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[18329] とある『海』の旅路(オリ主によるFate主体の多重クロス)【リリカル編As開始】
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2018/03/19 20:52
初めまして作者のよよよと申します。
【チラシの裏】では概ね好評でしたので【型月板】へ移動いたしました。
未熟ながら書いた文章でもある程度には仕上げたと思っていますが―――と【チラシの裏】でそう思っていた時代が懐かしいです。
実際には誤字脱字が非常に多かったり(ホントに多くてすみません)。
本編を確認しながら書いていた筈なのに、酷い事に人物名が微妙に違っていたりしていました。
判る限りの誤字脱字の修正や、一部修正を加えましたのでそれなりにはなっていると思うのですが…
又、この作品には以下の地雷があります。

1、主人公のオリ主は、人間の基準を間違えているものの戦えば必ず勝つ最強という訳ではありません………とか言うのは辛い言い訳かもしれません。
2、何れリリカルなのはとクロスしようと考えていたため、オリ主がリリカル世界の死体を使っています。

Fate編
冬木市に突如現れた全能なる神、その神の生贄に選ばれた小さき命の叫びが夜の闇に響く時、正義の味方を目指す少年、衛宮士郎は現れ神の手より小さき命を救う―――そして、衛宮士郎が選んだ選択とは?

1、Fateとのクロスでホロウ設定無視、原作崩壊。
2、『突き穿つ死翔の槍』の解釈がアストロ流星投法ではなく、衝撃波と共に圧縮された死の呪いが開放され、周囲の相手を殺害する大軍宝具としています。
3、最強のサーヴァントであるギルガメッシュが瞬殺されてますが、相手が悪かったと思って下さい。
4、内容に本編のコピペが多数あります。
5、本文中に衛宮士郎が不死身になっています。

ウィザーズクライマー編
1、ウィザーズクライマー編では主人公側が人間社会側の為、やや竜アンチになっていると思います。

アヴァター編
1、アヴァター編は、DUEL SAVIORの世界なのですが、型月世界から当間兄妹が召喚された場合は抑止力ENDになってしまう為出てきません。
2、同じくナナシにしても別のキャラが出て来る為に出番はありません。
3、学園等の設定も色々してしまった為、もはや並行世界のアヴァターだと思っていただければ…とかしか言えない状況になっています。
4、女性の下着は、アヴァターに住む男性に対しアクションゲームの『天誅』でいう『だんご』に相当するためブラックパピヨンは必殺したい放題です。
5、また、白の精に呼ばれた無道とシェザルが召還器を手にしていない事から、召還器は有れば有利となるが、救世主になる為には絶対必要という訳ではないモノとなっています。
6、破滅の将であるムドウとロベリアの二人は原作に無いオリ技を使っています。

リリカル編
1、リリカル編では型月世界とリリカルなのは無印とStsの世界を行き来する感じとなっています。
2、通常アーチャーは霊体化していますので空気になっています。
3、セイバーがミッドチルダ式魔法を使いますので洒落にならないチートになっています。
4、Sts世界ではFateと無印の混成チームは慎重に動きすぎてなかなか機動六課と合流しません。
5、ロストロギアをレリックと誤る憶測はあっても、本編にてそういった事実がないガジェットですが高密度魔力の魔力反応には反応するようになっています。
6、正義の味方についてあれこれ悩んでいた衛宮士郎ですが、吹っ切ったというか開き直ったようなかんじになっています。
7、無限書庫の設定が独自設定になっています。
8、機動六課のスバルですが、無重力環境では身動きに難があるので弱くなっています。

また、死徒二十七祖の情報は『月姫研究室』を参考にさせて頂きました、有難う御座います。

この他にも地雷は多数敷設(更に800%は増量した筈)されていますが、特に上記の内容が容認出来ない方は見られない方が宜しいかと思います。
もしかしたらこの前書きこそが真の地雷なのかもしれませんが………『俺の特殊装甲にかかれば、地雷等は大した事等など無い』って方や、『俺の移動タイプは飛行だから地雷等は問題無いさ』という方はどうぞ。
宜しければ感想をお願いいたします。

4/30 リリカルなのはの小説を再度読み直し、リニスの設定をすっかり忘れてましたので加筆修正しました。
6/28 タイトルが悪いとの事でしたので、アドバイスを受け変更いたしました。
10/11 短編ウィザーズクライマー編追加+Fate編誤字修正。
02/02 アヴァター編1~2を追加。
02/04 アヴァター編3~6を追加。
03/29 アヴァター編完結及び、ある人物の名称が微妙に違っていましたので修正。
05/24 二重表現により読み辛い箇所と、セイバーが発酵食品に強いのが判明したので修正。
11/28 Fate編加筆修正。
01/23 リリカル編1~4を追加。
01/24 リリカル編5~6を追加
02/17 リリカル編7~10を追加。
02/27 リリカル編誤字及び一部修正。
08/24 ウィザーズクライマー編の誤字及び一部修正。
12/29 リリカル編11~15を追加。
03/23 リリカル編16~18を追加。
09/27 リリカル編19~22を追加、11~18までの誤字及び一部修正。
11/16 アヴァター編1~8を修正。
09/23 リリカル編23、24を追加。
09/27 リリカル編25話を追加。
01/30 リリカル編26、27話を追加。
01/12 リリカル編28~30話を追加。
2018/03/19 リリカル編31話を追加。



[18329] 00
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 16:59
とある『海』の旅路 ~多重クロス~

第0話

我は原初の海、世界樹という無限の世界を支える白銀の海にして管理者―――だが、人々は我を神と呼ぶらしい。
我はただ世界を創ってしまった責任がある故に、世界が崩壊しないよう管理しているだけなのだが……困った事が起きた。
事の発端は我にあるといえるだろう、我は生命やその可能性を気に入っており。
その為に数多の世界を創世し、更には並行世界すらも容認してしまったのだ。
可能性が在る限り無限に増え続ける世界、これでは如何にその歪みを正しても過負荷は増えていくばかり、だからこそ、この様な時には世界の理から変え創り直すのが最善である。
故に、この度も現在の理より世界に歪みが起きにくい新たな理、すなわち、今の理を赤と白とに分け新たに世界を創り直す事にしていた。
世界の精霊である赤と白の両名に選ばれた者、即ち世界の代表となりて世界を救い、そこに住む者達には終焉を与える救世主に選択させる。
そう、新たなる理の元、世界を創り直す為の救世主―――それが何故か叛旗を翻し我の示した理を拒絶してしまった。
今の理のままでは、世界に歪みが多く生じてしまい放置すれば渦となり、世界の間に生じる歪みにより次元断層やら、邪神、自ら神と名乗る存在が時折現れてしまい、我や我の代理として枝世界を管理する影達の負担が多くて困る。
いかに無限に近い力を持つ我とて、その世界全てを把握しているのでは無いのだぞ……それなのに。
一度目は、ようやく選定が終わったかと思い代理の影を通して見れば突然斬りつけられるわ。
二度目は、わざわざ神の座までやってきた救世主がいるのでどんな者かと思い、影から見たら同じ救世主だったのでまた驚かされた。
何故、この救世主は我を幾度も驚かそうとしてるのだろうか?

「勝った…けど……」

ふむ、世界を管理する力の一部を用いて創り出したる我の影を倒したようだな、影は所詮影、我には及ぶべきもない。
―――だか、我が消滅しない限り消える事も無いのだ。

「思った通り…復活しやがったな……」

我の存在により影は復元する、その影に向かい救世主に選ばれた者は、元々救世主であった者達が永き時を過ごす為に形を変えた姿、選定を行う地では召還器と呼ばれているそうだが―――それを構え。

「だがいい…これが続く限り……」

我に反逆する召還器トレイター、我の計画には無い救世主以外の召還器。

「あいつらは…平和に暮らせる……
俺は負けない……行くぜ、トレイターッ!おおおおおおおおッ!」

その黄金輝く長大剣の輝きが主、当真大河に答える様に増していく。
だが、当真大河にトレイターよ……理解しているか?
只でさえ無限に存在せし世界……その一つ一つが増大する先を………我の管理が及ばなくなるほどの肥大化した世界。
それは、負荷が負荷を増大させ、やがては全ての次元世界に次元断層が連鎖発生する事を意味し―――次元崩壊、この影が治める全次元世界の枝は崩れ去る。
いや、責任放棄になるがこれも人の選んだ道か……人類以前、かつて繁栄を極めていた生命、昆虫人に爬虫人達と思えば今までもそうであったか、高い知性と高度に発達した文明を有していたが結局は滅びてしまったのだから。

「―――」

……いや、そもそも何故?
何故、創造主であり管理者たる我に逆らうのだろうか?
我はただ幾つもの世界、違う環境にて命という可能性を見たいだけだと言うのに?
それ程まで我の管理は人に嫌われているのだろうか?
確か、世界各地において教会と呼ばれる施設で敬われていたような……
いや―――あれは自分では何もせず、我にああしてこうしてと注文していただけの様な気がしないでもない、か。
―――成る程、望みを叶えなければ我になぞ従う気になぞならないか!?
全く、我とて管理者はとは管理だけをして見守る存在でいたいのだ。
しかし、我は命がもたらす可能性を見知りする為に、稀に世界に住む者達に力を与えて来たのもまた事実。
それに甘え、我に頼りきりになっては命の可能性の意味は無いだろうに……
我にしてもその世界に生きる命を従える気などない、その代わり、世界に住む者達が命の限り生き抜いて我に可能性を示して欲しいもの。
それこそが我の喜びだと―――む、いや、まさか我の管理に問題があったのか?
だとすると、これは検討するに値する事柄だぞ。

「………」

だが、問題はこの世界か。
統治している影がこれではまともに管理等出来る筈がない。
しかし、直接我が管理したとして同じ問題が起きる可能性は否定できない無いだろう。
―――ふむ。
成る程、幸いにしてこの神の座には影以外にも存在がある―――これを用いてこの世界での我の代理としよう。
まず、この世界の精霊達に選ばれた此度の救世主である当真大河が影と認識している中身をこの枝世界の歪みを修正するシステムに換える。
当真大河がこれと戦う力を利用する事でこの世界に巡る力を循環させ渦にしなければ、我や影には及ばないものの居ないよりは遥かにましになる―――それに、我に反逆する程の救世主ならば二、三千年位は問題ないだろう。

「―――むぅ?」

早速考えを実行してみたが……こうも上手く行くとは。
当真大河は、姿は同じでも内が替わった事に気がつく事も無くを倒し続け、その結果、歪みは渦にならずに各世界へと流れ続けている。
ふむ、思いの外上手く行っているようだ、まだ余裕がある様なら他の枝の歪みも付け足しても良いだろ、ん?
……いやまて、人柱の様になるがこれを世界樹の各枝にて救世主級の存在力を持つ者達、最低数百人集めて行わせれば何とか管理出来るのではないか?

「………」

―――なんて事だ!?
もっと早くに気がついていれば、このような命の可能性を摘み取る様な真似などしなくても良かっただろうに―――何と勿体無い事か!?
判明した事柄に自分自身呆れながらも、構築し直した管理システムの最終調整を確認する。
基幹システムとの連動誤差良好、各次元世界から歪みへ検出と割り当て……と、全システムに異常は確認されない、な。
救世主当真大河よ、世界樹の一枝となるこの世界の管理を任せよう、我を否定したのだからせめて我が問に答えが出るまでは持たせてみせよ。
もっとも、今まで我が意思を受けた影が管理してたのだ―――しばらく、そうよ……な、五十億年位は管理しなくとも次元崩壊等といった問題は起きない無い筈だ。

「―――後は行くのみ」

こうして我は答えを得る為の旅に出る事にした。
だが、答えを得るためとはいえ……如何するか?
このまま世界樹の外側から世界を視るだけでは今までと大して違いは無いだろう。
必然、一人の人として観察する為には我の入る器を創るか調達するしか無いのだが。

「―――」

うむ、丁度いい感じのモノが世界の狭間の一つ、この枝の住人が言う名称では虚数空間に在った。
透明な容器に入った人の幼体に、干物―――いや容器にしがみ付く様にして果てている事からこの幼体の関係者の様だ。
辺りに散在する機材等から想像出来るのは、次元航行中に何らかの事件・事故よって次元断層に遭遇。
そして、世界の狭間たる虚数空間にて最後を迎えたのだろう、しかし、そんな些事は我にはどうでもいい事。
肝心なのは、魂が無い死体でありながらこの鮮度の良さだろう、体が生きていようが死んでいようが我にしてみれば些細な違いに過ぎないのだから。
早速、体に入り生態情報を収集する。
情報を元に生態を活性化及び欠損部分を分解・再構築。
―――生体機能良好、生体活動再開確認。
次いで記憶領域を読み取る。
どうやら生前はリンカーコアが機能していないようだが、生体活動が再起動した際に生じた力の流れにより使える様になった様だな。

「そうか、この娘の名はアリシア・テスタロッサか」

アリシアの記憶を視るが不可解な事が分かった。
この娘が死亡した時の内容がここ、虚数空間と接点が無い事……いや、この娘からしたら気が付いたら死んでいたのだからより不可解と言える。
それでも死んでいるのは事実なので、何かあって死に、更に死体の移送中に次元断層に遭遇したのかな?

「だとすると、死んだ後も運が無かったんだね」

アリシアの記憶と状況から、干物化した女性は母プレシア・テスタロッサだと判断した、他にもリニスという名の山猫がいるそうだけど見たところソレらしい姿は無いね。
記憶からすると、この娘が生きていた世界は時空管理局って組織が管理する世界のよう。

「管理局……ねぇ、この世界を管理してくれるのなら私としても嬉しいけど。
人は集団、組織になると暴走する時が多いから少し心配かな」

機材が見える土の正体は、恐らく次元航行可能な船舶の残骸なのだろうな。
そう思考しているとふと、アリシアの残留思念の影響か自然と残骸にプレシアの墓を作っていた事に気が付いた。

「成る程、これが人……か。この思考、我(わたし)には解らない筈だよ」

不思議とすら思える己の行動を確認し、枯れ果てた花畑にある墓を見つめる。
ふと、母は花が好きだったなとよぎり。
アリシアの思考から、母が好きであっただろう花を創造していった。

「プレシア・テスタロッサ、御免なさい。
悪いけど貴女の娘の体をいただいていきます」

そんな己の行動を、既に母さんの魂はここには無いのに何をしているのか不思議に思う。
深く頭を墓に下げた後、この周りの時間を停止させる。

「そう……だね。
この不可解なのが解るには、当真大河のいた世界に行って見れば良いかな?」

そう思いつつも、無数に在る地球のどれかな?
各枝から更に分かれている並行世界も含めれば地球すら無限に存在するといってもいい。
取りあえず適当に視ていると、面白い世界が在るのに気がついた。
何故かやたらと自衛心が強い地球があるのだ、並行世界だからだろうか、何れにしろ興味深い世界であるのは間違いない。

「まずはあそこから始めよう、すぐに答えは見つからないだろうけど―――見つける為に、始めようその第一歩を」



[18329] Fate編 01
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:00
とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第1話


地球の日本、転移する先は何故か他の場所よりも魔力と呼ばれる力の元が強い場所。
何故と言われれば答えは簡単、単純な話ただ気になるから。

「興味本位で決めちゃったけど、何か旅行みたいでわくわくする――――あっ!?」

………結果だけ言うよ。
私がこの世界に転移した瞬間、この世界、全宇宙は破滅してしまいました。
良く考えれば当然だね、アリシアの身体から溢れている私の存在、全ての世界を支える原初の海はこの世界である宇宙よりも遥かに大きいのだから。
世界を風船に例えれば、全宇宙という空気が在った所に私という存在、その一部とはいえ、この世界よりも遥かに大きいのだから破滅するのは仕方が無いよ。

「まるで人形遊びみたいになるから好きじゃないけど、この世界を滅ぼしに来た訳じゃないし、残念だけど仕方が無いかな?」

幼い体に入りきらない私の存在を、内側に創造した世界を経由する事にして、この世界に影響が無い様にし、破滅した世界の断片を集め、其処から数時間前の世界を割り出し創造する―――多分、これで以前の世界と変わり無い……かな?

「細かい事は良いや。
それよりも、衣類、体温の調整ついては周囲の空間を調整するからいいけど。
こうもお腹が減ってくるのは、如何したら良いのかな?」

世界を管理していた時には食べるといった行為は必要無かったし、頼みのアリシアの記憶には食材の調達された後の調理法はあっても、食材を調達する術と何が食べられるかは確認出来なかった。
先程まで死んでいたからか、お腹は既にくうくうと隠し様も無いほど空腹を訴えている。
周囲の時間は夜、場所は公園。
見上げれば月がとても綺麗に見えるよ。

「本当、どうしようか―――んっ、猫?」

その時に一匹の猫が散歩か歩いている。
確か肉って調理出来たよね?
アリシアの記憶にあるのは、トレーに乗った肉ばかりなので何の肉かは記憶されていないのが困り処だけど。

「―――お肉なのには違いはないよね?」

頭の片隅には、あの猫がどうやったら記憶にあるお母さんの料理になるのか不明のままである事に不安を抱かなくもないけれど、こうお腹が減ってはしょうがない。
世界から自分の時間を隔離させ、時間が停止する世界の中を歩き猫を捕まえる、再び世界につないだ瞬間、驚いた猫が「ニャッ」と鳴き声を上げてちょっとびっくり。
でも重要な食料である君を私は放すわけにはいかないよ。
折角の命なのに、少し罪悪感を抱くもののお腹が減っていたのでそのままかじってみた。

「フギァァァー」

凄い悲鳴が上がった、耳から入って来る余りの絶叫に私も驚き「きゃ」なんて声を上げてしまう。
かつてこれ程の相手がいただろうか―――いや、世界樹がもたらせる遥か前、他の海達との会話には言葉など存在せず、互いに想いを込めて殴りあうしかなかったけれど……これ程驚かされた存在は初めてだった。

「ん~、世界樹を管理する私を驚かすなんて、この猫さん只猫じゃないよ!?
……もしかすると救世主より凄い子かもしれないよ、でもお腹も減ったし、猫さん食べようとすると凄い声上げて何か怖いし、あぅ~」

アリシアの記憶にある、山猫という種族のリニスはこんな風に鳴い事なんか無かったので如何したらいいのかも分からず、ただオロオロしていると。

「一体如何した――って、何で裸かなのさ!?」

赤毛の男性は走って現れるなり何か叫び出す。
それに、裸と言われても周囲を書き換えれば良いだけなのに何でいけないのかな?

「うん。お腹が減ったから食べようとしたんだけど―――お兄ちゃん、この子如何したら食べられるの?」

状況が分からないので小首を曲げつつ答える。
それは、この男の人が猫さんの食べ方を知っていれば私にとっても利があるからだ。

「ええっ!?その猫食べる!?」

あれ?
赤毛の男は驚いているよ、選択を間違えたのかな?

「いや。それよりも、両親や家は如何したのさ―――それに服は一体?」

ん~。家、住処。
私の代理とはいえ、影が居る神の座が一応の住処になるのかな?
沢山ある内の一つとはいえ、今期の救世主当真大河が召還器トレイターと共にやって来て暴れてたし。
この娘の母であるプレシアは既に死亡している、これは私が残骸の花畑に埋葬したから確実だね。

「………うん、まず私の家に刃物を持った男の人がやって来て。
それで、お母さんは死んじゃったからいないし服は気がついたらなかったよ」

言って気がついた。
そういえば何で裸なのかな?
そういった風習があったとは記憶に無いし、プレシアお母さんは変な宗教にでも入っていたのかな?

「―――なっ!?
(そうだ、つい先日深山町でも押し入り強盗があって。
押し入り強盗による殺人事件だっただろうか……じゃあ、この少女の両親もそいつに!?)」

思いつめた表情で拳を握り締める、何だか見ている此方が気圧される程。
一応、私は人から神って呼ばれた事もあるんだけどな……

「――っ!?ごめん、悪い事を聞いた。
俺は衛宮士郎、良ければ家に来ないか?
お腹が減っているなら食べる物もあるし、多分こういった事は俺よりも藤ねえの方がわかるから」

家に来るかって?
「知らない人には付いて行ってはいけません」とアリシアの記憶にあるお母さんからの言葉が蘇える。
一瞬、人攫いかとも思ったが衛宮士郎からはその様な感じは見られない、これで実は人身売買の構成員とかだったら私が存在してきた数百億年。
いや、数百億年と言っても年月を計る文明が現れてからだからもっとか、どちらにしろ、今まで経験してきた事柄は全て無駄となっている証拠にすらなるだろう。
脳裏にそんな事を過らせ、キョトンとしていたら衛宮士郎は上着を脱ぎ私に着せてくれた。

「ああ、藤ねえは俺の学校の先生なんだ。
多分もう家の方にいるだろうから、相談できるし―――って何でそんな目で見る」

その時感じた僅かな違和感―――まるで誰かを助ける事で自分が救われてる様な感情、それが私には理解できなかった。
また、残念な事に稀に見る強敵と認識した猫さん(非常食予定)は、「虐めちゃだめだろ」と言われたので渋々解放、そしたら「よし、いい子だ」と言われ頭を撫でられました。
その居心地良い感触、む~今までこんな事された事無かったよ。
その後は、お兄ちゃんと雑談を交えながら家に向かう。
それで解った事は、新都の飲み屋のバイトが終わり、ぼんやり歩いていたら叫び声が聞たらしく公園まで走って来たとの事でした。
他にも話はあったけど解ったのは一つ、このお兄ちゃんは真正の愚者。
何れ色々な相手に都合良く使われボロボロになり捨てられる存在―――でも、そんな存在こそが新たな種へと進化するから生命は驚きなんだ。
だからこそ、かな。
それ「故に命とは愛しい、か」
でも、世界を守る為とはいえ、少し前に一つの枝世界に置ける全ての命と可能性を滅ぼそうとしたのは他ならぬこの私なんだよね……

「ん。何か言ったか?」

あれ、気が付かず声に出していたのかな?

「何でもないよ、ただお兄ちゃんが良い人だって思っただけ」

「こら、大人をからかうんじゃないぞ」と何故か顔を赤らめるお兄ちゃんに、少し前に一つの世界を滅ぼそうとしてましたなんて言ったら如何なるだろう?
それでも私を許すかな、それとも怒られるかな?聞いてみよ―――ん。

「……ん」

お兄ちゃんも坂の途中に人影があるのに気がつたらしい。

「――――」

人影、私より年上の女の子は二コリと笑うと、坂道を下りて。
過ぎ去る際―――

「早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」

と、意味深い事を口にする。

「お兄ちゃんの知り合い?」

呼び出すって何をだろうと曖昧過ぎで判らないので聞いてみる。
だってあの娘、繋がっている力はそこそこ有る―――いや、人間にしたら異常だから。

「……いや、この辺じゃ見ない。変わった娘だな」

「向こうの住宅地の娘かな?」と話し始めつつ、坂を上がりきってお兄ちゃんの家に到着した。
家の明かりが点いている事から、桜姉さんと藤ねえさんは居る様子。
どんな人達なんだろう?
お兄ちゃんの知り合いだからきっと苦労してるんだろうな。



[18329] Fate編 02
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:03
とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第2話

昨日は、お兄ちゃんの家に入る時に少し玄関で待たされたけどそれは仕方が無い。
だって見ず知らずの人を入れるのに、家族に近い人達に断りも無く入れるのはおかしな事だから。
その後は、桜姉さんや藤姉さんに幾らか質問されたけどよく解らず、反対に私が解ったのはお兄ちゃんが正義の味方とやらを目指している事くらいかな。
でも、衛宮邸の住人三人は殺人事件に遭った為に記憶が混乱しているのだろうとの事から、反対に気遣われて美味しい洋食をいただかせて貰ったんだ。
それは、昨日初めて食べようとした猫さんよりも良い匂いで美味しくて。
猫さんは……臭かったし、齧ったら鳴かれて驚かされたし………洋食、比べ物にならない美味さだと理解したよ。
その後は心地よいお風呂に暖かい布団―――これが人の営みなんだね。
朝は朝で美味しい焼き魚に玉子焼きという美味しいものばかり―――でも、今は誰も居ないこの家の留守番をしているだよ。
昨日来たばかりの私が?
ここの人達は、少しは警戒しないのかな?
そう思いつつ、私は暖かい日差しのなか縁側でお茶を飲んでいる。
でも、こんなくつろいだ経験は今まで無かった、
思えば世界を創造してからは、ただ世界樹を育て安定させる為に管理していただけだったし。
創る前は前で私と同格の白金の海、混沌の海、原始の海達とかと殴り合って戯れていただけだし。
そのうち、殴り合いにも飽きたのか海の誰かが世界樹を創り出し、枝分けをして私も含めた海がそれぞれの世界樹を育て始めたんだっけか。
―――懐かしいな。
他の海の子達は私の様に嫌われたりしてないのかな?

「さて、と」

気持ちを入れ替え作業に入る事にした。
昨日の衛宮邸の人達と交わした会話にてこの世界の情報が無いのを痛感していた私は、お茶を一口するとこの世界に住む人達の持つ深層意識内から集団意識へと接続して情報を読み取る事にした。

「……せめて常識くらいは知らないと困るしね」

ある程度情報を集めた時に気付く、「私、戸籍ないね……」戸籍どころか国籍すらないよ。
そんな訳で集団意識内から更に深層意識、表層意識へ侵入し事実上その人達の意識を奪うと、まずは住民登録をする役所の人を操り私がこの冬木市に移住して来た事にし。
国籍は似た名前が多い米の国。
多分、農協と呼ばれる組織なのだろうと思うけど、軍隊があり空母や核までもってるのは何故だろう?
そのある州に住んでいた事にして、移住の理由は父が工場をリストラされ、再就職した会社が日本で事業をしているので冬木市の新都に一家で来た事にしよう。
引っ越した先は―――ああ、誰も住んでいない洋館が郊外に有ったね。
賃貸住宅らしく、魔術協会とかいう組合が借りている様だけど誰も住んでいないし丁度良いや。
関係する皆の記憶と記録を改竄して、と。
後は、そこの元々所有していたエーデルフェルトか―――そこから買い取った事にして、引越しの荷物やらを母さんの墓付近にある残骸を調べ、解る限りその洋館の中に創造していく。
残り、お兄ちゃん達は私の両親が死んだとしているので。
母、プレシアはアリシアの記憶にあった姿で魂の無い体を創り、剣で突き殺された感じで床に伏せて置く。
父は――ダウニーで良いかな、かつて、救世主の選定を早くして欲しかった影が力の一部を貸したものの、その救世主候補達と戦い敗れた破滅軍主幹ダウニー・リードを創造し同じく心臓を一突きされた感じで床に伏して置いた。
うん、これでこの世界にいる存在定義は出来たね。
私が衛宮邸に至るまでの筋道は、冬木市に移住して来た後、不幸な事に強盗がやって来て両親を殺害。
あの時は保存液まみれだったから、お風呂に入っていた私は慌てて衣服も着ないで逃げたので助かったけど、お腹が減って食べれる物を探していた時にお兄ちゃんに出会って、昨日は記憶の混乱から服の事は覚えていなかった、と。

「こんな処かな」

でも、この世界ちょっと危機感強過ぎないかな?
出来心だったにせよ、一時的にこの星の人々を掌握してみようとしただけで私ごとこの国そのものを沈めようとするなんてね。
気付いて、実は何も無かったとする偽の情報を送りつけて誤魔化したけど……
きっと、私がちょっと力使っただけでこの世界は周囲を破壊しまくるんだ困ったものだよ。

「まあ、今は一人の人として生きているのだから少々の不便は仕方ないか」

一連の作業を済ませてみれば、もうお昼の時間だよ。
台所に行きお兄ちゃんと桜姉さんが一緒に作ってくれたお弁当を頂く事にした。
暖かい日差しの中食するお弁当―――満たされていくの解る。
もう、世界の管理は影とかその世界樹の枝にいる救世主達に任せる事にして、私は管理者なんて止めて隠居しようかなとか思ったりしていました。

「……でも、あのシステムにまだまだ不確定要素が多いのは否定しようが無いし。
ただ歪みを渦にしないだけで、予想外の出来事には対応出来ないから、運用以前にもう少しシステムの構成とか考えないと不味いんだよね」

あのシステムにするには時期早々かな、今は当真大河による試験運用で問題の洗い出しが必要と纏める。
そう考えを抱きつつも食事を済ませた私は、アリシアの記憶にはリニスと一緒にお留守番をしていた記憶が在るので、それを参考にし新聞やテレビを見聞きしつつ情報収集に勤しむ事にした。

「でも、政治や経済の内容はさっぱりだよ……」

テレビでは、地元のニュース番組では多発するガス漏れ事故に関連してガス会社が調査を始める姿が放映されている。
その他にも、近所のトラブルでの殺人事件や若者の犯罪等が流れてたりや。

「ん~、この辺りも随分物騒なんだ。
だからかな、ここ衛宮邸の人達が優しくしてくれたのは」

先程集めた情報から、この国の住民は子供が困っていると大抵は助けてくれるのは理解していた。
それでも、大抵は警察や児童施設とやらに行くみたいだけど。
衛宮邸の人達、特にお兄ちゃんは此処は部屋が余っているから落ち着くまで居て良いと言ってくれたんだ。
警察や児童施設への連絡は藤姉さんがしてくれるらしいし、私としてはとてもありがたい事だらけだね。
だから―――昨日出会った女の子の言葉。

「早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃんか……」

それが気になる処。
それに、私に対して今までここまでしてくれた相手はいないし。
正直、あんな良い人達を殺させたくは無い。
とは言え、呼び出すって何を呼び出せば良いのかな?
呼び出すだけなら以前から封印していた子や、外を徘徊している時空神程度の邪神なら呼出して、従わせる事位容易い……けど。
嫌がって暴れたりしたらこの星系自体が壊れるし。
しょうがないから、ここの枝にいる影でも呼び出して―――
あう……それ以前の問題だったよ、自称神や邪神を名乗っている子達を他の場所で従わせて呼んでも、座に居る影呼び出しても、この世界の星や霊長の抑止力が黙っていない、か。
ん~、だとすると本末転倒だね。
結局解っているのは、呼出さなければ死ぬとは呼出さないと殺されると解釈すればいいから。
ようは呼出した何かに守ってもらうって事だよね?
なら、生命としての力だけ見ればこの星の古きにいた爬虫類、恐竜でも召還すれば―――いや、だめか気温が全然低い。
呼出しても寒さで直ぐ弱ってしまうし、食べ物が必要なので死人は必ずでる。
図体もかなり大きいし、下手をしなくても自衛隊とやらが出てくる事態になると思う。

「―――」

頭の中には冬木市にて暴れる恐竜達が次々と人々を襲い、自衛隊の航空機が攻撃を開始するところまできていた。
で、当然お兄ちゃんの性格なら食べられそうになる人を助けに行き無駄に死亡―――却下だね。
ああでも、恐竜達のご飯になるのでせめて一匹は空腹から助かるかな。
でも、正義の味方とは違う様な気がするよ。

「人目に違和感無く、食事も周りに異常を感じさせない存在。
それでいて、この世界が危険と判断しないか……難しいな」

いや、その前に召喚とは互いの契約がある筈。
自分より強い相手と契約するなら当然、対価はかなりのものとなる。
もし仮に私が呼出されようとしたと仮定したら―――いや、そもそも私を視た存在達も確かにいたけど……何故か私を認識した途端壊れて滅んじゃうんだよね。

「やっぱり嫌われてるのかな?」

あう、こうなったら庭の土に魂を与えて守らすしかないかな?

「番犬の代わりだから、名前はポチでいいか」

とりあえず魂を土に与えてみた。
出来たのは二十センチ位の土の塊の様な存在、それがこの子の霊核。

「今日から君はポチだよ」

よしよしと撫でると足に擦寄ってくる、何故だか記憶にあるリニスみたいで可愛いと思ったり。
ポチが遊んでほしいといってくるので遊んでるうちに日は傾き。
つけたままのテレビには「コロッケマン」やら「仮免ライダー」やらと番組が続く。
お兄ちゃんの事もあってか気になったので、ポチを膝を乗せて見ているけど。

「改造人間の仮免ライダーは明確な悪役がいて、それをやっつけるだけだけど。
頭のコロッケを食べさせる、コロッケマンは、確かに餓えに関連する事柄なら良いけど村や町の規模になると無理があるかな」

これをお兄ちゃんに当てはめると―――貧困や不作によりお腹が減って暴れている人達に「俺を食べてくれ」……駄目だね。

「と、なると。
その時の状況よって効果的な対応が違う事になるから。
正義の味方がとらないといけない選択肢は多くないといけなくなるんだ。
て、事はまず、力は無ければ誰も助ける事すら出来ないし、何かにつけ助ける・救う行動には資金がかかる。
助けたりするにも情報は必要で、しかも組織があって人手があった方が助けやすいから。
……何だ結局正義の味方って、力・金・地位が無いと無理なんじゃなかな?」

「そうなんだ?」って、ポチは返事をしてるけど――ああ、そうかポチは生まれてから数時間しかたってないから解る訳ないか。

「でも、テレビってのは凄いね色々な情報が解るよ」

便利だねと言いつつ時計を見れば、そろそろお兄ちゃん達が帰ってくる時間だ。

「じゃあ、その前に教えておかないと」

この家には丁度、防犯の為か結界がしかけられているからそれに気がつかせてる様にしてと。
この家の周囲で害意を持った相手がいたら土の中に引きずり込んで捕まえるように伝えてみた。
するとポチは「うん、やってみる」と身体を震わして庭に出ると土の中に沈んで行く。

「これで、少しは危険じゃなくなると良いな」

少しすると桜姉さんと藤ねえさんがが「お邪魔します」、「今帰ったよ~」と言いながら入ってくる。

「桜姉さん、藤姉さんお帰りなさい」

「お邪魔します」

「ただいま~、アリシアちゃんは良い子にしてたかな?」

「うん」と答えると藤ねえさん「偉い偉い」と頭をなでなでくれる。

「では、藤村先生、今から作りますね」

そう口にして桜姉さんは台所へと入り料理の準備を始める。

「あれ、お兄ちゃんは?」

その姿が無いのに気がついた、朝は二人の方が早かったから帰りも早いのかなと思ってると。

「士郎はね、バイトなんだって。
もう、こんな時くらい早く帰って来なさいってるのに」

テレビのチャンネルを変えながらも藤姉さんは不満げだよ、この人はお兄ちゃんの事で苦労してるんだね―――確かに、お兄ちゃんのあの様子なら無理も無い。
お昼近くにお兄ちゃんの深層意識を読み取った時感じた印象。
それは歪な精神、一つの生命であるにも関らず自分以外の全てを救おうといった在り方。
全てを救う――そんな事は私ですら出来るわけが無い。
その思考に到る原因が、昔の精神的傷跡によるものだとしても、その傷は完治する事は無く歪なまま魂に刻まれていた感じだった。
結論から言えば、悲しいけどお兄ちゃんがまともな生命体として自己の生存を優先するといった思考はまず出来ないと言っていいかな。
なら、せめて美味しいご飯や温かい寝床のお礼に、お兄ちゃんが自分を省みなくて犠牲になっても死なない様にしようか。
死なんてその瞬間から僅かに時間をずらせば大抵変えられるし、身体が壊れたなら創りなおせば良いだけだしね。
面倒なら死や老いといった理から外せば問題ないから、それは簡単として―――問題は、この国の法律に乗ってやる連帯保証人とやらになったり詐欺にあったらどうしようか?
下手をす―――いや、藤姉さんが居るから大丈夫かな。
……でも、ちょっと不安だからお兄ちゃんの深層意識につないでおく事にしよう、そう結論付け藤ねえさんと雑談していたら。

「藤村先生、アリシアちゃん、ご飯が出来ました」

と、桜姉さんが台所から顔を出す。

「「わ~い、やった」」

ご飯だ、ご飯だ!
昨日食べた洋食やお昼のお弁当はとても美味しかったし、今日の晩ご飯はどんなのかな!!
藤ねえさんも私と同じでお腹が空いているのかとても嬉しそう。

「すみませんが、今日は用事があるので私はこれで」

「そっか、用事があるんじゃしょうがないね」

晩ご飯を作ってくれたにも関らず、すまなそうな表情で桜姉さんは帰って行く。

「じゃあ、士郎が帰って来たらご飯だね」

はうっ、正直、台所から美味しい匂いが漂って来るのに待つのは辛よ。
目の前に欲しいものがあるのに手を出す事が出来ないなんて初めての経験だ、けど昼間に学習した常識だと此処は皆がそろうまで我慢か……
昔は他の海の子相手に、暇だったら殴って遊んで、欲しかったら殴って貰ってたから我慢するのには慣れてないよ。
どんな相手だって、想いを込めて殴れば解り合えない事は無い、でも、そもそも殴り合う相手が居ないんじゃ殴り合いは出来ない、か。
台所の料理を見る……お腹が、体が、何より私の意志がアレを食べたいと要求する。
でも、ここは我慢だよ、我慢なんだよ―――

「―――っ」

………近くにあるの筈なのに、何て遠いのだろうアレは。
駄目だよ、ミカンじゃ物足りない……この現状は辛すぎるので私は先にお風呂に入らせて貰う事にした。

「生きるって事は……辛い事もあるんだね」

生きる事の辛さを噛み締めつつもお風呂から出て来たら、丁度お兄ちゃんが帰って来ていて、丸めたポスターで叩かれたらしく痛がっていたんだ。
ただの紙でああも出来るなんて、もしかしたら藤姉さんは救世主候補以上かもしれない。
お世話にもなってるし今度、召還器に似た物でもプレゼントしてみようかな?
その後はようやく晩ご飯、今回は何故か三人ともドンブリで食べる。
ご飯の後は、昼間に用意した此処にいる経緯を話す事にした。
それを聞いた二人は―――

「じゃあ、早速警察に連絡してその家に行こうか?」

「そういった事なら俺も行くぞ」

と、なってしまい寝るのは遅くなってしまいました。



[18329] Fate編 03
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:06

お兄ちゃんの家である衛宮邸は、まるでアパートか旅館のように部屋が沢山あるけれど、そのほとんどが使われていない部屋なので、その一室を宛がわれた私はごそごそと荷物を片付けていた。

「私が着れる衣服に宝石、か」

丁度、私が着れる大きさの衣類に世界の狭間の一つ、虚数空間で見つけたの宝石は次元に影響を与えられるエネルギーが結晶化していただけの品物であり、そのままだと色々と不安定でもあるし、結晶化しているエネルギーなので使い続ければ何れは無くなってしまう。

「機能は周囲の力を収集し、使用者の望みを叶える、と」

他にも結晶のままにしていると、その過程発生するエネルギーの影響は使用者の抱く願望に反応してしまい、宝石の方は実現させようとするのだけれど……正確には読み取れないのか実現しきれずに暴走しまうみたい。
そんな理由もあり私は安定して永く使えるよう、結晶ではなくエネルギーを発生する機構として九つの青い宝石を創り直している。
創り直した宝石もそうだけど、元となる宝石ですら供給されるエネルギーの性質は次元に影響を与えるものなので、使い方によっては小規模ながら次元断層位は作れそる代物だよ。
まあ―――これは私が創り直したので、そんな事は望まない限り起きない安全設計けどね。

「たぶん、色々な世界で自称神とか邪神とか呼ばれる相手に対抗する為造られた品物。
俗に対神兵器・対神武装と呼ばれる玩具の一つかな?」

でも、人は良くこういった玩具を作るね。
私でもこの宝石や元となった宝石とかは使えるけど、次元断層位なら簡単に出来るし、正直に言えば使い道が無いかな。

「はぁ……二人には悪い事したし。
要らないから形見分けって事であげようかな?」

整頓しながら、昨日自宅にした洋館に警察と一緒に行った事を思い出す。
特に、二人の遺体を運び出す時のお兄ちゃんの厳しい顔は忘れられない。
その姿に罪悪感を持った私を、藤姉さんは「こういった時は泣いて良いんだよ」って抱きしめてくれてた。
如何やら藤姉さんは私が呆けているのかと思っていた様だけど、実際は魂の無い肉塊として創りだされた物に悲しみは感じられないだけなんだよ。
後、遺体近くにあった家具の殆どは調べる為に押収されたけど、私の衣類やお金・通帳や貴金属等は私に渡されたんだ。
それに一緒に居た警察の人も「これは強盗じゃない、明らかに殺人が目的だ」って仲間の人と話していたし。
「押収した品もすぐ返却出来ると思うよ」とカメラで撮影したいた人も言ってた。
とはいえ、この枝には存在しない世界、管理世界の研究機材らしき物も含まれていたからどうなるか解らないけど。
変な発明品としか思われないかなとか思いつつ持ち出した物の整理も終え居間へと向かう、廊下の窓からは暗い幕が下りたかのような庭の様子が窺える。
今は冬なので、日は早々に隠れてしまい夜の訪れは早くなっているからだろうと思っていたら、学校の先生である藤姉さんは既に居間にいたのでそれなりに時間は経っていたみたいだ。

「お兄ちゃん、今日はやけに遅いね」

私はお兄ちゃんに繋いでいるので、道場の清掃や道具の手入れをしているのは知っているけど言わずにはいられない。
何故なら二人とも食事を待っているからだよ。

「まったく、最近は危ないからって言ってるのに。
士郎は私の言ってる事全然聞いていないだから」

心配している藤姉さん、曰くこれで本気で怒る直前らしい。
ここはポチに言って強制連行した方が良いのかな?

「―――あっ」

そのポチだけど、今日は侵入してきた猫さんを何度も追い払う事に成功している。
猫さん―――あの強敵とも呼べる相手を……ああも容易く。
ポチ、もしかしたら私は恐ろしい存在を創ってしまったのかもしれない……
そう思いながら月が照し周囲を紺色に染める空を見上げる。

「ああ、今日も月が綺麗だよ」

話を戻すけど―――お兄ちゃんの目指している正義の味方ってお手伝いさんなのかな?


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第3話


俺は今全力、いや必死で校舎を駆けている。
事の発端は何だったのか。
確か慎二の頼みを聞いて弓道場の整理と掃除を終えた帰り、赤い男と青い男が文字通り本当に斬り合っていた。
いや――アレは人間ではない。
おそらくは人間に似た別の何かだ。
そして、青い男が醜悪なほどの魔力を吸い上げ。
赤い男がヒトではないけど、ヒトの形をしたモノが死ぬ。
それを見過ごしていい事なのかと迷った時、青い男に見つかった。
気が動転してしまったのか、俺は気が付けば校舎の中に逃げ込んでいた。
振り向けば追いかけて来る気配は無い、だが心の奥底から『すぐ側にいるよ』と警告される。
だから止まるなど出来ない。
でもなんだったんだ、今のは――とにかく見てはならないモノなのは確かだ。
夜の校庭で人間に似たモノ同士が争っていた。
ただ、視界の隅にもう一人いたような気がするが思い出せない。
いや正直、そんな余裕など無かった。
『正面、先回りされたよ』―――奥底の声が再度警告を発し、足を止め制動をかけると同時に身体を逆に向けて走り始める準備をする。

「良く気が付きやがる、が。
追いかけっこは終わり、だろ」

声は背後からした。
振り向けば青い男がいる。

「よう。わりと遠くまで走ったな、オマエ」

そいつは、親しげに、そんな言葉を口にした。
息が出来ない。
思考が止まり、何も考えられないというのに。
そう、漠然とこれで死ぬのだなと実感してるに、心の奥で『正義の味方を諦めるの?』と問われる。

「逃げられないのは、オマエ自身が誰よりも判ってたんだろ?なに、やられる側ってのは得てしてそういうもんだ。別に恥じ入る事じゃない」

等と言い無造作に槍が持ち上げられる。
―――この男に今の衛宮士郎では勝てる筈が無い。
だが―――

『勝てないから諦めるの?
全てを助ける正義の味方、それが相手をしないといけないのはその槍を持った存在ではなく―――世界を構成する理、云わば世界そのものなんだよ。
世界の理を覆し、悲しい事柄、死する運命の相手すら生かす不条理な存在。
世界の破戒者、それが多分お兄ちゃんの目指す正義の味方。
善・偽善は関係無いよ、あるのは只自分の我侭を突き進み、押し通し、やり抜く意思だけ。
私は見てみたい正義の味方を―――だから迷っちゃ駄目だよ』

心の奥の声と同時に身体に心地良い力が湧いてきた。
時間が緩やかに感じ、同時に衛宮士郎が知らない筈の無数の武具や俺とっての最適となる闘い方が何故か解る。

『――現実では敵わない相手ならば、想像の中で勝て。
自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ』

しかも、一瞬とはいえ過ったイメージの人物は先程の赤い男の様だった気がした。

「運が無かったな坊主。ま、見られたからには死んでくれや」

世界のルール違反者……正義の味方が破戒者か。
言われてみれば、確かに正義の味方なんて我侭だよな。
でも―――迷うものか!!

「それに憧れた、美しいと、なりたいと思ったんだ!
なのに!―――なのに!!こんな所で、こんな簡単に殺されてたまるか!!!」

男の槍は衛宮士郎を貫けなかった。
俺の両手には先程赤いヒトの形をしたモノが持っていた双剣『干将・莫耶』が握られて弾いていたからだ。

「っな、それはアーチャーの!何故テメエが!?」

そうだ確かに変だ、何で俺にこんなモノは投影出来る?
疑念が過ぎったからか、双剣はガラスのように砕け散った。
くっ、疑問をもったらだめだ。
今のは剣を維持しきれない俺自身のイメージによって消滅した。
まずは武器だ、この相手はあまりにデタラメ過ぎる。

「面白い真似しやがる。
いいぜ―――少しは楽しめそうじゃないか」

先程と同じく槍を持つが明らかに雰囲気が違う。
有難くない事に、青い男は俺を少しは認めてくれたらしい。
いや、そんな事はどうでもいい。
もう一度剣をつくらないと。
難しい事は無い。
不可能な事でもない。
もとよりこの身は、ただそれだけに特化した魔術回路――――!

「―――投影、開始」

創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし、
ここに、幻想を結び剣となす。
再び両手に双剣『干将・莫耶』を握り。
振るわれる槍を受け止め、頭、首、心臓を貫かんとする穂先を阻む。

「へ、なかなか上手もんだ」

だが、次第に速を増して行く槍に次第に捌ききれず掠め傷が増えていく。
このままでは。
死ぬ。
何もしないまま、出来ないまま―――結局、俺は何も出来ないのか!?

「―――っ、何だこいつぁ」

僅かに視線を変えたかと思うと、突然距離をとった青い男は視線を窓の外へと移す。
この機会を逃さず、乱れる息を整えながら双剣を強く握り直した俺は、状況を把握する為に青い男から注意を外さない様にしつつも視線を向ける。

「なっ!?」

そこにはまるで小山の様なモノがいた。
腕なのだろうか、それから生えた馬鹿でかい杭の様なモノが外壁やガラスを破り、俺と青い男との間に土の壁を造り出す。
『あれはポチだから大丈夫』と奥底からの声がしなければ混乱していただろう。

「ああ、そっかアレがアリシアのペット」

いや……まて、おかしいだろ?
しかし『何処も変じゃないよ』との声が聞えた時には疑問は無くなっていた。

「確かにアレはアリシアのペットのポチだ。
うん、どこもおかしくない可愛いペットだな」

何でも霊核のある本体は地下にいて、そこから根の様に出した霊糸で土等を操作しているんだったな。
納得しポチを見ると青い男が居るのだろう、小山の様なポチからは、触手の様な土の塊が槍の様に連続で放たれている。
今のうちに外に出ようとすると、気を利かしてくれたのか地面から柱の様な土塊がせり上がり楽に降りる事が出来た。
校庭に降り立つと、如何もポチが暴れているのか振動と共に地響きが起きているのが判る。

「よう。一つ聞くが、コイツは坊主の知り合いか?」

そんななか、信じられない事に青い男は無数の土の槍を一振りの赤い槍を薙ぎ払い、振り回して防いでいた。
しかも、その表情からは俺の時の面倒臭い感じではなく、いかにも楽しそうであるのが見て取れる。

「ああ、ペットのポチだ」

「っ、これだけの精霊にポチかよ。変わってんなこの国は」

無数の土の槍が雨の様に降り注ぎ、足場の地面が崩れ、または槍の如く貫かんとせりあがってくる中を、青い男は俺を殺そうと確実に近づいて来ていた。

「他にも色々あるんでな、さっさと死んでくれや」

先程とは比べようも無い不可視の一撃。
それを何とか双剣で凌ぐ。
如何に神速の突きだとしても、今のこの男は急所しか狙わないだろう、ましてやポチの土の槍を上下前後左右から無数に繰り出され、一呼吸の時間も無い状況の中、先程の様に連続して放つ事は出来ないのだから。
時間と共に揺れは強まり、校舎と同じくらい高さのポチ達が増え始め、それらは容赦無く青い男へ雨の如く土の槍を降らせる。

「はっ、厄介なもん飼いやがって!」

叫ぶ青い男はたった一振りの槍で土で出来た無数の槍を防いでいる、それは神話の再生、まるで大地の魔獣と戦う英雄の様だった。
でも、実際に戦ってるのはアリシアのペットなんだけどな……などと、この頃には俺も余裕が戻ってきていた。
良く見ると、土の槍は途中で軌道が変化し追尾していたりや、なかには手の様に変化し掴もうとしていたりする。

「アイツも凄いけど……家のポチってとんでもないのかも」

てっきり、結界に馴れて庭をトイレ代わりにしている猫を追い払うくらいしか出来ないのかと思ってた。

「ちぃ、騒ぎが大きいから早く終わらせろだど?」

青い男の空気が一変した。

「マスターの命令じゃ仕方ねぇ、が。
よもや、サーヴァント以外に使うとはな」

凍り付いた大気が一瞬の内に語る、次に繰り出すのは正真正銘の必殺だと。
止められないと、死ぬ。
止められなければ、死んでしまう。

―――自身が勝てないのなら、勝てるモノを幻想しろ。

脳裏に過った先程の言葉には理解しなければならない重みがあった、そうだ、無数の武具から勝つ為の物を検索――――っ、あった!?

「この一撃、手向けとして受け取るがいい……!」

小山程のポチを一瞬で駆け上がり、青い男はあろうことかそのまま大きく跳躍した。
宙に舞う体。
その手に持つ槍は空間すら軋ませている。

「―――突き穿つ(ゲイ)」

紡がれる言葉に槍は呼応し、青い男は弓を引き絞るよううに上体を反らし。

「死翔の槍―――!!!(ボルク)」

怒号と共に、その一撃を叩き下ろした。
なら作る。無理でも作る。どんな犠牲を払ってでも作ってやる、そうしなければ俺もポチも死んでしまう!
出来ない事はない筈だ、手本があるのなら誰にだって真似は出来る――だから!!

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

放たれた破滅の槍の前に七つの花びらが現れ、激突する一瞬だけ火花を散らしたように見えたが全ての花びらは瞬時に消滅し。
俺の盾になろうとしたのか、ポチの一つが俺の前に現れるものの槍に貫かれ崩壊して行く―――直後の全身を砕く衝撃と共に意識を失った。

「……お前、何者だ。
(確かに俺の槍は坊主を貫き、周りごと吹き飛ばした筈だ!!
なのに―――何故無傷でいられる!?)」

地に降りた青い男は、ただ、俺を凝視してた。
立ったまま気を失っていたのか、青い男に呼ばれるまで自分が解らなかった。
いや、意識を失う瞬間、俺の身体をあの槍が貫いた様な気がしたが、こうして生きているのだから防げたのだろうと考えながら周りを見渡せば。
数体いたポチ達の姿は無く、俺が立っている場所も何か凄い爆発があった様なクレーターが出来ている。

「い、生きてるのか……俺」

この状況を目の当たりにして俺は自分が生きている事実が信じられなかった。
そして気が付く、地面の揺れがあるのでポチも無事なのだろうが何だこの揺れの強さは?

「―――ん!?」

そう思った時、それは轟音と共に地面を割って現れた。
夜の校庭だった所から現れた数本の赤き柱、離れていても分る程の高温を発して蠢くそれを。

「―――っ、あつ。まさか、あれ溶岩なのか!?」

溶岩のポチ達は青い男を捜しているのだろう、校庭内のいたる所を蠢いている、そのせいで校庭はまるで火山の噴火口の様な有様だ。
流石にやり過ぎだろと思ったが、俺自身も熱で危ないので避難するしかなかった。

「……来週から学校如何するんだろうな」

振り返ると背中から火が上がっていた。

「――――って、燃えてる服が燃えてる」

俺は溶岩が蠢く校庭から道路に飛出し、急いで上着を叩きつける様にして脱ぐと地面に擦り付け火を消した。
溶岩のポチ出現から一分程しか経ってないものの青い男が居ないのか蠢いていた灼熱の触手は溢れていた溶岩の中へと沈み込み、二、三分後にはその溶岩も消えて無くなって校庭は元の地面へと戻っていった。

「幾らなんでも洒落にならないぞこれ」

そう問題は、溶岩のポチ出現から五分も経ってないにも関わらず学校は校舎や校庭等のいたる所で火災が発生している事だ。

「だが、ペットの不始末は飼い主の責任だよな」

そして、ポチの飼い主であるアリシアを預かっているのは俺だからな。
今は俺が何とかしないといけないだろう。
帰ったらアリシアにも、ポチに溶岩はもう使わせるなって言っとかいなと。
視力を強化して校舎の外にある消火栓の場所を確認、さっきまであったクレーターも消えている。
更に校庭に溶岩地帯の残りはみられない―――大丈夫、「さあ、いくぞ」と口にした時。

「まさか、この中を行くつもり?」

振り向いた先には制服姿の少女がいる。

「と、遠坂」

「私のこと知ってるんだ。
なんだ、なら話は早いわよね。
とりあえず今晩は、衛宮くん」

何のつもりか、極上の笑顔で遠坂は挨拶をしてきやがった。
参った、そんな何気なく挨拶をされたら今までの異常な出来事が嘘みたいな気がして。

「―――で、衛宮君はコレ見て行くつもり?」

少し混乱した俺が返答するのを待たず。
遠坂は手にした小石を校庭に放ると、石は硬いはずのグラウンドへ沈み込み消えて行った。

「っな!?」

「何でも無い訳無いでしょう。
夜で視難いけど、ランサーの宝具で大穴空いている筈なのに、一見元に戻って見えている。
でもね、あれは水気を含んだ熱い土、泥なのよ」

目の前の出来事に呆然とし、呟やいた言葉に答える声。
丁寧なくせに刺々しい声で、そいつは声をかけてきた。

「そう言えば聞いた事あるな。
いや、でもあれは噴火した山―――」

溶岩とか高熱の泥とか今ある事が火山と同じなのに気が付いた。

「解った?」

「ああ、助かった遠坂」

だけど、普通は今まで通っていた学校が噴火している火山とそう変わらないくらい危険な場所になっているなんて予想はつかないぞ。

「凛、消防には連絡を入れた。
だが、君はサーヴァントを何だと思ってるんだね」

遠坂の後ろに現れた赤い男、そいつが人間ではないのは俺にだって判る。

「ありがと、アーチャー。
貴方に行ってもらったのは単純に時間の問題があるからよ」

一瞬だけアーチャーと呼んだ赤い男に視線を向けた遠坂は、再び俺に向き直り。

「じゃあ衛宮君、火事は消火の専門家に任せて行きましょうか。
あと、この土地の管理者として、貴方にも色々聞かせて貰うわよ―――特にあの精霊についてはね」

また極上の笑顔話しかけてくるが、俺にはそれが危険の兆候に感じる。

「精霊―――ああ、ポチの事か?」

だから、俺は正直に知ってる事実だけを口にした。

「ポチ?」

聞き返す遠坂の笑顔が少し引きつる。

「そうだ、ペットで名前はポチだ」

「ペット、あれだけの精霊を?」

更に引きつる笑顔。
くっ、何だ本能が「逃げろ、逃げろ」とはやしたてる。

「飼い主はアリシアなんだ、何時もは地面の下とかを散歩していて。
時々家に来る猫なんかを追い払ってるんだけど。
今日は遅くまで学校にいたから迎えに来たんじゃないかな」

「へぇ~、精霊を野良猫除け………て」

ついに被っていた笑顔が決壊し崩れた。

「ふざけんじゃないわよ!!」

叫びと同時に放たれた拳は違わず俺の鳩尾を穿ち。
一瞬、脳裏に「もしかして、遠坂って凄い猫被ってた?」と過るのを最後にして俺の意識はそこで途絶えた。



[18329] Fate編 04
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:16

聖杯戦争、それは何百年も昔から繰り替え返される大儀式、参加したからには他の六人を排除しなければならない、生き残りをかけた殺し合い。
目的はただ一つ、聖杯と呼ばれる宝具を手に入れる事だけだ。
曰く―――聖杯はあらゆる願いを叶えるという。
その所有者は一人のみ、けれど、この土地で聖杯を召喚するには七人の魔術師が必要だった。
まあ、七人も居れば当然の事ながら奪い合いが始まるのは時間の問題で、聖杯を求め七人の魔術師達は聖杯の力を使いそれぞれの使い魔を用いて競い合う。
使い魔となるサーヴァントとは、過去に英雄と呼ばれた存在が精霊の域にまで昇華された存在であり、万能の器である聖杯を巡り一組のマスターとサーヴァントになるまで戦い続けるのが聖杯戦争だ。
そのサーヴァントであるアーチャーとランサーの戦いを、よりによってこの学校に残っていた生徒の誰かが目撃してしまい、ランサーはマスターの指示なのでしょう目撃した生徒を速やかに始末するよう命じたみたい。
最速の英霊であるランサーが相手をするのだ、その時はもう校舎に逃げ込んだ生徒の命は無いものと冷静に下した私は、人払いの結界を張る事も無く始めてしまった自分の愚かさも含め、せめて死に水くらいは取ろうと追って校舎へと入ったのはいいけれど―――死に物狂いとはいえ、その学生は一体何処まで走っていったのだか……ランサーを追わせたアーチャーからも何も連絡は来ないし。
仕方なしにとはいえ闇雲に走っていると、ズンと何やら重々しい音が響き校舎が一瞬揺れる、視界の端に何か動いたと思い窓の外へと視線を向ければ目に映った光景に我が目を疑った。
小山に思える土の塊から放たれる無数の土の槍。
それらは全て生徒を追っていた筈のランサーへと襲い掛かり、その間にも校庭から生えてくる塔のような土塊は次々と増え続けていき、次第にランサーを囲む様にして降り注ぐ土の槍は、正に槍の雨と言っても言い過ぎではなくなっていた。

「―――なにアレ」

「さて、な。少なくともサーヴァントでは無いのは確かだ」

知らずに出てしまっていた私の呟きに、戻ってきたアーチャーは答える。

「おそらくは精霊の類だと思うが、よもやこんな所に居るとは驚きだな」

「まったくだわ」

ここ冬木の管理者でありながら、精霊だとかいう規格外な存在が潜んでいた事実に驚きを隠せないままアーチャーに頷きを入れる。
このまま行けばランサーとてあるいはと過るものの、相手は英霊、その宝具は発動すれば精霊すら倒す力を持つ。
そして、槍の英霊はそれを発動させ投擲し、魔槍の一撃は校庭を埋め尽くしていた精霊をも吹き飛ばし文字通り四散させてしまう。
そればかりかアーチャーが庇ってくれなければ、衝撃で割れ飛散する校舎のガラスで私も危なかっただろう。

「―――っ、アレが英霊の宝具とんでもない代物だわ」

魔力を帯びないガラスの破片などでは英霊は傷つかない。
それはアーチャーも当てはまり、宝具を発動させたランサーを見てるのかと思いきや。
その視線は少し離れた所に佇む学生につがれていた―――って、あの宝具を受けて立ってられる!?

「―――何故、投擲されたゲイ・ボルグの直撃を受け生きていらる」

呟くアーチャー。
周りにいた土の塊達が守ったのだろうか?
だとしたら、あれ家の不良精霊に見習わせたいわね。
そんな思いも直後の轟音で掻き消えた、まさかあの精霊は神獣の域ではないでしょうけど幻獣の域なのか、兎に角トンデモないモノが校庭に出てきたのだ。
それは正しく灼熱の輝きを放つ溶岩塊、宝具を受け怒ったのかそれは校庭を覆いつくした。
あまりの事に思考停止してしまったが「凛、ここは危険だ」とアーチャーに抱き上げられ避難し。
その後は監督役である綺礼のいる教会へ連絡を入れようかと考えたものの、状況は既に火災が起きていて校舎からは黒々とした煙すら立ち上がっているので隠し様、仕方なく私はアーチャーに消防へと連絡を入れる様に指示した。
現状は余りにも大事になっているので、人払いの結界等は使っても役には立たないだろう。
それ処か、先程まで在った溶岩流が住宅地に流れ込めば十年前の新都での大火災の再現にもなりかねない。
その前にあの精霊だか何だかを止めさせないと。
その後は、使役しているだろう生徒の記憶を魔術師のルールに則って消せばいい。
私は精霊を操るであろう学生を探し、何を考えているのか校門前で再び校庭に入ろうとしていた自殺未遂の男子生徒を見つけた。

「(―――っ、やめてよねなんだってアンタが)」

ぎり、と歯を噛む。
そう、精霊を操っていただろう男は私の知っている人間だ。
ついでに、わりと昔の、赤い放課後なんかを思い返してしまう。

「まさか、この中を行くつもり?」

火災も危険なのは確か。
しかし、宝具で出来ていた筈のクレーターも無いのは変だ。
それは有得ない事、あの大穴が直ぐに戻る筈は無いし、火災の炎の光を反射してるとこから大方の検討はついた。
今止めなければきっとあの子、桜は泣くだろう。

「―――で、衛宮君はコレ見て行くつもり?」

だから止めていた。
近くに落ちていた小石を拾い校庭に投げるという方法で。

「っな!?」

「何でも無い訳無いでしょう。
夜で視難いけど、ランサーの宝具で大穴空いている筈なのに、一見元に戻って見えている。
でもね、あれは水気を含んだ熱い土、泥なのよ」

衛宮君は予想もしていなかったのか、校庭の大穴を埋めているのは高温に熱せられた泥だという事実に驚きを隠せないでいた。
念の為、私が「解った」と言うと「ああ、助かった遠坂」とぎこちなく衛宮君は感謝を述べ。
そこに―――

「凛、消防には連絡を入れた。
だが、君はサーヴァントを何だと思ってるんだね」

と、アーチャーが戻って来る。
流石サーヴァント、速いものね。

「ありがと、アーチャー。
貴方に行ってもらったのは単純に時間の問題があるからよ」

当然でしょと視線を送った後戻し。

「じゃあ衛宮君、火事は消火の専門家に任せて行きましょうか。
あと、この土地の管理者として、貴方にも色々聞かせて貰うわよ。
特にあの精霊についてはね」

これが今一番重要な事、あんな精霊が冬木に居るなんて私は知らない。
それなのにコイツは―――

「精霊―――ああ、ポチの事か?」

精霊にポチって名前をつけて……精霊、存在自体が神秘の塊を犬扱い!?
何かの訊き間違いかもしれないから訊き直したが。

「そうだ、ペットで名前はポチだ」

「ペット、あれだけの精霊を?」

事もあろうに、家で飼ってるペットだなんて言いやがりました。
つ~か、何処の国に精霊を飼うなんて真似が出来る奴がいるのよ!?

「飼い主はアリシアなんだ、何時もは地面の下を散歩していて。
時々家に来る猫なんかを追い払ってるんだけど。
今日は遅くまで学校にいたから迎えに来たんじゃないかな」

「へぇ~、精霊を野良猫除け……て」

それが私、遠坂凛の理性の限界だった。
気が付いたら無意識に足は踏み込みを入れ、崩された重心と震脚による全身の動きと力が込められ放たれた崩拳は良い感じに衛宮君の鳩尾に決まっていました。

「ま……あ、いいわ。
丁度良い感じで寝てる様だし、少し覗いておきましょうか」

「どんな時も余裕をもって優雅たれ」という遠坂家の家訓が過ぎり、今の一瞬に起きた事をあくまで計算通りといった感じで自分の腰に手を当て誤魔化す。
何となくアーチャーの視線が痛々しく感じられるけど気にはしていられない。

「――――――Anfang(セット)」

で、やってしまったのは仕方ないとしても、あの精霊を野放しにするのは危険すぎる、取敢えず衛宮君の記憶を覗いてみると魔術師なのは予想をしていたけど―――何、コイツとんでもないへっぽこよ!?
使える魔術は強化と投影なんて半端もいいとこだし工房らしき場所は在るけど。
私はアレを工房とは認めない、つ~か、あんな土蔵を工房と言い張るのなら先ずは自分以外の魔術師全員に謝ってから言え。
更に調べると工房とかいう前に、このぺっぽこは魔術回路の切替すら出来てなかったりする……

「………」

ああ、そう言う事―――全てはアリシアって娘が絡んでるのね。
その娘が何を企んでるのかは知らないけど、衛宮君の邸の結界は簡単なやつだし。
良いわ、行ってやろうじゃないのよ!!


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第4話


藤姉さんとみかんを食べながらテレビを見ていたら、お兄ちゃんの深層意識から危機感か伝えられて来る。
覗いてみたら赤と青の人型の存在が遊んでいて、人よりも遥かに力を持った二つの存在はお兄ちゃんに気が付くと闘いを止めるのだけど。
青い人はお兄ちゃんに襲い掛かったんだよ。
きっと、もう暗くて大丈夫だろうとテレビや映画のコスプレって呼ばれる事をしてたら見つかってしまい、恥ずかしさの余り口止めをしようとしたのか?
それとも、不審者として通報しない様かな?
などと思案してたら如何も本当に危ないみたい。
だから昼間考えたお兄ちゃんの強化法を試してみた。
私の力をだいぶ薄めているとはいえ、座に居る影の力を直接送ると以前のダウニーの様に姿や魂までもが変異してしまい理性を持たない異形となってしまう。
しかもアレ、力はあるけどそれだけだからね。
お兄ちゃんは正義の味方、つまりは私が求めた問い。

「何処か私の管理の仕方に問題があったのかもと、行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?」

努力家のお兄ちゃんなら、その答えを出してくれそうな気がするんだ。
だから近い存在を見つけ出し、その力を参考にして貰おうとしたんだよ。
そしたら守護者って存在にお兄ちゃんその者が座として存在していたから、丁度良いのでこれを参考にしてもらう事にした。
でも、何というか……座のお兄ちゃんの情報は。

「理想に溺れて溺死しました」

って、正義の味方である事に疲れてしまってる様だったけど。
これはこれで重要かな、何といっても霊長の守護者として契約し、力を受けても本当に目指した者には成れなかったのだから。
思想にも問題があると思う。
座のお兄ちゃんは助けた人の数だけを見ていて、更に、助けられなかった人も数を気にしていた。
まるで、自分で助けた人達一人一人の命に価値が無いと言っているみたいに。
だから、お兄ちゃんには人一人の意味、命の可能性を知る本当の正義の味方に成ってもらいたいんだ。
だから世界の理を無視し、己の意思を押し通すルール違反、すなわち破戒者と成ることをすすめた。
まあ、私には全てを救うなんて破戒者に成る事しか思いつかなかったのもあるけどね。
その座の情報量は今のお兄ちゃんには当然ながら入りきらない、だから壊れない様に情報の種類は選択して、戦い方の情報をゆっくり情報を送り込んでまずは生き残る事を優先した。
今は兎も角として、いずれは守護者エミヤを越えてほしい。
ここは、お兄ちゃんの進化に期待かな?
ついでにポチにも迎えに行く様に伝えると、私は二個目のみかんを食べ始めた。
それでもテレビ見てたらお兄ちゃんは槍で貫かれて、その槍の衝撃で肉片になるし、魂も滅びかけてたので数秒前の情報を元に再構築したり。
ついでだから二十七本確認した魔力回路も開けといたよ。
でも、こんなに容易く死んじゃうなんて藤姉さんや桜姉さんが心配する訳だよ。
困ったものだねと思うも、お兄ちゃんを復元した私はその情報を世界樹の幹に記録する。
世界樹の幹にお兄ちゃんの情報を記録する事で成り得る世界の破戒者、それは幹から世界の栄養となる力を貰って強くなる事も出来るし。
何より世界の理から外れた存在となるので死や滅びが無いんだ、これなら藤姉さんや桜姉さんも安心だよ!
でもお兄ちゃん何だか女性には弱いね……
お兄ちゃんの正義の味方の有様に不安を覚えつつも、遠坂さんて女性が家まで送ってくれる様なので安心……なのかな?
そんな感じに心配していたら、少ししたら藤姉さんが帰るので外まで見送り。

「士郎が帰って来たら、怒ってたって伝えといて」

そう言われました。

「……お兄ちゃんは説教か」

色々な事に巻き込まれる割には見返り、運が無いかなとか考えてると地面からポチが霊核のまま現れ「虐められたよ~」と足元に擦り付く。

「ポチも頑張った、偉いね」

土の塊から石の塊まで進化した霊核を抱き、撫でながら癒しを施し痛みを取り除く。
如何やら霊核のある地面の奥底には槍の効果も及ばなかったようなので、ポチは受けた傷は霊糸として使っていた部分だけのようだ。

「今日は一緒に寝ようね」

ポチの痛みを取り除き伝えると嬉しそうに擦り付いてくる。
そうして、一緒にお布団で寝るためにお風呂でポチを洗い終える頃、お兄ちゃんは帰って来たので藤姉さんからの伝言を伝えて私も寝ようと居間に向う。

「へえ、けっこう広いのね。和風ってのも新鮮だなぁ。あ、衛宮君、そこが居間?」

すると、そこにはお兄ちゃんの他に遠坂さんと、最近何処かで見た男の幽霊が居ました。
誰だろう、何処かで視たと思うんだけどな?

「今晩は私は遠坂凛。貴女がアリシアちゃんね」

遠坂さんは何かとても良い事があったのか、満面の笑顔で私を見詰める。

「うん、そうだよ。初めまして凛さん」

アリシアの記憶から挨拶は大事だと判断した私は、両手でポチを抱きながらも頭を下げ、こんな笑顔を向けて来るのだから私も親しみを持込めて姓ではなく名で応えないと駄目だろうと判断を下して口にする。
名でなく姓で言ったのなら、多分、凛さんから遠慮がちな子か人見知りをする子だと思われてしまうかもしれないから、一礼をして視線を戻せば凛さんは何か遣り辛そうな表情をしていた―――もしかして選択を間違えたのかな?

「~っ。(そう、あくまでも魔術師って事隠す訳ね。
でもね、微かだけど魔力が洩れてるから無駄なのよ)」

ふう、と一息つくと。

「ここ冬木の管理者、それともセカンドオーナーって言った方が解り易い?」

管理者って事は―――あれ、この衛宮邸って借家だっけと過り。

「お兄ちゃん、この家借家なの?」

笑顔なのに何か強張ってる凛さん。
凛さんは如何やら不動産関係の人だと理解しつつ、くしゃみでも我慢してるのかなと予想した。

「そんな事ないぞ。
それに遠坂、アリシアは一般人だぞ?
いいのか、そんな事言って?」

台所からお茶を持ってくるなり凛さんに言い含めるお兄ちゃん。
お茶があるので凛さんにお兄ちゃんに続き私もテーブルを囲むようにして座る。

「当たり前でしょ。アレだけの精霊を使役してるのよ?
魔術師に決まってるじゃない―――まさか、衛宮君は気が付かなかったの」

おう、と自信満々に頷き応える兄ちゃん。
そんな凛さんの後ろでは、とり憑いているのか幽霊のお兄さんが溜息をついていた。

「ついでに聞いておくけど、アリシアちゃんから微かに魔力が洩れてるの気が付いてる?」

「そうなのか、全然気が付かなったぞ……」

「――――はぁ」

予想外なのかピタリと動きを止める凛さん。

「今ので、衛宮くんがへっぽこなのは十分解ったわ。
で、アリシアちゃん貴女はこの冬木に何しに来たのかしら」

突然話を振られた私だけど、その辺は昨日の内に準備してあるので大丈夫と冬木市に来るまでの経緯を話す。
すると――

「ちょっとまって、エーデルフェルトって魔術の名門じゃないの!?」

お兄ちゃんも「アリシアの両親って魔術師だったのか!?」となり。

「当然でしょう。ただのサラリーマンがエーデルフェルトの洋館なんて買える訳無いじゃない!」

と、予想外の事になりました。
あれ~と思ってると。

「三次の雪辱か、まあ良いわ。貴女の両親はエーデルフェルトに属する魔術師な訳ね。
すると、あの精霊はサーヴァントと併用しての戦力。
いえ、敵マスター対策や失った時の保険と考えても良いわね」

そう口にして、凛さんは何やらブツブツと呟き考え始めちゃいました。
話についていけてない私とお兄ちゃんは。

「アリシア、エーデルフェルトって何だ」

「うん、私が引越しした家の前の持ち主だよ」

「そっか、確かにしっかりした造りの家だったしな。
建築当時に相当金は必要だたろうし名門な訳だ」

そう確認するだけで、如何やらエーデルフェルトの魔術師らしいのは決定事項のよう、何でかな?

「確認するわ、貴女マスター?」

「ほえ?」

言ってるが事さっぱり解りませんと表情で訴えると。

「……貴女の身体に聖痕、変な痣は無いかしら」

こんなのと凛さんが腕の令呪とやらを見せてくれる。

「ああ、それなら俺にもあるぞ。
今日の朝頃について、変な痣だなと思ってたけど―――そうか、令呪っていうのか」

お兄ちゃんも手の甲まで伸びている変な痣を見せてくれた。

「何で衛宮君に令呪の兆しがあるのよ!?」

「そんな事言われてもな」

「もう怒った」と言って、凛さんの講座が始まりました。
それは聖杯戦争と言い、七人のマスターが従える七騎のサーヴァントで行われる生存競争。
サーヴァントとは過去の英霊と呼ばれる存在で、その功績から精霊の域に達した者達。
魔術師同士の殺し合い、他の六人を倒したマスターとサーヴァントには、望みを叶える聖杯が与えられるとの事でした。
また、召還準備までがマスターの役割で、あとの実体化は聖杯がしてくれるそうだよ。
そこまで聞けば私にも解る―――

「そうか、ようやく謎は解けたよ。
お兄ちゃんと凛さんは魔法使いと魔法少女なんだね」

そしたら「まさか、魔法と魔術の違いも知らないのか」
とか「この娘、素人。いえ……まさか本当に一般人だったの」とか言われたよ。
それから凛さんは私の目を見つめて「なにこの娘、記憶消そうにも魔力耐性半端じゃないわよ!?」とか叫びだすし。
って、全世界管理してた私の記憶を消そうとしてたんだ。
いや、まあ。
それはそれで凄い挑戦だとはおもうけど、私の記憶は最低でも数百億年あるんだよ?

「気になったんだが、いいか?」

「なに?」と凛さんの視線は私からお兄ちゃんに変わり。

「さっきアリシアから魔力が漏れてるって言ったろ?
それってずっとか」

「あ、そういえば確かにそうね」

二人して私を見つめだし、ああ、そうかそうなんだと理解した私は。

「私にあるのはリンカーコアっていって、周囲から魔力生成するんだよ」

えっへんと胸を張って言ったら。

「貴女、ちゃんと魔術知ってんじゃないの!?」

ガーと、凛さんに怒られたけど「魔術回路とリンカーコアって何が違うんだ?」とお兄ちゃんに質問されたので続けた。

「リンカーコアはね、魔術回路と比べて魔力変換効率は劣るけど、身体に負荷がほとんど無いから、常時変換し続けれるんだよ」

魔術回路については、お兄ちゃんの未来の可能性の一つ、英霊エミヤの座の情報から確認した情報なので、それを元に凄いでしょって胸を張ったら。

「それだと常にその魔力なのか?俺より少ないぞ」とか「身体に負荷が少ないのは良い事でしょうけど、常に有るか無いかくらいの魔力しか発生しないんじゃ意味ないわ」

と、散々に言われ「ぁぅぅぅ」と肩を落としてたらポチが「元気だせ」と言ってくれる。
君だけだよ私の味方は……それに、きっとこの世界ではリンカーコアが魔力を生成するのに必要な魔力素とよばれる素が少ないので力が弱いのだと思いたい。
そして―――話の矛先はお兄ちゃんにも向き。

「なら、魔力のある衛宮君はちゃんと工房の管理出来てるの?」

となり。

「……?
いや、工房なんて持ってないぞ俺」

「……はあ、こんな所に素人同然のへっぽこが二人も。
なのに、何であれだけの精霊を従えられるのか不思議だわ」

―――あう、私数百億年は存在してるけどへっぽこって言われたのは初めてだよ。
見れば守護者と同じで、心は硝子なのかお兄ちゃんも何か肩を落としている。
その元凶である凛さんはため息をつき、この冬木の管理者として精霊ポチについて尋ねてきた。
その際にようやく凛さんが、不動産関係の人じゃないのが解り。
魔術側といってるから、きっと行政の裏側、影で市役所で働いている人だと理解した。
それにポチの事も別に隠す必要も無いので正直に答え。
まず、抱いていたポチの霊核をテーブルの上に乗せ「何か用か」と転がるポチを紹介。

「こんなに小さいのにアレだけの事が出来るの!?」

と、驚いている凛さんにポチの能力、地面へ潜りそこで約四十~六十メートル程の身体を構築して。
そこから根の様な霊糸で土や水等を操るといった程度、それ程凄い力は無いよと言ったら「十分凄いでしょうが!!」って怒られ。
「ランサーの宝具を受けたけど大丈夫なの」って質問されたので、ポチに聞いてみると「痛い、虐められたよ」って言ってる。
「ああ、そうなの……宝具受けてそんなもんなの」って呆れられた。
むぅ、ポチはその痛みから更に進化したんだ、「ポチだって頑張ってんだよ」と言っても、何故か「次」って言われ少し不満だけど続ける。

「大体、地面の下を深くまで潜った処で身体を造って散歩したり。
食事はしない代わりに霊脈・地脈等の力を貰ってるんだよ」

そこまで言うと凛さんは「霊脈って、昨日キャスターの被害は無かったのはそれか……」って頭を抱えてたけど。

「ポチが霊脈を操れるなら」

凛さんは俯くようにして抱えていた頭を上げ。

「冬木の管理者として要請するわ」そう口にしする凛さんは、私とお兄ちゃんに真剣な表情を向け続ける。
何でも新都で起きてるガス漏れ事件は、柳洞寺にいるキャスターさんが霊脈を使い、新都から魔力を吸い上げて起こしているとの事で。
霊脈にポチが居るとキャスターの術も新都まで届かないのか被害が無かったらしい。
「そういった事なら俺からも頼む」とお兄ちゃんからも頼まれたのでポチにお願いする事にした。
ポチも「いいよ」とテーブル上で転がり答え話は纏まり。

「でも、判らないものね。こんな処でキャスター対策が出来るなんて」

ガス漏れ事件の真犯人であるキャスターさんと色々あったらしく、抱えていた問題が一段落して安心したのか凛さんは腕を組みつつ、お兄ちゃんへと視線を向ける。

「衛宮君、アリシアちゃんに感謝しなさい。
長年の無届滞在の件は、精霊ポチの力を借りる事で良いわ」

それだけ告げ「じゃあ行きましょうか」と凛さんは口にして立ち上がるけど、私やお兄ちゃんが何所に向うのか判らないでいたら。

「決まってるでしょ?サーヴァント召還しないのなら教会へ行き保護して貰うのよ」

とか言われ、私達は教会へと向う事になりました。



[18329] Fate編 05
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:23

深夜十一時過ぎ、人影が皆無の町を歩き高台の教会までやって来た。
その教会から出てる雰囲気というか、留まっている魂達は死んでいるのか生きているのか曖昧な感じで、呪詛の様に「助けて、助けて」とか「痛い、痛い」とか繰り返し嘆いている。

………ここ本当に教会なんだよね?

それが高台の教会に対する私の認識。
遠坂さんの言う限りでは聖堂教会とかいう組織に属する教会で、ある意味とても迷惑な聖杯戦争を世間一般からは秘密にする必要があるから派遣された監督役らしい。
そんな怪しげな教会の中に入り適当な席に座る、何故なら令呪やその兆しが無い私はお兄ちゃんと凛さんのおまけみたいなものだし。
それにもう眠い、此処に来るまでも頭をこっくりこっくりと上下させていから、たぶん、見かねたお兄ちゃんが背負ってくれなければ公園辺りで寝ていたと思う。

「私はこの教会を任されている言峰綺礼という者だが」

祭壇の裏から出てきた神父さん、その人がお兄ちゃんに自己紹介しているのをうとうとしながら聞いていると。
少しして―――

「そうだ、初めからやり直す事とて可能だろうよ」

寝ぼけながらも、そんな事を口にする神父さんを見て、世間では神の家とか呼ばれている教会が如何に居心地の悪い空間なのかを理解した。
今までの私の認識では教会等は、その世界で発生した神や邪神の恩恵を受けれる場所であり。
その神聖な存在を祭る為、厳しい戒律に基づいて生活しながら私やその世界に置いて神と名乗る存在に対し忠誠を誓い。
力の無い弱者が最後に頼り、希望という力を与える場所として機能していると考えていたんだ。
だから、普段はどんなに祈られても望みを叶える事は無い私だけど、それが本当に必要と認識すれば、私が力を使う事で歪みが発生する事になったとしても対象の世界に干渉していたんだよ。
でも私は、全次元世界全ての均衡と安全を考え理の変更、命よりも世界の方を選択してしまった。
でも……それでも、我侭だけど生命には最後まで前だけを見て振向く事無く頑張って欲しかったんだ―――やり直すなんて言って欲しく無かった。
だから、私のやり方は此処まで私は嫌われていたんだ……そう理解すると正直辛かった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第5話


―――気が付けば焼け野原に居た。
大きな火事だったのだろう。
そして、何故かこの周辺で生きてるのは自分だけなのが判る。
生き延びたからには生きなくちゃと感じる。
それは正しいと思う、命は生きるものだから。
けどおかしい、身体が勝手に動いてる―――いや、これは記録……記憶かな。
この記憶の元を探す、如何やらお兄ちゃんに繋いだ深層意識から記憶が逆流してきたよう。
見渡せば周りには焼かれ黒こげになった人達が大勢いた、そにもかかわらず、体はふらつきながらも歩み始める。
でも、それは歩き続ければ助かるとかいう希望からではなく助からないという達観した思いと、助けを求める声や救いを求める者を置き去りにしても歩き続けた故に抱かされた義務とも思える生きようとする意思。
それでも前を向いて歩み続けていれば何れ何かは起きる、奇跡なんてものは起きるのではなく起こす事何だから。
そんな思いを抱きお兄ちゃんの記憶を感じていると―――プシュという音と共に、お腹からの熱さと痛みが伝わり「ふにゃ」っと目を覚ました。

「ふむ、ようやく起きたかね」

目を覚ますとそこは石造りの部屋。
目の前には神父さんと私を槍で刺している青い男の人―――この教会の起こしかたって変わってるね。
そう思いながら、先ずはお腹の損傷を確認して体内の空間を歪め槍を迂回させつつ修復する。

―――あれ?

そういえば頭がまだ寝呆けていたのか、自己紹介していない事に気が付いた。
なので槍が刺さったままだから起き難いけれど、「っ、えと―――ご免なさい」慌てて身体を起こして頭を下げる。

「私はアリシア・テスタロッサと言いまして。
お兄ちゃんの家に居候してる者なんですけど―――あれ、そういえばお兄ちゃんは?」

「―――成る程、この状況でその問いか」

見渡せばいつの間にか場所も変わり、お兄ちゃんや遠坂さんの姿は見当たらない。
私がキョロキョロと見渡していると、神父さんは「良いだろう」と言い私を値踏みする様に見つめる。

「なに、衛宮士郎から君を保護して欲しいと頼まれたのだ。
だから、衛宮士郎の兄弟ともいえる物と一緒に保護しようとしてるのだよ」

槍が引き抜かれると石の部屋から続く別の部屋、地下墓地みたいな所に引き摺られる様にして連れて行かれた。
空気淀んで臭いし、床は床でへどろでもあるのかぬるぬるして何だか気持ち悪い。
何なんだろと思っていたら、その部屋には沢山の死体の様なモノ、そのモノに入って形を失いかけている魂達が居た。

ああ―――そうなんだね、流石神父さん。
私が原初の海だと解ったからこそ、この救われないで留まっている魂達を救って欲しいんだね。

体も魂も朽ちてしまい生者でも死者でもない者達、それでも神父さんはこの存在達を救いたいんだ。
そうして、この子達も神父さんの想いに応えたいのか、腐敗しだらしなく開かれた口は点滴の水滴を受け入れ、救いを求めるのかそのふやけきった唇がかすかに揺れている。
中には僅かながらも首を傾け眼球が飛び出すモノもいた。

「どうした、黙っていては意味が無いぞ。
先程はいささか驚かされたが―――拍子抜けだな、それほどこの光景は奇怪かね」

数多の世界より神と呼ばれるだろう影、それらを統括し束ねる私という存在を知った神父さんはこの子達がようやく救われるのを確信してか笑みを浮べている。

「彼らは君がいうお兄ちゃんの仲間だった物だ」

そして気が付いた。
神父さんの魂に混ざっているモノ、少し前に見覚えのあるソレが混ざっている事に。

「凄いね、神父さん」

輪廻転生、その最中にこんなモノが魂に混ざっていてもこの神父さんは正気を失ってなかった。
それは本当に凄い事なんだ、神父さんの持つ不屈の魂が起こした奇跡とでもいえる出来事、だからこの言葉は本当に心から出た賛辞だった。

「――っ、如何いう意味だ?」

アレを受けまるで巌の如く動じない精神、そんな神父さんだけど私の言っている意味が解らないのか少し動揺している。
だから解り易く言ってみた。

「神父さん、今まで大変だったでしょう?
例えば……そうだね、良い事をしても喜べないで悪い事に喜びを持ったりとかかな?」

すると、何故か神父さんは突然立ち止まり引き摺っていた私を見つめ。
その目には在り得ない、喩え様もなく恐ろしいモノを見る恐怖が見て取れた。

むぅ、私を知ってるのに何で怖がるのかな、かな―――私は怖くなんてないんだよ!!

「その魂に混ざっている破滅の種子を取ってあげるね」

神父さんの魂を一旦分解し種子を取り除いて造り直す。

「―――っう、ぐぁ。き、貴様一体何をした……」

何故か神父さんは痛みは無い筈なのに胸を押さえてる。
おかしいな?魂の造り直しなんて簡単な事を失敗した?

「ん、神父さんどこか痛いの?」

「―――っ!罪悪感だと……馬鹿な!!な、何故………今頃になって!!?」

魂の急激な変化についていけないのか、神父さんはへどろのような堆積物が溜まる床に両膝をつき嘔吐物を吐き出していた。

「大丈夫だよ。神父さんは、今までアレに耐えて、頑張ってきたんだから。
私は神父さんを心から凄い人だと思ってるよ」

神父さんの頭を撫で顔を上げたところで抱きしめる。

「神父さんの魂は悪い結晶、世界を破滅させようとする破滅の種子の影響を受けてたんだよ。
でも、心配しないで神父さんに悪い事を強いていた種は取ったから」

影からの報告によれば、あの破滅の種子とかいうモノは本来植えつけられた者は体の自由を奪われ破滅の構成要素として動くのだという。
そんなモノを魂に宿したまま輪廻転生を繰り返してして来た神父さんは、魂が起こした奇跡、もしくは私すら予測し得ない進化とでもいうのかソレを成し遂げていた。
それは私が望んでいた命の在り方の一つ、こんなに素晴らしい事はないと嬉しい気持ちを抑えきれずにいたけれど、周囲の救いを求める子達を思い出し留める。

「次はあの子達の番だね」

少し気持ちが昂ぶっていたのか、言うが早いかこの薄暗い地下墓地を、私の存在を示す白銀の輝きが覆うと、救いを求める魂達は泣き声を止め束縛から解放され輪廻の輪に入っていった。

「次は幸せになれるといいね」

先程と違い死臭や薬香、薬剤やらで澱んでいた空気すら分解し浄化し、清浄な空気となった地下墓地にて神父さんを抱き撫でる続ける。

「―――こ、これは」

両手で頭を押さえる神父さん、その表情からは生気が失せて死人の様、魂の変容によって何処か体調が悪くなったのかな?

「魂の劣化や欠損は出来るだけ直したけど、そのまま蘇生させても精神が根底から異常を受けてるの。
あの子達は、もう一度輪廻の輪に乗せてこの世界に再び生を受ける様にしたよ」

「落ち着いたらこの子達の埋葬をしようね」と抱いてると、神父さんは風でも引いてしまったのか寒いのか体を震わせ「問おう、貴女は……神か?」と細い声で私を見つめてきた。

「違うよ。確かに私はそう呼ばれる事もあるけど、私は『はじまりの海』、アリシア・テスタロッサ。
神父さん、貴方の信じる神は神父さんの心にきっといるよ」

アリシアの記憶からして原初はちょっと硬いかなと思い、柔らかく似た言葉『はじまり』と名乗る事にした。

「……私は、私は何という事を。
恩師を殺し、あの災厄で生き残った子達すらもサーヴァントの糧にして」

「神よ」と自分の嘔吐物で汚れるのすら気が付かず私に跪く。
神父さんの真剣な眼差しにも負けず「ん、アリシアで良いよ」とえっへんと胸を張って返事を返すと。

「アリシア様、恐れ多くもランサーの槍で突き。
御身に傷を負わせた罪、帳消しに等なろう筈がありませんが―――如何か私に治療をさせて頂きたい」

「ん~、でもお腹は痛かったから治したよ……もしかしてまた槍で刺されるの?」

「―――!?いえ、決してその様な事は。
しかし、ゲイ・ボルグでは無いとしても、あの魔槍の傷をこうも容易く治療されてたとは」

私が傷を治してるとは思わなかったのか、やや唖然としている。

「ではもし、貴女様が万能の杯、如何なる願いも叶える聖杯を手に入れる事が出来たとして。
アリシア様、貴女は―――如何なる願いを求めますか?」

「う~、様もいらないよ」そう言いつつ「確かに私にも悩みはあるけど、それは自分で見つけなきゃいけない事だし、何か求めないといけないのかな?」

小首を傾け考えてみる、私が求める答えそれは、『何処か私の管理の仕方に問題があったのかもと、行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』それは多分、私が経験を持って答えを出すしか無いと思うんだ。
当然、聖杯が答えをだしてもそれは、その聖杯にとっての答えであり私の答えじゃない。
だから答えは『NO』しかないかな。

「――聖杯等には頼らない。だが、貴女ほど人を愛する者もいない、成る程、貴女こそあの汚れた聖杯に相応しい」

「貴方は令呪を宿せますか」と腕に沢山ある令呪を見せてくれる。
神父さんの令呪を視て、サーヴァントとは違う繋がりを見つけた。
多分、聖杯って呼ばれるモノ、「もう少しで皆の願いを叶えるよ」とか呟いているモノから少し強引に私に繋げて「こう?」と令呪を右の腕に現した。

「―――っ。まさか、こうも容易く!?」と呆れ顔で呟くと、「御手を」と言い神父さんは私の右手に触れる、流れ込む感覚がすると私の令呪の数が三つから六つに増えていた。

「アリシア様、この冬木の聖杯は『この世全ての悪』に汚染されております。
アレは危険なモノです、恐らくは如何なる願いだろうと全ての人々に破滅にもたらす事でしょう。
私が赴くのが筋ですが、申し訳ない事に―――私にはもう時間が残っていません。
如何かアリシア様の御力で地下の大聖杯を破壊し、『この世全ての悪』の現界を阻止していただきたい」

神父さんは僅かに視線を逸らすと、地下墓地の出入り口を一瞥する。

「無論、アリシア様とはいえサーヴァント。
英霊と呼ばれた者達を相手にしては危険でしょう、故にランサーを共につけます」

「こちらへ」そう案内されながらもと来た聖堂へと戻ると。

「……先程の光、何だアレは」

地下墓地への出入り口では、それまで淀んでいた雰囲気が浄化された事に青い人は怪訝そう神父を見ていた。
それもそうか、私の力を僅かでも出したんだからね。
抑止力が起きない様、瞬間的に地下墓地は世界から遮断したから、多分ランサーさんには何か光が見えた位にしか解らないと思う。

「なに、神の御業とだけ答えよう」

「……テメエが言うと嘘にしか聞えないぜ」

私は如何したら良いのかなと「ほぇ?」としていると「ランサー、アリシア様をマスターとする事に同意せよ」と言い神父さんの持つ令呪の反応が一つが消え。
唐突過ぎたのか、予想出来なかったのか何だか唖然としてるランサーさんだけど。

「―――っち、一体なに考えてやがる。
今度はその娘に仕えろだ?
まあ、主命だから従うが―――いいのか、テメエのした事を忘れた訳じゃねえだろうな?」

「何、貴様が私を殺そうが些細な事だ。
しょせん私の命など、精々もって二、三日といった処なのだからな。
それよりもアリシア様の護衛の方が重要な役目だと言っているだけだ、ランサー」

ランサーさんからは、これが殺気ですといった感じがひしひしと伝わってくる。

「あん、アリシア様だ?
テメエ、さっきその娘をいけすかねえ部屋で殺そうとしてなかったか?」

「なに、先程と今は事情が異なるだけに過ぎん」

「ふむ」と口にした神父さんはランサーさんを見据え。

「アリシア様を護衛するお前だ良いだろう、聖杯について教えてやろう。
聖杯とはもとよりカタチの無い器だ、いつ、どこで、何に呼び出すかで完成度が変わるのだが、呼び出すだけなら冬木の霊脈の力が集まる所ならば何処にでも呼び出せる。
サーヴァントが残り一人にならなければ聖杯は未完成だが、その出来でも大抵の願いは叶えられるだろう」

「だが」と神父さんは目蓋を閉じて区切り、一呼吸して再び開ける時には悲しい表情を浮べていた。

「それも、二次の時までの事だ。
三次から聖杯に『この世全ての悪』が取り憑き汚染された。
今の聖杯は、『破壊』という手段でのみ望みを叶える、如何なる願いとて強いて犠牲を取る選択を迫るだろう」

「じゃあ何だ、俺たちを呼んだ連中は初めからペテンにかけたって事か?」

「嘘ではない、が。
その中に満ちたモノは血と闇と呪いでしかない、犠牲は必ず出るだろう。
そう、今の聖杯は力の渦に過ぎぬが、優秀な魔術師が聖杯の力に道筋を立て願えば、願いは叶うのだろうな」

「ならもう一つ聞く、なぜ俺のマスターを殺した?」

「なに、外からの魔術師は何かと厄介だったからだ。
聖杯がああいうモノなのだと協会には知られたくないのでね」

「解った、これでテメエとは縁切りだな」

今直ぐにでも殺されるかもしれないのに神父さんは平然としていて。

「ああ、そうだ。すまないが私を殺すなら数分待ってくれ、遣り残した事があるのを忘れていた」

そんな神父さんをランサーさんは睨みつけるけれど。

「―――テメエは色々気に入らねが、ほっといても死ぬ奴を殺す必要もねえだろ」

忌々しげに舌打ちするものの、ランサーさんは神父さんに槍を向けるような事は無かった。
でも、ランサーさんは二人の横でオロオロと「喧嘩は駄目だよ」と言ってる私に「ついでだ、もう一つ聞くが」と一瞥して。

「この新しいマスターは聖杯戦争を知ってんのか?」

「二つ目の質問だな、だが良いだろう。
聖杯戦争についてはアーチャーのマスターが教えたそうだ。
ランサー、貴様がアリシア様を如何思ってるのかは知らないが、お前のマスターになる存在は恐らく神々の一人だろうよ」

「ああ、神だぁ」と私を見下ろし「マスター、名前は何て言うんだ」と言って来るので答えると「はじまりの海、アリシア・テスタロッサそんな神は知らねぇな」とか言われ。
どうせ私なんて何処でも嫌われてるだけさ、と肩を落としまう。

「魔力の供給も殆ど無いと同じ、か。
だが、良いぜ―――今からお前が俺の主だ」

そう私の心に次々と楔を打ち込みながらランサーさん片膝を付き。

「これより我が槍は貴女と共にあり、貴女の運命は俺と共にある―――ここに契約は完了した」

「これから頼むぜマスター」と爽やかかつ勝手に契約を進めてしまう。
魔力も殆ど無いと言われ凛さんから「へっぽこ」と言われた事を思い出した私は、何だか悔しいので青い宝石を取り出し起動させる。
魔力がこの空間及び並行世界からも収集・増幅され私のリンカーコア以上の魔力、無尽蔵に近い魔力量を宝石から供給し始めた。

「む~、魔力ならあるもん。へっぽこじゃないもん」

「―――ちょっとまて、何だこの魔力は!?」

突如供給された魔力の量に唖然とするランサーに、私は「へっぽこじゃないもん、私、へっぽこじゃないもん!」と涙目の私を「ああ、とんでもなく嬉しい誤算だマスター」とランサーさんは何か喜んでいる感じだった。
それを、ふう、と一息ついた神父さんが「騎士が仕えるべき主を泣かすとは何事か」と呟きながらも満足げに見守っていました。



アリシア様とランサーは衛宮邸へ帰した。
当然だろう、今こそ居ないがこの教会には最古の英雄王ギルガメッシュが何時訪れても不思議ではないのだ。
先程、恐れ多くもアリシア様を糧にしようとした装置も元はといえばギルガメッシュを現界させる為の物に過ぎない。
更には、私の心臓の代わりをしていた聖杯の泥がアリシア様の光に触れ浄化されてしまった事や、私自身の心の変化等ラインを通しギルガメッシュに漠然とだろうが伝わっている事だろう。

「とは言え、アリシア様とてギルガメッシュには及ぶまい」

神であろうが並み、いや今期のバーサーカー、太陽神とすら互角に戦ったと伝承されるヘラクレスですら英雄殺しであるギルガメッシュには及ぶべくも無いだろう。
故に神であろうとギルガメッシュに勝る者はごく少数と考えられる。
ましてや、アリシア様は『はじまりの海』、海神に連なる―――まて、『はじまり』だと?
まさか、世界のはじまり……創造神、いや世界の海なら根―――いや、それこそまさかだろう。
根源は神の座にあるものだ、歩きまわる根源が何処の世界にあるだろうか?

「ふむ、如何も心の有様が変わった事により疲れが出てるのだろう、な」

まったく確かに身体は辛い。
過去、四度の聖杯戦争で引き継いだ令呪全てをを用いたとしても、せいぜい持って三日と言った処なのだ。
しかし、辛いから、疲れているからでは済まない。
早々に、新たな聖杯戦争の監督官を決めなければならないのだ。
それに、アリシア様に大聖杯へとたどり着いて頂く為の情報の整理に、此度の聖杯戦争において魔術を露呈させようとする輩。
ライダーのマスターの事も、もう放っては置けまい。

「答えが出てから時間が無いと焦るか―――皮肉なものだ」

あの浄化の光に包まれ、サーヴァントの糧となっていたモノ達が救われたと感じた時に確かに私は安堵していた。
ならば、それが私の答え。
恐らく今の私は、かつて私が望んだ者になっているのだろう。

「故に―――物の価値を理解できないギルガメッシュを放って置く訳にはいかない」

令呪がある腕を見つめ。

「令呪をもって命じる、自害せよギルガメッシュ」

令呪を発動させた。
だが、アレは最古の英霊。
反魂香等の蘇生に関する原典すら持っている可能性は否定できない。
……一つでは不足、か。

「令呪をもって命じる、息絶えるまで何もするな」

この夜以降、私がギルガメッシュと会う事は無かった。



[18329] Fate編 06
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:26

午前一時、俺と遠坂は丘の上の言峰教会を離れ坂道を下りた所で分かれる。
遠坂は新都へマスターを探しに、俺はサーヴァントを呼び出すため真っ直ぐ家に。
別れ際、「サーヴァントを呼び出したのなら敵同士、容赦しないわよ」と言われたが俺としては遠坂と戦う気は無い。
むしろ、協力出来ないかと思ってるくらいだ。
家に帰る途中、やはりと言って良いのか、学校が噴火した事は兎も角として、結構な火災があったのだ、まだ警察や記者らしき人が野次馬相手に聞き込みをしていた。
当然、神秘を隠匿する魔術師同士の戦争等行える状況ではない。

「まずはサーヴァントって奴を呼び出さないと」

一息つき土蔵に向かう。
何の事は無い、ここが俺にとって一番落ち着ける場所であり工房になりうるの所なのだろう。
戦う理由が無かったのは教会へ行くまでの話だ、今は確実に戦う理由も意思も生まれている。
せめてもの救いはアリシアを聖杯戦争から遠ざけれた事か、いくら精霊であるポチがついているとはいえまだまだ子供なんだアリシアは。
サーヴァントなんて物騒な相手に巻き込まれたりしたらひとたまりも無い、学校で襲ってきた相手、槍を持っていた事からランサーだと思うけど……何もかもがデタラメだった。
アレは人とは違う、人はあんな風に動けない、まして……俺を相手にしていた時は本気なんか出していないのにだ。
あの不可視と呼べる一撃は恐ろしく重く、鉄パイプとかなんかだったら強化して使っても直ぐに使い物にならなくなるだろう。
宝具の投影に成功していなければ、俺はあそこで終わっていた。
だからといって宝具があれば対抗出来るかと言われても、サーヴァントが本気で来ればひとたまりも無い。
そのサーヴァントを使い、非道を行っている魔術師を止めようとしても、それこそ何も出来ないまま終わるだろう、な。
サーヴァントにはサーヴァントを以てでしか対抗出来ない。
まさにその通りだ―――が、ここに来て気がついた。

「……俺、サーヴァントの召喚方法なんて知らないぞ」

こんな事なら遠坂に聞いておくべきだったか?
いや、遠坂はまず無理、なら言峰か。
何処と無く胡散臭いけど、前回のマスターでもあった奴だから呼び出しかたくらいは知っているだろう。
……明日、またあのエセ神父に会いに良くしかないのか、まあ、サーヴァントを失って保護を願う場合まで来るなって言っていたけど―――その前に呼び出せないんじゃ如何しようも無いしな。
自分の考え無しに呆れため息をつき、仕方なしに何時も通りの魔術鍛錬を始める事にした。
息を整え、落ち着かせ、魔術回路作り、魔力を取り込む。
何故か魔力回路が二十七本に増えているのには驚いたけど、その理由が判らないので考えても無駄と保留にすると手始めに木刀を強化してみる。

「解析、開始」

魔力を流し込み、限界を見据えて止める。

「おっし、成功だ」

手にする木刀はおよそ鋼鉄以上の硬度があるはずだ、成功すると気分が良いものだな。
続いて、今日いやもう昨日か、自分でも知らない筈なのに投影が成功した双剣 干将・莫耶を思い出し投影してみる。

「投影、開始」

創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし、
ここに、幻想を結び剣となす。

流石に宝具なだけはあってか、魔術回路が暴走しかける、それでも結果だけを見れば干将・莫耶は投影出来ていた。
でもこれじゃ駄目だ、イメージが足りないのか直ぐガラスの様に粉々になった。

「くっ」

よくあの時は投影に成功したな、火事場の何とかってやつか?
魔力回路を安定させる為、息を整えている内に眠ってしまったのか、いつも見る剣の夢とは違い変な夢を見た。

見渡す限りの白銀。
そこに巨大な樹の様なモノ。
その生えている葉らしきモノ、一つ一つが何となく世界なのだと解る。
そして白銀は終わり無いのか、果てがなく広がっていた。
世界を生やすモノを樹に例えれば、樹が根を張り支える為の白銀の大地。
なのにソレは意思を持ち、育ち続ける世界樹を管理していた。
言うなれば幾つもの世界が生まれる世界樹を見守る存在。
ソレは小さきモノが好きなのか、死力を尽くし乗り越え様とする者達がいれば力を与えていた。
そんな俺には想像も出来ない力を持つソレですら、次第に無限に枝を増し、芽生え広がり続ける世界樹を管理しきれなくなってきてしまう。
ソレは選択を迫られる。
世界樹を剪定し、不要な枝を無くすか、一つの世界が持つ力を弱め安定させるかの選択を。
ソレには可能性を生み出す世界に、不要なモノ等ある筈も無い。
しかし、命の可能性。
その世界に住む者達にも無意味な存在等ありはしないのだ。
苦渋の末、ソレは一つの世界が持つ理を変える事を選択した。
例え中身が失われ様としても、世界という器が在れば何れ同じ様な存在達が現れる事を期待して。
滅ぼしてしまうのだ、せめて理くらいは選ばせようと失われた世界の者達の代表、破滅する世界で大きい存在力を持つ者、即ち救世主に成る者に選択させる。
その者、救世主の死後、召還器と呼ばれるモノに変え失わせた事を忘れない為に背負い続ける事を選んだ。
だが召還器として成った者も、二度目にはソレの周りに背負うと崩壊してしまう。
仕方無しにソレは座を創り、代理として影を置き背負った。
世界樹の枝が崩壊の危機に見舞われる度、その枝の理を変え世界の力を弱め続ける。
己の罪として背負い続けた者達ではあるが、格枝にて万を超えた時、煩く管理の邪魔になるので召還器達の必要以外の話しかけを禁じる事にした。
何時しかソレの影がある座には幾万もの無言の召還器達が存在する事になる。
時は流れ、ある枝にて中々選択が決まらないと焦ったソレは、理の選択を約千年毎に決めさせる事にしてしまった。
その理、赤と白、二つの世界の精霊が選んだ救世主候補は違い、赤の救世主と白の救世主に別れ。
選定の後、救世主となった叛逆の剣を持つ男はソレを否定し斬った。
ソレと救世主の存在としての格は違い過ぎ、斬られたとしても痛くも無い。
しかし、迷いは生じた。
更に、別の枝でもソレを倒しに座までその男と同じ存在は追いかけ、ついにはソレの影を倒した。
ここに至り、ソレは自分の行いが間違いなのでは無いのか―――

―――俺は何か凄まじい魔力を感じ目を覚ました。

「っ―――何なんだ今の夢は。ったく、俺は神にでもなったつもりなのか?」

家を見れば明かりが点き、居間から話声―――テレビか?
泥棒!?と過ぎるものの、泥棒が堂々と明かりを点けテレビを見ながら寛いでるのだろうか?

「んな訳あるか。くそ、まだ寝ぼけているのか、あれだけ魔力を持った泥棒なんている訳無いだろう」

俺は気配を出来るだけ消して居間に近づき、僅かに戸を開いて中を伺う、と。

「よう、坊主またあったな」

まるでお前何やってだとばかりに俺を一瞥した後、青い男ことランサーはテレビに視線を戻した。
慌てて土蔵へと走り戻った俺は強化した木刀を手にするが、学校の時と違い何故だかランサーは追ってこない。
そもそもポチが追い払わない時点で俺に危害を加えるつもりはないのだろうか?
土蔵から警戒しつつ身を出し、住み慣れた家を見渡す、明かりは居間と……何故か、風呂場から洩れている。

「なんでさ」

思わずそんな言葉が零れてしまっていた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第6話


最速の英霊ランサーさんの小脇に抱えられた私は、深夜の住宅街をまるで飛ぶようにして跳んでいる。
空中に滞空している時は、まだ空気が当たり痛いで済むけれど、跳ぶ時の衝撃や着地の時の衝撃が凄く、もの凄く痛いし、上や下へと急激に動くので気持ち悪くなって吐き気がする。
いや……もう吐きそう。
ランサーさんの乗り心地は評価すればもう二度と乗りたくない。
「ついたぜ」とぐったりしている私を地面に下ろし、「何だ元気がねぇな」とか口にするけれど、今の私は胃から込上げてくる吐き気と闘争を開始している真っ最中なんだ答える余裕すらないよ。
出しそうならポチに頼んで穴を作って貰おうとも思ったけれど、次第に闘いは私に形成有利なのか吐き気はしだいに引いていく。

「………」

もしかして、ランサーさんと一緒に戦う時は、常に自身との闘いになるのかな?
サーヴァント同士が戦っている最中、マスターである私達はそれまでの気持ち悪さで横になって応援しているのか、それとも伏せていればいいのかな?
マスターの役割とかよく判らないので、それは一旦棚上げにする事にし、向かうは約束の場所であるお風呂、子供の私は風呂に入って寝てる時間なんだよ。
なのに日付は変わり、午前を三時も過ぎていて。
そうだよ、八時間前にも確かに入りましたよ。
でも、地下墓地で染み付いた匂いとか神父さんの嘔吐物とか床のヌルヌルのへどろとかで服もそうだけど身体も匂いがついてるみたいなんだ。
家に入り明かりを点け、時間がないのでお風呂のお湯に力を使い高速で沸かし直す。

「あれ、お兄ちゃんは?」

「一緒に寝ようって言ったのに御免ね」と謝った後、ポチに聞いてみたら土蔵にいるよって答えててくる。

「そうなんだ。お兄ちゃん、あそこが好きなんだね」

じゃあ、とラインを通しランサーには居間で寛いでいてと伝え、私はランサーさんに魔力を供給する為に宝石を起動させて周囲に滞空させる。
宝石の力は制御してある程度の魔力収集するだけに留めながら服を脱ぎ洗濯機に入れた。
周囲の時間を固定して近所に音が漏れないようにしてからそのまま動かすと、ようやく私は念願のお風呂に入れる。
お風呂はとても気持ち良くて「お風呂は文化の極みだね」と湯船になかで寛いでいると、数分してポチからお兄ちゃんが家の中に入ったよと言われた。
そうか、そろそろお兄ちゃんも寝る頃だよねと思いつつ肩までお湯に浸かる。
「極楽だね~」としていると、お風呂の扉が開き木刀を持ったお兄ちゃんが唖然として見ていた。
何だろう、泥棒でも入ったのかな?

「ただいま、お兄ちゃん」

うん、挨拶は人の営みの基本だよね。

「―――えっ。ああ、お帰り。
(何だあの宝石みたいのは!
解析も出来ない、まるで校庭でみたランサーの宝具と真逆、在りえない位に魔力を放出しているぞ!?)」

ふよふよ浮かんでいる宝石を見つめ、何かぎこちない様子のお兄ちゃん。

「ん、どうしたの?」

よく判らないので首を傾げながら訊ねてみる。

「アリシア、ランサーが居るんだ危険だぞ」

真剣な表情で周囲を警戒しているお兄ちゃん。
そうだった、言ってなかったね。

「大丈夫だよ。お兄ちゃん、だって私がランサーのマスターなんだから」

言いながら私は手の令呪を見せた。

「ああ、そうか。だからポチも何もしないぃぃって!?
(ちょっとまて!なら、学校で俺を殺そうとしたのはアリシアなのか!?)」

身体を洗おうと、湯船から出てくる私に振り向き。

「アリシアがランサーのマス、ああ、ごめん!?
(たく、幾ら子供だからって無防備過ぎだ。
そうだった、遠坂が来た時令呪の事も知らなかったし、確か兆しすら無かったな。
その前に、あの時からランサーがアリシアのサーヴァントならポチが襲う理由が無い、か)」

何か慌てた感じでまた顔を前に戻す。
如何したんだろ?

「うん、神父さんが私が危険だろうって護衛につけてくれたんだよ」

「なっ、アイツが!?聖杯戦争に関わらせない様にしたつもりだったのに何考えているんだ、あのエセ神父!?
どうやって令呪を手に入れたんだ?
それに、その宝石。凄い魔力を放ってるぞ、それも言峰からか!?
(―――あの時俺を殺そうとしてたのはあのエセ神父か!
代行者で在りながら魔術師でもある胡散臭い奴だった、遠坂の薦めだからアリシアを預けたけど。
冷静に考えればあの神父、言峰は信用出来ない。
マスターになってしまったとはいえ、無事にアリシアが教会から帰って来れたのは正解だと思う)」

何か、ガーって感じのお兄ちゃん。
ん~、凄い魔力って、そんなに宝石の力は使って無いけどと疑問に思いつつも。

「令呪は、神父さんに頼まれ事をされたときに必要だなっと思ったら出来たよ。
後、これは神父さんは関係ないよ、これ形見になるのかな?
お母さんの持ち物の一つだよ」

「―――っ、すまない。悪い事を聞いた。
(そうだった、アリシアの両親は確かエーデルフェルトって言う魔術師の名門の一門だったな。
名門って事は、歴史が古い系統だ。
なら、中には宝具を持っていてもおかしくないか。
それにしても、令呪ってそんな簡単に手に入るモノだったのか……確かに俺も未熟なのは自覚してるけど選ばれたし―――っ、魔術の名門?)」

お兄ちゃんは何だか「はっ」とした表情になり。

「アリシアはサーヴァントの召喚方法とか知ってるのか?」

「ん、知らないよ」

即答で返事をすると「そうか」と言いながら肩を落としてお兄ちゃんは出て行きました。
う~、今日は色々起きてゆっくりお風呂に入る事も出来ないのかな。
仕方ないので世界からお風呂場の時間を隔離させて、時間が停止しているだろう世界の中で、私は身体や頭を洗い、ゆっくり湯船に浸かり、最後に水気を拭いて、サッパリした気分で持ってきた着替に着替えた。
再び世界につないでから廊下に出ると、居間に向かうお兄ちゃんが姿がある。
後は寝るだけだねと思案しつつ、後に続き居間に行くとランサーさんにサーヴァントって皆ランサーさんみたいに適応力があるのかと話していた。
ランサーさんはランサーさんで「ここに居ろってのは主命だしな、他の奴の事なんか知るかよ」て言ってる。
何かぎこちない感じ――いや、緊張してるのはお兄ちゃんだけだね。
何か二人で話す事があるのかなと思いつつも、私はランサーさんの主、衣食住の問題等の世話はしないといけない。
だからお兄ちゃんに「私、そろそろ寝るけどランサーさんは何処で寝れば良いかな?」と聞いたんだよ。
そうしたら、ランサーさんに笑われた。
何でもサーヴァントは、魔力供給を止めれば霊体になれるって。
更には食事も睡眠も要らないそうだよ、衣食住全てが要らないって話に私とお兄ちゃんは凄いの一言だよ。

「それより、アリシアとランサーは聖杯に何を求めるんだ」

お兄ちゃんは真剣な目で私に問いかける。

「ん、私は神父さんに聖杯が壊れてるから壊して欲しいって頼まれたんだよ。
だから、大聖杯って装置がある場所に行って直せないなら壊すって処かな」

「ちょっと待て!聖杯が壊れてるだって!?」

「うん、『この世全ての悪』が中に入って汚れてるんだって。
『この世全ての悪』は血と闇と呪いだから、どんな願いをしても破壊を手段としての等価交換。
願いを叶える人がいれば、聖杯はそれ以外の人を犠牲にして叶えるんだって」

「それが本当なら悪質処じゃないぞ」と呟くお兄ちゃんから視線を外し、ランサーさんを見る。
ランサーさんは「まあ、いいぜ」って頷きお兄ちゃんに視線を向けた。

「俺が聖杯戦争に望んだ願いは簡単だ。
英霊同士戦い最強である事を証明するだけだ。
元々、第二の生なんて興味ないからな、聖杯がそんなモノなら丁度良いさ、俺を止めないと聖杯を破壊するって事を餌にして他の奴らを倒せば良いだけだ」

「戦って最強を示す、か。そんな英霊も居るんだな」

戦う事が目的と言うランサーさんの願いに目を丸くしている。

「そうか、安心したアリシアとは戦いたくないからな。
もし、俺が呼び出したサーヴァントとランサーが戦う事になったら正々堂々としような」

私に視線を戻し、私の頭を撫でる。

「取敢えず、俺は明日にでも教会にいって召喚方法を聞いてくるよ」

そう言うお兄ちゃんは何処か凹んでいる感じだった。

「坊主、一つ聞かせろ。
学校でのアレは何だ、何故テメエがアーチャーの宝具を持っていた」

やや憮然とするランサーさん。

「アーチャー?
確かあの時、遠坂と一緒に居た奴―――ああ、そうか俺はアーチャーの宝具を」

と呟き。

「ランサーあれは投影魔術だ。
初め簡単に砕けただろ、あれはイメージが足りなかったからなんだ」

そう口にしながら投影魔術を使い包丁を投影する。

「―――投影……そう、か。」

一瞬厳しい表情をしたが、何か納得したらしく「面白いもの見せてくれた、ありがとよ」そう言いまたテレビに視線を戻した。

『マスター、もしかしたらアーチャーの奴も投影魔術を使ってるかもしれないぞ。
だとしたら奴の持つ宝具の数が際限無いのも頷ける。
仮にそうだとして、問題はアーチャーが投影出来る宝具の種類が幾つあるかだ。
まあ、そうそう宝具なんて物が幾つも在るとは思えないが、厄介なのは確かだな』

ラインを通しに私に伝えてくる。

『ん、でもアーチャーって事は飛び道具が得意なんでしょ?
だったら遠距離からの方を警戒した方が良いんじゃないかな』

『そりゃそうだな』

『でも今日は此処までにして、そろそろ私は寝るね』

夜も遅いから話は其処までとして、宝石を停止させるとランサーさんへの供給を止めた。

「なら、俺は屋根辺りで見張りでもしてるさ」

ランサーさんは霊体化すると屋根の上へと行き、「俺も風呂入って寝るかな」お兄ちゃんも風呂場に行く。
今日は色々な事があったなと振り返りながら居間の灯りを消した。
こうして長い一日は終わりを告げる。



[18329] Fate編 07
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:30
見たことも無い景色だった。
頭上には炎の空。
足元には無数の鋼。
戦火の跡なのか、世界は限りなく無機質で、生きているモノは誰もいない。
灰を含んだ風が、鋼の森を駆け抜ける。
剣は樹木のように乱立し、その数は異様だった。
剣による無限の樹木、それら幾つもの武具は大地に突き刺り使い手不在のまま錆びていく。
―――それを。
まるで、墓場のようだと思った。

視界が戻る。
日が昇って随分と時間が経つのだろう、確かな日差しが伝わってきた。

「今度は――――また、違った夢だな」

ぼんやりと目を開けて、見ていた夢を思い起こす。

……剣の丘。

前回は無限の世界が繁ってる巨木が生える白銀の大地、今度は無限に剣が樹立する墓場の様な丘か。

「―――その前が一振りの剣の夢、更に前は十年前の災害か………碌な夢見ないな俺」

いや、此処はうなされないだけましだと、前向きに考えてみるか。
昨日の事を整理してみる。
慎二に頼まれ弓道場の掃除と整理をした後、アーチャーとランサーが戦っていたところを目撃した俺はランサーに襲われ。
アリシアのペットであるポチが現れてなんとか助かったけど、学校は溶岩を纏ったポチにより火災になった。
ポチはもう家のペットだからな、ペットの不始末は飼い主の不始末だ、少しでも火の勢いを止めようと消火栓まで向かうところで遠坂に止められ。

「ああ、そうだアーチャーのマスターって遠坂だったんだよな」

遠坂がこの冬木の管理者で、不届きな無届魔術師である事がばれた俺は家に案内されたんだっけな。
家に着いたら遠坂がアリシアを魔術師の名門エーデルフェルトって見破り、無届の件の代わりにポチに柳洞寺から霊脈を使い、新都から魔力を吸い上げているキャスターの妨害を依頼してきたんだ。
サーヴァントを召還してない俺はアリシアと共に教会に保護してもらうため遠坂に案内されて。
言峰綺礼、あのエセ神父に出会った。
聖杯戦争という殺し合い。
勝者にのみ与えられる、あらゆる望みを叶える万能の願望機―――聖杯。
聖杯を手に入れる為には手段を選ばない、関係無い人達まで危害を加えるマスターを止める為に俺は聖杯戦争に参加したんだ。

―――喜べ衛宮士郎。

俺の戦う理由は聖杯を手に入れる事じゃなくて。

―――君の望みは、ようやく願う。

手段を選ばない奴を止める。
十年前のあの日の惨状、不当に命を奪われる理不尽、力の無い誰かを守る為に魔術を鍛えてきたんだから。
でも、教会から帰って来て土蔵でサーヴァント召喚しようとした時に気づいたんだ。
降霊術とかいう魔術を知らない俺は、サーヴァントを召喚する方法なんて知らないって事実に、まったく、遠坂にへっぽこって呼ばれるのも頷けるかもな。
凹んでても仕方ないので何時もの鍛錬してる内に寝てしまい、起きたら居間にランサーが寛いでいてテレビの通販番組なんか見てるわ、そのランサーのマスターが教会に預けたアリシアだっていうから驚きだ。
そのアリシアが聖杯戦争に参加する目的は確か聖杯を破壊す――そうだ、『この世全ての悪』で汚染され願いを叶える人がいれば、聖杯はそれ以外の人を犠牲にして叶えるだったな。

冗談じゃないぞ!
そんなふざけた事許せるか!
それこそ十年前と同じ事になる!!

「俺も聖杯がそうなら破壊する」

よし、サーヴァントを召還したらアリシアと共闘して聖杯を壊し最後にランサーと雌雄を決せば良いんだ。
自分のやるべき事を確認すると俺は居間へと向かう。
居間ではアリシアは既に起きていて、ワープロらしき物を弄り、その横でポチが構って欲しいのか転がっている。
「おはよう」と言いながら居間に入る、すると「おはよう」と言う声が二つと「既に陽もだいぶ上がって来てるだろうに、随分な余裕ぶりだな衛宮士郎」との声。
予想外の声に「えっ?」としていしまうものの、声の方を見ればそこにはエセ神父が両手にお茶を持ち座り、台所からはランサーがガチャガチャと音を立て何かしていた。

―――なんでさ。

「如何した、狐にでも抓まれたか、それとも悩みがあるなら言うがいい聞いてやるぞ」

驚いている俺が変だとでも言いたげに、言峰は神父らしく振舞っている―――何だか昨日の雰囲気とはえらい違いだな。

「……いや、そもそも何で監督役のお前が居るんだ言峰」

「聖杯戦争の監督役だからこそだ、が。
一人のマスターを贔屓するのは問題だと言いたいのだろう。
なに、確かにお前の言い分も解る。
だかな昨夜、お前と凛が帰った後に私も考えを改めてな、あの聖杯が危険極まりないモノであると判断した。
聖杯の中には『この世全ての悪』が生まれようとしてる、故に降臨されたアリシア様に、聖杯を現界させる大元、大聖杯まで辿りついて頂きたいと思い資料を持ってきたのだよ」

そう口にする言峰は紙の束を指し。

「大聖杯と一言に言っても、アレは魔法すら使用されてるだろう代物だ。
ランサーの宝具を使用すれば別かもしれないが、それ以外ではな、何分大聖杯は大掛かりな魔術の装置だ容易には壊せまい。
更には、行く道の途中にアサシンとキャスターが居る。
それ故、アリシア様に協力してくれそうなマスターである―――衛宮士郎、お前に頼みに来たのだよ」

「ちょっとまて、なんでアリシアに様なんだ?
それに、それなら管理者の遠坂の方が良いだろう」

「なにっ、知らないで匿っていたのか!?」

魔術の名門、そう遠坂が言ってたけど、エーデルフェルトてこの神父が様をつける程に凄いのか?
ワープロらしき物を弄るアリシアに視線を向けると、「なに?」て感じでキョトンとしている。
そんな俺を言峰は一瞬、呆然として見た後。

「アリシア様は―――いや、アリシア様には何か考えがあっての事。
ならばここで私が話す必要もないだろう」

とか、言い横でワープロらしき物を弄っているアリシアを一瞥する。
アリシアってとんでもなく凄い処のお嬢様だったのか、しかもこの神父に何したんだろうか、昨日の雰囲気とはえらく違う。
まさか協会は当然として、教会にまで強い影響力を持っているのだろうか?
よし、ここは出会った時の事を思い出してみるか。
確か―――

―――夜の公園で。

―――全裸で。

しかも野良猫をまるかじりしていた、な。

「………」

別の意味で凄いのは確かだけど、正直とてもそんな凄いお嬢様とは思えないぞ。

「次に、お前よりも凛の方が遥かに有能なのは確かだ。
だが、凛には一般人に手を出しているマスターの始末を依頼してある。
それに、凛は甘いところもあるが魔術師、それも大聖杯作製に関わる家柄だ、壊すなどと話せば敵に回すだろう」

くっ、何も知らない一般人を犠牲にしている奴がもう居たのか、確かにそんなマスターが居るなら言峰の言う通り放って置けない。
それに、大聖杯と遠坂が関係してたのなら協力は難しいか。
俺と言峰がそこまで話した処で。

「おい、マスター。炒飯ができたぞ」

台所から食欲を誘う良い匂いと共にランサーが入ってくる。
さっきの音は鍋を振るう音だったのか。
いや、それより。

「……ランサー、料理出来たんだな」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第7話


また、私はお兄ちゃんの記憶を見ている。
それは月の綺麗な夜、只何もする事も無く横にいる見ず知らずのおじさんと月を見ていた。
お兄ちゃんの記憶からはそのおじさんが衛宮切嗣だと解る。
おじさんは死期が悟った動物の様に外出が少なくなっていたらしい。

「子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた」

それは遺言なのか理想を語りだす。

「なんだよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ」

記憶のお兄ちゃんが自分の目標としている相手、そのおじさんが諦めた様な言葉にむっとしていた。

「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、オトナになると名乗るのが難しくなるんだ。そんなコト、もっと早く気が付けばよかった」

記憶の中でのお兄ちゃんは納得している様だけど、私は納得してない。
だって、元々正義なんて人――ううん、生命全てに置いて違うのだから。
犬や猫、鳥にだって正義はあるんだよ。
それでも生きる為、理想の為、他者の正義を蹂躙し自分の正義を押し通す、それが生命、故に常に争い成長、進化して行く存在。
それを諦めるのは、今まで自分の正義の為に蹂躙してきた者達に対しての冒涜にもなるんだよ。
私としては立ち止まらず、正義の味方を押し通して欲しかったと思うけど。

「そっか。それじゃしょうがないな」

「そうだね。本当に、しょうがない」

これはお兄ちゃんの記憶なのだから仕方が無いと相づちをうつ。

「うん、しょうがないから俺が代わりになってやるよ。
爺さんはオトナだからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。まかせろって、爺さんの夢は」

……ああ、そうか。

「――――俺が、ちゃんと形にしてやっから」

おじさんは諦めたんじゃない、お兄ちゃんに自分の正義を託したんだ、だから―――

「ああ―――安心した」

微笑み、最後にそう言ったんだね。
おじさんが静かに目蓋を閉じ、その生を終えたのを解ったお兄ちゃんはただ静かに見守り。
それからは託された正義を、憧れた夢を現実に成す為に歩き始めたんだ。
そこで夢から覚めた私は身体を起こした。

「……人は、凄いな。成せなかった夢を次の世代へ託して、きっと何時かは現実に出来るだろうな」

気が付けば少し目頭が熱くなっている。
何時の間にか布団に潜り込んで来たらしく、ポチがいて「大丈夫か」と慰めてるのか擦りつく。

「私は大丈夫だよ。
少し良い夢を視ただけだから、人と人との絆の夢を理想を託し何れは現実に成すだろう夢をね」

ポチにはよく解らないらしく「………」と動きを止めている、そんなポチを撫でているとふと気が付いた。

「でもポチ、遠坂さんに言われた霊脈は押さえてる?」

「問題ない、ちゃんと此処から伸ばして押さえてるぞ」

私の質問に答えたポチは褒めて褒めてと擦りついて来る、そんなポチに私は「うん、ポチはえらい子だよ。いい子いい子」と撫でる。
ポチを撫でつつふと目に入った時計からは、時間は午前八時を回った頃、二度寝するのも勿体無いので起きる事にした。
身支度を終え、ラインを通してランサーさんと挨拶を交わし、自分がやるべき事を考え、小型の端末を持って居間に行く。
やるべき事は、私が力を使わなくても戦える様にする事、取れる選択肢を多くしておくのは必要だと思うんだ。
だって、力使う度に世界を遮断しないといけないのは、もしかすると不便かもしれないから。
しかも、ちょっと力の加減を間違えれば抑止力が発生してこの国や街が消えてしまうか、私の力で星や銀河ごと消えるか、かな。
手に持つこの端末は、虚数空間に漂う残骸のメインシステムらしき物から複写した情報が入っている。
その情報にはお母さんが何をしてたのかは知らないけど、管理世界の魔法の術式が含まれているんだ。
アリシアの記憶からは民間企業の研究開発とかだったとなっているけれど、もしかしたらアリシアの死んだ後は管理局で働いてたのかなと思いつつも、居間で端末を起動させ魔導師の魔法『ミッド式』と呼ばれる術式を確認する。
次元跳躍魔法に、対人用のハーケンセイバー、プラズマランサー、バインド等色々とあるけど、基本的な術式のフォトンランサーが気に入ったかな。
ランサーかうん良いね、基本なだけあって色々な改造が出来るのもいい。
それに神父さんから預かったランサーさんの動きや、槍術を参考に出来れば私でも少しは出来るかもしれない。
じゃあと、昨日お腹を刺さしてくれた槍の呪いを確認し術式を組み合わせてみる。

「こんな感じかな」

呪いの効果と威力のバランスで悩んだけど、一時間ほどした頃『フォトンランサー・ゲイ・ボルグ・シフト』、因果反転を利用し、放てば既に当たっている術式が出来上る。
出来れば簡単に魔法が使えるようデバイスが欲しかったけど、如何も演算回路が『ゲイ・ボルグ』の呪いを計算しきれないのか、デバイスを使用しての使用は無理みたい。
でも、術式を制御する処理能力程度なら幾ら使っても抑止力は起きないだろうから良いとするかな。

「後はサーヴァント相手にどれだけ通用するかだね」

そう言いつつポチに用意させたお茶を飲む。
サーヴァントの中には魔術に長けたキャスターがいるそうだから、この相手に通用するのかが問題かな。
下手を打てば空間操作により、放った全てが反射される可能性も無くはないし、相手が世界との位相を歪めれば当たる事すらないだろう。
でも、この世界の英雄ってどれだけの事が出来たのかな?
先日収集した知識からは、英雄と呼ばれる者達のなかには神すら倒した者もいるとあった、まだ生きているとはいえ神の座まで来て私の影と戦っている当真大河も英雄と呼ばれているのだろう。
そんな事を考えていたら来客らしく呼び鈴が鳴り、「はい、どなたですか」と玄関へと出て開ける。

「……アリシア様、今は聖杯戦争の只中。もう少し慎重になられては如何かと」

目の前には昨日会った神父さん。
その神父さんは、お客さんが来たから玄関を開けただけなのに私が迂闊だと言ってきた。
そんな事を急に言われても理解等出来ず私は「はにゃ?」としていけど。

「……ランサーはちゃんと護衛をしているのか」

神父さんは何故かため息をつき。

「テメエに言われるまでもねぇ、バゼットの二の舞なんかさせるかよ」

私の後ろで実体化したランサーさんが現れる。
ん、バゼットって誰だろう?

「なら良いのだがな」

ランサーさんは何故か神父さんに殺気を向けている、昨日まで神父さんがマスターだったのに仲が悪かったのかな?
そんなランサーさんから視線を戻し。

「昨夜話しました大聖杯の場所と、大まかな構造を記した資料を持参しました―――お受け取り下さい」

神父さんは言いながら大きな紙の封筒を渡してくれる。

「後は衛宮士郎に話があるのですが、上がっても宜しいか」

「うん、お客さんを玄関で待たすのはいけない事だし。
お兄ちゃんも神父さんに会いたがっていたよ」

「それは何より。互いに好都合と言ったところでしょうか」

神父さんを居間に案内した私は、取敢えずテーブルを挟んで対面するように座ってもらい、ポチにはお茶を煎れさせる。

「ランサー、一つ聞くがコレは何だ」

そんな神父さんは、お茶を入れ運んで来るポチを見つめ呟く。

「ああそいつか、夜明け前くらいだったな、マスターの部屋の床下から現れて布団に潜り込んでたぜ。
マスターがポチって呼んでるからな、そうなんだろ。
そういやぁ、昨日校庭に現れた精霊もポチだったか―――マスター、此処にはポチって精霊の種族でもいるのか?」

質問は流れるようにしてランサーさんから私に振られる。

「ん、ポチはポチで他にはいないと思うよ。
昨日はお兄ちゃんの帰りが遅いし、藤姉さんも怒るからこの子に迎えに行って貰ったんだよ」

テーブルの上に乗せポチを紹介する。
神父さんとランサーさんはテーブルの上を転がるポチを見て。

「昨日の奴がこんな奴だったとは」

「……サーヴァントさえ梃子摺る相手が、こんな石の玉だったとはな」

ポチを見詰めるランサーさんと神父さんは、褒めてるのか貶してるのか良く解らない発言をしていた。

「話を戻しましょう。む、衛宮士郎は」

ポチにお兄ちゃんの事を尋ねると「まだ、寝てるみたい」って言うけど。
神父さんにはポチの思考を読み取る力が無いらしいので私から話す事にした。

「呼んだ方が良いかな」

「いえ。尋ねてきたのは私の方、待つとしましょう。
それに、その間にアリシア様には大聖杯へ向かう為の危険等も説明出来ますので」

そう口にする神父さんは話を続け、何でも大聖杯は柳洞寺ってお寺の地下深くに在り、その柳洞寺にはアサシンさん、キャスターさんが拠点としているそう。
相手もまた英霊、ランサーさんだけだと二人同時に相手をした場合、恐らくキャスターさんが私を狙いに来るので危険ならしい。
そこまで聞いた時、「くぅ~」とお腹から音がしてしまい、時計を見れば十時になろうかとしている……お腹が空くのも仕方が無いね。

「む、ランサー。アリシア様がお腹を空かせてのようだ食事の用意を」

大聖杯には興味が無いのか、話を如何でもよさ気に聞きながら畳の上でころころと転がっているポチを突付いているランサーさんへと視線を向ける。

「―――ちょっと待て、何で俺が料理しなきゃならない!?」

「簡単な事だ。私は客人であり、尚且つアリシア様と打ち合わせの最中、更に今の時間は出前は無理だろう。
ならば、残るは貴様しか居まいランサー、それともそのポチにさせると言うのか?」

「えっ、ランサーさんて料理できるんだ!
ポチは人とはちょっと違うからね、料理は多分無理だと思うし良かったよ!!」

「なら決まりだな。生前の記録もあるが、そもそもサーヴァントとは聖杯より知識を授かる筈、なら料理の方法等もあるのだろう」

「違うかね」と神父さんが確信的に言い放つと「ああ、納得出来ねぇが、変な記録が過ぎったんで納得したよ」そう言いランサーさんは台所へと向って行った。
それからも神父さんの話は続き、地下の空洞の構造とか大聖杯の資料の説明を受けたけど、大聖杯については資料が簡素なものしかなく結局は行ってみないと解らないとの事だった。
聞いた話を元に端末を操作するけど、やはり情報不足で爆薬とかだとどれだけ要るのか解らない。
ここから直接視れば早いけど……他にも聖杯戦争をしている人からすればズルでしかないので気が引けてしまう。
そんな風に悩んでたらお兄ちゃんが「おはよう」と起きて来た。
私も挨拶を返すが、お兄ちゃんは神父さんとお話の最中だから邪魔しちゃ不味いかな。
時折私の名前が出るけど邪魔をせず、『フォトンランサー』の派生型、大型にして手で持てるミッド式魔法。
名付けて『フォトンランス』、魔力で出来ているので長槍・短槍自在に長さを変える事が出来て。
ある程度の強度を持ち、投げての使用も出来る光の槍。
欠点は圧縮した魔力そのものを直に持つので刃等に出来るはずも無く、光槍と言いながら実際には光棍なので、多分『ゲイ・ボルグ』の呪いを付与して投げても貫くのでは無く粉砕する感じになると思う。
後は実際に試して使い辛い処を改修していくだけかな。

「おい、マスター。炒飯ができたぞ」

声と同時にランサーさんが台所から出てきて、手馴れた様子で皿に盛った炒飯をテーブルに置く。
お兄ちゃんも負けずと昨日の余り物やらを出してくれて皆でご飯にした。

「どうです、破壊は可能でしょうか」

食事の後、神父さんが私に訊ねてきたので考えた末の答えを話す事にした。

「ん~、行ってみてからじゃないと解らない処が多いいけど。
私は大聖杯の破壊じゃなくて、中身の入れ替えをしようかなと思うんだよ」

「確かに大聖杯を破壊してしまうのは我々としても心苦しい、出来得る事ならそうして頂けると有難いのは確かですが……」

神父さんが言いたい事はよく解るだから。

「大丈夫だよ、交換する渦ならある場所知ってるもん」

世界に穴を開け渦の中身を出現させる。
本来ならこの渦は世界を循環する力、世界を木に例えるならば水や栄養に相当するもの、多ければその力により次元断層やら力を持った存在やらが生まれたり。
反対に足りなければ隣接する世界は力の無い世界になり緩やかな滅びを迎えてしまう、そう人に例えるならば血液に相当する力だと言える。
繋げた穴こそ小さいものだけど、そこからは確かに世界を警戒させる程の力が溢れて来る。

「これを大聖杯に繋げて、聖杯戦争の正常化を図ろうと思うんだよ」

溢れでた無色力の塊の一つを神父さんの前に移動させ、「如何かな?」と意見を聞いてみることにした。

「―――――こ、これは!いや、まさか本当に!?」

恐る恐る塊に触れると無色の力は神父さんを包み込み消えた。

「……よもや本当に聖杯だったとは。
喜べランサー、貴様のマスターは聖杯戦争をせずとも既に聖杯に等しいモノを持っていたぞ」

神父さんは左胸に手を当て呟く様に答える。

「まあ、驚いたのは確かだが……俺は二度目の生になんて興味もねえよ」

「ちょっとまて。一体如何言う事だ、何が起きたんだ!?」

理解出来なかったのか、横に居るお兄ちゃんがテーブル越しに神父さんに詰め寄る。

「ふむ、確かに傍目では解らないか―――いいだろう。
先程までの私は心臓が無くてな、もって二日程といった処だったのだが、先程の無色の力に触れた時に心臓を創り如何やら死なずに済んだらしい、な」

「なっ!?」

「確かにこれは望みを叶える力、それも現在聖杯に潜む『この世全ての悪』に汚染されていない無色の力!
これを、聖杯と言わずに何と言うか!!」

お兄ちゃんに説明している内に、神父さんも興奮気味になり声が上がっていく。
その話の中に、実は昨日の使った力のせいで神父さんの心臓代わりだったモノが消えてしまい。
実は神父さんは瀕死の状態だったらしい。
それが今ので心臓が出来たので死なずにすんだとの事だった。

「だから言峰はアリシアに様を付けていたんだな……
(宝具を今に伝え持つ家系かもしれないからエーデルフェルトは名門って思ったけど、そうかこういった事が出来るからなのか……)」

「ふむ、確かにこれだけでも聖女と言えるだろうな」

「……(―――っ、これだけって、他にも出来るのか?)」

たかが世界の栄養を見せただけなのに何を驚いているのかなと思いつつ、お兄ちゃんが神父さんに話をしていなのに気がついた。

「ねぇ、お兄ちゃん、神父さんにサーヴァントの召喚方法聞かなくて良いの?」

「召喚―――っ!?
衛宮士郎、貴様まさか紛いなりにも魔術師だろうに、サーヴァントの召喚が出来ないなどと言うのではなだろうな?」

「……ああ、その通りだ。けど、俺は魔術師じゃなく魔術使いを目指しているぞ」

「詭弁だな。貴様の養父、衛宮切嗣は魔術使いであったが魔術の腕や知識は相当のものだった」

「もっとも」と溜息混じりに一旦区切り。

「師と呼べる者も無く今までほぼ我流で鍛錬をしてきたのだろう、解らないのも無理はないか」

神父さんはお兄ちゃんを見据えながら。

「貴様が召喚しなければアリシア様が大聖杯に近づくのも難しいだろうしな。
そもそも、七騎揃わなければ聖杯戦争は開幕すら出来まい……良かろう。
衛宮士郎、私で良ければ召喚方法を教えるとしよう」



[18329] Fate編 08
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:34

今、俺やアリシア、言峰の三人は家中を探している。
かつて聖杯戦争で親父と戦い、聖杯の中身が何であるのか知っているという衛宮切嗣だからこそらしいが、言峰が言うには魔術師殺しと呼ばれた衛宮切嗣ともあろう人物が次に起きるだろう聖杯戦争に備えて何もしていない訳がないらしい。
なら強力なサーヴァントを召喚出来るよう必要な聖遺物を残している筈だと当たりをつけ……もう三時間程探しているものの、まったくといってもいい程それらしき品物は出てこない。
俺にしても、もしかしたら隠し部屋があるかも知れないと考え家中を解析してみるものの今のところ成果は無く。

「ほう、この銃は……懐かしいものだな」

畳を上げ、床下から出てきた言峰が包みを開けるとそこからは一丁の凶悪な銃が現れる。

「前回において奴が使っていた銃だが、英霊を呼び出せる代物では無いな……しかし、ここでも無いとすると前回にて騎士王を呼び出した聖遺物はアインツベルンの方という事になるか?」

邸中をくまなく探して見つからない以上、如何やらこれで八方塞がりの様だ。
残る方法は触媒を用いずに召喚する方法しかないらしい、けれど、その場合は俺と気の合う英霊が召喚されるらしいけど殆ど博打に近いらしい。

「ところでお兄ちゃん」

何か触媒になり得る品物とか無かったかと、俺は考えを巡らせているとアリシアが俺に指を差し。

「身体から微かに力を感じるけどなにか入れてるの?」

「俺の身体の中……ああ、解析を使ってるから魔力じゃないのか?」

「ん~、何か違うかな。魔力そのものじゃなくてそれに反応している感じかな?」

「―――そうなのか!?」

見た目はちっちゃくても他ならぬエーデルフェルトの魔術師。
しかも、宝具を所持し聖杯と同じモノすら所有している魔術協会でも名門中の名門なのだろう―――たぶん。
更には、あの言峰が聖女とすら言い切っているアリシアの言葉だ、藁にも縋る気持ちで俺は自分の身体を解析してみる事にした、が。

「……駄目だ全然解らない、気のせいじゃないか」

幾ら解析しても何も解らない。
いや、そもそも魔術を覚えてから今まで解析、強化、投影をしてきたんだ。
違和感があれば直ぐ解析して原因を探している。
それなのに今まで何も感じず、異常も無かったのだから何かの間違いだと思ったけど。

「うんん、何か変な感じがするよ」

俺の言葉はあっさり否定され、「じゃあ」と言いながらアリシアの背後の空間が歪み穴のようなモノが現れ、そこから無色の魔力の渦が溢れ出した。

「お兄ちゃんの身体から出て、元ある形を想い出して」

何だか……アリシアの聖杯って随分安っぽい事に使われてるな。
本当に本物なのか疑問に感じるぞ?

―――などと思ったのが悪かったのか。

「っ、何だ身体から別の魔力が溢れ出てくる!?」

くっ、身体が熱い。
魔力回路の暴走!?
いや違う、何だ!?何かが俺の中から抜けて!!?
それも一瞬の事、熱の余韻が過ぎると黄金の鞘がそこにはあった、その鞘は解析をしないでも見れば解る程、途轍もない神秘を宿している。

「こんな代物が俺の中に」

こんな代物が俺の半身として今まで……

「成る程、それが前回の聖杯戦争で騎士王を召喚した聖遺物である聖剣の鞘。
よもや人の中にあると―――そうか、十年前の大火災……あの時か」

言峰の言葉で気が付いた、十年前の俺を救ったのはこの鞘の力なのだろうと。

「親父、あの時……それに死んだ今でも俺を守ってくれてたんだな」

「兎も角、これで触媒は整った。
では衛宮士郎、早々に召喚の儀式を始めるとしよう」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第8話


「――――――」

何もかも消していく光の奔流。

「―――これで終わり。私の戦いは、ここまでです」

聖剣の担い手は膝を屈し、万感の想いを込めて光を見つめる。

―――崩壊していく聖杯。

彼女が求め、彼女を救う筈だったモノ。

それを自らの手で壊し、ようやく、騎士王は自らの過ちに気が付いた。

一人の少年と、一人の英雄。

長い年月、永い理想の果てに捻じ曲がったあの男は、それでも少年のままだった。

後悔は抱えきれぬほど重く、
罪は贖えぬほど深い。
だが決して折れなかったモノがある。
あの赤い騎士は、最後に、誰にも冒されぬ答えに辿りついた。

なら―――自分も、前に進まないと。

傷を負い、剣から手を離した最期。
あの丘の先に、自分の意思で駆け抜けていく。

「―――契約は完了した。貴方たちの勝利だ、凛」

聖剣が薄れていく。
まだ魔力は残っている。
無理をすればまだこの世に留まれる。
許されるのなら―――彼らの行く末を、最期まで見守りたかった。

「―――ですが、それは私の役割ではない。シロウには凛がついてますから」

透化は止まらず、騎士のからだは光に飲まれるように消えて行く。
聖杯を求めた独りの王は、一つの思い出も残さず、運命の丘へと旅立った。
カムランの丘にて次なる戦い呼び招かれるまでの永遠にして刹那の時間、少女は考え続ける。

『あの聖杯はお前が望んでいる物じゃないと思う。
……だからよく見極めておくんだ、次は決して間違えないように』

「……聖杯の奇跡があれば本当に、この罪を打ち消せるのか?
運命を覆せるのだろうか?
いえ、そもそも、あの様な醜怪な聖杯にそれ程の奇跡が可能なのでしょうか」

先の元マスターが最後に語った言葉に僅かの不安を感じる間も無く再びソレを感じた。
不意に引き寄せられる感覚―――召喚の前兆だ。

「ああ、次の聖杯戦争なのですね。
シロウ、私は……それでも王として私の罪を償わなければならない。
それが、王に相応しくなかった私が最後に出来る務めなのですから」

引き寄せる力に身を任せ召喚に応じた。

「―――っ、この魔力は!?」

召喚されると同時に恐ろしいまでの魔力を感じ取る、それこそ先の聖杯戦争の最後に感じた寺の様だと。
しかしその場所には見覚えがある、本来なら在りえない魔力が満ちているものの、先の戦いにて召喚された場所―――衛宮邸の土蔵だと。
目の前には魔術師だろう一人と外からは―――サーヴァントの気配!?
刹那に状況を纏め上げ、外に居るだろうサーヴァントの動向を伺う。

「セイバー……で………いいのか?」

令呪による繋がりから私を召喚したマスターである魔術師、目前の赤毛の少年は私に対して驚きの表情を隠さないまま凝視していた。

「―――問おう。貴方が、私のマスターか」

目の前にいた少年、忘れもしない。
しかし―――かつてのマスター、シロウと瓜二つの少年だが、前回経験した時のアーチャーは英霊エミヤであった事に加え、その生き様が別であった様にもしかするとこの世界は前回の戦いとは違う過程を辿った並行世界なのかもしれない。

「……ああ、俺は衛宮士郎。
この家の人間……じゃなかった、君のマスターだ………」

赤毛の少年、衛宮士郎は令呪を宿した手を見せてくれる。
シロウ……やはり、聖杯からの情報通りだとすれば、私は第五次聖杯戦争をもう一度行うのですね―――なら私は運が良い。
私は他の英霊とは違い、記録ではなく記憶なのだから、それゆえに第五次に召喚された英霊が何者なのかを知るアドバンテージがある。

「サーヴァント・セイバー、召喚に従い参上した」

「けど、君みたいな女の子がサーヴァントだなんて……」

シロウを知らない時なら、英霊として呼ばれた私に対しての侮辱だと感じいるところでしょうが。
このシロウも私を一人の女性としか見ていないのでしょうね。

「―――これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の命運は私と共にある。
―――ここに、契約は完了した」

「え、ああ……こちらからもお願いする」

確か前回召喚された時のシロウもかなりの緊張をしていました。

「外にサーヴァントがいます。マスター指示を」

恐らく外で待ち構えてるのはランサー、彼の宝具『刺し穿つ死棘の槍』(ゲイ・ボルグ)を躱すのは至難でしょう。
ならば出させる前に決着をつけるまでです、この身は前回と違い呼吸する度に魔力が満ち―――っ馬鹿な、受肉している!?

「外のサーヴァント?
……ああ、そうだランサーとは同盟中なんだ。
勝手に決めて悪いけど、ランサーとは最後に戦ってくれないか?」

如何もシロウは私を召喚したせいなのか、大分混乱している様子。
いえ、前回の時は更に混乱していましたね。
なら、このシロウは私の知っているシロウより遥かに魔術に詳しいと考えて良い。
……英霊を受肉させて召喚する等まるで魔法のようですが、現にそうなのですからキャスターなら兎も角としてセイバーである私が理解出来るとは思えない。

「いえ、マスターが決めた事なら私は従うまでです」

「そうだ、忘れてた。
これ、セイバーの持ち物なんだろ返すよ」

シロウは召喚に用いただろう媒体をとりだし見せる。

「っ、それは私の鞘!?」

忘れもしない、失われた私の鞘がそこにあった。

「本当なら前回に呼び出した時、親父が返さなきゃいけなかったんだけど。
十年前の大火災で俺を助ける為に分解して俺の身体の中に埋め込まれていたんだ。
おかげで俺は助かったけど、セイバーには返せずじまいだったんだ、俺からも謝る―――ごめんなセイバー」

渡された黄金の鞘を見て『これが本当に一度分解された鞘なのか?』と疑問も過ぎるが。
確かに鞘の加護があれば、前回の第五次聖杯戦争でシロウがみせた異常な再生力は証明できる。
故に―――前回のシロウは生き残れたと言って良い。

「鞘を返していただけるのは有難いですが……これはマスターが持っていたほうが」

正直にいえば、凛がいない状況でシロウが自身を省みない行動に出る方が怖いのだ。
鞘の加護が無い以上、その行動は容易に死に繋がるだろう。

「いや、セイバーの物なんだから俺が持っているのは変だろ」

そう言えばシロウはこんな頑固な所がありましね……

「いえ、解りました。マスターは私が必ず守ります」

鞘が返された事で、自身の能力が増すのと切り札が増えるのは歓迎するべき事だ。
シロウの暴走とも呼べる行動を何処まで御せるかと、一抹の不安はあるもののこの身は英霊―――その様な事などは己の剣で切開くまで。

「ああ、そのマスターは止めてくれ」

「それではシロウと。
ええ、私としてはこの発音の方が好ましい」

途端、シロウの顔が赤くなった。

「ちょっと待て、何だってそっちの方を」

「では、マスターの方が良いのですか」

「違う、名前じゃなくて名字でよばない―――って、そうか。
(言峰が言っていたな、確か前回の戦いの時は親父とセイバーは一緒に行動していなかったって。
本来ならサーヴァントとマスターは一緒にいた方が都合がいい筈、それなのにだ。
きっとセイバーは衛宮の名字に良い感じがしないのだろうな……って言うようり、サーヴァントとはいえ、こんな女の子に何やったんだよ親父は?セクハラでもしたのか!?)」

シロウの表情がコロコロと変わり、「いや、シロウでいい」と何か思い悩んだ様子で答えた。

「……大丈夫ですか?」

「ああ大丈夫だ、ちょっと……親父につて悩んだだけだから」

「他の仲間を紹介するよ」と言い土蔵を出て屋敷に入り居間に案内される。
前回の聖杯戦争では召喚されたのは夜でしたが、今回はお昼過ぎですか、もしかすると食事が出るかも知れませんねと淡い期待を抱いたのもつかの間、案内された居間には危険な男がいた。

「……前回のマスターが何故ここに、貴方は切嗣に撃ち殺されたと記憶していますが」

「確かにな。
だがそれがどうしたのだ、私にとっては十年も前の過去に過ぎん。
そのように殺気を放たれては、要ぬ警戒をさせるだけだぞセイバー」

「セイバー、言峰の言う通りだ。今は前回の戦いを忘れてくれ」

「―――シロウ。ですが、この男は油断なりません。
切嗣は真っ先にこの神父を標的にした。
それは、この男が何より優先して倒すべき敵だったからです」

「光栄だな。最後まで残ったお前たちにそう謂わしめたのなら、私も捨てたものではない」

「―――っ。そのような減らず口を、よくも」

「ぷう、二人とも喧嘩しちゃ駄目なの!!」

緊張が高まる空気のなか、神父の正面に座っていた幼女が立ち上がるなり声を上げ、そのせいで重くなっていた空気が元に戻る。

「……シロウ、この娘は?」

「え、と、初めまして。私はアリシア・テスタロッサと言って、ランサーさんのマスターをやってるんだよ。
セイバーさん、宜しくお願いしますね」

ぺこりと私に対し頭を下げ。

「ほら、ランサーさんも挨拶しなよ。挨拶は人間社会の基本なんだよ」

「……ああ、解った。宜しくなセイバー」

アリシアの横で実体化した蒼い槍兵だが、何か疲れた感じで頭を押さえていた。

「えっ、いえ、此方も」

何だろうかこの幼女は?
シロウも魔術師らしくは無かったがそれに輪をかけた存在だ、まさか彼女がこの世界でのイリヤスフィールなのだろうか?
いや、テスタロッサと名乗っている以上違うのだろう、それに―――見た目が五歳程にしか見えませんが魔術師である以上、見た目に惑わされては相手の思惑に嵌る。
もしそうなら、シロウは危険な相手と同盟を組んだかもしれない。

「アリシアは、魔術の名門エーデルフェルトなんだ。
俺なんかより遥かに魔術に詳しい筈だから見かけによらず頼りになるぞ」

「ぷう。私はテスタロッサなの!
エーデルフェルトじゃ無いんだよお兄ちゃん!!」

「ああ、すまない。アリシアにも事情が有るんだから、そう言う事にしておかないといけないんだな」

「にゃ~、お兄ちゃん解ってないでしょ!!」

……まさか、頬を膨らまして『ガ~』と吼えているいる幼女が凛の代わりなのですかこの世界では?

「すまない、もう詮索しないから。
そうだアリシア、召喚終わったから聖杯を止めてくれないか、土蔵がまるで異界みたくなってるんだ」

「む~、じゃあ穴は閉じておくね」

不満げな表情で答えたアリシアだったが、土蔵からの魔力が次第に弱まって来るのが感じられる。

いや、それより―――今、聞き捨てなれない言葉を聴いた気がする。

「聖杯?」

「ああ、驚いたと思うけどアリシアは既に聖杯を持ってるんだ」

「――――――っは?では、何故聖杯戦争に参加しているのですか?」

「うん、それはね。聖杯の中身が汚染されちゃったから、綺麗な中身と交換しに行く為なんだよ」

確かに前回の第五次聖杯戦争で聖杯、醜悪な肉塊の様なモノは存在した。
しかし―――

「……ふざけるな、聖杯とは英霊全ての願い。
それを―――軽々しく手にした等と口にするな!!」

気迫をアリシアに叩きつけた積もりだったが。

「ん~、じゃあ渦で良いかな。
元々、私は歪みや渦って呼んでたし」

―――私の、サーヴァントの気迫を流した!?

冷静に考えれば幼女に対して大人げ無いのは十分承知しているものの、成る程、確かにマスターに選ばれるだけはあるという事ですか。
如何やら先程の懸念は正しかった様だ、シロウには幼女の姿をしたアリシアを傷付けるなど出来ない―――くっ、ここに凛がいれば!

「ですが、私の心臓の件と言い。
衛宮士郎、魔術回路の切替すら出来ない未熟者以下の男ですが、その無色の力を使い切り替えが出来る様になったのは確か。
ならば、それは聖杯と言っても過言では無い」

「ぐっ、言いすぎだろう言峰。
確かにアレの力を借りて魔術回路の切替が出来る様になったし。
セイバーの鞘を元に戻したのもアレの力、召喚の時に補助目的とは言えアレを垂れ流しながら召喚陣形成して召喚に成功したさ―――けど、未熟者以下はないだろう?」

「ほう、私が指摘しなければ、魔術回路に切替がある事すら知らなかった奴が言う事とは思えん言葉だ。
聖杯の力を用いなければ、少なくても切替だけで今日と言う日が終わっていただろう」

「待ちなさい、私の召喚時に聖杯の中身を用いて召喚したと言いましたね。
では、私が受肉しているのはその為なのですか?」

「私がこの未熟者以下に教えた召喚方法では、ランサー同様に魔力で構成された状態で召喚される筈だった。
受肉してしまったのはセイバー自身に問題があるか、または垂れ流していた無色の力のどちらかだろう」

もっともと続け。

「セイバーに心当たりが無いのなら答えは一つしか無いがな」

「…………」

ランサーが頭を押さえている理由が何となく解る気がします。
聖杯を求める聖杯戦争で、求める聖杯の中身そのものを使って召喚しているのですから。

「ん、それとね大聖杯の中身を替えるから、今回の聖杯戦争に勝っても望みは叶えられないと思うんだ」

「なっ、んだと!?」

望みを叶える為に私達英霊は召喚に応じた、だったら私は何の為に呼び出されたのだ!?

「ふざ「だから、前払いで良いかな?」―――は?」

「うん、大抵の望みなら叶えられるよ。
渦になっているのは世界を循環する力、世界にとっての栄養だよ。
使えば使うほど、渦になって溜まっている栄養がこの世界に流れて来るから、世界が力を持つしそこに住む生命も力強くなるんだ。
出来れば小さな渦の一つくらい使い切る感じの方が良いかな」

「言峰、小さな渦を使い切るくらいってどれ位の願いだ?」

「さてな。アリシア様のお考えだ、私程度に解る筈もあるまい」

「ランサーさんは要らないって言ったたし、お兄ちゃんは如何する?」

「ああ、俺は特に必要ない……な」

「そっか、でもセイバーさんは有るんだよね。
じゃあ、プライバシーとかの問題もあるから向こうの部屋で聞くよ」

有得ない―――召喚された途端、聖杯が手に入る等とは。

「………この聖杯戦争は一体如何なってるのですか」

望んでいた筈なのに、気が付けば私もランサーと同じく額を押さえていました。



[18329] Fate編 09
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:43

ビルの屋上に舞い降りてくる白い光。
白い光の正体は今回の聖杯戦争にライダーのクラスで呼ばれたサーヴァント、天馬を召喚したメドゥーサは天空を疾駆し、僕の指示した通りアーチャーを弄りながら力の差を見せつけていた。

「……いいぞライダー、予定道理じゃないか」

間桐慎二はようやく自分の思う通りに事が進んだ事を哂う。
思えば聖杯戦争に関する事だけでも、上手くいかない事ばかりだった。

一つ目は、学校に仕掛けた結界が起動出来なくなった事。

これは、御爺様が言うには学校の校庭が噴火したとかでライダーの宝具『他者封印・鮮血神殿(ブラットフォート・アンドロメダ)』の起点である地脈が狂ってしまった事により起動出来なくなってしまったらしい。
流石にすぐには信じられず、学校で火災が発生したニュースが今朝テレビで流れてなければ、ついに御爺様がボケたと思った程だ。

二つ目は、令呪の宿した衛宮を利用してやろうと思っていたのに出来なかった事。

あのお人好しの事だ、僕が魔力回路を持たない半人前のマスターだけど、間桐の家の為に仕方無しにマスターをしていると言えば、同情して僕の思う様に動かせる木偶になった筈だ。
どうせ衛宮如きじゃ聖杯戦争は勝ち抜けないさ、だったらせめて僕が有効に利用してあげようって思っていたのに、って言うかさっさとサーヴァントくらい召喚しろよ!

三つ目は、新都で以前から気にいらなかった美綴にライダーをけしかけ、精々僕の役にたってもらおうとしたところで遠坂が現れて失敗した事。

四つ目は、その遠坂のサーヴァント、アーチャーにライダーが近接戦で敵わなかった事だ!!

でも、ライダーが言うには必殺の宝具―――ランクでいえばA+もの大軍宝具ある、これなら遠坂のサーヴァントも終わりだ!!
ただアーチャーの傍を走るだけ、そうさ、ただそれだで追い詰めているのだから!!
遠坂にも見せてやりたかったよ、この光景を僕の力をね!!
どうせ、美綴相手に記憶操作でもして遅くなっているのだろうけど、そろそろ来てもおかしく無い時間か。
なら―――精々遠坂が来るまでの間、アーチャーに実力の違いを思い知らせながら絶望させ遠坂が来たら目の前で消してやるんだ。
そうしたら遠坂は僕に跪いて命乞いするだろうから、この前僕を侮辱した分も含めて散々弄った後で桜と同じく玩具にしてやるんだ、姉妹仲良く間桐の魔術師である僕の玩具になるんだから遠坂だって幸せだろうさ。

「大した英霊とは感じられませんでしたが、その頑丈さには驚きました」

「そう言われてもな。ただ避けているだけだ、褒められる様な事はしてい無いさ」

「成る程、ですがそれに意味はありますか?貴方には勝ち目などない。散るしかないのなら、潔く消えなさい」

静かに事実を告げるライダーに対しアーチャーは「クク」と哂い。

「なに、諦めか―――出来たら良かったのだが……生憎な事に私は諦めが悪くてね。
それに―――別段、打てる手が無いわけではないのだよ」

アーチャーは余裕なのか自然体で上空にて翼を休める天馬を見上げていた。

くそっ、なんなんだよあの余裕―――気に入らない!
遠坂が来るまで散々弄って、実力の差を思い知らせようとしてたけどもういい―――消してしまえ!!

「やれライダー!手足一本残すなよ!!」

遠坂が来たら来たで、「お前のサーヴァント、アーチャーはもう消えたよ」って言えば良いさ。
過程は少し代わるけど、結果は同じく遠坂は僕に跪くしかないんだから。
高度を上げ、旋回し、彗星と化したライダーが落ちてくる。

「―――――は。はは、あはは、あはははははは!」

勝った。
僕は遠坂のサーヴァントに勝った、ならそれは僕が遠坂に勝ったと同じ事だ。
そうだ、間桐の魔術師であるこの僕が遠坂に勝ったんだよ!!

「――――投影、開始(トレース・オン)」

アーチャーは何か呟くと鉛色の球体を現した。

はっ。
今更何をしも無駄なのに、そんな事もあのサーヴァントは解らないのかよ。

「後より出て先に断つもの(アンサラー)」

僕が見てる中、球体が変形し光る短剣と化し。

「騎英の手綱―――――!!!(ベルレフェーン)」

真名を開放し、光の奔流となったライダーに向け。

「斬り抉る戦神の剣―――!!(フラガ・ラック)」

アーチャーもまたその真名を開放した。
その瞬間、白色彗星と化していたライダーが元の天馬に跨った状態になり止まっていた。

「ひっ……!」

突然燃え出した本に慌て悲鳴を上げてしまう。

「あ―――あ、あああ…!燃える、令呪が燃えちまう……!」

これが無ければ僕は魔力回路を手にいれられない―――魔術師になれないんだ!!!
それなのにどうして!?

「間桐―――慎二、だな」

アーチャーと目が合う。
くっ、ライダーは何をしてるんだ!?
見上げればライダーは薄れ消えてゆく途中だった。

「ひ……!は、あは―――」

それだけで現実に引き戻される。
結果、ライダーは負けたのだ。
くっ、如何してこんな事になってしまたんだ!?
いや、それ以前に全然予定と違うじゃないか、何だよあの宝具!?
あんなデタラメあっていいのかよ!!
ライダーの宝具は一番強いんだろ!!
なのにライダーの宝具を無効にって、アーチャーのクセにどんな反則だよ!!
僕はアーチャーに背を向け、そのまま出口へと走り出そうとした瞬間。

「ひぃ!?」

足元に矢が刺さった。
振り返れば洋弓を手にしたアーチャーがたたずんでいる。

「くそ、くそくそくそ!
何が私の宝具は無敵です、だ……!あの口だけ女、よくも僕を騙したな……!!!余裕ぶってるから寝首をかかれるんだよ、間抜けがっ!!!」

「大方、貴様がそう命じたのだろう間桐慎二」

僕を見てふうと溜息をはいたアーチャーは。

「そもそもライダーは得物を弄る性格では無さそうだしな。
アレだけの大軍宝具、使うからには必殺。
―――なに、私としては君と言うマスターが相手で楽をさせて貰った、礼を言わせてもらう」

「くっ、なんだよ―――」

たかがサーヴァントの癖に、そう言いかけると背後の出口が音を立てて開き一人の少女が飛び出して来た。

「っ、いた!見つけたわよ、慎二!!」

振り返る瞬間。

「あ……と、遠坂」

僕が未熟な魔術師だから、とか話せば何とかなるだろうと思ったのもつかの間、遠坂が僕に指を指すと同時に黒いモノが当たった。
その後は覚えていない。
気が付いたたらベッドの上で、全治一ヶ月程の全身打撲で入院していたからだ。

「あの後何が起きたんだ……」

動けない僕は他にやる事も無く、ただそれを考えていた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第9話


深夜、私達は今柳洞寺へと向かっている。
先頭に立つのはお兄ちゃん、その後ろに私とポチ、黒いロングコートを羽織ったセイバーさんがついていく。
何でセイバーさんがロングコートを着ているかと言うと。
ランサーさんは霊体化すれば傍目からは見えないから問題は無かったけど、不慮の事故なのかな?
無色の渦を垂れ流し、満たした中で召喚した事により召喚するなり受肉してしまったセイバーさんが鎧を外すのを嫌がったんだ。
そこで、昼間見つけたお兄ちゃんの養父、衛宮切嗣さんが使っていたらしいロングコートを着て貰ったんだよ。

でも―――

「きっと何か方法はあると思うから元気出してよ」

落ち込んでいるだろうセイバーさんに言う。
セイバーさんを召喚した後、その願いを叶える為に渦の力を用いた事を思い出す。
物作りで例えるなら渦や聖杯は資材、当然作るのなら設計等の計画が必要となる。
だから、私が設計役としてセイバーさんの意見を踏まえ、願いを叶える計画を何百通り立てたのだけど。
結論から言うとセイバーさんの行った行動は概ね正しくて、他の候補者では八割がそこまで辿りつくことは出来ず。
二割の内、一割程は同じか、中には数年程国が滅びるのは先延ばしされたけど。
結局は内乱が起きたり、毒殺されたりして国は分裂、滅びていきました。
で、残りの一割程に至っては論外で……私欲に奔り自滅していたんだ。
此処まで来ると、もう何か滅びる運命が決まっていた感じがしたよ。
なので別の星に移住する事にしてみたら、時間の矛盾から今度は現在に影響が出たりして何億もの人々消えてしまう事になり却下。
そこで、最後の計画ではセイバーさんを男にしてみる事にしたんだけど。
その計画でも余り変わらず……更には、毎回同じく奥さんが友達と不倫しているのを見て「くっ、ランス……よもや………私が男性でも、貴方と言う人は!」とセイバーさんは怒っていてトテモコワカッタデス。
一緒に歩いているお兄ちゃんも、セイバーさんに何て言えば良いのか解らずにいて声をかける事が出来ないし―――悪い事したかな?

「いえ、あれだけ考えた方法で駄目でしたから……これが私の運命なのでしょう」

セイバーさんは気持ちを切り替える為か深く息して整え。

「貴女に感謝を、貴女のお陰で私は自分の運命に向き合えた。
(聖杯ですら変えられぬのを見た今なら当然と感じれる。
国を維持していたのは私の判断だけでは無い、他の騎士……優秀な配下達が居たからなのだ。
彼らとの絆を見ていなかったのは確かに私の失敗だ。
だがそれを含めても滅んでしまった本当の理由は、アリシアいわく国の寿命らしい、繁栄すれば当然何時かは衰退する。
人が常に成長している以上、永久不変の国等ありはしない。
そして王は国を護ったが、国は王を護らなかった……ただそれだけの事だ。
それに―――アリシアは言っていた。
永い年月、幾度も国が繁栄と滅びを繰り返す事でこそ、その国の人々は強く成長出来るのだと。
国が滅びた事も、私の死も全ては後の人々の糧として生きる。
無意味ではなく、意味はあるのだと言っていた。
ただ、あの時のアリシアはまるで……自ら経験して来た事の様に悲しみと説得力があったのは気になる処ですが)」

セイバーさんに……何か探る様に見られているので落ち着かないけど、元気を取り戻してくれたのなら良い事かな。

「なら、聖杯戦争が終わったらセイバーさんの祖国があった所が如何なっているのか見に行こうよ」

「そうですね。今、あの地にて生きる人々が如何暮らしているのか気になります―――ですが」

坂の下に視線を向ける。
つられて視線を向けると、そこには一人の女の子が立っていた。
その後ろには大きな人が控えている。

「―――ねえ、お話は終わり?」

私は覚えているあの人の事を。
あのお姉ちゃんは『早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん』と親切にも警告をしていた人だから。

「よう。そっちからなんて、今日はえらく積極的だなバーサーカー」

何かびっくりして硬直しているお兄ちゃんの前にランサーさんが実体化するとお姉ちゃんに挨拶していた。
如何やらあの人の名前はバーサーカーらしいね。

「今晩はバーサーカーさん、私はアリシア・テスタロッサと言って、ランサーさんのマスターをやってるんだよ。
バーサーカーさんのサーヴァントは何て言うの?」

聖杯戦争でも挨拶は必要だよねと思い、ランサーさんの隣に出て頭を下げて挨拶をしたら。

「アリシア……バーサーカーはサーヴァントのクラス名です」

後ろからセイバーさんに間違いを指摘された。

「サーヴァントのクラス名と人の名前の違いも解らないなんて、魔術師以前の問題よ貴女」

はう……貴女、碌に挨拶も出来ないのって言われたみたいでとても辛い。

「あう、お姉ちゃんの名前じゃなかったんだ……」

「まあ、良いわ」

そう言ってお姉ちゃんはお兄ちゃんに視線を向ける。

「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

「……ああ、君もマスターだったんだ」

半裸の男の人を見てから顔が引き攣っている。
私から見ても立派な筋肉だから驚いてるのかな?
でも、大丈夫だよ、お兄ちゃんだって負けてないんだから、だって美味しい料理を作るのに筋肉は決定的な要素じゃないからね。

「ええ、そうよ。わたしはイリヤ。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えばわかるでしょ?」

「………ごめん、解らない。アリシアは解るか?」

ギギとぎこちなく動かし私に顔を向ける。

「ん~。お姉ちゃん、お兄ちゃんに危険を知らせてくれたから、親切なご近所さんじゃないかな?」

「いや、遠坂もそうだけど近所の魔術師って俺知らないから」

「―――そう、キリツグから聞いていないのね」

私達の反応が気に入らないのか、お姉ちゃんは頬を少し膨らまし。

「じゃあとりあえず、殺すね。やっちぇえ、バーサーカー」

何か楽しそうに言い放った。

「■■■■」

バーサーカーさんの巨体が爆ぜる様な勢いで私達の距離を詰め。

「下がってな」

「―――シロウ、アリシア、下がって!」

ランサーさんとセイバーさんが駆け出し、バーサーカーさんの大剣をセイバーさんは受け止め。
その瞬間にはランサーさんの槍がバーサーカーさんの頭、喉、心臓等を突いていた。

「ちっ―――やはりな」

槍が突き通せないのが不満なのかランサーさんは舌打ちしている、外皮が厚いのかなと思い視ると何か特別な力で保護されてるみたい。

「だから裸でも大丈夫なんだね」

冬なのに周囲の環境を書き換えたりしてないのに、あんな裸同然の格好で実体化していていたら普通は風邪引いちゃうもの。
裸でも大丈夫な守りが有るのは当然か。
私がバーサーカーさんの守りに気がついたその間にも、バーサーカーさんの旋風じみた大剣が唸り塀や道路、触れてもいないのに家々の門や植木とかを容赦なく壊していた。
……よくこの辺の人達、苦情に出てこないね?
良くある事だからって慣れてるのかな?
そういえばテレビで最近治安が悪くなったて言ってたけど、うん、これがそうなんだ。
―――あっ、もしかしてテレビでやってたご近所殺人事件とかってこんな事から始まるのかな?
あう、だとしたらランサーさん、セイバーさんにお兄ちゃんやお姉ちゃん―――怒ったご近所さんに包丁で刺されちゃうかしれないよ!!大変だ!?

「これが―――サーヴァント同士の戦いなのか」

見ればどうもお兄ちゃんはお姉ちゃんに会ってから何時もの調子を無くしている。
やっぱりご近所さんの迷惑だから困ってるのかな?
それに、サーヴァントが戦っている最中、私達マスターは如何したら良いいのだろう?
怒って出て来た家の人達に刺される前に謝れば良いのかな?
そう思いつつも視線を戻せば。
セイバーさんの剣が大剣を受け止めるけど、衝撃を相殺出来ずに後ろに押し戻されたり。
自分の持つ槍ではバーサーカーさんの守りを貫けないのが解っているランサーさんは、それでも諦めずに槍を突き放ち、大剣に絡めるようにして払うとセイバーさんの為の隙を作り出していた。
ランサーさんの作り出した隙を見逃す事無く、コートを吹き飛ばしながら魔力を爆発させる様に放つと、途轍もない速さでバーサーカーさんの懐に入ったセイバーさんは守りごと斬り裂く。

「■■■■」

痛いのか叫び声をあげてるバーサーカーさん、そりゃ胸から下を斬られれば痛いよね―――大丈夫なのかな?

「……ふうん。大した事の無い英霊だと思ってたけど、なかなかやるじゃない貴方達」

お姉ちゃんは、自分のサーヴァントが怪我をしたのに微笑んでいた。
あれ、もしかしてバーサーカーさんってマスターであるお姉ちゃんからいじめられてるのかな、だとしたら可哀想だよ。

「ちっ、しくじったかセイバー」

槍を構えバーサーカーさんを見据えるランサーさんはどうも今の事が不満な様子。

「いえ、確実に一つは奪ったはずです」

「一つ―――だと?」

セイバーさんの言葉に怪訝な表情をするランサーさんだったけど。

「あは、良く解ったじゃないセイバー。
そうよ、そこにいるのはヘラクレスっていう魔物、あなた達程度とは格が違う英雄、最凶の怪物なんだから。
宝具は十二の試練(ゴット・ハンド)。
だから後十一回は殺さないと私のバーサーカーは倒せないわよ」

クスと微笑むお姉ちゃんは自慢するように、ううん違う、バーサーカーさん虐めても死なないから好きなだけ虐めても良いって言ってるんだ。
酷い、それに痛い思いをして十二回も殺されるなんてバーサーカーさんってとても可哀想だよ……

「ヘラクレスだって!?」

驚いているお兄ちゃん。
だけど―――

「ん、お兄ちゃんヘラクレスさん知ってるの?」

「―――っ、なに貴女、聖杯戦争に参加していながらヘラクレスを知らないの」

あう、イリヤお姉ちゃんに何故か白い目で見られている気がする。

「……もういいわ、戻りなさいバーサーカー。
つまらない事は初めに済まそうと思ったけど、まさか聖杯戦争にヘラクレスも知らない子が参加してるなんて、ホントありえないわ」

バーサーカーさんは、ランサーさんにセイバーさんを警戒を解かずお姉ちゃんの方に後退してく。

「何だ、これで終いか」

「いえ、ランサー。
ここは引いて貰った方が良いでしょう。
シロウもアリシアも聖杯戦争を知らなさ過ぎる」

「……確かにそうだな。たく、うちのマスターにどんな説明しやがったんだアーチャーのマスターは」

ランサーさんとセイバーさんはそれぞれ思う処があるのか口々にしていて。

「それじゃあバイバイ。次は殺すからね「駄目だよ」――っなに貴女、見逃してあげた事も解らないの?」

帰ろうとしていたお姉ちゃんを引き止めると、お姉ちゃんの目には何故か侮蔑の色が浮かび上がる。

「だってお姉ちゃん、放っておいたらヘラクレスって人を使って悪い事するんでしょう。
だったら駄目だよ、それに後十一回も痛い思いしながら殺されるなら今、楽にしてあげるよ」

私の言葉に「えっ?」と一瞬目を大きくしたと思うと、「へぇ」と何故か笑顔で私を見つめた。

……何か変な事言ったかな?

「そう、言うじゃない。解った、誓うわ貴方達は此処で終わらせる」

お姉ちゃんの言葉に私は横に首を振り。

「お姉ちゃん、此処じゃだめだよ。見てごらん道路も塀もいっぱい壊れてるんだよ―――これ以上、近所迷惑しちゃ駄目だよね」

いくらこの辺の人達が温厚だとしても、流石にこれ以上は近所迷惑だと思う、本当に住んでる人達に包丁で刺されちゃうかもしれないし。
やっぱ暴れるにしても場所は選ばないといけないよ。
じゃないと明日、藤姉さんに私も悪い事したって怒られちゃうもん。

「はぁ、貴女なに言って―――!?
(あの子さっきまでと雰囲気がちが――っ、なにバーサーカーが警戒して構えている!?)」

「ポチ、この辺で広い場所って解るかな」

私が見た途端、何故か足元にいたポチが怖がってお兄ちゃんの方へ転がって行く。
ああ、そうかポチは存在を色で認識しているから、今の私がバーサーカーさんの苦しみから解放しようとしてるのを怒ってると感じてるのかもしねないね。
でも、「こ、この近くなら学校って場所が広いぞ」と答えてくれる。
ここからその学校を視て認識、うん、学校の校庭ならそれなりに広いし、荒れたとしてもポチに直してもらえば何とかなるから大丈夫だね。

「じゃあ、場所を変えようか」

校庭が何故か沼になっていたので、先に空間転移でポチを送り上の方の水分を移動させ足場を作らせた後、時空間転移によりポチより時間をずらして校庭に移動してもらう。
他にも近所の迷惑にならない様、この宇宙を止め此処以外に時間が存在しない様にした。
一瞬暗くなったけど、過去の月の光を持ってきて光源としてみたら結構明るかったよ。
うん。
これで、ご近所さんの迷惑にはならないね。
沼地と化していた学校の校庭はポチに作らせた急場凌ぎなの足場なので少しぬかるんでいるけれど、そこにイリヤお姉ちゃんとバーサーカーさんを前に、ランサーさんやセイバーさん、お兄ちゃんと私の四人はお姉ちゃん達と対峙している。

「なに―――これ、まさか空間を渡った」

「―――成る程、アイツが言っていたのもあながち嘘じゃないな」

「私の対魔力ですら何の効果が無い―――まさか!?」

呆然とするお姉ちゃんに、ランサーさんは楽しそうにしているけど、セイバーさんとお兄ちゃんは少し呆けているみたい。
取敢えず、先ずはランサーさんにパスの繋がりで話しかけランサーさんの必殺技を教えて貰事い。
同時に―――。

「お兄ちゃん、正義の味方を目指してるんでしょ。
どんな正義を背負うのかは判らないけど、今は戦ってでもお姉ちゃんを止める時だよ」

お兄ちゃんの精神に干渉して奮いたたせると効果があったのか。

「―――ああ、確かにそうだな。あんな小さな女の子がサーヴァントで人を殺すなんてさせていいわけが無いんだ!」

「うん。よく解らないけど、その意気だよ」

じゃあと、宝石を取り出し起動させランサーさんに魔力を供給させる。

「ランサーさん、悪いけどこの戦い私も干渉させて貰うよ」

お姉ちゃんに虐められて、戦いを強いられているいるバーサーカーさんを殺す事で救う。
これはもう決めた事、でも自身の最強を証明しようとするランサーさんの目的とは合わないと思っていた―――けど。

「はっ、何言ってやがるだ?
元々、聖杯戦争ってのはなマスターとサーヴァントが一緒にやって行くもんだろ。
お前に何か策があるならやれるだけやってみろ、失敗したならその時は俺に任せればいいんだ」

そう言ってくれセイバーさんと一緒にバーサーカーさんへと向かう。

「そうなんだ……ん、解ったよ。じゃあやってみるよ」

だからもう心残りは無い。

「バーサーカー、あの子何か変よ!何かする前に殺しなさい!!」

後はバーサーカーさんを苦しまない様に終わらせるだけ。

「■■■■」

先程と違ってセイバーさんの剣が届かなくなり、バーサーカーさんはランサーさんとセイバーさんを脅威と見なさず、一息で私との距離を詰め大剣を振り下ろした。

「危ない、アリシア!」

そこに両手に剣を握ったお兄ちゃんが私の前に飛び出し大剣を受けようとする。

「くっ、シロウ!」

叫ぶセイバーさん、でも―――安心して。

「なっ消え――た、うわっ」

同時に降り注ぐバラバラになった肉塊。

「終わり、かな?」

やった事は少し前と同じ空間転移。
違いといえば、バーサーカーさんを空間転移で少し上に転移させる時に数百個に分けた事くらい。
だから転移した後はバラバラになって落ちるだけなんだけど……あれ、まだ生きてる?

「そんな、バーサーカー……貴女、一体になにをしたの!?
(なにこれ!?今の一瞬でバーサーカーが十回も殺された!?)」

何か困惑気味のお姉ちゃん。
難しい事した訳じゃ無いけど、解らなかったのかな?

「ん、バーサーカーさんの身体をバラバラにして転移させただけだよ。
でも、凄いねバーサーカーさんまだ生きてるよ」

凄い事になにか煙を上げながら肉と肉がくっついて元に戻ろうとしている。
あう、バーサーカーさん余計に苦しめちゃったよ。
この世界を驚かしちゃうけど、世界を創造してすり潰しておけば良かったのかな?
世界と世界の狭間ですり潰せば確実だったと思うし悪い事しちゃったよ。

「ご免ランサーさん、失敗しちゃったよ後はお願いして良いかな」

バーサーカーさんに悪い事をしたなと思いながらも、失敗してしまったので後はランサーさんに任せる事にしよう。

「何言ってやがる上出来だ。止めを刺すから二人とも下がってな」

「……ああ―――んっ!?」

「うん」

ランサーさんに言われたお兄ちゃんと私は頷きをいれるのだけど、私はお兄ちゃんに「急げアリシア!!」と脇に抱られてしまい脚を強化したお兄ちゃんは急いで校舎の影へと避難する。
そうだった確かお兄ちゃん『突き穿つ死翔の槍』(ゲイ・ボルク)を昨日受けたんだっけ。
ん~、確かポチも痛いって言ってたから教えてあげないとね。
でも、伝えてみたら何か大丈夫だって返してきたよ。
何でも、サーヴァントは魔力で構成されているらしいからバラバラになったバーサーカーさん取込んでみたら以外にも美味しくて力が湧いて来たんだって、それで前に受けた槍ならもう大丈夫って言ってた。
そっかポチってサーヴァントも食べれるんだ。
私、親なのに知らなかったよ。
凄いや、ポチも色々成長してるんだね。
ポチとそんなやり取りしている間にもランサーさんは自分の周囲に何か書き自身の力を強め。
まだ、足が再生出来ないで動けないバーサーカーさんから一瞬で距離を取り構えると、私を通して宝石から魔力を取込む。
でも、バーサーカーさんの護りにはアレでも足りないと思うから。

「令呪、次の宝具使用時に自身の全力以上の力を発揮して使用して」

と、神父さんから教えて貰った令呪が発動させ六画あった私の紋様の一つが薄くなっている。

「令呪まで使われちゃあな。この一撃、せめて手向けとして受け取るがいいバーサーカー!」

ランサーさんは何かとても嬉しそうに低く構え直すと姿が消え、その後に衝撃波が走ってる事から軽く音速を超えていたと思う。

「―――突き穿つ(ゲイ)」

三角跳びの要領で校舎を踏み台にしてたらしく、気が付いたらとても高く跳んでいて弓を引き絞るよううに上体を反らし。

「死翔の槍―――!!!(ボルク)」

声と同時に槍を投げると直後に凄い衝撃が来た。

「くっ、これがゲイ・ボルクのもう一つの使い方ですか」

私とお兄ちゃんの前にはいつの間にかセイバーさんが居て剣から竜巻を出しながら衝撃波を緩和していた。
その渦の根元、それまで不可視の刀身だったモノからは僅かに黄金輝く刀身が見えてくる。

―――トレイター?

一瞬、反逆の名を冠する召還器トレイターを連想した。
けど違う、秘めてる存在力は救世主並みにあるけれど、個人の力じゃないんだ多くの想いが集まって出来た感じがするよ。
その輝きは見ていてとても心地良い感じがして見とれてると、ポチが「痛い痛い」と訴えてきた。
あれ?
大丈夫じゃなかったのかな?
怪我してたなら後で治してあげないと。
衝撃波が収まれば、槍が刺さった場所は大穴が出来ていてその衝撃の凄まじさを伺わせてる。

「やった―――のか、バーサーカーを?」

「……いえ、如何やらイリヤスフィールが令呪を使った様です」

バーサーカーさんの様子を確認しようとするお兄ちゃんだけど、セイバーさんの視線の先には大男が片膝をついて座っている。
その後ろには隠れる様にお姉ちゃんがいた。
む~、お姉ちゃんはバーサーカーさんを盾にしてまた虐めてるよ!
でも―――

「バーサーカーさん凄い回復力してるね……」

さっきまで人型の姿すらしてなかったのに……生前からあんな感じだったのかな?
だとしたら男の人とはいえ、赤と白の精霊は何で生前のあの人呼ばなかったのだろう?
ううん、もしかしたらバーサーカーさんが生きてた頃なら女の人でも強い存在力を持った人が居るかもしれないのに?

「恐らくは令呪で回復を促し、更にもう一つ用いて自分の前に移動させたのでしょう」

「―――っ、令呪ってそんな事も出来るのか?」

セイバーさんの言葉にお兄ちゃんは自分の令呪がある手を見て表情を変えている。

「そうです。令呪はサーヴァントに強制させる以外にも、先程のアリシアやイリヤスフィールの様に能力を増幅させる事も可能です」

「じゃあ、もう一回やれば良いんだね?」

私の言葉にセイバーさんは首を横に振り。

「いえ、それには及びませんアリシア。
忘れましたか―――私達は同盟中なのですよ」

バーサーカーさんを静かに見据えていたセイバーさんは視線を兄ちゃんに向け。

「シロウ、私の宝具を使用します」

「そっかセイバーのエクスカリバーなら、ランサーのゲイ・ボルクよりもランクが上だよな」

「はい、私の宝具のランクはA++の対城宝具、バーサーカーの十二の試練(ゴッド・ハンド)を斬り裂くには十分です。
イリヤスフィールが令呪を使用しなければならなかった状況からみて、バーサーカーの命は後二、三といった処でしょう。
更にイリヤスフィールの残り令呪は恐らく一つ、先程の様には出来ない筈です」

「解った、宝具の使用はセイバーに任せる」

「了解しましたシロウ、バーサーカーは必ず倒します」

そう言うセイバーさんは油断無くバーサーカーさんに向って行く。

「そういう訳ですランサー。
貴方には悪いですが私の宝具がある以上、これ以上アリシアに令呪を使わせる必要は無いでしょう」

「仕方がねえか、マスターも納得してる様だしな―――まあ、良いぜ。
噂名高いアーサー王のエクスカリバー、どれ程のものか見せて貰うさ」

呼び戻したのか槍を手にしたランサーさんはセイバーさんに任せると見物を決め込んだよう。

「悪いけど今日は此処までにしておくわ、バーサーカー!!」

でも、状況が不利だと判断したお姉ちゃんは馴れた動きでバーサーカーさんの肩へと乗り。

「■■■■」

先程まで肉塊だったとは思え無い速さで、バーサーカーさんは近くだった校門へと駆け抜け―――止まった。

「如何したの!?
バーサーカー早くしな―――っな、にこれ……外が真っ暗」

お姉ちゃんが恐る恐る見てるなか、バーサーカーさんが手にした大剣で叩くが火花が飛び散るだけで変化は無い。

「ぷう、駄目だよお姉ちゃん。バーサーカーさんは此処で終わらせるんだから」

お兄ちゃんと一緒に見物に徹したランサーさんが居る所まで行く。

「マスター、ありゃ結界なのか?」

「っ、結界!?。(あのバーサーカーでも壊せない結界ってあるのか?)」

ランサーさんとお兄ちゃんが怪訝そうに見つめる。

「うん、大きな音で近所の迷惑にならない様に学校の周りの時間を止めたんだよ」

「時間!?」

「ちょっと待て!マスター、時間って魔法が使えるのか!?」

お兄ちゃんもランサーさんも何故か驚いてる?
時間制御の方法って複数の世界では技術が確立してるから珍しく無いと思うけど、この世界では珍しいのかな?

「―――う……そ、貴女魔法使い………なの?」

「ん?お兄ちゃんやお姉ちゃんに、管理人の凛さんだって魔法使いでしょ?
それに神父さんに聞いたけどマスターの条件の一つが魔力を持っていて、魔法が使える事じゃなかったのかな?」

お姉ちゃんも何故か解らないけど酷く怯えた様になっている。
あう、これじゃあまるで私が虐めてるみたいだよ。

「此処で倒れろバーサーカー」

そんな事など構わずセイバーさんは油断も隙も無く間合いを詰め。

「くっ、私のバーサーカーは最強なんだから!!」

覚悟を決めたのか、お姉ちゃんもバーサーカーさんの肩から降りると素早く距離を取り。

「―――狂いなさいバーサーカー!!」

「■■■■■■■■――――!!!」

そう、お姉ちゃんに命じられたバーサーカーさんは、今までよりも大きな声で吼えるような叫び声を上げ様子も一変した。

「っ、バーサーカーの力が上がった!?」

「……だが、終いには変わらない。
マスターが魔法を使う前にやれば良いものを……遅すぎだな、ありゃ」

「今まで狂化していなかった訳ですか、ですが―――」

それまでの雰囲気が豹変するバーサーカーさんにお兄ちゃんは驚くけれど、ランサーさんは冷静に観察していて、同じようにバーサーカーさんを油断は出来ないものの脅威とはみなさなくなったのかセイバーさんの持つ剣からも黄金の光が宿り。

「―――遅すぎました」

セイバーさんが込める魔力が光へと変換され収束していった。

「約束された勝利の剣――――――!!!!(エクスカリバー)」

セイバーさんが満を帰して期して振り下ろした―――刹那。

「避けなさいバーサーカー!!(これが最後の令呪お願い!!)」

絶妙のタイミングで令呪にて可能性を上げられたバーサーカーさんは、その光の刃の余波で焼かれながらも避けセイバーさんを大剣で薙ぎ払おうと―――

「■■■――――!!!」

「―――バーサーカーなん」

したのを止め、離れて見ていたお姉ちゃんへと瞬時に駆けると突き飛ばし。
直後、バーサーカーさんは無数の光に包まれた。
バーサーカーさんは、一度『約束された勝利の剣』を避けたけど、光の刃は時間が停止した空間に弾き返されてしまい。
まるで散弾の様に拡散して戻ってきた『約束された勝利の剣』にお姉ちゃんが巻き込まれない様に庇ったんだ。
それが、自分の命を終わらせると知っていながら……
そうか、バーサーカーさんお姉ちゃんの事が好きだったんだね、だからどんなに意地悪されても耐えてたんだ。
大丈夫、お姉ちゃんは何とかするから。
だから―――お休みなさいバーサーカーさん。

「よもや最強の聖剣をもってすら……打ち破れぬ幻想………これが魔法と名の奇跡…なの…か」

そう呟きバーサーカーさんはお姉ちゃんの前で光と共に消えていった。



[18329] Fate編 10
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:49

―――夢を見ている。
ある男の夢を。
そいつは、何が欲しかった訳でもなかった。
多分、俺と似ていて我慢がならない質の人間だったのだろうな。
まわりに泣いている人がいると我慢ならない。
まわりに傷ついている人がいると我慢ならない。
まわりに死に行く人がいるとしたら我慢ならない。
理由としては十分だろう。
でもそいつは、目に見える全ての人を助けようとしていた。
それは不器用で、俺でももう少し上手く出来ると思える程だ。
けれど最後にはきちんと成し遂げて、その度に多くの人達を救えたと思う。
正直な感想として、そいつは正義の味方だろう。
不器用な戦いは無駄ではなかったはずだ。
傷ついた分、死に直面した分だけ確実に、そいつは人々を救えていたんだから。
……けれど、目に見える全ての人と言うけれど。
人は決して自分を見る事だけは出来ない様だ。
だから結局、そいつは自分自身という奴を省みる事は無く。
世界ってヤツと契約してしまった。

そこで―――目を覚ました。

「今日のは……正義の味方か」

途中で目を覚ましたから最後は解らないが。
―――なんとなく、そいつは自分の全てを犠牲にして誰かを救い続け果てたのだろうと解る。

「……ふぅ」

と、溜息つき着替える。
あんなに努力した奴が報われない現実に、やり切れない気持ちを抱きつつも昨日の事を思い出す。
確か―――そうだ、校庭でバーサーカーを倒したまでは良かったけれど、気を失ってしまったイリヤを連れて柳洞寺に行く訳にも行かず連れて帰って来てしまったんだったな。

「―――あ」

大事な事を忘れてた。
バーサーカーとイリヤが待ち構えていたのは住宅地に入る境目の路地だったのに、アリシアが校庭へ空間転移させたんだった。
しかも、学校の周囲の時間を止めるなんてトンデモない魔法まで使って。
その魔法、時間を固定された結界にはセイバーの持つ最強宝具、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』すら弾き返し。
放ったセイバーも唖然としていたが、散弾となって跳ね返って来た『約束された勝利の剣』にバーサーカーが貫かれて終わったんだっけか。

「しかし、約束された勝利の剣すら通じないなんて―――魔法だけあって反則じみてるな」

いや、それ以前に俺、バーサーカーに圧倒されて何も出来なかった……
アリシアはバーサーカーの危険性を判っていたのか自分から戦ったのに。

「くそっ、こんなんじゃ誰も護れない救えやしない!!」

魔術の名門エーデルフェルトとか、魔法があるとか無しにアリシアはまだ五歳くらいの女の子なんだぞ!!
そんな子供を戦わせて俺は―――!!

「―――護れる力が……欲しい」

今の俺では護る事も、ましてや救う事なんて出来る訳が無い。
夢に出てきた、あの男の様に助けるなるなんてまだまだ先だ。
と、そこまで考え現実を再認識。
深呼吸をして平常心を保つ。
すると見えてくる、そうだ今の環境を考えろ。
剣ならセイバーがいて、槍ならランサーがいる。
二人共、英霊として呼ばれる程の達人で、と。
何だ鍛錬するのにこれ程良い環境は今まで無いだろ。
半人前なのは解ってる、だったらせめてこれからでも護れる力を手に入れれば良いんだ。

「よし。とにかく落ち着いて、と―――まずは朝飯作らないとな」

時間は午前五時を過ぎた頃か。
セイバーは隣の部屋で眠ってるから、起こさないよう静かに行かないとな。
さて、今日の朝食は何を作るかなと台所に行き冷蔵庫の中を確認する。
よし、今日は魚にだし巻き卵、大根の味噌汁でいいな。
魚は開きなのですぐ焼けるから、まずは味噌汁を作る為に大根の皮をむき短冊切りにして、次に玉ねぎを切り。
それを鍋に入れ、だしと一緒に火にかけた後、魚を焼き始める。

「次はだし巻き卵の準備だな」

作るため割った卵をわりほぐし、だし汁を加えよく混ぜる。
鍋のアクを取っていると「おはようございます」と言ってセイバーが居間に入ってくる。
受肉しているので必要だろうと、セイバーの服装は言峰が用意してくれたモノだ……が。
セイバーに良く似合う上品な洋服だった。
言峰が言うには、弟子に以前に何回か送りその余りらしいけど、洋服のセンスに関しては俺は言峰の足元に及ばないないのが解る。
あ、まずい……忘れてた。

「おはようセイバー、ところでセイバーは和食は大丈夫か?」

セイバーはあのアーサー王だからな……あの時代のあの場所に和食なんかがあるわけない、昨日のうちに確認しておけばよかったな。

「心配ありませんシロウ。
聖杯からの知識により和食や箸の使い方等も解っています、ですので私の事は気にせず朝食の準備をして下さい」

知識だからなのか、まるでこれから戦場に行く様に気合を入れているセイバー。
その気合の入りように負けた俺は。

「ああ、解った楽しみにしていてくれ」

と、答えるほか無かった。
だし巻き卵を中火で焼いていると「おはよう」とアリシアとポチが起きてくる。
見えないけど霊体化したランサーもいるんだろう。
セイバーが「おはようございます」と返すなか、アリシアはテレビをつけニュースが流れてきた。

「―――さい、昨日まで火災で焦げた跡や、割れたガラスがまるで何も無かった様に戻っています」

……まさか、あれウチ学校か?
そうだった、昨日散弾の様に跳ね返った『約束された勝利の剣』は、バーサーカーに致命傷を与えた、が。
あの時、俺達の前にはバーサーカー、その後ろには校舎である。
当然跳ね返った『約束された勝利の剣』は無数の光の刃となり、後ろに在った校舎を切裂きまくり一瞬で廃墟に変えた。
まずい事になったと思った時、「あ、いけない。壊れちゃったね」と言いアリシアが多分校舎の時間を戻しのだろう、グランドも校舎もポチが暴れる前に戻っていた。
正に魔法である。
だが、そんな奇跡も事情を知らない一般の人から見ればただの怪奇現象でしかないだろう。
土曜の夜に校庭が噴火し、校舎が火災に見舞われた次の日の夜に、何も無かった様な校舎があるだけで都市伝説のネタには十分だ。
ここは言峰が上手く情報操作するのを待つしか無いだろうな―――と、だし巻き卵が出来上がり食べ易く切り分けってと。

「よし」

後は魚が焼ければ出来上がりだな、と大根をおろす手を休めず考える。
……何か他にも忘れてる様な気がする?
一体何だ、とても重大な事の様な?

「ねぇ、朝ご飯。ランサーさんの分もあるかな」

トテトテと台所にアリシアが入ってくる。
ああ、そうかセイバーも食事が出来るのだからランサーも食べれて当然だな。

「食事は皆でしないと気分が悪いしな。
大丈夫、ちゃんと用意している―――」

そうか、俺が気にしていたのは食事の量だ。
しまった、英霊ってどれくらい食べるのだろう?

「いや、量はもう少し多めに作るか」

うん、だし巻き卵はもう一つ作っておこう。

「有難うお兄ちゃん」

「ああ、悪いけど朝食はもう少し待ってくれ」

「うん、待ってる。ポチお茶入った?」

後ろでは器用にもポチが急須でお茶を煎れている、と思う。
何故かというと傍目から見たら急須が宙に浮かんで湯呑に煎れているからだ、その後、人数分の湯呑が宙に浮きテーブルまで移動して行く。

「……これも、知らない人が見たら怪奇現象にしか見えないな」

急遽増産しただし巻き卵が出来上がり、魚の乗った皿と一緒にポチに運ばれて食事の準備が整うと玄関が開いた音がして。

「おっ早う士郎。おっ、今日は玉子焼きか」

虎が素早い動きでテーブルにつき料理を見渡していた。

「だし巻き卵だよ、藤ねえ……!?」

―――しまった!?俺が忘れてたのは桜と藤ねえの事だったんだ!!

まずい、この状況如何する。
いやまて、虎はまだ横にいるセイバーとランサーに気が付いていない……なら、このままで行けるか?

「朝から悪いな、世話になってるぜ」

だが、それも虎に相変わらずの姿でいるランサーが話しかけた事で終った。

「ん?あ、そうか貴方達が言峰さんから連絡があった切嗣さんの知り合いの。
確かコスプレが好きな……ランサーさんとセイバーちゃんね。
そっか、ニックネームで呼んで欲しいっていってたけど………ようやく解ったわ」

「―――コス…プレ!?」

虎から繰り出される言葉にセイバーは絶句している。

「はるばる海外から秋葉原や、その手の関係の会場を回る旅をしているって聞いた時はちょっと引いたけど。
うんそっか、よっぽど好きなんだね、海外じゃ日本のアニメは有名だから。
教会の言峰さんから話は聞いてるから、士郎ちゃんと二人を案内するのよ―――間違っても警察の世話にならない様にね」

「……おう、任せられた」

言峰が手を回してくれたのは有難いが。
あのエセ神父一体どんな説明を藤ねえにしたんだ。
何で、セイバーとランサーがアニメ好きのコスプレマニアなんだよ!?

「いや、落ち着け俺」

……良く考えれば、二人のあの鎧姿じゃ仕方ないのかもな。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第10話


藤ねえさんが「今日は桜ちゃん遅いね」と言いつつも朝食を食べ始めた時、電話が鳴りお兄ちゃんが出ると。
相手は桜姉さんからで、そのお兄さんの慎二さんって人が入院してしまい桜姉さんはしばらく来れないらしいけれど、不幸中の幸いとして命の危険性は無いとの事でした。
でも、慎二さんはお兄ちゃんの友達らしくとても心配してるのか難しい顔をして食事を食べていたよ。
だからなのかな、藤ねえさんとセイバーさんがおかわりを何度もするのも分からないらしく、代わりにポチがその役目を果たしてた。
ポチは偉いので、後でご褒美にバケツ一杯分くらいの渦をあげるとしよう。
で、ご飯が終わり一息つくと藤姉さんは、今日から一週間位、学校は色々な調査が入るので休校になるって言ってたけど。
言っていた藤姉さんは職員会議とかで忙しいらしく、来た時と同じく急ぐように出かけていったよ、学校の先生って大変だね。
とりあえず私は、ポチにご褒美の渦をあげようとバケツを取りに土蔵から出てくると、台所の洗物が終わったのか、お兄ちゃんがセイバーさんに頭を下げているのが窓から見えた。
何を話してるのかなと近づいてみると。

「すまないけどセイバー、俺に戦い方を教えてくれ」

とか話していた。

「……正気ですかシロウ、もしサーヴァント相手に戦う等と考えているなら、思い上がりも甚だしい。
(前回のシロウはギルガメッシュと戦った、その結果が如何であったかは判りませんが。
本来、人の身で英霊を打倒しよう等とは自殺行為に過ぎない)」

話しかけられているセイバーさんも真剣な表情を浮かべているよ。

「何もサーヴァントを甘く見ているんじゃない。
昨夜、バーサーカーの時……俺は何も出来なかった。
セイバーとランサーがバーサーカーを押さえてくれてるあの時、俺が動けたら話合いでイリヤを止められたかも知れないじゃないか。
いや、そもそもイリヤもアリシアもあんな小さい女の子が戦う何ておかしいだろ」

「ですからシロウが代わりに戦うと言うのですか?
結論から言えば、アリシアとシロウでは比較になりません」

ため息をしてるのか、少し間が空き。

「マスターでありながらアリシアは、バーサーカーの宝具すら超える程の神秘をもつ転移魔術が使え、現にバーサーカーを幾度か殺しています。
正直、あの転移魔術は一工程であるにも関わらず容易にサーヴァント殺せる規格外のモノです。
(私の対魔力ですら効果がありませんでした、もしアリシアが聖杯を求めるマスターだったのなら……その脅威は計り知れなかったでしょう)」

「ああ、実際目の前でバーサーカーがバラバラになった時は信じられなかった」

ん、もしかして空間転移ってこの世界じゃ難しいのかな?

「更に信じられませんが魔法の域に達しているのです、時間を止める事の出来るアリシアを見た目で判断しない方が良いでしょう。
(あの魔法は私の宝具すら跳ね返せるばかりか、校舎の時間を壊れる前に戻した。
もしかすると―――アリシアは例え殺されたとしても、それを無かった事に出来てしまうかもしれません)」

「次に」とセイバーさんは続ける。

「バーサーカーを失った今、イリヤスフィールはアリシア程直接的な脅威ではありませんが、危険と言うならば聖杯を欲していないアリシアよりも上でしょう。
イリアスフィールは教会に預けるべきです」

「ちょっと待ってくれセイバー、イリヤをどうかするか何て話は今は違うだろう。
そもそも、イリヤだって家族が居るんだろうから家に返さないと不味いじゃないか」

「……っ!?
(シロウは聖杯戦争をする魔術師が如何なる者達なのか理解していない。
アリシアしにても、魔法に達しているにも関わらず警戒心というのもが全く感じられ無い。
……せめて、凛が居てくれれば二人共少しはマシに成るでしょうに)」

真剣に見詰め合うお兄ちゃんとセイバーさん、でもそこに和室からイリヤお姉ちゃんが出て来る。

「なに。サーヴァントなのにマスターの言葉を聞けないの、そんなんじゃ騎士失格ねセイバー」

「―――イリヤスフィール!」

鎧姿こそしてないけど身構えてるセイバーさん。
やっぱりヘラクレスのバーサーカーさん虐めてただけあってイリヤお姉ちゃんは凄いんだ!

「待ちなさいセイバー、あなたに用は無いわ。
戦う気もないからそんなにいきりたたないでくれない?
……ほんと、おなじレディとして恥ずかしいわ。
わたしよりずっと年上なのに、たしなみってものがないんだから」

更にいきりたつセイバーさんに呆れた様に肩をすくめ。

「まあ、それも怒らないであげる。
今はあなたにかまってる場合じゃないもの」

イリヤお姉ちゃんはスカートの端を指につまむみ恭しくお辞儀をしてきた。

「え―――イリ、ヤスフィー?」

「礼を言います、セイバーのマスター、敵であった我が身を気遣うその心遣い、心より感謝いたしますわ」

「それと」と、窓を開け。

「そこで隠れているランサーのマスター。
まさか六人目とは知らず数々の無礼お詫びいたします」

「―――アリシアそこに居たのですか!」

「うん、何か大事なお話してるみたいだから邪魔にならない様にしてたんだよ」

でも何、六人目って?
―――ん、そうかサーヴァントのマスターが七人だから私が六人目なのか。
うんそうだね、お兄ちゃんがセイバーさん呼び出す前にランサーさんのマスターになったから私が六人目なんだね。

「わたしはイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
長いからイリヤでいいよ。それで、お兄ちゃんは何て名前?」

「俺…?俺は衛宮士郎だけど」

「エミヤシロ?なんか言いにくい名前だね、それ」

「……俺もそんな発音で言われたのは初めてだ。
いいよ、覚えにくかったら士郎でいい。そっちが名前だ」

「シロウ?なんだ、思ってたよりカンタンな名前なんだね。
そっかシロウか。……うん、響きは合格ね。単純だけど、孤高な感じがするわ」

「私はアリシア・テスタロッサだよイリヤお姉ちゃん」

「ああ、貴女の名は昨日聞いたからいいわ」

「そっか、もう知ってたんだっけ」

そうだった、昨日私の名前言ったよね。

「ええ、だから貴女はもういいわよ」と言われ。

「ね、お話ししよお兄ちゃん。わたしね、話したいコトいっぱいあったんだから」

イリヤお姉ちゃんはお兄ちゃんの腕に抱きつき。

お兄ちゃんも、

「セイバーすまない、先にイリヤの朝食を用意しないと。
イリヤもお腹減ってるだろ、作りながらで良いか?」

「もちろん!!」

と喜んでるイリヤお姉ちゃんと一緒に居間に入り。

セイバーさんも、

「シロウ、イリヤスフィールは危険なマスターです少しは警戒して下さい」

って言いながら入って行った。
居間で何を話してるのか少し気になるけど、邪魔しちゃ悪いし、ポチにご褒美の渦をあげなくちゃね。
土蔵から持ってきたバケツを、お兄ちゃんが使ってた強化の魔法の要領で私の力を少しずつ注いでいく。

「うん、出来た」

私の前にあるバケツは、以前とは違い白銀の輝きを放つバケツになっていた。

「これなら渦の中身を入れても大丈夫、漏れたりしないね」

早速、ポチを呼び出し「呼んだか」と地面から出てくるポチを両手で持上げバケツに入れる。

「今朝は頑張ったからご褒美だよ」

世界に穴をあけ無色の渦をバケツに満たしていくと、ポチは「何か力が湧いてくるぞ」と嬉しそうにバケツの中で泳ぐ様に回ってた。

「良かった、ポチへのご褒美だからね、気に入って貰えて嬉しいよ」

「つーかよ。何やってんだマスター、こんな所でバケツなんか光らせて」

見上げるとランサーさんが私とポチを見下ろしていた。
私の力を注いだバケツには、魔力が漏れない様にしてあるからランサーさんにも気が付かなかったみたいだね。

「うん、ポチへのご褒美のご飯だよ」

「って、おい、それ聖杯モドキの中身だろ。
たく、いくら持ってるからとはいえな、一応俺達はそれを巡って戦ってんだぞ、解ってんのかよ?
(つーか、このバケツが聖杯なのかよ……)」

「はぁ」と溜息をついてるランサーさん、その言葉にはっと気が付いた。

「確かにそうだね、皆戦ってるんだよね」

お兄ちゃんもさっきセイバーさんに戦い方を教えて欲しいって言ってたもの、私も戦える様に出来なくちゃ!!

「だから、ランサーさん私に槍の使い方を教えてよ」

「……は?って、何故そうなる!?それ以前にお前、魔法―――いや、やると決めた時の躊躇いの無さは良いがそれまでが全然だめだな。
要は経験がまるで無いのが原因だろうしな、良いぜ、で此処でやるのかマスター」

「ん~、此処じゃなくて道場でやろうよ」

「ああ。あそこか、良いぜ」

「じゃあ、一人にすると寂しいだろうからポチも連れて行くね」

言いながらバケツを持上げようとするけど結構重い、「う~」と力を入れていたら急に軽くなり、見ればランサーさんが持ってくれていた。

「さっさと行くぞ、マスター」

「うん、ありがとう」

教会ではお腹刺されて痛かったけど、ランサーさんは良い人なんだね。

「この辺で良いか」

道場へ入りポチの入ったバケツを置くランサーさん。

「ランサーさん、ありがとう」

「大した事じゃねぇよ」

「じゃあ」と私は魔力を用いてフォトンランスを二本組上げ渡す。
因みに魔力は私のリンカーコアから精製出来る量を超えてるけど、実は宝石を世界をずらした所で起動してるので魔力の量は十分余裕がある。
なぜずらしてるかというと、実は昨日宝石を起動した時気がついたけど、困った事にあの宝石周囲から魔力が丸解りだったりするんだよ。
以前、守護者になった兄ちゃんの記憶を覗いた時解った事だけど、魔術や魔法は周りに秘密にしないといけないみたいなんだ。
そのお兄ちゃんは秘密にしないでいたので、皆からあの人拙いね殺っちゃおうかって事で、魔術協会や教会から指名手配されちゃったらしいんだ。
私も好き好んで封印指定とか呼ばれる指名手配は受けたく無いからね、隠せるならそうしないと。
要はばれなきゃ良いらしいから。

「魔力で編まれた棍か、軽いしマスターが練習するには十分だな」

私の組上げたフォトンランスを振ったり回したりして何やら確認していた。
ランサーさんのフォトンランスは、何時も使ってる朱い槍と同じにしてあるので重さ以外は問題が無い様。

「でね、魔力を注ぐと伸びたり縮んだりするんだ、どれ位の長さにすると良いのかな?」

私はフォトンランスに魔力を注いで伸ばしたり縮ませたりしてみる。

「練習用だけあって随分面白い代物だな。
ああ、マスターはそれ位だろ。
じゃあ、始めるか。かかってきなマスター」

「うん、ランサーさん行くよ」

とりあえず、私はランサーさんがバーサーカーさんとの戦いの時した動きを再現する様にしてみる。
けど、突きを放った瞬間払われ、ランサーさんランスが私の心臓に当たってた。
速すぎて何が何だか解らない内に頭、鳩尾、お腹と次々に打たれる。

「今の突きは結構良い感じだたぜマスター」

「うっ、痛た」

「……マスターにはいきなり実践形式はきつかったか?」

「ん、痛かったけど大丈夫だよ」

「そうか、なら続けるぜ」

「うん」

それから少しランサーさんとの練習したけど、一方的にやられてただけだった。
私の動きはランサーさんの動作を模倣したものなのに何故こうも一方的に打たれるのだろう。

「なあマスター、動きは悪くないんだけどよ。
何か違うんだよな、なんつーかよマスターの動きは」

「……何が違うの?」

「筋も良い様だけど、こう体に合ってねぇんだ、マスターのはな」

「―――体に合ってない動き!?
そうか、そうなんだ!ランサーさん、解ったよ」

そうなんだ、ランサーさんの動きを模倣しても私とランサーさんの体格は違い過ぎる。
そもそも、この体格じゃまともにランサーさんの動きは出来ないのかも―――あ、そうかなら体の大きさを変えれば良いのか。

「ランサーさん、ちょっと待ってね」

ランサーさん動きが私の体格に合う様に計算しなおし。
同時に私の体が成長した時の体格を予測。
その両方が保てる理想的な均衡状態を導き出し。
その姿を世界を改竄し具現化する。

「お待たせ。あれ如何したの、ランサーさん?」

「……」

良く解らないけどランサーさんは茫然としていた。
如何したんだろと思いながらも、ランスの長さを再調整。
後、体の動きを試して動かしてみた。

「うん。さっきよりも動きが馴染む感じ、ランサーさん何時でも出来るよ?」

私の言葉に「はぁ」と力無く息を吐き。

「いやな、今回のマスターは何かと滅茶苦茶だと再認識しただけだ―――後よ、服破れちまってるぜ」

ほえ、と下を見ると確かに裸になってる。

「そっか、体大きくしたら破れちゃったのか。
でも、まあ良いよ服くらい、別に寒くも無いし練習しよ」

「……まぁ、マスターが良いって言ってんなら良いのか」

私もランサーさんも構え練習を再開した。




イリヤと話しながら朝食を作り、食べる間もイリヤは俺と嬉しそうに話をしていた。
そこで解った事はイリヤが親父の本当の娘で、結果として俺が親父を奪ってしまった事だった。
でも、セイバーは何でイリヤが危険だと警戒しているのか解らない。
確かに俺よりも魔術が上なのは解るけど、バーサーカーが居ない今はそれ程警戒する程じゃ無いと思う。
イリヤもバーサーカー以外はサーヴァントにする気は無いと言ってたしな。
むしろ、イリヤが親父の娘なら俺にとっては妹も同然、イリヤは俺が守らないといけない気がする。
確かにイリヤの安全を考えるなら言峰の教会へ預けるのが良いのかもしれない。
だが、あの神父にイリヤを任せて良いのか判断が難しい。
アリシアの時、言峰を見て本当に任せて良いのか迷ったが、遠坂の勧めもあり、ましてマスターである俺の側に居るよりは安全だろうと預けた。
が、如何してそうなったのか今でも解らないが言峰はアリシアに心酔してしまい。
アリシアは聖杯の修復の為マスターになった。
確かに聖杯の中に居るだろう、アンリマユを如何にかするにはアリシアの知ってる渦と交換するのが良い方法かもしれない。
けど、聖杯戦争に巻き込みたくないから預けたのにマスターにしてしまう言峰は信用出来ない。
まして、イリヤ自身も自分の家……なのか?
見せてもらった記憶のイリヤの家は正真正銘の城だ、あんな所にイリヤ一人を帰すのは間違っている。
今はイリヤも家に居たいと言ってるし、サーヴァントを失っていてもマスターである以上他のマスターからは狙われるだろう。
なら、此処にはセイバーとランサーの二人が居る。
それにバーサーカーは既に居なく、キャスターとアサシンは言峰が言うには柳洞寺から離れる事は無いだろうと言っていた。
残りは遠坂のアーチャーとライダーだけだが、恐らくライダーのマスターが一般人を巻き込んだマスターだろうから遠坂との共闘は無いだろう。
だから此処の方がイリヤの安全を守るのなら良いのかも知れないな、と道場に向かいながら考えて後ろを振り向く。

「イリヤ、セイバーに稽古をつけて貰うだけだから見ていても面白くないぞ」

「私がもっとシロウを知りたいからいいのよ」

言いながらも、見慣れないだろう造りの屋敷を何か楽しげに見回しているイリヤ。
その後ろにはまだイリヤを警戒しているのかセイバーがいた。

よし、俺もあの紅い男の様に目に見える全てとはいかないまでも、イリヤとアリシアを守れる様に出来ないとな。

セイバーに頼んで練習するんだから、せめて先に道場を掃除してからにしたかったな、そう思いながら扉を開けると。
そこは何か別の世界になっていた。
一度扉を閉め深呼吸。

「如何したのお兄ちゃん?」

「ランサーが居るようですが、我々は今同盟中です。
ましてランサーは気持ちが良いほどの騎士です、シロウを襲うとは考えにくい」

入ろうとしたのにすぐ閉めてしまった事に、イリヤもセイバーも何か感じたのだろう。
確かにランサーは居た、だがランサーは別に良いんだランサーは普通だから。
意を決し、再度開けてみると。
何時も見慣れた道場はランサーと、見知らぬ裸の美少女が光る棒を持って闘っていた。

「なんでさ」

現実とは程遠い光景に思わず呆然としてしまったが信じられない事に気がついた。
ランサーと少女は互角に闘っているのだ。
ランサーは兎も角として、全裸の少女の動きがまるでランサーと合わせ鏡の様に同じ動きで、残像を残す無数の突きを出し、それを払うと同時に突き払われていた。
正直な話、少女が全裸でなければこの高速で繰り出される棒を操る技量に魅入っていたかもしれない。

「ちょ、待て、ランサーそいつ何処の誰だ」

俺の声に二人とも闘いを止め。

「何処のってな……まあ、すぐには信じられないと思うがよ、これ俺のマスターなんだわ」

何か諦めが入った様な、達観した感じで答えるランサー。

「む~、ランサーさん、私これじゃないよアリシアだよ」

「アリシアってちょっとまて、アリシアは子供で俺の腰くらいなんだぞ!?」

「だから、何か成長するもんでも使ったんだろ」

如何やらランサーは詳しくは解らないけど、実際目の前に居るならそれはそういったものだろうと考えてるらしい、柔軟性があり過ぎるぞランサー。

「違うよ、世界に干渉して私の姿はこんな感じだよって書き換えたんだよ」

「もう、しょうがないな」と両手を腰に当て俺とランサーを見る。
って、全裸なんだから目のやり場に困るだろ!?

「―――っ、それより前隠せ、丸見えだぞ!!」

何かさらりととんでもない事を言ってた気がするが、俺にとってはこっちの方が重要だ。

「前をかくす?前って何処?」

解ってないのかアリシアは辺りをキョロキョロと見渡している。

「別に気にはしてないだろ、どうせ姿は大人でも中身はガキのまんまだしよマスターは」

確かにあれくらいの歳なら、裸でいても恥ずかしいとかは感じないのかもしれない、でもな。

「いや、アリシアが困らなくても、俺が目のやり場に困るだろ」

「ああ、そういうことか。
なに、マスターを守るのがサーヴァントの役割でもあるしな。
安心しな、マスターに何かする前に俺が相手してやるよ」

何かニヤリと俺を見る。

「いやいや違うだろうランサー、せめてアリシアに服くらい着せろ風邪引くぞ」

何でだろう、今、何故かここで変な回答をしたら人生が終わってしまう予感がした。

「お兄ちゃん、別に私寒く無いよ」

「そんなはず無いだろう、冬にそんな格好で道場にいたら俺でも風邪を引くぞ」

それ以前に裸で道場には行かないけどな。

「それなら大丈夫、寒くない様に書き換えるてるから。
それにね、私この姿で着れる服なんて無いよ」

あ、それもそうか。

「マスター、世界を書き換えたって言ってるけどよ。
なら、服着てる様に見せれば良いんじゃねぇか?
(世界を書き換えるか、まるで固有結界……まさか空想具現化じゃないだろうな?
まあ、魔法まで使えるんだからマスターが何をしても不思議じゃねぇかもな)」

「ん、あっ、そうか。ランサーさん頭良い」

「んと、じゃあの姿で良いかな」と呟くと白地に青が入った服、背中には金色の装飾と大きな羽が現れ―――何かやたらと神々しい感じになった。

「これで良いのかな」

ああ、言峰、お前が何でアリシアに心酔してるのか良く解った。
確かに教会でこれやったら神が降臨したと感じるだろうしな。
だからなのか、エーデルフェルトが魔術協会と教会両方に影響力があるのは。
でも、そんな感傷も後ろの二人の言葉で消えた。

「まったく六人目なのに、信じられないわ。
さっきのの貴女、唯の痴女よ」

「ええ、正直自分の目が信じられません。
まさかアリシアがこれほどの者とは、先程のは英霊の動きに匹敵している」

どうやら、イリヤにはあの神々しい感じも気にならないらしく呆れた様子で、やや遅れたセイバーは反対にランサー相手にあそこまで闘えている事を賞賛していた。

「まあな、さっきのは八割がた本気を出してたが、その様子じゃまだ本気を出してないだろうマスター」

ランサーは嬉しそうに棒を回してる。

「ん、私さっきから本気だよ?
別に速さはランサーさんと同じにって、変更してるから速くは出来ると思うけど、技術がついていって無いもん」

「俺と同じ速さだと?」

ランサーの顔が引きつる。

「うん、世界にランサーさんと同じくらい動けるよって変更してるから速さはランサーさんと同じになってる筈だよ。
でも、ランサーさん上手いからすぐランスが弾かれちゃうよ」

「成程、要はランサーと同じ能力を得たが、技量が足りない為一方的にやられてると言う事ですか。
(先程の動きではそこまでの差は感じられませんでしたが、たぶん相手と同調する魔術か魔法を使用したのでしょう。
もしくはアリシアの持つ渦、あれは聖杯と同じだ。
もしアリシアがそう望み、使ったのならそれも十分考えられる)」

何か納得したのかセイバーは冷静だった。

「―――っ、たく。
何処までもデタラメなマスターだ。
(この神々しさ半神どころじゃ無い、本物だ、あのクソ神父が神と言いきるだけあるか。
ついでに、まだガキなのに既に英霊の域に達していると来る、こりゃ将来楽しみだ。
機会があれば、本当に大人になったマスターと闘ってみたいもんだぜ)」

流石に呆れたのか、ランサーの表情には笑みが浮かんでいた。

「それでは、シロウ。私達も始めましょう」

「ああ、そうだ―――いや、此方から頼んでおきながら呆けていてすまないセイバー」

「いえ、正直私もアリシアには驚いていますから、シロウが気にするのも無理はありません」

そう言ってくれると助かるな。
俺はセイバーに竹刀を渡すと俺も竹刀を手にし。

「じゃあ、始めよう。頼むセイバー」

鍛錬の方針は全部セイバーに任せている。

「解りました。ですが私が教えられる事は、ただ戦う事だけです」

その言葉に偽り無いらしく、ましてや一朝一夕で戦闘技術が身につくなどある訳無く、そもそもセイバーは人に教えるのは苦手との事だった。
更に寸止めなし実戦形式で、だ。
初めはセイバーの容赦無い打ち込みや、体当たりで何度か意識が刈り取られていた。
だが、その容赦無い反撃もあの夢に出てきた紅い男の動きをイメージし、握り直しただけで何となくだが軽く扱い易くなった気がした。

「むっ!?(これはアーチャーの剣筋と同じ!
いえ、それ以前に何故こうも技量の上達が早いの―――まさかもうアーチャーが、このシロウに影響を与えているのですか!?)」

相変わらずセイバーは呼吸を乱さずこちらの踏み込みを裁いている。
俺も思いのほか体がセイバーの竹刀に反応してくれた分、何とか気を失うという最悪の状態を回避出来る様になった。
こうして道場で俺とセイバー、大きくなったアリシアとランサーがそれぞれ練習をする事になり。
それを、イリヤが珍しいそうにそれを見ていた。
まあ、簡単に言えば俺がセイバーと打ち合える訳が無く、ただ一方的にセイバーにやられていただけなんだが。
それでも、解った事はある―――勝てないヤツには何をやっても勝てない。
そんな初歩的な事も俺は解っていなかった事を思い知った。
だが知った以上、セイバーがその気になって相手をしてくれれば俺は確実にあの紅い男に近づけるだろう。

―――何故かそんな確信が持てた。



[18329] Fate編 11
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 17:54

そこは部屋の灯りは点いているのに薄暗く感じさせる部屋だった。
いや、明かりは既に事欠かない、要は魔術師の工房らしく中に入った者は逃さない造りなのだろう。
……魔術師の工房としては当然なのかもしれないけれど、衛宮君の家に入った後だからなのかしら―――こんなにも薄暗く感じる。
そして、背後からは熱と炎で家が朽ちていく音と、重量がある物が高速で壁に叩きつけられる音。
その音のうち一つの発生源である白髪のサーヴァント、斧を出したアーチャーが壁に幾度も叩きつけ壊し出来た穴から外気が入って来る。

「凛、出口が出来た。早く外に出たまえ」

何故こんな事をしているのか?
理由は簡単だ、恐らく通常出入りするだろう玄関などは入る時以上の罠、進入を阻止するよりも悪質な、進入したモノを逃さない罠が起動している事だろうから、このまま玄関まで行くのはリスクが大き過ぎる。
では如何するか?
これも簡単だ無いなら作れば良い―――もっとも、普通の魔術師が幾ら身体を強化しても、力技では魔術師の工房として長い年月をかけ入念に強化された壁を破壊するのは不可能に近い。
でもサーヴァント等という非常識な存在なら話は別、これは私にアーチャーいてこそ出来る力技だった。

「ええ、解ってるわ―――桜、動ける?」

「……姉さん」

これも生前に愛用でもしていたのか?
どこからともなくアーチャーが出したバスタオルに巻かれた桜に肩を貸し、間桐邸の壁を破り作った出口へと向う。
後を振り返る必要は無い、桜を奪い返す為に間桐邸に乗り込んだはまで良いけど、桜を見つけた部屋―――無数の蟲が蠢く工房ともいえない場所で桜は蟲に埋れていた。
余りの光景に思考が止まってしまった私の代わりに、アーチャーは蟲に効果がある宝具でも出したのか蟲を追い払い桜を助けてくれた。
そこで何とか正気に戻った私は、蠢く蟲が集まる様にして奥から現れた間桐家当主―――間桐臓硯。
そいつに対し取って置きの宝石である父の形見の宝石を使い、無数に湧き出る蟲もろとも焼き尽くした。
あの時、臓硯は何か言っていた様だったけど聞えてたとしても怒りで理解できる筈もないわね、まあ大方、両家の契約の事だろうと予想は出来るけど。
でも、幾ら魔術師家系の契約とはいえこれじゃあ姉失格……こんな事ならもっと早くに気付くべきだったわ。
あの時―――ライダーを倒した後、慎二の記憶を見て愕然とした。
妹の幸せを願って間桐に桜を預けたのにも関わらず、桜は間桐にとって魔術師としてではなく、ただの子供を産む道具としてしか存在を許されてなかった。
いや、慎二の記憶を見る限りでは間桐家の家系は間桐臓硯と言う恐怖に縛られた道具でしかないのだろう事も理解出来る。
でも、理性で解っても感情は別、慎二が桜にしてきた事は許せるものではないから取敢えず私が気の済むまでボコボコにしといたけど。

「ねぇ、アーチャー。臓硯は死んだと思える?」

「……さて、な。君が場所も弁えず使った魔術の威力からしてみれば、あの場合即死だろう」

「だが」と付け。

「あの手の妖怪はしぶといからな、念の為、気は抜かない方が良いだろう」

「……そうね」

アーチャーの言葉に頷き表へと出る、確かに臓硯は気になるけれど今は消耗している桜を安全な私の邸に休ませるのが先だろう。
急ぎ邸に向う必要があるのでアーチャーに桜を預けると、私もアーチャーにつかまるようにして間桐邸から離れる。
が、何故か私の邸に向う途中で止まったアーチャーは、「なに、念には念を入れるだけだ」等と口にして桜と私を降ろすと近くの屋根に登り、何時の間にか出したのか弓を構えた。
しかも矢の代わりなのか、何処から如何見ても螺旋状の剣身をした剣にしか見えないモノなんかをつがえ―――

「偽螺旋剣(カラドボルグ)」

―――その宝具の真名を開放した。
随分離れた筈なのに、一瞬にして離れた間桐邸だろう場所から響く轟音、恐らく臓硯もアレを受けては生きてはいないだろう。

でも……あんた、記憶が無かったんじゃなの?


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第11話


ランサーさんと訓練して解った事が一つある。
幾ら世界を誤魔化して大きくなったり、速く動ける様になったとしても今のままの私が英霊と戦っても勝つのは出来ないだろうという事。
確かに世界そのものを創造、改変、消滅や、存在の否定等、人として出来ないだろう力を振るえば話は別。
だけど、それだと『何処か私の管理の仕方に問題があったのかもと、行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』どころか。
あの神の座まで来た救世主、当真大河が何で怒って私の影と戦うまでに至ったのか?
多分、それすらも解らないと思うんだよ……
例えば、ご飯は美味しいけれど体を動かした後に食べたお昼ご飯は更に格別だった。
これも人の身になって解る事、そういった不便さこそが様々な技術を発達させる原動力にもなる事も理解出来た。
戦場と言う名の環境から生まれた槍という武器、それを更に効率良く使う経験から生まれた技術。
今の私がランサーさんの域にまで達するには大体一ヶ月位は掛かるだろうから、この聖杯戦争の最中に間に合わないのは明白だよ。

だからこそ理解出来た―――今の私ではサーヴァントには勝てない、と。

そう結論を出した私は柳洞寺に向かいお兄ちゃんとセイバーさんの後に付いて歩いていた。
私の後ろには霊体化したランサーさんが居るけど、今回ポチはイリヤお姉ちゃんの安全も考えて家に残している。
ポチは寂しいだろうけど少しの間我慢して貰うしかないかな。

「……セイバー。
サーヴァントの気配、感知できるか……?」

「―――はい。正確には把握できませんが、確かにサーヴァントの気配がします」

お兄ちゃん達に倣い見上げれば、灯りも無く暗い闇に包まれた階段が上へ上へと広がっている。

「あう、先が見えない……」

ランサーさんは霊体のままなので心配は無い、兎に角、今の私に出来る事はこの先の見えない階段を転ばないようにしながら登る事だと思う。
風に揺られた林がザワザワと奏でる中、足元を確認しながら一段一段を確実に上って。
ようやく山門が見えてきた頃―――テレビの時代劇で出て来る様なお侍さんが現れる。
英霊化したお兄ちゃんの座などを視て知り得た知識から解るとすれば、見ていて気持ちが良いほどの理想的な自然体、そんなお侍さんが月を背にして立っていた。

―――っ!?
これって……これってまさか!テレビに出てくるヒーローの登場シーンそっくり!!

テレビではこんな感じで登場する相手は主役な訳で……存在としての力はバーサーカーさんよりも少ないけれど、世界の修正と呼ばれる力が働けばその限りじゃないかもしれない。
だから、もしかすると……この闘いは勝機が無いのかもしれないよ。

「やはり出ましたか、アサシン」

セイバーさんの言葉にふっと笑った後。

「左様―――アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」

その言葉で相手のクラスがアサシンだと解る。
暗殺者なお侍さん、きっと凄い暗殺剣を使う人だったんだろうという事が理解できた。

「ランサーさん、セイバーさん!このお侍さん普通じゃないよ、油断しないで!!」

「知ってるさ、以前一度交えた相手だからな」

実体化して槍を手にするランサーさん。

「ええ、こちらも承知してます。
(初見でアサシンの異常性を見破るとは流石と言うべきですね)」

「セイバー、言峰からはアサシンはマスター殺しに特化したサーヴァントで、サーヴァントではキャスターに次ぐ弱いクラスだって聞いてたぞ。
確かに英霊だから油断は出来ないのは判る、でもそれ程警戒しなきゃならないほどの相手なのか?」

「ええ。一見してアサシンからは英霊特有の宝具も魔力も持ち合わせていません。
ですが、それ故に油断ならない、恐らく―――あのアサシンは己の技量のみで英霊の高みまで来た存在と言えるでしょう」

「なっ!?自分の技だけで英霊にまでなった英霊だって!?」

見上げるお兄ちゃんは、驚きの表情でお侍さんを見ていた。
ふ~、ようやく隣まで来れたよ。

「以前は悪いなアサシン、真名を名乗れなくてな」

以前から交流があったらしいランサーさんはとても楽しそうにしていた。

「よい。知らぬとは言え無粋な真似をしたのは私であったからな。
貴様もよいぞ、セイバーのサーヴァントよ」

お侍さんは持つ刀を月の光で一瞬光らせ。

「……目が眩むほどの美しい剣気―――なるほどな、セイバーと言われるのも頷ける。
言葉で語るべき事など皆無、元より我らにとって敵を知るにはこの刀だけで十分であろう」

ゆっくりしていて無駄の無い動きで降りてくる。

「ええ、確かにその通りです。
(前回は僅かな刀身に歪みが出来た事によってあの長刀の本来の速さが鈍り勝機を得ましたが……
本来の速さの『つばめ返し』を破った訳ではありません―――しかし、今の私には鞘が有る。
アサシンが『つばめ返し』を使うのなら、その一瞬、シロウより返された鞘で防ぎ勝負を決める!)」

セイバーさんは油断無く構えた。

「それで良い。
―――では果たし合おうぞセイバー。
サーヴァント随一と言われるその剣技、しかと見せてもらわねば―――む?」

楽しげにアサシンさんが語るなか、ランサーさんはセイバーさんの前へと出る。

「待ちなアサシン。セイバーとは俺が先約だ、後からの割り込みとは気に入らねえな」

「ふむ……セイバーとの死合いも惹かれるが、その方が先約か」

「だが」と言い放ち、お侍さんは長刀の先をランサーさんに向けた。

「此度は本気を見せてくれるのかランサー?」

「はっ、お見通しって訳だったか。
安心しな、前回は気に入らねえ命令を受けていたが今回は何も受けてねえからな」

ランサーさんは私やお兄ちゃん、セイバーさんを一瞥し。

「先に行きな。セイバーうちのマスターを頼むぜ」

「解りました。シロウ、アリシア此処はランサーに任せます。
(確かにキャスター相手なら対魔力の高い私の方が適任。
反対にアサシンの相手は間合いの長いランサーが適任です)」

「解ったセイバー」

言うが早いかお兄ちゃんは私を小脇に抱える―――だから。

「ちょっと待って」

と言い。

「ランサーさん全力で戦って」

次に。

「必ず勝ってまた会おうね」

と令呪を二つ使った。
もしお侍さんが世界の修正により力を増していていれば効き目は薄いかもしれない。
けど、無いよりはマシだと思うから。

「―――ほう、マスターには恵まれたようだな。
此処で令呪を二つもとは、此方の女狐には出来ん事よ、これは楽しめる死合いになりそうだ」

アサシンさんは嬉しそうに笑みを浮べる。

「アリシアもう良いのか?」

そう言ってくるお兄ちゃんに「うん」と答えると、お兄ちゃんは私を抱えてお侍さんの横を駆け抜ける。

「じゃあね、ランサーさん。上で待ってるよ」

振り向き離れていくランサーさんを見つめ、山門をくぐり抜けようとした時。
それは起きた。

―――空間に異常!?

「強制転移……!?くっ、仕掛けてきたかキャスター!」

セイバーさんの姿が歪む。
あれ、昨日私が空間転移や時空間転移を使った時皆驚いていたけど他にも使える人が居るんだ。
そうか、魔術師の英霊であるキャスターさんだからか。
空間にも影響を与えるなら、世界の創造とか破壊とまでは無理でも改変くらいは出来そうだね。
あれれ、もしかしたら少しくらい力を使わないと危ないのかな?

「まずい、下がれセイバー……!なんか、体が消えているぞ…!」

「違いますシロウ……!転移を受けているのは貴方達の方だ……!早く私の手を……!」

「っ……!?」

「シロウ、手を伸ばして……!そのままでは中に引き込まれ―――」

お兄ちゃんの腕を掴もうとするが、後ろを振り向き剣を振るう。
見るとセイバーさんの後ろや横から手に剣や槍を持った骸骨達が現れていた。
更には後ろの林からも現れ私お兄ちゃんにと剣を振り上げる。
が、それはセイバーさんの一閃により砕かれた。

「な―――セイバー!」

この世界から離れ多次元を経由してから元の世界へと移動する、魔術での転移の瞬間てこんな感じなんだなって思った。




「じゃあね、ランサーさん。上で待ってるよ」

二つの令呪を惜しげも無く使い、俺のマスターはセイバーのマスターに抱えられ階段を上がって行く。
今までに感じた事の無い程の力が溢れ、体が異常なまでに軽く感じる。
クソ神父の時がマスターだった時にはまず考えられない状態だ。

「すんなりと行かせちまったが良いのかアサシン?
貴様、セイバーに何やら因縁でも在るかの様な感じがしてたんだがな?」

「なに、生前刀を振るうしかやる事が無かったのでな。
セイバーを相手に私の剣が何処まで通じるか試してみたかっただけの事―――それに、セイバーに挑んだところで貴様が許すまいランサー?」

楽しげに語る長刀の剣士、サーヴァントアサシン。

「当然だ」

なら此方も言う事は一つだ。

「ならば、先におまえと交えるのは当然と言えよう。
元より生きては帰さんつもりなのでな、セイバーとの決着は帰りの時に付ければ良い」

歌うよう様に口にするアサシンは長刀を向ける。

「付け加えるならランサー、お前のマスターは二つも令呪を使ったのだ。
例え相手が剣士で無く槍兵であっても其れ程の相手、何故戦わぬ必要がある?」

嬉しい事を言ってくれる。
戦士ではないキャスターではこうは行かないだろう。

「そう言う事か」

以前も感じたが、アサシンの手に持つ長刀からは宝具の感じはしない。
だが、その技量は凄まじい。
英霊としての格こそ低いが、この侍の長刀は並の英霊では凌ぐのは厳しいだろう。
忌々しい令呪を使われ偵察がてらに交えた前回、目の前の剣士に俺の槍は掠る事も無かったが、アサシンの長刀も俺を捕らえてはいない。
恐らくは、先程アサシンが言っていた様に俺が本気を出せないのが解り加減でもしたのだろう。
それは屈辱以外の何ものでも無い―――ならば当然この場であの時の借りを返す。

「まずい、下がれセイバー……!なんか、体が消えているぞ…!」

セイバーのマスターの声が響き、槍を構えながら見上げれば、門を通り抜け様としていたマスター達の姿が消えた。
そこにキャスターの使い魔らしい骸骨兵とセイバーを残し。
ちぃ、油断したなセイバー!

「では此方も始めよう。
なに、如何やら向うは女狐の方が一枚上手の様だ―――が、セイバーがついてるのだ心配する必要は有るまい」

「まあな、だが俺のマスターも甘く見るな」

そう言い放ち俺はアサシンを見据える。

「見ればキャスターのサーヴァントであろうが何であろうが容易に討たれる事になる」

クソ神父、言峰の野郎はマスターは神の一人と言っていたが、俺は『はじまりの海』の名を、アリシア・テスタロッサなんていう名の神は知らない。
だが、時を操る魔法を使い。
更には昼の練習時。
俺の領域、英霊の域にマスターは容易に踏み込んできやがった―――経験が足りない今ですらアレなのだ。
もし仮に、マスターが己の技に誇りを持ち成長していったなら、時を操る時点で、神霊の域に達しているかもしれないが……それ以上は俺にも予測がつかない。
あのポチとかいう精霊が懐いてるのも解る気がするぜ。
もし、聖杯が未来の存在を呼び出せるのなら。
―――――俺は大人になったアイツと互いの誇りを賭け勝負がしてえと想った程だ。
それが仮に俺と同じ槍で在ったのならもう言う事は無い、その時のアイツは一体どれ程の存在と成っているのだろうか?

「あの童女がな。それはキャスターも気の毒な事だ」

「ま、そういう事だ。
で、アサシンお前には前回の詫びも有る―――我が魔槍、存分に味わえ!」

「それは楽しみ、存分味あわせて貰うぞランサー」

初速から最速で繰り出さられた、長槍と長刀が火花を散らした。




私が使うのとは違う多次元を経由した空間転移、この世界に来て初めて他の転移術を受けたけど。

「あ――――う、げっ……!」

「――つ、あ――うぷ」

ちょっとこれは快適とは言いがたいよ……
移動した際にちゃんと次元の干渉と緩衝を考えてないから……
うん、昨日イリアお姉ちゃんやお兄ちゃん達が驚いていたのが解ったよ。
この世界でも空間転移の技術はあるけどまだ未熟なんだね、だからかもの凄く気持ち悪くて吐きそうになのは。
……あう、それにしても一瞬体の中身が出てくるかと思った程だよ。

「あら。龍を釣ろうと思ったのに、網にかかったのは雑魚だけなんて」

「っ、ぐ……!」

女性の声がした刹那、お兄ちゃんは空いている手から剣をだして背後へと振り払う。
でも、多分この人がキャスターさんなんだろう。
紫の服を着た英霊は何か呟いただけで光の弾を放ち、お兄ちゃんの剣を壊しただけではなく、その胸ごと吹き飛ばして。
付加えるなら、更に私ごとお兄ちゃんを吹き飛ばして水面へと沈めてくれた。
もう!この季節は水の中はとても冷たいのに、キャスターさんって酷い事するよ!!

「馬鹿な子。そんな紙屑みたいな魔法抵抗で私の神殿にやって来るなんて、セイバーもマスターには恵まれなかったよう―――あら?」

「っ、痛。大丈夫か、アリシア」

「うん」

一緒に水面から立ち上がるお兄ちゃんの姿は、服は破れたものの他は元に戻っている。

「……そう。
あらかじめ治療魔術をしかけておいたなんて、聖杯戦争に参加するだけはあるわね。
その復元魔術に近い効果、褒めてあげるわ―――でも、もう後は無いわよ」

よく解らないけれど、一応褒めてくれたキャスターさんは何か呟くと再びお兄ちゃんに光の弾を放った。

「っぐぁ」

でも、光の弾はお兄ちゃんの胸に大穴を空けるけれどお兄ちゃんが胸に視線を向ける頃には復元している。

「―――なっ!?」

それは、キャスターさんにしても予想外だったのか更に指先から光の連弾、火の玉を次々と放つ。
でも、キャスターさんの魔術で吹き飛んだ瞬間にはお兄ちゃんの体は元に戻っているから余り意味の無い行為かなと思う。
けれど、体は無事でも服は戻らないから上半身を裸されてしまったお兄ちゃんはなんだか寒そうだよ。

「……っう」

伊達に世界の理から切り離された特異者、世界の破戒者じゃ無いんだからね。
なのに―――

「……一応聞いておくわ。
貴方人間、それとも死徒なのかしら?
死徒にしてもかなりもモノね、前言を撤回してあげる」

何て、お兄ちゃんは世界の理から切り放しただけなのにキャスターさんは『お前は人間じゃない』って酷い事を言って来たんだよ。
それに―――

「―――でも、神代の魔術に何処まで耐えられるかしらね」

先程よりも大きい光の弾、違う光の玉をキャスターさんは放つ。
あんなもの当たったら痛いのは決まってる、だから私はフォトンランサーを放ち相殺した。
世界の理から外れた破戒者でも、砕かれたり、焼かれたりすれば痛いんだからね!

「これ以上、お兄ちゃんを虐めるな!」

「あら?
貴女はそれなりに可愛らしいから、従順なお人形にでもしてあげようと見逃してあげてたのに残念ね」

「む~、私はお人形じゃないよ!!」

キャスターさんは何が楽しくいのか解らないけど笑っていた。

「あらあら、本当に可愛いわね。
まさかとは思うけど、私に本気で勝てるとは思っていないわよね?」

「ほえ?」

何故かキャスターさんは私と闘ってもいないのに勝った気でいた?
生命にとって生きる事とは即ち戦い、喰い喰いわれ成り立つ、そこにキャスターさんの様に油断や驕りがあればそれは死に繋がるんだ。
だからこそ、普通は油断も慢心も無く全力で行く筈なのに?
ランサーさんやセイバーさんなら仕留められる時には仕留めるだろう。
でも……目の前のキャスターさんにはソレが無い。

―――そう、か。

キャスターさんは生前戦う者じゃなかったんだ。

「シロウ、無事ですか!?」

軽く小首を曲げて考えてたら、セイバーさんは魔力を放ちながら凄まじい速度でキャスターさんとの間に入る。

「……ああ、大丈夫。
キャスターが手加減してくれたんだろうな、こっちの被害は服だけだ」

「「―――!?」」

「碌な詠唱もしてないのにあれだけの魔術が使えるんだ、魔術師である以上俺でもキャスターが凄いのは良く解る。
(それでも俺を殺さなかった……なら、無関係な人を巻き込んでいるのはキャスター本人の意思じゃないのか?)」

お兄ちゃんの言葉に何故かキャスターさんとセイバーさんが絶句してた。

「如何いうつもりですキャスター?
(キャスターの魔術を受けたにも関わらず、服以外シロウにはこれといった変わりは無い?
如何いう事だ、このキャスターは私が知っているキャスターでは無いのか?それに何故服だけを?)」

剣を構え、一息に間合いに入れるよう慎重に警戒を怠らないセイバーさん。
二人の動きが無いうちに、私とお兄ちゃんは池から上がる事にした。

「如何いうつもりも何もセイバー。
貴女が来る前にそこの未熟なマスターから令呪を奪おうとしただけよ。
でも、まさか―――本気でないにしろ私の指で死なないのには驚いたわ」

セイバーさんからお兄ちゃんに視線を移し。

「そうね、貴女が素直に私の奴隷になるなら、その男も実験材料くらいには生かしといてもいいわよ」

「―――っ!?
(この感じ。やはり、無関係な街の人々から魔力を吸い上げているのにキャスターも同意しているのか!?)」

「っ、世迷い言を」

キャスターさんの言葉でお兄ちゃんは表情を険しく変え、セイバーさんは持つ不可視の剣に明確な殺気を込める。

「こう言う事よ」

片手に変な短剣を取り出したキャスターさんが何か呟やく。
瞬間、私達の周囲の空間が凍結したかの様にして固定された。

「――――」

ほえ~、魔術ってこんな事も出来るんだ。
口をパクパクしているキャスターさんを見ながら、多分勝ち誇っているのかな?
けれど……固定された空間では言葉は伝わらないので良く解らないよ。
こんな時、テレビの悪役だとどんな事を言っているかなと思っていると、セイバーさんを中心にして空間の固定化が崩壊した。

「私の奴隷としてバーサーカー相手―――なっ」

「……この程度ですか、キャスター
(如何やら、キャスターが変わった訳では無さそうですね。
するとやはり、この世界のシロウの実力が私の知っているシロウよりも高く―――信じられませんが、令呪の繋がりをかき乱され捜し出すのに手間取ってしまった間、シロウ自身がキャスターの魔術を凌いだという事でしょう……)」

何だかセイバーさんはつまならそうにして呟く、でも、空間を固めるなんて私は凄いと思うんだけどな?

「対魔力……!?そんな、私の魔術すら弾くというのですか―――!?」

驚いたのか後ろに退いたキャスターさんにセイバーさんは物凄い速さで踏み込み、キャスターさんの手に持つ短剣を弾いた。

「―――!?」

「切り札はこれで無い、此処で果てろキャスター」

続けて振り下ろされる不可視の剣。
それはキャスターさんが指を突き出すよりも早く振り下ろされ紫色の服が二つになる。
キャスターさんを両断した―――様に見えるけど。

「セイバーさん上だよ」

と、指を指す。
存在力で見れば、二つになった服にあるのは残滓だけで。
あの時、セイバーさんが斬りつけた刹那、上空の空間に歪みが現れ新しい存在力が現れたんだよ。
キャスターさんも空間操作が出来る様だから、多分、空間転移で渡ったんだろうね。

「―――確かに手応えがおかしいとは感じてました。
ですが、少しは見直しましたよキャスター。
此処でなら、キャスターである貴女でも魔法の真似事が出来るという訳ですね」

セイバーさんが見上げる先。
夜空、月を背後にしてキャスターさんは空に浮いていた。

「あら?
サーヴァントであるセイバーよりも早く私の魔術を見破るなんて、貴女は隣の小物とは違うわね―――小さな魔術師さん」

そう言って褒めてくれたんだ。
凛さんにはへっぽことか言われてショックだったけど、ふふん、キャスターさんからは褒められたよ。
褒められると嬉しいなと思ったのもつかの間。

「―――だから、一緒に消してしまうのは勿体無いわね。
人形に出来ないのが残念よ」

いつの間にかキャスターさんは杖を手にしていて向けて来る。

「如何したキャスター―――ほう?」

でも、横合いから声が響くと同時にキャスターさんの動きも止まり、声の方を見れば境内から人影が歩いて来る。

「―――葛木が如何して此処に?」

お兄ちゃんよりも年上の葛木さんは、如何やら知り合いらしい。
此処に住んでいて、外が騒がしいから見に来たのかな?

「衛宮か、お前やそんな子供がマスターとはな。魔術師とはいえ、因果な人生だ」

それを聞きお兄ちゃんの表情が凍った。

「マスターだと!葛木アンタまさか……アンタがキャスターのマスターなのか!?」




[18329] Fate編 12
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 18:00

互いの首を討たんと幾度も交差し打ち合う長槍と長刀。

「ちぃ」

マスターからは全力で行けと言われている。
故に放つ一撃一撃の全ては容赦の無い必殺の意思を込めて繰り出していた。

「以前とはまるで別人の様だなランサー」

だと言うのにこの男、アサシンにはまだ届いてはいない。
いや、確かにアサシンの体には俺の槍を捌ききれず幾つもの掠り傷が出来ているが、そんなモノは傷とは言えないだろう。
それ以前にサーヴァントには致命傷以外の傷など大して意味は無い。
故に、当然の事ながらアサシンは一歩として退く事は無かった。

「なるほど、令呪とはそれほどまでサーヴァントの力を変えるモノか。
女狐が惜しむのも解らなくも無い」

俺の最速の一撃に長刀をわずかに当て逸らす。
とうにアサシンは劣勢、だと言うのに二つもの令呪により強化されていながら俺はアサシンに致命傷を与える事は出来なかった。
令呪を使われている以上俺が手を抜くなど有り得ない。
―――いや、それ以前に俺はこうして戦う為に召喚に応じたのだから、手加減をすること自体有り得ない。
宝具すらないアサシンだが、どこか得体の知れないサーヴァントだという事には気が付いてた。
だがそれ以上、此処まで来れば認めるしかないだろう、アサシンは強敵だと。
―――いや、俺とて全力ではあったが殺す気では無かったか。
この様な戦闘で全力になったところで何がある。
サーヴァントの戦いは、つまるところ宝具の戦いだ。
必殺であるソレを出さずに追い詰める事こそ手を抜いている証拠。
その理由。
その原因は、以前の戦いでの……礼か。
―――っ。
まったく、令呪を二つも使わせ本気か俺は!

「どうした?これで終わりとう訳ではあるまい。
もう、よい頃合だぞランサー?いい加減、手の内を隠すのは止めにしろ」

「―――確かに、な」

距離を取り、動きを止め僅かに槍を下げる。
寺の境内から響いてくる幾つもの轟音。
対魔力の強いセイバーが行っている上、令呪の繋がりからマスターは無事だと解るが。
此方も急いだ方が良いだろう。
―――二度もマスターを護れなかった等はあってはならないのだから。

「ならば、存分に味わい逝けアサシン」

世界の調律を乱す魔力、因果を狂わせる魔槍が鎌首を起こしていく。

「そうでなくては」

階段の下まで大きく後退し、獣の様に大地に四肢をつき、腰を上げる様にして構える。

「―――行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい……!」

「ふ―――」

変わらないアサシンを確認後、階段の下から一瞬で駆け抜け跳躍した。
宙に舞う体。
大きく振りかぶった腕には”放てば必ず心臓を貫く”魔槍。

「―――――突き穿つ(ゲイ)」

紡がれる言葉に因果の槍が呼応する。

「秘剣――――――」

アサシンは身構える。
それは、この戦いが始まって以来、見せた事もない剣士の構え。
それを見つつ、弓を引き絞る様に上体を反らし。

「死翔の槍――――!!!!(ボルク)」

怒号と共に、その一撃を叩き下ろし―――

「―――――燕返し」

瞬間、必殺の魔槍と秘剣が激突した。

「―――――」

地に降り立ち、俺はアサシンを凝視する。
そう言えば……以前、セイバーのマスターにも同じ様な事をしたのを思い出す。
あの時は恐らくポチを介して視ていただろう今のマスター、アリシアが時間操作の魔法を使い俺の魔槍が貫く前に戻したのだろうが……
アレは―――

「………なに、そう大した芸ではない。
偶さか……燕を斬ろうと思いつき、身に付いただけのものだから…な」

己とて魔術を知る者、今の剣はそんな簡単なモノでは無い事くらい理解できる。
三つの刃はまったくの同時、アサシンの長刀はあの瞬間のみ―――確かに三本存在したのだ。

「……多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)」

息を呑む。
アサシンは剣で魔法に達した神域の剣士。
まさか……マスター以外にも、サーヴァントの中にも魔法が使えるヤツが居たとは。
神秘はより強い神秘によりかき消される。
俺の魔槍はヤツの魔法により打ち消された。
アサシンの持っていた長刀が宝具だったなら完全に俺の負けであっただろう。
だが、アサシンの長刀は宝具では無く普通の刀。
故に神秘は上回り『突き穿つ死翔の槍』は打ち消されたものの、その威力に長刀が付いて行けず。
アサシンの長刀は―――砕け、朱の魔槍はその身を貫いた。

「流石は宝具……燕の様には行かなかったか」

それだけを言い残しアサシンは消えて行った。
残ったのは己の魔槍のみ。
勝ったには勝ったが何と苦い勝利か。
当然だろう、自らを英雄たらしめていた一撃を防がれたのはこれで三度目だ。
その内二回は魔法……
今では五つしか確認されていない筈の魔法、その使い手が二人も居た。
第五次聖杯戦争―――
何と魔法使いが多い事か。
知らず両の手を握り締めていた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第12話


私達の前に現れたキャスターさんのマスター。
お兄ちゃんは知り合いらしく凄く驚いているけど、私は初めて会う人だから挨拶から始めないとね。

「今晩は、私はアリシア・テスタロッサ。
ランサーさんのマスターなんだよ、おじさんは?」

「私か、私は葛木宗一郎。
キャスターのマスターであり、衛宮の学校の一教師だ」

藤姉さんと同じ教師なので、葛木さんは解り易く私の質問に答えてくれる。

「次に衛宮。お前の質問だが」

葛木さんが何故此処に居るのかと言うと。
実はもう三年も前から柳洞寺に住んでいて、明日も校庭から溶岩らしい成分が検出された件や、各調査をする為のスケジュール調整やらで職員会議が早朝からあるらしく、寝ていたら外が騒がしくなってので様子を見に来たそうです。

「―――あう、夜中に騒がしくしてご免なさい」

大聖杯までの通り道、自分じゃ騒いで無いと思ってたけど違ってたみたいだよ。
迷惑を掛けたのは私達だから謝らないと。

「構わん、聖杯戦争が起きている以上。
何時か此処にも他のサーヴァントが現れるのは覚悟している」

「葛木。アンタ、キャスターに操られているのか」

「―――うるさい坊や。殺してしまおうかしら」

葛木さんとのお話の最中、お兄ちゃんの言葉に反応したキャスターさんが杖を向けてくる。
それを「待て。その質問の出所はなんだ、衛宮」と葛木さんが止めてくれた。
イリヤお姉ちゃんの様にサーヴァントに意地悪している訳じゃ無いし、もしかすると話し合いで解決するかな?

「疑問には理由がある筈だ。言ってみるがいい」

「アンタがどうやってマスターになったかは知らない。
けど、アンタはマトモな人間だろ。
なら、キャスターがやっていた事を見逃している筈が無い。
だっていうのに見逃しているって事は、アンタは知らないんじゃないかって思っただけだ」

言いながら上空のキャスターさんに視線を移した。

「キャスターがやっていた事だと?」

「……ああ、そいつは柳洞寺に巣を張って、町中の人間から魔力を集めていた。
ここ最近連続していた昏睡事件は全部そいつの仕業だ」

「―――」

お兄ちゃんの話しに、教師である葛木のおじさんさんは腕を組んで何かを考えて始め。

「今はポチが霊脈を押さえているから犠牲者は出ていない。
だけど、ポチが霊脈から離れればまた同じ事が繰り返さて、何れ取り返しのつかない事になるだろう。
……いや、やり方を代えれば他にも色々方法はあるのかも知れない。
そして、キャスターが魔力を吸い上げ続けていればいずれ死んじまう人間だって出てただろう」

……ん~、でもそれって悪い事なのかな?
キャスターさんが聖杯戦争を生き残る為だから仕方が無いと思うけど?
確か神父さんが言うには、キャスターてクラスはアサシンのクラスと同様弱いクラスらしいから、どんな手段を使っても生き残ろうとするキャスターさんの行為は生きる行為と同じく悪いとは思わないけれど。
サーヴァントとはいわば魂喰いって話だし、私達が他の生き物を殺してお腹を満たしているのに、捕食対象が人間だからっていうだけでサーヴァントが食事出来ないのは違うと思うんだけどな?

「なるほど、そういう事か。通常、善良な人間ならばキャスターを放置出来ない。
にも関わらず、マスターである私がキャスターを放置しているのは、彼女に操られているからだと考えた訳だな」

言われてみれば確かにそうかも。
それに、葛木さんは藤姉さんと同じ先生だからそうとも言えるよ。

「……ああ。もしアンタがキャスターの行為を知っていて放っておいているなら、アンタはただの殺人鬼だ。俺も容赦しない。
けどアンタが操られているんなら別だ。
俺達はキャスターだけを倒す」

「いや、今の話は初耳だ」

葛木さんは確固たる意思で『知らない』と断言する。

「――――ふぅ」

葛木さんとの話てる最中、ずっと上から殺意を込められた視線を浴びてたお兄ちゃんは緊張が解けて安心したのか息を吐いた。

「だが衛宮。キャスターの行いは、そう悪い物なのか」

「なん、だって……?」

うん、うん、確かにそうだよ私も知りたいな?

「他人が何人死のうが私には関わりの無い事だ。
加えてキャスターは命までは取っていない。
……まったく、随分と半端な事をしていたのだなキャスター。
そこまでするのなら、一息で根こそぎ奪った方が良いだろうに」

「―――――!」

葛木さんは、苦しまない様に一気に仕留めた方が長く苦しむよりも相手に良いだろうし。
キャスターさんにとっても、何度も奪えば何れ対応策をとられて手痛い失敗をするだろうと言っているんだと思う。
実際、街を管理しているだろう市役所勤めの凛さんからポチに依頼されたし。
もう少ししたら、市役所から損害賠償請求が来るかもしれないよ。
だとしたら葛木さんの給料どれくらいか解らないけど大変だな等と考えてると、お兄ちゃんは驚きの表情で「っ―――葛木、お前無関係な人間を巻き込むつもりか……!!!!」と憤っていた。

「全ての人間は無関係だが。
……まあ、私が何者であるかはそちらで言い当てただろう。
私は魔術師などではない。ただの、そこいらにいる朽ち果てた殺人鬼だよ」

「そうなんだ、魔術師じゃ無いんだったらキャスターさんも仕方が無いよね」

でも……殺人鬼の先生だから学校で教えているのも効率的な人の壊し方とかなんだろうね。
先日私が知った知識とはえらい違い、やっぱり世界は知らない事がいっぱいだよ。

「―――っ!アリシアまで如何して!?」

今の私の言葉が信じられないといった表情で私を見つめてくる。
あう……私、変な事言ったかな?
もしかしたら、そこいらに殺人鬼がうろうろしているこの街について聞けば良かったのかな?
うん、多分殺人先生のクラスの生徒ならみんな殺人鬼だろうし、そんな人達がうろうろしていれば治安はとても悪そうだよね。
それとも、私の知識通りで学校の先生に殺人鬼がいる事自体が変なのかな?
でも、ここは生きる為に必死な生活苦のキャスターさんの為にも言っておこう。

「だって葛木さん魔術師じゃないんでしょ。
基本的にサーヴァントのご飯はマスターの魔力なのに、葛木さんは魔術師じゃないから魔力は無いもの。
だから、お腹が空いたキャスターさんは効率良くお腹を満たす為にやってたんだよ」

「あら、貴女は解っているじゃない。
ここは私の神殿、その神殿に下界の者達が供物を奉げるのは当然でしょ」

上空で浮かんだままのキャスターさんは、ここはお寺なのに神殿だと言い張っている。
聖杯から知識は送られてくるらしいけど、やっぱり外国の英霊だから違いが解らないのかな?

「ん~、その意見は如何かと思うけど?
それに、キャスターさんにだって何か望みがあるから召喚に応じたんだろうし、ある意味、他の相手に殺されない様に今も必死に生きようとしているだけなんだよ」

「こいつ等は無関係な人達を巻き込んでるんだぞ!!」

「うんん、無関係なんかじゃないよ。
世界に生きる命は皆繋がっているんだよ、お兄ちゃん。
私やお兄ちゃんが食べるご飯やお肉、それも明確な意思をもって生きていたんだ、私達は生きる為にその子達を殺して食べていたんだよ。
キャスターさんがやってた事はそういう事、自分が生き残る為に必要だからしていた筈だよ」

「その子言う通りだ衛宮」

葛木さんは私の意見に賛成らしい。
如何やら本当に魔力供給の無い生活は苦しかったに違いないよ。
でも、このおじさんぼうっと立っている感じだけど隙がありそうで無い感じがする。
流石に殺人先生、葛木さんの様な人をもしかすると達人って言うのかな?
あう、こんな事なら英霊化したお兄ちゃんとかランサーさんの他にも色々な人達の座も視とくべきだったのよ。

「―――っな!人間なんだぞ!牛や豚なんかとは違うだろ!?」

「落ち着いてください、シロウ!
恐らくアリシアが言いたいのは、全ての命とは尊いという事でしょう。
(こんな処で、以前のシロウで苦労した経験が生かされるとは。
あの時のシロウは、自分よりも他人を優先し、更にはサーヴァントである私を一人の女性として扱い、それを私はそれを侮辱と捉えてしまった。
ならアリシアは―――)」

「命は……尊い、確かにそうだ。だから無関係な人々を巻き込むのは問題なんだろ」

「いえ。アリシアの言うそこには、こうして現界しているサーヴァントの私達も含まれている。
そうである以上、魔力に飢えたキャスターが魔力を獲易い街の人々を襲うのは必然であり、例えるなら野生の獣が捕まえ易い相手を狩って食べるのと同じだと考えているのでしょう。
(魔術師らしくないとは思っていましたが、シロウとはまた違った意味で厄介な……まさか、全ての命が平等。
それ故の弱肉強食なんて思想をしていたとは)」

「――――っ、ようは誰も彼もが食うか食われる関係だって考えていたのか、アリシアは。
(此処は野生の王国じゃ無いんだぞ、帰ったら社会について教えないといけないな)」

何だか混乱しかけていたお兄ちゃんを落ち着かせてくれたセイバーさんは、「ですが」と私に視線を変え。

「それではアリシア、貴女にとって大切な相手も同じ価値なのですか?」

「ほえ?」

良く解らないと私が小首を曲げると。

「親しい相手という事です。
例えばシロウ、藤村大河、私はまだ会ってもいないが間桐桜、この相手は貴女にとって他の者達と同じ価値しか無いのですか?」

同じ……価値?

「―――あっ!?」

その言葉を理解した時、私という存在そのものに衝撃が走った感じがした。

「―――っ!?そうか……うん、そうだよね。
有難うセイバーさん、私解ったよ命は等価値なんかじゃなかったんだ」

そうだ、確かに親切にしてくれた藤姉さん、桜姉さんとただ私に縋り頼るだけの存在達。
これが私にとって等価値である筈が無いんだ、気が付けば簡単に解る事なのに、何故こんな答えが今まで気が付かなかったのだろう?

「解りましたか。
しかし、キャスターとそのマスターは彼女らに価値を見出しては居ません。
それにキャスターは極めて危険な存在です、例え例の物が修理出来たとしても、ここからはすぐ近く、何れキャスターに見つかり手を加えられるでしょう」

うん、確かにそうだよね。
折角、大聖杯を直してもキャスターさんが弄って壊さないにしても変な事が起きそうだし。

「そうなんだ―――じゃあ、しょうがないね」

この時、私はキャスターさんを殺すのを決めた。
でも、相手は魔法に長けたキャスターのサーヴァント、先程の多次元を利用した空間転送から推測すると。
体は世界をずらした他の多次元に移していて、この世界の自分はまるで影の様な感じにしている位はしてくると思う。
だから、多次元ごと同時に壊す方法なら兎も角、先程のキャスターさんが使ってた様な、通常魔法とでも呼べばいいのかな?
そういった方法だと、こちらからの魔法が届かないから困るんだよ。
今の私が使える魔法は、お兄ちゃんが使っていたのを見て覚えた肉体強化に解析、お母さんが事故にあっただろう残骸から見つけたミッド式魔法。
でも、フォトンランサーしか覚えてないし。
それにゲイボルグの呪いを組み込んだゲイボルグ・シフト、あとは名前負けの……ああ、練習するには丁度良かったね、手で持って使う光の棍フォトンランス。
最後は、先程キャスターさんが使った空間固定の術式と各種光弾の術式。
光弾はフォトンランサーに似ていたので、参考にしたてみたら速度、破壊力が向上した。
以前のフォトンランサーは初速は兎も角、貫通力と破壊力に欠けてたから。
でも……これではとても空間、次元の壁を越えて多次元ごと攻撃する方法が難しい。
―――ううん、出来る処まで人の力のままで頑張ってみないと。
私は私に出来る努力をしなきゃ、そうしなければきっと私は私の求める答えまで辿りつけないよ。

「成る程、人それぞれと言う事らしいな。
私も聖杯戦争など知らん。
キャスターが殺し、お前達が殺し合うというのなら傍観するだけだ」

「もっとも」と、区切り。

「私も、自分の命が一番可愛い。
キャスターが何を企もうと知らぬ。
私はただ、私を阻むモノを殺すだけだ。
―――では好きにしろキャスター。
生かすも殺すもおまえの自由だ」

そう言い残して葛木さんは後ろに離れて行く。

「私を獣と同じにするなんて……消すにしても少し躾けてからにしましょう」

上空に浮かんでいるキャスターさんは、相変わらず何故か勝ち誇った笑みを浮かべ再び杖を向ける。
自分が有利なのは当たり前と考えてるのかな?
此処まで来てると私にも理解が出来ない本当に不思議な英霊さんだよ。

「いいこと、セイバー。
私の魔術を防いだ、貴女の対魔力には驚かされたわ。
でも、神代の魔術、甘く見ないことね!」

「っ!シロウ、アリシア、私の後ろに!!
(この位置、以前の闘いからキャスターのマスターを仕留めるのは容易いが。
その場合、後ろのシロウとアリシアがキャスターに討たれる!)」

先程、お兄ちゃんを虐めていた時よりも遥かに大きい光の弾が降り注いだ。
幾つも轟く爆音。

「――――な!?」

キャスターさんの放った光弾は全て空中で爆発し轟音を立てた、何故なら私が迎撃として放ったフォトンランサーにより撃ち落とされたから。
でも、キャスターさんには予想外だったのかとても驚いている様子だよ。
そんなキャスターさんの姿に、何で得物を前に躊躇ってるのか不思議だったけど取敢えずフォトンランサーを百個ほど多次元空間から背後に転移させ放つ。

「―――っ、何なのあの子!この時代の魔術師なのに、詠唱も動作も無く、これだけの魔術を瞬時に出せるなんて!?」

でも、私の放ったフォトンランサーはキャスターさんに届く前に光弾の雨で撃墜されてしまう。
けど構わない、百で駄目なら千、それで駄目ならそれ以上で放てば良いだけの事。

「―――(何の冗談だよこれ……)」

「っ!?(これではまるで……あの英雄王だ!)」

お兄ちゃんとセイバーさんも何故だろう?
キャスターさんの隙とかを窺うのでは無く、私の方に視線を向けてる。

「行くよ、キャスターさん」

声と同時に放たれる千個のフォトンランサーの群。

「―――ほえ!?」

それを―――キャスターさんはフォトンランサーとして形成された千個の魔力、その全てを飲み込んでしまった。
正直言ってこれは私も驚いたよ。
魔法を解体したのでは無く、形作られた魔力そのものを自身に取り込んでしまったのだから。

「―――っ!?(これ程の魔力一体何処から供給してるの!?)」

少し遅れてキャスターさんの背後に十数の魔方陣が現れると、探知魔法の一種なのか、破壊力の無い走査線の様な光が私達を捉えた。
同時に先程の光弾よりも一際大きな光の矢が放たれ続ける。
即座に私も、多次元にキャスタ―さんが移動してきた時の罠として、過去・現在・未来から数百万のフォトンランサーを集め、多次元空間に展開している所から必要に応じて転移射出し迎撃していった。
あう、中々多次元へ行かないよ……もしかして罠ってばれてるのかな?

「正直、驚いたわ。
認めましょうランサーのマスター。
姿こそ幼いとはいえ、貴女の力は私の時代でも稀よ」

杖が鳴り。
今まで一瞬で魔法を使っていたキャスターさんが何か詠唱し始める。
だからこそ解る、これはキャスターさんの使う最大最強の必殺技だと。
魔方陣が形成される中、圧縮され飽和した魔力がまるで悲鳴の様な雷光の輝きを放っている。
魔方陣を形成する術式を見て理解した。
この魔法は――――フォトンランサーじゃ止められない、と。

「これは、本当ならセイバーに使う切り札。
だからこそ誇りなさい、サーヴァントならぬ人の身で私にこの大魔術を使わせた事を」

同じ術式で対抗しようにも、あの術式は魔力を集めるだけじゃなく、圧縮する過程も含まれるから今からだと間に合わないね。

「塵まで消え去りなさい」

視界の全てを塞ぐかのような極光。
なら―――

「全て遠き理想卿―――!?(アヴァロン)
(―――っ、あの魔術は私の対魔力ですら危うい!?)」

目の前のセイバーさんが出した鞘に剣を戻す。
突如、私達の場所に他の世界が現れた。

「え!?」

……凄いよ、セイバーさんは多次元どころか別の世界を持って来たよ。

「―――っ、キャスターの魔術が届いていない!?」

だったら穴を開けなくても良かったかな?
そう思い世界に開けた穴を視る。
此方からは見えないけど、キャスターさんの放つ魔法は、世界に開けた穴の中に吸い込まれ私達まで届いていない。
穴の中は他の誰にも迷惑を掛けないようよう創造した世界、別に創造した世界で殴ったりする訳じゃないからこれくらいなら良いと思う。
だって迂闊に別の場所に繋げたら、寝てる子やご飯食べてる相手がいて、キャスターさんの放った魔法を受けて怪我をしたり、死んでしまったら可哀想だし命の可能性が勿体無い。
一応候補としては宇宙があったけど、あそこは何も無さそうな所はあっても、真空なので反対に空気やら色々なものが吸い込まれてしまうから止めた方が良い。
でも、まあその前にセイバーさんにこんな奥の手が有ったのなら創る必要も無かったよ、サーヴァントって本当に凄いや。
次第に穴から漏れてた光が薄れそれを視ながら世界に開けた穴も閉じていく。

「……何よあれ。
もう嫌…何なのあの娘」

上空に漂うキャスターさんが放心した様に呟いている。

「キャスター、一つ教えましょう。
貴女が今相手をしているランサーのマスターは魔法使いです。
それを理解しなさい、魔術師のサーヴァント。
(何をしたのかは解りませんが。
まったく、アリシアには此方が驚かされてばかりだ)」

鞘を戻し、剣を油断無く構えてるセイバーさん。
でも、何と言うか、キャスターさんじゃなく葛木さんの方を警戒しているみたいだよ。
やっぱ空に居る以上、セイバーさんの宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』だと、空間転移を使えるキャスターさんの相手は難しそうだからかな。

「なっ、ま、魔法使いですって!?
ならさっきの変な穴は―――」

「じゃあ、次は私の番だね」

キャスターさんの言葉を遮り、私は背後に百個程の毒々しい朱色の短槍を展開する。

「フォトンランサー・ゲイ・ボルグ・シフト。
これは死の呪いが込められてるから、さっきのフォトンランサーの様には取り込めないからね」

片手を上げ。

「行くよ、必殺必中ゲイ・ボルグ!」

声を出し振り下ろし、死の呪いが込められた朱色の短槍が放たれた。

「―――盾!(アルゴス)」

因果操作により、放った時には既に命中している因果逆転の短槍群。
空間転移では避けられないと理解したのか、キャスターさんはガラスの様な盾を作り展開し。

「え―――?」

ああ、そうなんだ因果操作はキャスターさんも知らなかったんだね。
呆然としたキャスターさんの声。
百個の短槍は、キャスターさんの展開した盾を無視するかの様に横にずれ、理解する暇も無いキャスターさんを襲った。
遠慮も容赦も一切無い必殺必中の短槍の群れは、まるで猟犬の様に迷う事無く既に幾度も貫かれたキャスターさんにまるでその存在すら許さんとばかりに、貫きなおかつ破裂して死の呪いを撒き散らした。

「……ちょっとやり過ぎたかな?」

上空で行われる凄惨な光景。
キャスターさんの姿は既に無く―――あれ、まだ存在力は感知出来るよ?
視ればキャスターさんの着ていた服らしき上着が漂い。
先程、当たる場所が既に無かったのか、一旦上空まで通り過ぎた短槍の群れが弧を描く様に戻ってその上着に襲いかかる。

「ひ、あ、ああああああああああ――――!」

絶叫が響いた。
死の呪いを込められた因果逆転の短槍の群れは再び貫き破、裂しを繰り返し続け今度こそキャスターさんを消し去った。
―――あれ?
まともに正面から戦って、キャスターさんに勝てちゃったよ。
でも、キャスターさんのは何というか油断とか慢心が原因の様な感じがしなくも無いかな?
ランサーさんやセイバーさんが相手ならこう簡単にはいかなかったと思う。
―――そうなんだ、サーヴァントって一口に言っても色々な英霊さん達が居るんだね。

「……アリシアがキャスターを相手に魔術戦で勝った、のか。
あれ程の魔術に秀でたサーヴァントを?」

上半身裸のまま、呆然と呟くお兄ちゃん。
いいかげん、早く何か着ないと風邪ひいちゃうよ?

