこない。そんな状況で惚れた男の様子がおかしいため、二人して気が気でないのだ。

 因みに、珍しくヴォルケンリッターも、全員休みがそろった。正確には、今は情勢が安定しているから、たまっている代休を出来るだけ消化してくれ、と言われて、なのは達が来る日に合わせたのだ。なお、優喜は何ぞ用事が出来たとかで、新人たちの指導と様子見も兼ねて今日は本局へ。アリサとすずかは何やら晩に出席するパーティのための下準備で、本日の集まりには参加できていない。

「その前に、本当に不機嫌なのか? たまに学校で話すけど、別段普通だぞ?」

「ぱっと見て分かるほどじゃないんだ。」

 優喜の感情および表情のコントロールは、桃子と結婚するまで裏側の世界にいた士郎や、時空管理局で長きにわたって裏側の世界とやり合ってきた年寄り二人をして舌を巻くレベルだ。嬉しいとか楽しいと言った正の感情はともかく、不機嫌だのイライラしているだのと言った負の感情は、余程付き合いの深い人間がかなりしっかり観察して、ようやく分かるレベルである。しかも、その場で大体受け流して後に引きずらないようにするため、家に帰ってまで引っ張っていると言うのは、かなり珍しい状況だろう。

「なのはもそう思うのか?」

「うん。」

 フォルクの質問に、迷うそぶりも見せずに頷くなのは。

「そっか。二人がそう言うんだったら、そうなんだろうなあ。」

「まず間違いないと思うよ。」

 これで他人のことをよく見ているなのはとフェイトの言葉だ。間違いないと見ていいだろう。

「それで、心当たりって?」

「多分ピンとこないと思うんだが、どうやらあいつ、新任の先生と折り合いが悪いらしい。」

「「えっ?」」

 フォルクの予想外にも程がある発言に、本気できょとんとしてしまうなのはとフェイト。

「その先生って、悪い人なの?」

「善人か悪人かで言えば、間違いなく善人だろうな。」

 フォルクの言葉に、ますます分からなくなるなのはとフェイト。善人なのに優喜と折り合いが悪い、と言うのがどうしてもピンとこない。

「おかしなことを言っているとか、優喜の事を馬鹿にして、って言うのはないか。馬鹿にされたぐらいで不機嫌になるんだったら、強引に女装させられて怒らないわけがないし……。」

「とりあえず、基本的にその先生、間違ったことは一切言ってない。言ってる事ややってる事だけを繋げれば、全部『正しい』んだ。」

「……ごめん。私、フォルク君の言いたい事が分からないよ。」

「俺も、どう説明していいか分からない。実際のところ、あの先生がどこかおかしいって思ってるのなんて、知ってる範囲だと俺と優喜と高槻と、後は生徒会長ぐらいか? 何しろ、言ってる事は常に『正しい』し、男なんて単純だから、美人の女の先生に、優しい顔と声で『正しい』事を言われて、相手の事を思いやっているって態度を取られたら、違和感なんて感じないからな。」

 説明されればされるほど、訳が分からなくなってくるなのはとフェイト。ただ、口調や文脈から、フォルクが「正しい」という言葉を、いい意味で使っているわけではないと言う事だけは分かった。

「フォル君が言うてるんって、一番難儀なタイプの『善人』ってやつの事やろ?」

「まあ、そんなところかな?」

「それは難儀な話やね。あの手の『善人』は、基本的にそこだけ見たら百パーセント正しいから異議を唱えにくいし、偽善者と違って百パーセント善意で本気で相手の事を思いやって行動しとるし、自分の中の真実と違う事は全部切って捨てるし。」

 はやての言葉を聞いてもなお、何が問題なのか理解できていない様子のなのはとフェイト。フィーも良く分かっていないらしい。そのすれてない彼女達の様子に、ある意味ホッとしてしまう八神家一同。

「主はやて、それは外野がどう頑張っても、解決できない問題ではありませんか?」

「そうやね。なのはちゃんとフェイトちゃんには悪いけど、動けば動くほど逆効果や。中等部の先生は、高等部は担当せえへん。あと一年半やから、出来るだけ優喜君が溜めこまへんように、気晴らしとかに付き合うぐらいしかないで。」

「……それでいいのかな?」

「納得できへんやろうけど、その手のタイプには、外野が何か言うんは逆効果になる事が多いねん。特に、優喜君みたいに天涯孤独で、血縁的には全く赤の他人の家で育てられとって、学校では基本的に孤立してるタイプって言うのは、一般的に家庭でええ扱いを受けてない事が多いから、本人とか周りがいくら必要十分に面倒見てもらってるって主張しても、『善人』は大概聞き入れへんし。」

 多分、それを分かっているから、優喜は誰にも相談しないのだろう。特別捜査官として、結構難儀な連中との対決も多かったため、断片的な情報でも事情が手に取るように分かってしまうはやてとフォルク。

「……ちょっと待って。」

「ん? どうしたん、フェイトちゃん?」

「優喜、学校で孤立してるの?」

「ああ、なのはちゃんもフェイトちゃんも知らへんのか。優喜君、基本的に学校で話しする相手って、フォル君か高槻君ぐらいやで。」

「どうして!?」

「何でって言われてもなあ。私ら、特になのはちゃんとフェイトちゃんとすずかちゃんも大きい原因の一つやしなあ。」

 自分達にも原因がある、と言われて、かなりショックを受けたらしい。完全に表情が凍りつくなのはとフェイト。

「中学も二年生にもなると、男子の大部分もいっちょまえに彼女とか欲しがるわけや。そんなところに、美少女を五人も周りに侍らせとる奴がおったら、そら良くは思われへんで。」

「しかも、ユーキの場合、オメーらが勘違いしようのない種類のアプローチをかけてても、一向に反応がかわんねーしよ。」

「聖祥でもトップクラスの美少女が三人もアプローチかけてるのにスルーなんて、女顔のくせに何様だ、ってなるわけだ。」

「……そんな事言われても……。」

「……優喜君はそこら辺は治療中だし、その事が無くても、必ずしも私たちの気持ちにこたえる義務があるわけでもないし……。」

「内側におる私らはそういう事情も分かっとるけど、外野にそれを理解せえ、言うんは無理やで。」

 はやての言葉に、かなり釈然としない様子のなのはとフェイト。そんな二人に、どう声をかけていいかが分からない八神家一同。何しろ、ほとんど解決の手段が無い問題だ。しかも、他にも大量に理由があり、その大半が、努力でどうにかなる問題ではない。

 正直、クラスメイトが一方的に悪いわけではないのだ。実際のところ、積極的に周囲に溶け込む気のない優喜も悪いのである。困ってるクラスメイトをさりげなく手伝ったり助けたりはしているらしいが、そこから友人関係に発展させようとする意思がまったくない、とは高槻君の言葉だ。

「まあ、言うたら優喜君は異物やねん。今まではなのはちゃんらとおったから目立たんかったけど、やっぱり単独やと、すごい異質さが目立つで。」

「フォルクはどうにかできないの?」

「無理。そもそも学年が違うから、手の出しようがない。」

「……結局、また私たちは何もできないのかな……。」

 学校と言う閉鎖空間で起こる問題。その難しさに打ちのめされ、微妙に涙声になりながらつぶやくフェイト。その言葉に対して、意外な人物が反応した。

「……そんなことない。」

「……えっ?」

「……なのはもフェイトもいなかったら、いくら優喜でもまともなままではいられないはず……。」

「……そうなのかな?」

「……うん。優喜だって、誰とも関わらずに生きていけるほど強くはないから……。」

 リィンフォースの、どこかたどたどしい言葉に顔をあげると、頭を優しく抱き寄せられる。

「……なのは、フェイト。もう少し、自信を持っていい。二人は、優喜がここにいる理由だから……。」

「……本当に?」

「……どういう位置付けかまでは分からないけど、優喜にとって、なのはもフェイトも、決して軽い存在じゃないから……。」

 たどたどしくも、一生懸命なのはとフェイトを励ますリィンフォース。修理中に何度も軟気功を受けているうちに、彼が誰をどの程度大事にしているのかをなんとなく察してしまった彼女。なのは達が優喜の事について自信なさげにしているたびに、どうにかしてこの事を伝えたいと願っていた。今回、その思いをかなえる機会が来たので、柄にもなく頑張って前に出ているのだ。

「……そもそも、優喜が私を治したのも、管理局の事情に首を突っ込んでるのも、究極的には、なのはとフェイトと主はやてのためだし……。」

「せやな。優喜君の性格からしたら、本音を言うたら管理局なんかどうでもええやろうし。」

 そもそも、軽い存在だったら、二人が密輸組織相手にレイプされかかった事で、あそこまで本気で怒ることなど無かっただろう。後にも先にも、優喜が本気で怒ったところなど、あの時以外はない。もっとも、もし今すずかがハンターに命を狙われて、わざわざなぶるようなやり方で痛めつけられたとしたら、同じように激怒して徹底的に報復するのも間違いないが。

「まあ、そんなわけだから、あいつが見て分かるほどいらいらし始めたら、その時は二人の出番だ。」

「……うん、分かった。」

「その時は、いっぱい頑張るよ。」

「話もまとまったし、そろそろセッション始めよか。」

 そう言って、用意してあったマスタースクリーンなどを準備していくはやて。今日はクトゥルフの呼び声の予定だ。SAN値と言う単語を生み出した、狂うまでの過程を楽しむゲームである。因みに、ゲームマスターの語りの力量が問われるゲームの一つでもあるが、はやてはこの辺が実にうまく、また意外な事にリィンフォースのぽつぽつとした喋り方が、妙な臨場感を盛り上げて、たどたどしい割にかなり怖いと評判だったりする。

「今度こそ、最後まで正気を保って見せます!」

「なまじ正気を保ったままって言うのも、結構怖いんだけどなあ……。」

 シャマルの意気込みに、ぽそっと突っ込みを入れるなのは。今日は比較的大人数のセッションだが、そこをさばくのもマスターの腕である。

「ああ! フィーのSAN値がゼロになったのです!!」

「これで最後、ってまた一点足りない!?」

「やはり、それでこそシャマルだ。」

「うるさいわよ、シグナム! あなただって眷属になってるくせに!」

 などとにぎやかにゲームが進み、セッションが終わってみると、圧倒的なダイス目を見せたなのはと、残り一点から驚異の粘りを見せたフェイト以外は、全員見事に発狂したり眷属になったりして終わったのであった。







「優喜君。」

「ごめん、待たせた。」

「そんなに待ってないよ。」

 八神家でのセッションの三日後。管理局に新しい設備で作ったスケープドール試作品を届けるとのことで、仕事のあるなのは達と待ち合わせして、学校から直行する事にしたのだ。言うまでもなく、試作品はこっそり持ちこんであるブレイブソウルの格納スペースの中だ。

「ほな、さっさと行こか。ここ、すごい居心地悪いし。」

「そうだね。なんだか、ものすごく視線が集まってるよ。」

 フェイトの言葉に苦笑するはやて。裏でひそかに流れている聖祥の美少女ランキング、その堂々の一位である彼女が男子部で出待ちなどをしていれば、注目を集めて当然である。因みに余談ながら、二位はすずかが僅差でアリサを抑え、なのはははやてをそこそこ引き離して四位である。もっとも、借金返済との兼ね合いもあり、美容周りを普通の女子中学生程度にしか気を使っていないはやてと、最高級のエステだのなんだのを公費でやっている上、惚れた男を振り向かせるために一生懸命ななのはとでは、素材が同等レベルなら勝負にもならないのも仕方がない。

 なお、特に美容周りに気を使っていない優喜が、「美少女ランキング番外編」ですずかと同率二位だった事は、ランキングの存在を知っているアリサとはやてを地味にへこませていたりするのはここだけの話だ。

「あれ?」

「どうしたの、なのは?」

「優喜君、ボタン取れかかってるよ。」

「ん? ああ、これか。昼休みに先生の手伝いをした時に、ちょっと引っ掛けたんだ。」

 良く見ると、カッターシャツが少し汚れている。どうやら、探し物か何かをしたらしい。優喜が普通の人間なら、場合によっては喧嘩か何かを疑うところだが、初等部からの持ちあがりも結構いる以上、彼に暴力を振るうような無謀な人間はいないだろう。

「とりあえず、着替えは持ってきてるから、向こうで直そう。」

「ん~、それまでにとれちゃいそうだから、ここで直すよ。」

 そう言って、裁縫道具を鞄から取り出すなのは。意外かもしれないが、メンバーの中で一番家庭的なのは、実はなのはである。フェイトもはやてもすずかも、裁縫が苦手なわけではないが、さすがに着ている服を脱がさずに繕いものをするほどの腕はない。掃除もいろいろな小技に詳しく、一番手際よく片付けていたりする。ここらへん、油断すると整理整頓がおろそかになりがちなフェイトとは、上手い具合に棲み分けができていたりする。

 とはいえ、なのはは自分の部屋は綺麗に整理整頓をするが、少々乱れていたり片付けが出来ていなかったりするぐらいでは、わざわざ小言を言ったりしない性格なので、掃除が好きな人間にありがちな、潔癖症的な言動で他人と軋轢を起こす事はない。

「なのはちゃん、ここでやるんはまずいって。」

「どうして?」

「前に言うたこと、忘れたん?」

「……あっ。」

 割と普段からやっている事だったため、よく知らない人間が見たらどう思うのか、という視点がすっかり抜けていた。

「まあ、そういうわけやから、向こうで直そうか。」

「だね。とりあえず、ボタンは今外して、ポケットにでも入れておくよ。」

 なのはから糸きりバサミを借りて、取れかけたボタンを外す。引きちぎったりしたら生地が傷むので、とりあえず丁寧に済ませる。幸い、引っ掛けたのはボタンだけらしく、布地は大してダメージを受けていないようだ。

「じゃあ、行こうか。いい加減、俺もこの視線は辛くなってきた。」

 見ようによっては、自分一人が美少女を侍らせているように見えなくもないフォルクが、割とげんなりしながらそう漏らす。その言葉に、思わず吹き出しながら頷く一同。その時

「竜岡君、御時間よろしいですか?」

 一人の女性教諭が声をかけてくる。まだ若い、上で見積もっても三十路には届いていない教師だ。にじみ出る雰囲気が修行僧だとか聖職者とか、そう言った人種のそれを思わせる。よく言えば清廉潔白、悪く言えば融通が利かない、と言うタイプの雰囲気だ。

 その姿を見たフォルクが微妙に身構え、優喜の雰囲気に、慣れたものにだけ分かる程度の不機嫌さがにじみ出る。どうにも、優喜にしては珍しく、相当彼女を嫌っているらしい。

「構いませんが、待ち合わせがあるので、手短にお願いします」

「すぐに終わります。が、その前に。」

 視線をなのは達に向ける。

「あなたたちは女子部の生徒でしょう? 寄り道せずに、早く帰りなさい。」

「この後の竜岡君の待ち合わせ、私らも関係があるので、下校中に打ち合わせをする予定やったんです。」

「寄り道は寄り道です。そんなことは、帰ってからやりなさい。」

 雰囲気から察していたとおり、やはり融通と言うものはあまりきかないタイプのようだ。確かに寄り道と言われれば寄り道だが、女子部と男子部の校舎の入り口は、五分も離れていない。普通は、そこまで杓子定規に考えるようなことではないだろう。

(……前に言ってたこと、よく分かったよ……。)

(多分、これは序の口やで。)

 話が進まないと踏んで、帰る振りをしながら少し距離をとり、念話でそんなことをゴチョゴチョやっていると、優喜たちのほうで話が進む。

「貴方の辞書がひどく傷んでいたのが気になったので、こちらで新しい辞書を用意しておきました。これを使ってください。」

 そんな発言とともに、教師が手に持った英語の辞書を差し出す。

「お気づかいは感謝しますが、僕は今使っている辞書が使いやすいので、新しい辞書は必要ありません。」

 出来るだけ言葉にとげがにじまないように苦労しながら、可能な限りやんわりと断ろうとする。優喜の辞書は、彼自身が選んで調達したものだ。傷んでいるのは、初等部の頃から使い込んでいるからにすぎない。だが、目の前の教師は、違う風に取ったようだ。

「遠慮する必要はありませんよ。」

 その言葉に、思わずカチンと来るなのはとフェイト。言葉だけならおかしなところはないが、教師の表情は聞き分けの無い子供を見ているような、見当違いの慈愛に満ちたそれである。明らかに、優喜の言葉を聞いていない、もしくは信用していないのが分かる。

(やっぱりああいうタイプかあ……。)

 疲れたように、念話でそう漏らすはやて。この教師は間違いなく善人だ。間違いなく優喜のことを深く思いやって行動している。ただしそこには、自分の行為が大きなお世話かも、と言う思考は無い。場合によっては自身の言動が相手を侮辱していることになる、という認識も、そのことに対する配慮も欠けている。

 彼女の行動は、今回に限っては著しく見当違いで、しかもある意味、優喜の養い親である高町夫妻を侮辱していることになる。そもそも、拾って養っている孤児を、聖祥のような学費のかかる学校に通わせているのだ。辞書の一つや二つ、わざわざ古くて傷んだものを渡すわけが無い。しかも、優喜のそれは、使い込まれているためくたびれてきてはいるが、傷んでいるとまではいえないものだ。そんな、少し観察して考えれば分かるようなことを、赤の他人に養われている天涯孤独の身の上、と言う思い込みで無視して行動している。

 なのは達の年代だと、年相応の観察力では気が付かないところだろう。何しろ、倫理道徳的に、間違った行動ではない。しかも、格好をつけた偽善ではなく、百%善意と思いやりによる行動だ。あくまで相手の感情に対する配慮が見当違いである、と言うだけで、責められるような行いではないのである。それがまた、厄介なところだ。

 ただこれだけのやり取りで、なのはもフェイトもそこまで感じ取ってしまったらしい。特にフェイトは、常日頃から支援している子供達のために、何をすべきか悩んでいる身の上だ。それゆえに、こういう一方的な善意には、下手をすれば優喜以上に神経を逆撫でされているのかもしれない。

(あれはないよ……。)

 遠巻きにやり取りを観察していたなのはが、悲しそうにそう漏らす。確かに彼のような境遇の人間は、養ってもらっている相手と上手くいっていないケースが多い。そうでなくとも、思春期で大人と衝突することが多い時期だ。なのは自身、妙にいらいらして士郎や桃子、プレシアなどと無意味に衝突した事も結構ある。だが、全員が全員、その類型パターンにはまるわけではないのも事実だ。

(悪い人ではないんだろうけど、まともな意思疎通はあきらめた方がよさそうなタイプなんだよな。)

(あの先生から見れば私達、養ってやってるって態度で優喜君をいじめてるように見えるのかな?)

(さあ、そこまでは分からへん。ただ、もし女子部の先生やったら、うちの環境はいろいろ言われるんは間違いあらへん。)

 ひそひそと念話で話をしているうちに、向こうの話も終わったようだ。最後まで聞き分けのない子供が無理して突っ張っているのをたしなめる、という態度を崩さぬまま、意地を張る子供を見守るのも務め、と言う感じで、彼女は辞書を押し付けるのをあきらめた。

「お疲れさん。」

「本当に疲れるよ……。」

「地獄への道は善意で出来てる、言うのは誰の言葉やったかなあ。ほんまに上手い表現やと思うで。」

 しみじみつぶやいたはやての言葉に、思わず同意するように頷くなのはとフェイト。正直、あの先生が女子部にいなくて良かった、とすら思ってしまう。もしいたら、はやてに対する態度が我慢できなくなって、無駄に相手と衝突する羽目になっていただろう。

「優喜君、どうするの?」

「どうもしない、と言うかどうにもできないよ。向こうは間違った事は何も言ってないんだから、第三者から見ればこっちが悪者にしかならない。それに、折り合いが悪いから先生を変えてくれ、なんていいだしたら、士郎さん達がただのモンスターペアレントにされるだけだ。」

「そうだよな。そういう相手とも上手くやっていく方法ってのも、学校で学ばなきゃいけない、って言われて終わりだろうな。」

「そういう事。」

 優喜とフォルクの言葉に、いまいち釈然としない物を感じるなのはとフェイト。とはいえ、図らずも優喜が不機嫌を引きずる原因については、心底納得できた。あの調子で、実質的に士郎や桃子を非難するような事を言われ続ければ、いかな優喜といえどもイライラするだろう。しかも、庇えば同情されて、却って二人を悪く言う羽目になると来ればなおさらだ。

「とりあえず、あと一年半の我慢だし、あれは石ころか何かだと思っておく事にするよ。」

「優喜君も、大概ひどいなあ……。」

「そうとでも思わないと、やってられないよ。」

 人間、自分の事を悪く言われるのは結構我慢できても、恩人を悪く言われるのは案外耐えられない物だ。特に、優喜のようなタイプならなおさらだろう。

「さて、余計な時間を食ったし、さっさと向こうに行こうか。」

 優喜の言葉に頷くと、とりあえずさっさと気分を入れ替えて転移に入るなのは達であった。







 そうこうしているうちに体育祭も過ぎ、文化祭の時期に入ったある日の事。

「優喜君のところは、どんな事をやるの?」

「うちは展示発表かな?」

「私たちは合唱になったよ。なのはのところは劇だっけ?」

「うん。アリサちゃんとはやてちゃんのクラスは展示発表で、すずかちゃんは映像展示って言ってた。」

 聖祥は、中等部は学芸会の発展系とも言える、保護者なども呼んでの展示や舞台発表を行い、高等部からは模擬店が主体の一般的な文化祭を行う。中等部までは部活での展示などもやらないため、どちらかと言うと地味で真面目な、アカデミックな内容になっている。体育祭と並んで、男子部と女子部が自由に行き来できる数少ない機会だ。

「そういえば、もし中等部から男女が分かれてなかったら、また優喜君がヒロインをやってたのかな?」

「思い出させないでよ、そういう黒歴史は……。」

「凄かったよね。なのはとかすずかとか、ヒロイン出来そうな子はいっぱいいたのに、満場一致で優喜が選ばれたし。」

「あの時は、終わってからものすごくへこんだよ。誰一人、僕が男だと思いもしなかったのが特に。」

 優喜の言葉に苦笑するなのはとフェイト。やけに真に迫ったヒロインの演技に、当時すでに恋心を自覚していたフェイトやすずかですら、優喜が本当に男かどうかを疑ったものである。来客が全員女だと思ったのも無理からぬことだろう。

 ちょっと前に指摘されるまで、本人は全く気が付いていなかった事だが、優喜の場合、時折細かい仕草がひどく女らしいのも、性別を間違えさせる原因だ。そのため、髪もかなり短く切り、目立たないなりにのど仏も出ていて、身長がそろそろ百七十センチを超えそうだと言うのに、いまだに初対面で男と思われる確率が一割を切る。元の体の頃からそうだったために、もはや当人は完全にあきらめているとはいえ、へこむものはへこむらしい。

 一度指摘されて気をつけていた事もあったようだが、そもそもどういう仕草が女性的に見えているのか、と言う事が分かっていないため、まったく意味が無かったりする。因みに、女性的な仕草の原因は、かつての同居人である紫苑とその母親である。下品にうつる所作と言うものを徹底的に矯正された結果、上品だがどことなく女性的で妙になまめかしい仕草、というものがやけに板についてしまったのだ。さすがにいろいろまずいと思って修正しようとはしたらしいのだが、そこはあくまで教えたのが女性である。完璧な修正はついぞ出来なかった。

「それはそれとして、二人とも、仕事の方は大丈夫なの?」

「毎年の事だから、ちゃんと上手く調整はしてくれてるよ。」

「それに、私達以外にも、習い事とかで途中で抜ける子は結構いるし、そんなに顰蹙を買ってる訳じゃない。」

「そっか。」

 なんだかんだと言って、三人とも結構忙しい。なのは達は自分達の新曲やライブコンサートの練習と、その合間をぬってのテレビ出演や緊急出動、そこに進級と同時に配属された広報部の新人の教育が加わっているのだ。優喜は優喜で、二人を手伝って新人教育をし、そろそろ本格採用になりつつあるスケープドールの量産を行い、さらにはオーダーメイド品や一般販売の分のアクセサリを毎日大量に作ると言う、遊ぶ時間がなかなか作れない生活を送っている。

 スケープドール作りの方は専用の設備を作った事もあり、すずかやファリンなどが手伝ってはくれているのだが、アクセサリ関係はまだまだ大量生産に踏み切るかどうかは検討段階だ。なのは達も空き時間を見つけては、ちょっとした作業を手伝ってはいるが、それでも予想より売れているという、喜ぶべきか否か分からない状況に追われているのは変わらない。最近では三人の手助けのために、すずかとファリンは習い事や用事のない日は高町家に入り浸っている。

「あっ……。」

「どうしたの?」

「スケープドール用の塩が足りないから、ちょっと買ってくる。」

「ん、行ってらっしゃい。」

 スケープドールの生地を作る際に、浄化のために使う塩。いつも十キロ単位で用意してあったのだが、最近は消費が激しく、予想より減っていたのだ。

 因みに、現在のスケープドールの作り方は、特定の材料を配合した生地をこね、専用の付与窯でパン生地の発酵のごとくエンチャントして熟成させ、熟成が終わったものを人型に成型して、これまたパン焼き窯のような付与設備で最終付与を行うと言う工程を踏んでいる。どちらも小学生当時の優喜の技量では作れなかった設備で、店を持つのを機に思い切って頑張って付与したものだ。

 なお、塩以外の原料はすべて時の庭園の農作物でまかなう事が出来るため、現在は材料コストは非常に安い。また、こねる工程と人型に成型する工程は特別な処理をしているわけではないので、基本的に機械や簡単な型抜きを使ってやっている。どうしても量が足りない時は、人の手で一生懸命材料をこねまわす羽目になるのだが。

「ついでだから、これも買って行くかな?」

 スーパーみくにや。目当ての塩を二キロほどかごに入れた後、なんとなく目に入ったスナック菓子を一パック手に取る。普段はめったにこの手の物を口にしない優喜だが、たまに無性に食べたくなる事があるのだ。塩を二キロ程度しか買わない理由は簡単で、大した値段ではないとはいえ、ミッドチルダで売りさばくものの材料を、あまり日本で調達したくないからである。言うまでもなく、コスト以外にもいろいろと細かい理由はあるが、ここでは詳細は省く。

「ん?」

 支払いを済ませてさあ帰るか、と言う段になって、無駄に性能のいい優喜の耳は、拾わなくてもいい声を拾ってしまう。裏路地の方で、男が数人と女が一人、何やらもめているらしい。声の感じから言って、男は声変わりが終わったころあいで、女の方は自分達と同年代か、一つほど下だろう。

「ちょっと、離してください!」

「ぶつかってきておいて、こっちが悪いってか!?」

 どうにも判断しかねる状況だ。ガラが悪い、と言うほどではない男子学生が四人と、予想通り優喜達より一つ下ぐらいの、それなりに可愛い女の子が揉めている。これが、あからさまにどちらかの方がガラが悪ければ分かりやすいのだが、どちらも普通のカテゴリーでくくれる雰囲気である。

「ちょっといいかな?」

「なんだよ!?」

「なんですか!?」

「状況が良く分からないけど、とりあえずどっちもちょっと落ち着こう。声が通りまで響いてるよ。」

 突如割り込んできた優喜に水を差された形になり、とりあえず双方鎮静化する。こういう場合、部外者が割り込んでくると余計にヒートアップして話がこじれるか、水を差されて素に戻るかのどちらかになりがちだが、今回は素に戻ったらしい。声をかけてきたのが長身でアルトボイスの、クールなかっこいい美少女だったからかもしれない。

「で、何があってもめてたの?」

「ん? ああ。こいつがいきなりぶつかってきて……。」

 どうやら、みくにやに寄り道をしていた男子一同は、ぶつかられた拍子に買い食いしていたパンを落とし、しかも思いっきり踏みつぶされたらしい。店の前でもめるのは悪いと思い、裏路地に移動して弁償しろしないをやっているうちに、お互いにヒートアップしてしまったようだ。

「駄目にされたのは一人だけ?」

「ああ。俺の分だけ。」

「パンを落とす程ってことは、結構な勢いでぶつかったみたいだけど、君はどうしてそんなに急いでたの?」

「変質者に追いかけられてたんです。最近、変な手紙とか写真とか送りつけられてて、ずっと変な視線を感じてて、自意識過剰かなって思って振り向いたらそいつがいて、もしかしてって思って走ったら追いかけてきて……。」

「変質者、ねえ。」

 先ほどからこちらをうかがっている視線があるが、それの事だろうか。そう思ってこっそり相手にばれないように位置を変え、少女に聞いてみる。

「変質者って、あれ?」

「はい。」

「確かに変質者っぽいね。」

「あれに追いかけられてたんだったら、逃げるわな……。」

 優喜が示した先には、小太りのおかしな雰囲気を振りまいている男が。顔立ちや格好はこれと言っておかしなところはないのだが、とにかく近づきたくない種類の気味の悪い雰囲気を醸し出している。さすがにそれだけで通報するのは無理だが、生理的に受け入れないという暴言を吐いても、ほとんどの人が納得するタイプだ。

「でも、それとパンを弁償するしないとは別問題だよ?」

「分かってます! 後で弁償するつもりだったんですよ! 本当です!!」

「声が大きいって。」

「あ、ごめんなさい。」

「まあ、こっちはそれでいいとして、そっちの四人。」

 理由を知って、つるしあげた事に少々バツの悪さを覚えているらしい彼らに、苦笑しながら声をかける。

「言わなくても分かってるっぽいけど、さすがに全員で囲むのはよろしくないよ。」

「悪い……。」

「まあ、ここは喧嘩両成敗ってことで、パン代だけ処理したら、お互い水に流そう、ね?」

 優喜の言葉に、双方素直に頷く。その場でお金のやり取りを済ませた後、パンを駄目にされた男子が恐る恐る聞いてくる。

「それで、あれどうするんだ? ストーカーって、一応犯罪だよな?」

「まあ、あれに関しては考えてるから。」

 そう言って士郎に電話をかけ、続いて知り合いの警官、リスティ・槙原にも連絡を取る。

「とりあえず、動かぬ証拠ってやつを押さえなきゃいけないから、悪いけどもう少し囮になってくれないかな?」

「……大丈夫なんですか?」

「そこは信じてもらうしかないよ。知り合いの警察関係者には連絡を取ったし、ざっと打ち合わせはしたからさ。」

「……分かりました。」

「そっちも、この後特に用事とかないんだったら、手伝ってみない? 危ない事は僕とか警察の人が全部担当するから。」

 優喜の言葉に仲間内で相談し、了解の返事を返す男子達。この後、全員で変質者を釣り上げて追いつめ、動かぬ証拠を押さえて警察に突き出す事に成功し、すっかり意気投合するのであった。







「帰ってくるのが遅いと思ったら、優喜ってばそんな危ない事してたんだよ?」

「危ない事って言うのは今更のような気がするんだけど、気のせいかしら?」

「そうやなあ。なのはちゃんもフェイトちゃんも優喜君も、アベレージ二百メートルの大物狩りとかやっとるわけやし、今更変質者ぐらいではなあ。」

「私たちが怒ってるのは、そこじゃないよ。優喜君、私達に何の連絡もくれなかったんだよ?」

 なのはとフェイトの怒りのポイントを理解したはやてとアリサが、思わず苦笑を洩らす。すずかも同じ理由でちょっぴり不機嫌なようだ。

「と言う事らしいけど、優喜君、何ぞ言い訳とかあるん?」

「言い訳って言うか、向こうならともかく、こっちでなのはとフェイトを変質者狩りに誘ってどうするのさ。」

「そらまあ、そうやろうなあ。」

「普通、当事者でもない女の子を、そんな事には誘わないわね。」

「おねーちゃんは参加してたんだよ?」

「美由希さんは例外でええやん。」

 間違っても普通に分類できない女性の名前に、ついつい噴き出しながら反論するはやて。

「美由希さんが例外だったら、私だって変質者ぐらいは大丈夫なのに。」

「すずかちゃん、それは何ぼ何でも無茶やで。」

「そうそう。なのは達でも駄目なんだから、すずかはもっとまずいじゃない。」

 とまあ、昨日の今日でいろいろ不機嫌な三人をなだめつつ、えっちらおっちら登校する一同。こういうとき、フォルクは口をはさまない。口をはさんでも無駄だからだ。

 そろそろ男子部と女子部で分かれる頃合いになった時、優喜にとっては見覚えのある、他の人間にとっては見知らぬ女子生徒が現れる。名札の色からすると、どうやら一年生らしい。

「竜岡先輩! 昨日はありがとうございました!」

「どういたしまして。無事に解決して良かったよ。」

 このやり取りで、彼女が何者かを理解する一同。なのは達には及ばないものの、笑顔が魅力的な、それなりに可愛らしい少女だ。自分達が言いだす筋合いではないとはいえ、さすがにそれなり以上の危機感を覚えるなのは達三人。もしかして修羅場か、と微妙に期待するアリサとはやて。

「それで、竜岡先輩にお願いがあるんですが、いいですか?」

「なんか、嫌な予感しかしないけど、何?」

「あの、先輩の事、お姉さまって呼んでいいですか!?」

 後輩の爆弾発言に、なのは達はおろか、微妙に遠巻きに見ていたギャラリーにまで衝撃が走る。

「え? ちょっと、待って? 僕が男だってこと、知ってるよね?」

「はい!ですが、優喜お姉さまはお姉さまです! お姉さまに性別は関係ありません!!」

「いやちょっと待て! その理屈はおかしい!!」

 珍しく押され気味の優喜に、どう声をかけていいか分からず、とりあえず我関せずを決め込むフォルク。あまりの衝撃に完全に凍りつくなのは達三人に、笑いをこらえるのに必死のはやてとアリサ。

「優喜君……。」

「優喜……。」

「ゆうくん……。」

「「「百合っぽいのは駄目だと思うんだ!」」」

「僕が悪いの!?」

 どんどんグダグダになっていく状況に、いい加減笑いをこらえきれなくなったアリサが噴き出す。そこにとどめをさすように、笑いのにじんだ声ではやてが余計な事を言う。因みに、百合と言う単語を彼女達に教えたのは、言うまでもなくはやてだ。

「な、なあ、アリサちゃん。」

「な、なによ?」

「なんか、ものすごく説得力のない言葉を聞いた気がするんやけど、どう思う? 主になのはちゃんとフェイトちゃん。」

「たまに女同士で夜のプロレスごっこをキャッキャうふふやってるって噂が真実なら、全く説得力はないわよね。」

「「そこ! たまに人を生贄にするくせに、事実無根のうわさを広げない!!」」

 当事者を置き去りにして内輪もめを始めたなのは達を放置し、すずかが恐る恐る声をかける。因みに生贄にすると言うのは、すずかが発情期をこじらせたとき、彼女の性欲がおさまるまで、なのはとフェイトを人身御供にする事を指す。その状態のすずかはタチとネコ両方をこなす上に結構なテクニシャンなので、アリサとはやては、どうせ上手く行ったら一生一緒に過ごすのだからと二人を生贄にして、自分が汚される事を回避しているのである。

「えっと、お姉さまって、恋人とかじゃなくていいの?」

「はい! 私にとって優喜お姉さまは、恋人とかよりもっと崇高な存在です!」

「ですって、優喜。」

「なんだろう、このわき上がる後悔は……。」

「あきらめて頑張りや、お姉さま。」

 この後教室で、無謀な事をしたという理由で例の教師に絞られた揚句、自分が言ったわけではないのに「お姉さま」呼ばわりについてこんこんと説教を受けると言う理不尽な目にあわされる優喜。その上お姉さまという称号は瞬く間に学校中に広まり、竜岡優喜の憂鬱は一年半で済まなくなるのであった。



[18616] 閑話:ある日ある場所での風景
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/05/07 17:31
1.ある日の八神家

「疲れた……。」

「お疲れさん。」

 冬休みも目前のある日曜。炬燵で燃え尽きたようにぐったりしているフォルクに、こちらも疲れたようにねぎらいの言葉をかけるはやて。フォルクが八神家に住むようになってから、お盆前と冬休み前にはなじみとなった光景である。

「シグナム達は?」

「まだ作業中。」

 手首を回しながら、気の毒そうに答えるフォルク。リィンフォース姉妹を除いたヴォルケンリッターは、はやてが六年生になったあたりから、シャマルの同人誌の仕上げ作業を手伝わされるのが恒例になっていた。正直、このために必死こいて仕事をして休みを捻出するのは釈然としないのだが、それでも全員がそろう機会にはなるので、諦めて頑張っているのだ。

 なお、はやてとリィンフォース姉妹が手伝いに参加しないのは簡単で、描いている漫画が成人向けの、それも男と男が濃厚に絡み合う類の物で、さすがに未成年のはやてやフィー、修復の関係で妙に純な性格になったリィンを巻き込むのは気がひけたらしい。

「やっと終わった……。」

「もう局部修正は嫌だ……。」

 お茶を飲みながら昔流行した某パンダのようにたれていると、シグナムとヴィータがゾンビのような足取りでシャマルの部屋から出てきた。フォルクが解放されてから、ゆうに一時間以上は経っている。フォルクが解放されるのが早かったのは、一応十八歳未満であることに配慮したからだ。

「シグナム、ヴィータ、お疲れ様なのです。」

「ああ、ありがとう……。」

「わりぃ。」

 フィーが持ってきたお茶を受け取って、フォルクと同様にたれるシグナムとヴィータ。同じタイミングで出てきたザフィーラは、狼形態で窓際で灰になっている。

「ねえ、はやて……。」

「どないしたん、ヴィータ?」

「シャマルのあれ、どーにかなんねえかな?」

「私に言われても困るで。ちゃんと完売して帰ってくるし、ボーナス程度には家計の足しになっとるし、一応未成年にも配慮しとるから、趣味に口出しする理由に乏しいねん。」

 はやての言葉にうんざりするヴィータ。見た目はともかく中身は結構な年寄りで、書から出てくるたびに肉体的にはリセットされるとはいえ、リィンフォースも含めたヴォルケンリッター女性陣は、男を知らない身の上ではない。記録や記憶のほとんどは破損しているが、そういう経験がすべて消えている訳ではない。

 それゆえに、外見が子供のヴィータも、そっち方面では朴訥なシグナムも、シャマルは容赦なくこき使っているわけだが、さすがに二人とも男同士が濃密に絡み合う内容を見て喜べるほど、倒錯した趣味は持ち合わせていない。売り子をさせられないだけましだが、この時期のシャマルの手伝いは、拷問としか言えないのだ。

「主はやて、よろしいでしょうか。」

「ん?」

「このまま奴の趣味を放置すれば、主はやてが十八歳になられた時、普通に手伝いに巻き込みかねないと思われるのですが……。」

「あ~、言われてみればそうやな……。」

 シグナムの言葉にげっそりするはやて。彼女は、どちらかと言えば男同士が絡んでいる物を見るよりは、これと見込んだ男とベッドの中で夜のプロレスごっこをしたいほうだ。さすがにまだ中学のうちから一線を超える気はないが、幸いにして、これと見込んだ男とは同居しているのだから、それほど焦りはない。が、一緒に炬燵に入っているその男に、そっち方面の趣味があると思われるのは、正直絶対に避けたい。

「分かった。さすがに趣味を禁止にするんは難しいけど、今度から嫌がってる人間を手伝わすんと家族内での布教は禁止にするわ。」

 はやての言葉に、あからさまにほっとした顔をする一同。いかに身内といえども、許容できる事と出来ない事があるのは当たり前だ。

「助かった……。」

「これで無駄にリアルな局部を延々モザイク処理する地獄からは解放される……。」

「ねえ、はやて。あたしは正直、フィーがいつ作業中に乱入してあれを見るかと思うと、気が気でなかった……。」

「言われてみれば、そーいう問題もあったか……。」

 ヴィータのつぶやきに、自分達が意外とやばい橋を渡っていた事に気がつく。

「よし、禁止事項をもう一個追加や。」

「何を禁止するのですか、はやてちゃん?」

「フィーが大人になるまで、局部修正が必要な内容の物をうちの中で描く事を禁止するねん。」

「はやてちゃん、局部修正って何ですか?」

「それこそ、フィーの中身がもっと大人になってから知るべき事や。」

 はやての言葉に釈然としないながらも、自分が子供だという自覚はあるので、異論を唱える事はしないフィー。彼女のその素直さに、思わずホッとする一同。テスタロッサ家や月村家と同様、八神家も性をタブーにする気はないが、それでも教える時期と言うものはある。あまり小さいころからそういう知識を詰め込むと、碌な事にならないという事例はいくらでもあるのだ。

「とりあえず、フィーはジョニーに水をあげてくるのです。」

「お願いするわ。食べられんように気ぃつけや。」

「お任せです。」

 そう言って、台所にふよふよ移動するフィー。因みにジョニーとは、八神家のリビングに鎮座するパッ○ンフラワーだ。かつて防衛システムだったそれは、今では立派に観葉植物としてとけ込んでいる。ジョニーのおかげで、八神家に侵入する蚊や蠅、ネズミ、ゴキブリなどのいわゆる害虫・害獣は全て駆逐されている。なお、ジョニーと名付けたのははやてだ。由来はとある同人ゲームからとの事。

「さてと、ちょっと買い物行ってくるわ。」

「あたしも行く。」

「了解。シグナムとフォル君はプレシアさんとこ行って、そこの買い物メモの中身を買うて来て。」

「分かりました。」

 高町家と八神家、月村家は、基本的に米と肉と野菜、卵、牛乳およびそれらを加工して作られる調味料や加工食品は、全て時の庭園から購入している。全部市価の二割未満の値段で購入できる上、品質も安全性も折り紙つきなので、八神家の家計は大変助かっている。プレシアの方も、管理局でいちいち換金しなくても、小遣い銭にするのにちょうどいい額の日本円が手に入るとあって、ありがたくお金を徴収している。

「じゃあ、ちょっと行ってくる。」

「行ってらっしゃいです。……あっ!」

 さあ出かけよう、と言うタイミングで、フィーの悲鳴が聞こえる。慌ててリビングの方に行くと、見事にジョニーにパクリとやられているフィーの姿が。

「気ぃつけやっていうてたやん!」

「タオルと着替え取ってくる!」

「湯を汲んできたぞ。」

 大抵、すんなりとは出かけられない八神家であった。







「そーいや、ユーキの帰る方法って、今どーなってんだ?」

 夕食の席で、ヴィータがそんな疑問を漏らす。基本的に、普段ヴォルケンリッターは、忍やユーノとは接点が無い。辛うじて忍とは時の庭園で多少の接点はあるのだが、あまり立ち入った話をするほど親しいわけでもない。ユーノに至っては、無限書庫に出入りする用事があるのがシャマルぐらいであり、最近やや疎遠になっている感じだ。

「あまり進展は無いらしい。」

「結構それっぽい遺跡とかは出てきてる見たいやけど、残念ながら大方は外れ確定らしいわ。」

「そっか。」

 フォルクとはやての返事にやや複雑な表情で答え、八神家では贅沢品に当たるサバの塩焼きに箸をつける。商店街の魚屋さんで、特売品をさらにおまけしてもらったものだ。

「どうした、ヴィータ。今までそんな事、気にしてなかったではないか?」

「あ~、なんとなく気になったんだ。」

「気になるような事があったのか?」

「昨日、久しぶりにすずかとあってさ。別段ユーキにかかわる話はしなかったんだけど、ふっと思ったんだよ。あいつが帰ったら、どうするつもりなんだろーな、って。」

 ヴィータの言葉に、全員の動きが止まる。なんとなく考えないようにしてはいたが、そろそろ向こうでの動きがあってもおかしくない頃合いだ。

「私としては、なのはちゃんとすずかちゃんはどうにかなると思ってるんやけど、ヤンデレ的な意味でフェイトちゃんが怖い。」

「フェイトが? ヤンデレって言うとどっちかって言ったらすずかの方じゃねーのか?」

「お兄ちゃんどいて! そいつ殺せない!! とかいうタイプのヤンデレ方は確かにすずかちゃんがしそうやねんけど、フェイトちゃんはこう、お玉で空の鍋をぐるぐるかき混ぜながら優喜君の帰りを待つ、見たいな感じの病み方をしそうでなあ。」

「なるほど……。」

「確かに……。」

 はやての言葉に、ひどく納得してしまう一同。

「それに、なのはちゃんはあれで結構タフやから、どうにかふっ切ると思う。すずかちゃんは多分、何もかもを捨てて追いかけていくんちゃうかな?」

「……そうかもしれませんね。」

「……そこまで踏まえると、テスタロッサが一番危険か。」

「……フェイトちゃんは、プレシアさんを捨てて追いかける事は出来ないのです。」

 フェイトにとって、もはや優喜の存在は自身の土台になってしまっている。他の事に対しては大概タフではあるが、優喜がいなくなる、と言う事に関しては、どうなるかが予想できない。恋愛感情を感情としては理解できない優喜ですら、フェイトのそういう部分は危惧している。どんなタフな人間でも、自身の土台となる部分がくずれると、案外もろいものだ。

「まあ、そうなったときは、多分シャマルの出番のはずやけど……。」

「微妙に当てになんねえんだよなあ。」

「見習いの俺ですら、碌でもない未来しか想像できないのも、ある意味才能だよな。」

「どういう意味ですか!?」

 日ごろの行いのせいか、身内から微妙に信用が無いシャマル。ちゃんと仕事をしている事は知っているし、カウンセラーとしても十分な力量があるのも分かっているのだが、どうにもいまいち信用しきれないのだ。

「だってなあ。」

「私と優喜を掛け算しようとした時点で、信用が無くても当然だろう? しかも、獣耳マッチョと美少女顔の倒錯した世界観がいい、とか鼻血を流しながら力説するほど立派に腐っているのではな。」

「壊れかけてるフェイトにお前の趣味をすりこんで洗脳、とか普通にやりそうなんだよなあ。」

「みんなひどいわ!!」

 思わずマジ泣きするシャマルに、さすがにやりすぎたかと反省する一同。とはいえ、今までの台詞はそれなりに本気で思っている事ではあるが。

「……大丈夫。優喜が、フェイトが壊れるような選択を取る事はないから……。」

 シャマルがマジ泣きし始めたあたりで、我関せずとサバを骨や頭も残さない勢いで食べていたリィンフォースが、唐突にそんな言葉を漏らす。

「どういう意味だ、リィン?」

「……そのままの意味。優喜は、よほど憎い相手でもない限り、相手が破滅するような事はしないから……。」

「いや、それは分かってるけど……。」

「……大して知らない相手にだって、困ってたら手を差し伸べるのに……、……なのはとかフェイトぐらい大切にしてる相手を、帰りたいって気持ちだけで壊れるほど追い詰める事は、多分絶対出来ない……。」

 たどたどしいリィンフォースの言葉が、妙な説得力を持ってしみ込んでくる。

「まあ、結局のところ、私らはこの件については外野やねんし、なるようにしかならへんわ。」

「まあ、そうなるよな。って、リィン! お前食いすぎだ! あたし達の分が残ってねえ!」

 結局、考えても仕方がない問題は先送りにする事にして、八神家の食卓はにぎやかさを取り戻すのであった。







2.ある日のフェイトちゃん

「そろそろ、昼ごはんの用意しようか。」

「……そうだね。」

 クリスマスイブを翌日に控えた冬休み初日の正午過ぎ。明日の翠屋は戦場だと言う事で、臨戦態勢を整えるべく丸二日休みを取ったなのは達は、三時ごろからのケーキ作りに備えて、ジャージの上にどてらを羽織った干物女仕様で、炬燵の中でまったり冬休みの宿題をしていた。今年の冬は特に寒く、もうすでに二回も雪が積もっている。こんな日は防寒対策をしっかりして、家の中に引きこもっているのが一番の幸せである。

 因みに優喜は、ムーンライトでクリスマス向けオーダーメイド品の最終チェックと飛び込み依頼の対応をしており、高町家にはいない。手伝いを申し出たものの、オーダーメイド品となると売り子以上の事が出来るでもない上に、アリサとすずかも手伝ってくれるとのことで、ケーキ作りのための体力温存を優先する事になったのだ。なので、今日は朝の鍛錬以外、一切まともに動いていない。

「そういえば、材料は何が残ってたかな?」

 億劫そうに炬燵からはい出し、冷蔵庫の中身を確認するフェイト。ざっと見てから卵と昨日の残りものの筑前煮を取り出し、ぬか床からいい塩梅になった人参を引っ張り出してスライスする。

「フェイトちゃん、もうメニュー決めたの?」

「うん。」

 鍋もフライパンも出さずに、いきなりぬか漬けを切るところからスタートしたフェイトに、怪訝な顔をしながら質問するなのは。そんななのはの戸惑いも意に介さず、バルディッシュの格納スペースからしょう油らしい小瓶を取り出す。深めのお椀にご飯をよそってから鰹節を用意し、ためらう様子も見せず、流れるような動作でご飯の上に生卵を落とす。

「ちょ、ちょっとフェイトちゃん!!」

「なに?」

「その食べ方、どこで覚えてきたの!?」

 あまりに迷いなく、駄目な意味で日本人的な行動をとったフェイトに、思わず突っ込みも兼ねた疑問をぶつけるなのは。因みに高町家では、なのはが小学校に上がってからこっち、卵かけご飯と言う食べ方をした事はない。店の準備と士郎の介護でなのはの事がおろそかになりがちだった事を悔いた桃子が、せめて食事ぐらいは愛情たっぷりのいいものを食べさせたいと頑張り続けたためだ。なので、なのはが卵かけご飯を食べたのは、士郎が入院した直後が最後である。

「えっとね、前になのはがいない時にはやての家に泊まりに行ったでしょ?」

「うん。って、その時に?」

「だよ。テレビでやってるのを見て、私食べたことないな、って言ったらやらせてくれたんだ。」

 因みに、広報部に新人が配属されることが決まった時のことだ。なのはが二泊三日の特別研修に出かけたので、仕事的にも日常生活的にも妙に時間が空き、はやてに誘われて乗っかったのである。

「……はやてちゃんも、わざわざこんな事を教えなくても……。」

「美味しいからいいと思うんだけど……。」

 ご飯をぐるぐるかき混ぜながら、なのはの苦言に首をかしげるフェイト。その仕草が妙に可愛くて、何となく変に疲れた気分になる。

「それで、その小瓶は?」

「卵かけご飯専用のしょう油だよ?」

「もしかして、時の庭園製?」

「うん。母さんが吟味に吟味を重ねた、卵かけご飯にぴったりな究極の逸品。と言うか、私だけだったんだよ、卵かけご飯食べた事無かったの。リンディ提督やエイミィまでやってたんだから。」

「別にいいと思うんだけど。って言うか、プレシアさんもどんどん日本人化していくなあ……。」

 フェイトの返事に、さらに疲れを感じるなのは。そんななのはに苦笑しながら、小瓶を差し出してフェイトが告げる。

「なのはもどう?」

「……そうだね。久しぶりに卵かけご飯もいいか。」

 卵かけご飯と言うのは、妙にそそるものである。結局誘惑に負けたなのはは、フェイトからしょう油を受け取り、約十年ぶりぐらいの卵かけご飯を堪能するのであった。







「そろそろ、この消しゴムも限界かなあ……。」

 四苦八苦しながら文系科目の宿題を終わらせたフェイトが、ずいぶんと小さくなった消しゴムを見てつぶやく。

「さすがにそれは、もう買い換えた方がいいと思うよ。」

「だよね。」

 なのはの言葉に一つ頷くと、炬燵から出て財布を取りに部屋に戻る。

「ちょっと買ってくる。なのは、何か欲しいものある?」

「中華まんとか、ちょっとそそるかも。」

「分かった。肉まんでいい?」

「うん。」

 微妙な空腹感に負けて、そんな事を言いだすなのは。今日は早朝訓練以外ではあまり体を動かしていないとはいえ、さすがに卵かけご飯と漬物では軽かったらしい。

「じゃ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。」

 なのはに声をかけて玄関から出ると、何か用事でもあったのか、はやてがちょうど呼び鈴を押すところだった。

「あれ? はやて?」

「あ、フェイトちゃん。今からお出かけ?」

「ちょっと、消しゴムを買いに。」

 フェイトの言葉に眉をひそめ、彼女を上から下まで眺めるはやて。

「……さすがに、その恰好で外で歩くんは、どうにかならへん?」

「この服、あったかいしそれなりに動きやすいし楽なんだよ?」

「間違っても、十代半ばの女の子がする服装やあらへんで……。」

 エイミィが、妙に張り切ってフェイトにおしゃれを仕込もうとしていた理由が良く分かる。この残念な服装ですら妙にファッショナブルに見えるのもあれなのだが、この格好に全く疑問を感じないところが、同い年の女として何より泣きたい。さらに泣きたいのは、この服装で平気で出歩くくせに、髪と肌の手入れはやたらと気合が入っているところだろう。服装と肌や髪の艶との落差が激しすぎる。

 部屋着としてならともかく、外出着としてこの服装を許容するのは、はやての中の何かが激しく拒絶している。なけなしの小遣いをやりくりして服を買いそろえ、乏しいバリエーションを必死になって着まわしておしゃれをしている自分が、とてつもなく惨めに思えてしまうのだ。

「まあ、それはそうと、今日はどうしたの?」

「明日のパーティの確認も兼ねた、ちょっとした陣中見舞いや。」

 ジュースとスナック菓子が入った袋を持ちあげて見せるはやて。さすがにこの手の物は、何でもかんでも時の庭園で購入する、というわけにはいかない。何しろ好みもあるし、料理人である三人にも、製法がピンとこないものもある。

「とりあえずなのははいるし、上がって待ってて。すぐ戻ってくるから。」

「ほなお邪魔します。」

 フェイトに促されて中に入るはやて。フェイトと同じ格好でこたつでぬくぬくしているなのはを見て、思わず同じような小言で説教してしまったのはここだけの話である。







「ただいま。」

「お帰り。」

 三人分の肉まんと消しゴムが入った袋を片手に帰宅したフェイトを、炬燵の中から迎え入れるなのはとはやて。炬燵に入ると横着になるのは、日本人の遺伝子なのだろう。

「はやての分も、肉まん買ってきたよ。」

「ありがとうな。」

 はやてがお菓子を持ってきてくれたのは知っているが、やはりこの寒い中で見た肉まんは、抗いがたい魅力を発していた。結局誘惑に負けて、肉まんも買ってしまったのである。

「ちょっと財布置いてくる。」

 肉まんを炬燵の真ん中に置くと、自分の部屋に戻るフェイト。財布の中の小銭を出して、必要最低限を戻して、貯金箱代わりの缶や空き瓶に分けて入れていく。一円、五円、十円、五十円、百円と、海苔やお菓子などが入っていた缶や瓶に入れ終わり、最後に二枚の五百円玉を、昔懐かしい、陶器製のピンクの豚の貯金箱に入れる。ガチャ、っと結構重い音がして、五百円玉が貯金箱に飲み込まれる。シャチやパンダ、ペンギンなど白黒ツートンカラーの動物のぬいぐるみが目立つ部屋の中、その貯金箱は微妙に浮いている。

「ん~……。」

 貯金箱を手にとって、耳元で軽く振ってみる。意外とずっしりと重い貯金箱の中で、小さくガチャガチャと重い音がする。入れた時の感じから、そろそろ満タンが近いらしい。

「……うん。」

 小銭貯金を始めてからそろそろ五年。一番最初に買った貯金箱がようやく満タンになる事を知り、思わず満面の笑みを浮かべてしまう。溜めて何に使う、とかそういう事はあまり考えていないが、それでもずっと続けていた事が、一定の成果を見せるのは嬉しいものだ。

「……フェイトちゃん、自分年と出身地を偽ってるやろ……。」

「……一円玉貯金とか、さすがにどうかと思うな……。」

 なんとなくついてきて、こっそりその様子を見ていたなのはとはやてが、思わずそんな事を言ってしまう。

「駄目?」

「いや、駄目、とは言わへんけど……。」

「中学生の趣味ではないよね……。」

 結局、その後客間の炬燵では、中学生女子にふさわしい趣味と服装は何かと言う話題で、制限時間いっぱい議論をする羽目になるのであった。







3.ある日の年寄り達。

「いきなり人数を集めるのは厳しい。まずは治安維持機構つながりで、宇宙刑事から行ってはどうだ?」

「今現在新作が存在していない物より、すでに三十年以上の歴史を刻んだスーパー戦隊を企画するのが、常道に決まっている!」

「だが、新作が存在しない、などと言いだせば、美少女仮面も同じことだ。それに、昨今のスーパー戦隊は巨大ロボットが必須。さすがにそんなものを使って戦う相手もいないし、そこまでする予算は厳しいのではないか?」

「そうだな。ここは無難に、美少女戦士系で攻める方がいい。」

「現在著しく男女比が偏っている以上、これ以上女を増やすのは賛成できんぞ。」

 時空管理局本局広報部。その会議室では、地上本部と本局の制服を着た数名の男が、喧々諤々の議論を繰り広げていた。肩章やらぶら下がっている勲章やらから、いずれも一佐以上の、いわゆるお偉いさんに分類される人間ばかり集まっているのが分かる。広報という特性からか、陸と海のトップクラスが満遍なく集まり、取り立ててセクショナリズムに陥ることなく、と言うよりも己の趣味に忠実に議論を進めている。

 そんな偉い連中が集まっている割に、妙に議論の内容がくだらなく見えるが、これでも彼らは大真面目だ。何しろ、広報一課の次の新人たち、そのプロデュース方針を決める会議である。管理局内部ではイロモノだ廃物利用だとさげすまれている連中だが、対外的には局の看板の一つにまでなっている。世間の注目と期待が高まっている以上、下手なものを出すわけにはいかない。

 それに、広報部のイロモノ部隊は、管理局本体の金をほとんど使わずに、しかも部署の壁に悩まされることなく柔軟に運用できる、ある種理想的な部隊だ。現状は人数が少なく、ハードなスケジュールの合間に出動が挟まる上に、子供と管理外世界在住のパートタイマーしかいないため、夜間が手薄になる、と言う、遊撃部隊としては結構痛い欠点を抱えているが、これも人員が充実すればある程度は解消できる問題である。

 もっとも、最大の問題である、元々他所の部署で不適合だった人間の寄せ集め故、他の部隊との連携運用に問題を抱えていると言う弱点は、いまだに解決の目途も立っていないのだが。

「とりあえず、日本で一般的な、四人から五人の男子、及び女子のグループを作るところからスタートだな。」

 激しいディスカッションを聞くともなしに聞いていたレジアスが、大前提ともいえる方針を示す。

「後、今後のためのデータ収集として、次とその次ぐらいまでは、リンカーコアの成長期の人間を集めて育成するべきだろうね。」

「そうだな。カリーナ二士とアバンテ二士はいろいろな都合で促成栽培的なやり方をしてもらったが、今度はじっくり十分な時間をかけて育ててもらう。」

「今回集める二組は、早くても投入は二年後にするつもりだ。その前提で企画を立ててほしい。」

 広報一課の魔導師部隊、その親玉であるグレアムとレジアスの言葉に、再びディスカッションを始める男たち。そこに、かなりお年を召した女性が入ってくる。

「これはクローベル統幕議長。」

「楽にしてくださって、結構ですよ。」

 温和な笑みを浮かべたミゼットが、立ち上がって敬礼をしようとした一同を制する。

「それで、どのようなご用で?」

「孫娘のわがままを伝えに。」

 その言葉に、会議室に緊張が走る。

「統幕議長……。」

「心配しなくても、孫をこの中に混ぜろ、とは言いませんよ。」

「そうですか……。」

 冷や汗をぬぐいながら答えるレジアス。その様子に苦笑すると、ミゼットは何ぞ映像の入ったディスクを渡す。

「こういう感じの部隊がいるといいな、との事です。」

 ミゼットが持ってきた映像を再生すると、映し出されたのは月に代わってお仕置きしそうな五人組。

「ふむ……。」

「一組目は決まったね。」

「ああ。となると、もう一組は、必然的に男五人のグループだな。」

「そうなると、スーパー戦隊よりむしろ、アバンテ二士の路線を発展させ、グループでやる方がいいだろう。」

 ミゼットの言葉で、着々と企画が進んで行く。

「統幕議長、ありがとうございます。」

「これで、方針が決まりました。」

「別に、参考程度にしてくれれば構いませんよ。」

「いえいえ。今回漏れたものは、次にやればいいのですから。」

 その会話の後ろでは、士官学校も含む管理局の学校の名簿を隅々まで確認し、容姿・性格が良く適性面でいまいちな、新たな企画のための「犠牲者」を選定し始める幹部達。いつの間にかプロデューサーが呼び出され、企画の骨子・概要が伝えられている。レジアスの目から見れば、トップに立たせるには足りない物ばかりにうつる連中だが、さすがに上層部に上り詰めただけあって、方針が決まると異常に動きが早い。

「どうやら、もう初期段階は完了したようです。」

「優秀ですね。」

「でなければ、なのは君とフェイト君を守る事は出来ませんので。」

 いまだに年々実力を増していくなのはとフェイト。彼女達については、いつまでイロモノとして遊ばせておくのか、という声も少なくない。グレアムの言う通り、この程度の優秀さが無ければ、なのはとフェイトは今頃、一切のフォローなしで戦闘漬けの毎日を送らされていただろう。

「どうやら、また少し忙しくなりそうですね。」

「それでもまあ、何人か将来性のある中堅が陸に来てくれたので、私も隠居の目途が立ちましたよ。」

「いい事です。」

 すでに候補者をリストアップしてしまった部下達を満足そうに見ながら、現トップの二人と、伝説となった統幕議長は世間話を続けるのであった。






後書き
この管理局は、始まったのか終わってるのか・・・・・・。



[18616] 第9話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/05/14 17:40
「「「「お姉さま、卒業おめでとうございます!」」」」

「あ、ありがとう。」

 聖祥学園中等部の卒業式。優喜は数名の後輩に囲まれていた。男女ほぼ同数と言うあたり、優喜にとっては勘弁してほしいところだ。

「あのさ。いい加減、お姉さまってのはやめにしない?」

「どうしてですか!?」

「お姉さまはお姉さまです!」

「私たちの事、嫌いになったんですか!?」

「男がお姉さまと呼ばれて、嬉しいわけがないでしょうが……。」

 優喜に詰め寄る下級生達に、思わず呆れたように突っ込みを入れるアリサ。

「本当に増えたわね、あんたの妹。」

「あ、あはははは。」

 アリサの台詞に、思わず乾いた笑みを浮かべる優喜。もはや、女に見られることに関してはあきらめているが、お姉さま扱いはさすがにきつい。クラスメイトにネタで言われるのも痛いが、下級生が本気でそう呼んで来るのも地味にSAN値が減る。

「と言うか、その身長で未だに女で通じるところがすごすぎるで。」

「褒めてないでしょ、それ。」

「男に対する褒め言葉でないのは確かやな。と言うか、そろそろマッパになるかあの服でも着て見せんと、誰も男やとおもわへんようになってへん?」

「何その羞恥プレイ……。」

 とは言え、はやての言葉も間違いではない。何しろ、優喜は中学の間に、きっちり身長が百七十センチを超えた。多分百八十の大台には乗らないだろうが、それでも、あと五センチ程度は伸びそうな様子で、下手をすれば元の体よりも背が高くなるかもしれないのだ。その上で、細身だが引き締まった筋肉質な、いわゆる細マッチョと呼ばれる体をしているのに、一向にゴシック衣装以外では、初見の人間に男と思われない。

 声や微妙なしぐさの影響もあるため、坊主にしたぐらいでは意味がないのは実証済みである。三年の夏休み前に丸刈りにしたところ、普通に街で女性ファッション誌に取材を申し込まれた挙句の果てに、せっかくだから髪を伸ばしたほうが美人が映えますよ、などと言われてしまったのだ。しかも、周囲からはかなり不評で、得るものが何一つない実験だった。もはや、精神的に痛くない方法で、外見だけで男だと思わせることは完全にあきらめている。

 因みに、見栄えなどの問題でお姉さま扱いされている優喜だが、股間の男のシンボルは実に立派で、無駄にそっち方面の経験が豊富なブレイブソウルによると、あれを知ってしまうと、他のものではそう簡単には満足できなくなる、とのこと。つくづくアンバランスな男である。

「まあ、あの先生からは解放されるから、良かったじゃない。」

「やなあ。悪い人ではないんやけどなあ……。」

 一年半、優喜の担任だった例の女教師について、ため息交じりにそう漏らすアリサとはやて。その言葉を聞いた優喜のクラスメイトの何人かが、小さく苦笑する。さすがに、一年半もあれば彼女のおかしなところに気がつく人間も出てくるわけで、孤立気味なのは変わらないが、優喜について同情的なクラスメイトもいないではない。

 なお、かの女教師は、別段優喜一人に固執していたわけではない。彼を含む何人かに若干重みをつけていたが、基本的に、全員平等に正論と善意を押し付けて回り、上手くかみ合った時には非常にいい結果をもたらすが、こじれさせるととことんこじれさせる、と言う事を繰り返している。全てのケースに置いて、彼女自身は善意で行動しており、言っている事もやっている事も間違ってはいないため、しっくりこない感情を抱え込む羽目になった人間も少なくない。

 現時点では、彼女のシンパが七に対して中立が二、反発気味なのが一である。ただし、反発気味と言っても敵対する、と言うところまでは行かず、単に素直に言う事を聞かない、と言うレベルでとどまっているあたり、この女教師の厄介さが良く分かる。

「それで、ゆうくん達は、この後どうするの?」

「今日は、特に用事の類はない。」

「私達も。今日は気を効かせてくれて、一日お休みを貰ってるから。」

 なのは達の返事を聞くと、はやての方に視線を向ける。

「はやてちゃんは?」

「なのはちゃんらと同じや。卒業式ぐらいは、休暇取って名残を惜しめって言われてんねん。」

「じゃあ、久しぶりに、皆でうちでお茶にしない? 新しく生まれた子たちも紹介したいし。」

「新しい子? どんな模様?」

「今回は、真っ白な子が三匹だよ。」

 どうやら、方針は決まったらしい。平均的な中学生とは比較にならないほど忙しい彼女達は、久方ぶりに皆でのんびりできるのであった。







「どうしたのよ、フェイト。難しい顔して……。」

「ちょっと、ね。」

 そう言って、見ていた映像を閉じる。

「さっき見てたの、何?」

「エリオの事で、ちょっとね。」

「エリオ?」

「だいぶ前に、私が保護した子供。いろいろあって、直接面倒を見てるんだ。」

 そう言って、写真を見せる。そこには、将来有望そうな、赤毛の可愛い男の子が。

「ふーん、可愛い子じゃない。この子、どうしてフェイトが?」

「出自が、私と同じなんだ。」

「同じ、って……、まさか!?」

「他言無用でお願い、ね。」

「分かってる。仮にこの子に会う事があっても、本人が言うまでは知らなかった事にするわ。」

 アリサの言葉に、同じように頷くはやてとすずか。なのはと優喜は、保護に至る経緯に関わっているため、最初からその事を知っている。エリオ本人も、なのは達三人が自分の事を全て知っていると分かっていたため、それなりの信頼関係を得るまでに相当手間取った。

「それで、フェイトちゃん。この子の何について悩んでたの?」

「うん。進路相談。」

「進路相談って、フェイトちゃん、まるでお母さんやな。」

「いろいろ事情があって今は手元には置けないけど、私が保護者で後見人だもの。母親みたいな立ち位置になるのは当然だよ。」

「……そっか。まあええわ。それで、進路相談って、何をそんなに真剣に悩んどったん?」

 はやての質問に、言うべきか否かを考える。少しのためらいの後に、ここまで話をして、隠し事をするのもないなと思い直して口を開く。

「エリオ、管理局に入りたがってるんだ。」

「……何か、まずいの?」

「まずいと言うか、考えて見てよ。私たちが管理局で働く事になるまででも、結構いろいろ揉めたよね。」

「……そういえば、そうだったわね。」

「エリオは、当時の私たちより、もっと幼いんだよ。そんな小さな子供を、戦闘が絡む危ない仕事に送り込みたくないんだ。」

「それならそういえばいいじゃない。」

 アリサの正論に、顔を見合わせてため息をつくなのは達。それで済まないから、フェイトがいろいろうじうじと悩んでいるのだ。

「駄目って言えば済むんだったら、こんなに悩んでないよ。」

「エリオの立場は、かなり微妙でね。なのはやフェイトと同じで、妙な組織に目をつけられやすいんだ。」

 そう言って、エリオ・モンディアルの抱えている問題を説明する優喜。彼の現状の問題、それは犯罪組織の手によって作られた、違法研究の成果物、と言う一点に尽きる。

 エリオは、さまざまなルートから流出したプロジェクトF、その技術によって作られたクローンである。プレシアが自首した当時、管理局内部ではその手の技術の情報管理が結構ざるで、漏れてはいけない技術が結構外部に流出している。主な原因は最高評議会ではあるが、それ以外にも無限書庫を魔窟のまま放置していたりと、管理局全体の情報管理の姿勢にも問題があったのも事実だ。

 今となってはどのルートから流出したのかははっきりしないが、フェイトが摘発した組織が、プロジェクトFの技術を使って、裏ルートでクローンの製造を請け負っていた。そこに、早くに子供を亡くしたモンディアル夫妻が、藁をもすがる思いで我が子のクローンを作らせていたのである。

 その子供が紆余曲折を経て一度b別の犯罪組織に連れ去られ、フェイトの手により保護されて、管理局と聖王教会が共同運営する施設に預けられ、フェイトだけでなく、なのはや優喜、アルフにリニスまで総動員しての献身的な対応により社会生活を営めるところまで心の傷が癒えたのだが、犯罪組織によって作られ、ほんの一時だけとはいえ犯罪組織の手で育てられた、と言う部分は変えようがない。

 彼は、いまだにそういう組織に目をつけられているのだ。

「なのは達の時もそうだけど、管理局とか聖王教会に所属していない子供って言うのは、どうしても保護が後手に回りがちなんだよ。特に、エリオみたいにちゃんとした血縁の保護者がいない違法研究の成果物は、法的な扱いもあいまいな部分があるから、いくらフェイトが保護者だと言っても、突っ込まれ方次第では守りきれない。」

「だから、エリオの身の安全を考えるんだったら、陸士学校に行くのは最善手の一つなんだけど、でもそれって、エリオの将来をものすごく狭めそうで、いい事なのかどうかが踏ん切りがつかないんだ。」

「なるほどね……。」

 人一人の将来がかかっていることもあり、実に難しい話だ。少なくとも、なのは達のように、基本的に自分の将来もまだぼやけているような、人生経験の乏しい若造には、すさまじく荷が重い。

「私達のとき、優喜君やおとーさんが色々難しい話をしてた理由がよく分かるよ……。」

「私たちは、やっぱりまだまだ未熟者、なんだよね……。」

「二人とも、胸を張りなさい。なのはやフェイトが未熟者だったら、私は子供以下よ?」

「そうは言うけどさ、アリサちゃん……。」

「ここでの決定が、人一人の人生を決めちゃうんだよ?」

 大げさな、と言いたくなる台詞に、思わず顔を見合わせてため息をつくアリサとすずか。だが、就業年齢が低いミッドチルダの場合、冗談抜きでこのときの選択が将来を決めてしまう可能性も否定できないのだ。フェイトが悩み、なのはが下手に口を挟めないのも無理も無い。本来なら、普通の学校に行くにしても管理局の学校に入るにしても、とうの昔に進路は決まっていなければいけないのだが、事情が事情ゆえに猶予期間をもらっているのである。

「ねえ、なのはちゃん、フェイトちゃん。士郎さんやプレシアさんには相談したの?」

「してるよ。おとーさん達も結構悩んでるみたい。」

「日本とは、色々条件が違うからなあ。」

 はやての言葉に、ことの難しさを再度思い知る一同。

「それに、こういうたらあれやけど、プレシアさんも子供の進路とかいう話になると、微妙に当てにならへんからなあ。」

「あ~、それはしょうがないよ。プレシアさん、自分のことが忙しすぎて、フェイトちゃんの進路とかは士郎さんに丸投げになっちゃったし。」

「まったく、裁判って奴はもっと早く終わらないのかしら。このままじゃプレシアさんとフェイト、まともに親子として過ごす前に独り立ちしちゃうわよ。」

「無茶いいなや、アリサちゃん。あんまり早く進めると、どんな冤罪をやらかすか、分かったもんやあらへんねんから。」

「分かってるわよ。分かってるけど、歯がゆいのよ。」

 アリサの言葉に、思わず小さく微笑むフェイト。確かに満足に親子らしいことも出来ていないが、こうやって周りの人たちに思いやってもらえるおかげで、二人とも屈折せずにやっていけている。

「とりあえず、最悪高町家で面倒を見たら?」

「一応、最終手段としては考えてるけど、現状では却下。グレアムさんやプレシアさんも同じ意見。」

「それはまたどうして?」

 優喜の言葉に、やや不思議そうな顔をするアリサ。

「だってさ、これから何人、同じような子供を保護するか、分かったもんじゃ無いんだよ? 高町家で面倒を見る子供と、ほっぽり出す子供の線引きを、どこでするのかって話になる。」

「……まったくもって、面倒な話ね。うら若き乙女が、禿げそうなほど悩むような問題じゃ無いわよ。」

「まあ、フェイトがこの道を行き続けるんだったら、早いか遅いかだけで、いずれ避けては通れない話だし。」

 優喜の言葉にため息をつくアリサ。自分の親友は、皆揃って厄介な人生を歩んでいると、思わず再認識してしまった。

「なんにしても、僕自身は管理局か聖王教会に預ける方がいいと思ってる。」

「その理由は?」

「さらわれて、犯罪組織の駒にでもされたら、目も当てられないから。さすがに、全寮制の陸士学校とかに通ってれば、そうそう手は出せないし。」

 どこまでも物騒でバイオレンスな台詞を口走る優喜。ミッドチルダと言う世界は、そこまで物騒なのだろうか?

「ミッドチルダって、そんなに治安悪いの?」

「場所によりけり。クラナガンの治安は、地球の紛争地域やスラムの平均に比べればはるかにましだけど、規模が規模で、人口が人口だからね。人口が増えれば犯罪の総数は増えるし、犯罪の総数が多くなれば、当然大規模犯罪の数も増える。しかも、エリオの場合、さらわれたが最後、どうなるかって事例が既にあるから、ね。」

「そうなの?」

「うん。私もそうだった部分はあるんだけど、プロジェクトFがらみの子供は、全体的に自我が薄いから、簡単に染まっちゃうんだ。むしろ、周りへの不信感で暴れてたエリオは特殊例だよ。」

 顔を曇らせながら言うフェイト。その姿には、その手の事例に対して、何か大きな悔いを残していることを物語っている。

「何かあったの?」

「タッチの差で取り逃がした広域指定犯罪者がいて、ね。」

 その犯罪者にさらわれた、プロジェクトFの残滓によって作られた人造魔導師の子供。それが、さらった犯罪者の所属する組織で教育され、三ヵ月後に大規模なテロを起こしたのだ。幸いにして、緊急出動したなのはとフェイトの頑張りで被害は抑えられたのだが、決して後味のいい終わり方はしなかった。

「そのさらわれた子、どうなったの?」

「死んじゃったんだ。最後は魔力爆弾になって自爆して、跡形も残らなかった……。」

「……ごめん。」

「いいよ。過去が変わるわけじゃ無いから。」

 淡く笑うフェイトを見て、もう一度思うアリサ。つくづく、自分の親友は皆、厄介な人生を歩んでいる、と。








「そういえば、進路と言えば……。」

「何、はやてちゃん?」

「私、このままホンマに高校に行ってええんやろうか?」

「何よ。勉強したくない、とでもいうつもり?」

「そうやないんやけど……。」

 珍しく、歯切れの悪いはやて。その様子からピンときた優喜が、苦笑しながら口を開く。

「グレアムさんが、大学ぐらいは出ておけって言ってるんでしょ? だったら、保護者の言葉には従わないとね。」

「せやけどな、優喜君。今でも、闇の書の被害にあった人らの事を考えれば、恵まれた生活をしてるんやで? その上、高校も大学も行かせてもらうんは、ほんまにええんかなあ、って思うんよ。」

「とは言ってもねえ。はやてが主になってからは、書による被害者は出てないし、その前の闇の書事件は、はやてが生まれる二年も前だし。遺族会の人たちも、八神家が過度に責任を負うのは嫌がってるからね。」

 ヴォルケンリッターという新たな家族を得た事は、はやてにとっては全てのマイナスを打ち消すだけの恩恵ではあるが、傍目には、彼女は書から何一つ恩恵を得ているようには見えない。避ける手段すらない理由で足が動かなくなり、命を蝕まれ、終わったら終わったで莫大な借金を背負わされている。借金は全て、はやてが自分から進んで背負ったものではあるが、まともな神経をしている人間なら、これ以上はやてが何かを背負うのを、よしとする事は出来ないだろう。

「それは分かってるねん。分かってるんやけど、それでも誰かがちゃんと責任を取って、後に引っ張らんようにしとかんと、いつまでたっても終わらへんし。」

「その責任ってやつを、八神家だけで全部背負うのもどうかと思うんだけど?」

「言うてもしゃあないって。どう言い繕ったところで、身内殺された人からしたら、夜天の書は大量殺戮兵器で、ヴォルケンリッターは殺人犯や。その持ち主がのうのうと生きとるだけでも、我慢ならへん人はいくらでも居るし。」

「まったく、本気で理不尽な話よね……。」

 クロノの言うように、本当に世界と言うのは、こんなはずではなかった事ばかりだ。はやてにしたって、両親が健在で、夜天の書の主に選ばれなければ、友達の多い平穏な生活を送れたであろう。もっと理不尽な目にあってきた人間はいくらでもいるとは言うが、はやての場合は、いくつもの奇跡のうち一つが欠けるだけでも、犯罪者として永久に封印されていた可能性が高い。その事に対して一つも不平をこぼさない親友を誇りに思うとともに、結局は何もできていない自分を歯がゆく思う事も多い。

 どんどん自分のやりたい事、やるべき事を見つけて大人になっていく親友たち。かつては一番子供っぽかったなのはですら、今では同い年の連中はおろか、そこらの大学生より大人びて見える。そんな周囲の成長に、己の道行がはっきりと決まっているわけではないアリサは、内心で結構焦りを感じている。

「あたしもそろそろ、将来の事を考えた方がいいのかな……。」

「別に、なのは達みたいに生き急ぐ事もないんじゃない?」

「そうは言うけどさ、これと決めた事のための努力って、大事じゃない? あたし一人だけ、そういうのが全然ないのよ。」

 アリサの言葉に、戸惑ったように顔を見合わせる少女達。傍から見れば、アリサはアリサで、ユーノのために一杯努力しているように見える。

「私だって、今のお仕事は惰性で続けてるだけで、フェイトちゃんやはやてちゃんみたいに、これをやりたいって決めてる訳じゃないんだけど……。」

「でも、なのはは迷う程度には、やりたい事があるんでしょ?」

「……分かる?」

「ええ。翠屋の事、まだ迷ってるんでしょ?」

「……うん。料理やお菓子作りは楽しいし、それを食べて美味しいって言ってもらえるのはすごく幸せだし、このジャンルで私がどこまで通用するのか、試してみたい気持ちも結構あるよ。」

 なのはの告白に、少し難しい顔をするフェイトとはやて。なのはの実力を否定しているわけではなく、立場の壁が分厚い事を認識しての表情だ。

「フェイトじゃなくてなのはの方が料理人をやりたいって言うのは、ちょっと意外な気もしなくもないけど、一応目標として、努力はしてるんでしょ?」

「一応は、ね。手が空いてる時にお店の厨房を手伝ってる程度だけど。」

 その程度でも、プロとして店を持つ大変さはひしひしと伝わってくる。立場以外にもなかなかハードルは高いが、あきらめたらそこで試合終了だ。

「私は、なのはのレベルにも達していないのよ。何かやらないとって焦りはあるんだけど、何をって言われると、ね。」

「まあ、その話を突き詰めれば、一番定まってないのは僕だし。」

「優喜が?」

「基本的に、将来の事なんて何も考えてないよ。」

「そうは見えないけど?」

「これがやりたいってことが、何もないんだ。全部、必要だからやってた事だし、ね。」

 優喜の返事に、思わず沈黙する。実際問題、優喜は一生懸命になっていろいろな事をこなしているが、全て目先の問題の解決だったり、頼まれてやっていたりすることだ。優喜自身が、将来の目標を持って何かをやっているところと言うのは、実は一度も見ていない。

「そういえば、向こうじゃ教師を目指してたんでしょ?」

「一応目指してはいたけど、それも琴月さん一家や死んだ家族を少しでも安心させたかったから、単に一定以上の社会的地位がある職を目指してただけだし。」

「……アンタがそういう奴だって知ってたけど、いくらなんでも身も蓋もなさ過ぎよ、それ……。」

「うん、分かってる。でもね、じゃあ、他に何か一生の仕事を決めるような動機があるか、って言われると、ね。」

 優喜の厄介な告白に、思わず頭を抱えてしまうアリサとはやて。なのは達三人は言われるまでも無く気が付いていたらしく、その言葉に寂しそうに、淡い苦笑を浮かべるにとどめている。

「あんたさ、それで本当にいいの?」

「さあね。ただ、向こうにいる同期の友人いわく、最初からやりたくて仕事を選ぶ人間なんてごく少数、ほとんどは採用試験を受けたら受かった、とか、適当に選んだバイトが本職になった、とか、そういう人間ばかりだそうだ。」

「また夢も希望も無い事を……。」

「優喜君……。それ、私とフェイトちゃんは笑えないんだけど……。」

「と言うか、私らの場合、そもそも選択の余地がないまま本職になってるんやけど……。」

 よくよく考えたら、何気に将来がほとんど決まっている管理局組。なのはやフェイトなどは、本人は管理世界の子供達に夢と希望を振りまいているのに、自身は夢を持つ前に今の立場になっているあたりが皮肉である。

「大抵はそんなもんらしいよ。そのとき選んだ仕事で割り切って目標を見つけられるかどうかが、その後の人生を決めるんじゃない?」

「……そういう意味では、私とかフェイトちゃんは、良くも悪くも人間的には管理局の仕事が向いとった、っちゅうわけか。」

「じゃないかな? 逆に僕は、大規模な組織とかは駄目だろうね。基本的に一般的な価値観に興味が無いから、集団の士気を下げる側に回るだろうし。」

「まあ、あまり極端に価値観がずれてる人がいると、マイナスが大きいのは事実よね。特に、そのマイノリティが極端に有能だったりしたら、余計にね。」

 アリサの言葉に一つ頷く。優喜の行動原理や価値観は、複雑そうに見えて単純だ。基本、困っている人間がいたら、そいつがよほどの外道で、解決策がよほど人道に反していない限り手を差し伸べる。身内が困っていたら、自分で乗り越えるべきことでない限りは、力の及ぶ限りどうにかしようとする。とりあえず、見えている範囲の人が幸せそうならそれでいい。善人だからではなく、それをしないと居心地が悪いと言う自己満足で行っているあたりが、この男の面倒さを表しているのかもしれない。

「なあ、今ちょっと思ったんやけど、ええかなあ?」

「何?」

「ここまでの話、来月からやっと高校生になる子供がするような内容やあらへんのとちゃう?」

「何を今更。大体、この場についていけてない人間は一人もいないじゃ無いか。」

 優喜の台詞に、思わず吹きだすすずか。昔は入り口程度の話で知恵熱を出してたなあ、などと思わず遠い目をするなのは。大人になったと喜ぶべきか、世俗に染まって汚れたと悲しむべきか微妙に迷うアリサ。フェイト一人だけが、何がおかしいのか理解できていないらしい。

「まあ、まだ猶予期間はあるし、今日ぐらいはそういう話はおいておこうか?」

「そうだね。そういえば、無理だとは思うけど、皆高等部に入ったら、部活は?」

「なのは、それすごい無茶振りよ?」

「なのはちゃん、部活する余裕があったら、皆中等部の段階でやってると思うんだ。」

「それはそうなんだけど、もしするとしたら、どんな部活がいいと思ってるのかな、って。」

 立場上割と無理のある想定のなのはのネタ振りに、テンションがダウナー方面に振れる話ばかりするよりはいいかと、とりあえず出来るできないは横に置いて食いつくことにした一同。部活の話はあれこれ脱線しながらも、なのはとフェイトが、名指しでの出動要請を土下座付きで頼まれるまで続いたのであった。







「フリード! 落ち着いて、フリード!!」

 管理局地上本部所属のとある辺境警備隊。竜召喚師キャロ・ル・ルシエは、悲鳴と怒号が飛び交う中、パニックになりながら、必死になって己の使役竜の暴走を抑えようとしていた。

「フリード! フリード!」

 物心つく前から一緒だった親友。いつもなら、魔法など使わずとも互いの気持ちや考えが伝わっていたのに、今は何をやっても伝わらない。どうやら、キャロの怯えを敏感に感じ取って、彼女を守らないとと興奮しているようだ。敵味方関係なく、当るを幸いと、なぎ倒している。

 今はまだいい。今回駆除対象となっている、見た事もない魔法生物の数がまだまだ多く、フリードの攻撃の矛先が大体そっちに向いている。だが、今の駆逐速度だと、そう長くは持たないだろう。数を減らす事を優先して、交戦中の局員ごと蹴散らしてしまっている。そのため、時間を追うごとに出さなくていい怪我人が増え、どんどん局員の空気が険悪になっていく。それがなおの事、キャロを追いつめてパニックを誘発し、フリードが興奮して暴れ回る原因になっているのだ。見事な悪循環と言っていい。

「フリード、駄目!!」

 魔法生物の群れに向かって、強力な炎のブレスを吐こうとするフリード。射線の先には、魔法生物を抑え込むために、必死になって戦っている先輩局員の姿が。このままではどう頑張ったところで、確実に巻き込んで、致命的なダメージを与えてしまうだろう。

 キャロの必死の呼びかけもむなしく、フリードの口から燃え盛る炎が吐き出される。威力に反比例して、普通の射撃や砲撃と比べれば遅いスピードのファイアブレスが、周囲を焼き払いながら局員と魔法生物に迫る。パニックが極まってしまってか、妙に冷静にその光景を見守るキャロの耳に、ミドルティーンと思わしき女性の可愛らしい声が聞こえてくる。

「キャスリング!」

 その後起こった事を、キャロははっきりとは理解していない。声と同時に先輩の姿が、白いバリアジャケットを着た、十五、六の栗色の髪の、可愛いと美人の中間ぐらいの容姿の少女に変わった辺りから、あまりの急展開に、認識が追い付かなくなったのだ。

「ディバインバレット!」

 視界を覆いつくすように、大量の魔力弾が発生する。その弾幕に正面から突っ込んで、苦悶の声をあげる魔法生物の群れ。フリードのブレスも、魔力弾の破裂による余波で完全に阻まれ、少女のもとには届かない。

「ふう、何とか間に合ったみたいだね。」

「なのは、こっちも囲まれてた人たちは回収したよ。」

「了解。とりあえず、この子と駆除対象は私が押さえるから、フェイトちゃんはこの子の主を落ち着かせて。」

「分かった。」

 打ち合わせが終わったらしい。なのはと呼ばれた栗色の髪の少女は、圧倒的な手数の弾幕を駆使して魔法生物を追い立てながら、フリードの注意を引くように飛びまわる。その様子を呆然と見つめるキャロ。感情も思考も飽和状態で、全く状況についていけていない。

「大丈夫?」

 そんな彼女を心配そうにのぞきこむ、フェイトと呼ばれた金色の髪の綺麗な少女。どちらかと言うと女の子っぽい、フワフワした感じのなのはのバリアジャケットとは違い、タイトスカートの短さに目をつぶれば、かなりかっちりした印象を与えるバリアジャケットを身にまとっている。黒と紺を基調にした服装は、着ている人間の綺麗な顔立ちと相まって、クールなイメージを作り上げている。

「え? あの? えっと?」

「とりあえず、まずは落ち着こう、ね。」

 膝を折ってキャロと目線を合わせると、そっと頬に触れてくるフェイト。その後ろでは、なのはの手によって一か所に集められた魔法生物が、フリードのブレスでまとめて焼き払われていた。人生経験も戦闘経験も乏しいキャロには分からないが、その動きは恐ろしく手慣れており、フリードを含めたこの場の戦力全てをぶつけても、一人で制圧しかねないレベルである。

「もう大丈夫だから。何かあっても、私となのはが守ってあげるから。だから、落ち着いて、ね。」

「は、はい。」

「とりあえず、深呼吸しようか。吸って、吐いて……。」

 言われた通りに深呼吸をすると、だんだん思考が戻ってくる。周囲を見渡すと、一か所に集められた負傷者が、見た事のない術式の治癒結界で治療されていた。金色の魔力光を放つそれは、消去法で考えるなら目の前の女性が使った魔法だろう。部隊内にはこの色合いの魔力光を持つ人間はいないし、なのはと呼ばれた少女は桜色だ。

「落ち着いた?」

「は、はい。」

「じゃあ、あの子に無事を伝えよっか。出来る?」

「やってみます!」

 フェイトに優しく促され、フリードの思考を捕まえる。心配から来る焦燥と、邪魔をされる事に対する怒りで塗りつぶされていたフリードの心が、キャロの優しい語りかけで鎮静化され、子供特有のやんちゃさを伴った穏やかな気性に戻っていく。

 ついでにざっと状態をチェック。どうやら、なのははとてもうまく立ち回ってくれたらしい。フリードには、ダメージらしいダメージは一切なかった。

「フリード、戻ってきて。」

「くきゅ!」

 キャロの呼びかけに応じ、主のもとに戻る使役竜。キャロがかけた魔法が解けたらしい。体の大きさが、普段の子竜のそれに戻っていく。

「状況終了。」

「後は事情聴取、かな?」

 事情聴取、という言葉に、フリードを抱きかかえたまま身を固くするキャロ。そんな彼女の様子に苦笑しながら声をかけようとすると……。

「事情聴取だと?」

「イロモノのくせに、何の権限でそんな真似を!?」

「今回の件、いろいろ不自然なところがあります。」

「単に劣勢であるが故の支援要請であれば、通常は報告書だけで済ませるのですが、データに記載されていない戦力の暴走が原因、となると話は別です。今回は直属の上司からも、さらにその上からも、きちっと事情聴取と状況確認を済ませてくるように、と命じられています。」

 先ほどまでの緩い雰囲気とは打って変わり、切れ者と言う空気を身にまとったなのはとフェイト。経験年数はともかく、修羅場経験はこの部隊の誰よりも多い彼女達は、真面目な空気を身にまとうだけでも、大の大人達を黙らせるほどの威圧感を発するのだ。もっとも、当人たちは気が付いていない上に、相手を問い詰める時にここまで本気になる事などめったにないため、実は非常にレアな状況だったりするが。

「事情聴取を拒むのであれば、これより執務官権限による強制捜査を行う事になりますが、よろしいですか?」

「……イロモノのくせに、小娘が……。」

「そもそも、命令を受けたって言う証拠はあるのか!?」

「残念ながら、レジアス・ゲイズ中将閣下のサインが入った命令書が、こちらに届いている。」

 部隊長、もしくは支部局長と思わしきレジアスと同年代の男性が、苦い顔で割り込んでくる。そこに記されているのは、管理局地上本部を統括する男の、直筆の命令書。

「すまないね、テスタロッサ執務官、高町二等空尉。我々辺境の人間は、どうしても中央に対していろいろ思うところがあるのでね。」

「聞き及んでいますので、お気になさらずに。」

「私達も、立場が変わればどんな風に思うのかなんて分かりませんし。」

「そう言ってもらえると、助かるよ。」

 陸と海の対立ほど目立たないとはいえ、中央と地方の間には溝がある。そこまであからさまではないにせよ、辺境警備隊は出世コースから外れた窓際部署、というイメージがある。実際ほとんどの辺境警備隊では、大きな戦力が必要とされる事件や事故はめったに発生しないため、功績を立てて出世する、という観点で見れば、窓際扱いされても仕方がないのである。

 因みに余談だが、辺境ではあるが管理局と対立している管理外世界と接しているような土地は、領土侵犯などが頻発するために、辺境と言うよりは最前線と呼ばれる事が多い。こういう地域は配置される戦力は質・量ともに辺境とは比較にもならず、実戦経験も洒落が通じない次元に達している。

「とりあえず、事情聴取は隊舎に戻ってからにしようか。怪我人もいるし、魔法生物の分布と言う面では、意外と物騒だからな。」

「了解しました。」

 老兵の言葉に敬礼を持って答え、隊舎について行くなのはとフェイト。その後ろを青ざめながらついて行くキャロであった。







「……参ったね……。」

「……うん。どうしようか……。」

 管理局の触れてはいけない暗部、それがにじみ出る内容となった事情聴取に、思わず頭を抱える二人。辺境部隊の疲弊が、聞き及んでいた以上にひどかったのだ。

「おかしいとは思ったんだ。あの魔法生物、確かこの間別の管理世界でも異常発生してたキメラだったよね?」

『はい。生身の人間にとっては脅威ではありますが、厄介なのは繁殖能力と生命力のみ。力は強いですが知能は大したことはなく、ランクDの魔導師なら三十やそこらの数なら、スリーマンセル以下の少数ユニットでも、無傷で制圧できるレベルです。』

「だよね。三カ月ほど前、フェイトちゃんが制圧した犯罪組織が作った失敗作、だったよね?」

「うん。こんなところまで流れてるとは思わなかったけどね。」

 フェイトの言葉に頷くなのは。とはいえど、犯罪組織と言うやつは、意外と裏でつながっている事が多い。その横のつながりで、この世界の犯罪組織に流れていた可能性も低くはない。

「正直あの程度の数相手に、この戦力であんな風に崩れること自体がおかしいと思ってたんだけど……。」

「ちょっと、これはひどいよね……。」

 ここ三ヶ月ほどの負傷者数の推移を見て、ため息しか漏れないなのはとフェイト。初期型のガジェットドローンをはじめとした、ノウハウがなければ対応に苦労する物の出現例が、異常に多いのだ。全て、中央や最前線では対応策が完備された、脅威とは呼べない型落ち品のような物ばかりだが、辺境の戦力では、一定以上の数が出てくると無傷では済まない。

 それだけの異変があると言うのに、実際に送り込まれた二人は、ここで事情聴取を済ますまで全く知らなかった。機密扱いで現場サイドまで情報が来ていないだけかと思い、現地の人間に分からないように、こっそりと上のほうに報告がいっているか確認したところ、そんな話は出ていないといわれてしまった。

「確認しておきますが、この三カ月、地上本部に対する報告が滞っている理由は……。」

「故意ではないぞ。あまりに発生件数が多くて、そこまで手が回らなかったのだ。第一、これだけ逼迫している状況を隠して、わざわざ見栄を張るメリットなどない。」

 フェイトの問いかけに、苦々しく理由を告げる支部局長。ここから公的な会話だと示すように、バルディッシュがモニターを投影し、会話内容を記述し始める。職質的にここからはフェイトの仕事だと判断し、口をはさまず資料の整理に回るなのは。

「支援要請のタイミングから考えて、作戦開始前にすでに私達を呼び出す段取りをしていたようですが、今回の状況を予見していたのですか?」

「もちろんだ。背に腹は代えられ無かったとはいえ、実戦経験もなければ訓練も碌に積んでいない子供を実戦投入して、事故が起こらないわけがない。」

 支部局長の言葉に、苦い顔をする二人。彼女達も、嘱託魔導師としての初陣の時、バックアップなしで過酷な任務に投入されて、あわやというところまで追い込まれた事があった。今回の場合、そもそもフリードが暴走した時に止められる戦力が、最初から存在していない。仮に本来の戦力がすべてそろっていたところで、暴走を許せば壊滅的な被害を受けていた事には変わりないのだ。

「それで、キャロ・ル・ルシエの処遇はどうなさるおつもりですか?」

「隊員の気持ちを考えるなら、懲戒解雇以外ありえないだろうな。」

 支部局長の言葉に、やっぱりと言う感じで顔を曇らせる。

「あくまで部外者の意見ですが、そもそも実戦経験のない新人の、しかも本来は攻撃を受けてはいけないフルバックのところまで敵を素通しで到達させて、しかもフリードの暴走が始まるまで一切フォローをしなかった落ち度を考えると、彼女一人に全ての責任をかぶせるのは無理があるかと考えます。」

「言われるまでもなく分かっているさ。が、現場はそれで納得できないだろうし、そもそも召喚師として自分を売り込んできたのだから、暴走をさせること自体が論外だ、という言い方もできるからな。」

「そうですか……。」

 闇の書事件もそうだが、実際に被害にあった人間は、この手の正論など聞く耳を持たない。キャロにしても、単なる懲戒解雇で済めばいいが、下手をすればその上で鬱屈した感情のはけ口にされかねない。いくらなんでも、仮にも管理局員なんだから、そこまではしないだろうと思いたいのだが、責任を取らせるために、次の出動は単独で行わせてわざと暴走させる、などというプランを真面目に検討しているシーンを見てしまったため、とても楽観できない。

「それでは、一つ取引と行きましょうか。」

「……何かね?」

「許可なしで初等教育未了の児童を戦力として使う事は、二年前から禁止されています。その件を不問とする代わりに、キャロ・ル・ルシエの身柄を、私達に引き渡していただけませんか?」

「……それは、彼らの不満をどうにかしろ、と言う事だと判断していいのかね?」

「それが、上司の本来の仕事です。」

 フェイトから、ぐうの音も出ないほどの正論を突き付けられ、渋い顔をする支部局長。そもそも、今回独断で彼女達を呼んだこと自体、支部内に大きな不満を呼んでいる。その上で、現場の連中の自業自得とは言え、多数の負傷者を出し、彼女達を呼びつける原因となったキャロを、事実上の無罪放免で解放するとなると、それまでに積み重なった不満まで爆発して、コントロールできなくなる可能性が高い。

「……仕方がない、か。受け入れよう。ただ、一つ頼みたい事がある。」

「なんでしょう?」

「今回のような事態は、遅かれ早かれ起こっていただろう。中央の連中に、地方や辺境の窮状を正確に訴え、早急に装備か人員による戦力増強を手配するよう訴えてくれ。これでは、現場の連中が怪我し損だ。」

「分かっています。現状の地方支部の状況調査と新装備の配備について上申する予定です。」

「それともう一つ。今回の暴走事故、全ての責任は私が負う。部下達には寛大な処置を願いたい。」

「分かりました。正式な決定に関しては、後日専任の査察官がこちらにきますので、そちらの指示に従ってください。」

 久しぶりに思い知らされた管理局の窮状、そこに絡んだ案件にため息をつきながら終了を宣言する。その後、青ざめたまま部屋の片隅でフリードを抱えて震えていたキャロを回収し、ようやく休暇を潰しての緊急出動は終わった。







「それで、そっちのめんこい幼女を連れて帰ってきたん?」

「そういう事。」

 時の庭園の食堂。いろいろと手続きを終え、とりあえずすぐに確保できる寝床がここしかない、という理由でキャロを連れてきたなのはとフェイトは、様子を見に来たはやてを夕飯に誘って、その席で事情を説明したのだ。

「まあ、話は分かったわ。私の方でも、ちょっと地方支部を見て回るわ。」

「お願い。」

「それにしても、今日のビーフストロガノフもミネストローネも、なんかごっつ美味しかったけど、なのはちゃん、また腕上げた?」

「気にいってくれてよかったよ。キャロはどうだった?」

「こんなに美味しいご飯は、初めて食べました。」

「そっか、よかった。デザート持ってくるから、期待しててね。」

 最初は緊張でがちがちだったキャロとフリードも、フェイトから飴をもらったり、プレシアがあれこれ楽しそうに世話を焼いたりしているうちに、すっかり打ち解けていた。ジュエルシード事件さなかの頃ならともかく、今現在の愛情過多ないいお母さんであるプレシアに対して、子供が緊張を維持し続けるのは結構難しいようだ。

「お、今日のデザートはベイクドチーズケーキか。」

「うん。新作だよ。」

「それは楽しみやな。」

「それなりに自信作だから、多分期待を裏切らないと思うけど、好みと違ったらごめんね。」

「最近、プレシアさんとやたらチーズの品種改良をしてたけど、やっと納得いくところまで行ったんだ?」

「うん。ようやく、おとーさんとおかーさんを唸らせることに成功したの。」

「それはすごい。」

 なのはの台詞に、ますます期待が膨らみます、と言う顔をする女性陣。基本和食メインのフェイトとて、洋風のスイーツが嫌いなわけではない、と言うかむしろ大好物である。ケーキの類は今回が生まれて初めてというキャロは、初めて食べるお菓子、というものに対して夢と希望が膨らんでいるようだ。新作スイーツにそこまで反応を示していないのは、優喜ただ一人と言うアウェー具合である。

「……これはあかん、これは美味しすぎるで……。」

「……やたら細かくこだわって調整するわけね。チーズケーキは、桃子を超えたんじゃないかしら?」

「チーズケーキって、すごく美味しいんですね!」

「キャロ、このチーズケーキは例外だよ? 全部が全部、ここまで美味しい訳じゃないよ?」

 最初の一口で女性陣を全員虜にした、なのは渾身の逸品。豊かなチーズの風味をさわやかな甘みが引き立て、だがくどくなり過ぎないようにすっと後味が引き、チーズが苦手な人間でもパクパク行ってしまいそうな、見事な一品となっている。時の庭園と言う好条件があったとはいえ、まだ十五の小娘がこの領域に達したと言うのは、相当本気でこだわり抜いたに違いない。

「なあ、なのはちゃん……。」

「お土産は用意してあるよ。ヴィータちゃん達からも、感想聞いておいてね。」

「ありがとうな。」

 さすがに、この逸品を自分一人だけ味わうのは気が引けたらしいはやて。嬉しそうに礼を言うと、残りを幸せそうに平らげていく。

「それにしても、なのはは卵とかミルクとかチーズを使った料理、すごく上手だよね。」

「フェイトちゃんだって、煮物類はすごく上手じゃない。」

「二人とも、あとは手際よく大量に調理できるようになるだけで、普通に店出せるんちゃう?」

「だと嬉しいけど、まだまだハードルは高いよ。」

「二人揃って、桃子さんの足元にも及ばないしね。翠屋の厨房を見てたら、私たちはまだプロには程遠いな、って思う。」

 合間合間で手伝う翠屋の厨房。厨房でもホールでも、二人とも本人が思っているよりはるかに戦力として当てにされてはいるが、それでもあの戦場のような厨房を切り回しできるかと言われると、正直まだまだ無理だと結論を出さざるを得ない。翠屋に正式に就職し、毎日厨房で戦っている美由希ですら、同じ事を言っていたりするのだから、繁盛している飲食店と言うのは忙しいものだ。

 なお、今回の渾身のチーズケーキは、正式に翠屋の二代目として精進を始めた美由紀を完膚なきまでにへこませる出来だったのだが、残念ながら肝心のチーズが仕入れルートの問題で店で使うのが難しく、敢え無く正規のメニューへの昇格は見送られた。まあ、桃子ですら同じ素材を使っても再現できなかったぐらいなので、元々多忙ななのは一人では翠屋の需要を支えるほど生産できるはずもなく、最初からメニューへの昇格は無理な話だったのだが。

「それにしても、桃子のシュークリームになのはのチーズケーキ、か。美由希も何か一つ、必殺の域に達したスイーツを編み出さないと、翠屋の二代目は名乗れないかもしれないわね。」

 プレシアが、余人が再現できない恐ろしいレベルのスイーツをあげて、美由希の前途多難さを面白そうに心配して見せる。トータルの力量ではずいぶんプロ仕様になってきているため、かなりの情熱と執念を注ぎ込んで腕を磨いているなのはやフェイト相手でも上回ってはいるが、十分な時間をかけて美味しいものを作る、となると、注ぎ込む愛情の量からして妹達には勝てない自覚があったりする美由希。自分の料理で客が喜んでくれる喜びを日々感じてはいるが、やはり絶対に喜んで欲しい特定の相手がいない、と言うのは結構なハンデかもしれない、と、結局大学で頑張っても彼氏ができなかった身の上を嘆いているのはここだけの話だ。

「まあ、それはそれとして。」

「とりあえずキャロは、一度きちっとした修行をするべきだと思うんだけど……。」

「私を当てにされても困るわよ。貴女達と同じで、召喚系は専門外なんだから。」

「だよね……。」

 とりあえず、最初に当てにしていたプレシアに振ってみるが、帰ってきたのは予想通りの答え。

「はやてちゃんは、何かアイデアない?」

「私に振られてもなあ。確かに、夜天の書が万全の状態やったら、竜召喚も出来ん訳ではないんやけど、正直あれはゲーム機にソフト突っ込んで起動してるんと大差あらへんからなあ。正直、どういうプロセスで訓練すればええか、とかいうのは振られても困るんやわ。」

「優喜、誰か、当てにできる人はいない?」

「教えるのが上手いかどうかはともかく、召喚師として十分な力量を持ってる人は知ってるよ。」

 またしても、困った時の優喜だのみになるのかと思いながらも話題を振ってみると、やはり何事もなかったかのように答えが返ってくる。

「誰?」

「メガーヌさん。二人も知ってるはずだよ。」

「ああ、グランガイツ隊の!」

「そういえば、あの人は召喚師だったよね!」

「ついでに、ゼストさんにエリオの訓練を見てもらおうかと思ってるんだ。」

 予想外の名前が出てきて、思わず戸惑った顔をしてしまうなのはとフェイト。

「エリオもキャロと一緒で、ちゃんとした修行が必要だっていうのは異論はないよね?」

「うん。」

「でも、どうしてゼスト隊長?」

「体格とかを考えて、覚えるなら槍がいいかな、って思ったんだ。で、槍はさすがに基礎しか教えられないから、本格的な部分は専門のベルカ騎士に教わった方がいいかと思ってね。」

 優喜の言葉に、納得すべきか否かを迷うフェイト。自分の経験を踏まえても、ある程度の体格の不利を補うには、長柄の武器の方が都合がいいのは確かだが、武人気質のゼストに預けるとなると、スパルタすぎて折れないか、と心配になってしまう。

「まあ、心配だったらたまに様子を見に行けばいいと思うよ。それに、変換資質とかその辺の事もあるから、魔法周りはフェイトが指導した方がいいだろうしね。」

「……うん、そうだね。そうするよ。」

 優喜の言葉に、特に反対する理由も見つけられずに頷くフェイト。恐ろしい師匠についた結果、トータルの戦闘能力はともかく武芸の技量だけは、最終的に彼に逆転される事になるのだが、この時フェイトは知る由もない。

「あの……。」

「どうしたの、キャロ?」

 話が終わりそうになった時、キャロがおずおずと口をはさんでくる。

「エリオさん、ってどなたですか?」

「私たちが保護した、キャロと同じ年の男の子だよ。」

「同じ部隊の人に指導を頼む事になりそうだから、キャロも会う機会があると思うよ。後で写真を見せてあげるから、向こうであったら仲よくしてあげてね。」

「分かりました!」

 元気よく返事を返すキャロに顔をほころばせる年長者達。なお、後日ゼストとメガーヌに話を通しに行った際、

「まずは竜岡が基礎の全てを叩き込め。」

「そうね。せっかくいい指導者がいるんだし、聴頸ができた方が、使役対象の制御はやりやすいかもしれないわね。」

 と言うご無体な言葉により、陸士学校に通いながら、メガーヌの娘のルーテシアも交えて三人一緒に、朝晩優喜にしごかれる事になったのであった。






後書き
このぐらいの規模の組織なら、内部にはこういう問題もあるだろうと言う感じで書いたら、なんか捏造ヘイトっぽくなってしまった……
気に触られたなら申し訳ありません



[18616] 第10話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/05/21 17:58
「厄介な案件が入ってきたね。」

「ああ。実に厄介な話だ。」

 ミッドチルダ政府から出された要請書。それを見て険しい顔をするグレアムとレジアス。そこには、第二十三管理世界の王制国家デューダー、その皇太子がミッドチルダ第八空港を使って訪問する、と言う旨の事が書かれていた。訪問理由は、いくつかの世界との会合、及び関連した条約の調印式への出席である。

「転送装置を使っていただく、という訳にはいかないのか?」

 そもそも、普通主要国家の要人の移動は、専用の転送装置を使うものだ。

「当初はその予定だったのだけどね。向こうの装置が故障している上に、近場の無人世界で小規模な次元震が発生してね。次元航路が使えるようになるまでの時間を考えると、修理が間にあわない。」

「さすがに、個人転移で転送装置の部品を運ぶのは厳しい、か……。」

「そういうことだ。」

 次元震と言ってもピンからキリまであるが、今回のそれは、次元世界を崩壊させるようなものではなかったらしい。だが、小規模と言っても必ずしも影響が小さいわけではない。次元世界一つを崩壊させるレベルでも周囲に全く影響が無い場合もあれば、少々空間がゆがんだ程度でも次元航路が大時化になる事もある。今回の次元震はどうやら後者だったらしく、安定して航行できるようになるまで一カ月はかかる程度には荒れていた。あと一週間もすれば、時化そのものはおさまりそうだが、そこからの日程がタイトにすぎるのだ。

 原因となっている次元震そのものは既に収まっているので問題は無いが、それでも個人転移で皇太子殿下を運ぶためには、事故の確率が無視できない。しかも今回の件は、要人同士の、何ヶ月も前から調整されている会談である。ほかの外交日程はある程度調整が効いたが、複数の要人が関わる今回のこればかりは、ただ一人の都合ではどうにもならなかったらしく、結局次元航路を使って、空港経由で会談の場に移動すると言う形になった。

 致命的だったのが、主となる国家の一つが、この日を逃すと大統領選に入ってしまい、場合によっては条約そのものが反故になりかねなかった事。結局、後ろが決まってしまったため、非常にタイトな日程になってしまったのである。高性能な政府・王家専用機ならば、少々の時化でも安全にかつ、並の船より倍は早く到着できる、と言う事も強行する後押しになってしまっていた。

「どうあっても、雑踏警備が必須となるか。」

「もう一つ、問題があってね。」

「何があるのだ?」

「日程通りに行けば、なのは君達がコンサートツアーから帰ってくる時期なのだが……。」

「まさか!?」

「ああ。特にトラブルが無ければ、丁度近い時間帯に第八空港につく予定だ。具体的には、一時間ほど前に到着予定だね。」

 なのはとフェイトは、例年通り夏休みのコンサートツアーに出ていた。今回は辺境を主体としたツアー構成で、戻ってくるのにもそこそこ時間がかかる。結果、狙ったようにピッタリのタイミングで戻ってくる事になったのだ。このある種の悪意すら感じる偶然は、何か起こったときに心強いと考えるべきか、絶対ろくでもないことを引き当てると見るべきか。

「それに、彼の国では、最近王制廃止主義者の過激派が、暴動じみた行為を頻発させている。連中は裏で、広域指定の犯罪組織とつながっている、との噂もある。」

「……今からでも、せめて到着予定時刻の前後二時間程度について、空港を全面閉鎖することは出来ないのか?」

「当然そんなことぐらいは、ミッドチルダ政府も検討しているようだがね。話が決まるのが遅すぎたようだ。」

「さすがに、今からでは厳しいか。」

 どうにもぎりぎりまで調整を続けたらしい。すでに残り十日程度しかない今となっては、予約もほぼ埋まってしまっている。四時間も空港を閉鎖するとなると、一カ月は前から調整しておかねば、違約金などが一気に膨れ上がる。特に第一から第八までの空港は、ミッドチルダの玄関口として次元世界屈指の規模を誇る。それを二週間切った今から、ピークタイムを四時間も閉鎖するとなると、そんな予算は管理局にもミッドチルダ政府にも該当国の政府にも無い。

 自然災害が絡んでいるとはいえ、現在進行形ではない以上は、違約金の免責事項は適用されない。予備費を使いきれば、やろうと思えばできなくはないが、まだ年度の半ばだ。毎年予備費などほとんど残らない事を考えると、まだ年度が半分残っている段階で余裕資金を使いきるのは、かなり不安が残る。

「……予算だけが問題ならば、いっそ広報部の余剰資金を使わせてもらう事にするか?」

「そうだね。事が事だ。そもそも、あの資金を管理局の予算から切り離してプールしてきたのも、こういう事態に対応するためだ。」

「全部使い切るつもりでやれば、十分な時間、空港を閉鎖できるか?」

「伊達に五年以上、収益をため込んではいないよ。」

 そう言って、広報部の部長と連絡を取って了承を得た後、空港の責任者に通信を入れるグレアム。しばらくやり取りをした後、険しい顔で通信を終え、一つため息を漏らす。

「その様子では、あまり色よい返事は得られなかったようだな。」

「ああ。やはり、今からでは調整がつかないと言われたよ。前後三十分の便を他所の空港に振る調整だけでも、すでに事務方がパンクしているらしい。利用客を追いだす手段に至っては、案すら出てこないとのことだ。」

「人員を送り込んでもか?」

「空港間の調整はどうにかなりそうだけど、各運航会社の説得および調整が、人員だけでどうにかなる問題じゃない、と言われてしまったよ。いっそ、会合そのものを延期、もしくは中止してしまった方がいいんじゃないかな?」

 グレアムの言葉に、首を横に振るレジアス。それができれば、最初から苦労はしない。とはいえ、空港側の言い分も理解はできる。たった三十分でも、各空港の発着便数は膨大な数になっている。運行会社も、トータル一時間程度ならば、一か所の空港での発着便数はそれほどでもないため、補償さえしてもらえるのであれば受け入れるのはそれほど難しくない。だが、これが何時間も、となると、クレーム対応だけでも馬鹿にならない。そこに絡んだ被害となると、金銭による補てんだけで済まなくなろう。次元世界の住民のほとんどは、日本人の平均ほどもの分かりもあきらめも良くないのだ。

「今回の会合と調印式で、ようやくいくつかの紛争にけりがつく。今、会合を延期、もしくは中止してしまうと、また一からやり直しになる可能性が高い。そうなれば、皇太子殿下の苦労は水の泡だ。かといって、殿下を欠席させて日程通り進めたとして、デューダーだけ後日と言っても通るまい。」

「……いよいよ覚悟を決めるしかないようだね。殿下の髪の毛はあるかな?」

「ああ。次元震が起こる前、まだ装置が故障していない頃に回収してある。すでに一つ目のスケープドールは起動しているから、いきなり撃たれて即死、という事態は避けられるだろう。」

「後は、動かせる部隊を総動員して、航路の安全確保と施設の点検および不審物の確認を徹底させるか。」

「だが、いくらなんでも、クラナガンを空には出来んぞ?」

「本局武装隊や戦技教導隊にも出張ってもらおう。武装隊はともかく、戦技教導隊は陸の部隊ともそれなりに仲がいいから、余計な軋轢を生みだしたりはしないだろう。」

 グレアムの提案に一つ頷くと、着々と方針をまとめていく。細かいタイムスケジュールや配置はともかく、大枠はトップの責任で決めてしまわないとまずい種類の案件である。

「後は、なのはとフェイトに話を通して、念のために優喜にもこちらに来てもらうか。」

「ああ。彼には独立して、いろいろ動いてもらおう。後、あまり考えたくはないが、念のために空港の職員について、徹底的に洗っておいた方がいいだろう。」

「そうだな。ドゥーエに頑張ってもらうか。情報局にも、出入りの業者や当日の利用客まで今回関わりそうな人間は全て、調べられるだけの経歴を調べさせよう。」

 腹を決めて、さくさくと外部の人間まで巻き込んで行く二人。大雑把に必要な部分を詰めると、当日の現場のトップを選定して細部を丸投げする。一方でミッドチルダ政府や各空港、主だった運行会社に連絡、少しでも第八空港に人が入ってこないように死に物狂いで調整する。いかに運行許可を出すのが管理局だといえど、強権を用いて強引に止めるわけにはいかない。いくら事情があるとはいえ、そんな事をすれば組織の屋台骨が揺らぐ。

 及び腰の政府を叱責し、運行会社に逸失利益といざテロが起きたときの損害補償とどちらが大きいかを説き、根回しをしてなお協力を渋る第八空港を粘り強く説得。結果、関係者すべての抵抗が非常に強く、空港を空にするための行動はすべて徒労に終わったが、少なくとも事前にやれることはやったというアリバイ工作ぐらいにはなっただろう。

 ようやく現段階で自分達が動くべき中身を決め終えると、ため息をついてコーヒーを頼む。イロモノ部隊のコンセプトを決めたりと、最高評議会が逝ってからこっち、かなり緩い仕事ばかりをしている印象があるが、やはり巨大組織の事実上のトップである。なんだかんだ言っても、気苦労の絶えない年寄り二人であった。







「フェイトちゃん、その雑誌何?」

「この間、日本で取材受けたでしょ? その時のがツアー出発前に出てたから、折角だから買ってきたんだ。」

「あ、あのときの。」

「買ったはいいけど、ツアーの最中はちょっと読む時間が取れなかったから、帰りの船の中でって。」

 フェイトの言葉に納得するなのは。連休明けてすぐぐらいに、恭也と忍の同級生の友人で、家族ぐるみでそれなりに付き合いがあった赤星勇吾に元気な男の子が生まれたため、先月すずかの発案で出産祝いを買いにデパートに行った時の事だ。行き先が行き先だけに、最近ジャージが基本になっていたなのはとフェイトはもちろん、元々ジャージ以外まともに着る気が無い優喜でさえ、かなり久しぶりにきちっとした格好をしていた。おかげで美少女四人組としてやたら目立ち、結果としてティーンズ向けのファッション誌の取材に捕まってしまったのである。

 因みに、会う機会が無くて基本的に面識のないアリサとはやては、予定が合わなかった事もあり、とりあえず気持ちばかりお小遣いを出して、買い物には不参加だったりする。また、美由希は美由希で、男を作ってすっかり海鳴に根をおろしてしまった那美と一緒に出産祝いを調達していたのだが、もうじき二十代も折り返すと言うのにただ一人男が出来る気配もない自分に、珍しくやけ酒をかっ食らっていたのは記憶に新しい。なのはとフェイトも、惚れた相手が相手だけに、下手をすれば明日は我が身かも、と、不吉な考えがよぎるのを止められないのはここだけの話である。

「お二人は、日本でもこういうお仕事をしてるんですか?」

 雑誌の写真を横から見ていた、二歳年下の広報部の新人シャリオ・フィニーノ、通称シャーリーが、好奇心あふれる表情で先輩兼上司の二人に聞く。因みに、彼女の主な仕事は付き人だが、フェイトの執務官としての仕事を補佐したり、広報部の魔導師達のデバイスのメンテナンスを行ったりと、意外と幅広く仕事をこなしている。

 自分から広報部、それも事務の方に志願して異動してきた変わり者で、その動機は広報部の癖の強いデバイスを触りたいから、と言う、明らかに広報の仕事そのものには興味が無い事が分かる少女だ。実績を積んだ局内の有名人と言うやつには、正統派もイロモノも関係なくミーハーな憧れを持ってはいるが、芸能活動やら芸能人やらについては、割とどうでもいいらしい。

「日本では、ただの学生だよ。」

「まあ、こっちで魔導師をやりながらアイドル活動してる人間を、ただの学生って形容するのはどうなのかな、とは思うけど。」

「ある時ただの女の子、その正体は、ってやつですね。」

「えっと、間違ってはいない、のかな?」

 メガネをキランと輝かせ、おどけるように言ってのけたシャーリーに苦笑しながら適当に返事を返すと、ページをめくる。ポーズを決めて並んでいる四人の美少女に、思わず苦笑が漏れる。

「この背が高くて素敵なお姉さま、優喜さんですよね?」

「……シャーリーまで、お姉さま呼ばわりするんだ……。」

「本人には言わないであげてね。優喜君、学校でいろいろあって、お姉さまって呼ばれると結構ダメージ受けてるから。」

「……優喜さん、大変なんですね……。」

 シャーリーにまで、しみじみと言われてしまう優喜。確かに、写真の彼はすらりとした長身を男物で包んだ、クールでスタイリッシュなお姉さまに見える。化粧っ気も飾り気も全くないと言うのに、それが妙になまめかしいのだから始末に負えない。呼ばれ続けると雰囲気が馴染んでしまうのか、お姉さま、以外の表現がすぐに出てこないあたりが末期的だ。

「なんだかこの雑誌の記事、散々な事書いてません?」

「シャーリー、日本語読めるの?」

「難しいのは無理ですが、この雑誌の内容ぐらいは、辛うじて何とか読める程度には勉強しました。何しろ、時の庭園から回ってくる仕様書とか資料、ところどころに日本語でメモ書きがしてあって、それが結構大事な内容だったりするんですよ。ミッドチルダにいながら、日本語が出来ないと困る仕事をするとは思いませんでした。」

「……そういうことするのって、多分忍さんだよね?」

「……母さん達も、どうせ面倒くさいからって修正してないんだろうね。」

 なのはとフェイトの困ったような会話に噴き出すシャーリー。ステージの上とも実戦の最中とも違うゆるい雰囲気のまま、三人で駄弁りながら記事に目を通す。記事の内容は確かに、優喜にとっては散々な内容と言っていいだろう。なにせ、スタイリッシュなお姉さま、だの、こんなお姉さまが欲しい、だの、男に対する褒め言葉とは思えない賛辞が並んでいるのだ。第一、中身の年齢はともかく、肉体年齢で言うなら記者の方が明らかに年上だ。さすがの優喜も、年上にお姉さま呼ばわりされる筋合いはない。

「なんか、私達も褒められてるんだかけなされてるんだか、分からない事を書かれてるよね。」

「だね。」

 巻頭の結構なページ数をなのは達に割いている割には、他の写真の子たちとは毛色の違う内容の記事が書かれている。インタビューの受け答えが堂々とし過ぎていたか、それとも中身が高校一年生の回答ではなかったからか、取りようによっては年を偽ってると言われてるように見える表現が目立つ。

「そういえば、なのはさん達だけ、ノーメイクですよね。」

「お化粧って結構肌にダメージが大きいから、基本的に舞台に立つ時以外はしないんだ。」

「それに、メイクを本格的に考えるのは、二十歳すぎてからで十分だって、母さんやエイミィからも散々言われてるしね。」

 他のページの同年代の子たちが割とばっちりメイクなのも、なのは達の写真が違和感を与える理由だろう。聖祥ではほとんどいないが、いまどき高校生ともなると、水商売もかくやと言うような濃い化粧をする子も珍しくない。服装の傾向も、なのは達四人と他のページの少女達ではかなり違う。無秩序と紙一重の個性が、逆に没個性になっているイメージのある一般読者モデルに対し、聖祥組はごく普通にフォーマルよりのありきたりな余所行き衣装。古風と言うより、しっかりしたしつけを受けた子供、と言うイメージのほうが強く、それも実年齢より大人びて見える原因であろう。

「……今、日本ではこういうのがはやりなんだ。」

「……私の今の体型だと、ちょっとこの服は無理かな? 最低でもはやてちゃんかフェイトちゃんぐらいじゃないと、残念な感じにしかならないと思う。」

「でもなのは、そろそろブラ変えないときついんじゃない?」

「ちょっと、ね。でも、ゴールデンウィークに買いかえたばかりだから、迷ってるんだよ。」

 中学三年になるまで、ブラジャーと言うものと縁が無かったなのは。今までの成長曲線から、今年いっぱいはBカップでいけるかな、などとある種の悲観的な考えをもとに、一年近く粘って傷んだ安物のブラを、シルク製ののものに買い換えたのが連休の頃。一応周囲からはワンサイズ上を勧められたのだが、まだまだ次のサイズまで余裕がありそうな感じだったので、見栄を張るような真似を避けたのだ。

 何しろ、中二になってようやく乳房らしいものが出てきたものの、そろそろ必要じゃないか、と言われるまでに結局、一年かかったのだ。一応の成長を見込んで買ったBカップが、しっくりきはじめたのが中三の夏休みがおわってからとなると、普通に考えれば、順調に成長しても年内いっぱいはサイズが変わらないと思っても、しょうがないと言えば言える。これがすずかぐらいの頻度で変わるのであれば、最初から割り切って安物でしのぎ切ったのだろうが、現実は厳しい。

「私も母さんに言われたんだけど、そういうのはちゃんと体にあったものにしないと、型崩れする上に成長にもよくないよ?」

「分かってるんだけど、ちょっともったいないと言うか、申し訳ないと言うか……。」

 さすがに、買ってそれほど使っていない下着を買い換えるのには、抵抗があるなのは。実際のところ、この件に関しては母桃子は金に糸目をつける気は一切無く、コンサートツアーで不在の間にプレシアやシャマル経由で正確なサイズを確認して、せっせと服屋に通って似合いそうな下着を買い集めているのだが、現時点でなのはは知らない。

 因みにマイペースかつ順調に育っているフェイトは、地味にはやてを追い抜き、アリサを射程内に収めていたりする。まだまだ成長が止まる様子を見せないバストに、ユニゾンなしでけしからんと言われるボディになることへのひそかな憧れと、下着代やマニューバに対する悪影響とのはざまでこっそり悩んでいるのはここだけの話である。と言うか、抜かれた事をこっそり気にしているはやてや、いつ成長が止まるかびくびくしているなのはには、間違っても言えない悩みだ。

「私はまだまだ、そういう悩みとは無縁ですね~。」

「シャーリーはまだまだこれからだよ、これから。」

「だといいんですけどね。一生その手の悩みと無縁じゃない事を祈ってます。」

 メカフェチで、あまりそこらへんにこだわりが無さそうなシャーリーだが、一応それなりに女の子をしているらしい。因みに、日本人とミッドチルダ人では、どうやら女子の成長曲線は違うらしく、十四歳ぐらいと言うと、日本人より体格的に幼い。

 日本人女子の平均は、身長は大体十三歳から十四歳、バストは一、二年遅れて十五歳ぐらいでおおよそ成長のピークが終わり、後はロスタイム的にほんの少し大きくなる程度である。それに対してミッドチルダ人は、身長が十五歳ぐらいまで大きく伸び、バストも十七、八まで伸び盛りと言うケースもそれほど珍しくない。実際、シャーリーもギンガも、なのは達が十四歳だった頃の同級生より、十センチぐらいは普通に背が低く、しかも割とぐんぐん伸びている、もちろんフェイトやエイミィのように、十二、三で今ぐらいまで背が伸びるケースもあるので、あくまで平均の話である。

「それはそうと、ミッドについた後の予定は?」

「私の方にも詳しい話が来てないんですよ~。ただ、三時間ほど待機、としか。」

「変な話だよね。」

「まあ、何かに巻き込まれる前提でいれば間違いないんじゃないかな? フェイトちゃんもいる事だし。」

「そうですね。多分先入観を与えないために情報規制をしているだけで、フェイトさんがいると巻き込まれるだろう何かを、上層部の皆様がつかんでいるってことなんでしょうね。」

 まだ二人と組んで半年もたたないと言うのに、すでにフェイトの妙な引きの悪さを理解しているシャーリー。もはや当たり前になっているためにエピソードとしては省いているが、フェイトの巻き込まれ体質と引きの悪さに関しては、一切改善の兆しは見えていない。

「私がいると、どうして何かに巻き込まれるって断言できるの……?」

「「今までの実績?」」

 二人に身も蓋もなく断言されて、全力でへこむフェイト。何しろ返す言葉がない。

「まあ、今まで通り突発事態に対応するための心構えをしておけば、多分問題ないよ。」

「そうだね。」

「心づもりだけはしておきます。」

 なのはの言葉に同意して、とりあえず体力温存のために眠りに入るフェイトとシャーリー。なのは達の予想を上回る、近年まれにみる大事件へのカウントダウンが続いている事を、この時彼女達は知る由もなかった。







「この間際になって、また厄介な話が出てきたな……。」

「まったくね。さすがフェイトお嬢様が絡むだけあるわ。」

 ドゥーエの情報を聞いて、思わずため息が出る最高幹部二人。空港の職員の幹部級が、指名手配されている人物とつながっていると思われる状況証拠がでてきたのだ。他にも、要所要所の担当者が抱きこまれている疑いが濃厚となる情報もあり、警備計画を見直す必要に迫られたのだ。

「どうする? さすがにこれでは、逮捕状を取れるほどの証拠とは言えない。」

「管理局内部ならどうとでもできるが、空港はミッドチルダ政府の管轄だ。せいぜい政府と空港の責任者にこの件を秘密裏に告げて、上手く排除してもらうことを期待するしかあるまい。」

「政府の方も怪しいわよ。自分がなにに情報を漏らしてるか分かってない官僚が、もらしちゃいけないところに情報を漏らした可能性が濃厚だし。」

 ドゥーエの言葉に、思わずため息が漏れる。これでは、管理局がどれほど頑張ったところで、十全な警備など不可能ではないか?

「管轄外のことを嘆いても仕方が無い。我々は、我々のできることをこなそう。」

「そうだな。ドゥーエ、すまんがもう少し証拠固めを頼みたい。あと、これは儂の勘だが、この中に脅されている連中がいるのではないか、と考えている。」

「その根拠は?」

「勘に根拠を求められても困るがな。まあ、引っかかるところと言えば、この資料のうち少なくとも二人は、単なる利益誘導のみで、怪しげな連中に機密を売ったりする人間ではない。それに、三日前に確認を兼ねた視察に行ったときに、少々様子がおかしかった。」

「なるほどね。少しばかり、踏み込んでみるわ。場合によっては、広報の二期生を動かしてもらうことになるかもしれないから、準備しておいて。」

「分かった。頼んだぞ。」

 レジアスの言葉に軽く手を上げて、更に踏み込んだ調査に向かうドゥーエ。本番まで、後二日。嫌な予感が止まらない。経験と実績だけはしこたま積んでいる、もはや老獪さが売りの年寄り二人は、自身の首を差し出すことも覚悟しながら、己の経験を元に頭脳をフル回転させ、起こりうる事態に対して限界まで想定を重ねるのであった。







『三番通路で不審物発見!』

『五番搬入口に、リストにない貨物あり!』

「なんだか物々しいね。」

「そうだね。」

 降り立って早々、デバイスの通信ログが物々しい内容で埋まる。空港の雰囲気そのものは、日常から特に変わっていないため、余計に水面下での動きとその空気の違いが際立つ。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、お疲れさん。」

「はやてちゃん。」

「はやて、一体何があったの?」

「あった、って言うか、これからある、言うんが正解やな。」

 はやての言葉に顔を見合わせる。

「八神三佐、それはなのはさん達の待機指示にも関係あるんですか?」

「そうなるな。これから、第二十三管理世界の主要国家、デューダー王国のアウディ皇太子殿下がこの空港に到着されるねん。」

 小声で答えたはやての言葉に、思わず絶句する。

「……それ、空港を閉鎖しなくていいの?」

「日程が決まったんが、十日ほど前の事やからなあ。だいぶいろいろ手をまわしたみたいやけど、どうにか前後三十分ほどの出入りを止めるんが限界やったらしいわ。」

 はやての言葉に、また厄介なと言う表情を隠さないなのは。その様子を見て苦笑し、とりあえず手招きして待機場所に連れて行く。さすがに一般人がいる場所で、あまりテロがどうだの警備がどうだのと言う話題で会話するのはよろしくない。そうでなくても、なのはとフェイトは有名人だ。今現在、すでに老若男女関係なく大量の視線を集めている。もっとも、本人の自覚は薄いが、はやても悲劇とのヒロインとして、それなりには有名人だ。ただ、いい加減聖王教徒と夜天の書の関係者以外の記憶からは、ずいぶん薄れてしまっているのだが。

「でまあ、とりあえず細かい状況を教えとくわ。」

「うん。」

 ボトルからコップについだお茶を渡し、背景にある事情だのなんだのの説明を始めるはやて。礼を言ってコップを受け取り、市販のお茶をすすりながら話を聞く三人。

「結局のところ、日本で言うところの皇室廃止論者、あれの過激な連中が広域指定の犯罪組織と手を組んだ、言うのが事の真相や。」

「もしかして、転送装置が故障したのも……。」

「可能性は排除できへんレベルやな。」

「……政治の話には、関わりたくないなあ……。」

「なのはちゃんはそれでえかもしれへんけど、私とフェイトちゃんは資格とか役割とかの問題で、全く無関係言うのは厳しいねんで。」

 はやての言葉に、深く深くため息をつく。

「それで、一般の人たちは、空港の外に誘導できるの?」

「ちょっと厳しいところやな。日程がタイトすぎて、取れる手がほとんどあらへんかってん。」

 自然災害で外交日程が狂うと、とにかく関係者は苦労する羽目になる。単なる外遊ならともかく、今回は次元世界が抱えていた、長年の懸念事項の一つが解決に向かう重要な会合だ。重要ゆえに関係者すべてがギリギリまで調整をしたのだが、重要ゆえに元々の期限も厳しく、結局ぎりぎりまで延期してこの日程になった。

「王政廃止運動の人たち以外に、そのアウディ皇太子殿下を暗殺して得をする勢力はあるんですか?」

「まあ、ぶっちゃけた話をすると、今回の調印式の条約、あれが流れてほしい勢力も結構おる。ほとんどが非合法の組織や。」

「その理由は?」

「世の中には、平和になられると困る連中、言うんもおるねん。非合法の武装勢力なんか、紛争が解決して取り締まりが厳しくなったら、自分らが暮らしていかれへんし。」

「生々しい話ですね~。」

 コメントに困って乾いた笑みを浮かべ、あえて空気を読んでいない感じの口調でチャラくぼやいて見せるシャーリー。

「皇太子殿下ってどんな方?」

「今年二十五になる、こういう世界の人としては割と若い殿方や。私は面識ないんやけど、カリムいわく『外交の世界に関わる人としては珍しい、裏表のない、信頼できる人柄』との事。枢機卿猊下やリンディ提督も同じ意見やった。」

「それは……、結構敵が多そうだね。」

「やね。それって裏を返せば、融通きかへんっちゅうことやし。」

 他にもいろいろと情報のやり取りを済ませ、最後に一番重要な事を聞く。

「殿下の到着予定時刻は?」

「後三十分を切ったところや。さっき、最後の便が出て行ったところやから、あとはデューダー王国の王族専用機が到着するまで、入ってくる船も出ていく船もあらへん。」

「だったら、私滑走路の方で待機してていい?」

「その心は?」

「まず最初に何かあるとしたら、専用機が着陸するタイミングだと思うんだ。だから、誰か滑走路にいた方が、トラブル対処がやりやすいはずだよね?」

「……なのはちゃん、その申し出は非常にありがたいんやけど、多分無茶苦茶危険やで?」

「分かってるよ。ただ、離着陸のタイミングで何かあったとしたら、対応するのに結構大きな出力と平均より速い展開速度がないと難しいと思うの。最悪、墜落してくる次元航行船を地上で目視で確認してから迎撃して消滅させる必要が出てくるけど、それができるのって、今ここに来てる人間の中じゃ、私かはやてちゃんだけだよね? だったら、展開速度が速い私が、今回の人員の中では一番の適任だってことになるよね?」

 正確な分析に、ぐうの音も出ないはやて。しばし考え込んだ末、一つ頷く。

「なのはちゃん、ものすごく危ないけど、頼んでええ?」

「もちろん。私から言い出した事だし。」

「だったら私は、すぐにどうとでも動けるように、屋上の方にいるよ。」

「お願い。シャーリーは指揮隊の方で、なのはちゃん達に情報提供や。」

「了解しました。」

「後は優喜君も来てるらしいけど、正規の戦力やないからフリーで動いてもらう事になるわ。必要になったら向こうから連絡くれるやろうから、そこら辺は臨機応変に頼むわ。」

 はやての言葉に一つ頷くと、それぞれの配置に散っていく。物々しい雰囲気が伝わったか、一般客もどうにも落ち着かない様子である。殿下の到着から本局まで案内を終えるまで、概算で三十分程度。今回は余計なセレモニーの類はないので、失礼を承知でせかせば、少しぐらいの短縮は出来るだろう。

「さて、何事もなく終わる事を祈りながら、最後の準備にはいろっか。」

 頬を一つ叩いて気合を入れると、別行動を取っていたリインを呼び戻し、フィーをシャマルのもとへ向かわせる。勝負の時は、刻一刻と迫っていた。







「……たかが空港の警備にしては、やけに物々しいな。」

「……トーレ姉、クアットロ、今回はやめておいた方がいいんじゃないかな……?」

「……セインさんもディエチに賛成。なんかさ~、今から踊って侵入してレリック盗んで帰るって、ものすごく空気の読めてない行動のような気がひしひしとする。」

「……セインもそう思うのか?」

「チンク姉も?」

 第八空港の敷地からやや離れた高台。空港を見下ろせる位置から双眼鏡で警備状況を確認していたトーレとディエチの言葉を皮切りに、次々と否定的な意見が飛び出す。特に、物質透過能力・ディープダイバーを使って直接状況を確認してきたセインの言葉は重く、計画の実行を躊躇わせるのには十分だった。

「あら、セインちゃん。今まで散々空気を読まずにやってきたのに、今回だけ怖気づいたの?」

「怖気づいたって言うか、今までと違って、今回はファンからも顰蹙を買いそうな気がするんだ。」

「別に、人間ごときにどう思われてもかまわないじゃない。」

「良くない! 人気が無くなったらご飯が貧しくなるんだよ!?」

 最近食べ物に対する執着が、より一層ひどくなったセイン。その言葉に、呆れたようにため息をつくナンバーズ初期組。

「まあ、人気がどうとかはこの際置いておけ。この場合、問題なのはなぜ今日に限って、ここまで警備が厳重なのか、だ。」

「トーレ姉さま、管理局が本腰を入れてレリックを守りに来た、と言う可能性は?」

「それはあり得ないだろうな。そもそも、今回のターゲットは密輸品だ。管理局が所在を知っているとは考え辛い。」

 トーレの指摘に黙りこむクアットロ。この場にいるメンバーでは、現状計画実行に乗り気なのは彼女だけだ。どうにも分が悪い。

「トーレ姉さまの指摘通りだとすると、何かほかに、あれだけ厳重な警備をする理由がある、と言う事になりますわね。」

「何か、までは分からないが、な。」

「セインちゃん、ちょっとそれを調べてきてくれないかしら?」

「え~!? あたしがいくの!?」

「潜入工作は、もともとドゥーエお姉さまとセインちゃんの役割じゃない。」

 クアットロに言われて、反論の余地を見つけられずに黙りこむセイン。実際のところ、能力面で言うならクアットロ自身も潜入工作寄りなのだが、妹がそれをしてきたところで耳を貸す姉ではない。

「やだなあ……。あそこ、今ものすごく探知能力高いのがごろごろいるんだよ? さっきだって、危うく見つかるところだったのに……。」

「そうね。今行くのはお勧めしないわ。何しろあそこには、短距離探知に置いては極めつけのが一人いるし。」

 心底嫌そうなセインのぼやきに、どこからとも無く答えが返ってくる。どことなく聞き覚えのある声。だが、この声の主は、自分達を裏切ったのではないのか?

「ドゥーエか?」

「はぁい、久しぶり。元気してた?」

 トーレの言葉に妙に軽く挨拶を返すドゥーエ。しばらく会わないうちに、にじみ出るSの空気が薄れ、どうにも愉快なお姉さんになっている感じだ。

「何のようだ、裏切り者。」

「ドゥーエ姉さま、本当に裏切ったのですか!?」

「クアットロ、ちょっと落ち着きなさい。滑舌がおかしくなってるわよ。」

 あまりにも焦って喋るものだから、おんどぅるるらぎったのでぃすか! と聞こえなくも無いクアットロの台詞を、苦笑しながらたしなめる。

「まず最初に言って置くけど、私はあなたたちを裏切ったつもりは無いわよ?」

「……どの口でそれを言う?」

「トーレ、誤解があるようだけど、私はあなたたちの不利益になるようなことだけはしていないわよ?」

「では、なぜドクターに従わない?」

「……ついていけなくなったのよ。」

 心底疲れたように言うドゥーエの言葉に、思い当たる節が多すぎて言葉に詰まる妹達。

「何が悲しくて、スパイが顔と実名晒して歌って踊らなきゃいけないのよ……。それで捕まったりした日には、末代までの恥じゃ無いのよ……。」

「……お前のライアーズ・マスクなら、そう簡単にばれたりはしないと思うんだが?」

「そういう問題じゃ無いわ。」

 トーレの言葉を、ぴしゃりと切り捨てるドゥーエ。言っておいてなんだが、トーレ自身ももそうだろうなあと思っていたため、反論できずに口を噤む。

「残念だけど、私はもう、あのドクターにはついていけないわ。」

「ドゥーエ姉、いくらなんでも生みの親にそれはひどくない?」

「ディエチ、本音は?」

「……ごめんなさい。さすがにあのボトルの時点でどん引きだった。」

「グッズ開発はまだまだ絶好調みたいだしね……。」

 ディエチとセインの言葉に、つられて大きくため息をつくトーレとチンク。さすがに、抱き枕用香水(各人の体臭を微妙なレベルで再現・枕を抱きしめるときのリアリティ増加)と言うのは、引かなかったのはクアットロぐらいで、あのウーノですら絶望的な表情をしていたのが印象的だった。

「話がそれているぞ。ドゥーエ、裏切ったのではない、と言うのであれば、いったい何の用なのだ?」

「そうそう、忘れるところだったわ。」

 それまでゆるい会話に流されていたドゥーエが、チンクの質問に表情を引き締めて、話の流れを修正する。

「いらぬ疑いをかけられたくなければ、今日は空港には立ち入らないことね。」

「どういう事?」

「今日は、とある管理世界の要人があの空港を経由して管理局本局に行くのだけど、その人物に対して大規模なテロが行われる可能性が、きわめて高いのよ。」

 テロ、と言う言葉に表情を引き締めるナンバーズ。正直、彼女達と言えども、他人が起こすテロ行為に巻き込まれるのは非常に危険だ。

「それが分かっていて、なぜ空港から一般客を排除しないの?」

「日程がシビアで、そこまでの手配が間に合わなかったのよ。」

 正確には、空港側および運行会社の抵抗が意外に大きく、政府が及び腰だったこともあって、強行できなかったと言うのが真相だ。

「現時点で予想されるテロは三つ。次元航路からの次元航行船テロ、燃料および魔力炉の爆破、一般民衆を巻き込んでの自爆テロ、ね。」

「航行船でのテロはともかく、他のことに関しては、我々が疑われてもおかしくないか……。」

 いかに次元航行船が魔力炉で動くと言っても、全ての交通機関が魔力を動力としているわけではない。水素燃料や特殊なジェット燃料を使った航空機はまだまだ現役だ。また、空港施設にはレストランなどもある。さすがに調理施設はすべて電気や魔力、などと言う事はありえず、普通にガスを使っている施設の方が圧倒的に多い。ミッドチルダといえども、空港に燃料庫が不要と言うわけではないのだ。

「今更罪状が増えたところで痛くもかゆくも無いけど、さすがにやってもないことで、無関係な人をたくさん殺したって言われるのは癪だなあ……。」

「そう思うなら、おとなしくしておきなさい。さっき警戒レベルが上がったから、いかにディープダイバーでも、確実に発見されるわ。そもそも、もう何度も交戦してるんだから、あなたたちの芸なんて、全部種が割れてる。」

「……分かった。しばらくはおとなしくしておこう。」

 トーレの決定に、不服そうながらも特に異を唱えないクアットロ。そんな彼女達に一つ頷くと、軽く手を上げて立ち去ろうとするドゥーエ。

「どこに行くのだ?」

「まだまだやらなきゃいけないことが山ほどあってね。調査の最中に妹達の顔を見たから、警告もかねて寄り道したのよ。」

 それだけ言い残して、制止の声も聞かずにさっさと立ち去る。

「とりあえず、要人とやらが立ち去るのを待つしかないな。」

「そうねえ。あの様子だと、レリックがあそこにあるかどうかも怪しいから、全部終わってから確認、と言う形になるかしら。」

 始終不服そうだったクアットロも、それまでの様子とは裏腹の冷静な意見を述べる。伊達に参謀型として作られているわけではないらしい。

「さて、管理局のお手並み拝見、と行くか。」

 認識阻害の結界強度を上げ、高見の見物と決め込むナンバーズ。運命のときは、刻一刻と迫っていた。







あとがき

手元の資料がコミックしかなくて、ナンバーズの口調がこれで正しいのか分からない……。近所のレンタル屋もStsは置いてないのが痛い。出来るだけ調べて頑張ってはいますが、原作と違っても大目に見てやってください。後、シャーリーの体型ってどうだったっけ?



[18616] 第10話 後編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/05/28 21:07
「殿下、そろそろミッドチルダに到着します。」

「いよいよですね、オクタビア。」

「ようやく、殿下の念願がかないますね。」

 デューダー王国の王家専用高速次元航行船「ヤリス」は、三隻の護衛艦を引き連れ、ミッドチルダ第八空港に到着しようとしていた。時空管理局本局の巡視船が睨みを利かせているからか、ここまでに、警戒していた襲撃の類はなかった。

「これより着陸に入ります。」

「ご苦労様です。」

 シートベルトをしながら、護衛官にねぎらいの言葉をかけるアウディ殿下。金髪に青い瞳の、柔和な印象のある伊達男だ。まだ二十代半ばの若者であり、ほとんど権威だけの存在である立憲君主制国家の王族とは言え、政治の世界で見れば若いを通り越して幼いとすら言える。側近として連れてきたオクタビアも主より十ほど年上な程度の若い男で、魑魅魍魎がうごめく国際政治の中で発言力を確保している、と言うのは、それだけでも彼らが優秀であることの証左であろう。

(ようやく形になるか……。)

 まだすべてが終わったわけではない、と知りつつも、目と鼻の先となったミッドチルダを見ると、感慨を抑えきれない。十年。彼がある誓いを抱いてからの年月だ。将来を誓い合った女性のために、様々な努力を始めてからの年月でもある。その努力の一つが、ようやく成果として形になるのだ。

(これで少なくとも、私の婚約を表立って反対できる人間は、いなくなるはずだ。)

 今回の条約の締結で、表向きだけとはいえど、デューダーを含むいくつかの国家の冷戦状態は解消される。感情的なしこりが消えるまで時間はかかるだろうが、少なくとも支援を口実にした代理戦争は減るはずだ。デューダー自身はどこの国とも対立も協調もしていなかったが、その態度が不信感を招いていたのも事実だ。

 そのため、信頼を得るために五年、各国を平等に交渉のテーブルに着かせるまでに三年、不信感の原因を解消するまでに二年かかった。身の危険を顧みず粘り強く声をかけ続け、一方で私財を投じて代理戦争で疲弊した紛争地域の立て直しに走り回り、自国の食糧事情の改善に努め、気がつけば現代の偉人の一人として数えられていた。

 アウディ自身は、そんな大層な野望があって動いていたわけではない。互いに好きあった相手が、冷戦という環境では一緒になれなかった、と言うだけである。それに、このまま冷戦が続けば、仮に彼女と結婚できたところで、祖国が余計なトラブルに巻き込まれるだろう。政治の世界にいる人間とは思えない行動原理かもしれないが、男が命をかける理由として、女と祖国のためと言うのは上等な部類だと、皇太子自身は考えている。

(時空管理局で頑張っているあの子たちに対しても、少しぐらい胸を張れるといいんだがね。)

 直接面識を得るには至らなかったが、紛争地域の立て直しの際にその存在を知った少女達。管理局初のアイドルとして売り出された二人と、今代の夜天の王。どちらも尊敬に値する人物である事は、伝え聞いた話と支援を受けた子供たちの笑顔だけで十分理解できる。自身より十歳ぐらい年下の少女たちが頑張っているのだ。まだ政治の世界では若造とはいえ、もはやいい大人と呼ばれる年である自分も、もっとできる事をやらなければいけない。所詮権威だけで権力はない立憲君主制国家の皇太子といえど、その権威と言うやつで出来る事も少なくはないのだ。

 そんな風に物思いにふけっていると、窓の外に広がる空港の景色がどんどん近付いてくる。着陸のために通常空間に入ってから約十分。ミッドチルダ第八空港は管理局本局の港と違い、発着を通常空間で行う。その次元航行船専用の滑走路が近付き、窓から見える景色が完全に空港の施設だけになる。小さな衝撃とともに景色の流れが遅くなり、やがて完全に止まる。ヤリスに続き、二隻の護衛艦が同じように着陸し、後方で停止する。もう一隻はもしもの時のために、次元空間で待機中だ。

「殿下、ようこそおいでくださいました。大統領が足を運べず、申し訳ございません。」

「お久しぶりです、カマロ外務大臣。お忙しい中、今回はいろいろと、無理を申しました。」

「いえ。今回の条約は、ミッドチルダ政府にとっても重要なものです。むしろ、こちらこそ日程にご無理をおかけしまして……。」

「それこそお気になさらずに。何度も言いますが、先に無理を申したのは私ですから。」

 礼儀にのっとりあいさつを交わす皇太子殿下と外務大臣。一通りのあいさつを終え、後ろに控えていた管理局サイドの代表者に声をかける。

「ハラオウン提督も、ご苦労様です。」

「勿体ないお言葉です。」

 四つほど年下の青年に声をかけると、生真面目な表情のまま深々と頭を下げてくる。クロノ・ハラオウン。つい最近提督に昇進し、可愛い嫁を娶ったばかりの、心身ともに充実した若手のエリートだ。知らぬ仲ではないのだし、公の場だとはいえ、そこまでかしこまらなくてもいいのに、と内心苦笑してしまうアウディ殿下。

「早速で申し訳ありませんが、いくつか物騒な情報が入ってきております。警備は万全であると自負しておりますが、世の中に絶対はありません。車を用意してありますので、そちらへお願いできますか?」

「分かりました。重ね重ね、無理をさせてしまい、申し訳ありません。」

「いえ。それが我らの職務ですので。」

 生真面目なクロノに促され、速足で空港の構内に入っていく一行。ふと、目立たない位置に立っている、見覚えのある女性の姿が目に入る。白いバリアジャケットを身にまとい、純白の三対六枚の翼を背に生やし、魔導師の杖を手に空を見上げている。

「ハラオウン提督、もしかして彼女は……。」

「高町二等空尉ですか? もしもの時のために、あの位置で待機しています。」

「私の記憶が確かならば、つい先日、第十七管理世界でコンサートを行っていたと思うのですが……。」

「ええ。本日こちらに戻ってきたところですが、事情を聴いて、あの位置での警戒を申し出てくれました。」

「そうですか……。」

 もう一度、なのはの方に視線を向ける。その視線に気がついたか、こちらを見て笑顔で会釈をしてくる。その、お日様のような笑顔に心が温かくなるアウディ皇太子殿下。傍らのクロノも、少し表情をほころばせる。軽く足を止めて会釈を返し、そのまま速足で建物の中に入っていく。このとき、船を下りてからずっとオクタビアの表情が少しおかしかったことに、誰も気が付かなかった。








 物々しい一団が建屋に入ったところで、最初の異変が起こった。異変の前触れとなったのは、一本の緊急通信。

『護衛艦イスカ、コントロールを失いました!!』

「……なに!? 本当か!?」

『はい! 間もなく通常空間に出現するはずです!』

 デューダーの護衛艦が突如コントロールを失い、暴走を始めたのだ。いきなりの事に対応が遅れ、さらに放出された乗組員の救助にも手を割かれて、次元空間にいる管理局の船では、速力の問題で対応不能になってしまったのだ。

「どういう事だ!? 軍艦がこうも簡単に乗っ取られるはずが!!」

「向こうの内部に裏切りものがいる、ってことじゃねえか?」

 いきなりの事態に慌てる副官に、シニカルな態度を崩さずに指摘してのけるゲンヤ。

「そもそも、今は原因を究明してるときじゃねえぜ。まずは落ちてくる船をどうにかしねえとな。」

「そのために、高町二等空尉があそこで待機しとるんです。」

「だな。高町の嬢ちゃんに、一つ大仕事をやってもらうかね。」

『了解しました。』

 ゲンヤの指示に返事を返し、レイジングハートを構える。ミッドチルダを揺るがす史上最大のテロ事件。その最初の一手は、想像以上に大掛かりなものであった。







「スターライトブレイカー、チャージ開始!」

 墜落してくる護衛艦を消滅させよ、と言う無茶な指示に応えるため、スターライトブレイカーをユニゾン状態での最大チャージで放つ事に決める。物理破壊設定で使う日が来るとはかけらも思っていなかった大技、その過剰な威力に内心怯えながら、慎重にチャージをする。理論上は惑星コアを貫通しうる出力だと太鼓判を押されている技だが、さすがのなのはも次元航行船、それも戦闘艦を破壊した事はない。威力が足りずに焼け残ったりした日には、大惨事に直結する。

 因みに誤解されがちだが、スターライトブレイカーは確かに使用済み魔力を再利用して放つ技だが、それはあくまで必要な魔力量を稼ぐために行っていることだ。ジュエルシードという強力なバッテリーがある現状、大気中にそれほどの使用済み魔力がなくとも、その気になれば惑星コアまでぶち抜く威力の集束砲をチャージすることなど、造作もない。

『マスター、目標が視認範囲内に出現します。』

「了解! クールタイムを考えれば一発勝負! 慎重に行かないと!」

『目標、出現しました。』

 レイジングハートの報告にしたがい、視線をそちらに向ける。その瞬間、不吉な予感を感じて集束砲のチャージを解除する。

『マスター?』

『なのはさん?』

「方針変更。嫌な予感がするから、上手く衝撃を与えて、胴体着陸をさせたいんだ。出来るかな?」

『不可能ではありませんが、かなり際どい勝負になるかと。』

「分かってる。最悪、施設に突っ込んで爆発するのさえ防げればいいよ。」

 滑走路が当面使い物にならなくなる可能性はあるが、あれを破壊するよりはいい。根拠はないが、そんな風に考えるなのは。無理に理由をつけるのであれば、ここまで大掛かりな真似をする連中が、高町なのはが出てくる可能性を知りながら、単純に護衛艦を破壊するだけで防げるような、そんな単純な手を打ってくるとは思えない。

『ほな、こっちでもコントロールを取り返す努力はしてみるわ。』

「はや、じゃなかった、八神三等陸佐、可能なのですか?」

 突然割り込まれたため、思わず普段通りの口調で話しそうになり、あわてて公的な口調で話を続ける。

『闇の書時代のウィルスを解析した奴が手元にあってな。さすがにここから遠隔でっちゅうのは厳しいから、ヴィータにリインとユニゾンしてもろて、直接乗り込んでもらうつもりや。』

『そーいうわけだから、あたしに当てんじゃねえぞ!!』

「了解!」

 方針を確認して、気合を入れなおす。ハッキングしてコントロールを奪い返す、という観点で考えるなら、ブレイブソウルが行けば一発ではあるが、さすがに今回の状況では、一応立場上は一般人の優喜を向こうに行かせるのは問題がある。それに、あの護衛艦の処理はなのはの仕事だ。万全を期すためにコントロール奪取と言う手段を並行で行うが、それなしでもどうにかしてこそ、一人前の社会人と言うものである。

「カートリッジロード! ディバインバスター!」

 まずは力技で姿勢を変えさせることからスタート。三発のバスターを真下にとばし、トリガーワードで破裂させ、下を向いていた艦首を強引に地面と平行に戻す。

「カートリッジロード! ディバインバレット!」

 艦の底面にびっちりと魔力弾を敷き詰める。

「バースト!」

 普段よりは高威力だが、仮に直撃しても装甲を貫かない程度に調整されたそれが、トリガーワードを引き金に、連鎖的に爆発する。その衝撃で、目に見えて落下速度が落ちる。最後の一発が炸裂する前に、さらに追加で大量の魔力弾を生み出す。そうやって少しずつ落下速度をそぎ落としながら、砲撃を側面で破裂させて落下位置を調整する。その隙間を、リインフォースとユニゾンしたヴィータが器用にすり抜け、艦の内部に侵入する。

「そろそろ、フローターフィールドでどうにかできる?」

『もう少し勢いを削るべきです。』

「了解。カートリッジロード! ディバインバレット!」

 レイジングハートの指摘を受け、さらに大量の魔力弾を生み出す。やる事は同じ。下からの爆風で落下速度を殺すのだ。ついでに前面からも衝撃を与え、可能な限り滑走路内に不時着できるように進路を変える。幸か不幸か、最初に力技で艦首の角度を変えた時に、推進装置が止まっている。今は重力以外に、加速する原因はない。

『ヴォルケン03より報告! 内部の掌握は完了! だが、ミスの報告が一つ! 中に居た、犯人と思われる人物を取り逃がした! すまねえ!』

『状況が状況だ。お前さんは十分に仕事をしたさ。そいつの特徴だけ教えてくれ。あと、くれぐれも姿勢制御をしくじるなよ。』

『了解。内部での経過を全部転送します!』

 身を固くしながら、状況説明を待つ司令部。ヴィータの最初の報告から数秒後、更に報告が入る。

『コントロールは奪い返した! 今から緊急着陸シーケンスに入る!』

「了解!」

 ヴィータからその報告が入ってきたのは、そろそろ緊急着陸の締めに入ろうかと言うタイミングであった。すでにフェイトやフィーとユニゾンしたはやてと協力して超大型のフローターフィールドを作り、魔力弾を用いた力技で、最後の姿勢調整を行う段階である。一番最後の工程をヴィータに振れるのは大きい。いくらなんでも、魔力弾で衝撃を与えるやり方では、細かい微調整は出来ない。

『浮力発生、姿勢制御完了! もうフィールド解除してもいいぞ!』

 ヴィータの宣言に大きく息を吐きだし、フローターフィールドを解除するなのはとはやて。目の前でゆっくり護衛艦が下りていき、重量の割には小さな音を立てて着陸する。いかに重装甲を持つ護衛艦といえど、あれだけの時間爆破にさらされていれば、ただでは済まなかったようだ。底面は原形をとどめぬほどぼこぼこにへこみ、最初に無理やり角度を変えるために砲撃を炸裂させた艦首周りなど、艦砲射撃の至近弾でも受けたかのような有様である。

 ヴィータの制御完了宣言と同時に、フローターフィールドの解除と着陸の確認をせず、即座にフェイトが全速力で飛びだす。目的地は燃料貯蔵庫。いかに広大な敷地を持つは言え、所詮はただの空港。フェイトのスピードなら三秒あれば余裕だ。とはいえ、ヴィータの逃がしたという報告からフィールド解除まで何十秒かは経過している。際どい勝負になりそうだ。

「フォル君とザフィーラは殿下の元へ! それと、火災用装備の準備を!」

『高町の嬢ちゃんは、もしもの時のために待機! 場合によっては八神三等陸佐と一緒に大規模儀式魔法の展開を頼む!』

「了解しました!」

 空港に対する攻撃は、まだまだ続きそうであった。






『こちら、フェイト・テスタロッサ。燃料貯蔵庫の制圧は完了。爆破阻止には成功しましたが、犯人の自爆は防げませんでした。申し訳ありません。』

『ヴォルケン01、ガジェットドールの殲滅完了。』

『こちら、アバンテ・ディアマンテ。ガジェットを召喚していた連中を制圧。犯人の自爆阻止には失敗しました!』

『カリーナ・ヴィッツ、同じく召喚師の制圧は成功しましたが、自爆阻止は失敗しました。申し訳ございません……。』

 次々に飛び込んでくる状況報告に、どうしても微妙な顔をせざるを得ないゲンヤ。今のところ、人的被害をゼロに抑えると言う最優先課題には成功しているものの、犯人の逮捕と言う大目的には失敗を続けている。何しろ、自爆を確実に防ぐ方法がない。手段があるとすれば、優喜が使う中和系消去術ぐらいなものだが、残念ながら広報部のイロモノ達ですら、実用レベルの精度には到達していない。

 なお、報告や指示にコードナンバーと実名が混ざっているのは、広報部のメンバーはもともと今回の件に配備される予定がなかったため、コードナンバーを振っていないからだ。ヴォルケンリッターに関しては、元々所属自体はバラバラなのを、今回特別にはやての下に置いて遊撃として運用しており、慣れの問題でつい実名で指示を出してしまうのだ。本来なら指揮官失格だが、そっちの方が迅速に指示が通っている事もあり、とりあえず黙認されている。

「妙だな。」

『妙ですね。』

「ガジェットまで持ち出してる割には、いまいち詰めが甘い。」

『そうですね。実際、ほんまやったらフェイトちゃんが間にあう事がおかしい思うんですけど、どう思います?』

「確かに、あそこには教導隊の実力者を配置してあったが、それを考えても、あっさり制圧されすぎだ。」

 護衛艦を乗っ取って空港に叩き落とした手並みと比べると、あまりにもその後の動きがざるすぎる。

「それで、殿下の現在位置は?」

「襲撃がなかった北口より、局の車で移動の予定です。」

「大丈夫だろうな?」

「ウォーゲン三等陸尉とザフィーラさんがそちらで合流する予定ですので、そう簡単に出し抜かれる事はないと思います。」

「ザフィーラはともかく、フォルクの坊やはまだ甘いからなあ。手放しで安心しきれねえんだよなあ。」

 ゲンヤのぼやきに苦笑するシャーリー。彼の場合、甘いと言うより人が良すぎると言った方が正しいだろう。

「で、優喜のやつは何やってんだ?」

「現在、襲撃が始まって取りこぼした不審物・爆発物の回収をしているようです。現時点で売り物に偽装された爆発物を五十個、死角の位置に仕掛けられた毒ガス系トラップを十五個回収しています。」

「結構取りこぼしが出てるのか……。」

「後、どさくさにまぎれて妙なものを仕掛けていた人間を三人、問答無用で殴り倒して気絶させたそうです。」

「そいつらが現状、生きたまま捕まえられた唯一の例か……。」

 部外者の優喜以外、誰一人として自爆させずに捕らえられないあたり、思わず情けなさに頭を抱えたくなるゲンヤ。とはいえ、仮にも治安維持組織の人間が、単に怪しい動きをしていると言うだけで警告もせずに殴りかかるわけにはいかないので、彼のように不意を打って問答無用で自爆する隙も与えずに、と言うのが難しいのは仕方がない。自爆による被害を出していないだけまし、と言う風に考えるしかない。

「ちょっと待て。北口は襲撃がなかった、だと?」

「はい。」

「明らかに誘導されてるぞ、そいつは!」

『ハラオウン提督が、そこに気がつかへんはずがありません。フォル君とザフィーラも合流した見たいやし、そうそうチョンボはかまさへんでしょう。』

「だといいんだがな……。」

 一抹の不安を抱えながら、それでも部下を信用するしかないゲンヤ。テロ対策は、そろそろ大詰めを迎えそうである。







「殿下! 外務大臣! ご無事ですか!?」

 ロビー近くにたどり着いた皇太子一行は、巨大な盾を持った青年に呼び止められた。彼の傍らには、誰かの使い魔と思われる、巨大な狼が一頭。

「フォルクにザフィーラか?」

「ハラオウン提督、八神三等陸佐の命により、殿下の身辺警護に参りました!」

「ありがたい。さすがに、少々警備が薄いと感じていたところだ。君たちほどの実力者が来てくれるのは心強い。」

 見知った顔の二人に表情を緩めるクロノ。同行しているSPはいずれ劣らぬ実力者たちだが、残念ながら、ガジェットや魔法生物を相手にした経験は乏しい。さらに、最近主流になりつつある、洗脳した子供を爆弾代わりにする自爆テロ、となると、クロノやSP達の出力では、無傷で防ぎきれる自信はなかった。

「シグナム達がガジェットを殲滅した後は、これと言った襲撃は来ていないらしい。今のうちに局まで行こう。」

「了解です。」

 クロノの言葉に一つ頷くと、先頭と最後尾に分かれて警戒を続けるフォルクとザフィーラ。最初の護衛艦の暴走の時点で、一般客や売店の職員などは、敷地内に数ヶ所ある避難場所に集められているため、空港の中は閑散としている。十分もかからずにほとんどの利用客を集められたのは、さすがの手際だと言えるだろう。本当なら、とっとと空港の外に出してしまいたいところだが、テロリストどもの外からの攻撃が終わったと判断するにはまだ早いため、やむなく空港内でガードしているのだ。

「あの車です。」

「殿下、お急ぎください。」

「分かっています。」

 オクタビアにせかされ、出入り口に横付けされた管理局の来賓送迎用車に速足で向かう。その様子に、首の後ろあたりにちりちりするような感覚を覚えるフォルク。不審な点が二つ。一つはこの距離で視認できる局員の姿が、気配とまったく一致していない事。もう一つは、ある意味絶好ともいえるタイミングだと言うのに、予想された狙撃がない事。

 ザフィーラに目配せをし、いつでも動けるように準備をする。オクタビアの手が車に触れた瞬間、魔力が膨れ上がるのを感じる。事ここに至っては、無礼だなんだと言っていられない。狼形態のザフィーラが殿下とオクタビアを弾き飛ばし、その空間に盾を構えたフォルクが割り込む。

「ワイドシールド!」

 普通の砲撃では抜けぬほどの強度のシールド魔法を展開し、来るべき爆発に備える。一呼吸おいて、車が大爆発。盾の表面に、大量の破片が突き刺さる。

「ザフィーラ!」

「問題ない!」

 フォルクの盾を飛び越えた破片は、全てザフィーラのバリアに阻まれていた。

「殿下、御無礼をお許しください。」

「お怪我は?」

 少々手荒に扱ってしまったことを詫びるフォルクとザフィーラに、服についた埃を払いながら、温和な笑みを浮かべて首を横に振る。

「ザフィーラ殿が上手くやってくださったようで、擦り傷一つありませんよ。」

「申し訳ございません。本来なら、このような乱暴な所業は許されたものではありませんが……。」

「いえ。あの状況でもっとうまくやるとなると、問答無用で車を破壊するぐらいしかありません。それがどれぐらい無茶な言い分かぐらいは、無知な身の上でも分かりますよ。私も含め、誰一人怪我人が出なかった事を考えると、上出来なぐらいです。ですからオクタビア、貴方もその仏頂面をしまいなさい。」

「……はっ。」

 殿下に窘められ、壮絶な視線で二人を睨みつけていたオクタビアが、しぶしぶと言った感じで表情を改める。その視線の種類に、ある種の違和感が確信に変わったフォルク。軽く視線を向けると、クロノとザフィーラも、ある程度意見は一致しているようだ。

「どちらにしても、一度中に戻りましょう。こんなところで立ち往生していては、狙ってくださいと言っているようなものです。」

 クロノに促され、来た道を戻ろうとしたその瞬間。

「リフレクトシールド!」

 フォルクが殿下とオクタビアの至近距離まで踏み込み、明後日の方向に盾を構えて魔法を発動させる。一拍置いて炸裂音が響き、一発の魔力徹甲弾が弾き返される。反射されたそれは、一直線に射手のもとへともどっていき、何かに当たった音を立てる。思ったより近い距離にいた狙撃手が、辛うじて視認できる場所に落ちてくる。

「こちらヴォルケン05。北口にて、スナイパーを一人撃退した。当方は現在、殿下の身辺警護中にて身動きとれず。至急捕縛に向かわれたし。」

 サーチャーを飛ばして生命反応が途絶えていない事を確認し、司令部に報告。どうやら気絶しているらしいが、逃げられても困る。念のために非殺傷で一発入れようかと思ったところで、良く知る陸士108部隊の隊員ががっつりバインドをかけて引きずって行った。その様子を見て息を吐き出すと、殿下に一つ頭を下げ、殿の位置に移動する。やたらめったら殺気だったオクタビアの視線が気になるが、とりあえずこの場ではスルーしておく事にする。

「助かりました。」

「過分なお言葉、身に余る光栄です。」

 殿下の言葉に大げさな言葉を返し、もう一度一礼する。目の前で車が爆破され、そこから立ち直る前に狙撃されたと言うのに、全くと言っていいほど動じていない皇太子殿下。その胆力に内心で舌を巻きつつ、定位置ともいえる殿に移動する。

「別の車を手配いたしました。」

「お手数をおかけします。」

「いえ。これが仕事ですから。」

 普通ならヒステリーを起こして喚き立ててもおかしくない状況で、それでも柔和な態度を崩さずに、周囲に感謝とねぎらいの言葉をかける殿下。そんな彼の存在が、一行を落ち着かせ、冷静な行動を可能にしていると言っても過言ではない。守るべき対象によって守られているような状況に、殿下の器の大きさを改めて認識するクロノ達。こうなると、管理局のエリートとして、意地でも不手際は見せられない。

「あまり入り口近くだと、狙撃のいい的になります。少しでも安全な場所に引きあげましょう。」

「そうですね。毎回毎回、盾で反射してもらうのも申し訳ありませんし。」

 失敗する可能性など露ほどにも感じていない態度で、そんな事を言う殿下。どうやら、フォルクの技量をかなり高く評価しているらしい。実際問題、防御全般ではザフィーラに譲るとはいえ、飛んでくる攻撃を察知して正面で止める、と言う行動に関しては、この場の人間でフォルクを上回る者はいない。とはいえ、この短時間でそこまで信頼してしまうのは、さすがに能天気すぎやしないだろうか、と、過分な評価を受けた当人は思ってしまう。そうでなくても、殿下の謝罪やねぎらいの言葉があるたびに、オクタビアの視線が妙に痛い。

(さて、後はどうやって内通者をあぶり出すか。)

 高評価に戸惑いの表情を浮かべるフォルクを見るともなしに見ながら、事態をさっさと収束させるべく頭をひねるクロノであった。







「なんだろう、この物々しい空気……。」

 検査から解放され、避難場所へと追い立てられたスバルは、空港を包む不穏な空気に怯えていた。学校のイベントで、他所の無人世界へキャンプに行った帰りの事。毎回飛行機や次元航行船に乗るたびに金属探知器に引っかかる面倒な体を内心嘆きながらも、とりあえず大人しく検査を受けていたところ、職員の皆様の動きがあわただしくなったのだ。

 スバルとその姉・ギンガの体には、ある秘密がある。その秘密をごまかすために、金属探知器に引っかかるたびに、子供のころに受けた治療の金具が、体の中に残っているという説明でごまかしてきた。実際、骨が異常にもろくなる難病など、金属を使った治療が主流になっているものは多い。それぞれの病気だけを見ていると件数は少ないが、全部合わせればそれなりの数はいるわけであり、ギンガもスバルもその手の治療を受けている事にすれば、大体は疑われずに済んだ。

 普段は大体それで終わるのだが、今回はやけにしっかりと検査をされた。それだけでもおかしいと言うのに、検査が終わって結果がでる前に大慌てで避難場所に行くように指示された。その途中で見た状況がまた、妙にあわただしいと言うか殺伐としてると言うか、とにかく尋常ではなかったのだ。

「えっと、こっちに行けばいいのかな?」

 途中まで一緒だった検査医が、唐突に呼び出しを受けて立ち去ってしまったため、行き先が分からなくなってしまった。一応緊急避難場所の矢印はあるのだが、管理局の制服を来た人がやたら殺気立って動き回っている上、場所が場所だけに避難所も複数あるらしく、どこが一番近いのか、どこが一番分かりやすいかも分からず、どんどんどんどん変なところに入り込んでいってしまったのだ。人間、案内表示があろうが無かろうが、迷うときは普通に迷うものである。

「話し声? 誰かいるのかな?」

 迷っているうちに人気のない一角に出てしまったスバルは、気がつけば北口近くまで来ていた。人気がないのは、どうやらみんな非難を終えているかららしい。聞き覚えのあるものも含めた、数人の男の声が聞こえる。ここまで来たのだから、いっそ避難場所ではなく、父のいる場所に連れて行ってもらえばいいか、などとのんきに構え、声のする方に歩き出す。何の仕事かは知らないが、父も母も姉も、今日は局員として空港に来ていたはずなのだ。

「────えっ?」

 そろそろ視認できるぐらいの距離に来た時、突如二つの叫び声がロビーに響き渡る。直後に、とても立っていられないほどの振動。後の事はよく覚えていない。気がつけば瓦礫に足をはさまれ、目の前が火の海になっていた。

「────っ!」

 認識が追い付くと同時に、声も出せないほどの痛みに襲われる。幸いにして火元までは結構距離があり、間に可燃物もないため、スバルのところまで火の手が迫る様子はないが、それでも炎にあぶられてか、周囲がどんどん熱くなっていく。爆音と同時に再び振動。目の前の通路を、崩れ落ちた瓦礫が塞ぐ。出口がそれほど遠くないと言うのに、スバルは完全に閉じ込められてしまった。

「……誰か、誰か助けてよ! お父さん! お母さん! ギン姉!」

 スバルの必死の叫びだが、姿勢の問題か、思ったほど大きな声にならなかった。瓦礫の山と炎が燃える音に阻まれて、外に届いたとは考え辛い。

「誰か! 誰か助けて! お父さん! お母さん! ギン姉!」

 諦めたら終わりだ。そう己を叱咤し、必死になって声を上げ続ける。スバル・ナカジマ。ナカジマの名になってから、初めての命の危機であった。







 時は少しさかのぼる。

『こちらグランガイツ隊。空港周辺の制圧完了。』

『ヴォルケン02より各位へ。空港内部および周辺の爆発物回収完了。これより大規模AMFを展開します。魔力パターンを転送しますので、各自デバイスの調整を。』

 皇太子殿下への狙撃を阻止してから十分後。ゼストとシャマルの連絡により、そろそろテロ対策が大詰めを迎えている事を知った殿下が、ぽつりと口を開く。

「そろそろ、頃合いか……。」

 そのつぶやきを聞きつけたクロノが、怪訝な顔をして問いかける。分かるか分からないかぐらいではあるが顔色が悪く、どことなく思いつめた感じがしているため、ずっと気になっていたところにこの台詞である。いろいろ嫌な予感しかしない。

「頃合い、とは?」

「獅子身中の虫を排除する頃合いです。」

 殿下の言葉に、顔色を変えるオクタビア。何かの動きを見せようとすより先に、殿下が言いきる。

「ハラオウン提督。申し訳ありませんが、オクタビアを拘束していただけませんか?」

「っ!!」

 殿下の言葉と同時にデバイスを展開するオクタビア。だが……

「艦体任務で衰えた自覚はあるが、まだまだ戦力外通告をされるほどではないつもりだ。」

 それより早く、クロノがバインドでオクタビアを拘束していた。

「殿下、どういう事ですか?」

「私が、空港に入ってからの貴方の不審な態度に、気が付いていなかったとでも思うのですか?」

「……不審? どういったところが?」

「少なくとも、普通なら護衛艦の落下と燃料庫の襲撃を阻止した、という連絡で『役立たずが』などとは言わないでしょう?」

 アウディ殿下の言葉に、驚愕の視線が集まる。

「今にして思えば、空港に到着してからの態度もおかしかった。その場で気がつかなかった、いやもっと早い段階から気がつけなかった当り、我ながらまだまだ観察眼に置いては未熟としか言えませんが……。」

「それだけで、私が獅子身中の虫だと言う証拠になると?」

「他にもありますよ。車爆弾をザフィーラ殿とフォルク殿が防いでくださったとき、貴方は恩人に対してあるまじき視線で見ていた。その後の狙撃も、フォルク殿が動くより先に、まるでそこに弾が飛んでくるのが分かっていたかのように動いていた。考えようによっては自らの身を盾にして私を守ろうとしてくれた、と思えなくもないのですが、その割には、弾き返したフォルク殿を見る目に感謝のかけらもなかった。フォルク殿、狙撃に使われた魔力弾、バリアジャケットも展開していない人の体一枚で防ぎきれる類の物でしたか?」

「いえ。恐れながら、俺、じゃなかった、私が反射していなければ、オクタビア殿の頭を砕いた上で、殿下の心臓を確実に撃ち抜いていたでしょう。」

 つまるところ、フォルクにはオクタビアに感謝される事はあれど、睨みつけられる理由はない。

「全て、殿下の思い込みでは?」

「確かに、私の手元には状況証拠だけしかありませんが、ハラオウン提督なら、そろそろ何か確たるものをつかんでいるのでは?」

「……御慧眼、恐れ入ります。先ほど、グレアム提督直属の諜報員が、オクタビア補佐官の関与を示す書類及び証言を確保したとの連絡が入ってきました。」

「流石ですね。一緒に行動していながら、我々はおろか、ヴォルケンリッターのお二人にも悟らせぬ手際、提督昇進の最年少記録に王手をかけた逸材だけの事はあります。」

「過分なお言葉、身に余る光栄です。」

「それで、次は何をするつもりだったのですか、オクタビア? 先ほどから、デバイスを展開する隙を狙っていたようですが?」

 さすがに言い逃れが効かぬと悟ったオクタビアは、悪あがきをやめて、観念したかのように大人しくして見せる。

「とはいえ、どうしてもわからない事が一つ。私はね、オクタビア。貴方を誰よりも信頼してきたつもりだ。その貴方が、何故こんな真似を?」

 ここまで、可能な限り冷静に対応しようとしていた殿下の声が震える。さすがに、無二と思っていた腹心の裏切りは堪えているらしい。むしろ、そんな相手を断罪できる彼は、十分肝が据わっていると言えよう。

「……我慢できなかったのです。」

「何がですか?」

「あの売女と一緒になって進めた今回の条約により、貴方が穢れた糞女の物になるのが、どうしても許せなかったのですよ。」

「……彼女の事を侮辱するのはやめていただけますか? とても不愉快です。」

 今までで最も険しい表情を見せる殿下に臆することなく、言葉を続けるオクタビア。

「ビッチをビッチと言って何が悪いのです? 私はね、この想いを告げるつもりはなかった。貴方の性癖はノーマルで、そのうえ正当な王位継承者だ。どうしても世継ぎは必要であり、私の出る幕など最初からなかった。だから、他の誰かなら、私はこの想いをふっ切るつもりだった。」

 無表情に淡々と告げるオクタビア。その言葉の内容に、全力で引くしかない一同。特にフォルクとザフィーラは、この話が間違ってもシャマルの耳に入らないようにと、必死で祈るしかない。

「なぜ、腐ったヴィラント人などを選んだのです? なぜ、市民活動家などと言う下劣な生き方をしてきた売女を見染めたのです?」

「彼女が、理想と現実の乖離を知り、それを埋めるためのまっとうな努力をいとわない人間だったからですよ。」

「納得できません。」

「納得できないのは私です。どうして、それだけの理由で、この空港にいる人全てを巻き込むような真似をしたのです?」

「簡単ですよ。あなたを私から奪う泥棒猫の肩を持ち、愚にもつかない綺麗事を持ち上げ続けたミッドチルダ人にも、少しばかり痛みを知ってほしかったからです。ただ、貴方と心中をするだけでは、到底この気持ちはおさまらない。」

「そんな真似をすれば、我が国は破滅です。そんな事も分からないのですか!?」

 殿下の言葉に、我が意を得たとばかりに壊れた笑みを浮かべるオクタビア。

「なに。我がデューダーが破滅することなどありえませんよ。なぜなら、我々が死んだあと、ヴィラントの工作と言う形で公表される手はずになっているからです。」

「だが、その目論見は潰えました。今更、貴方も私も罪を逃れることはできません。」

「この場にいる人間すべてが死んでしまえば、誰も真相を語る事などできませんよ。今現在通信が切られている事ぐらい、気がつかないとでもお思いですか?」

 その言葉に不吉な予感を感じたフォルクが、即座に行動を起こす。

「アイギス、フルドライブ!」

 その挙動が引き金となり、バインドで拘束されたまま、それでもデバイスを手放していなかったオクタビアが何事かを行う。

「「カートリッジ、フルロード!」」

 二人の声が重なりあい、アイギスに装填された六発とオクタビアのデバイスの十発ほどとが同時に撃発される。

「アート! オブ! ディフェンス!!」

「わが魂を食らい尽くせ! ソウルバスター!」

 オクタビアを地面に押しつけながら発動したフォルクの究極の一手に対し、AMF環境下とは思えないほどの破壊力の爆発が襲いかかる。その爆発は局地的な大地震を引き起こし、空港の建物全体を大きくひずませる。かつて、なのはが始めて放ったスターライトブレイカー、その一撃に迫る衝撃が逃げ場をなくし、ほとんどロスを出さずに地面に伝わった結果だ。無論、誰一人立っていることなど出来ず、地面に伏せる事になる。あまりにすさまじい衝撃と振動に、限界を超えて崩落を始める場所まで出てきたほどだ。

「……まずい! 全員立つな!」

 狼の嗅覚でガス漏れを察知し、ザフィーラが吠える。すでに先ほどの一撃で発生した炎は、ロビー付近の売店の販売物やパンフレットなどには引火しており、徐々にむき出しになった配線や何やらを燃やし始めている。思っているより可燃物が多いからか、火の回りが意外と速い。

「ぐぅ!!」

 ザフィーラの言葉から数秒後、ロビー近くの飲食店が爆発を起こす。どうやら、漏れて充満したガスに火花が引火したらしい。先ほどの衝撃とアートオブディフェンスの反動が抜けきらぬ体に鞭打って、必死になって立ち上がって爆風を防ぐフォルク。フルドライブの機能がまだ生きていたのが幸いし、吹っ飛んできた瓦礫を無事防ぎきる。

「大丈夫か、フォルク?」

「ああ。だが、これは大事になったな……。」

 完全にふさがった出口を見ながら、これからのことにぼやく。個人戦技には秀でている彼らだが、こういった瓦礫撤去なんかには向いていない。むしろ、こういう状況では、アバンテのほうがはるかに適しているぐらいだ。

「私の部下が、申し訳ありません……。」

「阻止できなかったのは我々です。お気になさらないでください。」

「ですが、この場で追求する意味は無かった、と……。」

「過ぎた事を言っても仕方ありません。それに、場所が変わっただけで、今日か明日のうちに同じ真似をしていただけでしょうしね。とにかく、まずはここから無事に脱出することを考えましょう。」

 クロノの言葉に、己が未熟を恥じながら一つ頷く殿下。すでに、SPたちは色々動き回っている。ミッドチルダを震撼させた近年最大のテロ事件は、こうして最終局面を迎えたのであった。







「はやてちゃん!」

「わかっとる! まずは火を消し止めた上でガス漏れを止めんと!」

『はやて! ガスの大本はこっちで止めたよ!』

「ありがとうフェイトちゃん、助かったわ! ほな、なのはちゃん! 儀式行くで!」

「うん!」

 とにもかくにもまず消火活動。そこに異論がある人間はいない。史上最強クラスの魔導師二人による、超広域凍結魔法。一気に炎のみを凍結させて消火する。ついでにガス管の表面をすべて凍りつかせて、中に残っているであろうガスが漏れ出すのを防ぐ。はやて一人であれば、たとえユニゾンしていてもここまでの速度で完了する作業ではなかった。そう考えると、なのはが滑走路でずっと待機していてくれたのは非常に助かった。

「じゃあ、今から救助活動行って来る!」

「頼むわ! 私はこのあと、空気の流れを作って、少しでも煙を外に出す! さっきの爆発で全体が脆くなってるから、瓦礫の撤去で魔法を使うときは、衝撃の当て方に注意してや!」

「了解!」

『任せておいて!』

 互いにやるべき事を確認しあい、迅速に次の作業に移る。次々に要救助者を回収し、旅の扉で安全圏へ移動させ、瓦礫を慎重に粉砕して通路を確保する。活動していた管理局員の誰よりも迅速に行動し、獅子奮迅の活躍を見せる二人。途中で、フェイトからこんな発言が。

『ねえ、なのは!』

「どうしたの!?」

『優喜、もしかして中にいるんじゃ!?』

 その言葉を聞いて、一瞬青ざめるなのは。いかな竜岡優喜と言えど、何トンもある瓦礫に押しつぶされれば、ただではすまない。当人がそう言い切っているのだから、間違いない事実だろう。良く考えると、爆発から後ろ、彼ついては話題にもなっていない。

『呼んだ?』

「優喜君!? 今どこに!?」

 思わずサーチャーを飛ばして確認しようとした瞬間、当の本人から通信が。

『今内部で救助活動中。ちょっとばかり空気の流れが悪くて煙が充満してるところがあるから、気道を作って安全確保中。』

『友よ、いくらこの手の環境での活動は平気だと言っても、見ている方の心臓に悪い。好き嫌いを言わずに騎士甲冑を纏え。』

『邪魔だからいらない。と言うか、この手の土木作業は、ジャージか作業服が一番だ。』

 相変わらず緊張感の欠片もないやり取りをする主従に、思わずため息が漏れるなのはとフェイト。

『あ、そうそう。』

「何?」

『どうやら、スバルが閉じ込められてるみたい。声の感じから言って、多分立てない状態だと思うから、助けに行ってあげて。』

「えっ!? どこで!?」

『今から場所を教えるよ。こっちが終わったらすぐに合流するから。』

「うん、分かったよ!」

 優喜の言葉に元気よく返事を返し、受け取った座標データをもとに最短距離を割り出す。ちょっとややこしい場所のようで、崩れた瓦礫などを考えれば、いったん外に出た方が早いと結論。半分割れた窓ガラスを完全に砕き、そこから滑走路を経由して北口近くの無事な入り口から再度中へ。その時、司令部から切羽詰まった通信が。

『こちら司令部! ギンガが中に入っちまった!』

「えっ!?」

『あの馬鹿、妹が閉じ込められたと聞いて突っ走りやがった!』

 年の割には落ち着いているが、意外と後先考えずに突っ走りがちなギンガの性格を考えると、ありそうな話だ。優喜の通信から今に至るまでの時間は、制止を振り切って突破するのにかかった時間だろう。まだ崩落の危険が多分にあり、今のギンガの力量では、この環境下での救助活動は無謀である。

『なのは、今どこ!?』

「もうすぐ指定されたポイントだよ!」

『じゃあ、スバルは任せるよ! ギンガは私が回収する!』

「うん! おねがい!!」

『頼んだぞ、テスタロッサ執務官! まだ皇太子殿下も脱出されていない! 馬鹿娘のせいで最優先救助対象に何かあったら、国際問題じゃすまねえ!』

 嬢ちゃん扱いせずに役職で声をかけるあたり、ゲンヤも相当深刻に考えているらしい。娘二人の安否もさることながら、実力不足の見習いが、好き勝手うろうろすることの弊害も大きい。父親としては親馬鹿な部分もあるゲンヤだが、指揮官としては公正な人物だ。娘可愛さに救助活動へ投入しなかったわけではない。使い物になるのであれば愛娘といえど、とうの昔に容赦なく危険地帯へ送り込んでいる。

 皇太子殿下ご一行がまだ脱出を終えていないと言うのは、相当不味い状況である。そこに二人の娘に二重の意味で心配をかけられたのだから大変だ。そんな指揮官の苦労に思いをはせながら、指定されたポイントに到着するなのは。その状況を見て、思わず嫌そうな声を漏らしてしまう。

「うわぁ……。」

 指定された場所は、かなり危険な崩れ方をしていた。人が通れるような隙間はなく、向こう側が見えないため、下手に瓦礫を砕いたりも出来ない。どう対応するにしても、まずは中を見ることからだと考えたなのはは、慎重に中を覗ける隙間を探す。優喜なら平気で瓦礫を砕いているところだが、なのはにはそこまでの技量も感覚もない。

 隙間から中を覗いて、もう一度絶句する。どうやら四の五の言っていられる余裕はなさそうだ。入れ替わりにちょうどいい大きさの瓦礫を探しているうちに、なのはを絶句させた原因である、際どい状態でバランスを保っていた天井の最後のかけらが、ついに崩れ落ちる。それを見たなのはは、とっさの判断で叫んだ。

「キャスリング!」

 崩れ落ちた瓦礫が指輪の許容範囲内である事を祈りながら、キャスリングを発動させる。一連の事件は、ついに最後のひと幕に差し掛かったのであった。







「っ! げほっ、げほっ、げほっ!」

 必死になって声をあげているうちに、隙間から侵入してきた煙を思いっきり吸い込んでしまうスバル。見ると、充満していると言うほどではないにしろ、いつの間にやら結構な量の煙が侵入してきている。

「誰か! 誰かいないの!?」

 今のでさらに出しづらくなった声をもう一度精一杯張り上げ、助けを呼び続ける。割と近い位置に聞こえていた人の声がだんだん遠ざかっていくのを感じ、焦りながら必死にかすれた声をあげる。だが、息が続く限り声を上げ続けたものの、向こうも大変らしく、こんな分厚い壁の向こうからあげた小さな叫び声など、誰も聞き取れなかったらしい。

 そもそも考えてみれば、分厚い瓦礫の壁に閉じ込められたスバルの耳にすら、やたら大きな風の音やら何かが崩れる音やらがひっきりなしに聞こえるのだ。この環境下で彼女の声を聞きとるなど、優喜でもなければ不可能だろう。

 スバルは知らない。その優喜が結構離れた場所で彼女の声を拾い、すでに救助要請を出してくれている事を。

「……誰かがもう少し近くまで来るのを待った方がいいか……。」

 効果のない呼びかけに心が折れたスバルは、痛みをこらえて体力の温存を考えたのも無理からぬことであろう。諦めて落ち着いてしまうと、周りの状態が結構危険な事に気がつく。どうにも、足だけで済んだのはむしろ奇跡の領域らしい。

「……あたし、やっぱりここで死んじゃうのかなあ……。」

 こういう過酷な環境に一人取り残されると、人間碌な事を考えない物である。特に、崩れると終わりとしか思えない塊が視界内に結構あり、しかも身動きが取れない状態ともなると余計だ。今もあっちこっちで瓦礫が崩れているらしく、軽い振動はそれなりの頻度で伝わってきている。落ち着いてから最初の何回かは、振動の度にパラパラと小石が崩れてひやりとしたが、それも両手の指で足りなくなるころには慣れてしまった。

「……あの瓦礫、そろそろやばいかも……。」

 妙に冷めた頭で、そんな事を考えたのがまずかったらしい。天井の、直撃コースの結構大きな瓦礫が、誰かの足音を引き金に、見事に崩れ落ちる。

「えっ?」

 さすがに、崩れるかも、とは思っていても、実際に崩れると反応できなくなるらしい。やけにスローモーションで落ちてくる天井の瓦礫に、頭の中が真っ白になるスバル。

「キャスリング!」

 そのスバルの耳に聞き覚えのある声が聞こえ、瓦礫が見知った女性の姿に変わる。崩れた天井の隙間から差し込む光を身に浴び、六枚の翼を大きく広げた純白の衣装の女性。とてもとまでは言わないまでも良く知るその女性を、スバルはなぜか天使だと思った。その姿が鮮烈なまでに、スバルの魂に刻み込まれる。

「スバル、大丈夫!?」

「え? あっ、えっと、なのはさん?」

「そうだよ、なのはだよ! ごめんね、遅くなって!」

 視界の中の天使は、泣き笑いのような表情でスバルの傍に降り、彼女の足をくわえ込んでいる瓦礫を慎重に砕く。さすがに通路をふさぐような大きさの瓦礫を安全に砕くのは無理でも、大人の男が頑張れば浮かせられる程度のものなら、なのはでもスバルの足にダメージを与えないように割るぐらいはできる。

「大丈夫じゃないよね、痛かったよね。ごめんね。」

 何故なのはが謝るのか、理解が追い付かずにぼんやりしていると、抱えあげられて、この狭い空間の中では比較的安全であろう場所に下ろされる。

「ちょっと待っててね。すぐにゲートを開くから。」

「それはもうちょっと待って欲しいかな?」

 なのはの言葉に、これまた聞き覚えのある、男とも女ともつかない声が割り込んでくる。

「優喜君?」

「優兄?」

「宣言通り、合流しにきた。すぐ通れるようにするから、ちょっと離れてて。」

「あ、うん。」

 優喜の言葉にしたがい、スバルを背負って声が聞こえたのと反対側に移動するなのは。なのは達が動き終えると同時に、派手な音を立てて粉々に砕け、真下に崩れ落ちる瓦礫。砂山のような状態なので歩きにくそうだが、それでも普通に通れるようにはなる。

「それで、優喜君。どうしてゲート開いちゃ駄目なの?」

「向こうにも人がいるから、一緒に回収した方が早いでしょ?」

「……うん、確かにいるね。分かったよ。で、どこから行くの?」

「ここを通れるようにするつもりだけど?」

 なのはが怖くて触れなかった瓦礫を無造作に砕きながら、何を当たり前な事を、と言う口調で告げる優喜。崩落の危険とか考えていないように見えるが、こいつの場合はどう殴れば大丈夫かを理解してやっているため、下手に発破だの重機による撤去だのをやるより安全なのが、時折無性に腹が立つ。そのまま何事もなかったように通路を抜けロビーに入ると、確かに結構な人数の集団がいた。

「……優喜か?」

「や、クロノ。迎えに来たよ。」

「なのはにスバルも一緒なのか。」

「クロノ君、皇太子殿下は?」

「どうにか無事だよ。お召し物はずいぶん汚れてしまったがね。」

 そんな事を言っていると、優喜達が入ってきた通路から、もう一つ声が聞こえてくる。

「優喜、スバルは大丈夫だった?」

「ん。なのはが先に助けてたよ。ギンガは?」

「ちゃんと捕まえたよ。どうせ言っても聞かないからと思って、ここに連れてきてる。」

 その言葉とともに、小脇に抱えていたギンガを下すフェイト。流石に普段の腕力なら、まだ割と小柄だといえど、すでに十代半ばとなった少女を抱えて飛びまわったりは出来ないが、現在はユニゾン中である事に加え、フローターフィールドで荷物扱いしている。さすがにそれなりの自尊心を持ちあわせる年頃の少女にその扱いはどうかと思わなくもなかったが、肉親の情に負けて命令違反をしたペナルティとしては、むしろ軽い方だと言う事にしておこうと決める。

「スバル、大丈夫!?」

「ギン姉!」

 足を怪我して立てないスバルを見て、顔をゆがめるギンガ。命を助かった事を喜ぶべきか、怪我をした不運を慰めるべきか、胸中は非常に複雑なものがある。

「ギンガ、スバルを預かってくれる?」

「はい!」

 さすがに、今治療するには状況とか環境が悪い。まずはちゃんと脱出してしまってからだ。

「さてと。あとは全員集めて脱出するだけっと。クロノ、何人残ってる?」

「殿下と外務大臣以外には、護衛関係者が十名、避難していた人が百二十五名と、避難所をガードしていた局員が三名だ。」

「結構大所帯だね。」

 優喜の言葉に、一つ頷く。爆心地であり震源地でもあったこの北フロントは、通路や出入り口の崩落被害が大きく、迂闊に動けなかった人が多かったのだ。救助が遅れたのも、侵入経路を作る途上に多数の要救助者が存在しており、彼らを安全圏まで動かす手間が馬鹿にならなかったためである。

「フェイトちゃんが来てくれて、助かったよ。その人数だと、私一人じゃ一回のゲートで運べなかったし。」

「そうだね。百人を超すとなると、三回じゃ全然足りないぐらいかな?」

「うん。シャマルさんでも、一度じゃ厳しいと思う。」

 などとのんきな会話をしながら、人が集まった場所に合流する。救助に来た人物を見て、目を丸くする人々をよそに、必死になって守り切った皇太子殿下の姿を確認するなのはとフェイト。今回の件の後始末的な意味でも、彼には無事でいてもらわなければ困るのだ。

「遅くなって、申し訳ありません。」

「こちらこそ、我々デューダー王家の不手際を、こんな形でしりぬぐいさせてしまって、申し訳ありません。」

「どんな理由があれ、この状況は、テロを起こした人が悪いんです。任命責任とか難しい話があるのかもしれませんが、それでも殺されそうになった人が悪い、なんていう理屈は通りません。」

 殿下の言葉にきっぱり言い切ると、もう大丈夫だと力づけるように微笑むなのはとフェイト。その笑みを見た人たちの顔から、緊張と恐怖が拭い去られる。

「ねえ、なのは。」

「何、フェイトちゃん?」

「なんだか今、すごく歌いたい気分なんだ。」

「奇遇だね。私もなんだ。戻ったら、助かった人たちのところで、一曲歌おっか?」

「いいね。」

 そう言い合って、もう一度微笑んでからゲートを開く。こうして、近年まれに見る被害を出したミッドチルダ第八空港テロ事件は、後始末を残して収束したのであった。







 テロの背景は、予想した通りかなり複雑なものとなった。何しろ、最後の引き金を引いて直接被害を出したのはオクタビアだったが、彼が残した様々な証拠類をたどると、今回の条約にかかわる複数の国の政府関係者と糸がつながっていたからである。オクタビア自身の腕とデバイスがまともな状態で残っていた事もあり、そこから芋づる式に、結構ダイレクトにいろいろな話が出てきてしまった。

 また、最初になのはが緊急着陸させた護衛艦にもさまざまな証拠が残っており、乗組員も二人、拘束された状態で残されていた。何よりヒュードラの悲劇を引き起こした、魔力と結合することで周囲の酸素を根こそぎ奪い取るガスが、これでもかと言うぐらいペイロードに詰め込まれていたのだ。仮にスターライトブレイカーで粉砕していたら、それこそ大惨事になっていたところで、一同はなのはの勘の良さに、とことん感謝したものである。

 今回の事件では、管理局も各国政府も航空会社も、全く無傷とはいかなかった。管理局は最後の最後でテロを阻止しきれなかった事、各国政府はテロ組織に情報を漏らし、あまつさえ手引きした者すら複数いた事、航空会社は、管理局から今回の事態を想定した要請があったのに、目の前の利益を優先して申し出を蹴った事で、少なからぬ批判を受けていた。特に皇太子殿下の側近がテロ組織や王室廃止論者の組織とつながった揚句、空港爆破の引き金を引いたデューダーはダメージが大きく、信頼回復のために必死になって犯罪組織の根を切り捨てようと頑張っている。

 今回の事件に置いて一番の救いは、各国の結束が当初の予定よりはるかに強くなった状態で、条約の調印がつつがなく終了した事だろう。

「ねえ、クロノ……。」

「クロノ君……。」

「どうした?」

「「どうして私たち、わざわざ局の正装でここに連れてこられてるの?」」

「殿下をはじめとした、政府関係者の皆様の意向だ。」

 いろいろあった後始末の最後。それは今回の一件で一番活躍したとゲンヤが太鼓判を押した二人に、殿下が直々に感謝状と勲章を渡す事であった。実際、なのはがいなければ最初の段階で詰んでいたし、フェイトのスピードでなければ、燃料庫の爆破を防げたかどうかはきわどかった。そもそも、管理局の局員で一番多くの人間を救助したのも二人であり、局員の中では一番活躍した、と言うのも間違いではない。

「そんなものを用意する暇とお金があったら、少しでも被害を受けた人たちに回してほしいんだけど……。」

「そっちの方はすでに、十分な予算が組まれている。」

 今回のテロ事件、爆破された車の本来の運転手が殉職した以外は、奇跡的に死者、重傷者は一人も出ず、一番重い怪我でもスバルの打ち身と骨折程度。治療費および損害賠償の額もほぼ確定しており、そのほとんどをデューダーの王家が王室の予算と個人資産を削って拠出することで折り合った。ある意味被害者である皇太子殿下が一切責任逃れをしなかった事に加え、王室廃止論者のこれまでの素行の悪さや、殿下の知らぬところで行われていたオクタビアの行動が次々に暴き立てられた事もあって、王家のイメージダウンは最低限にとどめられたらしい。

 むしろ、そうと知らぬ間に側近に尻を狙われ、タチの悪いストーカー犯罪のような事件を起こされたとして、ある種の同情すら集めていると言う。無論、政治の場にいる人間が、側近のそういった感情の動きをきちっと把握できていないとは何事か、という意見も多いが、オクタビアがある種の洗脳を受けていた可能性が高い事と、同性愛の気がない人間にそこまで悟れと言うのは無理がある、という複数の筋からの実感の伴った擁護の声の方が強い事もあって、限界まで打てる手を打った管理局とともに、意外と早く名誉が回復しはじめている。

「で、仕事中の僕を強引に拉致った理由は何?」

「言わなければ分からないか?」

「優喜もいたんだ……。」

「と言うか、よく優喜君にその服を着せられたよね……。」

 となりの控室から、やたら高そうな礼服を着て、心底嫌そうな顔をして出てきた優喜に、しれっと答えるクロノ。なのは達が局員として、ならば、優喜は民間協力者として、感謝状と勲章を押し付けることとなった。もっともこいつに関しては、王室がらみの今後の面倒事を体よく押し付けるために、互いに面識を持たせようと言うのがメインの理由だったりするのだが。

 とはいえ実際の話、優喜がいなければ殿下の救助はもっと後ろにずれていたのも事実だ。何しろ、震源地で爆心地でもあった北フロントは、外から転移したりゲートを開いたりするには空間の状況が極端に悪く、内部からゲートを開くにしてもシャマルクラスの腕かなのは達ぐらいの出力がなければ不可能だったのだ。出入り口も完全に崩落していた以上、救助のためには重機を待つ必要があり、優喜が内側からのルートを作っていなければ、後二時間は救助が遅れていた可能性が高い。

 因みに、どうやって道を作ったのかに関しては、表向きは遺跡発掘で使う特殊な土木作業用の魔法を使った、と言う事になっている。ユーノとそれなりの頻度で遺跡発掘に向かっているため、この言い訳が不自然ではなかったのが決め手だ。

「ここまで来たんだ。三人ともあきらめて、会食まで付き合え。」

「「「……。」」」

 クロノの理不尽な台詞に、思わず白い目を向ける三人。その顔は、何が悲しゅうてこれ以上面倒事を抱えにゃならんのだ、と雄弁に語っている。

「時間です。」

「だ、そうだ。その仏頂面をしまって、表面だけでいいから感謝して受け取って来い。」

「はいはい……。」

 どうにもならない事など最初から分かっていたため、実に潔く諦めて茶番につきあう優喜。優喜の態度を見て、ため息一つで気分を切り替え、真面目な表情でたくさんのカメラが待つ式典会場に足を踏み入れるなのはとフェイト。この後の会食で何故か殿下から婚約者を紹介された三人は、殿下ともどもファンクラブのプラチナ会員になったとかいう頭を疑う報告を聞かされ、挙句の果てに優喜は婚約指輪の発注を受け、なのはとフェイトは今度お忍びでコンサートに行くと断言されて頭を抱える羽目になるのであった。







あとがき

 爺ちゃん達の首を繋ぎつつ大事件を起こすとなると、他の理由と流れが思い付かなかった発想力の低い作者が通ります。一番の悔いは、結局後篇にナンバーズの出番をはさめなかった事。クアットロに一見ツンデレ風の本音を言わせたかったのに、容量的にも展開的にも無理だった(しくしく)

 なお、ナンバーズの出番と同じく、本編にはさむ余裕はありませんでしたが、皇太子殿下の婚約者は市民活動家と言っても、いわゆるサヨクのあれではありません。むしろやってる事はフェイトに近く、スラムの衛生状態を改善するためにごみと交換で花を植えたり、薪の節約のためにかまどの作り方、使い方を教えたりするような活動をメインにしてる人です。

 彼女の座右の銘は「千里の道も一歩から」「すぐに実現する理想はない」「座してなせる事などない」で、とにもかくにも一気に話を進めようとするのではなく、少しずつやりやすいところから改善して行き、こつこつと理想に近づけていくタイプです。本当は本文で描写したかったのですが、当人が出てくる予定が立たないので蛇足ながら。



[18616] 閑話:高町家の家族旅行
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/06/05 21:02
「海鳴温泉も久しぶりだよね。」

「だよね。士郎さん達は毎年行ってたみたいだけど、私たちはずっと忙しくて行けなかったし。」

「何年ぶりぐらいだろう?」

「確か、最後に行ったのが六年生の時だから、五年ぶりぐらい?」

 高等部二年のゴールデンウィーク。久しぶりに毎年恒例の温泉旅行に参加できたなのはとフェイトは、あの頃との立場の違いをしみじみと語りあっていた。まだ高校生だと言うのに、その姿は妙に哀愁が漂っている。

 因みに六年生の時は、フォルクの特訓があったため優喜は参加していない。また、同じ理由で八神家も参加を見合わせているため、彼らは六年ぶり、フォルクとリインフォース姉妹は初参加となる。

「それにしてもなんか、ものすごい大所帯になったなあ。」

「バスを貸し切るぐらいだもんね。」

 はやての感心するような言葉に、苦笑交じりに答えるなのは。今年はハラオウン家および広報部のデビュー済みが二人、それにエリオとキャロまで増えたため、ものすごい人数になってしまったのだ。そうでなくても、八神家は中学に上がったぐらいからさらに人数が増えており、彼女達が参加するだけで結構な規模になる。

 結果として、高町家が優喜を含めて五人、テスタロッサ家が四人、八神家がフィーも勘定に入れて八人、月村家が婿入りした恭也と娘の雫を含めて六人、ハラオウン家が三人、そこにアリサとユーノのカップルプラス管理局関係者四人の計三十二人と言う、立派な団体客になったのだ。

 一応シャーリーとルーテシアにナカジマ家も誘ったのだが、どちらも外せない用事と重なってしまい、今回は不参加である。もっとも、これ以上ミッドチルダからの参加者が増えると、どんな問題が出てくるかが分からないし、団体旅行としてもいい人数だ。そういう意味ではちょうど良かったのかもしれない。

「そういえば、部屋割りってどうなってるの?」

「ん? ああ、まず結婚してる組は基本一部屋。それ以外の男で二部屋。はやて、リイン、フィーで一部屋、それ以外のヴォルケンリッター女性陣で一部屋、なのは、フェイト、アリサ、すずかで一部屋。プレシアさんとリンディさんに子供二人で一部屋、残りの女性陣で二部屋、だったかな? まあ、夫婦と十歳以下の子供以外が男女混合にならなければ、どう変更してもいいとは言ってたよ。」

「男の子はどういう風に分かれとるん?」

「僕とユーノ、ザフィーラとフォルクとアバンテの予定。」

 五人部屋と言うのが全部埋まっていたため、なのは達とリンディ達を除けば基本的に三人か二人で一部屋になる構成らしい。最初は四人ずつと考えていたものの、どう組み合わせてもしっくりこなかったため、結局こうなったらしい。一応、リンディをクロノ達と同室にし、フェイトをプレシアの部屋に移す案もあったのだが、当のリンディが

「早く孫の顔を見たいから。」

 などと言って別室を望んだため、結局はこういう構成になったのだ。プレシアとしても、たまにはリンディとさしで飲んで語り合うのもいいか、と言う事で、快くその申し出を承諾したのである。

「ほなまあ、夜にそっちの部屋にも顔出すわ。」

「ん。まあ、修学旅行とかじゃないからあまりうるさくは言わないけど、その場の勢いで夜這いしての不純異性交遊は禁止ね?」

「それ、その場の勢いやなかったらええ、言うてるようにも聞こえんで?」

「ちゃんと真剣に考えての事なら、それをどうこう言う大人はここには居ないからね。」

「いやまあ、そうやろうけど。」

 事実を突き付けられて、微妙に反応に困るはやて。確かに高町夫妻もプレシアもリンディも、真剣に愛し合い、将来の事を考えた上で行為に至ったのであれば、わざわざそれをとがめるような無粋な真似はしないだろう。そもそも、今回旅行に来ている人間で、仕事も収入もない年頃の人間はアリサとすずかのみ。その二人にしたところで、すでに家族公認になっているため、仮に先走った事をしても困る事はない。ただ単に、世間体やら何やらの問題があるので、せめて高校を卒業するまでは妊娠は避けた方がいい、という程度の話だ。

 すずかに限っては、優喜の体の事以外にも、男を知ると発情期がひどくなる、という事情もあって、力技で迫るのは先延ばしにしていたのだが、最近はじらされすぎてかすでに普通に発情期がひどいので、もう体を使った治療を強行してもいいんじゃないか、などと大人たちがひそひそ相談していたりする。

 因みに、そのこじらした発情期の餌食になるのは主になのはとフェイト、次点でアリサであり、最近なのはの発育が良くなったのはそのせいではないかと、まことしやかにささやかれているのはここだけの話である。

「それで、今回も朝と晩は走るん?」

「もちろん。フォルク達もその前提で用意してきてるだろうし。」

 優喜の言葉に頷くなのはとフェイト。よくよく考えると、竜岡式で鍛えられている人間が七人もいるのだ。朝晩の鍛錬を怠るはずがないのである。

「朝晩の鍛錬だったら、雫も一緒にやる事になるが、いいか?」

 優喜の台詞にはやてがげんなりしていると、話を聞きつけたらしい恭也が割り込んでくる。月村雫、現在三歳。夜の一族の身体能力ゆえか、早くも斬はものになりつつある、末恐ろしい美幼女だ。

「御神流を教えてるの?」

「教えちゃまずいのか?」

「忍さんの血筋で御神流とか、正直割と勘弁してほしい。」

「それを言いだしたら、なのはやフェイトの魔力量で魔力なしの近接戦闘が出来るのも、普通は勘弁してほしいんじゃないのか?」

 恭也の突っ込みに、思わず頷くはやてとクロノにヴォルケンリッター。この二人、馬鹿魔力のくせに魔力なしでバリアジャケットを抜いてくるのだ。普通に戦うと、死角らしい死角が見つからなくて困る。

「それに、俺からすれば、お前の子供の方が正直恐ろしいぞ。」

「え~?」

「あ~、それはものすごく納得やで。」

 恭也の指摘に、恐ろしいほどの説得力を感じる一同。何しろ、優喜の子供を生む可能性が一番高いのが、夜の一族に最強クラスの魔導師二人である。その子供が生まれた時から手取り足取りじっくり鍛えあげられるとか、どんな悪夢が待っているのか考えたくもない。

「何度も言うようだけど、僕自身は何も特別な血筋とか才能とかはないから、僕の子供だからって特別何かがあるわけじゃないと思うよ?」

「逆に言えば、特別な訳でもない人間でも、鍛えればその領域に届くと言う事だろう? しかも、お前は割と優秀な指導者だ。」

 えらく過大評価されている感じの一言に、非常に居心地が悪くなる優喜。そもそも、自分が誰かと子供を作ると言う事すら想像できないと言うのに、何でその子供の話でここまで盛り上がるのか、心底理解できない。そんな困惑を知ってか知らずか、月村夫妻の愛娘が、目をキラキラさせてこちらを見つめていた。

「おにーちゃん、しずくにもきこーをおしえてくれる?」

「こんなこと言ってるけど、いいの、お父さん?」

「俺が教えるより、お前から習った方がちゃんと覚えるだろう?」

「教える気満々だし……。」

 このあと、エリオやキャロの現状の話も加わって、誰に何をどの程度教えるのかと言う話で大いに盛り上がるのであった。







「アバンテ、カリーナ、楽しんでる?」

「はい!」

「こういう街を歩くのは初めてなので、凄く面白いです。」

 海鳴温泉到着後の自由時間。ご当地サイダーを片手に適当に冷やかしていた優喜達は、高町夫妻に引率されて別行動中だったアバンテ達と遭遇する。さすがに三十人を超える集団がぞろぞろ歩いていると、邪魔なことこの上ない。そのため、いくつかのグループに分かれて温泉街を冷やかして歩いている。

「二人とも大人しいから、ありがたさ半分、つまらなさ半分と言ったところか。」

「士郎さん、士郎さん。さすがに二人とも中学には上がってる年なんだし、そういうはしゃぎ方を求めるんだったら、むしろエリオ達の方だと思うよ。」

「あの子たちはあの子たちで大人しいからなあ。」

 士郎の台詞に、一体何を求めているのかと呆れてしまう一同。因みにエリオとキャロは、テスタロッサ家御一行と一緒に行動している。向こうはプレシアが割と羽目を外している事もあってか、子供たちは非常に大人しい。フェイトとリニスがブレーキ役としてプレシアを制御し、アルフが子供二人の面倒をみると言う、割と珍しい光景を展開しているテスタロッサ家であった。

「それはそうと、なのは達は、優喜に何か買ってもらったのか?」

「そういうのはないよ。」

「フェイトちゃん、別行動ですから。」

「なんだ、つまらん。」

「おとーさん、本当に何を期待してるの?」

 なのはの突っ込みに、思わず苦笑する士郎。取り立ててトラブルを求めているわけではないが、せっかくの旅行なのだし、もう少し羽目を外してもいいのでは、と言うのが彼の本音だ。

「なに、まだ若いんだし、ちょっとぐらい羽目を外してもいいじゃないか、と言いたいだけだ。」

「そうね。はやてちゃんたちぐらいはしゃいでも、ばちは当たらないと思うわよ?」

 最大グループである八神家は、今日ぐらいは財布のひもを緩める気らしく、普段やらないような散財の仕方をしている。特にこういう旅行が初めてのリインフォース姉妹の、常日頃あまり聞かないわがままにヴォルケンリッターの頬が緩みっぱなしで、夕飯大丈夫かと言いたくなる勢いで買い食いをしたり、やたらレトロなおもちゃを買って喜んだりと、ある意味正しく温泉街を満喫している。

「さすがにあそこまではちょっと、ね。」

「さすがになのは達も、小さい子抜きではしゃぐのは無理?」

「もうそんな年じゃないし。おねーちゃんだって、アバンテ達と一緒にはしゃぐ気にはなれないでしょ?」

「本当にねえ。私も年食ったもんだ。と言うか、何でいまだに私は一人身で親と一緒に行動してるんだろうかと思うと、さすがにちょっとこみあげてくるものがあるよ……。」

「み、美由希さんはまだまだこれからですよ!」

 遠い目をしてたそがれ始めた美由希に、必死になってフォローを入れるすずか。実際、さすがにまだ悲観するには早い年ではあるが、彼女の出会いの無さと言うのは割と深刻な問題だ。毎日家と翠屋の往復で、空き時間は読書か鍛錬と言うプチ引きこもりの彼女には、せいぜい新しくバイトの子を雇った時ぐらいしか、新しい異性と出会うきっかけがないのだ。

 最近、見かねた桃子のアドバイスに従って、店に出るときにはメガネをコンタクトに変えて、髪をほどいて下ろすようにしている。そのため、今まで目立たなかった一定水準を超える美貌が露わになり、隠れファンは急増中なのだが、さすがにそれが即出会いにつながるわけではない。

(おねーちゃん、美人で気立てもいいのに、何で彼氏出来ないんだろうね?)

(合コンとかになじめなかったらこんなもんだって、向こうで大学生やってるときに知り合いが言ってたよ。)

(そーいうものなんだ。って言うか、それで結婚とかに結び付くの?)

(そんなの、当人次第に決まってるじゃないか。ただまあ、美由希さんって多分、合コンとか結婚相談所とかで上手く行くタイプじゃないとは思うけど。)

 優喜の言葉に、内心ため息をつくなのは。それを言いだしたら、美由希に限らず自分達の関係者は、そういうタイプの方が多いぐらいだ。彼女自身、優喜と上手くいかなかった場合、そういう手段で他の相手を探すことには抵抗があるし、フェイトに至っては一生独身確定だろう。すずかとなると、本人の性格以外にも、夜の一族と言う性質が結婚相談所向きとは言えない。

「そーいや、アバンテとカリーナは、そういう相手はいないの?」

「居ないですよ。」

「今のところ、そういう事を考える余裕はないです。主にデバイスのせいで……」

 美由希の問いかけに、そういう相手が居ない事を気にもしていない感じで答えるアバンテと、美由希とは違う方向で黒いオーラをにじませながら、ちょっと欝が入った表情で返事を返すカリーナ。

「まあ、焦る事もないと思うけど。」

「そうなんだけどね、優喜君。ただ、焦る必要ない、なんて考えてると、美由希みたいに手遅れになりかねないから。」

「かーさん、それどういう意味?」

 折角優喜達が言わないようにしていた事をズバリ口にする桃子に、じっとりした視線で詰め寄る美由希。フォローしようにも、下手に口をはさむと逆効果になりかねないため、苦笑しながら放置する優喜達。

「とまあ、こういう事になるわけだから、気になる異性がいたら積極的に、な?」

「「は、はい……。」」

「そっちも人ごとじゃないからな。」

「「あ、あはははははは……。」」

 士郎の指摘に困った顔をするアバンテ達と、乾いた笑いをあげるしかないなのは達。なのは達に関して諸悪の元凶である優喜は、それを言われてもと言いたげな表情である。結局、さらに話が炎上するのを嫌った三人は、適当に挨拶をしてとっとと敵前逃亡したのであった。







「ふう……。」

 湯船に体を浸して、思わずため息をつく。夕方までの散策と、その後の晩の鍛錬で程よく疲れた体を温泉の熱がゆっくりほぐしていく。

「こういう旅行の度に思うんだけど、一日ぐらい鍛錬休んだら?」

 珍しく派手に緩んでいる優喜に、思わず呆れたように声をかけるユーノ。もうそろそろ夕飯時だからか、男湯は意外とすいている。高町家御一行の男連中以外では、見える範囲で三人ぐらいしかいない。

「そう思わなくもないんだけど、身にしみついた習慣ってのを変えるのは、なかなかね。」

「まあ、分からなくはないけど。」

 苦笑気味に答える優喜に苦笑を返しながら、隣に浸かるユーノ。

「発掘の時も、結局朝の走り込みとかはやめないんだよね、優喜は。」

「日課ってやつは、サボるとどうにも落ち着かないんだよ。それこそ、もう十年以上続けてるんだし。」

「確かに、サボると落ち着かないのは分かるけど、僕は発掘に行く時とかは、そこまで気にならないよ?」

「そこはそれ、年季が違うから。受験の時とかも朝晩きっちり走ってたし。」

 肉体的な鍛錬と言うやつは、一日サボれば取り戻すのに三日かかると言う。今日は旅行と言う事もあって軽めで済ませたが、優喜や恭也の軽めと言うやつは、一般人の本格的と大差なかったりする。何しろ、軽めに二十キロ走ってきた、とかほざく連中だ。さすがにアバンテ達がいるため、本当に軽くで十キロ程度に抑えてはいたが、それでも旅先でやる距離ではない。

「まあ、たまにヴォルケンリッターが羨ましくなる事はあるかな。向こうは鍛錬をさぼっても、肉体そのものは衰えないし。」

「だが、鍛えたところで強くなるわけでもないがな。」

 優喜の言葉を聞きつけたザフィーラが、見事な肉体美を見せつけながら話に加わる。なお、言うまでもないが、耳と尻尾は隠している。後ろには、これまた実用的でアグレッシブな体を持つフォルクが。

「それにしても、ユーノも見た目の印象よりは鍛えているな。」

「遺跡発掘は、インドアな体じゃ出来ないからね。」

 ザフィーラの言葉の通り、さすがに近接戦闘を本職にしている連中に比べればかなり劣るとはいえ、ユーノの体も細身ながら、結構しっかり鍛えられている。もっとも、彼の筋肉はちょっとした瓦礫をどけたり、何かあった時に走って逃げるための物なので、ボリュームはともかく質としては悪くない。

「しかし、この光景、シャマルには見せられんな。」

「まったくだ。今の会話なんて、下手に聞かせた日にはどんな妄想をするか……。」

 ザフィーラの言葉に、鳥肌を立てながらフォルクが同意する。外ではそれなりに注意しているらしいが、それでも優喜達がその腐り具合を察する程度には、ヴォルケンリッターの参謀は腐っておられる。

「皇太子殿下の掛け算、妄想だけで抑えさせるのに苦労したぞ。」

「なんだか大変そうだね。」

「全く、もう少しいろいろわきまえてもらいたいよ。」

 フォルクの言葉に、深々とため息をつくザフィーラ。普段なら苦笑して済ませるような話題ではあるが、場合によっては自分の身に降りかかってくるため、あまりさらっと流せない優喜とユーノ。

「シャマルのやつ、まだ病気が治ってないのか?」

「ああいう病気は、一般的にはどんどん悪化する類の物だからね。」

「貴腐人と言うのだったか? 下手にそれなりの経済力があるから、始末に負えん。」

 体を洗い終えたクロノが、身内だけで固まってひそひそやってる連中の傍に来る。なまってるとぼやいている割には、まだまだ実用に耐えるぐらいの筋肉がついたいい体である。いつの間にやらこの一角が、その筋の人間には天国と言っていい光景になっている。

「なあ、クロノ。」

「なんだ?」

「皇太子殿下とオクタビアを掛け算した本、あれが仮に完成して出回ったとして、私達の首は大丈夫だったか?」

「さすがに連帯責任を問うような真似はしないが、シャマル本人は無傷では済まないだろうな。」

 懲戒免職まで行くかどうかは状況次第だろうが、少なくともまだ事件が風化し切っていない今は、他国の王室を侮辱したと言う扱いになる事は免れない。

「……まったく、本当にどこかに腐につける薬はないのか、調べたいところだぞ。」

「あったらあのジャンルが、あそこまで元気になるわけがないよ。」

「言うな、頼むから……。」

 心底疲れ切っているフォルクとザフィーラに、本気でどう声をかけていいのか分からない一同。これが女性なら、ある意味他人事なのでなんとでもいえるのだろうが、男の身の上だと、明日は我が身ではないと言いきれない。と言うより、少なくともここにいるメンバーは、すでにシャマルに掛け算されていると思っていいだろう。

「あの~。」

「何?」

「掛け算した本って、なんですか?」

「あまり、小さい子供に説明したくない。」

「そうですか、残念なのです。」

 そう言って、ナチュラルに湯船に入ってくるフィーとキャロ。あまりに自然なため流していた男たちは、二人が湯船につかったあたりで違和感に気がつく。

「あのさ、何でこっちに?」

「エリオ君がいるかな、って思って。」

「小学校二年生までは、どっちに入ってもいいとの事だったので、フォルク達と裸の付き合いをしに来たのですよ~。」

 フィーの言葉に、大いに納得する。普通に考えて、余程の変態でもなければ、まだ幼児に片足突っ込んでる小学校低学年に欲情することなどない。しかも、こういう不特定多数が頻繁に出入りする場所では、どんな度胸のある変態でもその性欲を満たしたりは出来ないだろう。と言うか、すれば事に及び切る前に、現行犯で手が後ろに回る。

「体はちゃんと洗った?」

「はいなのです。」

「隅々まで綺麗に洗いました!」

「ならよし。ちゃんと肩までつかって、ゆっくり温まる事。」

「「は~い。」」

 優喜の言葉に素直に返事を返す子供二人。そんな様子を、まるで父親か何かだな、などと思いながら、ほのぼのと見守る一同。思わず真剣に、人としてシャマルのようにはなって欲しくないと願ってしまうのも、仕方あるまい。

「あれ? キャロ?」

 そんな風にほのぼのと子供達を見守っていると、士郎とアバンテに引率されていたエリオが、露天風呂から戻ってきた。因みに恭也が居ないのは、家族風呂で忍と一緒に、娘をお風呂に入れているからである。なお、アバンテも例に漏れず、実用性たっぷりのマッシブな肉体をしているが、エリオとキャロはあまり筋肉をつけすぎると、将来身長があまり伸びない可能性があるため、せいぜいジュニアのスポーツクラブのエース、という程度にとどめている。

「あ、エリオ君だ。お~い。」

「ど、どうしてこっちに?」

「小学校二年生までは、どっちに入ってもいいんだって。」

「そうなんだ。」

「みんな、ご飯食べた後にもう一度入るって言ってたから、次は一緒に女湯に入ろうよ。」

 やたらアグレッシブに押すキャロに、思いっきりおろおろするエリオ。そんな子供達を見て、更にほのぼのしてしまう一同。女湯に行けることをうらやましいとは欠片も思わないあたり、女湯にいる連中をどういう風に見ているのかがよく分かる。

「まあ、まずはじっくりぬくもってから、ね。それと、このあとの晩御飯は、好き嫌いなくちゃんと何でも食べること。」

「「「は~い。」」」

 やはり父親と子供達のような会話をする優喜とちびっ子三人を、思わずほのぼのとした表情で観察してしまう一同。羞恥心周りはともかくとして、それ以外の部分はシャマルに染まらず、このままのキャロでいて欲しいと願ってしまう男どもであった、







 一方女湯では。

「……。」

「……。」

 湯船に浮かぶフェイトとすずかの乳房に、二つの視線が突き刺さっていた。一つは情欲まみれのねっとりとした視線、もう一つは羨望と嫉妬が渦巻く黒い視線である。

「は、はやて……、カリーナ……、何かな……?」

「いや別に何でもあらへんで。ただ、フェイトちゃん、二年ぐらい見てへんうちにえらく立派になったなあ、思って。」

「そうですよ。こっちはユニゾンしてもお湯に浮くほどのサイズじゃないのにこんちくしょう、なんて思ってませんから。」

 カリーナの言葉に、思わず胸をかばってしまう二人。一瞬、もがれるんじゃないかという危機感を覚えたのだ。

「隙ありや。」

「あっ。」

 カリーナに気を取られてはやてから注意が逸れた瞬間、日頃考えられないほどの素早さですずかの背後を取るはやて。そのままエロオヤジ全開の手の動きで、やたらねちっこく強弱をつけて、その見事な巨乳をこねあげる。

「あっ、んぅ、は、はやてちゃん、ほ、他の人が見てるから……。」

「見てへんかったらええん?」

 必死に声を押し殺しながらもだえるすずかに、いけないスイッチが入ったらしい。さらにねちっこくこねながら、耳元で言葉攻めを始める。どうやら、必死になって耐えるすずかの壮絶な色気に、自分の方が発情してしまったようだ。それまで割と怖い目で見ていたカリーナも、すずかの色気にあてられて、真っ赤になりながら視線をそらす。

「見てなかったらとか……、んっ! そ、そういう問題じゃ……。」

「こんなふうにしながら言うても、説得力あれへんよ。」

 などと、どんどんエスカレートするはやての後ろに、音もなく近付く影が。

「いい加減にしようね。」

「あいたあ!!」

 後ろに立ったまま、音もなくはやての後頭部をデコピンの要領で叩く美由希。叩かれたのは後頭部だと言うのに、なぜか額を押さえてもだえるはやて。どうやら徹を応用して、裏側に当てたらしい。相変わらず無駄なところに高度な技を使う連中だ。その様子を、呆れながら見ているエイミィ。

「しかしまあ、みんな育ったよね。」

「私がもみたなる気持ち、分かりますよね?」

「限度ってものはあるけどね。それにしても、なのはには見事に追い抜かれたし、フェイトには完全に引き離されたなあ。」

「なのはちゃん、そんなに育ってるん?」

「まあ、見れば分かるよ。勝ち組のエイミィは、抜かれてもあんまり気にしてないみたいだけど。」

 いきなりネタを振られて、思わず苦笑するエイミィ。バストサイズなど、自分および惚れた男との折り合いにすぎない問題だ。クロノがあまりそういう事を気にしないタイプだったという幸運ゆえ、エイミィも今では気にしていないが、結婚前、と言うよりハラオウン親子と海鳴で同居する前だったら、多分美由希と大差ない反応を示していただろう。

 なお、彼女達の名誉のために言っておくと、はやても美由希もエイミィも、決して小さい方には分類されない。人それぞれの基準はあるだろうが、ユニゾン後のカリーナも含めて、貧乳と呼ばれる筋合いはない程度には大きい。ただ単に、今回旅行に参加している人間の平均値が、やけに上の方にあるだけである。

「はやてちゃん、向こうの方まで聞こえてたよ。」

「はやて、さすがにこういう公共の場では、もうちょっと慎みなさい。」

 露天風呂につかっていたなのはとアリサが、苦い顔をしながら釘をさしに来る。一緒にいたヴィータが、いろいろ複雑そうな表情をしているのが印象的だ。

「そういえば、ちびっこたちは?」

「まだ年齢的にどっちにでも入れるからって、男湯の方に行ったわよ。」

 ふと気になったエイミィの問いかけに、苦笑しながら答えるアリサ。フィーは好奇心で、キャロはエリオ目当てであろうが、正直男湯に行ってくれて助かったかもしれない。さすがにはやてのあれは、子供に見せるにはいろいろまずい気がする。

「むしろ、他のヴォルケンリッターと母親の皆さんがいない方が気になるんだけど。」

「シグナム達は、とっくに上がったよ。そもそも、あたしらよりだいぶ早くに入りに来てたからな。」

「お義母さん達も、売店で夜に飲むお酒を物色するとか言って、割と早くに上がってたかな。」

「アルフとリニスは、ノエルさん達の手伝いをしてるから、ご飯が終わってから入るって。」

 アリサの問いかけに、次々に返事が返る。因みにはやて達が他のメンバーより遅くなったのは、鍛錬組を待っていたからである。クロノとエイミィは途中からリンディと別行動を取っていて、単純に帰ってくるのが遅くなっただけだ。

「それにしても、ほんまになのはちゃん育ったなあ。」

「……何が?」

「揉んでええ?」

「……さっき注意されたの、忘れたの?」

 などと、突っ込むのも疲れました、と言わんばかりの態度で断るなのは。いつの間にやらはやてを抜き去り、アリサと並んだその立派なバストには、洗濯板を嘆いていた中二の一学期の面影はどこにもない。

「まあ、そうやねんけどな、って隙あり。」

 一回二回デコピンを食らった程度では自重する気はないらしい。微妙にガードが固いなのはではなく、フェイトの方を毒牙にかける。

「は、はやて。まって、まって。ちょっと痛い!」

「……ん?」

「って、何で探るようにもむの!?」

「まあ、ちょっと気になる事があってな。」

 そう言って、先ほどよりはかなり自重した動きで、もう少し揉みほぐす。その後、おもむろになのはのガードを抜いて、同じように何かを探るようにこねまわす。

「ちょっと、はやてちゃん、今痛いんだから、触るんだったらもっと優しく……。」

「あ~、ごめんごめん。でも、これで確信したわ。」

「……何を?」

「なのはちゃん、フェイトちゃん。自分ら、まだ育っとるやろう?」

 はやての言葉に、思わず顔を見合わせるなのはとフェイト。確かになのははちょっと前にサイズを一個あげたところではあるが、フェイトは今のところカップが変わるほどの変化はない。

「なのははまだ大きくなってるみたいだけど、私はそんなに変ってないと思うよ?」

「ほんまに?」

「ん~、前に衣装のデータを取った時と比べて、トップが五ミリぐらいかな? 一センチは変わってなかったと思う。」

「育っとるやん!」

 フェイトのボケ全開の返事に、思わず全力で突っ込む。元々この件に関しては、フェイトの成長速度はそんなものである。

「まだ芯があるし、あの触り方で痛いいうし、自分ら成長が遅いにもほどがあるで……。」

「そんな事言われても……。」

「ねえ……。」

 はやての血を吐くような言葉に、困ったように応じるなのはとフェイト。別に、好きで成長が遅かったわけではないのだが、結構早くに今のサイズになって、結構早くに肉体的な成長がすべて止まったはやてからすれば、いろいろ信じられない話なのだろう。カリーナほど気にしている様子はないにせよ、全く気にしていないわけでもなさそうである。

 とはいえ、この場でこの件について一番ダメージを受けているのは、明らかにヴィータだったりする。何しろ、夜天の書のシステムに組み込まれているため、プログラムを直接書き換えでもしない限り、肉体的な変化は起こらないのである。覚悟はしていたし割り切ってもいるつもりだが、それでも自分より貧相だったはずの連中にどんどん抜かれて、何とも思わないほど女を捨てきれてはいないようだ。

「それに、私まだ、ウィングの貧乳の方って言われてるんだよ?」

「なのはさん、それは私に対する挑戦ですか?」

「カリーナはこれからやって。ほら、まだまだこんなに青い。」

「ひゃっ! は、はやてさん、なのはさんじゃないけど、今痛いんですから、そんな乱暴に!」

 などと、だんだん話に収拾がつかなくなってくる。結局、直後にもう一度美由希のデコピンが飛び、力技で状況が収拾される。湯船につかった状態で暴れたため、少々のぼせ気味になったなのは達は、結局そのまま風呂からあがり、

「……おかーさん、お酒物色してたんじゃないの?」

「あらなのは、もうあがったの?」

「うん。って、そうじゃなくて……。」

「日本はまだまだ奥が深いわね。こんないいものがあったなんて。」

「母さん……、年頃の娘としては、母親のそう言う姿を見るのは結構複雑なんだけど……。」

「プレシア。年を考えれば仕方がないとはいえ、さすがにさっきからいろいろおばさん臭すぎますよ……。」

「いいじゃない、フェイト、リニス。私はもう、年齢的にはおばあちゃんなんだから。」

 自販機コーナーに設置されたマッサージチェアを占拠して、完全に溶けた表情の母親達を発見するのであった。







「ご飯美味しかったね。」

「追加の料理は、結局大方リインとエリオに食べられてしもたけどなあ。」

 時の庭園では手に入らない地の食材をふんだんに使った夕食が終わり、ちょっと部屋でまったりしているなのは達。出てくる話題は、当然のことながら夕食の事である。

「ただ、私ちょっとショックやった事があってん。」

「どうしたの?」

「お漬物がな、あんまり美味しいと思わへんかってん。」

「あ~……。」

 はやての言葉に、思わず大いに納得するなのは。ぶっちゃけ、フェイトが無駄に愛情を込めて漬けた漬物の方が、ここで出てくるものより美味しいのである。さすがに、コンビニ弁当などに添えられている大量生産品の漬物よりはずっと美味しいのだが、人間と言うやつは、一度美味しいものを食べてしまうと駄目だ。一番美味しいものをすごく美味しいと感じるのではなく、他の物を不味いと感じてしまうのである。

「最近な、局の食堂のご飯が、本気で美味しくないで。」

「はやてちゃんもそうなんだ。」

「本局中央オフィスの大食堂は、微妙だよね。」

「まだ中央オフィスはいい方よ? 無限書庫のあたりなんて、味に文句を言ってたら食事を抜くしかないんだから。」

「そういえば、中央地区の南エリアのあたりは、結構いいお店が何軒かあったよ。なのはちゃん達は行った事ある?」

「あまり、そっちの方はうろうろしてないかな。すずかちゃん、今度教えて。」

 はやての言葉をきっかけに、クラナガンのグルメについて盛り上がる。ミッドチルダの話題など、管理局と直接関係のないアリサやすずかにはついていけなさそうなものだが、地味にそれなりの頻度で出入りしているため、民間人のはずの二人も意外と詳しかったりする。

「そういえば、なのはちゃんらはベルカ料理の店とか、知ってる?」

「あまり知らないけど、どうして?」

「うちの子らに食べさせてあげたいんやけど、自治区に行くと聖王教会で食事が出るし、クラナガンでもいうほど食べ歩いてる訳やあらへんから。」

「そっか。役に立てそうになくてごめんね。」

「いや、そんな大げさに謝られるような事やないで。いざとなったら、時間作って聖王教会の厨房で習えばええんやし。」

 とはいえ、聖王教会の厨房で、はやてが望むようなベルカの家庭料理を教われるかどうかは難しいところかもしれない。

「あ、そういえば。」

「フェイトちゃん、なんか心当たりあるん?」

「前に一度、優喜と一緒に自治区に行ったとき、教えてもらって一緒にベルカ料理のお店に入ったよ。」

「なるほど、優喜君か。」

「ちょうどいいから、いまから遊びに行くついでに、聞きに行こうか?」

 フェイトの提案に一つ頷き、ついでなのでトランプなどを鞄から引っ張り出す。そのままいそいそと、と言う足取りで優喜とユーノの部屋へ移動する。

「優喜君、ユーノ君。」

「あ、なのは。」

「皆来たんだ。」

 部屋の前で声をかけると、中から微妙な雰囲気の二人が顔を出す。

「……どうしたの?」

「ん~、まあ、ちょっとね。」

 妙な雰囲気を不審に思ったなのはの問いかけに、珍しく言葉を濁す。それを見たユーノが、少し厳しい顔をして優喜に告げる。

「優喜、どうせ話さなきゃいけないんだから、今話してしまったら?」

「旅行に水をさしかねないのがなあ……。」

 旅行に水をさしかねない話、と言う言葉に、言いようのない不安を感じる。

「優喜君、ユーノ君、それってどういう……?」

「あ、今日明日どうこうって話じゃ無いよ?」

「そんなに言い辛いことなの?」

「割と、ね。」

 今日明日どうこうなるわけではなく、それでいて優喜が言いよどむ内容、と言うのがぴんと来ない一同。その様子を見たユーのが、とりあえず口を開く。

「立ち話もなんだし、中で話そうよ。」

「了解。皆、中に入って。」

 どうにも雰囲気がおかしい二人に眉を潜めながら、とりあえず割りと中立の位置にいるアリサが率先して部屋に入る。そのアリサに続いて、恐る恐る部屋に入っていくなのは達。

「それで、結局何があったのよ。」

「優喜君、今更だんまりは無しやで。」

「優喜、あきらめて話しなよ。」

 アリサとはやての台詞に加え、先ほどから口を開かない三人のプレッシャーに負けて、ユーノが必死に促す。結局、しぶしぶと言った感じで、優喜が重い口を開いた。

「さっき、師匠の気配を感じた。」

「えっ?」

「多分、そろそろ迎えが来る頃だと思う。」

 優喜の台詞に、完全に固まるなのはたち三人。思わず頭を抱えるアリサとはやて。優喜が言いよどんだ理由を理解してしまった。

「間違いない?」

「間違えるわけがない。」

「具体的に、いつ来るかとか分かる?」

「どんなに早くても、今年中に来るとは思えない。逆に、どんなに遅くても、大学に上がるまでには来るはず。」

 優喜の言葉に、しばらく考え込むアリサ。その間に、はやてが聞きたいことを質問する。

「来年度中って言う根拠は何?」

「うまく説明できないんだけど、師匠の気配の遠さと、門を開くときの時差からそう判断した。」

「その予測は、絶対って言い切れる?」

「今年中には来ない、って方は言い切れる。ただ、大学に上がるまでって方は、一月程度なら後ろにずれるかもしれない。」

「そっか。」

 優喜が来ると言うのであれば、多分来るのだろう。そう思っておいたほうが、ダメージが少なそうだ。

「……優喜君。」

「なに?」

「……お迎えが来たら、どうするの?」

「最終的にどうするかは決めてないけど、一度は向こうに戻るつもり。墓参りもしたいし、処理しておきたいこともあるし、ね。」

「……そのあとは?」

「そのときになってみないと分からない。」

 帰る、とはっきり言われなかったことにほっとしつつ、先行きがはっきりしないことが、かえって不安を大きくしてしまう。

「まあ、さっきも言ったように、今日明日何かあるわけじゃ無いから、ね。」

「……うん。」

 猶予があるのが、かえって辛い。だが、それを言っても話にならない。

「でも、優喜。」

「なに?」

「もうじき、十年だよ。向こうの人、どう思ってるんだろう?」

「多分、向こうは十年も経ってないと思う。」

「どう言う事?」

 フェイトの問いかけに、どう説明するべきかを悩む優喜。かなり抽象的な話になる上、彼自身も経験則でしか知らない事柄だからだ。

「さっきも言ったよね、時差があるって。」

「うん。」

「厳密に言うと、時間の流れが違うわけじゃ無いらしいんだ。」

 もう既に、言わんとしていることが分からない。だが、それでも何とか理解しようと頑張るなのは達に、どう噛み砕くか必死になって頭をひねる優喜。

「時間の流れがどうかじゃなく、向こうとこっちを行き来するゲート、それを開ける時間軸がどこか、っていう話になるから、向こうでどれだけ時間が流れてるか、こっちでどれだけ時間が経ったか、って言うのは関係ないんだ。」

「その説明だと、一度しかゲートを開けない、ってことになりそうだけど?」

「でもないらしい。一度時間軸を同期させてしまえば、開いたゲートは意図的に閉じない限りは、両方の世界で、開いてから後ろの時間に存在するんだって。ただ、最初に開くときには注意しないと、色々問題が出るから、特定のタイミングでしか開けない、らしい。」

「つまり、一度開いてしまえば何度でも行き来できる、と。」

「うん。で、師匠がゲートを開こうとした割には、気配が遠くて力の動きも小さかったから、今年中はないって判断したんだ。」

「なるほど……。」

 分かったような分からないような説明に、無理やり納得して見せるユーノ。何しろ、かなり解析が進んだ今ですら、原理不明なままの技を複数持っている連中だ。何をしでかしてもおかしくない。

「要するに、ゆうくん。」

「ん?」

「仮に迎えに来ても、相互に行き来できるってことだよね?」

「そういうことになるね。」

「だったら、今は心配するのも悩むのもやめる。なのはちゃんもフェイトちゃんも、それでいいよね?」

 すずかの言葉に、一つ頷いて同意するなのはとフェイト。

「うん。」

「そうだね。今考え込んでも、どうしようもないよね。」

「だから、とりあえずこの話しは横において、今日と明日は旅行を楽しもう、ね。」

 すずかの提案に一つ頷く一同。だが、さすがに完全に気分を切り替えることは出来なかったらしい。このあとずっと優喜にべったりになった挙句、変にテンション高くはしゃいで見せたため、話を知らないメンバーに不審に思われる聖祥組であった。







おまけ

「ワインやウィスキーもいいけど、日本酒もいいわね。」

「本当に、日本の食文化は凄いわ。」

 地酒をちびちびやりながら、窓辺で駄弁るプレシアとリンディ。飲んでいるのは売店で試飲させてもらって、一番気に入ったものである。エリオとキャロはフォルク達の部屋で、いろんな意味で先輩に当たる連中と交流を深めている。悪酔いしない限りは、酒を飲むのに遠慮が必要な環境ではない。

「つまみ買ってきたよ。」

「ありがとう。悪いわね、アルフ。」

「別にパシリぐらいはかまわないけどさ、あんまり飲みすぎるんじゃないよ。プレシア、アンタは見た目はともかく実際はいい年なんだし、アル中にでもなったらフェイトもアリシアも悲しむんだからさ。」

 アルフの言葉に苦笑する二人。昔はただのやんちゃくれだったアルフに、こんな大人の意見で窘められるのだから、年を取るわけである。まあそもそも、リンディはともかくプレシアはもうじき七十に手が届く年だ。ジュエルシード事件の頃は、ここまで長生きするとは思ってもみなかった。

「言われなくても、ほどほどで止めるから安心なさい。」

 そう言って、日本酒としては小瓶と言えるそれを軽く振ってみせる。それを見たアルフが、軽く肩をすくめて出ていく。

「そういえばリンディ、あなた最近、陸で仕事をしてるらしいわね。」

「ゲイズ中将とグレアム提督に言われたのよ。前線から退くのであれば、陸の案件処理を手伝えってね。」

「なるほど。あの二人が言ってた陸の世代交代って、そういうことか。」

「やめてよ。私は海の人間よ? 陸の中枢に入って、何ができるわけでもないわよ。」

 リンディの言葉に意味深に笑い、それ以上の追及をやめるプレシア。竜岡優喜と関わってから、あの老人二人はろくなはしゃぎ方をしていない。どうせ今回も、レティにやらせるよりはリンディの方が現場に近いからやりやすかろう、ぐらいの感覚で引っ張ってきたに決まっている。実際、地上本部の今の主要閣僚をトップに持ってくるぐらいなら、海で実績をあげたリンディを連れてきて、二年程度かけて双方をなじませてから後任に据える方がましだろう。それぐらい、トップに立たせるには小粒な人間しかいないのだ。

「プレシア、なのはさんの事なのだけど……。」

「大分、気持ちが傾いてるわね。」

「そう……。」

「元々、本質的には戦闘に向いていないし、誰かさんのおかげで料理の楽しさに目覚めちゃってるし、実家が喫茶店って言うのも、修行にはもってこいだし、ね。」

 そこまで告げて、酒を一口。そのまま、疑問に思っていた、と言うより考えが正しいか確認を取りたかった事を問いかける。

「それで、なのはのやりたい事は、可能なのかしら?」

「……管理局から完全に抜けるのは、難しいかもしれないわね。」

「やっぱり?」

「ええ。これが、普通の基準で測れるレベルなら、たとえランクSオーバーでも問題はないのよ。ただ……。」

「ロストロギアを組み込んだデバイスを個人所有した、補給なしでも海の武装隊を単独で殲滅出来る魔導師を、野放しにはできない、と?」

 プレシアの言葉に、一つ頷くリンディ。この条件は、フェイトやはやてにも当てはまる。と言うより、はやてに至っては、ロストロギアそのものの主だ。

「ただ、方法がない訳でもないわ。要は、管理局の監督下にさえいれば問題ないのよ。」

「なるほどね。なら、私が考えている事を実行しても、それほど問題にはならないわね。」

「考えている事?」

「そのうち説明するわ。なのはの事にしても、まだ決まったわけではないし。」

 プレシアの、何かを決めているらしい顔に、少しばかり不安が募るリンディ。どうやら、管理局や大人たちもまた、いろいろと転換点を迎えつつあるようだ。






後書き

 単に母親勢がマッサージチェアを占領しているネタを書くだけで、何故にここまで長くなるのだろう?

 なお、感想版で質問があったジョニーですが、元ネタは「かのそ」という同人ゲームです。原作の闇の書の闇を見て何故か植物を連想した頭のおかしい作者が、「植物>パックンフラワー>パックンフラワーならジョニー」と言う訳の分からない連想で登場させた一発ネタなので、あまり深く考えないでください。

 後、ミッドチルダ女性の体格云々は、コミック版のギンガやvividのアインハルト、ルーテシアあたりを見てそういう設定にしました。現実の他の人種系統の場合はよく分からないのですが、少なくとも日本人女性は、小六から中一ぐらいで大体背丈が大人と変わらなくなり、中二の健康診断の頃にはほとんどの子の身長が伸びなくなっていると言うグラフを見て、ミッドチルダ人もしくはリリカルなのはの世界は、現実の日本人女性よりちょっと成長曲線が後ろにずれてるのかな、と考えました。

 それと、なのはの成長云々は、公式設定の中学卒業時点では五人の中ではバスト最下位という情報と、アニメやコミックの戦技披露会での体型との折り合いをつけると、これ以外の解釈でははやてがシグナムよりわがままな体になってるとか、すずかが下手をすれば奇形の領域に行きかねない、とかそういう感じになるので、割と苦肉の策です。後、最近のコミックやら何やらだと、公式でもなのはとはやては普通に逆転してる気もしますし。



 最後に皆様に質問です。

 [207]Chaos◆dcf6ed89様の指摘された内容ですが、あまり気にせずに本文中で結構使っております。そんなに違和感が強い表現でしょうか?

 違和感が強い、と言う方が多いのであれば、続きを一旦止めて修正を優先しようと思っていますので、ご意見よろしくお願いします。



[18616] 閑話:元の世界にて4
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:8ea3324c
Date: 2011/06/11 18:02
「ふう……。」

 簿記のテキストから視線をあげ、紫苑は一つため息をついた。そろそろ結構いい時間になる。一息入れた方が効率も上がるだろう。

「お姉様、まだやっていたのですか。」

 台所にココアを淹れに降りると、あきれたように妹の瑞穂が声をかけてきた。四つ下の高校三年生で、名門と呼ばれる女子高に通っている女の子だ。紫苑の妹だけあって、上品な美少女である。

「もうじき試験だから、ちょっと気合を入れて、ね。」

「そんなに一生懸命やらなくても、十分合格圏内だってことは知っていますよ?」

「世の中に、絶対とか完璧とか言う言葉はないわ。」

「それはそうですけど……。」

 こうと決めたら梃子でも動かない姉の頑固さに、ほとほと呆れかえる瑞穂。特に、事が優喜に絡んでいると、たとえ神でも悪魔でも、そう簡単に意思を変えさせる事は出来まい。何しろ、行方不明になってから一年近くたっているのに、いまだにあきらめていないぐらいだ。

 そのくせ、胡散臭い情報に飛びついたりするわけでもなく、ちゃんと情報を取捨選択するだけの冷静さは持ち合わせているのだから、妹としては始末に負えない。

「お姉様、優喜お兄様が行方不明になって、もうすぐ一年です。」

「そうね。」

「確かに、お兄様は普通ではありませんが、それでも事故で音信不通になった期間としては長すぎます。穂神さんの言葉を疑うわけではありませんが……。」

「うん。普通だったら、多分あきらめなきゃいけないと思う。」

「だったら……。」

 瑞穂が最後まで告げる前に、小さく首を左右に振る紫苑。あきれる瑞穂に小さく苦笑しながら、それでもはっきりと意思を告げる。

「竜司君に私をだますメリットはないし、それに死体を見た訳じゃない。」

「……。」

 姉の言葉に、呆れたようにため息をつく瑞穂。つける薬がない、とはこの事だろう。

「まあ、瑞穂は竜司君達とそんなにつきあいがあるわけじゃないから、しょうがないか。」

「私には、お姉さまがあの方々を無条件で信頼している事が理解できません。」

「優君と同類、って言うだけじゃ駄目?」

「それは……。」

 紫苑の言葉には、恐ろしいまでの説得力があった。主に、一般人の物理的な意味での常識を蹴散らしている、という意味で。

「それで、仮にお兄様が見つかったとして、どうなさるつもりなんですか?」

「状況次第ね。ただ、どんな結果になったとしても、簿記の一級は役に立つだろうから、そのためにも頑張らないと。」

 姉がむやみやたらと夢見がちなだけで突っ走っているわけではないと知り、少しほっとする。もう四回生の六月だと言うのに、せいぜい教育実習を受けた程度で碌に就職活動もせずに、ひたすら簿記をはじめとしたいくつかの資格の勉強と卒論に専念している紫苑を見て、実のところかなり心配していたのだ。どうとでもなるみたいな態度の両親にも、かなりやきもきしている。

「さてと、もう少し頑張ろうっと。」

「あまり無理はなさらずに。」

「ええ。分かってるから心配しないで。睡眠時間を削って肌でも荒れたら優君に心配をかけちゃうし、それにたかが簿記の資格で、好きな人にそんな無様な姿は見せたくないもの。」

 そういって立ち去る紫苑を見送り、気付かれないように深くため息をつく瑞穂。たかがとは言うが、簿記の一級は結構な難易度を誇る。それを美容に気を使いながら、他の勉強と並行で行って、普通に合格できるレベルにいるとか、わが姉ながら大概化け物だ。

 違う学校に通っていた事もあって誰からも比較された事はないが、正直瑞穂は自分が姉を上回っていると思えるポイントが、せいぜい運動神経ぐらいしか思いつかない。そんな姉を尊敬してはいるが、その能力のほとんどを竜岡優喜ただ一人のために使い、優喜のためだけに様々な才能を開花させ続けている事に関してはどうかと思う。

 姉の最大の欠点は、男の趣味が悪い事。その一言に尽きる。決して優喜を嫌っているわけでも蔑んでいるわけでもないが、それでも瑞穂の目にはそう映ってしまうのであった。







「珍しいね、一人?」

 学食でニュースを見ながら日替わり定食を食べていると、中学からの友人である小林雄太が声をかけてくる。竜司達を除けば、優喜が親友と言えるぐらい親しくしている、唯一の相手だろう。一番の決め手は、初対面で性別を訂正してからずっと、ちゃんと優喜を男として扱い、見た目の事を言わなかった事である。ある程度は仕方がないとはいえ、女扱いを嫌がっている正真正銘の男をそういう風に扱うのは、本人だけでなく親しい人間にとっても不快なことだ。

 ついでに言うと、優喜の人間関係や現状について正確な情報を知っている、琴月一家以外の唯一の一般人でもある。普通なら信じないような話だが、紫苑と一緒にその手のトラブルに巻き込まれた事もあるため、大概の事は疑わない。そのため、数少ない「関係者」と言う事で、竜司から大体の説明を受けているのである。

「最近、勉強にかまけてつきあいを怠ってたから、ちょっと干され気味、かな?」

「まあ、紫苑ちゃんほどの美人さんになると、ちょっとしたことで反感を買うからね。」

「今回は私が悪いから、しょうがないわ。」

「悪いってほどでもないとは思うけど、まあ、ああいうのは理屈じゃないんだろうし。」

 第三者故の気楽さでコメントをする雄太に、小さく一つ頷く。

「珍しいと言えば、弁当作ってきてないのも珍しい。」

「最近はそうでもないの。一人分を作るのって、あまり気が乗らなくて。」

「あ~、なるほどね。」

 紫苑の言葉に納得して、うどんをすする。瑞穂は普段、付き合いもあって学食で食べることが多い。なので、最近は瑞穂が弁当が必要だ、と言うとき以外は学食で済ませている。

 紫苑にこんな風に気楽に声をかけてくる男など、ゼミの同期生以外は雄太他何人かぐらいだ。入学当初は優喜と二人して、ひっきりなしに声をかけてくる有象無象を袖にするので忙しかったが、さすがにもう四年目ともなると、どう頑張ったところで攻略対象外だと言う事は知れ渡ってしまうらしい。

 今年も、噂を知らない新入生のプレイボーイ何人かにアタックされたが、丁寧に相手の顔を立てつつ、断固として拒否している。その取り付く島のない態度に、女の扱いに自信のある男達も、せいぜい五月中にあきらめるのだ。そして、そういう噂が立っているため、彼女の気品あふれる立ち居振る舞いもあって、特に下心のない男子学生も、あまり気軽には声をかけられないらしい。結局、中学や高校のころの友人のように傍目にも付き合いが長い相手や、同じゼミなどの気軽に会話する口実がある人間以外は、男はほとんど寄り付かなくなっていた。

「そういえば、噂で聞いたんだけど、就職活動してないって本当?」

「ええ。優君がもうすぐ見つかりそうだから、あまり行動が制限される状況は避けたかったの。」

 紫苑の言葉に、思わずうめき声のようなものを出してしまう雄太。世の学生は厳しい就職戦線に立ち向かっていると言うのに、目の前の女は世間の流れを無視して、たった一人のために無職になる覚悟を決めているのだ。

「優喜がそれを喜ぶのかな?」

「多分、怒ると思う。」

 あっさりとそんな事を言い放ち、上品にみそ汁を飲む。分かっててやっている紫苑の態度に、ますます頭を抱えたくなる雄太。基本的に部外者の彼ですらそうだ。瑞穂はさぞ頭が痛い事だろう、と、思わず妹君に同情してしまう。そんな雄太の反応に苦笑し、口の中身を飲みこんで、言葉を続ける紫苑。一つ一つの動作がいちいち美しく上品で、しかもちゃんと美味しそうに食べるのだから、食べているのが単なる焼き魚定食ではなく、高級な御膳の類に見えてしまう。見ると、紫苑が食事を始めた後からは、日替わりのA定食ばかりが出ているようだ。

「別に、無計画にやってる訳じゃないの。そもそも、就職先自体は、職種や企業規模にこだわらなければ、結構あるのよ?」

「それはそうかもしれないけど……。」

「それに、日商簿記の一級を取っておけば、経理関係はそれなりに就職先もあるし、そもそも私は優君と同じで、多分大きな会社には向いていないと思うし。」

「そうかな? そんな事はないと思うけど?」

「私は多分、全体が見えない仕事はできないと思う。だから、従業員数が何万人、とか、世界中に拠点がある、とか、そういう会社には向いていないと思うわ。」

 紫苑の自己分析に、どう答えればいいかが思い付かなくなる。確かに、優喜が大きな会社に向かないのは間違いないだろう。だが、同じぐらい向いていないと思われる竜司が、日本最大の非上場企業かつ日本屈指の飲料メーカー、などという規模の会社でちゃんと働けているのだから、彼女なら非合法でない限り、どんな会社でも問題なくやっていけるだろう。

 だが逆に、出る杭が打たれるのも、大規模な企業だ。紫苑は基本的に、組織の輪を優先して敵を作らないように立ち回るタイプだが、それでも彼女ほどの能力を見せると、どうあったところで敵対するものが出るのは防げない。そういう意味では、関係者が少ない零細企業の方が向いているのかもしれない。

「一応、現時点で何件かは、目星を付けてあるの。」

「だったら、面接ぐらいは受けてきたら?」

「それは、不義理をする可能性があるから駄目。これから、私のわがままで動くのだから、全く無関係の人には迷惑をかけられないわ。」

「世の中には、いくつも内定を取ってはあっちこっちに不義理してるやつもいるんだけどなあ……。」

 雄太の言葉に苦笑が漏れる。実のところ、この話を知った上で、上手くいかなかったら雇ってくれる、という話を持ちかけてきた人も居るには居る。だが、それを当てにするのは、自分を甘やかす事になる。わがままを通す以上、発生するリスクは全部自分一人で背負わなければならない。

「それで、あいつが帰れない状況になってたら、どうする?」

「状況によるわ。」

「状況って?」

「帰れない理由って言うのが、向こうで結婚して子供がいて、と言うのだったら、私はそのまま一人で戻ってくるつもり。」

 真っ先に自身にとって最悪の想定を持ってくるあたり、行動の割には現状認識がシビアだ。しかも、あっさり身を引く宣言をしてのけ、それが百パーセント本気であるところが、琴月紫苑の琴月紫苑たる所以だろう。

「本当に、そんなに簡単に割り切れるの?」

「割り切れるわけがないわ。でも、割り切らなきゃいけないの。」

 お茶を持つ手が微かにふるえているのを見て、かなり無理をして先ほどの言葉をひねり出した事に気がつく。優喜が行方不明になった、という第一報を聞いた時の取り乱し方を考えれば、当然と言えば当然だろう。だが、どんなに心が乱れようと、言った以上は実行してのけるのが紫苑だ。ちゃんと立ち直れるかどうかについては、雄太は実はそれほど心配していない。

「……他の場合は?」

「何か仕事を任されて、立場上こっちに戻ってくるのが難しい場合、それが短期で終わる事なら、終わるまで手伝って一緒に戻ってくるし、ちょっとやそっとじゃ状況が変わらないようなら、思い切って私が向こうに移ることも考えているわ。」

「それ、大丈夫なの?」

「お父様とお母様は、納得してる。瑞穂は許してくれないでしょうけど。」

 両親公認とかどんだけだよ、と、思わず小さくつぶやく雄太。そのつぶやきを聞こえないふりでながし、セルフサービスのお茶の残りを、品よく飲み干す。すでに食べ終わった定食の皿には食べこぼしの類もなく、魚の骨以外は米粒一つ残っていない。これが優喜だと、魚の骨や頭すら残らないのだが、あれと紫苑を一緒にしてはいけない。

「それじゃあ、多分一番面倒な想定だけど……。」

「立場上戻ってくるのが難しくて、恋人もしくはそこに至りそうな女性がいる状況、かな?」

「そんなところ。あいつ、必要だと思ったらいくらでも深入りしちまうタイプだから、向こうの年数次第では、紫苑ちゃんみたいな娘が複数出来てても、全くおかしくないんだよな。」

 雄太の言葉に一つ頷く。向こうではどうか分からないが、こちらでは深入りするような相手が同門以外は紫苑ぐらいしかいなかったため、優喜の人間関係はそれほど広くも深くもない。そのため、比較的こちらとの縁は薄いと言っていい。

「それで、そうなってたらどうする?」

「相手の娘たちの本気度合いと優君の態度、それから各々のスタンスによって変わってくるかな?」

 予想はしていたが、今までの質問に対する答えの中で、一番怖い返事が返ってきた。思わず背筋に冷たいものを感じながら、そんな風に考える雄太。地雷だと分かっていて質問した訳だが、どうにも、踏んだ地雷の大きさを見誤ったようだ。

「呼び方が違うだけで事実上恋人同士、という状況なら、対応は最初のケースと変わらないけど、それ以外なら身を引くつもりはないわ。共有する、と言う話ならばのけ者にされるいわれはないし、取り合いをしているのなら負けるつもりはないもの。」

 紫苑がおっとりと、穏やかに微笑みながら何の気負いもなく言い放った言葉に、心底恐怖をあおられる雄太。気負いはないが妙な気迫のようなものを感じ取り、ここまで惚れこまれた優喜に、思わず同情の念を抱く。世の男どもは知るまい。この美女の愛が、どれほど深く重いものか。ここまで言っておきながら、当人は拘束する気ゼロなのが余計に怖い。

「ま、まあ、頑張って。」

「うん。まずは簿記の試験からかな?」

「紫苑ちゃんが落ちる未来が想像できないぞ……。」

 げんなりした表情でそう言い放つ雄太に、思わずくすりと笑う紫苑であった。







 卒業研究に目処を付け、そろそろ上がろうかと言う時間。唐突に携帯電話が鳴った。

「もしもし?」

『もしもし、紫苑さん。エリカだけど、今大丈夫?』

「大丈夫だけど、どうしたの?」

『大事な話があるから、今から会って話せないかな?』

「別にいいけど、大事な話? 今から?」

 もう、普通に夕食の時間である。今からとなると、相当食事は遅くなる。紫苑自身は構わないが、エリカはそれで大丈夫なのだろうか?

『紫苑さん、ご飯の予定は?』

「家に帰って食べるつもり。」

『だったら、話のついでに一緒にどう?』

「分かったわ。」

『じゃあ、そっちに迎えをよこすから、少しだけ待ってて。』

 その言葉に了解を告げ、家に連絡を入れる。電話に出た瑞穂が少し不機嫌そうだったが、つきあいというものは大事だと言うのも分かっているらしく、特に何も言わなかった。

「待たせたか?」

 連絡を入れてからそれほど立たずに、スーツ姿の竜司が現れる。どうやら仕事帰りらしい。なお、彼の体格に合う既製品のスーツなどまずないため、比較的安く作れるブランドのパターンオーダー品だ。パターンオーダーといえどもオーダーメイド品であるため、変に似合っていて妙に迫力がある。

「お迎えって、竜司君だったんだ。」

「優喜の事についての話だからな。全員揃うべきだろう?」

「何か分かったの?」

「ああ。詳しい話は、飯を食いながらだ。」

 そう言って紫苑を先導する竜司に、大人しくついて行く。駐車場には、エリカがよこしたらしいリムジンが一台。時間帯の問題でスペースが空いていたからいいものの、昼間だったら悪目立ちしていたであろう。そのままスムーズに走りだしたリムジンは、駅近くのイタリアンの店に二人を案内する。ドレスコードをうるさく指定するような一流の店ではないが、庶民感覚では高級に分類される類の店である。

「や、紫苑さん。」

「こんな時間に済まないな。」

 案内された席では、すでにエリカと麗が待っていた。

「それは構わないけど、優君の事、何か分かったの?」

「うん。お師匠様が、優喜を見つけたって。」

「えっ?」

「詳しい話は食べながらで。勝手に注文して悪いけど、料理のオーダーはもう通してあるから、飲み物だけ注文して。」

 エリカの言葉に従い、とりあえずグレープジュースを頼む。竜司も酒の値段に眉をひそめた後、同じくグレープジュースを注文する。

「二人とも、酒でなくていいのか?」

「竜司、値段なら気にしなくていいよ? 今回の払いは私が持つし。」

「と、言われてもだな……。」

「と言うか、今月中に使い切らなきゃいけない株主優待券が、おじさんとかの分も合わせて結構あるのよ。竜司と紫苑さんも飲む前提だったから、遠慮されるとかなりの額が余るんだよね。」

「そういう事なら、二杯目からは遠慮なく頂こう。」

 そう言って、出されたジュースを遠慮なく飲み干す。乾杯するような集まりでは無いので構わないが、このメンバーでなければ大量に突っ込みが入る行動である。もっとも、竜司自身も分かっていてやっている事だが。

「それで、優君が見つかったって言ってたけど、本当に?」

「うん。無事は確認できたって言ってた。」

 出された前菜をつつきながら、気追う事もなく言い放つエリカ。細かい話をエリカに任せるつもりらしく、二人とも料理に専念して口をはさまない。

「で、確認できた時点では、飛ばされてから八年ぐらいがたってる見たい。」

「八年も?」

「うん。まあ、これはしょうがない。お師匠様がやってそれだけの時差が出たんだったら、誰がやってもこれ以上の結果は出せないと思うし。」

 エリカの説明に、己の中で事実を受け止めるために沈黙を守る紫苑。この件に関しては、誰を責めても意味がない。

「……八年って言う事は、今二十八歳?」

「そこがちょっとややこしいところでかつ、お師匠様が八年も時差を出した原因でもあるんだけど……。」

「何かあるの?」

「飛ばされた時点で、どうも小学生ぐらいの体に退行してたらしいの。だから、今肉体年齢は十六、誕生日が来たら十七歳だって言ってた。」

「……もしかして、体が子供になってたから……。」

「そう。お師匠様でもなかなかポイントを捕まえられなかったみたい。まあ、次元の乱れが予想以上にひどかったのも理由みたいだけど。」

 エリカの言葉に、少し考え込む。八年いて今年度十七、と言うことは、向こうに飛ばされたときには八歳ぐらいの体になっていた、と言うこと。さすがの優喜と言えど、その年で一人で生きるのは厳しかったのではないか。

「エリカちゃん、優君が今、どういう生活をしてるか、とか分かる?」

「そこまで詳しい話は聞いてない。ただ、発見したときは日本とほぼ変わらない土地で、温泉旅行してたらしいけど。」

「温泉旅行……。」

 その単語を聞いてほっとする。旅行にいける、と言うことは、ちゃんとした生活をしている、と言うことだ。

「それで、向こうにいけるのはいつ?」

「七月の末になる、と言っていた。」

 口の中に料理が入っているエリカの変わりに、麗が答えを返す。

「その間に、向こうではどれぐらい時間が?」

「一年半程度、らしい。」

「こっちの時間はいいとして、その時差はどうにもならないの?」

「一番リスクが少ないやり方をすると、どうしてもそのぐらいの時差が出るらしい。」

「そう……。」

 どうにもならないものはどうにもならない。そう自身に言い聞かせて、次の質問をする。

「優君は、このことには?」

「多分、気が付いているだろうな。あいつは、私達の中ではもっとも感覚が鋭い。」

「俺達なら師匠が自分を発見した、と言う以上のことは分からんが、奴なら大体どのタイミングで来る、と言うのも大体判断できているだろう。」

 竜司の言葉に一つ頷く。優喜の感覚の鋭さは周知の事実だ。向こうでも、それぐらいのタイミングで何がしかの準備はするだろう。

「向こうとの行き来は?」

「自由に出来るようにしてくれるって。」

「エリカちゃんたちは、向こうには?」

「行かない予定。」

「私もエリカも、少々しがらみが多くてね。その代わり、竜司が護衛としてついていく予定だ。」

 麗の言葉に思わず竜司を見ると、何事もなく一つ頷いてのける。

「生活基盤さえどうにかなるのなら、俺たちは向こうにいっても問題がないからな。綾乃はまだ大学に入ったばかりだし、美穂は多分、環境が変わってもあまり変わらん。」

「ありがとう。ごめんね。」

「気にすることはない。」

 そう言って、エリカお勧めの高いワインをぐいっとやる竜司。あまりマナーに従った飲み方とは言いがたいが、不思議と下品だとかそういう印象はない。一見照れ隠しか何かに見えそうな行動だが、こいつの場合は素で喉が渇いていただけだと言うのが、態度の隅々からにじんでいる。

 ちなみに、美穂は繊細すぎる性格が災いしてか、学校でいじめに会って重度の対人恐怖症になり、現在絶賛引きこもり中である。彼女とまともに話が出来るのは、優喜を含めたこの場のメンバーと綾乃だけである。カウンセラーの先生にすら怯えて拒絶反応を示すレベルなので、実質竜司に出来る事はなく、せいぜいほとんど人がいない時間帯にジョギングに連れだすぐらいしかしていない。

「それで、向こうに行ったらどうする?」

「それは状況次第、と言うか、優君次第。」

「優喜が女の子を複数囲ってた場合、どうする?」

「それも状況次第。ただ、優君がないがしろにされているようだったら、向こうでの立場とか関係ない。たとえ私が悪役になっても、こっちに連れて戻るつもり。」

「それで壊れる娘が出てきても?」

「人一人をないがしろにする免罪符にはならないわ。あくまでも、優君がないがしろにされているなら、の話だけど。」

 紫苑の思いのほか強い言葉に、小さく苦笑をもらすエリカと麗。

「でも、優喜はああだから、ある程度強引に迫らないと話にもならないよね?」

「ええ。だから、それだけで判断するつもりはないわ。あくまで、優君がどうなのかだけで判断する。」

「共有するって話になってたら?」

「優君が嫌がってないんだったら、別にそれでもいい。優君が幸せになれるんだったら、別に私は独占とか考えてないし。」

「まあ、どっちにしても、向こうに行ってから、か。」

「そうね。向こうに行ってからね。」

 と、海鳴のメンバーにとって結構物騒な会話をする一同。互いにとっての運命の時は、刻一刻と迫っていた。




後書き

いることだけ決めていた紫苑姉さんの兄妹、さいころを振るまで妹だとは作者も知らなかったと言い置いておきます。なお、妹の名前に他意はありません。

皆様、ご意見ありがとうございます。とりあえず、よくよく考えたらSS-FAQ版で質問すべきだったかな、と、いただいたご意見を見てから気が付いたのですが、とりあえずこの話は、そっち方面は特に手を入れないことにします。



[18616] 第11話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:0026bb05
Date: 2011/06/18 17:33
「……はあ。」

「元気あらへんね、なのはちゃんも。」

「どうにも、ね。」

「まあ、気にするな、って方が無理か。」

 連休明け初日の昼休み。あまり箸が進まない弁当を手にため息をつくなのはに、気遣わしげに声をかけるはやてとアリサ。

「あたしたちだって、全くショックが無かった訳じゃないんだし、ね。」

「そやね。すずかちゃんはすずかちゃんで、ずっと上の空やし……。」

「フェイトなんか、いつにも増してボケがひどいわよ?」

 そう言って、思わずため息をつくアリサとはやて。無理やり連れてきたすずかはいまだに上の空で、もう昼休みもずいぶん経ったと言うのに、なのは以上に食事が進んでいない。フェイトに至っては、包みを解くときに手元を狂わせて、今日はお昼抜きである。あまり箸が進んでいないなのはとすずかの分を多少分けてもらってはいるが、普段なら絶対足りないであろう分量をもてあまし気味である。

「悩んでも仕方がない事ではあるのよね。」

「来る、言う事実は私らがどない頑張っても変わらへんしなあ。」

「そこはもう、悩んでないんだ。」

「そう? そんな風には見えないんだけど……。」

 アリサの指摘に、小さくため息をつく。完全に割り切った訳でも悩むのをやめたわけでもないが、来ると言うこと自体は、悩みの主成分からは外れている。

「じゃあ、何を悩んでるん?」

「どうしたらいいのか、全然分からなくなっちゃって。」

「どういう意味で?」

「居なくならないで、ってアピールするべきなのか、それとも、こっちは大丈夫だって思ってもらえるようにした方がいいのか……。」

 なのはの言葉に、ピクリと反応するフェイトとすずか。

「なのはは強いね……。」

「どうして?」

「私、どうやっても、優喜が居ない生活を想像できないんだ……。」

 フェイトの言葉に、思わず頭を抱えるはやて。危惧していた問題が、早くも噴出しているようだ。

「ふられるのは多分、どうにか耐えられると思う。」

「……本当に?」

「……少なくとも、壊れたりはしない、と思う……。」

「他の事ならともかく、この件に関してはあんまり信用できないわね……。」

 アリサの言葉に、否定できないと言う感じで淡く微笑むフェイト。実際、自分でもここまでショックを受けるとは、思ってもみなかったのだ。

「ただ、二度と会えなくなる事に比べたら、まだ我慢は出来ると思うんだ。」

「あたしとしては、ふられた相手にはむしろ、二度と会いたくないけどね。」

「……普通は、そうなのかもしれない。」

「そこは人それぞれやろう。私は、よっぽどアレな振られ方をせえへん限りは、友達づきあいぐらいはありやと思ってるし。」

「まあ、人それぞれなのは確かね。それに、論点はそこじゃないし。」

 アリサの言葉に小さく頷く。

「とにかく、私は恋心とは別次元で、優喜と二度と会えない、って言う状況には耐えられないと思う。」

「わかっとった事やけど、難儀やなあ……。」

 思わず大げさに嘆いてしまうはやて。

「ねえ、アリサちゃん、はやてちゃん。」

「何よすずか?」

「何ぞ思いついた事でもあるん?」

「私たちが、向こうに行くのは駄目なのかな?」

「友人知人や家族と優喜君を秤にかけた上で、優喜君の方が重いんやったらそれでもええんちゃう?」

「そっか……。」

 すずかまで予想通りか、などと内心で考えつつも、選択肢に伴う問題点を指摘しておくにとどめるはやて。

「……それって、優喜君にとって、すごく迷惑なんじゃないかな……。」

「そうね。多分、すごくなんてレベルですまないぐらい、迷惑でしょうね。」

「アリサちゃん、ちょっときっぱり言い過ぎとちゃう?」

「事実じゃない。ミッドチルダじゃあるまいし、他所の世界から来ました、はいそうですか、って簡単に戸籍だの生活基盤だのが手に入るわけないわよ。優喜だって、戸籍周りはこっちの世界の本来の優喜の物を使うって言う形でどうにかした訳だし、一カ月やそこらならともかく、一生っていうとね。」

 アリサの指摘に反論できず、完全に沈黙する一同。そこまでやって別れたらどうするのか、というポイントはあえて指摘しない。双方の性質上、少なくとも浮気が原因で破局に至る可能性は限りなく低く、性格の不一致でと言う可能性はそれなりに何とか折り合いをつけるであろうから、そこらのカップルとは違い、成立してしまえばそう簡単に別れたりはしないだろと判断したためである。

「それにね。優喜を見てる限り、向こうもこっちも、それほど法や風習の部分は変わらないんだし、どっちに転ぶにしても、上手く行くのはあんた達のうち一人よ?」

「……顔も知らない人だったらともかく、フェイトちゃんかすずかちゃんだったら、私はあきらめられるよ。」

「……優喜の重荷になるのは本意じゃないから、顔が見れて好きでいられるのなら、私が一番でない事には耐えられる、と思う。」

「私はそもそも、ゆうくんを独り占めしたいと思った事はないから、仮に振られても血をもらえればいい。」

 これを袖にしなければいけないとか、どんな拷問なのか。なのは達の決意を聞いて、内心でかなり大きなため息をつくアリサとはやて。ある意味当然なのかもしれないが、彼女達はとうの昔に、振られる事に対しては覚悟が固まっている。たとえどう転んでも、友情と恋愛感情両方を取るつもりでいるのだ。そして、この三人の間に限れば、途中経過はともかく、最終的にはどう転んでも友情が破綻する事はないであろうこともアリサ達は確信している。

 とはいえ、あくまでもそれは、優喜がこちらの世界に居残り、三人のうちから一人を選んだ場合に限る話だ。彼がなのは達を置いて向こうに戻ってしまった時は、全てが前提から崩れる。何の手当てもしないのであれば、なのはとすずかはともかく、フェイトは確実に壊れる。そうなった場合、冗談抜きで空の鍋をかきまぜながら優喜を待つ彼女を、どうにかこうにか誤魔化しながら生活させると言うハードな任務が待ち受けているわけで……。

「なんか、結局どう考えても、最適解は優喜君がこっちに残る事やねんなあ……。」

「そうね。本人も、向こうにはそれほどの未練を持ってないみたいだし。」

 ある意味分かり切った結論を出し、小さくため息をつく。あくまで決めるのは優喜であり、どっちを選んだところで、処理をしなければいけない事柄が多いのも事実だ。ただ、普通に大学生をやっていて、基本的には同門と琴月家以外のつきあいは広く薄くだった向こうと、管理局広報部をはじめとした、いろいろ重要な部門に深く食い込んでしまっているこちら側とでは、解決しなければいけない問題の数と度合いが大違いである。少なくとも、管理局周りの事柄は、優喜が居なくなっても回るようにとなると、間違いなく年単位の時間がかかる。

「まあ、何にしても、向こうの状況を知らない事には、優喜もすぐには決断できないでしょうね。」

「そうやね。誰が迎えに来るかも含めて、どうなってもええように準備だけして、様子見するしかあらへん。」

 結局、何一つ解決せずに先送り、という判断しかできない女の子たちであった。







「さて、今日呼び出した理由は、言うまでもないな?」

「言われなくても、自分がそれなりに管理局に影響がある立場なのは、自覚してる。」

「良かったよ。さすがに、そのあたりの自覚を全く持っていないと言うのは困る。」

 同じ日の夕方。プレシアとリンディから報告を受けた年寄りどもは、聖王教会からカリムまで呼んで、時の庭園で優喜を問い詰める体制を整えていた。

「それで、どうするつもりだ?」

「現時点では何とも。向こうでどれぐらい時間がたってるのか分からないし、戻らなきゃいけない理由がないとも限らない。」

「つまり、迎えとやらが来てからでないと、判断できんと言うことか?」

「うん。ただ、よほどの事情でもない限り、状況の確認もせずに強引に連れて帰ろうとする人間は向こうにはいないから、最終的にどうするにしても、後をどうにかする時間ぐらいはあるはず。」

 最大の懸念事項を否定されて、とりあえず一つ、安堵のため息をつく権力者たち。

「それで、向こうに戻ると仮定して、こちらの事はどうなさるおつもりですか?」

「そこなんだよね。まず、僕が居ないとまずい事をピックアップしようか。」

「そうだな。どんな準備をするにしても、まずは問題点の抽出からだ。」

 レジアスの言葉に一つ頷くと、重要なポイントから上げていく。

「まず、管理局サイドの話から始めよう。管理局として最重要なのが、スケープドールの供給。局員だけでなく、最近では要人警護にも使っているから、供給が途絶えるとかなり困る。」

「そっちは大丈夫。今の生産システム、僕が噛まなきゃいけないところはないから、誰かに作業を教えれば、全く作れなくなる事はない。」

「スケープドールはそれでいいとして、他の付与系アイテムはどうなる?」

「悪いけど、そっちはあきらめて。あまりいっぱい作るわけにもいかないし。」

 その返事に、仕方がないか、と納得する関係者一同。消耗品だけならともかく、消耗品ではないキャスリングやミサイルプロテクションを大量に作られた揚句、犯罪者の手にでも渡った日には洒落にならない。

「次に、広報部に新規に配属される連中の教育。折角気功関係を活かすシステムを構築できつつあると言うのに、肝心かなめの指導者がいないのではどうにもならん。」

「管理局がらみの後始末で、一番厄介なのはそれだろうね。一応、気功そのものはなのはでも教えられなくはないと思うし、僕の武術も一番特性が近いアバンテに仕込んではいる。ただ、無理をせずに確実にものになる方法でやってるから、アバンテの方は十年ぐらいは見ておかないと。」

 十年、という言葉に眉をひそめる一同。指導者を育てるとなるとそれぐらいかかって当然とはいえ、決して短い年月とは言えない。

「それだけの年数こちらにとどまるのであれば、戻る必要はないのではないか?」

「戻るとなったら当然、向こうから定期的に通って教えるつもりだよ。」

「そうなるか……。」

 優喜の返事に、それ以上管理局に都合よくは不可能だと認め、小さくため息を漏らすグレアム。

「組織周りはそれでいいのですが……。」

 それまで沈黙を保っていたカリムが、そんな事より大事なことがある、とばかりに真剣な表情で口を開く。

「人間関係の方は、そこまで簡単に処理ができる問題ではありませんよ?」

「人間関係、か……。」

 向こうにいたときとは比較にならないほど、広く深くつながってしまった人間関係。そこに思いをめぐらせ、小さくため息をつく。向こうにいた二十年少々より、こちらで過ごした八年の方が、対人関係に関しては密度が濃いと言うのも皮肉な話である。とはいえ、そもそも向こうでの九歳時点とこちらに来た時の肉体年齢九歳では、根本的にできる事が桁違いだったのだ。それは事件に対する対処能力に限らず、様々な事柄に対して、明確な違いとして表れている。

「優喜、あの子たちが本気だってこと、分かってないとは言わせないわよ。」

「それは当然分かってる。感情としては理解できないけどね。」

「そこは大目に見るわ。まだまだ治療が十分ではない事ぐらい、私達もちゃんと分かってるのだし。」

 プレシアとカリムが、現状のまま優喜を向こうに帰らせることを危惧している理由の一つが、まさにそこである。優喜の口ぶりからすると、こっちの地球同様、向こうには今までED治療に使ってきた物ほど、便利な薬はないらしい。精力増強と言うカテゴリーならいろいろあるようだが、残念ながらどれも強制的に勃起させるようなものではないようだ。この分だと、媚薬と呼ばれているものも、麻薬の類で感覚を狂わせているか無理やり興奮させているだけあって、性衝動をどうこうする類の物ではないだろう。

 仮に本番が必要、と言うところまで回復させたとしても、その手の薬がなければ多分実行には移せない。なお、もう一つ必要不可欠な条件である、本番を行う相手が必要だという条件に関しては、実のところ全く心配していない。どうせ優喜当人が感情を理解できていないだけで、深入りしすぎた相手が一人ぐらいは居るはずと考えているからである。

「それで、あなたは彼女達をどうするおつもりなのですか?」

「どう、と言われても……。」

 渋い顔で悩み始める優喜。彼にとって、一番厄介な問題なのは間違いない。そうでなくても感情が絡む問題はややこしいのに、障害のせいで一方の当事者であるはずの優喜には、どう逆立ちしても原因となっている恋愛感情が理解できない。

「……どうするべきだと思う……?」

「あの子たちの事を優先するのであれば、向こうと縁を切ってこっちに残る、以外の回答はあり得ないわ。」

「あなたの口ぶりから、それほど生まれ故郷そのものにはこだわっていない事は伝わっています。ならば、故郷での心残りを処理して、こちらで骨をうずめるのが一番簡単で確実な方法でしょう。」

 プレシアとカリムの答えに、言葉に詰まるしかない優喜。実際、どこで暮らすかと言う事に関して、彼にはそれほどこだわりがない。気にかかるのはあくまで、同門の同期達と恩を受ける一方だった幾人かの人物についてだけで、アルバイトにしても大学にしても、それほど未練もこだわりもない。

 人間、二年以上故郷を離れてしまえば、行き先で新しいコミュニティを形成してしまい、卒業や転勤などの事情でもない限り、そう簡単に離れられなくなってしまう。ましてや彼の場合、八年だ。しかも、普通に考えて、余程でないと、なのは達の事情ほど厄介な事柄に関わることなどまずあるまい。関わったところで、そこからこちらほどの勢いで人間関係が広がっていくと言うのも、内容から考えるとそうそうない。その結果が、異物であるはずの世界に、縁と言う名の縄でがんじがらめにされてしまった現状である。

「……正直、向こうに戻りたい理由も、こっちに残りたい理由と同じなんだ。」

「じゃあ、後はその両者を天秤にかけるしかないわ。」

「それをするには、少しばかり向こうの情報が足りない。」

「でしょうね。」

 珍しく、いろいろ分が悪い問答が続く優喜。だがそれでも、絶対に向こうに帰らねばならない状況、と言うのはある。どれだけ冷徹な判断になろうと、それだけはちゃんと告げておく必要がある。

「ただ、もし向こうで事故や病気で、お世話になった家の人や幼馴染が、介護なしでは生活も出来ない状態になってたら、たとえこっちにどれだけ心残りがあったとしても、僕はあっちに戻る。」

「さすがにそれを止められる理由を、私たちは持ち合わせていないわ。」

「まあ、そこまでの状況には、多分なって無いとは思うけどね。」

 そう答えてから、小さく一つため息をつき、言葉を続ける。

「問題になるのは、そういうどうしても戻らなきゃいけない状況になった場合、フェイトをどうすればいいのか、かな。」

「そうですね。フェイトさんの場合、あなたとプレシアさんに何かあると、壊れる可能性が非常に高いです。」

「私に関しては、まだましよ。年が年だけに、あの子もある程度の覚悟はしているみたいだし。」

「むしろ、あの子の場合は、理由はどうあれ、お前に捨てられる形になる方が、ダメージが大きいだろうな。」

 口々に聞きたくない結論を出され、ため息しか出ない優喜。プレシアとの事もあって、フェイトは捨てられると言う事に対して、かなり深刻なトラウマを抱えている。それこそ、優喜がハンターを殺した時に抱えたダメージと大差ないレベルだ。そして優喜と違って、フェイトにはそれを乗り越えるためのきっかけも手助けも無かった。

 なのはがジュエルシード事件の頃に持っていた、幼少時の自分が愛情をせびるだけのお荷物になっていたと言う傷と、そこから来る魔法への依存は、皮肉にも優喜が来た事による環境の変化で今ではすっかり解消してしまったが、フェイトの方は途中から順調にいきすぎたためか、実のところ一切手当てされていない。

「本当に、どうすればいいんだろうね……。」

「……一つ、思いつかなくはないけど……。」

「プレシアさん?」

「結構無責任な話だし、現状がそもそもそれ以前の状態なんだけど、あなたが向こうに帰らなければならない場合、多分一番フェイトが壊れる確率が下がると思う方法はあるわ。」

「それって?」

 微妙に嫌な予感がしつつも、聞くだけは聞いてみる事にする優喜。

「あなたとフェイトが、子供を作るのよ。」

「……正気?」

「さあね。ただ、あの子も私の娘なら、自分のお腹を痛めて産んだ子を、男に捨てられたぐらいで蔑ろになんてできないはずよ。」

「まあ、それはそうだろうね。」

 そもそもプレシアが壊れ、フェイトを生み出すきっかけとなったのも、我が子アリシアを失ったことだ。そして、すでに母親に勝るとも劣らぬ母性本能を発揮しているフェイトなら、愛した男との間にできた子供を抱えて、自分だけ壊れるような事はあるまい。あれで自分が保護した子供の事になると、やたら芯が強いところを見せる娘なのだ。

「とはいえ、父親が居なくなると分かっていて子供を作れなんて、無責任もいいところだし、いずれ治療でそのステップに入る必要があるにしても、愛情を持っていない相手と性交渉をしろとか、ふざけた話と言えばふざけた話なのよね。」

「まあ、色恋につながらないと言うだけで、愛情を持っていないわけではないのだから、そこまで深刻に考える必要もないとは思うがね。」

「それに、こいつとフェイトの子供なら、父親不在でも愛情に飢える、と言う事もあるまいて。」

「他に方法がない、となったならば、聖王教会も全力で子育てをバックアップしますよ。」

 好き勝手いろいろさえずる偉いさんどもに、思わずうんざりした顔をする優喜。どうにも、事実上方針が決まってしまいそうな感じだ。

「とりあえず、引き継ぎが必要な事だけ決めて、他の事は向こうから迎えが来てから考えよう。」

「そうね。状況がはっきりしない以上、先走ってもしょうがないわ。」

 急ぐ必要があるわけでもないのに、情報不足で先走っても碌な事にならない。その部分で意見が一致したため、とりあえず一足飛びにフェイトと子作りをする羽目になる事だけは、どうにか避ける事が出来た優喜であった。







「悩み事?」

 レッスンの途中で、フィアッセが二人に問いかける。

「やっぱり、フィアッセさんには分かっちゃうか……。」

「親しい人なら、すぐに分かると思うけど。」

「そっか……。」

「話しづらい事なら無理には聞かないけど、私でよければ相談に乗るよ?」

 やはり、どう頑張っても、動揺が外に出てしまうらしい。ため息と同時に苦笑が漏れる。フィアッセが慈愛に満ちた瞳で微笑みかけるのを見て、腹をくくって、人生の先輩に相談を持ちかける。

「……なるほどね。」

「本音を言えば、絶対に帰って欲しくない……。でも、どうしても帰らなきゃいけないんだったら、そんなわがままを言ってお荷物になるのも嫌で……。」

「だけど、優喜が居なくなったら、私は……。」

「……難しいよね。」

 結構深刻な悩みに、思わずため息がうつってしまうフィアッセ。この分だと、優喜もずいぶん頭を抱えていることだろう。

「優喜自身は、何か言ってたの?」

「これからどうするかは、迎えが来てみないと分からない、としか……。」

「そっか……。」

 正直なところ、フィアッセ自身には、優喜に対して言える事はほとんどない。現在治療中の問題が解決すれば、それなりに将来有望な生徒ではあるが、彼女にとってはせいぜいその程度の関係しかない相手である。縁が薄い相手なので、彼女が言えるような事は、とうの昔に誰か、それも複数の人間が言っているはずだ。

 いずれこうなる事が分かっていたはずなのに、どうしてここまで深入りしたのかと優喜を糾弾するのは簡単だが、そんな事は当人も分かっていただろう。初対面の頃は、それなりに距離を置こうと努力していた事も知っている。だが、決定的に状況が悪かった。誰かの世話にならざるを得ない状況で、世話になっている相手と距離を置く、などと言うのはそう簡単な話ではない。しかも、当時のなのははすでに、優喜にとって看過できないトラブルに首を突っ込んでいた。深入りするな、と言う方が酷である。

「……私に言える事は一つだけ。」

 しばし考え込んでいたフィアッセが、ようやくまとまった考えを口にする。

「まず二人とも、今のその気持を、優喜に直接、嘘偽りなく伝えるべきだよ。」

「えっ……?」

 フィアッセの出した結論に、戸惑いの声をあげるなのは。動きが凍りつくフェイト。二人にとって、その言葉は余程意外だったらしい。

「優喜だって、全く引きとめてももらえないのって、かなりさびしいと思うよ?」

「でも……。」

「結果がどうであっても、何も言わないままうつむいてるのと、ちゃんと気持ちを伝えて終わるのとでは、後悔の質もその後の事も全然違うから、ね。」

 かつて、恭也相手に玉砕した事を思い出しながら、フィアッセが諭す。その言葉を、真剣な表情で聞くなのはとフェイト。かつてのフィアッセの大失恋について、全てを当事者から聞いているだけに、言葉の重みも段違いだ。

「多分、優喜が向こうに帰っちゃったら、何をどうしても、結果がどうなっても、何かの後悔はあると思う。だからせめて、出来る事があったのに何もしなかった、って言う後悔だけはしないで。ね?」

 そう締めくくったフィアッセに、一つ頷く二人。迷いが消えたわけではない。悩みについては、何の解決にもなっていない。だが少なくとも、その事を優喜にぶつける覚悟だけは固まった。

「それはそうと、どうする? まだレッスンの時間は残ってるけど、ここで切り上げる?」

「……時間いっぱいまでやります。」

「ここで切り上げちゃうと、悩みにかこつけて仕事を投げ出したのと同じだから。」

 そうでなくても元々忙しい身の上なのに、六月に自身の結婚式を控え、現在殺人的なスゲジュールのはずのフィアッセ。その忙しい合間を縫って、わざわざ自分達のレッスンのために来てくれているのに、成果も出さずに投げ出すのは嫌だ。二人とも、その気持ちに素直に従い、レッスンの継続を申し出る。

「ん、分かったよ。じゃあ、びしばし行くからね。」

 その言葉に偽りはなく、中断した時間を取り戻すように、フィアッセは情熱的に二人を時間いっぱいしごくのであった。







「ねえ、すずか。ちょっといいかな?」

「お姉ちゃん?」

 夕食後、微妙に元気のないすずかを見かねた忍が、意を決して妹に話しかける。こういうケースに関して、夫は全く当てにならないのは経験済みである。

「優喜君の事、悩んでるんでしょう?」

「……うん。」

 言葉少なに肯定し、再びうつむく。割と早くから恋をし、そのための努力をずっとして来たためあまりそういう印象はないのだが、本来すずかはフェイトと同じく引っ込み思案な性格をしている。実際のところ、忍の知人の中でも、かなり繊細な方に分類されるのだ。

「すずかはどうしたいの?」

「それは……。」

 忍の優しい声色での単刀直入な問いかけに、少し言葉に詰まりながらおずおずと口を開く。

「……当然、ずっとそばに居たい。私の物にならなくたっていい。せめて近くに居て、見つめて居たい。でも……。」

「もし帰っちゃったとして、追いかけていくのに踏ん切りはつかない?」

「……うん……。」

「それって、私達に対する遠慮? それとも、優喜君に迷惑がかかるのが怖い?」

「……両方。でも、気持ちの上では、ちょっとだけ、後の理由が大きいかな。」

 予想通りの内容ではあるが、正直に答えてくれたことにほっとする。

「……お姉ちゃんは、どう思う?」

「本音を言えば、こっちに残って欲しいとは思ってる。優喜君だけじゃなく、すずかもね。」

「やっぱり……。」

「ただ、私がすずかに行って欲しくない理由なんて、向こうに夜の一族が行って、問題なく暮らしていけるかどうか心配だから、って言うだけで、すずかがどうしても行きたいんだったら、絶対駄目って反対するほどの理由でもないけどね。」

 忍の言葉に、夜の一族が抱えているリスクを忘れていた、と言う事に思い至る。やはり、感情だけでものを考えてはいけないものだ。

「まあ、退路を断って追いかけていけば、どう転ぶにしても優喜君は絶対に無下にはしない、と、忍ちゃんは思っているわけです。」

「そう……、かな……? そんな事して迷惑をかけて、嫌われたりしないかな……?」

「それだけは絶対ないって。」

 優喜は、恩と言うものを大事にする。たとえ自力でどうにかできたとしても、高町家に世話になったことも、月村家やバニングス家に助けられたことも、ちゃんと恩に着ている。だからこそ、少々の無茶ぶりには大して文句も言わずに応え、なんだかんだと言いながらも、月村家のためにいろんな事をしてくれている。

「それに、血こそ飲ませてもらってたけど、それ以外はずっとじらされてきたんだし、追いかけて押し倒すぐらいは大目に見てもらわないと、乙女心的にね。」

「お姉ちゃん、それはいくらなんでも……。」

「まあ、押し倒すは冗談、でもないけど冗談として、少なくとも、すずかが向こうに行く事に絶対反対、って言う人間は居ないから。」

「……うん。」

「だから、その覚悟が決まったら、まずは優喜君に直接ぶつけてきなさいな。」

 どうやら気持ちが固まったらしいと見て、少しさみしさを感じながらも背中を押してやる忍。ようやく笑顔を見せ、明日の放課後に備えて風呂に入ってくる、と言って席を立ったすずかを見送り、小さくため息をつく。

「全く、いつの間にやら女になっちゃって……。」

 ずっと精神的には子供のままのイメージだったすずかの成長に、思わずため息をつく。いつぞやの優喜の言葉ではないが、忍本人も小学生の恋心と、少々甘く見ていた。明確に恋心に化けたのが意外と遅かったなのははともかく、フェイトもすずかも、子供の恋をよくもまあ十年近くも続けてきたものである。

「……優喜君。うちの妹は、かなり手ごわいぞ~?」

 この場に居ない妹の想い人に対して、思わずそんな風につぶやく忍であった。






「……うん、分かった。じゃあ、明日ね。」

「すずかも覚悟を決めたんだ……。」

「私たちがそうなんだから、すずかちゃんだって、ね。」

 デバイスのテレビ電話機能で会話を済ませ、互いに顔を見合わせて淡く笑う。同じ男を好きになったからか、なんだかんだ言って行動のタイミングがほとんど同じである自分達に、妙なおかしさを感じたのだ。

「それで、なのは。」

「何?」

「さっき、いろいろ資料請求みたいな事してたけど、何?」

「ん~、ちょっと思うところがあって、自立のための準備、かな?」

 自立、という言葉を聞いて、動きが止まるフェイト。その様子を見たなのはが、慌てて言葉をつぎたす。

「自立、って言っても、この家を出ていくとかそういうことじゃないよ。」

「じゃあ、何のために?」

「もしも優喜君が向こうに絶対帰らなきゃいけなくなったとしても、少なくとも私の事は心配しなくてもいいように、出来るだけいろいろ準備しておこうと思ったんだ。」

「……そっか。」

 なのはの強さを羨ましく思いながら、手元に視線を落として返事を返すフェイト。

「それで、具体的には何を?」

「ん~、まずはミッドで運転免許を取ろうかな、って。タイミングの問題でなかなか触れなかったけど、一応普通乗用車の運転免許は十六歳からとれるみたいだし。」

「なるほど。私も免許取ろうかな?」

「一緒に頑張ろっか?」

「うん。」

 あまり自分で運転する機会はないだろうが、それでも取って損はない。そう考えてなのはの言葉に同意するフェイト。車の運転免許を取る、と言う話に関係して、割としょうもない、だが管理局としては対処に困る騒動が起こるのだが、この時二人は知る由もない。

「車の免許もいいけど、優喜君とかフェイトちゃんの場合、バイクも似合いそう。」

「そうかな? でも、バイクって小回りはきくけど、あまり荷物は運べないから、私としてはちょっと。」

「ん~、でも、持ってたらドラマの仕事とかで役に立つかも。」

「ドラマか~……。」

 オファーがたくさん来ている事は知っているが、そうでなくても学校と管理局との両立で忙しいため、中々長期間拘束されるような仕事は受けられない。とりあえず、単発ドラマのメインキャストや連続ドラマのゲスト・準レギュラーなど、拘束時間が短かったり、スケジュールの調整がやりやすい仕事を選んで受け、出番のシーンを出来るだけ優先して撮影してもらう形でしのいでは居るが、割と演技がのってきたタイミングで出動要請が入ったりと、現場泣かせな状況になる事が多い。

 もっとも、製作サイドもタフなもので、使えるとあればなのは達の出動前後の映像をそのままドラマのワンシーンに挿入したり、場合によっては事件そのものを筋書きの中に組み込んだりと、彼女達だからこその特色をうまく取り入れて視聴率を伸ばしていたりする。カリーナやアバンテに至っては、実際に自分達が解決した事件をメインにした十五分程度の番組を週五日放送しており、その映像ディスクの売り上げと実際の事件映像の使用料は、なのは達の収入に次ぐ、広報部の重要な資金源になっている。

「まあ、それはそれとして、まずは、ってことは、他にもいろいろ考えてるんだ?」

「うん。と言っても、ほとんどは車の免許に関係した話なんだけどね。」

 そう言って、ざっと集めた資料を見せていく。

「えっと、中古車の価格表にアパートと駐車場の情報?」

「さすがに、運転の練習するのに毎回レンタカーを借りるのもどうかなって思って、ついでだから遅くなった時のための拠点も物色してたの。」

「そっか。考えてみれば、免許を取った後も、ある程度の練習は居るよね。」

「うん。さすがに、管理局員がペーパードライバーで事故やらかしました、だとシャレにならないから。」

 なのはの言葉に苦笑する。局員といえども人の子なので、毎年何件かは人身・物損事故を起こしている。だが、そこらの無名の局員と彼女達とでは、事故を起こした時のインパクトが全然違う。

「それに、今まで仕事終わったら日付変わってた、って言うのが結構あったでしょ?」

「うん。一度なんて、次の日学校が休みだからって、朝日を見るまで仕事させられたこともあったよね……。」

「そういう時に、シャワー浴びて寝るだけの場所でいいから、クラナガンに部屋があると嬉しいと思わない?」

「確かにね。何で今まで思いつかなかったんだろう……。」

 フェイトのつぶやきに苦笑する。なのは自身はずっと考えていた事だが、賃貸契約だの何だのという手続きに気後れし、いまいち踏みきれなかったのだ。

「だから、ちょうどいい機会だから、車の免許のついでにそこらへんもやっちゃおうかなって。」

 なのはの言葉に一つ頷くフェイト。今までなぜか思いつかなかったことだが、クラナガンに活動拠点と自分達の足があると言うのは、とても魅力的だ。しかも、普通なら主に金銭的な面で割と高いハードルだが、自分達にとってはネックが免許の取得と物件探しのみ。次のオフにでも行動を始めれば、免許はともかく物件はすぐに見つかるだろう。何しろ、利便性と居心地だけを考えればいいのだから。

「……なのははすごいね。」

「どうして?」

「私、言われるまで免許も部屋探しも、全然思いつかなかったよ……。」

「まあ、どうしても必要なものでもなかったから、しょうがないよ。」

 本気でへこんでいるフェイトを必死でなだめるなのは。正直なところ、世間一般では完璧超人で通っている彼女は、実際には意外と生活能力がない。料理もできるしサバイバル環境下でもちゃんと生きていける能力はあるのだが、こういった日常の些細な、だがやらなければいけない類の事に疎く、誰かに指摘されるまで気がつかない事も多い。その代表例が片付けで、台所回りの整理整頓はきっちりやるのに、部屋は油断するとすぐに散らかってしまう人種だ。まだ注意されなくても比較的こまめに掃除をし、ちゃんとごみを溜めずに捨てているのでましではあるが、一人暮らしをさせるのは割と不安が残るタイプである。

「でも、なのはは多分一人でも生活できるけど、私は絶対無理だと思う……。」

「私だって、ずっと一人暮らしって言うのは耐えられないと思うよ。だって、誰も居ない家って寂しいもん……。」

「そういえば、一人暮らしってその問題もあるんだ……。」

「大丈夫だって。フェイトちゃんは、最悪アルフさんと一緒に住めばいいし、それに結婚して家庭を作るまでは、私と一緒に暮らしても問題ないし。」

 などと、一人暮らしや確保する部屋の話に話題が逸れていく。そのため、この時フェイトは最後まで気がつかなかった。なのはが集めていた資料の中に「調理師免許」や「管理栄養士」などがあった事に。







「話って?」

 翌日の放課後。三人に時間をあけておいてほしいと言われて待っていた優喜は、すずかにお茶を出してから単刀直入に切り出す。真面目な話で茶化されたくない、と言う三人の言い分を受け入れ、ブレイブソウルはムーンライトで店番だ。普段ならこういうとき文句を言う彼女だが、今回は空気を読んで素直に従ってくれている。と言うより、元々ブレイブソウルは空気を読んだ上でいらん事をするタイプなので、本当に真面目に話をするときは、意外と余計な事をしない。

「向こうからお迎えが来た時の事。いいかな?」

「ん。でも、僕もまだ何かを決めてる訳じゃないよ?」

「分かってる。私たちはただ、その事について本音で話したいだけ。」

 なのはの言葉に一つ頷き、三人の言葉を待つ。

「まず最初に、優喜君はどうしたいのか、って言うのを教えてほしいんだ。」

「僕が?」

「うん。向こうの状況がどう、とかじゃなくて、純粋に優喜君自身はどうしたいのかな、って。」

「僕がどうしたいか、か……。」

 正直なところ、優喜が能動的に何かをしたい、などと考えた事はそれほどない。その事については、将来どうしたい、と言う事を一切考えた事がない、と言う一点でも明らかだろう。故になのはの問いかけに、珍しく優喜は言葉に詰まってしまった。

「……言われるまで、考えもしなかったよ。」

「えっ?」

「正直に言うと、一番楽なのは一回も向こうに戻らず、このままこっちで暮らす事なんだけど、そんな不義理はしたくない。さすがに、全く未練がない訳じゃないから。」

 全く未練がないわけではないという、ある意味当然の回答に、それでもなのは達は小さくないショックを受ける。

「だけど、全部切り捨てて向こうに戻りたいと言うには、こっちに心残りが多すぎる。」

「心残りって?」

「……究極的には、全部なのは達の事になるのかな?」

「えっ?」

 意外な言葉を言われ、思わず顔を赤くする三人。先ほどのショックもどこへやら、喜びとときめきで、うるさいほど心臓が高鳴る。

「管理局や聖王教会の事も夜の一族の事も、いろいろ気になってる事はある。夜天の書修復反対派にしても、いまだにいろいろ余計なちょっかいを出してきてるし、ハンターたちも忘れたころに余計な手出しをしてくる。現時点で解決してない事はいっぱいあるし、それを放置して帰るのは自分でもどうかと思う。でもね。」

 割ときな臭い話を口にして、一度言葉を切る。一度息を吐き出して手元の紅茶に口をつけ、再び三人の視線を正面から受け止め、真剣な顔で口を開く。

「管理局も聖王教会も、なのは達が所属するのをやめるのなら、僕はこれ以上かかわるつもりは一切ない。夜天の書に関してもそう。今更あり得ない話だけど、はやてがあれを手放して、以降地球から一歩も出ないって言うんだったら、僕がどうこうする筋合いの話じゃない。ハンターと夜の一族の事にしたって、忍さんとすずかに累が及ばないのなら、それ以外の人たちに関しては知ったこっちゃない訳だし。」

 こうして見ると、なのは達が普通の女の子であれば一切問題にならなかった事柄が、驚くほどたくさんある事を思い知らされる。それはすなわち、この下手をするとフェイト以上の美女に見える男に、ずいぶん面倒をかけていると言う事でもある。

「だけど、この話は全部、今更どうにもならないことだ。なのはもフェイトも今更管理局と関係を断つのは無理だし、はやてだってせっかく手に入れた家族を捨てるわけがない。すずかに至っては生まれつきの問題だから、それこそ僕がなにをしようがまず解決はしない。」

 優喜の言葉に、三人とも小さく頷く。それを見て、もう一度大きく息を吐き出し、最後に一つ告げる。

「だからせめて、はやての問題と管理局の改革について、目処がつくまではこっちに居たい。」

 帰ることが前提になっている言葉に、少し表情が険しくなるなのは。フェイトは今にも泣き出しそうな顔になっているし、すずかは余計な感情が漏れないように、瞳を閉じて何かに耐えようとしている。

「どうしても帰らなきゃいけないの?」

「分からない。だって、僕はこの世界にとっては異物だ。」

「ゆうくん……?」

「もう八年もたって何もなかったんだから大丈夫だとは思うけど、それでも全く何も影響なしだとは限らない。だから、個人の感情に関係なく、僕は向こうに帰るべきなんだと思う。」

 優喜の言葉に、理論的な反論の余地を見つけられず、何も言えなくなる少女達。何しろ、優喜の存在はすでに、ミッドチルダの情勢に影響を及ぼしている。全員が全員そうではない、と言うか、こいつが例外なのは明らかではあるが、それでもたった一人増えただけで、管理局広報部の立ち位置が変わり、芸能界の勢力図がその前後で別物になり、挙句の果てに長年犬猿の仲だった陸と海が、まだ限定的とはいえ手を組み始めたのだ。

 ここまで政治的に影響を及ぼしているとなると、世界の仕組みそのものに全く影響がないとは言い切れない。こいつ一人増えた結果、地球の寿命が大幅に縮まったと言われたところで納得してしまうだろう。優喜の懸念は、誰にも杞憂とは言い切れない。

「……いなくなっちゃ、嫌だ……。」

「フェイト?」

「……優喜、帰っちゃいやだ……。……私の前から居なくならないで! 私を捨てないで!」

 しばしの沈黙の後、耐えられなくなったフェイトが、八年抱え続けた思いを吐き出す。

「私、優喜が居ないと駄目なんだ! 一人じゃ何もできないんだ!」

「そんな事は……。」

「いけないことだって分かってる! こんな事を言っちゃ駄目だって、分かってるんだ! ずっと自分に言い聞かせてきたけど、でもダメだった……!」

「フェイト……。」

 フェイトの慟哭に、戸惑うしかない優喜。

「私のものにならなくてもいい、迷惑なら嫌いになってもいい……。だから、居なくならないで……。」

 すすり泣きながら、居なくならないでと繰り返すフェイト。今まで、彼女がこれほどのわがままをぶつけてきたところを見た事がなく、どうしていいのか分からず戸惑うしかない優喜。

「優喜君……。」

「なのは……?」

「私も、本音を言うなら帰って欲しくない。ずっとこっちに居て欲しい。でも……。」

 もはや意味をなさない嗚咽を漏らすフェイトの背を優しくさすりながら、次は自分の番だと本心をぶつけにかかるなのは。こうなってしまうと、優喜は受け止めるしかない。

「どうしても帰らなきゃいけないのなら、どうしても帰りたいのなら、私の事は気にしないで。心配するなって言うのは無理だと思うけど、でも私は優喜君が安心して戻れるように、今日から頑張るつもりだから。」

「……。」

「だから、どうしても戻らなきゃいけなくなったら、私を理由に悩むのだけはやめて。」

「……うん、ごめん。」

「謝らないで。まだそうとは決まった訳じゃないし、あなたの重荷になりたくないって言う、私の勝手な意地とわがままなんだから。」

 まだ別れが決まった訳でもないのに、泣き笑いのような笑顔で告げるなのは。そのあとを継ぐように、一拍置いてすずかが口を開く。

「ゆうくんがどうしても帰らなきゃいけないのなら、なのはちゃんの代わりに、私はどこまででもついていくよ。」

 すずかの言葉に、思わず固まってしまう優喜。なのはとは別ベクトルで、少しばかりすずかの事を甘く見ていたことを思い知る。

「お姉ちゃんも恭也さんも、私のしたいようにしていいって言ってくれたから、私は最後までゆうくんについていくよ。」

「本当にそれでいいの? 向こうに来ても、僕は君に何も出来ないよ?」

「私はゆうくんのそばにいられれば、どうだっていい。」

 すずかの言い分に、内心で頭を抱えてしまう。なのはの言い分が男に都合のいい女ならば、すずかの言い分は、典型的な駄目男にほだされる女のそれである。さすがにそこまで人を見る目がないとは思いたくないが、自分なんぞにそこまで入れ込んでしまうあたり、どうしてこうなった、としか思えない。

 厄介なことだが、こんな精神的に壊れた男に、この三人は小学生のころから想いを寄せ続けているのだ。かつてすずかが吸血鬼であることをカミングアウトする前、小学生の恋愛がそんなに長続きすると思っているのか、と忍に言ったが、そのときの自分を殴ってやりたい。そんな風に油断せず、とっとと相手の恋心をへし折って止めを刺しておくべきだったと。

 ここに至るまで、それほど事態を深刻に捉えていなかったツケが、今になって回ってきたようだ。本質的に重要性が理解できなかったとは言え、今まで治療をそれほど真剣にやってこなかったこと、恋愛感情が理解できないことのリスクを軽く考えていたことを、今更ながらに後悔する。この状況でようやく、頭で分かっていただけのなのは達の本気が、感覚として理解出来たのである。

 思えば、琴月紫苑と言う前例があったのだ。目の前の三人が、ずっと恋心を維持し燃え上がらせるはずがない、などとなぜ思えたのか。少しずつ方向性が違うとは言え、三人とも紫苑に勝るとも劣らぬほど一途で、意外と頑固で、地味にかなり諦めが悪い性格をしているのだ。恋愛感情が理解できないから、などという言い訳でどうしてあきらめよう?

「ごめん……。」

「優喜君?」

「皆が本気だって事は痛いほど伝わってくるのに、それがどんな気持ちなのかが、未だに何一つ分からない……。」

 心底悔しそうに、すまなそうに頭を下げる優喜。紫苑もなのはたちと同じ気持ちだったのだろうか? だとしたらかなり申し訳ないことをしている。今までの自分に対し、後悔の念があふれ出して止まらない。いまだに、恋心と言うものは全く分からないが、それでも今ぶつけられた気持ちが、決して軽んじていいものではない事にようやく気付く事が出来た。

 優喜は気が付いていなかった。以前紫苑に同じように想いをぶつけられたときには、そもそも本気であると言うことすらもピンときていなかったことに。性欲の消滅による悪影響が、色恋がらみ以外にも根深く刻み込まれていたことを。そして、体が新しくなり、地道なED治療により、自身が思っているよりもそう言った部分が改善されていることに。

「優喜、顔を上げて……。」

 少しかすれた声で、フェイトが頭を下げ続ける優喜をたしなめる。

「優喜は、何も悪くないよ。わがままを言ってるのは、私達のほう。」

「でも……。」

「ゆうくん、私達は私達の勝手でやってるの。だから、ね。」

 三人とも、泣き笑いのような、だが不思議と美しく感じる表情で、四年治療してなお壊れたままの優喜を受け入れる。人間、こういうときに許されてしまうと、かえって立場がないものだ。結局、そのまま互いに何も言えずに、高町家の面々が帰ってくるまで黙って見つめあうのであった。



[18616] 第12話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:b2346503
Date: 2011/06/25 09:05
「また、ええ部屋借りたんやなあ……。」

「まあ、いろいろあって、ね。」

 クリスマスも終わり、そろそろ年越し準備となったある日。仕事帰りにはやてが相談したい事があると連絡してきたので、クラナガンで借りた部屋に来てもらう事にした。クラナガンの中心部にほど近い場所にある、十分な広さとセキュリティを誇る、いわゆる高級マンションだ。広いと言ってもファミリー向けほどの広さはないが、少なくとも個室のスペースは高町家の自室より広い。さすがに時の庭園や月村家の部屋には負けるのだが。

「家賃とか、考えたくない部屋やな。」

はやてのざっと間取りを見せてもらっての感想は、この部屋を見た大半の人間の共通認識だろう。新婚や子供のいない夫婦を意識したらしく、間取りこ2LDKだが、一部屋がとにかく広い。しかも徒歩五分圏内に鉄道の駅や繁華街があると言うのに、部屋の中に居ると驚くほど静かなのだ。多分、共働き前提で、しかもどちらか一方、もしくは双方が最低でもフォルククラスのエリート(二十歳前で二等陸尉)でなければ、とても借りる事は出来ないだろう。

「確かに、明らかに安くはないけどね。フェイトちゃんと折半だから、それほどでもないよ。」

「そもそも、一人で使うんだったら、この半分もいらないしね。」

「折半でも、私らの収入やとどう逆立ちしても無理やで。」

 微妙に羨ましそうなはやての言葉に、どう答えていいか分からず苦笑する。別段なのは達も、見せつけるためにこの部屋にしたわけではない。二人ほどの人気と収入になると、いくら単に休憩するか寝るだけの場所だと言っても、四畳半のおんぼろアパートなど借りるわけにはいかないのである。かといって、チェックインの時間もあるので、遅くなったからホテルを、と言うのもなかなか難しい。結局、単なる素泊まりのホテルの代わりだと言うのに、やたらリッチな部屋を借りる羽目になったのだ。

 もっとも、二人してミッドチルダのお金は貯めるだけでほとんど手をつけていないため、月のうち合計一週間も利用しないような部屋に大金をつぎ込んでも、それほど痛くない。フェイトなどは、使ってないなら全額支援の資金に回せばいいじゃないか、などとよく言われるが、管理局員は政治家よりは緩いとはいえ、寄付できる上限と言うのが決まっている。上限いっぱいまで手持ちを寄付やら支援資金やらに回したところで、全収入の一割にもとどかないのが現状だ。結果として、さすがにまだ経済に悪影響が出るほどではないにしろ、かなり巨額の資金が銀行に眠っていると言う笑えない状況になっている。

「はやては、収入自体は十分このぐらいの部屋で生活するレベルに届いてると思うんだけど……。」

「残念ながら、八神家は基本的にフォル君の収入だけで生活しとるから、使えるお金はなのはちゃんの基本給と大差あらへんで。」

「……そこまで返済厳しいんだ。」

「ほんまはそこまでせんでもええんやけど、無利子無担保で借りてるお金を、そんな長い事返済引っ張るんは人としてどうかと思うやん。」

 はやての言葉に、何とも言えずに沈黙する二人。常々、この無意味な収入がはやてにあればいいのにと思うのだが、ばかげた収入の源泉が芸能活動である手前、闇の書事件の被害者感情を考えるとあまりチャラチャラした事をするのは抵抗があるらしい。世の中、ままならないものである。

「それで、相談したい事って何?」

 ほとんど使っていないキッチンでお茶を淹れ、はやての前に出して問いかける。この部屋を使う場合、食事は支給されたものか外食ですませるため、立派なシステムキッチンも単にお茶を入れるためだけの設備になり下がっている。外食より支給の弁当で済ませることの方が圧倒的に多いのも、二人の口座に無駄金がたまる原因の一つだろう。

「なのはちゃんらは、新しい部隊の話って知ってる?」

「聞いた事はあるかな。」

「確か、広報部所属の魔導師を、今の小規模なチームでの運用をやめて、一つの部隊として再編成するんだっけ?」

「そうそう。その部隊。」

「あれ、優喜君が向こうに帰るかもしれないからって、立ち消えになったんじゃなかったっけ?」

 なのはの指摘に頷く。実際のところ、広報部の魔導師は、大前提として資質が低すぎる、偏り過ぎる、極端に高すぎる、などの理由で一般の部隊で運用できない人材しか居ない、というものがある。それらを竜岡式訓練法で無理やり戦力として強化し、力技で運用しているのだから、前提となる竜岡式訓練法を施せる優喜が居なくなると、新人を増やす事が出来ない。

 その上で現在の戦力を見ると、魔導師ランクの合計で見れば下手をすれば教導隊をも上回るが、圧倒的に人数が足りない。何しろ、正式に稼働している魔導師は現在四人、来年度デビュー組十人と訓練生八人を含めても二十二人だ。その次の企画は原点回帰と言う事で、Wingを踏襲したデュオ一組(現在人選中)だし、そっちが一人前になるまで優喜が面倒を見られるかどうかはグレーゾーンだ。

 全員稼働すれば二十四人も居る、と言われそうだが、残念ながら広報部の特性上、基本的にまず全員同時に動かせない。その上、もう一つの欠点である夜番が居ないと言う問題を解決するには、基本昼間に行う芸能活動との兼ね合いもあって、普通の部隊よりはるかに大勢の人員が必要なのだ。そこまで回すには、二十四人では少なすぎると言わざるを得ない。しかも、それだけのやりくりができるほど経験を積んでいるのは、いまだに良くてアバンテとカリーナまで、しかもなのはとフェイトは学生もやっているため、広報部専任のアバンテ達ほど夜勤をこなせない。当座は外部に交替部隊をやってもらってしのぐにしても、いつまでも通じるやり方ではないだろう。

 つまり、現状ではある程度安定的に人数を増やせる前提でなければ、広報一課の魔導師を、広報と言う性質を保ったまま新設部隊に移すのは難しいのだ。

「まあ、当初の計画とは違う形になるんやけどな。」

「と、言うと?」

「新しく立ち上がった計画は、や。むしろ現状広報部におる子らを、一般の部隊と作戦行動できるように、実戦を通して再訓練するのが主眼や。そのためには、どんな形でもええから、一旦部隊として編成する必要がある、言う事になってな。」

 はやての言葉に納得する。確かに、広報部の魔導師が抱える最大の欠点が、いろいろ尖りすぎていて他の部隊と足並みがそろわない事である以上、その問題を解消するために部隊行動のイロハを教え込むのはありだろう。何しろ、能力的には管理局史上最も柔軟に動けるカリーナですら、まともな部隊行動を経験していないため、現状他所の部隊とはまともに連携をとれないのである。

「部隊の趣旨は分かったけど、私たちに相談するようなことじゃないよね?」

「相談事はここからや。」

 そう言って、デバイスから名簿やら何やらのデータを呼び出すはやて。

「今回の部隊設立計画な、その性質上他所の部隊との協力だけやなくて、竜岡式で鍛えられた上で他所に所属してる、もしくは普通の魔導師と一緒に行動してる人間が内部に必須やねん。」

「そうだね。でも、そんな都合のいい人って、フォルク以外に居たっけ?」

「そういえば、ギンガが今、ゲンヤさんのところで頑張ってたっけ?」

「うん。ただ、フォル君は計画段階からこっち側の人間にはいっとるし、ランク含む諸般の事情からギンガを引き抜くんはちょっとしんどいから、まだ実務経験がない、もしくは実務に携わって日が浅い子を新しくこっちに引っ張り込む事になりそうやねん。」

「……そんな都合のいい子、居たっけ?」

「なのはちゃんらが無意識に除外するのも分かるけど、現状管理局及び関連施設には、広報部とフォル君、ギンガ以外に後四人、竜岡式で鍛えられてるんがおるんやで。」

 はやての言葉にピンときて、思わず顔色を変えるフェイト。

「まさか!?」

「そうや。スバル、エリオ、キャロ、ルーテシアの四人や。ただ、ルーテシアに関しては、保護者のメガーヌさんがあんまりええ顔してへんし、キャロほど強力な召喚対象を持ってへんから保留。その代わり、他の三人を確実にこっちに入れたい。」

「エリオもキャロも、まだ子供なんだよ!?」

「分かっとる。いくら鬼教官にしごかれてそこらのAランク魔導師より強い言うても、二人とも現時点では単なる子供や。正直、あんまり実戦に引っ張り込みたくはあらへん。」

 フェイトの反応に、渋い顔で返事を返すはやて。彼女とて本意ではないのだろう。

「せやけどな、なのはちゃん、フェイトちゃん。まだ二人とも身分的には安全と言い難いし、正直カリーナ達とは違う意味で陸士学校では伸び悩んどる。周りと対立せえへんように実力を押さえて周りに合わせて、ちゅうことをあの年で何年も続けとったら、二人とも確実に芽がつぶれる。」

「そうかもしれないけど……。」

「それにな。これがあの子らの所属をコントロールできる、最初で最後のタイミングかもしれへんねん。」

「えっ……?」

 その不穏な言葉に、思わず引きつった顔ではやてを見つめるフェイト。言いたいことに思い当ったのか、難しい顔をするなのは。その二人の様子に一つ頷き、続きを話すはやて。

「前にフェイトちゃん言うとったやん。管理局に所属してへんかったら、どんな組織に狙われるか分かったもんやないって。」

「……うん。」

「それ、なにも管理局外部だけに限った話やないねん。」

 直視したくなかった現実を突き付けられ、思わず沈黙するフェイト。なのははすでに、口をはさむ事をやめている。

「こんなこと言いたないけど、キャロみたいなケースは年に何件かはある。クラナガンはなのはちゃんらのおかげで大分余裕が出来とるけどな、地方や辺境は、さすがにそういうわけにもいかへんし。」

「私達が頑張った分で出来た余裕を、そっちに回すのは……。」

「フェイトちゃん。今、自分で言うとって、無理やって思ったんやろ?」

「……うん。」

 はやての突っ込みに、素直に頷くフェイト。それが出来るほどには、管理局にはまだ余裕が出来ていない。せいぜい例の件以来、新型装備の配備について、海の武装隊やクラナガンより、地方や辺境を優先するようになった程度だ。広報部のイロモノ以外にも実力者が多い海やクラナガンは、AMF対策装備が少々遅れても、割と軽微な被害で食い止められるのである。

「でな、悪い事に、エリオもキャロも、陸士学校の初等過程は前倒しで今年中に終わるし、多分中等過程も一年もあれば卒業するやろう。そうなると、そのまま士官学校にでも移らんことには、十二歳未満の少年兵の配備を原則禁止する新協定は守られへん。つまり、このままやと自動的に特例措置を取らざるを得んのや。」

「……士官学校は、さすがに厳しいか……。」

「別にあかんとは言わへんけど、保護者の目から見てどう見えとる?」

「無理とは言わないけど、向いてるとは思えない。」

「それに、二人とも、あまり出世とかには興味なさそう。」

 保護者二人の言葉に、同意するように頷くはやて。エリオもキャロもなのは達と同じく、前線で直接戦う戦力としてこそ、最も力を発揮するタイプだ。召喚師として後方に居るのが基本であるキャロはまだしも、フェイト以上に個人技に特化したエリオの場合、指示を受けて切りこんで行く方が明らかに向いている。

「そもそも、竜岡式で鍛えられた連中は、基本的に指揮官に向かへんからなあ。」

 はやての台詞に同意する、竜岡式の門下生筆頭二名。なのはとフェイトは各々の資格の絡みで短期の士官教育を受け、実際に直接戦闘に関わらずに指揮のみを行った経験もそれなりにあるが、はやてと違って少なくとも戦場全体の指揮に回すには、当人達の能力がもったいなさすぎる。出来なくはないが、どうしようもない状況でもない限りは、指揮をしている暇があれば突撃させた方がメリットが大きいのだ。

「で、や。そこまで踏まえたうえで、エリオとキャロの広報部所属、何とかOKしてくれへんやろうか?」

「……はやてはずるい……。」

「自覚はある。」

「……分かったよ。二人が自分で自分の身を守れるようになるまで、広報部で鍛えよう。なのは、いいよね?」

「フェイトちゃんがいいのなら、私は反対するつもりはないよ。」

 二人の返事を聞いて、一つ大きくため息をつく。

「それはそうと、どうしてはやてが広報部の部隊に口をはさむの?」

「はやてちゃん、遺族感情を逆なでしたくないからって、カリーナ達の時に転属を断ってたよね?」

「ちょっと事情が変わってな。私自身が芸能活動する気はない、言うんは変わらへんけど、それとは別口で、新部隊の指揮官、私がやる事になりそうやねん。」

 はやてのため息交じりの告白に、思わず顔を見合わせるなのはとフェイト。年齢はともかく、階級と経験年数、そして重ねてきたキャリアに持っている資格まで考えるなら、かなり早い部類ではあっても、クロノのように例のない昇進速度、というわけでもない。

「それは、普通ならおめでとう、と言うところだけど……。」

「はやて、なんだかすごく不本意そうだね?」

「不本意、っていうかなあ……。」

 なのはとフェイトの不思議そうな表情に、どう答えるかしばし思案する。ざっと気持ちを整理して、気に食わない、と言うほどではないにしろ、余り気持ちがいいわけでもない要素を口にする。

「これが普通の人員を持ってきた普通の部隊やったら、まだ良かったんやけどな。広報部の魔導師は全員知り合いやし、それなりにいろいろ因縁がない訳でもないし、なあ。」

「あ~。」

「別に、広報部を下に見る気はないんやけど、どうにも他に指揮官に回す人材がおらへんで、そろそろ部隊を任せたいぐらいの人材のうち、一番扱いやすくて文句を言わへん人間を強引に割り当てたような感じがして、ちょっと微妙な気分やねん。」

「なるほど……。」

 仮になのはがはやての立場だったら、確かに素直に喜べない。そうでなくても広報部の戦闘員は、どいつもこいつもよそで務まらなかった問題児だ。イロモノ的な部分を抜きにしても、普通のキャリアが積極的に指揮をしたい人員ではない。しかも、そこにいろいろと実験的な要素が加わるとなると、初めて任される部隊としては敬遠したくなっても当然だろう。

「ま、まあ、広報部の事に関しては、出来る限り協力するから、ね。」

「そんなん当然や。と言うかフェイトちゃん。他人事のように言うてるけどな、自分らも新部隊の小隊長として配属されるんやで。」

「「え゛?」」

 はやての予想外の言葉に、思わず固まるなのはとフェイト。生れてこのかた、研修期間をアースラの武装隊に見習いの嘱託として参加した以外は、部隊と呼べるような集団に所属した事はない。せいぜいが緊急支援に向かった際に、トラブルで不在になった指揮官の代わりに全体や正体の指揮を執った程度で、所属した、と言えるようなものではない。そもそも、普通の部隊に配属できるのであれば、最初からアイドル局員としてフリーで緊急出撃を繰り返す、などと言う状態にはなっていない。

「なんかすごい意外そうやけど、今までの話の流れで予想できへん?」

「ごめん、はやて。今までランクとかの都合で一度も部隊に所属した事が無かったから、無意識に今回も直接は無関係だと思ってたよ。」

「言われてみたらそうかもしれへんけど、今回に関しては、二人は最初から保有制限にカウントせえへん、言う事で話がついとるんよ。」

「それでいいなら、わざわざ広報部に入れずに、最初からそうすればいいのに……。」

「これも、広報部やからこその特例やで。芸能活動との二足のわらじ、っちゅう常時運用できへん要素が噛んでる上に、私も含めて三人とも学生やからこそ許された手や。」

 はやての言葉に、深く深くため息をつく。どこまでも今までの常識を蹂躙せざるを得ない自分達に、いろいろ疲れが出てきたのだ。

「まあ、それはいいとして、後は誰が内定してるの?」

「広報部以外で決まってるのは、ヴォルケンリッターだけや。因みに、新戦術とかも噛んでくるから、っちゅう名目でヴィータが、基本的な活動の場は地上やから、ってことでシグナムが参加する事になって、それやったらいざという時のコンビネーションも考えて、シャマルに出向してもらう事になってん。」

「本気で、制限ランク大丈夫なの?」

「今回は、もうすでに広報部におる子らは別枠扱いになってるから、どうにかはなる。鍛えた結果、認定試験でランクが上がった分も勘定に入れへん事になってるから、そこも気にせんでええ。」

「なんだか、他所の部隊の人に聞かれたら暴動が起こりそうな条件だよね。」

 なのはの感想に、苦笑しながら頷く。実際、この条件を決定するために、非常に揉めたのは事実だ。結局は将来的に今回別枠扱いになったイロモノどもを、普通の部隊に引っ張り込んで運用できるようになる可能性に賭けるということで反対派を納得させて承認を取ったのだが、結果としてヴォルケンズ以外で引っ張りこめる人員はランクA未満を最大五人、という制約がつけられてしまった。そこで出てきた話が、スバル、エリオ、キャロの三人を勧誘する、という案である。

「まあ、実際のところ、イロモノを他の部隊でも運用できるかもしれへん言う可能性と、発足してから一年間の期間限定でやる予定になってるから、今回はええかって目をつぶってもらった側面が大きいで。」

「だよね。そのぐらいの餌がないと、この条件はねえ……。」

「これ、一年間で他所の部隊との連携に成果が出なかったら、どうなるの?」

「そら、私の出世の見込みが無くなるだけの話やで。」

「うわあ……。」

 はやての言葉に絶句するなのはとフェイト。実際のところ、推進派の影響力が大幅に落ちるぐらいで、さすがにこんな目が出るかも分からない実験で、拒否権なしで隊長職を押し付けられたはやての出世の目を奪うほど反対派も鬼ではないのだが、彼女自身は割と本気で、失敗すれば出世が止まると思っている。

「まあ、そんなわけやから、あんじょう気張ってや。因みに発足は再来年の四月、つまりあと一年ちょっとしてからの予定やから、それまでに心の準備だけはお願いな。」

「うう……、そんな事言われたらプレッシャーが……。」

「……私、今からでも引退して翠屋を継ごうかな……。」

 なのはのあまりに都合のいい言い分に、思わず顔を見合わせるフェイトとはやて。思わずまじまじとなのはを見つめ、同時に同じ言葉を口にする。

「「なのは(ちゃん)、今更管理局をやめられると思ってるの(ん)?」」

「だよね……。」

 新しく見つけたやりたいことへの道。その道のりの遠さに心の中で涙するなのはであった。







「よく来てくれたわね、すずか。」

「あの、プレシアさん、お話って?」

「いくつかあるから、一つずつ片付けて行きましょう。」

 なのは達がはやてと話し込んでいるのと同じ時間、すずかはプレシアに呼ばれて、時の庭園に顔を出していた。

「まず、これを見てほしいのだけど……。」

「えっと、カツオ、昆布、イワシにちりめんじゃこ……?」

「ええ。あなたの目から見て、どうかしら?」

「……どれもいいものだとは思いますけど……?」

 問われてじっくり見たすずかの回答に、ガッツポーズを取るプレシア。割と本格的に料理をするようになってからこっち、すずかは食材の目利きもずいぶんと上達した。なのは達と共に、好きな人に美味しいものを食べて欲しい一心で鍛えたその眼力は、競りの市場のプロと比べても遜色がない。プレシアが用意した海産物は、そのすずかの目をもってしても、十分一級品であると太鼓判が押せる代物である。

「それで、この海産物はいったい?」

「私が買い取った無人惑星で取れたものよ。」

「は?」

「ついでだから、この塩もちょっと見てくれないかしら?」

 言われて差し出された塩何種類かを、ほんの少しずつ舐めて味見してみる。

「ちょっと個性が強いですけど、どれもいいお塩ですね。」

「そう? ちなみにどれが一番癖がないかしら?」

「えっと、私の感覚ではこれですね。」

 三つ目に味見をしたものを指し示す。それを見たプレシアが、少し思案する。

「やっぱり、海水から精製したものが、一番癖が少なくなるのね。」

「えっと、無人惑星を買い取ったって……?」

「いろいろ思うところがあってね。循環式農場プラントシステムとか、時間停止式食料保存システムとかの特許収入で、不便な立地にある海洋主体の地球型無人惑星を一つ、買い取ったのよ。」

 やたらスケールの大きい話を、何事もなかったかのように言ってのけるプレシア。毎度のことながら、この人の金銭感覚は理解できない。

「で、買ったはいいけど、獲れる海産物の質がどうか分からなかったから、ちょっと目利きしてもらったのよ。」

「はあ……。」

 プレシアのいまいちピントのずれた発想に、あきれとも感嘆ともつかない相槌を打つすずか。どうやら時の庭園では魚介類が手に入らないという不満や、作れる塩がごみを処理した時にできる分しかないという問題を解消するためだけに惑星を買ったようだが、費用対効果で言うなら最悪であろう。ぶっちゃけ、塩や魚介ぐらいは普通に買えよ、と言うのがすずかの率直な意見である。

「とりあえず、獲れるものは特に問題ないみたいだから、これで豆腐と鰹節の研究ができるわね。塩も新しくなるから、醤油も少しいじった方がいいかしら。」

「……あの、一つ質問いいですか。」

「何?」

「魚とか、獲り過ぎたりしないんですか?」

 すずかの質問に、思わず苦笑を浮かべる。当然と言えば当然だが、やはり、みんな最初に気になるのはそこらしい。特にじゃこなどは網いっぱいすくうイメージが強いし、イワシなどの小魚も、釣るよりむしろ網で一網打尽、と言うのが一般的な印象であろう。

「農園の方もそうだけど、収穫が上がりすぎて余った分は、許可を取った上で通販で売ってるから大丈夫よ。」

「そ、そうなんですか……。」

「因みに、一番高く売れるのは、ニホンミツバチを使って収穫したはちみつよ。そんなにたくさんの余剰が出来る訳じゃないから、入札制でものすごくいい値段になるわ。後は日本酒と醤油も人気ね。」

 割とずれた事を言い出すプレシアに、反応に困ってあいまいに笑って済ませるすずか。ここらへんの対応が、地味にフェイトと似ている。因みに、時の庭園の生産能力はフル稼働で、大体年に千人を飢えさせずに済む程度。昨今の次元世界全体の食糧需給からすれば、一般的な農家を圧迫するには程遠いレベルだ。販売物もどちらかと言うと調味料や嗜好品寄りで、どこかと競合すると言う事もあまりない。

 農場プラント自体は基本的に放置で勝手に生産するとは言え、やはりある程度は世話をするための労働力が必要だ。時の庭園では傀儡兵を改造して行っているが、買い取った企業や国家、自治体などは普通に雇用の場として利用している。魔力炉を使う事による生育の早さで収穫の回数が多いため、内戦などで産業が壊滅した地域の立て直しと飢餓問題の解決に大いに役立っているらしい。

「それで、お話ってそれだけですか?」

「いいえ。今の話はどちらかと言うと私の趣味が絡んだおまけで、本題はこれから話す方よ。」

 そう言って表情を正し、本来持ちかける予定だった話を切り出す。

「すずか、私の助手をやってくれないかしら?」

「えっ?」

「忍に聞いているわ。あなた、エーデリヒ式の修理・メンテナンスができるんでしょう?」

「はい。」

 エーデリヒ式と言うのは、ノエルやファリンのような自動人形の事である。彼女達は管理局の技術をもってしてもオーパーツと呼べる代物で、プレシアですらその構造を完璧に理解できているわけではない。そのエーデリヒ式であるノエルを修理しただけでなく、ファリンと言う新作を作り上げた忍は、次元世界屈指の技師であると言っても過言ではない。

 忍はその技術を、恭也との結婚を機に、もしもの時のためにすずかに伝授しているのだ。何しろ、それなりの頻度でちょこちょこドイツ方面に出張せざるを得ないのが今の忍であり、すずかが大学に入るぐらいの時期に、一度長期で向こうの一族のもとに行くことになっている。その間に何かあった時、誰もファリンのメンテナンスが出来なくなってしまう。そのため、念のためにすずかに、出来る限りの技術を伝授してあるのだ。さすがに忍のように一から自動人形を作る事は出来ないが、そっち方面の技術では、すずかは次元世界で二番目の腕を持っている事になる。

「本当は、忍に頼もうかとも思ったのだけど、あの子はあの子でいろいろしがらみがあるでしょう? かといって、なのはもフェイトも、完全にこっち方面からは興味が逸れちゃったし。」

「あ~、確かにそうですね。」

「それに、あなたにとってもメリットはあるのよ?」

「メリット、ですか?」

 微妙にいきなり飛んだ話の内容についていけず、思わず聞き返してしまう。

「ええ。一年あれば、秋葉原で買える部品で、ストレージデバイスぐらいは作れるだけの技術を仕込んであげられるわ。」

 プレシアの言葉で、意図するところを理解する。どうやら彼女は、すずかが優喜を追いかけて行っても、向こうで何とかやっていけるだけの知識と技を仕込むつもりらしい。仮にその気遣いが無用になったところで、その時はプレシアの後継者として育て上げれば済む話である。実際、プレシアの年を考えれば、そろそろ後を継げる人間を育てておく必要はあるし、管理局に所属していない人物で、技術や工学に興味を持っている人間は現状すずかだけだ。忍もおりを見ていろいろ吸収してはいるが、月村家の次期頭首としての活動が忙しく、思うようにはいかない。

「無理にとは言わないけど、どうかしら。」

「……この話、お姉ちゃんは?」

「もちろん、知っているわ。話を持ちかけた時、あなたが断らなければ是非に、と言っていたわよ。」

「もう少し、詳しい話を聞かせていただいて構いませんか? 拘束時間とかそういう部分が分からないと、ちょっと判断しづらくて。」

「ええ、そうね。すぐに資料を用意するわ。」

 そう言って、あわただしくデバイスを起動、割とごちゃごちゃに詰め込まれたファイルをあれでもないこれでもないと確認して行き、ようやく目的のものを呼び出す。それをすずかにもみえるように表示しながら、大雑把な概要と拘束時間、その他条件を説明していく。ぶっちゃけた話、今やっている習い事の絡みさえなければ、すずかにとってこれ以上ないぐらいの好条件である。すぐにでも飛びつきたいところだが、さすがにいくつか一存で決められない事もある。

「……すみません。すぐに決められない事があるので、この資料を頂いて帰ってよろしいですか?」

「ええ。でもその様子だと、結論は決まっているみたいだけど?」

「はい。ただ、それでも、さすがに勝手に決めるわけにはいかない事がいくつかありまして……。」

「まあ、忍なら事後承諾でも駄目とは言わないと思うし、ご両親の方はすでに実権を忍に譲っているも同然らしいから、忍がうんと言ったなら特に反対はしないとは思うけど。」

「私もそう思います。ただ単純に、これは人間として筋を通すべきだと思っただけですから。」

 すずかの真面目な意見に、一つ頷いて理解を示す。とは言え、それほど残された時間は多くはない。早急に話を終わらせる必要がある。

「それじゃあ、返事はいつでもいいけど、タイムリミットを考えたら早めにお願いね。」

「はい。」

 一つ頷いて退出しようとしたところで、何やら小包を持ってきたリニスが入ってくる。

「あ、もうお帰りですか?」

「はい。」

「だったら、少し待っていただけます? ちょっと持って帰って、食べてみていただきたいものがありますので。」

「分かりました。」

 リニスの言葉に頷き、立ったままその場で待機する。

「プレシア、必要なのは分かりますが、こういうのを使い魔の名前で購入するのはやめていただけません?」

「前、私の名前で買おうとしたら怒ったくせに。」

「当たり前です! どこの世界に、もうじき七十に手が届くのに、こんなものを堂々と買う女が居るんですか!? 余計な話を持ち込む老人たちに買わせればいいんです!」

 いきなり苦情を言いだしたリニスに目を丸くしていると、悪びれた様子も見せずにしれっとプレシアがすずかに声をかけてくる。

「これが何か、気になる?」

「気にならないわけでは……。」

「プレシア! うら若き乙女に、何を見せるつもりなんですか!?」

「別に無関係ではないのだし、いいじゃない。」

 そう言ってのけて、リニスの制止を振り切って、あっさり梱包を解いてみせる。中から出てきたのは、男ならば絶対見られたくないであろう、十八才未満御断りの写真集やビデオの類。

「……もしかして、これ……。」

「言うまでもなく、優喜の治療に使うものよ。毎回忍と一緒に厳選して発注してるわ。」

「……これを、ゆうくんが……。」

 顔を真っ赤にしながら、思わずまじまじと内容物を見てしまう。一発で分かる共通項目として、なのは、フェイト、そしてすずか自身に良く似た女性のものばかりだと言う事。無論、どちらの方が美人かと言えば、圧倒的に本物である。ボディラインも一枚二枚は本人の方が上だ。だが、そんな事は割とどうでもよく、すずかの中では妙な嬉しさと悔しさが渦巻いて居たりする。

「あの……、もしかして……。」

「わざと、あなた達に似たものを探して用意しているわ。今度機会があれば優喜の部屋を漁ってみなさい。多分、いくつかは残ってるはずだから。」

「……。」

 プレシアの言葉を聞き、魅入られたように、今のすずかでは年齢確認で引っ掛かるそれらのブツに恐る恐る手を伸ばす。写真の、映像の中で、自分達に似た女性が、どのような痴態を繰り広げているのか。どんなあられもない姿を、これから優喜に見せつけるのか。ある種の好奇心と女の部分に負けて、不思議な魔力を放つそれらの中身を確認しようとしてしまう。

「すずかさん! 正気に戻ってください!」

 慌てたようなリニスの言葉に、はっとなって手を引っ込める。危うくはしたない真似をしてしまうところだった。しかも、周期から言うと、そろそろ発情期が近い。こんなものを下手に見た日には、何をしでかすか分かったものではない。

「ご、ごめんなさい、リニスさん!」

「こちらこそ申し訳ありません。もう少し、プレシアのやりそうなことを予想してから詰め寄るべきでした……。」

「あら、いずれ近い将来にこういう事をしなければいけないのだし、別に見ても問題ないんじゃない?」

「プレシア、あなたは最近、デリカシーと言うものを投げ捨てすぎです!」

「そんなものを気にしていて、優喜の治療ができるわけが無いでしょう?」

 どうにもかみ合っていない議論を続ける主と使い魔。その様子を、身の置き場のなさそうな様子で見守るしかないすずか。年頃の乙女の前でやるようなものとは思えないケンカは、リニスが正気に戻るまで続けられるのであった。







「今日はお疲れさん。」

「悪いね、誘ってもらって。」

「いいって。人数足りてなかったのは本当なんだし。」

 夕方の翠屋。草サッカーの試合を終えた優喜と高槻君は、打ち上げ代わりのティータイムとしゃれこんでいた。

「しかし、やっぱりお前、がっつり悩んでるだろう。」

「……どうして?」

「今日の試合、いまいち加減が効いてなかったぞ。ユース期待の星のGKを、素人のシュートが体ごとふっ飛ばしちゃまずいだろう。」

「あ~、ごめん。」

 ずっと真剣にサッカーに打ち込んできた高槻君は、高等部進学と同時に、ユースの強化選手に選ばれていた。まだ未完成ゆえやや波があるものの、調子のいい時はプロの選手のシュートすら完全に止め切ることもあるというとんでもない実力を見せる彼は、自称ではなく本当にユース期待の星である。そのくせ、いまだに聖祥で上位三十人以内の成績を維持しているのだから、ある種の超人であるのは間違いない。

 そんな彼をサッカー漫画よろしくシュートで吹っ飛ばしてゴールを決めたのだから、明らかに優喜は加減が効いていない。もっとも、本当に手加減抜きだったら、ボールを破裂させるか、進路上の人間全部をふっ飛ばしてゴールネットをぶち抜くかのどちらかなのだから、いまいち加減が効いて居ないと言うレベルにはまだおさまっている。

「まあ、それ自体は構わないんだけどな。お前に付き合ってもらったから、ある程度プロでも通用してるんだし。」

「だといいけど、ものすごくアバウトにしか蹴ってないから、言うほど役に立ってたとは思えないよ?」

「まあ、コントロールとかは恐ろしくアバウトだったけどな。プロでもあの威力、あの切れ味で飛んでくるシュートはまれだから、あれに追いつけるんだったら、かなりの線で反応できるんだよ。」

「そういうもん?」

「そういうもん。」

 そこまで話して苦笑し、互いに飲み物を一口。高槻君はコーヒーだが、優喜はストレートティーだ。別にコーヒーが嫌いなわけではないが、翠屋だとどういう訳か、自動的に紅茶が出てくるのだ。

「で、何を悩んでるんだ? あいつらに、ガチの告白でもされたか?」

「まあ、そんな処。」

「へえ、ついに思い切ったか。いつだ?」

「ゴールデンウィークが終わってすぐぐらい。」

「そんなに前かよ。いくらなんでも、それは引っ張りすぎじゃないか?」

「僕もそう思うよ。」

 そこまで言ってため息をつくと、もう一口紅茶をすする。

「まあ、普通ならこの優柔不断め、とか言ってボコるところなんだろうけど、そんな単純な話でもないんだろう?」

「分かる?」

「ああ。だってお前、明らかに性欲の類が薄いだろう? 男子部なんて女子の目が無いから、結構エロ本の類とかエロトークとかフリーでやってるってのに、お前完全スルーじゃないか。恋バナ振られても曖昧に笑って逃げるし、よ。」

「それが不自然だってことは、分かってるんだよ?」

「だろうな。で、だ。お前のそういう様子から、聖祥全体でこういう説がまことしやかにささやかれてるんだが、知ってるか?」

「説?」

 高槻君の言葉に、怪訝な顔をする優喜。さすがにたかが性欲が薄い、と言うよりほとんど無いだけで、学説もどきが流れると言うのは、予想外にもほどがある。

「おう。お前みたいな『性別:お姉さま』は、性欲とか恋愛感情とかを超越した、崇拝されるための存在だ、って言うみょうちくりんな説がな。」

「ちょっと待てい!」

「言っとくけど、ガチで信じてるやつ、結構いるんだぞ?」

「てか、『性別:お姉さま』ってなんだよ!?」

「お前の場合、行動とか態度とか、たまにそうとしか表現できないところがあるからなあ。何というか、どっちつかずな感じなんだよな。」

 高槻君のとどめに、思わずテーブルに突っ伏しる優喜。そもそも、最初に言われ始めてからそろそろ四年がたとうと言うのに、まだそのネタを引っ張っていたこと自体がショックである。

「まあ、そこはどうでもいいっちゃどうでもいいんだが。」

「他人事だと思って気楽に言うよね……。」

「いやだって、どうにもならないし。」

「そりゃそうだけど……。」

 この分では向こうに帰らない限り、下手をすると就職してからも言われかねない。あまりのショックにそんな絶望的な予測すら立ててしまう。

「とりあえず、今はお姉さま関係は置いておこう。で、結局のところ、誰に応えるかを悩んでる、ってわけじゃないんだろう?」

「ん。正直に言うと、そもそもそこにすら至ってない。」

「最近、らしくなく恋愛小説だの少女漫画だのを借りまくってるのも、それが原因か?」

「だよ。正直に言って、いまだに恋愛感情とは何ぞや、と言うのが感覚として理解できない。」

 この際だからと、高槻君の口の堅さを信用して、正直に思うところを相談する。

「しかも、それでも誰か一人が特別に大事だ、って言うのなら返事のしようもあるけど、トータルだと三人の誰が特に気になる、って言うのもない。ぶっちゃけた話、高槻だって同じ程度には大事な人間なんだし。」

「そりゃ光栄だが、お前の外見でそういう下手な事を言われると、俺の彼女が非常に怖い。」

「向こうだって、そういう意味じゃない事ぐらいは理解してるんじゃないの?」

「あ~、やっぱりお前、本気で恋愛感情ってやつを理解してないな。今のでよく分かった。」

 高槻君の返事で、薄々そうではないかと思いつつ納得しきれていなかった事を、理屈として理解する。やはり、絶対大丈夫だと分かっている相手でも、恋愛感情が絡むと完全に信用するのは難しいらしい。むしろ、優喜のこの状態を理解したうえで、焼きもちも焼かずに一途に思い続けるあの三人がおかしいのだろう。

「やっぱり、高槻ぐらい噂の立たない奴で、しかもずっとクラスメイトで僕の中身が完璧に男だって分かってても駄目?」

「そりゃ無理だって。ある程度理解してはくれてるけどさ、それでも感情の上では納得しきれてないみたいで、お前とあんまり仲よくしてるとやっぱ機嫌悪いしさ。」

「腐女子って線はない?」

「ないない。八神かバニングスに聞いてみな。完璧に否定してくれるからさ。」

 その言葉に苦笑する。はやては身内に腐女子、と言うより貴腐人が居るためにそういうところに敏感で、かなり高精度の腐女子名簿を完成させていたりする。なんに使うのかは簡単で、自分が巻き込まれないようにするためだ。

「まあ、ちょっと話を戻すとだ。彼氏がお前と仲良く話してて機嫌悪くならない女なんて、俺が知ってる中じゃ八神とバニングスぐらいじゃないか?」

「ありがたくない話だなあ……。」

「むしろ、よくあの二人は普通で居られるよな。」

「まあ、付き合いの長さも深さも全然違うからね。」

 優喜の言葉に一つ頷くと、コーヒーを飲み干す。優喜も同時に飲み干したのを見てお代りを頼もうかと思ったら、いつの間にか士郎が来て注いでくれる。

「サービスするよ。」

「あ、どうも。」

「いやなに。大事な相談に乗ってくれてるみたいだしね。」

「単に愚痴を聞いてるだけですよ。」

 高槻君の言葉に魅力的な笑みを浮かべると、ついでにピザをテーブルに乗せ、伝票をすっと抜き取る士郎。あまりの好待遇に思わず恐縮する高槻君に苦笑すると、そのまま何も言わずに立ち去る。

「お前、大事にされてるな。」

「申し訳ないぐらいに、ね。」

「いいんじゃないか? それぐらいの事はしてるんだろ?」

「さあ、ね。」

 などととぼけてみせる優喜に苦笑し、折角おごってもらったのだし、と、ピザに手をつける。自分では気が付いていないようだが、目の前の女顔はあちらこちらにシンパが居る。高槻君自身も含めて、それだけの人間が世話になった、と言う実感を持っているわけで、例のお姉さまネタをある種の崇拝を伴っていまだに引っ張り続けているのも、それだけの実績を積み重ねたからに他ならない。正直、こいつを恋愛や性欲の対象として見る女を理解できない、そういう種類の人物だが、例の女教師よりはよっぽど人としてまともだとは思っている。

「まあ、話を戻すか。」

「うん。」

「お前、結局恋愛感情が理解できない、でも早く返事しなきゃいけない、ってことで悩んでるのか?」

「そうなるね。」

「だったら、早く返事しなきゃいけない、ってのは考えなくていいと思うぞ。」

 高槻君の意外な言葉に、思わず驚きの表情を浮かべる。その様子に苦笑しながら、言葉を続ける高槻君。

「だってさ、告白されたから返事を、なんて今更の話なんだからさ。」

「でも……。」

「と言うか、あれだけ露骨にアタックされて、返事無しでずっとじらされてきてるんだぞ? 高町は正確には分からないけど、五年ぐらいか? 月村とテスタロッサに至っては八年だ。よくもまあそれだけ続くもんだと思うけど、逆に言えば今更半年やそこらは誤差の範囲だってことだ。」

「かなあ?」

「おう。」

 そこまで言いきって、二切れ目を制圧にかかる。ピザは熱いうちに食べるのが一番だ。

「それに、だ。俺には詳しい事は分からないけど、お前が恋愛感情を理解できないって問題、あいつらずっと前から分かってたんだろう?」

「うん。」

「だったら、むしろ焦って分かったような理屈で無理やり出した答えなんて、別に欲しくないんじゃないか?」

「……あの子たちだったら、そうかもしれないね。」

「だろ?」

 そこまで言って、二人で半分ほどに減ったピザを処理することにする。

「……結局、本質が変わったわけじゃ無い以上、焦るだけ無駄か……。」

「だと思うぞ。無制限ってわけじゃ当然ないだろうけど、そんなに制限時間があるわけでもないんだろう?」

「でもないけどね。」

「まあ、それならそれで、ぎりぎりまで理解する努力をするしかないだろうさ。」

 高槻君の言葉に一つ頷くと、紅茶を飲み干して立ち上がる。それにあわせて、自分も店を出ることにする高槻君。

「今日はありがとう。」

「いやいや、いつも世話になってるし、愚痴ぐらいは聞くって。それよりこっちこそ、年末の忙しいときに、人数あわせで参加させて悪かったな。」

「気にしないで。僕も楽しかったから、いつでも呼んで。」

「おう。」

 そういって、未来の名GKに別れを告げ、自分の店に向かう優喜。

「しかし、あいつが恋愛感情を理解できないことを悩むとはねえ。」

 立ち去る優喜の後姿を見送りながら、しみじみつぶやく高槻君。今までの優喜の態度だと、理解できないで何が困るのか、それ自体分かっていなかったし、分かる必要も感じていなかったように思う。そう考えると、地道な歩みながら、少しは変わってきているのだろう。

「さて、どういう結末になるのかね?」

 そんなことをつぶやきながら、とっとと自分の家に帰る事にする高槻君であった。







「回収してきたぞ。」

「ああ、済まないね。」

 何ぞの研究に没頭していたスカリエッティに、背後からそう声をかける男。

「……やはり、タイムリミット寸前だったようだね。」

 男が回収してきたものを受け取り、しげしげと観察してそう結論付けるスカリエッティ。

「結局、それは何だ?」

「あれらと同じで、古代ベルカの遺産のようなものだよ。ただ、こっちに関しては、すでに消滅したものとばかり思っていたがね。」

 現在の研究成果を指示しながら、簡単に結論だけを告げる。

「……いつものことながら、たったあれだけの噂で、よくこんなものを探そうと言う気になるな。」

「探し物はちゃんと存在した。それで十分じゃないか。」

「全くご苦労なことだ。だが、こんなものを見落としているあたり、存外管理局の捜査網もざるだな。」

「君自身が言ったじゃないか。特に実害が出ているわけでもないのに、たかがあの程度の噂の真偽を確かめるほど、管理局の操作能力に余裕はないよ。」

 スカリエッティの言う通り、特に何があるわけでもない砂漠が大半の無人世界で妙な蜃気楼が立つらしい、などと言う単なる怪談と大差ない噂話の真偽など、わざわざ確かめるような暇人はスカリエッティぐらいなものだろう。しかも、噂の出所が、次元航路が荒れてその惑星に一時避難した船が二隻ほどと言う、普段がどうかを知らないと思われる連中から出たものとあれば余計だろう。そうでなくても次元航路が荒れるときは、近場の次元世界には妙な現象が起こりがちなのだから。

「そうだろうとは思うが、ドクターの現在の研究対象にしろこの遺物にしろ、我々のような小規模の犯罪者集団に先に回収されるあたり、管理局もスクライアも案外ざるだという評価は、さほど間違っているとは思っていないが?」

「興味の方向性と運が絡む話だ。それに、この程度の事で相手を軽視するのは、ただの慢心にすぎないよ。」

「否定の言葉もないな。」

 スカリエッティの指摘に苦笑し、とりあえず黙る事にする男。しばし、回収した遺物をチェックする音だけがその場に響き渡る。

「それで、研究の方はどうだ?」

「娘たちの方は、残りの三人の目途を来年中につけるつもりだ。あれについても、とりあえず大まかな改装は来年半ばぐらいに
終わるだろうから、後は細部の調整、と言ったところか。」

「ふむ。」

「もっとも、起動トリガーとなる『彼女』がどう仕上がるかによって、細部の調整日程も前後はするだろうがね。」

「予定は未定、か。」

「大抵の事はそうだよ。どんな天才や実力者が現実的な見通しの下で計画を立てても、案外予定どおりになど進まない物だ。」

 その言葉に違いないと一言返し、一番気になっていた事を問いかける。

「……管理局はどうするつもりだ? 当初の予定通りに喧嘩を売るつもりはないのだろう?」

「正直、脳みそどもが私が考えていた以上に惨めな死に様を晒したからね。高町なのはとフェイト・テスタロッサの事もあるし、正直リスクに見合うほどの動機が無い。」

「だろうな。」

「君とて、別段管理局全体に喧嘩を売りたい訳ではないのだろう?」

「無論だ。俺とあいつの目的は、本質的には管理局は関係ない。終わってしまえば犯罪者として捕まってもかまわん。」

 あっさりと言ってのける男に苦笑するスカリエッティ。最初押し付けられた時はただのでくの坊だったのに、いつの間にやら大口をたたくようになったものだ。

「ならば問題ない。正直、孤児院の事がある以上、あまり派手な喧嘩を起こすのは本意ではないからね。」

「無限の欲望ともあろう者が、ずいぶんと丸くなったな。」

「もともと、脳みそどもの事が無ければ、時空管理局が崩壊したり揺らいだりするのをありがたいと思っていたわけではないからね。我々のような立場だと、あの手の組織はあまり強くなりすぎるのも困るが、かといってがたがたになっても困る。本当に崩壊して治安の維持が不可能になってしまうと、技術型の愉快犯が事を起こす余地がなくなってしまう。」

「お前を信じて、打倒管理局と息を巻いている愚か者どもには聞かせられんな。」

「ああ。とはいえ、今となってはそういう連中が自滅してくれるのは、実にありがたい話になったからね。何しろ、今より治安が悪いと、孤児院の子供たちが悲惨な目にあう。」

 スカリエッティの言葉に、驚愕の表情を浮かべる男。

「本当に変わったものだな、ドクター。かつては誰がどんな悲惨な目に会おうと、痛めるような心など持ち合わせていなかったくせに。」

「ああ。だが、子供と言うものはいいものだと、孤児院を見ていて実感してしまってね。最初から完成された生き物を作る、などと言うのがどれだけ無意味な発想か、つくづく痛感するよ。」

「その台詞を吐いた口で、『彼女』に改造を施すのだから、矛盾していないか?」

「しょうがない。ここまで進めてきた研究を、少々情がわいた程度の事で変更する気にはなれないし、第一私は無限の欲望だよ?」

「そうだな。欲望が無限である以上、矛盾しても当然か。」

「そういうことだよ。」

 などともの分かりのいい事を言いあいながら、互いの言葉の真意や理解度合いを探り合う二人。刹那の沈黙の後、先に口を開いたのは、やはり男のほうであった。

「何にしても、手が後ろに回るようなへまだけはするな。そんな事になれば、孤児院の弟たちがどれほどのショックを受けるか分からんからな、親父。」

「君こそ、結果がどうなろうと、ちゃんと生きて帰ってきたまえ。もし死んでしまえば私もそれなりには悲しいし、娘たちがどれほど嘆くかは想像もできない。たとえ不完全であとどれぐらい生きられるか分からなかろうと、生きることに対する執念だけは捨てるんじゃないぞ、息子よ。」

 どこまで本心か分からず、だが少なくとも口先だけではない言葉を交わし、その場での互いに対する興味を失う二人。そのまま各々の仕事に戻る。だが、二人は知らなかった。この会話の一部始終を聞いていた者が居た事を。そして、その人物の手によって、彼らの望みが断たれてしまう事を。

 さまざまな思惑を孕みつつ、運命は静かに回っていた。



[18616] 第13話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:e010d421
Date: 2011/07/02 21:22
「なのは、フェイト、お疲れ様。」

 十一月頭。高等部での最後の文化祭。中央ステージ袖から控室のスペースに引っ込んだ二人を、アリサが出迎える。

「文化祭の出し物とはいえ、学校でアイドルのまねごとをするとは思わなかったの。」

「バリアジャケットを使わない早着替えは初めてだったから、上手くいくかドキドキしたよ。」

 アリサの言葉に苦笑しながら答え、さっさと着替えに入る二人。早く模擬店に戻らないと、クラスメイトがうるさい。

「それにしても、凄い盛り上がりだったわね。後のグループ、相当やり辛そうよ。」

「そりゃもう八年、ミッドチルダでアイドルをやってますから。」

「むしろ、プロなのに盛り上げられなかったらまずいよ。」

「それもそっか。」

 なのはとフェイトの返事に納得して見せるアリサ。因みに、どうしてこんな奇天烈な真似をしていたかと言うと、生徒会長になったアリサが、生徒会の企画として二人のミニコンサートを行ったからである。ただし、別段独断でやったわけではなく、冗談半分で口を滑らせた企画が噂として学校中を駆け巡り、引くに引けなくなってしまったのだ。

 これが、なのはとフェイトが普通の生徒であればこうはならなかっただろう。だが、二人は男子部・女子部ともに非常に人気が高く、また、その歌唱力は学校中に広く知れ渡っている。今まではクラスの出し物が合唱だったりキャンプファイヤーの時に歌ったりと言ったケースでしか、学校でクラスメイト以外に歌を披露する機会が無かった。そのため、流行りのアイドルソングを二人だけで歌ったことが一度もなかった事もあり、噂が独り歩きしてしまったのだ。

「二人とも、自由時間は?」

「残念ながら、今日はもうおしまい。」

「あとはずっと模擬店の番。」

「そっか、ごめんね。」

「気にしないで。歌うのは楽しいから。」

 そう言って、二人仲よく駆け足でクラスに戻る。あの分では、優喜のクラスの模擬店を見に行く余裕はなさそうだ。

「さて、あの子たちはあれを見ないで済んで良かったのか、それとも見られなかった事を後悔するのか……。」

 先ほど視察に回った彼のクラスの出し物。それを思い出しながらつぶやく。少なくとも、彼の事を知っている人間は初見で笑いをこらえるのに必死になり、その後女子は完膚なきまでにへこまされるわけだが。

「いい加減ワンパターンだっていうのに、いまだにネタにされるんだから、筋金入りよね。」

 そんな事を呟きながら、他の出し物を視察に向かう。生徒会長と言うのは、地味に忙しいのであった。







「待たせたか?」

「大丈夫。それより竜司君は本当にいいの?」

「いいの、とは?」

「私につきあって、大丈夫なの?」

「そのことか。」

 今更のような紫苑の言葉に、おもわず苦笑を洩らす。元々有給も代休もそれなりに残っているし、長期戦になりそうならば普通に休職届を、向こうに移住するつもりなら辞表を出すつもりで居るのだから、心配される筋合いはない。

「俺には俺の思惑がある。紫苑が気にすることではないぞ。」

「それでもごめんね。」

「気にする必要はない。俺にとってもちょうどいい機会だったにすぎん。」

「ちょうどいい機会?」

「うむ。美穂の件についてな。」

 そう言って、師の奥方から言われた事を話す。優喜が行方不明になる前に、師の奥方から、一度根本から価値観が変わるレベルで完全に環境を変え、その上で様子を見れば好転するのではないか、とアドバイスを受けたため、今回の事は丁度いい機会だったのだ。優喜に接触するついでに、そういう大きな価値観の変化がありそうな要素が無いか、確認を取ることにしている。

「なるほど……。」

「とはいえど、向こうに美穂を連れていくのがいい事だとしても、だ。まずは俺自身の生活基盤を確保できるかどうかが問題になる。何しろ、俺が職を得られなければ、あっという間に三人で食いつめる。」

 竜司の言葉は、かなり切実な問題だ。どんな問題も、まずは食っていけないと話にすらならない。心の問題がどうこう言えるのは、食っていける人間だけである。本当の貧乏人は、どんなに体がきつくても、食うために命を削るしかないのだ。

「何にしてもまずは、向こうに行ってからだ。」

「そういえば、お師匠様は?」

「何ぞ外せない用事が出来たとかでな。ゲート開閉のためのキーだけ俺に押し付けて、そのままどこかにとんずらだ。」

「……そう。」

 どうやら、優喜を探すのは二人だけでやることになりそうだ。

「とりあえず、向こうの季節は秋から初冬と言っていたが、そのための準備はしてあるか?」

「大丈夫。最悪の事も考えて、ダウンジャケットも用意してあるから。」

「そうか。まあ、足りんとなれば、俺の分を貸そう。」

「ありがとう。」

 そのやり取りを終えた後、ゲートを開こうとして思いだした事を口にする。

「そういえば、忘れていた。」

「何を?」

「いろいろ事情があって、ダイレクトに優喜の居るところにゲートを開けないらしい。関係者の誰かのところにはつながるそうだが、即座に出会えるとは限らんそうだ。」

「もしかして、それがあるから竜司君を?」

「そういうことだな。」

 元々、彼らの師にとっては、ゲートを開いた後の事は管轄外なのだ。そもそも、弟子のためとはいえ、無償で異世界へ行き来するためのゲートを作ると言うだけでも、出血大サービスと言ってもいい。そう考えると、即座に目当ての人物に行きつかない事ぐらい、許容するしかないだろう。

「まあ、安心しろ。あの師匠の事だ。少々手間はかかっても、必ず優喜のもとにたどり着くようにしているだろう。」

「……うん。」

「では、ゲートを開く。覚悟はいいか?」

「お願い。」

 紫苑の返事を聞いて、特に溜めもなくゲートを開くためのトリガーを入れる。何の感慨も抱かせずに目の前の景色が変わり、紫苑と竜司は見たこともない場所に放り出されるのであった。







「さて、発足まであと四カ月ほどとなったが、進捗はどうかね?」

「隊舎の方はほぼ完成しました。あとは内装を終えて、設備の納入、配線と言ったところです。」

「舞台装置も、一部納品が遅れそうだと言われた分について、どうにか間に合わせるための目途が立ちました。」

 リンディとレティの返事に、小さく頷くグレアム。本来なら他にも話を聞くべき人員は居るのだが、さすがに文化祭真っ最中の聖祥組を呼び出すわけにもいかず、聖王教会組は聖王教会組で突発事態の対応のため遅刻すると連絡があったため、少しばかり会議の人数が少なくなっている。レジアスも陸の急用に対応するために不在で、代理としてオーリスが来ている。

「こちらの方も、これと言って遅れている要素はないわね。ただ、今更言いだす話ではないのだけど、一つ提案していいかしら?」

「何かね?」

「廃船になるL型次元航行船を一隻、広報部に譲ってもらえないかしら?」

「……突然だね。理由を聞いていいかね?」

「例の予言とやらを聞いての思いつきよ。ちょっとばかりいろいろ改造をして、いろいろな事に備えておこうかな、ってね。」

 プレシアの言葉に、少し考え込むグレアム。いかに本局の予算も地上の予算も食ってはいないと言っても、現時点での設備・装備だけでもすでに方々からの反発を招いている。そこに、廃棄する前提のものとはいえ、次元航行船までとなると、容易にうなずける話ではない。

「難しいのなら難しいで構わないわ。あればいろいろな事に使える、という程度だし。」

「……そうだね。レティ君、L型次元航行船一隻の維持コストと、必要になる施設についての情報を。広報部の予算の残りで不可能であれば、検討の余地もないからね。」

「現状、一年の期間限定と言う事を考えれば、運用コストそのものは全く問題ありません。施設の建設費も、どうにかなると思われます。収益が現状のまま推移するのであれば、建設費用も一年で穴埋めが可能な金額に収まります。」

「となると、あとはどういう口実でねじ込むか、だね。」

 グレアムの問いかけに、案を考えるために沈黙する一同。

「思い付く口実など、廃船を利用した各種実験ぐらいですね。具体的には、新造船でいきなり実験するのがはばかられる、新規装備の運用実験、と言うのはどうでしょうか?」

「そのレベルの話になるのかね?」

「もちろん。計画内容を聞けば、新造船はおろか、廃船を利用しても普通は許可が下りない物を考えているわ。」

「と、なると、イロモノ部隊である事を最大限利用した各種実験の一環、と言う口実で黙らせるか。」

 プレシアの台詞に、言いようのない不安を感じながらも、リンディの提案を受け入れる。

「オーリス君、リンディ君、陸の連中を牽制することはできるかね?」

「それが私たちの仕事です。」

「では、頼もう。海の連中は私が、と言いたいところだが、いつまでも年寄りが出しゃばるのも良くない。レティ君、出来るところまでで構わんから、既得権益にしがみついた、頭の固い連中を黙らせてくれないかね?」

「微力を尽くします。」

 割と逞しく、力強く育った中堅どころに目を細めるグレアム。これでリンディがレジアスの代わりに、陸の連中の手綱を握り、若手と呼べる年のオーリスやはやてにバトンタッチ出来れば安泰だろう。海の方は、クロノをはじめとしてトップも参謀も順調に育っているから、陸よりも状況は明るい。そして、レティの年齢なら、クロノの世代がトップに立てるまで十分務まる。

 特に、堅物で融通が効かないところがあったクロノが、己の正義や理想を見失うことなく、必要とあらば法の拡大解釈やマッチポンプも辞さない頼もしい存在に成長しているのが大きい。しかも、明確なビジョンを十分な説得力を持って周囲に語り、その上で理想と現実の距離を理解し、ギャップを埋めるために小さな努力の積み重ねをいとわない、と言う理想的な人物に育ちつつある。問題をあげるなら、折角磨いた戦闘技術が錆びつきつつあることだろうか。

「後は、人員の問題だが、そちらの方は?」

「エリオとキャロは問題ありません。ただ、スバルはすぐに話をつけるのは難しいかと。」

「何故だね?」

「スバル自身は問題ないのですが、陸士学校でコンビを組んだティアナ・ランスターとの関係がネックになっています。」

 いまいちよくわからない報告が、オーリスから上がってくる。

「その、ティアナ君が何か問題なのかね?」

「スバルが、ティアナと一緒でなければ異動しない、と言っているのですが、肝心のティアナが難色を示しています。」

「……まあ、それは仕方がないだろう。今までのイメージでは、広報部に所属する事はすなわち、出世と縁を切ると言うことだからね。」

 グレアムの言葉に苦笑する一同。実際のところはなのは達の一尉待遇を例にあげるまでもなく、普通にある程度の出世はするのだが、少なくともエリート街道からは横道にそれる。

「後、なんとなくだけど……。」

「何か心当たりでも?」

「広報部送りになると言う事は、要するに普通の部隊では使い物にならない不適合品と言う風に思われるわけだから、それなりにプライドがある子だったら、少々待遇が良くなるぐらいじゃうんと言わないのではないかしら?」

 プレシアの言葉に納得する一同。

「……それもそうだな。となると、今回の趣旨を徹底的に浸透させる必要があるね。今広報に居る子たちのためにも、早急に頼みたい。」

 グレアムの言葉に頷く三人の女性幹部。

「それで、そのティアナ君の実力、リンディ君から見てどう思う?」

「案外、いい拾いものかもしれません。」

「理由は?」

「実績を見せてもらったのですが、席次こそ主席をスバルに譲って次席なれど、そのスバルの実績のほとんどはティアナがコントロールして得たものです。何より注目すべきは、完璧とまでは言えないまでも、スバルの能力を殺さずに他のチームとのチームプレイを成立させた実績がある事でしょう。まだまだ荒削りですが、今回の目的を考えるなら、ぜひとも部隊に引き入れるべきだと考えます。」

「そうか。ならば、引き続き説得をお願いしたい。」

「了解しました。」

 グレアムの要請に、力強く返事を返すオーリス。大体確認すべき事を終えたところで、一息ついてグレアムが言葉を続ける。

「さて、来年一年が正念場だ。上手くいけば、内部の旧弊を一気に片付けられる。」

「そううまく行くかしら?」

「そこはやってみねば分からないが、ただ、少なくとも、餌に対する食いつきは十分だよ。」

「そうなの?」

「ああ。既得権益にしがみつく連中には脅威で、かといっていちゃもんをつけて叩き潰すには成果をあげすぎた。今回の件は、その手の連中にとっても絶好の機会だ。気の早い連中は、すでにあの手この手で妨害工作を仕掛けてきているよ。」

 グレアムの、実に嬉しそうな言葉にため息をつくプレシア。

「すでにってことは、今回レジアスがこっちに居ないのも……。」

「ああ。下らぬ横やりを入れてきた連中が、少々やり方を失敗して自滅してね。その尻拭いに行っている。」

「まったく、こんなところをエリオ達には見せられないわね。」

「まあ、外に漏れたら大問題だろうが、そのために我々が頑張っている。それに、大事になったところで、私とレジアスの首でどうにか収めてみせるよ。」

 能天気に言ってのけるグレアムに、思わず心の底からため息が漏れるプレシア。

「それにしても、見れば見るほど、よくこの条件を飲ませたわね。リミッターの一つぐらい、かけても良かったのではないの?」

「では、逆に聞くが、どこまでリミッターをかければ、この陣容を正規の保有制限に落とし込めるのかね?」

「……無理ね。さすがに新人グループの子たちにリミッターをつけるわけにはいかないし、かといって現在稼働中の人員だけリミッターをかけるとなると、今度はほとんどただの人になるし。」

「そういうことだ。さらにもう一つ言うなら、最大能力のまま他の部隊と部隊行動を取れるようにせねば意味が無いのだから、はなから保有制限など守りようがない。バラで他の部隊に分散させろと言っても、現状では受け入れ側が拒否するのだから、他に手立てなど、ね。」

 現状を分析すればするほど、この部隊が微妙なバランスで成り立っていることを思い知る。それでも、この手の新しいスキルが、最低ラインの市民権を得ようとするまでの時間としては、十年は短い方だ。一般化するまでにはまだまだ高いハードルがあるが、少なくとも竜岡式の鍛錬法とその成果については、いい加減はっきり表に出すための土台は整いつつあるようだ。

 今までに類のない規模の部隊。洒落の通じない戦力。部隊編成に絡む全ての慣例を吹き飛ばす、新しい風。既得権益にしがみつきたい連中でなくとも、警戒せずには居られないだろう。だが、逆に今までに例が無いからこそ、どれほどの事が出来るのか、管理局上層部の全ての視線が注がれている。渦中に巻き込まれた若者達は気の毒だが、環境を変えるのは常に若い力だ。

「この件がうまく行って、君達にバトンを渡すことができれば、ようやく老害を一掃できたと胸を張れる。」

「まだ感慨にふけるのは早いわよ。貴方達が三脳の代わりにならずに済むボーダーラインは、まだもう少し向こうよ。」

「ああ、分かっているさ。」

 三脳を引き合いに出され、表情を引き締めるグレアム。俗物でこそなかったが、周りを信頼して後を任せきることができなかった者たち、そのみじめな最後。あれこそ、権力者として己を戒めるべき最高の教材だろう。たとえ組織が心配だったからと言っても、たとえその理由が自己の保身のためでなくとも、引きどころを間違えてしまえば最後はろくなことにならない。グレアムもレジアスも、彼らの最後を己の肝に銘じ、それゆえに強引ともいえるやり方で世代交代を図っているのだ。

「それにしても、カリム君達は遅いね。何があったのやら。」

「連絡を取ろうとしているところなのですが、強度のジャミングにさらされているようで、通信がつながりません。」

「……物騒な話だな。彼女達が対応を迫られた突発事態、と言うのは聖王教会本部の事ではないのかね?」

「その件はすでに終わっているそうで、先ほど本部を出発したそうです。」

「転送装置でこちらに来るのではないのか?」

「先ほどの件の後始末で少々寄り道が必要だとのことで、今は車で走っている最中のはずです。」

 どうにも不審な言葉に、ある種の不安を隠せない一同。彼らの不安は的中していた。カリムとシャッハは、反夜天の王グループの過激派と一部の犯罪組織、そして既得権益を侵されようとしている上層部の下種達によって、窮地に立たされていたのであった。







「せいっ!」

 肉薄してきたガジェットドールを、ヴィンデルシャフトで粉砕する。すでにこれが何体目か、数えるのも億劫になっている。視界を埋め尽くすガジェットドールと合成生物の群れに、ベルカ騎士たちは窮地に陥っていた。

「シャッハ!」

「まだ大丈夫です!」

 守るべき主に健在を主張し、突出してきた魔法生物を屠るシャッハ。普段なら、たとえAMF下であったとしても、何体居ようと問題にならない雑魚の群れ。だが、今回ばかりは様子が違った。

「さすがの魔女の発明品も、ロストロギアを無力化するまでは至りませんでしたか……。」

「言っても詮無い事です、騎士カリム。」

「ええ。ですが、何故管理局で厳重に封印管理されているはずのものが、再び犯罪組織の手にわたっているのか、ここを切り抜けた後に徹底的に調査していただく必要がありますね。」

「無論です。ですが、まずはここを切り抜けねば、絵に描いた餅にもなりません!」

 ロストロギア・縛めの霧。かつてなのはとフェイトを窮地に陥れた、魔導師達にとって天敵ともいえる遺物。大概に魔力を放出することが少ないベルカ騎士だからこそ持ちこたえては居るが、それでも生身で戦車を相手にする、と言う次元から、生身で小型車両をどうにかする、と言うレベルに落ちて居る程度だ。バリアジャケットもまともに維持できぬほどの濃度のAMF下では、たとえ現在では旧式の初期型ガジェットドールといえども、その程度の脅威にはなる。

「総員、状況報告を!」

 更に距離をつめてきた合成生物を屠りながら、護衛たちの状況を把握するために声をかける。

「二番隊、全員無傷! 右翼の第一波を殲滅完了!」

「三番隊、同じく全員無傷!」

「四番隊、負傷者一人! 戦闘に支障なし!」

 意気高く返事が返ってくる。これなら、突破口を探す時間ぐらいは稼げそうだ。問題は、相手の物量が異常に多い事だろう。突破口を探りながら、少しでもミッドチルダ市街に近付けるよう、じりじりと移動する一同。さすがにミッドチルダにさえ辿り着いてしまえば、縛めの霧があろうとこの程度の物量はどうにかできる。

(おかしい。いくら旧式と言っても、ガジェットドールの数が多すぎる。そこまで数をそろえられるほど、安くはなかったはず……。)

 突破口どころか、押し込まれないように敵を迎撃するだけで手いっぱいになるほどの物量。どこの組織かは知らないが、いくらなんでも異常過ぎる。

 確かに、ベルカ騎士の精鋭が守るカリム・グラシアを確実に仕留めるとなると、この程度の物量は最低ラインだろう。だが、繁殖がうまくいけば簡単に数がそろう合成生物はまだしも、ガジェットドールは生産拠点がそれほど多くない。こちらの数をそろえるなら、旧式の傀儡兵を集めた方がコストパフォーマンスは高いはずである。しかも、縛めの霧があるとなると、ガジェットドール最大の売りであるAMF関連機能は、ほとんど無意味だ。

 傀儡兵より勝る部分があるとすれば、装甲の厚さと質量兵器を搭載しているところ、後は機械兵器のくせにやたら柔軟な動きをしてくる点か。数で押す戦術をとる以上、コストパフォーマンスを切るほどのメリットとは言い難い。などと思案しながら必死に突破口を探しているうちに、護衛達の間にほころびが出始めた。

「くっ、かたいな!」

 生身の人間が斬り裂くには、少々ガジェットの装甲は分厚すぎた。シャッハの周りの残骸が二十を超えたあたりで、ついに護衛の中に戦闘不能となる人間が出てきた。むしろ、ほとんど魔法が発動しない状態で、一人頭二桁のガジェットを仕留めていること自体が称賛されるべき要素だろう。

 一度ほころび始めると、戦況が傾き始めるのはすぐだった。次々に魔力切れを起こし、戦闘能力を維持できないほどの負傷を負い、一人、また一人と倒れていく騎士たち。一向に減らない雑魚の数。突破口を開こうにも、背中を見せれば一瞬で肉塊に変えられる事請け合いの状況。普通に考えれば、最初から詰んでいたのだ。

「どうやら、最初からはめられていたようですね。」

「騎士カリム!?」

 やけに冷静に、だが特に希望を失った様子もなく、そんな事を漏らすカリム。その様子に目を剥きながら、カリムに躍りかかった合成生物を叩き落とす。

「ですが、断言はできませんが、もしかすれば援軍が来るかもしれません。」

「援軍!?」

 カリムの言葉をシャッハが問いつめようとした瞬間、派手な爆発音とともに三機ほどのガジェットドールが吹っ飛ぶ。

「な、何が起こった!?」

「何、と言われてもだな……。」

 いきなりの事にうろたえた、魔力切れを起こして戦闘不能になった護衛の叫びに、男くさい声がとぼけた感じの返事を返した。爆風が晴れた後には、なぜか四機分のガジェットドールの残骸が。

「な、何者だ?」

「それは後にした方がいいのではないか? 見たところ、ピンチなのだろう?」

 やはり緊張感のないとぼけた口調で、返事を返した何者か。問題なのは、一向に姿が見えない事である。

「どこに居る!?」

「そろそろそちらに到着する。」

 その言葉とともに、三時の方角の敵集団が爆散し、同時にカリム達の居場所に巨大な影が飛び込んでくる。

「なかなかにひどい有様のようだな。」

 現れたのは二メートルを超える、筋骨隆々の男くさい容姿の男だった。人種はなのはやはやてと同じだろう。背に割と大きな荷物を背負い、お姫様だっこで同じ人種の美女を抱え込んでいる。

「貴方は?」

「さっきも言ったが、それは後にしよう。まずはあれを掃除してからだ。」

 そう言って、抱えていた女性をその場に下ろすと、雑魚が最も密集した場所に、適当に拾い上げたガジェットドールの残骸を投げ込む。適当に投げたように見えるくせに、投げられた残骸は放物線ではなく地面と平行に飛んでいくのだから、とんでもない馬鹿力と投擲能力である。

「すまんが、俺の連れには戦闘能力が無い。出来たら一緒に守ってやってほしい。」

「わ、分かった……。」

「紫苑、殲滅してくるから、五分ほど待って居ろ。」

「ええ。」

 紫苑と呼ばれた女性は、大男の言葉を疑いもせずに従う。その後はでたらめだった。大男が拳を振るうだけで、書割のようにガジェットドールの群れが吹っ飛んでいく。適当に叩きつけるだけで、ギャグ漫画のように合成生物が地面にめり込む。何よりでたらめだったのが、普通の人間なら跡形もなく焼き尽くされるほどの数のレーザーを叩き込まれて、服すら焦げ付かなかったことだろう。

「あそこか。」

 カリム達が待機しているあたりの雑魚を綺麗に殲滅し終えた大男は、最も密集していると思わしきあたりに、何のためらいもなく飛び込んで行く。ど真ん中に飛び込んだ大男は、何を思ったか空を見上げ、何もない場所でえぐりこむようなアッパーカットを虚空に向けて放つ。

 アッパーカットと同時に、まるで真龍が吠えたかのような轟音が起こり、それと同時に巨大な龍の姿をした気功弾が、天に昇っていく。一拍遅れてすさまじい衝撃波が周囲を薙ぎ払い、一瞬にして残りの雑魚を消滅させる。竜が消えると同時に、上空で一つ爆発音。

「ふむ、これで終わりか。」

 綺麗に跡形もなく雑魚を制圧しきったことを確認し、そうつぶやく大男。長めにサバを読んで五分と言ったが、どうやらカップヌードルができるよりは早く終わったようだ。

「……。」

「どうした?」

「……いや、己の鍛錬不足を痛感していただけです。」

 年齢不詳の大男に対し、苦笑交じりにそう答えるシャッハ。

「詳しい事は分からんが、お前たちがあの程度の連中に苦戦していたのは、この妙な力場のせいだろう?」

「……分かるのですか?」

「ああ。友人ほど鋭くはないが、それでもこれだけの濃度ならさすがに気がつく。もっとも、俺達の技能には一切関係なかったのが、連中の運のつきのようだがな。」

 そう言った後、何かを探すように周囲を見渡し、唐突にどこかへ走っていく。フェイトもかくやというスピードでどこかへ消えた大男は、猛烈なスピードで何かを持って戻ってきた。

「どうやら、こいつが原因らしいな。心当たりは?」

「痛いほどに。」

「ふむ。まあ、使い方も分からんし、壊していいなら壊すが?」

「私が使い方を心得ていますので、その必要はありませんよ。」

「そうか。ならばあなたに預けよう。」

「感謝します。」

 大男からロストロギアを受け取り、とりあえずこの場ですべき事後処理を終える。さっさと縛めの霧の機能をオフにし、教会の方へ連絡を取る。襲撃の最初の段階で車をすべて破壊されており、迎えをよこしてもらわない事には移動が大変なのだ。そうでなくても怪我人が多数出ている。

「それで、あなたはいったい何者なのでしょうか?」

「俺の名は穂神竜司。見ての通り、単なる通りすがりの大男だ。こちらへは、そちらの女性につきあって人探しに来てな。」

「人探し、ですか?」

「ああ。竜岡優喜、という男を知らないか? 女にしか見えん男で、温和な顔をして実に食えん奴なのだが。」

 大男の言葉に、驚きと納得を持って頷き合うカリムとシャッハ。どうやら、来るべき時が来たようだ。

「よく存じております。これからその関係の話し合いに向かうところでしたので、ご一緒しましょう。」

「ほう? それは助かる。だが、いいのか?」

「ええ。優喜さんにはお世話になっていますし、あなたは命の恩人です。ただ、申し訳ありませんが、迎えの者が来るまでは、ここを動く事ができません。それだけはご了承ください。」

「だ、そうだ。どうやら当りを引いたらしいぞ、紫苑。」

「当りを引いた、と言うより、お師匠様が分かっててここに送り込んだ、と言う方が正解かも。」

「違いない。が、過程はこの際どうでもいい。違うか?」

 大男の言葉に苦笑しながら、上品に頷く紫苑と呼ばれた女性。彼女が向こうの優喜の関係者の中心人物だとすれば、なのは達にとってはなかなか、と言うよりかなり手ごわい相手が現れたものである。

(これは、意外に面白い事になるかも?)

 そんな事を内心考えてしまうシャッハ。堅物そうに見えて、その実結構ラブコメだの修羅場だの恋バナだのが好きなおとめチックな女性であった。







「えらい連絡が来たで。」

 初日の後片付けを終え、ようやく家路に就こうかと言うタイミングで、優喜達が出てくるのを待っていたはやてが真剣な顔でそう告げた。

「えらい連絡?」

「なのはちゃん、フェイトちゃん、すずかちゃん、落ち着いて聞いてな。」

「落ち着いて、って……。まさか!?」

「多分そのまさかや。」

 凍りつくなのは達の顔を見てため息をつくと、言葉を続ける。

「迎えが来たそうや。」

 はやての言葉に、覚悟をしていたはずなのに、顔から血の気が引くのを止められないなのは達。その様子にため息をつきながら、聞くべき事を聞くアリサ。

「どんな人が来たの?」

「会ってからのお楽しみや、言われてな。二人来たってこと以外は教えてくれへんかった。優喜君、心当たりは?」

「一人は確定してるけど、もう一人は心当たりが何人か居るから、分からない。」

 優喜の返事に、そっか、と一言だけ返し、また沈黙する。

「それで、今どこに?」

「今さっき時の庭園についたらしいわ。どうも、カリムのごたごたに巻き込まれたそうでな、来た、言う第一報から大分到着が遅れた見たいやで。で、これからざっとした説明を受けるらしいわ。」

「となると、さっさと顔を見せに行った方がいいかな?」

「優喜君がそれでええんやったら、そうしてくれる?」

「僕は構わない。」

 優喜の返事に、少しため息を吐き出すはやて。さすがに優喜自身の主観時間で十年近い年月がたっているとなると、少しぐらいはためらいがあるかと思ったが、どうやらそういうのはないらしい。

「なのは、フェイト、すずか。いつまで固まってるのよ?」

「……うん、そうだよね。」

 アリサの言葉に、一番最初に再起動したのはなのはであった。

「我ながら、情けないよね……。」

「なのは?」

「覚悟、決めてたつもりなのに、いつか来ると分かってたのに、いざ来てみると、急に怖くなっちゃって……。」

 その言葉に、ため息しか出ないアリサとはやて。なのはの事を情けないとは思わないが、難儀な話だとは思う。

「ねえ、優喜……。」

「フェイト?」

「その、確実に来てるはずって言う人は、どんな人なの?」

「僕の幼馴染で、琴月紫苑って言う女の子。なのはと近い立ち位置かな?」

「えっ?」

「僕はずっと、その琴月さんの家でお世話になってたから、ね。」

「そっか……。」

 その言葉で、何かを悟る三人。顔も知らない女性だと言うのに、かなりの強敵ではないかという警戒心と、妙なシンパシーを感じてしまう。

「……よし。」

「すずか?」

「怯んでてもしょうがないし、先延ばしにできる事でもないから、行くなら早くしよう。」

 どうやら、覚悟を決めなおしたらしい。ようやく腹をくくった三人に、少しほっと溜息をつく。

「あ、でも、ちょっと寄り道して大丈夫かな?」

「何よ、なのは。怖気づいた訳じゃないんでしょう?」

「手土産ぐらいは、持っていった方がいいかなって。だから、翠屋に寄り道したいんだけど。」

「なるほどね。了解。」

「だったら、時の庭園まではムーンライトの転移装置を使おうか。」

 優喜の提案に頷く一同。さすがと言うかなんというか、腹をくくってしまえば話は早い。着替える暇はさすがになさそうだと判断し、迎えに来てくれたノエルの車で、さっさと商店街に向かう。

「はい、これ。」

「ありがとう。お金は……。」

「いいわよ。今回は高町家の事でもあるし。」

「うん、ありがとう。」

「頑張って。」

 桃子の激励とともに、手土産のスペシャルシュークリームを受け取ると、背筋を伸ばし胸を張ってムーンライトへ向かう。優喜にとっては九年半ぶりの再会、なのは達にとっては宿命の邂逅の時は、刻一刻るのであった。







「いらっしゃいませ。」

「紫苑達は?」

「貴方の普段の食生活の話題になったので、農場を見せて説明中です。」

「そっか。」

 とりあえず、まだ大した話はしていないらしい。そう判断して、一旦合流するために農場の方へ向かおうとすると……。

「フェイト、なのはさん、すずかさん。」

 リニスが突然、三人を呼び止める。

「どうしたの、リニス?」

「敵は手ごわいですが、あなた達も負けてはいません。相手に飲まれないよう、お腹に力を入れなさい。」

「……そんなに、すごいの?」

「正直なところ、スペックだけで言うなら、あれだけの女性はそうは居ないでしょうね。」

 リニスの言葉に、顔が険しくなるのを止められないなのは達。敵対する気はないとはいえ、そういう意味で手ごわいと言われて冷静で居られるほどには、自分達に自信もなければ、持ち続けた思いも軽くない。

「女の戦いの予感ね。」

「蚊帳の外でよかったのか悪かったのか、言う感じやな。」

「外野で良かったって、顔に書いてあるわよ。」

「いやん、ばれた?」

 などと、深刻な顔をしているなのは達に聞こえないように、裏でこそこそささやきあうアリサとはやて。完全に他人事、というわけではないにせよ、当事者とは口が裂けても言えない立場ゆえの気楽さだろう。

「さて、そう簡単に行くんでしょうか。」

「リニスさん?」

「あの優喜君の正真正銘の幼馴染だけあって、一筋縄ではいかないタイプの女性ですよ。もっとも……。」

「ん?」

「私としては、一緒に来たもう一人を見た時のあなた達の反応の方が、女の戦いよりずっと楽しみでしょうがないのですが。」

 あのリニスにそこまで言わせる人物。その時点で非常にやばい気がする一同。このあたりで優喜は、大体誰が来てるか絞り込んだようで、苦笑しながら肩をすくめる。

「さて、どうせここでリニスさんに詰め寄っても、これ以上の情報は言わへんやろうし、さっさとお迎えの顔を拝みに行こうか。」

 はやての言葉に頷く一同。敵対していると取られないように、どうにか固い表情をほぐすなのは達と、それを見て苦笑するしかないリニス。心情的には彼女達の味方ではあるが、それはそれとして女を磨く絶好の機会だろうと、あえて突き放すことにしたらしい。間違っても、修羅場を見てワクテカするのが目的ではない、はずである。

「今は畑の方に居るそうです。」

「了解。」

 リニスの言葉に頷くと、勝手知ったる人の庭、と言う感じで農園の方に向かう。途中で消毒を受け、畑に足を踏み入れると……。

「やっぱりか。」

 優喜にとってはよく見知った、がっしりした体格の何者かが、食べごろのキュウリを一本、生のままじかにかじっていた。その姿を見た優喜は、なのは達を放置してその人物に歩み寄って行った。

「来たか。早かったな。」

「ん。久しぶり。」

「うむ。元気そうで何よりだ。」

「そっちも、食うには困ってなさそうで良かった。」

 挨拶をしながら、聴頸をするかのごとく腕を交差させる。それだけで、どんな暮らしをしているかぐらいは大体分かる。その様子を、正確には話し相手となっている人物の巨体を見て、唖然としているなのは達。それもそうだろう。百七十センチ台を折り返している優喜と並んで、四十センチぐらい背が高いのだ。しかも、見事としか言いようがないほど鍛えられた肉体を持っている。度肝を抜かれてもしょうがないだろう。

「いろいろ悩んでいるようだが、俺達が来たのは迷惑だったか?」

「まさか。いずれ一度は戻るつもりだったけど、こっちからじゃ糸口もつかめなかったから。」

「そうか。」

 などと和やかに話をしていると、目を丸くして優喜の話し相手を見ていたフェイトが、恐る恐る口を開く。

「あの、優喜、もしかして……。」

「ん?」

「その人が……、紫苑さん……?」

 フェイトのあまりにあまりな発言に、その場の空気が凍りつく。

「いや、ちょっと待って、フェイト……。」

「フェイトちゃん、どう見てもこの人、男の人やん……。」

「優喜のケースがあるから、見た目は当てにならないよ!」

「いや、確かにそうかもしれへんけど、さすがにこれと優喜君の絡みとか、私の中の何かが激しく拒絶してるんやけど……。」

 そのやり取りを困ったような顔で聞いていた正体不明の人物が、困ったように口を開く。

「なあ、優喜……。」

「何?」

「この場合、この空気だと、俺が琴月紫苑だ、と言わねばならんのか?」

「竜司、さすがに自分でもその発言はどうかと思ってるんでしょ?」

「うむ……。」

 優喜のあきれたような言葉に、困った顔のままうなずく竜司。

「確かに彼が紫苑さんだったら、違う意味で相当手ごわかったでしょうね。」

「リニスさん、下手な事言わんといてくれる? そらこれが好みのタイプとか言うたら、なのはちゃんらにとっては絶望的なんは事実やけどさあ……。」

「と言うか、性別が逆転してるわよね、そのケースだと。」

 好き放題さえずるはやて達に、思わず苦笑する優喜と竜司。

「あ、あの……。」

「む?」

「失礼な事を言って、ごめんなさい……。」

「いや、別にかまわんが、さすがに女性疑惑をかけられたのは初めてだぞ。」

 竜司のぼやきに、思わず噴き出す一同。その笑い声が恥ずかしく、ますます小さくなるフェイト。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は穂神竜司。紫苑の付き添いで来た、優喜の同門だ。」

 竜司の自己紹介に合わせて、他のメンバーも挨拶を返す。一通り自己紹介を終えた後、はやてが気になっていた事を聞く。

「竜司さん、ものすごくおっきいけど、失礼でないんやったら、何ぼぐらいか聞いてええ?」

「うむ。背は二百十五センチで、年はもうじき二十二歳だ。」

「でかっ! ちゅうかそんだけ落ち着いとって、まだ二十二なん!?」

「二十二、ってことは、向こうは一年ぐらい?」

「出発した日付が七月三十一日だからな。ほぼきっちり一年と言うところか。」

 予想以上の時差に、思わずため息を漏らす優喜。

「まあ、何にしても、息災で何よりだ。」

「なんとかね。」

 などと話していると、かつてずっと隣に居た、懐かしい気配が近くに来ている事を感じ取る。

「優君……。」

 聞きなれた、だが実際に聞くのは九年半ぶりの声に振り向くと、そこには記憶より少し大人びた表情をした、優喜にとって最も古い付き合いの女性が、感極まった様子で近付いてきていた。

「ん。久しぶり。」

「無事で、良かった……。」

 その女性、琴月紫苑の姿を見たなのは達は、リニスの言葉の意味をはっきり理解した。確かにこれは強敵だ。確かにスペックだけなら、これ以上の女性はそうそういないだろう。はっきりそう言いきれる。

「会いたかったよ、優君……。」

 涙声でそう言って、遠慮がちに優喜の手を取る紫苑。世界の壁で隔てられた幼馴染の再会は、聖祥組の微妙な距離感に、大きな衝撃を与えたのであった。







後書き
なのは達のほうがやってることは派手でえげつないはずなのに、竜司様のほうが理不尽に感じる不思議



[18616] 第13話 中編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:cf890252
Date: 2011/07/09 20:51
 琴月紫苑がなのは達に与えた衝撃は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

(なあ、なのはちゃん……。)

(……何?)

(あれ、ほんまに私らと同じ日本人なんやろうか?)