「まさか今のは―――ランサーのゲイ・ボルグ!?」

珍しくセイバーさんが驚愕の表情を見せた。

「うん、前に神父さんの所に行った時、ランサーさんに刺されて覚えたんだよ」

あの時は痛かったな。

「なっ!?ランサーともあろう英雄が、マスターである貴女を刺したのですか!?」

「え?あ。ん、あの時はまだランサーさんのマスターじゃなかったよ。
あの時はね、まだ神父さんがランサーさんのマスターで、私が教会で寝てて中々起きなかったから槍で刺して起こしてくれたんだ。
確かに痛みでちゃんと起きられるけど、ちょっと変わった起こし方だよね?」

「……あの魔槍で刺されながら如何して貴女は生きていられるのですか?」

「あう、酷いよセイバーさん!私生きてちゃいけないの!?」

唖然とした感じで私を見てたセイバーさんがサラリと酷い事を言うよ。

「いえ、そういう意味では……
(―――そうですか!?やはりあの時間操作の魔法。
アレならば例えランサーの魔槍を受けたとしても、刺される前の時間に戻せば無かった事に出来る。
神秘はより強い神秘に打ち消されるモノ、魔法となれば……考えれば考えるほど恐ろしい、正に魔法ですか)」

「それよりも」とセイバーさんは私の話を逸らし、葛木さんに不可視の剣を向ける。
あう、誤魔化された!?

「キャスターは討たれた。
貴方は如何しますか、キャスターのマスター」

セイバーさんの問いに、葛木さんは格闘技の達人なのか構える事で応える。

「そうですか、なら倒すだけだ」

セイバーさんは不可視の剣を構えた。

「もうよせ!何故、聖杯を求めていないアンタがこれ以上戦う理由がある!
(葛木はキャスターに付き添っていたいだけの、形だけのマスターだ。
なら、キャスターが消えた今、葛木と戦う理由など何処にも無い筈だ)」

「そうだ、戦う理由などない。
聖杯などに興味はないからな」

「なら」

「―――だが、これは私が始めた事だ。それを、途中で止める事などできない」

そうだね、一度決めて行動した以上途中で止める訳にはいかないよね。
その先に何が在るのか解らないけど、犠牲にしてきた子達や、失ってきた子達を無駄にしてはならないから。
止まる訳には行かない、それは葛木のおじさんさんも同じなのだろうね。

「―――やめろ。勝負はついた、これ以上は」

「これが、キャスターの望みだ衛宮。
キャスターが敗れ消えた以上、後は私が代わりに果たすだけだ」

「くっ…!
(もとより殺し殺されるのがマスター同士の戦いであり、受け入れるべき結果。
それがみとめられないのなら、始めから戦うべきじゃない。
それでも―――助けられるのなら。
殺さないで済むなら、そう望む事はいけないのか?
甘いと言われてもいい。
偽善である事も判ってる。
マスターにとって相手を倒す、という事は殺す、という意味合いだ。
それを承知でここまで踏み込んだ。
お互いが殺す覚悟を踏まえた上での戦い。
そこに、今更待ったをかける事がどれほど卑怯なのかも判っている。
誰かを助ける為に戦うと決めたのなら、失わなくていい命を無くす事は出来ない。
くっ、だったらせめて―――)」

……全てを救う正義の味方。
勝者には常に敗者が。
一つの命が生きるだけでも、その命を生かす為に犠牲は必ず生まれる。
故に世界の理を知れば……ううん多分ほとんどの人達は何年も生きていれば解ると思う、その考え自体が破綻していると言ってもいい理想だと。
でも、お兄ちゃんはまだ守護者エミヤの様な挫折の経験は無い―――ここは冷静に考える時間が必要だね。

「セイバー、アリシア手を出さないでくれ、葛木は俺が倒す!
(なら。セイバーじゃなく、せめてマスターである俺が決着をつけないと)」

「―――ええっ!?」

私が動くのと、お兄ちゃんの声はほぼ同時。
そして葛木さんの姿は消えた。

「―――!?
キャスターのマスターが消えた!
キャスターがまだ居るのですか?」

瞬時に警戒を強めるセイバーさん。

「……ううん、ご免ねお兄ちゃん。
ちょっと考える時間が欲しかったから、十日位未来に転送しちゃった」

「み、未来?いや、反対に助かった。
俺も結局、葛木を殺すしか選べなかったしな。
でも、アリシアは凄いなまだ子供なのに…」

「うん、頑張ってるもん」

私とお兄ちゃんが話している中、何か遠い眼をしたセイバーさんは葛木さんが居なくなった場所を見つめていた。

「―――十日先の未来ですか。
(既にバーサーカー、キャスターが敗れ。
今闘っているランサーかアサシンは、確実にどちらかが消える。
私が召喚され、たった二日で、最低でも既に三騎ものサーヴァントが消える事になった。
残るは四騎、そして大聖杯にたどり着いた時、ランサーが居るのならランサーと。
居ないなら柳洞寺を出る際にアサシンと決着をつける事になるでしょう。
更に言峰綺礼の言葉が正しければ、アーチャーとライダーは数日以内にどちらかが消えてる。
故に残り二騎、この調子なら十日後には、既に聖杯戦争自体が終結している可能性は十分在り得る。
十日後、既に聖杯戦争自体が存在しない状況ならば、あのキャスターのマスター、葛木宗一郎もあの拳を振るう先を見出せ無いかもしれません)」

「ところで思ったんだけど聞いて良い、かな?」

ふと先程セイバーさんに言われ、過ぎった考えを思い出し聞いてみる。

「何だ」

まだ二月の冬、それも夜なのに上半身裸でいるお兄ちゃんは私の質問に気持ち良く聞いてくれる。
私なんてさっき池で濡れた服などが寒かったから、周囲を書き換えて寒くない様にしているのに凄いや、正義の味方を目指す人は心が強いんだね。

「もし、仮に藤姉さんや桜姉さんがキャスターさんのマスターだった場合は如何したのかなって思って?」

「―――っ!いきなり如何してそんな事を思ったんだ?」

お兄ちゃんは予測通り表情を変えた。
別に意地悪で聞いてるんじゃないんだよ……
だって―――

「私ならその時、無関係な街の人達を見殺しにすかもしれないから」

「――――――!?
(……もし、藤ねえや桜を他の人達と比べてか。
今までそんな事考えた事も無かった……もしそうなったら俺は如何するのだろう?)」

お兄ちゃんの応えは沈黙。
答えが出ないのか、それとも言えないのか?

「ん。解らなければそれはそれでいいよ、二人はそんな事はしないって言う一つの答えだから、無理に応えなくてもいいんだ、ご免ね変な事を聞いちゃって」

「ああ、いいよ。
(確かにあの二人はそんなことはしない―――けれど。
じいさんが言っていた、正義の味方が助けれるのは味方した人間だけ、だと。
なら、一を殺して九を助ける筈の一が、残りの九と同じ位の価値があったとしたら―――俺は!!)」

変な事を聞いたのが拙かったのか、お兄ちゃんの表情は険しくて難しい事を考えているのが解った。

「先を急ぎましょう。
大聖杯まで障害は無いでしょうが今は聖杯戦争中、油断は出来ない」

悩むお兄ちゃんと私にセイバーさんは先を促し。

「ああ。解ったセイバー、何が起こるか解らないからな先を急ごう」

「おう!」

私もそれに頷く。
今日は僅かなりとも答えに近づけた。
もしかしたら、当真大河が私の影と戦う事になった理由も大切な何か。
例えば、好きな食べ物が無くなってしまうからとかなのかも知れない。
それなら解るよ、私だって肉じゃがやハンバーグ、カレーライスが無くなってしまうとなれば、神の座まで行って停めようとするもの。
それとは違うにしても、この調子なら答えが出るのはそう先の事じゃない気がした。



[18329] Fate編 13
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 18:07

この国に来る前に調べた話からは冬木という町は冬季が長い反面気温は暖かいそう。
二月でありながらも、この町は他の町でいう十二月辺りと同じような気温らしいけれど真冬の……それも深夜ともなれば寒さは肌を刺すように感じられる。
でも、それにもかかわらず私は縁側から月を見上げていた。
シロウが言うにはキリツグはこうやって月を見ながら逝ったらしい。
私は聖杯とキリツグ、そして私の居場所を奪ったシロウを殺す為にここ冬木にやって来た。
けど……最強だと信じていたバーサーカーはサーヴァント相手ではなく、他ならぬ一人のマスターによって十二ある命のうち十をも失い、最後はセイバーの宝具を受けて私の中に入ってしまった。
そのバーサーカーを含め、私の中にある小聖杯には既に三騎のサーヴァントが入っている。
初めに入って来たのがギルガメッシュ―――私はこんな英霊は知らない。
何でこんなヤツが現界していたのか解らないし、如何して最古の英霊が負けたのかも、誰に倒されたのかも解らないまま……
次がライダー、バーサーカーは三番目に倒されてしまったのだ。
ライダーは兎も角としてバーサーカーもギルガメッシュも大英霊、その魂の力は並の英霊の倍はある。
だから……残りどれだけの時間を人として機能していられるのか解らない。
そして―――今夜、残った五騎の内の四騎。
セイバー、ランサー、アサシン、キャスターの内二騎が私の中に入る。
五騎もの英霊の魂が私の中に在れば私の人としての機能はほぼ無いも同然ね。

「出来る事ならもっとシロウの事を知りたかったな……話したかったな」

横で何か音がして視線を下げれば湯気を立てた湯呑があり、隣には良く解らない丸いモノがクルクルと回っていた。

「あら、気を利かせてくれたの?」

このポチとかいう精霊はシロウとランサーが言う分にはかなり凄い精霊らしいけど……昼間の道場では何故かバケツに入って回ってたし、そもそも何考えてるのか解らない。
正直なところ、何て言っていいのか言葉に困る存在だわ。
そんなポチを見ていても答えが出る訳でもないので考えるの止め、振り向き居間の時計を見る。
そろそろ柳洞寺に付く頃……か。
私は出されたお茶で体を温めながら、再び月をぼうっと見上げていたら不意に一つの魂が入ってきたアサシンだ。

「―――っあ」

少し間を空けキャスターが入って来る。

「あ―――んっ」

人としての機能が聖杯としての機能に切り変わり意識が消えかかる、でも、まだ二騎の余裕からか小聖杯の機能は完全では無いみたい。
何となくぼんやりとした意識はまだある。
体の方からの痛みは無い。
その機能も失ったのか?
それともポチが支えてくれたのかしら?
既に体は動かず眼も耳も聞えない。
許されたのは僅かな意識のみ……
それも六騎目が入ってくれば無くなるだろう。
でも、聖杯の中に居るアンリマユが怯えていたのは感じ取れた。
近づいて来るモノは『この世全ての悪』すら滅ぼせる何か―――それから、どれ位の時間が経ったのかは解らないけど不意にそれは入って来た。
『この世全ての悪』等と比べるのも愚かしい程の圧倒的な何か。
全てを白い輝きに滅ぼしていく白銀。
『この世全ての悪』は必死に押し返そうとしてるけど……触れる事も出来ず白銀に消されて行く。

―――こん、こんな存在私は知らない!?

例えこの世界に『この世全ての悪』が溢れたとしても精々抑止力が動いて町ごと殲滅するだけだろう……でもアレは違う!
アレは、出て来たら抑止力なんかでは触れる事すら出来ずに消されるだけ!!
アレは此処に在ってはいけない存在―――アレは世界全てを滅ぼす破滅の光!!!
『この世全ての悪』とて人が居てこその存在、全てを滅ぼすアレを許せる筈が無い、黒き血と破壊の呪いは集まり密度を増して押し返そうとする。
けど……無駄、幾ら密度を増そうと白銀の輝きに立ち向かう『この世全ての悪』の姿はまるで津波に蟻が挑む姿。
案の定飲み込まれ消えてしまった……
白銀の光は、はたして自身に挑んだ『この世全ての悪』に気付か付いていたのだろうか?
そう感じるほど白銀は圧倒的だった。
このまま拡がり続けるのかと思うと、現れた時と同じく何故か急に居なくなる。
何だったのかアレは……
それに―――アレの影響は私にも出てる、私の体に在る小聖杯はアレの影響を如何にか出来る様には出来ていないから……せめて最後は、キリツグの様にシロウに看取られて逝きたかったな………


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第13話


何はともあれ、キャスターさんを倒した私達は先を急ぐ事にして柳洞寺の裏手へと歩みを進める。
その途中でランサーさんが無事合流して来たけれど、何か辛い事があったのかランサーさんの表情は優れない。
やっぱり、あのお侍さんは世界の修正が掛かっていて強かったんだね。
こんな時には如何言ったら良いのかな?
変に慰めるのも悪い事と思うので、取敢えずは合流した四人で神父さんから教わった通り小川の先を調べる、すると、大聖杯への入り口は思ったよりも早く見つかる。

「先に行く、セイバー後ろは任せた」

「解りましたランサー」

ランサーさんはセイバーさんに向かい口にし、この先なにがあるのか判らないので霊体化して物理的干渉から逃れると、一気に下に在るという大空洞まで行ってしまった。

「アリシア、俺達も行くぞ」

「うん」

そう言うお兄ちゃんはいい加減寒かったのだろう投影した上着を着ている。

「足元に気を付けろよ」

投影って便利だなと思いながらも頷き、濡れた地面を下へ下へと進んで行く。
あう……暗くて見辛いし足元は水で濡れてて滑りやすい、しかも急な下りだから兄ちゃんが手を繋いでくれなかったらきっと転んで落ちていたよ。
こんな事なら灯りの魔法でも覚えておけば良かったな。
そんな事を思いながら随分長い事グルグルと回るようにして降りて行くと、ぼんやりとした緑色の灯りが私達を迎えてくれた。

「―――――」

でも、如何したのかお兄ちゃんは何だか気持ち悪そうな顔で灯りに照らされた通路を見ている。

「………」

見れば後ろのセイバーさんも表情が引き締まり周囲に油断無く気を配っていた。

「……如何したの?」

「アリシア……此処で油断はするな。
(……ここは死地そのものだ。
事前に言峰から聞いたのと実際に来たのでは雲泥の差があるぞ―――ここは)」

お兄ちゃんの話しは何でだか解らないけれど、私は「うん」と頷いて先へと進んだ。
通路を抜けた先は大きく開けた空洞―――そこに。

「―――ようやくか、随分待ってたぜ」

お兄ちゃんやセイバーさんとは反対に、緊張の無い感じで佇みながらランサーさんは待っていた。

「此処はこんな感じだが、この先にも在るのは大聖杯だけだ―――誰も居ない、まったく大したコケ脅しだぜ」

もしかしたらここに強敵が居ると思っていたのか、ランサーさんは期待外れな感じで肩を竦めるけど。

「いえ、それならそれで良い事でしょう」

「ああ、後は大聖杯ってのを何とかすれば良いんだからな」

その言葉を耳にしたセイバーさんとお兄ちゃんの二人は何処かほっとしていた。
そうなんだ、先程の警戒は最後まで気を抜いちゃ駄目って事だったんだね。
確か以前他の人の意識を視た時、『勝ってナントカの尾っぽをシメロ』とか言う諺が有るのを思い出したよ。
私は……変な感じとかしなかったから気を抜きすぎちゃってたのか。
この前、神父さんが慎重にって言っていたのが良く解ったよ。
そう思うも私達は更に先の方へと歩みを進めると荒野が現れ、そこには神父さんが言っていた建造物があった。
あれが大聖杯なんだろうね、そう判断しながら近づいて行くと不意に大聖杯が震え。

「――――!?」

「―――っ、これは!?」

「はっ、中のヤツも必死って事か」

お兄ちゃんやセイバーさんが緊張を強めるのに対し、事前に周囲を調べていたランサーさんは何処か余裕がある。
多分、あの中にいる子は外に出たいんだけどその手段が無くて困ってるんだろう。
大聖杯によって僅かに揺れる中、私達は当初の目的である大聖杯へとたどり着いた。
お兄ちゃん達に連れられ塔やモニュメントにも思える大聖杯の傍まで来た私は、早速、大聖杯に解析を使ってみる。
やや無駄な仕組みが無くも無いけど、神父さんの言った通り機構自体に問題は無さそうだよ。
この中に繋がっているモノ、聖杯を汚した原因である『この世全ての悪』が住んでるんだろうね。
先ずはお話してみようと、ソコに私の一部をつなげてみる、そうしたら直ぐに治まったとはいえ大空洞全体が揺れるような強い揺れが起きた。
如何やら『この世全ての悪』は嫌がっているみたいと思うも中を視る……でも如何してか、視えるのは私の色なのだろう白銀の色だけ―――『この世全ての悪』は何処に居るのかな?

「………」

結局、どんなに捜しても『この世全ての悪』見つかりませんでした……何でだろ?

「如何しました」

私が大聖杯に触れたまま動かないのが気になるのだろう、セイバーさんは心配そうに私を見つめている。
大聖杯へと繋げていた私の一部を戻しセイバーさんを見上げ。

「ん~、さっきまで『この世全ての悪』がいた筈なのに……居なくなちゃったよ、引越したのかな?」

「―――居なくなった!?」

「……うん、消えちゃった。
多分、これなら中に溜まった力は普通に使えるよ」

「―――痛。まて、隠れているとかじゃないのか?
(にしても、触っただけで良くこんな物が解析出来るな?
俺も解析してみたが脳が焼き切れるかと思ったぞ……)」

私の言葉に驚いたのか、セイバーさんとお兄ちゃんは大聖杯へと視線を向けるものの、お兄ちゃんは風邪でも引いたのか頭を押さえる。
今は冬で寒い季節なのに、上半身を裸でいたのが原因なのかな……む~、これがキャスターさんの策略なのかもしれない?

「ん~、捜したけど居ないよ、この場合如何したら良いかな?」

「では、これは正常な聖杯としての機能が戻ったと考えても良いのですか?」

「うん。でも神父さんの言っていた通り、この聖杯は初めは中身が無いんだ。
この聖杯の造りだと、世界に穴が開いている訳じゃ無いから」

私は「これじゃ詐欺だよ」と口にして大聖杯を見上げる。

「願いが叶う聖杯を手に入れられるからって名目で召喚されたサーヴァントさんを殺害して、中身を満たせば聖杯と呼べるモノに近いモノへとなるんだと思う。
でも、凄い願いを叶えるとしたら何人ものサーヴァントさん達を殺して加えていかないと駄目なんだ―――とんでもない欠陥品だよ」

「では、如何するのです?
(その話は以前の世界でギルガメッシュが言っていた事と同じ。
だが、アリシアは既に別の聖杯を所持している―――こんな聖杯は必要としていないし、する必要も無い)」

「ん~、私は壊れてたら直すか壊すって考えだったからね。
取りあえず聖杯は正常に戻った訳だし、神父さんに直ったよって言えば良いと思うよ?」

「「「………」」」

私の話を聞いたお兄ちゃん達三人も大聖杯を見上げた後。

「……帰るか。
(本当なら、こんな物騒で迷惑な代物は壊してしまった方が良いのかもしれない。
でも『この世全ての悪』が居なくなった以上、直ぐにどうこうなるって訳じゃなさそうだからな。
一度、管理者の遠坂に話してからでも遅くはないだろう。
遠坂ならこんな聖杯を得たとしても、そんなに変な事は願わないだろうし)」

お兄ちゃんが呟く様に言い。

「そうですね―――ですが、その前に」

セイバーさんはランサーさんに静かに視線を向け。

「そうだな」

ランサーさんもセイバーさんに向かい頷く。

「そうだった、ランサーとの共闘は此処までだったな」

「うん、神父さんがランサーさんを護衛に付けてくれたのは大聖杯にたどり着くまでだからね」

後はランサーさんの望みである戦い最強を示す。
それを叶えるだけだね。
ここだと折角直った大聖杯を壊すかもしれないので、少し戻った所。
大きく開けた空洞の天井は十メートルは有るので、ランサーさんが槍を投げても大丈夫な広い空間で行う事にした。

「「全力で戦って」」

「「思い残さず全てを出し切って」」

お兄ちゃんと一緒に令呪を使う。
お兄ちゃんが使うのにセイバーさんは難色を示したけれど、私が使ってお兄ちゃんが使わないのは不公平すぎるとお兄ちゃんは言い渋々承諾。
私も、最後の一角を使うと不公平だと解り使わない事にしたよ。
同時に、向かい合うランサーさんとセイバーさんの体から魔力が溢れ出す。

「決着を付けようかセイバー」

「望むところです」

互いに朱の槍と不可視の剣を構え。
槍と剣が激突した。
ランサーさんもセイバーさんも残像を残しているのか体が幾つもブレて見えるし、セイバーさんは初めからだけど、ランサーさんの槍も既に見えない速さで放たれて続けていた。

「分身してるよ、お兄ちゃん。
ランサーさんもセイバーさんも凄いな」

「ああ。(こうして改めて見ると、サーヴァントを相手に出来るのはサーヴァントだけだって言っていた言峰の言葉は嘘じゃない。
セイバーを召喚しないで戦いの中に入っていったらと思うと寒気がする―――と、言うよりも俺ってよくランサー相手にして生き残れたよな……)」

空中で飛び散る幾つもの火花。
一見して互角の闘いに見える二人だけど―――その均衡もセイバーさんが攻めに転じた瞬間に変わる。
まるでバーサーカーさんの時のセイバーさんの様に、ランサーさんは不可視の剣を受けると後ろに弾き飛ばされ。
そのまま更に後ろに跳躍して姿勢を立直した後、ランサーさんは再び攻勢に出てセイバーさんの剣を封じに掛かる。
見えない剣に対抗するのには、最速の突きを放ち続けるのが良いらしいのか、今のところ薙ぎ払う様な感じはしていないと思う、だって槍が見えないし。
再び空中で飛び散る幾つもの火花。
……何て言って良いのか、セイバーさん強すぎ。
ランサーさんが受けに回ったら、そのまま叩き潰されそうな感じだよ。
それに、何で見えない筈の槍を避け続けれるのかな?
再びセイバーさんの剣を受けたランサーさんは後ろに弾き飛ばされるものの、今度は先程よりも更に後ろに跳躍し着地と同時に投擲の構えに入ろうとした。

「させません!風よ――――!!」

セイバーさんの叫びと同時に、不可視の剣から渦巻きの様な風が吹き荒れランサーさんの助走を阻み、同時にセイバーさんの剣が顕になり黄金の刀身がその輝きを見せた。

「――――ちぃ!(あの不可視の鞘のままなら、セイバーの宝具は出せないと踏んだが!!
よもや鞘を飛ばすとはな!『突き穿つ死翔の槍』(ゲイ・ボルク)を見せたのは失敗だったか!?
――――だが!!)」

セイバーさんはそのまま砲弾の様にランサーさんに突っ込み、火花と共に残像が残る速さで受けたランサーさんを力ずくで退かせてしまい。
ランサーさんも再度跳躍して体勢を立直すと、セイバーさんよりもなお速く、瞬間移動のように姿が消えたと思った時にはセイバーさんと火花を散らしている。
業を煮やして勝負に出たのか、残像と共にセイバーさんは振りを大きくし。

「調子に乗るな、たわけ――――!」

けど、速さはランサーさんの方が上。
セイバーさんの渾身の一撃は刹那で後ろに跳躍したランサーさんに届かず。

「ハ――――!」

その瞬間移動の様な速度を持って致命的な隙を逃す筈は無い。
ランサーさんの勝ちかな?と思った瞬間、セイバーさんは剣を下ろしたまま回転した。

「ぐっ――――!!(やりやがったなセイバー!!)」

「―――(やはり以前と同じく防ぎましたか!)」

先程よりも更に強く弾かれ、両者の間合いは大きく離れる。
サーヴァントと言えどアレだけの攻防をして、流石に疲れたのかランサーさんとセイバーさんは静かに睨み合っていた。
あう、なんか流れ的にランサーさんピンチな感じだよ。

「ならばセイバー我が魔槍受けきれるか!」

今度は仕切り直しせず。
あろう事か槍を下げ、私から魔力を奪う。
そういえば、あの槍の呪いの効果の一つである因果改変ならどんな体勢からでも貫ける。
そう……なんだ、投げるだけじゃ無くて接近用としてああいった使い方もあるんだね。

「良いでしょう―――これで、決着をつけます」

「そうかよ……じゃあな、その心臓、貰い受ける――――!」

ランサーさんの姿が消えた瞬間セイバーさんの前に現れ朱の槍をセイバーさんの足元へと放った。
でもセイバーさんとて英雄、そんな小手先の技は通じない。
だから、セイバーさんは跳んでランサーさんを斬り付け様と前に踏みだし―――ランサーさんの罠に掛かる。

「――――刺し穿つ(ゲイ)」

ランサーさんの持つ槍のもう一つの真名開放。

「死棘の槍(ボルク)―――!!」

下段に放たれた魔槍は因果を狂わしセイバーさんの心臓へと向う。

「全て遠き理想郷(アヴァロン)――――!!!」

ソレは正に一瞬。
ランサーさんの槍ゲイ・ボルクは因果を狂わし心臓を貫く一撃必殺の槍。
でも、それは呪いでもある――――呪いは弾かれれば自身に降りかかるモノ。
故に―――

「――――が、はっ」

セイバーさんが鞘を出して別の世界に入り、世界の壁により因果逆転の効果が弾かれた魔槍はその対象を自身の使い手の心臓に変え貫いていた。
その姿のランサーさんはまるで自殺したかの様でいて、そんなランサーさんをセイバーさんは鞘を戻して静かに見詰めていた。
それもそうだね……これ以上剣を振るう必要はないもの、戦いはもう終わっているのだから。
ランサーさんの心臓は自身の槍で完全に破壊されてもう戦うなど出来る訳が無い。
ううん……それ以前にまだ現界出来ているのが不思議な程だよ。

「ランサーさん」

私がランサーさんへと駆け出すなか、手に刻まれていた令呪が消えていく。

「済まねぇなマスター、勝たせてやれなくてよ―――」

ランサーさんの体は薄らと消えかけている。

「ううん、私の事は良いよ。
でも、こんな結果になちゃったけどランサーさんは満足出来た?」

「……ま、ん…ぞく――――っは、くははは。
(そうかよ……そう言う事かよ。
元々は大聖杯までの護衛でその後は俺の望みを叶え様としていたのか。
まあ、当然と言っちゃあ当然か……そもそもマスターは初めから聖杯を持っているから聖杯戦争なんてのをやる理由が元から無い。
アリシアはただ言峰の野郎の願いを叶え、俺の願いを叶え様としていただけなんだからな。
そこに自身の願いなど初めから無い、か。
ありゃとっくに自分の聖杯使ってるしな……こりゃあ、護っていたと思っていた筈がその実、護られていたって事なのか?)」

ランサーさんは、何が可笑しかったのか呻く様にして笑ってるよ。

「マスター、コイツは餞別だ受け取りな」

ランサーさんは、胸に刺さった朱の魔槍を一気に引き抜くと私の足元に突き刺し。

「ほえ?」

その行いにちょっとびっくりしながらも、私はランサーさんを見上げた。

「マスター。俺も英雄だ、借りぱなしってのは性に合わねぇ」

そう口にしながら片膝を付くランサーさんは私の手に槍を握らせて。

「それになアリシア。
昼間俺にアレだけ近づけたんだ、これからも鍛錬を欠かさずにいれば、何れ俺を超えられるだろうよ―――コイツはその前祝みたいなもんだ。
まあ、もし此処で六回目ってのがあり、お前が令呪を持っていたのならまた呼んでくれても良いがな」

私の頭をクシャクシャと撫でると。

「じゃあなマスター、今回は楽しませて貰った」

満足した顔で消えていった。
でも、ランサーさんの残した魔槍は私の手の中に残りその存在を示し。

「アリシア、ランサーは貴女に誇りを託したのです―――それを忘れてはなりません」

セイバーさんの表情も何処か満足気な感じがしていた。




「着いたよ」

ランサーが消えた後、アリシアの空間転移により私達は衛宮邸に戻りました。
―――しかし。

「アリシア、一つ訊ねますが。
何故、キャスターとの戦いにてバーサーカーにしたように空間転移を使わなかったのです?」

キャスターに勝ったは良いが、あの時のアリシアは空間転移を使わず何時の間にか習得していたランサーの宝具を真似た魔術を放ったのだから。
いえ、アリシアは―――既に魔法使いなのですから私には理解の出来ない様な方法であの魔槍の呪いを読み取り、その神秘を自らのモノにしたのでしょう……
しかし、一工程でこれ程の事を成し遂げれるアリシアの空間転移は魔法の域にも達するモノであり、キャスターとの戦いで使われれば―――恐らくキャスターはバーサーカー同様為す術もなく瞬殺された筈です。
まさかキャスターを、あの魔術の実験台に使ったのでは?
仮にそうだとすれば、それは驕りであり英霊と呼ばれた者に対する侮辱に他ならない。

「ん~、だってキャスターさんも空間に干渉出来るんだよ。
私がバラバラにして転移させても、きっと空間操作で合体して元に戻ると思うよ」

「……空中で合体、空間転移とはそういったモノなのですか」

そんな馬鹿なとも思えましたが……
それを語るアリシアの様子からは、英霊を侮辱するような気配は感じられずにいましたので私の考え過ぎだったのでしょう。
それに私は魔術師ではありません、成る程、バーサーカーですら細切れにした空間転移ですら同じ空間転移を使えるキャスターには通じないのですか―――空間を操る技とは奥深い。
確かに空間が閉じきる前に、自ら同じ場所に転移すれば無事なのは解りますが……しかし、そんな簡単に転移先等解るものなのでしょうか?

「うん、それに危なくなったら自分から分解して別の場所で再構築すれば良いんだよ」

「一口に空間転移と言っても奥が深いものなのですね」

「そうだな、俺にもサッパリだ。
(魔法が使えるアリシアの空間転移は当然魔法の域なのだろうから、半人前の俺が理解出来るなんて思えないしな)」

息をはき星空を見上げる。
今夜の戦いでランサー、アサシン、キャスターが消えた。
残りはアーチャーにライダー。
ライダーは前回での戦いではキャスターのマスターに倒されてしまい、真名や宝具等は解っていません。
そして、アーチャーはアーチャーでシロウの未来の一つ、英霊エミヤですからやり難い相手です。
ですが、アーチャーがあくまでシロウを狙うのなら私はアーチャーを倒すだけの事。
私はシロウの剣なのですから。
そして―――ギルガメッシュ。
失ったと思っていた鞘を返されたのです、全ての財を持った最古の英霊、英霊殺しだとしても勝機は有ります。
聖杯戦争はまだ終わってはいません、特に今回は凛が敵のマスターとして現れる以上、気を抜く等は出来ないでしょう。
私の剣にかけこの二人は必ず護りきると決意を固め、シロウ、アリシアと共に家の中に入ると。

「え?」不意にアリシアが声を上げ振り向た。

「大変だよ、イリアお姉ちゃんの様子がおかしいんだって」

―――っ、!?
アリシアの持つ聖杯にて私の望みは達成する事は出来ないと解り、すっかり失念していましたがイリヤスフィールこそ第五次聖杯戦争の聖杯でした!
私が知っているだけでもランサー、バーサーカー、アサシン、キャスターと四騎もの英霊の魂が取り込まれているのです。
心臓が聖杯であるイリヤスフィールが無事とは考えにくい。

「イリヤが如何して!?」

「それ以前に何故解るのです?」

「ポチが言ってるんだよ」

ポチ……ああ、よく回るあの丸い玉ですか。
確かシロウやランサーが言っていた話からすれば、かなりの力を持った精霊だった様ですが。
実際に見てい無い以上、その実力は未知数といえる。

「何があったんだ!?」

「それがポチにも解らないって言ってる、私見てくるよ」

とてとてとアリシアは走り出し。

「解った俺も行く」

ふとシロウは振り向き。

「セイバー、邸の中に他のサーヴァントの気配はあるか」

「いえ……この邸くらいならアサシンでも無ければ解る筈なのですが」

既に気配遮断を使えるアサシンや、遠くから魔術を用いるキャスターはいない。
……ですが、前回の第五次と違いアリシアが居て、凛が敵のマスターとしている以上。
私の知らないサーヴァントが、アーチャーかライダーで存在している可能性も否定は出来ない。

「そうか、ならアシリアからも離れない様にしないと」

「ええ」

アリシアの速さに合わせ、イリヤスフィールが居る部屋に向う。

「イリヤ!」

戸を開き入るなり叫ぶシロウ。
私も部屋に入り見るとイリヤスフィールは布団に入り横になっていた。
側には丸いモノ、ポチが相変わらずクルクルと回り、アリシアはそのポチの前にしゃがむと私達に視線を向ける。

「ポチが言うには、イリアお姉ちゃんは急に倒れちゃったんだって。
疲れてるのかも知れないから、静養出来る様にって布団を敷いて寝かせているんだって」

アリシアはそう口にするものの、何というかあの丸いモノが布団を敷いている姿は予想出来ない。
しかし、アリシアが出来ると言うのならそうなのでしょ―――っ!まて、前回の聖杯戦争の時は確か!?

「お、おいセイバー」

私の考え違いなら良いのですが。
前回の五次、イリヤスフィールの心臓を埋め込まれ暴走した慎二というマスター。
助け様としていた凛と、目前に広がった召喚方法を間違え現界したサーヴァントの肉塊。
そして、第四次聖杯戦争でのアイリスフィール。
違っていれば良いのですが―――
布団を剥ぎ、服を脱がしていく。

「……これは」

イリヤスフィールの顔から下は、魔術回路に沿ってなのか微かな白銀の色が光を放ち。

「なっ、イリヤ―――!?」

ソコから体だったモノが砂の様に形を崩していた。
これは聖杯の影響なのですか!?
確か四次のアイリスフィールは体内に聖杯を隠していたという―――ですが、あの時の私はアイリスフィールの姿を見ていない。
ではイリヤスフィールも同じく、完全な聖杯となる為に自らの体を犠牲にしなくてはならないのですか?
前回の第五次で起きたように別の者が聖杯を入れた様な暴走はしないでしょう……しかし、何と業の深い。

「……これ」

アリシアがイリヤスフィールの微かに光る部分へと触れ。

「そうなんだ、イリヤお姉ちゃんが聖杯だったんだね」

「イリヤが聖杯だって」

「うん、この聖杯戦争の聖杯は大聖杯と小聖杯に分かれていて。
大聖杯が準備の為に英霊さん達を呼び出して、小聖杯は倒された英霊さん達を溜めるモノ。
これを、所定の場所で使えば中に溜まっていた魂、英霊さんのエネルギーを使う事が出来るんだって」

アリシアはイリヤスフィールの前に立ち。

「でも、まだイリヤお姉ちゃんの魂はまだ此処にあるから手遅れじゃない、やってみる」

瞬間、イリヤスフィールの体は幾つもの光と共に崩れ消えていく。

「六人―――そうなんだ、なら聖杯戦争は終わりなんだね、じゃあ」

アリシアが私を向き衝撃が走った。
鈍い痛みと共に理解するコレは致命傷だと。
そんな事一目見れば解る。
アシリアが振り向いた時、私の左腕ごと左胸が消えたのだから。
恐らくは、あの恐るべき空間転移で消されたされたのだろう。

「……ア、シ…アな…ぜ」

此処まで来て、私は護ると誓った相手に裏切られ果てる事となった。



[18329] Fate編 14
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 18:11

ランサーさんの残してくれた朱の魔槍ゲイ・ボルク、この槍はとても長いので如何やら元々は投擲用の槍だったみたい、そんな訳で今の私の身長だとこのまま持って帰るのは難しいと思う。
だから少し前、キャスターさんと戦った時に創造した世界を倉庫として使い、この槍は一旦その世界に置く事にしたよ。
それから、大空洞から普通に歩いて帰ると朝になっちゃうので、私の空間転移を使ってお兄ちゃんの邸に帰った。

「着いたよ」

行きは歩きだったので大聖杯までの道のりは長く、アサシンさんやキャスターさんと戦った時間も含めれば数時間も掛かったけれど帰りは一瞬。
だけど、今夜はもう歩き疲れたよ……お兄ちゃんかセイバーさんと一緒にお風呂に入ったら暖かいお布団に入って寝よう。

「アリシア、一つ聞きますが。
何故、キャスターの時、バーサーカーを相手した様に空間転移使わなかったのです?」

「ん~、だってキャスターさんも空間に干渉出来るんだよ。
私がバラバラにして転移させても、きっと空間操作で合体して元に戻ると思うよ」

「……空中で合体、空間転移とはそういったモノなのですか」

空間転移も空間操作の一つだからね、次元移動が出来るキャスターさんには決定打にはならない筈だよ。

「うん、それに危なくなったら自分から分解して別の場所で再構築すれば良いんだよ」

これは空間操作とは違うけど、一度自分の体を分解した後、魂にある自分の形を元にして組上げてしまえば、幾ら怪我を負わせてもまた始めからになっちゃうからね。
私が知っているだけでも封印した神とか邪神とか名乗っていた子達の何人かは使えたし、魔術に長けたキャスターさんなら多分コレくらいの事は出来るだろうと思う、だからこそ死の呪いを用いて『貴女は死んだよ』と認識させたんだから。

「一口に空間転移と言っても奥が深いものなのですね」

「そうだな、俺にもサッパリだ。
(魔法が使えるアリシアの空間転移は当然魔法の域なのだろうから、半人前の俺が理解出来るなんて思えないしな)」

セイバーさんは何かぼうと空を見上げてるので私やお兄ちゃんは先に家に入り、お留守番していたポチに「ただいま」と伝える。
すると、ポチは「イリヤお姉さんの存在力が薄れてきてるぞ」と何だか困惑した様子で言って来たんだ。

「え?」

ポチは元々、人で言う視覚とは違ってほとんど存在力で認識している、だから外見で何も変なところが無くてもポチには解るんだ。

「大変だよ、イリアお姉ちゃんの様子がおかしいって」

イリヤお姉ちゃんに関わるので私だけが知っていても駄目だと思った私は、振り向きお兄ちゃんとセイバーさんに伝える。

「イリヤが如何して!?」

「それ以前に何故解るのです?」

「ポチが言ってるんだよ」

でも、ポチの認識する存在力での確認は魂とかの確認には向く反面、生体の異常には詳しく解らない欠点もあるんだ。

「何があったんだ!?」

「それがポチにも解らないって言ってる、私見てくるよ」

イリアお姉ちゃんの体に何かあったのかな?
夕飯に食べ慣れない食材があってお腹を壊したのかも?
多分、こういうのはポチには理解出来ないか、認識出来ない事なのだろう。
だから私は急いで走った。
でも、先に走ったの筈なのに兄ちゃん達はすぐに追いつき。

「イリヤ!」

先に戸を開いて中に入って行く。
中に入って見たイリアお姉ちゃんは一見してただ寝ている様に見え、お寺で会った葛木さんの様に寝てる処を起こしてしまうのは気が引けたのでポチ聞く事にした。
私が訊ねるとポチはクルクルと回りながら「縁側で座っていたら急に倒れたぞ、病気になるといけないから布団敷いて寝かせてる……でも、何か存在力が消えて来てる、これは普通じゃないぞ」と言ってる。

「ポチが言うには、イリアお姉ちゃんは急に倒れちゃったんだって。
疲れてるのかも知れないから、静養出来る様にって布団を敷いて寝かせているんだって」

私はお兄ちゃん達に出来るだけ解り易く説明すると、何か思うところがあったのか、セイバーさんはイリヤお姉ちゃんの服を脱がし始め。

「お、おいセイバー」

突然の事にお兄ちゃんは戸惑っているよ、如何したのかな?

「……これは」

「なっ、イリヤ―――!?」

イリヤお姉ちゃんの服の下からは私の色と同じ白銀の色に染まっていて、染まった所は何故か砂の様に崩れていた。
感じからして私の存在に似ているなと思い触れて―――理解した。

「……これ」

……違う、これは私の残滓だよ。
でも何で―――そう、神父さんに見せて貰った資料には、冬木の聖杯には大聖杯と対なる鍵である小聖杯の二つがあってイリヤお姉ちゃんがその小聖杯だったんだ。
考えを纏め、横になっているイリヤお姉ちゃんを見つめた。

「そうなんだ、イリヤお姉ちゃんが聖杯だったんだね」

「イリヤが聖杯だって」

「うん、この聖杯戦争の聖杯は大聖杯と小聖杯に分かれていて。
大聖杯が準備の為に英霊さん達を呼び出して、小聖杯は倒された英霊さん達を溜めるモノ。
これを、所定の場所で使えば中に溜まっていた魂、英霊さんのエネルギーを使う事が出来るんだって」

でも、まだイリヤお姉ちゃんは完全には死んでなんかいない、消えかけているけどまだ生きているんだ―――折角の命なのに、聖杯なんていう欠陥品の為に死ぬのは馬鹿らしいよ。

「でも、まだイリヤお姉ちゃんの魂はまだ此処にあるから手遅れじゃない、やってみる」

立ち上がった私は、イリヤお姉ちゃんとその中に在る聖杯を視た。
聖杯の中にはランサーさんを含め、六人の英霊さん達がいる。
……こんな聖杯なんてモノを入れてよく。
イリヤお姉ちゃんについては、夜遅くに出かけるまでお兄ちゃんとばかり話をしていたからあまり解っていない。
でも、聖杯なんてモノが体内に入っていたら体の何処かに異常が来るのは解るよ、ソレなのに痛いも苦しいとも言わなかったんだから凄い。

「六人―――そうなんだ、なら聖杯戦争は終わりなんだね、じゃあ」

七人目、セイバーさんでこの聖杯戦争は終わり。
あの聖杯が欠陥品だった以上、皆の願いは代わりに私が叶えよう。
私はセイバーさんに向く。
英霊とはいえセイバーさんも生命と同じ、一度帰ってもらうにしても受肉している以上は殺さないといけない。
でも、殺されるとなれば反射的に反撃してしまうだろうし、何より、これから殺しますて言われて殺される人が英霊になる訳が無いよ。
なら―――せめて苦しまない様に一撃で終らそう、そう判断した私はセイバーさんの心臓を含めた部分を世界ごと砕く。

「……ア、シ…アな…ぜ」

セイバーさんの持つ鞘『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を出しても砕けたけど、良かった余り苦しまないままセイバーさんは消えてくれた。

「―――っ、セイバー!?」

既に聖杯の器は壊れていて、セイバーさんの魂は自分の座である本体、戦場の丘へと戻って行く。
本体からその様子を視ていたので、時間軸と場所は確認している―――たから、今は他の子達の願いを聞こう。
一人目は。

『ふん……凡百の雑種が生を謳歌する世界など王に対する冒涜。
いや、それ以前の問題か……貴様などの様なモノなどに用は無い、早々に我の前から失せよ異界の神霊』

う……あ、何この英霊さん。
あう、きっとランサーさんと同じく願いが聖杯で叶う願いじゃなかったんだね。
ちょっとショックを受けつつも、気を取り直して二人目の英霊さんに話を伺う。

『私のマスター、桜の事が気になります』

そうなんだ。
桜さんか、私がお世話になっている人と同じ名前なんだ。
じゃあ、受肉してみる?

『出来るのでしたら』

じゃあ、受肉させるよ。

『ちょっと貴女、あの後、宗一郎様を如何したの!』

ああ、この声はキャスターさんか。
大丈夫だよ、殺人先生の葛木さんは未来に送ったから十日後にはお寺に現れるよ。

『―――未来、貴女まさか本当に魔法の』

気になるなら受肉してみる?

『ええ、それが叶うのなら』

キャスターさん受肉、と。
でも以前の様に悪い事しちゃ駄目だよ?

『……受肉してるのならそんな事もう必要無いわよ』

そう、なら心配ないね。

『ほう、女狐は現世に戻るか。
聖杯戦争中は門に縛られたままであったからな、世界がどの様に変わったのかは知識では無く実際に見て回りたいもの―――私も受肉を望むぞ童女』

この声はお侍さんだね。
うん、アサシンさんは受肉だね。
えと、四人聞いたから後二人。

『――――』

ええと、バーサーカーさん?
バーサーカーさん受肉しても、理性が無いからちょっと無理があるよね。
如何しよう?

『ならよ、サーヴァントのまま戻せば良いだろう』

この声はランサーさん。

『おう。さっき分かれたばかりで何だが、お前なら出来るんだろう?』

うん。

『なら決まりだ、オッサンもソレで良いだろ?』

……多分、魂だけだから判り難いけれどバーサーカーさんは頷いているのだろう、あんなに虐められてたのにイリヤ姉ちゃんの事が気になるんだね。
いずれ大聖杯からの魔力供給とかは無くなるだろうから、契約を維持するのに必要な魔力は後で宝石を渡してあげれば良いかな。
ランサーさんは無いの?

『は、言ったはずだぜアリシア、俺は第二の生など興味無いってな。
そうだな―――強いて言うなら俺が渡した槍、必ず使いこなせる様になれよ』

うん、ちゃんと出来る様にするよ。

『ああ、なら他は無い。じゃあな』

さよならランサーさん。
願いの無い英霊さんと、私に槍をくれたランサーさんの魂は放れ自分の座へと還って行く。
同時に残りの三人は魂の記憶する形を元に体を構成する。
イリヤお姉ちゃんとバーサーカーさんは、契約した状態にして三人とは違う形、霊核を基に魔力で出来た体にした。
後はセイバーさんだけ。
でも、そこの世界とセイバーさんが交わした契約は有効になっていて、如何やらセイバーさんが世界とした契約は聖杯を得る事らしく私の使った渦が聖杯と見なされたらしい。
でも、セイバーさんの望みを叶えたのは私の勝手だし、私がしたいから叶えたのに有効だなんて。
まったく、もう―――そんな不当な契約は、座に居る影に言って取り消させたよ。
皆の願いを叶えながら視ていた、部下である騎士とのやりとり、私はソコへと転移した。
何処かの森の中、セイバーさん……ううん、王様は大きな木に体を預けていた。
でも、如何やら剣を湖に捨ててきてと言っている王様に、部下の騎士さんは二回も捨てられず戻って来ていて、その度に「命を守るがいい」と繰り返す王様は中々安心出来ない様子だよ。
む~、確かに不法投棄とかっていけない事だから部下の人の気持ちも解らない訳じゃないけれど、そうしないと王様は何時まで経っても辞められないよ。
あの騎士さん、べディヴィエールさんも綺麗な湖に不法投棄をしていいのか迷っているんだろうね、でも、意を決したのか三度目にしてようやく剣を投げ捨てると、皓い腕が剣を受け止めて王様の剣はこの世界から姿を消したんだ。
ふ~、引き取る相手が居たのか、べディヴィエールさんも心配したように不法投棄にはならなくて良かったよ。
これでセイバーさん、アルトリアさんは王様を辞職出来たんだね。
でも、その頃には朝日が昇り始めてる。
向うの世界でもちょっと眠かったのに、王様を迎えに森に隠れて視ている身にもなって欲しいかな―――でも、これでようやく出て行けるよ。

「―――湖に剣を投げ入れてまいりました。
剣は湖の婦人の手に、確かに」

「……そうか、ならば胸を張るがよい。
そなたは、そなたの王の命を守ったのだ」

「―――すまないなべディヴィエール。
今度の眠りは、少し、永く――――」

何ていうか、べディヴィエールさんが中々湖に剣を投げ入れなかったせいで王様はもう限界に来ていた。
ようやくべディヴィエールさんが王様の命令を守っり剣を返せたので、それに安堵した王様は他に何も言う事も無く眠るようにして眼を閉じてしまい―――私は慌てて二人の傍に走り寄る。

「―――――っ、何者!?」

「えと、もう良いかな?」

「何故この様な場所に子供が?」

べディヴィエールさんは慌てて出て来た私に対し剣を抜き構える。
あう、警戒されてるよ―――でも、これ以上はアルトリアさんが死んじゃうから。

「私はアリシア・テスタロッサ、王様を辞めたアルトリアさんを迎えに着たんだよ」

「迎えに―――貴様一体何者だ!」

「ん~、此処とは違う別の世界から来た魔術師、この世界では通りすがりの魔術師なのかな?」

「魔術師だと……信用出来んな、それに王はようやく安らぎを得られたのだ、邪魔はしないで貰おうか!」

「や。私はアルトリアさんと約束したんだもん、アルトリアさんが王様になって守った国と人々が未来で如何繁栄していったか一緒に行ってみようって」

「……未来」

「うん、それにアルトリアさんはもう王様じゃないもの。
あれだけ頑張っていたんだから、もう一人の人間として生きても良いと思うんだよ」

セイバーさんの時、聖杯の代わりに渦で願いを叶えようとした事を思い出しながら口にする。
そんな私にべディヴィエールさんは何だか迷っているみたいで、視線が木にもたれ掛かるアルトリアさんと私に行ったり来たりしていた。

「―――証を示せ、貴様が我が王を預けれるのに相応しいか如何かを!
(……確かに我が王がこのまま終わっていい筈はない―――だが、信用して良いのか?しかし、このままでは王は!?)」

「ん~、取敢えずこんな感じで良いかな?」

そうなんだ、この時代でも子供の姿だと信用されないんだね。
そういえば以前、日向ぼっこしてた時に他の人達の意識を視て知ったよ、成人してないと責任が取れないので、色々と重要な事は出来ないって。
仕方ないので、私は昼間にランサーさんと訓練した時、お兄ちゃんが目に困るって言っていた時の様に世界を書き換え、大人の格好で服がある様に見える状態にしてみた。
………これで駄目なら少し私の本体の力を使うしか無いけれど、そんな事したらこの星が危ないし如何しよう?

「―――まさか、いや、そうに違いない。
(先程までただの小娘にしか見えなかったが、この神々しさ、よもや疑う余地は無い目の前に居るのは神の御使い。
そうだ―――我らの王、公平無私であり、あれだけの偉業を成し遂げた王が!この様な最後を向えていい筈が無いのだ!!)」

何故かべディヴィエールさんは震える手で剣を戻すと少し後ろに下がり。

「先程の御無礼、御許し願います御使いよ。
如何か―――如何か、我が王をお願いいたします。
(我らの王は未来にて蘇る、神は王を見ていたのだ!)」

「うん、王様を預からせてもらいます。
あと、私を信じてくれて有難う」

信用されると嬉しいな。
最近、何でかよく解らないけど嫌われる事が多いいから特にそう感じるんだと思う。

「じゃあね」

アルトリアさんを抱き上げ、傷ついた体を修復すると私は元居た世界へと転移した。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第14話


目を開ければ見覚えのある天井。
見渡せば此処が居間なのが解る、確か聖杯戦争の時でしたか。
如何やら私は寝ていた様―――まて、私は確か……剣を湖に返させて。

「む?」

横に誰か寝ています。
見れば幼女、この子は確かアリシア・テスタロッサでしたね。
ああ、そうでしたか流石はべディヴィエール博識です、夢とは再び目を閉じる事で続きが見れるのですね。
ですが聖杯戦争の時、何故この子は私を殺そうとしたのでようか?
彼女に私を殺す理由等は無い筈なのに?
いえ、もしすると私が知らないだけなのかもしれませんが―――これが夢なら丁度良い、起こして聞いてみますか。

「アリシア起きてください」体を揺すると「あう、まだ眠いよ」と言いながらも目を開ける。

「アリシア、貴女に聞きたい事があります」

「う~、なに?」

「貴女は私に恨みとかはありますか?」

「特に無いけど、如何したの?」

「いえ、ただ貴女に殺された夢を見てしまったもので……」

自分で言っていながら、わざわざ寝ている者を起こしてまで何を言っているのかと思ってしまう。

「ああ、その事ならね。
アルトリアさんは、一度死なないと王様を辞められないから。
サーヴァントとして受肉してたけど、サーヴァントとしては死んで貰って、王様の務めを果たして貰ったの。
もう王様は辞めたから、思い残す事無くこの世界で生活すると良いよ」

「はあ?」

眠いのか片手で目を擦っているアリシア。
ですが、アリシアは今何と言っていましたか?
確かに剣を返す様べディヴィエールに命じ、べディヴィエールは命に従い返却し私は王では無くなりましたが、何故アリシアがソレを知っているのです?

「それにべディヴィエールさんに、我が王をお願いしますって言われたもん」

「―――アリシア、何故べディヴィエールの事を知っているのです!?」

「あう、だってセイバーさんだった頃に約束したよ。
何時かセイバーさんの祖国を見に行こうって。
だから、王様を辞めたアルトリアさんが死んじゃう前にべディヴィエールさんに会って預かったんだよ」

「それ以前に如何や―――っ!?」

―――そうでした、彼女アリシアは時を操る魔法使い。
更には、何時でも使える聖杯を所持しているのです……時空を移動する事も出来なくはありませんか。
しかしモードレットが残した傷、あれは致命傷であり、あの傷を受けている以上は私は死んでいる筈だ。

「ですが、あの傷は紛れも無い致命傷。
少なくてもこうして話せる状態ではありませんでしたが……」

だからこそ、べディヴィエールに永い眠りにつくと言ったのですから。

「付け加えれば、例え私がこの世界で生きたとしても一人の人間。
サーヴァントが出てくればひとたまりも無い」

成る程これは夢では無かった。
ですが、この身は既にサーヴァントでは無い以上、もう他のサーヴァントと戦っても……勝つ事は出来ないでしょう。
確かまだギルガメッシュがいた筈です、なのにサーヴァントで無くなってしまたのでは―――これでは戦力が足りない!

「ううん、大丈夫だよ。
アルトリアさんは傷ついてたけど、治してからこの世界に戻って来てるし。
その後でアルトリアさんがいた世界では、アルトリアさんは英霊として祀り上げられてたから、座が出来てたんだよ。
丁度いいから、それをサーヴァントセイバーのクラスとしてアルトリアさんに被せたから」

「……如何いうことです?」

「簡単に言うと人として生きているアルトリアさんに、セイバーさんの時の能力を付与したと思ってもらえば良いかな。
つまり、今のアルトリアさんは人なのにセイバーだった頃の能力を持ってるんだよ。
だから、他のクラスの英霊さん達に虐められたりしないから安心して」

「―――!?」

何と言えばいいのでしょうか、魔法使いが聖杯を手にしているとそんな事も出来るのですか。
そもそも……その前に他のクラスの虐めって、アリシアは一体私を如何見てるのでしょう?
いや、それ以前にアリシアは勝手に決めすぎです!

「ですが―――アリシア、それ程の事を何故貴女は私に何も告げず自身で勝手に決めてしまったのです?」

ええ、サーヴァントだったとは言え、何ら前触れも無く突然殺された身としては納得がいく訳がありません。
そもそも、サーヴァントとして召喚したのはアリシアでは無くシロウだ。
アリシアが如何こうする権利等何処にも無い!

「……うん、誰だって死ぬのは嫌な筈だから、言うと怖がらせちゃうかなと思って」

英霊として召喚された私が怖がる?
この子は私を侮辱してるのですか?

「ほほう、アリシア貴女はソレを知っていてやったのですね」

「そうだよ、だから苦しまない様にしたつもりだよ」

成る程、事故とかでは無く確信犯でしたか。
―――なら構いませんね。

「そうですか」

私は拳を作りアリシアの頭へと上げ下ろす。
加減をしたとはいえ、アリシアの頭に落とした拳骨はゴチっといい感じの音を立てる。

「~っ、痛いよ」

「アリシア、自分だけの考えで行動するのは止めなさい。
私は英霊にまで至った者、必要な死であるなら恐れません、せめて理由を言ってくれれば私とて納得して受け入れたでしょうに」

「あぅ~、ごめんなさい」

涙目で頭を押さえるアリシア。
思慮が足りなかったとは言え、アシリアは私を思っての事ですこれで許してあげましょう。
確かに何れは死を受け入れ、剣を返し、王を辞めなければならない運命だったのですから。
先日、私の願いを叶えようとして聖杯を使った以上、アリシアにはそれが私にとって必要な事だと知っていたからこその行動でしょうし。
―――しかし、王を辞めたとはいえ、あの森で死なずに、サーヴァントとして呼ばれた世界に来てしまうとは予想すらしていなかった事です。
幸い、サーヴァント時の能力とクラススキルは有ると言う、この時代で一人の剣士として生きるのも悪くないのかも知れない。
それに……シロウもアリシアも見ていて危なっかしい。
シロウは自分の身を省みず、深い考えも無く他人を助け様としますし。
前回の第五次でアーチャーが語った様に、誰にも理解されないまま、利用され続け、挙句の果てに処刑されてしまう未来は避けたい。
アリシアはアリシアで魔法すら使え、聖杯すら所持しているというのに魔術師らしい処が無い。
それは凛の様に、人間らしさを捨てきれない魔術師として好ましいのかもしれませんが。
もし、常識が一線を越えてしまい、どこぞの傲慢不遜な英雄王と同じ様な性格になってしまったら……それこそ魔法やら万能の聖杯で何するか解りませんから。
そうなってしまったら、英霊には成りましたが神霊では無い私には手が付けられません。
実際、サーヴァントの時に一度殺されてるのですから。

「過ぎた事です、これで許しましょうアリシア。
それから、この時代での私の名は聖杯戦争時と同じく弱点を露呈させる事になりますから、私の事はセイバーと呼んでください」

「う~、解ったよセイバーさん」

まだ痛いのか頭を押さえているアリシア。
む、軽くしたつもりだったのですが―――っ、手甲をつけたままでした、これでは痛い筈だ。
更に視線を下げると鎧を纏い手甲、具足付けている。
私の格好はあの戦場に出てた時のままだ。
当然、あの丘での戦いで付いた返り血等が沢山付いている。

「取敢えず着替えてからシロウに会いましょう、アリシアは如何しますか?」

「私も服着てないから着てくるよ」

姿こそ幼いとはいえ、アリシアの格好は先日のランサーと競った時に纏った白地に青の神々しい感じになっていた。
それでも着てる様にしか見えませんが……そう思っているとアリシアの姿は空間転移したのか消え。
私も着替えの必要がある以上、宛がわれた部屋であるシロウの隣の部屋へと向い―――今の異常に気付いた。

―――っ、邸の中から気配が一切していない!?

いえ、そもそもアリシアに殺されてからどれだけの時間が過ぎたのでしょう?
アリシアの様子からではそう時間は経っていない筈ですが。
如何やら着替えの前にシロウを探す必要がありそうだ。



[18329] Fate編 15
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 18:22

空間を渡って自分の部屋へと戻り、現れると同時に着ている様に見せていた服の存在を消してタンスの中の服を視る。

「装着」

テレビでやっていた様に掛け声を上げから、転移させると僅か一秒にも満たない時間で着替えを終えた。

「装着完了」

自分だけで決めたら駄目だよと、セイバーさんに言われ叩かれた頭がまだ痛くて眠気は既に消えている。

「皆を待たせてたら悪いよね。
そろそろ、受肉させたサーヴァントさん達に会いに行こうかな」

迎えに行ったセイバーさんの時代から戻った私だけど、とても眠くなっていたので世界から私とセイバーさんの時間を隔離させてから少しの休憩として眠っていたんだ。
時間が停止している中で、私とセイバーさんは寝ていたから、お兄ちゃんやサーヴァントさん達から見たら時間は経っていない。
セイバーさんも着替えてから来る様だし、もう動かしても問題は無いだろうと判断した私はイリアお姉ちゃんが居た部屋へと向かいながら私とセイバーさんの時間を再びつなぎ直した。

「―――っ、セイバー!?
アリシア何故セイバーをぉぉぉぉ!?
お前たち何で!
て、何で皆裸で居るのさ!!」

「え……裸、なっ!?
見るんじゃいわよ坊や殺すわよ!!」

「―――っ、アサシンなに粗末なモノ見せてるのですか」

「そう言ってくれるな、見せているもなにも、動けなくさせてるのは其方だろうライダー……よもや怪魔の類とはな。
受肉して早々、体が石の様に動かないとは思いもよらなかたぞ」

「ライダーこれ魔眼じゃないの!
ちょっと、体が動かな―――アサシン何処見てるの!?」

「―――ふ、見るも何も動けないのだからしかたがあるまい」

「■■■■」

「なんでさ、何が如何なってるんだよ…」

と、何だか急に騒がしくなったよ。

「騒がしいけど、如何し―――」

部屋に行きそこまで言いかけた時、何か破裂した様な衝撃が響いて。

「無事ですかシロウ!」

着替えを終えたらしくセイバーさんが現れた。

「なっ!?倒した筈のバーサーカー、アサシン、キャスターが何故?」

ああ、そうだ言ってなかったっけ。

「セイバーさん、聖杯戦争はもう終わったんだよ。
他のサーヴァントの英霊さん達にもお話を聞いてアサシンのお侍さんにライダーさん、キャスターさん達オバサンも受肉したんだよ」

ライダーさんが魔力で編まれた服を着て目隠しをすると、動ける様になったのかアサシンさんとキャスターさんもそれぞれ服を纏い。
キャスターさんは引きつった笑顔で私を睨みながら。

「―――誰がオバサンなのかしら?」

「えと、オバチャン?」

あう、違ったのかな?

「お姉さんでしょ?」

「……うん、解ったよ、キャスターのお姉さん」

「そう、なら良いわ」

今のキャスターさんの笑顔がちょっと怖かったのは秘密にしておこう。

「……っ。失敗しました、受肉する際に背を低くしてもらえば良かった」

キャスターさんの隣では、ライダーさんがセイバーさんを見て呟いていた。

「……まさか、サーヴァント全員の願いを叶えたのですか」

「うん、でもねランサーさんと、後アーチャーさんだと思うんけどその二人は受肉しないで座に帰ったよ」

少し呆けた感じでセイバーさんは部屋の様子を見ている。

「七人の英霊さんの望みも叶えたし、聖杯戦争はこれで終わり。
キャスターさんも悪い事はしないって言ってたから、受肉した英霊さんは仲良くしようよ」

「本当ですかキャスター」

セイバーさんがジロリとキャスターさんを睨む。

「本当よ……元々魔力を必要としてたのは現界している為と聖杯戦争で勝つ為だったから。
聖杯戦争が終わり、受肉出来たのならもう以前の様に集める必要は無いのよ。
それに、もう聖杯にも興味は無いわ。
あんな白銀色の化け物が出てくるかも知れない聖杯なんて危険なだけ、必要しないわよ」

「白銀色の化け物?」

「……そう、セイバーはアレを知らないのね。
知りたいのなら、アサシンか、そこのバーサーカーのマスターにでも聞きなさいな。
私は宗一郎様が戻られるまでの十日、帰って来られて困らぬ様に準備があるからこれで失礼するわ」

「では、私もマスターが気になりますのでこれで」

キャスターさんは空間転移を使い、ライダーさんは部屋を飛び出し塀を飛び越え姿を消した。

「如何なっているのですシロウ?」

「いや、俺に聞かれてもさっぱりだ」

「ふ、白銀色の化け物か。
成る程、的を中ている―――確かにアレは……斬れまい」

「アサシン?」

「ところで私は如何すれいい?
女狐に呼ばれたは良いものの、山門に縛られた身だったのでな。
何処に行けばいいのやら解らんのだ」

「なら、丘の上にある教会に行きなさい。
そこなら生き残ったサーヴァントや、サーヴァントを失ったマスターの保護をしているから」

困っている様子のアサシンさんに対しセイバーさんが答えようとする前に、バーサーカーさんの後ろで着替えを終えたイリヤお姉ちゃんが教えてくれる。

「ほう、そうかそれは良い事を聞いた、礼を言うぞバーサーカーのマスター。
では、目指す場所も解ったのでな、散歩がてらに見て回りながら行くとしよう」

アサシンさんは庭へ出ると門へと向かい行ってしまう。
あの教会で保護されてると、起こされる時にお腹とか刺されるけど……言っておいた方が良かったかな?

「邪魔者は行ったわね」

イリヤお姉ちゃんは、壁の代わりにしていたバーサーカーさんを霊体化させると私に向いて。

「アリシア・テスタロッサだったわよね、私やサーヴァントを受肉させた技……アレは何?」

イリヤお姉ちゃんは私を凄い目つきで見てるよ。

「ほえ、魂から存在情報を読み出して具現化させる方法だけど?」

あう、私変な事したのかな?

「それを―――この世界で協会が五つある魔法の内、三番目としている魔法だと知っているの?」

「ちょっとまて、アリシアは時間以外の魔法も使えるのか!?」

「そうよ……アインツベルンから失われたとされる神秘、真の不老不死を実現させる大儀礼。
英霊でも聖霊でもない。
いと小さき人の位において、肉体の死後に消え去り還り、この世から失われる運命の魂を物質化する神の業。
―――その奇跡の名を天の杯(ヘブンズフィール)。
現存する五つの魔法のうちの一つ、三番目に位置する黄金の杯よ」

「不老不死……では、やはりアリシアは見た目相応の年齢では無いと言う事ですか」

ほえ~、この世界ではそんな風に呼ばれてるんだ、本当に世界の中は私の知らない事がいっぱいあるよ。

「そうね、第三魔法『天の杯』(ヘブンズフィール)は精神体でありながら、単体で物質界に干渉できる高次元の存在を作る業。
魂そのもを生き物にして、生命体として次のステップに向うものを言うのよ。
見た目の年齢では解る訳無いわ。
不老不死、時間制御、一つの魔法を使えるのでさえ奇跡に等しいのに、複数使える何て……貴女一体何者?」

イリヤお姉ちゃんの目付きが変わる。

「確かに……魔法や聖杯戦争で用意された以外の聖杯すら所持している。
私も問いたい、アリシア・テスタロッサ、貴女は何者か?」

あう、セイバーさんも同意しているよ。
米の国、農協から冬木市に来るまでの経緯を話す事にしても、遠坂さんの様にエーデルフェルトが如何のってなりそうだし……

「でもな、イリヤ、セイバー。
アリシア―――はな、魔法と魔術の違いすら知らないんだぞ?
そんな魔法使い居るの―――って、目の前に居るよな」

「何言ってんだ俺は」と、お兄ちゃんは何か気まずそうな感じで私を見てる。

「ちょ、魔法と魔術の違いを知らないですって!?」

「あう、でも私が魔術師なのは解ってるよ?」

だからこそ、セイバーさんを預かる時にべディヴィエールさんにそう名乗ったのだから、多分、私は魔術師で間違い無いと思うんだ。

「いえ。アリシア、貴女は魔法使いでしょう……まさか、本当に魔法と魔術の違いすら解っていない魔法使いだったのですか」

はう、私は魔術師じゃなくて魔法使いなの?
でも、お兄ちゃんや遠坂さんは魔法使いじゃないって言ってたし……如何いう事なのかな?
それまで私を見る二人の目からは何か敬意みたいなのが感じられたけど……それが何か呆れる感じに置き換わってるよ。

「まさかと思いますが……魔術は知っていたのですか?」

「うん、知ってるよ」

部屋にある端末を転移させ起動させる。

「ほら」

画面を見せて―――

「何これ、何で魔術を使うのに科学へ向うの?
魔術は過去へと向うものを言うのよ」

「何かコンピュータのプログラムに似てるな、エーデルフェルトの魔術師ってのは過去じゃなくて未来へ向ってるのか?」

「違うわ、幾らエーデルフェルトが節操が無いとは言ってもこれは既に限度を超えてる……」

納得して貰おうと思ったけどして無いね、如何しよう?
お兄ちゃんにいたっては、まだ私をエーデルフェルトの魔術師だと思い込んでるし。
う~、大して違わないと思っていたけど、如何やら魔術って術式とミッド式は似て異なるモノらしいよ。

「それにセイバー、貴女さっきあの子が聖杯を持っていたと言っていたけど如何いう事?」

「それは……アリシア、あの聖杯は如何やって出してたのです?」

イリヤお姉ちゃんに言われたセイバーさんは困った顔になり私に振り向く。

「ん、あれはね、まず世界に穴を開けてから、外に循環が悪くて歪みがあったり、渦になっていてる場所。
世界に送る栄養が溜まって無駄になっている所につなげて、必要な分を取り出して使ってるだけだよ」

「―――穴を開ける!?
それが如何いう事か理解してるの貴女!
そんな事出来てたら、聖杯戦争は初めからしてないわよ!!」

あう、イリヤお姉ちゃん凄い剣幕だよ。
何で私、こう怒鳴られてるのだろう?
こう言うのを理不尽っていうのかな?

「いい、役目を終えた英霊が元の座に戻ろうとする瞬間、わずかに開いた穴を大聖杯の力で固定し、人の身では届かない根源への道を開く―――それが聖杯戦争の目的なんだから!」

「根源て?」

「確か神様の居る座だな」

何やら興奮しているイリヤお姉ちゃんの代わりに、お兄ちゃんは専門用語で解らずにいる私に教えてくれる。
でも、それって影が居る場所だよね。
はっ、まさか当真大河の様に苦情があったりするのかな?
当真大河の例と合わせると、座に着いた魔術師さん達が『出てこいや神!ぶっ殺したらぁって』っていきなり襲い掛かってくるのだろうね。

「………」

イメージしてみると、最近テレビで見た様なモヒカン風の魔術師さん達が、「ヒャハー」と雄叫びを上げながら、釘の付いたバットをもって座にいる影に襲い掛かる場面が浮かぶよ。
……荒んでる、荒んでるよこの世界の人達、この座に居る影は何処で間違ってこんな世界にしてしまったのだろうか?

「そんな所に行って如何するの?」

恐る恐る聞いてみる。
事と次第によっては、この世界少し創りなおした方が良いかもしれない。

「そんな事決まってるでしょう?
万物の始まりにして終焉、この世の全てを記録し、この世の全てを作れる。
そこに至れば全てが在るのよ!!」

えと、ようは始まりから終わりまで世界を管理したいって事なのかな。
変なの……好き好んで、何で大変な管理人になりたいんだろう。

「ん~、まあ、あそこなら行けなくも無いけど」

それに行きたいのなら、根の世界と呼ばれているアヴァターに送って救世主になってから至らせる方法もあるしね。

「「「―――行ける!?」」」

「うん」

根源、神の座に近い世界、根の国アヴァターで行われている救世主選定の事と、世界を救う救世主による世界を定める理の選択それを話す。

「世界の運命を決める選定の儀式……ですか」

セイバーさんが顔をしかめる。
きっと王様の選定の時の事を思い出していると思う。
でも、もし行くなら赤と白の理とは別の理を創ろう。
理が無い理、救世主になった存在が大変だけど、自分で書き込んで創る理、『空の書(からのしょ)』とでも名づけよう。
セイバーさんにも言われたけど、物事を全て私が決めつけるのはいけないらしいし、それに私が決めた理以外にも良い方法があるかも知れないから。
うん、そうだね、時が来たら影に言って根の世界まで送れば良いかな。
それまでに『空の書』も用意出来るだろうし。

「世界を救う救世主になれば根源に至れる。
そんな方法は知らなかったわ、でも、何故貴女はそんな事を知っているの?」

イリヤお姉ちゃんの目つきが再び変わった。
しょうがないけど、少し本当の事を混ぜた嘘を言うしかないか。
う~、このままじゃ将来泥棒さんになっちゃうかも……

「昔ね私は死んでたんだって。
そこでお母さんは、私を死体のまま世界に穴を開けて放り込んだら、神の座を通り越して、更に深淵の『原初の海』に辿り着いて。
『原初の海』が最近、世界が増え過ぎて崩壊しそうだから、救世主を選定させ創りなおそうとしたんだって。
でも何故か反発されて困ってたんだ。
そんな時に私が居たから、丁度いいって私に『何処か私の管理の仕方に問題があったのかもと、行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』って事が解ったら教えて言われて生き返ったんだ。
その時私に『始まりの海』って名もくれたんだよ」

お母さんご免なさいと謝りつつ話した。
でも、あの宝石は十個位有れば世界に穴を開けられるから、イリヤお姉ちゃんが言っている様に神の座へ至る事も出来るかもしれない。
……あ、でも、無理か、宝石だと直接的過ぎるから、番犬代わりに放してる自称神や邪神達に見つかちゃうから追い出されちゃうよ。
あの宝石は対神兵器の側面もあるけど、次元神クラスには通じないから、一時的に穴を開けられる位しか使えないや。

「―――死人を送る………そう、一件無意味そうだけど、既に死んでるから……確かに意識の無い者相手には抑止力も働かないわね。
アリシア貴女の正体は魂の無いモノ、いってみれば死体に残っていた残留思念が『原初の海』っていう高次元の存在に昇華され、神霊クラスの魂になった存在ね。
でも、不思議ね何故貴女の師である親は自ら至ろうと考えなかったのかしら?」

「魔術師とは言え死人を外に送るって如何いう親ですか貴女の親は……」

「イリヤ、セイバー、アリシアの両親は冬木に来てから事件に巻き込まれて亡くなってるんだ―――今は触れないでくれ」

「そう、貴女も。
(でも、魔法に至った者を何故?
そもそも、アリシアが穴を開けれるのなら聖杯戦争に関わる必要性は無い。
この地で行われている聖杯戦争を、何かに利用しようとして失敗したのかしら?
外に穴を開けれる程の魔術師なら当然、封印指定はされてるでしょうし……
魔術師なら誰でも、その業は欲しいわよね……
聖杯戦争を逆手に取ったつもりで、冬木に隠れ住もうとしたところ見つかり殺害された。
恐らくはこんな感じでしょうけど、でも、それなら死体も回収するでしょうし。
いえ―――アリシアに見つかり殺されたのでしょうね。
アリシアはバーサーカーでさえ十回も殺したのだから封印指定執行者くらい簡単に殺せるもの。
それに、幾ら第三魔法が使えても既に魂が無ければ使えない……
きっと、アリシアの両親の魂はアリシアが来た時には魂が無かったのね。
でも、迂闊ね―――予備の人形でも用意していれば何かあってもそこに魂を移動させる事くらい容易いのに。
知り合いに腕の良い人形師が居なかったのかしら?)」

「―――そうでしたか、アリシア貴女の気持ちも考えずすみません。
(事件……恐らく聖杯戦争と関連があったのでしょうね)」

「ううん、もう過ぎた事だから良いよ」

ふ~、何やら上手く誤魔化せたようだよ。

「あ―――ちょ、まて。根源よりも更に深淵にいる『原初の海』だって。
(ひょっとしてこの間見た夢…)」

「うん。あらゆる並行世界を含めた全ての世界を創り、見守って管理したりして支えてる存在だよ」

イリヤお姉ちゃんやセイバーさんの二人が何処かすまなそうにしているなか、お兄ちゃんは何かに気が付いたのか質問して来る。

「ひょっとして、その『原初の海』って白銀の色してないか?」

「うん、してるよ」

「―――白銀色!?」

「む、キャスターやアサシンが聖杯の中で見たと言っていた異形ですか」

お兄ちゃんと私の話しに、呆然としていたイリヤお姉ちゃんやセイバーさんの二人がはっとなり私を見つめた。

「私達が大聖杯に辿り就いて調べてる時に、『この世全ての悪』(アンリマユ)とお話して貰おうと思って、中を確認してもらったんだよ。
その時は『この世全ての悪』は居ないらしくて帰って貰ったけど、呼べば来るから呼ぶ?」

「駄目よ!そんなモノ呼んだらこの世界が滅びるわ!!」

「あ―――そうか」

凄いイリヤお姉さんの剣幕、そう言えば来た時に一度滅ぼしてるね……この世界。

「それに『この世全ての悪』は聖杯の中に居たわ。
でも単に『原初の海』の方が、『この世全ての悪』よりも汚染が比較にならない程強く、弱い『この世全ての悪』の方が消されただけだから。
『この世全ての悪』が追い出そうとして。
後、十数秒ほどだったからアレだけで済んだけど、もしも、後数十秒居たら聖杯が壊れ溢れ出てきたわよ。
そうね、私や世界、他の英霊の魂も『この世全ての悪』に結果的とはいえ助けられた様なものね」

「それって、ようは象が蟻を捜してたら踏んでいたって感じじゃないか。
『原初の海』ってそんなにやばい奴なのか?」

イリヤお姉ちゃんの話しにお兄ちゃんは顔をしかめ。

「『原初の海』は存在からして異常よ。
存在しているだけ、ただそれだけで全てを滅ぼしてしまうわ。
あんなのが召喚されたら……例え抑止力が働いても触れる事すら出来ずに終わるわよ」

あう、私はてっきり大きくて世界が破裂しちゃうから駄目って言われてるのかと思ってたけど……でも、凄い言われ様だよ。

「―――馬鹿な!抑止力すら効かないのですか!?」

あう、セイバーさんも驚愕の表情で私を見つめるよ。

「アリシア、取敢えず『原初の海』は世界が滅びるから呼んじゃ駄目だぞ」

う~、お兄ちゃんからもメッてされちゃったよ。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第15話


あの後、確認の為に大聖杯行って見ると大聖杯は一部が白銀色に変わっていた。
イリヤが魔方陣を調べた限りでは、英霊を召喚し管理するには問題がないそうだけど、肝心の機能である穴を固定する機能が失われてしまったそうだ。
それでも結果だけ見れば大聖杯に潜んでいた『この世全ての悪』よりも、アリシアが何時でも呼べる『原初の海』の方が比較にならないほど危険な存在だったという訳だ。
そもそも、この聖杯戦争はアリシアがランサーのマスターになった処で破綻していたと言っても良いだろう。
根源に至る為の儀式と言うのも驚いたが、アリシアは子供ながらその根源を通り越して、更に深い深淵へと辿り着いてしまった者。
まさか、遠坂に言われて教会に保護して貰ったら聖杯戦争が破綻してしまったなどとはあの時点では解る訳が無いしな。
おまけにセイバーが纏っていた鎧がキャストオフされ、吹き飛んだ鎧の破片で目も当てられない惨状だった廊下の修理代は教会が受け持ってくれたのはいいけれど。
その代わりとして俺の邸はサーヴァント達が住み込む様になってしまった。
まあ、サーヴァントと言ってもセイバー、ライダー、アサシンの三人。
特にセイバーとアサシンは、剛と柔の剣の使い方を教えてくれる貴重な先生役だから俺にとっては良い事になるし、食費等は教会持ちだから生活費とかも何とかなった。
残る問題はアリシアだな、両親の告別式や葬式は言峰が手を回していたのだろう、俺が言峰に会いに教会へ行った次の日に行われた。
でも、根源を通り越し深淵とかいう処にまで至ってしまったアリシアを如何するのか?
一人で放って置けば、まず間違いなく他の魔術師が手を出そうとするだろう。
最悪の場合、ソイツがアリシアを怖がらせた結果『原初の海』がこの世界に召喚され全てが滅びるかもしれない。
だが、以前の様に嫌な感じは無いものの言峰のいる教会に預けるのも問題があるだろう。
言峰はアリシアを神と言い切ってるからな……アレはアレで問題だろう。
それに、イリヤも国へは帰らないって言ってるしな。
イリヤにアリシア、この二人を俺が保護して良いのか如何か……爺さんならこんな時如何するだろうな。
俺の時は『僕は魔法使いでね』だったよな。
―――って、相手は本物の魔法使いなのに無理があるだろ……
もっとも、聖杯戦争が終わってから数日かけ、ようやく魔法と魔術の違いが解った問題児なんだが。
そんなアリシアに俺達が解ったのは……
初めから魔法が使えると魔術との区別がつかないという何とも贅沢な事実だった。
まあ、イリヤからは俺の投影魔術も十分異常で異端な業だとか言われたけどな。
考える事は沢山あるなと思いながらも、三階に上がって教室に向う。
なんといっても今日は一週間ぶりの登校だ。
廊下を擦違う学校の皆には、家のゴタゴタに巻き込ませてしまった事に済まないと、心の中で謝っておこう。
と、ばったり遠坂と顔を合わせた。

「よっ」

一応、もう顔見知りなワケだし軽く挨拶する。

「―――――――」

が、遠坂は幽鬼でも見たかのように固まっていた。

「遠坂?なんだよ、顔になんかついてるのか?」

制服の裾で頬を拭ってみる。

「―――――――」

遠坂はそれでも口を開けず、ふん、と顔を背けて自分の教室へと戻っていった。

「………あっ!?」

しまった、遠坂は聖杯戦争を考案した御三家の一つだったな、そりゃあ大聖杯を壊したのだから怒るのも当然か。
でも、俺としては遠坂には聞きたい事が幾つかあった。
一つは桜の事。
実は、一週間ほど前に桜の兄の慎二が誰かとケンカしたらしくて全治一ヶ月程のケガで病院に入院した。
更に不幸は続くもので、桜しかいない間桐の家で火事が起きてしまいガスに引火したのか爆発して全損してしまったらしい。
不幸中の幸いにして、桜は無事だったのは良いけれでど今度は住む家が無いときた。
桜は俺にとっても妹の様なものだからな。
セイバー、ライダー、アサシンやイリヤにアリシアが既に住んでいても、まだ、家の邸の部屋には若干の余裕がある。
少々問題もあるかもしれないが、桜さえ良ければ仮住まいとして家に住んでもらっても構わなかったんだが。
でも、何処で知り合ったのかは解らないけれども桜は遠坂の家で世話になっているらしい。
如何やら遠坂の家と近かったらしく、『家が無いなら私の家に来なさいよ』てな感じで住む事になったらしいと家の虎は言っていた。
あの日、家のポチが校庭を噴火させて以来、遠坂の性格もいまいち判らなくなってきたし……桜と上手くいっているのか聴いて置きたいところだ。
もう一つは―――まあ、聖杯戦争が終わった今となっては遠坂には今更かも知れないが。
遠坂のサーヴァント、アーチャーの事だ。
この所、毎晩の様に夢を見ていて、二日前に見た夢でも、絶望したアイツが微かな希望として見出したのが自分殺し。
夢とはいえ、俺はアイツにそんな事無い!
決して間違いなんかじゃ無かったんだ!!
そう思い続けて見ていたのだが……夢である以上アイツに届く筈は無く。
故に―――
体は、剣で出来ている。
血潮は鉄で、心は硝子。
幾たびの戦場を越えて不敗。
ただの一度も敗走はなく。
ただの一度も理解されない。
彼の者は常に独り 剣の丘にて勝利に酔う。
故に、その生涯に意味はなく。
俺はアイツの生涯、その凄惨な末路、それをただ見ていただけだった。
だけど、夢には続きがあって昨日見たのは。
守護者となったアイツが世界との契約により、守護者と言うより後始末をする掃除屋となり。
生前よりも人間の欲、醜い部分を見せ付けられる事となる。
やがて磨耗したアイツは、無限に剣が刺さっている丘に立ち。
最後にアイツは『待っていろ、衛宮士郎。理想に溺れて溺死する前に俺が楽にしてやる』と言っていたのを覚えている―――だけど所詮、夢は夢だから本当の事じゃないと思う。
正直に言えば俺が守護者とはいえ英霊に成れるとは思えないのもあるけど、俺もこれからその道をこの足で歩くのかと思うと心が欠けそうになる。
同情なんてしない、アイツの生涯は胸を誇れるものだったと思っている。
だから、同情なんてものはしない。
でも―――気になるのは確かだ。
一目見て気に入らないヤツだとは思っていた。
だけど、アイツの双剣を投影する過程でアイツが少なくとも悪いヤツじゃないのは解っている。
それに、もし、俺とアイツが同じモノなら根底には何らかのパスが繋がっていてもおかしくは無いだろう。
そのアーチャーが最後に何を思って座に戻って行ったのか?
アリシアの話だと、如何やらアーチャーは犬猫の雑種がいる世界は嫌だから座に帰るって言っていたらしいけど……アイツ生前に野良犬や野良猫で酷い目にでもあったのだろうか………
あの夢はやはり只の夢で、俺とアイツとは何も関係が無いのならそれはそれで良いし。
関係があるのなら……何故アイツは俺を殺しに来ないで座に帰ったのか、兎に角、俺はアーチャーが何を考えていたのか、それを知りたかった。
教室では以前の通り慎二が入院して居ない以外の変化は無い。
昼休みになり、弁当なので生徒会室に移動する。
何故かというと、教室で弁当を広げると男共にはハシをつつかれ、女共には茶化されるからである。
食事中、生徒会長の一成と話した限りでは、キャスターはアリシアとの約束を守って大人しくしているらしく料理や掃除の修業中だそうだ。
消えたキャスターのマスターである葛木は、如何やら出張って事になっているらしく、寺でも学校でも問題にはなっていない様だ。
……まあ、本当の事を言っても、未来に飛ばされた等とは誰も信じないだろうしな。
授業が終わると校庭噴火による火災で焼かれた筈の校舎が、一日経ったら元に戻っていたという怪事件の影響なのか、放課後の部活動は取りやめになっている。
窓から見てると、帰宅する学生達に一週間ぶりに再開された学校が珍しいのか校門にはテレビのワイドショーだろうカメラを担いだ男達が何人かと話をしている様だった。
特別な用事がない生徒は下校してください、とアナウンスまで流れ、気が付くと二年C組の教室にはもう自分しかいない。
他の教室も似たような物で、急がなければ校舎はじき無人になってしまうだろう。

「――――――」

その前に遠坂と話をしよう。
アーチャーの件は後で良いとして、せめて桜の事だけは聞いておかないとな。
―――と、思い遠坂のいる教室へ向ったのだが遠坂は既に居なく。
よく弓道場を覗いていると言う話を慎二から聞いていたので見てみる事にしたが。

「―――そうだよな、部活は休みなんだから」

道場の入り口は硬く閉ざされている。
誰も居ない道場では遠坂も見に来る筈は無いだろう。
他に遠坂が行きそうな場所も判ら無いので、仕方なく校舎を一度回って駄目なら帰ろうと、茜色の夕日を見て思う。
後、一時間もすればすっかり暗くなるだろう。
買い物は家にいる五人に任せているので大丈夫だろうと思うが……この場合はライダーが頼りだな。
三階の階段に着く。
鞄をぶら下げて校舎を回る順を考えていた時、かたんと頭上で物音がした。

「?」

顔を上げる。
と、そこには―――
四階に続く踊り場で仁王立ちしている、遠坂の姿があった。

「ふう。良かった、ようやく見つかった」

「…………」

返答はない。
朝といい今といい、挨拶をする度にあいつの目つきがきつくなっていくような。

「あのな遠坂、実は」

「――――――ハァ」

何がどうしたのか、遠坂は呆れた風に溜息をこぼしてから。

「呆れた。サーヴァントを連れずに学校に来るなんて、正気?」

そう、感情のない声で呟いた。

「―――?
何を言ってるんだ遠坂、聖杯戦争は終わったんだろ、言峰から聞いてないのか?」

そもそも何故サーヴァントを連れて学校に登校しないといけないんだ?
まさか、遠坂は遠回しにセイバー達に学校に通えって言ってるのだろうか?
セイバーは兎も角として、ライダーやアサシンは制服を着せても学生には見えにくい……いや、むしろ痛いだな、流石にそれは拙いだろう。

「はぁ?アンタ何言ってんのよ。
大体、衛宮くん、あなたの所にサーヴァントが何騎いるの。
(アーチャーが偵察していた限りでは三騎は居るそうだけど……)」

「何騎ってセイバー、ライダー、アサシン、バーサーカーの四人だぞ」

「っ、四騎も居て……それなのに。
(―――っ、ライダー!?
何故、衛宮くんが倒した筈のライダーと共闘してるの!
倒した筈のサーヴァントを再召喚出来るなんて―――如何やら、衛宮くんの後ろには聖杯に詳しい魔術師がいる様ね。
なのに……コイツは、自分が捨て駒にされてるの解ってないの!!)」

片手で顔を押さえ。

「……衛宮くん、自分がどれくらいお馬鹿かわかってる?
如何やって四騎ものサーヴァントとマスターが同盟してるのか知らないけど、マスターがサーヴァント抜きでのこのこ歩いているなんて、殺してくださいって言っているようなものよ」

「マスター……ああ、そうか、そう言えば俺の令呪は無くなってしまったけど、俺はまだマスターなのか?」

令呪があった手を見せる。
現界を望むサーヴァント達が受肉したあの日、俺の令呪は消えていた。
詳しくは解らないが、セイバーの願いを叶えるには一度セイバーを殺す必要があったとかで、それで令呪との繋がりも無くなってしまったらしい。
俺という依り代を失ったというのに、願いを叶えて受肉させてるのだから魔法使いとは凄いものだと思う。
でも、アリシアには死んだ者は蘇らない、失ってしまったら戻らない事を教えないといけないだろう、あのまま育ったらセイバーの言う通り、とんでもない我が侭な人間になってしまうかもしれないからな。

「―――っ、はぁ?
令呪が無い!ふざけんじゃないわよ!
なら何で衛宮くんの家にサーヴァントが四騎も居るのよ!!」

「そう言われてもな……言峰からは何か聞いてなのか?
聖杯戦争が破綻した後、言峰と話してたら俺の家に空き部屋があるのをアイツ知っていて。
下宿代は払ってやるから俺の家に住まわせろって話になってさ、俺も断る理由も無いし承諾しただけなんだが」

「……そう言えば留守電でアイツ何か変な事言ってたわね―――て、聖杯戦争が破綻した如何言う事よ!!」

コロコロと表情を変えてる遠坂は、見ていて飽きないな等と思いつつ。

「だってそうだろ、聖杯戦争の本当の目的が外につながる穴を開けて魔法に辿り着く為の大儀礼だって話だぞ。
その穴を固定する為の大聖杯が壊れてしまったんだから、聖杯戦争で勝っても―――確か第三魔法だったな、単体で物質界に干渉できてる高次元の存在を作る業。
魂そのもを生き物にして、生命体として次のステップになるらしんだけど、その目的が果せなくなってしまった以上は続ける必要も無いだろう?」

「ちょ、第三魔法!?
聖杯戦争の目的って……確かに薄々裏はあるらしいのは知ってたけど。
それがよりにもよって、魂の物質化が第三魔法―――」

「ああ、天の杯(ヘブンズフィール)って呼ばれてるらしいぞ、そんな事より」

「そんな事!衛宮くん、貴方だって魔術師でしょう魔法なのよ!」

「落ち着け遠坂、その第三魔法は大聖杯が壊れた以上、例え聖杯戦争で勝っても無理だ。
だからそんな事で良いんだ、そもそも今までだって魔法に至った者が居ない以上、聖杯戦争は何処か間違えてるのかもしれないぞ」

遠坂は俺を睨めつける様にしてたが、「あ」と目を丸くしている。
とはいえ、幾ら遠坂でも魔術師だ、アリシアが第三も使える魔法使いだとは言えないものな。

「俺が聞きたいのはそう言う事じゃなくて。
この間、桜の家が火事になってから遠坂の家に住むようになっただろう。
それで、桜は元気にしているだろうかと思って。
アイツ、俺の前では頑張り過ぎる処が少しあるからな、だから遠坂に聞いてみたんだ」

「……桜の事?
ええ、家を失ったのはショックだったろうけど、今のところ元気だと思うわ。
(そう言えば……桜は衛宮くんの家に行きたがってたけど、聖杯戦争のマスター同士だと思ってたから行かせる訳には行かなかったのよね。
でも……そう、衛宮くん桜の事心配してくれてたんだ)」

「そうか、有難うな遠坂。
やっぱり、お前はいい奴だな、俺はお前の様な奴は好きだぞ」

何たって、何も知らない俺とアリシアに聖杯戦争が如何いった事なのかを教えてくれたし、余分なのに教会まで教えてくれたしな。
―――そうだ、それならアイツの事も聞いてみるか。

「遠坂、ついでだからいいか」

「っ、なに」

遠坂の顔が赤く染まっている、いや、夕日のせいだろう。

「アーチャーの奴、最後に何か言って無かったか?」

「はぁ?最後も何も……アーチャーなら少し離れた所に居るわよ」

―――アーチャーが居る!?

「なっ、アーチャーの奴!
野良犬や野良猫の雑種が如何のって言って座に帰ったんじゃなかったのか?」

アリシアから聞いていた事と違う、如何なってるんだ!

「……アンタね、アーチャーを如何思ってる訳。
犬や猫の雑種が如何こうで座に帰る英霊が何処に居るのよ?」

呆れてるのか遠坂はまた顔を手で押さえてる。
……何て言うか酷い馬鹿な質問してたんだな俺、遠坂の視線は正に『何言ってるかしらコイツ』だ。
アリシアが嘘言う理由も無いし、第一、ライダーやアサシンまでもがそれを聞いていて俺に同じ事を言ってたしな。
ただ、俺が夢で見たような奴とは違い、何処か傲慢な奴らしかったそうだけど。
聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントは七騎、消去法で考えればソイツがアーチャーに違いが無い筈なんだが……
まさか、八騎目が居る何て事は無いよな?
いや―――どの道、迷っていてもしょうがないだったら直接確認すればいいんだ。

「遠坂、すまないけどアーチャーと話をさせてくれないか?
俺には如何しても確かめたい事があるんだ」

「……まあ、もうマスターでも無いんだし良いわよ話くらい。
(今までの感じからするともう聖杯戦争をする気は無いようね。
って、言うより知らない間に終わってたって如何いう事よ!)」

遠坂は少し俺を睨んだものの「ふぅ」と溜息を吐いていた。

「……如何いう事だ凛、その男は君が始末をつけるでは無かったのか?」

マスターとサーヴァントを結ぶパスで呼びかけたのだろう、遠坂のやや後ろに奴の姿が実体化する。
そして実感した。
こうして対面すれば嫌でも判る、目を合わせばコイツは認められない、衛宮士郎はコイツを認めてはならない、と。

「その事だけどアーチャー、衛宮くんはもうマスターじゃ無いから始末しなくても良くなったのよ」

「―――ほう」

俺がマスターでないのが奴としても予想外なのだろう、目元から僅かな動揺が見て取れた。

「それから、その衛宮くんが貴方に話があるんですって」

「……成る程、大方の事情は理解した。
で、小僧、お前が私に何の用がある?」

俺を見るアーチャーの目からは何やら敵意のまじった暗いモノがあった。

「アーチャー、お前の望みは何だったんだ。
それは、聖杯で叶えられるモノなのか?」

「聖杯―――?ああ、人間の望みを叶えるという悪質な宝箱か。
そんな物は要らん。
私の望みは、そんな物では叶えられまい」

アーチャーは侮蔑すらこめて、はっきりと断言した。
ああ―――そうなのか、なら、あの夢はやっぱり。

「え―――アーチャー、聖杯を要らないって如何いう事?」

振り向きアーチャーを見つめる遠坂には理解出来ないだろうな。

「―――単純な話だ。
私には、叶えられない願いなどなかった」

「それって、英霊になる前に未練も無念も無かったって事……!」

それが予想外だったのか遠坂は息を呑み込む。

「他の連中とは違う。私は望みを叶えて死に、英霊となった。
故に叶えたい望みなどないし、人としてここに留まる興味はない」

「今の答えで少し解った、アーチャー。
お前は、正義の味方だった事を後悔しているのか?」

あの夢の男がこんな奴だったのが、気に入らない。
いや―――俺の理想とする姿ですらあった、あの赤い男が今のコイツだったとは信じたくない。
今、俺の目の前にいるコイツは正義の味方を目指していた頃のアイツの残骸だった。

「……ほう、気付いていたか。
やはり何かしらの影響はあったらしいな」

英霊はあらゆる時代から召喚される。
だからだろう、見落としがちだが未来に英霊になった者が召喚されたとしても矛盾は無い。
恐らくは未来で遠坂の弟子入りしたのだろう、だから遠坂が持つ何かが触媒となり、この時代、聖杯戦争に召喚されたのだろうな。
夢の中のアイツに俺は憧れすら抱いて見ていた、不器用でも確実に何人かは救っていたんだ。
なのに何故―――この男は周りを見ずにいたのか……
夢で見ていたコイツの周りにも理解している人達は居た。
師である遠坂、姉である藤ねえ、イリヤらしい姉もいたのに。

―――英霊エミヤ。

未来の自分。
未熟な衛宮士郎の能力を完成させ、その理想を叶えた男が目の前にいる英霊の真名だった。

「え、なに、如何いう事?」

俺とアーチャーの関係が解らない遠坂は俺とアーチャーを交互に見ていた。

「凛、如何やら君とは此処までの様だ。
本当ならセイバー辺りと再契約させ、君を聖杯戦争の勝者にしたかったのだが」

遠坂の前を横切るアーチャーは一振りの歪な短剣を出し。

「その男がオレを理解した以上、ここで衛宮士郎を殺す、それだけがオレが望みだからだ」

自身の手に刺した。

「―――令呪が消える!?」

遠坂は令呪があったのだろう片手を呆然と見つめている。

「衛宮士郎、先程言ったな、『正義の味方だった事をを後悔してるのか』と。
ああ、その通りだ。
オレ……いや、お前は、正義の味方になぞなるべきではなかった。
いいさ、これが最後なんだ教えてやる。
オレは確かに英雄になった。
衛宮士郎という男が望んでいたように、正義の味方になったんだ」

―――正義の味方。
誰一人傷つける事のない誰か。
どのような災厄が起きようと退かず、あらゆる人を平等に救えるだろう衛宮士郎が望んだ誰か。
夢の中のアイツは正にその正義の味方だった筈だった。

「確かに幾らかの人間を救ってきたさ。
自分に出来る範囲で多くの理想も叶えてきたし、世界の危機とやらを救った事もあったよ。
―――英雄と、遠い昔から憧れていた地位にさえ、ついには辿り着いた事もある」

「―――――!?
(ちょ、如何なってるの!
これじゃ、まるでアーチャーが衛宮くんって話じゃない!?)」

「殺して、殺して、殺し尽くした。
己の理想を貫く為に多くの人間を殺して、無関係な人間の命なぞどうでもよくなるぐらい殺して、殺した人間の数千倍の人々を救ったさ。
一人を救うために何十という人間の願いを踏みにじってきた。
踏みにじった相手を救う為に、より多くの人間をないがしろにした。
何十という人間の救いを殺して、目に見えるモノだけの救いを生かして、より多くの願いを殺してきた。
今度こそ終わりだと。
今度こそ誰も悲しまないだろうと、つまらない意地を張り続けた。
―――だが終わる事などなかった。
生きている限り、争いはどこにいっても目に付いた。
キリがなかった。
何も争いの無い世界なんてものを夢見ていた訳じゃない。
ただオレは、せめて自分が知りうるかぎりの世界では、誰にも涙して欲しくなかっただけなのにな」

気が付けば遠坂はアーチャーを信じられないといった表情で見つめていた。

「一人を救えば、そこから視野は広がってしまう。
一人の次は十人。
十人の次は百人。
百人の次は、さて何人だったか。
そこでようやく悟ったよ。
衛宮士郎という男が抱いていたいたものは、都合いい理想論だったのだと。
全ての人間を救う事は出来ない。
その場にいる全員を救う事など出来ないから、結局誰かが犠牲になる。
―――それを。
被害を最小限に抑える為に、いずれこぼれる人間を速やかに、一秒でも早くこの手で切り落とした。
それが英雄と、その男が理想と信じる正義の味方の取るべき行動だと信じてな」

正義の味方が助けられるのは味方した人間だけ。
全てを救おうとして、全てをなくしてしまうのなら、せめて。
一つを犠牲にして、より多くのモノを助け出す事こそが正しい―――そう、俺も柳洞寺で葛木相手にそう決断した。
でも、その後アリシアがもしその一が他よりも重かったら如何するのか、と聞いてきて……俺は答えられなかった。
それも当然か俺の理想には矛盾が多いい、仮にあの時葛木を殺していたら柳洞寺住む一成達は確実に悲しんだだろうし、キャスターとの和解は成立しなかった。

「多くの人間を救う、というのが正義の味方だろう?
だから殺した、誰も死なさないようにと願ったまま、大勢の為には死んで貰った。
誰も悲しまないようにと口にして、その陰で何人かの人間には絶望を抱かせた。
そのうちそれにも慣れてきてな、理想を守る為に理想に反し続けた。
自分が助けようとした人間しか救わず、敵対した者は速やかに皆殺しにした。
犠牲になる”誰か”を容認する事で、かつての理想を守り続けた」

アーチャーはゆっくりと階段を下り始める。

「それがこのオレ、英霊エミヤの正体だ。
―――そら。
そんな男は、今のうちに死んだ方が世の為と思わないか?」



[18329] Fate編 16
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 18:35

アーチャーの語っていた事は夢で見ていた、その後に訪れる絶望も含めて。
自らの手で滅びようとする人間の業を目の当たりし、それをゴミのように焼き払う、ヤツが辿り着いたのは誰かを救うのではなく、救われなかった人々の存在を無かった事にするだけの守護者。
何度も何度も、一人でも救いたかった筈の男は理想とは反対に、ただ人々を殺すだけの存在となった。
結局―――ただの一度も、この英雄になった男はそれを叶える事が無かった。
その果てに憎んだ―――奪い合いを繰り返す人間を、それを尊いと思っていたかつての自分そのものを。

「その答えが自分殺しなのか」

「そうだ。
よく気付いたな小僧、その機会だけを待ち続けた……果てしなくゼロに近い確率だ。
だがそれに賭けた、そう思わなければ自身を容認出来なかった。
ただその時だけを希望にして、オレは守護者などというモノを続けてきた」

「……アーチャー」

俺とアーチャーの話を聞いていた遠坂から嘆息の声が漏れる。
遠坂も解るのだろう、一度、守護者に成ったなのなら例え俺を殺したところで自身の消滅は無い事を。

「英雄になる前の衛宮士郎を殺す。
過去の改竄だけでは通じないだろうが、それが自身の手によるモノならば矛盾は大きくなる。
歪みが大きければ、或いは―――ここで、エミヤという英雄は消滅する。
それに、オレはこの時だけを待って守護者を続けてきたのだ。
いまさら結果など求めなてない。
―――これはただの八つ当たりだ。
くだらぬ理想の果てに道化となり果てる、衛宮士郎という小僧へのな」

そうして、アーチャーは俺の前に降り立った。

「―――そうか。それじゃあ、俺たちは別人だ」

「なに」

アリシアに言われるまで気が付かなかった一の重さ。
その根底となる概念が違う以上、アーチャーと俺が同じな筈が無い。
それに―――

「俺は後悔なんてしないぞ。
どんな事になったって後悔だけはしない。
だから―――絶対に、お前の事も認めない。
お前が俺の理想だっていうんなら、そんな間違った理想は俺自身の手でたたき出す」

いつだって自分で選択し行動して来た、親父から魔術をならったのだって俺が親父に憧れ望んだからだ。
そうやって生きてきた。
それを正しいと信じてここまできた。
ヤツの言う通り、それはやせ我慢の連続で酷く歪だったろう。
得てきた物より、落とした物の方が多い時間だった。
だからこそ。
その、落としてきた物の為にも衛宮士郎は退けない。
いや、その前に残骸に成り下がったヤツ相手に退いてはならない。
前に足を動かし踏み込み、二十七ある回路には既に設計図を描き始める。

「……その考えがそもそもの元凶なのだ。
おまえもいずれ、オレに追いつく時が来る」

「来ない。そんなもん絶対に来るもんか」

「ほう。それはつまり、その前にここでオレに殺されるという事か」

更に歩を進め踏み込む。
鞄は床に置く、お互いに武器はない、俺とヤツは徒手空拳のまま対峙する。
衛宮士郎は剣士じゃない、俺たちは共に剣を造り出すモノ。
ならば―――

「解っているようだな。
オレと戦うという事は、剣製を競い合うという事だと」

刹那、ヤツの両手に双剣が握られる。
……あの夜。
ランサーに殺されそうになった時に、内から響いた声で投影出来る様になった双剣。
あの声が何だったのかは解らないし、何故その時に目の前のコイツの言葉が過ぎったのかも見当はついていない。
だが、あの双剣は伝説に残る名工が、その妻を代償にして作り上げた希代の名剣。
そして、目の前にいる男が生涯愛剣として使っていた剣だ。

「―――投影、開始」

創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし、
ここに、幻想を結び剣となす。

……ソレのなんて不出来な事か。
比べれば、完璧と思っていた俺の双剣はヤツの物に比べ大分曖昧だ。
劣った空想は、その時点で妄想に成り下がる。
恐らく。
あの双剣と数合も打ち合えば、俺の双剣は無惨に砕け散るだろう。

「オレの剣製に付いてこれるか。
僅かでも精度を落とせば、それがおまえの死に際になろう……!」

三階の廊下で対峙した剣が奔る。
一対の武装、四つの刃は、磁力で引き合ったように重なり、弾け合った。

「っ―――!」

人間とサーヴァントの違いが此処で現れる。
如何に全身を強化しようと、俺とヤツの一閃は余りにも重さが違い過ぎた。
剣戟が交差する度、衝突を重ねる度に刃は欠け、ヤツの剣に幾度か打ち合う度にガラスの様に壊れていく。

「―――おまえとオレの干将、莫耶が同等とでも思ったか?
お前はまだ基本骨子の想定が甘い。
いかにイメージ通りの外見、材質を保とうが、構造に理が無ければ崩れるのは当然だ。
イメージといえど、筋が通っていなければ瓦解する」

壊れる度、即座に回路に待機させていた干将・莫耶を投影するが、回路の負担以上に衝撃が伝わり、俺の体は内と外の両方から壊れていく。
もう何人ものサーヴァントが戦っていた所を見ているが―――実際戦えばこうも人間とは違うモノなのか!
力、速さ―――それらも人間とは桁が違うが、一番の違いは反応速度だ。
同じ剣閃なのに、此方が一回行動する間にヤツの剣は三回、四回と振るわれる。
反撃の機会が無い防戦するだけで精一杯だ。
故意に隙を作り、両手の双剣で弾き、足を使い間合いを調整し、身をひねり避けるも無傷とはいかない。
当たり前だ、ヤツとの繋がりから剣技を模倣しその複製技術さえ手に入れた。
それが自分に馴染むのは当たり前だ。
ヤツの技術は、長い年月の末に得た、『衛宮士郎にとって最適の戦闘方法』に他ならない。
ならばヤツはそれを考慮して剣を振るうのは当然だろう。
―――でも、負けてなどやるものか。

「―――貴様に、勝算など一分たりともなかったという事だ!。
(……俺の記憶を見せようとしたが、効果はなしか。
思いの外やる―――だが何故だ、衛宮士郎の回路は既に至っている。
何故この衛宮士郎はこの時点でこれだけの実力を持っている!
よもや既に世界と契約しているとでも言うのか!?
くっ、ランサーの時の様に時間をかければポチとかいう精霊が来るかもしれん。
この機会を失う訳には!
ちっ、つまらんが此処は一気に仕留める!!)」

互いの剣が十数回も激突した頃、ヤツの動きに変化が現れた。
全身を振り子の様に回転させるかのようにして、力を溜めていたのだろう数合打ち合った後の一撃が、止めた筈の剣ごと俺を浮かせ、もう片方の剣が仕留めに来た。
受け止めはしたものの、先程の一撃同様衝撃は凄まじい、宙を舞う俺に逃さんとばかりに双剣を投げつけるヤツに合わせ俺も同じく投擲する。
干将と莫耶は互いに引き合う、体勢が悪く外れたとしても軌道が変わるのは間違いない。
互いの双剣は引かれ合い弾かれ。
―――拙い、今のは失策だ。
思考は十手先まで澄み渡り、今の行動がヤツ相手には失敗だった事を理解した。

「―――鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)」

着地と同時に干将・莫耶を投影し、更にヤツが投擲してくる双剣を弾いた。
俺の後ろでは廊下の壁を切裂きながら三対の双剣が舞っている。
―――拙い!

「っ、投影解除!」

舞っていた双剣の一対が消えるが。

「―――心技、泰山ニ至リ(ちからやまをぬき)」

背後から飛翔した双剣、干将、莫耶を弾く。
予想した通りヤツは俺の双剣すら利用して必殺の一撃を出してきた。

「く、は―――」

干将・莫耶を投擲し軌道を変えようとするが、そんな事ヤツも十分承知している。
サーヴァントの持つ反則的なまでの速さを用いてヤツは双剣を振るい、受け止めはしたものの鍔迫り合いのような体勢なり俺の動きを封じた。

「―――心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ みずをわかつ)」

再び左右から飛来する双剣。
干将・莫耶は夫婦剣。
その性質は磁石のように互いを引き寄せる。
つまり宙を舞う二対の干将・莫耶は俺とアーチャーが同じ双剣を手にする限り自動的に戻ってくる!

「っぁ、がぁ!」

衝撃と共に肩と背中に熱いモノが刺さる。

「―――唯名 別天ニ納メ(せいめい りきゅうにとどき)、終わりだ衛宮士郎」

言葉と同時にヤツの手にする干将・莫耶の形状が変化する。
大剣とでも言ってもいい大きさへと変わり。
狭い廊下だからだろう、一度弾いた双剣が舞い戻り突き刺る、二度の衝撃と共に焼きごてでも当てられたかの様な熱さと痛みが駆け巡り。

「がっは」

「―――両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら ともにてんいだかず)」

激痛で動きの止まった無防備な一瞬を左右から両断された。

「が、ぐ…ぁ」

―――筈だった。

今の痛みは本物だった。
今の秒にも満たない攻防で俺は死んだ筈だった。

「――馬鹿な、手応えは確かだった」

なのに制服は斬られた跡があるにも関わらず、その下にある俺の体には傷一つ無い。
それに、気が付けば肩と背中に刺さっていた筈の二対の干将と莫耶が抜け足元に落ちている。

「鞘の加護が―――いや、あれですらこれ程の効果は無い筈。
衛宮士郎―――貴様、一体何をした?」

「そんな事知るか、俺の方が聞きたいくらいだ」

「ちぃ、ならば死ぬまで殺すだけだ」

僅かな間を置き剣戟は再開された。
正面から打ち砕く様な先程の動きとは違い、フェイントによる虚実入り混じった剣戟は俺とヤツの技量の差を明確に現し俺を確実に切り刻んでいる。
ヤツの右の剣を弾こうとするが、振りが途中で突きへと変わり咄嗟に避け―――

「―――くっ」

……なんて間抜け、瞬間だとしても戦闘中に気を失ってた。

「―――むっ!?
(馬鹿な、今の左の一撃は確実に首を刎ねていた!
それが……斬った瞬間の間に再生しただと!?)」

何か思うところがあったのか、ヤツは今まで執拗なまでの連撃を止め間合いを離した。

「は―――あ、はあ、はあ」

両肩で息をして、ヤツの一挙一動に集中する。

「―――成る程、人を止めた衛宮士郎もいるという事か。
確かにソレなら先程の言葉も事実と言える。
だが、如何いう過程で人を捨てたかは知らないが―――やはり、お前は俺が殺すべき衛宮士郎だ。
衛宮切嗣が残した借り物の理想に憧れ。
自身の裡から、表れた物でないとしても。
それが、衛宮士郎にとっては唯一つの感情だから、逆らう事も否定する事もできない。
偽物の理想、正義の味方等と言う下らぬ理想に囚われながら。
その実その想いは決して自ら生み出したものではない。
そんな男が他人の助けになるなどと、思い上がりも甚だしい!」

ヤツはバーサーカーが持っていた斧剣を投影し、罵倒をこめた斧剣はバーサーカーに匹敵する程の勢いで繰り出される。
双剣で受けた俺の全身は凄まじい衝撃を受け床に叩きつけられ、双剣は砕け―――双剣を剣を握っていた両手は受けた衝撃で砕けた筈にも関わらず何も無かったかの様に動いた。
俺の体が何故無事なのかなんて疑問は後だ、今は目の前にいる馬鹿野郎を一発殴らないと気が済まない。

―――知っているんだ。

「そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた」

斧剣に対抗するには、同じ斧剣でなければ対抗できない、投影した俺の斧剣とヤツの斧剣が衝突を繰り返し俺の斧剣だけが欠けてゆく。

「故に、自身からこぼれおちた気持ちなどない。
これを偽善と言わずなんという!」

柳洞寺でセイバーがアリシアに語った問答。
俺でも桜や藤ねえを犠牲になんか出来やしないだろう。
アリシアが俺に言った質問。
本人にしては何気ないものだったのかもしれない。
でも、それは俺には起源にすら影響を及ぼしたのかもしれない。
加えて毎晩の様に見たヤツの夢。
俺の理想となった英雄の嘆きと絶望。

―――もう知っているんだ!

「この身は誰かの為にならなければならないと強迫観念につき動かされてきた。
それが苦痛だと思う事も、破綻していると気づく間もなく、ただ走り続けた!」

ヤツの斧剣が打ち付けられる度、ヤツの悲痛と慟哭が心に打ち付けられる。

「だが所詮は偽物だ。
そんな偽善では何も救えない。
否、もとより、何を救うべきなのかも定まらない―――!」

弾き飛ばされる。
バーサーカーもかくやという一撃は、たやすく衛宮士郎の体を弾き飛ばす。
全身が砕ける様な感覚、それをこらえ踏みとどまる。

「―――その理想は破綻している。
自身より他人が大切だという考え、誰もが幸福であってほしい願いなど、空想のおとぎ話だ。
そんな夢を抱いてしか生きられぬのであらば、抱いたまま溺死しろ――――!!
(―――投影、装填(トリガー・オフ。)。全工程投影完了(セット)―――!!)」

何かを狙うかのよう―――いや、ヤツは狙っているのだろう狙いを定め。

「―――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)」

振り下ろされた斧剣は、信じられない程の速さ―――神速を以て振るわれた。

「……けんな」

再び意識が無くなる瞬間、聞えた、生きる価値なし。
否、その人生に価値なし、とヤツは言い捨てた。

「ふざんけんな、この―――大馬鹿野郎!」

俺のはらわたが煮えくり返っていた。
痛みなんか知らない、ヤツが硬直してる間に踏み込み顔に拳で一撃を繰り出す。

「ち、化け物が!
(全身を細切れにしても瞬時に再生だと!?
二十七祖ですら此処までの再生力を持つ者は稀だぞ!!)」

俺が手にしていた斧剣は何時の間にか無くなっていた、だから、俺はアーチャーを両腕から繰り出した拳で殴り続ける。
―――それは、ありえない光景だったろう。
人とサーヴァントの決定的な能力差。
まして、武装したサーヴァント相手に武器を持ち抵抗するのではなく、ただ拳を握りしめ殴るだけなのだから。

「な――――に?
(なんだ―――この重さは!?)」

「お前は見ていなかったのか!
お前が生涯、助けた人を―――救われた人達を!」

あの言葉はヤツが口にはしてはいけない言葉だ。
何故なら―――その言葉は、ヤツが救ってきた人々の価値までもが無価値であると言っているから。
正義の味方がただの空想だとしても、俺が憧れた理想が親父の借り物だとしても!
でも、それだけは。
一の価値が無価値だ等と―――
救った九が無価値だ等と―――
それだけは言ってはいけなかったんだ!!

「貴様―――!」

斧剣を破棄し、再び双剣を手にしたヤツは一息のうちに上下左右に振るわれる。
それを、更に踏み込み、奴の顔に頭突きを当てる事で防ぐ。

「こいつ……!
(あり得ん!武器も持たずに殴るだけだと!!
―――だが、何なんだこの力は!?)」

狂った様に殴り続ける。

「……じゃない」

怒りと悲しみとが入り混じった心によって体も疲れるなんて忘れてしまったのか、俺の奥底から信じられない程の力が湧き上がって来る。
俺はこの男を否定しなくてはならない。
だが、それ以上に俺が憧れた男が!
尊いと、美しいと感じたその男の生涯が!

「……なんかじゃ、ない…!」

自分の事より他人が大切なんてのは偽善だと判っている。
―――それでも。
それでも、そう生きられたのなら、どんなにいいだろうと憧れた。
そんなヤツが、そう生きていたヤツが、こんな―――助けた相手、救った人々を見ない馬鹿なままでいい筈がない!!

「―――――。
(っ、馬鹿な力で負けているだと!?)」

「無駄なんかじゃない」

がむしゃらに両腕を振るい、ひたすら殴り続ける。

「無駄なんかじゃ無いんだ!」

「――――っ!?
(この光景…以前何処かの城で―――!?)」

「決して、無駄なんかじゃないんだから!」

全身の力を込めて拳を繰り出し。

「歯くいしばれ!アーチャー!!」

ヤツを殴り飛ばした。

「―――――。
(―――以前もこんなだったのだろうか。
俺は既に答えを得ていた筈だった……
間違えでは無かったと、理想を取り戻し胸を張れた筈だった……
だと言うのに、記録に埋れ忘れてしまっていたとはな………小僧に大馬鹿野郎と言われても否定は出来ん、か)」

英霊であるサーヴァントが人相手に殴り飛ばされるのに驚いているのか、ヤツは床に倒れたまま動かない。
それが何を意味するのか言わなくても判っている。

「お前は間違えたのは一つ、たった一つだけなんだ!
唯一つ、一の大切さを間違えちまったんだよ―――お前は!!」

見据えたままヤツが犯した間違いを指摘する。
ヤツは一度だけ目蓋を閉じ、

「―――認めよう、私の敗北だ」

床に倒れたまま、赤い騎士は何処か遠くを見つめる様に呟いた。



とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第16話


アーチャーが衛宮くんに殴り飛ばされ。

「―――認めよう、私の敗北だ」

自ら敗北を認めた赤い騎士を、私は三階と四階をつなぐ踊り場で呆然と見ている。
事の始まりは聖杯戦争中なのに何も考えず。
何時も通り学校に来ていた衛宮君を見てから怒りが湧き上がり、突付かずにはいられなかったのもあるだろう。
だから、放課後見つけた時には自分から殺して下さいと言ってきてる様にも見え。
このまま放っておけば、彼は何れ他のマスターに間違いなく殺されるだろう。
魔術師とはいえ、彼は聖杯戦争には向いていない、アーチャーに言われるまでも無く私は彼から令呪を奪おうと思っていた。
―――のだが、衛宮君の令呪は既に無く。
彼が言うには、聖杯戦争は真の目的が果たせなくなり破綻したと言う。
私の知らない所で聖杯戦争が終わりを向えてしまったなどと、初めは信じられる筈が無かったけど……彼が語る聖杯戦争の真の目的、協会が定めた三番目の魔法、魂そのものを生き物として物質化させる高次元の存在を作る業。
恐らくは不老不死となるだろう魔法に届かせる大儀礼だったのろう。
嘘とも言えなく無いけど、以前、衛宮君の記憶を視た限りでは第三魔法、天の杯(ヘブンズフィール)等という名称は無い。
また、彼はそういった事に慣れてなくこの行動が演技だとは思えない。
それに確か数日前の留守番電話に綺礼から『残念な事に凛、此度の聖杯戦争は破綻を迎えた。
生き残りのサーヴァントは、既にある所で住まわせるよう手配してある。
聖杯戦争の事後処理と、私個人の話もあるので後日で構わん教会まで来て欲しい』等と録音されていたからだ。
それを私は、何が目的なのか半数のサーヴァントとマスターが同盟を組んだ事で聖杯戦争が膠着状態となり、それを綺礼が破綻していると解釈したのだろうと判断していた。
なら、教会に行けば残りのマスターとサーヴァントで共闘し、衛宮君の邸を拠点としているチームと決戦をするのだろうと判断するのは容易い。
でも、それは飽く迄も最後の手段、だからこそ私は今まで保留としていた。
まあ、何か裏がある様に含めた言い方を綺礼がしていると思いなんとなく変だとは感じていたけれど………まさか、そのままの意味だったとは思いもよらなかったわ。
まあ、そんな感じに私の知らない間に色々あったみたいだったけど、衛宮君の話は嘘では無いと判断出来る内容だった。
その後は、桜の話になり彼が桜の身を案じてくれていた事で私の敵愾心は失せてしまった事もあるわね。
次にアーチャーの話になったが、彼は英霊を如何思っているのか?
犬猫の雑種が怖いから座に帰る等といい、アーチャーが座へ還っていった等と言い始め。

「遠坂、すまないけどアーチャーと話をさせてくれないか?
俺には如何しても確かめたい事があるんだ」

そう言う彼を見て思う。
聖杯戦争が終わった以上、マスターではない衛宮君を狙う理由は無いし。
反対に、聖杯戦争の真の目的等という重要な情報を語った彼の頼みを断るのは等価交換に反するだろう。
まあ、いいかと思い、アーチャーを呼び出し衛宮君と会わせた。
二人の関係を知らない私は、この時軽い気持ちで会わせてしまったのだ。

「アーチャー、お前の望みは何だったんだ。
それは、聖杯で叶えられるモノなのか?」

サーヴァントは聖杯を求めるからこそ、魔術師であるマスターに従う存在。
聖杯戦争が破綻し聖杯が無い等となればマスターに従う理由は無くなる。
今後の事もある、確かにこれは必要な事だろうと感じた。
が、事もあろうかアーチャーは。

「聖杯―――?ああ、人間の望みを叶えるという悪質な宝箱か。
そんな物は要らん。
私の望みは、そんな物では叶えられまい」

等と口にし。

「え―――アーチャー、聖杯を要らないって如何いう事?」

望みが無い等という予想外な出来事に戸惑う私を置いて、アーチャーと衛宮君は話を進めてしまい。

「凛、如何やら君とは此処までの様だ。
本当ならセイバー辺りと再契約させ、君を聖杯戦争の勝者にしたかったのだが。
その男がオレを理解した以上、ここで衛宮士郎を殺す、それだけがオレが望みだからだ」

歪な短剣を出し、自分の手に刺すと私の令呪が消えた。

「―――令呪が消える!?」

突然、令呪が消えた事で呆然としていた私はアーチャーと衛宮君が正義が如何のこうのと言っていた気がするが詳しくは覚えていない。
ただ、アーチャーの真名が衛宮君だった事は理解出来た。
なるほど、それなら確かにアーチャーは真名を言えないわね。
何故なら真名を言っていたら……
ブラウニーという二つ名があるとはいえ、衛宮君を知っている私はアーチャーの力量に疑問を持ち、自分独りでも勝てる方法を選んだかもしれないからだ。
そうなれば、アーチャーとの信頼関係は難しく今の様に良好とはいえなかっただろう。
意識を戻し下を見る、アーチャーが語っている自身の生涯。
そう言えば私も正義の味方っぽいヤツの夢を見たわね……
あれ、やっぱアーチャーだったんだ。
そして叶える願いは、自身で過去の自分を殺す自分殺し。

「……アーチャー」

例えそれがどれ程の歪みを作ろうと、守護者となり世界の外に座がある以上、矛盾を嫌う世界の修正等という外因による座の消滅はありえない筈だ。
それに、もし仮に出来たとしても別の平行世界の衛宮君が守護者となり、そこに収まるだけだろう。
アーチャーもそれは理解しているらしく、衛宮君を襲うのは八つ当たりだと公言している。
踊り場で佇む私を無視して、互いに双剣を投影し剣戟が始まった。
十数合、剣を打ち合う衛宮君を見て彼への見方を改める。
彼が肉体等の強化魔術が使えるとはいえ、まさかサーヴァント相手に此処まで戦えるとは思ってもいなかったからだ。
しかも相対しているのは自身の完成形。
それがサーヴァントとして現れた存在だ。
これがまだ総合力で上回る相手なら反撃の糸口はあるのかも知れない。
でも基本能力、経験、技術、知識、その全てが上回っている相手では普通なら勝てる訳は無い。
やがて勝負に出たアーチャーは双剣を投擲し、衛宮くんも双剣を投擲し弾くものの、サーヴァントと人間の差か。
力負けした二対の双剣は衛宮君の背後へと周り再度双剣を投擲され動きを止められた。
自分が投影した双剣は消せたものの、前後左右からほぼ同時に攻められた衛宮君は、それが双剣の必殺の形なのだろう、大型に変化した双剣で両断される。
―――けど、彼は無事で傷一つ無い状態で何か「あれ?」って表情をしていた。
へえ、衛宮君も中々やるじゃない。
聖杯戦争時、私の知らない連休中に学校に結界を張っっていたのだろう。
先程の感じからするとアレは『復元魔術』か『固定化の魔術』が使われている可能性が高い。
更に魔術の範囲に必要となる境界線、結界が私でも感知出来ない程の代物。
何故急にそんな高度な魔術が使える様になったのかは知らないけど、恐らく聖杯戦争中に同盟した相手がいて保険―――いや、あの精霊ポチと一緒になった必殺の陣だったのだろう。
それなら状況次第では、サーヴァントすら倒せるかもしれない。
あの夜、精霊ポチとランサーの戦いを見るに大軍宝具を持たない英霊なら精霊ポチ相手に勝機は無い。
マスターにしても、現にアーチャーと剣を交わしてまだ生きている衛宮君を相手にしては―――此処は彼の神殿、この結界がある学校では彼には勝つ事は出来ないだろう。
首を斬っても双剣では殺せないアーチャーは、斧剣とも呼べる大剣を出し叩き斬ろうと振るう。
守護者になって大分ストレスが溜まっていたのか、アーチャーは積念を自身への愚痴を叫びながら斧剣を振り回していたかと思うと。

「―――是、射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)」

突如、アーチャーの斧剣は十近い剣閃となり一瞬で衛宮君を細切れにした。
ちょっ、アレって確か神話でヘラクレスが使ってた技じゃないのよ。
アーチャーなのに弓を使わないで、他の英霊の技を使うって、衛宮君アンタ一体どんな英霊よって突っ込みたくなる。
とはいえ、アレでは例え『固定化の魔術』を用いた結界でも流石に即死ね、そう思っていたが衛宮君は瞬時に元に戻り、必殺の技を放った隙を突いてアーチャーを殴りつけた。
へ……衛宮君、如何見てもアンタ今死んだ筈でしょ?
それは正に不死身。
何の反則よアレ……
思わず先程聞いた第三魔法でも使ってるんじゃ無いのって聞きたくなる。
でも、彼の異常はこれだけでは無い。
細切れから元に戻ったとたん―――いや、全裸になったとたん、衛宮君の体から淡い輝きが包みアーチャーを圧倒していったからだ。
まさか……彼には特異能力があり、裸になると凄い力を発揮するのだろうか?
そういえば、聖書とかに出てくる怪力で知られたサムソンは髪を剃ったか切ったかすると怪力を失ったりする。
衛宮君の場合は、服を脱ぐという条件を満たせば恐るべき身体能力と再生力を得るのだろうか?
なら、脱がないアーチャーは何故そうしているのかも疑問だ。

「………」

つ~か、一瞬過ぎったとは言え全裸になると強くなる英霊って如何なよって言いたくなった。
やがて殴り続けた衛宮君は一瞬の溜め後、アーチャーを四、五メートルも殴り飛ばし。

「―――認めよう、私の敗北だ」

アーチャーが自ら負けを認めた事で勝負はつき冒頭に戻る。
でも、衛宮君―――あなた何時まで全裸でいるつもりなのかしら……

「で―――アーチャー、アンタこれから如何する気?」

今まで私のパートナーだったアーチャーを気にかけるのは当たり前の事だけど。
他にも理由はある、流石の私も全裸で佇む男に話しかける気は無い。
だと言うのに―――

「遠坂」

「――――っ!?」

全裸でいる事に慣れてるのか、特に気にしていない衛宮君は私に向き、私は見たくも無いモノを見せられる。

「―――?」

見たくも無いソレは左腕の裾を上げ、魔術刻印を起動させてガンド(呪い)を撃ちまくる事で視界から追い出す事にし。

「っ―――!」

放つと同時に衛宮君は横に跳びガンドを避け、廊下の曲がり角を盾に隠れる。

「って、殺す気か―――!
(確かガンド撃ちってのは、北欧のルーン魔術に含まれる物で、相手を指差す事で病状を悪化させる間接的な呪いの筈だ。
効用はあくまで体調を悪くするだけなのだが、遠坂のガンドはあんまりにも濃い魔力で編まれているため。
見た目も威力も弾丸そっくり―――いや、さすが遠坂、本来ゆったりとした呪いを即効性にするなんて、実力行使にも程があるぞ)」

「ふん―――見たくも無いモノ見せられたんだから当然でしょ!」

それ以前にアンタ死なないでしょう!

「見たくも無いモノ……アーチャーが負けた事か?」

ああ、そう言う感じにもとれるわね。

「……衛宮君、貴方自分の格好が解ってる?
それとも、解っててやってるのかしら?」

衛宮くんは「ん?」と視線を下に下げ。

「っ、な、何で俺裸なんだよ!?」

ようやく自分の格好に気がつく。
もし、アレが解っててやってたら、もう二度と桜を衛宮君の家へ行かせるのは止めさせるつもりでいた。
当然だろう、何が悲しくて大事な妹を露出狂の家に行かせなければいけないのか?

「と、投影開始」

投影魔術を使い服を着る。
……急場凌ぎとはいえ服を投影するなんて何て魔力の無駄使い、彼の魔力じゃ帰るまでには消えてるわよ。

「……今見たモノは忘れてあげるから」

「……ああ、悪い遠坂。
(密かに憧れていた相手に全裸で―――これじゃあまるで変態に見えるだろ………いや、遠坂にはそう見えたのか)」

アーチャーとの戦いで今まで気が付かず、全裸だった事が気まずいのだろう可哀想なくらいに落ち込んでいる。

「それから、この地の管理者として聞くけどあなた人間?」

「……以前、キャスターにも言われたけど俺はちゃんとした人間だ、間違っても死徒なんかじゃ無いぞ。
(まあ、遠坂の言い分も解らなくは無い。
確かにサーヴァントを殴り倒すなんて、人間に出来るものじゃないからな。
でも、例えサーヴァントであっても自分自身には負けられないだろう)」

ふん、キャスターにも言われてたんだ。

「そう。なら、その話は今度で良いわ、だからさっさと着替えて来なさい」

投影のタイムリミットが近づいているのだろう、衛宮君は急いで自分の体操服がある更衣室へと走っていく。
ふと、床に座っているアーチャーに視線を向けると、アイツは苦笑いをしていた―――たく、昔の自分でしょうに。

「もう一度聞くわアーチャー、アンタこれから如何する気なの?」

「そうだな、私の願いは―――私が忘れていただけで既に叶っていた」

何処か遠い眼で見ながら答える。
コイツ痴呆かと一瞬過ぎったが、そうだ、守護者は記憶では無く記録であり何かしらの切欠が無いと、こんな事があった等という記録は思い出せない。
そんな事を考えているうちにアーチャーはゆっくりと立ち上がり。

「今の私には目的が無い、私の戦いは―――ここで終わりだ」

「―――そう」

信頼し、共に夜を駆け、皮肉を言い合いながら背中を任せた協力者。
振り返れば「楽しかった」と断言できる日々の記憶。
茜色の夕日に照らされるなか彼は私を見上げる。
答えには迷いがなく、その意思は潔白。
晴れ晴れとした顔は満足そのもの。
そんなアーチャーを、如何して引き止められるだろうか。

「――――――凛。
(かつて、衛宮士郎と交えた事で理想を取り戻した時、私は凛に衛宮士郎の事を頼んだったな)」

最後の別れがこんな形でなるとは思わなかったけど、彼の最後の言葉だ、忘れない様に聞いておこう。
アーチャーは衛宮くんが走っていった先に視線を移し。

「私を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな。
―――君が、支えてやってくれ。
(そして、その衛宮士郎は英霊の座には来ていない、恐らく凛に任せればこの世界の衛宮士郎も大丈夫だろう)」

などと人が黙って聞いてあげてたら、トンデモ無い事を言ってきた。

「はあ?
それこそ心の贅肉よアーチャー。
そもそも、何で私が衛宮くんの面倒を見なきゃならないの?
貴方が衛宮くんの未来を変えたいと思うのなら自分でしなさい」

そこまで衛宮君にするほど借りは無いと片手で顔を押さえた。

「―――っ!?
(私が衛宮士郎を変えるだと!?)」

まあ、アーチャーにはいい心残りになったでしょうし。

「安心しなさい、再契約くらいならしてあげるわ」

聖杯の補助が無くなると魔力に関して不安なのは確かだけど、それはそれ、桜にアーチャーの真名を言って手伝って貰うしか無いわね。

「まったく―――遠坂、君にはいつも勝てる気がしないな」

この一押しの後。
アーチャーの表情は変わり、まるで先程の少年の様だった。

「当たり前でしょ。衛宮君、私は遠坂凛なのよ」

断言しアーチャーを見下ろす。

「く――――」

アーチャーは、生前の頃を思い出したのか苦笑した。

「ああ、そうだ、遠坂はこうでないとな」

茜色に染まる校舎の中、私とアーチャーは再び主従へと戻った。



[18329] Fate編 17
Name: よよよ◆fa770ebd ID:41a6a9cc
Date: 2011/11/28 18:37

暖かな昼下り、私は坂道を登って行く。
衛宮士郎との闘いの後、今後の事もあり邸に戻る事になった私と凛。
生前知る由も無かったが、桜は実は凛の妹であったらしく、事情を話すと二つ返事で了解され私は桜からも魔力供給をしてもらう様になり。
桜の魔力は凛に匹敵し、例え聖杯からの補助が無くても現界には問題は無いだろう。

「だが―――まさか、守護者になってからも桜に先輩と呼ばれる日が来るなんてな」

更に昨日、凛と一緒に教会へ行き言峰綺礼という男に会ったが―――アイツはあんな感じの男だったろうか?
記憶が磨耗しているとは言え、私の知っている言峰という男はもっと危険な人物だった筈だ。
―――筈なのだが、昨日見た言峰綺礼は断罪されるのを待つ只の罪人でしかなかった。
言峰は、まず今回の聖杯戦争にまつわる経過から語り。
三次から大聖杯に居ついた『この世全ての悪(アンリマユ)』と名のサーヴァント、アヴェンジャーによる聖杯の汚染とそれによる聖杯の異常。
その正常化をアリシア・テスタロッサという五歳ほどの幼女に託し、護衛に衛宮士郎をつけたという。
この話を聞き、私はこの男の正気の程を疑う。
若干五歳の幼女をマスターにさせ、生存競争である聖杯戦争に参加させるなど本来あってはならない、いや、あり得ない事だからだ。
しかも、言峰は幼女に心酔しているのかアリシア様と神聖視すらしている。
これには凛も唖然としていて、「こいつ正気なの」と表情を引きつらせていた。
この神父は狂ってしまい、もはや正気ではないのだろうと思いながらも聞き続け。
方法は知らないが、大聖杯の中に居た『この世全ての悪(アンリマユ)』を滅ぼしたと言う事だった。
だが、大聖杯にも異常が出てしまい聖杯戦争の真の目的は果たせなくなってしまったらしい。
問題はその後だ、狂ったかに見えた言峰だったが話を第四次まで戻し。
自身の罪の告白を始めたのだ。
四次で凛の父でる師を自ら殺害した事。
大火災で生き残った子供達を残ったサーヴァントの糧にした事等。

「故に遠坂凛には言峰綺礼を殺す理由があり、私もそれを受け入れよう」

その話は―――瞬間とはいえ、磨耗している記録が何か欠損だらけの映像を浮かばせた。
凛は父殺しの犯人が兄弟子であった事に驚いている様子だったが、神父は既に死を覚悟しているらしく全て受け入れた穏やかな表情をしていた。
―――っ、こんな表情が出来る神父が何故そこまで外道な真似が出来るだろうか?

「ふっ――ざけんじゃないわよ!」

声と同時に凛は言峰を数発殴り。

「綺礼!アンタはただ私に殺される事で楽になりたいだけでしょ!!」

神父を睨みつけ腕を組む。

「そもそも話を聞く限り、元々アンタを変な道に引き込んだのはギルガメッシュとか言う性悪なサーヴァントじゃない。
今回の聖杯戦争でも何かしそうだからって、アンタはちゃんとそのサーヴァントの始末もしてるわ。
それに、何だかんだ言っても私が此処までなれたのはアンタが居てくれたおかげよ。
だから私はこれでアンタを許す!
アンタも神妙にしていないで、何時通りふてぶてしくしてなさいよ!!」

「―――いいのか凛。私は師を、お前の父を殺したのだぞ?」

「聖杯戦争で他のマスターを嵌めるのは良くある手。
ギルガメッシュがアンタにとっての蛇だったのよ。
だから、私はアンタを殺さない!
罪と思うのなら罪を背負って生きなさい綺礼!!」

「……中々如何して楽にはなれんものだな」

その後、自宅へ戻った凜だったが。
言峰の前ではああは言ったものの、気持ちの整理がつかなかったのか自室へと篭り。
今日は一人にして欲しいとの事なので、私はこうして歩いていた。
坂を上りきると、生前住んでいた屋敷と同じモノが見えてくる。
普通なら懐かしさとかを抱くものなのかもしれないが、如何も私は磨耗しすぎていているのか特に湧く事の無いまま門をくぐり抜け邸のチャイムを鳴らした。

「………」

む、サーヴァントの気配はするのに誰も出てこない。
来客の対応がなってないぞと思いつつ、もう一度チャイムを鳴らすがやはり誰も出てこない。

「っ、衛宮士郎。
貴様サーヴァント達に如何いった教育をしている」

やむ得ず玄関の扉を開け入るが―――玄関の中に何やら壁がある。

「―――」

壁と目が合う。
―――いやこれは壁ではない、言峰の報告から推測するに、こいつはバーサーカーの様だ。
だが、何故理性の無いバーサーカーが玄関に立っている?

「ふむ、すまないが誰か話の出来る相手を呼んではくれないか?」

「■■■■」

……何を言っているのかさっぱり解らん。
くっ、まさか玄関に通訳が必要な相手が居るとはな。
脇を通ろうとするが―――

「―――■■■」

バーサーカーは私よりも機敏で横を通る事も出来ない。
衛宮士郎が居ないこの時間、衛宮邸からは客人をもてなそうといった感覚は無いのだろう。
正面からは諦め、庭から行こうと引き返すと庭に入ろうとしていた猫と出会い、猫は驚き庭に走り出すが。

「―――!?」

だが、地面から生えた触手の様なモノが絡みつき頭だけを残した状態で猫は埋められてしまった。
アレは以前学校で見たことがある。
精霊ポチだったか、まさか、いやポチと言うだけに犬と同じく無断で入ろうとすれば襲われるのだろう。

「―――よもや、この屋敷が普通の魔術師と同じく、入ろうとする者を拒む様になっているとは」

奥に誰か居ないかと思い見ながら、何度もチャイムを鳴らし待つこと約一時間。
助けて欲しいのだろう、庭から聞こえる猫の叫び声が記録に埋れていた何かを思い出させ様としてた頃、ようやく誰かがやってきた。

「―――貴方は!?」

ああ、如何に磨耗しようと彼女の名は覚えている。

「ふう、ようやくかセイバー、このまま夜まで待つかと思ったぞ」

「アーチャー、貴方は座へ還った筈。
その貴方が何故現界しているのです!?」

「言峰から聞いている。
セイバー、君が言っているのは恐らくギルガメッシュの事だ」

前回の英霊とはいえ、ヤツもまたアーチャーだったそうだからな。

「なっ、ギルガメッシュ!?」

「言峰が匿っていたそうだがな、ヤツめ何やらよからぬ事を企んでいたらしので令呪で始末されたらしい」

何はともあれ、話の解る相手が出てきてくれたのは有難い。

「なに、教会へ行った時にここでサーヴァントが世話になっていると聞いたんでな。
挨拶をしておこうと思い寄ったのだが」

視線をバーサーカーに向ける。

「そういった事でしたか。
バーサーカーはこの時代の勧誘がしつこいので、勧誘お断りとして玄関に居て貰っています。
(前回、居座られた時はイリヤスフィールの魔眼を使い帰ってもらいました。
しかし、バーサーカーを玄関に立たせてから勧誘は来ていませんね。
私やライダー、アサシンではこうはいきませんでした。
流石、大英霊といった所でしょうか)」

「―――」

―――むう、バーサーカーを訪問販売や新聞等の勧誘対策として立たせていたのか!?
確かに普通の人が玄関に立つバーサーカーを見たら、迷わず玄関の扉を閉めて立ち去るだろう。
しかし、バーサーカーを立たせるなど余程しつこい勧誘があったのだろう、な。
チャイムの件は、セイバーにアサシンも居るもののこの時間は道場で試合をしていたそうだ。
道場にいる以上、チャイムの音等聞こえる訳が無い。
アサシンはまだ道場で竹刀を振っているそうだが、セイバーは一度切り上げ居間に向かう途中でチャイムに気がついたらしい。
又、ライダーは図書館へ行き、イリヤにアリシアという幼女はアインツベルンの森に行っていて不在ならしい。

「だが、意外だな。
聖杯がああなってしまった以上、君が現界しているのが不思議でならない。
それとも君は、まだあの聖杯が使える様になると思っているのかね?」

「英霊エミヤ。
何を言いたいのかはおおよその検討がつきますが私は既に剣を湖に還しました、今の私は王では無く一人の剣士に過ぎません」

「―――そうなのか。
いや、君に似ているアーサー王を知っていてな。
失言だった様だ、すまない」

このセイバーは私の知っているセイバーとは似て異なる英霊の様だ。
恐らくは並行世界のアーサー王なのだろう。
でも、良かった。
自ら過ちをせず、王を辞められたアルトリアも居たのだからな。

「そう言う貴方は如何なのです。
まだ、自分殺しをしようとしているのですか?」

―――む、まさか目の前のセイバーは、あの城に居たセイバーなのだろうか?

「いや、衛宮士郎との決着は二日も前についている」

「決着がついている!?」

表情を変えるセイバー。

「ああ、それ以前に私は既に答えを得ていたのに―――記録に埋れ忘れていただけなのだからな。
衛宮士郎と闘う事で理想を取り戻せた。
まあ、この世界の衛宮士郎にとって見ればさぞ迷惑な事だっただろうがな」

「そうでしたか。
(っ、令呪のつながりが無かったとはいえ、剣に誓った相手を、必要な時に守る事が出来なかったとは!?)」

「そういう事でだ。
この世界の衛宮士郎を私の二の舞にはしたくないのでな、私が鍛えようと思い寄らせて貰った」

手に持つ買い物袋を見せ。

「なに。ちゃんと手土産もある、上がらせて貰うぞセイバー」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

Fate編 第17話


布団の中でポチに起こされ目を覚ました。

「あう、もう朝なんだね……」

眠気が抜けない眼を擦りながら、私の横で今日も元気にクルクルと回っているポチに「お早うポチ」と朝の挨拶をして撫でる。

「もう少ししたら朝食だぞ」とポチが言うにはもう桜姉さんは来ていて、土蔵で寝ているお兄ちゃんを起こしにいったらしい。

「お兄ちゃん……また土蔵で寝てたんだ、好きなのかな?」

「さあな」とポチにも解らないらしい。
まあ、この国には住めば都という諺があるくらいだから、永い事特定の場所に居ればそこが気に入るのかもしれない。

「うん、今日もいい天気だね」

「そうだな」と答え、布団をたたんでくれるポチの横で着替える。
洗面所へ行く途中、お兄ちゃんとイリヤお姉ちゃんが庭で話していた。
ん~、今日はイリヤお姉ちゃんの方が桜姉さんより早く起こしたのかな?
何故か良く解らないけど二人は、朝お兄ちゃんを起こす事を競争しているらしい。
そんな感じでいても、二人の仲は悪くは無く反対に仲がいいように思える。

「ポチ、藤姉さんはもう来てるのかな?」

足元にいるポチは「まだだ」と答える。

「藤姉さんはまだなんだ」

まあ、それも何時も通りだね。
居間の前の縁側で、アサシンさんがお茶を飲みながら日向ぼっこをしているのでお互いに挨拶を交わし。
顔を洗い終えて居間向えばセイバーさん、ライダーさんがテーブルに座っていて、朝の挨拶をして入ると二人共挨拶を返してくれた。
新聞はライダーさんが見てるので、私も座りセイバーさんと一緒にテレビを見る。
ニュースからは昨日起きた事件や事故などの話が流れていた。
何時の世も、喜びと幸福があると同時に、悲しみに不幸も尽きる事は無いらしい。

「あれから、もう一ヶ月か……
(時代が変わったか、傘張りの仕事でもあれば経験があるのだが、な)」

「ええ、月日の流れは速いですから。
(時給の良い仕事は中々見つかりませんね)」

何か思う処があるのか、アサシンさんとライダーさんはそれぞれ求人の折込を見ていた。
如何やら生活費は教会から出されても、お小遣いが無いので買い物や旅にも行けないらしい。
私はお兄ちゃんの名義で契約したネット取引で、為替取引や先物取引等でお小遣いを得てるから不満は無いよ。
元々の資金は、神父さんに郊外にある洋館を魔術協会に売却してもらって得た億単位のお金を使っていて。
こういう取引には多くの資金があった方が利益もでやすく、多くの資金があったので先週は三百万程で、今週は五百万くらいのお小遣いを手に入れる予定だよ。
予定というのは、座にいる影を通して、確認している未来の情報と因果律から予測しているので―――もしかしたら外れる事もあるかもしれないからね。
取引で得たお金の一割は、神父さんに良くて貰ってるので寄付する事にしているんだ。
……考えてみれば寄付し始めてからかな?
ライダーさんとアサシンさんが求人の情報を見る様になったのは。
―――でも。

「もう、一ヶ月になるんだ」

確かにそうだね、色々あったよ。
私は神父さんの薦めもあって、お兄ちゃんの養子になり。
私の名前はアリシア・T・衛宮になったんだ。
その神父さんは次の日。
丁度、お兄ちゃんの学校の授業が再開されてから二、三日が過ぎた頃だったと思う、誰かに殴られたのか顔を腫らしていたんだ。
神父さんが言うには、昔、殺されても文句は言えない様な事をしてしまい、殴られた痕は自身の罪に他ならないとよく解らない事を言っていたよ。
でも、あんな良い神父さんに暴力を振るうなんて、きっとイリヤお姉ちゃんみたいな感じの人に違いないよ。
後は、葛木さんは無事に帰還し学校の先生を続けていて、春休みにはキャスターさんと結婚するそう。
桜姉さんのお兄さんは来週辺りには退院出来るらしいし。
それに、片腕の無いお姉さんがやってきてランサーさんについて聞いてきたりもしたね。

「皆、お早う―――!」

朝食の用意が出来上がる頃、藤姉さんが家に来て朝食が始まる。
藤姉さんとセイバーさんがまるで競う様に食べ始めるものの、他の人達は各々の速さで箸を進め会話をしたりしながら食べていた。
初めのうちは、アサシンさんの生きていた時代だと白い白米を食べた事等、生涯で一度有るか無いかだったらしくアサシンさんは沢山あるご飯を見て涙を流したり。
他にもセイバーさんとライダーさんがおかずの取り合いをしてたり。
それぞれ生きていた頃には無かった食材が今は簡単に手に入り、ネット通販も利用して色々な食べ物を一緒に食べたりしていた。
でも、一ヶ月もした今では落ち着いてきたらしく、最近では商店街の鯛焼きや和菓子屋さんの羊羹等をお茶菓子にしている程度になっている。
他にも理由はあるのかもしれない。
一つはアーチャーさんが家によく来ていて、お兄ちゃんに色々と教えてくれているから料理の腕前も確実に上がってきているとかも影響しているのだろう。
昨日も―――

『衛宮士郎、おまえの炎の使い方はまだまだ甘い。
如何に包丁捌きで食材を上手く処理しようが、肝心の炒める段階で炎を操れなければ中華料理は瓦解する。
オレの調理に付いてこれるか』

『―――っ、お前こそついて来やがれ!』

とか、台所で騒いでたよ。
こうして、美味しかったご飯が更に美味しくなったのは嬉しい事。
他の皆も大喜びだったしね。
……ん、そういえばアーチャーさんが居るって事はランサーさんと一緒に座に帰った英霊さんて誰なんだろう?
―――まあ、良いか。
聖杯戦争はもう終わった事だし、今更気にしても意味は無い、還った英霊さんはもうこの街にはいないのだから。
朝食が終わり、学校の先生である藤姉さん、部活の朝練がある桜姉さんは先に学校へと向かい。
ライダーさんもテーブルの上を片付けると読書するのだろう自分の部屋に篭る、今日も何時もと同じでお昼を食べたら図書館にでも出かけるのかな?
お兄ちゃんは洗い物を終えると学校に出かけて。
セイバーさんとアサシンさんは、道場で体を動かすのが好きなのかよく試合をしていて、もちろん試合なので聖杯戦争の様に互いの武器では無く竹刀を使ってるよ。
夕方はお兄ちゃんとアーチャーさんがそこに加わり、お兄ちゃんは三人から色々教わってるらしい。
何だかんだで人気者だね、お兄ちゃん。
私は朝食を終えると、まず自分の部屋に置かれているパソコンから今日の取引、売りと買いの入力操作をして、それからイリヤお姉ちゃんと一緒にトレーニングをしているんだよ。
何故かと言うとイリヤお姉ちゃんは、如何しても神の座へ行きたいらしいので。
以前、私が提案した根の世界アヴァターで救世主になって神の座へ至る方法を採る事にしたらしい。
でも、問題もあって。
バーサーカーさんは十分強いけど、イリヤお姉ちゃん自身はそれほど強くは無いんだ。
救世主になるには他の人よりも高い存在力が必要だし。
それには当然強さも必要になるんだ。
だから今はトレーニングして、実力をつけている処なんだよ。

「それじゃあ、アリシア行くわよ」

「おう!」

イリヤお姉ちゃんは今、アインツベルンの森の奥にあるお城に住んでいるんだ。
お兄ちゃんはそんな所に独りで住まわすのは駄目だって言ってたけど。
お城とこの屋敷の空間を繋げる事でイリヤお姉ちゃんはお城に住みながら、衛宮邸に簡単に行き来出来る様になって問題は解決したんだ。
しかも、お城にはセラさんとリズさんてメイドさんが住んでいてイリヤお姉ちゃんは独りじゃないのも判明している。
そんなアインツベルンの森で、今日も私とイリヤお姉ちゃんは一緒に奥へと向かい。
手にするのはミッド式魔術の補助をしてくれる魔術礼装、通称デバイス。
虚数空間に漂っていた部品を参考にして魔力を供給する宝石を組み込み、城で見せて貰った魔力殺しと呼ばれる魔力を遮断する機構を加えた腕輪型。
部品で足りなかった箇所も沢山あったけど、そこは適当に創って誤魔化した。
でも、それなりに良い感じで使える魔術礼装に仕上がっているつもりだよ。

「ディアブロ、良い?」

「了解」

私のデバイス、ディアブロ。
本当はイリヤお姉ちゃんにあげる筈だったんだけど、ディアブロって名前が気に入らないらしく返品されたんだよ。
イリヤお姉ちゃん、バーサーカーさんを虐めてたから悪魔って名前が良く似合うと思ったんだけどな……
渡した時なんて凄く喜んでくれたけど、デバイスの名前の由来を話したら良い笑顔で近寄って。
嬉しくて私の頭を撫でてくれるのかなと思ってたら、酷い事に「だれが悪魔ですって!」って突然私の頭の両側を拳でグリグリされたんだ。
それは、とてもとても痛くて思い出した今でも痛い気がしてくるよ。

「キリツグ」

「了解」

お姉ちゃんはディアブロと同型の腕輪型のデバイスを掲げる。
あれは本当なら藤姉さんにあげようと思っていたデバイスで。
私にはイリヤお姉ちゃんの時の様に相応しい名前が浮かばずにいたので、藤姉さんに名前をつけてもらおうと思いあえて無名にしていたんだよ。
でも、イリヤお姉ちゃんはディアブロて名前は嫌って事で仕方無しに無名の方を渡したんだ。
そして、イリヤお姉ちゃんがつけた名前がキリツグ。
お姉ちゃんとお兄ちゃんの片親の名前だった。
残ったディアブロは魔力供給能力があるので私が使う事にして、アインツベルンの森の中、魔術とランサーさんから渡された朱色の槍の練習をしている。
イリヤお姉ちゃんもこの調子なら夏頃には根の世界へ行っても大丈夫かな?

「「セットアップ!」」

バリアジャケットって名称の防護服を纏い。

空を見上げれば吸い込まれるような蒼。

こうして、人の体を通してみれば。

世界は十分広く、可能性に満ちている。

そこに生きる命の可能性もまた未知数。

この世界に来る切欠となった、二つの問い。

『何処か私の管理の仕方に問題があったのか』

『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』

その答えはまだ時間は掛かるだろうけど。

少なくとも、此処とは違う、神の座で暴れてる当真大河はきっと自分にとって大切な何かの為に戦ってるんだろうというのは解った。

だから何れ答えは出ると思う。

この世界で、この体で人として生きてみよう。

だって、未来の道筋は決まっていないのだから。



[18329] ウィザーズクライマー編
Name: よよよ◆fa770ebd ID:57975dd3
Date: 2012/08/25 00:07

「ふ~ん、中は結構広いんだね」

私は一人呟いた。
今、私が居る所は冬木市では無く、並行世界の別の星、お兄ちゃん達なら俗に異世界と呼ぶ所なんだと思う。
この世界には、人々が竜が住むと口々にしている洞窟が沢山あって、洞窟の前には多分前に来た人達が使ったままなのだろうと思うけど、多数のテントやご飯を作る為のかまど等、ここでの生活がしやすい様な設備も整っている。
でも、他のテントにいる人達に聞いても誰が用意したのか解らないから少し気味悪がっていたりしているみたいだね。
そんな、竜の洞窟に挑戦する人達が集まるテントの一つに私は居た。
でも―――
危険分散とかで、一定の人数が集まってから挑むらしいので中々始まらないんだよ。
聞いた話だと、何でも洞窟に挑戦するのは月に一度の割合らしい。

「流石に一ヶ月も待てないよ………」

だから、皆には悪いかなと思いつつ、私は覚えたミッド式魔術の一つ、『サーチャー』と呼ばれる探索魔術を操り多数の端末を洞窟内に展開させ内部を調べていた。
で、肝心の洞窟内なんだけど……入ってから横に曲がりながらしばらく一本道が続いて、出た先には何故か宿屋があって少しびっくり。
ん~、こんな場所でも経営する人って居たんだね。
そして、中央は幾つかの小部屋に別れていて、その中に魔物とか呼ばれる存在が歩いていたりや、掃除とか雑用をしているメイドさんらしき人っぽい存在も確認出来る。

「竜の住処って、色んな生命が住んでいるんだね」

冬木で見たテレビだと、竜が一人で財宝の上でお昼ねしているだけだけど、実際には色々な種族が集まり協力して生活しているみたい。

「そっか、アレが共生ってヤツなんだね」

そうは言っても、私が確認した人間社会の法では人から物を取ると犯罪だけど、竜から奪うのは悪い事じゃ無いみたい。
むしろ、竜は村や街を襲う悪い生き物みたいなので、ここに集まる人達には私と同じ財宝目当ての人や、悪い竜をやっつけようとして来た人が大勢居る。
機会があれば、私も竜って生き物がどれ程の生命なのか闘ってみたいかなって思うけど、今の私は竜が溜め込む財宝が目的。
そもそも、人間じゃない竜がお金を持っていても使われる事は無いと思う。
お金っていうのは、社会にとって血液の様なモノだから常に動いていないと人間社会とその経済が滞ってしまい人々の生活が悪くなってしまう。
だから、お金を溜め込んでいる竜をそのまま放置していれば、何れ通貨不足とかで社会や経済に混乱が起こるかもしれないんだ。

「あ、アレだね!」

洞窟の奥にある大きな一部屋に、キラキラと光り輝くお金の山と色々な財宝が確認出来る。
使いもしないのに、竜って何であんなにも溜め込むのかな、性格かなと過ぎりもするけど解る訳が無く。

「じゃあ、お宝は貰うよ。大丈夫、私とお姉ちゃんが全部使うから」

「無駄なんかじゃないからね」と付け加え、『サーチャー』からの情報を元に、お金や宝石等で積み上げられた山の全てを私が倉庫に使っている世界へと転移させた。

「うん、これでよし。
後は、この世界にイリヤお姉ちゃんを連れて来るだけだね」

そう口にするけれど、この世界以外にもお姉ちゃんの練習に適した環境は沢山ある。
けど―――
困った事に、その世界に行ったとしても生活に必要なお金が無いんだ。
一応、アヴァターへ行く為の準備として幾らかの物資は用意出来ているけど、まだ準備中なので色々と不足している物が多いい。
それなのに、それらをここで使ってしまって肝心のアヴァターへ行った時に足りないとかになったら本末転倒って事になるかもしれない。
そこで、更に世界の情報を調べていたらこの世界を見つけ。何でも、この世界には竜がいて金銀財宝を溜め込んでるとか、しかも、竜って種族は太っ腹なのか洞窟に入り財宝がある部屋まで辿り着いた者には気前良く財宝をあげているという。
そう、竜の物は皆の物、それがこの世界のルールらしいから、この世界の情報を視た時、うん、ここしかないと感じたよ。


「よ~し、この世界でのお金も手に入れた事だしお姉ちゃんを呼んでこようっと」



「はぁ……はぁ………ふう」

準備運動を終えた後、アインツベルンの森を五周程走り終え呼吸を整える。
本来なら、小聖杯である私の体でこんなに走り続ける事なんか出来る筈が無いのだけど、デバイスと呼ばれる魔術礼装キリツグからもたらされる魔力以外の力。
アリシアが根源力と呼んでいる力により、私の体はキリツグからもたらされる溢れるばかりの力で満たされていた。
にわかには信じがたいけど、根源力とはその名の通り、根源からもたらされる力の事で、その力で体を強化したり、魔術を使う際に魔力に上乗せして使えば通常よりも遥かに強力な魔術として使う事も出来る万能の力だといえる。
それでも最初は一周も出来なかったけど、聖杯戦争が終わってからもう四ヵ月が過ぎた今では走るだけなら森を十周くらいは出来る様になっていた。
もう暦では六月、そろそろこの国では梅雨と呼ばれる季節に入ってきている。
多分、魔術的な要素の問題もあるだろうからアリシアは来月の後半、夏休み辺りにアヴァターへと行く予定でいるみたいだけど………
アヴァターでは、救世主候補と呼ばれる者達が召還器と名の礼装を用いてキリツグと同じ様に根源力使う事が出来るとか。
アリシアは、その根源力を使いこなせれば人でありながらサーヴァント、しかも大英雄ヘラクレスであるバーサーカーとすら互角に闘えるとも言っていたから、救世主候補者達がどれ程驚異的な存在なのかが解る。
そんな中、アリシアと一緒に練習して来たのだけど……
最初の一ヶ月は、何事にも体力が必要ならしいので今の様に体操して走り、魔力を操りながら、キリツグと一緒にマルチタスクと呼ばれる分割思考を練習していた。
二ヶ月目には、私の体にも体力がつきはじめたらしくそれ程疲れる事は無くなって来て、更に『ミッド式魔術』、正確には『ミッドチルダ式』というらしいけど。
信じられない事に世界の外でも使える魔術であり、いうならばデバイス内部に魔術基盤が構築されていて魔術を行使する際には状況を判断しながら、デバイスという意思を持つ魔術礼装と共に『ミッド式魔術』の業を選択し運用する、その選択、制御と魔力の効率化をするのが私の役割らしい。
この……過去へと向かうモノではない、異端の魔術をアリシアは秘匿する事無く私に教えてくれ、魔力で編まれた防護服や、高速で飛行出来る魔術等を教わった。
三ヶ月目には、前述に加え『ミッド式魔術』の攻撃や防御に相手を捕らえる魔術等を加えて練習して行い。
四ヵ月目である今は、それまで習って来た魔術を駆使しアリシアと模擬戦を繰り返している。
一応私は、飛行魔術との相性が良いのか、走るよりも飛翔し空中戦をした方が良いのかも知れないけど、、バーサーカーが空中戦を出来ないので模擬戦の時には浮かび、何かあれば動作を高速化させる魔術『ブリッツアクション』を用いて距離を調整しながらバーサーカーへの各種援護を行い、アリシアにも何度か勝ってはいた。
でも、アリシアが捕獲魔術『バインド』と空間固定魔術を使いバーサーカーの身動きを止めらてしまうと、アリシアの能力はほぼランサーと同じといえるので戦いにすらならなくなり、石突とはいえ朱色の魔槍で突かれて終わる事が多いいのも事実。
アリシアはバーサーカーだけではなく、私も十分戦える様にしないと救世主になるのは難しいと言っていたから後、残り一ヶ月程で何処まで出来るのかが不安なのも確かだった。
アヴァターと呼ばれる世界で行われる救世主を選出する為の儀式。
文字通り、救世主となった者が神の座、根源へと至り世界の全てを手に入れる聖杯戦争以上の戦い―――アリシアの感じからすると救世主候補は皆サーヴァントに近いみたいだし、今のままだったら厳しいわ……ね、根源力をバーサーカーに分けるとか出来ないかしら?
考えながらも体を動かし、腕立て伏せを百回三セット程し終える頃、「イリヤお姉ちゃん~」とアリシアが私を捜しているのだろう声が聞こえて来た。

「ここよ、アリシア」

立ち上がり声が聞こえて来る方向に答えると、「いた、こっちだね」と声が聞こえ奥から草木を掻き分けてアリシアと、その足元にはアリシアと一緒で嬉しいのかクルクルと回っている精霊ポチが出て来る。

「今日は随分遅いわね、学校で何かあったの?」

アリシアは魔法に至った使い手、私達がいう処の魔法使いであり、その実力は神霊級、当然年齢は見かけとは違う筈なのに……何故か彼女は小学校へと入学して毎朝楽しそうにランドセルを背負いながら登校していた。
まあ、初めは幼稚園って話だったらしいからましなのかもしれないけれど………

「ううん、学校じゃないんだ。
実はね今日、イリヤお姉ちゃんの練習にいい場所が見つかったから、そこでお姉ちゃんと練習しようと思って聞きに来たの?」

「ふ~ん。いい場所、ね」

バーサーカーと一緒に戦う事が出来る相手に場所―――死都にでも連れて行く気かしら?

「解った、行きましょ」

そうね、もし仮に二十七祖が相手なら大英雄であるバーサーカーでも厳しいかもしれない、ならそれは私の限界を超える機会になるかもしれない、それに……死徒二十七祖くらいでどうこうしていたら、根源の力を操る救世主候補者達に勝つ事なんか出来ないわ。

「うん、じゃあ準備するね」

幼児形態のアリシアは、身長の関係でランサーから渡された魔槍を使う事がないので、魔力を編んだ光の棒『フォトンランス』で地面に何やら儀式をするのだろう魔法陣を書いて行き。
一周し出来上がると、「よし」と言い次に何やら空中に穴が開いて、尋常ではない魔力が溢れ出て来た。

「―――っ、それってもしかして!?」

「うん、世界に穴を開けたの」

世界の外にある魔力を用い、魔法陣に魔力を注ぎ込んで行く様を見ているけど……この行為だけで、外に向かい穴を開ける儀式である聖杯戦争がアリシアにとって如何に無意味な儀式なのか解るといえる。
十分な魔力を注ぎ込んだのだろう、空中に開いた穴は閉じ、魔法陣から淡い光の様なモノが浮かぶ。

「じゃあ、世界とのラインも出来たから行くよ」

何処に行くのか?
相手は一体如何いった死徒なのか?
只の死徒なのか、それとも二十七祖の一人なのか?
不安と緊張が交差するけど、私の気を知らないアリシアは「早く行こう」とばかりに私の手をつかみ、その手からは暖かい温もりが伝わって来るので少し落ち着きを取戻した。
そうだ、私にはバーサーカーがいるしアリシアだっているだから!

「ええ」

答え決心した、聖杯戦争の時だってあの森でバーサーカーと一緒に頑張って来たんだから、今度もまた頑張るだけよ!!

「じゃあ、行くね」

そうアリシアがいい終えた時には、軽い浮遊感と共に場所が変わり、頭の中に何か様々な情報が流れ込んで来る。
その情報で理解した―――

「―――別の世界!?」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

ウィザーズクライマー編 


私とお姉ちゃんが異世界の街に着くと、お姉ちゃんはこの世界の情報を確認した後、急いで図書館へと向かう。
理由はこの世界では、私達の世界でいうところの魔術を魔法と呼んではいるものの、その魔法が一般に周知され。
更には魔法使い協会と呼ばれる組織もあり、その協会が私達の世界の様に何でも秘匿する訳でも無いらしく、図書館には多くの魔法に関する書物や文献が在るとか。
そんな訳でサーヴァントシステムを参考にして、この世界の人間社会に関する情報を人の脳が耐えられるくらいに纏めてみたんだけど、うん、イリヤお姉ちゃんは大丈夫の様だね。
初めてこの世界へとやって来た時に自身で試した時を思い出すよ、何せ、この世界というか星の全ての情報を本体を経由しないまま人の脳の力のみで処理しようとしたものだから酷い目にあったんだ。
人の脳がこんなにも脆いモノだなんて知らなかったよ、あんなに痛くて苦しいのに、よく歴代の救世主達は何とも言わない、うん、私が言うのもなんだけど救世主って我慢強いんだね、流石世界の代表に選ばれるだけはあるよ。
などと思っている内に、お姉ちゃんは、死んだ魚の様な目をしてぼうっとしている親切な人から図書館の場所を聞き辿り着く。
ん~、私が知っている内容だと一般には公開されて無いって話だったけどな?
でも、お姉ちゃんが受付の人と話していると、受付の人も何だか死んだ魚の様な目になり、文献が在る場所に案内してくれる。
後で聞いた話だと、この時お姉ちゃんは魔眼と催眠術を併用して使ったとか言っていた。
この世界の催眠術よりも私達の居た世界の方が上なのか、もしくはイリヤお姉ちゃんの魔眼とか催眠術が強力なのか判断がつかないけど、魔法関係者である受付の人が掛かったのだからイリヤお姉ちゃんが使う催眠術はこの世界の人にも十分通用するって事なんだろうね。
その後、私とお姉ちゃんは魔法関係の文献を読み漁り解った事は、この世界の魔法は努力すればどんな属性の魔法でも覚えられるという事だった。
私が知っている『ミッド式』でも『サンダースマッシャー』とかあるのだけど、これが困った事に電気変換資質とかが必要ならしく、そんな資質が無い私には使えたモノじゃない。
今の私が『サンダースマッシャー』を使うなら、少し時間が掛かるけど、聖杯戦争でキャスターさんが使った大魔術を使った方が遥かに相性は良いと思う。
それに、私が住んでいる世界の魔術でも、個人や家系により使える属性がほとんど決められている。
でも、詠唱は長くなりそうだけど、この世界の魔法なら、属性の変換等も術式に組み込まれている様なので、努力すれば火、水、風、地の四大属性や雷、光と闇の魔法等が覚えられ使う事が出来るらしい。
正直な話、この世界に来た理由はこの世界の人達が修行とかで上る塔が多数あり、そこでイリヤお姉ちゃんが未経験の多人数との戦い方や、姉ちゃんにとって他に足りない何かがあったとしたら、それを学べる切欠になれば良いかなと思っていたのだけど、これは思いがけない収穫だといえる。

「結構面白いわねこの世界、また明日来れる?」

残念な事に数時間ほどすると日が暮れてしまい、今日はもう閉館なので図書館を後にした時、不意にお姉ちゃんは口を開いた。

「ん、大丈夫だよお姉ちゃん。この世界と私達の世界の時間は違うから、この世界でいくら過ごしても私達の世界では時間は経過していないんだよ」

「っ、それってつまりはどうゆう事?」

「えと、この世界は私とお姉ちゃんの世界でいう所の並行世界の別の星なの、戻っても向こうでは数分も過ぎてないんだ」

「だから」と区切り。

「お姉ちゃんは何も気兼ねせずに、この世界でなら色々と練習しても大丈夫だよ」

間違えないよう念の為印もつけて来たし、その印からわずかとはいえ、お姉ちゃんに大聖杯からの繋がりで魔力供給もされてる筈だから色々と練習するにも都合は良いと思う。
それに、私は自分の力で制御出来るけど、お姉ちゃんは印の影響から、この世界の時間の法則には当てはまらないので、この世界で様々な体験をしていても歳が増える事は無いから安心の筈。

「並行世界………の別の星。
(並行世界への干渉って第二そのものじゃない……それに加え、宇宙旅行っ……て………いくらアリシアが神霊級でもやる事が滅茶苦茶よ。
多分、六人目である本人は指摘されないと、それが魔法の域の業である事すら気が付かない、魔法使いとしては落ち零れもいいところ)」

「この世界は思ったよりためになりそうだし、ちゃんとお金も用意してるから、一ヶ月くらい寝泊りしながらこの世界で過ごしてみようよ」

「そう……ね。
(でも、そんなアリシアだけど、魔法の域の業を幾つも使える彼女の実力は協会で知られている魔法使いを含め最高のモノでしょう。
最高の落ち零れ、そんなアリシアが私の為に選んだのがこの世界の魔法、それに会得した魔法を実際に試す場所もこの世界では不足しなさそうだし、確かにここなら私に不足している力を補う事が出来るかもしれない)」

「でも、まずはお腹も空いて来たからご飯が食べられる場所を見つけようよ」

お姉ちゃんは何やら難しい表情をしてるけど、元の世界なら、もう少ししたら皆でご飯の時間だから私はお腹が空いて来ているんだよ。

「それもそうね。でも―――アリシア、私は食事にはうるさいわよ」

何か面白い事があったのかクスリと笑うお姉ちゃん。
だけど―――

「ええ!セラさんとリズさんが居ないからって、食事中に騒いじゃ駄目だよお姉ちゃん!?」

特にセラさんはお姉ちゃんの教育係りでもあるらしく、お姉ちゃんとおやつを食べてる時でも行儀には厳しいのに!?
これが不良って事の始まりなのかなって想像していると、お姉ちゃんは「違うわよ、もう」と頬を膨らまし。

「そうね…味に拘りがあるって言えばいいのかしら?」

「そう?騒ぐんじゃ無いんだ…なんだ、でも、お姉ちゃん好き嫌いは良くないよ?」

「メッ、なんだからね」と付け加えるのを忘れない。

「………」

その後、何故か私はお姉ちゃんに頭の両側を拳でグリグリとされとても酷い目に遭い、お姉ちゃんは「言葉って難しいわね」とか呟いていた。
頭が痛かったけど気を取り直し探すと、泊まって食事も出て来るホテルがあったのでそこに入る。
取敢えず部屋と食事の値段を聞きながら、お金を積み上げて行く。
これは、神父さんから教わった冬木の管理者である遠坂凛さん攻略用のやり方、神父さんが言うには凛さんはお金に弱いらしいので。
ポチのおやつである霊脈の契約をする時に、色々と話しながら札束を積み上げていくと、凛さんは次第に表情が引き攣っていきはしたものの快く承諾してくれた経緯がある。
受付の人も如何やら同じならしく、前金にして払うと快く一番良い部屋と食事を用意してくれた。
案内された最上階にある広い部屋を見やり、お姉ちゃんは「まあまあの部屋ね」と言っていたから問題は無さそう。
それと、凄い事に部屋の中にお風呂があったのでお姉ちゃんと洗いっこしながら汗を流した後、部屋に置かれてたベルを鳴らしてホテルの人を呼ぶと、色々と良く解らない品名が載っているメニューから適当に選び運ばれてきた料理で晩御飯になった。
お姉ちゃんは「味もまあまあね」と零していたけど、ご飯も美味しいし、ベッドもふかふかで居心地良くて私は良いと思う。
なので次の日、取敢えずは一ヶ月分を契約し前払いで払うことにした。
でも、お姉ちゃんは着替えが無いし、私は元々少ないのもあったからホテルの人に聞いて午前中は衣類を買いに出掛け。
午後は、昨日と同じ様に受付の人に魔眼と催眠術を使って通してもらうのは何かと問題があると思うので、図書館には文献が収められている所まで転移すると一時的に書物や文献を借りる事にして読んだり調たりするのはホテルで行なうようにした。
お姉ちゃんと一緒に色々な本や文献を読んでいると、時折、清掃等で部屋に訪れる人がいたので、ホテルの人と話すしたら、そういった事をしている人にチップとしてお金を置くか渡すと、とても丁寧に仕事をしてくれると言われ。
試しに次の日、適当にお金を積み上げて置いてみたら本当に部屋が綺麗になっていたりもしたよ、こういった事でも人との繋がりはあるんだね。
また、この世界の魔法は火属性は攻撃力で水属性は連続詠唱、風属性は速度、土属性は治癒系と空を飛ばれてしまうと意味の無い地震等の広域攻撃。
雷属性は高い攻撃力と命中率が特徴で、闇と光属性は万能らしい。
これらの系統魔法をお姉ちゃんと一緒に学びながら、『ミッド式魔術』に対応出来るように端末で翻訳し、デバイスであるキリツグとディアブロと繋いで魔術、ミッド式、この世界の魔法の垣根を越えた新しい術式を構築して行く。
そうしながら過ごしていると一ヶ月なんてすぐに経ってしまい、結局、この世界の魔法を学びながら二年の月日が流れていた。
その間、お姉ちゃんと様々な雑談しているなかで、何で竜が財宝を集めているのかを話し合った結果、竜は私達の世界でいうカラスって鳥と同じく光る物が好きだから財宝を貰うと喜んで村や街を襲わなくなるのだという結論に達し。
この街のガラス工房に依頼してガラスの球を沢山作って貰い、冒険者達等から知られている竜の巣の財宝と交換していった。
そうしていくと、そのガラス工房が次第に設備を拡張して行き、二年の間にこの国有数のガラス工房へと変貌していたりする。
私とお姉ちゃんも色々と買い物をしたり、この世界の協会、魔法使い協会に入会して協会員になり入会金や会費を払い、訓練所等を利用していたけど、幾つもの竜の巣から手に入れたお金はとても使い切れないので、必要な分のお金を残し、残りは各村や街の教会へと寄付する事にしていた。
そうして―――

「今日は遂に塔に挑戦しに行くわよアリシア!」

「おう!」

お姉ちゃんと一緒に向かう先は、試練の塔って呼ばれているこの世界の協会が用意している訓練用の塔。
私もこの二年の間に今まで会得してきた魔術、ミッド式、この世界の魔法を複合させようやく『サンダースマッシャー』を放てる様になっている。
でも、問題もあり、周囲から魔力の収集やら圧縮と拡散させないよう収束させる等で放つまでに数分掛かったり、威力にしても、お世辞にも強いとは言えないから、世界の外に居る邪神に対してはほとんど通用しないかな……
他にもこの世界で学んだ魔法技術はあり、特に同系統は当然として、異系統の魔法にすら似通った処が在るので、その部分を上手く使い効率良く魔法を運用する技術は中々のものだと思う。
おかげで、私とお姉ちゃんのが使う『フォトンランサー』の連続射出能力も向上している。
塔へと向かうとベト、ナメッドとか呼ばれている魔物がうろついていたけど、炎の蔦の様なモノが絡みつき紅蓮に染まり燃え尽きる。
これはお姉ちゃんの新しい魔術、各系統の属性を加えた新しい『バインド』。
今使った火属性の『フレイムバインド』に、水属性で相手を凍らせ砕く『フリーズバインド』、捕らえた相手をそのまま切り裂く風属性の『スラッシュバインド』等、どれも捕らえられれば致命傷は免れないと思うモノばかり。
上の階に行くと木に手足が生えた様な魔物モエルモンに、影のような魔物ダークマンとかが現れたけど、お姉ちゃんはバーサーカーさんに頼るまでもなく最上階へと辿り着き、少し呆気ない感じもしなくはなかった。
後日、協会の人に話を聞いた処、魔法の塔と呼ばれる先の試練の塔の強化版みたいな所があるそうなので向かってみる事にする。
その塔は火、水、風、土、雷、闇、光のエリアに分かれていて魔物も試練の塔よりはやや強くなっていると思うけど、連続で射出される『フォトンランサー』に、近づかれた時の為に両腕に一発づつ『フォトンバレット』という強力な単発魔術を遅延魔法として用意している、その為か魔物達は鎧袖一触でお姉ちゃんに倒されて行き登りきると、最上階は沢山の水晶が乱立し、何やら文字が書かれていてそこには『優れた魔法使いほど、魔法に頼らない』と記されていた。

「お姉ちゃん、如何言う意味なんだんろ?」

「そんな事簡単よ、魔法を使い続ければ他の人にも解ってしまうわ、要は魔法を見せる時は常に必殺の心構えでって事でしょ」

「おー、そうなんだ、必殺技なら無闇に使うなんだね」

「そんな処でしょうね」

確かにそうだと思い出す、ここ二年間はテレビを見る事は無かったけど、以前見た番組では、始めの十五分以内に必殺技を出していた主人公が負けていたから。

「うん、そうだね。
魔術、魔法を使う時は常に必殺の心構え、即ち必見必殺って事なんだ―――うん、忘れない様にするよ」

『フォトンランサー』の様な牽制用や補助の魔法は兎も角として、砲撃魔法みたい一撃必殺技を見せるならその心構えは必要だろうから。
お姉ちゃんの言葉を理解し頷きつつ魔法の塔を後にした。
塔の付近で散歩させていたポチを見つけホテルに戻ると、魔法の塔での経験からお姉ちゃんの『フォトンバレット』の術式を近距離専用に修正し、拡散して放たれる様にしたので近距離では無類の威力を発揮する様になる。
魔法の塔を登りきったので、次は如何いった場所が在るのかなと協会の人に聞いた処、この近辺だと祝福の塔と最上の塔と呼ばれる塔があり、祝福の塔は登りきった者に何か判らないけど祝福してくれるそうで。
最上の塔は数多くの竜とそれを率いる古代竜が住むらしい。
しかも、その率いる竜は随分昔に天界とか魔界とかと対等に戦ったらしい竜の様で、協会の人はとんでもない強さだって言っていたよ。
私は幾つも竜の巣を見て来たけど、一度も竜の姿を見たことは無いので、そもそも竜がどれ程の強さを秘めているのかが解らないんだ、協会の人が言う分にから想像すると、少し前に封印した邪神、影に聞いた処では最近は理解出来ないような事ばかり喚き続けてるアザトー……何とかと同じくらいの力はあるみたい。
その竜が古の契約とかで、上る者を阻むとかいう話なので、もしかしたらその竜も天界とか魔界とかの勢力に敗北し塔に封印されているのかもしれない。

「どっちから行こうかお姉ちゃん」

「そうね、竜には興味はあるけど……その祝福ってのが気になるわね。
先に祝福の塔に行きましょう」

「うん」

そんな訳で祝福の塔に行くと、多分魔物の強さは上がっているのだろうけど、いかせん数が居ないので、ここもバーサーカーさんの出番は無い様だねと思い塔を上がって行くと、そこには緑色をした竜が居た。

「ほえ~、これが竜って生き物なんだ」

「そうね、思っていたよりも大きいし、知識として知っているのとこうして実際に見るとでは随分違うわ」

「えっ―――あ、うん、そうだね………」

お姉ちゃんは思っていたよりも大きいって言ってるけど、私の感想は反対で、想像していたよりも竜って種族は小さかった、協会の人の話からすると、惑星サイズとまではいかなくても、月とか小惑星くらいの大きさはあるのかと思ってたよ。
そんな種族が如何やって塔や洞窟に住むのかも疑問だったけど―――個体差はあれ、これ位の大きさが竜って種族なんだね。
でも、その緑色の竜から吐き出される息吹は、キリツグの持つ次元振動から派生した空間歪曲場でお姉ちゃんには届く事が無く。
反対に、お姉ちゃんに『スラッシュバインド』を何重にも使われ、今までの魔物達と違い両断される事こそ無いけれど、ろくに身動きがとれないまま体中を切刻まれて続けてしまい。

「やっちゃえ、バーサーカー!」

「■■■■―――!」

と、塔に登り初めてお姉ちゃんはバーサーカーさんを実体化させる、お姉ちゃんの操る魔術により身動きの取れない竜に対し、バーサーカーさんは斧剣を物凄い勢いのまま幾度も叩きつけると気を失ったのか緑の竜は力を失い倒れた。

「まだ、生きているみたいだね」

魔術を使うなら必見必殺とはいえ、余りにも一方的で、何だか虐めの現場に居合わせたかの様な心境になってしまう。
心配になって竜に駆け寄り見てみると、胸の辺りが動いているから大丈夫、どうやら竜の凄さは純粋な力ではなく生命力の強さなのだろう。

「そう、なら殺しなさいバーサーカー」

「―――■■■■」

お姉ちゃんの声に従いバーサーカーさんは白目を剥き横たわる竜を手にした斧剣で叩きまくり、次第に鱗が剥がれ竜の姿が血に染まってゆく。

「お姉ちゃん、なんか可哀想だよ」

「そうかしら?」

「うん、この竜もそんなに強い訳でも無いし、先を進んだ方が良いと思うよ?」

「それもそうね、いいわ。
あの竜もすぐには動けないでしょうし―――あの程度なら、私とバーサーカーとで何時でも倒せるもの」

そして、何階か上の階へと上って行くと、同じく白い竜がいたけど、お姉ちゃんとバーサーカーさんの連携で緑の竜と同じく身動きが出来ないままバーサーカーさんに袋叩きにされて倒された。
更に階段を上がっていけば、そこには大きな柱に鎖で縛り付けにされた巨人がいて。
私達に気がつき、巨人が振り上げた拳を両方下ろすと、衝撃が走り、まるで地震の様な感じで立つ事も難しい。
なので、私はお姉ちゃんに習い飛行魔術を使って浮かび上がり、距離を保ちながら一緒に『フォトンランサー』を放って黙らせた。
因みに、塔にはこの世界で知られている飛行魔法を対象とした『飛行封じ』と呼ばれる仕掛けがされていて本来なら飛んだりは出来ないけれど、『ミッド式魔術』はそもそもの術式が違うので、試した処使えたりする。
そんなこんなでようやく最上階へと辿り着くと。

「よく、ここまで到達しました。
この塔の守護者です、この塔の最上階に来た貴女達に祝福を」

と、声が聞こえた。
でも、祝福されても何も変わった感じはしないけど……

「えーと、もしかして、おめでとうって言うのが祝福なのかな?」

「………何か、無駄足だったわね」

お姉ちゃんは予想していたのと違ったのか、不満顔で口にする、私も同感で何かしらの効果をもたらすような事象が起きるのかなとか想像していたけれど褒められた以外は何も起きないまま私とお姉ちゃんは祝福の塔を後にした。
残る塔は最上の塔のみ。
その最上の塔の魔物達は、それまでの塔のモンスター達より強く、数も多いいけど、この世界の魔法技術、同じ様な部分を上手く使い回し連続性を高めた『フォトランサー』の発射個数は随分向上していて。
誘導制御無しで使うお姉ちゃんは、通常の短槍型は毎分六十個放つ事が出来、威力を弱め連続性を更に高めた針の様な感じでは毎分六百個前後放てる。
私は誘導設定を組み込んでいるけど、通常の短槍型だと毎分一万二千個前後、威力重視の長槍型では毎分千個ほど放てるので、なんというか数分も掛からずに殲滅出来た。
そして、再び緑色の竜と出会ったけど以前と同じく縛って袋叩きにし、白い竜、赤い竜、青い竜、黄色の竜、黒い竜が何度も現れては三人がかりで袋叩きにしてきた。
けど―――

「もう、この塔いったい何匹竜がいるのよ!」

倒した暗黒竜と呼ばれる黒い竜を背後に、両手を振り上げ、「ガー」と吼えるお姉ちゃんと一緒に上の階へと上る、と。

「また……」

「でも、お姉ちゃんあの竜は初めて見るよ」

溜息をつくお姉ちゃんと私の前に佇む金色の竜、今までの竜よりもやや大きい、多分これが古代竜とか呼ばれている種なんだろう。

「まあ、いいわ。
行きなさいバーサーカー!」

「■■■■■■―――!!」

「援護、行くよ」

流石に古代竜となると、お姉ちゃんの各種『バインド』も効果が薄く数秒で自由を取戻すけど、代わりに私が空間固定を使い首に両手足を封じ、身動きの取れなくなった古代竜に対し、強化魔術や各種補助系の魔術を施されたバーサーカーさんが手にした斧剣を振るい。
私とお姉ちゃんが『フォトンランサー』を十数分ほど当て続けると、ようやく耐え切れなくなったのだろう倒れ動かなくなった。

「結局、『サンダースマッシャー』は使う必要もなかったね」

「アリシア……貴女ね、キリツグが計算して教えてくれたけど、貴女が使う『サンダースマッシャー』は小さい島くらいなら跡形も無く消し飛ばせるから無闇に使っちゃ駄目よ」

そう呆れた感じで私に振向くお姉ちゃんも、当然というか砲撃魔術『サンダースマッシャー』は使え、属性を変えた別の『スマッシャー』を使う事も出来る。

「ぷう、小さい島じゃないよ!
時間さえ掛ければ、あそこに見える月だって消し飛ばせるんだから!!」

室内に明かりを取り入れる為なのだろう、重厚な石造りの窓から見える月を指す。

「………もっと質が悪いじゃない、私達が住んでいる世界で使ったら、多分抑止力が出て来るわよソレ」

「え~、折角覚えたのに使えないのー」

「アリシアが言ってる威力なら、ね」

「う~」

ようやく使える様になったのに、と少々がっかりしながら更に上へと足を進める。

「―――如何やらここで終わりの様ね」

そこには壁も天井も無い屋上。
今日は朝早くから上ってきたのに、周囲は既に日が傾き一方の空を朱色に染め上げていた。

「これ何だろう?」

最上階であるこの場所には、竜を模した石像が佇み、その前には何やら石碑があり何か刻まれている。
見てみると―――

ヴィクトリア=ルル=ブラックマン
メイア=クルセイダ
ルーン=ヴィレアトロ
ヘンリエッタ=ベベルズ
ヴィオラ=エントラ
セリスティーネ=ロココ

と、人名のよう。
でも、その中の何人かには見覚えがあり、確か魔法関連の本で何度か見た事がある名前だった。

「よく解らないけど、試練の塔と同じでこれもこの世界の協会が用意した塔なのかしら?」

「そうなのかもしれないね」

よく解らない事なので、これ以上は考えても無駄かなと思い、昼と夜とが一同する狭間の世界、変わり行く世界を見ているような光景を塔から眺めようとすると。

「―――それは違う」

男の人が一人、危なげに足元をふらつかせ上がって来る。

「……遥か昔、天界と魔界を相手に争っていた時、一部の人間達が私達竜と共に戦う事をのぞんでな、その時の契約でこの塔は建てられた………」

「あら、私達以外にもこの塔に来てたんだ」

「みたいだね」

お姉ちゃんと私が知らない事を教えてくれる親切な人、でも私達の後から来たにしては随分とボロボロな感じがする。

「私は先程戦った、古代竜だ……
我々は人の姿をとる事が出来る、み……見事だった」

「―――っ、それで、その竜が何しに来たのかしら?」

人の姿をした古代竜を見詰めるお姉ちゃんの目に冷たい輝きが宿り、先程の戦いでも起動させなかった魔術回路が淡く浮き上がる。
もしかしたらここで再戦なのかな、確か聞いた話では、空に上がった竜ほど手の着けられないモノは無いそうだし。

「ここまで来た以上、こちらから争うつもりはない、そもそも、君達のように強い者を育てるのが、私のここでの契約だからな」

そう古代竜は告げ。

「君達を祝福しに来た。
この塔の最上部に達したのは、君達で八人目だ。
おめでとう」

再度戦うつもりは無いらしく、私とお姉ちゃんの後ろを指し示し。

「そこにある記念碑に名前を彫らせて貰いたい。名前を教えてくれないか?」

「如何しようお姉ちゃん?」

意表を突かれたのか、呆気にとられているお姉ちゃんに視線を向けた。

「そうね―――私達の世界なら、名前だけでも魔術は掛けられるけど、この世界の魔法を見た限りだと名前だけでは難しいから大丈夫だと思うわ」

古代竜の話を聞き、敵意が無いのが解ったお姉ちゃんは魔力回路を止める。
でも、迂闊に名前を言っても良いかお姉ちゃんと小声で相談し合い、「そうなんだ」と古代竜に視線を戻す。

「私はアリシア・T・エミヤだよ」

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

私とお姉ちゃんは自身の名を口にした。
でも、私の真名は違うので少し問題もあるかも知れないけど。

「わかった。
……では、また気が向いた時にでも挑戦してくれ」

人の姿を模した古代竜は、先程の戦いでの痛みがまだ抜けないのだろう、体を引きずる様に石碑へと進み、「はぁ……」と溜息を漏らす。

「………何度見ても女ばかり。
やはり、人間も雄よりも雌の方が強いのか……泣けてくる」

等と呟いていた。
そういえば、この世界の竜って種族は雄と雌で強さの次元がが違うとか。
私の知っている昆虫人や爬虫類人も、思い出してみれば同じ感じだったので「竜の雌ってどれくらい違うの?」と聞いてみた。

すると―――

「それは―――違う……そう、まったく別の種族じゃないかと思える程違いすぎる」

私に振り返った古代竜の表情は、次第に何やら青ざめていき。

「雌は凶暴で雄よりも弱いなんて事はない。
教えておくが、リュミスベルンと名乗る古代竜とは絶対に、絶対に、絶対に戦わない方が良い。
あれが暴れたら、身を小さくして隠れ、嵐が過ぎる去るのを待つのが唯一の生き残る道だ、竜族の大半はそうしている」

「知識として知ってはいたけど、竜の雄も大変なのね……」

「アレは規格外だ、一頭で天界や魔界に喧嘩を売れる竜だ」

言いながらガクガクと震えだす古代竜を、お姉ちゃんは何処か憐れみのこもった視線をもって見詰めていた。
それから、この古代竜がそのリュミスベルンの婚約者に選ばれそうになった事や、何やら竜族の計画で事故なのか行方不明があって、その後をそのリュミスベルンって竜が継ぐ事になり婚約は無くなったとか。
でも、他の古代竜と婚約する事には変わり無く。

「私はそれが嫌で、半ば婚約者から逃げるように、この塔の契約任務についたのだが、交代したら巣を作らないといけない……
それに、最近は君達の様に人間達も強くなって来ているのだろう、巣作りに失敗し姿を晦ます竜が後を絶たない…憂鬱だ………如何し様もなく憂鬱だ」

何故だろう、先程戦った竜とは思えないほど、古代竜の背中は小さく見えてくる……

「……君達が将来、誰かと結婚するなら言っておく。
旦那を苛めるんじゃないぞ、優しくしてやれ、男は意地っ張りだが、弱いんだから」

私とお姉ちゃんは古代竜の話を聞き、竜の社会も色々と大変なんだと懐きつつ塔を後にした。
それからホテルに戻り、塔を上り続けたこの数週間で気が付いた魔術の術式に手を加える。
それが終わると、お姉ちゃんは最強の幻想種である竜を倒せたから自信を持てたのだろう「そろそろ、元の世界に戻りましょう」と言い出したので、ポチと一緒に色々な場所を散歩するのを止め帰る準備をする。
何故ポチを好きに散歩させてないかというと、協会の連絡員の人から聞いた話では、何でも最近、新種だと思える魔物が現れたとかで、協会の偉い人が襲われたらしく色々な部門の人達が捜しているし、冒険者とかの組合にも賞金が掛けられている。
その魔物の特徴は、地面の下から現れ捕まると魔力を奪われながら引き摺り込まれるとかで。
捕まった偉い人は、普通の人よりも格段に多いい魔力を持っていたらしく、魔力を吸われはしたものの命に別状は無かったらしい。
でも、そんな怖い魔物が出て来るかもしれない時にポチを一人で居させるのは可哀想だし、何より万一にでも襲われたら危険だよ。
仕方ないので、今ではホテルの部屋で一緒にいて、遊ぶ時には遠くの場所で遊び、塔に登る時にも塔の近くで散歩させていたんだ。
でも、元の世界へと戻ればまた自由にお散歩も出来るから安心だ。
お姉ちゃんにしても足りない何かが解ったのだろう、自信が持てる様になっているからこの世界での出来事は無駄に為らなくて良かった。
だから―――丁度良いのかもしれない。

「なら、残ったお金で皆に御土産を買って行こう」

「そうね、そうしましょう」

次の日、ホテルの人達に今までお世話になったお礼を述べ、皆への御土産を買うと元の世界へと転移しこの世界を後にした。



[18329] アヴァター編01
Name: よよよ◆fa770ebd ID:021312f6
Date: 2013/11/16 00:26

義務教育という事もあるが、アリシア自身が希望した事で言峰が動いたのだろう。
何時の間にかアリシアは六歳って事になっていて、幼稚園ではなく小学校に通う事になっていた。

「……ようやく、一学期が終ったな」

でも、死んだ人を悪く言うのは好きじゃないが、プレシアさんはアリシアに一体如何いった教育をしていたのだろう?
一学期の始めには、クラスの皆と仲良くなろうとして、何故かクラスの子達全員を殴りまくるという事をしでかし。
止めに入った先生に対しアリシアは「想いを込めて殴れば、その想いは相手にちゃんと伝わるんだよ」って嬉々として語っていたらしい。
俺もアーチャーと鍛錬をしている時などは、アイツと交える度、俺の中に何やら入り込む様な感じ、磨耗しすぎていてよく解らないが何かが伝わってくる事がしばしあったのは確かだ。
だが、そんな言い分などが普通の人に解る筈も無く、入学早々、担任の先生が家庭訪問する事があった。
俺とアリシアだけなら、友達を殴ってはいけませんと注意して終わりだったのだが。
―――が、セイバーとアサシンが居た事で少し流れが変わってしまい。
互いの全力を用いぶつかり、解り合い、伸ばし合う事の重要性をセイバーとアサシンに説かれた結果。
担任の先生の方が納得してしまい、それまでクラスの目標は『協調』であったのが『競争』へと変わってしまったりもした。
まあ、それでもアリシアがセイバーや担任から怒られたのは語るべくも無いが……

「アリシア、テレビも程々にしろよ」

朝食が済み、洗い物をしながら画面に見入っているアリシアに注意する。

「ん~、これが終わったら止めるよ」

テレビの画面には、マスクを被り上半身裸のレスラーの様な男達が映っている。
『筋肉戦隊マッチョレンジャー』っていう番組らしい、が。
初めのうちは、俺も少し童心に返って見てみたが、腹筋から真空刃を飛ばしたり、ポーズをとり全身の筋肉を震わす事で高温を発して相手を倒している処でもうお腹一杯だった。
クラスに詳しいヤツが居たので聞いてみれば、前の戦隊物は『喧嘩戦隊ボコレンジャー』とかいい、戦闘シーンが過激過ぎてどちらが敵役なのか判らないという問題があったとかで、それを踏まえた『筋肉戦隊マッチョレンジャー』は筋肉で相手を魅了するのが主体の、極力戦闘をしない挑戦的な作品だとか言っていたのを思い出す。
そういえば、藤ねえが見ていた番組も訳が分からないモノだったな……
最近の子供向け番組って一体どうなっているのだろうか?
しかし、そんな番組を見ていて変だと思うのは俺一人なのか、アリシアの横でセイバーがジッと画面を見つめていたりする。
セイバー曰く、世間では正義の味方とは如何いった者達なのかを測る為らしいが。
視線を戻せば、多分一騎討ちなのだろう、赤いマスクを被った男が相手の幹部らしい筋肉男と交互にポーズをとり合っていた。

「っ、たく。あんな変態じみた番組と一緒にされたらアーチャーの奴また磨耗するぞ」

そもそも、何故こんな時間に録画していた番組を見ているかというと。
子供向け番組がある時間帯は、ライダーの趣味のニュース番組があるので「すみません。こちらのニュースが見たかったもので」と言いながらチャンネルを変えてしまい。
藤ねえやアリシアが半泣きだったので土蔵にあったビデオを修理して録画出来るようにし、昨日から夏休みに入った事と、商店街で働くライダーが居ないのもあってこの時間から見入っていた。

「とはいえ、折角の夏休みだし何所か旅行とかも良いかもな」

何より変な番組の影響で、アリシアやセイバーが虎化しては一大事だ。
言峰の仕事で海外へ向かったアサシンも、生前は外国へ行った事が無かったから前日は凄く嬉しそうだったしな。
旅行の資金にしても問題は無いか?
この家の大黒柱である俺のバイトの給料よりも、株や為替で荒稼ぎしているアリシアや、競馬や最近宝くじで一等を当てたセイバーの方が豊富に持っていたりするから……

「………世の中何か間違ってないか?」

セイバーが宝くじを当てた時、商店街で真面目に働いているライダーが『これが英雄と反英雄の差ですか』と言って引き攣った笑顔をしていたのを思い出す。
それに、ポチが霊脈をご飯にしているらしいから、アリシアは遠坂と霊脈に関する契約をしていたそうだけど、何だか三日、四日分の収入で済んだとか言ってた。
アリシアの一日の収入が数百万から何千万だから、一体どれ程の金額が遠坂に渡ったのか……後日、会った遠坂の上機嫌ぶりからして俺の想像を超えた金額が動いたのは確かだろう………
まあ、それは置いておくとして、どうせ旅行に行くならライダーや桜、藤ねえが行ける日が良いな。
そうは言っても、ライダーは働いているし、桜も藤ねえも弓道部の活動があるか。
遠坂と美綴は聞かないと分からないし。
後、誘えそうなのは一成に慎二か、一成も寺の手伝いがあるから日程の調整が必要だな。
でも、女性しかいない遠坂の家に住むわけにもいかない慎二は、今はマンションで一人で住んでるから皆で気晴らしに旅行とかも良いだろう。

「アリシア、準備は出来て―――っ、もう、何のん気にテレビなんか見てるのよ!」

洗い物を終え、台所周りを拭いているとイリヤが居間にやって来るなり声を荒げる。
イリヤが声を荒げるなんて珍しいな?

「ん?イリヤお姉ちゃん、もうすぐ筋肉大将軍が出て来るんだよ」

「……また………筋肉ですか」

ピクピクと動く筋肉だらけの番組に表情こそ出さないが、ウンザリしていたのだろう、セイバーの声には力が無い。
―――やはり、俺は間違ってなどいなかったんだな。

「もう、そんなに筋肉が見たいのなら見せてあげるわよ、バーサーカー!!」

言うなり居間に現れるバーサーカー。

「■■■■■■■―――」

先程まで、今日も良い洗濯日和だと思っていた和やかな雰囲気が、バーサーカーがポーズをとり筋肉を震わせる事で霧散した。
もう何がなんだか……

「ほら、これで良いでしょ!」

「凄いやバーサーカーさん、これでマスクをしたらマッチョブラックだよ!」

結構広い筈の居間だが、バーサーカーが居る事でやたら狭く感じ。
只でさえ暑い夏の陽気に、バーサーカーの圧倒的な存在感と、全身の筋肉をピクピク動かす異様な暑苦しさがプラスされる。
前を見ても筋肉、横を見ても筋肉、ここからじゃ分からないが多分セイバーの忍耐力も危険域に入る頃だ、うん、そうだな、今の内に止めるべきだろう。

「分かって貰えたかしら、なら、そんな番組は終わらせて準備してある場所に案内しなさいよ」

頬を膨らますイリヤ。
とはいえ、最近は新聞や雑誌等の勧誘も滅多に来ないから、普段は城に置いて来ているバーサーカーを連れて来ているし、イリヤも今日は余裕が無い感じがする、如何したのだろうか。

「ぷう、そんな番組じゃないよ。
もしかしたら、お兄ちゃんもこんな感じの正義の味方になるかもしれないんだよ!」

「―――っ。馬鹿な、正気ですかシロウ!」

そう言ったアリシアの言葉にセイバーが反応し、セイバーの攻撃目標が俺に変更される。

「―――なんでさ」

っ、止める間も無いのか!?
まさか、このタイミングで俺に振られるとは思ってなかったぞ。
俺はプロティンを水道に混ぜて、一つの街の人達を筋肉質に変えようとする変態集団と戦わなければいけないのか?
―――もし、そうだったら俺の髪が白くなる理由は、アーチャーの過去のように魔術の使い過ぎじゃなく単なる精神的なストレスからだろう。

「いや、いくら俺でもそんな正義の味方は嫌だぞ。
そもそも、アリシアはイリヤと何処かに出かけるのか?」

「うん、イリヤお姉ちゃんね、今居る神に代わって世界を自分の思い通りに染めたいから。
救世主になる為に根の世界へ行くんだよ、私はそのお手伝い」

何か嬉しそうに言うアリシアだが、その言い方だとまるでイリヤが魔王か何かだ。

「―――っ、イリヤスフィール貴女は何という恐ろしい企みを!?」

即座に立ち上がり身構えるセイバー。
その横には、いまだにポーズをとり全身の筋肉を震わしているバーサーカーがいたりする―――シュールだ。

「もう、変な誤解をしないでくれるセイバー。
私は至りたいだけ、確かに至れば出来るでしょうけど、私は世界を如何こうしたいまでは望んでいないわよ」

「え~、イリヤお姉ちゃん新世界の神になりたいんじゃなかったの?」

正直、救世主とか良く解らないが、根源へ至れば全ての英知、世界すら変えられる力を得れるから、そう呼ばれるのだと思うのだが。

「アリシア、私は神にまでなりたいとは思わないわよ」

「作業の邪魔になるから、神の座は関係者以外は立入り禁止なんだよ。
それなのに、救世主になったら神の座へ見学に行くけど、新たな神に成りたくないなんて、もう、お姉ちゃん我侭なんだから」

いや、神になるかならないかって我侭とか言うレベルの話か?
それに、関係者以外立入り禁止って、神の座は工事現場か何かなのだろうか?
何だかアリシアの話を聞いてると『根源』の認識が大暴落していくな。

「待ちなさいアリシア。一つ聞きますが、その救世主とかに成る者が居た場合、今あるこの世界は如何なるのでしょうか?」

ああ、確かにそうだな。
救世主の選定とやらは聖杯戦争の時に知っていたけど、具体的に救世主とやらがどんな存在なのかは聞いていなかったか。

「うん、それはね。
赤と白の二つに分かれた世界の理から、必要な理を空の書(からのしょ)に編集して新たな理を創り出すの、その理によりって創り直されるから今ある世界は滅びるよ」

にこやかに微笑みながら、アリシアはトンでも無い事を言い放った。

「―――っ!?」

「ちょ―――っ、まて世界が滅びる!?」

救世主になる者が居たらソイツが世界を滅ぼし、自分の好きな世界を創造するだと!
そんな事をさせたら、一体どれだけ多くの犠牲が出ると思ってるんだ!!

「うん、そうだよ。
でも、イリヤお姉ちゃんが救世主になったら、どんな世界を創るのか楽しみだよ」

なのにアリシアは嬉しそうに語り続けた。

「馬鹿な―――何故、今ある世界を滅ぼさなければいけないのですか!」

「ほえ、何で?」

アリシアはまるで、俺とセイバーが見当違いの事を言っている様な感じで聞いていた。

「駄目に決まってるだろう、そんな事!!」

「シロウ、セイバー、落ち着きなさい、神の座に至っても世界の理を変えなければ被害は無いわ」

「む、確かにイリヤスフィールの言う事には一理あります」

「そう、だな」

イリヤの言葉で激高しかかった俺は冷静さを取り戻せた。

「あう、でも理を変えずに放って置けば、世界が増えすぎて世界全てが崩壊しちゃうんだよ」

「―――っ、アリシアそれは聞いていなかったわよ」

イリヤが表情を変える。

「アリシア、知っている事を全て話して貰いましょうか」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第01話


「もう、結局シロウもセイバーも着いてきて。
これも、アリシアが事前に転送の準備の事を言ってなかったのが原因よ」

ジロっとイリヤお姉ちゃんに睨まれる。

「あうぅ……」

如何やらイリヤお姉ちゃんは、根の世界へ行く準備として転送用の魔方陣とか、儀式とかが必要だと思っていたらしいんだ。
でも、私は転移くらい何時でも出来るから、特に気にしてなかったんだよ。
その意識の差が朝方現れて、正義の味方が出てる番組を見ている時にイリヤお姉ちゃんが確認しに来たらしい。
そうして、話しているとお兄ちゃんにセイバーさんが「知っている事を全て話して貰いましょうか」って迫ってきたんだ。
でも、救世主って世界しか救えないから救世主なのに。
何で皆判らないのかな?
世界に住む命を護るのは、救世主じゃなくて、その地に住むだろう、町の正義の味方だと私は思うんだよ。

一応―――

「世界が増え過ぎちゃって、このままだと、世界を支える枝が持たないから。
世界の理を半分にする事で世界を軽くして、次元崩壊させない為に世界の代表である救世主に選んでもらうんだ。
その救世主の候補者の選定と補助に使われてるのが、根源力、名前の通り根源の力を利用できる能力を持つ存在。
前に救世主になった者達だけど、暇だろうし選定に協力してもらって、世界を代表する存在力の持ち主に成り得る資質を持つ者と呼び合い、武器や装飾品になったりして現れる事からアヴァターでは召還器って呼ばれているんだ」

―――って事や。

「私とイリヤお姉ちゃんの持ってるディアブロとキリツグは『原初の海』に創って貰ったデバイスの機能を持つ魔術礼装で、召還器と同じく根源力を供給する能力はあるんだよ」

そう言って知っている事は話したよ。
まあ、そうは言っても親切にしてくれたお兄ちゃん達や、藤姉さんや桜姉さんが居るこの世界は一旦、枝から切り離して影響を受けない様にするつもりなんだけど。
もしかしたら、お兄ちゃんやセイバーさんに、ちょっと怖いけどイリヤお姉ちゃんなら、私の知らない方法があるかも知れないから。
でも、そんな都合の良い話は無くて、救世主が誕生すれば世界は滅びるけど、放っておいてもやがては滅びてしまう事に変わりは無かった。
しかし、こうして知ってしまった以上、指をくわえている訳にもいかないから、とりあえずは救世主と成り得る相手を見定めようと、お兄ちゃんとセイバーさんも一緒に根の世界アヴァターに行く事になったんだ。

「ここが根の世界、アヴァターです―――っ。
これは、この世界の知識ですか、まるで聖杯戦争に召喚された時と同じ感覚だ」

「聖杯戦争の召喚と同じ―――これが、そうなのか、言葉や文字に、この世界での常識なのか?
どんな文明なのか、とかは詳しく解らないんだな」

街へと視線を変え。

「建物から推測すると、中世ヨーロッパ辺りの文明に近い感じか」

本当は、影に頼んで送ってもらおうと思っていたけど、こうなっては仕方が無いので『原初の海』に頼んで送ってもらった事にして転移した。
勿論、藤姉さんや桜姉さん、セラさんにリズさんが心配しないように時間軸等も確認しているので、アヴァターから戻る時には転移した時間から誤差が無いように戻れるよう配慮している。
後、聖杯戦争の時に確認してた大聖杯のサーヴァントシステムを参考にしているので、転移と同時に世界の記録からアヴァターの基本的な知識が入って来る様にしている。
何せ色々な人達の記憶で確認しても、その人達が知らない知識や、元となる情報が無いと解らない事柄等があるんだよ。
それで、農協って組織を米の国と思い込んでいて、あの世界の覇権を握ってるのは農協だとばかり思っていたんだ。
あの頃の私が想像していた米の国は、広大な水田に戦艦や空母が航行しながら、飛行機が飛びたち農薬を撒いていたりしていて、畔では銃を持った兵隊さん達が、水陸両用の戦闘車両で稲穂が動物に被害を受けていないか見回りをしていたりとかだった、けど。
ライダーさんの見てたニュースで、農協が米の国じゃなかったのを知った時は本当に驚いたよ。
それに、神秘は秘匿するモノとしている魔術師は表には出てこない存在ので、遠坂凛さんを影で市役所で働いている職員さんだと思い込んでしまったりとかの経験を私はしていて。
その経験から人々からじゃなく、世界に記録されている情報の中で、比較的新しい事柄、かつ知らないと意思の疎通すら危ぶまれる言葉や、文字等を含む簡単な知識が入って来る感じにしている。
何せ以前、別の世界へ行った時に試しに全部の知識を詰め込もうとしたら、人間の脳が耐えられない情報量で焼き切れるかと思った経験をした事があるんだ。
後、転移先は最近セイバーさんが遊んでいた『虎クエ』っていうゲームを参考に、一番大きな街の付近にしている。
流石にゲームと同じく、お城へ行って、装備品やお金を手に入れる事はありえないだろうから。
ますは、根の世界で使える所持金も無いので、初めは酒場か街の人達に聞きながらお金を稼いで宿屋に泊まれる位にはしたいかな。
それでも駄目なら駄目で用意はしているから大丈夫だけど。

「で、その白、赤、空の書の精霊が何処に居るのかは知っているの?
(『原初の海』ってアリシアに良い様に使われてるわね……
アリシアが『原初の海』の使い魔のような感じだとしたら、そんなに凄い存在じゃないのかも?
それとも、ただ身内には甘いだけなのかしら……
―――そうね、アリシアにしても、私にキリツグをくれた訳だし、身内には凄く甘いのかもしれないわね)」

「ん~、それは知らないよ」

これは本当の事だよ、座に居る影には選定が終わった時、この度の救世主がどの理を選択したとかなどの重要な報告はさせているけれど、管理効率から、影にはある程度の裁量は必要なので自律性を持たせいる。
だから、私には報告が無い限り影が何をしていたのかは判らなかったりするんだ。
故に、影の創った『理の書の精霊』達が、このアヴァターの何処に住んでいるのかなんて、私に報告する必要も無いし、報告されても当時の私は「だから如何したの?」って答えるだけだろうから。

「では、この世界は傭兵組合がありますから、当面はそこで傭兵でもしながら金銭を稼ぎつつ、その三体の書の精霊を捜し出しましょう。
救世主に成ろうとする者が手にする前に、我々が書の精霊を集めてしまえば、候補者達がどうしようと救世主には成り得ず、救世主による世界の破壊は起こり得ない筈ですから。
そして、救世主となる者を見付けたのなら、その者が世界に相応しいか見極め、相応の者ならば協力し、共に世界の崩壊を防ぐ手立てを考えて貰いましょう。
(だが、相応しく無い者ならば……その時は―――)」

「ああ、そうだな、セイバーの方針で良いと思う。
(次元世界全てを滅ぼさせるなんて―――何も知らない人達が、ある日突然滅ぼされてしまうなんて、そんな事許せるものか!
―――でも、例え救世主を倒す事が出来たとしても、いずれ来る次元崩壊は止められ無い。
皆が救われる方法、何か………何か方法は無いのか!?)」

セイバーさんとお兄ちゃんの視線は厳しい、きっとお金が無いからこの先が不安なんだろうね。
でも大丈夫だよ、その為にちゃんと準備はして来たんだから。
体に強化の魔術を掛け、足元に居るポチを「街に行くからおいで」と抱き上げる。
最近は、よく渦をあげてるので大きさは変わらないものの結構重くなり、体を強化しないと持ち上げられなくなってきていた。

「そうね、私もそれで良いわ。
アリシア、貴女は如何なの?
この世界の事は私達より詳しいんでしょ?」

「ん~、『原初の海』から教わった知識だけだよ。
だがら、私もセイバーさんの言った方針で良いと思う」

あう、自分の事を他人の様に言うのは変な感じがするよ。

「そう、でも聞く限り『原初の海』は全知全能の存在じゃないの?
そんな存在が、知らないなんて事あるのかしら?」

じ~、と私を探る様に見つめるイリヤお姉ちゃん。
あう、もしかして私が『原初の海』だって事がばれているのかな?

「えと、全知って未来とか知ってたら面白く無いよ?」

だとしたら拙いなと思いつつ一旦、区切り。

「だって、そうでしょ。
例えば、ライダーさんが本を読んでる時に、この話はこうで最後はこんな感じだよって話したら。
きっとライダーさんも、その本がつまらないと感じちゃうだろうし。
未来は分からないからこそ楽しいんだ。
それは、きっと『原初の海』も同じなんだよ」

そう、未来は白紙だからこそ、可能性に満ちているからこそ楽しいんだから、お金を稼ぐのには便利だったけど必要な事以外で未来なんて知っていても面白くも無いと思う。
そもそも、全てを知ってしまっているだなんて―――それなら、私にとってその世界に価値は無くなり、必要無いから消してしまっても問題が無い世界って事になるんだから。

「……推理系の小説読んでいて、横からそう言われたら確かに読む気無くすな。
(『原初の海』って神みたいな存在だからな、そんな奴からしてみれば、俺達の事もその程度にしか思えないのか?)」

顔を顰めつつも、お兄ちゃんは納得してくれる。

「………未来を知ったらつまらないから知らないって、何それ……呆れた存在ね。
(無知全能って……でも、反対に言えば、その気になれば全知全能になれるって事ね。
案外、アリシアに上手く強請らせれば書の精霊の居場所も簡単に教えてくれるんじゃ無いかしら……)」

何か思うところがあるのかイリヤお姉ちゃんは目を閉じ溜息をつく。

「では、決まりですね。
(己の故郷すら守れなかった私だが―――この身に代えても、世界とそこに住む者達を護る!!)」

「おう!」

アヴァターの街ってどんな感じなのだろう。



王都、九つの州からなる根の世界、アヴァターの、実質的に中心とも呼べる国の中枢。
その街へ辿り着いてから、傭兵組合を探すのにはそう時間は掛かりませんでした。
知名度もあり、街の人に聞くと簡単に場所の特定が出来たですが、どうもアヴァターでの傭兵とは資格が要るらしく、訓練校にて傭兵科という学科を卒業しなければならないそうです。

「世界を滅ぼすだろう救世主が、まさかアイドルの様な扱いをされているとは思わなかったな」

何とも言えない表情をし王都を見下ろすシロウ。

「そうですね。
私も当初、魔術師の如く救世主とは秘密裏に動いているとばかり思っていました」

確かにこれは予想外でした。
千年も続いた王国というのにも驚きはしましたが、この街から一番近い学校、フローリア学園という、おおよそ千年もの歴史を持つ王立資格学院があるそうです。
そして、そのフローリア学園には、驚く事に救世主クラスという、救世主になり得るだろう候補者達が在籍しているとの事でしたから。
何故、自らを滅ぼそうとする存在を擁護しているのか?
私がこの国の王であったならば、既にその候補者達は処刑しているでしょう。
そうすれば一時凌ぎとはいえ、破滅は回避出来るのですから。
よもや、救世主を別の目的の為に利用しようとの思惑があるのでしょうか?

「きっと、このアヴァターの人達は、次元崩壊してしまうとそれまでの事が無駄になっちゃうから。
せめて、世界だけでも残そうって思ってるんじゃないのかな?」

「その逆よ、普通の人達が知っていたら、まず救世主は害悪とされて民衆から私刑にされてる筈よ。
それが無いのは、アヴァターの人々が救世主に対して何か思い違いをしている可能性の方が高いわ」

アリシアの意見をイリヤスフィールが真っ向から斬り捨てる。
確かにイリヤスフィールの言う通りでしょう、救世主こそが世界を滅ぼす存在である事を人々が知っているのならば、彼らは既に討伐されている筈ですから。
なのに候補者達を英雄―――いえ、アイドルとして見ているのは、この国の人々が救世主に対して誤った認識をしている可能性が高い。
そして、救世主に至った者が選ぶ赤と白の理、アリシアの説明では赤の理は精神的な要素が重要な意味を持つ世界の理であり、白の理は赤の要素を取除いた等価交換や弱肉強食的な世界。
要は、赤の世界は精神が高揚している者ほど強者となり、白の世界では努力した者だけが報われ強者となれるという事でしょうか。

「アリシア。確認しますが、救世主が現れれば世界は滅びてしまう、これは間違いでは無いですね」

「うん、それに近いかな。
救世主が選ばれたら、一旦神の座へ行って、必要な理を組上げるから、今在る世界は書き換えられ、そこに住む命は滅んじゃうんだ」

赤と白、二つの理を、空の理といわれる存在に纏めると世界は破滅を迎える―――

「―――っ、それ程までに、世界は増えているというのですか」

「うん、その為の救世主だって聞いてるよ」

草原に敷いたシートに座り、食べていたお弁当を片付けた後、ペットボトルのお茶を飲むアリシア。
その仕草を見てふと思い出す、何でもアリシアは、聖杯戦争終了後、すぐに行動を起こし準備を始めていたそうです。
荒稼ぎとも思えてた取引は、全てこの世界へ行く為の事前準備。
イリヤスフィールとアヴァターへ行く為に用意していた弁当すら、二万二千食、約十年分の食料を確保していたそうですから。
道理で最近、商店街の弁当屋のシャッターが閉まったままだった訳です。
(これは後に知りましたが、弁当の注文は新都の方も含め数十件に分散していたらしく、この弁当屋は偶々人手が不足してしまい閉めていただけのようです)
他にも水や医療品、衣服に生活雑貨。
それに―――此処での移動拠点となるだろう、キャブコンバージョンと呼ばれるキャンピング車に視線を向ける。
この車は、乗員五名、就寝四名まで対応するそうです。
当然、必要とされる燃料も相応に用意している事でしょう。
更にはポータブルバスやら、ユニットハウスと呼ばれる小型の家までも用意しているとか……
確かにこれだけ用意するのなら、あれ程荒稼ぎをしていた理由も解ります。
そして、如何にアリシアが稼ごうが、言峰綺礼の協力が無ければ、これ程揃える事は出来なかった事も。
アリシアを神と崇めている為、アリシアの教育上問題がある神父ではありますが、この様な事に対する手腕は評価するべきでしょう。
その用意した物資を悪くならないように時間凍結させ、何でも『原初の海』に頼んで保管用に小さい空間を創造して貰い、そこに保管しているそうですから驚きを越して呆れるばかりです。
しかし、本来人間である私に英霊の力を被せた異常性を考えれば、アリシアのやる事に一々驚いているのは意味の無い事なのかもしれませんが。
それに、欲しがられたからといって、軽々しく創造し与えてしまう『原初の海』にも問題は有ります。

「どの道、フローリア学園へ行かないと傭兵として依頼も受けられないし、行くしか無いだろう。
(王都で聞いて分かったが、小さな村などは破滅のモンスターや、山賊の被害を受けている所が多いらしい。
平和な村に突如押し寄せた悲劇―――っ、俺で力になれるなら、俺は俺の出来る限りの事をしよう、こういった事の為に魔術を得たんだから!)」

「ええ、確かにその通りです」

弁当の味も悪くありませんでしたが、やはり私はシロウの味の方が好みだ。
とはいえ、見晴らしの良い場所と、心地良いそよ風に吹かれ食べる食事もなかなか良い物です。
これで、世界が滅びる危機が無ければピクニックとして最適と言えたでしょうね。

「―――ですが、傭兵組合へ行ったときの奇異な視線もありましので、イリヤスフィールとアリシアが傭兵科に入れるのは難しいのではないのでしょうか?」

バーサーカーに護られ、シロウよりも魔術師としての技量は遥かに上のイリヤスフィール、神霊級の力を持つアリシア、この二人のは決定的な欠点がありますから。

「そうだよな、二人共まだまだ子供だ。
実力はあっても、子供を戦場になんか行かせられる訳無いよな」

そう、二人共見た目は―――いえ、イリヤスフィールは兎も角、アリシアは力こそあれ、子供そのものですし。
これでは傭兵に必要な信頼を得る事は出来ないでしょう。
そういうシロウにしても、幾ら私やアーチャー、気紛れにアサシンからも手解きを受けているとはいえ、まだ経験は足りないのは確か。

「ぷう、子供じゃ無いよ。
こう見えてもイリヤお姉ちゃんは、お兄ちゃんよりも年上なんだよ」

頬を膨らまし、両手を上げ抗議するアリシア。

「えっ、そうなのか!?」

「お姉ちゃんは、車だって運転出来るんだから。
この車だって、初めはお姉ちゃんに運転して貰おうと思ってたんだよ」

む、そうでしたか。

「私はシロウの姉であり、妹でもあるからいいのよ。
でも、貴女は子供じゃない」

まったくシロウもアリシアも、イリヤスフィールの年齢の話で驚いている場合ではないでしょう。
問題は、如何にあの背丈で車の免許を習得出来たかです。
先程は運転出来るとは思わず、私が騎乗のスキルを使い運転していました。
しかしながら、如何に運転の免許が在るとはいえ、イリヤスフィールの身長を考えるとこの車の運転は厳しいと思いますが。

「もう、皆して私を子供扱いして、いくよディアブロ、セットアップ」

「了解、セットアップ」

アリシアが呟くと魔術礼装である腕輪から声が響き。
体格と服装が変わり、大人の姿へと変身した。
一緒によく馬券を買いに行きますので、大人の姿のアリシアは見慣れていますが。
服装、確かアリシアの学校の体操着、ブルマでしたか、それに変わっています。

「……何でブルマなのさ」

シロウはシロウで、二日に一度は洗濯をしている筈なのに、体操服姿のアリシアに絶句しています。
シロウの事だ、恐らくは、私達の世界で中世とも思えるアヴァターへ来て鎧姿などでは無く、日常的に見るでしょう、学校の体操服を見た事に違和感を持ってしまったのかもしれない。

「ん、だって、学校で運動する時はこの服に着替えるよ」

「……いや、そういう意味じゃなくてな。
(たく、大人の姿になっても実際変わったのは外見だけなのは解ってる。
けど、年頃の女の子らしさや、キレイで、俺としては色々と眼のやり場に困るっていうのに。
よりよって、何でブルマなんだか……なるべく露わになってる太股とか見ない様にするしかないか)」

何処か苦々しく表情を変えるシロウ、この世界に来てまだ僅かしか経っていませんが、破滅からこの世界を護れるかを考えていたのでしょう。
そんなシロウから、アリシアはイリヤスフィールに視線を向け。

「ふふん、これでイリヤお姉ちゃんより、私の方がお姉ちゃんだよ」

イリヤスフィールは「むっ」と頬を膨らまし。

「そう、いいわ。
この世界では魔術が公になってる様だし、キリツグ、変身魔術をお願い。
(この世界では魔術の事も、魔法って扱いで呼ばれてるけど、魔術を魔法って言うのには抵抗があるわね)」

「変身」

アリシアが着けているモノと同じ形の腕輪から声がし、イリヤスフィールの背丈が伸び。

「―――っ、馬鹿な、その姿は……まるでアイリスフィール」

イリヤスフィールは、かつて第四次聖杯戦争で共にいたアイリスフィールと瓜二つの姿に変わっていました。

「………」

シロウは急に大人になったイリヤスフィールを見て、「あり得ないだろ」といった表情で見ています。
成る程、聖杯戦争の時は私も、あの様な表情をしていたのでしょうね。

「キリツグに、もし私が成長出来るとしたらってシミュレートして貰ったのだけど、そんなにお母様に似ているかしらセイバー」

「クス」と微笑み視線を変え。

「如何かしらアリシア、私はまだ姉の座を譲る気は無いわよ」

姿こそ似ているが、私が知っているアイリスフィールとは感じが違う。
恐らくは、母であった者とそうで無い者の差であるかと思いますが。
それでもアリシアには効果があったらしく、「う~、いつかお姉ちゃんより、お姉ちゃんになるもん」と「ガー」と両手を上げ吼えています。

「それにしても、いつからイリヤも世界を書換えられる様になったんだ。
(俺もアーチャーから言われて固有結界が出来るって知ったけど、イリヤも出来るなんてな。
それにしても、アリシアだけじゃなく、イリヤまでこう大人っぽくなると……なんか困るな)」

「もう、シロウたっら。
世界なんて、そうそう簡単に書換えなんて出来るものじゃ無いのよ。
これは変身魔術、外見を変えられるだけよ」

「いや、それだけでも十分凄いけどな。
(そういえば、藤ねえが見ていたテレビにもそんな感じで変身する、俗に魔法少女ってヤツがあった、か。
魔法少女イリヤ……か、これでアリシアから本当に魔法を教えて貰っていたら洒落にならないかもな)」

シロウは、大人になった姿のイリヤスフィールを珍しそうに見つめています。
しかし、アインツベルンにはあのような魔術は無い筈、姿を変える魔術はオーソドックスと言えなくもないですが、変身魔術等いったい何処で学んだのでしょうか?
いえ、もしかしたら、四次に召喚されてから十年もの歳月がありましたから、その間に出来た可能性も否定は出来ませんが。

「これは、アリシアに教わった『ミッド式魔術』なんだから」

「ミッド式ですか」

確か、聖杯戦争の時にアリシアが使っていた魔術ですね。
普通の魔術師達が扱う魔術とは過去へと向うのですが、ミッド式は真逆の未来へ向う異端の魔術。
あの時は、光の矢か槍の様な魔術を使っていたのは知っていましたが……

「そうよ、魔術としては異端だけど、覚え易いし、デバイスの補助も有れば結構簡単に使えるわよ」

飲んでいたペットボトルを置き。

「キリツグ、セットアップ」

「了解、セットアップ」

言うなり、服装が変わりアリシアと同じくブルマ姿になるイリヤスフィール。

「ほら、こんな事だって出来るんだから」

宙に浮き上がり。
更に高度を上げ、速度を増して空を自在に飛び回ります。
聖杯戦争でさえ―――いえ、全ての宝具の原典を所有するだろうギルガメッシュやライダーは兎も角、キャスターでは、この様に空を高速で飛ぶ者を私は見ていません。
成る程、私はミッド式という魔術の認識を侮っていたようだ。

「そうだ、この際だからお兄ちゃんにセイバーさんにも教えるよ。
あると便利なんだ、えっと―――聞えたかな?」

「っ、何か頭の中に直接聞える感じだな。
(急に頭に「聞える?」って声がした時は驚いたけど、これって、もしかすると便利かもしれないぞ)」

「うん。これが『念話』、離れてても話せるんだよ」

「いえ、何も聞えませんが……」

アリシアの声を、シロウは聞えたそうですが、私は何も聞えませんでした。
もしかすると、私にまだ話しかけていないだけなのかも知れませんが。

「……え、そっか、セイバーさんのクラススキルには対魔力があったら、それが邪魔しちゃたのかな?」

「じゃあ」と言った瞬間、凄まじい魔力を感じました。

「……アリシア、それはまさか?」

「うん、渦だよ」

「って、こんな事で聖杯使うのか!?」

「だって、その方が時間も短縮出来るんだよ?」

聖杯の中身である無色の力。
既に聖杯を求めていないとはいえ、持てる者はこうも容易く使ってしまうものなのでしょうか?
何処か釈然とせず、空を見上げれば、まだイリヤスフィールが気持ち良さそうに飛び回っていました。



[18329] アヴァター編02
Name: よよよ◆fa770ebd ID:021312f6
Date: 2013/11/16 00:33

少し遅めのお昼を食べた後、車に乗った私達はフローリア学園に辿り着いた。

「ふ~ん、ここがフローリア学園なんだ」

車から降りるなり、イリヤお姉ちゃんは門へと走って行く。

「ん~、折角ナビを付けて貰ったのに役にたたなかったよ。
説明してくれたおじさん嘘言ったのかな?」

車を買った時に説明してくれたおじさんは、「ナビがあれば道に迷う事は無いよ」って言ってくれたのに、使おうとしたら、何かよく解らないけどエラーが発生して使えなかったんだ。
嘘じゃなければ―――あ、もしかして、これが初期不良って事なのかな?
壊れてるかもしれないなら、学園での手続きが済んだら戻って確認してもらう方がいいのかもしれない。

「いや……普通は、異世界で使うなんて事は考えてないだろうから無理も無いだろ。
(ナビを使うにしても、そもそもGPSに必要な衛星が無いんだからな……)」

空を見上げるお兄ちゃん。

「え~、ナビってアヴァターじゃ使えないんだ」

そうなんだ、販売員のおじさんが嘘を言ってた訳じゃ無いんだね。
でも、折角付けたのに使えないなんて、少し勿体無いな。
そう思いつつ、取敢えずは車の時間を凍結して倉庫として使っている世界へ転移させる。

「しかし、四輪駆動というだけあって走りは良い感じでした。
(四次で乗ったバイクといい、車といい、私の望む通りに動きますから気持ちの良い乗り物です)」

運転する事が好きなのか、セイバーさんの機嫌はとても良いみたい。

「ね、あっちの方に行けば良いんだって早く行こう」

門の近くに居た人から聞いたらしく、イリヤお姉ちゃんは急かして来る。

「ああ(……何だよ、この城壁、ここ学校だろ?)」

お兄ちゃんは壁に視線を向けながら門をくぐる。
私とセイバーさんも後に続いて、門をくぐり学園の中に入ると、私の通う小学校なんか比較にならない程の広い広場にでた。

「何て言うか、凄い所だなここ?」

「ええ、資格学園というより、城塞都市と言った方が合っていますね」

城塞都市か、言われて視てみたけど確かに学園の周囲を囲む様に城壁がある。
でも、私の通う小学校もフェンスとかで囲まれてるから別に変じゃないと思うけど?

「もう、シロウもセイバーもなに言ってるのよ。
城壁があるなんて普通じゃないの?」

「いや、俺の普通だと城壁は無いな。
(流石に、イリヤは本物の城に住んでいるだけあって見慣れているらしい。
きっと、故郷には城壁に囲まれた城や街があるんだろうな)」

そうなんだ、ちょっと高いけど、学校のフェンスや家の塀と同じかと思ってたよ。
ん~、もしかすると、フェンスや塀だと偶に猫さんが歩いてるから、そっか、きっと、トイレにされないように猫さんが登って来れない高さにしてるんだね。
納得した私はイリヤお姉ちゃん達の後を付いて行き、受付で入学の手続きを済ませると説明を聞く。
如何やらこの学園は入学するのは簡単らしいけど、卒業するのは難しい仕組みらしい。
しかも、ランクもあって。
AAAがとても優秀、AAが優秀、Aは普通で、Bだと劣等生、Cは落第生。
そして、能力試験で二回連続でC評価だと退学になっちゃうらしいんだ。
私達が入る傭兵科は、他の戦士科等とは違い総合的な資格で。
戦う腕前や、戦場で生き残る方法だけではなく、何かを探したりとか、依頼主との交渉する力も必要なんだとかで、本来なら訓練所などから他の学科を卒業した人達が入るところらしい。

「ん~、何か話を聞いてると難しそうだね、イリヤお姉ちゃんはどう?」

「あら、私は大丈夫よ、アインツベルンの魔術師は優秀なんだから」

腰に手を当てて自信満々に答えるお姉ちゃん、だけど、その割には過去五回も聖杯戦争やって勝てなかったのは何故なんだろう?

「セイバーはどうなんだ?
(俺の場合、傭兵なんて、アーチャーの記憶で見た、それっぽいやつしか知らないからな、実感するのが難しいな)」

「私は、使われていた側ではなく、使っていた方ですので傭兵の扱われ方等は心得ているつもりです」

「……(この人、何処の州の貴族かしら?何でそんな方が、傭兵になんて危険な科に入りたがるのかしら?)」

ジィと、セイバーさんを見ていた受付のお姉さんに案内され、今日は筆記試験をして、後は部屋に案内される流れになった。
―――そして。

「筆記試験って難しかったね。
味方よりも、相手が多いい場合はどうするって問題。
私はやってみなければ分からないから、正面から迎え撃つって答えたら違うって事だったし」

「そうよ、バーサーカーは強いんだから、正面からだって倒せるわよ!
後、契約の反故をどうやってさせないかって問題で、強制(ギアス)を使えばいいって書いたら。
そんな凶悪で危険な契約なんて、誰も結ばないぞって言われたのよ!
そんなの、相手に分からせない様にしてやるに決まってるじゃない!!」

「いやいや、それは駄目だイリヤ。
って、言うより、強制(ギアス)の説明を試験官が聞いていた時の表情が凄く強張ってたぞ」

「ガー」と吼えるイリヤお姉ちゃんに対し、お兄ちゃんは何処か呆れ顔だ。

「アリシアの言っている問題の場合は、地形を利用したり、伏兵等を配置させるなどをして交戦するか偵察のみとして一旦退くのが正解でしょう。
少ない兵力で正面から戦えば、蹴散らされ敗走するだけです」

お兄ちゃんと同じよな呆れ顔で私を見てる、両手を腰に当ててるセイバーさん。

「そうなの?
ん~、偵察って、ただ相手を見て来る事だけだよ」

一応、戦って相手の力を確認した方が良いと思っていたんだけど?

「ええ、戦うべき相手の情報が有るのと、無いのとでは戦略的にも、戦術的にも違ってきますから。
それに、そもそも無理にでも戦う必要があるとは、何処にも記載されていません」

セイバーさんはイリヤお姉ちゃんに向き。

「イリヤスフィールの言っていた問題は、依頼者が信用出来る人物か如何かを見分けれる様に、必要な交渉をする事ですから。
間違っても、催眠術や魔術で如何にかするなどはしてはいけません」

「そう、なんだ……情報って大切なんだね。
有難うセイバーさん、これで次からは間違えなくて済むよ」

因みに筆記試験の採点の結果、私とイリヤお姉ちゃんの評価は崖っぷちのCランクで、お兄ちゃんはその上、崖が見え始めるBランク。
で、一国の王様だったセイバーさんは、アヴァターの風習が元の世界とはやや違ってはいるものの。
王様の時の時代と、今のアヴァターとが時代的に似ているところもあり、崖とは無縁のAAランクだったりする。

「そうして下さい―――と、ここが私達の部屋ですね」

日が傾き、茜色に染まる廊下を歩いていたセイバーさんが立ち止まる。
そこが指定された部屋らしく扉を開けると、中は四人部屋らしく両脇に二段ベッドが置いてある。

「うそ、こんな狭い部屋でどうやって生活するの!?」

部屋を見渡し、何故か呆然としているイリヤお姉ちゃん。
そういえば、確かにお姉ちゃんの住んでる城の部屋って広かったね。

「イリヤスフィール、そもそも、傭兵といわれる者達のほとんどはこの様な部屋にすら住めません。
屋根と壁があり、雨風を防げるのです十分ではありませんか」

ん~、それ以上は高望みだとセイバーさんは言いたいらしい。
傭兵って、思っていたよりも結構大変そうなんだね。

「っ、そうかも知れないけど、そもそもベッドが無いんだから寝る事も出来ないじゃない」

「いや、ベッドなら其処に在るだろ」

お兄ちゃんが二段ベッドを指す。

「む、シロウたら馬鹿にして、天蓋なら兎も角、二段になっているベッドなんて見た事も無いわよ。
アリシア、これって荷物置く台か何かでしょ?」

片手を腰に当てて、私を睨むイリヤお姉ちゃんはちょっと怖い感じで、思わず両手に抱えていたポチを強く抱締めた。

「え~と、以前、新都の家具屋さんに行った時、見たこと有るけど、これもベッドだよ」

うん、私の部屋の家具を揃える時に行った、家具屋さんの、確か子供用の売り場にあったと思う。

「―――っ、うそ、こんなベッドが在るの」

フラフラと近寄り。

「っ、マットも硬いいし」

とか。

「何この掛け布団の薄さ、それに変な臭いがするわよ!?」

とか、楽しそうにイリヤお姉ちゃんは、先程の試験での疲れが無いのか、「ガー」と元気そうに騒いでいる。
それを―――

「悪いセイバー、押し付ける様だけどアリシアとイリヤの事を頼んだ」

困った様な表情でイリヤお姉ちゃんを見ているお兄ちゃん。
そうだった。
この学園は、様々な学科を希望する人達が居るけど、寝泊りする宿舎は基本的に男子寮と女子寮の二つに分かれているんだ。
だから同じ傭兵科でも、お兄ちゃんは、ここ女子寮では無くて、これから男子寮に行かなくちゃならないんだ。

「ええ、分かりました。
ですが、シロウも此処は冬木では在りません、十分な注意をして下さい。
(そうは言っても、ここは王立の学園、魔術師の工房とは違いますからそうそう危険は無いとは思いますが……)」

「分かってるさ、セイバー。
じゃあな、アリシア、イリヤもまた後で」

「シロウ、私達も後で食事に行くから場所は後で念話で伝えるわ。
念話は大丈夫よねシロウ?」

「聖杯まで使ったんだ、念話位なら出来るぞイリヤ。
そうだな、俺も学園を回ってよさそうな所を探してみる。
(って、言うより会えないと俺が飯抜きだからな)」

「うん―――あ、そうだった」

私は預かっていた、お兄ちゃんの荷物、そうは言ってもスポーツバッグ一つしか無いんだけどね。
それを、倉庫にしていた世界から取り出し渡した。

「はい、これお兄ちゃんの荷物。
後、必要な物があったら言って、色々と揃えているから」

「ああ、有難うアリシア。
(……何か子供の頃、テレビで見た猫のロボットみたいだな)」

「うん、また後でね」

お兄ちゃんが男子寮へと向かい、部屋を出て行った後、イリヤお姉ちゃんは二段ベッドの上で「狭い~、荷物が置けないよ~」と言って転がっている。
確かに、お姉ちゃんから預かっている荷物は大きくて、この部屋の大きさだと置く事が出来ない物ばかりだよ。
受付のお姉さんの説明では、錬金科や魔術師科の人に多いそうだけど、部屋を勝手に改造する人が居るらしく、そういった行為は極力やらないで下さいとの事だったけど出て行く時に元に戻せば問題は無い筈だよね。

「うん、そうだよ、このままだと、イリヤお姉ちゃんの荷物やセイバーさんの荷物とか置けないし、仕方ないよ」

もう少し部屋が広ければ良かったのにと思いつつ、次元制御と空間制御の応用を行い、この部屋の大きさを拡大させる。

「―――っ、アリシア、一体何をしたのですか」

突然、部屋の大きさが広くなったので驚いているセイバーさん。
採光の方も、天井から外の光りを降らせる感じにしてるから問題は無いと思うけど。
先に言っておいた方が良かったかな?

「ん、次元制御と空間制御の応用で、部屋の大きさを広くしたんだ。
前にイリヤお姉ちゃんのお城で、第二魔法って言われる業の概念を教えて貰っていたから、似た感じにやってみたの」

「第二魔法……の真似事ですか。
(くっ、すまないシロウ、如何やら私では力不足だった様だ……)」

部屋の大きさは広くなり、地平線があるのか奥の方がよく見えない。
でも、私が倉庫として使ってる世界よりは空間の大きさも比較にならない程の狭さだけど、イリヤお姉ちゃんの荷物やセイバーさんの荷物を置くには十分な感じだね。

「イリヤお姉ちゃん、これなら荷物も置けるよ」

「ええ、有難うアリシア。
(思った通り、アリシアは甘いわ。
でも……コレだけ広いと、奥に行ったら部屋の中で遭難しそうね)」

持って来た家具等の荷物が置けて、嬉しいのか何処かニヤリとした笑みを浮かべ、広くなった部屋の奥を見据えるお姉ちゃん。

「でも、これ程広くしなくても良いわよ」

一旦区切り、私に振り向く。

「そうね、遠くの方に壁が見える位で良いわ」

「そう?少し広くしすぎちゃったかな?」

広い事はいい事かなと思って―――あっ、そうか、掃除とか大変だし広すぎても問題があるんだ。
流石、イリヤお姉ちゃん、私が見落としていた処を見ているよ。
私も見習わないといけないなと思い、遥か遠くの方に壁と窓が見える位に部屋の広さを調整する。

「ええ、それ位で良いわ。
じゃあ、アリシア、まずは扉の前にはパーテンションね。
次にあの辺りに敷物とソファを置いて」

「は~い」

「そう、その辺り。
ベッドは―――そうね、あの辺で良いわ」

イリヤお姉ちゃんの指示に従い、家具を出すと重いのでポチに移動して貰う。
イリヤお姉ちゃんの家具の設置するに、そんなには掛からず。
プライバシーの事もあるのか、パーテンションで互いの場所を区切り、まるで別々の部屋の様に独立させていく。
後は、私の家具とセイバーさんの家具を置くだけなので時間も大して掛からず終わった。
―――けど。
イリヤお姉ちゃん曰く、ここは魔術師に工房に相当するらしいので、学園の皆に分からないよう警戒や撃退用の結界を張るらしい。

「イリヤスフィール、万一の事も考え警戒用の結界は良いとしても、ここは学園の一部、撃退用の結界はやり過ぎです。
それに、その様な結界を張るには時間が不足している」

ん~、結界ってそんなに時間掛かるんだ。
もう部屋の中も暗くなって来ていて、今は魔力で作り出した灯りを展開しているし、遅くなればお兄ちゃんもお腹空いて困るだろうから私も今は止めた方がいいと思う。

「そうね、セイバーの言う通りかも。
……とは言っても、食事にはまだ時間があるわね―――そうだ、少し早いけどお風呂に行かない?」

「ええ、私はそれで構いません」

セイバーさんは私に向き。

「アリシアもそれで良いですね。
(そう言われれば気になりますね。
この、アヴァターのお風呂とは如何いった感じなのでしょう。
恐らくは、私のいたイングランドと同じ形式だと思いますが、サウナと沐浴というのかもしれません)」

「うん。お風呂、お風呂~」

私もお風呂は気持ちが良いから好きなんだよ。
今は体操服の形状をした防護服のままだけど、流石にお風呂の後は着替えた方が良いと思うので。
以前、イリヤお姉ちゃんと行った別の世界で購入した大人用の下着と洋服を持って行く事にした。
ディアブロは防水対策が出来てるので念の為着けたままにして、と。

「さあ、どんなお風呂かな」

ポチと一緒にお風呂場の扉を開き中に入る、そこはテレビで旅館の紹介とかに出てくる様なとても広いお風呂場が見渡せた。

「広いですね、とても学園とは思えない。
(根源的な世界である根の国、よもや日本風の浴槽とは)」

「そうね……でも、何で日本のお風呂と同じなのかしら?
(建物の感じからして、私の城に在るような物を想像していたのだけど。
流石、根の世界アヴァター、私の予想を上回るわ)」

「恐らく、アヴァターは水が豊富に在るのでしょう」

タオルを胸から垂らしたセイバーさんと、変身魔術を解いて元の姿に戻ったイリヤお姉ちゃんが後から続いて入って来る。
多分、身体を洗うのに、変身したままだと何かしら不都合があるんだろうね。

「わ~い、一番~」

「あっ、ずるい待ちなさいアリシア」

早かったのか誰も居ない湯船に、私とイリヤお姉ちゃんは飛び込み二つの水柱が立ち昇る。

「アリシア、イリヤスフィールこの様な浴場では、今の様な行為は迷惑ですのから―――って、アリシア、泳いではいけません!」

「ほえ、こんなに広いのに泳いじゃいけないの」

夏休みに入る前、小学校の体育の時間にプールがあったけど、家のお風呂では泳ぎの練習も出来無かったから丁度良いと思ったのにな。

「ええ。入浴にも作法があります、今こそ他に人は居ませんが、これから来る人には迷惑に受けとられる。
(……まさか、四次と五次に召喚された時の知識が、聖杯戦争とは無縁の異世界で役に立つとは思いませんでした)」

「ん~、そうなんだ、御免なさい」

あう、迷惑ならしかたないや、お風呂の入り方もルールがあるなんて、世界は私の知らない事だらけだよ。
こうやって、一人の人間として生きていないと色々な事が解らないんだね。
このアヴァターでの選定も、基本的には座に居る影に任せて結果しか聞いていないし。
きっと、このアヴァターでも私の知らない事は沢山あるんだろうな。

「そうよ、アリシア。泳ぐならせめて水着は必要でしょ?」

「ええ、そうで―――いえ、イリヤスフィールそういった話ではありません」

セイバーさんは、軽く身体にお湯を掛けた後入って来る。
広いから、プールのみたいな感じで思っていたけど次からは気をつけよう。
横では、タオルで遊んでいたイリヤお姉ちゃんが、セイバーさんにお風呂の入り方で怒られていた。
セイバーさんは、怒るとイリヤお姉ちゃんよりも怖いから注意しないと。
うん、お風呂はゆっくり静かに入る事にしよう。
―――あ、そういえば、このアヴァターにも当真大河は居るのかな?
ふと気になったので、暴れてる座を視て存在を確認してから、同じ存在がこのアヴァターに居るか視てみる。

「……見つからないや」

ん~、赤の方か白の方か判らないけど、まだ書の精霊は呼んでないんだ。
私達の来た世界は、並行世界の一つだから―――って、あの地球と同じなら星や霊長の抑止力が存在するから書の精霊でも影響を受けちゃうか。
そっか、例えば救世主に成れるかもしれない存在を召喚しようとしても、抑止力が関与して来るかもしれない。
召喚しようとしたら、何故か近くに死徒二十七祖とか呼ばれている者達の誰かが居て、召喚された後、まだ存在力が低い候補者達が全員襲われちゃうかもしれないし。
特に神父さんから聞いた話では、五位の宇宙怪獣ORT(オルト)とかは二十七祖の中でも凄い子らしいので、そんな子が一緒に召喚されたらアヴァターに住む子達は絶滅しちゃうかもしれない。
うん、選定どころの話じゃないね、書の精霊が召喚出来るとかの話じゃないや。
でも、これは、本来一つの筈の理の精霊を、選定に必要だからって、半分にするよう指示してしまった私のミスだから仕方が無い。
とりあえず捜して―――ん、いたいた、あれ、この世界の当真大河は女性で両親と妹の四人暮らしなんだ。
如何やら、女性の当真大河は色々な男の人達から誘われて困っている様だし、妹の方はアレが話しに聞く反抗期って事なのかな、所々で女性の当真大河に反発しているけど、何処か幸せそうな家庭がするよ。
そうか……この世界じゃ当真大河は召喚されてないんだ、でも居ないならしょうがない、だったら『何処か私の管理の仕方に問題があったのか』や、『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』って二つの問いはの答えは、やっぱりお兄ちゃんやセイバーさん、イリヤお姉ちゃんと一緒に居て出すしかないや。
何たってお兄ちゃんは、正義の味方を目指しているんだから、私が悪いことをすれば怒るだろうし、王様だったセイバーさんも何が悪いか教えてくれると思う。
そういえば、この世界の当真大河は女性だったけど、あの座で暴れている当真大河は男性だから怒っている理由は救世主になったのに女性じゃないから選択も出来なくて怒ってるのかな?
―――でも、女性になりたくても、なれない現実を否定したいって理由が当真大河の大切な何かだったら……何ていうか私の今の立場が無いよ………
っ、そういえば、すっかり忘れてた、昔は特定の形や体を持たない精神体やエネルギー生命体ばかりだったから存在力だけが必要だったけど。
その少し後は、昆虫人が主流だったから男の人は別の種族かと思う位弱かったし、子供を作るとすぐ死んじゃったから……
この辺も変更させとくの忘れてたな~。
私が失敗したなと思っていると、お風呂場の扉が開き他の人達が入って来る。
雑談を聞いていると何でも、このお風呂場には覗きをする迷惑な人が居るらしい。
色々な価値観を持つからこそ、命は視ていて飽きないけど―――

「皆が嫌がる事をするなんて、悪い人も居るんだね」

そう言いながら膝の上に居るポチを撫でた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第02話


心配だったとはいえ、何時までも女子寮に居るわけにもいかず三人と別れた俺は男子寮へと急いぐ。

「この部屋―――で、合ってるな」

受付の女性から渡された部屋の番号を確認し、扉を開け中へと入る。
中はセイバー達に宛がわれた部屋と同じ四人部屋の様だ。

「ん……何だお前?」

俺が入ると、下の方のベッドで寝転んでいたらしい男と眼が合った。

「すまない、驚かすつもりは無かったんだ。
俺は衛宮士郎、今日この学園に入った傭兵科の学生だ」

「ああ、そういう事か。
俺は自然魔術師(ドルイド)科のデビット・バード、よろしくな新入」

「此方こそよろしくバード、処で俺は何処のベッドを使えば良いんだ」

部屋を見渡すが、デビットが使っているベッド以外使われている形跡が見当たらない。
まさか、この四人部屋を一人で使っている筈も無いだろうし聞いてみた。

「デビットでいい、あと何処でも勝手に使っていいさ。
この部屋に以前居た二人は、この間Cランクを二回連続でやっちまったからな、今じゃ俺と……エミ・ヤシロウだっけかお前の二人だけだ」

「言い難いだろ、俺もエミヤで良い。
そうか……思っていたより、この学園は厳しいんだな」

エミ・ヤシロウって誰だよ……と内心思いながらも反対側のベッドに荷物を置き座る。

「あ~、何て言ったらいいんだろうかな。
前居た二人なんだが、実力は結構あったんだが……救世主候補は知っているだろう?」

「ああ、名前だけは」

歯切れの悪いデビットから、救世主候補なんて思いもよらなかった名前が出て来る。
む、まさか、救世主になる人間だからって好き放題してるのか?
っ、既に小さな村とか色々被害が出ているって言うのに!

「あの二人……凄い救世主候補のファンになっちまって、学園から救世主候補関連グッズを買い漁った挙句。
資金稼ぎにいろんな依頼受けまくってたからな、実技は平均よりも上だったらしいが筆記試験は駄目だったようだな」

そい言えば救世主候補って、この世界でアイドルだったな……
要はアイドルのグッズ欲しさに、アルバイトしすぎて、学業を疎かにしてしまったからか、ならデビットの歯切れの悪さも無理ないだろう。
でも、デビットの話は俺にも当て嵌まりそうだ。
王都の傭兵組合で、小さな村々の話を聞いた時には直にでも力に成れればと思い、行こうとしたが、資格の無い俺が村に行っても信頼性が無く受け入れられないばかりではなく。
現在アヴァターで行われている、傭兵と依頼者の信頼関係を著しく乱す可能性があるとセイバーに言われ思いとどまった。
何でもセイバー曰く、信頼関係が揺らいでしまうと、そこに目を付けた野盗等が入り込んでより酷くなるかもしれないらしい。
信頼関係を崩さないようにしつつ、他の人達の力に成れるよう、傭兵の資格を取りに学園に来た経緯が俺にはある。

「俺も注意しないと拙いな……」

「そうだな、でもその効果もあってかこのレッドカーパス州や周辺の州は治安は良い方さ」

「良い方?」

「だって、そうだろ?
正規の資格こそまだ無いが、ある程度訓練を積んだ者なら実戦を経験した方が良い。
そりゃ、素人同然が行っても邪魔になるだけだが、この学園はエリートを養成する所だからな。
ほとんどの奴は他の訓練校を卒業して来てる。
俺だって、訓練所でBランクの傭兵の資格を取ってからこの学園に入ったしな。
ほら、どうだ、いくら学生とは言え実力は十分にあるしそんな人材はここには沢山居る。
だから、破滅に選ばれたモンスターが相手とはいえ、近くからの依頼なら受けて相手を知った方が後々の為にはなるんだ」

と、一旦区切り。

「学園の方もそれは分かっているらしく、同じ様な基礎を持つ資格なら一年生からじゃなく二年生から入れる飛び級や、簡単な依頼なら傭兵の資格を持ってなくても受けられる仮免制度ってのがあるんだ―――て、その顔じゃ知らなかったのか?」

「ああ、今初めて知った、有難うなデビット」

「そうか、結構有名な話だと思っていが……俺の思い違いだったか」

肩を竦め、そんな事もあるのかと態度で現すデビット、でもアヴァターの出身ですら無い俺からすれば初めて聞くデビットの話はためになる。

「……まあ、入園の案内にも書いてあるから眼を通すのも良いかもな。
とは言っても、実際仮免の申請試験は、筆記試験及び実技試験両方Aランク以上が条件だが」

飛び級は兎も角として、仮免制度か―――いい事を聞いた。
よし、後で入園の案内を読むとしよう。
因みにその後知った事だが、一口に傭兵の資格と言ってもランクが定められていて。
仮免制度と呼ばれる資格は、Cランクとされていて俺達の世界でいうところのアルバイトに近い。
他の訓練校で得られるのはBランクで、このランクだと普通の傭兵として組合から仕事を得る事が出来る。
そしてAランクの資格だが、この資格だけはここフローリア学園だけでしか得られない資格となっていて。
王国が定める資格要件を満たした者だけが、修得する事が出来る、いわば一流の傭兵を示すランクになっているそうだ。

「それじゃあ、これも見て無いだろう?」

石の様なモノを取り出す、確か幻影石って名だったな。
俺の世界で言えばカメラに似た代物だ。

「こいつは、学園が出してるヤツで、救世主候補達の訓練姿を映した物だ」

映し出される映像からは、赤毛の女の子がまるでキャスターに匹敵する火球を作り出して標的を爆発していた。
救世主候補という位だから、恐らく実戦ではあの火玉がキャスターやアリシアの様に一斉に放たれるに違い無い。

「この女性が救世主クラスの主席、我らがアイドル、リリィ・シアフィールドさんだ。
……俺としては、もう少し胸が無ければ完璧だったんだがな」

「………」

映像はその後も続き、恐らく破滅のモンスターと呼ばれているのだろう獣人を相手に、単発の火玉で牽制し、近寄ってきた所を「ヴォルテックス」と叫び雷撃を放つ姿を見詰るデビットの表情はとても悔しそうな感じが見て取れた。
なんて言うか……デビットも学園を去った二人と同じく、救世主候補に惹かれている奴の一人なのだろう。
でも、まあ映像を見る限りでは、シアフィールドって女の子はキャスターの魔術に匹敵している感じすらあるんだから、憧れるのも無理はないか。
映像が移動し、コックの様な帽子に眼鏡を掛け、手には―――これも以前聖杯戦争中にキャスターが手にしていた様な両手杖を持っている女の子に代わる。

「この娘はベリオ・トロープさん、聖職者であり女子寮の寮長だ」

言峰と同じ聖職者か、そのトロープが「シルフィス」と叫びチャクラムの様な光る輪を飛ばし標的を壊していく姿は凄いものがある。
それに、言峰と同じ聖職者なら格闘技でも凄まじいレベルなのだろう。
以前、神霊級の実力をもち聖杯まで所持しているアリシアだが、まだまだ子供で保護者だからお前が護れとか言われ格闘技を教えて貰ったが……俺ではあの動きは難しい。

「あの眼鏡が良い、と言っているヤツも居るんだが……俺にはどうも理解出来ない」

「そうだな」

まあ、眼鏡掛けながら戦うなんて危ないからな、相当の実力と自信があるのだろうと思い同意する。

「次で最後だ」

また映像が代わり、今度はイリヤ位にしか見えないツインテールをした女の子が出て来た。

「あの娘はリコ・リスさん、一部の寮生からはリコタンと呼ばれている。
学園内で一番の力を実力を持った召喚師だ。
俺としては、あの胸のままもう少し成長して欲しいと願わずには要られない」

映像からは召喚師の名の通り、時折スライムや本を召喚して使役している。
実力は認める……ただ、本が武器って如何なのだろう、角で叩かれれば確かに痛いだろうが一度本人に聞いてみたい処だ。
―――いや、まてこの娘で最後って事は。

「ちょっとまて、救世主候補って全員女の子なのか!?」

「そうだ、が。
彼女達の実力は本物だぞ、そこに何か問題があるのかエミヤ?」

顔を顰めるデビット。
―――っ、そうだった。
破滅が迫る中では文字道理の総力戦、男も女も関係無いのだろう。
もし、遠坂が居たとしたら率先して戦場へ向う感じがしなくも無いしな。

「……いや、救世主候補の実力に問題が在る訳じゃない。
ただ、女の子が戦わなければいけない世の中がな」

そう言うと、デビットは驚いた様に眼を見開き俺を見詰めた。

「―――そうだな、エミヤの言う通りだ。
だが、その為に彼女達が要る……矛盾してるが破滅さえ終われば彼女らとて戦う必要は無くなる。
だから俺達に出来る事は彼女達が破滅と戦い、終わらせられる様に道を作る事だろうさ。
(女性しか召還器は使えず、救世主には女性しかなれない、これがアヴァターでの常識。
故に、基本的に男女同権だとはいえ、最終的に男は役にたたないと言われ、大半の男達が自信を失っているのが現状だ。
俺も救世主が現れたのなら、破滅相手は救世主に任せればいいと思っていた。
だが、この男―――エミヤは違う。
例え救世主になるだろう女性が居ても、女を護り国を守るのが男の役割だと認識しているのか。
そうだな、それは間違いじゃない子を作り育むのが女性なら、俺達男性は彼女らが生きる為の世界を守る為に居るのだから。
ならば救世主だろうが候補者だろうが、そんな些細な事等関係無い筈だ。
まったく、俺達男性が率先して彼女達への道を開かなくて如何するんだ……とても大事な事だったのに久しく忘れていた、な)」

「……そうだよな」

「お互い、アヴァターの為に頑張るとしよう。
(正直、この男の御陰で俺も目が覚めた。
何も破滅とは救世主だけが戦う訳じゃない―――俺にだって出来る事がある筈だ、そうだ己の力で明日を希望をこの手に掴まないで如何するのか!)」

何か感じる処があったのか、デビットは握手だろう手を前に出し、断る理由も無い俺も握り返して互いに握手を交わしあった。
だが、やはりアヴァターの人々は誤解しているらしい。
目の前に居るデビットの様に、アヴァターではほとんどの人が、救世主が世界を救ってくれると信じているのだろう。
その救世主候補の誰かから、救世主に成るヤツが出て来た時にこそ、破滅が始まるなんて事は言っても信じて貰えないだろうし、それ以前に残酷過ぎて言え無い……よな。

「そうだな、まだメシまでには時間がある、どうせ暇だったしエミヤさえ良ければ学園の案内でもしようか?」

「いいのか?」

「散歩は趣味みたいなものだし。
一人で散歩しているよりは、新人の案内も含めた方がエミヤにもいいだろう?」

「なら頼む、正直いうと学園が広過ぎて分からなかったんだ」

「じゃあ、早速行くとするか」

デビットと雑談を交わしながら案内され、医務室がある建物や図書館、明日から通う校舎に実技訓練の為の闘技場等を巡る。
その話の中にあったのだが、本来ならこの学園の寮の部屋は慢性的に不足しているらしいが、能力試験が終わった今の時期は退寮する者が出る為に一時的に空きが出るそうだ。
それでも、各科専用の寮は満杯だったそうで予備的な意味合いを持つ、あの寮に少し空きがあったくらいだったとか。
知らないで来た事を伝えると、デビットはエミヤは運が良かったのだろうと呆れ顔で言われた。

「ん、何だ」

「如何したんだデビット」

立ち止まるデビットの視線と同じ方へ向き視力強化する。
日が落ち、辺りが暗くなっているので判り難いが……女子寮付近に人間の頭部らしきモノが落ちていた。
―――っ、殺人事件か!?
いや、動いてるし、頭だけ出して残りは埋まっているだけだ。
何だろう………この感じ、何処かで見た様な?

「デビット、誰か埋まってるぞ?」

「エミヤ―――こんなに暗いのに、アレが見えるのか」

「ああ、とりあえず行ってみよう」

近くに行くと、アレが男の頭だと判るのと同時に、横の建物から水の音と複数の女の子の話声が聞えてくる。
て、ここ女子寮棟の風呂場じゃないのか!?

「拙いな。慎重に行くぞ、エミヤ」

「ああ」と言葉を返し、何か嫌な予感がするが助けない訳には行かないだろう。

「アイツ……セルだな。成る程、なんとなくだが状況が読めた」

一人デビットは納得している。

「どんな奴なんだ?」

「セルビウム・ボルト、エミヤと同じ傭兵科だ。
羨ましい事に、天賦の才があるらしく剣の腕は傭兵科の中でもトップだ。
が、周りを憚らないスケベで、よくアレで学園を追放されないなと不思議に思う奴だ」

「何て言うか……色々凄い奴だな」

「ああ、学園側が寛大なのは、アイツの才能が惜しいんだろうってもっぱらの噂さ。
とはいえ、見つけてしまった以上、助けてやらないとな」

近くまで寄ると、セルも俺達に気が付いたらしく、必死に背後に首を回そうとしていた。

「ぅ、助けてくれ~」

「何やってたかは大体分かるが、通りかかった縁だ助けてやる」

「コレを使ってくれ」

投影したシャベルを渡した後、場所が場所だけになるべく音は立てない様、慎重にセルの周りを掘り、腰位まで掘るとセルは力を込め自分から出てくる。

「「―――っ!?」」

「くっ、まただ。ここに何かいやがる!?」

セルが出て来ると同時に、地面から土の触手が現れ絡みつき、再びセルを埋めてしまった。
て、今のポチじゃないか……そういえば、家じゃ猫相手にしてたな。
確か、二時間位埋めた後で開放するんだけど、そうすると一ヶ月位は寄り付かなくなるらしいとアリシアは言っていた。
そうか……アヴァターじゃ覗き相手にやる事にしたのか。
でも、猫じゃなく相手は話の判る人間だポチのやり方で無くても大丈夫だろう。

『ポチ、コイツは俺が話とくから、今回は放してくれないか?』

昼間、アリシアから習った『ミッド式魔術』の『念話』で話しかけてみる。
これで駄目だったら、アリシアを呼んで来るしか方法は無いだろう。

『分かった、任せる』

『念話』での会話が成立したと同時に、セルビウム・ボルトは迫り上がる様に地面から出て来る、流石精霊だな。

『有難うポチ、アリシアには俺の方から伝えとくから』

何て言うか、初めてポチの声聞いた。
成る程そうか、アリシアも『念話』でポチと話してたんだな。
今まではただ回っているだけで、会話にすらならなかったから何て言うか新鮮に感じる。

「……えっと、どうなってんだ?」

「詳しい事は後にして、まずはここから離れよう」

て、言うよりも、女の子が入っている風呂場の近くは正直落ち着かない。

「そうだな。エミヤの判断は正しい、お前も今日の処は退んだセル」

「何言ってやがるんだ、此処で退いたら男が廃るってもんだぜ。
二人共、良く考えろ俺達の前には何が有る」

真剣な眼差しで俺達を見据えた後、女子寮棟の風呂場を指差し示し。

「あそこに見えるのは理想郷、パラダイスじゃないか、俺達はこれをみすみす見逃すのか、いや無い」

「「………」」

両手を動かしながら力説し、最後には拳を握り締めながら男を語るセルビウム・ボルト。
一応、風呂場の女の子達には聞えない様、小声でやり取りはしているが。
この男は、覗こうとしてポチに埋められたのにまだ諦め無いのか……
いや、その前に男がやる事は覗きだけって処につっこむべきなのだろうか?
それに女子寮棟の風呂場は、パラダイスって言うより、どちらかと言うと取返しのつかないパンドラの箱じゃないかと俺は思う。

「セルビウム・ボルトだっけ、止めた方が良い。
此処には俺の妹のペット、ポチが居るから次に覗いたら俺でも助けられないぞ」

パンドラの箱なら、最後には希望が残るらしいが、ここではそれも残っているか如何か怪しい処だ。
セイバーに知られでもしたら、「シロウは如何やら、少々気が弛んでいるようだ」って感じで、両手に竹刀を持つセイバーの姿が予想出来る。

「っ、畜生、今日の処はコレで勘弁してやるぜ」

現状を把握出来たのか、悔しそうに風呂場に向き直るボルト。
何ていうのか、ボルトという男は変わり身が早いというか、昔の慎二もこんな感じだった様な気がして悪い感じはしない。

「話が纏まったなら、早々に引き揚げよう。
(成る程な、エミヤの妹は召喚師か)」

「ふ~ん。で、何処に逃げようですって?」

俺達は互いに頷き合い移動しようとした時、第四の声が俺達の動きを止めた、振り返ればやや離れた所にポニーテールをした一人の女の子が不機嫌そうに立っている、何処かで見た顔だけど……

「っ、やばい。救世主候補主席のリリィ・シアフィールドだ!」

「うげっ、全力で走るぞ!!」

「そうか、って救世主候補の一人!!?」

状況が状況だけに、ここで摑まれば間違い無く覗きの犯人扱いだろう、その後は両手に竹刀を装備したダブルセイバーが待っている。
うん、ここは逃げるしか方法は無い。

「逃がすと思う!
(精神統一していて、頭に何か話し声がしたと思って来たらただの覗きじゃない!
セルといい、義母様の学園で覗きだなんて!いい加減にして欲しいわ!!)」

救世主候補の一人、シアフィールドは片手を突き出すと電撃を放って来る。

「っ、投影開始(トレース・オン)」

咄嗟に数本の大剣を投影し背後に突き刺す。
剣身で体を隠せる訳では無いが、放たれたモノが電撃なら避雷針代わりにはなるだろう。

「凄いなお前」

「―――っ、何処からあんな物何処から出した!?」

突然、剣が現れれば驚くのも無理は無いだろう、ボルトにデビットは走りながらも俺に視線を向ける。

「転移魔術の一種だ」

これは、学園に来るまでにセイバー達と決めた事だ。
俺の投影もそうだが、セイバーの剣を出すのもアリシアの使う転移魔法も見た目は同じなので、なら俺もセイバーも転移魔術を使っているとすれば違和感は無いだろうとの事で決まった。
それに、もし転移魔術に違和感を持つ相手が現れたとしても、アリシアが転移魔術を使って見せれば追求は出来ないだろうから。
後ろを見れば、予想通り電撃は大剣に阻まれ俺達には届いていない。

「こんな物何処から!っ、逃げるな!炎よ!!
(やってくれたわね!
男が召還器を呼べる訳無いってのに、一瞬、召還器かと思ったじゃい!)」

一瞬だが、俺の投影した大剣に戸惑うシアフィールド、だが今度は火球を放って来た。

「て、殺す気か―――!?」

迫り来る火玉に対し、バーサーカーの斧剣を数本投影し道を塞ぐようにして即席の盾にする、すると火球は音を盛大に上げ爆発した。

「っ、マジでやべぇ、こりゃ委員長の時とは段違いだ」

「セル、お前トロープさんにも追われた事があるの―――っ、二人共こっちだ」

直撃しても壊れる様子が感じられない斧剣が気に入らないのか、シアフィールドは「この!」とか「ああもうっ!」と言いながら火球を連続て放ち爆発させ、それは一時的にシアフィールドの視界を塞ぎ、その機を逃さず俺達は茂みに隠れた。

「―――逃げられた!?
っ、逃げ足だけは速いわね!」

以心伝心なのだろう、俺達三人は微動だにせず俺達を捜すシアフィールドが過ぎるのを待つ、その間に俺は投影の解除行い証拠を隠滅する。
投影した剣なんか刺したままにしていようものなら、セイバー達が見れば犯人の特定は容易だ。
その後のダブルセイバー登場はほぼ確実。

「……行った様だな」

暫くして、足音から居場所を確認していたのだろう、地面に耳をつけていたデビットが顔を上げた。

「ふう、今日は散々だぜ―――でも、よくばれなかったな?」

「ドルイド科を舐めるなよセル。
逃げたり隠れたりするのは、ドルイド科にとって基礎中の基礎だ。
それに、少し離れていたから俺達の顔もばれてないだろう」

シアフィールドが去った事で、俺達はようやく一息ついてボルトは後ろの木に背を預けている。
確かに散々だったが、救世主候補の実力の一端を眼にする事が出来たのは不幸中の幸いだったかもしれない。
後、逃げたり隠れたりって、余り自慢出来ない感じもするが、退くタイミングを見逃さずにいたデビットの実力も結構高そうだ。

「でも、この学園にも遠坂みたいに無茶する女子が居るんだな」

―――いや、もしかしたら、救世主候補って実は無茶苦茶な奴しか居ないとしたら?
何て言うか、そんな事を考えたら頭が痛くなって来た。




[18329] アヴァター編03
Name: よよよ◆fa770ebd ID:021312f6
Date: 2013/11/16 00:38

火花を散らしながら、金属が打合う音が響き、セイバーの相手をしている教官の手から弾かれた剣が地面に突き刺さった。
同時に周囲から沸き起こる驚嘆の声の数々、「格が違う」とかセイバーの実力の一端が解り驚愕している生徒や、反対に「……今の何?」と理解出来ない生徒も当然ながらいる。
いくらアヴァターの教官でも、幾多の戦場を得て英霊に至ったセイバー相手に勝てる道理は無いと思う。
いや、そもそも英霊として崇められる様な存在が、学生として入って来るなんて事自体が想像できないだろう。

「……セイバーと言ったな、文句無しのAAA、今のままでも近衛騎士団さえ十分通用するレベルだ。
(まさか、これ程の使い手が今まで無名で居たとはな……)」

弾かれた時の衝撃で手を傷めたのだろう、教官は片手を押さえながらセイバーを見やる。

「元より―――剣で負けるつもりはありません」

「―――っ!?
(慢心してる様な言い方だが、先程の剣からはその様な感じはしなかった。
先程の技量、気迫、胆力といい、今直ぐに王国の精鋭の近衛騎士団に入ったとしても十分通用するだろう。
それに、この威厳すら感じられるセイバーとは一体何者だ!?
生徒いうレベルでは断じて無いぞ!!)」

セイバーの実力を測りかねてるのだろう、驚愕の色を消せない教官を前に、練習用の剣を両手で掲げ答えるセイバー。
一見、傲慢にも聞える言い方とも言えなくは無いけど、その、なんていうのか凛々しく威風堂々とした姿に女子生徒の間からは何か黄色い声の様なモノが聞えて来たりする。
先程の教官との模擬戦は、俺達新人の実力を測りランク別のクラスに仕分ける為の試験だったのだが。
何て言うのか、そのたった一回の模擬戦だけで、セイバーは周囲の生徒の心を掌握してしまった感じがしないでもないな。

「次は私ね」

戻って来るセイバーに代わりに、大人姿のイリヤが前に進む。
アリシアと一緒に練習をしていたからだろうか、イリヤのバリアジャケットという防護服のデザインもブルマの外見をしているから色々と目のやり場に困る。

「頑張ってイリヤお姉ちゃん」

視線を向ければ、同じく体操服姿のアリシアが応援する中、先程セイバーに剣を飛ばされた教官は下がり別の教官と代わる。
何十人と居る傭兵科の生徒を教導しているからな、実技担当の教官は一人じゃ勤まる筈も無い。
まあ、それもあるだろうが、今日入った新人が俺達位しか居ないので教官直々に相手をするだけの余裕が有ったって事が一番の理由だろうけど。

「む、イリヤスフィールだったな何故構えない?」

イリヤに相対する試験官が訝しげに表情を変える。

「構える?
そんな事、必要ないからよ」

微笑みながらイリヤは一端区切り、教官を見据え。

「私の武器は剣とか槍じゃないからに決まってるでしょ。
見せてあげるわ、私の力の一つ―――現れなさい!バーサーカー!!」

「■■■■―――!」

イリヤの声と同時に、獣の様な咆哮が轟き実体化したバーサーカーが教官の前に立ちはだかった。
唸りながらイリヤの指示を待つバーサーカーを相手に教官は動かない。
いや―――動けないんだ、俺も聖杯戦争の時に対峙した事があるから解るが、バーサーカー程死の気配が濃厚なサーヴァントも居ないだろう。
故に、少しでも動けばその瞬間に死んでしまうと感じてしまうのも無理は無い―――っ!?