 念話で送られてきたはやての嘆息に、内心で同意するなのは。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。美女を表現する言い回しだが、紫苑ほどこの言葉にふさわしい女性を見た事がない。現代ではほぼ死滅している類ではあるが、ある意味でこれ以上なく日本人らしい日本人女性、それが彼女だ。

 今も、たぶん本当は抱きしめたいのであろうに、最大限の自制心を発揮して優喜の手を取るだけでとどめている。その分、目の前の相手の実在を確かめるかのように、自制しきれずにそっとその手を己の頬に当てる仕草が、妙に色っぽい。

「感動の再会に水を差して申し訳ないが……。」

 放っておくといつまででもやっていそうな優喜と紫苑に対し、無遠慮に声をかける竜司。その一言で強固に形成されていた二人の世界が消え去る。

「あ、ごめんなさい。」

「いや、邪魔をしたのはこちらだから、別に謝られるいわれもないのだが、な。」

 竜司の言葉に、思わず苦笑する優喜。正直、優喜にとっては九年半でも、紫苑にとってはせいぜい一年程度のはずで、こんなラブシーンもどきをやるほどの事ではないはずなのだ。

 が、それを言い出せば、紫苑だけでなく聖祥組や、果てはテスタロッサ家の皆様にまで総攻撃を食らう事は確実だ。紫苑にとっては一年、などと言っても、生きていると言う以外に何の情報もなく待たされた時間であり、なのは達とは違う意味で生殺しにされていた時間なのだ。心配して心を痛めている人間に、たった一年などと言う理屈は通用しない。

「積もる話もあろうが、とりあえずここで立ち話をするのはどうかと思うのだが、どうだ?」

「そうだね。折角手土産も用意したんだし、お茶でも飲みながら落ち着いて話しようか。」

「だったら、丁度農場の案内も一通り終わった事だし、一度戻りましょうか?」

「はい。」

 竜司の提案に否を唱える者はだれもおらず、一同はぞろぞろと応接室の方へ移動するのであった。







「長い間、私の家族を支えてくださって、ありがとうございます。」

 一通りの自己紹介を終えた後、手土産を渡してから深々と頭を下げる紫苑。一つ一つの仕草がいちいち上品で美しく、その様子を見るたびに内心でため息をつくなのは達。上品ではあるが気取ったところはなく、身についた自然な動作には、鼻につくところは何一つない。言葉の一つ、仕草の一つに至るまで、目の前の相手に対する敬意がにじみ出ており、受ける方も知らず知らずのうちに背筋が伸びてしまう。

「気にしないでください。私達も、優喜君にはすごく助けられてきましたから。」

 私の家族、と言う単語に微妙にむっとするものを感じながらも、正直に思うところを答えるなのは。いろいろ思うところはあるが、立場が逆なら、なのはも優喜を形容する言葉は「家族」か「身内」しかないのだ。実際、相手もどう表現するべきか一瞬悩んだ事は見てとれたし、事を荒立てるつもりでの表現ではないのは明らかである。

 相手が自分達を尊重する態度をとっている以上、ちょっとした表現が気に食わない程度で喧嘩腰になるのは、あまりにも大人げない。悪くすれば、それが原因で相手が優喜を連れて帰る事を選択し、力づくで引き離しにかかりかねない。第一、残念ながら、むっとした程度でとげとげしい態度をとるには、目の前の女性に好感を抱きすぎた。これが計算しての態度であり、全て演技だと言うのであればとんだ食わせ者だが、そういう相手をたくさん見てきたなのはやフェイト、はやてから見ても、彼女は自然に振舞っているようにしか見えない。

「それで、これからはどうなさるおつもりですか?」

「まだ、はっきりとは決めていません。ですが、皆様を見れば、最初に懸念していた問題が杞憂だった事だけははっきりしていますので、彼がこちらでどんな暮らしをしているのかを、ゆっくり確認してから決めたいと思っています。」

「そうですか。」

 相手の態度から予想した通り、いきなり連れて帰ると言う話にはならなかったことに、内心で安堵のため息をつくなのは達。とりあえず現在住んでいる家の家主の娘、と言う事でなのはが会話の矢面に立っているが、この後の事もあるのでフェイトがバトンタッチする。

「ゆっくり、と仰られましたが、宿の方はご予定は?」

「まだ決めてはいませんが、同じ日本であるなら、私たちが持ち込んだ日本円は使えますよね?」

「それは大丈夫みたいです。」

 優喜が持っていたお金が普通に使えた事を思い出しながら、はっきりそう答えるフェイト。少なくとも材質も製法も両方の世界で一致している以上、鑑定されても偽札と判断される事はない。あまり高額になるといろいろ問題も出てくるが、十万二十万程度なら特に影響もないだろう。

「それなら、適当なホテルを探して泊る事にします。」

 フェイトの答えにほっとした様子を見せながら、そんな風に予定を決める紫苑。それに対し、フェイトが口を開く前に、プレシアが割り込んで提案する。

「だったら、今日はここに泊まればいいわ。」

「え?」

「次元空間にぷかぷか浮かんでいる施設が嫌でなければ、ここに泊って頂戴。部屋はいくらでも空いているから、たまにはお客様を迎えないともったいないもの。」

「ですが、突然押し掛けた身の上で、そこまでご厚意に甘えるのは……。」

「私が泊って行って欲しいのよ。向こうでの優喜がどんな生活をしていたのか、あなたが優喜の体についてどの程度知っているのか、他にもいろいろ、ゆっくり話をしたい事がいっぱいあるのよ。あなただって、こっちでの優喜の暮らし振りや人間関係について、もう少し詳しく知りたいでしょう?」

 プレシアの言葉に少し悩むそぶりを見せながらも、素直に頷く事はしない紫苑。竜司はこの件については、一切口をはさむつもりはないらしい。紫苑の選択につきあうと言って、何一つ自己主張をしない。そんな様子を見かねた優喜が、紫苑の背中を押してやる事にする。

「紫苑、遠慮せずに泊って行けばいいよ。見て分かる通り、ここは部屋も食材も無駄に余ってるから、竜司が腹いっぱい食べてもびくともしない。だから、わざわざお金使って余計なリスクを冒す必要もない。なのは達も紫苑の事をもっと知りたいみたいだし。それに、僕も向こうの状況をちゃんと教えてもらいたいから、ここにいてくれるとありがたい。」

「……分かったわ。」

 優喜の言葉と、期待と不安に満ちたなのは達の表情で方針を決め、プレシアとフェイトに一つ深々と頭を下げる。

「お言葉に甘えさせていただきます。」

「だったら、今日は腕によりをかけて、美味しいものを作らないとね。」

「なのはちゃん、フェイトちゃん、今日は三人で作らない?」

「いいね。和洋中の折衷コースって言うのも、面白いよね。」

 紫苑の返事を聞いて、うきうきと夕食のメニューを決める聖祥料理人チーム。

「なのはさん達は、お料理得意なんですか?」

「ええ。正直に言うて、プロ級ですわ。私もそれなりに達者なつもりですけど、なのはちゃんらには、専門分野では逆立ちしてもかないません。」

「ふむ。ならば期待してよさそうだな。」

「竜司さんが満足できるよう、美味しいものをたくさん作りますから。」

 にっこり微笑みかけながらのフェイトの言葉に、巌のような竜司の顔がわずかにほころぶ。何しろこの体格なのに貧乏人の彼は、腹いっぱい食べられる事など年に何度もある事ではない。近場の食べ放題系はほとんど制覇しており、出禁にこそなっていないもののあまりいい顔はされないため、一軒につき年に一回と決めているのである。

「ご飯は五升ぐらい炊いておけばいけるかな? 竜司さん、もっと食べるならもっと炊きますけど?」

「すまんな、大食らいで。」

「むしろ、それぐらい食べてくれた方がありがたいわ。優喜達も鍛えてる分、見た目よりかなり食べる方ではあるけど、それでもさすがに一日に一人で何升も食べる訳じゃないし。」

 プレシアの言葉に苦笑する優喜。システム構成の問題で、どうしても数家族分だけの食材など作れない時の庭園では、年の三分の一以上稼働を止めていても、食糧庫に食材があまってしまう。時間停止式貯蔵庫ゆえにいつでもとれたてではあるが、それでも気分的に、本当にとれたてのものをもっと食べたくなるのが人間である。

「そういえば、紫苑さんは料理とかしはるんですか?」

「得意、と胸を張れるほどではないけど、家事は一応一通りは。」

 紫苑の返事を聞いて、多分謙遜なんだろうなあ、と判断するはやて。

「それにしても、このシュークリームは美味いな。」

「そうね。とても上品で優しい味……。」

「それ、母の自信作なんです。」

「なのはさんのお母さんの?」

「はい。うちは翠屋という喫茶店を経営していまして。」

「明日、案内するよ。」

 などと夕食の時間まで、当初の緊張感が嘘のような和やかな時間が過ぎ、

「これはすごいな……。」

「本当。彩りも栄養バランスもよく考えられてるし……。」

 出てきた夕食のレベルの高さに驚きの声をあげる紫苑達であった。







「そういえばはやて、あいつらの夕飯、大丈夫なの?」

 そのまま全員泊っていく流れになり、適当な寝室に全員集まったところで、ふと思い出したように聞くアリサ。

「最近フォル君とリインが料理覚えてくれてな。とりあえずシャマルがやらかしそうになった時のブレーキ役ぐらいはやってくれるから、割と安心して家をあけられるようになってん。」

「へえ、あの食いしん坊がねえ……。」

「覚えた、言うても大したもんは作られへんけどな。」

 八神家のある意味驚きの変化に、思わずしみじみと呟くアリサ。どうやら、結局シグナムとヴィータはまともな料理を覚えるには至らなかったらしく、身近な女性のうちアリサ一人が料理不能、という事態は避けているが、それでもいろいろ思わずにはいられない。

「それにしても、予想以上だったわね。」

「そやね。今のところ、優喜君を無理にでも連れて帰ろう、言う気はなさそうやけど、あれは本気で強敵やで。」

 紫苑の姿を思い出しながら、しみじみと語りあう外野の二人。正直なところ、もう最初の段階で張り合う気は失せている。

「はやてはどう見た?」

「とりあえず、見たところアリサちゃんぐらいはありそうやから、一緒に風呂に入る機会を楽しみにしてるんやけど?」

「いやそうじゃなくて。って言うか、そんなに大きい?」

「あれは結構な隠れ巨乳やで。残念ながらなのはちゃんには届いてへんと思うけど。」

 いきなりさっくり話の方向性をずらすはやてに、たしなめながらもつい食いついてしまうアリサ。実際には誤差よりやや大きい程度にアリサを上回っている事が後に発覚するのだが、この時点では紫苑の体型など誰も知らない。

「大きすぎへん程度に隠れ巨乳の大和撫子とか、ものすごい手ごわい相手やね。」

「偶然なんでしょうけど、あいつに懸想してる女って、全員胸が大きいと思わない?」

「優喜君がおっぱい星人やったら、ものすごい天国やのに、勿体ない。」

「はやてちゃん、そういう問題じゃないと思うんだけど……。」

 本気で勿体なさそうに言うはやてに、苦笑しながら突っ込みを入れるなのは。

「まあ、それはそれとして、どうするの?」

「どうするって、言われても……。」

「妨害するのなら、管理局の連中にも手伝わせて、出来るだけうまくいきそうなプランを考えるけど……。」

「……それは駄目だよ。」

「でしょうね。」

 口にしたくせに、アリサはなのは達がそんな手段を選ぶとは思っても居ない。大体、なのは達の性格からして、仮に琴月紫苑と穂神竜司がいけすかない人間であっても、いや、いけすかない人間であればこそ、そんな汚い手を使うのは嫌がるだろう。

「多分、紫苑さんは優喜君の選択に任せると思う。だったら、私達もそうすべきだよ。」

「あんた達がそれでいいなら、私は口をはさまないけどね。」

「ただなあ。紫苑さんも結構筋金入りやで。優喜君がこっちに残るとして、それで引き下がるんかな?」

「優喜がこっちに残ってくれたとして、紫苑さんもこっちに移住する事になっても、それを止めたり邪魔したりするつもりはないよ?」

 フェイトの言葉に頷くなのはとすずか。その反応に驚いて、思わず互いに顔を見合わせるアリサとはやて。

「ライバルが増えるけど、ええん?」

「いいも悪いも、誰を選ぶかを決めるのは優喜だし、逆の立場だったら紫苑さんも私たちの邪魔をしないと思う。」

「……そんなに話した訳でもないのに、そこまで言いきれるの?」

「そうじゃなかったら、とっくに連れて帰ってると思う。」

 同類ゆえのシンパシーか、やけに自信たっぷりに断言するすずか。何を言っても無駄らしいと判断し、とりあえずそこら辺は置いておくアリサ。正直なところ、下手なことをして紫苑に嫌われたくないのは、何もなのは達だけではないのだ。

「ただ、何のアプローチも無し、って言うのは正直見てるこっちがイライラするのよね。」

「そんな事言われても……。」

「いいえ。あたし達にもあんた達にも、はっきり言う権利はあるわよ。」

 妙に強気なアリサの台詞に、思わず気圧されるフェイト。その様子を見て、ある意味一番瀬戸際である彼女に詰め寄るアリサ。

「大体ね、百歩譲って保留にするのは認めるにしても、一年半もうじうじ悩んでるだけってのは男としてどうなのよ。それだけでも文句を言う権利はあるってもんよ!?」

「悩んでくれるようになっただけ、ずいぶん良くなったと思うんだけど……。」

「その消極的な態度がイライラする、って言ってんのよ。あいつの障害の事なんて最初から分かってるんだし、いくら悩ませたところで結論なんて絶対出ないわよ!」

「そ、それはそうかもしれないけど、じゃあ、どうすれば……。」

 先ほどまでの毅然とした態度はどこへやら、詰め寄られておどおどしているフェイトに鼻を一つ鳴らすと、ズビシと指を突き付けて高らかに宣言する。

「押し倒しなさい。」

「え? ええっ!?」

「一年半悩んで結局理解できないんだったら、今ぐらいの性欲じゃ判断できないってことよ。だったらもう、思い切って次の治療のステップに移りなさい。」

「そ、そんなこと出来ないよ!」

「どうして?」

 この期に及んで腰の引けた事を言うフェイトに、冷たい目で聞き返すアリサ。実際、気が長いとは言い難いアリサにしては、随分と我慢した方であろう。

「だって、いくらなんでもそれは、紫苑さんに失礼だよ……。」

「何でそこであの人が出てくるのよ?」

「私達も紫苑さんも、立場は同じだよ?」

「だからこそ、抜け駆けするのよ。フェイトが駄目なら、なのはでもすずかでもいいんだからね。」

 いずれ飛び火してくるだろうと思っていた話題が見事に飛んできて、どう返事をすべきかと視線を泳がせるなのはとすずか。正直なところ、そういう直接的な行動に出る事が、どうにも怖いと言うのが本音である。

「なあ、アリサちゃん。」

 心の底から困っているなのは達を見かねて、一応助け船を出す事にするはやて。

「何よはやて?」

「人の事どうこう言うとるアリサちゃんは、ユーノ君とはどないなん?」

「……それなりには進んでるわよ、一応。」

「つまり、まだ肉体関係までは進んでない、と。」

 はやての言葉に、痛いところを突かれた様子で沈黙するアリサ。地味に口ほどにもない女である。

「まあ、私は押し倒す、言う選択もありやとは思ってる。と言うか、正確に言うたら、優喜君と肉体関係を持とうと思ったら、必然的に押し倒すしか方法が無い、と思ってるんやけどな。」

「あ、あははははははは。」

 はやての身も蓋もない発言に、思わず乾いた笑いを浮かべるなのは。現実問題として、単に上げ膳据え膳ぐらいでは、優喜が食いついてこないのは間違いない。それで食いついてくるのであれば、今悩んでいる問題はもっと別のものだっただろう。

「ただ、それを今せっかちにやるべきか、って言うと何とも言われへん。」

「どうしてよ?」

「紫苑さんの反応が、いまいち読まれへんから。」

「それを気にしてたら、恋愛なんてできないわよ?」

「今回の場合、そういうのともまた違う問題やからなあ……。」

 はやてが気にしている事を察して、難しい顔で黙りこむアリサ。抜け駆けがどうとかその辺の話は、優喜の帰属問題が終わってからだというはやての暗黙の主張は、否定しがたいものである。

「……今回の問題の解決策に、滑り込みで無理やり肉体関係を持って、それを既成事実として押し切るのは駄目だと思う。」

「それがなのはの意見?」

「うん。だって、それは反則だもん。」

 問題となっているポイントをズバリ突きつけるなのは。

「逆に言うたら、優喜君をこっちにつなぎとめるためやなければ、肉体関係を持つのもありや、と?」

「うん。」

「それは、例えばどういう理由やったら?」

「……あまり褒められた話じゃないけど……。」

 そう言って思わずうつむき、言いづらそうに「子供」、と呟くなのは。言葉の意味が理解できず、思わずなのはを見つめ返すアリサとはやて。

「子供って、何よ?」

「優喜君が向こうに帰る、って決まった場合、せめてここにいた証として子供が欲しい、って言うのはいいかな、って……。」

「なのはちゃん、それも大概やで……。」

「うん……。だから、あまり褒められた話じゃない、って……。」

 なのはの意見に、思わず唸るような声を漏らすアリサ。今までの流れによって持っていたイメージと違い、なのはのその辺の感覚はかなり突飛なもののようだ。

「……なのはは、怖くないの……?」

「……怖いって?」

「なのはは、優喜に裸を見せるの、怖くないの……?」

 フェイトの言わんとしている事が分からず、戸惑うような空気が場を支配する。

「恥ずかしくはあるけど、怖くはない、と思う。」

「私は、怖いよ……。」

「どうして?」

「もしかしたら、どこかおかしなところがあるかもしれない……。優喜に気に入ってもらえないかもしれない……。ちゃんと行為ができる体じゃないのかもしれない……。それが、すごく怖いんだ……。」

 フェイトの生々しい言葉に、何とも言えなくなってしまう。フェイト・テスタロッサは、ベルカ戦争以降の技術で生まれた、世界で初めてのクローンだ。これまでも、ロストロギアによって生まれたクローンは時折いたが、完全な新規技術で生まれたクローン人間となると、彼女より年上は一人も居ない。

 その事があってか、フェイトは健康診断や身体検査の度に、ひどく不安そうな顔をしていた。今のところ、何もかも個人差の範囲に入っているが、それでも不安がなくなる事はないだろう。さらに言い出せば、クローンと健常者の子供と言うのがどうなるのかも分からない。そういった不安をふとしたきっかけで思いだす事が、フェイトの日常生活で時折見せる、どこか自信なさげな態度につながるのかもしれない。

「……そんなけしからんボディで何言ってんの、と言いたいところだけど……。」

「その不安は、私たちがどう言っても消えないよね。」

「すずかちゃんは、そう言うんはない?」

「私は、義兄さんとお姉ちゃんを見てるから。」

「ああ、そうやね。」

 すずかの答えに納得する。やはり身近に上手くいっている実例があると言うのは大きい。

「ただ、私の場合、発情期の自分を見られるのが怖いかな?」

「そんなの、今までだって見られてるじゃないの。」

「一度男の人を知ると、あれの比じゃなくなるみたいだから、それが、ね。」

「あれよりひどくなるんだ……。」

「うん。だから、それが、と言うよりも、そうなった自分を見られるのが怖いかな?」

 不安のない人生を歩んでいる人間などいないとはいえ、このグループのメンバーは実に特殊な不安を抱えている人間が多い。

「まあ、その不安をどうにかできるのは、今向こうで積もる話をしている奴だけよね。」

「不安の元凶でもあるけどなあ……。」

 はやての言葉に小さく噴き出す。そんなこんなで、言いようのない不安にその身を焦がしながらも、周囲が思っていたより穏やかにその日の夜を過ごすなのはたちであった。







「大抵の事では驚かないつもりだったけど、さすがにここの食糧生産システムは驚いたわ。」

「正直、研究費とか初期投資とか考えたら、食べる分だけ買った方がはるかに安いんだけどね。特に、ここの関係者はそんなに沢山いないし、一人頭の食べる量もたかが知れてるから。」

「でも、何十年も使えるんでしょう?」

「そりゃまあ、十年やそこらで駄目になるほどちゃちなものは作らないとは思うよ。」

「だったら、ランニングコストそのものはすごく安いみたいだし、そのうち回収できるようになるんじゃないかしら?」

 紫苑の言葉に苦笑する。確かに、農園システムだけならばそのうち回収もできるだろうが、プレシアが趣味に走って行った無駄遣いはそれだけではない。海産物と塩が欲しいから、などと言う理由で買った惑星は、一体何十世代利用すれば元が取れるのか、想像もつかない金額である。

「あの手の研究者が趣味に走ると、大概限度と言うものを知らずに突っ走るからな。」

「その結果が、今日の晩御飯とか今飲んでる飲み物とかだよ。」

「うむ。実にいい酒だ。」

「旬なんてとっくに過ぎてるはずなのに、美味しい桃の生ジュースが飲めるとは思わなかったわ。」

「まったく、贅沢になじみすぎて、いざという時の心構えが錆びつきそうだよ。」

 優喜の言葉にクスリと笑う紫苑。どうやら、本当に大事にされてきたらしい事をその一言で理解する。

「それで、どう思った?」

「……皆、素晴らしい人たちばかり。来る前に心配していたことが、杞憂でよかったわ。」

「別の心配の方は的中していたようだがな。」

「別の心配?」

 怪訝な顔をする優喜に対し、苦笑して何も答えない紫苑。代わりに竜司が続きを口にする。

「お前が複数の女を囲っていたらどうするか、という心配をしていてな。あまりその確率は高くないと思っていたが……。」

「……やっぱり、本気だと思う?」

「俺ですら一目見て分かるレベルだ。本気でない、などと言う事はあり得ん。」

「だよね……。」

 心底困っている様子の優喜に、思わず目を丸くする紫苑と竜司。向こうにいたころの彼なら、間違いなく本気だと思っても気にもせずにスルーしていたはずだ。

「優君が、そう言う事を気にするところを、初めて見た気がするわ。」

「正直、恋愛感情ってものが理解できないところは何も変わってない。ただ、それがどれだけまずい事か、一昨年の連休ぐらいにようやく理解したんだ。それからずっと頑張って、どうにか理解できないか勉強してきたけど、これがね……。」

「そう……。」

 優喜の言葉に、何ともいえぬ表情を浮かべる紫苑。

「……あのね。」

「……うん。」

「なのはさん達を見た時、これでも結構ショックだった。可能性の一つとして予想して、結構覚悟を決めてきたのに、自分でもびっくりするぐらいショックだった。」

「……なのは達もそうだったみたいだよ。」

 優喜に指摘されるまでもなく、そんな事は紫苑にも分かっていた。特になのはは、外見や性格、雰囲気などに共通点はほとんどないが、紫苑とは鏡の関係である。夕食のときに、なのはとは優喜に対する考え方やスタンスが驚くほど近い事を察している。

「なのは達の事、どう思った?」

「今日ほど、優君が恋愛感情を理解できない事を感謝した事はなかったわ。」

「え?」

「だって、私にとっては一年でも、あなたにとっては九年半でしょう? そう言う部分が普通の人が、あれだけ素敵な人たちにあれだけの想いをぶつけられ続けて、折れずに居るのは難しいと思う。たとえ、私と優君が恋人同士で肉体関係があったとしても、九年もあれば気持ちが変わるのには十分だし、それを責める事は出来ない。」

 紫苑の公正な意見に、何とも言えずに答えに詰まる。普通の感覚なら、何年たとうと浮気は浮気であろうが、紫苑は感情だけで一方的になじるような事をしない。そう言う部分が老若男女構わず大勢の人間に一目置かれ、たくさんのシンパを作る一因ではあるが、二十歳やそこらの小娘に至れる境地ではない。仕事と私、どちらが大事? などと問いかけるタイプの女性からすれば、最も理解できないタイプであろう。

 何より驚くべきことだが、紫苑からすれば惚れた男をたなぼた的に横から掻っ攫おうとしている相手だと言うのに、彼女はなのは達を気に入ってしまっている。たとえ結果がどういう形になろうと、仲良く出来るのなら仲良くしたいと、できるだけ相手に不快感を与えないように、普段よりも慎重に対応しているぐらいだ。

「とりあえず、あいつらの事を抜きにして、だ。」

「うん。」

「お前はどうしたい?」

「いろいろと解決してない問題があるから、せめて大学を出るぐらいまではこっちに居たい。」

 大体予想していた通りの答えに一つ頷くと、紫苑の方を見る。

「私は、優君がこのまま向こうに帰るのは難しいと思っているわ。」

「だろうな。」

「だから、私の身の振り方は、それを踏まえた上で考えるわ。」

「無理にこっちに来る必要はないよ?」

「優君、無理かどうかは私が決めるわ。だから、私に気を使わず、邪魔なら邪魔だと言ってくれればいいから。」

「邪魔、って訳じゃない。正直、紫苑が来てくれるならいろいろ助かる。でも、そのために無理をしてほしくない。」

 優喜の言葉に嘘はないと判断し、一つ頷く。邪魔にならないのであれば、紫苑の心は一つだ。

「優喜。」

「何?」

「仮にこちらに来るとして、生活基盤はどうにかできそうか?」

「日本はともかく、ミッドチルダはどうとでもなる。向こうはいろんな世界から流れ着いた人が、普通に戸籍とかを取得できるような制度になってるからね。仕事に関しても、それなりにコネはあるから、紫苑や竜司ならどうとでもねじ込めるよ。」

「そうか。」

 ここに飛ばされる前の穂神家の家庭の事情から問いかけの真意を察し、とりあえず必要な根回しについて頭の片隅にメモる優喜。もっとも、当人がどうするつもりだと宣言しない限り、積極的に動くつもりはない。こういうのは強制してはいけない種類の事柄だ。

「何にしても、どうするかは明日からいろいろ見せてもらって決める事にするから、ね。」

「了解。丁度文化祭の最中だし、アリサに案内してもらう事にするよ。」

「優君の通ってる学校、か。どんなところ?」

「私立の、割といい学校だよ。」

 私立、と言う単語に、本当に優喜が大事にされている事を悟る紫苑。その後は互いの近況を語り合い、初日の夜を終えるのであった。







「大きな学校ね。」

「確かに、私立の学校だな。」

 聖祥大学付属高校を見た二人の感想は、らしくなくありきたりなものだった。そのあまりに普通なコメントに、思わず噴き出すフォルク。アリサ達は文化祭の最中は校内から出られないため、現在大学部を休学中のフォルクに任せる事になったのだ。なお、休学した理由は単純で、はやてと学年をそろえるためである。

「何かおかしなことを言ったか?」

「あなた達でも、そう言う普通の感想を言うんだな、と思って。」

「誤解があるようだが、別段おかしなことを言った経験はないぞ?」

「だろうと思うよ。」

 竜司の己を知らぬ発言に、呆れ気味にそう返すフォルク。ちらっと紫苑を見るが、苦笑しながら一切口を開こうとしない。こういう時のノーコメントは答えを言っているのと変わらないのだが、わざわざ指摘するのも無粋なのであえて何も言わない。

「そう言えば、フォルクさんはこの学校の卒業生なんですよね?」

「高等部は去年卒業した。今はここの大学に通ってる。まあ、休学中だけどな。」

「エスカレーター式か。」

「そ。でも、世間一般に思われてるほど甘くもないぞ。」

「ふむ。」

 どうやら、それなりに苦労したらしいフォルクの返事に、やはりいい学校らしいと判断する二人。

「しかし、学園祭の割には大人しめだな。手は込んでいるが、全体的に地味なつくりだ。」

「確かに装飾とかは大人しいけど、活気は十分あるわ。」

 飾り付けを見ての二人の評価に、よく見てるなあと感心する。

「伝統的に、うちの学園祭は見栄えより中身で勝負する傾向があるんだ。だから、看板とかは凝った作りの割に地味なものが多いけど、出展されるものは結構レベル高いぞ。」

「ふむ。」

「……確かにそうみたい。」

 何かを観察していた紫苑が、フォルクの言葉を肯定する。視線の先には、手際よくベビーカステラを焼く模擬店が。

「昨日だったら、午後からなのはとフェイトのミニコンサートがあったんだけど、さすがに二日連続はやらないからなあ。」

「そうか、それは残念だ。」

「なのはさん達って、歌が上手なの?」

「ここだけの話、ミッドチルダじゃランキングトップの常連だ。」

 フォルクの解説に感心していると、そのうちにアリサの居る学園祭運営委員本部に到着する。

「ご苦労様。目立ったでしょう?」

「まあ、しょうがないって。」

「ごめんなさい、迷惑でした?」

「いやいや。去年までずっと、同じぐらい目立つやつとつるんでたし。」

 その言葉に苦笑しながら納得する。男子部と女子部に分かれているような学校だと、優喜の存在は無駄に目立つ。

「ま、納得したみたいだし、適当に案内してやってくれ。」

「了解。じゃ、そういう事だから、個人的な事で悪いけど、あたしはお客様をちょっと案内してくるわ。」

 他の委員たちに頭を下げると、まずは女子部の各出展品目を見せて回る事にする。ついでに、なのは達を連れて優喜達の模擬店を見せる計画だ。

「いらっしゃいませ。」

「なのは、フェイト。」

 翠屋で鍛えた接客モードの二人に声をかけ、とりあえず邪魔をしないようにアイコンタクトをとる。一つ頷いたのを確認すると、紅茶とカップケーキのセットを注文し、適当にあいている席を陣取る。特定の人間に依存しすぎるメニューはアウト、と言う事で、なのは達の喫茶店ではサンドイッチとカップケーキぐらいしかメニューを用意できなかったのだ。本当はそれなりにこだわったショートケーキの類も出したかったのだが、スポンジを焼くのはともかく、デコレーションはなのはとフェイトしかまともにできなかったためである。

「……本当に、見栄えより中身にこだわっているのね。」

「まあ、全部が全部、そう言う出し物ばかりでもないけど。」

 紅茶の香りを確認した紫苑の言葉に、苦笑を浮かべながら答えを返すアリサ。実際この模擬店も、派手ではないがそれなりに内装には手をかけているし、なのは達の服も派手ではないが割とクラシカルで可愛らしく、それなりに綺麗に体の線が出る凝ったものだ。残念ながら、食器類は衛生管理の問題もあって、使い捨ての紙皿や紙コップなのが画竜点睛を欠くポイントではあるが、こればかりはルール上、どうにもならない事だ。

「確か、すずかのところは二クラス合同でお化け屋敷、だったかしら?」

「……それは、見ない方がよさそうだな。」

「さすがに、ぶち壊しになりそう。」

「……そうね。紫苑さんはともかく、竜司さんを暗いところで見たら、脅かす側が驚いて仕事にならないわね。」

「うむ。実際に昔やらかした。」

「やらかしたの……。」

 竜司の返事に、思わずげんなりした声を出してしまうアリサ。そうこうしているうちに、紅茶を飲み終わったぐらいになのは達が出てくる。

「あれ? 着替えないの?」

「紫苑さん達の案内が終わったら戻る事になってるし、お店の宣伝も兼ねて。」

「そう。じゃあ、先にすずかを回収して、はやての店に顔を出すわよ。」

「の前に、折角だからサンドイッチを頂いて構わんか?」

「は~い。」

 竜司の催促に苦笑しながら、食べ歩き用のパックを一つ手に取る。なお、滞在中の費用については、念のためと言う事で優喜が出す事になっている。とりあえず、無茶な散財をしても大丈夫な程度の金は受け取っているため、そこからサンドイッチの代金を出そうとすると、笑顔でなのはに制される。

「む?」

「それなりに自信作なので、ご馳走します。」

「だが……。」

「いいからいいから。」

 そう言って、さっさとサンドイッチの代金を支払ってしまうなのはに、微妙に困った顔をする竜司。たかが三百円程度のものではあるが、高校生の小遣いで三百円は結構馬鹿にならない。そんな思考が漏れたらしい。苦笑しながらフェイトがフォローする。

「私たち、あまりこっちではお金使ってないから、それぐらいは大丈夫。」

「そうか。なら厚意に甘えるとしよう。」

 重々しくそんな事を言ってパックを受け取ると、その場で一つつまむ。何故か店内に居る人間全員が固唾をのんで見守る中、最初の一つを咀嚼し飲み込み、重々しく一言告げる。

「美味い。」

「良かった。」

「紫苑も一つどうだ?」

「折角だから、いただくわ。」

 差し出されたサンドイッチを一切れ手に取り、上品にかじりつく。じっくり味わって飲み込むと、笑顔で一つ頷く。特にコメントをしたわけでもないのに、その様子だけで店内の雰囲気が明るくなる。これがカリスマと言うやつか、と、自分の事を棚に上げて、妙に納得してしまうアリサ。

「さて、さっさとすずかを回収するわよ。」

「了解。」

「お昼は、はやてのところだよね?」

「そうなるわね。」

 などと、てきぱきとこの後の行動計画を立てる三人。無論、メインは優喜をからかいに行く事だが、少なくともなのはとフェイトは、それなりに覚悟が必要だろう。

 その後、予定通りすずかと合流し、はやての模擬店でお好み焼きや焼きそばを食べて腹ごしらえ。丁度同じタイミングで食事に来たフォルクも誘って、予定通り優喜のクラスの出し物へ。

「先に注意しておくわ。」

「何?」

「どうしたの?」

「笑うのもへこむのも無しだからね。」

 アリサのその一言で、言わんとする事を察する。一つ覚悟を決めると、妙に人が多い模擬店に入っていく。

「いらっしゃいませ。」

 聞きなれた中性的な声が、一同を出迎える。その青年の姿を見た瞬間、知っていたアリサとフォルク以外全員が絶句する。

「優喜、昨日聞きそびれたんだけど。」

「何?」

「そのサイズの胸パッド、誰の趣味?」

「……クラスで多数決を取った結果。」

 アリサの質問に、微妙にダークな表情で的確に答える優喜。その言葉に我に帰る一同。

「女装させられてるのは予想してたけど……。」

「わざわざエクステまでつけてんのに、男物のバリスタの衣装とは恐れ入ったわ……。」

 そう、優喜の服装はカッターシャツシャツにスラックスとチョッキと言う、バリスタなどと呼ばれている職業の衣装である。それだけだと男女どちらにも見えるが、わざわざCカップぐらいの胸パッドを入れ、どこから調達したのかサラサラロングのつけ毛で髪を増やし、すらっとした男装の女性を演出してのけているのだ。第一印象は、誰がどう見ても「お姉さま」である。

 店内を良く見ると、優喜以外にも女装させられた男子は何人かいて、全員プロ級のメイクでぱっと見はそれほど違和感が無いように誤魔化されているが、まじまじと見つめても性別をごまかしきれるのは優喜一人である。しかも、こいつはほとんどノーメイクだ。

 その上この衣装、女性の体型で着ると意外と体のラインが強調され、元々細身で比較的背が高い優喜は、胸パッドの効果もあってまるでモデルのような格好いいスタイルになってしまっている。恐ろしい事に、満員の店内の半分は女性客で、彼女達の憧れの視線を独占している。

「あたし、あまりに見事すぎて、最初に見た時は笑いをこらえるのに必死だったわよ。」

「ごめん、アリサちゃん。ちょっと笑われへん気分やで。」

「俺は遠慮なく笑ったぞ。」

「そら、フォル君はそうやろうけど……。」

 アリサとフォルクの言葉に、必死になっていろいろ取り繕いながら突っ込みを入れるはやて。女装ネタは九年、お姉さまネタもすでに五年目に突入していると言うのに、いまだに事あるごとに予想の斜め上を行く優喜。本人は積極的に嫌がっているところがあれである。

「因みに、最初衣装合わせした時は、先生まで大爆笑だったよ。ここまで似合いすぎると笑うしかない、ってさ。」

「そ、それはそうかもしれないけど……。」

「もっとも、接客の練習とかしてる最中に、血迷ったのが何人か出てきて、僕だけ普通の服で練習する羽目になったけどね。」

「生徒会の連中も、似合いすぎてて一週回って笑いをこらえるのに必死だったみたいよ。その後思いっきりへこむかお姉さまに目覚めるかして、割と大変だったけど。」

「もう、自称妹はたくさんだ……。」

 優喜のうめくようなつぶやきに、思わず同情するような視線を向けるなのは達。

「しかし、優喜。」

「何さ、竜司。」

「どこに言っても、女装とは縁が切れんようだな。」

「もうあきらめるしかないみたいだ。」

 しみじみ疲れたように言う優喜。そんな様子でさえ、無駄にクールで色っぽいものだから、ひそひそと囁き合う黄色い声が止まらない。

「優君、お姉さまって呼ばれてるんだ……。」

「中等部に居たころ、血迷った後輩が一人いて、さ。」

「……ご苦労様。」

「さすがに、いい加減慣れてきたけど、割とへこむと言うか痛いと言うか……。」

 優喜のため息交じりの言葉に、どうねぎらいの言葉をかけていいかが分からない紫苑。そんな様子に苦笑すると、あまり無駄話をするのも良くないと注文を促す。

「何がある?」

「コーヒー各種と、簡単な軽食。コーヒーはともかく、軽食の方はあんまり期待しないで。」

「ふむ。ならば……、そうだな。お勧めとある事だし、モカにしておくか。」

 竜司の注文を皮切りに、次々と注文が入る。実家がコーヒーを扱っている家があるらしく、文化祭用にいろいろ卸値で譲ってくれたとの事で、えらく本格的な淹れ方をしたコーヒーが出てくる。相当練習したらしく、全員一定水準を超える手際でコーヒーを淹れているが、やはり優喜の挙動は一際目を引く。紫苑の仕草が上品なら、優喜の動きは格好いいとしか表現できない物だ。ただし、あくまで格好いい女性、なのが哀れではあるが。

「なんか、男女双方にダメージでかい格好やなあ。」

 優喜を見ながらひそひそやってるはやて達の言葉を、努めて無表情に聞き流す。そうしないと、SAN値がゼロ近くまで削られる事請け合いだからだ。こういうとき、耳がいいのも考えものである。

「なあ、優喜君。」

「何?」

 友人の気安さで声をかけ、思い付いた事をやってのけるはやて。その結果を見て、顔を真っ赤にしてそむける男女多数。

「いきなり何をするのさ。」

「いや、その恰好でポニーテールとかも似合いそうやな、思って。」

 そう、優喜が前屈みになった隙を狙って、ヘアピースをポニーテールに束ねてのけたのだ。もっとも、やった当人も

「何、このうなじの白さ……。」

 余計なダメージを受ける結果になったのだが。

「僕、そんなに色白かなあ?」

「まあ、外を走ってる割には白いかな?」

「うん。少なくとも、美容に気を使ってる女の子の大半ぐらいには白いよ。」

「……ダメージ大きい評価、ありがとう。」

 優喜のコメントに、思わずあわてて頭を下げるなのはとフェイト。なお、優喜は気が付いていなかったが、この時の様子を、文化祭の写真、と言う事でアリサが撮影しており、あとで行事の写真として公式に売り出された時、単独三位の売り上げを記録してしまうのは別の話である。

「それじゃあ、またあとで。」

「ゆうくん、お店頑張ってね。」

「なのは達も。」

 とりあえず、これから紫苑達に海鳴を案内すると言うフォルクを見送り、残り時間を頑張って店番する一同であった。







「へえ。優君、こんなこともやってたんだ。」

 月村家の一室。昔のアルバムを見ながら、共通の思い人の話題で盛り上がる四人。本当は高町家でやりたかったのだが、商店街の会合とやらで士郎達の帰りが遅くなる事が決まっていたため、明日にすることにしたのだ。美由希も調理師関係の研修を受けに行っており、明日まで不在である。

「この時、満場一致で優喜がヒロイン役に決まったんだよ。」

「嫌がらなかった?」

「学芸会ぐらいはいいか、ってあきらめてた。」

 多分、今回の女装も、文化祭ぐらいはいいかと諦めた結果に違いない。そう言うところはつきあいがいいのだ。

「私がこのぐらいだった頃は、優君は絶対にうんとは言わなかったわ。」

「普通、そうだと思うよ。」

 紫苑の感想に、苦笑交じりに同意するなのは。今でも、文化祭のように少々羽目を外しても問題ない場合や演劇のように女装も珍しくないケース、どうしても女装する必要がある時を除いては、余程強引に着せない限りは女物を着る事はない。なのは達も、小学生のころはともかく、今はさすがに意味もなく強引に女装させるような事はしていない。

「そう言えば紫苑さん。」

「何かしら?」

「本当にこのぐらいの年だった頃のゆうくんって、どんな感じだったの?」

「ん~……。本質的にはあまり変わって無いとは思うけど、凄く怒りっぽくて結構手が早かったかな。」

 紫苑の信じられない証言に、思わず顔を見合わせる。

「優君が今みたいに大抵の事を聞き流すようになったのって、退院して、お師匠様のところでいろいろ訓練してからだったわ。」

「そうなんですか?」

「ええ。」

 想像もできない話が出てきて、かなり戸惑う三人。その様子に苦笑しながら、懐かしそうに当時のエピソードを、当たり障りのない範囲で披露する。その話を、胸の痛みを隠しながら興味深そうに聞くなのは達。お返しに、九年半の出来事を、同じようにあたりさわりのない範囲で話す。互いに相手を羨ましく思いながら、自分の知らない竜岡優喜の情報を共有する。

 だが、どれだけ話しても、どれだけ知らない出来事の話を聞いても、真の意味で情報を共有できるわけではない。その時どんな気持だったのか、などと言うものは、当事者同士ですら食い違う。ましてや、話を聞いただけでは何も分からないに等しい。やきもちを焼く筋合いではないと知りつつも、自分の知らない愛しい男の姿を知っている事に対し、嫉妬の心を押さえきれない。

「……フェイトさん?」

「え?」

「なんだかちょっと上の空だけど、どうかしたのかしら?」

「……何でもない、と思う。」

 会ったばかりだと言うのに、やけに鋭い紫苑に内心驚きながら、可能な限り当りさわりのない返事を心掛けるフェイト。納得はしていないようだが、さすがに昨日今日仲良くなった程度の仲であるためか、それ以上は踏み込んでこない紫苑。

 話をしているうちに、昨日どうにか寝かしつけた不安が、急激に大きくなってきたのだ。きっかけは紫苑の話す幼いころの優喜の話だろう。フェイトには、五歳ごろから前の記憶や思い出がない。元々、普通の人間でもそのぐらいのころの記憶はあいまいで断片的ではあるが、フェイトの場合はその断片すらまともに存在しない。

 当然だ。まだそのころは培養ポットの中だし、アリシアの記憶は今や、プレシアに愛されていた、というあいまいなものしか残っていないのだから。

 普段なら、こんな些細な事でここまでの不安を覚える事はない。だが、琴月紫苑という存在が、フェイトの根底を揺さぶり始め、際限ない不安の泥沼に引きずり込み始めたのである。無論、紫苑が悪いわけではない。彼女に対して思うところがないわけではないが、それと自分が抱える不安とは別問題だと言う事も分かっている。

 こんな時、なのはのように隠しきって何事もなかったように強がることも、すずかのように素直に不安を吐き出す事も出来ない弱く臆病な自分が、つくづくいやになる。

「ごめん。ちょっと飲み物もらって、頭冷やしてくるよ。」

「大丈夫?」

「うん。心配かけてごめんね。」

 そう言って、いまいちよろしくない顔色で微笑んでみせると、そのまま部屋を出る。

「……フェイトさん、もしかして私のせいで……。」

「それは大丈夫。きっかけっていう意味じゃ否定はしないけど……。」

「フェイトちゃん、今まで色々あったんです。だから。」

 なのは達のフォローに、少し考え込んだ後に一つ頷く。

「だったら、今日はもういい時間だし、おしゃべりはお開きにしましょうか?」

「そうですね。」

 紫苑の提案に一つ頷く。

(フェイトちゃん……。)

(ごめんね。ちょっと、母さんに相談してみるよ。)

(うん。分かった。)

 相談する内容を察して、素直にフェイトを送り出すなのは。この後、プレシアとブレイブソウルから助言を受けたフェイトがとんでもない行動に出る事になり、それをサポートするために一緒に暴走する羽目になるのだが、この時のなのはは知る由もなかった。







「色々疲れた……。」

 風呂を済ませ、あてがわれた部屋でため息交じりにつぶやく優喜。別に何も悪いことはしていないはずなのに、なのは達と紫苑との間の微妙な空気に、どうにもやたら神経をすり減らしてしまう。

 疲れに負けてベッドのふちに座り込み、明かりを消して、カーテンを全開にした窓の外を見る。今日はすばらしい満月だ。雰囲気たっぷりの月村邸で見る満月は、怖いぐらいに風情がある。しかも角部屋と言う構造上、他の部屋よりも大きく、月明かりに照らされた庭を見ることが出来る。

「……フェイト?」

 いつに無く弛緩しきった状態で、ぼんやり外の景色を眺め続けていると、不意に足音が近づいてきた。じゅうたんの上を裸足で歩いているらしく、優喜の耳でも少々判別に苦労したが、間違いなくフェイトの足音である。距離から行って、まっすぐこちらに向かっているらしい。既になのはの部屋を通り過ぎているため、目的地はここ以外ありえないだろう。何しろ、このあたりで寝泊りしているのは、あとは向かいの部屋の紫苑だけ。もうそろそろ日付が変わろうかと言う時間に、わざわざ裸足で紫苑の元を訪ねる理由は無いだろう。

「……優喜、起きてる?」

「うん。開いてるから、入ってきて。」

 裸足、と言うところに一抹の不安を感じつつも、フェイトを中に迎え入れる。この後、何も考えずに彼女を中に迎え入れたことをひどく後悔することになる。もっとも

「どうし……、た……、の……?」

 このときは入ってきたフェイトの姿を見て固まってしまい、何一つ考えることが出来なくなったのだが。

「優喜、こんな時間にごめん……。」

「……。」

「あのね、優喜……。」

「……。」

「……優喜?」

 あまりに予想外の状況に固まっている優喜の顔を、小首をかしげながら見つめるフェイト。

「……あのさ、フェイト。」

「……何かな?」

「……その格好は、何の真似?」

 ようやく頭が働くようになった優喜が、自分でも驚くほど乾いた声で、フェイトに対して真意を問いかける。青白い月明かりに浮かび上がったフェイトは、九歳のころ初めて作り、ただ一度シグナムとの模擬戦で使ったきり封印された、一番最初のデザインのソニックフォームを身に纏うのみであった。







後書き

 一番最初のソニックフォームは、闇の書編10話を参照の事



[18616] 第13話 後編(R-15)
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:2b1455ae
Date: 2011/07/16 11:51
 話は少しさかのぼる。

「……プレシアさん?」

『起こしてしまったかしら?』

「いえ。まだ眠ってませんでしたから。」

『そう、それなら良かったわ。今からそちらにリニスに届け物をさせるから、それを持って優喜の部屋に行って欲しいのよ。』

 もうじき日付が変わろうかと言う時間に、わざわざ優喜に対して届け物をする。その言葉に怪訝な顔をしてしまうなのは。同時に通信を受けているらしいすずかも、いまいち納得がいっていない様子である。

『多分そろそろだと思うのだけど、フェイトが優喜の部屋に夜這いをかけるから、あなた達にも協力してほしいのよ。』

「夜這いって……。」

『プレシアさん、どういう事ですか!?』

『どういう事も何も、言葉通りよ。あなた達も、フェイトが今悩んでる事ぐらい、知っているでしょう?』

 プレシアの言葉に、黙って頷くしかないなのはとすずか。

『これ以外に、あの子の悩みを解決する手段はないわ。』

「でも、何もこの時期に……。」

『この時期だからこそ、あそこまでこじらせたのよ。それが分からないとは言わせないわよ?』

 プレシアの言葉に、黙って頷くしかない二人。既成事実を作って優喜をここにつなぎとめる、というわけではないので、なのはの行動基準からすればグレーゾーンではあるがセーフだ。だが、それでもいろいろと釈然としない物はある。

『紫苑の事は、私たちが何とかするわ。だから、今はあの子のフォローをお願いしたいの。』

『フォローって、一体何を?』

『簡単よ。どうせフェイトの事だから、一番大事なものを持っていくのを忘れるでしょうから、それを持っていってほしいの。』

「一番大事なもの?」

『ええ。優喜の状態から言って、それを使わなければ、どんなに気持ちを高めても、行為には至れないわ。』

『あの、それってまさか……。』

 プレシアの言葉にピンとくる。恐る恐る確認の言葉をかけると、

『ええ。薬よ。さすがにまだ、薬無しで勃起するほど回復してる訳じゃないのよね。』

「……それを、これからいたそうとしてるところに持ちこめ、と言いますか……。」

『もちろんよ。もっと正確に言うなら、いい機会だから、あなた達も一緒に女にしてもらいなさい。』

「『ちょっ!?』」

『あら? 見てるだけでいいと言うの?』

 いきなり生々しい上に下世話な事を言い出すプレシアに、思わず総がかりで突っ込みを入れそうになるなのはとすずか。だが、そんな二人を意に介さず、真剣な面持ちで言葉を続けるプレシア。

『先に言っておくわ。このままだと、あなた達は不戦敗になる可能性が高いわよ。』

「どうして?」

『簡単よ。フェイトだけ一線を越えてしまった場合、あの優喜が他の娘に手を出すと思うの?』

『そ、それは……、確かにそうかも……。』

『ついでに言うと、さすがにそうなった場合に紫苑をどうにかする自信はないわ。だから、そのためにも、あなた達にも一線を越えてもらう必要があるの。』

 プレシアの言い分に、どう返事を返せばいいのか分からず、思わず沈黙するなのは。さすがにいくらなんでも、複数の女性と強引に肉体関係を持たせようとする大人がいるとは、正直思いもしなかったのだ。

「……私としては、みんなで一緒に、ってこと自体はそうなるかもと思ってたからいいんですけど……。」

『ほう。いいのか、なのは。』

「居たんだ、ブレイブソウル……。」

『居たんだ、とは御挨拶だな。あの大和撫子に余計な事を吹き込まないようにと、ここに監禁する事を選んだのは君達だぞ?』

「そ、それはそうだけど……。」

 この時点で確信する。どんな煽り方をしたかは分からないが、フェイトの暴走は確実にこのファンキーデバイスが煽った結果だ。プレシアもいろいろ言ったのは間違いないが、暴走させるように誘導したのは十中八九こいつの仕業に違いない。なのはと言う前科がある以上、言い訳の余地はない。プレシア達とフェイトとの間に、一体どんな話し合いがあったのかが激しく気になるが、どうせ親子の秘密とかいって教えてくれないのは目に見えているし、多分それを聞いている時間もないだろう。

『それで、何か言いかけたようだが?』

「……まあ、いっか。」

 どうにも手のひらで踊らされている感が強いが、割り切って話を続ける事にする。

「私は、みんなで一緒にってことはいいんですけど、フェイトちゃんやすずかちゃんはいいのかな、って。」

『私は、もともと独占とか考えてないし、最悪セフレ扱いされる覚悟も完了してるんだけど……。』

「その覚悟は完了しちゃダメ!!」

 十年以上の付き合いになる親友の、フェイトとは違う意味でのあまりにも駄目な発言に、思わず激しく突っ込みを入れてしまうなのは。嫌な予感がして、完全防音結界を張っておいた甲斐があったというものだ。

『とりあえず、フェイトの方は気にしなくていいわ。むしろなのは、あなたが一緒に居た方が、いざという時にヘタレなくてすむでしょうし。』

「フェイトちゃん、実の母親にヘタレ扱いされてるよ……。」

 反論できないところがよりひどい。実際、フェイトは自分の事になると、どうにもヘタレな部分が目立つ。そもそも、初対面の頃の人見知りの激しさからして、ヘタレくさいと言えばヘタレくさい話である。

『まあ、そういうわけだからなのは。フェイトと一緒に女にしてもらってくるがいい。』

「なんだろう、結構大事な事のはずなのに、私自身の覚悟とかそういうのと関係なく話が進んでる感じがひしひしとするよ……。」

『なのはちゃん、もうこうなったら、初体験の理想とかはあきらめようよ。』

「すずかちゃん、何気に乗り気だよね……。」

『だって、ずっとじらされてきたんだもの。』

 すずかの身も蓋もない台詞に、夜の一族の妙なたくましさを思い知る。もっとも、プレシアやブレイブソウルからすれば、単に状況に流されてハイになっているだけで、多分単品で送り込んだところでヘタレるだけだと分かっているのだが。

『なのは。』

「なんですか?」

『初体験は、所詮単なる通過点よ。』

「いや、それはそうかもしれないけど……。」

『とりあえずなのは、どうやらそろそろフェイトが動くらしい。賽が投げられた以上、グダグダ言っても無駄だ。』

 いい加減抵抗するのに疲れてきたところに、ブレイブソウルからとどめの一言が放たれる。どうやら、すでに選択肢はなくなっているようだ。動き始めてしまった以上、少なくとも優喜とフェイトの行為は成立させなければ、後々まで致命的な傷を残してしまう。

「本当に、紫苑さんの事はどうにかしてくれるんですよね?」

『ええ、もちろん。ただ、一つだけ確認するけど。』

「はい?」

『三人が四人になっても、あなたは気にしないわよね?』

「……紫苑さんなら、OKです。」

 どうやら、最初からそこ以外に落とし所はなかったらしい。なのはの返事と同時に、リニスが部屋に転移してくる。

『なのはよ、一ついい事を教えておいてやろう。』

「……何?」

『ミッドチルダは、重婚が認められている。』

「……もう黙ってて……。」

 言われずとも知っている事を宣言され、ある種の気力が根こそぎ奪われる。何というか、自分達がどんどん駄目な方に突っ走っている感覚がぬぐえないまま、結局自身の欲望と現在の状況に負けて、今までの何とも言い難い関係にとどめを刺しに行くなのはであった。







「……あのさ、フェイト。」

「……何かな?」

「……その格好は、何の真似?」

 優喜の言葉に返事を返さず、そっと距離を詰めてくるフェイト。動くたびにマントが肌蹴て、月の光に照らされた一糸まとわぬ白い素肌が見え隠れする。そう見えるようにしているだけで、マントの下にはちゃんと何か着ている、と言う優喜の淡い期待は見事に打ち砕かれた。

「私の、覚悟かな?」

「覚悟って……。」

「あまりいろいろ着てると、脱いでる途中で気持ちが折れそうだから……。」

「いや、そもそも何で脱ぐの……?」

 言うまでもない事を思わず突っ込んでしまう優喜。正直、あまりの状況にまるで冷静さを保てない。思考が空回りし、どう対応すればいいのか何も思いつかない。

「あのね、優喜。」

「……何?」

「私の体の事、知ってるよね?」

「……クローンだって言う事なら、今さらだよ。」

 優喜の言葉に、泣き笑いのように淡く微笑んで見せるフェイト。月明かりに照らされた、あまりに背徳的な姿でのその表情は、今までになく壮絶な色香を放ち、いまだにまともな性欲を持ち合わせていない優喜の思考すら痺れさせる。

「私、ね。」

「……ん。」

「健康診断とかがあるたびに、ずっと怖かったんだ。」

「えっ?」

「もしかしたら、どこかおかしなところがあるかもしれないって……。」

 フェイトの言葉に、何も返事を返せない優喜。その不安はまともな両親から生まれ、今現在健康体の優喜には決して理解できない物だからだ。

「初潮がなかなか来なかったとき、すごく不安だった。今でも時々周期がおかしくなって、自分でもびっくりするほど不安になるんだ。」

「……。」

「でも、一番怖いのは、ね。」

 そこで言葉を切り、優喜の顔を覗き込むように近付く。ここにいたってようやく、フェイトの顔が羞恥心で真っ赤に染まっている事に、そして全身が小さく震えている事に気がつく優喜。

「実は行為をできる体じゃなくて、優喜が、私の体を変だ、って言う事なんだ。」

 その言葉に反論をするより先に、フェイトが結論を告げる。

「だから、優喜。私の体におかしなところがないか、確かめてほしい。」

 その言葉と同時に、羽織っていたマントを床に落とし、正真正銘の生まれたままの姿を優喜に見せつける。優美な曲線を描く肉感的な肢体を月下に晒し、愛しい男に結論を迫る。

「……僕は、他の女の人の体を知らないから、おかしいかどうか分からない。」

「他の人と同じかどうかは、もう、どうでもいいんだ。」

「フェイト……?」

「優喜にとっておかしくないなら、私はそれで安心できるんだ。」

 事ここにいたってようやく、自分がとんでもない窮地に立たされた事を自覚する優喜。この場合、口先だけでおかしくないと言ったところで通じるわけもなく、だがおかしくないとどう証明すればいいか分からない。倫理観をつかさどる部分がフェイトの体を直視する事に対し罪悪感を抱かせ、だがここで目をそらすと言う事は彼女の不安を肯定する事につながりかねない。唯一の解決策と思われる行為をするにも、手元に必要なものがないため、優喜の体の事情がそれを許さない。第一、こんな形で行為に及んでいいのかと、この期に及んで流される事を理性が激しく拒絶する。

 この時、優喜は生まれて初めて、本当の意味で異性と言うものを意識していた。告白されてなお、相手の本気を肌で理解してなお、異性と言うものを意識出来なかった壊れた本能。それがようやく少しはまともな形で噛み合い始めた瞬間であった。

「あの、フェイト……。」

「何?」

「僕は、何をどうすれば君の体がおかしくないと証明できるか、分からないんだ。それに、君を抱けばいい、と言われても……。」

 悩みながらも正直に答えを告げようとすると、いつの間にか部屋の中に入ってきていた他の人物が、横から口をはさんでくる。さすがの優喜も、ホームも同然のこの家で、この状況下で他の人間の存在を気にする余裕はなかったらしい。

「フェイトちゃん、忘れものだよ。」

「なのは? すずか?」

「どうして……?」

「フェイトちゃん、薬を持っていくの、忘れてたでしょ?」

 薬、の言葉で全てを悟る。どうやら、プレシアの差し金らしい。だが、それを理解した瞬間、どこかで無駄に入っていた力が抜ける。今まで気がつかなかったが、すずかも一緒のようだ。これなら何も怖くない。普通なら水を差されたと怒るべきところなのだろうが、今のフェイトには心強い援軍だ。

「ゆうくん、フェイトちゃんを、可愛がってあげて。」

「ついででいいから、私達も相手してくれると嬉しいかな。」

 そう言って、そっとフェイトを優喜に預ける。

「優喜、お願い……。今回だけでいい……。治療でいいから、責任をとれとか言わないから……。」

 背中を押される形になり、真っ赤になりながらも、必死の表情で優喜を押し倒し、すがりついてくるフェイト。羞恥心を不安が上回ったようで、今にも泣きだしそうだ。

「私の体がおかしくないって、証明して……!」

 四面楚歌の状況で、止めとも言える言葉を言い放たれ、抵抗をあきらめる優喜であった。







 どうにもあまりよろしくない予感とともに、いつもより早く目が覚めた紫苑。十一月の、ずいぶんと昇るのが遅くなった太陽が、ようやく頭を見せたところである。いつもならもう少し遅くまで眠っているのに、なぜか今日は完全に目が冴えている。

「……。」

 目は冴えていても、頭はまだ夢現といった風情の紫苑は、体を起こしてからしばらく、そのままの姿勢でボーっとしている。普段を知る人たちが見れば、その様子に驚く事請け合いである。何しろ、本来はこんなに寝起きは悪くなく、起きたらさっくりなにがしかの行動を起こすのが琴月紫苑だ。第一、いつ惚れた男が声をかけてくるかも分からないと言うのに、寝起きの無様な姿を晒すのは主義ではない。

「……顔、洗わなきゃ……。」

 本当に珍しい事に十分以上そのままぼんやりした後、ぼけた頭を振り払いながらそうつぶやく。とにもかくにも身だしなみは重要だ。さすがにまだこの時間に起こしに来る事はなかろうが、いつ何時優喜がこの部屋を訪れるか分からない。折角朝早くに起きた事だし、シャワーを借りてさっぱりしよう。多分いつもの習慣なら今頃トレーニング中だろうから、シャワーを終えたぐらいに戻ってくるかもしれない。

 そう決めると、着替えの服と新しい下着類を取り出して風呂場へ向かう。頭がまだぼんやりしていたらしく、この時点では紫苑は、向かいの優喜の部屋が、中を覗ける程度に開いている事に気がつかなかった。

「あら?」

 シャワーだけのつもりが、朝風呂が用意されていたためつい長湯をしてしまった帰り道。結構な時間になっているのに誰もシャワーを浴びに来なかった事を疑問に思いつつ、自室の前までたどり着いたところで、向かいの優喜の部屋の扉が、結構大きく開いている事に気がついた。

 どうやら猫が出入りしているらしい。この屋敷にはたくさん居るので、それ自体は不思議ではない。だが、優喜が部屋の扉を閉め忘れると言うのは珍しい事だ。不思議に思いながらも、部屋の中からこちらを見ている愛らしい子猫の魅力に負けて、つい中を覗き込んだところで動きが止まる。

「えっ……?」

 紫苑の視線は、あてがわれた自室と同じ、大人四人が眠れるほど大きな天蓋付きベッドの上に釘づけになっていた。

「どういうこと……?」

 ベッドの中では、優喜達四人が蒲団にくるまって、一緒になって眠っていた。その周りには脱ぎ散らかされた寝間着や下着が散乱しており(思わず数を数えたところ、何故か女物は二組しかなかった)、どう無理やり解釈したところで、少なくとも裸で添い寝している事は疑う余地もない。しかも、何気に落ちている女物の下着が、どう見ても勝負下着である。

 正直認めたくないが、昨晩この部屋でそう言う行為が行われていた事は間違いないだろう。防音がしっかりしているこの屋敷の部屋は、たとえ一方の部屋の扉が開いていたところで、もう一方がきっちり戸締りをしていれば、ほとんど音が聞こえなくなる。そのため、昨日しっかり部屋の扉を閉めて寝た紫苑のもとには、彼らが盛っている声や音は一切届いていなかったのだ。

「……優君。」

「……え? あ、紫苑か……。」

 声をかけると、割とすぐに反応が返ってくる。裸の上半身を起こした彼の表情は、何とも気まずいものだった。

「優君、あのね?」

「うん、見ての通り。」

「そっか……。」

 そんなやり取りの最中に、事の元凶であるフェイトが、寝ぼけた感じで目を覚ます。

「ん……、ゆうき……。」

 寝ぼけたまま優喜にしがみつき、その豊かな胸をダイレクトに押しあてながら、胸板にほおずりするフェイト。紫苑の凍りつくような視線にも全く気が付いていない。

「フェイト、とりあえず起きようか……。」

 裸で愛おしそうにすがりついてくる金髪の美女に対し、容赦なく一撃入れる優喜。その衝撃で意識がはっきりしたらしい。すがりついた姿勢のまま、紫苑の視線に怯えてかたまる。その隣でもぞもぞとすずかが動き、ひんやりとした空気が流れてきたのか、なのはも微妙に眠そうなまま体を起こす。

「それで、昨日お開きになった後、一体何があったのかしら?」

「それは……。」

 さすがに優喜にしがみついたままと言うのは不味い、と判断したフェイトがとりあえず即席でバリアジャケットを作り上げ、ランニングシャツとホットパンツと言うラフな格好でごまかす。なのはもそれに習い、すずかは手の届く範囲にあった自分の寝間着をそのまま着る。とにかく言い逃れをするような不細工な真似も、開き直って挑発するような真似もしたくはない。

「全部、私が悪いんだ……。」

「……悪い、とは?」

「私が、自分の不安を解消するために、みんなを巻き込んだんだ。」

「違うよ。フェイトちゃんの不安を知ってて、それをどうにもできなかった私達の責任だよ。」

 お互いに相手をかばい合うなのは達を見て、どちらが悪者か分からないと頭の片隅で考えてしまう紫苑。ただ、少なくとも、紫苑に既成事実を見せつけるためにこんな真似をしたわけではなさそうだ。怒りも何もかもとりあえずいったん飲み込み、ため息とともに話を続ける。

「その不安とは、一体どんな話?」

「その件については、プレシアが全部話します。」

「リニスさん?」

「はい。今回の悪巧みの片棒を担いだリニスです。」

 そのあたりで、なんとなく全体の流れを察する紫苑。どうやら、フェイトにとって何か重大な問題があり、その解決のために優喜を押し倒すような真似をするように、プレシア達が彼女を誘導したらしい。詳しいところは分からないが、少なくともフェイトに関しては、こういう事をしそうな予兆、という意味では思い当るところはある。

「フェイト、プロジェクトFの事も含めて、全てプレシアが説明します。とりあえずあなた達は、まずはお風呂に入って身だしなみを整えてきなさい。」

「うん。申し訳ないけど、全部お願いするよ……。」

「元々、煽った以上はアフターケアをするつもりでしたので、あなたが気にすることではありません。」

「気にするよ……。」

 罪悪感たっぷりのフェイトの様子に、怒りこそ収まらぬものの、どうにも内心の葛藤が大きくなる。そもそも根本的な話、優喜が誰とどういう関係になろうと、紫苑がごちゃごちゃ口をはさむ筋合いはないのだ。そう開き直られてしまえば、本来彼女に取れる対応など、逆切れして突っかかっていく事だけであり、竜岡優喜第一主義者の紫苑にそれができるかと言えば答えは否。せいぜい、このタイミングで事に及んだ不躾さに腹を立てるぐらいしかできないのである。

「紫苑さん、あなたがそういう人で本当に助かりました。」

「……それは嫌みですか?」

 紫苑の内心の葛藤を見抜いたかのようなリニスの言葉に、思わず刺々しい口調で突っ込みを入れてしまう。

「いえ。ただ、とりあえず先に言っておきます。まだ、優喜君の事をあきらめる必要はありませんので。」

「……この期に及んでまだそれを言う、と言う事は、それなりにややこしい事情がある、と言う事ですね?」

「はい。浮気上等と言わんばかりに周囲がお膳立てして、無理やりにでも強制せねばならない理由がしっかりあります。詳しい事は全て、プレシアの説明を聞いてください。」

「……分かりました。」

 リニス相手に押し問答を続けても意味がない、と言う事だけは分かった。それに、なんとなくだが本当にすべてを把握しているのは、今回煽った連中だけなのではないか、という気もしている。

「その代わり、ちゃんと納得がいく説明をしてください。」

「それは、プレシアに言ってください。」

 そこまで言って、さっさと紫苑を連れて時の庭園に転移する。

「……本当に、大丈夫かな……。」

「心配するんだったら、最初からああ言う真似をしないでよ……。」

「無理だよ。ゆうくんだって分かってたでしょ?」

「あのままだったら、フェイトちゃんは絶対壊れてたし、どうしようもなかったと思うよ。」

「……本当に、他に方法はなかったのかな……。」

 済んだ事だと言うのに、しかも当事者で状況に流された一人だと言うのに、紫苑同様いまだに釈然としていないらしい優喜。

「優喜君。昨日のこと、嫌だった……?」

 その様子に不安になり、思わず泣きそうな顔で問いかけるなのは。

「さすがに、そんな失礼な事は言わないよ。ただ、あんな形で事に及んで、本当に良かったのかなって。」

「ゆうくん、私達が迫ったんだから、私達の事は気にしないで。」

「って言われても、ね。と言うか、そう言われてはいそうですか、で割り切るのって、男として最低じゃないか?」

「優喜の場合、ミッドチルダだったら、訴えれば強制わいせつ罪で勝てるレベルだから、本当に気にしないでいいんだよ?」

「強制わいせつ罪が成立するケースだったんだ……。」

 などと、結局感情の整理が追い付かぬまま、とりあえず紫苑が戻ってくるまでにとっとと身づくろいだけは済ませようと、風呂に向かう一同であった。







「クローン、ですか……。」

「そう。あの子は私の罪の象徴。愛娘の死を受け入れられなかった愚かな女が、己の勝手で生みだしてしまった、自然ならざる存在よ。」

「その事をフェイトさんは……。」

「もちろん、知っているわ。あの時、優喜がいなければ、私たち親子はどうなっていたか分からない。私のせいではあるのだけど、あの時のフェイトは壊れそうなほどのショックを受けていたわ。」

 九年半前のジュエルシード事件。その顛末を全て包み隠さず話し終え、一つため息をつくプレシア。

「結局のところ、昨日の晩の暴挙は、あなたの存在に当てられたあの子が、クローンである事に対する不安に耐えきれなくなって、予想以上に追い詰められていた事が原因よ。」

「私は、こっちに来ない方が良かったのでしょうか……?」

「そんな事はないわ。フェイトのあの不安は、いずれどこかで暴発していたはずだもの。むしろ、こちらがあなたをダシにしてしまった事を謝らなければいけない。」

 そう言って、深々と頭を下げるプレシア。全てを聞いてようやく、三人の中でひときわ優喜に依存しているように見えたフェイトの態度が理解できた紫苑。

「頭をあげてください。」

「でも……。」

「今回の事は多分、起こるべくして起こった事だと思います。それに、残念ながら、私は本来、今回の事についてどうこう言える立場ではありませんし。」

 気にしていないわけではないが、文句を言う筋合いではない。そう断じて無理やりプレシアに頭をあげさせる。

「ただ、まだ気になる事はあります。」

「何でも聞いてちょうだい。」

「フェイトさんの事だけなら、別段なのはさんやすずかさんまで巻き込む必要はなかったのではありませんか?」

 紫苑が一番腑に落ちないところはそこである。プレシアの立場からすれば、フェイト一人だけで事に及ばせる方が都合がいいはずである。優喜の性格上、一度抱いてしまえば、他の女には目もくれなくなるはずで、今回のやり方ではむしろ不利になるだけだろう。

「それには、別の事情が噛んでいるのよ。」

「別の事情、ですか?」

「ええ。あなたは、優喜が性欲を失っている事を知っているかしら?」

「はい。原因になった事件に、私も関わっていましたから。」

「そう。だったら、治療法についても知っているわよね?」

 プレシアの言葉に一つ頷く。そこで全てを察する。

「もしかして……。」

「ええ。フェイト一人では積極性に欠けるし、人数が多い方が上手く行くと踏んだの。因みに、こちらにはその手の不妊治療薬として、強制的に勃起させる薬があるから、最低限の機能さえ生きていれば、行為に及ぶ事に不都合はないわ。」

「そんな便利な薬があるんですか……。」

 向こうで手詰まりだった原因を、あっさり解決してしまったミッドチルダの超科学。もし向こうにあったとしたら、まず間違いなく紫苑がフェイトと同じ事をしていただろう。

「でも、どうして人数が多い方がうまく行くと考えたのでしょうか?」

「男と言うのは、そういうものだからよ。」

 プレシアのあれで何な断言に、思わず呆れてため息をつく。多分当人達は一切後悔していなかろうが、そんな理由でフェイトに付き合わされたなのはとすずかに、どうにも哀れなものを感じてしまう。

「それに、さすがにフェイトの心の安定のためだけに、なのは達を不戦敗にするのも不本意だったから、少しでもチャンスがつながるようにしたかった、と言うのもあるわ。」

「……。」

「優喜の都合や気持ちをないがしろにしているかもしれないけど、あの子の体の治療を進めるには、強引にでも事を起こすしかなかった。それに、一年半も覚悟を決める時間をあげたのだから、多少の強引さはペナルティと言う事にさせてもらいたいところだし。」

 プレシアの言い分は、ある意味においては紫苑が考えていた事だ。結局のところ、どこまで行っても、今回の事は起こるべくして起こったことであり、たまたま引き金を引いたのが紫苑であっただけなのである。

「他にも、そろそろ次の治療段階に踏み込むタイムリミットが近い可能性が高かった、という事情もあるわ。」

「根拠は?」

「近い事例がいくつかあったのよ。その事例を参考にした結果、そろそろ無理やりにでも関係を持たせる必要があり、その際一人よりも複数と関係を持った方がいい、と判断せざるを得なかった。ある意味都合がいい事に、あの子たちは肉体関係を持った上で振られる事も、十分許容するだけの精神力は持っていたし。」

「……プレシアさん。あなたは、どうしてそこまで?」

「受けた恩は、返さなければいけないからよ。私にできる恩返しは、あの子の体を治し、その過程で買うであろう怒りや恨みを全て引き受ける事だけ。それに、あの子は例の奥の手とやらが必要なら、自分の体がどうであれ、迷わず使ってしまう。だから、少しでもその時のリスクを減らすために、手段を選んではいられなかった。」

 プレシアの、思いのほかに真摯な考えに、自然と頭を下げる紫苑。

「紫苑?」

「優君のために、そこまで真剣に考えてくださって、ありがとうございます。」

「……自分の娘のために、優喜を利用したのも事実よ?」

「それでも、ありがとうございます。」

 そう言って頭をあげると、丁度驚きの表情を引っ込める最中のプレシアの顔が目に入る。

「それで、私からの提案なのだけど……。」

「優君の治療に、協力すればいいんですよね?」

「話が早くて助かるわ。」

「私にとっては、ある意味願ったりです。ただ、優君が……。」

「そこは申し訳ないけど、自分で何とかしてもらえないかしら。フェイト達と優喜の関係についてはよく知っていたから、こちらから横やりを入れてどうにかする事も出来たけど、あなたと優喜の関係はよく分かっていないから、口をはさむのは難しいわ。」

 プレシアの言葉に一つ頷くと、考えている事を切り出す。

「それで、一度優君を向こうに連れて帰りたいのですが……。」

「それも、私が反対できるような事ではないわね。向こうに戻った結果、里心がついてしまってもしょうがない事だし。」

「ありがとうございます。」

「礼を言われるようなことではないわ。それに、その話は私だけではなく、なのはの両親にもしておいてちょうだい。」

「分かりました。」

 話がまとまったところで、互いに一つため息をつく。そこで、ふと思いついた事を口にする。

「とりあえず、今回の事で、少しぐらいは意趣返しをしてもかまいませんよね?」

「駄目、とは言えないわね……。」

 紫苑が初めて見せる悪巧み顔に、苦笑しながら頷いて見せるプレシア。そこまで話して、少々長話が過ぎた事に気がつく。見れば、いい加減優喜達が学校に行く時間になっている。一応長くなりそうだから、食事だけは無理やり先に済まさせておいたのだが、声をかけないと、遅刻寸前まで待ちかねない。

「あの子たちとの話は、学校が終わってからね。」

「そうですね。」

「今日は文化祭の後片付けだけらしいし、昼までには帰って来るでしょう。」

「でしたら、それまでに、先に高町さんに御挨拶をしたいのですが……。」

「だったら、十時半ごろに翠屋ね。さすがにその時間帯は割とすいているから、手を取らせてもどうにかなるはずよ。」

 プレシアの提案に紫苑が同意したところで、月村家に連絡を取り、こちらの話はついたから、さっさと学校に行くようにと指示を出す。その後で、手持無沙汰な竜司を呼び出し、話し合った結果を説明する。

「さすがにまだ時間は十分にあるようだし、優喜がこちらで関わっている問題とやらを、全て教えてもらってもいいか?」

「そうね。それが分からないと、私たちがどう協力すればいいのか、見当もつかないし。」

「分かったわ。守秘義務に関わってる問題もあるから、ちょっと確認を取って、話してもいい範囲を確認してからになるし、その絡みで言えない事も出てくるけど、構わないかしら?」

「ええ。無理に、とは言いませんから。」

「だったら、朝食を用意させるから、食べながら待ってて。竜司はもう済ませたのかしら?」

「うむ。飲み物だけ頂けるとありがたい。」

 こうして、悪巧みに対する仕返しは、着々と進んで行くのであった。







「優君、明日からしばらく、学校を休んで欲しいの。」

 いまいち作業に集中できずに半日過ごし、帰って来てすぐに紫苑から下された判決がそれであった。

「いきなりだけど、理由は一体?」

「簡単よ。今日は、向こうでは八月三日だから、来週末ぐらいからお盆なのよ。」

「……なるほど、そういうことか。」

「ええ。だから、お墓参りのために、一度向こうに帰って欲しい。」

「……分かったよ。士郎さんと相談する。」

 予想通りの回答に思わず、少々意地の悪い笑みが浮かぶ。それを見た瞬間に、どうやら優喜達は全てを悟ったようだ。

「いつの間に、翠屋に?」

「十時半ごろに、挨拶に行って来たの。ついでに、事の顛末はすべて説明して来たから。」

「「うう……。」」

 どうやら、紫苑が彼女達に与える罰と言うのはそれらしい。やらかした事を考えれば軽い罰だが、正直いろんな意味でかなり痛い。

「それで、どうするの?」

「あまり長くは休みたくないんだけど、ゲートの時差は調整できないの?」

「師匠に頼めば、出来なくはないだろうな。」

「だったら、そうしようか。」

 優喜の返事を聞いて、表情が不安で曇るなのは達。それを見た紫苑が、とりあえず今回の罰、その止めを加えるために三人を呼んで、ひそひそ話を始める。

「とりあえず、今回はお墓参りと向こうでの処理が終われば、優君にはちゃんとこっちに来てもらうようにするつもりだけど……。」

「「「だけど?」」」」

「もし、里心がついて向こうに残る、って言いだしたら、私はそのまま受け入れるつもりだし、その時は連絡はしないから。」

 紫苑のその言葉に凍りつく。

「後、向こうで私と優君の間に何があっても、一切苦情は受け入れません。いいですね?」

 止めを刺し終えて、三人の反応をじっと見つめる紫苑。この時の態度次第では追い打ちも必要かな、などと怖い事を考えているあたり、やはり彼女も女だ。

 もっとも、実のところ紫苑は、見た目のイメージほど、性について固い考え方をしているわけではない。明確に振られない限りは、自身が優喜以外の男とそう言う事をするのは真っ平ごめんだが、関係者が全員納得しているのであれば、優喜を含む他の人間が複数人と関係を持つ、と言う事に対しては、実際にはそれほど否定的にはとらえていない。昨日今日会った仲だから難しかったとはいえ、今回の事も事前に相談があれば、意外とあっさり受け入れた可能性の方が高いぐらいである。結局のところ今回の事は、黙って出し抜くような真似をした揚句に、事後処理に失敗して自分に見せつけると言う態度と手癖の悪さに切れただけなのだ。

 もっとも、そうでなければ、共有するのなら仲間外れにされるいわれはない、などと言う発言が出てくるはずもないので、そういう意味では意外でも何でもないのだろう。さすがに竜岡優喜のような難儀な男に惚れるだけの事はあり、紫苑も一筋縄ではいかない感性を持つ女ではある。

「……それが、優喜君の選択なら……。」

「……私達には、優喜を責める資格も、あなたに文句を言う権利もないから……。」

「紫苑さん、ゆうくんの事、お願いします……。」

 三人の返事に満足そうにうなずくと、普段通りの優しい笑顔を浮かべ、最後の一言を告げる。

「こちらに戻ってきた時は、四人で優君を支えましょう。その時は、よろしくね。」

 最後の台詞にあっけに取られているなのは達を放置すると、優喜の傍らに戻る。その自然な立ち回りに妙な敗北感を覚えながら、予定通りミッドチルダでの自分達の仕事を見せる事になるなのは達であった。



[18616] エピローグ あるいはプロローグ
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:f5994530
Date: 2011/07/23 11:03
「なるほど。彼女達も協力してくれる、と言うことか。」

「ええ。もっとも、あくまで優喜が向こうで里心がつかなければ、の話だけど。」

 優喜達が向こうに行ってから初めての会合。そこで真っ先に出た議題は、やはり優喜の身の振り方についてであった。

「それで、紫苑と竜司に、何をしてもらうつもりなの?」

「そうだね。竜司君には普通に戦闘員として協力してもらうとして、紫苑君には優喜の店や寮などの手伝いをしてもらう事にするか。」

「それが妥当でしょうね。紫苑は確かに有能な女性だけど、あくまでも能力的には一般人よ。バックアップは出来ても、前線に出る類の事は、どう逆立ちしても不可能ね。」

 プレシアの言うまでもない発言に同意するグレアムとレジアス。実際のところ紫苑とて、手が届く範囲にさえいれば、並の魔導師ぐらいは制圧できる程度には、合気道の技量はあるのだが。

「それで、カリム君。」

「はい。」

「予言については、どうかね?」

「そうですね。まだまだよく分からないところはありますが……。」

 少し考え込んで、とりあえず間違いはないであろうことを告げる。

「とりあえず、こちら側の役者は揃ったのではないか、と思われます。」

「ふむ。だとすれば、今回の部隊の、もう一つの目的は果たせそうだね。」

「だといいのですが……。」

 カリムの微妙な様子に、怪訝な顔を浮かべる年寄り達。その場を代表して、グレアムが声をかける。

「何か、不安要素があるのかね?」

「最近、予言が不安定なのです。」

「それは、やはり彼らのせいかね?」

「多分……。」

 最近、と言うのは正確には、四年ほど前からである。不安定と言うより内容がころころ変わる、と言うのが正しく、たまに何かを投げたような中身を予言として伝えてくる事すらあるのだ。

 その傾向は、なのは達が覚悟を決めて思いをぶつけたあたりからひどくなり、最近では連続で二件の予言が発生している。本来なら年に一度、それもいつの事かも分からない事柄を、詩文と言う形でひどくあいまいに告げてくるだけの予言。それがどうにも揺らいでいるのだ。

「そう言えば、シャッハが言っていたけど、あなたは竜司が援軍として現れる事を予期していたような感じだったそうね。」

「ええ。あの方が現れるとまでは分かりませんでしたが、あのタイミングで誰かが現れる事だけは知っていました。半信半疑でしたけどね。」

「それで、襲撃を受けた割には落ち着いていたのね。」

 プレシアの言葉に頷く。だったら襲撃そのものを回避できなかったのか、と言うのは無茶な発言であろう。予言と言っても、いつどんな形で起こるかをはっきり記してくれるとは限らないのだ。たまに解析がうまく行って、事件そのものを未然に防げる事もあるが、今回はそもそもが、内部の裏切り者のあぶり出しと言う目的もあった以上、襲撃を回避する事は出来なかった。

「参考までに聞くが、竜司君と紫苑君について、どう思ったかね?」

「素敵な方々だと思います。」

 どことなく、うっすら頬を染めた表情で、少しうっとりした声色をにじませて答えるカリム。

「特に竜司様は素晴らしい方です。何が起こっても冷静な態度、大きな背中、逞しい胸板……。年を考えるなら、せめて後三年早く出会いたかったと思いますわ。」

「……カリム、お前もしかして、そういう意味で素敵だと……?」

「はい。私にとって、理想の男性です。」

「……ぬかったわ。カリム・グラシアが筋肉フェチだったなんて……。」

 プレシアの言葉に眉をひそめたカリムは、一つ反論をぶつけてくる。

「筋肉フェチではありません。私はあの大きなお体と巌のように精悍なお顔、そして頼もしいお人柄にひかれたのですよ?」

「……素晴らしくミスマッチな好みね。」

「いいではありませんか。騎士団の中にも、あの方が理想の姿だと言う人間は多いのですよ?」

 確かに、戦場における頼もしさ、という観点では理想的かもしれない。パンチ一発で地形を変えるほどの火力と、レーザーが目に直撃してもノーダメージで終わる防御力。あんなものが戦場にいたら、それだけで戦局が決まってしまいかねない存在感を持っている。

 考えてみれば、質実剛健を旨とするベルカに置いて、己の肉体一つで戦場をひっくり返す竜司の存在は、目指す究極の姿と言ってもいいのかもしれない。ベルカ騎士の理想になるのも当然と言えば当然で、ベルカ的な価値観を持つカリムが一目ぼれするのも、無理もない事なのだろう。

 間違っても、絶対的な窮地を救ってもらった吊り橋効果、という理由ではない、はずである。

「まあ、だったらちょうどいいわね。」

「ちょうどいい、とは?」

「竜司の後見人よ。さすがにこれ以上私たちがバックにつくのは、いろいろな面で問題が大きいし、聖王教会との関係強化にもつながる事柄だし。」

「そう言う事ならぜひとも、我が聖王教会の騎士として迎え入れさせていただけないでしょうか?」

「本人が首を縦に振れば、問題はないわね。こちらとしては、大助かりよ。」

 いろいろな意味で、利害の一致を見た管理局と聖王教会。どちらにせよ、あんな危険物をフリーでふらふらさせておく訳にはいかない。今回の事で、優喜自身にはついに鈴をつける事に成功したが、それだけでは十分とは言えない。

「後は、準備をいかに早く進めていくか、と……。」

「結成記念イベントの内容決定、だな。」

「折角広報の部隊なのだし、やりすぎぐらいにやってしまいたいところね。」

「新人の皆様は、どのぐらい完成しておられるのですか?」

「まあ、来季デビューの子たちはともかく、今期デビュー組は、そろそろ大舞台を踏ませても問題ないぐらいだそうだ。」

 優喜が最後まで協力してくれることがほぼ確定した今、一番最初の思想から方向を変える必要はない。ならば、いろんな意味で派手にやるのが正しい姿だろう。

「さあ、祭りの始まりだ。」

 レジアスの言葉は、これから始まる一連の出来事を正確に言い表していた。







「それで、結局どうやったん?」

「……言わなきゃ駄目?」

「……って言うか、分かってて言ってるよね?」

 なのは達のジト目交じりの突っ込みに、苦笑しながら一つ頷くはやて。運命の日から三日後の事。いろいろバタバタしてしまい、優喜達が向こうに出発したのがつい先ほど。現在はそれを見送った後のお茶会である。

「そらまあ、あんな不自然な歩きかたしてたら、分からんはずあらへん。」

「だよね……。」

 とは言え、動き方が不自然だと思ったのははやてぐらいなもので、他のクラスメイトは忙しさも手伝って、せいぜい何人かが、何かあったらしいと言う事に気が付いている程度である。

「で、どうなん?」

「想像の通り。」

「そっか。初めては凄い痛いって話やけど、ほんまにそうやったん?」

「……他の人は知らないけど、私はその瞬間は訳が分からなくなってたから、むしろ終わってからの方が痛かったけど……。」

 どうせはぐらかそうとしても、このチビ狸がそれを許す訳がない。ならば、最初から直球で話してしまった方がいいと判断し、正直に話すなのは。フェイトとすずかの表情を見ると、どうやら二人とも似たようなものらしい。

「なのはもそうだったんだ。」

「フェイトちゃんも?」

 フェイトとすずかの言葉を聞いたアリサとはやては、どうにも判断に困ってしまう。他の経験者はほとんどが痛かったと言っているのだから、多分普通は痛いのだろう。特に、初めて同士だと互いにそういうテクニックは皆無なのだから、余程でない限りは痛くて当然だとは思う。

「なあ、アリサちゃん……。」

「何よ?」

「この場合、なのはちゃんらがものすごくエッチなんか、優喜君があの顔で恐ろしくテクニシャンやったんか、どっちやと思う?」

「……あたしに振らないでよ……。」

 ジト目のアリサに思わずごめんと謝るはやて。自分で振っておきながら、結構会話を続けにくい内容である。

「それにしても、既成事実を作った割には、あまり嬉しそうじゃないわね?」

「……うん。」

「何を心配してるのよ?」

「えっとね……。」

 どう話せばいいのか、どこまで話せばいいのか。少し考えた上で、紫苑との話を全部伝える。

「そらまた、厳しい話やな……。」

「アンタ達は、それでいいの?」

「それでいいの? って言われても、ね。」

 いまいち煮え切らない態度で顔を見合わせ、淡く微笑みあうなのは達。その様子にイラッと来てさらに言葉を重ねようとしたところで、フェイトが口を開く。

「私達は優喜のものになったつもりだけど、優喜が私達を自分のものだと思ってくれてるかは、正直分からないんだ。」

「あのねえ……。」

「それに、あくまでも優喜の故郷は向こうだから、向こうの方がいいって思ったら、それを止める権利は私達にはないと思ってる。」

 フェイトの、あまりにも優喜にとって都合がいいように聞こえる言い分に、イライラが頂点に達して反論しようとした時に、水を差すような一言を最後に付け加えるフェイト。

「そもそも、ミッドチルダの法に置いては、優喜が私達を訴えれば、確実に私達は強制わいせつ罪で負けるレベル。そこまで勝手を押し通したんだから、現時点では、これ以上優喜に何かを望む事は出来ないよ。」

「……そうなの?」

「うん。特に優喜の場合、薬がなければ行為そのものが行えないし、今回用意した薬は普段の飲み薬じゃなくて張り薬、それも即効性の強いものだったから、合意の上で薬を使った、と証明するのが難しいし。」

 フェイトの説明を聞いて、妙に弱腰に見えた理由をつい納得してしまうアリサ。因みに何でそんな厄介な薬が存在しているのかと言うと、飲み薬が効かない体質の人が結構いる事と、人間と言うのはたとえED治療中と言っても、効果が出たのでやりましょう、というわけにはいかないから、と言う理由からだ。無論、ちゃんとした処方箋がなければ購入できない種類の薬だが、どんなものでも、絶対不正入手が出来ないようにするのは不可能である。そのため、何年かに一度は、この薬を使って、女性が男性を強姦すると言う事件が起こってしまうのである。

「ただ、私達は欲深いから、やっぱりちゃんとこっちに帰ってきて、もう一度私達を抱きしめてほしい、って切実に思ってるけど、ね。」

「それぐらいは思っても、罰は当たらんって。って言うか、それを思わへん人間は信用できへんで。」

「そうだね。」

 はやてに一つ頷いて見せるすずか。少し、その頬が赤い。

「どうしたん、すずかちゃん?」

「昨日の事を思い出したら、ちょっと……。」

「……そんなに気持ち良かったの?」

「……それもあるんだけど、私がゆうくんのものだって一番実感できるのは、やっぱり肌を重ねてるときなんだな、って……。」

 すずかの台詞に、思わず砂でも吐きそうな顔をしてしまうアリサとはやて。

「って言うかさ、アリサちゃん、はやてちゃん。」

「何よ?」

「なに?」

「私たちばっかり槍玉に挙げるけど、二人はどうなの?」

 なのはの反撃に思わずひるむ二人。

「私はなあ……。案外二人きりになれるタイミングが無くてなあ……。」

「あ~、確かに。」

「シグナム達と一緒だもんね。」

「それに、リインとフィーがおるから、迂闊な事しにくい、言うんもあるねん。幸いにして、シグナム達はフォル君やったらOKやって言うてくれてるけど……。」

 八神さんちの家庭の事情を聞くと、フォルクも前途多難である。

「私かて、子供はともかくエッチぐらいはしたいんやで? せやけど、立場上ものすごく忙しいし、さすがに局内とか公園の茂みとかで盛るわけにもいかんし……。」

「……頑張れ……。」

 自分達とは違う意味で前途多難なはやてに、思わず心の底から応援をしてしまうフェイト。

「で、アリサちゃんは?」

「……こういうのは、お互いにそういう意味で盛り上がらないと、難しいじゃない……。」

「ユーノ君がリードするのを待ってたら、私たちと同じぐらい難しいと思うよ?」

「ユーノは慎重だから、ね。」

「だけど、あたしからって言うのは、慎みがないと言うかなんというか……。」

 アリサの言葉に、思わずジト目を向けるなのは達三人。さすがにそれはないと苦笑するしかないはやて。

「はやてちゃん、どう思う?」

「有罪、かな?」

「どういう意味よ!」

「まあ、アリサちゃんが地味にヘタレや、言うんは分かったから。」

「何よそれ!」

 人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものである。

「それはそれとして、や。」

 急に真面目な顔になってなのは達を見据えるはやてに、思わずかしこまった態度をとってしまうなのは達。

「優喜君が帰ってきたら、新設部隊の絡みもあって、今まで以上に一緒におる時間は長くなるけど……。」

「大丈夫だよ。ちゃんと立場と状況はわきまえるから。」

「頼むで。あの部隊には十代前半がようさんおるし、エリオにキャロ、フィーと本格的に子供なんもおるんやから。」

「分かってるよ。少なくとも隊舎に居る時は、教育に悪い事はしないつもりだから。」

 フェイトの言葉にため息をつき、ほんまに頼むで、とこぼすはやて。

「私かて一年間はチャンスを捨てるつもりやねんから、もし我慢できへんなってやってしもた、とかいう証拠が出てきたら、ただじゃすまさへんからな。」

「「「は、はい……。」」」

 一足先に女になってしまった三人に、思わずやっかみも含んだ黒い視線を向けるはやて。どうにも、この先いろいろ大変そうである。







「ねえ、ティア。」

「何よ?」

「どうして嫌なの?」

「あのねえ。欠陥品の廃物利用が主体の部隊に異動なんて、あたし達も欠陥品だって言われてるようなもんじゃない!」

 災害救助隊所属の二等陸士、ティアナ・ランスターは、相棒のスバル・ナカジマの問いかけに、思わずきつい言葉をぶつけてしまう。とはいえ、この台詞はティアナに限らず、一般の局員のイメージでもある。

 予想以上にきつい言葉に、思わず首をすくめるスバル。実際のところ、はやてやフォルクのように必ずしも欠陥品扱いされているわけではない人材も所属しているのだが、今回の新設部隊、管理局内部での一般的なイメージは完全に欠陥品による独立愚連隊である。

 その事がどうしても腑に落ちなかったスバルが、とりあえずティアナにもう一度本心を聞こうと切り出したところ、取りつく島もない感じの言葉が帰って来たのだ。プレシアからどうにか口説き落として、と頼まれてはいるが、これはなかなか厳しい戦いになりそうだ。

「それに、何が悲しくてあんな恥ずかしい服着て歌って踊って媚を売らなきゃいけないのよ!」

「いくらティアでも、なのはさん達の仕事を悪く言うのは許さない。」

「……ごめん。」

 スバルの顔を見て、ヒートアップしかけていた頭が冷える。さすがに言いすぎた自覚はあるので、ここは素直に謝るしかない。

「ねえ、ティア。そもそも、なのはさん達は欠陥品じゃないよ?」

「本当にそう思う?」

「本当だよ。元々、発端はなのはさんとフェイトさんが本気を出せる運用手段が、外回りの仕事がある魔導師のいない部署に配置して、遊撃として運用する以外になかった事なんだから、欠陥品なのはあの二人の本気についていけない、他の局員だと思う。」

「それはそうかもしれないけど……。」

「それに、ティアはあたしが無理やり強化して運用しなきゃいけない、どうしようもない欠陥品だと思う?」

 スバルの言葉に、黙って首を横に振るティアナ。正直なところ、遠距離攻撃こそどうにもならないが、スバルの実力は気功周りでの底上げが無くとも、十分一線級だ。そして、スバル自身も、さすがにそれぐらいの自覚はある。

「ティア、あたし達が教わった気功ってスキルはね、別に能力がない人間を底上げするためだけのものじゃないんだよ?」

「……それぐらい、アンタを見てれば分かるわよ……。」

「じゃあ、どうしてそんなに毛嫌いするの?」

「毛嫌い、って言うか……。」

 いつになくしつこく厳しいスバルの追及に、思わず口ごもってしまうティアナ。正直、頭では分かっているのだ。だが、首都防衛隊や教導隊のメンバーのように、気功なんて言う怪しげな芸を使わなくても、なのはとフェイトを除く広報部の魔導師より強い連中はごろごろしている。そのため、世間で認められていない妙なスキルを使って己の能力を底上げする、などと言うのは、自分が無能であると宣言しているような気がして、感覚的に嫌なのだ。

 ティアナは知らない。そういう連中ほど、気功と言うスキルに注目している事を。そして、この機会に広報部以外にはほとんど実態が知られていない謎の技能を、さわり程度でも自分達のものにしたいと目論んでいる事を。

「気分的に受け付けないのよ。なんかインチキしてるような気になるってのもあるし、そんなものに頼らなきゃ駄目なほど才能がないってことを認めたみたいでいやだっていうのもある。」

「……ん~、そうかなあ……?」

「まあ、子供のころから教わってるアンタには理解しにくいかもしれないけどさ。」

 いまいち腑に落ちない、と言う顔のスバルに苦笑し、もう一つの理由を告げる事にするティアナ。むしろ、理由としてはこちらの方が重要である。

「それにね、あの人たちが欲しいのはアンタであって、あたしは単なるおまけ。それが非常に腹が立つから、あの部隊に行きたくないのよ。」

「そんなことない!!」

 ティアナのあげた理由に、スバルが激しく反発する。どうにも普段はおとなしくて人懐っこいスバルが、この件に限っては異常に反応が激しい。

「そんなことあるわよ。あのイロモノぞろいのとがった部隊に、あたしみたいな凡人を引きずり込んでも、何の役にも立たないじゃない。」

「違うよ、ティア。」

「違わない。」

 どうにもこの件に関しては、非常に頑なになるティアナ。そのあまりの取り付く島の無さに、どうにも攻めあぐねてしまうスバル。

 実際のところ、ティアナを広報部の新設部隊に所属させる事は、いくつもの理由で重要であり、むしろ今では、どちらかと言えばスバルよりもティアナの引き抜きの方が、上層部では重要になりつつある。だが、その事をスバルは知っているが、ティアナは予想だにしていない。難儀な話である。

「とにかく、この話はここでおしまい! 今は目先の昇格試験に集中!」

「……は~い。」

 たかが魔導師ランクBへの昇格試験ぐらい、今の二人なら余程厄介な試験官と試験内容を引かない限りは、手を抜いても合格できる範囲である事は、それこそフォルクやカリーナ、ギンガ、果てはクロノからも太鼓判を押してもらっている。もっとも、ティアナ自身はそんな事は知らない、どころかそんな危険な交遊関係が存在していること自体知らないし、そもそも手を抜いても合格できる、と言う事と、昇格試験を甘く見ていい、と言う事とは違う。それゆえに、ティアナの言う事に反論もできず、とりあえず今回は勧誘活動をあきらめる事にするスバル。

 上手く行った時の報酬である、なのは監修の時の庭園製新作アイス食べ放題は、どうやらあきらめざるを得ないようだ。最近は顔を出す機会も少なくなった上、さすがのスバルも遠慮と言う単語を覚えたため、無条件でたかるのは気が引ける。かといって、時の庭園ブランドの製品は最近はプレミアがついて、二等陸士の給料でそう何度も手を出すのは少々厳しい。買えなくはないが、アイスに支払う金額としてはちょっと、と言う絶妙な値段の上、そんな値段でも発注をかけてから二週間待ちはざらなのだ。

(ああ、食べたかったな、新作アイス……。)

 手に入らなくなった報酬に未練を持ちつつも、昇格試験の勉強につきあう事にするスバル。なお、スバルの名誉のために言っておくと、ティアナと一緒に新しい部隊に行きたい、という気持ちに嘘はない。なのはと同じ部隊で働けるのは、彼女にとって夢のような話で、決してアイスにつられて一生懸命勧誘した訳ではないのは事実だ。だが、結果が同じなら、貰えるものは貰っておきたい。そんな、それなりにちゃっかりした性格のスバルであった。







「ようやく、あれの目途がついたよ。」

 夕食の席で、食後のコーヒーを嗜みながら、不意打ちのようにスカリエッティが告げる。

「完成したのですか?」

「いや、まだまだクリアせねばならないハードルはいっぱいあるよ。最後の仕上げは、下手をすればぶっつけ本番になる可能性もある。でもね、完成までの道筋と、それに必要な時間、予算はほぼ見当がついたよ。」

「それはおめでとうございます。」

「ありがとう。」

 ウーノとクアットロの祝福に、まんざらでもなさそうに答えるスカリエッティ。だが、そこにくちばしを突っ込む能天気な声が。

「なんか、なかなか凄そうッスけど、何に使うんッスか?」

 現在、稼働している戦闘機人としては一番下の娘であるウェンディが、やけに現実的かつ厳しい突っ込みを入れてくる。普段のアホの子を疑われる軽い言動からは想像もできない確信を突いた質問だが、多分深い意図はなく、単に素朴な疑問として口にしただけであろう。

 因みにここだけの話、ウェンディはスカリエッティが言っている「あれ」について、何一つ知らない。この食事の席で知っているのは、ウーノ、トーレ、クアットロの三人だけである。

「それが問題でね。同じものを作れ、と言われても、さすがにいろいろ厳しいものがあるし、デモンストレーションにはなっても売り物にはならない。そもそも、あれを使ってことを起こしたら、さすがにいろいろと大ごとになりすぎる。それは我々のスタンスを考えれば避けた方がいい。」

「そうですね。現状、私たちが直接管理局相手に攻撃を仕掛ける理由もメリットもありません。レリックの回収ぐらいならともかく、全面戦争になってしまえばさすがに勝算が大きいとは言えませんし。」

「そもそも、窃盗とロストロギアの不法所持ぐらいならともかく、管理局相手に全面戦争となると、勝っても負けてもこちらにメリットがない。正直、折角いろいろ改善してきた孤児院に無駄なダメージが行くのは避けたい事だし、今まで通り、せいぜい水面下でこそこそ動く事にするつもりだよ。」

 スカリエッティとウーノの会話に頷くナンバーズ。だが、クアットロだけは心の底から納得しているわけではなさそうだ。

「それにしても、使い道がない物を完成させてどうするの、ドクター?」

「科学者と言うもの、使い道があるものばかり作っていては進歩がないよ。やはり、研究に一番大事なのは夢と浪漫だ。」

 セインの突っ込みに胸を張って答えるスカリエッティ。その言葉にため息を漏らすディエチの背中を、他のメンバーから見えないように軽くたたいて慰める。ディエチの言いたい事は分かる。その浪漫に回す金を衣食住の充実に回せば、動画のコメントで血色が悪いとか最近微妙にやつれたとか、妙な心配をされる事はなかっただろう。第一、内職で自分達のグッズを作る羽目になるとか、しかもそれを動画として流されるとかそこまでやっても、たまに食事が低コストの栄養剤と高カロリー流動食に化けるのはどういうことか。

「それはそれとして、広報部の新設部隊とやらはどんな感じなのかな?」

「なかなかに思いきった編成になっている模様です。所属魔導師の合計ランクで言えば、戦技教導隊を大きく上回る規模になるかと思われます。」

 そういって、スカリエッティに資料を渡すウーノ。資料を見て、実に面白そうな顔を見せるスカリエッティ。

「これはまた、本当に思いきった編成になっているね。実働部隊としては、間違いなく歴史上最強の規模だろうね。」

「はい。正直、一体何と戦うための部隊なのか、と言うレベルですね。」

 なのは、フェイト、はやてにヴォルケンリッターフルメンバーと言う時点で、既に戦技教導隊ですら正面からでは勝負にならない戦力を保有していることになる。戦闘員こそ二十数名と少なく、また現時点でのメンバーの都合上、夜間がどうしても手薄になる上、広報という性質上、そう簡単に全戦力を同時に動かすことは出来ないと言う欠点を抱えてはいるが、逆に言えば、日中動かせる戦力としては、最強の集団である。

「我々が正面からぶつかり合うべきではない相手なのは間違いないようだね。どうせどこかの馬鹿がちょっかいを出すだろうから、こちらは高見の見物と行こうか。」

「そうですね。同意します。」

「あんなおっかない連中とぶつかり合う必要はないって。」

 スカリエッティの言葉に同意するウーノとセイン。

(確かに、何の策もなく真正面からぶつかり合う必要はないわね。)

 クアットロとて、彼の部隊のトップ三人がどれほどとんでもない存在かぐらい、いやと言うほど知りつくしている。だが、それと無関係を貫くのとは別問題だ。

(高町なのはにフェイト・テスタロッサ。ドクターの研究成果の実験台としては連中以上のものはいない。)

 直接ぶつかり合うのがリスキーなのであれば、周りをけしかければいいのだ。少し挑発してやれば、こちらの思うとおり動く、その上自分達とのつながりがほぼ存在しない手駒などいくらでもいる。

(ドクター、あれが完成した時が、あなたの優秀さを歴史に刻みこむときです。)

 生みの親の石など完全に無視し、自身の気持ち一つで突っ走ろうとするクアットロ。さまざまな思惑が絡み合いながら、新たな物語は、その幕が開く時を静かに待ち続けるのであった。



[18616] 空白期後書き
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:f5994530
Date: 2011/07/23 11:22
ようやくここまでたどり着きました。十年の空白は長い……。

ずいぶん長くなってしまったこの話も、ようやく最終コーナーに差し掛かりました。Stsでベテランサイドにいる人物の人間関係も落ち着くところに落ち着き、あと流行りたい放題駆け抜けるだけ、と言う感じになりました。

正直な話、空白期が変に長くなった理由の半分が、人間関係と結論に説得力を持たせるため、と言うものであり、本当ならもう少し丁寧に(特にフェイトがただのすり込みから恋愛感情に移っていく流れなど)書きたかったのですが、力量不足でほとんど一目惚れと変わらない感じになってしまったのが残念です。ちなみに、すずかは一目惚れというより、徹頭徹尾肉体目当て(と言うより血が目当て)ですので、作者の力量では他に書きようがありませんでした。別にそこがスタートの恋愛もかまわないんじゃないか、とは思っていますが。

とりあえず、勢力図もずいぶんおかしなことになり、一部原作からかけ離れたキャラクターも出て来ており、正直着地点以外はずいぶん流動的になっています。特にナンバーズは流れが流れだけに、微妙に性格が変わっていたり、一枚岩とは言いがたい状態だったりと、これ本当に大丈夫か、と不安が無きにしも非ず。

今後も出来るだけ定期更新を維持できるように頑張りたいと思っては居ますが、少々仕事が立て込み始めているため、たまに遅れる回も出てくるかと思われます。もし遅れても、見捨てないでいただければ幸いです。

読んでくださっている皆様、指摘、感想は大変ありがたく受け取らせていただいております。今後ともお付き合いよろしくお願いいたします。







PS:キンクリしたシーンをXXX板で書くのは勘弁してください。ためしに書いてみたところ、半分も書かないうちにSAN値が限界に……。



[18616] ゆりかご編 第1話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:f0fea97f
Date: 2011/07/30 19:10
「今、どんな状況?」

「残念ながら、なしのつぶてや。」

 年も明け、新部隊の稼働まで後三カ月を切ったある日の事。最後の懸念であるティアナとスバルの引き抜きに関してのなのはの問いかけに、渋い顔で首を横に振るはやて。

「広報部の局内での評判を考えたら、無理もない話やねんけどなあ……。」

「やってる私でも、たまに我に返って、自分がなにをやってるのか疑問になる事があるよ……。」

 なのはの言葉にため息をつくはやて。有望な新人の教育も兼ねた、精鋭をかき集めた実験部隊と聞くと、普通ならば声をかけられれば否とは言わなそうなものだが、内容が内容だ。世間一般ではともかく、管理局内部では広報部の魔導師はそれほど評価されていない。さすがに魔導師ランクがA+を超えるような人物は甘く見たり馬鹿にしたりはしていないが、地上の平均であるCやDぐらいだと、実力差が理解できないと言うのもあるらしい。

 実際のところ、広報部にとって一番大きな問題は、他所の部隊と連携が取れない事でも戦力保有制限に引っ掛かる事でもなく、内外での評価の差が大きすぎる事なのかもしれない。事あるごとにイロモノ扱いで現場と無駄な衝突を繰り返すたびに、関係者はため息とともにその思いがわき上がる事を押さえきれない。

 もっとも、怪我の功名とでもいうべきか、広報部と言う新たな不満の矛先ができたことで、以前に比べて陸と海の間の溝は埋まってきており、最近は共同作戦における衝突もずいぶん減ってきているようだ。本局の上層部も、イロモノに大きな顔をされるぐらいなら地上の戦力を充実させる、という意向になってきているらしく、かつてほど強引な引き抜きはしなくなってきたらしい。ゆえに、後は現在広報部に居る、スキルの面でも仕事の面でもこれまでとは方向性が違う集団を、本局・地上に続く管理局の三つ目の勢力として受け入れ、余計な対立を起こさずに上手くやっていけるような意識・体制を作る事が出来れば、人材難と局内のひずみの改革、その第一歩は終わるはずなのだ。

 それゆえに、その仕上げの第一歩である新設部隊が、新規の人材確保に躓いているのは非常によろしくない。

「実際のところ、傾向としては魔導師ランクが低くてキャリアが短く、上昇志向が強い人ほど、私たちの事を馬鹿にする事が多いよ。」

「あと、空士学校よりは陸士学校の方が、広報部を下に見る感じ。」

 なのはとフェイトの言葉に、思わず頭を抱えてしまう。それらの要素が、ティアナに全て当てはまるのだ。

「もっとも、スバルの話を聞く限りじゃ、それだけじゃないみたいだけど。」

「そうなん?」

「うん。まあ、スバルが見た感じでは、って話だから、正解かどうかは分からないみたいだけど。」

「それでもかまへん。今は、どんな些細な可能性でも知りたいし。」

 はやての言葉にうなずくと、スバルが感じた事を正確に伝えようと言葉を選ぶ。正直なところ、スバルはあまりこういう事に気が回るタイプではない。フォローが効かないほどではないにしても、良くも悪くも空気を読めないところがあり、その上自身の感情に任せて行動しがちなところもあるため、あまり人の気持ちを察するのが得意ではないのだ。

「とりあえず、スバルが言うには、ティアナはおまけ扱いされてるのが不満なんじゃないか、って。」

「おまけ扱い、か……。」

「実際には、今の計画にはむしろ、スバルよりもティアナの方が重要なんだけど、ね。」

 フェイトの言葉に渋い顔をしながらはやてが頷き、だがその口から出てきた言葉は、反論のそれである。

「傍から見たら、そうは見えへんやろうなあ。」

「だよね。」

 必ずしもそれが全てではないだろうが、どうにも今回は、スバルの指摘が正解のようだ。

「どうしたもんやろうなあ……。」

「今は昇格試験に集中したいみたいだし、そっちが終わってから、二等陸佐の権限で直接面談するしかないんじゃないかな?」

「気が進まへんけど、それしかないかあ……。」

 諸般の理由で延期になり、今週末になったスバル達の昇級試験・実技の部。延期になった理由は簡単で、内外で少々大きめの事件・事故が立て続けで起こり、受ける側もする側もそんな余裕がなくなったからだ。そのため、今週末は複数の試験会場で、かなりの人数を一気に終わらせる予定になっている。

「そう言えば、試験と言えば……。」

「どうしたの?」

「なのは、私達にも試験官が回ってくるかもしれないんだ。」

「そうなの?」

「うん。一気にやるから人数が足りないんだって。」

 フェイトの言葉に、嫌な予感しかしないなのはとはやて。実技の試験官と言うのは、基本的に試験をするランクより上の、ある程度実績を積んだ魔導師の中からランダムで選ばれる。一応選考の際に任務の絡みなどは考慮されるが、基本的に選ばれたら拒否権はない。

 なのはもフェイトも、力量と実績と言う観点では申し分ないのだが、いまだにパートタイマーである事と仕事の密度が凄まじい事が重なり、これまで試験官の候補にすらなった事はない。だが、今回は背に腹は代えられないらしく、広報の仕事を休ませてでも手を借りなければいけない、と言う難儀な状態になっているようだ。

「明日あたりに連絡が来るって言ってたから、一応試験内容はある程度考えておいてほしいって。」

「って言われても、いきなり何の資料も無しに試験内容なんて考えられないよ。」

「うん。私もちゃんとそう言ったら、資料を押し付けられたんだ。だから、後でレイジングハートに、どのランクが大体どの程度の試験だったか、って言う資料を送るよ。」

「……分かった。」

 フェイトに声をかけた、と言う事は、ほぼ百パーセント試験官をやらされると思っていていいだろう。しかも、このパターンだと、高確率でスバルとティアナの試験にぶち当たるのではなかろうか。世の中、どういう訳かこういうお約束は外さない。

「話はそれたけど、早いところこの件は蹴りをつけとかんと、五月末予定の結成記念公演の内容が決まらへん。悪いけど、ティアナの説得は二人も手伝ってや。」

「うん、分かってる。」

「できる限りの事はするよ。」

「頼むで。」

 そこまで告げた後、大きくため息をつく。

「どうしたの?」

「いや、結成記念公演でいらん事を思い出した言うか、自分の立場を再認識させられた言うか……。」

「ああ、そう言えば……。」

「確か、支配人、だっけ?」

「せやねん。誰かがおっさんどもに余計な知恵を吹き込んだもんやから、私に余計な肩書が増えてん……。」

 はやてのため息交じりの言葉に苦笑するなのはとフェイト。

「まったく、あの人らにサ○ラ大戦渡したん誰や……。おっさんらもわざわざそんなもんやるなや……。元ネタ通り、仕事中に飲んだくれてもええって判断するでほんま……。」

「でも、歌劇団って言うのは悪くないよね?」

「その分、教える内容とかも増えるんやで?」

「誤差の範囲じゃないかな?」

 教導担当のなのはの言葉に、思わず納得してしまうはやて。どうせ、歌やダンスは最初から予定に入っているのだから、その関連として舞台演劇が増えても、誤差と言えば誤差だろう。それに、せっかく大人数でやるのだから、宝塚のような大規模なショーをやりたくなるのは、人として当然である。

「私としてはむしろ、本当にこっちの企画をやるのかどうかが気になるんだけど……。」

 そう言ってフェイトが指さした企画書には、優喜、フォルク、アバンテの三人を使ったある企画が。

「少なくとも、私は本気やで。」

「優喜がうんと言うかどうかが微妙だと思うけど……。」

「そこはそれ、フェイトちゃんも説得手伝ってくれるって信じとるし。」

「……私は、優喜が嫌がるなら無理強いはしたくないけど……。」

「フェイトちゃんは、見たないん?」

 はやての台詞に思わず詰まってしまう。正直に本音を言うなら見たい。三人とも、方向性こそ違え十分にイケメンの範囲に入る。特にフォルクは化けたと言ってもいい変化を遂げ、今や爽やかな男前として、局内の未婚女性の注目の的である。そして、アバンテはもとからやんちゃな美少年だ。そんな三人が、企画にある昔の日本の男性アイドルのヒット曲を歌い踊る姿、それもセンターを己の恋人が務めるとなると、見たくないと言う方がおかしいのだ。

「まあ、無理にとは言わへんから。」

「う、うん。」

 物凄く葛藤して見せるフェイトに苦笑し、とりあえず話を切り上げるようにそう声をかける。どちらにしても、この場に居ないのだから、すぐに話が進む訳ではない。

「それはそうと、はやてちゃん。」

「何?」

「私たち、みんな寮に入るんだよね?」

「そのつもりやで。」

「駐車場とか、どうなってるの?」

「ちゃんと、二人のは屋内で用意してあるから安心して。セキュリティもばっちりやし。」

 はやての言葉に、一つ安堵のため息をつくなのはとフェイト。正直、二人の車は世界に二台しかない特別受注生産の超高級車で、それ以外の理由も相まって迂闊に長時間野外に止める事が出来ない。買い物で一時間やそこら、と言うのであればまだしも、月の半分以上野ざらしにするのは盗難や破損以外の理由で避けたい。

 なのはとフェイトの車は、彼女達が免許を取るために教習所に通い始めたと聞いたアウディ皇太子殿下が、練習用にとわざわざ操作性と乗り心地を追求した特別仕様の超高級車を、二人のイメージに合わせてデザイン段階から練り込んで発注したワンオフものだ。当然、プレゼントされた時にはいろいろ揉めたのだが、国家権力と国際問題を盾に押し切った。

 当然、当初はいろいろと局内でも大騒ぎになった。いくらアイドルとはいえ、なのはもフェイトも公務員で治安維持組織の一員だ。家族や友人同士の、社会通念上許される範囲の物品のやり取り(誕生日プレゼントや結婚・出産祝いなど)は黙認してもらえるが、ファンからのプレゼントはさすがにNGだ。故にこれまでは、例外として花束もしくは番組スポンサーがスタッフ全員に振舞ったもの、あるいは番組として用意した賞品等に限り受け取りを許可していたのだが、今回はどれにも相当しなかったために非常にもめた。

 結局、これらの規定の根本は贈収賄による癒着を防ぐためのものであり、根本的にアウディ殿下がなのはやフェイトに賄賂を渡して癒着する必要が無い事、二人が殿下の命の恩人である事、何より管理局でもトップクラスは外交の関係で、こういったプレゼントを受け取る事がそれほど珍しくないことなどから、この車については外交の一環として例外規定を適用することで落ち着いたのだ。アウディ殿下がWingの大ファンであり、二人が命の恩人である事が有名なのもプラスに働いた。ファンクラブの方では、いくら皇太子と言っても一人だけ特別扱いはどうか、などとプレゼントしたい連中が騒ぎはしたが、アイドルである前に公務員である、という現実の前に割とあっさり鎮静化した。

 とはいえ、こんな高級車を押し付けられた二人はたまったものではない。しかも、わざわざ仮免許の練習に使ってください、とメモ書きまでしてあるのだ。大御所ならともかく、芸能界ではまだまだ若手でしかない彼女達に、高級車に仮免許練習中の紙を貼って運転するような度胸はない。いくら事故防止と破損防止のための機能を大量に後付けしたと言っても、それで素人が安心できる訳ではない。かといって、中古車を練習用に買うのは失礼にもほどがあり、練習に車を借りれる相手も居ない。結局あきらめて練習も兼ねて乗りまわしているうちに慣れてきて、今では普通に近所のスーパーに乗りつけたりしている。因みに、仮免の練習で助手席に乗ったのは、主にユーノだ。

「まあ、あんな目立つ車、盗んだところですぐ足がつくけどなあ。」

「そう思うんだけど、盗もうとする人、結構いるんだよね。」

「そこまで頭が回らない人が多いんだろうね。」

 フェイトの言葉に、苦笑しながら頷くなのはとはやて。未遂なので逮捕などはしていないが、盗難防止システムには手を出した愚か者のデータが大量に記録されている。

「なんか、あの二台の隣に、ムーンライト所有のライトバンが並んでる光景って、かなりシュールやんなあ。」

「だよね。」

 いろいろな都合で、優喜もミッドチルダで免許を取得している。彼の場合は車に対してそれほどこだわりもないので、実用性重視のライトバンだ。さすがに高級宝飾店と言う側面もあるため、中古車は避けざるを得なかったが。

「とりあえず、部屋割が決まったらこの部屋を解約して引っ越しかな?」

「ここ、引き払うんや?」

「さすがに、一年使わないって分かってるとね。」

「そっか。ほなどうする? 士官用の部屋を二人でルームシェアする? 今やったら、ある程度のわがままは通せるで。」

「そうしよっか?」

「そうだね。」

 はやての提案に頷くなのはとフェイト。併設される寮の、士官用の部屋と言うやつは意外に広く、その気になれば紫苑やすずかも一緒に生活できるぐらいの余裕はある。もっとも、紫苑もすずかも立場としてはユーノに近く、彼ほどの権限を得ている訳でもないため、基本的には1LDの小部屋だ。キッチンが無いのは共用スペースのそれを使ってくれ、と言う事になっているからであり、例外は士官用の部屋に、お茶を入れられる程度のコンロが設置されている程度である。もっとも、トイレと洗面所は各部屋に設置されているので、洗い物ぐらいはできるのだが。

「とりあえず、今日の用事はこんなところ?」

「うん。また、なんか変更があったら連絡するわ。とりあえずなのはちゃん、今年の新人と今おる訓練生を、結成記念公演までに大舞台のショーで使いもんになるように、今から段取り組んで鍛えたってくれると助かるんやけど。」

「了解。そこはフィアッセさんとか先輩と相談して進めていくよ。」

「頼むで、なのはちゃん。フェイトちゃんは引き続き、最近微妙に大人しいナンバーズと妙に活発化してる有象無象周りの調査を頑張ってほしい。」

「分かってる。撮影の合間に、いくつか大きな動きを見つけて捕まえてあるから。」

「さすが。ほな、朗報を期待してるから。」

 そう言って、あわただしく部屋を出ていくはやてを見送ると、次の撮影のために移動を開始する二人。数時間後、予感の通りにスバルとティアナの試験官を命じられるなのはであった。







「いよいよだね。」

「ええ。気合入れて、一発合格するわよ!」

「分かってる!」

 試験当日。十分すぎるほど気合を入れて、試験開始を今か今かと待ち構えるスバルとティアナ。自身のデバイスのチェックにも余念がない。普段は自分で手入れをしているが、今回は奮発して、局内のデバイスマイスターにメンテナンスと調整をお願いしている。支給品ではなく持ち込みなので、維持費はすべて自腹なのだ。

 因みに、彼女達が使うデバイスのうち、正規のデバイスマイスターによって制作されたのは、スバルが使用する両腕のリボルバーナックルのみ。これは、管理局に入局することを決め、本格的な修行を再開した時に、母でありシューティングアーツの師匠でもあるクイントがプレゼントしたものだ。ローラーブレードは、ギンガが修業時代に使っていたお下がりを、教えてもらいながら自分で調整したものであり、母や姉が使っているものに比べると、格段に性能面では劣る、と言うより必要最低限の機能しかないものである。

 ティアナのアンカーガンもカートリッジシステムを組み込んだ自作品で、こちらは無理をしてハイエンドのデバイスを買おうとするティーダを押し切って、カートリッジ回り以外はバルク品を多用して安く上げた、これまた大した性能を持っていない代物である。幾度にもわたる改造と調整で、辛うじて管理局の標準支給品よりは上の性能になっているが、改良の余地という点ではすでに頭打ちで、結局そこまで合わせれば支給品に劣る。現状より上を目指すなら、いっそ一から作り直してストレージの中身だけ移植した方が早いレベルである。

「受験番号三十五番、三十六番。試験会場へ。」

「スバル!」

「うん!」

 ついに運命の試験開始である。試験内容は指定されたターゲットを回収し、制限時間内にゴールする事。ターゲットの捜索からスタートになることもあるが、今回は当初からターゲットがどこにあるかまで指定されている。敗北条件は時間内にゴールできなかった場合、戦闘不能になった場合、そして回収したターゲットを破壊された場合である。

 スタートと同時に大量のサーチャーをばらまき、ターゲットまでのルートを捜索。ガーディアンユニットの分布から安全度合いと踏破時間の兼ね合いを確認し、最適なルートを選んで移動を開始する。ガーディアンユニットが最も手薄なルートは飛行もローラーダッシュも出来ないティアナが通るには遠回りすぎるし、そもそも敵をある程度倒さなければ、脱出の時に面倒な事になる。そういった観点から、複数を相手にする回数が少なく、かつほどほどに移動距離が短いルートを選択。

「スバル!」

「OK!」

 予定通り道をふさいだガーディアンユニットを、阿吽の呼吸で撃破して突破する。

「スバル、ダメージは?」

「これぐらいなら大丈夫。でも、数が来ると抜かれそうな感じかな?」

「了解。急いで抜けるわよ!」

 今ので、巡回型のガーディアンユニットにも情報が共有されたはずだ。ちんたらやっていたら、無制限に敵を撃破し続ける羽目になる。最悪、囲まれてアウトだ。

「ティア、ターゲットは?」

「左の道。」

「了解!」

 ティアナの指示を受けて、バリアを張って突入するスバル。その後を、幻術で光学迷彩を張ってついていくティアナ。イロモノに鍛えられているからか、スバルは背中に目でもついているのではないか、と思うほど鋭く反応する。今回みたいに相手の数が多い場合、むしろ単独で孤立している方が動きやすいぐらいだ。なので、今回はティアナは邪魔にならないように姿を隠し、スバルのフォローに徹する事にしたらしい。

 三分少々で場を埋め尽くすガーディアンユニットを殲滅し、ターゲットの安置場所への道を切り開く。予定通り、制限時間はまだ三分の二が残っている。

「大型のガーディアンユニットを確認。スバル、ボス戦よ!」

「作戦は?」

「できるだけ流れ弾を気にしなくていい場所まで誘導した上で、正面から撃破ね。」

「分かった。あたしが釣るから、場所の指定はよろしく!」

 手早く打ち合わせを済ませ、果敢に突入していくスバル。二分後、意外なタフさに手こずりながらも大型のガーディアンユニットを撃破、ターゲットを回収する二人。彼女達はまだ知らなかった。本当のボス戦はこれからだ、と言う事を。







「前評判通り、なかなかいい動きだね。」

『スバルをうまく使ってるよね。』

「フェイトちゃんはどう見る?」

『さすがに今回の課題はチーム戦を前提としてるから、ティアナだと単独突破は厳しそうだけど、判断の速さと制御能力を見る限りでは、ランクA相当の能力はあるかな?』

 フェイトの意見に一つ頷く。基礎能力が段違いのスバルをうまくコントロールし、邪魔にならないよう立ち回りながら、苦手な相手を優先的に潰すティアナは、現時点での当人の能力こそ凡庸なれど、決して駄目出しされるほど劣ってはいない。むしろ、ティアナがいなければ、いかにスバルが突出した能力を備えていようと、ここまでスムーズに試験は進んでいないだろう。事実、スバル単独を想定したシミュレーションよりも、三割は制圧速度が速い。ちょっと頭が回れば誰でもできるのでは、と言われそうだが、頭の良し悪しだけでそれができるほど、二人の間の基礎能力の差は小さくない。

「さてと、そろそろ本番かな?」

『なのは、ちゃんと手加減してね。』

「分かってるつもりだけど、どれぐらい加減すればいいのかが難しいんだよね。」

 そうぼやくように言いながら、とりあえずディバインバレットを普段の四分の一セット七十五発と、ディバインシューターを三十発発動させる。威力も普段のランクA以上から、直撃しても防げそうなランクD~Cに押さえてある。ついでにリーゼアリアから教わったやり方で、魔力弾の色をカラフルに変色させて、なのはが関わっていると言う事をごまかす。なのは的にはそれなりに加減したつもりだ。が、

『ちょっと多すぎるんじゃないかな?』

 見事にフェイトに駄目出しをされる。

「スバルがいるから、これぐらいだと思うんだけど?」

『その威力だと、ティアナに当たったら、一発で終わるんじゃないかな?』

「そうかなあ?」

 とはいえ、これ以上下げると、今度はスバルに通用しないのではないか、と言う懸念がある。別段ランクBの試験なのだから、スバルに通用しなくても問題はないのだが、手を抜きすぎるのも気分が悪い。

「まあ、とりあえずこれで行くよ。やりすぎたと思ったら、そこら辺は臨機応変に。」

『はいはい。やりすぎないように気をつけてね。』

「分かってるよ。じゃあ、一発目、シュート!」

 旅の扉を開き、一発目を不意打ち気味に叩き込む。そのやり口を見て微妙に頭を抱えるフェイトに気がつかず、期待の新人たちをしごくために、あれこれ趣向を凝らしていじめに入る。試験官と言う役割を明らかに忘れているなのはであった。







「ティア!」

 突然、何もない空間から飛んできた魔力弾を、とっさの判断でスバルが叩き落とす。

「危なかった……。」

「なに今の!? 一体どこから飛んできたのよ!?」

「分からない。もしかしたら、ものすごく巧妙に発射装置を隠してあるのかもしれないけど……。」

 射線の先をにらみながら、違和感に首をかしげるスバル。今たたき落とした魔力弾は、先ほどのガーディアンのものと威力的には大差ない。ただ、あれの魔力弾と違ってバリア貫通の作用があるため、相対的に当った時のダメージが大きい。バリア貫通と言っても所詮は普通の威力の魔力弾だから、単発でスバルのバリアを完全に撃ち抜く事はないだろうが、当ればただですまないのは間違いない。

 正直、あんなものを打てる発射装置や戦闘ユニットを、ティアナの、と言うよりランクBの受験生のサーチャーを欺けるほどの巧妙さで隠す意味が分からない。それに、発射の時に発生するはずの魔力を感じなかったのもおかしい。どうにも感じからすると、最初から隠してあった魔力弾を、不意打ちで叩き込んできたと考えるのが自然だが……。

「ああ、もう! 目的が分かんない!」

「どうしたのよ、スバル?」

「今の、いろいろと中途半端すぎて、何がしたいのか分かんない!」

「……どういう事?」

 スバルの突然の叫びに、思わず怪訝な顔をするティアナ。だが、スバルにしても、直感で中途半端と断じた部分が大きいため、ティアナを納得させられるような上手い説明ができない。一つだけ言えるのは

「今の不意打ち、仕留めるのが目的にしては一発だけであの威力って言うのはおかしいから、中途半端すぎて何がしたいのか分からない。」

「言われてみれば、確かにそうね。」

「しかも、発射の瞬間に魔力を感じなかったから、結局どこから飛んできたのかが分かんないし……。」

「分からない物を探しても仕方ないわ。とにかく、あれで終わりだとは思えないから、可能な限り慎重に、迅速に行きましょう!」

 ティアナの判断に頷くスバル。出所が分からないにしても、防ぐだけなら防げるのだ。ならば、探しようがない以上は元を叩く事はあきらめ、勝利条件を満たす事を考えるべきだろう。

「とりあえず、念のため偵察にフェイクシルエットを走らせるから、状況を良く見ておいて。」

「了解!」

 ざっと打ち合わせを済ませ、遮蔽物の中からかなり手を抜いた造形の、幻影のスバルとティアナをゴールに向かって走らせる。三十発程度のカラフルな魔力弾が唐突に表れ、恐ろしい速度と精度で幻影を粉砕する。

「……これは手ごわいわね……。」

「どうやら、今からが本当のボス戦みたいだね、ティア。」

「そうね。本当に手の込んだ真似をしてくれるわ……。」

 たかがランクBの昇格試験とは思えない難易度の本日の試験。その試験を用意した担当試験官に内心でいろいろと文句を言いながらも、持ちうる手段を全て検討して、残り五百メートルほどのゴールまでの道をどう突破するか考える。

「そっちがその気なら、とことんまでやってやろうじゃない!」

 いろいろな何かを刺激されたらしいティアナが、珍しく闘争心全開で吼える。その様子を横目で見ながら、最悪の場合ターゲットを抱えてあの弾幕を突破しきれるかを自問自答するスバルであった。







「さて、どう出るかな?」

 警告も兼ねて、あえて過剰な数の弾幕で幻影を潰した後、特に急かす事もなく二人の様子を見守るなのは。正直なところ、単に相手を戦闘不能にするなら、とうの昔に旅の扉を開いてディバインバスターを撃ち込んでいる。それをしないのは、一応これが試験であるという自覚を持っているからである。

『なのは、多分やりすぎだよ……。』

「うん。自覚はあるよ。」

『これで失敗したら、どうするつもり?』

「別に、試験目的をクリアできなくても、必ずしも昇格できない訳じゃないから。」

 なのはの言葉にため息をつくフェイト。ぶっちゃけ、何の答えにもなっていない。

「あ、動いた。」

『……これはフェイクシルエットだね。』

「うん。……その後ろに複数の術式パターン確認。……フェイクシルエットを光学迷彩で囲ってるのか。」

『中々凝った真似をしてるね。』

「うん。頑張ってるティアナに、少しだけサービスしてあげるかな?」

 そう言って、予定より多い魔力弾と誘導弾をフェイクシルエットに殺到させる。実際のところ、気配を読めるなのはやフェイトには、幻術を使った光学迷彩やフェイクシルエットは通用しない。だが、気配だけで断定できるからと言って、見た目に本物と区別がつかないほどの幻術をあっさり無効化するのは、試験と言う性質上フェアではないだろう。広報部のイロモノ以外、このフェイクシルエットを一発で幻術と見破れる人間はほぼいない、それほどの出来なのだ。

「お~、幻術なのに、生意気にも結構よけてる。」

『だけど、ティアナの魔力量がそろそろ危険水準だ。』

「この時点で合格でもいい気がしてきたけど、向こうがやる気だから、最後まできっちり追い込んであげないとね。」

 そう言って、一つ目のフェイクシルエットを粉砕する。その瞬間、予想通り光学迷彩を解いた別のフェイクシルエットが走り出す。予想と違ったのは、フェイクシルエットがスバル単独だったことか。これまた実に器用に魔力弾の雨をよけてのける幻を撃ち抜いて、本命をあぶり出す。

「さて、そろそろ本命だね。」

『なのは、貫いちゃ駄目だよ?』

「気をつけます。」

 ティアナを背負い、ぎりぎりゴール直前まで到達していたスバルの進路を魔力弾で潰す。大きく迂回せざるを得なかったスバルを誘導弾で追い立て、かわせるかどうか際どいコースで何発もかすらせる。一瞬でも気を抜くか判断をミスれば直撃するそれらを、必死の形相でかわし、迎撃する二人。ついに最後の一発まで耐え忍び、ゴールに向かって一直線に走る。思わず途中で何度か貫を行いそうになり、慌てて自重していたのも加減すると言う意味では丁度良かったようだ。

「さて、残り時間あと五秒。正真正銘の最後の一発、ちゃんと防げるかな?」

 先ほどフェイクシルエットを攻撃したと見せかけて、相手の意識の外に隠したディバインシューターを、かなり意地の悪い軌道で飛ばす。下手に回避しようものなら、ティアナが抱え込んでいるターゲットを真正面から粉砕してのける予定である。

「……良かった。ちゃんと正解を引いた、か。」

『まったく、そこまですることないと思うんだけど……。』

 全力でバリアを張って真正面からディバインシューターに突っ込んで行き、強引にゴールまで突破するスバルを見て、思わずため息をつくフェイト。制御ルームでモニターしていて分かったのだが、残っていたシューターの威力が微妙に高めで、もう少しでスバルのバリアを抜きかけていたのだ。組んだ攻撃魔法全部に何故かバリア貫通の特性がつくなのはの攻撃は、こういうとき実に加減が難しい。

「あ……。」

『止まりそこなったみたいだね……。』

 どうもローラーブレードのブレーキが擦り切れたらしく、止まり切れずに崖まで一直線に突っ込んで行くスバルと、危険を感じて大慌てで飛び降りるティアナ。どうにも最後の最後でしまらない受験生たちであった。







「お疲れ様。」

 崖に向かって突っ込んで行ったスバルを呆然と見ていると、後ろからそう声をかけられる。

「もしかして、高町一等空尉ですか?」

「ええ。今回の試験を担当させてもらった高町なのは一等空尉です。まずは試験結果の通知から。」

 結果の通知、という言葉に身を固くする。残り時間一秒ときわどかったものの、とりあえず勝利条件自体は達成しているはずで、そうそう不合格になる理由はないのだが、広報部に所属する元祖イロモノである彼女がどういう基準で採点しているか、と言う部分は大いに不安を感じる。エレガントさがどうとか、そう言う良く分からない理由で大幅減点されていてもおかしくないのだ。

「そんなに緊張しなくても、自己採点で結果ぐらい分かってると思うけど……。」

「どういう採点基準かが分からないので、安心できないんですよ。」

「はっきり言うね。まあ、気持ちも分かるけど。とりあえずもったいつけずにさっくり言うと、二人とも合格。今、向こうで手続き用の書類を用意してるから、あとで人事に持って行ってね。」

 なのはの言葉に、思わず大げさに安堵のため息をつくティアナ。たかがランクBの試験である以上、ちゃんと目的を達成していれば普通は合格するのだが、後半のやたら厳しい攻撃を無理やり凌いだ自覚があるため、そっちの減点も心配だったのだ。

「それで、悪いけどこの後、少し話に付き合ってもらいたいんだ。」

「新部隊への異動の件なら、はっきりお断りしたと思うのですが?」

「残念ながら、はいそうですか、ってあきらめられるほど、こっちも余裕無いんだ。八神二等陸佐から話があるから、それぐらいは聞いてあげてね。」

「……それは命令ですか?」

「そうなるかな? 異動まで命令する気はないけど、意図がはっきり伝わっていないと判断出来る以上、テーブルにつくぐらいまでは強引にさせてもらうよ。」

 温厚そうな顔に困ったような表情を張り付け、微妙に不本意そうな感じで告げるなのはに、イロモノと言うイメージと違って実は結構常識人なのではないか、と印象を修正するティアナ。実際のところ、ティアナ自身も、スバルが言おうとしている事を頑として聞き入れなかった自覚があるため、話を聞けと命令されるのも仕方が無い、とは思っている。ただ、階級を盾にとってのそれに腹が立つ、と言うのは変わらないが。

「それにしても、スバルはどこまで落ちたんだろう?」

「まあ、そのうち戻ってくるんじゃないですか?」

「なのはさんもティアもひどいよ……。」

「あ、戻ってきた。」

 涙目になりながら固有魔法・ウイングロードで道を作って戻ってきたスバルを、生温かい目で見守るなのはとティアナ。ローラーブレードが本格的に壊れたのか、普通に自分の足で走ってきている。

「怖かったよ~……。」

「あのぐらいの高さから落ちたって、どうってことないくせに。」

「それとこれとは別問題だよ!」

 涙目ですがりつくスバルを冷たくいなし、なのはの方に視線を向けるティアナ。

「それはそうと、今回の試験の試験官が高町一等空尉だったのは……。」

「完全に偶然のはずだよ。少なくとも八神二等陸佐は関わってないし、私達はそもそも管轄が違うし。」

 そこより上の、魑魅魍魎が駆け引きをしているような世界に関しては、なのはもフェイトも関知していない。一応聞けば教えてもらえる間柄ではあるが、正直興味はないし、あまり関わって深みにはまるのは勘弁願いたい。

「なのは、お待たせ。」

「ご苦労様、フェイトちゃん。スバル、ティアナ。これがさっき言ってた書類だから、必要事項を確認の上、自筆でサインして人事に提出してね。」

「辞令は早くて明日。それまではランクC相当の待遇だから注意してね。まあ、せいぜい長くて二日だから、トラブルになるような事はないと思うけど。」

 なのはとフェイトの言葉に頷く二人。以前、ランクDからランクCに昇格した時、同じ説明を受けているため特に気になる事はない。

「それじゃ、悪いけど八神二等陸佐が待ってるから、ついてきてくれる?」

「その前に、先に人事で手続きを済まそうか?」

「そうだね。」

 この後の予定を否応なく決められ、抵抗の余地なく連れていかれてしまうスバルとティアナ。人事部に行くのはともかく、その後のちび狸との面談は気が重い。そんな内心を察してか、特に余計な事を話すでもなく、用事が終わるまで必要最低限のやり取りだけで済ませるなのはとフェイトであった。







「試験で疲れてるところ、無理やり引っ張ってきてごめんな。」

「お気になさらず。」

 ソファーに座らされての第一声に、思わず能面のような表情で冷たく言いかえすティアナ。その様子に、どうにも苦笑をもらすしかないはやて。

「それで、本題やけどな。」

「はい。」

「ティアナ・ランスター二等陸士。自分はスバルのおまけとして誘われてる、って思ってるやろうけど、実は今欲しいんはむしろ、ティアナの方やねん。」

 はやてのリップサービスのような一言に、ティアナの感情がこれ以上ないぐらい冷え込む。

「私のような吹けば飛ぶような下っ端に、そんなリップサービスを使ってまでスバルが欲しいんですか?」

「何度も言うけど、そこが勘違いや。大体、スバルの代わりはどうとでもなるんやで。」

 どうとでもなる。相棒をそう一言で切って捨てられ、思わず唖然としてしまうティアナ。その横で、どうとでもなる扱いをされたスバルは、気を悪くした様子もなく頷いている。

「今のはさすがに言い方が悪いけど、スバルとほぼ同じ特性で、互角程度の力量の人間は、広報部にもそれ以外の部署にも、それなりの数はおる。さすがに、外部の人を引き抜くのは、ランクとか経験年数の問題でしんどいけど、やろう思えばどうにかできる。」

「だったら、そうすればいいじゃないですか。」

「それやと、一番解決したい問題に進展が無いねん。」

「一番解決したい問題?」

 怪訝な顔をするティアナに向かって一つ頷くと、その問題について話を始める。

「まず、問題の説明の前に、竜岡式、っちゅう単語とその意味は知ってる?」

「スバルが使う気功と言うスキルを主体とした、魔力に頼らない戦闘方法についての訓練方式、ですよね?」

「そうそう。ついでに聞きたいんやけど、それって、どれぐらい一般的になっとる?」

「竜岡式、という名前はそれほど知られていないと思います。少なくとも、陸士学校でも今いる救助隊でも、その名前を出してもほとんど通じませんでしたし。」

「そっか。」

 とりあえず、ティアナが必要最低限の知識を持っている事と、竜岡式の知名度が年寄り連中の意図したレベルにとどまっている事を理解し、とりあえずさっくり話を進めても大丈夫だと判断するはやて。

「現状な、広報部の連中をまともに指揮できる指揮官がおらへんねん。もっと正確に言うと、広報部の、と言うより竜岡式で鍛えられた人間と、一般的な訓練しか受けてへん人間を同時に指揮して、両方に十全の実力を発揮させられる人材がおらへん。」

「高町一等空尉や、テスタロッサ執務官は士官教育も受けていると聞いていますが?」

「二人とも、それなりに指揮は出来るけど、やっぱり基本スタンドアローンで完結してる人間やし、そもそも管理局でまともな教育を受ける前に、竜岡式を基本とした独学で魔法戦闘を勉強してきとるから、根っこの部分でどうしてもかみ合わへんところがあるねん。まあ、これに関しては、私も度合いの差はあっても、人の事は言えた立場やあらへんけど。」

 はやての言葉に納得してしまうティアナ。実際、なのは達ほど極端ではないにせよ、管理外世界出身の、管理局に所属した時点で十分すぎるほど実力を持っていた魔導師は、多かれ少なかれ似たような問題点を抱えている。また、そう言う魔導師は自分を基準に考えがちであるため、自分が出来る事を他人が出来ない可能性を見落としがちである。

「で、や。今回の部隊編成のそもそもの目的が、今までまともな部隊行動をとった事が無いイロモノ連中に、他所の部隊との連携を取れるようにするために、その手の事を一から叩き込む事やねんけど……。」

「肝心の、部隊をまともに指揮出来そうな人材がいない、と。」

「そう言う事や。ティアナ、自分スバルとかその同類みたいな連中に、指揮官とかできると思う?」

 はやての言葉に、同席こそしているが今まで一切口をはさまず、振舞われたアイスクリーム(時の庭園の新作。正直に言えば、ティアナも食べたい)を堪能しているスバルを見て、ため息をつきながら首を横に振る。

「さすがにそのままやと使い物にならへんと判断されるだけあって、どいつもこいつも能力的には癖が強くてなあ。そうでなくても、部隊っちゅうんは、一人二人突出した能力を持ってるんが混ざると、とたんに運用しにくくなるし。」

「本当に、他には指揮官を出来そうな人間はいないんですか?」

「辛うじて、カリーナ・ヴィッツ空曹長が出来そうな感じやねんけど、あの子の場合は本人よりデバイスがなあ……。」

「……カリーナ・ヴィッツって、ルナハートですか?」

「そう、ルナハートや。」

 それを聞いて、思わずはやてのため息に同期してしまうティアナ。兄の命の恩人であり、直接の面識こそないがそれなりに因縁浅からぬ相手で、それゆえにいろいろと複雑な感情を持ってしまう相手。突出したイロモノぞろいの広報部の中で唯一、顔以外は明らかに凡人、と言うオーラを身にまとった、一般人にとって妙に親近感を覚える人材である。彼女自身はいろんな意味でまともなのに、支給された専用デバイスがあまりにアレなため、人気のほとんどが同情票と言うある種競いにくい、なのは達とは違った意味で異色の存在だ。

「で、今までの実績を見て、スバルに振り回されんと的確にコントロールできてるみたいやし、他の魔導師と臨時で組んでも足を引っ張る事も引っ張られる事もなく目標を達成してるし、今回のプロジェクトにぜひとも欲しい人材や、と現場サイドと上層部で意見が一致してん。」

「……ずいぶんと買ってくださっているんですね。」

「前線に出れてかつ指揮ができる人材っちゅうんは、結構貴重やからな。」

 社交辞令かもしれないが、それでも褒められて悪い気はしないティアナ。その横で、わが事のように嬉しそうに頷くスバル。

「まあ、一番大きい理由はそんな処やねんけど、他にもティアナには重要な役目があってな。」

「……どんな役割ですか?」

「普通に大概の部署で通用するレベルでかつまだ新人の範囲に入る、リンカーコアの成長期を過ぎた魔導師を竜岡式で鍛えた場合、どの程度の実力になるか、って言うテストケースや。」

「……人体実験、ですか?」

「そんな人聞きの悪い事をするわけやないで。そもそも、リンカーコアの成長期を過ぎてからの訓練に関して、全くデータが無いわけやないんやけど、データがあるんがクロノ君だけやから、ちょっと役にたたへんと言うか……。」

 はやての返事に、思わず納得してしまうティアナ。近年まれにみるエリート中のエリートのデータなど、あったところでほとんど意味をなさない。これが、竜岡式を学ぶことでエリートコースに乗った、と言うのであれば話は別だが、リンカーコアの成長期を過ぎてから、とはやてが言いきっている以上、どう見積もっても執務官としてそれなりの実績を積んでからの話にしかならない。そうなると、そのデータも竜岡式が優れているから能力上昇につながったのか、クロノに才能があったから竜岡式でも強くなれたのかが分からない。

「少なくとも、確実に力量が上がる事だけは断言できる。でも、それがどの程度かって言うともう少しデータを取らな何とも言われへん。当然個人差もあるやろうし、同じリンカーコアの成長が止まった魔導師でも、若い子と年寄りでは新しい技能を覚えるための負担も全然違うから、もっとたくさんデータを取らんとあかんねん。」

「そう言った意味でも適任だ、と?」

「そうや。自分も、出来れば強くなりたいやろ?」

「残念ながら、同じ強くなるなら、出来ればそんな正体不明の怪しいシステムに頼らず、オーソドックスな手段で強くなりたいんですけど?」

「若いのに、えらく保守的やねんなあ……。」

 今までと違って、本気でティアナを必要としていると理解してなお、いまだに態度が硬いティアナに疲れたようにため息を漏らす。

「今回の件、上手い事行けば教本に名前がのる事になるかもしれへんねんけどなあ……。」

「教本に、ですか?」

「そうやで。何しろ、今回の事はうまくいけば、いろんな意味で歴史に残る可能性が高い。少なくとも、なのはちゃんとフェイトちゃんはすでに名前が残るんは確定やし、ここで部隊運営のノウハウを確立出来たら、ティアナも十分歴史上の偉人になれるで。」

 歴史上の偉人、とはまた大きく出たものだ。そんな風にはやてを見ると、苦笑しながら追い打ちをかけてくる。

「そらまあ、大規模部隊の運営は私の名前になるやろうけど、チーム単位に関しては、現状ティアナが一番よう分かってるはずやし、その手柄を横取りしたりはせえへんし。」

「教本に名前がのるって、すごいよティア!」

「そうなるとは限らないっていうか、そもそも形になるまで部隊が維持できるかどうかも怪しいじゃない!」

「そのためにも、協力してほしいねん。必要なら、士官教育も受けてもらうつもりやし。」

 やはり、目の前の小柄な女性は、かなりのタヌキだ。凡人ゆえの功名心と言うやつを的確についてくる。

「それに、広報部の部隊である以上、どうしてもある程度の芸能活動はやってもらう事になるけど、逆に言うたらその分、普通の二等陸士より収入が増える、言う事でもあるし。」

「それって、どれぐらい?」

「具体的に言うと、アバンテとカリーナが二等陸士やったころ、一年で稼いだ印税その他の特別収入は、私の今の給料をこえとったで。」

「「……。」」

「今年度デビュー組の収入までは確認してないけど、少なくとも興行的にこけてはないから、下手な尉官より多いのは間違いあらへん。」

 はやての言葉に、思わずつばを飲み込んでしまうスバルとティアナ。燃費の悪いスバルと、奨学金の返済が残っているティアナは、共に生活が結構ぎりぎりだ。興行的に上手くいけば、と言う条件こそつくが、収入が何倍にもなる可能性があると言うのは平凡な一般庶民にとっては、抗いがたい魅力がある。

「もう一つ言うとや。うちの部隊に所属すれば、三度の食事と家賃はただやし、二人に合わせたワンオフの特注デバイスも支給する。もちろん、メンテナンス費用も全部タダや。ついでに、時間的にちょっときびしなるかもしれへんけど、取りたい資格の勉強についても、いろいろ便宜を図るで。」

「……どうしてそこまで?」

「それだけ、今回のプロジェクトに賭けてる、って思ってくれたらええ。それに、ええ加減プールした資金が多すぎて、いろいろ問題も出て来とるみたいやしな。まあ、食事をただにする、っちゅうんは、芸能活動が絡むから、いろいろコントロールする必要があるって部分もかんどるけど。」

 はやての言葉を半ば聞き流しながら、己のプライドと目先の利益を秤にかける。正直、何か隠している事はあるだろうが、少なくともはやてが嘘をついていない事は分かる。正直、嘘をついてまで引きずり込むには、自分もスバルも中途半端だ。少なくとも、先ほどの言葉が本当でなければ、わざわざ二等陸佐がこんな下っ端を時間をかけてスカウトしたりはしない。

 結局のところ、ティアナの中での問題は、竜岡式に対する不信感のみと言っていい。それとて、今のところそれ自体に悪い話は聞いていないのだから、後は妙なスキルに頼る、と言う事に対して折り合いをつけられるかどうかだ。今回のプロジェクトがうまくいけば、もしかすればそのうち竜岡式は当たり前になるのかもしれない、と考えると、くだらない事にこだわっていては損をしかねない。

「……もう少し、考えさせてもらってよろしいでしょうか?」

「ええよ。ここですぐに結論を出せ、とは言わへん。資料も用意しといたから、来週ぐらいまでに返事してくれたらええ。」

「分かりました。それでは失礼します。」

「失礼します!」

 資料を受け取って立ち上がり、一つ頭を下げるティアナ。ちゃっかりお代りのアイスを平らげ、さらにお土産として自分とティアナの分を確保したスバルが、元気よく挨拶をし、ティアナの後に続く。その後寮の自室で資料を読んだティアナは、通信で熱心に勧誘してくるなのはとフェイトの言葉に加え、大事な兄の期待に満ちた言葉に負けて、結局一日持たずに落ちたのであった。



[18616] 第2話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:0eff15cf
Date: 2011/10/01 18:39
「これで、引っ越しの荷物は終わり?」

「うん。後は梱包を解くだけ。」

 広報部特別機動部隊・広報六課の稼働が来月に迫ったある日の事。事務処理の都合も兼ねて、一足先に引っ越し作業をするなのは達の姿があった。因みに、ヴォルケンリッターおよび新人たちは仕事の都合があるため、引っ越しは直前もしくは稼働初日になる予定だ。もとから広報部に所属しているメンバーは、適当に都合のいい日を見計らってこっちの寮に移る予定である。

はやては課長兼部隊長と言う立場上、上司の指示で早めに移動して最後の詰めを行う事になったため、今日からこちらでお世話になるのだ。また、エリオやキャロのように管理局の学校に通っているメンバーは、卒業式が終わってから随時引っ越してくる事になる。

「寮、って単語からは想像もつかないほどいい部屋だね。」

「広いよね。」

 荷物の運び込みを手伝った優喜の台詞に、心の底から同意するなのは。士官用の部屋は、フェイトとシェアしてなお、十分な広さがあった。因みに、扱いは外部協力者の優喜も、ずっと前から最高機密に当たる品物を納品していた事から、一応三等空佐相当の資格を与えられており、今回は作業スペース確保の兼ね合いもあって、士官用の部屋をあてがわれている。すずかと紫苑は曹長待遇だ。

 もっとも、三等空佐の資格が直接給料などの具体的な恩恵に結び付いたのは、実は今回が初めてだったりするが。他にも、聖王教会からも、上級騎士の資格と勲章を押し付けられているのだが、せいぜい施設のフリーパスにしか使っていない。後はたまにベルカ料理の店でサービスしてもらえるぐらいで、地位も名誉もどうでもいい優喜にとっては、これと言ってありがたみが無い。

「そう言えば、士官用の部屋って、具体的にはどの階級から?」

「一応准尉からかな?」

「じゃあ、アバンテとカリーナは1LDの部屋?」

「あの二人は今回昇進するから、部屋も士官用になるよ。」

 もっとも、お茶ぐらいは自分で入れるカリーナと違って、飲み物はコンビニや自販機オンリーのアバンテには、士官用の部屋にあるミニコンロはただの飾りになるだろうが。

「すずかのほうは大丈夫?」

「うん。」

「すずかちゃん、荷物置くスペース足りなかったら言ってね。私たちの部屋には結構余裕があるから。」

「ありがとう。でも、時の庭園の作業スペースと直通させるから大丈夫だよ。」

 1LDという部屋の狭さを心配してのなのはの言葉に、あっさりマッドな台詞を返すすずか。実際のところ、月村邸のすずかの部屋は、ここの士官用の部屋よりなお広い。そして、今までのすずかはその広さや設備を過不足なく使いこなして生きてきたため、いきなりこれだけの落差に対応できるかどうかが不安だったのだが、見たところ持ちこんだ荷物も最低限に抑えているようだし、それほど心配する必要はなさそうである。

 もっとも、普通他所の部署の寮の部屋など、四畳半程度のスペースにベッドと箪笥とスチール机があるか、十二畳程度のスペースで四人部屋とかが普通で、マシなところでスバルとティアナが入居していた十二畳で二人部屋、と言う部屋である。三等陸士や二等陸士が入る寮には間違っても、1LDなんて広い部屋はない。

「それよりゆうくん、紫苑さんの荷物って、それだけで大丈夫なの?」

「服とかは、卒業式が終わったらそのまま向こうから持ってくるって。」

 段ボール箱一つ分程度の荷物しか運び込まなかったのを見て、小首をかしげながら質問するすずかに、軽く手を振ってそう答える優喜。持ちこんだのは消臭剤やハンガー、洗剤、コップなどの中を見られても困らない日用品ばかりだ。

 あの後、紫苑は折角だからと卒業まで向こうで過ごすことにしたのだ。本人は大学を辞めてすぐにこちらに来る予定だったのだが、勿体ないから卒業はしておくように、と優喜に諭されて、そのまま卒業までいる事にしたのだ。その際、ついでに季節のずれを解消することにしたため、それなりの頻度で向こうを覗きに行く優喜以外は、あの後一度も顔を合わせていない。

「私達も明後日、卒業式だよね……。」

「もうじき十年か……」

 寮のロビーで自販機の飲み物を買い、休憩しながら月日の流れをしみじみと語りあう。

「やっと大学生と言うべきか、もう大学生と言うべきか、難しいところだよね」

「なんか、忙しい大学生活になりそうやなあ……」

 はやてのぼやきに、苦笑しながら頷く一同。今日引っ越し作業をしている人間は、全員そのまま聖祥大学に進学する予定になっている。

「そう言えば、来年からまた共学になるんやっけ?」

「うん。その代わり、授業はみんなバラバラだけど。」

「入学して、一番最初にやることが単位計算と時間のすり合わせだしね。」

 フェイトの言葉に頷く一同。何しろ、部隊長などと言う役職と大学生の二足のわらじだ。一週間、朝から晩まで授業でびっちり、などと言う割り振りは不可能だ。必然的に、必修科目をどう割り振り、誰がどの時間帯を空けておくかと言うのを相談してローテーションを組まなければならない。出席日数も自動的にぎりぎりになるだろうし、単位も余裕など存在しなくなるはずだ。

「サークル活動とか合コンとかありえへん日程になるなあ。」

「いっそ、最初から休学でも良かったかもね。」

「それ言い出したら、そもそも私なんか大学行くこと自体あり得へんやん。」

「俺はもう、今年は休学することにしたしなあ。」

 などと、大学生活についての話題で花を咲かせる。高校生活も残りわずか、そろそろ今しかできない事を考える時期かもしれない。

「もうじき春休みだし、折角だからみんなでどこかに遊びに行きたいよね。」

「せやなあ。ただ、今稼働前の準備でものすごく忙しいから、遊びに行きたいです、はいそうですか、言う訳にはいかんやろうなあ。」

「だよね……。」

 なのはの言葉に後ろ髪をひかれながらも、秒殺で却下するはやて。その言葉を聞いて、小さくため息をついて同意するしかないフェイト。なにも無し、と言うのはそれはそれであまりにも寂しい、ということであれこれ話しているうちに、だんだん話が逸れて、寮生活での注意事項にうつっていく。

「なあ、はやて。」

「どうしたん、フォル君?」

「今思ったんだが、すずかのあの期間はどうするんだ?」

「そこはもう、二カ月に一回ぐらいの事やし、期間も一週間程度やから、割り切って休んでもろてどうにかしてもらおうか、って思ってるんやけど?」

 寮生活の注意事項の項目を聞いていたフォルクが、すずかの秘密に直結する問題を指摘する。いろいろあってヴォルケンリッターには明かされている夜の一族の秘密、それがこんなことで外に漏れてはたまったものではない。そこははやても理解していたため、一週間程度の事だし、実家の用件あたりをでっちあげて休んでもらって、隔離するつもりでいる。

「それ、大丈夫なの?」

「すずかちゃんの立場は、優喜君と同じで嘱託扱いの外部協力者やから、私らよりそう言う融通がきかせやすいねん。」

 パートタイマーの局員であるなのは達三人とは、微妙に立場が違う。優喜と紫苑は宝飾店「ムーンライト」から、すずかは「時の庭園」からの出向と言う形になるため、管理局とは直接の雇用関係は存在しない。それを言い出せばフォルクも厳密には聖王教会からの出向なのだが、こちらはすでに管理局に移籍している。

「優喜君や紫苑さんも、立場上結構な頻度で抜ける事になるやろうし、すずかちゃんだけあかんとも言われへんから。」

 出向と言う形を取っている以上、ある程度は本来雇用関係にある組織の都合で職場を離れることも許されている。たとえば優喜の場合、アクセサリの商談のために留守にしたり、消耗品の量産のために出動を拒否したりもできる。守秘義務を守り契約した仕事さえちゃんとやっていれば、なのは達よりかなり自由に行動できるのが優喜達の立ち位置であり、その立場を生かしてあれこれフォローするのが今回の仕事だともいえる。

「今考えると、この部隊の運用って意外とシビアだよね。主に時間の面で。」

「まあなあ。とは言うても当分の間は、基本日中はなのはちゃんらがおらんでも問題あらへんし、問題になるとしたら事件が起こって緊急出動になった時だけやけど……。」

「そこはまあ、ヴォルケンリッターとアバンテ達でどうにでもなるだろう。」

 はやての言葉に、特に気追うことなく答えるフォルク。実際のところ、日中なのは達が不在なのは今に始まった事ではなく、大学の場合は受ける授業の選択でローテーションを組めるから、部隊長や小隊長を任せても大丈夫だろう、見たいな考えでなのは達に小隊長を押し付けたようなものである。

「と言うか、大丈夫でないと困るねん。今までおらんかった部隊やねんし、他所に影響でそうな引き抜きは、せいぜいヴォルケンリッターのメンバーぐらいやねんし。」

「だよね。元々、私もフェイトちゃんも戦力外として計算してるんだし。」

 そもそも、これから一年かけて、教育システムと運用方法を確立していく部隊だし、それ以前の問題として、これまでも日中に活動していたのはアバンテとカリーナ、そして去年デビューして実戦投入された二組のグループのみだ。なのはとフェイトは基本的に、いたらラッキーぐらいの感覚で支援要請を出している、と言うのが現実である。

 しかも、メンバー編成はほとんどが新人か若手で、入局八年目のヴァイスが古株に分類されるレベルだ。特にバックアップチームのメンバーは、各部署から引き抜く際に、現時点で代えがききつつ、それなりに優秀でそこそこ広報部に理解のある人材を選んで交渉したのだから、当然と言えば当然である。中にはグリフィスのように、優秀だからこそ先を見て修行に出す、という選択で元の部署から離れた例や、ヴァイスのように自分から売り込んできて移籍してきたケースもあるが、大半はこれ以上余計な刺激を与えないように、全くの新人ではない、と言うレベルの人材を広く浅く募ったと言うのが現実だ。

 待遇を考えれば左遷と言うほどひどい訳ではないが、それに近い認識をされているのは間違いない。救いなのは、バックアップ部門に限れば集まったメンバー全員、裏で何を言われようとそれほど気にしていないことだろう。

「だけど、一年って言うのは結構厳しい期限だ。広報部だけでの部隊行動はともかく、他所の部隊との連携に関して、目途は立ってるの? 正直僕は普通の魔導師部隊がどういうレベルかを知らないから、カリキュラムの組みようが無いんだけど。」

「一応、カリーナのところと優喜君のところの子たちで他所に出向いて、夏休みぐらいまでに合同訓練を何度かやって、問題点の洗い出しをするつもりではいるけど。」

「やっぱり、とっかかりまでにそれぐらいはかかるか……。」

「まあ、そっちに関しては、見通しが立てば上出来や。こういう新しい取り組みについては、さすがに誰も一年で目途がつくとは思ってへんし。」

 はやての言葉は、上層部からきっちり言質を取り、議事録に乗せ、証拠保全も済ませたものである。そもそも、高町なのはとフェイト・テスタロッサと言う突然変種が管理局に所属してから、フォルク・ウォーゲンが新たな気功の使い手として管理局に移籍してくるまでに四年、アバンテとカリーナを公的に竜岡式で鍛えるまで五年、まとまった人数を育成して実戦投入するまでに九年かかっているのだ。しかもこれでも早い方なのだから、新しい事、と言うのはそれだけ時間がかかるのである。

「とりあえず今年絶対やり遂げなあかん事は、せめて広報部内部だけでも、大規模部隊としての運用をある程度形にする事。なんか目に見える実績があれば最高やけど、この部隊の戦力で部隊行動を取らな解決できへん事件なんて起こったらまずいから、そこまで望む訳にはいかへん。」

「問題になってくるのは、実績なしでどうやって形になった事を上層部に認めさせる事、かしら?」

「そう言う事やな。」

 かけられた声に反射的に返事を返し、おや? と言う顔をする。ここに居ないはずの人物の声だったからだ。

「あれ? 紫苑さん、卒業式は終わったん?」

「ええ。打ち上げとか全部断って、家に荷物を取りに帰ってそのままこっちに来たの。」

 そう言って、さりげなくすずかの隣に座る。どうやら、紫苑の存在に気が付いていなかったのははやてとすずかだけだったらしく、彼女の登場に特に驚いた様子はない。気功をやっていないすずかと、気功を触ってはいるが気配を読むのは苦手なはやての二人が気がつかなかったのは、ある意味当然と言えば当然である。なにしろ、このロビーの休憩スペースは、今日は荷物の運び込みが多く、業者が結構出入りしているのだ。そのため、機密に触れそうな話題が外に漏れないよう、特殊な結界を張って会話をしている。紫苑がその会話を聞き取れたのは、単純に除外設定がなされているからだ。

「おかえりなさい、紫苑さん。」

「ただいま、なのはさん。」

 なのはと紫苑のやり取りを聞いて、何とも言えない顔になるはやてとフォルク。言ってしまえば、二人だけ外様なのだ。

「積もる話は後にして、紫苑さんの荷物を置いたら、どこかで飯にしないか?」

「そやね。よう考えたら、そろそろお昼時や。」

 フォルクの提案に賛成し、さっさと部屋に荷物を降ろし、なのはとフェイトの車に分乗して最寄りのレストランまで走るのであった。







 はやてを中心とした幾人かのものを除いて、ほとんど内容のないスピーチを聞き流していると、ようやく開課式が終わる。

「この広報六課って、わざわざこんな式典をやるほど重要なんですね~。」

「あまり考えたくはないけれど、世間からも相当注目されているのは確かなようね。」

 昨日の夜、寮の夕食で面識を持ったキャロの言葉に、全く面倒だわ、と言う感じで答えるティアナ。いろんな人間にのせられて異動を受け入れたが、今になっていろいろと後悔の念が湧きあがってきたのだ。何が問題かと言って、何故にたかが管理局の一部門に新しい課が増えたからと言って、ここまで大掛かりな式典をするのかと、その式典に、何故にテレビカメラが何台も来ているのか、である。

 しかも、冗談だと思っていた六課の芸能がらみのコンセプトを、そのまま堂々と宣言してしまっているのだ。と言うか、ミッドチルダ歌劇団とか、何の冗談かと小一時間ほど問い詰めたい。何より痛いのが、自分達もきっちりその一員になっているのである。

「ホント、ミッドチルダ歌劇団って、一体だれのセンスよ……。」

「少なくとも、なのはさんやフェイトさんじゃないのは確かかな?」

「八神課長のセンスでもなさそうではあるけど、ね……。」

 今日の式典に関する事前ミーティングでの、突っ込みと愚痴をこらえたあの表情は忘れられない。八神はやての理不尽さに彩られた半生や今の立場からすると、自分が感じている程度の不本意さなど実に可愛らしいものだろう。

「それよりティア、あたし達はあっちに行かなくていいの?」

「何が悲しくて、インタビューでさらし者にならなきゃいけないのよ……。」

「あんな小さい子たちを生贄にするのもどうかな、って思うけど……。」

 そう言って、ティアナ達とは別の今年の犠牲者を眺めるスバル。今年は極端に特性に問題を抱えている人間がいなかった事に加え、能力面での育成コンセプトが変わったため、わざわざ卒業まで一年以上残っている、現在主席を突っ走っている人間を引き抜いてきたのだ。当初は二人の予定だったところに、次元戦争で崩壊した管理外世界の、現在確認されている唯一の生き残り、と言う女の子を加えて女の子三人のグループになった彼女達は、「大和撫子」をコンセプトにすでに訓練が始まっており、グループ名もそのまんまになる予定とのことである。

「あの子たち、どんな感じなの?」

「そうですね。寮に入った日から、紫苑さんに箸の上げ下げから何から何までびしばしとしごかれてるみたいですよ。」

 エリオの言葉に、うわあ、と言う顔をするスバル。全くできない訳ではないが、どうにもそういう作法は大の苦手である。

「作法を学ぶ事は悪いことではないけど、大人が決めたコンセプトのために、無理やり教え込むのは感心しないわね。」

「無理やり、と言う訳でもないですよ。あの子たち、みんな紫苑さんに憧れていて、あんな風になれるなら全然辛くない、ってきらきらした目で言いきってましたし。」

 キャロの言葉に、思わず納得する。琴月紫苑は、自分達と同じ女とは思えないほど上品で、仕草の一つ一つが恐ろしいほど絵になる女性だ。容姿の秀麗さもさることながら、内側からにじみ出る何かが容姿以上に彼女を魅力的に見せる。多分紫苑なら、仮に顔立ちが二目と見られぬほど醜くても、一目で男女問わずほとんどの人を魅了してのけるだろう。

 正直、ああなれる可能性があると言うのであれば、ティアナとて厳しい指導に耐えようとするだろう。そう考えると、大人が勝手に決めたコンセプトとはいえ、尊敬できる女性に幼いころから指導を受けられるのは羨ましいかもしれない。もっとも、魅力的な人物と言う観点で見れば、なのは達もヴォルケンリッターも、目標にするに足るだけの魅力を持ち合わせた、尊敬に足る人物である事は、イロモノと言う色眼鏡をかけたティアナですら認めるところではある。

「ようやく落ち着いたようね。」

「あたし達も行こう。」

 報道陣が可愛らしい訓練生たちのインタビューに満足し、撤収を始めたのを察して移動を開始する。先ほどまで報道陣に詰め寄られていたなのは達もすでに引き揚げており、後はティアナ達のように動くタイミングを逃した人間以外は残っていない。

「ミーティングって、何をするんでしょうか?」

「聞いた範囲では、チーム分けと明日からの訓練内容の説明、みたいだけど。」

「訓練内容、ですか。」

「まあ、あたしは確実に別カリキュラムになるんだけどね。」

 ティアナの言葉に、どう答えていいか分からなくなるエリオとキャロ。すでに大和撫子のメンバーも本格的な訓練を始めている事を考えると、冗談抜きでティアナ一人が別カリキュラムになりかねない。まだあの三人は二週間程度しか触っていないとはいえ、子供の二週間は馬鹿に出来ない。

 その事を端的に示すのが、もう十年竜岡式訓練法で鍛えているスバルが、伸び盛りの時期にあまり熱心にやらなかった結果、体力はともかく気功周りの技量は、完全にエリオやキャロに逆転されているところに表れている。ティアナもまだ若く、新しい事を吸収する力は十分ではあるが、それでも小学生と比べれば伸びでは劣る。その上、気功と言う技能の習得にはさほど積極的ではない事も考えると、トータルでの不利は否めない。

 優喜の事だから、そこも考えてカリキュラムは組むとは思うが、別カリキュラムになるのは避けられないだろう。

「まあ、詳しい事は話を聞いてから、ね。」

「そうだね。エリオ、キャロ、行こう。」

「「はい!」」







「開課式お疲れさん。今から、当面の事をちょっと説明させてもらうわ。」

 定時になり、全員ちゃんとそろっている事を確認した上で切りだすはやてに、背筋を伸ばして聞く体制を整えるティアナ。さすがにいつまでも不本意だとごねるほど子供でもなければ、頭が悪い訳でもない。

「自己紹介とかは昨日のうちに済ませてるはずやから、まずはチーム分けから。」

 はやての言葉に合わせて、各自の前に小さなウインドウが、はやての背後に大きなスクリーンが投影される。

「今、みんなの前にチーム分けを表示したけど、一覧で表示するとこんな感じや。」

 そう言って、星組(スターズ)、天組(ライトニング)、月組(ムーンライト)、風組(ウィンド)と表示された各グループを示す。隊長は、星組がなのは、天組がフェイト、月組がカリーナ、風組がフォルクとなっている。すでに実戦経験がある二期生が月組、今年初陣の三期生が風組で、優喜とアバンテは風組に登録されている。他に人員輸送・大道具・企画・後方支援と書かれ、ロングアーチとコードが振られているチームもある。こちらは表に出ないチームゆえ、星組のような名称は振られていない。

「月と風に比べて、星と天がかなり人数が少ないけど、これは今後の育成の都合と、総合ランクの問題や。あと、チームが成立してる二期生と三期生をバラにするのはややこしい事になる、言うのも理由の一つやな。」

 星組と天組が隊長、副隊長を合わせても四人なのに対して、他のグループは十人を超えている。これは、去年実戦投入された二期生が男五人、女五人で戦隊を組んでおり、今年投入される三期生も男四人、女四人でバンドのようなものを形成している事に起因する。

「あと、今更の話で恐縮やけど、星組と天組は、基本的に部隊としてはこの組み合わせで動かすことは多分あらへん。見てのとおり、育成の観点では悪くない組み合わせでも、チームとしてはちょっとバランス悪いし。」

「スターズとライトニングは、部隊としては主に新人四人の連携を訓練していくことがメインになるから、その前提でお願いね。ヤマトナデシコも、当面所属としてはロングアーチだけど、面倒はこっちで見るから。」

「月組は外部の部隊との合同訓練と問題の洗い出し、風組は緊急出動に対応と、空き時間で月組とか他所の部隊との合同訓練と問題の洗い出しが主な仕事や。もちろん、出動要請の件数や規模によっては、風組以外のチームも出動するから、そのときはよろしくな。」

 なのはの補足説明を受け、他の部隊の役割まで一気に話す。全員に部隊の趣旨と基本的な行動指針が伝わったと確信したところで、次に広報活動の説明に移る。

「で、広報活動の方やけど、こっちは基本的に、今までと特に変更は無し。今まで通り、他の課とかロングアーチとかが取ってきた仕事をこなしてくれたらええ。ただ、五月末に六課全体で結成記念公演があるから、しばらくはそっちのためのレッスンが増える。」

 記念公演と言う単語に、微妙に嫌な予感がしなくもないティアナ。正直こっちは、容姿も凡人なら芸事の心得もないのだ。後二カ月で、そんな人間をものにしようと言うのなら、それは正気の沙汰ではない。

「星組と天組の新人は、そこでデビューになるから、気合入れてレッスン受けやんと恥かくで。」

「あと、結成記念公演に合わせて、何か事件が起こる可能性もあるから、みんなそっちの備えも忘れないでね。」

 しれっととんでもない事を言ってのけるはやてとフェイトに、あいた口がふさがらないティアナ。恐る恐る周囲を見ると、頑張れ、と言う生温い視線が。

「こっちはまだ、発声のイロハも出来てないってのに、二カ月でどうしろって言うのよ……。」

「大丈夫だよ、ティアナ。私たちだって、芸能周りのレッスンは実質一カ月ちょっとだったし。」

「何の慰めにもなってません!」

 フェイトの言葉は事実だが、何の慰めにもなっていないのも確かだ。しかも、その一カ月ちょっとと言うのは、クリステラソングスクールに泊まり込みで、日がな一日歌に専念しての一カ月だ。ティアナ達がそれを出来る訳が無い以上、フェイトの言い分は無茶の極みである。一応、異動が決まってから合間を縫ってレッスンを受けてはいるが、ティアナが言ったとおり、発声のイロハも出来ていないレベルである。

「まあまあ。確かに二カ月しかないって言うと不安にもなるだろうから、そのための特別カリキュラムは用意してあるって。」

「……いくらここがそういう部署だと言っても、局員としての実力より芸を磨く方を優先しなきゃいけないのってどうなんですか?」

 ティアナのとげとげしい言葉に、思わず苦笑するしかないなのは達。正直、もっと早くに折れてくれていれば、十分に準備する時間はあったのだ。実際、エリオとキャロ、それにヤマトナデシコの三人は、歌の基礎ぐらいは叩き込んである。が、それを今更言っても始まらない。

「とりあえず、ミーティングはこれでおしまい。昼食べたら各自、転送した予定表に従って行動してや。ほな、解散!」

 そんなこんなをフェイトに詰め寄っている間に、はやての解散の声に従って三々五々散っていく同僚たち。見かねたスバルがティアナの肩を叩いて正気に戻す。

「ティア、とりあえずご飯にしよ。」

「……そうね。まずはしっかり食べるものを食べてきっちり体力をつけておかないと、この後どんな理不尽な事が待っているか分からないものね。」

「その意気だよ。」

 ティアナの言葉に割り込んでくる声。思わず振り返ると、なのはとカリーナが立っていた。カリーナが、すっとティアナの手を取る。因みに、スバルが割り込んだ時点で

「……なんですか?」

「これから、管理局の常識で考えればいろいろやるせない気分になるような、理不尽な事がいっぱい待ってると思うけど……。」

 唐突な台詞に戸惑うティアナに構わず、握った手に込める力を強くし、カリーナが言葉を続ける。

「絶対あきらめちゃ駄目! 頑張ればそのうち報われるから!」

 カリーナのその言葉に、同類の匂いをかぎ取るティアナ。どうやら、テレビで見る以上にいろいろ理不尽な目を見てきているらしい。その道の先達からの心強い励ましに、思わず真面目な顔で聞き返す。

「報われる、って、具体的には?」

「主に給料明細!」

 かなり身も蓋もない発言に後ろで噴き出すなのはを無視し、意気投合して見つめあう二人。報われる方向性の俗っぽさまで同じあたり、本当にこの二人は凡人度合いまで同類らしい。

「とりあえず、さっさとご飯食べて、昼からの打ち合わせを済ませちゃおう。ヴィータちゃんもシグナムさんも待ってるし。」

「あ、はい。」

「ティア、がんばろ!」

 なのはに促され、妙に気合十分のスバルに引きずられ、待っていてくれたエリオとキャロに頭を下げて食堂へ。相変わらず良く食べるスバルと、それに負けず劣らず食べるエリオに呆れながら、ただ飯のくせに異常にレベルの高い昼食に感激する。ティアナは知らない。昼からの特訓は、まさに地獄と言う表現がふさわしい事を。







「大規模イベント?」

「ええ。さすがにそろそろ、ワンパターンすぎて飽きられていると思うのですよ。」

「まあ、レリックの回収に成功するかどうかだけで、一方的に負けて追い返されるパターンは変わらないからね。」

 もっとも、もはやそれは様式美だと思うけどね、などとのたまうドクターに、内心の悔しさを隠して続きを述べるクアットロ。

「新設される部隊、確か広報六課と言いましたか? 彼らが五月末に結成記念公演と称して、大規模な舞台を行うそうです。」

「それで?」

「幸いにして、規模が大きすぎて、野外以外ではイベントを行えないようなので、襲撃をかけて乗っ取ってしまいましょう。」

「ふむ……。」

 クアットロの提案をじっくり考える。今までの展開は、基本的にタイムボ○ン的なパターンを踏襲してきていた。それはそれで、お約束とか様式美としては悪くはないのだが、様式美にしてももう少し展開のバリエーションは増やすべきだろう。

 その事を踏まえて、今の提案をもう一度検討してみる。ライバルのコンサートの乗っ取りは、様式美としては悪くない。会場が野外である、と言うのも、実行に移しやすくていい。安全のために結界ぐらいは張られているだろうが、破るのは造作もないとまでは言わずとも、出来ない範囲ではない。

 問題があるとすれば、基本的に乱入したところで、多分勝ち目はないであろうこと。コンサートの情報によると、当日の進行は八神はやてがプロデューサーとして仕切るようだが、彼女がどの程度、ノリとか様式美に理解を示してくれるか、で、乗っ取れる時間も変わる。

 正直なところ、乗っ取りとそれによる戦闘自体はともかく、それで無用な被害者を出すのはよろしくない。人的被害が出ていないからこそ、そこまで目くじらを立てて追い回しに来ていない、という側面もあるのだ。それに、勝ち目を作るために切ろうと思えば、明らかに把握されていないと自信を持てる手札は結構な枚数がある。が、正直それらは出来る事なら、今研究中の物の改造が終わってお披露目をするときか、その目処がつくまでは温存しておきたい。

「……そうだね。多少装備を作るか。」

「では?」

「ああ。相手も含めて、一人たりとも怪我人も死人も出さない事、を条件に許可するよ。」

「何故ですか?」

「コンサートで怪我人を出すなんて、無粋の極みだからだよ。」

 不満をにじませかけたクアットロは、その一言であっさり考えを変える。確かに、けが人や死人がごろごろ出ている中で歌うなど、無粋にも程がある。自分が聴く立場なら、興ざめもいいところだろう。ファンを自称する連中がどう感じようが知ったことではないが、自分が聴いて興ざめすると分かっている状況で、歌を歌うなど願い下げだ。

「分かりましたわ。その前提でプランを練ることにします。」

「ああ。それと、彼らを使うのは許可できない。」

「分かっていますわ。歌のレッスンも受けていない人間が舞台に上がるのも、同じぐらい興ざめしますもの。」

 クアットロの言葉に一つ頷くと、作業があるからと退出させる。

「……よろしいのですか?」

「ああ。さすがにそろそろ違うパターンも試すべき時期だ、と言うのは否定できなかったからね。たまにはこちらからちょっかいをかけるのも悪くないだろう。」

 スカリエッティの言葉に、しぶしぶながら頷くウーノ。一応動画に関しては、自主制作ドラマだのコントだのを配信して飽きが来ないように工夫はしているのだが、何分向こうとはマンパワーが違う。一番売り上げに貢献する対Wing戦がほぼ結末が同じになってきており、少々のてこ入れでは売り上げがジリ貧になるのは避けられない情勢だったのだ。

「ですが、戦闘を回避しながら、と言うのはクアットロの性格上、それほどたやすくは無いのではないでしょうか?」

「そこをこれからどうにかするのさ。ウーノ、ドゥーエとは連絡が取れるかい?」

「……まさか?」

「ああ。このネタを向こうにリークして、せいぜい一大イベントとして盛り上げることにしよう。」

 自分の娘をおもちゃにするスカリエッティの発想に、思わず戦慄を覚えるウーノ。よもやここに至って、馴れ合いのような発想がでてくるとは、ウーノをもってしても見抜けなかった。

「もし、向こうが乗ってこなければ?」

「一蹴されて終わり、だろうね。少々てこ入れをした程度では、他のメンバーはともかく、高町なのはとフェイト・テスタロッサはどうにもならない。」

「やはりそうなりますか……。」

「ああ。残念ながら、ナンバーズだけでは無理だね。」

 あっさり言い切るスカリエッティに、思わず眉を潜める。そんなウーノの様子を見て、苦笑交じりに言葉を継ぎ足す。

「だから、向こうの指揮官・八神はやてにうまく話を持ちかけるように、ドゥーエに頼んで欲しいのだよ。」

「あの子が聞くでしょうか?」

「聞くさ。ドゥーエは、私の趣味について行けなくなっただけで、妹達を見捨てるつもりは無いだろうからね。うまくまとめなければクアットロが暴走しかねない、とでも言えばどうにかするだろうさ。」

 スカリエッティの、実に色々見切った言葉にため息と共に頷き、ドゥーエに頭痛とセットで苦労を押し付けることにする。まあ、たまになのは達とこっそり会っているらしいセインとディエチや、申し訳程度に送ってくるドゥーエからの情報まであわせて考えると、八神はやては相当ノリのいい性格らしいので、それほど心配しなくとも、事前に話しさえ通しておけばうまくイベントとして取り込んでくれるだろう。

「それでは、そのように手配しておきます。」

「ああ、頼んだよ。さすがに、こんな余興みたいなことで、娘達を失うつもりは無いからね。」

「分かっています。ドゥーエもうまくやるでしょう。」

 ウーノの返事に満足そうに一つ頷くと、書いていた図面を保存して別の図面を書き始める。

「先ほどの作業は、もういいのですか?」

「ああ。あとは微修正程度だし、どうせすぐに使うものではないしね。それより、今は次のイベントのための準備に手をつけた方がいいだろう。」

「先ほどクアットロに言った装備ですか?」

「ああ。と言っても、せいぜい結界をすり抜けるシステムと、火力ランクSS辺りまで耐える舞台システムを作る程度だがね。」

「それが作れるのであれば、最初からあの子達の武装に組み込めば……。」

 ウーノの言葉に一つため息をつく。マッドサイエンティストとしては実に遺憾ながら、事はそう簡単ではないのだ。

「わが身の無力をさらけだすようで辛いが、防御システムに関しては、現状では小型化できるような目処が立っていなくてね。何しろ、もともとはあれの修復と改造の途中で開発、いや、正確には復元かな、をしたものだから、次元航行船の魔力炉クラスの出力が無いと使い物にならない。それにそもそも、物理的な強度で防御する以上、柔軟性との両立に課題がある。」

「なるほど、ままならないものですね……。」

「ああ。それにね、ウーノ。」

「はい?」

「高町なのはは、カートリッジを一発撃発する程度で、普通にSSSクラスの攻撃を撃ち出せるそうだ。フェイト・テスタロッサのフルドライブも、この程度の防御はやすやすと切り裂くだろうね。」

「……。」

 要するに、今回みたいな状況でなければ、基本的に無意味であると言うことである。本当に、世の中ままならぬものだ。

「まあ、逆に言えば、贅沢を言わなければ、そのぐらいのものはすぐに完成するのだがね。」

「……ドクター。」

「なんだい?」

「あれと彼女の完成度合いは、今現在どの程度なのですか?」

「そうだね。夏ごろ、うん、夏ごろには、彼女を外に出してあげられるだろう。」

 思ったよりは進んでいるらしい。そうでなければ、献身的に頑張り続けたウーノの立場が無いのだが。

「しかし……。」

「どうしました?」

「いや、ね。こんなことをしている身の上で言うことではないが……。」

 らしくなく口ごもるドクターに、思わず訝しげな視線を向ける。その視線に気が付き、苦い、実に苦い笑みと共にため息を一つ吐き出し、昔の彼からすれば実にらしくなく、だが、ある意味最近の彼にとっては、これ以上らしい言葉もない台詞を口にする。

「外に出ることは、彼女にとって幸せなのかな、と。」

「……それは、我々が気にしても意味のないことです。」

「ああ。分かっているよ。分かっているんだが、我ながららしくない話でね……。」

 ドクターのいいたい事を理解し、同じようにため息をつく。ほかの事はともかく、彼女に関しては、今更引き返せないところまで事が進んでいる。そこは割り切るしかない。

「ケ・セラ・セラ、か……。」

「その言葉は、どのような意味ですか?」

「第九十七管理外世界の歌だよ。なるようになるさ、という内容でね。」

「……なるほど。……そうですね。」

 スカリエッティの説明に、納得の言葉を返す。

「夏以降に起こることは、魔女殿を徹底的に怒らせることになるだろう。」

「ええ。」

「研究者として滾る反面、親心と言うものを理解した今では、少々罪悪感が無いでもない。」

「らしくないことをおっしゃりますね。」

「ああ、実に私らしくない。しかも正直なところ、三脳が逝った今となっては、当初の計画を続ける理由も必要性もない。ついでに言えば、何が何でもやり遂げると言うモチベーションも無い。」

 設計を続けながらのドクターの独白を、黙って聞き続けるウーノ。

「だが、長年の研究成果を外に示す手段が他にない。ならば……。」

 恐るべき速さで仮設計を終えたスカリエッティは、すさまじい速さで設計の矛盾点をチェックしながら、結論の言葉を吐き出す。

「ならば愉快犯らしく、彼女も含めたあの子達が楽しく、かつ暮らしやすい世の中になるように、せいぜい派手にかき回すとしよう。」

「……どこまでもお供いたします。」

「……別に、私を見限ってもいいのだよ? 良心だの保護欲だのを持ってしまった愉快犯の行き着く先など、地獄でしかないのだからね。」

「たとえその先が破滅だとしても、地獄のそこまで傍にいさせていただきます。」

 腹心の言葉に嘘が無いことを確認すると、一つ頷く。さし当たっては、裏でこそこそ何かをやっているクアットロを、あまり世の中に致命的なダメージを与えないように制御するところからスタートだろう。都会の人間にどれほどダメージが行こうと知ったことではないが、その結果、自分達が保護している子供たちにしわ寄せが行くのはよろしくない。

 広域指定犯罪者の愉快犯は、当分の間は、本業とは正反対の活動にまで手を広げることになるのであった。







後書き

 タイトルはゆりかご編ですが、ゆりかごそのものは最後のほうまで出てきません。でも、作者の中で想定している決着がゆりかご編としか言いようがない、と言うか……。

 あと、ティアナに関しては大目に見てやってください。要するに彼女、管理局の一般的な感性を持った常識人、と言う立ち居地なので……。



[18616] 第3話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:87fe9c21
Date: 2011/08/20 18:23
「今朝の訓練はここまで。」

「お疲れ様でした。」

 なのはとフェイトの言葉に、どうにか整理運動を終えたスバル達はその場に崩れ落ちる。一緒に飛んでいたフリードが、心配そうにキャロの顔をなめているのが印象的だ。

「……ティアナはともかく、スバルもエリオもキャロも、ちょっと情けないよ。」

 広報六課が正式稼働した翌日朝のトレーニング。六課としての初めての正式な訓練は、なのは達に痛烈な駄目出しをもらって終わった。

「もう少し体力あると思ったんだけどなあ……。」

「せめて、三期生は超えてて欲しかったよね。特にスバルは。」

 言いたい放題のなのはとフェイトに、無茶言うなと視線で抗議する三人。その三人より大幅に少ないボリュームですらいっぱいいっぱいで、余計な口をはさむ気力もないティアナ。

「なのはさん、フェイトさん……。」

「何、スバル?」

「なんか、あたし達にばかりきつい気がするんですけど、ティアには何もないんですか……?」

 どうにか口をはさめる程度に息を整えたスバルが、抗議の声をあげる。とはいえ、全寮制の陸士学校に通っていた都合上、最初に用意されたカリキュラム以上のトレーニングを許してもらえなかったエリオとキャロはともかく、長い事必要最低限しか訓練しておらず、二年程度では体力を取り戻しきれなかったスバルは自業自得ではあるが。

「ティアナは、管理局の標準的な訓練カリキュラムを考えたら、十分すぎるほどの体力があるからね。」

「一年たってこれだったらアウトだけど、実際にはこれからだし。」

 なのはとフェイトの言葉に、思わず絶望的な表情をするティアナ。さすがにこれから死ぬほどしごくと宣言されて、平気でいられるほどの根性はない。

「まあ、とりあえず二時間休憩だから、その間に朝ごはん食べて仮眠取るなり何なりして、体調を整えておく事。」

「ちゃんと体を休めないと、後が大変だからね。」

 そう言って、武士の情け的に体力回復の結界を張って立ち去るなのはとフェイト。好き放題言っているように聞こえるが、なのはもフェイトも、このメンバーはおろか、フォルクよりもハードなメニューを平気でこなしているのだ。大体、フルマラソンの距離を発声練習をしながら走って一時間を切るとか、どういうスタミナをしているのか一度解剖してみるべきではなかろうか。

 もっとも、竜岡式を成立させた張本人は、同じ事をして四十五分で走り抜けているのだから、なのは達ですら鍛え方が足りない範疇にはいる。流石に気功で相当身体能力を上乗せしてはいるだろうが、それでもなのは達で百メートルを八秒台、優喜で六秒台のペースでフルマラソンを走っている計算になる。いくら人間をはるかに超えた領域まで身体能力が増幅できると言っても、たゆまぬ努力でそれに耐えられるだけの体力を身につけているのも事実なのだ。正直、そこを基準にされても困るのだが、実際に十年の積み重ねでその領域に到達した人間に言われると、反論の余地を見いだせないのが困る。

 しかも、なのはなどは最初のころは、三キロを歩くのに近いペースで走り切るのがやっとだったという証言が、当人を含めいろんな筋から伝えられているのだから、サボらずに積み重ねると言う事がどれほど影響するかがよく分かる。継続は力なり、とはよく言ったものだ。

「……どれぐらいやれば、あの領域まで届くのかしら……。」

「……一番厳しいラインの鍛錬を十年続けた結果、みたいなものだからね~……。」

 あそこまではギン姉でも無理だからね~、と他人事のように言うスバルに苦笑し、そろそろ動くようになってきた体を起こす。微妙に腹立たしい事だが、昨日の午後のトレーニングで徹底的に叩き込まれた気功のための呼吸をやっていると、息が整うのも体力が戻るのも、体感できるほど早い。体力回復の結界の効果を考慮しても、普通はここまで早く回復しない。因みに、何が腹立たしいかと言って、イロモノの技能が普通に使える部類に入る事と、この技能が一部に独占された揚句イロモノ扱いされている事、両方である。

 正直、昨日と今朝の訓練で、いろいろなめていた自分をきっちり反省しているティアナ。イロモノだなんだと言って甘く見ていると、冗談抜きでトレーニングで死にかねない。今までの魔導師の理想形からは確実に離れるだろうが、一年耐え抜けば間違いなく強くなれる。そう確信を持ったところで、竜岡式に対する不信感はともかく、この部署で鍛えあげられることに対する不本意さは消えていた。

「それで、この後は何だったかしら?」

「休憩してから、お昼ご飯までダンスの練習。お昼食べたら歌のレッスンがあって、その後戦術の座学。晩御飯の前のトレーニングがあって夕食食べて、寝る前のトレーニングで終わり。」

「……本来の業務であるはずの訓練のほとんどが、見事に本来の業務時間外に入ってるわね……。」

 今までの流れもあって、業務外でのトレーニング自体はどんとこい、と言う感じのティアナではあるが、あまりに見事に業務外に偏っているのは、さすがにそれでいいのかと思わなくもない。と言うより、オーバーワークになりかねないほどのトレーニングをやって、それから丸一日訓練以外の業務をやると言うのはいろいろ無謀なのではないか?

「どうも伝統的に、オーバーワーク手前までがっつりトレーニングしてから業務をこなす習慣になってるらしくて、竜岡式の人たちって、日中に訓練をする事ってほとんど無いんですよ。」

「だから、なのはさん達はおろか、二期生の人たちですら、この二時間の休憩って言うのをなしで、ご飯食べたら普通に仕事とかレッスンに移るんです。」

 エリオとキャロの補足に、うげえ、と言う顔をしてしまうティアナ。三期生はすでに食事に向かっており、まだへろへろなのは自分達とヤマトナデシコの三人だけである。そのヤマトナデシコの三人は、へろへろの時でも仕草にだけは注意するように、などと紫苑に注意されていたりする。その紫苑は付き添いとして、ヤマトナデシコの三人と同じ程度のメニューはこなしている。言うまでもないことだが、エリオ達より一つ年下でかつ、卒業を大人の都合で前倒ししている彼女達のトレーニング内容は、広報六課で一番軽い。とはいえ、丁度初期のなのはと今のティアナの物を足して二で割った程度なので、普通なら十分きついレベルではある。

 二期生はおろか、三期生ですらフィジカル面では教導隊レベルか、下手をすればそれ以上だ。あのトレーニングを一年間、誰一人脱落せずにこなし切った彼らを、適性が実用的でなかったから、とか、魔力量が少なかったから、とかいった理由だけで、誰が馬鹿にできるのか。竜岡式の効果自体には懐疑的な部分がぬぐえなくとも、少なくとも自分よりよほどまっとうに努力している人間をイロモノと見下していた自分については、申し訳ないとか恥ずかしいとかでは済まないほど反省しているティアナ。それと同時に、何故にここまでやって鍛えた人間に、わざわざ芸能活動をやらせるのか、という疑問がわかない訳でもない。

 が、現状基礎的な肉体能力の差もあって、他所の部隊との連携もまともにとれず、内部ですら企画段階で組んだチーム単位でしか行動できていない彼らに関しては、芸能活動をさせないにしても、結局普通に活躍させるのは厳しいのだろう、と言う事は理解できてしまう。それに、これだけ卓越した実力を持っているからこそ、治安維持組織の仕事と芸能活動と言う、普通に考えればどちらも片手間に出来るようなものではない二束のわらじ(なのはとフェイトはそこに学生生活がプラスされるが)を可能にしているのだろうが。

「とりあえず、ご飯食べてマッサージ受けてこよっか。」

 いろいろ考えても詮無い事をつらつらと考えつつ、とりあえずこの後すべきことを提案する。

「そうですね。」

「ご飯は大事だよね、ティア。」

 ようやく歩ける程度まで体力が戻り、やっとのことで朝食に向かえる一同。正直訓練のきつさがたたって、ティアナはあまり食欲はないが、ちゃんと食べなければ持たないどころか命が危ないことなど分かり切っている。きっちり食べるのも仕事のうちだ。とりあえず、ティアナはどうにか初日の朝を乗り切った。







「どないな感じ?」

「ティアナは予想よりは体力があったけど、他の三人がね~。」

「エリオもキャロも、みんなで温泉に行った時と、そんなに変わって無かったよ。」

 はやての問いかけに、苦笑がちに答えるなのはとフェイト。

「普通やったら、エリオもキャロもあれで十分やねんけどなあ。」

「私たちの経験で言うと、全然とまでは言わないけど、あれじゃ足りないよ。」

「むしろ、陸士学校も空士学校も、もう少し基礎鍛錬のボリュームを増やすべきだと思うんだ。」

 なのはとフェイトの言葉に、間違いないとばかりに頷くはやて。実際、管理局のフィジカル周りのトレーニングは、教導隊をはじめとした一部例外を除いて、軍隊色がある組織としてはかなり軽い方に分類される。さすがに、普通のスポーツ選手がやるよりは厳しくやっているとは言え、それほど体作りを重視していないのは明らかだ。その結果、場合によってはそこらのアスリートに過ぎない魔法戦競技会の大会のトップクラスに負ける陸の局員、という構図が出来上がるのである。いくら相手がトップクラスで、しかも魔力量やら何やらで劣っている事が多いにしても、さすがに情けないと思ってしまうのはしょうがないだろう。

「実際のところ、人手不足が響いて効率を重視しすぎ取る、っちゅうのが現実やろうな。」

「それと、基礎鍛錬を減らすのと、どういう関係があるの?」

「簡単な話や。今までの概念やと、魔力資質が低い人間をどうがっちり鍛錬しても大した意味はあらへんし、魔力資質が高い人間は基礎鍛錬なんか適当でも、十分強くなるしな。私なんか、基礎鍛錬を適当にやってる典型例やし。実際、現実的な話、今以上に基礎鍛錬にかける時間があったら、魔法関係の技能を磨くのに同じ時間かけた方が効率よく強くはなるし。」

 もっとも、はやての場合はその運用上、基礎鍛錬で鍛える意味が薄い、と言うのが現実であり、管理局の教育機関の考えを肯定している存在ではない。彼女に関しては、いくら竜岡式で近接戦闘に耐えるように鍛えたところで、直接攻撃を受けるところまで追い込まれてしまった時点で、戦術的にも戦略的にもいろいろアウトなのだ。

「でも、ストライクアーツの大会の人たちみたいに、魔力資質が高い人間が鍛錬をきっちりやった時の強さは無視できないよね?」

「それを秒殺出来るなのはちゃんらが言うても説得力はあらへんけど、まあそうやわな。」

 一昨年に番組の企画でなのはとフェイトが参加した、公式魔法戦競技会のインターミドル・チャンピオンシップ。管理局の広報部に所属した事がある魔導師は参加禁止、という規定が出来る決定打となったそれを思い出しながら突っ込みを入れるはやて。因みに、あくまで決定打になっただけで、切っ掛け自体はカリーナとアバンテである。

「まあ、基礎鍛錬が少ないのは少ないと思うんやけど、それでも並のスポーツ選手よりは厳しく鍛えられてはおるんやで。」

「それはそうだけど……。」

 竜岡式や御神流が基準となっているなのはにとっては、どうにも釈然としない話である。とはいえど、実際のところ、竜岡式も御神流も、その鍛錬内容は軍隊基準でもクレイジーの一言に尽きる内容であり、そこを基準にしたらほぼすべての軍隊がぬるい事になるが。

「まあ、一般的な局員の話は置いとこか。とりあえず、スバル達のこれからの展望を教えて。」

「スバルもエリオもキャロも、必要最低限はクリアしてるから、むしろティアナが問題かな?」

「歌とかの事も考えると、正直、あと半年早く移籍が決まってたらよかったんだけど……。」

「陸士学校から直接、ってパターンでもない限り、半年あっても一緒とちゃうかな?」

「どうして?」

「半年前に移籍がきまっとっても、多分その準備のための時間を、もとの部隊が作ってくれへんやろう、言う事や。」

 本気で理解できていない様子のなのはとフェイトに、苦笑交じりに答えるはやて。実際、移籍が決まってからの二カ月、スバルとティアナは休暇のローテーションから外され、せいぜい半日休しか休暇を取らせてもらえない状態で仕事をしており、どうにか二回ほど接触する時間を取らせてもらえた以外は、ずっと待機任務で出動時以外外部との接触は不可、と言う扱いだったのだ。当然、何かあれば最優先で出動させられている。二ヶ月間とはいえ、言うまでもなく管理局の規約違反である。しかも、前の部署がそういうブラックな真似をして積み上げた代休は、広報六課に居る時に消化させなければならない。実に嫌われたものである。

「私たち、そこまで嫌われてるの……?」

「救助隊とかは特に嫌っとる感じや。言うたら、広報部の仕事って、見方を変えたら他所の手柄を横取りしてるようなもんやから。」

「「え?」」

 なのはの、ある種今更のような言葉に、三日ほど前の六課稼働前の最後の打ち合わせを兼ねた夕食の席で、ゲンヤやゼストあたりから聞くまではやて自身も理解しきれなかった事情を説明し始める。因みに、彼女がそっちの事情に気がつかなかたのは、ひとえにひがみで相手を低く見るという心理が想像できなかったからである。

「考えても見てや。なのはちゃんらが作戦に参加すると、たとえ本番の一番難しいところを元々任されとった部隊がこなしたとしてもや。どうしても、世間一般の印象ではなのはちゃんらが手柄を立てたみたいに見えるねん。たとえ、内部の評価では担当部署の手柄になっとっても、な。」

 はやての指摘に、そこまで考えた事もなかったなのはとフェイトは、反論しようがなくて黙ってしまう。

「もちろん、本来の担当部署の手に余るから呼ばれた、言うケースでは、なのはちゃんらの手柄で問題ないねん。ただ、そうやない仕事も多かったやん。」

「うん……。」

「それも全部世間的にはWingの功績になってしもたら、いくら内部で正当に評価されとっても、たまったもんやあらへんわな。」

 しかも、それをなしているのが、一見チャラチャラ仕事しているだけのイロモノ部隊とあっては、なおのことだろう。

「せやから、特にハードな仕事してて、日常的に命の危険と背中合わせの救助隊なんかは、命がけで頑張った手柄をイロモノに持っていかれた揚句、自分らが無能やみたいな言われ方すれば腹にも据えかねる、っちゅうことやねん。」

「それ、前の部長とかは……。」

「多分理解してたと思うで。実際、報道資料の使い方とか番組構成とかも、事前に見てはあっちこっち細かく突っ込み入れとった見たいやし。」

 広報部のトップ連中も無能ではない。自分のところの魔導師の評価と引き換えに、他の部署が無能だと思われては意味がないどころかマイナスである事ぐらいは理解している。ゆえに出来るだけ、他の部署の事や広報の魔導師達の立ち位置や仕事なども正確に世間に伝わるようには努力をしていたが、やはり人間、どうしても目立つところを評価しがちだ。なのは達がどんな仕事でも本来の部署に花を持たせるようにしていても、それを謙遜として見られては意味が無いのだ。

「結局、私たちはどうしてれば良かったのかな……?」

「なのはちゃんらは、あのままでええねん。むしろ問題なんは、結局マスコミの報道内容をコントロールできへんでそういう風に世間を誘導してしもた事と、それに対して拗ね始めた武装隊とかを煽るアホがおった事や。」

「……うまくいかないよね。」

「……うん。本当にうまくいかない……。」

 考えた事もなかった事情を教えられ、力なくつぶやくなのはとフェイト。結局、二人ともどこまで行っても現場の人間であり、こういった権謀術数の分野になると、どうしても無力なのだ。

「で、問題をややこしくしてしもたんが、本来やったら使い物にならへんような人間を、無理やり強化して使ってる、いう形になってしもた事。これで、一気に馬鹿にする空気が出来てしもたんが致命的や。学校におる子とか新人ぐらいやったら、上司や指導教官のそういう意見に染まってもうても不思議やないし。」

 それを、実力差を理解していない、とか、自分の頭で考えない、とか評価するのは簡単だ。だが、どんな事でも、ものすごく力量差が離れてしまうと、どれぐらい差があるかが分からなくなるものだ。しかも、表に出てくる情報で、竜岡式で鍛えられた人間でないと出来ない事をやっているケースは一割に満たず、その大半がなのはとフェイトが成し遂げた事、となると、なおのことだ。

 そうなって来ると、手柄を横取りされた怒りや正当に評価されないひがみが混ざった意見に流されやすくなるのは、当然と言えば当然であり、結果として出動がかちあうことが多い地上の部隊で特に、広報部や竜岡式を下に見る空気が醸成された、ということである。

 それでもまだ中央はましな方で、少なくともなのはとフェイトに関しては、それなりに正当に評価している。これが地方や辺境になってくるとさらに話がややこしくなり、Wingですら大した実力もないのにやらせで評価をかさ上げしている、などという扱いになっていたりする。

「正直なところ、実力云々に関しては、ちょっと朝晩の訓練内容を見せるだけでもあっちゅう間に認識が変わるとは思うけど、下手に公開するんも怖いんは確かや。なのはちゃんは、教導官として、そこらへんどう思う?」

「今公開するのは反対。ちゃんとしたカリキュラムを組める人間のサポートと、医療スタッフの十分なケアが無いと、故障者を量産するだけになるよ。」

「ゲンヤさんとか教導隊の隊長さんも、同じ意見やったわ。リーゼ姉妹も、今の管理局には一定ラインより上の肉体鍛錬に関するノウハウが足りへん、って言うとったしな。」

 なのはからの、予想通りと言えば予想通りの返事に苦笑しながら頷く。

「でまあ、そういう話を踏まえて、ティアナはどんな感じ?」

「今はまだ、もといた部署の意識に引っ張られてる感じかな? カリキュラムとしては、優喜君が結構がっつり組んでくれてるみたいだから、そっちはどうにかなりそう。」

「まあ、今までの子も、半分は最初はティアナと変わらない反応だったし、一カ月もすればそこらへんの意識は変わると思うよ。」

 すでに、今までの態度を反省し始めているとは知らないフェイトの言葉に、一つ頷くなのは。さすがに、たった二回のトレーニングで意識改革をするほどの素直さがあるとまでは思っていなかったようだ。とはいえ、まだまだ意識改革が始まったところであり、しみついた価値観を完全に捨て去るところまでは至っていないのだが。

「さて、そろそろダンスレッスンだし、ちょっと様子見てくるよ。」

「私は、調査依頼をいくつか片付けてくる。」

「了解や。悪いけどお願いな。」

 朝の秘密ミーティングを終え、今後の予定を告げて支配人室を出ていくなのはとフェイト。訓練生以外は地味に忙しい一日のスタートであった。







「和むね~。」

「確かに可愛いわ……。」

 一時休止の間に、エリオとキャロのデビュー曲のダンスを眺めながら、思わず癒されたような声で話すスバルとティアナ。朝の子供向け番組や某教育テレビなどで見られそうな、子供らしさ全開のダンスを息の合った動作で踊るエリオとキャロ。その姿は実に愛らしく、堅物くさいティアナですら目じりが下がってしまう。二人の間を楽しそうに飛び交っているフリードが、よりほのぼのムードを強くしている。

 正直、お世辞にもきっちりしたダンスとは言えない。元気が行きすぎて、明らかに動作が雑になっているところも散見される。だが元々、テレビを見ている子供が真似をできるように、あえて雑でも形になるような振付をしているのだから、それらの要素は魅力にはなっても、マイナスにはならない。第一、ちゃんと振付を間違えずにやっているし、二人とも実に楽しそうなのだから、文句をつけられる筋合いはない。

「はい、よくできました。」

「「ありがとうございます!」」

「キャロちゃん、上手になったわ~。」

 おネエ言葉の先生の言葉に、嬉しそうに頭を下げるキャロ。結構いいガタイなのに、いわゆるオカマのような動きをするこの講師に最初の頃は引いていたエリオとキャロだったが、配属が決まってからずっと、いろいろ習っているうちに、すっかりなついていた。

「さて、スバルちゃん、ティアナちゃん。そろそろ続きを始めましょっか?」

「「はい!!」」

 休憩の終了を告げられ、力強く返事を返す。スバルもティアナも、エリオ達同様、最初に彼を見た時は大丈夫なのか、と思ったのだが、実に分かりやすい指導で丁寧に、だが必要十分なぐらいに厳しく愛を持って指導してくれる彼を、最初の休憩までにすっかり信頼していた。

「期間が短いから、びしばし行くわよ!」

「「お願いします!」」

 言葉通りびしばししごかれ、湯気が出るほど動きまわらされる二人。エリオ達と違って、あまり誤魔化しの効かないタイプのダンスを教え込まれていることもあって、非常にたくさん駄目出しをされる。二人とも運動神経は悪くないのだが、初めてのジャンルである上、覚えることが多すぎて中々体がついて行かない。

「OK! 一旦そこまで!」

 講師の言葉で、動きをピタッと止める二人。それなりに長くコンビを組んでいるだけあって、最初から息があっていることは救いであろう。

「二人とも、筋がいいわ~。」

「本当ですか?」

「ホントホント。このペースで頑張れば、一カ月もあれば舞台に十分立てるわよ~。」

 大量に駄目出しをされ凹み気味だった二人を、飴を与えて引っ張り上げる講師。もっとも、彼の言葉は嘘ではない。初めて担当したころはまだまだ運動神経が切れていたなのはや、こういう面でも凡人だったカリーナに比べれば、天才とまでは言わないまでも十分素質があると言える。

「昔のなのはちゃんはね、本当にひどかったんだから。それから比べれば、素質は十分よ。」

「その話は恥ずかしいので、秘密にしてほしいんですけど……。」

「あら、なのはちゃん。」

 講師の言葉に恨めしそうに突っ込みを入れるなのはを、驚いたように見つめる四人。いつ現れたのか、全く気がつかなかったのだ。

「なのはさん、いつからいました?」

「ん~、スバルとティアナが踊り始めたぐらい?」

 つまり、かれこれ三十分ぐらい、気配を消して見学していたのだ。そんなはずはないのだが、意外と暇なのかと思わず疑ってしまう一同。

「そう言えばなのはさんって、そんなにひどかったんですか?」

「本気で凄かったわよ。今でこそ一週間も練習すれば大抵のダンスは踊れるようになるけど、昔は絶望的なぐらい踊れなかったんだから。」

「あの頃の事は言わないで下さいよ~。」

 普段の凛とした姿からは想像もできないほど情けない声で、必死になって講師を止めるなのは。だが、この手の人種は、こういう時にいたずらするのが大好きと相場が決まっている。

「丁度、デビュー前の映像が残ってるけど、見る?」

「「「「見ます!」」」」

 講師に言葉に対し、なのはが制止する前に満場一致で返事が返る。フリードまで興味津々、と言う表情をしているのはどういうことだろうか?

「デビュー前って、いつのですか?」

「管理局内部で、何かのパーティをした時の余興の映像よ。」

「よりによって、それですか……。」

「そんなに恥ずかしがることないじゃない。だって、あなた達がデビューするきっかけになった映像よ?」

「だから恥ずかしいんですって。」

 なのはの何とも言えない情けない声に苦笑しながら、とっととデバイスを操作して映像を展開する。映像は、今やファッションの一種としてミッドチルダにもすっかり定着したゴスロリ(日本発祥)を着たなのはとフェイトが、ぺこりと一礼して出だしのポーズをとるところからスタートした。

「わ、なのはさんとフェイトさん、可愛い~!!」

「エリオ達より小さいぐらい?」

「これ、いくつの時ですか?」

「九歳の時かな。思えば、ここから道を踏み外したんだよね……。」

 どことなく遠い目をしながら妙な事を口走るなのはを不思議そうに見ていた四人だが、アップテンポの可愛らしい伴奏が始まったところで、映像に視線を戻す。

「……すごい。」

「……歌が上手なのは、このころからだったんですね……。」

 第一声から、楽しそうに歌う二人にあっという間に引き込まれる一同と、いまだに恥ずかしそうななのは。実際、なのはの場合、歌はともかくダンスはとりあえず踊れているだけ、と言うレベルで、フェイトがうまく合わせてくれているから辛うじて様になっているだけである。元を知らない人間が見ても分からないが、何度もタイミングがずれたり動作を間違えたりしている。所詮は局員の余興である上、やっているのがまだ子供であり、更に歌が凄まじいレベルであるため誰も気にしていないが、本来ならステージの上に立てるような力量ではないのだ。

「……ちょっと、想像してたのと違いますね。」

「ティアナ?」

「九歳とか十歳のころの歌だから、エリオたちみたいな曲かと思ってたんですが……。」

「ん~、私たちの場合、デビューしてからずっと、ちょっと背伸びした感じの曲ばかり歌ってた気がするね。」

 少し懐かしそうに、今までの事を思い出して答える。正直なところ、当時はよく分からなかった歌も多い。逆に、この頃からこんな歌詞を理解していたのか、みたいな曲もあったりと、いろいろアンバランスな子供だった自覚はある。

「そう言えば、なのはさん達の歌って、昔から結構ラブソングが多かった気がする。」

「うん。まあ、理由は分かってるんだけどね。」

「理由?」

「この頃からずっと、フェイトちゃんは恋をしてるんだよ。」

 画面の中の、まだ九歳だった頃の自分達を見ながら、今だから言える事を告げる。その、意外すぎる言葉に目を瞬かせ、恐る恐るなのはの顔を見る。

「ずっとって、同じ人ですか?」

「うん。ずっと一人の人を、ね。」

 凄いよね、という言葉に、どう返事を返していいかが分からないスバルとティアナ。なのはとフェイト、もっと言うならすずかに紫苑も、一人の人物に恋をしている事は知っていた。当人達が特に隠していないこともあって、広報部の中ではばればれの事実である。ついでに言えば、同じ男を取りあいしているように見える四人が、喧嘩をするところが想像もできないほど仲がいいのも有名な話だ。

「なのはさんも、ですか?」

「私はこの頃は、中身は正真正銘見ての通りの子供だったから、恋愛なんて難しい感情は全然理解できてなかったよ。フェイトちゃんに引っ張られて、一見それなりに様になってる感じには歌えてたけど。」

 これまた意外な言葉が飛び出す。その言葉が本当であるなら、なのはは親友の想い人に後からアタックを開始した訳で、よくそれで喧嘩の一つもせずに今の関係を築くことができたものだ。なのはがよほど図太いのか、フェイトがとことんまで寛大だったのかは分からないが、彼女達の絆の強さは、どうにも余人には理解しがたいものがある。

 そこまで考えて、今の状況についてふと疑問に思うティアナ。何故自分達は、勤務時間中の、それも残り時間が厳しい芸能がらみのレッスン時間を食いつぶして、先輩の恋バナを聞きだしているのだろうか? そもそも、こんなことで時間を潰しても大丈夫なのだろうか?

「さて、あまり邪魔しちゃ悪いし、ちょっと他の子たちの様子を見てくるね。」

「あ、はい。」

「お話、ありがとうございます。」

「続きは、また昼休みか晩御飯の時にでも、ね。」

 そう言って手を振って立ち上がり、いろいろ横道にそれた事を考えていたティアナに軽くウィンクをして立ち去るなのは。それを見て、いろいろな不安が少し軽くなった気がするティアナ。

「じゃあ、今の話も踏まえて、もう一度通しで踊ってみましょうか。まあ、エリオちゃんとキャロちゃんは、そこまで深く考えなくても大丈夫だけどね。」

 どうやら、今の雑談もそれなりに理由があってしたものらしい。年齢一桁の頃の映像や話題など、来年度には二十歳と言う女性にとっては、あまり嬉しいものではない。それをあえて雑談と言う形で話すことで、スバルやティアナにいろいろなヒントを与えつつ、自分達が別段卓越した存在でも何でもなく、恋もすれば恥ずかしい失敗もしでかす普通の人間であることを教えて安心させたかったのだろう。

 所詮一日二日の事であるため、竜岡式や竜岡優喜に対する不信感がぬぐえる訳ではない。だが、事あるごとにイロモノと見下していた相手にいろいろな形で彼女達に気を使われている事を知ってしまい、それまでの自分の態度が恥ずかしくてのたうちまわりたくなってしまう。接点もなければ情報も基本的にマスコミベースの物しかなかったとはいえ、よくもまあ、知ろうともせず、自分の頭で考える事まで放棄して、イメージだけで馬鹿に出来たものだ。

 芸能活動に対しては、いまだに抵抗がある。芸能界を馬鹿にしているとかではなく、どうにも管理局としての本分から外れている気がしてしょうがないからだ。それに、芸能界で本気で歌やダンスに打ち込んでいる人たちに対しても、失礼なのではないか、という意識もある。だが、なのは達が乗り越えたそれを、自分のような新米がごちゃごちゃ言っても仕方がない。口でいくら反省したところで無駄な以上、本気で努力して結果を出すしかない。

 時に、スバル以上に一直線に突っ走ってしまうティアナ。自分の態度を反省する、という意味ではいい方に作用したその性質は、その後の鍛錬には悪い結果をもたらしてしまうのだが、この時点では誰も気づくことができなかった。なお、歌に関しては……

「……二カ月あればまあ、大丈夫かな?」

「フィアッセ先生、その不安をあおる言い方はやめて~!」

 ダンスと違って特に語るところもない下手さ加減で、指導する側にとってもスタート地点としては可もなく不可もなく、と言う感じだったそうな。







「さて、どないしたもんか……。」

 稼働して速攻で持ち込まれた話に、どうしたものかと思案を巡らせる。情報の精度は間違いないらしいため、対処をしないと言う選択肢は存在しない。

「まったく、まだ大まかな日程発表しただけで、チケットの前売りも開始してないイベントやっちゅうのに……。」

 昨日の今日ですでに動きがあるとか、情報統制はどうなっているのか小一時間ほど問い詰めたくなる。餌の意味合いもあるため、それほどしっかり隠蔽とかはしていなかったのは確かだが、それにしても早すぎる。

「細かいところまで一人で決めるような話やあらへんし、ちょっと他の子にも意見きこっか。」

 とりあえず隊長勢を呼び出そうと思って予定表を見ると、なのはとフェイトは現在不在、シグナムとヴィータは追加レッスンと言うことで、今呼び出すのも気が引ける状況。動かせるのはどうやらフォルクとグリフィスだけらしい。所属長であるリンディは、基本的には外部との折衝を担当しているため、余程でない限りはこういう問題はこちらに丸投げである。

「もう少し時間あけるか、晩に議題として挙げるか、やな。」

 せめて、優喜かプレシアがいれば他の情報源をあたれるのだが、一方は何ぞ納品に行っており、戻ってくるのは夕食前になるとのことで、もう一方はすずかと一緒に、時の庭園にてマッド全開で何かをやっている最中。呼び出しても怒りはしないだろうが、すぐに準備を始めなければいけないほど切迫した問題でもないため、手を止めさせるのにはためらいがある。

「そうやなあ。スカリエッティのこれはどうせ向こう側からのリークやろうし、要望通り乗ったる場合の企画書でも作っとくかな。」

 やけに詳細な情報を記した書類に目を落とし、微妙な手待ちの時間を潰す意図も兼ねて企画を練る。もうじき、こんなしょうもない企画を立てていろいろやらかすような余裕はなくなるだろうが、現時点でははやてがチェックして決済しなければいけない案件はほとんどない。昨日本格稼働を開始したばかりの部署では、ある意味当然であろう。

 実際のところ、管理局の本分を考えるなら、乗っ取り口上の最中にでもなのはが一撃かまして、全員とっとと捕縛してしまうのが正しい姿であろうが、それをすると十中八九、支持より不支持が上回る。犯罪者を放置して、という批判もなくはないだろうが、ナンバーズが回収したレリックの九割は所有権が確定してない物であり、実は逮捕するほどの罪には問われなかったりする。残り一割はなのは達がアイドルとしてデビューする以前の物で、ぶっちゃけ窃盗の時効が来ている。グランガイツ隊が大ダメージを受けた案件のように、まだ時効にならない事件もあるにはあるのだが、そっちは同一人物と証明できる証拠が無いため、これまた逮捕しても有罪に持ち込めない。

 要するに、問答無用で仕留めて逮捕しても、証拠不十分で釈放される可能性が低くはなく、また、有罪になったところでせいぜい罰金刑程度の罪では、ブーイングを食らってまで捕まえる理由としては弱い。しかも、どうせ捕まえても護送中に逃げられるのが分かり切っているため、管理局の株を落とす一方になりかねない。スカリエッティ自身は逮捕するに足る証拠はいくつかあるのだが、ナンバーズは共犯者としても現実には大したことをしていない上、タ○ムボカンの悪役のごとく憎めない上にある種のお約束を成立させているため、どうしても捕まえるんだ、というモチベーションに欠けるのである。

「あんまり犯罪者と慣れ合うのもあれやけど、この案が通るんやったら、向こうとある程度の打ち合わせはいるなあ……。」

 イベントとしては盛り上がるであろう。それは確信できる。だが、余計なトラブルを起こさずに成功させるには、向こうに余計な事をさせないように、出来るだけ行動を制限する必要がある。それも口約束や進行表によってではなく、実際に取れる行動を減らす方向で考えなければならない。

 なのはやフェイトの話では、ナンバーズの中でもセインとディエチの二人は、話が分かる温厚な性格をしているとのことだが、それ以外の人物については、いまいちよく分からないところだ。ただ、これまでの対決映像から分析した感じでは、四番・クアットロ以外は、必要でなければ過激な行動には出ないのではないか、と考えている。もっと正確に言うなら、少なくとも五番以降はなのは達と同じで、普通かどうかはともかく、中身は良くも悪くも真人間に分類されるだろう、と言うのがはやての結論だ。

 ゆえに、考えるべき事は、表に出てくるであろうメンバーのうち、クアットロが余計な事をしでかす余地をいかに減らすかだ。はっきりした事は言えないが、あの手のタイプは相手を下に見て、策士策に溺れた結果、周囲を巻き込んで自滅する人種ではないかと踏んでいる。それで単純に自滅してくれる分には構わないが、イベントを崩壊させられたら目も当てられない。

 ああでもない、こうでもないと素案をまとめていると、支配人室の扉をノックする音が聞こえる。

「どうぞ~、って優喜君か。えらい早かったやん。」

「グレアムさんやドゥーエから、はやてが頭をひねってる最中だろうからアドバイスしてくるように、って言われてね。納期が迫ってる分だけ納品してきた。」

「グレアムおじさんはともかく、ドゥーエって誰?」

「ナンバーズの二番。いろいろあってこっちに引きずり込んだ、スキャンダル的な意味で歩く火薬庫。」

「物騒やなあ……。裏切ったりせえへんの?」

「僕に引っ掛けられてこっちについた人間が、今更僕を出しぬけるとでも?」

 優喜の返事に苦笑する。聞けば、優喜にひっかけられたのは夜天の書再生プロジェクトが立ち上がったころだそうで、それから今に至るまで優喜の手駒でいると言う事は、今更こちらを裏切る気はないか、裏切る隙を見つけられないかのどちらかだろう。

「そんな長い事暗躍しとったんかい。」

「何をいまさら。あの頃僕が裏でいろいろえげつない事をしてた事ぐらい、知らない訳じゃないでしょ?」

「まあ、そのおかげで、今私らがこうして、罪に問われることもなくやっていけてるんやけどな。」

 はやての台詞に小さく笑って、話を元に戻す。

「それで、何を悩んでるの?」

「ああ。四番が記念講演を乗っ取ろうとしとるらしくてな。それを企画の一部に取り込もうとしてるんやけど……。」

「なるほど、向こうがとりそうな行動がはっきりしないから、行動制限をどうかければうまく行くか、確信が持てない、と。」

「そんなところや。」

「とりあえず、今決まってる素案を見せて。ドゥーエと相談して、あれを引っ掛けられそうな展開を考えるから。」

「分かった。頼むわ。」

 相変わらず、こういう黒い事柄には無駄に頼りになる男だ。とりあえず、夜に色々話し合うと言うことで、早々にドゥーエを呼び出して色々チェックする事に。

「まあ、それは置いといて、や。ついでやから、ちょっと聞きたいことがあるんやけど、ええ?」

「ん?」

「優喜君から見て、ティアナはどんな感じ?」

「能力的には、今まで見てきた地上の局員の平均よりは上、海の局員から見るとまだまだ見劣りするレベル。技量的なものはあとからいくらでも伸びる年だし、そっちはあまり心配ない。明日から特別メニューでしごく予定だしね。性格的にはなんとも。あれぐらい思い込みが激しかった子も何人か居たし。」

 二期生男性グループのリーダーと、三期生ガールズバンドのギターの顔を思い出し、思わず苦笑するはやて。どちらも一年といわず三日で認識が変わり、半年で外部から馬鹿にされても、知らないって事は幸せなんだなあと言う顔をするようになったのだから、竜岡式は色々洒落にならない。

「ただね。思い込みが激しい上に真面目そうだから、おかしな方向に突っ走りそうな不安はある。」

「そっちのフォローは任せるわ。」

「任せられてもねえ。ぶっちゃけ、向こうは僕のことをまったく信用してないし。」

「まあ、信用されるようなことも、まだ何もしてへんしなあ。」

「とりあえず、一番注意が必要なのは、多分記念公演の時だろうね。」

 優喜の言葉に一つ頷く。正直な話、スカリエッティの乗っ取り作戦だけだとは思えない。広報六課の関係者はあちらこちらから睨まれている上、期間限定とは言え、今まで自重してきたヴォルケンリッターの芸能デビューもある。遺族会の皆様はむしろ喜んで受け入れてくれたが、反夜天の書派の活動は未だに収まっていない。そっちの情報はまだ入っていないが、警戒に越したことはない。

「そこらへんを踏まえて、もう一個質問。」

「何?」

「二期生のよその部隊との連携と、三期生の仕上がり具合はどんなもん?」

「二期生のほうはカリーナの報告を待って。そもそも、大規模な部隊行動についてを僕に聞かれても、ね。」

「それもそうやな。」

「三期生は、初陣の緊張をどういなすか、だけかな。まだ実戦を経験してないから、こっちもなんとも言えない。」

 実質的な稼動初日と言うこともあって、ぶっちゃけ何も進んでいないといってもいい。もっとも、何かが進んでいるのであれば、はやての書類仕事がこんなに簡単に済むわけがないのだが。

「まあ、次の出動は三期生に任すから、フォローよろしくな。」

「了解。じゃ、ちょっと行ってくる。」

「お願いな。」

 戻ってきてすぐに出て行く優喜に一つ頭を下げ、とりあえず関係者にデータを転送する。この議題と優喜が持ち帰った修正企画書でむやみやたらと盛り上がり、クアットロの行動をどう誘導するかではなく、ナンバーズ全体をどういじるかで盛り上がるのであった。



[18616] 第4話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:53fba5a8
Date: 2011/08/27 18:40
「あら?」

「どうしました?」

「いえ。ティアナさん、最近お肌のつやが良くなってきているようなので、こちらの生活になじまれたのかな、と思いまして。」

「……馴染んだと言うか、割り切ったと言うか……。」

 週に一回のエステの日。担当のエステティシャンに指摘されて、苦笑交じりに答えを返す。

「割り切った、ですか?」

「はい。イロモノと呼ばれることに対しても、竜岡師範に好き放題しごかれることに対しても、そういうものだと割り切ったら、随分と気持ちが楽になりました。」

 実際には、体力がついてきたこともあるんでしょうけどね、と、淡く微笑んで見せるティアナに、どう声をかけていいか分からないエステティシャン。

「それにしても……。」

「なんでしょうか?」

「いえ。仕事の一環としてエステを受けられるって、すごく贅沢な環境だな、と思いまして。」

「あ~、確かにそうですね。大手の芸能プロダクションでも、なかなかこうはいきませんよ。」

 広報六課に置いて、最も特殊な業務がエステだろう。世間一般に顔と姿を晒す関係上、美容周りをちゃんとしておくのも仕事の一環だ、という考えらしい。専門の設備があり、有名どころの業者が出張で来ているあたり、変に力が入っている。また、言うまでもなくグループごとに専任のスタイリストが付いており、ステージ前以外に毎週一回、彼らのチェックを受けることになっている。それ以外にも大量のファッション誌や化粧の試供品が常備されており、管理局の部署としては異彩を放っている。因みに、試供品はエステ業者やスタイリストを派遣している美容院の伝手で取り寄せたものだ。

 とはいえど、ファッション誌や試供品はともかく、エステを業務の一環として無料で受けられるのは、フォワード陣以外でははやてとシャマルだけである。バックアップのロングアーチはめったに表に顔を出さないため、美容周りは自腹だ。とはいえ、一応お得意様である広報部に対しては、出張で来ている美容サロンが割引券をばらまいているため、それほど不満が出ている訳ではない。そもそも、フォワード陣は竜岡式で叩かれた揚句、歌にダンスに演技指導にと、普通の局員なら必要ないレッスンで
ひたすらしごかれるのだから、エステやマッサージをただで受けるぐらいの「特権」に文句をつける人間はいない。それに、事前に申請していれば、フォワード以外もエステティシャンやスタイリストからアドバイスを受けることは許されている。

 因みに、スタイリストからアドバイスを受ける回数は、何気にヴァイスが一番多かったりする。要領良く立ち回って仲良くなり、昼休みに食事しながら意見を聞くと言う裏技で申請回数を減らしているのだから、恐れ入る話だ。

「そう言えば、もうすぐですよね。」

「もうすぐなんですよね……。」

 来るべき大規模イベントを思い出し、思わず力なく声を漏らす。ダンスの方はすでに、ほとんど意識しなくてもミスせずに踊れるレベルにきている。また、日ごろのしごきが物を言ってか、踊りながらマイクなしでも、レッスンルームの端から端までBGMに負けない声の大きさで最後まで歌いきれるようになった。だが、歌そのものはフィアッセいわく「とりあえずは合格」。要するに、辛うじて舞台の上に立たせることはできるが、まだまだ色々不安があるレベルにすぎない。

 練習量が段違いなのでしょうがない事なのだが、この方面のレベルで言えば、明らかに三期生のガールズバンド「ブレイクタイム」の方が格段に上である。Wingに迫る歌唱力と、一風変わった楽器構成が売りのグループだ。音楽活動の方では六課稼働と同時にデビューしており、緊急出動の方もつい先日無事に乗り切った、期待のルーキーである。

 もっとも、スバルとティアナに関しては、現場経験も実戦経験も三期生よりははるかに上だ。何しろ、一年間がっつりこき使われていたのだから出動回数もなかなかのものだし、雑魚とはいえガジェットをはじめとしたAMF関連の相手ともやりあった事がある。二期生ほどの華々しい活躍はないものの、経験自体は彼らに劣っている訳ではない。

「まあ、多分私たちはそれほど注目を集めないとは思うんですが……。」

「そう言えば、ヴォルケンリッターの皆さんも、結構顔色がよろしくなかったようですよ。」

「でしょうね……。」

 シミュレーター訓練の時にいろいろアドバイスをくれたシグナムとヴィータを思い出し、思わず苦笑する。二人とも、明らかに自分達より芸能活動に向いていない。もっと言うと、はやての「デバイス」であるリインフォースは、見た目こそ極上なのに性格がネガティブで扱いづらく、一度レッスンで顔を合わせた時は、あの体格体型で段ボールハウスにもぐりこんでガクガクふるえていたのだから難儀な話だ。

「……今日はこれで終わりです。お疲れ様でした。」

「ありがとうございました。」

「ステージ、頑張ってくださいね。」

 エステティシャンに挨拶を済ませ、服を着替える。朝よりも張りとつやを増した肌を確認し、感嘆のため息を漏らす。流石はプロの技だ。毎回結果を確かめては、ついついため息を漏らしてしまう。先月までは美容など全く意識していなかったし、若さも手伝ってエステの効果には懐疑的だったが、今では一定以上の経済的余裕を持つ女性が、必死になって時間をひねり出して通うのも納得している。

「さてと、次は確か、通し稽古ね……。」

 イベントまで後二週間を切っている上、ティアナ達四人とヤマトナデシコの三人以外は、かなり頻繁に出動を繰り返している。そのため、最近は全員休日返上でレッスンを続けている。ティアナ達は一応免除されてはいるのだが、竜岡式の訓練は休日だろうとがっつりやるのが義務になっているし、正直芸能周りはいくら特訓してもし足りないと言う不安があるため、配属されてからこっち、休日はずっと自主的にレッスンを受けに行っていたりする。

 余談ながら、なのは達の出席日数問題については、プレシアと忍がこっそり開発していた、エーデリヒ式をベースにした身代わり人形により解決している。元々は、プレシアのライフワークである、アリシアと会話をする方法の開発一環として行っていた、意識の一部をリンクして操作できる躯体を作る研究の成果物である。これにより、六課の業務をフルタイムでこなしながら、大学の授業を本人が受けると言う荒業を可能としたのだ。とはいえ、その分本人の負担もなかなかのものなので、回数こそ激減したものの、結局は出席日数を計算してローテーションを組んで休むという当初の予定は変わっていない。

「さて、今日は最後まで稽古できるのかしら?」

 今までのパターンを思い出し、ため息交じりでつぶやく。誰のせいでもないのだが、この切迫した日程で通し稽古が一度も成立していないのは怖い。そんな暗い予想を頭を振って振り払い、集合場所へ急ぎ足で向かうティアナであった。







「通し稽古の前に済ませておきたい事、って何ですか?」

 放送で呼び出されたスターズとライトニングのメンバーを代表して、スバルが不思議そうな顔で質問する。

「みんなのデバイスができたから、最終調整とデバイスの説明をね。」

「もうできたんですか?」

「もうできたんだって。まあ、エリオとキャロの分は、ずいぶん前から作り始めてたんだけどね。」

 それでもすごい、と素直に感心して見せる一同。広報部のメンツの場合、使うデバイスは基本的に、特殊仕様のハイエンドデバイス、それも特に頑丈さに力を入れたワンオフものの専用カスタム機にならざるを得ない。何しろ、六課の魔導師連中は、揃いも揃って無駄に出力が高い上に、前に出て物理攻撃を叩き込む人間の比率が高い。そのため、普通に支給される汎用デバイスでは、まず使い物にならない。全員ハイエンドの専用デバイスを持っていると言うのは贅沢な話だが、広報部はそれを成すだけの資金も実績もあるのだ。

「そう言う訳だから、仮デバイスをシャーリーに渡して。まずはデータのすり合わせをするから。」

 なのはに促され、今まで使っていた訓練用の仮デバイスをシャーリーに渡す。それまで使っていたデバイスは六課に入った時に取り上げられ、データチェック機能を限界まで強化した仮デバイスを渡されていたのだ。言うまでもないことだが、それぞれの自作のローラーブレードとアンカーガンよりははるかに性能が良く、自分の相棒が仮で使うものより低性能と言う事に大いにへこんだティアナであった。

「今日の通し稽古から正式なデバイスでやるから、今のうちに要望とかあったら言っておいてね。大抵の事は何とかなるから。」

「技術者としては、使いづらいところとかおかしなところ、足りないところはどんどん言ってもらえた方がありがたいので、絶対に遠慮とかはしないでくださいね。」

「道具の足りないところをカバーするのも腕だ、って言う考えも間違いではないけど、今後のデバイス開発のために今はその考えを封印してね。」

 仮デバイスのデータをもとにすり合わせを行っている間に、この場での注意事項を告げるなのはとシャーリー。因みに、これまでに一番色々無茶な要望を出してきたのは、なのはの愛機であるレイジングハートだ。おかげで現在、外見こそまだ辛うじて元の面影を残してはいるが、中身はすでに原形をとどめていない。なお、普段はもっと砕けた口調のシャーリーだが、たまに何かスイッチが入っている事があり、時折階級が下のはずのスバル達に対してまで、やたら丁寧な話し方をする。

「データ修正完了。」

「じゃあ、まずはスバルのから行こうか?」

「はい。」

 そう言って、待機状態のデバイスを差し出す。それを恐る恐る受け取って、じっくり観察していると、なのはとシャーリーから説明が入る。

「スバルのデバイスはマッハキャリバー。ローラーブレード型のインテリジェントデバイスで、特にフォームチェンジとかの機能はついてないよ。クイントさんやギンガの意見も参考に設計してあるから、そんなに的をはずしてはいないと思う。」

「リボルバーナックルを収納、瞬間装着できるようにしてありますので、これからは一体型として運用できます。あと、それも含めたもろもろのために、リボルバーナックルの方のソフトもあれこれいじってあります。あと、今までの運用実績その他を鑑みて、自己修復機能を追加してありますので、今までほどのメンテナンスは必要ないはずです。」

「機能としては強度と突破能力に特化してあるんだ。一応慣れるまではリミッターがかかってるけど、それでも今まで使ってたローラーブレードよりははるかに性能が上だから、振り回されないように注意してね。」

「あと、現時点では、ですけど、新規のデバイスの中では唯一、他のデバイスとの同調機能を持たせた娘だから、ちょっと心配です。テストでは問題はなかったけど、実際に使ってみると思わぬ不具合が出ることも結構ありますので、簡単なものでいいから、訓練の後にレポートを書いて欲しいんです。」

「分かりました!」

 そう返事を返して、セットアップを行う。なのは達の説明通り、同時にローラーブレードとリボルバーナックルが装着される。バリアジャケットのデザインは、今まで仮デバイスを使っていた時の物がそのまま適用されているようだ。

「次はティアナのデバイスだね。」

「その娘はクロスミラージュ。拳銃型インテリジェントデバイスです。アンカーガンと同じくベルカ式カートリッジシステムを採用してあります。基本的にはあの娘の機能をそのまま発展させたものですので、それほど使い勝手は変わらないはずです。」

「ただ、ローラーブレードと同じで、リミッターは掛けてあるけど性能が段違いだから、そこら辺は注意の事。あと、折角だからってことでモードチェンジを組み込んであるけど、現時点では封印してあるからそこは気にしなくていいよ。」

「先ほど、基本的にはアンカーガンの機能をそのまま発展させた、と言いましたが、その中でもやはり基礎強度を重点的に強化してあります。それと、これまたせっかくだから、ということで、幻術に関するサポート機能を充実させてみました。こっちもあまり使い手がいない魔法に関するシステムなので、訓練の後にレポートをお願いしたいのですが、よろしいですか?」

「問題ありません。」

 そう言って、デバイスだけの限定起動を行う。今まで使っていたものより若干大きくなったが、全体的なフォルムはさほど変わらない。グリップ付近に刻まれた大きな×印が目を引き、全体的に若干シャープなデザインになったイメージはあるが、その程度の差だ。さすがに新品の、それもワンオフもののハイエンドデバイスだけあって、自作のアンカーガンよりは高級感あふれる雰囲気ではあるが、それも使いこんだ道具と新品の道具、ぐらいの違いだ。

 感触のチェックのために、両手に握った二丁拳銃で軽くジャグリングを始める。スバルにとっては見慣れた作業だが、他のメンバーはそれを見るのは初めてだ。思わぬかくし芸に歓声をあげるエリオとキャロに気を良くすることもなく、淡々とグリップをシャーリーに向ける形でジャグリングを終える。

「びっくりするほど私のアンカーガンにそっくりなんですが、これもシャーリーさんが?」

「使い慣れたものに近い方がいいかと思いまして。なんなら、重量やバランスをいじりますけど?」

「現状、これが私にとって最高なので、このままでお願いします。」

「了解。気が変わったらいつでも言ってくださいね。」

「ありがとうございます。」

 そう言って、新たな相棒に軽く挨拶をして待機状態に戻そうとしたところで、手首に見慣れぬリングがついている事に気がつく。

「あの、このリングは?」

「あ、それは私が提案してつけてもらったんだ。」

「なのはさんが?」

「うん。ティアナとエリオのデバイスは手持ち式だから、弾き飛ばされたりした時のための保険に、ね。私やフェイトちゃん、カリーナなんかにも仕込んであるんだ。」

 そんな状況での保険、と言われてもピンとこないが、口ぶりからすると、それなりに実績があるシステムなのだろう。

「まあ、詳しくは訓練の時に実演して見せるから、ね。」

「了解しました。」

 なんとなく、また管理局の一般常識の斜め上を行く真似をするのだろう、と当りをつけ、あえて今ここで追及するのをやめる。この一カ月で、常識がどうより、自分が同じ真似をできるかどうかを重視するようになったティアナ。これを成長と呼ぶのか適応と呼ぶのかは難しいところだ。

「説明を続けるよ。エリオのはストラーダ。ベルカ式の非AI搭載型アームドデバイス。シグナムさんとかゼストさんの意見を参考に、今のエリオのデータに合わせて微調整した槍型デバイスだよ。」

「頑丈さと取り回しの良さを重視して調整してあります。後、取り立てて変形機構はつけていませんが、長さはそれなりに自由にできるようにしてあります。」

「後は穂先を外せるようにしてるぐらいかな? 一応一発芸として、穂先を撃ち出せるようにもしてあるけど。」

「飛ばした穂先は回収しなくても生成できるようにしてありますので、必要だと思ったら容赦なく撃ちだしてください。あと、ロケット推進で突進力と対空能力を強化、なんていう物騒なシステムは積んでいませんので安心してください。そんな、一回やったらあとが無いギミックはつけませんので。」

 なのはとシャーリーの解説に、好奇心に目を輝かせながら頷き、デバイスを展開して軽く振りまわしてみる。さすがに場所が狭いので演武と言う訳にはいかないが、それでも狭いなりに器用に周りにぶつけないように突き、薙ぎ、払いの動作を何セットか繰り返して見せるエリオ。違和感が無いかを一通りチェックした後、目を輝かせてシャーリーに視線を向ける。

「凄いです! 重心が理想的な位置にあって、バランスが最高です!」

「それはよかった。長さをいじるとバランスも変わるので、自動補正プログラムの充実のためにちょっと使ってみてレポートを書いてください。」

「分かりました!」

 今までこんなに理想的な槍を振るった事が無いエリオは、喜々として自身のデバイスを待機状態に戻す。それを見たなのはとシャーリーが、最後のデバイスを紹介する。

「最後はキャロのだね。手袋型のブーストデバイス・ケリュケイオン。仕様は基本的にフルバックのそれだけど、ソフト周りにはメガーヌさんのアドバイスを取り入れてあるから、今までよりも召喚周りの魔法は使いやすくなるはずだよ。」

「具体的には、基礎強度と通信・感応系をとことんまで追及してあります。召喚師がデバイスを使った時に問題になりがちな、外部からの思考ノイズを極力フィルタリングするようにしてありますので、戦場での悪意やら狂気やらを拾って暴走させる、という事故はかなり回避できるはずです。もちろん、術者本人がしっかりしていないと意味はありませんけどね。」

 その説明を聞いてデバイスを展開し、手を握っては開いてを繰り返して感触を確認する。指を一本ずつ動かしたり、アニメでやってそうな手つきを真似してみたりと、一通り手先の自由度をチェックした後、おもむろに魔法を発動させてみせる。その様子にぎょっとしたスバル達三人を尻目に、魔法を使って呼び出したそれをしげしげと眺め、そして

「えい!」

 空中に固定したその器具に向かって、可愛らしい気合の声とともにズドンとやたら重い音が。

 そう。キャロは召喚魔法を使って、わざわざサンドバッグを呼び出していたのだ。その呼び出したサンドバッグを、可愛らしい気合の声とともにさらに数発殴り、最後に思いっきり発勁を叩き込んだ後、デバイスとサンドバッグの状態をチェックしてから送還する。

「……なるほどなるほど。」

「少々荒っぽく殴っても壊れないから、安心して。」

「凄いです。今まで陸士学校で使わせていただいてたブーストデバイスは、下手に発勁とかすると普通に壊れてましたから!」

「だと思って、強度には特に注意しましたよ。」

 和気藹々と物騒な話をしている三人に対して、思わず全力で引くティアナ。竜岡式で鍛えられている以上、キャロが発勁の一つや二つ使えるのはおかしなことではないのだが、華奢で可憐な、どちらかと言えば守ってあげたくなる外見の彼女が、プロボクサー顔負けの打撃をサンドバッグに叩き込んだ挙句に、デバイスの性能ではなく頑丈さの方に感激するのは何かが違う気がする。

 そこまで考えてから、余計な事を思い出す。今紹介されたデバイス全て、やたらと頑丈さにこだわって設計されていた。今までは、竜岡式で鍛えられると出力が洒落にならないからだと思っていたが、むしろそれはおまけの理由ではないのか、と余計な事を考え、よせばいいのについつい確認してしまう。

「あの、なのはさん、シャーリーさん……。」

「何、ティアナ?」

「何か問題でも?」

「問題、というわけではないのですが、私達のデバイス、やけに強度とか頑丈さとかにこだわっていたようですが、それって……。」

 ティアナが聞きたい事を察した二人は、顔を見合わせた後小さく苦笑して答えを返す。

「あのね、ティアナ。意外と、最終的に物を言うのは物理的な打撃だったりするんだよ?」

「いわゆる、レベルをあげて物理で殴れ、と言うやつですね。」

「そうそう。結構その方が相手も自分達も安全に制圧できたりするから。」

 要するに、ガンナーたる自分も、フルバックのはずのキャロも、最悪の場合は物理的に相手を殴り倒すと言う選択肢を取れるように、ゴーレムぐらいなら普通に粉砕できる強度を持たせているらしい。普通に考えて、そんな強度の鈍器で相手を殴れば即死しかねないが、竜岡式で一カ月も鍛えられれば、それが一番安全に相手を仕留められる可能性がある事ぐらいは理解している。魔法が通じないならどうするのか? 物理攻撃で殴ればいいのだ。

 しかも、よくよく考えれば、スバルとエリオがギョッとしていたのは、新品のデバイスでいきなり問答無用で魔法を発動させたことに対してであって、それで呼び出したサンドバッグにラッシュを叩き込んだシーンには、特に驚きを見せてはいない。つまり、フルバックがフロントアタッカー張りの攻撃をすることぐらい、竜岡式の経歴が長い二人には驚くようなことではないのだ。

「それでシャーリー、微調整の方はどんな感じ?」

「後はオートアジャストで十分いけると思いますが、とりあえず念のために明日の朝の訓練が終わってから一度、こっちに持ってきてください。」

「「「「了解です!」」」」

「じゃあ、通し稽古にいこっか。」

 なのはに促されて、イベントの通し稽古に移る。わざわざ本番の野外ステージと同じものを構築しての本格的なそれは、結局今回も半ばで出動が入って、最後までは行かなかったのであった。







 イベントまで残り一週間を切ったある日。珍しく一般訓練が業務時間内にあったその日、夜の訓練を終えた後に、ティアナはついに、今まで抱いていた懸念を外に漏らしてしまった。

「竜岡教官。」

「どうしたの?」

「私は、本当に強くなっているのでしょうか?」

 ティアナの言葉に、少し考え込む。元々ティアナ自身は、フォルクを含む今までの門下生と違い、地上の平均より実力があった。六課に来る前と比較するなら大分力量は伸びているが、初期値が他の人間に比べて高いため、彼らほどは劇的な変化が見える訳ではない。

 そもそも竜岡式は、気が付いたらかなり力量がついていた、と言うタイプの伸び方をする鍛錬法であり、初期の三カ月程度を比較した場合、同じ時間をかけるなら、管理局で一般的な訓練の方が伸び率は高い。竜岡式での三カ月が、普通に鍛えるよりも大きく体力を身につけられる程度なのに対し、一般的な訓練なら、三カ月あれば全般的に最低ラインの戦力として戦える程度の力量を得られる。もちろん、フォルクを鍛えた時のように、ある程度以上のリスクを許容するのならば、三カ月で半年分以上の成果を出すことも可能ではあるが、優喜の師匠ならともかく、優喜の力量では弟子が壊れるリスクが低くない。

 そう言ったもろもろを踏まえた上で、優喜はティアナが確実に耐えられる限界をやや超えたぐらいの訓練を行っているが、今のところ特に不具合は出ていない。フォルクを鍛えた時より厳しくやっているのだから、少なくとも基礎体力の面では二か月前とは段違いになっている。

 が、今現在不安になっている人間に、魔導師としての戦闘能力には直接的な影響が少なく、その上自覚し辛い基礎体力の伸びを説明したところで意味が無い。

「いきなりの質問だね。何かあったの?」

「何があった、と言うほどの事ではないのですが……。」

 今まで口に出さなかったこの手の質問が出てくると言う事は、多分先ほどの一般訓練で、何か思うところがあったのだろう。

「とりあえず、他の三人とティアナを比べても意味が無いよ。基本的に鍛錬の量と質と時間と熱意と集中力がダイレクトに力量に跳ね返ってくるうちのやり方を、それなりのレベルで何年もやってきてるんだし。」

「それは分かっているのですが……。」

「元々ティアナは、普通に鍛えてもそれなりに上を目指せるんだし、焦る事はないって。」

 実際のところ、本来ティアナは正攻法でも、海の平均を超える程度の実力は十分身につく人材だ。資質を見ると、魔力容量がやや物足りなく、適性の問題で飛行周りを身につけるのが厳しいという欠点を抱えてはいるが、ティアナと大差ない程度の能力でAA+ぐらいのランクを持っている人間もそれなりには居る。そもそも、飛べる以外は同じような資質のティーダとて、二年前にAA+の認定試験に通っているのだから、本人の努力次第だがティアナもそれぐらいの力量は問題なく身につくはずなのだ。

 そして、竜岡式の場合、根本的に次元世界で一般的に使われている尺度はあまり意味が無い。何しろ、指導をしている優喜自身に魔力資質が無く、今までの常識では飛ぶことはおろか、素手の打撃で魔導師にダメージを与えること自体が不可能なはずの人材なのだ。必然的に、教わる戦闘方法も、魔法を考慮しないものが主体になる。

 正直、現行の管理局の育成方法に比べて、必ずしも竜岡式が優れている、というわけではない。故障や挫折のリスクを低く抑えると、最初の芽が出るまでに年単位の時間がかかる。かといって半年一年でどうにかしようとなると、優喜レベルの指導者が付いていても、並大抵の根性では耐えきれない。確かに魔力に対する影響は大きく、やるのとやらないのとでは段違いの能力差が出るが、元々こちらは偶然発見したようなものだ。今までの結果を踏まえてなお、魔力の強化を目的でやるには、竜岡式は効率が悪すぎると言わざるを得ない。

 理想はやはりなのは達がやったように、竜岡式で基礎を徹底的に鍛えながら、並行で濃い密度で一般的な魔導師訓練を行う事なのだが、ティアナに限らず、余程切実な理由でもない限りは、そう簡単にそこまでの訓練は行えない。なのはとフェイトの場合、ジュエルシードと言う特級の危険物をどうにかしなければいけないと言う、割と切羽詰まった理由があったことが集中力と密度をあげるのに貢献したが、ティアナのように周りを見て焦っている人間の場合、下手に密度をあげるのは故障のリスクが大きすぎる。そしてそれ以上に、一般の魔導師には毎日オーバーワーク寸前まで体をいじめて、その上で制御訓練を行うためのモチベーションなど存在しない。

「焦るな、と言われましても……。」

「焦って強くなっても、いずれどこかで破綻するよ。まあ、心配だったら聴頸の練習ぐらいは付き合うけど?」

「……お願いします。」

「了解。」

 焦ってるなあ、と苦笑するしかない優喜。竜岡式に対する不信感と、周りとの力量差に焦っている今のティアナには、少々の言葉では通じないだろう。できることなどせいぜい、オーバーワークにならないように修正しながら、好きなように訓練をさせるぐらいしかない。

 十五分程度、じっくり聴頸の訓練に付き合ってから、訓練を終わりにする。これで終わりなのか、と言うティアナの顔を無視して、感覚周りのクールダウンを済ませてる。

「焦るのも分かるけど、量をこなすよりも、集中して密度をあげる方が効果が出る。それに、イベント前に体を壊してもまずい。何をするにしても、まずは目先の記念公演を無事に終わらせてから考えよう。」

「……分かりました。」

 ティアナの返事を聞くと、軽く手をあげてその場を立ち去る。彼女との間にある溝は、なかなか埋まりそうもない。いろいろな事の面倒くささに、思わずため息の漏れる優喜であった。







『プレシアさん、すずかちゃん、そっちはどないな感じ?』

「コアユニットは完成したから、後はテスト飛行ね。」

「追加パーツは鋭意製作中。多分、夏ごろには完成すると思うけど……。」

 予想以上の進捗度合いに、それはすごいと素直に感心して見せるはやて。

「とはいえ、完成させても、使うかどうかは分からないんだけどね。」

『まあ、このスペックやったら、普通はそうやろうなあ。』

「私はマッドサイエンティストなのよ? 使うかどうか分からない怪しげなギミックを無駄な高性能で組み込むのは当然じゃない。」

『自分でマッドサイエンティストとか言わんといてください……。』

 でかい胸を張って無駄にえらそうに言いきるプレシアに、思わず呆れてそう突っ込みを入れる。

『それにしても、あの予算でほんまに大丈夫やったんですか? L級言うても戦闘能力を持った次元航行船のオーバーホール費用って、指定された金額を普通に超えてるんですけど……。』

「問題ないわ。ああいうののほとんどは部品代と人件費で、原料費はそれほどでもないのよ?」

『そう言われましても……。』

「それに、最初にドッグを作ったでしょ? そっちの方で人手も費用もかからないようにあれこれやったから、そこは心配しなくて大丈夫よ。」

『あの、多くの人に何でこれが成立するのかが分からへん、と大いに頭を抱えさせた斬新なシステムのドッグですか……。』

 プレシアがあふれだすインスピレーションとほとばしる熱いパトスをぶつけた、広報六課専用の次元航行船ドッグ。管理局との共同開発と言う形で特許を取得してあるが、ぶっちゃけそうそう真似できない構造になっているのは間違いない。フェイトのおかげで向こうから戻って来てから、妙にアイデアがわくと言っていたが、やはり一度でも越えてはいけない一線を越えてしまったからだろうか。

「まあ、そんな訳だから、いろいろ期待しててちょうだい。」

『……それなりに、期待させてもらいます。』

「それで、アースラ改造の進捗を確認するためだけに通信を繋いだ訳じゃないのでしょう?」

『えっとですね。フォル君のデバイスが最近ちょっと不調で、ちょっくら確認してほしいとのことです。』

「シャーリーは?」

『濃いデバイスが多すぎて、ちょっと今、手が回ってへんみたいです。そうでなくても、アバンテのブリガンティンはメンテに手がかかるみたいやし。』

 はやての言葉に、顔を見合わせて苦笑がちに頷くプレシアとすずか。イロモノに合わせたワンオフ機は、当然どれもこれも濃い構造のイロモノデバイスになる。むしろ、スバル達のデバイスが良くあそこまで普通に仕上がったものだと、関係者一同苦笑を禁じ得なかったぐらいだ。

 二期生と三期生のデバイスは拡大縮小をはじめとした、普通戦闘用デバイスにはそれほど必要ないであろうギミックが満載で、しかもチーム全員のデバイスが合体して必殺武器になるとか、それが最低五形態あるとか、非効率なことこの上ないシステムが組み込まれたデバイスマイスター泣かせの代物ばかりだ。シャーリーは楽しんでいじっているが、それでも個々のシステムはともかく、複数のデバイスが絡む要素はデリケートなため、それほど簡単に整備が終わるものではないらしい。

「まあ、私が作ったデバイスだし、私が面倒をみるわ。改造とかは?」

『無茶をせん程度でお願いします。』

「はいはい。シグナムとヴィータのデバイスは、いじらなくてもいいの?」

『今のところは考え中やそうです。』

「シャマルのクラールヴィントは改造したのだから、前線に出る二人のものもそろそろスペックアップをしておいた方がいいとは思うのだけど?」

 プレシアの言葉に一つ頷きつつ、シグナムもヴィータも拒否を貫く、とある非常に説得力のある言葉を口にするはやて。

『私としては、せめて基本フレームの強化ぐらいはやっとくべきやと思うんですけど、レイジングハートみたいになるのは勘弁してほしい、と言うてまして。』

「私だって、見境なくジュエルシードを組み込んだりはしないわよ?」

『むしろ、その後に追加されたシステムを見て懸念してるんやないかと思われますけど……。』

「あれは、レイジングハートが自分で図面を引いて改造しろと言ってきたものよ?」

『そのレイジングハート自身が、自分で考えた以上の成果を出してくれたと喜んでたらしいやないですか。』

「同じやるなら徹底的に、よ。」

 プレシアの言葉に、ついつい力ない笑みを浮かべるはやて。自分のデバイスである夜天の書が、余計な改造の余地が無いロストロギアでよかったとしみじみ思う。さすがのプレシアも、あのクラスになると下手に手を出せないらしい。そもそも、夜天の書が闇の書になった原因が外部から余計な手出しをした事にあるのだから、いかにプレシアがマッドサイエンティストだと言っても、同じミスを起こしかねない真似はしない。

「まあ、それはともかくとして、いろいろ気になるデータがあるから、一度こっちでメンテナンスしたいの。はやてちゃん、手間をかけるけど、シグナムさんとヴィータちゃんの説得、お願いね。」

『了解や。まあ、すずかちゃんがブレーキかけてくれるんやったら、安心して預けてくれると思うで。』

「すずかがアクセルを踏まないとは、誰も言っていないのだけど?」

 せっかくまとまりかけた話を、余計な事を言って振り出しに戻すプレシア。

『そ、そうなん?』

「えっと、まあ、常識の範囲内では?」

「すずかも伊達に忍の妹じゃないわよ?」

『くっ、私の知ってるすずかちゃんはもうおらへんのか……。』

「だ、大丈夫だよ! 間違ってもハンマーなのにドリルが無限に伸びるとか、そう言う妙なギミックを組み込んだりはしないから!!」

『やっぱりすずかちゃんもそっち側かい!』

 慌てて墓穴を掘るような発言をしたすずかに、思わず全力で突っ込みを入れてしまうはやて。因みにすずかの名誉のために言っておくと、その余計なギミックを組み込みたがったのは忍で、すずかは止めに回ったのだが。

「まあ、冗談はともかくとして、現状ですでにフレームの強化は必須になってるから、一度メンテナンスついでにそこだけでも手を入れたいんだ。」

『そうやね。さすがにバルディッシュの魔力刃を使わへんフォームに、正面から打ちおうて一方的に負けるんはまずい。フォル君のブレイカーフォームで砕かれるんは、ある程度しゃあないけど。』

「昔は逆の立場だったのにね。」

『技術の進歩って言うのは、やっぱり凄いですわ。』

 はやての言葉に苦笑する二人。プレシアは進歩させた方だし、そもそも最初から結構周囲と隔絶していた。すずかの方は残念ながら、昔を知らない。ゆえにはやての言葉には共感し辛い。

『まあ、メンテナンスとフレーム強化については、間を見てそっち行くように言うと来ますわ。』

「おねがいね。」

『まかせといてください。ほな、他の仕事がたまって来たんで、今日はこの辺で。』

 そう言ってはやてが通信を切ったところで、互いに顔を見合わせるプレシアとすずか。

「さて、ああは言ったけど、グラーフアイゼンには改造が必須なのよね。」

「ですよね。問題は、それをヴィータちゃんとアイゼンが承知するかどうか……。」

「まあ、ヴィータはどうとでもできると思うわ。アイゼンは……、海鳴温泉にでも持って行って、お湯につけてあげれば言う事を聞くんじゃない?」

「温泉、気に入ってましたしね。」

 一緒に温泉に行くたびに、こっそり限定起動でお風呂に浸かっては、やたら気持ちよさそうにゆだっていたハンマーと長剣を思い出す。デバイスの癖に、いったい温泉の何をそこまで気に入ったのかは不明だが、温泉につけると妙につやつやして機嫌がよくなるのだ。

「とりあえず、せっかくだから、アイギスもちょっと手を入れましょうか。」

「確か、私達が中学にあがる前に今の構造になって、それからはちょっとしたフレームの強化とメンテナンスぐらいしかしてないんでしたっけ?」

「ええ。だから、そろそろ本格的に改造しないと、いい加減旧式の範囲に入ってるのよね。」

 最低でも十年単位でしかまともな改修が受けられない一般支給デバイスを使う局員が聞けば、その場で暴動を起こしそうな話である。そもそも、現時点でもアイギスは最高レベルの性能を誇る、ワンオフものの傑作機だ。剣のほうにはともかく、盾のほうには余計なギミックをほとんど仕込んでいないため、レイジングハートとバルディッシュを別にすれば、堅牢さと安定性では未だに他の追随を許さない高性能デバイスだが、製作者からすれば技術の進歩に取り残された、不満の残る代物らしい。

「何かアイデアが?」

「防御力はそのままフレームを強化すればすむから、むしろ攻撃力を稼ぐべきかと思っているわ。」

「そうかもしれませんね。それも、どちらかと言えば相手の攻撃を潰せるタイプの。」

「となると、突撃系の大技を使えるようにする方がいいかしら。」

 そんなことをいいながら、前にメンテしたときのデータと図面を呼び出し、あーだこーだと複数のプランを検討する。

「とりあえず、グラーフアイゼンとアイギスのプランはこんなものとして……。」

「あとはレヴァンティン?」

「ええ。……すずか。」

「何ですか?」

「斬艦刀とか百五十メートルとかいう単語に、なんとなくロマンを感じない?」

「……人間のサイズで振り回せるようにしましょうね。」

 その言葉の響きと紫電一閃で戦艦や千五百メートルクラスの古代龍を二枚におろすシーンのイメージに、一瞬かなり心を動かされそうになったすずかだが、さすがに常識とか物理法則とかそう言ったものを考えてとりあえず待ったをかける。いくらシグナムと言えど、握りの部分だけで下手をすれば自分の身長を超えかねないものを振り回すのは無理だろう。なんとなく持たせれば何とかしそうな気がしなくもないが、そんなチャレンジャーな真似はしないに越したことはない。

「まあ、とりあえずフレームをとことん強化した上で、シュランゲフォルムとは別の形で刀身を伸ばせるようにするのが妥当なところかしら?」

「そうですね。あとは、夜天の書と直接リンクできるようにした上で、よさげな魔法を探してシステム化する感じで考えましょう。」

「それぐらいが妥当か。ギミックを組み込むにしても、趣味に走っただけの使い勝手の悪いものを作っても無意味だしね。」

 と、使う本人の希望も聞かずに、勝手に改造プランを立てていく二人。記念公演前日、メンテナンスだけのはずなのに立派に魔改造された相棒に、思わず地面に手を突いてうなだれるシグナムとヴィータがいたのであった。



[18616] 第5話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:d682b918
Date: 2011/09/03 18:13
 その日、クラナガン中央公園はいつにない熱気に包まれていた。

「ステージ部分の強度は大丈夫か!?」

「強度チェック完了、問題ありません!」

「その機材はこっちです!」

「音響チェック入ります!」

 午後六時に始まる広報六課結成記念公演。チーム・ロングアーチはその準備に大わらわだ。一応ステージそのものの構築は昨日のリハーサルの時点で一度終わらせてあったのだが、微妙な演出の変更がかかったことと、もしものことを考えての構造変更を行っているのだ。

 演出の変更はともかく、リハーサルと本番でステージの構造を変えるのは当初の予定通りである。何しろ、広報六課には敵が多い。特に反夜天の書過激派の『闇の書を歴史から抹殺する会』は、それこそはやてとヴォルケンリッターを殺すために、観客だけでなく、本来無関係であるはずの公園の管理人や、ただ帰宅途中に通っただけの人間でも、自身のテロ行為に巻き込みかねない。そのリスクを少しでも減らすために、一度舞台を解体した上で、別構造で作って徹底的にチェックするしかないのだ。

 とりあえず、爆発物に関しては、優喜の使う中和術をヒントに改良したAMFにより、人間が普通に仕掛けられる程度の爆弾なら無力化できる。もっとも、比較的最近完成した技術であり、テストではともかく実際に使う場合の安定性は、まだまだ信頼できるほどのデータが揃っていない。それに最新のA2MFが外部に流出していた場合、AMFそのものに干渉されてしまうため、小規模の爆発といえども完全に無力化できるとは限らない。それに、航空機やヘリ、次元航行船などの大物を突入させられた揚句に爆発させられてしまうと、さすがに現時点でのこの技術では防ぐことはできない。落下などの爆発や魔法が絡まない運動エネルギーを消す事は出来ないし、そこまでのエネルギー量の爆発の発生を防ぐほどの出力がないからだ。

 一応、外部からの攻撃を防ぐために、夜天の書を使った大規模な結界を張る予定にはなっているが、物事に完璧はない。計画上、ナンバーズを誘導するためにあえて薄いところを作るが、そこを突破してくるのが彼女達だけとは限らない。そうしたもろもろもあって、とにかく前準備が忙しいのだ。

「いよいよやな。グリフィス君、進捗は?」

「舞台設置に関しては、今のところ大きな遅延はありません。」

「アースラのテスト飛行は?」

「今、システムの最終チェック中だそうです。」

「そっか。まあ、プレシアさんとすずかちゃんやし、そないに心配することもあらへんやろうなあ。そもそも、外部ユニットもついてない今のアースラを見て、L級次元航行船とはだれも思わへんやろうし。」

「武装が一切ない、と言う点が少々不安ではありますが。」

 グリフィスの指摘に苦笑する。今回の場合、L級次元航行船の武装で攻撃するような事態になること自体が広報六課の敗北であり、そうなると今回のプロジェクトは完全に失敗することになる。ゆえに、今現在アースラに武装が無い事は、特に心配する要素ではない。

「公園自体の警備状況は?」

「不審者を三人拘束した以外は、特段目を引くような報告はありませんね。」

「了解。もうじきなのはちゃんらもこっち来るし、お昼食べたら最終リハーサルやから、そこから先しばらくの指揮監督は任せたで。」

「了解です。それはそうと八神二佐……。」

「何?」

 何やら言いだし辛そうなグリフィスの様子に、何ぞ問題でもあったかと小首を傾げるはやて。

「あの、本当に僕もチケットのチェックをするのでしょうか?」

「言うた以上はやってもらうつもりやで?」

「……なぜ、ですか?」

「何でと言われてもなあ。おっさんどもが設定した元ネタ的に、モギリは絶対必要やねん。ほんまやったら前線に出る部隊長の男にやらせなあかんねんけど、フォル君は舞台に上がるから条件としてちょっとずれるんよ。せやから、いざっちゅう時に副官として全部の指揮を執るグリフィス君に、モギリという重要な役割を振ってん。」

「……そこからして、すでに分からないのですが……。」

「いざっちゅう時に以下略は説明の必要はないやろうし、モギリについてはそう言うもんやと思っとき。いわば伝統みたいなもんやし。」

 第九十七管理外世界には、そう言う妙な伝統があるのだろうか。あまりにもはやての言葉が腑に落ちず、だが問い詰める度胸がある訳でもなく、チケットにはさみを入れる必要があるのはVIP席とSS席の人たちだけだと言うこともあって、とりあえず余計な突っ込みをせずに指示に従う事にするグリフィス。こうして、少しずつ日本に対する妙な誤解が広がっていくのだが、もともと突き詰めれば日本のゲームが原因である。この場合は、自滅というのが正しいのかもしれない。

「ほんならまあ、ちょっと打ち合わせしてくるわ。」

「分かりました。」

 出すべき指示をすべて出し終えたはやてを見送り、後を引き継ぐグリフィス。広報六課全体の初陣は、刻一刻と迫っていた。







「なんだあの人数は……。」

「あんなに一杯の人の前でこの格好晒すのかよ……。」

 開場五分前。黒山の人だかりとなった公園を控室の窓から覗いて、あまりの数に恐れおののくシグナムとヴィータ。

「剣の騎士ともあろう者が情けない話だが……。」

「……なんだよ?」

「この場にこの格好でいるだけで、どんどんSAN値が削られて行くような気がする……。」

「安心しろ。誰も情けねーとか思わねーよ……。」

 烈火の将・シグナムの意外な言葉に、深く同意するヴィータ。普段なら散々からかい倒すであろうヴィータだが、今回に限っては同じ穴のむじなだ。シグナムにぶつける言葉は、そのままブーメランとなってこちらに帰ってくる。

「それに、まだSAN値が削られて行くような気がする、とか言ってられるあたし達はましだぞ。あれ見てみろよ……。」

 そう言って指をさした先には、リインハウスと書かれた段ボールの家が。隙間から舞台衣装のドレスのすそがはみ出ている。

「……窓に……、……窓に……。」

「リインフォース……。」

 元ネタ通りであれば、明らかに正気を失いかけている台詞を吐いて部屋の隅でガタガタ震えているリインフォースに、思わずかける言葉を見つけられないシグナム。どうやら窓の外を見た時、開場待ちの人と目があったらしい。戦闘以外の状況では気の弱いリインフォースは、その緊張感に耐えられなかったようだ。

 因みにここまで台詞が一つもないシャマルは、テーブルの位置から見えた窓の外の光景に、目をあけたまま気絶している。平常運転なのは、心身ともに子供で、立場が完全にマスコットであるフィーぐらいなものであろう。そのフィーはエリオ達のところで、フリードと遊んでいる。

「そーいや、フォルクはどうなんだろうな?」

「あっちのチームは舞台慣れしているアバンテがいるから、こちらよりはマシなのではないか?」

「あ~、それもそっか。それに、ユーキがこれぐらいのことで取り乱す訳もねーしな。」

「そう言うことだ。」

 そもそも、フォルクも地味に人前に出ることには慣れている。歌って踊るのはこれが初めてではあるが、ぶっちゃけ彼らは、単に格好良く踊れていれば、少々歌が下手でも問題ない立場だ。オペラ系の歌を披露させられるシグナム達四人と比べれば、はるかに条件がいい。因みに、ザフィーラは基本的にアルフと同じく使い魔であるため、芸能活動は免除されている。そのために他のヴォルケンリッターから恨みがましい目で見られているのだが、晒し者になるよりましだと、本人は意にも介していない。

「しっかし、ちょっと残念だな。」

「何がだ?」

「リュージの奴がまだこっちに来てねーってのが。いたらいろんな意味で面白かっただろうにな。」

 ヴィータの台詞に、言わんとすることを察して苦笑するシグナム。確かに竜司が舞台の上に立つ、というのは何かと面白そうな事ではある。個人的な要望としては、出落ち的にしょっぱなに出番があって欲しいところだが、そもそも育成期間やら何やらの都合上、どうせこちらに居たところで芸能活動には使われまい。せいぜいいざという時の予備兵力として、優喜ともども空き時間に顔を出す程度の立場に落ち着くだろう。

 竜司については、残念ながら仕事の都合がつくのが六月末になりそうだとのことで、まだこちらには来ていない。妹の綾乃についても、折角受かった大学を中退するのはもったいない、ということで保留中である。

「自分ら、意外と余裕やな。」

「主はやて?」

「いつの間に……。」

「今さっきや。シグナムもヴィータもこの状況で無駄口叩ける当り、さすがに歴戦のつわものやな。」

 はやてのからかうようなセリフに、慌てて首を横に振る二人。正直に言おう。決して余裕などない。

「いやいやいやいや!」

「無駄口でも叩いてねーと、正直自分を見失いそーなんだよ!」

「少なくとも、あれよりは余裕やん。」

 そう言って指差した先には、段ボールにもぐりこんで「窓に窓に」と呟いているリインフォース。誰がどう見てもやばい。

「なんかやばい事になってるみたいやけど、窓に名状しがたいものでもおったん?」

「いや、どーにも窓から外を見た時に、誰かと目があったらしいんだ。」

「それであの状態か。前々から人見知りが激しかったんは確かやけど、何ぼ何でも豆腐メンタルすぎひん?」

「我々に言われても困ります……。」

「まあ、そうやねんけどな。」

 ため息交じりに、どうやって逝っちゃってるリインとシャマルをこちら側に引きずり戻そうかと算段を立てつつ、他のメンバーの状況を口にする。

「正直、シグナムとヴィータだけでも正気でよかった感じやで。スバルらも三期生も、いきなりの大舞台に完全にテンパって落ち着きが無くなっとるし。」

「三期生も、ですか?」

「うん。まあ、先にデビューして怖さをしっとるから、却ってあかんかった見たいやねん。どっちかっちゅうとむしろ、キャロのほうが平気そうやったで。」

「あいつ、何気に怖いもん知らずだからなあ……。」

 キャロの幼さゆえのタフさに、思わずため息をついてしまう。エリオではなくキャロの方が好奇心旺盛で怖いもの知らずだ、という事は意外ではあるが、むしろエリオのそういう繊細な部分がロングアーチのお姉さま方には好評なのだから、世の中一筋縄ではいかない。

「とりあえず、そろそろ準備に入った方がええから、とっととアースラに移動し。」

「分かりました……。」

「おら、シャマル、リイン! 諦めてとっとと死刑台に上がるぞ!」

「ま、まって! まだ心の準備が!」

「……窓に……、……窓に……。」

 勇猛果敢の代名詞でもあったヴォルケンリッターの意外な弱点。それに思わず頭を抱えるはやて。どうにもこうにも、今後の先行きが不安な広報六課であった。







「八神二佐の前口上の最中に合図があるから、それが出たら出発、バリアジャケットは各自でタイミングを見て展開。展開のタイミングは着地直前。普段のやつじゃなくて舞台衣装の方だから、間違えないように注意してね。」

「舞台全体にフローターフィールドがかかってるから、飛べない子でも安心して飛び降りてね。」

 開演十五分前のアースラ。全員揃ったところで、最後の注意を行うなのはとフェイト。冒頭の演出に変更がかかったため、もう一度ミーティングを行っていたのだ。

「この高さから魔法なしで飛び降りて、着地地点の制御は大丈夫なんですか?」

 ステルスモードで隠れながら、なかなかの高さでスタンバイしているアースラ。その高度から着地地点を見下ろしてカリーナが質問する。彼女自身は飛行能力があるので、最悪逸れても自力で修正して舞台に降りられるが、広報部の半分は飛行的性が低いか全くない。普通に風に流されて、妙なところに落ちてもおかしくないのだ。

「それは大丈夫。アースラから制御するから。みんなは打ち合わせのタイミングでジャケットを展開することだけに集中して。」

「着地の時はちょっとだけ注意してね。あまり姿勢が崩れると、うまく着地できなくて恥ずかしい事になるから。」

 なのはとフェイトの言葉に、緊張の面持ちで頷く一同。

「はい、みんなスマイルスマイル。」

「緊張するのは分かるけど、これから来てくれた人を楽しませなきゃいけないんだから、かたい表情は駄目だよ。」

 トップアイドル二人に窘められ、無理やりにでも表情を柔らかくするよう努力する新人たち。それを横目で見ながら、少しでも場を和ませようとネタを振る事にするフォルク。

「二人ともえらく機嫌がいいが、そんなにこの公演が楽しみだったのか?」

「「うん。」」

「このぐらいの規模のコンサートなんて、慣れてるだろうに……。」

 実に上機嫌に返事を返してくるなのはとフェイトに、微妙に呆れをにじませて突っ込むフォルク。

「だって、優喜君と一緒にこういうステージに立つのは初めてだし。」

「一生そういう機会はないかなってあきらめてたから、凄くうれしいんだ。」

「……はいはい、ご馳走さま。」

 開演前だと言うのに惚気に入るなのはとフェイトに、思わず乾いた口調で突っ込みを入れるフォルク。外部にこそ漏れてはいないが、広報六課では優喜となのは、フェイト、すずか、紫苑の四人の関係は公然の秘密である。一応一定ラインの注意は払っているものの、別段積極的に隠している訳ではない上、付き合いの長い人間は長期にわたる片思いの事も知っている。とりあえず性教育が必要になるような行為に及んでいる訳ではないため、少々駄々漏れでも深くは突っ込まないのが、現在の六課での暗黙の了解である。

「しかし、優喜がこんな企画に協力するとは思わなかったぞ。」

「毒食らわば皿まで、というところかな。どうせ有事の際には、ブレイブソウルに痛いジャケットの装着を強要される訳だし。」

「友よ。今回のステージ衣装も、大差ないと思うのは気のせいか?」

「ステージ衣装は痛くて何ぼ、ってところもあるからね。普段からあれなら本気でただの痛い人だけど、芸事に関しては少々世間からずれてるぐらいがちょうどいい。」

 優喜の言葉に、妙に納得してしまう一同。実際、こういうステージであまり普段着すぎる衣装というのも、見てる方からすれば興ざめだ。どこから突っ込んでいいか悩むほどけばけばしくオプションが付いた服でも、大規模なレビューの最後に出てくるなら、むしろある種のカリスマに直結する。

「むしろ僕としては、こんな素人が混ざって見苦しくないか、って方が気になってるけど。」

「「「「それだけはありえない!」」」」

 リハーサルを見た女性陣が、口をそろえて言い切る。なお、企画をしたはやての評価は

「聞いてるだけで孕みそうや。」

 である。治療の成果が出てか、長い事一般人以上ヴォーカロイド未満だの、テクニックは完璧だが心に響かないだのと言われ続けた優喜の歌が、恐ろし色気を発揮し始めたのが大きい。いまだに顔も声もどっちの性別でも通じると言うのに、このステージ中はまごうことなく男だったのだ。

「さて、そろそろだな。」

「……覚悟を決めっか……。」

「……リインフォース、そろそろ腹をくくれ。」

「……人の頭が平原のように……。」

「言うな、リイン……。」

 いまだに往生際の悪い話をしているヴォルケンリッターに、思わず苦笑が漏れる優喜とフォルク。この分では、チケットの販売総数が十万を平気で超えたとか、そういう下手な事は言えない。

「はいはい、時間だから行くよ。」

 飛び降りる順番が回ってきた事を告げ、容赦なくとっとと叩き落とす優喜。相手が全員、飛行魔法が使えるからこその暴挙だ。こうして、広報六課最初のイベントは、その幕を切って落としたのであった。







「いよいよだな。」

「クアットロ、進路とステルスは大丈夫なのか?」

「もちろんよぉ。そう簡単に見つかるほど、シルバーカーテンのレベルは低くないわ。」

「だといいんだけど。」

 やたらと自信満々のクアットロに、思わず突っ込みを入れるセイン。その様子に苦笑を禁じ得ないトーレとチンク。見つかる見つからない以前に、どこからどう侵入する、という事まで全て事前に相手と打ち合わせが済んでおり、こちらの行動など最初から筒抜けなのだが、それを知っているのは、この場のメンバーではトーレとチンクだけである。

「そう言えば、新米の三人は、結局出さなかったんッスか。」

「さすがに、まだいろんな意味で仕上がっていないからな。姉としては、あのレベルでこの場に引っ張り出すのは忍びない。」

「それにセッテは、こちらの活動に意味を見出していない。あれは、戦闘機人としては、ある意味一番完成された人格をしているからな。歌って踊るなど、あれにとっては時間と能力の無駄にしか見えんだろうよ。」

「折角人格と考える頭をもらってるんだから、戦う事以外にも興味を持って欲しいんだけどね……。」

 最近稼働したばかりの末っ子組、その中でも一番の問題児について、ため息交じりで語り合うクアットロを除く年長組。残りの二人、オットーとディードは単純に稼働時間の短さによる経験不足から、いまいち自我が薄いだけなのだが、セッテはそれなりに強い自我を持っているにもかかわらず、戦闘以外の事に一切興味を示さない。

「戦闘機人なんだから、戦うこと以外に興味が無くてもいいんじゃないのぉ?」

「それならガジェットで十分だろう。最新のガジェットドールは、基礎戦闘能力と判断力は我々に匹敵しかねない水準になっているからな。」

「戦って負けるつもりはないけど、目先の戦況を判断して取れる最善手を取る、ってだけだったら、自身の損傷も窮地の味方機も気にしないガジェットの方が有利だもんね。」

「そういうことだ。」

 戦闘のみに特化するのであれば、最初から人格も自我も必要ない。目先の状況を判断する能力と、命令を理解するだけの知能があれば十分なのだ。そこを理解する気のないセッテでは、多分どれほど高い能力を与えられても、なのは達には敵わないだろう。彼女達の強さは、何も基礎スペックの高さだけにある訳ではない。意志の強さと魔導師として以外の自分を持っている事による余裕、そしていくつもの修羅場を乗り越えてきた経験が、スペック以上の実力を叩きだしている。今のセッテでは、多分どれひとつとして得られない。

「まあ、あれの事については、今回の件が終わってから考えよう。クアットロ、周囲の状況は?」

「今のところ、これと言って問題は無し。後は突入タイミングだけど……。」

「どうやら、向こうは一曲目が始まったところみたいだから、それが終わってからだな。」

「無粋にならないタイミングと言えば、それしかないわねえ。」

 チンクの提案に、音楽を拾いながら答えるクアットロ。この時、怪しい人影が公園の外で様子をうかがっていた事を、ナンバーズ陣営は見つける事が出来なかった。







(なのは、フェイト、はやて。)

 全員で歌う一曲目。その最初のAメロが終わったあたりで、優喜が部隊の最高責任者三人に声をかける。

(どないしたん、優喜君?)

(どうやら、お客さんらしい。)

(ほほう? この会場の探知機は何も拾うてへんけど、ナンバーズ?)

(一組は多分そうだと思う。当初の計画通りの挙動だからね。)

 一組は、という言葉に眉をひそめる。何にせよまずは状況チェックだ。上空で待機しているアースラに連絡を取り、向こうの探知機で照合する。因みに、なのはとフェイトもちゃんと話を聞いているが、現在なのはのソロパートで、そのままフェイトのソロにつながるため、細かい事ははやてに任せて口を閉ざしている。こういう状況になれているとはいえ、歌をトチったら後が面倒だ。

(……ナンバーズらしき一団は発見してるけど、他におるん?)

(公園の外にね。多分、その前提で探さないと、見つからないんじゃないかと思うよ。)

(了解。ちょっと調べてもらうわ。)

(ん。大体の位置をブレイブソウルに転送させたから、参考にして。)

 例によって例の如く、優喜の正体不明の探知能力であっさりと隠れている不審者をあぶり出す。彼らとて、さすがに公園の外に居るというのに、ステージで踊っている人間に位置を特定されるとは思わないだろう。

(……おった。こいつらか。)

(何をしでかしてくるかまでは分からないから、そっちで警戒お願い。)

(わかっとる。なのはちゃん、フェイトちゃん、もしもの事があるから、お客さんに分からへん程度に警戒しといて。)

((了解!))

 間奏に入ったタイミングでのはやての指示に力強く返事を返し、フォルク、アバンテ、カリーナの三人には声をかけておく。それ以外のメンバーは目先の事に一杯一杯で、声をかけるのがためらわれるのだ。

 そのまま、特に何事もなくラストのパートまで歌が続く。前奏に合わせて次元航行船が現れ、そこから次々と飛び降りてくる、という演出に度肝を抜かれた観客は、そのまま二十人を超える人数の見事なダンスとハイレベルな歌に飲まれている。十万を超える観客達は、早くも熱狂の渦に飲み込まれつつあった。

「広報六課のテーマソング『あなたへの歌』、結成記念公演スペシャルバージョンでした。」

「いかがでしたか?」

 地響きのような拍手と歓声が、ステージ全体を包む。上はプレシアの実年齢を超える婦人から、下はまだ初等教育に達していないであろう子供まで、幅広い年齢層の観客が楽しそうにステージを見上げている様は、表現者としては何とも言えず幸せな光景である。

 スペシャルバージョンと銘打っただけあって、参加している十組全グループにパートを割り当てたノーマルより五割近く長い曲になっているのだが、観客の皆様は終わるまでの間ずっと、最後まで楽しそうに聞いてくれていた。長い曲の場合、飽きさせない、さめさせないと言うのがなによりも難しいのだが、今回はどうやら、そのハードルを越える事が出来たようだ。

「ついに始まりました結成記念公演。」

「デビュー当初は、こんなに長く今の部署で今のお仕事を続けるとは思わなかったよね。」

「うん。三年もしたら飽きられて、引退してどこかの部署で普通の局員をしてると思ってた。」

 しみじみと語るなのはとフェイトに、客席から声援が飛ぶ。

「デビューしてから今年で九年目。広報部の芸能人も、ずいぶんと人数が増えました。」

「今日デビューする子たちも居るので、私たちともども末永く可愛がってあげてください。」

 そう言って、頭を下げたところで優喜から全体に念話が飛んでくる。

(そろそろ来るよ。気配から言って多分、ナンバーズ。)

(みんな、いつでも戦闘態勢に入れるように警戒。ただしあの子たちがお客さまに危害を加えない限り、反撃は禁止ね。)

 なのはの指示に、全員から了解の念話が届く。それを受けながら今日この場に居るグループを紹介し始めたところで、唐突に照明が落ちる。

「このコンサートは、我らナンバーズが乗っ取らせていただく!」

 暗闇の中、トーレの声が響き渡り、同時に照明が復旧する。明かりが会場を再び照らすと、客席の上空に浮遊ステージが。それに気がついた観客が、大きな歓声を上げる。

「管理局広報部、あなた達の狼藉もここまでッス!」

「これからは、我らナンバーズの時代だ!」

 やけにのりのりなウェンディに呆れつつ、棒読みにならないように注意しながら予定通りの台詞を継ぐチンク。そんな流れをぶった切って、微妙な空気を纏ったなのはがチンクに質問をぶつける。

「……ねえ、チンク。」

「……なんだ?」

「眼帯してるけど、目をどうかしちゃったの?」

「……単なるファッションだ。ついでに言うと、私の趣味でもない。」

「誰の企画は知らないけど、ゴスロリに眼帯ってすごいファッションだね……。」

 何とも言えないセンスに、微妙にコメントに困っている様子のフェイト。秒殺で対決の雰囲気が消えさる。

「という訳で、特別ゲストのナンバーズです。」

「実はノーギャラ。」

「敵から施してもらうつもりはありませんわ!」

 カリーナの余計なひと言に、思わず激しく反発するクアットロ。完全に六課側のペースに巻き込まれている。いくら六課側が最初から乱入される予定で段取りを組んでいた事を知らないとは言っても、あまりにも他愛無い。

「それじゃあ、せっかくなので次の曲はそっちの皆に歌ってもらおうかな?」

「えっ!?」

「というか、我々は一応犯罪者だと思うのだが……?」

「現在、証拠不十分で逮捕する口実が無いんだよ。」

「それとも、罰金刑で捕まってみる? その分予算が減って、ご飯にしわ寄せが来るんじゃないか、って思うんだけど。」

 その台詞に、ナンバーズの視線がセインとディエチに集中する。いろいろな理由でたびたび市街地に買い出しに送り出されていた二人は、それなり以上の頻度でなのは達と遭遇しており、すっかり二人に餌付けされている。一応内情を漏らさないように注意はしているようだが、それでも食事事情ぐらいは筒抜けだ。

「セイン、ディエチ、お前達なあ……。」

「だって、クアットロやウェンディがまともに料理しないのは事実じゃない!」

「というか、あたしかディエチかチンク姉が食事当番のときじゃなきゃ、まともなご飯が食べられない事について、セインさんはとっても不満だ!」

 いきなり情けない理由で内輪もめを始めるナンバーズ。これまで秘密のベールに包まれていた彼女達の日常背景、その中でも一番恥ずかしい事情が表沙汰になった瞬間であった。

「トーレ姉、ストイックなのはいいけど、せめて人として食べられるものを作れるように特訓すべきだ!」

「そーだそーだ!」

「ウェンディ、お前も人の事言えないだろうが!」

「ノーヴェに言われたくないっす!」

「あたしはさすがに、卵焼きを爆発させたりはしない!」

「あたしだってクア姉みたいに、卵焼きと称して油もひいてないフライパンに殻のまま卵を割らずに投入するような真似はしないッス!」

 どんどん低レベルというか大惨事じみた話を暴露し始めるナンバーズに、会場は爆笑の渦に包まれる。そんな様子を生温い目で見守っていたなのはが、苦笑しながら釘をさす。

「みんながあんまりお料理得意じゃないのは分かったから、そろそろ歌に入ってもらっていいかな?」

「……済まない、見苦しいところを見せた……。」

「私達も、子供のころはあんまり得意だった訳じゃないから。」

 上から目線とまでは言わないが、一流と言っていい力量を持っている人間の余裕のようなものを見せつけられ、どうにも戦う前から負けた気がしてならないトーレ。そのトーレの様子をさすがに哀れに思ったセイン達できる組は、いい加減つつくのをやめる事にする。

「申し訳ないけど、こっちの舞台に降りて来てくれるかな? そこだと見えないお客さんがいるし。」

「……分かった。」

「じゃ、ディエチ。曲の紹介お願い。」

「え? あたし?」

 などと、紆余曲折を経て、ようやくナンバーズ乱入後の一曲目に入ろうとしたところで、会場全体に地響きが響き渡った。

「何?」

「もう一組のお客さん、かな?」

「ちょっと待っててね、駆除してくるから。」

 状況を確認しながら、特に気追うことなく言い切ったなのはとフェイトを探るような目で見た後、トーレが口を開く。

「こちらを疑わないのか?」

「やり口が違うから、ね。ジェイル・スカリエッティは愉快犯だから、実験でもないのにこういう形で余計な被害を出すような真似はしないよ。それとも、本当に一枚かんでるの?」

 フェイトの言葉に、苦笑しながら首を左右に振る。確かにナンバーズの父親であるジェイル・スカリエッティは広域指定犯罪者になるにふさわしい悪行を積み重ねてきたが、そのほとんどは非道な人体実験と、その結果としての大量虐殺だ。人の命を何とも思っていないのは確かだが、特に研究に影響もない被害を出すほど血に飢えている訳でもなければ、そこまでして始末したいほどに組んでいる相手も今は居ない。

 人体実験のために多数の人間を拉致してきたのも事実だが、そのほとんどが紛争地帯で身寄りを亡くした、社会的にも精神的にも生きているとも死んでいるとも言えない人間ばかりだ。身元がはっきりしている人間をさらうようなリスキーな真似をするほど、スカリエッティはおろかではない。

 研究成果の確認のためにこういった襲撃事件を起こすにしても、やるとすれば適当な過激派武装組織に確認したい成果物を買い取らせた上で、適当に煽って自治組織や管理局、聖王教会の支部などに喧嘩を売らせることがほとんどである。今回みたいにわざと一般人に被害が出る形で行動を起こさせるのは、データを取る上で余計なノイズが混ざる、という理由で彼のやり口ではない。

 少なくとも、管理局サイドもその程度には、スカリエッティの事を理解しているのだ。

「そうだな。我々も手を貸そう。」

「いいの?」

「うん。折角これからって時に水を差されるのは、非常に腹が立つから。」

 ディエチの言葉に微笑み、ありがとうと告げるなのは。それに対して反応したのは、何とクアットロだった。

「勘違いしないでくださいな。こんな無秩序で美しくない襲撃を放置して、万一私たちにとっての金づるが減ってしまっては、後のちの計画に支障が出ますもの。それに、コンサートが中止になってしまえば、私たちが乗っ取ることもできなくなるじゃない。」

 厭味ったらしいクアットロの言葉に、思わず生温い目を向けてしまうそれ以外の全員。人間というものに対して価値を認めていない彼女の事だ。言うまでもなくこの言葉は百パーセント本気で言った、まごう事なき本音の言葉である。だが、それを聞いた会場の反応は

『ツンデレ頂きました。』

 である。客席から放たれたこの言葉に、実に不愉快そうな表情を浮かべるクアットロだが、それ以上決定的な言葉を言い放つ前に事態が動く。

「また、なんだか大層なものが出てきた。」

「え?」

「……なにあれ……。」

 優喜の指摘に視線を向けると、そこには全長十メートルちょっとの巨大なドラム缶が。よく見ると手足が生えており、右手はマジックハンドに、左手はドリルになっている。てっぺんから五分の一ぐらいのところに溝があり、赤い光点が一つ、溝にそって左右に動いている。

「……ジェイル・スカリエッティはあんな物も作ってるの?」

「さすがに、もう少しセンスはあるはずだが……。」

 あまりにもあまりな代物に対して、生みの親の名誉のために一応否定しておくチンク。初期型のガジェットの微妙にダサいデザインを思い出したか、否定の言葉に力が入っていないのは御愛嬌だろう。

「とりあえず、あのでかいのは僕が相手をするよ。どうにもジュエルシードの時と同じで、妙な機能が付いてる気配が濃厚だし、この状況で魔法反射でもされたら大惨事だ。」

「了解。ムーンライトとヴォルケンリッターは待機、それ以外のメンバーで細かいのを分散して叩くよ。ナンバーズのみんなも協力してね。」

「分かっている。どこを叩けばいい?」

『今からそっちに分布データ送るから、それ見て叩いてくれたらええわ。』

 はやての言葉と同時に、会場に居るメンバー全員にデータが転送される。それを見て、素早くトーレが判断を下す。

「比較的大型が密集している南東を叩く。行くぞ!」

 飛び出していくトーレの後に続くナンバーズを見送りながら、フォルクが呆れたようにつぶやく。

「二番目に目立つところを持って行くあたり、相当張り切ってんなあ。」

「くだらない事で感心してねーで、お前もとっとと動け!」

「分かってるって。俺は火力型が多い北東を担当する。アバンテ、そっちは新米どもを連れて南西を頼む。俺だとちっと火力が足りないから、終わったら援護よろしく。」

「了解!」

 さっさと割り当てを決めて同じように飛び出していくチーム・ウィンド。それを見送ってからスターズとライトニングに向き直るなのはとフェイト。

「じゃあ、私達は北西を叩こう。」

「私は上空の連中を殲滅するから、フェイトちゃんはみんなの面倒を見ながら地上をお願い。私が戻ってきたら、今回の件の黒幕を捕まえにいって。」

「分かった。スターズ、ライトニング、状況開始!」

 割り当てを決めて、戦闘用のバリアジャケットに切り替えながら飛び出していく残りの二チーム。六課全体の初ステージは、予想通り招かれざる客の対応に追われる羽目になったのであった。







(くっ! AMFが重い!)

 戦闘開始直後にティアナが感じたのは、今までにないほどの魔法発動の重さだった。こちらのAMFが無効化されていない代わりに、クロスミラージュに搭載されたA2MFでは相手のAMFをキャンセルしきれないようだ。しかも厄介な事に、AMF自体の効果範囲が今までのガジェットのそれとは比較にならない。

「ティア、大丈夫!?」

「どうにか発動は効くけど、少し厄介ね……。」

 そうぼやきながら、魔力弾の外周をさらに魔力でコーティングする。ヴァリアブルバレットやヴァリアブルシュートと呼ばれるその魔力弾は、A2MFやA4MFでAMFをキャンセルしきれなかった時のために、対抗手段の一つとして編み出された物だ。本命の破壊力の高い魔力弾を、入れ子式に結合強度にのみ特化した外殻で囲うことで、AMFの干渉から魔力弾本体を守って相手に直撃させるという、出力の足りない魔導師がテクニックで相手を制するためのやり方である。

 無論、なのはもやろうと思えばできるのだが、それで対応するぐらいなら、最初からAMFの原理では干渉不可能な気功弾や気功砲に特性を変化させてぶっ放した方が早い。もっとも、難易度としてはヴァリアブルシュートよりも魔法の気功変換の方がはるかに上、というよりそれができるほど気功の腕を磨くこと自体が難しいため、一般人の参考には一切ならない。そもそも、技量が足りなければ初期のレイジングハートが大破するほど負荷がかかるやり方なのだから、選択肢に入れる種類のものではない。

 ティアナが撃ち出したヴァリアブルシュートは、コアを貫きはしたものの、完全に戦闘不能にするにはやや威力不足だったようだ。もしかしたら、本体に届く前に外殻を食いつぶされたのかもしれない。それを見たエリオが、別の二体を串刺しにしたまま穂先を撃ち出し、ティアナが仕留めそこなった相手に止めを刺す。

「ティアナ、今回は撃破に関しては無理しなくていいから、エリオ達三人をどう動かせば効率よく制圧できるかを重視して。」

 バルディッシュの新フォーム・アックスフォームでガジェットドールを薙ぎ払いながら、そんな風に指示を出すフェイト。因みにアックスフォームはアサルトフォームを置き換えたもので、形としては両刃の巨大な斧刃を持つポールアックスである。思想としては魔力刃を使えない状況で多数の重装甲の相手を粉砕する事を目指した、薙ぎ払いに重点を置いた物理攻撃形態だ。強度だけでレヴァンティンを正面から粉砕するフォームとは、これの事である。

「キャロ! スバルに攻撃力増強を! スバル! 正面から大型が来るから止めて見せなさい! 何なら仕留めてもいいから! エリオは取り巻きを排除の後、スバルが止めてる大型を撃破!」

「「「了解!!」」」

 ティアナの指示を聞き、一糸乱れぬコンビネーションで動く。キャロからのブーストを受けたスバルが、正面に頑丈なシールド魔法を発動させながら、マッハキャリバーの最高速度で突っ込んで行く。その勢いに弾き飛ばされたガジェットドール二体を粉砕し、スバルに追いすがるエリオ。そこにキャロが物理的な鎖を召喚し、大型を絡め取って動きを制限する。

 両腕のリボルバーナックルを回転させ、目にもとまらぬラッシュで大型のガジェットドローンを削っていくスバル。だがAMFの影響も大きく、何より装甲の分厚さと躯体の頑丈さに阻まれて、フェイトがやるように鮮やかには仕留められない。

「はあ!!」

 スバルのラッシュで装甲を削り取られ、露出したコアをエリオが貫く。相手を蹴り飛ばして槍を抜くと、ついに目の前の大型が動きを止めた。

「ティア、次は!?」

 指示を要求するスバルに答えず、二発の多重外殻弾を撃ち出すティアナ。直後に爆発。どうやら、エリオが排除したはずの取り巻きが、ちゃんと仕留めきれていなかったらしい。

「す、すみません!」

「大型を仕留める邪魔をさせない、って目的は果たしてるから気にしないの! 次は一時の方向! キャロ! ちょっと数が多いから、フリードで焼き払って!」

「はい!」

 AMFの重さゆえ、どうにもパンチ力が足りない。厄介な状況に歯噛みしながらも、フェイトが練習用に回してくれる適度な数のガジェットを仕留めて回る。合間に息を整えながら他のポイントの状況を確認すると、三期生のいるあたりはアバンテが似たようなやり方で後輩達の面倒を見ていた。頭数もAMF環境下での戦闘能力もこちらとは段違いであるため、そろそろ駆逐が完了しそうだ。

 単独で足止めに回っているフォルクは、というと、火力不足だとうそぶきながらも、これまたティアナ達四人がやるより早く敵の数を減らしている。基本的に相手の火力を逆手に取る形ではあるが、その挙動には随分余裕が感じられる。正直、他からの援護が必要だとは思えない。

 ナンバーズは、実戦経験からして三期生やティアナ達とは段違いだ。機械を埋め込まれた肉体ゆえのパワーと、姉妹である事を生かしたコンビネーション、そして何より戦闘機人の売りであるISにより、危なげなく大型ガジェットを粉砕して回っている。

 上空に関しては、そもそもかけらも心配する必要はない。桃色の砲撃が空間を薙ぎ払い、撃ち漏らしをこれまた桃色の弾幕が完全に粉砕する。仮にシューティングゲームだった場合、あれを突破しろとか言うのはバランス調整を一切していないとしか思えない光景だ。

 つまるところ、この戦場で最も弱いチームは自分達であり、最も弱い駒はティアナ・ランスターに他ならない。分かっていた事とはいえ、実戦の場でここまではっきりつきつけられると、ショックも大きい。せめて、少しでも足を引っ張らないようにと頑張ってはいるが、中々うまくは行かない。

「九時の方向に────!」

 新たなガジェットを殲滅するための指示を出そうとした直後に、大きな地響きが響き渡る。とっさに目の前の相手を牽制しつつ状況を確認しようとすると、そこに優喜からの通信が。

『レトロタイプを仕留めた。原形を残すように仕留めたんだけど、中和術が間に合わなくて自爆を防げなかった。申し訳ない。』

『それはしょうがないよ。』

『だが、お前が相手したにしては、時間がかかったな。』

『限界まで目一杯データを取ってたからね。今からブレイブソウルがまとめた奴をみんなに送るから、これから出てくる奴の参考にして。』

 十メートルを超えるサイズの戦闘機械を相手に、目一杯データを引っ張り出した上で、周囲に被害を出さないようにして五分程度で仕留める。口で言うのは簡単だが、余程隔絶した実力が無ければ実行は難しい。研修中に隊長陣が漏らした、正面からの一対一で、竜岡優喜に敵う人間は六課にはいない、という言葉の意味を嫌でも理解してしまう。

 どうにか驚愕を押さえつつ、目の前のガジェットの集団を殲滅したところで、反射的に明後日の方向にヴァリアブルシュートを撃ち出す。何かとぶつかり、爆発。

「ティア、どうしたの!?」

「分からない! でも、何かいる!!」

 爆風が晴れた先には、召喚魔法陣から出てきたばかりのレトロタイプがいた。大きさは五メートルにやや届かない程度。大型ガジェットよりは大きいが、先ほど優喜が始末した奴よりは小さい。先ほどティアナが迎撃したのは、こいつの実弾砲らしい。何故来るのが分かったのかと言われても、なんとなくそんな気がした、としか言えないのが辛いところだ。

「ティアナ、気をつけて! そいつは低威力の射撃魔法を反射してくる可能性がある!」

「分かりました!」

 フェイトの呼びかけに答え、頭の中で戦術を組み立てる。低威力の射撃魔法を反射する、という事は、現段階でのティアナの攻撃は、無意味ということだ。となると、攻撃の主軸はスバルとエリオ、場合によってはキャロにも前に出てもらい、発勁で内部にダメージを通してもらう事になるかもしれない。

 そこまで考えて、手の中にあるクロスミラージュに視線を落とす。ゴーレムぐらいなら粉砕できるだけの強度がある、という言葉が真実であれば、あのドラム缶の外殻を物理的な打撃で貫通出来るかもしれない。そして内側なら、魔法反射が起こらない可能性もある。近接攻撃の威力増幅はあまり練習していないカテゴリーだが、試してみる価値はあるだろう。

「スバル、エリオ! 基本的には今まで通りでいけるわ! キャロは二人の能力を増幅後、死角から打撃! あのカメラアイからのレーザーと、頭頂部に仕込まれた大砲に注意して!」

「「「了解!」」」

 三人に指示を出し終えると、フェイクシルエットとオプティカルハイドを同時起動する。六課に来る前は一瞬で同時起動というのはなかなかハードルが高い真似だったのだが、基礎体力がついた事による集中力の向上ゆえか、気功による魔力量の増加が効いてか、今ではそれほど難しい作業ではない。

 スバルのパンチがドラム缶の外殻をへこませ、できた継ぎ目の隙間をエリオがストラーダで抉って広げる。スバルに肉薄したドリルの一撃を、フリードが細いアーム部分に噛みつく事で防ぐ。成竜の体重による一撃で姿勢を崩したところを、キャロが呼び出した鎖が絡め取って動きを封じ込める。

 レーザーで鎖を切断している間に、いつの間にか死角にもぐりこんだキャロが、内部浸透系の打撃をこれでもかというぐらい連打する。魔法でいろいろ増幅してはいるようだが、所詮は十歳児の打撃だ。ノーダメージではないものの、戦闘に支障が出るほどの威力はないらしい。

 そう、威力不足なのだ。このサイズの相手を近接攻撃で簡単に仕留めるには、スバルやエリオでも足りない。最低ラインでカリーナ程度の攻撃力がないと、一体仕留める前に息切れしてしまう。実際、三期生も攻撃力が足りずにてこずっているようだし、ナンバーズも楽勝とまではいかない。比較的余裕で仕留めているのは、盾をぶん投げて質量で押し切ったフォルクぐらいだが、ぶっちゃけ近接攻撃の火力はフォルクの方がカリーナより強いのだから、当然と言えば当然の結果である。比較的、なのは他のガジェットの相手をしながらだったからにすぎない。

 最初からこいつが出てきていれば、スバル達でも大して問題なく仕留められただろうが、残念ながらやや格上といえる相手との十分近くの戦闘で、新米チームは少なからず疲弊している。体力はまだまだ余裕だが、魔力とカートリッジの消耗が痛い。そして、新米チームで一番重い一撃を放てるのはティアナだが、下手にぶっ放して反射されては目も当てられない。

 なので、一か八かの賭けになるが、本気の一撃を叩き込むための手順を踏む必要がある。その事は念話で伝えているし、そもそも現状では、ティアナは居ても居なくても同じだ。なので、堂々と一撃にかけるための準備に充てる事にする。

「てえい!!」

 フリードの一撃でぐらついたドラム缶。その隙を逃さず、木の上から飛び降りる。全体重をクロスミラージュの柄に乗せ、威力を限界まで増幅した一撃を奴の頭部に叩き込む。大きく装甲板がひしゃげ、露出した内部に二丁拳銃を叩き込む。

「カートリッジ・フルロード!」

 二丁のマガジンに残っていた、四発のカートリッジが撃発される。今まで扱った事もない膨大な魔力が発生し、ティアナの体に恐ろしい負荷をかける。制御余力を少しでも稼ぐため、オプティックハイドもフェイクシルエットも解除する。

「ファントムブレイザー!!」

 暴発しそうになる魔力を、必死になって砲撃の形にまとめ上げる。それを、バックファイアも気にせずに解き放つ。魔力を反射しようとする力場の抵抗を突き破り、内部を完全に食らいつくす砲撃。動力炉の爆発に巻き込まれ、地面にしたたかに叩きつけられるティアナ。

「ティア!」

「敵の沈黙を確認するまで動かない!」

 必死になって姿勢を立て直しながら、こちらに寄って来ようとするスバルを制する。ティアナの警戒は、だか幸運な事に杞憂に終わった。何しろ、ドラム缶は爆発により、原形をとどめないほど破壊されつくしたのだから。

『こちらライトニング1、犯罪者の確保に成功。』

「敵残存勢力なし。状況終了、お疲れ様。」

『なのはちゃん、フェイトちゃん、勝利のポーズを決めてへん!』

「は?」

『そんなのあったっけ?』

『それがお約束言うもんや!』

 最後にどうでもいい事でひと悶着あったものの、状況開始から十分四十七秒、フェイトとなのはの宣言により、広報六課結成記念公園襲撃事件は、死者・負傷者ゼロ、物的被害極小で幕を閉じたのであった。







あとがき
クアットロの口調がうまく表現できない……。
余談ですが、現段階ではナンバーズはAMF無しで二期生よりやや強いぐらい、三期生やスバル達相手だと、同数ならAMF無しでも圧勝できるぐらいの実力差があります。伊達になのはとフェイト相手にタイムボカンやってたわけではない、という事です。



[18616] 第6話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:74faaf09
Date: 2011/09/24 19:13
「何とか無事に終わったね。」

 結成記念公演の翌日。事務作業をこなしながら、なのはが昨日の話題を振る。

「せやな。流石にいささかハードやったみたいで、三期生とスターズ、ライトニングは打ち上げに参加する体力はなかったみたいやけどな。」

「あれだけの規模の襲撃なんて、めったにないからね。」

「まったくや。よう頑張ってくれた優喜君には特大感謝やな。」

 優喜が頑張った、というのは言うまでもなく、レトロタイプと呼ばれたドラム缶の、最初に出てきた一番大きな奴を仕留めたことだ。完全に独立したプログラムだったためか、自爆機能の解除にこそ失敗したものの、それ以外は攻撃の実際の威力から推定効果範囲、装甲を撃ち抜くのに必要な威力から隠し持った特殊能力の数々にいたるまで、一回の実戦でとれるであろうデータをすべて取ってくれていた。恐ろしい事に、ハッキングにより内部に残っていた図面データから制御プログラムまで全てコピーしてあり、少なくとも同じバージョンの相手ならば、どうとでも対処できると言いきれるだけの情報が集まっている。

 反面、今まで最重要機密だった優喜の存在とその能力について、かなりのレベルで公になってしまったのが問題ではあるが、元々そろそろ新しいスキルについて、詳細を一般に周知するべき時期だろう、という考えだったので、それほど気にする必要はない。そもそも、レトロタイプを仕留めた程度の技では、優喜自身の本当の戦闘能力など理解できない。

「それで、速報値のレベルやけど、昨日のコンサートでの関連グッズの売り上げと、コンサート後の楽曲・映像のダウンロード数が出てるわ。」

「どんな感じ?」

「やっぱり、事前の予想通り、トップはWingやな。さすがに新記録更新、とまでは行かんかったけど、後輩らに一カ月ぐらいおごっても、お釣り来るぐらいの印税はあるんちゃう?」

「って、言われてもねえ。管理局に居る間は、お金なんてほとんど使う暇が無いんだし、あんまり私達だけ印税を稼いでも有り難味が無いよ。」

「そうやろうなあ。私があんだけ返済にお金回してやっていけてるんも、キャリアの忙しさと管理局の福利厚生のおかげやし。」

 と、ノンキャリアで印税収入もない平の局員が聞いたら、間違いなくキレるであろう台詞をいけしゃあしゃあと吐きながら、手はひたすら書類の処理を進めていく三人。

「それで、私となのはがトップだったのは分かったから、二番目以下は?」

「二番目は、舞台でも大健闘やった優喜君や。仮面舞踏会の映像ダウンロードもすごいけど、ピンのブロマイドとか画像データとかが、ぽっと出の新人とは思えへん勢いやで。」

「って事は、チームで言うと青年部が二番目?」

「そうなるな。あの仮面舞踏会は反則やし。」

 昨日、舞台袖から生で見た、「青年部」こと優喜・フォルク・アバンテの三人が歌い踊る仮面舞踏会を思い出し、思わず頬を染めるなのは達。カバー元である本家よりも、衣装を派手にビジュアル系に振った影響もあって、割と現実味のない光景を目の当たりにすることになったためか、他の広報部男性アイドルより黄色い声が多かった。伊達に、はやてに聞くだけで孕みそう、などと言わせたわけではなかったようだ。

「三番はアバンテで四番がカリーナやな。きっちり青年部の売り上げだけアバンテが勝っとる。」

 と、割と順当な感じで売り上げが推移していく。番狂わせは優喜と青年部、そしてエリオとキャロの組み合わせだけ、あとは三期生の男性グループが、太鼓系を主体にするというイロモノ度合いがたたって最下位になった以外は、割とどんぐりの背比べという感じである。その太鼓グループも、舞台のパフォーマンスとしては十分以上に盛り上げていたし、ある種の男らしさが受けて、新人としてはかなり好調なスタートを切っているのだから、大コケしている、というほどでもない。

「良かった。スバルとティアナにも、ちゃんとファンがついてる。給料明細で釣って引っ張り込んだようなものだったし、これで滑ったら、言い訳が効かないところだったよ。」

「まあ、歌もダンスもちゃんとやれてるし、それにティアナの戦闘中の立ち回りが、自分の実力不足を理解した上で冷静に慎重に、かつ勝負かけるところは勝負かける、言う姿勢がクールに見えて、意外と女の子から人気が出たらしいわ。」

「あ~、あれについては、今日の休暇が終わったら、ちゃんと叱っておかないといけないよね。」

「まあ、そうやな。正直な話、あのレトロタイプに関しては、別段新米チームで仕留めなあかん理由はなかったし、あの後舞台で出番がある事を考えたら、あんな功を焦るようなやり方で仕留めるんやなくて、火力が足りてる他の人の手を借りれば良かったし。」

「でもなのは、叱るのはいいけど、ちゃんと厳しい言い方出来る?」

「……私も、似たような無茶はあれこれやらかしてるから、厳しく言っても説得力が無いかも……。」

 主にカートリッジとか、というつぶやきに苦笑せざるを得ないフェイトとはやて。なのはがカートリッジを使うときは、大抵状況が大ごとになっており、十発単位で撃発するようなことも珍しくない。とはいえ、それはちゃんと余裕や余力を見ての行動だ。ティアナがやったような後が無いやり方は、夜天の書再生プロジェクト序盤の頃に必要に迫られてやった程度で、今回のケースとは全く違う。

「それに、言うのはいいけど、本当にフォローなしで同じ状況になった場合、現状だとあれしか生還出来る手段が無い、って言うのも事実なんだよね……。」

「それはしゃあないやん。そもそも、大型ガジェットはまだしも、レトロタイプは地上の一般局員がどうにかできるレベルやあらへんし。まだまだ海の平均に毛が生えた程度のティアナが、無謀やいうてもあれに対抗する手段を見つけただけでも評価してええ。」

「でも、毎回保身無き零距離射撃で仕留めるって言うのも、ね……。」

「まあ、そこは今後の課題や。新人には強くなってもらうとして、それとは別に、地上の一般局員の底上げもできる類の装備を考えなあかんな。」

 はやての意見に、渋い顔ながらも頷くなのはとフェイト。トップクラスのパワーバランスこそ管理局が他を圧倒しているが、底辺で比較すると、どうにも完全に犯罪者サイドに押され気味だ。それでもA2MFの開発が追い付いているおかげで、魔法を封じられて一方的に殲滅される、という事態は辛うじて回避している。

「それで、あのレトロタイプの開発者は分かってるの?」

「ほぼ確定してるんが一人おる。」

「誰?」

「エドワード・マスタング、通称マッド・マスタング。スカリエッティと同じ、技術型の広域指定犯罪者や。」

 技術型の広域指定犯罪者。そう聞いて、なんとなく納得するものがある。

「因みに、その人の特徴は?」

「機械、それも兵器に特化したタイプで、いわゆる魔改造を得意とした技術者らしいわ。プレシアさんのプロジェクトFとかみたいに、基礎理論から完成させるような才能はないけど、既存の物を改造させるのはぴか一の実力を持ってるそうや。」

「なるほど。過去の犯罪履歴は?」

「まとめてある奴をもらってきてるから、後でデバイスに転送しとくわ。」

「お願い。で、レトロタイプの解析結果は?」

 なのはの質問に、少しばかり困った顔をするはやて。

「まあ、ブレイブソウルが集めたデータを解析しただけやし、あくまでプレシアさんの意見やねんけど……。」

 微妙に言いづらそうなはやてに、思わず書類の処理を止めて顔を見合わせるなのはとフェイト。

「基本的には、ガジェットドールの改造品らしいわ。」

「ガジェットドールの?」

「……何をどうすれば、あそこまで別物に化けるんだろう……。」

「私に聞かれてもこまるで……。」

 日本製のSF作品に出てくるような、シャープでスマートな八頭身の人型をしたガジェットドールと、古き良き時代の四コマやギャグ漫画に登場していそうな、ドラム缶に手足が生えているだけのレトロタイプ。外見的には、全くかするところが無い。そもそも、ちゃんと二本の足で走る事も出来るガジェットドールと、ホバー移動で何のために足をつけてあるのかがよく分からないレトロタイプが、基本的に同じ構造というのは詐欺のような気がする。

「で、な。プレシアさんいわく、無駄が多いそうや。」

「無駄?」

「うん。まず、根本的に大型化してること自体が無駄の塊やそうでな。最初に出てきたでかい方のレトロタイプ、あのサイズやのに、いつもの世界の十メートル級の魔法生物ほどには、火力も耐久力も無いそうやねん。」

「……それは、無駄が多いと言われてもしょうがないよね……。」

「まあ、そもそも、ちっこい方でも大型のガジェットドローンよりでかいくせに、ティアナの物理打撃で装甲抜かれとった訳やし、構造に無駄が多い、っちゅうんも嘘ではないやろうなあ。」

 はやての言葉に頷くなのはとフェイト。もちろん、だからと言って、ガジェットより弱いということにはならない。実際、大きくて重量もあっただけに、ガジェットドローンよりははるかにパワーがあり、それだけでも対処が大変だったのだ。

「で、一番の無駄がな……。」

「何?」

「あの魔法反射機能や。」

「「え?」」

 一番厄介だと思った機能が一番無駄だと言うはやての台詞に、思わず声をそろえて聞き返してしまう。

「あれな、どうも反射できる出力やと、元々装甲を抜かれへんらしいねん。」

「……それは……。」

「……確かに、無駄かも……。」

「まあ、ハッタリには使えるやろうけど、そのために出力を割くのは美味しくないわな。」

 プレシアいわく、反射そのものはそれほど難しい技術ではないそうだ。プレシアが簡単だと言うぐらいだから、スカリエッティもその気になれば、今すぐにでもガジェットシリーズにも搭載できるのだろうが、出力を食う割には効果が薄いという欠点を解決できないのだろう。

 その上、ティアナが証明して見せたように、反射出来る以上の出力の砲撃などを受けると、ほぼ減衰させることなく撃ち抜かれてしまう。

「簡単だっていうぐらいだから、プレシアさんも研究はしてたんだよね?」

「一応してたみたいやで。ただ、コストパフォーマンスの悪さに加えて、どっちかって言うと魔法犯罪者よりも質量兵器を使った犯罪の方が遭遇率が高い、っちゅう理由で、とりあえず研究を打ち切ったらしいわ。」

「……それもそっか。私が執務官として関わった事件も、比率は質量兵器の密輸とかそっちの方が多かったし。」

「それに、魔法犯罪者はAMFである程度無力化できるもんね。」

 魔導師に対してAMFが効果的なのは、言ってしまえばお互い様だ。

「そう言うこっちゃな。とはいえ、無駄やいうても、大きい方のはカートリッジもユニゾンも無しで撃ったディバインバレットぐらいは反射出来とったみたいやから、優喜君を最初にぶつけたんは正解やったんは間違いないけど。」

「それって、要するに普通にバスターを撃ちこむぐらいでないと、装甲が抜けないからダメージが通らない、ってことだよね?」

「そうなるなあ。正直、三期生とかティアナとかの火力やと、ちょっと荷が重い感じやな。」

「単純な防御力は十メートル級の魔法生物より上ぐらい、か。」

 一般局員には致命的だが、アバンテやカリーナが相手だと大して問題にならない程度、というところである。ぶっちゃけ、グランガイツ隊や教導隊が相手をするなら、全く苦戦することなく勝負が終わる。そのまま順調に強化が進んだところで、魔力攻撃をほとんどしないフォルクやアバンテには脅威にならないだろう。 

「どっちか言うたら、量産されとる分、今回出てきた新型ガジェットの方が厄介や。A2MFが対策取られとるのはいつもの事やけど、今までのよりもAMF自体の出力が大きくて、効果範囲も広い。計測した感じやと、有視界戦闘やったら確実に効果範囲内や。」

「それはスカリエッティ?」

「本体出力の向上と、A2MF対策は多分そうや。ただ、その向上した出力でAMFを強化したんは多分、マスタングやと思うで。ついでに言うたら、そのバージョンを量産したんも、マスタングちゃうか、っちゅう話や。」

「根拠は?」

「スカリエッティやったら、向上した出力を本体の強化に回すか、妙なギミックを仕込んで対応を取りにくくするはずやからな。多分、マスタングが魔改造前の肩慣らしにいじった奴を、試験的に量産したんやないか、っていうんが、プレシアさんとドゥーエの意見やな。」

「ドゥーエも同じ意見なら、ほぼ間違いないよね。」

 なんだかんだで、結局広報六課の幹部連中とは顔見知りになってしまったドゥーエ。ちび狸と評判のはやてはともかく、なのはとフェイトはいろいろとやり辛いらしく、頼まれるとつい、嫌とは言えずに余計な情報をプレゼントしてしまう、と、昨日の打ち上げ兼情報確認の席でぼやいていた。

「とりあえずはやて、そのマスタングって人の情報をお願い。私の方でもいろいろと探ってみるから。」

「頼むわ。なのはちゃんの方は、引き続き後輩連中をお願い。」

「分かってるよ。」

 とりあえず、直近の方針が決まったところで、部隊長や小隊長の決裁が必要な書類がすべて終わる。

「そう言えば、今日はなのはちゃんらも一応オフのはずやけど、その恰好は何なん?」

「見せたい人がいないのに、おしゃれしてもね。」

「それに、昼前までは書類決裁に手を取られると思ってたし。」

 人事部から泣きが入ったため、今日は本来はなのはとフェイトも一日休みだった。そのため、今の服装はジャージ姿である。実際のところ、昨日出動した人間のうち、今日休みになっていないのはフォルクとアバンテだけで、この二人はローテーションでアバンテが明日、フォルクが明日休みになる予定である。優喜は休みとは名ばかりで、紫苑とともに何かの話し合いに出かけているため、ここには不在である。

 休みだと言われても、さすがに女同士でデートするような不毛な真似をする気力はなく、幸か不幸か日本は日曜であるため、大学もない。私服でおしゃれをして歩くと無駄に目立って、かえって疲れることもあり、今日はこれから、日課の訓練以外の時間は干物のようにだらける予定である。いかになのはとフェイトといえど、たまには人目を気にせず残念な行動を取りたい事もあるのだ。

「ほな、私はちょっと聖王教会まで行ってくるわ。多分、帰るんは門限踏み倒してからになると思う。」

「了解。」

「いってらっしゃい。」

 疲れをにじませながらオフィスを出ていくはやてを見送った後、なのはとフェイトは予定通り、自室でごろごろいちゃいちゃするのであった。







「まったく、戦力の逐次投入なんぞやらかしおって、情けない。」

 広報六課結成記念公演襲撃事件。その顛末をモニターで見ていた老人は、その結果を前に忌々しげに吐き捨てていた。失敗に終わる、それ自体は予想していた事だが、もう少し健闘しても良かったのではないか。そう言いたくなるほど、戦闘経過が不甲斐なかったのだからしょうがない。

「不機嫌だな、御老人。」

「フィアットか。奴らのやり口が、あまりに情けなくてな。」

「敗北したことが、かい?」

「いや、折角の戦力を逐次投入した揚句、重傷者の一人も出せずに壊滅したことがの。」

「壊滅したのは、予想通りだった、と?」

「おお。確かに儂がやつらに売りつけたロボは、トータルスペックでは現状出回っておる機械兵器の中では最強であろうが、所詮はプロトタイプの試作品ぞ。高町なのはとフェイト・テスタロッサが出てきておった以上、勝ち目なんぞあるはずがなかろう?」

 自身の作品をあっさり破壊された割には、えらくさばさばしたもの言いだ。どうやら、作品にはあまり愛着や思い入れを持たないタイプらしい。

「とはいえ、あの愚か者どもも、多少は仕事をしたようじゃて、それだけは評価してもよかろうな。」

「仕事?」

「前々から裏社会で流れておった、管理局のミスターX、その一人であろう男を表に引きずり出した事じゃ。」

「本当に?」

「おお。今回の広報六課側の出撃者に、不自然な外部協力者が一人混ざっておっての。そやつが試作一号機を、データを取るだけ取った挙句、よく分からん原理の攻撃で、魔力も質量兵器も使わずに粉砕してのけおった。広報の連中の攻撃の中にも似たような癖の物があったことじゃし、こいつが管理局らしからぬ部隊の結成を裏で進めた一人、と見て間違いなかろう。」

 マスタングの言葉に、眉を動かすフィアット。ミスターXという推測が正しいかどうかはともかく、あのいわくつきの部隊に、直接の戦闘員として関わっている外部協力者、などというのはいかにも怪しい。

「その男の情報は?」

「竜岡優喜、十九歳。高町なのはや八神はやて同様、第九十七管理外世界の日本国出身。かつて夜天の王の代理人として、管理局および聖王協会と接触した人物で、宝飾店ムーンライトの店主、ということぐらいかの。あとは、本当かどうかは不明じゃが、公式には非魔導師、ということになっておる。他にはせいぜい、普段はどう見ても女にしか見えんせいか、一部の人間にお姉さまと呼ばれている事しか分かっておらん。」

「……冗談がきつい。」

「わしとて冗談だと思いたいのじゃがの。残念ながら、こやつが儂の試作一号機を魔法も使わずに破壊してのけたのは事実じゃ。」

「……十メートルを越える機械兵器を、魔法なしで破壊する、か……。」

 マスタングの嘘偽り無い報告にしばし考え込んだ末に、出てきた言葉は

「本当に人間か?」

 である。

「さて。こやつが人の姿をした悪魔の類でも、儂はまったく驚かんがね。」

「一度、記録映像を見せてもらっていいか?」

「おお。穴が開くほど、見ればええ。」

 映し出された戦闘記録を、本当に穴が開くほど見つめるフィアット。十メートル以上のドラム缶型ロボットを、派手なゴシック調の王子様系衣装を着た青年が殴っている。明らかに空を飛んでいると言うのに、バリアジャケット以外に魔力反応が計測されていない。

「バリアジャケットを展開しているから、非魔導師というのは嘘ではないのか?」

「じゃったら話は早いんだがの。」

 そういって、何がしかの操作をするマスタング。

「装置の故障かもしれんが、こやつからリンカーコアの反応がなかったようでの。どうやら、バリアジャケットはデバイスのバッテリー、もしくは魔力炉を利用して展開しておるようじゃ。」

「管理局の新型デバイスか?」

「もしくは例の魔女の作品か、案外発掘品の類かもしれんの。」

「……あの部隊のデバイスには、少数ながらユニゾンデバイスの機能を持った物がある。どの線もありえないと切り捨てることはできないか……。」

「そういうことじゃ。」

 まったく持って面倒な連中だ、と言うつぶやきに、好々爺じみた笑みで答えるマスタング。

「しかし、この男、本当に人間か?」

「さてな。じゃがまあ、少なくとも戦闘機人の線は、多分無かろうて。」

「なぜ、そう言い切れる?」

「第九十七管理外世界での戸籍を洗ったが、管理局が介入した類の不自然さは無くての。そもそも、こやつのミッドチルダでの戸籍は、夜天の書再生プロジェクトの第二フェイズが始まってから登録されたものじゃし、それに、管理局には生きた人間を戦闘機人に改造する類の技術は存在せん。」

「魔女なら可能なのではないか?」

「さて、それはなんとも言えんのう。」

 とぼけた口調で言い放つマスタングに、渋い顔を隠せないフィアット。最近のプレシア・テスタロッサ名義の発明品を見るまでも無く、狂気の世界から戻ってきた彼女の発想と開発力は、明後日の方向に突出しすぎて予想がつかない。

「……こいつの事は置いておくか。現状、データが少なすぎて判断出来ん。」

「だのう。」

「今後、どうするつもりだ?」

「どうもこうも、このまま適当に試作品をぶつけていくつもりじゃが?」

「奴らにか?」

「おお。あやつらは実にちょうどええ実験対象での。連中に通用するのであれば、基本的に大概の相手に勝てる、ということじゃ。」

 爺の台詞に、懐疑的な表情を浮かべるフィアット。それに気がついたか、爺はあくまでも好々爺然とした笑みを絶やさずに話を続ける。

「どちらにせよ、スカリエッティのところのメガネの手前もあるし、連中以外に改良型のデータ取りに向いた相手もそれほどおらん。そういう意味でも、せいぜい手が後ろに回らん程度には、イロモノ連中にちょっかいを掛けるだけじゃよ。いわゆる、ヒットアンドアウェイ、というやつじゃな。」

「それは違うと思うぞ。」

「違ったかの?」

 あくまでとぼけた態度のマスタングに、いい加減何もかも面倒になって来たフィアット。

「まあ、いい。お前がそのつもりなら、こちらも適当に使い捨てて構わん連中を見つくろって炊きつける。」

「そうしておくれ。世界征服ロボの二号機は、そう遠からぬうちに完成する予定じゃ。」

「その名前、どうにかならないのか?」

「マッドサイエンティストの野望なぞ、世界征服と相場が決まっておろう?」

 マスタングの返事にいろんなことがどうでもよくなったフィアットは、特にコメントを残さずに、とっとと話を切り上げたのであった。







「予言の内容が変わった?」

「ええ。」

 同じ日の午後。聖王教会に呼び出しを受けたはやては、何ぞの納品に来ていた優喜とともに、カリムの話を聞いていた。紫苑は現在、宝飾店ムーンライトの海鳴店で店番だ。因みに、ミッドチルダ店の店番はブレイブソウルである。彼女を携帯していない時の優喜は、ジュエルシード事件の頃に使っていた通信用デバイスであちらこちらと連絡を取っている。

「具体的には、どこがどんなふうに?」

「まだ、全ての解読が済んだ訳ではないのですが……。」

 そう言って、新たに出てきた単語を告げる。

「二人の竜、か……。」

「ストレートに考えるんやったら、キャロの召喚竜の事やろうけど……。」

「二人、だからねえ……。」

「我々は、優喜さんと竜司様の事ではないかと考えています。」

「まあ、僕も竜司も、名前に竜って文字が入ってるから、可能性としてはなくもない。」

 どちらにしても、物騒な話になりそうなのは、間違いない。

「偶像、守人に合わせ鏡の自分、ねえ。守人は首都防衛隊とかあのあたりかな? 偶像はまあ、六課の面子だとして……。」

「合わせ鏡の自分、って単語に、割といやな予感がするんやけど、ええかな?」

「嫌な予感?」

「うん。ここだけの話やねんけど、最高評議会が死んだあと、いくつかの局内の違法研究が、記録はあっても成果が見つかってへんねん。」

「もしかして、その研究成果の中に?」

「あるねん。プロジェクトFによる、有能な魔導師のコピーっちゅう奴が。」

 はやての台詞に、思わず背筋に冷たいものが走る優喜とカリム。何が怖いかといって、間違いなくなのはとフェイトのコピーが存在するであろうことだ。コピー自体は怖くもなんともないのだが、それを見たプレシアの反応がとてつもなく恐ろしい。

「……出てきたとき、対処に困る話だよね。」

「……そうですね。無条件で殺す、などというわけにもいきませんし、かといって野放しにするのもややこしいですし……。」

「まだ、そうときまった訳ちゃうで?」

「こういうときは、最悪の事態を想定しておいた方がいいよ。」

 因みにこの場合の最悪の事態とは、ロボトミー手術を施された、人格の存在しないフェイトの体がわらわらと出てくる事である。はっきり言って、フェイトのコピーがオリジナルを超える事はまずあり得ないが、怖いのはそこではないのだ。

 管理局のアイドルと同じ姿をした、表情も感情もない肉人形。そんなものを管理局が作っていた、ということ自体が大問題であり、一般局員の士気などあっという間に崩壊するだろう。その上、フェイトのコピーという事は、アリシアのコピーでもある。そんな形で、狂気の世界に踏み込むほど愛した娘を汚された魔女が、何をしでかしたところでおかしくはない。

「なあ、カリム、優喜君。」

「はい?」

「何?」

「それ、想定してどうにかなる問題なん?」

「そこが問題なんだよ。」

 優喜の言葉に、ため息をつくしかない一同。

「まあ、救いなんは、一種類のコピーは残っとっても一人二人らしい、言う事ぐらいや。」

「そうなの?」

「らしいで。基本的に、高位魔導師のクローンを作っても、必ずしもリンカーコアを持つとは限らへんらしいし。」

「……まあ、プロジェクトFが母体なら、そうなるだろうね。」

 管理局最強の魔導師の一角を占めるフェイトは、本来リンカーコアをもたなかったアリシアのコピーだ。この一点を持って分かるように、リンカーコアは遺伝子に依存しない。

「まあ、その一人のために、何百人のアリシアちゃんが外に出る前に処分されたか、とか考えたら、やっぱり怖いんは怖いけど……。」

「……考えても仕方がないよ。」

「……そやな。カリム、他には?」

 はやてに促され、気を取り直して続きを話すカリム。

「狂人に悪賊の群れに機械仕掛けの巨人、ってか。」

「これは簡単だね。」

「マスタングにレトロタイプの事やろうな。悪賊の群れっちゅうんは……。」

「テロ組織とかマフィアの類が、何らかの形で結束して動く、ってことでいいんじゃない?」

「しか、あらへんわな。」

 今までと違い、ひねりようがない単語にあっさり結論が出る。特に異論をはさむための情報もないため、促されるままに続きを述べるカリム。

「最後が、無限の欲望、黒の偶像、王、ゆりかご、白の偶像、鎧、魔女、鉄槌、です。」

「無限の欲望と魔女はまあ、スカリエッティとプレシアさんでいいとして……。」

「黒の偶像、白の偶像ってのは、多分フェイトちゃんとなのはちゃんかなあ。そんで、王にゆりかご、ってか……。」

「そこが分からないと、鎧って言葉も下手な解釈は出来ないよね。」

「せやなあ……。」

 今までになくあいまいで、とっかかりが少ない単語に、どう頭をひねればいいのか思い付かず、ただひたすら唸り続けるしかない三人。

「ねえ、カリムさん。」

「なんでしょう?」

「この予言、単語だけ?」

「はっきり解読できたのは、今のところ単語だけです。」

「いつもみたいに、詩文って形にはなってへんの?」

「これまで話した単語以外は、かなり文字がかすれています。写し取って画像解析をかけても、最低で三通りぐらいの文章になってしまう上に、いまいち意味が通じないために解析が難航しています。」

 苦い表情とともに告げられた言葉に、思わずため息が伝染する。

「いつになく役に立たんなあ……。」

「全くです。最近、そうでなくても予言の揺らぎが大きくなって、妙にいろいろ投げ出したような文章になっている事が多いと言うのに……。」

「まあ、元々、予言なんて当てにするもんじゃないし。」

「そうは言いますが、このまままともな予言を得られなくなってしまうと、私の立場や存在意義がなくなってしまいます。」

「そんな事はないんじゃない? たかが年に多くて二回か三回の、それも元から解読や解釈の精度に難がある予言のためだけに、わざわざ高い給料を払って人を抱え込んで、幹部としての権限を与えるほど、聖王教会も酔狂じゃないでしょ?」

 優喜の言葉に、苦笑しながら頷くはやて。言うまでもなく、カリム・グラシアは予言が無くとも、幹部として有能だ。そもそも、優喜の言葉通り、過去にはもっと解釈に困る予言があったことも少なくない。予言詩文はスキルとしてはレア中のレアだが、扱いとしてはせいぜい、テレビの朝の番組の占いよりは当てになる、程度のものである。その程度のために、実力もないのに幹部として遇するほど、聖王教会の地位は安くない。

「まあ、とりあえず。こういうときはユーノとアリサだ。」

「申し訳なくはありますが、それしかないでしょうね。」

「さて、どないな風に調べるか、やな。」

「大雑把にあたりをつけるとしたら、王とゆりかごの組み合わせ、だろうね。」

「そうですね。珍しい組み合わせですし、該当するものがあれば、それが正解だと考えて問題ないでしょう。」

 カリムの言葉に頷くと、今日も休日出勤だとぼやいていたユーノと連絡を取る。

「ユーノ、今大丈夫?」

『優喜? 大丈夫だけど、どうしたの?』

「急ぎってわけじゃないけど、ちょっと調べてほしい事が出てきたんだ。」

『珍しいね。君が調べ事を持ち込んでくるなんて。向こうとの行き来ができるようになったから、もう無限書庫には用がないかと思ってたよ。』

「その節は、随分とお世話になりまして。」

 などと、気安い間柄の軽口をたたき合った後、本題に入る。

「王とゆりかごって単語の組み合わせの、伝承もしくはロストロギアが無いかを調べてほしい。」

『また、妙な組み合わせだね。どういった経緯でその話が出てきたのか聞いても?』

「ちょっと待って。話していいか聞いてみる。」

 カリムに視線を向けると、一つ頷いてくる。それを見て、ざっと事情を話す。

「聖王教会の予言でね、その組み合わせが出てきたんだ。他はともかく、そこだけは手持ちの情報じゃ分からないから、ちょっと調べてほしい。」

『了解。今は急ぎの資料請求もないし、ちょっと調べてみるよ。」

「お願い。こっちでも新しく分かった事があったら連絡するよ。それと、人手が足りなかったら、紫苑にそっちに行ってもらうから、その時は遠慮なく言って。」

『ありがとう。まあ、まだ大丈夫そうだから。じゃあ、何か分かったら連絡するよ。』

 そう言って通信を切るユーノ。通信が切れたのを確認すると、少しばかり考え込む優喜。

「どないしたん?」

「うん。聖王教会とスカリエッティの組み合わせで、何か忘れてる気がしてね。」

「スカリエッティ? あれは教会にはこれと言ってちょっかい出してなかったと思うんやけど?」

「ここ何年かは、ね。十年単位だと、何もないとは言い切れない。」

「まあ、そうやけど。」

 はやての言葉が終わる前に、十年単位、という自らの言葉で、引っ掛かっていた何かの回答にたどり着く。

「そうだ、思いだした。」

「何かあったのですか?」

「あったと言えばあった。僕がドゥーエを引っ掛けたのって、聖王教会だった。」

「「……え?」」

 優喜の非常にまずい発言を聞き、思わず冷や汗がたれるはやてとカリム。

「ちょいまち。」

「何?」

「それ、いつの事なん?」

「夜天の書再生プロジェクトが立ち上がってすぐくらいの事だよ。具体的には、なのはとフェイトが麻薬密輸組織のアジトにフォローなしで突入させられた直後。」

「そんなに前の事ですか……。」

 なかなかにまずい話を聞かされ、顔が引きつるのを押さえられないカリム。

「その時ドゥーエが何の目的でここに来てたかは聞いてないけど、スカリエッティにこっちの事がばれるのを遅らせるために、わざとその時やってた事は阻止してないんだ。」

「という事は、その時何をしてたかが問題、っちゅうことか。」

「うん。今回の予言に直接関係があるとは限らないけど、もしかしたらヒントになるかもしれないから、一応確認だけはしておいた方がいいかな。」

「そうですね。」

 掃除が必要なのは、なにも管理局だけではないらしい。痛む頭を押さえながら、優喜にドゥーエと連絡を取ってもらう。

『どうしたの?』

「今大丈夫?」

『セーフハウスに戻ったところだから、特に問題はないわ。それで、何の用?』

「大したことじゃないけど、僕が君を引っ掛けた時、聖王教会でシスターの格好をしてたよね?」

『ええ。』

 あまり思い出したくない話題を振られ、少々顔をしかめながらも正直に頷く。それを見たカリムとはやては、思わず深いため息をついてしまう。この後のごたごたを考えると、本当に頭が痛い。

「あの時、何の目的で聖王教会に?」

『そう言えば、聞かれていなかったわね。あの時は、聖骸布についている聖王オリヴィエのDNAをいただきに行っていたのよ。』

「どうやって?」

『担当していた司教がいわゆる生臭坊主だったから、色仕掛けでね。体は許していないから、安心して。』

「いや、別に気にもしてないけど。」

『あら、残念。因みに私、この仕事は長いけど、何気に本番は未経験だったりするのよ?』

 反応を確かめるように余計な事をほざくドゥーエ。因みに、嘘は言っていない。

「だったら、今後のためにも、ちょっとすずかに相手してもらったら?」

『え゛?』

「今週当たりすずかがあの周期だし、毎回期間が終わるまで相手をするのもしんどいし、新しい生贄はなのは達も大歓迎だと思うよ。」

『ちょ、ちょっと? 冗談……、よね……?』

「百パーセント本気。という訳で、明日ぐらいに迎えに行くから、覚悟を決めてね。」

『いや、あの、私、結婚するまでは清い体で居たいかな、って……。』

「安心して。僕達は立ち会わないし、いろいろ新しい世界は見られるだろうけど、貞操って意味じゃ清いままで居られるから。」

 相変わらず、ドゥーエ相手には無駄に容赦がない優喜。その様子に、心の中で十字を切るはやて。前回の時に、休暇の最中に襲われて、見ちゃいけない種類の新しい世界を散々見せられた揚句、せっかくの休暇を疲労困憊するために潰す羽目になった事を、今更ながらに思い出したのだ。男を知るとひどくなる、とは聞いていたが、あれほどとは思ってもみなかったはやては、毎回あれの相手をして、普通に翌日仕事や学業をこなしているなのは達のタフさに、尊敬の念を新たにしたものである。

「とりあえず、ドゥーエさん。」

『な、何かしら?』

「女の勘、ちゅうんはこわいもんでっせ。」

『……何を言いたいの?』

「この間ね、アリサちゃんが冗談で、すずかちゃんが見てないところで優喜君に色仕掛けをやったんですわ。」

『……オチは聞きたくない……。』

 あの時のアリサも悲惨だった。貞操という意味では汚されていないのだが、間違いなく何かは汚された。

「まあ、どっちにしても、すずかのあの周期、って単語の意味を説明もしてないのに知ってる時点で、いずれは口封じも兼ねて生贄にするつもりだったから。」

『……泣いていい……?』

「勝手にどうぞ。」

 やる、といった以上、優喜は間違いなくやるだろう。通信が切れた画面を見つめながら、心の中でドゥーエの冥福を祈るはやてとカリム。カリムは直接すずかから説明を受けた立場なので、いけにえにされる心配はない。実はちょっとだけ、どんな事をされるのか興味があったのはここだけの話だ。

「さて、これであの予言の『王』ってのは聖王の事だって確定した訳だ。」

「せやな。ドゥーエさんの尊い犠牲のおかげで、話が一歩前に進んだことやし、ユーノ君に連絡やな。」

「ついでに、もう少し聖王教会の内部を綺麗にしましょうか。流石に、聖遺物の担当者がハニートラップに引っかかっていたなど、放置しておける問題でもありませんし。」

「あとで、グレアムさんかレジアスさん経由で、教会内部の怪しげな人たちを連絡してもらうようにしておくよ。」

「お願いします。」

 小さくため息をつくと、お茶を入れるために立ち上がるカリム。普段は彼女が手ずから入れるなどという事はあり得ないのだが、今回は話の内容が内容だ。最初にティーセットを持ち込んだ後は、シャッハすら立ち去っている。

「彼女からの情報で、再々組織の掃除はしていたのですが……。」

「この分だと、管理してるロストロギアの確認もしておいたほうが無難だろうね。」

「もちろんです。しかし、十年近くもこんな大事な話を隠していたとは、彼女も人が悪いですね。」

「基本的には悪女だからね。」

 優喜に簡単にしてやられる彼女の、どこが悪女なのかと言いたいところだが、普段のドゥーエはその評価も間違っている訳ではない。単純に、出会いが出会いだけに、優喜相手には苦手意識があり、余計なところで気追って中途半端な攻撃を仕掛け、無駄に反撃を食らってしまうのである。カウンターの名手に、いい加減な攻撃をしてはいけない。

「全く、この忙しい時に大掃除をする羽目になるとはなあ……。」

「知らずに放置しておくよりはいいんじゃない?」

「まあ、そうですけど。……とりあえず救いなのは、当時の担当幹部は全員、すでに別の件で失脚、更迭されている事ぐらいですか。」

「どうせ、それも証拠隠滅を兼ねて、ドゥーエさんが誘導したとかそんなんやろ。」

「案外、もう始末してるから話さなかっただけかもね。」

 そんなこんなで、聖王教会も無駄に忙しくなるのであった。なお、ドゥーエに対するお仕置きは滞りなく実践され

「……この屈辱は、いずれ何かの形で返すからね……。」

「とか言いながら、妙に嬉しそうやけど、ドゥーエさんって何気にドM?」

「そ、そんな事はない、はず、だといいな……。」

 はやてに思いっきりM疑惑をかけられるのであった。







あとがき
マッド爺は好きですか?



[18616] 第7話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:73beb043
Date: 2011/09/26 19:49
「ねえ、ティア。やめようよ……。」

「そうですよ、ティアナさん。無理してもなにもいい事はありませんよ……。」

「アンタ達に付き合え、とは言わないわよ。」

 夜のトレーニング終了後、ジャージのまま出て行こうとするティアナを、スバル達三人は必死になって止めていた。

「ティア、焦るのも分かるけど、それ以上のトレーニングは逆効果だよ?」

「どうしてそう言いきれるのかしら?」

「優兄が、そんな余力を残すほど甘いカリキュラムを組んでる訳ないって。」

「そうですよ、ティアナさん。優さんは毎度毎度、これ以上やったら日常生活に支障が出た揚句に、トレーニングの効果を潰しかねないぎりぎりまでしごいてくるんですよ?」

「ティアナさん、大人しく優喜さんやなのはさんと相談して、ちゃんとしたカリキュラムを組んでもらってやりましょうよ。」

 どうせ言っても止まらないだろう、とある種の諦観を持ちつつも、それでも必死になってティアナを引きとめようとする三人。ここ一週間、同じやり取りをずっと繰り返しているが、ティアナが聞く耳を持ってくれた事は一度もない。正直、無理をするのはティアナの勝手だし、無理をしなければいけない時もあるのだが、流石にその弊害が無視できなくなってきている。

 一番大きな弊害は、歌やダンスのレッスンに関して、ティアナのミスが目立って増えてきたことだ。それぐらいの事で相方をなじったり見捨てたりするスバルではないが(なにせ、日ごろは自分の方がもっとたくさん迷惑をかけている)、いつか致命的な失敗をやらかさないか、そっちの方で気が気でない。

「ティア、デバイスの仮想シミュレーターなら付き合うから、さ。」

「あれやって、本当に強くなってると思うの?」

「でも、なのはさん達も、あれで戦術パターンを増やした、って言ってましたよ?」

「確かに、戦術パターンは増えるでしょうね。」

 ティアナとて、その効能を否定する気はない。だが、戦術パターン以前に、そもそも取れるオプションが少なすぎる。六課の連中ときたら、揃いも揃って光学迷彩も幻影も通用しない連中ばかりだ。しかも、原理はよく分からないものの、リインフォースが夜天の書で同じ事をやってのけた時に、ティアナにもはっきりと本物と幻術の区別がついてしまったのだ。クロスミラージュやマッハキャリバーはきっちりと騙されていたと言うのに、である。一応、ナンバーズをはじめとした他の相手には通用すると分かっているため、とりあえず少しでも精度を上げるためにいろいろ工夫はしているが、いまいち戦術オプションとして組み込むことにためらいがあるのである。

 そして、それ以外となると単純な射撃と砲撃しか能がない、というのが現状のティアナであり、しかも他の三人と違って、極端に機動力で劣る。単体ならティアナとキャロの足はそれほど差はないが、キャロにはフリードをはじめとした召喚術という補助移動手段がある。それがまた、チームとしても個人としても、取れる行動の選択肢を大きく奪っている。

 飛行も高速移動魔法も現状での習得は困難だ。ならば基礎能力を底上げして、少しでも早く動き回り、少しでも遠くの相手をねらい打てるようにするしかなく、そうなるとティアナの知識では、基礎鍛錬を増やして体力をつけつつ、出来るだけ効率の良い体の動かし方を身につける、以外の手段が思い付かないのだ。

「でも、パターンを増やせるほど、あたしが取れる選択肢がないのよ。」

「ティア、少なくとも今は、全部一人でどうにかする必要はないんだよ?」

「分かってるわよ、そんな事。」

「分かってない!」

 スバルの言葉を聞いたティアナは、少し悲しそうな顔で首を左右に振ると、そのまま強引にスバル達を押しのけてどこかへ走り去ってしまった。

「今日も無理でしたね……。」

「ああなったらティア、なかなか言う事を聞いてくれないから……。」

「レトロタイプを仕留めた手段を注意されたの、そんなに堪えたんでしょうか……?」

「それもあるとは思うけど、自分がこの部隊で一番弱いって思ってるから……。」

 実際のところ、一番弱いという認識自体は正しい。だが、ティアナに求められているのは、個人の戦技の向上よりも集団での戦術強化、それも固定チーム以外の組み合わせにおける連携をどうにかすることだ。そこには、ティアナ個人の戦技はそれほど関係してこない。

「……なのはさん達に、相談かな?」

「多分、優さんが気がついてない、ってことはないと思うんですけど……。」

 エリオの言葉に同意しつつも、優喜だと知ってて放置する可能性もある、と頭の片隅で考えるスバル。

「とにかく、明日どうにかしよう。」

「「了解!」」

 結局、今日はもはや手詰まりだと判断し、やるべき事を先送りにするスバル達であった。







「ねえ、優喜君……。」

「ティアナの事、でしょ?」

「分かってるんだったら……。」

「ちょっといろいろ考え中。」

 なのはとフェイトの咎めるような視線に苦笑しつつ、とりあえず思うところを整理する。正直なところ優喜としては、ティアナをそこまで丁寧に育てる理由もモチベーションもそれほどない。何しろ、今までの弟子と違い、年齢的に最低限の判断ができる程度には育っているし、体の方も大方成長が終わっている。ミッドチルダなら十分に自己責任という考え方が適用される年であり、今までのなのはやエリオ達のような年の子供と同じように、事細かにきっちりフォローして育てる必要があるのか、という点について、かなり疑問に思っているのだ。

 とはいえど、行き詰っている人間を完全に放置して破滅するのを眺めているのは、それはそれで後味が悪い。最低限のフォローはするが、それを受け入れるかどうか、こちらの指示に従うかどうかまでは知った事ではない。こちらの指示が間違っていたならまだしも、言う事を聞かずに自滅した人間を助けるほどの情熱は、少なくとも二期生以降の弟子に対しては持ち合わせていないのだ。

 正直、門下生も増え、フォローしなければいけない範囲も広くなり、それ以外にもいろいろと懸念事項を抱えて動き回っているのだから、子供ではない人間の暴走を全身全霊をもって止めるほどの余裕はない。近いうちにもっとたくさんフォローする必要がある人間がこちらに来る以上、自己判断で無茶をやっている人間を力づくで軌道修正するのは、他の誰かに丸投げしたいところである。

「まず、薄情な事を言わせてもらうなら、ね。」

「うん。」

「ティアナの年なら、体が出すシグナルを無視して無理を重ねる事については、その結果も含めて自己責任だと思ってる。」

「……優喜君?」

 あまりに薄情な事を言い出す優喜に、思わず結構やばいレベルの殺気をにじませてしまうなのは。それを気にせずに言葉を続ける優喜。

「それに、オーバーワークで体を壊さないと分からない事、ってのもあるし、今のあの子みたいなタイプは、自分で失敗しないと理解しないだろうし。」

「優喜、体を壊さないと分からない事を、体を壊す前に理解させるのも、指導者の仕事だよね?」

「理想を言えばそうだけど、生憎と、こっちを信用してなくて聞く耳を持ってない相手に、言って聞かせる方法を持ってない。師匠ならどうとでもするだろうけど、ここら辺が僕の限界。」

 信頼関係を築けていないと言うのは、双方に問題がある事がほとんどだ。今回の場合、正体不明の胡散臭い女顔、という第一印象を一向に修正できないティアナはもちろん、彼女の第一印象を理解していながら、特に対策をうっていない優喜にも大きな問題がある。こういう場合、本来なら肉体年齢も実年齢も年上の優喜が歩み寄って、いろいろと関係改善のために動くべきなのだろうが、残念ながら彼が面倒を見ているのはティアナ一人ではなく、また、請け負っている仕事の量についても、場合によってははやてを上回る事すらある。

 結局のところ、優喜一人でこなせる仕事量ぎりぎりをどうにかさばいている、というのが現状である以上、どこかでなにがしかの不具合が出るのは当然なのだ。そもそも、なのは達やフォルク相手に随分と丁寧に指導していたり、あっちこっちから結構な無茶ぶりを特に文句を言わずに引き受けていたりするため勘違いされがちだが、優喜は本質的には、自身のための人間関係には一切気を使わないタイプだ。孤立しようが、誰から嫌われようが、基本的には全く気にしない。多分、なのはの部下ではやての今後の評価に関わる、という事がなければ、ティアナの事もかつてのクラスメイトと大差ない扱いをしていただろう。

「とにかく、この件に関しては、僕をあんまり当てにはしないでほしい。」

「……分かったよ。私達の方で、できるだけフォローする。」

「お願い。まあ、どうせ現状を維持しても壊れるまで無茶するだけだろうし、結構なリスクだけど鍛錬のレベルを上げてみようかとは思ってる。」

 優喜の宣言に、思わずフェイトと顔を見合わせて、恐る恐る質問をするなのは。

「それ、大丈夫なの?」

「大丈夫とは言い切れない。正直、今やっても上手くいかなくて壊れる可能性は低くないと思ってる。」

「……それでもやるの?」

「現状だと必ず壊れるけど、鍛錬のレベルを上げても、壊れるとは限らない、ってところ。」

 珍しく、優喜が自信なさげである。

「本音を言うと、今そのリスクを背負って鍛錬のレベルを上げるのは、正直避けたいんだ。」

「どうして?」

「竜司から連絡があって、来週ぐらいにあいつの身内が一人、こっちに来る予定なんだ。で、その子がものすごくフォローが必要な子なんだけど、今こっちに居る人間でそれができるのが、僕か紫苑しかいないんだよ。竜司自身は、さらにもう一週間ほど先になりそうだし。」

「それ、どんな子?」

「北神美穂って言う、竜司のいとこに当たる子なんだけどね。今小学校六年生、って言ってたかな? 両親がいなくて、竜司が小学校に上がる前から面倒を見てたんだけど、いろいろあってずっと不登校の引きこもりやってるんだ。向こうだと、竜司の家族以外じゃ、僕達竜司の同門と紫苑、それから師匠夫妻とその息子さんぐらいしかまともに話も出来ないほどの対人恐怖症だから、こっちに来て確実にフォローできるのは僕と紫苑だけ。」

「そっか……。」

 またしても、実に難しい子供がこちらに来るようだ。多分、竜司がこちらに協力してくれる条件の一つであろうから、優喜にそっちのフォローをするな、というのは難しいだろう。

「まあ、その状況を打破できるかもしれないから、こっちに連れてくるか、ってことになったんだけど、ね。」

「どうして?」

「こっちは向こうと違って、いろいろと不思議なものが堂々と存在してるでしょ? 僕達が期待してるのは主にそこらへん。特に、フィーとフリードには、いろいろと頑張ってもらいたいところかな。」

「あ~……。」

「なるほど……。」

 そういう意味では、ヤマトナデシコの三人目、崩壊した管理外世界の唯一の生き残りのミコト・フジョーも、期待を寄せる事ができる人材だ。何しろ彼女は、地球の物語で言うところのエルフの外見そのものなのだ。

「でも、それが状況の打破につながるかもしれないのは、どうして?」

「それはまあ、美穂の姿を見たらすぐ分かるよ。」

「そっか。」

「まあ、その美穂って子がどんな姿をしてても、竜司の身内なら別に驚く事ではない気はするよね。」

 フェイトのコメントに苦笑しながら頷く。そろそろいい時間になってきた事を確認し、このまま妙な方向で空気が盛り上がらないように、とっとと夜の秘密会議を打ち切る事にする優喜であった。







「ティアナ、ちょっといい?」

「……なんでしょうか?」

「今から言う条件を飲むのなら、今日から訓練内容を一段上にするけど、どうする?」

 優喜の台詞に、驚きの表情を浮かべて固まる新人たち。

「優兄、ちょっと待って!」

「何?」

「ティアは、訓練始めてまだ三カ月たってないんだよ!?」

「そうだよ、優さん! 無茶だよ!」

「僕も、本音を言うとまだ早いかも、とは思ってるんだけどね。」

 スバルとエリオの抗議に一つため息をつきながら、この判断に至った理由を説明する事にする。

「今のまま続けても、実りがないまま故障するのが目に見えてるからね。」

「そ、それは……。」

 優喜の言わんとしている事を理解し、反論できずに沈黙する三人。その様子にむっとしつつも、とりあえず下手に口をはさまない事にしたティアナ。

「正直言って、今訓練内容を引き上げても、上手くいく確率は三割ぐらいだと思ってる。」

「だったら、どうして?」

「現状のまま余計なトレーニングをするなって僕が言ったところで、ティアナは聞かないでしょ?」

「効果が見えない以上、独自に努力するしかない、という私の判断は間違っている、と?」

「そう言う事は、ちゃんと周囲の言う事を聞き入れて、自分の体調管理をきっちりできる人間が言うことだ。こういう言い方は好みじゃないけど、少なくとも、僕もなのはも、君よりは長く鍛錬を続けてきて、君よりはいろんな人間を育ててきてるんだ。その僕達の言う事を無視する以上、目先の成果にこだわった感情論ではなく、理論的に証拠を用意して否定して見せる事。」

 いつになく厳しい優喜の言葉に、ぐっと詰まって下を向いてしまう。実際のところ、周りと比較して伸びているように見えないというだけで、竜岡式訓練法の成果自体は出ているのだ。単に、ティアナ自身が不信感から足りていないと勝手に判断して、勝手に自分でカリキュラムを組んでトレーニングを水増ししているにすぎない。

「そもそも、最初に言ったはずだよね。僕のトレーニング法は、基本的には毎日継続することが前提の、すぐに目立った成果が出たりしないものだって。」

「はい……。」

「毎日継続する上に他のトレーニングや実戦も入る以上、せいぜい絶対故障しないぎりぎりをちょっと超える程度にとどめないと、結局逆効果なんだよ。疲れを感じなくなったら、すでに故障に向かって一直線に進んでると思った方がいい。これも、最初に説明したよね?」

 優喜の噛んで含めるような言葉に、反論できずに口ごもる。周囲を見ると、優喜が珍しく厳しい態度に出ているからか、驚愕の表情でこちらを見つめるスバル達が。

「ねえ、優喜さん……。」

「何?」

「あのボリュームで、絶対故障しないぎりぎりをちょっと超える程度、だったんですか?」

「正確に言うと、疲労を感じなくなるぎりぎり手前。本当はちょっとずつボリュームアップして、一カ月ぐらいかけてそのラインに持って行きたかったんだけど、今までそれだけの時間がもらえる事ってなかったから。」

 優喜の説明に、乾いた笑いを浮かべて納得するキャロ。いつも長くて二年ぐらいのタイムリミットで、最低限度の気功戦闘ができるように鍛えることを求められるため、いつもしょっぱなから心をへし折るような内容になりがちなのだ。

「話を戻すと、すでにオーバーワークで体を壊しかけてるティアナに、いきなり訓練内容を強化しても逆効果だとは思うけど、現状のままだったら絶対納得しないでしょ?」

「周りが自分以上にきつい訓練をしている以上、それ以上をこなさなければ永久に追いつけないのではありませんか?」

「できもしないと分かってるくせに、よく言うよ。それとも、たかが二カ月で何年も鍛錬を続けている人間を追い越せないと駄目とか、ふざけた事を言うつもり?」

「……そうは言ってません。」

「ティアナ、君が言っている事はそういうことだ。」

 本当に珍しく、優喜が怒っているように感じる。だが、大本となっている、ティアナが持つ優喜への不信感はともかく、現状の言い分はどちらに理があるか、など考えるまでもない。

「正直なところ、うちの師匠じゃあるまいし、時間かけて強くなれば問題ない人間に、死ぬかもしれないようなリスクを背負わせてまで鍛えるのは主義じゃないけど、そこまでやらないと気が済まないらしいから、今回だけは主義を曲げる。」

「優兄!」

「先に言っておくけど、今度こそ僕の言う事を無視して勝手にトレーニングを増やして、その結果廃人になろうが死のうが一切フォローはしない。壊れたくなければ僕の指示には絶対従う。無視した場合の結果について、誰にも一切苦情は言わない。内容を強化するのはそれが条件だ。」

「……分かりました。」

「OK。だったら今から始めようか。スバル達は、いつものメニューをやってきて。」

「優兄……。」

「優さん……。」

 不安そうな三人を追い出し、トレーニングルームへとティアナを連れ込む。後に思い出す度に己の愚かさと無謀さでのたうちまわる事になる、ティアナ・ランスターにとって地獄の日々はこうして始まったのであった。







「ランスター先輩、大丈夫ですか?」

 ヤマトナデシコの一人、ミコト・フジョーが、ゾンビのような顔色になっているティアナに、心の底から心配そうに声をかける。記念公演からこっち、日に日に元気が無くなっていくティアナをずっと気にしていたが、今日の顔は、いい加減洒落が通じないところまで来ている。食事も進んでいないようだったので、意を決して話しかけたのだ。

「大丈夫。新しいメニューが、ちょっと想像していたのとは違う方向できつかっただけだから。」

「無理はしないでくださいね。」

「無茶はともかく、無理なんて一度もしていないわよ?」

「それならいいのですけど……。」

 いろいろなストレスで微妙に心がささくれ立っているのが分かりつつも、本当に心配そうに見つめてくるこの小さな後輩には、流石に邪険な態度も取れずにいい加減な返事を返してしまう。ミコトのとがった耳が、どことなく元気なさげに下がっているのを見ると、罪悪感で胸が少し痛い。

 朝のトレーニング開始前の優喜の言葉は、一切嘘偽りは含まれていなかった。単純に、今までのトレーニング内容を水増しするだけかと思っていたティアナは、今までとは違う瞑想中心の訓練を言いつけられた時、内心ではかなり失望していた。その考えがどれほど甘かったか、というのを一時間後に身をもって理解する羽目になり、その時のダメージがずっと今も尾を引いているのだ。

「でも、一体どのよな訓練であれば、ランスター先輩がそこまで調子を崩されるのでしょうか?」

「どのような、というほどの訓練じゃなかったのよね、見た目は。」

 若草色の瞳でじっとこちらを見つめるミコトに対して、とりあえずある程度正直に答える事にするティアナ。すっかり冷めてしまった朝食を、義務感だけでどうにか口に運び、むせそうになるのを根性で押さえて飲み込む。冷めても美味なのが救いではあるが、胃袋は全く受けつけようとはしない。

「ランスター先輩、胃が受け付けない時は、無理に召し上がらない方が……。」

「分かってるんだけど、食べなきゃそれはそれで命にかかわりそうな予感がするのよ……。」

「でしたら、シャマル先生に相談なされたらいかがでしょうか?」

「……そうね……。」

 どうにも食べきれそうにない朝食を諦め、スプーンを置いて席を立つ。せめてスープだけでも、と思ったのだが、結局は無理だった。それでも、メニューを洋食にしたため、オレンジジュースとコーンスープ半分を口にすることができたが、これが和食だったら、多分みそ汁を半分は無理だっただろう。

「ちょっと、見てもらってくるわ……。」

「分かりました。私は、ナカジマ先輩に伝えてきます。」

「ありがとう、お願いね。」

 ティアナの礼にふんわりと微笑むと、瞳と同じ若草色の髪をなびかせて、楚々とした態度を崩さずに、それなりに急ぎ足で食堂を出ていく。その後ろ姿を見送った後、かなりおぼつかない足取りでトレーを返却口に運び、食事を無駄にしてしまった事を謝ってから食堂を出ていく。

 ふらふらと医務室に辿り着くと、シャマルはすでに点滴の準備を済ませていた。

「スバルかミコトから連絡があったんですか?」

「昨日の時点で、優喜君やなのはちゃんから連絡を受けていたから、多分こうなると思って、トレーニングが始まった時点で用意しておいたの。」

 伊達に竜岡式と長い付き合いをしている訳ではない、ということか。ティアナの現状の実力では、訓練内容をレベルアップした場合、確実に医務室送りになる事は共通認識だったらしい。

「フォルク君でも、そのメニューに入ったのは始めてから四ヶ月半ぐらいしてからだったし、その時もひどい状態だったもの。」

 認定ランクSオーバー、防御だけなら管理局でも十指に入り、特に正面からの攻撃を止める事にかけては、正規の局員の中ではNo.1と誰もが認める男ですら、今の段階に入るのにそれだけの時間を要したのだ。まだ絞り方が足りない上に、余計な事をしてオーバーワークになっていたティアナが、まともに耐えられるような類の物ではない。

「さ、横になって。」

 シャマルに促され、素直にベッドに横になる。正直なところ、いい加減立っているのも辛かったのだ。素直に指示に従ったティアナの腕を取り、手早く点滴を打って毛布をかける。

「栄養剤を打っておくから、しばらく横になってて。終わったら、ドリンクタイプの総合栄養剤を出すから、それを飲んで昼まで安静にしておく事。いいわね?」

「はい。」

「素直でよろしい。」

 本当に素直な反応を示すティアナに微笑むと、カルテを記入して、所属長であるはやてと直属の上司であるなのはに連絡を入れる。どうやら、双方ともに想定内だったらしく、すでにその前提で予定を変更済みだ、と返事が返ってくる。それがティアナにとっては非常に悔しく、情けない。

「ティアナちゃん、竜岡式のトレーニングが、どうして業務時間外にしかないのか、知っている?」

「……いいえ。」

「いろいろ理由はあるんだけど、一番大きいのは、それ以上やっても効果がないから、らしいわ。」

「効果がない……?」

「あくまでも私が聞いた話でしかないけど、朝と晩のそれぞれ二時間ずつで、疲労を感じなくなる手前まで一気に鍛えるから、それ以上やるとオーバーワークであっという間に体を壊すのよ。」

 シャマルの言葉に、思い当ることがあって沈黙せざるを得ないティアナ。

「ですが、普通に結構な運動量のダンスのレッスンもありますし、頻度は少ないですが他の訓練もありますよね?」

「それを見越した上でメニューを決めてるのよ。それに、早朝にやってから晩まで本格的な訓練を入れないのは、ある程度疲れた状態で日常的な事を問題なくできるように体を慣らす意味と、仕事や勉強をしながら体力を回復できる体を作る、という意味もあるわ。実際、六課に来る前と比べて、疲れている時でも思考が鈍りにくくなったでしょう?」

「……言われてみれば。」

「竜岡式の最初の頃の効果って、地味で目に見えない部分が多いから、どうしてもハードな割に効果が薄い印象が先立つのよ。でも、本当は、その地味で目に見えない部分が、何をするにしても一番重要な要素になるのよね。」

 シャマルの意見はいちいちもっともで、優喜相手に噛みついたときとはまた違った感じに、ぐうの音も出ずに降参させられてしまう。

「実際のところ、魔導師として最初に竜岡式で鍛えられたのが、なのはちゃんとフェイトちゃんだったからこそ、ここまで顕著に効果が表れた面が否定できないのが、この鍛錬法の難しいところなのよね。」

「どういう意味でしょうか?」

「簡単よ。普通の魔力容量Dぐらいの魔導師が、容量と回復力が倍になったところで、大した効果には見えないでしょう? それが成長期で、成長速度が三倍ぐらいになったとしても、ね。」

「……そう、ですね。」

 高町なのはもフェイト・テスタロッサも、九歳の頃の鍛える前の魔力ですら、一般から見ると天才に分類できるだけのものを持っていた。そして、それゆえに、竜岡式、というより気功という技能の特性である、リンカーコアの魔力容量と出力、回復力を増やし、成長を爆発的に促進させるという効果がぞっとするほどの影響を見せたのだ。

 これが、先ほどシャマルが例に挙げた、地上の平均ぐらいの存在であれば、二倍どころか三倍しても、成長周りの個人差で片付いてしまう程度でしかない。なのはとフェイトの伸びが、成長周りの個人差で片がつかないレベルだったからこそ、これほどまでに話が大きくなってしまったのである。

「今の段階で、あのメニューをこなせないのは、恥でも何でもないの。二期生と三期生は、一年かけてそのメニューに入ったのよ?」

「ですが、同じ事をやっていても、差が縮まる事はないのでは?」

「必ずしも追い付く必要もないとは思うけど……。」

 劣等感を刺激され、とにかく焦りを隠せないティアナに対し、思わず苦笑してしまうシャマル。これは、フォルクの時以上に難儀そうだ。

「あなたの何倍ものメニューをこなしているからと言って、実力が何倍も伸びている訳じゃないわ。実際のところ、あのメニューのほとんどは、体力を落とさないようにするための物だし。」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。」

 あまりに意外な言葉に、驚きの表情を浮かべるティアナ。

「それに、気功はともかく、それ以外はガンナーのあなたと相性がいいとは言えない物が多いし。」

「と、言いますと?」

「元々武術がベースだから、技が接近戦、それも素手で殴れる距離に偏りがちなのよ。キャロちゃんが喜々として使ってる発勁なんかが典型例だけど、気脈崩しとかも飛び道具でやるような攻撃ではないし。」

 これが、優喜のような非魔導師ならともかく、なのはやティアナのようなケースでは、素直に非殺傷でぶっ放した方が早い。非殺傷設定の魔法だからと言って、必ずしも殺さずに済むと言う訳ではないが、気脈崩しも入れ方を失敗すれば重大な後遺症を残したり、下手をすれば殺してしまうこともあるのだからどっちもどっちである。せいぜい、AMF環境下や魔力切れ状態でも相手にダメージを与えずに制圧できる分、ティアナのような容量や出力がそこまで高くない人間にとっては、気脈崩しの方が多少優勢である程度だ。

「あなたは、二期生や三期生の子たちとは与えられた役割や期待されている内容が違うのだから、自分が強くなる事に対するこだわりをもう少しだけ押さえて、チームや部隊全体が強くなる道筋を見つけるのも、結果として自分を伸ばすことにつながるはずよ。」

「……善処します。」

 シャマルの言葉に不承不承という感じで頷くと、用意されたドリンクタイプの総合栄養食を一息にあおり、もう一度体を横たえて瞳を閉じる。

 目が覚めた時に用意されていた昼食は、フェイト特製の薬膳粥であった。







「ティアナを鍛えた感じで言える事は、すでに実戦を経験している一般の局員を鍛えるのは、無茶苦茶効率が悪い。」

「やっぱりそうなるか……。」

「これが、教導隊とかグランガイツ隊ぐらいのレベルならいいんだけどね。普通の地上局員ぐらいだと、きつさの割に効果が地味すぎて、多分モチベーションを維持できないはず。」

 教導隊や首都防衛隊のレベルになれば、出力や展開速度、回復量などについて、小数点以下何桁の数値を争うような次元に達しているため、一般局員では認識も出来ないほどの変化ですら大きな成果と認識されるが、普通の武装局員はそうではない。

 地上の局員の大半は、展開速度や反応速度を百分の一秒で争うような事件には関わらないし、そういう状況では無力である。出力が三倍になったところで、普通の手段ではAMF環境下でガジェットの装甲を貫く事は出来ない。魔力回復速度が何十倍になったとしても、使える魔法の性能がいいところチャージに時間がかかる威力Bの砲撃であるため、連射できるとしてもありがたみが薄い。

 これが、エリオやキャロぐらいの年の子供なら、魔力容量DやEの子供が、最終的にAAに届きかねない勢いで育ったケースもあるため、それなりにモチベーションを維持しやすい。だが、成長期を過ぎると、とたんにリンカーコアを強化する性質が弱くなり、平均で二倍、いいところ三倍程度にしか強くならないのだ。幸いにして、ティアナはこの方面では、少なくとも地上の平均よりそれなりに上だったために、上手くいけば普通のAMFであれば小細工なしの魔力弾で貫ききれる可能性があるが、ほとんどの地上局員には、それは当てはまらない。

「ならば、どうするのが一番だと考えている?」

「まず、訓練に関しては、基礎体力をつける内容を一年ぐらいかけて、最低でも倍ぐらいには増やした方がいいと思う。」

「その程度でいいのか?」

「いい訳じゃないけど、あまり増やしても、故障者を大量に出すだけだしね。」

 優喜の言葉に頷いて見せるゼストとゲンヤ。グランガイツ隊はともかく、陸士一○八部隊は地上の一般局員の部隊としては精鋭に分類されはすれど、あくまでも隊員の平均ランクはC程度である。その訓練内容は平均よりは厳しいとはいえ、教導隊や首都防衛隊には遠く及ばない。質・量ともにそのラインに乗せてしまうと、ついていけるのがギンガと、せいぜいカルタスぐらいしかいないのだ。

 陸士一○八部隊でその程度なのだから、急激に、それも過激に訓練のボリュームを増やしても、なにもいい事はない。しかも、竜岡式の訓練内容は、やっている事こそ地味な基礎鍛錬ばかりであるものの、その内容は管理局一ハードな教導隊をもってして、顔を引きつらせる代物だ。もっとも、竜岡式から気功を抜いた程度の差しかない御神流にしたところで、アメリカ海兵隊の人間が「クレイジー」と天を仰ぐレベルなので、管理局だけがぬるい訳ではないのだが。

「しかし、ここにきて、実に考えさせられる話ばかりになってきたものだ……。」

「長年魔導師ランクにばかり目を向けて、訓練内容や戦術で状況をひっくり返す工夫、というやつがほとんどの部隊に欠けている事に気がつかなかったとは、な。」

 グレアムとレジアスのため息交じりの言葉に、頭をかきながら、苦い顔で自分達の恥を自己申告するゲンヤ。

「まったく、情けねえ話ですがね。基礎鍛錬なんざいくらやっても、ランクの高い犯罪者や強力な質量兵器相手には無力だってあきらめて、なあなあで済ませちまってた部分があったのは否定できねえ事実です。」

「首都防衛隊はさすがに違いますが、一般の部隊には、どうせ訓練して隊員の実力を上げても、海に引き抜かれて何も残らない、という意識があって、陸士学校の訓練をそのまま惰性で続けている部隊も少なくありません。」

「それは、我ら本局の人間の過ちだね。申し訳ない。」

 ゲンヤとゼストの言葉を受け、これまた苦い顔で頭を一つ下げるグレアム。だが、その謝罪を手で制して、レジアスが否定の言葉を告げる。

「たとえ、実力をつけたものが海に引き抜かれるとしても、だ。部隊一つを丸々引き抜くことなどさすがに出来ん以上は、何人引き抜かれようと、新たに来たものが必ず一定以上の実力を身につける仕組みを作っておけば問題なかったのだ。そういった意識がなく、訓練内容の充実にそれほど労力を割いてこなかったのは、地上本部の怠慢だ。」

「そう言った検討は、全くしてこなかったの?」

「してこなかった訳ではないが、広報部の事があるまで、低ランクの魔導師が単独でAAランク以上の高位魔導師に勝てる可能性があるなど、誰も考えていなかったからな。それに、これは儂らの不明ではあるが、最高評議会の連中や、犯罪組織の手先をあぶり出して排除するのに意識が向きすぎて、足元の事がおざなりになっていたのも事実だ。」

「あと、地上の案件のほとんどは、基本的にゃ人海戦術でどうにかする類のもんだ。同じランクなら市井の魔導師より強くある必要はあっても、海の連中みたいに最低ラインがA、なんてレベルに鍛える必要は薄かった、てのもある。第一、目が出ねえと分かってる人間をそこまで鍛えて、事件の時にガタが来て動かせねえとか、本末転倒もいいところだからな。」

 レジアスとゲンヤの言葉に納得すると、ここまで一言も口を開かなかったプレシアに視線を向ける優喜。

「僕個人の意見としては、短期的に効果を出すためには、装備の充実の方が手っ取り早いと思ってるんだけど、プレシアさんの方でどうにかなる目途は?」

「まだ、生産設備の設計も終わっていないけど、とりあえず量産の目途が立ったものはあるわ。」

 プレシアの言葉に、優喜を除くその場の人間全員の表情が変わる。

「どんなものか、聞いてもいいかね?」

「物としては単純よ。入力部分をなくしたジュエルシード、その劣化コピー品ね。性能としては周囲からある程度勝手に魔力素を吸収して充電する以外は、純粋にただのエネルギー結晶よ。」

 あまりに物騒な台詞に、グレアムとレジアスの目つきが鋭くなる。

「それは、大丈夫なのか?」

「大丈夫にするために、入力部分を外したのよ。それに、所詮劣化コピー品だから、容量も出力も、オリジナルの万分の一にも満たないわ。」

「それでも十分すぎる。目途が立ったと言うが、本当に安全に生産できるものなのか?」

「大前提として、絶対事故を起こさない物は存在しない、という事は理解しておいてもらうとして、とりあえずリスク自体は許容できる範囲に収まるはずよ。」

 プレシアの自信たっぷりの言葉に、真剣な顔で頷くトップ二人。

「とはいっても、さすがに量産については、今年どうにかなると言うものでもないけどね。」

「ふむ。参考までに、そのジュエルシードのコピーは、現在いくつあるのかね?」

「五十ほどね。失敗作や製法違いの物も含めるなら、二百程度はあるかしら。」

「失敗作はどうするつもりかね?」

「実験が終わったら、壊して捨てるつもりよ。」

 プレシアの返事に、心底安心する一同。彼女の事だ。失敗作といっても性能が悪いとは限らない。それに、ジュエルシードのコピー品というのが問題で、たとえその性能がオリジナルの十万分の一未満でも、下手をすれば百万都市一つを廃墟に変えかねない。

「因みにプレシアさん、組み込む装備の予定は?」

「そっちも大体決めているわ。AEC兵器のプロトタイプを適当に借りて、それをベースに生産性と整備性を重視した、出来るだけ非魔導師でも使いこなせるものを目指して開発する予定よ。」

「そのプロトタイプを借りる交渉は済んでるの?」

「ええ。向こうもうまくいけばそのまま正規採用される可能性があるのだから、かなり積極的に売り込んできているわ。」

 いつの間にか勝手にそこらへんの交渉を済ませているプレシアに苦笑すると、一応必要な事を確認する優喜。

「知らない間に結構話が進んでるけど、勝手にそこまでやってしまって大丈夫なの?」

「問題ない。」

「元々、プレシア君にはそこらへんの権限を与えているからね。」

 勝手に正式採用を決める権限まで与えていたとは驚きだが、管理局側から依頼している上にやっている事が違法研究ではない以上、ある程度好き放題できる権力を与えた方が面倒が少ないのだろう。

「量産はともかく、プロトタイプが完成するのはいつぐらいかね?」

「最初の一機が完成するのは夏前、大体同じぐらいに三機程度は出来上がる予定よ。一部隊分程度が完成するのは秋口といったところかしら。」

「完成品のテストはどうするつもりだ?」

「最初の三機が完成したところで、戦技教導隊とグランガイツ隊、それから陸士一○八部隊に一機ずつ支給してテストしてもらおうかしら。」

 予想外の言葉に目をむくと、恐る恐る質問をぶつけるゲンヤ。

「戦技教導隊とグランガイツ隊はともかく、何でうちの部隊なんです?」

「最終的に一般の地上部隊が使う前提なのだから、あなた達に渡すのは当然でしょう?」

「高町の嬢ちゃんにテストさせるんじゃねえんですか?」

「あの子にテストなんてさせたら、どんな仕様になるか分かったものじゃないわ。それとも、地上部隊にエース仕様の新兵器を配備するべきだ、と考えているのかしら?」

「……確実に持て余して、余計な被害を出しかねませんな。」

 ゲテモノ化しているレイジングハートの仕様を思い出し、げんなりした表情で答える。それを見て苦笑を返すと、現在計画中の試作品データを公開する。

「とりあえず、とり急ぎこのあたりから一つ、汎用性の高いものを選んで取りかかるつもり。調整の幅を広げたいから、試作第二弾はなのはやフェイト、はやてにもテストをしてもらう事にするわ。もっとも、あの子たちには実戦で使わせるつもりは全くないけど。」

「……そうだな。これ以上あの子たちに新兵器を持たせて、余計なイメージを広げる必要もあるまい。」

「そもそも、AEC装備自体、あの子たちには必要のない代物だからね。」

 プレシアの言葉に苦笑し、一応計画に承認印を押すグレアムとレジアス。

「犯罪者相手の実戦テストは、一部隊分が揃ったところでやりたいところね。」

「分かった。その時は、こちらでそれ相応の部隊を選定しておこう。」

「お願いするわ。」

「後は、広報部と一般部隊の連携、および広報部内での複数部隊の同時運用、か。」

「そっちはまだまだ、って感じだね。外部との連携はカリーナが頑張ってるみたいだけど、せめてこれぐらいはできてほしい、って言うのをことごとく外してくれてるみたいでね。」

 優喜の台詞に、苦笑しながら同意するゲンヤ。まだギンガが所属している陸士一○八部隊はマシな方で、半々よりやや分の悪い確率ではあるが、最低限の部隊行動は取れるようになってきている。だが、他の部隊になると、能力不足に加え反発もあって、最初から二期生だけで全部やってしまった方が早い、という結論に至ってしまうのだ。

「内部の方は内部の方で、期待の星のティアナが周りとのレベル差に当てられて、当初何のために部隊に呼ばれたのかって目的を忘れてるし。」

「お前の弟子だろう? どうにかならんのか?」

「こればかりは、すぐにはどうにも。ここを乗り切れた、って自信がつけば、少しは落ち着くと思うんだけど……。」

「まあ、向上心があるだけましだろう。正直、余程でない限りは、あの環境に放り込まれて追いつこうとあがけはしない。」

「あがきすぎるのが困りものだけどね。とりあえず、場合によっちゃ壊れるかもしれないから、その時のための準備はお願い。正直、やることが多すぎて、そこまでは僕の手に余る。」

 優喜の言葉に一つ頷くと、計画リストに新たな有望株の選定を追加する。この場にはなのは達と違って、ティアナが無理をして壊れたとしても、優喜を責める人間はいない。こういう事は自己責任だし、周囲に飲まれて壊れるのであれば、所詮それまでの人間だからだ。第一、陸士学校を出て一年以上実務をしているのだから、ある程度の体調管理はしてもらわないと困る。

「何にしても、時期は分かんないけど何か起こるのは確実なんだし、そこまでに出来るだけ形にしよう。」

 優喜のまとめの言葉に頷くと、それぞれの仕事に戻る裏方一同。全ての事象は、新人たちの心境などお構いなしに、深く静かに進んで行くのであった。



[18616] 第8話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:5e58ac76
Date: 2011/10/01 18:39
「ティアナの様子はどう?」

「相変わらず、ですね。」

 ある日の昼休み。珍しく隊舎の食堂で一緒にご飯を食べているフェイトの問いかけに、困ったように答えるエリオ。訓練内容を変えてから一週間、ティアナの顔はずっと土気色のままだ。

「やっぱり、まだ無理があったのかな?」

「でも、優喜さんは元に戻すつもりはないみたいです。」

「フォルクの時もそうだったものね。」

 竜岡式の関係は、何事においても効果が出るのが時間がかかる。ジュエルシード事件の時も、結局竜岡式そのものの効果は全て終わるころになって、ようやく少しは感じられる程度だったのだ。ティアナにしても、駄目だと判断するにはまだ、時期尚早ではある。

「問題なのは、明日か明後日ぐらいに、竜司の身内が来る、って言う事なんだよね……。」

「竜司さんの?」

「どんな人なんですか?」

「私も、詳しくは聞いてないんだ。三期生の子たちと同じぐらいの年の女の子、としか知らない。」

 つまり、エリオ達よりは年上になる。とはいえ、それなりに年が近い相手が増えるのは嬉しい事だ。特に、出動が多い三期生や合同訓練が主体の二期生とはあまり接点がないので、空き時間はどうしても、自分達のチームとヤマトナデシコの三人で、固まって行動する事になりがちなのだ。

「ただ、すごい対人恐怖症だって言ってたから、エリオ達には悪いんだけど、すぐに仲良くなれるかどうかは難しいんだ。」

「そうなんですか……。」

「それで、これは優喜からのお願いなんだけど、フリードにいろいろと手伝ってもらいたいんだって。」

「フリードに、ですか?」

 フリード、という言葉に首をかしげるキャロ。対人恐怖症と子竜のつながりがよく分からない。

「うん。その娘、動物は大丈夫らしいから。」

「あ、なるほど。」

 人に囲まれて育ったせいか、フリードは竜とは思えないほど人懐っこい。子供ゆえかずんぐりした体型には竜という威圧感はなく、その性質は言う事を聞く猫、という感じである。好奇心の赴くままにいたずらしては大人達に叱られ、誤魔化すように甘えて見せては忘れたころに仕返しをするさまは、飼い猫の行動原理そのものだ。

「アルフさんとかは駄目なんでしょうか?」

「どうなんだろう? 子犬モードと子供モードならどうにかなるのかな?」

 少し考え込む三人。アルフは思いやりのある気のいい女性だが、どうにも口調がきつい。対人恐怖症でおどおどしている子供にぶつけるのは、いささかリスキーだ。

「しばらく普通の犬の振りをしてもらって、様子を見てからにした方がよさそう、かな。」

「そうですね。」

「それまでは、フリードに頑張ってもらいます。いいよね?」

「キュイ!」

 キャロの言葉に、任せておけとばかりに胸を張り、元気よく返事をするフリード。それを見て少し和んだ後、少々表情を引き締めて重要な事を告げる。

「とりあえず、間違っても今のティアナと一対一で会わせちゃいけないよね。」

 フェイトの言葉に、真面目な顔で頷くエリオとキャロ。これに関しては、別段相手が対人恐怖症だから、というだけではない。今のティアナは、フォルクがそうであったように非常に心が荒んでおり、言動がやたらと攻撃的なのだ。しかも、当人がその事を気にしているため、誰かにいらだちをぶつけた後落ち込んで余計に心が荒み、と、見事な悪循環に陥ってしまうのである。

 そんな人間を、心が未熟な対人恐怖症の少女と接触させて、勢いで致命的な一言を言い放ってしまった日には、双方にとってどうにもならないほど深い傷を与えかねない。正直、いろいろと繊細な問題が多すぎて、基本的に力押ししかできない広報六課のメンバーには厳しいものがある。

「フェイトさん。」

「何?」

「ティアナさんの事、どうにかできないんでしょうか?」

 エリオの言葉に、いつになく難しい顔で顔を左右に振る。この件に関しては、フェイトは完全に部外者だ。しかも立場としては誰がどう見ても優喜やなのはの味方であり、ティアナとは対立する立ち位置に居る。出来る事はせいぜいシャマルの手伝いとして、フォルクの時に培った、今のティアナでも美味しく食べられる体に優しい食事を用意する事ぐらいである。

「私たちじゃ多分、駄目なんだと思う。」

「駄目、なんですか?」

「うん。私もなのはも、ティアナから見たら、才能がある人間だから。」

 フェイトの言葉に、思わず黙ってしまうエリオとキャロ。当人達に言わせると、なのはもフェイトも本当の意味での天才ではない、という事ではあるが、それでも生れ持った能力を評価するのであれば、凡人とは口が裂けても言えない。

「だから、誰か私達の代わりに、話を聞いてくれる人が必要。それに、今回の件に関しては、最初から最後まで私は蚊帳の外だと思う。根本の問題は、優喜やなのはの教育方針に対するティアナの不信だから、カリキュラムには一切関わってなくて、週に二回の実戦訓練もほとんど顔を見せてない私が口をはさんでも、説得力がなくてこじらせるだけじゃないかな?」

 これまでにフェイトが実戦訓練に顔を出したのは二回だけ。朝と晩の基礎鍛錬は毎日一緒にやっているが、それ以外の時間は大学に行っていたり、執務官としてなにがしかの調査を行っていたり、なのはと一緒にテレビやラジオの収録をしていたりと、隊舎に居る時間の方が圧倒的に短い有様である。そんな忙しい合間を縫って、朝昼晩とティアナのために薬膳粥をはじめとした体に優しい食事を用意しているのだから、これ以上の事をしろというのは無茶振りかもしれない。

 もっとも、食事に関してはなのはや紫苑がやる、と言っているのを無理を言って用意させてもらっている、というのが実態であり、本人に言わせると

「部外者の自己満足。」

 という事になる。

「結局、私達に出来る事は、ティアナが完全に壊れないようにフォローしながら、あの娘と話が出来るきっかけを待つ事だけ、なんだよね。」

 ため息交じりのフェイトの言葉に、何も言えずに沈んだ顔になるエリオとキャロ。残念ながら、見た目の上では関係者は全員優喜の側についてしまっている事もあり、新カリキュラムに対する結論が出るまでは身動きが取れない。

 ティアナの問題は誰にも結論を出せぬまま、広報六課全体を沈みこませていた。







「なあ、なのは。」

「……なに?」

「あの馬鹿、乗り越えられると思うか?」

「……何ともいえない。フォルク君の時より、ずっと条件が悪いし。」

 なのはの返事にため息をつき、月組の訓練評価に戻るヴィータ。正直、予想以上にひどい状況に、どう評価すればいいのか頭が痛い。ティアナの事も厄介だが、こっちの問題も厄介である。

「いきなりその手の無理をしねーで、あいつの要望通り芸能活動の時間を訓練に当ててたら良かったんじゃねーのか?」

「無意味だって、分かってるくせに。」

「だよなあ……。」

 それで解決できるのであれば、そもそも勝手にいろいろやっている時に、オーバーワークになって体を壊しそうになどならない。そもそも、結構な運動量のダンスレッスンにしたところで、竜岡式の訓練に比べれば遊びのようなものであり、同程度の強度の訓練をいくら増やしたところで、戦闘面で得るものはほとんどない。

 むしろ、リズム感や他人との呼吸の合わせ方など、基礎訓練をいくら積んでもそう簡単に身につかない、だが実戦ではかなり重要な要素を鍛える、という面では、下手な戦闘訓練などよりよほど実りが多い。演劇の練習など、筋書きを維持しながら臨機応変に細部を変えなければいけない状況はしょっちゅうで、チーム単位での突発事態に対する応用力を磨くには格好の訓練だったりする。

「勉強や訓練って、一定のラインから上は、一見関係ない事柄から、いかに自分の目指すものに役立つ部分を見つけるか、って言うのがかなり大事になって来るんだけど……。」

「だよなあ。実際のところ、芸事と戦闘って、お互いに応用がきく部分が結構あるんだよなー。」

「うん。でも、そう言う部分って見えにくいし、遊んでるように見えてもおかしくないんだよね。」

「遊びってのも、馬鹿に出来ねえぞ?」

 ヴィータの言葉に、真面目な顔で一つ頷くなのは。

「でもね、それをティアナに理解しろ、って言うのも、酷な話だとも思うんだ。」

「そうか?」

「私だって、そう言う事が分かるようになったのは高校に入ってからだし、勉強の仕方も中学までは漫然と授業を受けて、テスト前に分かんないところを教えてもらって、次のテストの頃には半分以上忘れて、って言う無駄な事を繰り返してたし。フェイトちゃんとかすずかちゃんも、結構そう言う感じだったんだよね。」

「ユーキのやつは違ったのか?」

 その質問に、苦笑しながら肯定して言葉を続けるなのは。

「優喜君、基本的に宿題以外はほとんど勉強とかしてなかったけど、ずっと成績は学年トップをアリサちゃんと競ってたよ。中等部までは一度やった内容を覚えてるからだと思ってたけど、実はそうじゃなくて。」

「あいつ、どんなやり方をしてたんだ?」

「授業をね、全部一言一句聞き逃すまいって感じで一時限まるまる集中して内容を聞いて、それを休み時間の間にノートにまとめてたの。小学校の頃はさすがにそういうやり方はしてなかったけど、ね。」

「それって、ちゃんと内容理解できてねーと、頓珍漢なノートを作るよな?」

「うん。だから、授業をちゃんと聞いてないと駄目なんだって。で、その上で、空き時間で本当にその内容は正しいのか、っていろんな方法で確認したうえで、理数系や歴史なんかだったら、最新の学説はどんなものがあるのか、なんてことまで調べてたらしくて。」

 むやみやたらと濃い勉強法で学んでいたらしい優喜に、思わず呆れたため息を漏らすヴィータ。

「で、オメーらもそれを実践してんのか?」

「高等部からはしてるよ。友達にノートを見せたら、かなり引かれちゃったけど。」

「……なのは、オメーにいつもの面子以外の友達がいたのか……。」

「居るよ、それぐらい。」

 あまりにも失礼なヴィータの言い分に、再び苦笑が漏れるなのは。これが彼女やフェイトだから苦笑で済むが、アリサだったら手も足も出る種類の大げんかに発展しかねない。

「まあ、それは置いておくとして。やっぱり、訓練とかに関しては、どうしても誤解される部分はあるよね。」

「そうだよな。惰性でやってる三時間と、集中して限界まで密度を上げた一時間じゃ、段違いに密度を上げた一時間の方が効果があるんだけどなあ……。」

「でも、ティアナもそうだけど、一般的に効果がありそうに見えるのって、三時間かけて量だけこなしてる訓練なんだよね。」

 そこが、竜岡式の考え方と相いれない部分であろう。その上、優喜自身が、基本的に鍛錬の量と質と時間と熱意と集中力がダイレクトに力量に跳ね返ってくる、と言ってしまっているため、強くなるためには量を増やさないと効果がない、とティアナが誤解してしまっているのだ。

「全く、ガンナーが視野狭窄起こしてちゃ、話にならねーだろうに……。」

「あははははは……。」

 いろいろと、人の事を言えない前科があるなのはは、思わず笑ってごまかしてしまう。

「そういや、明日実戦訓練だったよな?」

「うん。」

「何事もなきゃいいんだがな……。」

「だよね……。」

 手間のかかる教え子に、思わずため息が漏れる二人であった。







「なのはさん、お願いがあります。」

 その日の晩。晩の訓練も夕食も終え、後は風呂を済ませて寝るのみとなったところで、ティアナが真剣な顔で切りだしてくる。

「何?」

「明日の実戦訓練、私にも受けさせてください。」

 ティアナの申し出に、渋い顔を隠そうともしないなのは。いまだに顔色も悪く、気の流れも安定していない。状態が状態だけに、下手に軟気功や治癒魔法をかける訳にもいかず、現状シャマルの医者としての能力に頼り切っている。そんな彼女を実戦訓練に参加させるなど、死ねと言っているようなものだ。

「駄目。」

「どうしてですか?」

「私は、訓練で死人を出すつもりはないから。」

「何故そう言いきれるんですか!?」

 ティアナが声を荒げ、上司であるなのはの胸ぐらをつかんで詰め寄る。その瞬間、食堂に派手な音が響き渡る。

「テメー、いい加減にしやがれ!」

 ふらつきながらなのはに詰め寄るティアナを見て、ついにヴィータが切れた。力いっぱいテーブルを叩いて注意を引いた後、なのは達の間に割り込んでティアナを睨みつける。

「テメーはガンナーだろうが! センターガードだろうが! そのテメーが視野狭窄起こして自分の状態も理解できねーで、どうするつもりだよ!」

「自分の状態ぐらい、ちゃんと理解できています!!」

「だったら、自分が真っすぐ歩けねーほど弱ってる事も、当然分かってんだろーな!? そんな体で戦場に出てきて、仲間を殺す気か!? 冷静な判断ができねー司令塔なんざ、本気で存在価値ねーぞ!」

 基本的に口が悪く口調も荒いヴィータだが、実のところ本気で怒る事はほとんどない。なんだかんだ言ったところで、彼女も何百年も生きているヴォルケンリッターの一員だ。そんなヴィータがここまで怒りをあらわにするのだから、相当腹にすえかねたらしい。

「それで死んだところで、テメーは満足だろうがよ! そうなったとき、残されたスバル達をどうするつもりだ!? 相方を守り切れなかったって傷は、オメーが考えてる以上に後に引くんだぞ!!」

 もはやこれ以上、甘い顔は出来ない。ヴィータが全身でそう語る。

「オメーの自己満足で、たかが訓練で相方壊すような真似すんな!」

「だから、どうしてそうなると言いきれるんですか!?」

「分かんねえんだったら、体に直接教えてやるよ!!」

 そう言って、ヴィータが容赦なく拳を振り抜く。それは、たとえレベルで劣る地上部隊といえども、普通に訓練を受けていれば確実にかわせるスピードの攻撃だった。だが、反応は出来ているのに体が全くついていかなかったティアナは、なすすべもなく腹にその一撃をもらってしまう。

「ヴィータちゃん!」

「後で営倉にでも何でも入ってやるから、今は何も言うな!」

「でも!」

「こうでもしねーと、この馬鹿の頭は冷えねーよ!」

 薄れゆく意識の端で、なのはとヴィータのそんなやり取りを拾うティアナ。あの速度のパンチをよけられなかったショックと、思った以上に全身に響いたダメージに、これは本当に死ぬかもしれないと他人事のように考えながら、ティアナの意識はそこで途絶えた。







「ごめん、ヴィータちゃん……。」

 結局、一晩反省室に入る事になってしまったヴィータに、しょげた顔で謝るなのは。

「いいって。あたしが勝手に切れてやらかしちまった事だ。」

「本当は、私がちゃんと向き合わなきゃいけなかったのに……。」

「まあ、それ言い出したら、ユーキの奴が中途半端な事をやらかした、ってのが一番マジーんだし。」

「でも、一応スターズの隊長は私なんだから、私がちゃんと部下の事を把握してなきゃいけなかったの……。」

 どっちが反省室に入っているのか分からないなのはの態度に、思わず苦笑が漏れる。確かに、分隊長はチームメンバーの隊長や心理状態を把握し、何かあった時にはきっちりフォローする役割も担っているが、現実にはそこまで部下の事を慮って行動する分隊長はそれほどいない。

 大体、たかが二等陸士が一等空尉や三等空佐待遇の人間に食ってかかった挙句、用意された訓練メニューを否定して勝手な行動を取る、などという事は本来許されない。他の部隊なら自主訓練という言い分も通じるが、広報六課に限っては故障のリスクが高いため、上司と教官の許可を取らずに勝手に訓練をすることは許されていない。体調の問題でここにはいないが、現実にはティアナの方がここに入らなければいけないのである。

 人間関係、という面に関して言えば、今回の件は全員に問題がある。だが、組織の一員としての行動を見ると、明らかにティアナ一人が間違っているのだ。しかも、再三注意しても改まっていないのだから、分隊長が責任を果たしていない、という評価は出来ない。

「ま、取り合えずだ。折角あたしが反省室に入ってまで憎まれ役を買って出たんだから、ちゃんとあの馬鹿をどうにかしてやってくださいよ、高町隊長。」

「分かってるよ。ありがとう。」

 冗談めかして言うヴィータに対して、目じりに涙を浮かべながら、どうにか無理やり微笑んで返事を返す。

「しっかし、竜岡三等空佐殿も、肝心な時に店に缶詰めとはねえ……。」

「しょうがないよ。元々無理言ってこっちの手伝いをしてもらってるんだから。」

 人間一人に出来ることなど、たかが知れている。だと言うのに、優喜以外に出来ない事が多すぎて、明らかに手が回っていない。流石に三佐待遇になるだけあって、これまでやっていた仕事内容も管理局にとって非常に重要な物ばかりだ。ぶっちゃけた話、朝晩の訓練をみる程度ならともかく、日中にティアナの面倒をみるような余裕はないのである。

「ま、はやてとフェイトが何か考えてるみたいだし、何にしても、まずはシオンのお手並み拝見、ってことにしておこう。」

 ヴィータの言葉に情けない顔で一つ頷くと、明日のために引き上げる事にするなのはであった。







 まだ生きていたのか。それが目が覚めた時、最初に頭をよぎった言葉であった。

「……私の部屋?」

「ええ。申し訳ないのだけど、アイナさんにマスターキーを借りて、勝手に入らせていただいたの。」

「……琴月さん?」

「紫苑でいいわ。その代わり、私もティアナさんと呼ばせていただいてもよろしいかしら?」

 おっとりと微笑みながらそう告げる紫苑に、思わず顔を赤くしながら頷くティアナ。ふと見ると、窓際に今までなかった一輪刺しが置かれ、薄紅の可憐な花が飾られている。

「このお部屋があまりに殺風景だったから、少しは居心地が良くなるかと思って飾ってみたの。頂き物を勝手に飾って申し訳ないのだけど。」

「いえ。ありがとうございます。」

 紫苑の心遣いに感謝し、頭を下げる。いくら心がささくれ立っていると言っても、流石に花を勝手に飾ったぐらいで怒るほど余裕を失ってはいない。

「何か食べられそう?」

「……正直、食欲はほとんどありません。」

 顔色をうかがいながらの問いかけに、正直に答える。はっきり言ってほとんど接点のなかった相手なので、どう対応していいかが分からない。しかも今更の話ながら、一応彼女も階級的には自分達より上である。優喜やなのは、ヴィータなんかにあれだけ突っかかっておいて、本当に今更ではあるが。

「そう。だったら点滴かしら?」

 そう言って医務室に連絡を取り、転送魔法で届けられた点滴を手際よくティアナの腕に打つ。妙に手慣れた動きに目を丸くしていると、こういう時のためについ最近研修を受けたのだと言う返事が。

「研修を受けた程度で、こんなに手際よく出来るものなんですか?」

「それなりに練習はしたし、三年ほど前まで下宿していた従姉が発作持ちだったから、注射には慣れているの。」

 何でもないように言ってのけるが、発作を起こした人間に注射を打つ、というのは結構大変だ。それに、優喜も昔は目が見えなかったと言う。そう言った厄介な身内を複数抱えていても、多分彼女は何でもないように振舞っていたのだろう。魔導師ではないが、強い女性だ。

「シャマルさんが、点滴が終わったらこれを飲んでおくようにって。」

「はい。」

 この一週間、ずっとお世話になりっぱなしの、ドリンクタイプの高カロリー総合栄養食だ。一本二百五十キロカロリー、一日六本で最低限の基礎代謝に必要なカロリーと栄養をほぼまかなえる代物である。

「いろいろと手間をかけてしまって……。」

「気にしないで。こういうことも、私の仕事だから。」

「そう言えば、紫苑さんは普段はどんな事を?」

「そうね。いろいろな事をしているわ。」

 優喜を手伝って商談をまとめたり、アクセサリのデザインをいくつか代わりにやったり。どうしても多忙ゆえ何かと目配りが行き届かない隊長達に代って、隊員達の様子をチェックし、必要ならば相談に乗るのも彼女の仕事だ。時には、はやてを手伝って、たまりすぎて決済が追い付かない書類の処理を済ませたり、出入りのスタイリストと一緒に、なのは達の衣装を決めたりなどもしている。

 要するに、足りないところ、回っていないところをサポートするために六課にきているのが紫苑なのだ。ただし、訓練メニューを決めたり、その内容を評価したりといった専門的な部分は触っていない。せいぜいがヤマトナデシコのメンバーの戦闘面以外の教育を任されている事と、デバイスをはじめとした新装備について、感想や意見を軽く求められる程度である。

「本当に、いろいろな事をしているんですね。」

「どれも、大した仕事はしていないのだけど。」

 ティアナの関心と尊敬の混ざった言葉に、柔らかく苦笑しながら謙遜してのける。そんな紫苑の様子に謎の感動を覚えながら、折角の機会だからとしんどくない程度にいろいろと雑談をする。紫苑は実に聞き上手で、気がつけばあれこれ余計なことまで話してしまっているティアナ。

「……紫苑さんは、竜岡教官の……。」

「そういう関係、ではあるわ。」

 いくつかの雑談の後、栄養剤を飲みほしてから思い切って切り出した言葉に、少し困った顔をしながら正直に答えてくれる紫苑。そういった表情も上品で華があり、そういう性癖がないはずのティアナですら、思わずくらっときそうになる色気がある。

「だけど、優君の事を全て肯定するつもりはないのよ?」

「……意外ですね。」

「愛しているからこそ、間違っている時にはちゃんと指摘しなければいけないの。間違っていると分かっていて、どうあっても変える事が出来ない事情があるのであれば、そしてその事情が本当にどうにもできない事であるのなら、一緒に地獄の底まで落ちることもやぶさかではないのだけど、ね。」

 穏やかな表情で、思いのほか強い言葉を告げてくる紫苑に、思わず唖然としてしまう。人を愛すると言う事は、これほどの覚悟が必要なのだろうか。

「ティアナさん。優君やなのはさんに対して思っている事を、正直にすべて話してくれないかしら?」

「……。」

「もちろん、外に漏らす事はないわ。告げ口のような真似は絶対しない。」

 真剣な表情で、ティアナの目を真正面から見つめながら、今日初めて強い口調で告げる紫苑。その視線の強さに、小さく首を縦に振る。そのまま、ぽつぽつとこれまでたまっていた不安や不満をすべて吐き出す。その言葉に対し、何一つ口をはさまずに最後まで聞き役に徹する紫苑。

「……ティアナさん。」

「……なんでしょうか?」

「急がば回れ、という言葉を御存じかしら?」

「……いいえ。」

 話が終わって、最初に紫苑が口にしたのは、聞きなれない慣用句であった。

「あえて回り道をした方が、結果として目的地に早くつく、という言う意味よ。」

 訳の分からない言葉に、何が言いたいのかという気持ちが顔に出てしまったのだろう。紫苑が苦笑を浮かべるのを見て、不躾すぎたらしいと反省する。

「そうね。例えば目的地が山の向こうだったとする。目的地にたどり着くルートとして、距離は短いけど舗装されていなくて、その上急で険しい山越えの道と、山をぐるっと迂回する、距離は長いけどきちっと舗装されて歩きやすい道があったとして、必ずしも最短距離を歩く方が、早く到着するとは限らないでしょう?」

「……そうですね。」

「どんな事でもね、最短ルートを行くのが早く結果を出せるとは限らないの。それに、私たちが最短だと思っている道が、実はかなり遠回りしている、なんてことも珍しくないわ。」

 何かを思い出したらしい。本当に苦い笑みを浮かべながら、そんな事を告げる。どうやら、完璧そうに見える紫苑とて、焦って早くことを済ませようとして、回り道をしたり目的を達成できなかったりという失敗をした事があるらしい。

「私は訓練のカリキュラムについてはそれほど詳しくはないけど、優君もなのはさんも、多分本当の最短ルートを通らせるために、わざと遠回りさせていた部分もあるのではないかしら?」

「本当にそう思いますか?」

「少なくとも、今みたいに体を壊して長い間停滞するよりは、回り道でも少しずつ前に進んでいる方が、最終的には早く上にいけるような気はするわ。」

 自分でも思っていた事を指摘されて、思わず顔を真っ赤にしてしまう。そのティアナの様子に構わず、思うところを告げる紫苑。

「一番の問題は、優君もなのはさんもティアナさんにそう言う話をちゃんとして、納得させる事を怠った事でしょうね。」

「……。」

「納得していたら、少なくとも体を壊すような無理はしなかったでしょう?」

「……どうでしょう。」

 よもや、ここで紫苑が自分の肩を持つとは思わなかったティアナは、思わず目の前の美女の顔をまじまじと見つめてしまう。

「少なくとも、私はティアナさんが、自分で納得した事に文句をつける人だとは思わない。」

「ですが、ちゃんと真意を確認せず、何度も言われていたのに聞く耳を持たずに突っ走って、結果として体を壊して周囲の足を引っ張ったのは私自身の責任です。」

「もちろん、ティアナさんに全く問題がなかったとは言わないわ。少なくとも、体調を崩しているのに無理に訓練に参加しようとして、許可が出なかったからって上司に食ってかかるのは褒められたことではないし。」

「……はい……、……反省しています……。」

「でも、最初の段階で納得していなかった事ぐらい優君達ならすぐに分かったはずなのに、そこでちゃんと不信感を取り除こうとしなかったのは上司の怠慢。たとえティアナさんが意固地になってしまっていたとしても、優君達の方が年も経験も実力も上なのだから、自分達から歩み寄って時間を割いて関係を改善しなきゃいけなかったのよ。」

 そこまで口にして、深々と頭を下げる。紫苑の突然の行動に、思考が止まり完全に固まってしまうティアナ。

「ごめんなさい。ここまでこじれる前に、私がちゃんとティアナさんの事を見て、優君達に釘を刺さなきゃいけなかった。それも私の仕事だったのに、全うすべき役割をちゃんとこなせなかった。」

「そ、そんな! 紫苑さんが悪い訳では……。」

 正直なところ、紫苑はフェイトとは別の意味で、今回の件については部外者だ。確かにフェイトに比べれば隊舎に居る時間は長いが、それでも不在になる事も多い。顔を合わせる機会など朝のトレーニングの時間か夕食時ぐらい、しかも今日まで会話をする切っ掛けもなかった。

「さっき言ったわよね。愛しているからこそ、間違っている時は間違っていると言わなければいけない、って。」

「……竜岡教官は、なにも間違った事は言っていません。」

 紫苑の態度にすっかり頭が冷えたティアナは、これ以上目の前の美女に頭を下げさせないために、自身の反省を口にする。実際、ミッドチルダの常識からするなら、優喜は何一つ間違った事は言っていない。ティアナの年ならば、少なくともトレーニングに問題があるなら、客観的な事実を持って内容の是正を求める必要があったのだ。

 大体、いつも終わるころには体を動かすのも億劫になるほど疲弊すると言うのに、それ以上の増量を求めるなど、壊してください、と言っているようなものだ。それを受け入れられないからと言って勝手に水増しするなど、自殺行為もいいところである。それで体を壊そうが自己責任だ、と言われても反論の余地などない。

「正論が、常に正しい訳ではないわ。」

 だが、紫苑はそうは思っていないようだ。彼女からすると、いくら正しい事を言っていようと、状況を悪化させていては意味がないのだ。

「二人には私の方から釘をさしておくから、もう一度思っている事を優君達に話してほしい。」

「……分かりました。」

「では、この話はこれでおしまい。お茶を淹れようかと思うのだけど、飲めそうかしら?」

「……頂きます。」

 ティアナの返事ににっこり微笑むと、心地よい不思議な香りのするハーブティを淹れてくれる。その香りと優しい渋みに、恥ずかしさと情けなさにのたうちまわりそうになっていたティアナの心は、静かに落ち着いて行くのであった。







「ここ、であってるのよね?」

「うん……。多分……。」

 スバルに背負われて、はやてに指定された場所にやってきたティアナは、何ともいえぬうらぶれた雰囲気に、思わず疑問形でつぶやいてしまう。連れてきたスバル自身も、マッハキャリバーに何度も確認をしたにもかかわらず、どうにも自信なさげだ。

「クロスミラージュ?」

『指定されたポイントは、ここで間違いありません。』

「そっか……。」

 頼りになる相棒にまでそう言われてしまった以上、間違いなくここしかない。いくら場所が郊外に近いとはいえ、六課の隊舎の敷地内に、こんな微妙な雰囲気の場所があるとは思わなかった。電車のレールを見上げながら、思わず内心でそんな事を想いつつ、スバルの背中から降りる。

 思えば、こうして彼女に背負われて移動するのは、これで何度目になるのだろう? 普段は魔導師の中では足が遅いティアナを、素早く所定の位置に運ぶ事を目的としておこなわれるが、今回は病人の運搬だ。作戦上必要な事なら負い目もないが、今回の場合はティアナがいろいろやらかしたことで余計な負担をかけている訳で、流石に気心の知れた相棒といえども申し訳なさを感じる。

「ごめんね、スバル。ありがとう。」

「気にしないで。いつもあたしの方が迷惑かけてるし。」

 久しぶりに見たティアナの柔らかい表情に、どうやら精神的な意味での嵐は過ぎ去ったらしいと判断し、内心でほっとするスバル。

「じゃあ、一旦戻るから、終わったら呼んで。」

「ええ。ありがとう。」

 ティアナの言葉に右手を上げると、夕食のために寮に戻るスバル。オフィスまでは結構な距離があるが、寮まではそれほどでもない。体調がこうでなければ、ティアナも自分で歩いてきただろう。

「さて、こんな場所に何の用なのやら……。」

 明らかに何か企んでいたチビ狸に、どうにも不安を感じて仕方がない。多分、指し手が胃がある事ではないだろうが、それでもまず間違いなく、碌な事を企画していないだろう。

「あ、ティアナ……。」

「なのはさん……。」

 もしかしてと予想はしていたが、こんな形で対面しても気まずいだけだ。自分達を話し合わせたいのであれば、別に寮の談話室で十分ではないか。妙なセッティングをしたはやてに対して、内心そんな風に毒づく。いろいろ反省しているティアナだが、今回に関してはこれぐらいは許してほしい、などとそうと知りつつ身勝手な事を考えてしまう。

「えっとね。はやてちゃんがガード下に行けば分かる、って言ってたんだけど……。」

「ガード下、ですか……。」

 なのはの言葉に釣られ、鉄道の高架下を見る。日が落ちて暗いためにはっきりとは分からなかったが、薄暗い明りの下に、何か小さな構造物があるようだ。どうも、なのはもはやてがなにを企んでいるのかを聞かされていないらしく、どことなく自信なさげである。

「まあ、行ってみれば分かる、かな。」

 そう呟いて、ティアナをかばうようにさりげなく前面に出て、一見無造作に見える歩調で構造物に近付いていく。ガンナーの視力ならある程度細部が確認できる距離まで近づいたところで、目に見えて脱力するなのは。

「はやてちゃん、いろいろ冗談きついよ……。」

 なのはがすっかり警戒を解いてしまったのを見て、どうやら害のあるものではないらしいと判断するティアナ。不調ゆえあまりよく見えていない事もあり、あれが何なのかをとりあえず確認する事に。

「なのはさん、あれは一体?」

「日本の屋台。今じゃめっきり見かけなくなったんだけどなあ……。」

 そう言って、のれんにおでんと書かれた、昔懐かしい昭和の香りがする木製の屋台に近付いていく。多分ここで何かをしろ、という事なのだろうと判断し、もう何があっても驚くまいと覚悟を決めてのれんをくぐると……。

「いらっしゃい。」

「……予想はしてたけど、予想はしてたけど……。」

 割烹着に身を包み、三角巾をしたフェイトが笑顔で迎え入れてくれる。どうやら他にスタッフの類はいないらしい。もっとも、サーチャーの類で収録をしていたとしても、何らおかしくはないのだが。

「フェイトちゃん、何やってるの……。」

「えっとね。はやてが『隊員が気軽に愚痴をこぼせる企画がいる』って言いだして、ね。」

「それとフェイトちゃんがおでんを煮込んでる理由とがつながらないよ……。」

「はやてが言うには、愚痴をこぼす場所って言ったら場末の居酒屋かガード下のおでん屋台と相場が決まってるんだって。」

「いやまあ、確かにそうかもしれないけど……。」

 フェイトが語るはやての理由に、完全に力が抜けて座り込むなのは。丁度タイミングを合わせて、ガタンゴトン、ガタンゴトンと哀愁を感じさせる列車の通過音が聞こえてくる。移動する列車の影が無駄にいい仕事をしていて、ここだけいろんな意味で別世界である。

 因みに言うまでもないが、ミッドチルダの鉄道はリニアレールをはじめとしたさまざまな手段で騒音対策を進めており、こんな派手な音が鳴る事はない。明らかに、屋台にそう言う余計な機能を仕込んである。

「というか、さっきの答え、やっぱりフェイトちゃんがおでんを煮込んでる理由にはなってないと思うんだ。」

「ん~。なんかね、私は部隊の中ではちょっと他の人と距離を置いてるから、愚痴の聞き役にちょうどいいんじゃないか、って。あと、部隊の中で一番おでんを煮込むのが上手だ、って言うのもあるみたい。」

 分かるような分からないような理由と明らかに関係ない理由を告げて、小皿に手際よくおでんを取り分ける。

「なのはは確か、卵が好きだったよね?」

「うん。」

 本当におでんが出てくると思っていなかったなのはが苦笑しながら答えると、大根とちくわ、昆布に卵が盛られた皿が出てくる。ティアナの方には大根が二切れ。大根も卵も実にいい色で、出汁の香りが食欲をそそる。

「一応消化によさそうなものを出したけど、ティアナは無理しなくてもいいからね。」

「はい。」

 フェイトの言葉に頷き、恐る恐る箸をつけてみる。大根は実に柔らかく煮込まれており、箸でつかめるのに口の中で溶けるように崩れる。味も良く染みていて、実にうまい。

「美味しい……。」

「そっか、良かった。なのは、スジもあるけどどうする?」

「あ、頂戴。」

「はーい。」

 当初の目的を忘れて、ついついおでんを堪能しそうになるなのはとティアナに対し、そうはさせじとフェイトがコップを取り出す。

「フェイトちゃん……?」

「まあ、とりあえずなのはは一杯いっとこうか。」

「あの、私未成年……。」

「ここはミッドチルダだから大丈夫。とりあえずお神酒ってことにして、今日だけは日本の法律には目をつぶってもらおう。」

 法の番人がそれでいいのか、と思わず突っ込みそうになるティアナ。実際、確かにミッドチルダの法律では、飲酒は十八歳から認められるのではあるが、だからと言って出身世界のそれを堂々と無視するのはいかがなものか。

「それに、全員素面じゃ、言いづらい事もあるでしょ?」

「……そうですね……。」

 つまるところ、企画の趣旨を果たすために、なのはを生贄にすることにしたらしい。大吟醸「時の庭」というラベルの一升瓶をカウンターから取り出し、容赦なくなみなみとコップに注ぐ。よく見ると、瓶の中身が最初から満タンではなかった。どうやら、なのは達の前に、誰か飲んだらしい。

「という訳で、なのは。」

「……分かったよ。」

 差し出されたコップを受け取り、覚悟を決めて一気にあおる。慌てて止めようとするフェイトを無視して、あっという間に最初の一杯が空になる。まともに酒を飲んだ経験などない人間がやるにはあまりにも危なっかしい飲み方に、自分がけしかけた事も忘れてハラハラするフェイト。

「あのね、ティアナ……。」

 景気づけに最初の一杯を飲み干し、フェイトに次を要求しながら口を開く。速攻で酔っ払ったのか、と思ったがそうでもないらしい。どうやら、酔っ払った、という事にして話を進める事にしたようだ。

「はい……。」

 その様子に、自分がたまっていたぐらいには、なのはもいろいろため込んでいたらしい事を悟るティアナ。絡み酒的説教を覚悟していると、なのはの口を突いて出てきた言葉は驚くべきものであった。

「私、そんなに頼りないかな……。」

「え?」

「ティアナが注意されても言う事を聞かなかったのって、結局私達の説明を信用できなかったから、だよね。」

 そっと差し出された二杯目を、今度は普通にちびちびとやりながら、自身の事を心底情けなさそうに続ける。

「私達は、優喜君が言ってた事をずっと守ってきた。優喜君がこういうことで嘘をつくはずがないって、心の底から信頼出来てたんだ。三キロ走れるようになるまで結構かかったし、本当に走れるようになるのか自信はなかったけど、でも、優喜君の言葉は疑わなかった。」

「……。」

「それは結局、私たちにとって、優喜君は凄く頼りになる人で、教わった事を無条件で受け入れられる相手だった、って事だから……。」

 もう一口、グラスの中身に口をつける。

「そう考えると、ティアナは私達を頼りない、って考えてたんだろうな、って思い知っちゃって……。」

「そ、そんな事は……。」

「頼りにしてくれてるんだったら、カリキュラムの事で悩んでても、ちゃんと相談してくれたよね?」

 なのはの言葉に、反論できずに口ごもる。実際、少なくともなのはは、機会があるたびに声をかけては、悩み事とかカリキュラムの問題点とかを聞き出そうとしていた。最初の頃は一杯一杯で答える余裕が無かっただけではあるが、結成記念公演が始まる頃には、自身の焦りもあって、なのは達になにを言っても無駄だと決めつけていた。なのは達を信用していなかった、というのは間違いない。

「本当に、私は自分が情けないよ。」

 残り四分の一程度を一気に飲み干すと、無言でフェイトの方に差し出す。中々のペースだが、どうやら無意識のレベルで行っている軟気功が、アルコールを高速で分解して外に排除しているらしい。この分では、一升瓶を空にした程度では酔いもしないだろう。

「なのはさん……、ごめんなさい……。」

「ティアナだけが悪い事じゃないんだ……。後輩が間違えたのなら、ちゃんと注意して理解させて、正しい道に戻すのも私達の仕事なのに、結局ティアナをそこまで追い詰めちゃって……。」

 深くため息をつくなのはに、罪悪感が胸を締め上げる。自分でもどちらが間違っているのか分かっていたのに、結局ちっぽけなプライドとくだらない反抗心に任せて反発し、チーム全体に迷惑をかけてしまった。紫苑に味方されて初めてその事を素直に認められるとか、自分はいったいどれほど子供なのか。これでセンターガードなど片腹痛い。今のティアナは、心底そう考えている。

「紫苑さんにも叱られたよ……。」

「本当に、ごめんなさい……。」

 なのはと優喜に謝罪するつもりだったのに、相手に先に謝られる。これほど居心地の悪い事もない。分かってやったのであれば、紫苑は相当な策士だ。かわした言葉には真心が込められていたので、悪意を持ってやっている訳ではないのは断言できるのだが。

「ティアナ。」

「はい。」

「頼りにならない分隊長かもしれないけど、これからは出来るだけ、ちゃんと言葉にしてほしいんだ。」

「はい。」

「反発してもいい。ただ、せめてちゃんと話しあいはさせてほしい。」

「分かっています。今まで、申し訳ありませんでした。」

「こっちこそ、至らない上司でごめんなさい。」

 どうやら、話がまとまったらしい。後はエンドレスで謝りあうだけだと判断したらしいフェイトが、ここで口をはさむ。

「二人とも、ご飯食べてないでしょ?」

「うん。」

「ええ。」

「じゃあ、ここでたくさん食べて行って。」

 そう言って、なのはの皿に彼女の好物を手際よく盛り付ける。

「ティアナ、まだ食べられそう?」

「はい。なんだか、今日は食欲があります。」

「じゃあ、これなんかどうかな?」

「これは?」

「餅入り巾着。普通のお米よりは消化がいいはず。お餅だから、のどに詰まらせないように注意してね。」

「あ、フェイトちゃん。私にもお願い。」

「はい。」

 後は、普通におでんを食べるだけだ。こうして、今後定期的に行われる事になる特別企画、「愚痴聞きます。おでん屋フェイト」は狙い通りの成果を上げ、スターズはようやくチームとして、本当の意味でスタートを切る事が出来たのであった。

 なお、この時不在だった優喜はというと……

「竜岡教官、これは一体?」

「ティアナの移動補助用品。ホバー移動ができるようになるブレスレットと、ホバー中に高速ダッシュができるペンダント。昨日夜なべして作っておいたんだ。」

「えっ?」

「そろそろ、カリキュラムを増やしてもいけると思ってね。」

 ティアナの底上げのために、弱点のうち、資質の問題でカバーが難しかった部分を埋めるアクセサリーを作っていたのだ。なんやかんやであれこれバタバタしていたのは、最初からこのためだったらしい。紫苑に釘を刺された割には態度が変わっていないが、これに関してはそう言うフォローは役割分担の一部、という事で、上司達の間では話がついている。無論、スバル達平局員は知らない話である。

「カリキュラムを増やす?」

「ん。多分、今日は先週こなせなかった内容をこなせるはずだから。」

「本当に?」

「本当だよ。言うなれば、先週はずっと脱皮してる最中だったんだ。本当ならまだかなり早いところを無理やり進めてたから、上手くいくかどうかはかなり際どかったんだけどね。」

 自分で望んだ事とはいえ、本当にリスクの大きな真似をしていたらしい。

「次からは、こういう心臓に悪い真似は頼まれても絶対しないから。いいね?」

「はい。申し訳ありませんでした。」

「今回はこっちも反省しなきゃいけない部分があるから、お互いさまってことにしておこう。」

 以前ほど優喜に対する不信感を感じなくなり、少しずつ相手に歩み寄れそうな気がするティアナ。自業自得で死の淵に立たされた彼女は、こうして一つ大人になったのであった。







あとがき
日本人の皆様は、お酒は二十歳になってからです。



[18616] 第9話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:17f345e1
Date: 2011/10/08 18:22
 その少女は、不思議な容姿をしていた。

「……その子が、竜司さんの?」

「うん。竜司の従妹の北神美穂。美穂、日本人の子が高町なのは、金髪の子がフェイト・テスタロッサ。そこにふよふよ浮いてるのがフィーで、チビドラゴンがフリード。」

 優喜と紫苑の後ろに隠れていた美穂が、おっかなびっくり顔を出す。その様子を見たフリードが、好奇心旺盛な態度で美穂に近づく。

「……!」

「キュイ?」

 いきなりフリードに覗きこまれて、思わず顔を引っ込めた美穂。そんな彼女を不思議そうに見つめると、遠慮なく優喜の頭の上に陣取るフリード。

「フリード、もうちょっと大人しく出来ないかな?」

「キュ~。」

 苦笑しながらのフェイトの言葉に、知らんとばかりに優喜の頭の上で翼をつくろい始める。その姿を見て、おっかなびっくり指先を近付けると、毛づくろい(?)をやめて美穂の指をクンクン嗅ぎ始める。恐る恐る顎をなでてやると、くるくる言いながら自分からすりつけてくる。

「……猫?」

 鈴を転がすような綺麗な声で小さくつぶやいた美穂の言葉に、ショックを受けたように固まるフリード。こちらに来てからの第一声が、よりにもよって竜であるフリードの立場を全否定である。やってる事は猫そのものでも、知能は猫よりはるかに高いフリードにとっては、流石に聞き捨てならない言葉だ。

「キュ~ン……。」

 普通のドラゴンなら、切れてブレスの一つでも吐き出しかねないところだが、愛玩動物化して久しいフリードには、その手の凶暴性はない。意気消沈したまま優喜の頭から飛び上がり、飼い主のもとへと飛び去ろうとする。そんな背中が煤けているフリードの様子にあわてた美穂が、必死になって謝り始める。

「……ご、ごめんなさい! 無神経でした!」

 急いで頭をペコペコ下げる美穂だが、その声は決して大きくない。どうやら、大きな声を出す、ということ自体が苦手らしい。

「気にしなくてもいいのですよ。フリードが猫扱いされるのはいつもの事なのです。」

「キュ!? キュキュイ! キュ~!」

「言われたくないのであれば、ドラゴンらしくするのですよ。これで前足で爪とぎをしたりまたたびで酔っぱらったりしたら、ドラゴンの面目丸つぶれなのです。」

「キュ~ン……。」 

 フィーの外見に似合わぬきつい言葉に、すっかり意気消沈してしまうフリード。再び背中が煤け始めたフリードに、どう声をかけていいのか分からずおたおたする美穂。タイプこそ違えど、かつてのフェイトを見ているようで思わず微笑ましい気分になるなのは。

(なるほど、ね……。)

 下手に聞こえて委縮させてはまずいので、とりあえず心の中でそうつぶやくフェイト。なんとなく、美穂が引きこもりになった経過が分かってしまったのだ。

 北神美穂は、不思議な容姿をした少女だ。だがそれは決して醜い、という訳ではない。むしろ、美醜で言うのであれば、フェイトや紫苑と並ぶほど整った容姿をしていると言える。だからこそ、少なくとも日本人の社会では異端としてひどく浮いてしまうのである。

 彼女の空色の髪もアメジストを思わせる瞳も、ミッドチルダでは決して珍しい特徴ではない。だが、第九十七管理外世界の、特に日本ではほとんど見かけない物であり、優喜達の世界に至っては、特定の例外を除いて、青や緑の髪の色など本来は存在しないとのことである。そんな、本来存在しないはずの髪の色と、日本ではまずあり得ない紫色の瞳が日本人の顔形や肌の色と合わさると、何とも言えない浮世離れした、不思議な印象になってしまう。その色合いに違和感が無い事が、その印象に拍車をかける。美穂の髪型が、伸びるに任せてほとんど手入れされていない物である事も、それが見苦しく感じない事も、不思議な印象を強くする要因であろう。

 それだけでも子供社会では普通にはじき出されるだろうと言うのに、美穂の発育は縦にも横にもびっくりするほど良かった。身長は百七十センチを超えており、普通にフェイトより高い。基本的には華奢な体つきだが、出るべきところは十分すぎるほど出ており、特にバストなどは紫苑よりも大きい。このペースなら、そのうちなのはやフェイトを追い抜き、すずかすら下す可能性さえある。

 子供というのは残酷だ。この発育のよさがいつからか、いつから引きこもりをしているのかは不明だが、女子は結構容赦がない。フェイトにしても当時の性格もあって、なのは達がいなければ、まず間違いなくいじめられ、はじき出される側に回っていただろう。しかも、美穂は外見に似合わぬ気の弱さを持ち合わせているらしい。言わなくてもいい事をつい言ってしまうのは、年齢と引きこもり故のコミュニケーション能力の欠如だろう。

「とりあえず、荷物を置いて来ようか。」

「そうだね。一人部屋だけど、よかったかな?」

「……はい……。」

 顔色をうかがうような対応は、それはそれで問題がある。細心の注意を払いながら、態度自体はいつも通りに振舞うなのはとフェイト。その気遣いを知ってか知らずか、小さく返事をした後、美穂は無言のまま優喜達の後ろをうつ向きがちに歩くのであった。







「遺伝子性色素異常、ね……。」

「発見されてからまだ三十年は経たない病気でね。発症者は、生存数が一番多い日本でもまだ五十人を超えた程度、世界全部合わせても三百人程度じゃないか、って言われてる。」

「その病気って、命にかかわるようなものなの?」

「流産の確率が高い程度で、生れてしまえば体毛と瞳の色素がいわゆる普通の人類と違う事以外、これといった差はない、らしい。」

 聖祥大学の食堂。まだピークタイムが始まっていないため、ほとんど人がいない事を利用し、美穂について優喜がそんな説明をする。とはいえ、説明できる事はそれほど多くない。発見されてから日が浅い上、人権だとか倫理だとかが絡む問題が多く、しかも症例が恐ろしく少ない事もあって、まだまだ分からない事の方が多い病気だ。何しろ、最初に確認された第一世代と呼ばれる六人のうち、今なお生存しているのは日本在住の女性ただ一人なのだ。まだ三十路に届いていない彼女が第一世代で、しかも未婚なのだから、子供はどうなる、という情報もない。次に生存が確認されている子供がようやく成人したところであるため、子供の事がはっきり分かるまでもうしばらくはかかるだろう。

 第一世代がたった一人しかいないのは、残りの五人が全員不審死を遂げたからだ。第二世代と第三世代にしても、日本で一人も生まれていなかったこともあり、全員が早死にしている。彼らのうち死因がはっきり事故だと分かっているのは、アメリカ人の当時八歳だった少年が自宅のプールで足を釣らせて溺死したケースだけ。他は親が目を離した隙に行方不明になり、後で変死体になって発見されたとかいったものばかり。ひどいものになると、親が気味悪がって研究機関に売り、そこで表向き病死した事になっている子供も居る。

 日本の女性が無事だったのは、単に親の親友が倫理観の強い大金持ちの権力者だったという、奇跡に近い偶然があったからにすぎない。世界的に遺伝子性色素異常の患者の人権が完全に守られるようになってきたのも、美穂が生まれたころの事だ。第一世代唯一の生存者である彼女ですら、小学校の頃に、担任の教師の手に寄って病院送りになった経験がある。日本で、しかも権力の保護があってすらそれだったのだから、他の国の状況は推して知るべしだ。

「ただ、ややこしいのがね。世界最高の頭脳である女性が、第一世代唯一の生き残りだってこと。この人がどれぐらい天才かって言うと、現状の第九十七管理外世界にプレシアさんがいるぐらいの感じ。」

「うわあ……。」

「それは……。」

「だから、フィアッセさんのPケースみたいに、色素異常だけでなく何らかの形で高い能力を持って生れるんじゃないか、って言う疑いがあって、いまだに研究が続けられてるんだ。」

 供給能力過剰による不況にあえいでいた日本を、たった一人で新しい需要を生み出して立て直してしまった天才。世界のありとあらゆる分野の最先端技術を、全て過去の遺物にしてしまった異端児。そんな人物が極端に稀な遺伝子疾患を持って生れた、などと言えば、その病との関連性を疑われて当然である。

「それでも、やっぱり普通の人間と変わらないの?」

「少なくとも、現状分かっている範囲ではね。患者の二割程度は、肉体的にも知能的にも一般人の平均を大きく上回っているらしいけど、逆に二割は五体満足で知的障害を持っていないとされる、最低ラインの能力しかなかったりするらしいし。」

「……普通だよね。」

「サンプルが少なすぎて、個人差なのか教育や環境の問題なのかもはっきりしないらしいけどね。」

 所詮、世界各地に三百人程度しかいないとなると、有効なデータを取るのは不可能であろう。統計で有効なデータを取りたいのであれば、物によってまちまちだが、普通は最低でも二千件はデータが必要である。一応研究者の娘であるフェイトも、それぐらいの知識はある。

「それで、何か気をつける事ってあるの?」

「その病気自体については特に何も。どっちかって言うと、対人恐怖症の方が注意が必要かな。」

「そっか……。」

「特に注意が必要なのは、美穂が凄い事をしても、褒めたり厳しくしたりしない事、かな?」

「「へっ?」」

 二人の反応に苦笑し、話を続ける優喜。

「さっき、二割ぐらいは肉体的にも知能的にも一般人の平均を大きく上回ってる、って言ったでしょ?」

「もしかして……?」

「基礎鍛錬をそんなにきっちりやってないから、体力的な問題はあるけどね。多分、二期生レベルの事は教えればすぐできるようになるよ。今までのパターンから言うと、どうせ検査したら凄まじい能力のリンカーコアがあるだろうし。」

「そうなんだ……。」

「ある意味、ティアナにとっては敵だろうね。ちょっと前だったら、それこそどうなってたか。」

 優喜のため息交じりの言葉に、真剣な顔で頷くなのはとフェイト。

「何辛気臭い顔で話ししてんのよ?」

 そこに、用事が終わったらしいアリサが割り込んでくる。なのはとアリサ、フェイトと優喜という組み合わせで別々の講義を取っていたのだが、偶然にも取っていた教科がどちらも休講になったため、美穂を案内してからこちらに出てきたのだ。アリサはそれまでの間、別行動でいろいろと用事を済ませていたらしい。なお、はやてとすずかはコピーロボットで普通に講義を受けている。携帯にメールで、教授に手伝いを頼まれたと送ってきているので、多分食事は向こうで食べる事になるだろう。ここまでの話は、デバイスの秘匿回線を通じて二人にも伝達済みである。

「ちょっと、いろいろあってね。」

「そう言えば、竜司さんの妹だっけ? その子、今日こっちに来たんでしょ?」

「うん、来たよ。」

「綺麗な子だよ。フェイトちゃんや紫苑さんと同じぐらいかな?」

「紫苑さんはともかく、私はあんなに綺麗じゃ……。」

「優喜君、フェイトちゃん、お茶のお代わりは?」

「あ、お願い。」

 フェイトの戯言を黙殺して、無料のお茶のお代わりをもらいに行くなのは。いろいろと華麗にスルーして話を続ける優喜。その様子に、微妙に寂しそうな空気を纏うフェイト。

「とりあえず、アリサとはあんまり相性が良くなさそうな感じかな?」

「どういう意味よ?」

「最初の頃のフェイトを、さらに臆病にした感じだからね。アリサが見てて我慢できるとは思えない。」

「……反論できないのが微妙に悔しいわね。」

 もっとも、能力面で言えばアリサが一番近いのだから、そういう意味では苦労話に共感できる人材は彼女かもしれない。

「それにしても、折角学食で食べてるんだから、お弁当持ってくるんじゃなくて、たまには食堂のご飯を食べたらどうなの?」

「あんまり日本円の小遣いは持ってないからね。それに、作ってもらってる弁当は美味しいし、特に不満はないから。」

「今日は誰のお弁当?」

「紫苑が作ってくれた。」

 優喜の言葉に、小さくため息をつく。生意気にもこの男、毎日違う女の弁当を食べているのだ。誰かがやっかみ交じりに日替わり弁当と言っていたが、実にうまい事言うものだと思わず感心したものである。

 もっとも、日替わり弁当の中には、優喜自身が作るものも混ざっているのだが。

「そう言えば、コピー体もお弁当食べてるけど、あれ大丈夫なの?」

「母さんによると、食べたものをエネルギーに変換して充電してるから、特に問題はないんだって。」

「全く、毎度毎度無駄に高度な技術よね。」

 アリサの言葉に、苦笑しながら頷く優喜。

「話を戻すけど、とりあえずあの子が落ち着いたら、アリサにも紹介するよ。ちょっと人が増えてきたし、聞かれると電波な内容だと思われるから、なのは達にした説明はまた後日、ね。」

「了解。出来るだけ早いうちに紹介してよね。」

「善処するけど、僕がどうにかできる問題じゃないからなあ。」

 優喜の台詞に一つ頷くと、自身の食事に入るアリサ。それに付き合ってお茶を飲みながら、日ごろどうなのかとか、たまには合コンぐらいには顔を出してあげなさいとか、そういった大学生らしい会話に花を咲かせる一同であった。







「フリード、プガチョフコブラ!」

「キュイ!」

 優喜達が大学で講義を受けている時。六課隊舎では、待機時間を利用してキャロがフリードに曲芸飛行をさせていた。隅っこの方では、美穂がその様子に見入っている。一応監督者としてリインフォースとフィーが傍に控えているが、最近のキャロのコントロール精度なら、大した問題は起こるまいと高をくくって、単なるギャラリーになり下がっている。

 最初は荷物整理を口実に引きこもっていた美穂だが、キャロとフィーの無邪気な押しの強さに負けて、結局この場に引っ張り出されたのである。この時、後ろで控えていたリインフォースと目が合い、一瞬でお互いが同類である事を見抜いて妙なシンパシーを感じあったのはここだけの話だ。なんだかんだでこの場に居る全員、誰一人として悪意を持っていなかったため、対人恐怖症の彼女でも、どうにか最低ラインは打ち解けることができた。

 スバルとティアナは、ティアナの不調で出たレッスンの遅れを取り戻すべく、トレーニングルームに引きこもってひたすら歌の練習中だ。ダンスはまだ体力が戻り切っていない事もあって、明日から特訓する事にしている。エリオは御意見番としてスバル達に付き合っている。男性に対する反応が分からない、という理由でキャロの傍から離れる事になったため、手持無沙汰だったのもある。

「フリード、インメルマンターンからバレルロール!」

「キュキュイ!!」

 余程練習していたらしい。フリードが切れ味鋭く見事なマニューバを披露する。その姿に、声にならない歓声を上げる美穂。彼女の反応に気を良くしたキャロは、調子に乗ってさらに矢継ぎ早に指示を出す。

「スパイラルターンしながらサイドワインダー発射!!」

「キュイ!?」

 いきなりの無茶ぶりに、スパイラルターンをしながら抗議の声を上げるフリード。流石に、サイドワインダーなんて技は、フリードの手持ちにはない。

「出来ない? 情けないなあ、フリードは。」

「キュイ、キュイ!!」

「え? そうなの? だったら、エターナルフォースブリザード!」

「キュキュ!?」

 さらに上を行く無茶ぶりに、思わず絶叫するフリード。その台詞を翻訳するなら、「相手は死ぬ!?」であろう。中二病全開の単語やその性質もさることながら、そもそも属性があっていない。

「キュイ、キュキュイ!」

「あれも出来ない、これも出来ないって、そんなんじゃ進歩無いよ、フリード。」

「キュイ!?」

 えらい言われように、思わず悲鳴を上げるフリード。言うまでもなく、理不尽なのはキャロの方だ。そもそも、召喚という単語を一般的にした某RPGの、最強クラスの召喚竜の技ならまだ可能性があると言うのに、何故にかすりもしていないネタを振ってくるのだろうか。

「流石に、フリードに冷気系の技は無理だと思うのですよ。」

「そうなの?」

「キャロ、自分の召喚竜の事ぐらい、ちゃんと理解しておくべきだと思うのです。」

「じゃあ、フィーちゃんだったら、エターナルフォースブリザード出来る?」

「私だと、魔力量その他の問題でそこまでの大技はまだ厳しいのですが、お姉さまが夜天の書を使えばどうにかできるかもしれないのです。」

 フィーの台詞に、その場にいた人間全員の視線が、リインフォースに集中する。エターナルフォースブリザード、という単語が出てきてから微妙に悶えていたリインフォースが、その視線に思わずたじろぐ。

「リインフォースさん、出来るんですか?」

「……無理、とは言わない、けど……。」

 ぶっちゃけた話、元の説明ではどんな技かなど分からないが、単純に名前から連想される効果を伴った、まともな生き物なら確実に即死させる魔法、というのであれば、別段夜天の書が無くても出来なくはない。ただ、管理局員としては一切使い道のない種類の物であり、そもそもキャロにせよフィーにせよ、そんな魔法を使えるようになってどうするつもりなのか、という疑問の方が先に来る。

 それにそもそも、そんな恥ずかしい真似はしたくない。キャロ達に見せるだけでも気が進まないと言うのに、そこに本日初対面の美穂までいるのだ。しかも、美穂はどうやら、ネタの意味を理解しているらしい。視線に微妙に生温かい物を感じる。はっきり言って、絶対彼女の前ではやりたくない。

「全く同じものは無理というか、あの説明じゃ、どんな技かがよく分からない……。」

「では、お姉さまオリジナルのエターナルフォースブリザードをお願いするのですよ。」

「それは嫌……!」

 オリジナルのエターナルフォースブリザード、という言葉、その響きに戦慄し悶絶しながらも、どうにかこうにかきっぱり拒絶の言葉を発するリインフォース。そんな彼女に、思いっきり憐憫の情を抱く美穂。助け船を出そうにも、何をどう言えばいいのかが分からない。