「―――っ、まて、イリヤ、試験なのにバーサーカーはやり過ぎだろ!」

て、言うよりこのままだと、確実に教官が死ぬ事になる。
俺が声を上げた事により、意識までもが凍ってしまった様に感じていた学生達が、「……あれ、破滅のモンスターじゃないの!?」とか「誰か救世主クラスの人達を呼んできて!」とか騒ぎ始めだした。

「落ち着きなさい!」

騒ぎ始める周囲に対して、セイバーの良く響く声が通り。

「イリヤスフィール、これは試験に過ぎ無いのです!
まったく、貴女は教官を殺すつもりですか!
バーサーカーは下がらせなさい!!」

次にイリヤに向かって放たれる。
それがセイバーのカリスマがもたらすものなのか、あわやパニックに陥る寸前だったにも関わらず、一喝するセイバーの声が響き渡った事で闘技場にいる皆は落着きを取り戻し静まり返った。

「あら、なにセイバー。
バーサーカーは私の力の一つよ、それに何か文句があるのかしら」

如何にも不満げなイリヤ。

「それとも、セイバー、貴女が相手をしてくれても良いわよ?」

聖杯戦争の時と同じく、クスリと微笑み、セイバーに視線を向ける。

「ん、じゃあ、何時もみたいに私がイリヤお姉ちゃんと練習するよ」

横に居たアリシアが、何処か楽しそうな感じで、片手に朱色の魔槍を持つとイリヤの前に走って行く。

「待ちなさいアリシア、いくら貴女でもバーサーカー相手に普通に闘っては!?」

「大丈夫だよセイバーさん。
何時もイリヤお姉ちゃんの家の庭で練習してるから心配ないよ」

セイバーの声に振返りながら答えるアリシア。
何と言うか、バーサーカー相手に、嬉しそうに微笑んでいたりする。
―――ん、何時も?
アリシアから聞いた限りでは、聖杯戦争が終わってから半年の半分以上は、主に体力をつける為に森で一緒に走ったりや柔軟体操の基礎訓練。
それ以降は、模擬戦をしていたって事は聞いてるけど―――まさか、な?

「先生、私が相手しても良いかな?」

「………君はあの化け物を見て何とも思わないのか?
(アレを見た時、俺はもう駄目だ、何をしても無駄、死ぬのは当然だと思ってしまったのに。
この少女はソレを感じていないのか―――っ、まさか、この少女は救世主候補に成り得る者なのだろうか!?)」

「ほえ?
バーサーカーさんは、化け物なんかじゃないよ」

「う~ん」と考え。

「そうだね、とってもと~ても凄い幽霊って思ってくれれば良いと思うよ」

まあ確かに、バーサーカーは英霊だからただの幽霊とは違うので、とっても凄い幽霊で間違ってない気はしないでもないが……

「……良いだろう。
(凄いのは解るが、アレはアンデット一種だというのか……
成る程、イリヤスフィールは屍霊術士(ネクロマンシー)か)」

「わ~い、イリヤお姉ちゃん私が相手するよ」

バーサーカーを一瞥し離れていく試験官の後には、対峙する体操服姿のアリシアとイリヤ。
その中間にバーサーカーが、アリシアを相手に油断無く構えている。

「……もう、これじゃあ、何時もと変わらないわね。
でも―――良いわ、今日は私が勝たせて貰うんだから」

溜息混じりにイリヤはアリシアを見据え。

「じゃあ行くわよ、アリシア!」

イリヤの眼つきが鋭くなった瞬間、雰囲気が変わり空気が凍りついた。

「油断無く!躊躇い無く!追い込まれる前に追い込みなさい!バーサーカー!!」

「■■■―――!!」

イリヤの指示と同時に、咆哮を上げたバーサーカーは一瞬にしてアリシアの目前に迫り斧剣を振り下ろし。
同時にアリシアの放った光弾がバーサーカーの腕や脚の各所で爆発、手元が狂わされたバーサーカーの斧剣はアリシアの横に下ろされ、衝撃波らしきモノが地面を切り裂きながら、その先で見学していた学生達を襲い吹き飛ばす。

「―――え?」

「……何?」

何が起きたのか理解出来ず、呆然としている学生達。
そんな周りの事にはお構い無しのアリシアとバーサーカーは、ランサーよろしく残像を残して放たれる魔槍と無数に放たれる光弾で腕や脚の関節を狙っているのだろう、力と速ささえあれば技など必要無いと言わんがばかりのバーサーカーの斧剣を巧みに逸らしている。

「何―――何なのアレ!?」

「俺が分かるか!
兎に角、此処は危ないんだ皆逃げ―――っあぐっ」

「ボブ―――!」

「トニー、マヤ逃げるんだ!」

「皆、此処に居たら巻き込まれるぞ、避難しろ!!」

バーサーカーが斧剣を振るう度に放たれる衝撃波は、距離がある為か致命傷を与える程の威力は無いが、逃げ惑う傭兵科の学生達の幾人かを捉え傷を負わしていた。

「駄目だイリヤ!バーサーカーを止めろ!!」

俺の叫びに僅かに間合いを取ると、「ん?」と此方に視線を向けるアリシア。

「拙い!」

「―――っ、馬鹿!前を見てろアリシア!!」

咄嗟に飛び出した俺の前を、魔力放出を使っているのだろう、影すら置き去りにする様な速さでセイバーは駆け抜け。
まるで、限界まで圧縮された空気が、耐え切れずに破裂した様な音と衝撃が走り、アリシアに振るわれた筈の斧剣を受け止めていた。

「っ!?」

バーサーカーの斧剣を受けたセイバーが疑問を漏らした。
それもそうだろう、バーサーカーとの闘いの最中に余所見をしたアリシアを助けに入ったセイバーだが、肝心のアリシアは空間転移を使ったらしくイリヤの傍に居て。

「今日は私の勝ちね」

多分、ミッド式って魔術には見えない様にして設置する拘束魔術があったから、それだろうと思うが、魔力で編まれた縄の様なモノでアリシアは体を縛られていた。

「う~、何かお兄ちゃんが話があるみたいだから、呼んでるよって伝えたかっただけなのに……」

頬を膨らませつつ納得いかない感じで言うと同時に、拘束していた魔力の縄が形を崩し解ける。

「もう、今は試験中なのよちゃんと集中しなきゃ駄目じゃない。
そんな事じゃ、アリシアだけランクCの評価になっちゃうんだから」

「え~、C評価は嫌だよ」

クスリと笑みを浮かべるイリヤに、反比例するかの如く嫌そうな表情をするアリシア。
いや、それは無いだろう、アレでC評価だったら、アヴァターの人達ってサーヴァントレベルのデタラメ人間ばかりになる。

「なら、何時もの様に集中してなきゃ駄目よ」

「ん~。そうなんだ、これから注意するよ」

暢気な感じでイリヤとアリシアが話している間に、バーサーカーはセイバーから離れイリヤの元の歩きながら霊体化したのだろう姿が消える。
バーサーカーが消えた事で落着きを取り戻した学生達が「………つ~か、俺達これからアレと一緒に授業受けるのか?」とか、「あの娘凄いな、あんな化物とやったらマジで死ぬぞ俺」とかイリヤとアリシアに視線を向けていた。
また、バーサーカーの斧剣を受止めたセイバーを見て「お姉さま」とか言いい頬を赤らめぼうっと見詰めている女子学生の姿もいたりする。
その後は、教官から授業や実技試験の時にバーサーカーの使用は禁じられる事となったが、実技試験の評価は二人共セイバーと同じくAAAだったらしくご機嫌だった。

「……そういえば、俺の試験って何時やるんだろう?」

因みにこの日、セイバーとバーサーカーのインパクト強さの余り、俺の試験は忘れられてしまったらしい。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第03話


「この辺が良いと思うんだけど、如何かな?」

後ろを振返り、お兄ちゃん達を待つ。
今日は休日らしく授業は無いそうで、時間は十分あるし、天気も澄み渡るような青空なので学園にある礼拝堂の近く、池と森がある場所で朝食をする事にしたんだ。

「ええ、眺望は良いですね」

「ふ~ん、人は居なそうだけど、念の為、人払いと遮音結界は張っておくわよ」

池を見渡すセイバーさんに、結界を張る準備をするイリヤお姉ちゃん。
実は皆で朝食を摂りながら、ここ数日の学園での出来事や、救世主候補者がどんな人達かとか、それらの情報を纏めてこれからの行動を如何するかの話をするので、アヴァターの人達には聞かれないよう内緒にする必要があるんだ。
本来、私とセイバーさん、イリヤお姉ちゃんの三人だけなら、今使っている女子寮でも良いのだけど。
女子寮にお兄ちゃんを迎えると、寮長のベリオ・トロープさんが「男女七歳にして席を同じくせず」とか言って駄目ならしい。
そうそう、ベリオ・トロープさんて人は救世主候補者の一人で、ジョブクラスは僧侶らしいけど、残念な事に言峰神父のように私の存在には気が付かなかったみたい。
神父さんは、会ってすぐに私の事に気が付いて、「問おう、貴女は……神か?」って言って来たのに、ん~、これも経験の差なのかな?

「どうもこの学園は、何かしらの結界みたいなモノが張ってある感じだし、結界なんて使って大丈夫なのかイリヤ?」

お兄ちゃんは、結界には敏感に察知出来る体質ならしく学園内の所々で張られている結界を察知しているよう。

「その辺は、私とキリツグで調査済みだから心配無いわシロウ。
如何も魔術―――いえ、この世界では魔法ね。
その隠蔽に関しては、私達の世界の魔術の方が一枚上手な感じよ」

私とイリヤお姉ちゃんも、幾つかの結界には気が付いていたので、解析してどういった結界なのかは理解しているつもりだよ。

「そう……なのか。
(それだけ、俺達の住む世界が神秘の隠蔽に躍起になってるって事だよな、喜んで良いのやら悪いのやら)」

「シートは此処で良いよね」

皆で座るのに使うレジャーシート広げ、お弁当と飲み物を取り出す。
私の横で楽しそうに回っているポチには、無色の渦では無くディアブロから供給される魔力を与える。
なぜかと言えば、渦ばかりあげてたからか最近ポチが重いのでダイエットが必要かもしれない、そうディアブロから供給される魔力を嬉しそうに食べて回り続けるポチを見ながら思った。
実技試験から数日が経過した今では、この学園の生活にも大分慣れてきている。
ただ残念な事に、お金に関しては仮免の申請がまだ出来ず、依頼を受ける事すら出来ない状況だから、授業に使う教科書なんかは図書館から部屋の番号と名前を記入して貸してもらっているし、入学費に寮費にしても来月には払わなければここを追い出されちゃうんだ。
早く、仮免試験に合格して依頼を受けれる様にしたいな。
そうすれば、書の精霊達の探索もし易くなるだろうし、なにより食堂で皆が食べている、この根の世界アヴァターの料理も色々と食べられるだろうから。
食堂では救世候補者の一人リコ・リスさんて人間とは違う子がいて。
そのリコ・リスさんは、まるで救世主クラスの特権を見せ付けるかのように、私達の前で色々な料理を食べ尽していた。
元々お金が無いのがいけないのは解っているけど、このままだと私やセイバーさんのストレスは溜まる一方だよ。
それに、破滅のモンスターに襲われている人々が居る現状で、正義の味方を目指すお兄ちゃんの忍耐が何処まで持つか心配なところ。
でも今は、唯一受けれる資格を持つセイバーさんが仮免を習得するのを待つしかないのが現状かな。
私とイリヤお姉ちゃんは、実技試験は兎も角として筆記試験は問題外のCランクだったし。
お兄ちゃんも、Bランクで資格に必要なラインに達していないからね……
この閉塞した現状を打破出来るのは、今はセイバーさんだけ、頑張ってセイバーさん!

「そう言えば、昨日、実技試験の結果が出てAだったぞ」

「Aですか、シロウならAAまで行けると思ってましたが」

お弁当を食べながら、お兄ちゃんとセイバーさんは話を続ける。

「ああ、正確に言えばAランクプラスって感じらしい。
実際、惜しい処までいったんだけどな、俺の剣の使い方がまだ、防御とカウンター重視だからか、攻めに回った時に粗が出てしまうらしいって教官に言われた。
それに防御やカウンターの筋は良いから、その粗さえ如何にか出来れば、AAの評価にもなれるってさ。
(アーチャーの技が使いこなせていれば、もっと上の評価だったと思うけど、今の俺ではこんな所か……)」

「そう?桜から聞いた話だと、シロウが弓を使えばAA位簡単に取れそうなものだけど?」

箸が使いにくいのか、スプーンとフォークを使いお弁当を食べてるお姉ちゃん。
でも、お姉ちゃんの言う通り、守護者エミヤは弓は得意だった筈だし。お兄ちゃんも上手な筈なんだけど?

「いや、俺の弓は邪道だからな、それだと真面目にやってる弓兵科の人達に悪いだろ」

「そうかしら?」

「そうなんだ」

私も良く解らないけど、お姉ちゃんもよく解らないらしい。
でも、お兄ちゃん自身がそう言うのだからそうなのだろう。
この後、話は学園での生活に変わり、私達の方で変わった事といえば、よく解らないけど、セイバーさんの義妹になりたがる人達が大勢いる事くらいだった。
お兄ちゃんの方は、一緒の部屋のデビットさんって人が、自然魔術師(ドルイド)科らしいけど、部屋では一番長く居て、色々と助けて貰ってる事や。
新しく入った二人、商業科のロバートさんや、治療士(ヒーラー)のマイケルさんって人達なのだけど、その方達とも上手く行っているらしい。
そういえば、私達の部屋にも十分余裕はあるけど、お姉ちゃんが張った結界の影響なのか余程の用がなければ誰も近づこうとはしない。
まあ、迂闊に扉を開けるとすると、より強力な人払いの魔術が働いて、何もせずに引き返す事になるから、まだ誰も私達の部屋には来た事がないのだけど……
食事も終わり、ゴミとなった空の容器をまとめ太陽に転移させ片付ける。

「そうだ、昨日セルに貰った幻影石があったんだ」

「セルって誰?」

聞いた事がある様な無い様な……

「セルビウム・ボルトっていう名前だけど結構面白い奴だぞ。
後、ボルトって言われるよりセルって言われる方が本人は好きならしい。
(この前、助けたお礼として貰った石だけど十万はする石らしく渋っていたな。
アヴァターの十万って、どれ程の価値なのかまだ解らないけど、セルも救世主候補のファンなのは解った。
救世主候補の情報として欲しかっただけなのに悪い事したから、皆と見終わったらセルに返す事にするか)」

「セルビウム・ボルト、確か色々と問題がある生徒だったと聞きましたが」

眉を顰めるセイバーさん。

「そうね……私も寮長から要注意人物って聞いた事あるわ」

お姉ちゃんの言葉で、寮長のトロープさんに挨拶しに行った時の注意事項や、部屋が近くのお姉さん達から聞いた事を思い出した。
確か覗きや盗撮の常習犯、あとこの学園にはブラックパビヨンて名の泥棒さんが居るけれども、もしかしたらその人によっても下着が盗まれているかもしれないって囁かれている。
何ていうのか、私達の居た世界では両方共犯罪者だよね………ここ王立の学園なのに、何故捕まらないのだろう、ソレくらいじゃ罪にならない世界なのかな?
でも、何でお風呂を見たがるのだろう?
遠慮してるのかな、セルさんも一緒に入れば良いのに。
いや、もしかしたら、救世主候補者の人達が危なく無い様に傍に居て見守っているとか、何か別の目的があるのかも知れない。

「そうだな、セルの奴色々と覗きとかやってるらしいから俺も気が付いたら注意しておく―――と、これだ」

ん~、と私が考えに耽っていたら、お兄ちゃんはポケットから小さな石を取り出し映し出した。
現れたのは、何故か寮のお風呂の場の映像と、性能が良いのか媒体が石なのに雑談の様な声も聞える。

「………なんでさ。
(てっきり、学園から出している救世主候補のプロモーション映像かと思ってたけど―――なんで入浴の映像なんだよ!?)」

何処か唖然として映像を見ているお兄ちゃん。
寮長のトロープさんが体を洗っていて、湯船では赤い髪の人を中心にして他の人達が集まり何か話をしていた。
ん~、これって、アヴァターでの正しいお風呂の入り方とかなのかな?

「………シロウは如何やら、少々気が弛んでいるようだ」

「ふぅ……」と深く溜息をつくセイバーさん。

「ランクもAだった事ですし。
剣の師としては、今日は十分に時間はありますので私が存分に稽古の相手をしながら………その弛んだ精神を引き締めてあげましょう」

「―――セ、セイバー?」

映像を停め、お兄ちゃんは恐る恐るセイバーさんに視線を向ける。

「あの辺なら丁度良いでしょう。
ええ、アーチャーは兎も角、シロウが私やアサシン以外の誰かに師事した結果、というものも知りたいですしね」

前髪で視線が見えない様、少し俯き加減なセイバーさんはお兄ちゃんの手を掴み離れて行ってしまった。

「え~と、今の何?」

よく解らないので、お姉ちゃんに聞いてみた。

「さあ?
解るのは、話し合いはこれで終わりって事くらいね」

言いながら立ち上がり。

「私は図書館で調べ物をするけど、アリシアは如何するの?
(もっとも、王立とはいえ学園の図書館なんかじゃ、書の精霊についての伝承とかが有ればいい方でしょうけど)」

「私はポチと遊んでるよ」

この前、散歩してたら地下で変なモノを見つけたって言っていたし。

「そう、ならお昼になったらまた会いましょう」

イリヤお姉ちゃんは、張っていた結界を解いて図書館に歩いて行く、私も敷いていたシートを畳んで片付け。

「じゃあ、ポチが見付けたっていう変なモノへ案内して」

ディアブロから魔力を貰って、ご機嫌らしくクルクルと回りながら、「解った」って答えると、ポチは私を包み込む様にして、土を纏い、身体を構成すると地面へと潜って行く。
高速で移動するエレベーターに乗る感覚で、下降しながら幾度か横に移動し、ポチが構成していた身体を解くとそこは神殿みたいな場所だった。

「―――いや、神殿っていうより、廃墟みたいだから遺跡だね」

やや離れた場所には、ゴーレムらしい残骸が見て取れる。
ゴーレムとは、根の世界アヴァターでは重機に近い扱いかな。
特殊な素材やら、専門の魔法技術やらが必要な為、市場では高価らしいけど強い力に、素材にもよるけど高い耐久性もあって、人では何人も必要な重労働を一体でこなしたり、重い荷物等の揚げ降ろし等にも使われているそう。
でも、ここに居たゴーレムは、この遺跡を守護していたと推測出来るから、恐らく戦争で使われる様な戦闘に特化した型だと思う。
そんなゴーレムに行き成り襲われたんだとしたら、さぞやポチも驚いたと思から壊してしまっても無理はない。

「ん~、それにここ、何か色々な想いが集まって形を持ち始めている感じかな」

腕を引っ張るポチが、「アレ」って示す先には肋骨の様な凸凹が胸の部分に浮き出た鎧が鎮座している。
その鎧は周りの想いよりも、なお一層強い想いで包まれまるで『魂』が宿っている感じだった。

「ポチが変って言うだけあって、あの鎧はもう生物に近い感じだね」

鎮座している鎧の近くに行くと。

「召還器……救世主………我を求めよ」

既に意思は持っているらしく鎧が語り掛けて来た。

「我を…求めよ……救世主……」

意思を持つ鎧は動き出し。

「無限の力を手に入れ、真の救世主たれ……」

召還器は持ってないけど良いのかな、と思っていると鎧の方はそれでも良いらしく近づいて来る。

「我…を……もとめよ………」とか「救世主よ……」とか「世界を決めるものよ……」そう言われてもね。

私のデバイス、ディアブロやイリヤお姉ちゃんのキリツグは、召還器と同じく根源からの力の供給が可能だけど。

「一人嘆きの野を行く者よ……」

ん~、困ったな私は、管理者だから救世主にはなれないのに……
こんな事だったら、お姉ちゃんを連れて来れば良かったよ。

「汝が…真に救世主たらんとするならば……それをなすべき力を手に入れよ」

意思を持つ鎧には、私の事情なんか解らないだろうから、遠慮なく近づいてきて私の前に立ちはだかる。

「我…汝に……無類の……力と知恵を授けん……」

如何しても使って欲しいのか、意思を持つ鎧は必死に自己アピールをして来る。
まるで、聖杯戦争が終わって数日後に現れた勧誘の人、新聞を取って欲しいって言いながら、取ってくれるまで離れないって感じで、長い時間居座るくらいの執拗さが窺われるよ。
でも、この子もきっとこの遺跡で使われるのをずっと待っていたに違い無い。
道具は使われてこそその意味を持つから、自身の存在理由が掛かっている以上しつこいのはしょうがないか……

「そうだね、君もずっとここで使ってくれる相手を待っていたんだろうから良いよ。
救世主じゃ無いけど、私で良ければ使わせて貰うね。
大丈夫、救世主になる存在が現れたら君を使ってくれる様に頼むか―――っ!」

今期の救世主になれる相手が、お姉ちゃんやセイバーさんだとしても、よく解らないモノに乗せるのは如何かなとも思うから。
そう思い話していたのだけど、意思を持つ鎧はせっかちさんなのか、最後まで聞かず私を内に取り込んだ。

「―――よっぽど、使って欲しかったんだね」

それにしてはこの鎧、何か動きにくい、いや、そもそもこの鎧ってどうやって動かすのだろう?

「え~と、何処か説明書かマニュアルは無いのかな?」

探そうとしても、拘束されているのか身体が動かない……
もしかして―――この子、不良品?
それとも、永い間此処に居たから整備不良って事なのかな?

「ん?」

何か私に意思を伝えようとしているのが解る。
そうなんだ、この子の操縦方法はこうやって覚えるのか。
如何やら脳波か思考のトレース方式らしく、どんな感じなのかなと、つなげてみると何か怒りと憎しみの様な感情が伝わって来た。

「……え~と、やっぱこの子壊れてる?」

一応、そこそこの情報は在るけど……肝心の操縦方法とか鎧の性能に装備とかの情報が伝わって来ない、何んだろう嬉しくて纏められないのかな?
色々な感情が入り混じり、読み取れなくなる程のドロドロになった想いと一緒に、それらの情報は入って来る。
でも、これじゃ操縦するのも大変だよ……何処かで分解して修理・点検して貰わないと駄目なのかもしれない。
そう思ってたら―――

『コノ世界モ…マタ…不完全…』

って、何故か座に居る筈の影が私に話し掛けて来たよ。
珍しい、臨機応変に対応出来るように自律型にしているとはいっても、報告などの必要以外には連絡はして来ない筈なのにな?

「―――で、不完全だから如何したの?」

そもそも完全な世界なんて、それ以上の変化が無いからつまらないだけなのに、何故今になって言って来るのだろう?

「世界も命も、揺らぎのある不完全だからこそ良いんだよ。
不完全だからこそ、変化があり成長もするし進化もあるのだから」

時には退化もしちゃうけどね。

『―――!?』

「君は何故、そこで世界を管理しているのか―――そんな事も忘れてしまったの、かな?」

自分から話し掛けて来たのに、影は驚いてた。

「……もう、しょうがないな。
君にも見せてあげる、不完全である事の意味」

こんな大切な事を忘れちゃうなんて、困った子だねと思いつつ、細心の注意しながら私は自分の力を僅かに引き出して行く。

「立ち止まる事なく、常に成長し、変化し続ける―――その先にある進化の理を」

『コノ…コトワリ!?
バカ…ナ…アリエナ…イ…ナゼ、スデニ…ウシナワレタハズノ……チカラヲ…ツカエ…ル』

私の中から白銀に光り輝き、鎧ごと私の色に染め進化させる。
困った子だよ、確かに私の使った進化の理はその急激な変異から遥か昔に無くしたモノだよ。
でも、進化に至る道のりが長く掛かるようになっただけで、決して失われてなんかいないのに……
そう思うものの、存在を急激に変化させる進化の理を受け、この鎧に纏わり付いた想いは如何進化する―――

「え~と………あれ?」

この鎧に憑いていた想いは、進化の力に耐えられないのか霧散してしまっていた。

「ん~、進化できるまで力が足りなかったのかな?」

もしくは、様々な想いが混ざり合ってはいたものの、一つには纏まってなくて互いに反発した結果、崩壊してしまったのかもしれない。
影に手本を見せようとしてたのに仕方が無い。
既に意思を失ってしまった鎧を解析し、鎧の特性を把握すると、それに合わせ進化の理の力を組み込み染めていく。
そうはいっても、進化をもたらす力で構成する素材をより細かくして、更に強度を上げる事で強靭にし、他にも動力部らしきモノの出力を上げたりしてみた。
私が創造すれば、空を飛ぶ事も簡単に出来るだろうけど、それじゃ意味が無いし、これくらいが今の限度かな。
後は、まともに操縦出来る様に思考トレース方式の制御を調整する、うん、これでこの鎧は誰でも動かす事が出来る筈だよ。

「如何、これが進化の―――って、あれ~?」

影に聞かせようとしたら、影が連絡して来たラインが切れていた。
影が如何してるか視てみると、進化の力をライン越しに受け神の座でのた打ち回っている。

「ん~、如何やら変化をもたらす力は、進化しない完全な存在相手には毒になるのかな?」

でも、影は私が居る以上は滅びないから大丈夫。
それに、学校の先生が言ってたんだ、失敗は成功の母だって、だから学校で解らない事は先生に聞けって―――そうだね、これで私もまた一つ学べたよ。

「さてと」

一通り、鎧の動きを確認した後、「此処に置いといても、誰も来ないみたいだし駄目だよね」と倉庫として使っている世界へと転移させた。
地面に私が降り立つと、進化の力に驚いて避難してたのか地面からポチが現れる。

「終わったよ、ポチ。
如何もあの鎧は何処か壊れてたみたい、初めは全然動かなかったし」

「あの変なのは?」と聞いてきたので。

「ポチが変に感じてたのは、色々な想いが積み重ねられ、それが混ざり合ったてたからだと思うよ」

何故か神の座に居る筈の影から連絡があったけど、それはこの事と関係は無いと思う。

「それにしても、この先は如何なってるのかな?」

遺跡から続く道の先を見渡す。
ポチが言うには「上に行けば出口がある」って事らしい。

「そうなんだ、なら、まだお昼まで時間はあるし行ってみよう」

ポチに「おいで」と言いい抱き上げ、飛行魔術を使い出口へと行く事にした。
途中、何か結界らしきモノがあった様だけど、気にせず先に飛んで行くと。

「返セェェェ~~~」とか「オレノ…体ヲ返セェェェ~~」とか「アタシノ…カラダヲカエシテェェェェ……」とか言いっている魂だけの存在達と出くわす。

魂だけの存在となってまで、ここに居たがるなんて余程ここの場所に執着があったんだね。

「でも、未練や執着でしかここに留まれない状態じゃ、魂の無駄遣いだよ」

魂も大切な資源。
資源は大切に使わないと、そう思いながら、もしかしたら他にも居るのかもと気になって視ると。

「カラダァ……」とか「体ァ……」とか「温カイ…体ヲヨコセェ……」とか言いながら彷徨っている魂達が大勢いた。

「もう、駄目だよ。
こんな場所に留まってちゃ、君達はもっと先に行けるんだから進まないと」

地下道全体に、私の存在を示す白銀の輝きが放たれ、確認出来た魂達を輪廻の輪の中へと誘う。
ここから開放された魂達が居なくなると同時に、ここに満ちていた想いの力も消えていた。
まるで結界みたいだね。
今の事が解らないのか「今のは?」と胸に抱いていたポチが尋ねて来る。

「ん、如何やら、ここは想いが強すぎて、死んだ後も魂達が出れなくなってしまっていたんだね、だから輪廻の輪に入れてあげて先に進める様にしたんだよ」

「………」と理解出来ないポチに。

「ポチ、マスターは言峰神父が神とすら言っている方です。
我々には理解が及ばない霊的な方面にも、マスターならば理解があるのでしょう」

ディアブロの助言で、「そうなのか」と理解出来てるのかよく解らない感じで納得していた。
更に先へと進んで行くと、今度は羽の生えた人に近い子達が居て、縄張りに入ってきた私を追い出したいのか、しきりに物を投げてくる。

「ここも、色々な子達が居るんだね」

ディアブロが空間歪曲場を展開し、投げてくる物を防ぐなか観察する。
どうやら永い間、人が入らなかったらしく独自の生態系が出来ているらしい。

「別に殺す事も無いか、入って来たのは私の方だし」

キャスターさんが結婚してから、等価交換という名目で教えてくれた魔術の一つ、眠りの魔術を使う。
キャスターさんが言うには、この眠りの魔術は竜種ですら眠らしてしまう程強力らしく、効果はてきめんで羽の生えた子達は次々と倒れ眠ってしまった。

「じゃあ、先に行こうか」

途中、伏せていたのか、埋まっていたのか解らないけど、地面からゴーレムが起き上がる様にして現れる。
またポチが驚くと思い、とりあえず数個のフォトンランサーを放ってゴーレムを構成している術式を壊し動かなくして先を進んむ。
「もうすぐだぞ」ってポチが言って来るので、出口は近いらしい。
でも―――

「―――何の音、声かな?」

何だろう、誰かがすすり泣く様な声が聞えて来る。
声の方へと向うと墓地らしき所で、頭にウサギの耳の様なリボンをつけたお姉さんが大きな声で泣きながら座っていた。

「お姉さん、どうして泣いてるの?」

そう言いった後、自分の迂闊さを理解する。
だって、お墓の前で泣いてるのだから理由は一つしか無いもの。
お姉さんにとって、大切な誰かが亡くなったんだね。

「皆、皆が居なくなったですの。
ひーちゃん達と遊んでいたら、何かピカって光って皆が消えちゃったですの~」

「ほえ?」

ん~、光ってて、もしかして先程私が輪廻の輪に誘った子達の事かな?
想いが強すぎて、幽霊とか骨になってまでこの場所を彷徨っていた子が多かったから。
そういえば、先程視た時、強い想いの欠片だけを魂に刻んで、目的を果たす事無く、ただ彷徨う魂である人魂や、その人魂と同じく魂を骨に宿させた筈の子達とこのお姉さんが―――気のせいかな、お姉さんの頭をボールの様に投げ合って遊んでいた様な気がした。

「お姉さん、消えた子達は、今までこの場所に縛られていただけなんだよ。
あの子達は、ようやくこの場所から開放されて次に進む事が出来るようになったのだから悲しまないで、あの子達の旅立ちを祝福してあげてよ」

「でも、一人は嫌ですの~」

更に泣き出してしまうお姉さん。
元居た世界の学校でも、仲良くなろうとして殴ったら、突然泣き出され困ってしまったのを思い出した。
このお姉さんも、泣かないでって、想いを込めて殴っても駄目だろうし、あう、如何したら泣き止む―――あ、そうか。

「なら、私がお姉さんのお友達になるから、こんな場所に居ないで外に行こう」

学校の先生が言ってたんだ、お友達は殴っちゃいけないって。
解り合う為に殴り合う事が出来ないなら、反対に殴らないでお友達になれば良いんだよ。

「お友達になってくれるですの?」

「うん」

「きゃい~ん、嬉しいですの」とお姉さんは泣き止み。

「一緒に外に行くですの~」

立ち上がり私を見つめる。

「うん。そう、お外だよ。
今日は晴れてるから、空も青々として奇麗だし洗濯にも良い日和だよ」

それ以前にこのお姉さん、人ではなさそうだけど、入って来たのなら出れば良いだけなのに……何でここに居るのだろう?
お兄ちゃんにとっての土蔵と同じく、お姉さんはこの場所が落ち着くのかな?
まあ、好みは人それぞれだし、詮索はしないくてもいいか。
―――ああ、そうだ、そんな事より、肝心な事を忘れていたよ。

「まだ名乗って無かったね、私はアリシア・T・衛宮。
でも、アリシアで良いよ、お姉さんの名前は?」

通信教育っていえばいいのかな、ランサーさんの座を読み取って、槍とか私の解らない処とか学習してるから、名誉や誇りの事もあるし、お互いに名前を知る事への重要性も理解しているつもりだよ。
でも、お姉さんは「名前…?」と呟くと「え~と…ん~っとぉ…」って考え出し。

「確か私って、生きていた時の記憶がないんですの~」

ニッコリと微笑み。

「だから、名前も覚えていないんですの、てへ」

って、言って来たよ。
ん~、記憶が無いって事は、裏返せば以前は有ったって事だよね。

「なら、お姉さんの住んでる所に案内してよ。
多分、そこに行けば何かしらの手掛りは掴めると思うんだ」

お姉さんのお友達を、私が浄化しちゃったし、その精神的なショックで記憶が無くなったとしたら、それは私の責任だよ。
なら、記憶が戻るまでお手伝するのが筋というもの。
それに、よく藤姉さんが見てる、テレビのドラマでも、犯行現場で証拠を捜して犯人とか捕らえているし、お姉さんの住んでる所へ行けば、死体が有って、ダイイングだかダイニングだかのメッセージとかでお姉さんの名前も判るかも知れない。
でも、「ここがが私のベッドですの」って案内された所は何故か近くにある半開きの石棺。

「………え~と」

「気がついたら、ここで寝てましたの」

よく迂闊な事をすると、墓穴を掘るって言われるけれど、棺桶に住んでいる場合は如何いう意味なのだろう?
などと考えながら石棺へを覗き込み、手掛かりになりそうなモノが無いか探してみる。
残念な事に、石棺に在るのはボロボロになった塵の様な物ばかり、ダイイングだがダイビングだがのメッセージを残してくれそうな死体は無いみたい。

「……えと、他に何か手掛りがあるかな」

「ここにいると、なにかとても落ち着きますの。だから、ここがお家ですの……」

とりあえず半開きの石棺の蓋をずらして、二人で中に入ってみる。
人一人なら十分余裕があるこの石棺、でも二人ではとても狭い。
それに、ここ以外にも手掛りが在って見落とすのはお姉さんが可哀想だからね。

「ポチ、この辺りに、お姉さんの手掛りになる様な物が在るかもしれないから、一緒に捜してくれる」

胸に抱いていたポチを石棺の外へと下ろすと、ポチも「解った、捜してみる」と答えてくれ、地面へと潜って行った。

「あの丸いのは何ですの?」

地面に潜って行ったポチを、不思議そうな表情で見ていたお姉さん。

「あの子は私の子供で、名はポチ、見ての通り地面に潜れるんだよ。
もしかしたら、捜し物が埋まっているかもしれないから捜しに行ってもらたんだ」

「ふぇぇ、凄いですの、アリシアちゃんはお母さんなんですの」

「ふふん、そうだよ。
私はもうお母さんなんだから、凄いでしょう」

両手を上げながら、私とポチの事を褒めてくれるお姉さん、記憶が無いけどこのお姉さんは、きっといい人なんだなと思った。

「凄いです、凄いです~」

「そう、凄いんだよ。この前だって、庭に来ていた猫さんを追い払ったんだもん」

「ネコさんですの?」

キョトンとするお姉さん、記憶が無いからか、それともアヴァターに猫さんが居ないのか解らないけど。
如何やら、お姉さんは猫さんが如何に狡猾で、かつ危険な種族なのか知らないようだね。

「猫さんは凄~く意地悪な子なんだよ、耳元で急に大声で鳴いたり。
前も、触ろうとしたらね、猫さんも前脚を上げてきたから大丈夫だと思って手を近づけたら、急に爪で引掻かれたりしたんだ。
友好的な態度で私を騙して、警戒を与えない様にした処で、隙をついてくるんだ、猫さんはとっても意地悪なんだよ!」

その後は、ポチが如何にして獰猛な猫さん達を追い払ったなどの武勇の数々を話り。
気が付けばお昼の時間近くにまで迫っていて、時間も余り無いのに気付いた私は、名前のないお姉ちゃんと一緒に石棺の中を調べ塵の中から首飾り、ロザリオと呼ばれる装飾品を見つけた。

「これは?」

「知らないですの。そんなの気が付かなかったですの、けど―――」

何か思い出す様な、ぼうっとした感じで。

「見ていると、なんだか、懐かしい気持ちになってきますの……」

ロザリオからも、何か意思が在るのか「私をあの子に渡して」って意識が伝わって来る。
そうは言われても、変なモノをお姉ちゃんに渡す訳にはいかないので、中を視ると―――如何やら、このロザリオにお姉ちゃん、ううん、ルビナス・フローリアスさんって人の記憶が入っているらしい。
何故、記憶と身体が別々になっているのかは解らないけど、まあ、何かしらの実験か儀式で魂を身体に移す時に失敗したって感じなんだと思う。
イリヤお姉ちゃんから教わった魔術にも、そんな魂の移動する魔術があったし、魔術の失敗で、魂が分かれてしまったって事は十分考えられるからね。

「お姉さん、見つかったから戻すね」

「きゃい~ん、ですの~」

見付って嬉しいのか、両手を上げて喜ぶお姉さん。
まだ、記憶がないので名前で言っても解らないから、単純にお姉さんで良いと思う。
見たところ、受入れ準備は良さそうだから早速魂と記憶を同化させてみた。

「如何かな、記憶は戻ったかな?」

「え~と……あら、そんな事が……そうなの」

お姉さんはとか呟いた後、私を見詰め。

「目覚めさせてくれてありがとう、アリシアちゃん。
(でも、碌に準備も無しで、魂と記憶の同調を一瞬で行えるなんて、凄いなんてレベルじゃないわよこの子。
それとも、私が分かれている間に外ではソレが普通に出来る様になっているのかしら?)」

「アリシアで良いよ」

記憶が戻った事で、何かお姉さんの表情や雰囲気が変わり、何処かセイバーさんに似た感じがした。

「そう、ならアリシア。
改めて名乗るわ、私はルビナス・フローリアスよ宜しくね」



[18329] アヴァター編04
Name: よよよ◆fa770ebd ID:021312f6
Date: 2013/11/16 00:42

永い間分かれていた魂と記憶、それが一つとなり全てを思い出せた。

「そう、ならアリシア。
改めて名乗るわ、私はルビナス・フローリアス。
ルビナスでいいわ、宜しくねアリシア」

自らの名を名乗る事で、互いの名が知り、私とアリシアは友達となれたと思う。
―――欲を言えば、私の事を想ってくれる男性によって目覚めたかったのだけど、『目覚めのキス』に憧れていたのはここだけの秘密にしておきましょう。

「じゃあ、そろそろお昼の時間だから、ルビナスさんも一緒に外に出てお昼を食べようよ」

「そうね、そうしましょう」

そう―――この場所は、アンデットの友達と遊んだ記憶で溢れているけれど、その友達も昇天し、私にはかつてと同じ悲劇を繰り返さないようにする目的があるのだから、この場所に居続けても意味は無いわね。
外に出る途中、入り口の扉が誰かに閉められていたけど、私の召還器、エルダーアークから根源力を変換し、振り下ろすと同時に解き放つと扉を切り裂いて表へと出た。

「ほえ。ルビナスさん、召還器持ってるんだ」

「……ええ、これはエルダーアークよ」

以前の白の主、ロベリアとの苦い戦いを思い出しつつ、アリシアを見れば何時の間にか朱色の槍を手にしている。

「アリシアのその槍は?」

先程までは持っていなかった筈なのに―――もしかしたら召還器なのかもしれない、なら先程の事も根源力を扱える救世主候補なら出来ても不思議じゃないもの。

「ん、これは、ゲイボルグっていう呪の込められた槍。
前の持ち主だったランサーさんが、私に使いこなせよって言って私に託してくれたの、だから私も使いこなせる様に頑張ってるんだよ」

きっと良い人だったのだろう、ランサーさんという方を思い出しながらにこやかに語るアリシア。

「それでね。扉が閉まってたから、この槍を投げて壊そうとしたんだけど。
だけどルビナスさんが召還器を手にしてたから、必要ないかなって見ていたの」

言いながら槍が消える。

「消え―――それ如何やったの、まさか、それも召還器なのかしら?」

「ほえ、違うよ今のは転移魔術。
倉庫にしている所から、必要な物を必要な時に転移させて使ってるだけだよ」

いわれてみれば、召還器なら名を言わないと来ないのにアリシアは何も言っていなかったわ。
恐らく転移魔術とは召喚師の召喚と召還と同じく、予め特定の場所にアンカーをセットし、そこから持ってくる魔術師の業なのだろうと予想する。
私が永い事分かれていた間に、アヴァターの魔法も随分発展したのね、魔法物理学とかも色々変わってそう。
ふと、久しぶりに見上げる空は昔と変わらず青々と澄み渡り美しかった。

「そうだ、闘技場には運動部用のシャワーがあったからそこで洗ってから行こう。
まだそれ位の時間はならあるし、身嗜みとかには煩いからね、イリヤお姉ちゃん」

「イリヤお姉ちゃん?」

「うん、私のお姉ちゃんで時々私の頭を両手でグリグリするんだよ、とても痛いんだから」

両手を上げ、プンプンと怒ってるアリシア。

「……え~と」

アリシアて、イリヤさんて人から虐められているのかしら?
とはいえ、話していて解ったけどアリシアって何処か子供ぽいから、話だけでは判別も出来そうにないわね。
と、話をしつつも闘技場へとつき、闘技場にあるシャワー室で身体を洗った後、アリシアに誘われて礼拝堂の近く、池と森がある場所でお兄さんのエミヤ・シロウ君にセイバーさん、先程話しに出たイリヤスフィールさん達と一緒に話をしながらお弁当を頂く事になった。
アリシアが言うには、地下墓地で地面に潜って行ったポチは、如何やら地下で食事しているらしく地上にはまだ出て来ないらしい。
そして、エミヤ君はどこか疲れてるにも関わらず急に現れた私に色々と気を使ってくれるし。
セイバーさんは、何処と無く人の上に立つ魅力を感じ、イリヤスフィールさんは少し世間知らずな感じはするものの悪い子には見えないわね。
アリシアもイリヤスフィールさんの事が嫌いな訳でも無く、偶々話に出た事をされただけなのでしょう。
そうして、私が頂いたのはお弁当は、今まで食べた事が無い味、恐らく調味料が変ったからなのでしょうけど、アヴァターの食事も随分変わったらしい。
更に話を聞いていると、如何やら救世主候補が集まりだしている事や、破滅のモンスターが各所で出没している事等も次第に解って来た。
ホント、アレから随分経っていた様だけど何とか間に合った様ね。
ロベリアの時の様に、共に戦った仲間同士で殺しあう悲劇が起きるのを食い止められるならと千年後まで封じたままでいて。
千年前のあの決断が間違っていなくて、今の人達が私を許してくれるなら、きっと、封印を解いてくれるだろうと思い―――運命の導きとでも言うべきなのかしら、アリシアが私の封印を解いてくれたのだから。

「お、いたいた、捜したぞエミヤ」

かつての決断は間違っては無かったのでしょうと思いに暮れていると、声と共に一人の男性が走って来た。

「ん、お兄さんだれ?」

「アリシア、アイツが俺と同じ部屋のデビットだ」

同じエミヤの姓だからか、ほぼ同時に反応するエミヤ君とアリシア。

「悪いな食事中だったか、処で―――そちらの四人は?」

「ああ。そうか、デビットには紹介してい無かったな」

エミヤ君はセイバーさん、イリヤスフィールさん、アリシアちゃんの事を紹介して行き。

「私はルビナス・フローリアス、今日から学園に入るから宜しくね」

「俺の事はデッビトでいいさ。
でも、フローリアスさんは新入生か―――少し時期が悪いな、もう少し早ければ寮にも空きが有っただろうに。
王都の方も下宿場所は一杯らしいから、今からだと探すのも大変だぞ。
(……しかし、ルビナス・フローリアスって名前は何処かで聞いた事があった様な?)」

気の毒そうに私を見詰るデビット君、如何やら悪い人じゃ無いわね。

「大丈夫よ、私が入るクラスは救世主クラスだから」

「そうか、救世主クラスなら常に女子寮に空きが有る筈―――てっ、救世主クラス!?」

「そうよ」

目を見開くデビット君に、驚くのも無理は無いわねと思い立ち上がり腕を掲げ。

「エルダーアーク!」

召還器を呼んだ。
現れたのは黄色い古の大剣エルダーアーク、その大剣を両手で掲げる様に持ち。

「今、再び破滅が迫って来ています、でも、恐れないで決してあなた達を破滅などさせません」

「これが召還器」

イリヤスフィールさんは初めて見る召還器をじっと見詰め。

「フローリアスさんでしたね。
問おう、貴女は救世主となって何を成そうとするのですか?」

先程とは雰囲気が変わり、座ったままのセイバーさんから凄まじい威圧感が発せられた。
そう、この問いに偽りを言えば、その命、無いものと思え―――とすら。
って、セイバーさんまだ学生なのに!?
アリシアといい、私が分かれていた間に、アヴァターの人達の錬度って信じられないくらい変わっていたのね。

「ルビナスでいいわ」

セイバーさんの視線を正面から受け止め。

「私が成す事は、世界を破滅から守り、人々に元の生活が出来る様にする事よ」

そうよ、決して破滅などさせない―――例え、それが救世主候補生の仲間を手に掛ける事になるとしても世界を滅ぼす事だけは阻止しないと!

「納得してくれたかしら?」

暫しの間、見詰め合う私とセイバーさん。

「―――ええ、ルビナス貴女に感謝を」

「こちらこそ」

まるで、私の内面を読むようなセイバーさんの視線と威厳とも感じられる威圧感は、かつての仲間アルストロメリア以上に感じられた。
凄い時代ね、学生ですらこれほどの実力を持っているのだから、正規の騎士や兵ともなればどれ程の実力なのか予想がつかないわ。
でも、嬉しい誤算とも言える、こんな超人だらけなら破滅のモンスターが大挙して押し寄せてきても正面から打ち破れるでしょうから。

「そういった訳で、皆さん、美味しいお弁当ありがとう、私は入学の手続きに行く事にするわ」

決意を固め、私はアリシア達と別れる事にした。
セイバーさんとの視線でのやり取りもあってか、遥か昔に自身で定めた使命を強く思い出せたわ。
目覚めさせてくれ、友達にもなろうとしてくれたアリシアには悪いけど、私にはしなければならない事があるから御免なさい。

「そうなの、ルビナスさん忙しいんだ。
じゃあ、今度時間が空いていたら遊ぼうね」

アリシアは別段気にする風でもなく、私が救世主候補である事も関係無く接し、「またね~」と手を振り送り出してくれる。
一瞥すると、後ろでは「初めて見ました、アレが召還器というモノなのですね」や「召還器って色々な形をしてるんだな」とセイバーさんとエミヤ君達は話していた。

―――大丈夫よ、必ず救世主は誕生させはしないから!

勢いのまま、学園の受付へと足を運び。
突然訪れ、救世主クラスへと入学を希望する私を、当然ながら訝しがる受付の女性の前で召還器を出し納得させ、学園長へと通して貰った。
案内してくれた受付の女性が、学園長室らしい扉をノックすると、部屋の中から「入りなさい」と声が聞こえ。
部屋に入ると約千年前の仲間である、ミュリエル・アイスバーグに似た女性が迎えてくれた。
声もそっくりだし、もしかしたらこの人はミュリエルの子孫なのかもしれないわね。
受付の女性は一礼すると下がり、部屋から出て行った。
それを確認してか学園長が口を開く。

「救世主候補とは赤の書により選ばれ、召喚される者達……まさか、ここアヴァターから救世主候補が現れるとは思っていませんでした」

余程私の存在は、数々の世界でも稀な救世主候補者の中でも、特に稀なのだと学園長が胸の内を語る。

「申し遅れたわね、私はミュリエル・シアフィールドこのフローリア学園の学園長しています」

「っ、ミュリエル!?」

―――いえ、同じミュリエルの名だけど、姓は違うから、きっと先祖の名を受け継ぎ、継承しているって事でしょう。

「ええ、そうです、私の名が如何にかしましたか?
ええと―――」

僅かとはいえ、私の動揺を察したのか、学園長は私の名を言おうとして私がまだ名乗っていない事に気がつく。

「私はルビナス・フローリアス、かつて千年前、赤の精霊に選ばれた者よ」

「―――ルビナス!?」

恐らく書物か何かで私の名は出てるのでしょう、学園長は目を細め、私を見つめているけど―――如何してか、先程のセイバーさんの戦慄すら覚える威圧感程には感じられないのが不思議ね。

「そうよ」と返し、「エルダーアーク」と私の召還器を呼び手にする。

「そ、それはエルダーアーク……大いなる古の剣っ!千年前、ルビナスが使っていた召還器!」

学園長の驚き様からして、多分歴史の教科書とかに私の召還器の名と形状が載っていそう。

「そうよ私がその、ルビナス・フローリアス。
名前を継承しているって事は、学園長はかつて私の仲間だったミュリエル・アイスバーグの子孫なのね。
ホント、声とかも私の知っているミュリエルにそっくりよ学園長」

姿にしても、私が知っているのはもっと若々しい感じだけど、きっとあのミュリエルも歳を重ねて行けば学園長の様になったに違いないわ。

「ええ、貴女がそう思うのは仕方が無い事でしょう―――何せ本人なのですから」

「え?」

学園長の口から私の予期しない言葉が現れ。

「千年前、ロベリアを自身の体に封印した後、私は貴女が昇天したのかと思っていました。
その姿の事といい、教えて欲しいわね、この千年間一体何処に居たのかを」

その言葉に一瞬思考が止まった。
けど、何故千年後のアヴァターに居るのか、私が知りたいと同じくミュリエルも私について知りたいのは仕方ないわ。

「私は最後の戦いに赴く前、ホムンクルスを錬金術で創造したの」

ホムンクルス、錬金術で作った人工の肉体、生命の無い、人の姿をした偽りの肉体。

「私の魂は肉体を奪われた後、全ての赤を奪われない為に、あらかじめ仕掛けられた魔法で、記憶はロザリオへ、魂はホムンクルスに封印されたのよ。
その後は、記憶の無い魂は地下墓地を彷徨っていて、ようやく記憶と魂が一つになれて全てを思い出せたから―――私はここに来たの、ミュリエル」

「そ…う、だったの。記憶が無いままずっと千年もの時を地下墓地の中で……記憶を取戻す為に彷徨って………」

痛々そうな視線で私を気遣うミュリエル。
千年前のあの決断が間違っていなくて、今の人達が私を許してくれるなら、きっと、封印を解いてくれるだろうとアルストロメリアには伝えてあったのに、どうもミュリエルには伝わっていなかったようね。
それに、もしかしたら千年の時の流れの中で私の存在も忘れ去られていたのかもしれない。
でも、その手段が私を想ってくれる人のキスで、記憶と魂は結合し私は永き眠りから目覚めるってのは、ミュリエルには内緒にしておきましょう、絶対に呆れられるから。

「私も知りたいわ、教えてミュリエル、あの後―――何があったの?」

「そうね、貴女には知る権利があるわ。
白の主、ロベリアとの戦いの後で、貴女の肉体は何者かに持ち去られ、行方がわからなくなってしまったわ。
そして、その力と破滅から世界を救った事を評価されアルストロメリアは女王なり、私と共に書と古代兵器の封印の為に学園と王都を作ったの」

そう、確かにアルストロメリアは元々アヴァター王家の血筋だったから。

「でも、私は学園が創立されこれからって時に、一度元の世界に戻された……アヴァターに自力でたどり着いた時には千年の時が過ぎていたのよ」

そう言えば、かつて赤の書の精霊オルタラが言っていたわ。
次元移動には時間の不連続断面を越える必要があって、それに気がつかず、普通に超えてしまえば時間も一緒に越えてしまうって事を。

「時と次元を同時に操る事が出来るのは、書の精霊ぐらいのものだわ」

「そう、それで今の救世主候補にミュリエルは入っているのよね」

ミュリエルの召還器は、魔力を増幅するグローブ状のライテウス。
ライテウスを着けたミュリエルの実力は軽く一師団を相手に出来る程のモノ、破滅との戦いには欠かせない。

「いえ、ライテウスは娘のリリィに継がせました」

「え、ミュリエル、貴女娘が出来たの?」

「ええ、アヴァターへ来る途中、破滅に滅ぼされかけた世界で会い、養子として引き取ったわ。
でも、偶然とはいえライテウスの封印を解いて契約してしまうなんて……これも、何かの運命なのかしら」

沈み込んだ表情で俯くミュリエル、そうね……ミュリエルがやろうとしてる事はなんとなく解る。
それを―――養子とはいえ、自分の娘である相手に対して、しなくてはならないかもしれないのだから………

「解ったわミュリエル、貴女が心配しないくても良いように、私は救世主候補生達の中から真の救世主になりそうな者を捜すわ」

「そう言ってくれると助かるわ、ルビナス」

私とミュリエルは今後の事もあり詳しく話し合い。
特に問題となるだろう救世主の正体に、選定する基準と方法に関しては千年もの時の流れに加え、記憶と魂が一つとなった時に記憶の一部が失われてしまった事で無いものとし。
それでも訝しがる人には、少し嫌だけど頭と胴体を離して見せれば信じる筈だろうと結論に達した。
その後は、女子寮へと案内され、救世主候補でありながら、寮長でもあるベリオ・トロープさんと会い、宛がわれた部屋で休む事になる。

「記憶が無かったとはいえ、実際、千年ものブランクね……明日はこの身体で、何処まで出来るか把握しとかないと」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第04話


「そうなの、ルビナスさん忙しいんだ。
じゃあ、今度時間が空いていたら遊ぼうね」

そう言いながら手を振るアリシアにルビナスは微笑んだ後、入学の為に受付へと向かって行った。
でも……まさかな、アリシアが知り合った女の子が救世主候補の一人だとは思いもしなかった。
俺も状況が急すぎて、思考がついていけなかったから折角ルビナスが救世主候補だったのに碌に話も出来なかったんだが―――

「で、如何したんだデビット、お前、王都で受けれそうな依頼を探してたんだろ?」

俺以上に状況に対処出来ないだろう、デビットを見遣る。

「……ああ、そうだ、その依頼の事なんだ。
お前、金が無くて次の月までに寮費を払えないと寮を出て行かなきゃならないだろう。
王都で丁度良い依頼を受けたんで、エミヤも如何かと思ってな」

そこまで言うと、落ち着きを取戻したのか表情を変え。

「さっきの娘。
新しい救世主候補で召還器は大剣だったな、一体何処で知り合ったんだエミヤ?」

「俺じゃない、妹のアリシアがポチと遊んでいたら出会って、ここで一緒に食事をしようって話になったらしい」

救世主候補はアヴァターではアイドルらしいから、デビットが気になるのは解る。

「そうか、その娘が妹の、それに先程の救世主候補フローリアスさんとの―――いや、確か救世主候補って異世界から召還されるって話を聞いてたからな、一体何処から来たのか気になっただけだ。
(先程のフローリアスさんは何やら威厳の様なモノを感じたが、セイバーさんからもそれは窺えた、もしかしたらこの人も救世主候補の資格が在るのかもしれない。
―――いや、所詮は俺の勝手な憶測に過ぎないしな、救世主候補が増えるのは、破滅と戦う戦力が増す事だからいい事だからどの道、俺が出来る事は限られている、俺は俺の出来る事をすればいいさ……)」

デビットは、アリシアとセイバーに視線を向けた後、少しの間なにかを考えていた様だが。

「でだ、依頼の件はエミヤの実技試験の結果次第なんだが」

「実技試験はAランクだったけど、如何なんだ?」

確かAランクは普通って意味らしいからな、厳しいのかもしれない。

「なら問題無いか。
その依頼ってのは、コーギュラント州辺りでモンスター達が目撃され、周辺の村の人達が不安だから場所を特定して州軍に知らせるって簡単なヤツだ」

「そのモンスター達は放って置いていいのか?」

学園で学んだ限りだと、モンスターなんて放って置けば近隣の村々で被害が広がるだろうし、村に近づけなくするとか、如何にかしないと不味いだろう。

「エミヤ、俺もそうだが俺達は学生なんだ、得て来た経験も少ないから、まだ半人前と思っていた方がいい。
そりゃ俺だって傭兵の資格は持ってはいるさ、けどな、ドルイド科としての実力はまだまだなのは解っているつもりだ。
エミヤは初めて傭兵の資格取りに来ているんだから、思い上がって真正面から破滅のモンスターを相手に出来ると思っていたら―――お前死ぬぞ」

髪を掻きながら溜息をつき。

「まあ、お前がほっとけない性格なのは解ってるつもりだけど、今回の依頼は戦うヤツじゃなく斥候、捜索だ。
場所を特定出来たら、州軍の詰め所に連絡して破滅のモンスター達が住処にしている場所へ州軍が派遣されて終りだ。
そもそも、俺達が戦うとしてもモンスター達の数すら分からないんだから、策も無しに行けば無駄死にするのが関の山」

更に―――

「特にお前は姉に妹、それに彼女もいるんだから無理するな、少なくてもそこの三人はお前が死んだら悲しむぞ」

デビットの視線からは、俺の事を本気で心配しているのが解る、けど―――

「俺だって、まだ死にたくは無いし無理するつもりはないぞ」

死ぬっていえば、アーチャーの奴、聖杯戦争の時に俺の首を刎ねたとかって言ってたな。
俺も自分の異様な治癒能力には驚くばかりだが、アーチャーが言っていた様に首を刎ねられて生きていられる確信は無い。
原因にしても、大体の目星は付いているけど、それが『原初の海』だとしたらアリシアに呼んでもらった瞬間に世界は終わるらしいから、確認のしようがないし、怪我が治りやすいってくらいに考えといた方が良いかもな。

「それに、彼女って、俺は兎も角セイバーに悪いだろう」

言いながらセイバーに視線を向ければ、やはり気分を害したのかやや顔を表情が赤くなっている。
―――少し怒らせたか、確かに俺なんかじゃあセイバーにつり合うとは思えないしな。

「そうか、セイバーさんとは―――違うのか?
……なら、悪いことを聞いたな、二人ともすまない。
で、如何だ、やってみるか?」

「勿論だ、色々とありがとなデビット」

同じ部屋だからだろうな、デビットにはよく世話になる。
それと、気分を害しただろうセイバーを見やり。

「デビットのヤツも悪気は無かったんだ、許してくれセイバー」

「―――っ、いえ、私は特に。
(っ、アリシアが被せた英霊の座とは、英霊となり祭り上げられた私の集合体の様なモノ。
その中に、結果的に聖杯を選んでしまったとはいえ、シロウを愛していた私も居たらしくて確かにシロウには惹かれますが、それは人としてでして。
いえ、好感は持っていますので好きか嫌いかと言われれば好きになりますし、愛しているか問われたら―――っ)」

表情が更に赤くなり、俯いたまま押し黙るセイバー、ヤバイこれは相当怒ってる様子だ。
後で何とかフォローしとかないと不味いな。

「それと、俺が傭兵の資格者だからな、何かあった時の責任は俺持ちの代わりに、リーダーをやらせてもらうぞ。
(今のアヴァターにはエミヤの様に女尊男卑な常識に囚われないヤツが必要な筈だ、無駄死にをさせる訳にはいかない)」

「そう、傭兵の依頼ね―――面白いじゃない私も行くわ」

「で、では私も、傭兵の仕事というのには気になりますし、シロウが無茶をするかもしれませんので。
(―――今は、世界全体の事を考えるべき時です、シロウについての想いは後で考えるとしましょう)」

俺とデビットの話が纏まり掛けると、今まで黙っていたイリヤと、感情を切り替えたのか、俯いていた頭を上げたセイバーが参加して来る。
アリシアは如何かと思ったが、先程はルビナスや皆と話ばかりしていたから、まだ弁当を食べている途中なので傭兵の依頼には余り気にしていない様だった。

「そう言われてもな……元々斥候の依頼なんて、危険が少ない代わりに、報酬も少ないからな、人数を多くすれば小遣い程度にしかならないぞ、分け前とかは少ないけどいいのか?
それにだ、危険が無いという訳でもないから、二人とも実技試験はAランクは必要だぞ。
(とはいえ、救世主候補のフローリアスさん相手にしていた時の感じからして、セイバーさんは大丈夫だろうが)」

まあ、デビットが心配するのも解る、見た感じではセイバーに大人姿のアリシアやイリヤは如何見ても強いって感じはしないからな。

「それなら、問題は無いわ、実技試験なら私やアリシアにセイバーはAAAランクだから」

「ええ、予期せぬ襲撃が予想される以上は、相応の戦力で挑むのが良い筈です」

「―――っ、AAAランク!
それって、もう学園卒業しても十分やって行けるレベルだぞ!!」

今までAAAランクの実力が、どのまで通用するのかは解っていなかったが、如何やら実戦で十分通用するレベルらしい。
……まあ、元々サーヴァントであるセイバーやバーサーカーは、その実戦で英雄に祭り上げられた存在なんだから、通用するのは当たり前なんだが。
見た目で―――いや、気が弱いヤツなら見ただけで心臓が止まるかもしれないバーサーカーは兎も角として、セイバー、イリヤ、アリシアの三人は外見からはそんな感じはしないので解る筈も無いか。

「ええ、そうですね、確かに教官からは近衛騎士にもなれると言われています」

「……近衛騎士にもって、そりゃすごい。
確か、近衛騎士団って入るのも洒落にならないくらいの所だって聞いてる……完全な実力主義だからこそ、貴族連中も入りたがらないって話しだしな」

「私のバーサーカーだって強いんだから!」

両手を上げ「ガー」と吼えるイリヤ―――頼むから藤ねえのようにはなるなよ。
それに、バーサーカーは単体で戦えば、アヴァターの一軍を一人で壊滅させる事が出来るだろうから強いって言うより洒落にならないだろう。
実際、対峙した教官も身動き一つ出来なかったし生きた心地もしなかっただろうから。

「解った。AAAランクが三人も居れば、心強いのは確かだ―――でも、報酬は五人で分けるから相当少ないからな」

「それで、何時其処へ行くんだ?
村の人達の事も考えるなら、なるべく早く行く方がいいだろうけど授業の事もあるからな」

正直な処、アヴァターでの講義は傭兵の在り方とか心構えの他にも、探し物や捜査に交渉の仕方、逐一変わる戦場等の状況で如何対応すればば良いのかを、座学で教えてくれるのでとてもためになる。
アーチャーもこういった所で学べれば、絶望の果てに一の価値を見失い、一を切捨て九を護る守護者にならなかったのかもしれない。

「ああ、依頼も実技の一環としてみてくれるから、授業の単位のとかは問題無い。
距離的にも今が昼だから夜には向こうに着けるだろうから、明日一日で捜索出来れば問題は無いが」

軽く握った拳を顎に当て。

「あるとすれば―――先程分かれたフローリアスさんのお披露目が、恐らく休み明けには行われるだろうという事だ」

「なに、そのお披露目会って、美味しいモノが出るの?」

ようやくお弁当を食べ終えたアリシアだが、何かのパーティーでもあるのかと聞いてくる。
………今食べたばかりなのに、まだ食べたいのかアリシア、それとも、甘いものは別腹っていう女性特有のアレなのか?

「いや、救世主候補生の実力を見せるお披露目さ、それで皆はその救世主候補生がどれだけの事が出来るの解るし、期待したり安心もする訳だ」

「そう、だから英雄じゃなく―――アイドルなのね」

何処か納得いった感じでイリヤは頷く。

「それならば、私も救世主候補がどれ程の者なのか自身の目で見て見たい。
……しかし、既に休みは今日を入れ、明日と一日半―――確かに時間が無いですね」

日程を立てようとするセイバーだが、時間が無いのはどうしようも無いらしく、眉を顰めている。

「なら、ここで話しても始まらないから、そのコーギュラント州へ急ごう」

きっと、その村々の人々は不安に違いないしな、早速行って安心して生活出来る様にしてあげたい。

「それじゃあ、集合は広場でいいだろ」

「そうね、そこでいいわ」

デビットの言葉にイリヤは頷き。

「ええ、そこでいいでしょう」

「ん、いいと思うよ」

セイバーにアリシアも頷いた。

「じゃあ、俺も準備があるから用意して来る」

寮への道を戻ろうとするデビットだが、何を思ったのか振り返り。

「ああ、そうだ、先生への連絡は今回は俺が伝えとくからな」

そう言うとデビットは寮へと戻って行った。
俺達はアリシアが居れば、下着とか以外は特に持って行く物は無いので早々に準備は終わり、広場で待つ事にし。
その間にアリシアが念話を使ったのだろう、ポチが地面から現れアリシアと戯れていた。
処が―――

「―――お前達、武器や防具は如何したんだ?」

片手に荷物の入った大きめの袋を持って、広場にやってきたデビットは、丸腰の俺達を見て唖然としていた。
そのデッビトの格好は厚手の防護服の上に、板状にした木を編んだ様な胴鎧を身に着けていたりするから、確かに丸腰の俺達は変に見えなくもないか。

「心配は無用です、我々の装備はこの通り」

気まずい空気を察知したセイバーが、一瞬で鎧へと換装する―――て、また服がお亡くなりになってしまった。
セイバーの纏っている鎧は、魔力で編まれているらしいから、そのまま鎧を纏えば内側から編まれた鎧によって服は破け四散してしまったりする。
一応、昔、言峰が遠坂用に用意して無駄になっていた服が十着はあるからまだ余裕はあるけど、なんだか時間の問題の様な気がしないでもない。

「―――っ、そうか、セイバーさん貴女もエミヤと同じ転移魔術とかが使えるのか。
それでも、そんな早く身に着けれるなんてな―――いや、正直驚いた。
(だが何故だろう、この人は呼び捨てに出来そうもない……これがカリスマってヤツなのか?)」

「処でデビット、その鎧は一体?」

セイバーも木を編んだ様な鎧は初めて見た感じだ。

「この鎧の事か、確かに革鎧みたいに一般的に出回っている訳じゃないし、知らなくても仕方がないか。
この鎧は干した蔦を乾燥させ編んだ後、特殊な樹液に漬けて作られる鎧だからな珍しいかもしれない。
火こそ弱いが、腐食も無いし、軽く通気性も良くてそれなりに身も護れるから良い鎧だと思うぞ」

「それは―――凄い、素材が鉄や鋼鉄では防御効果はいいのですが、重量や錆等の問題が付きまとっていましたから」

如何やら本心から驚いているらしいセイバー、デビットが着ている鎧は、セイバーの居た頃には実在しなかった鎧らしい。

「いや、素材が蔦だから鉄とか鋼鉄とは流石に比べ物にはならないさ。
俺も金があれば鎖帷子とかにしてるだろうしな」

そりゃそうだろうな、どんなに加工しても素材が蔦じゃ、鉄や合金と同じ強度は無理に近いだろうし。

「毎日の食費に、寮費や授業料やらもあるし、お互い金に縁が無いのは辛いな」

「貧乏人は辛い」と肩を竦めるデビットだが、俺達はまだそれのどれも支払って無かったりする。
支払い期限は次の月までだし、払えなければ学園から去るしかないから、デビットが持ってきた依頼の件は是が非でも達成しないと本当に拙い。
他にも雑談を交わしつつ、広場から門の外へと出ると。

「予定としては王都へ行って人数分の馬を借りてから、モンスターが目撃された場所に近い村まで行くつもりだ」

言いながら、王都の方へと指し示し。

「到着は恐らく夜になると思う。
そして、着いたら村で聞き込みをした後、屋根のある所で休めないか話してみる、運が良ければ野宿しないで済むだろう」

黙ってるけど、野宿という言葉に「むっ」とイリヤは眉を顰る。
まあ、イリヤの住んでた城やら、部屋の家具とかからじゃ野宿なんて想像も出来ないだろうし、聞いていて気分のいい話でも無いだろう。

「いえ、王都へ行く必要はありません」

「へ?」と、セイバーの言葉の意味が理解出来ず、王都を指差し固まったままのデビットから視線をアリシアに変え。

「アリシア、車を」

「は~い」

アリシアの返事と共に、ついこの前、学園まで乗ってきたキャンピングカーが現れる。

「これは車と言い、馬を必要としない馬車の様な乗り物です」

「はぁ、馬を必要としないって、なら如何やって動くんだ、この車っていう乗り物は?」

まあ、中世ヨーロッパ位の文明であるアヴァターに、車がある訳も無いから解らないのも無理は無いだろう。
ふと、視線を車に移すと、デビットが訝しげに車を見ている間にも、イリヤとポチを抱えたアリシアは車の中へと乗り込んで、ソファの様な座席に座っている。

「今は時間が惜しいから、取敢えず中に乗ってから話そう」

セイバーの説明では理解できそうに無く、唖然としているデビットを乗せエンジンを動かすと、「っ、何だよこの振動!?」とか、走り出すと「まさか、馬よりも早いのかこの乗り物!」って窓の外を見ながら落ち着かない。
それでも王都へつく頃にはなんとか慣れたのか、袋から地図を出し、運転しているセイバーに行く道を案内しはじめたが。
村までの途中、小休憩もあり、車について話しているとアリシアが炭酸の入った飲み物を出し、渡すとこれまたデビットは驚き始めたりした。
そんなこんなで、村に到着したのは太陽が沈みかけ空と雲を朱に染める頃だった。
それでも、馬では途中途中で休ませなければならないので、デビットの予想よりも大幅に早く村に到着する事が出来たようだ。
村に入る前で俺達は車から降り、アリシアは車を保管している所へと転移させる。
その様子をデビットは何処か遠いい目で見ていた。

「……じゃあ、まず俺が村の人達と話してみる。
(エミヤ達は、一体何者なんだ?
車ってのに乗った時は、何処かの貴族じゃないかとも思ったが―――あんな車ってモノが在ったのなら貴族の奴等が自慢しない訳が無いし。
更に、ペットボトルとかいう容器に入っていた液体、口の中でシュワってする飲み物なんて聞いた事すらない。
容器は容器で素材が何だか解らないときた、何でエミヤ達はこんなにも不思議な物を持っているんだろうか?)」

何か疲れた感じでフラフラと歩き出すデビット。
車に酔ったのかとも思ったが、恐らくはモンスターの生息区域から、怪しい場所を特定する必要があるだろうから、色々と考える事が多いいのだろう。

「そうですね、デビットの方がここでの知識が多いいですから、交渉には適任でしょう」

「セイバーの言う通りね、学園で少しは学んだとはいえ、アヴァターじゃ私達の常識が通じるかは難しいわ」

セイバーとイリヤがデビットの後に付いて行き。

「この村に書の精霊の手掛かりがあるといいね」

「いや、流石にそんな都合の良くは行か無いだろう」

何か遠足にでも行く様な感じで、楽しそうなアリシアと一緒にセイバー達の後を追った。



[18329] アヴァター編05
Name: よよよ◆fa770ebd ID:021312f6
Date: 2013/11/16 00:47

鬱蒼とした木々が茂る山の中を俺達は歩き続けている。
昨日、訪れた村で聞いた話では猟師がその村から数時間程行った所でモンスターらしき姿を見かけたという話を聞け。
その猟師が言うには、更に先に行った方角には別の村も在るらしく俺達は確認の意味も込めてその村を目指して歩くことにした。
車で行ければ良かったが、生憎とその場所は草が生えていないから道といえるような獣道だった為、俺達は徒歩で幾つもの山々を登っては下りながら半日近くを歩いている。
所々で休憩しながらとはいえ、元々英霊であるセイバーは兎も角、俺やデビットがやや体力的に辛くなって来てるというのに、変身魔術を使っているイリヤや、世界を書き換えて大人の姿をしているものの、六歳であるアリシアがまだまだ余裕あるのには驚いている。
二人がアインツベルンの森でトレーニングをしているのは知っていたけど、随分と体を鍛えたものだ。

「たく、体力には自信はあったんだけどな」

「俺もだ」

横で相槌を打つデビット。

「もう、シロウもデビットもだらしないわね。
(そうは言っても―――この疲労の少なさは多分、根源からの力で心身が強化されているからだと思う。
キリツグは、バーサーカーの魔力供給以外にも、救世主候補者達が扱う召還器と同じく、根源からの力の供給が出来るらしいから。
救世主候補者が人の境界を越えた力を発揮出来るのは、僅かとはいえ根源の力を使える事にある訳だし)」

そんな俺達を、振り返ったイリヤは何処か呆れて見ていた。
イリヤの実家の話は聞いた事がないから如何いった所なのか解らないけど、もしかしたらイリヤの実家は魔術師特有の神秘の秘匿の感性から、山の奥深くに住んでるんじゃないのかと思えてくる。

「ふふん、私とお姉ちゃんはまだまだ大丈夫だよ」

余程体力があるのだろう、こちらを一瞥すると元気な感じでアリシアは斜面を登って行き、その足元をポチが回りながらアリシアの後を追い、車の車輪のように坂道を登って行く。

「……ホント、あの三人元気だな」

俺達の先に行くセイバー、イリヤにアリシアを見つめるデビットが正直な感想を漏らした。

「俺達も頑張らないとな」

遅れる俺とデビットが三人に追いついたのは、丁度、山の頂を越えた辺りの事でセイバー達は待っていてくれたようで目的の村が見えると指し示す。

「デビット、あの村で良いのでしょうか?」

そう言うセイバーの格好は何時でも戦闘可能な鎧姿、英霊とはいえ女の子なのによく体が持つと思う。

「―――ああ、間違いない筈だ」

自然魔術と呼ばれる魔術を使ったのだろう、呟くように何かを唱えるデビットは地図を一瞥して口を開く。
アレがその村か、モンスターの被害を受けて無ければいいの―――っ!?

「モンスター達が居るぞ」

強化魔術により視力を強化し、村を見下ろせば村の各所にモンスター達が徘徊しているのが窺える。

「っ、この距離で見えるのかエミヤ?」

「ああ、俺は強化の魔術が使えるから、視力を強化したんだ」

でも、村には人らしき姿は見え無い……廃村に住み着いたのなら問題は無いか。

「ですがモンスターが居るとはいえ、村の何処からも煙らしきモノは上がっていない上に襲撃を受けている様子も見られない、あの村は元々廃村だったのでしょうか?」

膨大な魔力を持つセイバーだけど、アーチャーやキャスターではない彼女は視力の強化や遠見を出来ない、しかし、村全体の様子から俺が過った思いをセイバーも感じたのだろう。

「いや、地図には廃村とは記載されてない、な」

「なら、見える所まで下りてみようよ」

「そうね」

アリシアがもっともな意見を言い、イリヤはそれに頷く。
確かにここで村の様子が判るのは俺だけだから、セイバーやデビットが判断するにはある程度は村に近づく必要があるだろう。

「いや、その必要は無いさ」

待てとばかりに片手を向けた後、デビットは袋から筒を取り出し。

「望遠鏡があるんだ。高かったが買っておいて正解だったな」

伸縮型なのだろう筒を伸ばし村に向けた。
俺達の世界でいえば、アヴァターは中世くらいの文明なのに、伸縮出来る望遠鏡があるのかと感心する。
同時に、筒は真鍮の様で立派な見栄えだけど、俺達の世界で例えるなら観光地等で数千円で買える様な安っぽい感じも漂っているが特に気にするものでもないかな。

「ああ、確かにこの村がモンスター達の拠点のようだな」

「じゃあ、この村の事を伝えれば依頼は終わりなんだね」

後は報告すればいいだけなのでアリシアは嬉しそうだ。

「いえ。報告するにしても、もう少し情報を集めないと駄目でしょう」

「セイバーさんの言う通り、一部とはいえ州軍を動かすんだモンスター達の数や群れの構成。
それに……この村の人々が如何なっているのか判る限り調べないといけない」

「ほえ、そうなんだ」

「面倒な話ね」

「それが斥候の依頼ってやつさ」

望遠鏡から目を離したデビットはアリシアとイリヤに向き、

「なに。直接奴等と戦う訳じゃないから危険も少ない、それに、こういった仕事は慌てず徐々に慣れていけば良いだけさ」

そう返してビットは再び望遠鏡を覗き込んだ。
モンスターの拠点を見つけ、後は報告すれば終わりだと思っていたらしく、アリシアとイリヤは何処かつまらなさそうにしている。

「二人共、コレも仕事なんだからやるしか無いだろう」

「ん~、じゃあ私も『サーチャー』で調べてみるよ」

『サーチャー』……ああ、探索用の魔術だったか、でもアレは―――

「―――いや、『サーチャー』は駄目だアリシア」

「ん、何で?」

「『サーチャー』は探査用の端末を飛ばして確認する魔術だったから」

きょとんとするアリシアから視線を村に変え。

「ああいった開いた場所だと、恐らくソレが丸解りだろう。
それじゃあ、まるで俺達の方から教えている様なものになる」

「ん~、そっか駄目なんだ」

俺がアリシアとイリヤに注意している間にも、村を見渡していたデビットは望遠鏡を下げ、袋から紙と筆を出し何やら書き記している。

「デビット、よろしければその望遠鏡を貸して頂きたい」

「わかった、何か気になるものがあったら教えてくれ」

セイバーは望遠鏡を渡されると村に向ける。

「俺も何か不審な所が在ったら教える」

「ああ、頼んだエミヤ」

俺も村の人々が気になるので、更に視力を強化させる。
後ろでは―――

「お姉ちゃん、私達如何しよう?」

「そうね、邪魔にならないように休んでましょ」

「じゃあ、シート出すね。
デビットさんも座って書いたらいいよ、ポチもおいで」

「ああ、それもそうだな」

どうやら三人一緒に座ってデビットは村の状況を書き続け、アリシアとイリヤはやる事も無くポチと戯れながら休んでいる様だ、ん?

「――っ!?」

「如何したのシロウ?」

俺の動揺を見逃さずいたイリヤが声を掛けてくる。

「荒れた畑で人間らしき骨を見つけた、まさか……もう」

「こちらでも何箇所かで人骨らしきモノを確認しています―――恐らく、この村はモンスター達の襲撃を受け、生き残った村人達も止むを得ず村を捨てる他なかったのでしょう」

両手で支える望遠鏡を顔から離すセイバーの表情も何処か暗い。

「……手遅れか、二人共悪いけどもう少し村の様子を確認していてくれ」

「ああ」

「解りました」

俺とセイバーは再び調べる為、村の様子を見回してゆく。
それで判ったが、この村のモンスターの数はおよそ五十から六十程。
構成は人と同じサイズの獣人型モンスターが殆どだが、中には大型の獣と、神話なんかに出てくるミノタウロウスに似た二メートルを超える牛頭のモンスターも数体確認している。
ほとんど村全体が荒れている様子からして二、三日前って感じじゃなく、数ヶ月近くも前にモンスター達の襲撃を受け無人となった村を調査する俺達だったが、気がつけば太陽の角度が傾いてきていたから、だいたいの感覚で二時間近くは調査をしていたようだ。

「報告する内容も書き終わったし、これ以上書ける事はないだろうから、戻って―――ん、セイバーさんどうしたんだ」

その為、そろそろデビットが村の調査を切上げようとした頃。

「増援でしょうか、新しく二十体ほどのモンスター達が来ました」

セイバーの言葉を理解すると同時に、セイバーが見ている方向へと視線を向ける。
なんでこんな村にそんなに集まるんだろうとか過りながら見れば―――

「―――人質なのでしょうか、十数人の人間の女性が連れられています」

「人間の女性を?」

そう告げるセイバーの言葉通り、逃げ出せないよう十数人の女性達を囲むようにして、二十体程のモンスター達が村の中心へ向かうのが見てとれた。

「女の人?
お姉ちゃん、如何いう事なのかな?」

「破滅のモンスターがするとは思えないけど、何かしらの儀式に対する生贄って事も在り得ない話しじゃないわよアリシア」

―――っ、生贄!?
例えそうじゃなくても相手は異形の怪異、何をするか解らない。

「助けよう」

連れ去られて来ただろう女性達を、このまま見殺しになんかできない俺は、後ろを振り向きデビットに視線を合わせた。

「っ、馬鹿な事を言うなエミヤ!
数が違いすぎる、あの村のモンスター達の数を知っているだろう!
あの女性達に辿り着く前に俺達は全滅するぞ!!」

「でも、放って置いていい訳なんかないだろう!!」

「それはエミヤの言う通りだ!
でもな、あの数相手に何が出来る!
例え俺達が行ったとしても、無駄死にするだけだって言ってんだ!!」

悔しげに歯を食いしばり、拳を握り締めるデビット。
―――っ、そうだった、あの村のモンスターの数は五十から六十は居る。
更に新しく二十近く増えたから、おおよそ八十は居る事になるだろう。
そんな数相手に正面から向かった所で、突破出来るのはセイバーとバーサーカー位なもの、彼我の戦力差を思い出した俺は冷静さを取戻したが―――

「あの村のモンスター全員殺せばいいんでしょ?」

クスリと笑みを浮かべるイリヤ。

「私とバーサーカーなら、あんな有象無象のモンスターなんて相手じゃないわ」

「モンスターさん達も可哀想だけど、コレもお仕事だし殺しちゃうけどしょうがないよね」

イリヤの意見に「うん、うん」と頷くアリシア、何故か既に二人は殺す気満々だった。

「いや、まてよお前ら、今の俺の話を聞いてたのか?
相手の数は俺達の十倍は居るんだぞ!?」

などと、この戦力差ですら引かない二人に流石のデビットも驚きを隠せないでいる。

「では、策を用いましょう。
まず、バーサーカーを使い、やや離れた所で陽動を行い。
モンスター達がバーサーカーに向かい相手をしている間に、我々はアリシアの空間転移を使って奇襲を仕掛けます」

「そうか。それなら彼女達の周りにいるモンスターも少なくなるかもしれないから、そこを攻めれば!」

聖杯戦争でも使っていたのに、すっかり忘れていた、そうだアリシアは魔法扱いされるような空間転移さえ出来るんだった。
それを奇襲に用いて仕掛ければ、勝算はかなり跳ね上がる。

「いや、セイバーさんにエミヤも待ってくれ、そもそもバーサーカーって何なんだ!?」

けど、当然の事ながらバーサーカーを知らないデビットは話に付いていけてない。

「バーサーカーは私の使い魔よ」

「バーサーカーさんってとっても強いんだよ」

「そう言われても、俺はお前達を生きて帰らす。
それがチームリーダーの義務であり役目なんだ、そんな賭けの様な真似はさせられない!」

「我々を信じていただきたいデビット、策を十全に練ればこの戦い十分に勝機はあります」

バーサーカーについて話すイリヤとアリシアの話では判別し難いだろうが、デビットとセイバーの視線が合わさり沈黙が漂う。

「っ、済まない。俺ではお前達の力量が解らないんだ―――でも、貴女が出来ると言うのならそうなのかもしれない」

英霊であるセイバーやバーサーカーの力を知らないデビットは、内心俺達の安全をとるか、人質だろう女性達を助ける為に賭けとも思えるような危険を犯すか両手握り締め葛藤していた。

「だから―――俺は、チームリーダーをセイバーさん、貴女に譲る」

「解りました、リーダーの責任確かに承りました」

俺達の実力を把握していないデビットは、まだ一日程度のつきあいにも関わらず俺やアリシア、イリヤを統率するセイバーの力を見抜いたのか責任ある立場を譲り、譲られたセイバーは一度だけ深く目蓋を閉じたあと「では」と続けた。

「まず、彼女達が歩いている道ですが、あの幅なら車で十分移動できます。
しかしなから、無計画に事を進めれば追い詰められる可能性は否定できないでしょう、故に奇襲を掛けた後、即座に移動する必要が有ります。
デビット、この村から出た後、州軍への連絡が取り易い場所は何処ですか?」

「そ、それなら」

慌てて地図を見やり、なぞるデビットの指をセイバーは静かに見詰め、

「その道へと続く場所は―――あそこですね」

互いに望遠鏡で確認し合い「間違いない」とデビットは頷いた。

「次にイリヤスフィール、バーサーカーで陽動を仕掛けます、いいですね?」

「まあ、放って置くとシロウが飛び出して行きそうそうだし、いいわ。
で、何処にバーサーカーを向かわせるのかしら?」

「我々は人質とされている女性達が歩いている先にある、T字になっている所で仕掛けます。
右に行けば街へと続きますので、反対の左の先にある民家辺りで暴れさせて下さい」

「あそこね、解ったわ」

「セイバーさん、私は?」

「人質の女性達がT字の所へ差し掛かるやや手前で、バーサーカーによる陽動を行いますから、アリシアは人質達を護送しているモンスター達の数が減り次第転移を行い奇襲をしかけます。
それから、人質が確保出来次第車に乗せますので私達の部屋でしたよう車内を広くして下さい」

「おう」

セイバーの指示を受けたイリヤとアリシアの二人は、渡された望遠鏡で場所を確認しながら「お姉ちゃん、早く見せてよ」とか「駄目よ、まだ私が見てるんだから」とか緊張感なく話している。

「俺は如何したら良いんだ、セイバー」

「シロウとデビットは奇襲し各個にモンスターとの交戦後、人質を速やかに乗車できるよう護衛を。
攫われて来た者達が怖気づいてしまえば、動きは鈍ってしまい戦いが長引いてしまう、そうなればバーサーカーで陽動を行なったモンスター達すら戻ってきてしまうでしょう」

そうなれば、圧倒的な数で迫られる俺達は到底無事では済まない……

「解った、任せてくれセイバー」

「―――やはり、か。俺なんかよりも、セイバーさんの方がリーダーに相応しい」

作戦の要は時間、いかに素早く展開して人質を救出できるかが鍵だ、だけど、そんな状況でもやらなきゃ誰も救えやしないんだからやる価値はあるのだと俺は両手を握り締めながら頷き、セイバーの話しを聞いていたデビットも短時間でこれ程の策を立てるセイバーの実力を認めて相槌を打つ。
その後、奇襲の際の各自の役割の詳細な説明や、村のモンスター達の動向に注意を払い、人質だろう女性達の様子を確認しながら機会を窺う。

「頃合です。イリヤスフィール、陽動をお願いします」

作戦のタイミングを計る為に村へと望遠鏡を向けいたセイバーだが、望遠鏡を下ろしイリヤに作戦開始の合図を送る。

「解ったわ。一切の躊躇も油断もなく、近くに居るもの全てを殺し尽しなさいバーサーカー!」

霊体化して既に待機していたのだろう、村のやや奥側にある民家の近くにバーサーカーが姿を現し、その豪腕で振るわれる斧剣は近くにいたモンスター達を次々と肉塊へと変えてしまう。
村のモンスター達は、突如現れたバーサーカーに混乱しながらも、次第に集まりだしバーサーカーを包囲しながら次第に反撃し出始める、が。
相手は俺達の世界で、最強の英霊と云われるヘラクレスがバーサーカーとして召喚された存在、数などモノとしないと言った感じで、斧剣が一振りする度に何体ものモンスター達が薙ぎ払われ、それ程の威力を持つ一撃を絶え間なく振るう姿はまるで―――死が具現化した漆黒の暴風の様だった。

「護送しているモンスター達に動きが―――アリシア転移魔術の準備は良いですね」

望遠鏡をデビットに渡し、代わりにセイバーは不可視の剣をその手に持つ。
人質の女性達を護送をしているモンスターも村の奥での異常を感じ取ったのだろう、半数を残してバーサーカーの方へと向かって行く。

「おう!皆も、準備はいい?」

俺達を見渡すアリシアの見た目は体操服姿、手にはランサーから託された朱色の魔槍、ゲイ・ボルグを握っている、俺も両手に双剣干将・莫耶を投影し握り締め。
昨日、デビットから鎧の重要性を聞かされたので、取敢えずアーチャーと同じく赤い聖骸布に黒い胴鎧を投影し着込んだ。
ただ、この鎧は暗示や呪いの様な魔術的なモノには効果は高いが、剣や槍の様な物理的な防御は普通の革鎧に近いといえる。
イリヤはアリシア同様、見た目こそ体操服姿だがバリアジャケットと呼ばれる、魔力で編まれた防護服なので物理的な防御は高い筈だと思う。
それに、腕には『ミッド式魔術』を効率良く扱えるデバイスと呼ばれる魔術礼装、親父と同じ名をしたキリツグがあるから大丈夫だろうし、デビットも小型の円形盾と剣を持ち準備は良さそうだ。

「転移の後、モンスターと交戦、これを速やかに排除した後に車での脱出を行います。
時間を掛け過ぎれば、バーサーカーへと向かったモンスター達が戻り困難な状況になるでしょう、今作戦は時間との勝負になります」

俺達を指揮するセイバーは、威風堂々と俺達を見渡し、

「これより奇襲作戦を開始します、各自、武勲と誉れが在らん事を!」

「じゃあ、行くよ」

作戦が開始された刹那、俺の視界は変わり、目前には猪の様な胴鎧を着込んだ獣人のモンスターが現れる。
突然現れた俺達に虚を突かれ、獣人は手にする両手用の棍棒を構える事無く佇んでいた。
その機を逃さず、一気に間合いを詰め双剣を振るう、が。

「―――っ」

一瞬だが、モンスターだからとはいえ、簡単に殺してしまってもいいのだろうかと脳裏に過り、躊躇したからだろう、俺の双剣は獣人の体毛を僅かに薙いだだけだった。

「ブォォォ」

斬り付けられた事で獣人は我に返ったらしく、軽く後ろに下がり間合いを取ると、棍棒を振り回してくる。
棍棒を繰り出す獣人だが、その動きは力任せでしか無く、受け流し、身を捻り、足を捌いて避けるのは容易い。
しかし、後ろにいる、このモンスター達に占領された村に連れられた女性達を視界の隅に捉え、自分の行動に怒りを覚えた。
―――っ、何してんだ俺は!?
人質か生贄にされるだろう女性達を助けに来といて、何で躊躇ってしまったんだ!
人の姿に似ているとはいえ、相手は破滅のモンスター、放っておけば彼女達も畑で見つけた骸の様になってしまうってのに!!

「―――っ!?」

そして認識した―――俺だって魔術師だ、殺される覚悟はしている。
けど、相手を殺す覚悟はしていなかった事に……

「―――だからといって、彼女達を見捨てられるものか!!」

故に同じく正義の味方を目指したアイツ。
誰一人傷つける事無い誰か―――それを目指し、守護者にまでなった衛宮士郎の可能性の一つ。
脳裏にかつて夢で見知った、ヤツが駆け抜けた生き様が浮かぶ。
誓った言葉と護るべき理想、その為なら何を失っても構わなかったヤツの想い。
ヤツも誰かを救う為に、誰かを犠牲にするなんて初めから思っていた訳じゃない。
その手で救えず、その手で殺めた者が多くなればなるほど、理想とはかけ離れ。
結果、救う者を数でしか捉えられなくなり、一の価値を誤り、全てが狂っていったんだ。
だから間違えてはならない。
これから殺す相手が、一とか九とか数字で等無く、一つの生きた存在である事を忘れずにいる事。
それがどれ程辛く、切なくて苦しい事だとしても。

「―――それに」

全てを救う事はできないと。
誰かが犠牲にならなければ救いはないと、解っている―――それが、現実なのだと理解している。
そんなものが理想にすぎないと知った上で、理想を求め続けた。
それでも、アイツは―――最後までその理想を貫き通した。
―――だから、俺だって多少の事には耐えていける筈だ!

「―――――― 体は剣で出来ている」

自らを表す呪文に、自らを律する韻を持たせた言葉―――その呪文を呟いた。
俺はヤツを否定した、なら―――俺はヤツに胸を張って示さなきゃならないんだ!
覚悟を決める、獣人は俺の故意に作った隙を逃さず棍棒を振り下ろして来る。
それを、受流すと同時に踏込み、片方の剣で鎧ごと胸を貫く。
苦痛で硬直する獣人を尻目に、剣を放して間合いを取ると、まだ近くにいる獣人のモンスターへと、もう片方の剣を投擲し―――呟く。

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

炸裂する音を上げ、肉片となる二体の獣人だったモノ。
それに視線を向ける事なく、別の獣人を捉える俺の手には既に投影した『絶世の名剣(デュランダル)』を握り締め魔力を込める。
魔力を込められた華美な聖剣は、かつて天使より賜ったとされる、俺はその剣で駆け抜け様に纏う鎧ごと薙ぎ獣人の胴から上を二つに斬り分けた。

「―――他は!?」

俺が三体のモンスターを相手していた間にも、セイバー、イリヤ、アリシアは既に周囲のモンスターを倒し、中を広げるのだろう転移させた車の中にアリシアが入って行くのが見え、イリヤが運転席へと座って座席の調整をしている。

「我々は、依頼を受けた傭兵です。
攫われた貴女方を救出しに来ました、これより脱出の為、慌てず速やかにあの車に乗って下さい!」

透き通るように響くセイバーの言葉は、もう助からないという思いで望みを失ってしまっただろう、死んだ魚のような目をしたまま呆然としている女性達の目に再び生気を宿させ。
「本当なの?」や「私達助かるの!?」とか「有難う神様」と口々にしながら車に向かい走り始める。

「彼女達の護衛はポチがしてるから大丈夫だろう、と」

モンスター達から人質になっていた女性達の救出したのを見届けた俺は、周囲を見渡してデビットの姿を捜す。
すると、相手の獣人のモンスターは鎧を着込んでいて中々致命傷を与えられ無いようだったが、振るわれる棍棒を巧みに操る小盾で受け流しながら剥き出しの頭部に剣を叩き込み倒していたのが目に入ってきた。
しかし、デビットの剣は質が良くなかったのだろうか剣身に歪みができてしまっている。

「デビットその剣はもう駄目だ、この剣を使え」

「はぁ…ぁ…はぁ……すまない、エミヤ」

戦いでやや息を乱しているようだが、状況を確認しながら呼吸を整えてるデビットの近くまで走り寄る俺は、手にする『絶世の名剣(デュランダル)』を渡す。

「何だかやけに高そうな剣だな。
もし折れてしまっても、後から弁償ってのは無しにしてくれよ」

「馬鹿、こんな時に何言ってんだ。
その剣はデビットにやる、あと剣に魔力込れば大抵のモノは斬れる筈だ」

黄金の柄を持つ聖剣、『絶世の名剣(デュランダル)』の剣身を見ながら、冗談ともつかない事を言うデビットだが、この剣は戦いで敗れた剣の持ち主、ローランが重症を負い、敵に奪われない為に岩に叩きつけるが、剣は折れるどころか無傷のままで反対に叩きつけた岩が斬れてしまったって由来があるから心配はないだろう。
むしろ、折ろうとしても多分折れないと思う。

「俺達は彼女達が乗り込むまで車を護るぞ」

視界の端では、車内を拡張する魔術を終えたのだろうアリシアが車から降り、入替りに救出した女性達が乗車している。

「解ってるさ、エミヤ。
彼女達を護っているポチの力量は判断できそうにもないが、傭兵科トップランクのセルを問答無用で埋めたんだ信頼はするつもりだ。
それに―――」

と、魔力放出を使ってるのだろう、音速と見紛うような速さで縦横無尽に駆け回っているセイバーへと視線を向ける。
セイバーは、横と前から来る獣人達を相手に疾風迅雷の如く斬り伏せていた。

「普通の人とは違うと思ってたけど―――救世主クラスの三人よりも強いんじゃないのか、セイバーさん?」

英霊の力を目の当たりにしたデビットは、驚くよりも何処か呆れた感じで見ている。
その言葉に俺は聖杯戦争の時、「サーヴァントにはサーヴァントを以てでしか対抗出来ない」と言っていた言峰を思い出しながら正面に視線を戻す。

「気を抜くなデビット、来たぞ」

「ああ。、解ってる、此処は通させないさ」

車からやや離れた所から、向かって来るモンスター達を待ち構え、投影した弓で矢を続けざまに放ち続け獣人モンスターを仕留めていく、が。
―――それでも、倒れた仲間を盾に使い防ぎ向かって来る獣人が現れ。
前に出たデビットが、受け止めようとした棍棒ごと両断し、斬り伏せて行くものの、依然、向かって来る数は増えていく一方だった。

「っ、この数……拙いな。
(この滅茶苦茶な剣が在ればこそ、俺はまだ生きてられるが………それでも、何時までも持たないぞ)」

振り下ろされる棍棒に、そえるような動作で小型の盾を当て受け流すデビットは、瞬時に獣人モンスターを袈裟に斬り伏せるが状況が悪くなっているのを肌で感じて呟く。

「まだだデビット、もう少しの」

筈だと言い終えないうちに、

「全員乗り終わったわ!」

イリヤの声が響き渡り、

「乗り終えた!?」

後は車に合流するだけとホッとした表情を見せるデビットだが、正面からは人質救出が目的だと解り、こちらに向かって数多くの獣人モンスター達が迫って来ていた。

「―――停止解除、全投影連続層写!!!(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン!!!)」

その群れに既に工程を完了させ、回路に待機させていた設計図に撃鉄を打ち込み撃ち放つ。

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

投影魔術によって宙に現れた数々の剣は、獣人や獣のモンスター達を刺し貫くばかりか、俺の言葉によって幻想、神秘という内包する力を爆発させ僅かだがモンスター達の足を鈍らせ、

「今だ」

「―――っ、あぁ」

何処か呆然としているデビットと共に、この機を逃さず車へと戻り乗込む。

「っ!?」

しかし、乗り込んだ車内は何と言って表現すればいいのか、やたらと広くなっていてまだ数十人は乗れるのではないかと思える程になっていた。

「これが―――今朝まで乗ってた車と……同じ中なのか?」

俺と一緒に乗り込んだデビット同感らしく、信じられないといった言葉と表情で全てを語っている。
俺も内心では驚いているが、魔法使いであるアリシアのやる事に一々驚いてたらきりがないと結論を出し状況を把握する為に周囲を見渡す。
これは後で知った事だが、この車に掛けた魔術は何でも第二魔法の応用らしく、乗車さえできれば何人でも乗れるばかりか、重量が増えれば増える程、そのエネルギーを使って車内の空間を広げる仕組みらしかった。
側面の乗り口から見やれば、外では上空からアリシアが「フォトンランサー」と言いながら、まるでレーザーのような魔術を使い、前に躍り出ようとしていた三つ首の獣、竜、獅子、山羊の頭を持つキメラとしか思えない大型の獣が、幾多の光線を浴び蒸発したのか轟音と共に消えていた。

「アリシア、もう戻れ!」

「うん」

状況が解って無いのか、まだ余裕があるのか判らないが緊張感なく答えるアリシアは、動き出した車の中へと入ってくる。
たく、まだ奴等を引きつける必要があるからこそ、速度を上げてないからいいものの、車の速さは飛行魔術でついて来れる速さじゃない筈だろ。
とはいえ、聖杯による経験の短縮から俺も一、二発程度なら『フォトンランサー』ってミッド式魔術は使えるようにはなっている、しかし、アリシアが先程使ったのとは違って小さな光の槍というか弾みたいな形状だったが。
この半年間の間に、まるで別物になるまで改変していったのだろうか?
それなら、飛行魔術も研磨されライダーの天馬とはいかなくても、車よりも速い可能性は否定出来ないくもないか。
などと思いながらも、側面ドアから後を見やれば幾多のモンスター達が―――やはり、荒れてるとはいえ畑だと走り辛いのだろう道一杯に列をなして向かって来ていた。

「っ、セイバーの読み通りだな」

「ホント、そうね」

俺の呟いた言葉に、運転しているイリヤが僅かに顔を動かし答え、

「バーサーカーは霊体化させて戻したから、もういいわセイバー!」

窓の外に向け言い放った。
同時に屋根からドンと、何かが上に乗る音が車内に響く。
念の為、ドアから首を出し上を窺うと、セイバーが後ろを見詰めながら不可視の鞘を外してるのだろう、旋風が解き放たれ黄金に輝く剣身が露わになる。

「約束された(エクス)』

セイバーが込める魔力を変換しているのか、元々輝いていた剣身は更に輝きを増してゆき、

『勝利の剣――――――!!!!(カリバー)」

振り下ろすと同時に、聖剣から迸る極光が後ろから迫って来る獣人達を薙ぎ払った。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第05話 


セイバーさんが宝具を使った後、私達は村に居るモンスター達を掃討し殲滅するのではなく、そのまま車で州軍が駐屯している街へと向かった。
どうやら攫われて来た人達の救出と安全を重視した事と、私達であの村のモンスター達を殲滅する事に意味が無いと感じた事からそうしたらしい。
確かに、良く考えればそれもそうだよね、モンスター達は住んでるけど、人はもう居ない無人の村だからモンスター達を殲滅したら誰も居ない村になるだけだし―――そもそも、殲滅した後で、州軍に連絡したらこの村には破滅のモンスターなんか居ないじゃないかって事で、斥候の依頼が果たせなくなってしまうから本末転倒になってしまうかもしれない。
そんな訳から、村に居るモンスター達が私達を追撃する意思と気力を挫く為と、方法を無くす必要からセイバーさんは聖剣を使ったらしい。
その効果は十分にあり、走りやすい道で追撃してきたモンスター達は聖剣で一掃されてしまい、更に追撃して来れるるような数はいそうに無い、それに道だった所は断層が出来てしまったから道とは呼べなくなっていて追撃してくるのは難しいと思う。
後顧の憂い無くした私達は、州軍が駐屯する街へと辿り着き、場所を伝えると討伐部隊を編成しながら、斥候として数人の馬に乗った人達があの村へと向かって行った。
また、州軍では今現在、各地で野盗やモンスターの被害が広がっていて人手が少ないらしく、学生である私達でも居ないよりはましだろうと、傭兵として働いてはどうかと話を持ちかけられたらしいよ。
でも、馬やご飯に装備等の準備があるので討伐部隊が動けるのは明日以降みたい。
だったら、この街で明日までぼうっとして待っているよりは、攫われて来た人達を元の村へと送った方がいいだろうとの事から、お姉さん達が住んでいる村へと向かった。
その時に聞いたんだけど、そもそもお姉さん達が攫われて来た理由が、モンスター達が繁殖する為の母体にする事だったそう。

「………」

ん~、私が知っている限りでは、亜人と呼べるだろう獣人と人間とでは子供を作るのは難しいと思うけど、アヴァターでは出来るのかな?
そんなに繁殖しなければならない理由はと考え、一つの結論に達する。
そう、即ち破滅のモンスターとは、その種族につがいとなる異性が不足するか、絶えてしまい滅びていく途中か待つだけの絶滅危惧種だったのだと。
だから、悪足掻きとはいえ、他の種族の異性を捕まえ子孫を残そうとしていたに違いない。
じゃあ、なら如何して獣人の女の人達は絶えてしまったのだろう?
選定をし易くする為に座に居る影が「何かしたのかな?」

「ん、如何したのアリシア?」

横に座っているイリヤお姉ちゃんが私を見る、あう、如何やら口にしてたらしい。

「うん、破滅のモンスターって何だろうって考えていたの」

選定については影に一任していたから結果しか聞いてなかたし、一度だけ私が選定していた時もあったけど、その時は破滅のモンスターなんて居なかったからよく解らないでいる。

「ふぅん、破滅のモンスターね」

イリヤお姉ちゃんは考えているのか数秒間、目を閉じた後。

「そうね、この世界は私達の居た世界とは違うようだから理解できない処も在るけど。
村の人達が言ってたわ、あのモンスター達は以前は山の奥で大人しく棲み分けていたモンスター達だったって。たから、この村に下りてきて娘を差し出せって言って来たのを狂言か何かと思って無視したみたいだし、何か外因が在るのは間違い無さそうね、多分それが学園で習った破滅に選ばれたって事なんじゃないかしら」

「破滅に選ばれる―――か、選定の基準て何なんだろう?」

「そんな事解らないわよ」

そう区切っりながら私を見つめ、

「そんなに知りたいのなら、『原初の海』に聞けばいいんじゃないの、全知全能にもなれるみたいなんだし」

と、何処か意地悪そうな笑みを浮かべる。

「ええと、多分教えてくれないと思うよ」

そもそも、その本人が知らないんだから、解るわけが無いよ。
あうぅ、まさか本当にお姉ちゃんにはばれてるのかな?

「なら、今のアリシアが考えてても無駄に近いわ、考察するにも、もっと情報を集めてから考えないと駄目よ」

私が本人ですって今更言っても仕方ないし、嘘をつくなら、最後まで突き通さなきゃならないから嘘つくのも大変だよ。
でも―――破滅の選定に関する件は、いずれ座の影に聞いてみよう。

「おいおい、今日の主賓がなに白けてるんだ、飲め飲め」

そんな私達を見つけたデビットさんは、顔を赤らめながらも両手にグラスを持ってやって来る。
今は攫われたお姉さん達が住んでいる村で、無事に救出されたお姉さん達の祝いと、私達に対する感謝の気持ちからだろう村総出の宴会になっていた。

「うん。デビットさんの言う通りだね、今は楽しんだ方が良いよね」

グラスを受け取り少しずつ飲んでゆく。
この村で出されてた飲み物は不思議な飲み物で、甘くて美味しいけど、何か暑く感じてくるし、頭もぼうっとしてくるけど、何処か気分がよくなる感じがする。
見渡せば、お兄ちゃんは村の人に混じって、大きな鉄板で肉や野菜を串に刺して焼いていて、セイバーさんはその串焼肉や野菜を食べ尽していってた。

「あんたらは村の娘達を助けてくれた恩人、それも、普通なら出来ない事をやってくれたんだ、それにこの宴は襲撃の際に犠牲になった人達に対しての別れも含まれてるから、居なくなった奴が迷わない様に出来るだけ楽しんで逝かせてやってくれ」

そう言いながら、村のおじさんが串焼肉を渡してくれる。

「そうだ、そうだ、食って飲め」

デビットさんも楽しそうに串焼肉を食べたり、この不思議な飲み物を飲んでいた。
きっとこの村の風習なのか、アヴァターの慣わしなのか、食べて飲んで楽しまないと死んだ人達が迷うと思われてるらしい。
渡された串焼肉を一口すると、芳香な味わいと肉汁でとても美味しい。

「うん、私も食べて飲む!」

私はセイバーさんやデビットさんを見習い、沢山食べ、飲みんでは騒いではしゃいだ。
でも次の日の朝、何故か頭が酷く痛かったので治してから起き、皆におはようの挨拶をするけどデビットさんも痛いのか頭を押さえていた。

「ん~、私も頭痛かったし、風邪が流行ってるのかな?」

朝のご飯は、お弁当ではなくて、村の人達と何もする事がなく手持ち無沙汰なのだろう、「何か出来る事は無いか」って手伝ったお兄ちゃんによって何品かは和食ぽいモノが出てきた。
久しぶりに、お兄ちゃんの料理を食べる事が出来たセイバーさんは、もっきゅ、もっきゅと嬉しそうに食べ。
イリヤお姉ちゃんも「変わった味ね」とアヴァターの料理を楽しんでいる様子。
私も美味しくいただいたけど、デビットさんはまだ頭が痛いのか何処か元気が無い感じだった。
朝食の後は、州軍との契約の為に村の人達と別れ出発。
街へと着くお昼くらいには、デビットさんの頭痛も治ったみたいで州軍の人達と話してもらい。
斥候からもたらされた情報から、あの村のモンスター達の残りは十体も居ないそうなので、私達は加わらなくてもいいって事になったそう。
斥候の依頼って……依頼料は少ないのに、その割にはいい様に使われる、本当、雇い主側に都合が良い依頼だと思うよ。
そんな訳から、頑張って交渉を行なった末、初めの依頼料に少し色を付けて貰えた私達は、空が朱に染まる頃ようやく学園に辿り着き。
そして―――廊下で焦げた布を握り、沢山の女性の下着の上で伏せているセルさんを見つけた。



[18329] アヴァター編06
Name: よよよ◆fa770ebd ID:021312f6
Date: 2013/11/16 00:52

轟音を上げ破滅のゴーレムが崩れてゆく。
私が手にしたエルダーアークを掲げると同時に、沸き上がる喝采が闘技場を満たした。
ミュリエルが言うには、あのゴーレムの捕獲にはは王国軍一個中隊が動員されたらしく、そのゴーレムを鮮やかに倒す事で、千年前の戦士である私を周囲の人達に知らしめる必要があるそう。
でも―――

「……まるで道化ね」

破滅をもたらす救世主、それを目指す救世主候補がアイドルだなんて……千年前も人々が希望に縋って都合良く解釈されてたけど、この千年で更に酷くなって来てるわ。
いえ、そうは言っても人々が破滅と戦い続けられるには、救世主という名の希望が一番解り易いから仕方ないともいえる、けど―――

「本来なら、救世主も救世主候補も存在する必要は無いのに」

赤と白、どの理を選んでも世界は滅びを強要され。
そればかりか、救世主となる為に苦難を共に乗り越えた筈の親しい者同士が、二つの理を巡り互いにいがみ合い、戦い、殺しあわなければならないなんて………残るのは悲しみと後悔だけの残酷な結末のみ。
今の救世主候補生に、千年前の私とロベリアの様な悲しい戦いの再現をして欲しくないわ……
そう思いを抱きつつ、これから教室で授業があるので、その場を離れ外に向かって歩を進める、闘技場の中と外をつなげる通路には既に教室へと向かう学生達で混雑していた。
とはいえ、他に通れる通路も限られてくるし仕方ないわねと踏み出す。
そこに―――

「流石はかつての救世主、先程の手並みは見事なものでした」

私の前に一人の男性が現れる。
優男な顔立ちと服装、身体つきからして如何やら魔術師らしいけど……

「私はこの学園の教養学科の教師をしております、ダウニーと申します。以後、お見知りおきを」

「いえ、千年の間にアヴァターの魔法や魔法物理学も大分変わった筈ですし、こちらこそよろしくお願いします」

私が知ってるのはアリシアの転移魔術と、よく解らないけど私の封印を解いた魔法。
千年前の知識だけど、転移魔術は召喚師の召喚・逆召喚とはまた違う理論が使われている様だったし。
封印を解除した方法にしたって、碌な準備も時間もかけず、ましてや儀式に必要な魔法陣すら必要としないで一瞬で終わらせてしまったからには、この千年で魔法の基礎理論である魔法物理学は随分変わったと考えていいはず。
なら結論として、私の知らない魔法がこの千年の間にそうとう増えているのは間違いない。

「話は学園長から窺っておりますので、教室までご案内いたします」

「ありがとうございます、ダウニー先生」

私は自ら案内役を務めるダウニー先生の後をついて行き、

「午前の講義はこの教室です」

そう告げられ教室のなかの様子をうかがえば何時の間に戻ったのか、既に教室の席は何人もの生徒で埋められていた。

「あれ、救世主クラスの人は他に三人だったはずじゃ?」

「ああ、言ってませんでしたね。
学問系のカリキュラムは、他の学科の生徒と合同で行われる事が多いいのです、ですから救世主クラスの生徒として常に皆の目標になる様に振舞って下さい―――と、これは貴女には言う必要は有りませんでしたね」

「いえ、出来るだけ注意します」

何せ、中にいる生徒は皆セイバーさん並の人達でしょうから。
二日前に会ったセイバーさんを思い出す―――学生でさえ、あの様な歴戦の貫禄と重圧を漂わせるのだから、ミュリエルは言ってなかったけど、学生の身でありながらあのように成れるには学園の規律も授業も物凄く厳しく、かつ訓練の内容も難易度が高く時には危険と隣り合わせでなければ至れないと判断できる。
そんな懸念から、教室ないにはどんな人達が居るのかしらと少し緊張してしまうものの、

「やあ、おはよう」

教室へと入るダウニー先生の後に私も続いた。
中に入ると「あの人が伝説の!?」とか「千年前に世界を救った偉大な戦士よ!」とか「凄いな~千年もの間どうやって生きてたんだろ?」とか言われ、規律が厳しいと思われていた教室内がざわめき、

「ルビナスさんは空いている席に座って下さい」

「はい」

やや戸惑いながら返し適当に空いている席に座る。

「今日は本授業が初めての方もいるようなので……」

ダウニー先生は教科書だろう本を手にし。

「魔道物理学の基礎を復習することにしましょう。テキストの三十二ページを開いて」

千年後の世界での授業が始まった。
―――って、私のテキストが無いわよ?
ええと、もしかして忘れてたのかしらミュリエル?
そういえば、昨日案内して貰いながら話した中で、学園長の仕事も忙しさや、賢人会議なる議員達やら王宮からの圧力やらで愚痴や不満をこぼしてたから、用意したと思い込んで忘れていたとしても不思議じゃないのかも……

「……どうぞ、私ので良ければ見て下さい」

掛けられた声で横を向けば、背の小さい女の子が開いたテキストをそっと私との間に動かす。

「ありがとう。私はルビナス・フローリアス、貴女は?」

「私は同じ救世主クラスのリコ・リス、リコで良いです。
(姿は違うけど、わずかだけど力が戻ってくる、本当にルビナスなのね)」

「ありがとう、リコ。
なら、私もルビナスで良いわ、これから宜しくね」

「こちらこそ。(ルビナスが居るなら、千年前と同じ仲間同士で戦う悲劇は避けられそう―――そして、白の書の精霊イムニティは封印され、赤の書の精霊である私が赤の救世主を選ばなければ本当の破滅は起きないから、このまま誰とも契約せずに頑張ればきっと大丈夫ですよ、ね……)」

リコの目の奥に何か覚悟を決めた様なモノが窺える、もしかすると「千年前の英雄だからって、救世主になるのは譲れないわ」って感じなのかしら?
ううん、そんな好戦的な娘には見えないし私の考え過ぎかな。
そんな私達を後ろから「如何したの、リコがあんなに話すのを見たの初めてよ」や「人見知りで恥ずかしがり屋のリコが、あんなに懐くなんて……」と囁きあう声が耳に入って来た。
その話し声から、普段のリコが無口で大人しい女の子なのがうかがえるのだけど……リコってなんか初めて会った感じがしないのよねぇ―――どこかかで会った事ってあったかしら?
それなら一番会ってそうな場所は地下墓地くらいかなとか、そんな疑問を持ちつつも授業を聞き続け、どうやら基礎はそれ程変わっていないようねと思った頃、

「それでは今日の授業はここまで。今日やった所について来週のこの時間にしつもんしますから各自復習を忘れないように」

授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、千年もの永き時を目覚めての授業は終わりを告げ、

「授業はどうでしたか、ルビナス?」

当のリコはテキストを戻しながら訊ねて来る。

「そうねぇ、基礎ももう少し変わってると思ってたけどそれ程じゃないみたい」

魔道物理学もそれほど変わってないとしたら、アリシアの使った魔法は特殊な部類に入るモノなのかしら?
だとしたら、アリシアは凄い魔術師なのかもしれない。

「それなら良かった、です」

返した私の言葉に、リコは何処かほっとしている。

「食事は如何します、よければ食堂で一緒にどうでしょう」

「ええ、なら一緒に行きましょう」

どうやら私はリコに気に入られたみたいね、でも、こう色々と世話を焼いてくれるなんて―――そう、赤の書の精霊オルタラに何処か似ている感じかな?
そう思いながらも私とリコは食堂に向かい、リコはランチを頼むんだのだけど、私と同じランチとは違ったようで……
一体、何人分のランチを頼んだのか―――ここ、長テーブルなのにリコのトレーが占領していて私の食べれる場所が殆どなくなってしまっている。
でも、リコが言うには何時も通りらしい………前言撤回ね、オルタラとは似てもないわ、そもそも、オルタラは大食漢じゃなかったもの。
食事の後は、リコに連れられて学園を回る、一応、昨日ミュリエルに、学園内に色々とある機密も教わりながら案内されてはいるけど、リコの好意を無駄にはできないのや、彼女達候補生の目線からの話しも聞きたいのもあって案内してもらう。

「そろそろ、授業ですね闘技場まで案内します」

そう言うリコに告げられ、私は朝方実力を見せるために行なわれた、救世主候補生のお披露目として使われた闘技場へと再び足を向ける、その途中、授業の始まりが近い事を告げる予鈴が鳴り響く。
アリシアに連れられここのシャワー室に入ったのを思い出しながらも闘技場に入れば、ミュリエルに朝に行なわれたお披露目で、破滅のゴーレムと交える前に紹介されたダリア先生が胸を揺らしながら歩いて来た。

「みんなそろったらしらぁん?これから、第三回、救世主クラス能力測定試験を行いまぁ~す」

えと、以前の戦いとかで戦う事には慣れてるけど………今日、初めて会う人も居るのに行き成り能力測定試験するのは如何かと思う、でも、そういったスケジュールなら仕方の無いなのかもしれないと込み上げて来る疑問を無理矢理納得させる。
それに、会うのはこれで二回目だけど、相変わらず凄い乳ね……それも偶にはみ出てるわ。
余りの大きさで、合う下着が無いからそうしているか、それとも持つ者の傲慢さで見せ付けているのかしら?
などと、ダリア先生の態度に不安を抱きつつも、「お願いします」と挨拶し、周囲に視線を向けるれば、もう慣れたのか、同じ巨乳の勝ち組だからスルーなのかベリオ・トロープさんは「……よろしくお願いします、先生」と言葉に抑揚の無い感じはするけど普通の様子。
ミュリエルの娘であるリリィ・シアフィールドさんは負けず嫌いなのか、それとも、女性の魅力は乳だけじゃないわと言いたいのか「ふん」と言ってる。
リリィ・シアフィールドさんの事は、ミュリエルから幻影石で見せてもらい、色々と聞いているわ、破滅の軍勢に襲われた村の生き残り……ロベリアのように力に傾倒しなければいいのだけど。
でも、既に勝負すらならないリコは沈黙するしかなかったのか「……」としていた。
……こんな言葉は慰めにしかならないけど、まだ貴女は小さいし、成長出来るだろうから諦めちゃ駄目よリコ。

「休み明けは何処か辛いわよね~」

とか、ダリア先生どうでもいいような事を呟き、

「武器はそれぞれの召還器を使用してねえぇん♪」

初めて授業を受ける私への配慮なのか、授業には召還器を使う事を口にする。
そもそも、救世主候補の力の元は召還器からもたらされる根源の力、根源力。
召還器無しの試合や訓練では素の技量を高める事は出来ても、救世主候補としての必要な力を向上させるのは難しい。

「試合は実戦を想定してやるからぁ、あなた達も本気で戦うこと。い~い?」

「はい」

「言われなくても……」

トロープさんは普通に返事をするが、シアフィールドさんは思わずなのか突っ込みを入れてる。
それもそうでしょう、召還器は玩具じゃないのだから。

「では……今日の一組目は~」

ダリア先生は、ゴソゴソとポケットからサイコロを取り出し。

「ええ~と、一組目はリリィとリコよ」

「……はい」

既に試合の準備なのかしら、リコは力を抜き、いい感じに脱力している。

「そ、そう。私は伝説の戦士としたかったけど仕方無いわね。
(本当は破滅と戦った事のある、ルビナスさんに色々と教えて欲しかったから、『指導』でも良いから話す機会が欲しかったんだけど仕方ないか。
例え一度負けたとしても、救世主に必要な資質についてより多くの事を学べれば、それは結果的にプラスになるって考えてたのだけど……)」

対するシアフィールドさんは、やや不満気に口を開くけど、それもそうね、今まで三人しか居なかったから三人での闘いは何度もしているはずだから、偶には他の相手と試合をしてみたいのは解るわ。

「試合は無制限一本勝負。さ、ちゃちゃとやちゃいなさい」

試合を行なうリコとシアフィールドさんに声をかけるダリア先生は、残る私達に振向き、

「それじゃあ、他の人たちはみんなベンチに下がってねぇん♪」

私達を闘技場を一望できる観客席まで下がらせ。
緊張感のない声で、「試合、始め!」との号令で試合は始まる。
試合が始まると同時にシアフィールドさんが電撃で牽制をかけつつ、火玉を撃ち放ち、近づけば引き、引けば近寄ると自身の間合いの中で闘い、それを避けつつ、リコもスライムを召喚し向かわせるのだけど火玉が命中し送還されてしまう。
続けて火玉を放つシアフィールドさんに対し、空間を跳んだのだろう、リコが空間移動を使い避けると同時に接近戦を仕掛ける、が。
その動きは先刻承知とばかりに、振向き氷の魔法を使いリコの動きを止めると「ヴォルテックス!」と雷撃魔法を放ちリコの敗北が決まった。

「次、残りの二人、前へ前へ~♪」

リコとシアフィールドさんの試合の結果から褒める点や反省する部分などの検証もしないまま、ダリア先生は相変わらずの緊張感を感じさせない声で急かし、

「はい」

「いよいよね」

「二人とも一生懸命がんばってね」

トロープさんと私の試合を行うよう告げる。

「千年前の英雄の実力見せて下さい!」

「解ったわ」

互いに召還器を手にする私とベリオ・トロープさんは闘技場の中心で互いを見合ったまま対峙する、当たり前だけど試合とはいえ手加減はしない、相手への礼を失するし、試合で普段の実力で戦えなければ戦場では更に発揮できなくなるのだから。
ダリア先生の「試合、始め!」の掛け声と共に、トロープさんは「スプラッシュ!」と声と上げ頭上に光の玉が浮かばせ、かつ「シルフィス!」と声で光輪を現して上と前からの同時攻撃を行なう。
対する私は―――身を翻して一度距離を取り、その合い間に引き出した根源力を込めながらエルダーアークを振るい、解き放なたれる根源力を元とする光の刃で撃ち落した。
成る程、トロープさんも先程のシアフィールドさんと同じ距離を保って戦うタイプのようね。
なら―――こんな場合は如何するかしら?

「エルストラス・メリン」

呪を紡ぎ、根源力を込め練成し、

「っ、増えた!?」

そう、私の召還器エルダーアークからもたらされる根源力を元に、迂回するような感じで創り出したる分身を向かわせ、私も逆方向から突進する。

「っ、ホーリーウォール!」

分身が繰り出す剣を防御障壁を展開して防ぎ、杖型の召還器で私のエルダーアークを受け止めるトロープさん。
でも、解ってるのかしら?
この距離は―――もう、貴女の距離じゃないのよ?
戦いの為に一時的に創り出した分身は、込めた根源の力は多くはない故に障壁を突破できず消えてしまうが、私は続けざまにエルダーアークを振るった後、一呼吸してから連撃を叩き込んだ後はフェイントを混ぜた。
叩き付けられる剣を防ぐのに、両手を上に押し出す力で杖を支えていたトロープさんだったが、振り下ろした剣を再び上段にするのではなく、そのまま下段から掬い上げるようにしてその手から杖を弾き、弾き飛ばされた杖はやや離れた所に落ち転がるなか私はトロープさんにエルダーアークを突きつけた。

「私の勝ちね」

「はぁ…はぁ、これが……千年前の英雄の力です、か。(強い……ほとんど戦いらしい戦いにならなかった………)」

言動からして、ダリア先生に少し懐疑的だったけどミュリエルが選んだだけはあるようね、三人ともそれなりに戦える様には成って来ている。
でも―――リコにトロープさん、シアフィールドさんもどちらかといえば少し距離を取って戦うタイプ、私もこの体では手足が外れ易いから、長時間の戦いは難しいし、正面から向かって来る相手が多いい場合を想定して、正面から止められる前衛系の候補者が欲しいところよね。
三人の実力を目の当たりにした私はそう結論づけ、その後は能力測定試験で上位になった者は下位の者を一日好きにしていい特権即ち―――『指導』を行い、トロープさんの顔に落書きをさせて貰って授業を終えた。
そうして、次の日聞いた話だと、何でも夕方頃ブラックパピヨンなる泥棒が学園に出現し騒ぎを起こしたとか。
でも―――

「……そもそも、学園に泥棒がいるって、如何いう事よミュリエル?」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第06話


廊下で焦げた布を握り、沢山の女性の下着の上で倒れているセル、しかもセルの服も何処かしら焦げているようだった。

「……ここで、一体何があったんだ?」

女性物の下着に、その上で倒れているセル―――っ、一体ここで何が起こったのかまったく想像出来ない組み合わせだ……
周囲を見渡すがセイバーにイリヤ、デビットもそれらしきモノの存在を確認出来ていないようだ。
そんななか、アリシアが光の棒、確かフォトンランスだったな、それを手にしてセルをツンツンと突っついてると。

「……くぅ」

僅かだがセルが反応する、どうやら気を失っていただけのようらしい。

「大丈夫かセル」

近づき体を揺さぶると、セルの意識が戻ってきたようで「……エミヤ?」と呟き。

「あれ、俺何でここ―――そうだ、俺の桃源郷は!?」

「「「桃源郷?」」」」

朦朧とする意識のまま周囲を見渡すセルは、何だか訳が分らない事を言い、何だそりゃと俺とセイバー、イリヤの声が重なるが、セルは「ははは、ここに在るじゃないか~」と唖然とする俺達を他所に再度下着に埋もれた廊下に伏せじたばたしている。

「なに!エミヤ達は解らないのか!?」

しかし、同じアヴァターの住人であるデビットには伝わったらしく何故か驚いているが―――

「女性の香りを漂わせる下着の山が、各色彩られていれば、セルでなくても夢中になってしまうのは仕方ないだろう」

まるで魅入られるかのように近づくと、片足をつき、落ちていた下着を拾い握りめ語るデビット、そんな二人にセイバーとイリヤが白い目が注がれていた。
ある意味では二人とも猛者とも呼べなくもないが、俺は聖杯戦争以降セイバー、ライダー、アリシアの洗濯もしていて、幼いアリシアは兎も角として、セイバーやライダーの下着を干す時は何処か恥ずかしい感じがするのは確かだ、でも―――下着の香りを嗅ぐってなんて無謀な事はしないぞ。
そんな事してばれたら、ライダーと仲のいい桜が怒るだろうし、遠坂はそれをネタにして色々と言って来るだろう、アーチャーのヤツだって「下着に埋もれて溺死しろ」とか言うに決まってる。
まあ、それだって藤ねえにばれるよりかはマシかもしれないが……

「ねぇねぇ、それよりセルさんはダイニングとか何かのメッセージとか残してないの?」

じたばたしているセルを再度突っつくアリシア、どうやらアリシアからしてみればセルは毎週放送されているサスペンス劇場とかに出てくる死人の扱いのよう。

「―――そう、解ったわ」

イリヤは侮蔑を込めた視線でセルとデビットを見下し、

「要は貴方達―――馬鹿なのね?」

学び舎の廊下で女性の下着に埋もれたり握り締めたりしている二人をそう断じた。
……だが二人共、今回はそう言われても仕方がないと思うぞ。

「確かに、それ程異性に興味があるのでしたら伴侶―――いえ、恋人を作ればいいでしょうに」

イリヤとセイバーの言葉に斬り伏せられたのか、それまで下着の上でじたばたしていたセルと、何か思う処があるのか下着を握っていたデビットの二人が「「ぐはっ」」と声を上げ動きを止めた。

「は…はは、恋人がいたら下着の残り香で潤す事も無いよな……」

「そうさ、恋人を作るって事がどれ程大変な事なのか……」

乾いた笑いを上げ、虚ろな視線で俺達を見詰める二人。

「この、デビットはなぁ、以前彼女を作ろうとして、洗濯洗剤とか上げるから一ヶ月付き合ってとかって迫ったたけど駄目だったんだぞ」

「がはぁ!」

精神的に抉られるモノがあったか、廊下に力無く両手両足をつくデビット、洗濯洗剤で一ヶ月って新聞とかの契約の間違いじゃないだろうか?

「……そう言うセルは、合コンやら色々やらかしているが徒労に終わるよな」

「ぐふぅ!」

こちらも精神的にダメージを負ったらしく、力無く下着の上に倒れる。
デビットとセルは、「洗剤の他にも学食の割引券まで上げたのに……」やら「結局……最後は面白い人だけど彼氏にはちょっとね………で終わるんだ」と呟いていた。
―――何だろう、何故だか二人が余りにも哀れに思える。

「だけど、そもそも何故こんな場所に女性の下着があるんだ?」

このままでは不味いのと、そもそも今の状況がよく解らないので話題を変える。

「ああ、それはな―――」

セルの話では最近女寮の風呂へ覗こうとしても、ポチが居るので何度も埋められてしまって果たせないらしく。
どうしたら覗く事が出来るのかを思案していたところ、突然笑い声がして振向けば蝶のマスクをした半裸の女性、ブラックパピヨンが佇んでいて「疲れた顔をしてるわね坊や。勉強のしすぎは体によくないわよ」と女性の下着を撒いたらしい。
そして、偶々一つの下着を手にして色々と味わっていたところ、救世主候補のリリィ・シアフィールドが現れ。
その下着がリリィ・シアフィールドの物だったらしく「問答無用ぉぉぉ!!」と電撃を受け気を失っていたそうだ。

「「「「………」」」」

呆れてものも言えない俺達、デビットは何か共感する処があるのか、うんうんと頷いているが、そもそも、以前埋められたのに懲りるって言葉を知らないのかセル。

「成る程、大体の事情は解りました。
ですが、ブラックパピヨンなる賊が盗んだ下着を撒く所を見たものはセルビウム・ボルト、貴方以外居ないと言う事ですね」

「……多分」

セイバーの言葉にアリシアは「っ!?」何かに気付いたのか。

「と、言うことは、犯人はボルトさんって事になるよね」

「ちょ、おい」

「犯人はお前だ!」と推理番組よろしくビシと指し示すアリシア、多分テレビでやってるのを見たんだろう。

「どうせ、退学放校になっても悪質な覗きが一人減るだけだからいいんじゃない」

「……なんて、世知辛い世の中だ」

厳しい意見を述べるイリヤに、止めを刺されたのかぐったりしているセル。

「セルがしていた事は確かに悪い事だ、でも悪いならそれをなおせばいいだけだろ。
今回の事でセルも解ったと思うし、それに、こんな事をするブラックパピヨンも放って置けない」

「シロウの言う通りだ、ブラックパピヨンなる賊を放置すればこれから先、いかなる事になるのか……後顧の憂いは早めに取り除くのに越した事はありません」

「まあ、どちらにせよ、ブラックパピヨンって痴女の被害にあってからじゃ遅いしね」

「痴女狩りだ~」

俺の話にセイバー、イリヤ、アリシアの三人も納得してくれたようだ、けど、痴女狩りってアリシアは一体どんな番組を見てたんだろうか。
などと思っていたら―――

「うぉぉぉ、心の友よ!これからは兄弟って呼ばせてくれ!!」

それまで力無くぐったりしていたセルが、頭を上げ勢いよく立ち上がり、俺の手を両手で握って来る、が。

「でも……さ、エミヤやセイバーさん達、よくセルの話を信じられるな」

まだ、落ち込んでるのかユラリと立ち上がるデビット。

「そりゃそうよ、こんな馬鹿にアリシアは兎も角、私やセイバーが引っ掛る訳ないじゃない」

その言葉に、アリシアは「私、馬鹿じゃないよ」とイリヤに「ガー」って反論しているが、デビットは「……ああ、それもそうか」と納得し、セルはまた力無く崩れた。
しかし、今から捜すにしても、こう時間が経っていてはブラックパピヨンも別の場所、拠点としている所に潜んでしまっているだろうから捜すのは明日の授業が終わってからになり。
そして次の日、午後の授業が終わって。

「如何だった?」

昨日、そのままにする訳にもいかないので証拠品である下着を先生達ところまで持っていった俺達は、事の次第を打ち明け、学園長直々の追究を受ける破目になったセルは俺達が見守るなか学園長室から出てくる。

「大丈夫だ、状況証拠と目撃証言では俺が犯人になっているようだけど、学園長も俺が犯人なら盗んだ下着を学園の廊下でばらまくなんて真似はしないって解ってくれてたぜ!
でも、俺の噂から次はないようだけどな!」

学園長直々に次は無いって宣告されているのに、何故か大丈夫だと自信満々で語るセル。

「大丈夫よ、覗きの事なら昨日からポチの他に、バーサーカーにも見張らせるようにしたから―――死にたいのなら止めないわ」

「そうだぜ、バーサーカーが居るんだからな!って、あの化け物が……」

白い目で見るイリヤの視線で、先程の強気は何処へと行った?って感じでみるみるうちに表情を真っ青にしてうな垂れるセル。
そうはいっても学園長室前で、何時までも話をしていたって邪魔になるだろうから俺達は場所を変えるべく廊下を歩く。

「我々も昼休みの間に、手分けして何箇所か学園内で賊が好みそうな場所を探しましたが、拠点としているような物は出てきませんでした」

先程までの元気が無いセルに向かい、セイバーは無念そうに俯き「内部の者の犯行なのは、間違い無いのですが」と零す。

「ん~、クラスの皆に頼んで煙や音を立てたりして追い込んでいけばいいんじゃないかな?」

「いやいや、アリシア、相手は動物じゃなくて盗賊だし、普段は普通に学生をしているんだろうから意味が無いぞ」

「ほえ、駄目なんだ」

神霊級の実力こそ在るが、アリシアはまだ六歳くらいだ、ブラックパピヨンって推理小説等に出てくる怪盗みたいな奴だと思うけどアリシアは猪か熊と間違えているのだろう、な。

「でも、痴女の考えなんて解らないけど、どこか手掛かりがあっても良いわよね」

「そうだな、聞いた話じゃV字で下着ぽい服を着ている訳だから、寮室に置ける訳がないし、人が余り来ない場所に隠している筈だなんけど」

頬を膨らますイリヤに、「結局、見付らなかったんだよな」デビットが頷き悔しそうに髪をかく。

「そうとはいえ、人があまり来なさそうな場所は既に捜しましたし―――」

セイバーが続けて何か言おうとした時、「ん、場所ならあるよ」ときょとんとした表情でアリシアが答えた。

「っ、それは如何です!?」

「見つけたのはポチなんだけど、学園には地下墓地とかあるし、図書館の下にも人が隠れる事の出来る場所はあるって」

反射的に振向くセイバーに、アリシアが足元で回っているポチを見ていた。

「そうか、地下墓地は恐らく無いだろうけど、図書館の地下なら在り得るな」

「それに、図書館の地下は、学園長の許可が必要だって聞いたから人も来ない―――十分、怪しいわ」

デビットとイリヤの言う事も確かだ、「それなら、捜す価値は十分だな」と俺も相槌をうつ。
て、言うより、それだけの条件が揃っていれば疑わしい灰色ではなく、まず間違いなく黒だろう。

「よおし!見てろブラックパピヨンめぇ、捕まえてぬれ衣を晴らした後は、二度と人前に姿を現せないように、究極の羞恥責めで、責めて、責めまくってやるからなぁぁ!!」

元気になるのは良いがトンでも無い事を口にしているセル、そんなセルをイリヤとセイバーが白い目で見詰め。

「やっぱ、ボルトは退学放校にした方が良いんじゃいかしら」

「……確かに、その方が少なくとも女子学生達のためにはなるでしょう」

「しかし」と苦い表情を見せ。

「変質者であるボルトと盗賊ブラックパピヨンでは、まだボルトの方が更生の余地は高いかと……」

珍しく歯切れの悪いセイバー、正に苦渋の決断のようだ。

「学校の先生が言ってたよ、人が嫌がる事はしちゃいけないって」

「その通りよね―――」

「プンプン」と怒るアリシアに頷くイリヤだが、何か思うところがあるのかセルに向かい。

「セルビウム・ボルト、一つ約束して貰うわ、この件に私達が協力する変わりに、二度と覗きや盗撮、女性が嫌がる事はしない事―――呑めるからしら?」

普段のイリヤとは違い、背筋が凍りほどの残酷さを感じて息を飲む。
―――あれは、正真正銘イリヤの魔術師としての面だ。

「お、おう」

イリヤの冷たい迫力に気圧されたセルが、一、二歩後ろに下がり答えた。

「そう―――なら、私たちは協力するわ。行くわよアリシア」

「うん……でも良いのかな?」と口にしながらイリヤについて行くアリシア、その二人の後をセイバーも歩み進める。

「エミヤ、その場しのぎで返答しちまったけど、あの娘……何処か怖いな」

「まあな、でもイリヤは良い子だぞ」

確かに先程のようイリヤは聖杯戦争以来だが、それでも普段のイリヤは、アリシアと仲がよく、一緒に遊んでくれてるお姉さんだから。

「そうだセル、そもそもお前の普段の行いが悪いからそう言われるんだろ」

「何だよ、普段の行いが悪いだと!?」

デビットから指摘されたセルは、「ふっ」と一度、目を閉じ一呼吸してから再び見開くと、

「エミヤ、デビットお前らも自分に素直になれよ」

セルはどこか悟ったよう表情で俺とデビットを見渡すと口を開いた。

「なあ、デビット、お前は見たいと思った事は無いのか?」

「ぅ、それは…」

セルから放たれる言葉によってデビットは顔を背け、

「エミヤは如何だ、見たいと、知りたいと感じた事は無いのか!?」

セルは何故か拳を前に突き出し、ここぞとばかりに強気な感じで語る。

「……そう言ってもな、セル。
俺だって男だから興味が無いって事はないけど、俺達がそうだからって言って、見られる女の子達は嫌がってるんだ、人が嫌がる事はしない方がいいぞ」

「っ!?」

俺の返しに、まるで予期しない事が起きたかの様に固まるセル。
しかも、俺の横では「なんてヤツだエミヤ、あの言葉で動揺すらしてないなんて……」などとデビットまでが驚いている様子。

「エミヤ、もっと自分に素直になれ。
例えば、エミヤは妹のアリシアがどれ位成長したのか気にはしないのか?」

「アリシア?」

「そうだ、小さい頃の事は知っていても、今は知らないでは兄としていどうだと思う?」

「いや、どうとも思わないけど……
そもそも、ここに来る前までは、一緒に風呂に入って頭や体とか洗ってたしな。
寮になってからは流石に一緒には入れないから心配してたけど、セイバーやポチが洗ってくれてるから大丈夫だと思うし―――ん、如何したんだ」

セルの話からアリシアがシャンプーや石鹸が目に入ったとか言って嫌がってないだろうかと思っていると。

「「……なっ」」

セルとデビット唖然とした表情になり。

「「なんだって―――!?」」

二人は信じられないといった表情で俺を見詰めていた。

「如何したんだ二人共?」

「エ、エミヤ、お前……お前は凄いよ」

僅かに震える手をトンと肩に置くデビット、如何したんだ一体?

「ば、馬鹿な。………お前、化け物かエミヤ(見た感じ、アリシアって娘のスタイルは凄く良い筈だ―――だっていうのに、そのアリシアと一緒に入って、あまつさえ体の―――い、色々な所を隅々まで洗いながら………エミヤは理性を保てるだと―――こいつは聖人か何かか!?)」

俺を見ながらゴクリと唾を飲み込み「俺には出来ない―――」と呟くセル、一体何なのさ?

「それよりか、三人共俺達が話している間に行ってしまってるから俺たちも急ごう」

「「ああ……」」

なんだかよくわからない話で時間を取ってしまったけど、俺達が校舎から出れば中庭にはセイバー、イリヤ、アリシアが待っていてくれた。

「もう、お兄ちゃん達遅いよ」

見れば、しゃがんでポチを撫でているアリシアが頬を膨らませていて、

「悪い、待たせた」

「いえ、此方は問題ありません―――むしろ」

顰めるセイバーは問題のセルに視線を向けていた。

「セルなら大丈夫だろ、もう覗きや盗撮もしないって言ってるんだし」

事実、この日以降、セルは覗きや盗撮など女子達が嫌がる事はしなくなった、本人曰く、やろうとすると何故か体が動かなくなるとか言ってるけど、多分、今までが今までだけに気まずいだけだろう。

「ええ―――そうでしょうね。(待っている間に聞いた話では、イリヤスフィールにより、セルビウム・ボルトには既に強制(ギアス)の契約がなされたとか。
彼はもう二度と痴漢行為をする事は出来ず、皆も安心出来ていいと言えばそれまでですが、この様な一方的な契約が許されるのだろうか……)」

セイバーは何故か俯いてしまう。
もしかしたら、セイバーのなかではセルはもう退学放校になるのが決定しているのかもしれない。

「皆揃ったなら早速、森まで行きましょう」

「なんで森なんだ、行くのは……図書館だろ」

イリヤはイリヤで向う先を森というけど、先程の迫力で苦手意識があるのか、セルの言葉はすこしたどたどしい。

「図書館から地下に続く道は、学園長によって管理されているから、今の時間行ったとしても利用者達に見つかってしまうわ。
でも、ポチに送って貰えば森から地面の下を通って直接行けるらしいわよ」

「地面の中を移動って、なんつー無茶苦茶な」

なぜ森に行く必要があるのかを答えるイリヤの言葉で、地下を移動するのはアヴァターでも常識破りなのか唖然としてしまうセルの後ろで、デビットが「凄いな、ポチってそんな事も出来るのか」と感心していたりもする。

「ですが、その前に―――これから行く所は、盗賊ブラックパピヨンが拠点するだろう場所として濃厚な所。
言わば、魔術師の工房を攻めるようなものです、多数の罠や魔術的な仕掛け等が十分予想出来ます、よってセルビウム・ボルトとデビットの両名は各々の装備を用いる必要があるでしょう」

言い終わるなりセイバーが鎧に包まれる。
そうか、だから今日は言峰から貰った服じゃなく青いドレス姿だったんだな。
セイバーは気にしていないようだけど、珍しいドレス姿で居たせいで、授業中や休み時間にセイバーを見詰める女子学生達の視線が凄い事になっていた。

「解った。しかし、一瞬で鎧を着込む事が出来るって何時見ても便利だよな」

そう言い、状況を理解したデビットは装備を取りに寮へと走って行く。

「でも、エミヤ達は如何するんだ?」

「俺も用意は簡単だぞ」

訝しげなセルの前で投影し、アーチャーと同じ黒い胴鎧を赤い聖骸布で身を包む。

「私達も大丈夫だよね、お姉ちゃん」

「そうね」

アリシアとイリヤが頷き合い、

「「セーットアップ」」

二人で言うと同時に体操服姿に変身するアリシアとイリヤ―――なのだが。

「―――っ!?」

突如、イリヤの防護服が変化して大人形態なので何時もよりも大きくした感じの服に、タイツとブーツといったデザインに変わる。

「如何したのお姉ちゃん?」

「……ボルトの視線がいやらしいわ」

言われてセルの視線を追うと、アリシアの太ももに辿りつく。

「………」

なんていうか、年頃の女の子の太股をみるとドキっとする感じは解らない訳でも無いけど、もう少し自重しろよセル。

「でも、スカートで空を飛ぶと中が見えちゃうよ?」

「大丈夫よ、スカートの中に体操着の下を履いている状態にしてあるから、見えることは無いわ」

「おー」

そういった発想は無かったのか、素直に感心しているアリシア。

「アリシアもその形態は止めた方が良いわよ」

「そう」と言いながらセルを一瞥し。

「ん……そうだね、何か舐められるような嫌な視線だね」

そう区切り。

「だったら、アレで良いかな?」

アリシアの防護服が変化して以前見た白地に青が入った服になり、同時にやたらと神々しい感じになる。

「あれ、デザイン変えたのか?」

確か―――前見た時には、背中に金色の装飾と大きな羽があった筈だよな。

「うん、イリヤお姉ちゃんやバーサーカーさんと一緒に練習して解ったんだけど、槍がぶつかっちゃって邪魔なの」

「……成る程」

それもそうか、そもそも実戦的な飛行魔術もある『ミッド式魔術』に羽の意味は関係ないだろうし、アリシアが使うのはランサーよろしく槍だから動きを妨げる事にしかならないのだろう。

「セル、お前が準備しないと始まらないぞ」

セルは俺の横でアリシアに向き合い、その無闇矢鱈に神々しい様を見て息を飲んでいが、俺の声を聞き「あ、ああ……」と離れ寮へと走って行った。
まあ、あの格好の時のアリシアの神々しさは半端じゃないからな、初見では英霊であるセイバーやランサーだって驚きを隠せなかったくらいだし、セルが驚くのも無理は無いだろう。
剣や防具といった装備を取りに行った、セルとデビットが揃うのを待ち俺達は森へと向かう。
まあ、デビットもアリシアを見て息を飲んでいたが、慣れるにまかせるしかないから放っておくしかないだろう。

「ポチ、お願い」

アリシアが抱き抱えていたポチを地面に下ろせばポチは沈むように地面へと潜って行き。
丸い姿が見えなくなって数呼吸した後、今度は無数の触手の様なモノが俺達を囲む様に生え包み込んだ。
皆が緊張するなか、俺達を包んだポチは降下を始めたのだろう軽い浮遊感を感じ。

「いよいよだな」

ブラックパピヨンが何故盗みなどしているのか解らないが、破滅が迫る影響なのか、モンスターが凶暴になり、野盗が増えている今、アヴァターの皆が一つとなって事に当たらないと不味い状況なんだ。
何としても、ブラックパピヨンの盗みを止めさせないと!



[18329] アヴァター編07
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2013/11/16 01:01

因果律を司る白の書の精霊イムニティは迷っていた。
先日、ある世界に送った白の書が目的とする資質である救世主としての適正、秘めたる潜在能力が高い姉妹を見つけたのだ。
姉の当間大河と妹の当間未亜、姉妹共々かなりの力を秘めており、その潜在能力を引き出せるのならば救世主にさえなれる可能性が高いのだけど……
でも、あの世界はそれまでに行なわれてきた救世主の選択から、世界そのものが独自の進化を遂げてしまい、恐ろしいまでの防衛能力を持つ非常に危険と判断されていた世界だった。
そう―――遥か昔、あの世界がまだ神代と呼ばれていた頃に起きた出来事、白の書が候補者を見つけ出し、白の召喚陣へと召喚したまでは良いけど……あの世界の免疫とでもいえばいいのだろうか、後に『抑止力』と呼ばれるモノだと判ったが。
数多の亡者共が召喚の際に現れ、召喚された候補者や、その場に居た者達がことごとく屠られ。
そればかりか、赤の書の精霊オルタラが召喚した候補者達が当時のアヴァターの軍勢と共に、まるでアヴァターに生きとし生けるもの全てを根絶やしにするかのように、いくつもの街や村を滅ぼし、殺戮を続ける『抑止力』を討伐せんと向かったまではよかったが。
黄金の鎧を纏い円柱のような剣を携えた、たった一人の男が起こした時空断層。
文字通り世界がそのものが切裂かれ、斬り裂かれた穴へと吸い込まれた軍勢は二度とアヴァターには戻っては来れず、候補者達も全員がことごとく戦死してしまい選定は叶わぬものとなった。
でも、離れた所に召喚陣を張っていた事が幸いしたらしく、『抑止力』と黄金の戦士が、私とオルタラの居る『試しの場』へと辿り着くまでには現界し続ける事ができずに消え去り、『導きの書』が無事だった事がせめてもの幸いだったのかも知れない。
でも―――あの姉妹の秘めてる力は惜しい、何よりも彼女達に匹敵する者達は歴代の候補者の中でさえいないのだから。
しかし、迂闊に召喚すれば『抑止力』が再びアヴァターに現れ、今度こそ破滅の軍団以上に全てを滅ぼしてしまうだろう。
当間姉妹を召喚するには、まず先にあの世界の目を誤魔化す事が必要、そう結論を出したまではいいとして肝心の方法が見付らなく数日が過ぎた―――ある日。
ここ『試しの場』の最下層に、大きな丸い土の玉の様なモノが現れた。
アレは何日か前にも現れ、その時には三つ首をした大型の獣、書の守護者が相手をしたが、飛び掛ると同時に見えない何かに絡み取られ動けなくなったばかりか、地面からもアレの触手だろうモノに絡みつかれ地面の下へと引き摺り込まれてしまった。
挙句には、仮に肉体を斬り分けられたとしても死ぬ事すらない生命力、不死に近い程の生命を誇っていた書の守護者が、驚くべき事にその生命力を吸い尽くされてしまい今では前足の片方を地面から突き出てる状態で亡骸を晒している。
その日は、それ以上は何もせずに去って行ったけど―――

『今日は一体何しに来たのかしら?』

書の守護者すら倒してしまえる程の力を秘め、今まで見た事がなかったモンスターでもあったからだろう、気になって観察していれば玉を構成していた触手の様なモノが解かれて行き、中から六人の男女が現れた。
………今まで、救世主を目指す色々な人達に出会って来たけど、『試しの場』に地の底から来る者は彼女達が初めてよ。

「ふ~ん、ここがそうなの」

「みたいだね、お姉ちゃん」

三人の男が油断無く剣を構えてるなか、銀色の髪の少女と金色の髪の少女が辺りを見渡していた。

「イリヤスフィール、アリシアここは既に敵地、油断は禁物です!」

銀色の鎧を纏った少女、恐らく彼女がこのパーティーのリーダーなのだろう。
彼女達は、用心深く辺りを注意しながら何かを探している、ここ『試しの場』に来る以上、私が封印されている『導きの書』を捜しているのは間違い無いでしょう。
でも、地下から現れた事といい、私が契約するに相応しい力を持つのか解らないわ。
取敢えず、白の書で確認をしてみる事にする。
三人の男は論外として、まずはリーダー格である銀の鎧を纏った少女を調べると―――

『凄い力じゃない』

無論、以前から悩んでいた当間姉妹の潜在能力には僅かだが足りないけれど、一体今まで何万人殺して来たのか判らない程、彼女の存在力は桁違いに高く、潜在能力以外では当間姉妹を上回事から無視出来るものではない。
救世主に必要な存在力という資質は十二分にあり、更に、私―――白の書の理に対する適合性も高いのだから候補者として申し分ない。
例え救世主になれなかったとしても、彼女程の存在力を持った者が傘下に加わるのなら、先に召喚したシェザルとムドウは用済み、元々救世主になれる程の高い存在力なんか持ち合わせてないのだし。
潜在能力にしても役不足、まあまあ存在力があるので使えそうだから呼んだに過ぎないのだから、あの二人は適当な処で使い潰しても構わないでしょう。
次に、銀色の髪をしたイリヤスフィールと呼ばれた少女も、中々如何して高い存在力を持つけれど、潜在能力では当間姉妹、存在力では銀の鎧を纏った少女に及ばず契約するには程遠い。
そして、最後にあのアリシアと呼ばれた少女を調べる、けど……

『―――アレってまさか……よね』

何だか、矢鱈と神々しい少女アリシアを調べると―――て、何よコレ!?

『力も存在力も全部―――底が無い!?』

この力―――当間姉妹や銀の鎧を纏った少女どころのレベルじゃない、いえ、存在としての次元そのものが違いすぎる―――まさか、本当に神だとでもいうの!
白の書ですら解らない力を見せ付けられ、唖然としてるなか、彼女達はここ最下層の調査を続け、命であるマナを吸い尽くされた守護者の片足を見つけていた。

「モンスター?」

「おいおい、何言ってんだデビット。ここは仮にも学園なんだぜ、モンスターなんかが居る訳ないだろ」

「……そうだなセル」

セルという男に言われ、デビットと名の男が「幻覚か、どうややら疲れてるらしいな」とか言って片手で顔を覆う。

「いや、少なくても在るのは確かだから、幻覚じゃいぞ」

「きっと、この階が使われていた時にお勧めの本を飾って―――ん?」

赤毛の男が顔を覆っている男を宥めるなか、神らきし少女アリシアが、足元で回っている丸い玉を見やり。

「ほえ~、その子ってポチがお散歩中してたら襲って来たんだ」

神らしき存在の足元で、どうやらポチというらしい丸いモノが、自己主張しているのらしくクルクルと回り、アリシアが「頑張ったね、襲い掛かられて怖くなかった」とか言って撫でている。
怖いとか言う前に、そのモンスターはアヴァターでさえ珍しい程の化物、『導きの書』を護り候補者が救世主に相応しい力を持っているかを試す番人だった相手すら喰い殺してしまった怪物なんだけどねぇ……
その横では「明日は我が身だなセル」とか「洒落になってねぇよ、デビット」とか話しあっていて表情を青くしていた。

「だとすると、ここ図書館地下にはモンスターが住み着いているのか?」

「いえ、住んでいるのでは無いでしょうシロウ。
そもそも住んでいた場合、ここがこれほど整然とされている筈がありません、憶測ですが、もしかするとモンスターが召喚される類の罠があるのかもしれない」

「モンスターを召喚する罠、か。
これを見る限り無いとは言えないな、解った、注意するセイバー」

銀の鎧を纏った少女セイバーに注意され、赤毛の男シロウが辺りを注意深く見渡すと、目が疲れたのか片手で頭を押さえ。

「っ、解析出来ない。何か変だぞあの本?」

と、私が封印されている『導きの書』を指し示した。

「私達の知らない魔術なのかもしれないし、何よりシロウは魔術抵抗が低いんだから怪しいなら触らない方がいいわよ」

「でも」と呟きながらその少女は周りを見渡し。

「図書館の中に罠が在るって事は、やっぱり、ここが拠点なのは間違いなさそうね」

イリヤスフィールなる銀髪の少女が視線を戻し『導きの書』を見詰め、セイバーが「ええ、間違い無さそうです」と頷く。
拠点って何の事かしらと思っていると、神らきし少女が「ん、ちょっと待って、あの本の中に誰か居るよ?」と言い出し『導きの書』の元に走って来ると、物理的にも鎖で覆われ開かれないようにされていた『導きの書』に手を伸ばし、無造作に封印を中和しながら中に居たはずの私を外に引き摺り出した。

「―――ちょ、なっ、貴女何者なの!?」

あの封印は、私でも消耗を厭わずに力を使えれば抜け出せる程度のモノとはいえ、容易く無効化なんかできるモノでは無いはずなのに……それを、ああも簡単に中和してしまうなんて。

「ん、私?私はアリシア・T・エミヤだよ」

「なら、アリシア。何故、貴女はそんなに神々しいの?」

「神々しい、そうかな?」

首を傾げるアリシアに、「気が付いてなかったのか……」と赤毛の男シロウが呆れたように洩らし。
その横ではセルとデビットと呼ばれた男が「……みたいだな」、「……そのようだ」と相槌を打っている。

「えと。これは、座に居る子……じゃなかった、神を真似ただけだよ」

「真似た―――貴女、見た事があるの!?」

「うん、知ってるよ」

アリシアは、さも当然であるかのように頷き、

「そんな信じられな―――っ!?」

そして私は全てを理解した。
―――そう、この少女アリシアは、毎回、救世主が選ばれない事に業を煮やした神が自ら選定した候補者なのだろうと。
なら、神の加護か寵愛を受けている以上、白の書が示した、異常ともいえる力や存在力も頷けるというもの。

「そうだ。雰囲気だったら、こんな感じも出来るよ」

私が考えている間にアリシアが、神々しい感じから真逆の禍々しいモノへと変わる。

「っ、何よこの禍々しさ!」

イリヤスフィールの前に色黒の巨人が護るように現れ。

「如何したというのです、アリシア!?」

セイバーが何かを手にして身構えた。

「えと、ただのイメチェンだけど」

口にしながら、圧倒的な禍々しい存在感に気圧されたのか、身動き一つ出来ないシロウ、セル、デビットの三人の男達を視界に納め。

「駄目みたいだね……」

元の矢鱈と神々しい感じに戻す。

「……今のがただのイメチェンて」

「あの、得体の知れない恐怖すら醸し出す不吉な気配、正に今の神聖な感じとは真逆、あの様な事も出来るのですかアリシアは……」

シロウが何か疲れた感じで呟き、同じくセイバーも「はぁ……」と溜息を吐いて手にしていた何かを収めたのか構えを解いた。
他にも「……今のは一体」とか「さっきのアリシアが、実は破滅の魔王でしたって言っても俺は納得出来るぜ……」とか話していたセルとデビットだけど、現れた色黒の巨人に気が付きセルは「ひっ、バーサーカー!?」とか悲鳴を上げ、デビットは固唾を飲み込み凝視していた。

「まったく、アリシアにも困ったものね」

イリヤスフィールが零すと同時に色黒の巨人バーサーカーが消え、セルとデビットの二人も緊張から解放される。

「……あう、ごめんなさい」

本人からすれば、纏う雰囲気を変えただけのようだけど、アリシアは今のが失敗だったのが解って俯いてしょげる。
まあ、性格はまだよく解らないけど彼女以上に力と存在力を持つ者は存在しないはず―――決定ね。

「アリシア、少し屈んでくれるかしら」

「ん、良いけどなに?」

私の目線と同じ高さまで屈むアリシアに、逃さないよう顔を両手で持って固定し、私の唇でアリシアの唇を塞いだ。
契約には体液の交換が必要である故に、口の中に舌を入れ丹念に絡め、驚いてるアリシアの舌を絡ましながら互いの唾液を交換してゆく。
舌を丹念に絡ましながら数分が経過し、契約が完了したのだろうマスターであるアリシアから途方も無い力が流れ込んで来る。
正常にパスが繋がった事を確認しつつ、唾液で出来た架け橋を残しながら私がマスターの唇を離せば、頬を朱に染め、困惑の表情を浮べるマスターの顔から手を放し見詰め合う。
その横では―――

「「「「「………」」」」」

先程の契約を行なう様子に他の者達は言葉にならない驚きを隠せないでいた。

「お、女の子同士でキス……」

「話には聞いた事があるけど、あの娘、まさかそういう趣味……なのか」

唖然として私とマスターを見詰めるシロウとデビット。
それに―――

「―――くぅ、何で俺は今幻影石を持ってなかったんだ!」

拳を握り、心底悔しそうにしている男が一人、そんななかでマスターの口が開き。

「……ちょっとびっくりしたよ。
急に唇でするんだもん、息が出来なくて苦しかったんだから」

「……え?」

マスターは何か「めっ」って感じで話す、まさか顔を恥ずかしげに朱に染めていたのは息が出来なかったからなのかしら……
今までの経験から自信はあったんだけど、流石、神が見定めた候補者……如何なる状況にも動揺すらしていないわ。

「私のお母さんもしてくれてたんだけど、おはようの時も、おやすみの時もキスは頬で唇じゃないんだから。
息が出来なくて苦しいから、もう間違えちゃ駄目だよ」

マスターは、飽くまで頬と唇を間違えただけだと思ってるようね。
まあ、それ以前に今のをおはようのキスだと思い込んでいるのは如何かと思うけど……

「しかし、唇を交わす事が挨拶になっている所もあるにはありますが、初対面でそれを行なう者がいるとは……」

何処か呆れた感じのセイバーだけど。

「―――違うわセイバー。唇を合わせた後、あの子が何をしていたのか解るでしょ」

「っ、如何いう事ですかイリヤスフィール!?」

何かを感じたらしく、セイバーがイリヤスフィールへと顔を向ける。

「解ってるのは、あの子がアリシアと体液の交換をした事よ―――これだけ言えば、解るでしょうセイバー」

「体液の交換―――まさか、今のは魔術的契約を結んだという事ですか!?」

表情を変え私へと向き直るセイバー、ふぅん、あのイリヤスフィールって娘は結構契約に詳しいようね。

「ええ、そうよ。マスターはおはようのキスだと思ってるみたいだけど、私はアリシアがマスターに相応しいと思ったから契約したのよ」

そう、これ以上ない程の適正と資質を持った存在は今までにも居ないわ、マスターが持つ力を使いこなせるなら、恐らく召還器すら必要無いのかもしれない。

「ええ、そうだったんだ!」

と、驚いているマスターだけど「―――でも」と続ける。

「マスター……そうなんだ、それなら私が衣食住の面倒みないといけないんだよね」

「マスター」

マスターは、私が一方的に結んだ契約でも、嫌がる素振も見せず受け入れてくれる、何て器が大きいのかしら。

「ちょっと、アリシア!使い魔の契約だと思うけど、その娘がどんなモノか解ってないのよ!?」

「ほえ。だって、ランサーさんと契約した時も、神父さんに頼まれた後、契約しちゃったけど?」

「あのね………たく、もう……何やってたのよ、ランサーは」

諦めたように溜息をつくイリヤスフィール。
後に知った事だけど、ランサーという者は、私の前にマスターと契約したサーヴァントと呼ばれる存在で槍の達人だったらしく、マスターの槍の師匠でもあったらしい。
マスターの世界で行われた、聖杯戦争と呼ばれる儀式に呼び出されたランサーは、セイバーと闘い敗退して世界の外に在る座という所に戻っていったそうだけど、何だか話だけ聞くと、あの危険な世界の『抑止力』に似た感じがするわね。

「あっ、ところで何て名前なの?」

私の名を尋ねてくるマスター、そういえばまだ言って無かったわね。

「私は、イムニティよマスター」

「そうか、あの娘はイム・ニティっていうのか」

呟くデビット、「っ、誰がイム・ニティよ」と口を開こうとした時。

「ニティちゃんか。うん、いい名前だね」

そうマスターが言いながら私の頭を撫でてくれる、まあ、オルタラもリコ・リスとか名乗っているらしいから、マスターがそれでいいならその名で良いわ。

「でもさ、何だか救世主クラスのリコ・リスに似てないか?」

セルがじっと私を見詰め、シロウが「言われてみれば……」と頷き、マスターも「はっ!そういえば、あの特権を見せびらかしている救世主候補にそっくり!?」と表情を変える。
特権を見せびらかすってオルタラ、貴女一体マスターに対して何をしてたのかしら……
そうね、名も変えた事だし、マスターの実力も知りたいから、一緒に居たいし、上に在る学園で生活するには、オルタラに解らないよう容姿も変えた方がいいかも知れない。
別段、この容姿に対する思い入れも無いし、変える事に抵抗はない、それにマスターからの力の供給には問題が無いから体つきを大きくし髪型も変えてみる。

「気に入らなさそうなので変えてみました、どうでしょうかマスター?」

「お~」

マスターは私が大きくなった事に驚いた様子で、

「変身して大人になったって事は、ニティちゃんは魔法少女だったんだね」

「ま、魔法少女!?」

「魔法少女は、大人に変身するものだからね」

とか何度も頷きながら、よく解らない事を言い出すし。

「す、凄い、見た目は俺達と同年代なのに、胸はありそうで無く、無さそうである、まさに理想の体つきだ!」

デビットがゴクリと唾を飲み込んだ後、「ヒャホー」とやたらテンションを上げて言い放つわ、セルとシロウも「そうか、デビットって貧乳属性か」とか「また……」と洩らしている。
貧乳、貧乳って一度殺そうかしらこの男達?

「では、改めて問おうニティ、何故貴女はこの様な場所に居たのか?
いえ、そもそも、何故、彼女は本の中に居たのか?」

セイバーが真っ直ぐな視線で私を見詰めて来る。
でも、如何しようかしら、私が素直に白の書の精霊と名乗るのは不味いかもしれないわね。
今までの経験から、私とオルタラの事を知った候補者は殺しあう事だってあったし。
まあ、そうはいっても、赤と白の理はそれぞれが違う、当然の事ながら理に選ばれる者も違うのが当たり前、殺しあうのは時間の問題とも言えるけど。

「いいわ、答えてあげる。
そうね………私は、随分昔に悪い魔法使いに捕まってこの本の中に封印されていて、マスターが封印を破って助けてくれた恩を返す為に仕える事にしたのよ」

「何処かで聞いたような話ね。
(それよりも、わずかだけど話している時の間、ニティって娘何か隠しているわね……)」

その昔、私が聞いた事のある話しではこんな感じだったわねと思い出しながら話せば、イリヤスフィールも何処かで耳にしていたらしく聞いた事があると返してきた。

「そうなんだ、だったらニティちゃんは悪い子じゃないから大丈夫だよ」

悪い魔法使いに捕まっていたから逆説的に良い子だとでも判断したのか、私の話を信じるマスターがセイバーやイリヤスフィールに向き合う。
でも、マスター……信じてくれるのは嬉しいのだけど、子供ではあるまいし少しは疑って欲しいわ。
………もう少し、様子を見てから契約すれば良かったかしら?

「……そうでしたか、根の国と呼ばれたアヴァターでも、その様な事は在るのですね。
(ニティの話が本当であるという確証は何処にもない、とはいえ、契約したアリシアが違和感を感じていない以上私が言う事は無い、今は様子見という事でしょう)」

「……(もしかしたら、ニティは三体の書の精霊の内の一体……いえ、そんな都合の良い話があるわけ無いわよね)」

私を疑いの目で見ていたセイバーとイリヤスフィールの二人は、マスターのおかげでとりあえず納得してくれたみたいね。

「なんだ……魔人とかじゃないのか」

「いや、こんな所に魔人といたら何かと危険だし不味いだろ」

どういう根拠で私を魔人だと判断していたのか、セルの呟く声にシロウは反応する。

「何言ってんだよシロウ。話に出てくる魔人だったら、一回とか三回とか願いを叶えてくれるもんだろ?」

「そんなモノなのか?
なら、仮にそうだとして何を願うんだセルは?」

「ふっ、愚問だなエミヤ、理想の彼女が欲しいに決まってるだろ!」

「………」

セルとシロウの二人は、もしも私が願い事を叶える魔人だったらとか話していて、話を聞いていたデビットは「っ、その手があったか!?」とか驚きを隠せないでいた。

「まあ、あの三馬鹿は放って置くとして」

今回のマスターは神自ら選定した候補者、恐らくは赤の理にも資質が高いはず、ならオルタラにしてもマスターを選ぶしかないのだから暫くは様子を見る事にしましょう。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第07話


突然、俺達の目の前でアリシアとキスを交わしたニティ。
どうやら彼女は、随分昔に性質の悪い魔法使いに捕まって本に封じられていたらしい。
それで、封印を破って助けてくれたアリシアに恩義を感じたのか、彼女はアリシアの使い魔なのだろう契約を結んだそうだ。
む、まてよ、昔から居たなら―――
ふとある事に気がついた俺の横では、

「っ、俺はデビットとは違って乳が大きくても小さくても大丈夫―――だが、しかし、それ故に願いを叶えられるのが一回だけだととするなら、俺はどの乳を選べば良いんだ」

とか悩んでいるセルと、

「そんな問いなら簡単さ、魔人に願いを増やして貰えば良いんだからな」

などと答えるデビットがいて。

「その手があった!?」

「ふ、共に理想の彼女を手に入れようぜ!」

「っ、デビット、今までお前の事ただの堅物だと思ったぜ!」

「俺もさ、セル。お前の事よく知らずに、ただの変質者だとばかり思ってた!」

スクラムを組みながら語り、互いに涙を流しあう二人からやや距離をとって、アリシアと一緒にセイバーやイリヤに「これからよろしく」と話しかけているニティに声をかけた。

「なあニティ」

「何よ、三馬鹿」

「さ、三馬鹿!?」

なぜだか解らないが、俺に対するニティはあからさまに不快な表情を向けて来る。

「俺は衛宮士郎、よろしくな」

………俺、ニティの気に障る事でもしたかと思い、思い出そうとするが思い当たる節がないので、とりあえず棚上げした俺は気を取り直して自己紹介から始めた。

「エミヤ―――マスターと同じ?」

「うん、私のお兄ちゃん。
お兄ちゃんの作る料理はとても美味しいんだ、いつかニティちゃんにも作ってあげてね」

「ああ、期待していてくれ」

アリシアと同じ姓できょとんとした表情を見せるニティに、アリシアは補足してくれるのだが、せめて入学費や寮費の支払いが済めば食材などにまわせるのだけど先は長そうだ……
そう思いながら、後ろにいるアリシアに向き直るニティが再び振向くのに合わせ本題に入る。

「ここにブラックパピヨンて盗賊が来た事はないか?」

「ブラックパピヨン、何よそれ?」

「そうですね、確かにニティなら知っているかもしれません、実は―――」

不機嫌なのを隠さずに接してくるニティだが、言いたい事が解ったセイバーが話を続けてくれ、俺達がそもそもここに来る理由となった事を語る。
するとニティは何故だか唖然とし、

「今までで、そんな理由でここに来た人達って貴方達が初めてよ……」

とか力が抜けるような口調で呟く。

「………如何やらここには居ないみたいね」

「いえ。そう決め付けるのは早々です、ここは図書館の最下層、かの盗賊がここまで来る必要性は無いでしょう、むしろ―――」

無駄足だったわねと言いたげなイリヤに、むしろこれからが本当の捜索だと言いたげにセイバーは上に続く階段へと視線を向ける。

「―――それもそうね、言われてみれば地下何階だか解らないけど、ここまで来る必要はないものね」

「ええ、彼の賊が最下層まで来るのは無駄が多いいでしょう、恐らく、この上の階の何処かににブラックパピヨンが拠点とするだろう場所が在るはずです」

「じゃあ、早速上の階を調べようよ!」

「………全てはマスターの望むままに。(ここ『試しの場』の最下層に、それも間違ってやって来る人達って……ホント、少し早まったかもしれないわ)」

イリヤとセイバーがこれからの指針を示し、アリシアとニティも頷きを入れ、

「二人とも行くぞ」

俺も理想の彼女を語り合うセルとデビットを連れ上の階へと向かうことにした。
俺は解析を使いながら罠が無いか調べるが、魔術的な罠だと門外漢なので、その辺は俺よりも魔術に長けているイリヤやアリシアに任せる事にする。
何かの罠が在るかもしれず、慎重に上の階に上がった俺達だが、「理想の彼女~」とか「書の魔人は何処だ~」とか口々に洩らしているセルとデビットがむぞうさ本棚から本取り出し開いた時―――なぜかモンスター達が現れた。

「っ、ちょっと待て、ここ学園だろ!?」

「そんな事は後ですシロウ。現れた以上、まずはこのモンスター達を倒すのが先決です!」

突然の出来事とはいえ、一瞬、狼狽えてしまう俺をセイバーが窘め、不可視の剣を振って向かってきた獣人を一刀のもとに斬捨てる。

「あ、ああ……」

動揺する心を落ち着かせ、ふと見ればイリヤとアリシアは突然の状況に対応し、実体化したバーサーカーが迫り来る獣人やらアンデットだろう骸骨達を纏めて薙ぎ払っていて、後ろに控えている魔術師っぽいモンスター達には毒々しい朱色の短槍が容赦なく降り注いで殲滅して行き。

「「………え?」」

突然起きた出来事に、如何すればよいのかも解らず本を手にしたまま固まっているセルとデビットの二人が状況を理解するわずかな間に、現れたモンスター達は物言わぬ亡骸へと変わっていた。
………まあ、俺も突然の事で何もできなかったのだから非難する資格はない。

「セル、デビット、迂闊にここの本には触らない方がいいわよ」

「イリヤスフィールの言う通りです、何処にブラックパピヨンが仕掛けた罠が在るのか解らないのですから十分な警戒が必要でしょう」

「あ、ああ……(―――そうだった、俺はブラックパピヨン捜しに来ていたんだった!?)」

「悪い……注意する(―――俺は馬鹿だ、いくら彼女が出来ないからって、自分を見失っていたなんて……)」

イリヤとセイバーに窘められ、自分のした迂闊さが解ったのだろう、セルとデビットは互いに顔色を青と赤に変えつつも本を戻し、腰から剣を抜いて握り締める。

「………(間抜けなものね―――そもそも、あのモンスター達は皆、ここ『試しの場』に訪れた者達が相応の実力を持っているかどうかを見極めるための試練として召喚されたモンスター達。
間違っても、ブラックパピヨンとかいう盗賊が仕掛けたモノじゃないわ)」

二人の迂闊な行動に呆れているのか、ニティの目には何処か冷たい輝きが見える。

「ねえねえ、ところで」

イリヤとセイバーの話に加わらずいたアリシアが俺達に向き、

「この死体如何するの、このままだと腐っちゃうよ?」

「別に放って置いて良いんじゃないの?」

「っ、言われてみれば」

アリシアの言葉にどうでもいいって感じのイリヤと、反対にこのままでは不味いと頷くセイバー。
そういえばアーチャーも言ってたな、血の臭いがしない魔術師は半人前なのだと、だからなのか、イリヤが放って置けばいいって言うのは?
でも―――

「流石に俺も、このままは不味いと思うぞ」

いくら本棚が両側に在り、飛び散った血で蔵書が染められて無いとはいえ、本来なら通路兼この図書館の書物を読む為の空間であるこの場所に、先程現れたばかりのモンスター達が夥しい血を流しながら絶命しているのは問題だろう。
しかも、放って置けばいずれ腐敗し異臭を放つ事になるのだから問題が更に酷くなる、な。

「その心配ありませんマスター」

俺達の懸念を他所に、今まで静かに見ていたニティが口を開いて、

「あのモンスターは一時的に召喚されたモノ、時間が経てば勝手に送還される事でしょう」

「でも―――それだと、戻るまでにここが血だらけになるって事だよな?」

「そうだな。重要な本を見ようと地下室へと降りれば、そこには何かの血の跡が………完全にホラーだぜ」

召喚の罠は時間が経てば自動的に送還されるとニティは話すが、デビットとセルは顔を顰め、

「そうなんだ。やっぱり、このままは不味いんだね」

アリシアは何やら納得した様子でそう返すと、モンスター達の屍骸や床を染めていた血溜りが消え失せた。

「アリシア―――今のは?」

俺は恐る恐る尋ねる。

「うん。学園の森に泉があるから、お魚さんの餌にした方が良いかなって思って屍骸をバラバラにして転移させたの。
そうすれば泉のお魚さんも大きくなるから、後で獲って食べたら美味しくなってるって思うんだよ」

そういえば……時間的にそろそろ暗くなる時間帯だな、もしかしたらアリシアはお腹が空いてきているのかも知れない。

「そっか、転移って凄いな。アリシアはそんな事が出来るのか」

「らしいな。(セイバーさんにバーサーカーとか、周りが滅茶苦茶だからか、今更、エミヤ兄妹が何やっても不思議には感じないがな)」

「―――っ!?(っ、今何をしたの!転移って、私にはマスターが何をしたのか解らなかったわ!?)」

アリシアが空間転移を使える事を知らないセルが思った事を口にし、デビットは冷静なのだろう静かに見定めている。
けど、つい先程アリシアの使い魔になったニティは、何やら衝撃を受けたのだろうか目を見開いて驚いていた。
―――ああ、そうか、俺達の世界でも純粋な空間転移は魔法に近い業だ、もしかしたら、ここアヴァターでも相当凄い業として認知されているのかもしれない。

「では、問題も片付きましたので捜索を再開しま―――」

セイバーが言いかけた時、上からなんだかドタドタと音が響き、見上げれば上の階から獣人や骸骨などのモンスター達が階段を下りて来ていた。

「っ、やられたわねセイバー」

「ええ。先程の事で私達が侵入した事が彼の賊に知られたのでしょう。
恐らくは、今から捜したとしても手掛かりになるようなモノは残されてはいないと思います。
ですが―――この反応といい、どうやらここはブラックパピヨンにとって重要な拠点だった事には間違いないようだ」

イリヤとセイバーは、勢いをつけ階段を降りて来るモンスター達に視線を向ける。

「―――ぅ、皆済まねぇ!」

「くっ、俺が馬鹿だった!俺が馬鹿な事さえしなかれば、何かしらの手掛かりが掴めたかもしれないのに!!」

この状況を招いてしまったセルとデビットの二人は唇を噛み俺達に頭を下げるが、

「セル、デビット、その話は後にしよう、まずはあのモンスター達をどうにかしないと!」

「シロウの言う通りです。ブラックパピヨンなる賊がモンスター達を差し向ける目的を推測するに、痕跡を残さず引き払う為の時間稼ぎだとしても、いつ送還されるのか判らない以上、ここにあのモンスター達を放って置く訳にはいかない。
こうなった以上は、あのモンスター達が外へと出ないようこの場で殲滅する必要がある」

そんな事するよりも、今はやる事があるのを俺は指摘し、俺の意見に同意するセイバーは上より迫るモンスター達から俺達へと視線を変え、

「私とバーサーカーが正面を受け持ちます!
シロウはバーサーカーが存分に戦えるよう、イリヤスフィールとニティの護衛をしつつ援護を、アリシアは回り込んで来るモンスターの迎撃、デビットとセルビウム・ボルトは下から上がって来るモンスターを警戒し、また回り込むモンスターの対処を!」

矢継ぎ早に各々の役目を示し、俺達はそれぞれ頷きながらも即席の陣形が出来上がった。

「自分の身は自分で護れるわ、セイバー」

「解りました、ニティ。
貴女が如何なる存在なのかは知る由もありませんが、この場はその言葉を信じましょう」

本に閉じ込めらていたニティがどれ程なのかを把握できるはずもないセイバーはニティを護るよう俺に指示するが、当の本人がそれには及ばないと告げるのを耳にしたセイバーは、本の中でこの罠で呼び出されるモンスター達を知っているのだろうと判断したのかニティを見据え。

「では、アリシアと共に迂回し回り込むモンスターの迎撃をお願いします」

「ええ、マスターと共に戦えるのなら不満は無いわ」

「あと」とニティは続け。

「最下層からはモンスターは上って来ないわ、代わりに書を守護するモンスターがいたから。
でも、そのモンスターも……そこの丸いポチってのに倒されてしまったけど」

アリシアの足元でクルクルと回るポチに何処か複雑な表情をニティは向ける。

「―――成る程、やはり貴女は本の中でかつて同じ事があった時、その一部始終を知る事が出来たのですね」

「そんなところよ」

セイバーは、時間にすれば一秒にも満たないが、ニティのもたらした情報を噛み砕き、先程、セイバーが脳内に描いていた作戦を修正しているのだろう、その目蓋を深く閉じ―――再び開ける。

「ありがたいニティ、その情報は有益だ。
後ろを気にしなくてもよいのならば、後は前の道を切開くだけ。
(自身の秘密に迫る者は容赦なく殺害してゆく……
ブラックパピヨン、ただの賊という訳ではなさそうだ。
いえ、もしかすれば破滅にすら関わりがあるのかもしれない)」

現状を把握したセイバーは、バーサーカーと並び両手で不可視の剣を構え、

「行きます―――」

「■■■―――」

その言葉を置き去りにするかのような速さをもって、俺達に向い来るモンスター達との距離を一瞬で詰め、確実に一刀のもと一体を斬り伏せるセイバーに対し、バーサーカーの一振りが振るわれると同時に薙ぎ払われ数体のモンスター達が肉塊と化して行く。

「………つーか、バーサーカーの横で戦えるのってセイバーだけじゃね?」

「そう……だろうな」

矢継ぎ早に次々と斬り伏せて行くセイバーとバーサーカーの後姿を見て、零すセルの呟きに俺は頷いた。
仮に援護としても、あの中に入り込んだとしたのなら大怪我で済まない事だけは間違いない、しかし、そうはいってもセイバーが俺を頼りにしてくれたんだから援護をしない訳にもいかない。
なら―――

「投影開始(トレースオン)」

俺は双剣『干将・莫耶』ではなく弓と矢を投影し、あの勢いで階段を駆け下りて来てよく将棋倒しにならないな?
とさえ思えるモンスター達に対し狙いを定め放とうとするのだが―――

「迎撃、行くよー」

と言うアリシアの声が聞こえたかと思うと、この階に下り立ち、セイバーとバーサーカーの戦う姿を見るなり、迂回して回り込もうとするモンスターや後続として階段を下りる途中のモンスター達の姿が全て消え失せた。

「………」

俺が放つべく対象を失い、弓を引いたままの姿で硬直していると。

「マスター!今のは一体!?」

「ん、ついさっきのと同じ転移だよ。
んと、違いがあるとしたら、死んでから転移させるんじゃなくて、転移した先で死んでいる事の違いくらいかな?」

俺も一瞬なにが起きたのかさっぱりだったが、数の差こそあれ、聖杯戦争の時にバーサーカーにしたのと同じ事なのだろう。
でも、以前目撃した事のある俺とは違い、初見のニティには状況が理解出来ずにいて混乱しているのだと思えた。
でも―――アレだけの数のモンスターが一瞬で即死か……既に魔法の域なのか、俺にはまだ魔術の域なのかは理解できないが、アリシアの空間転移は恐ろしいモノがあるのは確か、アリシアの教育は一つ間違ったら大変な事になるのは間違えようがない。
今のところ一緒に暮らしている限りは、そんな感じはしないが、アリシアには物事の分別をつけられるようにちゃんとした教育しようと再び胸に誓う事にした。
後続のモンスター達が殲滅され、セイバーとバーサーカーが交えていたモンスター達を一蹴すれば、その屍骸もまたアリシアの空間転移にて消えて行く。

「………では、この階にモンスターが居ないかを確認しつつ上に向かいましょう。
(たった、一工程であれ程の数を……相変わらずアリシアの空間転移は恐ろしい)」

狂気に彩らせた片目を赤く光らせながら、重く低い声で唸り続けるバーサーカーの隣にてセイバーは佇み、空間転移により消え失せたモンスター達がいた所を数秒ほど視線を向け再び歩みを進める。
今の戦いはセイバー、バーサーカー、アリシアの三人で片がつき、俺達は何も出来なかったがセイバーの言葉に頷いて先へと足を進めた。
時折、近くに寄るまで本棚の後ろなどに隠れていたモンスターの襲撃や、床に散らばっていた骨が組み合わさって自身の骨を棍棒代わりに振るう骸骨が現れるので警戒は怠れず、各階のモンスター達を見つけ次第殲滅して行くが、どうやら召喚されたモンスター達は破滅に選ばれた者達らしく、単純に俺達を見つけると襲い掛かって来るだけのようだった。
もし、仮にモンスター達を指揮するモンスターがいたのなら苦戦したのかもしれないが、待ち伏せに近い事が偶然あっても、伏兵や挟撃などの戦術を使う事はないので苦戦はしない。
これで解った事が二つある―――幾ら数で勝ろうとも、統制が無く、個々に向かって来るだけのモンスターならば烏合の衆とまではいかないものの、それ程の脅威ではないという事と。
あのブラックパピヨンという盗賊は、恐らくは破滅に選ばれた人間なのだろうという事。
この事をセイバーに話したら、どうやらセイバーも薄々と感じていたらしく「恐らく、そうなのでしょう」と同意していた。
そうして、図書館地下のモンスター達を殲滅し、一階の出入り口から外に出れる頃には辺りは既に暗くなっていて空は夜の闇で覆われていて。
月明かりを頼りにしたとしても、十分な時間を稼いで拠点を引き払っただろうブラックパピヨンの足取りを捉える難しいと判断した俺達は、これ以上の捜査は出来ないとの結論から足取りを調べるのは次の日に持ち越しとなり。
図書館地下での出来事から、破滅のモンスターを操るのが判った為、念には念を入れて地下墓地の方も調べる事にした。
その地下墓地では、ポチの案内で俺達は封印されていた場所を見つける事ができ、アリシアが封印を一時的に中和させて先に進めば、やはりこの場所もブラックパピヨンに関係があるのか結構な数の破滅のモンスター達が居た。
皆で協力しながら更に進んで行くと、何やらドーム状の大きな部屋に出て、真ん中に設置されている機械のようモノから、俺達の世界でいうところのプラネタリウムかと思いきや、ニティは「レベリオン……」と何に使うのかを知っていて。
聞けば、この機械は魔道砲レベリオンと呼ばれ千年前の戦いで使われた魔道兵器なのだと言う。
でも、こんな地下に砲台なんか置いてどうやって撃つつもりなのだろうか?
いや―――もしかしたら、ここは何処かの倉庫で使う時に荷車とかで引いて動かすのかもしれないが……

「どうやら、ここは違うみたいね」

「そのようだ」

一応、俺達はこの部屋を調べる事にしたが何も見つからず、イリヤとセイバーが結論を下し捜査は終わりを向かえた。
これでブラックパピヨンが潜む可能性が高い場所が無くなってしまい、俺達は途方に暮れながら寮に戻った数日後。
何でも、学園側がブラックパピヨンの行動を見逃せなくなったらしく捜索を始め、学園内には外出禁止令が出された。



[18329] アヴァター編08
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2013/11/16 01:08

ダウニー先生の授業を聞きつつ、解った事を確認する。
一つは、この学園の生徒の実力がセイバーさん程では無い事。
二つ目は、初めの授業から数日して気が付いたのだけど、魔法物理学を始めとする魔法関係の授業にアリシアの姿を見かけ無い事だった。
アリシア程の魔術師ならば、学園の授業で習う過程の術式などでは参考にすらならないのだろうと思案するも、あの時使った術式が皆目見当がつかないので気になりミュリエルに調べて貰ったところ。
アリシアは他の訓練校での記録が確認出来ず、少なくとも魔術師としての資格は無いとの事だった。
それなのに何故アレほどの魔術を行使出来たのかを考えると、思いつく可能性の一つに、アリシアは他の召喚師が呼寄せた別世界の魔術師ではないかという推測が思い当たる。
それを裏付ける様な証拠として、傭兵科での彼女の成績は、実技に関してはそれまで百年に一度の天才と言われ常に一位を保っていたセルビウム・ボルト君が相手にならず、現在ではセイバーさんと一位を競い合っているとかいうレベルなのだけど。
こと学問等に関しては、傭兵としての基本的知識の他に色々と不足しているところが多いいと彼女を知る教官は語っていたそう。
なので、アリシアは他の世界からの召喚された可能性が高い、そして―――それが何を意味するのかというと。
これは憶測の域を出ない話……だけど、私を元に戻したアリシアの実力は相当のもの、それもミュリエルにさえ匹敵するかもしれない程の……
なら、赤の書が他の次元世界を捜してはいても、足元であるここアヴァターを捜していなければアリシアが召還器を呼べる資質を持つ可能性を否定する事は出来ないだろうし、一度『帯剣の儀』―――召還器を手にする資質を見極める儀式を行った方がいいのかもしれない。
それで彼女が召還器を手にした場合は、他の候補者達と同じく監視する必要があるけど、出来なければそれはそれでいいもの。
元々、根の世界アヴァターには各世界から来た人達が大勢居るので、アリシアもその一人だったという事だから。
それに、傭兵科にはアリシアの他に、一瞬とはいえ私すら怯ませる程の威圧感を持つセイバーさんも居るし、聞いた処では影の一位はイリヤスフィールさんだとか言う学生もいるそうだ。

「それでは、今日の授業はここまで、各自復習を忘れないように」

午後の授業を終え、ダウニー先生が教室を出て行くと、皆資格を得る為に集中していたのだろう、授業での緊張を解き喧騒が始まる。
アリシア達の事は、一度ミュリエルに話した方が良いわねと思い廊下を歩いていると。
「おい」と呼び止められ、声の方を向けば少女が佇み、着ている服装が明らかに学生服では無い事から学園の生徒では無いのは明白だった。

「ちと聞きたいことがあるのだが」

「ええ、何かしら?」

別に急ぐ用でも無いので足を止め見詰める。

「人を訪ねて参った、ここに救世主クラスの学生が居るときいてきたのだが、それに相違ないか?」

「間違いは無いわ。私もそうだけど他の候補者なら、まだ教室の中に居るわよ」

着ている服が上質な事と、上から話す様な話し方でこの少女が相応の地位に居る事を想像するのは容易い。
恐らくは貴族の出身なのでしょう、なら、その少女がこうして学園に訪れ、救世主クラスを訪ねて来たのは、救世主候補の誰かがこの少女の意中の相手なのだろうという事も。

「おぬし救世主クラスの人間であったか……これは丁度良い」

「如何したのです、ルビナスさん?」

「その娘は?」

少女が何かを話し出す前に、教室から出て来たトロープさんとシアフィールドさんが現れ。

「あなた、どこの子?学園の見学なら保護者がいるでしょう。どこに行ったのよ?」

「ふむ、そういえば見えんな。どこに行ったのであろう?」

「もしかして、迷子ですか?」

とぼけるこの少女も問題だけど、トロープさんもシアフィールドさんも気が付かないのかしら?

「二人共、この娘は多分貴族の娘よ、迷子なら学園長室に連れて行けば良いと思うわ」

「貴族………(アヴァターでの貴族の話は度々耳にします……主に悪い話の方が多いいですが、主よ赦したまえ………)」

「き、貴族!?(何かあったらお義母様の責任問題じゃない!?)」

どうやら、気が付いてなかったらしくトロープさんは何故か片手で十字を描き、シアフィールドさんは驚きを隠せていない。
そんな二人からと私は「でも」と少女に視線を変え。

「付き人とか従者は居ないのかしら?」

「問題は無い。こうして私一人でもお前らを見つけられたのだからな。
しかし、何故私が貴族だと思った?」

少女は不思議そうに私を見詰める。

「その話し方と、上等な服から予想するのは簡単よ」

「ふむ……そうか」

そもそも、言葉遣い等は一日やそこらで変わるモノでは無いのだから、そう……かつて仲が良かった頃のロベリアが苦労してたのを思い出す。
そして、目の前の少女は一呼吸の間目を瞑り。

「成る程。大した洞察力をしている、救世主候補というのは伊達では無いという事か」

少女は一人で納得し。

「名乗るのが遅くなったが、私の名はクレアだ、なに、噂名高い『伝説の戦士』とやらを見てみたかったのだ」

そうして話を聞いていくと、救世主候補の救世主らしい所を見たいらしく来たとかで、この学園でこれぞ救世主の卵を育てる場所という様なモノを求めてるとか。

「なら、リコも誘った方が良いかしら」

「そうね、この時間なら多分図書館だと思うし」

「よい。ここに、先ずは三人も救世主候補がいるのだから。
そのリコと申す者については、後日でも問題はないだろう」

相手が貴族だと解り、トロープさんとシアフィールドさんの二人はクレアを少し持余し気味になって来ている感じがする。

「そうは言っても、これぞ救世主って事を証明するのは難しいわよ」

赤の書の精霊オルタラが居ない以上、私もかつての赤の救世主としての力は失っているもの。

「……そうか、難しいか。ではせめて、この学園の案内をして貰おうか」

「そんな事で良ければ」

「そうね」

シアフィールドさんとトロープさんの二人が頷き学園を案内する事となった。
そうはいっても教室や校舎、学園の誇る王室所蔵の希少本すら揃えている図書館でもクレアさんは面白いとは思わず。
随分と歩いたから疲れただろうクレアさんを食堂に連れ、一休みしながらケーキなどの甘いものを頂いた後は、薬草等の素材を育てたり実験をする場である森へと向かう事にした。
森に着くと何故か泉の前に幾人もの人だかりが出来ている。

「何かあった―――っ!?」

佇む学生の一人に話しかけようと、声を出したシアフィールドさんの表情が変わり。
その先を辿ると泉があって―――

「っ、!?」

何日か前、そう……アリシア達と一緒にお昼を頂いた時に見た泉は、美しく透き通る様な感じだったのに―――今、私達の目の前の泉は黒く澱んでいた。

「………」

「ほう……これは」

視線を変えれば、礼拝堂の裏であるここにトロープさんもよく訪れるのだろう、声を失い佇み、泉を見詰めるクレアさんの表情も何処か優れない。

「救世主クラスが来たって事は、ここで何かあったって事なのか?」

周りで「やはり」とか「破滅なのか?」とかざわめくなか、二十代後半と思われる体格のよい男性が現れる。

「貴方は?」

「俺はカーネルド・ウォーカー、ドルイド科三年生でクラス委員長をやっている、それで―――」

カーネルドさんの話だと、ドルイド科は今日この森の食材を使った調理実習をしていて、本来なら泉の水をろ過し使う筈なのだけど、こんな感じで使えず水だけは校舎から運んで来て大変だったらしい。

「いえ、私達はこの子の案内をしていたの、ここに来たのは偶然よ」

「―――なら、まだ調査中という事だな、学園長に報告は行っている筈だから」

状況を整理していたのだろう、やや俯き片手を顎に当て思考を巡らした後、私達に視線を戻し。

「まあ。折角ここに来たのだから良ければ食べてくれ、見た目は悪いかもしれないが、全部食べられる物ばかりだ」

そう言い―――ザルに盛られたモノを持って来る。

「っ、ちょ、何よこれ!?」

「……こ、これは」

出されたソレを見てたじろぐシアフィールドさんにトロープさん……
確かに私もアレはちょっと遠慮したいわね……

「虫を素揚げにしたモノだが、塩で味付けしてあるから結構いけるぞ」

「「「「………」」」」

ひょいパクと摘んで食べるカーネルドさんを見てドン引きする私達、そんな私達を「そうか…」と残念そうに顔を俯かせると。
「サージ、まだアレが残ってただろ」と三十代後半とおとぼしき大男に指示をだし、次に出されたのがボールの中で蜜に浸かりながらもウネウネと蠢く無数の蟲達―――嫌がらせじゃ無いわよね?
これを見れば、なぜこのドルイド科に女子が居ないのかが解るというもの。

「どうだ。この幼虫は普段から蜜を主食にしているから、口の中で潰すと甘味が広がって美味しいぞ」

如何やらカーネルドさんは、私達が塩辛い物は苦手と感じていたのかもしれない。
でも、問題は其処じゃなくて見た目なのには気がついていないよう……

「……済まない。残念だが、私は先程食堂に寄ってしまってな、心遣いだけ受けよう」

私やシアフィールドさんにトロープさんの三人がドルイド科の人達からの善意に返答に詰まるなか、クレアさんが気持ちだけ受け取ると言って我関せずを決め込んだ。
みたいだけど―――

「っ、ん?」とクレアさんに視線を向けたカーネルドさんの表情が「まさか……」と変わり。

「っ、貴女はクレシーダ・バーンフリート王女殿下では在られませんか!?」

「そういえば確かに!?」とか「何故こんな所に!?」とか囁かれる中、片足を付き頭を下げるカーネルドさんが「お前ら!」と怒鳴るとドルイド科全員が膝をつく異様な事態に発展した。

「王女!?」

「……っ!?」

「え……?」

貴族くらいには考えていたけど、まさか王女だとは思いもしてなかった私やシアフィールドさん、トロープさんの反応が遅れる。

「そんな………バーンフリート王国の実質的指導者と噂されるクレシーダ王女が……こんな子供?」

「ふむ、我が選定すべき救世主候補達がどの様な者か知りたく案内させていたが……
よもや、この様な所で我の本名が明かされるとはな」

そんな……まさかと、訝しがるトロープさんを見やるクレア王女。
彼女の事はミュリエルから聞いている、かつての仲間アルストロメリアの血を受け継ぐ古代魔道器レベリオンのマスターであり、唯一私やロベリア、更に古に現れただろう救世主の情報を記憶している事から選定姫とも呼ばれている事も。

「なに。先程まで話していたではないか、我が本名を知った所で遠慮する事は無いぞ」

でも、古代魔道器に出来る事は精々情報を照合しどれだけ似ているかを判定するだけ。
いくら、ここアヴァターに全宇宙から候補生達を集めテストしているとはいえ、そもそもの選定の仕方が違う事に気が付かなければ意味は無い。
本当の選定とは、世界の理を赤と白の二つに分けた赤の精霊オルタラ、白の精霊イムニティが選んだ者が救世主となり世界を滅ぼす破滅となるのだから……

「話を戻すが、なぜあの泉はあの様になったのか解る者は居ないのか?」

クレア王女がドルイド科の生徒達を見詰めると、「そう言えば」と学生の一人が手を上げ。

「よい、申してみよ」

「はい。デビットが言ってたんですが、どうやらあの泉はブラックパピヨンが関係している様でして……」

「ほう。ブラックパピヨンという名は聞いた事がある、して―――そのデビットとはどの者か?」

「いえ。デビット・バード二年生は本日の調理実習が終り次第、傭兵科のセルビウム・ボルト他数名と行動を共にし、ここには居ません」

眉を顰め学生に視線を向けるクレア王女に、クラス委員長のカーネルドさんが代わりに答える。
すると、「だからかアイツ、俺が下手を打たなければこんな事ににならなかったとか言ってたのは」とか「ああ、今日やたら水汲みに行って、張り切ってるなとは思ってたけどそんな裏があったんなんて……」とか「っ、水臭い、金の事以外なら相談してくれれば俺達だって協力するのに!」などと声が囁き始める。

「関係があるのか判らないが、どの道、学園に出没するだろう盗賊ブラックパピヨンは捕まえなければならないな」

このクレア王女の決定により、学園に内を捜索が始まり学園内に外出禁止令が出される事となった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第08話


ここ闘技場では、ヒイラギ・カエデさんって新しい救世主候補のお披露目が行われていて、狼みたいなモンスターを複数相手に素早い動きで翻弄していて、鋭い拳や蹴りが当たる度、周囲から歓声の声が上がっている。
続いて、根源力で身体機能を強化しているのだろう、空高く跳躍し、周りの声でよく聞こえないので判らないけど何やら叫んでいるように見え、懐から短剣の様なモノを取り出してソレを雨の如く投擲しすると、体のいたる所を突き刺されたモンスター達は力尽きたのか次々に倒れていった。

『救世主候補って言うだけあって、中々のものね』

『中々って……イリヤ、あのヒイラギ・カエデって娘の実力は相当のものだぞ』

『ええ。シロウの言う通りでしょう、あの動きは一朝一夕には会得出来るものでは無い。
恐らくヒイラギ・カエデという人物は、召還器を手にする前から相当の修練重ねて来ていると思われます』

『でもセイバーさん、召還器をはにしたばかりだから救世主候補としてはまだまだだと思うよ』

一応、私達は纏まって座っているけれど、周りの歓声が凄い事になっていているので普通に話しても聞こえない状況と化している。
だからこそ、こんな時は『ミッド式魔術』の『念話』と呼ばれる便利な通信手段を用いて私達は話していた。

『そう思える根拠は?』

『ん~。手にしたばかりだろうから、召還器からの根源力の供給自体はあっても、自らそれ以上引出したりや、体の強化にしても何処をどれくらい強化するとかの制御が出来てないみたいだから』

仮にセイバーさんの魔力放出のように、根源力を制御しながら瞬間的に任意の箇所を強化する事が出来ていれば、その限界から逆算して理論上はサーヴァントにだって闘える位の能力になる筈なんだけど。
能力は所詮能力であり、実力では無いから……

「飽く迄も理論上は―――なのかな?」

などと思案しつつ、セイバーさんに視線を合わせアイコンタクトや身振りを加え『念話』を行う。

『……そうね、根源力は万能の力。
でも、その引出せる量にもこつがあって、制御出来るようにならないと更に引出す事は難しいし。
反対に慣れてしまえば、瞬間的とはいえ根源力を操って色々と出来る様になるもの』

『根源の力を、か……その万能の力を上手く扱えるように学べる所が、この学園の救世主クラスな訳なんだな』

私と同じく、セイバーさん、イリヤお姉ちゃんにお兄ちゃんも『念話』にはまだ慣れてないのでつい身振りや手振りを加えながら『念話』をしてしまう。
でも、周りに居る他の人達も変だとは思っていないと思うよ。
だって、碌に声が聞こえないので其処彼処で身振りや手振りで話しているだろう人達を見かけてるから。
視線を戻せば歓声が沸きあがるなか、他よりも一回り大きいモンスターが何とかソレを耐えてたけど、ヒイラギ・カエデさんは着地と同時に間合いを詰め、蹴りを打ち込みモンスターの体が仰け反ると更に連続で蹴り続け、その絶間無い打撃により次第にモンスターは宙に浮いてしまい。
最後は宙に蹴り上げたモンスターに対し、自身も跳躍し全身の力を使っているのだろう、渾身の回し蹴りを繰り出して蹴り飛ばし、相当な勢いで地に叩きつけられたモンスターは再び動く様子はなかった。
同時に周囲から凄い歓声が湧き上がり、興奮したのか前の人達が立ち上がってしまって戦いの場が見えなくなってしまう。
私の力で視たりや探索魔法『サーチャー』を使って見続ける事も出来るけど、ヒイラギ・カエデさんって救世主候補の実力はおおよそ解ったのでまあいいかと思い。
とりあえず、今日は午後の授業の代わりにこのお披露目が行われたから、放課後は何をしようかと考えを巡らす事にした。
そういえば、私達がレベリオンとかいう砲台を見つけてから既に二ヶ月近く経っていて、アレから王宮の方でも何かあったらしく一ヶ月間ほど学園側がブラックパピヨンの捜索が行われる事となった。
でも、結局ブラックパピヨンって盗賊の正体も隠れ家となる拠点も見つからないまま打切られる事になったし、噂によると破滅に組する人間を、『破滅の民』と呼ぶらしく、ブラックパピヨンが『破滅の民』の可能性も否定出来ない事から、王宮からの衛士を増員してする事で警戒を厳重にしながら様子見になったとか……
捜しても簡単には見つからない……人の身で調べるって事がどれ程大変なのかが解る出来事だったよ。
また、学園の入学費や寮費の件はデビットさんの持つBランクの傭兵資格で受けた依頼を何度かこなす事で何とか支払う事が出来た。
それにしても、仮免制度で受けられる内容と、Bランクの資格とでは危険も違うけど依頼の報酬も全然違うから、Bランクの資格を持たない人は勉強どころじゃないので大変だろうと思う。
それに、特にお兄ちゃんは手先が器用なので最近では食堂の手伝いとか時々しているし、剣を研いだりや鎧の修繕など、他の人達からも色々頼まれ事が多いいので勉強するのも大変だと思う。
後、図書館の下で悪い魔法使いに閉じ込められていたイム・ニティちゃんだけど、ニティちゃんも私達と同じく学園に通う事にして傭兵科に入り。
住む場所は、私達の部屋が四人部屋なのに私にセイバーさん、イリヤお姉ちゃんの三人しか居なく、丁度よく一人分空いていたので私達と同じ部屋にして貰った。
でも……ニティちゃん、部屋の中に入った途端何故か笑い出したし、何処か変な所でもあったのかな?
お姉ちゃん達は「気持ちは解ります」とか「……まあ、解らなくも無いわ」とか言って教えてくれないし………
そのニティちゃんは、今日は先生の誰かに呼ばれたらしくて居ないから少し心配だな……
少し前も「マスターは、召還器を欲しいと思わないのですか?」とか言って来たので、ディアブロから根源力を引出して見せたら、また壊れたように笑い出したから……何処か悪いのかもしれない、一度病院で検査してもらった方がいいのかな?

「………」

ん、そういえば、同じ様な事で私達は学園長先生に呼ばれたっけ。
何でも『帯剣の儀』に出てみないかとかで、でも―――そもそも私は答えがまだだし、得たら得たで座の影に言って変えてしまえばいいだけだから意味が無い。
イリヤお姉ちゃんは救世主クラスの訓練の多さや救世主になる条件も解っているから、王国が運営していて一切の費用が掛からない代わりに行動に制限がある救世主クラスに編入するよりも、早々に傭兵の資格を得て書の精霊を捜索した方がいいと判断したらしく拒否している。
セイバーさんは責任感が強いから、かつての王を決める選定の時と同じく、アヴァターや他の世界の命と責任、全てを背負えきれるか?とか考えていたのだと思う「………私の様な者にその資格は無い」と顔を俯かせ苦しそうに呟いていた。
それに、あと少しすれば能力検定試験が始まるので勉強もしないと駄目だけど、依頼を受けないとお金が手に入らないので寮費とか払えなくなるからバランスが難しいよ。
そう考えを纏めていたら、まるで雷が堕ちたような響きと振動が伝わり。

『腕に雷を纏わせ一緒に落ちて来るて……』

お兄ちゃんの『念話』が何処か呆れた感じで伝わってくる。

『別に忍者だから不思議じゃないわよシロウ』

『……あの服装と動きからヒイラギ・カエデが忍者である事に異論はありませんが、不思議で無いとは?』

『あら、セイバーは知らないのかしら?
忍者は超人なのよ、例えば―――水の上を歩いたりとか、巨大な蛙や蛇とか呼び出せるし、魔術師でも無いのに火や水とかを操ったりとか出来るんだから』

私が見たテレビでは、忍者はアサシンさんのようなお侍さんの周りを側転や後ろに跳んだりしていて存在感はあるけど、結局は斬られてしまうからそれ程強いって感じはしないけど?

『……いや、イリヤ。忍者は別に超人とかじゃあないぞ』

『シロウの言う通り、夕方の時代劇を見る限りでは忍者は間諜の類だと判断していますが』

『えっ!うそ!!私ちゃんと日本に来る前に調べてたのよ!?』

『………っ、一体、日本の忍者って海外に如何伝わってるんだ?』

『……そんな』と絶句するイリヤお姉ちゃんをお兄ちゃんとセイバーさんが見詰めていた。

『ところで何が起きたの?』

『なんだ、アリシアは見てなかったのか。
苦無で仕留めたと思っていたモンスターが数体起き上がって来たのを、腕に雷を纏わせたヒイラギが一緒に落ちたのか、放って降立ったのかは判らないが雷をモンスター達に叩き付け、その衝撃と雷の力でモンスター達が黒焦げになったんだ』

『見辛いのであれば、探索魔術を使えばよかったのでは?』

『もしくは軽く飛んだり、ね』

『ん、あの蹴りで終りかなって思ったから使ってなかったよ』

どうやらお兄ちゃんとセイバーさんは探索魔術『サーチャー』を、イリヤお姉ちゃんは飛行魔術を使い浮遊しながら場内を見ていたみたいだ。

『とはいえ、もう終りのようですね。
ヒイラギ・カエデは場内から去って行きます』

場内は凄まじいばかりの熱気と歓声で沸き上がっていて、座っている私からは前で何が起きているのかさえ判らない。
けど、アヴァターでアイドル扱いされている救世主候補への期待が、もの凄く高いのだけは解った。

『あの雷みたいなヤツも根源力ってモノなのか?』

『そうとも言えないわ……私の知っている限り根源力は万能の力とはいえ、そう多くの事に振り分ける事は難しいのよ。
先程のヒイラギ・カエデが使った、雷を落すような技―――忍術とでも呼べばいいのかしら、ヒイラギ・カエデはこの『帯剣の儀』を始める前から威力は兎も角として使えていたと考える方が、使えないのに召還器を手にした途端使えるようになったと考えるよりも理になっているわ』

『でも』と区切り。

『一度に引出せる力が、信じられない位の量なら話は別になるわよ』

イリヤお姉ちゃんは緊張する感じで語る。

『いえ、その辺は大丈夫でしょう。
私達よりも根源力に明るいアリシアが、先程まだ制御などに難があると見立てていましたので』

『そうは言ってもセイバー。
アレでまだまだって、なら千年前の救世主だったルビナスなんて洒落にならないぞ』

『―――ええ。前に見せて頂いた幻影石では、わずか一撃で破滅のゴーレムを倒しています。
もしかすると、ルビナス・フローリアスの実力はサーヴァントに近いのかもしれません』

『っ、生きながらにして『英霊』と同じ領域に、か―――』

セイバーさんと深刻そうな表情をするお兄ちゃんが話しているなか、あちこちでヒイラギ・カエデさんの事で話している学生達が多いいものの、凄まじかった熱狂は次第に収まってゆき、僅かながら席を立つ学生が見られる。

『シロウもセイバーも心配し過ぎよ。
大丈夫、救世主候補達は訓練が多いいもの、先に私達が書の精霊達を見つけ出して保護してしまえば破滅は起こらないわ』

『それにお姉ちゃんも神の座に行けるしね』

『そうだけど……迷うところが多いいわね。
だって、救世主になったとしても魔法に至る前に召還器にされてしまうかもしれないじゃない?』

『ん~。召還器として存在し続けるのが嫌なら、神の座に居る相手にそう伝えれば多分大丈夫だと思うよ』

『神との対話、か……それが出来たとしたら、私は魔法使いに加え『英雄』にさえ成れるかもしれないわね』

周囲の喧騒も静まって来るなか、私を見詰めるイリヤお姉ちゃんがゴクリと唾を飲み込んでいるのが判る。
そもそも、一番初めの召還器となった二つの存在、今では秩序とか光、善そんな感じで呼ばれてる思念集まったモノと、対極的に混沌とか闇、悪とか呼ばれてる存在達が集まったモノなど今では概念的存在とも呼べるモノ達。
その存在達が今みたいに世界が増え過ぎる前、初めの完全なる世界という何ら変化の無い世界に飽き飽きしてしまい、変化を求めたのが救世主の始まり。
私もつい命の可能性を楽しんでしまって、幾多の世界を創世し並行世界まで容認してしまった結果、今度は世界が枝の容量を超えてしまい、次元崩壊すら起きてしまう程の危険性を持つまでになってしまった。
その頃、私と一緒に居た二つの存在達は余りにも暇なので何かしたいと言う事で始めたのが、次世代の世界を救う存在を決める為に、その可能性、世界を代表出来る程の存在力を持つに至れるかを補佐する召還器であり。
その資格者にしても、セイバーさんのようにアヴァターに来た時から十分な存在力を持っていれば召還器は必要ないけれど、ほとんどの子達は初めは未熟だろうから、召還器となったモノの補助が必要なので丁度よく。
更に救世主となった者にしても、世界がどの様に変わるのか気になるだろうから召還器として存在させ続けていられるし、後々にさえ召還器となった者と近い性質の存在が居たらその者の助けになれる。
私にしても徒に世界を増やしてしまった結果である以上、犠牲にしてしまった者達として忘れないよう戒めになる存在ともいえた。
そうはいっても、私が直接関与できたのは二回目までだけど……
その二回目に救世主となった存在は私を認識した途端なぜか滅びてしまったから……
如何やら私は嫌われているみたいなので、それ以降は神の座を創り、何かあっても柔軟に対応出来る様に影に任せていた。
そして、最近では影の周りの元救世主達がやたらと煩くてかなわないと影達から苦情が入ったので必要以外は黙らせているとしても、召還器になる前に伝えればしない筈だ。

『ところで、その神の座に居るだろう神は『原初の海』と違うのか?』

『確か神の座とは『根源』であり、『原初の海』という存在は、その遥か奥深く『深淵』に居るそうですが』

『うん、セイバーさんの言う通りだよ。
神の座にいる相手は、この枝に存在する世界では神と呼ばれているけど、遥か『深淵』にいる『原初の海』は全ての枝に居る神と呼ばれる存在を管理する存在。
言うなれば、概念的な神とでも考えてくれればいいと思うよ』

『―――っ、『原初の海』って全ての神の頂点に立つ神だってのか!?』

『……唯一無二の主神、いえ、最高神という事ですか』

私が自分その者である『原初の海』について語ると、お兄ちゃんとセイバーさんは驚いた様に目を見開いていた。
実際は、ただの管理者に過ぎないんだけどね……

『っ、そんな凄い存在でもどうにも出来ないの』

「よう。衛宮達から見て、今度のヒイラギ・カエデは如何だっ―――ああ、だよな……その表情見れば解る、何たって救世主候補だしな」

お兄ちゃんが『念話』で何かを伝えようとしたら、ドルイド科のデビットさんが現れ何やら勝手に納得してしまう。
そういえばデビットさん、盗賊ブラックパピヨンの件で、ドルイド科の三年生でクラス委員長のカーネルド・ウォーカーさんて人に呼び出され、私達も関係しているので話し合い。
泉の一件にしても、地下に拠点としているかもしれない場所を見つけ、捜索の途中モンスター達が現れてしまい。
血の跡や死体が腐ったりすると問題があるので空間転移を用い、細切れにして魚の餌として泉に撒いた事も話している。
話を聞いたカーネルドさんからは、新鮮な肉なのだからそのまま腐らすには勿体無い、魚の餌にしたのはよい判断だと褒められはしたものの。
少し餌の量が多かったらしいので、次に同じような事をする時には畑に肥料として撒くよう助言をされた。
それに情報交換の結果、セイバーさん曰くこのドルイド科と呼ばれるクラスは、どうやら自然魔術を用いたゲリラ戦のプロを育成するクラスらしく、私が初めに思い描いていた自然と共に在り、人と自然の調和を目指すみたいなイメージとか、イリヤお姉ちゃんは樫の杖を用いながら、豊富な知識で魔術に精通した魔術師のエリートクラスではないかとか思っていたそうだけど……デビットさんを見て早々に違うって判断してたらしい。
でも、私のイメージと似ているところといえば、ドルイド科の人達は学園にある森が在れば食事に困る事がないとか、かな?
そのドルイド科の人達も、盗賊ブラックパピヨンが目撃される場所に罠を仕掛けたりとか、捜索の協力をしてくれたけど、罠にかかったのは救世主クラスのトロープさんだけで怒られたし……めぼしい所は既に捜した後なので、学園側が捜索していない所を調べてみたけど痕跡すら見つからなかった。
でも、委員長であるカーネルドさんが他のクラスの委員長さん達にも話し、今では生徒の半数以上が連携しているから、出たのなら学園の生徒ほぼ全員で捕縛に当たる事となっている。
更に学園側の警備も段違いに上がっているので、最近ではブラックパピヨンが出たという話は聞いていない。
それに―――もし出たのであれば、『破滅』に関する情報が得られるかもしれないので、お姉ちゃんはきっとバーサーカーさんを使って捕まえさせるだろうから、恐らく次に現れた時がブラックパピヨンの最後となるだろう。

「そりゃそうだ。救世主候補相手に戦えるのなんて、セイバーかバーサーカーだけだろうぜ」

私達の後ろに座っていたセルさんがデビットさんに視線を向ける。
セルさんの声に反応したのか、セイバーさんの横や前後に座っていた傭兵科の女子達が「救世主候補の中にはリリィさまだって居るのよ?」とか「お姉さまなら救世主候補相手だって出来るわよ」とか口論を始め出した。

「なのによ。うちの三年のサージさんときたら、倒したらすぐに止めを刺す、それが鉄則だとか言ってさ……」

お兄ちゃんから聞いた話では、どうやらデビットさんは救世主候補に憧れているらしいので不満な様子で。

「そりゃあ、今のドルイド科の三年生っていえば元々Aランク級の傭兵団がそのまま入って来たようなものだしな……」

「ああ。聞いた話だとここ数年、作物の不作や疫病等で飢饉が起きているから野盗が増えているらしいしな。
それで、Aランクの傭兵だったウォーカーさんやサージさんが率いる傭兵団が雇われ、盗賊の根城に奇襲を掛けたたものの、相手が元猟師の山賊だったから勝には勝てたけど色々と大きな損害が出たらしいから。
それが元で、森や山での戦いの研究として学園のドルイド科に入ったそうだし……」

「ドルイド科は兎も角として。ヒイラギの事に関しては、救世主候補とはいえ初めて召還器を手にした訳ですから、多少の驕りがあったのではないかと思われますが?」

デビットさんとセルさんがドルイド科の三年生について話すなか、セイバーさんがヒイラギ・カエデさんから逸れて来ているので話を戻した。

「そういえば―――ヒイラギは戦いの最中、時々だけど目を閉じていたな」

「目を―――ですか?
彼女の動きを見る限りでは戦い慣れてないとは感じられませんでしたが……」

「そうだよな……俺なんかよりも戦い慣れしている感じなのに」

指摘するお兄ちゃんに何か思うところがあったらしくセイバーさんは眉を顰める。

「アレだけの戦いだからな……大方、目に塵でも入ったんだろ」

「いや―――それだと、ヒイラギは目で見なくても相手が判るって事になるぞ」

目に塵が入ったんだろうと言うデビットさんの意見に対し、セルさんは流石にそれは無いだろうと苦笑していると―――

「セルの言う通りよ、だってヒイラギ・カエデは忍者なのよ?
例え、水の上を歩いたり蛙や蛇を召喚出来なくても忍者なんだから心眼くらい使えて当然よ」

皆が「えっ?」と驚くなか、イリヤお姉ちゃんは私達を見渡しながら。

「忍者は心に刃を持つそうだから、きっと、心に眼の代わりになるモノが在るに違いないわ。
だから、例え目が見えなくても心の眼で見えるんだから」

そう自信を持って答える。
でも、私がテレビで見た事があるのはアサシンさんのようお侍さんが、相手の策に嵌るもソレを会得して窮地を脱するとかだけど、お侍さんが使えるなら忍者が使えても問題無いのかな?
なら、お侍さんであるアサシンの小次郎さんも使えるに違い無いと結論付けていると、周りでは「そっかイリヤスフィールさんの世界と同じ所の出身か」とか「そんな特殊能力があるんだ……」とか「イリヤさん博識ね」とか周りの人達から言われている。
そして、救世主候補のヒイラギ・カエデさんは目で見なくても、心の眼で相手が判る凄腕の忍者という事で話は纏まり、『帯剣の儀』が終ってから暫く議論を交わしていたので出入り口である通路にも人影が疎らになっていた。
なので皆はそれぞれ通路に向かい、私もお兄ちゃん達と一緒に通路を歩き寮へと向ながら図書館でお勉強か、それとも今日もポチと遊ぼうかなと考えていたら。

「見つけましたマスター」

そう、声を掛けられて視線を向ければ、先生の用事で『帯剣の儀』を見れなかったニティちゃんともう一人。
―――少し前から幾度か報告があった破滅軍主幹のダウニー・リードさんが一緒に居た。
ここでは無い別の枝のアヴァターでは、救世主の選定に協力的だったとかで色々な加護を与え進行役を勤めさせたとか報告を受けているし。
この前の選定では、少しやり過ぎの気もするけど、その枝の影の力を直接送り込んだら理性を持たない異形になってしまったりとかも聞いている。
だから、きっとこの枝のダウニー・リードさんも救世主の選定に協力的なんだろう。

「ニティちゃん、折角新しい救世主候補のお披露目だったのに、先生からの用事で見れなかったのは残念だったね。
でも、セルさんが幻影石で撮ってたから後で見せて貰うといいよ……ところで、その人は?」

私が一方的に知っていても、この世界のダウニー・リードさんは私の事を知らないし、初対面でなのは間違いはない。

「おやおや、仮にも私は教養学科の教師ですよ名前くらい知っていて欲しいですね」

「ほえ?」

え~、この人この学園の先生だったんだと思っていたら、ダウニー・リード先生は私を見ながら溜息を吐いて。

「とはいえ、傭兵科を専攻する貴女とは縁が無いのは確かですが」

「それでマスター、闘技場の使用許可が下りたのよ」

「そうです、傭兵科の教官からは何でも貴女方、アリシアさんとイリヤスフールさんにセイバーさんの三人が実戦を想定した訓練をすると、他の人達が訓練出来ないとか言われていましたから」

「そりゃそうだ……」

「バーサーカーの横で練習なんかしてたら、それだけで十分死ねるぜ」

「ようやく使用許可が下りたんだ」

しみじみと呟くセルさんとデビットさんを横目に、今までも何回かは使用許可を貰ってイリヤお姉ちゃんと練習してたけど、個人的な理由での闘技場の使用許可は中々下りないので困っていたんだ。

「では、なぜその教養学科の教師であるダウニー先生が一緒に?
闘技場の使用を確認するのでしたら、同じ傭兵科を担当されている教官の方が適任かと思われますが?」

「貴女がセイバーさんですね、貴女の噂は窺っております。
それに、そもそも確認するだけなら誰でも出来ますから、私も貴女方の噂を聞き、一度拝見させて頂きたいと思いましたので代わっていただいたのですよ」

「いえ、そういった事でしたら何も問題は在りません」

「それでは早速―――おや、エミヤ・シロウ君でしたか……私に何か?」

セイバーさんと話していたダウニー先生がふと何かに気が付いたのかお兄ちゃんに向き、気になる私も振向けば、お兄ちゃんは眼を見開いてダウニー先生を見詰めている。

「どうかしたのシロウ?」

「―――っ!?(―――っ、死んだアリシアの父親と瓜二つ!
それに、姓がリードとテスタロッサの差は在るけど、名がダウニーって同じだなんて!?)」

イリヤお姉ちゃんが心配し声を掛けるけど、聞えてないのかお兄ちゃんは表情を強張らせながら、静かにダウニー先生を見詰めていたけど私を一瞥すると口を開いた。

「―――先生が、俺の知っている人に似ていて……でも、その人がここに居る筈は無いんだ気分を悪くしたら謝る先生。
(アリシアが気にしていないって事は、俺の思い過ごしなのだろう、な……)」

「そうですか、余程私に似ていた方なのですね」

「「っ!?」」

お兄ちゃんとダウニー先生の受け答えを聞いていたセイバーさんとイリヤお姉ちゃんが、何かに気が付いたのか私に視線を向けて来る。

「……どうかしたの?」

「そう……違うのね」

「そのようですね」

などと二人は私を見ながらそんな事を口にする、一体何の事なんだろう?

「よろしければ、どのような方か教えていただけますか?」

「すまない先生、俺も詳しくは知らないんだ……でもダウニー先生はアリシアの父親に瓜二つだったから」

「ほえ………っ!?」

―――っ、忘れてた。
しまったよ、冬木に来た時には根の世界アヴァターに行くなんて考えてなかったから、死んだ父親としてダウニー・リード先生そっくりの体を創ったんだっけ!?
でも、まさか学園に―――いや、そもそも救世主選定の協力者なんだから、救世主クラスが在るこの学園に居ても不思議じゃなかったんだよ!
この様子だと、お母さんに関係する事にも問題が出てきそうだから、影には内緒でこっそりアリシアの体が在った枝とこの枝を繋いでおこう。
―――いや、それでは甘いかもしれない……なら、いっその事この枝に色々な枝を繋いでしまえばいいや。
そうすれば、最悪ばれそうになってもお母さんは実は並行世界の観測や干渉が出来る第二魔法の体現者だったとかで誤魔化しも出来る筈だから。

「え……と…そ、そうだね、言われて見れば確かに似ているかも?」

「そうですか、実は私にも昔妹が居たので何かあれば力になりますよ」

「ア…アリガトウ、ゴザイマス」

ダウニー先生が浮かべる笑みが、どことなくキャスターさんが何か企む時の嘲笑に似ていたので少々信用出来そうにないけれど、嘘がばれないよう、極力視線を合わせないようにして急ぎ踵を返した。



[18329] アヴァター編09
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/23 20:19

銀色の髪の少女が全身に紋様を浮かばせ、その少女の命により巨大な石器とも呼べる斧剣を手にした鉛色の巨人は、相対する少女、まるで神とすら思える様な神々しさと、対照的に何処か禍々しさを感じさせる朱色の槍を手にする少女にソレを振るう。
その動きには到底、技や戦術と呼べる様な感じは無く、巨人自身も傷付く事への恐れが無いのか防御を一切無視した動きで、手にする斧剣を振り回し叩きつけていた。
でも―――その只振るい、叩き付けるだけの動作が何と恐ろしい事か…

「……今年度の傭兵科、上位三人は人間じゃないって噂されてたけど…」

「………まさに…神と悪魔の戦いね」

「…そうね」

闘技場を見下ろすダリア先生の呟きをミュリエルが引継ぎ私も頷く。
信じられないけど、アレは規格外の化物なのだと解る。
そう―――斧剣が振るわれる度、叩き付ける度、衝撃波が地を割り周囲を切り刻んでいるのだから。
そんな化物を相手に槍の少女は数秒と持たないのでは無いかと思えたが、槍の少女アリシアは鉛色の巨人バーサーカーを相手に闘いと呼べる状況を作り上げている。
バーサーカーの関節を狙い放たれているのだろう、無数の光弾が当たり破裂する衝撃により、光弾で足りなければ手にする槍を操り、アリシア目掛け振るわれる斧剣は逸れ、その都度発生した衝撃波が闘技場の壁を切り裂いていた。
私でも赤の書の精霊オルタラと契約し、全盛期の力をもっていれば…何とか闘いと呼べるモノにはなれるでしょう。
でも―――ホムンクルスである今の体では…あの斧剣を受ければ、その凄まじい衝撃により文字通り体の結合は外れバラバラになる、故に受けずに逸らすアリシアの戦術は間違いでは無いと判断出来る。
召喚した主である銀色の髪の少女、イリヤスフィールさんにしても何もしていない訳では無く、私の知らない魔法理論が使われているのだろう、未知の魔法陣が現れては消える度、バーサーカーは強化されているのか、動きが加速され、強化前ですら凄まじいばかりの白兵戦能力は更に向上して、最早黒い暴風と化し手が付けられない状態になっていた。
当然ながら斧剣を振るう動きは更に速まり、外れはしているものの、振るわれる斧剣からの衝撃波は凄まじい勢いで放たれている。
今行われている闘いは、イリヤスフィールさんとアリシアの実戦を想定した練習試合の筈なのだけれど…アレが訓練だなんて、恐らく…あの様に振るわれる斧剣が、例え掠めでもしたのなら無事では済まないわ…

「如何やら、傭兵科ってクラスは救世主クラスよりも大変な所の様でござるな」

「―――っ、あんなのが傭兵科の訓練ですって!?」

「………そもそも、アレは訓練とは言わない」

闘技場で行われている練習試合と言うよりは、死闘と呼べる闘いを見る事となったヒイラギさんは唾を飲み込み。
如何やらシアフィールドさんは、傭兵科の生徒は魔術師科の生徒に比べ魔法の使い方は劣ると思っていたらしく、闘技場で繰り広げられる攻撃魔法や補助魔法等で行われる魔法戦を、信じられないといった表情で見続けている。
それに、リコの意見には私も同意するわ、今、闘技場で行われている闘いは誰が如何見ても練習試合、訓練だと思わない。
―――アレは如何見ても実戦、それも凄まじいばかりの死闘と呼べる闘いなのだから…
今現在行われている試合は、アリシアとイリヤスフィールさんの他にセイバーさんが救世主候補の資質があるのでは無いかとの疑問から、三人に『帯剣の儀』に出てみないかと誘い、断られた事が起因している。
『帯剣の儀』を断られ、三人が資質を持つ者なのか不明な時に、丁度良く実技訓練の一環として傭兵科実技指導の教官達から闘技場使用の許可を求める要望があり。
数日前に新しく見付ったカエデさんの『帯剣の儀』が予定された後は、闘技場を使う事も無いので、この時にアリシア達の実技練習を予定する事に指定した。
学園長であるミュリエルとの話で、私を含めた救世主クラスの皆は傭兵科最強と噂されている三人の試合から何か学べるのでは無いかとして見学させている。
そして、機会があれば三人の練習時に合同練習を装いながら私達救世主クラスとあの三人との試合する様な段取りにしていたのだけど……まさかアレ程の実力を秘めていたなんて思いもよらなかったわ。
伝承では資質を持つ者が、自身の限界を超え様とする事で召喚器は召喚出来る様になると言われている―――なら、今のアリシアにとってこの現状は召還器を呼べる状況といえるでしょう。
もし、手にしたのなら世界を滅ぼす存在である救世主になるかも知れない人材、救世主候補を一箇所に集め監視し易くする為の救世主クラスへと編入させれば良いのだから。
そう考えを巡らしていると、逸らしきれずにバーサーカーの一撃を槍で受けたはしたものの、アリシアは凄い勢いで後ろに吹き飛んで行き。
体勢を立て直し、闘技場の壁に足から着地するかの様にして受身を取ると、その力を利用してバーサーカーへと勢い良く飛び出したアリシアは何故か六人に増えていた。

「っ、何と分身の術でござるか!?」

アリシアが魔法に長けているのは予想していたけど錬金術とは違う分身の技を使い、それをヒイラギさんは知っているのか驚きを隠せないでいる。
まるで、バーサーカーを覆う様に放たれ続ける無数の光弾を受けながらも、斧剣を振るうバーサーカーは分身なのだろう、槍では無く光る棒で受けた一体が手にした棒ごと両断され消えるものの。
一体は留まり、バーサーカーの後ろから突き体勢を崩し、残りは動きを鈍らせたバーサーカーの横をすり抜けイリヤスフィールさんへと向かう。
イリヤスフィールさんから放たれる光弾はアリシアに比べ小さいものの連続で放たれ、避けきれずに分身一体が蜂の巣の様になり消え。
残りの二体の内、一体が棒を振り下ろすものの、輪の様に現れた何かに包まれると幾つもの輪切りにされ。
その消え行く分身の背後という死角から、棒を突き出す分身にイリヤスフィールさんは片手を突き出し、光る何かを放つとアリシアの形をした分身の上半身が吹き飛び消える。
残りの分身にしても、悪魔の如きバーサーカーを相手にしていたので振るわれた斧剣により受ける事も出来ずに消え去った。
僅か十秒にも満たない間に分身達は全滅し、焦りがあるだろうと思いつつアリシアに視線を向けると、アリシアは片手を地面に当て魔法陣が浮かび上がると同時にバーサーカーが足元から沈み始め。
見る見る間に下半身辺りまで沈み込み、思う様に動けなくなったバーサーカーは、魂が凍りつく様な雄叫びを上げつつ、僅かな抵抗なのか地を切開こうとしているのか斧剣を振るっている。
更に拘束魔法を使いったのか、魔力で編まれた鎖がバーサーカーの動きを封じ込めた。

「あんな化物の動きを封じた!?」

闘技場での闘いが始まった時に、圧倒的な威圧感を持つバーサーカーを見て、その雰囲気に中てられたのだろうか気分を悪くしていたトロープさんだけど、試合は見ていたのでしょう、圧倒的な力を示したバーサーカーと呼ばれる巨人を相手にアリシアが無力化した事に驚きを隠せないでいた。

「…あの二人、どちらもトンでもない実力者でござるよ」

「え、ござ―――」

闘技場から眼が離せないヒイラギさんが知らずに零した何かに気付き、シアフィールドさんが声を掛けようとした時、アリシアを中心に凄まじい暴風―――いえ、嵐が闘技場内を吹き荒れ。
治まった時には空に飛ばされたのかイリヤスフィールさんは空中に滞空し、アリシアに朱色の槍を突きつけられ勝敗は決する。
その下では、バーサーカーが魔力で編まれた鎖の拘束を引き千切り二人を見上げていた。

「……え~と、学園長…あの娘達は救世主クラスに編入させた方が良いのでは?」

「……駄目よ、どれ程の実力者であっても救世主クラスには、救世主候補としての資格である召還器を持つ者でなければ入れてはいけないわ」

人間の枠を外れた闘いを見る事になったダリア先生は何時もの調子を失い表情を引き攣らせ、ミュリエルにしても予想すらしていない実力を垣間見た事で判断力が上手く働いていないみたい。
あの化物の様なバーサーカーを召還器として判断する事は無理があるので、イリヤスフィールさんを候補者とするのには無理かもしれないけれど、アリシアの方は朱色の槍なので、もしかしたらアレは本人が知らないだけで本当は召還器なのかも知れないのだから。

「ダリア先生……あの、本当に練習試合を申し込むのですか?」

「あははは……如何します学園長?」

ダリア先生に恐る恐るトロープさんは訊ねるけど、彼女達と一緒の練習試合では練習にしても先程の様に死闘を繰り広げる事となり、迂闊に行えば死に繋がる事はダリア先生も気付いているからこそ学園長であるミュリエルに視線を向けている。

「…まさかアレほどとは、傭兵科の教官も正確な実力を測れてなかった様ね。
救世主の卵である貴重な候補生を、実力はあれど練習を実戦と同じと考えている様な人物と闘わせる訳にはいかないわ」

「ですよね~」

答えるミュリエルに何処かほっとするダリア先生。

「………アレはもう人間の領域を超えている」

「それはそうでござる、あの様に壮絶な修行をしていながら生き残っている御仁達でござる、強いのは当然でござるよ」

「ござる?」

「―――っ、い、いや、強いのは必然なのだろうと言ってるだけだ」

呟く様なリコの声に答えたヒイラギさんだけど、訛りなのか「ござる」という語尾が解らないシアフィールドさんに訊ねられると慌てて訂正していた。

「でも―――」

なら、あの二人と同じ域に居るだろうと思われるセイバーさんは一体どれ程の実力者なのだろうと思い、ふと闘技場に視線を戻せばアリシアとイリヤスフィールさんの二人は闘いの何処かが悪かったのかセイバーさんとシロウ君に怒られていた。

「アレで叱る処があるなんて………アリシア達は、一体―――どれ程の脅威が迫る世界から来たのかしら」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第9話


「全く、貴女達は一体何を考えているのですか!!」

「そうだぞ―――そもそも練習って、何時もイリヤの森であんな事してたのか!!
(以前の試験の時にも、アリシアはバーサーカー相手に平然と相手をしてたけど、幾らランサー並の能力を得ているからって、事もあろうに、あのバーサーカーを普通に練習相手としているとは想像出来なかった)」

私とイリヤお姉ちゃんの練習が終り戻ると、セイバーさんとお兄ちゃんが何故か解らないけど「ガー」って感じで怒ってた。

「ほえ、只の練習だよ?」

「そうよ、それにコレ以外に練習って知らないもの」

私とイリヤお姉ちゃんは何で怒られているのか解らずお互いを見合わせる。

「ものには限度というものが在ります。
アレは実戦であり、断じて練習ではありません―――仮に今の貴女達の闘いを練習と言い切るのでしたら、ランサーに匹敵するアリシアと、バーサーカーが闘うのですから。
かつての聖杯戦争自体が練習試合という扱いになってしまいます!」

「いきりたたないでくれるセイバー、そもそもアリシアは英霊の域では無く神霊の域なのよ?」

イリヤお姉ちゃんは「もう、困ったわね」と溜息と吐きセイバーさんとお兄ちゃんを見渡し。

「大英雄であるバーサーカーが本気で闘っても今の様な感じだし、聖杯戦争の時の様に転移魔術を攻撃に使われたら一瞬で私の負けなんだから。
私だって、腕や脇腹とかの骨が折れたり色々と怪我をした事もあるけど治療魔術で治しているし。
第三魔法が使えるアリシアは、不死身だから例えバーサーカーに肉片にされても元に復元するから心配無いわよ。
(前に何度か挽肉みたいになった事もあったけど、その度に光の粒みたいになって元に戻ったからアレが第三なのかしら?)」

「そうだよ、私もイリヤお姉ちゃんが死なない様にしてるし、怪我をしても死ぬ前に治しているから大丈夫だよ」

「駄目に決まってるだろ!
二人共女の子なんだから傷とか残ったら如何するんだ!?」

「シロウも心配性ね、怪我をしても傷が残らない様に治せば良いのよ?
それに、私の魔術で強化されてるバーサーカー相手に、まともに戦って傷が如何のとかで済む方が問題だと思うけど?」

「そう言う問題じゃないだろ!」

でも、私とイリヤお姉ちゃんの意見は「プンプン」と怒ってるセイバーさんとお兄ちゃんには受け入れてもらえず、私達は日が暮れるまで怒られる事となった。
久しぶりに闘技場が使えたのに、今日はこれ以上の練習は出来なくなくなり。
それも、イリヤお姉ちゃんにはバーサーカーさんとの連携が重要なのに、次からの練習ではバーサーカーさんは霊体化させて待機させる事となってしまったんだ。
私だってちゃんと考えて練習をしているのに……イリヤお姉ちゃんが救世主になるのに必要な強さを短期間で身に付けられるとしたら、それは接近戦に優れたバーサーカーさんを後方から指示や援護等の支援しする連携だと結論付けたので。
それから様々なシミュレーションを元に、効率良くお姉ちゃんが強くなれる様、下地となる基礎から鍛える必要があったから、まずは体力をつける為に走り込んだりとか。
一応、今では体力も問題無い感じで、戦いの時もバーサーカーさんを強化魔術で強化したり、自身への攻撃に対しても予め設置魔術を展開して護りも固めているけど…
バーサーカーさんをあてにし過ぎているのか、バーサーカーさんと白兵戦を繰り広げている時には攻撃的な魔術等は放って来ない―――折角、バーサーカーさんは『十二の試練(ゴット・ハンド)』って特殊な防御能力が在るのに。
正直な処、白兵戦をしている最中にバーサーカーさんごと弱い魔術で構わないから範囲の広いモノを放たれると、私にしても空間転移を使わなければ体勢を崩し、後はバーサーカーさんの斧剣でバッサリだから有効な回避方法が少ないので、時間制御とか空間転移を使えない相手にはとても効果的な戦術なんだけど……お姉ちゃん中々気が付かないよ、気が付くのを待つのではなく教えた方が良いのかな?
でも、こういった事は、自身で気が付かないと後々成長の妨げににもなるから安易には教えられないのもあるし―――人に教えるって難しいや。

「……こうなると、デビットさんに頼んでモンスターとの戦闘重視の依頼を受けて、実戦の中で鍛練を積むしかないかな?」

「そうね……でも、まさかセイバーとシロウがあんなに怒るなんて思わなかったわ」

「そうだね、頑張ったねって褒められるかと思ってたのに」

「そうよ……私も、以前とは見違えたってシロウが驚くと思ってたのよ」

私とイリヤお姉ちゃんは疲れを顕にしフラフラと寮へと戻る、とはいえ練習のでの疲れよりもセイバーさんとお兄ちゃんに怒られ続けた精神的な疲労の方が色濃いのだけど。
イリヤお姉ちゃんと一緒にお風呂に入り、汗を流して部屋に戻るとセイバーさんが戻って来ていて。
あの後、お兄ちゃんが闘技場を整備している人達に頭を下げ、荒れ果てた場内の手伝いを買って出たそうで、お兄ちゃん一人ではと思ったのかセイバーさんも一緒に手伝って来たらしい。
でも、この学園は王国が運営しているので、多くの人達が色々な職で働いているから人手が不足する事は無い筈だから、別にお兄ちゃん達がする必要は無いと思うんだけどな?

「………」

ううん、違うよ、これはお兄ちゃんの趣味というか、本能みたいなモノかな。
困っている人が居れば手を貸そうとするし、特に見ていて大変そうなら尚更激しく衝き動かされるだろう。
それに―――例えそれが危険な事であっても、自分が傷付く事で誰かが助かるのなら、お兄ちゃんは躊躇う事無く自身を犠牲にしても動くだろうから。
こんな事ならお姉ちゃんとの練習の後、ポチに頼んで整地して貰えばよかったかも知れない。
そう思いながらも、近い内に能力検定試験があるのでセイバーさんがお風呂から出て来るまでお勉強…余り好きじゃないけれどする事にした。
お互い次にCランクの評価を受けたら退学の身なのでイリヤお姉ちゃんと相談しながら、傭兵として雇われた人がその場の状況で行うべき判断の要点やら、戦場や遺跡とかでの危険や注意点等をこの前買う事が出来たテキストを参考にして問題集を解く。
………でも、問題集はとても難しく私やイリヤお姉ちゃんの正解率は高いとはいえない。
特に罠や、自分よりも格上とか、数で劣る時とかが解らなさ過ぎて…如何答えても不正解になってしまうんだ。

「う~、ただ退いても駄目だし、偵察として様子を見るだけだと不正解じゃないけれど正解でもない…」

「そうは言っても、戦力的に問題無さそうでも正面から戦うのは不正解なのよね……罠にしても、魔術的な罠なら解るけどそれ以外の罠だと難しいわ」

私達は悩み続けた結果、保留にしてセイバーさんが風呂から戻って来たら教えて貰おうと結論を出した頃、ニティちゃんが部屋に戻って来る。

「マスター、先程の闘いは素晴しかったです」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「あら、私には無いの?」

「あのね…イリヤのバーサーカー相手にまともに戦える方が珍しいのよ。
(ホント…イリヤとセイバーの二人が仲間になればシェザルとムドウ―――それに、ロベリアすら必要無いわね。
ムドウの手下にしても、『救世主の鎧』探索とか色々と便利だけど代えがきくから絶対って訳じゃないもの。
それに引き換え、一人で二個師団以上の戦力はあるでしょうし、三馬鹿にしてもセルとデビットは必要無いけどシロウは、非常識なまでの長距離精密射撃と広範囲への爆撃が出来る力の持ち主…あんな距離から狙撃や、投影とかいう魔術で剣群を出されたら誰も対処出来ないわ。
如何にかして三人をマスターと共にダウニー率いる『破滅の軍勢』か『破滅の民』の末裔達が集うホワイトカーパス州に引き入れる事は出来ないかしら?
それと―――そろそろ、オルタラにも決めて貰わないと、たく、一体何をグズグズしてるのかしらあの子)」

セイバーさんとお兄ちゃんに叱られた後なので、褒められると何時もより嬉しい感じがする。
イリヤお姉ちゃんも同じなのか、賞賛の声が欲しいのだろうニティちゃんに声を掛けると、ニティちゃんはバーサーカーさんが強いのは当たり前って感じで答えていて少し残念そう。

「そうだ、ニティちゃんも一緒に勉強しようよ」

「勉強―――そういえば、そろそろ能力検定試験が始まりますから、その準備ですか?
(………強すぎる弊害なのかしら?
戦術的な問いがあるとマスターとイリヤの二人はまともに答えられない。
そのせいか、周囲からは脳筋とか思われている様だし)」

「うん、そうだよ。
次でCランクを取ったら、私とイリヤお姉ちゃんは退学になっちゃうもの大変なんだよ」

「……まあ、その時はその時で好きにやらせて貰うだけだけど」

悪い魔法使いに封じられていたのにも関らず、ニティちゃんの成績は高く、実技試験はAAAランクだし、筆記試験にしてもAランクを取っている。
お姉ちゃんにしても、退学になったらなったで書の精霊の捜索に集中出来るので、それはそれで良いと考えているみたい。

「でも、傭兵の資格って無いよりも有った方が良いのは確かだと思うよ」

「それはそうだけど…」

三体の書の精霊を捜すまで、衣食住の住は車があるから良いけど、衣と食は用意しているものの限りが有るので出来るだけ自前で用意出来た方が良いのは確かだと思う。
それ以外にも、傭兵組合では依頼を受ける他に色々な人との交流、情報の交換や購入も出来るので無いよりは有った方が良いのは間違い無いと言える。

「まあ、マスターの頼みなのだから断るとは言えないわ。
(わざと退学にさせると、この二人…本当に何するか解らないわ……
それよりは、主幹であるダウニーに協力して貰って対応する方が良いわね)」

「わ~い、やったよお姉ちゃん、ニティちゃん教えてくれるって」

「有難うニティ、礼を言うわ」

こうして私達は勉強して、次こそは筆記試験でBランクを取ろうと頑張る。
その後は、お風呂から戻ったセイバーさんも加わり食事前に勉強をして過ごして。
夕飯は食堂の施設を借り、王都で仕入れた食材や、デビットさんが捌いた、何でも森で狩ってきた良く解らない動物の肉をお兄ちゃんが調理して夕御飯となる。
その時にはお兄ちゃんと一緒の部屋で商業科のロバートさんや、治療士(ヒーラー)のマイケルさんもお兄ちゃんやデビットさんに誘われたらしく同席していて私達は色々と話す事が出来た。
それで判ったのは、やはり破滅のモンスターが増えて来ていて、所々で襲撃があるらしい事や、治療士や医者、薬師の数が足りなくなってきているとかで学園の二、三年生が王国の指示により既に派遣されていた事等が判り。
他にも、作物の不作により様々な物が品薄になってきている中、医薬品や食料等にも不足が生じ始めていて、このままだと破滅との戦いに必要な物資が不足して行くのは時間の問題だとかが解った。

「もしかすると―――仮に破滅側にも指揮する者が居ると仮定すれば、王国軍が長期戦を出来ない様にと仕組んでいるとも見られる内容ですね」

「しかし、伝承によれば破滅に選ばれたモンスター達は何故か纏り破滅として動くそうですが…
その内容は知能が高いとは言えず、指揮を取る事等出来ないのでは?」

「ええ―――問題は其処です」

「待ってくれ、破滅のモンスター達の知能が低いと決め付けなければ良いんじゃないのか?」

「だが、今まで俺が出会ったモンスター達はそれ程知能が高いとは思えないな」

私とイリヤお姉ちゃんや、ニティちゃんはお兄ちゃんと一緒に食器の片付けをしている中、テーブルではセイバーさんにマイケルさん、ロバートさんとデビットさんが話し合っている。
そして、その話を窺っていたニティちゃんは食事が美味しかったので嬉しいのか、口元に笑みを浮かべていた。
他にも色々と話をしていた様だけど、結局は今、アヴァターには確実に破滅の影響が現れているといった事しか分からず。
―――でも、破滅が関係するだろう事態はアヴァター全土で散発し起きている、今のままでの対処では対応する事は困難だろうと纏まり話し合いは終った。
ご飯の後はお兄ちゃん達に、セイバーさんとイリヤお姉ちゃんは試験勉強をするからと寮へと戻り、ニティちゃんは人に会うとかで食堂を後にしている。
私も試験勉強は必要だろうと思う、でも、焦って急いで詰め込んでも良くないだろうと思うので、食後は散歩に出る事にした。
散歩に出ようとしたら、構って欲しいのかポチが「一緒に行くぞ」って付いて来るので抱き上げ、腕を回し胸に当ててしっかりと押さえ込む。
子供形態の時とは違い、大人形態の私の力はランサーさんと同じ様にしてあるから、ポチが成長し重くなって来ていても特に体を強化する必要も無く、胸に押し当てる様にして持てば腕の力だけで十分ポチを抱えられた。

「今日も月が奇麗だね」

ポチを撫でながら月を見上げる、時々ポチが動いてくすぐったいけど気にする程でも無く、居心地良い夜風を味わいながら歩き続ける。
中庭辺りを歩いていると―――

「新たなる新天地で今度こそはと、せっかく無口でくーるに決めようと思っていたのに…」

等と何処からか声が聞こえて来た。
声からして何か辛い事、例えば給食でプリンが一つだけ余り、それを巡る競争に僅差で敗れ……あまつさえ、急いで食べた事から何時もより食事を味わないでいた為に、何処か損をしている様な感じから敗北感だけが残った―――そんな感じに似てなくもない。

「ん?」

「誰だ」

一体何が在ったのだろうと思い声の方を向くと、その人と一瞬眼が合い、何か急いでいるのか私の背後へと一呼吸する間も無く移動すると。
何故か短剣を向けて来る―――きっと誰かと間違えているのだろう。

「っ、体が動かないでござる!?」

でも、誰でだって間違いは在るものだから仕方ないと思う、なので取敢えず頭部を外した空間固定を使い動きを止めてみた。

「ん、誰かと思ったら、新しく救世主クラスに入った…確かヒイラギさんだよね、こんな所で何をしていたの?」

「おぬし――確か!?」

「ほえ、私を知ってるの?」

私の世界で通う穂群原小学校のクラスだと、私は何だか乱暴者と思われているらしいから、此処ではどんな風に知られているのか気になるところ。

「昼間の試合を見た…故にお主が腕の立つ人間だとは知っている」

「試合かぁ……お姉ちゃんとの練習の事なのかな?」

試合なんてした覚えは無いけどな、と思いつつも答え空間固定を解く。
体が自由になると同時に三メートルは離れ様子を窺うヒイラギさん。

「まあいいや、処で短剣なんか引き抜いて何かあったの?」

「それはお主が背後から許可も無く近づくからだ」

「………」

何と言うか…如何答えれば良いのか解らない状況となり暫く見詰め合う私とヒイラギさん。

「えと…別に何もする気もないけれど」

「静かに!」

意を決し声を掛けたけど、ヒイラギさんは短剣を構え茂みの方に向いてしまう、何て言えば良かったのだろう?

「何しているの?」

「…何かいる」

「別に敵意とかは無いよ?」

「その油断が死に繋がる、そろそろ喋るな…」

…あう、一体こんな時は私は如何したら良いのだろう。
ヒイラギさんは言葉で私を制し、何やら茂みに向かい動こうとすると、茂みを掻き分け気配の主の方からその姿を晒した。

「っ!?」

「っ、そう―――ヒイラギさんの言う通りなのかも知れない」

その姿形―――如何見ても私を雄一恐れさせた存在、あの種族と同じなのだろう、冬木市で出会った凶悪で狡猾なアノ生物と同じ形をしていた。
私が通っている小学校ですら、あの種族は密に行動を起こし校庭の砂場にソレを埋めて隠す…
それを、昼休みや放課後遊んでいた子達が遊んでいる時に掘り起こしてしまい、ある者は砂遊びをしている時に、また別の者は砂場で走って飛び込みソレと出会い悲劇は起こり。
私がクラス子達と遊ぼうとすると、何故か泣き出す子がいるので、教室の窓から観察して限りだと、酷い時にはソレを手にした子が錯乱したのか、一緒に居た子達に投げつけたりや、投つけられた方も怒って投げ返して他の子達へと広がり悲劇は惨劇へと形を変える。
たぶん突然の事で混乱してしまい、自分が何をしているのか解らないのだろうと思う、でも、それすらあの狡猾な生き物の計略なのだろうと推測に辿り着いた時の私の衝撃は、アノ種族が如何してその様な進化を遂げたのか解らず戦慄を覚えずにはいられなかった。
そう―――僅かな労力の罠を仕掛け、騒乱を巻き起こし互いに争わせる…もしたら、歴史に出てくる戦争の裏にはアノ種族による暗躍があるのかもしれない…っ、視た感じでは存在力は取るに足らないというのに、何という悪意に満ちた進化を遂げた種なのだろう!
そして、私にあるアリシアの記憶にはリニスという山猫を飼っていた記憶があるけれど、トイレはちゃんと指定していた所でしているから、山猫のリニスは市街地に適応した冬木市のアノ種族と比べてそんな酷い事はした事は無い。
同じく市街地に適応したカラスも、山に住むのとでは知能の発達が違うらしく、アレも同様に市街地に特化したからこそ人間達と知恵比べの末…進化したのか知能が上がっているのだろうと予想出来る。
その生命体と同じと思われ、根の世界と呼ばれるアヴァターに現れたこの種族、赤か白の精霊が呼んだのか?
それとも―――この世界で進化を繰り返して、この枝全てへの影響を与える種族へとなり得た種族なのだろうか?
私としては、冬木市の猫さんが特別であって欲しいと淡い期待を持ってしまう。
その種族、冬木市での名称は俗に三毛猫と呼ばれる種族だったけど、ソレがくわえているのは殺害された小動物―――俗にネズミと呼ばれる生命体と同じ種族と思えた。

「ヒイラギさん!この子は何をしてくるか解らないから、絶対に油断しちゃ駄目だよ!!」

まさか―――殺しの現場を見たからには生きては返さないとかなのだろうか。

「う…」

何かを感じたのかヒイラギさんは慄き呻き声を零す。

「どうし…」

猫さんはヒイラギさんの所へと歩み寄ると、口にしていたネズミの躯を地面に置きヒイラギさんを見上げる。
それ眼にしたヒイラギさんは、凄まじい悲鳴を上げると素早い動きで私の頭にしがみ付き視界を塞いだ。

「っ、一体何が起きたの!?」

「血!血!血!ぃぃぃぃ~!!!はぎゃうぎゃわわわわわわわわわ~~~!!!」

血!まさか―――あの一瞬で猫さんはヒイラギさんに致命傷とまではいかないけど傷を負わせたというの!?

「拙者血はダメ~!色もイヤ~!匂いもイヤ~!イヤイヤ尽くしでござる~!!!」

私でも予測出来ない何かを猫さんは行ったのは解る、でも―――私の本体で、その時間を再度視ても何が起きたのかすら判らないなんて!?

「ポチ!あの猫さんをお願い!!」

ポチに相手をさせながら、猫さんを視て分析し、猫さんが何かをするなら、例えここアヴァターに如何なる影響が及ぶのか解らないけれど、この凶悪な猫さんを今の内に滅する必要はあるだろうと判断を決め、本体がこの世界へ現れる準備を済ませる。
ヒイラギさんが抱きついたままの私と、猫さんの間に緊張が走るなか、猫さんを相手に「まかせろ」と頼もしく答えたポチは、霊糸で猫さんを突っつき、猫さんも如何やってかは解らないけれど、私の本体が迫っているのを感じ取ったのだろうか?
一瞬驚き毛を逆立てさせると、何かする訳でも無く一目散に走り出し、呆気ない幕切れで猫さんの脅威は過ぎ去った。
もしかして、猫さんは今はまだ私と戦う時では無いと判断して退いただけなら―――きっと、猫さんは「この勝負、一時預ける」と語っていたに違いない。

「何時の日か、あの猫さんと決着をつける時が来るのかもしれない…」

なら、その時は私も全力で応えなければならないだろうと考え、猫さんが去って行った先を少しの間見詰めてた。

「……それはそうとして」

ヒイラギさんは余程恐ろしい目に遭ったらしく訳の解らない事を口走った挙句「………きゅう」と気を失っている。

「…え~と如何しよう?」

ポチに支えられたヒイラギさんを見て呟いく、ブラックパピヨンへの対策として警備をする衛士は増やされているものの、ここ中庭は見渡しが良いので警備では無く、代わりに学生主導で行われている見回りが担当しているけれど、今は能力試験が近いのでヒイラギさんの悲鳴を聞きつけて来る人は居そうに無い。
仕方なく体の負担を掛けない様にヒイラギさんをベンチに寝かして安静にさせると、私の膝を枕代わりにしながら解析の魔術を使い、猫さんに受けた傷を確認してみる。
でも―――神経に何かしらの仕掛けが施されているものの、傷らしきモノは確認出来ず、仕方なく精神の方を視るとヒイラギさんの精神は随分消耗していた―――如何やらあの猫さんの精神攻撃を受けたよう、確証は無いけれど、もしかしたらあの猫さんは破滅のモンスターなのかも知れない。

「破滅の力を手に入れた猫さん―――只でさえ凶悪な猫さんが、破滅の力を手にしてより狡猾に……」

猫さんが殺害したネズミらしき躯は、ポチに頼んで花壇に埋葬してもらっていた。
それを確認しながらも―――ヒイラギさんの精神に介入して心を安定させているなか、自ら口にしていた言葉に戦慄を覚えない訳にはいかない。
そう…あの僅かな一瞬の間に猫さんはヒイラギさんに精神攻撃を加え正気を失わせたばかりか、後々操ろうとでもしていたのか、神経に仕掛けを施してさえいたのだから。
更に付け加えるなら、私の本体で幾度も視てもその精神攻撃や、体を操ろうとしてたのだろう神経への仕掛けをした瞬間は捉える事が出来ていない。
だからこそ、私は猫さんと相対した時から万が一を考え、神の座からの存在の抹消という手段は使わなかった。
何故なら、あの様に進化を続けた種族なら、イリヤお姉ちゃん等の魔術師とは違い、管理しようでは無く。
神を倒し、世界の全て手にし、そこに住む命を悦楽の為に嬲りものにしようと考えるだろうし、その為には座にいる神を倒さないとならないので、当真大河同様、何かしらの対策はしているだろうから。
いや―――

「私が認識出来ない以上、既に座にいる影すら超えている……まさに、最凶のモンスターだ」

当然の事ながら、猫さんがヒイラギさんの体に仕掛けたモノは相手が相手だけに危険極まりないので解いておいた。
そして、月明かりの中ベンチに座り夜空を見上げて十数分もした頃―――

「…あ?」

「ん、気が付いた?」

「っ!?」

目が覚めると同時にヒイラギさんは立ち上がり、私の前に立ち手刀を突き付けて来る。

「何をした!」

「何って、覚えてないんの?」

「…答えろ」

「ヒイラギさんは猫さんに虚を突かれて負けたんだよ。
丁度、私とポチが居たから無事だったのものの…居なかったら今頃如何なってた事か…」

私とポチが居なければ、今頃ヒイラギさんは猫さんよって、自分の意思では如何する事も出来ずに操られていたんだと思う。
そして―――ヒイラギさんを操る事で、狡猾な猫さんは表には出ず、その策謀でどれ程の悲劇が起こるか……予測すら出来ないよ。

「それで、気を失っていたヒイラギさんを私とポチで、怪我していないか確認して看病していたの」

「そうで…ござったか、かたじけないでござ―――る!?
(と、言う事は拙者は猫にすら負けたでござるのか!
っ、思い出したでござる!
確か、猫に小鳥の屍骸を見せられ…その醜態を、この者に見られたでござるか!?)」

納得してくれたのか、ヒイラギさんは緊張を解いて手刀を下ろしてくれるのだけど、「……う」と呻くと次第に表情が崩れて来る。

「うええ…うええええええええええ~~~ん!
(ここでなら本当の拙者を知る者はいないのであるからして、くーるな救世主候補として皆から尊敬される者と成ろうとしていたのに…コレでは……コレでは台無しでござるよ)」

「悔しいのは解るよ」

私も初見では猫さんに脅かされたから解る、あの種族を相手にするには救世主、ううん、座に居る神ですら難しいと思うもの。
だからこそ、その悔しさも解りベンチから立ち上がると涙を流すヒイラギさんを抱きしめた。

「でも、貴女はそれでも…あの猫さんを相手に体に仕込まれながらも、操られそうになっても生き残れたんだよ。
なら、それを糧にして弱さを克服して強くなれば良いんだ」

「…その…仕込まれていたとは?」

「うん…私も速過ぎて分らなかったけど、神経に仕込みをされていて………多分、操ろうとしていたんだと思う」

「うぅ………猫ごときに……(だが、何でござろう…この暖かく安らいで安心する感じは、そういえば先程も包まれる様な暖かい感じでござった様な)」

解ってくれたのか、暫くするとヒイラギさんは泣き止み、この事を他人に話さない代わりに事情を話してくれた。
その内容とは、ヒイラギさんは暗殺を生業とする一族の出身なのだけれど、血が苦手で一族の者達から臆病者と呼ばれていたとか。
なら、血が外に出ないよう脳とか内臓のみを壊すとか、毒でも使えば良いんじゃないのかな?とも疑問が過ぎるし―――あの猫さんは一体何処からその情報を手にしたのだろうか?
色々と疑問は出て来るけど、今は黙って話を聞く事にした。

「……それで、救世主という甘言を言い訳に、逃げる様にしてこの地に辿り着き、そこでも自分を見失い、こうして醜態を…」

「誰だって苦手なモノはあるから、それはそれで良いと思うけど?」

私だって苦手なモノはある―――いや、正確には私とライダーさんの二人共通なのだけど…
それは…納豆と呼ばれた食べ物で、かつて食事にだされた時の衝撃を私達は忘れないだろう。
腐った豆が糸を引き、尚且つツンと鼻に付く臭い―――私達は初めアレが食事に出された事自体が、何かの間違いだと思っていたけど、他の皆は気にせずご飯にかけて食べ始め…ようやく腐った豆そのものが元食べ物では無く現役の食べれる物だと理解出来た。
でも、アノ臭いと糸を引く感じからして私達二人は今だ受け付けられない……

「慰めずともよい……自分の事は、拙者が一番良く分かっている」

「そんな事はないよ、必要なのは最初の一歩を踏み出せる勇気が有るか無いかなんだから」

「…勇気でござるか」

「そう―――ヒイラギさんが血を見て気を失ってしまうのは、血を見て連想する何かがある筈だから。
ソレを思い出してしまうとヒイラギさんの精神に過剰な負荷が掛かってしまい、最悪の場合は正気を保てなくなるだろうから、無意識に気を失わせる事で精神を保つ様にしているんだよ」

「そ、そうなのでござるか!」

「だから克服するには勇気と強い想いが必要なんだよ」

「博識なのでござるな」

「それにね……難しいだけで、実は他にも手段は在るんだ―――私が同調して先導するから試してみる?」

「是非とも!」

「それじゃあ―――やるよ」

何かあると危ないのでヒイラギさんの手を繋いで、深層意識より表層意識へと入り込みこの星と同化した。
ヒイラギさんの苦手な何かが判らないけれど、以前皆で見ていた時代劇でも「辛い事でも半分持ってくれる相手が居れば違う様になる」とか言って名奉行が裁きを下してたし、この方法はそれに似た感じなので多分大丈夫だろう。
何より、辛い事や苦手な事を少し持ってくれる相手がこの世界なのだから不足は無いと思う。

「なっ―――な、なぁんですとぉ!?」

「大丈夫だよ、落ち着いて」

やっぱり、この方法は余り知られていないらしくヒイラギさんは驚いていた。
ん~、ちょっと難しいけれど、魔術や魔法と同じで出来ると結構便利なんだけどな。

「そうは言っても―――何でござろう、この在り得ない程の気配と異質な感じは!?
(見てもいないのに横も背後すら判るでござる、それに、何かと混ざり合い別の何かに成ってしまうのではないかの様な不気味な感覚とは別に、異様なまでの力が湧いて来る感じ、これの何と凄まじい事でござるか!?)」

「気配―――ん、そっか、これはね命や物が存在する力、存在力」

一度区切って「ほら、そこの花壇の草花からも感じるでしょ?」と意識を向けさせる。

「うぅ…た、確かに何やら感じるでござるよ―――これが存在力なのでござるか」

「それに、異質な感覚は多分今までと見方が違うからそう感じるだけ、慣れればこの世界の力を分けて貰えるし色々と便利だよ」

ちょっと驚かせてしまった様なので、ヒイラギさんと繋がっていた意識を切り離し、念の為に繋いでいた手を放して同化を止めた。

「世は広い―――この様な業が在るのでござるか。
(先程の業は―――よもやアレが武の奥義とも伝えられる明鏡止水の境地なのでござろうか?)」

「うん」

「………っ。(この御仁、昼間の試合にて只者では無いと思っていたでござるが……それ以上の、本来なら私など歯牙に掛けない位の達人でござる……その様な方が、拙者にこれほどの業を教示して下さるのに、拙者は何と礼を欠いた事をしていたのでござろうか)」

ヒイラギさんの住んでいた文明では余程珍しい方法だったらしく、ヒイラギさんは私をジロジロと視線を向けて来る。
そんな感じで見られると落ち着かないなと思っていたら、突然はベンチから立ち上がり私の足元に両手を付いて頭を下げ。

「アリシア殿、あえて無理を言うでござるが、拙者を弟子にして頂きたい」

そんな事を言って来たよ。
ん~でも、弟子か―――あのやり方はイリヤお姉ちゃんが教えてくれた魔術の魔術基盤とかとは違って、教えても何かが減ったりするとかはないし、弟子になって教えて欲しいって言うのなら別に問題無いと思う。

「うん、良いよ」

ヒイラギさんに頷きつつ、私の判断だけだと、セイバーさんの時の様に何か間違えているのかもしれないから、部屋に戻ったらセイバーさんとイリヤお姉ちゃんに聞いてみよう。

「そうだね―――いつの日か、猫さんにも勝てる日が来るといいね」

そう口にすると余程嬉しかったのか、ヒイラギさんは「師匠~」と泣き出していた。



[18329] アヴァター編10
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/23 20:38

「如何かしら鎧の着心地は?」

全身を覆う鎧の不具合は、見た目では分からないので心配な表情をするミュリエル。
私は着ている服を脱ぐ訳では無いので、昨夜遅く届けられた鎧を試着していた。
簡単な布の鎧とすら思えるキルティングのあいだ着を着た後、王室特注の板金鎧を装着する、これは私の体、千年前のロベリアとの決戦の際に急ぐ必要から部分別に作製された事による弊害を少なくする為の装備。
勿論鎧であり、それも金属で出来ている以上防御効果も十分に高いし、鱗の様な金属で覆われた小手は殴っただけでも鈍器と同じ威力を持つでしょう―――しかし、私にとってはそれ以上に全身を金属鎧で覆い、外れ易い手足の関節を外側の鎧で固定する事で外れにくくする事の方が重要、特に破滅との戦いでは長時間の戦闘が予想されるから手足が外れ易いのは致命的といえる。
しかも、ミュリエルに頼み依頼していた板金鎧は、この千年の間にアヴァターの治金技術が思いの外上がっていたらしく、見た目よりも軽量で更には各種魔法技術が使われていている事から対魔法防御効果も期待出来る逸品らしい。

「そうね、思っていたよりも軽くて動きやすいわ―――ただ、難があるとすれば…一人で着られない事ね」

そう、この手の鎧の共通的な弱点としては、重量と蒸れ、手入れを怠ると錆が出るので細かな手入れが必要な事と、一人で装着する事の難しさでしょう。
この特注の鎧にしても、重量と防御力の対比の高さや、錆の発生が抑えられてはいるものの、装着するのは変わらずで一人での着用は難しかった。

「それは仕方ないわよ。
この鎧を使う事で、貴女の実力が十分に発揮出来るのだから我慢するしかないわ」

「そうね、贅沢は言えないわね―――そうそう、実力といえばリリィさんの事だけど」

ここでシアフィールドさんと言うと、ミュリエルと被るのでリリィさんと口にすると。

「リリィが如何かしたの?」

ミュリエルは、娘に何かあったのかと表情を曇らせる。

「安心して、良い方の報告よミュリエル。
前は何時も張り詰めていて、余裕が無かったから何処か危なげだったけど。
最近ではその余裕が出来て来たみたいで、先日のヒイラギさんとの試合でも、回復魔法を使いながら戦う事で戦況を有利に動かせる位になってたわ、貴女に並ぶのも時間の問題かもね」

「リリィが回復魔法を―――昔のトラウマで攻撃力が高い魔法しか学ぼうとしなかったあの子が…」

これは以前、順位決めの試合をした時に攻撃魔法しか使わない事に気が付いたので、『指導』として戦場で必要な魔法は、時には攻撃魔法よりも治療系の魔法の方が重要な事を教えたからでもあったと思う。

「それだけじゃ無いわ、この前アリシアとイリヤスフィールさんとの試合を見た事で、威力が弱くても連続詠唱可能な魔法や、補助魔法に罠として設置する魔法の有効性にも気が付いたようよ」

「あの子が今まで見向きもしなかった術式に……有難うルビナス」

「違うわミュリエル、私が教えたのは切欠。
後はリリィさん自ら学んで覚えたんだから、私に礼を言うのでは無くてリリィさんを褒めてあげると良いわよ」

「そう―――!?」

ミュリエルが返答しようとした時、爆音と共に何か揺さ振る様な衝撃が響き渡った。

「っ、一体何が」

「ミュリエル、アレを見て」

ミュリエルとは別の窓を開け見渡すと、召喚の塔の一角から一筋、黒い煙が立ち上っているのを確認し指し示す。

「召喚の塔が!?」

「まさか召喚に失敗して―――リコ!」

私とミュリエルは急ぎ召喚の塔へと走る途中、ダウニー先生とダリア先生と落ち合い一緒に向う。
召喚の間に辿り着くと、そこにはリコとその身を心配するミュリエルの娘リリィ・シアフィールドさんが居た。

「怪我とかは無いリコ」

「…はい」

コクリと頷くリコを見て少し安心した。

「ダウニー先生、マナの残留波動を調べて、ダリア先生は周囲の被害状況を調査」

召喚の間を一瞥するなり二人に指示をだし「はっ」、「はぁい」と頷いてダウニー先生とダリア先生は行動を開始する。

「お義母さま!」

それで気が付いたシアフィールドさんがミュリエルに視線を向けるけど、情報が少ないので答えられず。

「学園長、やはり破壊された塔の破片にはマナの残留波動は感じられません」

「周囲の建物にも影響は無いみたいですねぇ。
爆発は正確に召喚陣だけを吹き飛ばしたみたい」

「そう…となると、やはりコレは計算された物理的な作用による爆発と言う事ですか……」

手早く破壊された内部の調査を終えたダウニー先生とダリア先生の報告を受け、ミュリエルは唇を噛んだ。

「お義母さま、爆発って…?」

信じられないのか一呼吸間を空け。

「まさか…誰かが火薬を使って意図的にリコ・リスの魔法陣を壊した……と?」

「そうです」

声を震わすシアフィールドさんにミュリエルは軽く頷く。

「ルビナスさん」

立ち上る黒煙を見ただろうトロープさんが遅れ駆けつけ「どうしたのこれ?」と室内の状況を見て目を丸くしていた。

「大掛かりな魔法が逆転現象を起こしてマナが爆発的に飛び散ることが有りますが、今回の爆発は周囲の残骸にマナの影響は見られません」

「しかも、独特の硫黄臭もするしぃ。これは明らかに火薬を使った破壊行為よねぇ」

「そんな―――如何して、召喚陣を壊す必要があるのよ!」

ダウニー先生とダリア先生の調査結果を聞いたシアフィールドさんが憤る。
それを―――

「救世主を呼べなくするため……」

「え、如何いうこと?」

「いいえ…救世主を返せなくするため」

「如何して分かるの?リコ」

「………」

シアフィールドさんとトロープさんの疑問には答えず、リコはじっと召喚陣のあった辺りの破壊された石床を見詰めている。

「しかし確かにそうね。
召喚陣を壊す目的といったら、呼べなくするか、帰せなくするか…そのどちらかでしょうね」

「……そんな事はさせません」

「リコ・リス?」

リコは、その推測に同意するミュリエルに視線を向ける事も無く、破壊された召喚陣を見詰め声を漏らし、その姿に何か感じたのかシアフィールドさんはリコを見詰める。

「これは…私の責任です。みなさんが無事に帰れるように、召喚陣は私が責任をもって直します」

「あ、ちょっとリコ!」

「直すって、あの子どうやって……」

召喚陣が破壊された事に責任を感じて立ち去るリコの姿に、シアフィールドさんとトロープさんも何か危なげなモノを感じたのだろう声を掛けるが、振向く事も無くリコは去って行った。
訝しむ二人を尻目に、私はリコが何を思い考えていたのか気になり、リコが佇んでいた位置に移動し見詰めていた方に視線を向ける。
そこには―――

『じ か ん ぎ れ よ』

鮮やかな白色で描かれた文字が見て取れた。
召喚陣があった床に殴り書かかれたその文字は丸くて小さいな筆跡……でも、こんな所にリコが書く筈が無い。
しかも…『じかんぎれよ』の意味するもの―――っ、まさか!?