「お姉さま、美穂も期待しているのですよ!」

「……してないしてない……。」

 フィーの理不尽な台詞に、大慌てで冤罪を晴らそうと必死になって否定する美穂。キャロやフィーならキャラクター的に許されるが、美穂だとその手の言動は確実に「痛い」と言われてしまう。いくら実年齢的にまだ大目に見てもらえようと、見た目がそれを許さない事ぐらい嫌というほど理解している。

 必死になって否定する美穂に、目線でありがとうと告げるリインフォース。初対面の時から謎のシンパシーを感じていた二人は、この時をもって心の友という立場を確立する。これが、巨乳美人の人見知り同盟が成立した瞬間であった。

「……私はそんな物騒な魔法より、どちらかというとフリードが大きくなった姿を見たいけど……。」

「そっか。美穂ちゃんがそう言うなら、エターナルフォースブリザードはまた今度!」

「今度やるんだ……。」

 結局、無駄にやる気満々のキャロの決意を崩しきる事は出来なかったらしい。このまま忘れてくれるといいな、という二人の願いもむなしく、今度ははやてや他のヴォルケンリッターも居る場所でキャロとフィーがリインフォースに詰め寄り、ヴィータに大爆笑されるのだがここだけの話である。

 流石にリクエストを無視する気はないキャロは、いじけていたフリードを立ち直らせていつものように大人の姿に変身させる。愛玩動物だったフリードが、本来は獰猛な動物である事の片鱗を感じさせる、雄大な大人の竜の姿になったところを、感動の面持ちで眺める美穂。生で間近で見るドラゴンの成体は、段違いの迫力がある。

「美穂ちゃん、乗ってみる?」

「……え……?」

「魔法でちゃんと固定するし、無茶な機動はしないから大丈夫だよ!」

「……でも、いいの……?」

「何かあっても、私がフォローする……。……だから、安心して……。」

 さっき助けてくれたお礼とばかりに、リインフォースがそう申し出る。彼女の魔法の実力はよく分からないが、人見知り同士の絆は信頼できる。そう判断した美穂は、最終的に厚意に甘える事にして、おっかなびっくりフリードの背中に登る。乗せて飛んでくれるフリードの首筋を、ねぎらうように感謝を込めて優しくなでてやると、初対面の時のように気持ちよさそうにくるくる喉を鳴らして見せる。その様子に美穂の緊張が解けた事を確認し、キャロがバインドで彼女を固定する。

「フリード、テイクオフ!」

「キュイ!!」

 キャロの掛け声に力強く答え、天高く飛び上がる空の王者。風を切って悠然と隊舎の周りを旋回し、飛行許可が下りている廃棄地区を横切り、ベルカ自治区へと続く平原をぐるぐると飛び回る。生れて初めて体験する空に、声にならない歓声を上げて景色食い入るように見つめる美穂。美穂の様子に気を良くしたフリードが、普通の人間が生身で問題ない高度ぎりぎりまで上がって、許可が下りている範囲のうち一番の絶景が望める場所に移動する。

 そこで見た、自然と文明が調和する不思議な景色を、美穂は一生忘れないであろう。その感動を胸に、無理のない範囲でのアクロバット飛行を歓声交じりの悲鳴を上げながら楽しみ、十分少々の空の旅は終わりを告げる。

「どうだった?」

「……すごく……、……楽しかった……。」

 騒ぎ立てこそしないが、明らかに感動で興奮している様子を見せる美穂に、自分なりの歓迎が上手く行ったことを確信して、上機嫌にフリードをねぎらうキャロ。そこで終われば美しい話だったのだが……

「あ、お姉さま、そろそろレッスンで集合の時間なのです!」

「……そうだった……。」

「私達も、そろそろ座学の時間かも。」

「では、また晩御飯の時に、なのですよ。」

「うん。ラ・ヨダソウ・スティアーナ!」

「ラ・ヨダソウ・スティアーナ!」

 最後の最後に飛び出したアレな単語に、時間が無いにもかかわらずもだえそうになるリインフォース。何というか、いろいろ台無しな終わり方であった。







「なるほど。そんな事をしてたんだ。」

「うん。」

 大学が終わり、帰ってきて一息ついている優喜と、本日の納品を終え、店じまいをしてきた紫苑に対して、二人がいない間の事を話す美穂。家族である竜司も綾乃も居ない今、美穂の話を聞くのは優喜達の仕事だ。この二人の前では、美穂も普通の声の大きさで話す。

「それで、気になってたんだけど……。」

「ん?」

「こっちにも、中二病エピソードってサイトはあるの?」

「は?」

 美穂のいきなりの台詞に、思わず間抜け面を晒す優喜と紫苑。因みに、美穂がこういうネタに詳しい理由は簡単で、穂神家にとって三番目に安い娯楽がインターネットだったからだ。一番は言うまでもなく図書館で、二番目はテレビだったが、碌な番組をやっていなかったこともあり、一日中家にいる彼女でも昼間はテレビ番組を見たことが無く、図書館は引きこもりの身の上にはハードルが高い。結果、竜司の仕事やらなにやらで、どうしても必要になって導入した中古のパソコンとインターネット回線は、美穂が一番使いこなしているという事実がある。もちろん、引きこもりの身の上にはハードルが高い、掲示板などに対する書き込みは一切していない。

「いきなりだけど、どういうこと?」

「あのね、キャロさんとフィーさんがね、ラ・ヨダソウ・スティアーナって挨拶してたの。それで、こっちの世界にもおんなじネタがあるんだな、って。」

「……キャロはともかく、フィーを仕込んだのは十中八九はやてかヴィータだろうね。」

「もしかしたら、キャロさんに仕込んだのはプレシアさんやリニスさんかも。」

「あり得ないとは言い切れないけど、どっちかって言うとフィーから感染した可能性の方が高いんじゃないかな?」

 知らない名前が出てきて小首をかしげる美穂に、一つ苦笑する優喜。

「知らない名前については、おいおい紹介していくから。」

「……別に、要らない……。」

「流石に、そういうわけにもいかないから、さ。それに、はやてとかヴィータは、この寮に住んでるしね。」

「そっか……。」

 リインフォースやキャロと良好な関係を築く、という幸先いいスタートを切ったとはいえ、人見知りのたちはそうそう改善する訳ではない。思えば、フェイトの時もいろいろ苦労したものだ。あれに比べれば、周りに協力的な年上が多い分、ましかもしれない。

「それで、来て早々で悪いんだけど、来週ぐらいからコンサートツアーで地方巡業になるらしい。メンバーは毎回変わるけど、キャロとフリードはずっとツアーで一緒に動くし、僕達も居ない日が多くなるけど、どうする?」

「どう、って?」

「付いてくるならそう手配するし、ここに残るならそれでもいいし。僕が向こうに居る時だけついてくる、って言うのも出来るよ。」

「……ん~……。」

「タイミングによっては、竜司とも出先で合流する事になるかもしれない。そこら辺は結構流動的。」

「……優喜さんがいるときだけ、ついて行く。」

「了解。」

 美穂の要望に従い、コンサートツアー中の手配をする優喜。端末の操作を終えると、最後に一番重要な質問をする。

「とりあえず、なのはやフェイトとは、上手くやれそう?」

「……頑張る。」

「そっか。二人とも、悪い娘じゃないから、仲良くやってくれると嬉しい。」

「ん。」

 優喜と美穂の会話を、優しい表情で見守る紫苑。彼女はこういうとき、あまり口をはさまない。

「……そろそろ業務時間終了か。」

「他の人が来るから、早めにお部屋に戻った方がいいわ。」

「……ごめんなさい。」

「謝る必要も、焦る必要もないよ。美穂は美穂のペースで、ゆっくりやっていけばいいんだから、さ。フェイトだって、最初は美穂とあんまり変わらなかったんだし。」

 優喜の言葉に、驚いたように目を見開く美穂。

「あの娘もね、初対面の頃は非常に人見知りが激しくてさ。買い物もまともに出来ないぐらいだったんだ。」

「……信じられない。」

「それは、私も初耳ね。」

「そりゃ、小学校の頃の話だからね。詳しい事はまた今度、本人がいるところで話してあげるよ。」

「何、その羞恥プレイ……。」

 美穂から見たフェイトは、颯爽とした格好いいお姉さんである。だが、多分この話をしたら、一気にポンコツくさい感じになるのではないか、という予感がある。別にフェイトがどう、ということではない。昔の事を知っている人間には、大体勝てないものなのだ。

「とりあえず、さっさと部屋に戻ろう。僕達はご飯は鍛錬が終わってからだけど、一緒に食べられるようにちょっと時間をずらそうか。」

「うん。」

「じゃあ、なのは達には、先に食べておいてもらうよ。」

「ごめんね。」

「気にしないの。」

 優喜の気遣いに心の底から感謝しつつも、いつまでもこのままではいけないと、深く葛藤を続ける美穂。優喜には優喜の生活があるし、自分に遠慮して恋人たちとの時間を削ってほしくはない。それに、あまり優しくされると、いろいろと勘違いしそうになる。

 何しろ、いろんな文化が入り混じるミッドチルダは、その多様性に対する配慮ゆえに重婚可だ。明らかに優喜にそんな意図はないが、美穂とて思春期の少女である。絶対にそういう対象に見られていないと分かっていても、もしかしてと考えてしまうのはどうにもならない。美穂はそう言うことを期待する程度には自意識過剰で、何人かのうちの一人でも上出来だ、と思ってしまう程度には自己評価が低い少女なのである。

 優喜に対する今の気持ちは、感謝と好意はあるが恋愛感情ではない。それぐらいはなんとなくわかる。だが、優喜や竜司がその気になって口説いてくれば、多分容易く転がる。その程度には、今持ち合わせている感情の境界線はあいまいで、そうなってしまうだろうと確信する程度には、美穂にとっては優喜も竜司も魅力的な男性である。特に竜司は、美穂からすれば今まで女性の影が無かったのが不思議になるぐらいには、いい男だと思う。

「……しっかりしないと……。」

 益体もない事を考えているうちに、いつの間にか自分の部屋にたどり着く。部屋まで送ってくれた優喜達がいなくなるのを確認して、あり得ない妄想を振り払うようにそうつぶやく美穂であった。







「胸糞の悪い施設だ。」

「別に、お前に付き合えとは言っていないが?」

「正直な感想ぐらいで噛みつかないの。」

 とある地方世界。管理局とも関わりのあるとある企業の研究施設を、謎の三人組が襲撃していた。男二人に女一人のその集団は、研究施設の地下に隠された、自分達にもなじみ深いあれやこれやを容赦なく破壊して回っている。すでに、地上に居た人員は全て仕留められ、かろうじて生き延びた人間も、一か所に集められ、縛り上げられていた。女が呼びだした虫を脳に寄生させ、管理局を撹乱しつつ、この胸糞悪い施設について正確な情報を流すために生かされているのだ。

 襲撃者は三人ともよく分からないデザインの仮面をつけ、体型をごまかすかのようなゆったりとしたローブを身にまとっている。男二人のうち一人はかなり大柄で、人間の歩兵が使うものとしてはほぼ最大といえるサイズの槍を持っている。もう一人も平均から見れば長身の方に分類されるが、こちらは一般的な杖型のストレージデバイスだ。女の方は背丈としては平均をやや超える程度だろうか。長い髪とローブの胸元を押し上げる豊かなふくらみ、そして先ほど漏らした声が無ければ、他の二人と違って性別を確信する事は出来なかったであろう。

「大層な刺青をしていた割には、思ったよりも歯ごたえが無かったな。」

「まだ、完成はしてないんでしょ?」

「そんなところだろうな。ドクターの資料通りであるなら、本来のスペックを発揮していれば、魔法攻撃はほとんど通用しないはず。流石にそうなれば、いくら我々でも、ここまであっさりと終わらせる事は出来なかったはずだ。」

 サンプルとして、女が召喚した巨大な虫に食いちぎられた腕を回収し、研究資材に残された大体のデータを回収したところで、設備全てを攻撃魔法で完全に破壊する。

「さて、こいつらが本当に辺境を荒らし回っているのか?」

「多分、間違いないだろう。二人組と言っていたが、その二人組が何組居てもおかしくない。」

「管理外世界を荒らし回っている連中も、こいつらと関係があると思う?」

「さてな。全くの無関係ではなかろうが、多分同じ意志で動いている訳ではないだろう。」

「案外、敵対しているかもしれない。」

 最近アンダーグラウンドに流れている、妙な刺青をした二人組が、鉱山をはじめとした地下資源採掘施設を荒らし回っているという情報。彼らの目的は、その二人組の元締めを探して締め上げる事である。

 たんに荒らし回っているだけならば、別段慌てるような事もないのだが、襲撃した場所の一般市民を全て虐殺しているらしいとなると話は別だ。これが、大都市圏だったり管理外世界だったりすれば全く気にしないのだが、流石に地方や辺境となるとそうはいかない。何しろ、その手の地域には、自分達に関わりがある孤児院が山ほどあるのだ。中には鉱山などの近くという立地もいくつかあり、いつ巻き込まれないとも限らない。

 管理局も動いてはいるようだが、流石に圧倒的に手が足りていない。それに、戦ってみた感触から言うのであれば、一般的な地上局員がいくらいたところで何の役にも立たない。事実、壊滅した鉱山の中には、地上隊員で構成された巡察隊が、惨殺体として発見された場所もある。そんな経過もあって、管理局も聖王教会もかなり本腰を入れて捜査してはいるものの、やけに範囲が広い上に、同時多発的に事件が起こるため、どうしても間に合わないのだ。

「……やはり、か。」

「レジアスも頑張っているようだが、流石に完全に一掃とまではいかんようだな。」

「脳みそどもがいなくなっただけ、この手の碌でなしは少なくなった方だろう。それに、我々も管理局内部の人間をたらしこんでスパイに仕立て上げている。こいつらと変わらないさ。」

「まあ、どうせ私達は表舞台には立てないんだし、こういう汚れ仕事をする分には、ちょうどいいんじゃない?」

 あっけらかんと、夢も希望もない事を言ってのける女。その彼女に向って、眉をひそめながら槍使いの男が口を開く。

「……お前は、それでいいのか?」

「別に。私たちみたいな生まれ方を否定はしないけど、こういう糞みたいな事に使われる子はこれ以上出てきてほしくないし。それに、ね。」

「……魔女なら、案外どうにかできるかも知れんぞ?」

「どうにかして、どうするの?」

 女の言葉に、返事を返せずに沈黙する男二人。

「……それにしてもドゥーエめ。分かっているのなら広報六課にやらせればいいものを……。」

「あの部隊を遠方に大規模に展開するには、それなりの口実と段取りが必要だ。そう簡単にほいほい派遣できるようなら、元から戦力保有制限なんて必要ない。」

「ま、そりゃそうよね。それに、あの爺どもも無能じゃないから、今頃本体がどこかぐらい、とっくにつきとめてるんじゃないかしら。」

「だろうな。どうせ、ここの親企業もそれほど深入りはしていないだろう。それに、我々が大本を叩いたところで、何ができる訳でもないからな。」

 杖持ちの男の言葉に、小さく一つ頷く二人。

「だが、こいつらも哀れなものだ。残滓どもの言葉通りなら、夜天の書のオリジナルが健在で、そちらの陣営に魔女とその後継者がいる限りは、たとえ完成態を作り出せたところで、速攻で対処されて終わりだというのに。」

「合法的な研究だけで利益を上げるのが厳しい、というのは分かるが、どうせならもう少しオリジナリティがあるものを研究すればよかろうにな。」

「世の中の人間すべてが、ドクターや魔女のようにはいかないわ。マスタングのように既存の物を大きく変化させられるだけでも、瞠目すべき才能と能力だと思わないと、ね。」

 女の言葉に、苦笑せざるを得ない男ども。

「さて、我々がいた痕跡は消し終わった。見つかる前にさっさと引き揚げるぞ。」

「ああ。」

「ゲートを開くわ。」

 女の言葉に一つ頷くと、最後に念のために炎属性の砲撃で遺体を焼き払う杖持ち。まかり間違って再生でもしたら、いろいろ面倒な事になる。

 砲撃の炎が消えた後、研究所には彼らがいた痕跡は、何一つ残っていなかった。







「悪いんやけど、今度のコンサートツアー、いろいろ厄介な事になりそうやねん。」

「どういうこと?」

 夕食後の自由時間。はやてに呼び出されたなのは達は、唐突な一言に戸惑いの声を上げる。

「……もしかして、今辺境で起こってる事件の事?」

「まあ、フェイトちゃんは知ってるか。うん、その事やねん。」

「はやてちゃん、フェイトちゃん、辺境で起こってる事件って?」

「まだ詳しくは調査中やねんけど、あっちこっちの鉱山とかが襲撃されて、住民がほぼ全員殺される事件が相次いで起こってるねん。」

 その言葉に、いろいろとピンと来るものを感じる一同。

「要するに、襲撃を防げ、ってこと?」

「そうなるかな。犯人の特徴ははっきりしてるんやけど、行動範囲の広さと頻度から言うて、同じ格好した複数犯とちゃうか、言う話になっとる。」

「その特徴ってのは?」

「おかしな刺青をした二人組、言う話や。あまり鮮明ではないけど、犯人の映像もあるで。」

 そう言って、映像を見せるはやて。確かに不鮮明だが、特徴ぐらいははっきりと分かる。

「あと、これは母さんが言ってた事なんだけど、夜天の書に蒐集されていた技術の中に、犯人の体に浮かんだ模様と似たような特徴を示すものがある、って。」

「それはどういうもの?」

「対魔導師技術の一つで、いわゆる超人志向の物だったらしいよ。ある種のウィルスを使って、人間の体を作り変えるんだって。骨が鉄より固くなって、皮膚が魔力を遮断するようになる、とか言ってたかな? あと、生き物とは思えなくなるほどの再生能力を身につける、ってところだったと思う。」

「バリバリの違法研究やな。」

「うん、そうだと思う。夜天の書からサルベージした記録だと、最後の方でもあまり成功率が高くなくて、しかも制御できないほどの強烈な破壊衝動が沸き起こるから、完成体も結局は欠陥品だったみたい。」

 面倒な話を聞き、一つため息をつく優喜。

「それを薬とかで無理やり押さえたらどうなるとか、そう言う記録は?」

「無理に抑えると体内のウィルスが暴走して、抵抗の余地なく死亡する、って言ってたかな?」

「本当に使いものにならないなあ、それ……。」

 ウィルスを使った肉体改造、というのは着眼点としては悪くないのかもしれないが、その結果がコントロール不能というのはいただけない。

「フェイトちゃん、もう少し詳しい情報は?」

「母さんも、現状ではこの程度の情報しか持ってないみたい。概要を解析した時点で、違法研究だからって復刻する対象からはじいてるから、詳細部分を解読した資料が無いんだって。」

「ほな、手すきがあったらでえから、プレシアさんらに資料の調査お願いしといて。」

「分かった。」

 事前に出来る事は、一つでも多くやっておくにこしたことはない。続いて、検討できる事を検討していく事にする。

「優喜君、仮に完成体がおったとして、どうにかできる自信は?」

「直接見てみないと分からないけど、単に魔法が通じないだけだったら、どうとでも出来るよ。再生能力が高い、って言っても、跡形もなく消し飛ばされて生きてるほどじゃないだろうし、相手が二人だったら、最悪秘伝を使えば一瞬だよ。」

「優喜、秘伝は駄目!」

「優喜君、そういう身を削るような真似は許さないからね。」

「分かってる。ただ、今なら二発までは問題ないから、一応選択肢としては考えておいて。」

 そう言う事を平気で言う優喜を睨みつけていると、はやてが苦い顔で一つ頷く。

「了解や。」

「はやて!」

「ほんまはうちらが相手を殺す前提で行動するんはまずいけど、最悪の場合、選択肢としては考えとかんとあかんやろうしな。」

「でも!」

「あんまり言いたくはないけど、それしか手が無いんやったら使うしかあらへん。残念ながら、犯罪者の命や人権と、たくさんの罪のない人の命や生活とは釣り合わへんし、私らの命と普通の人らの命も同じ事や。言うたら、私らはいざという時命を張るから、普通よりええ待遇でええ給料をもらっとるんやし。」

 もちろん、最後まで生かして捕まえる努力は怠ったらあかんけどな、というはやての言葉に、反論が思い付かずに沈黙するなのはとフェイト。結局のところ、犯罪者との戦いは、究極的にはそこの葛藤からは逃れられない。

「まあ、優喜君が秘伝を使う使わへんの話は、結局のところなのはちゃんらが例の犯罪者を仕留められるかどうか、それだけの話や。」

「……そうだね。」

「……意地でも仕留めてみせるよ。」

「その意気や。で、コンサートツアーの空き時間の話やけど……。」

 はやてが何かを言い出す前に、フェイトが口をはさむ。

「実は、私今回の巡業先に、いくつか目星をつけた施設があるんだ。」

「そこにもぐりこむ、と。大丈夫?」

「問題ないよ。そのための訓練もやってるし、最近ようやく御神流の皆伝ももらえたし、ね。」

「そうやったん?」

「うん。」

「知らんうちに、ごっつい事になってるんやなあ……。」

 感心するようなはやての言葉に、思わず苦笑するフェイト。

「施設内部みたいな閉鎖空間で、御神流に勝てる相手はそうはいないし、広い空間はそもそも私の得意分野。自由に飛び回れる状況で、そう簡単に後れを取るつもりはないよ。」

「フェイトちゃん、必要なら呼んで。すぐに行くから。」

「うん、お願い。」

「それやったら、そもそも攻撃が通じひん、みたいな状況でもない限りは制圧に失敗することもなさそうやな。」

 はやての台詞に、苦笑しながら頷く優喜。なのはが制圧できない施設など、どんな要塞なのかと小一時間ほど問い詰めたくなる。

「後は、来週中に竜司が合流する予定。」

「竜司さんって、結局どうなん?」

「攻撃力と防御力は、僕より大分上だよ。その分、感覚器周りは僕の方が大幅に上だし、スピード勝負なら普通に勝てるぐらいだけど。」

「なるほど、絶望的に強いって思っとけばええわけか。」

「最大火力は秘伝二発だから、そこは全く変わらないんだけどね。」

 例の違法研究の完成体と優喜や竜司と、一体どちらの方が物騒なのか。時折遠い目をしたくなるはやて。

「まあ、当面の備えは十分そうやし、後はコンサートそのものを失敗せえへんように、最後の追い込みをかけるだけやな。」

「そうだね。」

「スバルとかティアナの生活費もかかってるし、いっちょ気合入れてやろか!」

 はやての掛け声に合わせて声を上げる一同。ようやくティアナの問題が解決した矢先の事件。どうにもまだまだ面倒事は終わりそうもない広報六課であった。



[18616] 第10話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:57a4f624
Date: 2011/10/15 20:58
「あれ? ブレイブソウル?」

「はやてか。わざわざ時の庭園に出向いてくるとは珍しいが、どうした?」

「どうしたって、シュベルトクロイツの調整やけど?」

「シャーリーでは無理なのか?」

「夜天の書が噛むデリケートな部分の調整やから、念のために安全を考えてこっちで、ってシャーリー自身が言うとったからなあ。」

 はやての言葉に納得する。流石に、いかにシャーリーが年から見れば凄腕でも、ロストロギアを扱うにはまだまだ足りないのであろう。

「そっちこそ、ここでアウトフレーム展開してるとか、ものすごい珍しいやん。」

「追加機能のちょっとしたチェックだ。本来なら友にやらせるのが一番なのだが、あれは今、別件で手がふさがっていてな。セットアップせねば分からない部分もあるから、私が代りにやっているのだ。」

「ふーん、なるほどなあ。具体的にはどんな機能?」

「主に、例のウィルスに対する対策だな。夜天の書からサルベージしたデータをもとに、すぐに再現できる範囲でいろいろ対策を取った。本来なら、全てのデバイスに並行展開するべきなのだろうが、そこまでの時間もないし、まだテスト段階だからな。元々あの手のウィルス類に強い我が友が、とりあえずの実験台になるのが一番だろう。」

「……それを、ようプレシアさんとかすずかちゃんとかが飲んだなあ。」

「結局は、友も前線に出るからな。ならば、実験台とはいえ、何の対策もしないよりはましだろう。」

 ブレイブソウルの身も蓋もない意見に、苦笑せざるを得ないはやて。実際のところ、例の相手と直接戦う可能性がある人間の中では、感染のリスクは近接戦以外ほとんどできず、基本的に普通に生身の人間である優喜が一番高い。詳細が分かっていない例の連中相手に、新人たちを戦闘に参加させるにはリスクが高すぎる以上、彼にしわ寄せがいくのはしょうがない。

 もっとも、いわゆる細菌兵器の類とは違うため、そう簡単に感染するように出来ていないのは、書からサルベージしたデータの時点で分かっている。強化人間を作るというコンセプトを考えれば、血液感染程度のレベルで感染するようでは使い物にならない。特定の手段なら確実に感染し、それ以外の感染経路では絶対感染、発症しない、という形にしなければ、戦場で敵味方関係なく、際限なく超人兵士が生まれてしまう。相手も強化してしまうような兵器は欠陥品だ。

「ん?」

「電話か?」

「あ、アリサちゃんからや。」

「デバイスで通信すればよかろうに、わざわざ携帯を使うのか。」

「大学におったら、そうもいかへんやん。」

 はやての反論に苦笑しながら納得し、携帯電話の操作をなんとなく観察する。はやての携帯電話は、日本で急速に普及率が高くなったスマートフォンではなく、そろそろ五年ぐらいは使っている旧型の折り畳み式だ。その操作を見ているうちに、ふと余計なことを思いついたブレイブソウルは、相手がはやてだという気安さも手伝って、電話が終わったタイミングでその余計な事を口にする。

「どうでもいい事を考えたのだが。」

「どうでもええんやったら、口にせんでもええんちゃう?」

「まあ、聞け。仮に、携帯電話の外見・サイズが人間と同じだったとする。」

「でかい携帯電話やな。」

「その場合、起動するときと電源を切る時の操作は、左の乳首を長押しする事になるのか?」

 間違っても女性型のデバイスが考えるようなことではない台詞を、真顔で大真面目に口にするブレイブソウル。その斜め上の言動に、思わず真剣に考えるはやて。

「そもそも、電話を取る・切るのボタンを乳首にあてはめた理由は何?」

「決まっているだろう。配置的に、他の位置に来る理由が無い。」

「……まあ、そうやな。」

「で、どう思う?」

「……深い命題や。」

 おっぱい星人のはやてとしては、真面目に考えるに足る命題である。言うまでもなく、自分が年頃の女性であり、自身の見た目が平均よりかなり上、程度には魅力的であるという意識はそこにはない。

「とりあえず、公衆の面前で電話を取るのが非常に難しくなる構造なんは、間違いあらへんな。」

「ああ。それに、メールの内容を口頭で読み上げられると言う羞恥プレイにも耐える必要がありそうだ。」

「携帯電話って、サービスの内容とか通信方式とかが、結構頻繁にころころ変わるんやけど、擬人化してしもたらそこら辺はどうなるんやろな?」

「それは興味深い疑問だ。大体どれぐらいの周期で変わる?」

「サービスとか料金形態は、毎年のように新しいのになってるで。通信方式は、大体五年ごとぐらい?」

 はやての説明に、ふむ、と一つ唸る。

「となると、十年もたてば、通信方式の問題で、携帯電話としては役に立たなくなる可能性が高い訳か。」

「そうやね。まあ、それ以前に、新型の携帯電話にしか対応してないサービスとか出てくるし、電子機器の性能向上は早いから、五年もすれば対応できへんサービスが結構出てくるやろうな。」

「何とも世知辛い話だ。」

「ほんまやで。パソコンとちごて、携帯電話はがっつり基盤になってるから、そう簡単に延命もできへんやろうしな。」

「まあ、人の姿になった時点で、生き物の性質で、自己進化する可能性は否定できないが、な。」

 ブレイブソウルの言葉に、現実に存在する訳ではない人型の携帯電話に対して、そうであってくれればいいななどと割と真剣に考えるはやて。ブレイブソウルを筆頭に、単なる道具と割り切れない物が周りに結構存在することもあり、意外とそう言う面では夢見がちなところがある。

「しかし、毎月使用料がかかる彼女か~。」

「彼女限定なのか? そもそも、人型として作るのであれば、性別を感じさせない構造にしそうだが?」

「まあ確かに、女の子型は公衆道徳の問題でアウトやろうけど、最初からそういう構造で作ってるんやったらともかく、付喪神的に人の姿を取る、っちゅうんやったら大概女の子やろうな。」

「そういうものか?」

「そういうもんやね。昔話でも、物に命が宿る場合、明確に性別が分かるパターンって、女の子の場合が多いし。」

 はやての言葉に納得し、さらに爆弾を落とす。

「そうだとすると、ベッドの上で男女の営みを行っている時に、勢い余って左の乳首を長押ししてしまうと、行為の真っ最中に電源が落ちると言うことか。」

「そもそも、携帯電話とそういうことするのってどうなんやろう、とは思うけど?」

「私の経験から言わせてもらえば、だ。相手が生き物だろうがそうでなかろうが、人の姿と心を持っている相手と恋愛感情を持ってしまえば、いつまでも肉体関係を持たずにプラトニックのままで、というのは簡単な話ではない。私の歴代の友のうち、最後まで肉体関係を持たずに果てた相手は半分ぐらいだったからな。特に外見がフェイトやすずかのレベルだったら、落ちん男はそうはいない。」

「そのレベルの巨乳美人やったら、正直私でも電源スイッチ長押ししてみたいわ。」

「何の話をしてるのよ……。」

 まるで男子中高生のような頭の悪い会話に、思わず呆れて突っ込んでしまうプレシア。

「聞いての通り、携帯電話の話題や。」

「そもそも持ち歩けない時点で、携帯電話としてどうなの?」

「そこはそれ、常に一緒に寄り添って移動してくれれば。」

「場所を取るじゃない……。」

 そもそも人型だと、普通の携帯電話以上に持って入れない場所が多すぎる。

「それに、携帯電話が別行動とか、普通に仕事を放棄してるんじゃない?」

「あかんか、残念や。」

「根本的な仕様に問題がありすぎるわ。」

「でも、可愛い女の子型の携帯電話に、あなたに携帯してほしい、とか、あなた以外に携帯される気はない、とか言われたら、物凄くぐっとけえへん?」

「はやて、一度脳の検査をしてもいいかしら?」

「冗談を真に受けんといてほしいんやけど……。」

 はやての言葉に、呆れてため息をつくプレシア。今までの会話の流れが流れだけに、どこまで本気なのかが分からなかったのだ。

「とりあえず、メンテナンスの話をしていいかしら?」

「どうぞ。」

「所詮単なる戯言だ。気にせずに連絡事項を頼む。」

「はいはい。」

 いろいろ面倒になって、とっとと気分を切り替えるプレシア。

「まず、シュベルトクロイツの方は、特に問題なく終わったわ。今回は単なる定期メンテナンスだし、レイジングハートやバルディッシュと違って、特に酷使している訳でもないしね。」

「お手数をおかけします。」

「これが仕事だから、気にしないの。それで、ブレイブソウル。新機能に不具合は?」

「現状では特にないな。後は友が実際に使ってみない事には、私の口からは何とも言えん。」

「でしょうね。正直なところ、これ以上の対策はサンプルが無いと厳しいわね。」

 プレシアの言葉に頷く二人。

「書の情報をもとに、自力でサンプルを培養すると言うのは?」

「出来なくはないけど、時間が足りないわ。それに、正常に、というとおかしいけど、予定通りの動作をするかどうかを検証できない、という問題もある。」

「そうやね。予定通りの性質を発揮したら、それこそ手が後ろに回る訳やし。」

「治療や予防の研究のために患者を作る、なんて、本末転倒もいいところよ。」

「ならば、ツアーの間に襲撃者を撃退して、腕の一本でも回収してこればいい訳だな?」

「腕、まではいらないわ。髪の毛で十分よ。」

 プレシアの言葉に一つ頷くブレイブソウル。

「それで、もう一つの機能の方は?」

「それこそ、友に実際に使ってもらわねば、何とも言えない。上手くいけば、切れる札が大幅に増えるのだが……。」

「はっきり言って、相当無茶をやっているってことは自覚しておきなさい。下手をすれば、あなたが自壊する可能性もあるのよ?」

「それならそれで構わないさ。私も大概長く生きすぎているし、後何百年かは、本来の役割も必要なさそうだ。それに、魔女殿かすずかなら、私と同等のコピー品を作るのも大して難しくはないだろう?」

「出来なくはないけど、余計な仕事を増やしてほしくないから却下、ね。」

 その言葉にふっと笑うと、一つ手を上げて転送装置の方へ向かう。

「どこ行くん?」

「友の手伝いをしてくるよ。用事も終わった事だし、いつまでも魔女殿の邪魔をするのもよろしくない。」

「せやな。私も仕事に戻るわ。」

 ブレイブソウルに便乗して、はやても時の庭園を出ていく事にする。

「二人とも、今回の件ではくれぐれも無茶はしない事。いいわね?」

「これでも、自分の限界ぐらいはわかっとるつもりやで。」

「道具は、使われる事が本懐だ。」

 二人の対照的な発言に、小さくため息をつくプレシア。普段の言動からは分かり辛いが、ブレイブソウルは地味に、自分がデバイスとしては役に立っていない事を気にしている。それゆえ優喜のあれこれについてひそかにデータを集め、裏でこそこそいろいろ研究しては、こっそりプレシアに自身のバージョンアップをさせている。そのデータが、竜岡式で鍛えられた他の六課の魔導師達に対して物凄く役に立ってはいるのだが、肝心の持ち主に対する貢献は、どこまで行っても基本的には工具兼店番以上の物ではない。

 部屋を出ていく二人を見送った後、もう一度ため息をつき、面倒事を投げ捨てるようにつぶやく。

「まあ、それなりにわきまえているでしょう。」

 人格や記憶が連続している存在としては、関係者の中では一番年上だ。優喜と違って、必要以上の無茶はしないだろう。とりあえずそう割り切って、自身の仕事に戻るプレシアであった。







「あれ? 美穂ちゃん?」

「……キャロちゃん?」

「何でここに?」

「……捕まったの……。」

 ツアー初日。開場前のリハーサルに顔を出したキャロは、控室で顔見知りのスタイリストさんに散髪されている美穂に、目を丸くしながら状況を確認する。

「綺麗な女の子が、こんな伸びるに任せて放置してるような髪型のままで居るのは、私たちに対する挑戦だと判断しました!」

「あ、あははは……。」

 いつになく情熱的なスタイリストさんに、思わず乾いた笑いを上げて引くキャロ。無邪気でパワフルな彼女といえど、思わず引いてしまう事はあるのだ。

「本当にもったいないんですよ! 明らかにちゃんと手入れしてないのに、こんなに艶のある手触りのいい髪をしてるなんて……。」

 手際よく髪形を整えながら、女として見過ごせない部分について文句を言う。ある意味年齢以上に女であったために引きこもりになった美穂と違い、実年齢よりも子供っぽいキャロにはそこら辺は理解できない。

「……手入れするのにも、お金がかかるから……。」

「女の子の美容関係は、必要経費です!」

「……そう言うのは、家族みんなが食うに困らなくなってから……。」

「だよね。服とか髪は少々傷んでても死にはしないけど、食べなきゃ生きて行けないもんね。」

 そう相槌をうって、そこで違和感に気がつく。美穂が返事をしている事に対してではない。それも驚きだが、多分、こういう押しの強いタイプに無言を貫けるほど、美穂は心臓が強くない。というか、押しの強い人間にここまで連れてこられるぐらいだからこそ、引きこもりになったのだ。なので、違和感の正体は多分、そこではない。

「そんなに、おうちの財政状況は逼迫してたんですか?」

「……ずっと、お腹いっぱい食べるのを我慢してもらってきた……。」

「竜司さん、痩せてるもんね……。」

「……この部隊だと食事はタダだから、少し嬉しい……。」

「いくら食べても怒られないのって、いいよね。」

 と、そこまで話をして、ようやく違和感の正体に気がつくキャロ。

「ねえ、美穂ちゃん。」

「……ん……?」

「ミッドチルダ語、いつの間に覚えたの?」

「……先週はずっと暇だったから、毎日、一日中言葉の練習をしてた……。」

「一週間で覚えられるんだ、すごい。」

 キャロが日本語を覚えた時は、一週間どころか一年でも片言でしか話せず、必要な時は通訳魔法でごまかしたものだ。なんだかんだ言って、それでも二年で小学校程度の読み書き会話は出来るようになったが、相当苦労した記憶はある。

「……まだ、日常会話が、出来るだけ……。」

「それでもすごいよ。」

「……それに、読み書きも、絵本とお店のメニューが読める程度……。」

「ミッドチルダ語の識字率はそれほど高くありませんから、その程度でも平均よりは上ですよ。」

 複数の世界から人間がやってくる都合上、ミッドチルダ語は使用人口がとても多い。管理世界の人間だけでなく、管理外世界から飛ばされてきて、帰る手段が無くてそのまま移住するケースもあるのだから、使用人口が増えるのは当然である。

 が、残念ながら、そう言った移住者みんながみんな、ちゃんと読み書きをおぼえている訳ではない。特に二十代を折り返してから後ろとなると、新しい言葉を覚えるのはそう簡単なことではない。それに、辺境の貧しい地域となると、学校も碌にない事も珍しくなく、尊重ぐらいしか読み書きができないと言うこともざらだ。結果として、生活に必須である、数字とメニューを読み書きできる程度しか文字や単語を覚えない、もしくはそれ未満のレベルの人間が大多数を占める事になるのだ。

「それにしても、美穂さんはキャロさん相手には、意外とよくしゃべるんですね。」

「……お友達、のつもり、だから……。」

「ちゃんと、お友達認定してくれてたんだ……。」

 この一週間、多忙な優喜達の代わりに、比較的手が空いている事が多いリインフォースやフィーと組んで、暇を見つけては引きこもりがちの美穂を引っ張り出し、出来るだけ知らない人がいない場所に連れ出した甲斐があったというものだ。少々強引に連れ出す事が多かったため、どう思われているのかをリインフォースなどはひどく心配していたが、少なくとも失敗はしていなかったらしい。

 事実、優喜達を除けば、美穂がまともに会話を出来るのは、初日に相手をしてくれた三人だけだ。まだまだ大きな声を出せるほどではないが、少なくともそれほど身構えずに接しているのは、傍目に見てもよく分かる。今も、キャロの顔を見たとたんにわずかに顔がほころび、それまでガチガチだったからだから余計な力が抜けたのだから、十分に気を許していると言っていいだろう。むしろ、なのはやフェイトのような、今後の付き合いで避けては通れない相手よりも仲がいい。

「それで、美穂ちゃんは何で捕まっちゃったの?」

「……飲み物を、買おうと思って……。」

 美穂は、優喜から結構な金額の小遣いをもらっている。ルームサービスや対面販売はハードルが高くても、自販機なら問題が無いからだ。流石に野外には自販機の類はほとんどないが、ホテル内部には飲み物や軽食の物が多少はあるのだ。本人は恐縮していたが、どうせ現状では使い道が少ないミッドチルダのお金、この程度でも使ってくれた方が優喜達にとってはありがたい。

 日本よりはるかに治安が悪いといえど、管理局員、それも精鋭部隊が寝泊まりしているホテルにわざわざ襲撃をかける物好きはそういない。それに、治安が悪いと言っても、普通に大通りを歩けないほどでもない。なので、ホテルの内部に限り、単独で自由に動いていい事にしている。が、今回は美穂にとってはそれが裏目に出て、そろそろスタッフルームに詰めに行こうとしていたスタイリストさんに見つかり、強制連行されてしまったのである。

「そっか。でも、綺麗になったよ。」

「それが私の仕事ですから。じゃあ、ちょうどいいので、次はキャロさんをやってしまいましょうか。」

「あ、お願いしま~す。」

 ざっと足元を掃除して、キャロにクロスをつける。前髪を切って、ちょっと毛先を整えただけなので、それほどの量の髪の毛は落ちていない。

「……そう言えば、優喜さんは……?」

「さっき、緊急出動で出て行ったよ。私達はお留守番。」

「……そっか……。」

 緊急出動という物々しい単語に、かなり大きな不安を感じる。

(無事だと、いいけど……。)

 大丈夫だと思いつつも、どうしても心配してしまう。結局美穂は、不安を抱えたままリインフォースと一緒に昼を食べる事になるのであった。







「後手に回るのが治安維持組織の宿命とはいえ、これはきついものがあるね……。」

「起こってしまった事はしょうがあるまい。まずは生存者を救助するぞ。」

「そうだね。なのはもフェイトも落ち込んでないで、ね。」

「……うん……。」

「……分かってる……。」

 壊滅した集落を見ながら、険しい顔でやるべき事を決める。緊急支援要請を受けて押っ取り刀で駆け付けた時には、すでに犯行がほぼ終わりかけていた。いかに管理局最速のフェイトといえども、日本列島を三回縦断するより長い距離を移動となると、早く到着するにも限界はある。要請を受けてから到着までに三分という、驚異的を通り越して狂っていると言われても反論できない速度で現場に到着したものの、すでに管理局の守備隊は全滅しており、鉱山は完全に崩落、集落も七割は破壊されていた。転送魔法で移動したとしても、転送そのもののタイムラグや座標ずれの事を考えると、これ以上早く到着する事は厳しかっただろうから、あの時点で移動にかかった時間としては、これが最速である。

 どうにか住民の全滅だけは防いだものの、管理局地方守備隊の部隊三つが全滅、そのうち二つが全員殉職し、その上犯人は拘束した瞬間に自壊、いくつかのサンプル以外には何一つ得るものが無かったという、完全な敗北で終わってしまった。瀕死の重傷ながらかろうじて生き延びた守備隊の隊員によると、緊急支援要請をした時点ですでに集落の三割は壊滅していたそうで、たまたま現場に居合わせたのでなければこの結果は防げなかっただろう。むしろ、これまでの襲撃と違い、多少でも生存者がいるだけ上出来だと言っていい。

 が、それが慰めになるほど、なのはもフェイトも割り切れない。最初に到着して交戦したフェイトや丁度いいタイミングで合流し、二人組の片側を完全に制圧しきった竜司、、相手を無力化する決定打を放った優喜はまだ仕事をしただけましな方で、速度の問題で到着した時には全て終わっていたなのはなどは、何もできなかった悔しさで、いつになく口数が少ない。

「二人はとりあえず、まずは治療結界を張ってシャマルに連絡。それが終わったら合流して。僕達は危険そうなところから順番に助けてくる。」

「うん。」

「分かった。」

「他の人も、動ける人は手伝って!」

 優喜の呼びかけに、辛うじてかすり傷程度だった人間が立ちあがる。そのまま、迷いもせずに瓦礫の山に向かう彼の後に付き従い、生身で持てる範囲のガラクタをかき分け、まだぎりぎり死んでいない人間を治療結界に運び込む。時折、冷たくなった亡骸を見て泣き崩れる人が出てくるが、優喜も竜司もその時間も惜しいとばかりに黙々と瓦礫を撤去し、生存者を引っ張り出す。

 要救助者を半分ほど救助したあたりで、現地から三番目に近い場所に居た部隊が到着。優喜の指示に従って救助活動を開始する。むせかえるほどの血の臭いの中、それでも少なくない数の負傷者を助け出し、次々に治療を施す。最終的にさらに二つの部隊が到着した事により、救助そのものは一時間強で完了した。

「……優喜、その子は?」

「鉱山の瓦礫に、半分埋まりかけてた。見た感じ外傷はないけど、いろいろと余計なものを見せられたらしい。」

「子供は、この坊主以外の生き残りはいないな。」

「さっき生き残った人に確認したけど、この子の身内はいないみたい。」

「そっか……。」

 竜司と優喜の言葉に、小さくうつむくフェイト。彼のような子供を出さないために執務官になったと言うのに、現実は何もできていない。

「テスタロッサ執務官、生存者の確認、終了しました!」

 今後の対応の打ち合わせをしていると、中年の局員が報告に来てくれる。

「ありがとうございます。申し訳ありません、我々が後手に回ったばかりに……。」

「いえ。状況から察するに、その場に居たのでもなければ、誰が来ても同じ結果だったでしょう。」

「それでも、己の無力が身にしみます……。」

「飢饉や疫病の発生の時は、このような光景に出くわすのはしょっちゅうです。あまり思い詰めないでください。」

 地上の、それも辺境の部隊の局員としては珍しく、フェイトの肩を持つ中年。あまりに珍しいその光景と台詞に、思わずまじまじと彼を見つめてしまう竜司以外の三人。

「どうかしましたか?」

「いえ。こういうときは罵倒されることが多かったもので……。」

「別に、辺境部隊全員が、広報部を嫌っている訳ではありませんよ。それに、我々だって己を知っています。あなた方を罵倒すると言う事は、自分の無力から目をそらしている事に他なりません。それでは、いつまでたっても成長はありませんから。」

『貴殿のような人材が、辺境部隊に居るとは喜ばしい事だ。』

 唐突にレジアスの通信が割り込んでくる。どうやら、シャマルが行っていた事後報告と一緒に、フェイトと辺境部隊の局員のやり取りを聞いていたらしい。直通で報告するような事なのか、という疑問はあるが、流石に今回の一連の事件は、そろそろ被害が見過ごせなくなってきていたため、次に起こった事件でなのは達が出撃する事があれば、直接報告するように言われていたらしい。

『今回の件は、我々上層部の力不足が原因だ。被害を受けた方々には、どれほど頭を下げても足りない。』

 そう言って、通信越しとはいえ、実際に頭を下げて見せるレジアスに、大いに慌てる辺境部隊局員と住民たち。地上の英雄の持つ風格と、それにもかかわらず誠実であろうとする態度にうたれてか、誰も罵声を上げようとはしない。

『我ら管理局を恨んでくれてもいい。憎んでくれてもかまわない。どんな言葉も、甘んじて受けよう。だが、直接現場に出た彼ら、彼女らに怒りや憎しみをぶつけるのだけは勘弁してほしい。皆、尽くせる最善を尽くしての結果だし、常に一番大きなリスクを背負うのも彼らだ。それで被害を押さえられなかったのは、我ら上層部が、被害を押さえられるだけの対応を怠った結果だ。』

「ゲイズ中将……。」

『こんなふざけた真似をした連中を許すつもりはない。地獄の果てまででも追いかけて、やらかした事を後悔させてやる。が、申し訳ないのだが、まだ現時点ではそのための準備に手間取っている。もうしばらくは諸君らに負担をかけることにはなるだろうが、今だけ、今だけでいい。踏みとどまってくれ。念のために、動かせる高ランク魔導師を、可能な限りそちらをはじめとした地方支部に回すようにする。』

「了解いたしました!」

 雲の上の人物に直接声をかけられ、あまつさえ頭をさげられて気合が入る辺境部隊の隊員達。

『被害にあわれた方々にも、管理局として可能な限りの支援を約束する。今後の身の振り方についても、いくらでも相談に乗ろう。さしあたっては、三日分程度の食料と簡易住居を、今日中にそちらに運び込むよう手配をかけておいた。身内を亡くされた方がに対し、この程度の事しかできなくて非常に心苦しいが……。』

 苦い顔のレジアスに対し、一つ頭を下げて返事に代える住民代表。

『それでは、今回の一連の事件について、いろいろ決めねばならん事がある。誠に申し訳ないのだが、今回の通信はここで終わらせていただきたい。』

「後の事は、お任せください。」

『頼んだぞ。必要な事は何でも言ってくれ。可能な限り対応する。』

 そう言い置いて、レジアスが通信を切る。しばしの沈黙の後、代表でフェイトが口を開く。

「この後は、どうするの?」

「そうですね。まずはがれきを撤去して、回収できるだけの財産を回収するところからスタートでしょう。」

「この子を受け入れる余裕がある人は……。」

「ちょっとの間面倒をみるぐらいならともかく、大人になるまでというのは無理だな……。」

「だったら、私の方で受け入れ先を探すよ。とりあえず、今日はこれから他の仕事があるから、この子を連れて私達はいったん帰投する。」

 フェイトの言葉に一つ頷くと、敬礼をして送り出す地上部隊一同。

「コンサート、頑張ってください!」

「ありがとう。申し訳ないけど、あとはお願いね。」

 敬礼に対して敬礼で答え、旅の扉を開いて一足飛びで帰還する。最初からそうしていればよかったのでは、という話もあるが、シャマルならともかく、なのはとフェイトの技量では、よく知らない場所にゲートを開く能力はない。そして、シャマルは本日は六課隊舎に詰めていた。

「シャマルさんがいない時の、長距離高速移動手段が六課の課題かな……。」

「ヘリよりなのはやフェイトの方が速いからねえ……。」

 今後、今回みたいに出先で長距離を緊急出動する機会は、確実に増えるであろう。そう言った時、アースラが使える場合はともかく、巡業先では大人数を一気にフェイト以上の速度で運ぶ手段がない。また、別々の場所に急行する事になった場合、やはり足が足りない。新しく出てきた欠点に、真剣に頭を抱えるなのは達であった。







「検査、どうだった?」

 帰って来てすぐに時の庭園に引っ込んだ優喜と竜司に、心配そうに質問する美穂。妙な病原菌を持った相手とやり合った、という話だけを教えられていたため、心配で気が気でなかったのだ。こういうとき、表面上は落ち着いて見せている紫苑を、とても尊敬してしまう。今も、一時的にとはいえ優喜達が抜けた穴を埋めるために、裏方としていろいろと動き回っている。

「僕達は何ともない。元々、そう簡単に感染するようなウィルスじゃない、って言うのは分かっていたからね。」

「そっか……。」

「心配せずとも、友については仮に直接血管にウィルスを流し込まれても、私がどうにかして見せるさ。」

 突然どこからともなく声をかけられ、思わず怯えてあたりを見回す美穂。そんな様子に苦笑しながら、自己紹介がまだだった事を思い出すブレイブソウル。

「そう言えば、自己紹介をしていなかったな。私はブレイブソウル、竜岡優喜のデバイスだ。以後よろしく。」

 胸元からぷかりと浮かんで見せると、そのままアウトフレームを展開して自己紹介を始める。その様子に、完全に固まってしまう美穂。

「そう固まらなくてもいいではないか。 私は別段、取って食ったりはしないぞ?」

「……。」

 ブレイブソウルの言葉に答えず、その場で座り込んでしまう美穂。心の準備なしに知らない人間といきなり会うのは、彼女にとっては非常にハードルが高かったらしい。まだ一応顔ぐらいは知っていたスタイリストさんはともかく、完全に初対面の上、確実に人間ではないブレイブソウルは、流石にハードルが高いでは済まないのも仕方がないだろう。

「……デバイス……?」

 ようやく再起動した美穂が、震える声で恐る恐る質問する。

「ああ。私はデバイス、ただの道具だ。」

 デバイスが何か、ぐらいは美穂も説明を受けている。とはいえ、その種類は多岐にわたり、中にはリインフォースやフィーのように、単なる道具とくくるには問題がある存在も居る。どうやら、目の前に浮かんでいる球も、そう言った単なる道具とくくれないタイプのようだ。

「……デバイスってことは、ずっと優喜さんと一緒に……?」

「常に一緒ではないがな。私は特殊なデバイスだから、店番などを頼まれることもあるし、メンテナンスの時はさすがに別行動をせざるを得ない。」

「もっとも、余計な事を言って置き去りにされる事の方が、圧倒的に多いんだけどね。」

「友よ、それを言うのはあまりにも情が無い!」

「事実だし。」

 優喜と気安い様子で漫才のような会話を続けるブレイブソウルに、どういう態度で接すればいいかを決めかねる美穂。いまだに腰は抜けたままだ。

「因みに、美穂と話をしてる時は、基本的に同席してなかったから。」

「ああ。余計な事を吹き込むから、だとか、汚染されてはまずい、だとか、失礼な事を言って部屋に置き去りだ。友はもう少し、私という相棒を大事にするべきだ。」

「何で?」

「何とご無体な発言!?」

 なかなかに容赦のない優喜の発言に、心の中で血の涙を流しながら絶叫するブレイブソウル。そろそろ美穂にも、このデバイスがどういう人格なのか、なんとなく理解出来てきた。

 多分、有事はそれなりに頼りになるが、平時はとてつもなくうざいのだろう。

「というか、汚染されたらまずい、ってのは事実でしょ?」

「イジメカッコワルイ!」

「また、懐かしいネタを。それに、紫苑とかは君が多少セクハラしても冗談で流すけど、美穂にそう言う事をやられると冗談ですまないから。」

「うむ。こいつは気が弱いからな。」

「イジメカッコワルイ!」

「もうそれはいいから。」

 いつの間にか近くに来ていた竜司に、ブレイブソウルが吠える。とはいえ、言われてもしょうがない事ぐらいは美穂にも分かる。多分、ストッパーがいなければ、際限なくくだらない事を言うのだろう。

「立てるか?」

「……多分。」

 竜司の手を取り、おぼつかない足取りで立ち上がる。ふらついてしがみつく美穂を、揺るぐ気配もなく受け止める竜司。思いっきり胸を押し付けるような形になってしまったが、まだまだ成長過程の彼女のそれは、大きさと形はともかく、柔らかさという点ではまだまだいまいちだ。そっち方面でまで男を魅了しようとするなら、少なくともあと五年は欲しい。服の上からという悪条件も重なってか、美穂的には少々悲しい事に、竜司も大して意識した様子を見せない。

「それはそれとして、だ。」

「美穂に、お願いしたい事が出来た。」

「え?」

「僕達が、男の子を一人連れて帰ったのは知ってるよね?」

 優喜の言葉に一つ頷く。

「可能な限り、でいいから、その子の面倒を見てあげてほしいんだ。」

「……私に、出来るかな……?」

「ヤマトナデシコの子たちより年下だから、そんなに身構えなくても大丈夫だと思うけど……。」

「男の子、なんだよね?」

「天涯孤独の、な。」

 天涯孤独、という単語に、動きが止まる。

「その子、誰も身内がいないの?」

「うん。さっきの襲撃で、住んでるところと家族を全部奪われた。集落がほとんど全滅に近い被害を受けてたし、あのあたりでは、住んでる町から引っ越すってことはあまりないらしいから、生き残りに親戚とかがいないんだったら、血縁は誰も居ないと思う。」

 説明を聞いて、じっと考え込む。

「まだ無理なら、それでかまわん。状況の問題とはいえ、正直急ぎ過ぎだとは思っているからな。」

「無理なら、アイナさんとか手を借りれそうな人に頼むよ。あの子の落ち着き先が決まるまでの間だけだしね。」

 気を使って言ってくれる二人の言葉に、少し覚悟を決める。

「……うん、頑張ってみる。」

「本当に?」

「いいのか?」

「うん。だって、私は何もしてないただの居候だけど、アイナさんはそれなりに忙しい。忙しい人がかわりばんこに、だとその子も落ち着けないと思う。それに、今は家族を亡くしたばかりだから、そう言うあわただしい扱いで外に出すのはよくない。」

 美穂の言葉に顔を見合わせ、一つ頷く優喜と竜司。こういうときは空気を読んでか、さすがに口をはさむ事はしないブレイブソウル。

「ありがとう。」

「すまんな。」

「私も、小さい時に親がいなくなる辛さは知ってるつもりだから。」

 美穂の言葉に頷く二人。この場に居るのは、全て幼いころに親を失った人間だ。美穂の場合は捨てられた、というのが正しいが、親がいないと言う事に変わりはない。

「本当は、俺たち大人がどうにかするべき事なのだがな。」

「僕達も出来るだけ面倒をみるつもりではあるけど、僕も紫苑も結構綱渡りしてるから。」

「うん。任せて、って胸を張って言えないところが情けないけど、私にできる事は何でもするから。」

「お願い。困った事があったら、何でも言って。」

 優喜の言葉に、少しはにかむように頷く。

「そういえば。」

「……?」

「さっきは言えるような状況じゃなかったけど、その髪、似合ってるよ。」

「うむ。見違えた。」

 保護者二人の唐突な言葉に、思わず茹蛸のように顔を赤くする。これが漫画なら、ボン、という擬音が付きそうだ。

「前の髪型でも魅力的だったけど、やっぱりちゃんとした方が綺麗でいいよ。」

「ああ。問題は、綺麗になりすぎて、悪い虫が心配なのだが。」

「竜司って、シスコン?」

「否定はせんが、美穂の場合はそれ以前の問題だからな。」

「まあ、ね。」

 真顔でそんな事をほざく二人に、真っ赤になったままあうあう言うしかない美穂。可愛いとか綺麗とか美人とか、そう言う感じに褒められる経験が無い上、二人とも口説く気ゼロだからか、ストレートに言ってくるのだから心臓に悪い。

「竜司が義兄となると、美穂の相手も大変だな。」

「別に、何が何でも反対するつもりはないが?」

「と言っているが、友はどう見る?」

「とりあえず、絶対条件が、不機嫌になった竜司を見てひるまない事と喧嘩腰にならない事、だろうね。」

「なかなかにハードルが高いな。」

「あの、兄さんも優喜さんも、あまりからかわないでほしいんだけど……。」

「ごめんごめん。」

 おずおずと口をはさんでくる美穂に、苦笑しながら一つ頭を下げる優喜。

「でも、美穂をからかったつもりはないよ。基本的に全部、割と本気で言ってるし。」

「そんなんだから、四人もの女の人に押し倒されるんじゃないかな……。」

「美穂もなかなか言うな。流石は竜司の身内だ。」

 竜司達と違って、正真正銘からかうために発せられたブレイブソウルの言葉に、先ほどまでとは違う意味で恥ずかしくなってうつむく。その様子が燃料になったか、さらに余計な事を言い始めるブレイブソウル。

「世話の内容に、風呂に連れ込むと言うのがあるが、竜司はどう思う?」

「相手が優喜やフォルクならともかく、八歳やそこらの坊主と一緒に風呂に入る事に文句を言ってもしょうがなかろう? 別に恋人でもないのに、四、五年しても一緒に入ろうとするようならば、流石に修正してやる必要がありそうだが。」

「お互い、そう言う事をするような間柄になっていた場合はどうか?」

「その場合は野暮なことを言うつもりはない。が、正直なところ、そういう関係になるのであれば、まずは互いに職を得て、安定した暮らしを出来るようになっていてもらいたいところではある。」

 竜司の嫌に現実的な言葉に、その場にいる全員が苦笑する。

「何というか、シスコンというより過保護な父親だね。」

「ああ。美穂よ、これは手ごわいぞ。」

「え、えっと……。」

「家族だからな。それに金の事で苦労させているのだ。それぐらいの事を望むのは、別におかしなことではあるまい?」

「自分と相手に責任を持つって、結局そう言う事でもあるしね。」

 優喜と竜司の言葉に、自分はまだまだ未熟者以前である事を自覚する美穂。

(うん。丁度いい機会だから、ちゃんと世界と向き合おう。)

 この日、人生の新たな一歩を踏み出す決意をした美穂だが、想像以上に厄介な出来事がおこり、自分の決意が甘かった事を思い知るのは数日後の事であった。






あとがき

 本編冒頭でブレイブソウルとはやてがネタにしていた携帯電話ですが、ほぼそのままの設定で出てくるゲームが、とあるメーカーから二本ほど発売されています。知らぬ間に出てた二作目を中古で見つけて手を出して、余計な疑問をもったのでついネタにしてしまいました。

 ブレイブソウルなら、こういう発想でこういう発言をしてもおかしくないよね?



[18616] 第10話 後編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:ac7afb72
Date: 2011/10/22 19:18
「全く持って、胸糞が悪い!」

「レジアス。気持ちは分かるが、少しは落ち着け。」

「分かっておるさ! 儂がここで荒れたところで、百害あって一利もない事など!」

 自壊した犯人の言動その他も含めた報告書を見たレジアスが、珍しいほど感情的になっている。

「だがな、この報告を見て、誰も見ていない場所でまで冷静さを装えるほど、儂は情を捨てきれん!」

「私だって、君と気持ちは変わらんさ。だからこそ、冷静に黒幕を追いつめる算段を立てねばならないのだよ?」

「そんな事、言われずとも分かっている!」

「まあ、私も一人でこれを見ていれば、冷静な態度など取り繕えなかっただろうがね。」

 ため息交じりのグレアムの言葉に、険しい顔のまま粗っぽく椅子に座るレジアス。

「いずれこうなると分かっていて、それでも対策が後手に回るとは、情けなくて被害者にあわせる顔が無いぞ……。」

「基本的な戦力を魔導師に頼っている以上、すぐに対策がとれる訳ではなかったからね。」

「まったく、魔導師に頼らぬ安定した戦力が欲しかったのは分かるが、戦力確保に関してあの脳みそどもがしでかした事は、例外なくすべて裏目に出ているぞ。」

「だが、見たところ、昔の君の主張のように単純な質量兵器を充実させたからと言って、簡単に仕留められるような相手でもなさそうだよ。」

 グレアムの指摘に、苦い顔を隠さぬままうなずくレジアス。その程度でダメージが通るようなら、いくら戦力としては劣る地上部隊のメンバーといえども、たった二人に三部隊も壊滅させらる事は無かっただろう。魔導師ランクこそ低いが、中には武術の達人も数人は居たのだから。

「プレシアが開発中の装備は、どのぐらいで使い物になる?」

「そうだね、試作の試作が今月中ぐらい、それから教導隊で動作テストを行って仕様変更、プロトタイプにこぎつけるのが順当に行って月末ごろ。先行量産機となると、年内に間に合えばいい方だろうね。」

「海や地上本部の連中には悪いが、出来た分は片っ端から辺境部隊に優先的に配備だな。正直、広報部だけでは手が足りん。」

「それでも、最低限実戦で使えるレベルまで訓練する事も考えると、辺境全域に行きわたって運用可能になるまでに二年はかかる。このタイムラグをどうカバーするか、頭が痛い問題だよ。」

「冗談抜きで、非魔導師を戦力にする手段も開発せねばならんな。」

「世論がいろいろと沸騰しそうだがね。」

 苦笑交じりのグレアムの言葉に、同じく苦笑交じりに頷いて見せるレジアス。

「とにかく、まずは少しでも被害を減らす手段を講じるところからスタートだな。連中が何組いるかは分からんが、ドゥーエのおかげで元になっている連中は絞れてきた。そっちを叩いて行けば、必然的に活動も抑制されるだろう。」

「フェイト君が、明日にでも最初の一カ所目に潜入するとの事だ。」

「そうか。」

「後は、優喜には悪いが、消耗品の防御系統と行動封じの類を大量に用意してもらおう。優喜達の交戦記録を見る限りでは、現状は一定ラインを超える出力の魔法攻撃は通じるようだし、援軍が到着するまで時間を稼げれば問題ないだろう。」

「そうだな。儂らが現状打てる手など、それがいいところだろうな。」

 グレアムの提案を受け入れ、実行リストに書き込む。後は息の長い計画で、少しずつ全体の底上げをするしかない。二人は今期かせいぜい来期には引退予定故、そこから先はリンディ達に丸投げになるが、まあうまい事やるだろう。

「今期が正念場だ。次の世代にバトンを渡すために、何が何でも道筋だけはつけるぞ。」

「ああ。最高評議会がやらかした事は、私達の代でかたをつけないとな。」

 次元世界のために、最悪捨て石になってでも古い世代の負の遺産を片付ける。海と陸の英雄は、決意も新たに行動を開始するのであった。







「ドゥーエの情報通り、か……。」

 指定された施設に潜入したフェイトは、地下の設備を見てそうつぶやく。並んでいる設備はどれもこれも、明らかに人造生命体関係のやばいものばかりであり、中には胎児がぷかぷか浮いているような、全力で違法と分かるものすらある。ぶっちゃけこの映像だけでも、余裕で検挙できるレベルだ。

「バルディッシュ、データ送信は?」

『現在継続中。ジャミングおよび傍受なし。』

「了解。それにしても、静かだ……。」

 事前にいろいろ小細工して警備システムを殺してあるとはいえ、ここまで機械の作動音以外の音が無いと、不気味を通り越して不信感が募る。夜中とはいえ、結構明かりがついていた割には、警備員以外の気配を感じないのもおかしい。

『サー、また何か余計なものを引き当てたのではないですか?』

「バルディッシュまでそれを言うの……?」

『統計上の事実です。』

「統計って……。」

『これまでの潜入捜査に置いて、三回に一回は発見しなくてもいいものを発見したり、不慮の事故で一度に殲滅する必要のないものを殲滅したり、他の組織の工作員と遭遇したりと余計なトラブルに巻き込まれています。』

 緊急出動まで含めると七割オーバーというバルディッシュの言葉に、反論できずにがっくり来るフェイト。周りから引きが悪いだの間が悪いだのと言われ続けて、そのたびに必死になって否定していたが、いい加減そろそろ現実を直視するべきかもしれない。

 アイドル活動の合間をぬっての執務官の仕事なのに、フェイトのスコアは群を抜いている。その裏には、語り尽くせぬほど、引きが悪いにもほどがあるエピソードが隠されている。フェイトの特別手当が、芸能活動による収入を差し引いてもはやてのそれに匹敵しているのは、ひとえにその引きの悪さを必死になって帳尻合わせし続けた結果である。

「……本当におかしい。」

『同意します。』

「バルディッシュ、施設のマップ確認。」

『了解。』

 事前にブレイブソウルのハッキングツールによってハッキングされていた施設内部のマップ。それを展開し、現在位置と照らし合わせる。

「この壁の向こう、ラボだよね?」

『九十八パーセントの確率で。』

「現在のエネルギーライン、確認できる?」

『少々お待ちください。』

 数秒間、バルディッシュのデバイスコアが明滅する。

『壁の向こうの設備、現在全てアクティブ状態です。』

「……気配がしないのに、アクティブ状態か……。」

 不自然と言えば不自然だが、絶対に怪しいとまでは言いきれない。フェイトの探知範囲外で休憩をしている可能性もあるし、何かの実験で設備を起動したとして、必ずしも四六時中張り付いている必要がある訳でもない。

「直接、中を確かめるしかないね。」

『同意します。』

 マップを頭に叩き込んで表示を消し、慎重に気配を探りながら動き出す。優喜なら、このぐらいの規模の設備は外からでも丸裸に出来るが、残念ながらなのはやフェイトの感覚系は、竜司とどっこいかちょっとまし程度の物でしかない。流石に、いくらなんでも無造作にすたすた歩くのはリスクが大きすぎる。

「ここだね。バルディッシュ。」

『ロック解除。』

 マスターコードを使って、あっさりラボのロックを解除する。ここまで、こういった場面で一度も引っかからなかったあたり、ブレイブソウルのハッキングツールさまさまである。

「さて、何が出るか……。」

 密閉されたラボの扉を開けると、中から猛烈な臭気が漏れだしてきた。澱んだ血の匂い。それも一人分やそこらではない。

「どういう……事……?」

 空けた扉の隙間から見える光景に、思わず呆然とつぶやくフェイト。執務官なんて仕事をしていると、こういう光景に出くわすことも一度や二度ではない。そのため、血の臭いには慣れてしまった彼女だが、こういった光景を見て完全に平静を保てるほど平気になった訳ではない。吐いたり思考が停止したり冷静さを欠いたりはしないものの、それと血だまりに沈むミンチ手前の死体を見て何も感じない事とは別問題である。

 そもそも、この研究施設で行われたであろう実験、それを示唆する胎児の浮かんでいる培養ポットなどに対して、フェイトはずっと強い怒りと不快感を感じていたのだ。執務官になった当初と比べると、こういう人間の闇の部分に触れる事も増えたが、それで人間という生き物に絶望を感じたり、自身も汚い事を平気で行えるほど感性は摩耗していない。

 ゆえに、こういうときに真っ先に意識が向くのは、これをやった悪党を、どうやって追い詰めて懺悔させるべきか、という事柄である。

「バルディッシュ、状況解析!」

『ブレイクインパルスによる破損に酷似。』

「ブレイクインパルス?」

 意外な魔法を告げられて、一瞬思考が空回りする。使える人間は珍しくないが、実際に使われる事はあまりない類の魔法。あり得ないと分かりつつ、真っ先に長い付き合いの若い提督が思い浮かぶ。

「……っ! 戦闘反応!?」

『二時の方向、数は全部で六。』

 アックスフォームと並ぶ新フォーム・ブレードフォームのバルディッシュを、御神流では背負いと呼ばれる、武器を隠す意図が強い形で背中に固定し、気配を感じた方向に一気に飛ぶ。障害物が多い地形を飛ぶスピードではないが、御神流免許皆伝を受けたフェイトにとって、これぐらいは飛び辛い地形に入らない。

 戦闘反応を察知して三秒後、フェイトは新たな惨劇の現場に到着した。

「……さっきのラボも、あなたがやったんだ?」

「抵抗されたからな。」

 おかしな仮面をつけたローブの男が、聞き覚えのある声で告げる。その背格好、髪の色と髪型、声、使うデバイス、全てが先ほど頭をよぎった人物と重なる。

「クロノ……? いや、違うか……。という事は……。」

「察したようだが、私はクロノ・ハラオウンではない。」

「うん、分かってる。気配の種類が違うし、クロノにこんな悪趣味な真似は出来ない。それにそもそも、今はミッドチルダをはさんで反対の距離にある場所で外交行事に出席中だから、こんなところでこんな真似をする時間的余裕はないし。」

 そう言いながら、影から襲いかかろうとしていた刺青の男を、特殊素材のワイヤーで絡め取って無力化する。彼らが使う特殊能力「ゼロ・エフェクト」に反応して強度を上げる捕縛用のワイヤーだが、優喜がブレイブソウルのデータをもとに即席で作り上げたものであるため、せいぜい時間稼ぎにしか使えないであろう代物だ。

 もっとも、この男を問い詰めるぐらいの時間なら、余裕で稼いでくれるだろう。

「それで、あなたは誰?」

「……そうだな。ハーヴェイとでも呼べ。」

 心底どうでもよさそうに、フェイトの質問に答える。

「もう一つ、これは質問じゃなくて確認だけど……。」

「私の正体ぐらい、察しがついているだろう?」

「じゃあ、最後。何の意図があってこんな事を?」

「私の連れが、こういう悪趣味な研究を嫌っていてね。彼女にも時間が無いから、少々強硬手段に出させてもらった。」

 仮面のおかげで表情は読めないが、嘘はついていないらしい。とはいえ、動機がどうであろうと、そして、この研究所の連中が極刑クラスの犯罪者であろうと、彼、もしくは彼らが行った行為は、明確に犯罪行為である。そもそも、局員の資格を持っているか、特別に許可を受けたもの以外は、犯罪捜査も逮捕も認められていない。法の番人である以上、フェイトは彼らの行いを見逃すわけにはいかない。

「理由がどうであれ、あなたの行為は犯罪だ。ハーヴェイ、あなたを逮捕します。」

「出来るものならな。」

 フェイトの台詞が終わるか終らない彼のタイミングで、転移魔法を発動させるハーヴェイ。だが……

(なっ!?)

 魔法陣が出るより速く、フェイトの刺突がハーヴェイの左肩をとらえる。呆然とする暇も与えず、頭を薙ぐように鞘ごとふるわれた左の小太刀を、勘に従って頭を下げることでぎりぎり回避し、キャンセルされかかった転移魔法を、強引に発動させる。

「……逃がしたか。」

 一つため息をついて、本命を本格的に捕縛しにかかる。ゼロ・エフェクトを吸収する布を巻きつけ、エターナルコフィンと同種の封印術がこめられたビー玉を砕く。今日の潜入捜査に合わせて急ごしらえされたもので、封印術はともかく、それ以外の物はまだ、本格的な実用に耐える代物ではない。だがむしろ、たった二日で解析から始めた結果としては、上出来を通り越して異常ともいえる成果物である。

「とりあえず、向こうのラボのデータを回収して、警備員を任意同行で連れて帰れば終わりかな?」

『同意します。』

 面倒な後始末にため息をつきながら、やるべき事を定める。三回に一回がこのタイミングか、などとたそがれるしかないフェイトであった。







「あれが、フェイト・テスタロッサか……。」

 辛うじて逃げ切る事に成功したハーヴェイが、畏怖とも感心ともつかない感情をにじませながらつぶやく。

「オリジナルに遭遇したのか?」

「ああ。」

「どうだった?」

「残滓どもにこう言うしかないな。どうやったところで、正面からでは絶対に勝てない、と。」

 ハーヴェイの言葉に、驚きの表情を向ける残りの二人。

「……そこまでか?」

「ああ。正直に言おう。正面からなら、ここに居る三人に残滓ども全員を合わせて挑んだところで、多分勝利する事は出来ないな。」

「……どんな化け物よ……?」

「二十メートルほどの距離を、転移魔法の発動より早く詰めてきた。相手は法に従っての通達を行い、こちらはかなりのフライングを行ったと言うのに、だ。」

「よく、逃げてこれたな。」

「運が良かっただけだ。戦闘を続けていれば、よくてあと三手で詰んでいただろう。」

 その説明に、顔を引きつらせていた女がため息をつき、呆れたように言葉を継ぐ。

「一体、何をどうすればそんな化け物になるのやら……。」

「考えてみれば、あの高町なのはの相棒だ。驚くには値せんだろうな。」

「……それもそうね。」

「高町なのはは、十二やそこらであれだったからな……。」

 かつて、まだ三脳が健在だった頃、加減した集束砲だけで巨大なクレーターを穿って見せた高町なのは。他にも広報六課には、その集束砲を正面から受け止めて見せたと言うフォルク・ウォーゲンなど、一般の基準で見れば化け物としか言いようがない戦力が集まっている。頭数が少ないと言う弱点はあるが、真っ向勝負でどうにかできる相手ではない。

「我らのオリジナルも、それぐらい強いのか?」

「そこは分からないが、予想より強い可能性はあるな。」

「それは楽しみだ。」

 ハーヴェイの返答に、実に嬉しそうに答える男。正直なところ、なのはがクレーターを穿った例の事件、その映像資料から推測するに、彼らのオリジナルは全員、トータルの力量では当時のフェイトにも届いてはいないだろうが、それでも彼女が使った妙な技能を多少なりとも身につけているのであれば、予想以上に強いと考えておくにこしたことはない。

(全く、面倒な事だ。)

 あまり歯ごたえが無い相手と戦っても、単なる弱い者いじめになって気分がよくないとはいえ、敵など弱いに越したことはない。目の前の二人と違って、これと言ってやりたいとこだわっている事もないハーヴェイは、脳裏に刻み込まれたフェイトの姿を振り払いながら、二日ほど前に保護した古代の遺産が眠っている培養ポットを見るともなしに眺めるのであった。







「なるほど、そんな事があったんだ。」

「うん。予想はしてたけど、予想外だったよ。」

「まあ、そうだろうね。」

 潜入捜査の翌日。無事に次のコンサート会場までの移動も済み、予備で取っていた日程が丸一日浮いた。そのため、救助されてからずっと沈みがちだった少年・トーマと、そんな彼につきっきりで引きこもっていた美穂を連れ出すため、丸一日オフを取った。郊外に遊びに来ていた優喜達は、紫苑と子供たちが体を動かして遊んでいるのを眺めながら、フェイトの報告を聞いていた。竜司とフォルクは、別の場所で駄弁りながら見守っている。

 盛り場を避けて郊外に出てきたのは、美穂がまだ人ごみに顔を出す覚悟までは決まっていなかった事と、トーマがにぎやかな場所を嫌がった事が理由である。流石に事件からまださほど経っていない。親子連れなどを目撃した日には、やりきれないにもほどがあるだろう。

「それで、新しい事は何か分かったの?」

「新装備については、もう少しやり合ってみないと、はっきりした事は分からない。感染周りは、過去のウィルスの例とかその類を無限書庫から引っ張り出して来てるから、活動の抑制についてはある程度あたりが付いた、とは言ってた。ただ、これも実際に感染して発症した、出来るだけ協力的な患者がいないと今以上の事は分からないらしい。」

 潜入捜査で回収してきたデータについて、遠慮がちに質問してくるなのはに対し、少しばかり微妙な表情を張り付けて正直に答える優喜。

「そっか。」

「ねえ、優喜。」

「なに?」

「ハーヴェイや、その仲間が感染している可能性は?」

「無いとは言わないけど、多分感染しても発症はしないと思う。」

 資料のサルベージにより、エクリプスという名前が判明した例のウィルス。その性質については大分はっきりしてきた。その結果、感染と発症について、大きな勘違いをしている事が発覚したのが昨日の事。まだ説明していなかったそれについて、とりあえず二人には説明しておく事にする優喜。

「例のウィルス、エクリプスって言うらしいんだけど、あれね。感染力自体は、意外と強かったみたいなんだ。」

「え?」

「しかも、既存のウィルス検査には非常に出にくいらしくて、発症してなかったらまず発見は出来ないって言ってた。」

「それ、大丈夫なの……?」

「キャリアになっても、特に危険はないよ。感染力は強いけど特定のトリガーを使わないと発症しないらしいし、適性が無くてトリガーを使わない状態だったら、すぐに体外に排除されるんだって。」

 軍用である以上、そう簡単に発症するシステムにはなっていない、という当初の予測事態は間違っていなかったらしい。人為的な手段でトリガーを起動するシステムになっている、というのは、軍事的には理想的であろう。

「適性が無い状態で感染して、排除される前にそのトリガーを起動したらどうなるの?」

「一瞬でミンチらしい。もっとも、気脈操作である程度コントロールがきくのも分かったから、僕や竜司はそれほど問題ないと思う。なのは達はちょっと微妙なラインだから、君達の方がよっぽど注意が必要なぐらいだよ。」

「そっか……。」

「私達もちゃんと注意するから、優喜君も大丈夫とか言って油断しないでね。」

「分かってる。」

 優喜の返事に頷くと、続きを促すなのはとフェイト。それを受けて、ある実験について黙ったまま、さらに分かった事を続ける。

「現状で厄介なのは、むしろ適性があって感染してる状態かもしれない。」

「えっ?」

「適性があると、何年たっても体外に排出されずに、発症しない状態でウィルスの数だけ増えるらいいんだ。」

「それってつまり……。」

「そう。知らずにトリガーと接触して、分からずに発症させる手順を踏んでしまえば、末路はあれだ。」

 その説明に、顔が引きつるのを止められないなのはとフェイト。今までの説明では、現状キャリアかどうかを調べる手段はないと言う事だ。気をつけると言ったて、注意のしようが無い。

「トリガーについては、何か分かってるの?」

「大体は。ただ、いろいろなパターンがありすぎて、一口で説明するのは難しい。それに、まだフェイトが押収してきた資料を解析してる段階だから、分かってない事がものすごく多い。」

「……まあ、そうだよね。押収してきた資料、ものすごい量だったし……。」

「だから、とり急ぎ、感染周りを調べたのが、今説明した内容。初期症状とかそう言った部分は、もう少しかかりそうだよ。」

「母さんでも、そんなに?」

「プレシアさんは今、新兵器の立ち上げに手を割かれてるからね。すずかとリニスさんも頑張ってるけど、年季が違うし。」

 ジュエルシードのコピー品を使った、地上部隊の底上げを目的とした新兵器。現状では感染をどうにかするよりも、発症者から身を守る方が、どうしても優先度が高い。そのため、エクリプス感染者をどうにかする研究は、どうしても遅れがちになる。

「それはそうと、あれは何をしてるのかな?」

「え?」

 優喜が示した先には、トーマがどこかに行こうとして、美穂とキャロになだめられている様子が。道を竜司がふさいでいるため、そう簡単に突破する事は出来ないだろうが、それでもただならぬ雰囲気だ。

「どうしたの?」

「あ、フェイトさん……。」

「それが、トーマくんが……。」

 困り果てた様子の美穂とキャロに、本格的に何かあったらしいと踏んで、トーマと目線を合わせて、詰問口調にならないように注意しながら話を聞きだす。

「トーマ、どうしたの?」

「誰かが助けを、助けを呼んでるんです!」

「えっ?」

「声が聞こえるんです!」

 トーマの言葉に、周囲にサーチャーを飛ばしつつ気配を探るフェイト。だが、フェイトが結論を出す前に、優喜が割り込んでくる。

「声ってのは、女の子の、だよね?」

「はい!」

「やっぱりそうか……。」

 優喜の言葉に、驚きの視線が集中する。

「優喜、どういうこと……?」

「怒られそうな真似をしたから、説明は後で。」

「えっ?」

「フェイト、確かこのあたりに、捜査予定の研究施設があったよね?」

 優喜の台詞に戸惑いながら、ざっと地図を頭に浮かべて一つ頷く。郊外の一言でかたをつけたが、このあたりは最寄りの集落から、徒歩で優に一日以上の距離が離れている。行きはフリードを含めた高速飛行手段を使って飛んできているし、帰りはゲートを開けばタイムラグなしですぐに戻れるので気にしていなかったが、実はあまり表ざたにしたくない種類の研究施設を作るには、格好の立地条件だったりする。

 なぜわざわざこんなところまでピクニックにきているのかというと、単純に空の旅をトーマに体験させて、少しでも気晴らしをさせてあげられればいいな、と考えたからである。

「令状は取ってる?」

「うん。」

「だったら、今から踏み込もう。」

「えっ?」

 いきなりの提案に、ひどく戸惑った声を上げてしまう。白昼堂々、今現在人が多数いる研究所に踏み込むなど、流石に乱暴にすぎるのではないか?

「今踏み込めば、確実に現場を押さえられる。上手くいけば、少なくともこの件の裏で好き放題やってる連中のうち一つは根元から潰せるし、データが集まれば、それだけ被害を減らせる。」

「……分かった。強制捜査の令状を取るよ。」

「お願い。」

 そこまで言われてしまっては、拒絶など出来るはずもない。レジアスに直接連絡を取り、強制捜査の令状を申請。司法当局も一連の事件を憂慮していたからか、連絡を取ってから五分という恐ろしい早さで令状が下りる。

「令状が取れた。」

「確かめたい事があるから、僕も行くよ。みんなは先に戻ってて。」

「了解。無茶はしないでね。」

「優君、昨日も無茶をしてるんだから、あれ以上は絶対駄目よ?」

 優喜の言葉に従い、撤収準備を始める。その様子に、何か物言いたげなトーマを見て、彼に目線を合わせる優喜。

「気持ちは分かる。けど、連れて行く訳にはいかない。」

「どうして!?」

「はっきり言ってしまえば、足手まといだから。それなりの訓練を受けて、ある程度の戦闘能力があったなのは達だって、君と大差ない年の頃に出た初陣で、危うく死にかけたんだ。そう言う事を何もしていないトーマが付いてきても、助かった命を無駄に捨てる事になるだけ。」

 はっきり言い切った優喜をきつい目で睨みつけ、だがなのは達を引き合いに出されては反論もできず、悔しさに拳を震わすことしかできない。

「悔しいなら、強くなりたいなら、いくらでも鍛えてあげる。だから、ここは我慢して。」

「……本当に?」

「ん。本当に。」

「本当に、鍛えてくれる? 強くなれる?」

「頑張れば、強くなれるよ。」

 優喜の言葉に頷いたトーマは、はらはらしながら見守っていた美穂のもとに行くと、その手をぎゅっと握る。

「じゃあ、行ってくるよ。」

「そんなにかからないと思うから。」

「竜司、なのは、フォルク。後は任せたよ。」

 そう言って戦闘モードに入った優喜達は、生き物とは思えない速度で飛び立った。







「その子は?」

「リリィ、だってさ。いろいろあって、今ちょっと声を出せないっぽい。」

「そっか。」

 二時間後。優喜とフェイトが連れて帰ってきた、トーマと変わらぬ年の頃の女の子を囲み、手が空いている隊長陣は、いろいろと報告を聞くこととなった。保護した場所が場所だけに、検査ついでに話は時の庭園でしている。余程気になっていたのか、美穂とトーマも、無関係ではないからと押し切って、一緒に話に参加していた。

「じゃあ、全部説明してもらうよ、優喜君。」

「まずは、優喜とトーマだけリリィの声が聞こえた理由、からかな?」

 なのはとフェイトの尋問に、苦笑しながら結論から告げる事にする優喜。

「その答えは簡単。僕とトーマが、エクリプスのキャリアだからだ。」

「「えっ?」」

「正確に言うと、僕は実験も兼ねて、気を通してコントロールできるようにしたエクリプスウィルスを、わざと自分の体に取り込んだんだよ。」

 優喜が白状した内容に、瞬く間に目がつり上がるなのはとフェイト。正直、その迫力は海千山千のプレシアをして、思わず一歩引くほどであった。

「優喜君!」

「どうしてそう言う、致命的な方向で危ない事をするの!?」

「僕が一番適任だったら、だよ。竜司じゃ、この種の繊細なコントロールは出来ない。」

「うむ。単に排除するだけならともかく、生かさず殺さずコントロールするなどという真似は、さすがに俺では無理だからな。」

「でも!」

「安心していいよ。確認したい事が済んだから、とうにウィルスは排出してる。」

「それに、今回いろいろやったおかげで、優喜の分はワクチンを作れたからな。」

 今にも噛みつきそうななのはとフェイトをなだめ、話を戻そうとする優喜。だが、まだ納得がいっていない二人は、そんな言葉には騙されない。

「紫苑さん!」

「優喜に何か言ってよ!」

「私は、昨日十分にお説教したから。」

 二人に負けず劣らず怖い気配を纏いながら、それでも笑顔を浮かべる紫苑に、話を聞いていた美穂とトーマが思わずひく。普段穏やかで優しいだけに、その笑顔が非常に怖い。心臓が弱い人間だったら、発作でぽっくり逝きかねない。

「あ、あの。それで、確かめたい事、って……。」

「二つあってね。トーマがキャリアかどうかと、トリガーと接触した時にどういう反応を起こすか。」

「それで、何か分かったの?」

「多分皆は気がついてなかっただろうけど、トーマの目が、少しだけ変質してた。僕の中のウィルスも、声が聞こえた時に活性化してたよ。」

 優喜の台詞に、顔つきが変わるプレシア。

「リリィがトリガーだ、というのは間違いないの?」

「うん。救助した時も、ずいぶんとウィルスが騒いでたからね。うっとうしいからあの時に体外へ排除したけど、『声』を聞くための波長は把握したから、一応リリィの声の聞き取りは出来るよ。」

「相変わらず、感覚周りは化け物を超えてるわね……。」

「それしか売りが無いからね。」

 それしか売りが無い、という言葉に突っ込みを入れそうになる一同。竜司ですら、流石に感覚周りだけというのは異論があるらしいのが面白い。

「リリィ。本当に、優喜の体の中に、ウィルスはないの?」

「……。」

 優喜の体の中から、すでに反応が消えている事を確認して、小さく頷くリリィ。

「トーマの方は、まだ体の中に?」

「……。」

 フェイトの質問に、眉をひそめながら首をかしげる。反応を見るための行為を行えばはっきり分かるのだが、それをするとトーマを苦しめかねない。

「トーマ、少し痛いけど、我慢できる?」

「やらなきゃ駄目なこと?」

「駄目ではないけど、知っておいた方がいいかな、ぐらい。」

「じゃあ、我慢する。」

 優喜の問いかけに、表情を引き締めて一つ頷く。話の内容はよく分からないが、どうやら非常に重要なことらしい。自分が単なる居候の無駄飯ぐらいで、それなのに彼らは邪険に扱うでもなくひどく気にかけてくれる。その事を幼いながらも理解していたトーマは、恩人たちのために実験台になる事を進んで受け入れた。すでに自身に直接かかわってきているらしい、という事を理解していたのも、決意を後押しした理由である。

「リリィ、お願い。」

「……。」

「反応を見る程度に、軽くでいいんだ。危なそうだったら、こっちでどうにかするよ。」

「……。」

「うん。当てはあるから。ごめんね、無理にやらせて。」

 優喜の言葉に、小さく首を左右に振るリリィ。彼らは、先ほどまで居た研究所の人間とは違う。自分達を助けるために、何とかするために、やるべきことをやろうとしているのだ。ならば、自身に関わる研究による悲劇を少しでも減らすために、全面的に協力するべきだろう。

「(ごめんね。)」

 いきなり聞こえてきた声に、思わずびくっとするトーマ。次の瞬間、片目の色が変化する。少し、という範囲では済まない程度の痛みが襲い、我慢しきれずにその場で膝をつく。

「トーマ!?」

「トーマくん、大丈夫!?」

 予想よりはるかに大きな反応に思わず駆け寄るフェイトと、一緒に膝をつきながらとっさに支える美穂。

「これではっきりしたね。」

「だが、どうするつもりだ?」

「そこが問題。治療するにもこれから研究ってことになるし、何より現状、放っておいても取り立てて問題が出る訳じゃないんだよね。」

「でもね、優喜。リリィの行動の自由を考えるのであれば、早い段階で発症者の治療手段か、せめて病状の進行を押さえる手段は開発しないと、迂闊に外も出歩けないわよ?」

 プレシアの言葉に一つ頷くと、確認事項をぶつける。

「プレシアさん、当ては?」

「発症段階から追跡すれば、二週間から一カ月あれば活性化率を押さえる手段は開発できると思うけど……。」

「そう言えば、リリィが迂闊に外も出歩けない理由は何だ?」

「いつトリガーとしての機能が暴発して、適性が無い、もしくはリリィと相性が悪い感染者を発症させて殺してしまうかが分からないのが問題なのよ。さっきの研究所の文献と、今までの資料とをもとに判断するんだったら、誰か一人を発症者にしてしまえば、リリィ自身のそういう機能はその相手だけに固定されるから、この問題自体は解決するんだけど……。」

 それは、一人の自由のために、一人を生贄にするということである。そんな手段を取れるようなら、彼らは今、ここにはいないだろう。

「それで、そんな物騒なものを作ってた連中は、どんな言い訳をしているんだ?」

「感染者の治療のために、違法研究に手を出していた、だって。」

「俺の頭でも、無理のある言い分にしか聞こえんのは気のせいか?」

「うん。実際のところ、優喜がやったあれこれを見て、『我々が作ろうとしていたような化け物が、自然界に存在しているだと!?』なんてことを言ってたから、多分その言い逃れは通じないと思うよ。」

「録音してあるのか?」

「ばっちり。というか、どんな事をしようとしてたか、リアルタイムで司法に送信してたから。」

 フェイトの言葉に、やれやれと言う感じで互いの顔を見るなのは達。流石に、そこまでやれば言い訳の余地もなく、元締めの一つであるこの企業は崩壊する事であろう。全ての社員が関係している訳ではないと言ったところで、致命的なレベルのイメージダウンは避けられない。

「となると、問題は、だ。」

「確実に、僕達にちょっかいをかけに来る連中がいる、って事だね。」

「今更証拠隠滅など不可能、という事は考えなかろうな。」

「多分ね。まあ、私達はそういう恨みは今まで腐るほど買ってきてるから、それ自体はいいとして……。」

「こっちの坊主たちも、確実に狙われるだろうな。」

 優喜達の言葉の意味を知り、うつむいて唇をかむトーマとリリィ。助けてもらった上に厄介事を押し付ける結果になり、挙句の果てに居るだけで邪魔をすることになる。

「……二人とも、その顔は駄目……。」

 トーマとリリィをぎゅっと抱きしめて、美穂が小さな声で窘める。その言葉にはっと顔を上げると、悲しそうな顔の美穂と目があってしまう。

「……トーマくんもリリィちゃんも、何も悪くない……。……だから、その顔は駄目……。」

「でも……。」

「……。」

 美穂の言葉に、それでも顔を上げる事が出来ない二人。何か出来る事はないか、何かいい手段はないか。自分達の手で、何もかもを奪って行った連中に意趣返しするにはどうすればいい? そんな事を考え続けるうちに、ひらめくものが。

「俺達が、囮になれば……。」

「それは駄目。」

「どうして!」

「何人来るか分からないし、流れ弾で死ぬかもしれない程度には、二人の体は子供そのものなんだよ?」

「だけど、俺達が囮になって人のいない場所に行けば、少なくともここに居る人たちだけで!」

「まあ、言わんとしてる事は分かる。だけど、多分関係ないとも思う。」

 ため息交じりに却下を繰り返す優喜と、彼を睨みつけながら一歩も引かないトーマ。その様子に呆れながら話を切り上げるため、プレシアが横から割って入る。

「とりあえず、話は一旦終わりにしましょう。トーマ、リリィ、検査をするから、ついてきてちょうだい。」

「……はい。」

「……。」

 不承不承という感じでプレシアについて行く二人を見送り、面倒くさそうに今まで沈黙を保っていた己のデバイスに声をかける。

「ブレイブソウル。」

「何かな?」

「スケープドールを用意して。」

「あの少年たちにか?」

「子供ってのは、突飛な事をするもんだ。」

「違いない。」

 呆れを含んだ声で返事をすると、亜空間収納から人形を三つ取り出すブレイブソウル。トーマとリリィ、そして美穂の髪の毛を人形にくくりつけ、手早く術を起動させながら、傍らで母性愛あふれる心配そうな表情で二人が立ち去った方向を見つめている美穂に声をかける。

「美穂、どうせ君も余計な事を考えてるだろうから、渡せるだけ渡しておくよ。」

「えっ?」

「これだけあれば、仮に連中の二、三人に襲われても、一分やそこらは時間が稼げるはず。本当はこんな事を頼みたくはないけど、あの子たちが無茶をやらかしたら、僕達が行くまで何が何でも時間を稼いで。」

「……うん……!」

 大量のビー玉が入った袋といくつかのアクセサリ、そして簡易デバイスとペーパーナイフのようなものを渡された美穂は、決意のこもった目で優喜と竜司を見つめ、一つ頷く。エクリプスウィルスを巡る面倒事は、そろそろ終わりに近づいていくのであった。







「ごめん、リリィ。」

「(気にしないで。)」

 翌日。時の庭園から首尾よく抜け出したトーマとリリィは、なのは達がリハーサルを行っている町はずれの特設会場近くまで来ていた。一晩経って却って気持ちが高ぶってしまったこともあり、自分達がどれほど無謀で効率の悪い真似をしているかに気がつかず、無鉄砲に飛び出してしまったのだ。

「……あれだけ言われたのに……。」

「「!!」」

 茂みに隠れてこそこそ動いていたら、後ろから聞き慣れた声で話しかけられる。恐る恐る振り向くと、綺麗な空色の髪をなびかせた、不思議な印象の綺麗な少女が。

「ど、どうしてここに?」

「……優喜さん達が、どうせこうなるだろうって……。」

「……?」

「……無理を言って、最悪の時の備えをいろいろ貸してもらう形で許可をもらったの……。」

 美穂の言葉に、じゃあどうして自分達は駄目なのか、という不満が思わず顔に出る二人。それを見た美穂が、ため息交じりに答えを返す。

「……そもそも、いざという時に助けを呼ぶための連絡手段も用意してない、身を守る手段の段取りもしない子供に、許可を出せるわけがないよ……。」

「……ごめんなさい……。」

「……。」

「……会場に戻ろう……。」

 二人の無茶にとことんまで付き合う覚悟はしている美穂だが、どこが安全かと言って、なのは達のそば以上の安全圏など存在しない事ぐらいは、嫌というほど理解している。美穂を巻き込む形になって頭が冷えたらしく、実に素直に従う二人。最初から怒られるのは覚悟の上だが、こんな風に要らぬ迷惑を重ねてしまうのは痛い。

「へえ、戻れると思ってたんだ。」

「てか、頭の悪いチビどもだな。」

 マーフィーの法則、というものがある。世の中、最悪の事態は最悪のタイミングで訪れ、最悪の結果というのは必ず想定を超える、というものだ。見ると、もう二組がリハーサル会場に襲撃をかけている。うち一人がディバインバスターに撃ち抜かれ、魔力を分断するはずのゼロ・エフェクトを無効化されて、あっさり撃ち落とされていた。流石にその様子を見た目の前の二人も、顔色を変えて何やら話しあっている。

「流石はイロモノの総大将、か。」

「単純魔力砲で魔法に対する絶対防御を抜いてくるとか、本当に魔導師、いや人間か?」

「……なのはさんも、あなた達に言われたくはないと思う……。」

 逃げられる隙が見つからない以上、やるべき事は時間稼ぎだ。そう腹をくくった美穂が、注意をひきつけるために余計な突っ込みを入れる。どうせ、最初からこの町の人間も含めて皆殺しにする予定に違いない以上、二人を見捨てたところで末路は変わらない。

「違いない。」

「見かけによらず言うねえ、お嬢ちゃん。」

 恐怖に震えながらも、殺害対象の子供をかばって毅然とした態度を取る少女に、凶悪な顔でにやりと笑って見せる男。なぶり殺す趣味は持っていないが、少しぐらいチャンスを与えるのもいいだろう。そう考えて、得物を使った広範囲攻撃ではなく、あえて近接戦闘を挑んでみせる。

 その驕りに付け込み、美穂は己の取りうる手段を全力で振るう。無造作につかみかかってきた相手の腕を取り、生身の小娘がやったとは思えないほど派手に投げ飛ばす。おかしなスピンがかかった飛ばされ方をした男Aは、そのまま錐揉みを続けながら男Bに衝突する。相手の力を利用する、合気道に近い技能だ。

 ここで背中を向けて逃げるのは愚か者のする事。かといって距離を詰めても、自分からどうにかできる種類の攻撃手段は持っていない。気功による増幅強化なしですら、大魔導師プレシアを凌駕するほどの出力・容量・展開速度・並列処理能力を示すリンカーコアを持っているとはいえ、一切訓練を積んでいない身の上では、そもそもどうやれば魔法が発動するか自体分からない。

 ならば取りうる手段は、保護対象である子供達をかばいながら、出来るだけ相手を正面にとらえたまま距離をあける事である。逃げるのが目的ではない。援軍と合流する時間を短くするためだ。

「流石に今のは度肝を抜かれたな。」

「魔力もなにも無しで、あんな派手な投げ技が使えるとは、奥が深いねえ。」

「……褒めてもらっても、なにも出せない……。」

 ペーパーナイフを取り出しながら、出来るだけとぼけて聞こえるようにと、軽い口調で余計な事を言ってのける。

「中々の度胸だ、と言いたいところだが……。」

「そんなにがたがた震えて、蚊の鳴くような声で強がっても様にならねえぜ。」

「……対人恐怖症は、今に始まった事じゃない……。」

 事実を伝えながらも、少しずつ少しずつ距離を稼ぐ。

「頑張ってる嬢ちゃんに敬意を表して、もう少しだけ付き合ってやるよ。」

「援軍が来るまで、せいぜいがんばりな。」

 先ほど投げ飛ばされた男Aが再び前に出る。男が右手のおかしなデザインの剣を振るうと、ビー玉がいくつか割れる音とともに、激しい痛みが美穂を襲う。持たされた使い捨ての特殊防御のおかげで、とりあえずスケープドールにはダメージが入っていないらしい。それを確認した美穂が、ペーパーナイフを構えなおして相手の攻撃を睨む。

 避けてはいけない。避ければトーマ達に当たる。相手の感じから言って、二人を射線上から外したところで、彼らを狙うような真似は多分しないだろうが、リスクは避けるに越したことはない。

 二発目の斬撃。辛うじてペーパーナイフで切り裂く。振り下ろす速度は速いが、その挙動は素人のそれだ。美穂とて、伊達に竜司の朝練に付き合ってきた訳ではないのだ。集中すれば、対応できないほどではない。じわじわとリハーサル会場まで引きながら、必死になって斬撃を迎撃する。

「一般人に、予想以上に粘られたな。」

「丁度いいタイミングだし、まとめて一気に屠るか。」

 時間にして三十秒ほど。彼らと遭遇してからのカウントなら一分程度。永遠とも思えるほど長いその時間は、彼らのそんな言葉で唐突に終わりを告げた。男達の宣言に、思わず息をのむトーマとリリィ。このままでは、美穂が殺されてしまう。自分達が死ぬのは自業自得だが、本来隠れていれば無事で済むはずだった美穂には、何の責任もない。たった数日だが、実の家族のように接してくれ、命がけで自分達を守ってくれる彼女に対し、何もできない悔しさがトーマの心を貫く。

「(トーマ!)」

「リリィ……!」

 トーマの怒りが、悔しさが、リリィの心の中に流れ込む。この時ばかりは、今まで忌避してきた自身の力、それが使えるようになりたいと切実に思う。

「リリィ! 君はなんとかってウィルスを活性化できるんだよね!?」

「(……! それは駄目!)」

「失敗すればミンチになるのは知ってる! でも、このまま、またあいつらにいいようにされるのは嫌なんだ!」

「(……でも!)」

 それでも尻ごみするリリィを強引に抱きしめ、言葉と念話両方で気持ちをぶつける。その間に、持っていたペーパーナイフを投げつけ、発動した一発目の広域破壊攻撃を潰す。それを見た男たちが、直射型の貫通砲撃のチャージに入る。

「リリィ! 俺にチャンスをくれ!」

 トーマの肌のぬくもりと真摯な言葉、そして発症が始まった事を示すその片目を見て腹を決める。リアクト反応と呼ばれるそれが出ている以上、今までの適合者よりははるかに成功率が高いはずだ。

「(トーマ、我慢してね!)」

「なんでも来いだ!」

『契約(エンゲージ)!』

 リリィが己の力を解放した瞬間、二人は文字通り一つとなった。







「美穂さん、伏せて!」

 トーマの言葉に、とっさにその場に伏せる美穂。その背中の上を何やら恐ろしいエネルギーが飛んで行き、男の片割れを飲み込んだ。

「ちっ、エンゲージしやがったか!」

 首から下の右半分を消し飛ばされながら、思わず悪態をつく男A。頭が残っているからか、すでに再生が始まっている。

「だが、今ならまだ仕留められる!」

 チャージした砲撃をトーマに向け、トリガーを引く男B。発射されるかされないかの刹那、立ち上がった美穂が両腕を広げ、トーマの前に立ちはだかる。予想外に頑張りすぎた美穂の対応に、泣きそうな顔になりながら悲鳴を上げるトーマ。光が彼女を飲み込むと思われたその瞬間……。

「アート! オブ! ディフェンス!!」

 伝説の金属より硬い盾が、彼女達の前に割り込んできた。

「……フォルク、さん……?」

「悪い、遅くなった。」

 衝撃が収まった後、そこには盾の代名詞たる教会騎士が、その威容で男達を威圧しながら立っていた。

「本当なら、優喜達がこっちに来る予定だったんだが、別口の集団に足止めを食らってね。情けない話、俺だと完全に止め切れない可能性が高かったから、向こうを任せてこっちに来た。」

 力が抜けてその場に膝をつく美穂から視線を外し、再び襲撃者を睨みつける。

「いろいろ警戒して切り札を切ったけど、どうやら必要なかったみたいだな。」

「ちっ。引きあげるぞ!」

「逃がすと思ったか?」

 盾を円盤のように振り回し、何事もなかったかのように一撃でノックアウトするフォルク。流れるような動作で使い捨ての凍結封印具を発動。背後では、フェイトに三枚に下ろされた後竜司の手によって粉砕された戦艦の乗組員たちを、優喜が片っ端から無力化、捕縛している。

「そっちも終わったようだな。」

「ああ。美穂が世話になった。」

「いや。結局俺は一発防いだだけだからな。それにしてもトーマ、そのイカした格好はなんだ?」

「えっ?」

 必死すぎて、自分の姿までは気が回らなかったトーマ。腰が抜けたままの美穂が、ポケットからコンパクトを取りだして鏡を見せたことで、ようやく自分がどんな格好になっているのかを知る。

「わ! 何これ!?」

「発症した結果、ってやつだろうね。資料通りだとすれば、リリィがユニゾンデバイスのような役割をしてるはず。」

「これじゃあ、どう見ても連中と同じだよね……。」

「末路まで同じになってもらっては困る。時の庭園に戻るぞ。」

「う、うん……。」

「事後処理はこっちでやっておく。」

 強引にトーマを抱えあげる竜司と、いまだに足がいう事を聞かない美穂を背負う優喜。

「美穂、頑張ったね。」

「……私、ちゃんと出来てたかな……?」

「生き残れたんだ。誰にも文句は言わせないよ。」

 優喜の言葉に安心し、最後の気力とともに意識を手放す美穂。この後、美穂はトーマとリリィ両方に必要以上に懐かれ、ある種のありがたくない三角関係に巻き込まれるのだが、それは後の話である。







あとがき

 かなり強引にForceの決着をつけることになってしまいました。資料チェックとしてコミックを確認すると、トーマの年齢がどう計算しても合わないという事実が発覚。とりあえず年号を合わせる事にして、原作よりトーマを一歳若くする事にしました。

 竜司と優喜に制圧された別の集団が何かは、御想像にお任せします。原作が完結していないので、トーマとリリィ以外のForce組および関連イベントはこれ以降発生しません。しいて言うなら、裏でこっそりエクリプスの制御方法やら感染治療法やらに目途がつき、急速に事件が収束していくと言う設定があるぐらいです。

 あとアイシスファンの皆様ごめんなさい。どう頑張っても、彼女を割り込ませるスペースがありませんでした。後、役割分担と時期の問題で、スバルの仕事のほとんどを美穂が持って行く形になりましたが、一応今後トーマはスバルに、スゥちゃんスゥちゃん言ってなつく予定なので、大目に見てやってください。



[18616] 第11話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:63fba507
Date: 2011/11/05 19:03
「ティアは、明日のオフはどうするの?」

「そうね。給料明細の内容に寄るけど、服とかその辺の物を買ってこようかしら。」

「そっか。じゃあ、いっしょに行かない?」

「いいわよ。」

 体を洗いながら、翌日の予定について話し合うスバルとティアナ。エクリプス事件も大方広報六課の手を離れ、これといって大きな出撃もなく一月ほどが過ぎたある日の事。暦もすでに夏に入り、スバル達新人チームは英気を養うためということで、全員揃って丸一日のオフをもらった。給料日の翌日という、実に気がきいた日程である。

「そう言えば、給料明細って言えば……。」

「そうだね。ティアナちゃん達もそろそろね。」

 風呂につかりながらスバルとティアナの会話を聞くとなしに聞いていた二期生の先輩方が、給料明細という単語に食いついてくる。大体いつもの習慣で、広報六課の人間は、給料明細は食事と入浴が終わってから見る癖がついているのだ。

「そろそろって何が?」

「ん~。スバルちゃん達も、ずいぶん芸能活動が増えたでしょ?」

「そうだね。」

「そう言えば、週の半分以上は、レッスンじゃなくて収録とかでつぶれるようになったよね。」

 スバルの言葉通り、スターズとライトニングの新人たちも、いつの間にやらレッスンより表に出る仕事が増えた。結構あっちこっちの人間に顔を覚えてもらい、出動の際にも声援をもらう事が随分多くなった。デビューから二カ月程度だが、それなりに大規模なキャンペーンをうってもらっていることもあり、知名度の上がり方は悪くない、とはロングアーチのマネージメント担当の言葉だ。

「だったら、給料明細を楽しみにしてていいと思うよ。」

「そうそう。絶対びっくりするから。」

「はあ……。」

 年下の先輩方の言葉に、戸惑いの声を上げるしかないティアナ。楽しみに、といったところで、出撃回数はそれほどでもないし、売れてきたと言っても、広報部以外の同期の新人歌手達に比べれば、頭半分抜けている程度にしか感じられない。楽しみにするほど、特殊手当てがつくとは思えない。

「まあ、ピンとこないのも仕方ないか。」

「あたし達も、初めての時は目を疑ったし。」

 自分達の経験をもとに、実に楽しそうに語る先輩達。

「私達であれなんだから、なのはさん達の給料明細を、一度見てみたいよね。」

「あの二人、金銭感覚が結構ずれてるから、一体いくら貰ってるのか気になるな~。」

 管理局で一番給料明細が気になる人間、と言えば、ダントツでWingの二人だろう。一時のように毎月新曲を出す、などという真似をすることはなくなったが、それでもいまだに売り上げ一位を取れなかった曲が存在しないのはちょっとした伝説だ。同時にソロの曲を発表した時など、きっちり売り上げが同数だったり、二週かけて交互に一位を取り合ったりと、仲がいいんだか悪いんだか分からない結果を出している。

 曲やグッズの売り上げ、テレビやラジオなどの出演回数、出撃時の映像使用頻度がダイレクトに給料明細に反映される広報六課のタレント局員としては、並の専業タレントより数倍はマスコミへの露出が多いなのはとフェイトの特別手当が、一体どれだけ常軌を逸した金額になっているのか、気にならない方がおかしいのである。

「あいつら、ずっと生活拠点が日本だったし、小遣い制でやりくりしてたから、今一歩こっちの金についてはピンと来てねーんだよ。」

 なのは達の金銭感覚の話になったところで、丁度体を洗い始めたところのヴィータが口をはさむ。

「親元で暮らしてて、ミッドチルダで金を使う機会もそんなになくて、まともに給料明細を見るようになった頃には二尉ぐらいまで昇進してっから、一般的な基礎給とか手取りとか、あいつら全然知らねーんだよ。」

「親元生活でエリートコースって、給料明細よりも口座の中身の方が知りたい話ですね~。」

「ま、そこはあたしも同感だ。うちと違って、あいつらは返す借金もねーし。」

 珍しく軽口に乗ってくるヴィータ。それに気をよくして、どんどん話を振っていく平局員たち。

「なのはさんもフェイトさんも、お料理がすごく上手なのに、野菜とかの値段全然知りませんよね。」

「それはうちも人の事言えねーんだよな。何しろ、食材の類はよっぽど珍しいもんでもねー限り、時の庭園でいくらでも調達できるしよ。」

「うは。それは一般の主婦の皆さんに喧嘩売ってますね~。」

「厄介なのが、下手にスーパーで買うよりも質が良くてうめーんだよな、時の庭園の食材。」

「そうなんですか?」

「オメーらも毎日食ってるだろう? 食堂で使ってる食材、全部時の庭園から仕入れてんだぜ?」

 意外な事実に目を見張る一同。確かに、そう、確かに食堂の料理はどれも美味い。生野菜サラダですら、ドレッシングなしでも美味い。これが当たり前になってしまうと、スーパーや惣菜屋の物はドレッシングでごまかしても食べられなくなりそうな代物である。

 しかも、それでなくとも素材自体がいいのに、物凄い情熱を持って研鑽に研鑽を重ね、一流といっていい腕を持つなのは達が味付けその他を監修しているのだから、もはや社員食堂(といっていいのかは微妙だが)とは思えないレベルに達している。まだ半年は経っていないが、それでもそろそろ出先の安い食堂の飯はろくなものが無い、と感じるようになりはじめている。

「言っとくけどな。別にテスタロッサ家に便宜を図ってる訳じゃねーぞ。向こうも調子に乗ってプラントつくったはいいが、生産能力が過剰になりすぎてて持て余してっから、業者から仕入れる値段の半額できかねーぐらい安くこっちに流してくれてんだよ。鮮度とか安全性の問題もあっから、そういう保証がしっかりしてる時の庭園から仕入れるのは、別段おかしなことじゃねーんだよ。管理局からしたら、結局あそこも一業者だかんな。」

 ヴィータの補足説明に、思わず納得してしまう。確かに、他の地方部隊にしても、隊舎の食堂については部隊権限で、現地の農家などから直接安く仕入れているところがほとんどだ。広報六課の場合、それが時の庭園になっただけなのだろう。

「ま、話戻すとして。流石に連中も二等空尉ってのがエリートだってことぐらいは理解してっから、その月の基礎給と比較して、一般人にとって高いか安いかぐらいは判断してっけど、買うのがせいぜいジュースと軽食ぐれーだったから、物価と給料については、むしろフェイトの使い魔の方が詳しいぐれーだぜ。」

「プレシアさんはどうなんですか?」

「あっちは、もっと金銭感覚が破たんしてんぞ。何しろ、時の庭園じゃ海産物が手に入らねーからって、海洋型の無人世界を買い取ったんだぜ?」

「「「「はあ?」」」」

 いくらなんでも、グレートすぎるその金銭感覚に絶句する一同。

「それ、フェイトさんのお金で……?」

「いんや、テメエ自身の収入で、だ。あの人、いろいろえげつねー特許とか持ってるし、テスタロッサ式食料プラントとか売れ行き好調らしいし、そもそも食費いらねーことを考えたら、時の庭園ブランドの加工食品だけでも遊んで暮らせるだけの収入があるしな。」

 才能のある金持ち、というのはえげつないものだ。手持ちの潤沢な資金を、その才能で何十倍にもしてしまうのだから。

「勝ち組負け組って言い方は嫌いだが、流石にあれは勝ち組だって思っちまうぞ……。」

「否定できないと言うか、否定する理由が無いって言うか……。」

「まあ、オメーらの給料も、世間一般じゃ勝ち組だ。あんまり特殊例を見て僻んでもいい事ねーぞ。」

 さっきの自分の言葉を恥じるように、とりあえず後輩達を慰める。世間一般で見れば、出世速度こそ違えど全員エリートコースに乗っている八神家も十分に勝ち組みなのだが、なのは達の存在と借金のおかげで、いまいち自分達が勝ち組に分類されるという実感が無いヴォルケンリッター。

 日ごろ話題に出ないお金の話は、なのはとフェイトが仲よく風呂に入りに来るまで続き、そのまま湯上りにお茶を飲みながら二人をつるしあげる形で第二ラウンドに入るのであった。







「ティア、起きてる?」

「起きてるわよ。入って。」

 週明けの番組収録、その内容を再チェックしていると、スバルが部屋に来た。どうせ用事など分かっているのだから、さっさと中に招き入れる。

「明日、どこいこっか?」

「そうね。礼服とかそろそろ作っておいた方がいい、って言われてるから、まずはそこからかしら。」

「あたし、そういう堅苦しいのは苦手なんだけどな~。」

「そんな事言ってないで、アンタも買うのよ。流石に、いつも制服でいける訳じゃないんだから。」

「それは分かってるんだけど~。」

 今一どころか今三ぐらい乗り気ではないスバルに、微妙に苦笑するティアナ。一応一着は支給品として広報部の予算で作ってはいるのだが、そろそろプライベートで使う種類の、自身のセンスで選んだフォーマルな服というやつも、一着か二着は用意しておくように、と広報部トップのリンディがら通達があったのだ。それゆえ、財布の中身と相談したうえで、とりあえず祝いの席に出るための物を一着、オーダーしてこようかと考えている。

「とりあえず、予算を決めるためにも、給料明細を見ましょうか。アンタもまだ見てないんでしょ?」

「うん。ティアと一緒に見たかったから。」

「そう言うと思って、アンタが来るのを待ってたのよ。」

 この相棒の考えることなど、言われずとも分かっている。暗黙の了解で、お互いの給料明細を同時に開いて見せあう。なお、給料明細によって行動が変わる、というのは単純に、前線に居る局員は毎月、特別手当の額が結構大きく変動するからだ。

「……。」

「……。」

「一桁間違ってる、ってことはないわよね……?」

「……うん、多分……。」

 本当に間違えていないか、基礎給や天引きされているもろもろを、先月や異動前の給料明細まで引っ張り出して確認する。税金、年金、管理局共済保険、失業保険、そしてティアナの場合は奨学金の返済。一応公務員である管理局には労働組合が無いため、組合費はない。税金などの天引き額は毎月大きくなっているが、基礎給はちゃんと二等陸士の物だ。

「……ねえ、ティア……。」

「……何よ?」

「……天引きされてるお金が全部、基礎給より金額大きい気がするのは、目の錯覚かな……?」

「……あたしの明細もそうなってるから、錯覚ってわけじゃないんでしょうね……。」

 先輩達の言葉の意味を、ようやく肌で理解する。考えてみれば、エリオとキャロには負けたものの、一応デビュー曲が売り上げランキング十位台前半には入っていたのだ。だが、それがどういうことかを給料明細なしで理解するには、二人とも芸能界で動く金銭の額について無知すぎた。

「……明日、出かける前にこれが間違ってないか確認しましょう。」

「……そうだね。」

 いくらなんでも、時空管理局という巨大な公的組織が、自分達のような吹けば飛ぶような新米を、こういう形で担ぐとは思えない。だが、それでもこの金額はそうそう信じられるものではない。

「それで、ティア。」

「何?」

「この金額が本当だったらどうする?」

「この収入に見合った礼服を買うしかないでしょうね。」

 流石に、お金がある以上、下手な服は買えない。ある程度貯金に回すとしても、多少は見栄を張らないと恥ずかしい事になりそうだ。

「それにしても……。」

「何?」

「こんなに貰った上で、食費も光熱費も寮費もエステ費用もただでいいのかしら?」

「あたし達の稼ぎから出してるらしいから、いいんじゃない?」

 ある意味身も蓋もないスバルの一言に、思わず苦笑しながら頷いてしまう。しかし、先ほどの話題ではないが、自分達ですらこれだと言うのに、なのは達の給料明細は本当にどうなっているのだろうか? しかも、それほどの給料明細だと言うのに、普段着は大概ジャージである。ケチっているとか貯金しているとかではなく、素で普段着でおしゃれをするのを面倒くさがっている節があるところが、普段カツカツの給料で生活している年頃の乙女としては釈然としない。

 とはいえ、おしゃれに気を使う様子があまりない、という観点で物を語るなら、スバルの方も大概ではある。こっちは典型的な色気より食い気で、服代に回す給料は一文もねえ! という勢いで飯を食い続けてきた、それはそれで年頃の乙女としてはどうなのか、と小一時間ほど問い詰めたくなる人種ではある。

「まあ、何にしても、明日はいろいろ買わなきゃいけなくなりそうだし、今日は早めに寝よ。」

「ええ、お休み。」

 とりあえず、いろいろ思うところはあるものの、今ごちゃごちゃ考えても仕方が無いと割り切るティアナ。翌日、自分達の立場がどうなっていたのか、という事をようやく肌で理解することになる事を、この時の彼女達は知る由もなかった。







「あの娘の様子は、どんな感じかね?」

「今のところ、特に問題はありません。チンクを筆頭に、娘達もよく面倒を見てくれています。」

「それはよかった。六人目にして、ようやく成功した娘だからね。」

 つい先日、ようやく培養ポットから外に出る事が出来た新たな少女。今までの研究の集大成となる予定の彼女について、ウーノに今の状況を尋ねる。もう一つのカギとなるものの仕上げが済み、ようやくそちらに意識を割くことができるようになったのだ。

「どうしても必要だったとはいえ、レリックを埋め込んだせいか、いまいち私になついてくれないのが悩みの種なのだが……。」

「それはもう、時間をかけて距離を詰めるしかないでしょうね。」

 微妙に寂しそうなスカリエッティに、ふと頭をよぎった余計な本音を辛うじて隠して、慰めるように返事を返すウーノ。

「それで、あちらの方はどうなりました?」

「本体は完成した。追加兵装はおいおいでいいとして、後は間を見て起動テストをすれば完了だよ。」

「テストの成功率は?」

「今のところ致命的な不具合は見つかっていないから、九十八パーセントは成功するだろう。もっとも、不確定要素をすべて排除しきれていないから、残り二パーセントでどんな事が起こってもおかしくはないのだがね。」

 珍しく、微妙に自信が無さそうなドクターに、思わず怪訝な顔をしてしまう。クローンや戦闘機人のように、不確定要素の塊である生命をいじった実験ならまだしも、ガジェットドローンや今回の物のような、完全に機械要素だけで成立している類の物については、今のところ起動テストに失敗したり、起動直後に致命的な問題が出てきたりした事は一度もない。その彼が自信なさげにしている、というのは実に珍しい光景だ。

 流石のスカリエッティといえども、オーバーテクノロジーの塊である、古代ベルカ時代のロストロギア、それも戦艦クラスの大物を大胆に改造したとなると、絶対の自信を持つ事は出来ないのかもしれない。

「それで、テストはいつになさるおつもりですか?」

「今のところ、特に決めてはいないよ。正直なところ、そもそもあれを使ってやりたい事が無い、という問題もある。」

「最高評議会が、実に微妙な最後を迎えてしまいましたからね……。」

「ある意味似合いの最後だとは思うが、いくらなんでもコンセントを引っこ抜かれて放置されたのが死因、というのは、管理局の闇、その元締めの一角としてはフォローできないほど情けない。」

 元々、スカリエッティ自身が戦闘機人をはじめとしたAMF環境下での戦力を開発していたのも、ガジェットをはじめとした古代ベルカのあれこれを研究していたのも、興味がそそられたという側面もあるが、基本的には最高評議会が元凶だ。本来なら今年、最高評議会とそれによって作られた管理局という組織、双方にスキャンダルによる致命的なダメージを与え、その上で脳髄どもを始末する予定だったのだが、その目論見は、フェイト・テスタロッサの手によって、事を成した本人も含む誰も意図しなかった形で潰されてしまっている。

 その後始末というかしわ寄せは、全てきっちりスカリエッティとレジアスの両者に平等に降りかかっており、情けない死に様を晒してなお、手駒として操っていた彼らに迷惑をかけ続けている。正直なところやり場のない怒りはあるが、流石に同じように被害を受けている管理局に、それをぶつける気にはなれない。何というか、美学に反する。

 そうなって来ると、せっかく趣味に走っていろいろ手を入れたそれも、どうにも使いどころが無い。今のところ、ナンバーズも逮捕を強行されるような事はしていないし、わざわざ管理局を刺激して娘達を犯罪者にするのもつまらない。それに、今何かやらかして、折角なついてくれている孤児たちをがっかりさせるのは、何ともやるせない話だ。

「全くもって、世界とはこんなはずじゃなかった事ばかりだよ。」

「ですが、それで得たものも少なくはないのではありませんか?」

「ああ。正直なところ、私にも子供に対する情というものがこれほど存在するとはね。過去の私から見ればぬるいと言われそうだが、こういうのも悪くはない。」

 スカリエッティの告白に、実に嬉しそうに微笑むウーノ。基本的にドクター以外についてはどうでもいい彼女だが、それでも懐いてくる子供達を切り捨てるには、後味の悪さを感じる程度には情が移っている。実際のところ、クアットロ以外のスカリエッティ陣営は、全体的にそう言う部分は非常に丸くなっていると言っていい。

「それで、テストについてはどうなさりますか?」

「そうだね。あの子がもう少し馴染んで、環境が落ち着いてからにしようか。」

「そうですね。彼女の精神状態が、実験に悪影響を及ぼしてもいけませんし。」

「それに、上手くタイミングを見計らわないと、管理局を無駄に刺激する事になる。流石に、今となってはそれは避けたいからね。」

 昔の彼らにとってはぬるく聞こえる事を言いあい、ざっと予定を決めていく。どっちにせよ、単体での動作テストは完了しているのだ。あとは、少女のリンクが必要な武装周りおよび元々の特殊機能と、新しく追加した、男のロマンを追求した特殊形態への変形テストだけ。別段、何か使い道がある訳でもないので、急ぐ必要もない。

「とりあえず、クアットロが何か企んでいるようだし、余計な事をしないように注意しておく必要があるだろうね。」

「そうですね。妹たちにも、そこのところはしっかり言い含めておきます。」

「頼んだよ。」

 スカリエッティの言葉に、しっかりと頷くウーノ。二人は知らない。クアットロがすでに、余計な行動を始めている事を。







「クアットロ、本当にそんなことするの?」

「もちろん。」

「流石に、いくらなんでもそんなことしたら、向こうも本気でこっちを捕まえに来るんじゃない?」

「捕まらなければいいじゃない。それともディエチちゃん、怖気づいちゃったのかしら?」

「うん、怖気づいてる。」

 向こうでなのはの差し入れのお菓子をセインから貰っている少女(というよりまだ、幼女といった方が正しいか)を見ながら、はっきりきっぱり言い切るディエチ。正直なところ、捕まること自体は仕方ないと思っている。ここ何年かは犯罪に問えるかどうか微妙なラインを狙って行動し続けているとはいえ、本来自分達は犯罪者だ。いずれ何らかの形で、罪を清算する必要が出てくるだろう。だが、少女はたまたまスカリエッティの手で生み出されただけの存在だし、まだ培養ポットから出てきて日が浅く、そこらに居る同い年のどの子供よりも知識も常識もない。

 そんな彼女を、自分達の、というよりクアットロの都合で犯罪に巻き込んでいいのか。正直なところ、非常に抵抗がある。しかも、計画の内容は、こんな年端もいかない小さな女の子を痛めつけるようなものだ。その光景を見て本気で怒るであろうなのは達も怖いが、そもそもそれに手を貸して、クアットロの同類となってしまう事も怖い。

「そもそも、ドクターは了解してるの?」

「もちろんよぉ。」

 クアットロの返事を、即座に直感的に嘘だと断定する。なのは達と初めてぶつかった頃と違い、最近のスカリエッティは、管理局と積極的に衝突するような真似を進んでするつもりはない。今のなれ合いとしか言いようがないやり方と、それを維持できる環境をすっかり気に入っている。その事は、スカリエッティ一家全員が知っている。そして、最近のドクターのその考え方に、クアットロが歯がゆい思いをしている事も、姉妹の中では暗黙の了解となっている。

「それに、そっちの三人は、結構乗り気のようよ?」

「……そうなの?」

 差し入れのクッキーをぱくつきながら、こちらの話を聞くともなしに聞いていた三人の女に、真剣な顔で尋ねるディエチ。

「正直なところ、別にどちらでも構いません。」

「ボクは、自由に飛べるならなんだっていい!」

「我らにとっては、オリジナルと雌雄を決する機会があればそれでいい。お前も今更、人道をどうこう言える立場ではあるまい?」

 三人の、特に最後の一人の言葉に、小さくため息をつくしかないディエチ。

「今まで踏みにじってきたからって、これからも軽視していい、って話でもないけどね……。」

「その考え方を否定はしませんが、どうせクアットロが言い出した以上、すでに後に引けなくはなっているのです。」

「……そこは否定できないのが……。」

「我もさすがに、幼児を餌に誘い込むような真似はスマートではないと思うが、な。」

 クアットロが言うほど乗り気ではない様子に、何とも言えない種類のため息をもう一度つき、二度目の発言をしていないもう一人にも、とりあえず意見を聞くだけ聞いておく。

「あんたはどうなの?」

「そういう難しい話をボクに聞くな!」

 豊かなバストを見せつけるように胸を張り、自信満々に誇らしげに元気よく答える。その答えに思わず頭を抱えるディエチ。残りの二人も苦笑するしかない。

「まあ、我らはこの件について、戦闘以外では積極的に動くつもりはない。」

「クアットロ。どうせ、私達だけで何かをするつもりはないのでしょう?」

「そこはノーコメントかしら。」

「だそうですよ、ディエチ。」

「……しょうがない。あの子に大ケガさせないように、あたしとセインも手を貸すよ。いいよね、セイン?」

 ディエチの言葉に、手を上げてこたえるセイン。口に物が入っているため、態度で示したようだ。傍にいる女の子は、一体何の話をしているのか、全く理解していない様子である。物覚えが良く、利発で行儀のいい、賢いと言ってしまっていい子ではあるが、流石に中身は生まれたばかりだ。こういう黒い話を理解できるほどではないらしい。それでも何か感じるところがあるのか、他のナンバーズやこの三人に対する懐き方に比べると、クアットロに対する接し方には距離を感じる。まあ、クアットロの方も、ぶっちゃけナンバーズ以外からどう思われようがどうでもいい上、子供が基本的に嫌いで懐かれると鬱陶しいと思っている節があるため、この態度を歓迎しこそすれ、気を悪くする様子はない。

(しょうがない。後でなのはさん達に連絡を取って、相談に乗ってもらおう……。)

 最近、なにかあるたびに向こうにリークして、あれこれ相談に乗ってもらっているディエチ達。完全に向こうについて、自由にのびのび活動しているドゥーエが実に羨ましい。どうにかクアットロだけを切り捨てて、向こうについて堂々と大手を振って道を歩き、なのは達の作る料理やお菓子をもう少し頻繁に口に出来ないか、などとトーレやチンク、セインなどと真剣に考えることも少なくない。

 いつの間にやらしっかり胃袋をつかまれ、実質的に完全に六課の軍門に下っているナンバーズ(除くクアットロ)であった。







「この明細、本当に正しかったのね……。」

「どうしよう、ティア。あたし、ギン姉より高給取りになっちゃったよ……。」

 繁華街に出るための列車を待ちながら、割と呆然とした感じで語り合うスバルとティアナ。正直、今まで手にした事のないような大金を給料として振り込まれてしまい、どうしていいのか分からなくなっている。

 特別手当の内訳、そのほとんどがデビュー曲の印税および、デビューイベントの映像使用料の割り当て金、そしてブロマイドやタオルなどのグッズ類の売り上げ収入だ。歌の印税はともかく、それ以外の物は今も継続していろいろ出しているため、今後も上下はするが、基本給より下手をすれば一桁違う特別手当、というものがしばらくは続く事になりそうだ。

 なお、この辺の収入が今頃入ってきたのは、印税や映像使用料の類は、支払いが三カ月ぐらいずれるからである。

「と、とりあえずスバル、少し落ち着きましょう。」

「そ、そうだね。」

「まず、私もアンタも、この部署にそんなに長くいる予定はない。」

「うん。そもそも、広報六課自体、来年も今の形で存続してるかどうかがはっきりしないしね。」

「つまり、この収入は今年限りの物だと考えた方がいい、ってことね。」

「流石に、来年も芸能活動してる自分とか、想像もできないよね、ティア。」

 スバルの言葉に、真顔で頷くティアナ。二人とも、目指す先の姿、目標はあるが、そこに芸能活動は含まれていない。

「だから、あぶく銭、って言う訳じゃないけど、今のうちにきっちりしっかり貯めておかないと、今後こんな収入を得られる機会なんて、多分二度と来ないわよ。」

「貯金か~。ちょっと苦手かな。」

「まあ、アンタはフォワードで、どうしても燃費が悪いからね。でも、アイスを少し我慢するだけでも、ずいぶん違うわよ?」

「分かってるんだけど、時折欲望に惨敗しちゃうと言うか……。」

 スバルの言葉に、思わず苦笑を漏らす。苦学生をやっていたため、節約だのやりくりだのといった意識がしみついているティアナであるが、自分達の年齢で、そう言ったけち臭いしみったれた考え方でお金を使うのは、年頃の乙女としてどうなんだろうという意識が無いではない。もちろん、無駄遣いを推奨する訳ではないのだが、嗜好品をちょっとたしなむ程度は問題ない、という気持ちも持っている。残念ながら、身についた貧乏性とこれまでの余裕のない家計に阻まれ、なかなか実行には移せないのだが。

(しかし……。)

 スバルと雑談しながら、昨日風呂の中で話をしていた内容を、頭の片隅でちらりと思い出し、何度目になるか分からない疑問を頭に浮かべる。

(二期生の言葉じゃないけど、あたしやスバルでこれって、なのはさん達って一体いくら貰ってるのかしら?)

 今月の給料明細は、本当に衝撃的だった。人気、売り上げともになのは達の足元にも及ばない自分達ですらあれなのだ。ずっとトップを走り続け、もはや立場が安定したと言ってしまえるあの二人の収入は、一体どうなっているのだろうか?

(……ティア、ティア……。)

(どうしたのよ、スバル……。)

(なんか、すっごい見られてるよ……。)

 スバルの念話に、意識を周囲に向ける。確かに、結構な数の視線が自分達に向いている。管理局員としてのサガか、真っ先に連想するのは怨恨の線だが、なのはやフェイト、はやて、アバンテにカリーナのように、世界的に有名でずっと一線で活躍し続け、一般の局員とは段違いの数の犯罪組織を壊滅させてきた面子ならともかく、自分達は約半年前までは、地方の災害救助隊だったのだ。

 助けられなかった要救助者の身内に恨まれる事はあったが、それとてそんな人数でもなく、そもそもその手のケースについては、ほぼすべてが災害に巻き込まれた時点で事切れていた人だ。所属していた救助隊全体で見れば、救助の遅れで助けられなかったり、重度の障害が残ったりした要救助者もそれなりの数には上るが、そんな規模の救助活動で、新米の二人をそういう種類の要救助者が取り残されるような場所に投入される事はまずない。いくら人手不足だと言っても、経験の少ない人間をそんな大事な局面でそういう難しい場所に投入したところで、足を引っ張られるだけでメリットが無いからである。

 つまるところ、列車のあちらこちらから視線を感じるほどには、大きな恨みを買うような活動はしていないのだ。

(怨恨の線じゃないわね。)

(そう言う視線じゃないと思うよ。)

(ってことは、もしかして……。)

(多分、そういうことなんじゃないかな?)

 無意識のうちに、自意識過剰ではないかと考えて排除していた理由。いわゆる、そこそこ売れてしまったから視線が集まっている、というもの。それが正しいなら面倒なことこの上なく、そうでないならそれこそ自意識過剰で恥ずかしい。こういう感じで見られることなどめったにないため、どう対処していいか分からない。

 スバルもティアナも、基本的には魅力的な外見をしている。一応普通に、美少女のカテゴリーに入るのだが、残念ながら、そこまで目を引くというほどでもない。もう少し、それこそカリーナぐらいに整った容姿をしていれば、群衆からは明らかに目立つが、滅多にいないほどでもないと言う、丁度声をかけやすいレベルになるのだが、流石に二人はそこまではいかない。

 なので、二人で出掛けてもナンパされることも滅多になく、またいろんな人に見られるということもなかった。ティーダなどはティアナを物凄く溺愛して、一歩間違えればフェイトよりも美人だと言いかねないレベルではあったが、当人は自分が平均よりは上でも、目立つほどのレベルではないと言う自覚ぐらいは持っている。そのため、今までにないこの状況に置いては、どういう態度で居るべきかというデータが、圧倒的に不足しているのだ。

(どうしよう、ティア……。)

(どうしよう、って、あたしに聞かれても……。アンタの方は何か思いつかないの?)

(ギン姉はよくナンパとかされてたみたいだから、こういう状況でもどうにかできるとは思うけど、あたしは声かけられたこと自体、一度もなかったから……。)

(基本的に同じ顔なのに、えらくさびしい話よね……。)

(まあ、ギン姉は才色兼備って感じだから。)

 同じ顔でほとんど同じ体型だと言うのに、単独で出歩いても滅多に男から声をかけられないと言う事実。どこにそれほどの差が出るのか、という事を現実逃避的に思わず分析してしまうティアナ。

 スバルとギンガの違いを上げていくなら、一番大きな違いは髪の長さだろう。男というのは、全般的に綺麗な長い髪に弱いものだ、とはティーダの言葉である。ティアナが手入れの面倒さや任務への悪影響を知りつつも、いまだに髪を長く伸ばしているのも、両親亡き後ずっと養ってくれたティーダへの恩返しの一環でもある。

 だが、似合う似合わないはともかく、ショートヘアの方が好みだと言う男も当然いる訳で、それだけが理由と断定するには少々弱い。後の違いを上げるなら、スバルは表情も雰囲気も少々緩い、口が悪い事を承知で言うなら、頭が弱そうな印象があるのに対し、ギンガはどちらかと言えばきりっとした表情か、穏やかに微笑んでいることが多い。あの大人びた微笑みが、男心をくすぐるのではないか。根拠はないが、そう結論付けるティアナ。

 因みに、ティアナ自身については、今までは特にそうだったが、芯は弱いくせに気が強く、負けず嫌いで余計なプライドばかり高かったない面が雰囲気や表情に出てきており、言葉を交わした訳でもない初対面のすれ違っただけの相手にすら、いわゆる面倒な女というイメージを持たれていたのではないか、というのが自己分析だ。根拠のない思い込みではあるが、実際に優喜にいろいろへし折られて考え方を改め、肩の力を抜いて出来る事を出来る範囲で一生懸命やるようになった途端に、プロデューサーやスタイリスト、エステティシャンなどに、前より何倍も魅力的になったと言われたのだから、それほど的を外した考え方ではないだろう。

 そんな、益体もない事を考えて現実逃避をしているうちに、あと二つ三つで目的地のクラナガン中央に到着する、というところまで列車が進んでいた。もう少しでこの状況から逃れられる、と思ったところで、ついにギャラリーが動く。

「あの、すみません。」

「何?」

 声をかけてきたギャラリーに、素直に返事を返すスバル。フレンドリーな空気に安心したらしいギャラリーが、決定的な一言をぶつけてきた。

「Res-Cueのお二人ですか?」

「「……。」」

 ぶつけられた質問に、愛想笑いを浮かべたままフリーズする二人。YESといってもNOといっても確実に面倒なことになるため、どう返答するべきかすぐに判断出来なかったのだ。

 結局、嘘をつくことができずに正直に答え、何人かにまだろくに練習していないサインと握手をして、クラナガン中央駅に着いたところで目的地だからと頭を下げて、逃げるように列車を出ていくことしかできないスバルとティアナであった。







「疲れた……。」

「大変だったね……。」

 ようやく目的の物を買い終わり、廃棄地区の一つに程近い、人の少ない裏通りの喫茶店で休憩する二人。流石に世間様は平日であり、休日ほどの人の出はない。このあたりの、これといって買い物客にとって目ぼしい店がある訳でもない区画は、あまり人も歩いていない。とはいえ、大体の学校は長期休暇らしく、同年代から下の、いわゆるローティーンからミドルティーンの若者たちは結構出歩いており、それなりの人ごみにはなっていた。

「思ったより、あたし達も名前が売れてるんだね~……。」

「びっくりよね……。」

 遠い目をしながらぼやいたスバルの言葉に、思わず乾いた声で同意するティアナ。

「なのはさん達は、こういう休みの日の外出はどうしてるのかしら?」

「物凄くダサい格好して、芸能人とは思われないようにして歩きまわってるって。」

「そっか、その手があったか。」

 盲点だった、といわんばかりのティアナの態度に、思わず噴き出すスバル。そんなスバルを思わず睨みつけ、だんだん馬鹿らしくなって、同じように笑ってしまうティアナ。

「それにしても、そんなに芸能人が珍しいのかしら?」

「ん~、どうなんだろうね?」

 ティアナの疑問に、首をかしげながら答えるスバル。仲良くなったアイドルやタレントの話では、クラナガンほどの大都市になれば、芸能人を見掛けることもそれほど珍しい訳ではなく、素顔を晒して買い物をするぐらいではそれほど騒がれたりはしないらしい。そう聞いていたから、油断してスッピンで普段通りに出かけたのだが、現実には取り囲まれたりこそしないものの、とても普通に買い物をできるような状況ではなかった。

 二人から見れば雲の上ともいえるほどの人気を誇る人たちですら、収録中はともかく食事や買い物ぐらいでは、誰も声をかけたりついて回ったりはしない、などといっていたのに、である。だが、考えてみれば、なのは達は、たまに時間が無くて変装もなにも無しで動き回ることもあるそうだが、そういう時は大騒ぎになるから、出来るだけやりたくないと言っていた。スバルとしては、この両者の違いはどういうものなのか、というのが今一つ理解できない。

 実のところ、管理局広報部のタレントに関しては、私生活がほとんど知られていない、というのが、街を歩くときに騒ぎになりやすい原因である。特に、生活基盤がずっと管理外世界にあったなのはとフェイトや、デビュー三カ月程度で出動回数も少なく、メディアに対する露出がようやく増えてきたばかりのスターズとライトニングの新人はその傾向が強い。

 中でもスバルとティアナは今までのケースと違い、一年ほど広報部以外の部署で局員として活動していたと言う、広報部の中でも異色の経歴を持っている。その上、アバンテやカリーナ、二期生のように、レギュラー番組のために頻繁に街中で事件対応をしている訳でもないため、街中で遭遇する機会もほとんど無い。

 つまり、急にスポットが当たった割には実態が知られておらず、広報部に来てからも、出動が辺境地域や災害地域が多かったスバルとティアナが、初めてプライベートでクラナガンを出歩いたのだ。しかも、以前と違って顔が広まっており、地味に芸能人としてのオーラのようなものもにじみ出ているため、顔立ちや外見以上に華やかで目立つのである。二人ともそこら辺は想像の埒外だが、当分は外を出歩くだけでも騒がれる覚悟は必要そうだ、という事は嫌というほど理解したらしい。

「それで、これからどうしよっか?」

「ちょっとぐらいは食べ歩きも、って考えてたけど、流石に無理そうね……。」

「だよね~。残念だけど、当分は通販で我慢かなあ。」

「そうね。まあ、折角優先権をもらってるんだし、帰ったら時の庭園のチーズケーキでも頼もうかしら。」

「あたしはアイスかなあ。」

 そんなのんきな会話をしながら、そろそろ帰るかと飲み物の残りを飲み干そうとして、窓の外の光景に動きが止まる。

「……スバル。」

「……うん。」

「……支払いと連絡はしておくから、先に出て追いかけて。」

「……了解。」

 一瞬にして管理局員の顔になり、早口で打ち合わせを済ませると、一気に残りを飲み干して席を立つ。無駄に騒ぎになってもまずいので、細かい打ち合わせを念話で行いながら、あくまで店の中では落ち着いて行動する。そもそも、追いかけなければいけない対象の状態や速度を考えれば、スバルの速度であれば、ゆっくり支払いをしても余裕で追いつける。

 スバルのカードを受け取って見送り、さっさと支払いを済ませて外に出る。ティアナとしては、手間がかかるので一括で払うつもりだったのだが、チャージ残高に微妙に不安があったことと、スバルが後でだとそっちの方が手間がかかるからと引かなかったからだ。

「八神部隊長、ティアナです。」

『どないしたん?』

「五、六歳ぐらいだと思われる、裸足でぼろぼろの服を着た少女が、鎖で繋がれた中身が不明のトランクを引きずって、廃棄区域の地下道へ入ろうとしているのを発見しました。現在、スバルが保護のため、後を追いかけています。」

『了解。状況に心当たりがあるから、すぐにそっちに援軍を送るわ。悪いんやけど、その子を保護したら、援軍が来るか状況が変わるまで、現状で待機しとって。』

「了解しました。これより、スバルと合流します。」

『折角の休暇やったのに、悪いなあ。気つけて。』

 はやての言葉に敬礼を返すと、不自然な出現の仕方をした少女に不穏なものを感じながら、走ってスバルに追いつく。スバルはすでに、少女を抱き上げて鎖を外していた。

「ティア。」

「任せて。」

 クロスミラージュを展開し、トランクをざっとチェック。爆発物やトラップの形跡が無い事を確認。念のために指紋に注意して、トランクを空けて中身を確認する。

「これは……。」

「レリック……?」

 中に入っていたのは、まごう事なきレリックそのもの。あまりに不自然な状況に、思わず顔を見合わせる。スバルとティアナの休暇は、不穏な形で終わりを告げるのであった。



[18616] 第11話 後編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:4995209a
Date: 2011/12/03 19:54
「ほんまにやらかすとはなあ……。」

 ティアナからの通信に指示を出すと、ため息交じりに他の隊員の状況を確認する。今現在の仕事内容や所在地を考えると、休暇で街に出ている新人たち以外に現場急行をやりやすいのは優喜、竜司、ヴィータの三人。念のためになのはとフェイト、フォルク、リィンフォースにも出動要請をかけておくにしても、取り急ぎ現地に送り込むとしたら、優喜と竜司だろう。ヴィータ一人では新人たちと保護対象、両方の面倒をみるにはやや荷が重い。それに、地味な理由だが、現地に到着する時間が、この二人の方が早い。

 ヴィータには、エリオ達を回収して、途中で合流してもらった方が無難だろう。現在位置から考えても、そっちの方が効率がいい。わざわざ総力をぶつけるほどの状況でもなかろうし、シグナムやシャマル、二期生、三期生はそのまま仕事を続けてもらうとして、移動に難があるフォルクのために、ヴァイスを出動させる方がよさそうだ。

 ここまでの内容を一瞬で決め、通信機を忙しく操作する。まずは隊員の移動のために飛行許可を本局および地上本部から取っておくと、一番最初に動いてもらいたい人物に連絡を取る。うまい具合に、現在ムーンライトミッド店にて竜司と一緒に作業中のため、すぐにでも出動できる。それに、美穂とトーマ、リリィの三人もお手伝い中で、今日の作業は特に優喜の手が必須という訳でもないとのこと。正直、びっくりするほどタイミングがいい。紫苑が店番をしている、というのもありがたいところだ。

「優喜君、悪いんやけど、竜司さんと一緒にちょっと出動してほしいねん。……うん、緊急事態や。ただ、あんまり大ごとにするような状況でもなさそうやから、出来るだけ他の子らの仕事に穴をあけへんようにしたいねん。……うん、合流したらすぐ動いて。……了解、頼むわ。」

 これで、一分以内に優喜と竜司は現場に到着することだろう。

「エリオ、キャロ。休暇中申し訳ないんやけど、緊急出動や。今からヴィータをそっちに回すから、一緒にティアナとスバルに合流してほしいねん。……そうや、途中から合流や。多分、廃棄区域につながっとる適当な地下通路に入れば、後は事件の方がティアナ達のとこに案内してくれるはずや。……悪いけど、頼むで。」

「はやてちゃん、フィーは行かなくてもいいのですか?」

「フィーは私と一緒にお留守番や。状況がややこしなったら、私が直接出なあかんなるから、それまで待っとって。」

「了解なのです。」

 フィーが納得したのを見ると、次に収録を終えてこちらに戻る最中であったヴィータに指示を出す。こちらは説明なしでも大体の事を理解してくれたようで、何も言わずにさっさと移動先を変える。フォルクは隊舎に居るので、後はなのはとフェイトに指示を出せば終わりだ。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、収録ごくろうさん。今どんなもん? ……そっか、ちょうどええ感じやな。……うん、出動要請。ただ、もう優喜君と竜司さんが向かっとるし、二人はそんなに急がんでもええ。……そそ。終わってから向かってくれたらええわ。その頃には結構状況が動いとるから、収録終わったら連絡ちょうだい。」

 なのは達に出動予約を入れ、後は隊舎で待機中のフォルクとリィンフォースを動かせば終わりだ。

「フォル君、リィン、出動や。ヴァイスはヘリの準備よろしく!」

 館内通信で指示を出し、ようやく初動の準備が終わるはやてであった。







 現状維持で待機。その指示の意味は割とすぐに分かった。

「ガジェットの反応確認。」

「確かにこれだと、下手に動けないよね。」

 中々の数のガジェットが出現している。これがなのはかフェイト、もしくは優喜(というよりブレイブソウル)、シャマルあたりなら、とっとと転移魔法を起動して少女を安全地帯に運び込むこともできるのだが、生憎と新人四人は全員、その方面の術には疎い。キャロは訓練すれば使えるようになりそうだが、残りの三人はそもそも適性があまりない。ティアナは覚えられなくもなさそうだが、こういう状況で実用的に運用できるレベルには絶対届かない。

「とりあえず、光学迷彩をかけておくから、アンタももうちょっとこっちに。」

「うん。」

 熱源探知をかけられれば一発でばれる類の物だが、ガジェットドローンは、意外と探知能力が低い。コストの問題か、赤外線探知を持っていない機体の方が多く、光学迷彩を張られるだけで、普通に敵を見失うケースも珍しくは無かったりする。

「それにしても、ガジェットにレリックか……。」

「間違いなく、スカリエッティ陣営でしょうね。」

「でも、ナンバーズの子たちの趣味とは、違うやり方のような気がするんだけど……。」

「向こうも一枚岩じゃない、ってことじゃないの?」

 いまいち釈然としない様子のスバルに、同じく引っかかるものを感じながらも答えを返すティアナ。

「……! レトロタイプの反応確認!」

「レトロタイプ? あれってスカリエッティ陣営じゃ無かったよね?」

「裏でつながってるか、どこかで情報を確認して割り込んできたかのどちらかでしょ。それに、糸を引いてるのはスカリエッティでも、直接動いている連中は別組織かもしれないわ。」

「あ~、ありそうだよね。あの陰険メガネ、そう言うの好きそうだし。」

 その言葉に頷くティアナ。実は、まさしくスバルが指摘したように、陰険メガネことクアットロが、自分達とは直接つながりのない組織を煽って、スカリエッティの手と予算を使わせずに事を起こしているのだが、流石にそこまで確信を持っての言葉ではないため、自分が正解を当てたとは思っていないスバル。言うまでもなく、これがクアットロの独断専行で、他のメンバーは後のフォローのために、嫌々この作戦に付き合っている、などという事は想像の埒外である。

「さて、あたし達がどの段階ではめられたのか、って言うのは検証しておきましょうか?」

「ん~、誘導された、って言うのとはちょっと違う気がするんだよね。丁度いいところにあたしとティアが来たから、とりあえず作戦を開始した、って感じ?」

「あたし達があっちこっちで絡まれたのは偶然かしら?」

「そこが微妙なところだよね。休暇で隊舎の外に出て自由行動、って言うのは、別段隠してはいないけど広報のページに乗せてる訳でも無かったよね?」

 スバルの指摘通り、混乱防止のために、広報部の公式ページには、所属タレントの毎日の動向など掲載されていない。それでも熱心なファンはどこからともなく情報を聞きつけ、ファンクラブの非公式連絡網で重要なメンバーにだけ教えているらしいが、一般人に筒抜け、というほど甘い情報統制もしていない。

「その割には、広がるの早かったのが気になるんだけど、ティアはどう思う?」

「あたしもそこは気になってたけど、誘導するって観点でみた場合、あまりにも効率が悪くて正確さに欠けるのが気になるのよね。」

「本命は別で、とりあえずうまくいけばもうけもの、程度で仕掛けるだけ仕掛けた、ってところかな?」

「もしくは、最初からこんな手段は考えてもいなくて、本命としている別の手段を使おうと思っていたところ、都合よくのこのこあたし達がここに来たから、これ幸いと仕掛けてきた、と言ったところかしら?」

 割と答えに近いところを見抜かれている、策士のようで案外単純なクアットロ。言葉で相手の精神を揺さぶって罠にかける事を得意としてはいるが、意外と搦め手から何かを仕掛けると言うのは下手だったりする。

「とりあえず、今は目の前の問題を片付けようか。」

「今更どういう経緯ではめられたのか、なんぞ検証して反省しても価値は無い。」

「あ、竜岡師範、穂神さん。」

「援軍って?」

「うむ。第一陣は、俺達だ。」

 竜司の漢気あふれるにやり笑いに、思わず勝利を確信するスバルとティアナ。そんな二人を苦笑しながら見守る優喜。

「さて、どうしたものか。」

「転移魔法とやらで、その子だけを隊舎に避難させればいいのではないのか?」

「それができれば、苦労はしていません。」

「そのようだな。」

 ティアナの反論に、ブレイブソウルが同意を示す。

「どういう事だ?」

「そっちの二人は、単純に資質が転移魔法に向いていないだけだが、私の場合は少々事情が違う。」

「む?」

「結界、でしょ?」

「友の言う通りだ。私の能力では、この結界を破壊するのは難しい。電子的な防御なら十倍硬くても紙同然だが、純粋に魔法的な結界の解除能力は、さすがに風の癒し手や司書長殿に比べれば数段劣る。それでもなのは達に比べれば上だが、なのはの場合、純粋にバスターか何かで力技で粉砕できるから、結局私が対処するより早い、という事が多々ある。」

 結界、という言葉に怪訝な顔をする竜司。それらしきものの存在を、一切感じ取れていないからだ。

「六課関係者だけ、素通しにする隔離結界を張ってるらしい。多分、物量差を利用しての各個撃破でも考えてるんでしょ。」

「そんなところだろうな。あと、負傷者を逃がさないようにするためと、枷となるこの幼子を避難させないための、檻の役目もあるのだろう。」

「ふむ……。」

 相手の意図を理解して、地味に顔をしかめる竜司。各個撃破、という手段に文句を言う気はないが、幼子を平気で巻き込むやり口には、流石にどうにも寛容になれない。

「優喜、消去系で消せんのか?」

「ちょっと範囲が広すぎるし、結界のコアになってる部分と距離がありすぎる。単独行動で潰しに行ってもいいけど、相手が痺れを切らしてここに襲撃をかけた、とかそういう状況で結界が消えたらまずい。」

「なるほどな。結局、一番ましな手はこの子を連れて黒幕を粉砕することか。」

「そうなるね。」

 優喜の言葉に、深々とため息をつく一同。面倒だ、という感情以上に、小さな子供を自分達の問題に巻き込んだ事が憂鬱である。たとえそれが、スカリエッティサイドの子供であっても。

「どっちにしても地下道に侵入しなきゃいけないんだったら、とりあえず陣形を決めようか。」

「俺が殿をやる。優喜、お前が前に立て。」

「了解。二人はその子を守ってて。」

 優喜の指示に頷く二人。内心、多分ほとんど出番はないんだろうな、などと考える。事実、ヴィータ達と合流するまでは、スバルとティアナにはこれと言った出番は無かった。







「シュテルンフォルム!」

『シュテルンフォルム。』

 微妙にややこしい回避動作を取るガジェットドールを、プレシアの魔改造によって追加された形態の一つ、シュテルンフォルムによりまとめて粉砕する。このフォルムは、トゲ付き鉄球を鎖でつないで振り回す、モーニングスターと呼ばれる武器の姿をとっている。古き良き時代のアニメを見ている人間には「ガ○ダムハンマー」とか「こんぺいとう一号」などと説明した方が、どんな姿をしているか理解してもらいやすいだろう。ロケット噴射により、かなりの勢いで相手を薙ぎ払うあたりが、無駄に気が効いている。

 実際のところ、見た目のあれさとは裏腹に、モルゲンフォルムはヴィータにとってのかゆい所に手が届くシステムだ。改造前のグラーフアイゼンは、中距離に居る集団をまとめて薙ぎ払えるようなリーチのある攻撃手段は無かった。ラケーテンハンマーでぐるぐる回りながら肉薄して、一体ずつ薙ぎ払って潰していくか、シュワルベフリーゲンでちまちま削っていくかの選択肢しかなかった。当然どちらもリスクがあった訳で、いちいち敵集団に飛びこまずともそれなり以上の火力でなぎ倒せる新フォルムは、ヴィータの気質とも相まって、十分すぎるほど活躍しているようだ。

「がっくりしてた割には、普通に使ってますよね。」

「付いちまったもんはしょうがねえんだから、せいぜい有効活用しねーとな。」

「そう言うものですか……。」

 開き直ったヴィータの言葉に微妙な表情をしながらも、トゲ付き鉄球の洗礼を逃れたガジェットを切り裂く。見ると、キャロも、小型のガジェットドローンを殴り倒し終えたところだった。

「そろそろ、向こうの連中と合流しそうだな。」

 ヴィータのその言葉が終わるかどうか、というタイミングで、彼らに狙いをつけていたガジェットドールが、どこからともなく飛んできたレトロタイプに巻き込まれて、まとめて全部機能停止する。

「予想通りか。」

「ヴィータ、お疲れ様。」

「疲れるってほどは暴れてねーぞ。」

 ヴィータの言葉に、苦笑するしかない新人たち。どうやら、戦力のほとんどが優喜達の方に集中していたらしく、彼女の言葉通り、援軍側には大して敵戦力が回ってきてはいなかった。

 もっとも、スバル達にしても、出てきた端から優喜と竜司が秒殺で殲滅してしまうため、正直全く出番が無かった。やっていた事と言えばせいぜい、保護されたとたんに意識を失った少女の様子を、何かまずい問題が起こっていないか観察していたぐらいである。攻撃の性質上、どうしてもある程度の隙ができがちなヴィータと違い、優喜も竜司も護衛対象のもとに敵を漏らすようなぬるい制圧の仕方はしていない。

 とはいえ、ヴィータがエリオやキャロに向かうガジェットを撃ち漏らしていたのは、わざとやっている部分が大きい。始末しようと思えば、全て問題なく迎撃出来たのだが、あえてわざと後ろに通し、二人のとっさの対応力を鍛えていたのだ。無論、対応しきれずピンチになっても、すぐにフォローできる程度の余力は残してある。実際のところは、その備えが必要なほど、エリオもキャロも弱くは無かった訳だが。

「しっかし、オメーらがこっちに来てるんだったら、あたしらが出張る意味あんのか?」

「物量次第じゃ、護衛対象まで抜けてくるかもしれないからね。単に殲滅するってだけなら、はやてもわざわざ何人も出撃させないでしょ?」

「まあ、そーだろうな。」

 優喜の説明に、微妙に納得がいかないながらも納得して見せるヴィータ。

「なのは達も収録が終わったらこっちに来るらしいし、さっさと合流できるように、向こうさんが誘い込みたい場所にとっとと移動してしまおう。」

「そーだな。この面子だったら、無理に結界を破って引きかえすより、殲滅して現況を叩いた方が安全で早いだろーな。」

「そう言う事だ。」

 優喜達の言葉に頷くと、あえてガジェットの数が多い道を選んで移動を始めようとする。ますます出番がなくなりそうだと内心で苦笑しつつ、極悪ともいえる戦闘能力を持つ先輩方について行こうとして、唐突に動きを止めるティアナ。ナンバーズの姿を確認したからだ。

「竜岡師範、穂神さん、ヴィータ副長……。」

「ん。お迎えらしいね。」

「どうする?」

「ぶっ飛ばすか?」

「相手の出方次第、ってところかな?」

 優喜の言葉に一つ頷き、警戒を解かずに相手の出方を待つ。

「陛下を、返していただきにまいりました。」

 現れた三人のナンバーズのうち、男女どちらともつかない容姿の、比較的小柄な人物が前に出て、比較的感情の起伏に乏しい声でそう告げた。ナンバーズNo.8、オットーだ。

「陛下ってのは、この子の事?」

「はい。聖王陛下です。」

「だとしたら、君たちではなく、聖王教会が保護すべきなんじゃない?」

「管理局や聖王教会に預けると、何をされるか分からない、と教えられています。」

 長い黒髪の、メリハリがきいたボディラインを持ちながら、どちらかというと清楚な印象が前に出る女性が、優喜の突っ込みを受けて、これまた感情の起伏にやや乏しい口調で答えを返す。ナンバーズNo.12、ディード。資料によると、つい最近オットーと同時に調整が終わったところ、とのこと。なので、一緒に現れたNo.7・セッテともども、PVではともかく六課の前に直接顔を出すのはこれが初めてだ。二人揃って感情の起伏に乏しい口調なのは、稼働時間の短さによる経験不足が原因だろう。

「なるほどね。それを君達に教えたのは、誰?」

「クアットロ姉さまです。」

「それ、信用できる?」

「……。」

 優喜の質問に、思わず沈黙してしまうナンバーズ三人。その沈黙が、何よりも答えを雄弁に語っている。この手の交渉は優喜に任せ、高みの見物を決め込んでいた竜司とヴィータが、相手の反応に思わず生温かい目を向けてしまう。明らかに稼働してからの日数がそれほどでもなく、絶対的に経験不足であると思われる彼女達をして、それほど信用できないと思われているクアットロ。その信用の無さは、ある種天晴れとしか言いようがない。

「そもそも、この子が君達のところに居たとして、僕達をはめるためにわざわざレリック入りのトランクを縛り付けて放置するような相手に、はいそうですか、って返せるわけがないよね。」

「……次は、お姉さまにこのような真似をさせないよう、我ら姉妹一同が体を張って……。」

「こっちに居れば、それをする必要すらないじゃないか。」

 たたみこむような優喜のその言葉に、どんどん反論できなくなって言葉に詰まるナンバーズ。三人揃って他人との話し合いに向かないため、詭弁を弄して切り抜けたり、相手の論旨に突っ込みを入れたりというやり方が思い付かない。これが仮にトーレだった場合、セッテと同じ武骨者であっても、もう少しあれこれ突っ込みかえしたりもできるのだが、流石に今回の最後発組では、子供に言う事を聞かせることですら荷が勝ちすぎるだろう。海千山千のおっさんどもと渡り合ってきた優喜を相手にするには、力が足りないどころの騒ぎではない。

「それにさ。君達のところって、あまり食事の事情はよくないんでしょ?」

 たまに仕事先でこっそり遭遇するチンクやセイン、ディエチから、毎回のように愚痴られる内容を追及する。特に最近料理の腕を上げてきたセインにとって、食材自体のまずさや料理できる人手の少なさは、そろそろ許容できる範囲を超えつつあるらしい。

「このぐらいの年の子供にとって、食事はとても大切なことだ。僕達が保護すれば、ちゃんと栄養課まで考えた、愛情たっぷりのご飯やおやつを、十分なだけ用意してあげられるよ。」

「おやつ、というのは、高町なのはが作るのですか?」

「そうなるだろうね。お菓子作りに関して、なのはを上回る人材は、うちにはいないから。」

「「「……。」」」

 優喜のこの台詞が、ぐらついていた彼女達の決意を固めてしまったらしい。ただし、管理局側の思惑とは正反対の方向で。

「子供にとっての食事の重要性は、言われるまでもなく十分理解していますが……。」

「たとえ陛下といえども……。」

「一人だけ、毎日うまいものを満足するまで食べる、という事は許さない! 高町なのは特製のスイーツまでとなると、なおのこと!」

 どうやら、優喜が説得に持ち出した言葉は、見事に藪蛇だったらしい。戦闘以外の事にほとんど興味を示していないとチンクが嘆いていたセッテですら、まずい食事に対する我慢は限界だったようだ。今までで一番感情のこもった悲痛な声で、戦闘理由を告げてくる。そもそも、セッテがスイーツにこだわりがあったなど、意外性がありすぎる。

 稼働してから日が浅い彼女達がここまで感情的になるのだから、スカリエッティ陣営の食事事情は余程悪いのであろう。多分、それが当たり前なら、彼女達はこんな風にはならなかったに違いない。そう考えると、なのはの差し入れというのは、地味に相手に揺さぶりをかけていたようだ。

「決裂したようだが、どうする?」

「責任とって、僕が全員相手するよ。」

「分かった。ならば、先に行くぞ。」

「ん。」

 手を上げて竜司達を見送り、突破を阻止しようとしたセッテを妨害する。

「さて、ついでだから、前々から気になってたことも、一緒に済ませようか。」

「前々から気になっていた事?」

「ん。君達の戦闘スタイルが、あまりにもなってないからね。少しばかり、稽古をつけてあげよう。」

 にっと笑って上から目線でそんな事を言ってのける優喜に、感情が乏しい彼女達も流石にイラッと来たようだ。何故戦闘になったのか、その理由も忘れて全力で勝負を挑みに行く。三人がかりで五分ほどみっちり稽古をつけられた上に、ちょっとしたお仕置きまで食らって、割とあっさり撤退させられるセッテ達であった。







「どうやら、ここがゴールらしいな。」

「みてーだな。」

 廃棄区域のほぼ中央部。廃墟ビルに囲まれた、比較的開けた広場に出てきた竜司達は、フード付きのマントで正体を隠した三人組と、ユニゾンデバイスと思われる、フィーと同じぐらいのサイズの赤毛の少女の存在により、目的地に到着した事を悟った。はっきりとした距離や位置は分からないが、他にも数名の人間が、この場に待機している。

「思ったより早かったようだな。」

「所詮はガラクタと新規稼働組、と言ったところか。」

 中肉中背の黒ずくめと、竜司には一歩劣るがかなりの巨漢が、ヴィータやティアナ以外の新人にとって、聞き覚えのある声で会話を始めた。その声を聞き、目つきが鋭くなるヴィータと、驚きで固まるティアナ以外の新人組。

「フェイトが言ってたハーヴェイってのは、オメーのことか。ってことは、そっちのでかいのはゼストの旦那のクローンか?」

「ああ。だが、偽者と呼ばれるのは心外だ。ヴァールヘイトでも呼べ。」

「真実ねえ。全く、面倒くせ―話だぜ。この分だと、そっちの女も、あたし達の知り合いってところか?」

「ご名答。一応、マドレって呼ばれてるかな。」

 ヴィータの問いかけに、楽しそうに答える女。その声は、ルーテシアの母・メガーヌとそっくりであった。エリオが完全に固まり、キャロが「そんな」と呟く。

「本気で、冗談きついぜ、おい。」

「こうなって来ると、他に誰のクローンが居てもおかしくなさそうだな。」

 あまりにやり辛い状況に、思わず愚痴がこぼれるヴィータとフォルク。実力的にも、心情的にも非常にやり辛い。

「で、そっちの融合騎は、スカリエッティが復元したのか?」

「あたしは古代ベルカ純正の融合騎だ!」

「そっか。まだ生き残ってたんだな。」

 ユニゾンデバイスの少女の返答に、思わずしんみりとした声でつぶやく。古代ベルカ純正のユニゾンデバイスは、融合事故や戦死などで、今やほとんど現存していない。リインフォース以外で知っている純正ユニゾンデバイスの生き残りがブレイブソウルだけというのは、いろいろな意味で切なかったため、ついつい妙な喜びに押されてしんみりとした声を出してしまったのだ。

「で、わざわざ藪をつついて蛇を出すような真似をして、一体何がしたかったの?」

 後ろから聞こえてきた優喜の声に、思ったより早く追いつかれたな、などと、奇しくも目の前の相手と同じような事を考える竜司。ぶっちゃけ、現在行われているやり取りに関して、竜司は基本的に蚊帳の外である。

「何、と言われても困るが……。」

「今回はただ、メガネちゃんに付き合っただけよ。もともと、男二人と違って、私は明確にこれがしたい、って言うのは特にないし。」

 何とも刹那的な事をほざくマドレに、言葉を失う一同。彼女の台詞の裏側に、何ともいえぬ諦めのようなものが漂っているのを、敏感に察してしまったのだ。互いに何も言えない空気に沈黙していると、マドレの口元が「私にそんな事言わせるんだ」と、楽しげに動く。傍で何かを聞いていたユニゾンデバイスが、その内容に顔を引きつらせる。

「それにしても、いいのかしら?」

「何が?」

「私達なんかにまごまごしてて。特にそっちのヴォルケンリッター。」

「どーいう意味だ!?」

「別に。ただ……。」

 そこで思わせぶりに言葉を切ると、意味ありげに空を見上げる。そして

「また、大切なものを守れないかもしれないわよ?」

 その言葉と同時に、現場上空にヘリが到着し、唐突に虚空を切り裂いて灰色の砲撃が飛んでくる。

「なっ!?」

「ヴィータ、落ち着いて!」

「心配せずとも、落ちてはいない。」

 どう見ても直撃したように見えた砲撃だが、煙が消えた後には無傷のヘリと、それを守るように盾を構える、硬さに定評のある男の姿が。

「やっとお出ましか……。」

「いつから気が付いていた?」

「最初から。竜司の索敵範囲外?」

「うむ。わざと放置していたのか?」

「ちょっと距離があったからね。それに、わざわざ相手に必要以上の情報を与える気もなかったし。」

 優喜の索敵範囲の広さは異常だ。そんな重要な情報を、わざわざ相手に与える必要などない。しかも、索敵範囲は広いが、攻撃可能距離はそれほど広くないという情報も、同時に相手に渡ってしまうのである。

「ユーキ! 分かってたならなんで防ごうとしねーんだ!」

「フォルクがいるんだから、僕がわざわざ防がなくてもいいでしょ?」

 しれっと言ってのけた優喜に、思わず納得してしまうヴィータ。確かに先ほどの砲撃、ヘリを落としたりビルを粉砕したりするには十分すぎるほどの威力があるが、フォルクの盾をぶち抜けるかと言えば絶対不可能としか言えない程度の物である。

「しかし、今のはなんだったんだ? 高町一等空尉のディバインバスターとほぼ同じ構成だったみたいだが、それにしちゃ、えらく軽かったぞ?」

「フォルク。多分それが答えだよ。」

「どういう意味だ?」

 フォルクが問い返すより早く、同じ場所からもう一度砲撃が飛んでくる。もう一度盾を構えて防ごうとするより先に、誰かがフォルクの前に割り込んで砲撃を撃つ。同じタイミングで、黒い影が砲撃をさかのぼるように飛び込んで行く。

「ディバインバスター!」

 余程急いで飛んできたのか、ドラマの収録衣装のままユニゾンもしていないなのはが放った、カートリッジも使っていないディバインバスターは、飛んできた砲撃を正面から迎え撃ち、あっという間に押しかえす。

 相手の砲撃を蹴散らして飛んでいくディバインバスターを、さらに二発の砲撃が迎撃し、完全に打ち消し合う。

「カートリッジなしの砲撃で、私の砲撃三発分ですか。あなた、本当に人間ですか?」

 砲撃がぶつかり合った衝撃で舞い散った粉じんの向こうから、呆れたような声が聞こえてくる。もはや驚く気にもならないが、その声はなのはそっくりであった。それと同時に、弾き飛ばされたのか自分から距離を取ったのか、粉じんを突きぬけてフェイトが飛んで戻ってくる。

「流石はオリジナル、と言ったところか。」

「だけど、お前達を倒せば、僕は自由に飛べる!」

 続いてはやての声が、そして最後にフェイトの声が聞こえてくる。

「まあ、クロノにゼストさんにメガーヌさんがいるんだから、居ないはずがないよね。」

「最強の駒をコピーするのは、この手の同キャラ対戦の基本だからな。」

 今更動揺する気もない優喜と竜司の言葉を尻目に、何重かの意味で深刻な現状に、思わず絶句するしかない広報六課のメンバー。物語は、クライマックスに向けて少しずつ動き始めた。







「……防衛システム……?」

 煙の向こうから現れた三人の姿を見て、どことなく呆然とした口調でつぶやくリインフォース。その言葉に、怪訝な顔を見せるヴィータとフォルク。相手の姿が、防衛システムとどうやってもつながらなかったのだ。

 三人の姿は、予想通りなのは、フェイト、はやてによく似ていた。ただし、全てが同じだった訳ではない。三人とも髪型と髪の色が微妙に違う。一番かけ離れているのがフェイトの偽物で、素晴らしいブロンドの本物と違い、空を写し取ったかのような青髪になっている。だが、それ以上に本物と偽物を区別しているのが、目の色と目つきである。どうにも三人とも目つきが悪く、妙な色になっているのだ。多分漫画やアニメになった場合、ハイライトが消されて、瞳全体が妙な光を灯す、といった感じに表現されるであろう。そんな目をしているのだ。

「防衛システムって……。」

「闇の書時代のか? だけど、それはジョニーが居るじゃねーか。」

「……残滓を全部、集め切れた訳じゃないから……。」

「そうなのか?」

「ジョニーの存在が強すぎて、細かいものは分からなかった。」

 妙に説得力のある言葉に、思わずそうかもしれないと納得する二人。確かに、ジョニーがいればそっちに目が行って、細かい破片なんざ気がつかないかもしれない。別にリインフォースが、見た目だけでそう言う事を言っている訳ではないと分かってはいるが、イメージとしてはどうしてもそうなる。

「お久しぶりです、管理人格。」

「……あのときはごめんなさい……。」

「気にする必要はない。」

「あの時は、ああするしかなかった事ぐらい、私たちにも分かっています。」

「僕たちだって、マスターを殺したかったわけじゃない。」

 特に恨んでいる訳ではないらしい三人の言葉に、どう反応を返していいのかが分からないリインフォース。何も言えなくなってしまった彼女の代わりに、話を進める事にするフォルク。

「マスターを殺したかったわけじゃない、とか言いながら、俺達を倒すとか物騒な事を言っている気がするが、それは矛盾しないか?」

「あくまでも、防衛システムだった頃の意志だ。今は切り離されて独立している以上、我らがオリジナルを倒し、我ら自身を勝ち取りたいと思う事は、別に不自然な事でもあるまい?」

「もはや見た目も言動も完全に別物である以上、わざわざ本物に喧嘩を売らなくてもよかろうに。」

「そういう問題ではない。」

 面倒くさそうな竜司の言葉に、すげなく言い切る偽はやて。

「あの、すみません……。」

「どうした、自称凡人?」

「自称でなくて、正真正銘凡人なんだけど……。」

 自称と言われて納得いかない顔をしていたティアナだが、気にしていては話が進まない。そう割り切り、言いがかりをつけられた事は言ったん横に置いて、気になっていた事を質問する事にする。

「結局のところ、どういうこと?」

「何、簡単な話だ。そこの偽物三人は、なのは達のクローンに、防衛システムの残滓を埋め込んで自我を持たせたものだ、という事だろう?」

「偽物呼ばわりは気に食わないが、そこのデバイスの説明でおおむねあっているな。」

「私達はプロジェクトF・フェイズ2と呼ばれる、管理局内の極秘計画によって作られた、一定以上の実力を持つ魔導師のコピー品、そのなれの果てです。」

 ブレイブソウルの説明を、偽はやてと偽なのはが引き継ぐ。

「同朋がどれだけ作られたか、そこは我々にも分からない。だが、そのほとんどが自我もリンカーコアも持つことが無かった、いわゆる失敗作扱いで廃棄された、ということは確かだ。」

「俺達も、リンカーコアはともかく、自我というやつはドクター・スカリエッティに保護されるまでは持ち合わせていなかった。要するに、ただの生ける屍だった訳だ。」

「まだ幼い段階で彼に引き取られることになった弟たちは、早い段階からの教育を受けた結果、私達と違いちゃんとした自我を確立し、手厚く保護してくれる孤児院に預けられているわ。」

「なるほど、それでか。」

 妙に何かを納得して見せるブレイブソウルに、いぶかしげな視線が集中する。

「一体何を納得している? というか、我のどこを見て言っている?」

「勘が鋭いな。友よ、なのはとはやての偽物については、髪と目以外に区別できる場所があったぞ。」

「どうせ碌でもない事を言うつもりなんだろうけど、一応聞いておくよ。どこ?」

「ああ。偽なのはは本物よりバストが二センチ小さくてウェストが一センチ太い。結果としてカップ値が一つ小さい。逆に偽はやては本物よりバストが一センチ大きくてウェストが一センチ細い。結果としてカップ値が一つ大きくなっている。」

 ブレイブソウルの一言に、思わずあわてて胸元をかばう偽フェイト以外の女性陣(コピー)。広報部サイドは、どうせ細かい数字まで彼女に把握されているため、今更そう言う態度に出る事はない。

「だが、偽なのはよ。」

「偽なのはと呼ぶのはやめていただけますか?」

「では、何と呼べばいい?」

 ブレイブソウルの問いかけに、胸元をかばいながら少し考え込む。

「そうですね。特に名前は決まっていませんが、闇の書防衛システムの流儀に基づき、星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)とでも名乗りましょうか。」

「ならばボクは、雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)だ!」

「では、我は闇統べる王(ロード・ディアーチェ)と言うことにしておこう。」

「中……。」

「中二くさい、とか言わないでくださいね。あくまでも、闇の書の防衛システムがつけた名前です。」

 ブレイブソウルの言葉をさえぎり、きっぱり言ってのける星光の殲滅者。どうやら、なんとなくこの駄目デバイスの反応や言動を先読みできるようになってきたらしい。

「まあ、それはどうでもいいさ、シュテル・ザ・デストラクター。とりあえず、私が言いたいことは、だ。」

 言おうとしたことをぶった切られても、まったく気にする様子もなく自分の言いたいことを言い続ける。この無駄に強い心臓がうらやましい、と思う人間はいくらでもいるだろう。

「君の胸は、少なくともはやてよりは大きい。すなわち、この世界の女子の大半、その平均より二段階程度大きい、ということだ。ウェストのほうも普通に細いほうに分類される。別に、本物より胸が小さくて腹が出ているからといって、コンプレックスを抱くほどではないぞ。そもそも、なのはのそれは、わが友を押し倒して散々揉ませているのだから、大きくなって当然だ。」

「「余計なお世話です!!」」

 ブレイブソウルの余計な一言に、思わずつられて胸を隠しながら、星光の殲滅者とハモって抗議してしまうなのは。今までの微妙に緊迫した空気が、あっという間に台無しだ。

「ブレイブソウル、エリオやキャロがいるところでそういう台詞は……。」

「ふむ。私としたことが配慮を欠いたようだな。すまない。」

 真っ赤な顔のフェイトにたしなめられ、素直に謝罪するブレイブソウルだが、知る必要もなく知りたくもなかった情報をしっかりインプットされてしまい、非常に気まずい思いをしてしまうその場の一同。分かっていないのは注意するときのだしにされたエリオとキャロ、あとは雷刃の襲撃者だけで、表面上とは言え平然としているのは優喜と竜司、ヴィータの三人と赤毛のユニゾンデバイスぐらい。見た目に反してうぶなのか、ハーヴェイやヴァールヘイトまで顔を赤くして、表情の選択に苦慮している。

「フェイトさん、なのはさんって優喜さんにおっぱい揉んでもらってるんですか?」

「キャ、キャロ……。」

 空気を読んでか読まずにか、無邪気に素朴な疑問として余計な事を聞こうとするキャロを、慌ててエリオが窘める。ぶっちゃけ、二人とも子供を作るための行為に関して、詳細な事は何一つ知らないのだが、少なくともエリオの側は、それを堂々と聞くのはまずい事らしいと言う事は理解しているようだ。男が女の乳を揉むのは、特別な関係でなければ褒められたことではない、という事ぐらいは知っている、というのもある。

「てーか、優喜ってのはあの女顔だろ? あのなりで、やる事はきっちりやってんのかよ?」

 今まで、怒涛のように話が進んでいたため口をはさめなかったユニゾンデバイスが、呆れたように感想を漏らす。それなりに長い時間生きているからか、今更性行為の話ぐらいで照れたりする気はないらしい。

「ふむ。とりあえずその話については、後できっちり事細かく説明する事にしよう。」

「「ブレイブソウル!」」

「性教育は重要だぞ?」

「性教育?」

「キャロ。内容が何であれ、ブレイブソウルだと、なんだか偏った事を教えてきそうだから、ここはスルーの方がいいと思うよ。」

 エリオに見切られて、思わず沈黙してしまうブレイブソウル。どんどんどんどん状況がグダグダになっていく。もはやこの時点で、エリオ達が受けたショックも何もかもが綺麗に消え去っている。その時、すでに極限までグダグダになった状況を、さらに混沌とさせる行動をとるものが。

「おい、そこのデカイの!」

「む?」

「お前に聞きたい事がある!」

「何の用だ?」

「登っていいか!?」

 グダグダになって注意が散漫になっているうちに、いつの間にか竜司の傍に来ていた雷刃の襲撃者。その彼女が、空気も何もかもを無視して、これまた反応に困る事を言い放つ。

「登る?」

「ああ! その電信柱のようなでかい体を、よじ登らせろ!!」

 フェイトと同じサイズのでかい胸を張って、堂々と要求を突き付けてくる。因みにフェイトと竜司の身長差は約四十センチ強。つまり、雷刃の襲撃者との身長差も同じである。

「何故ゆえに?」

「そこに柱があるからだ!!」

 ビシ、と指を突き付けて、答えになっていない答えを返す。

「ねえ……。」

「……なんだ、自称凡人。」

「あの子ってもしかして、ビキニ着せて海に連れて行くとまずいタイプなんじゃないかしら……。」

「なんだか、トップレスになっても、胸張って堂々と、上流された! とか叫んで普通に遊び続けそうだよね。」

 ティアナとスバルの指摘に、頭を抱えながらも同意せざるを得ない星光の殲滅者と闇統べる王。

「むしろ、そうなった場合面倒くさがって全裸になってもおかしくありませんね……。」

「そうだな。あれは頭が緩い、というか、精神年齢がエリオ・モンディアルよりも低い上に思考ルーチンが男に近いから、関西弁で言うところのフルチン、というやつに全く抵抗がないからな……。」

「やめてー! 私と同じ顔と身体でそう言う事をするのはやめてー!」

 二人の言葉に、思わず真剣に切実な悲鳴をあげてしまうフェイト。

「安心しろ。流石にちゃんと見張る。」

「行動を阻止できるかどうかは、別問題ですが……。」

「そもそも、今の行動を阻止できてない時点で、どうやっても止められないんじゃね?」

「いやー!!」

 とりあえず、少なくとも一点だけはオリジナルに勝てるジャンルがあったらしいコピー達。だが、そのやり方で勝利しても、嬉しくもなんともない。その後、空気を読まないブレイブソウルと雷刃の襲撃者のコンビにより、無駄にあちらこちらに飛び火することになるのであった。







「……なあ、そろそろ真面目な話に戻していいか?」

「……そうですね。いい加減押し問答を続けていないで、戻ってきなさい。」

 ブレイブソウルの余計な爆弾から始まった、一連のグダグダ。それをどうにか打ち切って、真面目な話に戻そうとするヴィータと星光の殲滅者。

「それで、真面目な話というのは?」

「オメーら、この場合はハーヴェイとかそっちも含むんだが、オメーらは、どこまで改造とかされてる?」

「それを聞いてどうするのです? 倫理的な問題については、あなた達が今更口を挟む筋合いはありませんよ?」

「そんな事は分かってる。あたしが気にしてんのは、プレシアさんの反応だ。」

「そうだね。別段、実際に君達を作った連中やスカリエッティがどうなろうと知ったこっちゃないけど、今更プレシアさんに余計なことで手を汚してほしくない。」

 優喜の言葉を、鼻で笑うヴァールヘイト。

「ぬるい事を言っているな。」

「相手はもう七十前だ。いい加減穏やかに平穏に生きる権利ぐらいあるさ。」

 その言葉に、もう一つ鼻を鳴らす。

「いいだろう。」

「我々が受けたのは、ロボトミー手術からの回復処置を含む、いくつかの人体改造だ。具体的なところまで知らないが。」

「そちらの残滓どもは、それに加えて夜天の書の闇の残りかすを憑依させる処置も取られているな。」

「うわあ……。」

「最悪だな、おい……。」

 施された処置を聞き、プレシアの反応を想像して顔をしかめる隊長陣。何が問題なのか今一つ理解できず、きょとんとした顔をする竜司と新人たち。

「あなた方がどう思おうと勝手ですが、ドクター・スカリエッティの処置が無ければ、私達は自我を持つどころか、今現在生きていたかどうかすら怪しいのですよ。」

「まあ、その処置も、完璧だった訳じゃないけどね。」

 星光の殲滅者の言葉を、マドレが補足する。

「ロボトミーからの回復処置とか、生命維持のための改造処置だけだったらよかったんだけど……。」

「優喜、あきらかにそうでない物も混ざってる感じ?」

「かなりね。」

 気配を確認し、ため息交じりにそう答える優喜。とりあえず、犯罪にならない種類の、だが確実に人として終わるだけのダメージを与えうる報復を考える必要がありそうだ。

「とりあえず、聞きたい事は終わったから、そろそろ状況にけりをつけようか。」

「そうだな。」

 優喜の言葉に合わせて、竜司が体内の気を活性化させる。エネルギーを練り上げ、攻撃に移るかと思われたその時。

「ふん!」

 唐突に、地面に向かって腕を突っ込んだ。そのまま、地中から何かを引きずり出す。

「痛い痛い痛い痛い痛い!」

「セイン!?」

「ちょっと待て! 物質を透過するはずのディープダイバーを、どうやって捕まえた!?」

「幽霊を掴む要領だが、問題でもあったのか?」

 あっさりそう言いきると、竜司に頭を掴まれたまま半端に地面に埋まった状態のセインを、そのまま一気に引きずり出す。万力のような力で頭を掴まれてしまったためか、ISが途中で解けて、石の中に居る状態になってしまったようだ。

「痛い痛い痛い痛い痛い!」

 一定ラインを超える強靭さを誇るナンバーズのボディスーツだが、流石に石の中に埋められた揚句に引きずり出されて、無傷で済むほど丈夫でもない。運よく際どいところこそ隠れては居るが、あちらこちらが派手に避けて、見るも無残な状況になっている。

「それで、何をしに来た?」

「と、とりあえずレリックの回収をするポーズだけしに……。」

「ふむ。」

「竜司さん、その娘悪い娘じゃないから、解放してあげて?」

「分かった。」

 フェイトの要請に従い、適当な場所に放り出す。結構な勢いで地面にたたきつけられそうになり、あわててディープダイバーを発動させてダメージを回避するセイン。その扱いを見ていると、キャッチアンドリリースという単語を連想する。

「ん?」

「どうしたの、竜司?」

「メモらしいものが落ちている。どうやら、奴が残して行ったらしい。」

 中身を確認して、苦笑しながら優喜に内容を見せる。

「なるほどね。」

「確かに、悪い奴ではないらしいな。」

「まあ、そうでなきゃ、慣れ合いみたいな真似はしてないよ。」

 竜司の言葉に苦笑しながら、メモの内容をメールで共有する。中々にアレな展開に行動を起こし損ねていた残りの連中に、クアットロから最後の指示が飛ぶ。その様子を見ていた優喜が、こっそり術を編みあげ始める。

「……本当にいいのだな、クアットロ。」

 何事かを念押しし、しぶしぶと言う感じで魔法を発動させる闇統べる王。納得いかない、という顔つきのまま、一応術のチャージに入る星光の殲滅者。

「本当にやるのですか?」

「どうせクアットロの事だ。やらねばもっと余計な事をするだけであろう?」

「なんかカッコ悪いぞ?」

「言うな……。」

 闇統べる王の態度に何か感じる物があったのか、釈然としない顔のまま、これまた魔法の準備に入る雷刃の襲撃者。最初の術の時点で、すでに迂闊に阻止のために攻撃を入れたら、そのまま暴発しかねない状態になっている。

「中々の出力だけど、一応消しとく?」

「不要。」

「了解。」

 竜司の言葉に従い、当初の予定どおりに術を練り上げ、なのはに念話で指示を出す。予想はしていたようではあるが、やっぱりあれを生身で防げるのかこのデカブツは、と、呆れた視線を向けてしまう新人たち。まあそもそも、ユニゾンなしのスターライトブレイカーフルチャージを生身で止め、無傷でしのぎきる優喜、それ以上の防御力を誇ると言うのだから、あの程度の出力なら、どうという事は無いのだろう。

「ここに居れば巻き込まれる。引きあげるぞ、マドレ。」

「先に戻ってて。私はちょっと、用事があるから。」

「何を言っているんだ!? 君の防御力では!?」

「あの子たちには悪いけど、正直、誰かがダメージを受けるイメージがわかないのよね~、困った事に。」

「「っ!」」

 確かに、正面からではなのはかフェイト、どちらか一方にすら勝ち目はない、とはハーヴェイ自身が言った言葉だ。だが、この出力の、しかも物理破壊設定の攻撃を受けて死なない、という意味ではない。

「とにかく、先に戻ってて。心配しなくてもちゃんと生きて戻る当てはあるから。」

「……分かった。」

「……死ぬなよ。」

 心配性の男どもにウィンクをすると、とっとと送り出す。どうやら、事前に彼女から何事か言われていたらしく、ユニゾンデバイスはこの場に居残りのようだ。

「用事、とか言っていたが、どういうつもりだ?」

「とりあえず、まずはあれの結果を見てからにしましょう?」

「そーだな。ま、リュージが言う以上、全く問題はねーんだろうけど、一応あれをしのげる札があるんだったら準備しとけよ。」

「分かってるって。」

 一応念のため、とある虫の召喚準備に入るマドレ。その様子を心配そうに見つめながら、おずおずと声をかけるユニゾンデバイス。

「なあ、本当にいいのか?」

「ちゃんと許可は取ってあるし、それにメガネちゃんが独断で暴走し始めちゃってるから、ね。」

「だったら……。」

「それでもいいんだけど、ね……。」

 二人が何やら意味ありげな言葉をかわしているうちに、発射をためらっていた防衛システムの残滓達が、ついに意を決して術を発射する。

「すまんが、これ以上発射を伸ばす事は出来ん!」

「諦めて、攻撃を受けてください。」

「発射!」

 三人から、まっとうな生身の魔導師が撃てるであろう最高峰の規模の魔法が、ついに広報六課の出張組に対して発射される。渋っていたのは、子供を巻き込むためであろう。発射を引き延ばしていたのは、マドレとユニゾンデバイスが避難していないことが原因に違いない。なんだかんだと言って、根っこの部分は意外と善良なようだ。

「ふん!」

 砲撃の形を取って撃ちだされた魔法を、防御姿勢も取らずに正面から突っ込んで行って体で受け止め、抱き潰そうとする竜司。仮に地面に着弾した場合、その衝撃で廃棄区域全体を更地にしてお釣りが来る威力だ。出力自体はユニゾンなしのスターライトブレイカー、そのフルチャージには及ばないものの、発射までのチャージ時間は大幅に早い。この場合、むしろスターライトブレイカーの破壊力がおかしいのだ。

「……ぬるい!」

 砲撃を完全に押しかえし、抱き潰して消滅させる。その際の衝撃で、周囲の廃ビルがいくつか崩壊するが、この出力の攻撃で出た被害としては驚くほど小さい。

「嘘だ……。」

「冗談、ですよね……。」

「……まったく、過剰戦力にもほどがあるのではないか?」

「俺に言うな。」

 残滓達の言葉に、憮然とした顔で答える無傷の竜司。流石にそれなりのスタミナは消耗したらしいが、戦闘能力に問題が出るほどではないようだ。つくづく、無駄に規格外な男である。

「……撤退する!」

 まともにやってもダメージを与えられない、という事実の前に、早々に撤退を決める闇統べる王。それを阻止するでもなく見送る一同。このまま戦闘を続ければ捕縛できなくもないだろうが、流れ弾がいまだに目を覚まさない幼女に当らない保証がない。いくらこの場の面子が規格外でも、事故というのは起こるときには起こる。

「なのは。」

「了解。」

 三人が転移魔法で消えたのを確認した後、優喜に促されてカートリッジをロード、捕捉した気配をロックして、今まで使う機会が無かった改良型の砲撃バリエーションを発射する。

「ディバイン・ハウンド・バスター!」

 レイジングハートから発射された砲撃は、転移が発動せずにあたふたしながらシルバーカーテンで隠れてこそこそ逃げようとしていたクアットロを、正確に追尾する。

「なんですの、この砲撃は!?」

 戦闘機人の身体能力を利用して、必死になって隠れていたビルの屋上を三角飛びの要領で飛び降りながら、悲鳴のような声で毒づく。クアットロの複雑な動きを正確に追尾し、かすったはずの建屋に一切ダメージを与えずにぴったりとついてくる。どんなに引き離そうとしても、どんなに複雑な動きをしても、どれだけ遮蔽物を利用してもきっちりと後をつける砲撃にしびれを切らし、ついに結界を解除して一般人を巻き込もうとする。

「なっ!?」

 だが、クアットロのもくろみは完全に外れる。いきなり砲撃にさらされ、呆然としていた通行人の体を、この砲撃は一切のダメージを与えずに通り抜けたのだ。あまりの光景に呆然としているうちに、回避できるタイミングを失う。破れかぶれで転移を再度起動させたと同時に、猟犬の性質を与えられたディバインバスターは、見事にクアットロの体を貫いたのであった。

「命中確認。挙動は設定どおり。」

「またえぐい魔法を……。」

「カートリッジ二発も使う割には威力低いし、連射も効かないんだけどね。」

「十分だと思うぞ……。」

 設定した目標以外に一切の被害を出さない砲撃。高町なのははこの日、砲撃魔法の新たな可能性を世に知らしめたのだが、当人は割とどうでもよさそうだ。

「それで、用事って?」

「陛下と一緒に、この子も保護してほしいの。」

「え?」

「あのメガネちゃん、多分次はもっと取り返しのつかない事をすると思うの。私達はともかく、たまたま保護されただけのこの子を、犯罪者にはしたくないから。」

 マドレの言葉に、どうしたものかと顔を見合わせるなのはとフェイト。

「後、もう一つ理由があるの。」

「なんですか?」

「この子、自分のロードを探してるんだけど、私達のところには相性のいい人間がいなくて。ユニゾン適性もそうなんだけど、炎が得意な魔導師もベルカ騎士も居ないから。」

「炎か。」

「確かに、うってつけの奴が一人いるな。」

 ヴィータの言葉に、パッと顔を輝かせるユニゾンデバイス。

「本当か!? 本当にあたしのロードにふさわしい奴がいるのか!?」

「ユニゾンしてみねーと分かんねーけど、あたしらの将となら、適性が合えば相性が抜群だな。」

「そうだと思って、この話をあなた達に持ちかけたの。」

「分かった。こいつは今回、この場に居ただけだから、悪いようにはしねー。」

「ありがとう。」

 ふんわり微笑んで礼を言うと、立ち去ろうと転移魔法を発動する準備に入る。

「オメーはいいのか?」

「私にもいろいろあるのよ。分かってくれるとは思うけど、向こうに居る子のほとんどは、単に巡り合わせの問題であそこに居るだけの、根っこは善良な子たち。どうせメガネちゃんがやろうとしてる事なんて失敗するとは思うけど、その後で他の子たちにとって、少しでもましな結果になるように頑張らないといけないの。」

「……そっか……。」

「どうせ、私には戸籍もないし、個人的な好き嫌いを押し通すために、後ろ暗い事も結構しているもの。だから、最後までわがままを通すわ。」

 そう言って、今度こそ立ち去ろうとしたマドレに、優喜が声をかける。

「ねえ。」

「なあに?」

「その体……。」

「分かってる。そっちでどうにかできる?」

「……たぶん、無理。」

「でしょう?」

 意味ありげな言葉の応酬の後、今度こそ転移魔法を発動させる。

「じゃあね、アギト。」

「またな。」

 次会う時が、最後だろう。そんな予感を感じながらも軽い口調であいさつを済ませる。こうして、広報六課の隊舎には新たな滞在者が増えたのであった。







あとがき

 なんか、長い上にえらくグダグダになった……。

 とりあえず、セッテが食欲魔人になったのは仕様です。決して、書いてるうちに暴走した訳ではありません。てか、本当にこいつら、一体どんな食生活してるんだろうか? 何食べても湿気た薄い塩味の歯ごたえがないせんべいの味しかしないとか……。



[18616] 閑話:ある日ある場所での風景2
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:40fbceb1
Date: 2011/11/26 21:00
1.ある日の高町なのは


「ママ~、出来たよ~。」

「ん、どれどれ? うん、上手にできてるね。」

 さまざまな都合が重なって予定された収録が伸び、丁度いいからとオフにされてしまったある日。夏休み真っ只中ゆえ大学もなく、忙しい合間を縫って課題もすでに終わらせていた高町なのはは、急に出来たオフの日を持て余して

「なのはさん、ホイップクリームって、こんな感じでいいですか?」

「うん、いい感じ。」

「生地の厚み、これぐらいに切ればいい?」

「もうちょっと薄い方がいいかな。」

 いる訳ではなかった。六課で保護されている子供たちと一緒に、久しぶりに本格的なお菓子を作っているのだ。作っているのはクッキーにシュークリーム、ロールケーキなど。特にクッキーはプレーンの生地を星型や丸などに抜いた初心者向けの物から、ココアとプレーンを市松模様や渦巻きにしたオーソドックスなもの、果てはプロ仕様の難しい物までいろんなものを作っている。

 言うまでもなく、子供たちが触っているのは型抜きをするだけの簡単なものか生クリームのホイップ、せいぜい市松模様や渦巻きになったクッキー生地を切りそろえるぐらいまでだ。流石にシュー皮などは初心者の手に負えるものではないので、全てなのは一人で鼻歌交じりで作っている。

「じゃあ、そろそろ焼こうか」

「ママ、どれぐらいで食べられる!?」

「十五分ぐらいかな?」

 食堂にある業務用のオーブンに、たくさん並べたクッキーを入れてタイマーを設定する。なお、なのはをママと呼んでいるのは、先日クアットロをどつき倒して保護した聖王のクローン体である。名前はヴィヴィオというらしい。何故かなのはとフェイトをママと呼び、本当の子供のように懐いているが、なのはもフェイトもこんなでかい娘はいない、などと余計な事は一切言わず、十分に甘やかしながらも駄目な事は駄目だとしっかり教える、という、ある意味母親の鏡ともいえる態度で接している。

 因みに、なのは達の洗脳の成果か、子供なりに一段違う親密さを感じ取ってか、優喜の事をパパと呼び、その流れですずかや紫苑もママと呼んでいる。初対面のプレシアをおばあちゃんと呼んだときなどは、プレシアが感激のあまり熱烈なハグをしていたのはここだけの話だ。一緒に作業をしているトーマとリリィにも、実の妹のごとくよくなついている。

 今のところ、心身ともにこれといって大きな問題は起こっていない。しいてひとつだけ気になることをあげるとすれば、やたらと竜司の体をよじ登りたがる事と、そのときのヴィヴィオの目の色が、幼子の癖に女のそれに見えることぐらいだろうか。竜司に含むところはないが、年齢差と対格差がどれだけあるのかという、世間体の部分で少しばかり拒否感がある。主に竜司のために。

「こっちの方は、そろそろクリームを塗ればいいかな」

 シュー皮にカスタードやホイップクリームを詰めていたなのはが、ロールケーキのスポンジを確認してそう宣言する。それを聞いた三人が、好奇心にあふれた視線を向けて、なのはの手つきを観察している。その視線を感じながら、手際よく必要な厚さにクリームを塗りのばしていく。

「くるくるっと、これで完成。」

 魔法のような手つきでクリームを塗り終え、綺麗に巻き上げるなのは。そこそこの長さはあったのだが、宣言してから一分とかかっていない。量産を前提としたプロの技が光る。

「なんや、美味しそうな匂いがしてるやん。」

「はやてちゃんは休憩?」

「そんなとこやな。それにしても……。」

 テーブルの上にならんだ作りかけと完成品の数を見て、思わず呆れたように言葉を継ぐはやて。

「またようさん作ったなあ。」

「元々、あっちこっちに差し入れする予定だったから結構多めに作ってたんだけど、この子たちに教えながらだったから、予定よりかなり量が増えちゃってね。」

「さよか。」

 どうやら、子供たちにいいところを見せたくて、かなり張り切ったらしい。

「しかし、朝の鍛錬してから、朝食のピークタイムと昼の仕込み時間避けて準備したんやろ? ようこんな量作れるなあ」

「そこはそれ、翠屋の厨房で鍛えられてますから。」

 なのはがアイドルと学生の二足の草鞋の隙間を縫って、結構な頻度で翠屋の厨房に立っていた事は知っている。さらに言えば、乏しい時間をやりくりして、結構頻繁にあちらこちらへ差し入れのお菓子を作って持って行っているのも、六課では周知の事実だ。その経験が、生地を寝かせたり焼いたりというどうにもならないもの以外、限界まで作業時間を短縮する技につながっているようだ。

「ママ、すごいんだよ!」

「まるで魔法みたいに、いろんなものを次々と作るんですよ。」

「なのはさん、実はすごく家庭的な人だったんだな、って。」

「そらまあ、あの砲撃とか歌とか聞いたら、実は料理と裁縫が得意って言う事実はギャップがあるやろうなあ。」

「そこは、割とはやてちゃんも人の事は言えないとは思うけど?」

 差し出されたロールケーキをつまみながら、にっと笑ってそうかもしれないと同意するはやて。実際のところ、チビ狸だなんだと呼ばれるようになってきてはいるが、はやてもどちらかと言えば、家事や料理に生きがいを感じるタチだ。

「ああ、幸せな味や……。」

「美味しい!」

 とりあえず、ワイワイ話しながら、完成したロールケーキをみんなでつまむ。そうこうしているうちにクッキーが焼き上がり、オーブンから出されてさまされる。

「こらまた、立派な奴が出てきたなあ。」

「ヴィヴィオも手伝ったんだよ!」

「ほほう? どれがヴィヴィオの作品なん?」

「お星さまとお花!」

 言われて、キッチンペーパーの上に等間隔で並べられたクッキーを眺める。すぐにヴィヴィオが言ったものがどれか理解し、正直な感想を言う。

「上手に抜けてるやん。」

「でしょ?」

 生地を用意したのがなのはである、なんてことは言うまでもないので、ヴィヴィオが行ったであろう作業を褒める。実際、まだ小学生になったかならないかぐらいのヴィヴィオの場合、たかがクッキーの型抜きといえども、綺麗に抜くのは意外と難しい。

「……あかん、ここ居ったらぶくぶく太りそうや……。」

「そんなに気にしなくても大丈夫だと思うけど?」

「甘いで、なのはちゃん。私と自分らとでは、基礎代謝も日ごろの消費カロリーもけた違いやねんから。」

「そうなのかな? 結構魔法とか気功とかで楽してるから、そこまでではないと思うんだけど?」

「そこの認識の違いは、何時間かけて話し合っても、多分埋まらへんやろうなあ……。」

 はやてのぼやきに苦笑するなのは。

「ママ、おねーさん、お腹ぽよぽよ?」

「お菓子食べすぎたらそうなるかも、っていうお話。」

「でも、ママもおねーさんもここはぽよぽよ。」

「この年でそこがぽよぽよやなかったら、女としてはいろいろショック大きいで……。」

 そんな緩いやり取りをしていたら、妖精サイズの女の子が二人、ふよふよと飛んでくる。

「なんかうまそうな匂いがしてるじゃねえか。」

「なのはちゃんがクッキーを作ってるのですよ。」

「よかったら、持って行く?」

「いいのか!?」

 その言葉に、喜色満面といった様相で、出来上がったクッキーの物色を始めるフィーとアギト。

「あんまり食べたらご飯入らんようになるから、三枚ぐらいにしときや~。」

「分かってるって!」

「うう。でも、ども魅力的なのですよ……。」

 などとやっている融合騎たちを、ニコニコと眺めるなのは。あれこれ騒ぎながら、それぞれに三枚ずつを選んでそのまま食堂スペースに飛んでいく。

「やっぱり、私も欲望に負けて、二枚だけもらってくわ。」

「うん。どうぞどうぞ。」

 ヴィヴィオが型抜きをしたプレーンの物と、素人にはできない手の込んだものを一つずつもらって、そのまま支配人室へ戻るはやて。それを見送った後、十分に冷めたクッキーを、適当に小分けして袋に入れていくなのは。それを見て、お手伝いを再開する子供たち。

「そろそろ、他の人たちも休憩の時間だし、ちょっと配って来ようか?」

「「「は~い!」」」







「相変わらず、お見事で。」

「全く、下手に店で買うよりうまいんだよな、お前の作るお菓子って。」

「あはは。気に入ってもらえて何よりで。」

 翌日。歌番組の収録スタジオで、出番が終わって控室で休憩中の事。折角だからと、昨日作ったシュークリームやクッキーをスタッフや出演者に振舞っていた。

「そう言えば、フェイトちゃんは昨日、なにしてたんだっけ?」

「私の方は、新しいぬか床を作って、いろいろ調整してたんだよ。あと、久しぶりに金山寺味噌とかも仕込んでたし。」

「お前も相変わらずなんだな……。」

「ここのところ忙しくて、あんまりそう言う仕込みができなかったから。」

 フェイトの回答に、思わず呆れてしまうレディスバンドのリーダー。ソアラも苦笑を浮かべている。

「何にしてもこれ、十分に金が取れるレベルだぞ。」

「うんうん。売ってたら普通に買うかな。」

「因みに、いくらぐらいなら買う?」

「そうだな……。」

「あそこの店のクッキーがこのぐらいの量で……、となると……。」

 冗談で聞いてみた質問に、割と真剣に考えてえらく生々しい値段を提示してくる。

「お店やるんだったら、そこらのスイーツより高めに設定しても、十分売れると思うよ。」

「常連になりそうな奴が、最低でも三十人はいるからな。」

「そうかなあ?」

 こういうコメントはリップサービスが多いので、話三割ぐらいで受け止めるなのは。

「なのはの実家って、喫茶店なんだって?」

「うん。」

「だったら、自分の店を持つのって、憧れがあるんじゃない?」

「……正直言うと、ね。」

 最近、自分の店、というものに対する気持ちが徐々に膨らんできている。ナンバーズやフェイトが保護している施設の子供、果ては先ほど一緒に仕事をした子役タレントとその保護者からも、多分お世辞ではないだろう評価を受けた事が、そのくすぶっている思いを、少しずつ大きくする。

「やっぱり、私の作ったお菓子や料理を、もっといろんな人に食べてもらいたい、って言うのはあるよ。それに、自分の実力を知るには、直接お金をもらって評価してもらうのが一番だし。」

「ま、そうだわな。」

「消費者は正直で、しかも容赦がないから。タダでもらったものにはケチをつけにくいけど、お金払うんだったらいくらでもいえるからね。」

 リーダーとソアラの言葉に、真顔で頷くなのは。

「ま、すぐには無理だろうけど、その気になったら言って。これでも結構伝手とかあるから、いろいろ協力できると思う。」

「そうだな。お前達も、保護して面倒見てる子供とか増えて来てんだろう? この仕事も管理局の仕事もあんまり子供を育てるには向いてないし、二人のうちどっちかが、安全で時間を作りやすい仕事に転職するのもありだと思う。」

「……ん、ありがとう。」

「あ、先に言っとくけど、これでライバルが減ってくれたらありがたい、とか、そんなせこい事は考えてねえからな。むしろ、なのはぐらい実力がある歌手がやめちまうのは、正直あんまり嬉しくはない。」

「分かってるよ。」

 リーダーの言い訳じみた言葉に、小さく苦笑を洩らしながらそう頷く。なんだかんだ言って、チャレンジしてみる決意だけは固めてしまった、そんなある日のなのはであった。






2.ある日のデバイス達


「……本当に、これをやるの……?」

「ああ。」

「……どうして私たちに……?」

「我々は、一応デバイスというくくりに入るからな。」

「それ、理由になってませんです。」

 ヴィヴィオを保護してから、何日かすぎたある日の事。定期健診を受けていたデバイス達を集めて、ブレイブソウルが前々から温めていた企画を話した。

「何、なんだかんだ言って一緒に行動することが多い割に、何気にこの面子だけで何かをした事がないな、と思ってな。」

『当たり前です。』

『私とレイジングハートは、基本的に主の手元を離れる事は無いからな。』

「それに、レイジングハートとバルディッシュは、基本的に自立行動をするようには作られていないのですよ。」

 ユニゾンも飛行移動も後付けの機能であるレイジングハートとバルディッシュは、基本的に主から離れて勝手に行動すると言う思想は無い。そもそも、手持ち式のデバイスとしては、ブレイブソウルがいろんな意味で特殊なのだ。

「だが、出来ん訳ではなかろう?」

『ええ。確かに不可能ではありません。ですが……。』

『サーの手元を離れて、そんな余興に手を貸すような余裕が、今の広報部にあるのか?』

「そんなもの、どうとでもなるさ。」

 やけに強気なブレイブソウルに、いろいろと投げた雰囲気を纏うデバイス達。

「それにな。新参者のアギトを溶け込ませるのに、我々からこういう一見くだらない事を一緒にやろうとアプローチするのは、それなりに効果的だとは思わないか?」

「残念ながら、一理あるのですよ。」

「……だけど、企画を考えると、人数が少ない……。」

 リインフォースの指摘に、にやりと笑って(アウトフレーム未展開なので、実際にどんな表情なのかは分からないが)、挑発的に言葉を継ぐ。

「大丈夫だ。美穂も巻き込む予定だし、そもそも私とレイジングハート、バルディッシュはデュアルコア仕様だ。二役ぐらいはできるさ。だろう?」

『残念ながら、不可能とは口が裂けても言えませんね。』

『こんな事に使う想定ではないが、な。』

 ブレイブソウルの挑発的な一言に、しぶしぶと言う感じで答えを返す、今一乗り気ではないデバイス二機。

「では、何の問題もなかろう?」

「……残念ながら、思いつかない……。」

「ブレイブソウルの企画、という懸念事項を横に置いておくのなら、はやてちゃんもなのはちゃんもフェイトちゃんも、駄目とは言わないと思うのですよ……。」

「そう言う事だ。因みに、もう企画書を隊長勢に提出して、許可は取ってある。」

「……いつの間に……。」

「この話題の最中に、な。」

 こういう事ばかり、無駄に効率よく話を進めていくブレイブソウル。能力の無駄遣いとはよく言ったものだ。おかげで、裏でそれなりに役に立っていると言うのに、全然仕事をしているイメージがない。

「では、アギトを呼んで、さっさと配役をきめようか。」

 話を聞いてしまった時点で、すでに勝敗は決している。そう悟って、この駄目デバイスの口車に乗ってやる事にする。

「まずは加藤からだ。」

「「『『加藤!?』』」」







 翌日の晩。無謀にも、配役と台本の読み合わせ程度しかしていない、というレベルで本番を迎えさせられるデバイス達。ぶっちゃけた話、純正ユニゾンデバイスの三人はともかく、ユニゾン機能付きと表現するほうが正しい三機に関しては、台詞や細かい挙動など、データインストールで基本的にとちる事は無いのだから、時間をかける意味が薄い、というのが実態だ。リインフォース達も普通の人間よりは記憶力がいいので、後必要となるのは舞台度胸だけである。

 とはいえ、舞台度胸、という点では、美穂とリインフォースという二大人見知りが居ることを考えれば非常に心もとないが、こればかりは時間をかけてもどうにもならない。どうせ美穂は台本をそのまま朗読するだけだし、リインフォースはそれほど出番がある訳でもない。それに、こういうのは、尻を決めてぶっつけ本番という形に追い込んだ方が、往々にしてうまくいくものである。

 そんな訳で、史上初のデバイス達が主体となったイベントが幕を開けたのであった。

「なんか、初っ端からいろいろと不安を誘うスタートね。」

「このBGM、非常にあれだよね……。」

「本当に、私たちが知っている西遊記なのかしら?」

 一発目に流れたBGMが、早速子供たち以外の観客一同の不安を誘う。現実逃避するように淡々と台本を読み上げる美穂が、その態度で細かい突っ込みは後にしろと雄弁に語っている気がする。

「……ねえ、優喜君。」

「……何?」

「西遊記に、加藤なんて出てきたっけ?」

「人形劇やからなあ。」

 なのはの質問に答えたのは、優喜ではなくはやてであった。

「どういうこと?」

「まあ、そう言う事や。と言うか、人形のデザインが、全てを説明してると思うけど?」

「……なんで、ド○フなんだろう……。」

「そらまあ、人形劇で西遊記、って言うたら、ド○フやから。」

 はやての説明に、結局釈然としない物が残るなのは。とは言えど、なのは達が知らないのも無理はない。何しろ、ド○フの西遊記なんて、彼女達が生まれる前の物だ。彼らのコントすらほとんど見たことがないなのは達に、DVDなどの媒体で販売されていない物を知っていろと言う方が難しいだろう。

 むしろ、なのは達にとどめを刺したのが

「「「志村~! 後ろ後ろ~!」」」

 子供たちが一斉に、その掛け声を唱和した事であろう。

「……はやてちゃん。」

「……何?」

「エリオたちどころか、ヴィヴィオまでに何を仕込んだの?」

「子供は、ああいうベタなコントが大好きなもんやで?」

 どうやらはやてとブレイブソウルは、裏で手を組んでやらかすだけやらかしたらしい。後で仕込んだものを見せてもらった時に、普通に素直に面白いと感じて爆笑してしまったのが、やたらと悔しいなのはとフェイトであった。







3.ある日のブレイクタイム


「リーダー、元気だしなよ。」

「このバンドが、リーダー抜きで成立しない事は、私たちが一番よく理解していますわ。」

 三期生のガールズバンド・ブレイクタイムのリーダー、セレナ・アックオードは、今日もまたへこんでいた。

「リーダー、いっそメインヴォーカルやる?」

「それでもいいんだけど……。」

 ブレイクタイムの楽器編成は少々独特で、リードギターとドラムが居ない代わりに、リコーダーとカスタネットが入っているのだ。この妙な楽器編成は、歌も含めて何でもこなすリーダーが、楽器だけはどれだけ練習しても身につかず、またリコーダー担当のミューゼル・フォードもリコーダーしか扱えるようにならなかった、と言うあれで何な理由からである。

 そのため、ライブでは基本的に、ドラムパートは録音の物を使うしかないと言う体たらくで、地味に広報部の頭を悩ませている要素である。また、それゆえに、カスタネットなどと言う微妙なリズム楽器を使い、基本ダンスとコーラスパートを担当するセレナは、ファンからいらない子扱いされているのだ。

 ならば、まともに歌えるのであれば、リーダーをヴォーカルに回せばいいのでは、とはだれもが思う事なのだが、それをすると今度は、他の三人と隔絶した歌唱力で全体のバランスが崩れ、今よりひどくなってしまうと言う問題がある。今、メインヴォーカルをやっているベーシストのパティ・レクサスも音痴ではないのだが、セレナのアシストでソロの三倍は上手に聞こえている、というのが実際のところである。これは、もう一人のメインヴォーカルをかねる、キーボードのエリーゼ・キューブも同じことであり、逆に彼女達をコーラスに回すと、足を引っ張るかかき消されるかの二者択一なのだ。

「とりあえず、いっぺんリーダー抜きのステージをやって、ちょっと記録してみようか。」

「そだね。ミューゼル。」

 呼びかけに対して、リコーダーを上げて返事をするミューゼル。基本的にめったなことで声を出さない彼女だが、メンバーの中で一番人懐っこかったりもする。

「じゃ、レッツ・ミュージック!」

 セレナ以外が位置についたところで、いつもどおり演奏を始める。やはり、予想通りコーラスで支えてもらわないと、どうしても高音部分の不安定さや、低音部分の迫力不足が目に付く。ステージ全体で見ても、長身で手足が長く、メリハリが利いた体型のセレナがいないと、いまいち締まらないものがある。

「やっぱり、リーダー抜きだとしっくり来ないよね。」

「難しいですわね。」

 パティの言葉に、エリーゼも困ったようにうなずく。セレナが何か楽器を覚えれば話は早いのだが、この件に関してはどういうわけか、なんでも器用にこなすリーダーが破滅的な不器用さを発揮してしまうのである。せめてドラムでいいから覚えたいと本人も必死なのだが、いまだに実を結ぶ気配はない。

「やっぱり、あたしたちがコーラスに回れるぐらいまで特訓するしかないか~。」

「長い道のりです。」

「それもありがたいんだけど、私は戦闘でも要らない子扱いされてるから……。」

「そりゃ、支援魔法って地味なことが多いからな~。」

 セレナも広報部に配属されるだけあって、資質の面では多大な問題を抱えている。攻撃魔法の制御にとことんまで適性がなく、発動はできるがまっすぐ飛ばす以外のことはできず、威力の調整も不可能なのだ。かろうじて非殺傷設定はできるのだが、命中精度に問題がありすぎる上、フレンドリー・ファイアの危険が大きすぎるため、単独か、なのは達クラスの間同士と組ませる以外では、攻撃要員として投入できない。そのくせ、魔力量と出力は一流レベルなので、かなり扱いが難しいのである。

 しかも、セレナの支援魔法はなのは達と同じ、つまり出力で無理やりごまかしてやる感じであり、広報部で鍛えられるまでは、才能はあるが実用に耐えるレベルになるのは絶望的、と思われていた人物なのである。管理局に限らず、こういうパターンで素質が死んでいる人物は結構いるらしい。

「もう少し、ダンスが派手になるように考えてもらおうか。」

「そうですわね。」

 などといっているうちに、出動要請がかかる。

「みんな、出動!」

「「「了解!」」」

 出動要請のときは、ミューゼルも声を出すらしい。十代前半の元気よさを持って、今日も今日とてブレイクタイムは戦いに赴くのであった。







「数が多い!」

 濃い声でぷるぁ! ぷるぁ! と叫びながらにじり寄ってくるレトロタイプの群れに、疲れをにじませながらパティが衝撃音波を発射し続ける。

「リーダー! 増幅魔法をお願いしますわ!」

 エリーゼの言葉にうなずき、最大性能の増幅魔法を発動させる。

「私が砲撃を使えば、ちょっとは数を減らせると思うけど……。」

「場所が悪すぎますわ! リーダーの砲撃は、もっと開けた場所じゃないと!」

「そうなのよね……。」

 困り顔のセレナに、申し訳なさが微妙にこみ上げてくる。だが、リーダーの攻撃魔法は切り札であると同時に、弱点でもあるのだ。難儀なことに、彼女たちの得意技配分では、こういったやや狭い場所で雑魚がわらわら出てくるシチュエーションには向かない。しかも、こいつらは出動してみないと、どれだけの物量を用意してきているのかが分からない、というのも痛い。せめて、もう少し障害物が少ない開けた場所か、もしくは一対三から四程度の数に収まる場所に誘い込めればよかったのだが、相手の誘導に失敗して、一番不利なシチュエーションで戦闘に入ることになってしまった。

 それでも周囲に被害が出ていないのは、セレナが有り余る出力と魔力量を生かした力技で、やたら巨大なバリア魔法を方々に張り巡らしているからである。だが、これまた見た目には地味であるため、彼女がどれだけ貢献しているのか、一部の実力者以外には理解してもらえない。なお、言うまでもなく、広報部で身に着けた特殊技能がなければ実現不可能である。

「出力をあげたバリアを重ねがけして、砲撃で一網打尽、とか?」

「自分のバリアを自分で撃ち抜くだけじゃないかな?」

「駄目か~。」

 物理的な投擲武器を魔力で作り上げ、直接投げつけることで行っていた細かなフォローの手を止めず、却下された意見を名残惜しそうに没にしていると、人を小馬鹿にするような声が。

「ふん。音に聞こえた広報部といえども、出来損ないを抱えたチームの一つや二つはあるか。」

 自分達が優勢だと見たらしく、今回のテロ行為を指揮しているらしい男が、ニタニタと笑いながらわざわざ姿を見せる。

「出来損ない?」

「ろくな支援もできん女を出来損ないといって何が悪い?」

 ろくな支援ができていないのはもともと支援が専門ではないのだから仕方がないのだが、そんなことは敵対者には関係ない。

「今も、こんな初歩的な手段で追い詰められている。そこの出来損ないがまともな魔導師なら、もっと楽だったのになあ。」

 いやらしい笑みを浮かべながら、そんな戯言を言ってのける男に、殲滅する手を止めずに、どうしたものかと顔を見合わせる一同。ぶっちゃけた話、今劣勢なのはセレナがどうとかそういう問題ではなく、単純に対応を間違えて多対一の状況を強制させられているからだ。本来、今居る場所は籠城や敵の分断に向いているため、上手く立ち回ってさえいれば、少数相手の制圧力は管理局でも指折りの彼女たちが苦労する相手ではないのである。ここら辺はむしろ、経験不足からくるチーム全体のミスだ。

「腐った管理局でその立場に居る、と言う事は、余程上手く立ち回ったらしいな。どうせ、その男好きする嫌らしい体で、色仕掛けでもしたんだろう? まだガキのくせに、好き物そうな顔をしている。」

 流石に一方的な言葉は、比較的温厚なセレナでも頭に来たらしい。顔は先ほどまでのどこかとぼけた表情を保っているが、その雰囲気は見る見るうちに冷たくなっていく。

「ほらほら、どうする? 脱いでその股を開けば、もしかしたら命だけは助かるかも知れんぞ?」

 徹底的に馬鹿にしきったその言葉に、セレナの堪忍袋の緒が切れた。コントロールがいろいろ甘いから、もっと形になるまで絶対に使うな、と言われていた魔法を発動する。

 地面から凶悪な威力の極太の魔力砲が発射される。狭い空間で密集陣形を取っていた小型レトロタイプは、ひとたまりもなくその破壊光線に飲み込まれていく。突然の事に泡を食っている指揮官に、一足飛びで近付いていくセレナ。

「あまり、人の事を色情魔みたいに言わないでくださいな。」

 冷ややかに笑いながら左手で男の額をむき出しにし、右手のカスタネット型デバイスを振りあげる。抵抗しようにも、距離を詰められた段階で気脈を崩されており、身動き自体が取れない。そのまま容赦なく振り下ろされたカスタネットは、鈍い音を立てて容赦なく男の眉間に食い込む。

「リ、リーダー!」

「それやっちゃ、ただの汚れに!」

「色ボケだと思われてる時点で、失うものなんてないわ。」

 なんともまあ、切れた笑みを浮かべるセレナ。その表情が、まだ十二歳だとは思えないほど妖艶で、思わず動きを止めていろんな意味で生唾を飲み込んでしまう一同。指揮官が攻撃を受けてもなお攻撃していたレトロタイプまで、どういうわけか動きを止めてカメラアイをセレナに向けて固まっている。

「……リーダーだけを汚れにはしない!」

「今こそ、ブレイクタイムの結束の強さを見せるときですわ!」

 頭をかち割られて気絶した指揮官を放置し、動きを止めているレトロタイプの眉間を砕きに行ったセレナを見て、ようやく我に返る他のメンバー。もっとも、言っている内容からすると、思考は戻っていても、正気には戻っていない雰囲気がひしひしと伝わってくるが。

「今日はサバトだ!」

「徹底的にやりますわよ!」

「お~!」

 古きよき時代のロックミュージシャンのごとく、力いっぱい楽器を振り回してレトロタイプを粉砕していくブレイクタイム。相手の言動やらなにやらに問題があったこともあり、さすがにこの日の映像はお蔵入りになるのであった。



[18616] 第12話
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:6c9ce35e
Date: 2011/12/03 19:54
「くっ!」

 ターンに失敗し、顔面から地面に突っ込んで行くティアナ。この練習を始めてから、すでにおなじみになった光景だ。

「もう一度!」

「ティアナ、今日はそこまで!」

 優喜の制止を聞き、そのままクールダウンに移る。かつての一件で優喜と和解したティアナは、内心でどれだけじれていようと、彼の言葉を素直に聞き入れるようになった。結局のところ、それが一番の近道だと、例の一件で痛いほど思い知ったからである。

 今、ティアナが死に物狂いで練習しているのは、ホバー移動によるアサルトコンバットである。折角優喜に貰ったブレスレットとペンダントで、二本の足で走らなければいけないという移動速度を大きく削ぎ落す条件から解放されたと言うのに、現状ほとんど活かせていない。チーム全体の柔軟さを増すためにも、ティアナ自身の決定力不足解消のためにも、身体能力の向上も兼ねた特訓を続けているのだが、これがなかなかうまくいかない。なので、優喜に頼みこんで、特訓してもらっているのだ。

 元々ヤマトナデシコを除けば、ティアナは最も竜岡式の経験が浅い。そのため、特訓に寄って伸びた基礎能力を、今一歩使いこなせていない。そう言った危機感もあって、チームのメンバーにも協力してもらって、自分が前に出る種類の奇襲を必死になって形にしようとしているのである。

「まだまだ、ターンピックを出すタイミングと固定の仕方が甘いね。」

「はい。」

「あと、身体の方が先走って、足がまだ残ってる状態で前に加速しようとする傾向がある。とはいっても、どっちも練習あるのみだからなあ……。」

「実戦で通用するようになるには、まだまだ時間がかかりそうですね……。」

「それはしょうがない。個人の場合、体で覚えるやり方以外で使いこなせる攻撃手段なんてまずないし。」

 優喜の言葉に、思わずため息をつく。焦っても仕方がない、と言うのは分かってはいるが、使いこなさなければいけない物は他にもある。これにばかり時間をかけるのは、あまりよろしくない。やらなければいけない事は多いが、訓練時間は有限である。

 使いこなさなければいけないもろもろのうち、一番大きいのがデバイスだろう。これはティアナだけではなく、四人全員がリミッターとプロテクトを解除してもらっているため、今までとは桁違いに性能が上がっているのだ。特にフルドライブが解禁されたスバルと、新しいモードが使えるようになったティアナは、そちらの運用も自分達で考え、形にしなくてはいけない。

 その他にも、なのはから伝授されたものやこれまでの訓練で最低限の実用ラインに到達したものなど、選択肢に上がるところまでは来ているが、実戦ではまだ使えていない物がたくさんある。それらを死蔵しないために、その第一歩として自身の肉体を完全に掌握する必要がある。アサルトコンバットを完成させるのは、肉体を掌握するための一環に過ぎない。最初の一歩のその一部で、いつまでも躓いている暇はないのだ。

「本当に、先は長いです……。」

「地道に行こう。とりあえず、今日はこれから、イメージトレーニングも兼ねた仮想シミュレーターで、今日の反省点をもう一度振り返ればいい。あと、一度ターンピックの術式も見直してみたらどうかな?」

「分かりました。」

「でも、食事が先だからね。」

「釘を刺されなくても、すでにお腹がすいて我慢できなくなってますから。」

 今や、普通の女子の三人前は平気で食べるようになったティアナ。スバルやエリオ、竜司などに比べれば大人しい方だが、それでも年頃の女性なら、体重を気にしてとても口にできない摂取カロリーだ。ぶっちゃけ、フェイトのように燃費がいい訳ではない普通の体質のティアナは、日ごろの消費カロリーからすれば、これ以下ではあっという間に痩せて体力が落ちてしまうのである。

 ティアナに限らず広報六課のタレントたちは、スリムな割に非常によく食べる。一番食の細いフェイトですら、日によっては普通に二人前と別腹のデザートを平らげるほどだ。トーク番組や取材などで必ず聞かれるのが、それだけ食べてもなぜ太らないのか、と言う、美容を気にする女性の永遠の命題ともいえる質問である。言うまでもなく、ひたすら訓練が厳しくて、食べなければすぐに痩せて動けなくなるからではあるが、それをそのまま正直に言っても、あまり信用してもらえないかゴリラ女のような扱いを受けるのが悩みの種である。

「ティア~、シャワー浴びてご飯行こ~!」

「今クールダウン中だから、ちょっと待ってて。」

 向こうの方で、フルドライブに体を慣らす訓練をしていたスバルが、子犬のように駆け寄ってくる。基本的に花より団子、色気より食い気というタイプだと思われているスバルだが、それでもシャワーの方が優先順位が上に来るあたり、一応きっちり年頃の女の子ではあるらしい。

「それでは師範、お先に失礼します。」

「行ってきま~す。」

 シャワーと食事のために、意外と元気よく立ち去っていく二人を見て、もう少し絞れなくもないか、などと物騒な事を考える優喜であった。







「ヴィヴィオ、人参とピーマンも、ちゃんと食べなきゃ駄目だよ?」

「え~!?」

「リリィ、煮物のジャガイモ、残しちゃ駄目。」

「うう……。」

 食堂では、なのは達保護者組が、エリオ以下のちびっ子たちの好き嫌いを注意していた。本日のメニューは肉野菜炒めとジャガイモ・大根・人参・こんにゃくの煮物にみそ汁、メザシ、デザートに桃が出る。

 このメニュー、ほとんどの子供のの苦手なものが、何か一品は入っていたりする。ヴィヴィオは子供の嫌いなものの定番・人参とピーマンが、キャロはこんにゃくがどうにも苦手である。リリィはジャガイモが煮物限定で食べられず、ミコトはメザシがあまり好きではない。ヤマトナデシコのフォワード、マーチ・コレットも、野菜炒めに使われているもやしが嫌いだ。

 エリオとトーマ、それにヤマトナデシコのセンターガードであるリーフ・ジェンナーは、今日のメニューは特に食べられない物がある訳でもなく、無心にモリモリ食べている。特にエリオの食欲は素晴らしく、すでにおかずのお代りは二回目、ご飯は五杯目である。

「食べたら死んじゃうものとかはしょうがないけど、好き嫌いはよくないよ。」

「どんな食べ物も、もとは生きていたものなんだから、ちゃんと感謝して、全部食べなきゃ駄目よ。」

 すずかや紫苑にまで注意されて、涙目になりながら苦手なものを一生懸命食べている子供達。そんな姿に、昔の自分達を思い出し、思わず苦笑が漏れる。今でこそ何でも食べる優喜だが、事故で目をやる前は偏食がひどく、嫌いなものの方が多いぐらいだった。なのはとフェイトも子供のころは結構食べられない物が多く、なのはは野菜がいくつか、フェイトは魚介類の中にそれなりに、なかなか食べられるようにならなかったものがあった。特にフェイトは、昔はイカとホタテの克服に結構苦労していたが、大人になるにつれて味覚が変化したからか、気がつけば特に苦も無く食べられるようになっていた。

 実際のところこの中で、昔から特に好き嫌いがなかったのは紫苑ぐらいで、すずかにいたっては、いまだに田楽味噌がどうにも苦手である。食べられなくはないのだが、後味がどうしても好きにはなれないのである。もっとも、世界は広い。多分探せば紫苑だけが苦手なもの、と言うのも一つぐらいはあるだろう。

「やっぱり、実戦組はよく食べますね~。」

 自分の分をトレーに乗せたシャーリーが、感心するように声をかけてくる。なんだかんだと言っても、紫苑とヴィヴィオ以外全員、ご飯とみそ汁は二杯目である。子供達は、自分の苦手なものが入ったおかず以外は、きっちりお代りしている。

「そりゃまあ、食べなきゃ持たないし。」

「ただ、この子たち、結構好き嫌いに関して頑固だから、ちょっと苦労してるかな?」

「なのはさん達は、そう言うのはいつごろ克服したんですか?」

 シャーリーに言われて、少し考え込む。

「ん~、私は中学に入ったぐらいには、大体何でも食べられるようになってたかな?」

「私は、ん~、苦手だったイカとホタテが気にならなくなったのが、高等部に入る直前ぐらい? イカとホタテ以外は、デビューする頃には、普通に食べてたよ。」

「なるほど、なるほど。第二次性徴が始まる前には、ほとんど好き嫌いなく何でも食べるようになっていたわけですね。」

「そうなるかな?」

「それが、その美貌とナイスバディの秘訣だった訳ですね~。」

 シャーリーのある種無遠慮な台詞に、食堂内部の女性陣の動きが止まる。職員の低年齢化が進んでいる管理局に置いては、事務職にも、第二次性徴が始まったぐらいの子供、と言うのは結構いる。そう言った子供たちにとって、なのはやフェイトのその容姿は憧れであり、少しでも近づける可能性がある以上、どんな些細な情報でも重要なのだ。

「そう言う訳だから、ちびっこたち。」

「なんでしょう?」

「好き嫌いしてたら、チンクとかセインみたいな大惨事になっちゃうよ?」

 その言葉に、微妙な沈黙が下りる。胸のあたりがやたらとストイックな体型のセインや、実年齢がなのは達を超えているはずなのに、いまだにエリオやキャロと大差ない年頃に見えるチンク。セインはまだしも、チンクと同じと言うのは正直勘弁願いたいところだ。

「ねえ、トーマ……。」

「どうしたの、リリィ?」

「やっぱりトーマも、なのはさんやフェイトさん、美穂さんみたいにおっきい方がいい?」

「リリィに身長で抜かれるのは、ちょっとショックかも。」

「身長の話じゃないのに……。」

 全くかみ合わない会話をしているトーマとリリィ。その特殊な生まれゆえか、精神的には同じ年頃の女の子どころかキャロよりもませているリリィと、基本的な精神構造が小学校低学年の男子そのものであるトーマとでは、そういった方面で噛み合うはずがないのだ。

「とりあえず、無いよりはあった方がいいんじゃないかな?」

「……頑張る。」

「え? 何を? と言うか、何で涙目になりながらお代わりするのさ?」

 シャーリーの言葉に素直にきゅっと拳を握り締め、天敵ともいえるジャガイモの煮物をお代りして挑むリリィを、思わず生温かい目で見守ってしまう年長者。苦手なものを必要以上に食べようとするリリィに、どうにもついていけない物を感じるトーマ。この場合、トーマが鈍いと言ってはいけない。普通、八歳ぐらいの男の子なんてこんなものだ。女子とつるんでいる事を恥ずかしいと思ったり、無意味にいじめようとしたりしないだけ大人だと言えるぐらいである。

「そっか。ないよりあった方がいいよね。」

 無邪気に見えても、キャロもやはり女の子らしい。そう言えば美容にいいと言っていたっけ、見たいなことを呟いて、やはりお代わりしたこんにゃくに挑む。むしろ、食べ過ぎて太る方を警戒すべきではないのかと言う突っ込みもあるが、この場に居る子供たちは全員、何らかの理由で訓練を休んだ日は、普通に子供の一人前しか入らないと言うある意味便利な体質なので、それほど心配はいらない。苦手だから敬遠していただけで、まだまだ食べられる程度の空腹感はある。

「そう言えば、優喜さんは?」

「優君なら、もう食べ終わってムーンライトの方に行ったわ。」

「いろいろと作らなきゃいけないんだって。」

「そうですか。」

 因みに、美穂も一緒について行っている。手が足りない事もあり、優喜がそっち方面の助手として、美穂に付与系をいろいろと教えているのだ。美穂の側も、あまり表に顔を出さずに人の役に立てるとあって、かなり真剣に勉強している。無駄に才能を詰め込まれたと言われるだけあって、この方面でも美穂のレベルアップは異常に速いらしい。

「ママ~、食べた!」

 話があちらこちらに飛んでいるうちに、ヴィヴィオがいつの間にか、きっちり人参とピーマンを平らげていた。空になった器をどや顔で見せて、褒めて褒めてとばかりにアピールしてくる。

「お~、ヴィヴィオえらい。」

「がんばったね。」

「えへへ。」

 駄弁りながらも、それなりに子供達の様子は観察していたので、ヴィヴィオが苦手なものを誰かに食べてもらう、と言うずるをしていない事は間違いない。つまり、本当に自分で全部平らげたのだ。

「いっぱい食べて大きくなったら、竜司さんと仲良くなれるかな!?」

「……やっぱりそこなんだ……。」

「……十年たっても同じ事を言ってるようだったら、あきらめて竜司さんに自分で何とかしてもらおう……。」

 百パーセント子供だと言うのに、相変わらず竜司の事を語るときには、女の顔を見え隠れさせるヴィヴィオ。一方の竜司の方は、いくらなんでもこんな子供がそう言う意味合いで好き好きオーラを出しているとは思っていない。カリムを筆頭にシャッハやシグナム、シャマル、果てはヴィータまで何か感じいるところがあるらしいとなると、ベルカ人女性にだけ影響するフェロモンの類でもばら撒いているのではないか、と疑いたくなる。

「あらあら、恋の季節ね。」

 そんな先走った子供たちの気持ちに対して、そんなのんきなコメントで全てをまとめる紫苑であった。







「さて、ドゥーエ。」

「プレシア、あなたが私を呼びつけるなんて、珍しいわね。なんだか嫌な予感しかしない訳だけど、何の用かしら?」

「大した用事じゃないわ。単に、スカリエッティとナンバーズの四番に、あれこれいろいろと報復する手伝いをしてもらいたいだけ。」

「それが大した用事じゃない、とは恐れ入るわね。」

 呼びつけられた理由を聞き、表面上は冷静さを装いながらも、内心で冷や汗をだらだらと流すドゥーエ。今更ドクターに反旗を翻す事を躊躇いはしないが、個人的な報復のために向こうに何かを仕掛けるのは、正直遠慮したい。とは言え、流石に今回の事はプレシアが切れるには十分であり、特にクアットロには情状酌量の余地が見いだせない。

「とりあえず、あまり派手な事には付き合えないわよ?」

「分かっているわ。それに、スカリエッティに関しては、あの子たちの命を繋いだ事に対する情状酌量の余地で、それなりに手加減するつもりではあるから、安心しなさい。」

「つまり、クアットロには容赦はしない、と?」

「ええ。」

 はっきりきっぱり言い切ったプレシアに、心の中で十字を切るドゥーエ。正直、この怒りの矛先が自分でなくて良かった、などと本気で思ってしまう程度には、今のプレシアは怖い。

「それで、あまり聞きたくはないけど、具体的には何をするつもり?」

「あの手合いに肉体的な面で報復したところで大した意味はないから、精神的・社会的に徹底的にやってあげようかと思っているわ。」

「精神的に、ねえ……。」

「別に、肉体的な報復として、拉致して優喜に適当なつぼを突かせた上で、精神的に壊れないように処置をして、あの期間のすずかに好きなだけいたぶらせる、って言うのもありだとは思っているけどね。ただ、それをやってもまだ足りない、と言うのが本音ね。」

「怖すぎるから、聞かなかった事にしておくわ……。」

 あまりに苛烈な報復内容に、思わず全力で引くドゥーエ。何が怖いと言って、平気でその報復を口にしてまだ足りないと言うプレシアと同じぐらい、クアットロ相手ならそれぐらいやってしまった方がいいかもしれない、などと思わず心の中で考えてしまった自分が怖い。

「何というか、どう転んでも碌な事になりそうもない、って言うのが素敵ね。」

「大丈夫よ。ちゃんとあなたには、ご褒美を用意するつもりだから。」

「一応言っておくけど、踏むとかそういうのはご褒美じゃないからね。私はそういう方向に訓練された淑女じゃないからね。」

「あら? 優喜につぼを突かれてもだえていた七番達を、とても羨ましそうに見ていたと思ったのだけど、違ったのかしら?」

「見てない見てない!」

 プレシアの言いがかりを、必死になって否定するドゥーエ。やたらと恍惚とした表情を浮かべていたセッテと、妙にエッチな声であえいでいたディードを見て、一体どんな状態になっていたのか少し気になったのは事実だが、間違っても羨ましい、などとは思っていない。多分。

「折角、昔フェイトが七歳ぐらいの頃お仕置きに使っていた道具を、久しぶりに手入れしておいたのに。」

「昔って、その頃あなた狂ってたでしょう!? その時期の道具って絶対ろくでもない代物よね!?」

「あなたがどんな声で鳴いてくれるのか、とても楽しみだったのに残念だわ……。」

「また狂ってる! 娘のクローンを好き勝手いじられたから、絶対また狂ってるよこの女!」

 ニタリと嗤ったプレシアに、身の危険を感じて本気で逃げを打とうとするドゥーエ。こんな勘違いをされるようになったのは、百パーセント優喜のせいだ。絶対いつかこの事については復讐してやる、などと余計なフラグを立てながら、もしかしたら実は気持ちいいのかもしれない、などとほんの少しちらっと思った事には気付かない事にするのであった。







「さて、今日集まってもらったのはほかでもない。次の公聴会について、話しておきたい事があるからだ。」

「次の公聴会、それが終わったら、私とゲイズ中将は引退し、予備役に入ろうかと思う。」

 溜めも何もなく、特に大した話でもない、という風情で二人の英雄が告げた言葉。それは、あまりにあっさりと軽く言われたため、その場に列席していた閣僚たちが理解するまでに、かなりの時間を必要とした。

「ゲ、ゲイズ中将、そんな簡単におっしゃるようなことではないかと思うのですが……。」

「別に、重々しく言おうが軽く言おうが、言葉の内容も意味するところも変わらん。」

「グレアム提督、いくらなんでも急すぎはしませんか!?」

「急、と言うほどでもないだろう。私もゲイズ中将も、前々から今期中にも引退する、と言っていたではないか。」

「で、ですが……。」

 いきなり言われた陸と海の二大巨頭の去就に、一部を除いた閣僚や関係者は、大いに混乱する。今期中、と言っても、いくらなんでも期の途中で引退すると言い出すとは思わなかったのだ。

「いつまでもこのような老いぼれが頭に使えていては、組織としての活力は落ちる一方だ。」

「それに、我々は君達がこれからの管理局を支えられるよう、全身全霊をもって伝授できるだけの物は伝授したつもりだよ。」

「儂もグレアムもいい年だ。いつ死んだところでおかしくはないし、この十年の改革で強引な手も使ってきている。いい加減、叩いて出る埃が多すぎて、そろそろ管理局のような大規模な公的機関のトップに置いておくにはリスクが大きすぎる。」

「すでに、陸と海の対立と言う長年の問題は、組織の風通しを良くすることで解消に向けて大きく動き出している。ベテランの中には納得がいかない、と言う人間も多く居るが、それも時間が解決してくれるだろう。」

「最高評議会の置き土産も、管理局内部についてはあらかた処理が終わった。後は儂らの引退を餌にあぶり出して、一度に道連れにすれば終わる。これ以上は、儂らが第二の最高評議会になるだけだ。」

 もはや引き際を決めてしまったグレアムとレジアスの、さまざまな覚悟が込められた言葉。長きにわたって管理局に尽くし、ここ十年は老朽化の弊害が出てきた組織の再建に全力を注いできた男達の結論。それを覆せる人間は、この場には居ない。

「グレアム提督、ゲイズ中将。」

「何かね、ハラオウン提督。」

「置き土産をあぶり出す、とおっしゃいましたが、連中の対応次第では、あなた方が犯罪者の汚名を着せられる事になりかねませんが……。」

「もとより、覚悟の上だよ。」

「十年前に竜岡優喜に諭され、八神はやての魂に触れた時点で、儂もグレアムも己の名誉など興味はない。」

 予想していた通りの言葉を聞き、素直に質問を取り下げるリンディ。元々、グレアムとレジアスを引きとめるつもりはない。ただ、せっかくここまで築き上げてきた二人の名誉が、管理局の膿を出し切るためとはいえ、たかが生き残った小物を始末するためだけに失われるのが、少々どころではなく惜しいと感じたにすぎない。もっと言うなら、ここまで覚悟を決めてやり切った二人の魂が、小物と相打ちになる形で汚されるのが、心底口惜しいのだ。

「我らには、新たな世代への責任と言うものがある。管理局をひずませてしまったのは、私たち年寄りだ。ならば、命を捨ててでも、正しい姿に戻すことが責務だろう?」

「だからな。もし公聴会、もしくはその前段階で管理局を揺るがすようなスキャンダルがあったなら、容赦なく儂らに責任を押し付けてしまえ。責任者などと言うのは元来、目的を達成するために起こりうるトラブルを全て潰すとともに、起こってしまったトラブルの解決のために、その首を差し出す事が仕事だ。目的が若い世代が誇りを持てる管理局を作る事である以上、その前提を潰すようなトラブルは、全て儂らの責任だ。」

「間違っても、私達を庇おう、などと考えてはいけないよ。この段階で出てくるような致命的なスキャンダルなんて、私たちが実際にやらかした暗闘の途中経過か、それ以前に理想に立ち返る前、道を踏み外していた時にやってしまった自業自得の結果なのだから。」

「分かりました。その時は新しい管理局のために、容赦なくお二人を切り捨てさせていただきます。」

 レティの言葉に一つ頷くと、さらにその場に居る人間を諭すために言葉を続ける。

「もう一つ、間違えてはいけない事がある。」

「管理局も、所詮は手段だ。我々の目的はあくまでも、力なき人たちが安心して、心から笑って暮らせる世の中を作り、守っていく事だ。我々上層部がその理念を忘れて、犯罪発生率や犯罪件数をただの数字として見るようでは終わりだ。ましてや、管理局と言う入れ物を守るために、一番大切な力なき者たちを切り捨てるようでは、本末転倒だ。」

「無論、現状では、管理局が無くなれば、治安の維持などできはしない。明日のために、今日ある程度の苦労を受け入れてもらうと言う事態は、どうしても避けられないだろう。だが、この管理局が、存在するためだけに存在するところまで堕してしまったのであれば、そんな組織は容赦なく潰してしまえ。」

「もう一度、いや、何度でも言おう。時空管理局も、所詮は手段だ。目的と手段を、取りちがえてはいけない。」

 二人の遺言のような言葉に、真剣な顔で頷く幹部達。いや、彼らの言葉は、組織人として、英雄として、そして時空管理局の事実上のトップとしての「遺言」なのだろう。だからこそ、軽く扱ってはいけない。そこを取り違えるような人間は、間違ってもこの場に座ることなどできはしないのだ。

「さて、重苦しい話は、ここまでにしておこう。」

「この老いぼれどもの最後の花舞台だ。折角だから、それに合わせてコンサートの一つでもやろうではないか。」

「すでに企画は通っています。」

「現在、公聴会公演向けの新曲については、とりあえず舞台でお客様に聞いていただけるレベルには達しています。」

 レティとリンディの言葉に、満足そうにうなずく。

「儂らは送り出される立場だ。今後は、細かい事には口をはさまんよ。」

「ただまあ、スカリエッティが聖王のゆりかごとやらを持ち出してくる可能性はある。そこは注意をしておくように。」

「分かっています。」

「ただ、聖王のゆりかごに関しては、詳細はいまだ不明です。伝承として残っている情報だけでは、対策を打つには不足しています。」

「また、ゆりかごを起動するためには、現在広報六課で保護している聖王のクローンを奪取するか、新たなクローンを作る必要があると考えられます。そのため、広報六課の隊舎自体にもある程度の戦力を残しておく必要があるかと思われます。」

「そこはリンディ君に任せよう。」

 グレアムの一言に、一つ頭を下げて答えるリンディ。ヴィヴィオを時の庭園に退避させる、と言う方法も検討しているのだが、相手が同等レベルの天才であるスカリエッティである事に加え、時の庭園自体が個人の持ち物であるという問題もある。それならば、堂々と戦力を配置できる広報六課隊舎を利用する方がいいだろう。問題は、主要な戦力は公聴会の警備とコンサートに割かれてしまうため、どうしても隊舎の警備は相対的に薄くならざるを得ない事だ。

「後、これは個人的な要望だが、公聴会の内容を、もっと一般市民にも分かりやすいものにしてほしい。以前から議題に上がっていた事だが、資料作りを口実に、常に鼻であしらわれてきた問題だ。」

「所詮誰もまともに聞いてなど居ない、という気持ちも分からんではないが、そんな細かい姿勢一つ一つが、上層部が守るべき市民を軽視し、数字としてしか見なくなる事につながっていると考えている。もう日がない事なので、今回については無理にとは言わんが、次回からは出来るだけ配慮してほしい。」

「了解しました。不慣れな事ゆえ満足いく結果になるかどうかは保証しかねますが、全力を持って対処いたしましょう。」

「今更面倒な事を言い出して、済まんな。」

 レジアスの言葉に首を横に振るレティ。実際のところ、言われるまでもなく、すでにできるだけ専門用語や難しい言い回しを排除し、可能な限り予備知識無しでも内容が分かるようにと、最初の段階から指示を出して資料を作らせている。グレアムとレジアスが言いださなくとも、リンディとレティは最初から、管理局の意識改革の一環として行うつもりだったのだ。

「最後に、もう言わなくとも分かっているとは思うが、私、ギル・グレアムの後任にはレティ・ロウランを。」

「レジアス・ゲイズの後任にはリンディ・ハラオウンを。」

「そして、その両名のサポートに、オーリス・ゲイズを充てることとする。」

 自分達の後継として、手塩にかけて育て続けた三人の女傑。彼女達に後を任せることを宣言して、老英雄達の最後の会議は終わりを告げたのであった。







「フェイトちゃん、はやてちゃん、ちょっといいかな?」

「後はもう寝るだけだけど、どうしたの?」

「こんな時間になのはちゃんから話持ちかけてくるって、珍しいなあ。」

 夕食後の団らんの時間が終わり、後は寝るだけとなったところで、珍しくなのはが声をかけてくる。

「なんだか、すごく真剣な顔だけど、大事な話?」

「うん。大事な話。」

「そっか。ほな、心して聞かせてもらうわ。ヴィヴィオは?」

「今日は、紫苑さんが預かってくれるよ。」

「了解や。」

 普段はどちらかと言うと緩い表情をしている事が多いなのはが、こんな時間にこんなに真剣な表情で話を持ちかけてくると言うのは、本当に珍しい。雰囲気から言って、どうやら広報六課全体に影響する話になりそうな感じだ。

「それで、話って?」

 なのはとフェイトの部屋におじゃまして、出されたハーブティーに軽く口をつけてから、はやてが話を切り出す。時間が時間なので、眠気を消さないように、リラックス効果のあるノンカフェインの物だ。

「あのね、私ね。」

 口を開いていいかけ、少しためらってから、もう一度覚悟を決めなおして言おうと思っていた事を告げる。

「私、管理局をやめたいんだ。」

「えっ?」

「やっぱり……。」

 なのはの言葉に、思いっきり驚いた顔をしていたはやてと、すでに悟っていたらしく静かな表情で頷くフェイト。

「やっぱりって、フェイトちゃんは分かっとったん?」

「そりゃそうだよ。私となのはは、誰よりも長く一緒に居るんだから。それに、はやてだってなのはが管理局の仕事を続けるかどうか迷ってる事は、気がついてたでしょ?」

「それはそうやけど、広報六課が立ちあがった頃は、はっきりやめたい、言うほどでもなかったやん。」

「まあ、あの頃はまだ、そこまではっきりとやめたい、って思うような出来事も動機もなかったから。」

 何かを決意した様子のなのはが、ハーブティーを一口飲むと、気持ちをそのまま口にする。

「ずっとね、このまま管理局のお仕事を続けていくのって、どうなのかなって思ってたんだ。私はフェイトちゃんと違って、局員だからこそできる事、とかそう言うので、これを絶対やりたい、って言う事がなにもないから。」

「それは私もそうやで。」

「それに、はやてちゃんみたいに、管理局ではたらかなきゃいけない強い理由も持ってない。仕事そのものはずっと真剣勝負でやってきたけど、気持ちの上で惰性でやっていた部分があるのは、否定できないんだ。私はあくまで成り行きで管理局に所属して、フェイトちゃんとはやてちゃんが居るから続けてただけ、だから。」

 なのはの告白を、黙って聞き続けるフェイト。いまいち納得ができずに、思わず唸るような声を出してしまうはやて。ぶっちゃけた話、なのはとはやてでは、気持ちの上ではそれほど大きな違いはない。仕事を惰性でやっている部分がある、なんていうのはそれこそフェイトだって同じに違いない。ただ、はやてには借金があり、なのはにはそれがない事と、せいぜいはやてには、ロストロギアのせいで理不尽に犯罪者や被害者になる人間を減らしたい、という気持ちがある事ぐらいだろう。

 ロストロギアによる不幸を減らしたいという想いはなのはも同じだと思っていたが、随分温度差があったらしい。だが考えてみれば、自身がそういう境遇で、いっそ死のうかと思いたくなるような絶望も知っているはやてと、親友がそういう境遇ではあっても、自身はあくまで傍観者だったなのはでは、どんなに共感しようとしたところで、おのずと限界というものはある。モチベーションに大きな差が出てくるのも、ある意味仕方がない事ではあったのだろう。

「それは分かったけど、何で最近になって、急に?」

「きっかけは、ヴィヴィオを保護した事かな。」

「ヴィヴィオを?」

「うん。この事件が終わった後、ヴィヴィオの面倒を誰が見るのかな、って思った時にね。私たちがこのまま保護者になるのって、すごく無責任な事なんじゃないかな、って思ったんだ。」

 なのはの指摘に反論できず、黙り込むしかないはやて。

「フェイトちゃんは、この件については?」

「私も、そこは気になってたんだ。なんだかんだ言って、ヴィヴィオは私となのはに一番懐いてるし、保護者として引き取って面倒を見るんだったら、今の仕事はそのままは続けられないから。」

「そっか。」

「それにね。この間、みんなでお菓子を作ったでしょ?」

「作っとったなあ。」

「あれで、思い知っちゃったんだ。高町なのはの原点は、翠屋なんだって。」

 今までの言葉ではいまいち納得がいかなかったはやても、この一言には納得せざるを得なかった。なのはにとって、翠屋と言うのは将来の夢の一つであり、他の分野でいくら成功しようと、絶対に消せない憧れなのだ。

「優喜君には、その話はしたん?」

「まだしてないけど、ね。」

 そういいながら、何らかの資料を取り出して、フェイトとはやてに見せる。

「これは、何?」

「仮にこっちで翠屋をする場合、店の維持費と収益、それから損益分岐点の大雑把な見積もり。こっちは店をやる場合に必要な資格と許可で、これは目ぼしい立地条件の店舗取得費用の一覧。あと、クラナガンで有名だったり人気だったりするお店のお菓子の大体の値段とか、そう言った評価。」

「こんなもんまで作ったん?」

「優喜君が、用意してくれてた。やっぱり、分かっちゃうんだな、って。」

 なのはの言葉に、思わず微妙な表情になるはやて。流石に、この状況で惚気を聞かされるのは予想外だったのだ。とは言え、そんなはやて自身の気持ちなど、この際どうでもいい。お勧め物件や仕入れルートの情報など、ざっと見ただけでも、優喜はなのはを本気で応援していると言うのが分かる。

「フェイトちゃんはどないなん?」

「私は、なのはだってやりたい事をやっていいと思う。」

「それがデュオの解消になっても?」

「うん。これでWingが解散になっても、私となのはの絆まで消える訳じゃない。」

「はいはい、ご馳走さま。」

 思わずアレな顔になりながら、見せてもらった資料をなのはに返す。

「まず、管理局サイドとしての意見やけど。」

「うん。」

「やめる、言うんを止める事はさすがに出来へん。せやけど、まったく縁を切るっちゅうんも無理やな。流石に、ロストロギアを持ってるSSSランクの魔導師を野放しにするんは無理や。かと言うて、なのはちゃんクラスになると、リンカーコアの封印作業も厳しい。」

「分かってる。それで、具体的には?」

「予備役、言う形で、非常勤の嘱託魔導師として、必要な時に出動要請を受けてもらうことを前提にした退役は認められると思う。」

 はやての説明に、一つ頷くなのは。もとより、無条件で縁を切れるとは思っていない。

「あと、今言うてすぐにやめる、言う訳にもいかへんで。」

「それも分かってる。最低でも、今期いっぱいはちゃんと仕事するつもりだよ。それに。」

「それに?」

「やめてすぐに店をできる訳じゃないもの。資格もまだ七割ぐらいしか取れてないし、店を切り盛りするには、もっと修行もしなきゃいけない。そもそも、大学を卒業しないと無理があるよ?」

 夢を実現すべき目標のレベルまで落としこんでしまったからか、なのはの言葉は実に現実的でかつ具体的だ。

「また、えらい具体的な話を……。」

「そもそもね、せめてヴィヴィオがトーマぐらいまで大きくなってからじゃないと、お店とかはちょっと不安があるし。」

「まだ自分で子供産んだ訳でもないのに、すっかり母親やなあ。」

「責任があるから、ね。」

 呆れたようなはやての言葉に、どことなく慈愛のこもった微笑みを浮かべるなのは。

「まあ、とりあえず話は分かったわ。タイミング的に、決済を取る相手はリンディさんとレティさんになるやろうけど、頑張って話を通してくるわ。」

「うん。ごめんね、わがまま言っちゃって。」

「ええって。実際のところ、聖王のクローンとか結構な火種やし、ある意味においては好都合かもしれへん部分はあるし。」

「それでも、迷惑はかけると思うから。」

「そんなん、お互いさまや。」

「なのはが居場所を守ってくれるんだったら、私は安心して執務官の職務に専念できるし、迷惑なことばかりじゃないよ。」

 十年来の付き合いとなる二人の親友。そんな彼女達との友情をかみしめながら、もう一度頭を下げる。そのまま、決済が通った後の実務周りについて、大雑把な打ち合わせをして、この日の秘密のお茶会はお開きとなった。







「また、あのメガネか。」

「なかなかに往生際が悪いようだの。」

「全く、スカリエッティも頭が痛いだろうな。自滅するなら、一人でしておいてほしいものだ。」

「何、あのメガネが自滅してくれたおかげで、世界征服ロボの改良もずいぶん進んだわ。スカリエッティのガジェットドローンも、似たようなもんじゃろうて。」

 クアットロからの協力要請を見て、彼女をあざ笑いながら会話を続けるフィアットとマスタング。

「それで、どうする?」

「何がじゃ?」

「あのメガネからの要請だ。別に断ってもかまわんとは思うが?」

「そうじゃのう……。」

 協力要請の内容を確認しながら、少々頭をひねるマスタング。

「儂ら自身も含めて、どちらに転んでもこれが最後になるじゃろうし、協力しても問題はなかろう。」

「いいのか? と言うより、私達もこれが最後になる、とはどういう意味だ?」

「流石に、いろいろ派手に動きすぎたようでの。儂らが直接噛んだのは三件程度じゃが、世界征服ロボを買ってはしゃいだ連中が、いろいろやらかしおったようでの。残念ながら、すでに管理局の連中に捕捉されて居るようじゃ。」

「ならば、管理外世界にでも逃げ込めば……。」

「そう簡単にはいかんだろうて。それにの、ようやく大型の奴がいい感じに仕上がっておるのじゃから、派手に暴れるのも悪くなかろう。」

 にやりと笑うマッド爺さんに、思わず深々とため息をつく。どうせ、いろいろやらかした連中とやらも、あのメガネに扇動されたのだろう。自分達も似たような事をやったとはいえ、つくづく面倒な話だ。

「本当に逃げきれないのか?」

「連中とて、腐っても次元世界最大規模の組織じゃ。ここまでいろいろ派手にやらかして、そう簡単にドロンといけるほど無能ではないわ。」

「そうか……。」

「もっとも、一番大きいのは、今回尻馬に乗るのが一番勝率が高いから、と言うのもあるがの。」

 爺の言葉に目を丸くするフィアット。性別不詳のその顔が、そう言う表情をすると妙に可愛らしく見える。

「勝率が高いのか!? あの駄メガネが立てた計画が!?」

「結局のところ、今の管理局に各個撃破を仕掛けても無意味じゃ。ガジェットも世界征服ロボも、一般の局員が相手ならば小型の物一機で十人は余裕で相手に取れる。であれば、圧倒的な物量で弱いところを食らいつくし、孤立させるのが一番確実じゃろうて。」

「圧倒的な物量、など用意できるのか?」

「大型の物が、現段階で試作を含めて五十程度、中型で千は軽いし、小型は各バリエーションで普通に万単位の数を確保しておる。」

 確かに圧倒的、と言っていい物量だ。辺境の管理世界の小さな国の政府なら、余裕でたたきつぶせるだけの戦力である。

「それにの、公聴会と言うのがミソでの。」

「スキャンダルでも流すか?」

「そうなるじゃろうな。現在の管理局地上本部のトップは、過去にスカリエッティと癒着しておった男だ。犯罪者に資金や研究資料を横流ししていた、などと言うのは、十分に屋台骨を揺るがすだけのダメージになるじゃろうて。」

「そううまくいけばいいんだがな。」

 フィアットとしては、マスタングのその希望的観測は、ずいぶん危ういものに見える。その手のスキャンダルと言うやつは、やりようによっては、むしろイメージアップにつながる事すらある。クレーム対応や不祥事の処理を適切に行った組織と言うのは、一般の評価が急上昇する事がある。

「何にせよ、こういう派手な祭りには、参加して何ぼじゃろう。」

「分かった。出来るだけリスクを減らす努力はするから、貴様は好きなように準備しておけ。」

「おうよ。」

 こうして、スカリエッティと管理局との一連のエピソードは、最後の主要な事件に向けてじわじわと加速していくのであった。







あとがき
 カールビンソンやらときめきトゥナイトやら年を疑われそうなネタばかり仕込んでいる作者ですが、一応年齢的には、小学校に上がる前に全員集合の本放送を見ていた記憶がある世代です。

 あと]kyoko◆fd47bbf4さま、フォルム名に関してはそれを使わせていただきます。提案、ありがとうございます



[18616] 第13話 前編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:28034b30
Date: 2011/12/10 20:17
「これで、祭りの準備は完了だね。」

「そうですね。しかし……。」

「どうしたのかね、ウーノ?」

「本当にいいのですか?」

「今更の話だよ。それに、ちょうどいい機会だから、向こうの御老人に、かつて私達と裏でつながっていた事に対する弁明を聞いてみようかと思ってね。」

 突然の心変わりに目を丸くしているウーノに、手元の手紙を差し出すスカリエッティ。

「……これは、もしかして?」

「ああ。君が思っている通りの物だよ。これもそれも、皆そうだ。」

 いまどき珍しい手書きの手紙。結構な数があるそれを、全部ざっと目を通す。

「我ながららしくは無いとは思うが、彼らの将来を考えると、レジアス・ゲイズがトップに居る管理局、というものに不信感を覚えてしまってね。」

「私たちが言うことではないとは思いますが?」

「ああ、そうだね。確かに、一方の当事者である私たちが言うべきことではないね。だが、それを踏まえた上で、彼らを作り出し、自分達の身が危ないとなると犯罪組織に押し付けた管理局について、信用しろと言うのが酷ではないかな?」

「そうですね。そもそも、管理局がまっとうな組織であれば、私達は存在していません。」

「そう言う事だ。いくら十年かけて綱紀を粛清したとはいえ、元々は目先の戦力に目がくらんで、違法研究を推し進めていた一派のトップだ。彼が、第二の最高評議会にならないとも限らない以上、そこを問いただして、場合によっては組織そのものを排除してしまわなければいけない。それに、私と同じような境遇に生まれ、同じように捨てられた彼らの事を、このまま闇に葬り去るのは、フェアではないだろう?」

 スカリエッティの言葉に、深々と頷くウーノ。だが、一つだけどうしても腑に落ちない、と言うか腹にすえかねる、と言うか、そう言う座りの悪い感情がある。

「ドクターが決意をなさったのであれば、私は地獄の底まで従います。ですが、クアットロが好き放題やった工作を、そのまま使うと言うのは危険なのではありませんか?」

「今更の話だよ。それに、どうあがいたところで、我々単独で出来ることなど知れている。ならば、今後問題になりそうな連中を巻き込んで、管理局地上本部と総力戦を行う方が、まだしも勝算もあれば、後の結果が好転する確率も高い。」

「確かにおっしゃるとおりですが、さんざん好き勝手やっては失敗して、こちらに少なくない被害を出したクアットロの思うままに動く、と言うのは……。」

「何、全てが思い通り、と言う訳ではないよ。多分、あれの思惑通りに行く事はあり得ない。」

 自信満々に言い切るスカリエッティに、どうコメントするべきか分からず沈黙するウーノ。正直なところ、今までの方針を覆して管理局に喧嘩を売る、それ自体はいい。だが、わざわざ自身の姿を晒して、リスクを背負ってまでするべき事なのか。しかも、首尾よくヴィヴィオを取り戻したとして、復元した聖王ゆかりのロストロギア、その本来の性能をもってしても、広報六課を、と言うよりWingを制圧できるとは思えない。

 上手く新機能を起動できたとしても、それだけで何とかなるほど広報部の戦闘部隊は甘くないだろう。ヴィヴィオという人質までフルに活かして、それでもなお、勝算は薄いとしか言えない。

「ウーノ、トーレとチンクに、司法取引となりうる情報をすべて持たせて置いてくれたまえ。」

「ドクター、もしかして……。」

「事が事だ。勝算があるとは言い切れない以上は、後の事を考えておかなければいけない。彼らの事は、フェイト・テスタロッサなら悪いようにはしないとは思うが、彼女の考え方を知っている訳ではない。ならば、そのための保険として、こちら側の人間が、最低でも一年程度の更正教育で解放される程度にしておかねば、いろいろとまずい。十中八九、結果はこちら側の負けだろうし、我々だけがどうにか逃げ切ったところで、この規模で事を起こしてしまえば、ほとんどの得意先は組織そのものを維持する能力も失うだろう。」

「やけに弱気ですね……。」

「分析した事実を述べただけだ。それに、これも十中八九だが、私は今回の事を起こした責任者として、管理局に拘束されるだろう。まあ、社会にとって、という観点でトータルで見たベストは、管理局が膿を出し切りつつ、私を含めた今回関わるマフィアや過激派が一掃されることだろうがね。まあ、掃除しすぎたら今度は、居場所がない連中をコントロールしていた枷が無くなって、却って治安が悪化する可能性もあるが。」

「ドクター!」

「ウーノ。地獄の果てまで、ついてきてくれるのだろう?」

 ドクターの殺し文句に、思わず頬を染めながら頷くしかない。

「さて、移動時間を考えたら、そろそろ出発しなければ、ね。」

「妹達はすでに、スタンバイを終えています。後は、私が資料をまとめてトーレとチンクに預ければ、いつでも出発できます。」

「ああ。焦らなくてもいいが、手早く頼む。」

「分かっています。」

 返事を返しながら、原理主義者の過激派をはじめとした、いわゆる害悪にしかならない種類の犯罪組織のデータを中心に、戦闘機人やガジェットなど、基本は違法研究が出発点だが、平和的な応用範囲が案外広い研究の資料などを、超小型ながらかなりの大容量のストレージに限界いっぱい詰め込み、トーレとチンクに託す。

「準備は完了しました。」

「わかった。では、聖王のゆりかご、いや、突撃ステージ・クレイドル、発進せよ!」

 スカリエッティの号令に合わせ、基地のカモフラージュが解かれる。そして、せり上がってきたゲートから、重々しい音を立てて、これまた巨大な建造物がゆっくりと外へ飛び立って行く。

「さて、宴の始まりだ。」

 既に見えなくなったゆりかごを見送りながら、スカリエッティはそうつぶやくのであった。







「どうしても行くのか?」

「ええ。」

「分かっていた事だが、いざその場に立ってみると、やはり納得はできない。」

「でも、理解はできているんでしょう?」

「ああ、残念ながらな。」

 釈然としない顔をしているハーヴェイに微笑みながら、マドレは手元の杖を握り直す。愛用のブーストデバイスとは別に、新たに用意してもらったサブのデバイス。事情を知る二人には、そのデバイスの存在に嫌というほど現実を思い知らされてしまうため、どうにもその姿を直視できない。

「どうせ目的地はそう変わらん。途中まで送っていく。」

「らしくない事を言うわね、ヴァールハイト。」

「ただの気まぐれだ。最後ぐらいは問題ないだろう?」

「そんなところまでオリジナルに似てなくても。」

「言うな。」

 苦笑気味のマドレに憮然とした表情で答えを返し、彼女がついてきている事を確認もせずに歩きだす。

「それじゃあ、ハーヴェイ。もう二度と会う事もないでしょうけど、元気でね。」

「君の残りの人生に、少しでもいい事があるように祈っている。」

「ありがとう。」

 ハーヴェイの送る言葉に軽く返事を返し、そのまましっかりとした足取りでヴァールハイトを追う。二人の姿が見えなくなったところで、小さくため息をつく。

「まったく。世界と言うのは、こんなはずじゃなかった事ばかりだな。」

 奇しくも、オリジナルであるクロノが漏らしたのと同じ言葉を吐き出すハーヴェイ。全くの別人格であり、完全に別の個人である彼も、結局は移植されたオリジナルの記憶や経験に、全く縛られないで済む訳ではないらしい。

「いつまでも感傷に浸っていても仕方がない、か。」

 いつも一緒に行動していた彼らも、とうとう道を分かつ時が来た。ただそれだけの事だ。ならば、それぞれがやりたい事、なすべき事をするだけである。

「さしあたっては、ちびどもが余計な事をしないか見張るところからだろうな。」

 ハーヴェイが本来やりたかった事は、どうやらこの機会にスカリエッティがやってしまうらしい。ならば、悪のマッドサイエンティストを父と慕う、変に純粋に育ってしまった彼の同類が、わざわざ負け戦のために無駄に罪を重ねないように骨を折るのが、兄的存在の役割だろう。

「全く、私も無駄にオリジナルに似てしまったものだ。」

 功績が正当に評価されているか否かぐらいで、結局裏方的な仕事が多い点はクロノによく似ているハーヴェイであった。







「残してきた戦力、本当にあれだけで足りるのかな?」

「まあ、スカリエッティも、流石にナンバーズクラスから上は、何ぼ何でもそんな数は割かれへんやろうし、ガジェットクラスやったら、隊舎の防衛システムで十分やろう?」

「だといいんだけど、ね。」

「普通に考えれば、優喜一人でも過剰戦力だと思うのだが?」

「そうなんだけど、やっぱり、数は力だよ?」

 竜司の言い分に対するなのはの言葉を、全く否定することなく頷いて見せるフェイトとはやて。いくら一騎当千の戦士といえども、カバーできる範囲は知れている。この手の拠点防衛に関して言えば、どれほど強い駒でも、一か所に足止めされてしまえば、必ず手薄な場所が出てしまう。

「どないにしても、連中のテレポートを即座に潰せるのんって、優喜君か竜司さんしかおらへんねんし、二人とも拠点防衛に回すんは明らかに過剰やろう?」

「そこなんだよね……。」

 この件に関しては、なのはをはじめとした他のメンバーも、それこそアバンテ達が広報部に配属された頃から訓練をしているのだが、リンカーコア式の魔法になじみすぎたためか、一向にレベルが上がらない。辛うじてなのはとフェイトが六行ちょっとの詠唱で、はやてが三行程度の詠唱で、どうにかディバインバレット単発程度なら中和できるようになってきてはいるが、転移魔法を潰す用途には、一切役に立たない。

「私が一番気にしてるのは、優喜君が潰せる数を超える飽和攻撃が来たときなんだ。」

「飽和攻撃とは言うが、単なる砲撃程度ならば、ヴィヴィオを抱えていてもわざわざ中和する必要などないが?」

「竜司さん、優喜君が同時に消去できる魔法の数って、どれぐらい?」

「無詠唱なら同時に三種だな。発動までのタイムラグが最長でコンマ五秒、発動後のクールタイムが最長で一秒だ。」

「つまり、同時に、もしくはちょっとだけの時間差で四つ来たら、一つは取りこぼすんだよね?」

「そうなるな。」

 判断が難しい事実を告げられ、難しい顔をする隊長三人。

「四人以上出来て同時に逃げるとかいう形になった場合は、三人は確保できると言う事になる訳やな?」

「そうなるだろうな。もっとも、ヴィヴィオも一緒に転送する、という形でやられたら、確保できるのは二人だけだろうが。」

「仮に優喜だけじゃなく竜司さんがいたら、どんな感じになる?」

「俺が消せるのは、一度に一つだけだ。どう頑張ったところで、二人が三人になるだけにすぎん。」

「そっか。難儀やな。」

 フェイトの質問に対する竜司の答え、それに対して思わず唸る。

「せめて、夜天の書に蒐集出来れば、リインが使えるようになる可能性があるんやけどなあ。」

「ない物ねだりをしても仕方があるまい。向こうにはリインフォースにシャマル、ザフィーラ、さらには出向してきたギンガも居る。あの面子でどうにもできんのであれば、俺が居ようが居まいが、いや、全員揃っていようが出し抜かれるだろうさ。」

「ん、そうだね。」

「それよりむしろ、優喜を向こうに置かざるを得なくなったことで、青年部のメンバーがそろわない事の方が、興行的に痛いのではないか?」

「……厳しいところを突いてくるね。」

 竜司の指摘に、思わず苦笑せざるを得ないなのはとフェイト。ぶっちゃけた話、別段お金を取る種類のコンサートではないのだが、それでも後のち映像ディスクや舞台裏を写したメイキングディスクは販売される。青年部の不在は、致命的ではないにしても、確実に売り上げに響くだろう。

「まあ、ヴィヴィオの身の安全には代えられへんし、どっちにしても、カリムの護衛として竜司さんがこっちにこなあかんのは変わらへん。それやったら、単品で最強の駒で、ヴィヴィオを守る動機があって、ヴィヴィオ自身も懐いてて言う事をよう聞く優喜君を置いとく以上の対策は、現状では無理や。」

「そうだね。」

 結局のところ、はやての言葉がすべてなのだ。散々イタチごっこを続けた結果、もはやスカリエッティサイドのテレポート技術は次元世界最高の水準に達している。優喜と竜司以外の誰をそばに置いても、遠距離からの強制テレポートで回収されてしまえば意味がない。

「私としては、他にも気になる事があってね。」

「気になる事、とは?」

「シャーリーがね、最近ブレイブソウルの修理回数が増えてる、って言ってきてるんだ。」

「ブレイブソウルの?」

 それは初耳だったらしく、怪訝な顔をしているフェイト。はやては報告だけは聞いていたが、どうせ何ぞ調子に乗って余計な事をしているだけだろう、と、特に気にしていなかったらしい。

「ただ壊れてるだけだったらいいんだけど、ちょこちょこと改造もしてるんだって。」

「改造、なあ……。」

「竜司さんは、何か知らない?」

「心当たりと言えば、最近優喜のやつと一緒に、空き時間に秘伝を撃って、ごちゃごちゃ何かを調べている事ぐらいだが?」

「「「秘伝!?」」」

 なのは達の予想外の剣幕に、珍しく少したじろぐ竜司。そんな彼の様子にお構いなく、厳しい口調で詰め寄っていくなのは達。

「あんな物騒な技を使って、一体何をしているの!?」

「知らん。だがまあ、調べると言っていた以上、技の解析でもしているのだろうさ。」

「解析って、一体どんだけ物騒な事を考えてるんや?」

「物騒、物騒と言うが、あれは触らなければ効果は無いし、意外と倒せない相手も多いぞ? そもそも、物騒さで言えば、惑星破壊が可能ななのはのスターライトブレイカー最大出力の方が、はるかに物騒だ。」

「そこは否定しないけど、前にあれを使った優喜が、大変な事になってたんだから!」

 そのフェイトの言葉に、否定しないのか、などと内心で突っ込みを入れつつ、とりあえず言葉を継ぐ。

「その時の優喜は、まだ身体が出来ていなかったのだろう? だとしたら当然の結果だし、そもそも、一日一発ぐらいなら、大したリスクなしで使える類の技だ。そこまで目くじらを立てる必要もあるまいさ。」

「竜司さんからしたらそうかもしれへんけど、こっちからしたらさすがにそれで済ますんは無理やで。特に、なのはちゃんとフェイトちゃんはなあ。」

「まあ、自分の男が無茶をやらかして、挙句に一週間は病院送りになったのはこたえたのかも知れん、と言う事ぐらいは分かるが、どうせ必要なら人の言うことなど聞かん男だ。ならば、せいぜいフォローする体制だけ整えて好きにやらせるしかあるまいよ。」

「竜司さん、明らかに人の事は言えんやろう?」

「まあな。」

 いつものように、無駄に泰然とした態度で頷いて見せる竜司に、思わず力が抜ける一同。

「どちらにせよ、あれを使わねばならん相手などそうはおらんし、俺と優喜で合わせて四発撃てる以上、それで倒せん相手となるとぐっと数は減る。それほど心配する必要もなかろうさ。」

「そういうセリフを言っちゃうと、大体それをやっても勝てない相手が出てくるよね?」

「気にするな。言おうが言うまいが、出てくるときは出てくる。」

「いや、ちょっとは気にしようよ……。」

 物騒な台詞を吐く竜司に、疲れたような口調で突っ込みを入れるフェイト。彼女が突っ込みに回ると言うのも、なかなかにレアな光景だ。そんなこんなをやっているうちに、そろそろお互いに持ち場へ移動する時間となり、一抹の不安を抱えながらもアイドル組と幹部組に分かれて行動を開始するのであった。







「パパー、パパー!」

「はいはい。肩車?」

「うん!」

 構って構ってと懐いてくる娘に、しょうがないなあ、と言う感じで答える優喜。襲撃警戒中とは思えない緩い空気だが、別段油断している訳ではない。

「もうすでに突っ込まれた後だとは言え……。」

「何度見ても、パパって単語に、ものすごい違和感……。」

 肩車にキャーキャー歓声を上げているヴィヴィオを見ながら、アルトとルキノがこそこそささやきあう。優喜とヴィヴィオはいつでも逃げ出せるように、比較的広い空間がありかつ非常口までに障害物が少ない格納庫で遊んでいるため、いざというときアースラを発進させる必要があるアルトたち格納庫待機組の雑談の種にされているのだ。

「と、言われているが、どうする?」

「どうしようもないでしょ?」

「いや、バリアジャケットを展開すれば、一応父と娘には見えるはずだぞ?」

「何、その物凄く痛い絵面……。」

 ブレイブソウルの提案に、思わず顔をしかめてぼやく。因みに優喜の現在の服装は普段着のジャージではなく、御神流の基本にならった特殊繊維製の黒のインナーとスラックスを身につけ、その上から彼の気の色である赤のアーマージャケットを羽織っている。このジャケットは向こうの世界で彼の師匠が特別に作ってくれたもので、いくつかの特殊金属の繊維が織り込まれた、下手なバリアジャケットよりはるかに防御力が高い代物である。こちらの世界に居つくことが決まった段階で、優喜が琴月家の自身の荷物から持ち出してきたものだ。

 解析して量産できないかとプレシア達の手で調べられたのだが、残念ながら使われている金属の製法が特殊すぎて量産できるような代物ではなく、辛うじて精製の目途は立ったものの、今布として織り上げるには一年や二年の研究では不可能と断定されてお蔵入りした。もっとも、バリアジャケットが持つ耐環境性がせいぜい耐熱性ぐらいしかないため、どちらにせよそのままでは低ランク魔導師の新装備としては使い物にならなかったのではあるが。

「呑気だねえ……。」

「僕に言われても困るよ。」

「今の様子をフェイトが見たら、きっと羨ましさのあまり泣くよ……。」

「それはどっちに対するやきもち?」

「両方に決まってるじゃないか。」

 言いがかりに近いアルフの言葉に、思わず苦笑が漏れる優喜。リニスとともに、今日ばかりはこちらの警備に回った方がいいだろうと判断し、自主的に待機しているのだ。

「いつも無駄に忙しくて、デートする時間もヴィヴィオと遊ぶ時間も取れなくて、陰で結構泣いてるんだよ?」

「それを僕に言われても。」

「と言うかさ、あんたフェイトの彼氏だろう? たまには休暇を合わせて、デートの一つにでも誘ってやりなよ。」

「今期いっぱいは無理じゃない?」

「甲斐性のない台詞を吐くねえ……。」

「この場合、僕の甲斐性がどうより、フェイトが休めそうもない事の方が主原因なんだけど。」

 肩車に喜んでいるヴィヴィオをあやしながら、そんな緩い会話を続ける。まだ公聴会もコンサートも始まっていないとはいえ、特別警戒中とは思えない空気だ。

「ねえ、パパ。」

「何?」

「パパって、なのはママとフェイトママの旦那さんなんだよね?」

「結婚してない間柄の男女の場合、夫・妻、とか、旦那・女房って言う表現が正しいのかどうかを検証するところからスタートになる問題だね。」

「今更無理やりとぼけなくても、広報部内では公然の秘密なんだからさ……。」

 わざとらしい優喜のボケに、面倒くさそうに突っ込みを入れるアルフ。ぶっちゃけた話、なのはとフェイトが恋をしていることなど、芸能界でも割とバレバレの話だ。高等部に上がったぐらいの頃に、なのはがトーク番組中に誘導訊問に引っかかってポロリと漏らした、ということもあるが、そもそも積極的に吹聴して回っている訳ではないだけで、別段必死になって隠している訳でもないからである。

「まあ、ヴィヴィオの質問に答えるとすれば、いつ旦那さんになってもおかしくない関係、ってところかねえ。」

「そーなんだ。」

「そうらしい。ただ、まだ断言はできないところ、かな?」

「ふーん?」

「また、そう言う甲斐性の無い事を言って……。」

 アルフの突っ込みに、苦笑するしかない優喜。ぶっちゃけた話彼らの場合、結婚しようと言い出せば、いつでも夫婦になれる状態ではある。何しろ、優喜とすずかは日本でも十分家族を養って行けるだけの資産もしくは収入があるし、なのはとフェイトはミッドチルダなら大金持ちだ。そもそも、食って行くだけなら時の庭園という強力な武器があるし、第一高町夫妻も月村夫妻もテスタロッサ家も、誰一人婚姻に反対する事は無い。せいぜい問題があるとすれば、紫苑の妹である瑞穂が、こっちで一夫多妻制を実行する事にいい顔をしない事ぐらいで、紫苑の両親も特に反対している訳ではないので、障害と言えるほどの事ではない。

「ねえねえ、デートって何? どんな事をするの?」

「……どんな事をするんだっけ?」

「……あたしに聞かないでおくれよ。」

 ヴィヴィオの質問に、回答をたらい回しにする優喜とアルフ。ぶっちゃけた話、肉体関係を持つにいたるまで、デートと呼べるような事は何一つしないままだったのだ。元々そこに至らなければ、優喜が恋愛感情を理解できなかった以上、普通のカップルと同じステップを踏んで関係を深める、と言うのが不可能だったとはいえ、つくづく歪んだ関係ではある。

 救いと言えば、関係者全員がそこを理解した上で行動しており、特に当事者であるなのは達が露骨なアピール合戦や牽制に走らず、まずは協力して優喜の体をどうにかしようと言う方向に動いたことだろう。おかげで、直接は無関係なクラスメイトなども多少はやっかんだりしながらも、当事者が解決する問題だと生温かい目で見守ってくれる事になった。そうでなければ、ラブコメ系の漫画や小説によくあるような頭の悪い行動にまでは至らないにしても、周りに余計な迷惑をかけて、優喜にしろなのは達にしろ、周囲から白い目で見られる事は避けられなかっただろう。

 結局のところ、優喜の体が普通ではなかったからこそ、何をするにしてもまずはそこの解決から、という形で協力し合ったため、最終的に独占すると言う考えが無くなってしまった側面もある。そう考えると、日本人の常識からすればあり得ない形ではあるが、穏便に話が済んだのは怪我の功名と言えるのかもしれない。

 とは言えど、そんな事情はヴィヴィオには関係ない。ヴィヴィオが知りたいのは、男女のカップルがどういう事をするのかであり、優喜達のような特殊事例ではないのだ。

「僕達にはよく分からないから、そこのギャラリーに聞いてみようか。」

「ええ!?」

「まだ彼氏がいない私たちに、その話を振りますか!?」

「ルキノはグリフィスと付き合ってるんじゃないの?」

「まだそこまでじゃないですし、そもそもこの部署でデートに行く暇なんてある訳ないじゃないですか!」

 優喜達がどう説明するのかと聞き耳を立てていたアルトとルキノが、突然飛び火してきた話題に大いに焦る。しかも、知らなかった情報まで吹き込まれて、内輪もめの様相を見せ始める。

「って言うか、いつの間にそういう関係に!?」

「だから、まだそこまでは進んでないってば!」

「おっと、そろそろ公聴会が始まる時間だ。ヴィヴィオ、もうじきママ達の歌の時間だから、テレビ見ようか?」

「うん!」

 年頃の乙女らしい内容で揉めている二人を放置し、気功探査の範囲と精度を上げながらテレビをつける。そんな中々にひどい優喜の対応を見て、思わず飛び火した二人が哀れになるアルフ。

「とりあえず、そろそろ仕事の時間だから、内輪もめは置いておこうか?」

「「それをあなたが言いますか!?」」

 結局、見た目の雰囲気自体は、どこまでも緩い六課隊舎であった。







「いらっしゃい。」

「ドゥーエ姉様……。」

「まあ、来るんじゃないかとは思っていたから、ここで待っていたのよ。」

 ドクターの手を借りて時の庭園に潜入したオットーとディードは、そこに待ちうけていたドゥーエの姿に、思わず戸惑いの声を上げた。

「姉様、どうしてここに?」

「言ったでしょう? 誰かは来ると思っていたからよ。」

「そうではなくて!」

「そっか。あなた達は、私がドクターと決別した事を教えられていないのね。」

 直接の面識はない妹達を見て、思わず納得したようにつぶやく。

「決別、ですか?」

「ええ。流石に、諜報型の私までステージに立たせようとするのには、ちょっとついていけなくなってね。まあ、その前から優喜にいろいろ握られてて、実質的には裏切ったのと大差ない状態にはなっていたのだけど。」

 優喜、という言葉に、思わず体がびくりと反応するオットーとディード。どうやら、なかなかのトラウマになっているようだ。

「どうやらその様子だと、なかなかにこたえたみたいね?」

「……何の事ですか?」

「しらばっくれても無駄よ。優喜にお仕置きされたんでしょう?」

「「……。」」

 あまりにストレートな物言いに、どうにも反応に困ってしまうオットーとディード。

「心配しなくても、その件に関しては、私はあなた達の大先輩よ?」

「姉様、それは威張れる事ではありません。」

 ドゥーエの台詞に、思わず無表情のまま突っ込んでしまうディード。

「あらら、つれないわね。さんざんいろいろやられた私としては、他の戦闘機人だとどうなるのか、って言うのが知りたいだけなのに。」

「今、ここで話すようなことではないでしょう?」

「そんな事言わずに、ね。どうだった? もしかして、すごく良かったとか?」

 ドゥーエの台詞に何を思い出したのか、無表情ながら青ざめるオットーと、顔を真っ赤に染めてややうるんだ瞳で明後日の方向を向くディード。その様子で大体のところを把握する。

「あらあら。ディードはずいぶんと気に入ったようね。」

「……そんな事実はありません。」

「別に隠さなくてもいいのよ?」

「妹を勝手に変態認定しないでください。」

「言うじゃないの。」

 チェシャ猫のようににやりと笑いながら、じわじわと二人をいたぶっていくドゥーエ。妹達をいじる楽しさに内心では、やっぱり自分はSなんだと安心していたりするのは、ここだけの秘密である。

「まあ、ディードがMだろうが変態だろうがこの際問題ないとして。」

「私は変態でもMでもありません。」

「じゃあ、もう一度同じ事をやってもらえるって言われたら、どうする?」

「……。」

「ディード、悩んだら負けだ。」

「と言うか、その反応の時点ですでに、答えなんて出てるわよ?」

 あまりに素直な反応を示すディードに、思わず突っ込みを入れてしまうオットーとドゥーエ。やはり、自我の確立が甘い段階で優喜にぶつかった挙句、ちゃんと人格を確立している人間でも無事では済まない彼のお仕置きを受けたのは、いろいろまずかったらしい。当時すでに諜報員として十分な自己を確立しており、並の人間より強固な人格をしていたドゥーエがここまで揺らぐぐらいだ。知識や身体の機能はともかく、それ以外の面では人の言う事に逆らわない乳幼児、と言うレベルのオットーとディードには、いささか刺激が強すぎたようだ。

「まあ、冗談はこれぐらいにしておいて。」

「本当に冗談だったのですか?」

「何をされたのかに興味があった、って言うのは本当だけど、この会話自体は冗談と言うか、単に妹達の成長ぶりを確認するための軽いジャブ、と言うところかしら?」

「ジャブで妹を変態認定しないでください。」

「あら。クアットロなんて、私の中では駄メガネ扱いよ?」

「そこは否定しないので、好きなだけ認定してください。」

「なかなか言うわね、オットー。」

 どうやら、優喜にお仕置きをされるきっかけとなった前回の任務について、オットーは相当根に持っている模様だ。それだけの自我を確立していると見るか、根に持つほどひどい目にあったと見るかは微妙なところである。

「とりあえず、話が進まないから、そこら辺は置いておくわ。」

「そうですね。」

「置いておくのは構いませんが、妹を勝手に変態認定するのはやめてください。」

「一応言っておくけど、ここにはヴィヴィオは居ないわよ?」

「その言葉を信用するとでも?。」

「変態認定を取り消してください。」

 しつこく訂正を求めるディードをスルーして、話を進める二人。

「別に信じる信じないは勝手だけど、この時の庭園は、それなりにうっとうしいトラップが結構仕掛けてあるわよ。主にクアットロ向けに。」

「それは、なかなかに陰湿そうですね……。」

「オットー、さっさと引き返しましょう。」

「信用するの?」

「嘘だとしても、別に私たちが損する訳ではありませんので。」

 目的を達成できないかもしれない、という点では損をするのではないか、と思わなくもないドゥーエだが、多分この二人は言われたからやっているだけで、割とどうでもいいのだろう。

「そもそも、姉様がここにいる以上、ここに備蓄されているであろう食料やお菓子類に手を出す事は出来ない、と言う事です。つまり、陛下が居ようがいまいが、私たちにとっては無駄足である事は変わりがありません。」

「目的はそこなのね……。」

 一体どれだけ強固に胃袋を掴まれているのか、とことんまで気になる話だ。

「罠がなかったところで得られるものはなく、罠があったとしたらそのまま汚れに一直線。どちらにしても、得るものが一切ない事に変わりはありません。」

「汚れと言いきる根拠は?」

「クアットロ姉様にお仕置きをする以上、どうせ三流のお笑い番組のごとき汚れか、性的な意味での汚れかのどちらかのネタを仕込んでいるに決まっています。と言うか、それ以外であの根性が曲がった姉様に対する報復になり得る手段はありません。」

「ディード、あなたも地味に根に持ってるでしょう?」

「これ以上、汚れ扱いされたり変態認定されたりするネタを提供するのは、本気でとことん嫌なのです。」

 無表情で淡々と、だが実に嫌そうに青年の主張のような感じで宣言するディード。その様子に、さすがにちょっといじりすぎたかも、と、少しばかり反省するドゥーエ。

「と言う訳で引き返しましょう。」

「そうだね。残念ながら、ドクター本人でもなければ、ここのセキュリティを抜いて研究資料を盗み去るなんて事は不可能だろうしね。」

「ここのセキュリティシステムはブレイブソウル相手に鍛えているのだから、ドクター本人でもそう簡単にはいかないわよ?」

「ならばなおの事、です。」

「時間も無駄にした事だし、さっさと次の目的地に行こう。」

「はいはい。一応忠告はしておくけど、ヴィヴィオのそばには優喜が居るわよ?」

「想定内です。」

「あの根性がひん曲ったクアットロ姉様が、それを見越した計画を立てているそうです。」

 そう言い残して立ち去るオットーとディードを見送り、心の中で十字を切る。クアットロが考えたと言う以上、根性が悪くて汚い上に、確実に優喜とプレシアの神経を逆なですること間違いなしだ。上手く行こうが行くまいが、直接関与した二人もクアットロも、ただで済むと言う事はあり得まい。

 ドゥーエのその予想は、比較的近いうちに現実となるのであった。







「このコンサートは、我々ナンバーズが占拠する!」

 開演の一曲を歌い終え、最初のトークが終わりにさしかかった頃、割と定番となったその宣言とともに、ミッドチルダの空を巨大な建造物が覆い尽くした。

「……あんな大きなものがここまで侵入してきてるのに、誰もその事に気がつかなかったとか結構不味くない?」

「……そうだよね。もう少し防空体制をどうにかした方がよさそうだよね。」

 気配探知とデバイスからの連絡、そして六課隊舎で発進準備を整えているアースラからの通信。それ以外に、この空飛ぶ巨大建造物の存在を認識している連絡がこなかった事に、一抹の不安を感じるなのはとフェイト。公聴会の会場となっている会議室でも、新旧トップとはやてが頭を抱えている。

 これが、単に連絡を受けてから確認したため、わざわざ見つけました、という連絡が不要だと思った、と言うのであればまだ救いもある。だが、通信から聞こえてきたのは、その存在を疑うものか、探知できていない事を告げるものばかり。コスト面の問題が多い事もあって、まずは個人レベルの装備を充実させるところからスタートせざるを得なかった事が、ここにきて見事に裏目に出ている。

 とは言え、彼らの名誉のために言っておくなら、クラナガンの全ての部隊は、スカリエッティかプレシア、広報六課およびその関係者、後はせいぜいマスタング以外が使うステルス系システムなど、基本的にものともしないだけの設備を持ち合わせている。地上本部のシステムにしても四月に更新したばかりの、正式採用できる水準の物としては最新鋭で最高性能の物だ。単に、スカリエッティサイドが広報六課を標的にしていたため、ステルス系に限らず実験段階のシステムの進化が異常に速いだけなのだ。

「クアットロが居ないようだけど、どうしたの?」

「あの駄メガネなら、堂々とボイコットだ。」

「全く、もっとナンバーズの初期ロットだと言う自覚が欲しいっすよ。」

 トーレの言葉に、ウェンディがぼやいて見せる。実際のところは、ある意味初期ロットであると言う自覚がありすぎるからこそ、周りから駄メガネ扱いされるレベルで空気を読まない余計な事をやらかす訳だが。

(高町なのは、フェイトお嬢様。)

(トーレ?)

(今後のために、こちらから渡せるだけの情報を渡す。)

(……投降する気になったの?)

(どう転んだところで、もはや先はないとのドクターの判断だ。その上で、二人に頼みたい事がある。)

 表向きトークを続けながら、裏で念話を使って会話を続ける三人。トーレの申し出に、客席からは分からないようにさっとアイコンタクトをとり、不自然にならないようにこっそりはやてと連絡を取る。はやてだけでなく、グレアム、レジアス、リンディ、レティの四人からも許可を得た上で、密談をそのまま続ける。

(クアットロにこれ以上余計な事をさせないため、事が起こってすぐに投降、と言う訳にはいかない。だから、その事も含めてここから先の事は、ナンバーズの実働組に関しては、私とチンク、そして当然のことながらクアットロ、この三人以外については責任を問わないでもらいたい。)

(……確約はできないけど、出来るだけ善処はするよ。もちろん、あなたとチンクについても、ね。)

(感謝する。それと、奴を欺くために、我々もどうしても全力で戦わなければならない。だから、たとえ死にそうになっても文句を言わないから、全力で叩き潰しに来てほしい。)

(了解。)

 あくまでも妹達の事に心を砕くトーレに、少なくともウーノとクアットロ以外のナンバーズについては、可能な限り穏便に事が終わるように話を進める事を決意する。

(あと、それと。)

(ん?)

(これについては別段どちらでもいいのだが……。)

(何かな?)

(後で竜岡優喜に、一つ文句を言いたい。妹達に、おかしなことをするな、とな。)

 おかしなこと、と言う単語に、頭の中がクエスチョンマークで一杯になるなのはとフェイト。その様子に気がついたらしいトーレが、補足説明を加える。

(前回の襲撃事件、あの時にセッテとオットー、ディードの三人が、奴にお仕置きという名目で何か妙な事をされたらしくてな。それ以来、あの子たちの様子が非常におかしい。特にディードがおかしくてな。お仕置き、という言葉に妙に期待したような反応を示しては、その内容にがっかりして見せたりする。セッテも度合いは違うが近い傾向があり、オットーは逆にその言葉に過剰に怯える。)

(優喜、一体何したの……。)

(私が知りたいぐらいだが、ドゥーエいわくはツボを突かれたらしい。)

(なんか、すごく納得した……。)

 優喜が突くツボと言うやつは、実にいろいろな効果があるらしい。しかも、戦闘機人に対しては、とりわけその効果がおかしな方向に変質しているらしく、優喜本人も、突いてみないとどうなるかが分からないようだ。

(まあ、そこはとりあえず置いておこう。最初の行動は、このコンサートが終わってからの第二部、市民代表からの公開質問の時に起こす。そのつもりで準備しておいてほしい。)

(了解。)

 トーレの言葉に同意をし、受け取ったデータを全員で共有する。その間も何事もなかったかのようにコンサートが進む。幕間のトークの間にデバイスの設定を調整し、着々と準備を整える。正直なところ、現時点で単独行動をしているクアットロが何をするのかがはっきり分からないことが不安要素ではあるが、本来この手の事態は情報がないのが普通なのだ。贅沢を言ってはいけない。

『さて、そろそろ茶番は終わりにしようか。』

 コンサートが終わり、公聴会の第二部に入ろうとしたあたりで、予定通りすべてのモニターがスカリエッティに乗っ取られる。

『私は、ジェイル・スカリエッティ。無限の欲望(アンリミテッド・デザイア)などと呼ぶものもいる。もっとも、じぇい☆るんと名乗ったほうが通りがいいかもしれないね。』

 人を食った態度で話し始めるスカリエッティ。その様子を何事かと見守る各地の一般市民。

『今日は、時空管理局の罪を断罪しに来た。』

 この一言が、グレアム・ゲイズ二大巨頭体制に置ける最後の、そして最大の事件の幕開けとなった。







あとがき

 ナンバーズ最後期組のお仕置き結果は、サイコロを振って決めました。ディードがあんな感じなのは、別に巨乳だからとかそういうのは一切関係ありません。



[18616] 第13話 後編
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:5b00308f
Date: 2011/12/17 19:21
『今日は、時空管理局の罪を断罪しに来た。』

 スカリエッティの言葉に、幹部達の間で緊張感が高まる。

「ふん。いずれ来るとは思っていたが、やはり来たか。」

「どうなさいますか?」

「秘密など、隠し通せるものではない。どうせいずれ清算せねばならん可能性が高かった以上、当事者である儂が蹴りをつけるのが筋だろう。」

「レジアス。」

「ギル、貴様も口を挟むなよ。これは、儂が犯した罪だ。儂が清算せずに誰がするというのだ?」

 レジアスの言葉に、心配そうな目を向けるリンディとレティ。その視線をきっちり無視して、スカリエッティの主張に耳を傾ける。

『断罪すべき罪は主に二つ。私を筆頭に、何人ものクローンを作りだし、好き放題人体実験を行っていた事。そして、地上の英雄であるレジアス・ゲイズが、かつてこの私と裏でつながっていた事だ。そのどちらの罪も、時空管理局の前身となる組織の頃から存在し、裏で糸を引いていた最高評議会と呼ばれる存在の差し金だ。』

 スカリエッティの言葉に、会場からのどよめきが沸き起こる。

『つまり、事もあろうに、時空管理局は正義を標榜しながら、裏で好き放題犯罪を行っていたのだ。この件について、何か釈明する事はあるかね?』

「私個人の十年前の過ちについては、釈明する事は無い。何を言ったところで言い訳にしかならんし、理由がどうであれ犯罪は犯罪だ。」

『ほう。素直に認めるとはね。』

「あくまでも、私個人の罪については、だ。時空管理局全てが犯罪者とつながっていた訳でも、裏で犯罪を犯していた訳でもない。そもそも、貴様との協力関係など、十年前に切れておる。」

『協力関係が十年前に切れている事は認めよう。だが、それでも、君自身が言ったように、犯罪を犯していたという事実は消えない。それに、高町なのはをはじめとした有力な魔導師のクローンを大量に作り出し、好き放題いじくりまわしていた事も、表ざたになりそうになった途端に、私たちに証拠隠滅のために押し付けた事も、まぎれもない事実だ。違うかい?』

 声高に、実に正義ぶって断罪を続けるスカリエッティに対し、神妙な顔で頷くレジアス。だが、言われっぱなしで終わらせるつもりもない。

「確かに、私は地上の戦力不足とそれによる治安の悪化に焦り、特効薬を求めて最高評議会の言うがままに、貴様なんぞに資金と情報を流していた。どれほど悔いても悔やみきれん過ちだ。今更何をしたところで、罪の清算など出来はしないだろうよ。」

『やけに殊勝ではないか。事あるごとに怒鳴り散らし、独善的な価値観で善悪全てを判断してきた男とは思えないね。』

「排除すべき澱みから目をそらし、己が理想に背を向ける事をやめただけだ。別段、貴様の言う事を全て肯定する訳ではない。」

『ほう? では、どんな言い訳を聞かせてくれるのかな?』

「まず最初に、現在最高評議会は既に存在しない。六年ほど前に、捜査上のトラブルで死亡している。いや、すでに体などなくなって生命維持装置の中で浮かんでいた脳髄を、生きていたと表現するのは正しくはないか。」

 脳髄、という言葉が、この会話を聞いていた人間すべてに衝撃を与える。悪の組織の親玉、その典型例の一つである、生命維持装置の中で浮かぶ脳髄。そんなものが、次元世界の正義を守っていたはずの時空管理局を操っていた、という事実は、市民にとっては看過できない情報だ。

「この件についていくつか釈明させていただくのであれば、だ。身体があった頃の彼らがいなければ、時空管理局はおろか、いまだに次元世界全てが暗黒時代であったであろうことが一つ。手段が目的化してしまった傾向はあるが、彼らも私利私欲のために身体を捨てた訳ではなく、あくまで時空管理局と言う組織のためだけに行動していた事が一つ。そして最後が、直接指示を受けていた私でさえも、スカリエッティと決別してその手駒から情報を引き出すまで、連中が次元世界を救った大英雄で、すでにただ脳髄だけの存在になっていた事を知らなかった事、だ。」

 次々に明かされる管理局の秘密。その内容に、何も知らなかった一般局員が、衝撃のあまりその場に立ちすくむ。

「そもそも、最高評議会、などと言う集団が存在する事は、時空管理局の中でも、ごく一握りしか知らなかった事だし、その正体はそれこそ、代々やつらの手駒として設備の維持管理をしていた連中か、貴様のように奴らに直接作り出されたものしか知らなかっただろうよ。」

『そうだね。その事実は認めよう。だが、それでも、奴らの思惑通り、時空管理局と言う組織の勢力拡大と、その影響力の強化のためだけに組織全体で好き放題やっていた事は変わらないよ。」

「何度も言うが、組織全体ではない。ほとんどの部署は最高評議会の思惑など関係なく、次元世界の治安維持と次元災害の発生の阻止、及び災害発生時の救助・復旧、そして危険指定されたロストロギアの回収・封印と言う組織本来の責務に真面目に一途に、命をかけて取り組んでいる。その結果として多数の命と世界が救われた事については、最高評議会の存在があろうが、その価値、功績はいささかも毀損されるべきものではない。そもそも、最高評議会などと言ったところで、存在も知らぬ末端を好き勝手に操れるほど、その影響力は大きくない。」

『本当にそうかね?』

「では、貴様が望むとおり、この時空管理局と言う組織を解体して見せようか? 多分一年とかからず、次元世界は暗黒時代に逆戻りだ。」

 レジアスの脅迫に近い反論に対し、スカリエッティもそれ以上の追及は出来ない。事実、時空管理局が瓦解し、誰もその責務を果たさなくなってしまったとすれば、それこそ一年もしないうちにロストロギアによる犯罪と次元災害により、治安どころか文明の維持もおぼつかなくなるだろう。その事については、先ほどまで説明に使っていた資料を見るだけでも、疑う余地のない話である。

「もう一度言う。ほとんどの部署は、まともな休暇も取れず、身の安全も保障されず、十分とは言えない給料に決して美味いとは言えない配給食で、命を削りながら必死になって己が職務を果たしている。糾弾されるべきは私をはじめとした上層部、それも犯罪と分かっていながら目先の事に目がくらんだ愚か者だけだ。」

『理屈の上ではそうだが、はたして、一般市民はそれで納得するのかな?』

「せんだろうな。トップが悪事に手を染める、と言うのはそう言う事だ。たとえその後、最高評議会派のあぶり出しと排除に命をかけ、大方掃除を終わらせたと言ったところで、言い訳にもならん。」

 そのレジアスの返答を聞き、スカリエッティの瞳に狂気の色が浮かぶ。

『掃除を終わらせた、と言うのであれば、どうして私のところにあれだけの数の子供たちが来たのかね?』

「その不手際に関しては、謝罪するしかない。最高評議会を排除した時、奴らの手駒の逮捕について、手続きが後手に回ってしまったのは、純粋にこちらのミスだ。その結果として、愚か者どもに生み出されてしまった罪のない子供たちに不自由な生活を強いてしまった事も、彼らの数も所在地も分からないが故に十分な補償をすることができなかった事も、ただひたすら謝罪することしかできない。」

『不手際、不手際か……。』

 その一言が、スカリエッティの中の何かを刺激してしまったらしい。瞳にほのかに狂気の色を浮かべ、嘲笑とも怒りともとれる表情と口調で、たたみかけるように言葉を発する。

『そうでなくても生れた時点でハンデを背負わされた彼らを犯罪組織に押し付け、その人生を狂わせ、果てはテロの片棒を担がせておいて、不手際とはね。その結果、すでに失われた命すらあると言うのに、実にのんきなものだ。』

「他の誰に言われても、貴様に言われる筋合いはない。貴様とて、犯罪の片棒を担がせているではないか。」

『そもそも、君達が違法研究の証拠の隠滅などを図らなければ、私が彼らを犯罪に巻き込むこともなかったのだから。」

「これ以上はレベルの低い水かけ論にしかならんが、それでももう一度だけ言っておく。貴様に言われる筋合いはない。」

 卵が先か、ニワトリが先か。そう言う種類の見苦しい水かけ論に入りそうになっていた会話をバッサリ断ち切り、犯罪者に対してぴしゃりと突きつける。

「確かに、管理局の中に違法研究を行い、その証拠隠滅を図り、あろうことか犯罪者に研究成果を押し付けるなどと言う真似をした言語道断な連中が居た事は、残念ながら事実だ。すでに塀の中に叩き込み、あと百年は出てこれなくなってはいるが、それが被害を受けた方に対する言い訳にはならない事は、認めざるを得ない。だが。」

『だが?』

「現実問題として、犯罪者が違法研究を行い、その成果を持って犯罪を犯している以上、対抗策を得るために、最低限使われている技術の研究は、どうしても行わざるをえん。中身も知らずに取り締まる事は出来んし、正攻法で屍の山を築いて対処しろ、と言うのはあまりにも現実的でない。それに、今回は愚か者が悪い方向で利用しようとしたが、クローンや細菌兵器などに関しては、対抗策だけでなく、生み出されてしまった者、被害を受けた者に対し、最低限日常生活を送れるよう保証するためにも、一定ラインの研究は必要になってくる。それすら駄目だ、と言い出せば、新たな伝染病が発生した時、ワクチン一つ作れん。」

『言い分は認めよう。だが、今回の件で、時空管理局がその権威と権限を悪用する可能性がある事を証明してしまった以上、君達の組織が正義であると認める事は出来ない。』

「何度も言っているが、今回貴様が糾弾している件は、全て時空管理局と言う組織の権威を隠れ蓑に、私を含めた個人が勝手に推進した事柄だ。時空管理局と言う組織の、いや、管理局員として働き、前線で命を削っている者たちの責任ではない。また、全てがそうである訳ではないにせよ、違法研究の動機も、その前線の負担を少しでも軽くしようと思いつめて血迷った結果だ。人の道を踏み外した最高評議会ですら、な。だから、責任を取るべきは、血迷った人間の総大将である私一人で十分だろう。違うか?」

 あくまでも時空管理局を、そして前線で戦い続けている末端の職員を守ろうと一歩も引かないレジアスに、だが、スカリエッティは追及の手を緩める事はしない。

『責任をとる、などと言うがね。もはや定年間近の君が職を辞したところで、責任をとった事になどなりはしないよ?』

「言われるまでもない。そもそも、この公聴会が終われば、どちらにせよ退官して予備役に入る予定だった。だから、そんな生温いことで責任をとった、などと豪語するつもりはない。」

『ほう? では、どうすると言うのかな?』

「まず、退職金と年金はすべて返上する。また、貴様と関わりを持ち始めたころからこの公聴会にいたるまでの経過及び資料全てを公開し、その上で裁判を受ける。無論、取り調べの様子も、裁判の内容も、逐一全て公開し、なあなあで済ませる事は一切しない。また、裁判の結果がどうなるにせよ、私個人の資産はすべて処分し、被害を受けたと認定される人間すべてに対する賠償金に充てよう。言うまでもなく、裁判の結果がどうなろうが、控訴などせず判決を受け入れるつもりだ。」

 あまりに思い切ったレジアスの言葉に、スカリエッティですら二の句が継げなくなる。組織の名誉を回復する、ただそのためだけに、人生をかけて築きあげた地位も名誉も財産も全て差し出す。彼はそう胸を張って言いきったのだ。

『……その言葉、違える事は無いだろうね?』

「無論だ。こんな爺の名誉や財産など、次元世界の平和と若者が胸を張って働ける組織の前には、塵芥ほどの価値もありはせん。」

『いいだろう。だが、それだけで時空管理局と言う組織が綺麗になったと信用するにはまだ早い。私達は私達なりに、時空管理局の浄化に手を貸そうではないか。』

 スカリエッティの言葉と同時に、クラナガン郊外に大量のガジェットとレトロタイプが現れる。大型のもので、分かる範囲ですでに百はある。何種類かある小型の物に至っては、どれも万では済まない数が居る。しかも、クラナガンを包囲するように広範囲に分散しており、たとえ広報六課を総動員しても、すぐに制圧とはいけない状況だ。その上ご丁寧に、クラナガン全域を高濃度のAMFが覆い尽くしている。

 救いと言えば、郊外と言うよりは、荒野と言った方が正しい位置に出現しており、互いの最初の部隊が接触・交戦を開始するまでに、どれほど短く見積もっても二時間は優にかかる、と言う事ぐらいか。クラナガンの外周部に侵入、となればもっと時間がかかるだろう。

『彼らを全て掃除すれば、時空管理局に根を張っている屑どもも一緒に始末できる。言った以上は、その覚悟を見せてくれたまえ。』

 無責任にそう言い放ち、通信を終えるスカリエッティ。ついに、修羅場の幕が切って落とされた。







「さて、茶番はおしまいにしようか、広報六課!」

「ここから先は、この突撃ステージ・クレイドルの上で雌雄を決しよう! いいね!?」

「……雌雄を決するって、戦闘で?」

「いや、我々は現状では、曲がりなりにもアイドルとしてここに立っている。であるならば、アイドルとして雌雄を決するのが正しい姿だろう?」

「この状況で?」

「安心しろ。そのぐらいの時間はある。それに……。」

 何かを言いかけたトーレが、手元のパネルを操作する。それと同時にステージの一部が変形し、床から何かがせり上がってくる。気がつけば、あっという間に審査員席付きのステージが完成する。見ると、審査員席にはすでに、誰かが座っている。

「この通り、人質も居るのでな。」

「……人質って割には、みんな落ち着いてるような……。」

「当然だろう? 特別審査員をしてほしいと言って、了承を得て連れてきているのだから。」

「それのどこが人質?」

 確かに、人質としては機能するだろう。だが正直、この位置関係なら、誰か一人が気配を消して救助に回れば、余裕で脱走できる範囲である。

「って言うか、那美さん!?」

「エイミィまで……。」

「どうしても協力してほしい、って言われて、断りきれなくて。」

「ごめんね。久しぶりに特等席でみんなの活躍を見れそうだったもんで、つい。」

 事態の深刻さに思わず乾いた笑みを浮かべる那美と、本当に悪いと思っているのかがいまいち微妙なエイミィ。他にもソアラとリーダーがいたりと、基本的にはある程度顔見知りの人間ばかりである。よく見ると、アウディ殿下とその奥方までいる。

「因みに、美由希も誘われてたんだけど、どうしても店を抜けられそうにないって血を吐きそうな顔で言ってたよ。」

「一体どこまでネットワークが広がってるのか、後で小一時間ほど問い詰めていい? もちろんスターライトブレイカー付きで。」

「事が終わったら全部話してやるから、ステージの上で物騒な事を口走るな。」

 結構クリティカルな部分に触れられたせいか、珍しく結構殺気立っているなのは。

「それに、審査員長をまだ紹介していない。」

「これ以上、誰を出すんだか。」

 地味に嫌な予感しかしない広報部サイド。その期待(?)を裏切らず、出てきたのは割ととんでもない人物であった。

「ごめんなさい、なのはさん。」

「紫苑さん、何やってるの!?」

「殿下に誘われて、断りきれなかったの。一応許可は取ってあるから。」

「そもそも、殿下じゃなくて何で紫苑さんが審査員長!?」

「そこはそれ、裏で壮絶な押し付け合い、もとい譲り合いがあってね。」

「そんないい笑顔で言うようなことじゃありませんよ、殿下!」

 今日は突っ込みに忙しいなのはとフェイト。普段はどちらかと言うと突っ込みを入れられる方なので、実にレアな光景である。

「他にも人質は居る。」

「どこに?」

「ほら、足元にいるではないか。」

「……なるほど。」

「あなた達に、ファンを傷つけたりできるの?」

「試してみるか?」

 そう言われてしまえば、黙るしかない。微妙な沈黙をステージが覆い始めたその時、なのは達にトーレから念話が飛んでくる。

(済まないが、ここは合わせてくれ。)

(でも……。)

(人質と言うのは、お前達を足止めする口実みたいなものだ。正直、余計な戦闘や破壊行動で、お互いに無駄に消耗するのは避けたい。)

(だったら、こんなことしてないで……。)

(何の成果も無し、となると、クアットロがなにをしでかすか分かったものでは無くてな。それに、人質を確保する、と言う口実であちらこちらに結界を張ってあるから、観客の心配は必要ない。)

 わざわざ一般人を保護しているナンバーズに、ある致命的な事実を連想する。

(まさか!)

(もしかして、地上本部へのダイレクトアタック!?)

(やろうとしている連中も居る、と言うレベルだ。だからこそ、お前達は最悪の時のために、この場で戦力を温存しておくべきだ。)

(分かったよ……。)

(汚名は、全部我々がかぶる。だから、しばらく付き合って欲しい。)

 なのはとフェイトから了承する言葉を受け、そのまま芝居を続ける。

「貴様らがなにを懸念しているかは分かっている。だから、ここで約束しておこう。」

「この勝負を受けさえすれば、あたし達が勝とうが負けようが、人質は全部解放する。」

「だから、正々堂々、いざ尋常に勝負!」

 真剣な表情で告げてくるトーレ達に、真面目な表情を作り、しぶしぶと言った風情を演出しながら一つ頷く。

「分かったよ。」

「その勝負、受けて立つ。」

「みんな、局員として、アーティストとして、アンダーグラウンドでこそこそやってるだけの相手に実力の差を見せつけてあげよう!」

 やると決めたら、プロ意識が先行してしまうなのは達。流石に芸能界に十年近くいるだけあってか、ステージがどうやったら盛り上がるかをとっさに考えて対応してしまうのは、もはや職業病かもしれない。

「言ってくれるな!」

「その言葉、後悔させたげる!」

「勝つのはナンバーズだ!」

 こういう時は場を盛り上げるために、観客に違和感や不快感を与えない範囲で、キャラを崩さない程度にきつめの言葉をぶつけあう。そんなセオリーに従って、クレイドルのステージ部分に上がる。

「勝負の方法は単純だ。毎回先攻後攻を入れ替えながら、審査員長が指定したテーマに従って芸を披露しあい、特別審査員および会場の観客にポイント投票してもらう。ポイントは特別審査員が一人千ポイント、会場の観客が一人一ポイントだ。」

「なんか、特別審査員の点数が洒落にならない多いんだけど……。」

「当然だ。全ての会場を合計して、一体何万人の観客が居ると思っている? これぐらいのレベルで重みをつけねば、特別と銘打つ価値は全くないぞ。」

「そうかもしれないけど、それでいいの?」

 フェイトの問いかけに、全ての会場から盛大な拍手が沸き起こる。どうやら、だれも異論は無いらしい。

「特別審査員の皆様には、ポイントを自由に割り振っていただこう。会場の観客は、手元のボタンでどちらか好みだった方に投票してくれ。」

「あのボタン、いつの間に出したの?」

「クレイドルの機能だ。便利だろう?」

「なんて技術力の無駄遣い……。」

 なのはの疲れたようなコメントに、会場中が大爆笑する。正直なところ、すでにこの流れに乗った事に、微妙に後悔していたりする。

「さて、第一戦目だが……。」

「えっと、この封筒の中から一枚選べばいいのかしら?」

「ああ。」

「……演歌。」

「……いきなりそれを引くのか……。」

 紫苑の妙な引きに、人選を間違ったかもしれないと微妙な顔になってしまうトーレ。

「まあ、いい。我々だけが矢面に立たされるのも不公平だ。どうせ暇を持て余して、アジトでまんじゅうでも食っているであろうウーノに、ひと仕事してもらうとするか。」

『まんじゅうなんて、食べてる訳無いでしょう!?』

 どうやら通信をスタンバイしてあったらしい。即座にアジトのウーノから突っ込みが入る。

「だが、作戦が始まってしまえば、お前が暇を持て余すのは事実だろう?」

『そもそも、今の流れがすでに計画と違う気がするのは、気のせいかしら!?』

「このぐらいの変更は、我々の裁量の範囲内だ。違うか?」

『そこは否定しないけど、せっかくさっきまでドクターとレジアス・ゲイズが作り上げた緊張感とか真面目な雰囲気とかが、全部台無しじゃないの!』

「私達だけ、道化を演じるのは不公平だろう? そう言う訳だから、とっとと着替えて一曲歌え! 歌わないなら、お前が秘密にしているあれこれをこの場で全部ぶちまけるぞ!」

 道化だと分かっていてやってる事をさくっとばらしつつ、やたら強気な態度でウーノを追い立てるトーレ。パブリックイメージと言うものがあるため、トーレの脅迫にはどうしても屈せざるを得ないウーノ。しぶしぶ一旦通信を切り、着替えてから撮影室の方に移動する。

「なかなかに素直じゃないか。」

『あなた、言った以上は本気なんでしょう?』

「もちろんだ。と言う訳で、こちらからはウーノが出る。そちらは?」

「演歌と言えば、私しかいないよ。」
 
 見ると、すでにバリアジャケットが着物に化けているフェイトが、やる気満々でスタンバイしている。

「では、双方曲目をお願いします。」

「天城越え。」

『そうね……。好きになった人、かしら……。』

 ミッドチルダの人間に通じるのか、微妙なニュアンスの曲を選ぶ二人。とは言え、地味にフェイトの方は何度かコンサートで披露しており、アルバムディスクの中にも収録されていてそれなりに人気はあったりするのだが。

「それでは、先攻は……。ウーノさんの方からですね。」

 ランダム決定ボタン、と書かれたスイッチを押し、先攻後攻を決める紫苑。場の空気やら何やらを完全に無視した広報六課VSナンバーズ芸能対決は、こうして火蓋が切って落とされたのであった。







「さて、きな臭い空気になってきてるね。」

 テレビでレジアスとスカリエッティの論戦を聞き終えた優喜が、ため息交じりにモニター越しのプレシアに声をかける。

「とりあえず、侵入者を確認したから、いつでもアースラを出せるように、準備だけはしておいて。」

『分かったわ。それで、あなたはどうするの?』

「アースラに転送回収機能はあるんでしょう?」

『ええ、もちろんよ。』

「だったら、隊舎に余計なダメージを与えないように、もうちょっと囮になっておくよ。」

 ヴィヴィオとザフィーラを伴って、訓練用のグラウンドに向かって歩きだす優喜に、一つ頷くプレシア。残念ながら各種作業のために通常空間側のドックに出ているアースラは、現在防衛能力ゼロである。発進準備を進めてはいるが、プレシアがAEC兵器の仕上げに手を取られていた事もあって、予定がいろいろ遅れている。本来ならとうに終わっていたはずの最後の艤装工事が今朝方までずれこんだ結果、公聴会開始直前にようやくデバイスチェックが終わり、動力に火を入れられるようになったとこのなのだ。

 動力炉に火が入っていない次元航行船など、内部に侵入されてしまえば脆い。しかも、現在侵入しようと思えば割と簡単に侵入できる上に、中には直接戦闘が可能な人材はプレシアしかいない。向こうが別段アースラやその人員の被害を気にしなくてもいいのに対し、こちら側は守らなければいけない物が多すぎる。そのため、発進準備が整い、外部からの許可なしでの転移を無条件で潰せるようになるまでは、アースラの中にヴィヴィオを置いておくと言うのはリスクが大きすぎるのだ。

 本音を言うなら、ヴィヴィオを連れて歩くのは不確定要素が大きすぎるため、正直避けたいのだが、かといって、隠しておくにはいい場所がない。いっそ、公聴会に連れて行くと言う手も考えたが、そうすると今度は、不特定多数の人間の命とヴィヴィオの身柄と言う二択を迫られかねない。聖王教会にしても同じことであり、結局優喜が連れて歩くのが一番安全である、と言う結論を出すしかなかったのだ。

「ザフィーラ、打ち合わせ通り。」

「分かっている。だが、私たちには、向こうが強制転移を発動させてきたとき、対抗手段は無いぞ?」

「知ってる。だから、砲撃とかに消去を使わなくてもいいようにザフィーラに控えてもらった上で、リインフォースとシャマルにユニゾンしてもらって、出来るだけ強力な防御魔法を用意してもらったんだ。」

「そこは理解している。だが、それでうまくいくのか?」

「正直なところ、これで駄目なら多分どうやっても駄目だと思う。本当のところは、リインフォースか使い魔勢が消去を使えるようになってたら良かったんだけど。」

 小さくため息をつきながら、ままならない現状をぼやく。優喜の消去魔法の最大の弱点は、どうしても最初の一回は発動を見ないと、目当ての物だけを消せない、と言う一点に尽きる。そのため、事前に詠唱を済ませて確実に潰す、と言う手が使いづらいのだ。それをしてしまうと、魔力炉のエネルギーまで中和してしまう可能性が高い。効果範囲を絞ってかつある程度取捨選択をして長時間、と言う器用なまねをするには、優喜ではやや技量が足りない。

「パパー、どうしたの?」

 その様子を不思議そうに見つめているヴィヴィオの頭を一つなでてやり、そのまま狼形態のザフィーラの背に乗せる。

「ちょっと面倒くさい事になってて、ね。」

「めんどーくさいこと?」

「うん。これからみんなでママのところに行く予定だったんだけど、ヴィヴィオをママのところに行かせたくない人たちがいるみたいでね。」

「えー!? どーして!?」

「本当、どうしてだろうね。」

 正直なところ、ヴィヴィオにそこまでこだわる理由は、優喜達には分からない。検査の結果、体内に埋め込まれたレリックをはじめとして、なにがしかの人体改造がいくつか行われているのは確認されているが、どういう挙動をするのかがはっきりしないレリック以外は、全て十全の性能を発揮したところで、現状を大きく変えるような能力は無い。所詮、どこまで行っても五、六歳の女の子の体なのだ。

「多分その人たちが攻撃してくるだろうから、ヴィヴィオはザフィーラの背中にしがみついて、大人しくしててね。」

「はーい。」

 優喜の注意に素直に返事を返し、ギュッとザフィーラにしがみつく。その様子に小学生のころのはやてを思い出し、内心でこっそり眦を下げているザフィーラ。

「さて、おじゃま虫が来たいみたいだ。」

「数は?」

「こちらには五人。アルフとリニスが一人ずつ。……ギンガに二人か、ちょっと拙いかもしれないね。」

「ギンガが、か?」

 怪訝そうなザフィーラの言葉に、小さく一つ頷く。真面目に鍛え続けたとはいえ、ギンガの力量は確実になのは達には劣る。それに、見た目や普段の言動に反して、ギンガの戦闘スタイルは正面突破が基本で、搦め手からの攻撃には意外と弱い。また、後から修業を始めたアバンテやカリーナと比べて修羅場の経験も少なく、何より三十メートルクラスの相手をする特訓を経験していない。そういう意味では、修行の経験年数を考えると、トータルの実力はやや劣る。ぶっちゃけた話、アルフやリニスの方が何枚か上なのだ。

「向こうにメガネが行ったっぽいのが予想外でね。」

「なるほど。ギンガとは相性が悪いか。」

「まあ、四の五の言ってられる状況じゃなくなったし、こっちはこっちの担当を処理しよう。」

 そう言うと、空から来る三人と、地上を歩いてくる二人に目を向ける。

「正直、あなたのような正体不明の人間を相手にするのは、避けたいところなのですが……。」

「だったら、今すぐ引いて、なのは達のところに行けば?」

「こちらにも、義理と言うものがあってだな……。」

「なんだよ。こいつが向こうに行っていいって言ってるんだから、オリジナルをやっつけに行けばいいじゃないか。」

「それが通じるのなら、我らがここにきている意味がないだろうが。」

 どうにもオリジナルと違って深く考えないと言うか、額面通りに受け取って自分の都合のいいようにしか判断しない雷刃の襲撃者。他の二人の苦労がしのばれる状況である。

「そもそも、頼まれた仕事を放り出してしたい事をする、と言うのは、幼稚園児のやる事ですよ。」

「ボクが子供なのは、今に始まった事じゃない!」

「自覚があるのなら、もう少し自重してくださいな。」

「胸を張って威張るような事でもあるまいに……。」

 早速グダグダになり始める防衛システムの残滓達。そんな彼女達の様子に、だが優喜もザフィーラも警戒を解くような事はしない。

「それにな。こやつの相手をあの二人にだけ任せるのは、いくらなんでもいろいろ不安が大きすぎるだろう?」

「そうですよ。特にディードが、変態的な意味で不安要素大です。」

「誰が変態ですか。」

 星光の殲滅者の言葉に、冷たい声色で突っ込みを入れるディード。オットーはどっちつかずの態度だ。

「この鬼畜外道相手に、いつまでも慣れ合っていてもしょうがないでしょう。さっさと蹴りをつけますよ。」

「蹴りをつけると言うが、クアットロの準備が整う前にこちらが殲滅されてしまっては元も子もなかろう?」

「心配しなくても、今からすぐに殲滅してあげるから。」

 前回はきっちり稽古をつけた上で見逃したが、今回はそんな時間をかけるつもりはない。さっさと気脈を崩した上でツボを突いて、さっくり戦闘不能にする。そのつもりでとりあえず手近な位置にいるディードに攻撃を仕掛けようとしたその時、探知していた気配が一つ、極端に小さくなる。

「ギンガ?」

『プロトタイプの姉の方は、我々が頂いて帰る事にしますわ、優喜お姉さま。』

「クアットロか?」

『こっちの仕事は終わったから、あなた達も予定通りにやっちゃってちょうだい。』

「……分かった。」

 正直、このままやられてしまった方が楽だったかもしれない、などと考えつつも、予定通りに六課隊舎の方に向けて、用意されたブースターと言うやつを使ってチャージを始める残滓達。それにならい、オットーも自身のISを起動させる。それを阻止しようと動いた優喜を、この中で唯一大規模攻撃が出来ないディードがブロックする。

「くっ! どういう事だ!?」

 ブースターを起動してすぐに違和感を感じ、チャージを止めようとするが、主の意志を完全に無視し、体の中の魔力だけでなく、生命力まで根こそぎ吸い上げてる勢いで魔力を集めていく。

「制御がききません!」

「力が抜けていく! このままじゃ、ボクは飛べなくなる!」

「謀ったな、クアットロ!」

『あら、最初から力を全部使ってもらう、と言っていたじゃないのぉ。』

 しれっと厭味ったらしく言ってのけるクアットロを、それだけで殺せそうなほどの殺気がこもった目線で睨みつける闇統べる王。だが、その程度の事で恐れ入るようなら、そもそもなのはのハウンドバスターを受けた時に懲りているだろう。

『さて、優喜お姉さま。陛下も返していただきますわ。』

 そう言って、遠隔操作で転移を起動する。この時点で発動している魔法が四つに、転移が三つ。さらに、クアットロ達が逃げ出す分も探知しているが、流石に視界内で発動しようとしているもの以外は、無詠唱では潰せない。今はいたぶるように転移を止めているが、詠唱に入ったら即座に起動させるのは目に見えている。そして、優喜が無詠唱で潰せるのは三つまでだ。

『オットー、ディード。あなた達は自力で帰ってきてねぇ。後、お姉さま。私達の帰還を邪魔するのは結構ですが、その至近距離でその子たちの自爆を受けては、陛下が無事では済まないでしょうねぇ。』

 にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら、わざと転移術の発動を遅らせる。言われるまでもなく、こんな至近距離で母親達と同じ顔をした人間が自爆などした日には、ヴィヴィオの体はともかく、心にどんな傷が残るか、分かったものではない。しかもご丁寧にも、他の全員を放置してヴィヴィオを保護しようとした場合、三つの転移魔法を別々に潰す必要がある。向こうの転移魔法もなかなかに手が込んでいるようで、クアットロが優喜のキャンセル能力をどの程度と見積もっているかは不明だが、少なくとも自分だけは絶対に逃げ切れる布陣にしてあるのは間違いない。

「優喜!」

「しょうがないか……。」

 残念ながら、非情に徹しきるには相手が悪すぎた。実際のところ、これがナンバーズの誰かだったり、全く知らない人間のコピーだったりした場合、優喜はヴィヴィオを連れて速攻で別の場所に転移していただろう。だが、今回ばかりはそれをするのはまずい。そんな事をしたら、プレシアがどんな壊れ方をするか分からず、ヴィヴィオの事も考えるとその選択肢は取れない。

 要するに、アースラの起動が間に合わなかった時点で、優喜達の負けだったのだ。

「クアットロ、二人とも後で絶対に返してもらうから、首を洗って待ってろ。」

『あらあら、怖い怖い。』

「パパぁ……。」

「ごめん、ヴィヴィオ。僕かママ達の誰かが、絶対に迎えに行くから!」

 優喜が残滓達の自爆魔法を消し去った事を見届け、おどけるように転移する。後に残されたのは、魔力を全て食いつくされ、さらに生命力まで大量に消耗した残滓達と、いよいよ大技を発動させようとしているオットー、そして何かを期待するような目で優喜を見ながら、もう一度距離を詰めてくるディードの姿が。

「悪いけど、君の相手をする気分じゃない。」

 軽くディードを叩き、あっさり気絶させる。そのままオットーを仕留めようと距離を詰める前に、彼女の大規模破壊魔法が発動する。どうせ直接当てても通用しないと踏んでか、目標は六課隊舎。

「これなら!」

 スターライトブレイカーやラグナロクには一歩譲るが、それでも街の一区画を更地に代えてお釣りが出る威力だ。規模としては大きいとはいえ、たかが一部隊の隊舎に叩き込むには過剰な代物である。そのまま転移を起動して逃げようとするが……。

「えっ……?」

 煙が収まる前に自分の胸から生えた手を見て、戸惑いの声を上げるオットー。その手のひらには、彼女のリンカーコアが。

『蒐集。』

 その言葉とともに、オットーのリンカーコアが小さくなっていく。同時に転移がキャンセルされ、煙が晴れる。

「そ、そんな……。」

 オットーが意識を失う前に最後に見た光景は、何一つダメージを負っていない六課隊舎の姿であった。

「リンカーコア抜きとはまた、懐かしい技を使うね。」

『今となっては、使う必要のない技だものね。』

「魔法の記録を集めるだけなら、別段コアを抜く必要はなくなったからな。」

 夜天の書を片手に、ユニゾン状態のまま苦笑するシャマル。因みにシャマルが持っている夜天の書は、フィーが使う蒼天の書と同じシステムで作られた、いわゆる子機に当たる。リインフォースとフィーが同時に存在することで、場合によっては複数の場所で書の機能を使いたくなる事があり、そのために技術者集団が頭をひねって作り上げたものが、この子機である。子機であるため、出力といくつかの機能は大幅に制限されているが、基本的には夜天の書の蒐集機能とデータベース機能が使えれば問題ないため、今のところこれと言って不満は無いとの事。

 なお、ディバイドエナジーで魔力を分けてもらうだけで、蒐集作業そのものは問題なく行えるようになってはいるが、オットーにやって見せたように、コアを抜いてページを埋める手段も出来なくなった訳ではない。これは単純に、わざわざ手間をかけてそっちの機能を削る意味があまりなかったからだ。使わなければ済むものを手間をかけて削って、余計な不具合を出す事を避けた結果である。

「さて、気が重いけど、連絡はするか。プレシアさん。」

『いつでも発進できるわ。』

「了解。」

 プレシアの返事に頷き、アースラに回収してもらって出撃する。

「優喜。」

「分かってる。発狂も自殺も許さない。狂えた方がマシってぐらい徹底的に報復してやるさ。」

「法に引っかかっては元も子もないわ。私の分も任せるから、そこだけ注意しなさい。」

「分かってるよ。抜け道はいくらでもある。」

 意識があったために優喜とプレシアの会話を聞く羽目になった残滓達は、誰が一番の危険人物かを思い知って、動かぬ体で震えあがる羽目になるのであった。








「ユーキがしくじった、だと?」

 舞台の袖でその報告を聞いていたヴィータが、予想外の報告に思わず聞き返す。

『うむ。どうやら、なのは達のクローンを盾に取られたらしくてな。数人の捕虜と引き換えに、ヴィヴィオとギンガを拉致されたそうな。』

「ちょっと待て。そりゃ相当まずくねーか?」

『ああ。相当怒ってるな。」

「……もしかして、笑ってたか?」

『実に獰猛に。』

 竜司の返事に、背筋に怖気が走るヴィータ。あの顔の優喜を見たことがあるのは、現時点ではヴィータ一人だ。それゆえか、そばで聞いていたシグナムにはピンと来ていないらしい。

『とりあえず、アースラでそちらに向かうらしい。少し寄り道をすると言っていたから、後十分もすれば、そちらの探知範囲に入るはずだ。』

「了解。なのは達の出番が終わったら、一応連絡はしておく。」

 その台詞が終わる前に、魔力探知計が膨大な魔力を確認する。念のために戦況を確認すると、六課隊舎に程近いあたりの敵集団が、綺麗に消失している。

『流石に荒れているな。』

「まあ、どうせ始末なきゃいけねーんだから、八つ当たりぐらいはいいんじゃねーか?」

『そう言う事にしておこう。』

 と言う竜司の返事が終わるか終らないか、と言うタイミングで、今度は地上本部の電力が落ちる。

「停電か?」

『この状況で起こる以上、ただの停電では無かろうさ。』

「気をつけろよ。」

『言われずとも分かっているさ。』

 そこまで言って、事態の対応のために通信を切る竜司。頭の痛い状況にため息をつきながら、ステージから引っ込んできたなのはとフェイトに隊舎での事を告げる。なのは達の目つきが変わったところで、トーレからの念話が飛んでくる。

(すまん、予定が狂った。)

(予定って?)

(まさか、クアットロが成功するとは思わなかった。全く、成功してほしくない事ばかり成功させるとは、あの駄メガネめ……。)

(終わった事はしょうがない。それで、あなた達はどうするの?)

(こうなってしまえば、聖王のゆりかごが起動する事は避けられない。あいつが素直に陛下を解放するとも思えない以上、私達もあれに不審がられない程度には本気で戦うしかない。)

(つまり、全面対決、しかないってわけか……。)

 どうやら、優喜がミスった事は、ナンバーズサイドにとってもありがたくなかったらしい。

(クアットロがこちらに陛下を連れてくる以上、さすがにいつまでもこの茶番を続けているのは難しい。人質を解放して下がるから、申し訳ないが追撃はしばらく待ってほしい。)

(分かってるよ。今この状況であなた達とことを構えたら、余計な被害が大きくなる。)

(本当にすまない。)

 そう謝り倒した後、無理やりMCで対決を切り上げて人質を返還し、全員を強制的にステージから追い出す。

「ここでの勝負は譲ってやるが、戦士としては負けん!」

「この場でやれば、こちらのファンにも被害が出る。十分に広い場所で、今度は戦闘能力で勝負だ!」

 対決の結果は七対三で六課の勝利だった。もっとも、七のうち四は僅差での勝利で、圧勝したのはなのはとフェイトだけではあるが。

「ここは見逃すけど……。」

(ヴィヴィオに何かあったら、ただじゃ済まさないから、ね。)

 念話での捨て台詞に対する返答に背筋を凍らせながらも、表面上は強気の態度を崩さないナンバーズ。事件はとどまるところを知らない勢いで拡大していくのであった。



[18616] 第14話 その1
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:d96aa276
Date: 2011/12/24 20:38
 やや時間をさかのぼり、停電が起こる前の地上本部内部。公聴会を開いていた大会議室では、とても外部には聞かせられない言葉が飛び交っていた。

「ゲイズ中将、全てを説明してもらおうか!」

「説明も何も、今配布した資料がすべてだ。もっと細かい情報もあるが、この場で開示するには膨大すぎるからな。」

「ねつ造ではないのか!?」

「そうでない事ぐらい、貴様自身が一番よく知っているだろう?」

「侮辱するのか、犯罪者!」

 静かな表情で淡々と返すレジアスに対し、鬼の首を取ったように責め立てる非主流派の老人達。その様子を見て、思わずため息が漏れるカリム。

「まるで、厚顔無恥の見本市、ですね。」

「人間、年をとると図々しくなるものだからな。」

「ああはならないように、気を引き締めませんと。」

「私も人ごとやあらへんしなあ……。」

 あまりの見苦しさに、苦い顔でため息を突くしかない聖王教会幹部と管理局幹部候補生。だんだんわめく声が大きくなり、レジアスもグレアムも口をはさめなくなってくる。複数の人間が同時にわめくものだから、もはや収拾がつかない。弾劾の場は、全く発展性の無いわめきあいの場になりつつあった。

「少しは黙れ!」

 あまりに発展性の無い会話が続き、いい加減頭に来たのか、非主流派の中では唯一、今まで一言も口を開かなかった男が雷を落とした。ウィルフレッド・インプレッサ提督。レジアスより十ほど年上で、主に後進の教育・指導を担当している。現場からのたたき上げで、上層部に入ってからは目立った功績は無く、こういった会議でもほとんど発言をしないいため、グレアム・ゲイズ派以外からは昼行燈と見られている男だ。

「まず、アコード提督。貴様が過激派のミッドチルダ人至上主義団体「ホーリー・ヴェイル」とつながっている事ぐらい、私のもとにも証拠付きで出てきているぞ。ついでに言えば、いくつかのテロに消極的ながら加担していた事もな。」

「冤罪だ!」

「それは、司法の場で言え。」

 わめき声をにべもなく切り捨て、次々に証拠となるデータや書類のコピーを提示しながら、わめいている連中を淡々と断罪していく。アコード提督と言えば、かつて第三管理外世界からの侵攻を撃退した英雄であり、決して無能でも無ければ汚れても居なかった男だ。それが、英雄となってから三十年で、ここまで見事に腐り落ちるとは予想もできなかった。

 他にもこの場にいてインプレッサに名を呼ばれ弾劾された者達は、確かにエリートコースからスタートしてはいるが、基本的に何がしかの功績を持って、実力でのし上がってきたものばかりである。幹部クラス全体の人数からすれば一握りとしか言えない人数だが、実力を持って昇進してきた彼らが見事にこれほどまでに腐ってしまった管理局のシステムは、やはり命を賭けてでも改革しなければいけない。その思いを新たにするグレアムとレジアス。

「よくもまあ、これだけ出てきたものだ。ゲイズ中将が可愛らしく見えるな。」

「犯罪は犯罪だ。言われんでも責任は取る。」

「ゲイズ中将一人が司法の場で裁かれたところで、責任をとった事にはならないと思うが?」

「こいつらを全員道連れにし、内部から犯罪組織・過激派組織への資金・情報の流れを完全に断ち切るつもりだ。それが出来るだけの証拠は持ち合わせているし、可能な限り健全な組織を次代へ継承すること以外に、年寄りがすべきこともなかろう?」

「本心か?」

「誓って。」

 正面から睨みあうレジアスとインプレッサ。十秒ほどの睨み合いの末に、ふっと表情を緩める。

「どうやら本気らしいな。ならば、私は貴官らに協力する事にしよう。」

「ありがたい。」

「さしあたっては、この後の人事を教えてくれんか?」

「私の後任にリンディ・ハラオウンを、グレアムの後任にレティ・ロウランを、そして両名の補佐にオーリス・ゲイズをつける予定だった。もっとも、私の副官を長年続けていたオーリスを起用するのは拙かろうから、そこは考え直さねばならんだろうがな。」

 レジアスの言葉に、一つ頷くオーリス。正直なところ、いくら緊密に連携を取っているとはいえ、リンディもレティも地上本部の事はそこまで詳しくは無い。そういう意味では陸の内部でキャリアを積み、方々に顔が聞くオーリスを使えないのは痛手どころではないのだが、今回ばかりは組織の浄化が優先される。リンディにもレティにも、苦労してもらうしかない。

「異議あり!」

「何かね?」

「リンディ・ハラオウン、レティ・ロウラン両名とも、長年にわたりギル・グレアム提督とともにレジアス・ゲイズに手を貸していた! それはすなわち、彼女達も犯罪に加担していた事に他ならない!」

 先ほどインプレッサに黙らされた非主流派の一人が声を上げる。一見もっともに見える言葉に対し、インプレッサは首を横に振る。

「残念ながら、グレアム派の人間は、犯罪組織とのつながりは一切ない。せいぜい幾人かが捜査のために、一時的に正体を隠して組織に身を置いたり、司法取引でいくつかの犯罪をお目こぼししている程度だ。それを犯罪だと摘発すればほとんどの部署は仕事にならないだろうし、管理局情報部などは丸々解体する事になるが?」

「信じられるか!」

「そちらにとっては残念で理不尽な結果かもしれないが、少なくともリンディ・ハラオウン、レティ・ロウランの両名に関しては、経歴の面ではその種の汚点は一切ない。大きな失敗を一度もしていない、とは言わないが、そんな人材は管理局のどこにもおらんよ。」

「ゲイズ派が提出した資料など、当てになるものか!」

「次期トップとして内示されていた人物だ。少なくとも、我々や情報部も、独自の情報網で調査をしている。三つ以上の部署、及び情報系統から上がってきた資料が白と示しているのだから、捏造すると言うのは難しいだろう。先に言っておくが、管理局情報部が、紙の資料だけで判断する、などと言うぬるい真似をする訳がない事ぐらいは、諸君も理解しているだろう?」

 インプレッサの指摘に、大声で喚き散らしていた幹部の一人が黙る。

「それに、リンディ・ハラオウンおよびクロノ・ハラオウンは、夜天の書再生プロジェクトの初期に置いて、全く対策を取らずに永久凍結封印を行って問題を先送りにしようとしたギル・グレアム提督に対し、修復可能だと証明できるだけの準備をしたうえで、真正面から反対意見をぶつけて翻意させた、という実績もある。上司が犯罪行為を行っていたからと言って、唯々諾々と従うような人材ではない事は、この一件だけでも明らかだ。」

 グレアム派が管理局本局で圧倒的な勢力を持つにいたった、そのきっかけともいえる大プロジェクト。その中の、間違っても公表できない種類のエピソードを語られ、多少居心地が悪そうにしているリンディ。正直なところ、修復可能だと言えるほどの準備を整えたのは優喜であり、グレアムを説得したのも優喜とクロノだ。正直、リンディがやったことなど、グレアムが旗印になるまでの間、責任者として余計な横やりを受けないようにのらりくらりと逃げ回った事ぐらいである。

「それだけで、そんな事が判断できるものか!」

「闇の書とハラオウン一家、およびギル・グレアムの因縁を知らないとは言わせない。確かに、闇の書の永久凍結封印は、プレシア・テスタロッサを引きずり込み、ユーノ・スクライアの手によって無限書庫がデータベースとして機能するようになる前の段階では、取りうる手段としては最もましなものだっただろう。だが、そこに全くの私怨が入っていなかったとは言わない。違うかね、グレアム君?」

「認めよう。」

「グレアム君ほどの人物がそうだと言うのに、リンディ・ハラオウンは自身の憎しみにとらわれず、最適な手段を提示して上司の説得に当たった。実際に説得したのが当時代理人だった少年とクロノ・ハラオウンだったとしても、実行の許可を出したのはハラオウン君だ。それほどの人物が、目先の欲望に目をくらませて、犯罪組織とつながる、などと言う事は無いだろう。」

 インプレッサに持ち上げられ、とことんまで居心地悪そうにしてしまうリンディ。犯罪組織とはつながっていないが、プレシアとフェイトの犯した犯罪を勝手に証拠不十分扱いして一部無かった事にしたり、紹介された後のドゥーエを使い倒したりと、犯罪者に全く便宜を図っていない、と言う訳ではないのだ。清濁併せ飲む、と言えば聞こえがいいが、ダブルスタンダードと言われても反論できない。

「人の事を犯罪者呼ばわりする前に、自身の事を省みる事だな、アコード。グレアム派とゲイズ派から一切人を出さない、と言うのであれば、君達の部下から一切犯罪組織と接点が無く、犯罪者と司法取引した事すらない人物を出してくればいい。言っておくが、こちらには誰が表向きどんな理由で誰と何を持って司法取引しているか、詳細な履歴を持っている。嘘は通じないぞ?」

 とうとうと語るインプレッサの姿に、思わず目を丸くして顔を見合わせるグレアム派の面々。正直、非主流派の人物から救いの手が差し伸べられるとは思いもしなかった。しかも、別ルートでこちらがつかんでいるのと大差ないレベルの情報を手に入れているらしく、見苦しい反論に対して、一切引くことなく淡々と相手の主張を潰していく。

「世の中、奥が深いですね……。」

「昼行燈と呼ばれたお人が、こんなすごい逸材やったとは……。」

「ウィルフレッド・インプレッサは、昔は鬼の名で知られた男だからね。当時を知る者たちからすれば、むしろ今の昼行燈という評判の方が、不思議でしょうがなかっただろう。」

「レジアス・ゲイズの性急な改革論についていけなくなって、いろいろ面倒になっただけだ。それに、全員が表に立って主張してもろくなことにはならんし、そいつらとは違った形で、主流派以外の立場からブレーキをかける人間は必要だろう? こう言っては何だが、私の目には、ギル・グレアムもレジアス・ゲイズも、やろうとしていることが最高評議会の連中と同じように見えたのだからな。」

「ふん。貴様の危惧は分からんでもないが、それにしても十年も陰に隠れるとか、いくらなんでもサボりすぎだろう?」

 レジアスの苦情を、苦笑してごまかすインプレッサ。すでに大勢が決したためか、随分と互いの物言いが砕けている。

「インプレッサ、貴様!」

「違う派閥などと良くもぬけぬけと!」

「私は、今でもグレアム派でもゲイズ派でもないが?」

「なら、その慣れ合いはなんだ!?」

「目的が同じならば、違う派閥が協力する事はおかしくなかろう? それに、もともとこの資料は、ゲイズ派およびグレアム派が、最高評議会になり替わり、管理局を私物化する兆候があった時のために準備したものだ。単に、その刃が貴官らに向いただけにすぎんよ。元々私は、この場にいない他の部署の代表としてここにきているのだからな。」

 委任状の束を取り出しながらしれっと言ってのけるインプレッサの言葉に、老人達の目が危険な光を帯びる。

「むっ?」

「どうなさいましたか?」

「通信が入ったようだ。少し外す。」

「分かりました。」

「いろいろきな臭い空気になっている。連中のなかには、小口径だが拳銃を持っている奴もいる。いつでもインプレッサ氏にシールド魔法を張れるように、準備をしておけ。」

「了解や。」

 竜司の言葉に頷き、とりあえず一般的な口径の銃弾を弾ける程度の魔法を準備しておく。いちゃもんをつけている老人達は、自身の言葉にヒートアップし始めており、護衛が一人席を外したことなど、気にもかけていない。

「なあ、カリム。」

「どうしました?」

「予言に、今わめいてるおっさんらの話ってあった?」

「……難しいところですね。元々、結構ぎりぎりまで文章が安定していませんでしたし、それに、今回は解読できなかった言葉もたくさんありましたし。」

「そっか……。」

 今年の予言が、今現在の状況を指し示していたのはほぼ確定だろう。だが、途中で大幅に予言内容が変わった後は、小規模にちょこちょこ内容が変わる程度だったため、それほどしっかりとは確認していなかったのだ。

「……カリム、はやて。」

「どうなさいました?」

「えらい怖い顔してるけど、悪い知らせ?」

「ああ、とびきりにな。」

 二人の質問に重々しく頷くと、ヴィヴィオとギンガが拉致された事を伝える。その言葉が耳に入ったらしい。ポーカーフェイスを維持しながらも、グレアム、レジアス、リンディ、レティの新旧派閥トップが、視線を数秒ほどはやて達の方に向ける。

「ちょっと待って、どういう状況で?」

「例のなのは達のクローン、あれの命を盾に取られる形だったそうだ。その上で見事に飽和攻撃をされたらしくてな。ヴィヴィオやギンガの転移を防ぐと、どうしてもあの三人の死が避けられなかった、との事だ。」

「……怖いなあ……。」

「……どうしてこう、特大の死亡フラグを進んで立てるような真似をするのでしょうね……。」

 プレシアと優喜の反応を想像して、内心で頭を抱えるはやてとカリム。もはや、それをやらかした四番を生贄にするしか、平穏無事に事態を軟着陸させる手段は思い付かない。

「とりあえず、会場の方には俺が連絡しておく。何が起こるか分からんから、少しばかり警戒の度合いを上げておけ。」

「分かってる。とうの昔に夜天の書のセットアップは準備しとるよ。」

「私の場合、警戒したところで特に出来る事がある訳ではありませんが、心構えだけはしておきます。」

「うむ。」

 話がまとまったところで、とりあえず待機組の二人に通信を入れる。どうやら同じ場所にいたらしく、一つのモニターにシグナムとヴィータの姿が現れる。

「なあ、カリム。」

「なんですか?」

「今回の事件、穏便に話が終わるやろうか?」

「……祈るしかありませんね。少なくとも、地上部隊の犠牲者ゼロ、という奇跡は難しいでしょうし。」

 隅っこの方でデカイ体をブラインドにして通信を始めた竜司を横目に、ため息交じりの会話を続ける。

「それにしても、公聴会前半の有意義な時間は、一体どこへ行ってしまったのでしょうね……。」

「流石にこれはあかんで。なんぼなんでもこれは、体張って闘ってる現場の人らには、どう間違ってもお見せ出来へん……。」

 あまりにも見苦しい会話が続く光景に、もはや蚊帳の外に立たされた若い二人は、ただただひたすら呆れてため息をつくしかない。

「全くもって、恥ずかしいな。」

「正直、私達が引退するときに無様を晒してくれてよかったよ。」

「間違っても、こんなものを次の世代に残す訳にはいかん。」

 しみじみと言ってのけたグレアムとレジアスに、連中のなかで何かが切れた。

「貴様らが、それを言うのか?」

「言うとも。我々とて、所詮同じ穴のむじな。老害は等しくこの場で去るべきだ。」

「レジアス・ゲイズ! 貴様がスカリエッティなどとつるむから!」

「それと貴様らが犯罪者とつながっている事には、何の因果関係も無いぞ。それとも、スカリエッティが暴露しなければ、貴様らの罪は表に出なかった、とでもいい張るつもりか?」

 レジアスの至極もっともな指摘に対し、どことなく焦点があっていない目を向けることで返事の代わりにする老人。その様子を見て、思わず眉をひそめるはやて。

「拙いかもしれへん……。」

「追い詰め過ぎましたか?」

「多分……。」

 そう囁きあい、はやてが念のために準備しておいたシールド魔法を発動させようとしたところで、ビル全体の照明が落ちた。







 クラナガン中心街の管理局地上本部近辺。シグナムとヴィータは、突撃ステージ・クレイドルが退却を始めると同時に現れた有象無象を、それぞれ別々の場所で迎撃していた。二人はコンサート会場にこそいたものの、シャマルとリインフォースがこちらにいなかったため、コンサートそのものには出演していない。最初から彼女達の不在が決まっていたため、二人はいざという時に即座に動く人員として配置されていたのである。

「ツヴァイハンダーフォルム!」

 突如転移してきた超大型のレトロタイプに対し、プレシアの魔改造によって追加された新フォルムを持って対応する。シュベルトフォルムではパワーが足りず、シュランゲフォルムでは敵の砲弾を払うのに不便だ。そのため、適性としてはその両方の中間に当たるこの姿の出番ではあるが、さしものシグナムといえども、たかが三メートルやそこらの長さの両手剣では、二十メートルオーバーの大物を一刀両断するには少々刃の長さが足りない。

 ゆえに、一緒に仕込まれた新たな力を効果的に使わなければいけないのだ。とは言えど、訓練でテストはしたが、いまだに実戦で使った事は無い新技。新しい相方・アギトと組んでの戦闘もこれが初めて。どこまでやれるかは未知数である。

「行くぞ、アギト!」

(任せとけって!)

「シュピーゲルング・バイセン!」

 掛け声とともにカートリッジを撃発。レトロタイプの足元に巨大な魔法陣が描かれ、相手の動きが止まる。動きを止めたレトロタイプに切りこんで行くシグナム。その突撃が魔法陣の影響範囲に入った瞬間、軌跡こそ違えどほぼ同じモーションで突っ込んで行く、無数のシグナムが出現する。

「終わりだ!」

 すれ違いざまに一閃し、構えを解かずに吠える。魔法陣を抜けた瞬間、一人を残してすべてのシグナムが消え、同時に無数の切り込みがレトロタイプに入る。そのままコアの部分まで切り裂かれたレトロタイプは、機能を維持できずに自壊する。

 シュピーゲルング・バイセン。それはいくつかの並行世界から複数のシグナムをコピーし、多数の斬撃を同時に発生させる荒業である。コピーする位置と数を確定するため、魔法陣には相手の位置を固定する術式も含まれており、発動した時点で余程でない限りは、普通は外す事は無い。シグナムやヴィータの大技としては珍しく、デバイスの形態に関係なく使う事が出来るが、射程や効果範囲の問題で、シュツルムファルケンを相手を囲むように叩き込む、と言う真似は厳しい。また、あまり大規模な並行世界からのコピーは次元震につながりかねないため、叩き込める相手のサイズは、せいぜい百五十メートルが限界である。

 もっとも、世界に対する干渉力が強い相手だと、魔法陣の固定の機能がうまく働かない上、コピーが済んでしまうと相手はフリーになる。そのため、優喜や竜司が相手だと固定出来ず、また、フェイトほどのスピードになると、コピー終了後に振り切られてしまうこともある。基本的には、それほど足の速くない大物を、砲撃を使わずに仕留める手段だと考えていい。

「どうやら、辛うじて実用範囲ではあるようだな。」

(なかなか悪くねーじゃん。どうして嫌がってたんだ?)

「この技だけならいいのだが、な……。」

 アギトの疑問に、歯切れの悪い回答を返すシグナム。アギトにしてみれば、確かに一撃必殺がカラーのシグナムにシュピーゲルング・バイセンは微妙に違うとは思うが、炎という特性と蜃気楼や陽炎と言う現象は、決して相性が悪い訳ではない。それにそもそも、実用範囲にあるものを自分のカラーと違う、などと言う理由で嫌がるほど、烈火の将は子供でもなければ懐が狭い訳でもない。

 プレシア達の魔改造で追加されたものは四つ。新フォルムが一つに新技が三つである。その新技三つのうち、まだアギトが見ていない残り二つが、シグナム的には大問題なのだ。特に追加されたもう一つの大技がカラーにあわないだけでなく、どう贔屓目に見てもふざけているとしか思えない性質を持っているのである。

「正直なところ、他の技を使わずに済む事を祈っているのだが……。」

 適当に空戦型の雑魚を切り捨てながら、そんな事を呟く。その様子に余程嫌なのだろうと、思わず心底同情してしまうアギト。だが、世の中そうはうまくいかない物で……。

「くっ! 一機取りこぼしたか!」

 シュランゲフォルムによる攻撃の隙間をすり抜けた小型が、一目散に地上本部の建物に向かって突撃をかける。シュランゲフォルムはある程度の広域を一気に攻撃できるのが強みだが、所詮は斬撃である。衝撃波で薙ぎ払ったり、高熱をドーム状に広げたりと言った攻撃に比べると、どうしても攻撃力がない空間と言うのができやすい。そして、現在進行形で敵を殲滅している最中である以上、すり抜けた小物を粉砕するなどと言う事は出来ない。少なくとも、レヴァンティンが改造される前のシグナムでは。

 シグナムは基本的に、白兵戦の距離でしか戦闘が出来ないタイプだ。もちろん、シュランゲフォルムやボーゲンフォルムの存在があるため、中距離や遠距離の相手に対して何もできない、と言う訳ではない。だが、ボーゲンフォルムは火力過多で、単に距離がある相手を殴る事には向いておらず、シュランゲフォルムは攻撃が地味に大味だ。そのため、一対一ならともかく、今回のような状況に置いて、単独で防衛するにはあまり向いていない。同じように白兵戦寄りのフェイトやヴィータと違い、こういう状況で小物に追撃をかけるのに向いた、出が早くて軽い、小回りの利く射程が長い技が無いのだ。

 もっとも、あくまでもそれは、レヴァンティンが改造される前ならば、である。プレシアとすずかの手によって好き放題改造されたレヴァンティンは、見た目はともかく中身は完全に別物だ。多少ネタに走っている部分があるとはいえ、シグナムの弱点をある程度カバーするための芸ぐらいは仕込んである。

『ブーメラン。』

 レヴァンティンが、主が何かを言う前に追加機能を起動する。くの字に鞘が変形し、猛烈に回転しながらブーメランとしてはあり得ない軌道を描いて、すり抜けたガジェットをすさまじい勢いで追撃する。そのまますぱっと相手を一刀両断し、行きがけの駄賃でシグナムの攻撃範囲外にいた連中を全て切り裂いて、また元の鞘に戻る。

(なあ、今の……。)

「あまり使う気がない機能の一つだ。」

(便利なのは分かるけど、ブーメランって発想はどっから出てきたんだ?)

「詳しくは知らん。ただ、主はやてに紹介された、地球のインターネット動画サイトを漁って参考にした、とは言っていたが……。」

 あまりにあまりな出展元を聞き、思わずあいた口がふさがらなくなるアギト。索敵をしながら数秒間コメントを探し、ようやく絞り出した台詞が

(持ち主とかに無断でそーいうのをパクって人様の武器を改造するのって、どうなんだろうなあ……。)

 である。ヴィータのトゲ付き鉄球などと併せて考えると、当然と言えば当然のコメントかもしれない。

「私に言うな。それにな。」

(それに?)

「あの人たちの場合、下手にまともな発想からプランを練って改造させるより、好き放題やらせた方が強力で使い勝手のいいものを作って来る。」

(頭のいてー話だな、おい。)

 アギトの言葉に頷くイメージを送って同意し、まだまだ湧いて出てくるガジェットやレトロタイプを始末する。正直なところ、これだけの数を管理局の諜報部やドゥーエに知られずにどうやって生産したのかが気になるところだが、そんなものは後から首魁を締め上げて吐かせれば済む話だ。まずは目先の事に集中すべきである。そう考えて、出てくる端からひたすら殲滅していく。夜天の書のバックアップがあるため、魔力切れの心配は特に必要なく、雑魚はカートリッジを使わなくても、十分始末できる。

 が、全てが小型や中型、と言う訳ではない。時折超大型が出てきては、その都度二発、三発とカートリッジと体力を削ってくれる。地上本部の電気が落ち、内部からの通信が沈黙してからそろそろ十数分。はやてと竜司が中にいるのでそれほど心配はしていないが、いい加減何がしかのアクションはあっていいはずだ。カートリッジの残量も心もとなくなってきた事だし、どっちに転んでもいいからとっとと自体が動いて欲しい。

 などと、余計な事を考えたのがいけなかったらしい。小物の集団に手を取られているうちに、超大型の出現に対応するのが遅れる。どうにか新手を殲滅して超大型に向かったタイミングで、必死になって足止めをしていた地上局員、それもギンガやシャーリーと変わらぬ年頃の若い娘が、踏みつぶされかけているのを目撃してしまう。

「拙い!」

(どーする!? シュピーゲルング・バイセンじゃ、あいつが残骸の下敷きになるぞ!?)

「四の五の言ってられん! もう一つを使う!」

 とりあえず、一瞬だけ相手の動きを止めるために、ツヴァイハンダーフォルムで思いっきりどつく。一瞬とはいえ動きが止まった瞬間を見計らって、剣閃による衝撃波を放って局員を安全圏に弾き飛ばす。このままシュピーゲルング・バイセンに入れないかと考え、即座に考えを却下する。

 安全圏と言っても踏まれないで済むと言うだけで、解体した超大型の残骸に潰されずに済むかと言うと、いささかどころではなく疑問だ。それに、地上本部の建物に近すぎて、自分の攻撃が本部を破壊しかねない危険性も孕む。結局、かなり気は進まないが、当初のプラン通りに行くしかないだろう。

「ブラッディ・ハウリング!」

 何故かベルカ語ではなくミッドチルダ語、と言うより英語のまま技名がつけられている、シグナム的には出来るだけ使いたくなかった技を発動させる。シュベルトフォルムに戻した刀身と鞘を十字になるように交差させ、カートリッジを二発撃発。その時点でプラズマのような光が交差したポイントに収束し、瞬く間にシグナムの全身より大きくなる。

 あっという間に大きくなった光がびっくりするようなスピードで飛び出して行き、超大型レトロタイプを完全に包み込んで、そのまま空の彼方に運んでいく。物凄い勢いで小さくなり、肉眼で見えなくなったあたりで一つ、「キラン」と言う擬音をつけたくなるような輝きとともに、空の星となって消えるレトロタイプ。その様子を例えるなら、古き良き時代のアニメのレギュラー悪役が、各話のラストで落ちとして吹っ飛ばされる姿そのものだ。

(なんかこう、懐かしいものを感じさせる必殺技だな……。)

「私に言わないでくれ……。」

 周りの建物や人員に被害を与えないよう、器用に隙間を縫ってレトロタイプを空に運んだプラズマっぽい光に対し、何とも言い難い気分で感想を述べる。とにもかくにも、手持ちのカートリッジは残り三発程度。次に超大型が来たら、対応は出来るにしても時間がかかってしまう。どうしたものか、と思案し始めたところでビルの内部から轟音が聞こえ、それと同時にアースラが視認できる距離まで寄ってくる。

『こちらアースラ。今からアンチテレポートを設置するから、広報部は残りを始末したら、一旦こちらへ戻って。』

「ヴォルケン01、了解した。」

『こちらヴォルケン03、掃除は完了してっから、今から戻る。』

 どうやら、仕事は終わりのようだ。見ると、立て続けに轟音が聞こえたビルの内部から、竜司とはやてが出てくる。察するに、多分内部で何かを粉砕しながら出てきたのだろう。

「さて、残りは最後に出てきた大型が三機。さっさと片付けるぞ!」

(任せとけって!)

 微妙な技を使わざるを得なかった鬱憤晴らしも兼ねて、残り三体を華麗に切り刻むシグナムであった。







「停電か……?」

「電力施設に破壊工作でもあったか? だが、それにしては静かすぎる……。」

 不自然な状況に表情を硬くしていると、非常用電源による暗めの照明がつくと同時に、不意に室内で妙に軽い破裂音が起こる。少し遅れて、ビル全体に地響きが響き渡り、部屋の外から、おそらく隔壁が下りているであろう軋んだ音が聞こえてくる。

「愚かだとは思っていたが、ここまでとは……。」

 破裂音が聞こえた方向に目を向けると、小口径の拳銃を構えたアコードが、血走った眼でインプレッサを睨みつけていた。その様子に、思わず天を仰ぐグレアム。運よく狙った相手はレジアスだったらしく、礫よけの護符に阻まれて、天井に弾痕を刻むだけにとどまっている。

「最初は気が進まなかったが、やはりこれしかないようだな……。」

「貴様らが居なくなれば、全ての罪はレジアス・ゲイズの命で精算できる……。」

「カリム・グラシアや護衛の諸君には悪いが、時空管理局の繁栄のために、ここで死んでもらおうか……。」

 その言葉と同時に、部屋の中を、いや、ビル全体を高濃度のAMFが覆い尽くす。魔力の気功変換をどうにかものにしたはやてはともかく、リンディやグレアム、カリム、果ては使いから護衛にいたるまで、他の人間はどうやっても魔法の発動など不可能な濃度だ。しかも、A2MFやA4MFが明らかに機能していない。どうやら、ロストロギアが絡む、AMF対策システムが未対応の方式らしい。更には、通信システムも完全に沈黙している。

「これは、もしかして!」

「ロストロギア・縛めの霧!?」

「縛めの霧と言うと、俺がカリム達を救助した時のやつか?」

「そうです。どうやら、A2MFもA4MFも対応していないようですね。」

「前にもそれが絡んだトラブルがあったと聞く。いい加減、破壊してはどうだ?」

 竜司の指摘に、苦笑しながら頷くしかないはやてとカリム。実際のところ、管理局に存在する縛めの霧に関しては、カリムが襲撃された事件をきっかけに対策が取られているため、本来は無効化できるはずなのだ。それが出来ないと言う事は、同じ系統の別のロストロギアが噛んでいるのだろう。

「まあ、いい。とりあえず、豆鉄砲といえど、あまりあちらこちらに無秩序に飛ばれると鬱陶しい。制圧するが、問題ないな?」

 状況を考えれば聞くまでもない事ではあるが、基本的に竜司は逮捕権を持ち合わせていない。迂闊な真似をして、後で罪に問われてしまうのは面倒だ。一応、念のために確認を取っておく。

「もちろんだとも。」

「愚か者どもを黙らせてくれ。」

「了解した。」

 その言葉とともに、瞬く間に制圧されてしまう反逆者一同とその護衛官。その姿を憐れみのこもった目で見降ろしながら、グレアムが言葉を漏らす。

「この状況で私達が死ねば、真っ先に疑われるのは自分達だと言う事も分からないほど耄碌したのかね?」

「グレアム派の人間が証拠隠滅を図ったと言えば、誰も疑わん。違うか?」

「どうやら、本当に耄碌したらしいね。」

「儂らが、この場で暗殺される可能性について、何の対策も取っていないとでも思ったのか?」

 レジアスの言葉に、棒でも飲み込んだかのような表情になる反逆者達。その顔を見ながら、そのまま言葉を紡ぐ。

「最初から、この公聴会で何か大きな事件が起こった時の準備ぐらいはしておるさ。」

「この場で儂らが不審な死を遂げるようならば、管理局を一度解体し、トップや幹部を全て解雇した上で部門を整理し、別組織として立ち上げなおす事を全ての管理世界の政府及び公的機関に内密に通達してある。」

「現状、中枢をはじめとしたいくつかの部門さえ切り離してしまえば、大部分は健全な組織である事は証明されて居るからな。ならば、頭を挿げ替えて看板を掛け替えれば、それほど業務に支障はあるまい?」

「それに、どちらに転んだところで、管理局外部の要人が居る会議で、その会議の出席者に多数の死人を出すような警備しか出来ん組織が、まともに存続できる訳がなかろう?」

「ついでに言えば、先ほどのスカリエッティの断罪の時点で、すでに聖王教会をはじめとしたいくつかの公的機関に、儂の事も貴様らの事も全て証拠付きで送りつけてある。言うまでも無く、証拠保全のためにな。」

 その言葉に、顔が真っ白になる反逆者達。どちらに転んだところで、彼らの運命はきまっていたのだ。その中で、アコード提督だけが立ち直り、不敵に笑ってみせる。

「なるほど。我欲に負けて組織を食い物にした時点で、この終わりは必然か。」

「ああ。お互いにな。」

「だが、貴様らの派閥も、どちらにせよここで終わりだ。トップが通信も出来ん状態で監禁され、身を守る手段も持たずに足止めをされているのだからな。」

「さて、それはどうかな?」

「強がるのはいいが、ここはすでに避難路も含めて隔壁で隔離されている。もう一つ言っておくと、我々の行動が不発に終わった時のために、コントロール系統は全て握ってある。そのうちマスタングの最高傑作とやらがこのビルを粉砕するだろうから、結局は貴様らも終わりよ。」

 アコードの言葉を聞いた竜司が、苦笑交じりに質問を飛ばす。

「要は、外に出られれば問題ない、ということだろう?」

「出られると思っているのか?」

「ご老体。別段、隔壁を破壊するのは構わんのだろう?」

「ああ。緊急避難だ。存分にやれ。」

「馬鹿な事を。今は魔法は使えず、生身の人間が素手でどうこうできるほどやわな隔壁でもない。爆破などすれば、この場の人間は全員無事では済まんぞ?」

 アコードの戯言を聞き流し、グレアムの許可を得て、会議室をふさぐ隔壁をパンチ一発であっさり粉砕する。その様子に、空いた口がふさがらないと言う風情で凍りつく反逆者達。

「残念だったな。俺は、魔法や爆弾なんぞに頼らねば何も出来んほど、軟な鍛え方はしていないのでな。」

「鍛え方の問題なのか!?」

「噂には聞いていたが、予想以上だな、グレアム君。」

「そうだろう? 人間、魔法などに頼らずとも、案外いろいろな事が出来るものだ。」

 あれを人間のくくりに入れるな、などと内心で突っ込みつつも、とりあえず物凄い轟音を立てながら景気よく隔壁をぶち抜いて行く竜司について行くはやてとカリム。先ほどのアコードの言葉ではないが、広報六課の指揮官がこんなところで足止めなど、許されることではない。

「さて、諸君。」

「使い魔は、AMFでも能力が落ちない、と言う事を覚えているかね?」

 竜司と言う化け物が去った後も、グレアムとレジアスの恫喝により、結局アコードたちの反乱は失敗に終わった。







「チッ! 数が異常に多い!」

「手も火力も足りん! 広報部の連中はまだか!?」

『彼らは今、地上本部近辺に現れた集団を相手している! もうしばらく持ちこたえてくれ!』

「畜生! こっちに援軍をよこしてたら、頭を潰されて詰みだったってか!?」

 予想以上の状況の悪さに悪態を突きながら、それでも湯水のようにカートリッジを使って対処していく地上部隊。現在、辛うじてクラナガン外周部分にまでは到達させてはいないが、その代わり相手の絶望的な数が嫌というほど目についてしまい、気を張っていないとすぐに心が折れそうになってしまう。

 何しろ、地平線を覆い尽くさんばかりの数の小型レトロタイプが、プルァプルァなのなの言いながらにじり寄ってくるのだ。しかも、なのなの言ってるやつはドラム缶型のボディになのはの顔写真が張られており、それだけでやたらと気合が抜けそうになる。そのくせ、攻撃の威力は大型の物を除けば最高クラスで、ディバインバスターなの、とか気の抜けるような口調でぶっ放してくるロケットパンチは、平均的な地上部隊隊員が直撃を受ければ、一撃でよくて戦闘不能、悪ければ即死すると言う物騒な代物である。

 その上微妙な工夫を施されているからか、A4MFがちゃんと効果を示していると言うのに、妙に魔法の発動が重い。相手の頑丈さもあってか、プロトタイプの一番もろい奴ですら、弱点に直撃しても行動不能にならない。正直、分が悪いとかそう言う次元の話ではなくなってきている。

「大型の出現確認! 奴の攻撃は洒落にならん! すぐに対処を!」

「無茶言うな!」

「くっ! ダメージが通らん!」

「カートリッジを使いきった! 一旦後退する!」

「限界だ! 戦線を下げるぞ!」

 少なくない被害を出しながら、それでも必死になって侵攻速度を削り取る地上部隊。そこへ。

「地上一一五部隊、援護する!」

「援軍だと!?」

「持ち場はどうした!?」

「広報部の船が、行きがけの駄賃で掃除して行った! ここは我々に任せて、一旦下がって体勢を立て直せ!」

「ありがたい!」

 アースラが掃除を済ませた区画を防衛していた部隊が、援軍としてフォローに入る。相手の数が数ゆえに、本来なら主砲で掃除した程度ならすぐに他所から穴埋めが現れるのだが、ついでに大量の強化傀儡兵を下した上で特殊な攻性防壁を張って行ったため、しばらくは必要最低限の人員を残していくだけでカバーできる態勢になったのだ。

 とは言え、援軍もあくまで陸では一般的な、平均ランクDの部隊にすぎない。カートリッジ補充とデバイスのクールダウンのローテーションに多少の余裕ができる程度で、劇的に状況が改善する訳ではない。超大型に分類されるレトロタイプが攻撃を飛ばしてくるだけで、あっという間に劣勢に立たされてしまう。

「があ!」

「パサート!?」

「怯むな!」

「あれを見て、よくそんな事言えるな!」

 圧倒的な火力に押され、同僚をやられてもなお怯むななどと口走る男に、先ほどのスカリエッティとレジアスのやり取りなどでたまっていたうっぷんが、ついに破裂する。

「犯罪者とつながってた連中のために、何で俺達が命をかけにゃいかんのだ! 大体、こいつらがこんなに戦力を蓄えたのは、腐った上層部のせいだぞ!」

「言いたい事はそれだけか? だったら、それを本人達にぶつけるために、とっとと戦線に戻れ!」

「お前、馬鹿か!? そんな事しても、連中が喜ぶだけだぞ!」

「貴様こそ馬鹿か! 俺達の後ろに、何があると思ってるんだ!」

 砲撃の手を休めずに一喝する男に、文句を言っていた男がうっと詰まる。

「後ろにあるのはクラナガンだぞ! あそこに住んでいるのは、腐った上層部の連中だけか!?」

「っ!!」

「間違えるな! 確かに戦力を増強したのは上層部の責任かもしれん! だが、事を起こしたのはあくまでも犯罪者どもだ! 前々から裏でつながっていたという情報があり、連中の活動がじり貧になっていた以上、いずれ似たような事はやらかしていたはずだ! それにな!」

 砲撃を終え、使い切ったカートリッジを入れ替えながらクラナガンを指さし、最後にもう一声吠える。

「あそこには俺の女房と子供が居るんだ! 貴様がうだうだ言っていたおかげであいつらに何かあったら、どう責任を取ってくれる!?」

「守るのが嫌だっつってんじゃねえ! 腐った爺どもを喜ばすために戦うのが嫌だっつってんだよ!」

「だったらデバイスを置いてとっとと立ち去れ! 貴様のようなヘタレでも、俺達は守らなきゃいけないんだからな!」

「ヘタレだと!?」

「馬鹿にされるのが嫌なら、魔力弾の一発でも撃て! 俺は正義だ金だ割にあうあわんで戦ってるんじゃない! 平和なんぞ、治安なんぞ、女房子供のついでに守ってるだけだ! 腐った爺どもが喜ぼうが知った事か!」

 大型のガジェットドローンを三発カートリッジを撃発して粉砕しながら、さらに吠える。今の一撃でオーバーヒートし、砲撃のノックバックで致命的なダメージを受けたデバイスを放り出し、予備のデバイスをセットアップする。その姿を見て、へたれた事をほざいていた局員も、この場はしょうがなしに戦闘に参加する事にする。

「後十五分で、海からも応援が来る! それまでは手足がもげようが頭を砕かれようが連中を止めるぞ!」

「糞爺ども! 後でぶんなぐるから、覚悟しやがれ!」

「魔力とカートリッジがある限り、砲身が砕けるまでぶっ放し続けてやるさ!」

 腹をくくって、自棄を起こしたかのように限界以上に力を振り絞る。この後の事など、知った事ではない。どれだけ奮戦してもじり貧なのは変わらない。そう遠くないうちに戦線を下げねばならないだろうが、それまでに一体でも減らさなければ、海からの援軍が到着するまですら持たなくなる。そう自らに言い聞かせ、補給以外は魔力が枯れるまでぶっ放し続ける。

 後にクラナガン防衛戦と呼ばれる大事件。その事件における接触初期においては、特に珍しくもない一コマ。この時の彼らの命をかけた奮闘が報われるのか無駄になるのか、この時はまだ、誰も知らない。







あとがき(というか補足)

 シグナムの追加技は、全部スパロボ関係です。



[18616] 第14話 その2
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:7b386e35
Date: 2012/01/07 20:47
「全員揃ったようね。」

 アースラ内部の一番広いブリーフィングルームに揃ったメンバーをぐるりと見渡し、プレシアが言葉を漏らす。

「で、どーすんだよ? アタシ達で前線に突撃すんのか?」

「それを決めるのは、はやての仕事よ。私の仕事は、ここまでアースラを運んで、中心街と住宅地にアンチテレポートを設置するところまでね。」

 プレシアの視線を受け、グリフィスとフィーを伴い前に出て行くはやて。課員の視線を受け、ひとつうなずく。

「プレシアさん。悪いんやけど、今の戦況を教えて欲しい。」

「了解。と言っても、全体的に押されている、としか言えないわね。」

 戦況をモニターに表示しながら、ざっくりそう言い切るプレシア。その言葉に、軽く眉をひとつ動かすだけにとどめるはやて。

「基本的に、こういった一定ラインより上の戦闘能力を持つ大物量に対抗するのは本局の仕事だから、どうしても分が悪いわね。」

 プレシアの言葉通り、もともと本局と地上は、軍と警察の役割を分担していた面がある。なぜなら根本的な話として、普通は犯罪組織がここまで露骨に手を組んで、しかもこれほどの物量で喧嘩を売ってくる、などということは本来ありえない。特に犯罪組織や秘密結社の場合、敵の敵はやはり敵であることが普通だ。彼らにとって時空管理局は共通の敵だが、普通に手を組んだぐらいでは勝ち目は無いし、ライバルが管理局にやられてくれれば、結果的には自分たちにプラスになる。ゆえに、わざわざリスクを犯してまで手を組んで、次元世界最大規模の武装組織に喧嘩を売るメリットがないのだ。

 それに、いくら兵器としては極端に安価で高性能だと言ったところで、小型ガジェットもレトロタイプも、一つの組織が持てる量としては限界がある。更に言えば、地球のように質量兵器が発達している世界の場合、歩兵に対してはどちらも圧倒的な強さを持ち合わせるが、AMFと言うアドバンテージが無意味になる分、戦車相手だとやや分が悪くなり、航空機に喧嘩を売られると惨敗する程度の性能しかない。火力はともかく、機動性と装甲にはどうしても限界があるからだ。ぶっちゃけた話、地球の戦車や航空機相手だと、Cランクぐらいの航空魔導師のほうが有利なぐらいである。

 そう言った諸々の事情まで考え合わせれば、たとえスカリエッティやクアットロがどれほど上手に煽ったところで、普通はこの状況にはなりえない。せいぜい、その手のアングラ組織が得意とするテロ活動やゲリラ的な攻撃を暴発させるのがいいところだ。圧倒的といったところで、今展開している程度の物量なら、もう三隻程度次元航行船が出てこれば、普通にひっくり返ってしまう。そして、十年前ならいざ知らず、相互理解がある程度進んだ今となっては、クラナガンがこういう事態に見舞われた場合、地上本部が本局に救援要請を出すことを躊躇う理由は特になく、本局もまた、戦力を出し渋る理由がない。

 故に、こういった事態に対する対策は予算の壁もあり、本局が体制を整えるまでの時間稼ぎ以上のことは考えていなかったのだが、ここに来て余計な内紛で足を引っ張られ、初動が大きく遅れてしまう形になったのだ。

「まあ、そこのところは置いておくとして、いくつか補足事項を伝えておく必要があるわね。」

「補足事項?」

「ええ。聖王のゆりかごとヴィヴィオの関係と、ギンガがどういうやり方で捕まったかを、ね。」

 真剣な表情で告げるプレシアに一つうなずき、先を促すはやて。

「まずはギンガの話だけど、先に確認しておくわ。スバル、あなたの体の事について、この場で話してしまってもいいかしら?」

「うん。優兄ほど鋭くは無くても、多分この場にいる人は気がついてると思う。」

「そうでしょうね。カリーナ、ギンガとスバルについて、何か気が付いているかしら?」

「詳細は分かりませんが、なにがしかの機械的な肉体改造を受けている事は、気の流れから大体推測しています。」

「じゃあ、私がなにを言いたいかは、理解しているのでしょう?」

 プレシアの言葉に、一つ頷くカリーナ。どうやら他のメンバーも、言われるまでも無く同程度の推測はしていたらしい。

「ギンガとスバルは、戦闘機人よ。それも、クイント・ナカジマのクローンを素体とした、ナンバーズとは別の技術系統で改造された、ね。詳しい出自は知らないし、掘りかえす気もないけれど。」

「スバルが戦闘機人である事と、何か関係があるのですか!?」

「ギンガはね、スカリエッティの技術によって、外部から洗脳に近い形で支配されてしまっているの。この事が無ければ、わざわざ人のプライバシーに触れるつもりは無かったわ。」

 色を失って問い詰めようとするティアナに、淡々と答えを返すプレシア。プレシアの返事に、思わず息をのむティアナ。

「幸い、運よく六課の敷地内で拉致してくれたから、データは十分に取れてる。相手がどんなやり方をしたかは解析済みだから、マッハキャリバーを多少いじるだけで対策は終わるわ。そうね、三分もあれば十分かしら。」

「では、スバルが敵に回ると言う事は……。」

「その心配は無いわ。むしろ、問題なのは……。」

「ギン姉が、敵に回る可能性、ですか?」

「そう。厄介な事に、単なるジャミングだけで潰せるかどうかが分からない上に、連れ去られてからそれなりの時間が経っているから、どんな処置を施されているか分からない。はっきり言って、どう転がるかは私の口からは何とも言えないところね。」

 プレシアの言葉に、表情が凍りつくスバル。

「ただ、これだけは断言してあげる。」

 固まってしまったスバルに対して、真剣な表情で言葉を継ぐプレシア。

「ロボトミー手術でも受けていない限り、私が必ず元に戻してあげるわ。腕一本ぐらいなら、後遺症どころか傷跡一つ残さずに治してあげる。だから、あなた達の手で取り返してきなさい。」

「はい!」

 その力強い言葉に対し、同じように力強い返事を返すスバル。他のメンバーも真剣に頷く。

「次に、ヴィヴィオと聖王のゆりかごの件についてだけど……。」

「そっちも、なんか不味い事があるん?」

「ええ、いろいろとね。」

 はやての質問に、ため息交じりに返事を返すプレシア。そのまま、聖王のゆりかごについての概要を説明する。

「聖王のゆりかごは、古代ベルカ諸王時代に建造された、聖王専用の機動要塞ね。ベルカ崩壊の引き金の一つでもあるらしいのだけど、どういう経緯でベルカが崩壊したのか、と言う資料がいまだにバラバラだから、詳細ははっきりしていないわ。」

「それとヴィヴィオとの関係は?」

「簡単よ。ゆりかごの能力を最大限生かすためには、聖王がその王座に座って、聖王の鎧と言う機能を起動させることが条件なの。そして、ヴィヴィオはその聖王のクローンで、ゆりかごを起動するためにレリックを埋め込まれている。レリックはどうやら、その補助のために何代かの聖王の記憶と経験をコピーした、いわゆるバックアップシステムのようなものらしいわ。もちろん、それだけではないでしょうけど。」

「レリックを埋め込むって、そんな事……。」

「あの狂人なら、驚くようなことではないわ。本当ならヴィヴィオの体から摘出したかったのだけど、もはや体の一部になってしまっていて、迂闊に手を出せなかったの。他に捕虜にしたクローン達はそこまででは無かったから、あの子が聖王のクローンである事が大きいんでしょうね。」

 忌々しそうに吐き捨てるプレシア。その怒りのオーラに微妙に顔を引きつらせつつ、とりあえず話を軌道修正する事にするはやて。

「それで、聖王のゆりかごの能力、言うんはどんなもんなんです?」

「現状で一番問題になるのは、縛めの霧と同質の超広域高濃度AMFと、ガジェットドローンの量産能力ね。言っておくけど、ゆりかごが生産するオリジナルのガジェットドローンは、スカリエッティが作った劣化版とは基礎性能が段違いよ。」

「……難儀やな、それは……。」

「まあ、AMFは気にしなくてもいいわ。十秒あれば、余裕で波長解析と全局員のA2MFのアップグレードができるから。」

「となると、結局は物量が問題、言う訳か……。」

 プレシアの説明を聞き、思わず唸ってしまう。資材をどこから調達してくるのか、などと言う疑問はあるが、ロストロギアはエネルギー保存の法則も質量保存の法則も、平気で無視してくることが多い。突っ込むだけ無駄だろう。

「外にいる人間にはそうね。ただ、内部を攻略するとなると話が変わってくる。」

「え?」

「聖王の鎧は、聖王が一度見た魔法を、強化した上で再現する機能がある。気功にまで応用されるかどうかは分からないけど、少なくとも訓練で使った魔法は、全部飛んでくると思っていいわね。」

「そういう情報は、もっとはように下さい……。」

「私たちだって万能じゃないし、無限書庫といえども全ての資料がそろっている訳じゃないわ。この程度の情報でさえ、裏付けが取れたものが全部出揃ったのは、一昨日ぐらい。レポートにまとめたものが送られて来たのが昨日の晩よ。それに、レポート自体は隊長全員に送ってあるわ。」

 プレシアの反論に、返事に詰まる。忙しすぎて、今朝の時点で送られてきたレポート類はほとんど目を通していない。まあ、どちらにせよ、昨日の今日で何か対策がとれるかと言われると厳しい以上、この件に関しては全く情報なしで立ち向かう羽目にならなかった事を、幸運だと思うしかない。

「ゆりかごに関してはもう一つ、詳細不明だけど危険な機能があるようだけど、これに関してはゆりかごそのものを破壊するしか無く、そのための手札がこちらにちゃんとあるから、現状では気にする必要は無いわ。」

「危険な機能って?」

「詳細は不明だけど、ベルカ崩壊の引き金の一つとなったものらしいわね。聖王の乗ったゆりかごが月に至る事で起動するらしい事と、起動シークエンスに入ってしまうとゆりかごからは簡単に止められないらしい、と言う事しか分かっていないわ。」

 それは確かに、破壊するしかない。だが、あのサイズのロストロギアを破壊するとなると、アルカンシェルぐらいしかなさそうなのだが、あれは大気圏内で使えるようなものではない。かといって、大気圏外に出てしまうと今度はタイムリミットが厳しすぎる。そこら辺はどうなのか、という疑問が無いでもない。

「ちゃんと、このアースラに大気圏内であの手の大型兵器を粉砕する手段を組み込んであるから、そこは心配いらないわ。とりあえず、今この場で必要となりそうな補足説明は全部したから、ここからははやての仕事よ。」

 いろいろなことにおいて内心穏やかではなかろうプレシアが、その本心を抑えてはやてを立てる。その態度と冷え切った目の色に内心震えながらも、ここでひるむわけにはいかないと頭をフル回転させる。ここで下手を打つと、プレシアと優喜がどう動くかが分からない。ぶっちゃけた話、自分の評価や出世よりも、むしろそっちのほうが重要だ。

「そうやなあ。ゆりかごをどうにかするにしても、スカリエッティとかマスタングを仕留めるにしても、まずは数を減らすことからスタートやな。グリフィス君、一番劣勢なあたりは?」

「南口と北東部ですね。この二カ所は位置関係の問題で、元々兵力に不安がある事に加え、六課隊舎方面からの援軍が到着していません。」

「ほな、そこにはなのはちゃんとフェイトちゃんに行ってもらおうか。超大型が多いところにシグナムとヴィータ、アバンテ、カリーナに行ってもらって、後のメンバーは二期生から順番に、数が多いところに一チームずつ送り込む。優喜君と竜司さん、フォル君は各自の判断で遊撃に回ってもらって、シャマルはリインとユニゾンして、外周部の廃棄区画を除いたクラナガン全域を隔離結界および物理・魔法防御結界でガード。結構ハードやけど頼むで。私とアースラは大きいのが必要そうな所に適宜出張って行く事にするわ。スバルは出撃前にマッハキャリバーの機能追加。」

 全員に指示が行きわたったところで、この場で必要な最後の言葉を紡ぐ。

「基本的にこの手の物量戦は、長引けば長引くほどこっちが有利や。無理に殲滅する事を考えんと、出来るだけ自分らが生き残ってかつ、犠牲者を減らす事を優先してや。優先順位は民間人の命と財産、一般局員の命、自分らの生存。敵を仕留めるんはずっと下や。その事を踏まえて、今から状況開始や!」

 はやての号令に一斉に敬礼を返し、指示された持ち場に一気に移動を開始する課員一同。平均年齢十三歳、ヴォルケンリッターを除く最年長が十九歳という若い力は、そのエネルギーを無粋な鉄の塊にぶつけるために、ついに行動を開始するのであった。







「なんだ、こいつら!」

「この動き、今までのガジェットドールやレトロタイプとは、段違いだ!」

 本局武装隊の第一陣が到着した最前線では、新たな異変が起こっていた。

「くそっ! こいつらのせいで雑魚を減らせない!」

「ガワだけテスタロッサ執務官に似せてるのかと思ったら、戦闘パターンも近いってか!?」

 新たに表れた正体不明の敵性体。それは、シルエットだけを見れば、フェイトそっくりであった。ところどころにくっきりとパーティングラインが入っている事と顔が遮光器土偶である事、そして動くたびにキュインと言う機械音がする事を除けば、ほぼフェイトそのものであると言っていい。少なくとも、気功を嗜んでいない人間が立ち止まってじっとしている後ろ姿を見て、一目で見抜くのは厳しい。

 流石に本物のフェイトと比べると、攻撃力も速度も段違いに劣りはする。だが、その見事なマニューバと遠近両面に置いて隙の無い攻撃能力は、ランクA程度の本局局員にたいし、単独で片手間に小物を破壊すると言う行動を許さない程度の能力を、十分以上に持ち合わせている。海の局員ですら、一対一ではやや押され気味になる相手が現れたことで、一度は盛り返して押し戻した戦線が、またしても押し戻され始める。

「倒しても倒してもきりが無い!」

「だが、こいつらを討ち漏らしたら、陸の連中の被害が大きくなる!」

「全く、どうしてこうもいやらしいものを用意できるんだか!」

 連携攻撃で二体連続で仕留めたところで、少し離れた所にいるフェイトもどきが、大技の準備に入っていた。

「サンダー!」

「させるかよ!」

 フェイトの声で足元の地上局員に何やらぶっ放そうとしていたフェイトもどきを叩き潰したところで、

「ディバインバスター!」

 フェイトもどきを迎撃した本局局員が、横から飛んできた熱線砲の直撃を受けて地面にたたきつけられる。

「コルト!」

「くそ、やっぱりテスタロッサ執務官だけじゃなかったか!」

 視線を向けた先には、予想通り顔だけ遮光器土偶になったなのはのそっくりさんが居た。それも大量に。

「だが、本物に比べれば段違いにぬるい!」

「こちら本局武装隊! 悪いがそちらの援護は厳しい! こいつらはどうにかするから、第二陣が来るまでしばらく持ちこたえてくれ!」

『こちら地上部隊! 了解した! 現在広報部が中心街の駆逐とアンチテレポートの設置を終えたと連絡があった! お互い、次の援軍が来るまで凌ぎきろう!』

 互いに相手を励まし合い、打てる手全てを打って可能な限り時間を稼ぐ。本局の援軍に関しては、本来なら送り込める全部隊を一気に送り込みたかったのだが、全ての戦力を同時に投入できるまで待っていては、地上部隊が壊滅しかねなかった。そのため、とりあえず待機中だった部隊を全部投入し、次の巡回任務に出撃したもののうち、任務に過剰な負荷がかからない限界まで呼び戻して第二陣として投入する、と言う、結果的に戦力の逐次投入の愚を犯すやり方しか選べなかったのだ。

「本物の弾幕はもっと絶望的だ!」

「本物のバレルロールは、もっと切れ味が鋭いぜ!」

 ペアを組んでいる局員の一方が五十程度の弾幕をすり抜けて本体を叩き、もう一方がなのはもどきの援護をするためにマニューバを行いながら切りこんできたフェイトもどきを粉砕する。なんだかんだと言って連携戦闘を成立させているあたりが手ごわいが、本局の武装局員だって無能ではない。広報部の連中の実力こそやや疑ってはいるものの、なのはとフェイトの実力と、そのトレーニング内容に関しては熟知して可能な範囲で参考にしているのだ。シミュレーターとはいえ、本物のデータを使った戦闘も、何度も経験している。ガワだけの偽物に、そう簡単に負けてやるほどお人よしではない。

「超大型が一機、攻撃圏内に到着!」

「総員、超大型の攻撃に注意しろ! 直撃を食らったらアウトだ!」

「少しでも手が空いた人間は、あれの攻撃が地上部隊に向かないように牽制しろ! 無理に仕留めようとするな! あくまでも牽制だけだ!」

 流石に本局武装隊といえど、超大型のレトロタイプを仕留めるのは骨が折れる。超大型を単独で仕留められるのはなのは達や一期生、優喜や竜司と言った例外だけで、本局の精鋭部隊ですら、四人一組の一チームは最低限必要だ。猛者ぞろいの本局戦技教導隊でも、タイマンでレトロタイプを落とせる人材は数えるほどしかおらず、広報部のトップクラスのように秒殺となるとさらに数は限られる。

 こいつの相手は次の援軍が来てからか、地上部隊に多めに試験配備された現在最終調整中の新兵器が到着してからの事だ。それまでは徹底的に時間を稼ぐしかない。まともにどつき倒そうとするのであれば、今この場にいる本局武装隊全員でかからねば、分厚い装甲に阻まれてなかなかダメージを稼げないのだ。

「ここが踏ん張りどころだ! 時空管理局がまだ腐っていないところを見せつけるぞ!」

 隊員に激を飛ばし、率先して切りこんで行く小隊長。劣勢にあってなお、前線の局員たちの士気は衰えていなかった。







「せい!」

 最後の超大型をハチの巣にして、この場の掃除を終えるゼスト。彼らが居るあたりは、比較的最初の段階でアースラが一度掃除した場所だ。プレシアが結界を張り、傀儡兵を置いて行ったために、ある程度の時間稼ぎは問題無く出来ていたのだが、中心部の掃討を終え、他所の援護に動こうとしたところで、ここの傀儡兵が全滅したとの連絡を受け、急きょ穴埋めに走る事になったのだ。

「流石に、あのでかいのは硬いわね。」

「簡単に倒せる部隊は、それほど多くなさそうね。」

 カートリッジをリボルバーナックルに再装填しながらのクイントの言葉に、呼び出した虫を送還し終えたメガーヌが応える。この二人のコメントが、そのまま管理局のレトロタイプに対する評価である。

 それほどの頻度ではないとはいえ、流石に十年前から優喜と訓練をしているだけあって、グランガイツ隊は強い。その実力は広報部、教導隊に次ぐレベルであり、弱点らしい弱点と言えば航空魔導師が少ない事ぐらいだ。ゼスト、クイント、メガーヌの三人は超大型のレトロタイプを単独で仕留めるだけの実力を持ち、他の隊員もツーマンセルからスリーマンセルの小単位で普通に叩き潰せる。

 少なくとも十年前の管理局ならば、このレベルの部隊が地上に存在すれば、最低でも隊員の半分、悪くすれば部隊をまるまる全て本局に引き抜かれていた可能性が高いが、ここ数年はそんな事はしない。地上が疲弊すれば本局の仕事が増えるし、地上との余計な軋轢を増やせば、そのまま自分達に返ってくる。それに、さすがに首都防衛隊を弱体化させてしまうと、本局の戦力の充実というメリットを食いつぶしてお釣りが出るほどのデメリットが生じてしまう。

 そう言ったもろもろもあって、グランガイツ隊は多少人員が入れ替わりながら、いまだに本局でも類をみないほど充実した戦力を維持している。ある意味、彼らはグレアムとレジアスの改革の象徴と言っていいだろう。

「……。」

「隊長?」

「少し面倒な話が出てきた。」

「面倒な話?」

「今までに報告が無かったタイプの機種が出てきたらしい。機体の構造や設計思想から、どうやらレトロタイプの流れを組むものではないか、との事だ。」

 敵の新型、と言う単語に、表情を引き締める一同。隊員を代表して、メガーヌが質問を投げかける。

「その新型は、一体どういう性質のものですか?」

「そうだな。簡単に言うなら、高町一等空尉とテスタロッサ執務官のデッドコピー、と言う感じらしい。」

「……機械でそれを再現した、と言う事ですか?」

「らしいな。とは言え、トータルの実力はせいぜいA+かAA程度。機械の体ゆえのスタミナとタフネス以外は、火力・戦技ともに本物の足元にも及ばないレベルだとの事だ。」

「とは言え、あの二人の戦闘データを一定ラインで再現可能な性能、と言う事は、数が多くなれば相当な脅威です。」

 メガーヌの言葉に、重々しく頷くゼスト。グランガイツ隊にとって、所詮いいところAA程度の機械兵器が、どれほどの数束になってかかってきたところで物の数ではないが、一般的な部隊はそうではない。今まで大した連携も取らず、シンプルな戦闘ルーチンで仕掛けて来ていた連中が、急に高度なコンビネーションで攻めてくるのようになると言うのは、相当な脅威である。

「どの程度の力量を再現しているのか、がポイントね。」

「詳細なデータは、ありますか?」

「そんなものが無くとも、すぐに自分の目で確かめられる。」

「……なるほど。敵も相当焦っているようですね。」

「総員、直ちに戦闘態勢に入れ!」


 目視で存在を認識できる距離に飛んできた連中を一睨みし、己の槍を構えるゼスト。とうの昔にカートリッジの再装填は終えており、いつでも全力戦闘が可能な態勢は整えてある。

「さて、どれほどのものか、確かめさせてもらうぞ!」

 迫りくるフェイトもどきの群れに自分から突撃し、カートリッジすら使わずに瞬く間に三体を仕留める。遅れて出てきたなのはもどきが放った砲撃を、手近な距離に近付いてきていた適当なフェイトもどきを槍で押し出し、盾にして防ぐ。そのまま皿に槍を一振り、衝撃波で砲撃を放った個体を粉砕する。

 その様子は、まさしく無双。確かに高度なコンビネーションを行っては居る。ゼストを持ってして、肝を冷やす状況が無かったとは言わない。だが、それでも、この戦場で初めて姿を見せた戦闘機械が、ゼスト・グランガイツを傷つける姿など、どう頑張ったところで想像することすらできない。

 グランガイツ隊の獅子奮迅の活躍により、新型の第一陣は何一つ成果を上げずに全滅する。だが、その当然ともいえる結果に対し、ゼストの顔は決して明るいとはいえなかった。

「……ナカジマ、アルピーノ。どう思う?」

「拙いですね。」

「現状でも、一般的な地上部隊が同数の相手にぶつかれば、一方的に制圧される程度の戦闘能力は持っています。このまま順当に進化し続ければ、私達ですら危なくなります。」

 二人の言葉に、苦い顔で頷く。機械と言うやつは、開発されるまでこそ長いが、一度ものになってしまえば一般人の想像をはるかに超えた速度で進化する。流石に出力や素材の限界を考えると、ゼストが生きている間に本物のなのはやフェイトの戦闘能力に到達することはあり得ないだろうが、普通にAAAからSランク程度の力量を持つ「人間サイズの」機械なら、そう遠くないうちに達成すると考えておいた方がいいだろう。

 連携戦闘にしても、今現在は動きが完璧すぎて逆に対処しやすい上に、どうにも突発事態に対する反応が悪いのでどうとでもひっかけられるのだが、AIの成熟が進めばアドリブに対してどんどん強くなっていくのは目に見えている。いくら偶然の要素が排除できないと言ったところで、戦闘における行動パターンなどと言うものは、想定できる数こそ人間の頭で把握できないほど膨大ではあっても、所詮種類は有限でしかない。二十一世紀初頭の地球において、チェスや将棋でプロがコンピューターに勝てなくなってきている、と言う事がいずれ戦闘に置いても起こり始めるだけの事だ。

 もっとも、なのはやフェイトのように、正面からの戦闘に関しては、どんなに正確にパターンを予測したところで、攻撃を防ぎようが無いので無意味、と言う存在が現れるところが、人間と言う生き物の奥の深いところでもある。どんなに進化したところで、おそらく何でもかんでもコンピューターだけでできるようになる事は無いだろう。残念ながら、陸海問わず、一般的な武装局員に対しては何の慰めにもなってはいないが。

「この状況を乗り越えたら、こいつらに対する抜本的な対策を検討する必要がありそうだな。」

「またしても、時の庭園に対する依存度が高くなりますね。」

「仕方があるまい。今の管理局には、こういったとがった研究に向いた人員がほとんどいない。そういう連中は大概倫理規定に派手に引っかかって、とうの昔に塀の中だからな。せいぜい見込みがあるとすれば、広報にいるフィニーノか本局のアテンザぐらいだろう。」

「いっそのこと、時の庭園が管理局の一部署になってくれれば問題ないんだけど……。」

 クイントのため息交じりの言葉に、苦い顔を崩さぬまま、首を左右に振るゼスト。あくまでも外部機関であるからこそ、という成果も多く、何より研究予算が基本的にプレシアのポケットマネーで賄われている。ぶっちゃけた話、時の庭園の収入は、管理局をはじめとしたいくつかの組織からの正式な依頼より、プレシアが空き時間で完成させた趣味の研究による収入の方が圧倒的に多いのだ。すでにひ孫ぐらいの世代まで無茶ができるほどの資産を持っていることもあり、テスタロッサ一家は金に対してほとんど執着を持っていない。それゆえ、管理局に対しては明らかに赤字と言っていい値段で研究成果を譲ってくれているが、これが管理局の部署として組み込まれてしまえば、そう言う訳にはいかなくなるだろう。

 プレシアも、もう七十の大台に乗る高齢者だ。一応後継者として月村すずかが育っているが、いつまでも今のようにはいかない。こういう状況になった時のために、プレシアほどとまでは言わないが、せめてシャーリーぐらい突飛な発想を実現できる人材が、もっと大勢内部に欲しいところである。

「……何にせよ、技術周りに関しては、俺達が考えたところでどうなる事でもない。俺達は訓練内容や戦術の方で対応できるように、次の連中からもせいぜいデータを取る事にしよう。」

「そうですね。」

 新たな敵影を確認し、思考を切り替えて戦闘態勢に入る。次の集団に対して突っ込んで行こうと構えを取ったところで、視界内にいる新型が、全て一気に破壊される。

「援軍か? ……いや、あり得ないな。」

「所属不明の不審人物を捕捉。こちらにまっすぐに向かってきています。」

「不審人物か。外見は?」

「マスクとローブで全身を隠しているため、詳細な外見は不明。体格はほぼ隊長と同じ。おそらくデバイスだと思われる、槍のようなものを持っています。」

「……報告にあった、ヴァールハイトとかいう男か。」

 ゼストのつぶやきを肯定するように、竜司ほどではないが相当が体のいい大男が、超大型レトロタイプの残骸の上に現れる。

「想像はつくが、一応問おう。何者だ?」

「貴様の影だ。」

「……報告にあった、俺のコピー、ということで間違いないな?」

「その質問に対する答えは、肯定であり否定でもある。」

「なるほど、な。」

 一応礼儀の問題で戦闘態勢を解きながら、いつでも槍を振るえるように心を引き締めるゼスト。どうやら相手も同じようで、構えこそ取ってはいないが、いつでも戦闘態勢に入れるように身構えている。

「ゼスト・グランガイツ、貴様に問いたい事がある。」

「何だ?」

「これが、貴様が理想とした世界か? 貴様が理想とした管理局か?」

「否。」

「ならば、何故俺が存在するのだ? 何故、エクリプス事件のような犯罪が起こる?」

 ヴァールハイトの言葉に、何一つ回答を返さないゼスト。返せないのではない、返さないのだ。

(若いな。)

 目の前の、自身の写し身を見たゼストの感想は、その一言に尽きる。現状をよしとするつもりは、ゼスト自身にも無い。旧弊は大体一掃できたが、組織の腐敗防止と言う観点ではまだ緒に就いたところだし、何より治安維持一つとっても満足いくものとは言い難い。

 だが、それらは元来、一朝一夕で出来るものではない。そういった改革を性急に進めようとするとどうなるのか。今回の大事件は、ある意味その答えのようなものである。それに、どんなに優れた個人でも、どれほど実力のある組織でも、できる事は限られている。どれほど力を尽くそうと、掌からこぼれおちる物の方が遥かに多い。それを言い訳に努力をしないのは愚の骨頂だが、それでも所詮組織の一人でしかないゼストが、どれほど頑張ったところで組織に対しても社会に対しても、与えられる影響は微々たるものだ。

 それに、汚れ仕事に手を出していない大規模組織、などと言うものは存在しない。特に治安維持組織など、綺麗事だけでは犯罪者に対抗することなど出来ない。法を犯す相手に対して、律義に法を守って対応できる状況ばかりではないのだから当然だ。第一、一般市民の武装を許可していないくせに、拳銃程度に限定されるとは言え、自分達は質量兵器の携行も許されていると言うダブルスタンダードぶりを見ても、最初から綺麗なだけの組織とは言い難い。また、その程度の面の皮の厚さと汚れっぷりも無しで平和を守る、などと言う事が出来るのは、子供向けのヒーロー番組ぐらいなものだ。世界はそこまで綺麗でも優しくもない。

 目の前の男は多分、そんな事は分かっている。分かっていて、それでも現状が許せずに、己の基となった男に問いかけたのだろう。ゆえに、ゼストは彼を、若いと評したのだ。

「何故答えない?」

「わざわざ俺が答えずとも、貴様自身が理解しているからだ。違うか?」

「……俺は、貴様を認めない。」

 ゼストの答えを聞き、貯め込んでいた怒りを衝動に任せて吐き出す。

「いつもそうだ! 貴様らが手をこまねいている間に、いつも一番弱い者が踏みつけられる! 誰からも望まれぬ形で命を与えられ、誰からもその存在を認識される事無く、誰からも顧みられない者が、いつも全てを押し付けられる!」

「ならば、貴様は何をしてきたのだ?」

「知れた事! 貴様らが目をそらし続けてきた、世界に存在すら認められる事がかなわなかった者達を、貴様らになり替わり守り続けてきた!」

「大層な事を言うが、そこまで言うのであれば、全てを救えたのだろうな?」

 ゼストの言葉に、怒りの目を向けるヴァールハイト。それに構わず、若者を窘めるように言葉を続けるゼスト。

「所詮、個人の手が届く範囲など知れている。見える範囲など知れている。全てを救うことなど、誰にも出来ん。」

「黙れ!」

「貴様の言う方向で時空管理局を弾劾したいのであれば、せめて、フェイト・テスタロッサがやり遂げた程度の事を実現してから言え!」

 多忙な仕事の合間を縫って、いくつもの孤児院に自給自足できるだけの手段を与え、大勢の孤児を立ち直らせ、自分で生きていく力を与えてきたフェイト。その功績と影響力は、もはやただのアイドル、ただの執務官のレベルを超えている。彼女に助けられ、生きるための手段を与えられた子供の中には、すでに社会で頭角を現しているものも少なくない。たとえ、一個人が持ちうるレベルではない財産と技術力、そして人脈がバックにあったとはいえ、たかが執務官でしかない、それも始めた時は少女と言っていい歳の人間が成し遂げた成果とは思えないものである。

 しかも、彼女はその活動と並行して、ヴァールハイトが言うところの弱き者を守るために、執務官として最前線で奮闘してきた人物でもある。その彼女が何も言わないのだから、どう言い繕ったところでただ個人で暴れ回っていただけにすぎないヴァールハイトでは分が悪い。

「やはり、俺は貴様を認めない!」

「ならば、もはや言葉は不要。己が力で語れ。」

「言われるまでもない!」

 出してきた結論に、内心で苦笑するゼスト。違う個性でありながら、結局根っこは不器用な武人でしかない当り、つくづく自分が度し難い愚か者である、と思い知ったからだ。

 目の前のもう一人の自分は、彼自身が悩み、あがき、そして置き去りにしたものを再び突き付けてくる。正直なところ、ゼスト・グランガイツは、今の自分がヴァールハイトより正しいと、胸を張って言う自信など無い。だが、それはこの若者も同じ事なのだろう。ゆえに、結論を出すために槍に頼らざるを得ない。全くもって、お互いに度し難いほど不器用で愚かな事だ。

「我はゼスト・グランガイツ!」

「我はヴァールハイト!」

「「弱きものの槍なり!」」

 仰々しく芝居がかった名乗りまで同じであるあたり、やはりどこまで行っても自分のコピーなのだろう。そんなくだらない思考は、槍を構えた瞬間にどこかに消える。管理局の暗部、その一つの結末を彩る戦いの火蓋が、今まさに切って落とされたのであった。







「どうやら、勝敗は決したようじゃな。」

「まだ、始まって大して時間は立っていないと思うが?」

「まだ第一陣とは言え、本局の武装隊が援軍に来るまでに廃棄区域すら制圧できなんだ時点で、もはや大勢は決しておる。バージョンFとバージョンNを最初の段階で投入できなんだのが痛かったのう。」

「そう言えば、初期段階であれが動いていなかったのは、どういう理由だ?」

「単純じゃ。AIの除外設定とチェックに手間取りすぎた、それだけのことよ。」

 老人の言葉に、納得するしかないフィアット。残念ながら、己の判断だけで高度なコンビネーションを行う新機軸のAIは、新機軸であるがゆえに調整がややこしい。従来のインテリジェントデバイスのAIよりこの手の戦闘機械に使う分には高性能、かつ安価と言う都合のいい特徴を実現した物ではあるが、テスト機の動作チェックを終え、量産に入ったのが八月ごろの事。それゆえに不具合に関するデータが少なく、調整周りのノウハウもほとんど無い。

 今回調整に手間取ったのも、実際に物量攻めができるほどの数を実戦投入しようとしたことで初めて出てきた問題点があり、それの解消に予想外に手こずったのが原因だ。

「そろそろ、身の振り方を決めておいた方がええ。」

「身の振り方か。お前はどうする?」

「そうじゃのう。基本的にはここを引き払う予定ではあるがの、確実に諜報部のが張りついとるのが問題じゃ。」

「この状況で管理局に、そんな余裕があるのか?」

「諜報部の特殊部隊なんぞ、前線や乱戦ではさほど役には立たんよ。それに、儂やスカリエッティを逃してしまえば、今頑張っておる苦労が水の泡じゃ。大規模な集団戦で使い物にならんものを前線に投入するぐらいなら、首謀者を捕縛できるように準備をさせておく方が、まだしも有益じゃろうて。」

 マスタングの返答にため息をつく。確かに諜報部の特殊部隊と言うのは、性質としては暗殺者に近い。地上部隊の平均よりはるかに力量はあるが、正面からの大規模な戦闘に向く類の物ではなく、どちらかと言えば不意打ちからスタートする類のステルス性とピンポイントアタックに特化した攻撃手段がメインだ。その類の相手との戦闘経験はそれなりにあるフィアットだが、マスタングを連れてとなるとかなり分が悪く、さらに複数いるとなると最悪と言っていい。

「何か、手を考えてあるのか?」

「手、と言うほどの物でも無いがの。とりあえず、今生産ラインをフル稼働中じゃから、後十五分もすれば、諜報部の連中を足止めする程度の数は用意できるじゃろうて。」

「つまりは?」

「時間との勝負、じゃな。」

 全く、面倒な事になった。つくづくそう思うしかないフィアット。どこで歯車が狂ったのか、今となっては分からない。今までも、一見して八方塞がりとしか思えない状況には幾度となく追い込まれてきたが、今度ばかりは突破口を見つける事は出来なさそうだ。







「あらあら、予想以上に情けない事になってるじゃない。」

 突撃ステージクレイドルから変形した聖王のゆりかご内部。状況の推移を確認していたクアットロは、明らかに折角の物量を生かしきれていない進攻状況に冷笑を浮かべていた。

「さすがに廃棄区域の一か所ぐらいは制圧できると思っていたのに、そもそもたかが人間ごときの、それも平均ランクDの部隊一つ全滅させる事が出来ないなんて、情けないわね。そうは思いませんか、陛下?」

 自らがさらってきた幼女にそう声をかけながら、なにがしかの機械を操作している。とは言え、機械につながれた彼女は現在意識が無いため、当然クアットロの言葉に対して返事を返すことなど出来ない。

「まあ、所詮はたかが人間が作った、頑丈であることぐらいしか取りえの無い機械。役に立たなくても驚くようなことではないのだけど。」

 マスタングをこき下ろしながら最後の操作を終え、実行キーを押すクアットロ。その瞬間、装置から膨大な魔力が発生し、ヴィヴィオの体の中に流れ込んで行く。

「さあ、陛下。ドクターの最高傑作として愚かな人間どもの上に君臨し、偉大なるジェイル・スカリエッティの名を世界中に響き渡らせるのです!」

 魔力を浴びて変化するヴィヴィオを見守りながら、己の望みを高らかに宣言するクアットロであった。







あとがき

 ヴァールハイトが思った以上に青臭くなってしまった……。いろいろ修正したけど、うまい話の進め方が思いつかなくて挫折。

 まだまだ精進が足りません……。



[18616] 第14話 その3
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:64d7f906
Date: 2012/01/21 19:59
「くっ! 撃ち漏らした!」

「すまん! こっちもフォローに回る余裕が無い!」

 前線では、相変わらずやや押され気味の状況が続いていた。なのはもどきとフェイトもどきが現れた影響で、援軍が援軍として機能しきれていないのだ。結果として撃ち漏らしがぽろぽろ発生し、ここ数分で何機かの廃棄区域への侵入を許してしまっている。まだ、両手の指が埋まるほどではなく、撃ち漏らしたのも攻撃力が低い飛行型のガジェットがメインであるため、廃棄区域に侵入しただけでは大きな被害は出ないだろうが、だからと言って見過ごしていい問題でもない。

 廃棄区域と言っても、全くの無人と言う訳ではない。スラムとなっている場所もあるし、区画整理と再開発のための解体作業を行っている人もいる。急な出来事だったため、そういった人たちの避難が完全に済んでいるかと言うと微妙なところで、本来なら撃ち漏らしなど許される状況ではないのだ。とは言え、廃棄区域にいる人間の人数は本質的には知れている上、水際防御となってからも結構な時間が経っている。今現在の時点で避難をしていないとなると、そろそろ自己責任と言えなくもないタイミングだ。

「広報部から連絡! 今から結界を張るから、敵の侵入は可能な限り廃棄区域までで抑え込んでくれ、との事だ!」

「ようやく動き出したか!」

「ああ! それと、こっちに一人、来るらしい!」

 来るのが一人、と聞いて微妙な顔をする。基本的な技能系統がかけ離れている上にレベル差が大きすぎるため、大人数で来られても連携が取れないとはいえ、この状況でたった一人と言うのは何とも言えないラインだ。

「今は猫の手も借りたい状況だ! 一人でも来るだけありがたいだろう!?」

 不安が表情に出ていたらしい一同に、攻撃の手を休めずに隊長がそんな風に言葉をかける。

「それに、一人で来るって事は隊長クラスだ! そのクラスがくれば、あの超大型の相手を任せられるんだ!」

「! それなら、状況をひっくり返せる!」

 日頃イロモノと下に見ている相手ではあるが、それでも隊長クラスが化け物ぞろいである事は知っている。平の課員に対してはともかく、いくらなんでも高町なのはやフェイト・テスタロッサ、ヴォルケンリッターなどを、イロモノだからと言って実力を下に見るほど耄碌している人間は、いかに反感を覚え蔑視している地上局員といえども基本的に存在しない。

「だから、ここで踏みとどまるぞ!」

 気合の声とともに、手持ちのカートリッジが尽きるまで攻撃を続ける隊長。それに呼応して、正面に展開するレトロタイプを全力で一掃する小隊。流石にこれだけの時間防衛戦を繰り返せば、単調な動きしかしないガジェットやレトロタイプに対しては、大して消耗せずに仕留めるコツのようなものは飲み込んでいる。AMFが無くても根本的な火力が足りない超大型や、やたらと高度なAIを積んでいて対応がやり辛いもどき二種はともかく、それ以外はそろそろ、数以外はそれほどネックではなくなってきている。

 とは言え

「ちっ!」

「本気で邪魔だな、あの超大型!」

 当れば即死しかねない超大型の攻撃に対処すると、どうしても小物を潰す作業にほころびが出る。もどき二種とは違って、連携などとは口が裂けても言えないような適当なものではあるが、それなりの攻撃精度を持つ大火力攻撃と言うのは、無視できないだけに厄介だ。

 今回もその避けると言う選択肢しかない攻撃にフォーメーションを崩され、畳み込むように小型や中型からの攻撃を浴びせられるというパターンで一時後退を強いられる。そのまま前線ラインを押しこまれ、一機か二機かを取りこぼすと言うここ何度かのパターンを繰り返すかと思われたその時、横をすり抜けてすごい勢いで飛び去った飛行型が、部隊の後方で派手に爆発する。複数の爆発音が聞こえてきたところから察するに、どうやら先ほどの取りこぼしも粉砕されたようだ。

「もしかして!」

「来たのか!?」

 その音を聞いて、急に表情が明るくなる地上部隊。彼らの声に呼応するように、爆発音が聞こえたあたりから高速で何者かが駆け寄り、大きく跳躍して超大型レトロタイプに突撃する。

「ダイナミック! アバンテ! キィィィィィィィック!!」

 気合の入った掛け声とともに、超大型を粉砕する赤い影。その掛け声と今の一撃で、誰が来たのかをはっきり理解する前線部隊。

「待たせたな!」

「すまん! 助かった!」

 予想していたより早く到着したアバンテに、感謝を込めて声をかける隊長。

「大物は全部、俺がやる! あんた達は防衛戦の維持に専念してくれ!」

「了解した! 助かる!」

「こういうのは役割分担だ。そっちの仕事を多少楽にする程度の事しかできなくて申し訳ないが、頑張ってくれ!」

「十分だ!」

 アバンテの言葉に吠えるように応え、振られた役割を全力でこなす。隊長の言葉通り、超大型が排除されるだけで、彼らは十分に戦線を押し戻す働きを見せるのであった。 







「これで三機目!」

 廃ビルの陰から出てきた空戦型ガジェットを、ヴァリアブルバレットで粉砕するティアナ。新人チームは、外周部の廃棄区域を結界に取り込めなかった原因である、撃ち漏らしの駆除に奔走していた。新人チームが撃ち漏らしの始末に回された理由は簡単で、スバルとフリードのおかげで、広報部の中では比較的長距離移動が速いからだ。スバルがティアナを背負い、キャロとエリオでフリードに乗って、全体に加速魔法をかけるという手順で、なのは達に次ぐスタンドオフ能力を得る事が出来るのだ。

 また、ティアナのクロスミラージュが指揮官仕様で、広報部のデバイスの中でも索敵範囲が広く設定されている事も理由の一つだ。優喜ほどではないにしても、ティアナ自身とキャロの探知範囲が広い事もあり、二人で組めば大体一区画を大雑把に調べることもできる。

 もっとも、チーム全体で見ると、数を相手にする時の手札に不安があるため、積極的に前線に出す事がためらわれる、と言うのも、遊撃に回される一因ではあるが。

「ティア、キャロ、次は?」

「この区画にはいないわね。スバル、エリオ、アンチテレポートと結界装置を設置して。」

「了解。」

 システムの設置を終え、ざっとエリアサーチを行って確認を取り、次の区画へ移動しようとしたところで、何かが探知範囲内をこそこそ動きまわっている事に気がつく。

「何かいるわね。」

「何かって、ガジェットの類?」

「ちょっと待って。精密探査をかけるから。」

 これが優喜なら、最初の段階で正体など分かってはいるだろうが、残念ながらティアナもキャロも、まだそれほど感覚周りが鋭い訳ではない。分かるのはせいぜい、機械の類ではない事ぐらいだ。