「でもぁ、ミュリエルさま~これではもう新しい救世主候補を召喚する事はできませんわぁ」

「あ…それでは今いる救世主候補の中から救世主が選ばれるという事…ですか?」

「まぁねぇ。でも、その中に真の救世主がいなかったら、破滅に負けちゃう事にもなりますものねぇ」

「っ……」

ここを破壊した犯人に私が思い当たるなか、これ以上候補者が増える事が無いという事実からトロープさんはダリア先生に質問をし、かつての経験から破滅を滅ぼすだろう救世主に強い憧れを懐いてきていたシアフィールドさんは、その強い想いから改めて決意をしたのか唇を噛む。

「…いずれにしろ、現有戦力の中から救世主にふさわしい人物を選ばなくてはいけなくなったと言う事です」

ミュリエルは一旦区切り、この場に居る私達を見詰め。

「新たな人材の確保が難しくなった以上、王宮もこれ以上の時間の浪費は見過ごしにしてくれないでしょうから、これからの救世主クラスの訓練はこれまで以上に厳しくなります―――覚悟しておきなさい」

更にミュリエルはダリア先生とダウニー先生の二人に視線を変え。

「……善後策を検討するために緊急職員会議を開きます、ダリア先生、全職員に緊急集合をかけてください。
ダウニー先生は現場の被害状況の報告書の作成と、校内にいる火薬知識を持つ人物のリストアップと、同人物の一両日中の足取りを」

「はぁい」、「はっ」とダリア先生とダウニー先生が答えるのを確認すると、再び私達に視線を向ける。

「……全校生徒は各自、自宅と寮にて自習。
校内に不審人物がいないかの検査が完了するまで外出を禁じます」

そう言うとミュリエルとダリア先生、ダウニー先生の三人はこの場を離れて行く。
私はおおよそだけど―――犯人には心当たりがあり、それを確認する為にミュリエルに許可が必要だから追いかける事にして、今だ破壊された召喚陣を見詰める二人を残し後にする。
召喚塔から外に出ると、爆音を聞きつけた生徒達が集まっていてざわめく生徒達を前に学園内を警備をしている衛士達は「許可が無い者は中に入らない様に」と言い注意していた。
先に出てきていたミュリエルが私達に言ったのと同じ事を生徒達に伝えると、「まさか!ブラックパピヨンの仕業か!?」とか「おのれ、ブラックパピヨン!」とか声が聞こえるけれど、集まっていた生徒達は概ね動揺するものの納得し、混乱する事も無くそれぞれの寮へと戻って行った。

「学園長、少しいいかしら?」

「何かしらルビナス」

ミュリエルとは親友だけど、ミュリエルが千年前の救世主候補の一人だという事は王宮にも議会にも伝えていない。
だからこそ、公の場では名前では無く学園長と呼ぶ必要があった。

「犯人についてだけど…」

「そう……心当たりがあるのね、分かったわ部屋に行って聞きましょう」

私とミュリエルは学園長室に入り、近くに誰かの気配を感じないか確認して閉める。

「それで―――」

ミュリエルは何が解ったのかと視線を向けて来る。

「単刀直入に言うわ―――『導きの書』のある『試しの場』へ行かせて欲しいの」

「如何言う―――っ、まさか白の精の封印が!?」

「本来、重要施設である召喚塔の入り口には常に警備の者が居るのに―――火薬を仕掛けた何者かが、その目を掻い潜って中に入って来るのは難しい」

恐らくミュリエルは私が言いたい事に気付いただろうと、一度区切りミュリエルを見詰める。

「それも、召喚陣をアレだけ破壊出来る程の量の火薬を持ちながらは……不可能と言ってもいいわ」

「…でも、『導きの書』に封印されている筈の白の精なら―――逆召喚を使えば容易に入る事が出来ると言う事ね」

「そうよ。出来れば違っていてほしいけれど…どの道確認は必要だと思うわ」

「確かに……ルビナスの言う通りね―――行ってくれるかしら?」

「ええ」

「でも、不死に近い存在である書の守護者には気を付けて」

「別に、倒して『導きの書』を得ようとしてる訳じゃないのだから大丈夫よミュリエル。
幾らなんでも私一人で不死身に近い書の守護者と戦うつもりは無いわ、倒せない訳じゃ無いけれど、目的は封印が正常にされているかを確認する事だから。
対峙しながらでもある程度なら遠目で解るだろうし、それさえ済めば退いて戻れば良いのよ―――それに、状況が悪化して難しい時には、無理しないで早々に退く事にするわ」

「ええ、でも…出来るだけそうならない様にして欲しいわね」

「そのつもりよ」

そう言いながら頷き、私とミュリエルは『試しの場』の入り口がある図書館へと向かい、『導きの書』がある特別禁書庫への入り口の鍵を解いて貰うと私は一人『試しの場』へと足を踏み入れた。
『試しの場』の比較的上の階は問題は無い様だったが、中頃辺りまで下りると所々で破損した本棚やひび割れや傷付いた床等が目立つ様になってくる。

「まさか…既に誰かが来ていたとでもいうのかしら……
だとしたら、ますます書の封印がなされているかを確認しないと不味いわね」

赤と白の理の精霊二人が救世主に相応しい者かを見極める場である『試しの場』、ここでは何時何が起こるのか分からない、故に何かしらの気配を逃がさないよう慎重に歩みを進めていた。
幾度かモンスター達が現れるも倒し先を進む、下層へと向かうにつれ、禁書庫内の室内の状態は悪化していき、この階で何か凄まじい力を打ち込まれたのか床が裂けたように割れ、本棚に納められてはいるものの本の大半が傷や変形していたり飛び散った血の様な跡で変色ていた。
そんな不気味とも思えるなかを歩き続け、書が安置されている最深部を目指していると、やや後ろの方から気配を感じ取る。

「そこに居るのは誰かしら?」

エルダーアークを呼び両手で構え、気配を感じ取った方を見据える。
すると―――本棚の影から現れた人影は小柄で…以外にも私が知っている人物だった。

「……何でこんな所に居るのかしらリコ?」

「私は……この世界に召喚した二人を、元の世界に戻せるよう『導きの書』を調べに…ルビナスは?」

そう、トロープさんとヒイラギさんの二人の事ね…貴女一人がそこまで責任を感じる必要は無いのに。

「私もよリコ、違うのは『導きの書』の封印が正常になされているかを確認する事と調べるの違いだけよ」

周囲への警戒はそのままにして、エルダーアークを下ろすとリコを見詰める。

「封印の確認?」

「ええ、実は今朝の召喚塔爆破の犯人に少し心当たりがあるのよ…
もしも、それが当たりなら、かつてと同じ様な悲劇が起きてしまう―――それだけは、させてはいけないなのよ!」

「そうですね……解りました、私もルビナスに協力します。
(―――まさか、イムニティの封印が?)」

「……ありがとう、リコ」

私を見詰めるリコの双眸からは強い決意を感じられ、ここは危ないから貴女は戻りなさいとは言えない。
いえ―――恐らく転移魔法である逆召喚を使っていただろうとはいえ、ここまで来たのだから言っても聞かないでしょう…
なら、せめて一緒に居た方が互いに危険も少ないと判断した。
そして、私達は幾度と現れるモンスター達を倒しながら下へと向かい、『試しの場』最深部へと辿り着く。

「如何やら、書自体の封印はされているようね」

「そうですね」

この様子なら、かつてミュリエル達が白の書の精イムニティにかけたという封印も機能しているようね。
そう、安堵しつつ私とリコの二人は魔法による封印に加え、物理的に鎖で封じてある『導きの書』へと近づく―――!?

「ルビナス?」

「―――待って、誰か居るわ!?」

片手でリコを制すると、『導きの書』近くの本棚へと視線を向ける。

「ふぅん―――オルタラだけが来るかと思ったらルビナスも一緒なのね」

そう呟きながら現れたのは、髪の色以外はリコと同じ容貌をした人物。

「イムニティ…そんな、どうやって……」

「『あなた達がかけた封印を破ったか?』かしら?」

―――でも、オルタラとイムニティって!?
リコを前に、クスリとイムニティらしい少女は哂い。

「そんなもの…マスターを得た私の力を持ってすれば造作もないこと、それに―――あんなものは私のマスターには何の意味をなさないわ。
(ホント…時間を掛け、封印の術式を解析すれば出来る者は居るでしょうけれど、瞬時に見破り封印を破るでもなく解くでもなく、一時的に中和してしまうなんて誰でも出来ることでは無いもの)」

「マスターを?うそです!!」

「くすくすくす。嘘じゃないわよ。なんなら証拠でもみせてあげましょうか?」

白の精霊イムニティに施してあった封印が解かれ、その混乱と焦りからイムニティの流れに嵌り込みそうになるリコ。
こんな時だからこそ、より冷静でいるべきなのに…仕方ないわね。

「―――よく判ったわ。
迂闊だった…まさかリコがオルタラで、よもやイムニティも封印を解いていたなんてね」

「…ルビナス」

「………迂闊だったって、ルビナス…貴女今まで一緒に居て本当に気付かなかったの?」

何処かすまなさそう俯くリコと、気が付かなかった事にあり得ないと眉を顰めるイムニティ。

「ええ、何処かリコがオルタラに似ているとは思った事はあったけれど。
本当に、リコがオルタラだという確信は持てなかったのよ」

確信が持てなかった理由の一つとしては、声や容姿等もあるけれど……一番の要因は、たぶんリコが僅かでも力を得ようとして、大量の食事を摂っていた事ね。
私が知っているオルタラは、大食漢では無かったから……その先入観が原因。
私というマスターを失い、力の供給を絶たれたリコは自身の力を節約しながら千年もの間を過ごし、千年後―――今期の救世主選定の悲劇を防ごうとしていたと思う。
その為には行動を起こせる力が必要だから、その力を僅かにではあるが食べ物を摂取する事で得られていたのでしょう―――故に必要な力を得るには大量の食事を取る事となり。
その姿を目にした私はリコをオルタラと繋げれなくなっていた。
言い訳かもしれないけれど―――リコがアレほど食べる姿を見なければ、私はリコがオルタラではないかという疑問を持てたと思うわ。

「……まあ、良いわ」

イムニティは溜息混じりにリコに視線を向け。

「リコ、私は主を決めたわ。
貴女も、赤の精の役目として貴女の救世主を決めなさい」

「うそ…です、みんなが…イムニティと契約する訳が…ない……」

「そうね―――私達との契約は仮にも世界の運命を決めるモノ、私もあの程度の連中とは契約なんかしてないわ」

声を搾り出すように出すリコに、イムニティもやや血の気が失せたような表情をし私達に向き合う。

「私が契約したマスターは、貴女の赤の書でも無ければ、私の白の書でもない―――神、自ら選んだ候補者よ。
その証拠に、今までの候補者達が塵芥に感じる程の力、存在する次元が違うわ。
(―――そう、普段は何処か幼稚で『バカ』とすら思えるけれど、こうして離れている今ですら…恐ろしいまでの強大な力が流れ込むのだから。
もし、身の程を弁えず、マスターの内面に触れようとしようものなら……私ですら無事ではすまされない。
その他にも神が選んだ候補者達、セイバー、イリヤ、シロウの三人はそれぞれが得体の知れない力を秘めている、私が白の書で捜して来た者達とでは存在からして異質だわ)」

「―――っ、神ですって!?」

「な…そんな、か、神が選んだ候補者……」

私とリコの声よりも、その力が圧倒的なのか、答えるイムニティの顔色は少し青白くなって来ている事の方が印象的だった。
でも、確かに世界の命運を決める救世主選定を行うように仕組んだのは神なのかもしれない、なら―――その神が痺れを切らしたって事なの!?

「ルビナス、貴女の実力は認める……でも…いえ、かつての貴女でも足元すら及ばないのに、今の貴女ではマスターどころか、マスターの仲間にすら及びはしない。
(セルとデビットの二人は論外だけど、シロウは距離を取ればルビナスすら倒せるだろう精密な狙撃が出来るし。
セイバーとイリヤの二人は白兵戦でも十分勝機があるもの)」

「「………」」

余程恐ろしい力なのでしょう、自身のマスターであるにも関わらず、話し青褪めてゆくイムニティを見て、私とリコは沈黙を余儀なくされた。

「もう一度言うわ。
私はもう主を選んだ―――けれどそれはまだ完全じゃない。
私と貴女で一つである様に、私達のマスターも二人がそろって主と認めてこそのマスター………もし貴女がマスターを選ぶつもりがないのなら、貴女を滅ぼして知識と力を頂く事も考えはしたけれど」

私とリコを見詰めるイムニティの目が細め―――来る!?
そう思いエルダーアークを握る手に力を込める。

「―――でも、今、下手に襲ったらルビナスと契約してしまうだろうし、今日の処は見逃してあげるわリコ……何れ貴女もマスターが誰だか解る時が来る、その時は迷う事無く決めなさい―――この世界にマスター以上の存在は居ないのだから。(ただ難点は、マスターがまだ白の救世主の自覚が無いのと、シロウの性格だと『破滅の軍勢』への参加は難しい事なのよね。
そうなると、マスターにセイバーとイリヤも来ないだろうから)」

そう言い終ると逆召喚したのでしょう、転移しイムニティの姿は消えた。
イムニティの言っていた事が本当か如何かを確かめる為に、私とリコは書の鎖を外しと封印を解いて中を確認する。

「……私の理である赤だけが残り、イムニティの白が抜け出てしまってる」

呻くように声を出すリコが開いた書のページには、赤い点の様なモノだけが並ぶ理解出来ないモノになっていて、イムニティの言っていたマスターが本当に居る事を示していた。

「―――っ、また、あの時のような悲劇が行われるというの!?」

「落ち着いてルビナス!」

「っ……ええ、そうね…こんな時だからこそ落ち着かないといけないわね」

「ありがとう、リコ」とリコに礼を言い、落ち着きを取戻すと私達はリコの逆召喚を使い、校舎へ戻ると急ぎミュリエルが居る学園長室へと向う。
事の顛末を知ったミュリエルは、急ぎ各方面に指示を飛ばし様々な情報を集め。
日を改めクレア王女殿下にも話をうかがった結果、王都では破滅との決戦に備え魔道砲レベリオンが秘蔵されていたのだけれど、その場所に何者かが侵入し、召喚塔と同じく爆破されたのが判明した。
魔道砲レベリオンが隠されていた場所には、以前にも何者かが侵入した形跡があり、経路を探ると学園に続く抜け道が発見された事から、もしかすると学園を騒がせているブラックパピヨンが関係しているかもしれないとの事だった。
更に、捜索隊の報告から、学園地下のアンデット達が居なくなり、何故か眠りから覚めないモンスター達やら、地下遺跡にある筈の『救世主の鎧』が失われていた事が判明する。

「―――まさか!?」

『救世主の鎧』それは、伝承によると、救世主の為に古代アヴァター文明が造り上げた究極の個人防御装備。
でも、実際の歴史では、鎧を纏った者は破滅を呼び寄せ、大勢の人々を犠牲にし、自らと共に破滅を終息させたと考えられる。
そして、鎧にはいつしか幾多の救世主達と人々の怨念が取り憑き、それを纏った者を破滅に導くと言われる様になったという。
その『救世主の鎧』が在った地下遺跡は、無念の思いで散った無数のアンデット達が彷徨っていた所。
私も魂と記憶が分れ、周りがアンデットばかりで自身もアンデットだと思い込み、千年もの永き年月を過ごしアンデットのお友達すら出来ていた。
そのアンデットのお友達と遊んでいた時―――突然、白い光が辺りを照らし…治まった時には一緒に遊んでいたアンデットのお友達は浄化され、消えてしまった事を思い出す。
そして、出会ったアリシアはアヴァターとは違う系統の魔法を使い。
更に言うならば、あの時―――地下への入り口である扉は閉ざされていたのだ…なら考えられるのは―――

「アリシア達が神の選んだ候補者……」

―――そう結論が出るのに時間は掛からず、ミュリエルに伝え至急呼び出しをかけたのだけど…アリシア達は、数日前にドルイド科の人達と合同の依頼を受け学園外へと出て行ってしまった後だった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第10話


ドルイド科の人達が乗り込む荷馬車の後ろを、セイバーが運転する車がついて行き、助手席に座る俺は窓から外の風景を眺めている。
何故ついて行くのかというと、この前のアリシアとイリヤの凄まじい練習風景を見たドルイド科の三年、何年か前にフローリア学園の傭兵科でAランクのライセンスを習得した人達に、一緒に仕事をしないかと誘われ、俺達としてもAランクの依頼が如何いった事なのかを知りたいのもあり仕事に混ぜてもらう事にした。
依頼の内容は何でも、各地で王国軍と活発化した破滅のモンスター達との小競り合いをしている隙をつかれた感じで、オーガソル州という南部の海沿いに二万ほどのモンスター達の集団が現れ、まるで何かを探しているのか、村や小さな町、果ては砦を襲っては彷徨っているらしく、ドルイド科の三年生達はAランク傭兵として討伐軍に参加するとの事で、俺達は討伐部隊が集結している場所へと向かっている。
そして、セルとデビットの二人もぜひAランクの仕事をやってみたいとの事で乗車していた。
リビングのソファに座り、初めてキャンピングカーに乗るだろうセルは「乗り物なのにベッドがある!?」とか「何だか随分快適な?」とか驚き、その度に横に座るデビットは「うん、うん」と頷いている。
まあ、アヴァターには無いエアコンなんて空調設備はあるし、何でも車なのに断熱材や断熱塗料とかが使われているらしいので、普通の車よりも快適さは高いのもあるだろう。
他にもキャンピングカーであるこの車には、温水シャワーやらカセットトイレやら、換気扇付きのシンクにコンロ、しかもルーフにソーラーパネルまでもがあるらしく、電子レンジや冷蔵庫の使用も長く使えるとか。
更にいうと、ソファもベッドもフカフカして居心地は快適だったりする。
そのソファに座り、アリシアとイリヤの二人は、ニティ、セル、デビットの三人に勉強を教えて貰っていた。
二人共、実技は兎も角として筆記ではCランクを取ってしまっているので後が無い……のだが、アリシアは如何も勉強が好きでは無いらしく状況は厳しいようだ。
でも、本当に実技に関しては神霊級の実力者であり、大人姿の今はランサー同様の能力すら持っているので、俺等比較にならない程の実力なのは確かだろう。
だからか―――先月、アヴァターに救世主候補として召喚されたばかりのヒイラギ・カエデがその実力に敬服したのか、アリシアに弟子入りしたそうだ。
セイバーから聞いた話ではヒイラギは血が怖いらしくそれを克服する為らしい。
何故ヒイラギが血が怖いのかというと、如何やら子供の頃の体験が原因らしく。
誰だって話したくは無い事の一つや二つはあるだろうから詳しくは聞いていないが、アリシアが相談したセイバーとイリヤは知っている様だった。
そして、今はイリヤの施す催眠術での治療とアリシアの教えている……何でも世界と同化する方法だとかで無理矢理乗り越えさせようとしてるとか。

「………」

―――ていうか、世界との同化なんて魔法の手前の業だと思えるのだが、まあ、教える方も教える方だが、いくらヒイラギが救世主候補でもあっても、そんな業をそう簡単には会得出来ないと思う、勿論、遠坂に「ヘッポコ」と呼ばれている俺ではそんな業を教えられても解らないだろう…
でも、ヒイラギにとっては良い方向に進んでいる様だ。
先週辺りに、ルビナス達救世主候補者が王国の依頼を受けてある村に行った時に、ヒイラギが偵察をした事で村の人々がモンスターに殺害された事が判り。
そうした状況のなか、たった一人だけ生き残った村人に訝ったルビナスは変身魔法に反応する魔法を掛け、村人の振りをしていたモンスター達を見つけ倒したらしいと聞いている。
そのルビナスには時々会って雑談するくらいしか出来ないが、アリシアに弟子入りしたヒイラギとはよく会うので色々と話し、他の救世主候補者の事もおおよそ分かる事が出来た。
そうした事から、トロープを言峰と同じく黒鍵やら拳法を使う代行者だろうと考えていたが、なんでも治療魔術等には長けていてるが、接近戦は苦手らしい。
流石にそういった事はセルやデビット、ニティには言えないが、セイバー、イリヤ、アリシアも様々な角度から彼女らを見ていて、今のところ救世主候補者に問題がある人物が居ないのは幸いともいえる。
その他にも、召還器についての事も教わり、召還器を手にする救世主候補は、何でも魔力感知に優れているらしく。
俺が学園に入ったばかりの頃、女子寮の覗きをしようとしていてポチに埋められていたセルを救出した時、俺達まで痴漢に間違えられ、シアフィールドに襲われたのは『念話』がシアフィールドに感知されたからなのが判った。

「モンスターとはいえ、相手は約二万―――軍団とも呼べる数です。
付け加えるなら、モンスター達が占拠した砦に籠るのであれば長期戦は否めない。
まして、破滅のモンスター達は何故か横の繋がりが出来るらしいので、援軍が来る可能性も否定は出来ません」

「ああ、でもセイバー、破滅のモンスターってのは、強い破壊衝動に駆られるから戦術とかは使って来ないんじゃないのか?」

「ええ、学園で習った限りではその様です。
―――ですが、シロウ、戦場では何があるか分かりません、偏見的な決め付けは視野を狭めるので危険とも取れます」

「俺にはそういった経験が無いから解らないけれど、セイバーが言うならそうなのかもな」

他の皆の勉強を邪魔しない様に、俺とセイバーは今まで得た情報を纏めながら、これからの事を話し合っていた。
モンスターとはいえ、殺すのに抵抗が無い訳ではないが、今までも何度か依頼を受けているのでモンスターとの戦いは慣れてきている。
しかし、セイバーが言うには今までの相手は少数同士の戦いであり、これから行われるだろう大規模な会戦は毛色が違うらしい。

「………」

―――だが、やむなくとはいえ、人に近い姿をしているモンスターを倒してこう感じるのだから……誰かを救う為に世界と契約を結び、同じ人間同士で戦い倒した果てに守護者となったアーチャーの苦しみは想像を絶する…
俺も一人だったなら、嘗てのアーチャー同様いずれこぼれる人間を速やかに、一秒でも早くこの手で切り落とすという、思考を停止させた方法を取っていたかもしれない。

「それに、モンスター達が何かを捜していると仮定した場合の事も重要です」

「捜しているモノ?」

「はい、三冊の書、世界を代表出来る程の存在力……アリシアが言うには、その二つの要素さえ揃えれば召還器は必要としません」

「―――まさか、モンスター達が三冊の書を!?」

「その可能性も十分考えられます。
例えば、救世主候補がフローリア学園のみに召喚されるのでは無いと仮定すれば、破滅を導く救世主の為に破滅のモンスター達が手足となって働くのも道理ではないかと」

考え過ぎかとも思えるが、アサシン曰くセイバーの直感は凄まじいモノがあるらしいので、セイバーがそう感じるとしたのなら否定する事は難しいのかもしれない。
それに―――救世主に必要なものは書と、世界を代表出来る程の存在力なのだから召還器を持たないヤツが救世主になる事も出来る、か。
アリシアから聞いた話では、召還器とは元救世主が自身の選んだ世界を見詰め続けられるよう、永い時を存在し続けられる為に形を持たなくなった存在らしい。
その為、召還器となった者と性格や生き様が近い者の呼びかけに応じ現れ、使用者に限定的な根源力使える様にしたりとか、戦い等に関して補助してくれるとかで、召還器を持たない者よりも持っている者の方が存在力が高くなるのは道理ともいえる。
俺達にしても、当初の予定は救世主候補を倒すとかでは無く、破滅のモンスター達の動きが活発化する前に傭兵の資格を取り、生活の基盤を磐石にするのと共に、組合の情報網を使いながら書が安置されていそうな遺跡巡り、救世主候補者達が書に辿り着く前に集めてしまうという事だった。
三冊の書さえ集めてしまえば、救世主候補者達は候補のままで、世界を滅ぼす救世主にはなれないのだから。
その上で、彼女達と話し合えれば世界の滅びを回避出来る方法も見付るかもしれない―――でも、飽く迄も救世主になろうとして、自分の欲望のままに今の世界を滅ぼすというのなら俺達も容赦はしない。
―――そうは言っても、学園ではルビナスとも会って話すし、女子寮の寮長であるトロープや、学園長の娘のシアフィールド……まるでフードファイターの様なリコ・リスに、この前学園に入ってきたヒイラギにしても話した限りでは良い奴等だからそんな事にはならないと思うが。
しかし、セイバーの言う通り、もしも学園に召喚されない別の候補者が居るとしたら確かに問題だろう。

「……そうだな、召喚師って奴は何も学園しかいない訳じゃないものな」

「はい。とはいえ、今はまだ憶測の段階です、その可能性も有り得ると頭の片隅に留めれば良いでしょう」

「ああ、解った」

それから俺達は、一日半程かけ討伐軍が集まる場所へと辿り着く。
その集合場所である王国軍の駐屯地にて、食料や医薬品等の補給物資を積んだ荷馬車やら、他の傭兵部隊等の到着を待つらしい。
そんななか、近くの川から汲んだ水が入る桶で俺がお昼の片付けをしていると。

「いいな~デビットは、エミヤから剣が貰えて」

「あの時は、持っていた剣が使え物にならなくなったから―――けど、俺もまさか…これ程の剣をただで貰えるとは思わなかった。
しかも、この剣は魔力を込めれば斬れない物なんか無いんじゃ無いのかと思える程良く斬れるんだぜ。
でも、まあ―――この剣じゃなければ、あの時無事では済まなかった筈だ」

会戦に備え、得物を手入れしているセルがデビットの剣、『絶世の名剣(デュランダル)』を見て感嘆を漏らす。

「そういえば、確か―――あの時…エミヤはこの剣と同じモノを沢山あるとか言ってたな?」

「マジか!?」

驚いたセルは、話していたデビットから洗物をしている俺にセルは視線を向け。

「なあ―――エミヤ、俺にもこの剣みたいなのくれないか」

等と言って来た。
気持ちは解る、セルの剣の才能は凄いものがあるから、感覚的に英雄のシンボルである宝具の凄さも解るのだろう。

「でも、セルの剣は良い物だから大丈夫だろ」

「そりゃあな、学園の女子達の着替えとか、救世主候補生の入浴とかを撮影した幻影石が高く売れたからな。
傭兵になる以上、命を預ける剣は良い物にしないと不味いし」

「………」

解析したところ、セルの剣はかなり良質だから言ったのだけど……まさかそう答えるとは思いもよらなかった。

「…全ては貧乏が原因か」

「いや、盗撮とか覗きは趣味だから…実益との兼ね備えだな」

「………」

金が無い事が全ての原因かと、しみじみ呟いていたデビットだが、セルはそれを両断するかのように答え、デビットは言葉を失う。
しかし、そんな事をしていてよく今まで放校されなかったなセル、いや、きっと何処かで捕まっていたら芋づる式に色々と出て来たんだろうから、単にもの凄く運が良かっただけなのかも知れないが。

「そっか、まあダメもとで言ってみただけなんだけどな」

平然と答えてるセルだが、ここにはセイバー達も草むらにシートを敷いて座り、テキストを開いて勉強しているので丸聞こえだったりする。
恐る恐る見てみれば、セルに向けるセイバー、イリヤ、ニティの視線は氷の様に冷たい。

「ふぅん、そうなんだ―――じゃあ、これ使ってみる?」

一人、子供故にアリシアだけが良く解って無いのだろう、倉庫に使っている空間から取り出し、肋骨の様な凸凹が胸の部分に浮き出た巨大な鎧が現れる。

「これは?」

「あの鎧は!?(これは、『救世主の鎧』!何故マスターが!?)」

「止めなさいアリシア、あんな女の敵なんかにあげるものなんて無いわ」

現れた巨大な鎧を見て、セイバーとニティは驚きを隠せず、自業自得なのだから仕方ないが、イリヤはセルに不快感を隠すつもりは無いらしい。

「でけぇ~」

「何だよこの鎧、凄いじゃないか」

「この鎧はね、学園の地下にあったのをポチが見つけて私が修理したの。
本来、この鎧は救世主専用らしくて、救世主が選ばれたらその人に使って欲しくて造られたみたいだよ」

デビットとセルが驚くなか、アリシアは話しながら巨大な鎧に何やら指示を出したらしく、鎧は片膝をつくと胸部が左右に開き人が乗れる空間が見てとれる。
しかし、何と言うのか―――アレは鎧と言うよりもロボットと言った方が良いんじゃないのか?

「なるほど、古代アヴァター文明の遺物という物ですか―――ですが、よくそんな物を直せます」

「まあ、アリシアだから仕方ないとも思えるわ。
でも、それにしては神秘が秘められている感じはしないわよ」

「恐らくは、古代アヴァター文明も我々とは違い、魔術が魔法と呼ばれ、神秘が神秘足りえないのでしょうね」

セイバーとイリヤも、テレビに出て来るロボットの様な感じの鎧を眺めていた。

「でも、折角在るんだし、使わないと勿体無いと思うんだ―――取敢えずセルさんに使ってもらってて、救世主が選定されたらその人に譲ってくれれば良いと思うよ」

「っ、救世主専用!?
くぅ、良い響きだぜ、何だか俺も救世主候補になった気分だ!」

「それなら、救世主クラスの人に使って貰った方が良いと思うが」

ロボットと思える鎧を見やりるデビットは、何やら興奮気味のセルよりも、救世主専用として造られたのだから、救世主クラスの女子達に渡す方が筋だろうと言ってる。

「ん~、でも、今は救世主クラスの人達は居ないし。
この鎧も候補じゃなくて救世主に使って欲しいみたいだよ?
なら、まだ救世主の選定は終わってないから、一時的にセルさんが使ってても良いと思うけど?」

「駄目ですマスター、それはマスターにこそ相応しいモノ。
こんな、覗きしか出来ないクズが使って良い物ではありません」

「私はランサーさんから貰った槍に、ディアブロもあるから必要ないよ?」

セルを指差すニティに、アリシアは朱色の魔槍ゲイ・ボルクを取り出し、左手にある腕輪ディアブロと一緒に見せる。

「なぁ、俺…何気に凄く悪口言われてないか?」

「お前のは自業自得だ」

顔を顰めるセルだがデビットに窘められる。
また、救世主絡みの話なのでセイバー、イリヤ、アリシアの三人と『念話』を使い話すと。
そもそも救世主が選定されたら、世界はその救世主が望むままの理にされてしまうので、例え『救世主の鎧』が在ったとしてもその存在価値が生かされる事は無いらしいとの結論に達した。
そんなこんなで結局、あの救世主専用の鎧、ニティが言うには『救世主の鎧』と呼ばれるらしいが、救世主が居ない今は取敢えずセルが使う事になり、余程嬉しいのか、セルは早速乗り込むと巨大な鎧を操る。
操縦に関しても、思考トレース方式だとかで誰でも簡単に使え、何だか解らないが、使い方が解るらしくセルが操る鎧もセルの意思通りに動くようだ。

「あんなクズに『救世主の鎧』が従える訳が無いわ」

当然と言うべきなのか、女性からしたら覗きや盗撮する奴は嫌われるので、結構キツイ事を言いながらその様子を見ていたニティだったが、セルが『救世主の鎧』を扱えるのを見て「まさか!そんな筈は!?」と驚きの表情を浮かべていた。
それから後続との合流を待つ間に、飛び道具の様に腕を飛ばしたりや、背中に四対ある伸縮自在の槍を使い鎧の使い方を覚えるが。

「この鎧、悪くないんだけど、なんていうか―――剣がないといまいち感じが悪いな」

「そうか、セルは剣を使った方が戦い易いのか」

セル程の剣の使い手だ、恐らく小さい頃から剣を学んで来たのだろうと想像するのは容易い。
それなのに、突然、剣を拳に変えて戦えというのは難しいに決まっている。
そうは言っても、セルが持っていた剣は人が持つ様に作られた物なので、『救世主の鎧』を纏ったセルが持つと短剣以下の物になってしまい、持ち辛いわ使い辛いわで、とても使い物にならないだろう。

「そう言う事なら仕方ない」

しかし、あの巨体だ、それこそ力もバーサーカー並みにあるだろう―――ん?

「―――そうか、ならバーサーカーが使っても折れないモノにすれば良いのか」

俺はバーサーカーが使っている斧剣を、大きさを変えながら投影し、重いので持たずに地面に突き刺す。

「セル、コレなら如何だ?」

「おおっ!サイズが若干違うけれど、バーサーカーが使ってるヤツと同じ剣。
悪いな、エミヤ―――いや…つーか、お前、何でこの鎧で使えるの剣なんか持ってるんだ?」

「まあ、それは秘密って事で勘弁してくれ」

流石に、バーサーカーの斧剣を投影魔術で改造しました等とは答えられない。

「しかし、エミヤにセイバー、アリシアは便利な魔法が使えて良いな。
俺も魔法習えば覚えられるかな?」

そう呟き、セルは投影した斧剣を振り感触を確かめ、巨大な鎧が剣を扱う様が珍しいのだろう、「巨人なのか?」とか「ゴーレム?」とか言う見物人が増えるなか、軍勢が揃う二日後には斧剣を使いこなしていた。
また、ここ二日、ニティの姿が食事時にしか見かけずにいた様だけど、暇なので散歩にでも出掛けていたのだろうと思う。
そして終結した討伐軍、総勢二万五千もの軍勢が集まり、なんでも内容は王国軍の騎兵約三千、弓兵含む歩兵が約九千、魔術師なのだろうがアヴァターでは魔法使いと呼ぶのが正しいのだろう、魔法使いが約二千、他にも軽騎兵らしいが馬術と弓術に秀でた精鋭らしい弓騎兵が約千と凄まじい。俺達傭兵は数は一万近いが、剣、斧、槍を手にする者、弓よりも扱いやすい、いしゆみや火縄銃を使う者達等様々な武器を手にし。
なかには、馬に乗った騎兵の傭兵部隊も参加していた。
そんな王国率いる討伐軍が、モンスター達へと動き始めようとした頃、空に巨大な人影が現れ。
「何だアレは!?」とか「空に人影が?」とか周囲の人達が訝るなか。

『アヴァターに生きる者達よ、神の御神体である大地を汚す者達よ汝等の享楽の時は過ぎた。
今度はその代償を払う番である―――我らは破滅。
そして我らはそれを統べる破滅の将!
……よって。我々はここに人類の破滅を宣言する』

「破滅を統べる将だと!?」

「声からして女性らしいですが―――まさか、彼女がブラックパピヨンなのでしょうか?」

俺とセイバーは空に浮かぶ三つの影を見詰める。

『愚迷蒙昧なる民よ。神の秤は我が方にある、愚かな抵抗は無駄と知りなさい』

『破滅の後も己が命を保ちたいと考えるならば、汝が手で父を殺し、母を殺し、妻を殺し、夫を殺し、子を、兄弟を殺して破滅に参加するべ~し』

「……馬鹿ね、世界の理が書き換わった後に生き延びても、そこは貴方達が考えてる様な世界じゃないわ」

「―――イリヤ、何故そう言えるの?」

「赤にしろ、白にしろ、どの道今の世界を構成する理の半分が無くなるのよ?」

二人の男の影に視線を向けていたイリヤが、ニティに質問され振向き。

「後の世界が今の世界と違う世界なのは当然と言える―――寧ろ、人が生きられる世界なのか疑問よ、いえ、そもそも人が人の姿をしているのかさえ疑問ね」

「うん。書の内容によっては、その可能性も十分在り得るよ」

イリヤの疑問にアリシアが答えるなか、人影は『その時、神の慈悲は真の強者にあたえられるであろう』と言葉を言い放ち消えた。

「はっ、だったら破滅を倒せる救世主が居れば、俺達に神の慈悲とかがあるって事だろ!?」

「ああ、俺達には破滅を倒せる救世主が居る、救世主クラスがついているんだ―――破滅なんかに負ける訳が無い!」

セルとデビットが影のあったであろう空に怒りを向ける。

「―――シロウ、恐れていた事が現実になった様だ」

「ああ―――まさか、破滅のモンスターを操る側にも、救世主候補者が召喚されていたなんて!」

破滅の将を名乗る者達の宣戦布告に、俺とセイバーは、俺達の行動が遅きに失した事を悟った。



[18329] アヴァター編11
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/23 22:57

何故か解らないが、モンスター達は砦に立て籠もる事も無く平原に現れ、俺達は地平線が良く見える平野にて二万ものモンスターと激突する事になった。
俺達討伐軍を見るや否や破滅のモンスター達は、その強い破壊衝動から戦術等は考える事無いのか我先と突撃を開始し始め、そのモンスター達に対し討伐軍はまず空を黒く染める程の矢を放ち。
元々無いような隊列だったが、更に崩れたのを狙い、楔状に隊列を組んだ騎馬兵達がランスを構え、中央には弓騎兵が矢を放ち援護しながら突撃が行われる。
俺達傭兵は、その騎兵達の後に続いてモンスター達へと前進を開始し、騎兵達が突撃し、崩したところから各々が得物を手に戦いが始まり、俺も弓から双剣『干将・莫耶』に持ち替えモンスターに振るった。

「―――相変わらず、滅茶苦茶だな」

「そうだな―――」

戦いが始まり少しした時、隣にいるデビットが呟いた。
イリヤと同じくバーサーカーの後ろにいる以上、バーサーカーの無双っぷりが嫌でも判る。
何せ、バーサーカーが手にする斧剣は凄まじい速さで振るわれ、前にいるだろうモンスター達が吹き飛ぶ様に肉片に変わっていくのだから。
そして、同じ斧剣を手にするセルもまた『救世主の鎧』の力を引き出しているのだろう、一度に斧剣を振るうと数体のモンスターを薙ぎ倒し、その重量から崩れた体勢を狙うモンスターには、背にある四対の伸縮自在の槍で貫いていた。
バーサーカーとセルの中間で剣を振るうセイバーは、バーサーカーやセルとは違い、一体一体を確実に斬り伏せているが―――流石はサーヴァントと言うか、英雄と呼ばれる事はある。
セルが一度斧剣を振る間に、素早い動きで剣を振るい少なくても五、六体のモンスターが斬り伏せられていた。
そして、アリシアはというと―――
―――まるで、光弾が光の雨と呼べる様に降るさなか、近い相手には朱色の魔槍で突き、薙ぎ払いながら側面から来るモンスター達を殲滅し尽くし。
その横ではニティが呪文を唱え、激しい雷が襲い来るモンスター達に降注いでいる。
逆側ではポチがいるのだろう、僅かに振動が伝わる地面からは土の槍の様なモノでモンスターを貫き、あるいは地面に引き摺り込み、目に出来るのは土の槍で体を貫かれたモンスター達と、手だけを残し地面に引きずり込まれたモンスター達の亡骸だけだった。
イリヤにしても聖杯戦争の時に見た事が無いから、アリシアと一緒に練習したのだろうと思うが、浮遊しバーサーカーを盾としているのか背後から、それこそ機関砲の様に光弾を放ち続け、時にはキャスターの如く砲撃の様な凄い魔術が放たれモンスター達を薙ぎ払っている。
迂闊に近づくと巻き添えをくらう訳もあってか、デビットの役割は皆が討ち洩らした数体のモンスターを倒すだけどなっていた。
俺にしても、近付けば巻き添えをくらう事から『干将・莫耶』から再び弓に持ち替えると、探索魔術である『サーチャー』を使い援護を再開する。
その情報からは、今だ騎兵達も幾つもの波状に分かれ突撃と離脱を繰り返し行い、矢とランスの突撃により確実にモンスター達を倒していくのも確認出来た。

「凄いな、見事なまでの統合部隊作戦だ」

学園で学んだ限りだと、この様に矢や投槍等での投射武器で援護されるなか、歩兵や傭兵でモンスター達の動きを止めながら、騎兵部隊が突撃を繰り返す等の統制のとれた動きが出来るのは、優秀な司令官がいる証拠なのだという。

『シロウ、二時の方のゴーレムを倒せますか?』

「―――っ」

『サーチャー』を使い、状況を確認しながら矢で援護していると、突然セイバーから『念話』が送られて来る。
この三ヶ月間練習を重ね大分制御出来る様になって来た『ミッド式魔術』を使い、一時的だが魔力で編まれた足場を作ると、目を強化しやや離れた場所で破滅に憑かれたゴーレムが戦闘用なのだろう、開いた胸から砲身を顕にし、放たれているのが目に入って来る。
恐らくセイバーは正面から向かって来るモンスターらと戦いながら、俺と同じ様に『サーチャー』を使い戦況を把握していたのだろうな。

『解った。何とかしてみるセイバー』

『はい、方法はシロウに任せます』

正面で戦うセイバーは、まるで『念話』等していないかの様に正面から向かって来るモンスター達を次々と斬り伏せていた。
そんな状態で『サーチャー』を制御し、かつ戦況を把握しているのは俺には出来ない芸当だ。

「我が骨子は捻じれ狂う―――」

俺は、自身の世界から螺旋状に捻れた剣を取り出し弓につがえ、場所が場所だけに、注ぎ込む魔力はある程度に留め。

「―――『偽・螺旋剣』(カラドボルク)」

その真名を開放し手を放した。
放たれた矢は、大気を狂い曲げる様にしてゴーレムを貫いた瞬間―――

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

内包していた魔力を爆発させ、周囲にいたモンスター達を纏めて吹き飛ばす。
すると―――

ウォオオオオォォォォ

と、まるで全軍が震える様な声というか雄叫びが轟き、それまで押され気味だった戦列も含め、全軍が破滅のモンスター達を押し返し始めた。

『如何やら、シロウが放った今の一撃が全軍を鼓舞したみたいね』

イリヤはバーサーカーの背後で一休みしているのか此方に顔を向けて来る。

『後、なんか救世主候補生が如何とか叫んでる人がいるよ』

『救世主候補―――ルビナスやヒイラギ達がいるのか』

俺達から少し離れた所にいるアリシアは、その足元に夥しい数の屍が埋め尽くされ、足の踏み場も無いのか浮遊し。
その場を動かず光弾なのだろうが、まるで背後を埋め尽くす様に展開された無数の数え切れない光弾は、数秒間隔で一斉に射出され、まるで光の津波の様にモンスター達を飲み込み屍に変えて行ってる。
圧倒的過ぎて、もはや援護の必要を感じないのだろう、ニティは雷を降らし、隕石の様なモノを召喚しては正面へと来るモンスター達へと落としていた。
逆側ではポチに襲われた幾多の破滅のモンスター達が串刺しにされた躯を晒し、地面からは数え切れない手だけを顕にしていて、差し詰め地獄の様相が広範囲に広がり続け。
付け加えるなら、ポチがいるだろう場所にはモンスターばかりか、他の傭兵達も近付こうとはしていない。

『ならば先程のシロウの一撃を見て、負けていられないと感じたのでは?
彼女達はこの世界では英雄であり、信頼されていますから、あの様に士気の向上を図る事も出来るということなのでしょう』

俺の前で剣を振るうセイバーは、先程と変わらず人間離れした動きで間合いを変えつつ、俺の一呼吸の間に数体のモンスターを斬り伏せながらも、常に『サーチャー』を使い戦況を見渡しているから全体の動きが解るらしい。
モンスター達は、まるで後から押されるので嫌々前に出て来る様な感じもしなくはないが、ニティの援護もあってか、セイバーやバーサーカーにセルが戦っているモンスター達の攻勢の圧力は随分やわらいで来ていた。

『そうか、彼女達もいるなら頼もしい限りだ』

救世主候補が参戦しているらしいので、軍全体の士気は否応無く高まると、その勢いのまま討伐軍はモンスター達を悉く打ち破り。
敗走し後退して行くモンスター達だが、馬の機動力には敵わず騎兵達に追撃され討ち取られ、逃げられないと感じたのかモンスター達が反撃に出ると騎兵達は一旦引き下がり、代わりに追いついた俺達傭兵や歩兵と再度交戦が始まり数時間後には約二万ものモンスター達がいた集団はほぼ全滅と呼べる状態にまでになり壊走する事となる。
だが、斥候によれば、残ったモンスター達は散り散りになりながらも北を目指し移動していて、周囲のモンスター達が集い再編成されると、再度、数万規模の集団になるかもしれない危険があるらしいから俺達を含む討伐軍は北へと進路を向ける。
そうして、モンスター達を追撃をしていた俺達だったが、日は傾き空を朱色に染められていくと、昼間の戦いで皆疲れている事もあってか、疲労しやすい夜間の行軍は避けたいのだろう、野営の準備をする事となる。

「凄い活躍だったなセル」

「ああ―――『救世主の鎧』って言われるだけあって力が凄いが、何より思った様に動くから使い易い。
エミヤから貰った剣にしても、たった一振りでモンスター達を纏めて倒せんだからな洒落にならねぇよ」

「だが、あのバーサーカーの斧剣をまともに扱えるのはお前の実力だぜ、セル」

片膝をつき『救世主の鎧』の胸が開くとセルが鎧から降りてくるのを俺とデビットが迎えた。

「まあ、これをネタに女の子達と話せれば俺にも彼女が出来るかもな」

グッと拳を握り締めるセルを見て、セルの実力を認めているデビットだったが、何でも女子達との話のネタにしようとするセルに「……セルらしいと言えばそれまでか」とやや呆れている。

「―――でも、何なんだこりゃ?」

セルは周囲に視線を向け、「っ、男だと!?」とか「馬鹿な!?」とかざわめきと共に、『救世主の鎧』から出てきたセルに注がれる戸惑いの視線に困惑していた。

「何だ―――お前ら自覚してなかったのか?」

声の方を向くとドルイド科三年の委員長カーネルドと委員のサージが俺達へと歩いて来る。
―――いや、今はカーネルド傭兵団の団長と副長と言った方が良いのかもしれない。

「如何言う事なんだ?」

「先程の戦いでの活躍で、お前達は救世主候補と間違えられてるんだ」

「俺達が救世主候補と?」

「―――アレを見てみろ」

俺とデビットが戸惑うなか、カーネルドの後ろにいたサージが指を指す方には人混みがあり、見ればセイバー、イリヤ、アリシア、ニティの四人が囲まれて対応に困っている様子だった。

「如何やら、救世主候補者と間違えられてるのは間違いなさそうだぜ」

かぶりを振るうセル。
そして、カーネルドの話を聞いていくと、如何やら本物の救世主候補のルビナスやヒイラギ達は討伐軍には参加していないらしい。

「それだけ、先程の戦いでの君達の評価は高いという事だ」

「戦いを見ていた限りだと、あの四人、一人で一個師団を相手に出来るかもな」

そうカーネルドとサージはセイバー達に視線を向けるのだが、先程の戦いではセイバーは本気で戦っていたけど、最強の宝具である聖剣は使っていない。
とはいえ、セイバーの聖剣は良い意味でも悪い意味でも凄まじい威力だから、使っていたとしたらモンスター達を早々に後退させただろうが、後退していくと聖剣で生じた断層で追撃がし難くなっていたかもしれないし、早々に後退するから先の会戦と比べ、まだモンスター達の数は纏まっていたかもしれない、セイバーもそれが解っていたからこそ聖剣を使わなかったのだろう。

「そういえば、あのモンスター達何であんな場所に居たんだろうな?」

「―――動きだけを見れば、まるで何かを捜しているって感じがあったけど、捜すとしたら何を捜してたんだ?」

「この前、空に現れた破滅の将を名乗る連中が絡んでるのか?」

モンスター達の行動に疑問を持つセルの話しに、俺やセイバーと同じ疑問を持ったらしいデビットが続き俺が付け加える。

「―――さてな。俺達も傭兵部隊の指揮官からは何も聞いてないから答えられん。
だが、何をモンスター達が捜していたのかは判らないが、それは学園や訓練校から人が派遣され調べられるようだとは聞いている」

「学園からか―――もし、あの戦いに参加してなかったら俺も調べに駆り出されてたんだろうな」

セルとデビットの質問に答えるカーネルドだったが、カーネルドも詳しくは知らないらしく、その話を聞いていたセルがもし学園に残っていたても調査に来ていただろうと零す。
だが、破滅に憑かれたモンスターらしかねない行動に―――セイバーの言った通り、本当に三冊の書の一つが在ったのではないかと思えてならず、焦りが募るばかりでいた。
翌朝、北へと移動するモンスター達を追撃していた俺達討伐軍だが王都の在るレッドカーパス州に辿り着いた時、何故か王都の防衛線の守備に向かう事となり。
傭兵部隊を纏める指揮官に問いただしたカーネルドのからの話では、俺達と同じく破滅のモンスター達を討伐していた師団規模の軍勢が壊滅する程の戦力が王都に南進しているらしく、俺達もその防衛線に加わる事になるという事だった。
緊張に包まれた空気のなか、セイバーは何でも先の会戦での教訓から、モンスター達の突撃一辺倒の戦術を阻害する案があるらしく司令官の元に向い。
そして、アリシアも自分に出来る事を行おうとして、遺品の宝石を使った広範囲の攻撃を提案してきている、それに抱いたポチを俺に見せ「ポチに溶岩使わせていい?」と聞いて来た。
遺品の宝石というのは、ランサーに魔力供給していたあの宝石の事だろうから、膨大な魔力を使った大魔術の事なのだろう。
それに―――

「……溶岩、か」

聖杯戦争の事を思い出す、あの時はポチが溶岩を使った事で校庭が噴火して校舎が火災に見舞われたりとか大変な事になったけど―――目の前に広がる荒野を見渡し考える。

「そうだな、王都防衛線であるここなら使っても大丈夫だろう」

破滅の脅威が差し迫り、破滅を名乗る集団すら現れて来ている状況だ、セイバーだって前の会戦でモンスター達の動きを『サーチャー』を使って視ていたからこそ、この司令官に何やら提案を出来るようになったのだろうし、皆が皆自分の出来る事をしないと脅威に打ち勝つのは厳しいだろうと纏めそう答えた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第11話


「……何故か暑く感じるでござるな」

「そうね」

ヒイラギさんの漏らした呟きにトロープさんが頷く。

「総司令官とは私とリコで話をするから、貴女達は待機していても良かったのよ?」

「そうです」

「いえ、いくら伝説の戦士の言葉でも、はいそうですかって訳には行かないわ。
厳しい訓練を重ねて来た、私達救世主クラス以外の人が救世主候補を名乗ったって言うのだけは許せない、会って化けの皮を剥がしてやるんだから!」

怒り心頭のシアフィールドさんは、私とリコの言葉にも怒気をもって応える。
そう、シアフィールドさんはの言う通り、この前南の地、オーガソル州で起きた会戦で救世主候補が参戦したらしいとの情報が入った事を聞き、王都防衛線にて待機する事になった私達は、この防衛線での配置場所と救世主候補を名乗ったらしい人物の確認をする為に総司令官がいるテントを探し歩いていた。
ここは先日、師団一つを壊滅させた後、次々モンスター達が集まり雪ダルマ式に増えたモンスター達の群れ、破滅の軍勢から王都を護る為の防衛線。
そのモンスターの群れに対し王国軍は、二個師団を向かわせたもののことごとく壊滅し、計三個師団もの軍勢が壊滅した事で、王宮より私達救世主クラスにも破滅軍討伐の任が命じられる事となり、私達はここ王都防衛線と定められた場所にて待機する事になっていた。
三個師団もの軍勢が壊滅した王国軍の被害は大きく、他のモンスターの群れと交戦していた師団や壊滅した師団の残存兵力等を集結させ迎え撃つ準備をしており。
周囲ではモンスター達の突撃を妨げるよう塹壕を掘り、先端が尖った杭が斜めに立てられるなど防衛線の構築をしている様子が見て取れる。

「っ、アレはまさか!?」

周囲を見渡していたリコが驚きの声を上げ、指しし示した方向には、肋骨の様な凸凹が胸の部分に浮き出た巨大な鎧が塹壕の上に杭を差し込んでいた。

「大きな鎧?ゴーレムかしら?」

「変わった形をしているわ、何か特殊な種類なのかも?」

「如何したのでござるか―――アレは、師匠の姉であらせるイリヤ殿のバーサーカーではござらんか」

「バーサーカー?」

他にも作業をしている人達が大勢いるので、比較するのは容易なのだけど、人が入るのには大きすぎる鎧を見てトロープさんは作業用ゴーレムの一種かと疑問を持つが。
シアフィールドさんは作業用ゴーレムにては造りが変だと感じ取ったよう。
そして、ヒイラギさんの声を聞き、良く見れば塹壕を掘ってるのって、イリヤスフィールさんの使い魔バーサーカーみたいね。
アリシアとイリヤスフィールさんの訓練は、今でも忘れる事が出来ない程の衝撃だった、普通ならあんな訓練をしていれば、いつ命を落していても不思議では無いのだから。

「アレは『救世主の鎧』―――でも、アレは憑かれた怨念により制御不能だった筈なのに…」

「っ、それって、学園の地下神殿に封印されていた!?」

「『救世主の鎧』―――それって、如何言う事です?」

リコの言葉に私は驚きを隠せず、それを聞いたシアフィールドさんは私とリコに視線を向けて来る。

「そうね…貴女達救世主候補生には話して置いた方がいいわね」

私は皆に伝える事にした、と言ってもミュリエルからの受け売りなのだけど。

「纏った者は破滅を呼び寄せ、大勢の人々を犠牲にして自らと共に破滅を終わらせる鎧……」

「幾多の救世主達と人々の怨念が取り憑いて、それを纏った者を破滅に導くなんて……」

「そもそもは、救世主の為に古代アヴァター文明が造り上げた究極の個人防御装備でござるのに何と皮肉な…」

話を聞いたシアフィールドさん、トロープさん、ヒイラギさんの三人は、それぞれが思う処があるのでしょう。

「しかし、ならばアレは何でござるのか?」

「そうです!『救世主の鎧』を纏った者は怨念に憑かれ暴走するはずなのに」

「暴走どころか、如何見ても普通に作業してるわよね…」

「ただ似ているだけじゃ?」

ヒイラギさんの指摘に、実際『救世主の鎧』が暴走し、数多くの人々を殺戮して来たのを目にした事があるったのでしょうリコが声を上げ。
シアフィールドさんとトロープさんの二人は、バーサーカーの掘った塹壕の上に杭を差し込んで行く『救世主の鎧』らしいモノを見て、似て異なる物では無いかと判断しかねている。

「ここで、見ていても判断出来ないわ行ってみましょう」

「そうでござるな、何はともあれ行ってみれば解る事でござろう」

「そうね」

私の意見にヒイラギさんやシアフィールドさんは頷き、リコやトロープさんも異論は無く司令官に会う前に『救世主の鎧』を確認する事になった。
近付いて行くと、一見剣にも見えなくもない巨大なさじ状の道具を使い、凄まじい速度で掘り進むバーサーカーの異様と尖った杭を差し込んで行く『救世主の鎧』のせいか周りと自分が小人になった感覚がしてこなくも無い。
でも―――
怒りに囚われているのか、シアフィールドさんはドスドスと近寄り。

「そこのアンタ!」

「ちょっと、リリィ!?」

何処か喧嘩腰な口調で話しかけ、驚いたトロープさんが止めに入った。

「っ、ベリオ、あなたこんな奴の肩を持つの!」

「肩を持つとか持たないとかじゃくて、私達は救世主クラス。
即ち、他の人達全てに認められる人物でなくてはいけないのよ、そんな格調低く話しては学園長先生の期待に応える事は出来ないと思うけど?」

「………分かったわよ」

ミュリエルの名を出すトロープさんに、シアフィールドさんはばつが悪いのか俯き押し黙る。

「………いきなりで、如何いう事なのか俺には解らないけど、救世主クラスがここに来たのならこの戦い俺達の勝ちは決まった様なものだな」

聞こえて来る声から男性らしいのが判る、恐らくこの声の主が白の精イムニティのマスターであり、神が選んだという救世主候補。
ゴクッと固唾を飲み込み見守るなか、片膝をつき『救世主の鎧』の胸が左右に開くと、そこから現れたのは―――

「そんな!?」

「セルビウム君!?」

「如何言うことでござる?」

現れた人間は傭兵科のセルビウム・ボルト君といい、私達の知っている人物だった。
その事に動揺を隠せないリコと私、そしてヒイラギさんも訝しんでいる。

「うぁ、またか……毎度毎度これだから、何で出て来るのが男なんだよって…胸まで触るヤツもいるし、いい加減俺も傷ついてくるぞ」

以前も同じ様な事があったらしく、セルビウム君は顔に手を当ている。

「で、何故傭兵科のアンタが仮にも『救世主の鎧』と呼ばれるモノを使ってるのよ?」

「って、スルーかよ。まあいいか、こいつはエミヤの妹のアリシアが、何でも…学園の地下で壊れてたのを見つけて修理したって話し―――」

言いながらセルビウム君は「ハッ」と私達を見回し。

「いや、『救世主の鎧』を使って、俺も救世主候補生になった気分で調子に乗ったとは思うけど、ちょっとした出来心だったんだ」

言いながら、顔色を蒼くしていくセルビウム君。

「出来心で救世主候補を名乗っていたでござるか…」

「ふん、やっぱり偽者だったんだじゃない―――というか、救世主候補はあたし達だけよ!勝手に救世主候補を名乗らないでッ!」

ヒイラギさんは呆れ顔になり、救世主に憧れを持つシアフィールドさんはまだ怒りが治まらないのか何処となく攻撃的な印象を受ける。

「いや、待ってくれ、俺達は救世主候補生だなんて名乗ってないんだ。
そもそもはオーガソル州での会戦での活躍や、前にエミヤ達が助けた村の人達が王都に避難して来ていてさ、その人達がセイバー達を救世主候補生だと勘違いした事から次第に噂が広まっていったらしいんだ。
そのせいで俺は…鎧から降りる度に、周りから残念な視線を受ける事になってんだから」

そう語るセルビウム君だけど、最後の方はどこと無く声に力が無い。

「その助けたとは?」

「何でも、コーギュラント州のある村の人達がモンスターに襲われ攫われたのを、偶々斥候の依頼を受け調査に来ていたエミヤ達が見つけて、助け出したらしいとか聞いたぜ」

「ふん、どうせ大したモンスターでもなかったんでしょ」

ヒイラギさんの問いに答えるセルビウム君だけど、シアフィールドさんはそれ程強い種類のモンスターでは無いなら倒せて当然と言いたげだけど―――シアフィールドさんも、アリシアとイリヤスフィールさんの試合を見ていて色々と参考にしている以上彼女達の実力は解っている筈。

「……それが…な、一緒にいたデビットが言うには、少なくてもモンスターの数は八十は下らなかったらしいんだ」

「八十匹もいて、如何やって!?」

「結構な数ですね、如何やって撃退したのですか?」

「よく解らないが、何でも奇襲をかけて攫われた人達を助けた後、追って来るモンスター達をセイバーが光で薙ぎ払ったとかは聞けた。
つーか、話してたデビット本人も何をしてそうなったのかは知らないみたいだったぜ」

セルビウム君が言うモンスターの数に驚きを隠せないトロープさん。
反対にリコは冷静に、そのモンスターの群れを如何にして倒したかに着目していた。

「光で薙ぎ払う」

私もエルダーアークから根源力を光に変換して放てるから判るけど、確かに根源力を使えれば出来ない事じゃない。
もしかしたら、イムニティの主はセイバーさんの可能性も在り得る。
でも、セルビウム君が言うにはアリシアが『救世主の鎧』を見つけた時には既に壊れていたそうだから私達が知らない第三者。
即ち、数日前空に現れた破滅の将を名乗る三つの人影―――うち一人はかつての仲間であるロベリア、彼女が使ってる体は元々は私の体だから影とはいえ判別は出来た。
そのロベリア達が『救世主の鎧』を手にしようとして失敗し、壊してしまった可能性も十分考えられる…
しかし、その場合だとイムニティが神が選んだ候補者と口にするのは変よね…他の二人は男の人だから、やはりアリシア達、アリシアに、セイバーさん、イリヤスフィールさんの三人が今のところ白の主として一番の要注意者なのは変わらない、か…

「そうらしいぜ。それに加え、エミヤの妹のアリシアの神々しい雰囲気が足されて、今じゃ本人達が否定していても周りが救世主候補に違いないとか言って来る始末なんだ」

「―――っ!」

「……確かに師匠の神々しさは半端ではござらんからな。
知らない者では、そう思っても仕方が無いでござるかも」

「勘弁してくれ」と肩を竦めるセルビウム君に、周囲から救世主候補と認められる人物である以上シアフィールドさんも何も言えず、アリシアと仲の良いヒイラギさんは「うむ、うむ、そうかもしれないでござる」と頷きと繰り返している。
救世主候補生であるヒイラギさんの傭兵科生徒への弟子入りは、当初はシアフィールドさんが「救世主候補生ともあろう者が、よりによって何で傭兵科の生徒なんかに弟子入りをするわけよ!」とか激高し詰め寄ったりもしたけれど、幼い頃のトラウマで不意に血を見ると気を失ってしまう事を語ってくれた事もあり、ヒイラギさんの治療を含めた弟子入りは救世主クラスでは黙認されている。

「そうね…神に仕える者としては、神々しいあの子に如何接したら良いのか解らない処も多々あるわ」

そう言いトロープさんは、困った表情をする。
救世主候補生であり、神に仕える僧侶としては、神の化身と崇拝する訳にもいかず、かと言って無視も出来ないから、如何接すれば良いのか悩む処なのでしょう。

「他の人達に認められる人物である、という点では理解しました。
けど、私達としては学園長からの確認の要請を受けていますので一度会って話をしたいのですが?」

「まあ、本物の救世主候補生からすれば面白くないのは確かだろうしな―――分かった、俺がセイバー達の方に案内するぜ」

リコはそうセルビウム君に言った後、私の隣に移動し「もし彼女達の誰かが白の主なら近くにイムニティがいる筈です」囁くような小声と視線を向けて来る。

「―――そう言う事」

「はい」

再び『救世主の鎧』に乗り込むセルビウム君の案内で私達は、総司令官がいる筈のテントに近い、王都防衛線の後方に位置する兵站を扱う所へと向かう。

「この辺にいる筈なん―――と、いたいた」

巨大な『救世主の鎧』を乗りこなし、人混みを器用に避けて歩きつつ辺りを見渡して。

「お~い、シロウお客さんだ」

私達からだと、見難いけれど巨大な鎧からだと見つけ易いのでしょう、アリシア達を見つけたらしく腕を振るう。
エミヤ君が居る方へ向かうと、そこは何十人もの女性達が簡単なかまどでパンを焼いているのだろう食欲を誘う匂いが溢れ、幾つもの大きな釜からは立ち昇る香ばしい匂いがしスープを作っているのが分かる。

「セル、もう仕事は終わったのか?」

「そっちはまだだけど、お前達にお客さんだ」

セルビウム君に言われ、見上げていたエミヤ君は「客?」と呟き、見上げていた視線を下げようやく私達の存在に気が付き、「じゃあな、俺はまだ作業が残ってるから」と言残し、セルビウム君は戻って行く。

「そっか、ルビナス達もこの防衛線に派遣されたんだな。
やっぱり、救世主候補がいるのと、いないのとだと防衛線の士気が違うから居てくれると助かる」

「あの…ここで、一体何をしているのですか?」

エプロンをしているとはいえ、周りは女性だらけなので場違いな感じがするのでしょう、何故エミヤ君はここにいるのかトロープさんは疑問に思ったみたい。

「ふふん、それはお兄ちゃんは料理が上手いからなんだよ」

「ええ、シロウの作る料理はどこか暖かい感じがするもの」

包丁を握り野菜を切るエミヤ君の後ろで、杭の余りなのか丸太を椅子のようにしてアリシアとイリヤスフィールさんは座り、小さめの包丁で芋の皮を剥いていた。

「まあ要約すると、アリシアとイリヤの言う通りだ。
でも、俺以外にも男手はちゃんと居るぞ」

言いながら指で指し示すと、パンを焼いているかまど近くに幾人かの男性が見受けられる。

「俺もパンは焼いた事が無いから、他の村や町から避難して来た人達の中に、パンを作れる人がいて助かってるんだ―――それで、俺に何か用なのか?」

「食事ならまだ少し掛かるぞ」と手を休める事無く下拵えを続け、再度私達に視線を向けた。

「正確にはエミヤ君じゃなくて、そこにいるアリシアとイリヤスフィールさん。
ここにはいない様だけど、セイバーさんの三人に用なのよ」

「そうよ―――アンタ達さあ、仮にも救世主候補を名乗るならここで召還器を出して見せてよ、救世主さまなんだから簡単よね?」

私が質問しようとすると、シアフィールドさんはアリシアとイリヤスフィールさんに攻撃的にな物言いで睨みつける。
―――と言うより、先程「………分かったわよ」って間違いを認めていたから、もう大丈夫だと思ってたのに……ミュリエルが苦労する訳ね。

「ちょ、リリィ!二人共、ごめんなさい、普段から少しエキセントリックな子ではあるのだけど…」

「っ、ベリオ!誰がエキセントリックな子よ!!」

「初対面でその態度は如何かと思うわ。
そもそも、救世主になる為には全ての人を愛する必要があるのよ?」

「―――っ」

そんなシアフィールドさんの態度を見るに見兼ねたのでしょう、トロープさんが窘めフォローを入れ、シアフィールドさんは自分の過ちに気が付いたらしく唇を噛む。
ただ…そんな二人を見ているアリシアは「お姉ちゃん達面白い~」と楽しそうに見詰めていて。
イリヤスフィールさんは「何、この二人?」と訝しみ。

「……よく解らないから、今の非礼は許してあげてもいいわ」

「でも―――」と二人から私に視線を変え。

「ルビナス、如何いう事か説明してくれる?」

「勿論、そのつもり」

ミュリエルも苦労してるのね、子育ての難しさを噛締めながら溜息を漏らし、改めてエミヤ君、アリシア、イリヤスフィールさんの三人を見渡す。

「以前、貴女達が参戦したオーガソル州の会戦は知っているでしょ?
そこに、救世主候補が参戦したらしいとの情報が入ったから、学園長より私達救世主クラスがこの防衛線に行くついでに確認するよう命令があったのよ」

「ふぅん、そう言う事。
確かにあの戦いの後、私達は英雄…救世主候補扱いされたけど―――私達は貴女達とは違うもの、ちゃんと否定したわ。
(私がしたいのは、皆から救世主候補と認められ敬われる事じゃなく、神の座に辿り着き魔法に至る事なんだから)」

そう答えるイリヤスフィールさんだけど、私を見詰めるその眼の奥底に、僅かだけど冷たいものが漂っている感じがした。

「その…戦っている時に、誰かの声が聞こえて、何か道具の様なモノを手にしたりとかは?」

「……いや、俺は後ろから援護してたけど、戦ってる時にそんなモノを手にしているのは見てないぞ。
(聞こえたのは『念話』での会話だから違うと思う……まさか、聖杯戦争で俺が聞いた声とは違うよな?)」

「そうですか…では、召還器は手にしていないようですね」

リコの質問にエミヤ君が答えてくれ、リコは何処かホッとした感じになる。
それから私達はエミヤ君達に幾つか質問していくと、戦いでの功績でもって救世主候補と誤解された経緯を話してくれ。
王国軍側が救世主候補として認めた事実は変わらないけれど、本人達も救世主候補を名乗るつもりは無く、それを知るとシアフィールドさんも態度を軟化させ攻撃的では無くなる。

「まあ、いいわ。この王都防衛線での戦いで、本当の救世主候補生の実力を見せつけてあげる」

「ああ、救世主候補生は厳しい訓練を受けてるって話だから期待している。
でも、シアフィールドも女の子なんだから余り危ないまねはするなよ」

「え?」

「―――学園の生徒や王国軍、それに俺達だって居るんだから、無理して怪我をしたら学園長先生だって悲しむだろ、救世主候補生だけで戦おうとしないで俺達にも頼ってくれ」

「っ、何れ救世主になる私達が率先して戦わないで如何するのよ!?」

「シアフィールドは責任感が強いんだな、そう言うところ好きだぞ」

「―――っ」

召還器を手にする救世主候補生としての自負から口にした事だったけど、エミヤ君の予期せぬ言葉にシアフィールドさんは顔を朱に染める。
……エミヤ君、もしかすると意外に相手の心の隙間を突くのが上手いのかも知れない。

「ついでだから聞いとくけど、シアフィールドは何で救世主になりたいんだ?」

「そんなの決まってる、破滅を滅ぼす者が救世主、だから私は―――」

朱色に染まった表情から一転して元に戻ると、手を握り締めるシアフィールドさん。
恐らく、幼い頃に住んでいた村が破滅の軍勢に滅ぼされた時の事を思い出したのね…

「―――すまない、シアフィールドにも色々あったんだろ悪い事を聞いた」

シアフィールドさんの心情の変化を感じとれたのかエミヤ君はすぐさま謝罪を入れる。
この様子なら大丈夫みたいと思った時―――

「マスター。今、戻りました」

突如、一人の女性が転移して来たのだろう突然現れ。

「ニティちゃん有難う」

「お帰りニティ」

「ニティお疲れ、もうすぐ食事が出来るぞ」

逆召喚が使える程の熟練した召喚師である彼女に何かを頼んでいたらしくアリシア、イリヤスフィールさん、エミヤ君の三人はそれぞれ労いを掛ける。

「でも、いいの…?呑気に食事の準備なんかしてて…?
第一、よくこの状況で何か食べる気になれるわよね?」

シアフィールドさんは少し呆れる様に力を抜く。
今居る場所こそ美味しそうな匂いが漂い、食欲がそそられるが、塹壕を掘っていた所や王国軍の兵達が待機していた所は緊張が漂い、否応無く『破滅の将』に率いられた破滅の軍との戦い。
誰しもが、アヴァター全てを巻き込んだ総力戦になる予感をするから、そう思う人もいても変では無い。

「でも、お腹が減ってたら力が出ないよ?」

「師匠の言う通りでござる、腹が減っては戦は出来ぬでござるよ」

「そう、食事は大切よ。
戦う時に、空腹で力が入らないのでは戦う事も護る事も出来ないわ」

「……それもそうね」

私はアリシアとヒイラギさんの言葉に付加えながら、アリシアとシアフィールドさんの二人を見比べる。
芋を剥き終えたアリシアは、お腹が減ってるのか食事が出来るのを今か今かと楽しそうに待っている。
いくら、実力を示して救世主候補と呼ばれるようになったとはいえ、彼女なりに緊張しているのでしょう…けど、大軍同士の会戦は初めてのシアフィールドさんにもその余裕を分けて欲しいもの。
そういう意味では、ヒイラギさんは元の世界で色々とあったらしく、こういった状況に慣れている感じがするわね。
そして、ニティと呼ばれた少女はそんなやり取りをしている私達を見詰め「ふ~ん」とまるで品定めをする様に見渡すと。

「ようやく、マスターを選ぶ事にしたのねリコ・リス」

「「え?」」

「おや、リコ殿もイム・ニティ殿の事を知っていたでござるか―――この御仁は何でも、昔、悪い魔法使いという人物に封じられていたところを師匠が見つけ、助けられた恩義を返すために使い魔という契約をしているでござるよ」

私とリコは、この前出会った時とは違うイムニティの姿に、彼女が白の理の精霊イムニティだとは想像すら出来ずにいて虚を突かれる格好となり一瞬思考が停止する。

「アリシアが―――」

「―――契約を結んだマスター!?」

更にヒイラギさんの口調からは、随分前からイムニティの事を知っているようだった。

「なに、違うの?
なら―――マスターを選ぶのがいやなら私と戦うしかないわよ『主無し』さん。
そうは言っても、力の消費を押さえるために、言葉の数すら減らしている貴女に勝ち目があるとは思えないけどね?」

目を細めるイムニティに私とリコが身構えると。

「そこまでです!」

透き通る様な声が響き渡り、一人の女性―――アリシアやエミヤ君にイリヤスフィールさんを実質束ねているセイバーさんが姿を現し。

「―――あの人達です!あの五人組が救世主様達に絡んで言い掛りをつけて」

エプロンを身に付けた妙齢の女性が私達に指を指す。

「貴様らか!世界を救われる救世主様の卵であらせる方々に対し、狼藉を働かんとする不届き者は!?」

後ろから鎧をガシャガシャと鳴らしながら、数人の王国軍の兵士が現れ私達を取り囲む。

「神妙に縛につけばよし、なれど、手向かいするのであれば容赦はせん!」

「―――っ、え、ちょっと、誰も言い掛りなんかしていないわよ」

「…少し前のリリィ殿の態度を周りが見たら、そう思えても仕方ないでござるよ」

王国兵士の登場に驚き狼狽えるシアフィールドさんだけど、ヒイラギさんの言う通り、少し前の自分の態度に気を付けていれば誤解される事は無かったのに…

「むっ―――貴女はルビナス・フローリアス、救世主クラスの貴女がいて止められないとは如何いう事です?」

「一体何事なんだセイバー?」

下拵えした鍋を他の人に任せ、エミヤ君はセイバーさんの前に出る。

「助言を行うべく、私が軍儀に参加していたところ。
伝令の者より、シロウ達に何やら絡む者がいると聞き止めにきたのです、が」

セイバーさんは私達を見やり。

「よもや、本物の救世主候補者ともあろう者が、自ら騒ぎを起こすなどと…コレでは先が思いやられます」

「返す言葉も無いわ……」

じっと、据わった目で私を見詰めるセイバーさん。

「軍儀って、俺達…ただの傭兵なのに良く参加できたな」

「はい、私もまさか軍儀にまで参加出来るとは思いませんでしたが」

一度区切ると、一呼吸の間眼を瞑り続ける。

「所属していた傭兵隊司令官に、私の知っている知識から、使えそうな防衛戦術、軍の士気を高める手法、兵站に関する改定案を示し伝えて頂いたところ、総司令部に採用される事となり。
私はアドバイザーとして、軍勢の士気を高める為と、王都に避難して来た者達への一時的な職の提供、防衛線の構築に必要な労働力の確保等を企画し与えられた人員を振り分けていたのです」

「………何かそれ、滅茶苦茶大変な仕事なんじゃないのか?」

聞いているだけで難しさが解る様な仕事をこなすセイバーさんに、エミヤ君は呆れながら聞いている様子だった。
セイバーさんは何処か、かつての仲間のアルストロメリアを連想させる処があると思っていたけれど、ようやく解ったわ、彼女は人の上に立つ人物―――それも、一国の王にすらなれるだろう器を持つ程の。

「セイバー殿、では……この方達が?」

「はい、彼女達こそが王立フローリア学園が認めた救世主候補者です。
―――しかし、どのような経緯をもってこうなったかは話して貰わないと示しが付きません」

「そうね、私も貴女達には聞きたい事はあるから」

余程信頼されているのか、王国軍兵士達はセイバーさんの言葉を信じ「早合点してしまい申し訳ない」と頭を下げ引き上げる。

「ニティちゃんも、めっ、だよ」

「マスター?」

「こんな所で喧嘩したらダメ、周りの人達が迷惑するし、ご飯を楽しみにしている人達も大勢いるんだから。
それより、皆で楽しくご飯にしようよ」

まるで子供の様な思考で、如何見ても白の主とは思えないアリシアが叱り、「マスターがそう言うのでしたら…」とイムニティは溜息を吐く様に呟く。
それから私達は、学園の要請でアリシア、エミヤ君、イリヤスフィールさんと話していた事を伝え。
イムニティの件については、先ずは差し迫る破滅の軍勢を打破した後に場を設ける事となった。



[18329] アヴァター編12
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/23 23:32

「これが、現在の破滅の軍勢の様子です」

総司令部のテント内に置かれた簡素なテーブルには地図が載せられ、モンスターの勢力を現す置物が王都へと向かってゆっくり動かされて行く。
虚空には、魔術師達による遠見の魔法によって表示された内容が幾つも浮かび上がり。
そこには、ドルイドや猟師の人達をイムニティが逆召喚にて転移し、彼らが山や森に数々の罠を仕掛けた事によって、王都防衛線に辿り着く前に破滅の軍勢の勢いは削がれつつある姿が映し出されている。
特に上流をせき止め、干上がった川にタイミングを見計り、堰が爆破されると一気に流れた水によってモンスター達を押流し流す罠や、柔かい山肌に仕掛けた爆薬により、爆破する衝撃で地滑りを起こす罠等の効果は抜群で、破滅のモンスターの群れはその度に数と進撃速度が下がり、進軍する方向に乱れや混乱が見取れていた。
この外にも、様々な罠がここ一週間の間に仕掛けられ、聞いた限りでは、罠による漸減作戦を確実なものとする為に封印された禁呪―――広範囲のマナを強制的に搾取し尽くし、その地に住む人々を死に追いやるどころか不毛の荒野に変えてしまう魔道砲レベリオン程の危険性は無いとはいえ、魔力で精製させられた毒霧を広範囲に散布するトンでもない案もあったとか。
流石にそれでは破滅の軍勢を破る事は出来ても、その後の汚染が酷く、数百年に渡り人が住めない土地になってしまう事から総司令部で却下されたそうだけど…

「相手が人間ならば、とうの昔に退いているでござるな」

「……そうね」

ヒイラギさんの言葉にトロープさんは頷く、ヒイラギさんが言う通り、破滅の軍勢には既に一万以上の損害が出ているらしい。
これが人同士の戦いなら、一旦退却して状況を窺うなり、進攻方向を変えると思う。

「ふん、だから破滅の軍勢って呼ばれるんじゃない」

様々な罠により確実に数を減らしている様子を見やるシアフィールドさんだけど、犠牲をものともせず向かって来る破滅の軍勢を見詰める表情は明るいものではない。

「それでも…まだ七万強もの軍勢です」

「これだけの損害を与えてもまだ劣勢は否めない、厳しい戦いになるわ……」

リコの呟きに私が付加える。
破滅の軍勢は、この数日で周囲の破滅に憑かれたモンスター以外にも、野盗、山賊等呼名は幾等でも在るけれど―――破滅に憑かれた人間達もが加わり、確認出来ただけでも八万強から九万弱の大軍になっていた。
対して王都防衛線に、この七日間の間に集結が出来た王国軍の総数はおよそ四万強、数の上で劣勢なだけではなく。
内容にしても、王国軍の援軍や傭兵組合からの募集に応じて参戦した傭兵もいるけれど、壊滅した師団の生き残りや、軽度の負傷兵等とても対等とは言えない状況。

「では、セイバー殿。この後は如何様にすればよろしいか?」

総司令部のテントに召集された将軍達は、一斉にアドバイザーであるセイバーさんに視線を向け、セイバーさんは将軍達の視線を正面から受け止め口を開いた。

「破滅の軍勢が視認でき次第、私の隊に所属するアリシア・T・エミヤが大魔法に属する術を使い更なる打撃を与え、その後は、前面に弓兵隊を出しモンスターの群れが塹壕を超えて来るまで矢等による投擲にて漸減を行います」

そうセイバーさんは話しながら、テーブルの地図に自軍を示す置物に視線を向ける。
北に続く街道沿いに設けられた王都防衛線だけど、この場所は小高い丘になっていて見晴らしも良く、左右には森が広がっている為に破滅の軍勢が側面から攻めるのは厳しい状況ね。

「この時、破滅の軍勢は恐らく両翼の森側から別働隊にて奇襲を掛けて来る事が予想されますので警戒は怠ってはなりません―――そして、破滅の軍勢が塹壕を乗り越える段階に至れば、弓兵隊は下がらせ白兵戦に移行しこれを迎撃。
また、精霊による伏兵を実地し破滅の軍勢がほぼ集まった処で仕掛け、混乱と同時に敵軍勢の統制を崩し破滅の軍勢の進撃は阻みます」

「―――その大魔法というは一体どの様な?」

私は破滅の軍勢の性格から、回りくどい側面からの侵攻は無いと思ったのだけど………如何やらセイバーさんは違うように感じ取ったのでしょう。
そのセイバーさんは驚く事に、この七日間の間に王国軍内で中心的な存在になっていた。
と、言うより―――傍目から見ると、何だか将軍達が王に伺いをたてている様にも見えなくもないわ……

「残念ながら…私も確認はとれていませんが、先に提案された禁呪とは違い、周囲に汚染を振りまく事は無いそうです。
しかしながらアリシア曰く、迂闊に使えばアヴァターそのものが滅ぶ可能性も無くは無い程の術とは聞き及んでいます」

総司令部のテント内に召集された将軍達の口々から「このアヴァターが滅ぶ…程だと」とか「……馬鹿な」とか「あり得ん…」とかざわめきが広がる。

「さすが師匠、世界が滅びるかもしれない程の魔法とはスケールがでかいでござる」

「……そういう問題じゃないような」

セイバーさんの外は一人、ヒイラギさんだけが疑いをもたず、そんなヒイラギさんにトロープさんは苦笑いを漏らす。
シアフィールドさんにいたっては「っ、そんな魔法が在るなんて」と、世界すら滅ぼしかねない程の威力を持つ魔法に興味があるみたい。

「でも、そんな魔法を使って本当に大丈夫なの?」

「アリシアは、今まで自分に出来ない事を口にはした事はありません―――彼女が出来ると言うのであれば出来るのでしょう」

「……そうか、セイバー殿が信頼する者ならばそうなのだろう」

私を元に戻した事といい、アリシアが魔法に精通しているのは解るけれど、わずか七日程の準備でそれ程の大掛りな魔法を制御出来るのかしらと思い口にしたけど、セイバーさんを信頼する将軍からは、彼女が信じるのならそれに値する人物なのだろうと信用されている様子だった。
元々アヴァターでは、この千年間小競合いはあっても、戦争と呼べる出来事は起きていない為、破滅のモンスターが群れ軍勢となった時の戦術は、他の世界の人々からもたらされている。
ただ、それでさえも攻勢な戦術・戦略がほとんどなので、防衛戦術に関しては素人までとはいかないものの精練されているとは言い難い。
その為、セイバーさんがもたらした防衛戦術は真新しく、わずか一週間の程の準備とはいえ破滅の軍勢相手に著しい戦果を出している。
平時なら無理だろうけれど、破滅の軍勢が迫る状況から、その功績に統率力と戦略眼を無視する事は出来ず、エミヤ君、イリヤスフィールさん、白の主アリシア、白の精霊イムニティのパーティーのリーダー的存在であるセイバーさんは、元々所属していたカーネルド傭兵団を含む、千人の傭兵達を統率する指揮官に抜擢されていた。

「ここに至っては、これ以上私がこの場に留まっていても意味はなさないでしょう―――私は持場に向かいます」

総司令官が「そうか…分かった、武運を祈る」と告げると、セイバーさんは踵を返しテントから出て行く。
セイバーさんがテントを去ったのを見送った将軍の一人が、大規模魔法の概要の感想なのでしょう、「その様に都合のいい魔法が在るとは……あの者達が居た世界は余程の事があったのだろうな」と呟き周囲が頷いていた。

「ルビナス、私達も」

「そうね、私達も持場に向かいましょう」

リコが私をうながし、私は救世主候補生の皆に告げる。
各師団の将軍達が「武運を」と敬礼するなか、ヒイラギさん、トロープさん、シアフィールドさんの三人も頷き私達も戦場へと向かう。
セイバーさんの助言により王都防衛線は、小高い丘に陣を布き、緒戦は何重もの塹壕と、土手に据え付けた杭により思うように攻められないモンスター達に対して、弓兵部隊が一方的に矢を放ち、魔術師達が魔法を投射するので、私達救世主クラスが待機する持場はやや後ろになるが皆の表情は硬い。
それもそうでしょう、私とリコ以外はこんな大軍同士の戦い等経験が無い、そして残り約二時間ほどで、破滅の軍勢はこの王都防衛線へと侵攻し、初めての会戦であるばかりか、数の上でも遥かに勝る軍勢と戦わなければならないのだから…
私達が所定の持場で着き待機していると、「ここにいましたか」と言いながらダウニー先生が現れ。

「学園長からのお使いで、これを預かってきました」

ダウニー先生は小さな水晶球、遠く離れた相手との交信が出来る魔道器『念話器』を取り出す。

「今回の作戦にて、貴女達は学園長の直接指揮下に入り、学園長の指示通りに動いてもらいます、そうですね―――この道具はリコ・リスさん貴女に預けます、いいですね?」

「はい…」

「ええっ!?なんでリコなんですか?」

ダウニー先生から『念話器』を受け取るリコにシアフィールドさんが異議を申し立てる。
こんな時だからこそ、母親であるミュリエルの近くに居たい気持ちは解らなくも無いけれど…

「それは多分、リリィは私達の中で、一番攻撃魔術に長けているから…リリィには魔力の温存しておいてもらわなくちゃいけないし」

「そうです。ルビナス・フローリアスさんはリリィさんと同様で温存して貰わねばなりませんし、精神系の魔法は、、ベリオ・トロープさんよりリコ・リスさんの方が得意でしょうから」

「でも、リコならこんな道具を使わなくても、テレパシーで交信ぐらいできるんじゃないの?」

「思念だけならそれでいいのですが…皆さん全員に指示を与えるなら、音声や映像で伝達した方が良いのでしょう」

「ちぇっ…仕方が無いわね」

トロープさんの憶測にダウニー先生も頷き口を開き、リコの指摘によりシアフィールドさんはよやく『念話器』を諦める。

「あと、忘れないで下さい…貴女達の任務は生き延びる事。救世主として目覚める前に無駄死にしては本末転倒ですから」

「救世主…本当に私達の誰かが、そんな資格を得られるのでしょうか…?」

「……学園長はそう信じていらっしゃいます」

私達を見渡し語るダウニー先生は、おずおずと質問するトロープさんに答えると「これで伝達は終りです。貴女達の武運を祈っています…」そう告げ私達から去って行った。
ダウニー先生の言葉に、皆がそれぞれ覚悟を決めた数分後―――うなるような轟音が地の果てから響き始める。
轟音は地平線の彼方から響き、見ていると地平線から黒い点のようにまばらに姿を現し始め。

「な、なによ!ちょっとあれはなによっ!?」

「……神様」

破滅の軍勢は途切れる事無く、密集し、雄叫びを上げながらそのまま突撃して来る…その姿は、まるで黒い絨毯が襲ってくる様に連想させた。
そんな光景を見て、初めて大軍同士が戦う会戦を経験するシアフィールドさんとトロープさんの二人は、殺到する勢いに呑まれそうになっている。
だが、破滅の軍勢を迎え撃つ準備を進めていた王国軍は、この七日の間にそれぞれが始めに何を行うのか決められていたのが功を奏したのか、然したる動揺は感じられず。
それぞれが弓や鉄砲を手にし、魔術師達は詠唱を始め迎撃に備えていた。

「何となく兵達の士気が高いとは思っていたけど…これも、セイバーさんの影響なのかしら?」

「……だとしたら、彼女は凄いカリスマを持っています」

アルストロメリアを連想させる彼女は、初めに会った時に受けた威圧感から、並みでは無いのが判っていた―――けれど、この防衛線では並びたる将軍達を前にして、なお一際存在感を現し、そんな彼女に指示を受け準備を進めて来た兵達の士気は、黒い絨毯とすら表現出来る破滅の軍勢を前にしてなお高かった。

「―――っ!?」

破滅の軍勢の先頭が塹壕付近まで来た時、黒い絨毯と表現していた破滅の軍勢が不意にぼやけ、次の瞬間には紅い絨毯に変わっていた。
恐らく、今のがアリシアの行った大魔法なのでしょう。

「あれだけの数を一撃で!?」

何が起きたのか解らないけれど、一瞬でモンスター達を物言わぬ肉塊に変えた現象に目を丸くするシアフィールドさん―――だけど。

「アレを見るでござるよ!」

ヒイラギさんが指し示した先を視線を向けると、そこには―――
破滅の軍勢が侵攻して来た上空に線が現れ、その線は次第に広がり巨大な穴へと変貌し、破滅の軍勢がまるで黒い滝の様に吸い込まれて行く。

「なに…何なのアレ!?」

理解を超える出来事の連続にトロープさんは恐れおののくなか、周囲にある全てを飲みながら穴は広がりを続け、その奥には青い球の様なモノが確認出来る。

「―――っ、そんな…まさか……在り得ない……」

「アレが何か知っているのリコ?」

「私の観測が正しければ―――ルビナス、アレはアヴァター、私達がいるこの場所です…でも、次元を連結させるなんて事、そんな事出来る筈が……」

「あの球みたいのがアヴァター……」

世界の半分を司る赤の理の精霊として、私達の誰よりも次元に詳しいリコだからかなのでしょう、次元連結を行う大魔法を目にし動揺を隠せず。
私にしても、知っている魔法のレベルが違い過ぎるからでしょう、理性の半分は現実に起きている出来事だと思いきれず、もう半分は白の主であるアリシアの行った大魔法の凄まじさに固唾を飲み込んでいた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第12話


昨日の夕食が終わると同時に、塹壕掘りの人達用の食事や、兵士達への士気向上の観点から王都で雇っていた人達は王都に避難していたので、視力を強化して他の隊を見渡せば、今日の朝と昼はそれぞれが手にする干し肉や硬いパンの様な携帯食を口にしていた。
しかし、俺達の隊はアリシアが弁当を千人分、朝と昼の二食づつ用意したので、何処か後ろめたい感じがしない訳も無いが。
俺やデビット、セルの三人は、救世主候補者の従者だとか思われていたから、カーネルドの傭兵団以外からも遠慮無く声を掛けられていたが、救世主候補者扱いされていたセイバー、アリシア、イリヤ、ニティの四人は、アイドル扱いだからなのだろうか、皆からやや距離を置かれていた。
だが、一緒に食事をしながら各傭兵団の人達と交流を深める事が出来た事で、お互いの信頼関係やら部隊の士気とかにはいい方向に向かったのだろうと思う。
そして、戦術アドバイザーとして赴いていたセイバーが総司令部から戻ると、俺達と傭兵団の団長約二十人程が集められ、これからの迎撃作戦の確認が行われた。

「各傭兵団の準備はどうか?」

「それなら問題ない。寧ろ、今までにないほど充実しているさ」

「それは、如何言う事ですかカーネルド?」

「セイバー隊長の指示じゃなかったのか?
アンタの処のアリシアから、色々と凄い武具とか分け与えられているんだが…」

返ってきたカーネルドの言葉に「むっ」と眉を顰めるセイバー。

「俺から話すセイバー。実はアリシアのヤツ、ここに来る前にイリヤと何処かの世界に行っていたらしくて。
その世界で、何でも竜の財宝を貰ったらしく、その金を元に色々と買い込んでたらしいんだ。
それでその武具や、魔術の道具なんかを隊の皆に配った―――そうだな、アリシア」

「うん、少しお金の量が多いいから使い切るのが大変だったけど、辿り着いた人は財宝を自由に持って行って良いんだよって、あの世界の竜さんは親切さんだったよ。
それで、使わないで持っていても勿体無いだけだから、皆に使って貰おうとして配ったんだ」

話を聞いた時には、竜と呼ばれる最強クラスの幻想種がいる世界に、イリヤとたった二人で行って怪我とかしてなくて良かったと「ほっ」と胸を撫で下ろしたものの。
アリシアやイリヤの様な小さい子でも辿り着けるのだから、多分、見た目が怖いだけできっと良い竜だったのだろう。
それで、溜め込んでいても使うあても無いから、来た相手に財宝をあげたのだと思うけれど、他の世界には随分と親切な竜が居るんだな。

「……まったく、貴女達ときたら」

「俺達からすれば、ただで魔法の術式が組まれている凄い武器や、防具を手に入れられたから文句等何処にも無いがな」

「ああ、その通りだ」

「これ程の武具を頂きながら、不満が在る方が変だろうさ」

「全くだ、普通ならこれだけで十分過ぎる程の報酬なのだし」

アリシアとイリヤの二人にセイバーが呆れているなか、各傭兵団の団長達はそれぞれが感想を口にする。

「では、各団の準備は十分とし話を進めます。
アリシア、例の大魔術の儀式は整っていますか?」

「ほえ……整うも何も、宝石の力を応用して使うだけだから準備なんかいらないよ?」

「っ、大魔術でありながら、簡易的な魔法陣すら必要としないのですか……」

「気持ちは解るけれど、魔法使いであるアリシアの瞬間契約のレベルを私達の常識で捉えては駄目よセイバー。
そもそも、私が魔術師の常識に囚われてアリシアの実力を間違いなければ、シロウもセイバーもここには来ていなかったのだから」

魔術師として予想外の発言をするアリシアに、セイバーは片手で顔を押さえそれをイリヤが宥める。
そういえば、もう随分前になるけれど、確かにイリヤが間違えなければ、俺やセイバーが知らない内に二人でアヴァターに来ていたんだろう。
たく、破滅の軍勢なんて集団が現れるんだから、いくらバーサーカーがいても小さい女の子二人で来るのは危な過ぎる所だぞここは。

「それで…こちらに向かい来る破滅の軍勢はおよそ八万弱。
その魔術でどれほどの戦果が期待出来ますか?」

「ん~、そうだね……大体半分位だと思うよ」

「は、半数!?」、「流石にそれは無いだろ…」と集められた各団長達がざわめき出す、八万弱の半分っていったら約四万なのだから無理も無い。

「具体的にはどんな魔術なの?」

「具体的にって言えば、空に落とし穴を掘ってそこに落す感じだよ」

イリヤから聞かれるアリシアだけど、空に落とし穴を掘るって如何言う事なんだか……
デビットやセルの二人も「そんな魔法は聞いた事が無い」とか囁きあっているし。
俺にしても、空から下に落ちる事はあっても、地面から空には落ちるってのは聞いた事が無い。

「いいでしょう、魔術師では無い私にはその魔術が如何なる業なのか理解出来ませんが、魔術の方はアリシアに任せます―――あと、ポチの方は?」

「ポチは何日も掛けて、地下から溶岩を汲み上げたから大丈夫だって言ってたよ」

「そうですか―――では、アリシアの魔術が予想通りの効果を発揮するのであれば、ポチは伏兵として破滅の軍勢がほぼ集まった処で仕掛け、敵軍が混乱するのを狙いましょう。
しかし、反対に魔術が予想を下回っていた場合は私の指示にてポチに襲撃させます、いいですね」

「うん」

セイバーとアリシアの話を聞きなるほどと思う、何故かと言えば、火山地帯でも無いのに足元から突然溶岩が溢れて来たら、どんなに統率された軍隊でも混乱は免れないだろうから。
その混乱に乗じれば打って出るなり、王都に退く事も容易になる筈だ。
まして、相手は溶岩の中にいる精霊だからな、いかに破滅の軍勢でも有効な攻撃手段は少ないだろうし、分が悪ければ溶岩の中に潜ってしまえば追撃は出来ないだろうからな。
その後は、各傭兵団の状況に応じた行動の確認や、司令部からの通達を伝えられ傭兵団の団長達は各々の団へと戻って行く。
指揮官であるセイバーに見守られながら、俺を含め弓を手にした者が前に立ち、塹壕に阻まれた小高い丘から地平線を見詰る。
そして―――暫くすると、地響きと共に破滅の軍勢が現れた。

「アリシア、お願いします―――それから士気高揚を目的とする為にも、魔術を使うのに邪魔にならないのであれば、以前の様に羽や飾りがあった方が良いでしょう」

「うん、解った」

アリシアは普段着のまま飛行魔術を使い、空に上がりながら防護服バリアジャケットを纏うと同時にどよめく声が沸き上がる
白地に青が入った服、背中には金色の装飾と大きな羽の幻想的な姿に、やたらと神々しい感じが加えられ、見慣れている俺でも一瞬息を呑むのだから、初めてこの姿のアリシアを目にする者は神が降臨したと感じても無理は無い。
上空に滞空したアリシアの前に、何処からともなく九個の宝石が現れ、ゆっくりと円を描く様に回転し始める。

「行くよ」

アリシアの掛け声と共に、迫り来る破滅の軍勢がぼやける様に見えた後、砕け肉片に変わった。

「……凄え」

「魔法ってアレだけの事が出来るのかよ…」

アリシアを神の使いと思ったのか祈る声やら、笑う声―――恐らく余りにも大きい規模と威力だからなのだろうな、そう周囲がざわめくなか、隣で短弓を手にするデビットと、『救世主の鎧』に乗り込んでいたセルが呆然と呟く。

「今のは宝石を使った時に出る次元震―――ただの余波だよ」

俺達が驚いているのを変に感じたのかアリシアは視線を向け―――

「空に落とし穴が出来るのはこれからなんだから」

―――本命はこれからだと口にした。

アリシアの言う本命はすぐに起こった、空に線の様な模様が異変が現れたかと思うと、その線は開くように広がり続け穴と化し。
それまで突撃せんと、我先に壊滅した者達の屍を踏み越え王都防衛線へと走り続けていた破滅の軍勢は、異変を感じ取ったらしく各々足を止め、上空で広がりを続ける異様な様を呆然と見上げた少し後、凄まじい気圧の変動からだろう地上に居た破滅の軍勢の悉くが浮き上がり、轟音と共にまるで吸い込まれる様にして空に現れた穴へと落ちて行く。

「っ、大魔術とは聞いていましたが、よもや世界に穴を開ける魔法だったとは!?」

瞬間契約の様な感じの大魔術だとは聞いていたけれど、まさか魔法クラスの業だとは俺もだが、セイバーも予想すらしていなかったらしい。
事前の話と総合すると、これはアリシアの母、プレシア・テスタロッサが残した遺品、九個の宝石が引き起こしたものなのだという。
これ程の礼装を持っていたのだから、アリシアの母親も魔法使いだったのだろうか?

「…そう言えば」

―――思い返せば、バーサーカーやキャスターに襲われた聖杯戦争の時でさえ、アリシアが魔法を使う時に魔法陣や何節かの詠唱とかをしたのを見ていない事に気がついた。

「……まさか、魔法って詠唱とか魔法陣とかいらないの―――いや、そんな訳は無いか」

最高神らしい『原初の海』の力によって生き返った事で、神霊に成ったからからなのだろうと、およそ現実離れした光景を前に考えを纏め。
俺がそんな現実逃避的な事をしている間にも、上空に現れた巨大な穴は破滅の軍勢を吸い込み続けていた。

「聖杯戦争で、あの宝石を一つ使ってランサーに魔力供給していたのは見た事があったけど…九個も同時に使うとあれ程のモノになるのか」

「あの宝石は、既に宝具と言っても過言ではないでしょう…それにあの凄まじさ、私の鞘と同様、対界宝具に位置するモノです」

「っ、対界宝具!?」

「…はい、現に世界そのものに影響を与えています」

アリシアに向けるセイバーの視線に緊張が漂う。

「―――そして、アリシアが宝具の制御を仕損じれば……恐らく、あの穴は広がり続け…破滅側の救世主候補者が救世主となるまでもなく、アヴァターは滅びを迎えるでしょう」

「っ、だったらもう止めさせないと不味いだろ!」

「いえ、それは出来ないシロウ、破滅の軍勢は我々の倍は在り、まともに戦えば敗北は必至、私の聖剣を持ってしても撃退は容易ではありません。
故にアリシアが起こした業で、何処まで破滅の軍勢の戦力を削ぐ事が出来るかが、この戦いの勝敗の分け目となります」

っ、確かにそうだ、四万の軍勢と八万の軍勢がまともにぶつかれば当然、四万の方が負けるに決まっている。
セイバーに現状を再度教えられ、俺とセイバーは広がりを続け、青い星の様なモノが覗く穴を見守る事にした。

「それはそうとして、ニティが壊れたわ……」

「…はは…あははは……マスター…マスターは…一体どうなっているのですか…」

「さっきまでは、次元がどうこうとか呟いていたけれど今はこの通りよ」

アリシアは、ニティがよく変な感じで笑う事から「王都の精神科の病院に連れて行った方が良いかな」とか相談に来た事があったけれど―――アリシアの出鱈目さを目撃したらこうなってしまうのも無理は無いのかも知れない。

「そりゃあ…あんなモノ見たら混乱もする奴もいるだろうさ、ニティも少し落着いたら治るだろう」

「………そうだと良いけど」

そう言うとイリヤは「あははは…」と壊れた感じのニティに視線を向ける。
笑いこそしないが、デビットとセルの二人もあんぐりと口を開けてるから、宝具を使うサーヴァント同士の戦いとか、魔法を使えるアリシアの滅茶苦茶さとかの常識外の出来事に慣れてないと辛いだろうな。
そんな感じで俺達が見守るなか、破滅の軍勢を吸い込み続けていた穴は次第に縮み始め、耳鳴りがし始めだした頃には完全に閉じた。

「―――総員迎撃戦用意!」

静まり返った空間にセイバーの声が響き渡ると、唖然としていた者達が「はっ」とした感じで我に返り、それぞれが得物を手にし破滅の軍勢の来襲にに備える。

「司令部へ、アリシアの大魔法が終了しました、残存する破滅の軍勢は如何ほどでしょうか?」

「おお、セイバー殿か」

セイバーが連絡をしているのはたぶん、この防衛線を統括する司令部の将軍辺りだと思うが、『念話器』と呼ばれる通信機から初老の男性の姿が浮かび上がると。

「悪いが少し待って―――なに、そうか…解った」

現れた人物は、向こうの誰かとやり取りをしている途中らしく、横を向いていたがセイバーに向き直り。

「待たせたな。物見の魔術師からの報告では、先程の大魔法の効果により、残存する破滅の軍勢はおよそ三万強から四万弱までその数を減らしている」

「だが、悪い報告もある」と続け。

「破滅の軍勢の先にて無限召喚陣を確認した」

「その、無限召喚陣とは一体?」

「セイバー殿でも知らぬ事はあるのか。
無限召喚陣とは、周囲の地脈のマナを使つ事により、半永久的に破滅のモンスターを召喚続ける事が出来る魔法陣の事を言う」

「っ、破滅のモンスターを召喚し続ける魔法陣―――その様なものが」

「そうだ。地脈の魔力が切れるまでとは言え、地脈のマナはこの戦いの最中に尽き果てる代物ではあるまい…」

「了解しました。しかし、厳しい戦いになるのは解りきっていた事―――我々は出来る事をするだけです」

「そうだな―――いや、そうだった。
破滅との戦いは始まったばかりだと言うのに…セイバー殿の言葉に我ら司令部の者達も勇気づけられましたぞ。
しかし…惜しいな、セイバー殿の様な人物が我ら王国軍に居てくれさえすれば、もっと早く手を打てただろうに…」

「将軍、その様な事は後に致しましょう―――今は、目の前の相手を倒す事だけを考えるべきだ」

「う…む、そうだった」

セイバーと話していた将軍だったが、最後はばつが悪い感じになり「健闘を祈る」と言残し通信は途切れた。

「無限召喚陣…厄介だな」

「ええ、しかし…それほどの魔法陣であっても、他から召喚する以上一度に呼び出せる数はそう多くはない筈でです」

セイバーは迫り来る破滅の軍勢を見据え。

「増援が送られ続けるとはいえ、結局のところ―――破滅の軍勢の要となるのは目前の勢力のみ、あの軍勢を何とかすれば勝機はある」

「そうか、敵に増援が来るとしても、一度に来る数はそう多くはないだろうから目の前の軍勢さえ倒してしまえばいいのか」

「そう言う事です、破滅の軍勢の主力を迎撃しながら様子を窺い、機が訪れたのならポチで襲わせ、その混乱に乗じてこちらから打って出れば勝機は十分にあります」

そう語るセイバーの姿は凛々しく、数々の会戦を勝利に導いてきたアーサー王の風格が感じられた。



私達がいる中央の防衛線では、破滅の軍勢による突撃が行われていた。
けれど―――

「これが―――塹壕の意味」

そのまま突撃して来れば、突き出た杭に串刺しになってしまうから、相手は速度を落さなければならなくなり。
塹壕がある事により動きが制限され、突撃の勢いは更に失われてしまう。
そして、反対に王国軍は弓兵隊や鉄砲隊等による射撃が十分に行う事が出来、その結果は―――

「…この様子だと私達の出番は無さそうね」

空を黒く染める程の矢が降り注ぐなか、塹壕を乗り越えようとして、矢等の的になる軍勢を見詰めるシアフィールドさんは呟き。

「如何にセイバー殿の助言があったとは言え、王国軍の健闘も凄いでござるよ」

「その通りね」

そう丘から見下ろすヒイラギさんに、トロープさんは頷いた。
私達、救世主候補生は召還器から根源力を引き出す事で体を強化したり、魔法の威力や効力を高める事が出来る。
でも反面、根源力の恩恵が無い人達と一緒に戦うと、身体能力や威力から突出してしまい連携が難しい一面もあった。
その為、私達は弓兵隊のやや後ろ、上の方で待機しているので十分に戦況を見渡す事が出来ている。
戦況を見る限り、攻勢を仕掛ける破滅の軍勢だけど、破滅のモンスター達や、破滅に憑かれた人々が塹壕を乗り越え辿り着く事が出来たとしても、全身に矢を受け満身創痍となっているのに対し、王国軍の兵士は疲労はほとんど感じられず、槍や長鉈等による迎撃で容易に撃退されていた。
この様に、王都から少し北よりの丘で築かれたこの防衛線は強固な要塞にさえ感じられ、破滅の軍勢の勢いがそがれ、こちらから打って出る時には何でも木の枝を縄で纏めたモノを塹壕に放り込む事で強引に攻勢に出るらしい。

「まあ、こういった戦いに慣れているのは解ったけど、そのセイバーって人の実力は如何なのカエデ?」

「そうです、それは私も知りたいです」

次元世界には様々な世界がある為、数万の大軍同士戦う世界も在るのだろうと、セイバーさんの能力を認めたシアフィールドさん。
でも、いくら作戦能力は高くても、個人の武勇が低ければ救世主候補とはいえないのでは無いかとか思ったのかしら?
リコにしても赤の書の精霊として、イムニティと契約を結び、白の主となったアリシアを束ねる彼女の事を知る必要があるからでしょう、シアフィールドさんの意見に賛同する。

「確かに拙者、師匠との練習がてらにセイバー殿と試合をした事もあるのでござるが……」

ヒイラギさんは、一呼吸の間眼を閉じ、思い出す様に口を開く。

「―――数秒と持たなかったでござるよ……」

「……何それ…それで救世主候補とか言われてるだなんて…ホント、大した実力よね」

ヒイラギさんの話しに一瞬目眉を顰めるシアフィールドさんだけど―――

「―――いや、面目次第もござらんよ…」

「は……って、面目って―――まさか!?」

「試合が始まったと同時に、背後を取ろうとしたのでござるが、気が付けば木剣を突きつけられていたでござる…」

「カエデほどの使い手が数秒でって、どれ程強いのよセイバーって人……」

救世主候補生の間では、候補生の順位を決める事から試験があり、ヒイラギさんと闘った事もあるシアフィールドさんだからこそなのでしょうね…
その実力を知っているからこそ、ヒイラギさんが数秒で敗北を喫する様な相手の実力が掴めずにいた。

「……まるで完璧超人の様な人ですね」

「どちらかと言うと、戦士よりも王とか貴族とかの方が強い感じするけど…」

リコが呆れ顔でセイバーさんの評価を下すなか、私も一瞬気圧されたのを思い出し、あの時は元に戻って間もなくだったのもあったのだろうと判断を下したけれど―――まさか、元に戻してくれたアリシアがイムニティと契約するなんて思いもよらなかったから………
それとなく、召還器を手にしているのでは無いかと調べる事はあっても、飽く迄本命はシアフィールドさんやトロープさん、ヒイラギさんの三人誰であり。
その誰かがイムニティとの契約を結ぼうとしないか探るのに手一杯で、学園内で話すくらいは出来ても、とても彼女達との交流を深める時間が無かった。

「なれど、拙者は、弱い自分に打ち勝つために、もっと強くあるためにここに参った。
ここで臆していては、何のために参ったか分からぬというもの、如何に相手が師匠やセイバー殿、イリヤ殿であろうと救世主の座を譲る気はござらん」

「苦しむ人々の為に身を捨ててでもその盾となることが、神の示した私の道ですから、私だってこの役目を他に譲る訳にはいかないわ」

「でも、最終的に救世主になるのは私よ。
私の守るべきものは、みんなみたいな暖かいものじゃないけれど。
私を生き延びさせるために、死んでいった数えられないほどの人達…その人達の無念さや、怒りに報いる為にも救世主になって破滅を滅ぼす大役は誰にも譲れない!」

王国軍が認めた救世主候補のセイバーさん達に対し、ヒイラギさん、トロープさん、シアフィールドさんの三人は、それぞれが何の為に救世主を目指すのかを口にして決意を固める。

「それはそうとして、先ずは目の前の相手を忘れてはだめよ」

塹壕が阻み弓兵隊が健闘している為、最前線なのに余裕すら漂う雰囲気からか、いい感じに普段の調子が出てきていた。
とはいえ―――真の救世主の正体とは、全てを破滅させる存在………本当は皆にも打明けたいと思うけど、ここまで都合良く救世主の話が変わってしまい、それが信じられているなかでは闇雲に反感を受けるだけだから…辛いものね。

「ルビナスの言う通り、戦いでは何が起きても不思議では―――っ!?」

リコが窘めていると、突然右翼側に視線を向け、私達も右翼側の陣営につられ向いた。

「如何言う事、戦列が乱れているわ?」

指摘するトロープさんの言う通り、右翼側の兵士達の動きに乱れがある。

「行ってみましょう」

何かが引っ掛るような感じがした私は、皆にそう言うと場所を変え、右翼側が視認出来る所まで移動する―――と。
王都防衛線の右翼側のやや後方から、破滅の軍勢の遊撃部隊とでも言うべきなのか、数こそ少ないものの精鋭なのでしょう、柔かい脇腹を突かれる様に奇襲を受けた王国軍は混乱し、指揮系統は壊滅的に破綻している様に見られた。

「なに…よ、これ……」

「まさか…王都側から攻められるなんて」

知らない間に、後方から奇襲を受けていた事に衝撃を受けるシアフィールドさんとトロープさん。
見ての通り、このままでは、右翼側が破綻するのは時間の問題…そうしたら中央も左翼も続けざまに崩れるは必定―――なら、やる事は一つしかないわ!

「みんな、救援に行くわよ!」



アリシアの大魔術が終り、俺達はここ王都防衛線左翼へと押し寄せる破滅の軍勢を迎撃す為、各々得物を手に緊張した空気が流れていた。
―――だが、空中に留まり続けていたアリシアは空を鮮血の様な紅に染める程の朱色の短槍、フォトンランサー・ゲイ・ボルグ・シフトだったか…それを展開し押し寄せる破滅の軍勢へと放ち。
破滅の軍勢からすれば、その光景はまるで朱色の空が落ちて来るようにさえ感じた事だろう……そればかりか、朱色の短槍一つ一つの威力からしてAランクはあるらしく、命中したモンスターは悉く体の半分が吹き飛び、運良く避けれた者も周囲に撒かれる死の呪いを浴び倒れ。
当然ながら、そんな光景を目にし、怯んで側面の森へと逃げ込むモンスター達も大勢いた―――だが、アリシアが放った毒々しい朱色をした短槍は因果反転を利用し、放てば既に当たっている術式だそうだから、森に逃げ込んだモンスター達も辿る末路は同じ事になっている事だろうが…
その為、ここ左翼防衛線ではアリシア一人の為にモンスターが塹壕まで辿り着く事が出来ない状況となっていた。

「これを見れば、如何にキャスターが勝てなかった訳が解ります」

セイバーの見詰める先には五月雨式に突撃を繰り返す破滅の軍勢の姿があり、そのモンスター達に容赦無く朱色の短槍は降り注ぎ屍に変えて行く。
そんな光景を見ながら「…ああ」と俺はセイバーに頷き返すが、既に数千ものモンスター達がアリシアの朱色の短槍により散っている、それはもう戦闘ではなく虐殺に感じられるほど圧倒的だった。

「…何て言うか、もうアリシアだけで、ここ大丈夫なんじゃないか?」

「………だな」

手にした短弓を放つ事無く手にするデビットと、『救世主の鎧』に乗り込んでいるセルが上空で短槍を放ち続けているアリシアを見詰め。
俺達の後ろからは、アリシアの神々しい姿と先程の大魔法を見た後からか、色々な人達から祈りの言葉が聞こえて来る。

「―――ですが、アリシアが如何に神霊の位に位置する者でも、あれ程の魔力を使い続けているのです、そろそろ限界が来てもおかしくはないでしょう」

「そうだな」

「そんな事は無いわ、そもそもアリシア本人に魔力は殆ど無いのよ。
それでも、あれ程の魔力を使い続けられるのは、私のキリツグと同じディアブロから供給されているから―――だから、アリシアが魔力不足で戦えなくなる事は無いわね」

「―――そう言われれば、確かアリシアの魔力って俺よりも少ないんだったけか」

そう語るセイバーに頷いた俺だが、イリヤが口にした言葉で思い出す。
確か、聖杯戦争の時に遠坂がアリシアを魔術師と見破ったのはアリシアのは擬似神経である魔術回路とは違い、リンカーコアとかいうモノらしくて、負担が無く常時魔力生成が出来る反面、遠坂どころか俺よりも遥かに少ない魔力生成量なので、感知した遠坂が洩れていると思った程だ。
まあ、その時、当の本人は奇跡の担い手である魔法使いであるにも関わらず、魔術師と魔法使いの違いすら知らない問題児だった訳なんだが。

「っ、では、アリシアの魔力は尽きる事無く、およそアリシアが制御に掛かる疲労以外では魔術を使い続ける事が出来るという事ですか!?」

「―――そうなるわね、そもそもアリシア本人の魔力なら、あの光弾一つ展開するのに数年は掛かるわよ」

「自身に無いのなら、他から調達すればいいとは言いますが………何という、これが神霊の位に位置する者の実力ですか」

イリヤとの会話から、セイバーはゴクリと固唾を飲み込み上空で短槍を放ち続けるアリシアを見やり。
そして、暫く考えを纏めていたのだろう閉じていた目を開くと、『念話器』を使い司令部へと連絡を取り、魔術師っぽい格好をした通信の担当者が出たあと先程の将軍らしき初老の男性が現れる。

「―――戦いも始まって間もないと言うのに、如何なされたセイバー殿?」

「予想外の事ですが、良い知らせです将軍」

「ほう?」

「私達が守備する防衛線の左翼ですが、アリシア・T・エミヤの魔術と装備により、およそ二、三時間は一人で持ちこたえる事が判明しました―――故に、ここ左翼に割り振られた人員の三分の一は予備兵力と判断する事が出来ます」

「―――なんと!?いや、馬鹿な!防衛線の片側をたった一人で護りきれるていると貴殿は申すのか!?」

「…はい、現状ではここ左翼防衛線でアリシア以外の兵は矢を一つ放つ事すらしていません」

「そんな馬鹿な―――通信兵、他の指揮官は如何か?」

将軍はセイバーから視線を外すと、見えないがそこに居るのだろう相手に視線を向け、離れていて聞こえはしないが何やらやり取りしていた後「―――何だと!?」と驚愕の表情を浮かべた。

「………なんと、本当に…たった一人で既に数千もの相手を倒しているとは………先程の天変地異の事と言い…一体、その人物は何者かね?」

「彼女は私の家族のであり、頼もしい仲間でもあります」

「…成る程、セイバー殿程の者となれば集まる者達も只ならぬ者ということですな」

「買いかぶり過ぎです将軍、私は」とそこまでセイバーが口にすると「―――大変です将軍!?」と通信兵らしき声が聞こえ。
「如何した?」と将軍が声の方へと視線を向けると、「防衛線右翼が、後方より襲撃を受けているもようです」と『念話器』越しに悲鳴の様な声が響いてくる。

「―――む、後方から…しかし、側面側及び後方からの敵襲に対しては、拠点防衛に適したゴーレムを主力とする部隊を展開していた筈ですから、そう容易く崩れるとは思えませんが?」

「むぅ、セイバー殿の言われる通り…その筈なのだが―――何、たった三人の敵兵に!?」

将軍に報告しているのだろう、『念話器』越しに聞こえて来る声からは切羽詰った感じで、王国軍の切り札的な部隊である鉄甲騎兵団とも呼ばれているゴーレムを主体とした部隊が、僅か三人の相手に壊滅させられた旨が伝えられている。
その三人の特徴はあらゆる攻撃を弾き返す半裸の巨漢、動きが素早く連続で放てる銃や爆発物を使う仮面の男に、恐らくライダーと同じく魔眼保持者なのだろう目線を目隠しで覆った女性らしい。
聞こえて来る報告からは、その三人が一週間ほど前に空に現れ、宣戦布告をしてきた破滅の将に違いないとの事だった。
その三人が多数のモンスター達と共に現れ、右翼側に配置させられた鉄甲騎兵団は壊滅し、現在王国軍兵士達が交戦しているものの分は悪いようで、防衛線右翼側の指揮系統が混乱の極みに陥り壊滅するのも時間の問題らしかった。

「…むぅ、よもや破滅の軍勢の将がその様な手錬だとは…増援を送ろうにも―――いや、まて…セイバー殿、先程三分の一は予備兵力として使えると言われてたか」

「はい、ここ防衛線左翼側はアリシアと、何かあった時への対応として現在展開している兵員の三分の二もいれば十分対処可能と思われます」

「―――これも天の采配か…では、セイバー殿貴殿等に破滅の軍勢を指揮する将討伐の命を下す」

「しかし、左翼にいる我々が向かうよりも、中央にいるルビナス・フローリアス達の方が逸早く救援に駆けつけられるのでは?」

「…残念ながら、救世主候補生は学園とその上の王宮が命令権を持つ為に、我ら王国軍の命令ではは動かせんのだ。
そして、報告にあった三人、およそ普通の兵では太刀打ち出来まい…しかし、我ら軍が救世主候補と認めた実力を持つ貴殿等ならきっと勝てると信じている」

「―――分かりました将軍、ならばその救援に向かいます」

将軍は「兵達を頼む」と告げ通信は切れ、俺達の方へと向いたセイバーは「これより我々傭兵部隊は一度、後方へと退いたのち、右翼側に侵攻して来た軍勢の討伐に向かいます」と告げる。

「万が一という事があります、ニティ、貴女にはアリシアの護衛をお願いします」

「言われなくてもマスターは私が護るわ」

ニティはセイバーにそう告げ、うっとりとした表情でアリシアを見詰める。

「破滅の将ね…
(殺すのは簡単だけど、その前に書について知っている事を話して貰わないといけないわね…)」

「まあ、いいわ」と呟くイリヤからは何処か底冷えする感じを受けるが、俺達も移動を始め、他の指揮官にも将軍から命令が下ったのだろう、俺達以外の傭兵部隊も移動を開始し、戦線は右翼側を中心とした戦いへと変わっていった。



[18329] アヴァター編13
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/24 00:31

バーサーカーにセイバー、そして『救世主の鎧』を纏ったセルが楔の先端となり、群がるモンスターを薙ぎ払って行く。
その周囲には、槍や長鉈等の長柄武器を手にした者達が密集した隊列をなし、セイバーの指示に従い突撃を行う様は正に槍の壁とすら呼べる陣容だろう。
そして、その内側では俺やデビットは弓を手に、イリヤのように魔術に長けている者達はそれぞれが詠唱を行い、他にも一度しか使えないらしいが巻物に記された魔術を使い援護を行う人達も数多く見受けられる。
バーサーカー、セイバー、セルの突破力に、攻撃性の高い槍の壁が楔形の隊列で突き崩し、援護の魔術で火や氷の矢、光弾が飛び交い、爆炎、爆風が吹き荒れ、雷が舞うなか破滅のモンスター達は次々と倒れ、破滅の軍勢はなす術も無く駆逐されて行くばかりに思えた―――

「ヒルムナ!マズ…ハ、アノオオキイヤツラカラシマツシロ!!」

爬虫類を連想させる鱗に覆われたモンスターが指示を下し、植物と動物を併せた様な大型のモンスターが数体向かって来る―――それだけなら、バーサーカーやセルの敵では無いだろう。
しかし、大型のモンスターは無数の蔦の様な触手を伸ばし、小柄なセイバーは避けれたが、巨体が災いしたのかバーサーカーとセルが絡め取られてしまう。
更に驚きを隠せなかったのが―――
紅い装束を着た魔術師の様な奴ら、如何やら幽霊に近いらしく、負の想念から生まれて来るモンスターらしいが、そいつ等が蔦を使うモンスターにより動けない瞬間を狙い、素早く二人に近付くと―――轟音と共に自爆した。

「っ、自己犠牲呪文か!?」

「威力は高いが範囲は狭い、隊列を密にし近付かせるな!残りの者は矢と魔術を用いセルビウム・ボルトを援護せよ!!」

後ろから、アヴァターの魔術に詳しい奴なのだろうと思うがそう聞こえて来た事から、あの紅の装束を纏ったモンスター達が行った魔術が何なのかが判明しすると、セイバーはすぐさま指示を下す。
その自己犠牲呪文の威力は凄まじく、一体が使う自己犠牲呪文だけでAランクはあっただろうか。

「バーサーカーは大丈夫なのか?」

「大した問題じゃないわ、バーサーカーは宝具『十二の試練』(ゴット・バンド)があるから、十二回殺されなきゃ死ぬ事は無いわよ」

数体掛りに飛び掛られ、爆発したバーサーカーを目にした俺は、流石に不味いかと思ったが、イリヤは全身から煙を上げるバーサーカーを見詰め、「へぇ、モンスターでもバーサーカーを殺せるんだ」と感心したように呟いている。
破滅のモンスター達を指揮している爬虫類ぽい奴が、「―――ヤッタカ」と口にしているなか、自己犠牲呪文の威力で蔦が吹き飛んだバーサーカーは、全身を煙で包みながらも何事も無かった様な感じで前に足を踏み出し。

「■■■■■■■――――!!」

魂すら凍らせ絶望すら抱かせる咆哮と上げると同時に、手にした斧剣を凄まじい速さで振るうバーサーカーは蔦の触手を持った大型モンスター達を薙ぎ払い一蹴してまう。
そんなバーサーカーだが、紅い装束のモンスターをまるで無視するような感じで戦っていた為か、再度纏わりつかれ自爆に巻き込まれる―――しかし、今度は傷付いた様子すら見せず、無慈悲な狂戦士は容赦無く周囲のモンスター達に死を振りまく。

「ヘラクレスであるバーサーカーは、一度乗り越えた試練なら二度と失敗する事は無いわ、だから―――」

「―――蘇生魔術の重ね掛けに加え、一度殺した方法ではバーサーカーは二度と傷付く事が無いという事ですか。
(敵であった時は恐るべき相手でしたが、味方になればこれ程頼もしい者はいないでしょう―――いや、それよりも聖杯戦争時に、彼の大英雄がアーチャーとして現れなかった事を幸運と思うしか無い)」

クスリと笑みを漏らし、頼もしげに説明するイリヤに割り込んだセイバーは、バーサーカーに敬意を払っている様子だったが、横で聞いていたデビットは「―――マジで化け物だな」と口にしていた。
だが、セルが乗っていた『救世主の鎧』は、数体掛りの自爆により両足の至る所が損傷し、外から見れば動くのは困難だと判る。

「っ、くそ、脚が―――仕方ねぇ、剣は振るえねぇが砲台くらいには…なれるか」

元々、胴体と脚の部分には魔術的な技術が使われているらしく、空間が空いているから足元で自爆を受けたとしても胴体の損傷はほぼ無いといってもいい、その為、傷付いた両脚との魔術的連結を解除すると、背中に四対ある伸縮自在の槍と手に持つ斧剣を脚の代わりに使い立上り、空いている腕を飛ばしモンスターを貫いた。
「―――バ、バケモノダ」と指揮していたモンスターが逃げ出すと同時に、破滅の軍勢が総崩れになるなか俺達は進撃を続け、丘の上へと辿り着き防衛線右翼側の状況を見て絶句した。
―――そこは正に灼熱の地獄だった、塹壕よりも下は紅蓮の溶岩が溢れ出し、溶岩の海と表現すら出来る、その溶岩の海からは無数の紅の触手が伸び周囲のモンスター達を焼き払い、溶岩の熱と想像を絶する出来事に塹壕の上に陣取っていた友軍も大混乱に陥っている様子だった。
更に、人やモンスターの死体が集まった十メートル近い巨人の上半身を模した何かまでいる始末。
俺と同じく、灼熱地獄を見た者達の士気は急激に下がり、「あんな化物…如何やって倒せばいいんだ……」とか「………もう終りだ」とか口々にしだす。
とはいえ、巨人は兎も角として溶岩の触手には何処か見覚えがあり―――あっ!?

「―――アレ…て、まさかポチか」

「ちょっとまてエミヤ!ポチってアリシアのペットで丸くてよく回ってるヤツだろ!アレの何処がポチなんだ!?」

「いや…俺も詳しくは知らないが、ポチは見ての通り溶岩を使えるんだ……」

「アリシアに確認しました―――その結果、今、目にする溶岩と蠢く触手の持ち主は間違いなくポチだそうです。
しかし―――アレは、私が予想していたよりも遥かに巨大だ」

「う、嘘だろ…」と零すデビットだが、逸早く『念話』で確認したセイバーが俺に代わり答え、それを聞いたデビットは「………マジかよ」と固唾を飲み込む。
ポチに幾つか指示を出し、その通りに溶岩が蠢く様を見せたセイバーは、溶岩の中にいるモノは我々が事前に呼んだ精霊だと部隊の皆を激励した事で士気は戻り、俺達は混乱し浮き足立つモンスター達へと突撃を開始する事となる。
俺は丘の上から援護の為矢を放っていると―――

「―――っ、アイツ戦場でなんて格好してるんだ!?」

上半身だけの巨人の近くで、およそ戦場には相応しくない―――いや、というよりもほぼ全裸に近い格好をした女の子が、杖を手に銃を手にする仮面の男と向き合っている。
まて―――仮面と銃?

「―――破滅の将か!?」

「むっ、シロウ、敵将の姿を確認したのですか!?」

「ああ」と指で示し、更に注意して見れば、周りにいるのが救世主クラスの皆だと判り。

「今、救世主クラスの皆が戦っている最中だ」

そして、上半身だけの巨人相手にルビナスが大剣を構えている事から、アレも破滅のモンスターか何かなのだろうと判断を下すと、剣の丘から一振りの剣を取り出し、弓に番え魔力を込める。

「赤原猟犬(フルンディング)」

真名を開放し、放たれた猟犬の名を冠する剣は、狙い違わず破滅の将の一人を貫いた後、上半身だけの巨人へと突き刺さるのを確認し呟く。

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

だが―――内包した魔力が爆発した事により巨人の半分近くを吹き飛ばしたものの、地面から死体が競り上がるが如く蠢き瞬く間に巨人の体は復元してしまう。

「っ、あの巨人はアレくらいの攻撃じゃ駄目なのか!?」

「―――では、私が行きます、後の指示は『念話』で」

宝具の爆発にすら耐えうる巨人に、驚きを隠せなかった俺の前をセイバーが駆け抜けて行った。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第13話


破滅の軍勢に襲撃を受けている右翼へと、リコの逆召喚で転移すると同時に、私達はそれぞれモンスター達を倒して行く。

「大いなる欲望、光を持って薙ぎ払え」

シアフィールドさんの放った爆炎に気を取られている隙をつき、エルダーアークに根源力を収束させ解き放ち、直線状のモンスター達を薙ぎ払う。
ダリア先生の教育態度は失格かもしれないが、授業内容には私達同士で戦う事も多いい、その為、私達は他の人が如何戦うのか予測出来易く互いに連携しながら戦う事が出来ていた。
故に、白兵戦能力が高い私とヒイラギさんで、向かって来るモンスター達の突撃を止めつつ、前衛と後衛の両方をこなせるトロープさんとリコの両名は、援護と漏れたモンスターの相手する事で、詠唱と集中に十分な時間を与えられたシアフィールドさんの攻撃魔法は面を攻めモンスター達を一気に撃破してしまえる。
そうは言っても、向かって来るのはただのモンスターの群れでは無く、破滅の軍勢なので、私達が相手をする数も半端では無い―――が、数の劣勢は一時的とはいえ私の分身を練成する事でどうにかでき。

「エルストラス・メリン・我は賢者の石の秘蹟なり、我は万物の根源たる四元素に命ずる爆ぜよ」

僅かな隙をついて、私も攻撃魔法を唱えると面でモンスター達を吹き飛ばす。

「これで防衛線の破綻は何とか回避できそうね」

「そのようね」

「何とかなったから良いけれど……あのまま、中央で待機している間に、ここが破綻していたらと思うとゾッとするわ」

周囲を見渡したトロープさんが確認し口にした言葉に私は頷き返し、知らない間にこの右翼側が破綻した時の事を想像したのかシアフィールドさんは眉を顰めた。
私達が救援に駆けつけた事で、戦線は破綻せず維持する事が出来、混乱した指揮系統も今では戻りつつある。
それでも、壊滅した師団の生き残りの負傷兵が多く配置されていた右翼側後方の損害は多く、気が付くのがあと少し遅れていたら完全に壊滅していた事は否めなかったでしょう……

「こんなものですか、救世主というのは―――がっかりですね」

「そう―――たかが、破滅のモンスター達を倒したぐらいで天狗になっているとは、可愛らしいこと」

「王国軍は遊び相手にもなりゃしなかったが、お前ぇらは如何なんだ」

モンスター達の襲撃を堪え、騒然としている場に現れる三人、その後ろには指示を待つようにして数知れないモンスター達が控えている、この三人が空に現れた破滅の将で間違いなさそうね。
三人の特徴は仮面の男に、目線を目隠しで覆った女性、半裸の巨漢…その内の一人を私は知っていた―――

「―――ロベリア」

「久しいわねルビナス、あの時昇天したと思っていたけれど、生きていたのなら千年前の借りは返させてもらう―――もっとも、その出来損ないのホムンクルスの体で何処までもつかは疑問だけど」

千年の時を越えて再会したロベリアは、この千年の間に何かあったのか顔を目隠しで隠している。
それでも、私を嘲笑しているのだから見えているのでしょうけれど。

「俺の名は……」

ロベリアの隣にいる二人の内の一人、半裸の巨漢が名乗りを上げようとすると。

「ムドウ……」

「ん?」

「八虐無道」

「なんだぁ?俺様もとうとうそこまで有名になったかあ?」

「……柊 天道を知っているか?」

「申県の柊の里を襲った事があるであろう!」

「ん?ああ、思い出した。
御上に差し出す年貢をよこせと言ったら兵隊を送ってよこした馬鹿な領主がいたから、四肢を切り飛ばして、子供の見ている前でヤツの女房を犯してやった事があったなぁ」

「私の……父だ!!」

「こりゃあ驚いた。あのガキが今じゃ救世主候補様とはね……こんなにうまそうな娘に育つんなら、あの時食っておけばよかったぜ」

「なにを!」

「そんな挑発に乗っては駄目よヒイラギさん、仇を討ちたいのなら余計に冷静にならないと、討てる相手も討てなくなるわ」

「っ、拙者とした事が…ルビナス殿、すまないでござる」

ムドウと名乗る巨漢の挑発に乗りそうになり、今にも飛び掛らんとしたヒイラギさんを窘め落着かせる。
怒りが無くては戦い続ける事は出来ないけれど、過ぎた怒りは冷静さを欠き、冷静さを無くせば視野を狭くさせ、動きも単調になるから本人の意思とは真逆に隙だらけとなる、そうなってしまえば本来なら勝てる相手にも勝てなくなってしまうもの。

「…なるほど、二人にも知っている顔がいましたか」

「―――ならば私も」と仮面で表情は判らないけれど、ロベリアとムドウに向けていた視線を私達に向け続ける。

「我が名はシェザル…破滅を願う者。
そして、私もお前達に聞こう、お前達は何者なのか……と」

「……シェザル?そんな……」

「救世主候補生など言う未完成の身分がお前の本質か?
それとも、ベリオという名がお前を表現する全てなのか?
その肉体がお前の本質なのか?
ならば、抜け落ちた髪を自分自身と言えるのか?
切り取られた腕は?もぎ取った首は?お前自身は……どこにある?」

「この声……まさか………」

この時、トロープさんに語りかけたシェザルと名乗る仮面の男の言う事は意味不明に思えた―――

「人は死を迎えた時にだけ、『それ』を悟ることが出来る、そこに…自分が『いた』のだと―――分かるか……ベリオ」

「まさか…そん………」

「しっかりしなさいベリオ!」

「…そうです、昔は如何あれ、今は破滅のモンスター達を纏める破滅の将の一人、倒さなければアヴァターに住む人々が彼等の手により殺されてしまいます」

「ご、ごめんなさい……」

昔の恩人だったのか、シェザルのよく分からない言葉に動揺しだすトロープさんを、シアフィールドさんとリコの二人が現実に引き戻し、トロープさんは自身の動揺を無理矢理なのでしょう抑え込んだ。

「さしずめ破滅の救世主候補ってところだな」

ヒイラギさんの仇であるムドウが私達を見据える。

「冗談言わないで!皆の為に戦い、認められたのなら兎も角、破滅の誘惑なんかに下ったヤツに、救世主候補を名乗る資格は無いわ!」

「ふっ…そう、貴女達、ルビナスからは何も聞いてないのね」

「如何言う事よ!」

シアフィールドさんの剣幕にも、ロベリアはそよ風が吹くが如く表情一つ変える事無く、一度私の方に顔を向けた後。

「この世で真の救世主になれるのは唯一人だけ。
そして、世界が白と赤の二通りの理でできているのなら、候補者から白と赤の救世主が選ばれ、話し合いや殺し合い…手段はともあれ、一つとなり真の救世主は誕生するのよ。
なら、その理を補助する者も白と赤の二通りあると考えるのが当たり前ではなくて?」

「デタラメを……第一、救世主は私達人間を助ける為の存在なのよ!
お前達破滅やモンスターなどと手を組むはずがないじゃない!」

「貴女は救世主になった事があって?」

「なっ!?そんなのある訳が……」

「無いのなら、どうして救世主が人間の為だけにある存在と言えるの?
私は、そこのルビナス同様、千年前に白の精と契約を交わし白の救世主となった者―――差し詰め、貴女達の先輩に当たるわね」

「―――白の救世主ですって!?如何いう事よルビナス!」

シアフィールドさんは、ロベリアから私に視線を向けて来る。

「ロベリアの言ってる事は本当よ―――そうね、真実を言わなかったのは謝るわ。
でも、真の救世主は貴女達が考えている様な存在では無いのよ……本来ならこの戦いが終わった後、アリシア達を交えて話そうと思っていたけれど」

ここで話してしまったのなら、皆はもう戦えなくなってしまうかもしれないとも過ぎるが、他の二人もロベリアと同格の実力の持ち主ならば、疑問を持ち戦うのは逆に命取りになるでしょう…

「皆、心して聞いて欲しい…救世主こそが破滅を滅ぼし世界に平和をもたらすと伝えられているけれど、逆なのよ…真の救世主こそが、真の破滅をもたらす者。
真の救世主が現れる時―――全ての命は滅び去り、世界は新たな理と共に生まれ変わるわ…」

「っ、救世主という者がそんな曲者でござったとは!?」

私の話を聞いたヒイラギさんは拳を握り締める。

「その通りよ、そして、真の救世主たるべき資質を持つ方は現在もっとも白の主に相応しい方でもあります」

「―――先程の事といい…その方が、己の使命を自覚されれば、貴様らなど塵芥に等しい」

ロベリアとシェザルが告げる白の主アリシア、先程の大魔法を使ったのがアリシアなら、その実力は計り知れない、でも―――

「っ、そんなはず無い―――あの子は私に優しくしてくれた……私を戻してくれたあの子がそんな事をする訳が無い。
きっと、イムニティに騙されているのよ、話して説明すれば救世主になんかになる筈は無いわ!」

かつて親友だったロベリアとの戦い同様、救世主の伝説を信じた人達がこんな気持ちにならないようにする為、私とミュリエルは皆を指導し監視していた。
なのに―――よりにもよって、私を元に戻したアリシアが白の主だなんて……それに、アリシアは見る限りでは、白よりも赤の方が近い感じがするわ、なら、イムニティの契約に問題があったとしか思えない!

「はっ、だから―――そうなる前に俺達がテメェらをブッ殺しに来たって訳よ」

「ついでに赤の精オルタラ、今はリコ・リスと名乗っているそうだけど貴女の命も頂くわ」

「今はマスターが居なくても、元マスターであるルビナスが傍にいてくれれば私の力は十分使えます。
それを―――いくら契約していないとはいえ、仮にも世界の半分の理を司る私を、ついでにとは……甘く見られたものですね」

ムドウとロベリアの言葉にリコが目を細め。

「っ、ニティ殿が―――なら、白の主とは…そういう事でござるか!」

「リコが赤の精とか、解らない事だらけだけど、世界を破滅させようとする、あんた達の思い通りにはさせない!」

話はこれでお終いと白の将三人が構えると共に、召還器を手にしたヒイラギさんとシアフィールドさんが構える。
どうやら、イムニティと付き合いがあったヒイラギさんは白の主に思い至ったようね。

「どうする、ルビナス?」

「ロベリアの事は私が良く知っている、貴女達は残りの二人をお願いするわ」

「では、拙者はムドウの相手をいたす」

「なら、私は変な仮面をした奴を相手にするわ」

「リコとトロープさんは二人の援護をお願い」

シアフィールドさんの問いかけで、皆に指示を出しリコとトロープさんがそれぞれ、「はい」、「……は、はい」と答え。
ムドウとシェザルも「テメェら出番だ」、「行け、モンスターども」と後ろに控えていたモンスター達や見慣れない衣装を着た兵士達が突撃して来る。
私達の後ろで様子を見ていた王国軍兵士達も、「王国軍の意地を見せてやれ」とか「伝承が如何であれ、このアヴァターを救う者には違いない、救世主候補生をお守りしろ!」と叫びを上げ破滅の軍勢と激突した。
根源力で全身を強化し、瞬時に私とヒイラギさんはロベリアとムドウの二人へと間合いを詰め戦いを始める。
片手剣でエルダーアークを受け流すロベリアは、昔同様動作に魔法の含みを持たせ、剣と魔法の連撃を使ってくるが間合いを調整し、大剣であるエルダーアークの一撃を持って押し戻す。
横目では、タタタタタと軽快な音をたて連射銃を撃ち放つシェザル相手に、シアフィールドさんは障壁で防ぎ攻撃の機会を窺っている。

「はっ、そんなもん、俺の硬気功には効きやしねぇ!」

ムドウと戦うヒイラギさんは牽制なのでしょう、数本の苦無いと呼ばれる手裏剣を投擲するが、ムドウの体に刺さる事は無く、効いていない様子だった。

「何処を見ているルビナス!」

「ちぃ」

踏み込みと同時に、ロベリアの手にする剣が三度の突きを放つ、その内二撃は避けたが、避けられない一撃はエルダーアークで受け、その力を利用し薙ぐように振い、ロベリアはバックステップしながら剣で受け止め後退した。

「もうやめて、シェザル兄さん!」

油断無く構えていると、ホーリーウォールという範囲の広い防御障壁使い、銃を連射しているシェザルの弾丸から、他の兵士達を防いでいるトロープさんの悲痛な叫び声が戦場に響き渡る。

「っ、そう言う事―――兄妹同士で戦わせるなんて、相変わらず趣味の悪い…」

「―――何を言ってる、シェザルとその妹を呼んだのは白と赤の精の二人……私は関係が無い」

「まあ」と呟きシェザルへと顔を向け「シェザルの妹だから碌でも無い奴だとは思うけど…」

「そんな事無い、トロープさんは良い子よ」

「はっ、大方あんたと同じでカマトトぶってるのさ!」

「昔も言ったけれど、私はカマトトぶってなどいないわ」

「…貴女も昔と変わってないわね」と少し昔の事が過ぎり気が付く。

「処でロベリア、貴女…召還器はダークプリズンはどうしたの?」

「…あんたのこの体を乗っ取ってから、使えなくなったのさ…あんたが小細工をしたんじゃないのかい?」

「そう…もう召還器の声も聞こえないのね」

「ふんっ!それがどうしたっ!今の私には力があるッ!召還器など必要としない程の力がッ!」

「…そう、なら悪いけど、その体、返してもらうわ!ロベリア!!」

「ほざけ―――裏切り者が!!!」

同時に踏み込む私とロベリアの剣は、互いに激しく激突を繰り返し火花を散らす。

「ルビナス!アンタは、そうやって、また心の中でほくそ笑みながら、私を見下す!」

「っ、あいかわらず、ロベリア。
それは、被害妄想と言うのものよ?私はいつだって、貴女を…」

「奇麗事を!いつだって、私は救世主候補御一行の汚点!
薄汚れた醜い妖術戦士!白や紫の服がお似合いの御一行で唯一、真っ黒な服をまとう、暗黒騎士!」

「貴女がそんな役割を引き受けてくれた事を、私達はいつも感謝してたわ」

「戯言を―――言うな!」

間合いを離すと同時に、ロベリアは黒い霊気を放ち。

「なら―――貴女を滅ぼすしかない!」

飛来する黒い霊気を、解放した根源力で相殺し間合いを詰め剣を振るった。

「どうして!ロベリア、貴女だって今の世界で生まれた一人でしょう、どうして蘇ってまで破滅に荷担なんかしたの!?」

「あんたにはわからない、ルビナス!美しさも、力も、才能も持っているあんたには絶対に解らない!
私の故郷は破滅に滅ぼされ!私の体も破滅にズタズタに切り裂かれ――――――だから解る!
破滅は力だ!破滅から身を守る方法はただ一つ!
破滅を支配する力をもつ事だけ!」

ロベリアの剣に激しさが増す。

「その力を求めて何が悪い!どのみち、今の理で破滅は従えられやしないのさ!
そして―――ルビナス!お前は私の壁だ!!
お前を越えなければ、もう私は前に進めないんだよ!!!」

「力を得て……欲しかった安心は得られたの?」

「―――っ、うああああっ!あんたなんか嫌いっ、ダイッ嫌い!」

「―――私は貴女の事が好きだったわ」

怒りで動きが単純化した瞬間を狙い、根源力の全てを自身への強化に割り当てロベリアの剣を弾くと同時に一撃を見舞った。
「……ふぅ」息を吐き自然体に戻すと、倒れたロベリアに注意を払いながら周囲を見渡す。

「ちぃ、ちょこまと―――禁固が楔、我亡の呪法…喝ぁぁぁ―つ!」

声に驚いたのか、ムドウと戦っていたヒイラギさんの動きが止まる。

「……何の真似だ」

「そういやよぉ、食い残しをよ思い出してな」

「………食い残し?」

「親父を殺され、お袋を殺され、暴れるガキがいやがってなぁ…けど、まだその体を楽しむにゃ、熟れてなくてな―――後々楽しもうと思ってなぁ?」

「………」

「―――そん時、傀儡の術を仕込んでおいたんだよ………て、おい…何で動ける?」

術が失敗した事に動揺するムドウに対し、ヒイラギさんはゆらりと自然体で間合いを保ち。

「…………そうか…アレは貴様が仕込んだのか。
汝、八虐無道。宝嬉元年国許において咎なきわが父母を討ちて立ち退きし大悪人―――そして、師匠に拙者が猫にすら劣る者と思わせた…それこそ万死に値する大罪である」

「師匠だと?」

「―――貴様らが主と呼んだ者だ!」

瞬時に間合いを詰め掌打を打ち込む。

「何度も言ってるだろ!テメェの技なんか効きやしねぇんだ―――っ」

こちらからだと、ヒイラギさんの掌が軽く触れただけにしか見えなかったけど…体を崩すムドウの様子からして手痛い一撃だったみたい。

「ぐぅ…硬気功が効かないだと……テメェなにしやがった!?」

「拙者が勇気を持ち欠点を克服しようとした時、師匠から教わった技には二つある……一つは、今の様に如何に外面を強固にしようと関係無く内部を破壊する術に」

鋭いムドウの剣閃は、ゆっくりした動作にも見えるヒイラギさんの動きを捉える事が出来ず、独楽の様に大剣を振り回すも虚しく空振りするだけだった。

「捉えられねぇ―――こりゃあ、如何いう事だ!?」

「もう一つは…この世界アヴァターと同化する事で、人の身では不可能とされる事さえ可能にする力を得る事―――残念ながらその技は拙者が未熟故…会得出来ずにいるが、代わりに敵意を軌道として感じ取る事が出来る様にはなれた―――無道、既に貴様の動きは見切っている」

「馬鹿な…なんだそりゃ、そんな術は聞いた事がねぇ……」

一瞬の隙を逃さず、呆然とするムドウの懐に飛び込むと左胸に掌拳を当て。

「汝の悪行もこれまで、散れ無道…」

打ち込んだ掌に力を込め捻じり込む。

「が…ぁぁぁ……」

手を放し、背を向けるヒイラギさんの後ろで、目や耳、口から大量の血を溢れ出し崩れるように倒れるムドウ、これでロベリアに続き、破滅の将がまた一人倒れた。

「っぅ、ムドウが……余裕だな…ルビナス」

倒れていたロベリアが剣を杖代わりにしながら身を起こし私に顔を向ける。

「投降し、封印刑を受けるのなら、私は貴女の助命を嘆願しても―――」

「っ、見下すんじゃないよ!」

「この地に集う死霊よ…我に再生の力をッ」そう呪を紡ぎネクロマンシーの秘術を唱えると、ロベリアの体が再生を始め。

「くっ…お前に…お前に何がわかるッ!この千年…死体を操り、ただひたすら復讐を願ってきた私の何がッ!」

「千年の時を超えてきたのは、貴女だけじゃない―――貴女の千年と、私の千年。
いいわ、どちらが正しかったのか…決着をつけましょう…」

「いいさ…この千年で得た力、存分に見せてやる―――来いアンデット達よ!!!」

ロベリアの声と共に、命無い手が無数に突き出したかと思うと、呼び出された死者達はロベリアを埋める様に集まり一つとなって行く。

「アヴァターに屍体の埋まっていない大地は無い!こと、現に戦場となっている所なら、尚更ねっ!」

「巨大アンデット…そんなものが私相手に有効だと思ったの?」

「エルストラス・メリン・我は賢者の石の秘蹟なり」呪いを紡ぎ、「我は万物の根源たる四元素に命ずる」死者達に埋まってゆくロベリアを見据え
、「爆ぜよ」と発動させ―――

「―――っ、魔法が発動しない!?」

「あはははは!言ったろルビナス、千年で得た力を見せるって!」

「っ、だったら」

エルダーアークに根源力を収束させ解き放つ、だが、腕を交差させ防御障壁を展開しながら受けの姿勢を取った巨大アンデットの体を僅かに斬り裂いただけとなり、その損傷も見る見る内に塞がってゆく。

「その成果がこれさ、私自身を核とする事により、死体の魔力を使い、内部から爆発させるあんたの錬金術も、丸ごと焼き払うミュリエルの魔法にも対応させた強力なアンチマジックを備えさせ、あんたらの魔法は効かないが、私のネクロマテックの秘術は使える!
再生には死体が必要な処が難点だけど、先程も言ったようこのアヴァターに屍体が無い場所は無いのさ」

ロベリアを覆う死体の群れは、次第に形を巨大な人の上半身の形に変えると、巨大な腕を私目掛け振り下ろし、その巨大な拳を後ろに跳びながら、エルダーアークで衝撃を緩和させ受ける。

「っ、見た目通りの力って訳ね」

「そうさ、そして魔法は効かず、頼みの剣も強力な再生力により阻まれ―――尚且つ、圧倒的な力を持つ不滅の巨人、このカーリド・イムラークにあんたは何処まで耐えられるかい?」

先程の衝撃を殺しきれずにいた事から、巨大な拳をまともに受けていては、何れ体が持たなくなるのが解った。

「ルビナス殿、加勢するでござる!」

カーリド・イムラークの巨体を見たヒイラギさんが近寄ろうとするが―――

「はん、邪魔するんじゃないよ!」

「くぅ」

巨大な腕を払う様にするロベリアの動きに、直撃こそ免れたが、一度に広い範囲を薙ぎ払う動きにヒイラギさんは近付く事が出来ないでいる。
―――っ、ロベリアにまさかこんな奥の手が残っていたなんて………いえ、これは一度倒した時に友達だったからせめて命だけはと思い封印しなかった判断の甘さが招いたミス。

「ヒイラギさんはもう一人の破滅の将をお願い!」

「―――っ、分かったでござる」

恐らくこのロベリアのカーリド・イムラークは、救世主候補生全員で攻めなければ倒せない…それをヒイラギさんも悟ったのでしょう、リコとシアフィールドさんが戦うシェザルへと踵を返す。

「あははははは、そうだ踊れ踊れルビナス」

魔法を防ぎ、凄まじい再生能力を持つ、更にはロベリアの屍霊術士(ネクロマンシー)の魔法が使え、巨大な拳を振るう不滅の巨人、カーリド・イムラークだけど欠点はある。
動きの遅さ、それがあの巨人の弱点、だから私がとる行動は、皆が破滅の将の一人シェザル倒すまでロベリアを引き付ける事、私はロベリアの攻撃を避け続ける事に徹した。
だが―――

「痛っ」

リコが転移を繰り返し、かく乱と牽制を行い、ヒイラギさんが苦無いを投げ接近戦を行う機会を窺っているなか、シェザルの銃弾を障壁で防いでいたシアフィールドさんは、射撃が弱まった隙を突き魔法を放とうとした刹那―――鞭で打たれ倒れ伏す。

「悪いね…アタシはシェザル兄さんの味方なんだよ」

そう口にするトロープさんは青色のローブを投げ捨て、その下からは漆黒の皮の衣装が申し訳ばかりに細い体とたわわな乳をつつみ込んだ肢体が現れ。
そして、蝶のマスクをつけ倒れ伏したシアフィールドさんを腕を回すように起こすと、手にした鞭を放し、どこからともなく取り出した短剣を喉元に突き付ける。

「仕方ないだろ、アンタ達が兄さんを殺すって言うのだから―――実際、破滅の将を倒したヒイラギ・カエデと、甘ちゃんだけど強さは本物のルビナス・フローリアスはヤバイから」

「…っ、いくら貴女の兄でも、今は破滅を指揮している将、破滅の将であるあいつ等を倒さないと、皆が殺されてしまうのよベリオ」

「ベリオ?ごめんね、今の私、ベリオじゃないの…アタシの名前は闇に羽ばたく虹色の蝶、ブラックパピヨンさ」

戦闘用に作られたらしい鞭の一撃を受け、苦痛の表情を浮かべるシアフィールドさんにトロープさんは自身が盗賊ブラックパピヨンだと告げた。

「―――ははは、だから言ったろ兄が兄なら妹も碌でも無いって」

「アタシは兄さんの為にであって、アンタの為にやってるんじゃないよ」

「それでも結果が同じなら同じ事―――アンタは十分破滅の一員だよ」

ロベリアは面白さからか動きを止め、トロープさん―――いえ、ブラックパピヨンに向き。
私もシアフィールドさんが人質に取られているのでブラックパピヨンの動きに注目し理解した。
戦いが始まる前にシェザルが言った言葉は、トロープさんではなくブラックパピヨンに向けて語られた言葉だったのだと…

「ベリオがブラックパピヨンですって、なら、今まで私達の事を騙してたの!?」

「別にあんた達を騙してた訳じゃないよ、本当に『この娘』は知らなかったんだもの」

「この娘?」

喉元に短剣を突き付けられながらも、シアフィールドさんはブラックパピヨンから情報を汲み取りながら隙を窺う。

「アタシはこの娘の影―――この娘の隠された本質の一部。
この娘の意識が眠っている時にだけ表に表れる事が出来る、もう一人のベリオ」

「っ、二重人格…」

「そんな処、だから当然アタシが出てきている時には、この娘は眠っていて、そこで何が起きたかは知らないわ―――でも、アタシはこの娘の自我の一部だもの、当然この娘が見聞きした事は知ってるわよ」

「そんなのおかしいわ、ベリオは貴女の事を知らないでいて、貴女はベリオの事を知っているなんて」

「それは、この娘がアタシを否定したがっているからよ。
アタシはこの娘が否定し切り捨てた自我の固まり、無視して忘れたい存在だから記憶にも残さない……そういうわけ」

「―――ベリオの性格なら、破滅の将なんかになるような兄がいたら辛いのは確か、二重人格の事もそれが原因って訳ね」

「ベリオは決着をつけようとしていたみたいだけど、私には兄さんしかいないの―――おっと、動くんじゃないよ」

僅かに動こうとしていたシアフィールドさんの喉に短剣を軽く押し込んで、その動きを止めさせる。

「この戦いが終わったら、アタシはずっと兄さんと暮らせるんだ―――だから、邪魔はさせない」

「ああ、そうとも…二人で豊かに楽しく、尽きる事の無い愉悦を味わう事ができる…」

ブラックパピヨンに向けられた視線に答え「クク」とシェザルは哂う。

「……………ふぅん、そういう事、ベリオは破滅の将となった兄相手に対決しようといていたんだ」

シアフィールドさんは一呼吸の間眼を閉じ。

「―――だったらアンタはまだ私達の仲間よベリオ!
アンタは破滅の将にまで堕ちた兄と決着をつけに来たのでしょう!
ブラックパピヨンなんかの好きにさせてないで、少しは私達に意地を見せてみなさいよ!!」

「っ、アンタ自分の立場ってものを解って―――っ!」

まるで何かに打たれたように、ブラックパピヨンはよろめき、不自然な動きでシアフィールドさんから離れる。

「パピヨン…?」

シェザルが訝しがるなかブラックパピヨンに変化が現れた。

「お…お願い…貴女にこの体を譲るから…お願い、みんなを…アヴァターの人達を助けてあげて」

「どうして…今頃、ノコノコ出てくるのよっ!?なんで!?
私は兄さんや父さんとずっと一緒に暮らしていたかった…なのに、ベリオがつまらない意地をはるからっ!
私も男の子と素敵な恋がしたかった!友達と悪ふざけがしたかった!もう、うんざりっ!ベリオにはうんざりなのっ!」

シアフィールドさんの声でトロープさんが目覚めたらしく、ブラックパピヨンとトロープさんの二つの人格が一つの体で争う。

「いったい、何が起きているのでござるか?」

「今、ベリオさんの中で二つの人格が争っているんです」

状況が飲み込めないヒイラギさんに、リコが説明し、それをロベリアは「面倒くさい娘だね…」と呟き見ていた。
そんな時―――突如、大地が揺れ、正面から攻勢を仕掛けていた破滅の軍勢の間から紅の触手が無数に生え、断末魔の声が響き渡る。
ここは丘だから判る、それは…まるで地獄の釜が開いた光景だった、丘の下は正に炎の地獄、紅の触手は触れるもの全てを焼き尽くして灰に変えてしまう。
周囲の兵からも「まるで…地獄だ」とか「神よお慈悲を」といった声が聞こえて来る。

「低脳のモンスターばかりかと思えば、あの様なモンスターも居たとは」

「…いや、主幹からは何も聞いていないが」

「だが、今…正に破滅の鉄槌が蘇り、全ては灰燼に帰すのは確か―――我ら破滅の勝利は確定した」

シェザルとロベリアが交わす話しから、あの炎の地獄を体現しているモンスターを二人も知らない事と、二人の上に主幹なる人物がいる事が解った。

「―――まだよ、まだ私達は負けてなんかいない!」

「なかなかいい光景だ…絶望の中、一縷の希望を探し求め、もがき続ける強い魂―――そして、それを無残に踏みにじるのは最高の快楽…」

「貴様は歪んでいるでござる!」

シアフィールドさんの叫びを嘲笑するシェザルに、ヒイラギさんは怒りで答え。

「貴女は如何なのベリオ!」

「私はもう後悔を重ねない…これ以上、皆を殺させない」

地獄を連想させる光景を目の当たりにした事から、体の支配権を勝ち取ったのでしょう、シアフィールドさんの声に答えるトロープさんは召還器ユーフォニアを呼び出し手にする。

「私に逆らうのか、ベリオ?」

「ええ…貴方にこれ以上罪を犯させない…それが、私にしてあげられる唯一つの事ですから」

「そうか…やはり、お前の血は平民の汚らわしい愚かな血であったか…」

「兄さん…?」

「もう兄さんと呼ぶな…ベリオ、お前はどこぞの家から父さんが盗んできた子供だ」

「…え…?」

「父さんは子供欲しさにお前を盗んできたのだ、そして、お前は我々の期待通り、可愛らしい娘に育ってくれた。
私はお前が成熟した後は、手足を切り取り、美しい悲鳴を上げる彫像として、長き伴侶となってもらうつもりだった」

シェザルとトロープさんの話しに「…さすがの私もそれには引くね」とロベリアも呆れ、「…そうね」と私も同意した。

「…さようなら、兄さん。
それでも、貴方は私の大切な兄さんでした、幼い頃に可愛がってくれてありがとう…」

「そうか…ならば、私はお前の手足を切り取り、思いを適えさせてもら―――がぁ!?」

トロープさんが思いと覚悟を決めシェザルと対峙しようとした時―――どこからともなく、凄まじい速さで飛来した赤い何かがシェザルの体を貫き、更に軌道を曲げロベリアのカーリド・イムラークに突き刺さると同時に巨体の半分近くを吹き飛ばした。

「っ、何が起きたって言うんだい!?」

巨体の受けた損傷を死体が蠢くようにして、修復させるとロベリアは周囲を見渡す。
そして致命傷を受けたシェザルは―――

「ふ…成る程、散々、人の命を盗んできましたが…いざ、自分が盗まれるとなると…これ程の、解放感はない。
ああ、どうしてもっと早く試してみなかったのでしょう?」

体に空いた穴から溢れ出す血を手にし見詰める。

「ああ、そうか…生きて、生きて、他人の命を奪って、しつこく生き抜いてきたからこそ…
たった一つの自分の命が失われるときに、これほどのカタルシスを感じる事が出来るのですね」

「……兄さん」

「バカはほっときなさいベリオ!」

「ふふ…」

駆け寄ろうとするトロープさんだが、シアフィールドさんに引き止められ、破滅の将の一人シェザルは、最後まで哂いながら息絶えた。

「ムドウに続きシェザルまでもが―――だが、今のは何なんだ一体?」

周囲を見渡すロベリア同様、私達も周囲を確認しようと見渡すと、左翼防衛線の空が紅く染まり、丘の上では爆発音やら肉塊となり空を舞うモンスター達の姿が見え隠れしている。

「―――まあいい、あの紅蓮のモンスターが居る以上我らに負けは無い」

「でも」とロベリアはトロープさんに向くと、「結局のところアンタは白なのかい、それとも赤なのかい?」

「私は救世主候補生、これ以上、貴女達の思い通りにはさせません」

ロベリアの問いに、召還器ユーフォニアを両手で突き出す様にし構えるトロープさん。

「そうかい…なら、私の敵で良いって事だね…じゃあ―――死にな!」

実のところ、トロープさんは中距離において実力を発揮できるタイプで接近戦は苦手と言ってもいい。

「トロープさん避けて!」

そんなトロープさんが、詠唱する時間も足ず防御障壁を展開出来ない距離から、巨体であるカーリド・イムラークの巨大な拳を避ける事も、受け止める事も出来ないのは理解してしまうが叫ばずにはいられない。

「っ」

でも―――その巨体から繰り出される拳を、突如現れた蒼い疾風が受け止めていた。

「………ベリオ・トロープ、貴女は何て格好で戦場に出て来ているのですか?」

目には見えない何かでカーリド・イムラークの拳を受け止めた、蒼い疾風とも呼べたセイバーさんは呆れた様に口を開き。

「…え…あ……この格好あの子が」

トロープさんは漆黒の皮の衣装で申し訳ばかりに包まれた自身の格好に気が付き、慌てて両手を使い体を隠す。

「救世主候補の貴女方は、崩れた戦線の立て直しを―――その間、この怪異の相手は私が引き受けます」

「っ、待つでござる、如何にセイバー殿とてこの異形を相手に一人では!?」

「問題ありません、この手の手合いとは幾度か戦った事があります」

セイバーさんは、ヒイラギさんの言葉で私達を一瞥した後、再びロベリアに向き合う。

「お前は!?っ、しくじったか白の精―――だが、たった一回受け止めただけでいい気になるな!」

「―――そうか、お前は知っているのか白の書の事を」

「はっ、ずっと前からアンタの近くにいて気が付かなかったかい」

ロベリアは巨体を操りセイバーさん目掛け振り下ろし、セイバーさんはその拳を上段から振り下ろした何かで受け止めると瞬時に、振り下ろされた巨腕の上に跳躍し、凄まじい速さで駆け上がると胴に見えるロベリア本体へと斬り掛かった。

「―――なっ!?」

ロベリアは空いていた片手でセイバーさんの不可視の一撃を受けたものの、巨腕の方が一瞬押し込まれる。

「………化け物かいアンタ」

「問おう―――破滅の将、貴女は白の救世主か」

人の領域を凌駕するセイバーさんの実力に、ロベリアは唖然とするのに対し、セイバーさんは油断等ない感じで不可視の何かを構え口にした。

「元、白の救世主さ―――白の精と契約を交わした者はアンタのすぐ傍にいたんたけど判らなかった様だね」

答えるロベリアに「すぐ傍に?」とセイバーさんは眉を顰め。

「セイバーさん、その事については後で話すわ」

「貴女は知っているのですねルビナス」

「―――それより、今はロベリアとあの紅蓮のモンスターを何とかしないと」

「それなら心配は無用、あの溶岩を纏った精霊はアリシアのペットのポチ―――我々の味方です。
故に、後は破滅の将と軍勢の残存を掃討するのみ」

「ポチですって!?」

「って、あんなトンでもないのをペットにしてるってどんな人間よ!?」

「アレが師匠のペットのポチでござるだと…」

真っ直ぐにロベリアを見据えるセイバーさんが口にしたポチという存在、それを私は知っている。
そして、思わず突っ込みを入れてしまうシアフィールドさんと、私同様ポチを知っているヒイラギさんは紅蓮の地獄を作り出したポチに驚きを隠せないでいた。
私もモグラみたいに、地面の中を移動する小さな精霊だとばかり思っていたのだけれど…まさか、あれ程の事が出来てしまうなんて予想すらしていなかったわ。
そんな私達の話しに頷き、不可視の何かを構えたセイバーさんから恐るべき気迫と桁違いの魔力が溢れ出す。

「解りました―――ならば、残るはあのロベリアと言う将を討つのみ!」

「はっ、やってごらんよ!いくら常人を凌駕する力と速さを持っていたって、私のカーリド・イムラークは死体を使い無限に再生出来るのさ―――そんな倒せない相手に何処までアンタは戦えるかい?」

そうロベリアは言うが、恐るべき実力を持ったセイバーさんを相手にしている以上、ロベリアに私達を相手にする余裕は無く。
私達も迂闊に手出しをすればセイバーさんの足手まといになってしまう可能性もある事から、私達救世主候補生達はポチに追われ戦線を突破しようと死に物狂いで圧力をかけてくるモンスター達を倒し。
その後は、距離を取り兵士達を下がらせながら何時でも援護を出来る様にしていた。

「だったら、これなどう!いくら人間離れしているからって―――ネクロマンシーの奥義の一つ、即死呪文に何処まで耐えられるかしらねっ!!」

巨腕を振るうだけの攻め方では、セイバーさんを倒せないのを理解していたのでしょう、距離を取った瞬間を狙いロベリアは魔法を放ち、その生命を奪い去る黒い霊気を避けようともせずに直撃を受けるセイバーさんだけど。

「………その程度ですか?」

当たる寸前で黒い霊気の方が消え、何事もない感じでセイバーさんは佇んでいた。

「―――なっ、まさかアンタも強力なアンチマジックを!?」

「その程度の魔術では、私を傷付ける事は出来ない」

「くっ、ネクロマテックを極めた私の魔法がその程度だと!」

怒りに我を忘れたロベリアの猛攻を避け続けるものの、セイバーさんにも決定打は無いのか気が付けば丘の上にまで来ている。

「逃げているばかりじゃ、私には勝てやしないんだよ!」

「―――風よ」

振り下ろされた拳を避けるどころか、瞬間移動の様な動きでロベリアの下側へと位置を変えると、セイバーさんは呟き嵐が起きる―――いえ、彼女からではなく、彼女が持つ剣から。

「私の宝具は強力故使い所を選ぶ―――だが、ここならば、地上を焼き払う心配も無い」

幾重もの風を払い、不可視の封が解かれ、その剣は姿を現した。

「黄金の―――剣?」

同時に収束する光―――その純度は私の召還器エルダーアークとは比べるべくもない。

「くっ」

瞬時に輝きが増す黄金の剣に、いも知れぬ危険を感じたのか、ロベリアは障壁と両腕を交差させ防御の姿勢をとる。

「―――約束された(エクス)」

その光はなんと尊き輝きを秘めているのだろう。

「勝利の剣――――!!!(カリバー)」

振るわれ放たれる光の刃は―――文字通り光の線。
それは、ロベリアが不滅の巨人と名付けた、カーリド・イムラークの防御障壁を容易く両断し、巨体を一瞬で蒸発させた後、遥か上空の雲すら断ち切り消えて行った。

「………なに…アレ?」

目を丸くし、そう呟いたシアフィールドさん言葉は今いる私達全員の疑問…
そして―――しばらくすると「救世主いる限り我らに負けは無い!」や「救世主がいる限り我らは常勝無敗」と周囲の兵士達が声を上げ始め、崩れかけた士気はこの上ないほど高いものへと変わり、王都防衛線右翼へと進撃して来た破滅の軍勢の残存を掃討した後、無限召喚陣を破壊するのにそう時間は掛からなかった。



[18329] アヴァター編14
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/24 00:56

破滅の軍勢を破り、無限召喚陣を破壊して王都防衛戦を勝利した俺達は、一日目は戦いの疲れから休息となり、二日は事後処理関係で、三日目にしてようやくルビナス達と約束していた話し合いをする準備が整い、俺達は指定された場所にへと向かっている最中だった。
最中というのは、本来ならアリシアの空間転移や、ニティの逆召喚で移動すれば早いのだが、指定された場所がルビナス達に有利な学園内な事から、俺達は敢えて堂々と門から行く事で付け入られる隙を与えないとかいう事らしい。
そして、その話の内容が、今までアヴァターで信じられていた救世主を否定する話しなだけに、他の人達には伏せる必要が在るだろうから、会談は学園の闘技場内で内密に行われる事となっている。
その為、デビットとセルには内緒にする必要があり、ニティも外した方が良いと思っていたが、ルビナスからニティは一緒に来て欲しいとの事なので、俺にセイバー、アリシア+ポチとイリヤにニティの五人と一匹が学園の敷地を歩いていた。
そして、門を通り越し闘技場へと向い中庭に差し掛かった時、花壇の上で日向ぼっこしつつ、気持ち良さそうに毛繕いをしていた猫を見つけたアリシアは「…あの子は―――まさか!?」とか何だかとても驚いていて。

「―――っ、皆止まって」

とか言い、何故か解らないが俺達を制止させる。

「皆、あの子は危険だよ!油断しちゃだめだなんだよ!!」

「あの猫が、如何したのです?」

「………さあ?」

セイバーとイリヤは、油断無く猫を見据えるアリシアに如何対処すればいいのか解らない感じだ。
ふと足元で回っているポチを見て―――そういえば、確かアリシアは昔リニスとかいう山猫を飼っていたとかいうから、子供らしく猫を触りたいだけなのかもしれない―――等と思っていたのだが…

「………そう、遂に決着をつける時が来たんだね」

状況についていけない俺達を後ろに、転移させた魔槍を手にしたアリシアは構えをとり。

「マスターは……たかが猫相手に何をしようとしているのです?」

「違うよ、あの猫さんは破滅のモンスター」

真剣な表情で猫を見据えるアリシアに、ニティは躊躇いながら窺うのだが、アリシアは「―――それも、最凶の」等と口にし。
一方、槍を向けられた猫の方は、花壇の前で立ち往生している俺達を警戒しているのか、毛繕いを止めジッを俺達を見ている………一体、何なんだこの状況?

「あの猫さんが持つ情報網はもの凄くて、ヒイラギさんが来た当日には弱点をついて来たんだよ。
しかも、後々操って何かを企んでいたのか…ヒイラギさんの体に仕掛けを施したり」

「っ、そこの猫が…まさか、ヒイラギ・カエデ程の使い手を!?」

「うん、私の目の前で…血を苦手としてたヒイラギさんの目の前で惨殺した相手を見せて。
多分、随分前から準備をしていたんだと思う、一瞬の間もなく体に色々と仕掛けを施していたんだよ…」

「―――っ、そのような事が!」

血を苦手としていたヒイラギの事は俺もしっているが…猫に倒されるってのは如何かと思う、そもそも、体格差があり過ぎだろとか考えていると―――アリシアの言葉を信じたセイバーは前に出て、猫を相手に魔槍を構えていたアリシアと、不可視の剣を構えるセイバーが立ち並んだ。
………たかだか猫を相手に、得物を向ける神霊と英霊って如何いうことさ?
見れば、不可視の剣と槍を突きつけられた猫は、あまつさえ二人から発せられる気迫によってか震えだしている、先程までは日向ぼっこしながら気持ちよさそうにしていたのにな。

「でも、猫は猫じゃないのか…そう警戒する程でも無いと思うぞ?」

「ここは私達の知っている世界とは違うのですシロウ―――それ故、例え猫の姿をしていようとも油断は出来ない」

「アヴァターじゃ、猫がモンスターなのか?」

「……そんな訳ないじゃないの、所詮猫は猫よ」

返ってきたセイバーの視線を受け………変なのは俺の方なのかとやや不安を覚えたが、長年アヴァターに居るだろうニティに訊ねると、ようやくまともな答えが返って来た。

「―――まあいいわ、取敢えず捕まえて見ましょう」

そう言うイリヤの声と同時に、バーサーカーが花壇の上に降立つ。
その衝撃に驚き、振向いた猫がバーサーカーを見た途端パタという感じで倒れ。
恐る恐る魔槍の石突で軽く突いたアリシアは「…気を失っているよ」と何だか驚いていたりする。
そりゃそうだろう、バーサーカーなんかに襲われもすれば…猫だけでなく、人間でも気を失う奴はいるだろうから。

「………と、言う事はあの猫はモンスター等ではなくただの猫だったという訳ですか…」

「でもでも、前に会った時にヒイラギさんを倒したのは嘘じゃないんだよ!」

「…恐らくその辺は、ヒイラギ・カエデに聞かなければ真偽の程は解らないままでしょう」

「……取敢えず、ルビナス達を待たせてるから先に進もうか」

猫を相手に剣を構えてたからか、何処かバツの悪い感じのセイバーと「…ん~、でも…」と、まだ訝しむアリシアを急かし俺達は中庭を後にした。
当然ながら、心地良さそうに毛繕いをしたいた猫に可哀想な事をしたと罪悪感が無くも無いが、これ以上は構わない方が猫にとっても良いだろう。
気を失った猫をそのままにし、俺達は中庭を後にする、そして、食堂がある建物の横を通り過ぎると闘技場が見えて来て。
中に入ると場内には、ルビナスとヒイラギ、リコ・リスにシアフィールドとトロープそして、学園長の姿があった。
俺達の姿を見て何だか緊張が走った感じがするが、恐らくは軍が救世主候補と認めた事からライバルとして見ているのだろうな。
また、猫を相手にしていたとはいえ、約束の時間にはまだ余裕があるものの、相手を待たせていたのを知るとセイバーは「お待たせしました」と謝罪を入れ、それを聞いた学園長は「いえ…謝る必要は無いわ、約束の時間にはまだ間があったのですから」と答えるとセイバーは「―――では」と僅かに考える様子を見せ―――

「―――ヒイラギ・カエデに聞きたい事があります………その、貴女は猫を相手に…敗北を喫した事があったのでしょうか?」

「っ、セイバー殿、何故その事を!?」

ヒイラギの誇りを傷つける様な事から、口にするセイバーも苦虫を噛んだような表情だが、ヒイラギは驚愕の表情を浮かべ。

「―――中庭で、あの猫さんが待ち構えていたんだよ…てっきり、あの夜の決着をつけるのかと思ったんだけど…」

「し、師匠……その事は、幼少の頃無道が私に施した術であって、拙者は決して猫よりも弱いという訳では無いでござるよ」

「…ムドウって誰?」

「八虐無道、宝嬉元年国許において、咎なきわが父母を討ちて立ち退きし大悪人あり、先の戦いで現れた破滅の将の一人でござる。
されど、師匠に習った業にて倒す事が出来たでござる」

「ほえ…よく解らないけど、望みが叶って良かったね」

「これも師匠のお陰でござる」

よく解らなさそうにしながらも、ヒイラギの話を聞き入るアリシアだが、王都防衛線左翼をただ一人で守り通しているので、右翼側に現れた破滅の将を知らないから理解に苦しむのだろう。

「…結局、アリシアの勘違いか、まあ、そうだよな…救世主候補者が猫相手に敗けるなんて有り得ないだろうし」

猫にしても人対猫でどうやったら猫が勝つのか知りたい程だ。
だが、俺が口にする言葉を耳にしたヒイラギは「…う…その、それは…偶々油断を突かれただけでござる」そうしどろもどろのに答え、猫に敗北を喫した事実が事実だと判り俺達やルビナス達を含めここに集まった全員が「え?」と目が点にになった。

「…シロウ、もうその辺で止めましょう、これ以上の詮索はヒイラギ・カエデの名誉に関わります」

「………そうだな、悪い事を聞いた、ご免なヒイラギ」

「…そうしていただくとありがたいでござるよ」

「では、今日集まって貰った事について話しを致します」

話を制止するセイバーだが、既に手遅れというかイリヤとニティどころか…ルビナス達すら「如何やっら猫に敗けるれるの?」てな表情をしていたりする。
本当に悪い事をしたなと思いながら、やや涙目になっているヒイラギに謝りを入れると、学園長は話を進めるようとするが―――

「学園長、この様な所に救世主候補生達を集め何をされているのです?」

確か教養学科の先生だったか、ダウニー先生が訝しい表情をしながら俺達の前にの姿を現した。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第 14話


「―――ダウニー先生、何故貴方がこの場所に?」

そう私に声を掛けて来る学園長、ミュリエル・シアフィールドだが、私の肩書きはもう一つある、それは先の白の主ロベリア・リードの子孫にして、王国を永遠に断罪せし復讐者、『破滅の民』を統べる四十二代目総帥にして破滅軍主幹、ダウニー・リードという肩書きが。

「それは私の台詞です学園長、今、王宮では救世主に相応しい者が誰か論議されている最中ですよ。
しかも、その事で現場の軍と賢人会議の議員との間に隔たりが生じ、関係も悪化しているという最中に―――軍と学園の両方で定めた救世主候補生を集め何をしようとしているのです!」

「それに―――」と付加え彼女らの内セイバーという少女に視線を向ける。

「セイバーさん、貴女は不思議な女性だ…軍に協力したと思えば、僅か数日で軍の中心的人物にまでなっているのですから。
あの王都防衛線での戦い後、私は一度貴女と話をしてみたいと思っていた処ですよ」

「それは買い被りというもの、あの戦いで私は自身の知る事を教えただけに過ぎず、勝利の功績は戦いに望んだ者達が受け取るべきものでしょう」

そう、神々しく、かつ単身で五万もの軍勢を倒した、当代の白の主アリシア・T・エミヤ、しかも、彼女は私が物見の魔法を使っているのが分るのか、時折、物見の魔法越しに視線が合い、その度背筋に冷たいモノを走らせた。
我が祖先ロベリア・リードが千年前に倒した筈のルビナスが蘇り、復讐心から自身の持つ全ての知識と技を結集させ創り上げ、その完成度から不滅の巨人とすら名付けた術すら滅する極光を放ったセイバー、そして、恐るべき怪力と速さを持ち合わせ、複数の命を持つとすら囁かれているバーサーカーと、その魔物としか言えないバーサーカーを操るイリヤスフィール。
更に、白の主アリシアの兄であるエミヤ君は長距離からの狙撃で破滅の将の一人シェザルを倒し、ペットのポチはおよそ二万近い軍勢を焼き尽くしているのだ。
仮に、この四人と一匹が王国を相手に戦いを挑めば………いや、もしもそうなれば、我が率いるホワイトカーパス州の軍勢や、まだ約三十万は居るだろう破滅のモンスター達等は必要無く。
しかも、現存の軍からも迎合する軍団が現れる事だろうから、バーンフリート王国の崩壊は確実といえるだろう。
―――それ故に、前回ホワイトカーパスの軍を破滅の軍勢に加えずにいたのは正解だといえた。
元々は、兄のエミヤ君の気質が破滅の軍勢とは合わず、かつ、イムニティからの報告では、今だ救世主としての自覚が無い、白の主アリシアの精神を調整する等は、人が太陽に触れようとするのと同じ事で不可能、無理に行えばその者は無事では済まないだろうというらしい。
その為、我らには機動城砦ガルガンチュワという要塞砲を搭載した切り札があるにも関わらず、前回は破滅のモンスターと破滅に魅入られた人々を使ったのだから、何れエミヤ君を利用し、白の主に王国が行ってきたホワイトカーパスへの差別と弾圧を目にさせ共に戦わせる為に。

「でも、あそこにも誰かいるよ?」

私が考えを巡らしていると、白の主アリシアが観客席の一つを指差し、「え?」と他の者達が驚きを隠せないなか、「何者!?」と言いながら、素早い動きでヒイラギがその場所へと向かい。

「…あら~、ばれちゃいました♪」

等と、とぼけた事を言いながらダリア先生が現れる。

「…忍びの能力まで身に付けていたのですか、ダリア先生」

「そんな事言われても、ダリア困っちゃう♪」

「―――そう言えば、噂に聞いた事がありますねぇ、今回の様にシアフィールド学園長の独断専行を調査するため、クレシーダ王女専属の内偵が学園内に忍び込んでいるとか?」

「あ~知ってる知ってる。私はてっきり学食のシェフのことだと思ってたわよぉん」

私とダリア先生のやり取りを聞いているエミヤ君が、「…どんなシェフだよ」とか言ってるがダリア先生は介せずに続ける。

「意外でしたねぇ…腹心である貴女が王国のスパイだったなんて」

「いやねえ…スパイはきっと掃除夫の誰かよ」

「…まったく、これは一本取られたと言うしかないでしょう」

その通り腹心の二人は方やスパイで、もう片方は倒すべき相手の総帥なのだから、こうして考えるとシアフィールド学園長は案外人望の無い方だと分る。

「―――構いません、見方を変えれば、そのダリア先生は王国の使者と見る事が出来ます。
そして、何れは他の人々も知る必要がある事柄故に、ダウニー先生の参列も受け入れるべきかもしれません」

「そうね、クレシーダ王女殿下には何れ知ってもらう必要…いえ、責任があるのだし、他の人達が間違いに気付く必要もあるのだから…」

腹心の一人がスパイだった事にやや衝撃を受けていた学園長に代わり、凛とした姿でセイバーは私とダリア先生に視線を向け、その意見にルビナスが頷き補足を加えた。

「それでは、まずは…お互いが何処まで救世主の事を知っているのか確認から始めましょう」

軽く呼吸を整え、平常心を取戻す学園長はそう告げる。
…ダリア先生が王女専属の内偵だった事には衝撃を受けてるだろうが、その程度で王宮と議会の二つを相手にしている学園長は付け入る隙を与える事などないのだろう。

「なら、先に私達から話すわ。
まず先に知って欲しいのは、真の救世主はアヴァターで伝えられている様な、人にとって都合が良い存在では無いこと。
(もし、仮にセイバーさん達がこの事を知っていた場合は彼女達が白の救世主側という事になり、戦いになれば王国軍は割れ人間同士の戦いになってしまう…)」

一度区切り、ルビナスはエミヤ、セイバー、アリシア、イリヤスフィールの四人を見詰め続ける。

「そして、真の救世主が現れれば、全ての命は滅び去り…救世主が選んだ理の世界が始まって、それまで居た命は全て消え去るのよ。
(―――それに、戦いたく無い気持ちもそうだけど……もしもの時、セイバーさんもイリヤスフィールさんも破滅の将以上の実力の持ち主であり、更にいえば白の主となったアリシアは、王都防衛戦の際、単身で五万以上の相手を殲滅している実力者………ダウニー先生は教養学科の先生だから、まだダリア先生の方が頼りにはなりそうだけど…戦力は厳しすぎるわね)」

「ええ、それは私達も存じています故に―――」

「ごめ~ん、ダリア解らないから、ちょっと質問いいかしら♪」

如何やら各々のチームの代表は、ルビナスとセイバーらしく、学園長や白の主も含め他の候補者達は聞きに徹している様だったのだが、予備知識の無い一人だけは違ったようだ。

「―――ダリア先生…解らないのであれば、一度聞いた後で質問すればいいでしょう。
それとも、少し頭を冷やしたいのでしたら、私に言っていただければいい…すぐに冷やしてさしあげますよ?」

「…あはははは、全力で遠慮します~」

言いながら私は氷系魔法で掌に氷を作り上げ見せ、そんなダリア先生の態度に他の候補者達から白い視線が突き刺さる。

「では、話を続けましょう―――先程、ルビナス・フローリアスが語った様に、それを知った私達は、世界を滅ぼす等という愚行を防ぐ為、ここアヴァターへと辿り着きました。
そして、世界を滅ぼす元凶である筈の救世主を育成する、この学園の存在を知る事となり―――事と次第によっては、私は貴女方を斬るつもりでした」

そこまで口にしたセイバーから到底人の身とは思えない威圧感が放たれ、虚を突かれたのかルビナスとリコ・リス、そして学園長以外の未熟な候補者達は僅かにたじろいだ。

「…なら、セイバーさん達の目的は救世主を誕生させないという事と解釈して良いのね」

「はい、その通りです。
来た当初は、王国か学園にて救世主を利用する計画があるのではとも疑いましたが…それは、私達の取り越し苦労だったようです」

だが、というか、流石というのか、千年前に赤の救世主となったルビナスは先程の気迫にも耐え、それ処か少し安心した表情をし。
学園長は沈黙しながらセイバー達を見ているが、ベリオ・トロープ、ヒイラギ・カエデ、リリィ・シアフィールト、リコ・リスの四人は其々、「これで戦う理由が無くなりましたね」や「…よかったでござるよ」とか「一時は如何なるかと思ったわ…」とか「ホントです」と囁き合い始める。
―――だが、セイバーや白の主の兄、エミヤ君の表情は優れずにいた。

「しかし、それだけでは解決しない問題もあります」

「それは?」

セイバーの視線を受け、千年前の赤の救世主だったルビナスといえど緊張が走り固唾を飲み込む。

「―――例え救世主が誕生する事が無くても、増え過ぎた世界の重みで、何れ世界は崩壊を迎えます。
それを次元崩壊と言うそうですが…一つ一つの世界の重みを半分にする事で、並行世界を含めた無限に増え続ける世界を軽くし、この世界を支える枝の崩壊を防ぐ―――それが、世界のみを救う救世主の役割」

「―――っ、そんな…救世主が現れなくても世界は滅ぶだなんて!?」

「…でなければ、世界しか救う事が出来ない存在、救世主等という者が居る理由も意味もありません」

そう語るセイバーの話しに、ルビナスは赤の精に視線を向けるが、赤の精リコ・リスは「そんな事は知りません」と首を横に振るい、それを確認したルビナスは「…それは何かの間違いじゃないのかしら?」とセイバーに視線を返す。
成る程、ルビナスの焦りも当然か、このまま真の救世主を誕生させなければ良いと思っていた処で、誕生させなくても世界は滅びを迎えると言われたのだから。
まあ、私としては全てを平等とする事が出来るだろう、白の理にする事が出来ないのならば…いっそうの事世界が滅んだとしても構わないのだがな。

「そもそも、アヴァターは根の世界であり、枝の一つではありません」

「それは違うよ、君達は根だと思っているみたいだけど…世界樹全体から見たら、ここは幹から伸びた枝の一つで、その根元なんだよ」

「………イムニティ、貴女は如何なのですか?」

「…リコ、信じられないけど、マスターは私と契約する以前に神に会った事があるのよ…だから私達よりも知っている筈なの」

「―――なっ、そんな神とだなんて!?」

反論する赤の精だが、逆に白の主アリシアの反論され白の精にその事を知っているのかと問うが、白の精イムニティはアリシアが神と対話した経験があると告げ驚愕の表情を顕にする。
そんな赤と白の精の姿を目撃した候補生達は、一斉にアリシアを見詰めるが、当の本人は「ふふん、ニティちゃんに褒められたよ」と余裕の表情で候補生達の視線を受け止めていた。

「そうよ…だからこそ、マスターは『救世主の鎧』をセルビウム・ボルトなんて小物に譲ってしまったのよ」

「―――少し待ってくれ、セルが使ってた『救世主の鎧』だけど、アレは元々壊れていたみたいだし、誰でも使えるらしいぞ?
(にしても、セルの奴は覗きやら盗撮やら色々としてたからだろうな、女子からの嫌われ様は凄まじいものがあるな…)」

「ええ、その辺からもう変なのよ…元々『救世主の鎧』は人間達が作った武器の一つに過ぎなかった、それを救世主に与え、世界を変えるべき力となそうとしたけれど…結局は人の心の方がそれに耐えきれず、いつも先に壊れてしまう…」

そう語る白の精は遥か昔を思い出しているのか息を吐き。

「そして、そんな鎧を纏った救世主の心は耐えられず壊れるけど、その前に鎧に振り回せれた救世主は、村の、街の、国中の人々を無慈悲にも殺し、殺された人々は怨念となり染み付いて、誰にも使え無くなったから地下に封印されていた筈なのよ。
本来なら、鎧を身に付ければ赤の主だとか白の主だとかを超えて、真の救世主となる資格を身に付けられる事が可能だったかもしれないのだけど…セルビウムが纏って大丈夫だったから、もう、あの鎧にそんな機能は無くなってしまっているのでしょうね」

「そっか、あの鎧にはそんな由来があったのか…でも、ニティはそんな昔からアヴァターに居たんだな…大変だったろ?」

そうエミヤ君は白の精であるイムニティを気遣う―――成る程、今だイムニティは彼等に素性を明かしていないのか。

「―――待ちなさいエミヤ君、貴方がそう言うからには、貴方達はイムニティが何者かは知らないという事でいいのかしら?」

「そうね…本人が言うには、昔、悪い魔法使いに捕まり封印されたらしいけれど、私達はニティが図書館の地下の特別禁書庫の最下層で封印されていた事しか知らないわ」

イムニティの正体を知らなさうなエミヤ君の言動から学園長も気が付き、イリヤスフィールがそれに答える。

「…なら、何故私達にすら知らない間に地下の『試しの場』へと向かったのです?」

「その『試しの場』とは?」

「…王都が建てられる遥か以前の話です、この地に救世主を目指す者が必ず訪れると言われていた神殿が在りました。
その神殿のあった場所に、この学園が建てられた理由は、赤と白の世界の理を記された『導きの書』があり、赤と白の精は自らを託す相手を試し合格した者だけと契約を結びます―――その為、特別禁書庫の浅い階までは問題は無いのですが、それ以下からは『導きの書』を手にしようとする者に試練を与える場所、つまり『試しの場』と呼ばれるようになっているのです」

セイバー達は、救世主を目指す者に試練を与える『試しの場』の事を知らないらしく、学園長の説明に怪訝な表情を浮かべ。

「そう…あそこが、図書館地下にある特別禁書庫であり、『試しの場』って所だったのね」

「お~」

「………あそこって、そんな伝承があった場所なのか」

「知らぬ間に当たりを引き当てていたという訳ですか…」

如何やら本当に知らなかったらしく、白の主であるイリヤスフィールにアリシア、兄のエミヤ君、セイバーはそれぞれ口にしていた。

「如何やら本当に知らなかった様ね…なら、如何して立ち入り禁止の場所に入ったのかしら?」

「ああ、それはブラックパピヨンって盗賊がでてたから、止めさせようとして拠点にしてそうな所を探して調べてたんだ…」

「その時、偶々ポチが図書館の地下に十分な広さをもった場所を見つけていて、確認の為に私達は向かったのです」

「―――しかも、『試しの場』の更に地下から現れたのよ…私と契約した後、上に上って行ったけどモンスター達をブラックパピヨンが召喚した罠だとか思ってたし、来る理由も、方法も全部が全部滅茶苦茶だったわ」

「………」

困った表情をする学園長だったが、エミヤ君とセイバーの話を聞き、イムニティが補足すると頭を押さえる。

「あの……あの子が何か迷惑をかけたのですか?」

「あの子―――ブラックパピヨンの事ですね、直接的には私達は被害を受けた訳ではありません、しかし、破滅の影響を受け周囲で被害が出ているなか、彼の者をほ放って置けば何れ災いとなるかもしれません。
故に、捕らえ何が目的で動いていたのかを吐かせる必要があったかと」

「それに、破滅の軍勢の主力は壊滅させたけれど、まだ小競り合いは続いているんだ、こんな時にそういった愉快犯的な奴が居たら良くないだろ?」

「………そ、そうですね」

二重人格であり、裏の人格がブラックパピヨンであるベリオ・トロープが、恐る恐るといった感じでセイバー達に訊ね、セイバーやエミヤ君達には被害は無いが、破滅が迫って来ている情勢のなか、悪質な悪戯ばかりする愉快犯を捕まえるのは状況として正論といるだろう。
ベリオ・トロープがブラックパピヨンだと言う事は、先の戦いで学園長や賢人会議の議員達の知る事となり、処分を含め議論の最中である。
とはいえ、プラックパピヨンは問題だが飽く迄も被害は悪戯の範疇であり、表の人格であるベリオ・トロープは模範的な候補生である以上そうそう重い処分が下るとは思えないが…

「話を戻しましょう、では、ニティはその書の精一人という事なのですね?」

「そうよ、イムニティこそがの世界の理を半分司る白の精なのだから」

「ニティが―――まって下さい…では、そのニティと契約を結んだアリシアは!?」

「…そう、白の救世主になるわ」

状況が見えなかったセイバーも、俯き答えるルビナスの話しでようやくイムニティが白の精だと判り、白の主が誰なのか理解した。

「え~、困るよ私は救世主には成れないのに」

「でも、マスター以上の存在力を秘めた者は存在しないわ………リコも判るわよね?」

皆から視線を受ける白の主アリシアは、まるで子供の様に両腕を振りながら嫌がるが、ルビナスは「如何なの?」と赤の精リコに視線を向け。

「………正直言って、彼女は化物…です、彼女の力は他と比較する事こそ無理といえます」

ルビナスに答える赤の精だが、当の白の主は「ぷう、人を化物とか言っちゃ駄目なんだよ」とか抗議している―――如何やら精神的には未熟の様だが、これで本当に真の救世主になれるのだろうか…器として未熟ならば精神の方が壊れてしまうというのに?
等と私が思案している内に、三人のやり取りを聞いていた候補生の三人、ベリオ・トロープにリリィ・シアフィールド、ヒイラギ・カエデは「化物って…」や「そりゃ…ね」、「師匠はあの戦いのさなか、一人で五万もの相手を倒したのでござるからな…」とか囁きあっていた。

「だったら―――これで!」

プンプンと抗議するアリシアに、横に立つ兄のエミヤ君は何処からもなく歪な短剣を取り出すと、白の主アリシアに刺し―――

「ほえ?」

すると、神々しい感じはそのままだが、何故か纏っていた白地に青が入った衣服が消え去り、全裸となる。

「エ、エミヤ君…君は……」

「………一体何を?」

「…もう、大胆ね~♪」

突然、エミヤ君が白の主の服を脱がすという突拍子も無い行動に両チームの全員が驚きを隠せず、更には脱がした張本人自身が、妹の裸体を見て何故か驚き、その姿は私や学園長にダリア先生すら戸惑わせた。

「と、投影開始(トレース・オン)」

エミヤ君は、自身の手で脱がしたというのに、何故か慌てた様子で、何処からもなく大判のバスタオルを取り出しアリシアに被せる。

「―――アリシア、何でバリアジャケットの下には何も着てないんだ!?」

「ふふん、それはね、発想の転換なんだよお兄ちゃん。
イリヤお姉ちゃんと練習してる時って時々、洋服が破れたり汚れたりしちゃうから、如何したらそうならないようにって考えてたら、魔力で出来た防護服を使う時には、中に着ないで脱いでいれば汚れも破れもしないって結論に達したからなんだよ」

慌てた様子で質問する兄のエミヤ君に対し、白の主アリシアはまるで自慢しているのか両腕を腰に当てて答えていた。
しかし、今の出来事でなんとなく緊張が緩んだ感じがしなくも無かったが―――

「へぇ、結構な魔力を秘めてるわね…それで、私との契約を解除しようとしたの、でも、私とマスターの契約は仮にも世界との契約…その程度の力では無効にはできないわよ」

「っ、世界との契約!?
(仮にあの短剣で世界との契約が無効に出来るのならば、アーチャーはシロウを殺そうとは考えなかったかもしれない―――ならば、無効に出来ないのも道理か!?)」

如何やらあの実用性の欠片もなさそうな短剣は、魔術的な道具だったらしいがそれでは力不足と、唇の端をつり上げ笑みを浮かべるイムニティにセイバーは表情を険しくする。

「でもニティちゃん、イリヤお姉ちゃんは神の座に行きたいんだよ、だから、私とじゃなくてイリヤお姉ちゃんと契約するべきだと思うんだ」

「私だって迷うわよ、アリシアの言う通り神の座に至り、魔法を手にする…それこそが、アインツベルン千年の悲願だけど、シロウ達の住む世界を滅ぼしてまでは…それに、召還器にされてしまう懸念もあるのよ?」

「大丈夫、召還器にしないでって言えばいいだけだから」

「―――ちょっと待って、召還器にされるって如何言う事よ!?」

魔法なら既に使えてるイリヤスフィールだったが、白の主アリシアとの話から彼女は更なる魔法を得る為か救世主となり、恐れ多くも神の御下へと向かう事を企てていたらしい。
その話に出てきた、召還器にされてしまうという内容にリリィ・シアフィールドが驚きの表情を隠せずにいた。

「呆れるわね……知らないで使ってたの貴女?」

「召還器はね、昔の救世主さん達なんだ。
理を変えた責任感もあるし、世界が如何なるか知りたいだろうからって神の座で影……じゃなかった、神と一緒に世界を見守ってるの。
それで、その子達もやる事も無くて暇だろうし、新たに救世主になろうって子達がいても、初めは未熟だろうから補助する意味も含めて召還器って事をしているんだよ」

「…私はかつてエルダーアークに問いかけたことがあるの…召還器とは、結局なんなのか…と、でも、彼女は答えてくれなかった、それは禁じられていると言って―――それが、まさか救世主のなれの果てだったなんて…」

「召還器は…昔は拙者達と同じ人間だったのでござるかっ!
そして…未熟という事は―――即ち、そうで無い者なら召還器を必要とする事無く救世主になれるという事でござるのか!?」

イリヤスフィールがシアフィールドに少し呆れた感じの視線を向けるなか、白の主アリシアの話しを聞いていたルビナス・フローリアスは表情を顰め、ヒイラギ・カエデは目を丸くするようにしてした問いかけに、白の主アリシアは「概ねそうだけど」と正解でもなければ、誤りでも無いといった感じで。

「救世主が人間になったのは最近だよ、初めの頃の救世主さん達には肉体という魂の器や、召還器は無かったんだから。
その後は、大きな虫の姿をした昆虫人に、竜の姿をした爬虫人といった種族が主に繁栄していて、人間はその後―――つい最近だって」

「肉体を持たない魂だけの存在―――それに人間以外の種族が救世主に…」

「………それより、暇でやる事が無いから召還器してる元救世主達って如何なのよ…」

問いかけに答える白の主アリシアだが、その話に人間だけが正しいとでも思っていたのだろうベリオ・トロープは動揺を隠せず、リリィ・シアフィールドは手にするライテウスを見詰め呆れるように呟いた。

「神と対話した事があってか、マスターは私達よりも知識はありますね…
でも、救世主の変更は無理です、イリヤの存在力は常人よりも高いのは確かですが…私やリコと契約したとしても、マスターの様に世界の全てを十全に背負える救世主にはなれないでしょう―――それより、救世主になれば、世界を自分の望む理に変えれるのですよ…マスターにも何か願いは無いのですか?」

「ん~、でも…今在る世界を変えてまでは思わないよ―――だって、そういった世界を見たいなら新しく創れば……ううん、創って貰えばいいだけだし」

「……世界を…創る?」

イムニティは白の精として出来得る限りマスターに尽くそうとしている、しかし、此度の白の主アリシアは事もあろうか無いなら創れば良いとか言いだし、イムニティすら理解出来ずきょとんとする。

「世界を創って貰えばって…トンでもない事を簡単に言うな…」

「―――それはしてはならない事だアリシア、それを当然と思う様になれば、貴方は人ではなくなる」

世界を創造出来るのは、神のみだというのにも関わらず、身の程知らずにも程があるのだろう、エミヤ君は神の如き発言をするアリシアに呆れるが、セイバーはその考えは人の出来る範囲を超え、何れは王国の貴族達の如く、自分達は特別でその他の者達を塵の様に扱う愚者となるからなのだろう窘め。
そして、白の主アリシアが「…ほえ、そうなの?」とセイバーに視線を向けた時―――

「―――そう、そのモノこそはイレギュラー」

圧倒的な存在感と共に声が響いた。

「……だ…め……逃げ…て…」

「リコ…?」

声の主は赤の精たるリコ・リスからだったが、彼女は小さな体を震わせ零す様にして私達に逃げろと口にし、そんなリコ・リスの異常を目にしたルビナス・フローリアスが動揺を隠せず凝視しする。

「―――我は全ての調和を守る者、古より世界を預かりし代行者」

「如何したのでござるかリコ殿!?」

「調和を守る?」

「それに世界を預かる代行者って?」

明らかに雰囲気からして、リコとは違う存在となり自らを代行者と名乗った者に、横に居るヒイラギ・カエデやベリオ・トロープ、リリィ・シアフィールドは視線を向け警戒を強める。

「違う、リコじゃない……ま…さか、リコの体を使って…」

「―――滅せよ、イレギュラー」

イムニティの言葉から、世界の片割れの理を司る赤の精リコ・リスの器に、別の存在が乗り移ったのだと私が理解した刹那、セイバーが「っ、私の周りに!」と叫ぶと―――天を引き裂く様にして何かが落ちた。

「つぅ!?」

咄嗟に障壁を展開して和らげたものの、先程の衝撃は凄まじく身体の芯にまで伝わり、更には雷撃系の魔術だったのだろうか痺れが抜けずに片足をつく。

ダークナイトたるこの私に、たった一撃でこれ程のダメージを与える存在だと………一体何者だ!?

周囲を見渡せばルビナスや学園長、ダリア先生も衝撃と痺れから方膝をついてはいたが、救世主候補生の三人は障壁が間に合わなかったのか体を横たえている、しかし、セイバーをリーダーとするエミヤ君やイリヤスフィール、白の主アリシアとイムニティ五人は鞘を手にしたセイバーの元に集まり立ち続けていた。

「―――世界を展開した、何よこれ…」

あの鞘は強固な結界なのか、中で佇むイムニティは驚愕の表情を浮かべている。

「―――何者だ貴様は?
(先程の一撃―――アレは私の鞘で防いだ際に拡散し、ルビナス達に被害が及んでしまったが、それでも彼女達は咄嗟に障壁を張っていたにも関わらずあれ程のダメージを負っている。
まともに受けたなら、アレはキャスターの魔術以上…いや、宝具の域にまで達しているモノ…対魔力では及ばずもない、全て遠き理想郷(アヴァロン)の展開が少しでも遅れていたら危なかった…)」

「…何者も何も、アレは―――神よ」

鞘の結界で守られながらセイバーは、代行者と名乗る存在へと問いかけるが、答えたのはすぐ横のイムニティであり、何故、神が代行なのか不明だがその言葉から代行者が神だと判明する。

「―――その鞘、そうか…お前は、あの時の誇り高き騎士王」

「私を知っているのですか?」

「知っている、いや、あの方に命じられ、有効とされていたお前と世界との契約を破棄させたのはこの私なのだから…」

「っ、聖杯を得る契約が有効に!?」

「そうだ、お前は得たはずだ望みのモノを」

「確かにそうだ、だが…よもや……私の知らない所で神等という存在が関わっていたとは…」

セイバーが望んだ聖杯というものが何なのかは知らないが、神を見詰めるセイバーの表情は苦虫を噛んだように苦々しい感じとなっていた。

「―――我の目的は飽く迄もイレギュラーの抹消のみ、あの方が目を掛けた者を消し去るつもりは無い、大人しくそこのイレギュラーを引き渡し下がれ」

そう言いながら神は、鞘の結界で護られたセイバー達へと指を向け。

「っ!?」

不意に、セイバーの纏められていた髪が解け肩まで髪が下った。

「我は全ての世界の調和と安定を司るモノ、その鞘による世界も例外ではない―――選択せよ、我とイレギュラーとの間に立ち死せずとも苦痛を受けるか、それとも、抵抗せずイレギュラーを引き渡すかを」

「…よもや、私の鞘の中にまで―――神と言われるだけはあるか」

鞘の結界が無意味と知ったセイバーは、表情を険しくしながら結界を解き何かを構え。

「お前が神でも、なんでアリシアを殺そうとするんだ!
(アイツ、最強の守りであるセイバーの鞘の中でさえ影響を与えれるのか…話からして、さっきの雷みたいは本気じゃないだろう…
それに、ここにはルビナス達や俺達以外にも学園には学生も居るんだ、こんな場所で戦える相手じゃないぞ。
っ、アーチャーの記憶からは、俺の『無限の剣製』(アンリミテッドブレイドワークス)は展開しても精々十数秒程しか持たない筈―――何か手は無いか!?)」

「そのイレギュラーが、邪神と呼ばれる者達同様、破滅を乗り越える力を秘めただけならば無視しても良かった。
―――しかし、その者は遥か昔に失われた筈の理を内包し、その者が救世主となり失われし理を復活させれば、次元崩壊は起こり全ての世界は滅び去る…それは容認出来る事ではない」

いつの間にか両手に剣を握ったエミヤ君は、白の主アリシアを守るようにして前へと出た。

「馬鹿な!エミヤ君、君達は神と戦うというのですか!?」

「私はアリシアのお姉ちゃんなんだから、妹を守るのは姉として当然でしょ―――行きなさい!バーサーカー!!」

「■■■■■――――!!!」

神に対し、得物を手に構えるセイバーとエミヤ君の二人の行動が信じられず見詰めるなか、イリヤスフィールもまたバーサーカーを呼び出し神に向かわせる。

「痛みを受ける方を選んだか…ならば、目の前で仲間が果てる痛みを見続けるがいい」

瞬時に神との間合いを詰めたバーサーカーは、岩の塊とかしかいえない巨大な剣で薙ぎ払おうとするが、突如現れた氷柱に閉ざされ身動きが出来なくなり、神はその横を平然と通り過ぎる。

「っ、バーサーカー!?」

「…まずは、お前からという事だな」

片手を伸ばした神は、イリヤスフィールへと指を向け―――上空に光を撃ち放つ。

「っ!?」

「―――それ以上はメッだよ」

―――いや、違う…放つ刹那の間に、隣に現れた白の主アリシアが伸ばした腕を掴み上へと向けたのだ。

「ここだと周りに迷惑が掛かるから、少し離れた所でお話しようか」

「その必要は無い―――だが、良い心がけだ、自ら滅びに来るのだからなっ!」

掴まれている腕とは逆の手を向け放つが、その腕も上へと向けられ、想像を絶する閃光が空へと消えて行く。

「じゃあ、誤解があるみたいだから二人で話てくるね―――晩ご飯までには戻るから」

微笑む様にして告げると、神の両腕を掴んだ状態のまま神と白の主アリシアの姿は消え失せる。

「―――まさか…アリシアは自ら犠牲になって私達が巻き込まれない様にしたというの!?」

「っ、俺は…俺は……妹一人守れないのか……俺に……もっと力があればこんな事には―――っ!!」

私同様、片膝をつき見守るしかなかったルビナス・フローリアスの悲しげな声と、エミヤ君の慟哭が闘技場を満たした。



[18329] アヴァター編15
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/24 01:21

学園長やルビナスは、状況次第ではセイバー達との戦いもあり得ると判断し、闘技場での会談を選んだが、赤の精の力を奪われない為なのか、予期せぬ神の降臨、そして、白の主アリシア・T・エミヤが神と共に姿を消す事態となり会談は無意味なものとなった。
ルビナスを除く救世主候補生、魔術師リリィ・シアフィールド、僧侶にして盗賊であるベリオ・トロープ、忍びの技をもつヒイラギ・カエデの三人は祖先を上回りしダークナイトたる私や、千年前のメサイヤパーティーである学園長にルビナスでさえ動く事が出来無くなる程の威力を秘めた雷を受けたのだ、未熟な彼女等が受けたダメージは私達以上のものであるのは容易に推測出来、今は医務室へと運ばれ安静にしている。
残った我々、私こと破滅軍主幹ダウニー・リードに学園長、エミヤ君とイリヤスフィール、白の精イムニティ、その三人を纏めているセイバーの六人は学園長室へと集まり状況を纏める事にした。

「如何かしましたか」

学園長室に集まるとセイバーは周囲を見渡し、不審に思った学園長が問いかけ。

「…いえ、ダリア先生の姿が見えないと思いまして」

「…そうね、今頃クレシーダ王女殿下に急いで連絡していると思えるわ…」

セイバーの疑問に答える学園長の表情は曇り、長年自分の右腕として力になってくれていたダリア先生が、実は密偵だった事に僅かながらショックを受けている事を示していた。
―――所詮は飼い犬と言う事か…飼い主の元に報告に行ったと判断する学園長の意見に頷く。

「別に居ても居なくても同じ事よ―――あの先生じゃ」

「否定はしないわ」

イリヤスフィールの意見にイムニティが頷き、私もその通りだと思う、事前に救世主に関する予備知識が無いダリア先生が居ても会談の邪魔になるだけっだったのだから。

「―――そうですね、既に事態は救世主の選定や『破滅の軍勢』と王国軍との戦いでは無くなり、神と神の戦いへと発展しています」

「神対神とは如何言う事です?」

「アリシアもまた神霊の位に辿り着いたもの―――即ち、神の一人という事です」

「―――馬鹿な、神が複数居るとでも言うのですか!?」

イリヤスフィールの意見に頷いたセイバーだが、その口からは信じられない言葉が出て来た。
もしも、この場にベリオ・トロープがいたら方向を変え論戦へと変わっていた事だろう。

「そうよ、私達の世界で神と呼ばれる存在は神話や伝承で多数伝えられているわ」

「………神は一人では無いと言うのですか」

アヴァターしか知らない私には、イリヤスフィールの意見は余りにも衝撃的だった。

「だからって、アリシアはまだ子供なんだぞ―――なのに本物の神が襲って来たんだ、勝てる筈が無いだろ」

「―――いえ、逆ですシロウ、寧ろこの世界の神がアリシアと戦い敗れる可能性の方が高い」

「なんでさ…神霊の域に達してるとはいえ、本物の神相手に勝てる要素なんか無い筈だ」

「あります―――アリシア本人ではなく、神々を統べる神『原初の海』が呼び出されば…代行とし、この世界の調和と安定を司る神では勝ち目は無いでしょう。
付加えるなら、アリシアもまた『はじまり海』の名を受けた者…もしかすると、代行でしかない神よりも位階が高いのかもしれない」

「そうね、最後にアリシアが言った言葉が晩御飯までには帰るとかだったし……セイバーの言う通りかもしれないわ」

闘技場で自身の無力さを嘆き、今は悔しさからだろう拳を握り締めているエミヤ君だったが、セイバーとイリヤスフィールに諭され「―――あ」と目を丸くする。
―――しかし、その話が本当ならエミヤ君達には神以上の存在がついていたとなり、如何に我ら『破滅の民』が切り札とする要塞砲を搭載した機動城砦ガルガンチュワが在ったとしても…神を上回る存在を相手にしては勝機等はあり得る筈が無い。
いや、そもそも、前回の戦いにおいては文字通り天を裂き地が割れた………

「………」

セイバーとエミヤ君の足元で回り続け、神の使徒と呼ぶべきなのか球の様に丸いポチを見やり考え続ける。
そう今、私が見詰めているポチですら、前回の会戦では地獄の如き光景をつくり上げたのだ、機動城砦ガルガンチュワや『破滅の軍勢』が何万いようが初めから比較に等ならない…勝てる筈が無いのだ神やそれ以上の存在を相手になど……

「その『原初の海』って一体何なの?」

「『原初の海』は、世界にとっていうなれば破滅そのものよ―――あんな得体の知れないモノが現れたら世界が無事に済むはずも無いもの」

「そんな、現れただけで世界を滅ぼしてしまう…存在そのものが破滅そのものの神だなんて―――」

「私は聖杯の中で見た事があるわ………それでも、アレを理解等出来なかったし、アレに立ち塞がった英雄と呼ばれた者達が居てたからこそ私の精神が壊れる事はなかったけど…」

「―――なら、アリシアが追い詰められ、そんなモノを呼び出したら…」

「この世界の管理を代行する神ごと、世界は滅び去るかもしれません…」

『原初の海』という我々の知らない名称を知ったルビナスが、その存在がどれ程の存在なのかとセイバー達に視線を向け、その視線を受けたイリヤスフィールとセイバーが神の上位的存在が何なのかを口にした。

「…神ごと世界を滅ぼす存在を召喚するなどと………では、状況は…より悪化したという訳ね」

学園長の言う通り、真の救世主が現れる処か、神々の戦いとなった状況は正に破滅へのカウントダウンが開始されたようなもの。
私にしても神が複数いるなど知らなかった先程までならば、世界が全てを平等とする白の理でなければ、いっその事全てが滅んでしまっても構わないとすら思っていた。
―――だが、神が複数いるとなれば話は違う…遥か古に存在しただろう美しく、悲しみもない完全なる世界、それを人が神から奪ったという幻想は崩れ去り…私には何が正しく、何が間違いなのかが分からなくなってくる。

「―――それに、どこか子供っぽい処はあるけれど…そんな神の上位的存在すら呼び出せるアリシアが何で子供なの?」

ルビナスの疑問ももっともだろう、神の頂に立った者ならば永遠の命―――いや、不老不死すらあり得るのだ…子供である筈がないのだから。

「まあ、信じられないかもしれないけど…実はアリシアは六歳だったりするんだ」

どこか困った感じで学園町とルビナスを見詰めるエミヤ君に、二人は「「え?」」ときょとんとした表情を返し、「仕方ないわね、こんな感じよ」やれやれといった感じでイリヤスフィールの姿が変わり、雰囲気は変わらないものの、その姿は十一か十二歳といった位の少女が現れる。

「私は変身魔術で変えていたけど、アリシアは世界を誤魔化して姿を変えているのよ」

「変身魔術―――マイナーな魔術ですが、年齢を詐称するのに使う方は初めて見ますよ」

「でも、世界を誤魔化す…そんな凄い業をそんな事の為に使うだなんて…」

イリヤスフィールの使った変身魔術といえばマイナーな魔術と言えるが、神域の存在とはいえ、世界を書き換える魔術等はもはや伝承のみの代物、それを変身魔術と同様に使う等とは何て無駄な事をと学園長は溜息をつく。

「でも、俺達には出来る事は無いのか?」

「残念だがシロウ、神霊の域に至らない私達では、神々の戦いへ介入する力は無い、出来る事は信じて待つ事くらいでしょう」

「―――しかし」そうセイバーは一呼吸の間目を閉じ。

「その戦いの後―――即ち、神とアリシアの間で話が終わったのちの事なら知恵を出し合えます。
闘技場でも言いましたが、並行世界が増え過ぎ世界の重みで何れ迎えるだろう、次元崩壊を防ぐ為の手段を話し合うくらいは出来る」

「そうね…例え、アリシアが神と話をつけてくれたとしても、次元崩壊が起きるのなら救世主の選定は続けられるのだから……」

セイバーの話にルビナスは頷き、学園長室に集まった私達六人と一匹を見渡し意見が交わされ始めた。
しかし、幾つか意見は出るものの、それは並行世界をこれ以上増やさない為には如何するかといった話で進められ、既に増え過ぎている現状の状態を変えるといった意見は、始め辺りに出た世界を必要な世界と不必要な世界に仕分けるといった意見しか出ずにいる。
もっとも、必要な世界を仕分ける等という、神をも恐れぬ行為は一蹴されたが……
そんななか―――ふと、頭の片隅に破滅の軍勢として、『破滅の民』や破滅のモンスターを率いる際の事を思い出した。
減らす、増やさない、そのどちらか片方では無く二つを統合するという手法を―――

「―――今、思いついたのですが、こんなのは如何でしょう、先程出た必要な世界のみを残すのでは無く、並行世界ですから似たような世界は多数存在するでしょう、その似たような世界を纏めてしまい、総数で少なくするというのは?」

統合するという方法で、この問題を解決する場合はと考えを纏め上げての発言だったのだが―――私が意見を口にすると学園長室に僅かながら沈黙が訪れ。

「そうだ、その手があった!」

「そうね」

「………確かに、並行世界である以上似た世界は多数存在する筈」

「ええ、同じ様な世界を纏めれば結果的に少なくなるもの」

私の意見を当て嵌めていたのだろう、エミヤ君に続きイリヤスフィールが頷き、僅かに遅れセイバーとルビナスが相槌を打ち。

「―――後は、この意見が神かアリシア・T・エミヤさんに伝える事が出来れば、救世主等という存在は必要無くなるかもしれませんね」

学園長は何処か安心した様な感じで一度目を瞑ると。

「ダウニー先生―――もしかしたら、貴方こそが真の救世主だったのかもしれません」

再度、私に視線を向けそう告げた。
だが―――

「…く……ぷ…ぁ…」

白の精、イムニティの口から声が漏れ。

「あははははははは――――」

腹を抱える様にして笑い出した。

「如何したんだ」

「如何したのですニティ」

「…やっぱアリシアの言ってた様に、頭が変になってるのかしらニティ?」

セイバーとエミヤ君が心配し見守るなか、表情を険しくしたイリヤスフィールが口にすると、イムニティは顔を顰め「違うわよ」と笑いを止め。

「ただ、ミュリエルがその男を救世主とか言い出したから笑っただけよ」

「如何言う意味ですイムニティ?」

不味いと思う暇も無く、学園長の強めた視線がイムニティへと注がれ。

「ミュリエルやルビナスは、ダウニー・リードの名に聞き覚えはない?」

「ダウニー先生の名前に?」

「ダウニー・リード………リード!?」

「気付いた様ねルビナス―――そうよ、そこのダウニー先生こそ、ロベリア・リードの末裔にして、破滅の軍勢を率いる主幹なのよ。
それなのに、ミュリエルときたら…よりにもよって破滅の軍勢の主幹を相手に救世主とか言うから思わず笑ってしまったのよ」

「まさか!?」とか「そんな!?」とか「嘘だろ!?」と学園長やイリヤスフィールにエミヤ君達の視線が私に突き刺さり。

「迂闊だったわ、リードの名に気が付かなかったなんて」

よもや、このタイミングで白の精が裏切るとは予想も出来ず―――いや、白の精からしてみれば私はもう用済みなのだろう…
状況を纏めている間にも、私の正体が明かされた事で油断の無いルビナスの視線が私に注がる。

「―――だが、同時にニティ、それを知っている貴女もまた破滅の軍勢に加担していたと言う事ですね」

セイバーの手に不可視の何かが握られ、冷たい殺気と共にイムニティへと向けられる。

「っ、私が忠誠を誓うのはマスターのみ…『破滅の軍勢』は利用出来そうだから使ったまでよ」

「―――成る程、では我々と破滅の軍勢、その両方を利用し、裏切ったと判断して良いという事ですか…」

セイバーの放つ威圧感に、ゴクリと喉を鳴らすイムニティを見詰め。

「この者を拘束しなさいポチ」

「―――っ、な…に力が奪わ…れ……」

足元で回るポチに視線を向けると、イムニティは見えない何かに体を巻きつかれ動けなくなり、力無く床に体を横たえた、その様を確認するとセイバーは私に視線を向けて来る。

「では、弁明を聞きましょうダウニー・リード、貴方は何故破滅の軍勢等いう組織を立ち上げたのです?」

「そうですね…いいでしょう、進退窮まったこの状況では如何する事も出来ないですから」

破滅の将すら上回るだろう、神が選んだ使徒達を…それも一人で相手にしよう等という思い上がりは元より無い、仮に交戦の意思を見せればロベリアを相手にした時同様、セイバーに一足のもと斬り伏せられるだけだろう。

「―――先程まで私こう思っていたのです、この世界は……いや、かつての世界は神のものであり、そして、神に支配された世界は完全で美しく、一欠けらの悲しみも存在しなかったと。
しかし、やがて世界には人が生まれ、人は世界を神から奪い、思うがまま世界を犯し続け…その結果、神の法則は崩れ、世界には破壊と不幸と悲しみに溢れ、滅びの道を歩み始めることとなった。
やがて世界は、人のもたらす破壊に耐えきれず崩壊を始めた、それが破滅…世界が人間達に発する断末魔の抵抗…」

私が言った様に、この面々を相手に私と云えど敵う筈もないと判断したのだろう、学園長室にいる皆は私の話を聞き続ける。

「そして、救世主こそが滅びの道から世界を救い、人間に真の救いと平和をもたらす希望の光、その救世主と共に古き人の手による世界を捨て、今一度、神による完全な世界を取り戻さねばならないのだと」

「白の理には愛も友情もないのよ?」

「いえ…ルビナス、純粋なる弱肉強食を体現するであろう白の理だけではありません―――アリシアから聞いた限り、赤の理に努力というものは無く、体はその意味を失う」

「そう…だからこそ、二つの内どちらも選んではいけないのよ」

ルビナスの意見にセイバーは、赤の理にも問題はあると指摘し、二つの理のどちらを選んだとしても問題はあると眉をひ顰め、ルビナスも表情を曇らせた。
成る程、それが千年前にした先送りの真相か―――だが。

「―――そう、貴女方が言われる通り、白の理には愛も友情も無いのは確かでしょう」

二人の視線を受け止め、自らの信じる思いを持って視線を返しながら話を続けた。

「―――しかし、反対に傲慢も無ければ偏見もないのです。
赤の理は当然、愛や誇り、礼節等もあるでしょう、だが、同時に強欲さもあれば、増長もあり、そして傲慢となり、やがては自分等を特別な者だとして、他者を偏見の目で見下し差別を行い始める!
アヴァターは根の国だ、根の国で起きた事ならば何れは他の世界へと蔓延するのは確か―――ならば、人々は今まで同様…偏見と差別を繰り返し、争いは常に起こり、悲劇は幾度も繰り返す。
…それでは、今の理の悪い部分を継承していると言えなくも無いのです。
ならば、白という精神的な理は失ったとしても、偏見も差別も無い世界で、人は新たに始める事の方が良いと判断したまでですよ」

「そうですか―――貴方は戦いを生む心、そのものを倒そうとしていたのですね…」

「―――世界全ての争いを止めさせる…そこまで考えて貴方は破滅の軍勢を組織したというの!?」

セイバーは私と同じ様な思想をした者を知っているのか顔色が優れず、ルビナスは私が語る白の理の優位性とその意味に驚きを隠せないでいる。

「買い被りでしょう、それは……ただ―――私には妹がいました…しかし、ある日…ホルム州の片田舎で、ひっそりと暮らしていた私達は、その地方の貴族の慰みものにされ、兄妹で殺し合いを演じさせられたのです!」

「………何という」

「そんな事が…」

学園長とエミヤ君は私の話しに怒りを隠せず唇を噛んでいる。

「そう、我が遠き祖先に出会い、力に目覚めるまでは私も、私の妹も玩具でしかなかったのですよ!
だから、私は妹を殺した原因を考え、辿り着いたのです―――狂った世界を滅ぼし、完全な世界を取戻す為の白の理に。
貴族という他者を見下し、私達を同等の人間…いや、代わりの効く道具としてしか見なかった者達、その様な存在が現れる事の無い世界を求めて!!」

「王国軍のアドバイザーとして入った時に、確か幕僚の一人から、その様な貴族がいるとは聞いていました。
信じたくは無かったが―――成る程、誇りも無ければ理念も無くなり、領民を守る筈の貴族たる者は減り続けるのに対し、資格の無い貴族達は増え、領土は守るが民を守らずにいた、千年…人も国も腐るには十分な時間だ」

貴族たる尊き誇りを失い、堕落した貴族の行いに対しセイバーは怒りを顕にしていた。
恐らく、私の話の他にも破滅が迫る渦中ですら特権を振りかざしていた輩がいて、王国軍内でも威勢だけはいい彼等を持て余していたのでしょう。

「…もしもとして、その事が無ければ如何してたのです?」

「……そうです…ね、およそ妹と一緒に地方の片田舎で学校の先生でもしていたのかもしれません……
―――だが、既に起きた後、もしもという事は無いのです学園長、妹は死に…私は妹の死に報いる為にも、過ちは繰り返させてはならない。
だからこそ、同じ事が起きる世界を無くす必要があると…救世主が世界を変える存在ならば協力し、悲劇を繰り返す世界を正して貰う…私はそれだけを考え、今日まで生き長らえて来たのです―――ですが」

学園長に、もしもという可能性を問われ―――復讐を誓う前のかつての自分自身を思い出してみた。
そして、気付く―――幼き日に死別した妹ならば、破滅等を使い多くの者達を犠牲にするやり方を望まなかったであろうと………

「先程知り得た、神が複数いるという事実―――これでは、如何に破滅の力を利用し事を成そうとしても無意味だ…例え、救世主が現れる事になっても世界は完全では無いのだから…
世界は一つの完全なる姿になり得ず、白の理と云えど何らかの齟齬が現れ、救われる事などありえない…」

その二つを理解してしまった私は、私を私として支えていた怒りという灯火、それが消えてしまい心は空虚となり…全てが虚しくなって来る。
世界は変わらない―――変革等は訪れない…では、私が行って来た事は意味のない、ただの殺戮に過ぎないのだ…その様な愚者ならば、この場で果てるのも良いだろうと…

「そうですか、結局の処破滅の軍勢とはバーンフリート王国に対する反乱組織だったという訳ですね―――ならば、破滅に囚われた人やモンスター達を不足する兵とし戦力にすれば、正規軍である王国軍にも兵力で劣る事は無くなる」

「その反乱とは?」

「反乱とは、統治者以外の者が反抗して武力を用いて簒奪を企てる事。
そして、資格の無い統治者を民自らが倒し、社会構造を根本的に変革する事を革命と呼びます」

「反乱に…革命…」

セイバーは、アヴァターでは聞く事の無い名称を口にし『反乱』と『革命』という名は私の心を揺さ振った。

「―――ダウニー先生、間違えは誰にだってある、そして―――間違いに気付いたら直せばいいんだ」

「その通りだ―――奪われ、失う事の悲しみを知っている貴方は救世主や破滅等に頼らず、自身の共感者を増やし続け、人々を動かしこの国を変えるべきだ」

「私は『破滅の民』を率いる主幹、あなた方の敵…なのに―――何故、その私を倒そうとしないのですか?」

「この地が戦場なら、私は貴方を斬り捨てていたでしょう―――しかし、ここは戦場では無く、私がすべきは、アヴァターの内乱に対する関与では無く世界の破滅を防ぐ事。
そして、付加えるのであれば、破滅というモノは貴方を倒して終わるものでもない」

「馬鹿な…『破滅の民』とモンスターの両方を纏め率いているのですよ!?」

何故だ…破滅の軍勢の主幹である私を、何故、エミヤ君とセイバーは赦そうとするのか。

「―――そうよ、その男が破滅の軍勢を統べる主幹なら見逃す等出来る筈がない、この場で捕らえ王国に引き渡すのが筋でしょう」

「駄目だ学園長!ダウニー先生が破滅の軍勢を指導者で、間違いに気付いたなら戦いを終わらせられる―――これ以上、誰も犠牲にならなくて済むんだ!!」

「破滅の軍勢の主幹なら、その罪の重さは比較する等出来ない程よ―――それでも、エミヤ君…貴方はダウニー先生を庇うと言うの?」

「ああ、そうだ―――行った罪が消える訳じゃない、失ったモノが戻る訳でもない……死んだ者が蘇る訳でも………だから、罪は罪としてずっと背負い続けなきゃならない…
でも、ようやく間違いが分ったのに殺して終りじゃあ、誰も報われないし救われやしない!
犠牲にした人達の分まで、やるべき事をやって全てを終わらせる―――それがダウニーが償える方法なんだと思う!!」

「いえ、それどころか破滅の脅威が無くなったと判断すれば、王国貴族達は再び民を蝕む存在となり―――何れ、第二、第三のダウニー・リードが現れる、恐らくバーンフリート王国は、国家としての寿命が尽きているのにも関わらず、脅威となる存在が無いため延命し続けるだけの国…もはや、何時叛乱が起きても不思議では無い」

私を捕らえ様とする学園長だったが、エミヤ君とセイバーはそれをよしとはしない。

「―――そうね…例えこの場で倒すなり、捕らえ処刑するなりしても結局は、破滅の軍勢内で次の主幹が選ばれ戦火は広がりを続け―――何れ、アヴァター全土に取り返しのつかない被害を与えるでしょう…」

「それに、アリシアと神で話し合いがつかなければ、どの道、全ての世界は滅びを迎えるわ。
だったら、せめてダウニー先生が根の国内の戦いを終わらすって事に賭けてもいいんじゃないの?」

「………」

エミヤ君とセイバーの話を聞き、精神を重んじる理、赤の元救世主であったからだろうか、ルビナス・フローリアスは二人の意見に賛同し、沈黙を保っていたイリヤスフィールが淡々と口を開くと学園長は私を見詰める。

「―――ダウニー先生、貴方は破滅の軍勢へと戻ったとして、戦いを止めるられるのですか?」

「出来るか、出来ないかと言われれば出来るでしょう…しかし、貴族達権力者が増長を始めればいつ爆発しても不思議では無い」

僅かに視線を下げた後、私は学園長の視線を受け止める。
学園長は「そうですか…確かに、一部の貴族達の振る舞いは目に余るのも事実ですから…」と目を閉じる、恐らくは私が部屋を出て行くまで、その姿を見なかったとする意思表示なのだろう。
私に出来る事は、ホワイトカーパス州へと戻り破滅と手を切る事、そうすればアヴァターに現れているモンスターの大半が送還され居なくなる。
破滅にとり憑かれた人やモンスターを兵と出来ない以上、戦力の低下は否めないが―――議会と亀裂が生じ始めた王国軍への切り崩しや、重税や横暴な振る舞いに対する不満を理由に民衆の扇動する方法は十分あり、更には機動城砦ガルガンチュワという切り札も温存しているのだ、もはや破滅に拘る理由や意味は何処にも無い。

「だが、これだけは伝えておきましょうダウニー・リード…アヴァターで革命を起こすにしても貴方は他の世界を見て回るべきだ。
世界には様々な社会システムが在るとゆうのに、この世界アヴァターは国が一つしかないとう異質な場所、他の世界は多くの国々が今日、明日を生き残る為に鎬を削っています―――そして、そういった世界から学ぶと良いでしょう、己自身が何をすれば良いのかを」

「―――それと、出来ればもう人とモンスター達が争わない社会にしてほしい…モンスター達も好きで戦っている訳じゃない、それに、村の中にはモンスターと住み分けていた村も在ったんだから」

「感謝しますよセイバーさん、それと、エミヤ君…人同士でさえ大変だというのに、君は…何て無茶な願いをするのですか」

扉に手をかける背中に、セイバーとエミヤ君の忠告と願いがかけられ「ですが…理想としては悪くない」とだけ口にし廊下へと出る。
扉の横の壁に頭と手足の一部を出したダリア先生が、気を失い埋まっているのを見て驚くが、大方、盗み聞きをしていたのがポチに知られ埋められたのだろうな。
既に救世主等という存在に用は無くなり、学園を後にすると、ホワイトカーパスの部下に連絡を取り指示をだす。
時折、何か呼びかけるような声が聞こえなくも無いが…恐らく疲れているだけなのだろう。
部下に指示を出し僅かに休息をとったその後は、一部の者達が暴走しないよう機動城砦ガルガンチュワに封印を施したりや、時間の不連続帯である次元断層を超えない世界を主な活動区域と計画しながら、アヴァター離れ他の世界を見て回る為にの準備として数名の信用のおける者達を選抜していた。
そうして、学園を去ってから十数日程が経過していた頃―――学園から学園長、ルビナス、セイバー、エミヤ君、イリヤスフィール、イムニティとポチが失踪したとの報告を受けた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第15話


この世界を管理している影が何か勘違いしている様なので、誤解を解く必要から話し合う為に宇宙の星が少ない所へと転移する事にした。
でも―――

「おのれ!放せ、放せと言っている!!」

影は話を聞く気が無いのか、周囲の空間を膨張と伸縮を繰り返し衝撃波を放ってくるので、仕方なく掴んでいた手を放し距離を取る。

「―――っ!?」

すると、影は何故か苦しみ始め―――ああ、そうか…私は周囲を書き換えていて空気や温度に湿度とかも変化は無いから、すっかり忘れていたけど宇宙って空気が無いんだっけ。
でも、一瞬驚いたものの影も状況を理解して周囲を書き換え命に別状は無さそうだね。

『君は誤解しているよ、私は救世主には成れないんだから』

『そうだイレギュラー、何故なら貴様はここで果てるのだから!!』

如何やら影は興奮しているみたいで、中々会話が成り立たない、でも、話しかけなければお話しにはならないので、『念話』を使い言葉を投げかけるけど影からは返答と一緒に熱線が返って来た。

―――ん~、もしかして、当真大河に続いて影までも反逆を始めたのかな?

いや、もしかしたら私が知らないだけで、反逆って行為が流行なのかもと考えが過るも、矢次に放たれ続ける熱線を避ける。
リコ・リスさんの戦闘経験を参考にしていると思うけれど、戦い慣れていないらしいく、動きは感情的なので読み易い、だから避けながら『話を聞いて』と呼びかけ続るけど、私に当たらない事に焦れたのか、次第に影は私の周囲の空間に次元操作を行い威力のある熱線や、速さがあり中てやすい光線を上下左右から連続して撃ち放って来た。

『我は、完全なる秩序と調和の守り手なり』

『え~、ただの管理代行の筈だよ?』

避けながら呼び続けていると、光線を放つのを止め、代わりに拳を握り私を睨み付ける。

『イレギュラー、貴様の存在が世界を乱す―――』

『乱すって…そんな事しないよ』

『貴様を放置すれば何れは、全ての世界にて調和は乱れ多くの世界が滅びを向かえる』

『だから、話を聞いて―――!!』と言う私の声に耳をかさず、『―――故に、貴様を裁く!』と影は私に指を指し一方的に宣言した。
同時に次元操作による多方向よりの熱線やら光線やらが走るわ、空間そのものをずらし次元の刃とし放って来るわで私の話を聞こうともしないよ…

『この程度だと思うな!』

「ん~、如何しようか」と思う間も無く、それ等を避ける私に、次元を跳んだ影が現れ空間ごと薙ぎ払う。

『―――なっ!?』

それを、私は上半身と下半身を次元操作技術の応用で分離させ避けると同時に戻し合体。

『話を聞いて―――っ!』

瞬時に速さを書き換え、光速を超えた速さを用いて影が使っているリコ・リスさんの体を掴もうとした。
けど―――

「………あ…れ…?」

掴もうとすると位相をずらされ、私はそのまま何光年か先へと一人で行ってしまったんだよ。

「―――もう、驚いて危うく星にぶつかりそうになったよ」

「…ですがマスター、その前に何か羽織った方が良いかと思われますが?」

ディアブロに言われ、「ん?」と下を見ればお兄ちゃんが投影したバスタオルが無くなっている。

「そっか、さっきの空間ごと切裂かれたから、その時に壊れちゃったのか」

「その様です、それと、如何やらあの神と呼ばれる存在は興奮している様ですので何かしらの対策が必要かと」

「セットアップ」と言いながら、防護服であるバリアジャケットを纏い「どんな?」と気になり続きを急かす。

「以前、ニュースの特集であった情報ですが、スーパーとかでは、怒りや不満を持つ相手に相対する場合は、対応する人を変えたり、時間を置いたりや粗品という心象を良くするプレゼントを用い対応するとか」

「む~、そっか…代理は無理だけど、時間を置いて冷静さを取戻させたりや、プレゼントで心象を良くするのなら出来るね」

ならプレゼントは神父さんが贔屓にしているお店で、特別に注文を出して作って貰った特性マーボー弁当が良いかな?
特別に作って貰ったから、六人前しかない希少なこのお弁当は、この世でこれを食べないものは損をしていると、神父さんは胸を張って語っていたのを思い出す。

「うん、そうだね。
プレゼントはあるから、後は時間を少し置いてから話しかければ落ち着いて聞いてくれるよね」

「そうだと思われます」

私の知らない情報をディアブロが教えてくれた事で考えが纏まり行動の方針が決まる。
でも、セイバーさんも言ってたけれど…情報って大切なんだとつくづく思う、少なくとも、『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』というのは私や影に対する情報が無いからだと判断出来るし。
アヴァターでの出来事を考えれば、あの神の座で怒って暴れている当真大河の原因も、情報が少なくて救世主になれるのが女の子だけだと知らず「こんな筈じゃなかった」とかで怒っているのだろうと考えられなくもない、か。

「…ん?」

時間が出来たので思考に耽っていたら、付近の空間が揺れ、邪神と呼ばれている惑星サイズの子やら、幾学的な形状をした子達やら不定形の形をした子達と、その眷属らしき小さい子達が私を囲む様にして転移して来る。

「何だろ、お祭りでもあるのかな?」

「…マスターはあの巨大なモノを知っているのですか?」

「うん、アレは俗に邪神とか言われている理から外れた者達―――今は封印しない代わりに、管理の手伝いをさせているんだよ」

「…では―――っ!?」

ディアブロが何かを言おうとしていると、数多の邪神達から熱線、光線、重力波、念動力に次元震等が私へと放たれ。

「もう、近くには星が在るんだから暴れちゃ駄目だよ―――命が勿体無いじゃないか」

力の制御がちゃんと出来ているから、必要以上の力は使わない影とは違い、力の制御が甘いらしい邪神達は星すら滅ぼせる威力で放って来た。
その為、後ろに星が在る事から避けずに、放たれたエネルギーを変換・吸収しながら背に板状にして蓄えていると、何だか邪神達が騒ぎ始める。

「………マスター、もしかするとこの場所は邪神と呼ばれるモノ達の縄張りなのでは?」

「そっか、犬さん、猫さんも縄張り争いはしてるものね」

そう言われてみれば、邪神達が何故急に現れたのかも解る。

「―――でも、その割には種族とかも違い過ぎる感じがしなくもないかな?」

見た感じとしても、目の前の邪神達はそこそこの実力はあるみたいだし、そう私が訝しんでいると―――

「マスター、これはもしかすると―――」

「何か解ったの?」

十数分程、色々と放っていた邪神達だったけど、力を変換して放つ方法は私に有効ではないと知ると、眷属達に何やら命じ二メートル程の眷属達が光の速度で体当りをして来た。
それら眷属達の動きは、数こそ多いいものの直線的なので読み易く、僅かに動いて避けながらディアブロと話を続ける。

「―――はい、これはある番組の語り部が語っていた事ですが、ある民族では罪人を砂漠の真ん中へと運び、そこから生還した者は無罪としていたとか…
そう考えれば、相手は神と呼ばれた存在ですから、およそあの邪神達を倒し戻る事が出来ればマスターへの嫌疑も晴れるものと思われまるのではないかと?」

「ん~、そっか…私の言っている事が口先だけかもしれないから、試しているって事なんだね」

「恐らくは…」

「じゃあ、取敢えず倒すよ」

そう言い終らない内に、近くで視つけた小惑星を邪神達の中へと転移させ爆散。
惑星サイズの子には、適当な大きさの小惑星が無かったので太陽の様に光っている蒼い星から表面の熱と炎を体内へと転移させ瞬時に蒸発させる。
その爆発のエネルギーと、九枚ほどまで蓄えていたエネルギーを魔力に変換して使い、私の周囲を飛び回る眷属達へと指先を向けると、十条のサンダースマッシャーを非殺傷で放ち無力化させた。

「まさに鎧袖一触ですね」

「…ちょっと勿体無いなかったかな?」

邪神達は、イリヤお姉ちゃんが言う処の第三魔法が使えるので大丈夫だけど、爆散、蒸発した子達の周りにいた、眷族の少なくない数が結構な被害を受けたりや、私の放ったサンダースマッシャーの一つが、偶々近くの星に中り、星そのものには害は無いものの、大気を引き剥がしてしまっている。
そんな状況ですら、何体かの眷属達は果敢に向かって来るので、非殺傷設定のフォトランサーを転移射出し、眷属の張る障壁の中へと現れたフォトンランサーが倒れるまで放たれ続けた。

「これも神が行った試練の結果、マスターが気にする事は無いかと思われます」

「…まあ、兎に角倒したから会いに行ってみるよ」

弱いもの虐めは好きじゃないので、これ以上影が試練を与えないように影の居場所を確認し転移した。

『如何やら貴様相手に奴らでは力不足だったか…』

転移した私を認識した影は、なんだか偉そうな感じで腕を組みながら漂っている。
何してたんだろうと思うけど、取敢えずは―――

『この特製弁当をあげるから話を聞いよ』

『―――やはり、イレギュラーたる貴様を滅するのは我の役目か』

神父さんお勧めの特製マーボー弁当を見せるものの、影はそれを無視し会話が成り立たないでいた。

「………」

こうなったら仕方ないよね…言葉では伝わらないなら、言葉と想いを拳に乗せて伝えるしかないもの。

「マスター、槍は使わないのですか?」

「あの槍を使のは必殺の時だけ、それに―――誤解を解くのに槍は必要ないんだよ」

私が拳を作り構えをとると、ディアブロは何か不思議そうな感じで問いかけて来た。

『イレギュラー、今度こそ貴様の存在一つとして残らず滅して―――がぁ!?』

また次元操作しながら力を放とうとする影の動きを、同じく次元操作を行って顔面を殴り飛ばし初動から潰す。

『―――いい加減話を聞いてよ!』

体勢を立て直す暇も与えず、想いを乗せた拳を次元を超えて影の使うリコ・リスさんの体にめり込ませ、体をくの字にさせると想いを解き放った。
一瞬、痙攣をしたかの様にして目を虚ろにした影だけど、再び目に力が込められ―――引き戻し、繰り出す拳を顔面で受け止めると同時に私の顔を衝撃が襲った。

「―――痛っ」

「空間を越えたカウンターですマスター!」

ディアブロの声で、影は私と同じやり方を用いタイミングを合わせ、次元を超えた拳でカウンターを放ってきたみたい。

『調子に乗るなよイレギュラー!!』

そう影が叫ぶと同時に私の全方向から数多の熱線や光線、更に、位相をずらす事も予想してか、神の座がある次元を除き全ての次元に熱線が放たれていた。
私が自分の身を守る判断を選択するのなら、影が行った方法は有効だったろうけど―――

『―――でも、甘い…そんなんじゃ私は倒れないんだよ』

この枝世界の外から干渉し、そこから時間と空間を操作して時空操作を行うと、少し前の過去から今の時間軸へと両手を移動させ、影の腕と胸倉を掴み引き摺り込むようにして転移、同時に近くに在った小惑星へと背負い投げの要領で叩き付け、全身の力と想いを込めた拳を振り下ろす。
だけど、影も転移し私の拳は数十キロ程の小惑星を砕いたに過ぎない。
転移を繰り返し距離を取った影だけど、私には力を放つ様な技は有効でない事に気がついたらしく、何やら覚悟を決めたいい表情をすると、リコ・リスさんの記憶を参考にしたのか、転移を繰り返しながら距離を詰め、本の代わりに拳を繰り出して来る。

『例え―――何があろうとも守り抜く!!!』

『だったら―――それでも押し通す!!!』

偶々拳と拳が激突し、お互いの想いがぶつかり合うとその衝撃でやや間合いが離れる。
影から伝わってきた想いは、純粋に世界を守ろうとする強い想い。
―――影は決して反逆等していなかったんだ、それが解った私は少しでも疑った事を恥じた。

『この世界から―――我の前から消え失せろ!イレギュラー!!』

『その前に―――この想い!君に届かせる!!』

私の拳が僅差で入るが、放った右拳の打点を僅かにずらし、影が繰り出す拳が私の顔を捉え。

『―――っ!?』

その拳を、影が行った様に打点をずらすのに加え、首の捻りと体の捻りを加え受け流しの要領で力を流し。
戻す全身の捻りと共に、左の拳を影の顎へと叩き込み想いを解き放った。



[18329] アヴァター編16
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/24 01:50

「マスターの拳を受けて無事でいられるとは、流石に神と言われるだけはあります」

「ん、それはお互い相応に強化しているからだよ」

リコ・リスさんの体を使う影だけど…私の想いが届いたのか宇宙を漂ったままでいて、それをディアブロは不思議そうに訊ねて来る。
そうは言ったものの、こんな…本来……人が生きるには必要の無い力なんか使ってたら、私は答えに等辿り着けず、それに―――またセイバーさんに怒られちゃうのは確か。
願う事なら、アリシアの体を使う間はこれで終りにして欲しいな…

「―――マスター!?」

「ん?」如何したのって口にする前に異変に気が付いた。
それは、宇宙を漂っていたリコ・リスさんの体が消え、神の座から本体に影より「主よ、我が力及ばぬ者が現れました、如何かお力の程を…」と救援の要請が入って来たから。
そっか………私と想いのぶつけ合い、対話の途中で、神の座に現れた何者かに気付いて戻った訳なんだね。

「―――でも、助けを求めているなら無視する理由はない」

「如何したのですマスター?」

「あのリコ・リスさんの体を使っていた影―――じゃなかった、神が他の誰かに襲われて大変ならしいんだ、だから私は助けに行く事に決めたよ」

「―――私はマスターの力です、マスターが決めた事ならば反対はしません」

「ありがとうディアブロ―――じゃあ、行こうか」

私と影が対話する、このタイミングで神の座を襲撃して来れる存在に覚えはな―――いや、あの子がいた…なら私と影はあの子の手の平…ううん、もとい肉球の上で踊らされていた訳なのかな?
だとしたら影が危ない―――私は急ぎ神の座へと転移した。
神の座、お兄ちゃんやイリヤお姉ちゃんは根源と呼んでいる場所、稀とはいえ、命の中には無意識レベルでこの場と繋がりがある存在もある。
が、意識レベルで知覚する出来る様にになれば、影が感知しする事となり、災いになる前に理に左右されない邪神等や、守護者を派遣し対象を抹消している、この枝世界の管理者たる影の仕事場。
故に―――

「よもやここまで来るか―――だが、我はイレギュラーたる貴様に負ける訳にはいかない」

当然の如く仕事場を預かる影は居た。
そして、仕事に対する責任感からだろう、私が代わりに戦うのを良しとせず、飽く迄も影が力尽きた後、この場を頼むと考えているのだと思う。

「悪いけど、そういう訳にはいかないよ」

私は影も、樹氷の様な水晶の中で気を失い寝込んでいるリコ・リスさんも含め、あの子から護ると決めている。
先程は本気だったけど、全力は出していなかったから私では役不足と思われても仕方が無い。
だから―――私の全力と本気を君に見せる…君が安心して任せられると思うように………
これは想いを受け取る儀式の様なモノ、倒す事には違いは無いけど槍を使う必要等ない戦い。

「いいよ、君の想い全て受け止める!」

「っ、一瞬の躊躇も無くそれを言うか…この様な出会いで無ければ我は―――いや、我は世界の守り手であり、貴様にその気が無くとも討たねばならない…これも運命か」

私が使うアリシアの体、その二倍から三倍はあるだろう影の巨体、それが俯き僅かに小さく感じたものの、すぐに先程までの覇気を取戻す。

「ならば、これが最後―――この世界にて唯一無二の力、見るがいいイレギュラー!!」

リコ・リスさんの体を通していたとはいえ、私の想いを受けた影の動きは緩慢ながらも羽を使い飛翔し。
体を羽で包むようにしながら、背にした金色の装飾が変形し片足を覆う。
そして―――これが最後の一撃と全ての力を用い、まるで彗星の様な輝きを纏いながら、空高くへと舞い上がり力が恐るべき密度で高められてゆく。
そのエネルギーの総量は時空すら歪める程のモノ―――ここで無い場所で使われたなら、その宇宙は星も生命も瞬時に滅びてしまうだろう威力を纏いながら私を滅ぼさん向かって来る。
それを―――私は微動だせずに全力でもって頭から受け止め。
要約すれば影の最後の技は、全ての力を使うものの回転する飛び蹴りみたいなものであり、私の頭を光速以上の速さでドリルの如くグリグリする金色の脚を左手で掴み、右腕に力を展開させ白銀に染め上げると、脚を掴んだ左腕を引くと同時に拳を握った右腕を振るった。

「…ば…かな……こ…力…ある…じの……」

「―――君の想いは受け取ったよ、後は私に任せて休むといい」

影の胴に突き刺さった拳を引き抜くと、影の体を横たわらさせ治療を施す。
水晶の中で寝込んでいたリコ・リスさんは、樹氷の様な護りがあったものの衝撃で壊れ、何処かに吹き飛んでしまい。
護りがあった事で瞬時に塵芥にまで分解される事は無かったが、かなりの重体で、恐る恐る確認するとまだ息があったから同じく治療を施した。
ふぅ…危ない、危ない、あやうく私が救世主になっちゃう処だったよ、でも―――

「―――見ているんでしょ、もう隠れる必要は無い…出て来なよ」

私は護り易いよう、影とリコ・リスさんを同じ場所に横たわらせると魔槍を取り出し軽く振るう。
きっと、あの子―――破滅の猫さんは、後ろ足二本足で歩きながら、前足二本で肉球をパチパチと叩いて出て来るに違いない。
そして、「やはり君は神を倒したね、でも、それも僕の予想の範疇さ―――そして、いくら白の救世主である君でも、神と僕を相手に続けての戦は辛い筈だよ。
僕の配下『破滅の将』の一人、ムドウがヒイラギ・カエデに倒されたのは予想外だったけど、それでも僕の計画には支障は無いしね。
それに、君は僕に感謝しないければならない…ブラックパピヨンを使い、学園を騒がせて君達をあの場に誘ったのは僕なのだから」とか言いながらニヤリと哂いを込めるに違いないよ。

「………あの子の思い通りになんかさせない」

そう思い、ランサーさんから託された魔槍を手にし、アサシンの小次郎さんの様に周囲を油断無く気を配りつつ自然体を保つ。
そう―――油断等出来る筈が無い、あの猫さんは私の本体でさえその動きを認識しえない相手なのだから。
そう考え、何処からでも対応出来る様にしながら一時間は過ぎた頃。

「…マスター、マスターが警戒している相手は既に去ったのでは?」

「…でも、ここを襲おうとした子だよ、そう簡単には引き下がるとは思えないよ」

「いえ、寧ろその様なモノだからこそ、不測の事態には慎重になり退くとも仮定出来ます」

「―――っ、言われてみれば!?」

確かに―――ディアブロが指摘した通りなのかもしれない、でも…そうじゃなかった場合、あの子は虎視眈々と隙を窺っているに違いないよ。

「では、マスターが信頼している方々に協力してもらえば良いのでは?」

私が悩んでいると、ディアブロはそう助言してくれる。
そう言われても、ここ神の座は関係者以外立ち入り禁止な場所…
でも―――以前セイバーさんに言われた様に、私が間違ってるかもしれないから、決め付けるのはいけないらしいし…
今だ私は答えすら出ていない身、「う~」と唸りながら考えた末、私はお兄ちゃん達を神の座に呼ぶ事にした。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編第16話


ダウニー先生は破滅の軍勢の主幹であったが、破滅の軍勢とはバーンフリート王国の圧政で苦しんでいた人達が王国の軍勢に対抗するために出来た組織で、圧倒的に少ない兵力を補う為に破滅に取り憑かれた者達を利用したからこそ破滅の軍勢と呼ばれるようになった様だった。
確かに破滅に取り憑かれた者は、人間でもモンスターでも負の感情やら、押さえきれない程の欲望に囚われるらしいので、統率は難しく、彼等を使うとなれば他の民衆への被害も相当のものになるのは当然だろう。
―――でも、ダウニー達…レジスタンスとでも言い換えればいいのか、その集団が組織された背景を考えれば背に腹はかえられなかったのかもしれない。
それ程までに王国の正規軍と、レジスタンスの戦力には差があったと言う事なのだから…
そして、過ちに気付いたダウニーは破滅を使ったこの戦いを終わらせる為に破滅の軍勢へと戻り。
ダウニーがもし止められないか、或いは悪戯に犠牲に増やすだろう、破滅を使った戦いを押し進めるような事があるのなら…俺達はどんな手を使っても破滅の軍勢を止めるつもりで学園長やルビナスと話を進めていた。
そんな時だった―――
何故か、気が付けば俺達は知らない空間に居て、俺達が立っている場所は平らな何も無い空間だったが、周囲はまるで宇宙の様な…それでいて巨大な小惑星とでもいえばいいのか、大陸のよな大きさで大地が浮遊している。

「―――っ、何だよ…ここ」

「これは、もしかすると―――」

突如変わった光景に戸惑う俺が疑問の声をだすと、表情を引き締めたセイバーが何か解ったのか視線を鋭くした。

「お兄ちゃん」

横から声が聞こえ振向けば、神と一緒に消えたアリシアが魔槍を手に佇み、その横にはリコ・リスと、アリシアのバリアジャケットと同じ格好をした巨人の女の子が地に伏している。

「ここは神の次元、イリヤお姉ちゃんが言うところの神の座―――根源だよ」

「―――ここが!?」

アリシアがこの場所が何処なのか口にし、それを理解したイリヤは再び周囲を見渡す。

「………ま…さか…まさか、マスターは神を倒したと言うの」

「神を―――倒した!?」

「そんな、救世主とはいってもまだ………白の力しか手にしていなかったのに…」

ポチに体の自由を奪われたままのニティだが、状況を理解し、ニティの言葉に学園長とルビナスは信じられないものを見るようにアリシアを見詰める。

「…もしかしたらとは思いましたが、この神よりもアリシア―――貴女の方が位階が上だったのですね?」

「位階って何?」

きょとんとするアリシアにセイバーは「むっ」と何処かやり辛そうな表情をし。

「………位階とは、いえ、要はこの世界を統べる神よりも、『始まりの海』である貴女の方が強かったと言い換えれば解り易いでしょう」

「そう言う事ならそうだよ、『始まりの海』である私は『原初の海』から力を引き出せるから、この子よりも力は上だよ」

視線を強めるセイバーにアリシアはえっへんと胸を張って頷き、救世主とか以前に素で神を上回っていたアリシアに、学園長やルビナスは固唾を飲み込む。
アリシアの言動から推測するに、恐らく他の所で呼び出せば破滅そのものでしかない『原初の海』だが、俺達が予想していたのとは違い、ここ根源たる神の座では力を使ったりや、召喚しても大丈夫だったのだろう、そして、この世界の神はその力を用いて倒されたのが解った。

「―――でも、かつて貴女が言ってた、関係者以外立ち入り禁止の場所に私達を招いたのは理由が在るのね?」

「うん、そうだよお姉ちゃん。
実は今、ここ神の座は狙われているの―――そして、きっとその子が破滅を動かしているんだと思うんだよ」

半年間ずっと一緒に遊んでいたからだろう、俺よりも一緒にいた時間が長いイリヤはアリシアの裏を読み、アリシアはアヴァターに現れた破滅を操る存在が居る事を示唆する。

「…それって」

ダウニーの事だろと言おうとしたが、アリシアは―――

「全ては破滅の猫さんが仕組んだ事だったんだよ」

等とか言い始め―――

「無害な姿をして私達を欺きながら情報を集め、時期を見計らってブラックパピヨンを使って私達が図書館地下に封印されたニティちゃんと契約するように仕向けたりや。
今日だって、私達がルビナスさん達とお話するのを確認してたから、リコ・リスさんが私と契約しないようにする為に、『原初の海』の代理であるこの子が現れるのも計画の内だったんだろうと思う―――だから、この場は今も猫さんに狙われているんだよ」

本人は真剣なのだろう。グッと魔槍を握るアリシアの手から握り締める音が聞こえ。

「破滅の猫さんがここを住処にしたら、世界はあの子に弄ばれ大変な事になるの―――だから、それだけは阻止しないといけないんだよ」

アリシアの言う事は、要約すれば全ては猫が悪いという事だった…
流石にその話は如何かと思いセイバー、イリヤ、ニティに学園長、ルビナス達も二の句が告げないでいる。
と言うか、アリシア………お前は猫に何か恨みでもあるのかと言いたい。

「―――そんな訳無いでしょ!?」

だからだろうか、不意に空から聞こえてきた声に思わず俺達は頷いてしまう。

「神の過ちを正せるモノが現れたと思い、次元の果てまで吹き飛ばされたのを…慌てて戻ってみれば…」

「法だ理だと騒いでいる神が、自分で自分の創った世界を壊したら、自分の過ちを自分で認める事になる」

「だから我々のような『救世主』を生み出して『世界』が自滅するように仕向けているのではないかしら?」

「自分を否定されるのが怖いから…だから、そんな仕掛けを考えたんだと思うの」

「全てを知る自分が生み出した『世界』が、自分の知らない真理を生み出すのが怖いから」

様々な声が空から聞こえ、見上げれば数多の剣が空に浮遊している。
魔槍を片手に腕を振り「君達は解ってない…あの子は危険なんだ、破滅の猫さんを甘く見たらだめなんだよ」とか言うアリシアを剣群は無視し続け。

「このまま行けば、人は、心は、より多くの様々な人や心と出会い、結んで新しい世界を創るかもしれない」

「だけど神は、自分の知らない世界を予見する事はできない」

「だから神には、人間が到達する未来が『破滅』にしか思えなかった」

「全知全能であるが故の閉鎖性を、神は守ろうとした」

そうか―――アレは召還器…かつての救世主達の成れの果て…
俺がその考えに至ったと同時に、アリシアに視線を向けるが、当のアリシアは「皆が何を言ってるのかよく解らないよ」と言いたげに小首を傾げている。
しかし、かつての救世主達はそんなアリシアのこと等知らず―――

「本当は、未来なんて決まっていない」

「それを神は、自らの限界故に閉じようとしている」

「本当に神が正しいならば、今頃人間などと言う、不安定な生命は存在していない」

「しかし世界は人を生み、人は世界を変えてきた」

「それ故世界が滅ぶというのなら、そもそも世界は、自分を滅ぼす為に、人を生み出した事になる」

俺達はアリシアから聞いているから知っている、神や救世主の存在理由を―――世界を滅ぼさない為の悲しい必要悪である事を。
救世主達とアリシアの話ている内容が違っていて、考えや話が噛み合わずアリシアはきょとんとしていたが、何だか解らないので質問しようとしたのだろう、アリシアの手にする魔槍の穂先が、かつての救世主達へと僅かに動こうとした時。

「―――その辺にしなさい」

そう救世主達を制するモノが現れ、魔槍の動きは止まる。

「貴女達新しきモノは、世界は人だけのモノとしか考えられないの?」

「貴女達新しきモノは知らないでしょうけれど、世界には並行世界と呼ばれる世界が多数在って、絶えず増え続けている」

「神は確かに時空を超える力すら持つ―――でも、それ以上の存在よる制約により未来を知る権限を持たない」

「その増え続けた世界の重みで、全てが滅ぶのを防ぐのが神と救世主の役割」

「救世主は世界しか救えず、増え続ける世界が悪い方へと向かわない様にする調和こそが神の役割」

アリシアが救世主達に槍を向けるのは止まったが、何だか救世主同士での論戦が始まっていた。

「………昔はこの場にも神の理解者が多く居たけれど、その者達の多くは体という器が現れる前の、古の者達―――故に縛られず並行世界を観に行き、今でも彷徨い続けるモノも居る」

「私達が居ない間に増えた、新たらしきモノは神を責め。
私達、古きモノが戻ってきた時には手遅れになっていたわ―――
神は孤立し、自身がより完全なモノであれば全て良くなると頑なになって、私達の祈りすら耳を閉ざし、必死になって世界を安定させようとしていた」

「しかし―――閉ざした神の心を開いたモノがここに現れた」

「神よ、貴女は一人ではない、再び私達と一緒に世界を守りましょう」

比較的新しい救世主達を、遥か古の救世主達が戒め、そんな光景に何かを思い出すようにセイバーは眉を顰め見守っていた。
そして古き救世主達が空から下り、神と呼ばれた巨人の女の子の周囲を回りだす。
すると古き救世主達の声が届いたのか、倒れていた巨人の女の子の体が動き腕に力を込め。

「……ははは…懐かしい夢を見た、我が初めて世界を守る為に救世主を望んだ時の事を。
そうか、我はこんなにもささやかなモノを………すぐにでも手に入りそうなモノを…まったく不器用だ―――ああそうだ、そうとしか言えまい、お前達の想いすら判っていなかったのだからな…」

神らしき女の子は自嘲気味に哂いながら立ち上がる。

「だが、我は敗れ…完全とは程遠いい存在となった……既に我に神の資格は無い―――しかし!」

立ち上がった神は振り向き様にアリシアを指し。

「何故―――貴様はあの方の力を使えるイレギュラー!!!」

「それはね、『始まりの海』である私は『原初の海』と繋がっているからだよ。
『原初の海』は、私に『何処か私の管理の仕方に問題があったのかも』と、『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』って解らない事が出来たから、死んでいた私を蘇らせて私が知り得たなら教えて欲しいと言っていたし、私を通して知ろうともしているんだから」

「―――っ、馬鹿な…あの力は本当に主のモノだと言うのか」

「だから、私を通して君が頑張っていたのは伝わっているよ」

信じられないモノを見たという表情をする神だったが「ならば…我が力及ばぬのも道理か…」そう息をはき。

「だが―――そう考えればイレギュラー、お前は我にとって同種…いや、家族というものなのだな」

そう言いながらギュとアリシアを抱きしめる。
神である巨人の女の子とアリシアと比べると二倍から三倍はある両者だけど、アリシアに微笑み見詰め合う神の顔色が、家族が出来て気恥ずかしいのか朱色に染まる。

「まだ、名乗っていなかったね。私は『始まりの海』、アリシア・T・エミヤだよ、お前じゃなんだからね」

「そうか―――ならばアリシア。我の事は代行だが、元より名など無いのでな、人がつけた名称に過ぎんが神とでも呼ぶがいい」

アリシアの髪を撫でているのだろうが、体格の差もあり、その様は…何だか、ペットを可愛がっている様にも見えなくもないが、神なりに可愛がっているのだと思いたい……
その様子を感じ取ったのか、ポチは寂しそうな感じで「重い…」と声が漏れるニティの上で回っている。

「それで、私とお話している最中に破滅の猫さんの襲来に気付いてここに戻った君が、『原初の海』に救援を要請したから私が来たんだよ」

神に抱かれるアリシアは、何というか体格差から女の子が大きい槍を持ったお人形を抱きしめている様にしか見えない、とはいえ神と気持ちが通じ合えた事を喜んでいるようで続ける。

「大丈夫、君は私が護るもの―――破滅の猫さんにだって好きはさせないよ」

「―――いや、我はお前の力を危うく感じ、主に助けを求めたのだが…」

「…ほえ、私はお話を聞いて欲しかっただけだよ?」

そう小首を曲げるアリシアに、神は呆れた様子をするが「―――ふ」と笑みを漏らし。

「だが、我を護る―――あの時伝わってきた想いは本物だという事か」

「うん、そうだよ。良かった、私の気持ちは届いたんだね―――でも、破滅の猫さんを甘く見たら危険だよ、あの子は『原初の海』でも動きが捉えられなかったんだから」

「っ、何だと!主さえも認識できない速さを!?」

「―――そんな馬鹿な」と神は眉を潜め。

「まさか―――再び負の想念が集まり、いや強力ではあるが…それでも、高位の邪神の域は出まい…主の目を誤魔化す事等出来る筈が無い」

何故だか解らないが、神とアリシアの中では猫が恐るべき相手になっているようだった。
この様子だと、野良猫退治に守護者とか呼び出される事すら発展しかねない―――と、言うか…仮にも神にすら勝る猫ってどんな奴なんだかと言いたいぞ。

「………それって、もしかしたら猫は何もしてなかったからじゃない?」

猫を相手に力量を掴みかねる神とアリシアの二人に、引き攣る様な表情で「こんなのが神なの…」とまるで哀れみと悲しみが入り混じった様な視線を向けるイリヤ。

「まあ、確かに何もしていなければ挙動はないからな…」

相手は仮にも神様なんだけどなと過ぎるものの、俺はイリヤの意見に同意する。

「でも、弱点を突かれたとはいえ、ヒイラギさんは一瞬の間も無く、猫さんに操り人形にされるところだったよ?」

「操り人形―――それって、もしかしたらヒイラギさんが倒した『破滅の将』のムドウって相手が昔に仕込んだ事じゃないのかしら」

「…そう言えばヒイラギさん、ムドウって人の事を言っていたね」

「ええ、確か王都防衛戦の時に、『破滅の将』ムドウがそんな事を言っていたわ」

救世主候補者として同じクラスに居たからだろう、アリシアよりヒイラギとの付き合いが長いルビナスが、猫についてアリシアと『原初の海』が勘違いした原因である、相手の体を操る仕込みについて語り。
ルビナスが聞いていた限りでは、ヒイラギは両親がムドウに殺害された時に、その術を仕込まれたらしかった。
その話を聞き、ようやくアリシアも理解したらしく、「おー」と猫が何も関係なかった事実に驚きを隠せず、推理をしたイリヤに尊敬の眼差しを向ける。

「―――神すら過ちを犯すのだから、人が過ちを犯すのも当り前ね」

「でも、過ちを認められるのなら世界は良くなる筈よ」

「そうです、そして我々はダウニー先生が教えてくれたヒントがある」

その光景を目にする学園長とルビナスは、苦笑するも未来が明るいものだと感じられ。
二人の言葉に頷くセイバーは、アリシアが神と対話している間にダウニーが語った、どちらかでは無く、両方を纏める統合という方法の可能性を直感からか確信している。
そして―――空の上でも比較的新しい救世主達が「そんな…」とか「じゃあ、神は滅ぼそうとしていのでは無くて―――世界も命も心さえ守ろうとしていたというの!?」とか「まさか、私達が神を追い詰めてしまったの!?」ざわめいていた。
そして、アリシアも破滅の猫という怪物が、自身の脳内で想像された幻想の産物でしかなく、まったくの無害だと解ると魔槍を戻し元の姿に戻り。

「エミヤ君から話は聞いてたけれど…」

「……ええ、あんな子供なのに神すら倒せるだなんて」

そんなアリシアの姿を目にしたルビナスと学園長は二人して視線を向ける。

「ところで、赤と白の書は判ったけれど、空の書は何処にあるの?」

子供の姿になったアリシアは、神にいたく気に入ったらしく人形の如く抱き抱えられており。
当の神は「―――空の書か」と周囲を見渡した後、「………如何やらお前との話し合いで消し飛んだようだ」とか口にする。
…理を纏める書が消し飛ぶような話し合いとか、俺達が現れた時には倒れていた神とか…アリシアが行った対話って、一体どんな感じだったんだかと思う。

「では、そろそろ破滅を防ぐ手だてを考えるとしましょう」

セイバーの声に頷き、俺達はダウニーが教えてくれた事を神に話す。
そして、やるだけの価値はあるだろうと神は頷くと、俺達は根源である神の座にて増え過ぎた世界を統合する作業をする事となった。
作業の際に互いに協力する事から、セイバーは作業場に互いが平等であるという意味を含めた円卓の様なテーブルを提案したが、効率からして学園長が提案したフローリア学園を模倣した学園型となり、クラス別に分かれたチームを編成して作業を行う事となった。
新しいモノ達は、神が世界を守っていたという事実に、初めは戸惑っていが大半は協力的になり。
実際に作業に入ると、膨大な情報を整理し運用する神に救世主達の認識は畏敬と変わり、更に協力してくれる様になった。
また、俺達と破滅の軍勢の両方を欺いていたニティも、ポチから解放され作業に参加し、更にアリシアを通して伝わる事から、『原初の海』も協力してくれて必要な情報が瞬時に入る事や。
並行世界という似て異なるモノを如何したいのかとか、如何していけないとかを決めた後は、各チーム毎に分析やら仮説と検証を繰り返し、その結果の実験での感じも良好であった事から、わずか三ヶ月程で世界を統合する方法の最初のケースが出来上がる。
一応、世界レベルでの異常は無かったので成功と言いたいが………問題があるとすれば個人レベルの話で、一人一人の状況はそれほど考慮されて無いらしく、その世界での俺は何故か遠坂と、金髪の巻き髪をした女性と結婚した事となっていて大分肩の身を狭くしているように見えた。
俺の世界の遠坂は学校での仕草は猫かぶりだと知らず密かに憧れていたのだけど………遠坂からすれば俺は校内で裸でいたからな…変質者と思われていても仕方が無いだろう…
―――だからだろうか、遠坂とつき合える俺が居た事は本当に驚きだった。
でも、金髪で巻き毛の女性も遠坂に似た性格らしくて、同属嫌悪というやつなのか遠坂と喧嘩が絶えず二人の魔術の余波で家が壊れまくっている。
勿論、二人と結婚した俺にしろ遠坂にしろ、巻き毛の女性にしろ、記憶の整合性はとれているらしいから疑問には思われないだろうが―――この世界の俺に悪い事をしたと感じもしなくは無い…
そして、これを見れば如何に世界と個人とのバランスを調整するのが難しいのかがよく解り、かつ―――神の座、根源という場所の危うさも解るというものだろう。
だが、物事には何時も例外というのが在るらしく、俺達が来た世界は如何やら『原初の海』が直に管理しているらしいから、神の座からの制御を受け付けないらしい。
しかも、信じられない事に他の枝世界と繋げられている事から、神ですらこの特異点的な世界では何が起きても不思議では無いと語っている。
まあ、それでも一応の成功を収めた事から学園長はアヴァターに残した娘、リリィ・シアフィールドが心配という事と、破滅が起きる理由である救世主の選定が、もう起きない事をアヴァターの人々に伝える為に神の座を去り、学園長の分も含め俺達は更なるチェックを加えながら世界の統合計画を進めた。
それで解ったが、破滅のエネルギーの源とは命が生まれる過程で発生する負の力であり、放置すれば並行世界すら破壊しかねない程の高位の邪神を生み出してしまう可能性もあってか、何処かでそのエネルギーを使わないと危険ならしい、だからだろう、神はこの危険な力をアヴァターでの選定時に使っていたそうだ。
確かにこの負の力の使い処は難しい、下手に使うと狂気じみた戦争の果てに幾つもの文明が滅びてしまう程の危険な代物だ。
何せ、使われた先の文明が高ければ高いほど狂気の度合いは凄まじいのだから…
しかし、負とはいえ力は力なので、取敢えず俺達はこの力をまだ生命が微生物レベルや魚が主流の世界へと撒いて闘争による進化を促し事にし。
他にも、破滅の力が各世界の地球へと向かっていて、破滅の力が現れた世界では魔力が無くなり人体を蝕むモノが現れるのを確認している。
既に起きてしまっている世界への対処は無理だが、まだ破滅の力が及んでいない世界に対して、破滅の力を相殺させる事による無害化で破滅の未来を阻止する事に成功していた。
そんな感じで作業は進み、無限にあった並行世界は何とか無限に近い有限のレベルにまで纏め上げられ、全てが滅ぶ次元崩壊の危機は回避出来た。
作業を始めてからアヴァターでは四十年程経っていたが、作業内容と結果で考えれば奇跡の様な短い時間だと言えるだろう。
そんな俺達でも、休憩を入れないと効率が悪くなったりするので、時々休憩を入れていて、その休憩中に確認した限りでは、ダウニーが上手くやってくれたらしく、アヴァターで王国軍と破滅の軍勢との戦いは所々小競り合いはあったものの終結を向えている。
しかし、不本意ながらダウニーの懸念が的を射てしまい、破滅との戦いを終えて十年程した後に再び内戦が起きてしまったが…
等と俺が神の座からアヴァターを視て思うなか―――

「…リコ」

ルビナスは休憩の時には必ずといってもいいほど学園の教会を模倣した場所に行き、水晶で出来た樹氷の様なモノに安置されているリコ・リスを見上げていた。
リコ・リスが何故水晶の様なモノの中に居るかというと、アリシアに赤の理を奪われ無い為に神がリコ・リスの体を使い。
その神が話を聞いてくれないので、アリシアが拳に想いを乗せお話し、「この想い貴女に届いて」という、話という名目の殴り合いで受けた精神への衝撃は重く、世界の理を司る精霊故に滅びはしないものの、目覚めるには早くても二百年から五百年程はかかるらしいとかで水晶の様なモノの中で眠り続けているらしい。
アリシアにしても、女の子が殴り合いとかしたら駄目だとは言ってみたが、実際、殴り合いで解り合えた神が居たりや、如何も独自の考えがあるらしく、こればっかりは素直に聞きそうも無い感じだったりする。
だからか―――世界の滅びを防ぐ事が出来たので、俺達も元の世界へと戻ろうとする時に『原初の海』の力を引き出せるアリシアは、その気になれば宇宙など容易く滅ぼせるという洒落にならない事実を神から教えられる。
本来なら神自身が家族同然なアリシアと一緒に居たいらしいが、救世主達からの信頼を取戻した今では神の座を離れる訳にもいかず、俺達に「あの子を頼む」と告げ俺とセイバーも頷いて承諾した。

「っ、世界の命運は私達の双肩に掛かっていると言う訳ですか……」

「ああ……何というか複雑な気分だな」

そうはいっても、普通に義妹の面倒をみるだけなのに、その教育には世界の命運が掛かってるという現実はにわかには信じがたいものがある。
セイバーもそう思ったのか、俺とセイバーは同時にアリシアに視線を向け。
そこでは―――

「行ってしまわれるのですかマスター」

「うん、ニティちゃんは神の事を見捨てないでね。
私と違って、あまり人の話を聞かないかもしれないけどお願いするよ」

「それはもう、そもそも私やリコの創造主ですし…」

「なら、私は安心して行けるね」

俺やセイバーの内心を知らずか、クルクルと回るポチを連れたアリシアは、ニティと笑顔で別れの話をしていて。
イリヤにしても、ここ神の座にて知り合ったプリエールとかいう古い救世主と別れを告げていたみたいだった。
そんな二人に視線を向け戻すと、同じ様に見ていたのだろう、見送りに来ていくれたルビナスも俺とセイバーに視線を戻し。

「―――でも、結局のところ…貴方達がいたからこそ救世主をめぐる悲劇は無くなったのは確かよ。
私は、貴方達こそが真の救世主たるに相応しいと思うわ」

「いえ、私達だけの力では無いでしょう」

「そうだな。セイバーの言う通りだルビナス、皆がいたからこそ、破滅も次元崩壊も止められたんだから」

「私やシロウ、イリヤスフィールが破滅の軍勢との戦いに力を貸したとはいえ。
ルビナス達救世主候補者の様にアヴァターの人々の希望とは成り得なかったでしょう。
―――それに、方法は如何であれ頑な神の心をアリシアが開いた事以外にも、破滅の軍勢の主幹であるダウニーが、世界を救う方法を私達に提示した事や。
神が人を否定していると思い込み、反目していた救世主達が、再び神と共に世界の調和を手助けをする様にもなった―――これは私達だけでは到底成し遂げられたものでなない」

「そうね―――なら、皆が皆、真の救世主って事になるのかしらね」

俺達こそが真の救世主なのかもしれないと言うルビナスだったが、セイバーは兎も角として、俺は流石にそこまで言われるような事はしていない、な。
そして、神やルビナスにニティ、何万居るのか分らない救世主達に別れを告げると、アリシアが『原初の海』に頼み、周囲の光景が瞬時に神の座から懐かしい我が邸に変わる。

「―――何はともあれ、私達は世界の崩壊を止める事が出来たのですね」

「ああ、それだけでも俺達がアヴァターに行った意味はあった筈だ」

庭に立つ俺とセイバーは、世界の滅びを防げた事実に感慨にふける。

「…もう、シロウもセイバーも、根源に至ったというのにそれだけなの?」

呆れるイリヤの声に俺とセイバーが振り返ると、「だからこそなのかもしれないですよ」と一振りの剣がイリヤの隣に浮かんでいた。

「貴女はプリエールですか?」

「ええ、そうよ」

宙に浮く剣にセイバーが問いかけ、この召還器である救世主がプリエールである事が判明する。

「でも何で救世主がついて来てるんだ?」

「私は保険よ。万一、アリシアが世界を滅ぼそうとしそうになった時、神と連絡をとる者が必要でしょ?」

俺の質問にプリエールは視線なのか刀身を向けながら答え。
プリエールの返答にアリシアは「そんな事しないよ!」とガーと両手を振って抗議している。

「それに、私はこの世界でいう処の魔法使いにあたるそうだから、アインツベルンの魔術師達に魔法を教える代わりに、あの子が悪い方向に向わないよう力になってもらうのよ」

「私はもう教わって第三を手にしたけど、等価交換という前にアリシアは私の妹なんだから非行に走らせるなんてまねはさせないわ。
それから、お爺様には魔法を得る対価としてアリシアの教育に協力してもらうつもりよ」

プリエールの言葉に続きイリヤも口を開く、古い救世主は元々体を持たない者が多いいらしいく、その者達は皆が皆、遥か古の理の存在で、俺達の世界でいう処の魔法使いに相当する者達。
そんな者達自からがイリヤの実家に行き、魔法を伝える等価交換として協力させようとする程アリシアは危険と思われているのだろう…

「じゃあ、私はそろそろ行くから」

「では、そういう事で」

イリヤとプリエールはそう言い俺達に背を向け歩きだす、が。

「そうそう、荷物は後でセラとリズに取りに向わせるから」

荷物の事に気がついたイリヤは、アリシアに振向き視線を向け口にすると、イリヤとプリエールは鍵が掛かった窓を魔術で開け城に通じている廊下へと歩いて行った。

「俺達も中に入ろうか」

「ええ、そうですね」

「私は見れなかったテレビ見るよ」

イリヤを見送った俺達も家に入ると、アリシアに預けていた荷物を出してもらい、それぞれの部屋へと向う。
そして、久しぶりに自分の部屋に入った俺だが―――
荷物を置き、ふと机にあるモノを目にすると、喉は渇き息苦しさを覚えた。
………理由が解らない。
何故、アレを見ただけでこんなにも心臓が動悸するのか―――
一歩を踏み出す。
頭の中で、戻れ、戻れ、戻れと警告が木霊する。
更に足を運ぶと、ヤメロ、ミルナ、ヤメロ、ミルナ、あんな物を見る必要はない、そう悪寒にも似た感覚が広がってゆく―――
気持ち悪い感覚を無理矢理押し込み、机に辿り着いた俺は机にあったモノを手にし―――

「―――っ!?」

開き目にした途端恐るべき衝撃に襲われた。
衝撃を与えたモノの正体―――それは俗に高校で使われている教科書と呼ばれる本だった。



[18329] アヴァター編17
Name: よよよ◆fa770ebd ID:d27df23a
Date: 2011/05/24 02:10

アヴァターから帰って来てから早や数日が経過した。
如何やらお兄ちゃんは高校の勉強を疎かにしていたようなので、下手をすれば桜姉さんと同級生になるかもしれないらしいから、お兄ちゃんはもの凄く焦って友達の一成さんのお寺に勉強を習いに行っている。
私も何か忘れているような気がするけど、まあ忘れてもいいような些細な事なのだろうと思い気にしないでいた。
セイバーさんは前と余り変わらないけど、前は時々しか一緒に行かなかったポチの散歩にも一緒に行くようになったよ。
そして、神の座にて念願の第三魔法を会得したイリヤお姉ちゃんは、外国の実家に帰省するらしく日本を後にしている。
それにしても―――

―――如何してこうなったのかな?