「……生体反応あり。大きさからいって、子供か中型犬ぐらいね。」

 ティアナの言葉に顔をしかめるスバル。この状況で廃棄区域に子供だの犬だのが居る、となると、理由は非常に絞られる。

「そう言えば、このあたりを根城にしてるストリートチルドレンのグループが居たはずね。」

「ティア、それって……。」

「スバル、それ以上は考えちゃ駄目よ。その辺の問題は、あくまでミッドチルダ政府の管轄。私達の立場は、あくまで治安維持を委託された第三者機関よ。そのあたりの問題に立ち入るなら、フェイトさん以上のやり方は基本的に出来ないからね。」

 ティアナの言葉に、浮かぬ顔で一つ頷くスバル。言われずとも分かっている事ではある。管理局のような組織がこういった統治に絡む問題に首を突っ込むのは、内政干渉になりかねない。治安維持を行う立場から要望を出すぐらいならともかく、たとえ善意から来る問題解決のための行動だとしても、ミッドチルダ政府に無断で何かをすれば、即座に管理局からの侵略行為として扱われてもおかしくないのだ。

「それで、結局何が……。」

 話を戻そうとしたところで、生体反応から攻撃的な意志をぶつけられる。反射的に身構えた瞬間に、AMF環境下で撃ったにしてはなかなかの威力の攻撃魔法が、キャロに向かって飛んで行く。

「キャロ!?」

「大丈夫!」

 反射的にたたき落としたらしく、全くダメージを受けた様子が無いキャロを見て、思わず安堵のため息をつく。

「このAMF環境下で撃ったにしてはいい威力だったけど、多分直撃してもジャケットは抜けなかったと思います。」

「それもそうね。」

 キャロの言葉に、納得するしかないティアナ。ぶっちゃけた話、飛んできた魔法の威力は上で見てもDには届いていなかった。正直、今の彼らなら、バリアジャケットなしで不意打ちで食らっても、怪我をするほどではない攻撃である。

「何にしても、今ので大体分かったわ。」

「そうだね。どうする?」

「相手の出方次第、ってところかしら。正直、わざわざ何かする必要がある相手でもなければ、事を構えたい相手でも無いもの。」

 そう言って、相手を挑発するためにこの区画から出て行こうとすると、今度はティアナに向かって魔力弾が飛んでくる。仮に直撃を食らったところでダメージにならない攻撃とはいえ、来ると分かっている物をそのまま受けるのはなんとなく間抜けな気がする。そんな理由で、とりあえず飛んできた魔力弾をクロスミラージュのグリップで叩き落とす。

 これを撃ってきたのがなのはを筆頭とする広報部の皆様なら、間違ってもこんな迂闊な真似は出来ない。だが、明らかに持って生れた資質だけを頼りに魔法を発動させている事がありありと分かる、とてつもなく構成が雑な魔力弾相手に、そこまで大げさに警戒するのもなんとなく間抜けな気がしてしまう。それに、廃棄区域の建物はどれも脆い。こんな魔力弾でも、流れ弾でビルの崩壊を誘発しないとは限らない。

 そう言ったもろもろの理由で、とりあえず手抜きそのものの対応で魔力弾を叩き落とした訳だが、流石に接触した瞬間に閃光弾に化けたり、いきなりこちらの魔力を吸収したりと言った罠全開の反応を示す事は無かった。予想はしていたとはいえ、素直に叩き落とされてくれて、内心でほっとするティアナ。一応罠だった時のための対処も準備していたとはいえ、単なる予想だけでそう言う真似をして引っ掛かるのは、それはそれで恥ずかしい。

「どうやら、どうしても次の場所に行かせたくはないみたいね。」

「全く、管理局も嫌われてるよね。」

「仕方ないわよ。こういう場所にいる人たちと治安維持組織って、お互いに天敵みたいなものだし。」

 しかも、一部とはいえ上層部と犯罪者の癒着が暴かれたばかりだ。はっきり言って、好かれる理由が無い。

「失った信頼は、これからの行動で地道に取り戻すしかないですよ。」

「そうね。そのためにまずは……。」

 辺りをぐるりと見渡し、自分達を囲んでいる人間の数と位置を大まかに確定する。気配の大きさは全部子供ぐらい。探知範囲内にいる数は、ざっと二十人程度。力づくで突破しようと思えば容易い範囲だが、どうにも放置するのはまずいのではないか、と言う感じがする。

 正直なところ、子供がこの状況下で自分達に攻撃を仕掛けてくる、と言うのが腑に落ちない。ぶっちゃけた話、ガジェットとの戦闘を見ていれば、勝負にもならないことなど子供ですら分かるだろうし、最初にその判断ができなかったとしても、一発撃って通じないとなれば、普通はやり過ごそうとする。その程度の判断ができなければ、こんなところで暮らしてはいけない。そもそも、管理局に対して思うところがあろうが、スラムの子供は絡まれでもしない限りは、普通はわざわざ自分から関わろうとはしない。

 そんな彼らが、こちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。捕まえるかどうかは別にして、何を思ってこんな無謀な真似をするのかは聞きだしておいた方がいいだろうし、いくら結界を張ったとはいえ、このあたりはまだ、危険地帯だ。避難させるに越した事は無い。

「この人数だから、絶対にリーダー格が居るはずよ。その子とちょっと、話をつけましょうか。」

「……素直に話し合いに応じてくれるかなあ……?」

 キャロの懸念に、苦い笑みを浮かべるしかないティアナ。理性ではなく感情で行動するのが、子供と言う生き物だ。正しいかどうかなど関係ない。しかも、勝てないと分かっていても喧嘩を売って来るほど思い詰めている。そこまで腹をくくっている相手に対話を持ちかけたところで、聞き入れてくれる確率は低いだろう。

「何にしてもまずは、どうやって引っ張り出すか、ですよね。」

 とりあえず通信で状況報告を入れていたエリオが、行動指針の確認を兼ねてティアナに振る。

「そうね。物陰に隠れて攻撃してくるぐらいの知恵と慎重さはあるみたいだから、そう簡単に出てきてはくれないでしょうね。」

「あまり乱暴な真似はしたくないよね。」

「でも、最悪の場合は選択肢の一つです。」

 ティアナとスバルのやり取りに、妙にやる気満々のキャロが右の拳を左の掌に叩きつけながら言う。その言葉が聞こえたのか、慌てた様子で大量の魔力弾が飛んでくる。多分、一人当たり二発か三発かは発射したのだろう。ぱっと見に百近い数が放たれている。どうやら、こちらの会話は筒抜けらしい。

 飛んできた魔力弾を冷静に迎撃するティアナ。アサルトコンバットの訓練課程で出来るようになった曲撃ちのやり方で、百近い弾を全て正確に撃ち落とす。これがなのはの弾幕だったら、たとえ数が半分以下でも絶対不可能な作業ではあるが、所詮は制御が未熟な子供がAMFを出力だけで無理やり突き抜けて飛ばす魔力弾だ。その気になれば一発で三発ぐらいは余裕で撃墜できる以上、格好つけて防ぐのもそれほど難しくは無い。

「それで、まだやるのかしら?」

 構えを解かずに次がこない事を確認し、とりあえず声をかけてみるティアナ。その言葉に対し、何かごそごそやっている気配はあるが、少なくとも姿を見せる様子は無い。反応らしい反応が無い事を確認したティアナは、次の行動に出る事にする。

「みんな、次に行くわよ。」

 自分達をこの場に縛り付けるのが目的ならば、これでなにがしかの反応があるはず。その目論見通り、ごそごそやっていた気配が一気に近づいてくる。

「いかせるかあ!」

「わるいかんりきょくをやっつけるんだ!」

 ティアナの言葉に反応したらしい子供達が、物陰からわらわらと出てきて新人チームに殺到する。上はエリオぐらいから下はヴィヴィオと同じぐらいまでの、本来なら親元で生活をしていなければおかしい年の子供ばかりだ。一番多いのはトーマと同年代だろうか。そんな彼らに「わるいかんりきょく」と言われてしまった事に、そこはかとないショックを受けるスバルとティアナ。

 そんな、傍から見れば状況に似つかわしくない、ある種ほのぼのとした雰囲気を持ち合わせた総攻撃ではあるが、その印象とは裏腹に、殺傷能力は一人前である。何しろ、全員がAMFが無ければ最低でもBランクはあるであろう出力を、一切妥協も手加減も無しで振り絞って攻撃してきているのだ。減衰があったところでD以上の威力が普通に出ている。

 さらに厄介な事に、子供達はバリアジャケットの類を纏っていない。それはすなわち、防御面ではただの子供と変わらない、ということである。実際のところ、ちゃんとデバイスで設定しておかないと、子供がバリアジャケットを纏うのは難しい。そして、彼らが手に持っているのは、ジャンク品に近い最低ラインの性能のストレージデバイス。つまり、AMFとかそういったものは関係なく、バリアジャケットの展開など不可能だと言う事だ。そんな子供たちに下手に反撃をすると、非殺傷でもどんな障害を残すか、分かったものではない。優喜ほどの技量があればともかく、ティアナ達の腕での気脈崩しなど、もってのほかだ。

 つまるところ、ティアナ達に与えられた選択肢は、出来るだけ反撃をせずに、相手の魔力と体力が尽きるまで粘る、というものしかない。普段なら、ある程度容赦なく反撃もできるが、今それをやると、この後落ち着いてからの世間の目が厳しい。

「スバル、後ろ!」

「わわっ!」

「キャロ、その子に隠れて二人ほど、魔法をチャージしてる!」

「フリード、迎撃!」

 とにかくひたすら避けて防ぐ四人。ほとんどの攻撃は当たったところで大したことは無いのだが、時折ノーダメージでは済まないものが混ざっているから油断できない。そもそも、いくら当たってもダメージを受けないレベルだと言っても、当ればそれなりに痛いし衝撃もある。

 動きにフェイントを混ぜ、流れ弾を叩き落とし、時にはウィングロードやワイヤーアクションまで駆使して弾幕をやり過ごすティアナ達。正直なところ、なのはの地獄の弾幕訓練に比べればぬるく、身を守るだけなら容易い。だが、なのはの訓練は反撃も許可されているが、今回はこちらからは一切手を出せない。自分達で釣りあげておいて何だが、非常にめんどうくさい状況である。しかも、傍目に見れば、実戦を経験した局員が、子供が無作為に放つ弾幕から死に物狂いで逃げ回っているという、実に情けない光景に写るのである。容赦なく反撃するよりはマシとはいえ、確実に彼女達の評価は落ちるだろう。

 そんな膠着状態がそこそこの時間続き、いい加減子供達の何人かの魔力か体力が切れたころに、アクシデントが起こった。

「あっ!」

 子供の一人が撃った魔力弾がコントロールを失い、別の子供、それも一番年下であろうヴィヴィオよりも幼い感じの少女に向かって飛んで行ったのだ。子供達の攻撃は言うまでも無く物理破壊設定で、バリアジャケットなしで当ればタダでは済まない。今までの攻撃は流れ弾が子供達の方に飛ばないように注意して防いでいたが、流石に自滅の類まで完璧に対応できる訳ではない。

 しかも間が悪い事に、ティアナが迎撃しようにも間に二人いる子供に射線を防がれ、スバルは反対方向に逃げて大量の魔力弾を誘導し終えたところで、ターンして全速移動をしても間に合う距離ではない。キャロはまとわりついてきた子供を引きはがすのに必死でフォローに回る余裕は無く、むしろフォローが必要なぐらいだ。衝撃波を飛ばしたばかりのエリオは、溜めが必要である事を考えると飛び道具による迎撃は難しい。

 こうなったら体で止める、と、子供二人を強引に押しのけようと動くティアナ。だが、それよりも早く、エリオがソニックムーブで割り込んだ。

「っ!」

 予想より大きなダメージが抜けて来て、思わず息を止める。その様子を見たかばわれた子供が、とっさに魔力を練り上げて、エリオの鳩尾にゼロ距離で魔力弾を叩き込む。予想していたものの防御が間に合わず、まともに食らってしまうエリオ。ダメージそのものは大したことは無いが、今の一撃で完全に呼吸が乱れる。

「いまだ!」

「そうこうげき!」

 その様子を見ていた子供達が、容赦なくエリオに攻撃を集中させる。かばわれている仲間に当たる可能性など微塵も考えない、徹底した嵐のような攻撃である。

「があ!」

 大量に叩き込まれる魔力弾に、悲鳴を押さえきれないエリオ。元々防御力が高い訳ではない彼の場合、呼吸を乱され防御力が落ちている状態では、子供達の魔力弾でもノーダメージにはならない。防御力向上の指輪の効果も、これだけの数がまとまって当れば、完全に防ぎきることは難しい。何より、かばっている子供の至近距離からの攻撃がきつい。流石に死ぬような事は無いが、この後を考えると少々まずい程度にはダメージが残りそうだ。

「エリオ!」

「エリオ君!」

 これはまずい。流石にまずい。滅多打ちにされているエリオもまずいが、集中攻撃をかけている子供達の方もまずい。自分達の行動に興奮し、だんだん歯止めが利かなくなってきている。このまま放置しておくと、勢い余って仲間を撃ち殺しかねない。撃ち落とそうにも手数が多いし、第一、かばっている子供からの攻撃はどうにもならない。

 こうなっては、管理局の評判に配慮などしていられない。子供達に攻撃を入れようとクロスミラージュを構え、引き金を引こうとした瞬間、エリオと子供達の間に何かが飛び込み、魔力弾を全て食いつくす。

「あなた達、いい加減にしなさい!」

 魔力弾が消えると同時に、予想外の声が子供達に雷を落とす。見ると、エリオと子供たちとの間に、大量の虫の死骸が。

「えっ?」

「メガーヌさん、……じゃなくて、マドレさん!?」

「遅くなってごめんなさい。他のところで子供を使って余計な事をしようとしていた馬鹿を始末するのに、予想外に手間取ったのよ。」

 現れたのは、スカリエッティ一味の一人であるはずの、マドレであった。







「どうにも、我ながらずいぶんと後手に回ったみたいだな。」

 マドレの杖から送られてきた情報に、思わず苦い顔をするハーヴェイ。ミッドチルダ以外の場所にいる連中の動きはどうにか抑え込めたのだが、流石にクラナガンの孤児院は最初から間に合わなかった。そのしわ寄せが、マドレに行ってしまったらしい。

「どうしてあいつらはよくて、俺達は駄目なんだよ!?」

「あいつらは、単に間に合わなかっただけだ。」

「だけど、ハーヴェイ! 管理局は、自分の罪を棚に上げてドクターを捕まえようとしてるんだぞ!?」

「そうだ! 自分たちこそ悪の組織のくせに、父さんを犯罪者扱いするのをどうして許すんだ!」

「犯罪者扱いも何も、やっている事は普通に犯罪だからな。」

「なんだと!?」

 管理局に対して思うところがないではないが、それとこれとは別問題だ。そもそも、管理局と言う組織全体が犯罪を犯した訳ではないし、第一、真正面から一般市民を巻き込もうとしているスカリエッティの、もっと正確に言うならクアットロの方が、何倍も悪質である。

 それに、ここにいる、いや、スカリエッティが出資し、管理局の違法研究の成果を押し付けた孤児院にいる孤児のうち、少なくない割合の子供が、スカリエッティが量産し売り歩いたガジェットをはじめとした兵器によって親を殺されているか、犯罪組織がプロジェクトFの成果を利用してテロを起こしたり、そのまま失敗作として不法投棄したのが原因でここにいる。管理局が違法研究の成果をたらい回しにした結果、と言う子供は実際のところは少数派だ。

 プロジェクトFが流出したのは管理局が原因でも、それをよろしくない事に利用するのは犯罪組織が悪いのだし、そもそも、技術はあくまで技術だ。ガジェットのように最初から戦闘目的で作ってあるものはともかく、クローン技術など使いようで善悪どちらにでも転ぶものである。その全ての責任を管理局に押し付けるのは、明らかに不当であろう。

「もう一度言っておく。ドクター・スカリエッティは、お前達が手を汚すことを望んでいない。」

「どういう意味だよ!」

「元々、あの男は管理局を潰すつもりなどない。今回の件、単にクアットロが余計な事をした結果、引くに引けなくなったから、ついでにやりたい事をやってしまおう、と言う程度にすぎない。」

 問答を続けるのが面倒になったハーヴェイが、裏を全てぶちまける。そのあまりに適当で泥縄的な理由に、激昂していたのも忘れて、唖然とする孤児たち。

「流石に、そんな詰まらん理由で始めた事に、お前達が巻き込まれるのは不本意だと言っていたよ。」

「……それは本当か……?」

「ああ。」

「……だとしても、俺達だけがこんなところでくすぶっているのは、納得できない。」

「納得できなくても、納得するんだ。」

 またしても、押し問答が始まる。あくまでもハーヴェイの言い分に納得がいかないリーダー格と、何が何でも孤児たちを関わらせる訳にはいかないハーヴェイ。感情論で動こうとする相手を説得するのは、実に骨が折れる仕事である。しかも、相手は世間一般では、ようやく一人前扱いされる年になるかならないかの子供だ。いかに就業年齢が若いミッドチルダといえども、クロノではあるまいし、十三や四で感情に流されずに行動できる人間はそうはいない。

「もう一度言う。ドクターが違法研究に手を染めている事も、研究のために多数の人間を殺している事も、無許可で兵器を量産して違法組織に売りさばいている事も、全部事実だ。管理局が腐っているかいないかに関係なく、犯罪者として逮捕されるには十分な理由だ。」

「だったら、父さんだけを犯罪者にしたくない!」

「その行動が、下手をすればドクターの評価をさらに下げる事になるかもしれないのに、か?」

 ハーヴェイの言葉に、意味が分からないと言う表情を浮かべるリーダー格の少年。その様子を見て、ため息交じりに言葉を続ける。

「こう言っちゃなんだが、お前達はガジェットと戦った経験は、いや、そもそも大人の魔導師と戦った経験はあるか?」

「……ある訳無い。」

「ならば、向こうに行っても的になるだけだ。それも、ガジェットのな。」

「何でだよ!」

 ガジェットの的になる、などと言う意味不明な言葉に、ついつい思いっきり噛みついてしまうリーダー。他の子供達も、理解不能だと言う顔をしている。

「あのな。ガジェットに、お前達を登録してあると思うか?」

 ハーヴェイの言いたい事を察したらしいリーダーが、反論できなくなって言葉に詰まる。ざっと様子を見て、この問答の意味を理解していない様子の子供を何人か確認したハーヴェイが、解説を兼ねて言葉を続ける。

「所詮、ガジェットは機械だからな。事前に登録した人間以外を攻撃するとか、その程度の設定しかできない。仮にドクターがお前達の除外設定を生産段階で組み込んであったとしても、管理局がレトロタイプと呼んでいる機種には関係ない。だから、どう転んだところで、結局的になるだけだ。それも、味方しようとした相手からのな。」

 ハーヴェイの言葉で、ようやく全員が彼の言いたい事を理解する。

「そもそも、クラナガンの外周部を囲んでいる軍勢の中に、人間が存在していないのも同じ理由だ。基本的に、あの数を用意出来たのは複数の組織が手を組んだからだが、それほど横のつながりがある訳じゃない。それに、管理局は共通の敵だが、敵の敵だから味方という単純な話でもない。」

「もしかして、あいつら手を組んでるくせに、お互いのメンバーを登録してないのか!?」

「ああ。運よく流れ弾でも食らって死んでくれれば、この後相手の勢力が弱くなってありがたいからな。だから、ガジェット各種とレトロタイプ各種ぐらいしか、全機共通で除外設定登録されている物は無いだろうな。」

 仲間内でもそうなのだから、一般人を除外設定する理由は無い。そもそも、ガジェットやレトロタイプに、一般市民かどうかなど識別する能力などつけようがない。ゆえに、父さんのために、などとのこのこ前線に出ていけば、機械兵器に盾にされた揚句、管理局員と一緒にハチの巣にされるだけだ。

「ここまで言えば、却ってドクターの評価を下げる事になる、という言葉の意味も分かるだろう?」

「……俺達が出ていけば、自分で育てた子供を盾にした揚句のはてに、敵味方まとめて始末する血も涙もない外道扱いされる、ってことか?」

「そう言う事だ。」

 ようやく、ハーヴェイが何故止めていたのかを理解し、唇をかみしめる子供たち。その様子に、今度は安堵のため息をつく。

「何かをするにしても、終わった後の事だ。その時点でお前達が手を汚していると、進むものも進まなくなる。」

「……分かった。悔しいけど、我慢する。」

「ああ。我慢してくれ。」

 一番反応が過激だった連中をどうにか納得させ、ひと仕事終えた気分になるハーヴェイ。他の孤児院からミッドチルダに行くにはかなり時間がかかるため、仮に考えを翻して出て行っても、つく頃には全てが終わっているだろう。クラナガンで暴発したちびどもに関しては、マドレに任せておけば上手くやってくれるはずだ。

 全てが終わった後に行動を起こすかどうかはともかく、今ここで動かれてしまっては、スカリエッティが画策した事がすべて無駄になってしまう。何のために、勝ち目が無いと分かっていながらこれだけの数の犯罪組織を煽って動員したのか、多分この子たちは理解していないだろう。

「後は、広報部に任せるしかないか。」

 すでにできる事をすべて終えたハーヴェイは、終わってからの事を考えて、憂鬱そうにため息をつくのであった。







「あなた達、そんな事しちゃ駄目だって言わなかったかしら?」

「マ、マドレ……。」

「返事は?」

「ご、ごめんなさい!」

「でも、こいつら、パパを捕まえようとしてるんだよ!?」

 子供達の予想通りの動機に、深々とため息をつくマドレ。彼らの言うパパのためを考えるのであれば、一番やっちゃいけない類の行動だ。

「あの、マドレさん……。」

「この子たち、一体何?」

「ん? ああ。」

 状況についていけなくなっていた新人チームの問いかけに、苦笑交じりに一つ頷いて見せる。

「この子たちはね、ドクター・スカリエッティが資金を出している孤児院の子供よ。」

「は?」

 マドレの予想外の回答に、思わず間抜け面を晒しながら絶句するティアナ。広域指定犯罪者と孤児院。これほど微妙な組み合わせも無いだろう。しかも、自分の遺伝子を仕込んだサイボーグを作るとか、いろんな意味でアウトくさい種類の技術型犯罪者だ。ろくな単語を連想しない。

「もしかして……、人体実験と資金洗浄……?」

「その意図が全くないとは言えないけど、根本的には別の理由よ。」

「別の理由、って……。」

「まあ、今はその話は横に置いておきましょう。どうせ、このまま事態が進んで、フェイトお嬢様あたりがドクターを逮捕しに行けば、大体の理由ははっきりするはずだし。」

 マドレの言葉に、一つ頷く。とは言え、そのマドレ自身に関しても、どうにも違和感がぬぐえない。声一つとっても、前回初めて遭遇した時から比べて、妙に艶が無くなっている。それに、前回すでに顔を晒していると言うのに、今日はフードを深くかぶって、その表情を見せようとはしない。

「それで、この子たちは、ジェイル・スカリエッティが捕まらないように、管理局の行動を妨害しようとした、ということでいいの?」

「まあ、そんなところね。誰がそそのかしたか、なんて、いう必要は無いわよね?」

「なんとなく分かるわ。」

「まあ、当人には、そそのかしたという意識すらないかもしれないけど。」

 やりそうなメガネの顔を思い浮かべ、思わず深く納得してしまう。

「それで、エリオ君は大丈夫かしら?」

「え、えっと、さすがに鳩尾に何発かもらってるので、ノーダメージではありませんけど……。」

「そう。ごめんなさいね。ポロ、ありがとうは?」

 マドレにそう促されて、ポロと呼ばれた少女があからさまに不服そうな顔をする。

「どうして、こんなやつらにおれいをいわなきゃいけないの?」

「命を助けてもらったんだから、お礼を言うのは当たり前でしょ?」

「たすけてもらってなんかいない!」

 強情な少女にため息を漏らし、諭すように言葉をかける。

「あのね。このお兄ちゃんがポロを守ってくれなかったら、どうなってたか分かってる?」

「こいつがかってにやったことだもん! それに、どうせポロたちのことをかいじゅうしようとしたにきまってるよ、マドレ!」

「理由がどうであれ、このお兄ちゃんが居なかったらポロが死んでたかもしれないのは事実よ?」

「でもでも!」

「そもそも、あなた達のやり方は、悪い人たちそのものよ。自分の仲間をかばってくれてる相手に、あんな風に攻撃するなんて卑怯だし、このお兄ちゃんがポロをかばうのをやめてたら、どうなってたと思う?」

 マドレに諭されて、反論できずに口ごもる子供達。

「大体、あなた達があんな風にこのお姉ちゃん達に攻撃をしちゃうと、パパが今より悪者になっちゃうのよ?」

「え~!?」

「そうなの!?」

「自分はこそこそ隠れて、子供をけしかける悪い大人だ、って、既に思われちゃってるかな、多分。」

「そんなあ!」

 本当にそうなのか、と、憎き管理局の方を見ると、微妙に苦笑を浮かべながら頷かれてしまう。その様子に、愕然とした表情で固まってしまう子供達。子供をけしかけて、の部分は、十年近く前に年齢規定が入るまでの管理局は人の事は言えなかったのだが、それでも子供だけをけしかけるような真似はしていなかった。五十歩百歩かもしれないが、大人が居るか居ないかと言うのは、いろんな面で大違いだ。

「これ以上パパを悪者にしないために、さっさと帰りなさい。」

「「「「「は~い。」」」」」

「後、お兄ちゃん達にごめんなさいとありがとう!」

「「「「「ごめんなさい、あと、ポロを守ってくれてありがとう。」」」」」

「ありがとう……。」

 不承不承という感じで、それでも素直に謝罪と感謝の言葉を告げる子供たち。マドレの言う事には、比較的素直に従うらしい。

「それじゃあ、私はこの子たちを送り届けてくるから。」

「はい。ありがとうございます、助かりました。」

「こっちこそ、最後まで自重してくれてありがとう。」

 そんな感じで和やかに挨拶を交わし、そのまま互いに自分達の目的地に移動を開始しようとしたところで、ティアナが殺気を感じ取って、とっさに抜き撃ちで砲撃を発射する。

「があ!」

 子供たちの頭上を越えた砲撃が、いつの間にか廃ビルの屋上にいた男を打ちのめす。どうやら、子供達の相手に気を取られているうちに、廃棄区域への侵入を許したらしい。設置したアンチテレポートや結界がちゃんと発動しているところを見ると、発動前の隙間を縫って侵入したのだろう。

「スバル!」

「了解!」

「まだいるかもしれないから、マドレさんは早く子供達を!」

「了解! 嫌な予感がするから、出来れば誰かついてきてくれないかしら?」

「私が行きます!」

 にわかにあわただしくなった新人たちをあざ笑うように、新たな砲撃が飛んでくる。子供達と違い、広域AMFの除外設定の恩恵を受けているその一撃は、当れば怪我では済まない程度の威力がある。

「マドレさん、この子たちの孤児院って、どのあたりですか!?」

「廃棄区域をちょっと抜けたぐらいのところ! 一応結界の範囲内だけど、この分じゃ、安全とは言い切れないわね……。」

 マドレの返事に顔をしかめる新人チーム。正直、嫌な予感しかしない。

「エリオ! こっちはあたしとスバルで何とかするから、あんたはキャロと一緒に子供達の護衛!」

「了解です!」

 このまま分断される事に対する不安を頭の片隅に抱えながら、それでも管理局員としての役割を第一に考える。自分達が不利になるとしても、子供が巻き込まれて死ぬよりは余程いい。

「スバル! ここが踏ん張りどころよ!」

「分かってる!」

 数人仕留めて退路を確保し、そのまま相手の足止め、と言うより殲滅に入る。相手の数は、仕留めた分も含めて二十人程度。やり合った感じでは、一番上でもAAぐらい。なのはやフェイト、フォルク、カリーナにアバンテ、果ては三十メートルクラスの恐竜型魔法生物ともやり合う特別研修、通称・地獄のフルコースをくぐりぬけてきたスバルとティアナからすれば、不利ではあるが勝てない相手ではない。

「スバル! まずはフォーメーションA! 優先順位はすり抜けようとしてる奴、射程の長い奴、突破能力の高い奴!」

「了解!」

 残りはたかが十人強。気合を入れて制圧に入る。新人チームにとっての修羅場は、こうして幕を開けたのであった。



[18616] 第14話 その4
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:60d866f5
Date: 2012/01/28 21:24
「隊長! 駄目です!」

「まだ……、敵が居る……!」

 満身創痍の体を引きずり、治療担当の隊員を振り切って、地上196部隊隊長は戦場に戻ろうとする。現在ここ南口の状況は、ほぼ壊滅的と言っていい。普通の戦争における敗戦ラインと言われている、戦力の損耗率三割はとっくの昔にすぎており、回収できずに流れ弾で原形をとどめなくなるまで破壊された遺体も少なくない。隊長自身もすでにスケープドールは破壊され、重傷のわき腹と左肩をはじめ全身くまなく負傷している。魔力もほとんど空で、あと何発か攻撃すれば、カートリッジの反動で死にかねない。

 とは言え、彼以外の生き残りも、ここに戻ってきている人間は似たり寄ったりだ。そもそも、いまだにスケープドールが残っている隊員自体がすでにおらず、辛うじて無傷でしのいでいる人間が数名いる程度だ。海の援軍もすでに半壊と言っていい被害が出ており、もはや全滅は時間の問題である。脇腹をえぐられた程度なら適当に止血して戦闘を継続している、と言うのが実際のところで、一秒ごとに状況は悪くなって行っている。

 そもそも出だしの状況が悪かった事に加え、ここが手薄だと言うのがすぐにばれたらしく、増援が最も多く投入されたため、一気に戦況が悪化した。他の場所と違って遮蔽を取りにくく、数の差がダイレクトに出てきたのも痛かった。その上、撹乱のためか犯罪組織の下っ端どもが後ろでちょろちょろ余計な事をしてのけ、そうでなくても少なかった余裕を全て削り取ってくれている。今現在拮抗を保てているのは、海の部隊が張った物理結界の恩恵にすぎない。

 もっとも、その下っ端どもに関しては、割と最初の段階でレトロタイプの攻撃を受けて、すでに全員絶命している。多分、口封じの類であろう。

「今その体で出て行っても、無駄死にするだけです! 第一、魔力だってほとんど無いじゃないですか!」

「カートリッジを使えば……、三発ぐらいは……、砲撃を撃てる……。」

 砲撃三発など、この状況では焼け石に水だ。そもそも、隊長がここでそう言う死に方をしてしまうと、ここを凌ぎきった後、隊を立て直すのに余計な時間がかかってしまう。指揮官と言うのは、生き残って責任を全うするのも仕事なのだ。

「とにかく! ここを通す気はありませんから!」

 隊長と押し問答を続けていると、辺り一帯を膨大な魔力が覆い尽くす。

「治療結界? 援軍!?」

 突如張られた結界の効果に、思わず喜びのにじんだ声を上げてしまう治療術師。張られた結界の難易度はいいところ上の下、治療専門の魔導師ならそれほど苦労せずに張れる代物だが、込められた魔力の量が桁違いである。はっきり言って、この魔力なら、余程の重症者以外は五分もあれば全快しかねない。

 結界の状態を確認していると、結界の外を桜色の魔力光が走り抜ける。いわゆるクラスター砲と言うタイプの砲撃で、弱いが数が多い相手を叩くときに使われるものだ。この色の魔力光とこれだけの魔力を持つ人物と言えば、一人しかいない。

「遅くなりました!」

「……高町一等空尉、ですか……。」

「はい、高町なのはです!」

 デビューしたころからつきあいのある隊長の姿を見て、泣きそうになるのを必死にこらえる。

「これより敵の掃討に移ります! 皆さんは一度下がって、体勢を立て直してください!」

「我々も……、戦います……。」

「まだ、この後があるんです! ここで全てを使いきっちゃいけないんです!」

「戦いを……、好まないあなただけに……、全てを押し付ける訳には……。」

 年が親子ほど離れた目の前の隊長にとって、なのはとフェイトは、いまだに十歳の少女のままなのだろう。初めてあった頃から随分と背も伸び、多くの女性がうらやむプロポーションを手に入れ、すでに恋人まで居るのだが、やはり最初のイメージが強いらしい。

「そう思うのなら、ちゃんとここで体を治して、ちゃんと戦えるようになってください。あまり言いたくはありませんが、その怪我で戦闘に参加されると、気になって集中できません。」

 娘のような存在に暗に足手まといと言われてしまい、情けなさに泣きたくなってしまう隊長。だが、この心やさしい女の子の場合、怪我人、それも重傷だと言える人間がしゃしゃり出ると集中力が散漫になり、それこそ命にかかわるミスを犯しかねない。その可能性が無視できない程度にはある以上、いくら歯がゆくても大人しくするしかない。

「さっき減らした程度の数では、大して時間は稼げません。早く避難を!」

「……分かった。……済まないが、……退却指示を代わりに出してくれないか。……大きな声を出すのは、……少々辛くてね。」

 隊長の頼みを聞き、一時退却の指示を代理で全部隊に通達する治療術師。その言葉と同時に結界を飛び出し、もう一度クラスターを撃つなのは。たった二発で三割近い数を仕留めるものの、その結果にいまいち不満げな顔をする。

「やっぱり、セイクリッドクラスターだと、これだけの範囲に広がった相手を仕留めるには、ちょっと効率が悪いよね。」

『肯定します。』

「あまりやりたくないけど、やっぱりあれの方が早いかな?」

『むしろ、他に効率よく殲滅する方法は無いでしょう。』

 レイジングハートの言葉に一つ頷くと、サーチャーを飛ばしてざっと位置取りを確認する。最大効率で殲滅するなら、その場から動かないのが一番だ。

「レイジングハート、ラピッドモード!」

『ラピッドモード。』

 なのはの掛け声にあわせ、レイジングハートが新モードを披露する。先端の形状こそさほど変わらぬものの、中ほどにドラム型の大きなカートリッジシステムが取りつけられ、その付近に腰だめに持って横に薙ぎ払いやすいようにグリップが追加されたそれは、もはや杖とはとても呼べない姿になっている。

「行くよ、レイジングハート!」

 袖口から引っ張り出した弾帯を斜めに二周して肩にかけた後ドラムに接続し、気合を入れて腰だめに構える。主の声に応え、即座に虚空に辺り一帯の敵の分布を表示するレイジングハート。そのデータに合わせ杖の先端を向け、この形態の専用技を発動させる。

「ラピッドバスター!!」

 トリガーとともに景気よくベルトを飲み込みカートリッジを撃発し、ものすごい勢いで吐き出されるディバインバスター。手数による面制圧を重視したため、爆発力より貫通力を向上させたその砲撃は、地面すれすれで勝手に曲がり、一本一本が多数のガジェットやレトロタイプを飲み込んで粉砕していく。

 秒間五発を数えるディバインバスター。その威力を落とさないためのドラム式カートリッジシステムは、今のところ弾詰まりを起こしたりせず、順調に魔力を増幅し続けている。レイジングハート本体にもこれと言った悪影響は出ておらず、問題なくあたりにカートリッジの空薬莢を吐き出し続けている。

 普通ならこんな真似をすれば体が持たないものだが、そこは持久力をとことん追求している竜岡式。もともと弾帯に使われているのが、威力低下を抑えるためだけの小型カートリッジなのもあり、この程度の反動は無いも同然である。豪快に軽快に砲撃をばらまき続けて三十秒、辺り一帯の敵影は綺麗に消え去っていた。

「レイジングハート、敵の追加は?」

『今のところ確認されていません。』

「ベルトのカートリッジ残量は?」

『約75%。残り九十秒は掃射が可能だと思われます。』

「了解。」

 状況を確認して地上に降りる。敵が居なくなったのであれば、他の事をやればいい。他所に援護に行く前に出来る範囲で遺体の回収ぐらいは済ませ、部隊の立て直しをちゃんとしておかなければ、次に悪い方に状況が変化すればここから崩れていくのは目に見えている。

「敵の掃討を完了しました。」

「……相変わらず、すさまじいですね……。」

「いろいろ問題がある形態なので、本当はあまり使いたくないんですけどね。」

「問題、ですか。たとえば?」

「まあ、一番大きいのは見た目なんですが、専用のカートリッジだから他のデバイスと全く互換性がないとか、物理的な稼働部分が多いからトラブルが起こりやすいとか、カートリッジを使ってる割には言うほど一発の威力を増やせないとか、結構致命的な問題がちらほらと……。」

 なのはの説明に、そうだろうなあ、と納得してしまう治療術師。特に見た目の問題、と言うのはよく分かる。仮にもアイドルにあのデバイスは無い、とは誰もが思うことだろう。威力に関しては、レトロタイプやガジェットを複数消滅させて減衰しなければ十分すぎるだろう、と言うのも共通認識に違いない。

「とりあえず、次に何があるかは分からないので、治療を手伝います。何をすればいいですか?」

「そうですね……。」

 激戦区の南口は、激戦区であったがゆえに最強の援軍が送り込まれ、結果として一番早くガジェットとレトロタイプの混成部隊を制圧する事になったのであった。







「南口の制圧、確認しました!」

「北東部、現在八割制圧!」

「やっぱり、なのはちゃんらがおるところは早いなあ。」

「伊達に管理局の最大戦力と認定されている訳では無い、と言う事ね。」

「ですが、残存部隊の損耗率がどちらも四割を超えています。集中力が途切れた現状では、事実上壊滅したと言ってしまって間違いないと思います。」

 グリフィスの生真面目なコメントに、思わず難しい顔をしてしまうはやて。損耗率四割オーバーと言うのは、普通であれば退却途中で受けたダメージも合わせた結果に近い。そこに至るまで踏みとどまった、ということ自体が驚きだが、それだけの被害が出るまで援護にいけなかった、と言う事でもある。地上部隊の責任感を評価する以前に、自分達の初動が遅すぎた事が問題視されるのは確実だ。

「四割かあ……。どっかから戦力を引っ張ってこなあかんなあ……。」

「戦力、ねえ……。」

 何とも難しい状況に唸ってしまう。そんな余剰戦力があれば、最初から苦労してはいない。だが、いつまでもなのはやフェイトをその場に張りつけておくと言うのももったいないし、第一、彼女達にはゆりかごの制圧とスカリエッティの逮捕という大仕事が残っているのだ。

「戦力の当ては、ない訳ではないのだけど……。」

「ほんまですか?」

「ええ。ただ、状況が分からないのよね。」

「状況?」

 はやて達の怪訝な表情に、どう説明しようか少し考え込むプレシア。

「私がAMF対策でいろいろ作っていたのは知っているわよね?」

「そら、そのせいでアースラの艤装が遅れたんやし。」

「そのうちの一つが、今日最終調整をやってるはずなのよ。」

「それってどんなシロモンなんです?」

「数年前から開発されていた魔力無効系技術対策の兵器、通称AEC兵器をベースとした一般局員向けの特殊兵装、その先行量産型よ。」

 その言葉に驚くべきかどうか、微妙に悩むはやてとグリフィス。プレシアが裏でいろいろやっているのは今更の事だし、その成果が常識の範囲内に収まらないのもいつもの事だ。とは言え、アースラの艤装やら新デバイスの面手や改造やらをこなしながら新兵器を先行量産までこぎつけていると言うのは、さすがに驚くべきなのかもしれない。

「で、具体的にはどんなもんを用意したんですか?」

「今の段階では、特殊魔導砲・ストライクカノンと、航空魔導師支援ユニット・フォートレスの二つね。とりあえず、コアとなるジュエルジェネレーターの量産試作品が予定よりかなり多く出来たから、ストライクカノン四百とフォートレス二百を用意して、地上と海に試験配備したの。で、納品が先週末で、今朝聞いた状況では昨日の時点で合同での最低ラインの訓練が終わって運用が固まって、今日最後の微調整をやってるところだと言っていたから、多分そろそろ動けるはずなのだけど……。」

「首都航空隊から連絡! フォートレス隊の準備が完了。出動先の指示を求む、とのことです!」

「ナイスタイミングやな。プレシアさん、フォートレス隊とやらだけで、北東部と南口の穴は埋まります?」

「流石に厳しいわね。今回のは扱いやすさを重視して武装をかなり絞り込んであるから、全体的に大物を相手にするにはパワー不足なのよね。全員がストライクカノンを併用する事を前提で考えても、やはりサポートはあった方がいいわね。」

 プレシアの厳しい説明に、必死になって頭を回転させる。何にしても、ここで方針を決めるのに手間取って、投入が遅れる事だけは避けねばならない。

「ほな、とりあえず他所から回す前提で北東部と南口に三小隊ずつ、拠点制圧に三小隊。残りは一旦均等に割り振るとして、どこから北東と南に戦力を回すかな……。」

 とりあえず指示を出した後、戦況を確認してざっと計算する。どこも微妙に一進一退だが、それでも明らかに余裕が出ているところはある。ただ、戦闘と言うのは水ものだから、ほんの少しの戦力の変化で状況がひっくり返る、などと言う事は珍しくない。故に、そこからどの程度回していいのかという判断は難しい。

 また、全体的に予定よりいい感じで話は進んでいるが、一部想定外の状況になっている部分もある。その最たるものが、遊撃に回ったティアナ達新人チームが、トラブルに巻き込まれて足止めを食らっていることだろう。おかげでそのしわ寄せが竜司とカリーナに降りかかり、予定よりもアンチテレポートと結界の設置が進んでいない。

「フォートレス隊が動けるとなると、ストライクカノン隊もそろそろ動けるはずよ。ただ、あっちはフォートレス隊と違って足が遅いから、どれだけ頑張って急行しても五分はかかると思った方がいいわ。」

「……五分稼げればいいの……?」

 ブリッジの手伝いをしながらプレシアとはやてのやり取りを聞いていた美穂が、蚊の鳴くような声でぽつりと聞いてくる。その言葉に、その場にいた人間の視線が集中する。

「稼げるん?」

「……五分持たせるだけなら……。」

 その美穂の言葉に、ほんの少し考え込むはやて。出した結論は、聞くだけ聞こう、である。

「美穂の考えを言うてくれへん?」

「……西口と南東部は、拮抗させるだけなら、あと五%戦力が少なくても問題ありません……。」

「断言できるん?」

 はやての問いかけに頷く。戦場を知らない美穂ではあるが、今までの状況の推移から、どのラインまでは大丈夫か、と言うのは大体察している。この場合、すぐにフォートレス隊が一部隊到着する事と、ストライクカノン隊が到着するまでの五分を凌げば問題ないことから、敵の行動で余程状況が悪化しない限りは問題ない。正直なところ、ぎりぎりまで削っていいと言うのであれば、二割ぐらい他所に回してもまだ余力があると判断しているが、実戦経験の無い自分がデータだけで判断するのは危険だと考え、安全マージンを多めに見積もって答えたのだ。

「……やけに自信あるけど、その理由を聞いてええ?」

 はやての言葉に、余力があると考えた根拠の一つを指さす。指さした先にあるのは、前線の隊員のバイタルデータと損耗率の一覧表。確かに美穂が提案した二カ所の部隊は、バイタルデータを見てもほとんど消耗しておらず、損耗率もほとんど無傷と言っていい数字だ。

「……逆に、ここに戦力を集中させて、一気に制圧して他所に援軍を出す、という方法もあります……。」

「せやな。よし、分かった。」

 美穂の意見を聞いて、何かを決めたらしい。

「プレシアさん、ゆりかごは西口と南東部、どっちの方が近い?」

「西口かしら?」

「アンチテレポートと結界の状況は?」

「どちらも安定しています!」

「ここでやるべき作業も終わっているし、今ならアースラを動かせるわよ。」

 その言葉を聞いて、決断を下す。

「アースラを西口へ!」

「了解!」

「西口と南東の隊員のうち、まずは一番消耗の少ない部隊を二部隊ずつ南口と北東部へ! 私が出た後は、グリフィス君が全体の指揮を。美穂ちゃんは、出来ればグリフィス君のサポートをお願いや。」

「……善処します……。」

「無理はせんでええで。元々グリフィス君はそのための訓練を受けてるんやし。」

 はやての言葉に小さく頷く。劣勢だった状況は、急速にひっくり返る気配を見せ始めたのであった。







「ランスター執務官より連絡! これよりマスタングの拠点へ強襲をかけるため、可能であれば広報部から何名か支援が欲しいとのことです!」

「マスタングの拠点か……。」

 ティーダからの要請に、じっくり考え込む。ざっと支援要請を出せそうな人間のリストを頭に思い浮かべ、とりあえずその中で一番無難そうなカリーナに連絡を取ろうとして、ヤマトナデシコの三人と目があう。

「優喜君となのはちゃんに、ちょっと連絡とって。」

「あの二人を動かすのですか?」

「いや。ヤマトナデシコの三人、現時点での仕上がり具合はどうなんかな、って。」

「……規定に引っかかりますよ?」

「今更の話や。それに、この子らの切り札は、後方支援にうってつけやった覚えがあるし。」

 はやてに言われ、しょうがなしになのはと優喜を呼び出すグリフィス。

『どうしたの、はやてちゃん?』

『何か厄介事?』

「そこまでの事やあらへんねんけどな。」

 そう言って、ざっと詳細を説明する。

「最初はカリーナを送り込もうかと思ってんけど、そうすると結界内部の対応が手薄になるねん。それに、下手にあの辺を送り込んで、手柄を横取りする形になってもまずいしな。そう言うわけやから、後方からヤタノカガミか神楽で支援させるだけやったら、何とかならへんかな?」

『……確かに、高天原なら拠点制圧の支援にはいいし、マスタングの基地は機械兵器が主体だろうから、初陣からいきなり人を殺したとかそういう問題にはつながりにくいだろうけど……。』

「因みに、三人の力量的には、どんな感じ?」

『実戦経験の無さを差し引いて、総合A+ってところ。支援限定ならミコトはAAA、リーフはAA+ぐらいにはなるかな?』

『体力面はまだまだ地上の一般局員にも劣る感じだけど、気功の基礎はできてる。那美さんいわく、三人とも霊力の扱いとは相性がいいらしくて、特にミコトは現段階で神咲の上位といい勝負だって言ってた。フルドライブでドーピングするんだったら、短期決戦ならどうにかなるんじゃないかな?』

「十分やろう。出来るだけ前の方に出さんようにしてもろて、保険でリニスさんについていってもろたら何とかなるんちゃう?」

 はやての言葉に唸るなのはと微妙な顔をする優喜。

『リニスさんを送り込むんだったら、いっそ僕がそっちに行こうか?』

「いや、優喜君はこの後なのはちゃんと一緒にゆりかごの攻略に回ってほしいし、フェイトちゃんはスカリエッティのラボや。竜司さんは拠点制圧言うより拠点破壊になりそうやし、何より優喜君も竜司さんも立場は外部協力者や。あんまりこういうケースで暴れてもらうんも、後々ややこしい事になる。」

『まあ、グレアムさんとかレジアスさんとかがOKを出すなら、そこははやてに一任するよ。』

『納得はいかないけど、人手不足だもんね。トーマ達を駆り出さないだけまし、ってことにしておくよ。』

『とりあえず、過保護かもしれないけど、美穂に預けておいたエンチャントアイテム、全部渡しといて。』

「了解や。」

 優喜の言葉に、これでかつる! などと内心でガッツポーズをとりながら一つ頷く。優喜達との会話を聞いていた美穂が、デバイスから山盛りのエンチャントアイテムを取り出し、ヤマトナデシコの三人に使い方や機能を説明している。一番えげつないのが、複合エンチャントで物理攻撃無効と光学兵器無効がかかったペンダントで、元々ゆりかごとスカリエッティのラボに突入するメンバー用に用意しておいたものらしい。

 そんな便利なものがあるなら、せめて広報部の人数分は用意しておけばよかったんじゃないか、と言う話には、優喜の手を煩わせるのは一日ぐらいでも、完成するまでには一個につき二週間ぐらいかかり、同時に三つぐらいしか作れない、と言う生産性の問題が立ちふさがる類の物である。こんなこともあろうかと作り初めて一カ月では、六個しか完成していない。とは言え、魔力攻撃を一切してこない機械兵器は、攻撃面ではこのアイテムだけでほぼ完全に無力化できてしまう。

 ほぼである理由は、体当たりは衝撃も含めて無効化できても、のしかかられてしまうと防げないからである。重量をかけてくるのは攻撃ではないから、と言うとんちみたいな理由であり、逆にこれを防ぐには重量軽減のエンチャントが必要になる。地味に応用が効かないが、それでも十分すぎるほど強力なので誰も文句は言わない。

「まあ、そう言うわけやから、グレアムさんとレジアスさんに一応の許可をとったら、自分らはリニスさんと一緒に出撃や。」

「さっき、許可は取っておいたわ。あまりいい顔はしてなかったけどね。」

「そうやろうなあ。私もこういう状況で、安全マージンを取る手段がなかったら考えもせえへんかったやろうし。」

「まあ、今回は仕方がないから協力はするけど、人の使い魔を、勝手に安全マージンとして使おうとしないでほしいところね。」

「ごめんなさい。」

 軽快にやり取りをしながら、ティーダを呼び出す。見習いを研修も兼ねて後方支援につける旨を説明し、リニスをつけているから安全に気を配る必要は無い事、研修の一環なので前には出さない事、の二つの注釈を入れた後、それでいいのであれば支援を出す、と告げる。

『戦力年齢規定に引っかかるような子たちなんでしょ? あんまり気が進まないなあ。』

「正直なところ、私も褒められた話やないと思ってる。せやからフルドライブの大技一回使ったら、そのまま引き揚げさせるつもりでおる。」

『いろんな意味で、それ大丈夫なのかい?』

「効果については保証できるで。こういう任務の支援にはうってつけや。」

『……リニスさんだけ、って言うのは無理かな?』

「今更の話やけど、一応プレシアさんも外部協力者やからな。その使い魔も、あんまり単独で他所の部署の人と一緒に行動するんはよろしくないねん。」

 今更のような話に苦笑を浮かべ、なるほど、と告げるティーダ。

『支援能力は十分なんだよね?』

「そこはなのはちゃんと優喜君が太鼓判を押しとる。広報部の秘密道具で防御もガチガチに固めとるから、前に出さへん分には安全面は問題ないはずや。」

『だったら、後輩の研修に付き合うよ。』

「ごめんな。支援とか言いながら、気を使う人員を送り込んで。」

『いいって。どうせ広報部の見習いだったら、並の地上局員よりは実力が上でしょ? それに、六、七年前までは、今回みたいに才能がある子供が先輩にひっついて、こういう重要な任務をこなすってのも割と当たり前の事だったし。』

 その被害が結構洒落になっていないから、グレアムとレジアスが命がけで年齢規定を作り上げたのだが、まだまだ常にそれを守れる環境にはなっていない。

「ほな、これからそっちに行かせるから、申し訳ないんやけど引率頼むわ。その代わり、支援って項目やったら絶対に役に立つはずから。」

『了解。支援、感謝します。』

 ティーダの敬礼に敬礼で答え、通信を切る。

「ほな、急な話で悪いんやけど、ちょっと行って来てくれへんかな?」

「「「了解です!」」」

はやてからの指示を受け、貰ったエンチャントアイテムの最終確認を済ませ、リニスとともにティーダのもとへ合流しに行くヤマトナデシコ。そんなこんなをしているうちに、目的地の西口が見えてくる。

「フィー、そろそろデバイスとしてのお仕事や。大至急ブリッジに上がってきて。」

『はいなのですよ!』

 捕虜の様子を見たりトーマ達の世話をしたりと細かい雑用をこなしていたフィーが、大急ぎで上がってくる。逆転しつつあった流れを完全に決める一撃を放つまで、あとわずかとなったのであった。







「三カ所が全滅だと?」

「ああ。……今、四カ所目が壊滅した。」

「どういう事だ?」

「最初の二カ所は、優勢に進めていた場所に高町なのはとフェイト・テスタロッサが現れた。三カ所目は八神はやてが直々に出てきて制圧。四カ所目は、どこからともなく表れた正体不明の大男が、原理不明の非常識な技であっという間に掃除してしまったらしい。他の地区も広報部の連中が押し返しているから、全滅するのは時間の問題だろうな。」

 腹心ともいえる男の言葉に、顔を大きくゆがめる。彼らは夜天の書再生反対運動を起こしていた過激派武装勢力「闇を滅する会」の中枢である。他にも同じ思想を持ついくつかのグループと連携を取り、いずれ管理局相手に事を起こすために、スカリエッティやマスタングから大量に兵器を購入していた一派だ。彼らの発言力が大きいのは、クライド・ハラオウンが殉職した二十一年前の闇の書事件、その更に一回前の事件の生き残りだからだ。

 もはや九十近い上に、二度の闇の書事件、どちらも被害者の身内として関わっており、内容を横に置けば、その言葉の説得力は途方もないものがある。故に、旗頭として彼らのもとに過激派が結束しているのだ。その憎しみがエネルギーとなり、九十近い年齢の老人とは思えない若々しさを保ち、認知症のような症状が一切出ていない事は皮肉である。

 他のマフィアや人種差別主義者の過激派武装集団などと違い、彼らは最終的な目的も取ろうとした手段も同じであり、それゆえに今回事を起こした連中の中では横のつながりが強い一派である。

「またしても闇の書か、忌々しい!」

「全くだ。他のグループの同志もいくつか、かつて夜天の王の代理人を名乗っていた女顔の男やイロモノ部隊の小娘に襲撃を受けて壊滅しているらしい。」

「我々の持っている機械兵器は全滅か?」

「まだ少々残ってはいるが、状況をひっくり返すほどの数は無い。そもそもあれだけの数を用意して、接敵からせいぜい三十分もかからずに広報部の連中から壊滅的な打撃を受けるとは思わなかったからな。」

 地上本部が最も苦手とする物量勝負の消耗戦。それを仕掛けてひっくり返されたと言う予想外の状況に、思わずため息が漏れる。

「マフィアどもの装備はどうだ?」

「詳細の連絡は無いが、新たに出現している様子が無いところを見ると、いい加減打ち止めだろうさ。」

「……全くもって、忌々しいな。」

「それで、どうする? 犯罪者どもと違って、こちらにはもはや、ここから行動を起こせるような手段は無いぞ?」

 腹心の言葉に黙りこむ。だが、その沈黙は、どうすればいいか決めあぐねているものではなく、やるべきかやらざるべきかを躊躇っている種類の空気を纏っていた。

「……何か、手はあるのか?」

「無い訳ではないが……。」

「ならば、何故ためらう?」

 その言葉に、重い口を開く。

「ならば同志よ。私と一緒に、死んでくれるか?」

「……私が死ねば、闇の書を確実に始末できるのか?」

「伝承通りであれば、奴らに対抗手段は無いはずだ。本当かどうかは、分からないがな。」

「ならば、死のう。」

 躊躇い無く返事を返す腹心に、やはりと言う顔をするリーダー。

「お前がそう言うと分かっていたから、この話をする気が起こらなかったのだが……。」

「あれとその持ち主を消すために、いまさら何を惜しむのだ?」

「実際に効果があるかどうか分からんのだが、いいのか? あの伝承が虚偽であれば、我らはただの自殺だぞ?」

「何をいまさら。どうせもはや何も残ってはいない。どう転んでも犬死ならば、あやふやな伝承に縋るのも、悪くなかろう?」

「……そうだな。我々には、もはや失うものは無い。やるか。」

 管理局や聖王教会内部の協力者も失い、資金も今回の件で尽きた。仲間達の大半が不当逮捕され、ここから再び活動を盛り返す事は、もはや不可能だろう。ならば、真偽があやふやな、実際に効果があるかどうかも分からないおまじないもどきに命を差し出すのも悪くない。結果が同じであれば、自己満足のためにやれるだけやった方がいい。

 伝承通りであれば、下手をすればミッドチルダが滅ぶかもしれない。だが、闇の書を破壊せず、持ち主をのうのうと生かしているどころか重要な地位につけている時空管理局も、それを黙認どころか積極的に進めたミッドチルダも、別に滅んでしまっても問題ない。いや、滅ぶべきだろう。

「ならば、儀式をしに行こう。」

「ここでは無理なのか?」

「場所が足りん。それに、使うかもしれんと考えて、すでに準備はしている。」

「なるほどな。では、さっさとやろうか。闇の王の破滅のために。」

「闇の王の破滅のために。」

 闇の書に故郷を奪われ、二度も家族を全て奪われた男達は、自分達のやろうとしている事が、憎い相手と同じ事である事に気が付いていない。長い年月を憎しみ抜いた二人は、すでに狂気の世界に足を踏み入れているのであった。







「どうやら、管理局が来たようじゃの。」

「逃げる算段は付いているのか?」

「数に不安はあるが、まあ、何とかなるじゃろうて。」

 急ごしらえの防衛用を確認し、そううそぶくマスタング。

「因みに、何を作ったんだ?」

「小型を合計五百ほどと中型を百、それからタイプFとタイプNを合計三十、と言ったところかの?」

「よくもまあ、この短時間でそれだけ生産できるな。」

「何、仕様未確定の半完成品を大量投入しただけの事じゃ。それに、言うてはおらなんだが、開戦直後の接敵前から作り始めてはおったからの。」

 爺の言葉に、思わず呆れて首を横に振るフィアット。

「普通に考えれば、その数があれば逃げる時間ぐらいは余裕で稼げそうだが、不安なのか?」

「向こうも新兵器を投入してきておるからの。データが足らんでどの程度の物かは分からんが、あの魔女が絡んでおるのであれば、小型の五百や千では相手にならんだろうて。」

「全く、あの婆様も元はこちら側のくせに、厄介なものばかり作ってぶつけてくれる。」

「別人とはいえ、娘を取り戻して幸せの絶頂だからの。飯の心配もなくなっておる以上、わざわざ体制に喧嘩を売る理由もなかろうて。」

 体制側についたマッドサイエンティスト、と言うやつがこれほど厄介だとは思わなかった。倫理規定と言う枷がある代わりに、それさえ守っておけば大ぴらにマッドな発明をして許されるのだ。しかも、調達に便宜を図ってもらえ、場合によっては合法的に資金を融通してもらえる。もっとも、あの魔女にとっては、資金の問題など何の制約にもなっていないだろうが。

「それで、向こうの連中の体制はどうなっておるのかの?」

「ほぼ壊滅、と言ったところか。予想通り、一番優勢だった南口と北東部に高町なのはとフェイト・テスタロッサが投入されたからな。広域攻撃がそれほど得意ではないフェイト・テスタロッサで三分程度、高町なのはに至っては三十秒で殲滅してくれたよ。」

「妥当と言えば妥当じゃが、流石に少々面白くは無いのう。」

「ついでに言うと、西口で八神はやてが前線に出ている。三カ所も制圧されたら、後は時間の問題だろう。」

「クラナガン内部はどうなっておる?」

「遊撃で動いている連中が迅速に叩いて回っているから、大した成果も上がっていない。」

 フィアットの報告に、ふむ、と一言つぶやいて考え込むマスタング。

「ちっと、調べてみるかの?」

「何をだ? と言うより、今からか?」

「何、世界征服ロボの残骸が、どの程度残っておるかを調べるだけじゃ。」

「それに何の意味があるんだ?」

「見てのお楽しみじゃ。」

 フィアットの質問をニカッと笑ってはぐらかすと、手元の携帯端末を操作して何やら調べている。

「まあ、なかなかいい具合のようじゃ。」

「本気で何をする気だ? と言うより、脱出の準備をしなくていいのか?」

「そっちは準備万端じゃ。これで駄目なら、元々逃げられる状況では無かろうさ。」

 マスタングの言葉に、どんどん不安が募っていくフィアット。アジトでの決戦は、刻一刻と迫るのであった。







「地上では、ずいぶんと無様な事になってますわね、陛下。」

「……。」

「まあ、下等な人間達がどうなろうと、私達の知った事じゃありませんものねえ、陛下。」

「……。」

 ゆりかご内部では、クアットロが何やら作業を続けながら、うつろな目で玉座に座る、十代半ばから後半と思われる少女に、モニター越しに声をかけ続けていた。

「もうすぐ、あなたの母親を奪った高町なのはが、こちらに飛んでくるはずですわ。」

 母親、という言葉にピクリと反応を示す少女。

「いくら強いと言ったところで、魔力とデバイスがなければ、いえ、たとえ万全の状態でも、拳の届く距離であればただの小娘。陛下の敵ではありませんわ。」

「……敵?」

「ええ。あれは陛下の敵です。」

「……ママを奪った?」

「そうです。言いがかりをつけて不当逮捕し、ろくな裁判もせずに処刑した極悪人ですわ。遠慮なく殴り倒してあげてくださいな。」

 嘘八百を並べるクアットロに、うつろな目のまま一つ頷く少女。

「まあ、このまま内部に招き入れるのも芸がありませんし、まずは小手調べと言う事で行きましょうか。」

 そう言って、内部で待機している妹達に声をかける。

「セインちゃん、ディエチちゃん、ウェンディちゃん。そろそろ新人たちがいい具合に分散してるみたいだから、あの凡人のくせに小生意気なガンナーを叩いてきてちょうだいな。チンクちゃんとノーヴェちゃんは、プロトゼロの姉を連れて、妹の方を始末しちゃって。」

『お前が言うほど簡単な仕事ではないが、まあ善処はしてみる。』

『チンク姉。妹の方はあたしとプロトゼロの二人でやらせてほしい。』

『……分かった。クアットロ、別にいいだろう?』

「任せるわ。妹の方は出来そこないだし、優秀なノーヴェちゃん一人でも十分よね。」

 クアットロの言葉に頷くと、とっとと出撃用のサブフライトシステムで飛び出していくノーヴェ。その様子を見てため息をついていたチンクが、出撃前にクアットロに言い残す。

『あまり、ゆりかごを過信しない事だな。それと、高町なのははお前が思っているほど、接近戦が苦手な訳ではないぞ?』

「それでも、所詮はどこまで行っても砲兵。陛下の敵ではないんじゃないの?」

『だといいがな。』

 敵を甘く見るのは死亡フラグの第一歩。そんな事をちらっと考えながら、特に何を言うでもなく出撃する。どうせ相手とは戦うふりをするだけのつもりではあるが、それでもクアットロの目をごまかせる程度には本気でやらねばまずいだろう。クアットロが、なのはの手によって頭を強制冷却されるのは確定事項だろうが、そこに至るまでにはそれなりの時間がかかる。前もって一応連絡だけは入れておくべきか。

「あ、そうそう。余計な事を考えても無駄よ?」

『そうか。ならば、その言葉をお前に返しておくよ。』

 クアットロに冷たく言い放つと、ノーヴェ達と同じようにサブフライトシステムで出ていく。一部例外を除き、基本的にナンバーズは空戦能力が低い。あまり目立たないように出て行こうとすると、どうしてもサブフライトシステムに頼る事になる。

「さて、あれでチンクちゃんが慣れ合うとか考えなきゃいいけど。」

 次の一手の準備をしながらつぶやく。とは言え、ずいぶん前から考え方が相容れなくなっていたのだから、クアットロの言うことなど聞くはずがない。

「まあ、それで捕まろうがドクターを裏切った罰、ってことでいいかもね。」

 最近では、姉妹ですら駒の一つとしてしか見なくなっていたクアットロは、平気でそんな事を言い放つ。そのまま、次にやるつもりだった作業を終えると、安全装置を解除する。

「ドクターを犯罪者扱いする低能や、存在すら知らなかった愚民にふさわしい末路を与えましょう。」

 クアットロは、主砲と書かれたスイッチを、容赦なく押し込んだ。







「総員、耐ショック防御!」

 ゆりかごの変化に真っ先に気がついたプレシアが、製作者のマスター権限で割り込んで、何やら操作をしながら叫ぶ。少し遅れて衝撃。

「とうとう撃ってきたようね。」

「凄い破壊力です……。」

 余波で壊滅した廃棄区域を見て、乾いた声でつぶやくグリフィス。

「でも、これぐらいは想定の範囲内、でしょう?」

『そうやね。シャマル、結界の方はどないな感じ?』

『余裕、とまでは言いませんが、そう簡単に破られることもあり得ません。』

『えらい自信やん。』

『ユーノ君が協力してくれて、アート・オブ・ディフェンス的なやり方で増幅してくれてますからね。第一、破壊力だけで言うならスターライトブレイカーの方が上ですし。』

 シャマルの言葉に苦笑する。個人が撃つ集束砲が、ロストロギア満載の古代戦艦が撃つ主砲より破壊力が上。 一体何の冗談だ、と言いたいところであるが、まぎれもない事実である。

「まあ、どちらにしても、いい加減雑魚の掃除は終わってる事だし、そろそろ私達も本丸に切り込む時期だと思うのよ。」

『そうやね。なのはちゃん、フェイトちゃん、優喜君。そろそろ次のステップに入るから、早いところアースラに……。』

「言われるまでもなく、もう戻ってるよ。」

 はやての言葉にかぶせるように、優喜が声をかけてくる。

「ただいま、母さん。」

「お帰り。早かったわね。」

「そろそろだと思って、援軍が揃ったところで抜けてきたんだ。」

 優喜の後から入ってきたなのはとフェイトが、特に疲れた様子も見せずに帰還のあいさつを済ませる。絶望的な数に見えた機械兵器も、包囲網が一か所綻びれば後は早かった。優喜も、クラナガン内部にあったテロやマフィアの拠点をそれなりの数潰し、後はカリーナや竜司、後方組の地上局員に任せて大丈夫だろうと判断出来るところで切り上げてきたらしい。

『ほな、この後の話をしよか。フェイトちゃんは、シスターシャッハとロッサ君を連れて、スカリエッティの本拠地を叩いて。なのはちゃんと優喜君はゆりかご内部に突入や。』

「「「了解。」」」

『優喜君と一緒に行動できへんでフェイトちゃんには悪いんやけど……。」

「分かってるよ。明らかにゆりかごの方が危なそうだし、なのははああいう狭い場所だと実力を発揮しきれないから。」

『理解してくれて、助かるわ。今、シャッハとロッサ君がそっちに向かってるから、合流したら作戦開始や。』

 はやての言葉に頷こうとしたところで、優喜の動きが止まる。

「ごめん。どうやら、ゆりかごの突入には、付き合えそうもない。」

『どないしたん?』

「どこかの馬鹿が、やらかしたみたいだ。多分、僕と竜司がいかないと、対処できない。」

『優喜君らでしか対処できへんって……、もしかして!?』

 顔色が変わったはやてに頷き、竜司を呼び出す。

「竜司。」

『分かっている。一度、そちらに合流する。』

「いや、竜司は直接現地に。向こうで合流した方が早い。」

『了解した。』

 短いやり取り、その間にもただならぬ空気が流れている。あまりに不穏な状況に、真剣な、不安そうな顔で優喜に詰め寄るなのはとフェイト。分かり切っている事を、一応念のために確認する。

「優喜君、やらかしたって、どういうこと?」

「僕が性欲をなくした原因、あれと同じ種類の存在を、この世界に呼び込んだ馬鹿が居る。」

「優喜が行かなきゃ、いけないの?」

「僕が知る限り、ミッド式にもベルカ式にも、魂に直接作用する類の攻撃魔法は無かった。なのは達の攻撃もこっちの魔法がベースだから、多分気功変換しても効果が薄いと思う。」

 優喜の淡々とした説明に、反発しようとして言葉に詰まる。

「奥の手、って言うのは、使わない?」

「相手に寄る。ただ、僕と竜司で、合わせて四発は秘伝が撃てるから、普通なら十分な火力があるはず。」

「友よ、訂正しておく。私の力で、後二発は余分に撃てるぞ。」

「だ、そうだ。数が一体だし、計六発撃てば普通は倒せるはずなんだ。」

 普通は、という言葉に顔が曇る。こういう時、相手が予定外にタフだったりするのはよくある事だ。

「とにかく、僕と竜司がいかないと、あれにダメージを与えられない。それに、あれを放置していると、冗談抜きでミッドチルダが崩壊しかねない。」

『次元系ロストロギアみたいな存在やな。』

「意志があって自立行動する分、もっとたちが悪いかもね。」

 あっさりとえぐい事を言ってのける優喜に、思わず苦笑が漏れるプレシア。今更次元世界が崩壊するかもしれない程度の事で、いちいち慌てるような細い神経はしていないらしい。

「優喜。フェイトの母親として、一応聞いておくわ。」

「何?」

「確実に、仕留められるのね?」

「六発撃てるなら十分だ。」

「奥の手、とやらは使わないのね?」

「まず必要無い。」

 優喜の言葉に一つ頷くと、なのはとフェイトに視線を向ける。

「信用していいと思うわ。」

「でも!」

「相手が予想外に強かったりしたら!」

「それでも、惚れた男を信用するのが、いい女ってものよ。」

 プレシアの言葉に黙りこむ。

「優喜、やっぱり……。」

 再び口を開き、否定的な言葉を告げようとしたフェイト。だが、その言葉を最後まで告げる事は出来なかった。優喜の唇が、フェイトの口を塞いだからだ。

『ちょ、優喜君!?』

「あら、意外とやるわね。」

「ヴァイスとロッサがね、うるさい女の口を塞ぐには、キスするのが一番手っ取り早い、とかいってたからね。」

 それはどうなのか、と突っ込もうとしたなのはの口を同じように塞ぐと、いきなりの事で呆然としてる二人に背を向けてブリッジを出て行く。

「あなたがああいう真似をするとは驚きでした。」

「君も案外やるね。」

 入れ違いの形で通路に現れたシャッハとヴェロッサの言葉に、苦笑しながら肩をすくめる。

「たまには、キャラじゃない事をやるのもかまわないでしょ?」

「違いない。」

 優喜の言葉に苦笑すると、そのままブリッジに入って行こうとする。

「やり逃げは美しくないから、ちゃんと戻ってきて責任を取りなよ。」

「分かってる。」

 こうして、管理局サイドの攻勢は、なかなかに不穏な空気を纏いつつ、いろんな意味で予想外のスタートを切るのであった。



[18616] 第15話 その1
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:1579dcf8
Date: 2012/02/04 19:04
「ごめん、遅くなった。」

「問題ない。まだ完全には現界していないようだからな。」

 現地に行く途中で合流した竜司と、現状を確認しながら移動する。

「この気配だと、思ったより大物かもしれない。」

「大物だろうが小物だろうが、俺達のやる事は変わらん。」

「まあね。ただ、最悪、あれをやることも考えないと。」

「お互い、覚悟の上だろう?」

 竜司の言葉に、苦笑するしかない優喜。これから相手をする存在は、基本的にどんな手段を使ってでも、絶対に仕留めなければいけない類の物だ。放置すれば、少なくともクラナガンは、人間どころか微生物すら住めない土地になるだろう。ただ生命の息吹が途絶えるだけならいい。百歩譲って、ミッドチルダが崩壊するだけならまだマシだ。最悪のケースだと、同じ種類の存在が自由に出入りするための門になったり、悪霊の類が大量発生したりした揚句、近い位置にある他の次元世界や並行世界にまで悪影響を与えかねない。

 そして、その最悪のケースが行きつくところまで行きついた場合、全ての次元世界を崩壊に導く可能性もゼロではない。しかも、元々そいつらは、世界が崩壊しようと影響を受けない。ただ、己の感情や本能で好き放題動くだけだ。だから、何があっても仕留めなければならないのだ。

「ちっ!」

 舌打ちしながら前から飛んできたレーザーを手でつかみ、そのまま投げ返す竜司。物理法則を全力で無視しているが、元々こいつらにそれを求めるだけ無駄ではある。

「初めて見るタイプのガジェットだね。」

「ゆりかごが生産すると言うやつか?」

「多分そう。」

「……雑魚に構っている暇は無いのだが……。」

「とっとと潰して先を急ごう。」

 優喜達の意図を知ってか知らずか、遮蔽物を器用に利用して、実に嫌らしい感じで進路を塞ぐゆりかごガジェット。その形も今までの箱型やガジェットドールのような人型と違い、蜘蛛だったり鳥だったりと、やけに動物的なフォルムをしている。そして何よりも

「今までのやつに比べて、少々固いな。」

「一発当てた程度で落ちるほど、軟なつくりはしてないか。」

 優喜達が適当に殴った程度では落ちないほどの、装甲とダメージコントロール能力を保有している。

「全く、どうせ単なる嫌がらせと足止め程度のつもりなんだろうけど、ピンポイントで鬱陶しいところをついてくるメガネだ。」

「後で制裁をするのだろう?」

「もちろん。」

「だったら、ここで半端に出し惜しみせずに、大技で一気に蹴りをつけるか。」

「だね。あれが余計な力をつける前に叩いてしまわないとまずいだろうし。」

 そう言って、一気に気を練り上げる。新型ガジェットの群れは、地味に二人の二発目まで全滅せずに耐えた。







 槍と槍が交差する。もはや何合目になるかも分からぬ打ち合いの末、ついに一方の槍が弾き飛ばされる。

「勝負あったな。」

「……殺せ。」

「俺は管理局員だ。交戦中の事故ならまだしも、勝負がついた相手を殺すいわれは無い。」

 憎々しげに睨みつけるヴァールハイトの言葉を、一刀のもと切り捨てる。

「公務執行妨害で逮捕する。」

 局員としての態度を貫くゼストの宣言。それに抵抗せず大人しく従うヴァールハイト。

「もっとも、ただの公務執行妨害だから、大して長く拘束される事はなかろうがな。」

「どういう事だ?」

「貴様のこれまでの行いに、法に照らし合わせれば重大な罪に問われるものがあったとしても、だ。こちらは、有罪を取れるほどの証拠を握っている訳ではないからな。検事に言わせれば、現行犯でもない限り自白だけで罪に問えるほど、立件のハードルは低くないそうだ。」

「……なるほどな。」

 ゼストの言葉に、疲れたように一つ頷くヴァールハイト。

「……力も技も、俺の方が上だった。」

「認めよう。」

 ヴァールハイトの言葉は、まぎれもない真実だ。素材が同じである以上、すでに全盛期からかなりの時間が立ち、肉体的に随分と衰えが目立つゼストと、まだ若く、それで居て十分な鍛錬と修羅場経験を積んだヴァールハイトでは、基礎能力では当然勝負にならない。そこを認めないほど、ゼストは自分が見えていない訳ではない。

「だが、勝てなかった。」

「経験の差、と言うやつを甘く見ない事だ。」

「……そうか。」

 ヴァールハイトに頷いて、逮捕用の物理バインドを起動する。大人しく拘束されようとしたところで、近場に派手な地響きが起こる。

「どういうこと!?」

「どうした、アルピーノ?」

「次元境界が歪んでいます!」

「次元震か!?」

「今のところ、そこまでのエネルギーはありませんが……。」

 メガーヌの報告に、考え込む様子を見せるゼスト。

「このタイミングで次元震、と言う事は……。」

「今回関わっているいずれかの組織、そのやり口と言う可能性は非常に高いですね。」

「ナカジマ、一番近い部隊は我々か?」

「そうですね。それに、二番目に近い部隊も、まだ機械兵器との戦闘を継続しています。」

「ならば、考えるまでもないな。」

 槍のカートリッジを再装填し、地響きの発生地点に向かって移動を開始しようとするゼスト。後に従うグランガイツ隊。そこに、初めて見る機種の機械兵器が、大量に空から降りてきた。

「どうやら、簡単には行かせてもらえんらしいな。」

「ならば、簡単に行かせてもらえる人間に任せてもらえるか?」

「ヴァールハイト?」

「心配せずとも、生きていれば必ずこちらに戻ってくる。刑を受けるためにな。」

 ヴァールハイトの表情を見て、一つ頷くゼスト。治安維持組織の一員としては間違った行動だが、そもそも一般市民に危害を加える種類の犯罪者ではない。それにもとより、相手の性格を考えれば、ここで逃げるという選択を取る事は無い事は間違いない。とは言え、野放しにしたとみなされると問題があるため、一応発信機の類は取りつけておく。

「そいつらはなかなか手ごわい。機体強度もAMFも段違いの強さだし、そもそも動きが全然違う。今までの連中と同じつもりでかかれば、痛い目を見る事になるぞ。」

「忠告、感謝する。」

 必要と感じた警告を、手持ちのゆりかご産ガジェットのデータとともに送り、そのまま全力で現場に向かって駆け出す。その姿を見送った後、新たに表れた強敵を駆逐しにかかるグランガイツ隊であった。







「そんな!?」

 燃え上がる孤児院。その光景を見た瞬間、マドレは絶望の声を上げてしまう。

「あなた達、どこに行っていたの!?」

 思わず呆然としそうになった時、路地から初老の女性が駆け寄ってくる。

「院長先生! ご無事でしたか!」

「マドレさん? あなたがこの子たちを見つけてくれたの?」

「正確には、こちらの管理局員の皆さんが、ですね。私はここに連れてきただけです。」

 そう言って、エリオとキャロを紹介する。そのまま、現状について質問を重ねる。

「それで、何があったのですか? 他の先生や子供達は?」

「他の子供たちや職員は、クラナガンが包囲された時点で、シェルターに避難済みです。残念ながら、何があったのかは、私も分かりません。この子たちだけ、いつの間にかいなくなっていまして、つい先ほど探しに戻った時に、この光景を目にしたもので……。」

「わるいかんりきょくをやっつけにいったんだ!」

「……そう言う事……。どうやら、ずいぶんとご迷惑をおかけしたようで……。」

 この非常時に、無謀な子供の相手をさせてしまった。その罪悪感と指導者としての力不足を恥じる気持ちに押され、エリオとキャロに対して深々と頭を下げる。

「そんな事より、早く避難を!」

「そうです! これをやった人がまだ近くにいます!」

「大正解。」

 エリオとキャロの言葉に、にやけた声と砲撃で答える謎の人物。声色から、成人男性らしい。とっさに砲撃を爆発頸で弾き、槍の穂先を飛ばして反撃する。

「ガキのくせに、いい反応じゃねえか。」

 攻撃をあっさり無効化して、反撃までやってのけたエリオに対し、口笛を鳴らしながら感心して見せる。

「どうして……。」

「ん?」

「どうして、こんな事を?」

 再び攻撃を仕掛けに入った男は、マドレの言葉に、一旦手を止める。

「どうして、だって?」

 マドレの質問に、にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべて、悪意をたっぷり込めた言葉を吐き出す。

「決まってるじゃねえか。ゴミは焼却処分にしなきゃいけねえよな。」

「ごみ? この子たちが?」

「ああ。ミッドチルダ人でもねえ親なしが、ミッドチルダの金でのうのうと生きてるなんざ、どう考えてもおかしいだろう? だから、ゴミ掃除をしようとしたんだよ。」

 あまりの言葉に、二の句がつげずに固まるマドレ。その様子に気をよくしてか、そのまま己の主張を続ける男。

「ミッドチルダ人以外は全部ゴミ。ミッドチルダ人でも、他所の世界の生れの人間も、全部ゴミ。当然、ミッドチルダ人以外と付き合ってる連中も、全部ゴミだ。」

「その理屈だと、このクラナガンはゴミためだ、と言いたいのかしら?」

「ああ。てめえらみたいなのが、ミッドチルダを汚して壊してゴミためにしたんだ! 治安が悪くなったのも、浮浪者が増えたのも、全部ゴミみたいな他所の世界の連中が入ってきたからだ! だから、俺達はその諸悪の根源である時空管理局をぶっ壊して、ゴミための象徴の孤児院を、全部焼こうとしてんだよ!」

 男の言葉に、思考が完全に冷える。多分、その経歴を見れば同情の余地が見いだせなくもないのだろう。大概こういった差別主義者と言うやつは、それなり以上に裕福か、かなりの貧困層かのどちらかだ。そして、男の身なりから察するならば、多分貧困層の方であろう。

 また、男の言葉ではないが、移民と雇用・治安の問題は、常に切っても切り離せない関係にある。特にミッドチルダはベルカ人を筆頭に、戦争や次元災害で元いた世界が崩壊し、完全に行く場所が無くなった難民や、さまざまな理由で元居た世界から飛ばされてきた迷子の受け皿となっている。そのため、移民とミッドチルダ人の人口は拮抗している。こうなって来ると、当然雇用の奪い合いも起きれば、文化の違いによるいさかいも増える。基本的に難民だからか、まだ、ミッドチルダは地球と違い、移民側が溶け込む努力と歩み寄る努力をしており、また、失われた祖国の文化を伝えるための自治区もあるため、社会問題になるほどの事にはなっていないが、それでも対立が完全になくなる訳でもない。

 ミッドチルダの場合、移民だから優遇されたり、逆に安い給料でたたかれたりと言うのは無く、また、最近は景気が悪いと言う訳でもないが、一応それなりの失業率はある。取り立ててミッドチルダ人の方が失業率が高い訳ではないが、先住者である彼らに、こうした不満がたまりやすいのはどうしようもないだろう。

 この男はそういった不満を凝縮した類の民族主義過激派組織に所属している、もしくはそう言った組織にそそのかされて事を起こしたと考えて間違いない。この手の自身の不遇を全面的に他者に転化する思想は、最終的には同じ人種・民族でも生れた土地や職業に対する差別に向かうだけなのだが、それが分かれば、いや、分かっていてもこう考えなければやっていけないと言ったったところか。

 きっと、複数の人種・民族の交流による軋轢は、人類が永久に解決できない最大の問題の一つなのではないか。そんなある種の絶望を感じさせる一件だ。

「さて、ゴミ掃除の続きをしますかね。」

 そう言って、砲撃を放つ。目標はエリオとキャロ、では無く……。

「くっ! やっぱり!」

「早く避難を!」

 当然のごとく、院長と子供たちである。キャロがシールドではじき、エリオが男の注意をそらす中、慌てて立ち去ろうとして新たな砲撃に阻まれる院長。

「他の連中まで来ちゃったか……。」

「囲まれてますね……。」

 先ほどと類似の状況。敵の数はやはり二十人程度。違いは、こちらには防御力の高いスバルも、射撃の名手であるティアナも居ないことと、敵の平均ランクが妙に高いことだろう。護衛対象がいなければ余裕で制圧できる相手だが、一般人を殺すには十分な攻撃力を持っている。一発でも後ろに通してしまえば終わりだ。フリードを攻撃に回すにしても、大人の姿では攻撃力が過剰で、子供のままだとパワーが足りない。むしろ、その耐久力を生かして防御に回した方がまだマシだ。

「エリオ君、キャロちゃん。少し、時間を稼いでくれない?」

「……手があるんですね。分かりました。」

「任せてください!」

 マドレの言葉に元気よく手を上げると、一気に大規模防御結界を展開するキャロ。少しでも注意をそらすために、ひたすら衝撃波で牽制するエリオ。子供二人の手ごわさに舌打ちしつつ、攻撃の密度を上げていく男たち。エリオ達には永遠とも思える三十秒程度の膠着の後、ついにマドレの術が発動する。

「来て、飛蝗皇!」

 魔法陣から現れたのは、五メートルを超える人型のイナゴであった。彼(?)は、呼び出したマドレを気遣うそぶりを見せながら、魔力弾と砲撃の雨にその身を晒し、腕を軽く一振りする。次の瞬間、賊の攻撃がすべて綺麗に消え去り、大量の黒いイナゴが現れる。

「手間をかけて悪いけど、間違っても殺さないでね。」

 マドレの言葉に一つ頷くと、そのまま呼び出したイナゴをけしかける。雲霞のごときイナゴの群れが男達に殺到し、蹂躙していく。時間にしてせいぜい二秒程度か。イナゴ達が去った後には、全ての魔力と毛を食いつくされた男達の集団が。年端もいかない子供たちに配慮したのか、バリアジャケットはともかく、私服には傷一つついていない。

「むごい……。」

「えぐい……。」

「このぐらい、当然の報いでしょ?」

 飛蝗皇を呼び出したのがよほどこたえたのか、やけにしわがれた声でエリオ達のつぶやきに応えるマドレ。その時、一陣の風が吹き、一連の攻防で捲れかけていた彼女のフードを巻き上げる。素顔が露わになったマドレを見て、その場にいた全員が絶句する。

「驚かせてしまったかしら?」

「マドレさん、その姿は……?」

 見た目で年齢を答えるなら、七十歳は過ぎているだろうその容姿に、乾いた声を漏らすエリオ。プレシアとどちらが年上か、という問いには、十人いれば十人がマドレと答えるだろう。数週間前に会った時とは比べ物にならぬほど老いた彼女に、エリオもキャロも動揺を隠しきれない。

「私が、メガーヌ・アルピーノのクローンだ、と言う事は知っているわね?」

「……はい。ルーちゃんも、そういう人が居る事は知ってます。」

「ああ、オリジナルの娘ね。オリジナルともども、一度ぐらいは会ってみたかったけど、流石に機会はなさそうね。」

「そんな事……。」

 否定しようとするエリオとキャロに対して首を左右に振り、話を続けるマドレ。

「私は魔導師として以前に、そもそもクローンとして失敗作だったの。普通の人間より再生能力に劣り、劣化が早い身体。特に魔力を使うとダメージが大きく、一定ラインを超えると急激に老化と身体の崩壊が進む事が分かって、失敗作として廃棄されるところだった。フェイトさんが最高評議会を排除するのが後一週間遅かったら、私はここには立っていないでしょうね。」

「……その体、どうにもできなかったんですか?」

「多分、誰にもどうにもできなかったでしょうね。ドクターが延命処置として、レリックを使った肉体改造を行ったけど、それでもこの年まで生きるのがせいぜいだった。いろいろやったのだけど、先々週ぐらいから身体の崩壊が進み始めて、ね。」

 マドレの言葉に、一つ疑問が生じる。その疑問を、遠慮なく突っ込んでみる事にするキャロ。

「だったら、飛蝗皇さんを呼び出さなければ……。」

「どちらにしても、私の身体はもう長くは無いの。それに、さっきから次元の壁が妙な感じで、嫌な予感がするわ。キャロちゃんも、気がついてるんでしょ?」

「……はい。」

「だから、彼を呼んでおいたの。彼なら、私が居なくなっても、しばらくはここを守ってくれるはずだから……。」

 その言葉が終わる前に、マドレが激しく咳き込む。慌てて駆け寄ろうとして、手で制される。

「ここはもう、私と彼だけでいいから、あなた達は自分の仕事に戻って。」

「でも……。」

「行こう、エリオ君。」

 何かを言いかけたエリオを止めたのはのは、何とキャロだった。

「キャロ?」

「このあたりにはもうその手の気配は無いし、この人たちを拘置所に送り込まなきゃいけない。それに……。」

「それに?」

 いまいち納得がいっていない様子のエリオの耳に、結論部分を小声でささやく。

「……マドレさん、自分の体が崩れていくところを、人には見られたくないと思う……。」

「……そっか。そうだよね……。」

 もはや、エリオとキャロの目にも、マドレの気が消えかかっている事がはっきり見える。ここまでくれば、本人の言う通り長くは持たないだろう。そして、自然な死に方ではない以上、その過程はきっと凄惨なものになる。マドレほどの美人が、そんな姿を人に晒したい訳がない。

「それじゃ、僕達は行きます。」

「ありがとうございました。」

「さようなら。」

 フリードの背に乗り、犯罪者たちをぶら下げて立ち去るエリオとキャロを見送り、子供達を避難場所へ送り届ける。残りの命を使って他の孤児院を確認しに行こうとして、次元の壁がおかしなことになっている事に気がつく。

「これが、私の最後の魔法になる訳ね。」

 突如亀裂が入った空間を、マドレは崩れる体を必死で支えながらふさぐのであった。







「見事に分断されたわね……。」

 地下道の天井を見上げながら、ため息交じりに呟くティアナ。雑魚を秒殺で制圧し、エリオ達と合流しようとしたところで、唐突に足元から初めて見るタイプの、恐ろしく頑丈な機械兵器が現れたのだ。どうやら、起動トリガーが入るまでは動力反応すら起こらないらしく、今までどれほど探知しても発見できなかった。優喜ではあるまいし、さすがに休眠状態にある機械の気配を読めるほどの技量も無く、見事に不意をつかれて分断されてしまった。

 どうにか逃げ回りながら全部仕留めたものの、随分魔力もカートリッジも使った。合流しようにもマッピングする余裕もなかった上に、あちらこちらが崩落しているため手元の地図も当てにならない。しかも、崩落個所のいくつかは今の戦闘で出来たものであり、おかげで通れないどころか危なくて近寄れない場所も少なくない。いっそ、天井を抜いてワイヤーアンカーで外に出るか、などとなのはあたりが考えそうな事を検討しながらあたりを確認していると、ちょうどいい具合に外に出られそうな穴があった。

「周囲に動体反応の類は無し。ここから出ましょうか。」

 方針が決まれば即行動。クロスミラージュのワイヤーアンカーを撃ち出し、いつもの要領で外に出る。相当遠くまで追いやられたらしく、ティアナの探知範囲にはスバルもエリオ達も居ない。連絡を取ろうにもやたら強力な通信妨害が入っており、ついでに言えばAMFもかなり重い。

「……誰?」

 とりあえずGPSで位置だけでも確認しようとマップを開いたところで、複数の気配がティアナの探知範囲に入る。気配の室から行って、何が来たのかは予想がつくが、あえて質問をする。

「誰、とは御挨拶だな。」

「知らない仲でもないよね?」

 予想通り、ナンバーズのメンバーが、ティアナの前に現れる。

「今忙しいの。用があるなら後にしてくれない?」

「そう言う訳にもいかなくなった。」

 いらだちに任せて吐き出したティアナの言葉に、申し訳なさそうに返事を返すチンク。

「悪いが、クアットロにこれ以上余計な事をさせないためにも、本気で勝負を挑ませてもらう。」

「セインさん、こういうのは趣味じゃないけど、今回ばかりはちゃんとやらないとヴィヴィオがねえ。」

「ごめんね。恨んでくれてもいいから、ちょっとだけ付き合って。」

「負けても恨んだりしないッス。勝っても悪いようにはしないし、戦闘は非殺傷でやるッス。だから、全力で来て欲しいッス。」

 ナンバーズの勝手な言い分に、思わずため息が漏れる。正直なところ、先ほどまで面倒な相手とさんざんやりあって結構消耗している。その上でナンバーズは基本的に格上だ。それと四対一で戦え、などと言うのは実にしんどい。実戦と言うのはそんなものではあるが、それにしても、この状況はひどい。

「……行くぞ。」

 ティアナが何かを言う前に、チンクが容赦なくナイフを投げてくる。反射的に撃ち落とし、距離をあけようとする。バックステップをしようとした瞬間、いきなり地面から現れた手に足首をつかまれ、思いっきりバランスを崩す。そこに飛んできた砲撃を身体をひねってどうにか回避し、牽制を兼ねたヴァリアブルバレットを発射。ディエチに届く直前でウェンディのボードが割り込み、そのままティアナを押しつぶそうとする。

「割とフライング気味だったのに、全部よけられちゃったか。」

「流石は広報部ッス。」

 感心しながら次の攻撃に移る。その様子に内心で舌打ちしながら、とにもかくにも立て直しを図らねばならないと、必死になって隙を探す。正直、ここまでの連携はそうお目にかかる事は出来ない。これ以上となると、なのはとフェイトのコンビネーションぐらいしかないだろうが、あっちはそもそも単品でも勝負にならないほどの実力差がある。

「いつまでも調子に乗ってんじゃない!」

 何度目かの攻防の末、どうにか気配を読んでセインの足つかみを回避し、同時に大量の魔力弾をばら撒いて砲撃を潰す。そのまま流れるような動きで砲撃を放とうとして、ウェンディから投げ落とされたナイフを大きく飛んで避ける。次の瞬間、ナイフが大爆発を起こし、ティアナが立っていたあたりをえぐる。

「非殺傷だったんじゃないの!?」

「人にあたっても怪我しないようになってる、多分!」

「多分ってそんないい加減な!」

 チンクのあんまりな台詞に全力で突っ込みを入れながら、どうにかリロードしたカートリッジで弾幕を張り、ホバーダッシュと光学迷彩で建物の陰に隠れる。

(流石になのはさん達とカトゥーン的追いかけっこを続けてきてるだけあって、新人が正面から一人でたたきつぶせる相手じゃないわね……。)

 とにかく完璧な連携で、じわじわとこちらを追いつめてくる。何より格下を相手にしているという油断がない。地獄のフルコースを経験しているからどうにか防げるが、多分普通の局員だったら、ティアナよりランクが一つ二つ高くても、下手をすれば秒殺されかねない。同士討ちを誘ってディエチの砲撃を誘導し、ウェンディのボードに反射されて戻ってきた時には、冗談抜きで負けを覚悟した。辛うじて避け切って今に至るものの、流石に反射角まで計算して誘導する能力も余裕もない。もっとも、なのはなら普通にやってのけそうではあるが。

(とりあえず感じから言って、広報の皆と違って幻術を見破る手段は持ってなさそうね。)

 状況を打開するとなると、そこしか突破口は無いだろう。問題は、どこから潰すか、だが。

(ややこしい相手としては、セインとウェンディね。後の二人は技量はともかく、攻撃手段は比較的素直で防ぎやすいし。)

 まず確定しているのが、自分の技量ではウェンディに砲撃をしても無駄だ、と言う事。下手にそんな真似をしようものなら、反射されて自滅しかねない。

(と、なると、幻術でセインを引っ張り出して砲撃で仕留めて、チンクかディエチを落として手数を減らすのが最善策、かしら?)

 とにかく、こちらの動きを、予想外の形で物理的に封じてくるセインは厄介だ。彼女を仕留めるだけでも随分と楽になる。幸い、今の休憩でフェイクシルエットを量産できる程度には魔力が回復した。ならば、やるだけやってみるしかないだろう。

 覚悟を決め、四人分のフェイクシルエットを用意する。まずは最初に考えたプラン通りに動かし、その反応で相手がどの程度幻術に対応できるか測る。上手くいけばそのまま仕留める。失敗してもデータは取れるから、無駄にはならないだろう。そう目論み、隠れている場所から相手から見て三十度ほどずれた場所から幻影を走らせる。食いついてくるかと思いきや、これといった反応を見せず、冷静に牽制程度の攻撃を飛ばす程度で終わらせる。

 釣り上げるために砲撃のモーションを取らせたところ、見極めるようにナイフを爆発させてくる。不自然にならないように回避運動を取らせ、幻影の砲撃を放つが完全に無反応。予定を変更して、もう一人の幻影をビルの上に出現させ、ディエチに向かって砲撃を放つ。それと同時にチンクを狙って、光学迷彩でコーティングし、さらに魔力反応をごまかす術式を加えた不可視の砲撃を放ったところ、見事に本命の砲撃だけウェンディに反射されてしまう。

「なかなかいい線はついているが、幻術を使ってくると分かっていれば対処の仕方はある。」

「あの程度の時間で動ける距離なんて、最初から大体分かってるッス。」

「それに、ちょっと幻術の動きが荒くて不自然だった。流石にあれに引っかかるのは、あたし達の沽券にかかわるかな。」

 油断してこない、経験豊富な格上ほどやり辛い相手はいない。取れる手段を否定され、どうにも頭を抱えながら場所を移動する。とりあえず、ディエチの特性もあってか、ティアナが隠れている場所に強襲を仕掛けてくる事はなさそうだが、それでも完璧なだけではない、アドリブの良く効く連携については、攻略の糸口すら見当たらない。まだ仕掛けてこないのは、いたぶっているからではなくこちらの状態を探っているからだろう。

 せめて、相性の悪いウェンディだけでもいなければ、まだ取りうる手段は無くもない。だが、ウェンディのボードは、まっとうなガンナーにとっては致命的な代物だ。流石にガンナー相手には絶対的な性能を誇っているように見えるボードも、いくらなんでもなのは相手には無力ではあろうが、同じガンナーと言ってもなのはとティアナでは、技量も経験も出力も段違いだ。ぶっちゃけ、このまま順調に成長したところで、ハンデなしでぶつかり合って勝てる日が来る事は無いだろう。そんな人物を持ち出して対処法を検討しても、まったく無意味である。

「観念して、せめて一矢報いれるように突撃するしかないかしら……。」

 思わず口から洩れた弱音。それが、ティアナが現在置かれている状況だ。連携に対して何度かつけいる隙らしきものを見つけ、そこから割り込んで反撃してはいるが、そのたびにアドリブの効いた切り返しに翻弄されている。なのはのように、砲撃を曲げる事が出来ればあるいは、と思わなくもないが、流石にぶっつけ本番でそれをやるのは怖すぎる。もっとも、レイジングハートなんかはしょっちゅうそう言う事をやっているらしく、たまに本人も知らない種類の魔改造が施されていて戸惑う事があるそうだが。

「そろそろ、あぶり出させてもらうッスよ。」

 ウェンディの処刑宣言を聞き、覚悟を固めて飛び出そうとしたその時、彼女達の前に一輪のバラが。

「あぶねえッス!」

「このバラは確か……。」

 いきなり飛んできたキワモノ的な攻撃。それに意識を奪われ、反射的に飛んできた方向に目を向ける一同。そこには予想通り、うざい空気を纏ったアライグマのぬいぐるみを肩に乗せ、ビルの上で決めポーズを取っているミドルティーンの少女が。

「美少女仮面ルナハート、愛とともに参上です!」

「やっぱりか!」

「このタイミングで出てきたってことは……。」

「姉が思うには、多分一番美味しいタイミングを計ってたんじゃないか?」

「セインさんもそう思う。と言うか、流石広報部。美味しい出番を外さない!」

 好き放題言われて思わず苦笑を浮かべ、とりあえず濡れ衣だけは晴らしておく事にする。

「一番美味しいタイミングを計ってたわけじゃなくて、ここに着いたら丁度ティアナが何か始めたところだったから、割り込んでおかしなことになっちゃまずいと思って結果を見守ってたんだけど、ね。」

「それを美味しいタイミングを計ってるって言うんじゃないかな、と、セインさんは心の底から思う訳だが。」

「それを言われればそうかもしれない、かな?」

「キャー! 見事に敵に言いくるめられてるカリーナちゃん、素敵ですわ!」

 とりあえずやかましいプリンセスローズを放置し、折角割り込んだのだからとティアナに声をかける。

「ティアナ、ウェンディがいなければどうにかできるでしょう?」

「え、ええ。」

「だったら、凡人同盟として、給料明細に心動かされる後輩のために、このルナハートが一肌脱ぎましょう。」

「きゃー、カリーナちゃん! もう普通に提督クラスより収入が多いくせに、妙にみみっちくて庶民的なところに惚れますわ!」

「いちいちうるさい!」

 うざいデバイスを一喝して黙らせ、手慣れた動きで魔法を起動、炎を纏った体当たりでウェンディを戦場から排除する。その様子を見て気合を入れたティアナは、ぶっつけ本番で今まで一度も成功していない大技に挑戦する事にする。まずはフェイクシルエットを二体そばに発生させ、光学迷彩を解いて突入する。

「今度は本人が出てきたか!」

 走って距離を詰めてくるティアナの気迫に、どれか一人は必ず本物だと確信するチンク達。だが、小刻みに入れ替わりながら駆け寄って来る姿に、どれが本物かを絞りきれない。まとめて攻撃しようにも、地味に牽制弾が邪魔で狙いを絞りきれない。そのまま三人のティアナは三方に分かれ、ホバーダッシュを起動して弾幕とともに距離を詰めてくる。

「どれが本物か分からないなら……!」

「全部攻撃すればいい!」

 その叫びとともに、全てのティアナに攻撃を殺到させる。流石にフェイクでは実体のある攻撃を潰せる訳もなく、偽物に殺到した攻撃はそのまま全て素通りし、地面に当たって土煙を舞いあがらせる。一方、本物に向かった攻撃は弾幕に全て迎撃され、ティアナ本人には一切のダメージを与えられない。

「くっ! 止められなかったか!」

「駄目! 速すぎて流石に足を掴めない!」

 投げたナイフを完全に撃ち落とされたチンクと、ディープダイバーによる足つかみをミスしたセインが、思わず悲鳴を上げる。窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、今まで見せた事の無い気迫とともに行われている一連の動作は、油断していた訳ではない彼女達でも、結局止める事は出来なかった。

 同等以上の速度があるウェンディなら、最初の突撃の段階で牽制弾を放たれる前に潰せたのだが、そのウェンディは現在、ルナハートに翻弄され、きっちり追い詰められている。むしろ、ウェンディが居ないからこそ、ティアナがこんな思い切った真似を出来た、とも言える。

「後輩の活躍を見るために、さっさと蹴りをつけさせてもらいます。ファタ・モルガーナ!」

 蜃気楼と言う意味の必殺技を起動し、多数の分身を出現させてスタイリッシュに攻め立てる。レヴァンティンに追加されたものと同じ種類の技だが、あちらと違い器用貧乏を地で行くカリーナの場合、応用範囲が非常に広くて使い勝手が良かったりする。

「があ!」

 分身したカリーナが、スタイリッシュなコンビネーションで放つ大技のフルコース。それによりしたたかに打ちのめされたウェンディが、意識を飛ばされ墜落する。

 その様子を視界の隅でとらえながら、ほんの少し注意が逸れた隙に至近距離まで迫っていたティアナに対応しようと、手に持ったカノン砲で殴りかかろうとするディエチ。だが、予測した進路をそれ、入れ違うようにすり抜けられ、大ぶりのその一撃は見事に空を切る。そのまま駆け寄ってきたチンクの傍をすり抜け、明後日の方向に走り去る。

「えっ?」

 不思議な挙動に戸惑いの声を上げるのも一瞬。即座に体勢を立て直し反撃に移ろうとして、

「きゃ!」

「あう!」

 ティアナから飛んできた正体不明の弾を食らい、完全に体が硬直する。ティアナが放ったのは、気脈を乱す性質をもった気功弾だ。優喜に頼みこんで稽古をつけてもらい、最近になってようやく普通に手から飛ばせるようになったそれは、射程距離がせいぜい五メートルほどしかない上に、未熟さゆえにちょっとした遮蔽物で弾かれてしまうため、砲撃とは違った理由でウェンディのボードの前では無力だ。

 だが、服やナンバーズのボディスーツ程度なら、そのちょっとした遮蔽物には入らないため、上手く隙をつければ十分に効果を出すことができる。

「ちょ、何!? 何であんたみたいに半年しかいないのが、そんな面妖な攻撃を!?」

「さて、ね!」

 セインの戸惑いの声に軽く応え、今までネックになっていたターンの動作に入る。今までにない集中力でターンピックを発動させ、地面に打ち込むタイミングを見極める。

(今!)

 己の気の流れ、重心の位置、地面の硬さ、ピックの角度。その全てが理想的なタイミングを見切り、思い切ってピックを地面に刺す。今までは姿勢を崩し顔面から地面に突っ込んでいたが、今回は理想通りの軌跡を描いて、速度を落とすことなくターンする事に成功する。

 そう、ついにティアナは、初めてアサルトコンバットの第一関門を突破したのだ。そのまま速度を落とさず一気にセインに突っ込んで行き、いつの間にか二兆件中からロングバレルモードにモードチェンジをしていたクロスミラージュの柄でセインを殴り飛ばす。

「いった~!」

 硬いグリップで殴り飛ばされた揚句のはてに、爆発頸でチンクとディエチを巻き込むように吹っ飛ばされたセインは、思わず痛みにうめく。ティアナの動きの鋭さに、ディープダイバーの発動を失敗したのだ。

「って、ちょっと!」

「それはいくらなんでもひどい!」

「負けを認めるから、やるならこの姉だけに!」

 痛みにうめきながらティアナの方に目を向けると、いつチャージしていたのか巨大な砲撃を構え、足を止めて今にも発射する様子を見せていた。

「残念ながら、ここまでがワンセットなのよ!」

 クロスミラージュのカウントダウンを聞き、ゼロになった瞬間に容赦なく引き金を引く。

「スターライト・ブレイカー!」

 決定力不足を嘆いていたティアナが、なのはからスパルタ式で仕込まれた必殺技。オリジナルのそれに比べれば随分ささやかな威力ではあるが、言うまでもなくたかが戦闘機人に叩き込めば、単なるオーバーキルでは済まない代物だ。

「うわあ……。」

 思わず呆れて、引いたような声を出してしまうカリーナ。自身も一応使えるとは言え、コンビネーションの最後にぶっ放すとかは、流石に考えた事もなかった。と言うより、あんなものを撃たなくても、大体勝負がつくからだ。

「……いろんな意味で痛いッス……。」

 カリーナが後輩の行動に呆れたような声を出していると、意識を取り戻したらしいウェンディが妙なぼやきを漏らすのを聞きつける。

「それはどういう意味かな?」

「殴られて痛いって言うのもあるッスけど、ああいうスタイリッシュなのは、セイン姉ぐらいストイックな体型か、逆にあそこの凡人二号ぐらいグラマーで無いと、いまいち様にならなくて痛いッス。」

「……気にしてるのに、気にしてるのに……。」

「痛い、痛いッス! 謝るから勘弁してほしいッス!」

 ウェンディの言葉に、思わずレイピアの柄でガスガス頭を殴りながら、いわゆるレイプ目でぶつぶつつぶやくカリーナ。彼女の名誉のために言っておくと、カリーナはボリュームこそはやてにすら一枚劣るものの、細身ながらメリハリの利いた、非常に綺麗なボディラインをしている。絶対値こそ小さめだがカップ値は意外と大きく、むしろ平均よりバストサイズは上だと言っていい。とは言え、決して貧乳では無いとはいえど、グラビアアイドルをするには少々胸が足りず、逆にファッションモデルには胸が出すぎている上に背が少々足りない。そう言うどっちつかずなところがまた凡人くさくて本人は結構気にしているのだが、トータルで見れば下手に体型が偏ってるよりも魅力的に見える、と言う事には気が付いていない。

「あの、ルナハート。それぐらいにしておいた方が……。」

「うん、そうする。」

 ようやくこちらの世界に戻ってきたカリーナを見て、安堵のため息をつくティアナであった。



[18616] 第15話 その2
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:7dc1cc34
Date: 2012/02/18 20:56
「これで最後かな?」

 見えている範囲の機械兵器を破壊し終え、ようやく一息つけるスバル。辺りには十を超えるガジェットの残骸が。

「これ、結構強かったけど、ティアは大丈夫かな……?」

 AMFと純粋な高火力により、流石に無傷と言う訳にはいかなかったスバル。新人の中では突出して防御力と突破力が高いスバルでこれだ。一般局員よりははるかに強いといえど、ティアナの単独でのトータルの実力は、まだまだ他の三人と比較すると一枚落ちる。その上、ガンナーと言う特性上、どうしてもAMFとは相性が悪く、こういう硬い装甲板を貫くのは苦労するはずだ。

 最初はガジェットの群れを突破して合流するつもりだったのだが、相手が思いのほか頑丈で手強く、しかも地味に連携じみた動きをしてきたため、突破しきれずに手間取ってしまったのだ。ティアナの側も強力なAMFと分厚い装甲、そして防御が薄いガンナーにとっては致命的な火力の攻撃に手を焼き、合流をあきらめて距離を取ることしかできなかったのである。そのまま二人して好き放題追い散らされ、どうにか殲滅を済ませた時にはすっかり迷子になっていた。こういう時に互いの安否を確認するための道具を預かっているため、まだティアナが生きている事は分かっているが、相手の手ごわさを考えると心配なものは心配である。

「それにしても、見事にはぐれちゃったけど、ここはどこだろう?」

 先ほどの戦闘で、見事に目印にならない感じに崩れたビルの残骸を見て、ため息をつきながら現状を確認する。地図で照合しようにも、ガジェットと派手にやりあったため周囲の景色が変わっており、目視での位置確認は困難だ。その上、通信妨害がかかっているためGPSも使えない。相手の数が多かった事もあり、応戦するのが精いっぱいでどこをどう動いたかなど確認する余裕もなく、歩いてきた道を逆にたどる、と言う手段も使えない。

 幸い、時計とコンパスまでは死んでいないため、ウィングロードで空を走れば、クラナガンの中心部に向かう事は難しくない。本来ならウィングロードも飛行許可が必要な類の魔法ではあるが、今回は緊急事態の上連絡も取れないので、この際規則の方に目をつぶってもらって、位置照合ができるところまで空を走る事にしよう。そう決めてウィングロードを展開したところで、よく知っている、だがどこか違和感のある気配が近付いてくる事に気がつく。

「もしかして……!?」

 自分の感じた気配が間違っていないのであれば、こちらに来ているのは、心の底から取り戻したかった人のはずだ。

「ギン姉!」

 スバルの予想通り、現れたのはギンガであった。傍らには、たしかノーヴェと言う名の、髪の色以外は自分達そっくりなナンバーズが居る。

「ギン姉を返せ!」

「心配しなくても、あたし達と勝負すれば返してやる。」

 その言葉に、ノーヴェをにらみつけるスバル。

「あたしだって、こんなやり口は趣味じゃないけどね。何しでかすか分からない困った姉貴が一人居て、そいつが危ないおもちゃを持っちまったんだ。」

「理由になってない。」

「その姉貴が、あんた達と戦って来いって言ってるんだよ。あたし達が戦ってる間は、あの姉貴も流石に無茶な真似はしないはずだから、こっちには選択の余地は無いんだ。」

 どこまでも勝手な言い分に、どんどん怒りのボルテージが上がっていくスバル。そのスバルの様子に気がつきながらも、言うべき事は全部言っておかねばならない、とばかりに言葉を続けるノーヴェ。

「それに、あたし達が戦わなきゃ、あの姉貴の事だ。裏切り者扱いであたし達ごとふっ飛ばしかねない。そうなったら、あんたが取り戻したかったこいつも、一蓮托生になる。」

「……分かった。だけど、今、最高に頭に来てるから、殺さないようにとかできないと思う。」

「気にすんな。あたしが戦って死んでも、自業自得だ。その代わり、こっちも演技なんてできないから、殺す気でいかせてもらうよ。」

 ノーヴェの宣言に頷くと、シューティングアーツの構えをとる。竜岡式でさんざん叩き込まれたさまざまな技法をシューティングアーツと融合させた彼女のそれは、見た目こそシューティングアーツの基礎の構えだが、その中身はすでに別物だ。その事を知ってか、ノーヴェの方も油断なく構える。

「ギンガ、あんたは待機。流れ弾にだけ対処する事。」

 ギンガが頷いたのを確認すると、そのまま先制攻撃に移るノーヴェ。殺気が十分に乗った、遠慮も加減も無い蹴り。それをブロック、ではなく、突撃で打点をずらしてそのまま威力を相手に返すスバル。挙動そのものはシューティングアーツだが、彼の武術には無い種類の発想に、思わず面喰って距離を取るノーヴェ。

 シューティングアーツは、基本的には先の先を取る一撃必殺型の、カウンターとはあまり縁がない武術だ。防御は機動力でかき回す事と、バリアやシールドを張ってのブロックがメインであり、こんな風に打点をずらして威力を殺したり、衝撃をそのまま相手に返したりなどと言う、攻撃以外の部分でテクニカルな真似をする流派ではない。カウンタータイプの技がない訳ではないが、こんなひねくれた挙動はしない。

 そもそも、打点をずらして受ける、という発想自体、魔法格闘技自体にあまり存在しない考え方である。理由は単純で、魔法攻撃のほとんどは、普通は打点などと言うものが分かるものではない。格闘攻撃にしても、単純な身体強化魔法で繰り出されたものならともかく、そうでないものの場合、それ自体の打点はスバルがやったような手段でずらせても、その上に乗せられた魔法の威力はダイレクトに来る。間違っても、単に受け方だけで衝撃を返したりは出来ない。砲撃に至っては、打点がどうとかそういう次元の威力ではない。流石にスバルはおろかフォルクでも、砲撃クラスになると打点をずらすだけでは防げないが、これについては、そう言うやり方でなのはの集束砲すら防ぐ優喜や竜司が異常なのだ。

「反射魔法を格闘レンジで発動させたのか?」

「違う。普通に受け方だけで返した。これぐらい、ティアナやヤマトナデシコの子たちでも普通にやるよ。成功率は落ちるけどね。」

「……広報部ってのは、末端まで非常識か……。」

「うちの教官には、こんなちゃちな手は通用しない。」

 その言葉に、思わず怖気が走るノーヴェ。スバルはさらっと言うが、スバルの技でさえ、ノーヴェのようなタイプにとっては致命的だ。その上を行く相手など、考えたくもない。

「長話する気分じゃないし、さっさとギン姉を返してもらう!」

 その台詞と同時に距離を詰め、一撃一撃が異常に重いラッシュを叩き込んでくる。受け方を少しでも間違えれば、即座に骨の一本や二本は粉砕されるであろう攻撃を、どうにかこうにかシールド魔法を併用してしのぐ。合間に強引に割り込んで打撃を入れるも、あっさり受けられ衝撃を返されてしまうため、迂闊に攻撃に移れない。

 突破口を見いだせず、じり貧になりながらしのぐノーヴェ。認めたくない事ながら、相手の方が完全に実力は上だ。このままでは、そう長くはしのげない。そんなとき、彼女にとって予想外の援護が、望まぬ形ではいる。

「ギンガ!?」

 無表情のギンガが、スバルに全力で体当たりを叩き込んだのだ。もっとも、来るだろうと予測していたスバルには、かすりもしなかったが。

「どういう事だ!?」

「どーせ、あんたの姉とやらが、ギン姉に何かしてたに決まってるよ。」

「……やけに落ち着いてるな……。」

「あのメガネのやりそうな事だし、こうなるって最初から分かってたから。」

 スバルのその言葉に、実に申し訳ない気分になるノーヴェ。ぶっちゃけ、こういう人質に攻撃させるようなやり方は、後味が悪い上に碌な結果にならないと分かっているため、正直ノーヴェとしては避けたいところだったのだが、そういうお約束を理解しろだの空気を読めだのと言う言葉は、クアットロには通じない。

 とにかく、こうなったからには悪役に徹するかと覚悟を決めて割り切り、勝てないと分かりつつも攻撃を仕掛けようとしたノーヴェは、攻撃に移ろうと考えた瞬間にものすごい衝撃で吹っ飛ばされる。

「悪いけど、ここから先は邪魔されたくない。そこで寝てて。」

 人懐っこい性格のスバルとは思えない冷たい表情と口調で宣言すると、あっという間にノーヴェの意識を刈り取る。チンク達とは違い、それほど長くは粘れなかったノーヴェであった。







「とは言えど、どうしたものかなあ……。」

 力任せの攻撃を繰り返すギンガをいなしがなら、この後の対処に頭を悩ませるスバル。最悪、骨の一本ぐらいは勘弁してもらう事にして、普通に殴り倒すことも視野に入れながら、出来るだけ乱暴な手段を取らずに無力化できないか観察する。

 もっとも、ノーヴェを仕留めたように普通の攻撃で意識を刈り取るのは、クアットロがどんな小細工をしているか分からないのが問題だ。下手をすると、気絶したままこちらに突っかかってきかねない。そう考えると、足の一本でもへし折るのが一番確実だろう。骨折ぐらいなら、一日もかからず治せる。

 だが、正直、大切な姉にそんな真似はしたくない。故に、まずは比較的穏当な方法で、ギンガの洗脳を解く手段を考える事にする。

「っ!」

 身体のリミッターでも外されているのか、予想以上のパワーとスピードで繰り出される攻撃が、スバルの脇腹をかすめる。技も何もない大ぶりの攻撃ゆえに、タイミングなどは読みやすくそう簡単に食らうものではないが、かといって当たった時の被害を考えると、油断できるような攻撃でもない。

(ギン姉の気の流れをちゃんと見るんだ!)

 激しい攻撃に、思わず身を守る事に専念しそうになる心を叱咤し、ギンガの気の流れをしっかり確認する。予想通り、いくつかおかしなことになっている部分がある。観察の結果、どこをどうつけばギンガを解放できるかはなんとなく分かったが、軟気功や気脈崩しはスバルにとっては、どちらかと言えば苦手な分野である。上手くやれるかどうかは、個人的な感触では五分を切る。

(でも、やるしかない!)

 そう、やるしかないのだ。このままギンガを放置すれば、無理な攻撃を繰り返して、確実に体を壊す。それでは、手足をへし折るのと変わらない。それに、スバルがやろうとしているやり方は、難易度が高い代わりに、ミスった時のリスクがほとんど無い。ならば、上手くいくまで何度でもやればいいのだ。

「ギン姉、今助ける!」

 何をするにしても、まずは攻撃を止めなければならない。この後の事を考えるなら、その場しのぎの気脈崩しで動けなくするのは不可能だ。故に、少々乱暴だが、爆発頸で大きく体勢を崩し、攻撃行動をとれなくするのが妥当だろう。

「はっ!」

「……!」

 スバルのブロックに、ギンガの表情が初めてわずかに動く。その様子に気がつきつつも、気の流れが変わっていない事を確認して、予定を変更せずにそのままぶっつけ本番の一回目をやる。

 懐に飛び込んで、ギンガの丹田のあたりに右手を添える。そのまま、気を乗せた左手を叩きつけ、一気に気脈全体を揺らす。ここまでは、スバルの技量でも問題ない。千回やって一回失敗するかどうか、と言う程度の確実性だ。だが、このやり方は普通の気脈崩しと違い、動きを止めると言う機能は十秒も続かない。そもそも、大きく揺らす事による揺り戻しで、おかしなところを戻すやり方なのだからしょうがない。

 問題はここからだ。とりあえず今の衝撃で、目論見通り細かい異常は全部吹き飛ばされた。ここからは本命である、頭の中をいじっているであろう何かをどうにかしなければならない。優喜なら、直接眉間辺りから気を流し込んで原因を粉砕することもできるだろうが、スバルにはそこまでの能力は無い。故に、いくつかの気脈から手数で少しずつ大きな異常を削り取っていき、最後に眉間に本命の一撃を入れるしかない。

 幸いな事に、プレシアの予想通り、ギンガの脳がいじられた形跡は無い。やはり、そこまでの改造をする余裕は無かったらしい。プレシアが言うには、多分機械から脳へ戻る制御信号に干渉してオーバーフローを起こさせ、意識の空白に付け込んで魔法をかけて洗脳したのだろう、と言う話だ。気脈を崩した時の感覚から、どうやら方法論としては分析通りだったようである。実際の魔法を使わないマインドコントロールは時間がかかる上に効果が不安定である事を考えるなら、他の方法は取れなかったに違いない。

 スバルもギンガも、元々脳には機械は組み込まれていない。全身あちらこちらに組み込まれた多数のメカが、脳と全く無関係かと言われれば答えは否だが、少なくとも機械一つを乗っ取られたら思考から何から全てコントロールされる構造にはなっていない。脳改造する技術が無かった、と言うのもあるだろうが、むしろ簡単にコントロールを奪われるリスクを避け、教育による洗脳で裏切りを防ぐ事を選んだ、と言うのが実際のところだろう。

「もう一回!」

 時間切れで復活したギンガから飛んできた反撃をやり過ごし、同じように衝撃で気脈を揺さぶる。最初の一回では、正中線上の二ヶ所からしか気を送り込めていない。スバルの技量なら、最低あと六ヶ所から打ち込んで、止めに眉間に一発入れてからさらに気脈を揺さぶってやる必要がある。この時送り込む気の量は、多すぎても少なすぎてもいけない。少しでも多すぎるとギンガに影響を与える前に身体をつきぬけてしまうし、少なすぎると気脈に弾き返される。また、打ち込む位置が深すぎても浅すぎても何の効果も発揮しない。

 失敗したところで影響が出ないだけなので果敢に挑戦できるが、成功させるには相当な集中力と技量が必要な方法である。本来、スバルの技量で行うには少々心もとないが、かといって、他にこの手の洗脳を解くような技は持ち合わせていない。ゆえに、スバルには成功するまでトライする、以外の選択肢は無い。

「えい!」

 幾度目かの挑戦で、ようやく残り二ヶ所まで追い込む。一ヶ所成功するごとに動きが鋭くなっていくギンガに手を焼きながらも、その事実がスバルにとっての手ごたえとなっている面もあるため、素直に喜べる事ではないにもかかわらず、顔がほころぶのを押さえられない。

「後一つ!」

 ほぼ本来のキレを取り戻しているギンガに苦戦しながら、どうにか最後の一ヶ所である眉間へ気を打ち込む算段を立てる。今までのように、気脈を揺らすのはそろそろ通用しなくなりそうだ。やれて後一度が限度だろう。眉間への一撃を成功させた後、もう一度気脈を揺らす必要がある事を考えるなら、限界まで集中して、カウンターで入れるしかない。

 そう覚悟を決めて構えを取り、ギンガの動きを読もうとして妙な事に気がつく。いつの間にか、ギンガの気のゆがみが、全部消えているのだ。さっき六ヶ所目に気を打ち込んだ時は、まだゆがみが残っていた。なのに、最後の一ヶ所を巡る攻防を繰り返しているうちに、そこがきれいさっぱり消えている。

 考えられるケースは二つ。身体を動かしているうちに自然に洗脳が解けたか、洗脳されている状態が馴染んでしまったか。ギンガの攻撃をかわし、もう一度彼女の全身の気を探って、ある種の違和感に気がつくスバル。

「……ギン姉。もう、元に戻ってるんでしょ?」

「……ばれた?」

「攻撃から殺気が消えてて、いつの間にか気功をやりだしてたら、他に理由は無いよね?」

「……言い訳すると、戻ったのはほんの三十秒前ぐらいよ?」

「つまり、最後の方の何回かは正気だった、って事だよね?」

 スバルにしては珍しく、ジト目でギンガを見る。その視線に耐えられず、明後日の方向を向きながら鼻歌なんぞを歌ってごまかすギンガ。この二人としては、実に珍しい光景である。

「まあ、何にしても、ギン姉が元に戻ってよかった……。」

「心配かけてごめんなさい。」

「あの手の攻撃は、一回やられないと対策を立てられないから、しょうがないよ。」

 実際、ギンガがやられていなければ、スバルが同じ立場に立っていただけの事である。どっちがやりやすいかと言われればギンガがスバルを治す方が簡単ではあるが、その分おかしな負荷で負傷しやすいと言う条件を考えれば、どっちもどっちであろう。

「とりあえず、一旦アースラに戻ろう。」

「そうね。」

 気絶しているノーヴェを担ぎ、アースラが居るであろう場所に向かって動き出そうとする二人。その直後に、ゾクリとした感覚が背筋を貫く。

「ギン姉……。」

「ええ……。」

 嫌な予感に、空を見上げる。そこには、微妙な亀裂が。

「次元震!?」

『そこまでのエネルギー量ではありません。』

「だとしたら、あれは一体?」

 マッハキャリバーの言葉に顔をしかめながら、徐々に広がっていく亀裂を睨みつけるギンガ。確かに、次元震特有の膨大なエネルギーは感じられない。あの程度の亀裂で何かが起こるほど、次元世界は軟ではないのも事実だ。だが、それでも、あれはまずい。世界の崩壊とは別口でまずい。

「スバル、ギンガ!」

「大丈夫!?」

 声をかけられてそちらの方を向くと、ティアナを抱えたカリーナが、見えるところまで飛んできていた。よく見ると、当りにサーチャーらしきものがある。流石にカリーナクラスなら、探知魔法を潰されるほどではないらしい。

「とりあえず、ギン姉はもう大丈夫! マッハキャリバーが対策を取ってくれてるから、同じ手で洗脳される事はもう無いはず。」

「そっか、良かった。」

「と言う事は、次の問題は、あれね。」

 空の亀裂を睨みつけながら、カートリッジをリロードしていうティアナ。本当なら、あれをふさぐ方法を考えなければいけないのだが、残念ながらスバルとギンガ、ティアナの手持ちには、そんな手段は無い。カリーナの手札にはあるにはあるが、ここまでになると変化が止まってからでないと上手くいかない。

「何か……、出てくるね……。」

「もしかしてあれ、竜岡師範が言ってた……。」

 ティアナの言葉が終わる前に出てきたそれは、何とも名状しがたい姿をしていた。







「増殖型か。」

「また厄介なものを。」

 行く手を阻む名状しがたいものを一撃で粉砕し、顔をしかめながら言いあう優喜と竜司。出てきた亀裂は、気功弾で周囲の空間ごと吹っ飛ばすと言う力技で消滅させているが、元を断たねばキリがない。何しろ、見ている前で新しい亀裂が生まれているのだから。

「とは言え、こいつらはまあ、問題なかろう。」

「こいつらは、ね。」

 今回二人の前に出てきたのは、普通に物理攻撃が通用するタイプだ。どうやらあの亀裂から出てきたときに、こちらの法則やらシステムやらに引っ張られて、肉体に生命が縛られたらしい。肉体に縛られなければ現界出来ないランクの物は、実際のところさして強くは無い。とは言えど、物理攻撃が通ると言っても戦車砲やミサイルぐらいの火力は普通に必要で、ビル程度なら歩く程度の気楽さで崩壊させるぐらいの能力は持ってはいる。魔法も何もない人間が相手取れるような存在ではない。

 地上部隊の能力では、一部隊で相手取るには手に余るだろうが、それでも倒せない訳ではない。火力にしても、ストライクカノンがあれば十分で、一度に出てくる数が少ない分、レトロタイプよりは大幅にやりやすかろう。見た目にひるまなければ、大した問題は無い相手だ。

「これより上が出てきたら、さすがにまずいかな。」

「そうだな。この上となると、実質ダメージが出せるのは、広報部とギンガだけだ。どうせ出てくるのは秘伝なんぞいらんような相手ばかりだろうが、それでも属性相性というやつは残酷だからな。」

 更に現れた雑魚を、亀裂ごと一緒くたに潰し、元凶のもとへ急ぐために移動速度を上げる。進行方向にいる連中をまとめて叩きつぶし、ただひたすら現地へ急ぐ。

「……誰か戦っているようだな。」

「うん。急いだ方がいい。」

 もうそろそろ視界に入ろうか、と言うあたりで、二つの気配を拾う。一つは言うまでもなく、どこかの馬鹿が呼び出した危険物だが、もう一つは普通の人間、からはやや外れているが、この世界に存在しうる生き物の気配だ。さらに言うと、そこまで鋭くは無い竜司はともかく、優喜には気配の主が大体分かっている。

「……あの男は、ヴァールハイトの方か?」

「らしいね。こんなところで、何をやっているのやら……。」

 ついに到着した現場では、老人の姿をした何かが、竜司には一歩劣るが立派な体格をした満身創痍の男を丸呑みにしようと、人体構造上あり得ないほどの大きさに口を開いて飛びかかっていた。







「こいつは、一体何だ……?」

 誰よりも早く次元振動の発生源に到着したヴァールハイトは、その中心にいた老人を見て、思わず呆然とした声を出してしまう。どうという事も無い、どこにでもいそうな老人。なのに、その姿を見た瞬間から、全身に鳥肌が立っている。あれには関わるな、逃げろ、と、本能がうるさいぐらいに警告を発している。

「何だ、とは御挨拶だな。見ての通り、ただの爺だが?」

「ただの爺が、そんな不気味な空気を振りまくとは思えんが?」

「いやいや。この世界を崩壊させようとしているだけの、ただの爺だよ。」

 見た目に反した若々しいしゃべり方で、ヴァールハイトに応える老人。その言葉を発した老人の目を見て、ヴァールハイトは認識を固めた。恐怖を感じる本能をねじ伏せ、縮こまりそうになる体を叱咤して槍を構え、言葉を発する。

「どうやら、野放しにしておくわけにはいかんようだな。貴様を成敗する!」

「たかが爺一人に大げさだな。」

 その戯言を無視し、最初から最強の一撃を、全力で叩き込む。その一撃をよけるそぶりも見せずに、やけに穏やかな表情で見続ける老人。そのまま、ヴァールハイトの人生で一番とも言えるタイミングで、最高の一撃が見事に入る。

「!?」

 手ごたえはあった。見た目通りの老人であれば確実に命を刈り取れ、そうでなくてもノーダメージと言う訳にはいかないであろう一撃。今までの人生で最高と言っていい一撃を叩き込んだヴァールハイトは、本能の命ずるままに即座に退避する。

「おやおや。若いのに戦慣れしているね。」

「……どういう事だ?」

「何が、どういう事、なのかな?」

「何故、死なない?」

 脳漿をぶちまけながらも平然と話す老人を見て、戦慄とともに疑問をぶつける。身体が真っ二つになり、断面が焼かれて死なない生き物など、普通はいない。

「それは簡単な話だよ。」

 ヴァールハイトの疑問を聞き、にやりと邪悪な笑みを浮かべて答える老人。

「もうすでに死んだものが、もう一度死ぬことなど、ないだろう?」

 その言葉に、本能が放つ警告の意味を正確に理解したヴァールハイト。だが、すでに遅い。

(いや、この場にこいつが立っていること自体が、すでに手遅れか。)

 らしくもなく腰の引けた思考をしそうになった自身に苦笑し、考え方を改める。実際、警告の意味を理解していようがしていまいが、全く関係ない話だ。こいつがこの場にいる以上、余程の奇跡でもない限り、遅かれ早かれ対峙する事になったはずだ。ならば、怯えて逃げても無駄だ。少しでも弱点を見つけ出せるよう、切れる手札はすべて切るしかない。

「気合を入れてくれているとこ悪いけど、実はこの年寄りには大した力は無くてね。単純な殴り合いでは、どう逆立ちしたところで君を仕留めることなど、できはしないんだ。」

 哀れにも、実力差を正確に理解しながらなお抵抗の意思を捨てない獲物に対し、にこやかに言葉をかける老人。見ると、いつの間にやら、切り裂かれた自身の身体を繋ぎ終えていた。左右が微妙にずれていたり、ずれた面から何かが足元に滴り続けていたりするが、全く頓着する様子は無い。

「嘘をつけ。さっき起こっていた次元振動、あれを起こすだけで、俺をミンチにするぐらいは余裕だろう?」

「残念ながら、あれは攻撃には使えないんだよ。あれは、こういうことしかできないんだ。」

 その言葉と同時に空間に亀裂を作り、何かをこの世界に呼び寄せる老人。反射的に槍を薙ぎ払い、その何かが完全に出てくる前に切り捨てるヴァールハイト。出てきた名状しがたい何かの残骸を見て、勘で槍を振るった事が正しかったと悟る。

「……おかしいな。」

 自分が呼び出し、あっけなく切り捨てられたものには目もくれず、どこか明後日の方向に視線を向けて首をかしげる老人。それを見ても油断せず、次の一撃を準備するヴァールハイト。技を振るおうとした彼に、老人が問いかける。

「あの都市の中に開こうとした門が、何故か開ききる前に強引に閉じられた。何か心当たりは無いか?」

「ある訳がなかろう。」

 思わず反射的に言葉を返し、次の瞬間彼の心を大きな喪失感が襲う。ちらりと己の左腕を見ると、今この瞬間までそこにくくりつけられていたはずの紐が、完全に切れて地面に落ちていた。

「……まさか、マドレか?」

「なんだ。心当たりがあるんじゃないか。だったら、その人に対する意趣返しも兼ねて、もっといっぱい門を開いてあげないとね。」

「させると思ったか!」

 ふざけた事を言いだした老人に襲いかかるヴァールハイト。この時彼は、本能に根ざした恐怖も絶望も、全て忘れていた。

「邪魔しないでほしいなあ。」

 うんざりした表情で襲撃者を見つめる老人。次の瞬間、地面に飛び散っていた彼の脳漿が飛び上がり、突っ込んでくる相手に向かって一直線に飛んでく。

「があ!?」

 とっさに張った強固なシールドとバリアを完全に無視し、ヴァールハイトの左目に飛び込む脳漿。当った場所からどんどん溶けて爛れていく。

(シールドを貫かれたか!? いや、そもそも全く影響を与えていなかった!)

 目を焼かれた激痛に耐えながら、相手の攻撃を分析する。どうにも、物理でも魔法でもない種類の攻撃らしく、普通の防御方法では防ぎようがない。布切れ一枚で防げるのでは、と思わなくもないが、それこそ貫通されて終わりだろうと考え方を改める。

「やっぱり開かないか。あの結界を張ってる誰かに、対策を取られたかな?」

「……管理局も、役に立つこともある訳か……。」

 今にも気が狂いそうなほどの激痛をごまかすため、軽口を叩いて健在をアピールする。

「まあ、元々簡単に開けなくて、至近距離に三つと内部に一つしか無理だったんだけどね。」

 大した問題点ではないからか、それとも知られたところでヴァールハイトにはどうにもできない事だからか、そんなヴァールハイトに一つ肩をすくめて見せて、何でもないように自身の限界を言ってのける老人。

「存外、大したことは無いな。」

「ああ。何しろ、いろいろ足りてなくて、まだ完全にこっちには出てこれてないんだ。この体も、単なる端末だからね。」

「ならば、その端末とやらを潰してしまえば、貴様はこちらには干渉できんと言う事だな。」

「さて、どうかな?」

 そううそぶく老人に向かい、再び槍を振るうために距離を詰める。左目が完全につぶれてしまったため、今までに比べて極端に死角が大きくなってしまうが、そもそも脳漿の動きについては、見えていても対応できるとは思えない。食らってもひるまずに突っ込んで行けば、一撃ぐらいは当てられるだろう。

 そんなヴァールハイトの思惑は、実にあっさり潰される。脳漿が見えているはずの右側からいきなり現れ、足首に巻きつき、地面に縛り付けたのだ。見落としたのではない。何の前触れもなく、唐突に出現したのである。完全に地面に縫い付けられ、じわじわと溶かされて行くヴァールハイトの右足。動かそうにも持ち上げることすらできず、徐々に徐々に身体を這いあがってくる。即座に決断を下し、己の足を切り落とす。

「躊躇いも無く足を切り落とすとはね。どうやら、君を低く見過ぎていたようだ。」

 感心するような老人の言葉に応えず、片足で跳び上がって距離を詰めようとするヴァールハイト。待ち構えていたかのように目の前に広がる脳漿。衝撃波で己の軌跡を変え直撃を避けるも、左半身に浴びることまでは避けられない。右足に続き左足も焼かれてしまい、もはや自力で立つこともできなくなる。もはや四肢のうち無事なのは右腕のみ、左腕は槍を握る事すらできぬほど食らい尽くされている。だが、それでもまだ、ヴァールハイトはあきらめていない。

 槍は、突いたり払ったりするだけが芸ではない。右腕一本動けばやりようはあるし、左腕とて体の向きを変える事ぐらいには使える。

「さて、そろそろ君と遊ぶのも飽きた。そこでじっとしてるなら、見逃してあげるけど、どうする?」

「ふん、戯言を。」

「いいのかな? それぐらいなら、この世界の医療技術で治せるはずだよ?」

「治すまで、世界が残っていれば、な。」

 そう。ここで命を長らえたとしても、こいつを放置すれば結果は一緒だ。それに、こういう理不尽な暴力を振るう相手に背を向けるのは、彼自身の存在意義を自ら捨てるに等しい。

「魂まで消されるかもしれないのに、まだ逆らうんだ。」

「貴様を仕留められるなら、今更死など恐れん! 魂が砕かれようと、最後まで闘う!」

「何が君をそこまで駆り立てるのやら。」

「知れた事!」

 残りの力を振り絞り、体勢を立て直す。体内に埋め込まれたレリックが、ヴァールハイトの気迫に反応して、新たなエネルギーを発生させる。食われたはずの足を再生させ、左腕を槍が持てるところまで癒す。その力に後押しされ、癒されてなお満身創痍の体を再び叱咤し、必死になって立ち上がる。

「我はヴァールハイト! 弱きものの槍なり!」

 ここで全ての命を燃やしつくす。その覚悟を持って槍を構え、高らかに宣言する。

「なるほど、ね。丁度いいし、君の命を食わせてもらうよ。」

 そう言って、爺の姿を保ったまま、それはヴァールハイトを丸呑みしようと飛びかかってくる。人体としてはあり得ないほどの大きさまで広がった口が、実に気持ち悪い。なまじ原型が残っているがゆえに、気が弱いものが直視しようものなら即座に発狂しそうなほどグロテスクなそれに、槍を構えて飛び込んで行くヴァールハイト。

 ぱくり。ごくん。音で表現するなら、その二つで足りるであろう。ヴァールハイトは、自身の半分もない老人に丸呑みされ、姿を消した。







「遅かったか!」

 気功弾の着弾を確認し、一つ舌打ちをする竜司。誰かが食われそうになっているのを確認し、即座に攻撃を放ったのだが一歩遅く、当ったのは男が飲み込まれてからであった。

「おやおや。今日は千客万来だね。」

「来ないとでも、思ったのか?」

「誰かは来るだろうと思っていたがね。よもや、この体にダメージを与えられる人間が来るとは予想外だったよ。」

「これだけの人口が居れば、一人や二人は当然いるよ。当たり前でしょ?」

「この爺や今の若者の記憶には、その手の攻撃手段が存在すると言う情報が無かったからね。少々油断したよ。」

 飄々と語る爺に、自然体のまま攻撃のタイミングをうかがう優喜と竜司。二人とも、目の前の爺については、心当たりが無いでもない。

「そんなものを呼び込んで、世界を滅ぼしたくなるほど闇の書が憎かったの?」

「この爺をはじめとした十数人はそうらしいね。その妄執があまりにも美味しそうだったから、ついパクリと行ってしまったけど、おかげでいろいろ知識や知恵が貰えてよかったよ。」

 元「闇を滅する会」会長、いや、その姿を模した何かが、あっけらかんとした態度を崩さずに答える。

「だけど、エネルギーの質としては、今食べた若者が一番だ。おかげで、完全に現界出来そうな感じだよ。」

「なるほど、つまりは。」

「貴様を完全に滅する事が出来る、と言う訳か。」

「おやおや、若いねえ。さっきの攻撃は、確かに少々痛かったがね。あの程度をいくら叩き込まれたところで、この身を滅ぼすことなどできはしないよ。」

 爺の言葉を無視し、容赦のない踏み込みから大量の気を乗せた打撃を繰り出す竜司。単純な威力だけなら、ティアナのスターライトブレイカーを上回るその一撃は、だが爺をわずかに揺るがす程度だった。

「なかなかいい一撃だね。だけど……。」

「こんな攻撃がダメージになるなど、誰も思ってはおらんさ。」

 竜司のその言葉にニカッと笑うと、大量の瘴気とともに、脳漿を食らった時にあちらこちらに撒き散らされたヴァールハイトの肉片を浮かせ、竜司と優喜に殺到させる。その肉片を闘気のバリアで弾き、そのまま体当たりを食らわせる。

「いいねえ。実に芸達者だ。」

「貴様のような不気味な生き物を相手取るには、これぐらいの芸は必要でな。」

「残念ながら、グロいだけの攻撃でひるんだりダメージを受けたりするような、そんなかわいげは十年は前に捨ててるよ。」

 言葉通り、実に可愛げのない反応を見せながら、攻撃の手を緩めない二人。実際のところ、ダメージは全く期待してはいないが、かといってやらない訳にもいかない。ダメージを与えるだけなら、秘伝を撃てば余裕なのだが、少なからぬノックバックがあるあの技を、どんな攻撃をしてくるかも分からない相手に対し、無防備にいきなり叩き込むのはリスクが大きすぎる。

 まずは余裕がある状態で、どんな手札を持っているかとどの程度タフなのかを確認しないと、この手の相手と戦って生き延びる事は出来ない。

(奴もなかなか慎重だな。)

(やっぱり見せ技が必要かな?)

 攻撃の手を緩めず、小道具を使った念話でこそこそ打ち合わせをする二人。正直なところ、大体のタフさについてはほぼデータがでそろいつつあるため、秘伝での攻撃に入ってもいいのだが、いくら二人で波状攻撃をすると言っても、せめて一つぐらいは敵の大技を確認しないと危なすぎる。

 何しろ、明らかに一発二発では足りない。撃てる総数を考えれば奥の手を使うほどでもないが、かといって全く隙を見せずに仕留められるほどヤワでもない。今までの経験から言って、戦闘能力で言うなら下級と言ったところだが、それでもなのは達ですら荷が重い程度の強さは持っている。

(むう……。)

(まいったね。)

 見せ技として大技の一つ、超圧縮型の気功弾を放って直撃させたものの、見事にスルーされてしまう。今までに比べると、明確にダメージが通っており、しかも明らかに再生能力を上回っていると言うのに、である。ここまで来ると、攻撃手段がほとんど無いのかもしれない、などと思わなくもないが、この手の性格の悪い相手は、そう思ってかさにかかって攻め立てると手痛い反撃を返してくる、と相場が決まっている。

(どうする? リスクはあるが、秘伝を叩き込むか?)

(それしかないかな。こいつは明らかに増殖タイプだから、あんまりちんたらしてられないし。)

(ならば、予備動作が少ない俺が叩き込もう。)

(いや、竜司よ。反動を少なくできるのだから、ここは友が撃った方がいい。一発目の段階では明確に隙ができる訳ではないにせよ、どうしても若干動きが鈍る。)

 ブレイブソウルの反論に一つ頷き、優喜が秘伝に移るための時間を稼ぐため、もう一度大技を叩き込む。この時、ついに待ち望んだ敵の大技が発動した。

「どうやら、こちらの手を待ってくれていたようだからね。少しはリクエストに応えるとしようか。」

 その言葉とともに、周囲の空間がゆがむ。とっさに飛びのいた二人に対し、触手のような何かが一斉にたかりに来る。

「ふん!」

「まだまだ!」

 闘気の壁を貫通し、皮膚をかすめたそれを本体を巻き込むようにして衝撃波で粉砕し、追撃を叩き込もうとする。その刹那、嫌な予感を感じた優喜が、防御姿勢をとることで竜司に警告する。

「ぬう!!」

 とっさにガードを固めた竜司の体を、無数の空間の亀裂が切り裂く。どうやら、こちらが本命だったようだ。

「今のは少々危なかったな。」

「ダメージは?」

「かすり傷だ。五秒もあれば治る。」

 その言葉通り、見ているそばからすべての傷がふさがる。

「だが、万全の状態でガードをしてもそれなりに食らう。三発目から後ろは覚悟が必要だな。」

「何をいまさら。そもそも、三発目を撃つって時点で、やるかやられるかの世界なんだし。」

 優喜の言葉に一つ頷く。そのまま次の攻撃が来る前に、竜司がゼロ距離に踏み込んで敵の気脈を連続して揺さぶる。

「ブレイブソウル、カートリッジ・ロード!」

「友よ、今が駆け抜ける時だ!」

 術式が正しく発動したのを確認し、秘伝を一発叩きこむ。そのまま離脱せずに二発目の準備を行い、竜司が叩き込んだのを確認せずにもう一発を入れる。無差別に開放すれば、地球を半壊させうるだけのエネルギー。それが一切のロスなしで何度も相手に叩き込まれる。

「友よ!」

「食らうか!」

 致命的な範囲で入った空間の亀裂を辛うじて回避し、もう一度ゼロ距離に踏み込む。視界内では、竜司が相手の頭をつかんで秘伝を叩き込んでいる姿が見える。一発叩きこむたびに、相手の体がどんどん大きくなっていくのが、不思議なところである。

「ブレイブソウル!」

「任せろ!」

 なのはを笑えぬレベルでの連続撃発に加え、想定以上のノックバックにそれなりに深刻なダメージを受けながら、必死にリソースをやりくりして三発目の準備を行うブレイブソウル。いくら使い潰されるのも道具の本懐とはいえ、戦闘時の彼女らしくない、あまりに後先を考えないやり方。そんなやり方をせねばならないほど、目の前の相手がやばい。

「痛い痛い痛い痛い!」

「これで痛くなきゃ、さすがに困るんでね!」

 軽口をたたきながら、さらに一発叩きこむ。秘伝の大安売りになっているが、それをせねば勝てない以上は仕方がない。そもそも、彼らの師匠の場合、この技をデコピンでもするかのような気楽さで連発する。最初からありがたみだの何だのと言うのは存在しない。

「折角出てきたのに、こんな短い時間で終わってたまるか!」

 優喜の感覚を持ってすら察知できないタイミングで亀裂を発生させ、二人を大きく切り裂く。さらにそこから触手を伸ばし、わき腹から傷口に食らいつかせて二人の生命力を吸い上げる。

「ぐう!」

「があ!」

 竜司にとってはこちらに来てから初めて、優喜にしても自爆以外では初めての命にかかわる大ダメージに、流石に悲鳴を押さえきれない二人。だが

「……この程度で……。」

「……死ねるものか……!」

 その程度のダメージなどへでもないとばかりに、触手を周りの肉ごと引っぺがし、膨大な気を叩き込んで崩壊させる。そのまま、カートリッジのロードなど待ってられるかとばかりに、流れるような動きで秘伝を追加する優喜。後先考えずに三発目を放つ竜司。反動で全身の血管が破裂し、先ほど受けた傷口から大量に血が噴き出す。

「なんだ!? 何が起こっている!? 何故体が動かない!?」

 悲惨な状態になった竜司に攻撃を仕掛けようとして、唐突に動きが止まる老人。みると、目の前の生き物の姿が、老人とヴァールハイトの二人が入り混じったものに変わっている。

「友よ!」

「分かってる!」

 あちらこちらから煙を吹き出し、小さな爆発をいくつも発生させ、誰の目にも半壊していると分かる姿になったブレイブソウルが、術式の準備が整った事を告げる。それに応え、彼女のサポートが受けられるであろう最後の一発を放つ。放つと同時に、竜司同様全身の血管が破裂し、傷口から大量に血が噴き出す。もっとも

「どうやら……、終わったようだな……。」

「あれで終わってくれなきゃ……、奥の手を切るしか無かったよ……。」

 敵の姿も同時に、消しゴムか何かで消したかのように消滅したのだが。

「最後のは……。」

「多分、ヴァールハイトが最後の意地を見せたんだろうね。」

「助けられた訳だな。」

「そうなるね。」

 重傷を負ってへたりこみそうな体に鞭打ち、立ちあがってどこかに行こうとする優喜。そんな彼を見咎めて、怪訝な顔で問いかける竜司。何しろ、本来なら三日は体が動かせないほどのダメージがあるのだ。

「どこへ行く?」

「おいたしたメガネに、ちょっと制裁をしに、ね。」

「そうか。」

 どうやら、優喜の仕事はまだ終わりそうもないらしい。ふらふらと立ち去る親友の姿を見送ると、竜司は聖王教会に対して通信を入れるのであった。



[18616] 第15話 その2裏
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:ce31bc1c
Date: 2012/02/25 21:31
 それは、唐突に現れた。

「空間に亀裂!?」

「次元震か!?」

「いや、次元境界は安定している! それに、発生しているエネルギー量も少ない!」

 突如目の前に入った空間の亀裂。ゆりかご産のガジェットを相手にしながらその現象のデータを取っていると、そこから「それ」が現れた。現れた「それ」の名状しがたい姿に、戦っていた局員の間に動揺が走る。

「……なんだ、あれは……。」

「ば、化け物……!」

 多分、「それ」を形容する言葉を、人類は持ち合わせていないだろう。触手、内臓、鉤爪、無数に生えた牙、脳みそなど、「それ」を形作る要素を断片的にあらわす単語はたくさんある。だが、その要素全てを併せ持ち、一秒たりとも姿が安定していない「それ」を言い表すのは難しい。せいぜい、辛うじてグロテスクと称せる程度だろうが、その表現すらどことなく違う。

 そして、言葉で言い表せない姿をしているからか、「それ」を見ていると、だんだん自分が正気なのかが疑わしくなってくる。ただ一つはっきり言える事は、本能が「それ」の相手をすることを拒む、と言う事だけだろう。

「く、来るな……。」

 今までの戦闘で消耗していた局員たちの中には、「それ」の姿に耐えられない者も少なからずいた。それでも、ただ出てきただけなら、ここまで簡単に士気をくじかれる事は無かったであろう。

「あっ……。」

「えっ……?」

 出てきた「それ」が、一匹だけならば。踏みとどまろうとしていた幾人かが、あっけなく命を奪われたところを見ていなければ。そして、その死に様が普通のそれであったなら。

 胸やわき腹をあっさり貫かれた局員たちは、そのまま干からびながら溶かされると言う、おおよそ想像したくもない状態で命を奪われた。しかも、最初の時点で致命傷を負わされていながら、即死した訳では無かったのが、彼らの恐怖と狂気を煽っている。訳が分からない、と言う表情だった犠牲者が、痛みと恐怖で悶えながら崩れていく姿は、とても正視に耐えるものではない。たとえ管理局員とはいえ、それを見て平静を保てと言うのは、いくらなんでも酷だろう。

 そうして、恐怖と狂気は伝染する。

「ひぃ!」

「やめろ! 来るな!!」

「に、逃げろ!!」

 次々に仲間が殺され、食われて行く様に耐えきれなかった一部の局員が逃げ出し、その動きが全体に伝播する。その様子は、まさしくパニックと評していいものだ。隊長クラスが必死になって統制を取ろうとするも、その彼らですら逃げ腰なのだ。抑制など聞くはずがない。普通なら、ここまで統制がとれない逃げ方をすれば致命的な被害が出そうなものだが、今回に限っては、結果的には正解であった。

 パニックが起こり始めた時点では誰も気がつかなかったが、ゆりかご産ガジェットが局員を完全に無視し、出てきた「それ」に対して総攻撃を仕掛け始めたのだ。破損を一切気にせず突撃を敢行し、味方の攻撃の流れ弾を気にせずに持てる武器を壊れるまで撃ち続ける。戦闘機能を失ったものは体当たりからの自爆を躊躇なく実行し、ある意味「それ」と同じぐらい狂ったように戦い続ける。下手に踏みとどまって戦っていれば、間違いなく巻き込まれて余計な被害が出ていたであろう。

 結果として、「それ」はゆりかご産ガジェットに足止めされた事になる。皮肉にも、今まで命がけで戦っていた機械兵器のおかげで、管理局は大きな被害を免れたのだ。

「もしかして、今がチャンスなんじゃないか?」

 もちろん、その異常ともいえる状況に気がつく人間も少なくない。隊長クラスはもちろんの事、腕利きとして集められたフォートレス隊やストライクカノン隊、各地上部隊のエースなど、パニックを起こさずに、出来るだけ牽制をしながら安全に退却してきた人間は、皆一様にガジェットの行動の変化を見て、この後の行動の検討に入っていた。

「待て! 下手に攻撃を仕掛けず、まずは「あれ」の情報を集めるぞ!」

「そうだな。せめて、どんな攻撃が通用するのか、いや、真っ当な手段で叩き込んだ攻撃に効果があるのか、それぐらいは確認しないとな。」

 ストライクカノン隊とフォートレス隊の会話に同意し、可能な限り沢山のサーチャーを飛ばし、遠隔操作の攻撃用スフィアなどを利用して攻撃を入れ、状況を分析する。出した結論としては

「質量兵器も魔法攻撃も、一応効果はあるようだな。」

「だが、単純な斬撃や実体弾の類は、大したダメージにはなってないようだ。効果が無い訳ではないが、切ったはしから再生している。後、特に効果のある属性はなさそうだ。」

「そうなると、ある程度の範囲を一回で吹っ飛ばす攻撃で無いと厳しいな。使える手段は単純魔力砲か榴弾、拡散砲あたりか。」

 つまり、ベルカ式の出番は少ないらしい。フォートレスも、役に立つ攻撃ユニットは一つだけ。つまりは

「主力は、ストライクカノンになるな。」

「頼むぞ!」

「任せておけ!」

 ストライクカノンの設定を榴弾モード・出力最大に変更し、気合の声とともに返事を返す。そのままざっと手順の打ち合わせを済ませ、陣形を組み直す。打ち合わせ通り、フォートレス隊の隊長が全体の状況を確認し、最も効果的なタイミングを見計らって、ストライクカノン隊に指示を出す。

「目標ポイントA! 第一射、撃て!」

 その掛け声とともに、十といくつかの砲門から榴弾砲が同時に発射され、最も離れた所にいた「それ」に着弾させる。当った瞬間に大爆発を起こし、それの体は一瞬にして隅々まで焼き尽くされる。成果を確認するより早く第二陣と入れ替わり、素早く構えて照準を合わせる。流石に最大出力の榴弾となると、チャージも冷却もそれなりの時間がかかる。そのため、原始的な射撃戦・砲撃戦のように交代で撃たなければ、攻撃に結構な空白が発生するのだ。

「目標ポイントB、撃て!」

 第一射で標的を仕留めた事を確認し、第二射を新たな標的に撃ちこむ。亀裂をふさぐ手段がないため、どんなに頑張っても新たに出てくる事までは防げないが、それでもガジェットを盾に出来る事もあり、出てきた相手を仕留めての水際防御はできる。

「第三射、撃て!」

 敵の敵は味方。図らずもそう言う共闘関係が成立する現場。ゆりかご産ガジェットとストライクカノン隊は、順調に敵の数を減らす、もしくは維持する事に成功するのであった。







「なんや、あの見てるだけでSAN値が減っていきそうな生きモンは……。」

『優喜達が仕留めに行ったの、あれの親玉らしいわね。』

「そうなん? って言うか、プレシアさんは知ってはったん?」

『今、ブレイブソウルから連絡があったのよ。後、他の現場からの情報で、あれがどんな攻撃をしてくるかが判明しているわ。今、そっちに転送する。』

「了解。」

 プレシアから転送されたデータと、その時の現場の映像を見て、思わず顔をそむけそうになる。これは無い。いくらなんでも、これは駄目だ。

「……うわあ。」

『間違っても、子供には見せられないわね。』

「流石にこれは、報道規制が要るわ。」

『秘密にしたい、と言うより、お見せ出来ない映像になってるわね、見事に。』

「それにしても、通信妨害がかかってるのに、よう情報がもらえたなあ。」

『フォートレスやストライクカノンの隊長仕様機は、通信機能を強化してあるのよ。ゲイズ中将からの要請があって、そっちに対する実装を優先したから、広報の子たちのデバイスを全部改造する暇は無かったのだけど。』

 プレシアの言葉に、なるほどと頷くはやて。通信妨害対策に関しては、テレポート対策と同じぐらい優先して開発を進めているのだが、流石に「縛めの霧」クラスとなるとなかなか完全な対策は無理だ。それに、テレポートやAMFと同じく、相手も対策に対する対策を開発していくため、いたちごっこになりがちなジャンルでもある。

 現状、今回の最新型や「縛めの霧」クラスの通信妨害に対して問題なく通信ができるデバイスは、同じく最新の通信システムを搭載したデバイスを除けば、正真正銘ロストロギアである夜天の書かブレイブソウル、後はもはやロストロギアと変わらないレイジングハートとバルディッシュだけだ。後は、アースラから各隊員に通信を送った場合、辛うじて連絡が取れる程度である。

 普段は厄介な通信妨害だが、今回に限ってはプラスに働いた面もある。無謀なマスコミの記録映像が、検閲前に生放送で流される事を防げたことだ。それまでのガジェットやレトロタイプとの戦闘はともかく、これに関しては絶対に普通に放送するのは無理である。こんなものを無修正で放送した日には、パニックでは済まない。

「とりあえず、通信妨害のおかげで、マスコミに圧力をかける余裕ができたんはありがたいわ。何ぼ何でも、そのままでながす事はあらへんとは思いたいんやけど、あの人らの倫理観なんか、全く当てにならへんからなあ。」

『そうね。その件に関しては今、リンディと協力して、スポンサー周りも含めていろんなところに圧力をかけてあるから、流石にそう簡単に無修正の物が流出する事は無いでしょうね。』

「そっちは任せますわ。とりあえず、ちんたらやってると碌な事にならんやろうから、出てくる奴は出来る限り迅速に始末せんとなあ。普通に攻撃は通用するんですよね?」

『今いる奴は、そうみたい。ただ、同じような見た目で、全く物理攻撃も魔法攻撃も通じないのも居るらしいから、そっちは注意が必要ね。』

 プレシアのえぐい言葉に、思わず顔をしかめるはやて。あれで攻撃まで通用しないとか、どんな嫌がらせなのか小一時間ほど問い詰めたい。

「それって、どうやって倒すん? 後、識別できるん?」

『識別するのは簡単ね。ブレイブソウルいわく、同じ見た目だけど、プレッシャーとかそういったものが段違いだそうよ。倒し方については、気脈系の攻撃か、霊力による攻撃なら普通にダメージが通るそうだから、そう言うのがいたら、一般局員は下げるしかないでしょうね。』

「また難儀な、って言うか、その定義やと、私とフォル君以外のヴォルケンリッターは、基本的に物理無効のが出てきたら、倒しようがない、っちゅうことやん。」

『そうね。ただ、ダメージが出ないと言うだけで、一応影響はあるそうだから、足止めぐらいはできるんじゃないかしら?』

「それしかあらへんか……。」

 つくづく面倒な話だ。思わずため息交じりに、そう内心でつぶやくはやて。とりあえず、今いる奴は普通に攻撃が通りそうなので、さっくり大技を使って殲滅すればいいかと考え、まとめてラグナロクで吹っ飛ばしてみる。予定通り、普通にすべて消滅したのを確認して、次の標的をロックオンしようとしたところで、今まで感じた事の無いプレッシャーを浴びる。

「な、なんやあれ……。」

 プレッシャーを浴びせられた方を向いて、思わず絶句するはやて。そこに居たのは、今までと同じ名状しがたい姿をした何かだった。そう、見た目は。

 だが、明らかに何かが違う。今までのは、見ているだけでどんどん正気が削られて行きそうな感じはあったものの、腹に力を入れればそれほど問題は無かった。だが、今回現れたのは、そんな生易しいものではない。あれは、そばにいるだけで正気が削られ、直視するだけで耐性の無いものは即座に向こうの世界に連れて行かれてしまう。そんな生き物だ。

 夜天の書のバックアップがあり、しかも大概正気を保つのが難しい経験を重ね、更に気功によって鍛えられた精神力を持つはやてですら、ややもすると一目で狂気の世界に足を踏み入れそうになるプレッシャー。見方を変えて観察すれば、周囲にばらまいている瘴気の量が桁違いである事が分かる。見た目が同じだからとなめてかかれば、痛い目にあう程度では済まないだろう。

「……なるほど。見てるだけでSAN値が削られて行く程度のが物理攻撃が効いて、直視したらSAN値直葬されかねへんのが物理攻撃無効、と。」

 どうにかこうにか正気を保ち、茶化すようにつぶやいて無理やり気を取り直す。何でリアルにクトゥルフみたいな事を体験する羽目になってるのか、などと思わず遠い目をしそうになるのをこらえ、どうにかこうにか通用しそうな攻撃の準備をする。

「さて、どの程度通用するかは分からへんけど、やるだけやってみるか……。」

 腹をくくり、己の手札のうち、気功変換と相性がいい魔法を発動させる。

「行くで! ティルフィング!」

 邪神っぽいのを相手に、邪悪な魔剣の名を冠した魔法を叩き込む。そんな趣味の悪い状況に対し頭の片隅で苦笑しながら、とりあえず目の前のやばそうなのを、全力で排除しにかかるはやてであった。







「参ったもんじゃの。」

「何なんだ、あれは……。」

「さての。ただ、儂らにどうこうできるものでも無かろうて。」

 逃げ出すタイミングをはかるため、周囲の状況・情報を表示していたモニター。そこに現れた名状しがたいものと老人の姿をした何か。それを見てしまったマスタングとフィアットは、表情の選択に困りながらぼやく。正直なところ、ただそいつらが出てきただけならば、こんな表情はしていない。

 表情の選択に困ったのは、そいつらが人間を捕食したシーンだとか、老人の姿をした何かがヴァールハイトを脳漿で焼いたシーンだとか、そう言うあまり直視したくない映像を見てしまったからである。流石に、たかが映像でそれを見たぐらいで取り乱すほど、この二人は真っ当な可愛らしい神経はしていないが、かといって完全に平静を装うには、ちょっとばかり常識やら何やらから外れた光景だったのも事実である。

「本当に、どうにもできないのか?」

「出来る可能性がある事については、儂は出来んとは言わんよ。」

「そうか……。」

「まだ、わらわら出てきちょる方には質量兵器が効いておるようじゃから、とりあえず対処のしようもないでは無いがの。あの爺もどきには、儂らの手持ちでは手も足もでんよ。」

 マスタングの言葉に、思わず黙りこむフィアット。実際、マスタングの作ったものでどうこうできるのであれば、ヴァールハイトがあそこまで一方的に追い詰められ、なぶられる事は無いだろう。その事実に思い当り、完全に言葉を失ってしまった。

「むっ……。」

「どうした?」

「どうやら、儂の手持ちとは、とことん相性が悪いようじゃの。」

「厄介なのが、要るのか?」

「明らかに、質量攻撃も魔法攻撃も効いちょらん奴がおる。広報部の連中の攻撃は、どういう訳かちゃんとダメージになってはおるがの。」

 とことんまで厄介なマスタングの指摘に、思わず顔がゆがむフィアット。正直、質量兵器も魔法攻撃も効かないなど、反則ではないかと小一時間ほど問い詰めたい。

「どうする? 考えようによっては、管理局が混乱している今はチャンスだが、この隙に逃げだすか?」

「そうしたいのは山々じゃがの。脱走しようにも、丁度脱出ルートのあたりに亀裂が出ておっての。しかも、このままじゃと広報部の部隊とかちあいそうなんじゃ。」

「……全く、運が無いな。」

「ぶっちゃけるとの。逮捕されても死刑になる訳ではないから、あれに絡まれて食われるぐらいなら、捕まった方がましじゃろう。」

 マスタングの身も蓋もない意見に、だが今回の状況的に同意せざるを得ないフィアット。そんな話をしている間にも、画面の中では状況が動き続ける。逃走経路をふさいでいた名状しがたい何かが、広報部所属らしい、まだ十歳にも満たないであろう小さな少女に一刀両断された。

「本当に、広報部の連中の攻撃は通じるんだな。」

「正確には、あのミスターXが教えた技能による攻撃は、なんじゃろうな。因みに、今あのちびっこが切り捨てた奴、他の局員の攻撃は効いておらんかった。」

「よく見ているな……。」

「たまたまじゃよ。連中とあれが戦闘を始めたのは、おぬしが状況を整理している最中だったからの。」

 マスタングの言葉通り、戦闘が始まったのは、丁度フィアットが画像や音声データから有用な情報を抽出し、整理している最中だった。いくらなんでも、その作業と並行でこれだけたくさんの映像を細かく確認するのは、たとえプレシアをはじめとする、もはや変態の域に達したと言われるほど有能な人間でも不可能だろう。マルチタスクと言っても、人間のそれは限度がある。

「しかし、威力や技の練れ方に釣り合わぬ、気の抜ける掛け声じゃのう。」

 まだ何匹かいるうちの一匹を、「ちぇすとー」と気合の入っていない掛け声とともに、彼女の身長と大差ない長さの野太刀で一刀両断する少女。その声を効いて、思わずマスタングの言葉に同意するように苦笑してしまうフィアット。流石にこの数だと全てが特殊属性攻撃以外無効、と言う訳ではないらしく、他の局員たちもそれなりに数を減らしている。

 何より効果があるのは、若草色の髪をした、尖った耳を持つ少女が鏡をかざしながら張る結界で、これにより相手の動きと攻撃力、及び防御力が洒落にならないぐらい落ちているらしい。長い黒髪の、変わった形のペンダントを胸にぶら下げている少女の弓も、単なる弓とは思えない貫通力で相手を貫き、一撃で消滅させている。原理は不明だが、あの三人の攻撃は広報部の中でも特に、今回出てきたような生き物には効果が高いようだ。

「子供だと言うのに、強いな……。」

「今更の話じゃの。とりあえず、ちょうどいい感じじゃし、そろそろ逃げるかの。」

「そうだな。うまい具合に、連中が掃除を済ませてくれたようだ。」

「後は、適当に陽動をかけて、と言うところじゃな。」

 着々と逃げるための行動を始める二人。彼らは知らなかった。その動きが、鏡を持つ少女に筒抜けになっている事を。







「ドクター……。」

 次々と現れる、名状しがたい姿の何か。それを見て乾いた声でつぶやくウーノに対し、ギラギラと輝く目でモニターを見ながら答えるスカリエッティ。

「ようやく、つながったよ。」

「何が、ですか?」

「ゆりかごにある、用途不明の機能について、だよ。」

 ゆりかごの砲撃には、用途不明の機能がつけられていた。生き物の精神を破壊して殺す、と言う機能だ。ゆりかごの主砲なら、そんな妙なシステムで砲撃をしなくても、生き物など普通に撃てば都市をいくつ、という単位で殺すことができる。せいぜい建造物に影響を与えない事ぐらいしかメリットが思い付かない上、植物や微生物も殺してしまうため、クリーンな武器とは言い難い、何のためにあったのか分からない機能である。

「……もしかして、あれに通用する、と言うのですか?」

「多分、ね。考えてみれば、ミッドチルダ式だろうがベルカ式だろうが、我々が普段使っている攻撃魔法は全て、基本的には物理的な影響によりダメージを与える、いわば物理攻撃だ。せいぜい、実態が伴っているかいないかぐらいの差しかない。」

「その説明では、非殺傷設定の機能については、ちゃんとした説明はできないのではないでしょうか?」

「非殺傷設定と言うのも、基本的には魔力の相互干渉と言う物理法則を利用して、スタミナと魔力を奪っているにすぎない。だから、流れ弾である程度物理的な破壊が起こっているだろう?」

 スカリエッティの言葉に、頷くしかないウーノ。

「今現在存在している魔法は、精神に干渉できるものはほとんど無い。せいぜい、医療用にいくつか、暗示の延長線上のようなものがある程度だ。今回タイプゼロを洗脳した魔法だって、結局は単なる暗示の延長線上だしね。」

「確かに、そうですね。」

「つまり、現代魔法は、人の精神に対する攻撃や防御の手段が、極端に少ないと言う事になる。」

「それが……?」

「質量兵器が効かない相手に、魔法攻撃まで効かない原因だろうね。ついでに言えば、バリアやシールドが何の効果も示さないのも、同じ理由だと推測できる。」

 スカリエッティの解説に、不安そうな表情を浮かべるウーノ。結論が出たところで、ではどうするのか、と言われれば、ウーノには取れる手段が思い付かないのだ。

「ドクター。あれの親玉らしき老人、ドクターならどうなさいます?」

「ゆりかごが手元にあるのであれば、即座に砲撃をかけるね。無いのであれば、基本的には関わらない。必死になって逃げるよ。」

「利用できるように、コントロールの手段を探す、という考えは無いのですか?」

「ウーノ。あれをたかが人間がコントロールしようだなんて、ただの思い上がり以外の何物でもないよ。今に精神系の魔法がほとんど残っていないのも、研究そのものがタブー視されている気配があるのも、どうせあれを呼び出した愚か者がいたからに決まっている。」

 スカリエッティですらそこまで言い切る存在。それに思わず頭を抱えたくなるウーノ。いくらなんでも、反則ではないのか?

「それにしても、もはや残滓となってしまっているようだけど、やはり聖王は聖王らしいね。」

「……砲撃?」

「ああ。さっき説明した機能が、アクティブになっているよ。やはり、あれと戦うためにつけられたものらしいね。」

「つまり、古代ベルカの崩壊の原因に、あれも関わっている訳ですね。」

「でなければ、いくらなんでも、己の世界を破壊するまで闘いをやめない、なんていう愚かな真似をするはずがないよ。」

 スカリエッティの言葉は、妙な説得力があった。

「何にせよ、あれは放置しておくわけにはいかない生き物だ。こちらには手出し出来る手段がない以上、ゆりかごと広報部には頑張ってもらうしかないね。」

「この近くにもあの亀裂が発生しているようですが、どうなさいますか?」

「さっきも言ったように、我々に取れる手段はそれほどない。それに、有名人が私を捕まえに来るようだし、彼女に対処を任せてしまっていいだろう。」

「そうですね。分かりました。」

 やはり、スカリエッティには逃げる気は無いらしい。ならば、地獄の果てまで付き合えばいい。

「とりあえず、彼女を出迎える準備をしようか。」

「なんなりと、お申し付けください。」

 マスタング達とは対照的な二人。幕引きへの準備は、着々と進んでいた。







「へえ、面白いじゃないの。」

 唐突に表れたそれを見て、クアットロは楽しそうにほくそ笑んだ。

「やっぱり、これはドクターが世界を支配しろ、と言うメッセージね。」

 そんな勝手な事を言いながら、この隙に管理局を殲滅し、クラナガンを一気に制圧してしまおうと、増産したガジェットドローンを次々に発進させる。だが

「……どういうこと?」

 ガジェットドローンはクアットロのコントロールを受け付けず、次々に現れる名状しがたいものに向かって行く。

「何故コントロールが? ……上位からの割り込み指示? 私より上位なんて……、まさか!?」

 思い当たる内容に顔色を変え、誰が割り込みをかけているのかを手繰っていく。予想通り、指示は王の玉座から出ていた。

「陛下! これはどういう事ですの!?」

『あれの存在を、許しておくわけにはいかない。』

 いやにはっきりした口調で答えるヴィヴィオに、思わずイラッとした表情を浮かべるクアットロ。人形は人形らしくしていればいいのに、と言う意識が、もろに表面化している。そんなクアットロを完全に無視して、さらに何らかの指示を出し続けるヴィヴィオ。その表情は、先ほどまでの人形そのもののうつろなものではなく、まさしく聖王と呼ぶにふさわしいものである。

「陛下、一体何なのですか!?」

『あれを放置しておくと、手の着けようが無くなる。今のうちに殲滅しなければ、たとえこのゆりかごといえども長くは持たない。』

「ドクターなら、あの程度の生き物……。」

『たとえモニター越しとはいえ、あれがどういった生き物なのかが分からないような小物は黙っていなさい。』

 人形だと思っていた小娘の言葉に、思わずカチンとくるクアットロ。洗脳装置の強度を上げようとスイッチをいじるが、ヴィヴィオにはこれと言って変化が起こらない。

『本体には、この位置からでは砲撃は不可能。おまけで出てきた連中の密集地帯は、あそこ……。』

 その言葉で、彼女がなにをしようとしているのかを理解するクアットロ。別段それ自体はやられると拙い事ではないが、余計な情報があちらこちらにばらまかれるのは、正直ありがたくは無い。

『退魔砲、起動。発射。』

 淡々と、だが確固とした意志を持って砲撃を開始するヴィヴィオ。あまりの手際の良さに、クアットロが割り込みをかけて緊急停止を行う余裕すらない。

(もう、本気で何なのよ!)

 大したことではないとはいえ、自分の指示に逆らうヴィヴィオに、イライラが頂点に達する。実際のところ、いずれは駆逐しなければいけなくなるであろう生き物なので、今そっちに攻撃を集中させたところで、そこまで不利益がある訳ではないが、それでも不愉快なものは不愉快なのだ。

「陛下! 高町なのはがこちらに向かっています! 早く迎撃を!」

『捨てておきなさい。どうせ最初から、内部に誘い込んで始末する予定なのでしょう?』

「それでも、迎撃の意志を見せるのと見せないのとでは!」

『心配せずとも、代わりに迎撃してくれるものがいる。』

 そのヴィヴィオの言葉の通り、なのはの進路をふさぐように、三つほど空間の亀裂が発生している。

『近すぎて、砲撃には不向きな位置。代わりに処理をしてもらいましょう。』

 完全に、謎の生き物を駆逐する事に意識の全てを集中しているヴィヴィオ。霊視ができる人間が見れば、クアットロからのラインを断ち切るように、ヴィヴィオに大量の何かが憑依しているのが見えるだろう。

『第二射、発射。』

「少しはこちらの言う事も!」

 自分はいつも人のいうことなど全く無視するくせに、一人だけ完全に状況に取り残されて苛立ち、切れるクアットロ。そんな彼女を無視して、ヴィヴィオ、もしくはヴィヴィオにとりついている誰かは、黙々と名状しがたいものを始末し続けるのであった。







『セレナ、聞こえるか?』

「どうしたの、ミヒャエル?」

 目の前の名状しがたい何かを全て仕留め終え、出力任せに空間の亀裂を閉じたところで、セレナのデバイスに通信が入った。相手は同期の男性ドラムグループ「ビート」のリーダー、ミヒャエル・ベンツだ。三期生のデバイスはとある理由により、広報部でも一、二を争う通信機能を持っているため、この重度の通信妨害下でも普通に連絡が取れる。

『あれが出てきてから状況が悪い。ゆりかごが奴らに仕掛けているから何とか総崩れだけは避けているが、このままではもたない可能性が高い。』

「……そうね。多少は鍛えてる私たちでも、あれはちょっときついものね。」

『ああ。だから、俺達で現場の心を支えるぞ。』

「あれを、やるの?」

『他に何がある?』

「顰蹙とか、買わないかしら?」

『俺達はミュージシャンだ。ミュージシャンが演奏して、何が悪い?』

 ミヒャエルの台詞に、苦笑しながら同意するセレナ。この時点で、彼の提案を実行するのは確定した。

「分散してやるのはリスクが高いから、どこかに集合した方がいいわね。どこにする?」

『そうだな。中央公園がいいだろう。』

「了解。すぐに合流する。」

 通信内容を共有していた他のメンバーが、即座に移動を開始する。正直、彼女達が抜けると厳しくならないか、という懸念はあるにはあるが、二期生がアースラからの指示で、手薄なところをフォローするように飛び回っているらしいので、そっちを当てにしてもいいだろう。

 本来なら、歌で全体を激励するとか、なのはとフェイトに任せたいところなのだが、あの二人はあの二人で戦力として重要な上、ゆりかごの制圧とスカリエッティの逮捕と言う、下っ端には到底任せられない仕事がある。それに、こういう時こそ、三期生のデバイスに搭載されたシステムの出番だ、と言うのもある。

「来たか。」

「打ち合わせは、準備をしながら。」

 幸か不幸か両組とも名状しがたいものとは遭遇しなかったらしく、通信から一分とかからずに合流を果たす事が出来た。テキパキとした動きでデバイスの設定を変更し、特殊機能の立ち上げを済ませ、全員の立ち位置を決める。

「一曲目は、任せていいのね?」

「ああ。うってつけの曲がある。楽譜は転送した。」

「……なるほどね。じゃあ、二曲目は全員で、って感じね。」

「それ以降は、流れに任せてやるぞ。」

「了解。ユニット、リンク開始!」

 遠隔操作でクラナガン全域に張り巡らされたサウンドブースターユニットが、中央公園のステージとリンクする。

「リンク完了、いつでもいいわ!」

「では、連続で行くぞ! 一曲目『今がその時だ』、二曲目『SKILL』、演奏開始!」

 ミヒャエルの、十代前半とは思えない渋い声が、演奏に合わせて朗々と歌い上げる。明日のために、今こそ命を燃やす時だ、と言う軍歌のような歌詞だが、実のところは日本のアニメソングである。アニメソングながら、戦いに向かう者達を奮い立たせようとする内容は、ミヒャエルの渋い声と相まって、圧倒的な言霊となってクラナガン全域に響き渡った。







「後一匹!」

 目の前で閉じられつつある亀裂を横目に、エリオは何体目かの名状しがたい何かを始末する。姿や攻撃手段のグロテスクさの割に、彼らは気功系の攻撃に対しては実に脆い。亀裂から現れた五体のうち、三体が出てきた瞬間に一撃で落とされ、コンビネーション的な動きで抵抗していた残り二体のうち片方も、それほど長く持たずに処理されていた。

「封鎖完了! フリード、ホーリーフレイム!」

「キュイ!」

 エリオに対する攻撃を外した名状しがたいものに対し、フリードの特殊属性ファイアブレスが襲いかかる。基本的に炎の性質をもつブレスだが、よく分からない手段でフリードに気功を仕込んだ結果、幽霊だの名状しがたい何かだのにやたらよく効く炎を吐けるようになったのだ。

 とは言え、確実に吐けるようになったのはつい最近で、美穂が来た頃はほとんどコントロールができておらず、吐いたら偶然そうなった、見たいな感じがずっと続いていた。その頃にこいつらが出てこなくて良かった、などと心の底から思うキャロ。目の前では、名状しがたい何かを焼き尽くし、得意げにフリードが胸を張っている。

「とりあえず、ここは終わったね。」

「お疲れ様。」

「早くティアナさん達と合流しないと、あんまりいっぱい来ると全然手が足りないよ。」

「うん。急ごう。フリード!」

 空をぐるぐる回って状況を確認していたフリードが、キャロの呼びかけに従い地上に降りる。もうすでに遭遇戦は三回目。最初は見た目のあれさ加減にかなりてこずったが、三度もやりあえば慣れる。超大型のレトロタイプなんかと比べると、素直に始末されてくれる分だけ、エリオやキャロにとっては相性がいいと言える相手だ。

 もっとも、だからと言って、精神的な負担が変わる訳ではないが。

「それで、ティアナさん達はどっち?」

「向こうの方だと思う。」

 辛うじてティアナとスバルの気を拾ったキャロが、ちょっと自信なさそうに行き先を示す。空振りだったら空振りだったで問題無い、そういう考えのもとに行き先を決め、フリードをそちらに向かわせる。数秒後、二人の背筋を冷たいものが走る。

「フリード!」

 どうやら、フリードも同じような何かを感じていたらしい。声をかけるまでも無く、背中に乗っている人間の事など一切無視して急降下を始めていた。

「キャロ!」

「うん!」

 フリードの背中に乗っていては間に合わない。そう考えたエリオが、キャロを抱えて飛び降りる。途中で何度か魔法で足場を作り、三角飛びの要領で速度を殺して地面に着地。空を見上げて絶句する。

「……何、あれ……。」

「……あんなの、勝てるの……?」

 先ほどまでフリードが飛んでいたあたりにできた亀裂から、見た目こそ同じながら、今までとは比べ物にならない威圧感を持つそれが出て来ていた。もう二秒ほど決断が遅ければ、出て来ていたあれに捕まり、食われていたかもしれない。そう思うと、改めて背筋を怖気が走る。

「……キャロ、先に行って。」

「だめ。エリオ君一人で、どうにかできる相手じゃない。」

 キャロの言葉に、唇をかみしめる。その痛みで恐怖を振り払い、槍を構えて相手の気を引こうと気合の声を上げる。そのままの流れで踏み込もうとした次の瞬間、頭の中いっぱいに警告が広がる。その声に逆らわずに、倒れこむようにして飛びのきながら、槍を薙ぎ払うように振る。穂先から柔らかくも硬い奇妙な感触が伝わり、それと同時に何かが左足をかすめる。

「があ!」

「エリオ君!?」

 ただかすめただけとは思えないほどの激痛とともに、何かを吸い取られたかのような倦怠感が全身を襲う。いや、事実吸われたのだろう。先ほどまで蓄えてあった気が、今の一撃でごっそり減っているのだから。

「エリオ君!」

「ま、まだだ! まだ死んじゃいない!」

 槍を杖のように使い、気合を入れて震える足に力を込め、必死の思いで立ち上がる。正直、今すぐ逃げ出したい。何もかも捨てて、部屋の片隅で震えていたい。この程度のけがなど何度も経験しているエリオだが、今回の一撃はただ怪我をしたなどと言う、そんなちゃちなレベルのショックでは無かった。

 多分、こいつの攻撃は、食らった人間の心を揺さぶる性質があるのだろう。竜岡式で鍛えられていなければ、きっと耐えきれなかったに違いない。いや、そもそも普通の訓練しか受けていない人間では、たとえどれほど修羅場をくぐっていたとしても、こいつを直視した時点で壊れてしまいかねない。

「お前になんか、負けてたまるか!」

 全身に気を巡らせ、気合の声とともに傷をふさぎながら突っ込む。正直、傷自体は怪我のうちにも入らないレベルだ。一般人ならともかく、仮にも現場に出るレベルの局員が、この程度で大騒ぎすることなどあり得ない。実際、エリオの動きは全く鈍ってはいない。次々と繰り出される、攻撃なのか何なのか分からない相手の行動を回避し、防ぎ、やり過ごし、ついに本体に一撃を叩き込む。

 それなりの手ごたえを感じながら離脱し、次の一撃のために体勢を立て直す。同じようによく分からない行動をやり過ごしていると、視界の隅に虚空から生えた触手が映る。

「キャロ! 後ろ!」

「えっ?」

 あの手この手でエリオをサポートしていたキャロが、その声で振り向くと、すでに回避できない距離に触手が迫っていた。とっさにシールドを張りつつ身をよじろうとしたとき、別の場所からさらにもう一本が。

「キャロ!」

 エリオの叫びを聞きながら、スローモーションで己に迫る触手を、どことなく呆然と眺めてしまうキャロ。あれがどういう代物かはよく分からねど、まず間違いなく、キャロにとって喜ばしい展開にはなるまい。見ると、エリオの後ろから、どう表現していいかよく分からない何かが迫っている。

 キャロに気を取られているエリオは、それの存在に気が付いていない。だが、警告しようにもすでに自分も触手が間近に迫り、身動きすら取れない状態だ。それに、今は感覚が引き延ばされてるから間に合いそうに感じるだけで、実際には声を出したところで手遅れだろう。

(神速って、こんな感じなのかな?)