夏の暑い日差しから、縁側ではなく、居間で座布団に座り、ポチが作ってくれたかき氷を食べながらそう思う。

「…如何かしましたかアリシア?」

テーブルを挟み私と同じく、かき氷を口にしていたセイバーさんは私の表情から何かを察して視線を向ける。

「うん、ちょっと想像していたのと違う感じになちゃったから戸惑っただけだよ」

「なるほど―――そう言う事ですか。
(如何やらシロップの味が思っていたのと違ったようですね。
確かにメーカー毎に僅かながら味に違いはあるのですから無理も無い)」

再び視れば、神の座が無限に剣が立ち並ぶ世界に染め上げられるなか、女性の姿をした当真大河と、赤い衣に身を包み白と黒の双剣を振るう影の姿がある。
そもそもは―――アヴァターや神の座での経験から、各枝に居る影に「誤解をされている様だから召還器となった救世主さん達に詳しく話をして世界の崩壊を止めるように」と指示を出した事で、各枝の影は救世主さん達とのわだかまりを解くことに成功。
そして、世界の状況や経過等の情報を開示し、救世主さん達から様々な意見が出され各枝での次元崩壊への危険レベルは次第に下がっていった―――但し、当真大河が暴れている座以外ではだけど。
なので、私が当真大河と直接会ってお話をしてみようと思い、影の体を使い会う事にしてみたんだよ。
でも、影の体との同調している最中に斬り掛かられてしまい、僅かに体を逸らし避けたまではいいとしても「―――あ」と思った時には既に遅く、反射的に放った蹴りは見事に頭を粉砕してしまっていたんだ。
これがテレビなら、実は改造人間だったとかで「まだメインカメラをやられただけだ!」とかいって立上れるのだろうけれど……流石に人間だと、頭が無くなってしまえばお亡くなりだと思う。

「………」

一瞬如何しようかと思ったけど、幸いにまだ魂が彷徨っていたのでそれを捕まえ、本当なら一度話してからしようと考えていたけれど、心は女性のマッチョホワイトの様に女性にしか救世主になれない事にを知って、女性になりたい苦しみを抱えていただろう当真大河は「こんな筈じゃなかった」と怒っていたんだと思う。
そう思い、お礼の意味も加えて男性の体を女性の体に作り変えてあげたんだ。
でも、すぐには気が付かないかもしれないのと、影に歪みの力を当てはめ、当真大河が影の姿をした歪みを倒す事で歪みを修正するシステムは、拳を交わし影にも感情や感覚があるのが解ったので、斬られたり殴られたりし続けるのは辛いものがあると思う。
なので、当真大河と影が戦う時に生じる力を利用し、その生じた力を用いて歪みを生じさせ難くするシステムに変更する事にしたんだ。
そうすると、今度は当然ながら影も戦い方が上手い方が効率がいいのは決まっている。
だから私は、理想に溺れ正義の味方に疲れ果ててしまったとはいえ、何かあればただ一人だとしても戦い続けられるだろう守護者エミヤの情報をこの枝の影に送る事にした。
この枝の影は―――いや、神は彼を理解したらしく、同時に神の衣装の色が、白地に青から赤地に黒へ、宝具を手にする必要から体を縮め人間の女性サイズへと変わり。
当真大河にしても、一応、並行世界で視た女性の当真大河の姿と服装にしているから問題も無いだろうと思え、当真大河の望みも叶えた事だし、私ではなくてもいいだろうと判断すると「落ち着いて話せるようになったら話しかけるようして」とその枝の神に指示を出した後は任せ私は離れ見守る事にした。
しばらく待っていると、魂が女性の体に馴染んだらしく、当真大河は意識を取戻し僅かに呆けていたけど「―――っ!?」と状況を把握し黄金に輝くトレイターを構えようとする。
だけど、当真大河が女性の姿になった事の影響なのか、トレイターとの繋がりが悪くなっているらしくて上手く扱えなくなっているみたい。
それに―――体の変化に気がついた当真大河は、「あん…って、なんだこりゃ―――!?」と自分の胸や股間を触り嬉しそうに叫けんでいた。
体の変化にも気が付いたようだし、当真大河の怒る理由も解決した事だから後は話し合うだけだねと思っていたら―――

「っ、でも―――それでも、俺は負けれねぇ!トレイターッ!おおおおおおおおッ!!」

黄金に輝くトレイターを構え直した当真大河は、神に向かい斬り掛かり、神も投影した白と黒の双剣を握り迎え撃つ。
何故だか解らないけど、神の座にて再び戦いは始まり、先程よりも当真大河が押され気味になっている事から、空で見守っていた救世主さん達も加勢とばかりに神に向かって来て。
神も迎撃として英霊エミヤの固有結界『無限の剣製』を展開し―――上空では何万もの召還器と無限の複製した宝具が激突し、その下では当真大河と神が斬り結ぶ構図が出来上がっていた。

………ホント、如何してこうなったんだろう?

予想とは違い、思いの外上手く行かない状況にもどかしさを覚えるけど、当真大河との対話はまだまだ時間が掛かるのは理解出来る。

「―――ですがアリシア、これはこれで良いとは思いませんか?」

「ほえ?」

「些細とはいえ、違いがあるからこそ私達は色々と選べる、選択の幅があるということは良い事です」

「そっか…うん、それもそうだね。
じゃあ、これはこれで良いって事なんだ」

「ええ、贅沢は敵です。
(とはいえ、シロップが一つだけというのも何ですから散歩の途中で買う事にしましょう)」

色々な選択肢が有るからこそ、世界は可能性に満ちている、そうセイバーさんに教えられ、あの神の座で戦っている当真大河は多分アレはアレで良いのだろうと考え直した。
かき氷をたいらげ「どうだ」と摺りついて来るポチに「美味しかったよ」と撫でながらお礼を言い。
セイバーさんもポチに礼を述べると、数時間前に倒せなかった魔王を倒し、世界を救う為に再びテレビ画面へと向き直り、私も学校の宿題をやる事にした。
もう、二、三時間もすれば藤姉さんや桜姉さん、ライダーさんも帰って来るだろうと思い炎天下な外を見やる。
そして―――

『何処か私の管理の仕方に問題があったのか』は、私が各枝の神をシステムとしてしか見ていなかったのが原因なのかもしれない。
そういった些細な事から誤解が生まれ、誤解から不和が生じてしまい、あの様な事になってしまったのも否定出来ないと思う。

『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』、これはまだよく解らないけど、アヴァターでの経験からすると、やっぱり何らかの情報が足りないからかもしれない。

―――そう考えられる様になったのだから、私は答えに近付いているだろうと手応えを感じた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

アヴァター編 第17話


俺は十数年振りに、かつてはフローリア学園と呼ばれていた場所へと足を運んだ。

「…如何やら早く来過ぎたらしい、か」

辺りを見渡し気配を探るが人影も無く感じるモノもない、仕方なしに俺は雑草だらけの花壇の仕切りに腰を下ろすと、手帳を開いて昔の出来事を反芻する。
もう随分と昔の話だ、文字通り天が裂かれ、地が割れた王都防衛戦…その勝利で湧き上がったその夜、まるで破滅との戦いで散っていった英霊達が、故郷懐かしさに戻ろうとしているかのようにも受けとれた夜空に無数の流星が流れた日から―――今ではもう記憶が曖昧だが、多分数日程した後だと思うエミヤ達の姿が消えたのは。
それから更に何日かした後には、破滅に取り憑かれた人々やモンスターが次第に正気を取戻し実質上破滅の軍勢と呼ばれた組織は霧散した。
多分だが、当時エミヤ達が向ったという学園では凄まじいばかりの閃光が立ち上ったという証言がある事から、きっとエミヤ達が如何にかして破滅の元凶となる何かを倒したんだと俺は思っている。
それでも、野盗やら山賊に飢えた猛獣、モンスター等との戦いは無くなる事はなかった―――だから、俺はエミヤ達が破滅の元凶となるモノを倒し、救ってくれたこの大地と人々を守ろうと誓い剣を振り続ける事にした。
何故なら、当時の俺はエミヤならそうするに違いないだろうと思い、エミヤは破滅をもたらした何かと戦ったのか…今だ戦っている最中なのかは判らないが、アヴァターに戻って来れない以上は何かがあったのだろうと。
なら、エミヤが出来ないなら今度は俺がエミヤの代わりに剣を振るう番なのだと決意を固め―――エミヤから渡された『絶世の名剣(デュランダル)』はその為の力として十分な力を発揮してくれ、俺は様々な人々を守る事が出来ていた。
そんな頃、エミヤ達と同じく消息不明だったフローリア学園のミュリエル学園長が姿を現し、もうアヴァターに破滅が現れる事は無いと宣言を出したらしい。
そう言うのも、当時の俺は山賊相手に山奥で他の傭兵達と一緒に戦っていたので詳しく知りえる状態ではなかったからだ。
そして当時、救世主候補生と呼ばれ、後に現れたアリシア・T・エミヤを神の子とするエミヤ教では十二使徒とか呼ばれる事になった、ベリオ・トロープ、ヒイラギ・カエデの二人は元居た世界に戻ったらしく。
リリィ・シアフィールドは学園長の跡を継ぐ為に教員資格を手にしようとしていたらしい。
残る八人、リーダーである閃光の剣セイバーを筆頭に、アリシア・T・エミヤの兄である必中の弓エミヤ・シロウ、義理の姉のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと、不死身の使い魔バーサーカー、アリシアに助け出されたイム・ニティ、灼熱の魔獣ポチ。
そして、千年前の元救世主ルビナス・フローリアスと救世主候補生だったリコ・リスは神の座と呼ばれる所で、破滅が起きないよう神の手助けをしているとかいう話であり。
アヴァターだけではなく、神様の力にすらなれるエミヤに、当時の俺はエミヤには敵わないなと感じたのはここだけの話だ。
だが―――破滅が無くなりアヴァターは平穏を取戻したかに見えたが、小競り合いとはいえ度重なる戦費やらで税は上がり続け。
それを良しとしないクレシーダ王女殿下が、安易に税をかけるのは止めよと、賢人会議なる議会に提案したそうだが上手く行かないどころか。
当時―――破滅の脅威が去ったからだろう、賢人会議の議員にクレシーダ王女を疎む者が現れクレシーダ王女殿下が視察をしている途中、何処からもなく放たれた矢により命を落し。
もはや止める者がいない以上税は次第に重くなり、それに倣った大貴族や貴族達が領地に更なる重税をかけ始め、その実上げられた税は議員や貴族達の浪費に使われるといった事が起きていた。
この事に対し、当時のフローリア学園のミュリエル学園長は、安易な税の取り方と使い方に疑問を投げかけたが、クレシーダ王女という後ろ盾を失っていた学園長は、逆に議会の追及を受ける事となりシアフィールド親子はフローリア学園から去り、別の州にて小さなシアフィールド訓練学校を設立する。
やがてホワイトカーパス州からは民主化なる運動が広がりを見せ始め。
その運動が切欠だったのか、破滅がもう起きない事や重い税への不満、民衆から支持の高かったクレシーダ王女が死去した事等への不審が爆発し各州で暴動が起きた。
しかし、貴族達は暴動を起こした領民を自ら保有する兵に命じ鎮圧という名の虐殺を行ってしまう―――これが王国にとっての転機だった。
民主化運動の動きを恐れた王国は、今となっては公表されているから誰でも知ってはいるだろうが、クレシーダ王女殿下暗殺をホワイトカーパスが仕組んだものとし討伐軍を編成し向わせ。
その陣容には、かつてセルが操った『救世主の鎧』を解析し、研究され造られた『鎧』という名の装甲騎兵部隊すら組み込まれていたのだから、民主化の動きを賢人会議が恐れていたのは事実だったのだろう。
だが―――ここで、史上初の召還器を手にした男性が現れる。
名を民主活動家ダウニー・リード、今ではダウニー議員と呼んだ方が分り易いだろうが、当時は王都防衛戦から消息不明だった事もあり、フローリアス学園の先生でありながら戦死扱いとなっていた人物だ。
そのダウニーが、かつて『破滅の将』が宣戦をしたのと同様、突如、空に現れ手にする『イノベイト』という名の召還器を掲げながら、このアヴァターに変革を求めた演説と共にバーンフリート王国に対し宣戦布告を宣言した。
これにより、アヴァター全土で今まで同様と保守する王国側か、変革を求める革命側かの二つに別れ争う事となってしまい。
その戦いのなかには、かつてエミヤの妹アリシアから武具を貰い受けた者同士が戦うという事も多々在った。
当時の俺にしても、それまでの状況に良いものを感じていなのもあり革命軍に参加し―――知人や顔見知りだった者を何人か斬り捨てている。
まあ、お互い好きで選んだのだから、文句も無いだろうと思うが、若さからなのだろうな……初めの頃は感情の整理がつかず苦々しいものを感じたものだ。
そして、レッドカーパス州の王都から出立した討伐軍は、革命軍を上回る圧倒的な兵力で最北端のホワイトカーパス州へと向い。
その途中、王国軍主力とも言ってもいい討伐軍の陣容に対して、革命軍とはいっても、各州で暴動を起こした民衆が大半であり、戦いとは名ばかりの虐殺が幾つもの場所で行われた。
かつての俺も、一体なら兎も角として数体もの『鎧』を相手に倒しきる事が出来ず、歯噛みしながら退いている。
だが、民衆を虐殺する王国の軍が居れば、王国の軍からも虐殺から民衆を守ろうとする軍も現れ始め、革命軍と共同し同胞であった筈の王国軍と戦いを始め。
更に、革命軍からは空中に浮かぶ巨大な城を要する機動城砦ガルガンチュワという空中要塞が出撃し、搭載された要塞砲により王国軍主力であった討伐軍の大半が殲滅された。
それにより士気を挫かれた討伐軍の末路は悲惨だった、彼等が今まで行ってきた事をそっくりやり返され―――革命軍の大半を構成している民衆は投降すら許さず皆殺しにし、討伐軍の残存そのことごとくが果てアヴァターの土へと還った。
この戦いの反省からか王都攻略戦では、無為な犠牲を良しとしない方針の為なのだろう、王都そのものに砲撃や突撃を行う事は無く包囲し。
対して王都では防衛結界を張ったものの、手引きした者が居たらしく、数日後には内部で反乱が起こり、賢人会議の議員達の首を手土産に投降してきた。
これにより、千年続いたバーンフリート王国は終焉を迎え、代わりに民主主義という政治形態が発足する。
だが、ダウニー議員は度々理想の政治形態等というものは存在しない、民主主義という政治形態にも限界はあると口にし続け。
もしも、何もしなければ民主主義にも内部からの腐敗が広がり王国制よりも酷い状況になるだろうと、故に国民一人一人が政治を見守り監視し続ける義務がある事を繰り返し述べている。
その後は、首都をホワイトカーパスに移転する計画も上がったが―――

「―――来たか」

俺は気配と空気の揺らぎを感じ取り、手にしていた手帳をしまうと立上り、久しぶりに会うセルに視線を向けた。

「随分早いなデビット」

「なに、教員となったお前とは違い、傭兵という気ままな流浪の身なのでね俺は」

「そう言うなよデビット、武闘大会じゃ俺に勝った奴が」

「お前が魔法に傾倒しないで、剣にのみで戦っていれば難しかったさ」

そう、セルは王都防衛戦での戦いの後、エミヤ達が使っていた物を取り出す魔法をモノにしようと魔術の勉強に励み。
残念ながら、エミヤ達が使っていた魔法は会得出来ないでいたが、代わりに剣に魔法を付与して扱う魔法剣なる技を作り出している。

「しょうがないだろ、何せ俺は魔法剣士なんだから。
つーかよ、俺の付与する魔法剣がお前の剣だとすぐに切れるんだ…ずるとしか言えないぜ」

表情を顰めるセルに「だから―――俺はこれまで生き残れたのさ」と口にし振り返る。
覚悟を決め『絶世の名剣(デュランダル)』を手にした時から、幾千、幾万この剣を振り続けてきた事を。
エミヤなら諦めない、エミヤならもっと上手く出来た筈だと、アイツに追い着きたくてただひたすら剣を振るい走り続けた事を。
そして、その結果の一なのだろうか、それまでアヴァターに漂っていた女尊男卑の空気は、俺やセルが様々な大会で女性の剣士達や『鎧』を纏った相手と戦い、その悉くに打ち勝って来た事や、ダウニー議員が召還器を手にした事でいつの間にか無くなっていた。

「それで、わざわざ組合にまで話を通しての依頼ってのは何なんだ?」

懐かしい場所だからだろう、思い出に耽りそうになるが、ここに来た事を思い出しセルに向き直る。

「ここ、フローリア学園なんだけどな廃校になった理由は知っているだろ?」

「ああ」

かつて、フローリア学園と呼ばれた資格学校はミュリエル学園長が追放された後、後任の学園長により様変わりしてしまい、酷い事に実力を示す筈の資格が金で買えてしまう程腐敗してしまっていた。
それ故に、革命が起きた後にフローリア学園の存在は、資格制度そのものへの信頼を揺るがものとして廃校にされている。
ただ…エミヤ教ではこのフローリア学園にはかつてアリシア達が使っていた部屋があり。
―――俺も一度目にした事はあるが…部屋の中は信じられないくらい広く、それでいて天井から日差しが注いでいるという摩訶不思議な場所になっていたのは覚えている。
その場所は、エミヤ教では聖地とされているらしいから何処からか圧力があったのだろう。

「だけどな、この学園の設備はまだ十分充実しているからという事で、政府からこの学園の学園長を公募され―――」

「後は私が話すわ」

言葉を遮り、セルの後ろから赤い髪をした魔術師らしい服装の女性が現れ、その雰囲気と佇まいからこの女性が相当の実力者だと判断できる。

「私はリリィ・シアフィールド、新しいフローリア学園の学園長になる者よ」

「リリィ・シアフィールド………確か、元救世主候補生だった?」

「昔の話よ…それに、もう何処にも救世主クラスは存在しないわ」

「まあ、そうだな」

そう呟き、かつての俺は彼女の胸以外に淡い想いを抱いていた事を思い出す。
―――それにしても、あの胸が小振りならよかったのになと今でも思う。

「………何か失礼な事思ってない?」

「っ、気のせいだ」

内心を見透かされているようで穏やかではなかったが、今までの経験から表情には出さず誤魔化した。

「まあ、いいわ。デビット・バード…いえ、ソードマスターの称号を得た貴方にぜひ新しいフローリア学園の教員として、学生の指導をして貰いたいのよ」

「そう言うが、俺のは教えて分るようなモノじゃないぞ」

何せ、戦い剣を振り続けている内に何となくだった勘が鋭くなり、今では考えるな感じろといった状態なのだから。
その為、思考する刹那の間すら無くした動きと、気配や呼吸で動きを読み相手が動く前に倒してしまえている。
しかし、教えるとなると話は別で………こんなモノどうやって教えればいいんだって感じだ。

「セルにしてもデビットにしても、本来『鎧』を使った武闘大会なのに身一つで参加して、決勝戦では『鎧』を纏った人達を悉く倒し、生身の貴方達二人が雌雄を決するって滅茶苦茶してくれたんだから―――こんなにも目立つ看板はないでしょう?」

「俺達は客寄せか…」

「まあ、そう言うなよデビット。
俺は妻子がいるからな、リリィ学園長の申し出を受けたが…お前は如何なんだ?」

「唐突だからな、正直…如何答えていいものか判断しかねる」

昔、この学園に入った頃の俺が強くなろうとした理由は、もしかしたら…女尊男卑である世界に対して反感を抱いていたからなのかもしれない。
それが変わったのは、エミヤと出会い、アイツのような真直ぐな奴を見て、俺もそう生きれたらいいなと思ったからなのかもな。
今思えば、エミヤ比べ俺はどれ程小さい人間だった事だろうか…
そんな俺だから、自分自身の為に力無い人達の為に戦い―――誰に理解されなくても良い、アイツに追い着きたい一心で剣を振り続けられたのだと思う。

―――でも、誰かを守れた時の嬉しさは本物だったから、それだけは本物だったんだんだと確信している。

「悩んでいるなら、こう考えたらどう?」

俺が人に教えるよりも、自身で剣を振り続ける方が性に合っているなと思い始めていると、リリィ学園長は俺を見ながら一旦区切り。

「貴方一人がその剣でもって助けられる人の数と、貴方が教え育てた学生が何れ救うだろう人の数とではどちらが多いいのか」

「そりゃ…時間は掛かるだろうけど、育てる方が多いのは当たり前だろ」

リリィ学園長の言葉にセルが突っ込みを入れる、言いたい事は分かるが…その例えだとセルの言う通り選択肢は一つしかない。

「………」

如何答えたものかと空を見上げる。

雲ひとつ無い空は蒼々としており、何処までも続いているようにも見える。

そう、エミヤ達がいるだろう神の座にすら―――なら、俺はあいつ等に対して誇れる選択をするとなれば一つしか無い訳だ。

そうだな…ここまで意地を張り続けて来たんだ、もう少し張り続けてもいいだろう。
何せ、あいつ等は俺達の上で見守っているんだから無様な処は見せたくない。

「わかった、俺もやってみるよ教師って奴を」

一度、視線をリリィ学園長に向けそう言うと再び空に向け。

エミヤ、俺はお前に少しでも近づけたのか分らないが神の座から見守っていてくれ。

空を見上げながら、俺ももう少し意地を張る事を決意した。



[18329] リリカル編01
Name: よよよ◆fa770ebd ID:55d90f7e
Date: 2012/01/23 20:27

根源、神の座呼名は沢山あるけれど、神様の元そこでおよそ四十年程の間、世界の崩壊とかを防ぐ手伝いをして来たのはいいとして。
元の世界に戻ってから勉強は解らなくなっているわ、アルバイトの日程なんかもすっかり忘れてしまい、一成やコペンハーゲンの店長やネコさんに心配をかけさせて悪い事をしたと思う。
ただ―――アーチャーの奴は、急に記憶が欠落したような感じだけなら投影魔術の使い過ぎによる影響とか判断出来たそうだけど、神の座での作業の合間にルビナスや元救世主達から剣とか魔術とか色々と教わっていたから、剣技がアーチャーの予想よりも遥かに上がっていてそれを訝しんでいるようだった。
まあ、アヴァターや根源での四十年は、こっちの方では一瞬でしかないから……アーチャーからしてみれば突然技量が上がったとしか感じられないので不自然に思えるのだろう、な。
それでも二週間が過ぎ、八月になると勉強にしてもバイトの仕事にしても徐々に思い出せていたから何とかなり始めて来ている。
だが、いくら俺に余裕がないといってもアリシアの世話をセイバーやアサシンに任せっきりなのも兄貴として問題あるだろう。
そこまで考えると既に集中力が無くなってのが解り、「ふう」と息をはいて腕を伸ばし朝の勉強を止めて居間に向う。
まだ午前中とはいえ、八月の陽気は強く日の当たる庭の熱気がそよそよと吹く風と共に合わさり熱風となりやって来る。

「……涼を求めて海やプールとかも良いんだけれど」

考える事は皆同じなのか真夏の炎天下の中人々は涼を求め海やプールに向う、したがい海もプールも芋を洗うような混雑振りが連日続いていたりする。
そういえば、新都に『わくわくざぶーん』とかいうプールとか出来そうだったけど、何でも建設途中にオーナーが失踪したとかで工事は止まったままだとか。
聞くところによれば、あのプールは何やらテーマパークのように色々充実していたみたいだからオープンさえしていれば普通の市営プールは少しは空いていたかもしれない。
まあ、無いものねだりしても意味が無いなと結論付け居間に向うと、居間からやや手前の廊下でアサシンが座り込み両足を水の入ったたらいに浸けている。
日よけのタテスによる日陰に、足元から伝わってくる涼しさに加え、吊るされている風鈴の音も合わさりいかにも涼しそうだ。
そういえば、行軍中の鎧の蒸し暑さに比べればこの程度とかセイバーはさして問題にしていなかったが、今日も仕事で居ないライダーは「日本の夏の暑さは異常です」とか言っていたからな……確かライダーはギリシャ神話に関する英霊で、地中海辺り出身だったはずだから湿度が高い日本の夏は辛いのかもしれない。

「―――士郎、勉学の方はよいのか」

僅かに顔を動かし視線を向けて来る、如何やらアサシンにも心配させてしまったみたいだな。

「一時休憩ってところかな」

「順調ならば結構―――ならば、昼も楽しみにさせてもらうとしよう」

「ああ、期待していてくれ」

俺や桜の作る食事は、セイバーやアサシンにとって楽しみの一つになっているらしいから期待には応えないといけないだろう。
そう意気込みながらアサシンの後ろを通る時、ふと思い出す―――今日は羽織を脱いでいるが、何でもこの前行った海外では初めての外国という事に加え、慣れない仕事という事もあってかアサシンにしては珍しく緊張していみたいで、聖杯戦争の時と同じ傾いた格好をしていたそうだ。
その……いかにも剣客というか、武芸者風の格好は目立つというか、アサシンが言うには行く先々で「ジャパニーズサムライ!」とか言われながら何故か行く先々で人々に懐かれたとか。
でも、仕事は死徒関連だったらしいから隠密行動が必要だったらしくて、なんと言うか……色々と噂が広がってしまい逃げられてしまったらしい。
それで、今は言峰から新しい仕事としてアリシアの護衛をしているそうだ。
居間に入ると廊下とは違い何処か涼しげな感じがしてくる……客間にはエアコンはあるが、ここ居間にはエアコンは無い筈なんだけどな?
そう疑問に思い見渡せば、居間ではセイバーとアリシアが扇風機に煽られながらゲームをしている。
アリシアは勉強が余り好きじゃないみたいなので兄貴としては注意するべきなのだが、宿題とかはしているし、まだまだ小学校一年生なのでもう少し様子を見てからでいいか迷う処だ。
一緒にゲームをしているセイバーとアリシアの邪魔にならないよう後ろ歩きつつ台所へと入り、麦茶を飲もうと冷蔵庫を開けふと、今日も暑いので俺だけじゃなくセイバー、アリシア、アサシンの三人にグラスを用意すると冷えた麦茶を注いでそれぞれに渡した。
三人から「ありがたい」とか「ありがとう」とか「これはこれは、かたじけない」とかそれぞれ謝意をかけられる。

「かき氷もいるなら作ろうか?」

まだ、お昼の準備には少し早いので甘いものを出しても大丈夫だろう。
台所に置かれているペンギンの形を模したかき氷機は、土蔵の整理をした時に出てきた物だが、長き眠りから覚めたペンギンは今年の夏を乗り切る切り札になり得るのか―――冷蔵庫にはイチゴとメロンのシロップが入っているという気合の入りようだ。
時々ポチが作ってるのを見るけれど、今は構って欲しいのか解らないがセイバーとアリシアの間を行ったり来たりしている。
と、いうか……ポチはアレでいて、お茶やお菓子の用意とかもするので意外に気が利く奴だったりする。
むしろ飼い主のアリシアの方が問題が在るんだけど………倫理面とか道徳とかが気になるので学ばせるにしても、肝心の神父である言峰はアリシアを神と崇め仕えている身だとかで「仕える身でありながら、その神に説法とは何事か」とかで無理があり、教師の葛木は前に朽ちた殺人鬼とか言っていたからな………藤ねえはアリシアの道徳面が変な方向にぶっ飛ぶというか虎化しそうで怖い、何ていうか碌な先生が近くに居なかったりす―――ん?
俺が溜息をついていると呼び鈴が鳴ったので向かい玄関を開けると。

「こんにちは衛宮君」

そこには俺の姉弟子に当たる遠坂と。

「ふ~ん、ここがマスターとシロウの家ねぇ」

何故か根源で分かれた筈のニティが居た。

「そこで、道に迷っていたから案内したけれど知り合い?」

「ああ……」

とはいえ、魔術の師である言峰の妹弟子とはいえ魔術師とは根源を目指す者なのだ、幾ら遠坂と云えど根源で分かれたとは言い辛い。
そのニティだが、流石にこの世界の情報を得てから来たのだろう、アヴァターや根源で見た服装とは違い、黒いシックなワンピースと手にバッグといった出で立ちなので、なんというか女性の艶を意識させ。
遠坂にしても赤いのはいつもと同じだけど、元々がアイドル顔負けの美人なのに加え、夏服による薄くて柔らかな感じのブラウスが何となく無く艶っぽさを際立たせている。

「取り合えず中に上がってくれ」

この場にて何か起きた場合、俺一人だと対処出来ないかもしれないので居間へと案内する。

「私はいいわ、この娘が道に迷っていたみたいだから案内しただけだし」

そう言って背を向けようとする遠坂だが、「貴女、この地の管理者遠坂凛でしょ?」疑う様な視線を向けながら「悪いけど貴女にも用があるのよ」とニティは遠坂を引き止め。

「ふ~ん、やっぱり……か。
(尻尾を出さないならそれはそれ。
アーチャーに読唇術を使わせて、衛宮君との会話を読み取ればいいだけだったんだけどね……)」

ニティの反応に、遠坂は髪をかき上げると探るような視線を向け。

「ホント言うと、私も偶然会った訳じゃないの。
貴女を捜したのは、キャスターから魔力も隠していない三流魔術師が来ているって連絡を受けたからなのよ」

言われてみれば、遠坂が指摘するようにニティからは結構な量の魔力が溢れている。
………アヴァターや根源では魔法とかの隠蔽とかなかったからな、俺は魔術師としても不味い感じになってるのかもしれない。

「―――で、何の用でこの地に来たのかしら?」

「まてまて、魔術に関する話だろ、こんな玄関先でする話じゃない筈だ」

「それもそうね」と言う遠坂に対し「この世界の魔術師って色々面倒なのね」とか言ってニティは何処か呆れ顔だった。
アヴァターでは日本のような文化は無かったのだろう、遠坂が玄関で靴を脱ぐのを物珍しそうに見ていたニティは廊下でも興味深い眼差しで邸を見回している。
そういえば、もう随分昔になるけれど、遠坂やイリヤも初めて邸に来た時は物珍しそうに、いや、まて……確か半年前なんだよな聖杯戦争があったのって。
不味いな、根源から戻って来てから時々浦島太郎のようになってるぞ。
未だ年月の感覚が狂っているのが解り、学校が始まる前に直せるのかと一抹の不安を抱きながらニティと遠坂を居間へと案内する。
居間でゲームをしていたセイバーとアリシアの二人は入ってきた二人の内、遠坂は一緒に住んでいる桜が食事を作りに来るのと、アーチャーが俺にとって色々な意味で師匠のような感じであるからして、血圧の問題とかで朝こそ来ないが、晩御飯は食べに来ているので珍しくはない。
しかし、根源で分かれたニティは世界の精霊の片割れであるから余程の事が無い限り来ない筈だ。
「ニティちゃん、凛さんこんにちは」と幾ら根源に行ったりや、『原初の海』とかいう神として概念化すらまでしている存在の力を扱えたりするものの、まだまだ子供だからだろう普通に挨拶しているアリシアは兎も角。

「ニティ、貴女が来るとは―――何かあったのですか?」

ニティの姿を目するセイバーは、それまでの緩んだ空気が一転し引き締まる。

「何も―――って言うより、向こうからでもこの世界の情報は視れないから、ちょっと行って見て来いって言われたのよ」

恐らく上司である神に言われたのだろうニティの表情はどこか哀愁が漂い。
それを聞いた遠坂は「世界?」って怪訝な表情をしていた。
ゲーム機を片付けるセイバーとアリシアを尻目にしながら、ニティと遠坂に「遠慮せず座ってくれ」と座布団を用意し座って貰い、俺は台所に行って飲み物を用意する。
紅茶党の遠坂はアイスティーに決まりだが、ニティには麦茶とアイスティーどちらにするか僅かに迷うものの取り合えず同じものを出す事にした。
遠坂とニティの二人はテーブルで対峙するようにして座っているけど、外は容赦無い太陽の熱線が降り注いでいたから余程暑かったのだろう、出された飲み物をそれぞれ口にすると「―――で、如何いった用向きでこの地に来たのかしら」と先ずは遠坂の口が開く。

「簡潔に言うと、冬木の管理者である貴女には大聖杯の解体を頼みたいの」

「っ、言うに事欠いて大聖杯の解体だなんて……」

聖杯戦争そのものの解体、そう語るニティに片手で顔を押さえる遠坂だが。

「それは―――どの組織が言ってるのかしら……時計塔ならロンドンに行ったときに言われるから違うとして、アトラス院それとも彷徨海?」

俺も知らない魔術協会の組織名を連ねる遠坂に、ニティは「そのどちらでも無いわ」と告げると遠坂を見据え。

「これは神の次元、貴方達魔術師からすれば根源での決定よ」

「はぁ?」と何言ってるのこの娘といった表情でニティに視線を向ける遠坂、しかし、当のニティは飲み物を一口すると。

「この世界の冬木市は、他の世界のとは違って特異点的な所だから―――もし、次に聖杯戦争が起きれば何が召喚されるのか分かったものじゃないわ」

その事なら根源からの帰り際、神から言われたから俺も知っている、しかし、事情を知らない遠坂は情報を上手く整理できないのだろう顔を顰めていた。
無理もないか、魔法を目指し根源に向うのが目的の魔術師に、根源の方から使者が来るなんて夢にも思わないの筈だ……

「だからそうなる前に、不安要素は取り除こうと言う訳よ」

そう告げると遠坂をじっと見詰め。

「もし、この話が受け入れられないのなら、貴女達で言う処の魔法使いを何人か派遣して大聖杯を壊させてもらうけど。
話し合いで事足りるならその方が良いでしょ?」

「―――っ、何人かの魔法使い!?」

イリヤから聞いて限りだと、魔法は今では五つしか存在しないらしい、だからだろう魔法使いという言葉に遠坂は反応する。

「別に珍しい訳でも無いでしょ?
貴女も遠坂凛なら、並行世界への干渉は少なからず出来てるだろうし」

涼しい顔でニティは遠坂を第二魔法の使い手だと語るが、当の遠坂は「はぁ?」といった感じで訳が解らないようだった。

「凛、まさか貴女は魔法に至ったのですか?」

「―――そんな訳無いでしょ!?」

セイバーは第二魔法を習得しているというニティの言葉に驚きを隠せないまま遠坂に視線を向けるが、当の本人はガーという感じで否定する。
その遠坂の反応が予想外だったのかニティは「え?」と怪訝な表情をすると―――

「まさか、貴女……遠坂凛なのに使えないの?
変ね、並行世界に関する業を持った者なら一人見つけたら十人はいる筈なんだけど……」

とか、第二魔法の使い手を台所に現れる黒い奴と同じような感じで口にしていた。

「そう、私の観測した世界の遠坂凛は使ってたから、この世界の遠坂凛も使えるだとばかり思ってたわ」

「っ、観測ってまさか」

ニティに対する見方が変わったのか、遠坂から余裕の表情が消えるなかニティは「なら」とバッグを開けると、多角的な宝石がまるで刃の様にも見受けられる短剣の様なモノを取り出しテーブルの上に置く。
剣の形をしていたので、つい条件反射でソレを解析しようとした俺は、軽い頭痛が走るもののあの得体の知れないモノを理解した。
まあ―――理解したといっても、アレで何がどのように出来るとかでは無く、逆に衛宮士郎では到底理解する事など不可能なモノなのだとという意味でだけど。

「確か並行世界の遠坂凛やキシュア・ゼルリッチ……エッチだったかしら?」

「キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグよ」

ちゃんと覚えてなっかのだろう、言葉につまるニティに遠坂は即座に訂正を入れ。

「まあ、そんな名前の魔法使いが使ってるのと同じ礼装よ」

「宝石剣ゼルレッチ…それを持つ貴女は魔法使いと考えていい訳なのかしら?」

コホンと咳をして誤魔化すニティに対し、緊張を隠せない遠坂は厳しい視線を向けるものの、手にしたグラスが流す汗がまるで自身を現すかのような錯覚すら覚えさせている。
横ではアリシアがキラキラしてるのが珍しいのか、それとも実用性の欠片も無さそうな短剣として珍しいのか判らないが「お~」と物珍しそうな視線を向けていた。

「私は違うわ。今回は兎も角、本来なら私に並行世界への干渉する権限は与えられていないもの」

「だったら、偽物って事?」

「それも違う。
これは正真正銘第二魔法に関する礼装、創ったのが神だから間違いない筈よ」

「………神?」

「そう、この世界に来る前に他の並行世界を観測して冬木がどんな所か調べてから来たの。
その観測した世界の遠坂凛が、この剣と同じ物を使ってたから、取り合えず交渉の材料として神に創って貰ったのよ」

ニティは「まあ―――」と一旦区切るとセイバーに視線を向け。

「セイバーやバーサーカーがサーヴァントっていう英霊だったのには驚いたけどね」

「ニティ、貴女が観測した世界とは一体どの様な世界だったのですか?」

「……そうね、私が観測した世界は並行世界だからかしら、セイバーが何だか黒くてシロウや遠坂凛と敵対していたわ。
(他にも桜って娘がバーサーカーや、在ろう事か黄金の戦士らしきモノすら取り込んでいたのには目を疑ったけど……)」

「黒い、私ですか」

黒いセイバーか、というかそれだけだと姿が黒いのか腹黒いのか判らないな……
まあ、腹黒いアーサー王ならそもそも騎士達と上手く行かないだろうから、その辺りの理由で聖杯を求めても変じゃないのかもしれない。

「話を戻すけど、もし大聖杯の解体を了承してくれるのならこの剣をあげるわよ」

「―――っ!?」

「コレって、権限の無い私が持っていても意味の無い物だし神に返しても使わないないもの」

視線を遠坂に戻すニティからは緊迫した空気が漂い、硬い表情のままの僅かばかり沈黙していた遠坂は。

「―――分かったわ。
(協会は大聖杯の復興を望んでいるみたいだけど……大聖杯を調べた限り、あの銀色に腐食し崩壊させている原因が何か解らない以上、存続させるのはほぼ無理―――というか、現在進行形で崩壊している真っ最中、来年辺りには土台しか残らない感じだし。
それよりも、目の前の宝石剣が本物ならそちらの方が価値が高いわね)」

重大な決断だったのだろう、僅かに俯かせていた表情を上げ重々しく口を開ける。

「でも、これが本物か如何か確認してからよ」

その言葉にニティは表情を明るくさせるが「―――それから、衛宮君」と何故か遠坂は俺に視線を変え。

「このニティって娘との関係、洗いざらい教えて貰うわよ」

などと言いながら満面の笑みをたたえる遠坂だけど、その纏う雰囲気は笑顔とは程遠かった。



とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第1話



「―――それで、俺達は根源から戻って来たという訳なんだ。
(幾ら遠坂とはいえ、アリシアが神様と拳で語り合ったとか言えないも―――いや、そもそも信じないか)」

かつまんで話すお兄ちゃんに、目つきは鋭いけど凛さんは腕を組みじっと聞いていた。

「根源にもっとも近い根の世界アヴァター、世界しか救えない救世主……
(そりゃ、衛宮君の邸にアインツベルンの城に繋がる通路があるからキャスターと同じ神代級の魔術師だとは思っていたけれど……)」

話を聞き終わった凛さんは、思うところがあるのか、口元に片手を当て虚空に向けていた視線を戻すと。

「それに、イリヤが第三に至りアインツベルンにも魔法が伝えられてる、か。
(アインツベルンの求める第三魔法、天の杯(ヘブンズフィール)。
それって確か、魂そのものを生き物として物質化させる高次元の存在を作る業だったわよね)」

「でも、イリヤの求めていた第三魔法、高次元生命体になる業だけど結構メジャーな感じよ。
なにしろ、邪神とか呼ばれている連中は最低でもソレを使えるし、中には眷属にだって会得しているモノは居るもの」

凛さんの呟きに答えるニティちゃんは「それに」と飲み物を含み話を続ける。

「確かに不老不死には成れるでしょうね。
でも、より高次元の相手に襲われたり、魂そのものを壊す方法で傷つけられれば滅びは免れない業なの。
私達にとっては、どちらか問われれば不老不死の業なんかよりも、並行世界や時間への干渉を行う業を持っている方が都合が悪いわ」

「……時間に干渉する魔法ねぇ、協会の上位、いえ特権階級くらいの人物なら何か知っていそうだけど」

「そう、その業を使うモノが何かしら世界に影響を与えたら、その世界は並行世界に移動してしまうから私達としては色々と困るのよ。
まあ、度が過ぎるのなら邪神達に命じて、その宇宙そのものを閉ざして逃げれなくした後、始末させる事になるけど」

「宇宙を閉ざすって―――何て滅茶苦茶、反則じゃない」

「でも―――稀にだけど、邪神の中にも閉ざした世界の中で、時間をループさせたりとか因果とかを操ったりして趣味に走るのもいるから大変なのよ」

頬を引きつらす凛さんとは対照的に、「ふう……」と溜息混じりに口を開くニティちゃんは、何だか色々と苦労しているらしく何処か愚痴っぽくなっていて、その話を私やお兄ちゃんにセイバーさんは黙って聞いていた。
何だか疲れが見え隠れするニティちゃんの態度を目にした凛さんは、両目を見開きポカンとしていた後「どんな所なのよ根源て……」とか呟くと「何て言うか、色々言いたい事はあるけど」とお兄ちゃんに視線を変える。

「衛宮君、解ってるの?
破滅の未来を変えたのもそうだけど―――根源に至った貴方達ってとんでもないのよ」

「お、おう」

「それに、根源に辿り着いたっていう協会だけの問題じゃないわ、白の救世主になったアリシアだけど、教会が神と対話したのを知ったら大事よ」

「大事って、何かお祭りでも始まるの?」

凛さんとお兄ちゃんの話しに、きっと大きいお祭りだから、屋台とかどんなのが出るのだろうと思い口を挟むと―――

「―――っ。
(この子、状況が全然分ってない!?
一体、こんな子供の何処が神霊級で神と対話すら出来たのかしら……)」

何やら想像したのか、凛さんは顔をしかめジロっと、何故か私に鋭い視線を投げて来る。
よく解らないので「如何したの?」って答える前に、ニティちゃんの視線が凛さんに突き刺さり。
「マスターは、学校に通ったりして普通の生活をしたいだけだと思うわ」と一旦区切ると。

「それなのに、周りが騒いで―――特に魔術協会が封印指定とか行うものなら、多分、バチカン辺りに神が現れて聖堂教会が更に大変な事になるんじゃないかしら?」

ニティちゃんの言葉に、一瞬、凛さんは「っ!?」と目を丸くする。

「そんな事になったら聖戦の勃発よ!
協会と教会の全面対決、いえ、それどころか死徒になった者や二十七祖すら出てきたら収拾がつかない事になる―――折角、破滅の未来が変えられたのに何の意味の無いモノになってしまうじゃないの!?」

「でも、この世界に神の次元からの制御は及ばないけれど、神がこの世界に直接赴くのにペナルティーとか無いのよ。
付加えるなら、星も霊長の抑止力も、全ての宇宙を管理している神を相手にしては意味の無いものだし」

「全能の神といっても反則過ぎでしょ……それ」

ニティちゃんの話しに、凛さんは苦虫を潰した表情をすると片手で顔を覆い呟く。
あう、私はただ普通に暮らしているだけなのに、何でそんな大変な事になるんだろう?
ん―――そうだ、いい事思いついた。
私に悪い事しようと企んでいて、その想いがある一定以上を超えたら、その人は私とそれに関連する記憶を忘れてしまうようにすれば、その人も何を忘れたのか解らないだろうから大変な事が起きなくて安心な筈だよ。
そう考えが纏まると、私はこの星そのものに制約をかける事にした。

「アーチャーは何か言いたい事は無いの?」

何だか疲れた感じの凛さんは、後ろで霊体化していたアーチャーさんへと僅かに視線を動かすと「ふむ」と答えながらアーチャーさんは実体化する。

「そこの小僧が破滅の未来を回避させたというのも驚くに値する。
しかし、それ以前の問題として……衛宮士郎が根源に辿りつけたというのには―――いささか無理があるのではないかね?」

何というか、アーチャーさんはお兄ちゃんに対し、お前が至れる訳が無いだろと目で語ってる。

「そうは言っても、俺はただの付き添いみたいな感じだったから、な」

「それは私も同じ事。
私やシロウ、アリシア、イリヤだけでは破滅を止める事は出来なかった。
あの場にいた全ての者達が協力したからこその功績だと判断します」

アーチャーさんの視線に対し、お兄ちゃんは何処と無く困った感じで、セイバーさんは皆が居てこそ成し得た事だとして見詰め返し。
私にしても根源にお兄ちゃん達を呼ばなかったら、今でもきっと破滅の猫さんといういもしない相手に待ちぼうけしていたと思う。

「そいえば聞いてなかったけど、衛宮君とセイバーは魔法が使えるの?」

「凛、君は私が魔術全般に関して上かと思うかね?」

「……その辺はアーチャーの言う通りだ遠坂。
根源に至ったとはいっても、休憩の合間に魔術の鍛練はしていたから魔術とかは上手くなったけれど、流石に魔法は無理があるだろ。
(ルビナスや元救世主達に教わりながら魔術の鍛練を積んだから、投影は兎も角としてミッド式魔術はかなり上達した筈だけど、魔法までは流石になぁ……)」

「私にしても同じです、魔術師では無く剣士である私に魔法という奇跡を学ぶのは無理がある」

凛さんはお兄ちゃんとセイバーさんに質問するものの、溜息混じりにアーチャーさんが答え、続いてアーチャーさんの意見に相槌を打つようにしてお兄ちゃんやセイバーさんが口を開いた。

「二人して……何よそれ、根源に至っていながら。
特に衛宮君、根源に至りながら魔術の鍛練って………私もそうだけど他の魔術師が聞いたら嘆くわよ」

「そういえば言ってなかったけど、現在、神の次元は人を募集してないから。
無理に目指せば、この世界からだとまず抑止力を相手に、次に邪神達が立ち塞がり、それ等に勝ち続けられれば根源である神の次元に至り、最終的に元救世主達と神の両方を相手にするから止めて置いた方がいいわよ」

呆れた表情でお兄ちゃんとセイバーさんを見やる凛さんだけど、ニティちゃんが今は人を募集していませんと告げると凛さんは「何処の少年漫画の展開よ……」とか零していた。
ん~、初めに現れた邪神を倒しても直ぐに次の邪神達が現れて「よくぞ〇〇を倒した。だが、奴は我らの中でも最弱の存在よ、我らを〇〇と同じだと思うな」とか言うのかな?
私がそんな事を考えていたら、アーチャーさんは「それにしても」と外に視線を向け。

「盗み聞きという真似は、君の趣味では無いと思っていたのだがね―――アサシン」

壁があるから見えないし気配も無いけれど、存在力で視れば確かにそこに小次郎さんは座っている。

「―――なに、大した事では無い。
偶々ここで涼んでいたのだがな、客人が来たので場を変えようと思ったものの、肝心の手拭いを忘れていてな。
廊下を濡らす訳に行かず、とはいえ、客人が居る手前呼ぶわけにも行くまい、ならばと思いここで涼を取り続けているだけに過ぎんよ」

姿は見えないもののアサシンさんの声に、アーチャーさんは「む」と如何言ったらいいのか困った顔をして、凛さんも「アサシンって……」何だかあっけにとられてる感じがしていた。

「だが―――」と一旦区切ると、小次郎さんの纏う空気は僅かに変わり。

「およそ、女狐辺りに対する保険と踏んでいたが―――今の話であの神父が何故アリシアの護衛を頼んで来たのか解るというもの」

「―――そうね、サーヴァントが護衛についているなら、余程の相手で無い限り手を出そうとは思わないのは確か、ね。
(ようやく解った、聖杯戦争の時から綺礼はアリシアが神霊級である事を知っていた。
それを踏まえた上で、他の魔術師が手を出せないようサーヴァントが三騎も居る衛宮君の養子にしたって訳か。
イリヤとも仲が良いし、迂闊に手を出せばバーサーカーを含めた四騎ものサーヴァントを相手をしなければならなくなる……例え相手が二十七祖でも辛いわね、これ)」

「だとしたらいいのだがな……」

小次郎さんの言葉に口元に片手を当て思考を巡らしていた凛さんだけど、アーチャーさんは何処か思う処が在るのか顔色が優れなかった。

「処でニティ、俺達に話ってのは何なんだ?」

ニティちゃんの座っている所からだと見えるのか、「ふぅん、こっちだとアサシンは髑髏の面した奴じゃないんだ」とか呟いていたけど、お兄ちゃんに呼ばれ視線を戻す。

「そうね、聞きたいのはミッド式って魔術について」

ニティちゃんは思い出すようにしながら口を開き。

「私が観測した世界のシロウやセイバーは使ってなかったのに加え、並行世界の地球を担当していた班に聞いても、その魔術を使っているシロウやイリヤを見ていないって話だったのよ」

「それで―――」ニティちゃんは私達を見渡して。

「マスター、セイバー、シロウは時空管理局って組織に聞き覚えはある?」

「時空、管理局?」

「時と空間を管理するという意味からして、タイムパトロールとかに似た感じですか?」

お兄ちゃんは何だそれって顔で返し、セイバーさんはテレビでやっていた組織名を出す。
でも―――

「ふふん、私は知ってるよ。
時空管理局ってのは、警察みたいな感じの組織なんだ」

アリシアの記憶からだと、次元空間航行という星間移動技術が確立されていている時空管理局は、テレビに出てくる宇宙警察に近い感じの治安維持組織だとされていて。
その為、私が告げると皆は「えっ!?」といった表情になって私に視線が集まる。

「やはり……ミッド式魔術は、マスターが教えたのですね」

何故かニティちゃんは溜息をつく。

「私や他の者達が観測した世界では、マスターの姿は在りませんでしたので、恐らくとは思っていましたけど―――」

「でも、基本的にミッド式は魔力があれば誰でも使える魔術だよ?」

「しかしながらマスター、本来、私達が管理している世界ではミッド式、いえ、正確にはミッドチルダ式魔法というものは存在していないのです」

困った様な表情をみせるニティちゃんに、私は「ほえ?」としか答えられない。

「観測しました処、何故か私達とは異なる理を選択した世界と繋がりが在りまして。
そこが時空管理局が存在し、ミッドチルダと呼ばれている次元世界の中心都市が在る世界なのです」

ニティちゃんは私を見詰めて。

「私達の管理する世界にも似たような文明はあったのですが……母たる星が死してもなお戦い続ける生命体に対し、畏怖を抱いた星は地上の生命体を絶滅させてほしいという信号を他の星々に送ってしまい、それに応じた星達からそれぞれ最強種が送り込まれ滅んでいます。
しかし、時空管理局がある世界では、その星は数百年に及ぶ汚染により人が住めない土地となっているものの、文明は長らく存在し戦争を続けていました。
そして、互いに消耗し続け戦争の継続が出来なくなった頃に魔法技術の発展にて頭角を現してきたミッドチルダなる文明が、危険な質量兵器の断絶と、次元世界の交流、平和を旗印に平和組織を設立したのが時空管理局という組織という訳です」

「お~」

何ていうか、アリシアの記憶がある私よりも詳しいよニティちゃん……
なら、時空管理局の執務官ってテレビの宇宙刑事みたいなのかと思っていたけど違うのかな?

「そっか。そういえば、そんな感じの地球もあったけっか」

「ええ」

神の座での経験から、そんな可能性の世界を知っているお兄ちゃんはしんみりと口にしセイバーさんも頷く。

「ちょっと、まって―――その話が本当なら、アリシアはこの星の人間じゃなくて、異星人って事になるわよ!?
(そりゃ、綺礼からエーディルフェルトの関係者じゃないとは聞いていたけど……よりにもよって、異星人だったなんて予想の範疇外でしょ!?)」

でも、凛さんは何故か私が外国の人なのに驚いているんだ。
確か前に集めた知識からだと、日本は島国が原因なのか他国に対して閉鎖的な処があるらしいから凛さんもそういった考えなのかな?
だとしたら、最近はグローバル社会とかいって政治や経済でも様々な国々が繋がってるのに、このままだと凛さんは時代の波に乗り遅れちゃうかもしれない。

「凛が驚くのも無理は無い。
しかし、この宇宙には私達と同じような生命は沢山います」

「そうだ。それに、人を出自とかで差別するのは良くないことだ遠坂。
俺だって、アリシアは米国生まれと思っていたから少しは驚いているけど偏見なんて持たないぞ」

「セイバーは兎も角として、衛宮君アンタね……」

唇を尖らせた凛さんは、お兄ちゃんにやや非難じみた視線を向け。

「未知との遭遇よ、異星人とのファーストコンタクトなのよ!」

「―――凛、それは神秘に関わる物として如何かと思うぞ。
そもそも、ここには一般社会とは縁が程遠い、英霊だの、魔術師だのが既に居るのだ、今更、異星人が居たとしても不思議でも在るまい」

ガーと何だが激昂する凛さんをアーチャーさんは窘めると、凛さんは「―――ついでに未来人もね」となんだか納得しているようで、していないという難い表情をする。
でも、確かこの星には既に二十七祖のORT(オルト)っていう宇宙からの生命体が居るけれど、死徒って扱いだから数に入っていないのかな?
などと思うも、きっと凛さんは他の星の事を知らないだけだと思う―――なら、百聞は一見に如かずというように、私やニティちゃんが話すよりも実際に行ってみた方が解る筈だよ。

「なら、私が案内するからミッドチルダに行ってみる?」

私が提案すると、拳を握り締めた凛さんは一体何と戦ってるのか解らないけど「っ、わかったわ、何処だって行ってやるわよ!」とか意気込んでいて。
お兄ちゃんやセイバーさんは「そうだな、一度行ってみた方がいいかもな」とか「ええ、私達にしても、アリシアが生まれ育った世界がどのような文明なのか知った方が良いでしょう」とか言われミッドチルダに行く事が決まった。
そして、片割れとはいえ世界を構成する理の精霊であるニティちゃんは、この枝世界からは出られない代わりに、向こうの世界への転送や必要となる資金、身分を証明するパスポートを神の座で用意してくれるらしい。
なら、私は本体から神に転移と同時に世界の記録からその世界での基本となる情報を得る方法、聖杯戦争のサーヴァントシステムで使用された術を伝えとかないと。
私は兎も角として、他の人達はそうしないとミッドチルダに行っても、言葉とか文字とかが分らないから困ると思うんだ。
そんな感じで私も少し準備が必要だったけど、凛さんにしても準備とかがあるので出発は何日か後になった。



[18329] リリカル編02
Name: よよよ◆fa770ebd ID:55d90f7e
Date: 2012/01/23 22:29

ニティの準備が整い遠坂に連絡を入れた翌日、俺達は再び集まる事となった。
邸の居間へと集まった俺達は、ニティが用意した向こうでの身分証となるパスポートを受け取り確認する。
出身は地球ではなく、第九十七管理外世界とかになっていたりするけど、聞く限りでは向こうの地球の名称らしい。
そして、掲載されている写真は並行世界の俺達らしいので俺や遠坂、アサシンの三人は問題が無いようだった。
しかし、一言も発する事無いセイバーを見やるとパスポートの写真は何故か目が金色になっていたり、黄金色の髪がくすんでいたりする。
アリシアの方は何だか所々修正が入っているのか矢鱈綺麗な女性の写真で……何というか別人な感じがしなくもなかった。
いや、まて、それ以前に大人形態のアリシアじゃないのかこれ?
ニティの話では、アリシアの写真は神自らが用意したそうなので―――多分、ミッドチルダに向う時はアヴァターでの時と同様、大人の姿で行くのだろうと考えての判断だと思うけど、これで本当に大丈夫なのか甚だ疑問だ。

「………(……一体、この私に何があったのか?)」

「ん~、私こんな感じだったけ?」

俯くセイバーに、小首を傾げるアリシアの二人は身分証を手に思うところがあるようだ。

「セイバー、シロウ。マスターの事をお願いするわね」

「ああ」

「なに、私も護衛を任されているのだ、セイバーと士郎だけが気負う必要もなかろう」

固まっているセイバーとアリシアの二人に視線を向けいていた俺は、ニティに生返事で答えてしまうものの、アサシンは一緒にいるのだから俺とセイバー以外だけが心砕く必要等ないと言ってくれるので心強い。

「処で―――これ、犯罪じゃないわよね?」

俺達を尻目に、遠坂は札束が何個も入っている鞄に視線を向けている。
これはニティが用意してくれたミッドチルダで使えるお金らしい―――けど、俺達の世界での感覚でいえば五、六千万はありそうだ。
そういえば神の座での作業の合い間や休憩の時にお金で苦労した話とかを神とかルビナス、他の元救世主達にしてたけど。
ちょっとこれは、な……遠坂が懸念するように犯罪の匂いがしなくも無い。
しかし、逆にミッドチルダとかいう世界でもの凄いインフレが起きていて、飲み物一つ買うのに札束が必要なのかもしれないとも考えられる、か。

「その辺は心配しなくて良いわ。
その金は元救世主の誰だったかは忘れたけど、ミッドチルダのカジノって所で、神の次元から干渉して確率操作とかエントロピーとか操作して稼いだだけだから普通のお金よ」

「―――っ。滅茶苦茶反則じゃない、カジノで確率やらエントロピーの操作だなんて」

エントロピーはよく解らないものの、確率、言い換えれば可能性を弄るなどという、俺達の世界では魔法に相当するんじゃないかとも思われる業を、犯罪じゃないわよと涼しげな表情で口にするニティに遠坂は両目を丸くしていた。
ただ、それってカジノからしたらただのいんちきだから不味いんじゃないかと思わなくもないけど、可能性という不可解なものをカジノ側が判るはずも無いし、何より指示したのが神様だから良いのか?
取り合えず旅行用鞄一杯の金など持ち歩きに不便なので、皆それぞれに札束を一つ持ち、残りはアリシアが倉庫として使っている空間に保管してもらう事にした。
保管してもらうよう頼むと、アリシアは神が念写したらしい写真に何か思う処があるのだろうが「まあ、いいや」と身分証をしまい込み。

「取り合えず、残りは私が保管するから必要になったら言ってね」

「話には聞いてたけど……それがねぇ。
(……それにしても。まさか、六人目が異星人だとは思いもしなかったわ)」

倉庫として使っている空間に転移させ、俺達からしてみればまるで鞄が消えたようにしか見えない。
そんな、アリシアの魔法としかいえない空間転移を目の当たりにした遠坂は、魔術師として思う処があるのだろう半眼でアリシアを見詰めていた―――アリシアにしても、遠坂のその視線に気付いたのか遠坂に視線を向け。

「処で凛さんは、他の人から魔力を分けてもらってるみたいだけど大丈夫?
辛いならディアブロ貸してあげるよ」

「マスターは私を必要としないのですか?」

「それは違うよ、ディアブロ。
イリヤお姉ちゃんのバーサーカーさん程じゃないけれど、アーチャーさんを維持するのには沢山の魔力が必要なんだよ。
だから普段魔力を使わない私よりも、凛さんの方が魔力が不足していて辛いんだ―――だから、必要なら君の力を凛さんに貸してあげて欲しいんだよ」

話を振られた遠坂が口を開く前に、腕輪型デバイス・ディアブロがそれを遮るようにして抗議しているようだったけど「解りました、マスターがそう望むのでしたら」と納得したのだろう押し黙る。

「大丈夫よアリシア、心配してくれるの嬉しいけれど私にはこの宝石剣が在るから」

「そんなに凄いのかソレ」

遠坂は視線をアリシアに向け、自慢げに語っているので聞いてみる事にした。
つい数日前ニティが取り出した時の事だ、俺は反射的にあの変てこな剣を解析してしまい、それで解った事といえば、あの宝石剣はまるで何処か別の世界の、それでいて未知なる技術の塊としか言い様がなかった代物だという事だけ。
幾ら遠坂とはいえ、そんな訳が解らないものが使えるのかと―――

「宝石剣ゼルレッチ、正しく言うのなら多重次元屈折現象キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ」

遠坂は変てこな宝石で作られた剣を取り出し俺達に見せる。

「それは『月落とし』さえとめたとされる領域外の力であり、遠坂の家系に大師父からの宿題とされ伝えれていたモノの事よ」

「つきおとし、か」

―――多分、電車のホームか、階段とか……いやまて、ビルの屋上とかじゃないよな。
そこで誰かに突き落とされたのを止めたって事は、キャスターやアリシアみたいに空間を固定化したりとか、もしくは、慣性に干渉して落ちるのを止めたりとかなのか?
もしくは、時間に関する業としたら駅のホームで突き落とされ線路に転落した時、丁度電車が入って来たのを、あの剣を使って時間を止めている間に戻ったりか無かった事にしたのかもしれない―――まてまて、もしかしたらセイバーの鞘みたいに電車の衝突にも耐えられる凄い何かとも想像できる、か。

「………」

でも、宿題を出された遠坂の先祖ってのが何代目前か判らないし、もしかしたら電車が造られる前かもしれないとすると―――遠坂は何だか『つきおとし』って事をもの凄いように口にする感じだから、実際凄いんだろうけど俺には想像つかないな。
まあ、それでもアリシアは「そうなんだ」って納得しているようだから凄い魔法なんだろう……

「うん、なら大丈夫だね―――ポチおいで」

「ええ、ではそろそろミッドチルダという所へ参るとしましょう」

アリシアは横でクルクルと回っているポチを抱き上げ、続いたセイバーの言葉により皆はそれに頷き俺達は玄関から庭に移動した。
庭に集まった俺達をミッドチルダに送ってくれるニティは、誰かと話しながら魔法陣を描き続け。

「―――出来た。じゃあ、送るから魔法陣の中に入って」

完成した魔法陣は複数の魔法陣が幾重にも合わさった複合型の魔法陣であり、ニティの指示に従い内側に入ると神の座からのバックアップでもあるのか魔法陣から途方も無い魔力が溢れ出しているのが解る。
魔法陣に入った俺達を確認すると、ニティは何やら詠唱し始め次第に周囲の景色が歪み、気が付けば俺達は見知らぬ場所に立っていた。
俺達が立つ公園らしき所からは、穏やかな海がある方から居心地良い柔らかな風が流れ込み、反対側には摩天楼という言葉通りの天を突くかのような超高層建築の姿が見て取れる事から、嫌でもここが日本では無いのを理解させられる。
そして、アヴァターに行った時と同様、言葉に文字、文化や常識等といった情報が頭の中に流れ込んで来た。
それによると、ここミッドチルダは次元世界の中でも最先端の魔法技術を持ち、繁栄著しい世界らしい事や。
他にもお勧めのホテルに、レストランとかでの料理の感想やら、遊園地等の遊興施設の料金や評価とか何処かの店の特売の日等、様々な情報が入って来る―――というか、入って来る情報の量が多くて段々頭が痛くなって来たぞ!

「何というか、スーパーとかの安売りの日なんか教えられてもな……」

「なに、姿の見えない旅行ガイドとでも思えば良かろう。
何より見知らぬ土地なのだ、ならば、知らぬよりも知り得てる方が何倍にも有り難い」

「シロウ、アサシンの言い分には十分理があります。
何より私達のなかでミッドチルダを知る者はアリシアしか居ないのです、故に食堂やレストラン、見知らぬ食材にホテル等の情報は私達にとって有益だ」

思わず漏らしてしまった俺の呟きにアサシンは答え、それに同意するセイバーは何を想像しているのか、透き通るように清々しい笑みを浮かばせながら両手を組み胸に当ている。
確かにアサシンが言う通り知っていると便利な情報が多いいけれど、何というか……神の座に居る元救世主達って暇なのだろうかと勘ぐってしまう。
俺達が居た頃は、救世主とすらなり得た者達にも事務作業が苦手なのは居るので、気が狂いそうになる前に休憩をいれる事はあったものの、基本的には二十四時間年中無休という、ブラック企業も真っ青な労働だったから……もしかしたら改善されたのかも知れない、な。
そんな俺達とは違い、「……成る程ね」と呟き街並みを見渡す遠坂の表情は何処か厳しく。

「魔術基盤を使わない方法なら、同じ魔術の使い手が何人現れようと影響を受けない。
だから、方法として魔術を扱い魔術の効果は個人の資質と錬度に左右されるって訳か―――たく、私達の基準でいえばここは魔術使いの世界って処ね」

遠坂なりにミッドチルダの情報を噛み砕き、整理終えたのか口にした。
根源を目指し研究として魔術を扱うのではなく、方法として魔術を扱う、いわゆる魔術使いと呼ばれる俺ですら少なからず違和感を覚える世界なのに、遠坂のように生粋の魔術師からしたら日常生活で魔術が使われているミッドチルダは、より異常な世界と映るのも無理ないだろう。

「でも、この世界の魔術は他の世界でも使えるから便利だよ」

「そう……ね、何れ第二を使えるようになっても魔術基盤が無ければ魔術は使えない。
外の世界での事を考えれば、ミッド式と近代ベルカ式とかいう魔術は知っていて損は無いわ」

やはりミッドチルダ出身だからなのか、まるで魔術を生活の知恵のように言うアリシアに、遠坂は色々と思う処があるのだろう俯きながら口に手を当て返答していた。

「ここで考えても詮無き事、先ずは街に赴き先ほど知りえた内容が実際に如何か見定める。
或いは、落ち着いて話せる場所に移るべきだと思うが?」

「それでしたら、先ほどの情報からこの近くにお勧めのホテルが在る筈です、そこで話し合いましょう」

「おう!」

魔術師として思う処がある遠坂はまだ思考に耽り何やらブツブツと呟いている、それをアサシンは考えるよりも行って見た方が早いだろうと言っているのだろう、な。
そんなアサシンの意見に、セイバーとアリシアは同意し俺も「それもそうだ」と頷いて俺達は街へと向う事にした。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第02話


次元世界の中心都市ミッドチルダ。
そこは、私達魔術師が定める処の魔術レベルの技から、例えば次元空間航行とかいう星間移動を可能にする技術、私達からしたら魔法の領域だと思える業が一緒くたに魔法と呼ばれている世界。
それでも、一応、魔法と呼ばれている技術にも違いはあってか、ミッドチルダにて魔術に相当する魔法とは自然摂理や物理法則をプログラム化させ、それを書き換え、加え、消去する事で作用させる技法となり、私達魔術師が魔法としている業は恐らく不可能領域魔法と呼ばれている業なのだと思う。
魔術基盤というシステムとルールを使わないからなのでしょう、魔法を使える者が増えれば増える程効果や威力を失ってしまうといったデメリットが無い為、街の中央近くにある公民館では魔法の練習場すら存在し、ストライクアーツとかいう格闘技の練習場では、初等科くらいの子供達が私達程の年齢とも見受けられる姿に変身したりして組み手している姿を見た時は目を疑ったものだわ。
それ以外にも街の本屋では、魔法が学校の授業にあるらしく魔法の参考書、私達でいう処の魔道書が普通に出版社から出されていたりとか―――文化、文明が違うとはいえ神秘を秘匿する魔術師から見たミッドチルダは異質な世界としか感じられなかった。

「………まあ、それでも何日もすれば慣れるものだけどね」

『人間関係ではないが、朱に交わり赤くなるという事か』

紅茶に似た飲み物を口にしていると、霊体化させているアーチャーからレイラインを通して語りかけられ。

『住めば都よ、ことわざ的に言うなら』

クラッシクにも似た落ち着きのある曲が流れるホテルのラウンジ、そのカフェバーにて購入した本を読み耽けていた私は、アーチャーと会話を交わしながらここ数日の事を振り返ってみる。
もう、一週間ほど泊まっているこのホテルは、私達の世界でいう処のシティホテルと同様で、宿泊の際には一定額の前金を払うシステムとなっていたりや、プールやブディックに美容院、ギフトを扱う小売店等のテナントが入った大型のホテルだ。
私達はこのホテルを拠点としミッドチルダを散策しながら調査している―――いえ、もう素直に観光といった方がいいかもしれない。
神の座にて用意された資金は豊富でまず困る事はないし、このホテルには何店かのレストランがテナントとして入っていて、そこではセイバーやアサシン、アリシアがいい値段をしている品を結構頼みまくっているし、かく言う私もここのフィットネスのマッサージとか癖になりそう……
そのアリシアはホテルに泊まる当初、スイートルームの一番高い部屋を頼もうとして衛宮君を慌てさせてたりもしたが。
まあ、フロントの店員からしたら人怖じをしない好奇心の強い子供だと思われたのでしょう、微笑ましい感じで見ていたけど―――アリシアのアレは多分本気だったと思うから衛宮君も何れお金で苦労する事になるんじゃないかしら。

『住めば都―――とは手厳しい、な。
私が見知った限り、文明レベルは地球よりも高く治安も悪いとは思えん』

『民族紛争やマフィアが抗争しているような所と比べたらそうでしょうよ。
ただ、何というか……この前もリニア貨物列車とかいう電車や、アグスタとかいうホテルがテロの標的になったとかニュースに流れたでしょ?
そういった処で、如何もミッドチルダは治安が良くないっていう印象を受けるの』

『ふむ、ロストロギアとか呼ばれる古代遺物を狙うガジェットだったか』

ニュースでは、最近次元世界に出没するガジェットドローンとか呼ばれる機械兵器に取り付かれて制御系を奪われたとか、そして、そのガジェットとかいうのがロストロギアとかいう既に滅びた国だか世界だかの遺物を狙っての犯行だったとか伝えていた。
そのガジェットが最近頻繁に出没する事から、旅行者が激減しミッドチルダを含めた観光産業は結構厳しいらしい。
更には、旅行客を呼び戻そうとホテル協会や観光業界が一丸となりアグスタとかいうホテルで開いた骨董美術品のオークションでもガジェットの襲撃があり、関係者の思惑とは逆に客数は減少の一途を辿っている―――でも逆に言えば、そのお陰で私達は予約も無しにこのホテルに泊まれたのだけど……

『それに、魔法社会ってのも微妙ね。
私達がいた世界で、銃社会の米国ですら犯罪は多いいのに、個人の資質次第によっては銃なんか比較にならない程の危険性がある魔法が公になっているのよ?
幾ら、魔力衝撃を与える非殺傷とかいう技術が在ったとしても犯罪が少なくなるとは思えないわ』

『成る程、な。
確かに強い力を持てば使ってみたくなるのが人の常―――これでは犯罪が増えるこそあれ、減るのは厳しいか』

『その辺は、魔法を教えている学校や訓練校で教えているとは思うけど、現状を見ると厳しいみたいね』

『では、君から見たその魔法の評価は如何だ凛?』

『……そうね、術式を見た限りミッド式も近代ベルカ式もかなり精練されている印象を受けるわ』

『公表されているからこそ、様々な者達により精練されたという事か』

『そんな感じ。
でも、私達魔術師からすれば初歩の初歩であるガラスを扱ったやり方とか無いみたいだから、魔術とは方向性がまったく違う感じね』

『―――というと?』

『魔法の歴史を調べて行くと、ミッド式も近代ベルカ式も古代ベルカ時代の魔法が元になっているみたいで、その古代ベルカって文明が戦争ばかりやっている戦国時代だからか、科学と魔術が入り混じった滅茶苦茶なモノを造って戦ってた訳よ。
更にもっと昔にはアルハザードとか呼ばれる、私達からすれば神代の時代に相当する文明もあったとされているけど、今のミッドチルダに強い影響を与えているのはベルカって方の文明』

『そう言う事か、魔術師は根源に至る為に周囲に知られず魔術を秘匿し研究をするが、ミッド式や近代ベルカ式とは凡そ戦争という実戦から積み上げられた技術、ならば方向性が違うのも頷ける』

『他にも、古代ベルカ式魔法って呼ばれていた魔法もあったそうだけど、使い手も礼装もほぼ喪失されていると伝えられているわ―――ただ、ベルカ時代の技術で、人の肉体と命と魔力核を扱った業は魔術に通じるモノがあるかもしれないわね』

『その時代の遺物がロストロギアか、不発弾と変わらんな……』

『その為に組織されたのが時空管理局の前身で今に至るワケ』

『……まったく、同じ魔法や魔術と言われるモノにしてもも背景が変われば方向も性質も違って来るものだな』

アーチャーの言う通り、私たちの魔術とこの世界の魔法とでは方向性は全く違う。
まあ、それもそうでしょう、この世界には根源からもたらされる魔術基盤が存在しなていないみたいだし。
イムニティというアリシアをマスターとしている精霊が送ってくれた術式には、私と冬木市を繋げているラインがあり、それにより強化とか治療とかの内界に関する魔術は使えるものの、外界に影響を与える魔術。
例えば離れた相手に影響を与える魔術は厳しく、魔術刻印に固定された魔術は使えるものの、詠唱や宝石を使っての魔術は発動すら出来なかったりする。
他にも何というかこの世界に来てから魔力の回復が早く感じられるけど、大源(マナ)とされる力が私達の世界と比べて高いのか、それとも質の違いなのか解らないので心に留めて置く。

『ミッド式、近代ベルカ式にしても、詠唱とかは魔術に比べて長い印象が受けるけど、デバイスの補助さえあれば瞬間契約や簡易魔法陣レベルじゃない大魔術レベルのモノさえ、僅かな時間で形成されて使えるの―――反則といってもいいわ』

『科学と魔術が入り混じった結果、か……』

『恐らく、ね』と答え、右の指にはめている指輪型デバイス・マギアに視線を向ける。
このデバイスは、街のデバイスショップにて数日前に作製依頼を出したモノであり、ショップブランドのハイエンドモデルを少しカスタマイズしたストレージデバイスだ。
衛宮君やセイバーもそれぞれデバイスを作り、衛宮君は両手が使える籠手型、両手から非殺傷という魔力衝撃で相手を傷つけずに倒せる魔力刃を発生や、デバイスの補助によりミッド式による投射魔法が使える事から相手を傷つけずに倒せるという意味を込めて理想という意味を冠したイデアルと名付け。
セイバーは剣を手にした時に邪魔にならない小盾型のデバイス、名は盾という意味のそのままのシルトだそう。
店員が言うには、人によってはAIが入っている方が使い易いとか語っていたけど、私としては話す礼装には何というか……色々と思う処があるのでAIは入れていないし、衛宮君やセイバーも飽く迄補助的な意味合いで持っているのでAIは入れていないみたい。
デバイスの機能としては送り込んだ魔力を強化したり、予め登録して置いた魔法を呼び出し高速で魔法陣を展開する機能。
他にも、確か祈願プログラムとかいうモノが入っているとかにより、詠唱等は必要とせず願うだけで記録した魔法を展開出来るとか。
……この世界に私達以外の魔術師が居たら怒るかもしれないけど、何というかデバイスっていうモノは、何処か魔術刻印に近い印象を受けなくもない、事実としてわずかながら存在するユニゾンデバイスというモノは古代ベルカの時代から脈々と受け継がれているそうだし。
そんな訳で、記憶領域だかの関係から私はミッド式や近代ベルカ式の魔術書を読み、登録させる魔法を思案している最中だけど、衛宮君やセイバーは既に決めていたらしく、今頃はそれぞれのデバイスを使って公民館か郊外の練習場辺りで慣らしている最中だと思う。
というか、そのデバイスそのものが杖以外に剣とか槍とか銃とかがあるので、それが治安を悪化させている一因になっているとも思えるんだけど……治安を第一に考えるのなら、デバイスそのものを規制した方が良いんじゃないのこの世界?

『デバイスとやらが魔術師の礼装とはやや違った趣なのは解ったが、魔力が使えないアサシン用にとアリシアがデバイスを作るとか言っていたが―――』

『そうね―――聞いた話だとアサシンって元々百姓の出らしいから魔術とかには疎いみたいだし』

治安に関して思う処があった私は色々考えを巡らしていると、昨日完成したデバイスを引き取りに行った時にアリシアがアサシンだけが使えないのは可哀想だとかで部品だけを買い、多分今でも部屋で組み立てている最中でしょう。
サーヴァントとはいえ、元々、魔力を生成する能力が無いアサシンがこの世界の魔法を使うのは大変な事だと思う。
元の魔力が無いので増幅といった方法は使えない、そうなると方法は限られてくる訳で私の宝石とかキャスターの神殿みたいに予め溜めて置くとかしないと難しいでしょうね。
そんな訳だから、初めの内はこの世界の魔術と言うか魔法の勉強を一旦止め、アリシアの作業に興味を覚え見守っていたんだけど―――部品を組み合わせ、端末の画面を見ながら何やら打ち込んでいたりとかで私にはさっぱり解らなかったです。
そういった状況だったので、部屋に居ても落ち着けない私はここカフェバーにてこの世界の魔法を学んでいるんだけど……この世界の魔法は私達の魔術と比べ違い過ぎ、術式とか理解出来てもプログラムとしてデバイスに登録出来るか疑問だわ。
それに、この世界に来て買った端末も書式設定しようとフォーマットかけたら何故か動かなくなったし如何しようかしら、これ?
まあ、転送してくれたイムニティって娘が行った術式には、元の世界と此方の世界の時間に関連性が無いようにしていてくれるらしいから、学ぶ時間は十分あるのでマニュアルを見返しながら地道にやるしかないわね……

『―――噂をすれば影か』

アーチャーに告げられ本から視線を上げると、アリシアとアサシンがカフェバーにて何やら飲み物を頼んでいる姿が入って来た。
その視線で気が付いたのか、アリシアの方も私に気付きとてとてと小走りで向かって来ると「凛さん、今日は何所か行かないの?」と何処か悲しげに見上げて来る。

「そりゃね、街を見て回るだけがミッドチルダを知る事じゃいから」

私は見ていた本を閉じると、アリシアの視線に合わす。

「色々な本を読み、その知識からをこの世界の歴史を知り、背景となる歴史からこの世界の文化とか魔法の方向性とか知る術は沢山あるの、だからこうして本を読んでいるのもこの世界を知るって行為なんだから」

何か不安があったのか「なら良かったよ」と安堵の表情を浮かべると。

「だって、生まれ育ったこの世界を凛さんにも好きになって欲しいもの」

言いながら人懐こく微笑むアリシア。
衛宮君から聞く限り、この娘も相当な生い立ちをしているみたいね。
何でも、第二の使い手であるらしいこの娘の母親プレシア・テスタロッサは、ミッドチルダの次元空間航行技術を使いこの世界の地球へとやって来て、何があったのか知らないけれど並行世界である私達の世界へと辿りついたみたい。
そして、その際にアリシアが死んでしまったのか不明だけど、世界の外に通じる穴を開けその穴に死んだアリシアを送り込んだら今度は根源を通過してしまい。
根源の更に奥は概念的な神の総称たる『原初の海』とかいう神様が居て、その神様に出会い死体に残っていた残留思念が神霊化して蘇ったのが今のアリシアだとかいう話だ。
恐らく、そのプレシア・テスタロッサが幾ら稀代の魔術師というか魔導師で在ろうとも、ミッドチルダという魔術が当たり前の世界から魔術という神秘を秘匿とする私達の世界での活動というか、神秘の漏洩には理解してなさそうな感じがするから。
当然ながらその儀式の魔力や術式は感知され、封印指定とかにされたとしても不思議じゃない―――それで、米国から日本の冬木に渡り聖杯戦争を隠れ蓑にして逃れようとした処、剣だかの刃物を持った封印指定執行者に見つかり殺されたらしい。
そういえば、この世界に来た次の日アリシアの住んでいた所を訪れたのだけど、そこは別な人が住み、他にも街並みがやや変わっていたみたいだからどれだけの年月を死体で過ごしていたのだか……
付加えれば―――今では神の座に居る神とか呼ばれている存在とすら親しいのだから、この娘に何かあったら相当危険な事体になるのは確か、こうして考えれば綺礼が衛宮君の養子にしてサーヴァント達と一緒に住まわせたのは正解と言える―――とはいえ、当の綺礼も何処まで知っていたのかは判らないけど……
まあ、綺礼はいいとして……当人であるアリシアは事もあろうに衛宮君の邸とアインツベルンの城の空間を繋げてしまうという魔法に近いような業を平然と行っている。
一応、アレはイリヤが人払いの結界を張っていたので藤村先生が迷い込むような事は無いでしょうけれど、神秘の秘匿を行う魔術師として見るならアリシアの行いは二流………いえ、いつ封印指定執行者がやって来ても不思議では無いレベル。
とはいえ、綺礼が判断したようにサーヴァントが三騎も四騎も居るのなら、その執行者にしても二の足を踏むのは間違いないけれど。

「で、アリシアの方はアサシンのデバイスは完成しそう?」

色々と巡らせていた思考を再びアリシアに戻して私は質問する、するとアリシアは「ふふん」と何だか自慢げに胸を張って。

「小次郎さんのデバイス、『鈍ら』ならもう完成したから、これから郊外の練習場に行って問題が無いか試して貰うの」

「鈍らって……」

「大した理由ではあるまい、この世界の魔法には非殺傷というモノが在るのだろう。
ならば、およそ切れない刃など鈍らと呼ぶしかあるまい?」

如何いうネーミングセンスをしてるんだかとか思っていると、飲み物を載せているトレーを手にアサシンが歩いて来る。

「斬れない刃物だから鈍ら、ね」

まあ、理由は解ったけど……この二人、もう少しマシな名は思いつかなかったのかと言いたい。
けど、より重要なのは―――

「で、魔力が無くても使えるデバイスってどんな感じなの?」

「それはね、魔術回路を参考にした星の生命力を魔力に変換する術式を使ってデバイスを経由させながら常時魔力を循環生成する方式。
勿論、元の世界に戻っても他の魔術師達に判らないように起動している術式には完全遮断結界で覆ってあるから漏れる心配も無いし大丈夫だよ」

えっへんと胸を張るアリシアの横に来たアサシンは、トレーをテーブルに置くと刀の柄みたいなモノを取り出す。

「それで、星の生命力を搾取、変換する過程で生成される刀身からも生命力とか魔力とか色々なエネルギーを魔力に吸収・変換出来るようにしてあるんだ」

「要は、斬った相手の力を自分のものに出来るらしい」

それまで魔力を感じなかったけど、柄の先から何処か禍々しい漆黒の刀身が生えるとそれなりの魔力量を感じ取れる。
遮断結界とかは既にミッドチルダで使われている術式だけど、魔法に至っているだけあってか、擬似的に作り出した魔術回路だけで魔力を生成する術式を編み出したこの娘の実力は凄まじいものだと思う。

「小次郎さんの性格を考えて近代ベルカ式を基に防護服や身体強化、治療魔法とかの他にも刀身を伸ばしたりや飛ばしたり、圧縮して鋭さを増したりも出来るよ」

「って、魔術が使えるのは解ったけど、斬れば斬るほど元気になったり、鋭さを増して行く刀って……それ、何処の妖刀よ」

「成る程、妖刀『鈍ら』か―――面白い」

私が科学の産物である筈のデバイスがいつの間にか妖刀になっている事実に気付き唖然とするものの、当のアサシン本人はその名を気に入ったようだった。

「………つ~か、アンタそれ非殺傷の意味無くない?」

話からして、非殺傷でも生命力を奪えるでしょう鈍らには十分な殺傷力はあり、かつ、元々百姓の出であるアサシンに魔術の制御が上手いとも思えないので、恐らく私と同じく祈願プログラムを入れていると踏んだ。
その祈願プログラムだと、非殺傷というやり方に慣れないだろうアサシンでは―――無意識的に殺傷設定にしてしまう恐れもあるので聞いてみたのだけど。

「その辺は考えているよ。
斬った時の吸収力は祈願プログラムで変更出来るけど、殺傷・非殺傷の設定は柄のスイッチで切り替えになっているもの」

と、そこはアサシンの性格を把握していたのでしょう、祈願プログラムからでは無くスイッチによるオン・オフ切り替えならしい。
成る程、遥か昔の古代ベルカという時代でもアリシアのような、ある意味ぶっ飛んだ人間により、今でいうロストロギアとかいう代物が作られた訳か、よ~く理解出来たわ……

「それはそうと」

溜息混じりに声を出し、椅子に座り飲み物を口にするアリシアに視線を向け直す。

「この世界の魔術回路とも呼べるリンカーコアがあるでしょう。
なら、魔術回路を模倣した術式では無くて、リンカーコアを模倣したモノにすれば良かったんじゃないの?」

「それはね、機能に違いがあるから。
リンカーコアは周囲の魔力素を集めて、蓄える機能も魔術回路よりも高くてこの世界では使い易いよ―――でも、魔力素の適合不良とかあるから他の世界に行くと機能しなくなったりや。
テレビのニュースで流れてたガジェットとかいうのが使うAMF(アンチマギリングフィールド)の効果範囲内だと阻害され易いから使い難い処があるんだよ」

「そういう事……元々存在する魔力素を取り込むのでは無く、大気に満ちる生命力である大源(マナ)や、自身の生命力である小源(オド)から魔力を生成する魔術回路には適合不良とかAMFの影響は殆ど無いって事か」

「うん、星の生命力が無い時でも小源を使えば魔力を生成出来るしね」

そういった状況に陥った時、アサシンは自らのデバイスに命を喰われながらこの世界の魔法を使うのね――――本当に妖刀その物じゃない。

「必要なら凛さんのデバイスにも入れる?」

アサシンが手にする妖刀と化したデバイスに、呆れ返た視線を向けていたらアリシアは私がその術式を欲しがっているのかと思ったのか聞いてくる。
っ、魔術回路は外因で減りはしても、凡そ増える事は無いモノ―――擬似的とはいえ術式と礼装で増やせるのなら魔術師であれば誰もが欲する筈。
でも、私には宝石剣による無制限の魔力供給があるので、アーチャーが余程の宝具や固有結界『無限の剣製』でも使わない限り現状では必要としないのもまた事実。
それに魔術師の取引は等価交換、それ程のモノを提供する以上見返りは同等であらねばならないから。

「悪いけどそれは遠慮するわ」

魅力的な提案だったけれど、既に宝石剣を手にしている以上魔力不足に悩む事はない。
そんな提案を拒否した私に、アリシアは少し残念そうな視線を向けるるけど。

「必要になったら何時でも言ってね」

と、あまり気にしていない様子だ。
よし、いける―――手応えを感じた私は内心ほくそ笑み続ける。

「代わりに、魔法のプログラミングをお願い出来るかしら?」

魔力の方はいいとして、私がこの世界の魔法で問題と感じているのは肝心要の魔法をプログラム化させる方法だ、買った端末ですら解らないのにプログラムそのものを組上げるのは困難処か至難とさえいえる。
これに関しては個人の資質と相性の問題だと思うから、等価交換にしても私の知っている魔術を幾つか教える位で足りると思えるし。

「うん、私でよければ組上げるよ」

流石、子供とはいえ元々この世界の出身だけはあって心強いわね。
これは借り、何時かアリシアから頼まれたら返すとしましょう。
そして、私より機械に強いアーチャーでも無理っぽいのに衛宮君が出来たのは意外だったけど、聞けば衛宮君やセイバーの魔法を入れたのもアリシアらしい、そういった訳で衛宮君に出来てアーチャーが出来ない事では無いみたい。
この世界の魔法はプログラム化とか私には敷居が高いけど、一度プログラム化したものがあれば戻った後でも参考に出来るし、いずれは桜に教える事も出来るかもしれない。
間桐により遠坂の魔術からは離れてしまっている桜だけど、ミッド式や近代ベルカ式を使えるようにすれば、例え桜の希少な属性に気付いた者達が襲来してもライダーと二人で凌げるようになれるだろう。
こうして、この世界の魔法の難関ともいえるプログラム化という事に対し力強い援軍を得た私は、アーチャーを連れアリシア達と一緒に郊外の練習場へと行くと、ただ一心に妖刀を振るうアサシンを尻目に話し合いながらミッド式や近代ベルカ式等の魔法を組み合わせた魔法や、私の意見を踏まえた魔法を組上げ入れてもらう。

『ニティという娘と小僧から話には聞いていたが、凄まじい実力だ、流石救世主に選ばれるだけはあるという事か』

端末を操りこの世界の魔法をいとも簡単に組上げるアリシアに、感心したのでしょう見守っていたアーチャーはライン越しに声を伝えて来る。
私もそう思う……この世界の住人の平均がアリシアレベルだとしたら洒落にならないなぁと。
いや、それは無いか、あの娘の後ろには『原初の海』とかいうトンでもな神様がいるそうだし。

「私もホテルに戻ったら端末くらい使えるようにしないといけないわね」

せめて端末くらいは操作出来るようにしないと、桜に教える事も出来ないので心機一転って事で私も頑張る事にしよう。
そんなこんなで、私達は凡そ一ヶ月ほどミッドチルダを観光やら買い物やら色々と堪能して帰る事となる―――けど、この時の私はこれが時空管理局に関わる序章でしかない事に気が付く筈も無かった。



[18329] リリカル編03
Name: よよよ◆fa770ebd ID:55d90f7e
Date: 2012/01/23 23:19

凡そ一ヶ月程ミッドチルダを楽しんだ俺達は、アリシアの転移により元の世界へと戻る事となる。
でも、その一ヶ月の間にミッド式魔術の本場であるミッドチルダにて元の世界の魔術では俺が使えないだろう捕縛や回復魔術といった魔術や、在るのかすら分らない非殺傷という方法を学べたり。
金は掛かりはしたけれど、ミッド式の運用を容易にするデバイスという礼装をデバイスマイスターと呼ばれる専門の資格を持った人に作って貰えもしたし、泊まっているホテルには温水プールもあり皆で泳ぐ事も出来た。
そして、泳ぐ事となれば当然水着に着替える、その為、俺としては子供のアリシアは可愛らしくて微笑ましい感じだったが、セイバーや遠坂の水着姿には……何ていうか眩しいというか綺麗だったりとかで色々と目のやり場に困る感じだった。
そのセイバーだけど泉の精霊の加護を受けているそうで、おおよその人は出来ない水の上を歩く事は経験していても、大半の人間が経験しているだろう泳ぐという行為は初めてだったりするのは予想外といえただろう。
だけど剣の修行とか日頃からセイバーには世話になりっぱなしなんだから、こんな事で日頃の感謝を返せるのなら安いものだろうと思い一緒に泳ぎの練習をしたのだが―――なんというか、教えるとすぐに泳ぎをマスターしてしまい、今では泳ぎでも俺以上になっていたりする。
けど、そういった楽しい思い出というのは振り返れば数日前の様にすら感じられるから不思議だ。

「じゃあ、戻るけど……」

他の人達に見られないよう俺達は郊外の森に移動し、帰る準備はいいかとばかりに両手にポチを乗せているアリシアは俺達を見て口にする。

「皆、忘れ物とか無いよな?」

「衛宮君。それ、ホテルを出る時にも言ったでしょ?」

約一名と一匹を除いて他は皆大人なんだからと、何度も言う必要は無いんじゃないのという遠坂の視線を受けながらも見渡す。
そうはいっても、ここミッドチルダは並行世界の干渉という魔法が使えたとしても来るのは無理というか、それに加えて星から星へと移動する業が必要な世界、例え何か忘れていた事とかあったとしても戻ってからでは手遅れなので確認は何度も必要だと思うけどな……

「既に土産も手にしたし……無いと思うが?」

「ええ、大河や桜、ライダーへの買い物も済んでいますし特に問題は無いかと」

アサシンとセイバーもやり残しは無いと両手に提げている紙袋に目を落し確認する。
俺も師である言峰への土産を買っているから大丈夫だろうし、買いはしたけど実家に戻ったイリヤが何時冬木に戻れるのか判らないので、イリヤの分は痛みそうだったら皆の茶菓子にすればいいだろう。
霊体化しているアーチャーは解らないが、俺やセイバー、遠坂にアサシンが問題無いと視線を送るとアリシアは「うん、大丈夫そうだね」と頷き。

「無いなら行くよ」

そう口にした―――すると、俺には理解すら出来ないけどやはりもの凄く精通しているのだろう、来た時みたいに景色が歪むとかの違和感がまるで感じられず、景色が邸の庭に変わると同時にもの凄い魔力を感じ取り―――青ざめたニティの姿が目前に現れ。

「―――っ、そんな……勝手が違うとはいっても、基本的には逆召喚と同じなのに失敗しただなんて!?」

などと口にして何だか慌てた様子でいた。

「ニティちゃん。ただいま、今戻ったよ」

「ニティ、貴女に感謝を。
おかげで私達は、ミッドチルダという所を楽しむ事が出来ました」

「ありがとな、ニティ」

アリシアとセイバーの声につられ俺も礼を言うと、ニティは「え?」とした表情になり俺達を見渡し始める。

「ニティだったか、君のおかげで色々と楽しめた礼をいう」

「次元空間航行とか向こうの世界も凄かったけど、やっぱり根源から来ただけあってアンタ達の方が反則な感じよ」

そんなニティにアサシンは礼を述べ、遠坂はミッドチルダの文明も結構なモノだったけど、活動資金を得るためにカジノで確率を操ったりとか、こちらの世界から別の世界の更に別の星へと転移させる神の座の方が滅茶苦茶だと言いたいのだろう。

「………では、ミッドチルダに―――っ、忘れてたわ。
マスターなら戻る時、向こうに移動した時間に転移して来れても不思議じゃないもの」

転送というか、逆召喚という転移魔法に失敗したのかと思っていたニティはほっと胸を撫で下ろし。

「一瞬でも消えたなら推測出来たけど、わずかな間も覚らせないなんて……流石マスターとしか言えません」

一応、世界の精霊であるニティにこうも言わしめるアリシアの転移は、相変わらず滅茶苦茶なんだなと再認識しつつ、並行世界とか異世界とか時間とか空間を超越したトンでも魔法の業にニティ本人は敬意を払っているのだろうアリシアに力強い視線を送っている。

「私もニティちゃんに褒められると嬉しいよ」

「……私には今の台詞、アンタが出鱈目なだけって聞こえたけど」

褒められたと思い、明るい笑顔で喜んでいるアリシアに遠坂は憮然とした表情を向けた後、俺に視線を変え。

「何ていうか、衛宮君やセイバーも色々と大変なのね……」

そう片手で顔を覆うようにして口にする。
こと魔術に関し、俺なんかとは比較にならない程長けている遠坂だからだろう、多種多様な魔法を操れるアリシアの滅茶苦茶さに舌を巻いているのだろうな。

「いえ、シロウやセイバーだけじゃないわ。
神の次元でも、マスターを危険視する声はありますから」

「………」

「それでも、世界レベルで調和を乱すような真似をしない限り神がそれを許可する事はないでしょうけど」

ニティはアリシアが根源ですら危険視されていると語り、その事に絶句している遠坂だけど、確か古きモノであるプリエールがイリヤの実家に行ったのも万が一を考えての事だったし。

「悪い事なんかしてないのに」

「成る程な―――いつの世も力を持つモノとは敬われ畏れられる、か」

「しかし、相手を知らずただ闇雲に疑念を強めるのはよくない事だ」

ぷうと頬を膨らませるアリシアの横で、アサシンとセイバーは口にする。
セイバーの言う通り、危険だからと腫れ物に触れるような感じでいたら何時までもアリシアを理解するなどは出来ず、下手をすればそれが原因で悪い方向に向ってしまうかもしれない。
とはいえ、俺はアリシアの保護者なんだから傲慢な感じとか無闇に力を振るうような悪い方向に行かないように注意しないといけないのは確かだろう。

「何はともあれ、無事ミッドチルダに行けたのなら私の役割は終りです―――では、私は神の次元に戻りますのでこれで」

「いや、ニティには送ってくれた礼もあるし中でお茶でも如何だ?」

「それには及ばないわシロウ、お茶なら先ほど頂いたばかりだし」

「あれ……そうだっけか?」

このまま帰らせるのも悪いと思い、一礼して逆召喚をしようとするニティを引き留めた俺だけど、ミッドチルダにて過ごした一ヶ月の月日はこちらの世界では一秒にも満たず、そしてミッドチルダへと向った日の記憶は既に朧気になっている。
何ていうか、経過した時間が合わないっていうのは変な感じとしか言いようが無い。

「じゃあ、口に合うか分らないけどニティちゃんの分と、協力してくれた元救世主さん達にお土産があるから持って行ってもらっていい?」

アリシアが言うと同時にニティの足元に沢山の紙袋が現れ。

「それと―――残ったお金も返すね」

ミッドチルダで結構使ったとはいえ、まだ半分以上はあるだろう鞄を取り出し渡そうとする―――けど。

「そんな、口に合わないなんて事はありません。
マスターが私を想って買われたモノを如何して嫌がりますか」

そう口にしながら、足元に現れた沢山の紙袋を一瞥するとニティは視線をアリシアに戻す。

「ですが、お土産は兎も角として、お金はマスターがまたミッドチルダに行く事があった時の為に持っていてください」

「そうなの?
うん、分ったよ、ニティちゃんがそう言うならまたミッドチルダに行った時に使わせて貰うね」

ニティの好意を受け、アリシアは鞄をまた空間転移で倉庫に使っている空間に移動させる。

「本当にいいのか?」

「ええ、構わないわ。
もしも、ミッドチルダに関与しなけれなならない事が出来たとしても、その時にまた用意すれば事足りるから」

そういえば、あのお金も数日間で用意してくれたものだし、そもそもお金なんて神やニティ達からすればそれほど重要じゃないのかもしれない。

「ではシロウ、セイバー。
それとアサシンだったわねマスターをお願い―――それから遠坂凛、次は大聖杯の件で来るからその時は案内をお願いするわ」

「ああ」、「そのつもりです」、「無論」と俺にセイバー、アサシンが答え遠坂も「ええ、元々そういう契約だし」とニティを見詰め返し、アリシアの「ニティちゃんまたね~」という声と共にニティは逆召喚を使い、ミッドチルダの売店で買い占めた銘菓の紙袋と共に神の座、根源へと転移していった。
そして、ニティを見送った俺達は真夏の熱い太陽光が降り注ぐ庭は辛いので、邸に入り荷物を置くと冷たい飲み物を出して一息入れる。
暑いだろうからかき氷を出そうと、ぐるぐるとかき氷機を回していると居間では遠坂とアリシア、セイバーにアサシンが寛ぎ雑談し始めていた。
何はともあれ、ミッドチルダに行って皆が楽しめたのは良かったし、俺個人にしても向こうで勉強を続けていたから、このままの調子なら夏休み明けの授業にもついて行けるだろう―――などと頭を巡らせていると。

「一応確認しとくけど、アリシアは並行世界の観測とか出来るの?」

シャリシャリとかき氷を食べていた遠坂は魔法の事だからだろう、わずかに思案する様子を見せた後アリシアに声をかける。

「うん、出来るよ。えと……ね………あれ?」

遠坂同様シャリシャリとかき氷を口にしていたアリシアは何故か唇を尖らし「……もう、危ないな」と伸ばした片腕が虚空に消えるが、一呼吸すると何事も無かったかの様子で現れる。

「如何したのですアリシア?」

「何か握っているみたいだが?」

かき氷の増産が間に合わず、今か今かとかき氷を待っているセイバーとアサシンは、先ほどアリシアの片手が消えるという行動を訝しむ。

「うん、凛さんに言われて先ほどまでいたミッドチルダの並行世界を視ようとしたら―――地球の方で次元震があったんだ、危ないから視てみたら宝石が暴走してたんだよ」

そう言いながら握っていた手を開くと―――アリシアの小さな手の平のなかに青い宝石が一つ現れる。
その宝石はアリシアの母プレシア・テスタロッサの遺品の宝石と同じ―――って!?

「―――まさか、その宝石が暴走してたのか!?」

「っ、ではその地球は如何なってしまっているのです!」

俺同様、事態の深刻さに気が付いたセイバーの表情は険しい。
それもそうだろう、聖杯戦争の時はあの宝石一つでサーヴァントへの魔力供給が十二分に賄え、アヴァターでは九個だったけど地表と宇宙をつなげたり、余波である次元震ですら強力で一瞬にして数千ものモンスター達が物言わない肉塊に変わったのだから。

「その宝石ってそんなに危険なモノなの?」

「……ええ、その通りです凛。
その宝石は対界宝具の域にある礼装、一つではどれ程のものかは分りませんが九個使った時は次元と次元をつなげられる程のモノでした。
それ程の礼装が暴走しているとなれば、周辺の被害は相当のものでしょう……」

もう随分昔の出来事に感じるけどアヴァターでの事を思い出しているのだろう、アリシアの持つ青い宝石へと注ぐセイバーの視線は厳しいものがあった。

「―――っ!?
対界宝具って、なによその出鱈目さ………それに次元と次元をつなぐ事が出来る礼装ですって―――滅茶苦茶にも程があるでしょう?」

「およそ、その様な石が宝具とは思うまい―――成る程、知らずに使ってしまった輩がいたか」

セイバーの言葉で深刻さが解ったのだろう、一瞬ぽかんとした遠坂だけどアサシンの視線と共にアリシアの持つ青い宝石へと向けられる。

「アリシア、聞くけど……その宝石一つが暴走したとして………そのな、被害はどれくらいのものなんだ」

「ん~、そうだね……この冬木市で例えるなら、最悪の場合だと半分近くが消し飛ぶ感じかな」

質問した俺の問いにアリシアは、最悪の場合は街の半分が消し飛ぶと洒落にもならない答えを口にした。

「でも……そんな滅茶苦茶な代物ならそうそう無い筈………せいぜい一つだけでしょ?」

「そうでもないよ、私は九個持ってるし―――この宝石があった世界は、私が住んでた世界の並行世界なんだからまだあるかもしれないよ」

対界宝具レベルの礼装が暴走するという出来事に遠坂もゴクリ固唾を飲み込む。
しかし、アリシアは同じ礼装の使い手であり、一見して普通の宝石にしか見えないモノだけど、秘めている魔力は凄まじいものだったのは今までの経験から判っている―――それが、制御出来ずに暴走したとなれば周囲の被害は洒落にならないだろう。
だけど―――

「駄目だそんなの!
何も知らない人達が突然暴走に巻き込まれて傷付くなんて……行って止めよう―――その世界に」

「シロウの言う通りだ、他の宝石が暴走してからでは遅い。
それに、あの宝石の危険性を知っているのは私達だけだ」

「そりゃあね……幾ら並行世界でも、そんな話を聞かされたら放って置けないでしょ」

「古来より、義を見てせざるは勇無きなりと言う私も力を貸すぞ士郎」

思わず口にした俺の声にセイバーだけじゃなく、遠坂やアサシンも協力を申し出てくれ心強い限りだ。

「うん、なら早速支度して行こうよ」

こうしてミッドチルダから帰って来たのも束の間、俺達はアリシアの転移により並行世界の地球へと向う事となった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第03話


ミッドチルダとよばれる世界から元の世界に戻ったのも早々、私達は並行世界の地球へと向う。
並行世界への干渉等は魔術や科学ですら実現不可能な奇跡。
即ち魔法の領域だ―――それを、アリシアは無造作に行い私達は海の見える公園と思われる所に現われた。
転移すると同時にこの世界の基本的な情報が頭の中に流れて込んで来る、それによればここ海鳴市と呼ばれる場所がある世界は元の世界とほとんど差はない様子だ。
この世界の記録から情報を得られる業は、アリシアから聞く限りサーヴァントシステムを参考にしたものらしいですが―――ミッド式魔術が使えるようになった今ですら理解の及ばないモノである事だけは解る。

「これで二度目だけど……もの凄く便利ねコレ」

「確かに。一口に転移というが……あの女狐ですらこうも違和感無く出来るかどうか。
それに、転移と同時にその土地の習わしが解るのも好い―――流石は魔法使いと呼ばれるだけはある、か」

私同様、その業に言葉や文字等を把握しやすいように理解させてくれる業に凛は感嘆の声を漏らしアサシンも付け加え頷く。
しかし、気になるのは情報の中に魔術関係や、神を祀る聖堂教会等の情報が含まれていない事か………いや、送り込まれる情報が多過ぎればミッドチルダに赴いた時同様、頭を痛める事となるなるでしょうからこれはこれで仕方が無い。

「しかし―――暴走があったのはここでは無いようだ」

「それもそうか……あんな、対界宝具クラスのモノが暴走したらこんなに綺麗な訳無いもんな」

凛にアサシンはミッドチルダでの経験から、私やシロウは更にアヴァターでも経験しているので、既に世界の情報を受けるのに抵抗は無い感じだ。
だからこそ、私とシロウは世界の記録からの情報を把握すると同時に、ここ海鳴臨海公園と呼ばれている海を見渡せ、のんびりとした雰囲気の公園内を見回すとこの場が宝石が暴走した現場でない事に気が付く。

「うん、宝石が暴走してたのは街中のほう」

そう言いながらアリシアはビル群が立ち並んでいる街へと指し示し。

「でも、そこは宝石の暴走で何人か集まってたから、それに、他の宝石が無いか探すには明かりの無い夜よりも明るい日のある方が良いと思うんだよ―――あと魔術は秘匿しないといけないもの、だから人気の無いここにしたんだ」

えっへんと胸を張るアリシアの足元ではペットのポチがくるくると回りながらアリシアに懐いている、念話を使えばポチとも話せるのですがこうして見ているだけでは理解は難しい。

「それもそうか、そんな人目のある所に転移したら魔術とか魔法とかって判るかもしれないからな」

「ええ、そうなれば宝石の探索処の話では無くなります」

突如宝石が暴走した現場ならば、その被害から人が集まっていても不思議ではない……納得するシロウに続き私もアリシアの判断に間違いは無いと頷き答える。

「ならば早速参るとしよう」

目だけを動かしてビルが立ち並ぶ街に視線を向るアサシンの言葉に、私達は頷き街中で暴走した宝石があった場所へと向う。
しかし―――

「―――っ。何なのよ、秘匿とかまったく考えないで撒き散らされている魔力は……」

「遠坂の言う通りだ、なんかいたる所で魔力の痕跡が感じられるぞ」

私達が居た世界は神秘の秘匿という、魔術、延いては魔力そのものを隠蔽する技術が高い、しかし、それは逆に考えれば僅かな魔力でも見つけ出す術も高いともいえる。
だからだろう、街を歩いているだけで魔術師である凛やシロウには色々と感知出来るものがあのだろう。

「剣士である私には魔力を感知する事は出来ませんが……それほど異常なのですかこの街は?」

凛とシロウの口ぶりからすれば相当の魔力が残留しているらしいのだが、少々ミッド式魔術が使えるようになっとはいえ、元々魔術師ではない私には魔術や魔力の感知は難しく、アサシンに視線を向けるものの静かに首を横に振られ、そんな様子を見ていた凛が口を開いた。

「そうね……多分、何らかの結界が張られていたんだと思うけど、解いた後も結構な量の魔力が残っているからこの街で何かあったのは確かみたい」

「でも、魔力の痕跡を消せない程の強力な結界があったからこそ街の方に被害が無いんじゃないのか?」

「そうだと思うけど、魔力の痕跡がこんなにあれば既にこの土地の管理者が動いている筈―――でも、気になるのはこの世界に魔術協会みたいな組織が在るかどうかね……」

シロウと凛が話しつつも街中を見回す限りでは街に被害らしき所は見当たらないようだ―――そういえば、あの宝石は次元震という衝撃波を発したそうだが、次元震の規模自体が小さいものだと仮定すれば結界が在れば被害は無いのかもしれない。
その直感は的を得ていたようで、宝石が暴走した現場に着き調べても魔力の痕跡以外はとくに被害らしきモノは無い感じだった。
念の為周辺も調査してみたが、やはりそれらしい被害は見つからず、しかし、魔力の痕跡はある事からこの件に魔術師が関与しているのは間違いなさそうだと凛は告げる。
その凛は自販機で買った飲み物を口にしながら、お釣りの小銭を「……ふ~ん」と硬貨の裏や表を何やら見詰め。

「ちょっと、そこのコンビニまで来てくれる」

そう私達に告げると、近くにあるコンビニへと足を向ける。

「一体如何したんだ遠坂の奴?」

「凛さん、お腹が空いたのかな?」

「確かにアリシアの言う通り、そろそろお腹が空いてきても変では無い時間ではある―――しかし、凛のあの様子は何か違う感じがします」

訝しむシロウにアリシアは意見を述べるのだが、凛のあの様子は何か考えが纏まった感じだと直感が告げていた。

「なに、どの道行ってみれば分る事だろう」

「……それもそうか」

私同様何かを感じ取ったのかアサシンは凛の姿を視線で追い、シロウもここで考えてても仕方がないかとの結論に達したのでしょう。
そうして、私達はコンビニの前に来ると凛は「これからそこのコンビニで立ち読みしながら、この街で何か異常が起きてないか調べるわよ」と口にする。

「成る程な、魔術絡みの奇怪な出来事があるのなら新聞や雑誌が放って置く訳が無いという事か」

「そう言う事。それに、アレだけの魔力を消さないのは―――消すだけの術が無いか、そもそも気が付かないかのどちらかだから、多分、何かしらの痕跡が残っていると思うわ」

逸早く凛が何をしたいのかを理解したアサシンは頷き凛は更に付加える。
それによってシロウとアリシアにも状況が解り「そういうことか」、「そうなんだ」と口にし、直感で感じてはいたものの私も成る程と思い「了解です」と答えた。
そもそも、アリシアが言うにはこの世界は時空管理局が存在する世界、それは私達がいた世界とは別の理により構成されている、ならば―――私達の世界とは違い魔術協会という組織そのものが存在しない可能性も否定出来ない。
そう仮定した場合、シロウと凛が街のいたる所で感じたという魔力の痕跡がそのまま放置されている理由の一つにはなる。
とはいえ、これは憶測の域を超えていない仮定の話、今は頭の片隅に留めて置く位にしとくとしましょう。
シロウや凛にしても其々この世界に思う処があるでしょうが取敢えず私達はコンビニに入り雑誌の立ち読みを始めた。
一概に立ち読みといっても、始めの目次を見ればおおよそ判るので雑誌の選定はすぐに終り、凛がその雑誌の支払いを済ませると話は魔術絡みなので人気の無い場所に移る。
まだ早朝なので海寄りの公園へと戻った私達は互いに購入した雑誌を読み―――そして、それらの雑誌には街の真ん中で突如巨大な樹が現れ、何処からともなく飛来した光線が当たると現れた時のように突如消えてしまった怪奇現象や、夜の住宅街に黒い獣が現れ道路を壊したとかいう都市伝説について書かれていてたりや。
その雑誌には偶々その時に居合わせた人物が持っていたのだろう、携帯で撮影されていた写真が幾つか載せられていた。

「ちょっとした思い付きだったけど……まさか、こんなに世間に知れ渡ってるなんて…………私達の世界からしらたら当の昔に封印指定の執行者が送られていても不思議じゃないわよコレ」

凛の言う通り、これは魔術師ではない私から見ても酷い、甘いとかではなく初めから魔術の秘匿等考えない状況だ、当然、魔術師である凛は怒りからだろうムッと表情を強張らせている。

「では、この世界には魔術協会は存在していない、と?」

「………かもしれないわね。
でも、痕跡のあった魔力からいって魔術に関する何かしらの組織はある筈なんだけど」

情報が少ない現状では私の質問に明確な答えを出せず、それでも何かないかと凛は口元に手をあて考え始め。

「だったら、図書館に行かないか?
図書館ならこの事件があった新聞とか残ってると思うし」

「確かに、新聞からなら当日の状況も書かれているだろう。
それに、この感じ他にも何かしら痕跡があっても不思議ではない」

「そうね、兎に角今は情報は多いい方がいいもの……」

シロウの意見にアサシンは頷き、凛は新聞で情報が得られるのは良いとして、神秘の秘匿を旨とする魔術師からすれば複雑な気分なのでしょう……

「じゃあ、図書館が開くまで少し時間があるから皆でご飯にしてから行こう」

「ええ、アリシアの言う通りだ。
この世界では早朝でも、私達の感覚からすれば今はお昼過ぎ―――食事を怠り、力の出ない状況でこの世界の魔術組織と出会わせでもしたら状況次第では危うい」

アリシアの言う事ももっともだ、もしこの世界に魔術組織が在り鉢合わせした場合、似て異なる世界である以上私達の常識では測れない何かがあっても不思議では無い、故に敗北に繋がる要素は出来うる限り少なくした方がよいという私の意見なのだが―――

「朝はちゃんと食べて来たのに、昼を抜いただけで力が出なくなるって……」

「そもそも……仮にも英霊であるサーヴァントに勝てそうな人間ってどんなヤツよ」

「む、私は飽く迄万が一を心配しての事。
そもそも、ここは私達の知っている世界とはやや違う世界ですから油断は出来ない筈です」

シロウと凛は何だか苦笑いしながら私に視線を向ける、まったく、私は敗北に繋がるだろう要素は一つでも無くそうとしているだけだというのに。
少々不満はありますが、その後私達は二十四時間営業している店に入り食事を済まし、途中のコンビニでこの辺の地図を買うと図書館に向う。
早朝にも関わらず海鳴市の図書館は開館前から集まった人々で列をなし、その列の中でもやや早めであったため私達はやや大きめの机の確保に成功する―――しかし、並んでいた男女のほとんどがシロウや凛と同じくらいの年齢なのですが、何故彼等や彼女等は学校には行っていないのか不思議な処です。
それに図書館では子供の姿だからでしょう、周りから浮いているアリシアを見た人達は私とシロウに視線を向け何やら頷いている。
そんな図書館での作業に当たり、机という橋頭堡を確保した私達は早速ここ数週間の新聞を調べ魔術絡みと思える内容を見つけると購入した地図に印を書き込む。
すると、何故か異常と思われる内容は海鳴市付近に集中し、あの青い宝石により引き起こされただろう異変がこの街を中心にして起こっている事を示していた。

「………こうして調べて思うけど、よく地元の警察とか動いてないわね」

「そうだな、動物病院が荒らされたりとか……その近くの道路が壊されてたりとかあるし」

「街中に現れた謎の巨大樹の事といい、マスコミには格好の話題の筈だが―――やはり、怪談の如きは夏ではないと流行らんのか?」

各社の新聞を調べ上げ印をつけた地図に凛とシロウは半ばあきれ返り、魔術師でないアサシンすら異常だと口にする。

「でも、色々と変な事が起こってるから街の人達も漠然とだけど不安に思ってるんじゃないかな」

「恐らくそうでしょう」

「なら、決まりね。
午後はこの地図で印を入れた所を探ってみましょう」

アリシアなりにこの海鳴市の人々の事を思っているのでしょう、日常とはかけ離れた現象が起きている街を心配しているようだ。
そんなアリシアに私は同意し、凛もこれ以上宝石の影響で害を被る人々や魔術が公になるのを防ごうとしている。
凛の提案により、午後からは印を入れた場所を見回っていた私達だが、印を入れた場所に魔力の痕跡はあったものの、これという手掛かりになるようなものは見つからない。
しかし、街を一望しようと登った神社ですら魔力の痕跡があった処を考えると、この街で行われている何かは既に人々の生活に忍びより何れ脅威になる事でしょう。
神社で街を一望し街並みを確認した私達は、明日に備え調べていた時に見つけた銭湯に寄り汗を流そうとした夕刻。

「―――っ!?」

「この魔力って」

「うん、近くだね」

私は感じ取れないがシロウや凛、アリシアは感じ取れたらしく海よりの公園へと向いた。
アリシアからキャンピングカーを出して貰い、急いで海よりの公園の近くまで走らせると私ですら魔力を感じ取れる。

「っ、これは!先に行きますシロウ!!」

「分った、頼むセイバー!」

アサシンがいる以上、この世界の魔術組織が現れたとしても遅れを取る事は無い、故に迷う事無く私は車から降りるなり告げると魔力放出を使い、シロウや凛よりも一足先に魔力の発生元に向かい移動する。
魔術に疎い私ですら感じ取れる魔力の発生源、それはこの公園内であり私達がいた場所のすぐ近くだ、魔力を辿った私は数秒と掛からずその場に辿り着く。
そこには樹の姿を模した怪異が蠢き、そのすぐ傍にはアリシアよりも年齢は上でしょうが、杖のような礼装を手にした小学校低学年位の少女が魔力を感じさせている事からバリアジャケットとも思える白い防護服を纏いたたずみ。
少女の後ろでは、イタチの様な生き物が周囲にミッド式魔術に似た魔法陣を現せると、魔力の流れが周囲を包み込み何かしらの結界を発動させたのが判る。
―――成る程。
魔術師も幼く、かつ本人では無く使い魔が張ったのなら結界の後始末が荒いのも否めない、シロウや凛が街で感じ取った痕跡はこの結界とあの怪異から発する魔力の残滓でしたか。

「―――えっ!?あ、あの……」

「今は互いの名乗りは後にしましよう魔術師、まずはあの怪異を如何にかしないとならない」

「は、はい!」

私に気が付いた少女が戸惑いを見せるが、恐らくあの怪異は青い宝石と関係がある筈―――ならば放って置くのは不味い。
少女から樹の怪異に視線を戻した時、数発の光弾と矢が樹の怪異へと降り注ぐものの障壁が張られ防がれる。

「アーチャー」

「フェイトちゃん」

私と少女は互いに矢と光弾が放たれた方に視線を向け放った者を確認する、あの怪異はそれ程危険とは感じないがアーチャーの援護があるのなら心強い。
しかし、以前、別のシロウに呼ばれた時の事は忘れてはいない―――かつての聖杯戦争ではアーチャーは私ごとバーサーカーを屠ろうとした事を。
だが、それは聖杯戦争という状況ならではの事であり、現状で私ごとこの世界の魔術師達を屠ろうとは思わないでしょうが……
そして、少女の視線の先にはフェイトと呼ばれる彼女と同じくらいの少女が黒い防護服を纏い、狼に似た魔獣らしき獣と一緒に立っていた。
そのフェイトと呼ばれた少女の容姿はアリシアに酷似し、少女がフェイトと呼ばなければ違和感を感じたとしても、アリシアは年齢や体型を変えられる事からアリシア本人と間違えてしまう可能性も否めない。

「おお、生意気にバリアなんて張るのかい?」

「今までよりも強いね―――それに、あの娘もいる」

「それよりもフェイト、あの蒼いのと紅いのは何だかやばい感じがするよ」

「でも―――渡すわけにはいかないよアルフ」

「そりゃそうだけどさ……」

フェイトはアルフという茜色をした狼にも似た使い魔と静かに話しつつも、樹の怪異に私や樹の上に立つアーチャー、白い防護服を纏った少女を油断無く見回す。
その様子から、当初、彼女達はこの地を管理する魔術師だと思いましたがどうやら彼女達は一枚岩では無いようだ。
唸り声を上げた樹の怪異は私達を敵とみなしたらしく、私や彼女達に自らの根を武器とし振るって来る。

「ユーノ君は逃げて。
飛んでレイジングハート、もっと高く―――えっ!?」

白い防護服を纏う少女は蠢く根を危険と判断したのでしょう、足から羽の様なモノを生やすと空へと舞上がり、使い魔であろうイタチには草むらに逃げ込むよう指示した。
私は、向かって来る根を斬り伏せると逆に間合いを詰め振るうのだが障壁に阻まれる―――しかし、この程度の障壁ならば後数合も打ち込めば壊せる。
そう手応えを感じ取った時、アーチャーが放った矢は障壁を難なく貫くと、本体である樹を貫き地面に突き刺さった。
障壁を操る怪異となりし樹を、幹ごとくの字にへし折った矢は赤く―――っ、まさか……あれは、矢として放つ為に大分形を変えているが『破魔の紅薔薇』(ゲイ・ジャルグ)!?
間違いない、四次の聖杯戦争で相対したランサー、二つの魔槍の遣い手であるディルムッド・オディナが自在に操った彼の魔槍の一つ、あらゆる魔法の護りを打ち破るといわれる深紅の魔槍、ならば樹の怪異が操る障壁如き何の意味もなさないのも道理か。
そして、矢として改造された深紅の魔槍が消え行くなか、倒れ伏した樹の怪異からは青い宝石が浮かび上がると同時に二人の少女の手にする杖が形を変え。

「ジュエルシードシリアルⅦ」

「封印」

一瞬の閃光が走り、青い宝石からの魔力が感じられなくなる。
だが―――

「ジュエルシードには衝撃を与えたらいけないみたい」

「うん。昨夜みたいな事になったら、私のレイジングハートもフェイトちゃんのバルデッシュも可哀想だもんね……」

「だけど、譲れないから」

「私はフェイトちゃんと話をしたいだけだなんけど……」

フェイトという少女と、白い防護服を纏った少女は敵対関係なのか二人の少女は互いに構え見詰め合い。
更にフェイトとアルフと呼ばれる狼は私とアーチャーにも注意を向けて来た。
そんななか、白い少女の使い魔であろうイタチが草むらから現れると、私の方に走り寄り「あの、貴女達は時空―――」とイタチでばなく幻想種なのか人語を話し何かを伝えようとするのだが。
私が来た方向から複数人の足音が聞こえアリシアを背負ったシロウと凛、何かを感じているのか辺りを注意深く警戒しているアサシンの姿が現れ口を閉ざす。

「お兄ちゃん見て、宝石が浮かんでるよ」

「そうだなアリシア―――セイバー、如何いった状況なんだ?」

大人姿のアリシアは、ランサー同様の能力を持っていますが子供姿では身体能力は年齢相応だ。
だからでしょう、本人が走るよりもシロウが背負った方が速いと判断されたのは。

「随分幼いけど、あの二人がこの世界の魔術師のようね」

「そうらしい、が気をつけろ―――何やら妙な気配を感じる、如何やら他にもこちらを窺っている輩がいるようだぞ」

凛は杖を構え対峙する二人の少女に視線を向け、アサシンは恐らく魔術師でしょうが他にも覗き見ている者がいると口にする。
アサシンの慧眼は凄まじいものだ、かつて交えた並行世界のアサシンは不可視である私の剣を戦いの最中に計るという離れ業を行い、更には宝具にすら感づいた程のもの、ならば―――それは事実なのだと直感した。

「状況は見ての通りだ、二人共この世界の魔術師なのだろうが―――む?」

アサシンの助言により、周囲に気を配る私の代わりにアーチャーが答えようとすると、不意に上から魔力を感じ見上げれば、杖を手にした十数人の男女に囲まれ。

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ、詳しい事情を聞かせて貰おうか」

他の者達よりも幼い黒衣の少年がそう告げた。



[18329] リリカル編04
Name: よよよ◆fa770ebd ID:55d90f7e
Date: 2012/01/24 00:02

次元に干渉する力を秘める青い宝石の礼装、それが暴走していたらその危険性は計り知れない。
誰かが止めなければ、何れ途轍もない……それこそ、十年前の冬木市で起きたような大災害がこの海鳴市に起きてしまうかもしれない。
例えそれが俺達とは関係のない並行世界だからといって、知ってしまった以上無視する事なんて出来る筈もない。
だからこそ俺達はこの世界に来て調査を始め、夕刻に突如現れた魔力を辿りながら、ここ海鳴臨海公園までやって来た。
宝石の危険性もある事から、万一を考え先行してもっらたセイバーに追いついたと思えた、その時―――

「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ、詳しい事情を聞かせて貰おうか」

声と同時に空に現れる複数の影―――俺達は気が付けば予想外の勢力である組織、時空管理局の魔導師達に囲まれていた。
俺は背負っていたアリシアを降ろすと、アリシアは抱えていたポチを地面に下ろし、時空管理局の魔道師達や虚空に漂う青い宝石、何処と無くデバイスみたいな感じがするのだけど、杖だか槍だか斧にも見える礼装を持った白と黒の服を纏った少女達を見回しながら状況を把握しようとした。

「ここでの戦闘行動は危険すぎる―――まずは武器を引くんだ」

クロノと名乗った黒衣の少年はそう口にしながら、白と黒の少女二人とセイバー続いてアーチャーへと視線を向ける。
口調は大人みたいだけど、他の魔導師達よりも若いというか、少女達二人とそう年齢は変わらないように見える事から如何やら魔導師見習いのようだし、執務官という肩書きから事務係だと思えるのでデスクワークを主にする子供まで繰り出す以上、時空管理局の方もあの宝石を相当危険な代物だと判断したみたいだな。

「ならば問おう魔導師。何故、この件に時空管理局が絡んでくるのかを」

上を取られ囲まれているが、不可視の剣を下段に構えるセイバーに焦りは無く、およそ何が起ころうとも対処出来る様にしている。

「そうね、確か地球は管理外世界とかいう区分になっていた筈だし」

「でも、時空管理局って宇宙警察みたいなものだろ、協力して貰えるのならその方が良いんじゃないのか?」

「うん、お兄ちゃんの言う通りだよ」

俺の言葉に頷くアリシアだけど、そんな俺とアリシアを遠坂は呆れたような目つきで見詰め。

「あんた達ね……確かに時空管理局はそんな感じの組織みたいだけど。
それは自国内、いえ、管理世界ではの話で管理外世界での活動は知らないんだからセイバーが警戒するのは当然でしょ?」

ミッドチルダで見た時空管理局という組織は、俺達の世界の魔術協会とか言峰から教えて貰った聖堂協会の実情とかと比べればとても善良な組織に思えたんだけど………遠坂にそう言われてみると確かに警戒する必要はありそうだ。

「まて、セイバー。
もしかすると、こちらでは時空管理局との国交があるのやもしれんぞ」

「む、そう言われてみれば」

柳の様な柔かい感じの自然体で佇むアサシンは、長刀を手にセイバー同様焦りや油断等感じさせず、時空管理局の魔導師達を見渡し口にすると言われたセイバーは眉を顰める。
そんな最中、空中に留まっている白い少女は「え、ええっ?」と俺達と時空管理局の魔導師達を戸惑いながら見回し、アリシアに似ている黒い少女からは緊張が漂っていた。
後、下から見上げるからこそ分るのだけど、何だか狼にも見える茜色の魔獣がこっそり魔道師達よりも更に上へと移動しているのが気になる処だな。

「取敢えず、このままだと危ないみたいだから宝石は私が預かっとくよ」

そんな緊張が走るなか、宝石をそのままにして置くと危険だと判断したのだろう、アリシアが空間転移で宝石を自身の前に移動させ―――時空管理局の魔導師達の注意がアリシアに向った時。

「今だ、フェイト撤退するよ!」

「―――っ」

その隙を突いた魔獣の周囲に光の球が複数現れると、矢か槍のようになった光弾が放たれ続けフェイトと呼ばれた少女は青い宝石に何かしらの執着があるのか、アリシアの手にある宝石を一瞥し歯噛むものの魔獣と共に上空を飛びながら離れて行った。
幸い、魔獣が放った光弾は盾のような魔術で防がれたので魔道師達にけが人は出てはいない。
しかし、今の光弾はなんとなくフォトンランサーに似ていた……もしかしたらあの娘も魔導師なのかもしれないな。
―――けど、魔術師らしい女の子と魔獣がいなくなったものの緊張は以前と変わり無く。

「あの、貴方達は一体……そのジュエルシードは遺跡から発掘して、移送する途中で事故がありこの世界に落してしまった物なんです」

「っ、イタチが喋った!?」

イタチに似た小動物が近寄って来るなり人語を話したので俺が驚いていると。

「それ白い娘の使い魔よ」

「いや、僕は使い魔って訳じゃないんだけれど……」

遠坂の言葉にイタチは答える。
動物なので表情から感情は読み取れないものの、困った口ぶりからそんな風に言われたのは初めてなんだろう。
何処と無く困惑しているイタチを余所に遠坂は「……まあいいわ」と髪をかき上げると。

「で、私達の事だけど。
私達は魔術師、地球にも魔術っていう魔力を扱う術があるのよ―――アリシア、あの雑誌出してくれる」

「は~い」

遠坂に言われたアリシアはコンビニで買った雑誌を転移させ渡す。

「それで、こんな記事が大々的に書かれたんなら、私達の所なら魔術の秘匿性から執行者が派遣されて殺されてたわよ―――アンタ達」

渡された雑誌を開いた遠坂は、突如、謎の樹木が現れた怪奇現象やら、夜の住宅街に黒い獣が現れ道路を壊したとかいう都市伝説について書かれた記事を見せつける。

「そんな。もう、こんな記事になってたなんて……」

「もっとも、それは私達が居た所の話で、ここだと魔術を扱う人間が居るのか判らないけどね……」

遠坂に言われ、余程驚いていたんだろうイタチは目を点にし、白い女の子の方も顔を俯かせていた。
しかし、この世界からしたら並行世界である俺達の世界と、この世界を『所』と『ここ』で誤魔化すのは流石と言えるかもしれない。

「でも、あの宝石は次元に干渉する力を持つ危険なモノ―――俺達もこんな街中で暴走なんかしたら大変な事になるから止めに来たんだ」

恐らく時空管理局が管理する世界の一つに、人間並みに知能が発達したイタチ達の群れが遺跡に住み着いたら、あの青い宝石があって、イタチ達も危険だと判断して時空管理局に移送する段取りになったんだろうと想像しながらイタチに視線を向ける。
すると―――

「……君達の方も発生を捉えてたのか、だけど例え管理外世界といえども次元震の発生は見過ごせない」

責任感が強いのだろう、子供なのに強い意志を感じさせる口調でクロノは言うと、一旦区切り、今度は息をはいて力を抜くようにして続ける。

「でも、この世界に魔法文明が存在していたなんて、今までの調査でも分からないでいた―――如何やら僕達の方は調査不足を認めるしか無いようだ」

そう語りながら黒衣の防護服を纏うクロノはゆっくり俺達の前に降立った。

「ふむ、そういう事か。
此方でも確認出来たのだ、時空管理局という看板に偽りが無いのなら、次元の揺れである次元震を捉えられるのも道理と言える」

「確かに、ソレならば時空管理局が管理外世界に関与する理由にはなりますが……」

アサシンの意見に頷くセイバーだけど、油断はせず二人共手にした得物はそのままだ。

「初めは違法魔導師かとばかり思ってたけど、この世界の魔法技術を操る―――魔術師か、まいったな……正直、予想外の出来事だ」

僅かに逡巡するクロノだったが、通信しているのか顔の横に画面の様なモノが現れ「エイミィ、艦長を頼む」、そう口にすると横に同じ様な画面が現れる。
何ていうか、ミッドチルダでは一般的な通信技術なんだろうけど……俺達の世界の魔術師や魔術使いからしたら幻術とか色々な魔術を組み合わせないと出来そうに無い凄い技術なんだろうな。

「クロノ執務官、お疲れ様」

「すみません、関係者らしき魔導師と使い魔を逃がしてしまいました」

「ううん、あの状況じゃ仕方ないわ。
でも、詳しい事情を聞きたいから、そちらの方達をアースラまでご案内してね」

「了解です、すぐに戻ります」

空中に映し出される画面を消すと、クロノは俺達に視線を戻し。

「すまないが、こちらも事情が知りたいアースラまで来てくれないか?」

「いいでしょう、情報が欲しいのは我々も同じ―――む?」

先程のやり取りで敵意は感じられないと判断したのだろう、セイバーの手から不可視の剣が消えるのだが……そこに白い防護服を着た女の子が舞い降りて来た。

「―――あの、少しいいですか」

「構わない、君にも色々と事情を聞きたいからね」

「私、高町なのは。私立聖祥付属小学校三年生です」

「高町なのは、か。先程も名乗ったけど、僕はクロノ・ハラオウン、時空管理局執務官だ」

そう言いながらクロノは、俺達となのはに証明書みたいなものを投影する感じで見せる。
とはいっても、時空管理局の資格とか証明書を見せてもらっても俺達には全然分らないんだが……

「俺は衛宮士郎。よろしくな高町、ハラオウン」

「えと、私の事はなのはでいいです」

「僕もハラオウンよりも、クロノって呼ばれる方がしっくり来る」

「分った。改めてよろしくな、なのは、クロノ」

なのはとクロノは「はい」、「ああ」と返事を返し。

「遠坂凛よ」

「私は穂群原小学校一年生アリシア・T・衛宮、この子はポチだよお姉ちゃん」

「アサシン、佐々木小次郎」

「っ―――私の事はセイバーと呼んでいただきたい」

名乗られた手前、名乗らないのも礼を欠く事なので、それぞれ名乗る俺達だけどセイバーだけは自らの名を名乗れずにいた。
まあ、本当の名前を口にしたらしたで、弱点とかいう前に、何でこんな所に伝説のアーサー王が居るのさって話になるかもしれないから言わないのは正解だと思う。

「僕はユーノ・スクライア。遺跡発掘を生業とする一族―――あれ、あの赤い人は?」

ユーノと名乗るイタチは周囲を見渡し、赤い人―――遠坂はいるからアーチャーの事なんだろう、その姿を捜していた。
小動物がキョロキョロと見渡している姿は何ていうか……見ていて和むというか可愛いものだと密かに思っていると、遠坂はそんなユーノに「魔力の無駄だし、アーチャーなら霊体化させたわよ」と素っ気無く答え。

「え~と、霊体化っていう事は………その、幽霊なんですかアーチャーさん?」

「少し違うけど……概ねそんな感じよ」

「………」

「この世界は、まだまだ僕達の知らない事が多いんだね……」

「そうだね、ユーノ君」

時空管理局を警戒しているのか、遠坂はなのはとユーノにアーチャーは幽霊の遥か上位、精霊の域に達した英霊であると説明する気は無いのか、必要最小限の情報しか教えていないのだけど、当のなのはとユーノは幽霊と聞き困惑の表情を浮べていた。

「そうなんだ、この宝石は君のなんだね」

アリシアはユーノの前までとてとてと近寄るとしゃがみ込み。

「これ、この世界で手に入れたジュエルシードだから返すね」

「え、二つ―――って、このシリアルは!あの時の手は君のだったの!?」

手にしている宝石の他に倉庫にしている空間からも取り出したのだろう、青い宝石の礼装、ジュエルシード二つ差し出した。

「うん。観測していたら次元震を見つけたの。
それで、暴走すると危ないから私が預かっていたんだよ」

「……そうなんだ。
あの時は突然手が現れたと思ったら、ジェルシードを掴んで消えてしまったから僕もなのはも驚いたよ」

「そうだね、フェイトちゃんもジュエルシードを捕まえようとしてたけれど先に消えちゃったし」

アリシアがユーノと仲良くしているのを快く思わないのか、それとも反対に気に入られたからなのかポチがユーノを押し込むような感じでじゃれつき、後ろ足で立ったままのユーノはポチとまるで相撲をしているかの様にして組み合う姿となっている。

「と―――そ、それじゃあなのは」

「そ、そうだね。レイジングハートお願い」

ユーノからしてみれば迷惑極まりない状況なのだが、こうして傍目からみる感じではユーノが丸いボールか何かで遊んでいるようにしか見えないのは何故なんだろうな……
だからだろう、なのははレイジングハートと呼ぶ杖を二つのジェルシードに向けると、青い宝石は杖に先に付いている赤い宝石へと吸い込まれるかのようにして格納されるが、ユーノを見るその表情は柔らかげだ。

「霊体化……アーチャーという男は、僕達の世界でいう処のいわゆる思念体の一種か」

一方、クロノは時空管理局での仕事で幽霊に近いモノと出合った経験でもあるのか、何だか一人で納得しているし。
そんなクロノの元に空で囲んでいた魔導師の一人が降立ち。

「クロノ執務官、転送の準備が整いました」

「分った、武装隊は先にアースラに帰還し待機していてくれ」

魔導師達の隊長らしいのか、「了解です」と答えると上空から俺達を取り囲んでいた魔道師達と同じ魔法陣が足元に現れ姿を消した。

「今は色々と聞きたい事はあると思うけど、詳しい話はアースラで話そう」

ミッドチルダでの経験から、多分、アースラとか呼ばれているのは次元航行艦の事なのだろう。
クロノは俺達やなのはとユーノに向いそう告げ、なのはは「……はぁい」と少し残念そうな感じでアリシアに視線を向ける。
もしかしたら、先程までいたアリシアに似た女の子と何か関係があるのか聞きたいのかもしれない。

「それはそうと、アレはあのままでいいの?」

「確かにあのままでは不味かろう、な」

クロノは次元震の事を深刻に考えているのだろうアースラへと促すのだけど、遠坂は青い宝石、こっちの世界だとジュエルシードって名だったな。
それの影響を受けたのだろう、折れた樹木と荒れた公園内を見やり、アサシンもその現状に同意する。
遠坂やアサシンの言う通り、あのままだと色々と不味いのは確かだ。
だからか―――

「ポチお願いできる?」

アリシアがポチにお願いすると、了解したとばかりに回転を増したポチは地面に潜り、荒れた公園内を整地すると、周囲に撒かれた魔力の残滓を取り込んだり。
アリシアの誘導の元、先ずは折れた樹木の根の部分を元にあっただろう場所に植えなおすと、次は上の部分をはめ込み、その後アリシアの治療魔術が使われると折れた筈の樹木は違和感を感じない状態で復元される。
それ程時間は掛からなかったけど、ポチとアリシアの魔術を見たなのはやユーノ、クロノは「凄い、折れた樹が直った」とか、「これが魔術師……」とか「確かに結界で認識させないだけだと戻った時に違和感は否めない、か」とそれぞれ口にしていた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第04話


色々と荒れていた公園の現状を戻すと、私達はクロノ執務官の案内でなのはさんやユーノさんと一緒に停船しているのか次元空間で動きを止めている船―――アースラに転送される。
でも、時々なのはさんが私に視線を投げかけて来るのは何故なんだろう?
そんな疑問を持つものの、初めて乗った次元航行艦と呼ばれる船は火災対策なのか通路には装飾とか無い簡素な感じで続いていて、そんな通路を歩いている私達が動物園のパンダみたいに珍しいのか、所々に仕掛けられているカメラからの視線が注がれている。
この船からの視線は、魔力の反応が出ていた公園に張られていた結界の内へと入った時から感じていたけど……

「次元航行船の中ってこうなっているんだ」

「次元航行船?」

そうなると、もう一つ感じた船みたいなのも中はこんな感じなんだろうと想像していたら、なのはさんはきょとんとした感じで小首をかしげて来る。

「なのは知らないだろうけど、この世界には数々の次元世界があって、その次元の狭間を移動するのに必要なのが次元航行船なんだ」

「は、はぁ……」

私の代わりにイタチのユーノさんがなのはお姉ちゃんの疑問に答えてくれるのはいいのだけど……

『……結局来ちゃったけれど、セイバーはこれでいいと思う?』

『時空管理局の船舶内となれば、私達でいう処の工房に相当すると凛は言いたいのですね―――しかし、それは杞憂だ』

冷たい金属製の壁に囲まれた通路は魔術師である凛さんには落ち着かないみたい、それでミッドチルダで会得した魔法、念話でセイバーさんに話し掛けていた。

『時空管理局の管轄外であるこの世界では彼らに我々をどうこうする権限はないでしょう、反対にミッドチルダの魔法技術と思しき魔術が使われていたのです、クロノ達があの場に居た我々に捜査の協力を求めるのは自然な流れだと思いますが?』

『そういや、魔導師って私達の世界でいう処の魔術使いなのよね………魔術師の感覚じゃないんだっけ』

念話で話しているセイバーさんと凛さんだけど、話していると凛さんは何処か「あっ」って感じの表情になる。
でも、凛さんの言う魔術師の感覚って、封印指定の人達みたいに拉致監禁とかホルマリン漬けとかなのかな………

『セイバーの言う通りだ遠坂。
クロノ達はただ話を聞きたいだけなんだろ、危険とか無いと思うぞ?』

『衛宮君……アンタはもう少し疑り深くなった方が身の為よ』

英霊エミヤの記録から封印指定ってモノを知っていた私は、あの世界も何だかんだで荒んでるなぁとか考えていると。
多分、安心させようとしていたんだと思うけど、念話で話しかけたお兄ちゃんは反対に凛さんに心配されてしまったみたい。
おまけに、凛さんの後ろで霊体化しているアーチャーさんまで溜息をついている感じだし。

『だが、凛の言う通りだとしたのなら―――その時は相応の代償を払って貰うだけだ』

『それこそ、杞憂というものだセイバー、彼奴等に我らを害する意思は感じられん』

応接室とか呼ばれる部屋へと向う途中、僅かにセイバーさんの気迫が上がる、けど袖の中で『鈍ら』に触れていたのかアサシンさんも念話に参加しセイバーさんを窘める。
そんな内緒話をしている途中で、不意にクロノさんは振り返るのでドッキとしたけど、クロノさんは「なのは、バリアジャケットは解除して」と不要な魔力の消費を抑える為なのかは口にして私達の内緒話はばれていなさそう。
なのはさんは「あ、はい」と答えながら防護服である白いバリアジャケットが解除されると杖も赤い宝石みたいなモノに変わり。

「そっちの君もだ」

「いいでしょう」

クロノさんの視線を向けられたセイバーさんは、仕方ないといった感じで鎧姿から青いドレス姿へと変わる。
バリアジャケットとは違うものの、同じ様に魔力で編まれている着物と羽織を纏うアサシンさんは、別段防護服とは思われていないようだから、見た目から社会に浮いた姿だからなのか、もしくは、内包する魔力が高いせいなのかは判断が厳しい処だ。
次にクロノは「君もそっちが本来の姿じゃないんだろ」と言われたユーノさんが「ああ、そう言えば」と元の姿を忘れていたのか答えると人の姿に変わる。
そんな、ユーノさんの姿になのはさんは「ユーノ君って普通の男の子だっただ!」とか驚いていたり、セイバーさんは「っ、イタチでは無かったのですか」とか呟き少し残念がっている感じもしたけれど、それ以外は特に問題も無く案内された部屋へと辿り着く。
その応接室と呼ばれている部屋は、中に桜の木が生えピンク色の花びらが舞っていたり、小川を模しているのか水が流れる段々や、時代劇でお馴染みのししおどしに水が溜まりコンと上下しながら居心地のよい響きを紡ぎだしている、まるで日本庭園を意識した造りの部屋だった。
そんな部屋に正座したおばさんが一人座っていて―――

「初めまして、時空管理局提督リンディ・ハラオウンです」

と、にこりと微笑みながら私達に視線を向ける。
着物じゃなくて時空管理局の制服姿で座るリンディさんに違和感を覚えたのか、部屋の内装が変なのかよく分からないけど、お兄ちゃんや遠坂さんは僅かに表情を顰め、なのはさんも何やら困惑している感じ……だね。

「茶の席か。田舎者故に作法など心得ていないが……さて、如何したものか」

「ええ、私もまさか時空管理局との話し合いがこの様な形で行われるとは予想していませんでした」

紙製のパラソルみたいな傘の下で、正座しているリンディさんの姿にアサシンさんとセイバーさんも僅かながら戸惑っている様子だった。
そんな私達にクロノさんは如何したんだとばかりに「どうぞ」と促してくるので、取敢えず赤色の敷物へと座りそれぞれの挨拶から始めた。

「高町なのはさんとユーノ・スクライア君。
そちらは衛宮士郎君にセイバーさん、遠坂凛さん、アサシンさんにアリシア・T・衛宮さんね―――別に難しい作法とかは気にしないから楽にしていて結構よ」

「クロノから聞いての通り、私達は次元世界の司法機関である時空管理局」にこやかに微笑むリンディさんは一旦区切ると私達を見回す。

「本来なら―――魔法や次元世界の認識の無い世界は私達の管轄外なのだけど、その世界でも私達の魔法や異世界産の品物が使用された場合は、無用な混乱や被害を出さない為にも速やかに事体の収拾に当たる必要があるの。
次元輸送船の事故でこの世界に落ちた、今回のロストロギアの件も早々に回収任務に出来れば次元震を発生させる事も無かったのでしょうけど……」

何かと苦労があるのかリンディさんは「ふう」と溜息を零す。

「先程言った理由もあって、管理外世界での捜索や探査には余程確実な証拠か危険性が無いと動けないの。
その時点での私達に出来たのは近くの次元世界を哨戒しつつ、出来る範囲での現地観測―――事件になってからしか動けなかったのごめんなさい」

「いわゆる組織病というヤツね」

「……そう言われても仕方ないでしょうね」

次元の司法機関である管理局は、その規則故に動けなかった事にリンディさんも思う処があったみたいだけど、凛さんは組織病とかいう一言で片付けてしまう。

「いえ、僕がいけないんです。
僕がもっと先行調査を上手く出来ていたのなら、管理局の方だってもっとスムーズに動けた筈なのに……
魔法の腕だって少しは自信があったのに……なのに、急いでいたから事前に現地魔力素との適合検査をしていなくて、だから適合不良で動けなくなってしまって、あの時、なのはが来てくれなかったら今頃僕は如何なっていたか見当もつきません………」

「ユーノ君……」

俯き自身の失敗を語るユーノさんをなのはさんは心配そうに見詰めている。
更にユーノさんは語り、ジュエルシードの暴走体を見つけたものの手強く、かつ捜索や長旅での疲労、魔力の適合不要も重なり傷付き倒れ、より低い魔力で傷を癒す為に動物体に変身していたとか。
そして、管理外世界であるこの星では魔力の資質を持つ者は稀であり、再び暴走体に襲われた時に助けを呼んだとしても、そう都合良く来てくれる筈は無いと本人も判っていたけれど他に手は無くて。
ユーノさんは藁にも縋る思いで念話を使い助けを求めたら、なのはさんっていう十分過ぎる程の魔力資質を持っている人物がやって来て、デバイス『レイジングハート』の補助もあり撃退・封印出来たらしい……
その後はジュエルシードの捜索を手伝って貰い、連続する暴走体との戦いのなか才能に恵まれてはいたけれど、それ以上になのはさんは努力と鍛練を続けその実力を高めていったそう。
でも、そんななのはさんだけど、ある時からフェイト・テスタロッサさんていう魔導師が現れジュエルシードを巡り戦うのだけど、相手は一流の技を使いこなし、かつ戦い慣れしていたのでジュエルシードの幾つかは持っていかれてしまったとかいう話だった。

「成る程……あのロストロギア、ジュエルシードを発掘したのは貴方だったんですね」

わずかに眉を顰ませるリンディさんの後ろでは、立ったままのクロノさんが「……なんて無謀な」と指で額を押さえながら呟き、セイバーさんすら「何ていう無茶を……」と唖然としている。

「……なのはは、きついって思わなかったのか?」

「きついかきつくないかって言われたらきつかったです―――でも、何も出来ないよりはいいですから」

「そうね。知らない人からしたら、魔術っていう新しい事を覚えるのは楽しいもの―――衛宮君だってそうだったでしょ?」

「え、いや―――そうだな。正直言えば魔術の修行を楽しいと思った事はなかった。
魔術の修行も、魔術そのものも楽しいと思った事は無い。
けど、俺はまわりが幸せならそれで嬉しかったんだ、だからその、魔術を習っておけば、いつか誰かの為になれるかなって」

「私も、大体そんな感じです」

魔術や魔法の話題は解らないのかアサシンさんは静かに茶菓子を口にして見守るだけだけど、お兄ちゃんはなのはさんに質問し、そんなお兄ちゃんとなのはお姉ちゃんの話しに凛さんはアンタもそうだったでしょって感じで話していたんだけど、二人の答えを聞き次第に表情を硬くしてしまう。

「っ、じゃあなに。アンタ達、自分の為に魔術を習ったんじゃないの?」

「え……いや、自分の為じゃないのか、これって?
誰かの為になれれば俺だって嬉しいんだから」

「ジュエルシード集めも初めはユーノ君のお手伝いで始めたけれど、自分なりの精一杯じゃなく、本当の全力で自分の意思で……自分のせいで誰かに迷惑を掛けるのはとても辛いですし何も出来ずにいるのは嫌なんです。
フェイトちゃんがなんであんなに寂しそうな目をしているのか、手を伸ばして一緒に……友達になれたのなら、二人で笑いあうことができたならって。
言葉だけじゃ伝わらないのもあったのなら、その時は魔法が何かの役に立てばいいかなって……」

「なのははまだマシ、ね。
人の事ばっかりで自分に焦点があってないのは衛宮君だけか……
(たく、根源にまで至ったからアーチャーの杞憂かと思ってたけど、心配する訳ね……生前のアーチャーと何も変わってないじゃない)」

片手を口に当てた凛さんは、何だか分らないけどそのまま考え込んでしまう。

「処でその……ロストロギアっていうのは?」

ユーノさんが遺跡から発掘したりという背景から推測するに、ロストロギアってのは遺失物の事だと思うけれど、それが正しい認識なのか疑問に思ったなのはさんはおずおずリンディさんに話しかける。

「そうね、ロストロギアって言っても分らないわよね」

なのはお姉ちゃんに尋ねられたリンディさんは苦笑すると視線をなのはお姉ちゃんに戻し。

「次元空間の中には幾つもの世界があるっていうのは知ってるわね。
その中には良くない形で進化しすぎてしまう世界がある、進化しすぎた技術や科学が自分達の世界を滅ぼしてしまって、その後に取り残された危険な遺産」

「それらを総称してロストロギアと呼ぶ」

「そう、私達管理局や保護組織が正しく管理していなければならない品物。
貴女達が捜しているジュエルシード、あれは次元干渉型のエネルギー結晶体、流し込まれた魔力を媒体として次元震を引き起こす危険物」

「君と黒いあの子がぶつかった際の振動と爆発―――アレが次元震だよ」

「っ!?」

「たった一つのジェルシードでもアレだけの威力があるんだ、複数個集まって動かした時の影響は計り知れない」

「大規模次元震やその上の災害、次元断層が起これば世界の一つや二つ簡単に消滅してしまうわ、そんな事体は防がなきゃ」

リンディさんの話しにクロノさんが補足を加え語り、初めて聞いたなのはさんは驚きを隠せていないけれど、私が見つけた次元震は恐らくその時のモノなんだろうなと予想する。
そんなリンディさん達の話しに、お兄ちゃんや霊体化しているアーチャーさんは何だか話しそのものよりも、お茶に砂糖やミルクを加えているのが気になるのか何か言いたげな様子だ。

「処で、貴方達は如何やって次元震に気が付いたのかしら?」

砂糖やミルクがたっぷり入ったお茶を一口すると、リンディさんは私達の方に視線を向けて来る。

「私達の調査では、この世界に魔法文明は確認出来なかったの、もし、よければ教えて貰えると嬉しいわ」

「それなら、アリシアが遠坂に何か言われて観測してたら次元震を見つけたんだよな」

「うん。それに、私はジュエルシードを元に改良した宝石も持っているから、あの宝石がどれだけ危険なのか知ってるもん」

今住んでいる世界では奇跡と呼ばれる魔法は魔術以上に秘匿しなくてはならない筈。
だから、お兄ちゃんに話を振られた私は並行世界への干渉という魔法と呼ばれる域の業で見ていたら見つけましたっていうのは不味いかなと思い。
私の持つ宝石の元となった世界の虚数空間に漂う宝石、恐らくなのはさんやユーノさんが捜しているジュエルシードと同様のモノだと思うけれど。
エネルギーを結晶化させるのではなく、方式を変え周囲や連なる並行世界からエネルギーを集め増幅させる機能にしている為、初めからエネルギーを内包しているよりも制御しやすいのが特徴の青い宝石九個を取り出して私の前に漂わせるると、なのはさんとユーノさんは「え、え~!?」や「なっ!?」って驚き、リンディさんとクロノさんも目を丸くしていた。

「大丈夫だよ。この宝石、取敢えずジュエルシード改って名称にしてみるけど、結晶体じゃなく機構として同じ機能を持たせているから余程変な事をしない限り暴走する危険は無いよ」

漂う宝石の一つに恐る恐る手を伸ばすユーノさんは「……本当だ、制御しやすい」って意外そうな表情をし、「本当なのか?」ってクロノさんも手にして確かめている。

「では、魔力を媒体には?」

「魔力なら収集された後、増幅されて持ち主に供給されるだけだよ」

皆から触られたりしているけど、私の前を漂う九個のジュエルシード改を目にしたリンディさんは、暴走しにくいって言ってるのに何故か私に向ける視線を強め質問し。

「そうか、起動しない限りエネルギーが無いのなら危険性は下がる―――だけど、機能が同じなら次元干渉により次元断層を引き起こす可能性は十分あるぞ」

「魔力の収集や供給、次元干渉にしても制御しやすくしてあるからそう簡単には起きないし。
それに、ジュエルシードと違って結晶化したエネルギーが一度に連鎖反応を起こして爆発する危険性とか無いよ?」

「では。もし、ジュエルシードがそうなった場合の被害は?」

「その場合だと、一個でも海鳴市の半分が消し飛んで……エネルギーにしても次元干渉するモノだから、爆心地には空間に歪みとか発生するだろし繋がる先次第では大変な事になると思うよ」

「―――たった一つでか!?」

クロノさんもこの礼装を危険だと思っているらしく色々と言って来るけど、その辺は初めに創った時から解っている事だから余程変な使い方をしない限り問題は起きない様にしてある。
寧ろ、リンディさんの疑問通りになった場合の方が危険は大きいんだ。
それを聞き表情を硬くするクロノさん以外にも、地元に住むだろうなのはさんや下宿しているユーノさんは顔を青に染め、お兄ちゃんやセイバーさん、凛さんも表情を強張らせた。

「しかし、それは飽く迄も最悪をケースとした場合であろうアリシア」

一人、静観していたアサシンさんだけが慌てずに口を開き。

「うん、そうだよ。多分、魔力を取り込んで暴走したとしても、早々内包するエネルギーが一度に反応する事は無いと思うし」

「ですが、可能性としては『ある』という事ですね」

「だったら!何の為か分らないけれど、そんな危険な代物を集めているフェイトって娘も止めないと不味い事になるぞ!!」

私がアサシンさんに答えると、セイバーさんとお兄ちゃんも私に視線を向けて来る。

「アリシアさん。聞くけど、そのジュエルシード改を作ったのは貴女のお母さんなのかしら?」

「うん、そうだよ。
お母さんはとても優秀な技術者だったから、技術開発の責任者とかしてたんだ―――でも、お仕事が忙しくて夜まで働いていたから帰りも遅くて、リニスも居たけれどお母さんと一緒じゃないから寂しい思いとかもしてたよ……」

本当は創ったのは私なのだけど、お兄ちゃんやセイバーさんにはお母さんの遺品って伝えているから今更それが嘘でしたなんて言えないもの―――あう、このままだと将来は泥棒さんなのかな私……

「名前を伺っていいかしら?」

「うん。お母さんの名前は、プレシア・テスタロッサだよ」

私が答えるとリンディさんとなのはお姉ちゃんは「テスタロッサ?」、「フェイトちゃんと同じ?」って訝しむ。

「うん、お母さん亡くなっちゃたから……
でも、今はお兄ちゃんの養子になって、藤姉さんや桜姉さん、セイバーさんにライダーさん、アサシンさんが一緒だし、イリヤお姉ちゃんとか神父さんも遊んでくれたり、買い物に行ってくれたりするから寂しくなんて無いよ」

「ご免なさい、悪いことを聞いてしまったわね」

リンディさんは私に頭を下げると、話を誤魔化すのか「でも」と続け。

「そこまで詳しいなると、これよりジュエルシードの回収は私達が担当しますとは言えなくなるわね……」

「っ、母さ―――艦長!?」

何やら考えて片手を顎に当てるリンディさんに、クロノさんは意外だったのか驚き。

「衛宮君達には手伝って貰いましょう、切り札は多い方がいいもの、ね―――クロノ執務官」

リンディさんは私の前に浮かぶ九個の宝石ジュエルシード改から視線を変え、クロノさんも内心納得いかないけれど私を見て仕方ないといった感じで黙り込む。
………もしかして、私はロストロギア不法所持とかで次元犯罪者扱いなのかな?

「ああ。分った、俺達も協力しよう」

「待って下さいシロウ。協力とは言いますが、これは事実上時空管理局の指揮下に入るという事です、ならば、いざという時の拒否権は持たないと危険だ」

「セイバーの言う通りよ衛宮君。
時空管理局とはいえ、軍事的組織であるのには変わらないもの、ただで下に付いたら大損よ。
それに、こう言っちゃなんだけど、そもそもジュエルシードなんていう物騒な代物振り撒かれて迷惑しているのはこっちなんだから」

時空管理局は司法権限を持っているとはいえ、次元世界の安寧を担う治安組織なんだけど……凛さん少し警戒し過ぎなんじゃないかなと思う。
けれど、当の凛さんは「まあ」と口にし続ける。

「幾ら次元を隔てた空間にいるとはいえ、何時までも居座られてたら、もし、万一の場合に不味くなるもの、管理局が共闘してくれるのならさっさと集めて帰って貰う方が賢明って事には賛成ね」

「左様。現状、この地球という文明は時空管理局という異星文明と付き合うには今だ未熟。
ジュエルシードの暴走により、結果として時空管理局の存在が公になる事等あれば、かつての黒船以上の騒ぎになるのは必定」

反射的に応えてしまうお兄ちゃんだけど、セイバーさんや凛さんは幾つかの想定を立て口にし、アサシンさんも凛さんの意見に賛同し静かに頷いていた。

「あの……僕達は?」

「君達は今回の事は忘れて、それぞれの世界に戻るといい」

「―――でも!?」

恐る恐る聞いてきたユーノさんに、クロノさんは君達は元の生活に戻るように言うけれど、今までユーノさんと一緒にジュエルード集めをして来たなのはさんは納得がいかないのか声を上げる。
そんな、なのはお姉ちゃんを兄ちゃんは心配そうな視線を向け―――

「クロノの言う通りだ、なのは達はまだ子供なんだから無理する必要は無いんだぞ―――それに、クロノだって同い年なんだろ?」

「僕はこう見えても十四歳で執務官だ、関わるなという方が変に聞こえる」

「え―――そうなのか?ごめん、悪いこと言ったな。(……時空管理局では事務員ってのも色々と大変なんだな、それに、クロノも俺と同じで背丈にコンプレックスを感じてるんだろうし)」

「―――話を戻そう。
アリシアの場合は、もしも、最悪のケースとしてジュエルシードが暴走した際にジュエルシード改が何かしらの手だてになるかもしれない。
けど、そうでない君達を危険と分っている事に付き合わせる真似は出来ないんだ」

クロノさんが十四歳だというのは意外だったけれど、お兄ちゃんとクロノさんに続けざまに言われるなのはさんは、如何していいのか分らないのかしゅんとしてしまい顔を下に向けしまう。

「まあ、急に言われても気持ちの整理もつかないでしょう。
今夜、一晩、二人で話し合ってそれから改めてお話をしましょう」

俯いているなのはさんを可哀想に思ったのか助け舟を出すリンディさんだけど、何か嬉しいのかずっと微笑んでいたりする。
だけど、その提案により話し合いは終りを向え、私達は時空管理局のお手伝いをする事となった。
でも………私はもう眠くて仕方ないよ、皆は眠くないのかな?



[18329] リリカル編05
Name: よよよ◆fa770ebd ID:55d90f7e
Date: 2012/02/27 19:14

大型のモニターには、昨日協力関係を結んだ魔術師達、衛宮士郎にセイバー、遠坂凛とアサシンの四人が映し出され、トレーニングルームにて訓練用の仮想標的を相手にしている姿が見て取れる。
というのも、如何に協力関係を結んだとしても実力がどれ程のものか把握出来なければ投入し辛いのは勿論、最悪ジュエルシードの暴走を悪化させてしまう危険性すらあるからだ。
昨日の話し合いの後に行ってもよかったのだが、衛宮士郎の妹であるアリシア・T・衛宮が眠そうに頭や体を前後にゆすり始めていたので昨日はそれで終わりにし今日執り行なう事になった。

「彼らの使う術式は分析出来そうか?」

大型モニターから視線を変えた僕は、モニタールームにて座り制御卓を操る制服の少女エイミィ・リミエッタを見やった。
執務官である僕の補佐官兼アースラの通信主任である彼女は優秀な人材であり、かつ仕官教導センター時代からの付き合いのある良き友人であもる。

「う~ん、ちょっと……ね。
魔法そのものはミッド式に似てるんだけど、術式は見たことも無いものだから訳が分らないってのが正直な感想かな」

「そうか……すまないが引き続き頼むエイミィ」

「わかってる、頑張ってみるよクロノ君」

そもそもの発端は管理局の許可の下、この世界に先行調査におもむいていたスクライア族のユーノが発掘したジュエルシードが、輸送船の事故によって散り散りになってしまった事だ。
責任を感じてしまったユーノは、無謀というか何というか………この世界にて単独で再収集を行い、その結果ジュエルシードの暴走体との戦いにより負傷してしまうのだが、運が良いというか現地に高町なのはという高い魔導師資質を持つ少女と出会い協力し収集を続ける事が出来た訳なのだが―――幸い軽傷で済んでいたから良いものの、少しでも違えば彼は無事ではいなかっただろう。
そして同じ頃、魔導師と思われるフェイト・テスタロッサとその使い魔アルフもジュエルシードを集めていて、ジュエルシードを巡り二人は出会い高町なのはは二度に渡って彼女達に退けられている。
更に僕達と同様、次元震の危険性を感知し現れた魔術師と名乗る者達。
管理外世界であるこの世界の魔法技術を扱う彼等との話し合いのなかで、次元干渉型ロストロギアであるジュエルシードは確率は低いとはいえ、結晶化している力が一度に反応する様な事態が起きたのなら、その力はたった一つですら街を壊滅させかねない危険モノだとも判明しもした。
そして、ユーノ・スクライアが言うにはジュエルシードの総数は二十一個もあり、それら全てがこの世界へと四散しているという。
現地には時空管理局が魔法文明の存在を確認できなかった事から長年管理外世界として来たのだけど、実は僕達時空管理局の調査に不備があり魔術師と呼ばれる者達が存在していて、その魔術師というのが何があったのか魔術を極端に隠蔽する事に長けた魔法技術を有するらしい。
その徹底した隠蔽故だろか、衛宮士郎や遠坂凛、セイバー、アサシンに他の魔術師や組織の事は聞いても分らず、衛宮士郎と遠坂凛にしても、半年前に魔術師だと知りえたばかりだと言う。
事実、協力関係を結んだ彼らの内衛宮士郎と遠坂凛という男女からは、魔力の反応が現れたり消えたりしている事から互いに魔法、いや、この世界では魔術か―――その技を扱う者だとは判断し難いのだろうな。
それに、魔術という技が如何いったものなのかと遠坂凛という女性から見せて貰った処、彼女が行った魔術は自身の血を塗り割れたガラスを元に戻すという僕達の魔法の常識では考えられない技術だった。
僕達の世界の魔法は自然摂理や物理法則をプログラム化し、それを任意に書き換えや書き加え、消去等を行う事で作用させる技法である。
だからこそ、壊れた物が元に戻るといった事は起きる事は無い―――けれど、この世界の魔術という技の根源には神秘とかいうよく分からないモノが在りそれを可能にしているという、しかも、頭の痛い事に先に見せて貰った技は魔術にとって初歩の初歩の技だという滅茶苦茶さだ……
加え、もしも、この世界の魔法技術が流出し魔力を隠蔽する技術が管理世界内に広がってしまった事を想像するだけでもゾッとする。
衛宮士郎や遠坂凛をみれば分るように、通常管理局で使われる魔力探知が彼らには反応しないのだから。
もしも、そんな事になってしまったら管理世界でのテロ行為は頻発し、当然、治安は著しく低下してしまうだろう……
この世界はグレアム元提督の出身地だとはいえ、彼等魔術師の持つ技は僕達の世界からしたら余りにも危険なモノ、彼等の言い分に僕達の事情も加えるとこの世界での活動は速やかに済ませた方が互いの為になる。
しかし―――母さん、いや、艦長の考えは違うようで、魔力資質の高いセイバーや高町なのは、遠坂凛を管理局の魔導師として欲しいと思ったのだろうな。
優秀な魔導師はいつでも足りない、そのせいで解決出来る筈の事件が解決出来なかったり、起こらなくて済む悲劇が起こったりもする………管理局の提督という立場からすれば、資質こそまだ分らないものの大まかに判断しても保有魔力量AAAの高町なのはやA+の遠坂凛という優秀な人材は確保したいのが常であり、保有魔力量S+などという……もう動く魔力炉としかいいようのないセイバーは是が非でも欲しいのが本音なのだろう。
彼女達とジュエルシードが現れた時には僕一人だけの力では無理と判断し、武装局員達にて包囲したが……もし、戦闘になっていたら思念体の赤い男アーチャー、何かしらの術式が込められているのか不明だがジュエルシードの暴走体が張った防御障壁を存在等しないかのように容易に破った不気味さに加え。
セイバー、遠坂凛や保有魔力量はC-の衛宮士郎、あの時魔力を感知こそ出来なかったがアサシンと呼ばれる男も魔術師なのだろう、その五人に加えジュエルシード改を九個も保有するアリシア・T・衛宮を相手にした場合―――アースラからの支援を考慮すれば壊滅こそしないものの、取り押さえる等は不可能だったに違いない。
そして、逃走したフェイト・テスタロッサというなのはと同じくらい魔力保有量を持つ少女と、衛宮士郎の妹であるアリシア・T・衛宮が他人の空似では説明出来ない程似すぎているという事や、彼女の持つロストロギア、ジュエルシード改についても謎は多いい。
幾つか推測出来る事の一つとして、この世界にかつてのベルカ王族に連なる者が隠れ住み、他の王達に知られる事がないよう技術を伸ばしたのが魔術であり、その遺産がジュエルシード改、彼らが持つデバイスに酷似した装備についてもベルカ時代から受け継がれてきた技術の一端とすれば一応の説明にはなる。
……なら、ジュエルシードはジュエルシード改を模倣・簡略化した劣化品か試作品としてみる事も出来なくは無いけど………証拠となるものは無いので所詮は憶測の域を出ない、か。

「訓練終了っと。術式の解析はまだまだだけど魔導師ランクは計測し終えたよ」

「出してくれ」

「各訓練科目をっと―――って、うわ。
セイバーさん総合S+以上、これ以上はアースラ内での設備だと正確には測れないって……滅茶苦茶だよこの人」

「しかし、余りにも近接戦に特化し過ぎている。
寧ろ、魔力保有量とかを考えなければ射撃能力が異常にすら思える衛宮士郎の方が逸材だとも判断出来るぞ」

「と、言うよりクロノ君……この人の場合、何か術式を起動させて放つより、斬りにいった方が断然速いんだけど。
士郎君は士郎君で射撃能力は命中率百%……か、これで魔力保有量がもう少しあれば管理局の武装局員でエースになれるかもしれないのにね」

「それに」とエイミィは付加え。

「遠坂さんもレアスキルが凄いよ―――どれだけ変換能力持ってるんだか」

「問題はアサシンか」

「うん、計測ではデバイス―――こっちだと礼装だったけ、そちらから魔力保有量D+程の魔力反応があったんだけど」

「魔力で作られた標的を斬る度に僅かに上がっていって、今はB-程の魔力保有量にまでなっている、な」

「その魔力量が上がる度に動きも速くなるしね………この世界の魔術師って、私達とは違うのは分ってるつもりだったけど」

「エイミィ、彼等を僕達の常識で判断しない方がいい」

「その通りだね……」

だが、この四人を小隊として扱う場合に気をつけなとならないのは、飛行適応出来るのが遠坂凛だけであり、他の三人は僕達のいう処の陸戦魔導師と判断出来る事だ。
セイバーの場合は、空中に展開した足場を元に高速戦闘が可能との事だがフェイト・テスタロッサが高高度を維持した場合、彼女ですら捕らえるのは厳しいだろう。
今回の訓練結果を基に、モニターに次々と四人の総合結果を纏めるエイミィを余所に、わずかだが彼等の長所と短所について思考を割いていると。

「こちらは終わったわ、そちらはどうかしら」

通信が入り、モニターの片隅に母であり、上司でありこの艦、巡航L型八番艦アースラの艦長の姿が表示される。

「こちらの作業もほぼ終です、後は訓練結果を基にして報告書を作るだけです」

「そう、順調ならそれでいいわ」

艦長の質問には訓練内容とその結果を纏めているエイミィが答え、直接確認する事が出来なかった艦長は安心したのか笑みを零す。
艦長はアリシアがジュエルシード改を何処まで使いこなせるのか見定めるため、次元空間にて訓練を行い万一に備え自らアースラの魔力供給を受けて『ディストーションシールド』という、空間歪曲を利用した空間防御を用意しながら訓練をしていた。

「そちらの方は如何なってます?」

「問題ないわ、アリシアさんはとても優秀よ。
起きては欲しくないけれど、中程度の次元震なら彼女一人で止められる程の―――いえ、もしかしたら大規模次元震すら……」

艦長が行った訓練は一つか二つのジュエルシード改を使い意図的に小規模次元震を発生せ、それを同じくジュエルシード改により抑え、又は発生するエネルギーの中和を図る事により、万一ジュエルシードが最悪の状態で暴走したとしても対応するのに必要な確認にすぎない。
だけど―――艦長の様子から察するにアリシアとジュエルシード改は想像以上だったようだ。
表示される艦長の後ろには、そのアリシアがポチとかいう丸い生き物を両手しながら「ふふん、リンディさんに褒められたよ」と嬉しそうにしている。

「ねえ、アリシアさん。貴女、時空管理局で働く気は無い?」

「ほえ?」

余程アリシアに局員としての才能を感じたのか、艦長は振向き様にアリシアに声をかけるのだけど、当のアリシアはきょとんとした表情をしていて。

「答えるのはもう少し大人になってからで構わないけれど、何れその力を管理世界・管理外を問わず次元災害で苦しむ人達の為に使って欲しいの」

ジュエルシード改による途方もない魔力を扱えるアリシアが、救助隊として救援活動を行うのならば僕としても賛成ではある―――しかし、それは飽く迄も自分の意思で行うなら、だ。

「しかし、艦長。僕らの世界と比較してもアリシアはまだ幼過ぎです」

「そうね―――少し昂ぶっていたみたい」

頭を冷やしたのか、息を吐き呼吸を整える艦長は一旦区切りると。

「でも。将来、貴女達が次元世界へと出て働きたくなったら、その時は力になるから忘れないでいて欲しいわ」

「えと………マエムキニケントウサセテイタダキマス」

微笑みながら語る艦長に、アリシアはどうしたらいいのかなといった感じで答える。
アリシアの検討に前向きという言葉に嬉しそうな艦長だったけど………後日、前向きに検討すると言うこの国独特の言い回しは、検討してみるけど恐らく無理だろうという意味だと判明し残念がっていた。
しかし―――その件は別にして、幾つか推測出来る事の一つ。
衛宮兄妹や遠坂凛、セイバーにアサシン達が持つ礼装がもしかすると彼等が知らないだけで僕達の世界の技術であるデバイスかも知れず、本局に問い合わせをしていたのだが。

「ミッドチルダ出身……やはり、か」

報告書によると衛宮士郎、遠坂凛の両名とコードネームなのか、本名は佐々木小次郎なのだがアサシンと呼ばれている男からは次元世界との繋がりは確認出来ず、明らかに偽名だと思えるセイバーにしても、次元世界での証明となるモノは出ては来ない。
しかし、アリシア・T・衛宮が口にしていた母親の名、プレシア・テスタロッサの名は本局の照会で当たり、同時にアリシア・テスタロッサの資料も関連して送られて来た。
送られて来た資料のアリシアが今と変わらない事から、亡くなったというプレシア・テスタロッサがこの世界の魔術文明と関わりを持ったのは最近の事なのだろう―――そう予想し資料を目に通し始める。

「専門は次元エネルギーの開発、偉大な魔導師でありながら違法研究と大型魔力駆動炉の事故によって放逐、か。
あのジュエルシード改は次元に干渉するエネルギーであるものの、ある意味小型高性能の魔力炉ともいえる、もし、エネルギーの質が次元に干渉するような危険なモノでなければ、それまでの魔力炉の概念すら変えかねない代物だ―――なに!?」

僕は目を通していた資料のある部分を見て愕然とした。
資料によれば、当時開発を任されていた新型の大型魔力炉設計開発に置いてプレシア・テスタロッサは違法な手段と、違法なエネルギーを用い、安全確認よりも開発プロジェクトを優先させた結果、魔力炉は暴走、その後は地方にて研究に従事するものの数年後に失踪するとある、が。

「アリシア・テスタロッサは、当時起きた大型魔力炉暴走の時……二十六年も前に死亡してる一体如何いう事なんだ!?」


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第05話


どうも次元航行艦に積まれている機器の性能なのか感知範囲こそ非常に広いものの、時空管理局の魔力感知精度は俺達魔術師よりも低い事から、俺達は独自に現地調査を行う事といて次元航行艦を後にし、キャンピングカーを拠点として鳴海市や遠見市等を中心に異常がないか回っていた。
しかし、なんというか住む所はキャンピングカーで賄え、食事にしてもアヴァターでよく食べていた弁当の残りがまだ千個以上はあるらしく当面は事欠く事も無いだろう。
その為、生活面で問題があるとすれば銭湯に通う時にだけだが……それに関しても、俺達の世界のお金が普通に使えるので今のところ問題は感じずにいる。
どちらかといえば気になるのはデバイスの事だな、俺達の持つデバイスはミッドチルダ製のものなのにも関わらず、その事にについてクロノ達からは何も言ってこないのだから。
けど、俺達から口にすれば第二魔法である並行世界への干渉という奇跡を実証しなければならなくなるだろう、それは、魔法使いであるアリシアの異常性を示すものだから余程の事がない限り話したくはない。
アリシアの異常性を下手に教えてしうと、アリシアがロストロギアとかを上回る危険性を秘めている事も知られて色々と面倒な事になるだろうからし。
そんな考えを巡らせながら当ても無く走らせていた俺達だけど、管理局の方でジュエルシードの魔力を感知したという連絡を受け人気の無い場所へ移動するとアースラへと転送して貰う。
時空航行艦へと赴いたのはいいとして―――アースラのブリッジにはなのはとユーノが既に来ていて「よろしくお願いします」と言われた俺達は、二人よりも幼いアリシアを除いて困惑の表情を浮べてしまう。
後々クロノから聞いた話によると、なのはやユーノからもジュエルシード回収に協力の申し出があったそうだが、クロノとしては十分な訓練を受けていないだろう、なのなやユーノを危険に巻き込みたくなかったのもあり申し出を断るつもりでいたそうだけど。
艦長のリンディさんは二人のこれまでの実績や、なのはの高い魔力資質にジュエルシードの暴走体やフェイト、アルフという魔導師らしき者達との連戦につぐ連戦を行いながらも続けて来た事に何かしらの才能というか資質を高く秘めていると判断したのか許可してしまったらしい。
俺や遠坂の感覚では、若干九歳の女の子にロストロギアとかいう危険物に指定されてしまうような物の回収を任そうとする艦長には疑問を抱いてしまう。
まあ、事の根幹には就業年齢の違いという文化・文明の差があるのだから仕方のない事なのかもしれない、ミッドチルダでも感じたけど、管理局の治める世界での就業年齢の低さと俺達の世界には差があり過ぎる、執務官とかいう事務職のクロノにしても、俺達の感覚からすればまだ義務教育途中の中学生だからな………

「こちらこそ、今は使える戦力はあるに越した事はないでしょう」

「まあ………無理も無いか、あんな危険物が在ると知ったら如何にかしたいって思うのが心情だし」

「こちらこそお願いします」と答えている六歳のアリシアがいるからだろうか、九歳の子供が二人も増えるのにも関わらず、わずかながら表情を崩してたセイバーと遠坂だけど仕方ないった感じでそれ程気にしてないように思われる。

「でも、二人共無理はするなよ。
二人共子供なんだし、怪我とかしたらたいへんだろ?」

「はい」

「解りました」

二人共まだまだ子供なんだ、戦いは出来るだけ俺達が担当しないと。

「挨拶はそれくらいでいいだろう」

俺達となのは達を見渡しながらクロノは言葉を継ぎ。

「万一に備え武装局員数名にて広域結界にて封鎖した後、暴走体とフェイト・テスタロッサ及びアルフの両名が現れた場合の対処を君達に頼む」

「クロノは来ないのか?」

「ああ、フェイト達の戦力が分らない以上、万一の増援や別のジュエルシードが見つかった場合に備え僕と武装局員の多くは待機となっているんだ」

ブリッジの大型モニターを背にするクロノは、責任を感じているのか申し訳ないといった表情で俺達を見詰める。

「分りました。相手の背後関係が不明な以上、こちらも余力は残さねばなりません」

「そうね、フェイトって娘の背後には必ず師がいる筈だからそれも考慮しないとならないもの」

セイバーと遠坂は、魔術師なのか魔導師なのか不明だけど、なのはと同年代の女の子と使い魔だけが戦力だとは思わないらしい。

「……フェイトって人が現れたら私もお話してみたいな」

「アリシアちゃんずるい~、フェイトちゃんと話したいのは私も同じなんだから!」

「ならば話せる時間を稼でみせるとしよう」

「じゃあ、僕はバックアップに全力を尽くします」

ポチを両手に持つアリシアは、自分に似たフェイトって女の子に思う処があるのか口にすると、今までなのはにしても碌に話せなかったのか私も話したいと言い出し、その姿に笑みを浮べるアサシンとユーノの両名はフェイトと話せる機会を作ろうと口にしていた。
そんな感じで良好な関係を築けた俺達七人と一匹は、数名の武装局員と一緒に起動し始めたジュエルシードを捜索しに稲神山へと転移する。
武装局員達は早速結界を構築すると、維持の為にそれぞれ別の方へと散って、見送る俺達も空を移動しながら捜索を開始した。
セイバーはバリアジャケットを以前と同じ鎧の形で纏い、俺はアーチャーと同じ赤い聖骸布に黒い胴鎧を投影し、更にバリアジャケットという防護服を透明にして纏う。
こうすると、呪いなどの魔術的な影響を軽減するばかりかバリアジャケットのフィールドにより衝撃や温度変化にも高い効果が見込めるようになる。
飛行魔術の適正があまり良くない俺とセイバーは、魔力で作った足場を利用し空を駆け、飛行魔術が使えるもののまだ魔術になれないアサシンの速度はそれ程速くない―――だからだろう、魔術に関係してまだ一ヶ月もしていないなのはが結構な速さで飛んでるのを目にすると、その秘めている才能に呆れてしまう。
それに引き換えこちらの世界に来てから魔力の回復自体は速く感じるものの俺の魔力量ではずっと跳んでいるのすら厳しい。
それでも魔力の感知に関しては、アースラの機器や魔導師の使うエリアサーチとかいう魔術よりも俺達魔術師の方が範囲は狭いが精度が高いのもあり、暴走体となって現れる事も無くジュエルシードを見つけると、封印を施しなのはのレイジングハートへと収める事が出来た。
何故なのはのレイジングハートなのかというと、アリシアのデバイスであるディアブロに関してはよく分らないものの、俺の篭手型デバイスイデアルや、セイバーの小盾型デバイスシルト、遠坂の指輪型デバイスマギアには格納機能が無いのだからなのはに任せるしかないだろう。
そんななのはとユーノは俺と遠坂の魔力感知に、「凄い」とか「如何やって感知しているんですか?」とか尊敬の眼差しを向けて来るのだけれど………俺達の世界の魔術師なら誰でも感知出来るレベルなので魔術とミッド式の方向性の問題としか言えなかった。
しかし―――今回の事で実感したけど、やはりアースラの捜索範囲は桁違いだ。
ジュエルシードの捜索はアースラの機器で大まかな場所を特定し、その後、精度は高いけど範囲は狭い俺達が捜索するようにした方が効率的だと言えるだろうな。
そんな考えを巡らせながらも俺達がアースラに戻ると、別の場所で起動したジュエルシードがフェイト達に持っていかれたと知らされる。
何でも俺達が出た少し後、やや離れた所で起動したジュエルシードがあり、それはすぐに暴走体となったそうだけど………元々、浅瀬の渓流地帯とう地形と素体が魚のせいか、ピチピチと体を動かし跳ね回るものの川魚の暴走体は呼吸も満足に出来なかったのだろう数分も経たずに気を失ったのかジュエルシードは離れてしまい、そこにフェイト達が現れ持って行ってしまったそうだ。
予想外とはいえ当然の事ながら、クロノ達も急ぎ現場に急行したのだけど、ミッド式の転移にはフェイズタイムとか呼ばれる隙があるらいのと、フェイト達の狙いはジュエルシードであってクロノ達時空管理局との戦いではないので、クロノや武装局員達が動けないでいるわずかな隙に距離を取られ次元転送とかいう、俺達からすれば魔法の域に近いだろう滅茶苦茶な業を使われ逃げられてしまったそうだ。
しかも、次元に干渉出来るアースラですらその探知の途中で眩ませられ追跡に失敗ている事からフェイト達の実力は幼いながらも凄いのが分る。

「逃走に使われた術式から……フェイト・テスタロッサとアルフの使う術式は僕達の魔法技術であるミッドチルダ式のものであると同時に優秀な魔導師であるというのが判明した。
それと、暴走体にしても素体によって脅威度が大きく変わる事も実証された訳だ」

そう経過を語るクロノの表情はばつの悪い感じを受ける、それもそうか、恐らくフェイト達を暴走体と戦わせる事で術式の分析と戦闘スタイル等の情報を得ようとし、それに、少しでも使わせて消耗させる狙いもあったんだんだろう、な。
……でも、今回の暴走体は川魚が巨大化したもので、大きくなったのはいいが浅い川からはみ出てしまった暴走体は呼吸すら満足に出来ずに終るとはクロノ達にしても想像すらしていない状況だったと思う。

「今回はフェイト達に取られてしまったとはいえ、最悪の暴走が起きなかった事でけでもよしと考えるべでしょう」

「アレを予想しろというのは、な……」

結果失敗したものの、情報を収集しようとしていたクロノの行動は一概には非難出来ないのでセイバーとアサシンは責めようとはしない。

「転移魔術で包囲すれば如何にでもなるって思ってたけど……あの様子じゃ厳しいか」

「そうだ、僕達の予想以上に彼女は速い―――今回のように逃走に徹されでもしたのなら、僕や武装局員では彼女に追いつくのは難しいだろう」

「―――と、なると。
遠距離からの狙撃で撃ち落とすか、同じかそれ以上の速さで追撃するかのどちらかよね」

転移により生じるフェイズタイムの事を知った遠坂はクロノを一瞥すると片手を口に当て考え始める。

「言って置くけど、俺やアーチャーだと下手すると怪我どころの話じゃ無くなるぞ?」

「分ってる、確実に落せるでしょうけど……非殺傷が使えないアーチャーだと撃墜出来ても手足の二、三本は失うかもしれないし、非殺傷設定で使える衛宮君にしても距離は精々二、三百メートルくらいだもの……あの速度で動かれたらすぐ射程外なのは予想がつくわ」

遠坂にはそう言ったものの、結論から言えば俺やアーチャーには相手を無力化させる方法は無くはない。
矢や剣ではないけれど投影というか、固有結界『無限の剣製』にはボーラという鋭利なワイヤーや紐の両端に錘をつけた投擲武器があり。
それは、回転させ投げると錘が相手を打ち据え、紐が絡まり動きを止め、ワイヤーなら更に肉を切り裂いて動けなくするといった一応非殺傷に近いモノはあるんだけど、幾ら耐衝撃・耐魔力攻撃・温度変化に優れるバリアジャケットがあるとはいえ、個人差も考えるとあの娘が墜落でもしたのなら高さによっては怪我ではすまされないかもしれない。

「なら、僕となのはがあの娘の相手を務めます」

今まで黙っていたユーノが口を開き。

「元々、僕達が協力する中にはあの娘の牽制も含まれていますし、何よりなのはの魔法は中遠距離に置いてもっとも効果を発揮出来ます」

「私も。ジュエルシードを何とかしないといけないのは分るけど、フェイトちゃんともっと話せるのならそっちの方が……」

ユーノの言葉になのはも遠慮がちに賛同する。
先程の事から、ジュエルシードについては俺や遠坂がいれば戦う必要が無いのだろうと判断したのかもしれない。

「ならば、私もフェイト・テスタロッサ達の方に付きましょう。
なのはが牽制している間に間合いを詰めれば、空を飛べない私でも剣の間合いに入れる筈でから」

セイバーはなのはとユーノの二人に視線を向け、その意見にクロノは「分った」と頷き承認する。
セイバーの動きは時に音速に達しているかもしれない程だから、なのはの牽制があればそれ程危険も無くあの娘を捕まえられると思える。

「では、セイバー、なのは、ユーノの三人はフェイト達の方に回ってくれ。
衛宮兄妹と遠坂凛、アサシンの四人は続けてジュエルシードの捜索の方を頼む」

俺達を見渡すようにして視線を向けるクロノに頷き応えた俺達は逮捕組と捜索組の二つに分かれ。
翌日、なのはがまだ学校に通っている時間帯に起動を始めたジュエルシードの回収に俺達捜索組は向う事となった。
武装局員達によって、周囲を気にせず捜索出来る結界が隙を生んだのか、山中にてジュエルシードを見つけたものの暴走を許してしてしまい……丁度、俺達を見て逃げようとしていた兎にジュエルシードは憑りつき、その結果、暴走体化した兎は凄まじい速度で山を駆け抜け見えなくなってしまった。
事前にジュエルシードについて聞いた話では、ジュエルシードはその内包する膨大な魔力により対象の願いをかなえる能力があるとかで、実際、なのは達は子猫が巨大化した所を目撃した事があるとか……
その時は、「巨大な子猫ってなんさのさ」とか思ったけれど―――成る程、憑いた時の願いに応じて暴走体の脅威度は変わるのがよく解った。
今回の兎の暴走体も攻撃的な感じはしないので、脅威という意味からすれば低いのだろうけど………逃げる事に特化した兎の暴走体は山中を凄まじい速度で駆け抜け、体を包むようにして護っている魔力のコーティングが絶えず剥がれているのか、兎の暴走体からは幾つもの分身が発生していて撃っても中々当たらない。
始めは空から兎の後を追っていた俺達だけど、魔力で作られた足場にて全力疾走している俺は魔力と体力から、時折ガントを放っていた遠坂は森の木々を駆け抜ける兎を空中から当てるのは無理と判断したのかアーチャーに命じると、魔力の節約なのか自身は地上に降立ち宝石剣を手にしていた。
アサシンとアリシアはというと、空中でのアサシンの動きはもの凄い遅い事から、アリシアが背中から抱きつくような感じで掴み、アリシアによる飛行魔術とその推進力により兎を追いかけている。
そう言っても、空を埋め尽くすような光槍を放ちこの辺一帯を荒野に変えるのはやり過ぎだし、兎の体格は一回り程は大きくなっているみたいだが、草木や潅木に紛れ動き隠れる暴走体を相手にだと厳しいようだ。
木々が生茂る森の中、魔力反応だけを頼りに獣道を走る俺と遠坂だけど、遠坂は不意に「っ、動物の直感ってヤツ」と口にする。

「如何したんだ遠坂?」

「アーチャーに捕まえるよう言ったんだけど、動物の直感でなのか如何も霊体化しているアーチャーが判るみたい―――それで、近付いただけでも逃げられてしまうのよ」

霊体化している時の速度はどれ程のモノかは解らないが、霊体なので物理法則の範囲外になっているのは確かだろう。
それすら、察知して逃げる今回の暴走体は危険じゃないけれど倒すのは難しい相手なのかもしれない。
―――と、言うかアーチャーやアサシンがいる以上、戦ってくれる方が簡単なのかもしれないけどな……
そんなこんなで、兎の暴走体と追い駆けっこをしていた俺達は、空を高速で飛行するアサシンとアリシアのコンビに霊体化する事で物理法則から逃れるアーチャーの連携により何時間かしてようやく結界の端に追い詰める事が出来て、アーチャーの放った投網により捕獲された。
網に絡まり脅える兎にアリシアが近付き無造作に手を置く、すると、ジュエルシードが浮かび上がるかのようにして兎から離れ、兎の暴走体だったモノは元の兎に戻ると観念したのかじっとして動かなった。
アリシアがジュエルシードの暴走を止めている間もアサシンは警戒を怠らずにいたが、無事ジュエルシードの封印に成功すると、素体となっていた兎を一瞥した後「今日は鍋か」とか呟き俺に何やら期待するような視線を向けて来る。
その発言に一瞬引いたものの、アサシンが生きていた時代って野山で普通に兎を狩って食べてたんだよなあと思い出す。

「いや。俺、兎の解体とかしたこと無いから……」

俺は商店街やスーパーで売られている肉なら調理出来るけど、狩猟などした経験なんかないのでとてもじゃないけれどアサシンの要望には答えられない。

「……そうか、久しぶりに兎を狩れたのでと思ったがそれならば仕方が無い」

「と、いうより豚や牛の方が美味しいと思うが?」

「確かに。士郎の腕もあるのだろうが、豚や牛の味わいは生前には経験した事が無いものだ。
特に松坂牛と呼ばれているあの肉の味わい深さは―――」

やや残念そうにしているアサシンに、アーチャーは俺と同様の事を感じているのか口にするが、アサシンは聖杯戦争が終って少しした頃、アリシアが通販で取り寄せた特上肉の事を思い出し、眼を閉じると「―――あの味はよもや忘れ得ぬだろう」と感慨深げに語る。

「……もしかして、衛宮君の家に住んでいるサーヴァントって餌付け済み?」

「そのようだ。
セイバーだけなら兎も角、アサシンまでとは―――この様子ではライダーも危ういか……」

そんなアサシンの様子に何やら警戒しているのか、遠坂は片手で顔を押さえながらも俺に意味深げな視線を送りアーチャーも同意しながら俺を見やる。

「ねぇ、この子どうするの?」

アーチャー、お前も偶にだけど藤ねえと桜、アリシアやセイバーにクッキーとか作っているだろうと反論しようとしたけれど、アリシアに言われ声の方へと向く。
すると、俺達の発言によりアリシアが兎を捕まえたままでいて、アリシアは「この子は美味しいのかな?」といった表情で見詰めていた。
………そういえば、もう随分前に感じるけどアリシアは猫すら食べようとしたある意味剛の者だ。
それに、この場にセイバーも居たとすれば「シロウ、今日の夕食は兎のシチューですね。
それに、剥いだ皮はなめして柔かくすれば如何様にも用途はありますから、今日はよい得物を仕留める事が出来ました」とか言いそうだ、な。

「肉なんて、店に行けば幾らでも売ってるんだから無駄に殺すこともないだろう」

アリシアにはそう言ったものの―――このままではこの兎の身が危ないと判断した俺は、兎を網から出して逃がしてやる事にした。
アリシアとアサシンは「兎さん逃げちゃったね」とか「折角捕まえたのに勿体無い」とか口々にしていうが、別に空腹でも食料不足で苦しんでいる訳でもないので兎とはいえ無駄に殺す必要は無いだろう。
こうしてある意味、強敵といえた今回の暴走体からジュエルシードの回収に成功した事をアースラに伝えると。
何でも別の場所にも起動したジュエルシードが見つかりセイバー、なのは、ユーノが数名の武装局員達を連れ出ているとエイミィから伝えられた。



[18329] リリカル編06
Name: よよよ◆fa770ebd ID:55d90f7e
Date: 2012/02/27 19:22

今回の暴走体は、素体が逃げようとしていた兎である事から兎に角逃げる事に特化した暴走体だとはいえ、戦いとなれば所詮は兎、アサシンやアーチャーの敵にすらならない相手―――しかし、地の利は兎の方にあり、それがただひたすら逃げるだけとなれば苦戦は免れない。
その予想は中り、アースラのモニターからはジュエルシード回収へと向かったシロウ達の苦戦している姿が映されていた。

「あの……艦長、今回の暴走体って山の中を平均時速八十キロくらい、瞬間的にはそれ以上のスピードで駆け回ってるんですけど………」

「それでいながら木々とかに邪魔されたりはしないのね」

「苦戦するはずだ」

私が沈黙し見守るなか、暴走体の分析を進めるエイミィ・リミエッタから驚きの声が上がると、モニターを見詰めていたハラオウン親子も今回の暴走体は危険こそ少ないだろうがやり辛い相手であると判断したようだ。

「しかし、結界により逃げ場は制限されています―――時間は掛かるでしょうが捕まえられない相手ではない」

そう幸い武装局員が張った捕縛結界は入る事は容易でも出るのは困難な結界だという、それに加え、通常空間から歪められているらしく術者が許可した者や、結界内を視認もしくは侵入する術を持つ者以外には結界内で起きている事の認識も出来ないらしい。

「そうね、確かに強装結界がある以上如何にか出来ない相手じゃないわ」

「確かにそうなんだけど、時速八十キロで山を駆け回る兎ってのがねぇ」

「強いて言うのなら、僕達の常識がまた一つ変わったという事か……」

私の言葉に座り飲み物を口にしている艦長は柔かい笑みを浮かべ、エイミィ・リミエッタは苦笑する。
指揮権を持つ者として、ジュエルシードにより暴走体化した時の能力が時と場合により幅があり過ぎるという事体に頭を抱えてしまうのでしょう、艦長の横に立つクロノ・ハラオウン表情を強張らせていた。
無理も無い、昨日の暴走体が川魚等ではなくあの兎なら、収集した情報を元にフェイト達を包囲し拘束も出来ていたでしょうから。
そう思い、しばらくモニターを見詰めていると―――

「っ、艦長。別の場所にもジュエルシードの反応を感知しました。
場所は―――昨日、魚の暴走体が現れた付近です」

報告を聞いた艦長は「そう」と口にすると、息子であり部下であるクロノ・ハラオウンへと視線を向ける。

「では、僕達も出ます」

艦長の目線に頷いたクロノ・ハラオウンは視線を私へと変え。

「速さで君が遅れるとは思わないが、なのはがいない以上あの娘への牽制は僕が行う」

「解りました、我々が戦う以上負けはてはならないのですから」

距離を置いての戦いがミッド式の基本とはいえ、この身は英霊の域にまで至ったモノ、剣の間合いに入れば負けるつもりは無い。
執務官という事務職故にクロノ・ハラオウンの実力が如何程のものかは判らないとしても、指揮を任される立場の者なら牽制くらいは容易な筈だ。
それに、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの両名が何を考えてジュエルシードを集めているのかは定かではないが、災いをもたらすかもしれない以上捕らえねばならない―――そして、その後ろに居る何者かが牙を剥くのならこれを討つだけだ。
クロノ・ハラオウンに頷いた私は、以前までの魔力で編まれた鎧ではなく、バリアジャケットと呼ばれる魔術によってより衣服を損なわず、かつ効率的に編む事の出来る防護服を纏うと転送ポートへと歩みを進め、新たに起動したジュエルシードの元へと送られた。
少し遅れクロノ・ハラオウンと数人の武装局員達が現れると「なのはとユーノにも連絡を入れたからもう少ししたら来るだろう」と告げられる。
クロノ・ハラオウンに「分かりました」と頷き返した私は、前回同様、結界の構築を行う武装局員達を見送りながら、残るクロノ・ハラオウンと一緒にジュエルシードの捜索を開始する―――のだが。

「ジュエルシードの反応だけど、どの辺りからか判るか?」

「むっ」

剣士である私には魔術師であるシロウや凛のように魔力を感知する術は無い、一瞬とはいえ言葉に詰まった私にクロノ・ハラオウンは「そうか」と口にすると。

「如何やら僕達魔導師と同じで、君達魔術師にも色々とタイプがあるみたいだな」

「いえ、そもそも私は魔術師では無く剣士です」

「剣士か……(佐々木小次郎のアサシン、暗殺者とかいう名称は理解しがたいけれど、セイバーのいう剣士とは恐らく僕達の世界でいうベルカ式の使い手達が騎士と呼ばれている呼称と同じなのだろう。
なら、セイバーは対魔導師戦闘に特化した者と考えられなくもない、か)」

「ええ、故に剣の間合いにて負ける気はありませんが、魔力を感知する術には長けていません」

「解った、取敢えず君を僕達の世界でいうベルカ式の使い手として考えて支援する」

「頼みます」

クロノ・ハラオウンは私の事をベルカ式の使い手と例えるが、成る程、確かにベルカ式の使い手には近接戦闘を主体とした者が多く、私の戦い方に近い者も居る事でしょう。
とはいえ、ジュエルシードの発動による魔力の波動は感知出来るものの、互いに詳しい場所を特定する術を持たない私達は仕方なく探知魔法を使い調べる事にした。
数あるミッド式魔術の術式の中でもサーチャーと呼ばれるこの魔術は実用性が高く、およそ戦場で使えば戦域全体の把握が出来、偵察、狭い場所での捜索等にも適している事から学ぶ価値が十二分にあると判断し、アヴァターでの探索や神の座での休憩の合間に鍛練を行い続け今では複数同時に使いこなせている。
陽が沈み始め、朱に染まりつつある空に魔力で編まれた足場で佇み続ける私は、自身が動いて捜索するのではなく幾つかのサーチャーを展開して広域を捜索していた。
すると、アリシアに似た少女フェイト・テスタロッサと茜色の使い魔アルフを見つけ。
同時に向こうも私のサーチャーに気が付き、フェイト・テスタロッサが放つ金色の輝きをした光槍により撃ち落とされるが場所は概ね判明した。

「クロノ・ハラオウン、フェイト・テスタロッサ達の居場所が判明しました。
ジュエルシード確保の前に、まず彼女達の捕縛を行いましょう」

「それは構わない。けど、彼女達も馬鹿じゃないからサーチャーに気付いていたらもうそこには居ないぞ」

「問題ありません。
一つは落されましたが、まだ数個のサーチャーが捉えていますので、全て落される前にこちらから赴き話を伺います」

「分った。どの道、違法魔導師である彼女達からはこの件に関する事情を聞かなければならないからな」

「では、急ぎましょう。先行しますので援護をお願いします」

「了解だセイ―――」

クロノ・ハラオウンが言い終える前にブリッツアクションを用いながら移動する―――短距離限定とはいえ移動に特化したこの魔術は魔力放出よりも効果的で、数秒も掛からずフェイト・テスタロッサとその使い魔アルフの姿を捉える。
修練を重ねたとはいえ、剣士である私が使ってもこれ程の効果―――やはりミッド式は、いえ、それを扱う魔導師は侮る事が出来ない。

「見つけました、フェイト・テスタロッサとアルフですね」

「っ!?」

「一体何処から!?」

音を超えた速さにて空を駆け抜けた私に、フェイト・テスタロッサとアルフの二人は驚き構えるが、やや遅れ届いた衝撃波により体勢を崩される。

「問おう―――」

フェイト・テスタロッサは見れば見るほどアリシアに似ている、もしかすると彼女こそはこの世界のアリシアなのかもしれない。
そもそもこの世界はアリシアの生まれた世界の並行世界なのだ、ならば名がアリシアではなくフェイトに変わっていてもその可能性を否定する事は出来ない筈だ。

「―――何故、貴女達はあの宝石を手に入れようとしているのか?」

この世界でも母親、プレシア・テスタロッサの身に何かあり彼女は何処かの組織の元で動いているのかもしれず。
その組織が時空管理局に良い印象を持っていなければ、この地に散ったジュエルシードという危険物の回収を独断にて行うのも無理無い事。
いや、時空管理局が管理外世界に干渉するには確たる証拠が必要―――悠長にそんな事態を待っていたのならば、この地は時空震によって消えることの無い災厄に見舞われているかもしれない。
既にユーノという独断専行してしまった前例もある以上、彼女達が時空管理局とは別にジュエルシードを危険と判断し、被害を広げない為に回収を行っているという推測も否定出来るものではないのだ。

「あの人は以前公園に現れた」

「そうだよフェイト、アイツは前に公園に現れた赤いヤツと一緒にいた蒼いのだよ」

二日程前、公園に現れた暴走体、障壁を張れる樹の怪異なのだが、その暴走体にアーチャーは瞬間的にとはいえ、魔力の効果を無効化させる宝具を用いて障壁を意味の無いにものにてしまい一撃にて倒してしまっている。
だからでしょう、同じくあの場に居た私は印象が薄いようだ。

「最初に言いますが、この地に散らばってしまったジュエルシードの脅威により協力こそしていますが私は時空管理局の者ではありません」

「管理局じゃない?」

「じゃあ、なんなんだよアンタ?」

私が繰り出す言葉にフェイト・テスタロッサとアルフはわずかながら警戒を緩める。

「強いて言うなら、この世界の魔法文明に関わる者とだけ言いましょう。
時空管理局やロストロギア等の存在がこの世界の人達に知られれば悪戯に混乱を招くだけ、次元世界に関わるのは時期早々なのです。
だからこそ、ジュエルシードの脅威を拭い去り時空管理局にはこの世界の人達に知られる前に去って貰わねばなりません」

「ようするに、アンタは管理局の連中にジュエルシードなんていう迷惑なものを回収させてさっさと帰らせる為に協力してるってのかい?」

「そういう事になります。
そして、貴女達が何故にジュエルシードを集めているのかは知りませんが、もし理由があり時空管理局に協力出来ないのならば私が間を受け持ちましょう」

茜色をした犬のような、狼のようにも見えるアルフと呼ばれる使い魔は私の話しに耳を傾けて来るが主であるフェイト・テスタロッサは顔をわずかに俯き手にする斧か槍のデバイスを握り締めると。

「―――そうでなければ?」

「この場にて討つ、それだけです」

人語を解す魔獣を使い魔にしている時点でフェイト・テスタロッサの実力は侮れないものだと判断した私は、不可視の鞘に覆われた剣を手にして向ける。

「アイツはあの白い娘と違って相当ヤバイ感じがするんだよフェイト、あんな鬼婆の為にそこまでする必要はないじゃないか」

「だめだよアルフ、お母さんの悪口は」

使い魔アルフの言葉にフェイト・テスタロッサは柔かく窘めると続け。

「―――お母さんは研究が上手く行かなくて少し荒れてるだけ、ジュエルシードを回収して研究が成功すれば昔みたいな優しいお母さんに戻ってくれる筈だよ」

「そうは言ってもさぁ……」

成る程、フェイト・テスタロッサとアルフの両名に指示していたのは母親でしたか。
しかし、並行世界とはいえ生きているという事はプレシア・テスタロッサではない可能性もあるし、他の別人かもしれない―――やはり、推測では無理があるようだ。

「だからジュエルシードは渡さない」

「っ、フェイトがやるなら私だってやるよ」

フェイト・テスタロッサが斧のようなデバイスを構え直すと、使い魔であるアルフも私を睨み何時でも飛び掛かれるように姿勢を変える。

「交渉は決裂。ならば、貴女を捕らえその後ろにいるの首謀者の名と目的を教えてもらう」

私が構える間にも「ランサー、セット」と口にするフェイト・テスタロッサの周囲に次々と雷光を伴う光球が現れ、同時に回り込むような感じで使い魔のアルフは動き出す。

「撃ち抜け、ファイア!」

フェイト・テスタロッサがデバイスを振るうと光球は紫電を伴う光槍となり私へと放たれる、その数四つ、恐らくはアリシアがよく使うフォトンランサーと同じ術式なのでしょう。
そして、受けるなり避けるなりした処で回り込んだ使い魔のアルフが仕掛け、それでも倒せなければフェイト・テスタロッサ本人が射撃魔法なり近接戦闘なりを行い、連携による絶え間ない連続攻撃にて打破する策と見る―――しかし、私の直感はあの光槍を避ける必要が無いと告げていた。
故に、瞬時にブリッツアクションを展開した私はそのままフォトンランサーの直撃を受ける真正面のコースを駆け抜け。
放たれた四つの光槍は私に触れる前に対魔力により霧散すると、予想外なのか呆気にとられたフェイト・テスタロッサはデバイスにて身を護ろうとするが剣を一閃し柄ごと斬り裂き、そのままでは袈裟懸けに斬り捨ててしまうので軽く手首を捻り剣の腹にて打ち据えた。

「風王結界(インビジブル・エア)が在るとはいえ、ミッド式の防護服・バリアジャケットならば耐えられるでしょう」

私が知り得るバリアジャケットは個人差もあるものの耐衝撃・耐魔力攻撃・温度気圧変化に高い効果を発揮する魔術、そして、フェイト・テスタロッサはAAAランクという高い魔力資質を持つ魔導師らしいのでバリアジャケットの能力も相応と判断出来よう。
私の一撃を受けそのまま川辺に激突したとはいえ、高度にしても動き易いよう木々よりは上であるものの魔導師からすればそれ程高い高度から落下した訳でもなく、予想通り墜落したフェイト・テスタロッサは鈍い動作で体を起こそうとしている、しかし、思いの外効いたらしく如何やら身体の動きが大分鈍くなっているようだ。

「……大丈夫、バルデッシュ?」

「Yes sir」

倒れた身体を起き上がらせようとしながら口にするフェイト・テスタロッサの声に、デバイスが応える。
俗にインテリジェントと呼ばれる型なのでしょう、雷光色の水晶を輝かせると空間に生じた部品により元の形へと姿を変え、そんなフェイト・テスタロッサへと魔力放出を使いながら地上に降立ち歩みを進めると。

「よっくもフェイトを―――!!」

描いていた策が破れ、危機に晒されているフェイト・テスタロッサの姿を見ていた使い魔であるアルフは、その姿を獣から人へと変え全身全霊の拳を放ってくる―――だが、その速さでは私には程遠いい。
相対する速度からすると聖剣では腹にて打ち据えても致命になるかもしれない、故に左腕に展開する小盾型デバイス、シルトの先端から魔力刃を発生させると、上空から飛行魔術の速度に落下速度を加えた一撃を与えんと迫るアルフに魔力衝撃という非殺傷の業をもって切り払う。
魔力刃による斬撃を受けたアルフは、短い悲鳴を上げながら川原へと激突すると、体を幾度もバウンドさせながらフェイト・テスタロッサの近くまで転がって行った。

「アルフ!?」

その光景を目の当たりにしたフェイト・テスタロッサは、痛む体に鞭打ち自身の横を転がり抜けようとする使い魔を素早く抱きしめるようにして受け止める。
追い詰められている状況にも関わらず、自身を顧みない行動からしてフェイト・テスタロッサという人物が好ましい性格なのだと判り、主の影響でしょう、獣の本能で敵わないと分りつつも護ろうとして挑んできた使い魔アルフもまたよい従者なのだと判断出来る。

「敵わないと知りつつも主たる貴女を護ろうとした―――よい使い魔だ」

そう口にしながら不可視の剣をフェイト・テスタロッサとアルフの二人へと向けた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第06話


時間は掛かったけど、英霊である筈のサーヴァントですら梃子摺る程の逃げ足を持つ暴走体からジュエルシードを回収した私達は、武装局員の人達に連絡して結界を解いてもらいアースラに連絡を入れる。
すると―――

「お疲れ様、ジュエルードの確保完了だね」

繋がった空間モニターというテレビ電話みたいな通信に、エイミィさんの姿が現れて私達を労ってくれる。

「うん」

「なんとか……だな。
話しに聞いていたよりも、ジュエルシードって大変なんだって思い知らされた」

「そうね、私も少し侮っていたみたい。
エイミィ、戻たらシャワー借りてもいい?」

私はディアブロから魔力を貰って飛んでいただけだからまだまだ余裕があるけれど、強化の魔術とか使いながら山の中を走り回っていたお兄ちゃんと凛さんは汗だくだ。

「それくらいなら何時でもOK。
まあ、そっちの暴走体はなんだかんだで捕まえるのは苦労したものね」

「そっち、て事はまた別の場所にも出たのか?」

「うん。昨日と同じで、今日もまた近くでジュエルシードが起動しているんけど、そにはセイバーさんとなのはちゃん達が担当しているから大丈夫」

モニター越しに苦笑いを見せるエイミィさんは、言葉に反応するお兄ちゃんに加勢は必要ないと説明してくれる。

「セイバーがいるなら、まず心配する必要は無いだろう」

「そうとも限らんぞアサシン、セイバーはアレで猪武者な一面もある」

「されど、それは己の剣を信じてによるもの―――根拠のない蛮勇とは些か意味を異にするぞアーチャー」

「そうだな、その点は君の言う通りだ。
しかし、稀にだが足元を掬われる可能性も在り得る言いたい」

「なに、それは女狐の様な搦め手を使う相手のみだろうよ」

「それはそうだが―――ジュエルシードによる暴走体だけが相手なら杞憂に過ぎないが、他にもジュエルシードを集めている何者かが居る以上、直感に優れたセイバーですら時に足元を掬われる事も考慮するべきではないかね?」

「対魔力に優れたセイバーを相手にする以上、相手が魔術師なら何れは搦め手を使わざる得ぬという訳か―――考えすぎだろうアーチャー、此度は互いに初見となる故、相手もセイバーの実力を見抜けんだろうさ」

「今は、という話ではな……
(だが、聞けば彼女達は既に幾つかのジュエルシードを手にしているという、あの結晶体に何処まで出来るか解らないが………
もし、それを使いセイバーを相手に出来る何かを召喚する事も考えられる―――サーヴァントシステム等という業を真似る事は無理かもしれないが、ジュエルシードが内包する莫大な魔力を使えばサーヴァントにすら対抗出来うる何かを呼び寄せる事は可能かもしれない、注意は必要か……)」

セイバーさんの事で、アサシンさんとアーチャーさんが話しているとエイミィさんは「あの人、そんな一面もあるんだ」と両目を見開いてポカンとしていた。

「それで、フェイトって娘達は現れたのか?」

「そうだった。案の定、フェイトちゃん達も現れたけれど、セイバーさんと戦になって今はクロノ君と一緒に医務室にいるよ」

「医務室、どこか怪我でもしたのか?」

「二人共バリアジャケットを使っていたからちょっとだけどね。
フェイトちゃんが一方的にやられたのを目の当たりにしたアルフが、上空からの落下速度を利用した一撃必倒の拳を当てようとしたんだけど、逆に斬られて地面に激突したのが原因で少し打身になったくらいかな」

「地面に激突とかセイバーに斬られてとか、何ていうか色々と凄いわねバリアジャケット……」

お兄ちゃんとエイミィさんの話を聞いていた凛さんは、個人差はあるとはいえバリアジャケットという防護服の機能に呆れているみたい。

「じゃあ、アースラに戻ったら医務室に行けば会えるんだね」

「もう保護してるからね、なのはちゃんも回収を終えたら話しに行くと思うよ」

エイミィさんとの話で、戻ったらフェイトさんとお話しようと考えていたんだけど―――

「その前に、汗臭かったら向こうも嫌がるかもしれないからシャワーくらい浴びてからにした方がいいわよ」

凛さんに言われ第一印象は大事だと気が付く、そう、私が通う小学校では第一印象が悪かったのか私が近付いただけで涙目になったり怖がったりするし、一緒に遊ぼうとすれば泣き出す子もいたりする。
そうだよ……フェイトさんに会おうとしたら、汗臭いって言われて避けられたり、以前見たテレビのCMみたいに「この人臭いよ」って突然気を失ったりされたら困るもの。

「うん、シャワーを借てからフェイトさん達とお話をするよ」

アースラに戻り、リンディさんに回収したジュエルシードを渡すと、私は凛さんとお留守番させていたポチも寂しい思いをさせているかもしれないから一緒に入り、汗を流してからフェイトさんに会う事にした。
何せフェイトさんはもしかしたらこの世界でのアリシアかもしれないんだ。
私が使っているアリシアの体が漂っていた虚数空間のあった世界、その連ねる並行世界なら名前が違っていてもそれは可能性の一つに過ぎないから、一度フェイトさんに会って話をした方がいい筈だよ。
このアリシアの体を借りてから色々な事が解ったけれど、肝心のアリシア本人は既に死んでいるから礼のしようがないし。
本質は変わらないだろうけど、別の存在に転生しているかつてアリシアだった存在に「死んでくれて有難う、お陰で色々解ったよ」とか礼をするのもそれはそれで変な話だと思う。
なら、何の為にジュエルシードを捜しているのか分らないけれど、今この時を生きている同一的存在と思えるフェイトさんが何か困っているのならその力になる方がいいと思うんだ。
着ている服にしても、シャワーを浴びている間に洗濯してもらっているので臭くはないと思うから準備は万端の出で立ちで医務室へと行こうとして廊下に出ると。
そこにはお兄ちゃんとアサシンさんが男性用のシャワールームの前で待っていて、お兄ちゃんは私と一緒に出てきた凛さんの髪を下ろした姿に何だか顔を赤くしていた。

「ふ~ん、衛宮君達待っていてくれたの?」

「私はアリシアの護衛故、な」

「私はこの後、フェイトさんとお話しようと思うんだ」

「―――っ。そうか、やっぱりアリシアもあの娘の事が気になるんだな。
(―――やばかった。風呂上りの遠坂が何だが何時もよりも色っぽく感じて、自分でも赤面しているのが判った)」

凛さんの言葉にアサシンさんは普通に答えるるけれど、お兄ちゃんは私の声に「はっ」とした感じに反応し、横では、霊体化しているアーチャーさんが何だか解らないけれど溜息を吐いていてた。

「うん、もしかしたらフェイトさんはこの世界の私かもしれないもの」

「……やっぱりアリシアもそう思うんだ」

「確かに、他人の空似と呼ぶには余りにも似すぎている」

「そうだ―――うぁっ!?」

私が思っていた事は如何やら凛さんやアサシンさんも薄々気が付いていたみたいで、同じ様にお兄ちゃんも相槌を打とうとするのだけど目の前の空間にモニターが現れエイミィさんの姿が現れる。

「皆いるみたいだね、クロノ君がフェイトちゃん達や皆から事情を聞きたいので一緒に集まって欲しいんだって」

「―――あ、ああ。分った」

「便利すぎるのも問題ね……」

唐突も無く現れる空間モニターに驚きを隠せないまま返答する兄ちゃん、それを見て凛さんは呟き、アサシンさんも静かに頷きをいれた、多分、電話とかだと着信音が鳴るので電話が来たよって判るけれど、空間モニターは突然現れるから心臓に悪いのかもしれない。
そんな私達に気が付かないのかエイミィさんは「あれ、如何したの?」って感じにモニター越しで困惑の表情を浮べている。
それでも、話を聞いた処私達がシャワーで汗を流している間にフェイトさん達は治療を終え、事情を聞く為に別の部屋へと移動したそうなので私達もその部屋へと向う。
それ程大きいとは思えないアースラなのだけれど、軍艦であるアースラの通路には調度品とかの燃え易い物とかがなく、特色のない同じ様な通路が延々と続いていたりや、上や下へと繋がる階段やエレベーターとかもあるので教えてもらわないと道に迷う恐れもあったりする。
所々エイミィさんに教えられながら指示された部屋へと入ると、立体型ディスプレイの機能をもっつと思われる長方形のテーブルがあり、上座か下座なのか解らないけれど奥の方に艦長のリンディさんとクロノさんが座っていて。
その横にはフェイトさん、人型形態になったアルフさん、対面にはジュエルシードの回収を終え戻ったと思うセイバーさんと、なのはさんにユーノさんの三人が席に着いていた。

「これで全員ね」

「これから各自に事情を伺う、君達も座ってくれ」

部屋に入った私達を一瞥したリンディさんはクロノさんに視線を向け、何やら考え込んでいたクロノさんは入って来た私達に顔を向ける。
入って来た私達を見ると、俯いていたアルフさんは何だか目を見開いているので後ろに何かあるのかなと思い、振向いて確認するのだけれど驚くようなものは見当たらない、一体何に驚いていたのだろう?
色々疑問はあるけれど今は棚上げにするしかないかな、私としてはフェイトさんとお話ししたいけれど仕方が無い、軽く答えるお兄ちゃん達に続き私も「はぁい」と答えると適当な席に座る事にした。

「改めて名乗るが、僕は時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。
今回の件についてそれぞれの事情を伺いたい、正直に話してくれれば君達の事は悪いようにはしない」

そう語りながら私達を含めクロノさんが見渡す。
すると―――

「……話すよ全部」

「アルフ」

何か落ち込むような事があったのか、再び俯いたアルフさんは神妙に畏まり、隣のフェイトさんは話しちゃ駄目だよみたいな感じでアルフさんを見詰める。

「もう駄目だよフェイト、このままあの女の言いなりになってたら」

「だけど……それでも私は、あの人の為なら」

「それでも、だよ。フェイトだって解るだろ、例えここを抜け出せても、ジュエルシードを捜していたらまたあのセイバーとかいう女とも鉢合わせになるんだ―――勝てっこないよ」

「そうだね、速さも力も私じゃ敵わない―――でも、ジュエルシードさえ集まればきっと昔みたいになれるんだ……諦められないよ」

「なら、君達はそのジュエルシードを集めて何をしようと言うんだ?」

正直に話していいのかとアルフさんとフェイトさんの二人は悩んでいるみたいだけど、執務官という役職はよく解らないものの、この会議の纏め役であるクロノさんはフェイトさんの零した言葉に反応する。

「それについては私もフェイトも知らないよ」

「ただ、必要だから集めて欲しいって……」

「そういう事か、では君達はジュエルシードを集めるだけが目的という訳だったんだな?」

「そんなとこだよ」

「うん」

「なら。君達にそれを頼んだ人物と話をしたい、その人物の名前と居場所を教えてくれないか?」

「あの鬼婆の名はプレシア・テスタロッサ。
母親なのにフェイトを―――ん、如何したんだい?」

アルフさんと少し俯き加減のフェイトさんがクロノさんに話していると、話の中にお母さんの名前が出て来る。
やっぱり、フェイトさんはこの世界の私なんだねそう嬉しく思っているとセイバーさんの顔に僅かな変化が見られ、お兄ちゃんや凛さんの表情も具合が悪いような感じになっていた。

「プレシア・テスタロッサ、もしかして彼女はこういう人物なのか」

テーブルの上に現れた立体ディスプレイには、黒髪の優しそうな女性の姿が表示される、その姿は私の知っている生前のお母さんと同じだ。

「……もう、そこまで辿り着いてたのかい。
あのままやっていても、どの道捕まっていたって事か」

俯くフェイトさんを気に掛けながらアルフさんは話を続け。

「そうだよ、その女がフェイトの母でありジュエルシードの収集を頼んで来た奴さ」

立体ディスプレイに表示される母さんの姿を見て肯定するアルフさんに、クロノさんは「そうか、解った」といい一応謝意を言っているのだと思う。

「―――では、これは如何いう事か説明してもらおうかアリシア」

「うん、いいよ。
フェイトさんはねこの世界の私なんだよ、だから私はアリシアだけど、この世界ではフェイトって変わってるんだ」

「………まて、僕には君が何を言っているのか解らないぞ」

クロノさんは何だか私に少しきつめの視線を向けて来るけど、正直に話してって言われているので正直に答えるたらクロノさんは何だか困惑の表情を浮べてしまう。

「―――状況が状況ですから仕方が無い、私から答えましょう」

「頼む、そうしてくれ」

やも得ないって感じで重々しく口を開くセイバーさんに、クロノさんは私の話では変なのか頼んでいる………ちゃんと正直に話したのに、ちょっとだけど「むー」てなるかな。

「率直言いましょう、私達は別の並行世界から来ました。
私達の世界では、プレシア・テスタロッサは殺害され亡くなり、現在アリシアはシロウの養子となっています」

「並行世界?」

「もしとか、たらばとかの可能性の世界、もしくは多元宇宙とか言うかもね―――もっと、簡潔に言うのなら別の地球からやって来たって事よ」

「もしとかたらばの世界、そうか―――ならそういう事なのか」

セイバーさんの話しに今度はリンディさんが「なに、如何いうこと?」みたいな表情になってしまったので、凛さんが補足するとクロノさんは何処か納得した感じになった。

「そうだよ、並行世界の観測をしてたら次元震を確認して危ないから来たんだから」

「ちょっと待って。並行世界の観測とか言うけれど、僕達の世界で確認されているのは異次元である多次元までで、可能性の世界である多元宇宙への干渉については不可能領域の魔法の筈だ」

凛さんの言葉に私が更に付加えるのだけれど、ユーノさんはそれはあり得ないよと言って来る。

「いや、この件に関してはその可能性は十分在り得るだろう」

「どういう事?」

「僕が調べただけでも彼女、アリシア・テスタロッサは二十六年前に魔力炉の暴走事故によって亡くなっている」

「じゃあ―――彼女は一体!?」

「だから、だ。どの道、彼女がここにいる以上、生命蘇生か並行世界からとか時間移動とかいう不可能領域魔法が必要になるんだ」

「そんな……じゃあ古代魔法、それもオカルト扱いされてたアルハザードですら在りえるとでもいうの………」

隣で座っているなのはさんが、「え~と」と解らなくて困惑しているのだけれどユーノさんはごくりと唾を飲み込み私をキラキラと目を輝かしながら見詰める。
私も虚数空間とかは視て確かめていたから、この世界にはアリシアはいないものだとばかり思っていたけれど、そうなんだ、この世界にもアリシアは居たんだ―――あれ、ならフェイトさんは?

「それに、フェイト・テスタロッサの母親がプレシア・テスタロッサなら状況も違って来る」

「それは?」

私がフェイトさんについて変だなと思っているなか、クロノさんは話を続けアサシンさんが先を促す。

「かつて、プレシア・テスタロッサはミッドチルダの民間エネルギー企業で開発主任として勤務していた。
新型魔力炉の暴走については違法な手段で、違法なエネルギー用い、安全確認よりもプロジェクトの達成を優先させた結果引き起こされたと裁判記録も残っている。
しかし、その事件に管理局が関わる事はなかった―――それ程の大事故だったというのに変だと思わないか?」

「利権、ね」

私達を見回しながら疑問をぶつけるクロノさんに凛さんは心底嫌そうに口を開く。

「そうだ、当時も今も変わらないが魔力炉の建設には多くの利権が絡む。
本局の知り合いに頼んでまだ数日とはいえ、当時の事を知る人物を何人か聞き込みをしてもらった、すると、裁判に用いられた調書と違い、彼女が申請し受理された筈の安全措置が何もなされていなかったそうだ、それも当然だ、当時の彼女は実機への接触すら禁じられていたのだから知る術すらない」

「それじゃあ………」

「そう、プレシア・テスタロッサは勤めていた企業にその全ての責任を押し付けられたんだ。
その証拠として、その企業は彼女に対し刑事責任を訴えていない」

続けられるクロノさんの話しに、正義の味方を目指すお兄ちゃんは自らの事の様に感じ拳を握り締める。

「恥ずかしい話だけど、管理局内部にも関与する者達も居たんだと思う………そんな経験をした彼女が僕達を信用するとはとても思えない。
それも、管理外世界という何時現れるのかも判らないのなら尚更だろう、プレシア・テスタロッサが如何いった経緯でジュエルシードの事故に気が付いたかは解らないが、かつての事故と同様、複合暴走等の規模の大きい暴走が発生する前にフェイト・テスタロッサとアルフを派遣して回収させようとうるのも心情的には理解出来る」

「あの女がそんな風に考えてるとは思えないけれどね……確か、研究に必要だとか言ってたし」

「今のところ、彼女には公務執行妨害とロストロギア不正所持の罪状が課せられているが、まだ十分情状酌量の余地はある。
それに、ジェルシードが研究に必要とするのなら全てを集めた後、如何いった研究に必要なのか申請してもらえれば使用を許可出来るかもしれない、もし互いにすれ違っているだけだとしたらそれこそ問題だ」

「だから、母さんと話をしないといけないんだ……」

「そういう事になる」

クロノさんの話を聞くアルフさんんは何処か半信半疑な感じだけれど、フェイトさんはまだ何処か悩んでいるみたい。

「ところで君は、プレシア・テスタロッサの娘でいいのか?」

「その筈、でも思い出には……母さんは私にアリシアって呼び掛けていたんだ、私はアリシアじゃなくてフェイトなのに………」

「すまないが、君の事についてはまだ捜査が足りずにいる。
(その後の調べでは、それ以降プレシア・テスタロッサが行っていた研究は使い魔を超えた人造生命の生成。
記憶転写型特殊クローン技術、プロジェクトF.A.T.E、恐らくフェイト・テスタロッサは………だけど、確たる証拠がない以上断定は出来ない、か)」

「そう……なんだ」

「フェイトちゃん……」

苦いものを吐き出すようにして口にするフェイトさんに、クロノさんも苦々しい表情を作り答え、なのはさんは苦しそうに俯くフェイトさんを心配する。
だから私は「大丈夫だよ」と口にすると、皆の視線が集まるのだけれど、きっとこうなのかなと推測した事を言ってみた。

「この世界の私も、お母さんが忙しかったから寂しい思いをしてたと思うし、この世界の私が死んでいる間にお母さんが妹も欲しいだろうからって作ってくれたんだよ」

「妹?」

「うん、だから私の事はお姉ちゃんって呼んでもいいんだよ」

私がフェイトさんにそこまで告げると、「フェイト・テスタロッサの年齢を考えれば不可能とまでは言えないが……」とか「そりゃあ、他人とは思えないくらい似ているけどさ……」とかセイバーさんやアルフさんに言われるけれど。

「それに、フェイトさんは今をこうして生きているんだかもの、誰にも遠慮なんかする必要はないんだよ、肝心なのは君が如何したいのかなんだから」

「私が如何したいか……か」

「うん。例えフェイトさんの思い出がアリシアだったものの記録だったとしても、それに感じた想いは本物だと思うもの」

以前、このアリシアの体があった虚数空間に漂う次元空間航行船の残骸、そこから見つけたメインシステムみたいなモノから複写し端末に入れた情報の中にはプロジェクトF.A.T.Eとかいうクローン、生物の複製体を作る技術があり。
お母さんはそのクローン技術を使って美味しい牛や豚を複製し、世界中の食糧問題とかを解決しようとしていたのかなとか予想していたけれど、如何やら食べ物じゃなくて人の複製を研究していたみたいだね……
それに、クローンとかいう方法は同じ容姿をしていたとしても中に入る本質、魂が違うので別人になるのが当然なんだから。

「フェイトさんが嫌ならお友達でもいいけど……どうせ、私もアリシア違いだし」

「私もフェイトちゃんと友達になりたいんだ」

「………うん、ありがとうアリシアと―――」

「なのは、高町なのは」

「ありがとう、なのは」

俯いたままのフェイトさんに色々と話したものの、元気は戻らずにいて失敗したかなと少し落ち込みかけたものの、なのはさんが助けを入れてくれたのでフェイトさんはようやく俯いていた顔を上げてくれた。
それからフェイトさんはお母さんの居る『時の庭園』とかいう移動庭園型の次元空間航行船の座標を教えてくれ、私達は場所を艦橋に移し連絡を取る事になる。

「私は時空管理局提督、リンディ・ハラオウンです貴女がプレシア・テスタロッサですね」

通信を入れると大型モニターに大きな椅子に腰をかけるお母さんの姿が映し出され、その姿を確認したリンディさんは自らの名を口にする。

「……そう、貴女は酷い子ねフェイト。
私が頼んだジュエルシードも碌に集めず、あまつさえ時空管理局に売るだなんて」

「違うよ、売っただなんて……私はただ、母さんの事が心配だから………」

でも、画面に映ったお母さんは「ふぅ」と軽く目蓋を閉じ一呼吸程してから開けると、リンディさんではなくフェイトさんを非難し始めたんだ。
本来ならここはお姉ちゃんである筈のこの世界のアリシアが言わないと駄目なんだろうけれど、既に死んでいるので代わりに私が言わないといけないんだろう。
そう結論付けた私は、フェイトさんの前へと歩みを進めこの世界のお母さんに話すことにした。

「そうだよ、フェイトさんはお母さんの事も、ジュエルシードの事も心配なんだから。
それで、この世界のお母さんが罪にならないようリンディさんやクロノさんと話し合って連絡したんだよ」

「―――っ!?」

「あっ―――そういえば、まだ自己紹介まだだったね、私は別の世界から来たアリシアなんだこの世界のお母さん」

既に死んだ人間が現れたせいか、目を見開いて驚いているお母さんに、こんにちはという挨拶も込めて左で手を振るい話を続ける。

「私のお母さんは、私を生き返らせれくれた後で殺されちゃったからもう居ないし、飼っていたリニスもいつの間にかいなくなってたんだ。
でも、この世界のお母さんはまだ生きていて、フェイトさんもいるんだから一緒に幸せになって欲しいんだよ」

「っ、リニス―――貴女はリニスの事を覚えているの!?」

ガタッって音を立てつつ椅子から立ち上がるお母さんは、それまでの落ち着いているというより何処となく冷ややかな感じすら漂わせていた雰囲気から一変し、何だか慌てたように落ち着きを失っていた。

「そうだけど………リニスは山猫っていう種族の猫さんでとてもいい子だったんだ。
私のお母さんは会社で色々あって忙しかったから一緒にピクニックとかにも行けなくて、寂しい思いもしたけれど、リニスと一緒に遊んでたから……でも、ある日お家で遊んでいたら気が付いたら死んでたんだよ」

うん、そうだよ。
生前、この身体の元となるアリシアが死を迎えるその時まで一緒に遊んでいたリニスは、間違っても冬木に住む三毛猫とかいう邪悪な種族とは違うもの。

「………あ、貴女にはちゃんとしたアリシアとしての記憶があるのね!」

「ほえ?」

「ああ、アリシア!!貴女は紛れも無い本物のアリシアよ―――うくっ」

紛い物とはいえアリシアを名乗っている以上、記憶があるのは当然なのにと思っていたら、この世界のお母さんは涙を流しながらふらふらとした足取りでモニターに近寄り―――不意に手で口を押さえるものの、口元から血を溢れさせながら崩れるようにして倒れた。



[18329] リリカル編07
Name: よよよ◆fa770ebd ID:0a769004
Date: 2012/02/27 19:44

プレシア・テスタロッサが私達の世界のアリシアとの通信の最中に突如倒れる姿が映し出されると、アースラ艦長のリンディは何かあった時の用意なのか、又は交渉が決裂した時の備えなのか事前に転送ポートへと集結させていた武装局員達を素早く送り込みその身柄を確保した。
そして、慌しくアースラの医務室へと移されたプレシア・テスタロッサを検査した医療班の見立てでは、全身に悪性の腫瘍が転移していてアースラの設備では手の施しようが無いと診断され。
急遽設備が整っている時空管理局本局とか呼ばれる、何というかSFとかに出てくる宇宙要塞のような所へと向かいそこの集中治療室へと運び込まれる事になった。
私達にしてもアリシアが居る以上、無関係という訳にはいかないのでフェイトとアルフと一緒に集中治療室の前にてプレシア・テスタロッサの意識が戻るのを待つ事にし。
見渡せば運び込まれた医療施設は時空管理局という異星文明ではあるけど、感性は私達の世界と同じらしく病院の通路や内装は簡素なものになっている。

「お母さん大丈夫かな……」

壁にもたれ掛かるアサシンを背に、両手にポチを抱き佇むアリシアは集中治療室の中を眺めるながら呟く。
ガラスのような透明な仕切りから窺えるプレシア・テスタロッサは顔に呼吸を楽にするだろうマスクがつけられ、体の各所には薬剤か栄養剤かは解らないけれど何本かの点滴のチューブが伸びている。

「……母さんがそんな酷い状態だったなんて知らないでいた」

「フェイトだけじゃない、私もだよ」

俯きながら病院らしい実用本位の飾り気のない長椅子に腰を下しているフェイトは、今まで母親であるプレシア・テスタロッサの振る舞いから病状を窺える要素が無かったのかと自分を責め、隣に座るアルフはそんなフェイトを慰めていた。
そういえば、ミッド式魔法に属する使い魔と主は精神リンクというパスがあるらしいからアルフはフェイトの心情を察したみたいね。
この二人はロストロギア、ジュエルシードの事故に関する重要参考人とされているものの罪状はロストロギア不正所持と公務執行妨害であり。
それの刑罰にしても、精々二、三ヶ月の保護観察処分で終るだろうとクロノは語っていた。
まあ、それ以前に司法取引というか、そのクロノっていう事務員はアースラが本局に戻る必要がある事から、残りのジュエルシード監視の為としてフェイトの承諾を得た『時の庭園』とかいう移動庭園から武装局員達と共に監視に当たっている、多分、この事件が終ったら刑罰とかじゃなくてなのはとユーノ同様、何らかの報償があるかもしれない。

「もしかすると、プレシア・テスタロッサは自身の死期が近いことを悟り貴女達に厳しく当たっていたのかもしれない」

「そうかもな……」

フェイト達と同じく長椅子に座るセイバーや衛宮君は、アルフからフェイトが受けていたいう虐待について考えを巡らせているみたい。
でも―――

『どう思う、アーチャー?』

『状況からはセイバーの言う通りにも判断出来るが、それまで研究一辺倒で滅多に会う事すらなかったという経緯からすれば虐待は別の意味だろう』

『それに、フェイトとアリシアと話していた時のプレシアの様子……』

『恐らく、凛の予想通りだと私は見るがね』

『………そう』

私は目蓋を閉じ息をはく、私の想像が正しいのならフェイト・テスタロッサっていう女の子は、プレシアにとっては道具かそれに似た存在でしかないのだろうと。
凡そ一代で魔法に至った稀代の魔導師プレシア・テスタロッサ、並行世界の人物とはいえその在り方は魔術師のそれに近いと予想するのは容易い。
なら、魔術とミッドチルダ式魔法が違うように時空管理局とかいう組織が治める魔法文明にとっては異質で異端、狂っているとすら思われるかもしれない、間桐に引き取られた桜程の扱いは受けて無いでしょうけれど、生体改造とか少なからずあの娘は同年代の他の娘達が受けないような虐待か、それに似た何かを受けている筈だ。
ただ……気になるのはアリシアと話していた時のプレシアの反応、それが、フェイトよりもアリシアの方が資質が高いからこその喜びだったのか、本当に虐待でフェイトは母親であるプレシアに憎まれた被害者だったのかは本人でないと判らない、か。

「遅くなったわ、ご免なさい」

私が考えを巡らせていると、カツカツと廊下に音響かせながら早足に歩くリンディの姿が現れる。
急ぎ本局内の医療施設が必要になったとはいえ仮にも軍艦が入港するのだ、施設の手配以外にも艦長ともなれば上への報告とか様々な雑務はあるのは仕方が無い。

「クロノからの連絡からだと、フェイトさんから借りた時の庭園でのモニタリングは順調に進んでいるみたい。
それから、なのはさんとユーノさんの二人には一旦戻って貰ったわ、なのはさんの家族や友人が心配するといけないもの、でも、もしもジュエルシードの魔力波動を検出したとしてもクロノと武装局員で対応出来るから安心して」

そうさりげなく話すリンディだけど、何処と無くぎくしゃくしていて芝居が掛かっているようにも見られる。

「それはいいとして、検査の結果はどうでしたか?」

「………医者が言うには、あの容態でよく動き回れたって不思議がっていたほど。
症状の進み具合からして、もう何年も前から蝕まれていたのでしょうね……それが、アリシアさんと話している際に気を抜いてしまい意識を失ったそうよ」

「そんなに酷かったのか……」

席から立ち上がったセイバーはリンディに向き直り訊ねるが、リンディは奥歯をかみ締めるようにして表情を歪め唇を噛み、それを耳にした衛宮君は両手を握り締めた。

「聞いた限りでは、あと一ヶ月は持たないそう。
それに……あの容態では正気だったのかすら怪しいものでしょうね」

「―――そんな!?」

「あの鬼婆がね……」

リンディが口にするプレシアの命の短さに、驚きと戸惑いで目を見開くフェイトの隣では、アルフが今までの事を振り返っているのかしみじと声を漏らす。

「それから、時の庭園内でこちらの世界のアリシア・テスタロッサの亡骸も確認したわ……アリシア・T・衛宮さん、貴女は正真正銘、不可能領域魔法の使い手として認識されたわよ」

アリシアを見るリンディの表情からは、今だ信じきれない様子が窺える―――まあ、それもそうでしょうなんたって私達の世界でいう魔法の領域なのだから。

「どうでもいいよ、そんな事」

でも肝心のアリシアはリンディの視線を受け、ちらりと視線を返すものの、心の底からそんなモノに価値などないように呟くと。

「うん―――私、決めたよ。」

ガラス越しに窺える集中治療室のベッドに横たわるプレシア・テスタロッサに戻した。
多分、この娘にとって名声などというものは大して意味をなさないのなのでしょう。
間違っても魔法、それも並行世界の干渉という第二に対して言ったのでは無いと思いたい―――つ~か、それ言われたら家の家系に喧嘩売ってるようなものだし。

「決めたとは?」

今まで後ろの壁に背を持たれかけ掛けさせ、静かに両目を閉じていたアサシンだけど、アリシアの言葉に片目を開け問い質す。

「この世界のお母さんが護ろうとしていた地球を、ジュエルシードの脅威から護るの、でないと安心して逝けないと思うんだ」

「―――そうか、そうだよな」

「確かに。逝くにしても、心残しがあるのとないとでは違う」

「そうよな、あながち間違いではない。
安心できず成仏出来ねば、死して後も彷徨うはめになるだろうよ―――女狐の下で門番をしていた頃は、毎夜毎夜、迷ったモノ達が彷徨い来てたのでよく解る」

ガラス越しにプレシアの容態を窺うアリシアの小さな背を見つつ、衛宮君とセイバーも頷き、聖杯戦争の時にキャスターの下で山門に囚われていたアサシンは夜な夜な寺へと彷徨い来る幽霊の姿を目撃してたのか思い出すようにして語る。

「だからジュエルシードの事は時空管理局と私達に任せて、フェイトさんとアルフさんはお母さんが気が付いた時に安心出来るようにここで待っているといいよ」

如何やらアリシアの中のプレシア・テスタロッサ像は、蒼く輝く地球に突如降り注いだジュエルシードという脅威、それに立ち向かうフェイトとアルフを派遣し指示を出す長官とか司令官とかになっているのかもしれない。
そういえば、あの娘ってその手の番組をよく見てるとか桜が言ってたっけか、でも衛宮君がマッチョと同じになるとかならないとか言いながらアーチャーに詰め寄って困らせてたけれど何だったのかしらね……

「そういや、アンタの所は亡くなったんだっけか……」

アルフは、自身が何者なのかという不安や母親を失う悲しみで俯き堪えているフェイトを抱きしめるようにしながら、一人じゃないと安心させるように頭を撫で続けている。

「そうだよ、私も生き返った時に本来のアリシアとは違うモノになったけれどね。
でも、私はこうして今を生きているし、例え思い出だとしてもお母さんと一緒にいた時の記憶と想いは間違いじゃないと思う―――だから、お母さんに心配させないよう前を見て生きないと駄目なんだ」

わずかに振向き口にするアリシアの姿は小さいながらも何故か大きく見える、きっとこの娘は神霊級とかで強いだけじゃなく、芯である心根そのものが凄く強いのだと解った。
同時にこの娘が誤ったまま育つ事の危うさも、アリシアもまた衛宮君やアーチャーと同じで動き出したら止まらないタイプ、しかも、衛宮君やアーチャーとは違い実力は神霊級ときた……誤った目標で突き進んで行けば、数ある神話と同様、周囲に悲劇や災厄を振り撒く存在になってしまうでしょうね……

「でも、他にも手立てが無い訳じゃないでしょ?」

「何かあるの―――っ!?」

「手立てって―――イリヤの魔法にでも頼るのか?(……確か遠坂には、アリシアも第三魔法っていう魂の物質化が使えるのは言ってなかった筈だよな?)」

胸の内で心の贅肉ねと呟きながらも、私は口にするとセイバーは途中で「はっ」と何かに気が付き、衛宮君にいたっては魔法に至ったイリヤに頼むのかとか言って来る。
たく、仮にイリヤに頼んだとしたらプレシアの問題も解決するしょうけど、奇跡である魔法との等価交換なんだからその対価は桁違いになるのは間違いない、そんなものを誰が払うのよ……

「あのねぇ、衛宮君。私達が目指すものは何だか解ってる?」

「神の座だっけか?」

「そう。でも、それは本来なら人の一生をかけても到底到達するには短過ぎるの。
だからこそ、魔術師は様々な系統を研磨・研究して延命する術を磨いてきたのよ―――イリヤが至った第三はその究極の一つだけど、プレシア・テスタロッサの状態なら魔術のレベルで十分だわ」

罵りたいのを抑えつつ、私は目の前にいる一代で根源に至りながら魔術しか学んでこなかったというトンでも野郎に対し溜息をはいた。

「ここ本局の設備と医師達の腕は私達の世界のでも最先端を行くのよ、その医師達が匙を投げる程の症状なのに―――貴方達の魔術なら可能だというの?」

「考え方の違いね。治せないのなら、体を移し換えてしまえばいいのよ」

「体を移す?」

「そう、要は魂を別の入れ物に入れ換えるってこと」

別のミッドチルダで予想した通り、ミッド式魔法にはこうした術は磨かれてこなかったらしく、リンディは私の言う魂の移し換えという方法を訝しんでいる。
―――けれど、出身はリンディと同じミッドチルダとはいえ、私達の世界にて魔法という奇跡を扱える者、即ち賞賛と畏怖を込めて魔法使いと呼ばれる筈のアリシアまで「お~」とか、まるで、そんな手があったんだってな表情をされると私としてもどう答えればいいのか分らなくなる……

「そうすれば母さんは助かるの?」

「多分ね」

魔法使いとしては問題児なアリシアを他所に、目の前に提示された希望という名の光に釣られたのか、俯いていた顔を上げ私を見詰めるフェイトに頷いて答える。
心の贅肉だと解っていながら私は目の前のフェイト・テスタロッサという何処となく儚い雰囲気を纏う少女を放って置けなかった。
だからこその提案、知り合いに腕いい人形師を私は知っているけれど、封印指定にされる程の人形師である彼女は相当高い筈だ……まあ、その辺の支払いはアリシアに立て替えて貰って何れフェイトに返してもらえばいい。
そうすれば、返済するまでフェイトが如何すればいいとか、なにをしたらいいとか余計な事を考える余裕はなくなるでしょうから。

「取敢えず、簡単にでも調べたいからプレシアの状態を診せて貰っていいかしら?」

「ええ、医師から中に入る許可は貰っているから」

「そう。なら入らせてもらうわ。
それから―――集中したいから皆は私の後にしてね」

私は集中治療室の扉を開けると中に入ると、痛みを緩和するためでしょう、麻酔を施された事によって規則正しく静かに寝息を立てているプレシア・テスタロッサへと歩みを進める。
今でこそ安らかに寝ているけれど、恐らく彼女を蝕む病は安らかな眠りすら許さなかっただろう、だからか一時期的とはいえ薬により苦痛を緩和された彼女は深い眠りの中にあった。
実は集中したいからというのは嘘、私が魔術を使い解るとすれば精々体と魂の大まかな状態くらいだ、それなのに何故かと問われればフェイトとプレシアの仲をどうにかしたいという心の贅肉。
多分、桜が間桐に出された後すぐに助け出していればという後悔や、四次で父さんを失い悲しみからか正気を失った母さん、それらへの代償行為と言われればそうなのかもしれない、けれど、何というか放って置けないのだこの母と娘は……

「――――――Anfang(セット)」

魔力回路のスイッチを入れると同時に、左腕の魔術刻印を起動させる、祖先から脈々と受け継がれてきた魔術刻印に固定化された魔術、そのうちの一つ発動させるとプレシア・テスタロッサの記憶を読み始めた。
記憶を視ているうちに色々な事が解る―――功を焦り安全管理を怠った会社上層部が引き起こした魔力炉の暴走、それよる愛娘アリシアの死、それを目の当たりにした嘆きと絶望、失ったモノを取戻そうとした研究と技術、プロジェクトF.A.T.Eと呼ばれる任意のプログラムが書き込める『新たな容れ物』としての人造生命の開発。
そして蘇った……いえ、アリシアの記憶を持ったモノは人格が違った、他にもわずかな記憶が無くなっていたりアリシアとは利き手や受け継がれる事のなかった魔力資質―――それも、アリシア本人の命を奪った忌まわしき輝きに似た金色の輝きときた……
だからか、本物のアリシアに対する愛情が深いからこそ、プレシアにとってフェイトはそれすら奪い取る悪魔か悪鬼にしか見えなくなってしまい、自身がアリシアと呼ばれていたことを消したんだ……

「救われないわね……」

このままだと二人共救われないのは確か、例えプレシア・テスタロッサの魂を人形に移し変えたとしてもフェイトに対する見方は変わらない。
プレシアにしても、魂を失ったアリシアの亡骸の記録を頼りに幾度複製を創ろうとも肝心の魂が失われてしまっている以上、恐らく彼女の努力が報われる日は来ない。
それは、私達の世界のアリシアにしても同じ……いえ、あの娘は自身をアリシアとは違うモノと称していたから自覚してる、か。
例え『原初の海』とかいうトンでもな神様が魂の欠片ともいえる残留思念を纏め上げたとしても、それだけでは到底足りるはずが無い、だからこそ他に何かを加える事で魂として造り上げている筈だ。
以前は在ったモノが無く、代わりに別の何かが入っている以上、あのアリシアは元々のアリシアとは違うモノと判断する必要がある―――だからアリシアは自身の事を違うモノと称したのでしょう。

「正に心の贅肉ね……」

仕方ないとはいえ他に方法も無いので、私は―――わずかでもきっかけとなるのならばと記憶を書き換える事にした。
でも、魔術すら用いた記憶操作ですら矛盾が大きければそこから記憶が戻ってしまう、だから私はプレシアの記憶を更に視続ける、すると、プレシア・テスタロッサが何故フェイト達を使いジュエルシードを集めさせていたのかが判る。
ユーノ・スクライアが発掘したジュエルシードは次元干渉型エネルギーを秘めた結晶体だ、その次元干渉というのがポイント、何故ならプレシアの目的はミッドチルダでも在ったとされているものの実在がはっきりとしない太古の文明―――次元干渉により穴を開け、長年の研究からプレシアが世界の外へに在ると判断したアルハザードへと至る事。
………成る程ねぇ、目的が根源という神の座と、アルハザードとかいう神代レベルの魔法が普通に存在していた文明との違いはあるけど、不可能領域魔法と呼ばれる私達の世界でいう魔法の域に至る事が目的なら、プレシアはこの世界の魔術師と呼べるのかもしれない。

「―――あった」

プレシアの記憶を視続けようやく見つける、わずかな希望を―――それは、仕事でプレシアが一緒にいてくれない寂しさからか生前のアリシアが妹をプレシアに強請っていた記憶。
その記憶の印象を強めにし、アリシアとしては失敗だったフェイトを廃棄するよりもロストロギア等を使った違法・禁忌の術を行う際の実行役として残すのではなく、例え失敗だったとしてもアリシアが蘇生した時に妹がいれば喜ぶだろうに変え手伝わせ、虐待については一向に進まない研究によるストレスや体を蝕む病の苦痛によりやってしまったという風に、他にもアリシアが命を失った原因となる暴走事故の輝きを少しだけ違うように改竄した。

「これで、少しはフェイトを自分の娘だと想えるようになれればいいのだけど……」

この程度ではすぐに元通りとはいかないでしょうけど、二人が時間を掛け親子として接する機会が増えればプレシアにも変化はある筈、そう―――願いたいわね。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第07話


集中治療室へと入る遠坂を見送った俺達は、左腕の魔術刻印を起動させので何らかの魔術を行使しているのだろう、フェイトの母親であるプレシアさんが横たわるベッドの傍らに立ち動かなくなった姿を見守る。
ここからだと、遠坂の背中で左腕が隠れてしまうから何をしているのか判らないけれど、こと魔術に関して俺は遠坂に及ぶ筈もないから、多分、判ったとしても何をしているのか理解出来ないだろうな………まあ、遠坂の事だから変な真似はしないとは思うけど。
とか、そんな事を考えていたら―――

『それにしてもアリシア。
聖杯の力ならば、あのような病すら治せる筈。
何故、プレシア・テスタロッサが病に蝕まれているのを知ったのにも関わらず聖杯を使わなかったのですか?』

『ほえ。だって、使うにしても使わないにしてもちゃんと聞いてからじゃいと駄目なんだよ』

『やはり使うつもりだったのですか……』

セイバーとアリシアの交している、念話という秘匿性の高い会話を俺にも聞こえるようにしている以上、関係する話題なのは当たり前なのだけど―――アリシアは世界に穴を開けれて外にあるという膨大な力、俺達の世界でいう処の聖杯を自由に使えるのだからそれを使えば解決するのには気が付かないでいた。

『ん~、それに聖杯じゃなくても体を創り直せばいいだけだから、別に聖杯を使わなくても第三魔法の応用とかで十分だよ?』

『いえ、そういう話ではありません。
もしもの場合、貴女が魔法や聖杯を使いプレシア・テスタロッサを生き返えさせるのもよいでしょう、しかし、その時貴女は人では無くなると言いたいのです』

『―――そういう事か。
確かに、奇跡というモノを容易く行うのならばそうともなろう』

アリシアとセイバーの会話にアサシンの声が混ざり振向けば、「あの時我らを受肉させたモノは、冬木のモノではなく別のモノであったか」とか呟き頷いている。
アサシンやセイバーを受肉させたのは、多分、アリシアが使える聖杯なのだろうけど、あれ……待てよあの時は第三魔法だったけっか?
聖杯戦争の事が随分昔の出来事のように感じてしまい、既に記憶が曖昧になっていて詳しくは思い出せないでいる。
まあ、そんな事はどうでもいいとしてアサシンはアリシアの護衛の仕事をしているし、何より一緒に生活している仲だからセイバーにしても部外者って訳にはいかないのだろう。

『ええ、恐らく奇跡を成し遂げた貴女も元には、多くの者達が押し寄せ同じ様に奇跡を求めるでしょう―――そして、何れ貴女は人から神と呼ばれる存在になる』

『別に呼び方なんか如何でもいいけど……』

『そういった意味ではありません、私はかつてシロウの養父、衛宮切嗣に英雄など人類にとって必要ないものだと説かれた事があった。
英雄等という存在は、戦場という凄惨な地獄を華やかな武勇譚で人々の目を晦ましてしまうからだと。
それを踏まえ貴女に語りましょう、容易く死というものを覆すのならソレは神と呼ばれるモノになるだろうと―――それも、死から遠ざけられた人々はいずれ死を軽視し恐れなくなり命を緩慢に腐らせるだろう神に。
そうなれば、アリシア貴女は人と呼べる存在では無くなる、それを念頭に人のままでいるか神になるか選ぶべきだ』

『命を腐らせるのは言過ぎかと思うが、概ねセイバーの言う通りであろうな。
ソレが奇跡を扱える魔法使いか畏れられる由縁、その者達が神にでも悪魔にでもなれるという意味なのであろうよ』

『あう……私は人じゃないと困るよ。
でも、フェイトさんとか悲しんでいる人がいて治せる手段が有るのに使わないのは可哀想だよ』

『……それはアリシアの言う通り難しい処だ。
ですが―――この事は心に留めて置いて欲しい』

セイバーやアサシンの言いたい事も解るし、アリシアを心配する二人の気持ちも解る。
まだ幼いとはいえ、アリシアの力は神霊級という途方もない力であり、更には聖杯という万能の力まであるのだ、アリシアの事を思えばその力の使いようには気を付けないといけないだろう。
ふと、かつて衛宮士郎として生き、守護者にまでなったアーチャーの記憶を思い出す。
アイツですらどんなに助けを求められても、どんなに助けたいと願っても助ける事が出来ない、請われても応えてやれない出来事等は山のようにあった。
でも、使い方次第では万能となる力、聖杯ならそれが出来る、誰も傷つかず、哀しむ人達のいない世界それはどんなに―――でも過去を改竄してしまうというのならアイツは求めないだろう。
俺だってそうだ、聖杯の力で死んだ人間を蘇らせたり、悲しい過去を変えたりするのなら、そんな間違った事は望めやしない。
だけど、重い病に蝕まれているとはいえフェイトの母親はまだ生きている、起きた事を無かった事にしてしまうやり直しとは違うんだ。

『セイバー、少し厳しくないか?』

だから俺は念話を送りセイバーを見据えた。

『フェイトの母親のプレシア・テスタロッサを助けたいという願いなら、そこまで言わなくてもいいだろ。
何よりアリシアはもう自分の母親を失ってるだ、同じ悲しみをフェイトにも味わせたくないんだとと思う』

『しかし、士郎。人というのは思いの外弱いもの、聖杯戦争を体験した士郎なら解る筈。
人々から英雄ともてはやされた者達すら叶えたい願いがあったのだ、そうでない者達が知ればこれ幸いに群がるであろうと予想するのは容易い、とな』

『そうですシロウ、現に私達の世界でも言峰綺礼はアリシアを神と称し崇めているではありませんか……』

俺の言葉にアサシンが答え、続いてセイバーが付加え、あの神父は既にというか色々と手遅れですがといった感じで軽い溜息をはく。
そう言われればそうか、俺の魔術の師である言峰はアリシアを降臨された神とか言って勝手に信仰していたっけか……でも、傍から見ればちっちゃい女の子を信奉する神父だからなあ、セイバーが思うように色々と手遅れなのかもしれない。
そんなセイバーは再びアリシアに視線を向け。

『プレシア・テスタロッサの方は凛が上手くやってくれるみたいですが、アリシア、貴女はどうか自身の力の使い処を間違わないようにして下さい』

『うん、私も人でいたいもん。
使うにしても、他の人達に知られないようにして行うよ』

「どうかしたのかい?」

念話で会話していた俺達の様子を訝しんでいるのかアルフが見詰め、フェイトにしても如何かしたのかとやや不安な様子だ。
多分、表情を変えてないけれどリンデイさんも何かあったのかと思っているに違いない。

「なに、魂を別の器に入れ換えると言っていたがどの様なものかとな」

「そういうこと。そうね……そう言われると確かに気になるわね」

俺が不味いと過る間にも、壁に寄り掛かったままのアサシンが助けを入れてくれリンディさんの表情が変わる。

「ん~、ルビナスさんに作って貰えばいいんじゃないかな。
ルビナスさんのホムンクルスは丈夫で長持ちするし」

「そうだ―――いや、まてアリシア。
ルビナスのホムンクルスは千年以上の耐久性があるけれど、さすがに千年以上もの寿命は普通の人にとっては如何だかな……」

「―――っ、千年!魔術師ってそんなモノが作れるのかい!?」

「ちょっと長過ぎかな……私の方が先に死んじゃうね」

提案するアリシアだけど俺の言葉にアルフとフェイトは驚き目を丸くしている。
それもそうか、俺達の世界でもルビナス並のホムンクルスを創れる魔術師は居ないかもしれなのだから……

「だったら、キャスターさんに頼むとか?」

「神代の魔術師であるキャスターならば、相応の器を作るのも出来るでしょう。
しかし―――その考えは危険だ、その対価は計り知れない」

「左様、如何に惚気て緩んでいようともあの女狐は危険といえよう。
他にも、器を作るにしても材料探しから始めるのではないかという懸念もあるしな」

更に提案を続けるアリシア。
だけど、セイバーとアサシンの言う通りキャスターは止めた方がいいな、はじめは善意で引き受けてくれそうだけど、途中で悪知恵ひらめいて土壇場で裏切りそうな気がする。
まあ、それ以前の問題としてアサシンの言う通り、作ってやるから材料持って来いとかになったらそれはそれで大変だ。

「フェイトさんのお母さんの容態からして、今から材料を探してたら間に合わないわね……」

「そうでもないよ。この世界と私達の世界とでは時間の共有は行われていないから、向こうで材料を探したり器を作ったりして時間を掛けたとしても、こっちの世界から向こうに行く際に目印をつけてから行けばその時間軸に戻れるもの」

「はぁ………何ていうか、不可能領域の魔法ってのは凄いんだね」

プレシア・テスタロッサの容態はいつ危険にな状況を向えても不思議ではない状態、リンディさんは検査をした医者からそれを伝えれているので時間を掛けるような方法は選べないのだろう。
しかし、アリシアの使える第二魔法はそういった事象すら意味のないモノと化してしてしまうのだ、聞いていたアルフは呆れた表情をしてアリシアを一瞥する。

「時間軸に戻れるって事は時間遡行とかも出来るの?」

「ん~、やり直しとかはしない方がいいよ。
過去を変えるとそれはそれで色々と問題が―――」

話を聞いてたフェイトはある事に気が付き訊ね、それにアリシアは口を開き答えるものの「あっ」て表情になり閉ざし。

「―――ジカンッテノハ、ナガレルホウコウガキマッテルモノダカラデキルワケナインダヨ」

と、フェイトに目線を合せないようにしながら再び語り始めるものの、その態度からしてバレバレだろう。
見れば、やはり分ったらしいリンディさんがクスリと笑みを浮べていたりする……

「アリシアは凄いね……私なんか及びもしないよ」

「そんな事ない。フェイトは一流の戦闘魔導師なんだ、フェイトに勝てるような奴はそういない。あの白い娘―――ええと、なのはだっけか、そいつだって勝てなかっただろ」

「でも、もう加減が出来る相手じゃないよ―――なのはは」

「たく、フェイトにそう言わせるんだから立派なものだよなのは、は」

呟くように口にするフェイトにアルフは微笑みながら髪を撫で励ましているのだけど、アースラに記録されていたなのはの映像を見る限りでは並みの魔術師なんかでは太刀打ち出来ないレベルだったりするのだけど、肝心のなのははミッド式に出会ってからまだ一ヶ月もしていないそうだとか。
で、そんな呆れてしまうような才能を持つなのはに対してフェイトは幾度か勝っているそうだ、でも、なのはとフェイトが戦ったらそれは既に子供の喧嘩ってレベルじゃないよな……ミッドチルダってのは子供の喧嘩ですらそんな凄まじいのだろうか?
まあ、それは置いとくとして、フェイトの言う事ももっともだろう、何しろ世界の情報を書き換えたりとかで大人になったり身体能力をサーヴァントであるランサー並にしたりとか、俺の世界でいう魔法が使えるとか、万の軍勢を相手に一方的な殲滅戦をしたりとか、『原初の海』とかいう滅びそのもののような神様を呼べるとか色々ある―――というか、だからこその問題なんだけど。

「ところで、フェイトってどんな魔法が使えるんだ?」

アリシアについてまだまだ教えないと駄目だなと溜息をはいた俺は、話を逸らす意味も兼ねて訊ねてみる事にした。
すると、フェイトの得意魔法は投射魔法のフォトンランサーとか圧縮魔力刃のアークセイバーとか、広域雷撃魔法のサンダーレイジ他にも捕縛魔法や近接戦闘も得意だそうだ。
それらを組み合わせて最も得意とする距離は、射撃を放ちそれを避けたり防いだりしても、高速移動魔法により一瞬で距離を詰め近接戦闘が行える中距離だそうなのだけど……フェイトってそういった方面の魔法しか学んでないのが判り戦闘魔導師って名称の由来も想像出来た。
勿論、遠坂にへっぽことすら言われてた俺に比べればアリシアと変わらない歳から積み重ねてきた錬度からして別次元なのだが………プレシアさんは一体どういう教育方針で子供を育ててるのだか、フェイトの受けてきた教育を聞けば何故アリシアが物事を拳で語るような性格なのか判らないでもないな―――って、本当に大丈夫なのかミッドチルダは。
管理局の地上本部とかいう偉い人が何とかして治安を向上させようとしているみたいだったけど、その前に教育方針から変えないと駄目なんじゃなのいか?
そんな疑念を抱きつつも話を続けていると、並行世界だからなのかリニスという山猫がアリシアの世界では普通の飼い猫なのだけど、この世界ではプレシアさんの使い魔であり、フェイトの教育係でもあったそうだ。
そんな感じに僅かな違いが出て来るので、他にも雑談を交え聞いていると集中治療室の扉が開き遠坂が出て来る。

「どうだったんだ?」

「……まあ、今のところ魂には異常は無いみたいだから大丈夫でしょう」

俺は中から出てきた遠坂にプレシアさんの容態を聞くものの、遠坂の口調はよいものではないからリンディさんの言っていた通り時間の余裕は無いのだろう。

「じゃあ、後は魂を移し変える器を作ってもらうだけだね」

「そういった器を作れる人物に心当たりはありますか凛?」

「勿論よセイバー、前にライダーの魔眼殺しの眼鏡を作ったのを覚えてる?」

「成る程、今回もそこに依頼するのですね」

「そういう事」

時間は無いものの、アリシアの行う第二魔法ならこの世界と俺達の世界との時間的な繋がりはないから、向こうで作り持って来れば後は魂を入れ換えるだけとアリシアは言いたいのだろう。
そして、セイバーは移し変える器を誰から用意するのか気にしていたようだ、まあ、遠坂の事だから間違ってもキャスターには依頼しないと思っていたけど、そう言われば随分前にライダー用の眼鏡を作って貰ったっけか。

「……あの、私も連れて行ってもらっていいかな?」

「フェイト?」

「母さんの為にしてくれるのだから、私だって何か手伝わないと駄目だよアルフ」

「それはそうだけどさぁ……」

フェイト縋るような眼差しで俺達を見詰め、アルフはやや困惑した表情を浮かべつつも「どうなんだい?」って目で訊ねて来る。
もしかすると、アルフはこちらでは不可能領域魔法って呼ばれている第二魔法に、人数とか重量とかの制限が在るのかもしれないと懸念を抱いているのかもしれない。

「私はいいけれど、お兄ちゃんは如何かな?」

そう語るアリシアからは別段、並行世界へと移動する第二魔法には人数制限とかは無い様子、神霊級とはいえ一体何処まで滅茶苦茶なんだか……

「私は構いませんが……」

「同様に、な」

「そうだな、泊める部屋にしてもまだなんとかなるだろうし……良いんじゃないか」

セイバーとアサシンはちらりと俺を見て口にし、少し考えてから俺も答えた、そもそもフェイトの容姿はアリシアにとても似ているから、藤ねえや桜にしてもアリシアの親戚が来たと話せば了解するだろう。
しかし―――

「そう。なら、私も一緒に行くわね」

何というかリンディさんまで来るという。

「あら、私はジュエルシードの事故を担当しているアースラの艦長であり、フェイトさんはこの件の参考人なの。
犯人って訳じゃないから、行動の制限や拘束とかはないけれどフェイトさんとアルフさんだけで行かせられないわ」

俺はリンディさんが来るとは予想していたかったので少し驚いたものの、リンディさんの言い分ももっともか。

「わかった、そう言う事なら何とかしてみる」

三人の部屋にしても邸の客室にはまだ余裕があるから大丈夫だろうし、藤ねえと桜にはフェイトの保護者役と言えば納得する……かな。

「じゃあ、早速行くね」

とか、アリシアが言うなり病院施設の廊下だった場所から邸の庭へと光景が変わり、同時に真夏の日差しが肌をじりじりと焼き始める。
初めて俺達の世界に来たアルフとフェイトの二人は「―――っ、頭に何か!?」とか「これって……」とか戸惑っている様子だけれど。
リンディさんは「そう、向こうの第九十七管轄外世界とあまり変わらないわね」とか、直接頭の中に入って来る情報を噛み砕き、あまつさえ「便利なものね不可能領域の魔法って」とか余裕を持って対応してるから、アースラの艦長として様々な苦労を経験してきたんだろうな。

「ここだと暑いから、取敢えず後の事は中で話そう」

こうしてリンディさんとフェイト、アルフの三人は一時的とはいえ俺達の世界へ来る事となる。
―――だけど、この時の俺は家の居間に別の世界のミッドチルダで買ったお土産が在るのをすっかり忘れていたりする。
その為、皆と一緒にリンディさん、フェイト、アルフの三人を居間に案内し適当に座ってもらい、暑いだろうからと台所で冷たい麦茶を入れていると。

「……あら?」

「どうしまし―――っ」

「っ!?」

ふと、何気なく居間の片隅ある紙袋に視線が動いたリンディさんは首を傾げ、その表情を訝しんだセイバーは訊ねようとするものの「はっ」と息を飲み、同じく遠坂にしても紙袋へと寄り紙袋の中身を窺うリンディさんの姿に「しまった」って感じで顔に手を当てていた。

「これって―――ミッドチルダの銘菓、何でこんな所にあるのかしら?」

「如何してかしらね?」とまるで透き通るような笑みを浮かべて訊ねるリンディさんに、セイバーと遠坂の二人は「やむを得ません」、「そうね……」とか言いつつ頷き合い。

「……言い難いのですが、その土産物は貴女達の世界とは別のミッドチルダにて買った物です」

「早い話、ジュエルシード絡みでリンディさん達の世界に行く前に行った所がそこなのよ」

「私達の世界の並行世界ねぇ。
並行世界の移動や、本局からこの世界まで行えた超長距離転送魔法からして不思議とは思えないけれど………
(そうした場合、このお菓子の賞味期限は約十年後になってるから、この手のお菓子がそんなに長く持つ訳はないし、その世界は私達にとって未来に相当する世界って事になるわね………)」

「正直に言いますと、そのミッドチルダにてデバイスマスターという資格を有する人物に作ってもらったのが私やシロウ、凛が持つデバイスなのです」

「そうは言っても、普通に店に行って買っただけなんだけどね」

もう此処まで知られてしまったのなら話さない訳にはいかないと判断したセイバーは、デバイスの件を語り、横で苦笑いを浮べる遠坂も向こうに行ったけれど普通に買い物しただけだよって付加える。
そんな二人の話を聞いたリンディさんには額に指を当て「如何したものかしら……」って呟き。

「ひとまず、その件はフェイトさんのお母さんの事が片付き次第詳しく教えてもらうわ。
そうね―――信用されるか判らないけれど、一応報告書とかにも書かないといけないから、もしかしたらその世界に行く事になるかもしれないけれど良いかしら?」

「うん、そんな事なら何時でもいいよ」

リンディさんの提案は、如何やらアリシアにとって簡単極まりない事のようで何時でもいいよと応えると、「魔法使いの自覚ないでしょ……アンタ」とか「よく解らないけど、不可能領域の魔法ってのは滅茶苦茶なんだねぇ」とか遠坂とアルフは口にする。
それもそうだろう、アリシアの様子を見てると、何だか第二魔法って実はとても簡単な魔法なんじゃないかとか錯覚をしてしまうのだから。
でも、そうはいっても魔法とは不可能を可能にするモノなのだから其処に至るにはイリヤのように根源に至ったりとかで大変だし、時空管理局の在る世界では不可能領域とかすら言われている領域だ。
そんな簡単な筈であるわけ無い―――しかし、当の本人は魔法という奇跡のありがたみを知らずにいて。

「ん~、並行世界間の移動は第二魔法って名称でこの世界にあるし、次元を通じて移動を行う術は時空管理局のある世界にあるのに……何でその二つを掛け合わせると滅茶苦茶な扱いになるのかな?」

とか口にしていて不思議がっている。
その姿からすると、如何やらアリシアにとっての魔法とは、知っていると便利な生活の知恵みたいな感覚のようだ。
幾ら『原初の海』とかいう神様に生き返らせて貰ったとしても、セイバーが心配していた通りこのままでは不味いかもしれない……とはいえ、それに関しては追々教えていくしかないだろうな。
まあ、何はともあれ別の理を起源とする世界より俺達の住む世界へとやって来た時空管理局提督のリンディさん、フェイトとアルフの三人は土地の管理者である遠坂から魔術師の常識というか基礎の基礎を教わる事となった。
何せ、彼女達は俺達の世界でいう処の魔術が日常から使われている世界から来たんだ、基本中の基本は教えないと露見する可能性が高く危険でもある。
その事は何れ土地を管理している遠坂にもリスクとして圧し掛かってくるだろうし、仮に壊れた大聖杯とかの件で他の魔術師がこの土地に訪れていたとして、三人のうちの誰かが何か捜し物とかで広域探索魔法のエリアサーチなんかを使いでもしたらたちまち感知されてしまうだろうからな………
俺が知る限りでの魔導師に比べれば、魔術師には非情な一面があるものの関連する知識とか教えないでいるリスクと、教えるリスクを天秤にかけたのなら教えた方がリスクは少ないのだろう。
そんな訳で遠坂の魔術師講座は、途中で食事を挟んだものの魔術と魔法の違い、時間と資金を費やせば実現出来るモノが魔術であり、魔術や科学では出来ない実現不可能なモノ、向こうでいう処の不可能領域魔法を俺達の世界では魔法と呼ぶ事から始まり。
魔法文明が発達し、日常生活ですら魔法が用いられているミッドチルダとは違って、この世界では魔術は秘匿するものであると同様に、魔力も必要時以外は外に感知されないようにしなければならないとか、他の魔術師の前で魔力を出そうものなら、それはその魔術師に対し敵対意思の表明と判断されても仕方がないとか。
他にも魔術師は基本的に研究者であって日常生活でも魔術を用いる者は少く、そして、方法や手段として魔術を用いる者は、先に語られたように魔術とは秘匿するものに反する事から、魔術使いと呼ばれ魔術師達からは軽蔑されるなどを順序よく説明していった。
遠坂の話は台所から聞いていた俺にしても、魔術が秘匿されていない文明であるアヴァターや長いこと神の座に居たせいもあり色々と為になったのは言うまでも無い。
三人に注意を施す遠坂は、最後に魔術協会について語り、魔術協会とは魔術を学問として学ぶ者達の互助会であり、魔術協会は自分達以外に魔術という神秘が漏れる事を恐れる―――それこそ人の命よりも。
話を聞いていたリンディさん、フェイト、アルフの三人はそれを聞かされると息を呑み「そこまでするの……」とか「そんな……」とか「たかが魔術がばれない為に……」とか口々にしていた。
説明するとややっこしいけど、多くの人々に知られるようになった神秘はもはや神秘ではなくなるからなのだが………神秘の分散やら魔術基盤の制限や制約とかの話は、ミッドチルダ式魔法という制限や制約が無い業を扱うミッドチルダ出身の三人には言っても理解出来そうに無いだろうから遠坂にしても省いているのだろう。
その遠坂は身に着ければ外へと漏れ出す魔力を抑えるという、俗に『魔力殺し』と呼ばれる道具を取りに自分の邸に向おうとするものの、話を聞いていたアリシアはアヴァターへと向う時の為と用意していた道具の中にキャスターに作って貰った『魔力殺し』の指輪があるらしくそれを渡した。
聞く処によれば、以前イリヤの城で『魔力殺し』の腕輪を見せてもらい、その話をキャスターした処、何でもキャスターには道具作製とかいうクラス能力があるとかで簡単に作ってもらえたらしい、他にも素材さえあれば護符や魔術礼装やとかも作ってくれるとか。
いまいち信用ならないキャスター絡みなので、一瞬大丈夫かと過るものの、時期的に考えれば丁度その頃は葛木との結婚が控えていた頃のようだからキャスターにしても纏まった資金が欲しかったのかもしれないな。
まあ、それでもアサシンの言っていたようにキャスターに人形の器を作ってもらうとなれば、やはり素材から探さないと駄目のようだ。
その『魔力殺し』を身に着けたリンディさんは「………この指輪は私達の世界だと相当危険な品物になるわね」とか呟き何やら顔を顰めていたりするし。
他にも、向こうのプレシアさんの容態が悪いのでアリシアも急いでいたのか、着の身着のままでこちらの世界へとやって来てしまったリンディさんやフェイトにアルフの三人の服装は夏向きの格好ではないので一旦取りに戻ったりしたものの。
俺達の文明とミッドチルダ文明というか服装にはそれ程の差がないので、時空管理局の制服とかバリアジャケットではなく私服にしてもらえれば藤ねえや桜にしても違和感は感じられないだろう。

「じゃあ、私は人形師に連絡してくるから後はお願いね衛宮君」

「ああ、任された」

「だったら、私も一緒に」

俺が遠坂に頷き返すなか、何処となく遠慮がちにしていたフェイトが口をひらく。

「貴女にして欲しいのは、魔術回路とは違うリンカーコアを人形師の彼女に診せて欲しいからなのよ。
だからフェイトの出番にはまだ早いわ、それに、向こうにも事情があるだろうし今は連絡を入れるだけだから」

「ほえ、リンカーコアなら私にもあるよ?」

「そう言われてもね……アリシアのとフェイトのじゃ全然違うでしょ」

プレシアさんの容態が悪いので焦りがあるのだろう、遠坂に付いて行こうとしていたフェイトは「うん……」と頷いて立ち上がろうとしていた姿勢からまた座る、でもリンカーコアの出力の違いにから不適格扱いされたアリシアは落ち込んでいるのか「あう……」と声を漏らしていた。
しかし、遠坂は相変わらずというか……普通なら言い難い事をはっきり口にするな。
その遠坂は「連絡が取れたらまた来る」と言残して自分の邸に戻り、真夏なので日こそまだ高いけれど時刻を見ればそろそろ夕方と呼んでもいい時間帯だ。
しかし、夕飯を作ろうにも冷蔵庫を見てみれば少々食材が心もとない、それに増えた人数分の材料を買い込んでおかないと。
他にもリンディさん、フェイトとアルフの話は桜には遠坂から伝えられるそうだから良いとして、藤ねえには俺から話さないとな。
三人にも口裏を合せてもらうし、年齢の差はあれフェイトとアリシアの二人は双子とでも呼んでもいいほど似ているから親戚と言われれば藤ねえにしても疑わないだろう、それに、リンディさんはアースラで艦長をしていたくらいだから政治手腕にも長けているのだと思いたい。

「なら、今のうちに俺も商店街に買い物しに行って来る」

まあ、藤ねえが来る時間にはまだ早いだろうから今はマウント深山商店街に行って今晩の食材を確保しない事には飢えた虎や獅子が何をしでかすのか判らないからな。



[18329] リリカル編08
Name: よよよ◆fa770ebd ID:0a769004
Date: 2012/02/27 19:57

「むう、そうなんだ。
てっきり、アリシアちゃんの親権に関わる話しかと思ってたから緊張した」

「ふう」と息をはいて片の力を抜いた藤姉さんは、テーブルを挟み座るリンディさんから視線を変え剥かれた梨を二つ三つと啄ばみ。

「もし、そういう話だと教会の言峰さんにも連絡を入れないとならないしね……
あの人、聞く限りはまともなんだけれどアリシアちゃんに関してだけは少し偏った想いがあるみたいだから少し心配していたんだよ」

「ええ……今回はそういった話ではないので心配なさらずに」

「でも、フェイトちゃんか―――見れば見るほどアリシアちゃんとそっくり。
実は双子のお姉さんって事はありません?」

「確かに似ていますけど、双子にしては歳が離れ過ぎですよ」

リンディさんは藤姉さんとそのまま談笑を続けてころころと笑いあっていた。
この世界にやって来たリンディさんにフェイトさんとアルフさんの話は、桜姉さんには凛さんから、藤姉さんにはお兄ちゃんから伝えられたので初めは驚いていたみたいだけれどそれ程問題にはならないみたい。
アルフさんにしても部分的に変身魔術を使ってるのか獣耳と尻尾を隠しているので問題にならず、商店街で働いていて色々と苦労しているライダーさんにしても働いている時にお兄ちゃんから聞いたのか知っていて、私とフェイトさんを見ると「聞いてはいましたが、私の姉なみにそっくりです」とか言って驚いていた。
ただ、フェイトさんは食が細いので皆で食事をするとすぐ食べ終わってしまい、それを目の当たりにしたセイバーさんは「そんな量で如何するのです、そんな事では何かあった時に力が出ないではありませんか!」とか力説していたけれど。
横からライダーさんに「そういう貴女は三杯目のお代わりはそっと出すものですよ」とか嗜められていて言葉に詰まっていた。
でも、肝心の凛さんが当てにしていた人形師である蒼崎燈子さんは何でも店をたたんでしまい、他にも魔術師仲間から伝え聞いた荒耶宗蓮って人にも連絡が取れなくなっていて当てが外れてしまっていたんだ。
それでも、凛さんが言うには義体である人形を作れる人は少ない訳では無いそうなので諦める事無く捜していて、それでも駄目だった場合にはセイバーさんの故郷である国の時計塔っていう魔術師さん達が沢山いる場所があるのでそこで捜すつもりらしい。
それよりもセイバーさん達が言う処の聖杯という世界の栄養や、私がフェイトさんのお母さんの体を分解して再構築すれば解決してしまう話なのだけれど………
そうすると、私自身が人に出来る以上の事をしてしまうらしいので『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』という疑問が解らなくなるどころか、折角アリシアの体を使っているのにも関わらず神として崇められてしまうみたいなんだよ……
アリシアの記憶からもたらされる想いからは、並行世界のお母さんとはいえ助けたいし、このアリシアには出来なかった一緒の幸せをフェイトさんには成して欲しい―――でも、そうすると私の知りたい事が解らなくなるという……

あぅぅ、やろうとすれば簡単に出来るのに―――っ!?

―――もしかして、『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』って話はこういった葛藤やもどかしさから来るのかも?
そういえば、自分にも他人にも厳しいセイバーさんだって聖杯っていう願いを叶えるモノを望むほどだったのだから、言われたようにそうじゃない人達なら尚更なのかもしれない。
それでもランサーさんが教えてくれた槍術等のように、板挟みになったりや進退窮まったりしながら精練されていったり、それまでの経験から他の武具等が作られたりした訳だから諦めなければ方法は在るのかも知れない。
そんな状況なので取敢えず次の日の朝、私も凛さんとは別口で作製出来そうなキャスターさんに話を伺おうと柳洞寺へと向かい歩いている。
前にお兄ちゃん達はキャスターさんは信用出来ないとか話していたけれど、話も聞かないで信用出来ないと決め付けるのも変だから初めは私とアサシンさんだけで行こうとしたけれど、相手がキャスターさんなので何だか色々と警戒しているらしくセイバーさんも一緒に行く話となり、それならとお兄ちゃん来る事となって。
四人で行こうとすればしたで、やっぱりというか、事がお母さんの話なのでフェイトさんも一緒に行くって話しになり、そうなるとフェイトさんが心配なアルフさんや保護者的な立場であるリンディさんも一緒に行く事となってしまい、結局、凛さんとアーチャーさんを除いた皆でキャスターさんが住んでいる柳洞寺へと向う訳になった。
八月である今は真夏なので、まだ午前中なのにも関わらず降り注ぐ太陽の熱線は容赦なく肌を焼き、アスファルトの照り返しもあってか気温以上に体感温度を押し上げている。
それでも、柳洞寺の長い石段は周りの木々の木陰やそよそよ吹く風の影響もあってかそれ程暑くは感じられず、上りきって山門を抜けると私服のキャスターさんが手に桶と柄杓を持って水を撒いていた。

「おはようございます~」

「あら、アリシアに坊や達じゃ―――っ」

私がキャスターさんに挨拶をして、キャスターさんも私達の方に向くけれど。

「って、ア……アリシアが増えてる!?」

水を撒いていた腕を止め唖然とするキャスターさんは、昨日のライダーさんと同じ様に私とフェイトさんに驚いていた。

「初めましてアリシアの親戚のフェイト・テスタロッサです」

「私はフェイトの使い魔でアルフ」

「二人の保護責任者のリンディ・ハラオウンです」

柄杓を手にしたまま驚いているキャスターさんにフェイトさん、アルフさん、リンディさんの三人はぺこりとお辞儀をする。

「しかし、打ち水とは……境内とはいえ大変だろうに」

「親戚ねぇ……」と呟いてフェイトさんを見ているキャスターさんに、アサシンさんは寺の敷地を見渡しながら口にする。

「それでも、しないよりはした方が幾分かマシよ」

お寺である柳洞寺には空調設備とかは無く、キャスターさんは魔術の達人なんだけれども必要以外での魔術は使わないので部屋に居ても暑いんだと思う。
そんなキャスターさんは「まあいいわ」とアサシンさんから私達に視線を変えると「それでどんな用件なのかしら?」と見回し。

「坊ややアリシアだけならおおよその見当がつくけれど、セイバーとアサシンが居る以上何かあったんでしょう?」

「何かあったというか、キャスターに頼みたい物があるんだ」

「ええ、話は魔術に絡むのでここでは……」

魔術は秘匿するものなのでお兄ちゃんとセイバーさんは言いよどんでいる。
後、キャスターさんが見当がつくって言っているのは、多分、私ならキャスターさんに用事でお兄ちゃんならお友達の一成さんに勉強を習いにって感じなんだと思う。

「そういうこと。
まあ、アリシアは私にとっても重要なクライアントだもの―――いいわ、ついて来なさい」

クスリ笑みを浮べるキャスターさんは、いつも行く西側の建物の奥のはなれではなく別の方に歩き出す。

「何でアリシアが重要なクライアントなんだ?」

「あら、アリシアに頼まれて色々な魔術薬を調合したけれど……そう、坊やは知らなかったのね」

「む。一体、何を頼んだのです?」

キャスターさんに続いて歩くなか、気になったのかお兄ちゃんは訊ね、その話を聞いたセイバーさんは私に視線を向ける。

「もう終ったけれど、イリヤお姉ちゃんと一緒にアヴァターに行く準備として、疲れを取る薬とか魔力を回復しやすくする薬とかを頼んだんだよ」

これらの薬は結果的に私達が使う事はなかった品物だったけれど、アヴァターにて起きた王都防衛戦では終えた後も怪我をした人達が沢山いて治療士や医者に薬師の他にも、回復魔術が使える人達が大勢繰り出されていたから傷の治りを早める薬とか、魔力の回復を促進させる薬等は喜ばれていたっけ。

「む、アヴァターですか」

「うん。材料の関係もあってそれ程用意は出来なかったけれど、向こうの人達からは喜ばれたよ」

何よりアヴァターの人達には私達の文字が読めないので、こっちで普通に市販されている薬だと種類も多いいし説明が大変だったりもする。
それに、主に魔力を用いてての治療技術が発達しているアヴァターでは、怪我が悪化させないようにする薬よりも魔力の回復を促進させる薬の方が喜ばれる傾向もあったから親切な竜が居る世界で買った魔術薬とか巻物やキャスターさんの作った薬等はとても好評だった。

「そのアヴァターって所が何所だか判らないけれど、私の薬が判るのなら魔術に関しての技術はそれなりにあるようね。
そうね、材料さえ調達出来ればネクタルだって作ってあげるわ―――でも、誰か実験させてくれるのならエリクサーも試してみたいわね」

「……悪い、今回のは薬じゃないんだ」

作った薬が喜ばれて嬉しいのか、振り返り満面の笑みを見せたキャスターさんの視線はお兄ちゃんに注がれている。

「でも、薬とかの注文だけなら、それほど重要なクライアントって訳でもないんだろ」

「あら―――神代の業で作られた薬が今の時代に出来るとでも?」

「……もしかしてトンでもない金額なのか?」

「気になるなら管理人のお嬢さんにお聞きしなさいな、最近、預金通帳の中が唐突に増えたって事はないかって」

「―――OK、この話は聞かなかった事に」

夏なので汗をかくのは何時ものことなんだけど、キャスターさんと話すお兄ちゃんは何となく汗の量が増しているみたいだった。

「そうは言っても、管理人のお嬢さんにはお金で解決出来る事の依頼や、魔術に関する素材や材料を扱う業者への紹介料を払っただけなのだけど。
問題はその素材や材料がやたら高いのよ、折角アリシアの支払いがよくても材料費で結構持っていかれてる感じね」

「……ふむ、女狐にしても苦労しているのだな」

少し溜息混じりで話すキャスターさんに、アサシンさんも何処か同情的な口調だ。

「魔術に関するものならそれ程でもないわ、むしろ――――――小姑の方に苦労させられているわ」

「葛木先生って母親や姉が居るのか?」

「いいえ、宗一郎様は天涯孤独の身。
正しくは小姑のような相手よ……」

魔術品や魔術薬の作製とかよりも小姑って相手の方が苦労していると嘆息するキャスターさんの言葉に、セイバーさんは「姉……ですか」と義姉であるモルガンさんの事を思い出したのか俯き。
リンディさんにしても「何所でも嫁姑の問題はあるものなのね……」と何だか納得しているようだった。
話しながらもキャスターさんの後ろをついて行くと、異空間とでも呼べるような空間を渡り、明らかにお寺とは造りの違う白地に美麗な斑紋がある石材をふんだんに使われた神殿へと出る。
ここは陣地として作製され、聖杯戦争の時には急ぐ必要もあってか新都の人達から魔力を吸い上げたりして蓄えていたそうだけど、平穏な今では周囲から魔力を吸い上げたりする必要もなく地脈の魔力を蓄えるだけになっていた。

「ようこそ、ここが私の工房よ」



とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第08話



見るからに石材をふんだんに使い建てられたギリシャ風の神殿、木造建築の柳洞寺とは明らかに違う構造から別の次元に作られたキャスターの工房なのだろう。

「成る程、そういった理由で移し変える器が必要なの」

「ああ、そうなんだ」

案内された俺達は石造りのテーブルを囲むようにして椅子に座り、フェイトの母親プレシア・テスタロッサの体が悪性の腫瘍に蝕まれ容態は深刻なものとなっていて義体となる器が何故必要なのかを語った。
一応、フェイトの母親であるプレシアさんと俺達が知っているアリシアのプレシアさんとの同姓同名の件は、病状が悪いのもあるのだろうけれど見た感じ歳が三十歳近く離れているようなのでそれを理由に、魔術を受け継ぐ家系の事情によりフェイトの母親からアリシアの母親に名が受け継がれたとして誤魔化している。
せめて一世とか二世とかつけとけば分り易かったのだろうけれど、フェイトの母親の方が年齢が高かったので無理があり、藤ねえや桜には少し厳しかったけれど生来の魔術師であるキャスターはそれで納得出来たみたいだ。
そんなキャスターからふと視線を逸らせば、頭のない骸骨達が箒や塵取りを使い掃除している様子が見て取れる―――後に竜牙兵とか呼ばれるゴーレムの一種だと教えられたけど、遠坂以上に生粋の魔術師であるキャスターがこのように使うからには、如何やらここ半年間でこの工房に溜められた魔力は膨大な量になり余裕があるからなのだろう。
何せ、ここ柳洞寺は冬木市最高の霊地であり、その地下には大聖杯が造られる程のなのだ、そんな所で半年も陣地を構えて蓄えていたのなら魔力の量が膨大になるのも至極当然なのかもしれない。

「それで、どれくらいのモノを作ればいいのかしら?」

「どれくらい……ですか?」

キャスターの工房に気を取られていたのもあるけれど、義体である人形の種類の等これっぽっちも考えていなかった俺は虚を突かれ、代わりにセイバーが問い質してくれる。
その姿は、昔、魔術師である後見人の工房に出入りした際に高い授業料を支払ったとかで聖杯戦争から見慣れた鎧姿ではあるものの、それだとそれまで着ていた服が毎回破れてしまう事からデバイスを得た今ではミッド式の防護服であるバリアジャケットの術式にて編んでいるそうだ。
しかも、見た目こそ変わらないもののバリアジャケットの方が以前使っていた魔力で編む方法よりも効率的で防御効果が著しく増しているらしい。

「―――そうね、タロスみたいなモノにするのなら素材の調達が難しいけれど」

「タロスって、ギリシャ神話に出てくる鍛冶の神ヘパイトスが作ったので。
クレタ島を徘徊しながら近づく船に石だか岩を投げつけ沈めたりや、上陸されたら全身から熱線を放って撃退したとかいう奴か?」

「そうよ、似たようなモノなら作れなくもないけれど素材の調達や作製に時間は掛かるわね。
まあ、素材としての神の血はライダーにでも頼み込めばいいと思うわ、アレでも悪名高きゴルゴン姉妹の末娘ですもの」

俺達としては普通に人間として生活出来る義体としての人形が欲しかっただけなので、よもや神話に出てくるようなトンでもなヤツは想像していなかった。
というか、もしプレシアさんがタロスのような姿で元気になったら管理局の世界ではロストロギア扱いされないだろうか……
しかも、幼いながらも一流の魔導師としての技量を誇るフェイトの母親であり、聞いた限りではアリシアの母親も一流の魔導師であり優秀な研究者だったそうだから―――離れていればミッド式魔術で撃たれ、近づけば全身から熱線を放ったりか……何というか相手がサーヴァントでも普通に張り合えそうなレベルだな………

「いや、そもそも青銅で出来ていませんでしたかアレは」

「……お母さんには生きていて欲しいけれど、体が青銅だったら少し困ると思う」

「いや、少しどころの話じゃないよフェイト!
つ~か、船を沈められる程の石とか岩とか投げる怪力とか全身から熱線ってもう人間じゃないだろ!?」

「アルフさんここは抑えて。
なら、他には如何いった素材で出来るのかしら?
(タロス……か、聞く限りだと戦闘機人のようにも聞こえる話ね)」

「そうね、他には金とか銀、宝石とかでも作れるわよ―――強度で考えるならダイヤとかの宝石で出来たモノの方がお勧めかもね」

異論は俺以外にもあり、セイバーやフェイトにアルフは異議ありと申したて、いきりたつアルフをリンディさんは落ち着かせる。

「それなら、あと腕とかも飛ばせるようにすれば色々と便利だね」

「えと……出来ればお母さん人間でいて欲しいんだ」

「でも、料理とか研究とかしていて離れられない時に、腕を飛ばせられたら離れた所にある物を取れるから便利だと思うよ?」

明らかに明後日の方向で話すキャスターと同意見なのか、アリシアは頷きつつ補足的な意見を口にするのでフェイトは困り顔になっている。
―――というかアリシア、お前はフェイトの母親を如何いう体にしたいんだと言いたい。
そりゃあ、料理していて火とか使っている時に離れた物を取ろうとした場合に便利なのは解るけれど……各種魔術による耐性が施されたダイヤモンドで体は構成され、怪力やら熱線の他にロケットパンチまで使えるようになったらもう人間と思う奴は居なくなる―――いや、もうミッド式とか使わなくてもバーサーカーとすらやり合えそうなレベルだ。

「特別な機能とかはいらないから……人間として普通に暮らせるようになれればそれでいいんだよ」

「あら、そんなのでよければ材料が揃ってから二週間程度もあれば出来るわよ」

余りに斜めに逸れている話に疲れたのかアルフが零すと、キャスターはまるで「そんなモノでいいの?」という拍子抜けしたような感じで答える。
性格は兎も角として、流石は神代の魔術師といった処か……俺達が移し変える人形の器を作れそうなのかという質問に対しての考えからして違っていたのだから。
キャスターからしてみれば、義体である人形の器を依頼する以上今の魔術の域ではない神代の域の業で作られた器を作れるかという話として聞いていたのだと思う。
だからこそ、タロスだとかいうトンでも人形の話が浮上したのだろう、な。

「ああ、それで頼む」

「ええ、普通に暮らせればいいので」

経緯はどうあれ、ようやくまともな話に入れると思いつつ俺とセイバーはほぼ同時に頼み。

「よろしくお願いします」

「よかったねフェイト」

キャスターに頼みながら頭を下げるフェイトに、フェイトとパスが繋がっていて感情が判るからだろうアルフは安堵して嬉しそうにしている。

「ようやく話に入れるか。
ならば、早々に魔術回路とリンカーコアの違いを診て貰ってはどうだ?」

「そうね、私達のもつリンカーコアと魔術回路ってのは随分違う構造みたいだから……」

魔術に関する話は解らないので今まで黙っていたアサシンが口を開き、その言葉にリンディさんも頷きを入れた。

「魔術回路と違う?」

「うん。私やフェイトさん、リンディさんはこの世界で一般的な魔術回路じゃなくてリンカーコアっていうので魔力を生成しているの」

「如何違うの?」

「取り込んでいるモノが違うから状況によって変わるけれど、魔術回路は生成が早く魔力の回復とかに優れていて、リンカーコアは保有出来る魔力の量が多いいんだよ」

「でも、魔術回路もなくてよく魔術が使えるわね?」

「その辺は大丈夫だよ、私達の魔術は地球の外でも使える術だから魔術基盤の影響は受けないもの」

「そういう事、有象無象の魔術師達が狭い視野で魔術回路を一本でも多くしようとしているなかでなお、外を視野に入れての肉体改造や業を作り上げ魔法に至らせしめた貴女達の系譜には敬意を賞するわ」

珍しくきょとんとした表情を浮かべるキャスターに、魔術回路とリンカーコア双方に詳しいのだろうアリシアが答える。
キャスターにしても、幾ら神代の魔術師とはいえ地球外の文明なんかは知り得る筈もないのだから仕方ないと思うけど………如何やらリンカーコアの事をプレシアさんの系譜が長い世代を掛けて育んできた特別な器官なのだと判断したようだ―――とはいえ、実際は別の宇宙から来た人達だという予想等出来る筈もないのだけど……

「だからこそなのだけど、聞く限りリンカーコアという魔術基盤に頼る事のない特殊な器官は、魔術刻印のようなモノに近いのでしょう?。
幾ら師である親が危険な状態とはいえ、他の魔術師に安易に診せていいとは思えないけど?」

「気にし過ぎじゃないか、別に診せても減るものでもないんだからさあ」

「なんだか魔術って制約が多いいのかな?」

「そうみたいね」

生粋の魔術師であるキャスターからしてみれば、診せても減らないと口にするアルフとか、遠坂が端折ったのもあってか魔術回路から魔術基盤というモノを動かして扱う魔術についてはフェイトもリンディさんもまだよく解っていないようであり聞いていたキャスターは「はぁ……」と溜息を漏らしてしまう。

「本来の魔術なら使う者が増えれば増えるほど秘められた神秘が薄められるから秘匿するのが当たり前なのだけれど、魔術基盤に頼らない魔術を行使するかしらね………そんな魔術の常識すら解ってなかったみたいね貴女達」

呆れた表情でアリシア、フェイト、アルフ、リンディさんの四人を見詰めていた。
まあ、それは兎も角―――

「キャスター、間違っても何か仕掛けたり仕込んだりは止めてくれよ」

「無用の心配よ坊や。
私にしたって今の暮らしを続けたいもの……ようやく手にした宗一郎様との生活と天秤に掛けるような真似は出来ないわ」

「……む。そうかごめん、悪いこと言ったな謝る」

イリヤから聞いた話ではメディアがキャスターの真名であり、裏切りの魔女と呼ばれていた由来があるので釘を刺そうとしたのだけど要らぬ心配だったようだ、キャスターは葛木先生や一成達との今の柳洞寺の生活を壊したくないのだろう。

「では士郎。話が纏まった以上、我等はこの場を離れた方がよかろう」

「何でだアサシン?」

「なに、何はともあれリンカーコアというモノを診せるのだ―――衣服のままでは難しかろう?」

「っ、それもそうか」

アサシンに急かされ気付く。
言われてみればその通りだ、幾らフェイトやアリシアが子供とはいえ女の子なんだ、リンカーコアがどんなモノなのか診せる必要があるとはいえ男である俺やアサシンが居ては不味いだろう。
それに、遠坂にしても色々な方面に連絡を入れて捜してくれている筈だから、キャスターが義体である人形の器を作ってくれる話しで纏まった以上は連絡を入れないと不味い。

「それじゃあ、俺とアサシンは外で待っているから」

ここは女性同士に任せて俺達は一旦離れた方が良い―――そうだ。

「葛木先生の昼飯ってキャスターが作ってるのか?」

リンカーコアが魔術回路とどれほど違うのかなど俺なんかに解る筈もないけれど、今の時間からキャスターに頼むのと昼飯の支度が厳しいくらいは解る。

「ええ、まあ―――そうだけど、それが如何したの?」

「いや、今からキャスターに仕事を頼むのだから台所を貸してもらえるのなら代わりにと思って」

「―――もしかして、坊や料理できるの?」

「もしかしなくても出来るぞ。
うちの家事の大半は受け持ってるからな、どんな物を作って欲しいとか教えてくれれば作れるぞ―――例えば葛木先生が好きな食べ物とか」

「前に聞いたら宗一郎様は、何を作っても食べてくれるのよ私の作ったものなら何でもいいって」

料理という単語に一瞬表情が強張ったけれども葛木先生の名前をだしたのが原因か、話している内に変なスイッチが入ってしまい幸せそうに語るキャスターの姿は裏切りの魔女などと呼ばれていた人物とはかけ離れていた。

「でも、宗一郎様はこの国の料理が好きみたいだし―――」

目の前で幸せそうに料理に悩んでいる人物がかつて―――いや、この世界では半年前になるんだった、街中の人達から生命力を吸い取っていたキャスターのサーヴァントと同一人物だとは思えないな……

「和食でいいのなら取敢えず煮物と豆腐のハンバーグにするけれどいいか?」

「……え、ええ。その煮物と豆腐のハンバーグでお願いするわ」

横ではセイバーとアリシアが「昼はハンバーグですか……」とか「私、ハンバーグすき~」とか口にしていてリンディさんは何だか懐かしそうな表情でキャスターを見詰めているのだけど、確かキャスターにしても聖杯から知識を得ている筈なのに何処かたどたどしいので訝しむものの、まあ、恐らく知識だけで和食という食文化に慣れていないだけなのだろうと結論付けた俺はアサシンと共にキャスターの工房を後にする。
取敢えず俺は食材の調達として商店街に向かい、アサシンには一成に頼んで厨房を使わせて貰えるよう頼み分かれた。
商店街で買い物を済ませて電話ボックスから遠坂の邸に連絡を入れる、しかし、最近では携帯電話とかいうヤツが流行ってきているせいか公衆電話は駆逐されていく一方だな。
何はともあれ遠坂に連絡を入れると、遠坂は「よりにもよってなんて相手に頼むのよ!?」と案の定息を荒くされ。
遠坂にしても、裏切りの魔女と呼ばれたキャスターは何か思いついてこっそり仕込まれるのが怖い相手だと判断していたのだろう、けれどキャスターと話しを告げると遠坂もキャスターが今の生活を壊したくないのが解り。
なによりキャスターは、今なんかと比較にならない魔法が普通に在った神代の魔術師なのだから、何か変な事を企んだりとかしなければその腕前は相当のものだし、およそ作られる人形の器は並以上の物に違いないのだから。
遠坂になんとか納得してもらってから電話を切り再び柳洞寺へと足を向ける、山門に続く階段は立ち並ぶ木々によってギラギラと照りつける真夏の日差しをわずかとはいえ和らいでくれるものの暑い事には変わりない。
両手に一杯になった買い物袋を提げているので、汗を拭くのも出来ず汗だくのまま山門を潜り境内から堂内へと足を運ぶ。

「おう、士郎くんよく来たね」

呼ばれて顔を上げれば黒い作務衣を着たがっしりと肩の厚い、例えるのならひのきの柱のように背筋の伸びた男性が立っている。
この人は零観さんといい、一成の兄であり人生の師でもある人だそうな。

「アサシン殿から話は伺っている。
今日はお昼を作ってくれるそうじゃないか、住職のいない間は自分が任されているので思う存分腕を振るってくれたまえ」

そういえば、この前一成に勉強を教わりにいった際に聞いた話では柳洞寺は本来かなりの数の僧達が生活している筈なのだけど、今は住職ともどもある霊山へと出払っていて居ないという。
本来なら冬に行う行事があったそうだけれど、聖杯戦争時に置けるキャスターの生命力吸収の影響によって生憎と全員体調を崩してしまい延期となっていた。
そして、向こう霊山側との調整もあってか今頃になって行くのだという―――しかも、それから二ヶ月後の秋にはまた別の霊山へと行くというのだから大変な話だ。

「いえ、俺の方こそここの厨房を借りれますのでありがたいです。
何より、俺達の方がキャスターに頼み事をしたのですから時間を潰すからには食事の準備くらいはしないと」

「うむうむ、宗一郎殿はよい生徒を持たれたなあ。
聞けば、一成の話でも料理は相当の腕前というし楽しみにさせてもらおう」

「は、はい」

零観さんに返事を返し寺の厨房へと辿り着く、するとそこには一成がいて。

「衛宮の料理を食べれるのは嬉しいが……学校でばかりか、寺でまで………必ずこの礼はするから何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「いや。零観さんさにも言ったけれど、俺の方がキャスターや葛木先生に迷惑を掛けているんだからこれくらいは当然だろ。
それに、一成には勉強を教わっていて本当に助かってるんだから」

そう言うものの、学校で弁当のおかずをあげていたのはもう遥か昔の出来事に思え、それでいて、神の座から戻ってみれば見事なまでに勉強を忘れていたので勉強を教えてくれる一成には本当に助かっている。

「うむ、衛宮の頼みならば断る理由もないが。
あの学力……頭でも打ったのか、あのままでは卒業も危ういものだったろうに」

「だから一成にはとても感謝しているんだ」

「しかし、仮に衛宮がもう一度三年を行うような事体があるのなら、その時は生徒会長の座を禅譲してもいいと思っている」

最後に洒落にならない台詞を口にする一成だけども、あのまま何も知らずに新学期を迎えていたとしたらきっと皆の勉強ついて行けずに―――もしかすると俺は桜と同級生になっていたかもしれないな……
一瞬とはいえ、笑えない未来を脳裏に過らせたものの気を取り直した俺は一成と雑談を交えながら手伝ってもらい料理を作り始める、メニューにしても何故豆腐のハンバーグにしたのかというとフェイトは和食に慣れていないようだし、聞けばアルフは狼を素体とした使い魔だという。
確か狼は雑食なので和食でもいけなくもないだろうけれど、やっぱり見た目は肉に近いモノの方が食べやすいだろうからな。
その点、豆腐のハンバーグなら大根おろしのソースにすればキャスターが言っていた葛木先生の好みである和風であり、かつ洋風になれているだろうフェイトやリンディさんにも受け入れられるのではないかと思う。
木綿の豆腐を水切りし、その間に米をといだり煮物というか肉じゃがの肉抜きを作り始める。
ジャガイモ、にんじん、玉ねぎをきざみ、肉の代わりにラードを入れ鍋で炒めて水とだしを加える、酒やみりんに砂糖を加え煮込み醤油を加えて弱火で煮込み味をなじませれば出来上がりだ。
次に、豆腐のハンバーグに入れるネギをきざみしょうがをすりおろし、醤油に酒、みりんを加えソースを作り一煮立ちさせる。
そろそろ豆腐の水気が切れているので、片栗粉や塩を入れてぺったん、ぺったんとよく混ぜ練り込み。
人数分に分けて両面を焼き、最後にすりおろした大根を乗せソースを掛ければ完成だ。

「流石というか、手馴れているな衛宮」

「昔から家事の大半はやっているからな、それに、必要なら誰だって出来る様になるものだろ?」

「………う、うむ。まだまだ精進が足りんという訳か肝に銘じよう」

一成が調理に使う皿やボウルにザルを洗ってくれるので、俺は洗い物に時間を掛けないで作る事に集中できたからスムーズに料理は出来上がった。
一成には碁を打っているという零観さんや葛木先生にアサシンの三人を呼びに行ってもらい、俺はセイバー達を呼びにキャスターの工房へと向う。
工房に入る以上、既にキャスターには俺が来たのは伝わっていると思うものの、何所から如何見てもギリシャ辺りにある神殿としか思えないキャスターの工房を歩き少し前に案内された所へと向った。

「皆、昼の用意が出来たけど―――如何したんだ?」

俺が皆と別れた所へと行くとキャスター、セイバー、アリシア、フェイト、アルフ、リンディさん
の六人はテーブルの上にある、なんというか歪な模型の様なモノを囲み話し合っていた。

「む、もうそんな時間になりますか」

「そうね、思わず時間の経つのもわからなかたわ」

あれから何かあったのだろう、セイバーには珍しくお昼時である時間帯を忘れていて、同じ様にリンディさんも頷きを入れる。

「処でその変な模型ってなんなんだ?」

「坊やが解らないのも無理ないでしょうね、これはリンカーコアの模型よ」

「リンカーコアってもう出来たのか?」

「フェイトからリンカーコアを診せてもらった後、アリシアがリンカーコアという器官の構造と機能を教えてくれて、それを元に作ってみたのよ―――そうしたら出来てしまったの擬似リンカーコアが……」

「ん、出来たのなら良いんじゃないか?」

「あのね坊や、これを発展させれば魔術礼装に組み込むのさえ出来るのよ―――っと、言っても坊やには解る訳もないか」

俺との会話中に少し苛立ったようなキャスターだけど、俺が普通の魔術師とは違いその辺はあまり詳しくないのを思い出したのか落ち着きを取戻して再度口を開いた。

「礼装に応用出来れば、魔術回路とは違っていても魔力を供給出来るモノになるわ。
坊や、例え貴方が碌な魔術も使えないとしてもこれだけ言えば解るわよね?」

「おう……」

確かにキャスターの言う通りなのだけど、貶されるのは気分が悪い。

「―――でも、これを量産出来れば変わるわ色々と」

擬似リンカーコアを凝視するリンディさんからは、何というか「これが量産の暁には世界が変わる!」といった感情が窺えてくる。
やはり、魔法文明であるミッドチルダってのは魔法を使える人達が前に出るから人、物、金の問題のうち、資質とかもあってか人の問題が俺達の世界よりも大変なのかもしれない。

「まあ、それでも魔力炉に匹敵するほどの魔力量は無いから、工房から離れた出先で在ると便利な程度でしょうけれど―――在るのと無いのでは違って来るでしょうね」

「そうだね、魔力の供給とかが別に在れば取れる手段とかも多くなるし」

「戦う時とかに気にせず使えるってのはいいね」

キャスターの言葉にフェイトとアルフは頷いて話すものの、この戦闘魔法少女と狼の使い魔は戦うこと以外に魔力の使い方を知らないのだろうか?

「フェイトの言う通りです、魔力の量が多くなれば取れる手段や選択肢の幅は多くなる―――これは有用だと判断出来るでしょう」

セイバーも数々の戦場を駆け抜けた経験と神の座とかで鍛えたミッドチルダ式魔術から、擬似リンカーコアの有用性に思い当たるようだ。
俺にしても魔力の量が増えれば色々と便利になるし、投影魔術よりも魔力が必要な非殺傷という業を用いる時にも心強いだろう、な。

「まあ、それは兎も角として昼飯が出来て葛木先生達を待たせているだろうから早く来てくれよ」

「そうね、宗一郎様をお待たせする訳にはいかないもの」

「判りました、ではこの話は食事の後としましょう」

俺が葛木の話をしたからなのかキャスターの表情が変わるとセイバーと一緒に立ち上がり、アリシアも「わ~い。ご飯だご飯、ハンバーグ」と歌うようにして席を立って、フェイトとアルフは「私達も行こうか」とか「昨日や今朝食べた料理は美味しかったから楽しみだね」とか話しながら外へと歩き出す。
リンディさんは、やはりというか……もしかしたら俺が思っている以上にミッドチルダでは警官になる魔導師が不足しているのか、思う処があるのだろうキャスターが作った擬似リンカーコアに視線を向けていたけれどキャスターやアリシアが居ない以上、ここに居ても意味が無いので軽く目を閉じ二、三秒ほどしてから目蓋を開けると区切りをつけたのか立ち上がった。
なにはともあれ皆とようやく一緒に食事になり、学校にて分けていた一成は兎も角として懸念していた零観さんやキャスター、フェイトとアルフにリンディさんは表情からして大丈夫だと判るものの、葛木先生は表情を変えるとこと無く静かに口にしていたので内心焦っていたりする。
見ていると一緒に料理を口にしつつも、横で煮物や豆腐のハンバーグを口にする度に美味しい以外の表情を見せるキャスターを尻目にしていて。

「ふむ、キャスター。自分の技術に引け目を感じるのであれば、衛宮に教えを受けてみてはどうだ」

仕舞いにはそんな言葉を口した。

「無論、二人が了承すればの話だが」

「ほう、それは名案。
およそキャスターさんも日本に来て浅いでしょうからな、これだけのものを作れる士郎くんに教われるのなら心強いでしょうなあ」

相変わらず表情を変えない葛木先生は俺とキャスターの二人を交互に視線を変えながら訊ね、俺と一成は「えっ!?」と驚いたものの「成る程、宗一郎殿も考えたものだ」とか零観さんは何度も頷きつつ感心していた。

「……宗一郎様がそう仰るんでしたら、私は構いませんけど……」

「―――まあ、別にそんなくらいなら構わないけど」

「決まりだな。妻によく教えてやってくれ、衛宮」

キャスターも葛木先生に言われたのでは仕方ないと頷き、俺にしても料理を教えるのは嫌でもないし断る理由もない。
俺の返事を聞いた葛木先生は話を纏めるのだけど、葛木先生の妻という言葉が効いたのか顔を赤らめているキャスターは如何やら日本の料理が上手くないようだ………いや、確かキャスターってお姫様だったんだよな。

「……やれやれ、見ておれんなこれは」

アサシンはキャスターの惚気に堪りかねているようだけど、王族なら侍女とか料理人とか居ただろうから上手く無くても仕方が無い、むしろ料理を学ぶよりも他の事を重視しないと不味い立場だし。
しかも、性悪な女神にしか思えないような神様によって外から来た男を無理矢理惚れるようにさせられて国を捨てる破目になったそうだから―――この世界で葛木先生と上手く出来るのなら力になるべきだろう。
そう思っていると―――

「ならさ、私にも教えてくれないかな?」

「そうね………私もここ最近は自分で作ってなかったから教えて貰えると嬉しいわね」

予想外にもアルフとリンディさんも料理を教わりたいと言って来た。

「アルフ?」

「これだけ美味しければ、フェイトも沢山食べてくれるようになるだろうしね」

「悪いよ、アルフは好きにしていていいだよ?」

「いいだよ、私はフェイトが喜ぶことをしたいんだから」

「うん、ありがとうアルフ」

アルフの料理修行宣言にきょとんとしていたフェイトだけど、如何も悪いと思ってしまっているのか遠慮しがちだ。
まあ、それはそれとして―――

「俺は一人教えるのも三人教えるのも変わらないから別に構わないぞ」

俺としては別段問題も無いので断りを入れる必要も無く承諾した。
そんなこんなで、義体となる人形の材料が届く数日の間キャスターとアルフにリンディさんの三人に料理を教える事となる。
料理に関するキャスターの腕というか、包丁の扱いは魔術関係で刃物には慣れているそうなので見ていて危ない印象は受けない、したがって材料の扱い方や種類の要点を教えるだけで見る間に改善されていった。
フェイトは向こうの世界でセイバーに一方的に打ち負かされてしまった経験から、道場にてセイバーやアサシンと訓練を重ね訓練が終るとセイバー達と一緒に料理をつまみに来ている。
見た限りフェイトは胆力が足りていないようなので、食欲旺盛なセイバーやアサシンにアリシアと一緒に練習していれば自ずと改善されるだろうな。
道場には音とか魔力の漏れとか壊れないようにとかでアリシアが色々な結界やら強化魔術やらで補強しているので大丈夫な筈だ……間違っても知らない所で壊していて密かに直しているなんて事は無い筈だと思いたい。
まあ、そんな訳でネコさんの所でバイトやらキャスター達三人に料理を教えたり、時折様子を見に来る遠坂や、頼みもしないのに味見しに現れるアーチャーの姿も在ってか騒々しく忙しい日々が続いたものの、リンディさんとの話ではクロノの好物がやきそばだったりとか、こうして話してみればキャスターも根は良い奴だと判ったし、材料が送られて来たらキャスターはすぐに取り掛かってくれたので八月の中頃の終わりくらいには器は完成した。
当初に問題としていたリンカーコアはあれから改良を加えられていて魔力の保有量や回復速度が増していたりとか、プレシアさんの容姿に関してはアリシアのサポートを受けたキャスターがフェイトの記憶を読んだ結果、アリシアの母親と同じ年齢っぽくなってしまったとかあるけれど。
ミッドチルダや次元世界に関する情報は必要以上に渡さないようにしていたので問題は無い筈だ。
それに、魂の移動に関してはアリシアや遠坂に心得があるらしいので大丈夫だろうし。
他にも、藤ねえと桜には前日の夜に帰国する旨を話しているから問題にならないだろうと思う。
そこまで考えを巡らせた俺は朝早く庭に集まった皆を見回した。
皆も忘れ物とかは無いようで、特にリンディさんはアースラの艦長としての激務が待っているそうだから、今回、俺達の世界に来れた事はどちらかというと休養になっていたようで気力や体力が十分漲って来ているそうな。
ただ問題があるとすれば、以前、お土産を買って来た別のミッドチルダの事か……ジュエルシードの事件に関する報告書に書かないとならないそうので、プレシアさんの件が片付いたら執務官のクロノと一緒に行かないとならないようだし。
そんな訳で俺達は再び時空管理局の在る世界へと向うが、勉強の道具は持ったし予定とかは部屋のカレンダーに記入したからアヴァターに行った時のように色々と忘れてるみたいにはならないだろう。
よし大丈夫、これで問題無いだろうと結論付けた俺はアリシアに転移を頼んだ。



[18329] リリカル編09
Name: よよよ◆fa770ebd ID:0a769004
Date: 2012/02/27 20:07

―――こんなはずではなかった。

求めていたものは遥か高みにあるようなモノでも、ましてや遠く最果ての先にあるようなモノを目指していた訳でもない、ただ、愛娘と暮らせる平穏な日々を求めていただけ……
なのに―――何処で誤ったのかは解っている、理論だけが確立されただけの技術であり、かつ小型のものでの運用試験さえも行われていないような駆動炉を大型化し大エネルギーとして扱う等という無謀極まりないプロジェクトに抜擢されたからだ。
しかも、設計主任として任されたのは一からではなく幾人もの人達が変更した様子が見て取れる設計やシステムであり、前任者か前々任者かは判らないが資料管理はずさん、加え依頼元の大手メーカーから降りて来る指示によって進捗を眺めていた上層部は修正・見直し幾度も行いその度に機能の追加やシステムの変更を行う。
もはやスケジュールは初めから不可能領域にあったと言ってもいい、始めは懸命に開発を続けていたチームスタッフも上層部からの無茶な命令や一方的な指示に朝令暮改とも思える指示の変更、組上げられたシステムが幾度も台無しにされ必要とも思われない機能の追加をさせれらる空気のなか一人また一人と離れて行った。
そんな無茶な状況のなか、スケジュールの立て直しの為に本部から「主任補佐」という肩書きを持つ男性が送り込まれ、立場上は部下だった彼が実質的にはプロジェクトを支配する。
その駆動炉に使用されるエネルギーは、大気中の酸素を消費して魔力を生み出す新機軸の燃料であり、正式認可はまだ疑問視されている危険物―――にもかかわらず主任補佐は「効率化」という名目の下、綿密な摺り合せや厳重な確認が必要なチェック機構を幾つも削り、果ては立ち入り調査のない安全基準は事実上無視するよう指示を出す。

―――その結果があの忌まわしい暴走事故を引き起こした。

勿論、反対もしたし抗議もした。
安全基準を無視して造られた駆動炉が事故や破損しようものなら、社会から信用を失い長引く休止期間により費用の増大は免れられないだろうと、しかし、度重ね伝えても依頼元には全てが無視される。
それも、主任補佐の行う「効率化」により開発の進行が進みスケジュールが良くなっていたから、そう……報告書上では順調にプロジェクトは進んでいるように見えていたのだから。
予兆は幾らでもあったのだ、主任補佐の進める「効率化」に反対を示したスタッフの内、強い態度を示した者達はすべて異動させられ後釜には主任補佐の関係者達が座り。
それ以降、私のチームは安全チェック選任となってしまっていたけれど、駆動実験直前だというのに実機への接触を禁じられてしまい訝しむものの如何する事も出来ず、設計図や確認書によりチェックを続け安全基準マニュアルの作成に勤める。
主任補佐のいう「効率化」という名の暴走は留まるのを知らないのか、駆動炉への燃料注入は結界を張ってからだという手筈にも関わらず前倒しに行い、気が付いたのは六割以上が稼動を開始していた頃だった。
暴走を始めた駆動炉に直ちに緊急停止コードを送るが止まらず、調べればここでも主任補佐のいう「効率化」の影響は現れていた―――そう、申請し受理された筈の安全装置や器機がほぼ何も成されていなかったのだ。

―――あの時、想定された最悪のケース以上と判断して転移してしまえばあんな事にはならないで済んだ!あの子は死なずに済んだのに!!

もはや駆動炉は爆発の危険性さえあり、予め確保していた安全地区への転送を申し出ても上層部や主任補佐からは許可されず。
強制停止のための反応装置が引き金となって、駆動炉から生じる莫大なエネルギーは予想を遥かに超える力となりて駆動炉を壊し、眩しい輝きは付近一帯に爆散し全てのエネルギーに反応した。
エネルギーが酸素と反応し、酸素を消費して熱と光に変わっているのだ、大気中の粉塵や毒素にも対応できる完全遮断結界の中にいる私達は兎も角外にいる生き物は……
アリシアとリニスに被害が及ばないよう、寮の部屋にも結界を張っていたけれども酸素に反応するような細かいエネルギーまでは想像が及ばず―――結果、アリシアとリニスは寝ているかのようにして息を引取っていた。
欲しかったのは愛娘のアリシアと猫一匹の平穏な時間、その為の開発部から管理部門への転属を条件にしての設計主任の筈だったのに………気が付けば全てを失っていた。

「―――っ」

怒り、憎しみ、悲しみ、後悔により霞がかかったような意識は薄れ、靄がかった脳は活性化を始める。
目を開けば眩しいと思うものの、ここ最近でこれ程よく眠れたのは久しぶりな気がする。
かつて、複製体を造りアリシアの記憶を与えればそれは私にとってもアリシアにとっても本人の筈だと考え、人造生命に記憶を転写してのアリシアの蘇生を試みるのに必要な任意のプログラムを書き込める『新たな容れ物』としての人造生命の開発、開発チームはプロジェクトF.A.T.Eと名付けていたけれど、その研究の合間に扱った薬品は私の肺を冒し、今では末期にさしかりつつある死の病は安らかな眠りすら許さなかったのだ。
それがない………それどころか、息苦しさや痛みさえ感じられない。
いえ―――

「―――そもそも、ここは何処」

眩しかった光にも慣れると視界に見知らぬ天井が入って来る、こんな天井は庭園内には無い筈ならここは一体何所なのか?
眠りにつく前の記憶を辿る、確か失敗作が私を管理局に売り―――違う、あの娘は……フェイトはアリシアの妹にした娘、決して失敗作なんかじゃない。
そうだった、もう昔の話しになるけれども山にピクニックに行ってアリシアにお誕生日のプレゼントを訊ねた時―――あの子は「ん~と」と悩んで「私、妹が欲しい」そう私に言ってきたんだ。

「妹がいたらお留守番も寂しくないし、ママのお手伝いも一杯出来るよ」

「そ、それはそうなんだけど……」

「妹がいい、ママ約束―――」

戸惑いながらも私はあの娘はそう約束したのだから、利き手や性格、話し方、魔力資質等フェイトはアリシアとは違い過ぎたけれど本人ではなく妹としてなら何ら問題はない。
だから私はフェイトに自分がアリシアと呼ばれていた記憶を消したのだから……でも、もう大分時間が掛かりすぎて妹というよりお姉ちゃんになってしまったわね。
そのフェイトが私の手伝いとしてジュエルシードの収集の最中、管理局に捕まり私に連絡を入れ―――別の世界から来たというアリシアが鏡面モニターに現れてから記憶が無くなっている。
そのアリシアはモニター越しに見た限り、利き手は左でリニスについても知っていた……恐らくそのアリシアを見て気が緩んでしまい何時もの発作が起きてしまったよう。
記憶を整理すると体を起こす、状況からして私も管理局に捕まったようだけど……管理局は私に何を施したのか、動かそうとする体は反応が鈍いものの喉や肺等すら痛みは無く健康そのものに思える。
私が研究に没頭している間に新しい治療法でも見つかったのかしら?
腕を伸ばしたりしながら私が自身の体について訝しんでいると、ガチャと音がして部屋の扉が開きフェイトとアルフの二人が姿を現し、更に視線を横に向ければガラス越しに何人かの男女の姿が見て取れる。

「母さん……なんだよね?」

「そうよ」

小走りに私のベッドまで近寄ったフェイトは何故か恐る恐る訊ねて来る。

「よかった、成功したんだ」

「フェイト、ここは?」

「うん、ここは時空管理局本局の医療施設のなかだよ母さん」

「そう……」

予想した通り捕ってから何かしらの治療を受けたようね……それはいいとしても、保存ポットにあるアリシアの遺体や人造生命であるフェイトがどのような扱いを受けるのかが気になる。

「でも、安心して母さん。
母さんが護ろうとしていた世界、地球はクロノやなのは達が護ってくれてるから大丈夫だよ」

「え……?」

続いて聞かされた話からは、一体何処でそうなってしまったのか解らないけれど移送中の事故により四散してしまったジュエルシードの脅威により、第九十七管理外世界とか呼ばれている世界が危機にさらされてしまったのを知った私は、自身は病で動けない事情からフェイトを派遣して回収に当たらせていたとかいう話になっていた。
その為、公務執行妨害やジュエルシードに関するロストロギアの不法所持にしてもある程度免除されるらしい。
それどころか、ジュエルシードにしても研究内容についての報告も含めて申請すれば内容次第で使用を許可されるかもしれないとかいう―――何処を如何したらそうるのかしら?

「それとは別に………聞いてもいいかな?」

「なにかしら」

普段から遠慮がちに接してくるフェイトだけど、何やら意を決したかのような表情を浮かべ訊ねて来る。

「私の記憶にある思い出で、母さんは私をフェイトじゃなくアリシアって呼んでいるんだ……それって如何いう事かなって思って………」

「そう、思い出してしまったのね。
フェイト、貴女は複製されたアリシアの体と記憶を持って本来ならアリシアとして生きる筈だったけれど、アリシアとは違い過ぎたのよ貴女は」

「……そんな、なら私はアリシアの失敗作なの」

悲しげに表情を歪ませ、フェイトはアリシアと同じ深紅の瞳に涙を浮べていた。

「……それは違うわフェイト。
貴女は他の誰でもないフェイトなのよ、だから私は貴女の記憶から自分がアリシアと呼ばれていた記憶を消してアリシアの妹としてフェイトという名を与えたの―――だからそんな顔をしないでいいのよ」

そう口にしながら腕を伸ばしフェイトの頭を撫でる、そういえば病で時間がなくなっていたとはいえ、この娘にこんな風に接したのは初めて……なら不安がるのも当たり前なのかもしれない。

「私はアリシアの妹なの?」

「ええ、少しお寝坊さんだから何時の間にかフェイトの方がお姉さんになってしまったけれども、ね」

フェイトの頭を撫でながら続ける。

「だから安心しなさい、貴女はアリシアの妹でありこのプレシア・テスタロッサの娘なのだから」

「―――っ、母さん」

その言葉を耳にしたフェイトは、潤ませていた目から涙を流し私に抱つき、私もフェイトを腕で包むようにして頭を撫で続けた。
でも、ジュエルシードによって世界に穴を開け、次元の狭間にあるという古代魔法の聖地アルハザード、不可能領域魔法と呼ばれる死者蘇生や時間遡行という秘術があると言われている場所だけれど―――私とアリシアだけなら兎も角、フェイトを連れて行っても良いものかと思い悩む。
幾ら管理局の医療技術が進歩していて私の体から苦痛が抜けたとしても、死の病に冒されてしまった私の命が長くないのは変えられない。
だからこそ、分の悪い博打に近いとはいえアリシアを蘇生出来る可能性を持つあの場所へと向うのに躊躇いはない―――けれども、フェイトはまだこれからなのだ………かと言ってこの娘を置いて私とアリシアだけで向うのにも抵抗はある。
例えアルハザードへと辿り着きアリシアの蘇生が出来たとしても、フェイトという折角出来た妹を置いて来たとなればアリシアは悲しむだろうし、残されたフェイトも如何なるか………

「鬼婆だと思っていたのに……ちゃんと母親らしい処もあるじゃないか」

「よかったね、フェイトさん」

声がして目線を動かし見れば、扉の近にフェイトが使い魔にしたアルフが佇み精神リンクによる影響なのでしょう瞳を潤ませていて、その横には別の世界から来たというアリシアがいた。
あのアリシアもまた私のアリシアでは無いけれど、モニター越しに話した限りではフェイトよりアリシアに近く感じられる。
その後ろには複数の男女が見て取れ、うちの一人は確かモニターに現れた時空管理局の提督で名はリンディ・ハラオウンとか言っていたわね。

「……聞くけれど、私はあとどれくらい生きれるのかしら?」

「それは気にしなくてもいいわ」

「―――ちょっと通して」と口にし、長い黒髪を髪同様黒いリボンで両側を纏め上げた少女は扉の前に立つアルフとアリシアの脇を通り抜けるようにして前に出る。

「貴女は?」

「初めましてプレシア・テスタロッサ。
私は遠坂凛、このアリシアが住んでいる土地の管理者よ」

「土地の管理者、要は地主って事……その娘が世話になっているのならそちらの世界の私に代わって礼を言うわ遠坂凛。
それで、気にしなくてもいいというのは如何いう意味?」

あのアリシアを蘇生させたという別の私は、蘇生させた後に病ではなく殺されたという―――なら、例えアルハザードへと向かい蘇生に成功したとしても、待っているのはあのアリシアが来たという世界の私同様の死なのかもしれない……

「答える前に聞くけれど体に痛みとかはある?」

「……いいえ。特に問題は感じられないわ、酷かった喉や肺も今は痛みを感じないもの」

「そう、ちゃんと術式は成功したみたいね。
まだ、魂がその体に馴染んでいないようだから動かし難いと思うけれど時期に慣れるから」

遠坂凛という少女の口にする術式という言葉から、私の体には何らかの魔法技術が使われたよう……まあ、ミッドチルダの医療でも魔法技術は様々な用途で使われているから問題は無い。
しかし、聞きなれない単語を耳にしたので聞き返した。

「魂?」

「ええ、貴女の体はもう助かる見込みがなかったようだから、魂を移す器を用意して移し替えたのよ」

「―――それなら、魂とかいう曖昧なモノなどではなく記憶の間違いじゃないの?」

もしも、この遠坂凛という少女の言葉通り『新たな容れ物』に入れたというのなら、それはプロジェクトF.A.T.E同様入れたのは私の記憶であり魂とかいうものでは無い―――もっとも、その場合だとオリジナルの私は死亡している事になる。
でも、その仮定には無理があり先ほどフェイトが話してくれた内容からは、まだ全てのジュエルシードは回収されていないのだから……意識を失った私を運び、そこから人造生命を造るにしては余りにも時間が短過ぎるという矛盾が生じてしまう。

「プレシアさん、私達の文明では義手や義眼等は在っても義体という発想は無いし、そもそも魂というモノの存在が曖昧に定義されているから、それを移し替える等という発想が出てくる事自体が難しい文明なの……だから貴女が驚くのも無理はないでしょうね」

私は遠坂凛に言ったつもりだったけれども、私の質問は続いて入って来た時空管理局の提督だというリンディ・ハラオウンが答える。

「……なら、何処の技術なの?
アリシアを失ってから私は様々な方法を模索したけれど、そんな技術や術式は見た憶えが無いわ」

「そうでしょうね、その場所は私達が第九十七管理外世界という名称で区別していて、現地惑星名称は地球、その地球が魔法文明を持つに至った世界の技術と術式だからよ」

「あの世界に魔法文明があると言うの?」

「在るわ……でも、その文明に行くにはそれこそ不可能領域の魔法が必要になるけれど」

「辿り着くだけで不可能領域クラスの魔法が?
例えそれが本当だとしても、まるでアルハザード並みの信憑性ね」

「そう、あの世界は―――私達が観測して第九十七管理外世界という名称で区分した世界、その並行世界に位置する地球だから私達の知る手段では辿り着くのはまず無理だと思うわ」

「並行世界―――所謂、可能性の世界という事……」

「ええ。だから、その世界で用意した義体に貴女の魂を移す準備として医師達の了解を得るのに少し苦労したわ。
でも、成功した今となっては医師達の考えも変わって、治療の見込みのない患者の魂を義体に移す方法について各方面に連絡を取り合っている最中よ。
あの世界の技術が私達の世界でも再現出来るのなら、今までとは違い病を治すのではなく、根本的に体そのものを代えてしまう方法は画期的な治療法とすらいえるもの」

リンディ・ハラオウンが語る予想すら出来ない異世界の未知なる業、それを用いて私は生き延びたよう。
しかも、並行世界という無限の可能性を秘めた世界を行き来する秘術―――多分、その秘術ならきっとアリシアが死なずに生き続けている世界も判るのでしょうね……

「遠坂凛だったわね」

「そうよ」

「魂を移す技術が確立されている世界から来たというのなら、貴女の来た世界には不老化や不死の技術とかが存在するのかしら?」

「そうね……私達の世界なら捜せば器を入れ換えて百年以上生きている魔術師も結構いると思うわ。
完全な不老不死って訳じゃないけれど、死徒とかいう人間を辞めて不死に近い化物になる魔術師も居るし、人形の器じゃないけれど蟲を使って五百年位は生きていた奴もいたから捜せばもっと長生きしているのも居るんじゃないの?」

「っ、五百年……」

遠坂凛の語る魔術師という術者達が扱う延命術は私の予想を超えていた。
私達の魔法という技法ですら体を棄て脳だけの存在として生きたとしても、脳の寿命である精々二百年程度が限界の筈……
それなのに、五百年以上生きて存在し得るモノが居るのだとこの少女は語るのだ、この少女が居る世界とは、かつて「聖王」と呼ばれる者達が居たと伝えられている古代ベルカ戦乱期並の技術を持つとでもいうのだろうか……
しかも、後日フェイトから聞いた話では延命技術に関してはそれ以上らしく、ルビナスとかいう人物が千年以上生き続けているというから驚くばかりの世界のよう。

「それからプレシア・テスタロッサ、貴女は運が良いわ。
何せここには貴女達の世界では不可能領域、私達の世界では第二魔法と呼ばれている並行世界の干渉の業を成し遂げたプレシア・テスタロッサが私達の世界へと訪れ、蘇生させたアリシアが居るんだものその結果が如何なのか判るじゃない」

「―――っ!?」

「状況からして貴女がアリシアの蘇生を望んでいるのは解ってる、だからよく見るといいわ、このアリシアが貴女の蘇生したかったアリシアなのかを……」

まさか遠坂凛という少女は心を読めるとでもいうのか、私がジュエルシードを使いアルハザードへと向う計画を知っているかのような口振りでアリシアへと指を指す。

「ほえ、私は本当のアリシアと違うよ?」

「え……貴女だってアリシアでしょ?」

「うん。でも、名前も体も同じだけど一度死んだ者を蘇生したとしても、その存在の本質である魂は違うモノが入るんだよ。
存在としての本質が違うのならそれは違う別のモノなんだから」

「うっ………そりゃあ、魂が代われば起源も変わるからそうとも言えるけど」

このアリシアを蘇生した私が行ったという事は、まさか私がアルハザードだと思っていた所は別の場所で、その第九十七管理外世界こそアルハザードに近い世界だとでもいうのかと過りながらも聞いていると、指されたアリシア自身が自分を本物のアリシアとは違うと口にしてしまい遠坂凛は表情を顰めてしまう。
その様子から遠坂凛という異世界の少女は相手の心を読める訳ではなさそうなので少しほっとするものの、冷静に考えてみればリンディ・ハラオウンとの会話や遠坂凛の言葉通り、状況から幾らでも推測出来る内容だ。

「シロウ、その起源ってなんなんだい?」

「確かあらゆる存在が持つ方向性であり、存在そのものと切り離せないとかいう話らしい」

「ならシロウの起源ってのは?」

「俺のはどうやら剣とかいうのらしくて、ミッド式はいいとしても他の魔術に関するモノはどうもな……」

アルフはシロウというアリシアの後ろに立つ赤毛の少年に話しかけ、起源とかいうモノは魂と不可分の関係なのだと語り、それどころか、その世界では魔法の資質にも影響するとされているよう。
その横では民族衣装とでもいえばいいのか、顔立ちはかなり整っているので衣装で損をしているような奇抜な衣装を纏った長髪の男性が、どことなく気品が漂う金髪の少女と「お互い魔術に関しては門外漢よなセイバー」とか「そうですね、アサシン。わずかとはいえミッド式を扱えるようになりましたが、ミッド式にはそのような概念はありませんから、ミッド式と魔術とは似て異なるものと判断した方がいいでしょう」とか語り合っていた。

「でもね―――」

遠坂凛に向いていたアリシアの視線が私に向き。

「この世界で紛い物の私だけど解る事も一つあるんだ。
それはね、例え本物のアリシアが蘇ったとしてもお母さんやフェイトさんが笑顔じゃなかったり、幸せじゃなかったりしたなら嫌な事だよ。
アリシアの記憶が教えてくれるんだ、この想いは理屈じゃないって、私の記憶のアリシアもお母さんやフェイトさんが好きだから―――」

「アリシア……」

如何に似てようとも、このアリシアもまたプロジェクトF.A.T.Eの問題点同様、同じ記憶と同じ体ではあるものの別人なのだと判る。
使い魔として蘇らせたリニスがリニスではない何かになっていたり、例えプロジェクトF.A.T.Eにより記憶と体は同じでも、フェイトのように魂やら起源やら呼ばれる未知のモノを知らなかった為に本質部分で違って来るのでしょうから……
お母さん―――私の知っているアリシアは私の事をママと呼んでいた、いえ、もしかしたらあの娘も………このアリシアやフェイトと同じようにいずれは私の事を母さんと呼ぶようになるのかもしれない。

「忘れられたら悲しいけれど、重荷になってお母さんやフェイトさんが前に進めないようになるのはもっと嫌なんだ。
だから、いっぱい泣いて悲しんでくたら、泣いて悲しんでくれたなら―――それでいいんだ、アリシアという、お母さんの娘がいた事を忘れないでいてくれたならそれでいいんだって……」

「っ、私は忘れないよ。姉さん、アリシアが居た事は!」

私に抱きついていたフェイトが体を起こしアリシアを見詰める。

「うん、有難う。この世界のアリシアに代わって礼を言うよ。
だから、お母さんとフェイトさんはいろんな所に行ったり、美味しいものを食べたり、一緒に買い物をしたりして欲しいんだ。
私の記憶に在るアリシアのように、フェイトさんには夜遅くまで働いていたお母さんの帰りを今か今かと待っていた時のような寂しい想いはさせないで欲しいんだよ」

あの娘は私のアリシアではない。
―――しかし、魂という起源が違うアリシアでも、楽しい事も寂しい事も覚えているアリシアが語る言葉は、まるで何もしてやれず寂しい思いさせてしまっていたあの娘の……遺言そのもの。
そして、私はまた同じ事をしようとしていた事に気付かされる。

「いつもそうね……いつも私は気付くのが遅すぎる………」

そう口にした時、気付けば私の頬を知らず流した涙がつたっていた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第09話


病室でのやり取りの後、補給を済ませたアースラにて俺達は第九十七管理外世界とか呼ばれいる地球へと向かい、クロノ達がジュエルシードの観測としてフェイトから借用している移動庭園『時の庭園』に合流しようとしていた。
まあ、当たり前といえばそうなのだけど管理局の法ではプレシアさんの病に蝕まれ魂を移し替えなければならなくなった問題とかは整えられていないし、元々の体は魂が抜けてしまい死亡しているからプレシアさんの生死を巡り医師達の間でも見解が分けれていたりとかして問題点はまだあるものの。
現時点での緊急を要する事案としては運送事故により地球に散らばってしまったジュエルシードの脅威の方が高いので、リンディさんを始めとするアースラクルーと俺達は再びロストロギアに区分されているジュエルシードの回収に重点を置く事にしていた。
それと、病室で聞いた限りでは何でもプレシアさんは研究の際に扱った薬品が原因で肺を患ってしまったのにも関わらず、研究を重視してしまい十分な治療を施さなかったとかで末期の腫瘍にまで悪化してしまい、ついには危篤に陥りかけていたらしい。
それは遠坂の提案した通り魂を移し替えればプレシアさんは助かるとして、俺達の世界でキャスターに頼み造ってもらった人形の器に魂を移す事によりプレシアさんは亡くならずにすんだからいいとしても。
如何やらフェイトの母親のプレシアさんはこの世界でも死んでしまったアリシアを蘇らそうとしていたらしく、その研究に没頭してしまい、アリシアの蘇生として研究の結果、誕生したフェイトに構ってやれなかったらしい。
そういうのも、プロジェクトF.A.T.Eとかいう研究から生まれたフェイトは、本来のアリシアとは性格やら利き腕やら魔力資質やらなどが違っていたから、本人ではなく妹にすればいいと判断したプレシアさんによりアリシアと呼ばれていた記憶を消してフェイトという名を与えて育てられたとか。
でも、病に冒されたプレシアさんには残された時間は少なく、俺の妹のアリシアの世界ではペットとして飼われていた山猫のリニスだったけど、この世界ではプレシアさんの使い魔になっていてフェイトに色々な魔法を習わせ幼いながらもフェイトを一流の魔導師に育て上げたそうだ。
フェイトは一人前の魔導師になるとアルフと共にプレシアさんの研究に必要なモノを集めたりなどの手伝いを出来るようになったものの、育ての親ともいえるリニスは使い魔としてプレシアさんと契約しているだけでも負担となっていたらしく契約を終えると何処かに去ってしまったそうだ……
プレシアさんは失ってしまった娘のアリシアにばかり目がいってしまい、新しく手にした筈のフェイトに目がいってなかったのだろう―――とはいえ、これは俺やアーチャーにも当て嵌まるのだろう、な。
俺やアイツがかつてあった大火災や親父の夢に縛られているように、プレシアさんはアリシアに縛られていたのだから………
死者の蘇生―――俺達の世界でも魔法の域に在る業なのだろう、ただ娘と当たり前の幸せを望んでいたプレシアさんの『奇跡』は如何して人の手に余るのだろうか、考えれば考えるほど悔しくて悲しくて涙が出てきそうになる。
失ったものは戻らない、無くしたものは戻らないんだ、あらゆる悲しみが、失われた者への未練が、死者は戻らないし、現実は決して覆らない―――だからこそ死は悲しくても同時に眩しい思い出を残すんだ、思い出となり、その人達の心の礎となって良い方にも悪い方にも影響を与える……それがプレシアさんの場合は悪い方に向ってしまったのだろうな。

「衛宮君も大変ね……」

「世界は救えても自身の学力は救えなかった、か」

集中力が途切れてきているものの、アヴァターでの出来事から色々と忘れてしまっていた学力を取戻そうとアースラの食堂で勉強をしていると、遠坂に続き珍しくアーチャーも実体化して何処と無く皮肉げな言葉をはく。

「別に俺の学力を犠牲にしたから成し遂げられた訳でもないけれど……でも、何ていうか俺なんかの学力で滅びの運命を変えられたとしたのなら安いものだと思うぞ」

というか、俺達の世界を含む世界の枝を管理していた神様でさえ困っていたのに、そんなんで何とか出来るのなら安すぎだろう。

「だが―――その破滅すら人類を滅ぼすだろう要因の一つでしかないのだろうがな」

「まあ、そうね。
そうじゃなければ、アトラス院が滅茶苦茶な代物を造り続けている訳無いものね……」

「それでも全くの無駄って訳じゃあないんだからいいいだろう」

そう答えたものの、守護者として人類にとって滅びの要因を排除し続けて来たアーチャーからしてみれば人類が滅びる要因など沢山あるのだろうな。

「でも、遠坂の言うアトラス院って何なんだ?」

「それはね―――」

髪をかき上げながら遠坂は口を開くと三大部門とか呼ばれている魔術協会の一つで、何でも初代院長が未来に来る終末を予測したらしく、それに打ち勝つための武器や道具を造るものの、それが原因で別の破滅がもたらされたりとか別の要因で人類の滅びが予見されたりとかしてしまい、その度にトンでもな代物を造り続けているとかいうよく解らない組織だそうだ。

「それに、この世界からして見ればロストロギアと呼ばれているジュエルシードもまた滅びの要因の一つといえるのかもしれない」

「そうかもしれないわね……」

俺が遠坂から聞いたアトラス院についての話に開いた口が塞がらないなか、アーチャーはジュエルシードもまた人類にとっての災厄となるりえるだろう口にし、遠坂も頷きを入れた。

「だからこそ、地球とは国交のない時空管理局が協力してくれる訳なんだろ?
元々、向こうの世界の運送事故が原因とはいえユーノみたいな子供ですら責任を感じて回収に来ていたくらいなんだから」

今までの経験から、ロストロギアと呼ばれているジュエルシードが危険な物なのはよく解っている。
暴走して動物に取り憑いただけでも、その辺にいる小動物が危険な怪異になってしまうのだし、しかも、暴走が過度に進めば一瞬で蓄えた魔力が反応して街一つが壊滅的な被害を受けるだろうし。
次元に干渉するエネルギーなのだから、繋がった先によればジュエルシード一つですら人類を滅ぼせる可能性は在り得るのだから。
他にも大規模の次元震が起きれば、次元が近い世界にも危険は及ぶのだから時空管理局が協力してくれるのも解るというものだ。

「かなり無茶な行動だったがな」

「そうね、来たのはいいとして魔力適合に失敗して遭難しかけてたし……」

「そう言うなよ、ユーノも慌ててたんだろうからさ」

やはりというか、クロノやセイバーと同じ様にアーチャーと遠坂もユーノの行動には無茶というか無謀にしか思えないのだろうな。
散らばってしまった先が管理外世界いう、管理世界に比べれば情報が少ないのもあるけれど魔力の適合性くらいは調べないと不味いのは俺でも判る……けど、発掘に関わったからこそ危険性を知っていた訳だし、それこそ当時のユーノは急いで回収に向ったのだと思うから俺が非難出来る話じゃない。
何せ同じ様な状況なら俺も同じ真似をしてしまいそうだからな。

「―――そういえば、セイバーやアリシアは如何しているか判るか?」

ユーノの行動を引き合いに「小僧、お前ならどうしていた?」とかアーチャーから小言を言われる前に話題を変えるべきと判断して口にするが、アサシンについてはアリシアの護衛役なのでアリシアについて聞けばそこに居るはずだろう。

「私も訓練室で練習していたから知ってるわ。
セイバーは朝からフェイトやアサシンと一緒にミッド式の練習や模擬戦とかしてるいたわね、アリシアは狼姿のアルフと一緒にポチと遊んでいたけど―――どちらにせよ、もうすぐ合流だから皆で汗を流している頃じゃないの」

「そうか、ありがとうな遠坂。
本来なら兄貴として俺がアリシアを見てないといけないのに」

「まあ、大丈夫でしょ。
幾ら何でも、あんなちっちゃい娘が世界すら滅ぼせる力を持っているなんて普通は想像しないもの」

「そりゃそうだ」

いわれて気付いたけれど、世界の破滅については俺のすぐ近くにも居たんだと思い出させられる。
でも、俺やセイバーがいる限りアリシアにそんな真似はさせはしないけどな。

「まったく、何処も彼処も破滅の要因だらけとは嘆かわしいものだ……」

何となく疲れたようにして呟いたアーチャーの姿が磨耗していそうな気がするけれど、零した言葉の通り守護者が必要な訳だと思えてしまう。

「衛宮君、遠坂さん、そろそろブリッジに集まってもらっていいかな?」

毎度の事ながら唐突に空間モニターが開くと、ランディという男性乗組員が通信に現れる。
本来ならアースラの通信は主任のエイミィが行うらしいけれど、エイミィは主任補佐官という役職もあるのでクロノ達と一緒に居るからその代わりのようだ。

「おや―――アーチャーさんが実体化しているなんて珍しいですね」

「さん付けはいい。
なに、凛以外と話をするのなら実体化しないと会話にならないだけにすぎんさ」

「何というか……思念体ってのも色々あるんですね―――まあ、それは兎も角として三人とも時間になるから来てくれよ」

「解った」

「ええ」

通常アーチャーは遠坂の魔力消費を抑える必要もあってか霊体化しているのだけれど、それがかえってアースラの人達から珍しく思われているようだ。
そのランディさんは俺や遠坂が答えると空間モニターの画面ごと消え、俺と遠坂がブリッジへと向うとアーチャーの奴も霊体化して見えなくなる。
次元航行艦であるアースラの内部は入り組んでいるものの、最近では漠然とだけど何処に如何行けばいいのかが判るのでブリッジには問題無く辿り着いた。
中に入るとリンディさんが既に居て、俺と遠坂の後からセイバーにアリシアとその護衛役であるアサシン、続いてフェイトとポチを手にしたアルフの姿が現れる。
そういえばフェイトから聞いた話だと、ああ見えてもアルフはフェイトよりも年下らしいから丸くてくるくる回るポチの姿は丁度いい玩具か狩猟本能を刺激する獲物とか思われているのかもしれない。

「時間前だけど全員集まったみたいね」

リンディさんは立ち並ぶ俺達を見渡した後、制御卓を操作しているランディへと視線を向け。

「ランディ、時間より少し早いけどクロノの方は如何かしら?」

「はい、クロノ執務官の方も準備できているとの事です」

「そう、それなら始めるとしましょう―――ランディお願いするわ」

「了解です」

通信管制しているランディさんにリンディさんは指示をだすと前面の大型モニターにクロノになのはとユーノの姿が現れ、後ろの方では以前プレシアさんが座っていた豪奢な椅子に座りながらエイミィが操作パネルを展開して操作していた。

「お久しぶりクロノ、そちらの状況は如何かしら?」

「はい、艦長。
僕等が受け持つジュエルシードの回収に関しては、なのはとユーノの協力もあって残り六個までとなりました。
その時の映像を送ってくれエイミィ」

「了解、クロノ君。映像送ります~」

艦長とクロノの話からエイミィによりブリッジの大型モニターに映し出される映像からは、ユーノのバインドとかいう拘束魔術により動けなくなった鳥の怪異に対し、なのはの礼装であるレイジングハートの先端が変化して環状魔法陣が展開されると凶悪なまでの直射砲撃が放たれ、鳥の怪異からジュエルシードが離れ封印されるまでの流れが映し出されている。

「これは女狐並というべきか……」

「これで、ミッド式を使い始めてからまだ数週間しか経っていないだなんて、本当にもう滅茶苦茶としか言いようが無いな」

その様はモニターを見詰めるアサシンも俺も驚くというかある意味呆れてしまう内容だった。
なにせ、他にもなのはが学校に行っている時間帯なのだろう、クロノがバインドで暴走体を拘束し続けながら数名の武装局員達が四苦八苦しながら封印作業を行っている姿もあるので比較は容易い。
聞いた話では、封印作業には術者の魔力や術式の展開速度が要求されるそうだけど、訓練された武装局員数人で苦労しているというのに、ユーノにより拘束されているとはいえなのはは自身に秘める膨大な魔力だけで封印を行っているのだから魔力量の桁が違うとしかいえない。

「なのはさんの魔力光ってピンクで綺麗だね」

アリシアが口にする魔力光とは、個人による魔力波長によって生じる色で属性とか起源とかは関係ないようだけどアリシアの言う通り桜色の輝きはなのはに似合っていた。

「こうして見るとあの娘の破壊力は洒落にならないね―――まあ、それでもフェイトには及ばないだろうけど」

「まだ荒い処もあるけれど、なのははもう手加減出来るような相手じゃない。
それに、もうなのはやユーノと争う必要もないんだよアルフ」

如何やらアルフは、なのは達とジュエルシードを巡って争っていた確執もあってか張り合おうとしているようだけど、主人であるフェイトから窘められる。

「そういうよりも……なのはの歳であんな真似していたら危険じゃないの?」

「そうですね、なのははまだ体が出来上がっていないのですから無理をしては体を壊す元になるだけだ」

ジッとモニターに映し出されるなのはの姿を見ていた遠坂は、魔力がもたらす体への負担を気にしてか口にしセイバーも頷きを入れた。
アリシアから聞いた限りでは、リンカーコアは魔術回路に比べ体への負担は少ないものの、なのはのような幼さであれ程の魔力を使えば体に掛かる負担は相当のものだろう。
なにせ、俺がなのは並の魔力を扱うとなれば、魔力回路にかかる負荷は洒落にならないので暴走の危険性さえあり得るレベルの魔力量なのだから。
そうはいっても、なのはと同じく膨大な魔力量を使えるアリシアは……なんというか、自身の魔力ではなくデバイスであるディアブロから供給されているのを使っているそうだから、術式制御に掛かる疲労はあるだろうけれど魔力による体への負担は少ないので参考とするのには難しい。
同様にリンディさんからなのは以上の魔力量と言われているセイバーにしても、基本的に魔力放出という一時的な強化に用いるので砲撃のような感じとは違から比較が難かったりする。

「僕もそう感じてはいるが、なのはが魔法に関与した状況からしてみれば実戦的になるのも無理は無いだろう。
なにより、曲がりなりにも魔法学院出のユーノが指導しているのだから必要以上に負担をかけてしまうような誤った運用をするとは思えない」

「他にも、なのはちゃんの魔力資質はお世辞にも均整がとれているとは言いづらいけど、保有魔力量と放出量の兼ね合いとか、集中に制御は異様に高いレベルを指しているから射撃系や砲撃系の魔法はなのはちゃんにとって相性がいいって理由もあるんだよね」

クロノがいうには、なのはの師匠にあたるユーノは魔法学院とかの出身らしい………ユーノの歳で卒業したとなると飛び級とかいうヤツなのだろうか?
少し疑問に思うものの、クロノの言葉をエイミィが補足するように付加えた内容からすると、なのはの魔力保有量からすればそれ程心配するレベルでは無いようだ。

「……そんなに凄いのかな」

「そうだね、少なくても僕からみたらなのはもフェイトも凄い魔力量だよ」

言われている当人のなのはは自覚が無いのかやや困惑気味だけど、ユーノからみてもなのはやフェイトの魔力量は凄いらしい。

「それより、フェイトちゃん。
リンディさんから通信があったから知ってるよ、お母さんの具合が良くなってよかったね」

「うん、ありがとうなのは」

凄いとユーノから言われるものの、なのはからしてみれば比較するのは難しいのだろう、話を変えるようにしてなのは口にし、その言葉にフェイトは嬉しそうに微笑み返した。

「そうはいっても、体ごと交換するなんて僕等の常識じゃあ想像も出来ない技術だけど」

「ああ、それに母さ―――いや、艦長が向こう側から持ち帰ったというリンカーコアの模型というのも気になる」

ユーノとクロノの会話で思い出したけど、キャスターがリンカーコアの構造と機能について調べる為に作られたリンカーコアの模型は、器が造られた後はキャスターにしても必要としていないのかリンディさんが貰い受けこちらの世界へと戻ると本局に送られたらしい。

「そうだね、私達の世界でもリンカーコアについてはまだ判らない部分とかも多いいから実際に魔力変換出来る模型があれば色々と変わってくるでしょう―――っ」

エイミィがユーノとクロノの話を補足しようとしていると突如アラームが鳴り響き表情が強張る。

「クロノ君。捜索に出ている局員から報告、ジュエルシードの反応を感知―――場所は捜査区域の海上!?」

エイミィの様子からは海にジュエルシードが在るのは予想外だったようだ、そういば俺達がいた時は陸ばかりだったから場所が海なのは意外なのかもしれない。

「解った。艦長、報告は以上で僕達はジュエルシードの回収に向います」

「解ったわ」

クロノはリンディさんに告げると通信を切り替えたらしく、ブリッジの大型モニターには向こうから送られてくる海上の映像が映し出された。

「ランディ、こちらからは転送出来そう?」

「あともうすぐで転送可能距離になります」

確認を促すリンディさんに制御卓を操作しているランディは声だけを返し。

「判ったわ。では、転送可能距離に入り次第皆さんも現場に送ります」

そう告げるリンディさんは静かに振向き俺達を見回した。



[18329] リリカル編10
Name: よよよ◆fa770ebd ID:0a769004
Date: 2012/02/27 20:16

通信の最中突如倒れたプレシア・テスタロッサを移送したアースラに変わり、僕らは『時の庭園』と呼ばれる移動庭園にて捜索を続けていた。
庭園にはセキュリティの一環だと考えられるが高ランクの傀儡兵が大量に配備されているのも判り、少々行き過ぎの感を受けたもののテスタロッサ一家は使い魔のアルフを入れても三人であり、かつ、今回の事件で四散してしまったジュエルシードの捜索にフェイト、アルフの両名を弟九十七管理外世界へと向わせている以上、病に冒されながら研究に勤しんでいたプレシア・テスタロッサ一人として見るならセキュリティを高くしていても不思議には感じられない。
他にも、事故にて四散してしまったジュエルシードに関する情報の入手経路には如何やら情報を売り買いする業者が関与しているとみられ、プレシア・テスタロッサからは彼等から買った情報から入手したとみられる他のロストロギアについても聞かねばならないだろう。
本局からの照合からはこれ等のロストロギアは封印されている上に、それ程危険な代物ではないとされているから次元世界間でのオークション等による売り買いで入手可能な品だとされている。
それに、彼女の行っている研究については専門性が高過ぎるのもあり直には判明しないだろうけど、恐らくは二十六年前の事故にて死亡し、この庭園内にて保存され続けているこの世界のアリシア・テスタロッサを蘇生させる研究に関して何らかの要素で必要と判断され集められた物なのだと判断できる。
彼女が研究しているのは明らかに違法研究と呼べるものだが、プロジェクトF.A.T.Eと呼ばれる内容の成果であろうフェイト・テスタロッサを実験動物のように日常から虐待のような実験を加え続けていた訳ではないようなので、フェイトからはプレシアに対する愛情はあれど脅えや憎悪の感情は見取れない、その辺を考慮すればそれ程の罪にはならないだろう……精々一年か二年程の保護観察処分で済まされる筈だ。
それから、『時の庭園』は遺跡級とも思えるほどの年代ものな為に、各種観測機器についてお世辞にも精度は高いとはいえない。
それもあって「反応が鈍い」とエイミィが時折愚痴るのも暫しあったが、そこは三十名程いる武装局員達の半数に私服に着替えてもらい、捜査区域を徒歩で捜してもらう事により補完している。
移送されたプレシア・テスタロッサについては数日前に母さん―――いや、艦長から連絡を受けていたので助かったのは知り得たものの、体全ての交換という滅茶苦茶な方法は僕達の文明からは想像も出来ないやり方だ。
それでも、僕達にはジュエルシードの回収という任務があるので艦長が不在のまま行われたロストロギア回収についての報告を行っていると、局員からジュエルシードの反応を感知したとの連絡を受け、僕となのはにユーノの三人は報告のあった海域へと向った。
既に現場の海域は局員達による結界にて封鎖しているのでこの世界の人達に知られる事はない筈だ。
出来ることなら、以前の魔術師達のように暴走体の発現前に封印・回収が出来ればいいのだがと思うものの、僕達の魔法ではそこまでの精度は期待出来ないだろう。
現場の海上は昨日辺りから雨模様の天気だったものの、昼を過ぎた今では空を覆っていた厚い雲もなくなり快晴と呼んでもいい青空が広がり海も穏やかになっている。

「この辺りの筈なんだが……」

「そうだね」

「そうはいっても、一面に広がる海ばかりで捜すのは厳しいかも……」

僕の言葉に頷くなのは、そしてユーノの言う通り現場の海上は砂浜ではなく一面の海が広がっているので、ジュエルシードが在るとすれば海底という事になる。
しかし、いつ暴走体になるかもしれない状況下で水の中に入り捜すのは活動時間の制限に加え危険が大き過ぎる。
ここはやはり―――

「状況から海に入るのは危険だ、取敢えず探査魔法を使い捜そう」

「うん」

「わかった」

僕の指示に従いなのはとユーノも探査魔法を使い捜査するものの―――

「クロノ君、暴走体が現れたよ。
でも、これって―――大きさが十メートル以上はあるけれれど……」

空間モニターにより現れたエイミィにより、僕達の捜していたジュエルシードがこの世界の何かしらの生命体を駆動体として変質させ、暴走させてしまっているとの状況を教えられる。

「大きさが十メートル以上だって、計器の間違いじゃないのか?」

「如何なんだろ、計器のぶれとかも補足して計測しているから間違いは無い筈なんだけど……」

空間モニターに映るエイミィは僕の問いに戸惑いを隠せない―――っ、こんな所で計器の古さが災いしたか。

「それよりもエイミィさん、暴走体の居る場所は本当にここでいいの?」

「う~ん、その筈なんだけどね……」

「そいう事は暴走体は海の中か……」

僕が歯噛みするなか、なのははエイミィに話しかけるものの返答は歯切れの悪いものでユーノは眼下の海上に視線を向ける。

「取敢えず観測したデータを送るね」

「それで頼む」

空間モニターが切り替わり、今回の暴走体が内包する魔力量から測定された情報が表示される、如何やら暴走体になった生き物は頭が三角の形をしていて、胴体は長く、触手のような腕が十本ありそのうち外側のい一対は他の触腕とか呼ばれ倍の長さをしている生き物のようだ。

「……これって」

「君には何の生き物なのか判るのか?」

「うん。これってイカだよ」

「イカ……そういえば、僕も何処かで名前だけは聞いたような気がする―――って、何だスクイドの事か」

僕には異形の生き物にしか見えないが、なのはやユーノからするとこの世界では見慣れた生き物のようだ。
それから、十メートル程の大きさをしたイカとやらを捜して探査魔法を使っていると。

「見つけた」

僕よりもなのはの方が先に見つけ出し。

「ディバインッ―――」

なのはの周囲に次々と桜色の光が現れ、桜色をした発射体が形成され展開してゆく。

「―――シュートッ!」

合せて五つのシューターは、なのはに誘導されながら不規則に揺れ海の中へと入り、僕の方もシューターが向った先へとサーチャーを動かし暴走体の行方を追った。
思っていたよりも深くイカだかスクイドだかの暴走体はいて、なのはのシューターが所々にあたるものの大きさもありそれ程効果は感じられない、しかも、煙幕の様なモノを展開されてしまい再び見失ってしまった。

「今度はこっちに来た。つ~か、なにこの馬鹿でかさ!」

やや離れた所で捜索していたのだろうユーノの方へとイカは向かい、ユーノは余りにも大きなイカの姿に驚きを隠せないようだ。
それでも鎖状のバインドを放ち、放たれた方へと僕となのはサーチャーを向わせる。

「っ、表面がヌルヌルしてるみたいでなかなか拘束しきれない!?」

後に判った事だが、イカという生き物には僕達とは違い体を支える骨がほとんど無いのでバインドは余程締め付けないと効果が難しいようだ。

「そうか、バインドが通じにくいのかイカは―――なら!!」

サーチャーにて状況を確認した僕はスティンガーブレイドという魔力刃を複数生成し放つ。
この複数生成される魔力刃は点ではなく面を制圧するのに向いている為、今回のように対象が大きい場合にも有効だ。
他にも向かって来る相手には対象制止能力も高いとされているので、制御の及ぶ限り生成した魔力刃を放てば巨大イカとはいえ動きを止められるばかりか、イカの意識を失わせジュエルシードを体外に排出させられるかもしれない。

「やったか!?」

「―――いや、手応えからしてまだみたいだ」

サーチャーから送られてくる映像からは、海の深い所で幾つもの魔力刃が突き刺さり爆発を起こしているイカの姿が見られるもののユーノの表情からして力は失っていないようだ。

「大変、クロノ君。すぐ近くで新たに三つ―――いえ、四つ……て、また!?」

空間モニターから窺えるエイミィの表情が次第に険しくなり。

「残りのジュエルシード、五つ全てが起動し始めたよ!!」

「なんだって!?」

繋げたままの空間モニターから、エイミィは珍しく声を荒げた様子で報告してくる、如何やら今の魔法の行使による魔力により活性化させてしまったようだ。

「ちょっとまって……」

「それじゃあ……」

ユーノとなのはの二人も僕と同じで悪い予感しかしないのだろう。
唾を飲み込みながら三人で見詰める空間モニターの様子からは、起動したジュエルシードの魔力はすぐ近くにて暴走体として活動していた魔力へと引き寄せられ。

「くっ、駄目だもう拘束しきれない!!」

更なる巨大化を始めたイカにユーノのバインドを破られてしまう。

「え、ええ―――!!!」

「ジュエルシード六個が集まった複数融合暴走体………」

驚きを隠せないなとはと僕の声と共にそれは海面下に影をもたらせ。

「観測に拠れば暴走体の大きさは二百メートル近く……って、うわ……周囲の魔力も取り込んでまだ魔力量が上がってるよ!?」

エイミィからの報告を待つ間も無く、僕等の前には海面から姿を現した超巨大イカという化物が姿を現した。
化物イカは体の表面を白から赤へと塗り替えながら面積が十メートルはあるだろう触腕を向けて来る。
触腕は遠目からは三角の形をしていたが近づくにつれ三角ではなく壁へと変わり、防御魔法で防ぐものの魔力は削られて続け、触腕にはおぞましいというか、生理的嫌悪感をもたらすような歯の生えた口が無数にありシールドを文字通り噛み始める。

「なんて生き物だ!?」

「っ!?」

「触腕てこんな感じだったのか!?」

僕は見た目と巨体故の力から口にし、なほはは触腕から生える無数の口に悪寒を感じたのかわずかに体を震わせ、ユーノにしてもイカという生き物へのて気味悪さを隠さないでいる。
でもまて、触腕は確か一対二つだったはずだ―――なら!?

「っ、不味い、後ろからもだ!?」

「こんなのがもう一つだなんて―――」

嫌な予感がして後ろを振り返れば逆側からも触腕が迫って来ていて、僕やなのはに比べ防御魔法に精通しているといってもいいユーノですら前後二つの触腕を防ぐのは厳しいとしかいえない。
不味いぞ!このままでは僕達は前後から挟まれるようにして触腕に押し潰されてしまう!?

「このままじゃあ!」

「―――っ、如何すればいいんだ!!」

いくら保有魔力や資質が高いとはいえ、高町なのはは僕等の世界の魔法に出会ってから一ヶ月も経っていない、既に素人とはいえないレベルだが僕やユーノに比べれば知識は劣り、正規の訓練と経験をして来た訳でもなので触腕に並ぶ数え切れない程の口という、おぞましさ極まりない光景の前に声すら出なくなっているようだった。
ユーノや僕が何か手は、方法は無いかと巡らせていると突然、向ってきていた触腕が弾けるかのようにして吹き飛ばされ、少し遅れて僕達のシールドを噛んでいた触腕にも幾つもの衝撃が走り離れていった。

「―――遅くなりました、三人とも大丈夫ですか?」

何か同等の巨大な質量でも衝突したのか、突如弾かれるようにして離れる触腕を見ていると声を掛けられ見ればそこにセイバーが立っていて。

「アースラで見てたから、大まかな状況は解っているつもりだよ」

「要はあの化物イカをぶっ倒せばいいだろ」

僕達のシールドを噛んでいた触腕を撃退したのはフェイトとアルフらしいのか向って来ている。
その後ろには衛宮士郎とアサシンの背中にしがみ付いているアリシアや、光る宝石のような短剣を手にした遠坂凛が続いていた。

「そういわれてしまうと身も蓋もないんだが……」

「でも、彼女達の言う通りだ。
あの暴走体の気を失わせればジュエルシードは排出されるされるはずだし」

「だったら――――Gebuhr、Zweihaunder………!(次、接続)」

フェイトとアルフの言葉に僕とユーノの二人はそれぞれ口にしていると、遠坂凛の手にする短剣の刀身は次第に七色に輝きを増し。

「Es last frei EikeSalve――――!!(解放、一斉射撃)」

桁外れの魔力による砲撃のような斬撃とでもいえばいいのか、馬鹿げた魔力を秘めた一撃が化物イカへと放たれ。

「解った、取敢えず今はアレを倒すのが先決なんだな―――停止解除、全投影連続層写!!!(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン!!!)」

衛宮士郎の声と共に無数の実剣が現れると同時に放たれ始る。
さしもの化物イカも、遠坂凛の放った斬撃と高速で放たれ続ける実剣を受けては辛いのか障壁が姿を現し、遠坂凛の放った斬撃と衛宮士郎の剣弾を辛うじて防いだ。
しかし―――

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

直撃は防いだものの、衛宮士郎の言葉により連鎖的に爆発を起こした剣の群れは化物イカの障壁を多くを奪い去った事だろう。

「す、凄い」

「私達も負けてられないね」

「そうだね、なのは」

魔術という異世界の魔法の凄まじさにユーノは声を漏らし、調子を取戻したのかなのはは近くまで来たフェイトに声を掛けた。

「っ、でもクロノ君。
今の攻撃で暴走体の障壁は半分近く吹き飛ばせたけど、障壁の魔力量からして残りの障壁を破るのにはSランククラスの魔導師が数人は必要な計算に―――」

「―――大丈夫よエイミィ」

庭園から観測し続けているのエイミィは複合暴走体の魔力量を把握している為、砲撃などによる貫通性の高い魔力攻撃にしても、そのままでは倒しきれないかもしれないと警告をするのだけど遠坂凛により遮られ。

「アーチャーがあの防壁をなんとかするから貴女達はその後にしてくれれば問題ないわ」

魔力による足場を作り出すと横にアーチャーが姿を現し、弓を手にすると何処からもなく螺旋状に捻れた剣を矢として番え始める。

「I am the bone of my sword――――――(我が骨子は捻れ狂う)」

それがアーチャーという男の魔術なのか詠唱とも思える呟きが聞こえ。

「―――偽・螺旋剣(カラドボルグ)」

凄まじい魔力を内包しているのか、放たれた矢は大気を捻るかのようにして化物イカの障壁を易々と貫き。

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

衛宮士郎と同じ言葉を吐くと同時に大気を震わす衝撃が走り、先ほどとは比べ物にならない熱量が解放され化物イカの身を焼いた。

「じゃあ、いくよフェイトちゃん」

「うん、なのは」

続いてなのはとフェイトのデバイスが形を変え。

「ディバイン―――!」

「サンダー―――!」

二人のデバイスに環状魔法陣が展開されながら、先端には魔力が眩い光球なりて供給される。

「バスター―――ッ!!」

「スマッシャー―――ッ!!」

二人の直射砲撃魔法が合わさり光の奔流となりて障壁を失い焼かれたばかりの化物イカに直撃し、その身を仰け反らせた。

「みんなしてなんて馬鹿げた威力を……」

僕はユーノの使う強固な防御魔法を含めセイバー、遠坂凛、アーチャー、なのは、フェイトの面々が行った一連の攻防に呆れてしまう。
特に衛宮士郎の放った剣群は、衛宮士郎本人の魔力量と比べても異常としか呼べない数値を検出しているので魔術師とかいう異世界の魔法文明は僕らの常識では解らない事ばかりだと痛感させられる。

「でも、なのはとフェイトの魔法が直撃なら―――」

「―――いえ、そう考えるのはまだ早いでしょう。如何やら、あの怪異は文字通り倒れただけのようだ」

仰け反るようにしながら海へと倒れ込む化物イカを見詰め、ユーノはあれ程の大威力砲撃魔法を受けたのならあるいはと判断したのだろう、しかし、その考えは甘いとセイバーによって否定される。
セイバーの言葉通り、化物イカは海へと倒れ沈むと同時に今まで体を支えるのに使っていたのか八本の巨大な触手が海上へと姿を現し、触腕を含めた十本の触腕・触手が僕達へと向って一斉に蠢いた。
だけど―――

「一つだけなら!」

「させないよ!」

先ほど僕達を襲った二つの触腕は、ユーノとアルフが展開する魔法陣から伸びた鎖状のバインドにより拘束され。

「ほう、中々如何して悪食な」

「でも、これ以上の魔力保有はデバイスの方が耐えられないから供給は少なめにするね」

向って来ていた八本の触手は十数メートルにも及ぶ長さにまで伸びた漆黒の刀身と、それを扱うアサシンによる卓越した技量により、幾つもの刀身が見えるほどの速さで振るわれた事によっていなされてしまう。
そうか、アリシアの持つジュエルシード改から供給される魔力をアサシンのデバイス鈍らに分け与える事により、鈍らはフルドライブクラスの能力を発揮していて、その鈍らを振るうアサシンの技量は僕にも判るほど練達している。
成る程、アリシアによる魔力の供給・管制とアサシンの技量が一つになるという、まるでベルカ式のユニゾンデバイスのような関係だがそれ故にあの二人の力が一つになるとこうなる訳か……

「しかし、本体が海に居るとこれ以上は厳しいな……」

「確かに、如何にかして水の中から出さないと不味い……」

いつの間にか弓を手にしていた衛宮士郎は先ほどのアーチャーと同じく実剣を番えて放っているものの手応えは無いらしく、僕もブレイズカノンという砲撃魔法を放ってみたが海の水により威力は拡散してしまい効果は今一つといった感じだ。
不味いな、ここまで複合暴走体の魔力を削れたのにこのままだと再び回復させてしてしまう。

「ん、水を退かせばいいの?」

「そのようだ、水が在ってはあのイカまで剣も魔法も届かないらしい」

その状況を見ていたアリシアはしがみ付くようにして抱きついているアサシンに訊ね、アサシンが答えると。

「うん、じゃあ退かすね」

などと、それが出来るなら苦労はしないだろう言葉を口にすると、何処からもなく九個のジュエルシード改が現れ、海に亀裂のような何かが走りると次第に広さを増しながら海の水を押しのけ始める。

「なんだって!?」

「―――っ、まさか海を割ったというのですか!?」

「相変わらず滅茶苦茶な……」

「なんつ~出鱈目、何処の英雄よアレ………」

「ジュエルシードにしても使い方次第、対界宝具というだけはあるか」

驚きを隠せないアルフとセイバーとは対照的に、呆れるような表情をしている衛宮士郎と遠坂凛、アーチャーは驚きと呆れが混ざった複雑な感じだ、とはいえ如何やらこの光景は向こうの世界でも異常らしいのでどこかほっとしてしまう。

「わぁ、言葉通りの海開きって始めてみた」

「海から水を引かすなんて、私にはとても出来ないよ凄いなアリシアは……」

「普通は出来るほうが変なんだけどね………」

なのはは目の前に行われている大魔法の凄まじさに気が付いてないのか普通に感心しているけれど、魔法の知識と経験があるフェイトは行われている魔法は常識からかけ離れているのが解ったようだ、でも、ユーノ言う通り普通は出来る方が異常な訳だが……

「いやはや、海を割るか―――こちらにしても、その発想はなかったぞアリシア」

「えっへん」

しかし、当の本人はアサシンに褒められたと嬉しがっている様子だが、ジュエルシード改のエネルギー特性を考えればもしかしらたディストーションシールドに近い性質の術式なのかもしれない。
大規模災害にすら対応出来る空間防御の魔法をいとも容易く行ってしまったのだ、アリシアの実力を知って勢い余って勧誘してしまった母さんの気持ちも今なら判らなくも無い、か。
異常としか思えない状況からそんな事を巡らせてしまった僕だけど、化物イカの周りからは見る間に海水が引いて行き、複合暴走体となった今でも海水による浮力があったからこそ動けたようだが、海水がなくなり浮力が消えてしまうとその巨体ゆえの自重で動けなくなったのか、むき出しになった海底でぐったりとその巨体を横たえる。
でも、流石に不味いと感じたらしく化物イカの触手の付け根辺りから黒い霧のような何かが放たれ自身の周囲を暗闇に隠してしまうのだが―――

「―――風よ、荒れ狂え」

セイバーの手にする透明な何かからもの凄い勢いの竜巻が繰り出され、黒い霧は吹き飛ばされてしままうばかりかその衝撃は化物イカの巨体を打ち据える。

「行くよバルデッシュ」

「Get set」

エイミィから送られてくる情報からは、あの黒い霧のようなモノは墨のような液体らしいけれども複合暴走体となっている以上、先ほどの黒い霧もまた僕達の予想を覆すような特殊な効果を持っているかもしれなかった。
セイバーにより不可解な黒い霧は消し飛ばされ、隠れる事も、身動きも出来ずにいる化物イカの姿を見据えるフェイトは魔法陣を展開し周囲にフォトンランサーの光球が次々に現れる。

「フォトンランサーのバリエーション、私とバルデッシュの必殺魔法―――」

その数は三十を超えていた。

「一撃必倒、フォトンランサー・ファランクスシフト!」

「Photon lancer phalanx shift」

片腕を上げたフェイトの声と共にバルデッシュによるトリガーセイフティが解除され、合計三十八個もの連射型の大型光球に光が増し放電をし始める。

「ファイアッ!」

腕を振り下ろすと同時に一斉にランサーが放たれ始め、後に聞けば単一の対象に対し光球一つから秒間七発もの高速連射が約四秒もの間続き合計千六十四発もの射撃を叩き込む大型攻撃魔法らしい。
着弾による轟音が響き渡る四秒の間は瞬く間に過ぎ去り、千六十四発もの雷の槍は全てイカの複合暴走体に叩き込まれると命中し炸裂した魔力によって辺りは濃密な霧に覆われた。

「やはり、フェイトとアリシアは似ています」

「そうだな……(でも、アリシアのは『原初の海』とかいう神様の影響だろうけど、フェイトはそんな加護みたいなモノは無いだろうから正真正銘の才能と努力による賜物なんだろうな。
けど、このままの感じで大人に成長したとしたらどれ程の実力になってるんだか……)」

フェイトに視線を向けているセイバーと衛宮士郎の表情は何だか呆れているような印象を受けるものの、二人の言葉のニュアンスからして如何やら今のに似た大型攻撃魔法をアリシアも使えようだ。

「フェイトのアレが決まったんだ、いくら複合暴走体だって無事なわけ―――っ!?」

二つの触腕のうち一つを拘束したままでいるアルフは、千を越える雷槍に撃たれたイカの巨体が横たわる場所を見据えていたが、ゆっくりと霧が晴れていくと息を呑む。

「まさか……いや、あの巨体だからこそ耐えられたのか」

所々に先ほどから受けたダメージが見られるけれども、表面の色を赤に染めながら威嚇し続ける複合暴走体に思わず声を漏らしてしまう。

「ジュエルシード六個分の複合暴走体は伊達じゃないって訳か……」

「だが、あの様子ではそれももう限界だろう」

僕の零した言葉に遠坂凛は頷くようにして口にし、アーチャーはまるで鷹のような眼差しで複合暴走体となった化物イカの状態を冷静に分析していた。

「なら、次は私の番!」

言うが早いか、レイジングハートを掲げたなのはの足元に魔法陣が展開され。

「頼んだなのは、俺達にはフェイトやなのはのような純粋魔力攻撃は難しいからな」

「そうですね。基本、私達は物理攻撃が主になりますから純粋魔力による攻撃には長けていない。
(流石のアリシアにしても、ジュエルシード改による空間操作を行いながらの攻撃は出来ないと思いますし)」

衛宮士郎とセイバーの視線が注がれ、周辺の空域に拡散された魔力がなのはの元に集束され始める。

「Starlight Breaker」

「まさか集束砲!?」

レイジングハートによるトリガーセイフティが解除されるなか、なのはの周囲に桜色の輝きが現れては魔法陣へと集まり続ける様が星空の流星に例えられたのか「星の光」は光球となり更に輝きを増して行く。
魔力集束技術、それはSクラス以上の技術である。
少し錬度が高い魔導師なら自身で放った魔法なら戻したり集めたりは出来る、しかし、使用を終えて拡散されている魔力を集め再度実用レベルで集められる魔導師はそれ程多くはない。
それをユーノは驚きの表情で見詰めている事から、あの集束魔法を教えたのはユーノではないと判断出来る……なら、なのはは自身とレイジングハートによる模索の末にこのようなSクラス以上もの難度の高い技術へと辿りついたとでもいうのか。

「ほう、これは中々にして華のある」

「うん、綺麗な光だね」

六個ものジュエルシードが生み出した化物イカといえども、海水が無くなり姿勢を崩されては空にいる僕達に触手を届かすのは出来ない、その為、アサシンとアリシアは油断こそしているようには見受けられないが見物に徹しているようだ。

「これが私の全力全開!!」

そう思っているうちにもなのはの集めた残滓は直径一メートルを超える巨大な光球になっていて、更に自身の魔力を加える事によりその大きさは格段に膨れ上がる。

「スターライト―――」

レイジングハートを大きく振りかぶり。

「―――ブレイカーッ!!!」

振り下ろしトリガーが引かれた。
それは轟音を伴う砲撃というか、桜色をした巨大な柱にしかみえない極光が満身創痍になりのたうつ複合暴走体へと直撃し。
轟音が治まり、先ほどのフェイトによる大型攻撃魔法よりも更に濃密になり靄のように覆っていたのが治まると、複合暴走体から吐き出されるかのようにして次々と六個のジュエルシードが浮かび上がり始める。

「「ジュエルシード」」

この場に格納機能を持つデバイスの所持者はなのはとフェイトの二人だからこそなのか、二人は声を合わせるかのようにしてお互いのデバイスをジュエルシードに向けると。

「「封印」」

互いに放った封印砲による割り込みにより六個ものジュエルシードは一挙に停止させられ、やや遅れて複合暴走体となっていた化物イカの姿も縮み、それが元々の大きさなのか大体一メートル程の大きさにまでなるとそれ以上は小さくならなくなった。

「やったね、フェイトちゃん!」

「うん、ありがとうなのはそれに皆……」

フェイトはなのに視線を向け、それから僕達を見渡してから空を見上げる。

「……やったよ母さん、これで母さんが護ろうとしていたこの世界は大丈夫なんだよね」

何となく違うような気もするが、テスタロッサ親子やなのはとユーノが居なければ何かしら被害があった可能性は否定出来ないのでよしとしよう。
他にも衛宮士郎やセイバー達が居なければ、早急にテスタロッサ親子との協力は得られなかっただろうとも考えられる。
仮に僕が当初に想定した通り対応していた場合では、ジュエルシードによる被害も広がってしまった感も否めないだろうし、テスタロッサ親子と衝突して無用な損害を出していたかもしれない。
それを考慮すれば運送事故から端を発したロストロギア、ジュエルシードを巡る事件は無事といえる感じで解決できたといえるだろう。
ユーノがなのを、なのはとフェイトが対立して僕達時空管理局や異なる地球の異邦人を呼び寄せた。
もしかしたら母さんの言っていた切り札とは、経験から感じ取った人と人との繋がりによる力なのかもしれない………僕も執務官になって久しいけれど、切り札が『巡り合せる縁』というのは予想だにしていない事例だ。

「君達の協力もあって、こうして全てのジュエルシードは回収でき、事件は何事もなく解決した本当にありがとう」

仮にそうだとしたのなら僕も執務官としてまだまだだと思いながら協力してくれた十人、この世界出身のなのは、僕達の管理世界から来たフェイト、アルフ、ユーノ。
この世界とは異なる第九十七管理外世界……いや、現地惑星名称地球から来た衛宮士郎、セイバー、アリシア、アサシン、遠坂凛、アーチャーに向かい礼を述べた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第10話


飛来する四つの雷槍を両腕の籠手から伸びた魔力刃にて受け流すようにして逸らし、魔力弾を放ちながら魔術により強化された体の力を活かして一気に距離を詰める。

「バルデッシュ」

「yes sir」

向かい来るお兄ちゃんに対し、フェイトさんのバルデッシュもまた金色の魔力光が溢れるようにして刃と成し、光の刃を柄から垂直に立たせる戦鎌の形である近距離攻撃専用形態へと形を変えると魔力弾を切り捨ててしまい。

「アーク・セイバーッ」

声と同時に振るわれた戦鎌から光刃だけが放たれ、咄嗟に防御魔法にて防いだものの魔力は削られて行き。

「Saber blast」

「っ」

バルデッシュのコマンドにより圧縮された魔力刃は爆発してしまいお兄ちゃんの張る防御魔法を吹き飛ばしてしまう、でも、お兄ちゃんにしてもアヴァターや神の座での経験から光刃が爆発する寸前に後ろに跳んでいるので痛手は感じられず、フェイトさんによる加速をつけた追撃も無い。
お兄ちゃんは近接戦闘だと自ら隙を作り出して誘う戦法を使うので、隙を見つけ鋭い一撃を加える戦法が主体のフェイトさんからしてみれば近接戦闘は虚実入り混じり過ぎていて難度が高過ぎるのかもしれない、だからか今日のフェイトさんは距離を置いての射撃を主体とした戦い方を主にしている感じだ。
ちなみにお兄ちゃんは何で投影魔術を使わないかというと、今日と同じ様に昨日、ここアースラの訓練室にて訓練に勤しんでいたお兄ちゃんはなのはさんと模擬戦になりつい盾として投影した斧剣を床に刺して砲撃魔法を防いだまではいいとしても、アースラは次元空間を航行する船なので小さいながらも床に穴を開けられるのは困ると苦言を言われたらしい。
その為か、今日は投影魔術は使わないでミッド式魔術だけで何処まで出来るのか見極めようとしているのかもしれない。
そうそう、事件の終息はしたものの参考人である私やポチを含めたお兄ちゃんとセイバーさん、アサシンさんに凛さんとアーチャーさんはアースラに滞在する必要から空き部屋を使わせてもらっていて、ポチはアースラの艦内を散歩しているし、凛さんは端末を使いこなそうと宛がわれた部屋にて端末を相手に四苦八苦しているけれど、お兄ちゃんにセイバーさんやアサシンさんはこうしてよく訓練室を借りて練習に勤しんでいるんだ。
運送事故により散らばってしまった事で起きたジュエルシード事件、回収された二十一個のジュエルシードは本局遺失物管理課とかいう部署に預けられリンディ艦長やクロノさん、エイミィさん達アースラクルーは本局に提出する報告書の作成とか書類整理とかの事後処理に追われているものの、当初危惧していたような次元災害にはならなかったので概ね満足げな様相でいる。

「なのはは如何ですか?」

「えと……私は今日は遠慮を………」

セイバーさんは同じようにお兄ちゃんとフェイトさんの模擬戦を見ているなのはさんに視線を向けるけれど、なのはさんからしてみればセイバーさんはやり辛い相手というか………対魔力により今のところ全ての魔法が無力化されるわ、セイバーさんは加減はするものの練習では手心は加えないので、戦という心構えにはなるかもしれないけれど魔導師の訓練としては微妙なのかもしれない。
この世界出身のなのはさんは、今回の様な災害や事件が発生しないように尽力しているリンディ艦長達の姿を見て素直に凄いと感じているようでもあり、同時に興味も持ったようで事件が終った今では魔法の基本に立ち返り、並列思考であるマルチタスクの練習やレイジングハートによる魔力に強い負荷をかける『魔導師養成ギブス』のような真似を始めているとか。
だからというか、リンディ艦長は本来の規定なら管理外世界という、本来ならこの世界にはない筈の魔法技術は使えないように封印するなりリミッターをかけるなりしないといけないらしいけど、事件解決の功労や協力の経緯の外にもあれこれ裏業みたいな手法を用いたらしく、この世界で魔導師としての行動許可を出してくれたらしい、その為、なのはさんはそれまでの生活を変える事無く魔法の力を手放さないでいられるので喜んで練習に励んでいる。

「取敢えず、なのははまだしっかりとした基本を身につけている最中ですからまたの機会に……」

「そうですか。ある人物が書いた書籍には、危急の際に要する事は平穏な時代から継続してなすべきだとあります、故に普段からの訓練は重要といえるのですが―――確かに下地となる基礎は重視する必要はある」

困った表情で訴えるなのはさんの言葉に付加えるようにして擁護するユーノさん、なのはさんの師匠にも当たるユーノさんは、なのはさんの家に住み込んでいるけれどその名目はなのはさんが拾ってきて世話をしているフェレットとかいう微妙な立場なよう、でも、本人がいいのならそれでいいのかもしれない。
今のところ気になるとすると、この世界のお母さんに関しては違法な研究を行っていたのは見過ごせないそうなので裁判次第では保護観察とかいう処分の期間が伸びたりするかもしれない事かな。
他にも、この世界のお母さんは事件に関する功労によりジュエルシードによる実験を本局の人達が承認したのなら借りて実験が出来るのにもかかわらず申請していないそうだし。
でも、もしかしたらジュエルシードを使った実験が原因で虚数空間に続く次元断層が発生したのかもしれないから実験はしない方がいいのかも?
まあ、単に今までは病気による痛みとか生死を境を行き来しながら研究をしていたから焦っていたのかもしれないけど、今は蝕んでいた病や生死を彷徨う事も無いので急ぐ必要が無いのかもしれない。
そんな余裕の出来たお母さんはフェイトさんと上手く行っているのか、フェイトさんは記憶にあるような優しい母さんになってくれたと喜んでくれている様子だし、事件が解決したのでマンションを退去する手続きをしている最中のアルフさんもにしても、仲良くなった二人に満足しているみたいだから今の状況を見れば亡くなったこの世界のアリシアも二人が笑顔になったのを喜んでくれていると思う。
私が力を使えば過去の時間からアリシアの魂を回収し、死んだ肉体を蘇生しながら宿らせるのは容易い、でも、それはアリシアを失い必死になって研究に勤しんでいたお母さんやその研究から生まれたフェイトさんを冒涜する行いなんだと思う。
お兄ちゃんが言っていた―――
死んだ者は蘇らない。
起きた事は戻せない。
失ったモノは戻らない、と。
それもそうだ、アリシアを失った時のお母さんの悲しみや辛さも、その後の研究の末に誕生したフェイトさんも嘘になる、アリシアにしたってお母さんを置いて亡くなったのにも関わらず前へと進み輪廻転生している筈なんだ。
命は苦しみながらもがきながら……それでも必死になって前へと進み続ける、辛い事も悲しい事も抱きながら進まないとならないのに―――私がその歩みを邪魔していい筈が無いのだから。
だからだと思う、そんな誤った奇跡を行い続けたなら私はセイバーさんに心配されたように皆の魂を腐らせ続けてしまう神になってしまうのだろうと………

「ならばセイバー、士郎とフェイトの模擬戦が終った後ひとつ相手をしてくれまいか?」

「いいでしょう、互いに手にしたミッド式という魔術により今までと如何違うか試してみるのも面白い」

柳のように自然体で佇むアサシンさんにセイバーさんは不敵に笑みを浮かべ見返す。

「だったら今日は皆で分かれて練習してみたらどうかな?」

「ふむ、それは妙案」

「成る程、個人の技量ではなく集団としての纏まりも必要になる訳ですね」

それならいっその事全員で模擬戦を行えばいいんじゃないかなと思い口にすると、アサシンさんとセイバーさんも同意を示し。

「そうか、たまにはそういった訓練も必要か」

「そうだね、他の人と連携しての訓練って一人じゃ出来ないし」

ユーノさんとなのはさんも賛同してくれる。

「うん。じゃあ、お兄ちゃんとフェイトさんが終ったら皆で練習しよう」

私個人の『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』という問題はまだ解らないけれど、皆が皆を守るような、いわゆる『正義の味方』というモノになれるのならそれはどんなに素晴らしい世界になれるだろうか、ううん、『正義の味方』じゃなくても悲しんでいる相手や、困っている相手に手を差し伸べられるような人達が増えれば私なんかに頼らなくても安心な筈だし、そんな人達が増えてゆくのならきっと未来はよくなる筈だと思えた。



[18329] リリカル編11
Name: よよよ◆fa770ebd ID:ff745662
Date: 2013/09/27 19:26

「―――って感じで、なのはは暇さえあれば日常から練習をしているんだ」

「学校でもですか?」

「はい、学校でも魔力負荷をかけてたりやマルチタスクの練習をしてます」

なのはに魔法を教えているのユーノの話を耳にセイバーは眉を顰めるものの、当の本人はまったく気にしていないようだ。
ユーノの話では、なのはの朝は午前四時半頃に起きてから外で魔法の練習、家に戻り朝食を家族で摂るという日常的な行為にすら魔力に負荷をかけるなどしていて鍛えているらしく。
その魔力負荷とかいうのがまた問題で、ユーノの話では並みの魔導師なら立ち上がるのも困難なレベルらしいのだが、なのはは常にそれ行っているばかりか、他にも学校の授業中にマルチタスクの練習を行っているとかいう、まるで狂気の沙汰とすら思えてくる話だ。

「そっか」

本来なら呆れるような話なのにどこか安心するような顔色を変えた遠坂は、

「なのはも魔術を覚えるのが楽しくなったんだ。
でも、張り切るのはいいけれど他の人達に見つかるような真似はしないでよ、魔術ほどじゃないけれどミッド式も秘匿しないと不味いんだから」

そう口にし嗜めるけど。

「いや、でも……なんていうかな、せめて学校では授業に集中した方がいいんじゃないか?」

「シロウの言う通りだ、練習を積み重ねるのは好ましいとはいえ根を詰めすぎるのはよくない」

俺と同じ考えのようでセイバーも相槌を入れる。
ちゃんと授業に集中しないと俺のように勉強で苦労するだろうし、そもそも練習にしたってやり過ぎはよくない。

「大丈夫です。実際、魔法を使うときはユーノ君に結界を張ってもらってますし、授業だってちゃんと聞いています。
それに、魔力負荷も最初はちょっと辛かったけれど、今はそんなには感じてませんから」

懸念する俺やセイバー、遠坂になのはは答えるのだけど、塾や家の手伝いとかない日は、ここ『時の庭園』や時空管理局の本局とかでフェイトと一緒に射撃や飛行訓練とかしているそうだから……子供とは思えないような練習量だ。
とはいえ、なのはが大丈夫といっている以上は見守るしかないか………
ふと、なのはやフェイトと行った模擬戦を思い出してしまう。
純粋魔力攻撃とかいう相手に致命傷を与えにくい非殺傷なる業を使えるミッドチルダの魔術、俺の投影魔術では例え刀剣の刃を潰したとしても鈍器には変わりないので非殺傷という訳にはいかないだろう。
剣に特化した俺からすれば魔力効率は悪くなるものの、非殺傷という業を主体にできるミッド式でもってどこまで戦えるかを試したのだけど、幼いものの膨大な魔力を持つなのはやフェイトが相手では例え砲撃魔法を防御魔法にて受け止めたとしても、二人共膨大な魔力を叩きつけてくる訳なので……そのまま押し潰されてしまい。
投影魔術を駆使しなければ砲撃魔法の一撃であっさり倒されてしまうのを体験した俺は、改めて自分が投影魔術師なんだなあと逆に再認識してしまったの訳なのだが。
そういえば、この前の集団戦では俺はフェイトとの模擬戦で防御魔法ごと押し潰された後なので参加せず、人数の問題からアリシアも加われないで見ていたのだけど。
セイバー、なのは、ユーノのチームとアサシン、フェイト、アルフのチームで行われた集団戦ではアサシンが突破力に優れたセイバーを受け持ち、その間にフェイトとアルフのコンビがなのはとユーノを強襲するという機動力を生かした戦法がとられたまではいいのが……
壁役となったユーノの守りが思いの外硬く、フェイトとアルフの二人でも攻めきれない間になのはが牽制するといった風に進んでしまい、互いに一進一退の形で進んでいた戦況だったけれど、変化が訪れたのはアサシンと切り結んでいたセイバーから合図が送られたのか、隙を突いたなのははあろう事かセイバーもろともアサシンに砲撃を放ち、まるで壁が向かって来るような面の広い砲撃にアサシンは飲み込まれ、砲撃の後には練習用に借りた剣型の簡易デバイスを手にするセイバーにより斬られていた。
多分、砲撃そのものは『鈍ら』によりある程度吸収したのか、それともセイバーと打ち合っている時の魔力なのかは判らないけれど、避けられないのを悟ったアサシンは防御魔法を展開したりして堪えはしたものの、体勢が大きく崩れたか動けない隙を対魔力による護りから傷つかないセイバーに斬られたのだと思う。
……というか、対魔力のないアサシンに対してアレはハメ技だろうと言いたい。
その後は三対二の戦いに移り、結局セイバーが指揮するチームが勝った訳なんだが、こうして思い出すと指揮というのが戦いに置いて如何に重要な要素なのが解る戦いでもあったな。
アーチャーの記憶には集団と戦う方法とかはあったものの、集団を率いるといったのはなかったなあとか過り、視線を移せば彩色豊かな草木あふれる穏やかな庭園の姿が目に入って来る。
ここは次元空間を移動する庭園、『時の庭園』とか呼ばれているそうだけど、ある意味閉鎖空間といえるので空調により温度や湿度とかも調整されてようだ。
この『時の庭園』は次元を隔てているものの地球の近くに停泊していて、なのはとユーノは海鳴市から転送魔法でここを経由しアースラや本局へと行き来が出来る。
そんな『時の庭園』の一角でテーブルを囲むようにしながら座る俺やセイバー、遠坂の三人に加え、なのはとユーノの五人はアーチ状の柵で区切られながらも見晴らしのよいテラスにて雑談を交わしていた。
そういうのも、長いこと研究ばかりしていたせいかプレシアさんは料理の腕というか勘が鈍ってしまっていて、そんな時にフェイトから俺の世界を訪れた時の話を聞いたらしくて教えて欲しいという話になり。
初めは俺が教えていたのだけれど、途中からアーチャーの奴が「まだまだ甘い」とか言いながら現れ、他にやる事がなくて暇なだったのかアイツが教え始めるようになってしまった。
そんな訳で先生役から転落してしまった俺だが、何故まだ居るかと言われれば作った料理には当たり前というか食べる相手が必要で、その役を買って出たのがセイバーやアリシアであり、実際アーチャーが作ったモノは俺以上なので少し悔しい思いもするけれど俺も加わり奴の味を盗んでいたりする。
他にもなのはの実家は表向き喫茶店を経営しているとかで、そこで世話になっているユーノも一緒に加わり主にお菓子関係での話で花を咲かせていた。
運送事故によりロストロギア指定された遺失物、ジュエルシードが地球へと四散してしまったJS事件の終わりから一ヶ月近くが経過している。
本来なら、事件が終わり数日もすれば元の世界に戻れるだろうと予想していたのだけど、相変わらず俺達はアースラに部屋を借りての生活をしていた。
というのも、管理局でも俺達のような並行世界からの訪問者は対応に苦慮しているらしく、念の為に俺やセイバーに遠坂が使うミッド式の術式を本局の技師のマリーさんて女性が調べたらしいが、何というかアリシアが組上げた術式は様々な術式を元にしているとかでミッドチルダ以外の文明、キャスターから教わったとかいう俺達の世界のしかも神代級の魔術から、アヴァターの魔術、親切な竜が居たとかいう世界の術式とかを知らないと話にならないとかいうとてもハイブリットな術式らしい。
まあ、例えそれを理解していたとしても……一番の問題となるのは俺達の世界でいうところの魔法の領域の業であり、こちらの世界では不可能領域魔法とかいうのに分類にされている魔法の存在だな。
いくら本局技師のマリーさんが優秀とはいえ、そんな不可能領域とか呼ばれてしまうような業が一端でも混じっていれば理解の範疇を超えてしまうだろう、そんな訳もあってアリシアが説明し今日に至っている。
そして、そのなかで解った事だけど俺達が使っているバリアジャケットは、この世界のバリアジャケットの術式に比べ三割から四割ほど魔力を節約出来ているばかりか、対衝撃等に関する強度や温度変化にしても一割ほど強いらしいのが判明し、ディアブロからの魔力供給なしにアリシアはその防護服を三十分くらいなら展開出来るとかいう話だ。
アリシアが主に攻撃に用いるフォトンランサーに関しては、ミッドチルダで公開され使われているランサーよりも威力、射程、速さ、誘導性が共に桁違いなレベルで纏まっているそうだけど欠点もあってか術者の制御、こちらの世界ではリソースとも呼ばれるそうだが、それがもの凄くかかり並みの魔導師だと一つか二つ展開するのが精一杯な術式らしい。
他にもアサシンのデバイス鈍らで展開している擬似魔術回路とかも話に上ったそうで、魔術回路仕様だとリンカーコア仕様よりもデバイスに負担がかかるらしく、管理局で使うならとアリシアはリンカーコア仕様の術式を教えたようだ。
魔術師である遠坂からしてみれば、折角の術式をただで教えるのは反対していたものの、本局の技師達から公開されている術式の数々を見せてもらうと沈黙を余儀なくされた経緯がある。
まあ、でも……やはり遠坂はただでは起きないというか色々とある術式を熱心に見比べてたけど……この辺の根っこには文明の相違があるのだろうな。
そもそもアリシアはこことは違うものの、別のミッドチルダの出身なので俺達の世界での秘匿は郷に入っては郷に従えといった考え方なのだろうと思う。
とはいえ、アリシアが提示した魔力収集の術式は一度起動させてしまえば自動的に周囲から魔力素を収集して魔力に換える術式なのでバリアジャケットとかと同じく普段は特に制御とかの必要性はなく。
ミッド式にもなのはが使ったような集束技術があるので、いわば魔力収集という用途に絞り発展させた術式といったところだろうか。
しかしというか、便利な反面これまた欠点があってデバイスに入れると容量を多くとってしまったりや、外部から魔力を取り入れ上乗せするカートリッジシステムとやらには相性は悪いそうなので混在はできないそうだ。
でも、なんだかんだでミッドチルダ式を使う局員達の能力を底上げしてしまうから本局でも大騒ぎになり、今はなんでも教導隊とかいう部隊で運用試験を行っているとか。
他にもリンディさん曰く、管理局の技師達から正式に管理局に入らないかとかいう要望の声もあるとかいう話だ。

「おまたせ」

「今日は私も手伝ったんだ」

声と共に盆を手にしたプレシアさんとフェイトの二人が姿を見せ。

「私も手伝ったよ」

「私だってそうさ」

少し口を尖らせながらアリシアとアルフの姿が現れる。

「ふむ、西洋の煎餅というのはなかなかどうして香りのよいものだな」

「……アサシン」

前を歩く四人なのか手にする盆なのか判らないものの、漂う匂いにアサシンは口にするが、その言葉は隣に歩くアーチャーの表情を顰めさせる。

「これはクッキーであって煎餅ではない、そもそも素材からして違う物だぞ」

「ふむ、見ていただけなので詳しくはないが……米と小麦の違いだけではないのか?」

「ジャムやチョコ、バニラオイルなどの配合具合や素材の練りだし方に焼き方なども色々あるが―――まあ、煎餅には煎餅のクッキーにクッキーのよさがあるというものだ」

「いわれてみれば、しょうゆ味やみそ味のクッキーは目に掛かった事がないな」

「それこそ煎餅の領域だろうよ」

剣の腕は兎も角として、こと料理に関する限りアーチャーにはアサシンやセイバーすら及ばないでいる。
というか、俺にしても未だにアーチャーの腕までは至っていないし、もし仮に料理やお菓子作りで勝負するのであれば聖杯戦争で呼ばれた英霊のなかでも最強に位置する存在なのかもしれない。
……まあ、アサシンやセイバーが居た頃は食に関して贅沢が出来るような時代じゃなかっただろうから無理もないのだけど。

「このクッキーの生地は私がかき混ぜたんだよ」

「私のはこっちだね」

「私はこっちのトッピングを加えたのかな」

それぞれが椅子に座るなか、テーブルに置かれた数種類のクッキーにえっへんと胸を張るアリシアに、アルフもつられたのか口を開き、続いてフェイトも指を指す。
クッキーというのは、ボウルに薄力粉を入れてからバターや砂糖に卵、牛乳を加え、数滴ほどバニラオイルを入れた後、更に薄力粉を加えてよくかき混ぜてから型や絞り袋で絞り出してオーブンにて焼いて作る。
アリシアとアルフの二人が作ったのも、フェイトの更にジャムやチョコによるトッピングを加え焼いたクッキーも見た目から悪い印象は受けない。

「へえ、よくできてるじゃない」

「なに。私が見ていたのだ、よもや間違える筈もないだろう」

「そうね。何年も研究しかしていなかったから色々と手間取ったところもあったけど、おかげで上手くできたわ」

テーブルのクッキー視線を向ける遠坂に、アーチャーは紅茶を淹れながらも当然とばかりに答え、プレシアさんは感慨深そうな目をフェイトにアリシア、それにアルフの三人に向けていた。
プレシアさんとフェイトの関係も、始めはややぎこちないかったけれど一ヶ月も経てばその辺は解消されて来ているようだ。
そうはいっても亡くなったこの世界のアリシアに関してはすぐに気持ちの整理がつく筈もないので、未だお墓というか透明な保存ポットにて無垢な姿をさらしている。
そういえば俺の妹のアリシアは、この世界のアリシアの動く事のない姿を見て思うところがあったのかジッと見ていたたっけか……
そんな事を思い出しながらも、俺はクッキーと紅茶にて舌鼓をつちつつ他愛のない話に花を咲かせいると。

「ところで午後は何か予定はあるんですか?」

「どうしたんだ、なのは?」

問いかけるなのはに俺が声を上げる。

「空いてればでいいんですけど、またセイバーさんの戦術の話を聞きたいなって思いまして……」

「なるほど、兵法を学びたいという訳か」

「ええ、なのはがミッド式を学ぶというのはいずれ管理局に入るのも選択肢の一つとなるのでしょう。
仮にそうであれば、いずれはクロノのように指揮する立場にもなり得るでしょうから、今のうちにチェスや将棋などを通じて戦術を教えていたのです」

なのはの話にアサシンが「幼いながらも勤勉な」と感心するなか、セイバーはなのはの将来を見越して今のうちに個人の戦いとは違う集団での戦い方を教えていたらしい。
いわれてみれば、セイバーはあのアーサー王でありピクト人やらスコット人やらの異民族の侵略からブリテン島を護ったのだから戦術や戦略に関しても相当なものだろうといえる。
まてよ、そう考えると俺やなのはって洒落にならないような環境にいるんだな………

「しかし、残念ですが今日の午後はクロノと並行世界のミッドチルダに向う予定が入っていますので日を改めましょう」

セイバーの視線になのはは「解りました、用があるんじゃ駄目ですね」と頷いたものの。

「……あの、その並行世界って僕もついて行ったらだめかな?」

「まあ、不可能領域魔法って呼ばれている業を見たいって気持ちは解るけれど―――」

不可能魔法と呼ばれるようなモノを見てみたいと思っていたのだろう、ユーノは口を開くけれど遠坂は苦笑しつつもやんわりと断りを入れようとする。
が、しかし―――

「別に減るものじゃないし、いいと思うよ」

などと口にしてしまい、魔法使いであるアリシア自身が了承していまう。
すると―――

「いや、減るでしょ!神秘とか幻想とか預金残高とか!!」

アリシアの魔法使いにあるまじき言葉に怪獣のようにガーと叫ぶ遠坂、でも神秘は解るけれど預金残高は関係ないと思うぞ。

「ん~、ただ別の可能性の世界に行くだけだで何か使ったりする訳じゃないし……」

「アリシアもこう言っているから行くだけならいいんじゃないのか?」

「私ももう何度か経験したけれど、魔法なのに何も使わないってアンタどこまで滅茶苦茶なのよ!?
本来、魔術ってのは金食い虫なんだから、使ってればどんどんどんどんお金は減っていくものなの!
魔術でさえそうなんだから、魔法ともなればそりゃもう桁違いに減るもんでしょ!!
そうでなければ許さないんだから、とくに私が!!!」

小首を傾げながら特に何か使ったりしないと口にするアリシアだが、怪獣化し怒りの炎を噴き上げる遠坂には通じないようだ。

『実は凛の魔術は宝石魔術といって、使えば使う程お金を消費するという魔術なのです』

遠坂の意外な一面に、話を持ちかけたユーノは勿論の事、なのはやフェイト、アルフにプレシアさんまでやや引き気味になるのだが、セイバーによる念話でのフォローが入りああ成る程といった表情に変わる。
それにしても、俺達の世界でいう魔法という域、この世界では不可能領域魔法と呼ばれている業なのだけど、アリシアは『原初の海』とかいう神様の加護を得てるからか初めから魔法が使えてしまうので貴重性とかありがたみを感じてない様子。
加え、生粋の魔術師であるキャスター程ではないにしろ、遠坂からしてみれば等価交換とか色々なものを無視しているアリシアはやり難い相手なんだろうな。

「それなら、私も行っていいかな?」

「どうしたんだいフェイト?」

「その世界にも私がいて……母さんやアリシアがいないなら一人ぼっちなのかもしれないんだ」

「そういう事か」

ガーと怪獣化した遠坂により静まったなか、恐る恐るフェイトが口にするとアルフは視線を向け、アーチャーは何だか納得するような表情に変わる。
言われてみればそうだ、俺達が前にミッドチルダに渡った時、一応、アリシアが住んでいたという地区を見回ったものの、フェイトというアリシアにとっての姉妹がいるなんて想像もしていなかったから詳しく調査なんてしていないのだから。
事故にあったプレシアさんに一度は亡くなったアリシアがいるなら、その世界にフェイトが居ても矛盾はない、ならアリシアを根源を超えた深淵へと送り込み、蘇らせたプレシアさんが元々居たと思われるあの世界にもフェイトがいる確率は極めて高いと予想できる。

「だったら私も―――私も何か手伝いたいです!
助けてもらっら他にも色々教えてもらっているのに、私でなにか力になれるのならさせてください!!」

「確かに捜すのであれば人手ではあった方がいいのですが……」

「そうだな……」

フェイトの話しになのはは椅子から立ち上がりながら協力を強く申し出てくれるが、セイバーと俺はどうしたものかと思い悩み言葉を濁す。

「しかしだ。捜すにしても、先ずは向こうにフェイトが居るかどうか確認しなければ無駄足を踏む事となるだろうよ」

「それに、こちらの本局にて聞きかじったに過ぎんが次元世界というのは数多くあるのだろう。
なら、そのなかから一人だけを捜すというのは砂漠で一つの砂粒を捜すのに等しいのではないかね?」

アサシンに加えアーチャーの言葉通り、数多に存在する次元世界からフェイト一人を捜し出すのはもの凄く困難な事だろうと思う、幾らなのはやフェイト達が協力してくれるとはいえ何年かかるか分らない事柄に巻き込む訳にもいかない。

「でも、その世界に私が居るかもしれないのを確認するだけなら―――」

「フェイトには何か当てがあるのですか?」

「―――うん、あそこに行けば解る筈なんだ」

何かを思い出すように語るフェイトにセイバーは問いかけ、フェイトは確固たる意思を感じさせるような視線で答える。

「どの道、向こうの世界には行く予定なのです―――ならば調べるだけ調べるのも手でしょう」

「そうだな、フェイトに繋がる手掛かりがあるなら意外と早く見つかるかもしれないしな」

「なら、私も行くわ」

フェイトの口調には確信的な自信が込められているからだろう、手掛かりすらないセイバーと俺には断る理由がなくなり頷くのだけど、保護者であるプレシアさんも参加の意思を伝えて来た。

「その世界の私がアリシアを蘇生させたからこそ、こうして私は生きていられるの、アリシアを蘇生させる為にフェイトを置き去りにしてしまったのなら世界は違っても私に関わりがないとは言えないのよ。
それに、例え世界が違っても私はフェイトの母親よ、娘と同じ子が苦労してたり、苦しんでいるのなら手を差し伸べたいわ」

「フェイトもプレシアも行くなら私だってついて行くよ」

「結局、ここにいる全員で行くわけね……」

プレシアさんの話しにアルフも同調し、遠坂は諦めたような感じで言葉を漏らす。
そうはいっても、プレシアさんの話ももっともだし、世界は違えど母親なら分るなにかがあるかもしれない、だからこそ遠坂にしても異論を言えないのだろうな。

「じゃあ、皆で向こうのミッドチルダに行ってフェイトさんを捜そう」

アリシアの言葉にフェイトやなのは、アルフが「はい」とか「うん」とか「お~」と口々にすると善は急げとばかりに席を立ち。
アリシアの足元にポチが「一緒に行く」とでも言いたいのか現れ、ぽちを両手で抱き上げたアリシアは本局へと続くゲートに向ってとてとてとフェイトやアルフ、なのはの姿を追いかけて歩き出し、その後ろをアサシンとユーノが見守るようにしながらついて行く。

「私は片付けをしてから向うから、先に行ってちょうだい」

「片付けってどれくらいあるんだ?」

「なに、焼いている間にやっていたから残っているのは先ほど使った食器類だけだ」

先に向った四人の姿を微笑ましそうにしながら見送ったプレシアさんは俺達に視線を戻しながら告げ、多かったら大変だと過る俺にアーチャーは残っているのはここに出ている分だけと語る。
次元を航行する『時の庭園』は俺の常識では想像も出来ないようなレベルで自動化されているので、俺達の文明ですらある食器洗浄器みたいな物も当然ながら存在している、その為これくらいの量なら数分もあれば終えられるから心配ないか。

「シロウ、凛、私達も行きクロノに話を通しておきましょう」

「解ったセイバー」

「そうね」

「お願いするわ」

早々に霊体化して消えるアーチャーにならい、セイバーは俺と遠坂に視線を向け、席を立つ俺達にプレシアさんは「頼むわね」と口にして皿を重ね室内へと向う、その姿を尻目に俺達は本局へと向った。
転送用のゲートから本局に移動すると、先に向ったフェイト、アルフ、なのは、ユーノ、ポチを抱きしめるようにして手にしているアリシアと護衛役のアサシンがいて、その先にはエイミィの姿が見て取れる。

「どうかしたのか?」

「ええ。マリーに擬似リンカーコアシステムの試作品が出来たから、アリシアちゃんに見て欲しいって訳で預かったんだけど丁度よく会えたから渡そうとしてたところなの」

声を掛けた俺にエイミィはアリシア達から顔を上げ。

「擬似リンカーコアシステムですか?」

「術式の方となにが違うの?」

「術式はデバイスに登録すればいいだけの手軽さはあるんだけれど、少ないとはいえデバイスの方に負荷がかかるから壊れやすくなるし、なんていっても容量がとられるから多くの術式を扱う人からは不満の声も上がってたんだって。
そこで、術式ではなくベルカ式のカートリッジシステムみたいにデバイスに組み込む形にしたのがこの擬似リンカーコアシステムらしいよ」

アリシアの開発力も大概だが、わずか一ヶ月あまりの時間でそれ程の部品が作ってしまえる管理局の技術力の高さに聞き返したセイバーと遠坂の目が丸くなる。

「要はソフトからハードに変わったって話しなのかな?」

「それだけじゃなく、デバイス自体にかかる負荷を一つの箇所に集中させる事によって、カートリッジの要領で部品をリロードさせて素早く交換できるから信頼性も向上しているみたい」

「凄いじゃないか、発案者はマリーさんかい?」

質問するユーノにエイミィは答え、更に使い易くなった擬似リンカーコア関連の技術に対しアルフは賛辞を送った。

「いや~、それがね開発及び設計はアリシアちゃんが行ったんだって」

「うん、マリーさんに術式の方だと使いにくいって話を聞いたから使い易いように設計図を描いたんだよ」

えっへんと胸を張るアリシアに、エイミィは「本局の技術陣が欲しがるわけだよね」と付加えるけれど、設計図を描いたのはアリシアだとしてもこんな短期間で試作品を作り出せる技術力は凄いと思うぞ。

「たく……魔術の技をほいほい教えるだなんてキャスター辺りが聞いたら発狂しそうな話ね」

「しかし、それを使えば多くの管理官達の力が底上げされますから次元世界にとってはよい事なのでしょう」

「文明の差になれるのも難しいわ……」

手を顔にあてる遠坂にセイバーは理を説くものの、基本的に魔道の技は秘匿するものとする魔術師からすれば感覚がついてこれないのだろうな。
まあ、それはそれとして、何分にも俺やセイバー、遠坂が使っているデバイスは基本的に耐久性や演算機能なのど性能は高いものの、余分な機能は持たせていないからある意味簡易デバイスに近いらしい。
その為、管理局内でよく使われているデバイスを留守番電話みたいにして行なわれている連絡方法にしても、送受信そのものが出来ないので使えないでいた。
したがって、擬似リンカーコアシステムとかいう部品が出来たとしても使えないんだろうと思うとやや残念な気持ちにもなってしまう。
そう思うのも、俺の展開できる固有結界『無限の剣製』(アンリミテッドブレイドワークス)は精々十数秒程しか持たないので切り札の一つではあるけれど実戦レベルでの運用は厳しいのがあるからだ。
何せ固有結界の展開・維持には多くの魔力が必要になるのだけど、固有結界を使うまでに追い込まれている状況なら魔力は相当消耗している筈なので展開してもそう長く持たないだろうし……
まあ、そもそも固有結界なんていう物騒な結界を展開するような出来事そのものがない方がいいんだけどな。

「話は変わるけど、クロノは空いているか」

「ごめん、クロノくんはまだ仕事が残ってるんで代わりに私がメンテナンスを頼んでいたデバイスを受け取りにマリーの所に行って来たところなの。
擬似リンカーコアシステムを受け取ったのも、そのついでって感じかな」

エイミィから擬似リンカーコアシステムを受け取るアリシアを見つつ、クロノに用件を話そうと思い訊ねるとクロノはまだ仕事中らしい。
とはいえ、俺達と一緒に向こうのミッドチルダに行くのも仕事な訳だが……

「なあ、エイミィ。時空管理局って他に人がいないのか?」

「仕方ないよ、クロノ君は執務官なんだし」

「そもそも、母親が提督なんだから今は秘書みたいな仕事とかさせて育ててるんでしょ?」

「そうはいっても、一介の事務員に仕事が集中するのはいただけない」

リンディさんの下にはランディさんとか結構人がいるのに、なんでクロノばかりに仕事が集中するのか不思議でならない俺はエイミィに疑問をぶつけるものの、エイミィの言葉は答えになってなく。
代わりに遠坂はリンディさんがクロノに経験を積ませる為にあえて仕事を多くしているといった口振りで言うけれど、セイバーは艦長が母親であり将来有望視されているだろうとはいえ、一介の事務員なのに仕事が山ほどあるのは問題だと考えているようだ。

「……えと、セイバーさん。事務員ってクロノ君は執務官ですよ?」

そう口にするものの、エイミィとの話のかみ合い具合からしてセイバーも何かしらの違和感を感じたようで。

「そうですが、執務を行う役人ですから事務員なのでしょう?」

「あ、あの……まさかとは思うけど」

何だか困惑し始めたエイミィさんは聞き返すも、執務というのは事務という意味合いであり、それを行う役人だから事務員だという話しに目を丸くし、聞いていたなのはやフェイト、ユーノにアルフも「え?」とか「事務員って訳じゃ……」とか零している。

「―――あ。そうか、管理外世界の出身だからか………」

とはいえ、すぐに何かに気付いたのかエイミィはしまったといった表情に変わって。

「初めから話すね。執務官っていうのは事件捜査や法の執行権利、現場の指揮権もつ管理職のことで、高い権限を持つ代わりに知識や判断力に加え実務能力が求められる役職なんだ」

返されるエイミィの言葉からは、執務官という役職というのはただの事務員ではなくいわゆる警察と司法、それに現場監督まで兼任する凄い役職のようだった。

「なるほど、そういう事でしたか」

「お~」

「そうなのか……」

セイバーにならいアリシアや俺も口々にするけれど、俺が十四歳の頃はクロノほど凄い事はしていないし、十四歳なのにそんな役職を得ているクロノは才能もあるだろうけれどそれ以上に努力家なんだろうと容易に想像できる。
しかし―――

「―――それって権限が集中しすぎてないか?」

「そうでもないでしょ。
何せ、本局から離れた先で事件を担当するのだから、ある程度の権限が纏まってないと仕事にならないでしょうし」

「そうよな、仮に事件や事故の影響にて本局と連絡が取れないような事態が起きて動けぬでは管理局の意味がないだろう」

「凛とアサシンの言う通りだ」

現場での指揮や捜査は必要だとしても、司法まであるのは行き過ぎじゃないかと俺が答えると遠坂やアサシンはそれは違うと口々にしセイバーも頷きを入れ。

「しかし、執務官というのがそれ程の権限を持っているのなら、艦を預かる提督ともなれば他にも艦の安全や外交権とかもあるでしょうから執務官と衝突したりはしないのですか?」

「……まあ、偶にね。
例え、艦長決定だとしても問題があるのなら食ってかかるからクロノ君は」

言葉を続けるセイバーにエイミィはやや苦笑いをしながら答え、次元空間という広大で遥か遠い所にて行われている治安維持活動にそれ程の苦労と重責があるとは俺には想像も及ばないでいた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第11話


「そうか」

エイミィからの話で僕の務める執務官という役職を事務員と勘違いしていた話を聞いた、しかし、いかに並行世界という異なる時空管理局を知っているとはいえ異世界出身の彼等に管理局の組織構成まで詳しいと判断するのは厳しいだろう。
並行世界のミッドチルダ出身であるアリシアにしても、見たところ五歳か六歳ほどだろうし、むしろ柔軟に対応してくれた方だ。
そう考えれば管理世界では通用していた執務官である身分証の提示にしても、彼らからしてみれば何の身分を証明するのかさっぱりだった筈だ………もし、これから管理外世界で活動するような事があったならこの事例は参考するべきだな。

「まあ、そんな訳で誤解は解いといたけど……クロノ君は来れそう?」

「ああ。予定には少々早いが大丈夫だ」

「了解、もうすぐ行くって伝えとくね」

ジュエルシード事件による公務執行妨害や、ロストロギア不正所持に加え違法研究であるプロジェクトF.A.T.Eに関わったプレシア・テスタロッサとその娘フェイト・テスタロッサに関しても状況から酌量の余地は十分あり、プレシア・テスタロッサがプロジェクトF.A.T.Eに関わる切欠となった新型魔力炉の暴走の件を再調査し始めると幾つかの人脈から接触があり、そこから根回しを行ったところ一年はあるだろうと予想していた保護観察の期間が僅か二ヶ月程度にまで短縮され、彼女達にとって好ましい結果となったのはいいが、このような管理局の内部に溜まった膿みは何れどうにかしなければならないだろう。
幾つか考えを巡らしている僕にエイミィは「それから」と続け、目を向ければその表情からはやや困惑が見れとれる。

「なにかあったのか?」

「うん、それなんだけど。
その私達の世界とは違うミッドチルダに、なのはちゃんやフェイトちゃん達も行きたいって話なんだ」

「なのはやフェイトが……如何してだ?」

「それがね、前に行った時にはアリシアちゃんにフェイトちゃんっていう姉妹がいるなんて知らないから調べたりしてなかったそうだけど、知ったからには幸せに暮らしているかどうか心配しているみたい。
それで、なのはちゃんやフェイトちゃん達も力になりたいって事で行きたがっている感じかな」

「言われてみれば………僕達の世界にアリシアとフェイトがいたのだから、向こうの世界にいても不思議じゃないか」

「でしょ、そんな訳で向こう行った時に捜せるようなら何か手伝いたいんだって」

とはいえ、母さんから聞く限り向こうは僕達の世界からすれば約十年ほど未来の世界のようだし、捜すにしても容姿も変わっているだろうから見つけ出すのは容易じゃない。

「何か手掛かりとかはあるのか?」

「それはフェイトちゃんが知ってるみたい」

「解った。取敢えず着いてから話そう」

そうはいってもミッドチルダは次元世界の中心都市、例え並行世界であったとしても危なくはないだろう。
強いていうのなら入管を通さずに行くくらいか、それも十分問題だけど素直に並行世界から来ましたと告げても相手にされる筈もないだろうから………フェイトの手掛かりで見つかるのなら問題ないし、仮に時間がかかるようならなのはやフェイト達は此方に戻ってもらえばいいだろう。
それとは別に僕からもアリシアにも話さないといけない事がある、それは保護者である衛宮士郎やセイバーにも関係する筈だ。
アリシアが考案した擬似リンカーコアシステム、デバイスに組み込んで使えるリンカーコアを模した魔力収集システムなのだけど。
幼いからだからだろうか、この画期的な発明にもかかわらず当のアリシアは特許を出そうとしていない、そのままでは何れ問題になるだろうと判断した僕は代わりにアリシアの名義にて提出したところ、驚いた事にミッドチルダ地上部隊のレジアス中将から面会の要望が来るという事態が起きてしまった。
確かに地上部隊の人員は主に魔力ランクが低い者達が多いいけれど、主な職務は交通整理や違反・事故・軽犯罪の対応であり、事件にしても窃盗や傷害の逮捕などで高ランク魔導師が必要となるような凶悪事件の発生件数は多くない筈だ。
高ランク魔導師が必要となる凶悪事件にも対応する魔導師は最低限は居る筈だし、局員の底上げが目的だとしても出願されたばかりの技術に飛びつくほど地上部隊は魔導師のランクが低くなっているのだろうか?
それでも部隊として展開すれば相手も人間、ジュエルシードの複合暴走体とかいう化物とは違う。
時間の猶予さえあるのなら、例え高ランクの魔導師でさえ包囲し牽制を続ける事で体力と精神力を削り捕まえられるだろう。
………しかし、局員達もまた人間、稀とはいえ展開する局員が功を焦ったり、痺れを切らして突出してしまうケースもあるだろうから局員の底上げが出来る装備は必要という考えなのかもしれない。
優秀な魔導師が足りないのはどちらも同じ、もしかしたら僕達が思っているよりもミッドチルダでの犯罪は多くなって来ているのかもしれないし、凶悪化もして来ているのかもしれない、そう考えればレジアス中将が一縷の望みと飛びつくのも解るような気がする。
などと思案しながら僕は皆が待つだろう部屋にたどり着き、「すまない、待たせたようだ」と口にしながら中に入れば衛宮士郎、セイバー、アサシンというアリシアの保護者に、関係者である遠坂凛の姿があり、今は姿を消していて見えてないのだけだろうけど思念体であるアーチャーという男も居るのだろう。
他にもエイミィから連絡があった通り高町なのはと師匠役のユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサにその使い魔アルフの姿があり、やや予想外ではあるがフェイトの母親であるプレシア・テスタロッサの姿も確認できる。

「いえ、こちらが一方的に早く来ただけですので気にせずに」

向う先はミッドチルダとはいえ並行世界という可能性の世界であるから隠密かつ速やかに確認を済ませたかったが、集まった人数を見渡し、この人数で向うとなるとなればそれは厳しいかもしれないと過るなか逸早くセイバーが口を開いた。

「そうだな、クロノは執務官って役職だから忙しいんだろ?
それなのに早く来させてしまって悪い―――でも、エイミィから聞いているだろうけど向こうの世界にもアリシアの姉妹のフェイトが居るかもしれないんだ」

「そうだよ、向こうのフェイトさんはお母さんもいなくて寂しい思いをしてるかもしれなんだ。
私はお姉ちゃんなんだから、フェイトさんが寂しい思いをしれいるなら助けないと」

「血は水よりも濃いというしな」

続き衛宮士郎とアリシアが口にし、アサシンは頷きを加える、多元世界に干渉するという不可能領域魔法にて彼等が来なければ、この世界のフェイトもまた向こう側の世界と同じく母を失うという事態になっていたのかもしれない。
プレシアの供述によれば、フェイトにジュエルシードを集めさせていたのは失われた世界アルハザードへの旅が目的であり、大規模次元震の最中に発生する断層内にその道はあるという話だった。
しかし、アルハザードはオカルトの如き伝承に過ぎずプレシアにしてもフェイトを連れて行っていいか迷っていたようだし、そもそも正気の発想とはいい難い。
恐らく病により正常な判断を失っていただろうプレシアは、亡くなったアリシアを蘇生させようと躍起になっていたのは違いない。
そんなすれ違いの親子であったのなら、生きて欲しいと独りその世界に残されたフェイトはどれほどの悲しみと苦しさを味わった事だろうか……
聞く限りこのアリシアは、執念とでも呼べばいいのか並行世界への干渉という不可能領域魔法を手にしたプレシア・テスタロッサが衛宮士郎達が住む魔術とう魔法文明のある地球へとたどり着き蘇生させたという話であり、そこにフェイトの姿はなく、アリシアもまたこの世界でのジュエルシードを巡る事件がなければフェイトの存在を知らずにいたことから、その世界のプレシアもまた心を病んでいた可能性は否定できない。

「それで、私達もお手伝い出来たらと思って」

「うん、ミッドチルダなら僕も少しは知っているし―――事情を話せば向こうの僕も手伝ってくれるかもしれない」

僕の心情を察したのかなのはとユーノは視線を向けて来て。

「その世界の私が母さんに嫌われてたと、必要とされてなかったんだと思って悲しんでたらそれは違うよって教えてあげたいんだ」

「………もしもだよ、フェイトがそんな目に遭ってたのなら、その世界のあたしはプレシアもアリシアも許せないだろうからね」

「向こう側の世界の私がこのアリシアを蘇生させたからこそ、私は失ってしまったアリシアだけではなく今いるフェイトを見れるようになったの。
一つ間違えば私も同じ事をしていたのだし―――それに、例え世界が違っても私はフェイトの母親だもの並行世界とはいえ自分の娘を心配するのは当然だと思うわ」

フェイトは向こうの世界の自分を元気づけたいと思い、アルフもまたプレシアとアリシアに好くない心情を持っているだろうから自身が行って説得しようと思っているのだろうし、フェイトの髪を撫でるプレシアも母親となれば当たり前の想いなのだろう。

「て、訳よ………」

既に諦め顔の遠坂凛は顔に片手を当てている、彼女もまた並行世界という可能性の世界での行動は少ない人数で慎重に行いたいと思っていたのかもしれない。
その考え方には賛成するものの、向うのは並行世界とはいえ次元世界の中心都市であるミッドチルダだから危ない事はないと思う。

「解った。少々予定よりも多いい人数だけど行って確認するだけなら大丈夫だろう」

「なら、さっそく行くよ」

皆の意見を聞いた僕が頷きアリシアが声を上げたと思うと周囲の光景が変わり、何処かの公園のみたいな場所に僕達は立っていた。
―――っ、母さんから聞いてたけれど、これが不可能領域の魔法なのか………転移魔法にしても移動する際には少し衝撃というか浮遊感というか、移動したという感じがあるのにアリシアの並行世界へと移動する魔法にはそれがない。
目や耳を閉じたりふさいだりしている時に使われたなら気がつかないレベルだぞこれは―――僕がそこまで巡らしていると不意に頭の中にミッドチルダに関する情報が流れ込んでて来る。
なるほど、これなら例えどんな世界に行ったとしても文化の違いで困る事は少ないはず―――っ、新暦は七十五年、母さんの予想通りこの世界は僕らの世界と比べて十年後の世界、か。
アリシアの使った不可能領域という魔法に対し畏敬の念を抱くと同時に、このように容易くミッドチルダに入り込める魔法には懸念を抱かざるを得なかった。



[18329] リリカル編12
Name: よよよ◆fa770ebd ID:ff745662
Date: 2013/09/27 19:28

クロノの了解を得た俺達は早々にアリシアの転移によって移動すると、そこは海の見える公園でありどこか見覚えのある場所だった。
頭に流れ込んでくる情報を噛み砕きながら辺りを見渡せば、公園を挟み立ち並ぶビル群と、青々とした水平線が窺える海からようやくこの場が初めてミッドチルダを訪れた際に現れた所だと思い出す。

「これって……移動すると同時に色々な情報が入って来るんだ」

「便利だね」

初めてアリシアの転移魔法を体験したユーノとなのはの二人は、頭の中へと直接入って来る情報に感心している。
ただ、なのはやユーノと同じく初めての体験のはずのクロノは何やら難しい表情をしながらアリシアに視線を向けているのが気になるところだが、法を守る執務官という立場からだとこういうのは密入国みたいなものだから心情的によくないのかもしれない。

「でもさ、新暦七十五年って事は……」

「うん、私達の世界から十年経っている世界なんだ……」

「………十年も。この世界にフェイトがいたとしたら、もう十九歳になっているのね」

この世界のミッドチルダの情報を噛み砕いていたアルフは不意に顔を顰めさせ、フェイトとプレシアさんは表情を曇らせる。
いや、そんな事よりも―――

「本当なのか、向こうの世界とこちらの世界とじゃあ十年も違っているって?」

「ああ。並行世界なんだから数ヶ月から一、二年くらいの差異なら誤差程度の範囲なんだろうけど、この世界と僕らの世界とでは十年ものずれが生じているようだ」

十年という言葉にたまらず聞き返した俺に、アリシアへと難しい表情を向けていたクロノが視線を移す。
そうか、並行世界という可能性の世界を移動する外にも副次的に時間移動を行っていたからクロノはアリシアに厳しい目を向けていたのか……

「っ、この地の出身ではないので新暦という年号に疎いのは仕方ないとはいえ、それ程までに年月の差があったのですか……」

「なに。一つの世界を旅するにしても日付を変える場合があるのだ、世界を移動するというのなら尚更の事だろう?」

「……そうね、全ての並行世界が同じ時間軸で動いているはずもないだろうし、仮にそう仮定したとすれば時間移動紛いみたいな事が起きても不思議でもないわね」

セイバーにしてもクロノと同じ様に数年の差異はあったとしても十年という歳月が経っているとは想像していなかったのかもしれない。
ここのミッドチルダは知っていても、向こうのミッドチルダには行く用もないので年は気にしていなかったし、アースラから本局に行く際も基本的にお客さん扱いだから特に気にするような環境ではなかった。
新暦という年号や管理局やらの歴史についてもプレシアさんとフェイトの件が解決し、アリシアが納得さえすれば冬木に帰るつもりでいたからな……別の理からなる世界から来た異邦人の俺達がいつまでも滞在していいとは思えないのもあってか、特に興味をひかれるといった事もなかった。
付加えるのなら、あの時の俺はどちらかと言われれば相手を傷つけにくく倒せる非殺傷という業の方に関心が行っていたから、まさかそれ程までに年月が経過しているとは思いもよらないでいた……でも、アサシンは一つの世界でも日付変更線というラインがあるのと同じように移動するという行為自体が異なる時間に移動するという事象を起こしていても不思議ではないと口にし、遠坂もそんなアサシンの意見から考え込み片手を口に当てつつ頷きを入れる。
そういえば、神の座で手伝いをしていた頃に幾つかの並行世界を見たけれど確かに時間軸は同じじゃなかったけか、再びミッドチルダへと踏み入れた俺達だけど、その世界はジュエルシード事件から十年が経ち、魔力炉の暴走事故によりアリシアが亡くなってから三十六年もの歳月が経った世界だと解ると、それまでの景色がだいぶ違って見えてくるから不思議だ。

「大丈夫だよ」

俺達が年月の差に戸惑うなか、アリシアだけがいつもと同じにいて。

「だって、ここにはフェイトさんがいるんだよ?フェイトさんに、十年後は何をしていたいって聞けばきっとそこにいると思うんだ」

などと口にする。

「十年後の私か―――ごめんアリシア、とても想像できないよ」

「私も……かな」

でも、言われた本人は戸惑いつつも考えるのだけど十年後の自分などとても想像できる筈もなく、同じようになのはも降参とばかりに困った顔をみせていた。

「僕ならたぶん、遺跡の調査や発掘を行っていると思うけどそこが何所なのかはまでは予想できないな」

「僕もだ、恐らくは管理局で働いているだろうけど役職も変わっているかもしれないから何所にいるのかは調べてみないと判らない」

ユーノとクロノに関してはおおよその見当はついているようだけど、十年後に自分が何所にいるのなんて判るはずも無いし、俺にしてもアーチャーの記憶を参考にするならあまりよろしくない出来事になっていそうだ……

「あたしはフェイトの近くにいると思うけど、それが判れば苦労はしないからね……」

そう言い「はあ」と溜息を吐くアルフ、プレシアさんは黙っているけれど、そもそもこの世界のプレシアさんは並行世界の干渉という第二魔法にたどり着いた真正の魔法使いだからな、もしかしたらジュエルシードを使った実験によって魔法に至ったのかもしれないから今の段階だと判断がつかないのかもしれない。

「恐らく今は考えても結論はでないでしょう、先ずはクロノの用から果たすとしましょう」

「そうだな」

「同感だ」

向こうの世界から十年もの月日が経過している世界であると知ったとはいえ、このまま公園にいても意味はないと口にするセイバーに俺とクロノは相槌を入れ、続いてなのはとユーノ、フェイトにアルフ、アリシアが「そうだね」とか「うん」とか「おう」とか口々にしている。

「異なる世界とはいえ、この世界の娘が気になるか―――やはり、そなたは母よな」

「そうよ、世界は変わっても私がフェイトの親であるのは変わらないもの」

そんななか、アサシンはプレシアさんに視線を向けるもののプレシアさんに見詰め返され「ふ」と笑みを漏らしていた。

「遠坂、行くぞ」

アリシアの足元でくるくる回っていたポチはアルフに捕まえられるなか、第二魔法が副次的に時間移動を行えるというのが判って色々と考えを巡らしているのか、ブツブツ呟いている遠坂に声をかけ俺達はこの場を離れる。
動物形態だとアルフはよくポチに噛み付いたりしているようだけど、人型の場合は普通に抱き抱えているんだな、そんなたあいのない事を思いながら歩いていたら。

「十年っていってもあまり変わってないかな」

「そうだな、僕達にとって十年という歳月は長いけれど街という単位からしてみればそれほど長い年月にはならないのだろう」

「ええ、街を発展させるというのは一朝一夕には出来ませんから。
(今となってはよい思い出となりますが、都市開発のゲームでは人口を一千万人まで増やすまでに様々な苦労があったものです)」

辺りをきょろきょと見渡していたユーノは口を開き、クロノが補足する、それに王様時代の時に色々と苦労していたんだと思うセイバーが昔を懐かしむように胸に片手を当てていた。

「そういや、私達には聞いたけどあんたは十年後の事とかって想像出来るのかい?」

「うん。私はね、お兄ちゃんが正義の味方になるのを近くで見てるの」

「………正義の味方?」

「ふふん、そうだよ。でも、正義の味方にも色々あるからお兄ちゃんは自分にあった正義の味方を探している最中なんだ」

案の定というか、正義の味方という言葉にあんぐりと口をあけるアルフにアリシアはえっへんとばかりに胸を張って答える。

「そうなんですか?」

「一応、な」

アルフとアリシアの話から何だか凄いなとでもいうように目を輝かしたなのはと、アリシアをお願いねと見つめているプレシアさんに頷き返しつつ続ける。

「全てを救うことなんて出来やしないけれど、理想を言うなら何かが起きたとしても誰も傷つけずに解決できるようなヤツになれればって思う」

俺としては少し恥ずかしいけれど『正義の味方』を目指しているのは確かだし、姿こそ見えないけれどアーチャーもいるんだ、それにいくら神の座に行った経験から全てを救うなんて神様でも出来やしないって解っていたとしても理想は変わりはしない。
でも、現実は選ばないといけないんだ―――昔、親父が語っていた「正義の味方は味方した方しか救えない」って言葉は真実なんだろう、でも、俺は例えどんなに辛くて苦しくても一の価値を間違えたりなんかしない。
一の価値を間違えばそこから全てが狂い始め、最後はアーチャーの記憶にあった末路と同じになるだろう、だからこそ……それだけは間違えちゃいけないんだ。

「なら君は既に『正義の味方』になっていると思うぞ」

「―――っ、どういう意味だ」

俺が自分自身に誓いを立てていると、クロノから思いもしない言葉をかけられ。

「正確には君じゃなく、君達だが―――僕達が出会う切欠となったジュエルシード事件はジュエルシードの特性や危険性からもっと被害が大きくなっても不思議じゃなかった事件だ。
それに、君達が関わってくれたからこそテスタロッサ親子の関係が修復されもしたし、共に暮らしてもいられる。
(もし、僕達だけでジュエルシード事件を解決しようとしたのなら、ジュエルシードは回収出来たとしてもプレシア・テスタロッサは病で亡くなりフェイト・テスタロッサは独り残されてしまっただろう―――そして、この世界はジュエルシード事件に衛宮士郎やセイバーが関わっていない世界、この世界のフェイト・テスタロッサは十年もの年月を一体どんな気持ちで過ごしてきたのだろう、一つの世界を危機から救ったというのに最愛の母を失った娘……か、考えるだけでやり切れなくなる)」

「……いや、それって俺がどうこうした訳じゃないぞ?」

あれは皆でフェイトとアルフを説得したからこそだし、キャスターが作ってくれたプレシアさんの体にしてもアリシアの第二魔法があってこそだからな。

「何を言ってるんだ、そもそも『正義の味方』を一人で行う必要はないだろう。
君には仲間がいるし、仲間という集団になれば個々の得意とするのも変わってくるから個人の弱点を無くす事ができる。
それに、同じ時間に一人が行える事は一つだとしても集団となれば同じ時間で多くの事が成せるんだ。
付け加えれば、君はそうは思ってなくても君の影響があってこそ成し得た事もあったかもしれない―――つまり、僕達からみれば君達という集団は『正義の味方』に見えていても不思議ではないし、その一員である君は当然『正義の味方』に映っていてもおかしくはないんだ」

「そうなのか……」

「ああ。僕も『正義の味方』を行う為に管理局に入ったし、今でも多くの局員が見知らぬ誰かが傷付いていたり泣いていたりしているのを助けているつもりだ―――そして、それはこの世界の局員達も同じの筈」

さすがと言うか、年下とはいえ執務官にまでなった奴の言葉だ、アリシアやなのはは子供だから冷やかしたりはしないけれど、たぶんクロノくらいの頃だったと思う、学校で口にして色々と冷やかされたり馬鹿にされたりしてからあまり口にしなくなりもした、けれど、クロノから伝えられた言葉は勇気づけられる。

「ありがとなクロノ、おかげで少し気が楽になれた」

「いや、僕は思った事を口にしたに過ぎないさ」

「確かにシロウが理想とする、誰も傷つけずに事を成し遂げるという『正義の味方』はただの理想でしかないという者もいるでしょう。
しかし、シロウには私やアリシアがいる、それにクロノのように道は違えど目指すものは同じである者がいる以上、少なからずシロウに協力する者達も現れるはずだ」

何だか少し照れているのか顔をそらすクロノに続き、セイバーが確固とした意思を含めた口調で口を開く。
そうか、俺にとって仲間というよりも家族に近い感覚だけれどセイバーやアリシアがいてくれている。
アリシアの間違えは俺やセイバーが止めるし、俺が間違えたのならきっとセイバーとアリシアが止めてくれるだろうから俺が一人で闇雲に足掻く必要はないんだ―――例え何かが起きたとしても、分らないのなら分る奴に話を聞くなり協力を頼めばいい、人が多くいればそれだけ意見もあるだろうから俺が思いもしないような解決策だって出て来るだろうから、まったく、如何してこんな簡単な事に気がつかなかったんだろうな。

「そっか、お兄ちゃんは戦隊シリーズみたいに皆で行う方を選んだんだね―――だったら、私は皆が乗れるようなロボットを手に入れなきゃいけないかな」

「ロボット?」

「うん。戦隊モノの相手はね、戦って倒しても巨大化して復活するから巨大ロボットが必要なんだよ」

「あっ、私それ知ってる」

「そういえば、僕もなのはの家のテレビで見たような記憶があるかも………」

クロノやセイバーの話からアリシアは『正義の味方』には巨大ロボットが必要だとか言い出し、時空管理局のある世界にはロボットはないのかフェイトはきょとんとした表情を見せるものの、なのははテレビで知っているのか顔を明るくさせ、それはユーノも見ているようだった。
しかし、巨大ロボが必要ってアリシアのなかの俺は一体何と戦わなければいけないんだか……とはいえ、ロボットは兎も角、せめて車の免許くらいは手に入れとかないと不味いかな。

「それはそうとして、あれが前に来た時に泊まったホテルよクロノ」

「名は確かセントラルホテルであったな」

プレシアさんがアリシアやフェイト達を微笑ましそうに見ているなか、遠坂が遠くに建つ建物を指し、アサシンが付加える。

「セントラルホテルか聞いた事がある名だ。
僕の記憶通りなら、そのホテルは国賓の滞在にも使われる程のホテルだぞ―――並行世界であるこの世界でよく泊まれたな?」

「まあね、実はこの世界ってガジェットとかいう機械兵器の被害にあっているから観光客が激減しているの。
だから、予約なしで行っても部屋が余ってたわ」

アリシアの転移魔法により、ある日突然現れた俺達が予約なんか入れられる筈もないのを知っているクロノは眉を顰めるも、遠坂は予約もなしになんでそんな有名ホテルに泊まれたのかを話した。
というか、あのホテルって結構有名なホテルだったんだな。

「ガジェット?」

「正確にはガジェットドローンと呼ばれていて、目的は判りませんがロストロギア関連を狙ているらしく、魔力の結合を阻害するというAMF(アンチマギリングフィールド)という魔法防御を使う機械の事です」

「えっ!AMFて、確かAAAランクの魔法防御だよ!?」

「それに、魔力の結合が阻害されるって事は………つまり魔法が通じないって事かな」

「それってセイバーさんと同じ!?」

アルフは遠坂の話しに出て来るガジェットという名称を聞き返すと遠坂の代わりにセイバーが答え、そのなかにあるAMFという単語を聞いたユーノは驚いた表情をみせ、フェイトはちらりとセイバーを見やり、なのはもまたセイバーに視線を向ける。
しかし―――

「大丈夫よ。いくらAMFっていっても、ありとあらゆる魔術や魔法を無効化できる訳じゃないから」

「そうね、例えばAMFでも結合が解かれないまでに圧縮した魔力や、魔力を物理攻撃に変換しさえすればAMFは意味を失うもの」

「ああ。なのはなら砲撃、フェイトなら圧縮魔力刃で対応出来る筈だ。
他に、牽制用の魔力弾でも通常の魔力弾の上に更に魔力で包み込む対フィールド弾ならAMFの効果にも耐えられる、憶測だけど工夫を凝らせばいくらでも対処法は見つかるかもしれない。
まあ、だからこそAMFを主体として扱う魔導師は少ないんだが……
(僕の見立てではセイバーはAMFを使っているようには見えないんだけどな……そもそも、セイバーは相手からの魔法を無力化しながら自身の魔法は使えているのだから。
剣士か……僕達でいう魔法は向こう側の世界では魔術という分類にされ、セイバーは対魔術師に特化した者なのだろうけれど一体どういう技術で無効化しているのだか見当もつかない。
なのはやフェイトとの模擬戦を見る限り、セイバーには牽制による駆け引きやバインドによる拘束が通用しないから間合いの調整が行えないし、剣の腕も確かだから近づかれると僕でも有効な対策が浮かばない。
しかし、近づかれないよう射撃魔法や砲撃魔法を使っても有効ではない以上、白兵を選ぶしかないのだけどやはり近接戦闘に特化しているセイバーには勝てるとは思えない―――まったく、洒落にならない実力だ。
それに加え、そのセイバーを剣だけでいなせてしまえるアサシンもまた滅茶苦茶な実力者と言う言葉しか見つからない)」

AMFと聞いてなのはやフェイト達がセイバーに視線を向けるのだけど、そこは魔術に詳しい遠坂やプレシアさんにクロノがAMFという防御魔法は使われるれば厳しいのは確か、だけどAMFとはいえ対処法はあるから変に恐れたり戸惑ったりしなければ心配いらないと口々に語る。
セイバーにしてもそうだが、俺達の体の周りは向こうの世界の理が適用されているそうだから、こちらの世界での魔法を受けたとしても対魔力に優れているセイバーでは、あたる前に高い対魔力によって無効化されてしまうのでセイバーがAMFを使える訳じゃないんだが……
とはいえ、うる憶えだけどセイバーの対魔力でも聖杯戦争の時にキャスターが使った砲撃みたいな大魔術では鞘を使ったような記憶があるから対魔力とはいえ魔術や魔法に無敵って訳じゃないと思う。
まあ、キャスターが使ったのは神代の大魔術なのだろうけど、この世界は俺達の世界での神代と同じように魔法技術が一般に広がっているのだから、それに匹敵する魔法はあっても不思議じゃないんだけどな……
でも―――

「研究者だったプレシアさんは解るけど、遠坂やクロノはよくAMFって聞いただけで対処法が判るな」

「そりゃね、ニュースにもなったし周囲にはミッドチルダ式を使う魔導師達が大勢いるからね―――衛宮君だって少しは対策とか考えたでしょ?」

「僕の場合は魔法を教えてくれた師が厳しかったからだな、AMFを使う相手を想定した訓練とかもやらされたよ」

言峰から聞いた話では、魔術師というのは魔法への探究の他に魔術に関する技術の独占を行うとかいうらしいから遠坂もこの世界に来てから色々な魔法を学んだんだろう、クロノにしても執務官という役職ならAMFを使う相手も現れるだろうからって教わっているのか。
でも―――

「いや、何というか……非殺傷って業に気が回ってたから特に考えてなかったな。
というか、ミッド式だって沢山の魔法があるんだからそれぞれに考えを巡らすなんて出来ないと思うぞ」

ミッド式にしても魔法の種類は豊富で攻撃や防御の他に、結界やら幻覚やら色々あるから一々検証するなんて俺には出来ないし、他にもこの世界にはベルカ式って魔法もあるからハードルは更に上がる。

「衛宮君……私達にとって異世界とはいえ、この世界は魔法文明なのに公に公開にされているよ、私達の世界だったら時計塔でさえこんなには公開されてないんだから勿体無いとしかいえないでしょ」

「それはそうだけど、ミッド式だって一つの術を使いこなすのは大変なんだぞ?」

「それをいうなら、使う前に術式から自分にあったものかどうか見極めてから覚えればいいだけでしょう?」

「て、術式だけで自分にあってるかなんて見極められるのか?」

「そういや思い出したわ……
衛宮君がへっぽこだって事に、至りもしたのにその辺は全然変わらないのね………たく、アーチャーが苦労するはずだわ」

俺との話しに「はあ」と溜息混じりに口を開く遠坂だけど、そのアーチャーから習った時間よりも神の座でセイバーや元救世主達から教わった時間の方が長かったりするんだが。
まあ、それでも守護者とまでなったアーチャーの技量にはまだまだ及ばないけれど……

「……一応言っておくが、事件の功労と君達の人柄から問題ないだろうと特例として魔導師としての行動許可を発行しているんだ、くれぐれも変なことには使わないでくれよ。
(とはいっても、向こう世界に戻ってしまったら僕達ではどうしようもないんだが……)」

遠坂から呆れた視線が向けられるも、魔術にしてもミッド式にしても自分が未熟だと自覚しているので反論出来ずにいたら、クロノから苦言を述べられ。
それを聞いていたアリシアとなのはは「うん」とか「は~い」とか返事を返し、セイバーとアサシンも「勿論です」とか「無論」とか口々にしている。
術式が公開されているとはいえ、執務官という立場ではなくても自分達の世界の魔法を悪用されるのはいい気はしないだろう、それに、リンディさんやクロノ達の好意を足蹴にするつもりもないので俺も「ああ」と返し、遠坂も「ええ」と頷きを入れた。

「それから」

俺達の様子を見渡していたクロノは一旦区切ると。

「話を戻すが、ホテルの空きがあるのは解ったけれど支払いはどうしたんだ?」

「ん、お金ならあるよ」

クロノの指摘にアリシアは転移させた鞄を開け、中に入っている札束を見せる。

「―――っ。ちょっとまて、なんだそれは!?」

案の定というかクロノはなかに入っている札束の量に驚いて俺達を見回す、それも当然だろう貰った時の半分ほどまで減ってはいるものの並行世界を行き来する異邦人が持つには多すぎる金額だから。

「これはね、ニティちゃんがくれたんだ」

でも、アリシアはそんな事は気にせずえっへんと胸を張りながら答えてしまい。

「そのニティってだれなんだい?」

「まあ、その……なんだ」

「ニティとは私達にこの世界を教えてくれた人物の名です」

アルフの質問に、神の座の話をする訳にもいかないので俺が言いよどんでいると代わりにセイバーが静かに口を開き。

『事の発端から話しましょう。
そもそも、当初アリシアも私達の世界の出身だと思っていたのですが、私達の世界における並行世界ではアリシアの使うミッド式なる魔術は存在しないのが明らかとなり。
並行世界を観測できるだろう者達が調べたところ、世界の根幹をなす理が違う世界と繋がりがあったのがこの世界だったという訳です』

「―――まって、じゃあ並行世界に干渉できるのってアリシア以外にも居るって事なの!?」

「馬鹿な!並行世界に干渉する集団だって!!そんな組織が存在するのか!?」

歩きながら話す内容ではない為、念話で語るセイバーにユーノとクロノはそれぞれ驚きを隠せないで居る。
……不可能領域と呼ばれる魔法なのに、それを使える者達が多数いて集団となって組織化されていたら驚くのも無理ないかもな。

「ふむ、そういえば我らの世界には時空管理局が存在してないのであったか……」

「ニティが言うにはそうだったな」

「そうね、ニティの話からすると……私達の世界は多分、古代ベルカ時代で文明が滅びたけど、こっちの世界だと汚染により数百年も人が住めないような状況になったものの文明そのものは残ったから後々時空管理局が組織されるようになったのよね」

「え~、ないんですか」

「多元世界は可能性の世界だから、古代ベルカみたいな文明は滅んでいても不思議じゃないのか……」

アサシンはニティがしてくれた話を思い出すように口にするので俺が相槌を入れ、こちらの世界で調べたのだろう遠坂が詳しく語りだすとなのはは驚き、遺跡の発掘を生業とする一族の出身だからだろうか古代ベルカとかいう文明の一端を知っているユーノは納得しているようだった。

「そのニティって人物には会えないのか?」

「……いえ、残念ですが彼女の方から来てくれなければ我々には如何しようもない」

「そう……か。
(なんていう、並行世界を行き来し干渉できる者達が集まって出来た組織―――そんな組織が存在するのか……)」

クロノはごくりと唾を飲み込みながらも口にする、けれど静かに目を閉じ首を横に振るセイバーの姿に、ニティに会うためには多元世界の干渉という不可能領域の業を使えるのが前提だと判断したのか難しい表情をしながらも納得してくたようだ。
下手に神の座の話をしてしまうと、報告を聞いた上層部が神の座を目指してしまい―――その結果ミッドチルダに邪神とかが現れてしまったら、きっとよくない結果になるだろうから話すべき内容じゃないな。

「話を纏めると―――多分、不可能領域の魔法関連かと思うけどニティって娘と何かしらの交流を持った貴女達は、アリシアの故郷であるこの世界の事を知り来たというわけね」

「ああ、まさかアリシアの知っている年月から三十六年も経っているとは思ってもなかったけれど」

「それから並行世界の観測をしていたらジュエルシードが暴走してたのを見つけたんだよ」

話を聞いていたプレシアさんの推測に俺が頷きアリシアも付加える。

「その後は僕達が知っている通りで、君達の世界に行った母さんがこの世界で購入したのだろうミッドチルダの菓子を見つけ、今に至るという訳か……」

不可能領域魔法、俺達の世界でいうところの魔法を扱う者達が集まった組織という存在に脅威というか漠然とした不安を感じ取ったのかクロノの表情は優れずに話すが、セイバーは「ええ、概ねその通りです」と肯定した。

「でも、アリシア達のいる時空管理局のない世界ってどんな感じなんだろう?」

「きっと、テレビでやってるように宇宙警察とか銀河連邦とかになってるのかも。
それで、クロノさんは執務官じゃなくて刑事になってるとかかな」

「ふむ、宇宙刑事クロノか」

俺が警察のない世界を想像できないように、時空管理局のない世界を想像できないのだろうフェイトは小首を傾げるけれど、アリシアはテレビで見るヒーローものの知識を語りだし、そんな話にアサシンはなんだか「なるほど」とか口にしながら納得しているようだった。
しかし、宇宙刑事って言葉がつくとなんだかメタリックなカラーのコンバットスーツを着込んでいそうなイメージだな。
そんな感じに俺達の話は次第に他愛のない話に変わり、目的の店まで歩き続けた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第12話


報告書に必要な資料を纏め上げ、端末を閉じながら窓を見やれば既に日は傾き空を朱色に染めつつある。
ここはミッドチルダ南部にあるアルトセイムと呼ばれる地方であり、開発の波が及んでいない故に山や森に湖と豊かな自然に囲まれていて、そんなミッドチルダでは辺境にあたる地方の小さなホテルに僕達は宿泊していた。
というのも、ミッドチルダの首都であるクラナガンに現れた僕達は、衛宮士郎やセイバー達と共にデバイスショップを訪れ、店や品揃え等には大まかな点は変わらないものの、細かなところは違っていて、例えば僕達の世界ではある程度の大きさが必要とされる部品が小型化されていたりや、まだ危険性のあるベルカ式のカートリッジシステムがこの世界ではそれほど危険でははなくなっていた。
それが単純な技術の進歩だからなのか、それとも並行世界という可能性の世界だからなのかは専門家ではない僕では判断がつきそうにない。
店を一通り見回り彼等の証言に間違いがないのを確認した後は、この世界にフェイト・テスタロッサがいるかどうかを見極めるためにフェイトの目的とする場所へと向かう。
その場所とは、ミッドチルダ南部にある庭園の停泊地らしくレールウェイ等の交通手段を乗り継いで行くも、時間の関係から日が落ちる前には難しいと判断したので事前にこのホテルに予約を入れている。
料金に関しては本来なら元の世界に戻り用意してから来るべきだろうと言ったのだけど、如何いう魔法かは解らないが何処からともなく鞄を取り出したアリシアは「お金はあるから大丈夫だよ」とかいい、衛宮士郎やセイバーにしても「折角、手伝ってくれるんだからな」とか「やはり、土地勘がある者が居るのと居ないのとでは何かと違ってくる筈ですから」とか言われ彼等の資金で泊まっている。
まあ、使った金額は後々捜査費用として申請すれば承認されるかもしれながいが、仕事ばかりでポケットマネーは何だかんだと使う暇がないからそこから出して清算すればいい。
他にも気になるといえば、彼等がよくこんな小さいホテルの所在を知っていたのかとかいう事もだが……渡航証明による本人確認の際にが従業員は遠坂凛と目を合わせただけで本人確認を終えてしまったのが気になる。
どこか虚ろっぽい目になっていた印象を受けたが、ただ単に僕達の宿泊が唐突だった事から何かしらの用意で疲れが出ていただけなのかもしれないかもな。
話を戻すとして、恐らくフェイトの考えは庭園の停泊地に行けばそこでこの世界のフェイトに会えるかもしれないのと、プレシア・テスタロッサに関しては研究一辺倒だったから疎いようだが、この地はフェイトにとって故郷と呼んで差し支えのない場所だ、なら会えなかったとしても何らかの手掛かりは得れると判断しての事だろうと考えられる。
そこまで巡らせてから部屋を見渡す。
部屋は僕とユーノ、衛宮士郎にアサシンの四人が入れる構造で比較的大きな作りなのだけど、親子連れを対象にしているのだろうか、ベッドが四つも置かれているので何となく狭い感じがしなくもない。
衛宮士郎は散歩なのか出かけていて、アサシンはアリシアの護衛役らしく彼女達の部屋に行っているので現在部屋にいるのは僕とユーノの二人であり、そのユーノはベッドの一つに腰をかけ部屋にある端末を動かし表示される空間モニターを見ていた。

「何かあったのか?」

「うん。昼間に聞いた話が気になったんで調べてみたら……」

「話―――か」

ユーノの言葉から昼間、彼等が語った並行世界の垣根ををまたいで組織されたという集団を連想してしまう。
正直なところ、不可能領域の魔法を扱える者達の組織という話は驚きを禁じえないし、ある意味脅威とも考えられる、しかし、彼等の様子からして悪い集まりというわけではなさそうだし、そもそも彼等の出身地である第九十七管理外世界と同じく次元空間航行技術がない世界や、管理局システムに与してない次元世界からしてみれば僕達時空管理局も似たようなモノに映るかもしれないしな。
時空管理局が次元に隔てられた世界に影響を与えるロストロギア対策として発足したのと同様、その組織もきっと並行世界間で影響を与える何かに対応する必要から生まれたものなのだろうと思いたい。

「ガジェットドローンなんだけど」

そう呟いたユーノは端末を僕に向け、空間モニターの画面には海上の空を旋回する飛行物体が映しだされていた。

「―――っ!?」

しまった。そっちの方だったか―――いや、世界を跨いで影響をあたえるような危険性は少ないだろうけれど、ミッドチルダを脅かすテロリストなのだから十分考慮しなくてはならない問題だった。
とはいえ、AMFを使う機械兵器だとしても首都クラナガンの治安を守る地上部隊にだって少なからず高ランクの魔導師は常駐しているはずだからそれほど問題にはしてないのだが………
そう思い映像を見ていると、案の定というかガジェットは高ランクの魔導師が放ったものか巨大な衝撃波に飲み込まれ殲滅されていった。
ただ、その前に唐突に現れた無数のガジェットは被弾すると消えた事から幻術系の魔法だと予想できるし、初めから飛んでいたガジェットにしても十機以上は確認できている。
当初の予想ではガジェットと呼ばれる機械兵器は精々数機程度だと考えていたので脅威とは捉えてなかったが、この様子からするとガジェットによるテロの背後には潤沢な資金や高い技術を提供する者達の影が見え隠れしていそうだ。
それに加え、ここまで規模が大きくなってしまうと例え高ランクの魔導師が常駐していたとしても人数は限られているから、同時多発的に現れた場合には対処出来ない、かといって地上部隊の大半はBランク程度の局員達ばかりだからAMFを使ってくるガジェットを相手にするには辛い、か。

「この映像はどこからのものなんだ?」

ユーノが見せてくれた映像から、ミッドチルダの現状は決していいものではないなのが理解させられた。

「大手の報道機関のものだよ」

「でも」とユーノは芳しくない表情で続け。

「以前も何度か海上に現れてるそうだし、この映像の時にはもう少しで市街地に入り込んでしまうところみたいだったんだ」

「不味いな………どうやら僕の予想以上に深刻になっているようだ」

「仕方ないよ。僕だって、まさかミッドチルダでこれ程のテロが起きてるなんて想像すらしてなかったんだから」

「そうか―――とりあえず、僕は気分転換に外の空気をすいに行くけど君はどうする?」

「僕はもう少し調べてみるよ」

「わかった、他にも何かわかったら教えてくれ」

「ああ」

そう言いユーノを残し部屋を後にする、女性陣が宿泊する隣の部屋を通り過ぎる時になのはやアリシア、フェイトにプレシアの声が聞こえ、二部屋に分かれている彼女達はこの部屋に集まり何かしているらしい。
というのも、女性陣はなのは、フェイト、アルフ、プレシアという僕がいた世界とつながりのある世界の関係者に加え、並行世界から訪れたセイバーにアリシア、遠坂凛の計7人となっていて。
しかし、ここみたいな小さなホテルでは7人も入る大部屋などという部屋は効率が悪いのかないので、代わりに二部屋とり三人と四人に分かれて宿泊している。
しかし、アリシアがこの部屋にいるという事は護衛役のアサシンもこの部屋にいるのだろうなと思いながら通り過ぎ、フロントに一声掛けてから表へと歩みを進めた。
一応、ホテルの外には舗装された道路があるものの、少し道を外れてしまえば踏みしめられて出来たいわゆる獣道のような道しかないようだ。
歩いていると木々の合間に山の花なのか赤や青色をした花が所々で見受けられる、そんな環境だからこそなのか空気が澄んでいて心地良いし、何だか落ち着くので頭の方も考えが纏まりやすくなっている感じがする。
そういえば森林浴とかいうのを聞いた事がある、何ていう物質かは記憶にないものの樹木が発散する何かによってリラックス効果があるとかいう話だった筈だ。
心が落ち着くのが判るなか、歩きながら考えを纏める、思えば並行世界という可能性の世界に干渉でき得る組織に気を取られていたとはいえ、直接的な危険の度合いはガジェットの方が遥かに高い―――まったく、少し頭を冷やさなければならないな。
木々による森林浴の効果なのか頭の回転が速まっているのかもしれない、なら暗くなるまでにはまだ時間があるようだから少し奥まで行ってみればもう少し効果があるのだろうか?
ふと、そんな考えを持ってしまった僕は獣道のような道を歩き、山というか森の奥へと進んで行く。
すると、それまで風に枝葉の合わさるざわめき程度の静けさが広がっていたのが、突如、鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音に加え、「―――になるんだぁぁ!」とか「意気込むのはいいが、その程度ではただの掃除屋でしかない俺にすら及ばん!!」と何やら人が争うような声が流れて来る。
まるで誰かが刃物で斬り合っているような物音に何事かと過り急いくのけれど、金属の音と人の声はすぐに止まってしまった為に憶測にて走り、少して開けた所へとたどり着いた。

「―――なんだ、誰かと思ったらクロノじゃない」

そこには宝石で作られたような短剣を手にする遠坂凛が居て、更にその後ろにはアーチャーにハァハァと息を切らしていたのか整えている衛宮士郎の二人が互いに同じ様な白と黒の剣を手にしながら佇んでいる。
前々から思っていたけれど、同じような格好や武装からして二人は師弟なのだろうか?

「……なにかあったのか?」

「いや、近くを歩いていたら急に金属音がしたんで念のために確認しに来たんだ」

「驚かしてごめんなクロノ、俺とアーチャーはここで鍛練をしてただけなんだ」

山の片隅から夕日が漏れるような光に照らされるなか衛宮士郎は僕に謝意を口にする。

「まあ……こんな山奥で刃物同士で争っているとか考えた僕もどうかしていた。
それに、今思えば音が突然聞こえてきたって方が不思議に思えるんだが?」

「突然か……周りに木々が多いいから音が響かなかっただけじゃないのか?」

「いや、それにしては不自然な感じだったな……」

杞憂に過ぎなかったとはいえ、こんな獣道の先で刃物で争っていると想像してしまった僕も大概だと思うが、何ら前触れもなく聞こえて来た音に僕は不審を抱き、衛宮士郎は木々の遮音効果のせいかもしれないと語るものの何か違うような印象は拭い去れない。

「簡単よ。念の為に遮音の結界を内向きに張ったから、結界内に入らなければ音や声が聞こえなかっただけだから」

「結界って、そんな感じはしなかったが………」

「あのね、私達の世界では他人に異常を感じさせる結界なんて三流がするものなのよ」

遠坂凛は「はぁ」と息をはきながら遮音結界とかいう僕の知らない結界を口にし、更に結界魔法というものでさえ異常を感じさせずに行うという。
しかも、彼女のいう他人とは恐らく彼女達の世界の魔術師という僕達魔導師よりも魔力感知に秀でている者達の事だろう、その魔術師達でさえ判らないような結界という訳だから僕にはより判別がつかないはずだ。

「……頼むから、この世界や僕達の世界でその手の術式は広げないでほしい」

「そのつもりよ」

音を遮る結界とはいえ、遠坂凛の張った結界があまりにも悪辣なので唖然とするも一声掛け釘を刺す。
もし仮に広がったとしたら、次元世界のあちこちに知らぬ間に結界が施され、しかも、その結界が何かしらの効果を発揮しなければ判らないモノだとしたらその危険性は計り知れなくなる。
彼女もそれが解っているのか、なに当たり前の話をしているんだかといった目つきで僕を見ていた。

「でも、結界なんてやり過ぎじゃないか?」

「ふ~ん。そう、衛宮君はそう思うんだ」

トレーニングなら別に隠す必要もないだろうと衛宮士郎は答える、すると遠坂凛はエイミィが僕をからかう時の目にそっくりな意地の悪い視線で見やり。

「ならいいわよ、次からは張らないでおく。
でも、アーチャーとの鍛錬中に絶対に正義の味方になるんだとか口にしないようにね」

「っ、それはアーチャーの奴が挑発するからだろ」

「人のせいにするのはよくないな、そもそもその程度の挑発で冷静さを欠くお前が悪い。
(練習では以前私と対峙した時のような力は現れない、か―――さて、如何したものか)」

「ぐっ」

彼らが如何いうトレーニングをしているのか判らないけれど、遠坂凛の言葉によりみるみる間に衛宮士郎の表情は赤く染まり、弁解しようとするもののアーチャーによって言葉を失う。

「まあいい。今日はこれくらいでいいだろう、もうすぐ日も暮れるしな」

「ああ」

言うと同時にアーチャーの手にする白と黒の双剣が崩れるようにして形を失い、言い返せないままの衛宮士郎も憮然としながらだが同じように手にした双剣が消えていく。
その時、ふと結界の話で集中していたせいなのか剣の形がなくなる間に微かだけど魔力を感じとり、あの剣はもしかしたら魔力で編み上げているのかもしれないと過る―――いや、まさかな……魔力を圧縮して即席の武器として扱う方法もあるだろうけれど、それならデバイスを使ったり召喚魔法の方が効率はいいだろうから、魔力だけで編み上げるような非効率的な魔法を使う必要はない筈だ。

「先ずは剣製を使いこなせ。そして、その先にある俺達の世界をものにしろ―――恐らくアレにはまだ先があるはずだ」

多分、アレもまた魔術という僕達の世界の魔法とは根本的に何かが違うモノなのだろうと巡らせていたら、アーチャーは後ろを向き沈みかける夕日が山々を朱色に染める様を見ながら口にする。
アーチャーの言う剣製という語はよく解らないけど、きっと先ほど手にしていた剣に関する技術か技法の話なのは予想できる。

「先って、どんなんだ」

「なに、生憎と私にはたどり着けなかった境地だが、ただ単に展開するのではなく、例えば世界の影響を受けにくい内界などで展開すればもっと効率的に使えるかもしれないという話しだ」

衛宮士郎の問いかけにアーチャーは背を向けたままわずかに顔だけを動かし。

「確かに動きそのものはよくなってはいるが、本来お前に出来る事は一つだけだろう。
剣製の精度はさほど変わり映えしてないからな、先ずは余分な事など考えずその一つを極めてみろ、言いたい事はそれだけだ」

山から来る風が赤い外套をはためかせるなか、そう口にしたアーチャーは思念体の性質なのだろうその言葉だけを残して消える。
ただ、何となくだけどあの語りようはまるで早く俺を超えてみろと言っている感じにも見受けられた。

「すまない、如何やら僕は邪魔をしたみたいだ」

「気にしないでくれ。
むしろ、もう暗くなるだろうから丁度いいタイミングだったと思うぞ」

「そうね、そろそろホテルに戻りましょうか」

見れば衛宮士郎は汗だらけの様子、まさかこんな所でトレーニングをしているとは思いもしないで来てしまったが、何となく悪い事をしたと過り謝意を口にする、しかし、衛宮士郎は気にしていないようだし、遠坂凛に関しては早々にホテルに戻ろうとまで言ってくれるから気が楽になる。
僕と衛宮士郎は頷きホテルに続く道を戻り、山道に出てしばらく歩いている途中、獣姿のアルフがくるくると回るポチにじゃれついているのに出くわした。
その姿をはなのはとフェイトにアリシアが見ていて、後ろにはプレシアにセイバー、アサシンの姿もある。

「君達も散歩なのか?」

「うん、アルフは散歩が好きだから」

「勉強が終ったので皆で散歩をしてます」

辺りを朱色に染めていた陽は地平線に隠れ始め、周囲は暗く染めはじめてきていている時間帯だ、散歩というにはやや遅めかと思われるので口にすると、アルフがポチを前足で押さえ込み噛みついている光景に頬を緩めた表情で見つめているフェイトとなのはが答える。

「そうよね、まだ学生なんだから勉強はちゃんとしないと駄目よね」

「………そうだぞ、やらないと後々で苦労するんだからな」

遠坂凛はなのは達に対して言っているのだろうけれど、その視線は何故か衛宮士郎に注がれていて、衛宮士郎もまた苦々しい口調でなのは達を見回す。

「大丈夫だよ、ちゃんとお勉強してるもん」

「それはそうと、シロウ達も散歩ですか?」

衛宮士郎の視線にアリシアはえっへんと胸を張って答え、セイバーは僕達もそうなのかと言って来た。

「いや、俺はアーチャーと鍛練してただけだぞ」

「鍛練か。なるほど、この辺は空気が濃いから鍛練には丁度いい」

「私も木々の多いい場所では集中力が増すという話を聞いたことがあるわ」

僕は散歩だったけど、アーチャーとトレーニングをしていた衛宮士郎はセイバーに視線を向け答える、するとアサシンは空気が濃いとかいう曖昧な言葉を語るものの、プレシアによる補足でどういった意味なのかがなんとなくだが解った。
しかし、なんていうかホテルに残っているのはユーノだけみたいだな。

「僕達はホテルに戻るところだけど君達はどうするんだ?」

「私達はもう少ししてから戻りましょう」

「そうね、まだアルフも歩き足りないでしょうから」

「なに、案ずるな食事の前には戻る」

僕は先に戻るけど君達は如何すると聞くと、セイバーとプレシアはポチにじゃれつくアルフの姿を見ながら答え、アサシンも頷きを入れる。
こうして、先にホテルに戻ると何事もなく並行世界のミッドチルダでの一日は終わりをつげた。
次の日訪れた移動庭園の停泊地には庭園の姿はなく、代わりに庭園の停泊する筈の大きな窪みには緑が覆い茂り、長い間庭園は戻ってきていない様を示している。
でも、フェイトの目的とする手掛かりとは停泊地そのものではないようで、周辺を捜し拓けた所ある不自然に砕けた岩を目の前にした時、「この世界にも私はいるんだ」と声を漏らした。



[18329] リリカル編13
Name: よよよ◆fa770ebd ID:ff745662
Date: 2013/09/27 19:30

庭園跡地で見つけた岩は、フェイトが魔法を習っていた頃に射撃魔法によって砕かれたものらしく、その岩が在るという事実は即ちこの世界にもフェイト・テスタロッサが居る意味を現している。
この世界のフェイト・テスタロッサ、恐らくそのフェイトこそ僕達をこの世界へとつれて来た不可能領域魔法の使い手であるアリシアの姉妹と呼べる女性なのだろう。
この事を知った僕達はアルトセイム地方を後にし再び首都に戻る事になる。
理由としてはいたって単純だ、ミッドチルダでも辺境と呼ばれるアルトセイム地方は観光や行楽には適しているものの、反対に情報を集めるには向いていないのだから。
アルトセイムとクラナガンの行き来にはおよそ半日の時間を要し、ここでもガジェットの影響なのか人がまばらなレールウェイの車内にて僕らは席を向き合わせるようにして話し合う。
一応、フェイトとプレシアに心当たりがないか聞いてみるものの、

「第九十七管理外世界で借りたマンションかも……」

「フェイトは私の娘ですもの、魔導研究者としてミッドチルダの何処かで働いているわよ」

とかいい二人共これという場所は思い当たらないようだ。
しかし、当てもなく捜すとなれば次元世界は余りにも広すぎる。
僕が勤めている世界なら本局の情報の閲覧や捜査員に指示を出すなりして捜せるだろうけれど、生憎とこの世界は似て異なる世界、この世界での僕には執務官としての権限はないから捜すとなれば自分達の力で捜し出すしかない。
恐らくは移動庭園で次元空間を航行しているのだろうけ―――いや、まて……プレシアの行なおうとしていた実験は大規模次元震を発生させ断層内にあると考えたアルハザードへの道を探すというもの。
そんな実験を行なったのなら庭園も無傷とはいかない、むしろ発生した次元断層内に沈んで行ってしまう可能性のほうが高い、か。
なら、この世界のプレシア・テスタロッサはフェイトを巻き込まないよう、突き放すか誰かに預けるかして事を起こしたのかもしれないが、そうでないのなら次元震発生時に亡くなっているか、生きていたとしても大規模次元震発生の幇助により封印刑か収監されている可能性もありえる。
どちらにせよ、この世界で起きたジュエルシード事件の概要も解らず、組織力も使えないまま膨大な次元世界のなかから捜しだすのは困難を極めるのは確か……
例え見つけたとしても十年もの歳月が経っているのだ、ようやく過去に踏ん切りをつけられたかもしれないところでアリシアと出会ってしまったのなら、この世界のフェイトの心の傷を抉りかねない―――仮に見つけたとしても行動は慎重に行わなければならないな。

「仕方ない、か。明日、地上本部まで行って調べてみる」

「君は地上本部に何かつてがあるのか?」

「まあ……ね」

どうにかして本局に問い合わせ出来ればいいのだが、なかなかいい案が浮かばないでいたら遠坂凛は何か妙案があるのか口にし、聞き返すものの苦笑いを浮かべ視線をそらされてしまう。

「何かお手伝いとかありますか」

「僕にも出来ることがあれば」

「なのは、ユーノ、気持ちは嬉しいけど大勢で行くとフォロー出来ないから私とアーチャーだけで行くわ」

なのはとユーノが手伝いを申し出るけれどやんわり断られてしまい「は~い」、「そうですか……」とやや残念そうだ。

「―――まて凛、まさか君と私だけで行くつもりなのか!?」

「どうしたのアーチャーさん?」

「なによ、行ったら困る事でもあるの?」

フォローが必要って一体何をするつもりだろうと過るなか、思念体であるアーチャーが驚愕の表情を浮かべながら姿を現し、その驚く様が解らないアリシアは小首を曲げ、言われた遠坂凛もきょとんとしている。

「……こう言ってはなんだが、君はまだ自分の端末すらろくに使いこなせてないだろう。
そればかりか、溜まったストレスが爆発して端末にこの世界の魔術を放った事すらあるのだ。
何とか初期設定だけは済ませていたのが幸いし、自己修復が働いた事とマリーがいなければ原型を留めてるのは難しかったというのに………」

「ふう」と溜息をはいて一旦区切り。

「凛、君は魔術師として優秀な反面、機械関係は苦手というよりもはや天敵に近い、その君が地上本部の端末を操作しようものならば――――――流れとしては上手く行かずに溜めに溜めたストレスが爆発して、夜のニュース辺りには暴れ回る凛の姿がトップで映される事になるだろう」

「……ある意味、遠坂が地上本部でテロを行なうって事か」

「そうなり得るかもしれん。
何せ凛は魔術師としても、この世界でいう処の魔導師としても素養が高い―――ランクBやCの魔導師達では手にあまる実力だぞ」

アーチャーの話しに衛宮士郎は呆れるような視線を遠坂凛へと向ける。
確かに僕の世界で測定した限りでは魔力保有量A+に加え複数の変換能力、複合暴走体との戦いや彼女の練習から推測される魔導師ランクは最低でもAAはあるだろう。
そんな彼女が地上本部内で暴動を起こすものならば、警備に当たっている局員だけでは包囲して消耗させながら、高ランク魔導師が到着するのを待つ以外の方法はなく。
デバイスも所持してはいるが、複合暴走体での動きを見る限り宝石で出来た剣こそが彼女の本当のデバイスといえるだろうし、他にも魔術というモノがこの世界でどのように作用するのかすら不明だ。
しかし、普段から聡明な素振を見せる彼女が地上本部の端末の使い方が解らないからといって暴れだすものなのだろうか?
僕としてはそっちの方が信じられないのだが………

「本当に壊そうとしたのかい?」

「……アレはついカッとなって、気がついたらこの世界の魔術を放ってただけよ」

信じられないといった表情でアルフは視線を向けると、遠坂凛はむくれた様にぷいと顔をそむけてしまう。

「ならばアーチャーが行なえばいいのでは?」

「確かに凛に比べればマシと言えるだろう、だが私とてこの世界の端末の操作には慣れていない―――携帯の端末ですら幾度もマニュアルを読みなおしてようやく設定出来た程度にすぎん、必要な情報を探し出せるか難しいところだ」

「そうよな。如何に送られてくるとはいえ知識は知識、実際に行なうとなればそうそう易く行くまい」

遠坂凛が機械に弱いなら同行するアーチャーが操作すればいいとセイバーは返すものの、アーチャーにしても僕達の世界やこの世界の機械は慣れている筈もなく、アーチャーに知識はただ知っているだけに過ぎず、実になっていないと言いたいのかアサシンは納得した表情を見せる。

「操作に不安なら私が一緒に行ければいのだけれど、この世界での私は次元犯罪者になっているかもしれないからね……」

「だったら私が一緒に行くよ、端末の操作くらいなら何とかなると思う」

「いや、ここは僕が行こう。
この世界ではないにしろ地上本部には幾度か行った事もあるし、向こうの端末を操作した経験もある」

文明や文化の差なのだろう、機械操作に慣れていない彼らの話を聞いていたプレシアは力になれなくてごめんなさいと俯いてしまい、そんな母の代わりにフェイトは自分が行くと申し出るが、ここは僕が行くべきと判断し声を上げた。
遠坂凛という女性は普段は何処となく近づきがたい雰囲気を纏っているけれど、冷静さや観察眼に優れるばかりか、つきはなしたような態度ですら優しさが感じられる女性だ。
そんな彼女にテロまがいの真似をさせる訳にはいかないし、そもそも地上本部なら僕の方が知っているのだから適任だろう。

「そうしてくれると助かる」

ホッとしたのか「ああ、安心した」という言葉を残しアーチャーは姿を消すものの、言われた遠坂凛はむくれたままでいて。
なのはやユーノに「次第に覚えますから大丈夫ですよ」とか「慣れてないだけですから」とか励まされると片手で顔を被い。

「ふふ……そうね。マニュアルをもう少し見直してみるわ。
(アーチャー、後で殴っ血KILLっ!!!)」

少ししてから放し、なのはとユーノに微笑んでみせるもののこめかみに青筋をたてているのでかえって怖い印象を受ける。
まあ、何にせよ一応話は纏まり、その後は遠坂凛が携帯端末の扱いに慣れてないのを知ったプレシアから端末の様々な使い方を教えて貰うのだけど、どうも遠坂凛という女性は機械が苦手というレベルを通し過ぎた音痴レベルの類らしくなかなか使いこなせないようでもある。

「造る時にインテリジェントデバイスにはしなかったんですか?」

「言葉を話す礼装は少しね……」

フェイトは遠坂凛の持つデバイス、マギアに視線を向け本人は笑を浮かべながら答えるものの、その笑みは苦々しく自律思考を持つ礼装というモノで過去に苦い経験をした様子が窺えた。

「それに、戦場で命を預ける武装でありながら思い通りにならないのは好ましくない」

「まあ……ちょっと頑固なところはあるかもね」

セイバーは左腕に腕輪状態で待機しているシルトに視線を向け、所有者であったにも関わらずインテリジェントデバイスのレイジングハートに認められずにいた経験を持つユーノも苦笑いを浮べる。
自律思考を持つインテリジェントデバイスなら術者が望む術式を組上げたりも出来るだろう、でもその反面、相性が悪かったりや術者の力が及ばないとなると互いに足の引っ張り合いとなってしまい、それが嫌でストレージデバイスを選ぶものも少なくない。

「あと金額も高いし……」

「左様、実用に耐えうるレベルのデバイスというものは結構な値をしていたものよ」

お金の話をする衛宮士郎は顔をしかめ、アサシンはやれやれといった感じに肩をすくめながら頷きを加える、母さんの話を聞く限り衛宮士郎は向こうの世界でセイバー、アサシン、アリシア達の家計を預かっていそうだから価格の高いデバイスには敏感なのかもしれない。
それもそうだろう、彼らのデバイスは信頼性を重視した作りらしく余計な機能は省いているものの処理速度は速く記録領域に関しても比較的多いい。
シンプルだけど高性能な作りはストレージデバイスらしいとはいえ、性能が高ければ当然の事ながら費用はかかり、そこにインテリジェントデバイスのような機能を加えるとなれば様々な調整が必要になる事から予算は飛躍的に上がってしまう。

「インテリジェントデバイスは取り扱いが難しいって話は知ってたけれど、費用も色々とかかるんだね……」

「にゃははは」

フェイトのデバイスは、かつてプレシアの使い魔だったリニスが作り上げた杖であるからだろうかアルフはインテリジェントデバイスがどれくらいするものなのか解ってなかったようだ。
なのはにしても、レイジングハートをユーノから貰い受けたのでデバイスという物がどれ程高いのか知らなかったに違いない。
アリシアは楽しそうに絵を描いているので話しに加わらないようだけど、スケッチ対象になっているポチもアルフの膝上で動けないようでいつもみたいにクルクルと回ってない―――寝てるのだろうか?
そんな感じに時は過ぎ去り、レールウェイはクラナガンへと到着する、移動だけでも半日はかかる距離から僕達は前日の反省を加え昨夜のうちに予約を入れておいたホテルにて宿泊し。
次の日、皆と別行動になった僕と遠坂凛、姿は見えないけれど同行している筈のアーチャーの三人はホテルを後にし地上本部へと足を運ぶ。
地上本部は公開意見陳述会まであと一ヶ月程なので、警備をしている地上本部の局員達もどこか緊張を漂わせている様子が見受けられた。

「流石に公開意見陳述会の前は物々しいな」

「公開意見陳述会ね……たかだか予算の奪い合いでしょ?」

「………そう言われてしまうと身も蓋もないんだが、今回は恐らくアインヘリアルとガジェットの対策が主題になる筈だ」

下手にこそこそ行なうよりは遥かにましといえるだろうけど、堂々と正面入り口へと歩み進める遠坂凛の後に続いて僕は歩く。
周囲を見渡せば警備をしている局員の多さに思わず言葉を漏らしてしうのだけど、それを耳にした遠坂凛は高々予算の奪い合いと言い切ってしまう。
まあ、公開意見陳述会は本予算の査定に強い影響を与えるのは確かだから間違ってはいないが、多くの次元世界に影響を与えるのだから重みは違ってくる筈なんだけど……それを何というか、ある意味彼女は大物といえるな。

「ガジェットは影響だけでもミッドチルダの経済に多大な損害をあたえているから解るけど、アインヘリアルはねぇ、あれってただ大きいだけの砲台なのに何が問題なの?」

「巨大な魔力で運用される砲台だけど、その実態は質量兵器に近いからだ」

「それのどこが悪いの?」

「質量兵器というモノに慣れている君達からしてみれば大げさに感じるかもしれない、でも、僕達の世界は随分昔の話だけど質量兵器によって多くの世界が滅びかけた経験があるから生理的に受け付けないでいるんだ」

「滅びかけたね……
(個人で携帯できる銃とかは申請さえ行なえば使えるから、私達の世界でいうところの核とかの大規模破壊兵器に近いって訳ね………アインヘリアルも見方を変えれば大陸間弾道砲になり得る訳だし、そりゃ反対されるはずだわ)」

「その後、次元世界の交流や平和の推進と共にロストロギアと称される危険な異質技術の封印・回収を行なう為に設立されたのが時空管理局の前身で今に至る訳だ」

とはいえ、ここ二日のニュースを見る限り地上部隊の方はアインヘリアルの必要性は訴えてはいるものの、ガジェット対策には消極的なのが気になる。
既に観光産業は勿論の事、各世界でのミッドチルダの危険指数が上がっているだろうから渡航に支障が出始めている筈だし、そうなれば経済活動への影響はより深刻になる筈だ。
そう思いながら本部ビルに入る途中、僕達を訝しんだのか警備の一人に呼び止められるのだが、遠坂凛が渡航証明書を見せながら二、三話していると次第に目が虚ろな感じになり「どうぞ」と中へ入る許可をだしてくれる。
その様子から如何やら遠坂凛には地上本部の誰かと繋がりがあるのが判るけど、ここを警備する局員は寝不足なのだろうかと一抹の不安を抱いてしまう………もう少し真剣に警備して欲しいものだ。
彼女に続き、本部ビルに入り受付へと向かう僕だけど、受付でも遠坂凛と話していると次第に目が虚ろになり始めてしまい。
私服の僕達は一目で局員でないのが判るにもかかわらず、デバイスの有無や重要な使用目的などを質問する事もなく遠坂凛の言うがままに受け答えモニタールームの使用に必要なカードキーを渡しくれる―――今の僕達にとっては好都合といえるけど、ここを警備している主任に本当に大丈夫なのかと問い詰めたくなるな。
いや、まて―――

「もしかして、僕達の世界と同じようにこの世界でも何かしてたのか?」

「それこそまさかよ。
この世界のミッドチルダにはアリシアに関係するから来ただけだもの、それよりも、よく言うでしょ案じるより生むが易しって。
(本当は魔眼を使ったからなんだけど、執務官であるクロノには黙っておいた方がいいわよね)」

「そういうものか……」

その言い分だと僕は地上本部を警備する局員達に漠然とした不安を抱かざるを得ないのだが、しかし、他に思い当たるような考えも浮かばず受付から指定された部屋へと向うものの、やはり警備をする局員達の意識の低さには苛立ちを覚えてしまう。
指定されたモニタールームに辿り着き、遠坂凛はカードキーを手にしながら端末をジロジロを見回して「ここね」と口にしながらモニターと機器の隙間に差し込もうとする。

「って、待ってくれ!君はそのカードキーで何するつもりなんだ!?」

「何って決まってるじゃない、カードなんだから差し込まないと使えないでしょ?」

慌てて止める僕に彼女は「なに当たり前の事を聞くのよ」とでも言いたいのか、きょとんとした表情を見せたのでなんとなくだけど察しがついた。

「いや、そのカードは差し込むものじゃなくて認証台の上に乗せればいいんだ」

「乗せればいいって―――ここに?」

「ああ。君たちの文明には馴染みが少ないのかもしれないけれど、カードには乗せて使うのもあるんだ」

「ふ~ん」

遠坂凛は不思議そうな表情を浮かべながらカードキーを認証台へと置く。

「ここからは僕の方が慣れているから任せてくれ」

とりあえず文明のせいにしたけれど、あの文明レベルならその手の技術はあっても不思議ではないから、もしかすると彼女が知らないだけなのかもしれない。
そう過りつつも十年の歳月の差はあるが僕が扱うのと、この世界に一ヶ月滞在していたという彼女ではシステムや端末そのものへの慣れが違うだろうからここからは僕が行なう方がいい筈だ。

「そうね、餅は餅屋に任せるわ」

やはりというか、レールウェイでも聞いた通り遠坂凛は機械に対して得意ではないよう様子で、何かの格言なのかよく判らないような事を言うものの素直に席を譲ってくれる。

「まずはこの世界のジュエルシード事件がどういう風になったかだ」

「そうね。この世界のプレシアはアレほどの病を治したばかりか、第二魔法にまで至った魔法使いだし」

遠坂凛が横に立つなか、僕は席に座り制御卓を操り、事件の検索をかけ互いにモニターへと視線を向けた。
すると画面には、事件NO.AP0057564115-C735542、事件種別・遺失遺産の違法使用による事件災害未遂事件と表示され。
内容を見れば、事件の核となる遺失遺産はジュエルシードと同じであり、発掘担当者もスクライア族のユーノ・スクライアで変わりないようだ。

「第三種管理外世界ミッドチルダ式魔法を行使する二名の魔導師と遺失遺産の存在と発動を確認―――ここまでは僕達の世界と同じだな」

「なのはとフェイトね、私達の時はそのすぐ後に並行世界の干渉を行なったアリシアが手で掴んで消えたんだっけ?」

「ああ。あの時は僕やエイミィもモニタリングしていたけど、何の兆候もなく未知の魔法が現れ消えたのと、アースラのセンサーですら足取りをつかめなかったから艦内が騒然したものだったよ」

「そりゃ……そうでしょうね」

相槌を打ちを入れる遠坂凛を視界に納めるも、あの時はまさか多元世界に影響を及ぼすという不可能領域級の魔法だとは想像すらしなかったと思い起しながら先を進める。

「この世界だと最後の収集の時に複合暴走は起きなかったみたいね」

「なのはとフェイト達が互いに協力して鎮静化させたとある。
でも、その直後にプレシア・テスタロッサが放ったとされる次元跳躍魔法によって戦闘空域の海上ばかりか次元空間に停泊中のアースラにまで被害を受けたそうだ」

「よくもまあ……あんな体で次元を超えるなんていう魔術が使えたものね」

「正気を失ったとはいえ大魔導師か………」

報告書には座標を特定して計三十名の武装局員を送ったとされるが、庭園の過剰なまでのセキュリティによって六名の局員が傷付き、加えプレシアとの交戦により十八名もの局員が重軽傷を負っていた。
この世界のプレシアの症状が僕の世界のプレシアと同じだとしたのなら、医師の話では動くのさえやっとだというのに―――人の執念とはここまで凄いのかと思わざる得ない内容だな。
その後、プレシアはフェイト・テスタロッサが持ち帰った九個のジュエルシードを起動させ中規模次元震が発生。
呼びかけや説得も虚しく次元震により庭園は崩壊し、プレシアは次元空間の穴である虚数空間へと落下したという。
彼女が目指したのはアルハザード、それは大規模次元震の最中に発生するという断層内に道があるという話だ、が。

「ここでは虚数空間に落ちた事から、生死の確認は出来ないものの事実上の死亡とされているけど―――」

「実はプレシアは生きていて。
アルハザードに辿り着いたか、または別の何かで体を癒し―――第二魔法さえ至った」

「そして、君達の世界に現れアリシアの蘇生を試みて成功させた」

「なんていうかトンでもない人ね……この人」

しかし、遠坂凛が口にするトンでもないという大魔導師すらも容易に殺害されるだろう世界に対し、

「だが、そんな彼女すらも君達の世界では殺害されている―――犯人の目星はついているのか?」

そう言い横に居る彼女へと視線を向ける。

「事が魔法―――こっちでいう処の不可能領域の話しよ。
私達の世界では魔法に至る事こそが目的、私が冬木の管理者とはいっても多すぎて特定するのは難しいわ」

「そんなに多いいのか?」

「ええ、特に当時の冬木は魔術の大会みたいなのが開かれてたし」

「大会……そんなのが行なわれていたら人の出入りが多すぎて特定しきれない、か」

「ええ……
(流石に聖杯を求める殺し合いとは言えないし。
それにアリシアの力は神霊級、仮に封印指定の執行者がプレシアを殺害したのを目の当たりにしたのなら―――その執行者はアリシアに瞬殺されていても不思議じゃないのよね……)」

何か考えを巡らしているらしく握った拳を口にあてる遠坂凛、憶測でしかないが魔力の隠蔽に長けた世界での捜査は僕の想像を超えるのだと思う。
僕達の世界ではジュエルシード事件としか呼称されてないけど、この世界では他にプレシア・テスタロッサ事件とも呼ばれているジュエルシードを巡り行なわれた事件。
もし、蘇ったアリシアにより僕達の世界に衛宮士郎や遠坂凛達が来なければ、僕達の世界でも同じ事が起きただろうと推測される。
残りの命が僅かと解ったプレシアは、フェイトに生きていて欲しいと願ったのだろう、自らがプロジェクトF.A.T.Eから生まれたという出自を聞かせる事によってフェイトを突き放し、自身はアリシアの亡骸と共に虚数空間へと向うという悲しい結末を迎えた事件。
母を失い、その母親にも突き放されたフェイト・テスタロッサは一時、心神喪失にまでなったという―――この事件の概要を見ただけでも彼らには感謝するほかない。

「次は現在、フェイト・テスタロッサがどうしているかを調べてみよう」

「判るの?」

「大丈夫だろう、フェイトが育った環境を考えれば管理局法に基づく倫理基準からしても大きく外れている。
しかしだ、未遂とはいえ次元災害が起きかけたのを考えれば、拘置所に収監されるレベルではないものの何かしらの処罰は受けている筈だ。
実際、次元震が起きていない僕達の世界ですら二ヶ月程度だけど保護観察を受けるのだから」

「そこから足取りを辿るって訳ね」

「そういう事になる」

話しながらも制御卓を操りモニターに表示させる。
そこには―――

「フェイト・T・ハラオウン、魔導師ランク空戦S+で所属は時空管理局本局執務官ね……」

「現在は古代遺失物管理部機動六課に出向とある」

呆れているのか遠坂凛はポカンとた表情でモニターを見つめ、僕もまたフェイト・テスタロッサが執務官になっている事に加え、ハラオウンという姓。
調べてみたら、どうやらこの世界の母さんが養子にしたらしい、まあ……悲しい子供を放っておけないというのは母さんらしいといえばそうだけど驚きは隠せない。
他にも古代遺失物管理部に機動六課なんて部署があっただろうかというのも悩ませる処だ。
もしかしたら、機動六課とは新しく設立された部署なのかもしれないけれど、何故そこに執務官となった彼女が配属されるのかも不明過ぎる。

「でも、まあハラオウンねぇ。
リンディさんらしいと言えばそうかも―――でも、フェイトを養子にしたなんてよかったわね、お・に・い・ちゃん」

「っ、養子にしたのは飽くまでこの世界の母さんと僕だぞ」

そうは口にしてみるが、真面目で冷静なフェイトが家族にいたらいいなと過ってしまったのに加え、聡明な彼女を相手にこういった舌戦ではエイミィと同様勝率はゼロに近いと直感した。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第13話


郊外というクラナガンから近過ぎず遠過ぎないホテルから、遠坂とクロノがアーチャーを伴い地上本部に向った後、残った俺達は取りあえず勉強をしていて俺でもアリシアやなのは、フェイトの勉強は教えられるけれどプレシアさんも加わってくれたので数学や理科なども結構はかどった感じだ。
まあ、難点はミッドチルダの科学が俺達の世界よりも進んでいるのが原因か、稀に数式が違っていたりする処もあったけど、それでもなんとか一段落したので皆でソファに座りながら休憩をする事にした。

「まだ管理世界内では被害が少ないですが、管理外世界にはフッケバインのような凶悪な武装グループがいまして。
彼らのような武装集団が拠点とする艦船には次元航行可能なものも多いのが現状です、これを考慮するのであればアインヘリアルの更なる建造は必要不可欠と言えるのではないでしょうか」

「確かにアインヘリアルがあれば、次元航行部隊や希少技能保有者に頼らずに地上の安全を守れるでしょう、しかし、問題なのは現在の管理局法に抵触する可能性があるからで―――」

つけたままのテレビからは、公開意見陳述会で議題となるだろうアインヘリアルについて専門家らしい人達がおよそ結論の出ない議論を続けている。
この手の番組は俺達の世界でもあるけれど、結局は結論が出ないまま終ってしまうのでなんだかなと思えてしまう内容なんだが……

「テレビでも言われている通り、次元世界にも海賊の如き者達がいるというのに祖国を守るための対策に何故反対意見が出るのか不思議でなりません」

「なんというか予算の問題なんじゃないのか?
話しに出てくるアインヘリアルだってお金が無いと造れないけど、その予算だって限りがあるんだから」

異民族との戦いを思い出したのかセイバーは不満気な様子でお茶を口にする。
しかし、家計を預かる身としては限りある予算なのかでやりくりしないとならないので、お金の配分というのには十分注意が必要だというのはよく解る話だ。

「左様、それに現状ではいつ来るか分らない海賊の如き者達よりも、既に被害の出ているガジェット方が深刻な問題であろう?」

「そっか、無い袖は振れないって言うもんね」

「そうだね、アインヘリアルはあればより安全になるだろうけど、いつ来るか分らない武装集団の対策をするよりも被害が出ている方を優先しないとミッドチルダに住んでいる人達は安心できないから」

俺の言葉に頷きを入れるアサシンになのはとフェイトも納得した表情を見せる。

「ん~。でも、ガジェットが現れてもアインヘリアルで追い払えればいいんじゃなの?」

「えっ。でも、基本的には防空用の大砲だし。
例えガジェットが現れたとしても、市街地とか人がいるだろう所に撃っていい代物じゃないと思うんだけど……」

しかし、アリシアはガジェットに関してもアインヘリアルで迎撃すればいいと言い出したので、ユーノは宇宙からの侵略者に対する対空砲を地上に向けて放つのは問題がありすぎると言いたいようだ。
ユーノの言う通り、そんな大砲が撃ち込まれたら、むしろガジェットの被害よりアインヘリアルの被害の方が大きそうだな。

「そういう決め付けはよくないと思うよ。
もしかしたら撃った先で分裂とかしたり、誘導だってするかもしれないんだから」

「なるほど、つまりアリシアは高台から撃たれた砲撃が幾つにも分れながら、立ち並ぶビルの合間をぐねぐね動いて誘導されるといいたいのですね」

「うん。撃ったら一度宇宙まで上がってから幾つにも分かれて、それが誘導されながらあたるの、そうすれば相手がミッドチルダのどこにいても撃てるんだから」

「う~ん。その発想ならガジェット相手にも運用が出来るかもしれないけど出来るのかな……」

「それに、ビルの合間を砲撃が通るのって少し怖いかも……」

ユーノに反論するアリシアは先入観の決め付けはよくないと言い、セイバーはアリシアの言葉を纏めてみるのだがミッドチルダがいくらトンでも科学の魔法の国だとはいえそんな事が可能なのだろうか?
聞いていたなのはとフェイトも困惑気味の様子だし、やはりここはミッドチルダの技術に詳しいプレシアさんに聞くほかない―――あれ?
俺は「プレシアさん。ミッドチルダの技術が高いのは解るけどそんなのって可能なのか?」と聞こうとしたものの、肝心のプレシアさんの姿は無く何処に行ったんだろうと思っていると。

「プレシア、何処に行くんだい」

「このミッドチルダにもいるか判らないけど情報屋を思い出したから捜してみようと思うの、だからフェイトの事はお願いねアルフ」

「わかった」

とか、ポチと遊んで飽きたか疲れたかして寝転がっていたアルフとプレシアさんの声が聞こえ。

「少し外に出てくるわね」

少し遅れて現れたプレシアさんは黒色のジャケットにスカート姿となっていて、それ加え色つきの眼鏡をかけている。
見た目の第一印象は仕事の出来る女性って感じだが、時期が時期だけに暑そうに見えなくもないな。
まあ、きっとその辺はバリアジャケットを透明にして使うなりしていれば暑さ寒さは問題にならないだろうから心配する必要もないか。

「情報屋を探しに行くと聞こえましたが、何か調べるのでしたら探偵とかを雇った方がいいのでは?」

「そうね、探偵も考えなかった訳じゃないけれど、もしかしたらこの世界での私は指名手配犯になっているかもしれないから、その場合探偵だと管理局に通報されるかもしれないもの」

「確かに。問題となるジュエルシード事件がこの世界ではどの様になったのかはいまだに解らないのだ、何をするにしても慎重にならざる得まい」

変装って程じゃないけれどプレシアさんの格好を訝しんだセイバーは、アルフとの話から出てきた怪しげな情報屋とかじゃなく、探偵を雇えばいいんじゃないかって話すが、この世界でのプレシアさんは如何いった罪状なのか遠坂とクロノ待ちの現状では慎重に行動しなければならないとアサシンは補足した。
これは憶測だけど、プレシアさんもこの世界のフェイトが心配で何かしないと落ち着かないのかもしれない。

「でも、そういう事なら人手も要るだろうから俺でよければ手伝うぞ」

俺が言うと同時にアリシアとフェイト、なのはにユーノも「私も手伝うよ」とか「私も」とか「他にする事もないしね」とか「うん」とか口々にしながらソファから立ち上がる。

「私はアリシアの護衛故に行くのであればついて行くだけの事だが、セイバーは如何するのだ?」

「そうですね。
凛とクロノが情報を手に入れられればよいのですが、もしもという事があります、今日という日をここで費やすのであれば取れる手段を行なった方がいいのは確かだ」

アサシンに視線を向けられたセイバーは、目蓋を閉じ僅かな間に幾つか考えを巡らしたのだろう再び開け口にすると、寝ていたアルフにも聞こえたのだろう「私も行くよ」と現れたので居残り組み全員で情報屋を探す事になった。
プレシアさんが言うには、情報屋は普段は人気の無いレールウェイの地下通路にいるとか言う話だった。
でも、その話はプレシアさんがまだ記憶転写型特殊クローン技術、プロジェクトF.A.T.Eによるアリシアの蘇生を断念し別の方法を模索していた頃の話であって、この世界はプレシアさんが来た世界から十年は経っている世界である。
十数年の歳月から、その情報屋が今でもそこに居るかどうかは難しいところだ。
とはいえ、仮にその人がもういなかったとしても遠坂とクロノが戻ってくるまで俺達がする事は特にないし、アルフやポチからしてみれば散歩も兼ねているみたいなので、会えなかったとしても皆で散歩していると考えれば悪い気はしない。
そんな事からレールウェイを乗り継いだ俺達は、サードアベニューとよばれる通りから地下通路に入り、壁の表記に目を向けると白い文字でD37と表記されていた。
地下道のなかは閑散としていて、テナントみたいな賃貸用の店舗が並んでいるものの、それらは全てシャッターが下りている。
俺達は案内を見ながら手分けして捜したのだけれど、D37ブロックにはそれらしい人影は見当たらず、もしかしたら情報屋は廃業したのかもしれないかもと過りつつ、隣のE37というブロックに足を伸ばしてみた。
そして、E37ブロックにて捜していると―――

「む、何かいます」

「そのようだが。どうやら人という感じではないようだ」

セイバーとアサシンが注意を呼びかけるなか、視力を強化してみたら通路の奥になんていうか丸みのある長方形というか、円筒状の姿をした何かが二つ浮かぶようにして動いていて。
―――いや、あの形には見覚えがある。
何故なら、公開意見陳述会まで残り一ヶ月近くまでになった今ですら、テレビなどでアインヘリアルの議題以外にも議論されるのではないかとか話されていたのだから。

「なんでさ―――なんで、こんな所にガジェットなんかがいるのさ?」

まさかとうか、俺は予想すらしていなかったガジェットとの出会いに思わず口にしていた。



[18329] リリカル編14
Name: よよよ◆fa770ebd ID:ff745662
Date: 2013/09/27 19:32

「なんでさ―――なんで、こんな所にガジェットドローンなんかがいるのさ?」

俺の声が漏れるのにやや遅れ。

「あれがガジェット?」

「そう……みたい」

「……なんであんなのがここにいるんだい?」

「ここって……街中のはずよね?」

なのはの声にフェイトは多分そうなんだろう肯定し、アルフとプレシアさんも俺と同様なんでこんな所にガジェットがいるのか予想外すぎて唖然としていた。

「仲間とはぐれちゃって、迷子になったのかもしれないよ」

「流石にそれはないと思う、どちらかと言うのなら召喚魔法で呼ばれてきた可能性の方が―――」

アリシアは、呟くようなアルフとプレシアさんの声を耳にして独自の推論を口にするのだけど、すぐにユーノによって打ち消され、もっとあり得そうなケースを語るユーノにしても話している途中で気付いたらしい。

「ならば、この奥にはガジェットを操る主犯格が居るかもしれない訳ですね」

「ガジェットを使い巷を騒がす賊か、退屈しのぎにはなり得そうよな」

不可視の剣を手にし鎧姿へと変わるセイバーとは対照的に、アサシンは使い慣れた長刀ではなく鈍らを取り出す。
まあ、見た目はいつもの着物姿だけど俺や遠坂とかと同じでバリアジャケットは透明にして展開しているのだと思う。
防護服を展開したセイバーにならい、俺も黒い胴鎧に赤い聖骸布で作られた外套を投影した上で展開する、見れば他の皆もそれぞれバリアジャケットの姿に変わっていて。
なのはは白い防護服にフェイトは黒色の防護服、ユーノは薄緑の防護服といった感じだ。
アリシアの防護服は神を模倣したモノではなく、動きやすい体操服姿となっていて大人形態だと目の毒に感じてしまうものの今は子供姿なので助っている、が。
アルフは人型でバリアジャケットを展開するとお腹や太股が露わになるし、プレシアさんの姿は黒いワンピースなんだろうけど、胸元や腰の辺りが大きく露出しているのでなんていうか目の毒だったりする。

「……でもさ、こんな地下に連中が集めてるようなロストロギアなんかがあるのかい?」

「こちらが思ってなくても、向こうはそう思ってないだけでしょ」

防護服に変わったアルフは僅かにプレシアさんへと視線を向けながら訊ねるが、プレシアさんは手にする鞭のようなデバイスを伸ばすよう感覚で杖へと変形させながらアルフの疑問に一つの見解を話す。

「万一を考え、アルフとユーノはなのは達が集中して撃てるようお願いします」

「まかせな」

「はい」

ミッドチルダ式という魔術は基本的に中遠距離向けである為か、セイバーはアルフとユーノに攻撃が及んだ時には壁役となって欲しいと頼み、特にユーノは自身が防御を主体とした使い手だと認識しているのでアルフ共々快く引き受けた。
そんななか―――

「確か、ガジェットにはAMF(アンチマギリングフィールド)って魔法防御があるんだったよね」

「うん、AAAランクだって」

「でも、様子見で一回は試してみた方がいいかもしれないね」

「そうだね、クロノは魔力弾の単体の射出は特殊な技術が必要だって言ってたけれど、確認はした方がいいと思う」

俺達がバリアジャケットを展開したのを機に二機のガジェットは向かって来ていて、なのはとフェイトはその二機に対し「シュートッ!」、「ファイアッ!」と杖を振り下ろし、二人から弧を描いて飛んだり高速飛翔する射出魔法が一発づつ放たれる。
俺は魔法弾に関しては基本的に双剣で切り払っていたから感じなかったが、なんでも二人が放つ射出魔法、ディバィンシューターとフォトンランサーは、持ち前の魔力量からかそれだけで並みの魔導師なら防御を貫いて倒しかねない威力があるとかいう話だ。
でも、ガジェットにはAMFという魔法防御かある為、その二つの魔法弾は触れる前にAMFの効果範囲に入り波紋のような揺らぎだけを残し形が崩れてしまう。
しかも、お返しとばかりに撃ち込まれたガジェットのうち一機のカメラだと思っていた箇所、胴体中央付近から光線が放たれてしまう。
しかし、放たれた光線は刹那に反応したセイバーに切り払われ俺達にまで届かず、そのまま魔力放出によるものなのか、相変わらずの人外としかいいようのない踏み込み速さで放った方のガジェットへと間合いを詰め「はぁぁぁっ!」と気迫と共に不可視の剣が振り下ろし。
もう一機のガジェットにしても、アサシンのデバイス鈍らの柄から瞬時に伸びた漆黒の刃により斬り捨てられていて、機体が分断されるような形で床に転がった二機のガジェットは、再び動き出す事はなかった。

「ふむ、魔力による刃というものは思いの外伸びるものだな」

「でも、使った後はメンテナンスしないと危ないからね」

「刀も手入れは必要だが、精密機械はそれ以上に手間がかかるという訳か―――そうそう上手くはいかないものだ」

残骸と化したガジェットに注意を払うセイバーをよそに、アサシンは振るった鈍らの感触を口にするが、製作者であるアリシアは擬似魔術回路という技術が使われている鈍らには使用後の整備は欠かせないものだから注意してほしいと語っていて、使い手のアサシンはそうそう都合良くはいかないものだと肩を竦めてしまう。

「あれが魔法効果を打ち消すって事なんだ」

「クロノが言ってたようにAMFには特殊な技術が必要なんだね」

放たれた弾体が脆くも崩れ去ったのを見て、なのはとフェイトはやはりガジェットには普通の魔力弾は通用しないのだと頷きあい。

「フェイトやなのはの魔力弾が通用しないとなると私のも難しいか……」

「僕も牽制程度にシュートバレットが使えるけど、なのはので通用しないのなら無理っぽいかな………」

「安心しなさい、要は使い方次第よ二人共。
直接的な威力は駄目だとしても、発生した効果、もしくは効果による影響―――そうね、例えばここなら天井に向け放てば崩れ落ちる石という効果による影響であの程度の強度なら壊せると思うわ」

アルフとユーノもまた、なのはとフェイトの魔力弾でも無効化された事から自分達のも通用しないだろうと気落ちしてしまうのだが、プレシアさんは要は使い方次第で如何にでもなると励ましていた。
でも、天井を崩すというのは飽くまでも例え話なんだと思いたい。

「しかし、問題はこのまま奥へ進むかどうかだ」

セイバーは次元世界という、俺達にとっては未知の技術で作られているガジェットを警戒している様子で、倒した二機の傍で様子を探っていたが再度動く気配がない事から振向き戻るも、その後ろには光る数個の球、探知魔術のサーチャーが代わりに奥へ向って行く。

「地上本部とやらにだが、犯人の首級を土産に趣けば歓迎されるのではないか?」

「……首級って、殺しちゃ不味いだろ?」

「シロウの言う通りだ。
死人は何も語らない、他にも仲間が居た場合やガジェットの種類に量などを吐かせるには生かしたままの方が都合がいい」

「なるほど、デバイスに非殺傷という機能があるのはその為か」

歩いて来るセイバーに、アサシンは犯人の首を手土産にすれば管理局側の印象が良くなるんじゃないかとかトンでも発言をするけど、法治国家で人殺しをすれば殺人罪にしかならないから俺達がこの世界の管理局に追われてしまうだけだ。
俺とセイバーに止められたアサシンは今更ながらに感心している様だが、アサシンの言動を聞いていたアルフとユーノは「首って……もしかして、第九十七管理外世界って結構危ない所だったのかね」とか「う~ん、なのはの周辺は僕から見ても違和感はなかったから地方の風習とかいうヤツじゃ……」とか囁き合っている、でもアサシンの言動は生前というか、アサシンの居た時代ではそれが常識だったと思うし、詳しく説明するとなれば聖杯戦争の話からしなければならなくなってしまうから、このまま誤解させたままにするしかない、か。
とはいえ、この地下通路はブロック毎に分れていて幾つもの道が交差しているから、この先にガジェットが居るとなると何処に犯人が居るのか見極めるのは難しい、だけど誰もが通りそうな地下通路にガジェットなんかがいるのは危険極まりない状況だ。
俺は念の為と投影していた双剣を消し、弓の他に射出用に幾つかの剣を待機させたまま奥にジッと視線を向けるが、直線なら兎も角、横道にそれてしまうと如何しようもない、やはり捜すならセイバーが行なった様にサーチャーを展開しながら探す方が効率が良さそうだ。

「ここからは俺とセイバーで行く、なのは達は危ないからそこで待っててくれないか?」

俺はセイバーに視線を向け、セイバーが軽く頷きを返すと後ろを振向いた。
なのは、フェイト、ユーノの三人はまだまだ子供だ、アリシアにしたってアヴァターでは大人形態であったのと総力戦的な状況から争いというか戦争にまで参加させてしまったけれど、ここミッドチルダは戦わなければ生き残れないような所じゃないんだ、小さい子供を戦いに巻き込むわけにはいかない。
そう思って俺は口にしたのだけど―――

「でも、今の時点ではガジェットの数だって判ってないんですよ。
もし二人で向ったとして、囲まれてしまうような状況に陥ってしまったら大変だと思うんです、もしもに備えるなら私達も居た方がいいと思うんですが?」

「それに、人数が多ければペアに分かれるなり出来るから、その場での対応も出来やすくなると思う」

「む……」

俺の言葉はなのはとフェイトの二人に論破されてしまう。
なのはの言う通り、集団で行動していれば仮にガジェットが多方向から来たとしても対応は楽になるし、フェイトの言う通り幾つかルートがあったとしたらペアで動けば見つけやすいのは確かだから。

「どうやらシロウの負けのようですね」

「負けもなにも、子供達を危険に曝すのはよくないだろ、出来るのならここはアサシンに任せて俺とセイバーでガジェットに向いたかったんだけど……」

「しかし、幼いながらもなのはとフェイトには戦士としての自覚が十分にある―――子供達を危険に曝させたくないというシロウの考えは判りますが、それは彼女達を侮辱する行いだ」

「そいうものなのか………」

俺としては幾ら魔導師として優秀だとしても、実際の戦いは雄叫びと悲鳴が飛び交い、血や肉が飛び散る悲惨なものだから子供達にはそんな事に関わらせたくないんだが……

「でも、貴方の言うのは正しいと思うわ。
情報屋の彼が見つかればよかったのだけど、そう上手くは行かないみたいだから今日はこの辺で戻りましょう」

子供達を連れて行くべきか行かないべきか迷っていたら、プレシアさんは俺の言い分も正しいと認めた上で今日の処はこれで終わりにしようと言ってくる。
でも―――

「このままガジェットを放って置くのも問題だぞ」

「大丈夫よ。
巡回の警邏隊が異常な反応を見つけてる頃でしょうから、むしろこの辺が騒がしくなる前に私達も退散するべきね」

「要は公務の邪魔をするなという事か」

「ええ。それに、余計な真似をして管理局に目をつけられたくはないもの」

ガジェットを放置するのは危険という俺に、プレシアさんは巡回している警邏がいるから心配する必要はないと返し、それを聞いていたアサシンは俺達がこのまま奥に行けば局員達の仕事を邪魔になると判断したらしくプレシアさんも同意を示す。
そうか、警邏というのが局員なのかパトロールをしている警備員なのかは判らないが、例え警備員だとしても管理局に通報されている筈だ。
それなのに俺達がガジェットと戦っていたりすれば、管理局の人達から見れば現場に横槍を入れる邪魔者に感じられるだろう―――っ、ここは俺達の世界よりも文明が進んだミッドチルダなんだ、何らかの異常があればすぐに判る筈だし、俺なんかが余計な事をすれば現場を混乱させてしまうだけなのかもしれないな。

「……解った、そういう事ならこれ以上は不味いか」

「うん。近くのお店に行っておやつにしよう―――と、その前に」

俺が自分の考えのなさを痛感していると、アリシアは近くの喫茶店か何処かで一息つこうと提案するものの、途中で何かに気付いたのかガジェットの残骸を見やると二機のガジェットの残骸が消え。

「ガジェットの残骸なんかどうするんだ」

「これって、沢山作られてるみたいだから生産性とかも良いみたいだし、使える技術とかも多そうだから向こうの世界に戻ったらマリーさんに調べてもらおうと思うんだよ」

「そうね、十年もの歳月が経っている世界だから新しい技術が組み込まれていても不思議じゃないわ」

アリシアが倉庫にしてる空間だかに転移したみたいなので聞いてみたら、アリシアは向こうの世界のマリーさんへの土産にするつもりらしい、それに研究者でもあるプレシアさんも賛成しているようだし、この世界に現れたって事は向こうの世界でも十年後にはガジェットは現れるだろうから今のうちに調べられるのなら持って行った方がいいのは確かか。
これはテレビでの情報でしかないけど、ガジェットには三つのタイプがあるそうで、先程の円筒形の二機はⅠ型と呼ばれるタイプ、他にも飛行機のような形をしたⅡ型に、大人の倍はあるだろう大きさをした丸いⅢ型があるという話だ。
最近、頻繁に現れるのは主にⅠ型らしいけれど、海上ではⅡ型も何度か現れたらしいし、Ⅲ型にしてもその巨体からして運用し辛いのか滅多に現れる事はないそうだけど性能はⅠ型よりも高いそうだから注意しなければならない。

「では、巻き込まれないうちに我々も引き上げましょ―――っ!?」

セイバーの言葉に俺達はそれぞれ返すなり頷くなりするのだけど、言い終える前に後ろを振向くセイバーの表情は引き締まっていて。

「先程のと同じタイプのガジェットが三機来ます」

少し前に奥の様子を探りに向わせたサーチャーからの情報なのか、セイバーは奥に視線を向け少し経ってから三機のガジェットが姿を現す。
しかし―――

「丁度良いわ。よく見ておきなさい、これが魔法の効果というものよ」

言うが速いかプレシアさんの向ける杖の先からは紫電が迸り、通路一杯に広がった雷による衝撃と轟音が収ってみれば三機のガジェットは壁に埋もれるような状態で動かなくなっていた。

「今のは電撃の電流と電圧でもって倒したの。
電圧の衝撃に許容量を超えた電流はガジェットのような機械にとって大敵、例え外側は無傷に見えたとしても内部の部品は機能を失ってしまうわ」

「凄いや母さん」

「ちゃんとAMFにも魔法は通じるんですね」

アリシアが「ガジェット三機追加」と口にしながら壊れたガジェットを倉庫にしている空間に送るなか、プレシアさんはAMFにもつけ入る隙は十分あると語っていて、聞いていたフェイトとなのはは素直に感心している。

「あのAMFをああも簡単に攻略するなんて、流石に大魔導師って言われるだけはあるよ」

「そりゃあね、なにせフェイトの母親だし」

AMFの穴を容易に看破してしまったプレシアにユーノは賞賛を送り、それを耳にしたアルフは自分の事のように喜んでいた。

「しかし、外部を壊すのではなく内側を焼いて壊すか―――魔法というのは随分器用な真似が出来るものよ」

「ええ、それに見たところガジェットには電化製品にはついている筈のアース線もないようですから過度の電流には特に弱いのでしょう」

雷撃による内部破壊に興味を示すアサシンにセイバーは新都の電気店で見たのか、電化製品なら過電流を逃がすアース線とかがあるが、見たところガジェットにはそれらしい部分はないので過度の電流が流れた場合に回線は焼き切れてしてしまうのを見抜いたプレシアさんの慧眼を賞賛している。

「じゃあ、これ以上はここにいる意味もないから戻りましょう」

「そうしましょう。しかし、魔法を無効化するAMFを相手に、その欠点を突くとは……やはりミッド式というのは奥が深い」

そう口にし来た道を戻るプレシアさんにアリシアやフェイト、なのは達は「は~い」と答えながら続き、セイバーも先程の雷撃の魔術を目の当たりにしたは感想を漏らす。
とはいえ、俺の場合はそのミッド式にしても魔力量の問題や集束させるのも結構大変だったりするから……多分、ガジェットに相手にミッド式だけ挑めば勝ち目は薄い。
対人戦闘ではミッド式の非殺傷の業は魅力的だけど、やはり……俺にはアーチャーの言う通り剣製を使いこなす必要があるようだ。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第14話


このホテルに泊まる際、四人部屋二つと三人部屋一つに宿泊した私達は四人部屋の一室に集まり私やセイバーさん、なのはさんにフェイトさん等の女性陣は柔かいベッドを椅子の代わりにして座っていて、ポチは私の膝の上に、お兄ちゃんやクロノさん、アサシンさんにユーノさんは椅子を持ってきて座っている。
凛さんとクロノさん、アーチャーさんの三人が戻って来たのは、喫茶店で一休みした私達がホテルに戻って少しした頃の事で、戻るなり私達をこの部屋に集めた凛さんとクロノさんは、この世界のフェイトさんの居場所を見つけたと教えてくれた。

「機動六課?」

「ああ。正確には古代遺物管理部機動六課という名称だが、この世界のフェイトは現在その部隊に出向している」

「それから、衛宮君のところのアリシアと同じく養子縁組でリンディさんの養子になっているから悪いようにはなってないでしょうね」

アーチャーさんが淹れた紅茶を飲みながら聞き返す私に、クロノさんと凛さんはこの世界のフェイトさんの消息について話してくれていて。

「そう……この世界のフェイトが辛い目にあってなくてよかったわ」

「でも、リンディさんの養子か」

「事件で母を失った子供を放ってはおけないのは、リンディ提督らしいといえます」

話を聞き入っていたお母さんは胸をホッと撫で下ろし、お兄ちゃんはとセイバーさんは養子縁組をしたリンディさんについて話す。

「―――て、事は。この世界だとクロノがフェイトの家族になるのかい?」

「少し気恥ずかしいかな……」

「………いや、それはこの世界での出来事で君達にはちゃんと母親がいるだろう?」

リンディさんの養子になるという意外な話しに、アルフさんとフェイトさんは目を丸くしている様子、けれど言われたクロノさんからはなんていうかげんなりした空気が漂っていた。

「そうだね、この世界のフェイトちゃんとアリシアちゃんはお母さんを亡くしちゃったんだよね」

「聞く限りは刃物を手にした男の犯行という話だが―――言峰神父からは捕まえたという話は聞いていない、な」

「ええ、セカンドオーナーとして協会の方にも確認しているけど、あの時に派遣された執行者はバゼット・フラガ・マクレミッツただ一人。
でも、そもそも彼女は女性だし……あの頃は重症を負ってたって話しだから無理があるわ。
(地上本部で見た映像を見る限りプレシア・テスタロッサを殺せるとしたら余程の執行者か埋葬機関、もしくは死徒二十七祖位じゃないと難しい感じだし。
しかも、殺された方のプレシアは魔法に至った魔導師ときた………そいつが何者かは知らないけれど、魔法使いすら殺せた男を殺すとなれば神霊級のアリシアが始末したと考える方が辻褄が合うのよね)」

悲しそうな目をして口にするなのはさんの言葉に、アサシンさんはかつて聖杯戦争を円滑に行なわせようとしていた監督役の神父さんも情報を掴めていないと語り、冬木の管理者である凛さんにしても犯人の目星はついていないと話す。
実は男の人の名は当真大河といって、ある神の座にやって来た救世主なんだけれど、お兄ちゃんと初めて会った時の話し方が悪かったのか殺人事件の犯人にされてしまったんだ。
それを利用した私にも責任はあるし、悪い事をしたなとは思うけど、一度嘘をついたのならつき通さないといけないもの。
捜索には魔術協会と聖堂教会が協力してくれるとはいえ、当真大河がいるのは別の枝の神の座だから見つけられない筈だし、例え嘘だとしてもつき通すしかない。

「それはそうと、君達も何処かに出かけていたみたいだが何所に行ってたんだ?」

「よくわかるな」

「そりゃあね。思ったよりも遅くなりそうだったから連絡を入れたら、フロントに出かけてるって告げられたんだもの」

「本来ならもう少し早く戻れたのだが、生憎とガジェットが現れた事でレールウェイが止まってしまってな」

暗い話になるので話の流れを変えようとしたのかクロノさんは私達の方を見渡し口にすると、質問を聞いたお兄ちゃんが驚くというよりは感心したような様子で舌を巻くなか、その理由を凛さんは告げアーチャーさんが付加える。

「まったくだ。よりにもよって街の中に現れるなんて、ミッドチルダの治安は一体どうなっているんだ」

アーチャーさんの言葉に顔を顰めるクロノさんはテレビをつけ、映された画面のなかではマイクを手にしたアナウンサーが街中に突如あらわれたガジェットについて語っていた。

「やっぱりというか、大事になってるみたいだね」

「そうだね」

映し出される映像を見つめるアルフさんは、地下通路に現れたガジェットを思い出しているか呟き、なのはさんも相槌を打つ。

「そうだ。気になって調べてみたら、あの地下通路は何年か前に改修工事が予定されていて、それまであった色々なテナントは一時的に別の場所へ移転したそうだけど、その後に起きた空港火災の影響で財政難に陥ったからそのままにされているそうだよ」

「それで人影がなかったんだ」

「成る程、シャッターの閉まった商店街程人気がない所はないでしょう……」

あの地下通路に人気がなかったのを訝しんだユーノさんは、いつの間に調べたのか街中の地下だというのに人気がなかった理由を語るとフェイトさんとセイバーさんはそうだったんだといった納得の表情を見せた。

「―――っ、まってくれ」

けど、何か引っ掛るような事でもあったのかクロノさんは難しい顔つきになり。

「今、人影がないとか人気がないとか言ったが―――まさかアレは君達の仕業って事はないだろうな?」

「まあ、確かに現場にいはいたけど……」

「仕業というより、襲われたというのが正しいわ」

私達を見回すクロノさんにユーノさんとお母さんは何処か歯切れの悪い口調で返事を返す。

「よもや現場にいたとはな」

「実はプレシアが知る情報屋がいるかもしれないという話で、あの現場まで足を踏み入れたのですが……」

「人っ子一人として見かけなかったものよ」

呆れるように漏らすアーチャーさんの言葉に、セイバーさんが訳を話し、アサシンさんは結果だけを述べる。

「情報屋か。まあ、この世界は僕達の世界から十年は経っている世界だから足を洗うなり、別の場所に移るなりしたのだろうけど、それはこの世界のフェイトの情報を手にする為か?」

「そうよ、この世界のフェイトについて手掛かりになればと思って」

「何もしないよりはマシかなとも思ったしね」

「君達は……」

相変わらず難しい顔をするクロノさんに、お母さんとアルフさんが返すとクロノさんは手で額を押さえだす。

「そうだ、壊れてるけど幾つかガジェットを拾ったんだよ」

「本当か!?」

「ふふん、実は襲ってきたガジェットの他にも、ポチに頼んで壊れた残骸を集めるように頼んでおいたから十分な量があると思うよ」

「………いや、そういうのは捜査の妨害になるから止めてくれないか」

ガジェットについて興味があった私は回収した事を告げると、クロノさんは目を見開くものの局員さん達の迷惑になるから止めるよう言われてしまった。
どうせ壊れてるから要らないと思って、ポチには見つからないようこっそり集めてもらったんだけど、頭を抱えてるクロノさんを見る限りそういった事は良くないみたいだから、次からは近くの局員さんに声をかけてから拾う事にしよう。

「そういえば、ポチが言うには残骸を集めていたら地面の中を移動する人がいたって話しだよ」

「地面の中を移動する……そんなのもミッド式にあるのか?」

「この世界は僕達の世界と比べ十年もの差があるから何ともいえないが、もしかすると魔法じゃなくレアスキルの一種なのかもしれない。
そして、それが犯人達使った手口だとすれば現れたガジェットは召喚魔法や転移魔法じゃなくその技術で街中まで来た可能性が高いな」

ガジェットを集めてたポチが言うには「何か人型のモノが、同じようなナニカと一緒に何機かのガジェットと共に泳いで行った」とかいう話を思い出したので話してみたら、お兄ちゃんも魔法にはポチみたいに地中を移動する術があるのかと訊ねたものの、クロノさんは十年間の間にそういった魔法が作られたか特殊技能の一つかもしれないと口にする。

「でも、地面の中を移動するなんて相手の意表を突けるかもしれないけど、移動速度は速いとは思えないから手段としての効率はお世辞にもいいとはいえないわね」

「そうね。手口さえ解っていれば対処法も幾つかあるでしょうから何度も使える手じゃないのは確か―――でも、問題なのはその奇策ともいえる手がいつ来るのか予想がつかない事ね」

「成る程、強襲と奇襲とでは状況が異なりますから」

凛さんはアーチャーさんが淹れてくれた紅茶を口にしながら、地中移動に関しての難点を告げ、お母さんも肯定するものの、地中にいる相手を捕捉出来なければ結局は不意を突かれてしまうと語り、セイバーさんも相手が近くに居るのを知る状況と知らない状況では対応に違いが出て来ると言う。

「だけど、一番の厄介なのはその犯人が召喚魔法を扱える術者を連れていれば、移動しながら召喚を繰り返せられるから位置を絞らせずにガジェットを召喚し続けられるという事か………危険だな」

「地面のなかだと管理局のセンサーでも捕らえられないんですか?」

「難しいな、魔力反応を辿る事が出来れば捕捉出来るだろうけど、その辺は犯人も解ってるだろうから何かしらの対策をしていても不思議じゃない」

クロノさんは地中移動の能力を持つ人が、召喚魔法を使える術者と一緒になれば大変だと語るなか、なのはさんは何らかの反応で見つけられないかと質問するものの、クロノさんは犯人側もそれは知っているだろうから難しいと返す。

「試した事はないけど、地表付近ならエリアサーチで見つけられそう、でも地中深くまで潜られたら難しいかな」

「遺跡の調査みたいに、地道に音とかを頼りに対応するのはどうかな?」

「そりゃあ、管理局だって反応がなければ対処のしよがないから何らかの手を打つだろうけど四六時中ってのはどうだか……」

「それもそうか……」

「それでも何とかしなければならないのが僕達の役割だ」

フェイトさんはジュエルシードを捜索する際に使っていた探知魔法をあげるけど限界はあると口にし、ユーノさんは遺跡調査の経験から有効そうな方法を提案する。
けど、アルフさんが人材不足が悩みの管理局では、一日中地面の音を聞いているのは無理があるだろうって指摘するとユーノさんも納得してしまい、有効な対策が思いつかないなか治安を守る公務員の辛さか、クロノさんはそれでも何らかの手立てを講じなければならないと難しそうな顔をしながら口にした。
ん~、この世界のフェイトさんは管理局に勤めてるから私も何か協力したいけど、ポチに頼んだとしてもクラナガン全域を対象にするのは無理があるし、かといって私の本体で監視するのも何か間違っていると思う。
まあ、それでも―――

「フェイトさんの居場所が判ってよかったよ」

安心した私の言葉にお兄ちゃんとセイバーさんは「そうだな」、「ええ」と微笑み。

「後は会って話すだけだね」

私と同じく、安堵の表情を浮べるフェイトさんがそう口にした時―――

「それは少し待った方がいいわ」

突然、凛さんに待ったをかけられた。

「何でだ遠坂?」

「機動六課という組織の成り立ちが妙に引っ掛るのよ」

「どういう事?」

この世界のフェイトさんに会うのを止める凛さんにお兄ちゃんは聞き返し、凛さんが機動六課には何かあると告げるとお母さんも表情を曇らせる。

「先ず地上の治安を守る地上部隊に喧嘩でも売ってんじゃないかって構成なの」

「各部隊には、保有出来る魔導師を均等に配置させる為にランクの総計規模が定められているんだ。
でも、この機動六課という部隊は部隊長、分隊長及び副隊長にまで能力限定リミッターが設定されて魔力の出力が抑えられている―――どう考えてもいわくありげな部隊にしか見えない」

凛さんの話しをクロノさんは補足して。

「それに、地上はランクが高い局員は少ないのにも関わらず、わざわざ魔力を制限してまで構成してるから地上部隊からしてみればいい感じはしないでしょうし。
ましてや、自分達の縄張りに突然現れたのにも関わらず、この遺失物はお前達には手に余る代物だから私達に任せるようにって言われたら、入念に根回しとかしてないと地上部隊からは総すかんを食らうでしょうね」

「局員とて人間だ。自分達が守ってきた所に突然現れ、本来ならする必要が無い魔力まで抑えているとなれば厭味にも感じるだろうよ」

「まあ、そういう事で地上本部からも目をつけられているだろうから、せめて公開意見陳述会が終った後にした方がいい。
終れば、この世界の母さんの居場所は判っているから連絡を取るつもりだ」

話を続ける凛さんの言葉にアーチャーさんも地上部隊員達がどう思うのか付加え、クロノさんは何をするとしても公開意見陳述会の後にした方が無難だろうと告げた。

「そう………下手に私達が動けば、この世界のフェイトや同僚の人達にも迷惑がかかるのは解ったわ」

「折角見つかったっていうのに、そういう話なら仕方ないか……」

凛さんとクロノさん、アーチャーさんの話しにお母さんとアルフさんはもどかしい感じを受けつつも納得したみたいだ。

「因みに、その機動六課にはこの世界のなのはも居るわ」

「え―――っ!?」

凛さんの話はまだ続きがあって、機動六課にこの世界のなのはさんが居ると告げると当然の如くなのはさんは目を丸くする。

「それも、エース・オブ・エースとか言われてるトンでもだったし」

「本局武装隊。しかも、航空戦技教導隊という超一流の魔導師の一人になっている」

「まだ私はどうしようか迷うけど、この世界の私は魔導師になるのを選んだんだ」

「なのはなら管理局の魔導師になっても大成するだろうとは予想してたけれど、まさか戦技教導隊にまでなんて思わなかったよ」

紅茶を口にしつつ唇を操る凛さんの言葉にクロノさんは何処の所属かを加え、それを聞いたなのはさんはやや照れるようにはにかみ、ユーノさんはなのはさんの予想外の力量に驚いているよう。
話は次第に移り変わって雑談となり始めた頃、部屋の電話が鳴りホテルから食事の用意が出来たと告げられたので話を止めた私達は食堂へと向う。
今日泊まっているこのホテルは、レストランが併設されているような大きい造りのホテルではないので食事は予めホテルに注文するようになっている。
というのも、この世界ではお金を増やせそうな仕事を得るのは難しいし、頼りとするお金には限りがあるんだ、だからこそ、この世界のフェイトさんが見つかるまで出来るだけ節約しようという考えになって小規模のホテルに泊まるようにしていた。
アルトセイム地方で泊まったホテルは新鮮な山や川の幸がよかったけれど、このホテルは海側に近いこともあってか主に海の幸の料理がとても美味しい。
でも、店員さんの話を聞く限り本来なら今のシーズンは海水浴客で賑わうそうだけど、ガジェットによる騒動の影響で海水浴目当てに来る旅行客の客足は悪化していて厳しいみたいだ。

「ところで、なのは。
公開意見陳述会まで一ヶ月近いけど、もし、寂しいようなら元の世界に送るようにするけどどうする?」

そんななか、お兄ちゃんは公開意見陳述会まで一ヶ月程もある事から、なのはさんが元の世界や家族を恋しくないか訊ねるのだけど。

「大丈夫です。折角、この世界のフェイトちゃんが見つかったんです、迷惑じゃなければ一緒にいさせて下さい」

なのはさんは「それに」と区切り。

「私にとっての魔法についても考えたいし、この世界の私がどんな考えなのかも興味がありますから」

照れているのか、頬をやや紅く染めながら笑みを浮べる。

「そうか、それならいいんだ。
まあ、実際に送るのはアリシアだけど、もし戻りたくなったら言ってくれ、俺からもアリシアに頼むから」

「でも、聞く限りアリシアの多元世界を移動する魔法って、元の世界とこの世界の時間の流れを共有させてない魔法だから、この世界なら幾ら練習に時間を割いたとしても元の世界に戻れば時間は経過していないような感じなんでしょ?」

「うん。だって、別の世界に行って戻って来た時に成長してたら学校に行くときに大変だよ」

「だったら、魔法の練習に時間が多く割けれるからなのはにとっても悪い話じゃないと思うんだ」

「考えてみれば魔法の練習をするだけならいい環境なのかも」

「そうだね、万一に備えてガジェットの対策もした方がいいみたいだし」

なのはさんの言葉に、お兄ちゃんは考え過ぎだたかなと思ったようだけど寂しいようなら私に元の世界に送らせるからと口にする。
すると、ユーノさんはこの世界で過ごした時間は元の世界と繋がりがないないのを確認して、私が答えたらユーノさんは魔法の練習するにはいいかもしれないと語り、なのはさんにフェイトさんにとっても悪い環境ではないようだと頷きを入れた。
方針が決まった私達はクラナガンの海沿いにあるこのホテルを拠点として、公開意見陳述会が終ったとしても直に会いに行くのは難しいようなので念の為に一週間程の日数を含めた期間を改めてホテル側に申し込む。
次の日の朝から、元の世界に戻った時に勉強不足にならないようお母さんや凛さんからお勉強を教わり、午後はお母さんとクロノさんからミッド式の基礎から万一ガジェットに襲われるケースを考えAMFの対策を学ぶようになる。
疲れてホテルに戻って、お風呂とご飯を食べ、疲れを残さないよう、よく眠って次の朝には回復させ再びお勉強と魔法の練習を繰り返した。
そんななか、クロノさんから擬似リンカーコアシステムの技術について向こうの世界に戻ったらレジアス中将って人と会って欲しいと言われたりや。
私とお兄ちゃんにお母さんは時間を割き、回収したガジェットⅠ型の残骸から使える部品やプログラムを解析しながら、AMFの出力やガジェットそのものの性能を調べながら一機を組上げたりしてみる。
組上げたとはいっても、襲いかかったりしないようにプログラムは書き換えているので大丈夫だと思うし、その過程でガジェットⅠ型には触手のようなケーブル状の腕があり、そのケーブル状の腕を使って他の電子機器のプログラムに侵入するなど結構器用な印象を受け。
Ⅲ型のガジェットも回収しているので調べてみたけど、変な脚がついている事や、そもそも数が少ないので部品が足りず残念ながらⅢ型は組上げるのは無理があった。
でも、大まかな性能に関しては解り、Ⅰ型よりも大きい事から近接戦闘用のベルトアームは力強く遠くまで伸び、表面を覆う装甲も厚いばかりか、搭載されている光線の威力や、なにより局員さん達を悩ませるAMFの出力はⅠ型よりも遥かに高い。
この事から、Ⅰ型は多目的に運用する概念で作られ、Ⅲ型は主に戦闘を目的とした作りなんだろうと解った。
それに、ガジェットの主力兵器になる光線にしても、放つ時には発射口のレンズに光が点ったりや、発射口を相手に固定するのに僅かながら動きが直線的になるので慣れてしまえば避けるのは難しくなさそう。
まあ、その辺は作った人も解っているのか射撃の際の隙は数で誤魔化しているみたいだね。
そんな感じに、元となるガジェットの性能が解ると対策は容易に進み、AMFにも濃度というのがあるのが判ってガジェットが密集した場合は濃度が上がってしまう。
そんな訳から、魔力変換をしない純粋魔力による攻撃は余程集束させなければ難しいのが判って変換能力を持たないなのはさんにクロノさんやユーノさんは魔力弾の弾体に膜状のバリアを追加する方法やら、威力こそ弱くなるものの高速で速射出来る砲撃魔法を教えていて。
それらの魔法を、ガジェットからAMFに関する部品だけを集め組上げた装置でAMFを貫けるか検証してみたりする。
アサシンさんのデバイス、鈍らもどうやらAMFの影響を受けるようだけど、AMFという魔力の結合を阻害するエネルギーも鈍らは吸収するようなので大した問題にはならないようだし、セイバーさんにお兄ちゃん、アーチャーさんは元々物理攻撃なのでAMFの影響はほとんどない。
凛さんの場合は、様々な変換能力を用いつつも生成したベルカ式のカートリッジをばら撒いて術式を展開し、展開された術式はそれぞれが互いに補強しあうような複合魔法であると同時に物理攻撃へと様変わりしているので影響は少ない。
私も、取りあえずAMFの構成が解ったので対AMF用の阻害魔法、CAMF(カウンターアンチマギリングフィールド)を作ってガジェットが現れたら嫌がらせをしてみようと思う。
そんな感じに、もしもの為のガジェット対策をしていたら一ヶ月近い日々なんてすぐに過ぎ去ってしまい公開意見陳述会が開かれる日となった。



[18329] リリカル編15
Name: よよよ◆fa770ebd ID:ff745662
Date: 2013/09/27 19:33

布が擦れあわさる音によって目を覚ました僕は、まだ眠い目を擦りながらベットから身を起し眠りを妨げた音の発生源へと視線を向ける。
そこには、寝巻きから普段着へと着替えをしているユーノがいて。

「ごめん、起こしちゃったかい?」

「気にしないでくれ、どうせ早いか遅いかの違いだ」

ユーノの方も僕に気がつき、起こしてしまった事を謝る、いや、そもそも僕は身を起こしているんだから気がついて当たり前か、まだ頭は回っていないようだ。
時計を見やれば、時刻を示す針はまだ四時と五時の間を指し示している。
やや頭がボーとするなか、なのはの練習につきあうユーノを見送り、見回せば他のベッドに衛宮士郎やアサシンの姿なかった。
ホテルに宿泊している割に僕達の朝は早い。
そういうのも、僕達の部屋はユーノに衛宮士郎、アサシンの四人で、ユーノはなのはの朝錬につき合っているうちに早起きになったそうだが、衛宮士郎は元の世界でセイバーやアリシアの朝食を準備しているのが彼という話のせいか、ホテル住まいでも習慣から早く、アサシンにしても日が落ちたら寝て、昇ると同時に起きる生活が基本だったそうだから起床する時間はなのはやユーノと同じくらいになる。
そんなアサシンに衛宮士郎はつき合うので、初めのうちはホテルに宿泊するという事で六時くらいに起きていた彼だったが、今ではアサシンと同じく五時前には起きて近くの公園にて剣の練習を行なっているそうだ。
公園に行くのはなのはとユーノの他に、フェイトとアルフも参加しているので、今では大魔導師であるプレシアが教師役として四人の面倒を見ている。
まあ、ホテル側にしてもフロントやルームサービスが始まるのが八時以降だけど、正面のドアは自動ロック式なのでチェックインした時に渡されたカードキーを使って出入りできるから問題はないだろうし、早朝から鍛練に明け暮れるような珍客とはいえ、数日も経てば従業員の方も慣れ、一ヶ月も経った今では変わった客程度の印象でしかないだろうな。
目を覚ました僕は部屋の洗面台で洗面を済ませ着替えると、部屋に据え置かれた冷蔵庫から飲み物を片手に端末を動かし、空間モニターの画面を表示させた。
映し出される画面からは、大手新聞社のミッドチルダ・トゥディやクラナガン・ポストなどの記事が並び、大まかに目を通しても一面を飾る記事はアインヘリアルについての賛否ばかりのようだ。
しかし、賛成、反対に関わらず記者の署名が入る記事からは取材を重ねたのが解り記者達の肉声が見て取れるので信頼出来る内容だ。
……そういえば、ジュエルシードの捜査の時に現地で出版されている新聞から何かしら情報を得れないか試みたのだけど、記事には記者の署名は無いし、匿名のコメントが多過ぎて信用していいのか判断が難しかったのを思い出してしまう。
しかも、一見して中立的な立場から書かれているように見えなくもないが情報を故意にぼやかしたりする印象も受けたし、あれならまだ週刊誌とか呼ばれる情報誌の方が役に立つ感じがしなくもない。
まあ、世界が違ったとしてもジャーナリズムの基本は悪に対する怒り、即ち社会正義の概念だから間違ってもサラリーマン的に当局が発表した内容だけを記事にする等という愚行はしないだろう。
これも文化・文明の差なんだろうと考え、ふと時計を見やれば針は六時近くを示していた。
都心部という転移魔法が制限されている場所から離れた郊外に立地するこのホテルは、小規模とはいえ窓から見える眺望は悪くない、しかし、基本的に寝る為の部屋よりも開放感のあるロビー方が落ち着けるので足を向ける。
僕がロビーに向うとセイバーの姿を見かけ互いに朝の挨拶を交わしあい、セイバーの手にはタイムズ紙という大手報道機関の一つから出されている紙面が広げられていて、セイバーも僕と同じく公開意見陳述会に感心が高い様子が窺えた。

「君はアインヘリアルについてどう思う」

一階のロビーには大型のテーブルを囲むようにしてソファが並び、据え置かれている無料のコーヒーサーバーや自動販売機があるので飲み物に関して問題ない、取りあえずコーヒーを淹れた僕はセイバーへと視線を向け訊ねてみる。