 そんな、どこかピントがずれた事を考えながら、自身に迫りくる触手と、エリオに襲いかかる何かを見ていると、視界の隅から飛び出したたくさんの虫が、エリオとキャロを守るように、二人に危害を加えようとしている物に一斉に飛びかかった。

 その勢いに押され、完全に狙いが逸れる名状しがたい何かからの攻撃。その代償に、攻撃を防いだ虫達は、急速に干からびながら溶けて行き、ぼとぼとと落下をはじめ、地面に落ちる前に砕けて消える。瀕死に近い状態ながら生きていた虫達は、唐突に開いた送還の魔法陣をくぐって帰っていく。

「何?」

「もしかして、召喚虫?」

 安全を確保できるだけ距離を取り、油断しないように周囲に意識を巡らせながらも、互いに疑問をぶつけあうエリオとキャロ。虫を召喚できる人間など、メガーヌとルーテシア、あとはマドレだけだ。だが、ルーテシアはこんなところにいるはずもなく、メガーヌは最前線で戦闘中。こちらをフォローすることなど出来ない。後はマドレだけだが、彼女の体では……。

「エリオ君、多分、マドレさんだよ。」

「えっ?」

「さっきの送還陣、マドレさんのくせが残ってた。」

「じゃあ、マドレさんが、この近くに?」

 電撃を乗せた槍で触腕を切り落としながら問いかけるエリオに、黙って首を左右に振るキャロ。先ほど犯罪者を護送中に、マドレが残ったあたりで大きな魔力の動きがあり、気が一つ減ったのだ。そこから考えるに、マドレはすでにこの世にはいない。多分、自分達のために、トリガー式の遅延召喚魔法をかけておいてくれたのだろう。

「マドレさん、多分もう……。」

「確信が、あるの?」

「うん。」

 キャロが、こんなことで嘘をつく必要は無い。ならば、彼女はもういないのだろう。

「だったら、あんなのを相手に、命を無駄遣いは出来ないよね。」

 エリオの言葉に頷くと、かけられるだけの補助魔法を彼にかけるキャロ。己の手札を切れるだけ切ってみる覚悟を固め、相手の攻撃を叩き潰しながら、大量に気を練り始めるエリオ。そこに、歌が聞こえてくる。

「この歌は……。」

「ミヒャエルさん!?」

 その瞬間、今まで感情らしいものを特に見せなかった名状しがたいものが、初めてどことなく不愉快そうに身をよじって見せた。

「あれも、苦手なものがあるんだ!」

「エリオ君、チャンスだよ!」

「ああ!」

 今まで、実戦で使えるレベルに達していないからと封印していたとある技。優喜の兄弟子の教え子が、彼らの武術をベースに自力で編み出したという技。どうやら、この手の相手を仕留めるためのものらしく、秘伝ほどではないにせよ、普通の生き物に放つには過剰ともいえる威力を持っているそれを、自身の身の丈に合った形にアレンジして叩き込む。

「ギャラクティカ・オーバー・ドライブ!」

 スターライトブレイカーのごとく星の光を纏った槍を構え、名状しがたいものに対して飛び込んで行くエリオであった。







「歌で形勢逆転、か……。」

「ある意味、伝統かもしれないわね。」

 ミヒャエルの歌が聞こえた時、ティアナ達も強い方の名状しがたいものと戦っていた。流石に全員無傷とはいかず、スバルとティアナの露出多めのバリアジャケットも、ギンガの無駄に身体のラインがはっきり分かるナンバーズ仕様のボディスーツも、あちらこちらが裂けていた。カリーナの服も、マントはすでに穴だらけ、スカートも太ももの付け根が見えそうなぐらい深く裂け、顔に一撃かすめたため、マスクも半分無くなっている。満身創痍とは言わないが、随分と苦労した形跡がそこかしこに残っている。

 四人の中で一番大きなダメージを受けているのはスバルだ。元々フォワードであるため、どうしても敵の至近距離に近付かざるを得ないところに加え、何故か彼女一人が集中攻撃を食らったため、完全に防ぎきることもかわしきることもできず、結構な回数被弾しているのだ。肩や太ももなどにはかなり深い傷もあり、ところどころ、中の機械が露出している。

「さて、形勢逆転、と言っても、まだ圧倒的に優位に立ったわけじゃないのよね。」

「スバル、ティアナ、どう出る?」

「残念ながら、まだ集束砲を撃てるほど回復していませんから、私はサポートに徹する事にします。」

「さっき使ってたもんねえ。」

「それに、私はまだ、砲撃を気功変換して撃つ能力はありませんし、かといってクロスレンジであれと殴りあえるほどの力量もありませんので。」

 ティアナの言葉に頷くと、ギンガとスバルの方に視線を向けるカリーナ。

「そっちは、切り札を切れるだけの余裕はあるよね?」

「うん、じゃなくて、はい。」

「もちろん。」

「じゃあ、一体は私が何とかするから、もう一体は二人でどうにかして。」

「「了解です!!」」

 ざっと打ち合わせを終えると、張ってあった結界を解いて一気に突っ込んで行くカリーナ。経験と鍛錬の差か、初めて上位種らしいのを見た時も、ギンガ達ほどの動揺は見せなかった。

「まずは、ファタ・モルガーナから!」

 器用貧乏の究極系のようなカリーナの場合、どんな状況にも対応できる半面、どうしてもパンチ力が足りない事が多々ある。故に、こういうタフな相手の場合、手数で攻め立てる以外の選択肢は持っていない。しかも、残念ながら器用貧乏のくせに霊力は扱えないため、ヤマトナデシコのように弱点属性をついて一撃で、と言う訳にもいかない。

 だから、チクチクと小技で痛めつけるのだ。

「続いて、ノーブル・フェニックス! ローズストーム!」

 カリーナの技は、威力と見た目の派手さがほぼ比例している。そのため、どんどん攻撃が派手になっていく。そのままいくつかの技を連続で叩き込み、いい具合にチャージが終わった最大火力の大技を発射する。

「最後に直伝・スターライトブレイカー!」

 本来は、ティアナやカリーナのようなパワー不足の人間向けと言えるその大技は、カリーナの魔力光である深い青色の尾を引き、瞬く間に名状しがたい何かを飲み込んで食らい尽くす。必要ならさらに追撃できるように、ティアナと違って十分に余力を残しておいたカリーナは、相手の気配が完全に消滅した事を確認したうえで、スバルとギンガの方に意識を向ける。

「「ギア・エクセリオン、起動!」」

 視線を向けると、ちょうど二人とも、フルドライブを発動させたところだったようだ。詳しい機能は聞いていないが、二人の特性からして、バリア強度向上、気功変換補助の拡大、身体強化、速度上昇、と言ったところだろう。あの手のフルドライブは終わった後にやたら疲れるのが最大の弱点だが、戦闘機人でタフさが売りの彼女たちなら、どうとでもするだろう。

「ギン姉!」

「ええ!」

「「ハウリング・ブレイカー!」」

 増えた速度で相手の周りを螺旋状に走り、気の渦を作り出す。その中心を撃ち抜くように飛び込み、二人のISである高速振動を気功とフルドライブの機能で拡張し、気脈を共振させて粉砕する。振動が魂に至り、さらに周囲を取り巻く気の渦が、実体化していない本体をズタズタに切り裂き、すりつぶし、粉々に砕いて行く。聞いているだけで気が狂いそうになるような、そんな断末魔の叫びを残し、この場にいる最後の名状しがたい何かは消滅した。

「……終わったね。」

「全く、難儀な生き物も居たものね。」

「竜岡師範と竜司さんが行った先のは、これより性質が悪いらしいよ?」

「うへえ……。」

 思い思いに感想を述べながら、とりあえず一旦アースラに帰還する事にした一同。状況の確認もあるが、何よりスバルのダメージが、結構洒落にならない。

「スバル、治療が終わるまで、あんたはアースラで待機。いいわね?」

「え~?」

「え~? じゃないの。そのダメージは、さすがにちょっと見過ごせないわ。」

「でも、ティアは出撃するんでしょ?」

「あたしは、ダメージ自体はほとんど無いもの。アースラに戻ってカートリッジの補充を済ませ終えた頃には、集束砲のクールダウンも魔力の回復も、ほとんど終わってるはずだしね。」

 そんなティアナの言葉に、不服そうな表情を隠そうともしないスバル。

「それに、ちょっと試してみたい事があるの。その試してみたい事ね、最初からスバルがいると、確信が持てなくなりそうだから。」

「……ん、分かった。あたしとのコンビ、解消する訳じゃないんだよね?」

「当然よ。あたしもアンタもまだまだ半人前なんだから、単独で活動なんてできる訳無いでしょ?」

 その言葉にほっとしたような笑顔を浮かべ、ウィングロードの上を走っていくスバル。それなりにぼろぼろになったエリオとキャロを途中で回収し、とりあえず無事にアースラに到着する。

「なんか、すごくいろいろあって長く感じるけど、まだ夕方なのよね……。」

「あはは。」

「今日は、なんだかすごく一日が長く感じますね。」

 ティアナのぼやきに、思わず笑ってしまうエリオとキャロ。この一時間ほどが異常に密度が濃かったため、まるで何日も戦っていたかのような錯覚と疲労を感じてしまったのだ。

「今、竜司から連絡があって、親玉は仕留めたそうよ。ただ、こっちに出てきた奴とか開いた亀裂とかが無くなるわけじゃないらしいから、後は人海戦術で打ち漏らしの掃討と亀裂の封鎖をしなきゃいけないのよね。」

「つまり、まだまだ一日は長い、と言う事ですか……。」

「そう言う事になりそうよ。」

 プレシアの言葉にため息をつくと、許可を取った上でとりあえず当初の予定通り、最前線の部隊と合流しに行くティアナ。他の三人はそれなりに大きな怪我をしており、治療しなければ再出撃の許可が下りなかったため、今回は単独出撃だ。

「ティアナさん、合流するまで、絶対無茶はしないでくださいね!」

「あたしはガンナーだし、今回はこっちの人数も多いから、わざわざゼロ距離を取りに行くような真似はしないわ。」

「あたしのいないところで大けがなんかしたら、絶対許さないからね!」

「すぐに合流しますから!」

 余程信用がないのか、やたら釘を刺されるティアナ。その事に苦笑しながら約束し、最前線に転送してもらう。クラナガンの長い一日も、そろそろ終わりが近づいていた。







あとがき

断るまでも無いことだとは思いますが、今回出てきた設定は独自のものです。原作には一切でてきません。



[18616] 第15話 その3
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:4551a837
Date: 2012/03/03 18:43
「起きたか。」

 目を覚ましたディードが居た場所は、牢屋と言うには上等な設備の部屋だった。

「状況は、覚えていますか?」

「ええ。あの男に、一瞬で仕留められたところまでは、ですが。」

 闇統べる王と星光の殲滅者の言葉に頷き、周りを見渡す。

「オットーは?」

「ついさっき、目を覚ましたところだ。」

「どのぐらい時間が経ちました?」

「三時間は経っていないぐらいだな。まだ夕方だ。」

 与えられた情報を頭の中で整理し、とりあえず自分達が今拘置されている部屋を観察する事にする。

「……情報端末?」

「先ほど確認したところ、一応外部との通信は生きているようです。」

「もっとも、生きていたところで、今の外の情勢の確認以外には全く意味は無いがな。」

「……そうでしょうね。」

 いくら外部と連絡がつく、と言ったところで、助けを呼べるわけではない。まだ作戦開始直後ならともかく、三時間もたっているならかなり状況も動いているだろう。現状がどちらにとって有利になっているかはともかく、その状況を動かすほどの実力は、この場にいる人間には無い。ならば、仮に助けを求めたところで、わざわざ戦力を割いてまで答えてくれはしないだろう。

「ディードも、起きたんだ。」

「オットー、体の調子は?」

「妙な力場のおかげでISの効果が出ないけど、それ以外は問題ないよ。」

 オットーの言葉を聞き、自身のISを起動してみるディード。普段なら即座に両手に光剣が現れるのだが、言われた通り何らかの力場が邪魔をしており、確かに起動しているのに一向に効果が出ない。

「ざっと解析したところ、これはあの男が使う妙な妨害術、あれをAMFに組み込んだものだと思われます。」

「つまり、僕達にはどうにもできない、と言う事?」

「そうなりますね。デバイスも取り上げないのも、結局は持っていたところで私たちには何もできない、と言う事を向こうが理解しているからですね。」

 星光の殲滅者がため息交じりに漏らした台詞に、力無い笑みを浮かべて頷くオットーとディード。

「それで現在、外はどういう状況になっていますか?」

「詳しくはその情報端末で調べて貰うとして、概要だけ説明しよう。」

「まず、最初にぶつけた地下組織連合の機械兵器は、現時点ではほぼ全滅しています。予想外に地上部隊が頑固に粘った事と、中盤あたりで投入された管理局サイドの新兵器が、かなり強力だった事が主原因です。」

「……所詮烏合の衆だから、初期配置の連中が全滅するのは織り込み済みだったけど、思ったよりもろかったね。」

 オットーの感想に、苦笑がちに同意する闇統べる王。わざわざ宣戦布告をせずに、最初から不意打ちでクラナガンを攻撃させておけば制圧も夢では無かったかもしれない。だが実際には、所詮烏合の衆ゆえ、市街戦になってしまうと数のメリットを生かしきれない可能性が高かった。そのため、あえて管理局を誘い出すために広い郊外に陣どり、挑発してプレッシャーをかけたと言うのが実態だ。

「まあ、それでもなかなかの損害を与えられた事ですし、ドクター・スカリエッティの目的の一つは、達成できたと言っていいでしょう。」

「目的、とは?」

「そうか。お前達は稼働してから日が浅いから、あの男が今どういう考えなのかを理解していないのだな。」

「あなた達は、理解していると言うのですか?」

「完全に、ではありませんけど。」

 管理局製のクローンである彼女達が理解していて、スカリエッティの手で作られた自分達が全く分かっていない、と言う状況が面白いはずもなく、表情が乏しいオットーとディードにしては珍しく、見て分かるほど険しい顔をしている。

「まあ、ゆりかごの事で忙しかったようだし、全員に自分の意志を徹底できなくても仕方あるまいさ。」

「それに、クアットロのように、理解しながら気の迷いと勝手に決め付け、わざと曲解して好き放題やっている人間も居ますしね。」

「あの姉は、正直どうでもいいです。と言うよりむしろ、一度痛い目にあった方がすべての人のためになります。」

 ディードの言葉に、しみじみと頷く闇統べる王と星光の殲滅者。別にこの意見は、自分達が爆弾代わりにされそうになった事に対する恨みだけが理由ではない。

「それで、ドクターの目的って?」

「簡単なことだ。孤児院を巻き込んでの大規模テロや抗争をやらかしそうな組織を、全部まとめて排除する、もしくは大幅に弱体化させることだ。」

 オットーの軌道修正に乗っかり、端的にスカリエッティの思想を答える闇統べる王。

「我々の立場なら、治安は良すぎず悪すぎず、管理局は有能すぎず無能すぎず、と言うのが一番いい。そこは理解しているな?」

「それぐらいは。」

「そう言う観点でいけば、昨今の状況はいろいろと問題が大きくなっていました。特に厄介なのが、失脚した最高評議会派の証拠隠滅活動です。あれのおかげで、パワーバランスがいろいろおかしなことになっていましたから。」

「その崩れたパワーバランスによって、情勢が制御不能な形で暴走しかけていたところに、クアットロやマスタングサイドの誰かに、今の戦力なら管理局を倒せるとそそのかされて、いろいろな理由で結託して行動を起こしていたのが、最近の機械兵器系の事件だな。」

 マスタングが行動を起こし始めたころと、セッテ、オットー、ディードの最後期組の稼働後最終調整が終わったのが同時期。そういった要素もあって、オットーとディードが情勢に詳しくないのも、当然と言えば当然だったりする。セッテに至っては、自分はそういう情勢を理解する立場でも、そこから策を練ったり行動を決定する立場でもない、という理由で、はなからこういう話に興味を示していない。

「ここまで話せば、この事件に至るまでの経過は大体理解していただけるとして。」

「話を更に戻す。現在の状況だが、基本的にはゆりかごのガジェットと管理局の対決になっている。が、一時妙な生き物が出て来たらしくてな。そいつに対する対処で、関係者全員が手いっぱいになった時間帯があった。」

「関係者全員、と言うと、ナンバーズもですか?」

「そこまでは分からないが、少なくともゆりかごのガジェットは、そいつらの排除に動いていたようだ。」

「クアットロ姉様が、と言う事は無いだろうから、元から組み込まれていたプログラムの中に、そいつらと敵対する命令が混ざっていた、と考えるのが妥当そうだね。」

 オットーの言葉に頷くと、話を切り上げるように言葉を続ける闇統べる王。

「とりあえず、現状確認はこんなものだ。もっとも、現状が分かったからと言って、何ができる訳でもないがな。」

「大人しくしておく、と言うのが妥当でしょうね。」

「と、いう訳にもいかないかもしれないよ?」

「あれの事か?」

「そう。向こうに隔離してある三人が、大人しくしてくれるのかな?」

 今まで話に加わっていなかった雷刃の襲撃者。彼女がどこにいるのかと言うと、ややこしくなるため別室に隔離されていたのだ。別行動だった他のクローン体二人も、聞きわけが無いので一緒に隔離してある。

「雷刃の襲撃者については問題ない。別室に置いてあった映像をあてがったところ、猿のようにはまっているからな。」

「一体何をあてがえば、あれを黙らせられるの?」

「八時だよ、全員集合! と言ったか? 発見した時からずっと見ているが、時折爆笑している声と『志村ー! 後ろ後ろ!』と叫んでいる声が聞こえる以外は、実に大人しいものだ。」

 爆笑している、と言う言葉に怪訝な顔をしてしまうオットーとディード。お笑い番組の映像なのだろうが、何故捕虜の部屋にそんなものを用意してあるのか、いまいちそこらへんのセンスは理解できない。

「後の二人は?」

「スカリエッティの意図を説明したら、大人しくなった。」

「了解。それならば、僕達は大人しく情報収集でもしておこうか。」

「そうだな。今更逆らって暴れて、無駄に刑期を長くする理由もなかろう。それに、あのメガネに対して、何の制裁も行わない、と言う事もなかろうしな。」

 自分達の方針を決め、情報端末を起動しようとしたところで、急に外が騒がしくなる。

「何だ?」

 闇統べる王の疑問、それに対する答えは、割とすぐに表れた。

「ガジェットか。」

「ゆりかごのもののようですが、ここは割と戦地の近くなのですか?」

「分からない。ただ、連中の艦の中では無い、と言う事だけは知っている。」

 インターフォンのモニター越しの光景。その中で暴れている二機の蜘蛛型ガジェットを見て、新たな疑問について検討を重ねていると、そのガジェットが自分達の部屋の壁をぶち抜く。

「もしかして、これは……。」

「実は絶体絶命、と言うのではないでしょうか……?」

 ISも使えず、魔法も発動できない。この状況でガジェットが攻撃を仕掛けてくれば、自分達には抵抗する手段がない。自分達を救助しに来た、と言う可能性はそれほど高くない事を考えると、良くてスルー、悪ければ一緒くたにやられかねない。

「ディード。魔法もISも無しで、ガジェット相手にどれぐらい粘れる?」

「遮蔽を上手く利用して三分程度ですね。オットーは?」

「同じようなもの。」

 残りの人間は、戦闘機人としての身体能力が無い事を考えれば、もっと分が悪いだろう。そう考えながら、最悪の事態に備え身構える。予想通り、ガジェットのカメラアイがこちらをとらえた次の瞬間、即座に攻撃挙動に移る。どの攻撃が飛んでくるかは不明ながらも、この状況でレーザーアイなど使われた日には、最悪の結果しか無い。故に、まずは相手の最初の攻撃を不発させようと、適当に使えそうな瓦礫やいすなどで、相手のカメラを潰しにかかる。視界の隅では、闇統べる王と星光の殲滅者も、何らかのアクションを起こそうとしているのが見える。

 もっとも、結果から言えば、彼女達は特に行動する必要は無かった。なぜなら

「シールドバンカー!」

「ふん!」

 ガジェットが攻撃をするより早く、ヴォルケンリッターが鉄壁の騎士と盾の守護獣が飛び込んできて、あっという間に粉砕してしまったのだから。結局、彼女達が命の危機を感じた時間は、それほど長くないのであった。







「悪い、撃ち漏らしてこっちに通した!」

「……一体、どういう状況でこいつらを仕留めそこなったのです?」

「名状しがたい生き物を始末した後、この二機が暴走して、な。」

「他の奴に手を取られているうちに、こちらまで抜けられてしまった、と言う訳だ。」

「名状しがたい生き物?」

 あまりにもアレな表現をするフォルクとザフィーラに、怪訝な顔をする闇統べる王。その様子を見たフォルクが、その生き物の映像を見せる。

「……確かに、名状しがたいな……。」

「もしかして、ガジェットと共同であたっている相手って……。」

「ああ。空間の亀裂から発生する事までは分かっているんだが、結局これが何なのかはよく分かっていない。亀裂を作り出す奴は優喜達が仕留めたらしいんだが……。」

「亀裂に関しては、どこにどれだけ残っているのかが分かって無い上に、空間操作系のスキル・魔法を持っている人間もそれほどいなくてな。大本がいなくなったせいか、それほどわらわらと出て来なくはなったが、それでも散発的に出て来ては余計な被害を出してくれる訳だ。」

 空間操作系、と言う単語を聞いて、オットーとディードの視線が闇統べる王に集中する。その視線の意味するところを理解し、少し考え込んだ末に口を開く。

「亀裂、と言うやつを見てみんことには何ともいえぬが、我なら塞げるかもしれんな。」

「本当か?」

「嘘は言わん。正直、あんなものが我が物顔でうろうろする世界など、気色悪くて願い下げだ。ゆえに、我が協力してやらん事もない。手が足りんのだろう?」

「そうか。それは助かる。」

「だが、場合によっては、星光の殲滅者と雷刃の襲撃者の力を借りる必要がある。奴らを連れていくことが、絶対条件になるが?」

 必要な条件を提示し、相手の反応を確認する闇統べる王。言うまでもなく、この条件は嘘ではないが、絶対でも無いものだ。滅多な事で、闇の書の闇、その欠片三つがそろわなければ対処できないような空間のゆがみや亀裂は存在しないし、よしんば存在したとして、そんなものがある世界が、今のように平穏無事な状態を保つことなどあり得ない。言ってしまえば、保険であると同時に、相手がどの程度こちらの事を見ているか、どの程度切羽詰まっているのか、などを測るためのブラフのようなものだ。

「……どうするか。」

「フォルク。三対一、背後からの奇襲だとどうなる?」

「問題ない。」

「ならば、お前が一緒に行動する、という前提でなら、外に出してもかまわんのではないか? 幸いにして、うってつけの道具もあるしな。」

「そうだな。」

 ザフィーラの言葉で考えをまとめ、さっくり結論を出す。

「お前達三人に協力してもらおう。」

「ほう? いいのか?」

「俺一人で、お前達三人を相手にして勝てるからな。」

「逃げる、と言う事は考えないのですか?」

「もちろん、それぐらいは考えてるさ。とりあえず、まずはお前達の相棒を呼んで来い。話はそれからだ。」

 フォルクに促され、今だに全員集合に釘づけだった雷刃の襲撃者を呼びに行く二人。その間に、同じ建物の中にいる紫苑に、必要な道具を持ってきてもらうように連絡を入れる。

「しかし、あいつらの名前、どうにかならないのか?」

「どうにか、とは?」

「いちいち呼ぶ時に闇統べる王だの星光の殲滅者だの呼ぶのは、いくらなんでも仰々しい上に面倒だ。」

「適当に省略すればいいじゃないですか。」

「星光とか雷刃はまだいいにしても、闇だの王だのってのはさすがになあ。」

 フォルクの言葉に、妙に納得してしまうオットーとディード。そこに、ようやくモニターから問題児を引きはがしてきた件の二人と、フォルクに呼ばれて道具を持ってきた紫苑が入ってくる。

「何の話をしていたのだ?」

「いや、お前らの名前、いちいち仰々しい上に長いから、どうにかならないか、ってな。」

「確かにな。いちいちあれを名乗っていれば、例のデバイスのように中二くさいなどと言ってくる奴も出てくるし、言われてみれば、面倒だな。」

「だったら、もう一つの名前の方から取ればいいんじゃないかしら?」

「もう一つ、って、ああ。ロード・ディアーチェだったかそんな感じの呼び名の方か。」

 フォルクの確認に一つ頷くと、とりあえずの提案として全員の名前を上げてみる。

「星光の殲滅者さんはシュテルさん、雷刃の襲撃者さんはレヴィさん、闇統べる王さんはディアーチェさん、でどうかしら?」

「悪くありませんね。」

「ボクは気にいったぞ!」

「我は別にそれで構わん。」

「じゃあ、それで決まり、だな。まずはこれを腕に巻いて、髪の毛を一本くれ。」

 フォルクの言葉に怪訝な顔をしつつ、言われた通りにする。渡された紐のようなものを腕に巻き、髪の毛を渡すと、フォルクは受け取った髪の毛を人形のようなものにくくりつけ、何やらごちゃごちゃとやり始める。

「その紐は、発信機兼逃亡防止装置だ。逃げようとすると、この部屋のAMFと同じような障害がお前たちだけに発生する。こっちの人形はスケープドールと言って、お前達が受けたダメージを肩代わりする代わりに、この人形が受けたダメージをお前達に移す、という道具だ。」

「つまり、逃げたら能力を封じられた揚句、その人形でいたずらされる、と言う事ですか?」

「そう言う事だな。紫苑、実験頼む。」

「ごめんなさいね。」

 フォルクに促され、三人に一つ謝ってから人形の背中を指先で軽くなぞる。次の瞬間、三人が順番に背筋をそらし、妙な顔で悶える。

「とまあ、こういうことだ。当然、効果が生きているうちに人形が壊れれば、お前達が死ぬ事になる。因みに解除方法は、人形が壊れる前に死ぬほどのダメージを受ける事。正規の使い方で壊れる分には、髪の毛の持ち主には悪影響は無い。」

 もっとも、死ぬほど痛いけどな、と、あっさり言ってのけるフォルクに、思わず戦慄を覚える闇の書の防衛システムとナンバーズ。なお、フォルクは脅しでこう言ったが、一応安全システムのようなものは組み込まれているので、効果が生きている人形を壊したからと言って、髪の毛の持ち主が死ぬと言う事は無い。死ぬほど痛いが。

「なかなかに卑怯な真似をしますね……。」

「そう言うなって。あれが出て来てたら、これが無いと危ないんだし、な。」

 つまり、今回スケープドールは、本来の用途に加え、逃亡防止のための行動制限にも利用されているのである。こういう事を平気で考えるあたり、ザフィーラも大概酷いと言うか黒い。

「じゃあ、行くか。」

「ナンバーズのお前達も、同じ条件でこのあたりの警備を手伝ってもらって構わんか? 後で報酬も出せる。」

「報酬?」

「ああ。なのはが作った菓子類、お前達に多少回しても十分だったはずだが、違ったか?」

「多分、打ち上げで食べるぐらいの量だったら余るはずだから、問題は無いわ。」

 ザフィーラが提示した条件に、オットーとディードだけでなく、すでに協力を確約した三人の目も光る。

「それは、我らの分もか?」

「ええ。協力してくれる以上、出し惜しみはしないわ。なのはさんも、そう言う事を気にする人じゃないし。」

「よし、さっさと行くぞ鉄壁の!」

「私達は、どこを守ればいいのですか?」

「……えらい食いつきだな。」

 報酬として提示した瞬間の、この豹変ぶり。あまりに物欲に正直な連中に、思わず顔を見合わせて苦笑する管理局組。彼らの協力により、亀裂の処理は大幅に加速するのであった。







「ディバインバスター!」

 ゆりかご側面。名状しがたいものとそれが発生する亀裂を処理し、侵入口を探していたなのはは、まともに人が入れる隙間を見つける事をあきらめ、力技で突入する事を選んだ。まずは出てきたガジェットを掃除し、比較的薄そうな場所に照準、カートリッジなしの全力を叩き込んでみる。

「……傷一つついてない、とか……。」

『超高濃度AMFを観測。マスター、単なる砲撃で貫くのは少々骨が折れるかと思われます。』

「そっか。じゃあ、気功変換でどうかな?」

『今の威力比から逆算すると、気功変換のディバインバスターの場合、カートリッジを三発ロードしたうえで、小数点以下四桁未満の狂いで最低三発は叩き込まないと、穴らしい穴はあかないと思われます。』

「あの装甲板、そんなにすごいものなの!?」

『多分、このサイズの建造物にしか使用できない重量があるとは思いますが、その分エネルギー攻撃に対しての非常識な防御性能と、物理的に得られるであろう限界の強度を持たせることに成功したものだと考えられます。』

 レイジングハートの言葉に、思わずげんなりとした表情を浮かべるなのは。いくらなんでも、ユニゾン状態のバスターで、かすり傷一つつかない装甲板の存在は想定外にもほどがある。

「小数点以下四桁の精度か……。」

『マスターなら、不可能ではありません。』

「まあ、多分そうなんだけど、ね。ただ、三発もロードした気功変換のバスターは、いくらなんでも連射が効かないから、その間に何か出てきたら照準が狂うかもな、って。」

『同意します。』

 なのはの提示する問題点は、この場合かなり重要なものである。何しろ、長くてせいぜい三十秒程度のインターバルで新たなガジェットが発進し、そのうちの何機かはまっすぐこちらに向かってくるのだ。今も状況を分析しながら、向かってきた二機のガジェットを処理したところである。

「スターライトブレイカーは……、やめた方がいいか。」

『チャージに時間がかかる上に加減が難しいので、救出対象もろとも目の前の建造物を粉砕しかねない危険があります。』

「だよね。他に、何か手は無いかな?」

『もう一つの新機能を使ってはどうでしょう?』

「新機能?」

 初めて聞く言葉に、新たに湧いたガジェットを粉砕しながら怪訝な顔をしてしまう。

『はい。マスターの長所をとことんまで伸ばすことを主眼にした、素晴らしい機能です。』

「嫌な予感しかしないけど、詳細を教えて?」

『了解しました。マスターの長所を伸ばすために新たに組み込まれたフルドライブシステム、その名もブラスターシステムです。』

 名前からして、嫌な予感しかしないなのは。詳細を聞くうちに、どんどん顔が引きつっていく。

「なにそれ。要するに、攻撃力向上に特化した自己増幅の重ね掛け、って事だよね?」

『そう言う事になりますね。』

「それって、物凄い負荷がかかるよね。安全性は?」

『竜岡式で鍛えられたマスターの場合、無視できる、とまでは言いませんが、1や2でどうこうなる事はありません。たとえブラスター3でも十分許容範囲内でしょう。』

 使いもしないうちから、やたら力強く言い切るレイジングハート。その言動に一抹の、どころではない不安を感じるなのは。

「そう言うのって、実際に使うと想定外のトラブルが起こるものなんだけどなあ……。」

 何とも微妙な状況に、思わずぼやいてしまう。だが。

「他に、選択肢は無いか。」

 総合的に考えて、他に選択肢など無い事はすでに分かっている。ならば、使えるものは何でも使うしかない。

「レイジングハート、ブラスター1!」

『ブラスター1。』

 なのはの指示に従い、ブラスターシステムを起動するレイジングハート。撃墜してはまずい、と言う事で、とりあえず控え目にブラスター1である。とはいえ、それでもノーマルモードに比べて、何もしなくても威力は四倍だ。しかも、ブラスタービットなる子機が展開され、なのはの意志に合わせてノーコストで同じ威力の砲撃が発射されるため、手数も二倍である。

 レイジングハートの言葉から、強烈な負荷が来ると身構えていたなのはだが、予想に反して、少し制御がやりにくくなったかな、程度の影響しか出ない。この程度なのか? などと首をかしげつつも、とりあえずまずは目先の壁をぶち抜くために、小数点以下四桁まで着弾点が一致するよう、ビットの照準を合わせる。そのまま、カートリッジを三発撃発して、元気よくとやけを起こしての中間ぐらいのテンションで砲撃を発射する。

「ディバインバスター!」

 まだ余力を残しながらもガチガチに強化された砲撃は、一発目が装甲板を半ばまでえぐり、二発目によって人が二人以上通れるだけの大穴を空けてのける。

「……これ、大丈夫なの?」

『マスターのバイタルデータには、特に影響は出ていません。』

「そっちじゃなくて、こんなもの実装して、どうするのかな、って……。」

『そう言う事は、実装してから考えるものです。』

 えらく行き当たりばったりな事を言い出すレイジングハートに、思わず頭を抱えながら内部に侵入するなのは。中枢まで届くほどではないが、思ったよりかなり大きく深くえぐってしまった穴を、自動修復機構が必死になってふさいで行く。

「ちょっと、カートリッジを減らしても良かったかな?」

『むしろ、なしでも大丈夫だったかもしれません。』

「やっぱり、この手のシステムは、ぶっつけ本番で使うものじゃないよね……。」

『緊急事態です。』

「というか、変な機能をつける時は、出来るだけ事前に話を通して欲しい、って言うのは贅沢かな?」

 なのはの突っ込みに、鼻歌のようなものをうたってごまかすレイジングハート。このあたりは、明らかにブレイブソウルの悪影響であろう。

「さて、どっちかな?」

 着地した地点から左右に伸びる通路を見まわし、案内標識の類を探す。概要からすれば、多分一人で補給・メンテナンスも含めた運用が可能にはなっているだろうが、それでも最悪の場合は避難場所にもなっていたらしい事を考えれば、あちらこちらに部屋だの通路だのがあるのも当然だ。

 闇雲に探すのも効率が悪い。とりあえず、まずはサーチャーを飛ばしながら、多分存在するはずの、内部を守るガジェットの気配を探る。連中がたくさんいる場所が、すなわち侵入者に来て欲しくない場所であるはずだ。また、途中どこかに端末があるような場所があれば、そこからデータを吸い出すのも悪くない。

「……第一ガジェット発見。向こうにガジェットの格納庫か、来られると拙い場所があるはずだよね。」

『同意します。』

「だったら、まずはそっちから、だね。」

 早くヴィヴィオを助けたいが、ここまで来たら焦っても意味がない。慌てる何とかは貰いが少ない。いくら広いと言っても限度はあるのだし、むやみに動き回らずに腰を据えてじっくり探した方が、結果的に早く見つけられるだろう。

「待っててね、ヴィヴィオ。すぐにママが迎えに行くからね。」

 わらわら寄ってきたガジェットを粉砕し、数が多い方に歩きながらそんな事を呟くなのはであった。







「ホーミングランサー、ダブルファイア!」

 ガジェットの群れをすり抜け、マニューバ・スプリットSでターンをしながら、ミサイル代わりのランサーをばら撒く。大量に迫ってきたガジェットが、次々にランサーの直撃を受け撃墜されていく。スカリエッティの本拠地が近付くにつれ、迎撃に上がって来る空戦型ガジェットの数が、目に見えて増えていく。

「ガトリングランサー、セット!」

 割と久しぶりの空戦、それも大規模戦闘に、昔の勘を取り戻すように慎重に魔法を発動させながら、軽快にスコアを増やしていくフェイト。どちらかと言えば、自分のスコアがどうと言うより、一緒にスカリエッティのラボに潜入する事になっている、聖王教会の二人に対する援護としての側面の方が強い。何しろ、ヴェロッサはともかく、シャッハは経歴的にそれほどこういう潜入捜査の類をこなした経験は無い。流石に、援護なしで潜入させるのは心もとないのだ。

 単純にスカリエッティを逮捕するだけなら、実際のところフェイト一人でも多分事足りる。わざわざシャッハとヴェロッサを連れていくのは、ある種の保険以上の理由は無い。何しろ、ヴァールハイトのようなスカリエッティの直接の協力者が、どの程度の人数いるのかすらはっきりしないのだ。フェイト一人で突入した場合、そう言った連中を取りこぼす可能性があるし、細かな証拠品の保全となると、多分一人では手が回らない。

 今更スカリエッティが、そんなちゃちな証拠隠滅を図ったりする事は無いだろうが、もしもの時のために、保険をかけておくにこした事は無い。現場組と上層部での判断が一致した結果、シャッハとヴェロッサの出張と相成った訳だ。

「トマホークセイバー!」

 フェイトの号令と同時に、ポールアックスの巨大な両刃の穂先が外れ、猛烈に回転しながら飛び回る。明らかに物理法則を無視した軌跡を描き、次々とガジェットを切り裂いて戻ってくる。グラマーではあるが、基本的には細身で華奢な、繊細な容姿の美女が巨大なポールアックスを振り回す。それ自体がすでに、何とも言えない種類のギャップを見せていると言うのに、その上でこの物理法則も何もあったものじゃない攻撃だ。

 本人は何の疑問も無く使いこなしているが、最初にフェイトがこの武器を振り回している映像を見た時、シグナムなどは、アイドルとしてこれはいいのかと、結構本気で疑問に思ったものだ。もっとも、なのはのあれで何な砲撃も、フェイトの容姿や仕草とのギャップが大きい武器も、これはこれで非常に受けているらしいので、今となってはどれほど違和感を覚えても、わざわざそれを口にする人間は居ないのだが。

『テスタロッサ執務官。ヌエラ、アコース両名、潜入に成功しました。』

「了解。私もそろそろ、最後の仕上げを済ませて突入します。」

『了解しました。気をつけて。』

「そっちもね。」

 互いに相手を激励し合い、それぞれの行動に移る。使い捨てとはいえ、優喜特製のステルス系アイテムを使っての潜入だ。フェイトが派手に陽動をかけた事も相まって、そう簡単に発見される事は無いだろう。もっとも究極的には、仮に見つかってしまっても、ある程度証拠品を確保した状態での脱出が出来れば、特に問題は無いのだが。

「さて、と。とりあえずまずは一度、全部掃除してから、だよね。」

 視界を埋め尽くす、飛行型ガジェットの群れ。まずはこれを綺麗に片してしまわないと、話にならないだろう。とりあえず、バレルロールとともに、刻み込むようにガトリングランサーを発射して、手近にいる迎撃部隊の第一陣、その残りを全て始末する。

「サンダーレイジの射程だと、ちょっとつらい?」

『多少焼け残りが出る程度でしょう。保険を用意しておけば、一手で綺麗に終わらせられるかと。』

「そっか。だったらそれで。」

 主従で物騒な会話を済ませ、サンダーレイジの射程へ。保険としてあちらこちらにフォトンスフィアをばら撒いておき、補助魔法を重ね掛けしたサンダーレイジを、着弾点を指定して発動させる。

「カートリッジ・ロード! サンダーレイジ・オーバードライブ!」

 本来のサンダーレイジより攻撃範囲を拡大したそれが、雲霞のごとく押し寄せる飛行型ガジェットを飲み込み、焼き尽くしていく。バルディッシュの予想通り、効果範囲からほんの少しだけはみ出していた数機を除き、ガジェットの群れは綺麗に掃除されていた。

 辛うじて難を逃れたその数機も、外周にばら撒かれたフォトンスフィアが、容赦なくランサーを吐き出して、あっという間に破壊しつくしていく。準備開始からわずか数秒で、フェイトの迎撃に出ていたガジェットドローンは全滅した。

「次が出てきたら面倒だから、出てこれないように出入り口をたたいた方がいいよね。」

『同意します。』

「あそこかな?」

『先ほどの映像と照らし合わせた結果、九十%の確率で、格納庫につながる発進口だと推測されます。』

「だったら、あそこを叩けば、発進できる数は相当減るはず、か。」

 実際のところ、鬱陶しいと言うだけで、別段ガジェットの殲滅は必須では無い。それはつまり、必ずしも出てこないようにする必要は無い、と言う事でもある。最終的には自身か他の部隊の誰かが始末しなければいけないとは言え、放置して潜入を優先しても問題は無いのだ。

 だが、後始末を考えると、動けるガジェットは減らしておいた方がいいだろう。そう結論を出し、新たに動き出す前に行動を起こす。

「サンダースマッシャー!」

 あまり派手にえぐりこむと、クレーターの底の穴から発進してくるかもしれない。そんな余計な事を考え、プラズマザンバーブレイカーではなく、構造物破壊に使うには難のあるサンダースマッシャーを発動させる。予定通り、ちょうどいい具合に隔壁をひずませ、さらには過電流によるショートで施設の駆動系を破壊する事に成功する。

「突入前の仕事は、こんなものかな?」

『同意します。』

 破壊の限りを尽くし、その成果をざっと確認してそんな事を言ってのけるフェイト。その言葉にあっさり同意するバルディッシュ。今更の事ながら、つくづく見た目や性格と、やってる事のギャップが大きい女だ。

「じゃあ、突入するから、サポートはよろしく。」

『了解しました。』

 この手の潜入ミッションは、もはや何度こなしたか数えるのも面倒なぐらい経験している。最初から迎撃態勢を取られている状況も、それほど珍しくなかった。長年追いかけっこを続けていた相手とはいえ、特に何か感慨を抱いたり、気負ったりと言う事もない。と言うより、そんな風に考える理由がない。

 何度も成功させたこれまでの潜入捜査同様、気追う事もなく、かといって油断する事もなく、平常心でいつも通りラボに入っていくフェイトであった。







「敵の数は!?」

「判明しているだけで、小型三百、中型が五十はいます!」

「時間稼ぎか、往生際の悪い!」

 マスタングのラボ近く。四組程度に分かれて突入するぞ、と言う話になったところで、ついに彼らがこっそり追加生産してあったレトロタイプが、管理局の目的を阻止すべくわらわらと現れたのだ。

「フォートレスとストライクカノンの性能なら、超大型が出てきても制圧は可能だけど、流石にこの数はちょっと時間がかかるか。」

 出てきた数とそのデータを見て、顔をしかめるティーダ。戦力の逐次投入は愚策ではあるが、今回みたいに狭い場所に小さい奴が大量にわらわらいる場合、互いに分断された状態で必然的に逐次投入するのと変わらない状態になる。こうなって来ると、余程個々の実力差が大きくない限り、基本的には数が多い方が勝つ事になる。

 今回の場合は、個々の実力差が大きいケースに当てはまるため、数で圧倒的に劣る管理局サイドが負けるかと言われるとそんな事は無いが、相手の数が数だ。制圧には相当時間がかかるし、その隙に逃げられる可能性は決して低くない。

「隊長! 『あれ』がまた出てきました!」

「えっ!?」

 部下の女性隊員が発した言葉に絶句し、示された方を見るティーダ。彼女の言葉通り、そこにはさっき殲滅したはずの名状しがたいものが。まだ十分に距離があるため、攻撃を受ける心配は無いが、あれの攻撃はなかなか洒落にならない。主に食らった時の死に方の面で。

「ミコト、このあたりの亀裂は、全部塞いだんだよね?」

「はい。ただ、見落としが無かったとは断言できませんし、私の探知範囲外から流れてきた場合、さすがに分かりません……。」

「あ、ごめん。せめてる訳じゃないんだ。ただ、確認はしておかないと、って思っただけだから。」

 ミスを怒られたかと思ってしょげかえるミコトに、思わずあわててフォローを入れるティーダ。正直なところ、この場にいるメンバーはおろか、管理局全体で見ても、ミコトの探知範囲を超える探知能力を持っている人間は数えるほどだ。そのほとんどが広報部に集中しているという点については、今更突っ込むまでもない話なので置いておく。

 そのミコトが見つけられないのであれば、他の誰にも見つけられない。しかも、相手はこれが初陣の、年齢がまだ二桁にも達していない少女だ。本来なら後三年ぐらいは修行して、それから初舞台を踏む予定だった彼女達を、無理を言って貸してもらったのはティーダの方だ。たとえ、はやてが無理やり貸し付けたと言っても、借り受けたのは自分たちなのだから、文句を言ってはいけない。

 第一、すでに三人は十分すぎるほど仕事をしている。彼女達がいなければ、最初に名状しがたいものが出てきたとき、無傷では済まなかっただろう。それだけ考えても、今回の事ぐらいはマイナス査定にはならない。

「とりあえず、余計な事をされる前に始末しようか、って早いな……。」

 ティーダが攻撃支持を出す前に、すでにリーフの破魔矢が名状しがたいものを撃ち抜き、消滅させていた。技量や体格の問題もあり、機械兵器には今一効果が薄い彼女達の攻撃ではあるが、こういった物理攻撃がいまいち効きにくい奴には、抜群の効果を見せる。

「ミコト、どうですか?」

「……現在の私の探知範囲内に、亀裂が無い事は確認できました。」

「でしたら、範囲外から流れてきた、と考えてよさそうですね。ランスター隊長、どうしましょうか?」

 ミコトとリーフの会話を聞き、少し考え込む。

「探知範囲を広げたりは、できるのか?」

「出来ますが、少し時間がかかります。」

「どのぐらい?」

「神楽を舞う必要があるので、五分程度でしょうか?」

 微妙なラインだ。

「質問を変えよう。君達の能力で、マスタングの捕縛を助けるものはあるかい?」

「フルドライブで神楽を舞って、固有結界を展開すれば、逃亡を阻止したうえで場の不利を覆すことができます。」

「それは、どれぐらいかかる?」

「現在の私たちの力量では、結界が発動するまで、やはり五分少々舞う必要がありますね。それに、結界が発動してからもずっと舞を続けなければ、即座に効果が途切れてしまいます。また、発動前に邪魔が入れば、当然最初から舞をやり直す必要があります。」

 どうやら、使い勝手の面で言うとあまりよろしくは無いらしい。とは言え、どちらも五分程度の舞が必要、となると、わざわざ名状しがたいものを探すためだけに五分潰すのは、あまり意味がある行動ではないような気がする。

「フルドライブの方、他に何か注意事項は?」

「一応現在はプロテクトがかけられていますので、最低限、八神支配人とハラオウン部長の許可が必要になります。八神支配人の許可自体は最初から降りてますので、支配人経由でハラオウン部長の承認をもらえればすぐにでも始められます。」

 ミコトの説明を聞き、プランを固めるティーダ。最後にもう一つだけ、確認を取る必要がある事を思い付く。

「そっか。後もう一つ。」

「何でしょうか?」

「その固有結界、『あれ』には通用するの?」

「むしろ、『あれ』にこそ一番効果がありますね。」

 リーフの即答に、プラン通りに行くことを決める。

「じゃあ、悪いけど、そのフルドライブでの固有結界、お願いできないかな? どうせ五分やそこらで状況は変わらないだろうし。」

「了解しました。」

「後、ミコトは、マスタングの動向を教えてくれると助かる。まだ、把握できてるんだよね?」

「はい。皆さんのデバイスに、逐一データを送るように設定します。」

 ミコトの返事を聞き、作戦の成功を確信する。元々、手間がかかる事と逃がす可能性がある事以外、現在の状況で問題になるような要素は無い。逃がす可能性が潰せるのであれば、時間がかかるのは問題ない。

「五班はヤマトナデシコのガード! 絶対に神楽の邪魔をさせるな! 一から四班はミコトのデータを見て、マスタングが逃げられないように、逃走経路を潰すように動きながら戦闘。出来るな!」

「「「「了解!」」」」

「ここが正念場だ! あのマッドサイエンティストを、ここできっちり捕まえるぞ!」

 ティーダの指示に従い、きっちり己の配置につくフォートレス隊。こうして、三つの突入チームは、それぞれにこの事件における正念場に突入するのであった。



[18616] 第15話 その4
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:a45e5f6d
Date: 2012/03/17 19:40
「飛んで火にいるなんとやら。何も知らずにわざわざ自分から罠にかかりに来てくれるなんて、ね。」

 見える範囲に亀裂が無くなったためか、ようやくこちらのコントロールを受け付けるようになったヴィヴィオに内心で胸をなでおろしながらも、こちらの誘導に従って王の間に移動するなのはを見てあざ笑う。名状しがたいものが絡んだ一連の出来事については、流石にクアットロもかなり焦った。だが、管理局の連中がわざわざ危険を冒して、いちいち亀裂をふさいで回ってくれたおかげで、最初に考えた通り勝手に対応して勝手に疲弊したところを叩く、と言うやり方ができた事で、クアットロの機嫌もずいぶん良くなっていた。

「陛下。もうすぐ、あなたのご両親を奪った身の程知らずの愚かな女が参ります。そろそろご準備を。」

『パパとママを奪った……?』

「ええ。それはもう卑劣な手段で陛下のご両親を騙し、陥れ、その命を奪った極悪人です。」

 機嫌良くヴィヴィオに嘘八百を並べ立てるクアットロ。「あれ」が出てきたときにゆりかご全体のコントロールを奪った、聖王オリヴィエの物と思われる人格は、目視でき、射線が通る範囲にいる「あれ」と亀裂がすべて消えた時点で引っ込んだ。つまり、クアットロを邪魔するものは何もないのである。

 先ほどは、外部からの強制コントロールも効かなかったのだが、今はそちらの機能も復活している模様だ。つまり、何か間違いがあって、ヴィヴィオが正しい記憶を取り戻したところで、強制的に戦闘を継続させる事が出来る、と言う事である。あの甘い高町なのはの事だ。一時期とはいえ、自分達が保護して母親として接した子供を、本気で倒すことなどできはしないだろう。後は、そのまま消耗して自滅してくれるはずだ。

(あの時の屈辱、忘れた訳ではないのよ。)

 ヴィヴィオが広報部に保護されるきっかけとなった、先日の事件。あの時撃ちこまれた、よく分からない原理のあれで何な砲撃。それによって晒した醜態についても、その結果受けたダメージについても、クアットロは片時も忘れた事は無い。しかも、妙な大男によって、彼らには毛ほどのダメージも与えられぬまま終わってしまい、姉のウーノに使えないものを見る目で蔑まれる羽目になったのだ。心身ともにボロボロにされた屈辱は、最低でも三倍にして返さねば気が済まない。

 クアットロは気が付いていない。この期に及んで、高町なのはを甘く見ているという事実に。洗脳されたとはいえ、自分の意思で動いている今のヴィヴィオならまだしも、外部から強制コントロールされたヴィヴィオなど、なのはにとっては相手にもならない、と言う事に。

 そして、スバルにできた洗脳解除方法を、なのはが出来ない道理が無い、という事実に。もっと高度な手段で解除する可能性すらある、と言う事に、クアットロは最後まで気がつかなかった。







「どうやら、待ち人が来たようだね。」

「はい。……あの。」

「何かな?」

「やはり、逃げるつもりは無いのですね?」

「ああ。一度彼女とは直接話をしたかったし、それに娘達を見捨てる気もない。」

 スカリエッティの言葉に、彼の変化をしみじみと感じるウーノ。昔ならば、どれほど愛情を注いだ対象であったとしても、自身が危ないとなれば容赦なく切り捨てていたであろう。

「それで、フェイトお嬢様とお話ししたい事、とは?」

「大したことではないよ。」

 大体のところはなんとなく分かっているが、それでもやはりドクターの口から聞きたかったウーノ。だが、返ってきた返事ははぐらかすものであった。

「少しだけ、待ちたまえ。彼女が来れば、すぐに分かる事だ。」

「……そうですね。」

 ウーノの表情で何かを察したらしく、スカリエッティがそう言葉を継ぐ。スカリエッティの言葉に納得してはいないが、とりあえずどうしても今聞きたい、と言うほどの事でも無いため、とりあえずこの件については終わりにするウーノ。

「それと、おそらくお嬢様以外にもネズミが入り込んでいるようですが、いかがいたします?」

「好きにさせればいいさ。本当に重要なデータは私の頭の中にしかないし、それに、漁らせるために用意したものもあるしね。」

「分かりました。」

「もっとも、何もしないのも不審がらせるから、最低限の嫌がらせはしておいてくれたまえ。何人入ったとか、そう言った事は分かるかい?」

「残念ながら不明です。相当高度なステルス能力を持っているようでして。」

「まあ、ここに乗り込もうと言う人間が、そう簡単に尻尾をつかませるとは思っていなかったがね。それに、彼らの背後には、いまだに能力の全貌が不明なミスターXがついているからね。こちらが取れる対応策など、最初から無意味だと思っていいだろう。」

 スカリエッティの言葉は、こちらの世界にいる人間すべてが頷かざるを得ないものだ。ミスターXこと竜岡優喜が直接関わっている管理局広報部は、スカリエッティですら理解できない技能を使いこなして暴れ回っている。優喜本人にしても、こちらの転移すら妨害してのける原理不明の技に加え、構造が分からない数々の驚異的な性能のアイテムを作り出すと言う、何重にも厄介な能力を持っている。

「もし、ここで管理局に投降したら、彼の作る特殊な道具類を、私の手で研究させてもらえないかな?」

「残念ながら、私達は広域指定犯罪者ですので、そこまで虫のいい展開は厳しいと思います。」

「本当に残念だよ。まあ、どう転んでも手に取ることすら難しいものである以上、縁がなかったとあきらめるしかないんだろうね。」

「無理なものを求めるより、他の方法で相手を上回る事を考えた方が、建設的ではありますね。」

「ああ。さて、そろそろ無駄話を終わりにした方がよさそうだ。」

 モニターの中では、逃げも隠れもしないと言う風情のフェイトが、正面から堂々とラボに侵入していた。ステルスもなにも無しという、人によっては男らしいと表現してもいい態度だ。

(さて。君の意見、君の覚悟について聞かせてもらうよ、フェイト・テスタロッサ。)

 さまざまな思惑を含みながらも、スカリエッティのラボに関しては、着々とラストシーンの幕開けが近付いていた。







「こっちから、気配がするね。」

 もはや何十機破壊したかカウントするのも面倒なほどガジェットを仕留め、ようやく人の気配を拾い上げる。気配を感じた方向を見ると、相も変わらず無尽蔵とも思える数のガジェットが。体力も魔力もさほど消耗してはいないが、正直、いい加減面倒になってきた。こんな時は、この程度の事では擦り減らない己の心身が妙に恨めしい。

「全く、一体どこから資材を仕入れてるんだか……。」

 RPGじゃあるまいし、機械兵器がこんなにわらわらわくのは勘弁してほしい。一体どんな生産システムを持っているのか、外にあれだけばら撒いてなお、内部にこれほどの数がいるのだから、ロストロギアと言うのは大したものだ。これがネットゲーム、それもドロップアイテムを自動的に回収するタイプの物なら、とっくの昔にアイテムの所持量が上限を超えているのではないか。思わずそんな益体も無い事を考えてしまうほど、今まで相手をしてきた数が多い。

 これがまだゲームであるなら、仕留めた機械兵器のスクラップはこちらの行動を阻害しないし、わずかなりとも経験値は入るだろうし、アイテム類もそれなりにはたまるであろうから、全くの無駄と言う事は無い。だが、現実ではそうはいかない。破壊したガジェットの残骸は普通に道をふさぐし、相手が雑魚すぎて、なのは自身にとっては、何の経験にもならない。残骸には回収して役に立つようなものは無いし、あったとして漁る時間も惜しい。

 ぶっちゃけた話、こいつらは出てくるだけ無駄なのだ。出現してすぐに蹴散らされ、しかもなのはの持つリソースは、時間以外は何一つ削られる事は無い。その時間と言ったところで、砲撃一発分と残骸で多少動きにくくなる分の、時間を稼がれたと言うにはあまりにもささやかな結果しかないのだ。ちりも積もれば、と言う程度には足止めを食らっているが、むしろ戦闘よりも探索に取られた時間の方が長い。

 そして、なのはの不屈の精神は、この程度の中途半端な嫌がらせで嫌気がさすほど弱くは無い。ヴィヴィオの事を考えると気がせかないでもないが、何かされているのであればもう手遅れだろうし、そうでないのであれば、今から何かをされる可能性は低い。そもそも、ヴィヴィオの体には、詳細は不明ながら、最初からいろいろと細工が施されていた。その細工を足掛かりにすれば、この程度の時間があれば、大抵の事は出来てしまうだろう。

 何しろ、いくら他にいろいろ手を取られる案件があったといえど、プレシアですら妙な細工が施されている、と言う以上の事ははっきりとは分からなかったのだ。さらわれた時点で、最悪の想定をもとに動くしかない。その事が分かっているが故に、気持ちとしてははらわたが煮えくりかえりそうになってはいるが、頭は非常にクールなままだ。傍から見ていれば不自然に見えるほど落ち着いている。

「それにしても、なんか嫌な気配が充満してるよ。」

『センサーには、これと言って特殊な反応はありませんが?』

「だと思うよ。この感じは、どちらかと言うと夜天の書の闇とか、ここに突入する前に仕留めた『あれ』とか、あの系統に近いから。」

『確かに、霊的な反応は、現状デバイスで検出するのは極めて難しいと言わざるをえません。』

「魔法とはシステムが違うし、ね。」

 そう言いながら、周囲の気配を再確認する。嫌な感じ、とは言っても恨みつらみとは違う種類の物だ。言うなれば、後悔と不信。負の感情ではあるが、良くある悪霊のそれとはまた、別の物である。

「進行方向で、どんどん気配が濃くなっていく。」

『エネルギー反応、魔力反応ともに、進行方向で増大しています。』

「了解。とりあえず、この気配の正体を探るのは後回しにして、ちょっとたどって行ってみるよ。」

『了解しました。ご注意を。』

 レイジングハートの言葉に頷き、出てくるガジェットを排除しながら、慎重に進んで行く。さらにそれなりの時間道なりに進み、嫌な気配の濃度がかなり高くなったあたりで、向こうに人の気配がある扉を発見した。

「見つけた。あの扉の向こうだね。」

『熱源反応を確認。サイズから言って、十代半ばから後半程度の女性の物だと考えられます。』

「気の大きさも、そんな感じ。気配の種類から、ほぼヴィヴィオに確定なのに、出てる気がいろいろとおかしいよ。明らかに、ヴィヴィオに何かしてる。」

『相手はプレシア殿と同等レベルのマッドサイエンティスト、その一味です。注意してください。』

「分かってる。頭はクールに、ハートは熱く、だよ。」

 レイジングハートとざっと意見交換を終え、意を決して扉を開く。気の流れから言って、身体を痛めつけられていると言う雰囲気ではないが、逆になのはを敵と認識して襲いかかってきてもおかしくない。それぐらいの覚悟はできているし、クアットロのやり口から言って、そういう手段を好んで使ってきそうだ。

 扉の向こうには、カリーナと同年代かやや上ぐらいに見える、左右の瞳の色が違う可憐な容姿の少女が、怒りと憎しみに満ちた表情で立っていた。







「ちょっと変だよね、バルディッシュ。」

『同意します。』

 あまりにおかしな状況に、険しい顔で歩く速度を緩めるフェイト。あれだけ派手に正面から突入したのに、大した警備が無い。正面からの突入、という選択を選んだ時点で、自分から罠にかかりに行ったも同然なのだが、それなのに全く反応が無いのは腑に落ちない。何かおかしい。

「もしかして、ロッサとシャッハの方に行ってる?」

『可能性は否定できませんが、そうであれば多分連絡が入るかと思われます。』

「通信妨害は?」

『現状、お二人のデバイスで突き抜けることが可能な範囲です。』

 バルディッシュの返答に、少しばかり考え込む。仮に通信が可能であったとしても、二人が修羅場中であれば連絡など取れはしないだろう。

「こっちから通信を入れるのって、明らかに藪蛇だよね?」

『同意します。』

 つまるところ、フェイトにできる事は、ヴェロッサとシャッハの実力を信用する事だけである。とは言え、ヴェロッサは潜入調査のプロフェッショナルで、このジャンルに置いてはフェイトよりはるかに上だ。シャッハはさすがにそう言う技能の持ち合わせは無いが、剣術ならばフェイトを超える。二人もと、伊達に聖王教会幹部の腹心ではない。心配しなくても、どうとでもするだろう。

「バルディッシュ、施設のデータはどう?」

『通路の配置程度しかダウンロードできませんでした。流石に、私のツールでハッキングが出来るほど甘いセキュリティでは無いようです。』

「そっか。予想はしてたけど、そこまで甘くは無いか。」

『ですが、夜天の書ほど厳しい様子はありませんので、仮にブレイブソウルがいれば、全てのデータを丸裸にしてくれたと思われます。』

「あれは、いろんな意味で規格外だからね。」

『あれも、サーには言われたくないでしょう。』

 などと、余裕だなとしか言いようがない会話をしながら、一見警戒などしていないようにずかずかと進んで行く。ある程度置くまで進んだところで、ぴたりと足を止め、思案顔で周りを見渡す。

『どうかなさいましたか?』

「かなり巧妙に隠されてるけど、多分罠が仕掛けられてる。」

『チェックします。……確認しました。テレポーターとバインドの複合トラップと推定されます。』

「そんなところだね。まあ、それ自体はいいとして。」

 もう一度周囲を見渡す。この先は一本道。罠を回避する手段は無い。

「戻って他の道を探すか、罠をどうにかするか、いっそわざと引っかかるか。」

 組み合わせ的にも配置的にも、あまりに目的があからさまなその罠に、返って対処に迷ってしまうフェイト。もうちょっと突っ込んで確認してみないと、トリガーが何かが分からないため、解除できるかどうかの判断も出来ない。

「バルディッシュ、トリガーとか調べられる?」

『解析します。……一定以上のサイズの物体が通過すると、生物、無生物問わず発動する模様です。かなり大きな動力からエネルギーを得ているため、条件を満たせば何度でも発動すると考えられます。』

「そっか。解除は?」

『この場からの解除は困難です。動力そのものを破壊するのが、最も確実な解除方法となります。サーが優喜殿と同じように、中和術か消去術を使えるのであれば、話は別ですが。』

「術自体は使えるけど、さすがにこんな大掛かりな術式を消す力量は無いよ。で、その動力は?」

『エネルギーラインの進行方向は、この奥となっている模様です。』

「まあ、当然と言えば当然だね。」

 バルディッシュの予想された通りの回答に苦笑し、罠を解除する、と言う選択肢を切り捨てる。結論は決まったようなものではあるが、とりあえず他の選択肢もちゃんと検討しておくべきだろう。そう考え、迂回路についても確認する。

「バルディッシュ。さっきハッキングした通路のデータを見せて。」

『了解しました。』

 バルディッシュが展開した地図を見て、さらに考え込むフェイト。地下につながっている道が、この一本しかないのだ。他の道は、それぞれ別々の大部屋につながっており、途中の分岐以降は交差する場所が一切ない。

「二人の気配が残って無いから、多分こっちには来てないと思う。バルディッシュ、想定されるロッサ達のルートは?」

『侵入経路から推測されるのは、この二本のルートです。』

「なるほど……。」

 バルディッシュの示したルートを見て、自身がどう動くべきかをシミュレートする。結果としては、ここにトラップの情報を残しておき、どうにかしてここを突破するのが最適だと言う結論に至る。

「……OK、この罠がどういう挙動をするか、ちょっとチェックしてみよう。バルディッシュ。」

『了解しました。』

 フェイトの呼びかけに応え、さまざまなサイズの実体弾を発射するバルディッシュ。大は竜司サイズから小は子猫ぐらいまで、さまざまなものが飛び出してはバインドに絡め取られどこかに運ばれて行く。タイムラグをいろいろ設定したが、タイミングに関係なく範囲内に入ったものを拘束して転移させる、という、正面突破を許してくれそうもない設定となっていた。

「……うん、結局そういう話にしかならないよね。」

『サー?』

「罠に引っ掛かろう。」

『危険です!』

「今更の話だよ。それに、バインドの強度を見た感じ、魔法なしでも破れそうだし。」

『ですが……。』

 あまりに無鉄砲に見えるフェイトの言葉に、主の身の安全を最優先にする男前のデバイスはとことんまで渋ってみせる。

「虎穴に入らずんば、虎児を得ず。思い付く限りの準備をして、飛びこむしかないよ。」

『分かりました。ですが、向こうはかなり高濃度のAMFが展開されていると考えられます。かなりのリスクがあると考えられますが……。』

「承知のうえ。最悪、気功で無理やり引きちぎるよ。」

『了解しました。』

 他に方法が無い、と言う事はバルディッシュも理解している。これ以上渋っても無意味だ。何しろ、他の部屋がエネルギー的に明らかにフェイクなのである。スカリエッティは、この先にいるとしか思えない。腹を決めたフェイトがあれこれ気休め的に準備をしている間、バルディッシュもひそかにいろいろと用意をしておく。出来る限りの事を済ませて飛び込んだ瞬間、なかなかにきわどい感じでバインドがフェイトの体に絡みつき、どこかに転送される。

『ようこそ。随分と慎重だったね。』

「分かってる罠に無鉄砲に飛びこむようじゃ、執務官失格だからね。」

『さすが敏腕執務官だね。』

 モニター越しにかけられたスカリエッティの言葉をスルーし、周囲の状況を確認する。どうやら、どこかのラボらしい。専門外のフェイトには分からない機材が、規則正しく配置されている。

『さて、こんな迂遠なやり方でここに来てもらったのは、他でもない。ぜひとも、君に聞いてみたい事があってね。』

 スカリエッティが、本題を切り出す。その言葉に、さすがにスカリエッティに意識を向けるフェイト。敵の首魁との対決も、そろそろ大詰めを迎える事になりそうだ。そう、気合を入れ直すフェイトであった。







「ヴィヴィオ、助けに来たよ。」

 ある種の諦めとともに、それでも一縷の望みを託して声をかける。そのなのはの言葉に反応し、彼女を射殺さんばかりの視線で睨みつける少女。妙な気配に絡め取られている感じが、嫌な予感を増幅する。

 その少女は、背丈だけで言うならなのはより上であった。全体的に華奢な身体つきながら、出るべきところはなのは達と変わらぬレベルで出ており、髪型の違いも相まって、ぱっと見た目には瞳と髪の色以外には、ヴィヴィオとの共通点はまるで無い。あどけなさが残るその顔立ちに、やや面影が残っているぐらいだろう。

 だが、そんな共通点など無くても、なのはには一目で彼女がヴィヴィオだと分かった。気の流れを読むまでもない。一月に満たない親子関係だが、その分フェイトとともに、目一杯の愛情を注いできたのだ。間違える訳がない。たとえ、ヴィヴィオが悪い魔女によって、カエルや小鳥に変えられたとしても、なのは達なら見抜くだろう。

「遅くなって、ごめんね。」

「……なるほど、そういうやり方か……。」

 なのはの呼びかけに、憎しみのこもった声で返事を返すヴィヴィオ。その言葉に、予想していたとはいえ、覚悟していた以上のショックを受ける。洗脳されているから仕方がないとはいえ、たった一カ月程度の絆では意味がないのか、などと思ってしまう。

 洗脳と言うのは、言ってしまえば思考を誘導する技術だ。一般に思われている事とは違い、意志の強さや絆の強さ、頭の良し悪しなど、洗脳されないように抵抗するのには一切関係ない。知性による不信感や精神力すらも逆手にとって、自身の言う事を信じ込ませるのである。洗脳を防ぎたいのであれば、やり方を知ると言う以上の防衛策は無い。

 ましてや今回の場合、元々聖王の記憶を移植するための素体として、クローニングの段階からいろいろと細工が施されている上、スカリエッティ一派はそういうやり方のスペシャリストでもある。直接記憶をいじるような設備もある以上、単なる未就学児童に、洗脳から身を守ることなど不可能だ。

 しかも、ヴィヴィオは先ほど表に出てきた歴代聖王の記憶と人格の影響が残っており、彼女本来の記憶は非常にあいまいなままだ。クアットロに植えつけられた、なのはに両親を奪われた、と言う偽の記憶が整合性が取れているかどうか、いや、そもそも両親が居たのかどうか、どんな顔だったのか、そう言ったことすべてが分からなくなっている。そのため、高い技術を持って意識を誘導されてしまうと、矛盾点があっても疑うことすらできないのである。

「そっか。予想はしてたけど、やっぱり……。」

「何が言いたい!?」

「あなたは、なぜそんなに私が憎いの?」

「お前が、パパとママを騙して殺したから!」

 そう言う設定か。ヴィヴィオの返事を聞いた瞬間、おおよその事を理解して内心でつぶやくなのは。とりあえず、方針は決まった。寂しそうな、悲しそうな表情を取り繕おうともせず、心の赴くままに問いかけをぶつける。その演技では無いなのはの表情に、なぜかとてつもなく心が痛むヴィヴィオ。

「その人は、どんな人だったの?」

「自分が殺した相手も、覚えてないの!?」

「言っても信じないだろうけど、私は少なくとも直接人を殺した事は無いし、ヴィヴィオのご両親の話も、一度も聞いた事は無いから。」

 なのはの予想通り、この返答はヴィヴィオの怒りの炎に、大量の油を注ぎこむ事になった。もっとも、最初から、どう対応したところで、怒らせずに済む事は無かっただろうが。

『まったく、人をたくさん殺しておいて、助けに来たとは盗人猛々しい事。そう思いませんか、陛下?』

 嫌らしい口調で口を挟んでくるクアットロの言葉に、無言で頷くヴィヴィオ。それを見て、実に悲しそうな顔をするなのは。

「この一月の事、本当に全部忘れちゃったんだね……。」

「知らない! 最初から、お前の事なんか知らない!」

「でも、それならそれでいいよ。もう一度、ヴィヴィオにママって呼んでもらえるように、頑張るだけだから。」

 そう言って、レイジングハートを手放してバリアジャケットを解除する。その様子に、初めて怒り以外の表情を浮かべるヴィヴィオ。

「どういうつもり?」

「お話を聞かせてもらうのに、武装してちゃ駄目でしょう?」

『あらあら。魔法しか取り柄が無いくせに、自分からそれを捨てるなんて馬鹿ね。』

「そうだよ。私は馬鹿だから、これ以外の方法が思い付かない。」

 クアットロにそう答え、敵意も闘志も何もない穏やかな表情でヴィヴィオを見つめる。そのなのはを見て、クアットロが攻撃するように言ってくるが、流石に戦意の無い非武装の相手を殴るのは、ヴィヴィオの良心がとがめる。仮になのはを殴るにしても、自分も武装解除をし、魔法なしで殴るのが礼儀と言うものだろう。

「ヴィヴィオ、あなたのパパとママの事、教えて。」

 もう一度向けられたその言葉に、怒りとともに答えを返そうとして、自分が両親の事を何も思い出せない事に気がつく。

「どうして……。」

「えっ?」

「どうして思い出せないの!? あんなに大好きだったのに、あんなに一緒にいたのに!」

 ヴィヴィオの様子を、悲しそうに見つめるなのは。思い出せなくて当然なのだ。クローンであるヴィヴィオには、元々両親なんてものは存在しない。強いて親を上げるなら、スカリエッティかなのは達だろう。そして、そのどちらも存命である以上、殺されたなんて事はあり得ない。

『当然ですわ、陛下。だって、あなたの記憶はその女に消されているのですから。』

「精神系の魔法適性ゼロなのに、どうやればそんな真似できるのかな?」

『魔法しか取り柄が無いくせに、出来ないなんて嘘をつくなんて、本当に恥知らずな女です事。』

 嘲るように言うクアットロに、小さくため息をつくなのは。実際のところ、なのはが精神系の適性を持っていないことなど、基本誰でも知っている話だ。辛うじて治癒系からの派生で、痛みや毒素が原因の精神障害を緩和できる程度で、パニックを魔法で治めたり、忘れた方がいい事を忘れさせたりなどと言う高度な真似は出来ない。もっとも、パニックがらみは歌で何とかした経験はあるが。

『そうですね、陛下。その女のプロフィールを教えますわ。そいつが、いかに魔法に依存した、魔法しか取りえの無い、自身の魔法で何でもできると思いあがった愚かな女か、それで理解できるはずですわ。』

 そう言って、幼少期からの詳細なプロフィールを語り始めるクアットロ。父士郎が仕事で大けがを負い、高町家全体がなの派に構う余裕を失った事。その時何もできず、自分が要らない子だと思い込んだ事。ずっとくすぶっていた想いがジュエルシード事件で魔法を身に付けた事で噴出し、自分しか使えない魔法と言う技能にどんどんのめり込んで行った事。闇の書事件によりその想いがさらに強くなり、魔法の力を磨き、力で敵を制圧する事を何よりも優先し始めた事。

 クアットロの説明を聞き、思わず感心してしまったなのは。実態は全然違うが、確かに自身のプロフィールは、表面上はそう解釈もできるのだ。多分、優喜と言う要素が無く、フェイトが歌に触れるきっかけが無ければ、きっとクアットロの言葉通りの自分になっていただろう。

「出来事自体は、大体間違ってないかな。」

 あっさり認めるなのはに、どこか拍子抜けした表情を浮かべてしまうヴィヴィオ。今までの流れから、なのはがここまで素直に認めるとは思わなかったのだ。

「ただ、一つだけ訂正すると、別に魔法に依存したから力を磨いた訳じゃないんだ。力をつけないと、身を守る事も出来ない状況だったから、頑張って鍛えただけ。管理局に入ったのも、妙な組織に目をつけられて、他に選択肢が無くなったからなんだ。それに、私の魔法って、出来ない事の方が多いし」

「えっ?」

「嫌になるほど攻撃と自己防御に特化しちゃってるから、大きな怪我だとものすごい力技で治療する事になるし、威力が大きすぎて、非殺傷設定で無いと事実上手加減出来ないし。日常生活で役に立つのって、フローターフィールドと飛行魔法、後はデバイスの格納機能ぐらいなんだよね、実際。」

 しみじみと変な事を言い出したなのはを、呆然とした表情で見上げるヴィヴィオ。魔法しか取り柄が無い、魔法に傾倒した女が言うとは思えない言葉を、やたら実感の伴った口調で言ってのけるのが不思議だ。しかも、言われてみれば、全くもってそのとおりであり、日常生活となるとなのはが上げた以外の物でも、せいぜい探知魔法と治療魔法を使う事がある程度だろう。防御魔法は事故でもなければ使う事は無いし、結界魔法に至っては、一般人が使うようなものではない。便利そうに見える転移系は許可制の上、意外と時差や座標のずれがあるためホイホイ使えるようなものではなく、攻撃魔法に至っては論外だ。

「そもそも、私は今年度いっぱいで、管理局をやめるつもりだしね。」

 なのはの衝撃的な一言に、思わずそろって間抜け面を晒すヴィヴィオとクアットロ。金銭面に問題は無いのかもしれないが、この女に他に出来る仕事があるとも思えない。少なくとも、クアットロの目にはそう映る。芸能活動は、管理局の魔導師二人組と言う特殊性とフェイトの歌唱力で持っているようなものだし(と思っているのは、クアットロとなのは自身ぐらいではあるが)、家事ができる、などと言うのはそれほど金につながる特技ではない。

 アイドルで荒稼ぎをしているのだから、金は持っているだろう。時の庭園があれば、少なくとも食うところと寝るところには困るまい。だが、それでも、ここまで鍛えた戦闘能力を、あっさりと無駄にすると言うのは理解できない話だ。なにしろ、今彼女と並ぶ実力の持ち主は、フェイトとせいぜいはやてぐらい、局員以外を見ても優喜と竜司しかいないのだ。かなりの熱意を持って鍛えなければ、これほどまでの高みに達する事は出来なかろう。

 はっきり言って、意図が見えない。

「私ね、翠屋みたいな喫茶店をやりたくなっちゃったんだ。」

「翠屋?」

「私のお父さんとお母さんがやってるお店。」

 ここまで鍛えておいて、今更子供の頃の夢、などと言い出すのか。その滑稽さに思わずあざ笑うかのような表情を浮かべ、罵倒の言葉を口にするクアットロ。

『あらあらぁ。陛下の両親を騙して殺すような女が、お菓子屋さんなんて子供っぽい夢を語るとはねえ。その薄汚れた手で作ったまずいお菓子なんて、誰も食べないんじゃないかしらぁ。』

「そうかもね。でも、十分なお金があって、必要な資格もほとんど揃ってる以上、チャレンジする事に文句を言われる筋合いは無いよ。それにね。」

 言葉を切ってクアットロからヴィヴィオに視線を移し、穏やかな微笑みを絶やさずに、もう一つの意図を告げるなのは。

「お店なら、人を殺すかもしれないリスクを背負って、犯罪者相手に命がけの戦いなんてしなくていい。エリオやキャロ、トーマ、リリィ、ヴィヴィオとの時間も作りやすいし、個人のお店だったら自分の子供を店に置いても問題ないし。お店終わってから、みんなで一緒にお菓子作りとかも、やってやれない事は無いし。」

 料理に目覚めて一生懸命練習していた小学生の頃、よくフェイトと一緒に営業時間後の翠屋で、桃子から料理やお菓子作りを教えてもらったものだ。料理の路線が変わってしまってから、特にお菓子作りに関してフェイトと一緒に練習する機会は減ったが、幼少時に得られなかった親子の時間として、今でも大切にしている時間だ。

 そんな優しい時間を、トーマ達にも、もちろんヴィヴィオにもあげたい。紫苑かすずかに任せてもいいが、一緒にお菓子を作るのは、やっぱり自分の役目だと思う。だから、管理局をやめるのだ。

「だから、ヴィヴィオ。一緒に帰ろう。返って、またみんなで一緒に、お菓子作りしよう。」

 そう言って、無防備にヴィヴィオに近寄っていく。混乱し、反射的に後ろに下がるヴィヴィオ。隙だらけなのに、どうしても攻撃が出来ない。つぎはぎだらけの記憶、その中から出てきた断片に、確かになのはと一緒にお菓子を作った時の物がある。その全く身に覚えのない記憶と、経験していないはずの喜びと楽しさが、ヴィヴィオの体を縛る。

 実際のところ、人間の記憶力と言うものは、案外馬鹿に出来ない。基本的に人間は、一度経験した事はすべて記憶していると言われている。ただ単に、頻繁に使わない記憶を勝手に整理して、思い出せないようにしているだけなのだ。だから、きっかけさえ与えれば、結構簡単に大体の事を思い出すし、時間をおいて何度も思い出せば、次第に忘れなくなる。

 ましてや、楽しかった事、印象が強かった事は何度も何度も思い出すのだから、そう簡単に忘れようがない。こういった記憶を消して、他の人格や記憶を上書きするのは、スカリエッティですら完璧に可能な訳ではない。アルハザード由来の技術で、全く何の経験もしていないクローンにきちっとバックアップを取ってあった記憶と人格を移植し、同じ人物をもう一人作ることは可能だが、その完璧なバックアップを用いても、ちゃんとした人格と経験を持っている他人を乗っ取る事は出来ない。

 ましてや、現在ヴィヴィオに移植されている聖王の人格は、所詮はレリックやゆりかごに残っていた断片にすぎない。ラボで育てられていた時期を含めても半年に満たないとはいえ、独立した人格でいろいろな経験をし、深い愛情を注がれたヴィヴィオの記憶を、たかが不完全な聖王の記録ごときで、完全に上書きすることなどできはしないのだ。

「あなたは、あなたは誰なの……?」

「私は高町なのは。フェイトちゃんと一緒にアイドルをやってる、エリオとキャロの保護者でヴィヴィオのママのつもりの、ちょっとだけお菓子作りが得意な、中身は全然特別じゃない女、かな。」

「……なのは……、……ママ……、……ママみたいなパパ……、……フェイトママ……。」

 一つのきっかけから、連鎖的に蘇る記憶。目の前の女性に、そしてその仲間に愛され、大切にされた、この一カ月ほどの確かな思い出。だが、複数の記憶と、そこに起因する感情が入り混じった状態では、その思い出を無条件に信用できない。ヴィヴィオ本来の気と、彼女を絡め取っている嫌な気配がせめぎ合う。

『陛下、騙されてはいけませんわ。』

「信じられないなら、それでもいいよ。やっぱり敵だって言うなら、攻撃してもいいから。」

 そう言って、無抵抗なまま、ヴィヴィオが一番攻撃しやすいであろう位置で立ち止まるなのは。それを見て、心の中にわずかに残った怒りにまかせ、最高の一撃を叩き込もうとするヴィヴィオ。間違いなくなのはに直撃するはずだったその一撃は、当る直前にラインがそれ、微動だにしなかったなのはの頬をかすめるにとどまる。

 結局、ヴィヴィオは最後の最後で、なのはを殴る事が出来なかったのだ。そもそも実際のところ、ヴィヴィオはそれほどクアットロを信用していない。断片とはいえ自分の記憶と、息をするように嘘をつく女の言う事とでは、どちらを信用するかなど考えるまでもない。ましてや、なのはとの記憶が無くても、クアットロの言葉の矛盾点に気がついてしまったとあれば、なおのことだ。

「……ママ、どうしてよけなかったの……? 当ったら、どうする気だったの……?」

「私達は、ヴィヴィオを守ってあげられなかった。だから、その拳が当っても、それは我が子を守れなかった罰なんだ。それに、もともと無傷で助けだせる、なんていう虫のいい事は考えてなかったし、ね。」

「ヴィヴィオは、ママの本当の子供じゃないんだよ……?」

「そんな事、最初から分かってる事だよ?」

 震えて立ちつくすヴィヴィオを、そっと抱き寄せる。何らかの方法で大人の姿になった彼女は、すでになのはの背丈を超えている。それでも、二人のその姿は、まぎれもなく若い母と少しばかり発育がいい子のそれであった。

「私、あなた達が強いから、私の事を守って、愛してくれるって分かってたから、勝手にママって呼んで懐いてたんだよ……?」

「それが何か問題なの?」

「だって、なのはママの事も、フェイトママの事も、利用しようとしてたんだよ?」

「子供が、自分を守ってくれる人に懐くのは、当然の事だよ。だって、そうしないと身を守れないんだから。私だって、今にして思えばそう言う理由で懐いていた人が、全くいなかった訳じゃないし。」

 ヴィヴィオの懺悔を、何でもない事のように言ってのけるなのは。一つ話をするたびに、加速度的にヴィヴィオの気配が戻ってゆき、二人の関係が親子らしくなっていく。

「ヴィヴィオ、みんなのところに帰ろう。その体も、プレシアさんなら多分ちゃんと元に戻せるから。」

「プレシアおばあちゃん、ヴィヴィオを受け入れてくれるかな?」

「大丈夫。どんな姿になっても、プレシアさんは可愛がってくれるよ。だって、家族だもんん。」

 どんどん話が進んで行く二人に、苛立ちがピークに達したクアットロが口を挟む。

『あら、無事にここから出ていけると思っているのかしら?』

「大丈夫。あなたがやりそうな事ぐらい、予想はついてるから。」

『それなのに親子ごっことは、余裕です事。』

「はじめはみんな、そんなものだよ。血縁は確かに大事だけど、最終的に、お互いに家族であろうとする意志があれば、ごっこ遊びみたいなものでもちゃんとした形になる。私の家が、そうだったしね。」

『そんなもの、ただの幻想だと教えて差し上げますわ!』

 裏で何かの操作をしていたクアットロが、高らかに宣言しながら何かのスイッチを押す。次の瞬間、縋りついていたヴィヴィオの体がおかしな動きをし、体内で巨大な魔力を発生させる。不自然な動きを感じてとっさにヴィヴィオを離し、大きく距離を取るなのは。距離を取ると同時に、元居た場所を砲撃が襲う。

「……ディバインバスター!?」

「ママ、逃げて! 体が、体が勝手に!」

 魔力光こそ違うが、飛んできた砲撃が明らかに自分の手法である事に、さすがに驚きを隠せないなのは。泣き顔になりながらも、そのなのはに向かって容赦なく次々と攻撃を繰り出すヴィヴィオ。徐々に嫌な気配がヴィヴィオの気を押し返し、削り取り浸食していく。

「ディバインシューターにフォトンランサーまで!?」

『それが聖王のゆりかごが、最強の兵器と言われていた理由の一つ、聖王の鎧ですわ。その機能を使えば、一度見た事がある魔法はすべてノーリスクで再現可能。さらには陛下の戦い方に合わせて、自動的にアレンジするシステムも組み込まれておりますの。』

 良くあるチート格闘家的な仕様に、思わず呆れた表情を浮かべてしまうなのは。使える技の種類なんぞ、そんなにたくさんあっても意味が無い。戦闘において重要なのは、技の種類では無く使い方だ。実際、なのはもフェイトも結構な種類の攻撃魔法を持っているが、普段使うものと言えばなのはで三種類かそこらだ。フェイトは空戦と地上戦、高速戦闘とそれ以外、広い場所か狭い場所かで大分使う魔法も使い方も変わるが、なのはの場合はディバインバレットとディバインシューター、後はディバインバスターがあればほとんどの状況で事が足りる。

 つまるところ、相手が使った魔法を再現できる、と言う機能の利点など、使ってきた魔法の対処方法を即座に知ることができる、と言うそれだけの物だ。それとて簡単に実行できるとは限らない上に、その魔法を主力で使っている人間が自身の技の欠点や対処方法を知らない訳が無い。それでも、達人が自分の実力によってコピーしたのであれば、自身の流派に組み込んで完璧に使いこなしたりするが、システムによってそれをやったところで、当の聖王自身の実力が足りなければ、何の意味もない。

 結局のところ、クアットロが威張って言うほど役に立つ機能ではないのだ。

「ママ、逃げて!」

「大丈夫! ちゃんと助けてあげるから!」

 連続で飛んでくるバスターをいなしながら、ヴィヴィオの呼びかけを無視するなのは。ヴィヴィオの救出作戦は、いよいよ大詰めを迎えるのであった。



[18616] 第15話 その5
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:bb3583c1
Date: 2012/03/24 13:56
「それで、聞きたい事って何かな?」

 バインドで拘束されたまま、特に取り乱したりする様子も見せず冷静に話を進めるフェイト。その様子に、微妙に満足げに口を開くスカリエッティ。

『いくつかあるが、まずはプレシア・テスタロッサの事だ。』

「母さんの事?」

『ああ。君の母親の事だ。』

 スカリエッティが何を言いたいのか理解できず、怪訝な顔をしてしまう。お互いに顔見知りではあるようだが、親しいとか仲がいいとか、間違ってもそう言う表現ができる間柄ではなかったはずだ。

「母さんが、どうかしたの?」

『いや、彼女が関係する事だが、直接的には関係ない。』

 この手の愉快犯的マッドサイエンティスト特有の、無駄に回りくどい言い回しに、鬱陶しそうな視線を向けるフェイト。その視線に気がついたスカリエッティが、ストレートに話を進める。

『彼女が違法研究に手を出し、地球を破壊してでもアルハザードに行こうとしたのは、私が入れ知恵をしたからだが、その事について思う事は無いのかね?』

「別に。裁判も終わってほぼ自由の身になってるんだから、今更どうだっていい。」

『ほう? 少しぐらいは私を恨んでいる物だと思っていたが?』

「あの時、母さんが本当にアルハザードに行ってしまっていたら、間違いなく恨んでたとは思う。だけど、違法研究に手を出すきっかけになった事は、正直あなたを恨む必要を感じないよ。」

『ふむ、どういう事かね?』

 フェイトの、意外と言えば意外な回答に、面白そうな顔で質問を重ねるスカリエッティ。あまりにどうでもよくくだらない質問に、どことなくうんざりしながらも律儀に回答を返すフェイト。

「だって、あなたに入れ知恵される前から続けていた研究だって、グレーゾーンすれすれのものだった。だとすれば、遅いか早いかの差で、いずれ似たような違法研究に手を出していたと思う。すでに罪の清算も終わって、現状全てが上手くいっている以上、今更過去を蒸し返す意味も利も無い。」

 きっぱりと言い切ったフェイトに、実に楽しそうに言葉を重ねようとするスカリエッティ。そのスカリエッティの発言を制するように、さらにフェイトが言葉を重ねる。

「私が生まれたきっかけと言う意味では、あなたの入れ知恵も意味があったのかもしれない。だけど、十中八九大差ない研究を始めていたと思われる以上、私があなたに感謝する言われも無いし、恨んだり憎んだり怒ったりする理由もない。」

『なるほど。ならば、この話はここで終わりにしよう。まあ、前置きとしてもこんなものか。』

「言いたい事があるなら、もっと簡潔に言ってくれないかな? 私だって、いつまでもあなたの悪趣味に付き合うほど暇じゃないんだ。」

『これは失礼。では、さっさと本題に入ろう。』

 そこまで行って言葉を切り、一呼吸置いて本題を切り出す。

『本題は、君が行っている子供達に対する支援、その内容についてだ。』

「……変な事を聞きたがるんだね。」

『こちらにも、いろいろあってね。それで、話を戻すが……。』

 一度言葉を切り、手元の資料を再確認するスカリエッティ。大体のデータは見なくても頭に入っているのだが、勘違いしていてはまずい。今回の話に限っては、きちっとしたデータで最後まで話を済ませる必要がある。

『君が行っている支援、量も質もずいぶんと偏りがあるようだが、自分と同じような境遇の子供に偏っているのではないかね?』

「そんな事、気にしてなかったよ。そもそも、私は最初から平等な支援なんて考えてなかったし。」

『ほう? では、君の主観で、目立つところにだけ手厚い支援をした、と言う事を認めるのかね?』

「目立つかどうかはともかく、主観で決めた事は否定しないよ。だって、現場ごとに必要な支援の内容も量も頻度も全然違うんだから、どうやったって平等になんてなりようが無い。」

 フェイトの回答に、面白そうな表情を浮かべるスカリエッティ。思ったよりしっかり考えて行動している事が、意外だったようだ。

『だが、君のような立場の人間ならば、それでもできるだけ平等になるようにする必要があるのではないかね?』

 先ほどの回答は、十分に納得できるものではある。だが、それでもあえて深く突っ込んで行く事にしたスカリエッティ。さらに質問を重ねる。

「あなたが言う平等、と言うのが、同じ支援内容を全ての孤児院や要支援地域に対して行うべきだ、と言うのであれば、そんな支援は不可能だし意味も無いよ。」

『面白い事を言うね。どういう事かね?』

「分かってて言ってるんだとは思うけど、一応ちゃんと回答するよ。例えば、自然災害や疫病の類で大きな被害が出た場所に対する支援と、慢性的にちょっとずつ物資が不足している場所に対する支援じゃ、緊急度合いも必要な物量も内容も大違いだよね? それを全ての地域に対して同時に行うのは、無駄である以前に、相手に対して侮辱になることだってあるよ。」

 フェイトの言葉は非常に説得力のあるものだ。実際のところ、善意による寄付や支援が、要支援地域にかえっていらぬ負担をかけているケースは枚挙にいとまがない。他の場所にこれだけ寄付したのだから、ここにもこれだけの寄付をする、などと言う考え方では、受け取る方が迷惑をすることになる。特に、フェイトのように影響力が大きい人間の場合、その行動には十分注意を払う必要がある。

「私の立場だからこそ、必要な場所に必要な内容の支援を必要なだけする義務があるんだ。それに、一度崩れた場所を立て直すのには、どうしても時間がかかる。出来る事なら、分かってるだけ全てをやりたいけど、一ヶ所にかけられる時間も人手も予算も限界がある以上、出来るところから順番にやって、他の人を巻き込んで行くしかないよ。」

『全てに手を差し伸べられないのであれば、最初から何もしないのが公平、と言う事ではないのかね?』

「何度でもいうよ。状態も緊急度も見ないで画一的に行う支援なんて、何の意味もない。公平である事にこだわって何もしなければ、いつまでたっても状況は変わらない。どんなことだって、あまり一気にやろうとすると大抵悪い方に転がるんだから、現実と折り合いをつけながら、出来る事を一つ一つやっていくのが一番だよ。」

『なるほどね。だから君は偽善者と呼ばれる訳か。』

 何度も言われた言葉がスカリエッティの口から洩れた瞬間、思わず苦笑する自分を止められなかったフェイト。こういうタイプが揺さぶりとして、その言葉を口にするのは珍しくない。ないのだが、先ほどエリオ達が遭遇した件から推測するに、どうやら似たような事をしているらしいスカリエッティにすら言われる自分は、一体何なのだろうかと思うとどうしても苦笑が漏れてしまう。

「よく言われるけど、いい機会だから訂正しておくよ。」

『言い訳かね?』

「違うよ。私は、偽善者でも善人でもないよ。私を偽善者と呼ぶのは、偽善者に失礼だ。」

『ふむ。面白い。どういう事かね?』

「偽善者も善人も、動機はともあれ、いい事、正しい事をしようとしているよね? 私はそうじゃないもの。」

 きっぱりと言い切ったフェイトに、流石に目を丸くするスカリエッティ。ここまできっぱり否定されるのは予想外だったようだ。

「私はね、あくまでも自分のエゴで子供たちに対する支援をしてるんだよ。子供が絶望してる顔なんて見たくない、ただそれだけの理由で行動してるんだ。一人でも絶望してた子供が笑えるようになるんだったら、世間一般から見て正しくなくてもいいんだ。」

『それを偽善と言うのではないのかね?』

「偽善と呼ばれる行動も、行為自体は正しいよね? 私がやってきた支援は、必ずしも正しい事ばかりじゃない。目の前の現実をどうにかするために、倫理的なものを後回しにしたことだってある。邪魔をさせないために付け届けを多めに出して、後からそれを密告した、なんて汚い真似もしてるし、子供にそういう姿を見せていないだけで、別段それを取り繕っても居ない。正しいと思ってなくても、結果が出ればいいと割り切ってる。私がやってる事は偽善ですらない、ただの自己満足なんだよ。」

 毅然とした態度で言い放つフェイト。その地に足をつけた堅実な姿に、どことなく満足そうにうなずくスカリエッティ。

『では、それだけ手を尽くしたのに、君の事を激しく憎んでいる子供がいたらどうする?』

「どうもしないよ。憎しみを支えにするのはあまり喜ばしい事ではないけど、私を憎む事で絶望しないでいいんだったら、それはそれで受け入れる。それに、結果がそうなったって事は、私の行動に至らない点があったってことなんだから、これだけしてやったのに、とか文句を言うのは筋違い。私が自己満足でやってる事なんだから、どうやったら満足できる結果が得られるのかを考えて行動するだけ。」

 あくまでもぶれないフェイトの回答に納得し、質問を終える事にするスカリエッティ。

『なるほど、よく分かった。聞きたかった事はすべて理解出来たよ。』

「それはどうも。なんとなく推測はできてるけど、一応確認しておきたいから、こっちからも質問。」

『何かね?』

「何でわざわざこんな手の込んだ真似をしてまで、今の質問をしたの?」

『始めた理由も続けている動機も違うが、私も君と同じような事をしているからだよ。』

 予想通りの答えに納得して見せると、あっさりとバインドを解除してのけるフェイト。予想していたからか、その状況に顔色一つ変えないスカリエッティ。

「ジェイル・スカリエッティ。いろいろ罪状はあるけど、とりあえずまずは違法研究と兵器密造の現行犯で逮捕します。」

『さて、君に出来るのかね? 私を逮捕すれば、私が資金を出しているいくつかの孤児院が困る事になるが?』

「大丈夫。全員私と母さんで面倒を見るから。」

『なるほどね。とは言え、私も黙って捕まるつもりは無い。この場から逃げも隠れもしないから、そう言う台詞は娘達を倒してから言ってくれたまえ。』

 その言葉と同時に、横の壁が吹き飛ばされ、誰かが中に転がり込んでくる。土煙が収まると、そこには満身創痍になりながら、どうにか体制を整え直したヴェロッサとシャッハがいた。

「ロッサ、シャッハ! 大丈夫!?」

「大丈夫、と言いたいところだけど、思った以上に手ごわかったよ……。」

「申し訳ありません。流石にガジェットと同時に相手をするには、少々手に余りました……。」

 彼らが転がり込んできた穴の向こうには、十を超えるゆりかご産ガジェットと、トーレとセッテ、二人の戦闘機人の姿が。

「この高濃度AMF環境下では、私たちではあの数のガジェットを排除するのは厳しいです。」

「流石に、装甲を抜ける手段が限られすぎるからね。」

「了解。AMFが無ければどうにかできる?」

「ガジェットぐらいなら。流石にあの戦闘機人二人は、ガジェットと同時に相手をするにはAMFがなくても厳しいけどね。」

「分かった。じゃあ、AMFを解除するから、ガジェットはお願い。あの二人は私が仕留めるよ。」

 フェイトの言葉に頷くと、どうにか回復を終えて立ち上がる二人。それを見てバルディッシュを構え、何やら妙な魔法を発動させるフェイト。

「準備はいいのか?」

「もちろん。待ってくれてありがとう。」

「ホームで戦っているのに、この上怪我人を盾にとっての奇襲と言うのは、さすがにこちらの矜持が許さない。」

「分かった。じゃあ、お互いに全力で行こう。」

 スカリエッティ・ラボ攻防戦、その最後のひと幕は、やはり戦闘と言う形で始まろうとしていた。







「……どうやら、そろそろ頃合いのようね。」

 なのはとフェイト、それぞれの突入先での会話を聞いて、何かを決めるプレシア。外ではガジェットの攻撃が激しくなり、ゆりかご本体からの砲撃が、クラナガンを守る結界を叩き始めていた。

「頃合いって、何がですか?」

「あの駄メガネに対する制裁、そろそろ始めちゃってもいいかな、と思ったのよ。」

「制裁?」

「ええ。制裁よ。」

 物騒な単語に、グリフィスが顔色を変える。当然ながら、リンチの類は管理局では禁止されている。基本外部協力者とはいえ、佐官待遇を持ち代理で艦長席に座っている人物が行うのは、あまりにもまずい。

「安心なさい。直接実行するのは私たちじゃないわ。非公式の協力者が勝手にやらかした事を、黙認するだけよ。」

 きっちり会話ログを消しながらそんな事をほざくプレシア。もちろん、安心など出来るはずが無い。

「どうでもいいけど、ああいう無意味にプライドが高いタイプって、昔の恥とか蒸し返されるとダメージ大きそうよね?」

「な、何の話ですか?」

「さて、何かしら。」

 露骨にヒントを出しながらも、あえてしらばっくれて見せるプレシアに、思わず頭を抱えてしまうグリフィス。残念ながら今は、こういう時ストッパーになりそうな人間がこの場にはいない。ちらっと見ると、サイドシートで戦況の解析をしている美穂の様子が微妙におかしい。何やら現実逃避するような感じで、阿修羅のような手の動きで解析データを作り、グリフィスの処理能力を超える勢いで送りつけてくる。プレシアとグリフィスの会話が聞こえない距離では無い事を考えると、プレシアが言った制裁とやらの内容を知っているのだろう。

「美穂君?」

「……ゴメンナサイ、ワタシハナニモシリマセン、ホントウデス……。」

 いつも以上に小さい声で、棒読みの乾いた口調で返事を返す美穂。明らかに何かを知っている態度だが、あまりにあからさま過ぎて追及するのも気の毒になる。ようやくこういう事を手伝うようになった少女を、わざわざ追及して追い詰めるのも忍びない。

 それに、どうせすぐに分かる事だ。わざわざ誰かをつるしあげる必要などない。

『実録拷問、恥刑。』

 気にしないようにしよう、などと考えた矢先に、綺麗な声が物騒な台詞を淡々と読み上げる。あまりに物騒な台詞に、ブリッジの空気が凍りつく。

「……何ですか、この物騒な台詞は?」

「さあ、ね。」

 グリフィスの質問を笑ってはぐらかすプレシア。美穂を見ると、かわいそうになるぐらい一生懸命首を左右に振る。

「まあ、聞いていれば分かるわよ。聞いていれば、ね。」

「はあ。まあ、そうでしょうけどね……。」

 その会話が終わるか否か、と言うタイミングで、次の言葉が放送される。

『ナンバーズ四番・クアットロは、かつて生みの親であるジェイル・スカリエッティの洗濯前の下着を盗み、臭いをかいではあはあして、一番上のお姉さんに嫌われた。』

『な、何故それを!?』

 タイトル以上にアレな内容を朗読する声。そのアレさ加減に、戦場全体が凍りつく。

 そう、戦場全体だ。ちょっと前のクアットロとなのはの会話から後ろは、全て戦場全域に垂れ流しになっていたのだ。そこにこの内容である。クアットロの動揺が伝染してか、ガジェット達の動きすら一時的に止まり、前線全域を奇妙な静寂が襲う。

「……報復って、これですか?」

「ノーコメント。」

「……これ、社会的に抹殺されますよね?」

「ノーコメントで。」

 楽しそうにしらばっくれるプレシアに、思わず深々とため息をつくグリフィス。実はファンシーグッズに興味があるが、プライドが邪魔をして愛でる事が出来ない、などと言うライトな内容から、ドクターが唾液を呑み込む音をひそかに録音して、ジョークグッズの例のボトルを作って姉妹にどん引きされた、とかそれ人として大丈夫か、という内容まで、ナレーションはただひたすら淡々と読み上げる。

「確かに、これ以上ないぐらい見事な報復ではありますが……。」

「あくまでも、やったのは私じゃなくて協力者よ? 善意の第三者が暴走して行った行動に関しては、私達が責任をとる必要は無いわよね?」

「……教唆と言う罪があるにはありますが、どうせ証拠なんて無いんでしょうね……。」

「私は無関係よ? 証拠なんてある訳無いじゃない。」

 白々しい言葉を続けるプレシアに、ため息が一つ漏れる。もはや実録拷問と言うより公開処刑と言う感じになっている内容を、呆れと達観が混じった何とも言えない気持ちで聞き流し続けることしかできない。

「さて、そろそろかしら?」

「……聞くのも嫌な感じがしますが、何がそろそろなのでしょうか?」

「そろそろ、駄メガネがなのはに仕留められる頃合いじゃないかな、ってね。流石のあの子も、いい加減バスターを撃ち込むのに良心の呵責なんて覚えないでしょうし。」

 聞いた自分が馬鹿だった。思わず内心でそうぼやくグリフィス。その直後、プレシアの言葉を肯定するように、ゆりかごの内部から一本の桜色の光線が、水平線を切り裂くように飛び出してきた。

「予想的中。そろそろ最終段階よ。気合を入れ直しなさい!」

「……了解、気持ちを切り替えて掃討戦に移ります!」

「……中央の密集地帯、現在味方が存在しないため、最大効率で砲撃できます……。」

「三連ディバインバスター砲、発射!」

 名前をつけた時になのはに散々文句を言われたアースラの副砲を、容赦なく密集地帯に叩き込むグリフィス。稀代のマッドサイエンティストが魔改造しただけあって、たかが副砲のくせに、下手な次元航行船の主砲よりはるかに高い出力で戦場をえぐる。今の一撃で崩れた敵の戦線を、壊滅的に打ち砕かんと果敢に攻め立てる前線部隊。どうやら、勝敗はほぼ決したと言ってよさそうである。

 などと考える事が出来たのは、状況確認のためにつなげていた通信によって、スカリエッティとマスタングが言い放った言葉と、それによって起こった変化を確認するまでであった。

「プレシアさん、あれを!」

「やっぱり相手もマッドサイエンティストね。これぐらいの最後っ屁は用意してて当然ってわけか。」

「そんなのんきな事を言ってる余裕は!」

「慌てないの。こちらにも、それ相応の切り札は用意してあるから。」

「だったら、それを早く!」

「言われるまでもなく、今プロテクトの解除中よ。ただまあ、それまでに片方は蹴りがつきそうだけど、ね。」

 二人が新たに切った切り札。それにより前線に馬鹿に出来ない被害が出ていると言うのに、落ち着いた様子を崩さないプレシア。外はいい加減日が落ち切りそうな時間帯だ。戦線を支える人たちにとっても、そろそろ状況は最終局面に入るのであった。







「流石に、古代ベルカ式の魔法は本職だけあって、結構対応が面倒くさい、か……!」

 ヴィヴィオが放つブラッディダガーをシールドで弾き、バリアジャケットを再度展開しながらぼやく。ぶっちゃけた話、ピンチかと言えば全然そんな事は無いのだが、それでもヴィヴィオ本人を下手に攻撃できないのは面倒である。

『そうです、陛下! デバイスを持たない砲撃魔導師など、所詮はただの雑魚。いずれ魔力も体力も尽きて身動きが取れなくなりますわ!』

「さて、それはどうかな?」

 クアットロの甘く見るにもほどがある台詞に、苦笑を浮かべながら反論をしてみる。実際の話、この程度の戦闘なら、半日続けても体力切れなど起こさない。竜岡式で十年も鍛錬を積めば、その程度にはスタミナはつくのだ。

「……。」

「ヴィヴィオ、大丈夫?」

「うるさい、しゃべるなミッドチルダ人。黙って、これからミッドチルダが滅ぶ様を眺めて居ろ!」

 どうやら、先ほどの嫌な気配に再び意識を乗っ取られたらしい。最初の人格ともヴィヴィオとも違う誰かが、ヴィヴィオの口を通して嫌悪感たっぷりの言葉を吐き出してくる。

「ヴィヴィオ、私は日本人だよ?」

「出身がどこであろうと、ミッドチルダのために闘っているのならミッドチルダ人だ!」

 明らかにポイントがずれているなのはの反論に、いらだたしそうに極論をぶつけるヴィヴィオ、と言うより聖王の意識。

「うわ、かなり盲点……。」

「何が盲点なんだ?」

「言われてみれば、この戦いもミッドチルダのため、って言う事になるんだよね。考えても見なかったよ。」

 とことん人を食ったもの言いをするなのはだが、本人は大真面目である。ぶっちゃけた話、今回の事件対応にしても、ミッドチルダのため、などと言う意識はかけらも無かった。クラナガンに結構な数の知り合いが済んでいるため、必然的に守ろうと言う意識になったにすぎない。なのはは今まで、そこに住んでいる人のために頑張った事はあっても、どこかの国のために戦った事など一度もない。だから、今回のこの行動が、ミッドチルダのために闘っている、という側面がある事に、まるで気が付いていなかったのである。

「とりあえずヴィヴィオ、一度落ち着こう。」

「貴様に気安く呼ばれる名など無い!」

「あらら、完全に乗っ取られちゃってるなあ……。」

 難儀な状況に、どうにもため息が漏れる事を止められない。夜天の書の闇と違い、聖王の霊は恨みつらみがベースではない。それゆえに意志も霊力も強く、簡単に払えるようなやわな性質はしていない。何より、ヴィヴィオが本来寄り代として作られているため、一度本格的に憑依してしまうとなかなか引っぺがせないのだ。

 とは言え、ヴィヴィオにとりついている聖王の人格も、複数の霊の集合体のようなものだ。中にはこういうやり方をよしとしていない人格も居るはずである。ならば、そこを突いてヴィヴィオだけでも解放させられないか、試すしかない。

「聞いてください!」

「貴様の言葉など、聞く必要は無い!」

『そうですわ、陛下。』

「黙っていろ、駄メガネ!」

 何かをささやこうとしたクアットロを、一喝して黙らせる聖王。どんなに甘い言葉をささやいたところで、諸王の一人としてベルカのために散った聖王の人格が、クアットロのような半端な詐欺師を信用する訳が無いのだ。ヴィヴィオがクアットロを信用しなかった最大の理由が、聖王の人格が部分的にとはいえ憑依していたから、と言うのは皮肉な話である。

「ベルカが崩壊したのは、確かにミッドチルダにも原因があったのかもしれない! だけど、だからと言ってミッドチルダを滅ぼそうとするならば、ようやく落ち着いて暮らせるようになったあなたの同胞を、再び流浪の民にしてしまう事になります!」

「戯言を!」

「戯言なんかじゃない! ミッドチルダにはベルカ人の自治区があって、かなりの数のベルカ人が住んでいるんです! その人たちを、王であるあなたが殺すんですか!?」

 なのはの真剣な言葉に、思わず動きを止める聖王。

「戦場を、よく観察してください! ベルカの技が、魂が、クラナガンを守ろうと戦っているでしょう!?」

 なのはの言葉につられ、ガジェットと戦闘を繰り広げる地上の様子を観察する。少なくはあるが確かに、なのはの言うように古代ベルカの技がクラナガンを守るために振るわれている。

「ゆりかご、検索開始。内容はベルカ自治区。……そうか、事実なのか……。」

 ミッドチルダにあるベルカ自治区。その情報を複数のソースを持って確認し、その規模に嘆息する。かつて敵対していたとは思えぬほどの規模。それは、ミッドチルダとベルカの戦争が、完全に過去の物となってしまっている事を示していた。

 小競り合いは少なくない。だが、人が二人いれば絶対にもめごとが起きるのだ。敵対していない民族同士であっても、これだけの規模の異民族が混じりあえば平穏にはいかないのも当然である。

「どうやら、名実ともに、我々は過去の遺物になっているようだな。いや、もはや害悪だと言ってもいいのか。だが……。」

「だけど?」

「先ほどの『あれ』は、貴様らミッドチルダが呼び出したものだろう? かつてベルカが滅亡の危機にさらされたのも、ミッドチルダが『あれ』と同種の物を呼び出したからだ。ならば、同じ過ちを繰り返させないために、ミッドチルダを滅ぼすのは妥当だと思うが?」

「今回に限っては、『あれ』を呼び出すことになった根本の原因は、ベルカの方にあります。正確には、古代ベルカの手によって作られ、誰とも知れぬ主の手によって改編され、破壊の権化となってしまった一冊の書物。それによってもたらされた破壊が原因です。」

「どういうことだ?」

 聖王の問いかけに、かつて夜天の書が闇の書であった頃の話を簡潔に済ませる。その話を聞きながら、裏を取るために再び複数のソースで情報を確認、結果を見て顔をしかめる。

「なるほど、な。」

「ここであなたがミッドチルダを滅ぼそうとすれば、また同じことをする人間が出てきます。今生きている人間が起こした事ならともかく、もはや当事者が誰も生きておらず、状況が終わってから百年単位の時間が経ち、両者ともに深い傷と教訓を得た出来事を、今更蒸し返すのは、王としてなすべき事なのですか!?」

 聖王の意識を思いとどまらせようと、必死になって説得に走るなのは。よくもまあ、こんな言葉がスラスラと出てくるものだと、自分でも微妙に呆れながら、とにかく本気になって説得を進める。ヴィヴィオにそんな事をさせる訳にはいかない、と言うのもあるが、聖王にもこれ以上余計なものを背負って欲しくない、という気持ちも本当だ。

「……私はベルカの王だ。王である以上、民に苦しみを背負わせる訳にはいかない、か……。」

 なのはの言葉について考え、永遠とも思える数秒を葛藤に費やし、ついにゆりかごに出していた砲撃指令を取り下げ、最終兵器の起動シークエンスを停止する。

「だが、ミッドチルダ人ではないと言うのなら、何故、そこまで必死になる?」

「クラナガンにたくさん知り合いがいる、と言うのもありますけど、あなたが今使っている体が、私の娘だから、と言うのが大きいです。」

「娘? だが、この体は……。」

「血のつながりとか、どんな生れだったか、とか、そう言うのはこの際どうでもいいんです。私とヴィヴィオは、親子である事を選んだんですから。」

 なのはの言葉に、そうか、と一言つぶやく。己の存在が、ありとあらゆる意味で、単なる害悪にしかなっていない事を再び悟ってしまう。

「私の中で誰かが泣いていたのは、あなたの娘だったか。ならば、体を返さなければいけないな。」

 やけにあっさり引き下がる聖王に、思わず驚きの表情を浮かべるなのはとクアットロ。種を明かせば、統合された過去の聖王の人格、その比較的コアに近い場所に、ヴィヴィオに埋め込まれていたレリックの人格がいたのである。他にも、ベルカ騎士の矜持を最後まで捨てずに散って行ったヴァールハイトや、民族に関係なく子供を守るために命を差し出したマドレが持っていたレリックの人格もヴィヴィオの人格を守りぬき、無意識のうちに聖王の気持ちを動かしていたのだ。

 結局のところ、ヴィヴィオが一人の子供として愛され、導かれていた時点で、この結果は決まっていたのだ。だが

『残念ですわ、陛下。』

「何が言いたい、駄メガネ?」

『このままその女を叩きのめせば、あなたの悲願が達成できたと言うのに。』

「悲願を達成したところで、民がすべて滅べば意味など無い。とうに死んだ王の独善的な願いなど、今生きている民の安寧に比べればどれほどのものか。」

『ならば、最初から王など不要、ですわね。では、ここからは私が自由にさせていただきますわ。』

「これ以上、あなたに私たち家族の邪魔はさせない!」

 クアットロが再びパネルを操作し、聖王が苦しみ始めたところで、ついになのはがレイジングハートを回収し、本格的な戦闘態勢に入る。

『実録拷問、恥刑。』

 そのままサーチャーの情報を総合し、クアットロがいるであろう位置にあたりをつけ、容赦のない砲撃を発射しようとしたところで、場違いな放送が響き渡る。あまりにも淡々と物騒な台詞を吐いたその放送に、我を忘れて動きが止まるなのは。

『ナンバーズ四番・クアットロは、かつて生みの親であるジェイル・スカリエッティの洗濯前の下着を盗み、臭いをかいではあはあして、一番上のお姉さんに嫌われた。』

『な、何故それを!?』

『実はファンシーグッズが気になるが、格好をつけてしまった手前、手を出せずに悩んでいる。』

『誰ですの!? なぜそんな事を!?』

「じ、事実なんだ……。」

 意外な上にイメージに合わない情報を聞いて、思わず唖然とするなのは。ほかにも続々とあれで何な情報がさらされ、そのたびに血を吐きそうな顔でもだえる。さすがと言うかなんと言うか、お近づきになりたくない種類の変態的な性癖の暴露が異常に多いのは、ちょっとご愛嬌では済ませづらい。

「……って、呆けてる場合じゃないよ。」

 やりかけていた作業を思い出し、さっさと準備を済ませることにする。いい感じでサーチャーがそれっぽい部屋を見つけ、透過光線で中を確認することに成功。クアットロの位置を特定したのは十個目程度の性癖暴露の後であった。

『クアットロの部屋は、盗撮したスカリエッティの写真やこっそり費用を流用して作ったスカリエッティグッズで埋まっており、天井には等身大スカリエッティのポスターが貼られている。』

『それの何が悪いのよ!』

『朝起きるたびに等身大スカリエッティ抱き枕にキスをして、天井のスカリエッティポスターにおはようダーリンと挨拶をするのが日課だ。』

『そんなピンポイントな情報、どこから仕入れていますの!?』

 もはや取り繕うことも出来ず、赤裸々な悲鳴を上げ続けるクアットロ。その位置を特定したなのはが、心の中で十字を切りながらレイジングハートを構える。

「レイジングハート、ブラスター2!」

『ブラスター2、起動。』

「いくよ! カートリッジロード、ディバインハウンドバスター!」

 気合とともに吼え、ディバインバスターどころか、下手したらスターライトブレイカーに匹敵しかねない砲撃を解き放つ。異様な気配に気がついたクアットロがのたうつのをやめ、あわてて部屋から逃げ出そうとしたところを撃ち抜いた砲撃は、そのまますべての障害物を透過して、地平の向こうへ消えていった。

「さてと、これで邪魔は入らないとして、どうやってヴィヴィオを戻すかな……。」

 座り込んで肩で息をしているヴィヴィオを眺め、困ったようにつぶやくなのは。そのなのはを、同じように心底困ったと言う表情で見上げるヴィヴィオ。

「とりあえず確認するけど、今ヴィヴィオだよね?」

「うん。ママの娘のヴィヴィオだよ。」

「もしかしてと思うけど、自分でコントロールできる?」

「……無理だと思う……。」

「だよね……。」

 予想通りの回答を聞き、とりあえずプレシアにすべて丸投げする決意を固めるなのは。所詮ただの砲撃手でしかないなのはに、こんな技術的なことを言われてもどうにも出来ない。気の制御でどうにかできるかもとも考えたが、残念ながらヴィヴィオの気の流れは正常なものだ。つまり、なのはの技量ではいじりようがない。

「まあ、とりあえず帰ろうか。」

「うん。」

 そういって、いろいろあって体の自由がいまいち利かないヴィヴィオを背負うと、今まで歩いてきた道を逆にたどろうとする。そのとき……。

『メガフュージョンスタート! 聖鎧王クレイドル起動!』

 スカリエッティのそんなキーワードが聞こえ、ヴィヴィオの体とゆりかご全体に異変が起こる。

「え? 何? どういうこと!?」

「ママ! 体が何かに引っ張られるよ!」

「ヴィヴィオ? ヴィヴィオ!?」

 背負っていたヴィヴィオの体が光に包まれ、玉座に吸い寄せられる。必死になってつかもうとした手をすり抜け、ヴィヴィオは再びとらわれの身となる。その直後、とても立っていられないほどの振動がゆりかご全体を襲い、床が垂直に変わる。

 スカリエッティが最後の勝負を挑むために、ついにゆりかごに施した改造、その最後の機能を解き放ったのであった。







「いくぞ! フェイト・テスタロッサ!」

「いつでもかかってきて。」

 トーレの気迫のこもった声を、飄々と受け流すフェイト。その手には二本の小太刀が握られている。もはや構造がどうなっているのか、想像もできないほど大量に形態が詰め込まれているバルディッシュのその姿の一つであり、閉鎖空間での高速戦闘を主眼としたブレードフォームだ。その二本の刃が、トーレの多数の刃を流れるような動きで受け流す。

 トーレが刃を受け流されたことを確認するより早く、セッテのブーメランがフェイトを襲う。もっとも、どれほど不規則に動いたところで、フェイトの感覚ならばどこからどう飛んでくるかぐらい容易に分かる。徹を乗せた斬撃であっさり叩き落され、内部から砕けて地面に刺さる。

 いかにAMFの影響を受けていた上に取り巻きの雑魚がいたとはいえ、自分たちがかなり苦労させられた相手を魔法も使わずにあしらってのけるフェイト。その圧倒的な実力差を見せ付けられ、もはや苦笑しかでないシャッハとヴェロッサ。

「ロッサ、シャッハ。いけそう?」

「こっちは気にせず、さっさと勝負を決めてしまっていいよ。」

「この程度の相手なら、十機ぐらいどうとでもできます!」

「ダメージが残ってると思うけど、いいんだよね?」

 フェイトの言葉にうなずく二人。雑魚、と言うにはいささか強いが、連携は機械的、攻撃は単調、何よりこの狭い空間ではその図体を活かしきれるはずも無い。ダメージはまだ残っているが、せいぜい相手のハンデとつりあう程度でしかない。

「じゃあ、さっさとけりをつけるよ。」

「出来るのならやって見せろ!」

 フェイトの挑発的な言動に呼応し、ランドインパルスを発動させ、恐ろしいスピードと手数で攻め立ててくるトーレ。だが、フェイトからすればまだぬるい。

「戦闘機人の限界って、このあたりなのかな?」

「何が言いたい!?」

「スピードは確かにあなたのほうが上なんだけど、やっぱり恭也さんのほうが何倍も厄介な攻撃をしてくるな、って。」

 これに関しては、言うほうが無茶である。そもそも、魔法世界で剣術なんていう選択肢は皆無だ。それを差し引いたところで、戦闘機人は基本独学で訓練を行っている。ならば、近接戦闘で効果的な技の振るい方など知らないのが普通である。フェイトのように、神速なんぞと言う魔法もどきのスキルまで持っているほうがおかしいのだ。

「侮辱するのか!?」

「侮辱って言うか、ねえ。」

「何がいいたい?」

「一度、優喜や恭也さんの稽古を受けてみれば、自分たちがどれだけ未熟か身にしみると思うよ……。」

 本気で歯牙にもかけていない様子のフェイトにヒートアップするより先に、思わず背筋が寒くなるトーレ。その様子を知ってか知らずか、自然体のまま二人に向き合うと、高くも低くも無い感じのテンションで一つ言葉をつげる。

「さすがに防いでばかりってのは芸がないから、こっちからも攻撃するよ。いいよね。」

 その宣言に、今まで感じたことの無い感情がセッテを襲う。そう、セッテは生まれて始めて、恐怖と言う感情を感じたのだ。

「行くよ! バルディッシュ、ウィンクフォーム!」

『ウィンクフォーム!』

 よもや舞台衣装に変身するとは思わなかった二人は、虚を突かれて一瞬動きが止まる。その隙を逃さず、一気に切り込んでいくフェイト。

「フルドライブ! ライオットブレード!」

 舞うような動きで魔力刃を振るい、トーレとセッテを追い詰めていく。舞うような動き、と書くと社交ダンスや日舞のような優雅な動きを想像するが、フェイトの動きはどこからどう見てもアイドルのダンスだ。その違う意味で不規則な動きに押され、どんどん追い詰められていく。二人が最初の被弾を受けるまで、時間にしてせいぜい0.5秒と言うところだろうか。

 最初の一撃が入ってからは、もろかった。キュートなステップで何度も切りつけ、どことなくセクシーでコケティッシュな動きで蹴りや体当たりを叩き込み、そして二人を跳ね上げる。

「ファランクスシフト!」

 たくさんのフォトンランサーがセッテとトーレを叩きのめし、指一本動かせなくなるほどのダメージを蓄積させる。ここで終われば幸せだっただろうが、残念ながら広報六課には、ダンスのような仕様の連続攻撃を、途中で止めるという発想の持ち主は一人もいない。もう一度体当たりで跳ね飛ばし、そのまま相手より高く飛び上がる。

「ライオット・ザンバー!」

 ちょうど二人重なる位置をロックオンし、フルドライブのもう一つの形態である、超巨大な魔力刃を発生させると、そのまま地面に串刺しするように振り下ろす。大魔力に加え全体重の乗ったその一撃は、タフさが売りの戦闘機人の意識を、きっちり刈り取ってのける。

『すばらしい。』

「……さて、今度こそあなたを逮捕するよ。」

『事ここに至っては、逃げも隠れもしないよ。だがね。』

「……何?」

『マッドサイエンティストとして、最後の勝負には付き合ってもらうよ。』

 スカリエッティの宣言に、いやな予感しかしない三人。撃破したわけでもないのに、しっかりガジェットの動きが止まっているのが不気味である。

『さて、ウーノ。ゆりかごのロックを解除したまえ。』

『了解しました。』

『メガフュージョンスタート! 聖鎧王クレイドル、起動!』

 スカリエッティの宣言と同時に、どこからとも無く老人の声が聞こえてくる。

『グレート世界征服ロボ、起動じゃ!』

『おや、彼も動くようだね。さて、フェイト君。私を逮捕したまえ。この先の状況は、特等席で観察することにしよう。』

 あっさりとフェイトの前に姿を現し、平然と両腕を差し出すスカリエッティ。よく分からない状況ながらも、スカリエッティラボの攻防戦は終わりを告げたのであった。







後書きと言う名の言い訳

 ザンバーホームランと見せかけてキュートクラウンブレイカーだった件について。

 とりあえず、ようやくゆりかご編と言う名前をつけた理由に至ったものの、もう少し伏線を張るべきだったと後悔しきり。まあ、そこは今更なので、よくないけどいいとしまして。

 クアットロさん。なんか、まるで捏造ヘイトみたいな状況になってしまったメガ姉さん。正直なところ、別段ヘイトする気とか全く無くて、ただ単純に原作から受けた印象そのままに描写したらこうなってしまった、と言うのが正直なところです。何というか、こういう方向での状況の変化にはついていけそうもない、と言うか、ついて行こうとしないんじゃないか、と言うイメージがありまして、そのイメージのまま話を進めると、何というかヘイト丸だしみたいな状況になってしまった訳です。まあ、悪役ってどうしてもそうなる部分はある訳ですが……。

 恥刑の内容とか完全にねつ造ですが、うちの話の場合、プレシア母さんがなにもしないと言うのも不自然だったので、これぐらいは許してください。後、美穂の反応は別に本人や関係者が刑を食らった事がある訳ではなく、単純に内容を前もって聞かされてどん引きして、思い出したく無かったためああいう反応をしました。あの子の性格だと、おかしくないよね?



[18616] 第15話 その5裏
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:82c91d67
Date: 2012/04/07 21:01
 時は少しさかのぼる。

「術の方はどうなってる!?」

「今再開したところだ!」

 マスタングのアジトでは、予想外の邪魔が入り、事態が膠着していた。

「ゆりかご産のガジェットを、着地までに阻止できなかったのが痛かったな……。」

「あれがなけりゃ、一回目の時点で結界が発動していただろうに、な。」

 比較的順調に進んでいた他の突入部隊と違い、マスタング基地制圧部隊は残念ながら、不運にも二度も神楽を邪魔されてしまった結果、いまだに固有結界の展開までは至っていない。

 最初の一回は、後数節で結界が発動する、と言うタイミングで、ゆりかごから発進したガジェットが一部隊、こちらの方に飛んできてしまったのだ。そのうち迎撃に失敗した一機が神楽を舞っているところに突撃をかけた結果、どうしても舞を中断するしかなくなり、体力回復のタイムラグもあって、再会したのは当初の予定を二分超えたところであった。

 そして二度目はつい先ほど、ゆりかごからの砲撃が至近距離に着弾し、再び神楽を中断して防御をする必要が出てしまったのである。流石にフォートレスの機能を使ったところで、次元航行船やロストロギアの砲撃を正面からガードするのは無理がある。そんな真似ができるのは広報部トップの三人か、優喜と竜司ぐらいだろう。

「マスタングの動向は?」

「向こうさんも、ガジェットの対処に手を取られてるようで、流石に逃亡には至っていません。」

「不幸中の幸い、と言うところか……。」

「だが、完全に膠着状態です。さっきの砲撃でいくつかの脱出ルートはつぶれましたが、それは裏を返せば、残ったルートに戦力が集中する、と言う事ですからな。」

 副官の言葉に考え込むティーダ。通路の狭さゆえに逃亡こそ阻止できているが、いい加減隊員にも疲れが見え隠れし始めている。油断するとそのまま押し切られて、取り逃がしかねない。かといって、他所から隊員を回してもらえる状況でもない。救いと言えば、いつの間にかゆりかごからの砲撃が止まっている事ぐらいか。

「あの子たちの術が完成するのを待つとしても、急かして早くなるものでもないからなあ……。」

 三度目になる舞、その中盤に差し掛かっている子供達を見て、やきもきする気持ちを押さえてため息に代える。自身が突入するとしても、基本的な実力は経験を含めてもAA+。階級こそ佐官が見えてきているとはいえ、関わった事件のほとんどは戦闘以外のやり方で解決したものである。かなりの難事件をいくつも解決してはいるし、戦闘面でも侮られるほど実力が低い訳ではないが、現状を大きくひっくり返すほどでもない。

 このままいけば、年内にも佐官待遇になるという点はなのはやフェイトも同じだが、向こうは逆に、戦闘を避ける事が出来ないような凶悪事件を、全て力技で解決している。難しい事件すべてを力技で解決している訳ではないが、十のうち八はテロだの大規模襲撃計画だのと言った、物によってはトップクラスの戦闘能力を持つ人間でも触るのを躊躇うような代物である。それを、調査中に嫌な引きで引き当ててしまい、しょうがなしに解決しているのだから、個人での危機対応能力が磨かれるのは当然であろう。任務達成率99.5%は伊達ではないのだ。

 素質か大きく絡むとはいえ、彼我の力量差を自覚すると鬱になりそうだ。そんな風にわき道にそれかけた思考を立て直し、新しく湧いて出たゆりかごガジェットをストライクカノンで粉砕する。先ほどはデータ不足がたたり、当てる場所が悪く一撃で落とせなくて術を潰されたが、すでにどこを撃てば一撃で確実に潰せるかを見切っている。そして、この分析能力と攻撃精度こそが、ティーダ・ランスターをAA+に押し上げている重要な武器である。

「ちょっとばかり、頻度が増えてきた気がするな。」

「向こうも焦ってるのかもしれませんね。」

「まあ、ありがたい事に砲撃は止まってる。後はガジェットを迎撃し続ければ、俺達の勝ちだ。」

 などとささやき合いながら、さらに追加で飛んできたガジェットを全て粉砕する。まだ来るか、と身構えたその時、

『実録拷問、恥刑。』

 綺麗な女性の声が、何ともあれで何な単語を読み上げる。その言葉に、思わず動きを止めてしまうティーダ。慌てて構えを取り直し、ヤマトナデシコの方に視線を向けると、どうにか舞を止めずに済ませたらしく、何とも言い難い表情で神楽を続けていた。

「このナレーションは、一体何だって言うんだ?」

「分かりません。分かりませんが、内容から言って、魔女殿の差し金ではないですかね?」

「それはそうだろう、と言うか、それ以外ないんじゃないか、とは思うけど……。」

 などと囁きあっているうちに、次々とクアットロのあれで何な性癖を淡々と読み上げ始める。その内容にどん引きしながら、少女達が大丈夫かと心配になりながら舞の様子を確認すると、先ほどとは違い、落ち着いた顔で踊り続けている。おかしいな、などと気にしていると、デバイスにメールが。

「……まったく、やけに気が利くデバイスだな……。」

「どうしたんですか?」

「いや、何。あの子たちにこの放送が聞こえないように、今余計な音声はシャットダウンしてるんだと。声が聞こえにくくなるから、通信はこっちによこせとデバイスが言ってきた訳だ。」

「それはまた、気が利いてますな。あんな小さな子供に、こんな教育に悪い内容を聞かせるのは、正直避けたいですからな。」

「全くだ。」

 などと言っているうちに、舞の方も再び、いや、三度目の大詰めを迎える。今度はゆりかごもガジェットもなぜか沈黙しているため、クライマックスで邪魔が入る、という事態は避けられそうだ。

「そろそろ固有結界が展開されるぞ。第五班、準備を!」

 ティーダの言葉に全員が頷き、いつでも制圧に入れるように身構える。準備を終えた隊員達が見守る中、三人の姿に変化が現れる。

「……へえ。」

「あの子たち、将来はあんな風になるんだ。」

「一人ぐらい、息子の嫁に来てくれねえかね。」

 最後の山に入った子供たちの体が、十代後半のそれに急激に変化したのである。この姿に成長するのであれば、三人とも確実に将来は約束されている、そんな見事な美貌が、真摯な表情で神楽を舞い続ける。

 意外だったのが、現時点で一番小柄で肉付きが悪いミコトが、三人の中で一番グラマラスで肉感的な体型に変化した事であろう。背丈で言えばはやてには勝つがなのはには劣るぐらいだが、胸やら何やらはなのは達と勝負できるラインであり、やや小柄な分、むしろメリハリと言う面では非常に目立つ。ただ、背がそれほど高くない割に胸が大きいため、和服を着せると少々微妙な事になりそうな印象ではある。

 逆に、現在最も発育がいいフォワードのマーチが、割とストイックな体型に育っているのも興味深い。ちゃんとそれなりの大きさの乳房らしきものはあるにはあるが、大小で言えば確実に小。貧だの微だのと言うところまではいかないが、平均は確実に下回っている様子だ。他の二人が大と巨に分類されるだけに、その落差が非常に目立ってしまう。在りし日のなのはとフェイトのような感じだ。

 ちゃんと服を着ているのに、なぜそんな事が分かるのか。理由は簡単だ。大人の姿になる時に、大まかな輪郭だけとはいえ、完全にボディラインが見える時間があったのだ。バリアジャケットの展開と違い、変身に一秒近くかかっているため、一般局員程度の動体視力があれば、十分に確認できるのである。もっとも、ある種の芸術作品みたいなもので、たとえヌードといえどもその美しさに感嘆する事はあれど、エロスを感じる事は全く無かったのだが。

「くだらない事言ってないで、警戒しててください。」

「そうだぞ、お前達! これからマスタングとご対面だ! ガチガチに緊張しろとは言わないけど、ちょっと気を緩めすぎだぞ!」

 リニスとティーダの注意に、思わず首を竦め、バツが悪そうな顔をする護衛班。だが、それも一瞬の事。結局その視線は神楽に注がれる。

「……! 来るぞ! 気を引き締めろ!」

 ティーダの言葉に、美術品の観察をやめてもう一度身構える。その瞬間、辺り一面を黄金の稲穂が覆い、夕暮れだったはずの空に太陽が昇り始める。周辺に存在したビルだの施設だのがすべて消え去り、高天原と言う名にふさわしい、日本の原風景ともいえる風景に周囲が変化する。

「なるほど、これなら勝てる!」

 全身に真っ赤な陽を浴び、照り返しで黄金色に輝く体。そこに湧き上がる圧倒的な力に、勝利を確信する。

「総員突撃! マスタングを確保するぞ!」

 唐突に稲穂に囲まれ、戸惑う姿を見せていたマスタングとフィアットを、圧倒的な物量で捕縛してのける局員たち。悪あがきのために用意されたレトロタイプも、いつの間にやら全て粉砕されている。固有結果によって弱体化された機械兵器など、逆に強化された局員たちの前では大した抵抗もできなかったのだろう。

「な、何じゃこれは!?」

「くっ! まだだ! まだ捕まる訳にはいかん!」


 突然の状況に対応しきれず、抵抗するそぶりを見せないマスタングと違い、もはや完全に体を取り押さえられていると言うのに、あらんかぎりの力を振り絞って抵抗するフィアット。あまりに激しい抵抗に、一瞬だけわずかに束縛が緩んでしまう。その隙を逃さずに力ずくで腕を引き抜き、顔を殴りつけようとして再び投げ飛ばされてしまう。その時、無理な抵抗により悲鳴を上げていたバリアジャケットが、限界を超えて部分的に避けてしまう。

 結果として、大人になったマーチのそれよりさらにささやかながら、無いとは口が裂けても言えない大きさのふくらみが微妙に露出し、中性的な美男子では無く男装の麗人である事を周囲に知らしめてしまった。因みに、那美よりは若干大きい。

「犯罪者とはいえ、おなごに対する扱いとしてはちっとどうかと思うがのう?」

「ああいう抵抗の仕方をしたんだから、自業自得だろう。」

 やけに大人しいマスタングの突っ込みに、やや憮然とした顔で返事を返すティーダ。固有結界があってもAMFの影響は消えず、流石にストライクカノンで撃つのも気が引けたために人海戦術で物理的に押さえこんだのが裏目に出てしまった形だ。

「あれでも、儂の孫じゃからな。あまり乱暴に扱わんでくれると助かるぞい。」

「ならば、抵抗するなって言ってやってくれ。」

「いやいや、そうはいかんでな。何しろ、儂ももうちょい抵抗する予定じゃし。」

 固有結界が消えた事を確認し、そんなとぼけた事を言ってのけるマスタング。その言葉に嫌な予感がし、意識を刈り取ろうと慌ててストライクカノンを構えた時、余計な放送があたりに響き渡る。

『メガフュージョンスタート! 聖鎧王クレイドル、起動!』

 その言葉と同時に、変形を始めるゆりかご。一瞬とはいえ、ついそちらに目を奪われる局員たち。その隙を逃さず、マスタングが叫ぶ。

「グレート世界征服ロボ、起動じゃ!」

 その言葉と同時に、方々に転がっていたレトロタイプの残骸が一ヶ所に集まり、全長三十メートルはあろうかと言う巨大なドラム缶型ロボットに合体する。

「行けい、グレート世界征服ロボ! 管理局に目に物見せてやれい!」

 マスタングの言葉に呼応し、目からビームのようなものを発射して薙ぎ払う世界征服ロボ。マッドサイエンティスト達の余計な最後っ屁に、思わず頭を抱えるティーダであった。







「くう!」

「流石に……、この規模の砲撃は結構厳しいわね……!」

 クラナガン全域を覆う結界に対し次々と加えられる砲撃を、ユーノとシャマルは必死になって防いでいた。

「シャマルさん、夜天の書のバッテリーは!?」

「まだまだ十分持つわ! むしろ、エネルギーや出力よりも、さっきからのあれこれで、構造的に脆い部分が出てきてるのがまずいわ!」

「ごめん、修正が追い付かない!」

 クラナガンを覆う結界は、結界魔導師に対してお手本に出来るほど効率が良く、かつ堅固な代物ではあるが、度重なる砲撃に加え、侵入してきた名状しがたいものやそれを呼び出すための亀裂、果ては内部からの妨害により、どうしても修復が追い付かないほころびが生じ始めていた。

 実際のところ、今回敵対していた犯罪組織の多くは、事件開始直後の段階で、それなりの規模の人員をクラナガンにもぐりこませていた。それゆえに、外周部の防衛がかなり厳しくなると分かっていながら、市街の治安維持のために結構な数の部隊を割く羽目になってしまったのだ。特に、外周部の交戦開始と同時に結界内部で起こった同時テロは、精鋭である首都防衛隊の半分を対応のために割く羽目になり、その後の戦闘を非常にシビアなものにしていた。

 救いがあるとすれば、結界内部の破壊工作は全て犯罪者によるものだった事ぐらいか。流石に今回レジアスに道連れにされる連中も、死なばもろとも、などと言ってクラナガンの防衛を邪魔する事はしなかった。全員が全くそう言う真似をしなかった訳ではなかろうが、元々の腐敗の原因が戦力不足を解消する方法論の問題だった事もあり、実際に動く人間はほぼ全員が、そう言う面ではまともだったために、シャマル達結界組の足を引っ張るような事態には至らなかったのである。

 もっとも、だからと言って現状に余裕があるかと言えば、そんな訳は無い。いかにロストロギアの力を借りているとはいえ、そもそも個人が次元航行船やそれ以上の大きさの艦艇から放たれる砲撃を防いでいること自体、かなり無理があるのだ。ましてや、砲撃を放っている聖王のゆりかごも、夜天の書と同等レベルのロストロギアである。ほころびが生じている程度で済んでいること自体、ユーノやシャマル、そしてプレシアが用意した結界装置がどれほど優秀かを示していると言っていい。

「拙い、一ヶ所抜かれた!」

「市街地への着弾は防いだけど、ガジェットが何機か侵入したわ! ユーノ君、連絡を!」

「各方面への手回しはあたしがしておくから、ユーノとシャマルは結界の維持に専念して!」

 本来なら物的にも経済的にも、破滅的な被害が出ていたであろう状況を、最小限の被害で切り抜ける二人。その二人を自然な形でサポートするアリサ。無限書庫司書長の右腕として、各方面に顔と名前が知れ渡っているからこそできるサポートであろう。

「フォルク達を呼び戻したが、これは拙いかもしれんな……。」

 護衛としてシャマルのもとに残っていたザフィーラが、状況を見てぽつりとつぶやく。

「拙いって?」

「何機に抜かれたかは分からんが、私達だけでここをカバーしきれるかどうか、微妙なところだ。」

「……そんなに、あのガジェットって手ごわいの?」

「私たちにとっては手ごわくは無いが、相性が悪いと苦戦はする。それに、数で来られるとどうしても撃ち漏らしが、な。」

 ザフィーラのその言葉に、納得することしかできないアリサ。そうでなくてもザフィーラには、広域攻撃の手段がなく、持ち合わせている攻撃手段全般、それほど威力がある訳でもない。誰かと連携しなければ、複数の方向から来た相手を完全に食い止めると言うのは難しいだろう。実際、先ほどはフォルクと言う似たような特性の相方と組んでいたため、どうしても一機仕留めきれず、捕虜を確保していた部屋に突入されてしまったのだ。

 今回はディードとオットー、それに後二人の捕虜と言う協力者がいるが、彼女達に関しては実力が未知数な上に、実戦経験で不安が残る。特に戦闘機人ではない二人は、特性の問題で対機械が苦手だと言っていた。そして、今稼働しているゆりかご産のガジェットは全機種に置いて、スカリエッティがマイナーダウンしてコピーした量産型ガジェットや、その変形版であるマスタング製のレトロタイプに比べて、大幅に装甲が分厚い。その上、オットー以外は揃いも揃って単体、もしくは少数相手に特化しており、広域探知ができるのもオットー一人と言う体たらくだ。

「どちらにしても、ここは市街地に近い。オットーの大技もそうそう撃てん。」

「そういう問題もあるのね……。」

「まあ、幸いにして、ここに居る民間人は全員六課の関係者で、全く戦闘能力を持っていないのはお前と紫苑だけだ。他のシェルターをガードする事を考えれば、ずっと気楽にやれる。」

「すずかは分かるとして、トーマとリリィも?」

「あの二人はエクリプス感染者とそのリアクターだ。流石に戦力にカウントは出来ないが、ガジェットから逃げるぐらいはできる。」

「なるほど、ね……。」

 ザフィーラの説明に、複雑な顔をしながら理解を示すアリサ。フェイトの立場上、直接保護するような子供は、大概そう言う普通の人生は送れそうにない人間ばかりになるのはしょうがないとしても、ミッドチルダほど進んだ文明でも、少年兵の問題が解決していないと言うのは、なかなかにへこむ話である。

「とは言え、地球の基準だったら、お前も紫苑も、全く戦闘能力が無い、と言うくくりには入らないだろうがな。」

「あんたたちじゃあるまいし、丸腰の人間なんて基本、戦闘能力が無いって言うくくりで問題ないでしょ?」

「まあ、そう言う事だな。」

「何にせよ、あたしと紫苑さんはここで大人しく、ユーノ達のサポートをしておけばいいのね?」

「ああ。ここを陥落させたりはしないつもりだが、世の中に絶対という言葉は無い。もしこの部屋に侵入されたら、すぐに逃げられるように準備だけしておいてくれ。」

 あまり考えたくは無い可能性を指摘してくるザフィーラに、真剣な顔で一つ頷くアリサ。もしもの時のための保険に関しては、紫苑が山ほど持ってきている。逃げるだけならどうにでもなるだろう。

 などともしもの時の事を話し合っていたのが悪かったか、建物全体を大きな振動が襲う。

「まずいな、思ったより早い!」

 舌打ちしながら駆けだすザフィーラを見送り、最悪の場合の脱出ルートをチェックする。ユーノとシャマルにも、いざという時は何もかも見捨てて逃げろと言い含められているし、この場に自分達が残ると言う事が、どれほど迷惑になるかも知っている。避難する時は他人を心配するより先に自分が安全圏に逃げる事が、誰にとっても一番ありがたいのだ。

 もっとも、それを全員がわきまえているか、と言うとそうでもない。特に、他人の事を優先しがちな人間だと、誰かを見捨てて先に逃げる、と言う事に大きな抵抗を覚えるケースが多い。さらに、今回のような戦闘がらみだと、半端に力を持っていると余計な事をしがちだ。今回は全員関係者である上、自身のできる事と出来ない事をきっちり把握しているが、もし仮に、ここに一般人の魔導師が居た場合、避難せずに迎撃に出て、足を引っ張る可能性があった事は否定出来ない。

「アリサさん、トーマくんとリリィちゃんを見なかったかしら?」

「部屋にいないの?」

「ええ。荷物は残ってたから、遠くへは行っていないと思うのだけど……。」

「……まさか!?」

 最悪の事態を想像し、思わず血相を変えて出て行こうとするアリサ。そのアリサを紫苑が押しとどめる。

「紫苑さん?」

「行き違いになるかもしれないから、アリサさんはここにいて。私がもう一度確認してくるから。」

 紫苑の言葉に頷きかけたその時、再び建物全体を大きな振動が襲う。

「二人とも避難しなさい!」

「……トーマとリリィは、どうするの?」

「あの子たちなら大丈夫! ザフィーラに連絡はしてあるし、エクリプスが活性化してるみたいだから、いざとなったらエンゲージするはずよ! 大体の位置は把握できたから、いざとなったら旅の扉を開いて何とかするわ!」

 シャマルの言葉に頷き、アリサの手を取って即座に避難を始める紫苑。この状況下で、トーマ達と自分達では、どちらの方がより危ないかなど、考えるまでもない。

 そもそも、トーマもリリィも、保護された直後ぐらいに同じような状況で失敗し、美穂を巻き込んでしまった経験がある。流石に、この状況で勝手な行動をして、再び他人に迷惑をかけるほど学習能力が無い訳ではない。しかも、当時と違って今は、思いあまって勝手に飛び出すほど追いつめられている訳でもない。

 とは言え、指示に従った上で明後日の方向に突飛な真似をするのも、子供と言うものだ。そこはトーマ達も変わる訳では無く……。

「エクリプス反応増大! エンゲージしたのかしら?」

『すまん! 残骸の中に隠れていた子機が、そっちに向かっている!』

「もしかして、あの子たち!?」

 シャマルが声を上げると同時に、施設内で大きなエネルギー反応。数秒後に飛び込んでくるトーマ。

「トーマ、戦闘したでしょう?」

「ご、ごめんなさい! 変なちっこい機械に追い回されて、挟み撃ちされそうになったから……。」

 どうやら、逃げるのに失敗して、排除と言う手段を取っただけのようだ。もう一つ、二人の名誉のために補足説明しておくと、別段勝手に部屋を出歩いていた訳ではなく、たまたま紫苑が確認しに行った時に、二人ともトイレに行っていただけである。戻ろうとした直後に振動が襲ったため、さっさと紫苑達と一緒に避難しようと考えて、豪快に道に迷ったのだ。もっと正確に言うなら、とっさの事でパニックを起こし、一般的な避難経路に従って移動してしまったのである。

 避難ルートが違う事に気がついたのが二度目の振動の時で、このまま外に脱出するのはさすがに危ないと判断して戻ろうとしたところ、三機ほどのガジェットの子機と遭遇し、逃げているうちに雪だるま式に増えてしまったため、最後の手段としてエンゲージして、ディバイド・ゼロで一掃したと言うのが、これまでの顛末だ。

「まあ、今回は先走って戦おうとしたとかそういう訳じゃないし、他に方法が無かったのならしょうがないわ。」

 状況を理解したシャマルが、ため息交じりに二人を許す。とは言え、フェイトがうつったかのような引きの悪さは、将来がやや心配になるのは事実だが。

「結界の修復は完了。とりあえず、避難は必要なさそうだね。」

「みたいね……。」

 実録拷問・恥刑という単語が聞こえたところで、状況の推移を把握するユーノとシャマル。いつの間にか、歌が止まっている。何となく嫌な予感がして、子供達の耳を塞ぐ紫苑とアリサ。いろいろ察して外部からの放送をシャットダウンするユーノ。そこに、

「これを捕獲したんだけど、どうしよう?」

 家猫ほどのサイズの蜘蛛型機械を抱えたすずかが入ってくる。どうやら、トーマ達を追い回していた子機と言うやつらしい。

「捕獲したって、大丈夫なの?」

「動力と制御周りは縁を切ってあるし、制御周りのハッキングと掌握も済ませたから、多分勝手に動く事は無いと思うけど。」

「すずか。もし復活したら危ないから、念のために解体しておきなさい。」

「了解。」

「今現状で、この場で余計な改造とかするのは禁止よ。分かってるわよね?」

「大丈夫だよ、アリサちゃん。言われなくても、ばらすだけだから。」

 そう言いながら、プレシアに教わりながら作った万能工具デバイスを立ち上げ、やたらと手際よく解体作業を進めていく。ブレイブソウルのツールフォルムを参考にしているだけあって、ハッキングから組み立て解体まで、実に幅広く活躍する。

「そう言えば、すずかさん。どうやって捕まえたの?」

「一族の力を使って攻撃される前に距離を詰めて、ツールでハッキングしたんです。その後、念のために電源ラインを全部切り離して動けなくしたんですよ。」

 無駄に高度に力と技を融合させたやり方だ。

「それにしても、さすが古代ベルカ。凄い技術力。」

 解体しながら感心してのけるすずかに、苦笑を浮かべながら何一つコメントしない紫苑。その様子を興味深そうに見ていたトーマとリリィに対し、簡単にマッドサイエンティスト式機械工学の講義を始めるすずか。この時の体験がもとで、トーマもデバイスマイスターをはじめとした機械関係の資格を取る事になり、フェイトが保護した子供たちの中では最も理系に強くなるのだが、それは後の話である。

『こっちは殲滅した! そちらは大丈夫か!?』

「ええ。トーマとすずかちゃんが全部無力化してくれたわ。」

『トーマか。先走ったのか?』

「単にトイレに行って戻って来る途中で道に迷って遭遇、逃げ切れなくて始末したそうよ。』

『そうか。』

 どうやら心配しなくていいらしいと判断したようで、心底安心したように息を吐くフォルク。

「因みに、今ここですずかちゃんが、その子機を分解して遊んでるわ。」

『この手の機械兵器にとっちゃ、ある意味天敵みたいなもんだからなあ……。』

 フォルクとシャマルの会話が聞こえていたらしく、分解する手を止めて苦笑しているすずか。そろそろいいかと外部の放送を復活させると、

『聖鎧王クレイドル、起動!』

『グレート世界征服ロボ、起動じゃ!』

 マッド二人が吠えている声がちょうど聞こえてくる。

「うわあ。なんかマッドサイエンティストにとって、ある種の憧れを感じさせる言葉が聞こえてきたよ……。」

「むしろ、プレシアさんがその手の物を用意していない事の方が驚きね……。」

 アリサの突っ込みに目をそらすすずか。

「やっぱり、何か用意してるのね……。」

「多分、すぐ分かると思う。」

 すずかの言葉に、げんなりした表情を見せるアリサと苦笑するしかない紫苑。状況確認のために外周部の様子を写したモニターに映っているそれを、子供達があこがれのこもったきらきらした目で見ている。プレシアの計画について全てを知るすずかは、その様子を見守りながら、いろんな意味で常識をブレイクされるであろう人々のために、心の中で十字を切るのであった。







「連中の様子は?」

「流石に観念しているようだよ。」

 管理局地上本部。無駄な悪あがきをしていた連中の捕縛が終わり、やれやれと言った感じで会議室に戻る一同。状況が状況なので、今更公聴会の続きなどできはしないが、今後の事に関して、最低限の打ち合わせは必要だ。

「さて、今後問題になるのは、だ。」

「後任の人事について、儂一人の首で、どこまで収められるか、だな。」

「そうだな。リンディ君とレティ君は経歴的にも立場的にも、基本的に今回の件にはノータッチだから問題ないにしても、だ。」

 レジアスの問いかけに対し、難しい顔をしながらオーリスの方を見るインプレッサ。オーリスがレジアスの副官についてから十年以上たっている。最高評議会によってスカリエッティと手を組まされたころまでさかのぼれば、まだオーリスは入局してそれほど経っていないため無関係ではあるし、彼女が副官に抜擢された頃には、すでに抜き差しならぬところまで関係が進んでおり、当時二等陸尉だった彼女に出来ることなどたかが知れていた。

 だがそれでも、上司が犯罪者と癒着関係にある事を知り、ほかにどうしようもなかったとは言えど、周囲に露見しないように隠蔽工作をしていたとなると、さすがに無罪放免と言う訳にはいかない。たとえこの件に関しては、内部告発のシステムが事実上死んでいたとしても、オーリス自身には全く利益が無かったとしても、共犯の罪を無かった事には出来ないのだ。

「どうにか、降格程度で収める事は出来んか?」

「関与の度合いにもよるが、これまでの実績を踏まえれば、懲戒解雇までは行かずに済むのではないか、とは思っている。流石に、どう頑張っても佐官のままではいられないだろうとは思うが……。」

「いくら犯罪行為に対する懲罰人事といえども、二等陸士や三等陸士まで降格する、と言うのは、今回の場合はやりすぎだろう。ましてや、上司の罪を一緒にかぶって懲戒解雇、などとなれば、下にいる者はますます委縮して、かえってこういった問題を隠そうとしかねない。」

 グレアムの言葉に頷く人事関係者。警察や軍のような種類の組織では、部下が上司に逆らうのは簡単なことではない。ティアナのようなケースはむしろ例外であり、彼女のケースにしても、そこら辺がかなり緩い広報部でなければ、減俸程度では済まない種類の行動である。

 それに、裏方的な地味な仕事が多かったとはいえ、オーリスは有能さに関しては管理局全体に知られた存在だ。親の七光という陰口も少なくは無かったが、彼女が上げた実績に関しては、それでどうにかできる種類の物など何一つ無い事は、ちょっと頭が回る人間なら、認めざるを得ないものばかりである。

 そんな彼女が、配属された時にはもうどうにもならないところまで進んでおり、竜岡優喜と言うイレギュラーの手を借りなければ改革の余地すら見つけられなかった問題で完全に排除されてしまうのは、人手も人材も足りていない管理局にとって、痛手で済むレベルではない。第一これまで管理局は、かなり重い罪を犯した人間でも、有能で社会にとって有益であり、かつ更生の意志と見込みがあれば、保護観察の名のもとに局員として雇用してきた経緯もある。もう何年も前に手を切っており再犯の可能性もない以上、懲戒解雇をした上で刑務所に叩き込むのは、ダブルスタンダードにもほどがある。

「まあ、三等陸尉ぐらいまでの降格と二年程度の減俸、裁判終了後二カ月の謹慎と言ったところか?」

「その程度で済むのならば、正直ありがたい。」

「何にしても、正確なところは裁判が終わるまで決められない。他の連中と違い、君達はいろいろと状況が複雑すぎる。」

「全く、当時の自分をくびり殺してやりたい気分だ。」

 何やら書類を作りながらのレジアスの韜晦を聞き流しつつ、どうにか回復した通信で、裁判所や聖王教会、ミッドチルダ政府など外部の組織と今後について打ち合わせをするインプレッサ。これをやっておかねば、話が前に進まない。特に、他の連中と違いレジアスは、単に犯罪者として断罪するには功績が大きすぎ、普通に裁判を進めるのは問題がありすぎる。グレアムとともに、裁判官にもシンパが多い人物でもあり、それゆえに裁判官の選定から慎重に行わねばならない。

「……なんだ、この映像は?」

 いろいろ打ち合わせを進めていたインプレッサが、うめくような声でつぶやく。

「どうしたのかね?」

 インプレッサの様子がおかしい事に気がついたグレアムが、怪訝な顔で尋ねる。ここまで、かなりえぐい資料を見てもまるで動揺したところを見せなかった鉄面皮が、驚くほど揺らいでいる。

「何でもない、とは言わんが、退官する貴官らに見せても意味は無い。」

「と言う訳にもいかない。明日には何の権限もない予備役とただの犯罪者になるとはいえ、一応現時点では私とレジアスがトップだ。場合によっては、我々の決裁が必要となる。」

「……そうだな。今日までは一応、貴官らがトップだったな。」

 グレアムの言葉に納得し、気をしっかり持つようにと釘を刺してからその映像を見せる。画面の中では、名状しがたいものが触手で地上局員を串刺しにし、干物にしながら溶かしていく様子が映し出されていた。

「……これは……。」

「……もしや……。」

「何か知っているのか?」

「詳細までは知らん。が、心当たりがない訳ではない。」

 その他の資料映像で、ガジェットの攻撃も局員の魔法も一切通用していない様子を見せる同種の生き物について報告され、それが広報部が行う一部の攻撃のみダメージが通ると分かった時点で、とある確信を持つグレアムとレジアス。

「貴官らの心当たりと言うのは?」

「竜岡式、その原形となった武術が、一体何を相手にしていたか、だ。」

「ストライクアーツでもあるまいし、魔法の類がほぼ存在していない世界で発達したにしては、いろいろな面で過剰な武術だったからね。魔法も使わずに軽く叩いただけで五十メートルクラスの魔法生物を始末できるような武術、ミッドチルダですら使い道なんてそう無いだろうと思っていたけど……。」

「『あれ』を相手にするため、と言うのであれば納得できるな。」

 グレアムとレジアスの言葉に、頭を抱えつつも納得するしかないインプレッサ。実際のところ、魔法とは違う方向で、生身で扱うには過剰な威力を持つ竜岡式の武術については、インプレッサもその使いに関して疑問を持ってはいたのだ。

「……今、聖王教会から連絡が入りました。『あれ』の親玉は、優喜君達が仕留めたそうです。」

「そうか……。」

 リンディが受けたその報告を聞き、安堵のため息をつく一同。当座この件について考える必要が無くなったのは、正直とてもありがたい。とは言え、一度出現した以上、全く対策を考えない、と言う訳にもいかない。

「……今後、『あれ』が出て来た時の対策は、出来ているのか?」

「出来ている訳がなかろう。まずはデータを解析せん事には、どうにもならん。」

「……まったく、頭が痛い話だ。」

「まあ、優喜君達の話によれば、それほど頻繁に出現するようなものでもないそうなので、対策に目途をつけるぐらいの時間はあるかと思いますわ。」

 リンディのフォローに、再びため息を漏らす。頻度が低い、と言うのは実際のところ、何の慰めにもならない。千年に一度の災害が連続して起こらない、などとは誰にも言えないのと同じ事である。

「トップから退くのはともかく、私が隠居するのは、もう少し先の方がよさそうだね。」

「そうだな。引き継ぎの問題もあるが、何より儂は容疑者として被告人席に立たねばならん。現状でもできる範囲の事はやるつもりだが、裁判が始まってしまえば、それ以上は手助けをしてやれんからな。」

 スカリエッティに対して誓った事を、一切違えるつもりは無いレジアス。司法取引の類をやれば刑を軽くすることはたやすいが、それは自身も含めて、いろんな相手に対する裏切りになる。この十年、正義のためと称していろいろ汚い事もやってきたが、だからこそこういう時は誠実であらねばならない。

 だが、部分的に自己満足も入った誓いであることも自覚している。そのため、現時点でフォローできる程度の事が原因で業務に支障が出ないよう、いろいろ引き継ぎや協力要請はしておく必要がある。大方はグレアムに丸投げの形にはなるが、紹介状やら何やらを用意するぐらいはできる。

 そうやって、あくまでも次元世界と現場の局員のために動き続けるレジアスに対し、敬意をもって接する検事達。書類上は大きな罪を犯し、その名誉を回復するような出来事も無いまま晩年を迎えるレジアスだが、社会的、歴史的には地上の治安と一般市民の平和な生活のため、己の名が傷つくこともいとわずありとあらゆる手段を講じた英雄にして、組織を形成する末端の人員のために全てを差し出した無私の人物として、グレアムとともに歴史に名を残すことになる。

 妙に厳粛な雰囲気で淡々と事後処理が進んで行く会議室。だが、外の状況が状況である。その雰囲気がいつまでも維持できる訳がない。空気が変わったのは、ある単語が放送されてからであった。

『実録拷問、恥刑。』

「……誰の差し金かは知らんが、また妙な事を。」

 呆れを含んだレジアスの言葉に、苦笑を浮かべるリンディ。三人のマッドサイエンティストの誰かがやらかしたことだろうが、十中八九状況証拠以上の事は分からないようになっているのだろう。

「……どうやら彼女は、よほど腹にすえかねたらしいね。」

「……まあ、どうせどう手繰ったところで、本人はおろか、その協力者まですら辿り着かんだろうよ。」

「……これをやらかした人間に、心当たりがあるのか?」

「誰の差し金か、は内容を聞いて確信した。だけど、実行犯は知らない。」

 あまりにもあまりな感じの微妙な内容に、何とも言えない顔で話し合う三老人。音の感じから言って、明らかに今読み上げている訳ではない以上、声の主を探したところで犯罪に問うのは難しいだろう。何しろ、犯罪と言ったところで名誉棄損に過ぎず、基本的にその手の物は被害者が訴えて初めて成立する類の物だ。それに、録音である以上、読み上げた人間は頼まれて笑わないように読み上げただけで、こういう用途に使われるとは思わなかった、と言われてしまえば共犯関係に認定するのも難しい。仲間内の冗談で使うつもりだと聞かされた、と言う言い訳が説得力を持ってしまうタイプの内容なのも、共犯認定が難しい理由だ。

「情報ソースがどこかは考えるまでも無いにしても、よくもまあこれだけくだらない割に致命的なネタをたくさん用意できたものだな。」

「性癖がらみは、どうしてもオープンにされるとダメージが大きいからね。」

 クアットロがもだえる声と、その原因ともいえる変態的な内容のナレーションを聞きながら、ため息交じりに語りあうしかない一同。そのうち、凄まじい音とともにクアットロの悲鳴が聞こえ、その直後ぐらいにナレーションが最後の一つを読み上げ終える。

「どうやら、ゆりかごの制圧は終わったようだね。」

「余計な事を散々やらかした愚か者の末路としては、妥当なところなのだろうな。」

「……それで終わらせていいのか?」

 インプレッサの突っ込みを聞き流し、書類への署名を続けるグレアムとレジアス。やるべきことは山ほどあるのだ。

『メガフュージョンスタート! 聖鎧王クレイドル、起動!』

『グレート世界征服ロボ、起動じゃ!』

「やれやれ、往生際が悪い。」

「だが、それで済むのか? 名前から言って、十中八九は巨大ロボットの類だと思うが?」

「多分、プレシア君が何かを用意しているだろう。」

 マッドサイエンティスト達の最後っ屁を聞いたグレアムとレジアスの反応に、思わず頭を抱えたくなるインプレッサ。広報部に関わるうちに、この二人はずいぶんと図太くなってしまったようだ。

「噂をすれば、と言う感じだね。」

「ふむ。魔女殿は、一体どんな隠し玉を用意しているのやら。」

 丁度プレシアから入った通信を見て、落ち着いた態度で画面を開く二人。流石に短時間でいろいろ一気に起こりすぎた上、一つ一つが無駄に斜め上を突っ走っているため、ややついていけていない感じのインプレッサが哀れだ。

『アースラに組み込んだ奥の手を起動したいから、許可を頂戴。』

「奥の手、か。詳細は?」

『今データを送っているわ。』

「受け取った。……質量兵器ではないか。」

『直撃させれば、周囲に影響は無いわ。それに、元々あの手の大型兵器が出て来て、普通のやり方では手に負えないと判断した時のために、大気圏内で粉砕する手段として用意したものだから、都市を破壊したりとかいう用途には使えないよう、いろいろ細工もしてあるし。』

 管理局が質量兵器を原則禁止している理由に対し、きっちり抜け道を用意しておくプレシア。実際のところ、都市を大きく破壊したりするような用途には、もとの構造の時点で向いていないのは事実だ。外せば全く影響なしとはいかないにしても、人口密集地でスカりでもしない限りは、死者が多数出るような状況にはなるまい。

 何しろ、このマッドサイエンティストが用意したものは、火薬すら使わない、純粋な意味で質量を武器にするタイプの兵器なのだから。

「まあ、いいだろう。気になるところはいろいろあるが、儂が突っ込める程度の事、貴様が対策を取っていないはずがなかろうからな。」

『では、許可が下りた、と言う扱いでいいわね?』

「ああ。問題が起こった時は、儂が責任を負う。今更、一つぐらい増えたところで大したことは無い。」

『了解。じゃあ、確実に直撃させられるように、六課の子たちに頑張ってもらう事にするわ。』

 そう言って通信を切ったプレシアを、恐ろしいものを見るような目で見送るインプレッサ。こういう連中と付き合っていれば、今回ぐらいの事なら驚きもしなくなるのも、当然と言えば当然だろう。

「……本当に、大丈夫なのか?」

「どうせ郊外だ。外したところで市街地には、せいぜい震度四程度の振動が行くぐらいだろう。」

「流石に、運悪く外した先に誰かいた場合、その誰かは命がないだろうけど、ね。」

「そんなもの、一定ラインより上の威力を持つ兵器の流れ弾なら同じだ。」

 マッドサイエンティストと付き合う、と言う事が、どういう事なのかをまざまざと思い知らされるインプレッサ。もっとも、今回の場合、何がどう転んだところでもはや、無辜の一般市民が犯罪者の愉しみのために無意味に大量虐殺される、という流れにはなりようがないため、いろいろ気楽な事を言っている面はあるのだが。

「さて、スカリエッティもマスタングも捕まったようだし、後は事後処理のようなものだ。」

「儂らがトップであるうちに、決済を済ませられるものはすべて済ませるぞ。」

 地上と海の英雄は、あくまでも平常運転であった。



[18616] 第15話 その6
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:a84a5d61
Date: 2012/04/15 23:11
「うわあ!」

「があ!」

 クラナガン西口。ゆりかご改め聖鎧王クレイドルが暴れているこの一帯では、局員たちがひと山いくら、と言う勢いで吹っ飛ばされていた。聖鎧王、などと言う名前のくせにやたら悪役くさい外見が、この状況をとても引き立てている。

「ストライクカノン隊、どうにかならんのか!?」

「無茶を言うな! あのサイズにダメージが通るような出力は無いぞ!」

 流石に超大型建造物が人型になっただけの事はあり、量産試作品のストライクカノンでは、外壁をぶち抜けるほどの出力は出せないようだ。どう小さく見積もっても、全長が百メートルやそこらで効かないのだからしょうがない。

「とにかく火線を集中させるしかねえ!」

「こんな時に、火力がある連中が全員出払ってるって!」

 あまりの状況の悪さに愚痴りながら、必死になって攻撃を集中させる。故意かそれとも設計ミスか、今のところクレイドルの攻撃力はゆりかごだった時に比べて一段下がっており、派手に吹っ飛ばされてはいるが死者は出ていない。だが、それは裏を返せば、戦闘能力は無いが守る必要はある怪我人が大量生産されていると言う事でもあり、むしろ先ほどより状況が悪くなっている部分もある。

 その上、クレイドル相手にダメージを出せそうな人員のうち、代表格の高町なのははまだクレイドル内部から脱出しておらず、フェイト・テスタロッサは諸悪の根源を護送中である。八神はやても劣勢に陥っていた別の区域で戦っており、こちらに戻ってくるまでまだ時間がかかるとのことである。遊撃としてあちらこちらに分散しているヴォルケンリッターも同じ事だ。

「アースラは何をやっているんだ!?」

「奥の手の準備中だとさ!」

 現状唯一の艦艇戦力であるアースラは、散発的な砲撃以外にこれと言った行動をしていない。大きな砲撃をするためには、まずは負傷者を全員回収しなければいけないため、現状ではどうしても効果が薄い副砲を適当に撃ちこむ以上の事は出来ない。後はせいぜい、全滅した訳ではないガジェットドローンを、精密射撃でちまちま潰している程度だ。

「! 来るぞ!」

「総員、散開!」

 小隊長の声に反応し、あわてて大きく散開する局員たち。その直後、クレイドルの目から発射された持続型のビームが、その隙間をなぞるように走る。

「危ねえ!」

「今のはやばかった……。」

 いい加減攻撃パターンは見切りつつあるものの、それでも当れば終わりでそれほど大ぶりと言う訳でもない攻撃は、地上の局員達にとっては肝が冷える。今回はかわし切れたが、次も回避できるとは限らない。しかも、見切りつつあると言えるのは今の攻撃だけだ。流石に他に攻撃手段が無い、などと言う事はまずない以上、その別の攻撃、と言うやつがどんなものなのかによっては、またただでは済まないのは間違いない。

 などと、余計な事を考えたのが良くなかったらしい。クレイドルが拳を持ち上げ、パンチのモーションに入る。危険を感じて射線上から逃げようとするも、パンチのモーションだけでは射線など分からない。しかも、複数の小隊がうろうろしているのだから、逃げ場所もそれほど多くは無い。ストライクカノン隊が陣取っている位置に、撃ちだされた拳が飛び込んできた。

 クレイドルがパンチのモーションで撃ち出したのは、衝撃波とかそんなちゃちなものではない。その攻撃を日本人が見れば、口をそろえてこういうだろう。ロケットパンチ、と。

「な、なんだ!?」

「く、来るな!」

 無慈悲に打ち出されたそれを見て、流石にパニックを起こして逃げ惑うストライクカノン隊。十メートルを超えるサイズの鉄拳が、彼らを容赦なく襲うのであった。







「痛い! 痛いよママ!」

「ヴィヴィオ! ヴィヴィオ!」

 聖王のゆりかごの王の間改め、聖鎧王クレイドルのコクピット。機械と一体化したヴィヴィオは、ひっきりなしに叩き込まれる攻撃を受け、ずっと痛みを訴え続けていた。正直、はっきり言って内部の空気はよろしくない。いっそ、まがまがしいと言ってしまっていいほどだ。

「レイジングハート、何か分からない!?」

『残念ながら、私のハッキングツールではシステムに割り込みをかける能力はありません。』

「だったら、外に連絡は!?」

『出力を上げれば、可能です。』

「じゃあ、フェイトちゃんと連絡を取って!」

『分かりました。』

 主の焦りがにじんだ要請を受け、手早くフェイトと連絡を取る。

『なのは、どうしたの?』

 ツーコールほどで、望む相手が応答してくれる。

「フェイトちゃん、そこにスカリエッティは居る!?」

『うん、居るけど……。』

「聞きたい事があるから、ちょっと話をさせて!」

 珍しいほど焦りをあらわにし、どこか殺気立っているなのはの様子に内心で首をかしげつつも、どうやら相当抜き差しならない問題が発生しているらしいと判断して、即座にスカリエッティに通信を回す。

『大体察しはつくが、聞きたい事、とは一体何かね?』

「この、聖鎧王クレイドルとやらについて教えて!」

『具体的には?』

「ヴィヴィオを、どうやって切り離せばいいの!?」

『どういうこと?』

 なのはの聞き捨てならない一言に、怪訝な顔をしたフェイトが割り込んでくる。そのフェイトに応えるように、スカリエッティがなのはの問いを確認する。

『要するに、クレイドルと一体化したヴィヴィオを、元通り切り離したい、と言う事でいいのかね?』

「そうだよ。」

『一体化!?』

「ごめん、フェイトちゃん。詳しい話は後でするから。」

『あ、説明はいいよ。今聞いても何もできないし。護送中に、スカリエッティから詳しい事を聞くよ。話を続けて。』

 あまりに物騒な単語が出てきたために、思わず驚いて声を出してしまっただけで、もとより口を挟むつもりは無かったのだ。続きを促す事でその態度を明確にし、とりあえずこの場引っ込んでおくフェイト。その意を酌み、話を元に戻すスカリエッティ。

『聖鎧王クレイドルは、聖王の鎧のシステムを改造した、聖王専用の戦闘用システムでね。本来はメガフュージョンによりゆりかごと一体化、人型となったそれを自在に動かす事で生身と同じように戦う機能だ。』

「詳細はいいよ。結論だけお願い。」

『本来なら、ヴィヴィオの意志で自由にフュージョンを解くことができるのだが、今回はテストと言う事もあって、戦闘は自動プログラムによって行われ、特定の条件を満たすまでは解除されないようになっている。』

「その条件は?」

『戦場に出ている管理局員の全滅か、外部から一定以上のダメージを受ける事。先に警告しておくが、君がいる位置から集束砲など撃とうものなら、娘の身の安全は保証しかねる。同じように、現状で外に出るための砲撃を撃つ事もお勧めしない。内部からのダメージが、ヴィヴィオに対してどのようなノックバックを起こすか判断できないのでね。』

 しれっとなのはに出来そうな事を潰してくれるスカリエッティに、思わず殺気がこもった視線を向けてしまう。

「とりあえず、詳細は分かったよ。プレシアさん、何とかなりそう?」

『ヴィータ待ち、と言ったところかしら。ただ、相手の頑丈さが分からないから、どの程度のダメージが発生するかが予測できないのがちょっとつらいわね。』

『何やら、面白い事を考えているようだね。ならば、全部壊すぐらいの勢いでやればいいだろう。全壊してもヴィヴィオと中にいる人間だけは、無事に安全圏に転送されるように設計してある。』

『あなたがそんな人道に配慮した設計をするなんて、天変地異の前触れかしら?』

『君が娘のクローンを別の個人として尊重し、愛情を注いでいる事に比べれば、別段おかしなことでもないだろう?」

「挑発し合っている暇があったら、他に出来る事が無いか探してください!」

 売り言葉に買い言葉、みたいな感じで毒のこもった会話を始めたマッド二人を、一喝して黙らせる。無論、なのはもどうにかして外に出られないかを検討するつもりではあるが、状況的にプレシアの奥の手の方が早いだろう。

「ヴィヴィオ、プレシアおばあちゃんが何とかしてくれるみたいだから、もう少しだけ痛いの我慢してね!」

「……本当に?」

「おばあちゃんを、信じよう。」

 そう言って、ヴィヴィオが一体化したゆりかごのコアを、そっと優しく抱きしめるなのはであった。







「グレート世界征服ロボの砲撃が来ます! フォートレス隊はガードユニットを今から指定した位置に最大出力で配置してください! ストライクカノン隊はフォートレス隊のガードユニットを確認後、相手の砲撃に合わせてトリガー式散弾砲を発射!」

「了解した!」

 南口の対グレート世界征服ロボ戦は、意外な状況を展開していた。

「次はどこを撃てばいい、広報の!」

「一拍置いて、展開された子機を撃ち落としてください! ムーンセイバーは子機の殲滅を確認後、大技を一発!」

「了解! どのあたりを狙えばいい?」

「胴体のど真ん中を! アクアセイバーは三時の方向に展開しているガジェットを牽制! 地上169部隊は、アクアセイバーが足止めをしているガジェットに総攻撃をお願いします!」

 美穂から送られてくるデータをもとに、ティアナが状況に合わせて指示を出しているのだ。ここに至るまで、今一つ連携や部隊行動がかみ合っていなかったこの戦場が、ティアナの指示によりうまくかみ合い始めたようで、急速に状況が好転して行く。

 無論、階級も経験年数もこの場では下から数えた方が早いティアナが、ただ指示を出したところで受け入れられる訳が無い。なので、グレート世界征服ロボが出てくる前に、先輩である二期生女子グループ・ムーンセイバーズに協力してもらい、ちょっとずつ実績を積み重ねていったのである。元々広報部はこういう上下関係は緩い上、今回ははやてがティアナの指示を聞くようにと命令を出した事もあり、二期生たちは随分協力的である。最終的に、ティアナは指揮官として育てる事を聞かされていた事も大きいだろう。

 結果として、協力的な先輩方のおかげで遅滞なく的確に指示を出す事が出来、地上部隊の信頼を得られたのである。無論、竜岡式によって鍛えられた体力と感覚周りが、もともと高い素質を示していた状況判断能力を底上げし、鍛錬により彼我の力量を的確に把握出来るようになっていた事が最も大きな要因なのは間違いない。今まで足を引っ張っていた余計な劣等感とその裏返しである妙なプライドも、デビュー後の一連の出来事で一皮むけた事によりなりを潜め、偏見なく冷静に素直に状況を見る事が出来るようになったことも大きい。

 この戦場でティアナは、急速にその実力を伸ばしていた。

「集束砲行きます! データを送るので、射線上から退避してください!」

「了解した!」

「でかいのぶちかましてやれ!」

 地上部隊の声援を受け、グレート世界征服ロボに容赦なくスターライトブレイカーを叩き込むティアナ。先ほど対ナンバーズ戦で一発発射している事や、この戦闘でも普通の射撃や砲撃を何発も撃っている事を考えると、広報部に来る前の体力では明らかに持たなかっただろう。

 指示を出す権限をもらったとはいえ、所詮下っ端であるティアナが、戦況を見て指示を出すだけ、などと言う楽をさせてもらえる訳が無い。あちらこちら動き回りながら攻撃し、バインドを使い、状況によっては幻影も出してと八面六臂の奮闘をしている。並の局員の体力と魔力回復量では、とうの昔にダウンしているであろうことは想像に難くない。

 とは言えど、流石に腐っても全長三十メートル。超大型ロストロギアが変形した聖鎧王クレイドルに比べれば劣るとはいえ、ティアナが撃てる程度のスターライトブレイカーでは、中破させることすら難しい。ストライクカノンでも、ノーダメージでこそないものの、ほとんど効果的なダメージは出ていない。いくら兵器として人型は効率が悪いと言っても、このサイズとそれに応じた装甲を持っていれば、歩兵に出来ることなどほとんど無い。それは、広報部や教導隊などの例外を除けば、魔導師でも同じ事である。

「キャロ、準備の方は!?」

「そろそろいけます!」

「了解、お願いね!」

「はい! 来て、ヴォルテール!」

 そんな状況で満を持して登場した、キャロの召喚師としての切り札、真龍ヴォルテール。全長こそ十五メートルほどとグレート世界征服ロボよりかなり小柄ではあるが、その戦闘能力は余裕で相手を上回る。種族としては地上最強と呼ばれている真龍族、その実力を今、見せつける時が来たのだ。

「キャロが召喚師らしい事してるところ、久しぶりに見た気がする……。」

「そこ、それを言っちゃダメ!」

 キャロの護衛をしていたエリオが、召喚に合わせて距離をとりつつ、思わずそんな余計な事を言ってしまう。それを聞き咎めて窘めるティアナだが、幸か不幸かヴォルテールの召喚に集中していたキャロの耳には届かなかったようだ。なお、スバルとギンガは治療中で出撃を止められ、この場にはいない。

「ヴォルテール、行って!」

(了解!)

 キャロの指示に従い、真正面からぶちかましを叩き込むヴォルテール。その一撃に大いに揺さぶられ、見た目に分かるほどの損傷を受けるグレート世界征服ロボ。たたらを踏んで体勢を立て直し、反撃しようとしたところで尻尾の一撃。その一撃で、小規模ながらも砲撃を食らい続け、ダメージが蓄積していた右足がもげ、ドラム缶が転がる。この一連の状況に巻き込まれ、大量にガジェットドローンが下敷きになって粉砕されているが、正直誰も気にしていない。

「ヴォルテール、先に砲門を潰して!」

(分かった!)

 キャロの頼みを聞き、悪あがきとばかりにランダムに砲撃をしようとしていた砲門を叩き潰す。さらに日本のマジックアームを噛みちぎり、左足を鉤爪で切り落として完全に動きを封じる。そのまま露出部分から雷撃のブレスを内部に叩き込み、完全に中身を破壊してのける。原形を残したままエネルギー反応が途絶え、動く気配が全くなくなるグレート世界征服ロボ。こうなってしまえば、もはや全長二十メートルほどの、単なるドラム缶でしかない。

 クレイドルと違ってあっさりけりがついたグレート世界征服ロボだが、間違っても弱かった訳ではない。広報部のメンバーが対応に来るまでに、それ相応の被害は出ているし、彼らでもそこまで余裕があった訳ではない。少なくとも、例の世界に居る同等サイズの魔法生物と互角ぐらいには強かった訳で、本来ならストライクカノン隊とフォートレス隊がいたところで、絶対に勝てる相手では無かったのだ。

 ただ単純に、キャロが召喚したヴォルテールが、広報部の基準で見ても規格外だっただけの話である。何しろヴォルテールは、と言うより真龍族は、その気になれば一対一で千五百メートルクラスの古代竜と戦って勝てるのである。無論絶対に勝てる、と言う訳ではないが、それでも十五メートルほどの生物が百倍でかい相手に普通に勝てると言うだけでも、どれほど規格外か分かろうものである。

 もっとも、それを言い出せば、もっと小さいのにほぼ百パーセント勝てる優喜や竜司、なのはとフェイトなどは規格外を通り越している訳だが。

(ねえ、キャロ、キャロ。)

「何、ヴォルテール?」

(これ、押していい? 押していい?)

 器用に前足を使って立てたドラム缶の上に乗って、そんな事を聞いてくる。それを見て、少し考え込むようなしぐさをするキャロ。周りを見ると、ほとんどガジェットドローンは片付いており、わざわざヴォルテールを暴れさせる必要はなさそうだ。

「OK、許可!」

 状況を確認して、親指をびしっと立てて許可を出すキャロ、それを見て嬉しそうに尻尾を振り、ドラム缶を押し始めるヴォルテール。

(ど、ドラム缶、お、押す……。)

「押してもいいんだぜ、懐かしいドラム缶をよ!」

 妙なネタをやり始めるヴォルテールとキャロを、呆れたように眺めるエリオとティアナ。こうしてマスタングの最後っ屁は、ヴォルテールと言う規格外の召喚獣によって、割と不発気味に終わったのであった。







「シールドチャージ!」

 そんな掛け声とともに、飛んできたロケットパンチを体当たりで弾き飛ばす人影。それを見た時、自分達が助かった事を理解する。

「済まない、遅くなった!」

「ヴォルケンリッター!」

「ここから先は、俺が止める!」

 盾を構えた男前が、りりしい顔で言ってのける。フォルク・ウォーゲン、正面からの攻撃に対しては、管理局最強の防御力を誇る男。彼に防げないのであれば、生身の局員は誰にも防げないであろう。そんな彼に、後から来た人影が声をかける。

「フォルク、向こうはもういいのか?」

「ああ。カリーナとアバンテが来てくれたから、シャマルに送ってもらってこっちに来た。」

「そうか。亀裂の方は?」

「探知可能な範囲は潰した。後は、これが終わった後大規模な儀式で広域精密探査をかけなきゃ、多分分からないだろうな。」

 シグナムの問いにざっと回答を返し、クレイドルを睨みつける。

「それで、俺はあれの攻撃を止めればいいんだな?」

「そう言う事になるな。あと、まだ中に高町がいるとの事と、あれのコアにはヴィヴィオがとりこまれているらしい。ダメージを共有するとの事だから、こちらの準備が整うまで、あれに対する直接攻撃は中止。我らはガジェットドローンを叩く。」

「分かった。せいぜい死なないように止め切るさ。」

「ああ、頼むぞ。」

 シグナムの言葉に頷くと、一緒に連れてきた元防衛システムの方に指示を出すために向き直る。

「そう言う訳だから、思うところはあるだろうけど、しばらくシグナムの指示に従って雑魚を潰してほしい。」

「分かった。」

「報酬の件、忘れないでくださいね。」

「さあ、大活躍ずるぞ!」

 シグナムの指示を聞け、という言葉に渋るかと思えば、やけにやる気満々の三人。どうやら、そんな事が気にならないくらい報酬と言うやつに心が動かされているらしい。

「そう言えば、ヴィータは?」

「奴は別の役割があるらしい。今、アースラでミーティングをしている。」

「別の役割ねえ。」

「碌な事を考えていない予感はするが、今更それを言っても始まらん。あまりうだうだ駄弁っている暇もないから、さっさと始めるぞ!」

「了解、状況開始!」

 フォルクの掛け声とともに、それぞれの役割のために動きだす。やけに張り切って暴れ回るディアーチェ達を横目に、盾を構えてどっしりと腰を落とすフォルク。現在確認されている攻撃はロケットパンチと目からビーム。予想ではあと一つぐらい、まだ使っていない大技があるだろうとのこと。先ほどのロケットパンチの重さを考えるに、もう一つの武装とやらが必殺技の立ち位置なら相当厳しい。

 そんな事を考えていると、まずは目からビームが飛んでくる。

「ワイドシールド!」

 防御範囲を広げ、盾を構えて受け止める。

「ふん!」

 なかなか重い一撃だが、フルドライブを使うまでもない。並はおろかランクSでも防御力が低めだと普通に撃墜されかねない威力はあるが、なのはがカートリッジを二発以上撃発したバスターと比較すれば、やや劣るぐらいだ。言うまでもなく、この場合おかしいのはなのはの砲撃であって、クレイドルの攻撃力が低い訳ではない。

「とりあえず、これならしばらくは抑え込めるな。」

 とりあえずその旨を連絡し、飛んでくる攻撃を次々と受け止める。相手の攻撃を常に正面にとらえる必要があるため、ひたすら動き回らなければいけないのが地味に面倒と言えば面倒だ。

「しかし、あまりいい気配じゃないな、あれ。」

 何発目かの目からビームを受け止め、ロケットパンチを体当たりで撃墜したところでぽつりとこぼす。気功が出来て、こういう種類の気配を識別できるのが、現状この場にはフォルクしかいない。そのため、この違和感が妥当かどうか、確かめるすべがない。

『エネルギー反応増大! フォルク、大技が来るわよ!』

「了解!」

『アート・オブ・ディフェンスを使いなさい! 普通に受け止めるのは、命にかかわるわ!』

「分かりました! アイギス、フルドライブ!」

 プレシアの警告を素直に聞き入れ、シェルターフォームを起動する。初めて使ってから何度も改良を加え、すでに初級防御魔法の組み合わせなどとは言えない領域に達したそれを、来るべき大技に備えて発動する。

「カートリッジフルロード! アート! オブ! ディフェンス!」

 トリガーワードと同時に、聖鎧王クレイドルの胸部から恐ろしい出力の熱線砲が発射される。やはり初期段階での必殺技と言えばブレストファイヤー、と言うのはスカリエッティも支持するお約束だったようだ。たとえ次元航行船といえども、無防備に食らえば装甲を一瞬で溶解させられそうな熱量が、容赦なくフォルクを襲う。

「ぐう!」

 凄まじい熱量と衝撃に、思わずフォルクが唸る。射線上にあった石も砂も一瞬にして溶け、溶岩のように流れ始める。この威力は危険だ。一般に使われている火炎無効だの耐熱だのと言う術式ごときでは、どう逆立ちしても防ぎきれはしない。この手のエネルギー攻撃に極端に強い優喜や竜司ならともかく、自分でこれではなのはでも耐えきれるかどうかはあやしい。しかも、思ったより攻撃時間が長い。このままでは押し切られる。

(負けて……、たまるものか!)

 気合を入れてアイギスを片手で持ち、術を維持したままカートリッジをリロード。さらに魔力を乗せてバリアを強化し、カートリッジを撃発する時間を稼ぐ。

「カートリッジ、ロード! ジュエルジェネレーター、出力全開!」

 カートリッジを撃発して冷却系を強化。さらにコロイド状に耐火・冷却・耐熱・物理防御を織り上げ、重ね合わせ、二百以上の層を作り上げる。その間も、途絶える気配すら見せずに熱線砲を浴びせ続けるクレイドル。永遠にも思える十数秒が過ぎ、唐突に熱線砲が止まる。

 当然だ。いくらなんでも一瞬で地面すら溶解させるような熱線砲を、そんな長時間照射することなど、たとえ古代ベルカの技術の粋を凝らしたロストロギアといえども不可能である。そんな真似をすれば、自身が吐き出した熱で自身が溶けかねない。耐熱耐火と言っても、限度はあるのだ。

「何とか……、凌ぎきったか……。」

 地面に膝をつきそうになる体に喝を入れ、必死に盾を構え続ける。もう一発今のが来たら、さすがにしのぎきることなど出来ないだろう。ある種の絶望を感じつつも、せめて目から発射されるビームぐらいは防いでみせる、と気合を入れ直す。そこに、アースラからの通信が入る。

『準備完了。シグナム、フォルク、十五秒ほどアレの動きを止めて。』

「「十五秒って、どうやって!?」」

『何でもいいから大きな攻撃を当てて、姿勢を崩せばいいわ。相手は自動プログラムであの図体、その程度の事でも面白いぐらい動きが止まるはずよ。』

 プレシアの無茶振りに、思わず顔をしかめるフォルク。ここしばらく、大物相手の攻撃手段を充実させたシグナムならまだしも、基本的にザフィーラの型番違いみたいな能力の自分には、そんな大きな攻撃手段など存在しない。その戸惑いを察したのか、こともなげにプレシアが告げる。

『フォルク、リミットブレイクを使いなさい。』

「あれは、まだ使いこなせていませんよ!?」

『使いこなせてなくても、一発当てるぐらいはできるでしょう?』

 プレシアにそう言われては、ごちゃごちゃ反論することなど出来ない。体力的にも際どいところだが、やるだけの事はやるしかない。

「ディアーチェ! アレの動きを止める! 大技よろしく!」

「了解した。シュテル、レヴィ、やるぞ!」

「了解です。」

「あいつを倒して、僕は飛ぶ!」

 フォルクの指示を受け、自分達の最大火力による同時攻撃を敢行する三人。その様子を確認しながら、深呼吸をひとつ。今だ使いこなせていない最終形態。それをぶっつけ本番で発動させる。

「アイギス、リミットブレイク!」

 フォルクの呼びかけに応え、盾の形状をさらに変化させるアイギス。巨大なラウンドシールドからカイトシールドに計上が変化したのを確認したフォルクは、盾の表面にスライドさせて剣を固定する。そのまま盾と一体化した剣を頭上に掲げ、膨大な魔力を全身にいきわたらせる。まだ準備段階だと言うのにとんでもない負荷がかかり、思わず膝をつきそうになって必死にこらえる。

「メテオ! ストライク!」

 負荷にうめきながら発したトリガーワードと同時に、フォルクの足元に巨大な魔法陣が展開される。その魔力によりふわりと体が浮き上がり、同時に固定された剣を中心に盾が二つに割れ、翼のような形状に変化する。ある程度フォルクの体が浮き上がったあたりで、魔法陣から二頭の炎の竜が現れ、彼にまきつくように飛び上がる。

 それらの前動作が終わったところで、急激に飛行速度が加速し、メテオストライクと言う名にふさわしい巨大な火の玉となって、凄まじいスピードでクレイドルの胸元に直撃する。シグナムのブラッディハウリング、ディアーチェ達のトリプルブレイカーに続いての大技に、完全にバランスを崩して動きが止まるクレイドル。

「よし、上手く行った!」

 十分な距離を取り、適当な位置に着地して、相手の状態を確認する。着地に失敗して地面に胴体着陸をする羽目になったが、今までの蓄積ダメージを考えればしょうがないだろう。どうにか着地を終えて体勢を立て直し、プレシアが準備していた奥の手と言うやつを見て、思わず絶句する。

「……なんだありゃ……?」

 その光景を見た時、プレシアとスカリエッティ、どちらの方がよりマッドなのかよく分からなくなったフォルクであった。







 時間は少しさかのぼる。

「……ちょっとまて。」

「何かしら?」

「本気か? いやむしろ、正気か?」

「こういう事をする時は、私はいつだって本気よ。それに、自分が正気かどうかなんて、知ったこっちゃないわ。」

 聞かされた概要に絶句し、うめくように言葉を絞り出すヴィータ。そもそも、自分が出撃できない状態になっていたら、どうするつもりだったのだろうか?

「因みに、あなたが出撃できないようなら、艦首をドリルに変形させた上でフィールドを張って全速で突撃を叩き込む予定だったから、安心して。」

「安心できねえよ!」

 こちらの思考を呼んでのプレシアの言葉に、思わず全力で突っ込みを入れるヴィータ。これだから、マッドサイエンティストと言うやつは性質が悪い。

「そもそも、いつの間にアイゼンにそんな機能を仕込んでたんだよ!?」

「いつでも仕込めるじゃないの。」

「いや、そりゃそうだけどよ……。」

「ここまで来たんだから、ぶつくさ言わないの! そろそろプログラムの最終チェックに入るから、準備しなさい!」

「分かったよ。」

 今更何をどう突っ込んだところで話にならない。そう悟って準備のために外に出ていくヴィータ。だが、納得がいっているのかと言うと言っていない訳で、思わず余計な事を呟いてしまう。

「それにしても、何であたしなんだよ……。」

「あら、あなたは鉄槌の騎士でしょ? ハンマーの扱いで、あなたを超える人材なんていないでしょう?」

「限度ってもんはあるぞ……。」

 プレシアの言葉に、疲れたようにつぶやくヴィータ。もはや何も言わずに外に出ていく。それを見送った後、プログラムチェックが完了した事を確認してクレイドルへと距離を詰め、大技を止め終わったばかりのフォルクと雑魚の殲滅を終えたシグナムに通信を入れる。

「準備完了。シグナム、フォルク、十五秒ほどアレの動きを止めて。」

『『十五秒って、どうやって!?』』

「何でもいいから大きな攻撃を当てて、姿勢を崩せばいいわ。相手は自動プログラムであの図体、その程度の事でも面白いぐらい動きが止まるはずよ。」

 無茶振りを無茶振りだと思わずに言い切るプレシア。その言葉に絶句している様子があるフォルクに対して、とりあえず極論じみた一言をぶつける。

「フォルク、リミットブレイクを使いなさい。」

『あれは、まだ使いこなせていませんよ!?』

「使いこなせてなくても、一発当てるぐらいはできるでしょう?」

 この言葉にフォルクが黙ったのを確認すると、乗組員全員に通達をする。

「総員耐ショック防御! 荷物と道具とかがあるなら、今のうちに固定しなさい! 慣性制御はちゃんとかけてあるけど、内部がどうなるかはやってみないと分からないわ!」

「耐ショック防御完了!」

「ヴィータ?」

『了解! アイゼン、リミットブレイク!』

 ヴィータの呼びかけに応え、即座に変形を終了するグラーフアイゼン。彼女の右手が巨大化したのを確認すると、最終段階に入る

「アースラハンマー起動!」

 プレシアがそのスイッチを押しこむと、外では一大スペクタクルな光景が展開され始める。

「……本気で変形しやがった……。」

 思わず呆れと感動が混ざった声でつぶやくヴィータ。それもそのはず。彼女の目の前には、見事にハンマーへと変形を完了したアースラの姿が。ゆりかごには大幅に劣るとはいえ、あれだけ巨大な構造物が変形するのに、わずか三秒ほどしか時間がかかっていない事も、ヴィータを呆れさせたポイントである。

「まあいい。もうどうにでもなれ!」

 いろいろと振り切って、ハンマーの柄をつかむ。そのまま体に染みついた動きでハンマーを振りあげると、クレイドルの頭部にめがけて思いっきり振り下ろす。

「ぶっ飛べ、アースラハンマー!!」

 L型次元航行船の質量が十分に乗った一撃が、クレイドルを襲う。鉄槌の騎士の手による熟練の技で、その質量と出力全てが効率よく破壊力に変換される。

 振り下ろした後には半壊したクレイドルと、中から追い出されたなのはとヴィヴィオの姿があった。







「……正気か?」

 アースラハンマーの一部始終をしっかり確認してしまったインプレッサが、いろいろ複雑な感情をこめて漏らす。会議室の状況を見ると、平常運転なのはグレアム一派の高官たちだけで、それ以外の人間はあまりの光景に唖然としていた。

「間違いなく正気だろうね。」

「いや、あの魔女ではなく、あれを許可した君達がだ。」

「あの状況で、アルカンシェルを使うよりはマシだろう?」

 しれっと言ってのけたグレアムに、思わず頭を抱えそうになる。

「確かに! 確かに外した時の被害は砲撃系の兵器よりはるかにましだろう! だが、いくらなんでもあれは無いのではないか!?」

「そう言う事は、用意したプレシア君に言いたまえ。」

「許可を出したのは君達だろうが!」

 インプレッサの魂の底からの突っ込みに、哀れなものを見るような目を向ける二人。別段彼の事を蔑んでいるとかではなく、単純にこの程度の事でうろたえていると、これからやっていけなくなるのに、という気持ちがこもっている。

「しかし、これだけ見事な質量兵器を見たのは、初めてだな。」

「ああ。ここまで純粋な質量兵器など、そう簡単にお目にかかる事は出来ないだろうね。」

「外した時の影響、どの程度の物だと思う?」

「大規模なビルが崩落したぐらいのレベルだろうね。街の一ブロック全部を壊滅させる、と言うのは不可能だろう。」

「それでいて、直接打撃を受けた相手には十分に致命的なダメージを与える、か。扱いは難しいが、今回のような状況ではアルカンシェルより安全だな。」

「ネックとなるのは、振り下ろす動作をヴィータに依存している点、か。まあ、そこら辺はそのうちどうにかするだろう。」

 次元世界の常識をブレイクしたアースラハンマーを、そんな風に評論してのけるグレアムとレジアス。なお、内心では資料にあったドリル突撃の方も見てみたかった、などとのんきな事を考えているのはここだけの話である。

「お? クレイドルがまだ動くようだが?」

「ふむ。現場はなかなか大変そうだね。」

「まだ切られていない札は、何かあったか?」

「なのは君のブラスター3がまだだったと思うよ。」

「なら、どうにかするだろう。それはそれとして、インプレッサ。この書類、書式と内容はこんなものでいいか?」

「……そうだな。これで話を通そう。」

 あくまでも平常運転で書類の処理を進めていくレジアスに、ため息をつきながら仕事に戻るインプレッサ。ハンマーごときに驚いている時間はない。プレシアと優喜にいろんな意味で鍛えあげられた老人二人は、あくまでも普段と変わらないのであった。







「ママ~! 痛かったよ、怖かったよ、ママ~!」

「大丈夫、もう大丈夫だからね、ヴィヴィオ!」

 ようやくいろいろなことから解放され、なのはにしがみついて泣きじゃくるヴィヴィオ。そんな娘を優しく抱きしめるなのは。外見的には背丈で追い抜かれ、バストサイズで追いつかれてはいるが、所詮中身は六歳児。経験まで言い出せば赤子と大差ないレベルである。見た目がどうあれ、なのはとヴィヴィオはあくまでも親子だ。

「なのは、ヴィヴィオ、大丈夫か?」

「私は大丈夫。特にダメージとかも貰ってないし。」

 ヴィータの問いかけに、軽く手を振って健在をアピールするなのは。

「ただ、ヴィヴィオはこの後、いろいろ検査とか必要だとは思うよ。」

「だろうな。その姿、元には戻れねーのか?」

「プレシアさんと相談、ってところ。流石に私は、こっち方面はからっきしだし、それにロストロギアが絡んでるから。」

「そーだな。素人が余計な事をするのはよくねーよな。」

「うん。……もしかしたら、封印術式をきっちり組み込んだ非殺傷の砲撃なら、ガードを突破してレリックを封印できるかも、って言うのはあるんだけど……。」

 なのはの恐ろしい発言に、表情が凍りつくヴィータ。それを見て、慌てて言葉をつぎたすなのは。

「やらないよ!? 取り込まれてる時の解決手段がそれしか無かったならともかく、今やる気は全然ないよ!?」

「……ま、そーだよな。普通そーだよな。」

「やるつもりは全然ないけど、とりあえず可能性として確認だけはしておいた方がいいかな、って思ったんだ。」

「確かにな。やるやらないは別として、手段の検討だけはしておかねーとな。」

 ようやくヴィータが納得した事を確認し、胸の中で泣きじゃくっているヴィヴィオの様子を確認する。

「どうしよう、寝ちゃってるよ……。」

「まあ、いろいろあったからな。」

 子供であるヴィヴィオにとっては、心身両面でハードだった今日一日。いろんな意味で許容量をオーバーしても、しょうがないと言えばしょうがない。

「あれ?」

「どうした?」

「ねえ、ヴィータちゃん。クレイドル、まだ動いてる気がするんだけど?」

「……まじいな。あれでもまだ機能が死んでなかったか。」

 流石に、もう一発アースラハンマーを叩き込むのは不可能だ。グラーフアイゼンにもアースラにも、いろいろガタがきている。この手の機能は、最初の一発はいろいろ問題が発生するものである。

「と、言うか、いろいろおかしいよ。なんだか、嫌な気配がする!」

「古代ベルカってのは、あの手の怨霊と縁が切れないらしいね。」

「優喜君!?」

 クレイドルが発する怨念を察知して慄いていると、今まで行方不明だった優喜が声をかけてくる。驚いて振り向き、その姿に思わず絶句するなのはとヴィータ。何しろ全身血まみれな上に、右腕で大儀そうにクアットロを引きずっていたのだから。そのクアットロが、時折明らかにやばそうな感じでビクン、ビクン、と痙攣しているのが怖い。

「ちょっと、大丈夫なのか!?」

「そんなぼろぼろの体で、なにしてるの優喜君!」

「まだ仕事が残ってたからね。」

「仕事って、そいつの事か?」

「ん。目を覚ましてすぐに、性懲りもなく余計な事をしようとしてたからね。とりあえずお仕置きしておいた。」

 仮にドゥーエやディードが聞いていたら、いろいろ微妙な反応を見せてくれそうな一言を告げる優喜。それを聞いて、思わずまたかと遠い目をするヴィータとは対照的に、クアットロの事などどうでもいいとばかりに優喜の状態を必死に診察するなのは。ちなみにクアットロのお仕置きについては命に別状はなく、狂ったリ現実逃避したりとかは絶対出来ない上にやたら地獄を見せられる程度には徹底したらしい。

「優喜君! どう見ても一週間ぐらいは絶対安静だと思うんだけど!?」

「だろうね。回復周りもほとんど死んでるし、肉体コントロールも血を止めるので精いっぱいだ。」

「だったら、さっさとアースラか時の庭園に戻って、治療を受けて安静に!」

「言ったでしょ。まだ、仕事が残ってるって。」

 そう言って、半壊しながらもついに立ちあがったクレイドルを睨みつける。

「なのは。」

「……何?」

「ユニゾンしてブラスター3起動。フルチャージのスターライトブレイカーを非殺傷・非物理破壊で。封印術式と退魔プログラムを組み込んだ上で、限界まで絞り込んで。」

 唐突に物騒な事を言い出した優喜に、表情が凍りつく二人。

「いきなり物騒だな、おい。」

「それで無いと駄目?」

「一発で終わらせるとなると、ね。」

 優喜の言葉に頷くと、ヴィヴィオをそっと安全圏に横たえる。

「レイジングハート、ユニゾンイン! ブラスター3起動!」

『ブラスター3。』

「チャージ開始!」

 なのはの宣言と同時に、戦場にばらまかれた使用済み魔力がものすごい勢いで容赦なく集められて行く。今回の事件ではカリーナが一発、ティアナが二発撃っているスターライトブレイカーだが、本家のそれは戦艦の大砲とおもちゃの豆鉄砲ぐらいの差がある、と言う事を証明するかのような出力である。

 物理破壊設定の場合、拡散モードでたたきつければ南極ぐらいの面積をクレーターに代えてなおお釣りが来、集束モードなら地球と火星と月を一直線に並べてまとめてコアを貫通させる事が出来る威力の、もはや利用価値の無い戦略兵器と化したなのはの必殺技。生涯見ることなど無いだろうと思っていたそれがチャージされる様を、畏れの混じった表情で見守るヴィータ。

「これぐらい絞り込めばいける?」

「もうちょっと、かな。出来そう?」

「やってみる。目標はどこに?」

「正確にやらなきゃいけないからね。レイジングハート、ブレイブソウル。僕の思考をスキャンしてポイント設定。出来る?」

「出来なくはないが、こちらの状態も考えて振って欲しいところだな。」

『全くです。』

 そんな物騒な砲撃をチャージしながら、恋人に対して冷静な態度で確認事項を進めていくなのは。砲撃の威力に恐れることなく、淡々と必要な情報を示してく優喜。そんな二人の様子に、呆れればいいのか感心すればいいのか判断に苦しむヴィータ。よくよく考えれば、事前に許可が下りていたとはいえ、こんな物騒なものを個人の判断で使うとか、本当に大丈夫なのかと心配になる話だ。

「ユーキ! クレイドルが何かやろうとしてるぞ!」

「来ると思ったよ。なのは、例のポイントを抜けるように射線を取って、あいつの砲撃を正面から迎撃して。」

「了解! 正真正銘、全力全開の……。」

 優喜の指示に従って射線を微調整し、相手の砲撃の真正面に立つ。

「スターライト・ブレイカー!」

 極度に絞り込まれた集束砲が、半壊したが故に撃つ事が出来たクレイドルの砲撃を蹴散らして突き進む。そのまま正確に指定されたポイントに直撃したところで、レイジングハート経由で与えられた優喜の指示通り、トリガーワードで炸裂させる。なにがしかの断末魔の声とともに、ゆっくりと倒れていくクレイドル。

「やっぱり、エネルギー量的にぎりぎりだったか。」

「あれでぎりぎりって、どんなレベルだよ……。」

「霊力と違って、魔力はあの手の怨念を払う場合、ものすごく効率が悪いからね。今回は夜天の書の時と違って、それ専用の調整もやって無かった訳だし。」

 夜天の書の闇と同様、たくさん血を吸った歴史ゆえに大量に抱え込んでいた怨霊。それを抑え込む主人格ともいえる聖王の意識が消えた上、名状しがたいものが大量に表れて瘴気をばら撒いていたという二重の条件により、彼らがむやみやたらと活性化してしまったのである。怨霊の強さは夜天の書も似たようなものだったのだが、向こうは最初からその前提で準備を進めていたのに対し、今回は突発事態だ。それゆえに、対処方法がやけに大掛かりになってしまったのである。

「何にしても、全部終わった、な……。」

 そこまで言って、前のめりに倒れる優喜。流石に限界を超えたらしい。

「ゆ、優喜君!?」

「メディック、メディーック!」

 唐突に倒れた優喜にあわてて、大急ぎで人を呼ぶなのはとヴィータ。こうして、一連の事件は幕を閉じたのであった。



[18616] エピローグ
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:f9b91b81
Date: 2012/04/21 21:14
「ようやっと、終わったなあ……。」

 広報六課の初年度一年分の報告書類をファイルに綴じて、ぐったりした表情でつぶやくはやて。すでに決裁も全て下りており、ここから先ははやての手を完全に離れる。ジェイル・スカリエッティによるクラナガン襲撃事件から、もうじき半年が経過しようとしていた。

 まだどこも傷跡が深く、部隊機能が元通りの水準に戻っているところは少ないが、広報部に関しては、優喜や竜司、フォルクのように結構なダメージを受けていた連中も全員完全に復活しており、平常運転に戻って久しい。優喜達など、常人ならまだベッドに縛り付けられてしかるべきダメージを受けていると言うのに、呆れた事に事前の宣言通り三日で動き回れるようになり、半月かからず退院していたりする。

「やっと終わったね。」

「お疲れ様。」

 お茶とお茶菓子を用意しながら、はやてをねぎらうなのはとフェイト。厳密にはまだ年度が変わるまで十日ほどあるのだが、この部隊で検証しなければいけない内容は、十日やそこらではこれ以上変わらない。上司の側も忙しい事もあり、活動報告を前倒しで進めることにしたのだ。

「まあ、言うてもまだ四月以降の企画やら五期生以降の育成計画やら、いろいろやらなあかん事はようさんあるんやけどな。」

「結局、継続が決まっちゃったもんね。」

 なのはの言葉通り、広報六課は現状のシステムのまま、後二年ほど様子を見ることが決定した。いくつか成果が上がりつつあったことに加え、一年で結論を出すのは早すぎる、と言う事柄もかなり多かった事が理由である。もっとも、何もかも同じと言う訳ではない。外部協力者であった優喜達は、基本的に任期満了となって六課を離れる。この先は随時契約で、訓練だけ付き合う、と言う形に落ち着いている。流石に、いつまでも部外者を前線に出すのは、問題が多すぎるのだ。

 また、当初の宣言通りなのはもアイドルをすでに引退し、新年度からは予備役に入る事も確定している。とは言え、流石にこれだけの戦力を完全に遊ばせておくのは問題が多い、と言う事で、頻度こそ激減すれど、たまには事件解決のために出撃する事にはなりそうである。

 正直なところ、今の状況でなのはが引退するのは、イメージ的にも戦力的にも管理局にとって物凄い痛手なのだが、本人が希望しているものを無理にとどめるのは、それはそれでイメージが悪くなる。前々から、なのはがスイーツ中心の喫茶店をやりたがっていると言う噂は芸能関係を中心に幅広く流れていた事もあって、彼女の引退を止める事は出来なかった。

 因みに、翠屋ミッドチルダ店の開店は、翠屋本店で一年ほど修行をしてからの予定だ。大学の方は、さすがに同じ市内に同じ人間が二人いるのはまずいだろう、と言う事で、きっぱり中退するつもりでいる。

「それにしても引退発表、えらい騒ぎやったよ。」

「ご苦労様。」

「ほんまに勘弁してほしいぐらいの騒ぎやったで……。」

 通信がパンクするほどの騒ぎとなった引退発表の日を思い出し、うんざりした表情を見せるはやて。いまどきアイドルが一人引退する程度で、ここまでの騒ぎになるとは、本人含め誰もが思いもしなかったのだ。きっちり経過や理由を説明したと言うのに、週刊誌や下世話な三流新聞などでは、いまだに芸能界の陰謀説やWING不仲説、管理局内部の権力闘争説がささやかれている。

 とは言え、WINGと言うアイドルユニットは解散したが、フェイトは単独でも活動を続ける。これは、フェイトが職務や当人の立ち位置上、予備役と言う形ですらまだまだ管理局から離れることは難しい事と、執務官になった動機から、やめると言う選択が最初から存在しない事が理由だ。フェイトの活動を考えると、アイドルと言う表の世界に影響力が大きい仕事は、とても都合がいいと言う事もある。

 結局、いろいろと変わるところも出てくるが、はやてが胃薬と縁が切れない事も含めて、意外と変わらない部分も多いのが実情だ。

「なのはちゃんらの結婚式、どうするかも問題やな。」

「身内だけで、って言うのは……。」

「却下や。自分ら、経済的にも立場的にも、地味婚が許される人間やあらへんで。」

「だよね。」

 なのは達の結婚は、引退コンサートの時に発表されている。これが、ミッドチルダでは珍しい重婚である事もあり、いろんなところが炎上したものだが、デビュー前からの九年越しの恋である事をはじめいろいろ非現実的な要素が絡み合った、非常に物語性の高い恋愛だった事もあってか、案外賛同者が多かったのが驚きと言えば驚きである。

 賛同者が多かった原因が、優喜がお姉さま扱いされた事が大きかったのではないか、という説が否定しきれない点は御愛嬌、と言う事にしておこう。

「それで、忙しくてバタバタしとってよう分からへんなってるんやけど、ヴィヴィオの経過はどないなん?」

「今のところ、特に問題は無いよ。」

「さよか。」

 フェイトの回答に、関連資料を確認しながら軽く相槌を打つ。実際のところ、プレシアが絡んでいる以上、状況そのものは改善されるはずだと信頼しているため、言葉ほどは心配していなかったりする。むしろ、修復中のゆりかごがどういう方向で落ち着くのか、その方がよっぽど心配だ。

 因みにヴィヴィオの大人化に関しては、結局ある程度任意でコントロールできるようにする事で落ち着いた。感じとしては、体内のレリックとユニゾンする感覚が近い。どうせレリックを摘出できないのであれば、コントロールできるようにした方が問題が少ないだろう、と言う発想からである。この辺の訓練は、現時点ではとりあえず優喜が聴頸を教える事で対応している。

「まあ、体の方は問題ないんだけど……。」

「ん? なのはちゃん、それ以外に問題がありそうな口ぶりやけど、どないしたん?」

「ヴィヴィオね、大人モードで竜司さんの体を登りたがるんだ……。」

 なのはの言葉に、思わず沈黙してしまうはやて。大人モードのヴィヴィオは、なのはやフェイトと勝負できるプロポーションの持ち主だ。風呂の時にもみしだいた感じから、形や大きさだけでなく柔らかさという点でも極上である事をはやては知っている。その体の持ち主が、大男をよじ登る、と言うのは……。

「なんやろう、そのごっつ羨ましい状況は……。」

「そういう問題じゃないって……。」

「そう言えば、レヴィも対抗してよじ登ってたよね。」

「ますます羨ましいやん。」

 甲乙つけがたい容姿と体を持つ美女が、こぞってよじ登ろうとする。それを支えるだけの体格と強靭さが必要だとはいえ、おっぱいマイスターのはやてからすれば、女の身でも羨ましいと思ってしまう。もっとも、実年齢が幼女のヴィヴィオと、精神年齢が小学生男子のレヴィが相手では、そういう気分になったからと言って手を出すわけにもいかない。そのため竜司は、迫られているのに手を出せないと言う生殺しのような状況にずっと耐え続けている。こういう時は優喜の性欲の無さが羨ましい、と、真面目にぼやいていたのが印象的だ。

「竜司さんと言えば、はやて。」

「ん?」

「竜司さんとカリムさんがどうなってるか、知ってる?」

「今のところ進展なしやな。聖王教会も、JS事件の後始末はまだ完全には終わってへんし。」

 この半年、ミッドチルダでJS事件の影響を受けなかった組織は、一つもないと言っていいだろう。なにしろ、スカリエッティとレジアスが表に出した資料は、一定以上の規模と社会的影響がある組織すべてに波及する内容だったのだ。おかげで今、裁判所は大忙しである。

 影響があった組織の中でも際立って規模が大きい管理局と聖王教会、そしてミッドチルダ政府に関しては、ようやく関係者全員の起訴が終わり組織の改編の目途が立ったところだ。そのため、人員がほぼ変わらなかった現場はともかく、意思決定をする上の方はまだまだ混乱が続いている。

 さらに、先の大規模襲撃で多数の殉職者をだした地上本部は、深刻な人手不足とも戦わざるを得なくなってしまった。まだリハビリ中で仕事に復帰できていない人員や、深刻な障害が残って再起不能となり、予備役に退かざるを得なくなった人材も少なくない。そこに加えて組織自体のイメージダウンも重なり、募集をかけても人が集まらないと言う厄介な状況が続いている。

 幸いにして、JS事件によってクラナガンを拠点とする犯罪組織は九割がた壊滅しており、今現在は重大犯罪が激減している。それゆえに、際どいところながらもどうにか現場は回っている。残った一割も、どちらかと言えば毒を以て毒を制する種類の、堅気の人間を過度に食い物にするようなタイプでは無い組織ばかりであり、むしろこいつらまで駆逐すると、他所からもっと性質の悪いマフィアや何やらが入って来るのが目に見えているため、マンパワーが足りない事もあり、現時点では市民から相談を受けたケースか度を越した連中以外は放置している。

 管理局を取り巻く状況も、レジアスの捨て身の証言により、管理局がいまだどれほどぎりぎりの状態で回っているのかが明らかになり、また、末端の人間がこのあたりの事情を全く知らなかったという証拠も多数集まっている。そういったもろもろの内部資料は、むしろこの状況で戦力確保のための違法研究をやめ、そう言った研究をしていた技術系犯罪者と手を切る方向に持ち込んだ現上層部のグレアム・ゲイズ派に関しては、一度そちらに転んだという事実を差し引いても+の評価をする人も出てきている。

 やはり、誠意と信念を持って、私心を挟まずに行動していれば、たとえ一度重大な間違いを犯したとしても、ちゃんと一般の人の中にも評価してくれる人は出てくるのだ。

 が、レジアスの裁判が忙しいと言う事は、関係者であるカリムも忙しくなる訳で、強力なライバルが出現していると言うのに、彼女は竜司を落とすための行動をなかなか起こせない日々が続いている。

「とは言え、状況が落ち着けば、一気に進展しそうな雰囲気はあるで。カリムの方には周囲の強力なバックアップもあるし、竜司さん自身、まんざらでもなさそうやし。」

「と言うか、カリムさんに言い寄られて完全にスルー出来るのって、優喜君みたいなタイプかおとーさんたちみたいなバカップルか、後は同性愛の人ぐらいなんじゃないかな?」

「それと重度のロリコンか二次元コンプレックス、貧乳こそ正義な平面スキーやな。」

 つまり、どれでもない以上、竜司がなびかない理由が特にない。身分だの家柄だのを気にするタイプでもない以上、あの二人がくっつくのは、多分時間の問題だろう。障害があるとすれば、

「問題は、カリムさんがヴィヴィオに遠慮しちゃうかもしれない、って事だよね。」

 と言う一点に尽きる。何しろ、ヴィヴィオは聖王である。本人がいくら否定しても、こればかりはどうしようもない。

「あ~、可能性としては否定できへんなあ。」

「ヴィヴィオも、何で竜司さんなんだろうね?」

「登りたなる、言うんは分かるんやけどなあ。」

「竜司さんも、どう対処していいか分かんない、って感じだよ。」

 生れてはじめてのモテ期、それも手を出すのに微妙に問題がある連中に妙な形で言い寄られて、心底困惑している竜司。優喜に言わせると、あそこまであからさまに困っている竜司は、滅多に見られないらしい。優喜と違ってそこまで鈍い訳ではない竜司だが、女性とお付き合いした経験が全く無く、女性と付き合えるかどうかが絶望的な事もありそう言った作法について勉強する気も起きなかったため、どう対応していいか分からないらしい。豪傑風の外見とは裏腹に、優喜とは違った意味で色ごとに対して適性が無い男である。まあ、ヘタレと言う訳ではないので、そのうちあしらい方も覚えるだろう。

「まあ、そこは落ち着くところに落ち着くんじゃないかな。」

「案外、竜司さんもいろいろ押し切られて重婚に走る羽目になったりしてな。」

「レヴィはともかく、ヴィヴィオまで囲うのはどうかと思うな、私。」

「せやけど、こういうのは本人次第やで。しかも、ヴィヴィオの場合、母親が駄目出ししても説得力無い状況やし。」

 なのは達にさっくりとどめを刺して、お茶を飲み干して立ち上がるはやて。どうにか休憩時間をひねり出しただけで、まだまだやるべき事は山積みなのだ。

「ほな、ちょっくら他所の部隊と喧嘩してくるわ。」

「行ってらっしゃい。」

「頑張ってね。」

 なのは達の言葉に手を振ってオフィスを出ていく。八神はやて支配人は、今日も大忙しであった。







「スバル、本当に良かったの?」

「ティアこそ、去年はあんなにぶーぶー言ってたのに。」

 広報六課残留を決めたスバルとティアナは、お互いの選択肢に対して話し合っていた。

「あたしは、ここで目標を見つけたから、ね。そう言うスバルこそ、レスキューに行くの、夢だったんでしょ?」

「形はちょっと変っちゃったけど、ここでもできるって分かったから。」

 レスキュー隊で活躍することが夢だったスバルと、高ランク魔導師になって執務官から艦長、提督へと上り詰めることが目標のティアナ。どちらも、広報部と言う選択肢はそれほど美味しいものではない。

「それにしても、デビューしたころはあんなに不本意そうだったのに、今じゃ立派に広報の一員だな。」

「あの頃の事は言わないでくださいよ、ウォーゲン二尉。」

 恥ずかしそうなティアナに、思わず噴き出すフォルク。彼の場合、基本的にはやてとセットで動くため、はやてが広報を任される以上はフォルクも広報で活動する事になる。

「スバルじゃないが、どういう心境の変化だ?」

「今の流れが続けば、後十年もすれば竜岡式は十分な勢力になってるでしょうし、今のうちに吸収できる事は十分吸収しておく方がいいか、と思いまして。」

「まあ、そうだな。流石に内容がハードすぎるから、訓練の標準になるってのは難しいとは思うが、逆に言えば初期のうちから鍛えればそれだけアドバンテージになる。」

「それに、JS事件の時にはっきり理解しました。竜岡式の魔導師と一般の魔導師、混成部隊になった場合に前線で指揮できる人間は、まずそんなに多くは育ちません。」

「つまり、他所に出て普通に執務官を目指すより、ここで指揮官としてのノウハウを完成させた方が、強力な武器になる、ってか?」

 フォルクの言葉に、不敵な笑みを浮かべて頷いて見せるティアナ。一般の部隊と竜岡式の部隊を同時に運用する場合、事前データに頼らずその場で隊員の能力を把握できなければ話にならない。。何しろ連中ときたら、作戦行動中にどんな突飛な真似をしてもおかしくないのだ。普通の部隊であれば、データと実績で大体の能力が判断でき、それが大きく外れる事はまず無いのだが、竜岡式の場合はデータに無い技をぶっつけ本番で生み出すのは当たり前、他人が使った技をその場でコピーしたり、飛べなかった人間が急に飛べるようになったりと言った事も珍しくない。

 しかも、指示は守るが局員としてのセオリーは守らない事も多いので、そこらへんも理解して指示を出せなければ意味が無い。二期生以下の平均実質ランクAAAと言う飛び抜けた実力にごまかされがちだが、他の部隊と部隊行動が取りにくい本質的な原因は、この辺の行動原理の違い、と言うやつと能力の方向性に対する個人差の大きさによるものだ。

 その事を理解し、かつ指揮と言う形でいかせるのは、現時点でははやてとティアナぐらいであろう。美穂もいい線は行っているが、まだ完治していない対人恐怖症を考えると、仮にこの道を志してくれても、指揮官として完成するのは相当先になりそうだ。故に、そこを追求し、磨きあげるのは、ティアナにとって悪い選択肢では決してない。

「ティア、本当は、給料明細の数字が惜しくなったんじゃないの?」

「それも理由としては大きいけど、さすがにそれが全てじゃないわよ。」

 夏ごろからの給料で、ついにティアナは奨学金を含めたいくつかの借金を完済した。それも、いざという時の蓄えを作りながら、だ。地味に執務官でエリートであるはずの兄より手取りが多いが、執務官の給料を知らないティアナは当然、そんな事実は知る由もない。

「何にしても当面は、二年でどの程度戦力を充実できるかと、広報って形で続けるべきなのか、って言う二つをが争点になるだろうな。」

「そうですね。」

「八神支配人も、大変ですね。」

「まあ、なんとかするだろうさ。」

 あっさり気楽な事を言ってのけるフォルク。実際のところ、そう言った事務方の、それもトップとしての仕事はフォルクの担当ではない。あくまでも彼は、はやての心身を守るために聖王教会から派遣された人物であり、権限の面でもはやての仕事を肩代わりできはしない。もっとも、もう七年、一緒に行動しているのだから、何をどうすればはやての負担を軽くできるかぐらいは心得ている。防御だけが取り柄の小僧ではないのだ。

「それにしても、ナンバーズとかクローンの子たちとか、どうするのかしら?」

 フォルクを見ていてふと思い出した事を、ぽつりとつぶやくティアナ。スカリエッティ一派に関しては、スカリエッティ本人とウーノ、トーレ、クアットロの四人以外は、とりあえず構成教育を受けた後、保護観察期間を経て社会復帰と言う、事実上の無罪判決が確定している。本来立場的にチンク達と大差ないトーレが刑に服することにしたのは、流石に三人だけでは納得しない人間も居るだろう、と言う事で、内部の反対派として止められなかった責任をとったのだ。

「まだ、完全に身の振り方が決まってる訳じゃないらしいが、クロノ提督のクローンは更生教育が終わったら、グレアム提督が養子にしていろいろ仕込むとは言っていたな。」

「チンク、ノーヴェ、ディエチ、ウェンディの四人は、うちで面倒をみるみたいだよ。」

「ディアーチェ達三人は、リンディさんが養子にするんだって。」

「あ、師範。」

「おかえりなさい。」

 更生施設から戻ってきた優喜が、ほぼ確定している情報を持ち込んでくる。

「プレシアさんが養子にするのかと思ったんですが、違うんですか?」

「これ以上、時の庭園直属の勢力が増えるのは、勘弁してほしいんだって。あの子たちも実力的には二期生とはれるぐらいはあるし、ね。」

「まあ、そうですね。」

 ついでに言うと、リンディがエイミィ以外にも娘を欲しがった、と言うのも理由の一つである。

「あと、セイン、オットー、ディードの三人は、聖王教会に所属する事になる。他のクローンの子たちも、とりあえず大方養子縁組は決まりそうだって言ってた。で、今もめてるのがセッテの処遇。」

「セッテ、ですか?」

「とりあえず、意地張って実刑を受けようとしてたのはやめさせたんだけど、当人の希望に絡んで、ちょっとばかし勢力争いみたいな事が、ね。」

「勢力争い?」

「更生教育の最中に、どういう訳か料理と細工に興味を持ってね。で、意外とエンチャントの筋もよさそうだから、最初から希望してたディードと一緒に仕込もうかって言ってたら、どこが抱え込むかで喧嘩になったらしい。」

 優喜の言葉に、ひどく納得する。エンチャントアイテムを作れる人材、と言うのは、竜岡式なんかよりずっと貴重だ。しかも内容が内容なので、下手に教えるのも怖い。優喜が、こっち方面の弟子は当分この二人だけ、と宣言してしまった事もあり、派閥争いが激しくなってしまったのだ。

「ま、最悪力技でうちの娘にすればいい、とかプレシアさんは言ってたけどね。」

 意外に聞こえる事を言う優喜に、顔を見合わせるティアナ達。プレシアの発言は言うまでもなく、ディアーチェ達を取られた意趣返しである。

「何にしても、来年には保護観察期間に入るから、にぎやかになりそうだ。」

「そうですね。」

「ん~、なんか結構楽しみかも。」

 元々、スカリエッティやクアットロはともかく、それ以外のナンバーズとは対立していた訳ではない。単純に、企画の上でライバルみたいな形になっていただけで、六課の誰一人として、彼女達に含むところは無い。個人的には好感を持っている相手も結構いる事もあり、かなり楽しみにしている広報六課のメンバーであった。







「エリオ、キャロ、こっちこっち!」

「ルーちゃん!」

「ルーテシア、久しぶり!」

 久しぶりの全日オフ。エリオとキャロは、広報六課に入ってからめっきり顔を合わせる機会が減っていたルーテシアと、久しぶりに一日一緒にいる事にしたのだ。

「そう言えば、見せたいものって?」

「これよ、これ!」

 相も変わらずテンションの高いルーテシアは、いきなり何ぞの魔法を発動させる。

「来て、飛蝗皇!」

「「えっ!?」」

 エリオ達がよく知る名前の召喚虫を呼び出したルーテシアは、やたらと自慢げに胸を張ってみせる。エリオやキャロ同様、まだまだ第二次性徴の兆しは見えないが、それでも同年代の中では発育がいいため、そろそろ女性らしい体つきになる兆しは出始めている。が、そこは突貫型のキャロとそう言う面ではまだまだ子供のエリオの事だ。結構大人びた表情をするようになったルーテシアに、一切気が付いていない。

「私の新しい召喚虫よ。凄いでしょう!」

「ルーちゃん、その子……。」

「あの事件の日、主が死んで迷子になってたのを見つけて、契約してあげたの。私もまだまだ大した実力は無いから、還す間だけのつもりだったんだけど、相性が良かったみたいで、ね。」

「そっか……。」

 エリオとキャロの表情を見て、何かに気がついたらしいルーテシア。真面目な表情になって、先ほどまでとは打って変わった静かな表情で質問を口にする。

「エリオ、キャロ。もしかして飛蝗皇の前の召喚主の事……。」

「うん、知ってる。」

「そっか。」

 エリオ達につられて、どことなくしんみりとした顔になってしまうルーテシア。そんな彼女の肩を、ぽんと叩く飛蝗皇。

「でも、良かったよ。」

「ルーちゃんの事、お願いね。」

 エリオ達の言葉に頷く召喚虫を見て、表情をほころばせる三人。とりあえず用事も済んだ事だし、流石にガリューに比べると何とも言い難い外見の彼を、街中をあちらこちら連れまわすのはいろいろあれな事になりそうなので、一つ礼を言って送り返すルーテシア。

「そう言えばルーちゃん、クラナガンを離れるって、本当なの?」

「うん。ママの体、環境のいいところにいた方がいいだろうって。」

 先のJS事件で、メガーヌは名状しがたいものの攻撃を防ぎきれず、リンカーコアにダメージを受けてしまった。結果として、召喚師としての力はほとんど失われ、またその時に一緒に浴びた瘴気の影響で、クラナガンのような大都市では生活すること自体がかなり厳しい状態になっていた。呼び出していた召喚虫の制御も怪しくなり、送還もまともにできなくなったため、応急処置としてほとんどすべての契約をルーテシアが引き継いでいる。

 とりあえず現在は隔離病棟でリハビリ中なので、すぐにと言う訳ではない。だが、ルーテシアが初等部を卒業する来年度には、すでに目星をつけてある無人世界に引っ越すことが決まっている。流石に何もせずに生活する事は出来ないので、自然を売りにしたリゾートコテージを親子で経営する事にしたらしい。この辺の費用はキャロを指導してくれた礼と言う事で、プレシアが出資することが決まっている。

「そっか、さびしくなる。」

「大丈夫。転送装置もつけてもらえるし、時の庭園とは定期的に取引もするし。」

「落ち着いたら言ってね。」

「みんなで遊びに行くから。」

「その時は、ちゃんとお金出して泊まってね。ガリューも飛蝗皇も呼んで歓迎するから。」

「「もちろん!」」

 ルーテシアの冗談めかした言葉に、にっこり笑って頷くエリオとキャロ。ぶっちゃけた話、二人の口座にも使っていないお金はたくさん眠っている。友達のために宿泊代を出すぐらい、大した負担ではない。

「さて、辛気臭い話はこれで終わり。今日は目いっぱい遊びましょ!」

「うん!」

「まずどこにいく?」

 なんだかんだ言って、子供達は明るく元気であった。







「ようやくと見るべきか、思ったより早かったと見るべきか……。」

「俺は、むしろ良くこの日が来たな、と思っているよ。」

 高町家のリビングでは、久しぶりに男性陣が勢ぞろいして、酒を酌み交わしていた。もっとも、恭也は割と酒に弱く、優喜は一応まだ未成年と言う事で、がっつり飲んでいるのは士郎だけだったりするが。

「親としての本音を言うならば、なのはには普通の結婚をして欲しかったところだが、ね。」

「管理局に関わってる以上、もとからこっちで普通の結婚って言うのは厳しかったんじゃないかな?」

 優喜の指摘に、苦笑して頷く士郎。正直なところ、親としてはかなり複雑な心境である。優喜の事情が事情ゆえ、ミッドチルダでの重婚と言うのは一番ましな落とし所だろう、と言うのは分かる。だが、嫁同士が親友だと言っても、自分の娘が何人かの一人になる、と言うのはどうしてもかなり抵抗がある。

「それにだ、とーさん。俺はむしろ、美由希の方を気にせにゃならんのではないか、と思ってるんだが?」

「そうなんだよなあ。翌日に残るような飲み方はしてないとはいえ、この話が決まってから、ずっとやけ酒かっ食らってるんだよなあ。」

「あれもそれなりに美人だし、性格も悪い訳じゃないのに、どうしてあそこまで男に縁が無いのやら。」

「婚活とかには向いてないからなあ、美由希さん。」

 高町美由希、二十七歳。そろそろいきおくれ、と言う単語がちらつき始めている。思えば、大学がタイムリミットだったのかもしれない、とは当人の弁である。

「出稽古とかは行ってるんでしょ?」

「ああ。だがなあ。」

「強すぎて、男がみんな引いてるんだとよ。」

「うわあ、情けない。」

 優喜の容赦のない一言に、思わず吹き出す士郎と恭也。実際のところ、ずっと一緒に修練をしていた、とかそういう関係でもない限り、自身が武術や武道を志していて、自分よりはるか上の実力を持った相手に懸想できるかと言うと、プライドの問題もあるのでなかなか難しい。しかも、美由希の場合、ひとたびスイッチが切れると、フェイト同様妙にポンコツなところが目につく女性であるため、そんな女に手も足もでないという現実がよけい惨めな気持ちにさせてしまう、と言うのも痛い。

 かといって、翠屋の従業員は女性が多く、いくら常連でも客とそういう関係になるには店がはやりすぎている。知人の紹介や見合いと言う手も無い訳ではないが、士郎や恭也、赤星の知り合いは大体美由希の知り合いだし、優喜達の同級生とか言いだすと、さすがに年が離れすぎている。一応デイヴィッドやアルバート、CSSのメンバーなども動いてくれてはいるが、逆にワールドワイドすぎてか、なかなか前に進む気配は無い。

 最近は守りに入り気味で、おひとり様でどうやって老後を凌ぐかとかそういう本が愛読書になりつつある美由希。こういうのは縁の問題とはいえ、出来ればどうにかしてやりたいとは周囲の人間の共通意見だ。

「まあ、美由希の事はなるようにしかならないとして。」

「アリサちゃんとユーノ君については、現状どういう感じか知っているか?」

「あの二人は、アリサが大学卒業したら結婚するって。」

「まあ、妥当なところだな。」

「子供の事もあるから、ユーノもどこぞの国で戸籍作って、そこの大学教授って事にするらしいよ。」

 管理外世界だなんだと言ったところで、ミッドチルダ政府も管理局も、それなりに影響力は持っている。流石に地球ぐらいの文明レベルになっている世界の場合、全く関わりを持たないと言うのも危険なので、いくつかの国や施設とは秘密裏に関わりを持ち、今回のような状況のために戸籍だの社会的身分だのを偽造できるようにいろいろやっているのである。リンディ達が特に問題なく海鳴に根を下ろし、住民票の類が必要な行動を普通にとれているのも、言うまでもなくミッドチルダ政府と管理局の伝手だ。

「アリサちゃんも、完全にあちらの人間になるのは厳しいからなあ。」

「すずかもそうだからね。だから、こっちの戸籍上は、すずかと夫婦になる訳だし。」

 少子化に悩む夜の一族が、貴重な次世代をよその世界に取られる事を、よしとする訳が無い。元々日本にいる限りは一人しか嫁を取る事は出来ないし、どうせ生活の大半をミッドチルダで送る事になるのだから、とりあえず子供が出来た場合、一番日本での戸籍が重要になりそうなすずかと、形の上だけでも結婚しておこう、と言う事で話し合いはまとまった。エリザから、必要なら一夫多妻制の国の国籍も取れるよ、などと悪魔のささやきを言われた事もあったが、地球での相続周りは実質すずかの子供以外はあまり意味が無くなりそうだ、と言う理由で他の三人とは事実婚という形で済ませることにした。日本に紫苑の戸籍がない事も、事実婚でいいじゃん、となった理由の一つだ。

「向こうでの結婚式はどうするんだ? 俺達も参加できるのか?」

「こっちではどうするつもりだ?」

「向こうの結婚式は、今はやてが色々企画中だって。流石になのは達の立場上、身内だけの地味婚ってのは厳しいらしい。こっちはもう、いろいろややこしい事になりそうだから、婚姻届と一族の人たちを招いての食事会だけでいいんじゃないか、ってエリザ先生やさくらさんと決めた。」

「一族の人間か。お前なら問題は無いだろうが、ややこしい奴もいるから気をつけろよ。」

「さくらさんにも言われた。もっとも、エリザ先生に言わせると、子供の頃から長年すずかに血を流しこまれてきてるから、発情期が無い事と血が必要じゃない事以外はほぼ一族と変わらないらしいし、長老たちは多分何も言わないだろうって。正直、自覚症状は全くないけどね。」

 優喜の回答に、思わず微妙な表情を浮かべる士郎と恭也。エリザによると、こういうケースは珍しいとはいえ、全く無かった訳ではないらしい。体質的に相性がいいと、ごく微量血が混ざっただけで夜の一族に変わってしまう事があり、これが吸血鬼の血を吸って眷属を増やす、という俗説につながったのではないか、と言う話である。優喜の場合、相性が良かったと言うより気功ですずかの血をなじませた結果、体質が変化したと言うのが実際のところであろう。

 とは言えぶっちゃけた話、夜の一族になっていようがなっていまいが、優喜が化け物の領域にいること自体は変わる訳でもなく、単に妙な属性が一つ増えたにすぎない訳だが。

「何の話?」

 微妙な空気になったところに、時の庭園からいろいろ回収してきたなのは達が顔を出す。

「ん? ああ、結婚式の話と、僕の体の事。」

「体の事?」

「僕の体質が、夜の一族に近くなってるって話。」

「そうなの?」

 優喜の言葉に、すずかに視線が集中する。その視線を受けたすずかが、苦笑しながら一つ頷く。発情期が無い、と言うのは多分、優喜が元々抱えていた問題と相殺されたのだろう。そういう意味では、すずかがこっそり地道に続けていた行為は、優喜の治療にとっては実に効果的だったと言える。

「まあ、別にどうでもいいかな。」

「いいのか?」

「うん。」

 あっさりどうでもいい事にしてしまうなのはとフェイト。紫苑は最初から、優喜がどういう生き物であっても気にしていない。

「でも、ゆうくんと結婚かあ。」

「少し、不思議な気持ちね。」

「うん。こういう話は、ずっと先の事だと思ってたし、少し前までは優喜とこういう関係になるなんて夢のまた夢だったし。」

 フェイトの言葉に、しみじみと頷く三人。

「ねえ、優喜君。」

「なに?」

「一杯家族を作って、みんなで幸せになろうね。」

 なのはの言葉に、淡く微笑んで頷く。天涯孤独だった少年は、たくさんの家族を手に入れたのであった。



[18616] あとがき
Name: 埴輪◆eaa9c481 ID:f9b91b81
Date: 2012/04/21 23:41
 予定よりはるかに長くなった子の話も、とりあえずここで幕引きとなります。

 正直、予定より長くなってしまって芸能関係で予定していたねたを入れそびれたとか、Stsが原作シナリオの関係上どうしようもなかったとはいえ、せっかく出したフォルクとかの影が薄くなってしまったとか、反省点は山のようにありますが、それでも完結させることが出来ただけでも今はよしとしようと思います。

 最初は後日談を一本書こうかな、と思ってはいたのですが、ラストを書いた時点で、蛇足になりそうだから無しにしよう、と決めたので、本作はこれで終わりです。

 ネタが無いわけではないのですが、仮にVivid編を書くとしても、多分違うスレッドの別タイトルで書くことになると思いますし、Force編は事件そのものが起こらないので書くことは無いでしょう。

 それではこれまで長い間お付き合いいただき、ありがとうございました


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
3.7996199131012