「そうですね、大型の兵器とはいえ何故ミッドチルダの人々が反対するのかが私には解りかねている処です」

「まあ、君達の世界は様々な質量兵器が溢れているからそう思うんだろうな」

隣のソファに腰を下ろし答える。

「いえ、そもそもミッドチルダには空を護る航空魔導師はいますが、更に上の宇宙……せめて衛星軌道上までは防衛圏としなければならない筈だ」

「犯罪組織の中にも次元航行船を持つ者達はいるけど、流石に宇宙での活動は考えてないんじゃないか?
それに、もし何かしらの動きがあったら最寄の艦隊に連絡が入るし、本局からだって三時間程でミッドチルダに到達出来るから心配する必要はない筈だ」

「そうですか。私が敵対する勢力ならば何らかの方法でセンサーを誤魔化すか陽動を行い、その隙に採掘した資源を撃ち出すマスドライバーという物を月に配置するなりして、採掘した岩石をそのまま撃ち込み要求を通そうとします。
それでも此方の要求を呑まないのなら、必要とあれば小惑星に直接エンジンを取り付け落とす事も考えますが?」

「………怖い人だな君は」

マスドライバーという機材は小惑星などから採掘した資源を撃ち出して移動させる機材の事であり、転送魔法が使える魔導師が少ない地域では船による運送に比べコストやメンテナンスの面からも秀でていたりするが、それを兵器として運用するとは思いもしなかった。
しかも、セイバーの言う手口なら犯人側に重要なのはマスドライバーのみでだから、宇宙用に作られた傀儡兵や数隻の艦船で護りを固められれば容易には崩せない。
そればかりか、地上部隊、航空隊共に役に立たず、業を煮やした犯人側が小惑星をミッドチルダに落しでもしたら本局の艦隊が間に合ったとしても破片は重力で落ち、ミッドチルダは壊滅するか、しなくても甚大な被害が出るのは確かだ。

「私でさえこの様な考えに至れるのですから、ミッドチルダに暮らす人々の事を思えば有無どころかアインヘリアルの存在は不可欠といえ。
そればかりか、衛星軌道上に要塞か何かしらの防衛拠点を造るべきかと考えます」

「そうか、発想からして僕達とは違うんだな君達は………」

「ええ、私の故郷は絶えず海の先から侵略を受けて来ましたから、国を護るという話で三時間も空白の時間が生じれば取り返しの出来ない事態になる」

「何事も経験からか……」

次元航行船を持つ犯罪組織対策としてアインヘリアルの有用性を訴える記事とかは目にしたけれど、大気圏外からの攻撃に対抗する為の防衛手段とはどの新聞も目をつけていない。
それは即ち、丹念に取材したジャーナリストという専門家達ばかりか局員である僕ですら想像もしない犯罪があり得るという事を意味している。
セイバーの言うゾッと背筋が寒くなるような話に、気がつけば手のひらに汗がにじみ、落ち着きを取戻そうとチラリと窓から外を見やれば青く澄んだ空と海が覗かせていた。

「そういえば、遠坂凛とアリシアはまだ寝ているのか?」

そう言うものの、まだ時刻は六時を回ったばかりだ。
ホテルで寝泊りしているのなら決して遅い時間とはいい辛いが、アインヘリアルの件であまりの認識の差に打ちのめされた僕は話を変えてみる。

「いえ、私が部屋から出る頃には二人共起き始めていましたからそろそろでしょう」

そこまで口にするセイバーは「ただ……」と言いよどみ。

「凛は朝に弱いですから」

「………まあ、一ヶ月近く一緒にいるから薄々は気付いていたけど」

ホテル住まいで毎日が日曜日な僕達だけど、なのはやフェイト、ユーノや衛宮士郎、アサシンのように朝から練習を行なっている者達もいるから朝食はだいたい七時半くらいとなっていた。
しかし、遠坂凛は朝は食べない主義とかいうので朝食は摂らず、初めのうちは調子が悪いのかと心配もしたけど如何やら違う様子から、朝は食欲が湧かないのだと判断している。
朝食を摂らないのは体に悪そうだが、無理に食べさても悪いので彼女の判断に任せているが、それは即ち彼女が朝に弱いタイプだと公言しているようなものだからな。
セイバーと話し合いながら考えを巡らせていると不意に「おはよう」、「おはよ」という声が聞こえ顔を向ければアリシアと遠坂凛の姿があった。
僕とセイバーも挨拶を返すなか、アリシアと遠坂凛は自動販売機に足を向けコインを入れている、アリシアは気分次第で変わるから判らないが、遠坂凛の場合はいつも飲んでいる紅茶にするんだろう。
しかし、こうしてみる限りでは彼女が朝に弱い体質だとは思えない、まあ、何かあったとしても姿を見せてないアーチャーがフォローするだろうから大丈夫だろう。
それぞれ飲み物を手にした二人はソファに座るなか、ポチはくるくるとアリシアの足元で動き回っている。
その様はアルフが居れば素体となる狼の習性からか、ついじゃれてしまうらしいが、今は公園辺りでなのはやフェイト達と一緒に練習に励んでいるのでポチにしても安心してアリシアと一緒にいられる時間なのかもしれない。
アリシアが端末を操作して空間モニターを表示させれば、画面のなかでは多くの報道関係者達が集まっている様が映されている。

「いよいよね」

「ええ」

紅茶を口にしながら遠坂凛は呟き、それを耳にしたセイバーが相槌をうち、アリシアも「うん」と頷いた後。

「公開意見陳述会が終ったらフェイトさんに連絡できるもの」

「いや、正確には直接機動六課に連絡を入れるんじゃなくて。
先ずはこの世界の母さんに連絡を入れ、この世界のフェイト・テスタロッサと会っても大丈夫なのかを話してからだ」

嬉しそうに話すアリシアには悪いが、僕は終ればすぐに会えるような言い回しに釘を刺す。

「う~。居る場所は判っているのに、中々会いにいけないなんてなにかじれったい感じだよ」

唇を尖らすアリシアだが、おおよそ一ヶ月も前にフェイト・テスタロッサの居場所は判っていた、でも公開意見陳述会を前にすれば地上本部は議論を有利にしようと機動六課の粗を探そうとするのは目に見えている。
それを勘定に入れずに会いに行けば、向こうとしても快く思われないだろうし、母を失ったフェイト・テスタロッサの心情的を慮ればより慎重に進めなければならない事柄だ。
映し出される報道からは、出席する地上本部や本局、各次元世界の代表達についての話や、時折、現地に変わりレポーターが今の地上本部の様子を報告している。
それらに意識を向けていたら入り口のドアが開く音がして、見やればなのは、フェイト、ユーノ、後ろには衛宮士郎、アサシン、アルフ、プレシアの姿があった。
互いに挨拶を交し合うが、朝錬組はシャワーや着替えの為にそれぞれの部屋に戻り、しばらくして六名それぞれが着替えた姿で現れ、空間モニターを見やりながらコーヒーや自動販売機で飲み物を手にする。

「ガジェットが危険なのは解るけど、アインヘリアルって何でそこまで騒がれるんだ?」

「十分問題でしょ?
何せ、ミッドチルダの人達がアインヘリアルに抱く感情って、私達の国でいうところの国内に核ミサイル施設が造られるって事と同じなんだから」

「核ミサイルって―――そっか、それなら十分問題だな」

テーブルを囲むようにして座るなか、セイバーと同じく元となる世界が違う衛宮士郎は報道に違和感があるのか口にするが、遠坂凛が解りやすく話してくれたので一瞬息を呑んだものの納得したらしい。

「しかし、平和はただでは手に入らない。
そもそも、平和を欲するのなら問題となる戦争を知る必要がある」

「そうだね、知らないと何が問題なのか解らないから」

「成る程、そういえばある兵法書では人は何も学ばない間は何事にも不審に抱かぬものだが、一度学び始めると不審が生まれるそうだからな」

やはりというか、僕との時と同様、セイバーは納得せず、そんなセイバーに教えを受けているフェイトもまたアインヘリアルの必要性という訳ではないようだが納得していないようで、同じようになのはも「うん」と賛意を示す、加えアサシンもまたそんな事もあったかといった感じで語りだした。

「ただ、何事にも予算は必要だから難しいと思うんだ」

「そうだね、アインヘリアルって結構高そうだし………」

「それに、それだけの予算があるのなら今はガジェットのAMF対策に注ぎ込んだ方が賢明よ」

「確かに。アインヘリアルはミッドチルダの人々に対して安心感を与える象徴にもなり得ますが。
ミッドチルダの現状を思えばアインヘリアルよりも、ガジェット対策を進めるのが先決だ」

アインヘリアルについてはユーノも気にしていたらしく口にし、アルフもその意見に賛成のようだ。
プレシアはアインヘリアルは必要性は保留しているようだが、現時点ではガジェットの方が脅威となっているので予算はそっちに回すべきだと話すとセイバーも頷きを入れる。

「どちらにせよ、問題はガジェットの方か」

「この前は街中にも現れたもんね」

皆の話を聞いていた僕はアインヘリアルの必要性よりも、今はガジェットの方に集中するべきという結論に溜息と共に零してしまい、耳にしたアリシアは僕に更なる止めを刺してくれた。
まったく、何でこうなるまでこの世界のレジアス中将は手を打たなかったのか、僕の世界では強引な手腕すら使う人物だというのに……
その後、時間になったのでダイニングに移動した僕達は朝食を摂り、そのまま勉強会に移行した。
小規模なホテルではあるが、ダイニングは宿泊客全員が来ても対応できる造りになっている為、結構な広さを持っている。
大抵の旅行客は食事が終れば部屋に戻るなり、外に行くなりするので勉強の為にダイニングを使わせてくれという話をした僕達をホテルの従業員は変に感じたようだが、ダイニングは食事の時間以外では使われないので特に問題になるような事は無かった。
しかし、なんていったらいいのだろう、アリシアは解析の魔術とかいうのを使って壊れたガジェットすら修復してしまう程の実力を持っているのだが………彼女が学んでいる教科書を見ると余りにも幼稚過ぎる内容だ。
衛宮士郎から話を聞く限り、向こうの世界に飛級制度という決まりが整備されていないのが原因なのだけど、見ていて余りにも勿体無い印象を受ける。
そして解析の魔術だけど、衛宮士郎は元々使えるそうだが、協力していたプレシアと手伝おうとした僕の二人はミッドチルダ式魔法として組上げられた魔法を教わりはしたものの、解析の魔法は使うと余りにも膨大な情報を処理しなければならない為、リソースが足りなくなってしまう。
というか、配線はいいとして半導体や電子部品の知識がないと一瞬で脳の処理能力を超えてしまい気を失いかねない魔法だ。
マリー辺りなら喜ぶかもしれないが、生半可な知識しかない僕では解析魔法という特殊な技術は使いこなせそうにない、な。

「どうしたんだクロノ」

作成した報告書を纏め上げ、残りは公開意見陳述会の結果を記載するのみとして一息いれ、ふと勉強をしているなのはやフェイト、アリシアを眺めていたら後ろから声を掛けられる。

「この人は確か―――」

振向けば、衛宮士郎がホテルが用意してくれたポットを手にして立っていた。

「ああ、機動六課の部隊長である八神はやてだ」

「まだ機動六課って部隊に気になることがあるのか?」

「いや、個人的に彼女の使っているデバイスに興味があっただけだか―――多分、僕の考え過ぎだろう」

「そうか、もしなにか気になるようなら言ってくれ力になるから」

「ありがとう」

衛宮士郎は僕の端末に表示されている人物をジッと見つめ聞いてくるが、Aランク級の広域指定ロストロギアである闇の書を管理局の局員、しかも本局に籍を持つ人物が気がつかない筈はないから僕の気にし過ぎだと思う。
そもそも、デバイスも夜天の書という名称だし、もしかすればデバイスを作成した人物が闇の書を模倣したのかもしれないが、それなら八神はやてではなくデバイスを作成した人物の感性を疑うだけの話だ。
正直な話し、本局から詳しい情報を手に入れられればよかったのだけど、地上本部の警備は僕と遠坂凛が行った後であまりの緩さに叱責があったのかもしれない、再び訪れた時には受付けで使用の目的やデバイスの有無の確認もあり、前のように簡単にモニタールームには行けなくなっていた。
残念と言われればそうだが、ここは地上本部の警備が正常化したのを喜ぶべきだろう。
衛宮士郎のポットからコップに注がれたお茶を渡され、他の皆も一息入れるのか僕と同じくめいめいに渡されてゆく。
それでもセイバーとアサシンは空間モニターに映された画面で将棋やらチェスを続けているが、あれはあれで頭を使う内容だ。
勉強組みは、学者肌のユーノはまだまだ余裕があるようだが、アルフはようやく一息入れられると背筋を伸ばし、遠坂凛にしてもプレシアから端末の操作について教わっているからか、やや憔悴するという普段の彼女からは見受けられない印象を受ける。
僕も空間モニターを呼び出し、公開意見陳述会がどうなっているのか見てみるけど、議会からの中継やレポータの話から議会は紛糾している様子ではなさそうだ。
雑談を交えながら一息いれるも、再び勉強会は再開され昼食までの残りの時間続く。
昼食を摂った後の午後は魔法の練習になり、ホテルから転移魔法でアルトセイム地方にある庭園の停泊地跡へと移動した。
ただ魔法の練習をするだけならばクラナガンの公民館や練習場辺りで十分だが、この地方の空気はクラナガンに比べいいので集中力も高まるから技術が身につきやすい、他にも魔導師とはいえ体力は必要不可欠だから起伏のある山道を走り、登ては下って体力をつけている。
それから魔力を運用した練習を行なうのだけど、なのはは空にいる時と違い陸上ではそれ程動きはよくないようだ。
これは、なのはが空間を把握する力に長けている証拠でもあるけど、彼女にはまだまだ基礎が必要な事だけは解る。
衛宮士郎、セイバー、遠坂凛が持つデバイスの入手経路の調査に加え、この世界のフェイト・テスタロッサの安否を確認する為の滞在だったが、ある意味、魔法についての合宿ともいえる様子を見せる一ヶ月にもなっていた。
そのかいがあってか、なのはやフェイトも体力がついて来ているみたいだし、衛宮士郎やセイバーは補助系以外にも慣れてきていている様子だ、遠坂凛にしても空での動きがよくなって来ている。
皆が皆、魔法の錬度が上がるなか、変化が無いのは空でのアサシンくらいのものだ、彼の飛行というかアレは飛ぶというよりは浮いているだけだからある意味で的に近い。
まあ、それでも魔力弾程度なら全て斬り払ってしまう滅茶苦茶な技量の持ち主であり、バインド系はデバイスの鈍らが吸収してしまうから砲撃以外の魔法では難しいが……
しかも、そんな彼が地上に降立てばセイバーとは異なるものの尋常ではない反応速度で砲撃魔法は避けられてしまうわ、白兵の間合いに入れば数秒後には確実に斬られているので接近戦のみで判断した場合、間違いなく彼はSランク以上の実力の持ち主ではあるな。
座学や模擬戦を交え練習を行いつつ、日が傾き空が朱色に染め始める時刻になると頃合いを見計らいながら終え、ホテルに戻った僕達はそれぞれ汗を流す。
そうして、今日という日も充実した一日だったと思いつつシャワーから出た僕は、ユーノや衛宮士郎、アサシン達とロビーのソファでくつろぎながらコーヒーを飲み、一息ついて公開意見陳述会の内容がどうなったのか空間モニターを表示させた時の事だった。

「―――じょ現れた大量のガジェットドローンが本部ビルを包囲しています!」

映された映像には地上本部のビルにカビの様な黒い点が集まっているのが窺え、報道を伝えるキャスターが悲鳴のような声を上げている様子が見て取れた。

「……まさか、本部ビルが襲われているのか!?」

「そんな……まさか………」

信じられないという僕とユーノの声に衛宮士郎は「くっ」と唇を噛締め。

「よもや。この世界の警察にこれほどの奇襲を行なう者がいたとは、な」

表には出さないものの、アサシンにしても予想すらしていなかったと口にする。

「繰り返します。現在、本部ビルから情報は入って来ませんが、この様な事は管理局設立以来の初めての事です!」

映像は本部ビルを映したままでいるが、解説するニュースキャスターの声は緊迫していて、機能が奪われたのか失ったのかは判断できないが、明かりの消えた本部ビルからは、時折、幾つかの光が点滅し、その度に報道陣から「また光った!」と声が上がる。
汗を流し終えた女性陣もロビーに来るが、空間モニターの映像を見るなりそれまでの浮ついた雰囲気が消え。
そして―――

「ミッドチルダ、地上の管理局員諸君気に入ってくれたかい。
ささやかながら私からのプレゼントだ、治安維持だのロストロギア規制だのといった名目の元で圧迫され、正しい技術の進化を促進したにも関わらず罪に問われた希代の技術者達、今日のプレゼントはその恨みの一撃だと思ってくれたまえ」

それまで報道されていた映像が突如切り替わると白衣を着た男が現れ。

「しかし、私もまた人間を命を愛する者だ。
無駄な血を流さぬよう努力はしたよ、可能な限り無血に人道的に、忌むべき敵を一方的に制圧できる技術、それは十分に証明できたと思う。
今日はここまでにしておくとしよう、この素晴らしき力と技術が必要ならばいつでも私宛に依頼をくれたまえ。
格別の条件でお譲りする――――――く、くははははは」

その男は僕がよく知っている、男の名はジェイル・スカリエッティ。
生命操作・生体改造等の違法研究を行い、僕達の世界ですら、ついこの前の起きたジュエルシード事件にてプレシアがフェイトを生み出した技術であるプロジェクトF.A.T.Eの基礎を築いたとして名が挙がっている、一級捜査対象に指定された危険な次元犯罪者の姿だった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第15話


襲撃から一夜明けた地上本部の様相は、テレビから見る限り被害が少ないように見えるものの、報道陣の話からは内側に相当な被害を受けているらしく、機能はまだ復旧していないようだ。

「スカリエッティっていったけか。
公開意見陳述会中で次元世界が注目するなか、あれだけの事をするなんて誰だって想像もしなかっただろうね……」

「うん。何かするにしても、見つからないように動くのが普通かな」

アルフはこの世界、いや、ある意味管理局システムに参加している次元世界の全ての警察機構である時空管理局にこれ程のテロを行なうなど誰が想像出来ただろうと話し、、フェイトもプレシアさんの頼みで幾つかのロストロギアを集めていた時の事を思い出しているのか口にする。
この世界に来てから日課になった朝食後の勉強の時間とはいえ、明らかな異常事態では勉強に身が入らないのを咎める訳にもいかない。
皆はそれぞれ空間モニターとかいう宙に表示されるテレビを見るなり、端末を操り表示させた別の画面で新聞をみるなりしていた。
まあ、例外というかアリシアは自分の端末を使ってなにかやっているようだが、覗き見た感じでは魔術の術式ようでいて、何かの設計図のような感じから俺には解らないでいる。
襲撃を受けた地上本部の様子が映されていた画面が切り替わり、ミッドチルダ各地の商店街やスーパーで列をなす人達の様子が映され、ガジェットによる外出禁止令がいつ出されるか分らない状況故の備蓄というか、買占めが発生している様が各所で見られるという。

「これからどうなってしまうんだろう」

「そうだね……」

公開意見陳述会の最中に地上本部が襲われるという、想像もしていなかった出来事にショックを受けているユーノは力無く呟き、なのはも見ているしかできない歯がゆさを覚えている感じだな。
でも―――

「それもでも、僕達が動くべきじゃないのは確かだ」

「そうね、今はただでさえ混濁した空気なのに更に混乱を引き起こすだけだもの」

世界は違えど、執務官であるクロノはなのは以上にやりきれなさやもどかしさを感じているのにも関わらず今は状況を見守るしかないと口にし、プレシアさんも頷きをいれた。
昨日の襲撃の際、テレビに割り込んできた男をクロノは知っていて、名はジェイル・スカリエッティ、一級捜査指定にされている危険な次元犯罪者の犯行らしい。
俺も何か出来れば手伝いたいけど、現状は情報が錯綜している状況なので手伝いに行ったとしても邪魔に感じられるだけだろう。
それに、スカリエッティって奴が言っていたように昨日の襲撃では一般の人々には被害が及んでいないのも事実だし、正しい技術開発を阻害されたとか言っていたけど、それが何で地上本部を襲う理由になったんだか……解らない事ばかりで動きようもないな。

「しかし、解るとすればジェイル・スカリエッティという犯罪者は次により大きな何かを起こすという事だけだ」

「そうね、仮にも時空管理局に喧嘩を売った訳だから管理局も血眼になるだろうし」

「左様。何かしらの策か、切り札を用意していると考えた方がよいな」

テレビを見つめるセイバーは、俺とは違って近いうちにより大きなテロが起きると語り、遠坂やアサシンもまたセイバーの話しが真実味を帯びている事を示唆した。

「どの道、今はスカリエッティの持つカードが判らないから動きようがないのか……」

「ああ。あれ程、計画的な犯行をしていながら以降はなにもしないなんていうのはお粗末過ぎる―――必ず何かある筈だ」

セイバーの話から、相手の出方待ちという現状が解った俺にクロノはジッとテレビを見つめながら口にする。
ミッドチルダの人達が大変な時になにも出来ず、見ているしかないのはもどかしく感じてしまうが、クロノやなのは達がいる以上、年長者である俺が率先して混乱を引き起こす訳には行かない、今は地上の局員達がスカリエッティを捕まえるのを見守るしかない、か。

「注意しなければならないといったら、スカリエッティにスポンサーとしてついている相手も気をつけなければならないわ」

「ええ、例えジェイル・スカリエッティという者が優れた研究者だとしても、資金や設備を提供できる者達がいなければガジェットをあそこまで揃えられない筈だ」

テレビからは今日は多くの企業が休業にしていると告げられたり、シャッターが閉まったままのオフィス街の映像や、次元世界の多くでミッドチルダは渡航危険地域に指定されたと語られていた。
そんななか、プレシアさんはスカリエッティ本人も危険だがスポンサーとして彼に協力している者達にも注意が必要だと話し、セイバーもそれに同意する。

「そっか、下手をすれば途轍もない危険なロストロギアだって持っている可能性だってあり得る訳だからね」

「ジュエルシードみたいなとか?」

「可能性はあるかもしれない、寧ろ切り札としているならそれ以上の物だとしても不思議ではない、か」

「そうかもね、無血に人道的とか言ってたけど所詮はテロリストの言い分だから何処まで本気なんだかわかったものじゃないし」

それまでの話から、アルフはスカリエッティはスポンサーから危険な遺失物であるロストロギアが使われるんじゃないかと言うと、ユーノは今まで一番危険なロストロギアと認識しているのかジュエルシードの名をあげ、アサシンと遠坂はもしかしたらそれ以上に危険な物を使うかもしれないとかいう洒落にもならない事を告げた。
でも、皆が言う通りアレだけの事をしているんだ、スカリエッティって奴が切り札を用意してると考えていた方がいいかもしれない。

「それはそうと、いつになったら連絡先って教えてくれるんだろう?」

「なんの連絡?」

「昨日、この素晴らしき力と技術が必要なら、いつでも私宛に依頼をくれたまえって言ってたから、てっきり連絡先はこの番号でって教えてくれると思ってのに、なかったから連絡のしようがないんだよ」

「通販の番組とかと違うからそういうのは―――」

それまで一言も事無く端末を弄っていたアリシアだが、顔をテレビに向け痺れをきらしたかのように口を開く。
その曖昧な言い方からなのはは聞き返すものの、アリシアの言う連絡の相手とは件のスカリエッティで、本局を襲撃するとかテレビに強制割り込みをするとかしながらの後でキリッと表情を整えながら「ご要望はこちらまで、フリーダイヤル」とか言い出したらある意味堪らない、俺でも苦情の電話を入れるレベルだ。
しかし―――

「っ、そうね。言われてみれば、あんな言い方をしていながら………」

「ええ」

アリシアの話から何かに気がついたのか、プレシアさんとセイバーの表情が曇り。

「そうなると、管理局のなかに繋りがあるって事じゃないの?」

「そうなるな」

二人と同じように顔を顰める遠坂とクロノは、時空管理局とスカリエッティに何かしらの繋がりがあるかもしれないと話しだしていた。

「でも、時空管理局って俺達の世界でいう警察だろ、テロリストなんかと繋がりがあったら不味いんじゃないか?」

「あのね、衛宮君。私達の国ですら銃や麻薬が入ってきて、ある意味テロリストに近い組織や人物に行ってたりするでしょ―――極稀だけど、摘発したのに見逃されたり横流しされたりするケースってのがあるのよ」

「管理局とはいえ、人間が運営のだ清廉潔白とはいえぬ面もあるだろうよ」

俺は流石に時空管理局という組織の内部にスカリエッティと繋がっている奴がいるってのは如何かと思い口にするが、フェイトも疑問に思っていたのか俺の話しに「そうだよね」と頷いてくれるものの、遠坂とアサシンは完全に綺麗な組織なんて幻想に過ぎないとか言う。
特に遠坂の意見は、藤ねえの祖父である雷河爺さんの昔話やら、言峰から聞いた親父の話があるので否定しにくい。
言峰が語った話しでは親父が聖杯戦争に参加していた四次にて、マシンガンやらマグナム弾以上の威力を持つハンドキャノンとか呼ばれるような拳銃を撃ちまくってたとかいう話だし、俺がセイバーやアリシアに出会った五次にしても言峰は魔術や聖杯戦争の隠蔽に公権力にすら影響を与えたみたいだからな………

「僕のような執務官にもある程度の内部捜査の権限はあるけど、査察官っていう内部の不正を専門に調べる者達がいるんだ。
不祥事もあれば汚職だって起きるのが現実だ、時空管理局とジェイル・スカリエッティに繋がりがないとは一概には言い切れない」

「でも、そう決まった訳じゃないんだろ」

管理局の内部にも詳しいクロノは管理局とスカリエッティの繋がりを否定しきれないようだが、アルフはまだ疑いがあるだけで決定的な証拠がある訳じゃないから疑惑は疑惑に過ぎないだろうと口にすると。

「ああ」

一端区切るったクロノは、それまで強張らせていた表情を緩め。

「僕もそうであって欲しいと思う、仮にそれが事実だったとしても局員の一部での話に過ぎない筈だし、スカリエッティは違法な研究をしているからこそ広域指名手配を受けている人物なんだ、私利私欲での繋がりとはやや趣が違う筈だ」

クロノは例え管理局が関わっていたとしても、それはあくまで一部の者達であり、その一部の者達も人材不足やロストロギア関連の事件で後手に回るのを嫌がってスカリエッティとの関わりを持ったのかもしれないと言いたいようだ。

「そうね、私達の世界でも違法研究さえしていなければ希代の科学者として次元世界に認知されていたかもしれない人物だから」

「ジェイル・スカリエッティとは、それ程までに凄い科学者なのですか?」

「ええ、そもそもフェイトが生まれる切欠となったプロジェクトF.A.T.Eの基礎理論を完成させたのは彼なのだから」

クロノの話しにプレシアさんは補足するように付加え、スカリエッティが科学者として非常に優れた一面を持つ人物であると知ったセイバーは確認を入れるが、プレシアさんが知る限りスカリエッティはガジェットという機械工学どころか生命に関する技術にすらも長けているらしい。

「私にも関わりがある人なんだ……」

「別にフェイトが気にする程の事じゃないでしょ?
要は性交をしないで、手っ取り早く子作りするだけの技術でしかないんだから」

「………言っている事は間違ってないけど、そういわれるてしまうと私の立つ瀬がないわね」

フェイトは自分が生まれる切欠となった技術に、スカリエッティが関わっているのを知り複雑な表情を見せるが、遠坂からしてみれば器は作っても魂が違うものでしかないプロジェクトF.A.T.Eは子作りの技術でしかないようで、はっきり言う遠坂にプレシアさんはむっとした表情をしながらも溜息をつく。

「次元世界各地での探索も出来るよう、ガジェットにはロストロギアを感知する機能があるから、管理局の誰かが頼んだんじゃないかなって思うんだ。
でも、相手を出来るだけ傷つけないような機能がなかったから正式な採用が見送られてしまって、それが気に入らなかったから本局を襲って世の中にガジェットはこんなに凄いんだよって知らしめようとしたんじゃないかな?」

「採用を見送られた事への逆恨みの線か。
無くはないだろうけど、そもそもスカリエッティは次元犯罪者だから彼が作ったと判れば大問題だ、とても現実的とはいえないぞ?」

「そうなのかな、連絡先が判ったらお話しようと思ってガジェットに擬似リンカーコアシステムを搭載した型を設計してたんだけど無駄になっちゃったかも……」

「っ、まて擬似リンカーコアシステム搭載のガジェットだって?」

「うん、擬似リンカーコアシステムを載せる事で非殺傷による攻撃や魔力を用いた防御及び捜索が出来るようになるんだ。
内部の部品のほとんどはガジェットの物を流用してるし、AIはデバイスの物を使うから費用は抑えられると思うよ」

スカリエッティが本局を襲った理由を想像するアリシアの話しにクロノは受け答えするが、端末を操作しながらアリシアがしていた事はクロノの予想を超えていたようだ。

「ガジェットドローンって名が嫌なら、自律思考のデバイスが自身の魔力で動くようなものだから、自律機動型デバイスとでも言えばいいかもね」

「こんな感じ」と言いながら俺達に端末の画面を見せ、画面にはⅠ型のガジェットを横倒しにしたようなモノに一対の小さな手、鳥の足のみたいな逆関節の足がついている。

「正面の被弾面積を少なくするからガジェットを横にしたような感じにして、腕を動かしながら非殺傷や殺傷設定の魔力弾を撃ち分けられるの。
それから、逃げられそうになったら足の部分を折り曲げれば推進力も上がるから速く移動出来るようになるんだよ」

「成る程、自律機動型デバイス。
術者不在でありながら自身で考え動き魔法を扱うか―――やはり、デバイスという呼名よりもガジェットの方が似合うようだ」

「……ええ、流石にこれはデバイスの範疇を超えている」

「しかし、なんていうか通常は半飛行形態で、逃げられそうになったら飛行形態に変形するガジェットか……」

「それだけじゃないよ、このガジェットは魔法が使えるみたいだから使う魔法によっては様々な事に対応出来るかもしれないんだ」

アリシアの説明にアサシンとセイバーはもうデバイスと呼ぶのは難しい感じで、可変機構もついているからか複雑そうな顔をみせるアルフにユーノは使う魔法の種類によっては多目的に使えるかもしれない潜在的な性能の高さを指摘した。

「凄いね、こんなガジェットが沢山作られたら管理局の人手不足も解消するかも?」

「そうだね」

「確かに非殺傷を扱えるガジェットなら管理局も欲しがるかもしれない―――扱える魔力量にもよるが、このガジェットは元の世界に戻ったらマリーに話してみてくれないか?」

プレシアさんは画面に映されている設計図をジッと見つめているなか、なのはとフェイトが互いに頷きあい、クロノはこれなら管理局も採用を考えるかもしれないと口にする。

「うん、わ―――」

しかし、アリシアが返事をしようとした時―――

「ただ今、新しい情報が入りました。
昨夜、地上本部に続き襲撃があった部隊が判明し、部隊名は古代遺失物管理部機動六課、通称機動六課と呼ばれ最近発足した新設の部隊のようです」

「機動六課といえば、先月起きた街中での事件でも活躍した部隊ですね」

「ええ、本格的なAMF影響下の訓練を受けた部隊だと聞いています」

「では、AMF影響下での戦いに対応出来ていなかったという事ですか?」

「いえ、機動六課にはスターズ、ライトニングの二つの分隊がありますが、襲撃を受けた時には共に地上本部の警護に出ていたようで隊舎の方には居なかったそうです」

「それは……余程、AMF対策に力を入れた部隊の存在が目障りだったのかもしれないという事なのでしょうか?
では、引き続き専門家の方に聞いてみましょう、元管理局捜査官でした―――」

アナウンサーとキャスターのやりとりから、この世界のフェイトが所属している部隊の隊舎が襲撃された事実が伝えられ。
映される映像からは、今でこそ鎮火しているものの、火災の名残であるのか黒々としたすすの痕が隊舎全体を染めていていて痛々しい。

「この世界のフェイトさん、怪我とかしてなければいいけど……」

「大丈夫よ。この世界のフェイトだって万一の時に備え、例え私がいなくなっても一人で生きていけるようリニスが教えているはずだからだから………」

妹にあたる、この世界のフェイトの身を案じるアリシアの呟きに、世界は違えど母であるプレシアさんは自身とアリシアを励ます。
それから機動六課がどうなったのか気になり、そのまま見続けるテレビからはゲストとして退役した元捜査官の話が続いた。
話の内容は、セイバーやクロノが懸念したように一級捜査指定を受けているスカリエッティは普通の次元犯罪者とは違い、無計画な行動を起こす人物ではないので注意が必要になるだろうとの事だ。
更に話は続いたけど 新しい情報が入り機動六課の人達は多数のガジェットによる襲撃を受け多くの負傷者が出たものの、幸い死者はいないという報道されたので俺達は胸を撫で下ろした。

「……しかし、こうもAMF対策をしてる部隊を狙うという事はアリシアの言い分にも一理あるのかもしれない」

「筋は通っているみたいだけど……僕からは難しいとしかいえないな」

ジッとテレビを見つめるセイバーの言葉に、クロノはそれでも断定は難しいと口にし難色を示す。
なぜ、スカリエッティは地上本部と機動六課を襲撃したのか疑念は広がるばかりだった。
翌日、ライフラインを管理する会社以外の企業や工場が休業しまった昨日はとは違い、今日は様子を見ながら何社かが営業を再開し始めたもののミッドチルダが受けた経済的損失は計り知れない。
俺達のような旅行客に関しても元々ガジェット問題で少なくなっていたとはいえ、観光目的の人達やら公開意見陳述会を目的とした関係者やらがこぞって空港に詰め寄り逃げるようにして去って行き。
俺達はこの世界の管理局に勤めるフェイトに用があるので滞在を続けているが、ホテルの人達もまた地上本部を襲ったスカリエッティの一味に漠然とした不安を抱いているようだ。
それでも襲撃から六日目までは何事も起きなかった、でも事件から七日、丁度、一週間目の朝食を終え皆で勉強をしている時にテレビから避難するよう勧告が入り、少し遅れホテルの従業員からも避難するように言われ誘導された。



[18329] リリカル編16
Name: よよよ◆fa770ebd ID:7b08bee0
Date: 2013/09/27 19:38

避難勧告により俺達はホテルから離れ、従業員の誘導に従って一緒に近くの公民館にまで向う。
やや高台に位置する公民館のなかは、都会から離れた郊外に位置するとはいえ結構な数の人々が不安を隠せない様子で集まって来ていた。
旅行客である俺達は、土地勘もまだ曖昧なのもあってか心配したホテルの人達が役場まで連絡してくれたので特にトラブルも起きず避難を済ませられたが、なんていうかミッドチルダの建物は各次元世界の影響なのか、土地が安く余っているのかは判らないけれど俺の国とは違って公民館自体がかなり大きめに造られている。
この場所は俺達の世界でいうところの魔術と武術を混ぜ合わせたストライクアーツとかいう格闘技の練習場も兼ねている事もあってか、外観同様なかも広々としている訳なんだが………今回ばかりは避難して来た世帯が多いいのもあって、やや手狭な印象を受けなくもない。
それに、離れた所では空間モニターとかいうテレビが、まるで映画館のスクリーンのような大画面で映し出されてはいるものの、ガヤガヤと喧騒にかき消され俺達の所まで音声は届かないみたいだし、多くの旅行者は地上本部が襲撃された次の日にはミッドチルダを一目散に去って行ったというのに、まだ居座っていた俺達の姿は珍しいように思われているみたいで何人かの人達から「折角、来たのに災難だったね」とか「私らは戻る場所はここしかないけれど、あんたらは在るんだろ」とか話しかけられるが―――

「うん。でも、最近知ったんだけれど私には妹がいるの、その娘がミッドチルダに居るから捜しに来たんだよ」

アリシアがこの世界のフェイトを捜している旨を告げたら、「生き別れの妹を捜しに!?」や「くぅ、泣かせる話じゃないかよ……」とか俺達を取り巻く人達の反応が変わって。

「私やなのははアリシアの手伝いみたいな感じかな」

「そうなんだけど……最近はどちらかというと魔法の合宿みたいな感じになって来ているね」

「それは仕方ない事だよ、僕らの予定としては公開意見陳述会が終ってから連絡を入れようとしてたんだから」

「そうだよ、折角の時間を無駄に過ごすのも勿体ないし、あの時は地上本部が襲われるなんて想像もしてなかったんだから」

アリシアに続き、フェイトが口にするとなのは苦笑いを浮べるが、ユーノとアルフは公開意見陳述会までの時間を無駄に過ごすよりはずっといいと擁護する。
その話を聞いていた周囲の人達は「公開意見陳述会の後にねぇ……」とか「あのスカ野郎、こんな小さな娘達の願いすら踏みにじりやがって」とかになって行き、当たり前といえばそうだが、テロを起こしたスカリエッティに対する住民の怒りは凄まじいレベルになってきているようだ。

『まずは怒りの矛先がこちらに向かなくてなによりです』

『しかし、例えそうなったとしても数人も斬れば落ち着くだろうよ』

『斬るって―――そうか、非殺傷か。
でも、例え非殺傷でやったとしても、あれって結構痛いから注意してやらないといけないからな。
それに、そもそも争う必要がないのならその方がいい』

『ああ、暴徒と化したのなら身を護る為にも制圧する必要はあるけど、個人の心象としてはそうはしたくはない』

ふうと息をはきながら念話を使うセイバーに、アサシンは平然と何人か斬ればいいとか告げたのもあって、思わず俺も念話を使ってしまったが俺と同じでクロノも住民相手には戦いたくはないようだ。
いや、クロノは多くの人達を守りたいからこそ執務官にまでなったような奴だから俺以上に感じているのかもしれない。

『それ以前に、セイバーが気にしすぎたんじゃない?
まあ、どの道なにも起きなかったんだからいいんじゃないの』

遠坂の念話にプレシアさんは『そうね』と付加え、

『例え起きたとしても全員倒してしまえば済むことだもの、アリシアから改良したジュエルシードを一つ借してもらえれば私一人で片付けてみせるわよ』

とか告げヤル気満々なようすだ。

『あの、母さん……』

『大丈夫よ、こう見えて母さん強いんだから』

『そういう意味じゃ……』

目を丸くするフェイトに、プレシアさんは安心してとばかりに頭を撫でるが、なのははどう言えばいいのか解らないような顔している。

『喧嘩はダメだよ』

『アリシア。ああ、そういうところもあの娘と同じなのね』

フェイトの頭を撫でてながらも、私の娘に危害を加えようものなら全員ブッ倒すと意気込んでいるプレシアさんに対しアリシアは嗜めるが、それがプレシアさんの琴線にふれたのに加え、隣に座っていたのもあってかフェイトと一緒にむぎゅと抱きしめられてしまう。
プレシアさんは俺の世界から来たアリシアを別の存在だと判っているものの、やはり並行世界だからか性格も似ているようで、あまり可愛がりすぎて親権問題にならなければいいのだけど………
まあ、俺としてはアリシアさえ良ければ問題ないけど言峰がどう出るか―――いや、まてアリシアを信仰の対象にしているアイツならプレシアさんを聖母扱いしなくもない、か。
などと思っていたら、局員の一人が入って来るなり「空いている人は手を貸してくれ」と声を上げ、話を聞けばガジェット対策の一環として公民館の前に土嚢を積み上げてバリケードにするらしい。
そうか、積み上げられた土嚢を盾にすればⅢ型は難しいだろうけどⅠ型なら防げそうだ。
もしもの保険的な事かも知れないけれど、ガジェットが襲ってきた時に皆を守れる作業なら断る理由もない、俺が立ち上がると同時にクロノとセイバーも立ち上がり、

「考える事は同じか」

「そのようですね」

互いを見ながら口にする。
すると、アリシアが「私も行く」と言い出し、フェイトとなのはも「私も」とか「迷惑じゃなければ」とか口々にしながら立とうとする、が。

「駄目よ、貴女達はここでお留守番。
だいたい、アリシアやフェイト、なのはの体格だったら土嚢なんて運ぶのは辛いでしょ?」

「そうね、私達はここで情報を集めて何かあったら伝える事にしましょう」

遠坂とプレシアさんが三人を止めてくれ、取り出した端末を四苦八苦しながらも弄りだす遠坂だが、アリシアが世界を書き換えるとかいう方法で大人モードに変身出来るのは知らないようだ。
そういえば確かアルフも変身魔術は使えるので、もしかしたらフェイトも大人モードが使えるのかもしれない。

「とりあえず、私がフェイトの分まで手伝ってくるよ」

そう言い、立ち上がるアルフの姿は見た目からしてフェイトやなのは達どころかセイバーよりも力はあるように思える。

「ならポチも力仕事は得意だから一緒に行ってあげて」

「え、そうなの?」

「うん。ポチは力が強いからお布団とかの上げ下げもしてくれるんだ」

ポチはアリシアに頼まれると分ったのかクルクルと回りだすけれど、聞いていたユーノはサッカーボールみたいな大きさのポチが実はトンでもな精霊だなんて思いもしないんだろうな。
ポチが大地の精霊かまでは判らないけど、あれで本気になれば塹壕そのものが簡単に造れてしまう、けどここでそんな事を行なえば造成による周囲の被害があるかもしれないから難しいところか……
でも、実際のところポチの力は想像以上で俺達が一つ二つ運んでいる間に、まるで目に見えないベルトコンベアでも在るのか、幾つもの土嚢が流れるかのようにして運ばれては積み上げられていった。
そんな訳から土嚢によるバリケードの構築は、思いのほか時間はかからなかったが―――

「やはりというか、Ⅰ型の対策にはなってもⅡ型への対策にはなっていませんね」

「そうだな……」

見晴らしのよい大通りに対し、八の字に積み上げられた土嚢は腰を下ろせば身を隠せるようになってはいるものの、やはりというか……心もとない感じは否めないでいて、セイバーからバリケードの問題点を指摘された俺もその言葉に頷くしかなかった。
そもそもⅡ型は空を飛んでいるから、ただ土嚢を積んだだけでは心もとない、そればかりかⅠ型にしたってアレはアレでふよふよしている割には動きが速いので油断をしていれば回り込まれるてしまう。

「そうは言っても、今の地上部隊では他に手のうちようがないんだろう、Ⅰ型に比べればⅡ型の出現件数は少ないようだからそれに期待するしかない……」

「Ⅱ型って中程度の航空魔導師と同じくらいの相手だって話だろ、私だって懐に入れれば倒せそうなんだから、それ程危険視するような相手じゃないんじゃないかい?」

この避難所に派遣された陸士の数は十人程度だが、空間モニターで通話している陸士の顔色がだんだん青く変わっていく様を目にするクロノは表情を引き締め、アルフはアリシアやプレシアさんがおおよその情報を元に分析した限り、Ⅱ型は速度こそ速いものの左右に関する動きや旋回性能はⅠ型の方が高いようなので初撃さえ避けれれば何とかなりそうだと判断している。
勿論、魔導師同士の空戦と同様に相対速度やタイミングが重要な訳だけど、AMFの出力はⅠ型と同程度みたいだから特殊な技術を使わくても、単純に圧縮した魔力で殴るなり体当たりするなりすればアルフなら壊せるだろうと話していた。

「いや。ガジェットの怖いところは数だ、一機辺りのAMFは対策が取れても地上本部を襲ったような数で攻められればAMFの濃度は跳ね上がり並みの魔導師では手の打ちようがなくなる」

「まあ、このような避難所にそれ程の戦力を割くとは思いませんが、何かしらの拍子に巻き込まれる可能性は十分ありえます」

しかし、クロノはガジェットの怖いところは生産性の高さによる数と、それに伴うAMF濃度の濃さにこそあると指摘しながらアルフに視線を向け、セイバーはスカリエッティが公民館などという重要な施設でもない所に好き好んで戦力を割り振る事はまずないだろうが、いざ事が起きた場合は何が起きるのかは分らないので用心は必要に越した事はないと辺りを見回している。

「スカリエッティは地上本部を襲った相手だからな、クラナガンだからって躊躇ったりするような奴らじゃないだろうし」

ガジェットなんていうロボットを大量生産している事から、俺でもスカリエッティの背後に大掛かりな組織が関与しているのは解るし、そうなれば組織である以上多くの人員で構成されているから『奴ら』と言い、セイバーやクロノも「ええ」、「ああ」と応じ、この避難所が襲われるという最悪のケースを考えようとした時―――

『―――大変です!』

なのはから念話が届いて。

『何かしら切札は持っているとは思ってたけど、予想以上のモノよこれ!!』

『先程、管理局から報道があったんですけどスカリエッティは聖王のゆりかごという、Sランク級のロストロギアを持ち出したんです』

『頼みのアインヘリアルも三基とも破壊されてしまったそうだし……』

慌てた感じの遠坂に続き、フェイトとプレシアさんからも念話が届くものの事態がどんな風に変わったのか把握できずにいるが、Sランク級という規格外のロストロギアが使われる事から状況は悪化したのだけは解った。

『確か。ゆりかごは聖王統一戦争っていう、ベルカ統一を計った戦に用いられたモノで、ベルカの戦乱の歴史にも出てくる遺失技術の塊の事です』

ユーノの念話から伝えられる遺失技術、ゆりかごというモノは今のミッドチルダの技術とは違う異質技術で作られたばかりか、技術そのものが歴史から失われたはずの技術で作られているらしい。
ロストロギアの概念がよくない形で技術が進んだ文明の遺産と考えれば、俺達の住む地球よりも進んだミッドチルダの技術でさえ凌駕する危険極まりない代物なのだというのが解る。
外にいた俺達は急いで館内に戻れば目に入って来るのは一隻の船の映像、たぶんあの船が『聖王のゆりかご』ってヤツなんだろうけど館内は騒然としていて放送内容までは判らない。
けど、船の周囲には小さな光が点いたり消えたりしているからきっと航空魔導師隊が交戦しているのだろう―――って!?

「っ、まて周囲の山とか変じゃないか?」

大型の空間モニターに映される船だけど、船自体の映像はそんなでもないが周りの山々が不自然に小さく感じられていて違和感を覚える。

「見た感じ数キロはありそうだね。
たく、でかけりゃいいてもんじゃないだろうにさ」

「超巨大戦艦、これがスカリエッティの切札か」

あまりの大きさに呆れ顔のアルフだが、反対にセイバーは緊張を漂わせていた。

「とにかく、今は情報が欲しい皆と合流しよう」

聖王のゆりかごという、Sランクのロストロギアの映像から一端は足を止めていた俺達だけど、クロノに急かされ事で「ええ」とか「わかったよ」とか口々にしながら歩みを進める。
避難して来た人達で混み合い、歩くスペースが狭いのもあってかやや手間取ったけれど、端末から状況を汲み取ろうと窺っているアリシア、遠坂、アサシンになのは、フェイト、ユーノ、プレシアさんの姿を見つけ近づく。

「不味いわね、このままだとここにまで来るのにそう時間はかからないわ」

「今は航空魔導師達が迎撃に出ているそうだけど、外で護衛しているガジェット達に阻まれているそうだから、クラナガンへのルートを変えるまでにはいたってないそうよ」

アサシン程ではないものの、俺達の姿を見つけた遠坂は尋ねる前に要点を口にしてくれ、プレシアさんはその話しに補足してくれる、が。

「じゃあ、ここも戦いに巻き込まれるのか!?」

それは、このままでは避難して来た人達で一杯のここも巻き込まれる事を示していて、一瞬だが冬木市で起きた大火災のなかを彷徨う記憶を思い出させた。
この街の人々が戦火に巻き込まれ、住み慣れた街並みがことごとく廃墟に変わり、炎と息苦しさのなか、生きる事なんか到底望めないように、希望すら抱けないまま彷徨うなんていう状況になんてさせてたまるかっ!!

「時間の問題よ衛宮君、航空魔導師達の奮闘次第では方向を変えるかもしれないけど………」

「とはいえあの大きさ。航空魔導師というのがどれ程の実力かは定かではないが、見ている限り効いているとは思えん」

「そうね、護衛についているガジェット群が直接阻むのに加えAMFもあるもの、それにゆりかごだって同じように魔力を阻害する機材が積まれていると考えても不思議ではないから厳しいわね」

頭に血が上るしかない俺とは違い、片手を口元にあて思考を巡らす遠坂は現状ではほとんど手の打ちようがないのを話すが、アサシンは遠坂が唯一示した案にしても期待出来そうにないのを語り、プレシアさんもガジェットの群れに加え、それに伴い上がるAMFの濃度によって航空魔導師隊といえどゆりかごの動きを変えるのは難しいと告げる。

「っ、て事はAMFの影響によって、航空魔導師達は魔力の使用量が増えるばかりか回復すら酷く遅れるのか……」

「彼等を航空機に例えれるなら、燃料や装備が乏しい状態で交戦しているという事になりますね」

「そんな状況よ、AMFの影響下ではとてもじゃないけど魔力主体の魔導師じゃあ外から壊すのはまず無理ね」

リンカーコアと魔力回路の違いからか、俺自身はAMFの影響を受けている環境でも変化を感じられなかったけど、プレシアさんの話や例を示すセイバーからクラナガンに入れさせまいとしてゆりかごと戦っている航空魔導師隊は魔力の運用すら難しいのが解り、遠坂も顔を顰めながら航空魔導師達では望みが薄いのを認めた。

「なにか手はないのかな?」

「外が駄目なら、なかに入って止めればいいんじゃ?」

「確かにそうだけど、たぶんゆりかごの内部はもっと高くなっている筈だよ」

「外からじゃ効き目が薄いってのに、なかに入ってもきついんじゃ手のうちようがないじゃないか……」

話を聞いていたフェイトはいい方法はないか呟き、なのはがゆりかごのなかに侵入して艦橋を制圧するかとか動力炉を止めればいいんじゃないかと提案するけど、ユーノはプレシアさんの話からゆりかごの内部は外よりもAMFの影響が高いだろうと考え、アルフはAMFの厄介さにいまさらながら舌を巻く。
それに、ゆりかごの内部は内部で多くのガジェットが待ち受けているから並の武装局員では荷が重い、か。

「クロノ、こういった状況でも管理局は犯人の身柄の拘束を第一にするのですか?」

「余程の事情でやむ得ない時以外はそう、でもどうしてそんな事を聞くんだ?」

「………いえ、もしもアインヘリアルが健在だったならと思いましたので。
(私がなかに入り、幾度か聖剣を振るえばゆりかごを沈められるでしょうが、犯人達は無事とはいえなくなる)」

「そうか―――いや、今は無い物の事を考えてもしかたがない」

疑問をぶつけるセイバーに、クロノはアインヘリアルにの是非について過ったのだろうけど、続けようとした言葉を呑み込み。

「とにかく、僕達は僕達にしかできない事をするとしよう」

「それしかないでしょう」

クロノに相槌を打つセイバーは言葉を区切って立ち上がり。

「では、私は此方に派遣された部隊の方に協力を申し込んできます」

「僕も行こう。それから状況が状況だ、すまないが君達の力を借りたい」

セイバーに続いて立つクロノは俺達を見渡して口にするけど、なのはやフェイトにしても避難して来た人達が傷付くのは嫌だろうし、そもそも身に降りかかるのは時間の問題だから断る理由もない、俺達の意思を確認したクロノは礼を述べ、セイバーと一緒に局員達へと向かって行く。
ただ状況が判ってないのか、アリシアだけは小首を傾げていて―――いや、まてアリシアは『原初の海』とか呼ばれている神様を召喚できるからこの状況を危機として認識してないだけなのかもしれない。
そもそも、世界を滅ぼせるとかいうトンでも神を呼ばれたらゆりかごどころの騒ぎじゃなくなるし、仮に神の座にいる神に頼んだとしても後々の騒ぎが大きい、困った時の神頼みって訳じゃないけど、もし、頼むとするなら―――それは俺達や局員達ではどうしようもない時だけにしなければならない。
その後、局員に協力する際にクロノは身分証を提示したらしく、ある事件の為にここで捜査をしていた事を告げると派遣されてきた局員達はまさか執務官がいるとは想像もしていなかったので大いに喜んだそうだ。
加え、正規のランクを取っていない俺達は少なくても総合Aランクはあるとかいう話し振りで局員の人達に期待されてしまう事になったがAランクってどれくらいの実力なんだろうな……
それでも、クラナガンに入る際にはこの近くを通り過ぎるようなのでクロノとセイバーはゆりかごが侵攻してくる方向から配置を決め地上部隊の局員の他に、なのは、フェイト、ユーノ、アルフのように空が飛べる者はクロノの指揮の下で制空圏の確保を行い、俺や遠坂、アサシン、アーチャーはセイバーの指揮の下で地上から来るだろう主にⅠ型やⅢ型の相手をする事になった。
また、大魔導師と呼ばれ高い魔力と高度な技術を持つプレシアさんだけど、戦いには慣れていないようなので、ある意味砲台とでもよべばいいのか、やや後ろの方に配置され、アリシアはこのなかで唯一広域防御である『ディストーションシールド』が使えるから避難所そのものを包み込む形で護りに徹してもらう事になる。
そういうのも、アリシアが攻撃に転じればまるで機関砲というか雨の如くフォトンランサーを放つ事はできるけど、ガジェットにはAMFがあるのでどこまで有効なのかは判らないし、そもそも俺達の目的はゆりかごやガジェットの殲滅ではなく、避難して来た人達を護る事だから皆を護れる広域防御が使えるのならその方がいい筈だ。
『ディストーションシールド』の展開にはジュエルシード改が三、四個もあれば足りるらしいので、ゆりかごが来るまでの間、デバイスに格納機能がついているレイジングハートとバルディッシュに一つづつ搭載させ、なのはとフェイトの魔力量を底上げしたりや、プレシアさんは広域攻撃魔法も使える事から、運用を容易にするのに三つ程持たせて魔力消耗にならないようにしたりする。
地上部隊の局員達には、アリシアとプレシアさんがガジェットの残骸から取り出し単体で使えるようにした、AMF発生装置を利用しての簡単なAMF対策というか心構えを教えたりするなか、アリシアはなんでも対AMF用の阻害魔法CAMF(カウンターアンチマギリングフィールド)とかいうのを組み上げたとかで、試しに魔力弾を放ってみたらAMFで阻害される筈の魔力弾の形が崩れる事無く使えた。
ただ、残念な事にジュエルシード改を分けた事によって魔力量の関係から『ディストーションシールド』を張っている時には精々百メートル程度しか及ばないらしいが、地上部隊の局員達がAMFに対し不慣れな以上、これほど効果的な魔術はそうないだろう。
しかし、結局というか地上部隊の局員達にそれほど多く教えられないままガジェット、速度性能に優れたⅡ型が姿を見せ。
すぐさま防護服を展開し配置についた俺達は、まず射程の関係から俺とアーチャーによる迎撃を行なうものの、次から次へと現れるガジェットの群れにプレシアさんの雷が降り注ぎ、遠坂の宝石剣から光が迸る、掻い潜って来たガジェットにはクロノ達が動いて殲滅し、地上でも姿を現したⅠ型が迷わず俺達の方へと向い来るのでセイバーとアサシンが斬り捨てていた。
しかし、ここが高台だから分るのだけどⅠ型にしてもⅡ型にしても何故か俺達の方にばかり来ているような感じがする―――何故だ?

『そういえば、ガジェットってレリックに引き寄せられるって話だからジュエルシード改の反応を誤認したのかもしれないよ?』

『あり得る話だ』

『そうね、前にもアグスタとかいうホテルでも同じような事が起きたって話し出し』

ガジェットの群れは一波、二波どころか既に四波と続き、地上部隊の局員達から「ここは最前線か!?」と声が上がるなか、皆も俺と同じような疑念を抱いていていたたのだろう、クロノ曰く情報分析が優れているユーノは逸早く気付いて念話を使い。
執務官として様々なロストロギアに関わった経験のあるクロノは肯定し、遠坂は実際にあった出来事を例として挙げた。

『じゃあ、ジュエルシード改につられてここにはガジェットが殺到してくるのかい!?』

『つまり―――ここが最前線って話しね』

『ええ。恐らく、ここはクラナガンの何処よりも激しい戦いになるはずだ』

ユーノ達の話から目を丸くするアルフだけど、戦いに慣れていない代わりに人生の辛酸を舐めてきたプレシアさんは落ち着いた様子で状況を分析し、様々な戦場を駆け抜けてきたセイバーはその推測が間違いではないと頷きをいれる。

『だったら、ここで私達が頑張れば他に避難している人達や、戦っている人達の被害は少なくなるって訳ですね』

『そうだね、なら頑張らなきゃ』

『でも、なのはやフェイト、ユーノにアルフはまだ子供なんだから無理はするなよ』

横道にそれる事無く、一直線に殺到して来るガジェットの群れをもう何機倒したかなんて数えるのも馬鹿らしくなるような戦いでも、なのはとフェイトは他人の為に身を挺していて、ある種の危なさを感じてしまう。
その為、気持ちは解るけど無理はしないよう釘を刺した。
四人とも「は~い」とか「はい」とか「大丈夫です」とか「心配性だね」とか返すが、いざとなったら俺が盾になっても『ディストーションシールド』に護られた避難所まで退かせる必要があるかもしれない。

『ですがシロウ、彼女達が行なっている空のカバーは重要だ、仮に居なくなったとしたら戦線が崩壊する危険すらある』

『確かに、刃が届かねば斬るにも斬れん。
空での戦いが出来る者が四人も抜けてしまえば、その穴を埋めるのは容易ではないぞ』

なのは達に釘を刺す俺にセイバーとアサシンは難色を示し、弓から双剣に持ち替えⅠ型を一機二機とたて続けに斬り裂いた俺は、クロノの指揮の下、ユーノを盾にしつつ、なのはの砲撃で数機纏めて撃破し、散開したガジェット達には特殊な技術を持つクロノの魔力弾やフェイトのアークセイバーという光刃により、それでも近くまで来るガジェットにはアルフの光弾が炸裂して墜して行くのを見上げ、どうやら俺も心配し過ぎだったかもしれないなぁとか過る。
今でこそ、アーチャーのように投影した剣を撃ち出せるるようになったし、戦いにも慣れてきているけれど、俺がなのはやフェイト、ユーノと同じ年齢の時には魔術を使う事すら出来なかった、誰一人として救えなかったのだから―――幼いとはいえ、実力が高いのは認めざる得ないだろう。
それにアサシンの持つデバイス『鈍ら』は刀身が瞬間的に伸びるトンでも機能があるけれど、伸びる長さは精々十メートル程度なのでⅠ型やⅢ型は兎も角、Ⅱ型を相手にするのは難しい。
だからこそ、四人も抜けられたら空を飛べる遠坂や駆け抜けられるセイバーが空のカバーに入ったとしても辛いのは解った。
それに、執務官として経験を持つクロノが指揮しているから無茶な事はさせないだろうし、土嚢を盾にしている地上部隊の局員達はアリシアのCAMFの影響範囲であるのと、空からの攻撃を受けないでいられるのもあってⅠ型の相手を出来ているのだから、なのは達に退かれたらバランスが崩れてしまうのもある訳だが……それでも、ガジェットの襲撃は途切れる事無く続き、やがて遠くの空にぼんやりとした淡い影、ゆりかごの船影が姿を見せ始める。
船影は次第にその大きと姿をはっきりさせ確実に近づいて来ているのだけど、余りの大きさに感覚がマヒしてしまい距離感が判り辛い。
それに、視力を強化しているから判るのだが、多分、Ⅱ型がゆりかごの護衛をしていたのだろう、動きからして航空戦魔導師隊と交戦している点と点のうち一方が不意に動きを変え俺達の方へとまっしぐらに迫り来ていて。
勿論、航空魔導師隊らしい点も動きの変化を察知して追撃しているのだろう、爆発する光点が幾つか見られるものの、向かって来るガジェットの数は今までの襲撃を遥かに上回る量だった。

『くっ。これだけのガジェットや巨大戦艦を持ち出すという事は、スカリエッティの目論みはゆりかごとガジェットでクラナガンを人質にするつもりか!?』

『成る程、人質にするのならば砲撃が無いのも頷ける、か』

大量のガジェット群とゆりかごは確実に近づいてきていて、次第に視力を強化していなくても見えるようになり、冷静に戦況を観察していたセイバーはスカリエッティの目的がクラナガンを人質にして本局から派遣された艦隊に対しての盾にするのではないかと怒気を強め、アサシンも巨大戦艦の割りにはガジェットしか展開してこなかったのを訝しんでいたのか、セイバーの言葉に納得した感じでいる。

『そう言われてみれば、テレビでも砲撃とか対空砲火とかってあまりなかったけ?』

『アレだけのガジェットに護衛をさせながら対空砲火を強くなんてしてたら、ガジェットにも損害が出るからでしょうよ』

戦艦の砲撃というアサシンの言葉に反応した遠坂は、空間モニターとかいうテレビで見ていたゆりかごの映像から戦争映画とかに出てくる艦船からの熾烈な対空砲火とかが無いのに気がついたようだけど、『時の庭園』という移動庭園を持つプレシアさんは船の護り方も熟知しているようで、護衛がいるなかで対空砲火で弾幕を張ろうものなら護衛のガジェットにも被害が出るので頻繁には撃てないのだと告げた。

『だけど、なんて数なんだ』

『たく、次から次へと……いい加減にして欲しいね』

『まだ、あんなにいるのか……』

空でも迫り来るガジェットの物量にクロノは表情を硬くさせ毒づき、アルフもうんざりした感じで愚痴る。
ただ、唖然とするユーノが漏らした言葉に、なのはとフェイトは、

『もう少し頑張らないとね』

『うん、そうだね』

とか答え、まだ幼いといえ恐怖で心が折れてしまわないのが救いだ。
でも群れというか、もう軍勢といわんばかりのガジェット軍団、そんな集団に襲われたのなら量を質で耐えていた戦線が崩壊してしまう―――なら。

「やるしかない」

例え、それが一分すらもたない時間稼ぎでしかなかったとしてもだ、時にはそのわずかな時間が必要になる場合もあるだろうから。
俺にはスカリエッティがゆりかごを使って何をするのかは判らない、けど、このままゆりかごがクラナガンに来ればゆりかごという巨大な艦に積まれている筈の大量のガジェットがばら撒かれ大惨事が起きるるのだけは解る。

「すまないセイバー、少しかもしれないけど時間を稼ぐ」

「シロウ、何を―――っ!?」

制止しようとするセイバーの声を振り切り走る、今までのように俺や、アーチャー、プレシアさんによる長距離からの攻撃で漸減し、それを抜けて来るガジェットを地上はセイバーや遠坂、空はクロノの指揮の下、なのは、フェイト、ユーノ、アルフで撃破し、更にセイバー、アサシンが留めつつ、地上部隊の局員達が掃討するといったチームの力で対処してきた。
だからチームとして一緒に戦った方が効率は良くなるのは確か、でも向かって来るガジェットの数を考えれば今までのように無事ではすまされない。
このまま何もしなければ、その先にある未来は逃れようのない被害、それも、かつて冬木市を襲った大火災並の悲劇をクラナガンで生み出す事だろう―――故に、圧倒的な物量で迫り来るガジェットへの恐怖を感じ得る思考はとっくに焼ききれていたと言ってもいい。
加え、今この魔術を使えるのは俺とアーチャーくらいなもの―――

「―――体は剣で出来ている」

自らを表す呪文に、自らを律する韻を持たせた言葉であり呪文であるものを呟く。

「血潮は鉄で、心は硝子」

強化や投影を行なうのとは違い、列を成すようにある二十七の撃鉄を次々にあげる―――行使するのは唯一つ、難しいはずはない、不可能な事でもない、もとよりこの身はただそれだけに特化した魔術回路なのだから。

「I have created over a thousand blades.(いく度の戦いを超え不敗)」

「いく度の戦いを超え不敗」

ガジェットへと空を駆ける俺の声に、別の声が重なるかのようにして聞こえ、視線を向ければ俺と同じ事を考えたのだろうビルからビルへと走り渡るアーチャーの姿を捉えた。

「Unknown to Deahe.Nor Known to Life(ただ一度の敗走もなく、ただ一度も理解されない)」

「ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし」

自己に対する詠唱をするなか、裡からもたらされる呪文はわずかな違いをみせ、

「Have withstood pain to create many weapons.
(彼の者は常に独り 剣の丘にて勝利に酔う)」

「彼の者は誰かと共に在り、剣の丘にて剣を研ぐ」

次の言葉では俺とアーチャーの道は違える。

「Yet, those hands will never hold anything(故に、その生涯に意味はなく)」

「故に、その生涯に意味は要らず」

正義の味方という理想を追い求め、ただ独り孤高を貫きあり続けたアーチャー。
守護者にまでなれた身だというのに、自身の生涯を自己満足なだけのはた迷惑な愚者が夢をみていただけだと語り、俺はアーチャーのように守護者になんてなれないけれど、セイバーやアリシアとの経験から自分一人では出来る事に限りがあるのを思い知った。
簡単な事だったんだ、俺を含め誰かが間違えたのなら諭せばいいだけなんだから、そもそも、俺が一人で頑張ったって大した事は出来ないだろう、でも出来ないなら出来ないで周りの人達の力を借りるなりすれば、俺には思いもつかないような知恵や妙案が出てくるかもしれない。
恐らく、俺一人ならアーチャーのように一を切捨て九を生かすようになってしまう筈だ、アーチャーが言うはた迷惑な正義の味方、そうならない為には周りを見ず一人で頑張ったり、助けたい相手も救いたい人達も今をよくするのに力を尽くさなきゃ駄目なんだろう、だからこそ俺自身は誰かが困った時に力になれるよう自身を磨き続ける道を選び、意義や意味にしても俺が望んで行なうだけの事、自分が好きで選んだのだから他人に意味を求めるのは筋違いの筈だ。
親父に憧れ選んだこの道、俺の好きで行なった結果で泣いている人や悲しむ人達が減るのならそれでいい、そんな独りよがりの正義の味方に意味も意義も必要ない、ただ―――理不尽に苦しむ人々が一人でも少なくなればそれでいいんだから。

「 So as I pray, unlimited blade works.(その体は、きっと剣で出来ていた)」

「この身は、無限の剣で出来ていた」

引き金を一斉に引き、次々と撃鉄が打ち下ろされる。
元々、俺が使える魔術は一つだけでしなかい―――強化も投影もその途中で出来ている副産物に過ぎない、自身の、自分自身の心を形にするだけの、無限に剣を内包した世界を作る魔術―――言霊を吐いた俺とアーチャーの世界は現実を侵食し変動させた。
炎が走り、燃え盛る火の壁は境界となって世界を一変させる。
固有結界、それは術者の心象世界を具現化する最大の禁呪であり、俺やアーチャーのただ一つの武器であり宝具と呼べるもの。
ここには全てがあり、おそらくは何もないのだろう。
故に、その名を『無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)』と呼び、生涯を剣として貫いてきたアーチャーが手に入れた唯一つの確かな答えでもあった。
燃え盛る炎にに包まれた錬鉄の世界、剣の丘から見渡す荒野には無数の剣が乱立し、墓標のように突き刺さる一つ一つが聖剣や魔剣と呼ばれる名剣、更に先には結界に引き込んだガジェット達が空から地上に集められて移されたからだろう、玉突き事故のように激突し始めている光景が広がり、やや離れた横の方では巻き込んでしまった航空魔導師達の姿も見られる。
そんな世界にアーチャーは空に回る歯車を幾つも背に立っていて、

「―――そういう事か得心した」

俺がアーチャーの後ろが見えるように、アイツも俺の後ろを見て言葉を呟く。
振向けばいつか夢で見た、世界を内包する樹がその壮大な姿を顕にしていた。

「小僧、アレがお前が契約したモノなのだろうな」

アーチャーは、そう口にしながら天を衝くような巨大な剣を囲むようにして航空魔導師達がいる場所へと刺して行く。
アーチャーの奴、あんな物を何処で見たのか知らないが、剣の檻というか壁に使われた巨大な剣は天使や精霊の軍団を相手に一人で戦った、ある巨人の英雄が手にしていたとされる剣であり、固有結界に巻き込んでしまった魔導師達に関しても、魔力素というリンカーコアが魔力を生成するのに必要なものがこの世界に在るのか難しいところだ。
例え、空での戦いに秀でた航空魔導師達ですら魔力を回復できずにいては魔力消耗という疲労を起こしてしまう、そういったのを防ぐ為に魔導師達がガジェットと戦わないよう隔離したんだろう。
後ろで巨大な姿を顕にしている世界樹の存在も気になるが時間が無い、今はガジェットを殲滅するのが先決だ。
幸いというか、固有結界の魔力消費はそれ程多くはない、多分、アーチャーと一緒に行なった事で魔力の消費が半分くらいですんだのと、この世界が俺達の世界よりも修正が弱いか、魔力回路から生成される魔力が強まっているのかのどちらか、もしくは両方の影響なのかもしれない。
まあ、アーチャーのは遠坂の魔力を使ってるだろうから後で遠坂には礼を言わないとな。
アーチャーが周囲に乱立する剣を浮かべ撃ち出しつつ向って行くのに遅れ、俺も周囲の剣をガジェットに撃ちだしながら突貫する。
この瞬間の差が俺とアーチャーの差、戦いに関して幾つか経験してきたがアイツとの差はサーヴァントと人間とかいう単純な差ではない。
経験―――それが俺とアーチャーでは明確に違う、ガジェットに剣の雨を降らし、剣を振るい前へ前へと進むが、赤い外套を纏った背中は常にその前を行く。
だけど、アイツは僅かに顔を動かし「―――ついて来れるか」とでも言いたげな視線を向けてきてたのでカッと頭に血が上った。

「てめぇぇっ――――っ!!!」

ガジェットの大軍を相手にしながらも俺は、必ずアイツを超えてやると心に決め、手にした双剣を振るい更に踏み出した。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第16話


地上本部襲撃に続き機動六課は無数のガジェットの襲撃によって隊舎は壊され、およそ三十名の隊員の多くに負傷者がでた。
しかも、あれ程の事件を起こしたジェイル・スカリエッティの捜査すら地上本部はこれは地上の問題として協力の意思を見せずにいる。
でも、はやてちゃんは機動六課が追うのはスカリエッティではなく、飽く迄もロストロギア『レリック』の捜査で、その捜査線上にスカリエッティと今回の事件を起こした組織がいるだけと考え、廃棄処分が決定していた引退艦アースラに本部機能を移し活動を再開していた。
そんな折、スカリエッティ達は再び動きを見せ、実動隊だろう戦闘機人達は短時間のうちに守備隊と二基のアインヘリアルを壊滅させた後、複数のグループに別れながらも地上本部へ向うルートを目指す。
緊迫する状況のなか、捜査を受け持ってくれたアコース査察官からの通信が入り、スカリエッティの拠点を見つけたとの知らせが伝えられると、まずスバル、ティアナ、エリオ、キャロの四人からなるフォワード部隊を地上部隊の援護に向かわせ。
騎士カリムの許可の下、今まで部隊保有魔力の制限からリンカーコア出力の制約を完全に解除した私達隊長副隊長のうち、フェイトちゃんはアコース査察官が見つけた拠点の増援として。
シグナムはリインフォースと一緒に、一週間前、本部が襲撃を受け際に現れヴィータちゃんと交戦した騎士、ナカジマ三佐から聞いた話では元首都防衛隊のストライカー級だったというゼストが向う中央本部へと別れた。
残りは―――

「魔導師部隊陣形展開、小型機の発着点を叩いて!」

「なかへの突入口を捜せ―――突入部隊、位置報告!!」

はやてちゃんの指揮の下、空戦魔導師隊がガジェット達を押さえ、ヴィータちゃんも突入口を探して鉄槌を唸らせる。

「第七密集点撃破―――次っ!!!」

急がなきゃ、「痛いよ、怖いよママ……」ゆりかごの王座に縛りつけられたヴィヴィオの助けを求める姿が脳裏を掠める、もうすぐだよヴィヴィオ、もうすぐなのはママが助けに行くから!!!

「っ、なんや動きが―――変わった?」

攫われたヴィヴィオを心配しつつも、ゆりかご内部へ続く突破口を探していた時、今までゆりかごの護衛として近づく者達を排除しようとしていたガジェット達がクラナガンの上空に近づいた途端動きを変え、はやてちゃんは逸早く気がついた、けど―――

「不味い、街の方に向うぞ!?」

それまで、護っていた筈のゆりかごにガジェット達は次々にそっぽを向いてクラナガンへと飛び去り始め、その様を目の当たりにするヴィータちゃんは瞬間的に追撃するかこのまま突入部隊の警護を続けるかの迷いが生じたよう。

「あかん、あれだけのガジェットが街に入ったら大事や!?
突入部隊はそのまま作業を続行!
なのはちゃんとヴィータは、内部への突入口が出来次第突入や、外のガジェットは私と魔道師隊で当たる―――魔道師隊は、突入部隊への護衛を残しガジェットを追うで!!」

相変わらずゆりかごからは次々とガジェットは出て来るものの、出た途端にクラナガンに機首を向け飛び去ろうとするガジェットの動きに、捲くし立てるようにして指示を出したはやてちゃんは追撃し、続く魔道師隊も護衛が去り、まるで裸のようになったゆりかごからクラナガンに向かい飛ぶガジェット群への追撃を開始する。
状況が一変した―――
それまで、ゆりかごの外壁を壊し内部に侵入しようとする突入部隊を排除しようとしてきたガジェットはいなくなり、ゆりかごを操る犯人も予想していなかったのか次々にガジェットの増援を出すけれど、発着点から現れるガジェットはその尽くがクラナガンへと飛び去って行くだけになってしまう。
そうなれば、外壁を壊し突入口という内部に侵攻する為の橋頭堡を作る突入部隊の作業ははかどるのだけど、私とヴィータちゃんも幾つかの発着点から現れ、飛び去るガジェットを撃破して行くものの、ゆりかごの防衛すら棄てるガジェットの行動の不可解さに困惑していた。

「っ、一体なんなん………まて、分断されたのか?」

「それは無いと思う。
他の航空魔導師隊と分断するにしても、ゆりかごの防衛まで棄てする意味は無いから」

ヴィータちゃんは、もしかしたら街に向ったガジェットを追う魔道師隊とゆりかごの間に十分な距離が出来てから残った方を叩くのかもしれないと想像したようだけど、それなら初めからゆりかごの周囲に展開するガジェットの数を増やして対処すればいいだけの話しだし、一体なにが起きているのか……

「………」

手掛かりは数少ないけれど、その内の一つ騎士カリムのレアスキル、預言者の著書(プロフェ―ティン・シュリフテン)の前の予言では、

『古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、
死せる王の元、
聖地よりかの翼がよみがえる、
死者達が踊り、
なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、
それを先駆けに、数多の海を護る法の船も砕け墜ちる』、

というものだった。
解釈として、古い結晶はレリック、無限の欲望とはジェイル・スカリエッティを指しているのだという。
死せる王の元、聖地より帰った船の意味は多分……ヴィヴィオとゆりかご、踊る死者達は戦闘機人や、八年前に殉職した筈の騎士ゼストを指し。
なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ちの意味するのは地上本部の壊滅、それを先駆けに、数多の海を護る法の船も砕け墜ちるは、ロストロギアを切欠に始まる管理局システムの崩壊を示していたという。
でも、機動六課が設立された影響なのか予言は変わっていて、

『古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、
死せる王の元、聖地よりかの翼がよみがえる、
死者達は歌い踊り、異邦人達を連れ舞い戻らん、
なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、
民の願いは空を染め、
死せし王、剣を振るいて翼を斬り裂かん、
それを境に数多の者達、無限の英知の帰還を知る』、

になっていた。
予言のうち、初めの方は前と同じ予言が含まれているけど、前まで踊るだけだった死者達は歌いだして楽しそうになっていて、更に誰かを連れて来る意味合いを示し。
地上本部の壊滅によるものなのか、人々の願いは空を染めるとなっている、ミッドチルダの人々が受ける衝撃は計り知れないのは解るけど……
それに、死せし王、剣を振るい翼を斬り裂かんって意味はヴィヴィオが剣を使ってゆりかごを壊すって事を指しているのかな?
でも、最後のそれを境に数多の者達、無限の英知の帰還を知るっていう意味が解らない、ヴィヴィオが聖王にまつわる血筋だとしても『無限の英知』が指す意味が何なのかが不明過ぎ。
交戦ではなく、飛び去るガジェットを後ろから狙撃するだけとなった今では、余裕から予言の解釈を上手くすればヴィヴィオを助けられるかもしれないと思い、マルチタスクの一部を使って考えてはいるのだけど上手く答えは出てこない―――何処かで何かのピースが欠けている感じがする。
幾つものマルチタスクを行いながら、周囲を警戒を行いつつ突入部隊が外壁に穴を開けられるまでガジェットを墜していた時、遠目に地上の方から空に駆け上がって来る人影を捉え―――

「なっ!?」

突如、広がった炎に包まれたと思えば炎が消えた時には、それまでいた筈のガジェットもはやてちゃんを含む魔道師隊も姿を消していて。

「―――っ、はやてとの繋がりが無くなっちまった」

「それって!?」

ヴィータちゃんの呟きに驚きを隠せない。
夜天の書の主であるはやてちゃんと、守護騎士のヴィータちゃんの間には互いに感じあう繋がりがあるけれど、それが感じられなくなったって事は―――

「なんだよ!なんなんだよ今のは!?」

「……多分だけど、今のは何かしらの結界魔法だと思うからはやてちゃんも魔道師隊も無事の筈だよ」

あの極一瞬とも思える時間内で、はやてちゃんや魔導師隊をどうにか出来るとは思えない、系統化されている魔法のうち、今の条件から消去法で導いた結果が結界魔法なんだけど、はやてちゃんとヴィータちゃん―――恐らくは他の守護騎士達との繋がりを一時的にしろ遮断してしまえる結界魔法なんてそう多くはない筈。
でも、今みたいに炎で包み込むようにして消えてしまうようなタイプは見た事が無いな……
上がって来た人影は街の方から走って来たから地上部隊の隊員だと思えるし大丈夫だと思えるものの一抹の不安が残ったのは確か。

「それでも、こんな時なのにはやてや魔道師隊まで巻き込んでどうすんだ!!ちくしょうっ、はやて――――――っ!!!」

恐らく、地上部隊もまだ一週間前の襲撃の影響が抜けてなく、いまだ指令系統に支障をきたしているのだと思うけど、ヴィータちゃんの叫びが蒼穹に響き渡って程なくして地上部隊の展開する辺りから竜巻が上がり、ゆりかご周辺で展開する魔導師隊に向け強力な砲撃が行なわれる為に離れるよう要請が告げられた。



[18329] リリカル編17
Name: よよよ◆fa770ebd ID:7b08bee0
Date: 2013/09/27 19:40
蒼空より姿を現す航空機型のガジェット、Ⅱ型の出現により戦端は開かれ戦いは始まった、Ⅱ型への迎撃はクロノさん率いる飛行チームが受け持ち次々と撃破して行くものの、Ⅱ型が放つ光線はいいとして一機につき六発搭載しているミサイルが稀に『ディストーションシールド』の空間歪曲場に引っかかって公民館の近くで爆発したのか、衝撃というか微妙な振動が伝わって来る。
地中には水道などのライフラインがある為に空間歪曲場は展開出来ないから仕方がないとはいえ、公民館自体は『ディストーションシールド』によって囲まれているから被害らしい被害は無い。
でも、小刻みな揺れは気にする程じゃないにしても避難して来た人達は外に仕掛けたカメラの映像や、ゆりかごを映す衛星からの画像で、振動の原因がミサイルなのを知っているから落ち着かないみたいだ。

「っ、俺も力になれたら……」

「そりゃあねぇ、私だって何かしたいけどさ……」

植木職人だというおじさんは、高枝切鋏み型のデバイスを手にしながら空間モニターに映し出された映像を見やり、缶きりや包丁、栓抜きなど十の形に変わるデバイスを手にするおばさんはおじさんを宥めるようにしながら見詰めている。

「聞いた話じゃ、CAMF(カウンターアンチマギリングフィールド)っていうAMF対策だってあるんだろ俺じゃだめなのか?」

「そういっても、部隊での戦いに慣れている訳じゃないし……本職の人が言うんだから仕方がないじゃないのさ」

「くそ!AMFさえ無ければ、ガジェットなんか俺の鋏みでちょん切ってやるのに!!」

「その前に俺様のファイアスターターが焼き尽くすがな」

おじさんとおばさんの話しに、長い筒型をした雑草除去用のバーナーみたいなデバイスを手にするお兄さんは自信満々に口を開き。

「何だと若造が、俺のシザーハンドはなあ―――」

「あら、私のテンブレイドだって―――」

「でも、CAMFの範囲はAMFの濃度によって変わるんだよ」

話はデバイスの自慢話に変わりつつあるようだけど、話が盛り上がり過ぎて飛び出されでもしたら困るのでCAMFはAMFに対して有効だけど、絶対じゃないのを告げる。
そもそも、ディアブロと四つのジュエルシード改から供給される魔力と性質を利用して『ディストーションシールド』と『CAMF』の両方を展開している訳で。
公民館の施設は結構広いし、セイバーさんやクロノさんは主に避難している人達の方を優先するよう言っていたから、『ディストーションシールド』の方を優先にして、余力があればCAMFの方に魔力をまわすようにしている。
だから、公民館への攻撃が激しくなればなる程、CAMFにまわす魔力が減るし、AMFとCAMFの関係は単純に出力が強い方が効果が現れるからガジェットが雲霞の如くやって来れば効果は激減するんだ。

「くっ、結局はAMF相手の訓練をしていないと駄目って事か!?」

「俺が若い頃だって、AMFなんていうマイナーな魔法なんて使う奴はいなかったのによ!」

「対フィールド弾、時代が……変わったのかね………」

すると、お兄さんやおじさん、おばさんはそれまでの元気というか勢いが無くなってしまい、しょんぼりとした感じで避難所に設けられた空間モニターに目を向ける。

「大丈夫。お兄ちゃん達は正義の味方なんだから、きっと皆を守ってくれるよ」

「本当なの?」

「うん。でも、それは地上で働いている局員さん達だって同じなんだよ」

少し可哀想な事をしたかなと思い、皆を困らすガジェットなんかは外で戦っているお兄ちゃん達がやっつけれくれる筈だって慰め。
すると、起動したままのジュエルシード改を四つ周囲に漂わせている私に、お母さんと一緒にいる私と同じ歳の子が聞いてきたので頷きながら空間モニターに映される姿に目を向けた。
映像にはクロノさんやフェイトさんが放った魔法を避け、瞬間的とはいえ数機が纏まったところになのはさんの砲撃が薙ぎ払い殲滅して行く姿が映されている。
一方、地上ではお兄ちゃんとアーチャーさんが遠くの相手に弓を放ち、セイバーさんとアサシンさんが近づくガジェットに立ち塞がって次々に斬り捨て、その斜め後ろ辺りから地上部隊の皆さんが射撃魔法を放っていた。
加え、光の刃が空に走ったり、雷が落ちたり放たれたりするのは凛さんとお母さんの魔術なんだろうと思う。

「凄いね、僕とそんなに変わらないのに……」

「ああ、なんでも全員が全員Aランクはあるっていう話しだからな」

「畜生、精々Dランクの俺には無理って話か……」

お母さんと一緒に映像をジッと見詰める子は、ガジェット相手に戦い続けるなのはさんやフェイトさん、ユーノさんの勇姿を目にして呟き、その声にお兄さんやおじさんはそれぞれ言葉を漏らす。

「聞いた話じゃ、執務官が極秘に追っている事件の為に編成された部隊って噂よ」

あばさんが言うには、クロノさんと局員さん達の話を耳にした人から更に又聞きし、伝言ゲームの要領で話しに尾ひれがついたのか変質したのか、私達が何時の間にやら極秘任務で動いている特務部隊という話になっているみたい……

「そうだよな、この娘だってディストーションシールドとかいう大規模空間防御が使えるんだし」

「現にこうして守られている訳だしな」

「うん。お兄ちゃんやクロノさん達がガジェットから皆を護るように、私もここに避難して来た人達に怪我がないようにしてるんだ」

極秘って訳じゃないけれど、一応、この世界のフェイトさんについて調べていたのは確かなので反論する必要は無いとは思うものの、おばさんの語る話しにおじさんもお兄さんも私を見やり納得していたので皆が安心できるよう口にする。
でも、一度に襲来するガジェットの数こそ十数機から五十機程度なんだけど、それが何度も繰り返されて行くと、幾らガジェットが現れる方向がゆりかごの方角からだけとはいっても限が無いように感じてくるのかもしれない。
しかも、初めのうちはゆりかごからの距離もあってか襲撃の間隔も長く、その間にジュエルシード改から魔力供給を受けているお母さんがユーノさんや地上部隊の局員さん達に魔力を渡し、皆の疲れや傷を治すのだけど、ゆりかごの接近に伴い襲撃の間隔が短くなって行き、保有魔力量が少ない局員さん達に疲労の色が濃く現れ始める。

「負けないで……」

「そうだな、俺は……ここで応援するしかできないんだからな」

「若造、お前だけじゃない。
俺だって、俺達の日々を壊したスカリエッティって奴をぶちのめしたい―――でも、俺じゃ力が足りないんだ!」

私と同年代の子の声にお兄さんは悔しそうに顔を顰めるけど、おじさんはスカリエッティって人が起こした事件に対して力になれない無力さを悔しがり。

「だから頼む、俺たちじゃ駄目なんだ頑張ってくれ!!」

デバイスを手にする両手をグッ強く握り締め、画面を見詰めるおじさんの声は半ば叫びのようなものになって避難して来た人達でざわめく広間に響き渡った。

「―――頑張って」

おじさんの叫びにより、瞬間的に静まり返った室内にお母さんと一緒の子が口にすると次々に「頑張れ」、「頑張れ」と声が広間に木霊し始める。
そうだね、きっと正義の味方に護られているだけじゃ駄目なんだ―――守ろうとする人も、守られる人達も皆が皆、力を合わせてこそ平和は守れるんだ。
だって、いくら正義の味方が助けようとしても助ける相手が望まなければ正義の味方の行いは迷惑なだけの空振りで終るのだから、助けられる方も助かろうと努力しないといけない。
そう思い再び外で戦う皆の姿に視線を向け、

「んっ―――」

ふとソレが目に入った。
そうだ、アレなら……皆の想いが元になって創られたアレなら皆の願いを力をできる。

「皆も一緒に戦いたいんだから私も動かなきゃ」

立ち上がった私が公民館の運営をしている人達や報道関係の人達を捜し、なんとか話がついた時―――セイバーさんの剣から極光が放たれた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第17話


幾度にも及ぶ襲撃、アーチャーや受肉したとはいえサーヴァントであるアサシンは兎も角、見渡せばシロウ、凛の表情にも疲れが見え隠れしている。
空ではユーノとプレシアが襲撃の合間に疲労を取り除こうと、それぞれなのはとクロノ、フェイトにアルフに回復魔法をかけていた。
しかし、幾度にも及ぶガジェットの襲撃は私達の集中力を確実に削り、体の疲れは癒せても脳やリンカーコアの疲労は専門の医師でないと難しいのでしょう、地上部隊の局員達のなかには集中力が欠けてきている者や、軽い魔力消耗を引き起こした者など回復魔法を使っても癒されない者達が数人出はじめている。
状況は悪くなる一方、なら……もはや伏兵として配置したポチを出すしか手はないのか―――いや、それでは街への被害が大き過ぎる。
かつてアヴァターで目にした時のように、溶岩を使う等といった事はないものの、ポチは大地を動かし削る動きをする……戦力として出せばここから見える街並みは確実に変わるだろう。
それでは、ガジェットやゆりかごの脅威が去った後の住民の暮らしが成り立たなくなってしまう、そう躊躇する私の目には所々で黒煙が上り、かつて道と呼べた所ではガジェットの残骸が幾重にも積み重なり、街なみを窺えば散乱しいる様が目に入って来る。
私やアーチャー、アサシンが居たとしても、この場にいる一人一人が健闘しなければここまで被害を抑えるのはできなかった筈だ。
だが、空にはゆりかごと呼ばれる超巨大戦艦が姿を見せ始め、護衛であろうガジェットの大軍が日の光を反射させながら迫って来ている。
せめて増援があればまだ対処のしようもある、が―――局員達の話では先日の地上本部襲撃により本部機能が低下し、局員にしても少なからずの被害でているという、加えジュエルシード改の影響からガジェットの襲撃を受け易くなっているものの、襲撃を受けているのはここ以外にもあるのだ、増援を期待するのは難しいか。

「すまないセイバー、少しかもしれないけど時間を稼ぐ」

「シロウ、何を―――っ!?」

私が思案にくれていた時、何を考えたのかシロウは持場を離れ向かい来るガジェットの大軍へと走り出す。
止める間も無く走り出すシロウの行動に、一体何を考えての事かと呆気にとられてしまったものの、

「そういう事―――ならアーチャー、アンタも行ってあげて」

恐らく凛は守護者となり、英霊の域まで上り詰めたシロウ、英霊エミヤであるアーチャーからシロウが何をしようとしているのか聞いたのでしょう、アーチャーに指示をだし。

「いいだろう、単独行動は弓兵の得意分野だからな」

アーチャーはガジェットの大軍に視線を向け―――

「一つ確認する―――小僧は時間稼ぎのつもりらしいが、別に倒してしまっても構わんのだろう?」

私達に背を向けたままのアーチャーは、シロウと二人だけであの大軍を相手にするという。

「ええ、遠慮はいらないわ。
がつんってやって頂戴、アーチャー」

「ば―――っ!?」

遠慮はいらないという凛に対し、私は馬鹿な、アーチャーは兎も角シロウでは荷が重いと告げようとして飲み込む、かつて別のシロウや凛と遂げた聖杯戦争の記憶が脳裏に蘇ったからだ。
故にシロウが行なおうとしてる事に思い至った、あの時のアーチャーは、かつての自身であるシロウに対し固有結界という大禁呪を用いてきた、ならば今シロウやアーチャーが行おうとしているのは固有結界という魔法に近い禁呪を用いるという事なのかもしれない。
術者の心象風景を具現化して、現実を侵食する固有結界ともなれば結界内は理すら違って来る異世界といってもいい筈。
だからこそシロウは、私達を巻き込まないようガジェットへと先駆けたのか―――確か、かつてのシロウも今のシロウと同じく部屋が簡素すぎ、部屋は持ち主の心象といい一抹の不安を抱いたものですが、英霊となったシロウ、英霊エミヤの心象風景は炎に包まれ、無数の乱立する剣がまるで墓標のように連なるだけの世界。
そのような世界でアーチャーは地面に突き刺さった剣群を私やシロウに対して放っている、しかも聖剣や魔剣と呼ばれる剣でさえ偽物である以上、数に制限などはない筈だ―――

「―――実体化した剣の有効性はシロウやアーチャーが示している、ならば無限に剣を放てる世界でなら有限であるガジェットを殲滅できる公算は高い、が」

問題はシロウだ。
アーチャーは受肉していないが故に、霊体というガジェットの武装では傷を受付けないアドバンテージがあるが、人間であるシロウがガジェットから集中攻撃を受けたのならバリアジャケットや投影した鎧があったとしても無傷とはいかない。

「了解した、凛」

「衛宮君なら大丈夫よ、セイバー。
危なくなったらアーチャーが隔離するなり、結界から放り出すでしょうから、それに………ううん、なんでもないわ。
(以前、アーチャーと戦った時の事だけど、後で調べたら学校に結界も何もされてなかったのよね……
それなのに首を斬られようが、全身をみじん斬りにされようがケロッとしていて、アーチャーは何らかの加護でも得てるんじゃないかって推測していたようだけど、仮にそんな加護があるのならガジェットに全身撃ち抜かれたって平然としてるんじゃないかしら?)」

「しかし、凛………いえ、アーチャーの魔術を知っているのですか?」

魔力で作った足場にてビルの谷間を走り、空を駆けるシロウに続き、アーチャーもビルからビルへと走り追いかけ、後ろ姿を見送るしかない私に凛は信じる何かがあるのか、やや口を濁した感はあるものの平然とした表情で案じなくてもいいと口にする。
その、あまりにも信頼しきった表情にアーチャーの固有結界には他にも秘密があるのかもしれないと思い聞いてみた。

「まあね………
(召喚した時こそ、自分が誰だかわからないとか言って誤魔化されたけど、アーチャーが衛宮君だってのを知ってからマスターとして宝具についての話は重要、念のため衛宮君みたいに服を脱がせたら能力が変わるか確認しようとしたらあっさり教えてくれたもの、まあ……まさか固有結界なんていう魔法一歩手前の業なんて思ってもなかったけどね………)」

凛は聖杯戦争が終った後も魔力を与えアーチャーを現界させ続ける程のマスターだ、アーチャーにどのような思惑があったのか知るよしもありませんが、付合いが長ければ長いほど凛の追究からは逃れなれなかったという事か。

『セイバー。君の事だから何か策あっての事だとは思うが、彼らは何をするつもりなんだ?』

『二人だけじゃ危険です』

空から私達の動きを見下ろしていたクロノは、短い付合いながら私の指揮能力を買ってくれているようですがユーノは心配のようだ。

『シロウとアーチャーの二人はガジェットの侵攻を阻む為、攻撃性を持った結界を展開します』

『攻撃性を持った結界だって?』

『私達の世界でも魔法、すなわち奇跡一歩手前の大禁呪よ―――こっちの世界の魔術違ってAMFの影響も受けないわ』

クロノに返す私の言葉に、ミッド式に魔術のように攻撃性を持つ結界はないのかアルフは訝しみ、シロウとアーチャーが行なおうとしている魔術がどれ程のものかを凛は告げる。

『っ。禁呪、貴女達の世界ですら禁止にされる程の魔法だというの!?』

『なんか凄そうだね』

『うん』

凛の言う禁呪という意味を悟ったプレシアは、既に小さな影と化しているシロウとアーチャーの背に目を向け、なのはとフェイトも幼いながら禁呪という名に心強い響きを感じたのか視線を向ける。

『………それで、あの大軍をどうにか出来るのか』

クロノが見詰める先には、巨大なゆりかごの船影を背景に迫るガジェットの無数の黒点、クロノもまた、あれ程のガジェットと交えたのならこちらも無事ではすまないのが判るのでしょう。

『魔術師でない私には判りませんが、仮に失敗した場合でも術者は任意に結界を解いて出られる筈です』

『そうか。事前にどういった魔法なのか知りかかったが仕方がない、今となってはどういう魔法か判らないが成功して欲しいものだ。
ガジェットはどの道戦わなければならない相手、仮に上手く行かなかった場合は僕達が退けるよう援護しよう』

『その時には私も全力全開で援護します』

『プレシアさんの魔法は欠かせないから、怪我をしたのなら僕が治すよ』

『私達も負けてられないよフェイト』

『そうだね、アルフ』

『魔術は門外漢なれど、刃が届く範囲ならば制して見せよう』

シロウにしてもアーチャーにしても固有結界の世界がどうなっているのかを詳しくは知らない、しかし、結界である以上は術者の必要に応じて展開の有無ができる筈だ。
そう予想し告げるとクロノは、倒しきれないまま侵食された世界が元に戻る時の事を考え、なのは、ユーノ、アルフ、フェイト、アサシンも協力を申し出てくれ他にも、

「わ、我々もあなた方が戻られるまでここを守り通します」

「そうです」

地上部隊の局員達ですら、塹壕から体を乗り出すようにして申し出てくれる。

「あなた方に感謝を。
そして、シロウ、アーチャー、あなた達を信頼し共に戦おうとする者達はここにも居ます、それを忘れないでいて欲しい」

少ししてシロウとアーチャーの姿は点となり、ガジェットの軍勢に交わった時、突如現れた炎が広がったかと思うと―――

『ガジェットが消えた』

『アレが向こうの側の世界の禁呪……』

わずか一瞬の間、広がった炎が消えると同時にシロウ、アーチャーの姿はなく迫っていたガジェットの大軍も姿を消していた。
その光景をなのはとプレシアは息を飲み見詰め、

『僕達の結界とは違って、魔力を持っていても何も感じとれないんだ……』

『そりゃさぁ、向こうの世界の魔術ってのが、私達の魔法とは違うってのはプレシアの体を作ってもらう時に感じてたからね……』

『そうだね、キャスターさんからは世界が違えば魔法も色々と違ってくるって教わったようなものだから』

『彼らの世界の結界は僕達の世界の魔法よりも隠蔽に長けている、だというのに彼らの世界ですら禁止にされている程の結界魔法となれば僕達では感知するのは至難の業だ』

シロウとアーチャーが使ったのは固有結界。
境界を得ることで効果を発揮する普通の結界とは違い、術者の心象風景を具現化して現実を侵食する特殊な結界、いわば一時的とはいえこの世界から消え失せるといっても過言ではない。
仮に、この世界に使える者が居たとしても特殊な才能が必要になるが為に魔法技術として伝えるのは難しい、寧ろこの世界ではレアスキルとして認知されているかもしれない。
だが、気になるのは凛だ。
ことアーチャーの魔力は凛が担っているはず、魔導師も魔力を使い過ぎれば魔力消耗という衰弱を引き起こしますが、魔術師の魔力は命そのもの………一度に大量に失えば自身の命すら危なくなる。
凛の事ですから大丈夫だろうと思いつつ視線を向ければ、いつもと同じ余裕に満ちたものの足元にベルカ式で魔力を上乗せする時に使うカートリッジを幾つか撒き、「たく、遠慮なく持っていくんだから予備タンクまで空っぽよ」とぼやきながらも魔法陣を出現させている、どうやら魔力を回復させる術のようだ。

『されど、これで終わりという訳ではあるまい?』

『ええ。まだ、ゆりかごが健在である以上は終わりではない』

このまま、指をくわえて手をこまねいているのならば先程と同じ状況になるのは必至、故に先手を打つ必要がある。

『あれ程の巨艦だ。内部には数多のガジェットが積まれているはず、ならば艦を操る者が異変気付けば艦内にて待機させていたガジェットを出して来るのは容易に想像できる』

『ああ。ゆりかごは巨大な艦だ、あれ程の大きさになればガジェットを作りだす設備があっても不思議じゃな―――っ、何をするつもりだセイバー!?』

念話で話す私にクロノは同意し、ゆりかごそのものに生産設備があるようだとクロノは指摘する、クロノの話により直感を確信に変えた私は聖剣を不可視にしていた風の鞘を解き始めた。
ゆりかごを操る者が、護衛に出したガジェットが消え失せたのを知りえれば再び前と同じ状況になるだけ、だが、こちらの戦力といえば、ゆりかごと交戦していた航空魔導師達が増えただけだ。
このままでは街の被害は許容できないものになる筈、ならば打つ手は一つガジェットをゆりかごから出させないようにするか減らすしかない。

「ゆりかごと交戦中の航空魔道師隊に連絡を、これから私の宝………げきを行ないます」

「砲撃ですか?」

「ええ、私の砲撃は魔力こそ使いますが魔術や魔法ではないので非殺傷はできません、ですが―――」

吹き荒れる風の帯を紐解くなか地上部隊の局員達に指示を出す。
宝具を使います、といってもこの世界の人々には通じない故に砲撃と称した、しかし、使ったとしてもあれ程の巨艦だ、私の聖剣が如何に対城宝具であっても一撃で撃破できる筈もない、が。

「―――ゆりかごとはいえ、航空魔道師達を内部に侵攻させるくらいの損傷は与えられる」

内部に侵攻させれば、こちらへ回せる戦力を減らせる筈、攻めあぐんでいるのなら突破口を作ればいいだけの事。

『そうね、それしか手はないみたいだし』

『なんだって!?』

『古代ベルカの遺産を外側から壊せる程の砲撃なの!?』

一人、凛だけが納得するなか、案の定といいますかクロノとユーノは驚きを隠せないようでいて、

『だったらなんで複合暴走体の時に使わなかったんだか……』

『うん』

『そうだね。後で判ったけど、あの複合暴走体って世界一つ壊せるだけの魔力があったみたいだし』

アルフはジュエルシード事件にて最後に現れた暴走体、複数のジュエルシードが集まり現れた暴走体の事を口にし、なのはとフェイトも頷きを入れる。

『複合暴走体の時に使わなかったのは理由は一つ。
使えばジュエルシードその物を失ってしまう、あの時の私達の目的は回収であって破壊でないからです』

とはいえ、複合暴走体との戦いでは障壁の厚さに加え海という場所の関係もあって威力が減退してしまう関係上、ゆりかごと同様に一撃とはいかないかもしれませんが……
そう話しながらも、風の帯を外し黄金に輝く剣に魔力を注ぎ込んで行く。

『古代ベルカの戦舟なら、船体を構成する鋼材もまた異質技術が用いられている特殊な造りになっているはず。
しかも、あれ程の大きさなら外殻はそうとうの厚さ………例え、私が魔力炉の力を上乗せして大魔法を使ったとしても傷を与えられるかどうかのレベルなのに』

私の話から、プレシアはゆりかごに外からの攻撃は有効でないのを語るが私の直感は通じると告げている。
魔力を十二分に注ぎ込むなか、地上部隊の局員からゆりかごと交戦している航空魔導師隊と連絡が取れ、退避したとの言を受けた私は剣を振り上げ、

「約束された―――(エクス)」

十二分に注ぎ込まれた魔力を聖剣は光へと変換し。

「――――勝利の剣!!!(カリバー)」

変換された光は更に収束し加速され、光の刃となりて放たれた。

「なる程な、アレがセイバーの宝具か。当人も美しい剣気を纏っているが故によく似合う」

「綺礼が言ってけど本当ね、まさかの対城宝具よ」

まるで、今の一撃を花火の打ち上げのように楽しむアサシンに加え、私を見詰める凛には能力が判るらしい。
なる程、今だマスターであるからこそ生身の体にサーヴァントの力を被せた私の能力や宝具について判るのか。
ふと、そんな事が過ったものの、上からはなのは、フェイト、アルフの三人が『嘘……』とか『凄い……』とか『なんだんだよ……今の』とか念話が伝わって来て。

『っ、言うだけの威力はある』

『………まるで古代ベルカに出てきそうな異質技術みたいだね』

『個人で携帯できる装備でありながら、あれ程の威力といい、あの二人が行なった結界魔法といい何て世界なのかしら……』

遠目だが、聖剣の光が直撃したゆりかごの艦首付近から煙が漏れ始め、ゆりかごの装甲を斬り裂いた威力にクロノは唾を飲み込んだ様子で、ユーノは私の剣がまるでロストロギアだと言わんばかりにいる。
プレシアに関しては、私の聖剣とシロウの固有結界に呆れたのか私達の世界の異常性に二の句がつげないようでいた。
だが、私の剣が有効とはいえ相手は超巨大戦艦、やはり外からでは私の剣ですら墜すのは難しい。
私が放てる回数はおよそ残り二回ほど、しかし、全ての魔力を費やしてしまえば後に来るでしょうガジェットの襲撃に遅れをとりかねず。
故に最後の一回分は余力を残す必要があり、かつ二度に振るう聖剣をにてゆりかごに痛手を与えねばならない―――狙うは先に斬り裂いた所、そこを再び斬り裂ければ今度こそ船内の構造物と共に多くのガジェットを壊せるかもしれないのだから。
再び聖剣に魔力を込め―――

「約束された―――(エクス)」

真名を解放し、

「――――勝利の剣!!!!(カリバー)」

注ぎ込まれた魔力は、光の刃となりて再びゆりかごを斬り裂いた。

「っ!?」

繰り出した斬撃の大半はそれてしまったものの、辛うじて斬撃跡に重なった箇所からは漏れ出す煙の色が黒くなり始めている。
だが、ゆりかごの船底部分に新しい斬撃の跡を残したとはいえ、直撃させられなかったのは事実だ。
初めて思うが、こうして聖剣による精密な斬撃を行なうとなればアーチャーのクラスが持つという鷹の目が欲しくなる。

「思うんだけど、中の犯人って大丈夫なのかい?」

「恐らく大丈夫だろう。
僕達の艦船や船舶もそうだが、極力人員を使わずに運行や制御できるようになっている、だからあの船を操る犯人達も艦橋か制御室に居るはず、少なくても艦首や船底付近いる理由はない筈だ」

私の聖剣による斬撃で、船底から黒々とした煙を空に流すゆりかごの姿を見やるアルフは犯人達を気遣うものの、クロノは戦闘時に戦域や戦況を知るべく艦橋や駆動炉の制御を行なう場所にいる必要はあるが、船底にいる理由はないので問題ないと告げ。

「なら、突入する航空魔道師の人達は艦橋を制圧するか駆動炉を壊すしかないんだ……」

「大変そうだね……」

なのはとフェイトはAMF影響下での訓練や、これまでガジェットと交戦してきた出来事からゆりかご内部に侵攻するだろう航空魔道師達を心配していた。
それもそうだ、戦う為の船である以上、区画や隔壁等も考慮されたつくりなのでしょうし、艦船にとっての致命傷にならない所ならば少々の損傷は無視しても構わない筈。
犯人側からしても、急所である艦橋や制御室に加え魔力炉か駆動炉を守ればいいだけの話であり、ガジェットや犯人達も相当の戦力で守りの布陣を布いている事でしょう。
故に、私の聖剣によってゆりかごの内部へと続く道を作らなければ勝機を失うかもしれない。

だが、余力を残して放てるのは残り一度きり―――もはや失敗はできない!!!

無意識に剣を握る手に力が加わりグッと音が零れる。
そんな時―――

『皆も一緒に戦いたいんだって言うけど駄目かな?』

などというアリシアからの念話が届くが、

『っ、それは出来ない』

即座に却下した。
そもそも、その事は地上部隊の局員達に協力を申し込んだ時に済んでいる話だからだ。
私達が協力を申し込んだ時、他の人達もまた協力を申し出たのはいいとして、彼や彼女達が使うデバイスが高枝切鋏みの形をしてたり、雑草除去のバーナーやノコギリ、包丁やらバットなどの形状をしていたのもあって一抹の不安を抱いたのもあるが。
AMF発生装置にてAMF影響下での戦いが出来るかどうか試したところ、やはりというかAMFの影響下では魔法が上手く使えなくなってしまったのが最大の理由だ。
一応、アリシアが組上げた術式、CAMF(カウンターアンチマギリングフィールド)があるとはいえ、万一の事も考え戦力として加えなかった経緯がある。

『その話は戦いが始まる前に伝えたはず』

今更、それを蒸し返されては堪らない、が―――今の状況を鑑みれば地上部隊の何人かは交代できるのならしたいのが現状か……
しかし、仮にストライクアーツなどの競技が広まっている事で、個人の技量は地上部隊の局員よりも勝っていたとしても集団での戦いは違う。
そもそも、個人レベルの戦いで済むのなら戦争で部隊を編成する必要は無い、ストライクアーツという格闘技にしても基本は個人の技量を競う競技、技量が優れるという事は自信をもたらせますが、そこに油断と驕りがあればかつての騎士達と同じく突出してしまい助けに向うものならこちらの陣形が乱れ戦線が崩壊しかねない。
私が経験したかつての戦いでも若い騎士達が功を焦った結果、前線に突出し過ぎて孤立してしまい、救援に向った騎士や兵士達も包囲され散って行く様を幾度も見いる。
これはシロウやアーチャーにも当て嵌まりそうですが、周囲を巻き込んでしまう固有結界を使わざる得ない状況で突出するのと、驕り昂った状態で突出するのとでは訳が違う。
今の状況下では幾ら戦力的に優れた者でも集団での戦いが出来ない者は必要ないと言った方がいい。
それに加え、万が一にもアリシアのCAMFの影響を上回るほどのガジェットが襲来すれば混乱に陥りかねない危険性もあるのだから。

『うん、だから皆はここから応援する事にしたよ』

『………応援……ですか?』

『そう、皆も応援して迷惑なゆりかごをやっつけちゃうの』

なる程、アリシアは別に単純に戦力としてではなく別の方法で支援しようという事か、確かに声援という守るべきものからの声かけがあれば心が挫けかけた者も立ち直れる切欠になり得るかもしれない。

『どうやら、セイバーが砲撃を放つ映像が流れたようだな』

『そのようだ。しかし、応援は純粋に戦力とは呼べませんが守るものを認められるのなら奮い立つ者もいる筈です』

避難する人達のなかにジャーナリストなどの報道関係者がいたのか、施設の設備なのかは判断しかねますが空間モニターが現れ、そこには公民館内にて避難する人々が映されると「よくやってくれた姉ちゃん!」とか「ゆりかごなんて墜してやって!!」とか「スカリエッティをぶっ飛ばしてくれ!!」などというスカリエッティにより日常を壊された人々の声が伝えられて来た。

『アリシア。貴方に感謝を、これで士気が保てる』

「うん。皆でゆりかごをやっつけちゃおうよ!」

新たに現れた空間モニターには、四つのジュエルシード改を浮かばせ自身を中心に漂わせているアリシアの姿が映され。
避難する人々が不安にならないようアリシアなりに励ましているのでしょう、加え周りの人々も幼いアリシアが頑張っている故に不安や恐れを顕にするのはできないでいる。
このような時は、恐慌に陥り錯乱してしまうのが一番怖い―――どうやら、避難所の安全の為とはいえアリシアをなかに置いてきたのは別の意味でも正解だったようだ。

「じゃあ、やるよ―――」

「やるって何を?」

空間モニターに映るアリシアは何かしようとしているようだが、凛は何をするの解らずきょとんとしてしまう。

「なに、応援というのだから太鼓や声援で激を飛ばすのだろうよ」

「ん、違うよ。皆の応援はセイバーさんに力を与え、セイバーさんは皆の願いを一つにするの」

訝しむ凛にアサシンは、ミッドチルダに来る前に見ていた高校野球の応援を連想したようだがアリシアは違うと答え。

「私に力を………どういう意味ですアリシア?」

「セイバーさんが手にする剣はそれを可能にするんだよ」

「っ!?」

「セイバーさんが手にする聖剣は、人々の願いから星が鍛えた剣。
願いから生まれた剣なら、皆の―――幾多の願いを一つにまとめ力にする事だって出来るんだから」

聞き返す私に、これがただの応援ではないのをアリシアは告げ、

「だから、この放送を聞いた皆も願いでゆりかごをやっつけちゃおう!!」

ここが高台だからこそクラナガンの街並みが見渡せるのだが、空間モニターからアリシアの声が響くと同時に避難所があるのだろう各所から淡い光が立ち昇って行くさまが目に入り、光は集まり帯となって輝きを増しながら私の持つ剣へと注がれ始める。
すると、どうだろう聖剣は輝きを増し始め、私が魔力を注いでもないというのに真名を解放するのに十分な状態になって行く。
クラナガンの空が淡い輝きに染まり、見上げるアルフは呆然と言葉を失い、なのはやフェイトが「綺麗……」とか「まるで、オーロラみたい……」とか口にするなか、

「っ、まさかミッドチルダの人々の願いを魔力に変えてるのか!?」

「そんな事が!?」

「………これも不可能領域の魔法なのかな?」

クロノとプレシアの二人は魔法に対して深い造詣あるからか驚きを隠せずにいて、ユーノは呆れ半分で空間モニターのアリシアと空の輝きに視線を向けていた。
しかも、恐らく今の会話はクラナガンどころかミッドチルダの各所にまで放送されたのか淡い光はいたる所から集まり、漂う光は空を染め上げながら帯となって私の剣へと注がれ続ける。
だからこそ解る、これが……これこそがミッドチルダの人々の想いなのだと。

「ゆりかごの詳しい情報はありますか?」

「は、はい。先程、地上本部から連絡がありました」

剣から伝わる想いに応える為にも倒すべき相手の情報は必要だ、しかも、ただ単に倒せばいい訳ではなく一連の騒動を起こした者達を捕らえなければならない。
剣より伝わる気持ちを抑えながら聞いた私の問いに地上本部の局員は逸早く答え、私の横に空間モニターが現れると大まかではあるがゆりかごの内部構造などの情報が表示され。
故に、何処を斬ればよいかが判った―――

「―――スカリエッティ。貴方は科学者としての不満から争いを起こした!
だが、これがミッドチルダに住む人々の答えだ!!」

間近に迫るゆりかごを見上げ、私の魔力を注ぎこみながら振り上げる聖剣からは、日常を踏み躙られた人々の想い、ゆりかごを明確に敵とみなす意思が流れ込み。

「約束された―――(エクス)」

これは直感だが。
今、振り下ろす一撃は恐らく今まで私が振るってきたものとは比べ物にならない力をもつ筈、例え、ゆりかごといえども人々の想いにより動かされる聖剣の前には―――

「勝利の剣――――!!!(カリバー)」

真名を解放され、振り下ろされる聖剣から放たれるのは収束し加速された光の刃、一撃にて城をも斬り裂き砕く力を誇るが―――此度の一撃は今までのように瞬間ではなく光の刃は放たれ続けていた。

「っ、対城宝具が……なんて反則よ」

人々の輝きが空を覆い、振り抜かれる聖剣には絶えず人々の光が注ぎ込まれ光刃を放ち続ける、そのあり得ない光景を目の当たりにする凛は唖然とし言葉を漏らす。
だが、その言葉に頷きたくもなる、私の聖剣は対城宝具、本来の瞬間的に放たれる威力でさえ驚異的な威力を誇るのだ―――それが、絶えず放たれ続ければどうなるか……
例え、ゆりかごが古代ベルカという異質文明の遺産だとしても、巨大な光の剣と化した聖剣の前では如何なる装甲も耐えられはしない。
私の振るう聖剣の光を瞬間的には耐えていたゆりかごだだったが、光の剣と化した刃は装甲の耐熱限界を易々と超え断ち切り、内部構造共々瞬時に蒸発させながら反対側の外殻まで突き破って姿を現す―――そう正に今、ゆりかごという巨大な船は私と人々の想いによって斬り裂かれていた。

「航空魔道師隊に連絡を、道は拓いた犯人の確保を願います」

一旦は振り抜いたものの、ゆりかごの全長は光の剣と化した聖剣ですら一度では断ち切れない長さを持つ。
だが、それでいい………この世界の治安を守る管理局システムは、かつて私か治めた国の法とは違う、主犯格の死罪こそ免れないでしょうが国を転覆しようとした犯人でさえも捕らえ法による裁きを行なうのが法治国家―――それを、一介の剣士でしかない私が下していい筈がないのだから。
まるで血に飢えた魔剣にでもなったかのようにゆりかごの殲滅を求める剣の想いを抑え、光の刀身を収めた私の声に地上部隊の局員は、はっと我に返った感じで「は、はい!」と答え空間モニターを開いて連絡を取り始める。

「―――それから、犯人の確保が済みましたらアレをどこで沈めるかの指示を求めるとも伝えてほしい」



[18329] リリカル編18
Name: よよよ◆fa770ebd ID:7b08bee0
Date: 2013/09/27 19:41
そこは炎が吹き荒れる荒野やった。
でも、幻覚魔法の一種なのか炎には熱さは感じられず、一面に広がる荒野には幾多の剣が墓標のように突き刺さっていて、空の半分には幾つもの歯車が回り、もう半分では歯車こそないものの遥か遠に巨大過ぎる樹が姿を見せている。
三佐以上の階級を持つ局員がいない為、航空魔道師隊の指揮をしていた私は数秒前まで降下しながら街に向かうガジェットを追撃していた筈なんやけど……

「なん……なんや、ここ」

目の前に広がる異様な光景を目の当たりにした私はそう呟くほかなかった。
記憶を辿れば、陸士だとは思うのやけど、街の方から二人の男性がガジェットの迎撃に来たかと思うたら、なんや炎に包まれ気がつけばここにいる。

「八神三佐、ここは一体?」

「……多分、結界魔法の一種なんやろうな」

魔道師部隊の一人が問いかけてくるけど上手くは答えられない、見れば航空魔道師隊の局員達は炎が迫ってきた時に全員エアブレーキを使い減速したから被害は無い様子やが、遠くに集められたガジェット達は航空機型のⅡ型は当然として、丸い重戦闘型のⅢ型や円筒の形をした汎用型のⅠ型までもが急には止まれず玉突き事故を起こしていた。
私達からやや横の離れた場所に立つ二人に気がついた時、視線を遮るように壁が落ちてきて―――

「囲まれたぞ!」

「なんのつもりなんだ!?」

「まさか、あいつら二人だけで戦うつもりなのか!?」

突然、壁に囲まれ閉じ込められた魔道師部隊の数名が声を上げ驚く、それが指す意味は、この場にいるガジェットを殲滅するのに私達の力は要らないといった意思表示なんやろう。

「っ、こんな時まで」

しかも、ご丁寧に壁までもが剣の形をしているからか、剣の柄みたいな構造が交差するようにして空から出れないようにされとるし、航空魔導師隊とは連携や協力を得れたんやが、こんな時でも地上部隊は本局の介入を拒むんやな……
それでも人こそ通れないものの、壁と壁の隙間からは一応外の様子を見る事はできたので見ていると、二人は周囲に突き刺さっている剣を幾つも飛ばし始め、自らも剣を取って無数のガジェットが群がるなかへと身を躍らせ次々とガジェットを撃破して行った。
ただ、なんていうか背が低い方は時々危なげない感じがしなくもないけど、長身の方はガジェットのレーザーが幾度もあたっているに平然としているのはどういう魔法を使ってるのやろうか?

「あかん、通信が遮断されとる」

壁によって閉じ込められた私達は、それぞれが壁や頭上で交差されとる隙間から出れないか調べていて、私はロングアーチを任せてるグリフィス君に連絡を取ろうとしたものの、この結界には通信阻害の機能もあるらしく連絡ができないようや。

「………三佐、お気づきですか?」

「なんや?」

「我々は先程から魔力を使っていないので、本来なら魔力は回復している筈なのですが……」

「っ、そういう意味やったか!?」

魔導師部隊の一人に言われて気がついた、この結界の恐ろしさと悪質さに―――

「どうやら、この結界内では魔力は回復しないようや、魔導師部隊は極力魔法の使用は控えるように」

確かに数分ほど経過しているのにも関わらず、魔力が回復してきている様子はないようや。
AMFのように魔法のパフォーマンスが低下するなら別やが、一見普通に使えるこの結界内で魔力が回復しないと仮定するのなら、それは魔力の元になる魔力素が結界内では無いのを意味し、気がつかずに使い続ければ魔力は終いには枯渇してしまい、回復しなければ魔力消耗を引き起こしてしまう。
この結界を展開しただろう二人にしても、私らまで巻き込んでしまうのは本意ではなかったんやろな……だからこそ、私達が戦いに加わらないよう隔離したんやろうし。
連絡不足の感は否めないのは確かやけど、本部の被害も多かったから地上部隊の方もまだ本調子じゃないんやろう。
壁と壁との隙間から窺える外の様子からは、赤い外套を着た二人組みのうち、先を進む長身の男を追うように背の低い方が近づきはじめていて―――ぼろぼろになりながらも、たった二人で無数に居たガジェット達を殲滅する頃には少年は長身の男の横にまでたどり着いていた。

「あいつらやりやがった……たった二人で殲滅しやがった」

「地上部隊にもあんな奴らがいたんだな」

ただ見ているだけしかない私や魔道師隊やが、十数分程度でガジェットの大軍が殲滅されるのを目の当たりすれば興奮もする。
でも、それは荒野に剣が無数に突き刺さり、その剣を弾丸のように飛ばせる特殊な結界があってこその勝利や。
地上本部はアインヘリアルの建設ばかりを進め、ガジェットへの対策はおざなりにしていたけど、もしかしたら、それはスカリエッティの目を誤魔化す意味もあって地上部隊は独自にレアスキルを持つ特務部隊を編成していなのかもしれない。
最後のガジェットが残骸に変わり果てた時、不意に世界の色が薄れてゆき気がつけば何処かのビルの屋上に立っていて、私達の前に先程の結界の戦いにて所々ボロボロになった防護服を纏う少年と一見して無傷に見える青年が佇んでいた。

「………ごめんな、巻き込んでしまって」

「自覚はあるようだな、衛宮士郎。
使い慣れてないとはいえ、結界が影響を及ぼす範囲や消す際の配慮はまだまだだ」

「なに言ってんだ、お前だって同じだろうアーチャー?」

「固有結界の運用に関しては投影以上に差があるぞ小僧。
とはいえ、使い慣れなないので判らんようだが、結界を使った際に魔道師隊を巻き込んだのは貴様であって、解除した時にこの場へ移動させたのは私だ。
航空魔道師隊と呼ばれるだけあっておよそ空を飛べる者達だろうが、突然空に放り出すわけにも行くまい?」

「うっ」

赤い外套を纏った二人のうち赤い髪をした少年は衛宮士郎と呼ばれ、息を切らしながらも驚かして悪いと言いたげに侘びを入れるのやけど、白髪の青年アーチャーに未熟さを指摘され言葉につまる「だが」とアーチャーは空を見やり。

「―――この状況は如何いった事だろうな?」

「せやな」

言いたい事はなくもないんやけど、状況が状況やからな………
見上げるまでもなく空は薄い輝き覆われ、遠くの空に目を向ければ船体からもうもうと煙を漂わせたゆりかごが、移動する速さにしても結界に取り込まれる前に比べれば見る影もなく、高度こそ下がりはしないものの、どうにか浮かんでいるような感じで飛んでいる。
あまりにも巨大な船体やから、外からやと魔道師隊が何人集まろうとどうにもならへんと思うとったんやけど………どうにかなったんやな。

「ロンクアーチ、グリフィス君聞こえるか」

およそ十数分程度とはいえ、空白の時間がある私は情報が欲しくて空間モニターを開き、前線で戦うフォワード部隊を円滑に補佐する為の部隊、ロングアーチへと通信を繋げる。

「ご無事でしたか八神部隊長」

「ちょっと手違いがあっただけや心配あらへん、今の状況はどうなっとるんや?」

「現在、高町一等空尉とヴィータ三等空尉の二名が切り裂かれた跡よりゆりかご内部に突入、犯人と被保護者の確保に向っています。
それから、無限書庫の調査にて、ゆりかごが軌道ポイントに到着すると次元跳躍攻撃や宇宙での戦闘が可能になるとの事でしたが……」

部隊長である私の不在時に指揮を任せているグリフィス君はやや言葉を濁らせ。

「そうやな。アレじゃ軌道まで無理や、とても重力の影響を振り切られへんものな―――で、一体どういった経緯でああになったんや?」

「地上部隊による砲撃らしいのですが、まだ詳しくは解っていません―――その時の映像を送ります」

ロングアーチから送られた映像には、砲撃が行なわれるために突入部隊と護衛していた部隊の魔道師隊がゆりかごから退避して行く姿が映されていて。
少しした後に強力なレーザー砲なんやろか、大型艦でも搭載しているのは珍しい程の大口径レーザーが直撃した所から細い煙が漏れだし始め。
二撃目が放たれれば更に船内の構造物を焼き払ったんやろう、煙は火災が起きた事を示す黒々とした色に変わってゆく―――つか、アインヘリアル以外にあんなものまで造っといてよく予算や人がいないなんて言えるものやな……
とはいえ、あの二撃だけなら軽微とはいえないやろけど、精々小破程度や………今みたいに呈の方で飛んでいるような状態にまではとても無理や。

「……あれ、セイバーのじゃないのか?」

「恐らくはな。しかし、如何に最強の聖剣と呼ばれる宝具であってもゆりかごは大き過ぎる―――彼女の持つ魔力が如何に膨大だとしても放てて二、三回、今のような状態になるまでには程遠いい」

魔道師部隊の皆も食い入るようにしているなか、同じような赤い格好をした二人は囁きあい、なにか知っているような感じや。
映像は続き、なんだか淡い光に空が覆われ始めたかと思うたら、先程二回撃たれたレーザーが三度放たれる。
けど、今度は一瞬では消えずまるで剣ようになったレーザーはゆりかごを斬り裂いて消えた。

「なんや………えらい物を使うてんのやな地上部隊は」

「ええ。こちらでの観測で高い魔力反応を検知し、調べたところロストロギア指定にされているジュエルシードと同等の反応も確認されてます」

「それでガジェットが向こうた訳やな。
しかし、ロストロギアにはロストロギアなぁ……まるで古代ベルカの戦のようや………」

毒をもって毒を制するような考え方やが、レジアス中将も対策というかレアスキルのみならず、ロストロギアの使用も躊躇わない部隊を編成しとるとは予想外やった。
先の先を読んどるのは流石というか、地上の守護神とまで呼ばれるだけあるんやな、などと思うてると―――

「それから、こちらの映像はミッドチルダ全域で放送されていた内容です」

空間モニターの画面が切り替わり、録画なんやろうな、アナウンサーとキャスターのやり取りが早送りで進んで行き。

「―――では、その時の映像をもう一度見てみましょう」

切り替わって映される画面からは、騎士風の少女が雄雄しく剣を掲げ、

「―――スカリエッティ。貴方は科学者としての不満から争いを起こした!
だが、これがミッドチルダに住む人々の答えだ!!」

光輝く剣に空から注ぎ込まれる更に輝きを増してゆき、

「約束された、勝利の剣――――!!!(エクス、カリバー)」

振り下ろすと同時に光の剣と化したレーザーが放たれる光景が映し出される―――剣の形をしたレーザー発射機、ジュエルシードのようなモノで出力を上げてるんやろうけど、どこをどう見ても異質文明の遺産を使こうてるとしかみえへん。

「その後、道は拓いた犯人の確保を願いますとの通信を受け、高町一等空尉とヴィータ三等空尉の両名がゆりかご内部に向いました」

「さよか……」

グリフィス君からの報告に、いくらなんでも拓き過ぎやろとか突っ込んだら負けなんやろなとか抱きつつ、人の事いえへんがレジアス中将もえらい部隊を作ったもんやと思えてしまう。
機動六課はまだグレーやろうけど、この部隊はもうまっ黒や、でも毒には毒で対処するというあまりにも強引過ぎる発想には呆れを通り越して敬意すら抱きそうになる。
地上部隊の一人がロストロギアを扱う映像が流れた後、ゆりかごやガジェットの襲撃によって避難している人達の状況を伝えていていて、避難して来てた人達は「セイバーッ!セイバーッ!!」と声高に声援を送っていてるのが判った。

「っ、そうか―――戻るぞ小僧」

「ああ、わかった。(今の映像、またアリシアが何かしたのかもしれないしな……)」

腕を組んで見ていた青年は不意に眉を顰めると少年に視線を向け、部隊に戻るのか少年の方も頷いて踵を返すようにして走り出す。
ビルからビルに跳び去る青年に、少年は足場を魔力で作り追う、そんな赤い二人に対し魔道師隊は「お前達も凄かったぞ」とか「がんばれよ」とか口々にするけど、

「私達もぼやっとしてれへん!ゆりかごにはまだ多数のガジェットがいる筈や向うで!!」

「了解!」

激を飛ばし魔導師部隊を率いて飛翔した。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第18話


見上げる空には、セイバーによって三度振るわれた剣によって、おおよそ尖端付近から中頃までを斬り裂かれたゆりかごが、その裂け目から黒々とした煙を上げている。
それ以前、二度にわたって放たれた砲撃にしても大概だ、衛宮士郎が結界に閉じ込めた数に比べれば少ないかもしれないが、それでもかなりのガジェットが向ってきていたのを、たった一撃で消し飛ばし更にゆりかごにも損傷を与えたのだから。
あれ程の威力ならば、アースラクラスの大型艦でさえ一撃で沈みかねない力を秘めていても不思議じゃない。
大型艦―――いや、放たれた光の性質から熱線兵器の一種と捉え、大気圏内の減退を考慮すれば宇宙や次元空間での要塞砲クラスにまで匹敵するかもしれない、そんな高威力の兵器を個人が持ち歩けるにまで小型化しているなんて異常過ぎる。
しかし、三度目は………最早、砲撃というレベルではなく斬撃というほか言い表す言葉が見つからないような攻撃だった。

『……君達に聞きたい事があるがいいか?』

先程の量でこそないものの、ゆりかごや周辺から現れるガジェットの相手をしながらも、僕は母さんと一緒に向こう側の世界に行った経験があるフェイトとアルフに念話を使い『どうしたの?』、『なんだい?』と返す二人に問いかけ。

『君達が行ったという、衛宮士郎やセイバーが住む世界はどんな感じの世界だったんだ?』

『そうだね、あんなの見せられたら気になっても仕方ないよね』

『そうは言っても、私やフェイトが仮住まいしていた遠見市や、なのはのいる海鳴市とかとあんまり変わらない感じだね……表向きは』

『表向き、か』

『うん。キャスターさんの工房には変な傀儡兵がいたし、キャスターさんの使う魔法も私達のとは毛色が違ったから』

『僕が知っているのは、延命技術―――生命操作技術に関して、僕達の世界よりも先を行く世界だとしか認識していないんだが……』

『まあ実際、キャスターって人の技術は凄いもんだったよ。
魔法陣に材料を置いて、なんか呟いたら、こうグネグネ動くような感じで材料が混じり合ったり形を変えたりしてたからね……あんな真似、私達の知っている魔法じゃ無理だと思う?』

『他に知っている事は?』

『ん……そういえば、キャスターさんにしても凛さんにしても、必要以外で魔法を使ったりしなかったかな?』

『そりゃあ、ね。向こうの世界じゃあ、下手に魔法なんて使ったら相手によっちゃあ喧嘩売ってるって思われるそうだからね……』

『そうか』

フェイトとアルフから聞く限り、向こう側の世界の魔法技術の隠蔽は筋金入りだ、何が彼らをそこまで隠蔽に駆り立てさせるのか――――――これは憶測でしかないが、衛宮士郎やセイバーがいる世界は僕達の世界とは逆に魔法技術によって世界が滅びそうになった経験があるのかもしれない。
それなら、僕達が質量兵器を忌み嫌うのと同じく異常に発展した魔法技術を隠し、後世が間違えないよう厳重に管理していたとしても不思議はないのだが……
僕が知っているベルカの歴史では、聖王家が周辺世界に散ってなお再起を図ろうとする他国を制してベルカ統一を計ったとされる聖王統一戦争、それに用いられたゆりかご。
古代ベルカの戦乱を終らせた要因の一つとされている聖王のゆりかごだが、それすら斬り裂いた剣を手に佇むセイバーの姿に、かつてのベルカにいたかもしれない王を連想させられた。

『どうしたのクロノ君?』

憶測でしかないし、答えなんか出てくる筈もないのに巡らせていた思考だが、なのはの念話でハッと我に返り、

『っ。すまない、少しぼんやりしていたようだ』

間抜けな、まだまだガジェットの襲撃が終った訳じゃないっていうのに、ゆりかごにしたって警戒を緩めていい話じゃない。
僕達にはスカリエッティの目的が判ってない、彼の目的が地上本部壊滅だとしたのなら、ゆりかごを特攻させるという手段だってあり得るのだ。

『でも、凄いね。セイバーさんやアリシアちゃんの魔法は、皆を苦しめたり悲しませたりする原因を撃ち抜いたんだから』

『そうだな』

なのはにしても何か思う処があるのかもしれない、魔法を手にして三ケ月程度だけど色々と自分と魔法について考えているのだろう。
なのはから空間モニターに視線を変えれば、人々の願いを魔力に変換したのだろうアリシアは、感極りセイバーの名を連呼している人達のなかに埋もれたのか見えなくなってた。
アリシアは大人の腰くらい背丈だ、ゆりかごを斬り裂いた映像を見た大人たちが興奮し、立ち上がれば埋もれてしまうのも仕方がない。
恐らく他の避難所でも同じような熱狂に包まれているのかもしれない、空の輝きは増すばかりに輝き、そしてその願いに呼応するかのようにセイバーの剣も輝きを増してゆく―――人々の願いを力に変える魔法、質量兵器とは違って人々の意思が必要なるからこそ普段は使えないのかもしれないが、危機を向え人々の意思が一つになり得た時の力は計り知れないものになるのだろう。

『安心しなさい。セイバーの宝具みたいなのは私達の世界でもそうそうないんだから、心配する必要は無いわ』

『……君は人の心が読めるのか?』

『そんな顔されてたら読む以前の問題よクロノ』

念話で話しかけてきた遠坂凛に一瞬とはいえ驚いてしまったものの、言われてみれば表情に出ていたのかもしれない。

『でも―――』

『ああ。この世界に僕達の事は知られてしまったな』

空間モニターに目を向ける遠坂凛に僕も相槌をうちつつ、この世界への干渉は最低限に留めながらアリシアをこの世界のフェイトに会わせるという目論みは失敗してしまったようだ。
しかし、例え襲撃が減っていたとしてもガジェットの被害は少なからずあった事だろうこの場所を僕や衛宮士郎は見てみぬ振りは出来ない。
もし、そんな性格ならそもそもら僕は管理局には入ってないし、衛宮士郎もまた正義の味方になどなろうとしなかった筈だ、他の皆もそうに違いない。
短いつき合いながらも、皆の性格はだいたい把握しているつもりだ、だからこそセイバーは後々問題になるかもしれないのにも関わらず剣を使ったのだから。

「む?」

アサシンが何かに気がついたのか振向いた先に、四角い影が現れたかと思うと、それは空間モニターでそこには―――

「……やってくれたね。まさかとは思ったが老人達に君達のような手駒がいたとはね、プレシア・テスタロッサ」

この事件を引き起こした当事者、ジェイル・スカリエッティの姿があった。

「まあ、かつての君はアルハザードを目指し虚数空間に身を投じたのだから、アルハザードにつながりのある老人達の網に引っ掛らなくもなかったのだろう」

「誰かの間違いじゃないかしら?」

「どういう技術を使ったのか興味があるが、随分と若々しくなっているように見える、しかし、それで誤魔化そうとしても無駄なことだ。
君や周り、特に空にいる魔道師達の特徴を調べたらすぐに判ったよ、私が基礎理論を立てたプロジェクトFを使ったというのは―――いや、もしかしたら君もまたFの技術の結晶なのかもしれなが」

「……それで、なんの用」

誤魔化そうとしたが失敗に終ったプレシアは溜息混じりにスカリエッティを見やる。

「なに。正直に言うなら、あのゆりかごが壊されてしまうとは思いもしなかったよ。
まったく、誰にも邪魔されない楽しい夢の始まりだと思っていたんだね……」

「だったら、誰にも迷惑を被らないよう、そのまま寝てればいいでだけでしょう?」

「つれないものだね君は、私と同じく違法とされる研究をしていたのなら、もう少し理解してくれると思ったのだが?」

「私がプロジェクトFの研究をしていたのは失った時間を取戻す為よ。
あの娘が得るはずだった幸せや、新しく生まれたフェイトと三人での幸せな時を得たかったからこそ研究に勤しんだ―――そもそも貴方とは目指すものが違うわ」

「だが、そいう言う君の周りにはエース・オブ・エースや、高ランク魔導師を基にしたプロジェクトFの結晶がいるじゃないか。
加え、君の娘だったフェイト・T・ハラオウンや使い魔までご丁寧に再現しているときてる―――どちらが夢を見ているのだか……」

プレシアの心情を考えれば、このような場で管理局に目をつけられるような話はしたくないのだが、スカリエッティは構わず話し続けてきて、

『事件を起こした犯人はこう言ってきてるけど、どうするの?』

『貴女には悪いが、今は情報を引き出してもらえないか?』

『……そう。気は進まないけど、貴方には色々借りがあるからやってみるわ』

判断を僕に委ねてくれるプレシアは、念話でどうするか聞いてくるが、僕はスカリエッティが口にした老人達というのが気になるのもあって可能なら情報を引き出して欲しいと伝える。

「……そんな下らない話をする為に通信してきたのかしら?」

プレシアは、やや空いた間を飽く迄も話すに値しないような態度で誤魔化す。

「いや、あのゆりかごすら沈めかけた王に興味が湧いてね―――調べたら君やFの技術の結晶らしい魔導師で構成されただろう部隊を見つけただけさ」

「っ、確かに私はかつて王だった身だが―――何故、それをミッドチルダの貴方が知っている!?」

念話での会話からスカリエッティの口を軽くする意味もあるのだろう、王という言葉にセイバーは意外にもといった感じで動揺してみせ、

「やはり、か。だが、ゆりかごの聖王や覇王、雷帝、冥王の話は聞き覚えているが、それほどの剣を手にしていた王というのは聞いた事がない」

「それはそうだ、私とて次元世界などに関わった覚えはないのだから知られるいわれもない」

「なるほど、君はかつての戦乱期の戦には関わらなかった王を再現した訳か。
しかし、僕の最高傑作になる筈だったゆりかごの聖王すら上回る王か……一体、どんな逸話を持っていたのか興味が湧いてくるよ」

セイバーとの話で、飽く迄も僕達を人造魔導師だと思っているスカリエッティの表情は緩み、高潮して口は軽くなり始め、

「でも、どうしてこんな事をしたんですか、皆が悲しんだり困ったりしてます」

「うん。聞いた話だと、貴方は違法研究さえしてなかったら次元世界でも有数の研究者になっていただろうって聞いた事さえあるのに……」

ここぞとばかりになのはとフェイトの二人が問いかける。

「簡潔に答えるなら、利害の不一致というやつだろうね。
そもそもの始まりは、彼ら最高評議会の老人達やレジアスがミッドの戦力強化を求め、人員不足で悩む地上部隊の戦力強化に不安定な人造魔導師よりも、より安定的な戦闘機人を欲していた―――とは言っても、君達を見るに老人達は別のルートで更なる人造魔導師の研究を行なっていたようだが」

空間モニターに映されるスカリエッティは大仰に腕を広げ語りだす、それだけでも事件の裏に最高評議会という組織の存在やレジアス中将の関与があったのを教えてくれた。

「しかし、だ―――私は常々思っていたのだよ。
もっと自由に、誰にも阻害されずに研究できる環境が欲しいと、老人達もある程度までは違法研究の必要性から黙認してくれていたが、それ以上を認めてはくれないのは研究者にとって非常に歯がゆいものだったよ。
そんな時に老人達は私に聖王のゆりかごの修復や戦闘機人に関する技術を求めた、老人達からすれば次元世界の平和と安定の為ならば、あの船やレリックウェポン、戦闘機人や人造魔導師さえ利用しようという………く、くはははは、いや、実際のところ彼らはいいスポンサーだったよ、研究に必要な検体の確保や、ガジェットの生産に困るような事はなかったからね」

「………最悪よアイツ、自分のスポンサー兼クライアントを散々利用するだけして裏切るなんて」

「僕の一族がやってる発掘だって、お金や資材とかのやりくりは大変なのに……貰うだけ貰っといて仕事をしないのは酷いというか許せないよ!」

どれ程の資金や資材の援助を行なわれたのかは判らないが、雇い主だった最高評議会という名称やレジアス中将の地位を考えれば相当のものだったに違いない。
しかし、それほどの援助を受けつつ依頼主を裏切ったスカリエッティに対し、遠坂凛は顔を眉を顰め、遺跡発掘を生業とするスクライア一族のユーノは怒りをあらわにしている。

「なに、仕事ならしていたさ。
君達の擁する王によって壊されてしまったが、現にゆりかごを起動させ、人体実験などのデータを集めた事により戦闘機人の研究は進み、より安定した娘達を作り上げたのだからね」

「じゃあ、詐欺みたいのとは違うのかい?」

「いや。その男は恐らく、その娘達とやらを地上本部の襲撃に利用し、今もどこかに潜ませているのか活動させているのだろうよ」

「ほう。衣装の趣味は合いそうにないが、察しがいいのは助かるよ」

心外だと云わんばかりに肩を竦めるスカリエッティは、違法な研究ではあるが遊んでいた訳ではないのを告げ、聞いていたアルフは一応とはいえミッドチルダの治安に関する依頼は果たしていたのでなんともいえない表情をしてしまうが、それら全ては地上本部襲撃や今起きているゆりかごの騒動を行なう為に準備していたに過ぎないとアサシンは看破した。
一連の話を耳にしていた地上部隊の局員達にしても「あの人達が人造魔導師……」などと僕達に対する誤解も含まれるが、「まさか中将が……」とか「ミッドの治安はそこまで……」とか口々にし始めている。
局員達の思いには同情を禁じえない、僕だって地上の治安維持がそこまで危ぶまれていたのに気がつかないでいたのだから……

「それで。ここまでされたのに、このまま最高評議会が黙ってるなんて幻想を抱く事はないわよねスカリエッティ?」

「ああ。そうだね、確かに君の言う通りさプレシア・テスタロッサ。
僕も娘達も怒られるのは嫌なのでね、それなりの対処をしといたよ」

僕達を最高評議会の息のがかかった人造魔導師部隊だと思い込むスカリエッティに対し誘いをかけるプレシアだったが、ふてぶてしい態度で語るスカリエッティが口にした言葉は僕の予想よりも意味深いものだった。

「っ、散々利用した挙句に裏切って、あまつさえ始末したっていうの!」

「酷すぎだ!!」

それなりの対処という言葉の意味が解らないなのは、フェイト、アルフの三人はきょとんとした表情を見せているが、状況を察した遠坂凛は眉を吊り上げ、ユーノもまた憤りを隠さずにいる。
スカリエッティが口にした、それなりの対処が僕の想像通りなら………最高評議会と呼ばれていた老人達はもう既にこの世にはいない者になっているのだろう。

「……貴様が外道なのは理解したスカリエッティ」

言葉に怒気を含ませたセイバーは光り輝く剣を軽く振るい、迸った光の刃は向かってきていたガジェットの一団を瞬時に殲滅する。

「まあ、そんな事はいいとして、君達の王が持つ剣の原理はなんなんだい、空が光りだした現象に関わりがあるようだが?」

「貴様のような外道には解り得まい。
ゆりかごやガジェットによって日常を奪われた人々の願い、この空すら染めあげる程の想いを力に変えた魔法の意味など」

「願いを力に、ね。
初めに力があるからこそ願いに反応するなら判るが、願いがあるから力になるでは難しいね」

話を戻すスカリエッティにセイバーは答えるが、僕から見てもアリシアが使った魔法は理解できないでいる、しかし、剣の担い手であるセイバーは剣を通して何かが解ったのかもしれない。

「人々の精神を纏めあげたと仮定すれ―――」

「しかし、よいのか?」

セイバーの言葉を噛み砕いていたスカリエッティだったがアサシンにより中断され。

「なにがだい?」

「なに、最高評議会の者達が始末されたのは貴様の様な者を御せなかっただけだろうが。
そなたの切り札であったゆりかごはあの様になっているのに、ここで、このように無駄話しをていてよいのかと聞いているのだ」

「その事か。今、ここに向って客人が来ているようなのでね、私の娘達にもてなしをさせていたんだが―――」

最高評議会のメンバーが殺害されたのは自業自得というアサシンに対し、スカリエッティも思う処はないのか飄々とした態度で返し。

「折角、君の母君の姿を見つけたからこそ、こうしてここまで通したというのに―――立ち聞きはよくないな、そろそろ姿を現したらどうだい?」

スカリエッティは後ろを振向いたので別の誰かが操作しているのか、空間モニターが映す角度が変わったかと思うと洞窟らしき場所の角から一人の女性が姿を見せる。

「さて、親子の十年振りの再会という事になるのかなフェイト・テスタロッサ執務官」

「………本当に母さんなの」

僕は唇を噛締めた。
呆然と僕達を見詰める彼女の姿は金色の長い髪を左右に分け結び、僕の横にいるフェイトを大人にしたらこんな感じになるだろう姿だった、まさかこんな形でこの世界のフェイトに出会ってしまうなんて。

「フェイト……こんな形で会うなんて運命は残酷ね」

プレシアもこの世界のフェイトが辿ったジュエルシード事件の顛末を知っているからこそ、突然の出会いに内心では舌打ちしているのだろうが、

「私はプレシア・テスタロッサだけど、その質問は半分当たっていて半分は違うとしかいえないわ」

状況が状況だ、真実を打ち明けたとしても信用させるのは難しいと判断したプレシアは言葉を濁し、僕達が並行世界から来たという事実を伏せる。

「では、やはり君もFの技術の結晶か」

「それも違うわ、ジェイル・スカリエッティ。
プロジェクトF.A.T.Eの完成はあり得ないのよ―――体だけを見て、起源という魂の概念を見てこなかった私達の文明にはなし得ない技術なの」

「く、ははは……魂だって、まさか君のような科学者がそんなオカルトを口にするとはね。
そんな曖昧なモノにどれ程の価値があるのだい?」

「体だけを見ればプロジェクトF.A.T.Eは本人に近い、いえ、同じ記憶や知識を持つ体さえ幾らでも作れるでしょう」

「ならば、それはもう完成しているというのと同じではないのかね?」

「―――ええ、違うわ。
それだけなのよ、記憶や知識は同じでも魂の起源という方向性が違うから、時間と共にオリジナルとはあり方も考えや感じ方が違ってくる、だからこそプロジェクトF.A.T.Eは全てが失敗であり、成功とも呼べる技術……
フェイトはアリシアにはなれなかったわ、でもアリシアもフェイトにはなれない、それが私が得た研究成果よスカリエッティ」

「な……に………」

初めこそ魂という言葉をあざ笑っていたスカリエッティだったが、プロジェクトF.A.T.Eに関しては専門家であるプレシアの話しに次第に表情を変えはじめ。
その様子から、スカリエッティもプロジェクトF.A.T.Eを完成させようとしていたのかもしれない。

「戦闘機人を研究していた貴方も覚えは無いのかしら―――例えば、そうね素体が同じだったとしても性格に違いが出てくるとか?」

「いわれてみれば性格に違いはある、それこそが魂、起源の違いか……」

プレシアが知り得た、プロジェクトF.A.T.Eの欠点にスカリエッティも覚えがあるのか思考を巡らせていた。
現状では、僕達を最高評議会が創りだした人造魔導師部隊と認識しているスカリエッティであり、このまま彼が知りえる事件の裏側を自白してくれればよいのだが、彼女を呆けさせてたままでは駄目だ。

「フェイト・T・ハラオウン執務官。
僕達がこの世界に来た理由は君をある人物に会わせる為だった、だけど今は話している状況じゃないのは判る筈。
今は執務官にしろ、機動六課として動いているにしろ、その場に来たのならやるべき事は一つだろう?」

「……見かけ通りか、クロノは厳しいからね。
でも、言う通り犯罪者の逮捕―――今はそれだけだ!」

並行世界とはいえ、亡き母親プレシア・テスタロッサと同じ姿に呆然としていた彼女だったが、目に力が込められるのと同時にバルデッシュなのだろうか大剣型のデバイスを構える腕にも力が入ったようだ。

「重犯罪者ジェイル・スカリエッティ、地上本部襲撃及び、その他違法研究の数々で貴方を逮捕する!!」

この世界のフェイトがスカリエッティに対し踏み込もうとした時、大型の何かが飛来し、跳び退いたものの刹那に後ろに振向き、凄まじい速度で斬りかかって来たのだろう短髪の女性の襲撃を受け止めていた。
だが、奇襲は終りではなく、腕から生えた羽のような刃にて高速戦闘を行なう短髪の女性と斬り結ぶフェイトに対し、二つの大型のブーメランが軌道を変えたのに気付いたフェイトは鍔迫り合いをしていた短髪の女性を押しのけ距離をとる。
空間モニターに映されるフェイトは手にする大剣型のバルデッシュを構え直すが、投擲しただろう大型ブーメランを回収し一対づつ手にする長髪の女性に、種類こそ不明だが両手両足にエネルギーの羽を生やした短髪の女性に挟まれ迂闊に動けなくなっていた。
恐らく、長髪の女性は両手に持つ二つの大型ブーメランを誘導操作するレアスキルかなにかを持ち、短髪の女性は近接戦闘を主体とするのだろうが、恐るべき速さと運動能力で並みの空戦魔導師だったならば数分と持たずに倒されいただろう。

「……重犯罪?
人造魔導師や戦闘機人計画の事かい、それとも今しがた聞いたように、私が根幹を設計し君の母君プレシア・テスタロッサが完成させたプロジェクトFの事かな?」

「さっきも言ったわよね、今の私達の文明ではプロジェクトF.A.T.Eの完成はあり得ないって?」

「しかしだ。起源という考えには興味を抱くが、同じ体、記憶や知識の転写さえ出来ていればそれはもう本人といっていいのではないのかい、それを完成させただろう君がなぜプロジェクトFを否定するのかな?」

この世界のフェイトが放った言葉に対し、スカリエッティは対魔導師戦に長けているだろう二人に挟まれ、動けない彼女にとぼけた様子で答えるものの、再びプレシアによってプロジェクトF.A.T.Eそのものが失敗であるのを告げられると表情に変化が現れる。

「アンタ達の文明が魂とか神秘とか知らなかったか、無視してたからでしょ?」

「そうは言っても、そんな不確かなモノを研究テーマするようでは、とても科学者とは呼べるものではないからね……」

僕達の世界でも馴染みのない起源という言葉に対し、科学者であるスカリエッティは困ったように肩を竦ませるものの遠坂凛は呆れた口調で続け。

「そうでもないわ。
起源っていうのはあらゆるモノが持つ生まれついた方向性の事、この世界の魔導師だってレアスキル持ちっていう突出した専門家みたいな人がいるでしょう?
私達の世界でも、起源がより濃く現れた魔術師は突出した専門家が多いいもの、きっとこの世界でもレアスキルを持つ人達は自身の起源が色濃くでているのでしょうね」

「レアスキルと呼ばれる希少能力の発現にまでも魂が関わってくる、か。
なるほど、生命技術に必要な要素はは肉体だけではないという仮説は実に興味深い……」

「言っとくけど、生命技術に関してなら彼女の世界は私達の世界よりも上よ?」

「それは凄い。
しかし、科学者として見ない顔だが―――老人達が持つパイプにはアルハザードから流出した技術に関するのも幾つかあるからね、その辺りからか?」

遠坂凛の話しに思うところがあったらしいスカリエッティは、彼女に対し興味を抱いた様子で見詰めていた。
プレシアがいう、向こう側の世界はプレシアの体さえも造り上げ、魂を移すという僕達の世界ではなし得ない技術を持っているのは確かだ、同じ科学者としてのプレシアを知るからだろう、生命技術に関してこの世界よりも上回るという言葉にスカリエッティは頬を緩ませている。

「ドクター、そろそろ時間です」

だが、スカリエッティの周囲から空間モニターだろう声が聞こえ、

「……もうそんな時間かいウーノ。
私としてはもう少し親子の対面や起源とかいうものに関する話を聞きたかったがのだが、仕方ない―――」

なにやら嬉しそうに僕達を見詰めていたスカリエッティだったが、惜しむように顔色を変えこの世界のフェイトに視線を向けた。

「フェイト・T・ハラオウン執務官を相手にするトーレとセッテには、対電撃コートを施しているので残念だが彼女に勝ち目はないよ。
他にも幾つか仕掛けもしているのでね、例えば―――」

「―――っ。やば、あそこってアイツの工房じゃない!?」

半分僕達へと視線を動かすスカリエッティは、鉤爪をつけた片手を見せつけるように動かしながら短髪の女性トーレと、長髪の女性をセッテと紹介する。
そんななか、遠坂凛はスカリエッティの研究施設故に地の利は彼にあるのに気づきいて声を上げた。
しかし、いかに挟まれているとはいえ、この世界のフェイトだって犯人の拠点を制圧しに向ったのだから周囲の警戒は怠らなかった筈だ。
でも―――現れた場所が死角になりやすい足元であった事と、魔法のように魔法陣の発生やタイムラグがないのも加わってか、僕の知るフェイトよりも素早い動きで空に跳び退いたフェイトだったが、片足と手にするデバイスに赤い糸のようなものが絡みつき、そのまま地面に引き摺り下ろされてしまう。

「―――こんな感じにね」

鉤爪がついた手袋をはめた片手をくねらせるように動かし赤い糸を操る。
推測するに、スカリエッティが片手にはめている鉤爪型の端末は拠点内に仕掛けられている罠や防衛機構などの無数の仕掛けを制御する端末なのだと考えられ。
スカリエッティは、更に鉤爪をはめた片腕を動かしグッと握り締める動作により、地面に叩きつけられたフェイトの周囲からは幾つもの赤い糸が囲むようにして現われると頂点で結合し檻が完成した。

「……その娘をどうするの?」

「安心したまえ、危害を加えるつもりはないさ―――なにせ彼女は貴重なFのサンプルなのだからね」

幾ら世界が違うとはいえ、実の娘が成長した姿の彼女を捕らえられてはプレシアもいい気はしない、大型の魔法陣を現し、地上部隊の局員を相手に横目で視線を向けるものの―――

「無駄な事は止めたまえ。
いかに大魔導師と呼ばれ、次元跳躍魔法の使い手であるとはいえ、そこでは私の研究所の正確な座標は判るまいよ」

「特にこの場を知る者はね」と口にし、にやりと哂うスカリエッティにプレシアは唇を噛み締める。

「……それで、どうする気だ?」

「長い歳月をかけ、ようやくの思いで起動させたゆりかごだったが……君達の王に壊されてしまったからね。
しばらくは管理外世界辺りで研究を進める事にするよ、なに、心配は要らないさ、地上本部を襲撃した映像は多くの次元世界に流れ出ているからスポンサーには困らないはず―――」

遠く離れた拠点での出来事に対し、何も出来ずにいる僕達を嘲笑うスカリエッティだったが、空間モニターで見る僕達から上、天井辺りから光が溢れ出し。
異変に気がついたスカリエッティは言葉を切って振向き天井を見上げるものの、画面に向って突き飛ばされ、倒れ込んだスカリエッティは頭以外が映らなくなったのと同時に、画面の近くに滝つぼでもあるのかという程の轟音と光で埋め尽くされた。

「………次元跳躍攻撃!?
馬鹿な、この場所の座標はまだ正確には知られていない筈!
なのに、これ程にまで――――――」

空間モニター越しで見るしかない僕達からは、彼の頭以外は光で埋め尽くされているので判断が難しのだが、

「―――なるほど、そういう事か……してやられたよ。
老人達からすれば、欲していたと思わせていた戦闘機人技術は、次世代型の人造魔導師技術が完成するまでの繋ぎか保険程度にしか考えていなかったのだろう。
まったく、知られる事のなかった王といい、起源とかいう何かを操作して生み出された次世代の人造魔導師といい素晴らしい出来栄えだよ君達は!
くく……ははは、私とした事がまさか次世代の人造魔導師のデモンストレーションにつき合わされるとはね!!
老人達にとって、私は特に引き立てられていたのではなく手駒の一つでしかなかったという―――」

言い終える事無くスカリエッティは光に飲まれ、轟音をたてる光の終えた時、その場に体を起こしているのは囚われたままでいる、この世界のフェイトだけになっていた。
時間にしては精々、一分程に過ぎないが元に戻った画面からは近過ぎなのかスカリエッティの姿は見えず、やや手前にトーレとか呼ばれた短髪の女性が倒れていて、セッテとかいう大型のブーメランを手にしていた女性は、トーレほど素早く動けなかったらしく、唖然とした表情で見つめるこの世界のフェイトの近くで倒れている。

「凄い……」

「……ああ、次元跳躍攻撃。
やや、荒があったから砲撃ではないようだけど、魔力弾にしてもアレほどの量を撃ち込まれればひとたまりもない」

なのはの漏らした声に僕も相槌を入れる。
AMFでは無いにしろ、スカリエッティは彼女らに魔力に対しても生半可な威力では倒せないよう処置をしていた筈だ。
……だが、例え生半可な魔法でも一度ではなく、瞬時に大量に撃ち込まれれば、一度目の衝撃が拡散する前に二度、三度と衝撃は重なり合い集弾効果を発揮する。

「なんかさ……フェイトのファランクスシフトみたいな感じだったね」

「そうなのかな、使った事はあっても使われた経験はないから……」

「それは……ね、ファランクスシフトだって使える魔導師は少ないから」

アルフはフェイトの近くで見ていたからだろう、ファランクスシフトの状況はフェイト本人よりも知っているようだ。
ユーノは、そんな周囲に比較できる魔導師が大魔導師であるプレシアしかいないかった為か、いまだに自分の実力が一流レベルなのに気づいていないフェイトに呆れているようだが―――ジュエルシード事件で、フェイトが使ったフォトンランサー・ファランクスシフトも同様の効果をもって対象を無力化する魔法。

「―――っ」

なにか引っ掛ると思えば、あの時―――

『やはり、フェイトとアリシアは似ています』

『そうだな……』

フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトを見たセイバーと衛宮士郎はそう口にしていた。
大型攻撃魔法であるフォトンランサー・ファランクスシフトを………いや、容姿こそ幼いがアリシアは僕が知る限り、母さんしか使えないディストーションシールドや、不可能領域とすら呼ばれる魔法を制御しえる魔導師。
そんな彼女が、並行世界の移動や観測すら可能な彼女が似た魔法を使えばどうなるか―――並行世界への干渉ができる以上、次元跳躍魔法は使えるだろうし、今みたいな広域制圧魔法にしてもジュエルシードのバックアップがあれば可能なのかもしれない。

「………」

見ればセイバーも同じ事を思ったのか、アリシアのいる避難所に顔を向けていた。



[18329] リリカル編19
Name: よよよ◆fa770ebd ID:f7256155
Date: 2013/09/27 19:56

遠坂からのパスによる繋がりから、アーチャーは俺に避難所はまだまだガジェットの脅威が去っていないのを伝え急かしながら先を急ぐ。
固有結界の使用にて俺の魔力は底をついてしまったようだが、こっちの世界は元の世界よりも回復が速いのか回復し始めてきたので、なけなしの魔力を工面しながら体の強化を続け走り続ける。
途中、遭遇するガジェットを双剣や弓で倒しながら走っていたら、俺には聞こえないから念話じゃなくパスの方なんだろう、アーチャーは眉を顰めながら一連の騒動を起こしたスカリエッティって奴が接触を行なってきたという話を聞き、驚くよりも皆が心配になり駆ける速さを更に上げた。
セイバーやアサシン、クロノが居るから大丈夫だろうけど、この騒動を引き起こした張本人だ、何を仕掛けて来るのか油断ができない。
でも、急いで戻ってみたまではよかったけど、空間モニターとかいうテレビには件のスカリエッティの姿は見られずにいて。
代わりに―――

「母さん、やりすぎなんじゃ……」

「わ、私じゃないわよ」

プレシアさんは、宙に浮いたテレビの画面越しに赤い糸で組まれたような檻をバリアブレイクとかいう技能の要領なんだろうけど壊して出てくる女性と話している。
大人形態のアリシアというか、フェイトを大きくしたような感じから、あの女の人がこの世界のフェイトなんだろう。

「戻りましたかシロウ」

「どうなってるんだセイバー?」

俺はやや難しそうな顔をするセイバーに戸惑うも、状況がよくないのは理解できた。

「まあ……ね、スカリエッティのせいで面倒くさい話になってきてるから」

「ええ、実は―――」

遠坂やセイバーの話を聞く限り、なんでもスカリエッティはこの世界のフェイトを捕らえ、研究材料にしようとしたらしいが唐突に現れた次元跳躍攻撃よって倒されたらしい。
光弾による豪雨のような制圧方法からして、多分、行なったのはアリシアのようだけど、会うのを楽しみにしていた相手が誘拐されそうにもなれば怒りもする、か。

「しかし、この世界にて我らは人造魔導師の集まりとなった訳よ」

「……まあ、誰だって年齢は違っていても同じ人が二人もいれば人造魔導師の線は疑うよね」

そう言いながら肩を竦めるアサシンに、ユーノは同意を示すものの、

「いや。この際、人造魔導師云々はどうでもいい。
問題はここまで知れ渡った以上、これからの動きは限られてくるだろうという話だ」

そんな二人の言葉をアーチャーはバッサリ斬り捨てた。

「その通りだ」

見上げれば、クロノは警戒用のサーチャーを幾つか残しつつ地上に降り立つ。
その姿に、ふとゆりかごや周囲から襲来するガジェットの姿がなくなっていたのに気づいた俺は、遠くで黒煙を撒き散らしながら浮ぶゆりかごの周囲に幾つもの光点が点滅しているのを確認する。
どうやら、俺が巻き込んでしまった魔導師部隊がゆりかごから出てくるガジェットを押さえてくれ、事態が好転したのも手伝ってか奮闘する地上部隊が巻き返しをしているのもあるんだろう。

『状況が状況だ。この騒動が治まり次第、地上本部か本局のどちらかに接触しなければならない』

『だったら。いっそうの事、この世界のフェイトちゃんや私が居る機動六課に行くのはどうかな?』

『うん。私もそれがいいと思う』

話が話だけに念話に切り替えるクロノに続き、やや上空にいたなのはやフェイトも降りて来て、

『なんかドサクサに紛れるような感じだけど仕方ないかな……』

『事件が切欠ってのがなんか癪だけど、どの道、接触するつもりだったしね……』

ユーノとアルフも後に続いた。

『問題は向こうの出方、か』

『その辺は心配ない。
向こうが管理局である以上、僕達を人造魔導師と思うのなら何らかの形で保護しようとする筈だ』

『なるほど、私達が人造魔導師かもしれないという理由から接触を図り、折を見て私達が違う世界―――次元世界という区切りではない、並行世界という別の世界から来た話をする訳ですね』

アサシンは接触を試みるのは良いとしても、機動六課が話しに乗るって来るかどうか気にかけているようだ。
でも、時空管理局を熟知するクロノが言うには向こうの方から話しに来るらしく、セイバーもまたそこを切り口にして交渉のテーブルに誘えば上手く事が運ぶかもしれないと予想していて。

『そうなったら事が魔法―――不可能領域の業に関する話だから、個別に動く地上よりも次元世界全体に関係する話になるでしょうし、本局寄りの六課に接触した理由にもなるでしょうけど………』

『けど、って何かあるのか?』

遠坂も機動六課を通し、時空管理局の中枢である本局に並行世界に干渉する技術が存在するのを伝える意味もあるから筋は通せるとは言うものの、なんとなく遠坂の歯切れが悪い様子から気になる点でもあるのかもしれないと思い訊ねのだが。

『個人的にはあんまり広めたくないってだけよ……』

『知られるとなにか不味いんですか?』

『不可能領域の魔法なんて知った処で使えるようになる訳じゃないんだから、気にし過ぎなんじゃないのかい?』

言葉を濁すように溜息をはく遠坂から訝しむなのはに続き、アルフも考え過ぎなんじゃないかって言うけれど、ユーノは―――

『もしかしたら、人体実験とかされるとかかな……スカリエッティの背後には、地上本部や最高評議会ってところが関わっていたみたいだし』

とかいい既に気にかけていた。
俺達の世界ほどじゃないと思いたいものの、この世界にだって違法研究とか呼ばれる非人道的な実験を行なっていた奴がいたんだから可能性として否定できないのかもしれない。

『いや。これだけの衆目にさらされたのだ、そのような事はしたくともできないだろうよ』

『凛は魔術使いに近い魔導師ではなく、魔術師だからな……恐らく感覚がついていかないのだけだろう』

ユーノの懸念になのはやフェイトが不安げに表情を曇らせるが、これだけというか……ほぼミッドチルダ全域で注目の的になってしまった俺達に危害を加えるのは得策とはいえないとアサシンは語り。
この世界やクロノ、なのは達の世界を合わせれば、かれこれ三ケ月近くいるとはいえ、まだ慣れない遠坂にアーチャーは溜息をついた。

『しかし、僕達の世界にだって質量兵器に対するアレルギーみたいな感覚がるんだ、彼女達の世界にも魔法に対して思うところがあるのだろう』

自分のサーヴァントにすら溜息をつかれ、立つ瀬のない遠坂だが、並行世界とはいえ、この世界と同じ時空管理局の魔導師であるクロノから擁護の声があがる。
それもそうだ、流石に執務官だけあってクロノは考えが柔軟だな、世界が違えば価値観も違うのは当たり前なんだし、魔術を手段の一つに過ぎないとする俺やアーチャーはある意味魔導師に近いから違和感は少ないのだろうけど、生粋の魔術師である遠坂はそうはいかないから違和感が多いい筈。
でも、それは遠坂がそれだけ魔術を大切にしていたって話でしかないんだから、なかなかこっちの世界に慣れないのを責めるのはお門違いだ。

「……まあ、いいわ。
それはそうと、そちらからガジェットの命令は変えられないの?」

俺達から視線を変えた遠坂は大人のフェイトが映る画面に目を向ける。
つれらて見れば、倒れている三人は余程アリシアに打ちのめされたのか、スカリエッティにトーレ、セッテとかいう二人の女性はピクリとも動かないでいて。
いや、動かないというか……気のせいかもしれないが二人の女性はやや地面にめり込んでいるような印象を受けなくもないな。
でも、画面の向こうでは大人のフェイトがホッと胸を撫で下ろしていたからきっと大丈夫なんだろう―――そうでなければ不味い事になるし。

「え?」

「管理局の方だってガジェットの残骸を色々調べてるから判ってると思うけど、自律行動が基本のガジェットだってある程度の命令は遠隔操作で出来た筈よ―――じゃなきゃ、スカリエッティだって運用に支障をきたした筈だし」

「ケガはない」とか「変な事はさなかった」とか色々心配しているプレシアさんに、「うん」とか「大丈夫だよ」とか戸惑いつつも画面越しに答えながら、倒れている三人の状態を確かめてバインドで拘束していた大人のフェイトは、遠坂から話しかけられた一瞬こそ驚いたものの。

「そうだね」

表情を引き締めなおすと空間に画面を呼びだし、

「シャーリー、ガジェットを止めたいの手伝ってくれる?」

通信に現れただろう相手に向かって呼びかけた。

「はい。話は聞いていましたから準備の方は整っています、データを送ってください」

「話を聞いてたって?」

向こうの画面は俺達からでは角度では斜めになってしまうため、シャーリーって人の姿はよく見えないけれど名前や声で女性なのは判る。
でも、そのシャーリーが返した言葉に大人のフェイトは思わずきょとんとしてしまった。

「スカリエッティのアジトに向ったフェイトさんが存じないのは無理ないのでしょうけど、そっちらの避難所ではフリージャーナリストの方がミッドチルダ全域に映像を流しているんです」

「全域に……」

「はい。ですから、そちらで起きた事柄でしたらおおよそ把握しています」

俺が知るフェイトは物静かだが努力家な女の子だ、そんな娘が大人というか、クロノと同じ執務官にまでなったとすれば実力は勿論、相当な分析力や洞察力を身につけているのは想像しやすい、けど……流石にこれは予想もしていなかったらしく驚き目を丸くしている。
それに戻るまでの道中、アーチャーを経由して聞いた限りでは、ミッドチルダ全域に流した理由はアリシアがセイバーの聖剣にミッドチルダの人達の願いや想いを力に変えて付与するためらしかったけど……この様子だと俺の予想以上に影響があったみたいだな。
………まあ、全長数キロにも及ぶ超巨大戦艦ゆりかごを斬り裂いたとなれば、その驚き様も解らなくもないか。

「僕からも提案があるが、いいか?」

「ええ」

機を逃さずとばかりに話を切り出したクロノは言葉を続け。

「そちらとしても僕達に問い質したい事はあるだろうが、今は互いに落ち着いて話せる状況ではない筈だ。
この騒動が落ち着き次第―――せめてガジェットのによる被害が収まってからにした方がいい、話す時間と場所はそちらに任すから、その時に僕達が来た理由を話そう」

そう話し、ここまで表沙汰になり、かつこの世界のフェイトにも見つかってしまったのと同時に今までのように隠れて動く理由もなくなったんだ、なら間を通さない直接の接触に変えるべきだとクロノは考えをあらためたようだ。

「解りました。シャーリー、はやてにも連絡してくれる」

「了解です」

「……なんていうか、似てるっていうより昔の兄さんにそっくりな感じかな」

画面の向こうでは、この世界のフェイトがボソッと零す声が聞こえたりする。
まあ、並行世界とはいえこのクロノも本物のクロノなんだが………気持ちは解らなくもないか、並行世界間移動という魔法の領域の業を考慮するより人造魔導師技術の可能性を考えるのが確率としては高いのだから。
なにせ、魔法―――こちらでいう処の不可能領域の業が不可能と呼ばれる訳は、それが今の技術を伸ばした先にあるようなタイプの技術とは一線を隔てた異質な技術、積み重ねによる技術発展では至れない領域を指すのだから、普通なら選択肢に加えるのさえ馬鹿馬鹿しい筈だ。
だからこそ、俺達の世界では根源に至りでもしなければ手がかりすら見つからないって考えになったのだろうな。

「では、我々はこの場にて避難所の安全確保及び騒動が治まるまで待機します―――異論はありませんね?」

クロノが提案した内容に修正や疑問がないかを確認するセイバーは俺達を見回し、なのはやフェイトは「は~い」、「うん」とそれぞれ答え。

「まあ、結果オーライってやつなのかね……」

「そうかもね……」

アルフとユーノの二人は、ガジェットとの戦いが一段落して気が緩んだせいか疲れが表に出てきているようだ。
それも仕方ない、なにせ地上部隊の局員達ですら魔力消耗を起こしかけている状態だし、地上本部の方が落ち着いたのなら出来るだけ早めに病院に行ってもらわないと危ないかもしれない、それ程の戦いだったのに二人共よく頑張ったと思う。

「異論はないが……問題はこれからか」

「そうね。例え人造魔導師の疑惑を晴らしたとしても、この世界の人達に並行世界に干渉する業が存在するのを知らしめるだけだし……」

「家族に会いに来ただけならば兎も角、知略謀略が含まれるとなれば大事か……」

アーチャーはクロノの案にこそ異議はないようだが、この世界の人達が俺達の事を人造魔導師と思い始めているのに懸念を示す。
そんなアーチャーに頷きを入れる遠坂に加え、アサシンもまた、単にこの世界のフェイトに会うだけなら個人の問題ですむが、並行世界に干渉する技術が在るのが公になれば組織としては無視するのは難しいかもしれず、もしかしたら何かしらの仕掛けをして来る可能性を視野に入れているようだ。
問題は山積みだなのを理解させられるも、とりあえずは時折迷い込むように姿を見せるガジェットを処理しつつ、プレシアさんやユーノに回復魔法をかけてもらいながら休みを入れる。
一息つきながら、念話を使い、避難所にいるアリシアにスカリエッティのアジトを襲った次元跳躍魔法について聞いてみたら、

『皆でフェイトさんを虐めるからメッってしたの』

などと告げられ、念話の様子から頬を膨らませるアリシアの姿が容易に想像できた。
画面越しとはいえ、ようやく目にした肉親が誘拐というか拉致されようとしてたら怒るのは当たり前、それがスカリエッティ達に対して豪雨のように光弾が降り注ぐ結果につながったって話か……まあ、こんな騒動を起こしたスカリエッティには自業自得としかいえない。
そんな感じに皆で雑談をしながらなんとか一息ついてたとき、ふと周囲を見渡せば目に入ってくるのは残骸と化したガジェットの山々ばかり―――これはこれで問題か。
残骸の撤去に関しても、倒したガジェットの残骸の数を考えれば気が遠くなりそうな作業だ、でも住民の生活を考えるならやらない訳にもいかない。
俺にもまだまだ手伝える事があるかもしれない、そう思いながら休んでいれば、どうやらガジェットの命令変更は上手く行ったのか、日が傾き始めた頃には避難所に向かって来る姿は無くなり。
代わりに地上部隊の方から増援というか交代の部隊がやって来て、今まで避難所を護ってくれていた部隊は付随してきた医務官と一緒にヘリで戻って行った。
その時、偶々耳にした話によれば、ここを守っていた部隊は交通課の人達らしく、いつもは違法駐輪とか駐車違反とかを取り締まる部隊だったそうでガジェットとの戦闘どころか荒事そのものに向いてない部隊だったとかいう話だ。
そんな部隊なのに避難所を守り通したのは局員としての意地なんだろうけど、こちらとしては頭が下がる思いで一杯になる。
また、俺達がいる避難所から遥か先では、日頃から犯罪捜査や逮捕を行なっていた部隊が防衛線を築いてガジェットを食い止めようとしたそうだが、ガジェットのAMFの影響と物量で死人こそ出なかったものの部隊としては壊滅してしまったらしい。
他にも、セイバーはゆりかごの始末を買ってでたそうだけど、ゆりかごなんていう巨大な戦艦を地上で沈めれば環境を含む様々な問題があるとかで、管理局側は宇宙まで曳航して処分するとかいう話で決まったそうだ。
などと交代に来た部隊の人達から話を聞きながらも同行を求められるかと思いきや、地上本部の方でもなにかあったのか、それとも六課の後ろ盾である本局から指示があったのか判らないが同行を求められる事はなかった。
その六課からは明日の昼頃に迎えに来るという話が伝えられ、この世界の人達にどう話すか話し合っていたのだけど、困った事にゆりかごを斬り裂いた件や、スカリエッティによって人造魔導師の疑いがかけられてしまった件で避難警報が解除された途端、俺達がいる避難所にいたる所からマスコミの人達が群がりはじめ、マイクやらカメラやら手にした人達が我先とばかりに目の色を変え何十人も押しかけて来る様は俺でも圧倒されそうになる。
霊体化して早々に姿を消すアーチャーや、何を聞かれても暖簾に腕押しという表現がよく似合うアサシンは兎も角として、まだまだ小さいなのはやフェイト、ユーノにアルフなんかは戸惑いを隠せないでいた。
そうは言っても事が並行世界の干渉という魔法、不可能魔法の領域の話だからマスコミとはいえ迂闊には話すわけにもいかない訳で―――

「それについては、明日、本局に関わりのある部署と話すので今の段階では話せない」

「現段階では話すことはなにも無い」

なんとかしてマスコミを宥めようとするクロノとセイバーは口々にそう言うものの、マスコミの方も子供の使いではないからなかなか納得しないでいるし。
マスコミ達の反応に昔の出来事を思い出したのか、それともいい加減頭にきたのかは定かではないが攻撃魔法を展開し始めたプレシアさんを遠坂が文字通り取り押さえているような状況になり始めたので洒落にならなくなり始めた頃。
俺達を見兼ね、避難所の人達が火炎放射器のような雑草刈り用のデバイスやら巨大な鋏みやら柳刃包丁のようなもので追い払ってくれたのはありがたかった。
そんな感じに、ガジェットの襲撃から始まった慌しい一日はなんとか終わり、次の日、避難所で朝を迎えた俺達は周辺の残骸の片付けを手伝いながらも午後から来る六課の人達について念話で話し合う。
まあ、結論から言えば、並行世界移動なんていう不可能領域の話なんかは言葉を並べたとしても信じてもらえそうにないので、一度、俺やアリシアの住む世界かクロノやはのは達が住む世界を見せてはどうかという話で纏まった訳だが。
やや早めの昼をとって、午後に来るだろう六課の人達を待っていると一機の大型ヘリが駐車場に降り、後ろの扉部分が上から下に倒れるようにしてできた斜路から陸士部隊の制服姿に髪を後ろで二つに結った女の子が現れた。

「少し待たせたちまったみたいだな」

「そのようだ」

まだ幼さの消えない女の子に続いて、ヘリから現れたポニーテールの女性は俺達を見回すと、

「私は機動六課、ライトニング分隊副隊長のシグナム、こちらはスターズ分隊副隊長のヴィータだ」

互いの名を告げながら斜路を降りて来る。
クロノと遠坂が地上本部から手に入れた資料から六課の大まかな構成は知っているとはいえ、シグナムって女性は兎も角、ヴィータって娘の方はなのはやフェイトと同じくらいに見えなくもない、まあクロノからして十四歳なんだから………もしかしたら結構な歳なのかもしれないが。

「僕はクロノ・ハラオウンという者だ、あんな事件が起きた後なのにすまない」

クロノはセイバーが「なるほど、機動六課の機動というのはこういう意味でしたか……」と呟くなかヘリから現れた二人に礼をする。
セイバーが言う機動の意味は、きっとヘリによる局員の高速輸送と展開、他にも空中からの支援なんかも想像してるんだろうな。

「私は高町なのは。私立聖祥付属小学校三年生です」

「フェイト・テスタロッサです」

クロノの後になのはとフェイトが名乗りを上げ、俺や他の皆も続いて名を告げる。

「……なるほど、記憶は引き継いでいるという訳か」

「みてーだな」

ただ、シグナムとヴィータの二人は俺達を人造魔導師だと思っているようで、

『予想はしていたが。同じ部隊に所属しているからだろうな、彼女達はこの世界の僕達を知っているみたいだ』

クロノからの念話にプレシアさんや遠坂、セイバーは『その様子ね』とか『みたいね』とか『ええ』とか頷きを入れ、

『そりゃまあ、そうだろうね……』

『普通は不可能領域の可能性なんか考えないから……』

アルフとユーノも、人造魔導師の線で考える二人に対して、並行世界などという別の可能性の世界からの訪問者の可能性なんか想像できようもないと答える。
そんな話に加わらない二人、

『もうすぐ、こっちのフェイトさんに会えるね』

『なに。急いては事を仕損じるという、もう少しの辛抱よ』

この世界のフェイトにようやく会える嬉しさで一杯のアリシアをアサシンは宥めていた。

「あの、こっちの世界の私ってどんな感じなんですか?」

「っ、どういう意味だ?」

ジッと見詰めながらする、なのはの質問にシグナムは目を細め。

「私にとっての魔法の意味がわかったんです。
悲しい願いや……つらい決断で、力を振るうひとがいます。
それが罪や、別の悲しみを呼ぶことがある。
話して、言葉で伝えあえたら、その方がいい。
わかってもらえたら、それが一番いい……
だけど、心が伝わらないとき……わかり合えないとき。
それでも伝え合って、わかりあうために!この力があるんだって!!」

「そうだね。本当に戦わなきゃならないのは、戦う相手じゃなく、相手の悲しみや心の闇―――戦いに駆り立てる理由そのものなんだから……」

なのははジュエルシード事件や、この世界でスカリエッティが起こした事件の末に至った考えを口にし、フェイトもなのはと同じく自分が目指す理由を得たようだった。
魔術を手段の一つとして割り切る俺やアーチャーとは違い、なのはが魔法について色々考えていたのは知っていたけど―――そうか、これがなのはの得た答えなんだな。

「そういう事か、私が知るなのはも魔法は大切なものを守れる力、思いを貫き通す力として日々の鍛練に力を入れている」

一瞬だが、シグナムという女性の眼光が強くなったような気がしたものの、目を伏せなおすと穏やかな感じでなのはとフェイトに視線をむけた。

「そうなんだ―――なら私も、これからもっともっと強くなります!」

「じゃあ、私も負けてられないね」

シグナムが語る、この世界のなのはの在りように満足いったのか、なのはは目を輝かせ、フェイトも負けずに口にする。

「私だってついてくよ」

「僕だって」

それを聞いたアルフとユーノもそれぞれ答え。

「うん、ありがとう。皆や魔法と会えて、レイジングハートに会えて良かった」

三人と手を取り合うなのはは笑顔を満面に浮べ感謝を述べる。

「……どうする、シグナム。
そっくりっていうか、昔のなのはに瓜二つだぞ」

「ああ、テスタロッサもだがな……」

その光景に機動六課から来た二人は戸惑いを隠せないようだった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第19話


ゆりかごに突入したなのはちゃんとヴィータの二人は、誘拐されたヴィヴィオの救出に加えスカリエッティ一味の捕縛を目的に動き。
途中、砲撃型の戦闘機人が放ってきた砲撃をなのはちゃんが撃ち返して捕縛したそうやけど、王座の間ではヴィヴィオがスカリエッティに何か施されたらしく大人の姿になっていて、なのはちゃんにしてもヴィヴィオだと判る前にシューターを放ったのが原因かもしれないんやけど戦いになってもうた。
ヴィヴィオの思考を操作しただろう戦闘機人は、ゆりかご艦首の船底付近で魔道師隊に発見されたものの、地上部隊に協力していたかつての王らしき人物が放った砲撃よって崩れた支柱やら鉄骨に埋もれ意識はなく、ヴィヴィオを元に戻すのは難しそうに見えた。
せやけど、無限書庫の調査によってヴィヴィオの力はゆりかごの駆動炉から供給されているのだと判明した事から私とヴィータで駆動炉へと向かい。
いたる所で爆発が起き、それに伴う火災や高熱、煙で満ちた通路には降りた隔壁が幾つもあったんやがそれらを破りながら突破する。
なんとか辿りついた駆動炉はヴィータの一撃でも壊れずにいて、攻撃を加えられた事から自動防衛機能が働いてしまったんやったけど、現れた防御スフィア群は私が放った広域魔法で沈黙させてから、ヴィータはグラーフアイゼンをドリル状の尖端から魔力を捻り込むようにして貫通力を高めた形態、シェアシュテールングスフォルムを叩きつけ破壊に成功した。
それによって、なのはちゃんと戦っていたヴィヴィオもゆりかごの影響から解放され、ヴィヴィオの体内に残ったレリックのみを壊して事件は終わりを告げたんやが―――

「問題は次世代型人造魔導師やな……」

座り心地の良い艦長椅子に座りながら端末を操作し、空間に浮かぶモニターを出すとフリージャーナリストが撮影した映像を再生する。
そこには空を光らせ人々の魔力を利用したり、その魔力を使いゆりかごを斬り裂いたり、わずかな手がかりから場所の特定を可能にし、次元跳躍魔法で無力化したり………起源とかいう未知の何かを操作して生み出されたというレアスキル持ちの魔導師達が映し出されていた。
私や魔道師隊を剣ばかり刺さっとる、ようわからん結界に巻き込んだ赤い二人も一緒やし、なのはちゃんやフェイトちゃん、アルフ、クロノくんにユーノくんを元にしたのもいるけど、一人一人がなにかしらのレアスキルを持っていると考えた方がいいんやろう。
ようやくスカリエッティが絡んだレリック事件が一段落したと思えば、次はそのスカリエッティを利用していた最高評議会が生み出したらしい人造魔導師達、地上本部ではレジアス中将が殺害され混乱も起きてるさかい……やる事は山積みや。
あまりの仕事の多さに「はぁ」と溜息をはき空間モニターから視線を泳がせれば、ルキノやシャーリーがグリフィス君の指示で端末を操作し情報を纏めている。
しかし、スカリエッティ一味の襲撃によって機動六課隊舎が壊され、隊舎の代わりに一時的とはいえ借り受けたアースラやったけど、廃艦寸前の引退艦とはいえ大気圏内なら十分使いものになるもんや。
アースラは色々な思い出がつまった場所やったけど、こうして使う側になってみれば移動できる分、何かしら起きた場合にはヘリを出さなければばならない隊舎とは違って、本部機能をもったまま移動できるから機動性のある部隊を運営するには必要不可欠なのが解る―――私が思い描く即応性のある部隊の構成には、人材の外にも色々な装備や設備が必要になるんやろうな………あかん、勉強不足なのが露呈してきとる。
などと思案していたら、後ろのドアがシュンという音を上げ開き、

「だだいま戻りました」

「お帰り、リイン」

初代リインフォースと同じ銀色の髪をした三十cm程の体格をした私の家族、新人達からはちっちゃな上司と慕われている頼もしい副官が戻って来た。

「それで、どうやった?」

「はい。足を負傷したティアナは入院、シャマルにブラスターモードを使用したなのはちゃん、スカリエッティに捕まっていたヴィヴィオは念のため検査です。
あと、病院を抜け出したザフィーラとヴァイス陸曹の二人も再び病院に戻して、ちゃんと治すよう言っときました」

「さよか。でもザフィーラとヴァイス陸曹が戦線に復帰しなければ戦闘機人に囲まれたティアナは危険やったからあんまり強く言わんといてな」

「はい、です」

まあ、それでも傷が癒えないまま二人が無茶をしたのは確かなんやけど―――みんな多かれ少なかれ無茶をしとるから人の事いえんわけやし。

「こっちは、例の人造魔導師の疑いがある魔道師達にアルトにヘリを出してもらったから午後にはこっちに来てもらうようなっとる。
ゆりかごに関しても、地上での破壊だと色々な後始末が面倒やからクロノくんの艦隊で軌道上まで曳航して沈める予定や。
それに、フェイトちゃんの方も地上部隊に引継ぎをし終え次第アースラに戻る予定やから間に合うやろ」

「画面越しに見た限りでは、昔のなのはちゃんやフェイトちゃんにそっくりな感じですから、同じようにいい子だと良いですね」

「そうやな」

リインの知っている昔のなのはちゃんやフェイトちゃんは十一歳の頃やけど、私の目利きではもう少し小さな頃やろか……
それに、あののなかに私を元にしたのが居ないのは、私が夜天の書の主という特殊性があるからなんやろう。

「まあ。一応、ヴィータとシグナムを同行させとるから何かあったとしても大丈夫やろうけど―――向こうのクロノ君と同じような子も、昔のクロノ君と同じよう判断力に優れているようやから心配ないやろ」

「どんな子達なのか楽しみです」

「とはいえ。本当に人造魔導師だった場合、後ろ盾やった最高評議会とかいう組織や、レジアス中将が死去されたさかい放っとく訳にもいかん」

「そうですね……特にゆりかごを沈めかけた人はベルカ時代の王の力を持ってるみたいですし」

「それだけやない。その王に力を注いだ相手や、私や魔道師隊を特殊な結界に巻き込んだのも居る」

「もしかしたら、それぞれがベルカ戦乱期の王の力を持ってるのかもしれないですね」

「それはそれで大事や……」

単騎で万騎を駆逐するような狂気の技術の結晶が蘇ったんやから………いや、ベルカ時代でもロストロギア扱いされていたゆりかごを斬り裂いたり、護衛をしとったガジェットの大軍を結界に閉じ込め殲滅したのを考えれば十分あり得る話や。
今日のマスコミの放送によれば、件の相手らは周辺に散らばったガジェットの残骸の撤去を手伝ってるとかいう話やったが、それらを空間モニターに出し、どうするか思案していたものの、ふと時間が近づいているのに気がついた私はグリフィス君にアースラを任せリインと食堂に向かい簡単な食事を済ませる。
食堂から会議室に向う間、制圧したスカリエッティのアジトについて地上部隊に引継ぎを終えたフェイトちゃんと出会い一緒に会議室に向う通路を歩く。
通路を歩きながらフェイトちゃんからの報告を受け、ヴェロッサのレアスキル思考操作からマッドサエンシストにはつきもんやのか自爆装置を解体した件や、捕縛した戦闘機人十二人の体には人造魔導師技術を使ったスカリエッティのコピーが仕込まれているのが判明し対処にあたってる話や。
エリオとキャロの説得で投降してきたルーテシアという召喚士の母親メガーヌ、地上部隊の調べによれば何年も前に行方不明となった元捜査官やそうやが、彼女がスカリエッティに協力していた理由は母親の蘇生が目的だった為らしい事などの報告を受ける。

「そや、フェイトちゃんから見て例の魔道師達はどんな感じやった?」

エリオとキャロの二人は、投降したルーテシアを落ち着かせる意味もあって残ったそうやが、そういった報告を受けながら元々次元航行艦という性質から一切の装飾などがない、味気ない通路を歩みつつ私はこれから会う相手の情報を少しでも得ようとフェイトちゃんに話しかけた。

「まだ少ししか話してないけど……見た目だけじゃなく、なんか昔の兄さんと同じ雰囲気がしたかな」

「さよか。多くの違法研究で保護されたケースでは、記憶を引き継いでいる人造魔導師は結構いるんやけど……性格や印象が違ってたりするんやがな」

人造魔導師の疑いのある集団のなかで、クロノ君似の相手と会話をしたフェイトちゃんは昔、まだ背が低い頃のクロノ君と同じ印象を受けたという。
人権に関する問題以外に、人造魔導師技術が難しいとされるのは魔法資質の継承や、性格に違いが現れる為に能力や実力が違ってくるからもあるんやが―――クロノ君をよく知るフェイトちゃんからして、違いを感じ取れないとなればそれらの問題をクリアしたとも考えられるわけや。

「それが例の起源とかいう部分なのかもしれないですね」

「起源か……」

リインの言葉に考えを深める、魂とかいうオカルト的な分野の話なんやが、そこを操作すれば元となった相手と瓜二つの人造魔導師やレアスキルを持ったのが生まれるというのは受け入れがたい話や、人ってのは外部の環境で色々と変わるもんや。
私だって、なのはちゃんやフェイトちゃんと会ってなかったらきっと違ってたやろし、でも、その辺すらも考慮されたとなれば………その完成度は想像を絶するかもしれへん。
いや、違和感の少なさからすれば気がつかないうちにオリジナルとすり替わっているかもしれん事件も起きうるかもしれん、仮に管理局のトップが知らないうちに入替ってたとかになれれば背筋がゾッとする話になる、私は今まで次元世界で知られる事なく研究されていた未知の技術に戦慄を覚えざる得なかった。
そんな状況を招かない為にも、あの小さいクロノ君やなのはちゃん達と話さなきゃあかん―――特にその技術を持つ相手がどんな人物なのか、今のところ怪しいのは遠坂凛とかいう女性やけど、最悪のケースで考えれば違法研究をしている人物がスカリエッティと同じか、それ以上の性格の場合もあるんや。
そんな人物の元で、かつてベルカ戦乱期に現れた王達の力を持つ者達が何人も現れるようになったら、今回のスカリエッティが起こした事件以上の問題になるやもしれんさかい。
そう思いつつ会議室に入った時、空間モニターにグリフィス君が現れアルト達が乗ったヘリが戻った知らせが届く、ヘリはアースラの後部格納庫に着艦するから例の魔道師達が来るのはもうすぐや。

『シグナム、ヴィータお疲れ様。
人造魔導師の疑いのある魔導師達やけど、見た印象はどんな感じや?』

『はい。それが、その………なんと言ったらいいのか、出会った頃の高町とテスタロッサ、アルフも瓜二つというか。
記憶もしっかりしてますから、もし、あの頃に出会ったのなら見分けがつかないのではないかと思えるほどです』

『二、三話したけど、クロノやユーノもあの頃と同じって感じだな。
あと知らねーのが四人ほど居るし、フェイトの母親やフェイトそっくりの小さいのもいるけど性格が判らないから判別のしようながねー』

念話で話しかけた私にシグナムにしては珍しく歯切れの悪い口調で語り、ヴィータもシグナムと同じくあの頃のクロノ君やユーノ君と同じ印象を受けると答えた、でも―――

『待った。フェイトちゃんの母親そっくりなのと小さい方はなんか予想がつくけど、一人足りないんと違うか?』

『それが、アーチャーという名らしいですが………こっちらのクロノが言うには思念体らしいです』

『こっちから話しかけたら現れるけど、それ以外の時は消えてるんだ………本人や遠坂ってのが言う分には幽霊みたいなものだから気にするなって話になってる』

『……幽霊ですか』

『召喚魔法の一種なのかな?』

一人足りないのを不審に思った私が聞き返したものの、シグナムとヴィータは思念体やら幽霊やら答え、リインとフェイトちゃんも困惑を隠せない。
幽霊……あかん、もうレアスキルがどうこうってレベルの話じゃない………わけがわからん連中や。

『いや、むしろ降霊術。もしくは、かつて失われた死霊術の類か』

『まあ。かつてのベルカ時代じゃあ、死体を兵士にして操ってた冥王ってのがいたから、その辺の遺失技術とかが使われたのかもな』

片手で頭を押さえる私を知る由もなく、話を続けるシグナムとヴィータからは、かつてのベルカ戦乱期に用いられた技術を復元して使っている可能性を示唆する。
それは、一人の王が他の王を凌ぐ為に過度の力を宿した時代―――すなわち、今回レリック事件でスカリエッティがヴィヴィオに対して行なったのと同じ、人の肉体と命を魔力核に結びつけ、一つの強大な質量兵器として扱う技術が用いられているという話や。
そのゆりかごを斬り裂いた一人は、確実に王の力を宿してるんやろし、幽霊を使役する技術とかがあっても………あの時代の異質時術なら不思議やない、か。
ベルカ戦乱期の王クラスの力を持つ者が既に複数人現れてるかもしれない状況に、この話し合いは当初抱いていた以上に管理局にとって重大な問題だと認識を改めた。
椅子に座り、左右にリインとフェイトちゃんを待機させ、そろそろやとリインに記録用の録画を始めさせれば外から声が聞こえ、扉が開き固唾を飲み込むなか件の魔導師達が入って来る―――

「わ~い、こっちのフェイトさんだ!」

せやけど、小さいフェイトちゃんの横から更に一回り小さなフェイトちゃんがぴょーんと飛び出して来て、

「私、アリシア。お姉ちゃんなんだ」

「アリシア………」

「うん。お姉ちゃんって言っていいんだよ」

咄嗟の事で虚をつかれたフェイトちゃんは目を丸くするも抱きつかれ、えっへんと見上げながら自分が姉であると主張した。
フェイトちゃんを見上げ、目をキラキラと輝かせるアリシアという女の子は、ヴィヴィオくらいの背丈というか、明らかに体格差が大人と子供程に違うのにも関わらず姉と言い張るのでフェイトちゃんにしても言葉に詰まっとるのやもしれない。
そりゃあ、私かてフェイトちゃんからお母さんの話やアリシアっていう姉妹について耳にした事はあるやけど……こうも直球で来られてはこっちとしても対応に困る。
そんな、ちっちゃなお姉ちゃんを名乗るアリシアに―――

「ごめんな、突然だったから驚いたろ?」

「そうですアリシア、いくらなんでも先走りすぎです」

私や魔道師隊を結界に巻き込んだ赤毛の少年とゆりかごを斬り裂いた王の二人が前に出て、赤毛の少年はアリシア頭に手を置くようにしながら謝意を述べる。
昨日から報道されてる内容からは、赤毛の少年は衛宮士郎、金色の髪をした王はセイバーという名らしいんやが………セイバーってどう聞いても偽名やろな。

「そりゃあさ、アリシアがこっちのフェイトに会えて嬉しいのは判るけどさ……ちょっとというか、姉を名乗るには身長に差があり過ぎるんじゃないのかい?」

「どちらかというなら、妹はアリシアの方ね」

昔のアルフそっくりな容姿と名を持つのと、フェイトちゃんのお母さんそっくりの二人は笑みを浮かべながら口を揃え、

「そうですね、お姉ちゃんっを名乗るには少し背が足りないですよ」

「う~。私、お姉ちゃんがいい」

リインも話しに加わって、当のアリシアはぷうを頬を膨らませるものの、小さななのはちゃんやフェイトちゃんが近寄り「大丈夫だよ、どっちにしたって姉妹なんだから」とか「そうだよ」とか慰める。
けど、この辺は私も同感や。

「そっか………報道では知ってたけど母さん、本当にアリシアを蘇らせたんだね」

虚をつかれたフェイトちゃんやったけど、アリシアから母親、プレシア・テスタロッサに視線を向け微笑みかける。

「いいえ、私はそこまで至れなかったわ」

せやけど、辛そうな表情でフェイトちゃんのお母さんは顔を横に振り。

「この娘を蘇らせたのは貴方の母親―――この世界の私よ」

「そして、その彼女を君に合わせるのが僕達がここに来た理由の一つだ」

この世界という言い回しが何処か気になるような言い方やったけど、続けて昔のクロノ君そっくりな子が口にした話の方が気になる。

「どうゆう事や?」

「簡単に言えば、その娘以外の理由ってのは事件を起こしたスカリエッティが私達を人造魔導師って思ったようだけど、実際は違うってだけの話よ」

「騒動に巻き込まれ、気がつけば人造魔導師―――他の者は兎も角、魔導師ですらない身としては肩身が狭い思いよ」

「そう言う割には下手な魔導師よりも強いんだけどね……」

問いかけ返す私の言葉を赤い色の印象が強い女性、遠坂凛やったな……彼女が答え、侍風の確か佐々木小次郎やったかが、さも迷惑そうに語る内容にちっちゃなユーノ君は呆れるような表情を見せた。

「順を追って話そう。色々な報道で僕達の事は知ってるとは思うが、まず互いの紹介からでいいか?」

アリシアによって機先を制されたような状況になってしもうて、扉の近くで待機しとるヴィータとシグナムがどうしたらいいのか言葉を挟めずにいるなか、ちっちゃなクロノ君が提案する内容は魅力的やった。

「そやな、そうしてくれると助かる」

一応、報道されている以外にも彼らが泊まっていたホテルの顧客簿から名前などは知っとるやけど、本人から聞くのが一番やし。

「まず、私は機動六課部隊長の八神はやて。
そんでもって、このちっちゃな副官がリインで、こっちが機動六課フォワード部隊ライトニング分隊隊長のフェイト執務官や」

私の紹介にリインとフェイトちゃんは「よろしくです」、「よろしく」と返し。

「後ろに居るのが―――」

「お言葉ですが主、私とヴィータは既に話しているので存じているかと思います」

「ああ」

「さよか。それならそれでええか」

続き、シグナムとヴィータを紹介しようとしていた私にシグナムはその必要はないと口にし、ヴィータも相槌を打っとるさかい大丈夫なんやろ。

「僕はクロノ・ハラオウン。
こっちから順にアルフ、プレシア・テスタロッサ、ユーノ・スクライアに佐々木小次郎、遠坂凛。
あとアーチャーという男が居るが、今は霊体化とかいうので消えている」

それぞれが「世話になるよ」や「よろしく」とか「お願いします」、「さてどうなるか」、「なるようにしかならないわよ」等など口々にするなかちっちゃなクロノ君は話を続け。

「次に、君達の前にいるのがアリシア、高町なのは、フェイト・テスタロッサに衛宮士郎、セイバーだ」

ちっちゃななのはちゃんとフェイトちゃんは「よろしくお願いします」と声を揃えて挨拶するものの、

「ポチを忘れているよ」

「ああ、すまない」

アリシアは足元で転がる丸っこいのを忘れてるって指摘し、すっかり忘れていたらしくクロノ君は謝りを入れた。

「私もクラス名ではなく真名を明かした方がいいでしょう」

「いいのかセイバー?」

「ええ。ここは地球から遥か遠く離れた地、次元間航行という技術を用いてようやく来れる世界だ。
そのような場所だというのに、私の名が伝わっているなどと思うのは驕りに過ぎない」

セイバーって少女がどんな王やったのかは判断しかねるけど、地元では相当有名だったらしく、本当の名を明かすという少女の言葉に衛宮君という少年は気遣う。
私にはクラス名というのがなんなのかは判らへんが、次元世界のなかには魔よけの類から本当の名前を隠す所もあるさかい、このセイバーを名のる少女もそういった風習のある世界の出身なんやろ。

「私の真名はアルトリア・ペンドラゴン、かつては地球………こちらの名称では第九十七管理外世界にあるブリテン、今では英国と呼ばれる国の王だった者です」

「セイバーさんて英国の王様だったんだ」

「あの剣といい、その英国ってところは相当な技術をもってるんだろうね」

剣士を名のる少女が語った出身地の予想外さに、私は思わず「なんやて!?」って声を上げそうになったがなんとか飲み込み、同じように聞いたちっちゃななのはちゃんは、あのロストロギアに指定されかねない剣が作られたのが地球やという事実に気がついてないのか素直に驚いていて、アルフもあの剣からして英国の技術力が相当高いレベルなんやろうと口にし、ちっちゃなフェイトちゃんやそのお母さんも「うん」とか「そうね」とか言い納得している様子や。
でも、私の知る英国は時折へんてこな兵器とかは作っても、ベルカ戦乱期のような異質技術はないはずなんやけどな……

「なるほど。スカリエッティの時は話を合せているだけかとおもったが、まさか本当に王だったなんてな……
僕もセイバーが偽名なのは解ってたけど、現地で偽名を使ったのは元王という立場を隠す必要があったからか」

片手を顎に当ててるクロノ君にしても、偽名なのは薄々感じていたようやけど、本名は知らされてなかったようやな。
しかし―――

「………は?」

「む、どうかしましたか?」

「いや、我々も……その第九十七管理外世界は知っているが、英国の女王でアルトリア・ペンドラゴンという名は聞き覚えがないものなので、な」

「そうでしょうね。当時の私は女性ではなく男性として振舞っていましたから」

私もそうやが、まさか私やなのはちゃんと同じ第九十七管理外世界出身だとは想像してなかったらしく目を丸くするヴィータやが、シグナムが助け舟を出しすとアルトリアは納得した様子でそれも仕方がないと口にする。
そもそも本人達は人造魔導師を否定しているけど、もしもという事もあるさかい、管理世界なら出身を調べれば何かしら判るとか思うとったんやが………まさか出身が第九十七管理外世界とは予想外や。
それに加え男装していた英国の元国王なぁ、元って事は何年かまえまでは王だったって事なんやろけど、第九十七管理外世界出身の私にしても、むこうの中学では国内の将軍や皇族の名前は熱心に学んだもんやが、世界史の授業、しかも近代以降は国外のついての授業なんかは碌になかったもんやからようわからん―――つか、年上には見えへんのやが一体何歳なんやこの人?

『リイン。予想外やけど、とりあえずグレアム小父さんに確認してくれへんか?』

『はい、です』

念話で告げ、ちっちゃな空間モニターを開いたリインはグレアムおじさんに用件を纏めた内容を送った。

「では、僕達が何故ここに来たのか順を追って話そう」

「その前に立ち話もなんや、せっかく来てもうたんやし座りながらするとしよか」

クロノ君は、私達が一通りの紹介を終えたのを確認すると私達を見回して話し始めようとするが、それに待ったをかけ席を勧め、アーチャーとかいう幽霊以外の十一人は礼を述べつつ対面するようにして席に座る。
向こうも礼儀から私が薦めるまで椅子に座るのしなかったのもあるんややが、椅子に座らせていればなにかあった時にでも椅子から立ち上がるという動作が必要になるさかい。
その間があれば私は兎も角として、横で立つ管理局でもトップクラスの速さを持つフェイトちゃんは勿論の事、出入り口で立ち並ぶシグナムとヴィータも機先を制する事が出来るといった保険の意味も兼ねている。

「今からする話は君達からすれば到底信じられない話に聞こえるだろうが、彼女も語ったように僕達は人造魔導師とは違う」

話を再開させた小さなクロノ君は、遠坂凛という少女を横目にしながら前置きを口にしつつ。

「では、何者なのかと言われれば並行世界と呼ばれる可能性の世界。
それも、こちらの世界からすれば十年前に相当する世界から来た事になる」

クロノ君は真剣な表情で語るんやが、その話は私の想像すら超えていて理解するのに数秒要した。



[18329] リリカル編20
Name: よよよ◆fa770ebd ID:f7256155
Date: 2013/09/27 20:02

空をヘリで移動するなか、シグナムさんとヴィータさんから聞いた話によれば、隊舎を失った機動六課は廃棄処分になりかけていたアースラを本局から一時的に借り受け、そこを拠点にして活動していたとか。
よく知るアースラが本部になっている事や廃艦という話に皆も驚いたものの、執務官であるクロノさんはこの辺にも詳しく。
次元航行する艦船の寿命は遭遇した災害とかにもよるけれど、おおよそ二十年から三十年程度で、私達の知る世界から十年も後の世界ならアースラだって廃艦になっていても不思議じゃないらしい。
そんな感じに、私達のなかで一番時空管理局を知っているからこそ交渉役を任せられるってセイバーさんに凛さん、ユーノさんにお母さんも口々に推薦したクロノさんは今、機動六課部隊長の八神さんに面と向かって話していた。

「話は、君達にとって十年前のジュエルシード事件にまで遡る。
この世界でのジュエルシードか引き起こした事件の概要は把握しているつもりだが、僕達の世界では……その事件の際にこの世界では無かった事があった。
それこそが僕と彼らの出会いであり―――この世界のプレシア・テスタロッサが蘇生させたアリシアが関与した出来事なんだ」

「……関与?」

「ああ、それがこの映像だ。
これは並行世界からの干渉というらしく、まったく別の世界に居ながら暴走したジュエルシードを掴み、瞬く間に制御して消えて行った時のだ」

お母さんの名前が出て反応する大人のフェイトさんに、クロノさんは端末を操作すると暴走して小規模ながらも次元震を発しているジュエルシードを私が掴んで消える映像を空間モニターに表示させる。

「今だから言えるけど、あの時は相当焦ったもんだったよ」

「うん。なんの前触れもなく現れて持って行っちゃったからね」

空間モニターに映し出された映像を見て、あの時の事を思い出したのか呟くアルフさんに、ユーノさんは相槌を打ち、

「でも、今ではいい思い出かも?」

「そうだね。アリシアが来なかったら母さんも無事じゃなかったと思うし」

なのはさんとフェイトさんも小声で頷きあっていた。

「そして、この並行世界の観測や移動という不可能領域クラスのレアスキルを持つアリシアを養子にとり、義兄になった衛宮士郎や親しい間柄のセイバー………いや、アルトリアと言った方がいいのか。
佐々木小次郎や遠坂凛達という因子が加わった事によって、それ以降も状況は変化し続け」

クロノさんが表示させる映像は次々に変わり、公園で私達を包囲した時の内容や、何体ものジュエルシードによる暴走体、それらからジュエルシードを抜き取る映像やらが映されて行き。

「イカ?」

「随分大きいですね」

「なんなんや、この異様に馬鹿でかいイカは………」

イカを素体とした暴走体が、複合暴走を起こした映像が現れると大人のフェイトさんは「こんな暴走体いたかな?」って感じできょとんとした表情になり、うねうね動く触手や触腕が気に召さないのかリインさんや八神さんは顔を顰める。

「これは、最後に残ったジュエルシード六個が同時に暴走して複合暴走した時の映像だ。
この世界では最後の収集の際、やや乱暴ともいえるが当時のフェイト・テスタロッサが魔力を使い強制起動させた後、高町なのはと協力して沈静化に成功し複合暴走は起きなかった」

クロノさんは「変化が起きるのは、いい事だけに限らないないものだな」とか零し一呼吸ほどの間、目を伏せ。

「しかし、僕達の世界でのフェイト・テスタロッサは強制起動を行なえる状況じゃなかった。
故に、他のケースと同じく起動してしまったジュエルシード暴走体を僕らは他の暴走体と同じよう鎮圧しようとした訳なんだが。
近くに五つも在るのを知らずにいた為、鎮圧する際に用いられた魔力に他の五つが反応、起動してしまい―――結果、元々起動していた暴走体に取り込まれ計六個のジュエルシードによる複合暴走が起きたんだ」

「それでも皆の協力があって沈静化できたんだが」

そう口にしながらクロノさんは周りを見回し、

「ここまでが僕達の世界で起きたジュエルシード事件の概要だ」

「そして」と話を続ける。

「先程、フェイト・テスタロッサが強制起動できない状況と話したが、その理由は病で倒れた彼女の母親、プレシア・テスタロッサの治療に行なう為に第九十七管理外世界から離れていたからなんだ。
並行世界であるアリシアの住む世界には、僕達が想像もつかないような治療法が確立されていて、僕達の世界では手の施しようもなかった末期の病ですら助けられる方法があった。
それを行う為に彼女は僕の母さん一緒に赴いていて、僕の理解の範疇を超えてしまう話なので治療に関する詳しい話はできないが、その並行世界の第九十七管理外世界の技術を用いた結果、かつて娘を失い、末期の病のなか正気を失っていた彼女は奇跡的に一命を取りとめ正気に戻れたんだ」

「病で正気を失っていた……」

それまで静かに聴いていた大人のフェイトさんだけど、クロノさんの話を聞いているうちに次第に顔色をなくし両手を握り締めていた。

「ああ」

「私も母さんが倒れるまで判らなかったんだ……」

大人のフェイトさんが口にする言葉にクロノさんは頷きを入れ、フェイトさんも気がつかないでいたのを恥じているようだった。

「……かつて行なっていたプロジェクトF.A.T.E、その合間に扱っていた薬品が原因よ。
アリシアを……あの娘が得るはずだった幸せや、新しく生まれたフェイトとの三人での幸せな時を得たかっただけなのに、苛立ちを募らせた私は次第にフェイトを道具のように扱ってしまったわ………」

お母さんは「話してないのだから気にしなくていいのよ」と口にしながらフェイトさんの髪を撫で「それに」って続ける。

「アルハザードに続く道ができたなら、きっと私もこの世界の私と同じように、虚数空間なんていう危険な旅にフェイトを巻き込めないから突き放していたかもしれないのだから……」

「そうだったんだ―――」

「ええ、この世界の私はやり遂げたようだけど私に同じ事ができたかは疑問ね」

「―――だから、あの時の母さんは私を突き放して生きなさいっていったんだ」

お母さんの話から、大人のフェイトさんはなんだか納得したみたいだけど目の端には涙が浮んでいた。
聞いていた皆がしんみりするなか、「話を戻そう」と口を開いたクロノさんは、

「先程まで話したように、ここまではよかったんだが……彼らの世界で新たな問題が見つかってしまった」

空間モニターが切り替え映し出されたのは、この世界で買ったお土産袋の映像。

「これは、彼らの家で僕の母さんが見つけたものだ。
そして、驚くべき事にアリシア達は僕達が居る次元世界に来る前に別の次元世界、即ちこのミッドチルダに訪れていたのが判明し、彼らの持つデバイスの入手経路などの調査を行なう必要が出てきた訳だ」

「それで来た訳ですか……」

「フェイトの話といい……要は似て異なる世界から来た本物って話なのか?」

「仮にその話が本当だとして。
次元移動ではなく、並行世界を行き来できるレアスキルか―――聞いた事もない、な」

「だろうな、不可能領域クラスのレアスキルなんて僕も初めて目にしたよ」

クロノさんの話を聞き、リインさんっていう小さな娘は目を丸くし、ヴィータさんやシグナムさんの二人は半信半疑で私達に視線を向ける。

「そりゃそうよ、私達の世界だって並行世界の干渉なっていうのは奇跡に近い業なんだから」

「そなら、アリシアの外にも同じようなレアスキルを使えるような人物は居るんか?」

「………まあ、ね。こっちの魔導師みたいに次元移動までできるかは判らないけど、私の家系の大師父が並行世界を渡り歩ける業を持ってるわ」

「なんて言うか、そっちの世界は凄いんやな」

「どんな方なのかな?」

シグナムさんやヴィータさんに同意して相槌を打つクロノさん達に、凛さんは向こうの世界でも少ないものの私以外に使える人達が居るのを話す、すると八神さんはやや強張っていた表情が柔かくなり、大きなフェイトさんは両目をハンカチで拭きながら凛さんの家系の先生の名前を聞いてきた。

「キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ、私達の世界では魔道元帥って呼ばれてるわ」

「元帥、なんか凄い感じがしますね」

「せやな」

大師父の名前を口にする凛さんに、リインさんは肩書きからして凄そうなイメージを感じ八神さんも同意を示すけど―――

「でも、それが本当なら―――私達の所には違法入国って扱いになってもうな?」

はやてさんは、にこやかな笑顔をしたまま私達を見回す。

「……それに関してはいいわけのしようがない。
まさか、入管に別の並行世界から来たと言っても信じる局員はまずいないだろうから、告げるに告げられない状況だった」

「そりゃそうだ、いたらいたで問題だしな」

「同感だ」

質問するはやてさんにクロノさんは素直に非を認めるけど、ヴィータさんやシグナムさんの二人は呆れるように返した。

「だが、僕達を違反と定義するには次元世界間を移動するのではなく、並行世界からの移動を入国管理法に違反と定めていればの話だ」

並行世界からの移動は入国管理法に違反するかもしれないけれど、それが定められていなければ違法にはならないぞって言うクロノさんは「それに」って付け加え、

「この世界において、フェイト・テスタロッサを取り巻く状況がどうなっているのか調べる必要もあった。
彼女の心理状態によっては、アリシアを会わせる訳にはいかないかったからな」

「並行世界なぁ。
その話が本当なら、このちっちゃななのはちゃんやフェイトちゃんも人造魔導師って訳じゃなく本物やのか……」

「ああ。そして、僕達の世界での出来事からアリシアにはフェイト・テスタロッサという姉妹がいる可能性が高いのが判って、彼女がこの世界でどうなっているのかの調査も並行して行なっていたんだ」

八神さんと話すクロノさんは私達がこの世界に訪れた経緯を語り終えた。

「俺も、前に来た時にはアリシアに姉妹がいるなんて知らなかったから調べようもなかったし、ミッドチルダや管理局に詳しいクロノが手伝ってくれたからとても助かってるんだ」

「そうよな。以前、アリシアが住んでいただろう場所には赴いた事もあったが、生憎と知りえる者には出会えなかったものよ」

「ええ、およそ三十六年も昔の話では………恐らく、あの世界でフェイトに会わなければ私達はアリシアに姉妹がいる事さえ気づかずにいたでしょう」

この世界のフェイトさんを捜しに来た時の私は、お母さんを失い落ち込んで悲しんでいたり、辛かったりしていたのならお姉ちゃんである私が近くにいた方がいいと思っていたんだ。
だから、居場所が判ったのならすぐ会いに行った方がいいと思っていたけど、情報を集めてから判断しようとするクロノさんの考えは正しかったようで、お兄ちゃんやアサシンさん、セイバーさんはクロノさんが居てよかったって口々にしている。
アヴァターの時にもセイバーさんに言われたけど、情報って大切なんだ……
そんな風に過るなか、一連の話を聞き八神さんは私達が並行世界から来たのを信じてくれるかと思ったんだけど―――

「……正直に答えるなら信じ難い話や。
仮にそれが本当やとしても、何か証拠みたいな物はあるんか?」

どうも信じてくれてない様子でいて、値踏みするような視線を向けながら確証を得れる何かを求めてくる。
う~ん、凛さんところの大師父って人みたいに、並行世界の干渉なんて簡単な事だと思うんだけどな……要は幾つもある並行世界を大まかに見渡して、気になったところに繋げればいいだけなんだし。

「強制は出来ないが、僕達が示せる証拠としては精々僕達の世界を見せる事くらいしかできないだろうな」

そんな八神さんを真っ向から見据えるクロノさんは、皆で話したよう実際に行ってもらうしか示せないのを口にするけれど八神さんは笑みを漏らし、

「……さよか。姿はちいさいけれど、クロノくんだけあって判断は優れてるんもんや。
今の話が本当ならこっちに来れたんやさかい、こっちからそっちにだって行けるんやろし―――要は、百聞は一見にしかずってわけや」

「そんなところだ」

互いに視線を交差させている。
まあ、何はともあれ二人ともどこか納得しているようだしいいか。

「十年前の世界、私の知らない頃ですね……」

「ああ、リインが生まれる前だから―――」

見渡せば皆もどこかホッとしている様子だし、話がまとまったのならいいかなぁって思い、リインさんの呟きに返すヴィータさんの言葉を聞きながら向こうのアースラの同じ場所に転移したんだけど、本局に係留されているこっちのアースラの方は真っ暗になっていた。

「む、停電か?」

「えっ、でも次元航行艦で停電ってどういう事?」

「老朽化しとるから―――なんや、何か頭のなかに入ってくる……新暦六十五年やて!?」

急に暗くなった事でシグナムさんは停電かと思ったようだけど、大人のフェイトさんは次元航行をする艦船で停電が起きる事の方に違和感を抱いたよう。
でも、八神さんは廃艦寸前の老朽艦なんだからそれもあり得るとかもしれないって思ったみたい、でも、こっちのアースラはまだ現役だったりする。
この世界の情報を得ている私達は、改めて世界の記録から知識を得る必要もないから入れないようにしてるけど、本局に関わりがあるとはいえ、こっちの世界に初めて来た機動六課の人達には必要かもしれないって考え、世界の記録から基本的な知識を入れるようにしてみた

「―――っ、まさか!」

「前の世界に戻ったのですか!?」

「うん。話がまとまったみたいだからいいかなって思ったの」

暗闇のなか機動六課の人達の話し声から、クロノさんとセイバーさんは私に訊ねてきたので答えたら―――

「いやはや。転移するにしても場所が同じでは違和感すら感じられんとは、これが魔法か」

「簡単に使い過ぎでしょ……」

感心するアサシンさん加え、なんだか呆れるような口調の凛さんの声が聞こえ。
クロノさんが手早く端末を操作して明かりをつけたら、アサシンさんは愉快そうに笑みを浮かべているけど、頭が痛いのか凛さんは片手で頭を押さえていた。

「なんていうか……その、色々驚かしてごめんな」

「いや、そもそも別の世界に移動したという感覚がないんだが……」

「せやな、こちらとしては実感がいまひとつ足りない感じや」

「見た感じは同じですし……」

「本当に移動したのか?」

ごめんなさいを言いながら頭を下げるお兄ちゃんだけど、シグナムさんや八神さんは世界の記録による情報は得たものの、いま一つ並行世界を移動したっていう感じがしないって口にし、リインさんやヴィータさんは転移したのすら怪しく思っているみたい。

「アリシアの転移魔法、並行世界に干渉するレアスキルには他の転移魔法にあるような、いわゆるフェイズタイムのような隙がないんだ。
僕達の時は、本局の一室から転移した先がミッドチルダの公園に変わったから判別がつきやすかったが、同じ場所に移動したのなら気がつかないのも無理はない……
(それにしても、こんなに簡単に不可能領域の業が使えるとなると、衛宮士郎やセイバーの苦労は僕の想像以上なのかもしれない……)」

「せめて一言いうべきでしたね、アリシア」

「あう、とりあえず……ごめんなさい」

リインさんやヴィータさん達の疑問にクロノさんが私の代わりに答えてくれたんだけど、セイバーさんからはメッて言われてしまったんだ。

「最終的には来てもらわなければいけないかもしれないけど、この状況だと誘拐とか拉致になるかもしれないよ」

「それは不味いよね……」

「でも、一応は話しがまとまってたんだからいいんじゃないのかい?」

「さっきも話してたように、不可能領域の魔法なんだから実際に体験しなければ解り辛いのもあると思うんだ」

「そうね。どの道、一度は来てもらわなければ納得できるような話ではないのだから速いか遅いかの違いでしかないわね」

なんかユーノさんとなのはさんが誘拐犯みたいに人聞き悪く言うし、驚かしたみたいだから戻ってやり直した方がいいのもしれないって思うものの、アルフさんやフェイトさんが擁護してくれ、お母さんもなんにせよ一度は来てもらわなければ並行世界に関する理解は難しいからこれはこれでいいって言ってくれる。

「まあ。速いか遅いかの違いでしかないでしかないのは確か、か」

「せやな、なんにせよ来てしもうたものは仕方がないんやし」

空間モニターをテーブルの上に表示させ、操りながら口にするクロノさんに八神さんもしょうがないっていうような感じで頷く。

「エイミィ、いま向こう側の世界から戻った」

「あれ、随分早いんだね。少し前に出て行ったばかりなのに?」

「ああ、ただ少しばかり面倒な事になってはいる」

クロノさんが繋げた間モニターにはアースラのブリッジの様子が映され、通信を受けたエイミィさんはきょとんとした表情でこちらを見ていた。

「クロノ執務官、報告は正確に」

エイミィさんと一緒にお茶をしていたせいか、ブリッジの艦長席にはリンディさんがお茶を飲んでいて、カップを皿に戻しながらクロノさんを問い質す。

「それからエイミィ。アリシアちゃんの使う転移魔法はちょっと特殊だから、向こうの世界に行っている時の時間とこっちの時間の進み方が違うのよ」

「へ~、なんか便利そうな感じですね」

「そうね、仕事が溜まってる時なんか頼みたくなるわ」

リンディさんは、キャスターさんにお母さんの体を作ってもらう際に一緒に来た体験から実際に感じた事をエイミィさんに話をしてくれる。

「それで、どういった事なのかしらクロノ執務官?」

「陳述通り、彼らのデバイスが作られたのは向こうの世界で間違いないのは確認できましたが……」

「問題はそちらの方達という訳ね」

「ええ、彼女達は向こうの世界の管理局員達です。
向こうの世界で思わぬ事件に巻き込まれ、協力したまではよかったのですが、人造魔導師の疑いをもたれる結果になってしまったのでこちら側の世界を見てもらう必要があると判断し来てもらいました」

「そう。まあ、並行世界への干渉なんて言葉で幾ら説明しても解るようなものじゃないものも確かね」

「それもありますが。そもそも、不可能領域の技術なんですから理解すら出来ない僕では説明のしようがない」

「それもそうね。仮にも不可能領域の業、理解できるような技術なら私達の世界でも既に研究されているでしょうし」

ヴィータさんとシグナムさんが「まさか本当に転移したのかよ?」とか、「こうして目の当たりにしていというのに、まだ信じきれんが……どうやら本当のようだな」とか囁きあい、大人のフェイトさんとリインさんの二人も「そうみたいだね、母さんとエイミィが少し若返っているから」とか「そうですね……」とか口々にするなかクロノさんとリンディさんの話は交わされ。

「驚かせてごめんなさい、私は時空管理局提督リンディ・ハラオウンといいます―――貴女方は?」

「私らは、時空管理局遺失物対策部機動六課という新たに設立された試験部隊で。
私は本局所属の二佐の八神はやて、部隊長をしています」

「そう。エイミィから話は聞いてたけど、そちらの世界のフェイトさんはその部隊に所属していたという訳ね」

にこやかな笑みを浮べるリンディさんは「でも」って表情を真剣なものに変え、

「変ね、古代遺失管理部は五課もあれば十分だと思うけど?」

「すぐに気付くなんて、さすがやなリンディさんやな……」

「………やっぱり裏があるのね?」

「せや。私達機動六課が立ち上げられた理由は、騎士カリムの持つレアスキル『予言の著書』(プロフェーティン・シュリフテン)がある兆候をしたからなんや」

そこまで口にし、目線を下げた八神さんだけど、ふうと息をはいて戻し話を続ける。

「古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、死せる王の元、聖地よりかの翼がよみがえる、死者達が踊り、なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、それを先駆けに、数多の海を護る法の船も砕け墜ちる。
つまりはロストロギアを切欠に、地上本部が壊滅し、管理局システムそのものが崩壊してしまう」

「管理局システムの崩壊!?」

「だからこそ、地上本部の管轄区域内でも捜査権限がある特定ロストロギア専門の強力な部隊が必要になったんや」

「それが、機動六課という訳ね」

機動六課の設立理由を語る八神さんに、リンディさんの隣で聞いていたエイミィさんは驚きの声を上げ、静かに聴いているリンディさんも雰囲気が変わっていた。

「それってどういう事だ?」

「国家としての治安維持ができなくなるという意味では?」

「ふむ、仮に警察がなくなるとなれば相当な混乱が起きるだろうしな」

「しかも、時空管理局の治安維持システムは次元世界の多くに広がってるから、その混乱は相当のものでしょう―――最悪、それが原因で宇宙戦争に発展する可能性だってある程にね」

私の横では、お兄ちゃんが小声でセイバーさんに話しかけ、同じく小声で返すセイバーさんにアサシンさんや凛さんもそれぞれ囁きあう。

「宇宙規模での問題か。まいった、まったく想像がつかない」

困った事にお兄ちゃんは神の座まで行った事があるのにも関わらず、精々銀河系レベルの戦乱が起きるかもしれない程度で想像力が働かなくなっているよう。

「次元間航行可能な船舶が普及している世界で戦乱が起きれば、戦いは主に次元間航行路で行なわれると思うよ」

「なるほど、宇宙戦艦同士で行なわれる海戦が主体ですか……」

「海戦か……なんか、科学が進むとスケールこそ大きくなるけど戦い方は昔に戻る感じだな……」

お兄ちゃんが想像がつかないって言うので、私は想像しやすいよう口にするとセイバーさんはなんとか想像できたみたいだけど、お兄ちゃんは上手くはできそうもないみたい。
そもそも、各次元でも三次元空間は特に広いんだ、そんな空間で戦いをしようものなら、派遣された艦隊が交戦するまでなん世代、世代交代が行なわるか分ったもんじゃない、仮に冷凍して寝てたとしても交戦するまでに時間がかかり過ぎるから出航した星の人達から忘れさられるだろうし。
う~ん、投影とかにはイメージが大切なのに、まだまだ英霊エミヤを超える日は遠いのかもしれない。

「気にする事はないわ。だいたい、もう終った事でしょう?」

「そうか、事件を起こした犯人はもう捕まってるんだった」

「だったら安心だね」

「そうだね」

小声で話す私達の話を耳にした、お母さんは不安を取り除くよう語ると、ユーノさんはスカリエッティが既に捕まった事を思い出し、なのはさんとフェイトさんも安心した口振りになる。

「でも。そうなると、あのスカリエッティって奴はとんでもない奴だったんだね……」

「そもそも時空管理局は、ろくでもない奴以外を広域指名手配にしたりはしない」

管理局システムという、次元間航行時代の秩序を壊そうとし、最悪の場合、次元世界間の戦争を引き起こす引き金になりかけた犯人にアルフさんは忌々しそうに口にする。
そんなアルフさんに、クロノさんは広域指定にされる犯罪者には相応の理由があるのを挙げつつも「でも」と付加え、

「だからこそ、あの異常な部隊編成だった訳か……」

「よく知ってますね?」

クロノさんは、隊長・副隊長が共に魔力制限をかけられているという異常な編成で組織された機動六課の内情をから溜息を漏らし、リインさんは並行世界から来た私達がなんで知っているのか疑問に思ったよう。

「ああ。フェイト・テスタロッサの足取りを調べるのに必要な情報を集めるのにおいて、本局につながりのある地上本部の端末をアクセスして知ったんだ」

「せや。すでに犯人を逮捕した事件やが、立ち上げる時は管理局システムを壊そうとする相手や、普段は能力限定で抑えられているけど、いざという局面では強力な打撃力を発揮できるような部隊にしとかんとあかんって思うとったさかい」

普通に調べて知ったと口にするクロノさんに、八神さんは「どんな手を使こうたかわ知らへんが、さすがクロノ君やな……」とか零しながも、部隊を設立させた当時を懐かしそうにしながら語った。

「終った?」

「そこのアルトリアっていう奴が、スカリエッティによって復元されたゆりかごを大破させたんだよ」

「しかも、剣で斬り裂いてな……」

皆で交わされる話を聞いていたリンディさんは、向こうので事件を起こした犯人の逮捕を予期してなかったのか聞き返し、ヴィータさんとシグナムさんが視線をセイバーさんに向ける。

「アルトリア?」

「艦長、セイバーの本当の名です。
フルネームはアルトリア・ペンドラゴン、彼女はブリテンとかいう国の元王だったらしいので、彼女が持つ地位や名声を考慮してジュエルシード事件では仮の名を語っていたみたいです」

「……そうね。並行世界から来たんだし、同一人物がいて、その人も地位や責任がある立場なら迷惑がかからないよう偽名を使わざる得ないかもしれないものね」

リンディさんには、クラス名で名のっていたのでセイバーさんを真名で言っても判らないでいたけど、クロノさんの補足で話の人物がだれなのかが判ったよう。
でも、この世界にアーサー王が居たとしてもアヴァロンから戻って来るのかな?

「でも、王って……まさか聖王とかの?」

「いえ。私はイングランド、今でいう英国を統一したくらいの王で星々を統一しようとしていた訳では……」

セイバーさんを見詰めるエイミィさんの表情は、実はもの凄く凄い人だったのを知って驚きの表情に変わるものの、セイバーさんからしてみればそこまで期待されるのは心苦しいのかも知れない。
スカリエッティって犯人が復元させたゆりかごについて、昨夜放送された内容では、聖王とか呼ばれる人がいた頃の古代ベルカの星は人が住めないまでに汚染され残されてしまい。
ベルカの星を離れた人々は次元的に近い周辺世界に散らばりながら、そこで各々力をつけながら再興を図っていた時代だったそうで、その散らばった周辺の次元世界を力で制し、ベルカ統一をしようと画策し戦いを挑んだんだのが聖王家であってゆりかごだって話しだった。

「英国―――そうだ、グレアム提督ならちょうど英国に住んでいたから判るかもしれないわ」

「っ、時空管理局にも地球人が、それも英国の民がいるのですか!?」

「ええ、今は顧問官をしてるから少し待っててね」

セイバーさんの言う、英国に聞き覚えがあったリンディさんは掌をたたいて別に空間モニター開く。

「やあ、リンディ提督なにかあったのかな?」

「お忙しいところすみません。実は、英国の王でアルトリア・ペンドラゴンって女性についてご存知かお聞きしたくて」

「アルトリア………いや、しかしペンドラゴンは―――そうか」

角度から顔は見えないけれど年配の人の声が聞こえ、

「リンディ提督、なにを調べてるのかは詮索しないがアルトリア・ペンドラゴンという人物はアーサー・ペンドラゴンと呼ばれる人物のローマ字読み、アルトリウスの女性形の名称だよ」

「懐かしい話だが」って話は続き、

「私がかつて読んだ本では五世紀頃、今から千五百年ほどまえに実在したかもしれないとされるイングランドの王で戦いの王とも呼ばれている人物だ。
選定の剣を引き抜いてから数々の苦難を乗り越え、イングランドを統一し、最後はヨーロッパ大陸への遠征の途中で起きた反乱で亡くなるとされるが、アーサー王の遺体は湖の婦人とよばれる妖精達によって英雄達が眠る土地、アヴァロンに運ばれイングランドの存亡の危機の際には眠りから目覚め祖国を救うと伝えられているよ」

話している最中に思いだしたのかグレアムさんは「そうだ、それから」って付加え、

「アーサー王の有名な武器は切り裂く鋼と呼ばれる聖剣エクスカリバーだが、本当に凄いのは如何なる傷も受けず持っているだけで不死身になれる鞘の方なんだ。
もしも、今の時代に居たのならどんな魔法でも傷つけられないかもしれないね」

声しか聞こえないグレアムさんの話を聞き、八神さんとリインさん、ヴィータさんにシグナムさんからは疑惑の目で見られるセイバーさんだけど―――

「それって」

「うん。きっと本人なんだろうね、剣の名前も同じだし」

何度も模擬戦をした経験のあるなのはさんにフェイトの二人は、セイバーさんが嘘を言っているようには思えなかったみたい。

「どういう事かな?」

「実はセイバー、いえアルトリアさんには魔法が通じないんです」

「だから接近しての戦いになるんだけど……動きが速いし一撃一撃が重いから通じないんだ」

大人のフェイトさんは、なのはさんとフェイトさんからの話を聞き、

「でも、千五百年も前の人なんですよ?
墓のなかから這い上がってきたようには見えないですし」

なのはさんとフェイトさんの話に、思うところがあったのかリインさんは疑いの目でセイバーさんを見てるけど、隣の八神さんから「それじゃあホラー映画や……」って言われる。

「いや、一概にそうとはいえない。
並行世界は可能性の世界、眠りから覚めたアーサー王がいる世界があったって不思議じゃないんだ」

「それに、私達の世界と貴女達の世界では十年の年月の差があったの、それが千五百年のズレのある世界に変わったとしてなんの不思議があるのかしら?」

でも、そんな疑いの目で見るリインさん達に対し、クロノさんとお母さんはそれだけで並行世界という可能性の世界についての否定にはならないって告げた。

「なんだか解らないが、どうやら少しは役にたったようだね」

「ありがとうございます」

「もし、また判らないような事があったらいつでも連絡してきたまえ」

声だけしか聞こえないけど、グレアムさんは人がよさそうな口調で語り、リンディさんがお礼を述べると優しそうな感じで言残し空間モニターが消えた。
私も―――

「私はべディヴィエールさんに、セイバーさんを頼みますって言われたんだよ」

―――て、あの時に頼まれた話をしようとしたんだけど、

『少し不味い感じね、話を合せてくれる』

凛さんから念話が来たので飲み込んだ。

『わかった。聖杯戦争が魔術師同士の殺し合いなんて言えるわけないしな』

『すでに聖杯は壊れているらしいが、な』

『それでもです、リンディ提督もクロノ執務官も好感をもてる人物、それに時空管理局の局員そのものが倫理感が高い人物が多いいようだ。
聖杯戦争の話を告げられれば、リンディ提督達に要らぬ心配をさせてしまう』

『それでどうするの?』

私にはなにが不味いのか判らないけど、お兄ちゃんやアサシンさん、セイバーさんも同じ意見のようなので話を合せる事にして。

「そうね、それには私達の世界で起きた出来事を話さなければならないわね」

凛さんはあまり話したくはないような口振りで切り出し、

「私達の世界、それも私が管理している土地にはある秘密があるのよ。
約二百年前、冬木の霊脈から魔力を蓄える大規模魔法陣『聖杯』が造られたの、膨大な魔力を急激に収奪してしまうと地脈は枯渇するから、時間をかけて少しずつ集めていって、おおよそ六十年程の周期で使えるようにする感じにね」

皆の視線が集まるなか凛さんは続ける。

「問題になるのが配分よ。
でも、折角の『聖杯』にしても分け合えば集められた魔力の量は少なくなるわ、だから選ばれた魔術師達を勝ち抜きで競わせる事にしたのよ。
戦うとなれば当たり前だけど戦い向きの魔術師が有利になる、でも『聖杯』を造り上げた魔術師の家系には戦いに向かないのもいるの―――そこで、聖杯に高度な降霊術を付加したのよ。
即ち、偉業を成し死んだ後に人を超えた存在『英霊』になった者達を呼んで一緒に戦ってもらえるように」

「『英霊』とまで呼ばれる相手を召喚するんだ」

「こっちでやったら、本当にベルカ戦乱期の王とか出てきそうな話ね」

凛さんの話から、ユーノさんとお母さんは呆れたような声を漏らす。

「召喚された『英霊』に対する報酬は、『聖杯』が集めた魔力でもって生前に果たせなかった望みや願いをかなえたりする感じね」

「『英霊』って呼ばれる者達のなかにも、純粋に腕試しを望んでいるのもいたからな」

「そうすると、ストライクアーツのタッグマッチみたいな感じなんか?」

「なんか凄そうですね」

「どちらかというのなら、サバイバルゲームみたいな感じよ。
魔術師にしても、参加可能な人数は七人までだし理由も様々よ、『聖杯』の魔力を手にした後は世界の外に行きたいのもいれば、普通の魔術師なら一生かかっても使いきれない魔力の量となれば何か研究しているのなら欲しくなるでしょう?」

嘘と本当を織り交ぜて語る凛さんにお兄ちゃんも補足を加えたら、八神さんやリインさんはミッドチルダで広まっている武道大会を連想したようだけど、凛さんは武道大会にするには参加する人数が少ないのや参加する魔術師にしても武闘派ばかりじゃないのを告げる。

「そんなに凄い魔力量なんだ」

「そうか。次元間移動技術がないから、そういった方法を使わなければならないのか……」

なのはさんは、普通の魔術師の研究者が一生かかっても使い切れない程の魔力という言葉に驚いたのか呟き、クロノさんは世界の外を次元世界と想像したのか次元間移動を補う方法だって思っているみたい。

「私達の世界では次元間移動という魔法は生み出されていないようですから、こちらで使える魔導師が来たのなら、その者は私達の世界でいう不可能領域の業を操る魔法使いの称号を得る事になるでしょう」

「そうだったんだ」

「なら、行った事のあるフェイトは魔法使いってわけなのかい?」

クロノさんの考えも、星間航行技術がない私達の世界からすれば魔法の一つになり得るって頷きを入れるセイバーさんに、フェイトさんとアルフさんは次元間の移動ができるならって質問に凛さんも「そうなるわね」って答え。
更に「他にも」って続け、

「参加する『英霊』にしても本当の名前で呼び合ってたら弱点がまる分りでしょ?
だから、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの七つのクラスの枠にはめ込んで召喚するの、まあ、『英霊』なんていう精霊の域にまで達した存在をそのまま召喚する技術がないのもあるんだけどね」

「なるほど、それでセイバーって偽名なのか」

「そういう事は、そこのアサシンって呼ばれていたのもそうなのか?」

「なに、アーサー王に比べれば大した事は無い。
こちらは、精々燕返しという一芸ができるから呼ばれたに過ぎんさ」

「佐々木小次郎に燕返し、つまりは日本の偉人ね」

「て、事は凄い人だったんですね」

シグナムさんとヴィータさんの二人は、凛さんの話しになんとなく納得してくれたみたいで、アサシンさんについて訊ねてくるものの、アサシンさんは隠す素振もなく返す。
それを聞いていたリンディさんは、アサシンさんの名や一芸という技を知っているらしく、エイミィさんも「そうなんだ」って表情に変わる。

「……ただ、二百年もたったかしらね、ついに『聖杯』が異常を起こして中止になったのよ。
参加していた『英霊』にしても不完全燃焼みたいだったし、とりあえず『聖杯』に残っていた魔力で受肉してもらって、部屋に空きがあった衛宮君の邸に住んでもらいながら今に至るってわけ」

話を終える凛さんは、とても残念そうに片手で顔を被った。

「ところで、アーチャーって人はなぜ受肉しなかったんですか?」

「それがね。本来なら大会が終ったら残った『英霊』も本来の場所に帰って行くんだけど、偶々前回残ってた『英霊』が受肉していて飛び入りで参加したからアーチャーは忘れ去られてしまったのよ」

大人のフェイトさんは、アーチャーさんが霊体のままでいるのを訝しんでいるようだけど、凛さんは『英霊』は七人の筈が実は八人になっていたので忘れ去られてしまったって返す。
でも、霊体化しているアーチャーさんは今の凛さんの言葉になんていうか「それでは私に存在感がないみたいじゃないか」って不満があるみたいだけど我慢しているよう………あう、忘れててごめんなさい。

「ところ変われば品変わるっていうのやけど、並行世界には魔法文化がえらい違う世界もあるんやな……」

なんだか八神さんは思うところがあるのか、

「せやから私の方も頼みというか、話す事にするわ」

私達を見回しながら、

「あまり言いたくない名やが、私はかつて『闇の書』と呼ばれるロストロギアの主やったんや」

「なんだって!『闇の書』!?」

八神さんはなんだかよく解らない事を話すのだけど、クロノさんは血相を変えながら席を立ち上がった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第20話

セイバーの正体を訝しむ皆を誤魔化す為に行なった虚実入り混じりの遠坂の話しによって、魔術師と『英霊』による七組が最後の一組になるまで殺しあう聖杯戦争。
それを、まるで六十年に毎に行なわれる魔術達の大会みたいな口調で語る遠坂の策謀で、まるで武道大会のように思わせるよう上手く誘導できようだ。
セイバーやアーチャー、アサシンが『英霊』だという話こそすれ、『英霊』のなにが凄いのとかは一切出さない辺りが遠坂らしい。
まあ、ミッドチルダや次元世界でも魔術の概念がある以上、召喚術そのものは珍しいものでもないのかもしれないが、死んだ魂を呼び寄せるような死霊術とか降霊術なんかは珍しいのかもしれない。
とりあえず、それによって落ち着いたようには感じた俺達だったが、八神が口にする『闇の書』という単語にクロノは驚愕の表情という、今までみせた事がない反応を示した。

「なんなんだ、その『闇の書』って?」

「ロストロギア指定されているのですから相当危険なモノなのでしょうけど……」

「名前からいって、何かしらの呪いの込められた魔道書みたいね」

「Aランク級の広域指定ロストロギアだの事だ」

シグナムやリインが「主……」とか「やはてちゃん……」とか心配していたり、アリシアは小首を曲げ、アサシンは静かに八神の言葉を待っていたりするなか。
事情がさっぱりわからない俺やセイバーは、アヴァターや神の座で共に過ごした書の精霊ニティを連想してしまい、遠坂にしても冬木市に来たニティを想像したのか、それとも魔術師の中枢がある時計塔とかいう場所に似たような種類の本でもあるのか口にしてしまうが、その問には八神の代わりにクロノが答えてくれた。

「本当の名は夜天の書っていい、転生機能っていう何代も主を変えながら魔法の蒐集するだけの記録装置みたいなものやったんや。
けど、過去に主となった者のなかに改竄したのがおったみたいでな、それ以来や、組み込まれた自動防衛システムは主になった者の魔力を吸い続け、止めさせるには他の相手から強制的に蒐集するようになったんは……
それから、幾度も主となった者達を最後には暴走させ幾つもの世界を滅ぼして行き、次第に夜天の書の名は忘れられて『闇の書』って呼ばれるようになってしもうた」

「でも、八神さんは暴走しるようには見えせんよね?」

「せや、私ん時は暴走した時に私の世界のなのはちゃんやフェイトちゃんが頑張ってくれたんで、私の管理者権限とマスタープログラムやった初代リインフォースで中から自動防衛システムを切り離す事ができたんや」

疑問に思うなのはに返しながら「せやけど」って八神の話は続き、

「防衛システムの修復機能はリインフォースと複雑に絡み合っててな、再び防衛システムが現れんようリインフォースは魔道書と共に消滅を選んだんや」

「………そうか、なんで『闇の書』を模倣したデバイスを使っているの気になっていたが、そんな理由があったからなのか」

「頼みたいのは、マスタープログラムであるリインフォースを助けて欲しいんや。
無茶をいってるのは十分解るんやが、この世界が十年前の並行世界なら私や夜天の書を助けてくれへんやろか?」

「いや、この世界に居るだろう君の同一人物や夜天の書はいわば『闇の書』の被害者だ。
話がロストロギア被害である以上、『闇の書』をよく知る貴女方が協力してくれるなら反対に助かるのは僕らの方だ」

「そういってくれると助かるわ。
(さっきの念話みたいなのに加え、プリッジの映像がなにかしらの小細工だった場合を考えて『闇の書』の話をしてみたんやが………とても演技とは思えへん反応や。
そりゃあまあ、クロノ君はかつて起きた『闇の書』事件で片親を失っとるから、本物で知り得ないのならこんな感じやろうし。
仮に、このクロノ君達が人造魔導師だったなら、事前に私達の情報は知っとるさかいこれほど驚くようにはならんやろ―――これは、本当に並行世界移動とかいう不可能領域の魔法が使われたかもしれへんな……)」

『闇の書』への協力を承諾するクロノに八神は微笑みを返すものの、俺の座る席からはテーブルに肘をつき両手を組むようにして隠す八神の口元が、話の内容とはやや違うように変わる様がちらりと見えてしまい……なんていうか上手くいえないが、八神って遠坂と同じような印象を受けなくもない。
遠坂が外向けの猫を被っていたのもあってか、八神は八神で交渉用の皮でも被っているのかとか過ってしてしまう、差し詰め遠坂を狐とするなら八神は狸か。

「それはそうとや」

俺がそんな事を想像していたら八神は満面の笑みを浮かべつつ、

「そもそも来てもろうた話の方もなんとかせなあかんな―――リイン、データを」

「はい」

八神の隣で浮いているリインっていう小さな女の子が蒼色をした本を手にする、すると空間モニターとかいうテレビ画面にゆりかごを斬り裂いている映像が映し出された。

「ベルカの歴史を学んだなのなら誰やって知しっとる聖王のゆりかご、Sランク級のロストロギアを、そこのアーサー王というかアルトリアが斬り裂いた時の映像や」

「それから、こっちは本局から駆けつけた艦隊が撮影したものです」

その映像自体は、ミッドチルダで何度もながされているので今更な感覚がなくもないけど、次いで出される映像は初めて目にするもので、

「なにこれ、ミッドチルダのほぼ全域から光が溢れている?」

「これは、ゆりかごが斬り裂かれた後で撮られた映像なんやが……」

「なんていうか、映画やドラマの最終回みたいな感じね」

「まだ憶測でしか判ってないが、おそらくミッドチルダに住む人々から集めた魔力を使って先の剣は振るわれたのだろう」

「つ~か、それしか考えられないだろ?」

映し出される星の映像からは、様々な場所から光の帯が星を包むかのようにして集まる様からエイミィは目を丸くし、八神は八神で向こうのミッドの人達になんて話せばいいのか悩んでいるのだろう。
提督を務めているリンディさんにしても、こういった光景は見た経験がないのか現実味を感じてないようで、シグナムやヴィータもそれぞれ状況を推測して口にしているようだ。

「問題は、並行世界の存在をどう伝えるかだね」

「こちらもそうだったけど、ただ報告しただけなら信じてもらえないでしょうね」

「だが、こいった情報は公開するしかないだろう」

「そうね、どの道こいった話は公開しなければいけないもの」

大人のフェイトは、並行世界の行き来を可能とする魔法の存在を認めてくれたようだけど、リンディさんは本局の上層部に俺達の世界の事や、不可能領域の魔法について報告したみたいだが芳しくなかったらしい。
公開しなければ当たり前だが、公開しても不可能領域の業の存在を信じてもらえず、ミッドチルダの人々からは何かしらの情報を隠しているように不信がられないか問題だけれど、クロノはそれでも情報の透明性は必要だと語りリンディさんも認める。

「せやな。ただ、問題は私らの方の人達が信用してくれるかどうかやが……王なんは確かとはいえ、私らの出身世界のアーサー王がロストロギアみたいな剣なんて持ってたんやなんてな、並行世界の地球には古代ベルカみたいな異質技術が発達してしもうた所もあるんやろか……」

「そうですね、この世界や私達の世界で同じような大会を開けたら、きっと色々な王様達が参加してくるかもしれないような大会みたいですから……」

等々、情報の公開に踏まえ話し合うなかセイバーや遠坂が誤魔化した聖杯戦争について零す八神やリインだったが、

「して、ミッドチルダの人々の魔力一つに纏めたんはだれなんや?」

八神にしても色々確認する必要があるのだろう俺達を見回しながら口にすると、アリシアは素直に「は~い」手をあげ。

「それから、スカリエッティのアジト内に次元跳躍魔法を使ったのは?」

「それも私です」

「……またお前か」

「フェイトさんを三人で虐めてたから、駄目だよってしただけだよ」

「並行世界の観測や干渉に比べれば、同じ次元内の観測はそう難しいものでもないという事か」

続いて出されるリインの質問にも、アリシアはえっへんと胸を張って答えるのだが、ヴィータは呆れ顔でシグナムはどこか納得したような表情でアリシアに視線を向ける。

「私の世界の母さんは、虚数空間のなかでアルハザードかは判らないけれどたどり着いて、重い病を癒し、更に並行世界すら干渉可能にする魔法の他にも不可能領域クラスの魔法を手に入れてアリシアを蘇生させたんだ」

「そうみたいね、記憶を転写する技術は幾つかあるから蘇生させる前に入力してしまえば知識の継承自体はそれ程難しいものではないもの」

「それに、私達の世界でのプレシアは魔術教会かはまだ判ってないけれど、追われていたようだし、苦労して手にした魔法の業なんだから継がせない理由にはならないわ」

「彼女が置かれた状況を考えれば、自分が居なくなったとしてもアリシアが一人で生きていけるようにしようとしたのもあるんだろう」

昔を思い出しながら大人のフェイトはプレシアが辿っただろう軌跡を予想しながら語り、その推測にこの世界のプレシアも同意して返し、遠坂やクロノも補足しながら頷いた。
アリシアが魔法の業を苦もなく使える理由は、『原初の海』っていう神様の上司による影響があるからなのは遠坂も承知している筈、だから遠坂なりに誤魔化してくれてるんだろう。
まあ、そのアリシアは母親の話だから昔を思い出してしまったのか、視線をどこか宙に泳いがせているようにも見えなくない。
アリシアが悲しまないよう頭を撫でるもリンディ艦長やエイミィを加えた会議は長々と続き、俺達やなのは、フェイト、ユーノにアルフ、プレシアさんにしてもマスコミ関係や管理局内部についての話にはついていけないので口を挟めずにいるなか、なのはの帰宅時間もあって民間人の俺達は会議の場を離れる事になった。



[18329] リリカル編21
Name: よよよ◆fa770ebd ID:f7256155
Date: 2013/09/27 20:09

転送用のゲートにて各々の家に戻る皆の背中を見送った俺達は、近場の休憩用スペース、自販機と長椅子が置かれただけの場所にて飲み物を片手に座り、

「並行世界間での交流か。
今回の事で解ったけど、神の座から来たイムニティって娘が第二を面倒くさく思うのも無理ないわね……」

考え事をしているからか、片手の飲み物を左右に揺らす遠坂は、今回起きてしまった並行世界間の交流について思うところを呟く。

「しかし、影響は宇宙全体という訳でもないのですから、それほど深刻に考えなくてもいいと思いますが?」

神の座に行った経験を持つセイバーは、神の座の役割が生命が異常に力を持ったり、逆に衰えたりするのを防ぐ他に、宇宙単位の収縮や膨張によって潰れたり張り裂けたりしないようエネルギーの調節を行なうのが主な目的であるを知っているから、今回の騒動くらいで神の座の面々は動かないと判断するものの、

「逆に個人で宇宙全体に影響を与える方が異常よ」

「それはそうですが……」

と逆に遠坂に返されてしまう。
遠坂の言い分にも一理ある、なにせアリシアが神の座の救世主達から目をつけられている理由は、個人でありながら『原初の海』とかいう神様から力を引き出せば街とか国ではなく、宇宙という単位で滅ぼせるからなんだし。
とはいえ、俺には核兵器すら余裕で越える宇宙規模の破壊力とかいうのはいまいち想像がつかないでいる……

「確かに、な。
世界というか、次元世界に混乱を巻き起こしているのは否定しようがない」

「でも、次元世界っていったって精々銀河系一つか二つ程度の影響だよ?」

「次元世界全体に影響を与えるって話なら、向こうの世界でテロを起こしたスカリエッティだってそうだろ?」

「そうはいっても、並行世界の影響っていう本来なら起き得ない出来事の影響なんだし、イムニティ達からしてみればようやく減らした並行世界を増やされるのは好ましく思わないでしょ?」

「それもそうか……」

遠坂の話しにアサシンも頷きを入れるものの、当事者であるアリシアは神の座で問題になるような影響を与えている訳でもないから大丈夫だって反論して、俺も次元世界での影響なら向こうで起きた地上本部襲撃の方が衝撃は大きいだろうとか思っていたけど、言われてみれば遠坂の言う通り本来なら起こり得ない出来事が起きる方が不味いか。

「しかし、事は既に起きてしまったのですから今更なにを言ったところで如何しようもないでしょう……」

「……そうね、それに向こうの世界に行った主な理由はアリシアの姉妹を捜す事で、まさかあんな事件に巻き込まれるなんて想像もつかなかったんだし」

セイバーや遠坂にしても、既に起きてしまった事を変えられないのは解っているから半分は諦めの表情だが、

「アリシアも、これ以上ややっこしくしないようにするんだぞ」

「は~い」

色々あったにせよ、アリシアの姉妹であるフェイトが見つかってよかったのは事実だから、俺としてはとりあえずアリシアに注意する程度に止めた。
まあ、その大人のフェイトにしても会議中だし、こっちのプレシアさんとフェイトにしてもアースラが係留されている本局からなのはとユーノを帰すにはプレシアさんの庭園を経由する必要があるから、大人のフェイトともろくに話せないままプレシアさんやフェイト、アルフの三人は後ろ髪を引かれる思いのまま本局を後にしている。
そうは言っても、プレシアさん達は明日になればまた会える時間はあるだろうけど、習い事が多いいなのはは休みの日じゃないと難しいかもしれないな。
などと思いつつ飲み物を口にし、幾つか雑談を交えていると、

「そうだ、これ飲み終ったらマリーさんの所にいかなきゃ」

長椅子に座るアリシアは、アルフが居なくなって寂しく感じたのか摩りついて来るポチを撫でながら思い出したかのように口を開いた。

「そうね、デバイスも簡単なメンテナンスなら自動修復機能でなんとかなるけど、ガジェットの大軍を相手にした後なんだから色々負担もかかってるだろうし、一度本格的に見なきゃならないわね」

「いや、そもそも擬似リンカーコアシステムの試作品について言われてたんじゃなかったけか?」

「うん。それに、向こうで設計してみた擬似リンカーコアシステム搭載型のガジェットなんかも、少し設計を変えればこっちでも作れるもの」

遠坂はデバイスのメンテナンスについて考えがいったようだけど、俺はあの試作品が元々向こうの世界に行く前にマリーさんから設計したアリシアに確認するよう渡されのを思い出した。
ガジェットに擬似リンカーコアシステムを搭載するとかいう話にしても、ゆりかごという圧倒的な存在感で頭からすっかり消え去っていたけれど、地上本部が襲撃されてから次の日か、もしかしたら数日後だったかもしれないがクロノに頼まれたような気がする。
でも、遠坂の言い分にも一理あるか、実際のところガジェットを相手にしてる時に防護服であるバリアジャケットや、空での足場を作り出すフローターフィールドに動きを速くするブリッツアクションなどの主に補助系統の魔術を多用していたとはいえ長い時間使い続けていたんだ整備は必要だろう。

「それより。こちらにもスカリエッティが居るのですから、彼の者達が動く前に奇襲をかけ設備を奪い取ってしまえば設備投資を抑えられるのでは?」

「確かに。一から作るよりも、既にある物を使うのは効率はよかろうが―――よりもよって犯罪者の上前をはねるか」

「スカリエッティって、最高評議会とかいう管理局のトップに繋がりがあるんでしょ、だったら―――いや、まさかそんな筈はないわよね………」

十年分の技術の差を設計の変更だけで対応するというアリシアに、セイバーはこの世界にもスカリエッティは居るので十年後、地上本部を襲撃する前にガジェットを生産してる施設を強奪してしえばいいとか提案する。
そんな、テロリストの上前をはねようとするセイバーの案に、アサシンは感心したような呆れているようにもとれる表情を見せ、遠坂は遠坂でなにやら考え込んでしまっていた。
そうか、地上本部が襲撃された世界にはアリシアが作ったような擬似リンカーコアシステムみたいな部品は無かったけど、この世界には原型があるんだった。
そうなれば、最高評議会やら地上本部がスカリエッティに戦闘機人とかいう、過去に向かって進む俺達の魔術では難しい業、未来に向って進む魔術だからこそ出来るのだろうサイボーグ戦士達の研究を頼んだりする必要性も少なくなるのかもしれない。

「まあ、こういった部品で十年後に地上本部の襲撃が防げるのなら安いものかもな」

「うん」

俺達は、紙コップのなかみを飲み終えた足でマリーさんがいる研究室へと向い一声かけてから中に入る。
マリーさんが勤める本局技術部の部屋は一見なにもないようにも見えるけど、壁には幾つもモニターやら俺には理解できそうにないような装置や機械等で埋め尽くされていている。
でも、研究室内にはマリーさんの他に見慣れない初老の男が居て、

「おや、君達は」

声をかけられるが、この声―――どこかで聞いた記憶があるんだけどどこでだったろうか?

「初めまして。私はギル・グレアムといい、今は顧問官をしている者だが異世界から来た君達の話は耳にしているよ」

「貴方がそうでしたか」

そういえば、グレアムって人の名は先程の会議の時にリンディさんが話していた相手なのを思い出し、リンディさんが提督と口にしていて、本人は顧問官っていっているから提督まで出世したのは間違いない。
グレアムさんの出身地は英国だからか、イングランドの王だったセイバーにしてみれば時空管理局というか、次元世界にまで自国の民がいるのが嬉しいのだろう。

「すまないね、こちらの事情で長く滞在させてしまっていて―――不便はないかな?」

「不便なんてそんな、こちらこそなにかとよくしてくれて助かってます」

「そう言ってくれると助かる。
今しがたも見せてもらっていたが、君達は時空管理局内で一番注目されている擬似リンカーコア技術の開発に関わっている貴重な人材でもあるからね」

「それほどまでに人手が足りないのか?」

「ああ、なんといっても次元世界は広いからね。
かつて栄えた文明の異質技術の遺産が、ある日突然動きだすような事もしばしばある。
だからこそ、日々巡回して回りながらそれらしい反応がないか捜査しているんだ、でも、君達が提供してくれた技術で作られた擬似リンカーコアがあれば局員の底上げで人員が増えるから今より少し楽になれるだろう」

グレアムさんに遠坂は外行きの猫を被りながら答えるが、アサシンは地上も海も人手不足を嘆いている管理局の実情に首を傾げてしまっている。
グレアム提督のいう遺産の多くはたぶん、古代ベルカ時代に作られた代物だろうけど正に不発弾のような扱いだな。

「グレアム提督は艦隊指令まで務めた方なんですよ」

「艦長ではなく艦隊指令とは、このような祖国より遥か遠き異郷の地にて武勲を積み重ね艦隊の指揮を任されるまでなれるなんて、同じイングランドの民として貴方を誇りに思います」

「はは。大げさだよ、今では後進に助言をするだけの顧問官に過ぎないのだから」

マリーさんもそうだが、グレアムさんがセイバーは実はアーサー王であるのを知らないのもあって、セイバーが何故そう思うのかがわからないのかもしれない。
これは想像でしかないが、セイバーからしてみれば子孫にあたるかもしれないグレアムさんが、次元世界とかいう地球外にまで進出しているばかりか責任ある立場にまでなっている事を素直に感心しているのだろうな。
でも、当のグレアムさんは「そうか」と区切り。

「君は英国の生まれなのだね。
先程、リンディ提督からアーサー王の話を私に聞いてきたので少々気になっていたが、なるほど英国の話題からそのような話になって訊ねてきたのか」

それからグレアムさんは目を伏せ、軽く息をはいてから開くと「しかし、だ」と続け。

「確かに艦隊を率いる立場にもなっれたが、それでも守りきれなかった事は多々あったよ……
だが君達のもたらしてくれた技術があえば、これからはより良い結果を出せるかもしれない―――期待しているよ」

かつてのグレアムさんは艦隊司令官という立場だった以上、艦隊の乗員や魔導師達の安全などを天秤にかけなきゃならないような状況に遭遇してしまった事があったのかもしれない。
それこそ、アーチャーのように九を生かす為に一を切り捨てるような経験を………その原因の一つは、ロストロギア以外にも圧倒的な広さをもつ次元世界そのものの環境が問題なのかもしれない。

「それでどうだった?」

俺が推察するなか、技術官という立場のマリーさんは、実は開発の方ではなく運用部門に属しているのもあってか、開発部から送られた擬似リンカーコアシステムについて不備がないか聞いてくる。
この様子では試作品はアリシアに渡されたのや、グレアムさんが見ていた物以外にも作られていて既に教導隊の方にも送られているのかもしれないな。

「うん。一応、設計通りに作られてるから問題ないみたい」

ガジェットの襲撃やゆりかごが現れたりと大変だったけど、向こうでの時間は十分にあったからその間に調べていたアリシアは訊ねるマリーさんに返すけど、

「ほう。その歳で図面が読めるなんて、まだ小さいのに将来が楽しみな子だね」

「いえ、提督。その、アリシアちゃんは擬似リンカーコアシステムを開発した本人なんですけど……」

「な……に………」

グレアムさんは、擬似リンカーコアシステムを開発したのがアリシアだと知らなかったらしく頭のいい娘だって褒めるがマリーさんに告げられ絶句する。
……無理もない、俺の世界だって大半の人間は小学校一年生が設計しましたとか言われたら驚くって言うより呆れる、むしろ大丈夫なのかって疑問に思うのが普通だ。

「でも、大丈夫ですよ。
元になった術式にしても、今のところ教導隊からは運用に支障をきたすような報告は受けてませんし……」

「……そうだな。もし、何かしらの不具合があったとしても教導隊による試験の段階で洗い出せる筈だからな」

開発したのがアリシアなのを知ったグレアムさんは唖然とした表情で固まってしまったものの、内心を読んだマリーさんのフォローで元に戻り、まるで自分に言い聞かせるように言う。
擬似リンカーコアシステムに先駆けて、擬似的に魔術回路を模倣し運用する技術が使われるデバイス、鈍らを持つアサシンは何も疑問を抱かずに使ってるようだが、こっちの世界に来る前に色々試していたから、それが教導隊がやっている試験と同じ結果をもたらしたのだろう。
でも、グレアム提督からしてこの反応だとするれば術式っていう前例が無ければ、擬似リンカーコアシステムの設計は子供の戯言とか思われ相手にされなかったかもしれない。

「……なるほど、この技術は子供ゆえの純粋さがあってこそ、それまでの概念に囚われないからこそ生み出されたものなのか」

「それは兎も角、教導隊での運用試験に合格したとして量産体制が整った後はどのような配分をするつもりなのですか?」

「その件か。これは魔力を持つ者には上乗せする以外にも、リンカーコアを持たない者にも魔力の運用を可能にするという重要な技術だよ。
量産するにしても、犯罪組織の手に渡らないようナンバリングするなりして、シリアル管理を施さなければならない。
それに、本局は次元世界全体に影響を及ぼす危険なロストロギア対策を行なっているが、陸の……いや、地上部隊は精々個々の次元世界の治安維持を行なうだけだから優先順位は下がるだろう」

「それはよくない判断だ」

「どうしてだね?」

子供の感性も侮れないものだとか零すグレアムさんに、セイバーは向こうの世界にてスカリエッティが自ら口にした話を思い出したのだろう。
スカリエッティとは直に会っていない俺だけど、避難所で見たテレビで何度も繰り返されれば嫌でも頭に残る。

「そうした場合、地上部隊は人員不足で悩んだ末に戦闘機人や人造魔導師による解決を選んでしまうかもしれない」

「そうよな、そのせいで向こうの世界では最高評議会やらレジアスとかいう地上本部の長官が、ジェイル・スカリエッティなどという犯罪者に協力してものの見事に裏切られたばかりか本部を襲撃されたのだからな」

「最高評議会か……噂くらいなら聞いた事はある、しかし地上本部が襲撃された等という報告は受けてないが?」

セイバーは向こうの世界でスカリエッティが語った内容のうち、元となる原因について言及し、アサシンはそれがどんな結末を迎えたのかを告げた。
とはいえ、クロノの報告で聞き覚えはあっても知識はないグレアムさんからしてみれば、並行世界の話をこの世界で起きた出来事と捉えてしまっても不思議ではない。
そこで―――

「まあね。この世界とは少し違う世界、それも十年ほど未来の並行世界という可能性の世界で起き得た話だもの」

「そうだよ、ゆりかごの聖王って人を使って悪い事をしようとしたんだから」

「ゆりかごの聖王!?」

並行世界の概念と起きた内容を簡潔に纏める遠坂に続き、アリシアも口にすると、こっちの世界でもゆりかごの聖王とかいうのは歴史の教科書にも出てくるような有名なロストロギアだからかマリーさんは目を丸くしてしまう。

「俺達は巻き込まれただけだから少ししか知らないけれど、詳しく知りたいなら向こうの世界から来てる八神達に会うといいかもしれない」

「ええ。なんでも元『闇の書』のマスターだったとかいう女性で名は八神はやてという者です」

「八神……はや…て………」

「聞いた話では十九歳らしいから、この世界でも居ればおよそ九歳か」

こっちの管理局でも問題になる事件だったから、詳しく知っていれば話したいところだけど、生憎と俺達は向こうの世界のフェイトを捜していてスカリエッティを追っていた訳じゃないから事件の詳細を知っているだろう八神の名をだし。
セイバーが、どういった特徴の人物なのかを口にだすとなんだかグレアムさんの表情が曇りだすが、もしかしたら何かしらの縁で知っている相手かもしれずアサシンは今の歳が幾つくらいかを告げる。

「『闇の書』っていったら、広域指定されてるAランク級ロストロギアじゃない!?」

「その辺はクロノや八神から聞いたわ」

「なんでも本来の名は夜天の書というらしいですが、転生機能とかいう能力を備えマスターの殺害や、『闇の書』そのものを壊したとしても蘇り、最終的にはマスターになった者を暴走させてしまうようになった為に『闇の書』という呪いの本の如く呼ばれるようになったとか……」

ゆりかご程ではないけれど、壊すに壊せない『闇の書』の話は本局の技術官であるマリーさんも知っているらしく息を飲むが、既に俺達はクロノから話を聞いていたのもあって遠坂とセイバーは簡潔に返す。

「馬鹿な……あの方法で………」

「おじさん何か知ってるの?」

「提督はかつて『闇の書』が起こした事件にも関わってたから……」

「そうなのか……」

「きっと何かしらの対策をしていたのでしょう……」

グレアム提督は胸の奥底から零すような声を漏らし、聞き返すアリシアに提督に代わってマリーさんが答えた。
グレアム提督は前の『闇の書』が関わった事件で、これで終わりだこれが最後だと願いを込めたやり方が上手くいかなかったのを知ってショックを受けたのだろうと俺もセイバーも予想する。

「問題は改竄された防衛システムね。
向こうの世界の八神は、マスタープログラムと一緒になって内側から防衛システムを切り離せたっていうけど試してみないとなんともいえないし」

「っ、それは本当かね!?」

「しかし、暴走を引き起こす大元の自動防衛システムなのだが、マスタープログラムとやらと複雑に絡み合ってたとかで防衛システムを復元させないよう魔道書と共に果てる道を選んだという話だ」

「そのマスタープログラム、リインフォースだったけ……それが犠牲にならないで済むようなやり方がないかをクロノやリンディ提督達と一緒に模索している最中よ」

遠坂が『闇の書』と呼ばれるようになってしまった原因と向こうの八神が行なった解決策を口にすると、余程因縁があるのかグレアム提督は飛びつくような視線で俺達を見渡すが、アサシンと遠坂はそれでも犠牲は避けられなかったのを語った。

「……そうか、そんな方法があったのか」

それでも、『闇の書』がまだ存在していた事へのショックから青ざめたようになっていたグレアム提督の顔色も元に戻り、

「すまないがこれで失礼させてもらうよ」

俺達に礼を述べつつ研究室を後にする。
さっきグレアムさんもロストロギアについて話してたけれど、今のように手がつけられなかったロストロギアに突然解決策が出てきたりもするから管理局の局員ってのは色々大変なんだな。
グレアムさんの背中を見送り、自動扉が閉まるなか内心そんな事を思っていたら、

「ところで、マリーさんには向こうでガジェットって呼ばれてたロボットを見て欲しいんだ」

「ガジェット?」

「うん。向こうのミッドチルダの話なんだけど、スカリエッティって悪い人が街中で暴れさせたりとか、地上本部の襲撃とかに使ってたんだけど」

マリーさんが返すなり、アリシアは修理したガジェットⅠ型を召喚魔術の如く転移させ。

「このガジェットは前に襲ってきたのをやっつけて、使える部品を集めて組上げたんだ」

「アリシアの他に、プレシア・テスタロッサも加わってプログラムを書き換えていますので危害はない筈です」

初めて目にするガジェットを物珍しい視線で見るマリーさんに、アリシアはこのガジェットを手に入れた経緯をかいつまんで話し、セイバーは向こうのミッドチルダで様々な騒を起こしていたものの、このガジェットは無害なのを強調する。

「これは、向こうでⅠ型と呼ばれてたが他にもⅡ型、Ⅲ型などと呼ばれるものもある」

「うん。まだ、このⅠ型みたいに組上げてないけれど残骸は沢山あるからサンプルには事欠かないよ」

「沢山?」

様々な角度から見詰めるマリーさんに、アサシンはこのⅠ型の他にも機種があるのを話すものの、アリシアは見本は十分あるのを告げ、俺と同様疑問に思った遠坂が返すが、

「今日、皆で残骸の撤去してる時にちゃんと持って行っていいって聞いたらいいって言われたから持って来たの」

などど、今朝やった撤去作業の合い間に回収したとか口にした。

「……それって不味いんじゃないか?」

なんで不味いかといえば、向こうの管理局にだって調査しなければいけないから勝手に持って行ってしまえばそれ自体が事件になってしまうからだ。
とはいえ、前に残骸が消えた事件はニュースでも流れはしたものの、幾ら原因を作ったのが自分達だからって冤罪になるのはよくないと思うが、スカリエッティ一味が行なったという事でミッドチルダの人達は認識してしまっている。

「どうして、ちゃんと局員の人達に聞いてから貰ったんだよ?」

「それはそうですが、向こうの局員にしても状況が状況ですから、指定された回収場所に転送したのだと思ったのでしょう」

「言葉って難しいわね……」

アリシアからすれば局員に確認を取ってから貰った訳なので、俺の言う不味いという意味が判らず小首を傾げてしまい、アリシアが許可を取ったという局員にしても町の人達が一丸となって明日の生活のために撤去作業をするなか、住民からすれば邪魔にしかならないガジェットの残骸なんかを好き好んで持っていく奴もいないのだろうと判断したのだとセイバーは告げ、遠坂は半分呆れているんだと思うが、同じ言葉であっても状況によってとらえ方に差がでるのが判る事例だとでも思ったんだろうな。

「まあ、向こうの世界に戻る際に八神達に一言いった方がいいか……」

「そうしましょう」

とりあえず、こっちの世界ではどうしようもないので俺もセイバーも保留にし、その後はアリシアとマリーさんの間で端末に表示された図面から擬似リンカーコアシステム搭載型のガジェットについて色々話が交わされるものの。
ガジェットに使われる技術なんかの話はストーブとかの修理とは訳が違うので俺には解らず、ポチと戯れるアサシンを尻目に俺とセイバー、遠坂の三人はマリーさんの許可を貰ってデバイスのメンテナンスをする事にした。
その時、ふと遠坂を見やれば自分の端末でマニュアルを開きながら四苦八苦している様子が見てとれるけれどなんとか出来ている感じがする―――これは、プレシアさんの苦労が実った瞬間でもあったのかもしれない。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第21話


闇の書について有力な情報を聞いた私は、急ぎ執務室に戻った。
私専用に用意された執務室には、落ち着いていながらも格調高い風格を感じさせる机と椅子があり、それらの風合いを損なわせないよう合せられた調度品やソファ、テーブルなどが用意され。
かつて、艦隊指令として艦隊を率いていた頃こそ使う事は稀であったものの、一線を引いた今では重宝している。
『闇の書』が起動すらしていない今の状況で、八神はやてが闇の書の主であるという関係や関連性を断定できるはずがない。
それにも関わらず、その名が出てきたという事は彼らの言う十年後の並行世界に行った話は信憑性があると言える。
椅子に座った私は机の引き出し引き二枚の写真を取り出す、一つはクライド・ハラオウン、リンディ提督の夫であり、執務官となったクロノの父親であり、十一年前まで私の部下だった男だ。
闇の書とは一度暴走を起こせば、その暴走は周囲の全てを取り込みながら狂わせ、その世界の文明を滅ぼしかねない危険で異質な魔導技術の塊。
時空管理局創設以前の文献なども参考にし、決して甘くみていた訳ではなかった……しかし、闇の書事件を指揮していた十一年前のあの日、当時、闇の書の主となった者を連行する際クライドが艦長を務める艦内にて融合暴走が始まってしまい艦内の制御が奪われ、乗組員を避難させる為に一人残った彼もろともこの手で沈めるほか手がなかった。
もう一枚は八神はやてといい、現在闇の書の主に選ばれ、悲しい運命を背負わされてしまった年端もいかない少女の写真。
いずれは闇の書の暴走に巻き込まれてしまう運命が待ち受けているが、二親は幼い頃に亡くなり、幼い体への闇の書による影響は彼女を車椅子を使った生活をよぎなくしている為に友人も少ないだろう。
悲しむ人が少ないのがせめての救いではあるが、彼女は闇の書に選ばれただけの被害者だ、闇の書に対して効果があるとされる凍結封印をする程の罪など犯してなどいないのだ……
だが、闇の書の主となった者は、その特性を知り蒐集する事によってもたらされる絶大な力に惹かれてしまい最後の時まで周囲の人々を傷つける―――もしかしたら、この娘も同じ事をしてしまうかもしれない……
そう思っていた―――いや、思い込もうとしていたのだ、しかし、聖王教会関係者のカリムという少女が持つレアスキル、『予言の著書』(プロフェーティン・シュリフテン)によって異世界から来ると予言されていた彼らが語った対応。
闇の書の主と協力しあい、暴走を引き起こすシステムそのものを切り離すという考えは今まで考慮すらしてこなかった方法だ。
私が選んだ方法は、氷結の杖デュランダル、時空管理局最新技術を用いて開発された高い氷結強化能力を持つデバイスによる永久封印。
完成した闇の書は、魔力蒐集をする必要がなく自らは動かないという闇の書の盲点をついた方法であるが、闇の書が発動すれば必ず陥る暴走状態、その直前の数分前にこの杖による極大氷結魔法、エターナルコフィンを用いれば理論上永久封印は可能だ。
しかし、エターナルコフィンという極大氷結魔法による封印は、外部からの干渉で容易に解除できる事や、前提となる暴走状態の闇の書が動かないといった状況に左右される。
だが、もしも彼らの言う通り闇の書に取り込まれる八神はやてが内側から協力し、暴走する防衛システムを切り離せれば闇の書というロストロギアは事実上消滅する筈だ。
戻す写真の横にカード状態で待機するデュランダルを手に立ち上がり執務室を後にする、これは闇の書が動きだしたのならアリアに持たせようと準備してきた物だが……
因縁とでも呼べばいいのか、別の事件の調査で異なる世界に行き、そこで闇の書に対して効果的な方法を見つける、もはや何かしらの縁を感じずにはいられない。
その未来に相当する世界から、闇の書の暴走の原因となる防衛システムを切り離す事ができた八神はやてが来ている以上、闇の書に関する事件はリンディ提督の管轄になる筈、そうなれば捜査を進めるのは主に執務官のクロノだ。

「父親を失う原因となった闇の書の闇を成長した息子が解決する、か」

私は執務官としての手解きをした程度だが、彼の成長した姿は魔法や戦技教育を施してきたアリアやロッテではなくとも誇らしい、クロノならばデュランダルを正しく使ってくれるだろう。



次元世界とはまた違う区切りである多元世界、いわゆる並行世界と呼ばれるそうやが、異なる世界同士による前代未聞の話し合いは小さななのはちゃんが家に帰る時間になった事から、私達の世界では人造魔導師の疑いで被保護対象になるかもしれないんやけど、この世界では民間協力者である衛宮一家の人達や小さななのはちゃんにフェイトちゃん達を見送る事になってしまう。
残されたんは、同じ時空管理局という組織に所属していながらも、時間や世界が異なる局員一堂のみになってしもうたが、ここらでいったん休憩を入れる事にした。
テーブルにちょこんと座れるリインは兎も角、それまで立って話していたフェイトちゃんやシグナム、ヴィータも今は小さなクロノ君と向き合う形で座っていて、一休みという事から、まだ艦長時代のリンディさんやエイミィさんが飲み物を持ってくるという形でこの会議室に来ていた。
通信だけなら疑いようもあるもんやけど、こうして直にリンディさんやエイミィさんの姿を見れば、ここが私が指揮しとったアースラでないのは嫌でも解る。
というか、仮に私の指揮しとるアースラやったなら何処にリンディさんやエイミィさんの人造魔導師が潜んでいたのかって話になる………まあ、疑いだしたらきりがないって事なんやろ。
それに、この小さなクロノ君達にしても当初はスカリエッティの動きを訝しんだレジアス中将が組織したんやろうって予想しとったんやが、実はまったく関係ない不可能領域級の魔法で多元世界を渡って来た並行世界の魔道師達やったなんて想像すらしとらんかったから考え過ぎは禁物ともいえる。
いや、ある意味ではあってるといえなくもあらへん、か?
一応、背後に最高評議会やなんらかの大がかりな組織がいるだろうとは想像していたんや、それが偶々似て異なる世界の時空管理局やっただけなんやし。
しかし、まあ………十年前の似て異なる世界なぁ、それにこうしてエイミィさんにお茶を淹れて貰うとまだ嘱託魔導師やった頃を思い出してしまうわ。
などと、出されたお茶や端末を操作し話し合いの内容を纏めてくれてるリインを横目にしながら考えてしまう。

「……なのはって、嘱託魔導師になる前は習い事が多かったけ」

「そうだよな、今思えばあの頃からなんだかんだでえらいスケジュールで過ごしてたんだ……」

フェイトちゃんとヴィータが昔のなのはちゃんについて思い思い話すなか、小さなクロノ君はリンディさんやエイミィさんと私達の世界に行って知りえた内容を報告している。
こうして見ているかぎり、クロノ君とエイミィさんって仲のいい姉と弟って感じしかしないんやが、私達の世界みたいにあと十年もすれば一緒になる仲なんやろうな……
そう思うとると―――

「クロノ執務官、一つ伺いたいのだが」

私達からすれば、クロノ君のこの姿も見慣れたもんやったが、この世界のクロノ君を初め、リンディさんやエイミィさんからすれば私達とは初対面なんやけど、シグナムは姿が同じだから私達の世界と同じく敬語を使う。

「なんだ」

「そもそも、多元世界からの来た六人をよく受け入れられたな?」

「ああ、その事か」

シグナムは多元世界移動という不可能領域級魔法だったにも関わらず、それらの状況を受け入れられたクロノ君の内心を訊ね、クロノ君もシグナムのいいたい事を理解し続ける。

「僕達が出会った経緯は話した通りだが、彼らが知らないだけで僕達の魔法技術が使われているかもしれないから身元の確認をしたんだ。
その調査でアリシアから伝えられたプレシア・テスタロッサの名が出てきた、しかし当のアリシアは二十六年も前に亡くなっていたんだ、そうした経緯からなにかしらの不可能領域級の技術が存在していても不思議には感じなかった」

「人造魔導師とは考えなかったのか?」

「大魔導師と呼ばれるプレシア・テスタロッサなら兎も角、魔力資質を受け継げなかったアリシアを人造魔導師の素材として考えるのは不適切だと思うが?」

「そうか、テスタロッサとは違うか……」

シグナムは多元世界という、可能性の世界の話よりも人造魔導師の線の方が現実味があったのではないんかとか言いたいんやろうけど、クロノ君は人造魔導師を計画するにしても、元々の魔力資質が低い相手を選ぶ理由が見当たらないと指摘され納得したようや。
とはいえ、不可能領域級の魔法を扱えるのに、フェイトちゃんのように魔力資質を正しく受け継いでないというのは別の意味で驚きの話なんやが。

「でも、アリシアちゃんは魔力資質が少ないなりに術式の魔力消費を抑えるとか、集束魔法みたいに魔力を集められる術式とかを作ってるから総合的な魔導師ランクで考えれば低いとは思えないよ」

「他にも、ジュエルシードを元に改修したジュエルシード改なんかもあるから魔力には困らないようだしな」

エイミィさんが言うに、あの子は魔力ランクが低い代わりに、術式の消費量を抑えたり、集束魔法を使うなりして補っているそうやが、クロノ君はジュエルシードに改良を加えたモノからも魔力を供給しているとかいう話しやった。
私とこのアースラでも、衛宮一家や小さななのはちゃんやフェイトちゃん達が避難していた所にゆりかごやガジェット群が襲来した際には、『ディストーションシールド』なんていう広域防御魔法が使われてるのを確認しとるさかい、アレもアリシアちゃんが絡んどるんやろな。

「なるほど、魔力ランクこそ低いが補って余る技術を持っている、か」

「そりゃなぁ、スカリエッティのアジトを制圧した次元跳躍魔法だって使ってたんだ、条件にもよるだろうけど魔導師ランクの適正が低い訳ねえ」

「うん。あのトーレとセッテの二人組みは機動力で上回るトーレの隙をセッテが補うかたちで連携がとれてたから正面から戦ったら厳しかったと思う」

シグナムは自爆まがいな方法や手段ではなく、まだ幼いながらも元となる魔力資質が少ないなら少ないで消費量を減らしたり他から用意するというやり方を行なうアリシアちゃんに感心し。
ヴィータやフェイトちゃんは、既に次元跳躍魔法などという高度な技術を持つ以上、仮に魔導師ランク試験をしたとしても総合的なランクが低い筈がないと予想する。

「まともに戦ったら、うちのところのフェイトだって手強い相手だったのに、あいつは……次元跳躍攻撃の面で制圧しやがったんだからな」

「その次元跳躍攻撃ですけど。画像を調べたら、ちゃんと制御されたらしく、外側から内側に順次撃ち出されるよう工夫されてましたよ」

「て、事は逃げられないよう閉じ込めてめった撃ちかよ……」

ヴィータは、アジトや本局や六課の隊舎が襲撃された際に交戦したフェイトちゃんの言葉に反応し返すが、事前に調べていたリインからするとアレだけの次元跳躍魔法にも関わらずコントロールされているのを指摘し、それを聞いたヴィータは「えげつねぇ……」と顔を顰めた。
まあ、次元を挟もうが元となる射撃魔法ってのは様々な工夫がされとる分野や、ティアナがよう使うクロスファイアシュートやかて複数の魔力弾を誘導制御して当て易くする術式に過ぎへん。
せやから工夫自体は不思議には思わんのやけど、問題は次元を挟んで行なう次元跳躍魔法でありながら、リインの言う逃がさない工夫や、そうでありながらフェイトちゃんには一発も当てない程の精密な制御を行なっていたという点やろう。

「貴女達の世界のプレシア・テスタロッサは、きっとアリシアちゃんを蘇生させる時に向こう側の世界で得た技術を用いたんでしょうね……」

先の話し合いでも話題になったが、アリシアちゃんを蘇生する段階で転写されただろう知識は私達の世界―――いや、そやない……きっと私達の世界を含め様々なロストロギアを見知っている時空管理局が存在する世界からしても異質な技術であるって事をリンディさんは言いたいんやろな。
しかし、なんていうか士郎君達の世界は古代ベルカ並に異質技術が発達しとる世界なんやろか?
多元世界とは可能性の世界、一概に否定できんとこが怖い……

「……せやな。アーサー王であるアルトリアの件や私が巻き込まれた士郎君の結界魔法やかて十分異質なもんやったんやし」

「っ、君は禁呪を使った衛宮士郎の結界の中にいたのか!
あの結界は、彼らからしても禁呪指定にされてる攻撃性を持つらしいだんぞ!?」

「ゆりかご周辺でガジェットと交戦しつつ、突入口を探しとったら、ジュエルシードの反応に惹かれたらしいガジェットが街に向ったさかい追撃して巻き込まれたんや、リイン」

「はい」

無数の剣が刺っとる結界を思いだしながら口にすると、クロノ君にしても結界の詳細は聞いてなかったらしく驚きの表情を見せるものの、私はデバイスに記録しとった映像をリインに表示させるよう指示する。
映し出される映像は、炎が吹き荒れる荒野に無数の剣が突き刺さり、空は幾つもの歯車と巨大な樹木の二つに別れとる異空間。
遠くには、ガジェットを相手に剣の雨を降らせ戦い続ける赤色の二人の姿が窺える。

「これが結界の中か……」

「そや、まるで殲滅戦の様相やった」

息を飲むクロノ君に私は頷きで返す。

「士郎君って魔力ランクはそれ程でもないのに、こんなレアスキルがあったんだ」

「遠坂凛とアサシンの二人は知らへんけどな」

恐らくあの結界は士郎君にとっても切り札やったんやろな、思いもよらない隠しだまにエイミィさんは目を丸くし、士郎君とアーチャーの二人に加え、ゆりかごを大破させたアルトリアの三人はこうして知り得たんやが、向こう側の世界から来たうちの残り二人はまだ未知数や。

「そうなんだ、まあ遠坂さんにしても変換能力が五種類もあるのにちゃんと使いこなしているからそれぞれ単独でも使えるようだしね……」

「っ、五つ!?」

「そんなに!?」

そう溜息交じりに口にだした言葉やったんやけど、エイミィさんは思わぬ言葉を返してくれ、でも変換能力が五種類もあるという話はシグナムやフェイトちゃんにしても驚きを隠せないようやった。

「そういえば、実際に艦長は見てきたんですよね?」

「ええ、向こうの世界の技術は凄いものがあったわ」

そやろうな、私には今までの話から想像するに、古代ベルカみたいなロストロギアに指定されるような代物がゴロゴロしとる世界にしか思えへんわ。

「例のキャスターって人が作った、リンカーコアの模型とか擬似リンカーコアですか?」

「それもあるけれど、一番は義手や義足みたいな感じで人の体そのものを交換できる技術よ」

「体なんて変えても大丈夫なのか!?」

エイミィさんから振られて話しやったけど、リンディさんはトンでもない事を言い出し、私達の世界では想像もできない発言にヴィータはちょっと待てとばかりに異論を唱えた。

「それがね、魂を移し変える技術があるから例え変えるのが体そのものだとしても大丈夫って話しになるのよ」

「そんな技術があったからこそ、僕達の世界のプレシア・テスタロッサは正気に戻れ一命を取りとめたんだ」

ヴィータの言い分は私達の言葉でもあるんやが、リンディさんはミッドチルダで研究されとる魔法科学とは一線を隔てたオカルト領域の話をしだしクロノ君も相槌をうつ。
しかし、この手の話は昨日放送されたスカリエッティとの対話でもされとるさかい、ある意味で信憑性はあるのかもしれへんな……

「ただ、そういった技術を使って千年以上生きてる人物もいるそうだけど、それ程長く生きてたら感性がどうなってるか判断が難しいところでしょうね」

「千年も……」

「凄い長生きですね……」

続けて語るリンディさんの話しにフェイトちゃんやリインが呆気にとられとるけど、多分、それも起源とか魂とかに関する技術が絡んどるんやろな。
そら未知の生命技術分野なんやから、スカリエッティでなくても興味は持つ、か。

「他は魔法技術の秘匿が徹底されている事と、そうね……精々お寺のなかに神殿があったくらいかしら」

「なにがあったのかは知る由もないが、向こう側の世界は魔法技術の隠蔽が徹底している。
それに結界魔法にしても、僕達魔導師では認識すら難しいレベルで組上げられているんだ―――あんな技術が入ってきたら次元世界は大変な事になる」

リンディさんの話しにクロノ君も口を開き、向こう側の世界の住人である士郎君達と一緒にいた経験から心のうちを吐露する。
寺のなかに神殿があるってどんな文明なんやろとか思うものの、クロノ君が言うからには向こう側の異質技術は相当危ういものらしい。
一息いれる感じから始まった話は互いの疑念を洗い出し、先の話し合いでは多元世界同士の交流に関して重点を置いていたさかい割愛しとったんやけど、こっちでも十年後には起こるかもしれへん出来事や私達の世界で起きたロストロギアレリックに関する事件のあらましとかを伝えとると―――

「リンディ艦長、少しいいかい?」

空間モニターの画面が開きグレアムおじさんの姿が現れる。
私が知るグレアムおじさんよりもやや若いようやから、やはりここは十年まえの世界なんやな。

「はい、なにか?」

「例の異世界から来たという彼らから、闇の書に有効な手立てがあると話を聞いたんでね」

画面のなかのおじさんは私の方に視線を向け、

「なるほど、君が別の世界から来たという………確かに面影がある。
それに守護騎士達も、そうか、やはり彼らが言った通り………ならその方法の方が私が考えていたのよりも有効なのだろう」

私が似ているというんやが、そらまあ……成長しとるとはいえ本人やさかい似とるのは当たり前や。

「提督は闇の書についてなにかご存知なので?」

「ああ。十一年前の事件以来独自に調査を行い、なんとか今の所持者を見つける事ができたよ」

「本当ですか!?」

色々思うところがあるんやろうな、私を見詰めるグレアムおじさんにリンディさんは問いかけ、返すいじさんの言葉にクロノ君が反応した。

「うむ。彼女の名は八神はやて、今年で九歳になる女の子だ―――だが、君達はそれ以上の手がかりを得たのだ。
したがって、この事件の担当は君達になる筈だ、後で私が得た情報や計画していた方法において要になる筈だったデバイスも渡す事にするよ」

「さっきの話って本当の事だったんだ……」

「その通りや」

続くグレアムおじさんの話しから、エイミィさんは私の話が信憑性の高いのや、主になった者がまだ小さい子供であるのが判って顔色を変え、私も頷いて事実と肯定する。

「恐らく、君の世界の私は君に対し非道な行いをした筈だ。
なにも罪を犯してない少女を闇の書の主であるというだけで凍結封印しようという計画していたのだから……
私がそんな計画をしているとは知る由もないあの娘は、体が不自由なのにも関わらず文字を習い、ありがとうと礼の手紙を寄越してくれた、私にそんな資格などないというのに―――すまないが、この世界には君と同じ境遇の娘がいる、どうか助けてはくれないだろうか?」

「そなことない。感謝してるのはこっちの方や、両親を亡くしてからなに不自由なく生きていけたのは忘れてへん。
それに、夜天の書が闇の書と呼ばれたままにして野放しにして置けば被害は広がるばかり、方法が限られてくるなら誰かがやらなきゃならへんのや」

グレアムおじさんもリーゼ達も闇の書の呪いを終らせようとしただけや、それに………もともと私は闇の書の呪いで死んでる筈やったんや、皆が私を助けてくれたからこそ拾った命、恨みなんかあらへんのに。

「私かてマスタープログラムのリインフォースを助けられなかったから、今度こそは助けたいのもあるんやから」

「そういってくれるとありがたいが……」

「大丈夫や、私がいるって事は闇の書を夜天の書にする方法があるって事なんやから」

「すまない、どうかあの娘を助けて欲しい」

「もちろん、そのつもりや―――それに、この世界やったらリインフォースを助けられるかもしれんのやから」

とはいえ、今回ばかりは私個人の私情なんし、苦しい時に支えてくれたグレアムおじさんに対しては感謝の気持ちしかない。
それがどうも伝わってないのか、私に対する引け目を感じてるさかい画面のなかのグレアムおじさんは目頭を押さえだす。

「………話の途中ですなまい。ところで、聞くところによれば君達は十年も先の未来から来たという話だが、その世界にもリンカーコアの代わりをするような技術は存在するのかな?」

「いえ、私んとこの世界はスカリエッティが魔法無効化技術を広げてしまったから、そういった技術を開発しとる最中や」

昂る感情を抑える為なのか、話を変えるグレアムおじさんやが……ガジェットに使われとったAMF技術が次元世界に広まっているさかい、そんな局員の底上げになる技術が出来てたらいいんやけどな。
などと思いながら口にしたら―――

「なら、後で研究室に行ってアリシアという娘に聞いてみるといい、彼女は異世界の技術と我々の技術を組み合わせて開発した擬似リンカーコアシステムの開発者だからね」

「擬似リンカーコアシステム?」

「そういえば、さっきリンカーコアの模型とか擬似リンカーコアとかいってましたよね?」

グレアムおじさんは未来の世界である私達の世界ですら開発されてない技術があると答え、聞き返すヴィータにリインは少し前の話にそんな言葉が出てきたのを思い出す。

「歳こそ幼いが、先に発表された擬似リンカーコアの術式は教導隊からも既に実用レベルだという話しだよ。
まあ、なんでも術式の方はデバイスに負荷が掛かったりリソースを多くとってしまうそうだが、それらを機械的にする事で負担を減らし、使い易くしたのが擬似リンカーコアシステムという話だ」

「あれ、開発したのってアリシアちゃんだけどクロノ君から話してなかったの?」

「ああ。そういった話をする前にアリシアがこっちに転移したからな」

大まかな概要を話すグレアムおじさんに、エイミィさんはきょとんとした表情でクロノ君を見るんやが、クロノ君にしてもこっちの世界に来たのはある意味突然の感があり話す時間がなかったのは確か。

「あんな娘が作ったのか……」

「私達の世界のデバイスの世代を超えてる凄い技術だよ」

シグナムやフェイトちゃんは、アリシアちゃんがヴィヴィオ程の歳にしか見えないのにも関わらず、そんな凄い技術を開発していたのに対して一抹の不安やら驚きをあらわにしとる。
まあ、気持ちは判らんでもない。

「擬似リンカーコアシステムな……」

話から大まかな概要は判った、そなら―――まだ私の誕生日まで一週間は余裕があるさかい、単体機能だけの簡易デバイスみたいにすれば、この世界の私が魔力不足で守護騎士達が動き出すまでの時間稼ぎにも使えそうやな。



[18329] リリカル編22
Name: よよよ◆fa770ebd ID:f7256155
Date: 2013/09/27 20:22

以前、調べるついでに修復を行い組上げたガジェットⅠ型は待機状態のまま浮かんでいるものの、Ⅱ型やⅢ型はまだ残骸のまま部屋に散乱していて、アリシアとマリーさんは端末を操作しながらガジェットの構造について語り合い、話しのたびポチはⅡ型やⅢ型を動かしてガジェットの構造が見やすいよう位置を変えている。
俺やセイバー、遠坂の三人は、そんな二人と一匹の姿を横目にしながらも、デバイスを水槽に見える容器のなかに入れ部品状態の確認やAIなどの調整を施し、アサシンの鈍らは既に昨夜のうちにアリシアが調整していたから特にやる事のないアサシンは物珍しそうに見ていた。
容器のなかには、一見して水やアルコールの類にも見えるけど、絶縁能力や伝導能力を変えられる液体に満たされているので、特にケーブルなどを接続する必要がないのもあってか俺のデバイスイデアルが待機状態のまま中頃に漂っている。
デバイスの状態をモニターで確認し、アリシアが組上げた魔術は無理だけど、デバイスが誤作動しないよう要となるプログラムや部品に異常がないかを確かめて行く。
一応、俺やセイバーはデバイスを購入した十年先の世界でデバイスマスターの店長や説明書、この世界のマリーさんから手ほどきを受けてるので改造などは兎も角、メンテナンスだけならなんとかなる。
でも、つい一ヶ月前まで碌に端末を扱えなかった遠坂までもが、説明書を片手につたない動作ではあるが、今のところ間違った使い方をしてないようだから遠坂自身の努力もあるけど、プレシアさんの頑張りも相当なものだったんだろうし。
今は霊体化していて姿を見る事ができないが、きっとアーチャーの奴も遠坂が精密機械の調整をしているのを固唾を飲み込むような想いで見守っているに違いない。
そんなメンテナンスも終りかけてきた頃、研究室の扉が開いたと思えば随分前に出て行ったグレアムさんがクロノを連れ現れ、

「提督、なにか忘れ物ですか?」

「いや、この人達に擬似リンカーコアシステムを見てもらおうと思ってね、案内していた処だ」

随分前に研究室を出て行ったグレアムさんが戻ってきたのでマリーは口にするが、グレアムさんとクロノの後ろにはアースラで分かれた十年後の世界の魔道師達、機動六課の部隊長である八神に、俺達の世界だったら妖精と間違われそうなほど小柄なリインや、分隊長でありアリシアの姉妹である大人のフェイト、その副隊長のシグナム、分隊こそ別だけど同じ副隊長ヴィータが姿を見せ研究室を見渡し―――その表情が凍ったかのように固まった。

「―――それで、君達は主にレテイ提督の下で働いていた……どうしたんだね?」

「恐らく目の前にある残骸が原因ではないかと……」

グレアムさんは、研究室に入る前から続けてた話しをするのだだけど、ガジェットの残骸が散乱する室内を目の当たりにした機動六課の面々の反応に違和感を受け、おおよその状況を理解したクロノが代わりに告げる。

「……せやな、出来れば私らにも解るように話して欲しいもんや」

「っていうか、なんでガジェットの残骸がこんな所にあるんだよ!?」

機動六課の部隊長である八神が眉を顰めるなかヴィータが吼える。

「ふむ。壊れてるようだが一体なんの機械なんだい?」

「アレはロストロギアレリックを回収する為に広域指名手配犯ジェイル・スカリエッティが作り上げたガジェットドローンという機械で、我々はアレをガジェットと呼称しています」

「クロノ執務官、なぜそのようなモノがここにあるのかな?」

「向こうの時間で約一ヶ月程前、スカリエッティがクラナガンで起こした事件の際に回収した物です提督」

機動六課の面々の様子から何の機械なのかをグレアムさんは問うと、大人のフェイトが返し、クロノに視線を向ければ当のクロノもまだ話してなかったのか溜息混じりに答えた。

「一ヶ月前っていえば、スバル達が倒したガジェットの残骸がいつの間にか消えていたって報告が地上部隊からあったけど……」

「執務官達の仕業でしたか……」

大人のフェイトは、一ヶ月前に向こうの世界のニュースでも流れていた事件を思い出し、シグナムが驚きの声を漏らす。

「クロノ君にしては随分と迂闊な真似をしたもんやな」

「そうです、許可もなしに現場から持ち去って行ったら捜査に支障がでるんですよ」

八神は自分の世界のクロノを知っているらしく言い、リインっていう妖精みたいに小さな女の子も頬を膨らませる。

「言い訳にしかならないだろうが、あの時は地上本部に行っていたから止める事ができなかったんだ」

「そういえば、テスタロッサを捜していたと言ってましたか……」

「それに、出頭しようにも僕達はあの世界ではイレギュラーな存在、公開意見陳述会を前に表立って接触を行なえば混乱が起きるかもしれないし、君達への弱みにつながるかもしれないから動けないでいんだ」

「それも、そうか」

淡々と答えるクロノにシグナムやヴィータは頷きを入れ、

「しかし、君達の世界の捜査を妨害してしまったが、ある意味その成果もある。
集めた残骸を調べ上げた事から、おおよその性能は把握できたし、僕達はAMF影響下での効果的な魔法の運用を行なえるようになった。
他にも、昨日の襲撃の際に避難所に来ていた地上部隊の局員達に心構えくらいは教えられたよ」

「確かクロノ君達がいた避難所は、ゆりかごの防衛しとった以外にも多数のガジェットと交戦したという話は聞いとる」

昨日、避難所に殺到してきたガジェットと交戦した局員達について語ると八神もある程度の理解を示したようだ。

「それに加え、CAMF(カウンターアンチマギリングフィールド)があったからこそ、あそこまで耐えられたと思う」

「CAMF?」

「AMF(アンチマギリングフィールド)を阻害する魔法で、効果範囲内ならAMFの影響を引き下げ通常の魔力弾でも対処可能になる。
恐らく、これを広めればスカリエッティが広めた魔法無効化技術の影響を下げられる筈だ」

「そんなのよく作れましたね?」

「僕はそこまでの技術を持ち合わせてないので構成は分らないが、作ったのは彼女、アリシア・T・エミヤ。
不可能領域と呼ばれる、僕らでは想像もつかないような魔法すら使える彼女だからこそ作れたんだと思う」

CAMFについてクロノが口にすると、大人のフェイトは聞き返し、魔法を阻害する技術を阻害するというイタチごっこな術にリインは感心している様子で。
そんな、よく解らない術を作れるのは訳が分らないような奇跡を使えるからじゃないかとクロノは告げた。

「悪い、実は他にもあるんだ」

「他にも?」

「実は今日、残骸の撤去を手伝っている時に向こうの局員には話して貰ってきたらしいんだけど、状況が状況だろ……ちゃんと伝わっていないと思うんだ」

「う~、この前と違ってちゃんと持っていってもいいって聞いたのに……」

「なんていう事だ……」

とりあえず、今のうちに話した方がいいだろうと判断した俺は話しに乗じて割り込み、聞き返して来るヴィータに説明する。
状況が解ってなかったアリシアはぷうっと頬を膨らませて不満を示すが、まさか今日も集めていたと知ったクロノは片手で顔を押さだす。

「……クラナガンでそれ程の事が。ガジェットというAMFを搭載した機械兵器が暴れ、聖王のゆりかごまでもが使用されたりと、どうやら十年後の世界では地上も随分治安が悪くなっているようだな」

「地上本部が襲撃されるくらいですから……」

話を聞いていたグレアムさんは眉間に皺をよせ、マリーさんは十年後のミッドチルダがそれ程までに荒んでいるとは想像もしていなかったようで、魔法技術を無効化してしまうロボットの登場に何て言えばいいのか判らないでいた。

「要はクロノ君の監督不足って話しやな」

「しかし、注意するにしてもアリシアの転移魔術に気づくは至難であろう?」

「そうだな。並行世界を移動したというのに何かしらの違和感すらなかった」

「厄介極まりねぇ……」

八神は執務官という立場のクロノのせいにするが、一人の責任にするのは如何かと感じたのかアサシンに問いかけられシグナムとヴィータは考えを改める。

「でも、そがあったから擬似リンカーコアシステムを搭載したガジェットの設計も出来たんだよ」

アリシアとしては落ちていた物を拾っただけの感覚らしく不満を隠そうとせず、端末に擬似リンカーコアシステムとガジェットが組み合わさって設計された新型ガジェットの図面を表示させた。

「なんです、それ?」

「魔導師みたいに非殺傷や魔法が使えるガジェットだ」

「そんなのが出来るんか!?」

「アリシアから聞く限り、まだ設計段階ですが基本となるガジェットにデバイスに使われるような高性能なAI、擬似リンカーコアシステムを組み込むだけの設計ですから理論上は可能だろうと判断します」

画面に設計図なんかを見たところで専門知識がなければ解らないのは俺も同じだが、小首を傾げるリインにクロノは返し、八神は驚きの声を上げるが手を休めたセイバーが心配無用とばかりに前に聞いた話をする。
セイバーが話しに加わってきたのでチラリと横目を動かせば、遠坂は調整を施す機器やデバイスのマニュアルを交互に見返しているので話しに加わる余裕はない様子、でも話しには加わらないけど遠坂の事だから聞くだけは聞いているのだろうし、アーチャーの奴はハラハラドキドキしながら見守り続けているのかもしれない。

「こっちの世界ってそこまで出来てるんだ……」

「なる程、ガジェットという技術と擬似リンカーコアシステムの技術があればそんな事すら可能になるのか―――では、こうしたらどうだね?」

大人のフェイトは、ある意味低ランクの魔導師を量産可能とする新型ガジェットに感心し、同じように思ったグレアムさんは案を示す。

「こちらは擬似リンカーコアシステムの技術を提供する代わりに、そちらはガジェットに関する技術を提供するというのはどうだろうか。
そうすれば、互いに技術交換を行なっただけとなって、捜査の合い間に消えたガジェットもその一環とすれば問題なくなる」

「司法取引という訳やな」

「そんな感じだが、ランクの高い低いに限らず魔導師が不足しているのはお互いさま、そちらにも悪い話ではないと思うがね、もっとも問題を起こしたのは彼女で決めるのも彼女だが」

「そやな、仮にその娘を罪に問うても精々窃盗や捜査妨害が限度やし、その件は私の方でなんとか処理するさかい安心してや」

グレアムさんの示す案に八神は取引に応じる構えを見せ、

「うん。折角設計したんだし、皆が困ってるんだったら使ってくれた方がいいよ」

「なら取引成立や」

技術を秘匿しようなどとは思わないアリシアは素直に取引に応じ、ここにガジェットの残骸を持ち去った件での捜査妨害は罪に問われる事はなくなる。

「なら早々に私らの世界に戻って、私のところのクロノ君やナカジマ三佐にも協力してもらうよう話さんとあかん」

「そうですね」

技術提供による取引が決まったからか、八神は話しの流れからして向こうの世界のクロノや地上部隊に関係する人の名を口にしリインも同意する。
とはいえ、この中で並行世界という多元世界を渡れるのはアリシアだけだから保護者である俺達もまた向こうの世界に行く事になるんだろう。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第22話


「じゃあ、行くよ」

そう口にするフェイトちゃんの姉妹、並行世界や多元世界と呼ばれる可能性の世界で蘇ったというアリシアちゃんはレアスキルを用い、私の視界は何の兆候も感じられないまま様相を変える。

「このように違うのであれば判りやすいな」

「そうだね」

本局からアースラの会議室に戻ったのが判ったシグナムは声を漏らし、フェイトちゃんも相槌を打つ。
確かにその通りや、初めて向こう側の世界に訪れた時は場所が同じやったから変化が判らず実感が湧かなかったんやけど、こんな風に一目で別の場所に移ったのが解れば反応も違う。
まあ、なにはともあれ自分達の世界に戻って来た私らやがやる事は山積みや、向こうの世界のグレアム小父さんの勧めもあって本局で食事を済ませた私らやけど、行く際は知らない間にアリシアちゃんのレアスキルで行っとったさかい、きっと皆も心配している筈やろうし。

「グリフィス君、心配かけてすまんな今戻ったとこや」

「思ったよりも早く話がまとまったようですね。
しかし、戻るとは一体どういう意味でしょうか?」

「どうって、どうもこうもあらへんやろ何時間か留守にしてしもうたんやから?」

「いえ、ブリッジを離れてからまだ一時間ほどしか経っていませんが……」

「そんな筈―――っ!?」

「……八神部隊長?」

色々心配をかけたと思い連絡を入れれば、空間モニターのなかのグリフィス君は怪訝な表情で私を見詰めていて思い出した。
せや、向こうの世界に行った時やって通信に出たエイミィさんかて驚いてたんやったか―――それと同じなら私らの世界でも時間経過はほぼ無いって考えた方がいい訳や。

「……まったく、とんでもないレアスキルやわ」

「そうですね、録画していた映像も途中で立ち位置が変わってしまってるので正式な記録として使えなくなってしまっています」

私が、並行世界を移動するレアスキルの異常性に零しとると、リインは録画しといた記録を調べ、映像がまるで加工されたかのように途切れてしまっているので信頼性が無くなってしまったと口にする。
それもそうや、向こうに行った時は椅子に座わっとったのに戻った時は皆立っとるんやから、第三者が見たら加工されたと思うても仕方がない。
それに―――と思い振向く先にはフェイトちゃんにリイン、シグナムとヴィータの他に、並行世界を行き来するレアスキルを持つアリシアちゃん、義兄の士郎君、元の世界で同居しとるセイバー、アサシン、地主らしき遠坂凛に霊体化しとって見えへんがいるのだろうアーチャーや、執務官時代のクロノ君に技術提供の一環から来る事になったマリーさんの姿が入ってくる。

「ここが十年後のアースラですか、あまり代わり映えがないですね」

「ここは会議室だから表面的な変化は判らないさ」

並行世界とはいえ、ある意味では時間移動しとるから興味津々なマリーさんは室内を見渡すものの、この辺はそうそう変化する筈もない所やから見るなら別の所にした方がいいとクロノ君は忠告した。

「あれ、人数が変わってませんか?」

「本当―――って、何で本局の技術部の人がいるの?」

私らがブリッジの様子を見れるよう、向こうも私らの状況が判るのもあって構成の変化を感じとったルキノとシャーリーにマリーさんは「こんにちは」と手を振って返す。
ただ、私らの世界のマリーさんは、捕らえられ改造されたギンガや助ける為に傷ついたスバルの治療を行なっとるさかい、知っとる人が見ればこの状況の異常性が解るというもんや……

「なにかあったのですか?」

「せやな……どう説明すればいいのか迷うところや。
要点だけを言えば、この小さなクロノ君達の後ろには私らが想像もしとらんかった組織がありはしたんやけど、懸念しとった次世代型人造魔導師なんていう技術は存在しなかったのは確かめられた」

「では、その組織とやらはどんな?」

「並行世界という可能性の世界にある、私達からすればおよそ十年前にあたる時空管理局や」

状況から、グリフィス君も何かあったのだと悟り訊ねる内容に答える。

「そして、その行き来を可能にしとるのがフェイトちゃんのお母さんが蘇らせたアリシアちゃんなんやよ」

少し眠そうなアリシアちゃんに視線を投げかけながら続け、

「騎士カリムのレアスキル、預言者の著書(プロフェ―ティン・シュリフテン)は前とは違う記述になっとるのは知っとる筈や」

「はい。古い結晶と無限の欲望が集い交わる地、
死せる王の元、聖地よりかの翼がよみがえる、
死者達は歌い踊り、異邦人達を連れ舞い戻らん、
なかつ大地の法の塔はむなしく焼け落ち、
民の願いは空を染め、
死せし王、剣を振るいて翼を斬り裂かん、
それを境に数多の者達、無限の英知の帰還を知るですね」

「そうや、古い結晶と無限の欲望が集い交わる地はミッドチルダで、死せる王の元、聖地よりかの翼がよみがえるというのはヴィヴィオと聖王のゆりかごを指すまでは解かっとる。
問題はその先や、死者達は歌い踊り、異邦人達を連れ舞い戻らんという記述は、セイバー、佐々木小次郎、アーチャーの三人を連れた一行が別の時空管理局に関わって、その世界のクロノ君達を連れて戻って来るという」

「民の願いは空を染め、というのは実際に目にしましたから判りますが……死せし王というのはベルカ戦乱期の王の誰かを示すのでは?」

「いや、死せし王の王は合っててもベルカ戦乱期の王ではなく、私らの出身地である第九十七管理外世界の王、それも千五百年前に実在していたかもしれへん王やった」

「千五百年前……」

「その王、アルトリア・ペンドラゴンが聖剣エクスカリバーを使ってゆりかごを沈めかけるという事を示していたんや」

「では、残りのそれを境に数多の者達、無限の英知の帰還を知るとは?」

「まだ憶測やが、それを機に多くの人達がアリシア・テスタロッサの帰還を知る事になるという話しなんやろうな」

あの娘が設計したという擬似リンカーコアシステムは、リンカーコアを持たない者に魔力を与えるばかりか、持つ者には更に底上げするといったまさに万年人手不足の管理局が喉から手がでるほど必要としている技術や。
これ程の技術を単独で開発したとなれば、あの娘の持つ知識や技術は相当のもんやろうから『無限の英知』って名称がアリシアちゃんを指していても不思議には思えへん。
それに、そんなシステムが公表されたのなら次元世界での認知度が高くなるのは当たり前や、なら詰まるところ新しい予言の意味はスカリエッティによる管理局システムの崩壊でなく、事件によって炙り出されるようにして現れたアリシアちゃんの帰還を示すものやったっていう話しになるんやなぁ……

「預言者の著書、名称だけなら前にも耳にしましたが、このように科学技術が発展した世界でさえ占いの如きに頼らざる得ないのですか……」

「そりゃあね。占星術、タロット、数秘術とか私達の世界にだって占い好きな人は多いいし、古くから世界を知り国の行く末を占っていたんだもの、今だって政治家なんていう人達はまだ見ぬ未来を知りえる手段としての占を手放せないわ」

グリフィス君と話す私の後ろでは、セイバーが第九十七管理外世界よりも次元航行技術や宇宙開発など科学分野で遥かに先を行く文明であるのにも関わらず、予言なんていう曖昧なものに頼るのに違和感があったのか口にするんやけど、遠坂凛はどこの世界にも占いが好きなのはいるし、行政に関わる人種にしても未来を知り得るのなら知りたいのが本音だと返す。

「まあ、事件が起きる前に何かしらの準備を行えるのが強みだが、難点は解釈しだいで様々な読み方ができてしまう事か」

「……それはそれで微妙だな」

クロノ君は、執務官という立場であるなら騎士カリムのレアスキルの話は噂くらいには耳にしたとは思うとったんやが、欠点も十分知り得ていてるらしく話しに上った預言者の著書の弱点を口にする。
予言というのは飽く迄もかもしれないであって、解釈する者の感性によって様々に変わってしまう性質を持ってしまう、だから先ず何を指し示しているのかを把握しなければ予言はその意味を失ってしまうとの話しに士郎君の表情は呆れたように変わる。
とはいえ、私らが頑張った影響も多少はあるんやろうけど、結局は並行世界という別の世界から来たクロノ君達が無用な混乱を引き起こさないよう、慎重に動ごいとったからこそスカリエッティがゆりかごを蘇らせ王手を決めたと思うたところで手痛い一撃を受ける破目になったんやさかい。
アレがなければ私らはもっと無理せなきゃならん状況になっていたかもしれへんのやから、ある意味では損害の大きさから機動六課が事実上壊滅していた可能性だってあり得るわけやしなぁ……

「そんで、アリシアちゃんが無限の英知と揶揄されるかもしれへん理由が―――」

「この擬似リンカーコアシステムとその元になる術式です」

空間モニターにはグリフィス君の他にルキノ、シャーリーまでもが私を見詰め、ちらりと横目に見やれば向こう側の世界で運用試験を行なっていたマリーさんが代わりに答えてくれる。

「それからCAMFの術式もあるよ」

「CAMFというのはAMFを阻害する術式や、昨日、ガジェットの襲撃があった際に初めて使われたそうやが対フィールド弾を使えない局員達でも効果範囲内であればガジェットに対し有効な打撃を与えられたそうや。
他にも、彼女達にはスカリエッティが使用したガジェットの残骸との引き換えに、幾つかの技術提供をしてもらう話しになっとる」

アリシアちゃんはガジェットを使い、機械的にAMFを発生させる魔法無効化技術を広めてしまったスカリエッティの後始末として、魔力の結合を阻害し魔法を無効化するフィールドを阻害するとかいう術式があるのを告げ、補足を入れながら私はグリフィス君達に語った。

「驚きですね、十年も前の世界にそんな技術が存在しているなんて……」

「全ては並行世界を行き来できるレアスキルに、この娘を蘇らせたっていう世界の技術の賜物や」

「まあ」と口にしながら続け、

「とはいっても、にわかには信じられへん話やろうけどな」

「いえ、八神部隊長がそう判断されたのでしたら相応の理由があるはずです、こちらはその判断に従います」

「私達も信頼しています」

「そうですよ」

グリフィス君の他にも、ルキノとシャーリーが私の言う途方もない話を信じてくれるばかりか判断は間違っていないとも言うてくれ、これまでも機動六課を指揮する私の判断が正しいのか不安になる時もあったんやが、そう言うてくれると安心する。
それに、確信に至る根拠になったのは十年前の姿のリンディさんやエイミィさんの他にも、グレアム小父さんに案内して貰うた際に見た本局内部や係留されている艦艇やすれ違う局員達や。
私らを騙すのが目的なら、本局そのものや数々の次元航行艦、各部署の人員まで丸々揃えるなんていう発想はないやろうしなぁ………

「それはそうと、僕達の世界に来てくれるのなら事件の資料を纏めて持っていった方がいい。
アリシアのレアスキルは、この世界と僕達の世界には時間的つながりを生じさせないから、資料さえ用意していれば僕達の世界で十分な余裕をもって報告書の作成をする事ができる」

「それは魅力的な提案ですね」

「そうだな、できるなら連日の徹夜は避けたい」

スカリエッティが起こした大規模な事件の後、私はシャマルに強めの眠気覚まし作用のある薬を頼まんといかんなとか思うとったんやが、睡眠を削る必要のない小さなクロノ君の提案にリインとヴィータは惹かれ。

「今回の事件は不透明な部分が結構あるから、報告書が早く提出できれば本局の方も動きやすいし」

「執務官達のおかげでスカリエッティが自白した内容は周知されているだろが、地上本部でのレジアスとゼストの話も報告しない訳にはいかないからな」

今回の事件の様に、大規模な事件の後始末には迅速な作業とそれに伴う報告書の作成が必要になる。
それ故、時間が幾らあっても足りないような現状にシグナムやフェイトちゃんまでもが混じってどんな仕事があるかを口々に語る。

「大丈夫だよ、こっちの世界と向こうの世界は基本的に繋がりがないから時間も共有されてないんだから」

「要は時間だけなら幾らでもあるという話しだ」

アリシアは時間の流れが違うというか、まるっきり関連性がないので心配するなと曇りの無い笑顔で告げ、アサシンも時間に関しては十分過ぎるほどあると静かに頷きを入れる。
せやけど―――

『知ったところで何かできるという訳ではないが、君は話しておいた方がいいだろう』

『何の話や?』

小さなクロノ君の本命はどうやら念話の方で、

『衛宮士郎やセイバー達が住む世界に、アリシアがこの世界の出身だと知らせた組織がある』

『なら、アリシアちゃんと同じよう並行世界を行き来できるようなレアスキル持ちで構成しとるような組織が存在しとるって事やな』

『ああ。これは僕の憶測だが、並行世界間のトラブルか何かを防ぐか回避したりするのが目的かもしれない』

『せやな、今回のように並行世界同士の交流なんていうのはまずありえない話やし』

『それに伴う弊害もある、他にも今回の様に互いに時間軸が違うのであれば未来の知識を悪用する者もいるかもしれない』

『せやな……』

小さなクロノ君は表向き、話をしつつ私との念話の両方を行なう、要はマルチタスクの応用なんやけどクロノ君って化物なんやなぁとか改めて思う。
まあ、仮にそんな組織が在ったとして次元航路を挟んだ世界という意味ではなく、並行世界などという間を行き来するのだから、小さなクロノ君が先に述べたよう私達では知ったとしても手に負えへんのが実情やな……

「そな、私らは席を外させてもらうさかい後の事はリインに任せる、こっちに来てからの足取りを聞いといてや」

私の指示にリインは「はい、任せてください」と片手でちいちゃな胸を叩き、

「もう人造魔導師の疑いも晴れた事ですし、ここではなんですから飲み物なんかもある休憩室で伺いましょう」

振向いて小さなクロノ君にマリーさん、衛宮君、アーサー王であるセイバー、アリシアちゃん、時代劇でお馴染みの佐々木小次郎、話を聞く限り衛宮君よりも魔法の造詣が深いと思われる遠坂凛、霊体化にて姿を見せてないが居るのだろうアーチャーに声をかけ、それぞれ頷いたり言葉を返すとリインの後をついて出て行く。

「残りは、各自向こうに行っても大丈夫なよう資料の整理や」

私も残りのメンバー、フェイトちゃんにシグナム、ヴィータの三人に指示をだし部屋を後にした。
昨日は皆それぞれ大変やったのは解るけど、二日、三日連続で不眠不休の行動をしとった訳でもない、一応は仮眠を取ってるさかい頭が回らないような事はないやろう。
そう思い、早足でブリッジの扉をくぐる私に空間モニター見とったグリフィス君は、

「どうやら、随分大変だったようですね」

そう労ってくれ、

「せやな、向こうでは何時間か経とったけど、こっちはまだ昼を過ぎた程度やし時間の感覚が狂うわ―――で、なにか新しく判った事はあったん?」

「いえ、そちらはまだ。ですが、迎えに出たアルトからなのは一等空尉とスバル二等陸士の両名が間もなく到着するとの連絡を受けてます」

「さよか。スカリエッティは随分こちらを研究しとったようだから、いいように分断された挙句、各個撃破されそうになったさかい、なのはちゃんとスバルも無茶しなきゃならない局面に陥った訳やが、思ってたよりも軽いようで安心したわ」

病院や本局から戻ったなのはちゃんとスバルの二人がもうすぐ到着するという話しに返事を返しつつ、試験を兼ねて設立したとはいえ機動六課が隊としての機能を失い最終的には個々の踏ん張りが事件の解決に導いたのは部隊長である私のいたらなさが原因や。
現にティアナは複数の戦闘機人に包囲され捕縛するも負傷しとるし、ティアナが負傷ですんどるのも病院から抜け出したシャマルやザフィーラ、ヴァイス陸曹がいてこそなやから組織戦としては完全に負けてた感じは否めん……
そう思い、いかなる事件にも即時に対応可能な部隊という理想を追うもののそれ以前の問題や、今だ自身のいたらなさに溜息を吐く。
まあ、気を取り直し今回の事件とかつての闇の書事件に加え、何かしらのカードになるかもしれへんから過去十年間の主だった事件のファイルを端末に保存しとるなか、ガジェット移譲に伴う内容を陸士一〇八部隊のナカジマ三佐宛てに送り、スカリエッティが企てた計画とそれに伴う被害について現状で把握しとる限りの報告書に目を通す。
そうしとるうちにシャーリーからアルトの操るヘリが帰還したと伝えられ、しばらくしてから後ろの扉が音を立て開き。

「八神部隊長。ご心配かけました、高町なのは一等空尉これより職務に復帰します」

「スバルナカジマ二等陸士、同じく復帰いたします」

なのはちゃんとスバル両名が姿を見せ、アースラに帰還したのを報告する。
それにしても、互いに保護する対象を助け出せた事で気持ちの整理がついたらしく、出撃する前にあった表情の陰りもなくなりさっぱりとしたものになっとる。

「二人とも体の調子はもうええんか?」

「はい、マリーさんにしっかり診てもらいましたからもう大丈夫です」

「私は栄養剤の点滴を受けた程度だけど、医者からは無理はしないように言われてるかな……」

身体を気遣う私に、戦闘機人という特殊さ故に本局で診てもらったスバルはもう大丈夫だと答えるんやけど……別の世界とはいえ、その本人と同じ相手を見たらどう思うやろな。
それに、ブラスターモードの使用でリンカーコアに負担をかけたなのはちゃんは、昔から無理をするのでシャマル以外の医者にもよく注意されとるけど負担をかけた分の休養が必要なのは分る。

「それで、次世代型人造魔導師達の件なんですけど―――」

「お話のところすみませんが、クラウディアのクロノ提督より通信が入っています」

「出しとくれ」

昨日はミッドチルダ全域で生中継されたせいもあってか、様々なメディアで注目されとる話題になのはちゃんも気になってるらしく話を振ってくるんやけど、割って入るグリフィス君によって中断され私はモニターに出すよう指示した。

「お疲れさまはやて、昨日から大変だろうけど例の次世代型人造魔導師について何か分ったのなら教えて欲しい」

私達同様というか案の定、徹夜になったらしく大型モニターに映し出されるクロノ提督の目の下には薄っすらと隈が浮かびあがっとる、まあ私でも三、四日の徹夜ならなんとか頭の回転は保てるさかいクロノ君ならもっといけるやろ……

「その件なんやが、アレはスカリエッティの憶測や」

「というと?」

「彼らは、並行世界という私達の世界と酷似した別の世界から不可能領域級の技術を使って訪れた来訪者というか異邦人やった」

「どういう意味なんだ?」

私は小さなクロノ君の話しに加え、直接向こう側の世界で見聞きして来た事を語り、擬似リンカーコアシステムやCAMFについても触れる。

「十年も前の世界にそんな術式が……だが、上手くすればスカリエッティが広めた魔法無効化技術を抑制できるものになる―――しかし、よくそんな術式を思いつけたものだ」

「先月に起きたサードアベニューでの事件は存じてると思うんやけど、その時に彼らもいたみたいで回収したガジェットの残骸からAMF発生装置を解析し対策の一環として組上げたそうやで」

「そういう事か」

私の話から大型モニターに映るクロノ君は、ガジェットに搭載されている機械式のAMFなんていうものがない頃、AMFがまだ使いどころの難しい術であっただろう時代にCAMFなんていう術式が組上げられた経緯について訝しんでいるようやったが私の話で納得できたようや。
でも―――

「……あれ、あの時のガジェットの残骸って行方不明になってなかったっけ」

「そや、アレは彼らがした事や」

「それって捜査妨害に当たるんじゃ……」

本格的なAMF対策をしとる部隊として、事件の応援に向った当事者のなのはちゃんは壊されたガジェットがいつの間にか消え失せていたのを思い出し、それは小さななのはちゃんやフェイトちゃんを連れた衛宮君やプレシアさん達であるのを告げるとスバルは顔を顰める。

「せやな。向こうにもクロノ君が居たんやけど、その時は別行動中らしくて止められんかったそうや。そんでもって出頭しようにも公開意見陳述会前や、並行世界が存在し得るばかりか行き来できるようなレアスキルがあるという事柄で混乱を引き起こしたくはなかったさかい、終えた後で本局のリンディさんに連絡を取ろうとしとったっていう話やで」

「それでも、こっちで罪を犯したのなら償わないと駄目だよ」

「そこで司法取引の出番や、こちらがガジェットの残骸を渡す代わりに擬似リンカーコアシステムの技術とCAMFの術式を提供うしてもらう話しになっとる。
私らの所ではガジェットの技術はそれ程重視しとらんのやけど、擬似リンカーコアシステムやCAMFは欲しいところやからな」

「そういう話なら仕方ないか……」

その辺は向こうも承知済みやと話すんやけど、なのはちゃんは捜査妨害やかく乱は十分罪やというので司法取引をした事を告げ、かつて執務官として働き法に詳しいクロノ君は私と同じく罪ではあるんやが重犯罪という訳でもない為、未来に対する脅威に備えられるのならその方がいいと判断したようやな。

「まあ、それどころかガジェットの技術と擬似リンカーコアシステムを組み合わせた新型ガジェットの設計図も提供してくれるって話やから悪い話じゃあらへん」

そればかりか、擬似リンカーコアの術式やシステムが運用試験されとる向こう側の世界でさえ図面しか作られてない最新鋭の技術の塊を提供してくれるさかい、ある意味ではお釣りがでそうなくらいになっとるかもしれへん。
なにせ、自前で魔力の運用が可能な新型ガジェットは魔力を持つ局員と同じ事ができるという話しやし、その保有魔力がどの程度なのかは判らないんやけど確実に局員不足の解消に一役すると思える。

「なんか、こっちにとって至れり尽くせりな話しですね」

「それに対する対価は?」

「こちらからは、闇の書事件に関する情報の提供と協力や」

「それって!?」

話を耳にしとったスバルは少し前までの不満気な顔色から一転して恐縮してしまっとるが、なのはちゃんはただでくれるなんていう都合のいい話しがある筈がないと考えたらしく問いかけ、返す私の言葉に目を丸くした。

「せや、なのはちゃんやフェイトちゃん達と出会う切欠になった事件であり、私が家族の一人を失ってもうた出来事でもある」

「嘱託魔導師になる前はロストロギア関連の知識が少なかったから深くは考えてなかったけど、夜天の書を闇の書にさせていた呪いが解けてないなら、幾ら壊しても転生機能で蘇るロストロギアだから相当厄介な感じなんだよね」

「そうやな、現にグレアム小父さんも苦悩しとったから―――でも、逆に考えればこの世界では助けられへんかったリインフォースを今度こそは助けられるかもしれへんという話なんやから、私にとっては悪い話じゃあらへんよ」

あの事件を切欠になのはちゃんは時空管理局に入るのを決めたんやったか、今更ながら知っていなかったとはいえ小さい頃は無茶をしたもんやなぁ……
なのはちゃんの言う通り、闇の書の呪いがかけられた夜天の書は被害の規模からA級に属すロストロギアとして認識されとるばかりか、書その物を壊したとしても転生機能で蘇り新たな犠牲者を生み出すという厄介過ぎる特性を持っとる。
しかも、それまでの主達も突然手に入れた力に酔いしれる者達が多数を占めてたらしく私が主になるまで管理局と協力しようとするのは居なかったみたいやし。

「しかし、こっちはどうするだ?」

「それは大丈夫や。向こうとこっちでは時間は共有されとらんらしく、小さなクロノ君がこっちで一ヶ月ほど滞在しとったそうやが戻った時は時間が経過しとらんかったっていう話しやし。
私も向こうで何時間か過ごしとったんやけど、戻った時の時間は向こう側の世界のクロノ君の話を聞き終わった頃のまんまやったさかい」

当然というか、スカリエッティが起こした一連の事件こそ終りを見せたものの、街の被害やレジアス中将以外にも関係した局員などの有無があるかなど様々な問題があとクロノ君は指摘するんやが、それは向こうのまだ小さなクロノ君が証明して見せたので大丈夫のはずや。

「そういう事は、向こうに行っている間は私達の世界は止まっている感じなのかな?」

「詳しくは解らんが、そんなところやろ……まあ、その時差を上手く使えば各報告書や資料を持って行き、向こうでゆっくり仕事を済ませて戻って来るなんてのもできる、というより向こうのクロノ君はそうしていたそうや」

私の話を静かに聞いとったなのはちゃんは、それまでの情報を纏めて仮説を立てるんやが概ねそんな感じなんやろ。
そして、そんな私らの話を耳にしとるシャーリーとルキノは「いいなぁ」とか囁きあっとる。

「そんな感じで向こうの世界に行ってくる予定やが、こっちではすぐに戻って来る感じやから心配はいらへんで」

「それは、ある意味で羨ましいな」

「そうは言うても戻って来てからが大変やで、なにせ広報とも話を進めんとならんさかい」

向こう側とこちら側の時間軸は違っていて、一方で時間を経過していても残りの方は影響を受けないのは好都合やとしても、戻ってくれば広報に連絡をつけマスコミへの情報公開もしなければならんのやしなぁ仕事は増えるばかりや。
例え向こうの世界で報告書を纏めたとしても、それは今回起きた事件の一部でしかなく、機動六課はレリックの回収を目的として創設された経緯があるとはいえ、戦闘機人やガジェットの交戦以外にゆりかごやレジアス中将、果ては最高評議会とかいう上層部に関連する部分もまだまだ出て来るさかい提出する報告書の種類は山のようにあるん……やろな。

「それもそうか。あと、ゆりかごを斬り裂いたセイバーという女性は本当に王だったのか?」

「話を聞く限りやと、フェイトちゃんのお母さんが並行世界を移動する術を手に入れ向った先が私やなのはちゃんの故郷と同じ第九十七管理外世界やったんやが、その並行世界では魔術っていう魔法文明が密かに研究されとって。
その研究の成果に、高度な降霊術を行なえる聖杯という大規模魔法陣が存在し、セイバーは千五百年前に英霊になったアーサー王って話や」

やはりと言うか、ミッドチルダの人達の注目は人々の力を纏め上げてゆりかごを斬り裂き、自ら王であるのを認めたセイバーに向いとる、とりあえず私はクロノ君に遠坂凛から聞いた話をするんやが、

「アーサー王って……」

「なのはさんは知ってるんですか?」

「名前だけならね、確か私の世界の英国の王様だった人物のはずだよ」

名前だけならなのはちゃんも知っとる有名人や、予想外の名に言葉を漏らしてしまうのやが、横にいたスバルの耳には入っとって聞き返す。

「なんでも、アリシアちゃんを蘇らせた世界には高度な降霊術で七人の英霊を呼んで何組かに分かれて行なう大会が開かれとったらしく、セイバーもその参加者の一人なんやと」

「なんか滅茶苦茶な世界だね」

「そやな………私も向こうの世界に、その第九十七管理外世界へ行った経験があるリンディさんの話を聞いたんやが、魂を移す為の体を作ったり、寺のなかに巨大な神殿が建てられていたりとか色々凄かったそうや」

「まるで異質技術ですね」

セイバーの話しから、なのはちゃんは私に視線を向けるので返すんやが、私かて古代ベルカ時代の技術でも使われてるような世界観に思えるんやからスバルが同じように判断したとしても不思議には感じない。

「せやなぁ。ついでに言うとくと、予言の大まかな内容は並行世界で蘇生されたアリシアちゃんが別の世界のクロノ君達と一緒にフェイトちゃんを捜しにやって来るっていう話しで、スカリエッティがゆりかごを持ち出した事で付近の住民を護る為に表に出てくるのを示唆しとった訳や」

スバルの言葉に力なく頷きを入れるも、その世界には行く予定も必要もないので預言者の著書(プロフェ―ティン・シュリフテン)の話しに変える。

「八神部隊長の話を元に詩を解釈する限り、聖王のゆりかごが沈みかけるのも予め予言のうちに入っていたようですよ」

「……結局、予言は覆らなかった訳か」

「そうだね……」

少し前に話しとった内容だからグリフィス君も付加えてくれるんやけど、思えば私もそうやがクロノ君やなのはちゃんも予言の阻止がいかに困難なのかを身をもって知り得た事件やった。

「そうか、状況は概ね理解した他に何か分れば連絡を入れてくれ」

「そのつもりや」

「では吉報を待ってるよ」

大型モニターのクロノ君はそう言いうて通信は切れ、

「正直にいえば、並行世界の調査なんていうのは機動六課の職務に入るか分らん内容や、それに状況次第では向こうの世界のシグナム達とも一戦交えなければならなん事態だってあり得る訳なんやが―――なのはちゃんとスバルは一緒に来れるか?」

フェイトちゃんは姉妹であるアリシアちゃんや別の世界とはいえ親のプレシアさんと、私やシグナム、ヴィータも同じように私情が絡んどるのもあってリインフォースを助けられるのなら問題ないんやけが、ある意味別の家の問題になのはちゃんやスバルを巻き込む訳にはいかないので問うた。

「シグナム副隊長とヴィータ副隊長とですか?」

「でも、はやてちゃんの守護騎士なら話し合える機会さえあればわかり合えると思う」

スバルは上官である二人と本気で戦うという話しを想像しにくいようやが、向こうの守護騎士達も私の時と同じく、それまで主になった者達の指示や闇の書の呪いを抑える為に蒐集を行っている筈やから時空管理局に対して敵対的、よくてもいい印象は持っていないと見たほうがいい。
なので聞いてみた―――

「わかり合えなかったら?」

「その時は私達の時みたいに、わかり合う為に全力全開でぶつかるしかないかな……
それに、私達が行くのは仕方がない話だよ、地上部隊はレジアス中将殺害の混乱が治まってないし、本局の部隊で動けるのは私達のところくらしかないんだから」

その時は、全力でぶつかって話しに応じてもらうという強引さはなのはちゃんらしいというか……それに、言う通り今のところ本局からの増援はクロノ君の艦隊くらいやから行けるのは私達の部隊しかないのも確かや。

「時空管理局が人手不足なのは昔からみたいですら、ただ向こうの世界から提供される擬似リンカーコアシステムが本当に上手く行くなら私達の世界にも必要なんだと思います」

スバルもAMF対策を受けてないとはいえ、地上部隊の大半がガジェットに苦戦したのを報道で知っとるので、魔力の底上げができるような技術があるならそれはこちらの世界も同じやと告げ行くのに賛同してくれる。
擬似リンカーコアシステムの技術そのものに関しては、アリシアちゃんとの司法取引で成立しとるんやけど向こう側の管理局で問題の洗い出しをしとる最中やからその辺の情報も欲しいところや。
ただ、人が足りてないのは前々から理解しとったんやが、こうして言われると人材不足が深刻化しとるのが分る、スカリエッティなんかと手を組んでしまったとはいえレジアス中将の件は他人事やない。

「他にもザフィーラとシャマルも居るで。
ザフィーラはAAランク相当やし、シャマルやて甘く見とったら痛い目をみる」

「そうだね。デバイスの構成が古いものだったとしても、リミッターをつけた状態で四人を相手したならこっちの隊長、副隊長の両名が揃っても難しいかもね」

なのはちゃんは二人の実力を熟知しているから冷静に彼我の戦力分析を行い、魔力ランクを下げているリミッターつきの状態では厳しいと判断を下す。
もちろん、その分析にはなのはちゃんの消耗したリンカーコアの調子なども含まれとるんやろう。

「まあ、向こうにもクロノ君や小さい頃のなのはちゃん、フェイトちゃん、ユーノ君以外にアーサー王やら佐々木小次郎とかいう英霊まで揃っとるから防衛プログラム相手の打撃力は十分かもしれへんがな」

「そうだね、特にゆりかごを斬り裂いたアーサー王が居れば一時的に防衛プログラムを機能不全にするのは私達の時より楽かもしれないよ」

「せやな」

操作卓を操り空間モニターを映し出し、向こうの世界から来たクロノ君達と話しとるだろうリインを呼び出す。

「リイン、そっちの方はどうや?」

「はい。おおよそ聞き取りは終りましたし、マリーさんからも擬似リンカーコア関連の技術についても話を聞きデータを頂きました、ただ……」

「ただ、なんや?」

「その……アリシアちゃんが眠くなって来ているようなんです」

「そういえば、こっちの時間はまだ夕方頃やけど向こうで過ごした時間を合わせれば夜あたりの時間になっとっても不思議じゃないんやな」

「そうなんです」

「わかった。並行世界なんていう間を居眠りされた状態で転送されたら敵わんさかい、急いで向うで」

私は急いで立ち上がり、なのはちゃんとスバルに視線を向けブリッジを後にする。
皆を護る為に犠牲にしてしまった家族やが、今度こそ……今度こそは必ず助けるから待っててやリインフォース!!
再び向こうの世界へとおもむくなか、気がつけば知らぬ間に握り締めていた拳に指が深く食い込んでいた。



[18329] リリカル編23
Name: よよよ◆fa770ebd ID:fae2e84c
Date: 2014/09/23 00:33

十年先の世界とクロノ達の世界の時差を考えれば子供が寝るには十分な時間が過ぎている、そんな時間が経過していたわけだが睡魔に襲われたアリシアは俺達の世界でいう第二魔法という名の奇跡、並行世界への干渉を可能にする要だ。
俺達とのやり取りしていたリインの報告を聞くなり、機動六課部隊長である八神は急いでクロノ達の世界、八神達からすれば十年前のに向うと告げてくれ。
こっちの世界に来た八神を始めとする機動六課の七人、分隊の隊長である大人のなのはにフェイト、副隊長のヴィータとシグナムにその部下のスバル、そして……八神の補佐官だという話しだが、背丈が三十センチほどの女の子、背中に羽や翼なんかは見当たらないが常に浮いているようにうかがえるリインは妖精か幻想種の一種かもしれない。
それら機動六課の面々は、こっちに来てからもクロノやリンディさん達と行動の指針なんかをすり合わせていたそうだけど、アリシアを含め俺やセイバー、遠坂、アーャー、アサシンは民間人なので会議に出る事なく早々に床についた。
そして次の日、ある意味お客様で暇な俺達とは違って機動六課の面々は元の世界のゆりかご事件の報告書作りに加え、これから起こる闇の書に関する事件の資料をクロノ達に供与していて双方の管理局員は共に慌しそうだった。
その日はクロノ達の仕事を邪魔する訳にもいかず、いつものようにプレシアさんの『時の庭園』に出かける。
遠坂が来てない事から、アーチャーも居ないので今日は俺がお菓子や料理についてプレシアさん、フェイト、アルフと一緒に手伝っていてれば、公私の区別がついているのはいいとしてプレシアさんから十年後の大人になったフェイトとなかなか話せる機会が無いのがもどかしいと零された。
多分、向こうのフェイトもアリシアを蘇えらせる為に正気を失いつつも虚数空間を渡って魔法にすら至った母が何を考え何を思っていたのか知りたいのだろうが、今は急ぎの仕事が立て込んでいるから来たくても来れないのだろう……
俺も何とかしたいとは思うけど、バイトの経験はあっても治安活動の経験や闇の書についての知識が無いのでは機動六課の仕事を手伝える訳がないのでやりようがなく、もやもするも更に次の日、フェイトやなのはも各々自分達の所で練習をしているんだろうとか思い浮かべながら、朝食の前の軽い運動をするべくアサシンと一緒にアースラの訓練室で軽い体操をしてから据え置き型のランニング機、ローラーをベルトで被らせているような作りで、走る速度や距離の計測以外にも幾つか表示ってきっと高価なんだろうけど何処となく通信販売に出てくる健康器具にみたいだなとか思って走り続けていてば―――

「おはよ」

「ずいぶん早いんだね」

などという声がかけられ、振向けば大人のなのはにフェイトが来ていて、続いて子供のような外見のヴィータとシグナムという女性が姿を現す。
四人とも武装隊の人達や他の局員の人達と同じように動きやすい訓練着の姿なんだけど、下のズボンは同じなのに上のシャツはなのはとヴィータが白く、フェイトにシグナムは黒に分かれている………何か意味があるのだろうか?

「そっちも早いんだな」

そう返してみるが、こっちの世界のなのはやフェイトも朝早くから練習をしているから違和感はないのかもしれない。
大人のなのはに関しては簡単な挨拶を交わした程度だが、なのはもフェイトも機動六課では隊長を務めている程なんだから小さい頃からの積み重ねが功を奏しているのだと思う。

「一日休めば、取戻すのに三日はかかると言うからな」

「そういうこった」

質問に質問で返した形の俺の他にアサシンも視界に捉えながらシグナムは返しヴィータも相槌を打つ、

「それに。なにもなければそれでいいが、あるとすれば当面の障害は我々と同じこの世界の守護騎士になる」

「シャマルとザフィーラが居ねえ分も含めて、守護騎士の力がどんなものかを知ってもらう必要があるからな、今のうちに体をほぐしとかなきゃならねぇ」

「守護騎士?」

続けて繰り出される二人の話に、次元世界でいう騎士という名称が近代ベルカ式を会得した相手への敬称なのは知ってはいたが、守護がついた騎士の名はミッドチルダでも耳にした事がないので首を傾げてしまう。

「私やヴィータを含め、こちらの世界には来ていないがシャマル、ザフィーラの四人はヴォルケンリッターといい主と夜天の書を護る騎士、それ故に守護騎士と呼ばれている」

「元々は夜天の書のプログラムの一つだったから、仮に倒されたりしても送還されて修復されれば元に戻ったんだけど、初代リインフォースが切り離してくれた今では人とそんなに違いはないけどな」

目の前にいるシグナムとヴィータの二人は、元々はプログラム的な存在だったとかいう、なんていうかゆりかごもそうだけど昔の次元世界の科学力ってどれだけ進んでいたんだか……ある意味、俺たちの世界の魔術みたいに次元世界も科学の発展が進むよりも過去に戻っているって言った方が正しいのだろうか?

「守護騎士か。騎士とはいうが、恐らくこちらとは違って刀剣を振るうだけではなくミッドチルダ式のように様々な魔術を扱い得物も変化するのだろう?」

「ああ。我らのは古代ベルカ式故に航空剣技を主体とする、そして、私のデバイスは主に剣だが弓や鞭のようにもなる」

「……凄い変わりようだな」

「だからこそ使い手を選ぶのだろう」

俺のデバイス、イデアルも籠手の先から魔力刃が伸びたり弓に変化させる事ができるけど、シグナムのデバイスも負けず劣らず剣から弓や鞭に変わるっていうから使いこなすのが大変そうに思えてしまって零すが、それを肯定するかのようにアサシンは武装の切り替えみたいに変化するデバイスの習熟には相応の技量が必要になるのを告げた。
形状変化による機能の変更は、予め複数の装備を用意しなければならないような状況でも対応できる身軽な利点があるけど、それらを十分に扱えるようになるには相当の訓練が必要なのは俺にだって解る。

「本局の訓練室は他の隊が使うそうだから私達はアースラの訓練室を紹介されたんだけど、お邪魔だったかな?」

大人モードのアリシアように、小首を傾げるような仕草で訊ねてくるフェイトに言われて気がついた。
アースラに部屋を借りている俺達、だけど本局に係留されている状況では武装隊は本局に上陸してしまっているから、ある意味ここは穴場になっていたのだと。

「なに。むしろ花があってよいではないか」

そんな姿にアサシンは軽く返し、

「俺も、いいというか……そもそも邪魔というより、ここには俺とアサシンしか来てないから気を使わなくてもいいと思うぞ。
そもそも自分の家なら色々する事はあるけど、ここだと何もないから皆が起きるまで軽く体を動かしてるだけなんだから」

俺は艦内とはいえ、訓練室は特に狭いわけでもなので数人増えたところで問題ないと思う。

「だったら一緒にどうかな?」

「一緒って……」

微笑みながら口にする大人のなのはの言葉に一瞬だが俺は返答に詰まる、何故ならここで模擬戦をするなら話は別だからだ。
なにせ、子供のなのはとフェイトの時でさえユーノが結界を補強しなければならないくらいなのに、それが大人になった二人が行うというのなら周りの影響というか被害は格段に大きくなるのは想像するに容易い……

「確か、航空戦技教導隊という部隊にいたと聞くが?」

「よく知ってますね。私が所属している航空戦技教導隊は他の部隊への教導の他に、新しく開発された装備なんかのテストもしているんです」

言いよどむ俺に代わってアサシンは続け、その内容から大人のなのはが部隊や個人などに対して訓練を主に行なう部隊に所属している事を思い出す。
それなら俺が懸念するように隔壁を貫いたりはしないか、ただ―――

「航空って事は空を飛ぶのか……」

俺もセイバーも飛行魔術は使えなくもないが、俺は魔力量の関係などの効率的な観点から、セイバーは剣を振るう重心の配分や踏ん張りなどの差から空での動きはやや苦手としている。
だからこそ、足場がない所や高い所を進まなければならない時はその場その場で足場を作って跳び、空を自由自在に飛びまわれるなのはやフェイトには素直に感心しいた。

「なのはは航空魔導師だからね」

一時的なものとはいえ、足場という姿勢を保てる状況にするのとは違い、飛行魔術は上下左右、常に動き続ける距離や高度、方角などの空間を把握する感覚が要求される、だけど大人のフェイトは出来て当たり前のような口調で言っていて、

「それを言ったら、この世界の私達とて空での戦いが主体になるぞ」

「スバルはウイングロードがあるからまだなんとかなるかもしれねぇが、そっちの方は大丈夫なのか?」

シグナムやヴィータもそれに続く、

「……いや、俺達のなかでまともに空を飛べるのってアリシアと遠坂くらいだからな」

「セイバーもそうだが、こちらは元々魔術師でもない故に空を飛べるようになれてもなかなか慣れん」

とはいえ、俺は持続的に魔力を使い続ける飛行魔術よりも、一時的な足場を作っての移動の方が遥かに魔力の消耗が少ないからで、短時間なら兎も角として長い時間にわたって飛びまわるのはいま一つな感じだ、それに元々魔術回路やリンカーコアがないのもあってかアサシンにしては珍しく降参とばかりに肩を竦ませている。

「だったら、もう少し慣れたほうがいいかもしれないね」

「そうだな、頼んでいいか」

大人のフェイトも勧めてくれ、言う通りもう少し慣れなければ何かあった時に使い物にならないのは困る、空を飛ぶような術があるのと無いのとではやはり状況で選べる行動の幅が広がるのは確かだろう、そう判断した俺はなのはに頼み、

「うん。よろこんで手伝うよ」

なのはも笑顔で返してくれた。

「互いによく分っていない間柄だ、こうやって親睦を深めるのもいいかもしれん」

「そうだな」

そんな俺達を見ながらシグナムとヴィータは頷きあい、俺やアサシンは皆と一緒にトレーニングを行なう。
アサシンはそもそもサーヴァントだから体力というかスタミナは人の領域を超えているだろうし、俺もアヴァターや神の座で色々な人達から教わったからそれなりに自信はある。
そんな俺とアサシンは、一緒になって走る機動六課の四人から基礎体力は十分にあると判断されたようだ、しかし、飛行魔術に必要な空間を把握する感覚は一朝一夕には身につくようなものでないのや、魔力の総量が俺もアサシンも限られていて。
特にアサシンは自身ではなくデバイスの方から魔力の供給を受けているから、更に魔力量を増やさなければならない時には何かを斬らないと供給が足りないのかもしれない。

「ところで。この世界のなのはやフェイトは呼び捨てにしてるんだけど、そっちはどう呼んだらいいんだ?」

そんな最中。
ふと思えば、この世界のなのはやフェイトはまだ子供だからいいけど、大人のなのはとフェイトは俺よりも年上だがら呼び捨ては不味いかなぁとか過ったので口にするが。

「階級でいうか、なのはならエース・オブ・エース、フェイトならばフェイト執務官と呼べばいいのではないか」

飛行魔術に適応する必要から、一緒に空中で姿勢を維持しているアサシンは俺に以前聞いた役職や異名みないな名を勧めてくれる。

「そうだよな。局に勤めている訳だし、階級で呼んだ方がいいのかもしれないのだけど生憎そこまで覚えていないからどう呼んでいいんだか……」

そうはいっても、何かある度にエース・オブ・エースとかエースのなのはとか言うのもどうかと思わなくもないが……

「えと、普通になのはさんでいいよ……」

俺が思ったように毎回そんな風に呼ばれてはこそばゆいというか、ある意味恥ずかしいらしくなのは苦笑いしていた。

「私も、こっちじゃ執務官の資格が通用するか分らないから」

「わかった。それじゃあなのはさんにフェイトさんっていう事にするよ」

なのはとフェイトの性格が藤ねえみたいじゃないのが救いか、俺は普通にさんづけでいいという話しで安堵する。

「一つ聞くが、この世界のなのはやフェイト達も闇の書とやらに関わらせるのか?」

なのはやフェイトもそうだけど、ユーノとアルフも子供とはいえ、空中での動きは俺達よりも遥かに機敏で頼りになるのでアサシンは訊ねるのだけど、大人のなのはとフェイトの二人はいい顔をせず。

「私達の時には他に人がいなかったのもあったからなんだけど、できればこの世界の私達は戦いに巻き込みたくないな……」

「うん。この世界のなのはも私もまだ子供なんだから……」

それもそうか、実力はあってもこの世界のなのはやフェイトはまだまだ子供なんだから巻き込むわけにもいかない。

「そうか、なら俺は特にする事なんかないから何かあれば言ってくれ」

「なにもないのが一番だが、夜天の書を闇の書に変えている自動防衛システムが相手だ、魔力制限を受けている身ではやや不安がなくもないからな……」

擬似リンカーコアの開発やら関連する術式などで忙しいアリシアと違って、俺は暇なんだから何かやれる事があれば手伝うつもりで言っただけなんだが、シグナムの反応からして闇の書って奴は俺の想像以上に厄介な相手らしい。

「それに、こっちのあたしらが素直に話を聞いてくれるかもあるからな」

「そうなるとちょっと辛いかな?」

そう零すヴィータに、なぜかなのははシグナムを横目に見ながらにゃははって笑う。

「その時は全力で止めるだけに過ぎんさ、魔力制限はあってもデバイスの性能はこちらが上なのだから容易くは突破させん」

「それに」とつけ加えシグナムはなのはに視線を向け、

「こちらには、私達の世界でエース・オブ・エースとまで呼ばれている者がついているのだからな」

この時は、なのはやシグナムが何を言っているのか解らなかったが、その後で聞いた話では時空管理局の本局武装隊で士気向上を目的としている空での模擬戦、戦技披露会とかいう大会の決勝で二人は戦い、決着がつかなかったとかいう話を聞いて合点がいった。
そんな大会で技を競い合うのなら様々な空戦に関する技術とかあるだろうから俺も見てみたい気がするけど、向こうの方でも教材にはならないそうで閲覧できないという話しだから残念に思えなくもない。
そんな感じに機動六課の四人と一緒にトレーニングを行っていた俺とアサシンだけど、時間が来たので互いに切上げシャワーで汗を流してから部屋に戻る。
それからは、いつも通りアースラの休憩室兼食堂に向かい、大型の長方形テーブルと対面する形で互いに椅子が並ぶセットが幾つかあり、そのなかの一つにセイバー、アリシア、遠坂が飲み物を手にして談笑していた。
軽く朝の挨拶を交わした俺は、早速食堂の厨房を借りての朝食を手がけるが、アースラは現在、本局に係留されている為に食堂を担当している人達も上陸してしまっているのでいないが、本局にも食堂はあるので他の人達はそこを使っている。
俺達もそうすればいいのかもしれないのだけど、時空管理局の本局は二十四時間体勢で動いているので人的資源も様々な理由の時間帯で配分されているからいつも人で一杯だったりする。
そんな状況から、材料だけ送ってもらって調理した方が落ち着いて食べれるので俺や遠坂、アーチャーの持ち回りで食事を作っているのだが……ここで手間取っていれば姑の如く現れるアーチャーによって、

「手本をみせてやる」

とかいう言葉と共に朝の仕事を奪っていかれる。
元々は、アイツも俺なんだから料理をしていると落ち着くのかもしれないが、奪われるこちらとしてはたまったものではない。
そんな事情から、霊体化しているだろうアーチャーに隙を見せる事なく手早く包丁を操り、切った食材を炒め朝の食事を完成させた。
これは実感としてだが、アーチャーに虎視眈々と狙われている環境の影響か、俺の包丁捌きや腕前は元の世界で和食にまで追いついてきている桜をいくらか引き離せているだろうといった自信までつきはじめている。
朝は食が進まないという遠坂にしても作っとけば食べてくれるので構わず用意して、アーチャーの介入を許さないまま皆と一緒に朝食を終えた俺は、アースラの訓練室は機動六課が使うみたいだから今日はどうするかを聞いてみた。

「そうですか、では訓練室が使えないのは今日だけではなさそうですね」

「いささか楽しみが減るが、そういう話しになるだろうよ」

ミッドチルダ式魔術に関してはアヴァターや神の座でも練習を重ねていたセイバーだが、魔術を使う上で様々な補助をしてくれるデバイス、祈願プログラムというプログラムで容易に魔術を扱えるのもあってか試行錯誤しながらも更に練習を重ねている。
そんなセイバーに加え、魔力を供給してくれるデバイス、鈍らを扱うアサシンもまた生前では扱えなかった魔術が楽しいらしく修練を重ねているのだけど、アースラの訓練室が使えないのでやや残念そうにしていた。
本局の方にならアースラの訓練室よりも大きな所が幾つもあるのだろうが、上陸している武装隊や他の隊などの訓練があるからやはり難しそうだ。
手伝えるならそうしたいけど、管理局は組織で動いているから民間人の俺達がしゃしゃり出れば邪魔になるだけだからなぁ……
足元からぽちを抱き上げて撫でまわしているアリシアは擬似リンカーコアの開発があるのでマリーさんの所に行くとして、俺はどうしようかとか思案していれば、

「それだけ闇の書とやらが厄介なんだろう」

霊体化していたアーチャーが遠坂の後ろに現れる。
それもそうだ、アイツが言う通り機動六課がもたらした十年後の世界の情報があるとはいえ、A級ロストロギアに指定される程の闇の書が厄介なのは間違いない。

「でしょうね。私達が見れる範囲で調べても、闇の書っていう魔道書は起動させるだけでさえ何十人、何百人って人のリンカーコアを蒐集しなければならないのに、起動したらしたで蓄えに蓄えた魔力を使っての暴走。
それにしたって、有機物、無機物の区別なく周囲の物を融合しながら暴走するから生半可な威力じゃ融合による復元すら超えられないって話よ」

「ええ。その瞬間再生能力とかいう能力がある以上は、完全消滅させなければ魔力がある限り再び元に戻ってしまうという話しですから」

アーチャーにつけ加えるようにして話す遠坂は、手馴れた手つきで端末を操ると空間モニター出して関連する情報を見せてくれるが、セイバーは事前に見ていたらしく相槌を打つ。

「それで完全消滅させたとしても、転生機能があるから次の犠牲者を見つけて蘇るだけだなんだよな?」

「そうらしい」

リンカーコアの蒐集という、多くの人達を犠牲に起動する闇の書は更なる被害を振りまき、苦労して倒しても次の犠牲者の下に行くだけなので限がない、根本的な対策がないように見える闇の書にアサシンもまた堪らないとばかりに呟く。

「私と凛で調べた範囲では、仮に地球で暴走したとしても人類全てが死に絶えるという話にはならないだろうが、確実に今の文明を終らせられる規模の災害にはなるかもしれん、故に世界を滅ぼすという話はあながち誇張ではないかもしれない」

「そうね。管理局システムが次元世界に広がる前の時代、滅びた世界の痕跡に核にも似た熱核兵器を使って闇の書を焼却しようとした世界もあったみたいだけど、もしかしたら瞬間再生能力ってのが強くて焼き尽くせなかったのかもしれないっていう仮説もあるくらいだし」

「………そうなると私の宝具でも難しいかもしれませんね」

「俺の認識が甘かったのが解った、闇の書ってのは洒落にならない代物なんだな」

どうやら、こっちに戻ってからも調べていたアーチャーの話は、暴走する闇の書は惑星破壊クラスの脅威こそ無いものの、それでも十分文明を崩壊させられる規模の破壊をもたらすといい、遠坂もユーノの一族みたいに遺跡を調べ過去になにがあったのかを検証している人達が立てた説の一つに闇の書が関わっているかもしれないといった話を持ちだす。
正直、核とか反応兵器ってのがどれくらいの威力を持つのかは俺には想像もつかないのだが、そうなればセイバーの言う通り聖剣ですらも蒸発させるのは厳しいかもしれない。
とはいえ、案そのものが闇の書を外部から破壊するだけのその場限りの対応でしかなく、根本的な解決にはいたってないのだから反応弾や聖剣の使用を選ばなければならないような状況は、闇の書に関しての対応が悉く失敗した事を意味しているといった最後の手段でしかないのだが……

「でも、夜天の書に機能をつけ加えた人はなんでそんな事をしたのかな?」

それまでポチと遊びながも聞いていたらしく、アリシアは小首を傾げながら口を開く。

「そうね。仮にグレアム提督のように所有者の選定を予測できたとしても、転生機能の次の次や更に先を確実に予測できるとは思えないから戦争に使う線はリスクが多すぎるし……」

その言葉にハッと表情を変えた遠坂は片手で口元を隠すような仕草をしながら、古代ベルカ時代の戦争の最中に兵器として使用する為に改竄したのではなさそうというが、

「そもそも兵器とは制御や管理ができてこその兵器です、闇の書の在りようは制御に関して問題があり過ぎる」

「それもそうだよな……」

祖国を護る為に戦い続けたセイバーは兵器という物は管理できてこそ兵器だという見解を示し、俺も戦争でもない時まで暴走を続けるような代物を武器にしようとは思えない。

「では、逆に制御できなくする必要があったのかもしれぬというのはどうだ?」

子供らしい率直な感性だからこその疑問なんだろうけど、アリシアが投じた一石は推測の幅を増やしてくれたらしくアサシンは今までの仮説とは違う考えをもたらす。

「ほう。という事は、夜天の書を誰にも制御させないよう、あえて闇の書にする必要があったという事か?」

「仮定の話しとはいえ、それでは夜天の書が闇の書よりも危険な魔道書という話しになってしまう」

ただ、仮の話とはいってもその考えだったらアーチャーやセイバーが疑問に思うように夜天の書が闇の書よりも危険な魔道書って話しになってしまうが、

「八神の反応からは、そんな感じには見えなかったからなぁ……」

「一時的にしても、問題の自動防衛システムを切り離せたのですから件の八神はやてが危険性を察知できないとは思えませんが……」

俺もセイバーも話をしていた時の八神を見ているのでそんな感じには思えない。

「そうはいっても、マスタープログラムに複雑に絡ませていたっていう話しだから把握できなかった可能性があるか、自動防衛システムそのものに秘密があったかね」

「自動防衛システム、言われてみればそれが一番の謎なんだよな」

「ええ」

結局は夜天の書を闇の書にしている大元、自動防衛システムに謎があるのにたどり着く、遠坂の考察から俺も自動防衛システムに対する疑問へと至ってセイバーも相槌を打った。
やはり、八神達が言っていたように自動防衛システムが一番の問題なのは間違いないようだ、そう再認識した俺達だったが、今度は自動防衛システムとかいう奴の情報が少な過ぎる壁に直面してしまう。
そんななか―――

「しかし、そこで立っているのではなく一緒に茶でもどうかね」

アーチャーが目を向けた先、

「すまない、立ち聞きをするつもりはなかったんだ」

開いたままになっている休憩室と通路の影から謝意を口にしながらクロノが姿を現した。
休憩室兼食堂と通路の間には本来なら自動開閉の扉があるんだけど、本局に係留されているアースラは様々な点検が行なわれている最中なので今は扉も点検の為に開いたままだ。
そうはいっても、プライベートな部分がある部屋の扉はそのままだし、艦内の空調とかは動いているので生活するのに不便さは感じられない。
しかし、アサシンやセイバーも特に驚いている様子もないから気づいていたんだと思うけど、クロノが立ち聞きをしているなんて珍しいな。

「闇の書の件で君達の力を借りたいと思って頼みに来たんだが、僕達の視点とは明らかに違う意見だったものだから邪魔をしないようつい聞き入ってしまった」

「そうなのか」

珍しいというか、何故らしくもない立ち聞きなんかをしていたのか口にするクロノに、俺はなんだか納得してしまう。
そういうのも、あくまで仮定の話だが夜天の書が闇の書よりも潜在的な危険を秘めているかもしれないっていう発想そのものが、八神から提供された情報も相まって考えが及ばなかったのかもしれない。

「でも、それはもしかしたらの話よ」

「いや。言われてみれば、転生機能は元々夜天の書の機能の一つだったのだから否定はし難い。
そういった機能もそうだが、それを可能にするにはどれほどのエネルギーが必要になるのかや、他にも僕達が想像もしていなかったような機能があったとしても不思議じゃないんだ」

遠坂にしても、夜天の書や闇の書そのものが解っていないのだから精々用心するしかなく可能性があるだけと言うものの、クロノは夜天の書や闇の書に共通している転生し続ける機能に不可欠な自身を保存して維持させ続けるエネルギー、恐らく魔力なんだろうとは思うが転生する間はマスターが居ないんだから内部に魔力炉みたいな機構がなければ維持できないのではないかと言いたいようだ。

「そうは言いますが、闇の書や自動防衛システムが厄介なのは元々判っていた話です。
この話は、それに加え八神はやても把握していない機能や力を秘めている可能性があるかもしれないという仮定の話しに過ぎませんが?」

「それはそうだが……」

他に情報がない以上、この話は憶測の域を出ないのを告げるセイバーに、クロノは執務官としての勘なのか納得がいかないというか、どこか引っ掛っているような感じだな。

「でも、よくクロノが来てるのが判ったなアーチャー?」

セイバーやアサシンとは違ってアーチャーは基本的には魔術師だ、いくら守護者になれる程の実力があったからってお前も元は俺だろと言いたい。

「なに、向かいにいるアサシンの目が少し動いていたのでなそう難しくはなかったさ」

アーチャーは驚くほどの話しじゃないように口にする、けどセイバーやアリシアと一緒に座っている遠坂の後ろという立ち位置、それは対面的に俺やアサシンの真向かいという事だが、そもそもの問題はそこではなく、

「なるほど、アーチャーのクラスは鷹の目を持つといわれるがその通りのようだな」

アーチャーは謙遜しているようだが、和やかな朝食なのにも関わらず僅かな動きすら捉えていたのだからアサシンじゃなくても驚嘆する。

「大した事はない、そこの小僧に落ち度がないか全体を見回していただに過ぎん」

「完全に姑化してるわね……」

だが、肝心のアーチャーが注意していたのは飽く迄も俺にミスがないかを見るためだとか言い、遠坂すら姑と化して来ているアーチャーに乾いた笑みを浮かべいた。
ホテルの時やアースラが係留され、大半の乗組員が上陸してしまうまでは俺もほとんどやる事がなかったから解らなかったのしれない、それに俺だってアーチャーを超えようとしているのだけど………この調子でされたら俺の方が摩耗してしまいそうだ。
前に、キャスターが一成が小姑のようになっているのをぼやいていたが、こんなのが続くようなら精神が磨り減ってしまうのも無理はない。

「それはそうとして、執務官であるクロノが来るとは何かあったのですか?」

俺が振っておきながらだが、姑みたいになってしまったアーチャーから目を逸らすようにセイバーはクロノに話を戻す。

「ああ。君達に折り入って頼みたい話があって来たんだ」

俺達を見渡したクロノは静かに返し、続けて話を始めた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第23話


執務官というのはもの凄く忙しい役職らしく、クロノは受け取った闇の書事件に関する資料の整理がある為に午後になってしまうという話から一旦別れ、アリシアとポチ、その護衛のバイトをしているアサシンはマリーの居る本局技術部に向かった。
二人と一匹がいなくなり、残る私やシロウ、凛にアーチャーの四人は本局内部にあるという時空管理局のデータベース、一部は一般にも公開されていると部分もあるそうだが、それは書庫が内包する極一部に過ぎないという書庫へと歩みを進める。

「ここが無限書庫……」

自動で開閉される扉を潜るシロウは、受付けの前で足を止め辺りを見渡しながら漏らし、

「結構、普通っぽい所ね」

「ええ。クロノの話では、時空管理局の本局内部にある書庫は世界の記憶が眠る場所とも呼ばれるそうですから、もっと異様な雰囲気がある場所かと想像していましたが思いのほか違和感がない所のようですね」

私も同じように見渡せば近代化された設備や規模の大小の差こそあれ、これでは凛の言う通り新都にある図書館の空気とそう変わり映えはしない。
しかし、この場所は多くの者が無限書庫と呼び、一部の者達は世界の記憶が眠る場所とさえ言う所、しかも時空管理局が誇る重要なデーターベースであるのを思い出し再び目を向ける。

「世界の記憶が眠る、か」

「なんか気になる事でもあるのか?」

「まあね。世界の記録を書籍として保管するのに加え、クロノが言うように本当に無限に書物が増える仕組みなら、ここってば私達の感覚からすれば第二すら使われている神殿みたいなものなんじゃないかって思えてきたのよ」

「こっちでも、俺達の世界でいう神代の時代に相当する文明があったって事なのか」

「方向性は違えけど、似たような過程でそうなったんでしょう」

アーチャーは聖杯戦争時にギルガメッシュがいた影響から受肉する事なく今にいたる、それ故に普段は凛の負担を減らすべく霊体になっている為に話には乗ってきませんが、やや落胆を禁じえなかったこの書庫への所見を凛とシロウの会話を耳にする事で改める。
時空管理局が発足する以前から存在していたといわれているこの場所は、様々な世界で書かれた書物を記録し保管する為の機能だけだからこそロストロギアには認定されていないものの、ロストロギアを生み出すような異質文明の遺産である可能性は高い。
私とて聖杯戦争の時に呼び出された聖杯からの情報や、神の座で得た知識、アリシアの使う第二魔法の一つの能力としてその世界での基本的な情報が得られるようになるなどの経験をしているのもあってか、この無限図書も世界から書物に書かれたという認識をもって記録された情報を読み取り保存する機能があるのかもしれないと推測する。
改めて周囲に目を向ければ、正面の出入り口から入ってすぐに受付はあり、左右には二階へと続く階段、しかし、階一つとっても本棚の高さが高い為に足場が作られているので実際には私達の感覚でいいうところの四階分に相当するのかもしれない。
ただ聞く限りの話では、これらは一般にも開放されている書庫の一角に過ぎず、私達が入るのは闇の書関連の情報があるかもしれない古代ベルカ区画。
クロノが頼みたいという話の内容は、ここに埋蔵されているかもしれない闇の書に関連する文献の調査という話であり、無限書庫という場所は様々な世界、この場合は文化や文明など人々が本という形にして伝える記録を自動的に保存している為に、星側ではなく人側、つまり霊長の記録の類であるといえよう。
しかし、それら記録の収集は現在も続いている為に、今では必要な資料を探すのにさえ調査隊を編成しなければならないとかいう話しですから、そのような有様ではクロノが手の空いている私達に声をかけるのも無理はない。

「とりあえずは、そこの受付で聞いてみましょう」

「そうね」

「ああ」

異質文明の業の結晶とも呼べる無限書庫、理論上、有限である建物の内部に無限に保管可能な書庫が在るなどという状況はとうてい実現できる筈がない。
しかし、アヴァターでアリシアが部屋の大きさを変えた事などから察するに……そこには第二という奇跡が関わっているのかもしれない可能性さえあり得るのだ。
既に滅んでしまったか存続しているのか定かではありませんが、そのような業すら扱えた文明があった事実に圧倒されてしまいそうになる―――たが、こうして出入り口で佇んでいても意味はない、私は受付に足をむけ凛とシロウも後に続いた。
受付の者に声をかけた私達はクロノの名を出すと奥に案内され、次元を航行するアースラですら見た事がないような大型の転移装置の前にまでやって来る。

「一般解放区の方は重力がありますが、書庫のなかは無重力ですので慣れてないと気分が悪くなるかもしれませんから注意して下さい」

そして、これより先は無重力空間という今まで経験してきた所と違うからこその忠告を受け、私達は送り出された。

「っ、これは……」

「体がフワフワしていてバランスが取れない」

転移した先では本棚があつらえられ、周囲には見渡す限りの場所に本が埋め尽くされているのですが、生憎と重力がない為に足から地面に立つ事もできず、宙に浮くというか漂ってしまって私もシロウも上手く動けない。

「大丈夫、飛行魔術の感覚で動けばすぐに慣れるから」

「……飛行魔術ですか」

「そう言われても足がついてないと不安なんだよな……」

短期間のうちに飛行魔術を自分のものにしてしまったからか凛は簡単に言う、しかし、私もシロウも飛行魔術は得意ではない。
そういうのも、空を飛ぶのと地上を駆けるのとでは制動に違いがあり過ぎるからだ、シロウが言うように地に足がついていれば地面を踏みしめ止まり、蹴って間合いを詰め、時には方向を変える事さえ容易だ。
しかし、空を飛んでいるのではそれらが出来ないばかりか剣を扱うのに必要な重心さえもが狂いかねない。
だだ、この浮遊感に似たような感覚を体が覚えているのには少々気がかりだ、どこかで最近体験しているのだろうか?

「アドバイスするなら………そうね、この前のホテルのプールみたいに水の中を泳ぐような感覚で動けばやり易いかも?」

「なるほど」

「……どちらも浮いているような感覚だしな」

凛にしては珍しく確信がないのかやや迷いのある助言ではあるが、そのお陰でこの感覚の正体がつかめた。
重力がないなか四肢を動かし、それがもたらす動きの割合を把握する、プールの時は水という抵抗があったからこそある程度の動きがあれば自在に動けたものでしたが、無重力というのに加え空気に抵抗はないに等しい。
それ故に、相応に力を込めなければ四肢の力だけで重心を移動させるのは難しそうだ、しかし、それでもプールで壁を蹴っていたのを思い出した私は作り上げた魔力の足場を蹴りながら動いてみる。
やはりというか、足場を用いた移動方では無重力という環境下での速力は望めなくもないが、直進するだけならば飛行魔術の部分的な使用で推進力だけを生み出せばいいに過ぎない。
私は飛行魔術で加速させつつ、四肢を使った重心の移動や魔力の足場、細かな動作には魔力放出を用いて無重力下での動きにある程度の目安をつけた。
ここに来てから十数分が経ち、無重力にも慣れてきた私がシロウを見やれば、シロウも私と似たような動きをしているようだ。
しかし、シロウは私よりも飛行魔術の割合が高いのか重心の移動だけで済むところを魔術で補ってしまっている、一見して無駄にも思える動きだがシロウは魔術師、更にいえばシロウよりも魔術の造詣が高い凛も同じような動きなのだから、そこまで求めるのは厳しいのかもしれない。

「いたいた。皆さ~ん、こっちですよ」

私やシロウに凛の三人が無重力という環境に慣れようとしていたところに声がかけられ、

「受付から聞いて待ってましたけど、なかなか来ないから心配しましたよ」

視線を向ければ機動六課の隊員の一人、リインという小さな女の子が迎えに来ていた。

「悪い。無重力って所が初めてだったから少し戸惑ってたんだ」

「もう慣れたけどね」

「ええ」

小さいが故に距離感が掴みにくいものの、声からして遠くにいるわけでもなくリインにシロウは謝意を込め、凛や私ももう大丈夫だと返す。

「こっちです、ついて来てください」

一面の壁そのものが本棚と化している通路のなか、先導するリインに着いて行けば、そこには既に数人の者達が私達を待っていたようだ。
更に、その奥には区画に入る私達の挑戦など恐れるに値しないとでもいいたげに侵入を阻む扉、巨大でいかにも重厚な感じでありながらも、壮麗な装飾が施されている両開きの扉が立ちふさがっていて、例えなかに入れたとしても書庫の名の由来が正しければ続く通路の先には果てがあるのかすら疑問に思えてくる。
扉の前で待っていたのは五人、機動六課の部隊長である八神に分隊長のフェイト、副隊長のシグナムとヴィータ、それにまだ挨拶しか交わしていないがスバルという部下もいる。

「どうやら無重力には慣れてねーみたいだな?」

少女というか、一見して幼女にすら見えなくもない容姿のヴィータが私達の様子から察したらしく口を開くが、

「それはそうだろう。無重力なんて環境、俺達の世界では経験しようがないんだから」

「ええ、そうです。そもそも、星から外に出る事なんてまずありません」

「私達の世界で無重力を経験するなんて宇宙飛行士くらいよ」

シロウや私、凛の三人は無重力という環境が地上には存在し得ないのを告げた。
ただ、ヴィータという少女はアリシアよりも背が高く、この世界のなのはやフェイトに近い背丈の少女というか一見して子供にしか見えないが、姿を変える魔術をアルフがマンションで使っていた話を耳にしているのでヴィータもそれを用いている可能性は十分にある。

「せやなぁ、地上じゃあ無重力は経験できへんもんやからなぁ……」

「すみません。飛行には適正がなくて、地上とは感覚が全然違から姿勢が上手くとれません……」

返す私達の言葉に対し、八神は力の入れ過ぎか空回りするように回転してしまい上手く動けないでいるスバルに視線を向けた。

「そうだね。今のベルカ式には空戦をする人が少なくなってるみたいだから、でも反対にスバルにとってこれは貴重な経験になると思うよ」

「この感覚に慣れれば、飛行魔法だってちゃんと扱えるようになれます」

「ああ。それに、このような空間でさえも姿勢を保てる術を身につけられれば、重力下では余計な力がかからないようになるから無駄な動きはなくなるものだ」

無重力という空間は力の入れ具合そのものが推力になり得る環境である、その為に力を入れ過ぎたスバルは止めようとするが逆の方に力を入れ過ぎてしまうらしく側転するかのように動いてしまっている。
そんなスバルに対し、大人のフェイトやリイン、シグナムの三人は状況に対する適応力を伸ばそうしているのか安易に答えは教えず自分で考えさせようとしているようだ。
それはそれでいいと思う、スカリエッティの起こしたゆりかご事件の際、主戦力であるガジェットとは別に行動していた戦闘機人達、恐らくはこちらの部隊は特殊部隊的な要素が強く、戦闘機人一人一人が専門分野では最高レベルのプロフェッショナルに相当していたのだろうと推察できる。
そのような部隊を相手に、無力化し捕縛した機動六課の隊員であれば実力は相当なもの、今は無重力で身動きすら難しいとはいえ彼女が無重力での体の動かし方を試行錯誤しながら覚えて行くのは時間の問題なのかもしれない。
だが、それには相応の時間が必要になる為に今の状況では酷というもの―――

「スバル・ナカジマといいましたね」

彼女の名前には日本人特有の韻が感じられる、提督にまでなったグレアムの例がある以上、過去にミッドチルダに移住するなりした祖先がいたのかもしれない。

「普通にスバルでいいですよ」

「ではスバルと呼ばせていただきます。まずは一つ一つの動作を確認して、それが与える影響がどれほどになるのか把握してはいかがでしょう?」

せめて、私が凛から助言を受けたようにヒントくらいは出した方がいい、そう判断した私は自身が試した方法、そもそも自分が行なう動作の一つがどんな結果をもたらすのかを把握してなければ動きようがないのを暗に口にした。

「もう、簡単に答えを教えたら駄目ですよ。
現場で何かがあっても、その時々で自分で考え臨機応変に動けるようにならないじゃないですか!」

だが、飽く迄もヒントに過ぎない程度で告げたつもりでしたが、リインはぷくっと頬を膨らませて抗議して来て、

「でも、それを言ったら空間の把握について言わなきゃ駄目なんじゃないかな?」

この世界のフェイトもそうだが、大人のフェイトも飛行魔術が得意ならしく助言するなら飛行魔術に必要な空間を把握する方法ではないかと疑問を抱いたようだ。

「いや。ここはセイバーの言う通りだ、体の一つ一つがもたらす動きがどう作用するのかを把握していれば、無重力どころかそれ以外のところでも通用するのだからな」

「つまり、自分を知るって事は何をするにしても必要な基礎って話しだ」

私の助言に対し疑問を抱いたフェイトに、シグナムは力を把握するという事は飛行魔術に必要なだけではないのを返しヴィータも相槌を打つ。

「そうだったんですか」

「私もようわからんのやけど、シグナムやヴィータが言うんやさかい本当なんやろ」

二人の同僚から穏やかながらも注意されたリインは、

「早とちりしてごめんなさい」

ぺこりと頭を下げ、部隊長の八神は私やシグナム、ヴィータがいうところの無駄のない動きが解らないようなので特に武勇に秀でた者ではないようだ。

「それはそれで、言うは易く行なうは難しって言葉通りなんだろうけど……」

「だろうな。自分で自分の癖とか力が入りすぎや少なすぎってのは判らないものだから」

「でも、そのおかげでなんとなくですけど解りました」

ただ、凛やシロウは私達三人の話が難易度の高い話しに思えたらしく苦い顔をしているようだが、反対にスバルは活き活きとした表情で体を動かし始めている。

「では、そちらの方はもう慣れたと判断していいのだな?」

「ええ。初めは戸惑いましたが感覚はつかめました」

「流石は伝説の王ってだけはあるか」

シグナムの問いかけに返す私に、ヴィータは笑みを漏らし、なんとなくだが私達三人は通じ合った気がした。

「でも、捜すのにこの人数で大丈夫なの?」

「クロノの話しだと、ここのどこかに闇の書に関する文献があるかもしれないんだろ?」

機動六課の二人と気が合う私を他所に、凛とシロウはこれだけの人数で大丈夫なのかと懸念を抱く。
それもそうだろう、ここに居る機動六課の面々に私達、霊体化しているアーチャーさえ加えても十人程度に過ぎず、そのような人数で無限の名すら冠する書庫を相手にしなければならないのだから。

「その辺に関しては安心してや」

「未整理の区画ですけど、今回は私達が持ってきたデータを参考にしていますので、他の資料が収められているパターンなどからある程度の場所は絞れ込められると思いますから」

心配する私達を他所に、八神は大丈夫と返して来てリインも補足を入れる。

「作業的には、それらの本にある内容を検証する他に、関連するような本がないかを探して行くって感じかな」

「なにせ、あたしらの時と同じ情報だけだったら同じ結果になっちまうかもしれなねぇ」

「それを変えるには更なる情報が必要になる、可能ならば夜天の書が闇の書になる間にはなにがあったかが判る内容の物があればいいのだが……」

大人のフェイトが掻い摘んで作業の流れを語り、ヴィータは彼女達が持つ以上の情報が必要な理由を告げ、シグナムは闇の書を暴走させている自動防衛システムの概要が書かれた書物があればと漏らす。

「では、今回の探索は先行調査のようなものですか?」

「それもあるんやが、少し問題があってやな……」

「私達が持っている検索魔法は、闇の書事件の際に捜査に協力したのが切欠で無限書庫の司書になったユーノ司書長が改良を施したタイプなんです」

ある程度の場所も特定されているという話しに、私は大規模な探索の前に行なう少人数での調査だと考えたが、言葉を濁す八神に代わりリインが口を開いて、

「そんな訳やからユーノ君の将来にも関係してくる話しや」

「兄さ……じゃなかった。クロノがユーノを連れて来るまでは、あまり管理局の人間に広めたくないんだ」

「まあ、その事を話したらクロノ執務官もあのフェレットモドキがって驚いていた様子だったがな」

肯定する意味も含めて八神は頷きを入れ、大人のフェイトやシグナムも十年という歳月故に起きるタイムパラドックスのようなものを警戒している様子。
なるほど、それ故に時空管理局の人間ではない私達に声がかかったという訳か。

「そのユーノ君にしても、うちんとこのなのはちゃんも午後には来れるやろうから安心してや」

「こっちの世界のなのはと違って、私達のところのなのはは技術部の所で擬似リンカーコアシステムを搭載したデバイスや、はやてが提案した簡易デバイスに術式だけを入れたモデルを試しているんだ。
でも、擬似リンカーコアシステムの試験は複数の教導隊員達で同時並行で行なっているから、マリーも送られてきたデータを纏めるのに午後は手一杯になると思う」

続いて、この場に姿を見せてないなのはについても言及が及び、八神と大人のフェイトの話から子供のなのはなら今頃は学校に行っている時間であって難しいが、既に仕事に就いている大人のなのはは航空戦技教導隊という部隊に所属していた事もあってか擬似リンカーコアシステムなどの新しく試作された装備に関しても造詣があるようだ。
それに、話がマリーの居る本局技術部ならば、その頃にはなのはの他にアリシアとアサシンも来れそうではありますね。

「要は人一人の人生がかかっているって話か……」

「そういう話しなら仕方ないもね」

八神達の話しから、おおよその状況は把握できたシロウと凛は理解を示した。

「慣れてへん者もいるさかい。その間、私らは検索魔法の使い方に慣れるついでに扉付近の調査や」

「では、そちらのデバイスに術式を送ります」

八神は初めからそのつもりだったらしく、蒼い本を取り出すリインは私達のデバイスに検索魔法という術式を送り、私達も今回の調査に必要な魔術なので拒む理由もなくデバイスに登録される。

「それじゃあ、調査開始と行こうか」

「この扉の先には、古代ベルカ時代からベルカ戦乱期頃までの書物があります、けど時々思念体が現れるという話です。
もちろん、それを含めての人選ですが気をつけてください」

準備は終えたのを告げる八神に続き、事前に鍵かなにかを得ていたリインが何らかの魔術を使うと重厚な扉が左右に動き出す。

「なかは迷宮型だから迷わないようにね」

「書庫なのに迷宮って……」

「入り組んだ構造って話しなんじゃないか?」

機動六課の面々が入って行くなか、大人のフェイトは無限書庫に慣れない私達に幾つか構造の違いがあるような事をさりげなく語り、その言葉に凛もシロウも唖然とするも、書庫を迷宮の如きにするという発想は受け入れ難い。

「それに加え、リーゼ達の報告書には気になる点がある」

「というと?」

「この扉の奥で現れる思念体は、個々の強さそのものは大した問題じゃないそうだが一度現れれば次から次に現れるって話しだから注意は怠れねぇ」

次いで入る前に注意を呼びかけるシグナムに私は返すが、代わりに答えるヴィータの言う限りこの奥に現れる思念体は数こそが厄介だという。

「それは殺傷設定でも?」

「そうらしい。提出されている内容に食い違いがなければ同じような者達が何度も現れるそうだ」

「特性としては、昔のあたしらに近いのかもな……」

増援が見込まれるのなら交戦する相手を殲滅して行けばいいと判断したのか凛は聞き返すが、シグナムやヴィータの微妙な意味合いから察するに対峙する相手の数は相当のもののようだ。
―――もしくは、かつて四次にて対峙したキャスターが手にしてたのと同じよう、書物そのものに魔力炉なり何かしらの仕掛けがしてあって際限のない召喚を可能にしているのかもしれない。

「では、その者らに襲われた場合は?」

「リーゼ達の報告からは生憎、非殺傷でも致命傷になるらしく倒れるのではなく消えてしまうとの話しだ、それにバインドで捕らえるにしても限界がある、手に負えなくなる前に減らすしかない」

「……じゃあ、殺傷設定でって事ですか?」

基本的に相手を傷つけ難く倒す非殺傷の業だが、相手の体が存在力の少ない霊体や魔力で構成されていた場合などは不殺である筈の非殺傷ですら魔力の影響から致命傷になりかねない。
それ故にシグナムは、結果が同じなら時間や苦しませずに倒せる殺傷設定の方がある意味で人道的なのかもしれないと告げ、捕縛もまた難しいと判断していた、しかし、スバルは思念体とはいえ意思を持つ者に対して殺傷設定を使う事に抵抗があるようだ。

「残念ながらそうや。扉の奥に居るのが敵意を持ってなかったら話し合いでいいんやが、敵意を持って来るんやったら囲まれる前に減らすしかないのが現状や」

「話が通じれば一番なんですけど、リーゼさん達も接触を試みて失敗しているそうです……」

時空管理局の局員は兵士ではない。
基本的には罪を犯した者らを捕らえ、背後になにかしら操る者がいれば白日の下にさらしだすのが局員の仕事である。
八神は、殺傷設定にしなければならないスバルの心情を察し補佐役のリインも同様に接した。

「そんな訳やから、私んとこの世界でもこの奥は必要な時以外では入れんようなっとる」

「そんなんでよく調べれたな……」

十年後の世界でさえ、この奥は立ち入り禁止の区域に指定されているのを告げる八神にシロウは半ば呆れるような声で漏らし、

「リーゼ達はクロノ君の師匠やからな。
殺傷設定にしてさえ、倒し続けても現れる思念体達に対して交戦そのものが無駄な労力だと判断を下して。
それからは、姿が見えんようにしながら調べを進めてたんやが、ユーノ君が手伝う前の話しやさかいあまりはかどらなかったそうや」

八神達の言うリーゼという者達の事は知らないが、執務官であるクロノの師であればその実力も相当のもの、その者らですらこの奥に眠る元凶を特定できなかったのであれば、召喚にしろ何ににしろ思念体達を縛るなにかは厄介な代物なのだと判断できる。

「……まあ、手伝ったら手伝ったで別の所から関連する内容が見つかって、結局、こっちは手つかずになっちまったからな」

「そんな経緯がありますから、私達が知らない手がかりがあるとすればこの扉の奥にある公算が高いと睨んでいます」

そして、ヴィータやリインいわく、この奥は効率よく調査可能な検索魔法を手にした後も調査が進んでないという。

「報告書の記述通りであれば、ガジェットを相手に出来る実力なら大丈夫のはず」

「問題があるとすれば無重力の方やろが、慣れるまでは機動六課の隊長副隊長が対応するさかい安心してや」

「とりあえず。今回はスバルも調査の方が優先だ、思念体達が現れたら後ろに下がるんだぞ」

「了解です」

開け放たれた扉を前にシグナムと八神は口にし、無重力に慣れないスバルははヴィータから後に控えるよう告げられる。
だが、敵意を持つ相手が召喚される書庫、似たような所といえば前に行った事のあるアヴァターで書の精霊の一人イムニティがいた図書館の地下がありましたが、そこでさえモンスターが現れ階層こそ多いいものの迷宮のように入り組んだ造りにはなっていない………
迷宮とは財などを守る為に奥にたどり着かせない為の構造、加え思念体という霊の如き者達を際限なく召喚、使役している可能性―――魔術を少し学んだとはいえ魔術師ではなく剣士でしかない私には想像が及ぶべくもないが、この無限書庫の造りも何か秘密があるのかもしれない。
そんな懸念を抱きつつも、開け放たれた重厚な扉の奥へと足を踏み入れた私達は検索魔術の使い方を教わりながら本の内容を検証して行く。
棚一つ検索し終え、検索魔術にもなれた頃、ふと気がつけば直通の通路であるからか思念体について語ってはいたものの、警戒用の結界などを張った形跡は感じらない。
その対応から考察するに、奥から思念体が現れれば遮る物がないので十分対応できるといった考えなのでしょう、しかし―――その考えは危うい。
件の思念体が害意を持つ者ならば、ミッドチルダ式にしてもベルカ式にしても遠距離からの砲撃やこちらに害を与える術は幾らでもある、早期発見の必要性を感じた私は警戒用のサーチャーを数個ほど作り通路の奥へと進ませる。
すると―――

「―――っ!?」

通路の先から何かしらの影が動き、サーチャーを動かして確認すればそこには浮遊霊にも似た亡者達が蠢いていた。



[18329] リリカル編24
Name: よよよ◆fa770ebd ID:fae2e84c
Date: 2014/09/23 00:48

リインという、まるで妖精にも思える小さな女の子から検索魔法を教えてもらった俺達は、開かれた扉の奥、天井と床以外の所は全て本とそれらを収める棚で造られているかのような印象を覚える書庫に足を踏み入れる。
俺やセイバーに遠坂の三人は、検索魔法に慣れているリイン達からのアドバイスを受けながら本を検索する魔術を起動させてみるのだが―――

「っ、凄いぞこの魔術!?」

感覚的には目を通すといった感じだが、厚めの本一冊が数分程度で読み終えられ、じっくり読むという感じではないので頭に入りにくいかもしれないけど、それを考慮したって凄い速読法だ。
それに、飽く迄もこの魔術は検索を主にしている魔術、気になった箇所にしてもそこだけ時間をかけて読めばいいだけなんだから、こんな魔術ならライダーだって気に入るかもしない。
そう思った俺は、改めてミッドチルダ式という魔術の奥深さをかいま見たような気がした。
普通に生活していれば必要のない破壊的な魔術なんかよりも、こんな風な魔術の方が何倍も便利で使い勝手がいいに決まっている。
俺達の世界だったら何をするにしても科学か魔術の片方づつでしかできないが、ミッドチルダなら科学と魔術の二つを統合したアプローチが可能になる、それは時にはデバイスやゆりかごのように科学と魔術の技が融合しているケースだって現れる程のもの。
科学の可能性と魔術の可能性の両面で発展する文明ミッドチルダ、その秘められた可能性に俺は圧倒される反面で少し羨ましくも思えてしまう。
湧き上がる感情に気がつき、やや高揚していたのを実感した俺は頭を冷やすというか、落ち着かせる為に周囲を見渡してみる。
それにしても、こう……なんていうんだろうな、本ばかりの場所にいると、ふと前に行った事のあるアヴァターでの出来事を思いだしてしまう。
結局、あの図書館の地下にあった書物の多くは何かしらの罠が仕掛けられていそうなので読に読めなかったが、ここと違って無重力なんかじゃなかったし、本の多さにしても無限と有限の差がある、でも壁全体が本で埋まっているのや雰囲気に関しては似たような感覚を受ける。
でも、あの世界はあれからもう四十年も経ってるんだ……セルやデビットにしても六十近いだろうけど今頃どうしてるんだか……
と、そこまで過って気づいた―――似たような雰囲気だって!?
俺が気になった違和感にセイバーも気がついたのか通路の奥に目を向けていて、

「……来たようだな」

「みてーだ」

違和感を感じたシグナムとヴィータがバリアジャケットに変わって通路の奥に目を向け、次いで大人のフェイトやスバルも展開した。
そうか、これもマルチタスクとかいう分割思考の応用の一つで、検索魔術を制御しながらも常に通路の奥に注意を向けてたって事なのだろう。

「思念体ってどんな感じなんでしょうか?」

「そうだね。昔、ユーノ君の手伝いをしている時に会ったのは時代は判らないけど甲冑みたいのを着てたかな」

疑問の声を上げるスバルにフェイトは答えるが、その視線はセイバーに加え遠坂にも注がれていて、それは遠坂を通して『英霊』であるアーチャーに向けられているものかもしれない。
ただ、バリアジャケットに変わったスバルの姿はアルフと同様、お腹や太股があらわになっているので俺なんかには目の毒に感じる………っていうよりも、機動六課って局員なのに皆私服みたいな姿でいいのだろうか?
そりゃまあ、いいんだからその服装にしてるんだろうけど機動六課って俺達の感覚でいえば刑事みたいな感じなのだろうか?
時空管理局に世話になっている身とはいえ、まだまだ知らない事ばかりなのでとりあえずスバルから視線を変えた俺は奥から来るという思念体について思考を割く。
八神達からの話からはほぼ話しが通じないような印象だったが、状況がどう動くか判らないのもあって俺も黒い胴鎧に赤い聖骸布で作られた外套を投影した上で透明にして展開したバリアジャケットを纏い、セイバーや遠坂もそれぞれ防護服姿へと変わる。
ただ、もしもの場合がある、念の為に俺はそのまま投影するのではなく、すぐさま撃ち出せるよう設計図のまま待機させた。
そうしているなか、

「……あれ?」

不意にスバルから声が上がる。
見れば、ローラーブレイドみたいな型のデバイスで青色をした足場を作っての移動を試みたようだが、ここ無限書庫のなかは無重力、即ちローラーが加速したとしても足元だけが動いてしまうので逆上がりをしたかのようにスバルは後ろ向きに回転してしまって。

「ええ!?」

セイバーの助言を得たとはいえ、まだ無重力に慣れないスバルは咄嗟に後ろ向きに回る力を戻そうと力を入れるのだけど、それが自分の意思とは逆に作用して望まない方向へと動いてしまうようだ。

「大丈夫か」

「すみません……」

そんな彼女が俺の方に漂ってきたので体を受け止めたまではよかったけど、

「仕方ないわね―――Anfang(セット)」

無重力の影響で上手く動けないスバルに対し、溜息を吐きつつも遠坂が魔法陣を展開したその瞬間、スバルの体がもの凄く重くなって受け止めていた俺を押し倒した。

「大丈夫ですか!?」

「ああ。透明にしてるから判り辛いけど、俺もバリアジャケットをしているから」

向かい合うようにして押し倒されてしまった俺をスバルは心配するが、防護服というだけあって衝撃などに対する耐性は高い。
ただ、なんていうか………女の子って軽いものかと思ったけど、実は結構重かったんだなとか俺のなかの儚い幻想が砕かれたのだけは感じてはいたが……

「―――っ、足が地面についている?」

跳び退くようにして俺の上から身をどかすスバルだが、違和感に気がつきあれれと訝しむ。

「でも、どうして……」

「簡単よ、貴方の体に重力に代わる圧力を加えてるだけだから」

「そんな事ができるんですか!?」

「出来るもできないも、現にやってるじゃないの」

「それはそうですけど……」

遠坂が言うには重力に代わるような圧力らしいが、重力を扱う魔導師が少ないのか、もしくはなにかしらのレアスキルが必要なのか判別し難いところだが、いとも簡単に行なってしまった遠坂に対してスバルは輝くような眼差しを向けている。

「重力操作系の魔法とは器用やもんや、しかも重力が無い所に作ってもうたんやから」

「流石、複数の変換能力を使いこなしているって言われてるだけあります」

素直に感心している八神やリインには悪いが、遠坂は圧力とは言っても重力とは言ってないので重力操作系の魔術とは違うかもしれない、それに何枚もよそ行きの皮を被っている遠坂の本当の性格を知ったらショックだろうな……
そう思い立ち上がる俺の目には、通路の奥から甲冑を身に纏った形の影が姿の現れるのを捉え、

「なんとか話しが通じる相手ならいいんやけどなぁ……」

「データを見る限りは難しいとしか言えません」

通路の先から扉の前までは結構な距離があるのもあってか、八神やシグナムが姿を捉えても時間的な余裕はまだある、それに、あそこから魔術を放ったとしても直線の通路である以上は防ぐのは容易い筈だ。

「予定としては後ろに下がらせるつもりでいたが、とりあえず動けるようになったんならいつでも動けるようにしとけ」

「はい!」

武力行使は最後の手段と考え、相手の出方を見定めるべく様子を見守ってはいるが、地上と同じく地面に足がついて自由に動けるようになったスバルを遊ばせる必要はないと考えたヴィータは指示を飛ばす。

「侵入者を見つけた」

「全ての侵入者に死を」

しかし、現れた思念体達は殺す気満々で向かい来ていて、

「……こらあかん迎撃や」

そうなると八神も躊躇う必要はなく全員に交戦の許可を下す。
とはいえ入る時も言われたが、ここの思念体には非殺傷での無力化ができないという話しだ、でも、それは偶々当たりどころが悪かった可能性などがあるし、そもそも俺達はまだ試してすらいないんだ、

「とりあえず非殺傷が効かないか試してみる」

俺は魔力回路に念の為に待機させたままの設計図には撃鉄を落とさず、籠手の形をしているイデアルの形状を弓に変化させ非殺傷の矢を続けざまに放ち、

「まあ。見たところ相手は少数だ、効かないか試してみる価値はあるだろうな」

小柄な体のヴィータは正面に小さな鉄球を幾つか展開すると槌を叩きつけて撃ちだし、

「そうだね」

フェイトも既に発動準備を終えていたらしくフォトンランサーに似た魔力弾を放った。
薄っすらと後ろが透けて見える思念体の数は五、六体だったが、俺達の放った矢や魔力弾に鉄球は思念体達の集団に吸い込まれるように命中して行き、直撃を受けた思念体達は「うわぁ」とか「がぁあぁぁ」とか悲鳴や断末魔を上げさせ。
そればかりか、フェイトの魔力弾かヴィータの鉄球かは判別し難いが非殺傷なのに所々で爆発まで起き文字通りに跡形もなく消し飛ばしてしまった。

「オーバーキルもええところや……」

俺の矢の他にフェイトの魔力弾やヴィータの鉄球まで受け、非殺傷なのに瞬殺という状況に、やり過ぎとでも言いたいのか八神は頬を引き攣らせるが警戒は解いていないようだ。

「ただ、ここはまだバックアップされとらん区画やさかい周りは傷つけんよう注意してな」

苦笑する八神は続け、ここ無限書庫では本などの収蔵物がデータ化され別に保存されているのを示唆するが、この区画は生憎対象外なので本を傷つけないよう釘を刺す。
言われてみれば、例え物理的影響が少ない非殺傷設定だって魔力が篭った書物なら魔力そのものにダメージが入ってしまうから破損してしまう可能性がなくはない、そうなれば当たり前だけど貫通力に優れる砲撃系の魔術は使えないって事になるな。
密度の高い魔力を放つ砲撃は密集している相手に対して高い効果を発揮するのだけど、貫通力が高いって事はそのまま本棚に直撃するって意味でもあって、それは遠坂が宝石剣から放っていた斬撃にも同じ事がいえた。
なにせ俺達は闇の書に関する手がかりを探しに来てる、それなのにその手がかりがあるかもしれない書物を傷つけてしまうのは本末転倒でしかないのだから……
ただ、なんていうか……思念体に関してはあまりにもあっけなさ過ぎというか、存在的な意味合いで薄いというか言葉にし難い違和感を受けるものの、入る前に個々の思念体の力はそれほど強くないのを告げられていたのを思いだし納得する。
しかし、さっきの奴らは巡回だったのか数分もしないうちに―――

「誰も死者を殺す事はできない」

「死は誰にでも訪れる」

などと口々にしながら、通路の奥から次々と新たな思念体ら姿を見せ、大剣や斧槍を手にする思念体達は遠距離からの魔術など警戒してないのか、躊躇なく飛行魔術を使い無重力の通路を駆けて来る。
そうなると当然、今度もフェイトの魔力弾やヴィータの鉄球が炸裂して大半の思念体が消え失せる、だが今度は魔力弾が来るのを想定していたのか通路に広がるよう散開するようにして向って来ていた為に全員を倒すにはいたらず。
一度に幾つものカートリッジを投げた遠坂は、投げた先で解放させた魔力をそのものを波として叩きつけ、いつまにやら髪の色が変わっていた八神は本を片手に持ちつつ杖から散弾のような魔力弾を放つ。
倒すよりも動きを鈍らす方に比重を置いた魔術を使う二人だが、気がつけば妖精のような小さな姿が見えない、まあリインは体格的にも戦いには向いているとはいえないからな、きっとどこかに隠れるなりして避難してるのだろう。
そう思うも、俺は魔力の効率的には悪いが投影した矢ではなくデバイスを用いた非殺傷の矢を放ってみるものの、どうやら思念体の体は魔力で構成されているのか魔力によるダメージを受けるとそのまま形が崩れるようにして消えてしまうのが解った。
これでは非殺傷の意味がないのを見届けた俺は、皆の投射魔術が効果を増せるよう待機させていた設計図の一部を解いて矢での牽制に務めていたが、投影魔術による矢とはいえ魔力的な干渉がない普通の矢では逆に効果がないように見受けられ、仕方なく再び弓状に展開したイデアルでの牽制になるが思念体は増える一方で一向に減る様子を見せないでいる。

「リボルバーシュート!」

俺やフェイト、ヴィータの弾幕を掻い潜り、距離を縮め来る思念体達に、右手にのみにナックル状のデバイスを装着するスバルは回転する衝撃波みたいなの拳に纏わせて振るう。
魔力弾とは違って、衝撃波であるため影響を及ぼせる距離は短いものの範囲は広い、その為、無重力という影響から思念体達の飛行魔術に干渉して仰け反らせたり、または後ろに吹き飛ばしたりするだけに留まりはしたが、思念体達は互いの体が障害になり動きを封じられ。

「はぁぁぁ!」

「おおおおッ!!」

その刹那、間合いを詰めたセイバー、シグナムの両名が斬り伏せた。
ある意味、近接戦闘専門の二人が動いた事からフェイトとヴィータも投射魔術から剣、槌と近接戦に切り替えスバルも突貫して行き、残る俺や遠坂、八神の三人は後ろから援護に徹する。
即席のチームである為が故に連携に関しては難がなくもないが、セイバーと長いつき合いからかアームドデバイスと呼ばれる剣型のデバイスを持つシグナムの動きはなんとなくだが判るし、年齢の差こそあれ、この世界のフェイトの動きを知っているからか大人のフェイトの呼吸というかリズムみたいな感覚もそれほど違いはなさそうだ。
つけ加えるなら、次第に思念体側からも魔力弾を放ってくるのが現れるけど、セイバーは高い対魔力で避けず無効化し、シグナムはバリアジャケットに更に魔力で編まれた装甲を追加しているらしく弾き反らしているので戦い方も似ている印象を受ける。
ヴィータ、スバルの二人も魔力で編んだ盾で相手ごと受け止めるような動きで阻んでくれから俺も援護がし易く、大人のフェイトは四人が漏らした相手に対して魔力弾を放ち時には素早く距離を詰めて斬り伏せていた。
そんな風に状況を把握しながら弓を射りながら、俺は前に出るセイバーを始めシグナムやヴィータ、スバルの四人の動きに応じて、数で勝る思念体達に包囲されないよう牽制に勤める。
始めこそ互いに前に出る四人の援護に躊躇する気配もあった遠坂や八神だが次第に動きを把握して状況に応じた対応をする、特にスバルに圧力をかけつづけている遠坂は更に魔力の消費が多くなるアーチャーの実体化は控えているようだ………いや、逆に考えれば前衛にセイバーと機動六課のメンバーがいれば戦力としては十分、アイツを出す必要がないからかもしれないからが一番の理由かもしれないな。
そう思いつつも交戦は続き、互いに連携を行いながら思念体を殲滅し続ける俺達との攻防に、向こうも数が尽きて来たのか奥から現れる姿が途切れセイバーは残り一体になると小盾型のデバイス、シルトを構えたまま体当たりではね飛ばし、

「フリーズバインド」

素早くデバイスの先を向けたかと思えば高速で魔法陣が展開され、床に叩きつけられた思念体の体のほとんどを氷で封じる。
かつて、アリシアがイリヤと一緒に行ったという異世界で組上げたバインド系の魔術、それらは様々な属性や状況に対応していて種類も多いいけど、問題は大半が相手の動きを封じるのではなく必殺の罠や指定空間にて高い殺傷力を誇る極めて攻撃性が高い魔術となっていた事だ。
その辺りは何を目的にするのかの前提が違ってるのだろうけど、非殺傷にすると今度は中途半端な魔術になってしまい、火属性のフレイムバインドや風属性のスラッシュバインドなどは殺傷設定なら一撃必殺の威力を誇るものの、非殺傷の場合は相手を拘束できないばかりか中途半端な痛みばかりを与えてしまう欠点があった。
そんな事情からセイバーが使うバインドは通常なら凍結させた後で砕くのだが、非殺傷扱いで扱う為にそれ以上は行なわない匙加減が求められる。

「何故にお前達は我々を襲う?」

首から下を氷漬けにされた思念体に対しセイバーは目には見えない不可視の剣を向けるが、その冷たい威圧感から何かしら得物を向けられているのは判るだろう。
それに加え、セイバーが体当たりで吹き飛ばした際、意図を察したフェイトもまた高速無詠唱でバインドを使ったものだから、氷漬けにされた挙句に魔力で編まれた縄みたいなモノでグルグルに巻かれて身動き一つできそうにない。

「愚かな、既に死した者がそんなものを恐れるものか」

だが、厳重に拘束された状態でセイバーに剣を向けられたにも関わらず、思念体は恐れを抱いた様子もなく問いに答えようとしない。

「なら。そもそも、なんでこんな所こにおるん?」

剣を向けての威圧が効果をなさない思念体に対し、八神が問いかけを変えて臨めば、

「我らは、お前達のような侵入者から主を護る為に居る者」

押して駄目だから引いてみるみたいな感じなのか、頑な態度の相手から言葉を引き出させ。

「主?」

のほほんとした表情のまま聞き返す八神に、

「主は重要な研究をしている邪魔はさせない」

「なるほどなぁ、あんたらには指示を出しとった者がいるわけや」

「そうだ。お前達のような者がここを荒らさないよう追い払うのが我らの役目」

「別に私らは邪魔しに来たんとちゃうで、ただ主って人に話をしたいだけなんやけど?」

「我らを欺こうとも無駄な事。
かつても、その様な言葉を用いて主の研究室を襲った者いる、もう二度と欺かれはしない」

思念体は話を続け、この場所には誰かが住んでいるのが判明した。

「こっちは騙す気なんかねーけどな……」

「案内してくれれば嬉しいけど、そんな雰囲気じゃなさそうだね……」

「ええ。こちらとしても、話し合いで解決できるのならその方が好ましいのですが……」

操る奴がどんな相手なのか解らないけど、思念体の話からすれば前に強盗にあったような言い分で、管理局の局員なのに強盗扱いされたからかヴィータは鉄槌を肩に乗せながら嘆息し、様々な事件を担った経験からフェイトは協力の意思は引き出せそうにないよう考え、セイバーも同様に思ったのだろう意味をなくした剣を下ろす。

「死者ねぇ……」

まじまじと思念体を見詰める遠坂、俺も思念体達から向けられる殺意からして悪霊か浮遊霊の類かと思っていた、けど実際は違っていて、誰かに使役されているのだからある意味で驚きを禁じえない。
なぜなら、幽霊などの霊体はそもそも魂そのものが彷徨っているような状態、それを使役できるって事は次元世界にも魂を扱う魔術が在るのを意味するからだ。
プレシアさんの件以来死霊術の類や魂に関する術はこっちの世界にはないように思っていたけど、どうやらこの様子ではその考えは改めた方がよさそうだ。

「でも、自分達を死者っていう割にはなんだか曖昧な感じなのよね」

「ただ単に、世界が違うからじゃないのか?」

俺も疑念を抱いたが、この世界での霊体の性質が俺達の世界のとは違うだけなのかもしれない、けど遠坂はこの思念体達そのものが幽霊の一種とは考え難いようだ。

「どう思う、アーチャー」

だからか遠坂は霊体化しているアイツに声をかけ、

「……ふむ。死者を名乗ってこそいるが、見たところ何かしらに執着しているようには思えん、故に霊の類と判断するにしても魔術的な要素が付け加えられ使役されていると考えた方がいいだろう。
だが、君は優秀な魔術師であるのと同時に、ミッドチルダ式をも少なからず扱える魔導師、よもや……こちらの世界の魔術と我々の世界の魔術が同じだとは思ってなどいないはずだろう?」

アーチャーも姿を現して答える。

「そうね。本来、形のない浮遊霊は微弱な存在だから人に感知されず、まして接触なんかできっこない……精々、影響を受けるなら霊視を持つ者くらいだもの」

そう返す遠坂だが、アーチャーとは専用回線があるのにあえて実体化させるのには何か意味があるのかもしれない。
そんなやりとりに、

「なるほど」

「そういう事なら私らに近いって話しか」

シグナムとヴィータの二人は納得している様子で、四人のやりとりから思念体達はプログラムというかデータ的な存在って事になる。

「そうなると魔よけの類は効果ないわね……」

遠坂なら霊的な存在に対して追い払ったり、干渉できなくする術を幾つか心得てそうだが、この世界独自の情報生命体が相手では門外漢もいいところだ。

「でも、何時からここに住み着いていたんしょうか……」

周囲を見渡すスバルは、書庫という生活に必要な設備がない所なのに、いつの間にか思念体を操る相手が住み着いていた事にやや困惑している様子だが、

「まあ、やる事は一つや。どんな理由にせよ、時空管理局の重要なデータベースである無限書庫に勝手に住みついてるのはあかん、闇の書に関する探索は一時棚上げにして、ここに住み着いた相手の捜索に変更や」

「それでいいんじゃなの。何はともあれ、こいつらが襲ってこなくなれば、その方が探索だってやり易くなるんだし」

思念体達を統べる存在が居るのを知りった八神は、思念体による業務妨害とでもいうのだろうか、無限書庫の一画を占有している相手を捕まえる方向で考え遠坂も賛同する。

「では、この者の処遇はどうします」

「仮に首を刎ねたとして、バックアップがあるのであればその記憶だけ持って蘇るだけだぞ」

氷漬けにされ更にバインドで拘束されている思念体に視線を向けセイバーだが、アーチャーは例え殺しても元のデータがある限り何度でも蘇る情報生命体には効果が薄いのを告げた、しかし―――

「……私達は管理局の局員なんだから、捕まえたのなら逮捕はしても首を刎ねるのは駄目だよ」

「そりゃそうだ」

セイバーに解りやすくする為の比喩だったが、どうやら次元世界ではいい表現ではなかったらしくフェイトやヴィータから抗議の声が上がった。
ある意味、警察が捕まえた相手の首を刎ねるとか言ってるのと同じだから当たり前といえばそうなんだが、問題は殺しても意味のない相手だけにどうするかだな……

「とりあえず、動けないようにしとくしかあらへんな」

八神がそう告げると、思念体を包んでいたセイバーのフリーズバインドやフェイトのバインドごと分厚い氷が更に包み込み、思念体を包んでいた氷の束縛は床から固定された氷柱へと姿を変える。

「凍てつく足枷(フリーレンフェッセルンッ)のちょっとした応用やけど、これで一、二時間は動けへんやろ」

「なんつー馬鹿魔力……」

俺も感じたが、今の八神が使った魔力はセイバーに迫るほどの凄まじかったから遠坂も呆れ顔だ。

「今はリインとユニゾンしとるさかい私だけの魔力じゃあらへんよ」

「リインが……」

俺はてっきり近くで身を隠しているのだとばかり思っていて、

「見た目は一つの体ですが、なかには二人いるという事ですか」

「そういう事や」

セイバーも一人の体に二つの意識が入っている状態の相手を見るのは珍しいらしい。
乗り物とかでは複座は珍しくもないけど、人の体で複座みたいなのは珍しいというか、俺達の世界だったらある意味で二重人格者にも思われそうだ。

「兎に角、ここに住んどる相手は捕まえなきゃならん」

八神はリインが入る際に行なったのと同じ魔術を使い、これまで何かあったときの退路として開いたままでいた扉を思念体が外に出ないよう閉ざし、

「ほな行こか」

通路の奥を見据えたまま俺達を促した。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第24話


幾つもの小さな通路が交差するなか、比較的大きな通路を進む私達だが伸びる先は緩やかな曲線を描いている為に奥までは見通せず、皆の口数もサーチャーによる探索に集中している為に少ない。
幾ら前後や左右にある通路にサーチャーを送り込んで調べているとはいえ、状況が状況だ、いつ奇襲を受けるか予測がつかない事からヴィータとシグナムが前衛を勤め、本来なら私も先陣を申し出るつもりでしたが、初めて経験する無重力という慣れない環境では私の踏み込みも衰えるかもしれず大人のフェイトと共に隊列の両脇に位置しての警戒にあたっていた。
無論、私は兎も角、空戦に慣れているフェイトは無重力という環境でさえ問題にしてないが、その動きの速さ故に遊撃性を生かす必要から前衛からやや下がった所で警戒を行い。

「八神部隊長、手を煩わせてすみません」

「遠慮は無用や。私の魔導師特性は広域拡散なんや、せやから周囲に重要な物があるような場所やと使い辛いんよ、それでも魔力だけなら十分あるんやさかい気にしなくてええで」

私やヴィータ、シグナム、フェイトに囲まれるようにして無重力下での動きが上手くないスバルは機動六課の部隊長、八神はやてによって手を引かれ、その後ろではシロウと凛が後方などを警戒しながら進んでいるが、はやてがスバルを牽引する理由はスバルを戦力化させる事が可能な凛の魔力を節約させる目的もある。
しかし、当の凛は何か浮かない表情をしていて、

「凛、何か気になる事でも?」

「………まあね。ここって、次元空間に浮かんでる要塞みたいな所でしょ、だから星の生命力であるマナがない筈なんだけど、どうもここに来てからあるような感じがするの、セイバーや衛宮君はどう?」

私の問いかけに凛は逆に返してきて、

「マナか……言われてみれば無くもない感じか?」

シロウは魔術師ですから多少なりとも感じとれるかもしれないですが、

「似て異なる何かというのでは?」

「場所が場所だし、そうかもしれないわね」

私が知る魔術は元々アヴァターに行った際にアリシアから教えられたミッドチルダ式魔術、それは私達の世界の魔術とは似て異なる魔術と科学が入り混じったような術であるが故に神秘を基とする魔術に関しては判断し難いのがありますが、ここは次元空間に人工的に造られた建造物、ならば星と同じような生命の力が在るとは思えず凛もそれについては否定しない。
なるほど、はっきり断言できないからこそ悩んでいたという訳ですか……

「そのマナというのは魔力素とは違うのか?」

「ええ、マナは私達の世界だと大源とも呼ばれていて自然界の生命力を指すの、それを魔術回路を通じて取り込んで魔力にするって寸法よ」

似て異なる並行世界である以上、魔術回路とリンカーコアは魔力を生成する段階からして違う、故にシグナムはこの世界で一般的な魔力生成する元である魔力素との違いを聞いてきたので凛が違いを告げれば、

「でもよ、ここにはその大源だかマナだかがほとんど無いんだろ大丈夫なのか?」

今度はヴィータが魔力を生成する元が無い状況なのにどうする気なのか問いかけて来る。

「魔術回路には魔力を生成するのにもう一つ方法があるから今のところは平気だ」

「というと?」

安心してくれとばかりにシロウはヴィータに答えるものの、理由を言ってない為に大人のフェイトが聞き返した。

「マナを取り込んで作る代わりにオド、小源ともいうのだけれど生命力を変換して魔力を生み出せやり方があるのよ」

「っ、生命力って大変じゃないですか!?」

生命力を消費するという凛の話しに、使いすぎれば命に関わるのを知ったスバルは驚を隠せないでいますが、

「リンカーコアだって使い過ぎれば魔力消耗を引き起こすでしょう、それと似たようなものよ」

凛は苦笑しつつ、魔術回路にしてもリンカーコアにしても使い過ぎればどちらも危ないのを告げ、

「私の予想だと、リンカーコアが魔力素を取り込むのには魔力素に加え、わずかながら生命力も使ってると思うの、そりゃマナとは違って私達がオドを使う場合はリンカーコアで魔力を生成するよりも遥かに体への負担が大きいだろうけど注意すれば大事には至らないわ」

「魔力の供給も問題やけど、それよりも配分の方が重要って事やな」

「そいう話し」

先程、八神はやては自らの魔導師特性を広域・拡散タイプと告げていた事から、彼女は後衛のそれもいわゆる砲台の如き役割が多かったのでしょう、ですがリンカーコアが引き起こす魔力消耗という症状を凛なりに推察した内容を話せば、前線での交戦経験が少ないだろうはやても魔力を使い過ぎず冷静に見極める事こそが重要なのが判った様子。

「っ!?」

等々話しながら進んでいれば、不意に前後の床が形を変えながらせり上がりだし、それは無重力での活動を考慮されているのか人の上半身のみで下半身は床に固定されたままである。
人型の物はアヴァターでも目にした事があるので、瞬時に相手がゴーレムであると識別する、が―――立ち塞がった二体のゴーレムによる挟撃が行われる前に、

「ぶっ潰れろ―――ッ!!」

ヴィータが持つ鉄槌の形をしたデバイスが変化したかと思えば槌の後ろから炎が噴出し、振るう威力を増す為なのでしょう、そのまま自身もろとも鉄槌を振り回す遠心力で回転を続けながら前方のゴーレムの胸板に叩きつけ、その一撃でもってゴーレムを粉砕してしまう。
機動六課にて、副体長を任されるほどの人物であるヴィータは攻守共に手堅い感じですが、得物の特性か一撃の重さに趣きを置いているようだ。
それは、あたれば一撃必殺の威力を秘めますが必然的に振りが大きくなってしまい隙が生じ易い、しかし、その辺りは自他共に認識されているらしくシグナムや、私が知る幼いフェイトよりも動きに加え振りの速さや、周囲へ警戒が増している大人のフェイトなどが補い相対的にヴィータの実力を引き出しているのが解る。
前方のゴーレムが粉砕された事から、後ろのゴーレムに向かい魔力で作った足場を蹴って方向を変えようとした私でしたが既に、

「はぁぁッ!」

私の知る幼いフェイトならば、バルディッシュを斧状のアサルトフォームや大鎌状のハーケンフォームなどの形態に変えれるのを目にした経験はありますが、瞬時に動いた大人のフェイトが振るうは私が見た事のない両手剣の形、それによりゴーレムが振り上げた片腕が斬り落とされ、

「紫電一閃ッ!!」

シグナムが振るう炎を纏わせた刀身によって左右に両断されていた。
十年の歳月の合間に技を磨き続けてたのでしょうが、大人になったフェイトの機動力は英霊にも匹敵しかねないものがある、それに彼女の副官であるシグナムも速さこそフェイト程ではないものの剣に魔力を纏わせるという、私の魔力放出にも似たような剣の扱いをしている為に一撃の威力は決して侮れるものではない。
だが、あれが航空剣技というものなのかフェイトもシグナムも私が踏み込むのと同時に重心を踏み込んだ足から剣に伝え振るう動きとは違っていて、飛行魔術の加速に加え瞬間的に全身の重心を剣そのものに傾ける節があるようだ。
そういえば速さにこそ目がいっていましたが、こちらのフェイトもバルディッシュを斧や大鎌に変えて白兵を挑む時は似た動きをしている、なるほど航空剣技とは私が知る剣とは似て異なる技、足場に頼れな空中という環境だからこそ研磨され生まれた剣技なのですね……
こうして空戦魔導師というのを間近で見れば……この身がいかに英雄の力を秘めているとはいえ、慣れない無重力という環境下では彼女達の方が一日の長があるのは否めないのが判る。
それに、

「探られとるなぁ」

「ええ」

二体のゴーレムが崩れるなか、はやての呟きに私も相槌を打つ、傍で見ている私でさえ個々の戦力や特徴を把握できているのだ、危ぶむはどこからか見ているだろうこの書庫の主という者、その者は私よりも注意深く分析を進めているはずだ。
機動六課の面々も戦い慣れているようで自分達の力を探られているのは承知している様子ですが、その後も思念体による数まかせの攻撃に加え、ゴーレムまでも加えた襲撃が幾度かあり、それら全てを退けた私達にこの書庫の主という者は別の方法を模索し個々の戦力の把握や状況に応じた対応力を調べるかのようになって来ているのに懸念を抱く。
それに、こちらの戦力を探っているならば、それらは全て戦力的には小出しにしている状況のはずだ、情報を集め解析が終れば必勝の陣形で挑んでくるのは必至。
ですが、先にこちらから見つけるにしても階層にこそ分かれていないものの、迷宮型という書庫の特徴である分岐が多く、入り組んだ造りであるが故にサーチャーでの捜索を難しくしているなど厄介さが増している為に手がかりすら見つけられないでいる。
ここに篭る主と呼ばれる者らの戦力は不明だが、今までの状況を見る限りは個々の戦力はこちらが上であるように判断できる、その証拠に襲撃をして来る思念体やゴーレムなどはことごとく殲滅していっているのだから。
だが、地の利は確実に向こうにある、しかも戦力が減っているのかも疑問なのだ、仮に相手の主戦力であるだろう思念体が彼らが言う通り限りがないのであれば、用兵の仕方次第では消耗戦を仕掛けられ苦戦も免れないかもしれない……
一抹の懸念が生じますが私達は奥へと進み、次第に思念体によって本が破られたのか所々で紙片が漂うのが目につき始め、

「工房ね、ここ」

「そうだな……」

「ええ」

周囲を見渡した凛はそう口にし、次第に空気そのものが得体の知れない重みが加わり始める通路に対してシロウも私も警戒を強めた。

「え、工房って……ここは書庫だから何かしらの仕事をするような所には見えないよ?」

しかし、いかに魔導師として優秀なフェイトであっても魔術師ではない故に工房がどんな意味を持つのか解らず聞き返してきて、

「そいう意味じゃないわ、私達みたいな魔術師は常に主に自分達の系譜に連ねる魔術の研鑽を積み重ねているの、だからそういった研究内容や成果が外部に持ち出されないよう、自分達の研究を行う施設には盗まれないような仕掛けを施しているから工房って呼んだのよ」

そんなフェイトに凛は魔術師にとっての工房が何を意味するのかを語る。

「では、セキュリティが上がったと捉えればいいのだな?」

「……まあ、空気も変わって来てるからな警戒するに越した事はねぇ」

「そうね。私が思うに、思念体とかゴーレムは外から入って来られないようにする罠の一環で、ここから先は入ってきた得物を逃さない様にする仕掛けがあると思う」

流石というか、前を行くシグナムとヴィータも漂う気配の変化に気づき既に警戒していた様子、そして、凛はここから先はより危険が増すだろうと予測した。
幸い、デバイスには迷わないようこれまで通った道のりが記録されている事から、迷宮型の書庫とはいえ戻るのに困難はなさそうですが、引くにしてもどの頃合いで引くかが問題だ。

「そやな……今回のは本格的な調査の前の先行調査やさかい無理する必要はないんやが、遠坂さんと士郎君はまだ行けそうか?」

「ああ」

「今のところは、ね」

八神はやては地上で無いが故に消耗が大きくなっているだろう凛とシロウに問いかけ、シロウはまだ大丈夫と返すが慎重な姿勢を崩さない凛は現状ではとつけ加えた。
八神はやての言う通り、今回は飽くまで先行調査ではありますが、可能ならば多くの情報を集めたいのは言うまでもない、しかし、魔力を得る方式がリンカーコアでなく魔術回路のシロウや凛はここでは疲弊しやすい、特に凛の魔術が使えなくなれば無重力に慣れないスバルもまた戦力外になってしまう……深追いは禁物なのは八神はやても解っているからこその確認なのでしょう。

「さよか。なら、幸い結界の類は張られてないようやから何かあれば転移魔法で戻ればいいだかやさかい、もう少しだけ調査を続けてみよか」

「そうだね」

この書庫が結界で覆われていない以上、魔術を使えば何時でも帰れる余裕があるからこそ八神はやては調査の続行を告げ、その決定にフェイトも相槌を打つ。
そもそも、ここに来た理由は闇の書に関する情報を得る為だが、敵意を持つ者が居る状況ならば先ず安全を確保する必要がある、その為、本格的な調査を行う調査隊の前に武装隊を投入する必要があるなら滞りなく送り込めるよう、大まかでも書庫に住み着いてしまった者らの目的や戦力が明らかになればいいのですが……
八神はやてからすれば、ミッドチルダで放映されていた私達の戦力をあてにしての編成だったのでしょうが、魔術回路とリンカーコアの違いや無重力という環境の影響で私達は十分な力を発揮できずにいる。
無論、事前にそれらの変化を彼女に予測しろというのは酷というものだ、仮に私が彼女の立場だったとしても無重力に対する配慮はしても魔力生成の違いからもたらされてる継戦能力の低下は想定できそうにないのだから。
私達が重荷になっている状況に対し、英霊の力を持ちながら生かせない状況に歯がゆさを感じてしまうものの―――

「はやてやリインフォースを助けるには自動防衛システムについて少しでも知る必要があるんだ、書庫の主だか何だか知らねーがさっさと終らせて調べさせてもわきゃな!」

「同感だ。時間が限られている以上、早々に調査を始めれるようにしなければならない」

元々、ここには敵対的な思念体の集団が出没するのを承知で来ている、だが、それは群れてこそいるが統制はとれてない浮遊霊の如き者達だと想定していて、時空管理局でも重要度の高い施設である無限書庫に何者かが思念体を使役しているのが判明したならば、捕らえ目的を調べ上げる必要がある。
ですが、それはこちらの局員達に任せればいいだけの事であって自分達は早々に書庫の主の件に決着をつけ闇の書についての調査を行わなければならないのだとヴィータは檄を飛ばしシグナムも同意を示す。
改めて調査の続行を決断した八神はやてに従い、それまでと同じく先を進みながら左右の通路にサーチャーを送り、怪しい物や不審な人物がいないか確かめる私達でしたが、しばらくして通路の先に紙片の他にも数十冊はあるだろう様々な書物や文献などが漂いながら道を塞いでいるのに出くわした。

「ずさんな管理やなぁ……」

「そうだね、これじゃあ本が傷んじゃう」

「書庫の主とか言いながらいい加減なもんだぜ」

はやてやフェイト、ヴィータは様々な情報が在る書庫に居座っているのだから、重要な情報の媒体である物の保管は十全に行っているものだろうと判断していた為に目の前のあり様を目にして不快感を露にする。

「しかし、書庫に留まりながら書物を蔑ろにしているようでは目的が何なのか意図が読めん」

「確かに」

眉を顰めるシグナムは呟きを漏らすが私も同様の疑念を抱いていた。
何故なら、ここまで来るまでに遭遇した思念体やゴーレムにしても、私達を攻める手段は白兵であって入り口付近で使われたような魔力弾などによる投射は書物に中ってしまうかもしれないからか使われてないのだ、では………この様は一体なんなのか?

「でも、この辺りってどれくらいの年代のものなんでしょう?」

「そうだな。見た感じは古そうだけど、痛んでるかもしれないから念の為に見とくか」

漂う本を目にスバルは訊ねるが、生憎と書庫に詳しい者などいない事からシロウは確かめてみようと提案し、

「そうですね」

百聞は一見に如かずという言葉の通り、スバルははやてに手を引かれていた手を一旦離してシロウ共々近くに漂う本に手を伸ばす。

「っ、なんだ!?」

「本から―――っ!?」

だが、シロウの手にした本は静電気でも帯びていたのか火花を散らして手から離れ、スバルは手に取って開いたまではよかったが、開かれた本から一対の手が伸びスバルの首を絞め始めた。

「っ!?」

「待った!!」

咄嗟に本に剣を振り下ろそうとするシグナムを凛が止める。

「どうする気だ?」

「この手の本には貴重なものがあるから少し待ってくれる」

凛は、ミッド式とは明らかに違う左腕の魔術刻印を起動させて本にかざせば、本から生えていた腕はスバルを放してページの中へと戻り、何事も無かったかの様に本は漂い続けていた。

「助かりました……」

「あんなのがあるのか……」

自身の首を絞めた本を追い払った凛にスバルは謝意を口にし、似たような本ならアヴァターでもあったかもしれないがイリヤスフィールから釘を刺されていた事から手に触れずにいたシロウはたった今、本そのものが襲って来た事実に驚いているようだ。

「どうやら、こっちの世界も昔は似たような感じだったみたいね」

「古代ベルカと似たようなって、そっちの世界は大概やなぁ……」

先行調査を指揮する八神はやては凛に対し苦笑いを浮かべていますが、

「しかし、随分手馴れてるな?」

「まあ、ね。家の書庫にも似たような本が幾つかあるからただの慣れよ」

「あんなのが幾つもって、どんな家に住んでるんだよ……」

本を斬ろうとして止められたシグナムは、凛があまりにも落ち着いて対処していたのに焦点を向け、答える凛にヴィータが工房を兼ねる魔術師の家という所に顔を顰めていた。
そんな皆に凛は、

「私達の世界でもそうだけど、昔の書物や文献の中には研究の秘匿から性質の悪い仕掛けが施されているのもあるの、逆に考えればその手の書物には重要な記載があるかもしれないけど、下手したら精神そのものを乗っ取ろうとする類のもあるからセイバーと衛宮君以外は注意して」

名指しで私とシロウ以外の者に注意を呼びかける。

「セイバーは対魔力が高いから解るけど、何で俺もなんだ?」

「あんた気づいてないの?」

私も同様に思うシロウの問に、きょとんと目を丸くした凛は質問を質問で返すがシロウが答えられずにいると溜息をはいてから、

「アーチャーから聞いたのよ、衛宮君は何かしらの加護か呪いを受けてるの、だから精神に干渉するような魔術を使われたとしても既に別の存在に憑かれてるんだから後からのは追い払われるだけ、しかも、それが世界級なら大概のは追い散らされるわ。
(アーチャーが固有結界のなかで見たという世界クラスの力を持つ巨大な樹木、聖杯戦争の時にアーチャーが衛宮君を殺せなかったのはそれが原因だと思う。
並行世界のミッドチルダでガジェットを固有結界で殲滅した時だって、それが無ければ衛宮君は死んでいたかもしれない、ただ、その不死性が条件つきかでないかは別として、死なない加護なのか死ねない呪いなのかは今の時点では判断できそうにない、か。
それこそ、世界と契約して守護者になったアーチャーだからこそ、その木が途方もない力を秘めているのに気がついたんだろうけど……そんな得体の知れないのに護られているなら衛宮君はそれこそ神代の魔術か魔法でもない限り影響を受ける事はないかもね)」

「加護か呪いって………あっ」

「さっき弾かれたのは、多分、衛宮君の精神に干渉して操ろうとしたか乗っ取ろうとしたかでしょうけど、そのせいで弾かれたって訳よ」

凛のいう、シロウの受けている加護か呪いか判断がつかない力、それついては私はシロウと共に過ごすようになってからはその様な出来事は思い至らない、加え以前経験した別の聖杯戦争でのシロウもその様な力は無かったはず、だが、凛の話しに表情を変えるシロウは何か思い当たった節がある様子だった。
思い返せば、私が聖杯を求めるなか経験した別の並行世界との大きな違いはアリシアの存在だ、ならあの娘を通して見ているという『原初の海』からすれば、アリシアの身を守る為にシロウに加護を与えたと想定すれば一応の筋は通る、か。
だが、相手が呼び出せば世界を滅ぼしてしまうだろう存在なだけに直接問い質す等できるはずもなく、精々神の座にて神に問いかけるしかないのだが、それすらも前提条件である根源に到達しなければならないのだから魔術師が根源を目指すのと同様にハードルが高過ぎてシロウ一人では不可能といってもいい。

「そっちにも何だか事情があるようやが、何にせよこの本等が厄介なのはわこうた」

シロウと凛の話しを聞きつつ状況を把握した八神はやては、目の前に漂う魔術書らが触れるだけでも危険な物かもしれないのを理解して、

「て、事はあの本はここに住み着いている奴にも手に負えないから放り出されてるのか」

「そんなとこだろう」

ヴィータやシグナムも互いに納得した様子である。
しかし―――

「……でも、なんだか増えて来てないかな?」

「っ!?」

「言われてみれば……」

フェイトの発する声に慌てて私やスバルが辺りを見回せば、魔術書らしき本や文献などの類が奥から姿を現し続けているのか漂う書物は一層増えて行くようだ。

「偶然か?」

「いや。別の通路からも近づいて来てます」

眉を顰めるシグナムに、私はサーチャーから送られて来た情報から魔術書を使った包囲網が構築され始まっているのを告げた。
よく観察しているというべきか、防衛機構が施された魔術書による包囲、魔術書そのものも厄介といえばそうだが、こちらは闇の書に関する記述を探して来ている身、本や文献などに危害を加えられるはずもないのだから……

「こっちもや」

八神はやても同様に告げた事から答えは一つ、

「この状況、奥に向かっているつもりで追い込まれていたか……」

「正に逃さないって訳ね」

相手の思惑に嵌まる危険を嗅いだ私に凛は警戒を強める。
調査しながら通って来た通路にも書物が見え隠れし始めた事から推測するに、恐らく戻る道も既に魔術書で埋め尽くされているだろう。
それは、機雷の如き魔術書を使っての包囲網は完成しかけていて後は包囲を縮めて行くだけという事を示している。

「とはいっても、幾ら危険な書物でも触らなければいいんやから、やりようは幾らでもあるんやがなぁ……」

「そうだね、バリアジャケットの効果範囲を広げるだけでも防げそう」

いささか腑に落ちないようだが、八神はやてとフェイトは本来なら衝撃から身を護る為の防御魔術の一つラウンドシールドを幅広く展開して他の皆が魔術書に触れないないようにした。
盾型のデバイス、シルトを持つ私も現状では魔力回復に難のあるシロウと凛に負担をかけさせないようシールドを展開させ漂う本が近づかないようにするが、直感が「それだけだろうか?」とささやく。
高速で飛来する何かから身を守るという使い方ではない為に強度はそれ程でもないが、常に防御魔術を展開し続けなければならない状況では魔力の節約は必至、故にこれまでのように様々な状況に応じて対応し易いよう互いの間隔をある程度ではあるが保っていた陣形から、少ない魔力でも効率よく防御魔術で互いを覆えるよう間隔の短い隊形に変えざるを得なかった。
互いのシールドを重ね合わせるが如く密集した私達だったが、

「むっ!?」

不意に幾条もの魔力弾がシールドを削る。
いや、私が知る魔力弾とは違って命中と同時に炸裂せず今もまだ照射し続けている、ならある意味では砲撃に近いのか?
だが、問題は放たれた先に在るモノ。
攻撃的な魔力を照射して来る先には、これまでも目にして来ている本の紙片があって、魔力を照射しているのもその紙片からだった。

「破れた本のページかと思ってたけど、アレもここの書の主とかいうのの仕掛けやろなぁ……」

呟く八神はやてもまた、その身に宿す魔力の量から魔力の照射をそれ程脅威に思えないらしく安堵するが、

「ええ、威力的には大した事がなく脅威には感じませんが、今までこちらを見ていたにしては侮り過ぎている……」

シグナムは同意するもののどこか引っ掛かっていて、

「でも、瞬間的な魔力量は少ないけど魔力が削られ続けるから時間が長ければ厳しくなるかもしれないよ」

フェイトは相手が個人の魔力ではなく、相手が仮に魔力炉などを所有している場合の可能性など考慮していたらしく、このまま照射され続けた場合の不利を告げた。
しかし、問題となるのは照射している魔術の質ではなく、虚実入り混じっているのだろうが魔術を放つような紙片が至る所に漂っているという事実だ。
それに、魔術的な防護がを施された書物で使い私達の足を鈍らせ、かつ今度は魔力を照射し続ける魔術にて足を止めさせた………何を考えているのだろうか?

「―――っ!?」

まて、私達が密集した状態で足止めをするという事は書庫の主が狙っているのは、まさか―――なら、次に仕掛けて来るのは書物に危害を加えないよう結界で閉ざしての総力戦、もしくは個々に分断してから倒すつもりかもしれない!
私がその考えに至るのとほぼ同時に、

「下で何か動いてるぞ!!」

周囲を警戒していたシロウが異変を見つけ、

「これは……」

「てっ、ベルカ式!?」

シロウが察知し異変へと視線を下げた私や凛が見やれば、そこには数枚の紙片が舞いながら三角を主軸とした魔方陣を構成していて、この世界でその系統の魔方陣を現すのはベルカの系統だと凛は見抜く。
恐らくは結界なのだろうが、万一に備えシールドの強度を高める、しかし―――

「不味い。アレは転移魔法、どこに飛ばされるか判らん!!」

今までの戦いからして、ベルカの系譜を扱うシグナムは早々に相手が使う術式を読み取って警告を発し、

「離れ離れになっても、転移魔法が使える人が一緒なら無限書庫の前で落ち合おう」

「そうだな」

互いに転移魔術を使えるフェイトにヴィータが頷き合う。

「スバルもそうやが、離れ離れになっても私の転移魔法で戻れるんやさかい、衛宮君も遠坂さんも手を繋いでいてや!!」

「はい、衛宮さんも!」

「わかったわ、衛宮君!」

無重力での動きや魔力の回復に難がある事から、八神はやてが慌てて手を出した手をスバルと凛が掴み、

「え、ああ……」

続けてほぼ同時に伸ばされた両方の手をシロウが戸惑いながらも握った。
私達の世界では魔法の扱いに近いとされる転移魔術だが、それを扱えるという八神はやての保護下にあるならば魔力回復に難のあるシロウや凛、無重力下ではまだ戦えるレベルの実力ではないスバルの安全が確保できているが故に私は安堵しつつも下方で起動する魔方陣に視線を変える。
だが、足元の魔方陣が起動する際に発した光によって瞬間的に視力を奪われたものの、数秒経っても転移ゲートから次元を超えて跳ばされるような感覚、ましてや衝撃を受けたり景色が変わったりなどの異変は感じられないでいた。

「制御に失敗したのか……それとも別の思惑があるのか?」

シールドを展開したまま訝しむ私だが、

「八神はやて、ここは一先ず―――っ!?」

先行調査の指揮を執っている八神はやてに具申しようとして振り返れば、そこには八神はやてはおろか、シロウも凛も大人のフェイトやシグナム、ヴィータ、スバルの姿さえ存在してない。

「どうし……」

そういえば、かつてシロウとアリシアと共に駆けた聖杯戦争ではキャスターの空間転移によって二人が浚われてしまった経験が脳裏の蘇えり、

「まさか、また私は自身の対魔力で………」

魔力耐性が高い故に周囲から受ける影響を妨げてしまうのが原因だが、私の対魔力が相手が仕掛けた転移魔術を上回って無効化してしまったのだろうと予想した。
しかし、既に起きてしまった事を後悔するよりも残された私はしなくてはならない事がある、事は並行世界、しかも遠く次元で隔たれてはいるがここは紛れもなく魔術師の工房である事には違いない。
私がかつて後見人の工房に入った時は死すら覚悟した経験がある、そして向こう側の世界から来たフェイトは書庫がある建物の前で待つと言った、ならばこの場に残された私は全力で扉にまで斬り抜けるのみ!!
そう結論づけた私は、魔力で編まれた防護服バリアジャケットに魔力を注ぎ込み範囲と強度を高め強行突破の準備を進める。

「っ!?」

だが、書庫の主が操るのだろう魔術を行使する数百枚にも及ぶ膨大な数の紙片が乱舞するうに私の周囲を取り巻きだし、不意を突いて来たつもりなのか魔力の刃を纏った数枚の紙片が上下から向かって来た。

「その程度で私に挑むつもりですか?」

周囲の注意を引きつけ、その隙をついての奇襲なのでしょうが私には通じない、私は全身から魔力放出を放ち紙片を付近の書物や文献共々を吹き飛ばす。
私の魔力で吹き飛ばされた紙片は姿勢を整えたようだが何かをしようとして効果がなかったのか、それとも魔力放出にて何かしらの影響を受けたのか漂っていた本の一つに向かい開いたのと同時に収まる。
しかし―――

「何者だ貴様?」

その本からは、ここまで来るのに出会った思念体と同じく何かしらの意思が感じ取れ剣を向けた。



[18329] リリカル編25
Name: よよよ◆fa770ebd ID:fae2e84c
Date: 2014/09/27 01:25

「シュートッ!」

空間シミュレータ構築された街並みのなか、私はアクセルシューターを放ち次々に目標を撃ち抜いて行く。
私達の世界でもデータそのものは供与されたけれど、実物の擬似リンカーコア搭載型デバイスを用いての試験運用を行う必要がある為に、私はこっちの本局技術部試験用空間シミュレーターにて試験を行なっていた。
十年もの歳月の差から、シミュレーターそのものはガジェットの襲撃で壊されてしまった機動六課のものに比べたら見劣りしてしまうのはしかたがない。
けど、擬似リンカーコアシステム求められるのは安定した魔力供給、気象や戦闘、長時間での稼動など様々な状況下でも安定した魔力を術者に供給できるかが試験の内容。
この運用試験に求められるのは高い耐久性能と安定性だからシミュレーターそのものの性能でそれほど差が生じるとは思えないのや、私達からすれば、この世界は十年前の世界なんだけど、この擬似リンカーコアが加わったデバイスはある意味では私達の世界の世代を超えているといってもいい未知の技術が使われているだけに試験運用は慎重に行なわなきゃだね。

「―――でも、いわれた通り供給される量は大体Dくらいかな」

「I think whether as the(その通りかと思います)」

私の感想に待機状態のままレイジングハートが答える。
マリーさんの説明からは、擬似リンカーコアシステムはカートリッジシステムと干渉してしまうそうで同時に併用した場合、互いの魔力は波のような形で衝突し合って数倍にも膨れ上がる爆発的な現象を生み出してしまうという。
そんな状況になれば、魔導師もデバイスも負担はもの凄いどころかリンカーコアそのものも傷つきかねないしデバイスの疲弊も無視できない。
その為、擬似リンカーコアシステムの試験にはマリーさんが用意してくれたストレージ型のデバイスを使い、このデバイスには擬似リンカーコアシステムの状態を観測する機器も搭載されている事から、常にリアルタイムで計測された情報がモニタールームに送られ続けている。
そして、初めての運用試験は魔力ランクがDの人達は総合ランクでCやBランクが多いのもあって試験も慎重にCランククラスの試験にて行っていた。
内容にしても要救助者が居るような試験ではく、一定数の標的を殲滅して行くだけの簡単な形式で状況による負荷がどれくらい掛かるのかを検出しているのだけど、今のところ問題は感じられそうにない。
むしろ、安定した魔力が杖に送り込まれているから魔導師本人への負担は感じられないでいる。
擬似リンカーコアにしても、リンカーコアと同じく使い続ければ疲れに似た負荷が掛かるが、それはカートリッジの排莢に酷似した機能で交換される部品に集約されるそうだからデバイスそのものに関しても負担は少ないみたい。

「うん。よく出来ている」

フェイトちゃんには悪いけど、設計したのがヴィヴィオと同じくらいのアリシアちゃんだったら少し心配してたんだ―――でも、この様子なら大丈夫かもしれない。
あんな幼いのに並行世界への移動や新しい技術を作り上げられるなんて凄いなぁとか思うも試験は続き、幾つかのシューターで移動する標的に追い込みつつ、回り込ませていた誘導弾を用いて最後の一つを撃ち抜き試験は終了、空間シミュレーターが元の無機質な隔壁で覆われた訓練室に戻る。

「こちらの計器からは異常は見られませんでしたけど、実際に使ってみてどうでした?」

空間モニターが開き、運用試験を終えた私に早速マリーさんは感想を聞いてきて、

「まだ長時間の稼動や限界近くの運用はしてないから何とも言い辛いけど、今のところ見ての通り、Cランククラスの任務かつ長時間に及ばない状況なら大丈夫だと思う」

返す私は一通りの運用試験を終えた訓練室を後にして、計測及び分析用に併設してあるモニタールームに足を運ぶ。

「いやはや、末恐ろしい娘とは思っていたがここまでとは」

「はは、ここの私からすれば十年もの年月がありますから」

「なに、私が知る高町なのはに比べ、動きが手堅く危なげがないのだ謙遜する必要はない」

覆っていたバリアジャケットを解きながら、自動で開閉する扉をくぐれば、本名佐々木小次郎ことアサシンさんがタオルを渡してくれ、

「でも、ゆりかごでの戦いでリンカーコアを傷つけてるんでしょ……大丈夫?」

とてとてを歩いてくるアリシアちゃんは心配してくれる。
運用試験を行なう魔導師には事前に調子がどうかを報告する義務があるから、きっとマリーさんがモニタリングしている間に私の体調を心配して話したのだと思う。

「うん。今回は自分の魔力じゃなくて擬似リンカーコアからの魔力だけを使ってたから無理はしてないよ」

新型ガジェットの設計図を開発部に送る為に整理してた手を休め、心配そうに私を見上げているアリシアちゃんに大丈夫だよって頭を撫でた。
その、アリシアちゃんが設計しているガジェットだけど、一口に新型ガジェットとはいっても私達の世界から十年の歳月や部品一つ一つの差からやや大型化してしまうらしい。
まあ、その辺は私達の世界で部品を一新してアップグレードすればいいだけの話しかな。
その後は、マリーさんやアリシアちゃんと一緒に先程までの運用試験で計測されていた数値とモニタリングされていた状況とを比較しながら問題点があるかどうか洗い出しをしを行なう。
そうはいっても、今回のは無理のない運用だから信頼性が増したという点ではプラスだけど、まだまだ現場に出せるようなレベルじゃない。
試験で得られたデータを検分をしているなか、

「ほう、そうするのか」

アサシンさんは私の動きを教材みたいにして見ていた。
アリシアのペットのポチも、彼女の足元でなんだかくるくる回ってるから退屈はしてないみたいかな。
そんな風にしながら作業をこなしていれば、後ろの扉が開いて、

「こちらです、中将」

「ここにいるんだな」

「ええ」

振向けばグレアム提督に連れられ、一人の男性が現れる。

「作業中、すまない。ミッドチルダ地上本部防衛長官のレジアス中将がぜひ擬似リンカーコアシステムの開発者に面会したいといって案内して来たところだ」

グレアム提督はそう中将を紹介するものの、

『まったく。かねてより、公開意見陳情会の前の調整として各次元世界の地上代表であるミッドチルダの担当と話を進める為に招いていたのだが―――まさか、レジアス中将本人が出張って来るとはこちらも予想してなかったよ』

念話をしながらも肩を竦めていた。

「地上本部防衛長官のレジアスだ、擬似リンカーコアシステムの開発者に開発状況を聞ききたいと思って来た」

「今年の公開意見陳情会の内容は、主に擬似リンカーコアシステムの海と地上の配分が焦点になるでしょうからなぁ……」

やや強引なやり方だったのか、突然の来訪にグレアム提督も溜息を漏らす。
私は直接の面識はないけれど、シグナムさんから私の世界の中将はスカリエッティが送り込んだ戦闘機人によって殺害されてしまったとの報告を受けてるから妙な感覚を覚える。

「だろうな。ところで開発者は誰なんだ?」

「は~い」

私達を見回す中将にアリシアちゃんが手をあげた。

「な……」

「中将、擬似リンカーコアシステムが開発中の技術だというのに加え、今まで開発者を公表してないのはこういった理由もあったようでして……」

自分が開発したって答えるアリシアちゃんを目の当たりにして言葉を失う中将に、グレアム提督は理由を述べる。

「現在、運用試験を行い始めたところです」

「君は?」

「古代遺失物管理部機動六課所属、高町なのは一等空尉です」

はやてちゃんに迷惑が掛からないよう言葉を交えつつ敬礼を行なう。

「機動六課……聞いた事がない部署だな」

「中将。擬似リンカーコアシステムを設計したアリシア・T・エミヤが、並行世界という我々の宇宙とは違う所から来たのはご存知がと思いますが?」

「ああ。彼女達の協力があればこそ危険なロストロギアの運送中の船が事故を起こし、それを知ったプレシア・テスタロッサが自分が犯したのと同じような過ちを繰り返させない為に、自身は血反吐を吐きながらも娘を管理外世界に送って見事に回収させたという話は聞き及んでいる―――と、いうよりも地上でも美談として広まっているぞ」

「ジュエルシード事件は、ある意味ではマスコミが食いつき易そうな事件でしたから。
で、美談は兎も角として、その並行世界を移動できる彼女が元々居た世界の時空管理局、そこに高町一等空尉は務めているそうだ」

「……彼女もまた、我々とは違う並行世界から来たというのか」

既にアリシアちゃんという前例があるからか、こっちの世界には並行世界からの渡航者に理解があるみたい。

「彼女達からはガジェットという自律型ロボット技術と、我々が今開発している擬似リンカーコアシステム関連の技術とを交換している最中なんですよ」

「なるほど」

グレアム提督の話しに一応は納得した様子だけど、

「だが、開発者であるアリシアという娘が居るのに何故こちらで開発をしているんだ?」

当然、私達の世界にも時空管理局があるならそこで開発すればいいという疑問が出て来る。

「まあ、その辺は我々も詳しくは知り得てないところですが、彼女の母、私達の世界とは違う世界のプレシア・テスタロッサが一度亡くなった彼女を蘇生させるのに並行世界を移動する術を手に入れ別の並行世界の技術を用いて成功させたという話ですから、その辺りの事情があるんでしょう」

「……亡くなった娘を生き返らせるのに別の可能性の世界を模索するか、人の執念だな」

「プレシア・テスタロッサは大魔導師と呼ばれるほどの優秀な魔導師、最愛の愛娘の蘇生を手段を選ばずに行なった結果があの娘なでしょう」

「ところで」と話しついでにとグレアム提督は続け、

「プレシア・テスタロッサといえば彼女について調べるなか、かつて違法な手段で違法なエネルギーを用いてプロジェクトを進めたとありましたが………関係者の話を聞いたところ少々事情が異なりましてな」

「……それは、もう二十六年も前の事件だぞ」

擬似リンカーコアシステムを開発しているのが開発チームではなく、アリシアちゃん個人だからか、レジアス中将は苦虫を潰したような表情をするも言葉を選ぶ、

「お母さんは優しい人なんだ、そんな悪い事なんかしないよ!」

けど降ってわいたプレシアさんの話題にアリシアちゃんは頬を膨らませながら怒ってる。

「その娘の言う通り。かつてのプロジェクトに関わった研究者達に聞き取りを行なったところ皆が皆、彼女をそう評価していたそうだよ。
それに、事件の根幹となった安全管理は彼女の受け持ちでしたが、問題は―――そもそも起こした原因の追究がされてない事実、放って置けばその様な社風の会社は再び同じ事を起こしかねない」

「ミッドの安全を考えれば、か……考慮しておこう」

「二度と魔力炉の暴走などで不幸な人達がでないようお願いします」

グレアム提督とレジアス中将の会話から、きっと、その会社には抜き打ちの査察が入るだろうから今でも問題があったら今度こそ表沙汰になると思う。
そんな私の懸念が当たったのか数ヵ月後、その会社では元管理局の高官が不透明な役職について高給を得ていたのが問題になって、結果的にそれまで同じ様な役職についていた人達が明るみになったばかりか、取締役やそれまでの役員が軒並み入れ替わる事件があったという話しだ。

「あの……話を戻していいですか?」

「ああ、頼む」

「続けてくれ」

二人共気まずい様子で、とても話しかけ難い雰囲気だったけど、私はあえて声をかけ提督と中将の同意を得て話の路線を戻す。

「なのはさんが話てくれた通り、擬似リンカーコアシステムそのものは試作品がようやく完成して運用試験が始まったばかりなんです」

ホッと胸を押さえるマリーさんは、擬似リンカーコアシステムの現在の状況を話す。
まずあり得ない話だけど、こことは違うところでも行なわれている教導隊による運用試験で、擬似リンカーコアシステムが何も問題なく合格すればおよそ一ヶ月ほどで試験は終了になり、部品を発注する企業の選定を行ってから現場での試験運用が始まる。
そうなれば、ちょうど公開意見陳情会が行なわれる時期に重なるだろうからグレアム提督が言っていたようにその時の議題は主に海と陸での配分が焦点になり、海は次元世界で見つかる大規模災害を併発するロストロギア対策として、陸は自分達の足元に危険が迫っているのに何で対策を行なわせないんだって互いに守りたい理由があるから引き下がれないんだろうな……

「でも、元となった術式だけなら間もなく一連の試験内容が終るはずですよ」

「だが、聞く限り術式の方は他の魔法の運用を妨げるという話しではなかったか?」

レジアス中将は術式にはやや不満がある様子。

「ええ。術式は展開しているだけでデバイスの容量が多くとられてしまいますから、多くの術式を扱う魔導師には不向きです」

「それに、デバイスそのものにも負担が多くなる一面も併せ持つ」

実際に魔導師として前線に立った経験や、艦隊司令官として多くの武装局員達を見てきた事からグレアム提督も術式には不満があるみたいだ。

「でしたら、機動六課の八神さんが考案した簡易デバイスに術式のみを入れたものはどうでしょう?」

「簡易デバイスに?」

それ専用にデバイスを用意する発想はなかったのかグレアム提督はマリーさんに聞き返し、

「はい。擬似リンカーコアシステムに比べるれば、紛いなりにもデバイスそのものを使うのでコストは割高になりますが……」

「割高、か……」

「ただでさえ時空管理局での予算問題は深刻だからな……」

飽く迄も部品に過ぎず、量産化の規模が大きくなればそれだけ単価を抑えられるかもしれない擬似リンカーコアシステムに比べ、簡易でもデバイスそのものを一つ用意する必要があるからコストが高くなるのを告げられた中将と提督は二人して顔を顰める。
そもそも、私の世界のレジアス中将だって予算があればスカリエッティに協力なんかしなかったと思うのだからこの反応は仕方がないのかもしれない、

「ない袖は振るえぬか」

ただ、横で聞いていたアサシンさんはそんな二人の様子にやれやれといった感じで漏らしていた。

「まだ、擬似リンカーコアシステムとの併用は試験されないのですが単体での使用は術式と同じなので問題ないかとは思います」

「……むう」

次元世界の平和と安定を守る時空管理局だけど、限りある予算で導入しなければならないから費用が多くかかってしまうのは望ましくないんだと思う。
それに、これは管理局に協力的な闇の書の所有者、この世界のはやてちゃんの魔力不足が原因でシグナムさん達守護騎士が蒐集に動かないようにする時間稼ぎの為に用意した物、確かに在れば都合がいいけど、局員の地力を底上げするような使い方はコストパフォーマンス的にも厳しいとしか言えない。

「そうか、簡易とはいえ流石にデバイス一つ分は局としても辛い……待つしかなさそうだな」 

「そのようですな。ただ少し前から気になってはいたが、そこの小次郎君の鈍らはどうなのかね―――確か、擬似魔術回路というリンカーコアの仕組みとは違う機構が採用されているとは聞いているのだが?」

「ほう。それは初耳だな」

「擬似魔術回路?」

簡易デバイスに術式のみを入れる方式の選択が難しい以上、教導隊の試験が終るのを待つしかないのに納得した中将だけど、提督は小次郎さんに目を向けながら訊ね、中将も私も擬似魔術回路という話は初耳なので興味が湧く。

「残念ながら、小次郎さんの鈍らは不適合です」

「それはどうしてだい?」

「術式の検証に加え、前にアリシアちゃんに鈍らと同じ物、鈍ら二式とでも言いますか、それを作って貰った事があったんですが……」

疑念も持つ提督に言葉を濁しながらもマリーさんは続け、

「私達の知るリンカーコアは魔力素を取り込んで魔力にしていますが、魔術回路は生命力そのものを魔力に変換しているようです。
その特性を持たせた魔力刃もまた斬った対象の生命力を奪い、かつ逆変換能力とでもいいますか様々な属性のエネルギーをも魔力に変換吸収してしまう機能が加わっていますので、斬れば斬るほど魔力は高まりますが―――同時に、デバイスの所持者に対して心地よい感触を与えてしまうのが判明した為、犯罪を助長してしまう恐れから解体処分しています」

それって……もうデバイスじゃないよね。

「ふ、少々心を揺さぶられたからといって、どうこうしてしまうようではまだまだとしか言えん」

「若いな」とか呟いている小次郎さんだけど、

「凛さんは妖刀って言ってたよ」

作成者のアリシアちゃんは前に遠坂さんにそんな風に言われたのを思い出し、

「そんな物を持たせたら局員そのものが犯罪者になってしまうか、本末転倒だな」

「………まるで古代ベルカ時代の異質技術のようだ」

中将も提督も、妖刀じみた擬似魔術回路を搭載させたタイプは無理があるのが解った様子。

「やはり、公開意見陳情会まで待つしかないか」

「それも、順調に試験が進めばの話しですが……」

既に地上の犯罪件数は年々多くなって来ているらしく、長年待ち望んでいたシステムに中将も気が急いてしまっていたようだ。
けど、この新技術は治安に関わる局員の負担を減らせる筈だから、当然、それは治安の向上につながる、私達の世界で戦闘機人にすら手を出してしまった経緯を考えれば中将の焦りも解らなくもない。
ただ、グレアム提督は運用試験での洗い出しは平均故障時間の向上や、安全基準を満たしているなどの信頼性を向上させる狙いがあるけど、もっと根本的な問題として現場と開発側で運用に関する思想の差異すら稀にある事から、実際に運用してみなければ明らかにならない不具合なども存在するので不安を隠せないでいる様子。

「状況は以上のようです、どうでしたか中将?」

「しばらくは術式で我慢するしかないのは判った、それに、これ以上の邪魔をする訳にもいかん―――ここらで失礼するよ」

大まかだけど、今の状況を把握して頷きを入れる中将は提督から視線を変え私達を見回した。

「えと、擬似リンカーコアシステムの詳細とかはいいんですか?」

どういった理由で魔力が精製されるのか、システムの概要を話してないマリーさんは意外な感じで問いかけるけど、

「不要だ。こちらは技術官ではないからな、説明を受けたとしても理解できるとは思えん。
それに、必要なのは過程ではなく結果だ、結果を出せるのであればこちらは幾らでも協力を惜しまん」

そう中将は返す。
結果を出せるのなら何でもする……その考えが正しのか間違っているのかの判断は難しいけど、私達の世界の中将はその考からスカリエッティに協力してしまったみたいだね………
そう思っていれば、

「一つ、聞いていいかね高町一尉」

「はい。なんでしょう」

突然、私を名指してきて、

「擬似リンカーコアシステム、使った感触はどうだった?」

「今回の試験はスペックの確認みたいなもので、試験の際に自身のリンカーコアは使わずにいましたが問題なく動作していました」

「そうか」

中将は目蓋を閉じ、

「手間をとらせたようだ、作業に戻ってくれ」

考えるように一呼吸してから開けた中将は、入ってきた時と同じようにして戻り、本局内を案内していた提督も一緒に出て行った。

「これは思っていたよりも期待されているようだ……」

「それは仕方ないかな。カートリッジこそ使えなくても今のデバイスの世代を超える技術なんだから」

擬似魔術回路という機能を搭載した鈍らを持っているからか、小次郎さんはデバイスに魔力を供給させる部品が時空管理局に与える影響がが解ってなかったみたいなのでかいつまみ、

「そういった理由もあって、今回は特別に本局でも同時に複数の所で運用試験を行なっているんだもの」

マリーさんも管理局がアリシアちゃんに向ける期待の程を告げる。

「じゃあ、皆がもっと楽になれるよう新型ガジェットも早く終らせなきゃ」

中将や提督の来訪で気合が入ったのか、アリシアちゃんは自律行動でき、非殺傷魔法をも使えるガジェットをこっちの技術で開発できるよう再設計に戻るのだけど、

「ええと。ガジェットは兎も角、元になる擬似リンカーコアシステムの試験が終ってないから設計だけが先行してても……」

実際のところ、レリック事件でガジェットとは何度も交えて来たから解るけど、Ⅰ型なんかは多目的に作られていたから特に器用な面もあって、もしそういった機能を持たせたままなら様々な状況にも対応できるだろうから武装隊以外の局員から見ても助かると思う。
でも、私は車に例えればまだ肝心なエンジンの部分の試験を始めたばかりなのに車体そのものを設計しはじめているようにも見えるので、ちょっと気が早いかなとか思わなくもないかな。

「でしたら、私達技術官はアリシアちゃんが安心して仕事ができるう、なのはさんのデータや、他のところから送られてくる試験データを集計して実用可能にしなければなりませんね」

マリーさんも気合が入ったようで、私達は試験で得た情報の検証を行ない、ポチがお茶を出してくれるなか話していれば擬似リンカーコアシステムのいわば原典ともいえる擬似魔術回路の段階で、小次郎さんの要望からアリシアちゃんは幾度も細かい改修をしていたのが判明して、だからこそ、ここまでのレベルにまで研鑽されたのが解った。
そんな小次郎さんも、今回の新型ガジェットに関しては門外漢なので関わりがないけど、部品の変更を行なうだけの再設計だったからかアリシアちゃんはお昼前に終え開発部にデータを送信する。
それからは、他のところからも送られてくるデータの検証に追われるマリーさんは兎も角、私も今日のところはもう運用試験を行なう予定はなくアリシアちゃんや小次郎さんとお昼をとる。
その後は、小次郎さんが見守るなかアリシアちゃんを横に、ヴィヴィオみたいに小さな手を繋いで歩いて無限書庫で手がかりを探しているはやてちゃん達の手伝いに一緒に向う。
途中、丸くてくるくる回っていたぽちが見当たらないのでアリシアちゃんに聞いてみれば散歩に行ったとかいう返事を聞かされたけど……機密が一杯の時空管理局本局なのに散歩なんかに行かせていいのかな?
その辺りはこっちのクロノ君に聞けばいいかなと保留にしたまま無限書庫の正面扉を抜ければ、受付けで母さんのプレシアさんと一緒のフェイトちゃん、アルフの三人の他に小さなクロノ君とユーノ君に出会い、聞けばプレシアさん達はユーノ君を手伝うつもりで来てるのだという。
これは推測だけど、私達の世界のフェイトちゃんが気がかりなのにプレシアさんやこっちのフェイトちゃん達は民間人だから何かしらの理由がないと接触が難しいって判断したのかもしれない。
でも、連絡を入れてもらった受付の話しでは古代ベルカ区画に向かったはやてちゃん達と連絡がつかないという。
あの区画は思念体が現れるという場所だけど、向かった面々からして何かあったとしても十分対応できると思うも急いで転移装置を使って移動する。
無重力空間に出た私達のうちアサシンさんだけは慣れない様で動きが鈍いけど、アリシアちゃんが背中に抱きつくような感じで掴んで動きを補助すれば、それ以後は問題無くはやてちゃん達が居る区画にたどり着けた。
私達の世界ですらまだ未整理状態の古代ベル区画、そこははやてちゃん達が居るにも関わらず重厚な扉が閉まったままの状態。

「入れ違いになったのかな?」

「それなら、僕達に連絡を入れるなり受付に言付けを頼むなりする筈だ」

開かれてない扉を目にしてユーノ君は一旦作業を止めたのかと思ったみたいだけど、クロノ君はその可能性を否定する。

「そうなると何か遭ったって事になるねぇ……」

「ええ」

「でも、幾ら無限書庫って呼ばれる所でも時空管理局の施設だよ、時間を忘れているだけなんじゃないかな?」

私達の世界とは違って、まだ大きい姿のアルフは不安な様子を見せ、プレシアさんも相槌を打つけど、幼いフェイトちゃんは考え過ぎだよっていいだけだ。

「実は、ここの区画は人を襲う思念体が出るからまだ未整理のままなんだ」

「そうなんだ」

「管理局の施設なのに……」

「しかし、それを踏まえても大丈夫な人選をしたつもりなんだが……」

私の言葉にアリシアちゃんはキョトンとした表情でいて、ユーノ君はどこか呆れ顔をしている、クロノ君も大丈夫だと言いたいのだろうけどどこか歯切れが悪い。

「そうだね。私達の世界のフェイトちゃんも居るし、シグナムやヴィータだってそうそう負けたりしないから大丈夫だよ」

「左様。如何に慣れぬ環境とはいえ、あの騎士王が……ましてやアーチャーまでも居るのだ、そうそう遅れを取るとは―――っ!?」

私に続いてアサシンさんが言葉を紡いでいれば何かを感じ取ったのか顔を向け、そこに突然魔方陣が描かれたかと思えば光と共に七つの人影が現れた。

「皆いるか!?」

「どこに転移したんや―――って」

「……なのは?」

「アリシアちゃんにアサシンさんって事は……」

転移魔法のゲートから現れた士郎君やはやてちゃんが周囲を見渡し、ファイトちゃんにスバルが私達に気がつき口にする。
無重力での動きに慣れないスバルは解るけど、何ではやてちゃんにスバル、衛宮君、遠坂さんが手を繋いでいるのかが気になるかな?
朝の練習の感じからしてそれほど問題になるようには思えなかったけど、思いの外、飛行魔法が上手くなかったのかもしれない、でも―――

「ていよく追い出されたって訳かよ……」

「してやられたな……」

転移先についての座標指定が甘かったのかとも過ぎるけど、グラーフアイゼンとレヴァンティンを下ろす、ヴィータとシグナムの二人の様子からして、どうやら書庫の中で何かあったみたいだね。
リィンは、はやてちゃんとユニゾンしているから判らないけど転移して来た六人の反応はまちまちだ。
ただ、そのなかで一人、遠坂さんだけは辺りを見回したまま、

「……ねぇ、セイバーは?」

そう呟いた。
その声を耳にした皆も「あれ」とか「本当だ」とか「いないぞ」とか口々にしながら慌てて見回すもののセイバーさんの姿は見受けられない。

「そっか、もしかしたらって過ぎったけど……やっぱりね」

「やっぱりって?」

「対魔力よ………」

しまったとばかりに片手で顔を押さえる遠坂さんに、士郎君は聞き返すけど返って来たのは魔力攻撃などに対する耐性についての言葉。

「あの魔法耐性は転移魔法にまで及ぶ、か」

「衝撃を緩衝するようなタイプの魔法じゃないんだ」

遠坂さんから告げられた対魔力という言葉に、シグナムやフェイトちゃんは衝撃や各属性への耐性が高い防御魔法などではなくアーサー王と呼ばれたアルトリアさんのレアスキルだと理解する。
私もフィールド系の防御魔法みたいに周囲に展開している防御膜みたいなものを想像していたけど、それは間違いで魔力で生じた効果そのものを低減させるタイプのよう。
それは、つまり影響を与えられるとしたら対象本人にではなく、周囲に影響を与えるタイプのものじゃなければ効果がないって事だけど、今回はそれが原因で逸れてしまったみたい……

「て、あかんわ!!」

「それって、つまりセイバーはまだあの中に居るって事だろ!?」

はやてちゃんと士郎君の声につられるようにして、一連の状況が解らない私達も重厚な扉へと視線が向かう。
状況から察するに、あの扉の向こうに入ったはやてちゃん達は思念体の襲撃にあって今まで交戦してたようけど、業を煮やした相手によって転移魔法で追い出されたのだと思う。
でも、それなら相手からしても一人だけ残ってしまうという予想外の結果にアルトリアさんの身が案じられた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第25話


時空管理局の重要な情報施設である無限書庫、収められている書物や文献等の年代からして闇の書に関する記載がされた資料が見つかる可能性が高い事から、私らはその書庫で本格的な調査を始める前の先行調査を行うようにしたんや。
元々、その書庫には攻撃性の高い思念体の群れが現れるというので危険性が高く指定されてはいたんやが、捕獲した思念体からここで思念体等を操るっとる主がいるという話しやったから調査の前に話しをして、一般開放されてない区画やさかい出て行ってもらうか、最低でも調査の妨害はしないようするつもりやった……
せやけど、書庫に住み着いていとった相手は見つからずにいて、それどころか本そのものに危険性がある書物を機雷のようにして扱い私らの行動を阻害してから転移魔法でもって外に放りだされてしまったん……
私らも何かあった場合は転移魔法で出ればいいと考えておったんやが、私らが使えるなら他も条件は同様や、でもアーサー王であるアルトリアさんのレアスキルは魔力を用いた攻撃的な方法を低減するのでは無く、魔法の術式そのものを阻害するタイプのものだったらしく相手が行った転移魔法に跳ばされず今も一人で書庫の奥に居るんやと思う。
アルトリアさんが孤立している以上、忙がないかんが情報の共有は必要や、せやからかいつまんで状況を話せば、

「成る程、話しを聞く限り戦力は此方よりも低いと見受けられるが執務官殿はどう判断する?」

「多分、そうだろう。でなければ、こんな遠まわしな事はしないはずだ」

先ずは彼我の戦力を分析する小次郎さんはクロノ君に話しを振り、小さいながらも私より経験があるかもしれないクロノ君は戦力が勝っているのなら直接戦って倒せばいいのだから、相手が搦め手を用いざる得ないのであれば戦力的に此方が上だろうと判断する。

「遭遇した思念体は非殺傷でも倒せた程だからな……」

「それなら、ここの思念体って魔力ダメージが弱点なんだね」

書庫の中で相見えた思念体やが本当は消したくなかったらしい衛宮君は、ずっと非殺傷のまま使い続けてたんやけど非殺傷設定は魔力ダメージが主で物理的な影響が少ないにも関わらず、あたっただけで消えてしまった話しをすれれば、アリシアちゃんは非殺傷での魔力ダメージこそが思念体にとっては効果が高いのだと指摘して、

「いわれてみれば、普通の矢には平然としてたのに非殺傷の矢が中ったら一撃で消えてたっけか」

「物理的な影響が少ない魔力ダメージが弱点、そんなのもいるんだ……」

どうやら物理ダメージそのものである普通の矢も放っとたようやけど効果がない様子やったそうで、それを聞いたユーノ君は遺跡関連には詳しいようやが非殺傷が効果的な思念体ってのは初めて耳にした様子や。
まあ、遺跡を守護しとるような思念体などは明らかに敵意を剥き出しに来るさかい非殺傷なんて使わないからやろうなぁ。
等々、情報の共有を行いながらも私はリィンに扉を開けるよう指示を飛ばしとったんやが、

『だめです!何回コードを送っても開かないです!!』

ユニゾンしている為に外には聞こえへんのやけどリィンは慌てた声を上げとる。
最初にコードを送った時こそ、身震いすような感じはあったんやがそれだけ、仕方ないので続けて開閉コードを送ってはいるんやが扉は開は閉ざされたままや。

「……どうしたんだ?」

「多分、私らを奥に行かせとる最中に書庫の主が思念体らに命じて扉が開かないようしたんやろ、な」

一向に開く様子を見せない扉に訝しみ訊ねる衛宮君に私は返し、

「俗に言う篭城ね」

「だからこその転送魔法だったんだ」

「途中から襲撃が少なくなったのはそのせいか」

遠坂さんとスバル、フェイトちゃんは飽くまでも書庫に立て篭もり続ける相手の意図を読むんかけど、それって短く纏めれば私らを奥に進ませとる間に扉への工作が終ったさかい放り出したって事だけやからなぁ……

「あの様子だと内側に何かされてる感じだね」

「そうね。金属か何かで溶接したか、それとも或いは何らかの方法でかんぬきでも取りつけているのかもしれないわ」

「それじゃあ開かないよ」

こっちのアルフとフェイトちゃんのお母さん、プレシアさんの話しに小さなフェイトちゃんが困った様子でいた。

「そうだろうと何だろうと、開かないってのならぶっ壊して進むだけだ」

「ああ。この様な所で時間を稼がせる訳にはいかないからな」

開かないなら壊して進めばいいというヴィータにシグナムは互いにグラーフアイゼンとレヴァンティンを構え、

「判った、司書官の方には僕から伝えとこう」

「勿体ないけど人命が掛かっているなら仕方がないね」

ある意味、これはもうアルトリアさんを人質にした立て篭もり事件ともいえる状況である為、クロノ君に続いて未来の司書長であるユーノ君も追認する。
せやけど―――

「待ってくれ、壊していいなら俺がやる」

衛宮君はデバイスを構える二人に代わって自分が行うと宣言した。

「でも、ああ見えてあの扉は厚いですよ」

そんな衛宮君にスバルは書庫を護る扉の厚さからして、生半可な破壊力では壊せないのを告げるんやけど、

「そうは言っても、俺はシグナムやヴィータよりも無重力での動きに慣れてないんだ、だったら慣れている二人が魔力を消耗するよりも俺が扉に穴を空ければ二人はセイバーの救出に集中できるだろ」

「そりゃあ、私なんかに比べたらヴィータ副体長やシグナム副隊長が行ってくれた方が速いですけど……」

「いや、そもそも出来るのか?」

「壊していいなら、な」

やや懐疑的なスバルとヴィータやが、衛宮君は扉を壊していいなら大丈夫だと返した。

「そうね。どの道、早くした方がいいわ」

「なに。慣れぬ環境とはいえあの騎士王だ、早々に遅れは取るまいよ」

「まあ、セイバーはね……」

遠坂さんはアルトリアさんを心配しているのか片手で口元を押さえ、そんな遠坂さんに小次郎さんは心配無用とばかりに声をかけるんやけど何やら意味深な言葉を返してアリシアちゃんに視線を向ける。

「ところでアリシア、ジュエルシードは持って来てる?」

「うん、あるよ」

「一つ貸してもらっていい」

「いいよ」

どこからともなく現れる青い宝石を遠坂さんに渡すアリシアちゃん、相変わらず器用に魔法を使えるもんや。

「それでどうするん?」

ジュエルシードが魔力を蓄えるロストロギアなのは承知しとるんやけど、昨日の情報交換の際に聞いた話ではアリシアちゃんのは半永久的に魔力供給が可能な魔力炉になっているそうや、そして遠坂さんのその魔力を使って扉を壊そうとする狙いなんやろうがどんな魔法を使うのか聞いてみた。
せやけど―――

「書庫の中にはセイバーの他にアーチャーも居るから、セイバーが変な本と戦っているのが伝えられて来るんだけど、いざという時には援護できようアーチャーに送る魔力の補充が必要なのよ」

魔力を使う先は扉への破壊目的ではなく、本名を聞きそびれてしまったアーチャーっていう英霊への魔力供給が狙いと返される。
そういえば、私達といる時でさえ魔力を節約する為か常に霊体化という云わば幽霊な状態だったものだから影が薄というかすっかり忘れてもたわ……
でも、そんなアーチャーって人も英雄として祭られていた人の一人なんやから戦い慣れている筈や、それに幽霊が重力の影響を受けるのかは判断し難いところやけど霊体って事は壁を抜けたりなど、いわゆる物理法則の影響を受け難い性質を持っているかもしれないのだ、なら無重力下での戦いも手慣れているかもしれず書庫の奥で取り残されてしもうたアルトリアさんの救出にかかるだろう時間を稼いでくれるかもしれない。

「なかで何が起きてるのか判るのか!?」

「状況はどうなってるんだ!?」

すっかり忘れていた人材やったけど、これでアルトリアさんが一人で戦い続けているのではないのを知れた私は少し肩の荷が降りたような感じはしたものの、アーチャーって人からの連絡は念話とは違うようやから状況が判らないクロノ君と衛宮君は聞き返す。

「セイバーは無事よ」

遠坂さんは「ただ―――そうね」と続け、

「ここって無重力だから、セイバーもいつもみたいに機敏に動けないのに責任か何か感じてたんだと思う」

「そうか?」

アルトリアさんの精神状態について口にするものの衛宮君は疑問系だ。

「ほら、前にホテルで泳いだ時だって負けず嫌いなところがあったじゃない」

「言われてみれば確かにその様な面もある、か」

衛宮君の反応に手応えを感じなかった遠坂さんは、加えて例を出せば小次郎さんはどこか納得している様子でもある。

「そいった感情が積み重なっているところに急に一人になったものだから張り切り出したていうか、本みたいな相手が周囲の本とかに気を配りながら戦っているのにセイバーは考慮しないで戦ってるから本棚が壊れたり本や文献が吹き飛んだり跳ね飛ばされたりとか周囲の被害がだんだん無視できなくなって来ているって状況ね」

「て、事は?」

何だか想像していたのと違う状況になってそうなので聞き返す私に、

「私達をここに送り返した相手が魔力弾みたいのやバインドで牽制して封じ込めをしようとしているんだけど、セイバーの対魔力の方が強いから牽制しながら逃げ回ってるって感じ。
もっと早い話が、早くセイバーを止めないと幾つかの本や文献が傷むか場合によっては読めなくなるって事よ」

「そりゃ不味いわなぁ」

遠坂さんの話しを要約すれば、孤立したアルトリアさんが加減を忘れて暴れだしたって話しなん、そりゃあ書庫に立て篭もっている相手も、まさか一人になった途端リミッターが外れたようになるようなのが居るなんて思うとらやろからなぁ、しかも直接効果があるような魔法が通用しないのなら尚更や……

「そうか。セイバーが無事で安心したけど、どの道、急がなきゃいけないんだな」

「そうだね」

いつの間にか弓を手にしていた衛宮君やが、フェイトちゃんもやる事は変わらないと何時でも動ける準備を済ませている。

「せやな。思念体が現れても私らが相手をするさかい、フェイトちゃんは先行してや」

私がフェイトちゃんに指示を出したまではいいとして、

「了解」

「え!?あ、はい」

「……すまんなぁ、私らの世界のフェイトちゃんに言ったんや。でも、奥はまだ何が出るか判らないさかい、こっちの世界のフェイトちゃんは扉から思念体が出て来ないか見ててくれるか?」

「わかりました」

頷くフェイトちゃんに加え、まだ小さなフェイトちゃんまでもが自分に言われたものと受け取ってしまったのを訂正したのはいいんやが、私もここがおおよそ十年の時差があるとはいえ同一人物がいる並行世界なのを忘れとったからつい何時も通りに言うてもたわ……
とはいえ、この頃からフェイトちゃんの実力は一線級だったから実力的には問題はないんやろうけど、大人が居るのに子供を行かせる訳にもいかん。

「……まあ、並行世界に来るなんて本来あり得ない事だから慣れるのが難しいかもしれないわね」

「そうだね。大人になったフェイトが居るのはいいとしても、同姓同名の同一人物が二人もいれば紛らわしいのは確かか……」

フェイトちゃんのお母さんは理解ある人で助かる、それにアルフも思うところはある様子やけど、もう少しすれば私も昔の自分に会うんやからこら考えなあかん事やわ。

「こちらは既に武装隊を呼んでいる、僕も含め到着次第入り口から順に制圧して行くつもりだ」

見た目は小さいんやけど、流石はクロノ君やな、もう武装隊を呼んでいたって事は書庫内での異常が確認された段階で召集していたんやろう。

「なら、なのはちゃんとスバルはクロノ君に従っといてや」

「はい!」

「了解です、八神部隊長も御気をつけて」

私の指示に返事と共に敬礼を返すスバルになのはちゃん、相変わらずいい返事やけど、

「せやな……一度、放りだされとるさかい二度目をされる訳にはいかへん」

他意は無いんやろうがなのはちゃんの一言は既に一杯食わされとるさかい結構くるものがある。
まあ、なのはちゃんにしても時々無茶する性格やから、

「ただ、なのはちゃんはまだリンカーコアを傷めとるさかいゆりかごの時みたいに無理したらあかんよ?」

「もちろん、そのつもりです。今回は、何よりクロノ君や小さなフェイトちゃんの他にも武装隊の人達とか大勢いますから大丈夫です」

この書庫に居座る相手との接触は必要やけど、今は孤立してしまったアルトリアさんの救助が最優先される場面や、せやから特になのはちゃんが無理をする必要がないさかい念の為になのはちゃんには釘を刺しとくんやが、なのはちゃんもそれは十分理解しているだろうから無茶はせんへんやろう。

「私はアーチャーに魔力の供給と指示をだすからここにいるわ」

「俺もだ。扉に穴を空けたら、しばらくの間は魔力がほとんど無くなるから足を引っ張るだけだしな」

遠坂さんと衛宮君は、それぞれの理由からここで待機すると告げ、

「我が骨子は捻じれ狂う」

ふと、呟いた衛宮君の手には先ほどの弓と同じく気がつかないうちに螺旋状に捻れた剣を手にしとって、それを弓に番えた。

「じゃあ、扉を壊すぞ」

「ああ、任せた」

「くれぐれも書庫のなかは壊すなよ」

「わかってるさ」

その螺旋状の剣から発せられる魔力は衛宮君本人よりも高い事から、シグナムは扉を壊すのに十分と考えたものの、ヴィータは注意を呼びかけ矢の代わりに剣を弓に番えとる衛宮君は扉を見据えつつも返して、

「『偽・螺旋剣』(カラドボルク)――――――投影解除」

螺旋状の剣を矢と化して放つ。
せやけど、あの剣はただの剣ではなかったようで分厚い扉を苦もなく貫いたばかりか、明らかに剣身が触れてない部分もまた抉るようにして削っていて人が一人通れるくらいの穴がそこに出来上がっていた。

「空いたのはいいとしても、なかって本当に大丈夫なのかな?」

「ああ。扉を貫いた辺りで消したから、衝撃で付近の本が散乱しているかもしれないけど他に害はない筈だ」

「……実体のある剣を消すか、剣製とかいう魔術は奥深いんだな。(そういう事は、前に感じた通り魔力で物理的な効果をもたらす程まで編み上げるという工程を踏んでの使用となるから非効率に思えるが、それは僕らの世界での話しで向こう側の世界ではそれ程効率が悪い訳ではないのかもしれない。
そう考えてしまえば、ある程度の魔力は必要だろうが、その場に適した装備をその時々に変えて整えられるというメリットを得られるから馬鹿に出来ない技術に変わる、か)」

重厚な扉を容易に貫通した剣の威力に加え、弓とは思えん程に初速が速かった事からユーノ君は心配してしまったようや、けど衛宮君はよう判らんけど扉を貫いた後は矢として放った剣を消したからそれ以上の影響はない筈と口にしていて、クロノ君はそれで納得したのかなる程といった顔で見ていた。
ただ、衛宮君の魔法かレアスキルなのかは定かではないんやが、見慣れない魔法の効果に一瞬とはいえ意識を持っていかれたのが原因やが、

「セイバーさんを迎えに行ってくるね」

衛宮君や遠坂さん、プレシアさん達と一緒に武装隊が到着するまで待っているものだと思とったアリシアちゃんが小次郎さんごと扉に空いた穴から中に入って行ってしもうたんや。

「駄目だよ勝手に行ったら!」

そんでもって、アリシアちゃんを止めようと小さなフェイトちゃんも穴に入って行ってしまい、

「ちょっとアリシア、フェイト!!」

「てっ!?プレシアまで、だったら私も行くよ!!!」

続いてプレシアさんにアルフまでもが入って行ってしまった。

「私も止めてくる!」

「頼んだで」

私らのなかで一番の速さを持つフェイトちゃんを先に突入させてから、

「待って衛宮君。貴方、魔力だってそう残ってないんでしょう、だったらここでまってなさいよ」

「でもな、遠坂。俺はアリシアの兄貴なんだから止めないと駄目だろ!」

小さなフェイトちゃんと同じく慌てて動こうとした衛宮君やったが、遠坂さんが引き止めてくれていたので間に合ったようや、

「悪いんやけど、衛宮君と遠坂さんはここで待っててや」

「ええ。私はここでアーチャーに魔力を送ってるから、衛宮君は魔力が尽きかけてるんでしょ?」

「………っ、言われてみればそうだった。魔力がない今の俺だったら皆の邪魔になるだけか―――わかった、アリシアを頼む」

本心では行きたい衛宮君は唇を噛み締めるが理性で飲み込んでくれ、これ以上、書庫内に突入しないよう遠坂さんと衛宮君に釘を刺してから私やシグナム、ヴィータが続いて突入する。
せやけど、そこで目にしたのは十数体もの思念体が首と胴が分れ消えつつある姿、唯一残っとるのは氷柱に閉じ込めたままの思念体ただ一人やった。

『小ちゃい方のフェイトちゃん、アリシアちゃんと小次郎さんは如何なっとん?』

小さいとはいえ、この頃からフェイトちゃんは速かったから追いついているものだと思うとったんで念話を使こうたやが、

『うん、戻るように言ってもセイバーさんを迎えに行くだけだよって言って聞かないし。
小次郎さんも、一人だと上手く飛べないんだけど、アリシアが背中にくっついてるから遅くもないし動きにも無駄がないっていうか、思念体が居ても小次郎さんが倒してしまってるから追いつけないんだ』

思念体と交戦しながらフェイトちゃんが追いつけない速さで飛んどるんか!?

『せやけど、背中に張り付いているだけでそこまで息を合わせるのには相当訓練を積まないと難しい筈や』

『それに、アリシアみたいな子供が大人を引っ張り続けるのにも無理があるんじゃないかな?』

先行しとる小さなフェイトちゃんからの交信に、私やフェイトちゃんがそれぞれ疑問に思うた点を述べるんやけど、

『多分、バリアジャケットそのものを融合させてるのよ』

プレシアさんから以外な答えが返って来た。
フェイトちゃんのお母さんであるプレシアさんの予想にある程度までは納得したものの、

『融合なぁ……それなら特に力が要らん訳のが判るんやが、アリシアちゃんと小次郎さんの息があっているのは何か理由があるんか?』

『向こうの世界の私がどんな研究の果てに得たかは想像もつかないけど、私の予想ではバリアジャケットを結合させつつ接触回線の要領で意識を読むような魔法で相手が望む動きを実現させてる可能性が高いわ』

『相手の意識を読んで動くって、ほとんどユニゾンと変わらないじゃんか!?』

幾ら擬似リンカーコアの開発とか不可能領域級の魔法が使えるアリシアちゃんの頭が良いからといっても所詮は他人や、互いに息の合った機動ができる様になるまでには十分な訓練を重ねなければできる筈もないんやからこそ聞き返したんやが、プレシアさんからからは此方の想像を超えた話しが返ってきてヴィータも驚きの声を上げる。

『アリシアが運び、佐々木小次郎が行く手に立ち塞がる相手を斬って進む、か。
テスタロッサもあの頃から十分高い実力を持っていましたし、先ほどの思念体の様子からして数秒もしない間に倒した技量を考慮すれば実力的には十分かと思いますが?』

プレシアさんの予想から、アリシアちゃんと小次郎さんは十分空戦に適応できているから大丈夫じゃないかと言うシグナムやが、

『手際だけを考えればそうやけどな、でも小さい子を危ない所に行かしたらあかんよ』

『それはそうですが……』

それに相手が透明感のある思念体とはいえ、首と胴が離れる光景なんかを子供が見ていいもんやない。

『小次郎さんもアリシアちゃんに止まるよう言ってや』

『そうは言っても、何だかんだで一つの屋根に暮らしていたのだ心配するのも無理はなかろう。
それに、こちらは風に運ばれる雲の如き身よ―――無論、身に降りかかる火の粉は斬り払うだけだが、な』

『それはそうやけど、アリシアちゃんはまだ子供なんやで!』

『それ故に神父殿からアリシアを護るよう依頼されてもいる、あの娘の向かう先に害を成す者が居るのであれば斬り捨てるまでのこと』

………あかん、あの人一見まともに見えるんやけど考え方が斬り捨て御免や、しゃあない、ミイラ取りをミイラにする訳にもいかんしな。

『わこうた、ならアリシアちゃんも小次郎さんも皆で援護しながら行くから合流するまで待っててや』

『ん~、どうしたらいいかな?』

『なに。あの騎士王が遅れを取るとは思えん、そう急ぐ必要もあるまい。
加えれば、あの場には霊体化しているとはいえアーチャーが目を光らせているのだ尚更よ』

『そう、なら一緒にセイバーさんを迎えに行こう』

虚を突いた転送魔法によって孤立してしまったアルトリアさんの救出に向かう私らやったが、私は二次遭難にも似た危険を警戒して妥協案を示せばアリシアちゃんも小次郎さんも私達の到着を待っていてくれた。
そして、私達よりも先行していた二人のフェイトちゃんにプレシアさん、アルフといった面々と共にアルトリアさんの救出に向かうんやが、アリシアちゃん達に合流したまではいいとして、このコンビとんでもないわ。
小次郎さんが持つデバイスから繰り出される斬撃なんやが、遠く離れた所から振るったと思えばあたる瞬間に十メートル近くも伸びるもんやから相手は反応する暇すら与えられずに首がポンポン飛びよる。
流石、名高い剣士と云われているだけあって小次郎さん自身の技量が高いのは解るんやけど、無重力という環境下では飛行魔術に適正がないと辛いもの。
生前は空を飛ぶなどといった経験が無い小次郎さんも例に漏れず、なのはちゃん達が見た限りではあまり上手とはいえないって話しやったんやが、それなのにこれ程までに自在に動けるのはアリシアちゃんが思考を読み取って動いとるからなんやろう。
そう思うと、不可能領域級の魔法が使えるとはいえ魔力資質が低いあの娘は私達が想像していた以上に実力を持っていると考えた方がいいんやろうか?
せやけど、それらの技術は元々虚数空間に落ちていったフェイトちゃんのお母さんがもたらした筈や、あの娘を見ているともしかしたらフェイトちゃんのお母さんは本当にアルハザードに辿り着いたんとちゃうやろうかとさえ思えて来る。
仮に辿り着けなかったとしても、アリシアちゃんを生き返らせたばかりか、並行世界の移動、精密な次元跳躍魔法、今もこうしてバリアジャケットそのものを結合させる事で融合騎にも似た運用すら行えてしまっているんや、少なくても技術者という面ではジェイル・スカリエッティをも上回っているのは確かやろな。
そう思うてしまった私は、この世界のプレシアさんもあと十年もすれば似たような実力になるんやろうかなぁとか過ぎってしまい、前を進む小さなフェイトちゃんやアルフと一緒に来てしまったプレシアさんを眺めつつも先を急いだ。



[18329] リリカル編26
Name: よよよ◆fa770ebd ID:46b031ba
Date: 2015/01/30 01:40

数十、あるいは数百もの紙片が周囲を乱舞しながらも漂う本と本の間から姿を現し、紙の端に魔力の刃を作り出して襲い来る。
即ち、私が意思を持つ本への問いかけに対する答えが再び展開された紙片からの一斉攻撃という事に過ぎない。
間隙を縫うようにして向かい来る紙片の速度は、幾つもの本が漂うなかでも遅くはない―――だが、それは飽くまでも人間の範囲内での話だ。
この身は並行世界にて聖杯を得た代わりに守護者になった私そのものを宿したモノ、英霊の力を持つが故に人の範疇は超えている!

「っ!?」

魔力を纏い刃となって迫り来る紙片を斬り払おうとしたが、

「なる程、二枚重ねという訳ですか」

直感から回転するように体を横に捻って避ければ、元の場所から先への予測地点には鎖のように編まれた魔力の帯が幾重にも交差していた。
見るからにバインドのようだが、あのまま向かっていれば今頃はバインドによって身動きが封じられていたかもしれず、魔力の刃を持った紙片を囮にしていたのか、それとも虚実入り混じっての戦術なのかは判断できないが、遠目では紙の重なりなど見えるはずもないが故に、上下に重なった一枚が直前で軌道を逸れるか刃と化した紙片が避けられたのを機に捕縛系の術を放って身動きを封じる二段構えの策なのかもしれない。
ただの魔力弾ならば対魔力による効果を期待して向かって行けるが、戦いとはある意味一瞬で決まるもの、私の対魔力ならば捕縛効果の高い術でさえ解除に時間はかからないだろうが、一瞬でも身動きが止められるというのは致命的だ。
まして、今相手にしている魔道書が扱う戦術は一度に多方向からの包囲、それに私に向かって来る紙片以外にも何かしらの術を行使しているのだろうが幾度も魔方陣が現れては消えている状況を考慮すれば、一瞬のミスによって幾重もの術を重ねがけでもされようものなら身動きを封じられてしまう可能性もある。
そうなれば、威力や効果の高い儀式魔術すら行使されかねず、ミッド式やベルカ式といった並行世界の魔術ならば私の対魔力すら上回る可能性は低くないのだ。
故に、魔力で構成された足場を幾つも作り上げ、捉えられぬよう小刻みに四方を跳ねるかのような機動を繰り返しつつ距離を詰め―――

「はぁぁぁ!!」

シルトから物理的効果の高いプロテクションを幅広く展開た私は、振り返り様に周囲に浮かぶ幾多の本ごと追って来る紙片を横殴りに叩き飛ばし、すぐさまプロテクションを解除した私は統制が乱れたところを踏み込んで一息の間に十数枚を斬り伏せた。
斬った紙片の数は全体からすれば微々たるものだろうが、統制が乱れた好機を見逃さず飛行魔術の加速に加え、不可視の鞘である風王結界(インビジブル・エア)の一部を解いて一気に肉薄する。
飛行魔術の加速と一部とはいえ、圧縮した風を開放した事によって瞬間的に音の領域を超えた私だったが、意識を持つ本は向けていた表紙を、まるで身をよじるかのようにして背を見せて避け、対象が本という比較的小型なモノであるとはいえ最速の一撃を避けられてしまったのは癪ではあるが、私とて英霊にまで至った身、このまま終らせるつもりもない。
咄嗟に魔力を放った私は、わずかだが加速がついた軌道の修正を行い肩口から全身の力を叩きつける、相手が人ならば気絶は免れない衝撃だったろうが、本というのは人よりも軽い事から意思を持つ本は吹き飛びはしたが衝撃によるダメージは期待するべきではないだろう。
素早く追撃を行う必要から振り返り様に足場を作り、その足場に両足から着地と同時に全身のバネをもって斬り返そうとした私だが―――

「むっ、これでは……」

件の本は思いの外遠くに吹き飛ばされてしまったらしく散乱した本の数々に紛れ込んでしまい見失ってしまう。
警戒をしつつもサーチャーを飛ばして探りを入れるが、しばらくしてもそれらしい本は見つからない、

「見失ったか―――ならば」

探し出すのも手かもしれないが、ここが敵対的な相手の工房である事を考慮すれば、その考えは危ういかもしれない……ならば当初の予定通り逸れた皆との合流が先決といえる。
敵意を持つモノが近くに潜んでいるかもしればいが、近くには実体化こそしていないもののアーチャーの気配も感じられる、霊体とは云わば物理法則の縛りを受けない存在だからこそか、あの本が使った転移魔術の影響を受けなかったのは。
霊体から実体に変わって援護をしてくれてたのならば、あの魔術を操る本を捕らえるなり屠るなり出来たかもしれないが、凛の事だから何かしら考えがあるのでしょう、ならば私も思考を切り替え戦略的に退いて合流するのが望ましい。
凛やアーチャーの思惑が判らない以上、アーチャーの援護は期待せず、懸念する背後からの追撃は不可視の鞘を解いて得られる加速に、後方に流れる風の圧力にて抑えられるので追撃を困難にさせられるはず、私は追撃させないよう鞘の風を解きつつ素早くこの場から離れた。
ただ―――途中、紙片のようなモノが見えたので複数の魔力弾を展開し撃ち放つ。
魔力弾そのものはなんら変哲もないただの非殺傷設定の直射弾でしかなく、しかも書庫や他の書物に影響を与えないよう威力も抑えてある。
本来なら牽制程度にしか使えないような魔力弾であるが、外と内の発射速度を調節する事で避け難いように展開して放った事に加え、左手のシルトの先端から発生させた魔力刃に貫通力を持たせる為に回転を与えつつ弾体を加速させる術式を複数展開して高い初速をもって射出した。
向こうのミッドチルダでデバイスを手に入れ魔術の研鑽しているなか耳にした話では、この世界の魔導師達はそれぞれの魔力が波長の違いから魔力の彩色が微妙に違うという、その話しからヒントを得てアリシアに調整してもらった無色透明な魔力の槍。
物理的破壊を目的とする殺傷設定ならば、対象を貫いた後で圧縮された魔力が開放され内部やその周辺諸共吹飛ばす術式となるが、施設そのものに害がないよう魔力そのものに対して効果が高い設定にしてある。
だが、あの紙片も魔力を源としているならば魔力ダメージを受ければ内包する魔力を枯渇させ無力化させられるかもしれない。
そして、速度を調整して放った魔力弾には紙片が避けれるようあえて逃げ道を残してある、その為に避けようとした紙片は高速で飛来した透明な槍に貫かれ、そのまま床に縫い止めるようにして身動きを封じた。
圧縮した魔力の量が問題なのか、ある意味でバインドのような効果をもたらしたようだが、これでは対人で用いた場合は相手の体を貫いて身動きを封じる術になってしまうから、魔力ダメージというよりは即死させなければいいという状況下での使用でしか難しいようだ……
などと思うも、紙片に何もさせずに通り過ぎた私は入り口を目指して更に加速を加え、足場を蹴って方向を変えながらシルトに記録させた地図を頼りに駆け抜ける。
来るまでの道のりは捜索を行いながらだったからこそ時間が掛かってしまったが、今は合流する為に戻るだけなのでそう時間をかけずに走破できそうだ、無論、ここは敵地であるが故に警戒しつつも素早い行動が求められるが来た道のりの半ばまで来ても、所々で本が漂ってはいるがこれといった異常らしい異常は見当たらない。

「諦めた、か?」

そう呟いた私だったが、前から巨大な魔力を感知した私は制動をかけ剣を構える、感覚的にはあの魔力には覚えがあるがここが敵地である以上、気を抜くわけにはいかない。
念の為に警戒していた私だったが、前から迫る魔力の塊は漂う本らを空間そのものを歪ませた歪曲場にて退かせながら現れ、その奥には歪みによってややぼんやりとするが独特の服装からしてアサシンの様子。

「ここにいたか、セイバー」

「皆で迎えに来たよ」

剣を下ろした私と同様、向こうもディストーションシールドが解かれれば、アサシンとその背中からちょこんと顔を出したアリシアが声を掛けて来る。

「どうやら心配をかけてしまったようですね、しかし、私とて英霊にまで至った身ですから少々の事では遅れはとりません」

心配してくれるのは嬉しくあるが、あの程度ならば大丈夫と告げてから、

「ところでアリシアの方はどうなのです、マリーの所での作業は幾分か進みましたか?」

この世界の次元世界がどれ程の規模なのかは定かではないが、治安を預かる時空管理局においてアリシアの技術は重要なのは承知しているつもりだ。
ある意味では、次元世界全てに関わる事柄故に状況によっては私の心配よりも優先させる必要がある。

「うん。部品の入替えだけだから時間はかからなかったよ」

「そうですか」

アサシンはアリシアの護衛として来ているのだからアリシアと一緒に居るのは当たり前だが、アリシアにしても再設計という作業は私が思っていたよりも難しくはなかったらしい。

「どうやら大丈夫みてーだな」

「無事なようでなによりや」

「ええ」

続いてヴィータに八神はやてが姿を見せ、安否を気遣ってくれたので私も返しますが、その後からはシグナムの他にプレシアやフェイト、アルフといったテスタロッサ一家の姿も見える。

「遠坂凛が言うには本らしきモノだという話だがどうなった?」

「実際に交えた感覚の話しですが、あの紙片らの本体と思える本は同時に幾枚もの紙片を飛ばし、それらに術式を行使させるタイプのようでした」

二度と不覚を取らない為か、転移魔術で皆をどこかに跳ばした相手の情報を問い質して来るシグナムに、私も先ほど交えて得たばかりの戦力の程を告げる。

「本体そのものの力は見れなかった為に未知数、現段階で把握しているなかで注意するべきは同時に何枚のページを操れるかでしょう」

「それもそうだ」

静かに聞いていたヴィータは相槌を入れ、

「私が交えた時にも数十枚もの数を操っていましたが、それだけでも並みの魔導師よりマルチタスクに優れているのは明らか。
加え、懸念するべき点は、あの本の魔力が自前のものか外部からの供給かが問題かと思います」

「だろうな、それによっては対応が変わって来る」

「そうだね。魔力を内包するタイプなのか、外部から供給されるかでは探し方も違って来るから」

「自前で魔力を持つタイプなら本の山から探しださねばならず、外部にあるのであらば書庫をくまなく探さねばならない、か」

シグナムに大人のフェイトも頷き、アサシンもまた双方の困難さを示した。

「とりあえずは、一旦皆の所に戻ってから対策を考えようか……これ以上ここに居るんわアリシアちゃんや、ちいちゃいフェイトちゃんの教育に悪い」

「教育、何かあったのですか?」

「あったもなにも、そこな小次郎さんがな相手が思念体だからって………まだちいちゃいアリシアちゃんやフェイトちゃんの前で首をポンポン刎ねるんよ」

「なに、邪剣使いが故に得物が変わってもついつい何時もの癖が出てしまう、とはいえ大抵のモノならば首と胴を斬り離せば動かなくなるというもの、そう珍しいものでもあるまい」

「そらまぁ、小次郎さんは昔の人やさかい珍しくもないんやろうし、私らだけならそれでもいいんやけどアンタの背にはアリシアちゃんが居るんや、まだ幼い娘にそないなもん見せていいと思うとんのか?」

「そうは言うが、こちらとて警護を受けているのだ、どの道、害意があるモノが居るのならば迅速かつ確実な方法で始末するのが望ましかろう?」

倫理感や情操教育を育むという観念においては八神はやてに分があるが、現実的な脅威を素早く刈り取るという目的ではアサシンに分がある話しだ。
故に―――

「ここの現状と照らし合わせて見れば手段そのものは間違いないんだろうけどな」

「問題は倫理感の問題だからね……」

ヴィータや大人のフェイトも、八神はやて、アサシン双方の主張が解るのでどちらとも言えない様子である。

「なる程、おおよその話しは解りました」

そう答えた私だが、アサシンに対して口を尖らす八神はやての姿に私も思い至る、かつてのアヴァターではアリシアは破滅の軍勢を相手に五万近い武功を上げ、神さえも打破してしまっているが彼女が言う通り見た目は幼い。
体感時間そのものは神の座で四十年近く経験しているが、あの場は時間そのものの概念がない所故に肉体的な成長や老化などの影響がない、『原初の海』という途方もない存在の仲介ともいえるアリシアは勿論、私やシロウも望めばあらゆる知識を手に入れられる所で魔術を学べたものだが、それをここで彼女達に説明しても魔術師と魔導師の違いの如き基本的な考え方に大きな隔たりがあるが故に、根源という観念を理解するのは難しいだろう。

「それなら、大人になればいいんだね」

数秒ほどだが、私がどう答えるべきか考えあぐねいでいればアサシンの背中にいるアリシアの姿が変わった。

「アリシアが大きくなった!?」

「そんな……わ、私のアリシアがアリシアが………」

「落ち着きなってプレシア、ただの変身魔法じゃないか」

突然、子供から大人に変わったアリシアにフェイトは驚きを隠せず、プレシア・テスタロッサは混乱し始めるが、アルフは幸いにも変身魔法を多用している為か冷静に分析して二人を落ち着かせようとしていた。
しかし、大人モードに変わったアリシアのバリアジャケットは相変わらず体操服姿で、それは大人のフェイトと瓜二つの容貌からして彼女が体操着を着込んだようにも錯覚しかねない。
だからか―――

「ふむ。なる程、これはこれでよいものかもしれぬ」

後ろから抱きつかれているような形のアサシンは悪くなさそうにしていた。
そんなアリシアであったが、

「アリシア、そういう問題じゃないんだ」

「そうなの?」

「うん。だから急いで大人になる必要なんかないんだよ」

「そうなんだ」

大人のフェイトは、飽くまでも精神的な面での成長に関わる問題なので体を成長させればいいのとは違うと諭せば、きょとんとして聞いていたアリシアも姿形を大人にするだけでは意味がないのが解って元に戻った為にアサシンはやや残念そうにする。

「兎に角、これ以上は先行調査の分を超えとる、後の事はクロノ君が率いる武装隊と合流してから考えようか」

「それがいいかと」

「だな」

ここが敵地である以上、仲間内とはいえ雑談に時間を浪費するべきではないと判断したのか、八神はやてはシグナムとヴィータが相槌を打つなか空間モニターを開き、

「こちら機動六課のはやてや。無事アルトリアさんを保護したさかい、これからそっちに戻るから驚かんといてや」

「分かった。だが、こちらは先程まで――――――いや、現在も襲撃を受けている、転移魔法を使うなら注意してくれ」

「襲撃やて!?」

「そうだ」

報告を入れる八神はやて、聞いているこちらとしてはクロノが言葉を途切らせたのは気になりますが、淡々と続けるクロノの声に驚きの声を上げてしまい。
百聞は一見に如かずと、クロノが空間モニターを操作したのか画面のなかの映像が動けば、その先に泡立つかのような体に無数の手足が生え、更には人よりも大きな目や口が幾多もある怪異が映っていた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第26話


書庫内に取り残されたセイバーを助けようと中に入ってしまったアリシア、アサシンの二人を止める為、追いかけたフェイトに続いてプレシアさんやアルフ、その後を追うようにして機動六課の部隊長である八神に続き分隊長である大人のフェイトや副隊長のシグナム、ヴィータと続き。
残った俺や遠坂にスバルは魔力や無重力での移動に難があるからだが、クロノやユーノ、大人のなのはと一緒に武装隊が来てから改めて書庫に入ろうと到着を待っていた。
特に魔力が枯渇しかけている俺なんかは、魔術の補助を受ければ十分動ける遠坂やスバルとは違って仮に書庫内に入っても魔力の回復の遅さから足手まといになりかねない、ここは待つしかないだろう。
そう思いながらも、俺は壮麗な装飾の一部が欠けた巨大な扉に目を向ける、元々そこにも装飾はされていたがセイバーが取り残されたまま閉ざされてしまったので俺が無理やり穴を空けたものだ。
今では目の前の巨大な扉には、人が一人通れるのに十分な空洞が空いているのだが、それは書庫のなかにいるだろう思念体までもが書庫の外に出て来れるのを示している。
従って、この場で待機している俺達の役割は外に出て来るだろう思念体を表に出さないよう押し止める事なんだろう。
その為、

「この辺は、扉の奥とは違って整理済みでバックアップ済まされている、被害を受けないに越した事はないがある程度なら大丈夫なはずだ」

「なら安心して戦えるわね」

クロノは湧くように現れる思念体のせいで扉の奥こそ未整理かつバックアップもできてないが、その手前であるここならばある程度の被害を受けても修復できると口にしたので、遠坂もそうだが俺達も少し肩の荷が降りた気分になる。
それに、クロノは常にしているようだけど、大人のなのはは制服姿のままでバリアジャケットをしてないのが気になる、まあ、ユーノのもしてないから魔力の節約が目的なのかもしれないが念の為だ聞いてみよう。

「八神が言ってたけど、なのはさんってリンカーコアを傷めてるんだろ大丈夫なのか?」

「傷めてるのは確かだけど、少しだけだから無理をしなければ平気だよ」

相互に連携を行う必要性から散開せず近くに集まりながらも、気を使わせてしまったのか大人のなのははバリアジャケットを展開しながら俺の問いかけを返してくれ、つられるようにユーノも防護服でその身を覆った。
そんな俺達だったが、八神達がセイバーを迎えに突入してから十分以上経過しても懸念していたように思念体が外に現れるような気配はなく。
試しにサーチャーを使って手短な書庫の部分を探ってみても、それらしき姿は見受けれないでいた。
とはいえ―――

「あの氷に閉じ込められてるって?」

「あれはセイバーが尋問の為に捕らえた奴で、聞き出してそのままだと問題だからって八神が身動きを封じたんだ」

探査魔術には、エリアサーチといった広域を調べられる魔術もあるけど、周囲に魔力を持った本が多いい場合は反応が多過ぎて判別が難しいから書庫内の構造くらいしか把握できそうにないらしい。
だから多分、俺と同じくサーチャーなんだろうけど探査魔術を使っていたらしいユーノは氷に封じられた思念体について聞いてきたので答える。
まあ、あの思念体は身動きが封じられているだけで、別に死体って訳じゃないから子供であるユーノに見せても問題ないだろうという考えもあるが、一応というか一部思考を変え、それらしき姿は八神が氷の柱に封じた奴は確認できるが他は見えないでいるに訂正しよう………いや、まて……もしかしたら書庫に入らなければ襲って来ないのか?
思わずそんな考えが浮かんでしまった俺だが、

「さすが八神部隊長、まだ溶けてなかったんですね」

「それはそうだよ、そうそう簡単に解けたら意味がないからね」

あの思念体を捕らえた後、奥に向かってから結構時間が経っているのに溶けている様子がないようだからスバルは感心していて、それを目にした大人のなのは口調自体はやや厳しめだが苦笑していた。
そんな、大人のなのはは「ところで」と区切り、

「遠坂さん、アルトリアさんの状況はどうなってるのかな?」

遠坂に今のセイバーがどうなっているのを尋ねた。

「アーチャーの話しだと、魔術を操る本を体当たりで撥ね飛ばした後は見失ったみたいだからこっちに来てるみたい」

「えっ、加勢しなかったんですか?」

遠坂の話しにスバルは意外そうな顔をして声を上げるが、

『危なければ加勢させたけど、霊体化しているアーチャーには私達を転送してくれた本の後をついていって本拠地を探りあててもらわなくちゃならないもの』

何故か遠坂は念話に切り替えて返す。
しかし、クロノは遠坂が声から念話に変えた事に違和感を覚えたらしく、

『だが、なんで念話にしてるんだ?』

『あの本が飛ばすページがこの近くに無いとも限らないから念のためよ』

その問いかけに遠坂は近くにあの紙片を操っていた奴が聞き耳を立てているかもしれないのを示唆してきて、

『言われてみれば、私達が奥に行く間に幾つも見ましたっけ……』

『その頃から既に機を窺っていたって訳だね……』

奥に行く間に所々で目にした紙片の事をスバルは思い出しながら口にして、それを耳にした大人のなのはは俺達が書庫の奥から追い出された件について予測を膨らましていた。

『ページの形をした探査魔法か』

『仮に丸めたり折ったり出来ると仮定しなくても、ここみたいな所なら何処にあっても判らないと思う』

『そいうこと』

独特な探知系の端末を持つ相手にクロノは思案するように片手を顎に当て、遺跡発掘などで探査系の魔術に詳しいユーノが端末が紙片の形をしているメリットを上げると遠坂はよくできましたと言いたげに微笑んで、

『それに、ここに跳ばした本がこのまま何もしないってのも気になるの―――』

次いで話しを続ける遠坂だが、扉の前にミッド式の六芒星を象った魔方陣ではなくベルカ式の三角を模した魔方陣が現れたのを見て声を失い、

「てっ、言ってる傍から!?」

「皆、注意してッ!!」

遠坂や大人のなのはが声をあげるなか、魔方陣の中心には所々が凍りついた人の姿が浮かびあがった。
魔方陣そのものは俺達を跳ばしたような転送用のものだったらしくすぐに消えてしまったが、転送魔術で現れた人はゴムのような浅黒い色の肌をしていてるのはいいが、何も着てるものもない全裸だからソイツが男なのが判るが………なんなんだ?

「Aaa………」

だが、まだ体の大半が霜で覆われているのにソイツは顔や首を動かして俺達を見やり、

「Aaaaaa―――ッ!!」

まるで得物を見つけた獣のような声を上げたかと思えば、皮膚が裂け体が弾け飛び、泡のようなものが膨らみ所々に目や口、幾つもの手足がある化け物に変わり果てる。
家一件ほどもの大きさにもなった化け物は、泡のような体を動かして幾つもある鋭い歯が生えた口を向けて俺や皆を食い千切ろうと襲い掛かって来た。

「来るぞ!」

「こんなの見たことがない!?」

「なんなんだこいつ!?」

クロノやユーノと同じく、俺も鋭い歯が並ぶ口と共に向かって来る泡のような体を飛行魔術を使って避けようとするが、

「っ!?」

横を見れば、遠坂が先にスバルが動けるよう加圧の魔術を行った事で一瞬遅れていて、咄嗟に投げつけたカートリッジも内包する魔力が足りないらしく表面を凍らすも威力不足か凍結には至らない、だから俺はシールドを展開しながら鋭い歯が並んだ口が迫って来る遠坂の前に身を滑らせた。

「衛宮君!?」

急に前に出たからか声を上げる遠坂だけど、ラウンドシールドというシールド系の魔術では比較的強固な障壁を使っているのにも関わらず、泡のような体で衝突した衝撃や次いで繰り出される鋭い歯での執拗な噛み付きで否応なく削られてしまい、なけなしの魔力が急速に奪ってわれてしまうが急に楽になる。

「もう大丈夫です、衛宮さん」

無重力という環境下で初動こそ遅れたスバルだが、俺と同じように障壁を張ってくれ、魔力を使い果たしそうになる俺の代わりに化け物を受け止めてくれていた。
怪異は、泡のような体に幾つもある口でスバルの障壁をも食い千切ろうとする―――が、それもつかの間、魔力の奔流が泡立つ体を消し飛ばす。

「今のうちに少し離れて」

そう口にする大人のなのはの視線は俺達ではなく泡の体を持つ怪異へと向けれたままだ、

「悪い、助かった」

「助かったわ」

「ありがとうございます、なのはさん」

「うん。でも、お礼ならもう少し後での方がいいかな」

礼を言う俺や遠坂、スバルだったがなのはの砲撃で一部が吹飛ばされたはずの怪異は平然とした様子でいて、

「そ、そんな……」

「再生………してるのか?」

ユーノやクロノは見ている間にも体が膨らむようにして元に戻って行く様を目にして驚きを隠せない。

「まるで固定化か復元の魔術でも使っているって感じね」

「復元は解るが固定化は………いや、記憶された形状を維持するという意味では同じか」

「どんな魔法技術が使われてるか判らないけど、どちらにしたってまともな相手じゃないのは確かだ……」

そればかりか、手や足が生えては戻る姿や瞬間的にとはいえ体の一部を失ったのにも関わらず元に戻る速さからして遠坂は魔術的な技術が使われているのかと訝るが、クロノもユーノも目の前の怪異が尋常な相手じゃないのを悟る。

「Aaaaaッ」

泡の体に無数の目や口、手足が生えた化け物は大人のなのはに吹飛ばされたのを気にも留めず幾度も喰らいつこうと俺達に噛みつき、あるいは手を伸ばして捕らえようと繰り返すが避けるだけなら今の魔力量でもなんとかなりそうだ、でも体の一部が吹飛ばされても平然としている奴を相手にどうすればいいんだ。
そもそも回復中の遠坂は兎も角、魔力がほとんどない俺では援護を行うにしても投影した矢程度では効果はなさそうだから手詰まり感がある、ここは大人のなのはやスバル、クロノ、ユーノの四人の足を引っ張らないようやや距離をとって見守るしかない。

「とりあえず衛宮君にはこれを渡しておくわ」

「これって、アリシアから借りたジュエルシードじゃないか」

「そうよ、私の魔力も大方回復したから衛宮君が使って」

「いいのか、遠坂の方だってアーチャーに必要なんだろ?」

「もう大丈夫よ。結構な魔力が必要だったけれど、向こうのミッドチルダに仕掛けた起点がようやく見つかったからアーチャーへの魔力も心配ないわ」

並行世界への繋がりを作れるらしい宝石剣を片手に取り出した遠坂は、「それに」と俺から泡の体を持つ怪異に視線を向け、

「アレを見れば流石に衛宮君を遊ばせてる余裕はないもの」

俺や遠坂以外の四人は、今も蒼い道を描いて翻弄するスバルが泡立つ化け物の手や口を掻い潜り、気をとられた隙を突いて砲撃を速射するクロノや大人のなのはだが、

「くっ、なんて奴だ!こうも手応えがないなんて!?」

「さっきもそうだったけど、まるで実体がないみたい」

瞬間的には泡のような体に穴が空くものの、それさえも数秒で埋まってしまい効果があるようには思えず、

「バインドもっ!!?」

動きを止めようと鎖のようなバインドで拘束しようとしたユーノもまた、魔力で編まれた鎖が泡のような体に固定する事ができずに動きを封じられないでいた。
あの泡のような体が気体か液体なのかは不明だが、身を守る為の動作、即ち避け・防ぐといった行動を必要としない怪異は、痛みすらないらしく体に幾つも穴が空いたまま塞がるのを待たずにクロノや大人のなのはに襲いかかる。
でも、ミッドチルダ式魔術は中・長距離での運用に長けた魔術だ、十分な距離を保っていた二人は共に高速で間合いを広げるので危なげさは感じられない―――だが、二人が避けた怪異の体はそのまま本が収納されている棚に激突して、泡立つ体を戻した後には本棚の一部もろとも収納されていた本の数々が溶けたように消えていた。

「本棚が―――あの体って溶解液!?」

その光景を目の当たりにしたユーノは驚いているが、それが本棚がすぐに溶けてしまった事に対してなのか、泡の化け物の構造についてなのかまでは読み取れない。

「例えそうだとしても、僕達のバリアジャケットは物質的な物体じゃなく魔力で構成したバリアフィールドを服のように編んだものに過ぎない、どれだけ強力だとしても溶解液ならば影響を受けないはずだ」

だが、どちらにせよクロノはバリアジャケットのバリアは俺達の世界の防弾服や鎧などとは違ってエネルギー的な防護だからこそ、あの化け物の体にどんな分解能力を秘めてるか定かではないけど、触れただけなら防護服が溶ける心配はないと安心させてくれる。
しかし、

「問題はジャケットが損傷した時だね……」

「ああ。衝撃や鋭利なもので破損した場合、触れれば僕達もあの本棚と同じになる」

ミッドチルダ式魔術やベルカ式魔術の双方でいえる事だけど、衝撃や熱の変動に対して高い効果を持つバリアジャケットでさえも限度を超えれば破られる、そうなればクロノが言うように直接あの溶解液を浴びてしまう、

「スバル、ここは十分距離をとって戦って」

「解りました」

状況を鑑みた大人のなのはは、見るからに手甲のようなデバイスで格闘戦を主体とするスバルに距離を取らせ、近づかず遠からずといった微妙な間合いを保ち、精々避ける合間に打撃を与える程度に抑えさせた。
再生か復元は解る術がないが、あの泡の化け物だって体を失えば元に戻すのに魔力か何かしらのエネルギーを使うと意図しての牽制なのだろう、けど相手が何だか分からない怪異ならばそれでもじり貧になるかもしれない。
何故ならこの場で十全なのはクロノだけだからだ、大人のなのはは魔導師の命とも呼べるリンカーコアを痛め、ユーノはまだ子供だ、スバルもここだと遠坂の援護がなければ実力を発揮できないみたいだし、その遠坂にしても書庫に篭ったままの主とかいう奴を捕まえようと霊体化したままのアーチャーに俺達を跳ばした本の後をつけさせている最中、幾ら無制限に魔力の供給先を選べるからってアイツは仮にもサーヴァントなんだ何かあった時の魔力は心もとないかもしれない。
それでも、俺にジュエルシードを使えというのは遠坂なにり何か考えがあるのだろうが―――

「多分。衛宮君の概念武装なら、体そのもの与える以外にも蓄積された年月の重みで魂にも打撃を与えられる筈だからあの化け物にも効果があると思う」

「アレの相手なら俺の方が適任って事か、解った」

牽制を行い続ける四人を視野に入れながら、遠坂から理由を聞いた俺はアリシアによって改修されたジュエルシードを受け取ると透明なバリアジャケットの一部を解除して赤い外套のポケットにしまった。
再び透明な防護服を纏う俺だが、所有権の移行によって遠坂に代わり、流れ込んで来る膨大な魔力の量に圧倒されそうになるものの、これなら魔力不足を気にする必要はなさそうだ。
だけど一番の問題は何を投影するかだ―――まるで霧か雲みたいに実体を持たない奴だから、クロノや大人のなのはの砲撃の威力を見る限り単純な威力や貫通力が秀でてるとかは意味がない。
判っているのは、あの泡のような体が触れる物を溶かしてしまう強力な酸か何かの溶解液みたいなものだという事、ならまず手始めに熱や炎を発する剣で蒸発させてみるか。
とはいえ、神の座で休憩の合間に神に見せてもらった神造兵器たるヌァダの剣やスルトの炎の剣、天地を斬り分けた剣とかラハット・ハヘレグ・ハミトゥハペヘット等々は神が丁寧に教えてくれたからこそ解析できたけど、いざ投影に挑戦してみれば魔力回路が暴走しかけて近くに神が居てくれなければ内側から生じた剣群でその度に全身が串刺しになるところだったから除外しなければいけない。
他にも神がアリシアの兄貴だからって創ってくれた一振りの無名の剣、能力は有の否定とかいう力で一瞬で消えてしまう世界を創造するというものらしく、そこに存在するのであれば如何なる物質、魂さえも量子に帰し滅ぼし去る力を持つという。
能力的にいえば、あの泡のような体を持つ怪異に丁度いいのかもしれないが、問題は星々や星系さえも消し去る力と持つというのだから土蔵どころか何処に保管すればいいのかさえ判らない品で一度は辞退した剣だ。
けど、気を利かせてくれたのか無限の剣製の中に突き刺してくれてるから使おうと思えば何時でも使える、でも使えば立っている星ごと滅ぼすとかいうのだから、そんな馬鹿げた威力を持つ剣なんか使える訳がないんだ………神の奴は一体なにを考えてこんな使うに使えない大量破壊兵器をくれたんだろうか?
一部除外する項目を加えた俺は、片目を瞑り自己に埋没しながら検索かけて炎にまつわる幾多の聖剣・魔剣が導き出す。
俺の心象風景、無限の剣製に登録されている武具の大半がアーチャーとの繋がりから伝わって来たものだろうが、アイツは一体どこでこれだけの宝具を目にする事が………って、馬鹿か俺は、守護者になったアイツが名のある英霊達や守護者達の武具を目にする機会なんて、それこそ聖杯戦争か星側の抑止力までもが関与するような危機的状況だけなんだから。
霊長の守護者という座で括られ、過去・現在・未来で起きる災厄を防ぎ止めるべく永遠とも呼べる時のなか、自身の心が磨耗してしまう程に多くの時代へと己の分身を送り続けたからこそ得られた数々。
その過程で磨耗してしまったとはいえ、守護者にまで上り詰めた英霊エミヤの胆力に改めて気づかされる、それもそうだろう人間の感覚でしか生きられない俺達が突然、永遠にも等しい存在になんかに成ったのなら、それだけでも磨耗は避けられない。
それなのにアイツは心の根底では理想を燻らせていたんだ、アイツが―――英霊エミヤが自分の魂を削りながらも集めた宝具、一つだって無駄にするつもりはない、だから使わせてもらうぞ、アーチャー!!

「―――投影開始」

創造の理念を鑑定し、
基本となる骨子を想定し、
構成された材質を複製し、
製作に及ぶ技術を模倣し、
成長に至る経験に共感し、
蓄積された年月を再現し、
あらゆる工程を凌駕し尽くし、
ここに、幻想を結び剣となす。
俺が両手で白い柄を持つ剣、『ディルンウィン』を握り締めると同時に剣は白い炎に包まれる。
この剣はセイバーの故郷のブリテン由来の剣、不死の騎士軍団から祖国を救った逸話を持つ、例えあの化け物が不死者であっても不死の騎士を焼き尽くしたこの剣ならば無傷ではいられないはずだ。
だが難点もある、それは本来なら高貴な血筋の持ち主以外は剣の炎の特性で持つ事すら許されないという事、けど投影とはいえこの剣は俺が鍛えたようなものだから炎が俺を傷つけるような事はないので安心した。
少し前に受けた突進の衝撃を俺一人ではろくに防ぐ事も出来ずにいたからか、俺や遠坂は戦力外に思われていたらしく、やや距離を取っていただけで襲われないでいたのだけど、俺が投影した剣を握り締め、遠坂が宝石剣に持ち替えのを機に危険を察知したのか体中にある目が一斉に俺達の方に向き、

「来るわよ。準備はいい、衛宮君」

「ああ。判ってる」

そう返す俺だが、投影した剣を使いこなせるよう更に蓄積された経験を読み取り続ける。
何故かといえば、投影する際にも剣が作られる背景や構成、材質に加え技術・技法などを憑依経験を元に読み取って再現しているものの、俺が本来の担い手ではない為に持ち主であった者の経験だけは容易には共感し難いものがあるからだ。
そもそもの原因は俺が投影魔術を扱う魔術師でしかないからだろうけど、守護者になったアイツ―――英霊エミヤの双剣、干将と莫耶でさえ、ただ上辺だけをなぞっただけでは読み取れない部分がある。
それこそが担い手によって剣が蓄積してきた経験であり、剣の構成している材質とか工法などの鍛造に関わるところではないからか、更に奥深くまで読み解かなければ見出せない部分。
ある意味、それこそが剣製の延いては投影魔術の極致とすら呼べる境地なのかもしれないが……それだって元になった担い手の技を再現しているに過ぎず、本物の担い手と戦えば一時こそ拮抗するかもしれないが、それ以上の伸びしろがない劣化コピーでは勝る事はないだろう。
でも、それでいいんだ、俺やアイツにとって投影も含めた魔術の本質なんてものは状況毎に選べる手段の幅を広げる為にあるに過ぎないのだから、だからこそ俺やアイツにとっての基本的な戦術を構成する投影魔術、どんな理由で作られたのかや構成する素材・技術等々、基礎の基礎たる骨子がいかに重要なのかが解るというものだし、技量だって別に使いこなせる必要はない、せめて俺でも使えるようになれればそれでいいってレベルに過ぎないんだから。
俺が剣に蓄積されていた担い手の技量を読み取り続けるなか、

「Es last frei EikeSalve――――!!(解放、一斉射撃)」

向かって来た泡の突進を避けざまに炎に包まれた剣で斬りつけようとしていた俺だけど、遠坂が振るう宝石の剣から迸る魔力の斬撃が泡の体を斬り裂き、

「Gebuhr、Zweihaunder!(次、接続)、Es last frei EikeSalve!!(解放、一斉射撃)」

続いて横に振り抜かれた斬撃が泡の体を四分割にした。
その一つに狙いを定めた俺は、剣に魔力を込めて纏う炎の勢いを増した一撃を見舞う。

「AaGaaaaッ!?」

四分割にされたうちの一つを剣が纏う炎の熱が瞬時に蒸発させ、不死者すら滅する炎の威力か、概念武装という蓄積された年月の重みがもらたす神秘が痛手を与えたのか、泡のような体を持つ化け物の口々から悲鳴の声が上がった。
だが、一つ蒸発させた程度でどうこうなるような奴じゃないのは判っている、続いて全身の動きを高速化させるミッド式魔術、ブリッツアクションを使って斬り返しの要領でもつ一つを蒸発させれば、

「デバインバスターッ!!」

「ブレイズカノンッ!!」

残りの二つは機を逃さずにいたなのはとクロノの砲撃で消し飛ばされ、

「一撃必倒!デバインバスターッ!!!」

ワンテンポ遅れて、振りかぶった拳と共に繰り出されたズバルの砲撃魔術は、基本的にはなのはの砲撃魔術と同じなのだろうけど近距離仕様なのか拡散していて、その結果というか周囲を漂う残滓すら残さず泡の体を持った怪異はこの場から消え失せた。

「どうやら片付いたようね……」

「………そうだな」

宝石剣を通して得た魔力を放つ遠坂では難しいだろうけど、炎で包まれているとはいえ直に斬り裂いた俺にはどこか手応えみたいな感触を感じたから効果はあったんだろうと思う。

「核みたいなモノがないか探してたけど、その必要はなかったかみだいだね」

「そうか。核みたいなので制御部分が在れば、あんな生物には思えないのだって生まれるかもしれない………だったら、僕もバインドを網目みたいな形にすればよかったんだ」

排気しているのか、先端から蒸気を吹き出すレイジングハートを手になのはは泡の化け物が消えた辺りを見ていて、遺跡や古代文明に明るいユーノは気体や液体みたいな体であっても核となる部位があれば制御して動かせるかもしれないと判断したようだ。
言われてみれば、ジュエルシードの暴走体だって暴れさせていたのはジュエルシードという核の部分だったから、そんな風にも考えられなくもない、か。

「……でも、なんだったんですあの化け物?」

「そうだね。姿からしてまともな生き物には思えない」

スバルは上司のなのはに訊ねるけど、所属していた所が武装隊を育てる教導隊というからには基本的に事件には関わらない人材育成を主とする部署だったからか、大人のなのはも上手く答えられず、

「恐らくは魔法技術で創られた産物だろうが、あんなタイプは初めて目にする」

「うん。僕も、とてもまともな文明の遺産には思えない、やっぱり古代ベルカ文明とかの技術が関わっていたのかな?」

視線は執務官として様々な事件に関わったクロノと遺跡発掘を生業とするユーノに向かったものの、何故か四人に増えた目線は遠坂に集まる。

「……あのね。いくら私や衛宮君がいる世界の魔術が古代ベルカの技術に似てるところがあるからって、何から何まで判る訳じゃないのよ?」

「すまない、つい……君なら知っているかもしれないと思ってしまった」

「そうだよね、流石にあんな奇妙な生き物は居ないよね」

「ですよね~」

流石に雲や蒸気みたいに実体が在るのか判らないばかりか、手足が生えては溶けるようにして戻るのを繰り返すような訳のわからない化け物なんかは俺達の世界にも居ないだろうとか俺も思い、憮然として返す遠坂に気づいたクロノは謝りなのはやスバルもフォローするのだけど―――

「多分、何かしらのキメラか死霊の類だろうけど私にだってはっきりは判らないわ、ただ時計塔の地下にある研究施設辺りならいないともいえないわね……」

「………いるかもしれないんだ」

もしかしたらと言う遠坂にユーノの頬が強張った。

「……なにはともあれ、あんな訳が分からない生き物まで現れるんだ武装隊ももうすぐ到着するから合流してから捜索するのが賢明なのが改めて判った」

「そうだね。書庫内から外に跳ばしてから襲撃して来るって事は、なかを荒らされたくないって事だと思うけど状況次第ではどう動くか判らないから」

空間モニターを開いて武装隊の展開状況を確認するクロノの言葉になのはも相槌を打つ。

「あの化け物にしても、泡のような体に無数の目や口、手足にいたっては体から出しては戻して別の所に移動している節が―――」

空間モニターを使い武装隊が到着するまでの間、先程の気味の悪い怪異に関して分析をし始めたところ、

「どうやら見つかったみたいだな」

どころからか通信があったようでそちらに繋げる。

「こちら機動六課のはやてや。無事アルトリアさんを保護したさかい、これからそっちに戻るから驚かんといてや」

「分かった。だが、こちらは先程まで―――」

通信は書庫内に取り残されたセイバーを無事保護したのを告げる内容だった。
しかし、化け物が現れた事に関して八神達に注意をするよう告げようとしたクロノだが、

「いや、現在も襲撃を受けている、転移魔法を使うなら注意してくれ」

「襲撃やて!?」

「そうだ」

空間モニターそのものを動かし、クロノ自身も前を見据えながら言葉を続ける。
その目線の先に泡のようなものが現れた思えば、爆発的に膨らんで先程倒した筈の泡の化け物へと変わり、

「Aaaaッ!!!」

幾つもある目が一斉に周囲を探るように動いて、俺達の姿を捕らえると同時に口々からは怒りの声が上がった。

「そんな……」

「完全に消えた筈なのに蘇えったとでもいうの……」

周囲に転移魔法などの魔方陣が現れる気配が無かった事から同タイプの別の個体ではなく、同じ化け物が一度は消滅した筈なのに再び姿を現した事からスバルとユーノは声を漏らしてしまい、

「仮に死霊に近かったとしても、魔力による衝撃なら無事じゃないはず………て事は、ガス状生命体みたいって感じかしら?」

遠坂は気体みたいに固有の形状を持たない怪異だからこそ、その性質からして普通の攻めでは通用しないかし難いと推測して、

「そうかもしれない。一度は倒したと思ったが、単純な物理攻撃では効果が少ないのかもしれない」

「実体が無い分だけ威力も効果も減衰するみたいに、かな?」

「多分、そんなところだ。そして、気体みたいな特性を持つ体なら凍結系の魔法も効果が薄いだろう」

泡のような体という、得体の知れない化け物を冷静に観察するクロノは遠坂の考えに賛成のようでなのはの意見にも相槌を打つ。
仮に魔術で与えられた傷を無効化できるようなら、あの怪異にはバーサーカーのような宝具級の加護かセイバークラスの対魔力に相当するような力がある事になってしまう。
それならば、あの怪異には傷を負わせられないが、あの怪物にそんな加護や能力があるとはとても思えない―――むしろ、

「でも、すぐに復活しなかったんじゃなくて出来なかったのなら俺達の攻撃も少しは効いているかもしれないぞ」

「そうだね。戦いに絶対は無いもの、どこかに何かしらの秘密があるはずだよ」

水や空気のような体だからこそ、皆が推測するように受ける効果が少ないのだと判断する俺に、なのはも打撃を蓄積させ続ける案に賛成してくれ複数個の魔力弾を探るように放つ。
なのはは向こうでの戦いでリンカーコアを傷めている、あの化け物との戦いを長引かせる訳にはいかない。
だが、この時の俺達は、目の前にいる化け物がまさか破滅のモンスターだとは想像すらしていなかった。



[18329] リリカル編27
Name: よよよ◆fa770ebd ID:46b031ba
Date: 2015/01/30 02:18

壁一面が本棚になっている通路のなか、幾つもの本が漂う書庫の奥に取り残されてしまったセイバーさんを迎えに行った私達だったけど、いざセイバーさんと合流したのはいいとして、

「変な生き物だね」

空間モニターに映し出される映像にはブクブク泡立っている感じの体に、幾つもの手や足がまるで竹の子みたいににょきにょきと生えては沈むように戻される様子が映っていて、目や口も大小様々な大きさのが沢山あるのが見て取れる。

「むしろ、この世の生き物とはとても思えん姿よ」

透明にしている防護服の一部を結合させているアサシンさんは、動き易いよう背中にいるからどんな顔をしているのかは判らないけど、地球の生物とは明らかに違う姿に嫌悪感を抱いているみたい。
元々は、八神さんがセイバーさんと合流できたので今から帰るよって話しを伝えてたんだけど、通信相手のクロノさんの方では画面に映っている変な生き物に今も襲われる最中だという。

「何か、見てるだけでも気持ち悪くなってくる姿だねぇ……」

「……うん」

「違うわアルフ………アレは、おぞましいっていうのよ」

顔を顰めるアルフさんの言葉にフェイトさんは力なく頷きを入れるけど、お母さんは気持ち悪いを超えているようだって言いたいみたい。

「恐らくは魔法技術で生み出された産物でしょう」

「せや、な。あんなん普通にいるわけない」

自然に生まれた生き物じゃないって推測するシグナムさんに八神さんも納得の様子。
そっか、言われてみれば今の理ではあんな形の生命が生まれる土壌は無さそうだから―――あれ、ならあの子は昔の理で生まれた子の生き残りって線もあるのかな?

「思念体じゃねぇって事は、私らを追い出した後であの化け物をけしかけようとしてたって訳か」

「衛宮君の魔法で壊す速さが予想外だったとしても、扉を閉ざした理由が、あの化け物の力を十分に発揮させる為だったのか、それとも反対に入って来ないようにする為だったかだで状況が違って来ると思う」

ここの書庫に住み着いてしまったという人が行ったやり方に対して、ヴィータさんは憶測を立て、大人のフェイトさんもつけ加える。

「なるほど。それ如何ではあの怪異が書庫の主によって制御さているか、或いは暴走しているだけなのかが判るという話しですね」

他の人達の話から、書庫のなかに居て状況に疎いセイバーさんも把握して来た様子であの子が誰かに操られているのか、それとも自分の意思で暴れているのかで対策も変わって来るみたい。
ただ、闇の書に関連する情報が無いか探していただけなんだけど、なんだか藪を突っついたら蛇が出てきたみたいな感じに思えるかな……

「そういう話しになるんやろな。それは兎も角、ここでジッとしてても始まらんから話しは戻りながらにしよか」

セイバーさんに相槌を打って返した八神さんだけど、

「それなら、転移魔法を使って私かシグナムが先行した方がいいと思う」

「せやな。皆して転移魔法で一気に戻れるのが一番なのやけど、そやとまたアルトリアさんを置いて行ってしまかねん」

どややら、大人のフェイトさんの提案は八神さんの許可が下りたみたいで一足先に転移魔法で行ってくれる様子。

「いえ。それでしたらアリシアの転移魔法なら幾度か経験してます、それに事前に判ってさえいれば対魔力の影響を下げる事もできますが……」

「いわれてみればアースラのは使えたたんだっけ」

「そうじゃなければ私らの時に来れないよ」

皆が使える転移魔法でも前々に言ってくれれば大丈夫てセイバーさんが言えば、フェイトさんにアルフさんがジュエルシードを探していた時の事を思い出したのか口にする。

「事前に知らんでも、アリシアちゃんのなら大丈夫なん?」

「ええ。アリシアのは奇跡に近いので私の対魔力でも干渉は困難を極めます」

「さよか。言われてみれば、並行世界を行き来する程の不可能領域級の魔法なわけやさかい、奇跡って言われればそうなんやろなぁ……」

セイバーさんと話す八神さんは、二人のフェイトさんに視線を向けて納得していた。

「わこうた。転移魔法はアリシアちゃんにお願いするわ」

「は~い」

八神さんに頼まれた私は返しつつ、向こうの様子を視ながら急に襲われないような所に皆を転移する。

「相変わらず前兆すら感じさせない魔法の使い方だな」

「ある意味、魔法による無拍子とでもいうべきか……末恐ろしいな」

転移して、ぶくぶく泡だつ体に目や手足が幾つもある子と誰かの魂みたいなモノの周囲をお兄ちゃん達が動き回っているのが目に入って来るのだけど、ヴィータさんはチラリと私を見て零し、シグナムさんも褒めてるのかよく判らない事を言う。

「状況は?」

「見ての通り襲ってきたのは一匹だけだが、気体か液体か判断できない特性で物理的耐性を含めた各種の属性が高いようだ」

「手応えからして、むしろ攻撃そのものが効き難いって捉えた方がいいと思うよ」

何であの子が現れたのか判らないから問いただす八神さんに、効果的な属性がないか違う属性の魔力弾を幾つも撃ち込んでいるクロノさんが答え、次いでバインドを網みたいにして包み込ませる事で動きを封じようとするユーノさんが少し訂正を加える。

「………一匹って?」

違和感を覚えた私だけど、ユーノさんのバインド、魔力で編まれた網はぶくぶく泡だつ子の手足や目、口に被さって、そのまま押し潰そうとでもいうのか絞るように押し込むんだけど、物質化している部分だけが捕らえられたからかバインドの網目から泡だつ体だけが通り抜けてしまってぶくぶく泡だつナニカになってしまう。
そこに―――

「バスターっ!!」

速射したなのはさんの砲撃があたって網に捕らわれていた部分、手足に目や口の数々があっただろう場所に風穴が空いて消え失せた。

「やったのか?」

声を上げるヴィータさんだけど、ぶくぶく泡だつ子は瞬く間に空いた穴が塞がったばかりか、体中から幾つもの手足や目、口が生えてきて何事もなかったかのようにしている。

「……あれで無事なのかい?」

「執務官の指摘通り、気体か液体で構成されてているようね」

驚くアルフさんにお母さんが観察しながら教えてくれる、

「それならどうすればいいのかな?」

「手足は他の生き物みたいに形があるからダメージは与えられる筈だけど……」

「うん。私もそう思って試してみたんだけど………効果はないみたいだね」

相手が固体の物質ではないからか、疑問の声を上げるフェイトさんに大人のフェイトさんはバインドが効いたのを理由にしているみたいだけど、誘導弾を放つなのはさんは幾度も泡の体にある手足や目、口を撃ち抜き続けながら口にする、きっと何処かに弱点がないか探ってるんだろうな。

「何かしら仕組みがあるはずなんですけど……」

「正直に言って得体が知れない相手だ。念の為、こちらに向かわせていた武装隊は無限書庫の所員や閲覧しに来ている来館者の安全を確保する必要から先に避難させるよう指示を変えたところだ」

ローラーブレードみたいなデバイスの機能を生かす為か、青い色の足場を構成しながら滑走するスバルさんは泡だつ子の注意を引く為なのか周囲を旋回するようにしながら様子を見ていて、武装隊を要請したクロノさんも状況がどうなるのか判らないからかまず先に避難を優先させたみたい。
誘導する魔力弾で目や口、手足の数々を吹飛ばし続けるなのはさんに、いいかげん怒ったのか泡の体から迫り出した部分で殴りかかるように叩きつけて来る。
でも、なのはさんの方が反応が速いからひょいって感じにで横に避け、そのまま本棚の壁に衝突するのだけど、

「今だ!」

好機と見たのか、炎を纏う剣を手にして様子をうかがっていたお兄ちゃんが瞬間的に加速させた飛行魔法で一気に踏み込んで斬りかかれば、

「Gaaaaッ!?」

斬り返して二度三度の剣撃で泡の体を持つ子の体は全部までとはいかないまでも大半が蒸発した。
ただ、お兄ちゃんに蒸発させれた泡の子が痛みからか悲鳴みたいな叫びが上がる一方、離れた所に居る誰かの魂も痛みからか身を捩じらせるようにしている。
そうか、お兄ちゃん達を襲ったっていう子とあの子の間には何かしらの繋がりがあるんだ。
なら、なのはさんの放つ誘導弾では痛みは伝わらないけど、お兄ちゃんの持つ炎の剣なら幾つかの次元で隔てられた所にいる子にも痛手を与えられるって事なんだね。
それに、なのはさんの誘導弾も全くの無駄って訳じゃなさそう、だって次元を隔てた所にいる子はお兄ちゃんの接近に気がつかないみたいだったから繋がっている子の目で視覚情報を得ていたんだと思う。
でも、それはなのはさんによって吹飛ばされて続けているからまともに見えなくなっていて、次元を隔てた所にいる子は目が見えてない状況に陥ってるんだ。

「だったら内側からならどうだッ!!」

「なるほど、そう行くか」

大きな鉄球に魔力を込めた鉄槌で叩いて撃ち出すヴィータさんに続いて、剣を鞘に連結して弓に変えたシグナムさんは、そのまま魔力で構成された矢を放って難なく泡の体に埋もれてしまった鉄球を貫き爆発させた。
鉄球が爆発した際に放たれた衝撃による内側からの圧力で泡の体が四散したばかりか、周囲の棚に収められて本の数々が巻き込まれて散り散りになるものの泡は再び集まりだして数秒も経てば元の姿に戻ってしまった。

「まるで暖簾に腕押しやなぁ……」

爆発の際に蒸発して失われた部位もあったけど、体の泡が膨らむようにして増えた事で元に戻ってしまう様を見詰める八神さんは、呟きながらもジッと様子を探っている様子。
とりあえず、魂になっている子を倒せば目の前にいる泡の子も消えるのが解った私は、

「あの泡の子は本体じゃないよ」

て、皆に伝えてから次元の壁を隔てられている境界を取り除こうとしようとしたんだけど、

「アレの正体が解ったわ」

そう告げる凛さんの方が先だったので呑み込んだ。

「判ったのかっ!?」

「でも、どうやって!?」

「アーチャーが私達を襲った本の後をつけて見つけた施設があって、施設の破壊をしないのを条件に聞き出したってわけ。
それによれば、いつの時代かまでは定かじゃないけれどアレはある種のエネルギーの影響で変質してしまった人間よ」

驚きの声を上げるクロノさんやユーノさんに対し、二ティちゃんから貰った宝石の剣を手にする凛さんは、ここには居ないアーチャーさんとのやり取りを整理しつつ話しているみたい。

「……元が人間って言われても、そもそも原型すら留めてないだけど?」

「それが、転送されて来た時は凍結保存でもされていたみたいで所々に霜がついてても人の姿をしてたんです」

ビフォー・アフターじゃないけれど、余りの違いから疑念の声を上げるアルフさんにスバルさんが返す。

「そのエネルギーは人や獣に触れると、対象の体の構造を変えてしまうばかりか攻撃性や凶暴性も上がるみたいで影響を受けた所では結構な被害がでたそうよ。
でも問題は、そのエネルギーの影響を受けた人や獣がいた国ってのが厄介でいて、各地で暴れてたのを捕らえて分析したまではよかったんだけど、それまで知られていたのとは違う、未知のエネルギーだったものだから遺体や屍骸からそれらのエネルギーを蒐集しては精練をするのを繰り返しながら研究を重ねて行しまったの。
でもって、終いには兵器として使えるよう量や密度を上げて化け物にしてしまったのがアレよ」

泡の子の様子をうかがいながらも、凛さんは「まあ」って一旦区切ってお兄ちゃんやセイバーさんに視線を向け、

「これだけ言えば、衛宮君やセイバーなら解るわよね?」

「破滅の力か……」

「何という事を………」

凛さんは私達の話を聞いただけだけど、神の座での経験から破滅の力の性質が解っていたお兄ちゃんとセイバーさんは古代ベルカ時代だかベルカ戦乱期頃かは判らないけど破滅の力までも戦争の道具に利用しようとしていた行いに表情を曇らした。

「破滅の力?」

「ああ。ある種の意思を持つエネルギーで、どんな物にもプラスとマイナスがあるように、命が生まれれれば反対に生じる力があるんだ」

「破滅の力に影響を受けた生命は、周囲の命を排除する必要から影響を受けた者の体を変質させ身体能力を大幅に強化させて襲いかかる」

聞きなれない言葉だったのか、大人のフェイトさんが零すのでお兄ちゃんが返し、セイバーさんがつけ加える。

セイバーさんんは「しかも」と続け、

「そんな性質を持つ力が故に、量が集まり続ければ世界に仇なす邪神と化してしまうという話を耳にしています」

「それが人為的に行わたとすれば―――」

「―――アレは人が造ってしまった神なんやろうな」

眉を顰めるお母さんの言葉を八神さんが継いで、敵は邪神の域にまで達してしまった破滅のモンスターなのを耳にしたフェイトさんとアルフさんは「ゴクリ」と唾を飲み込んだ。

「………それが解るという事は、まさか君達の世界でも研究が行われているのか?」

幾つもの魔力弾で有効な属性がないか探っていたクロノさんも、効果のあるのが見つからなかったようでなのはさんと同じく泡の子の手足や目、口に狙いを変えていたんだけど、お兄ちゃん達の話から私達が住んでいる所でも研究が行われているのか疑ってしまったよう、

「多分、それは無いと思うぞ。元々破滅の力の事を知ったのは二ティ達と会ってからだし、破滅の力が現れるのは千年周期、それに幾つもの世界を巡るから特定の世界に必ず現れるって所は少ないんだ、そもそも現れたら俺達の世界だって大変な事になる」

「ええ。破滅の影響を受けた並行世界を見た事がありますが、破滅の力が私達の世界に現れれば、その時は世界から魔力が失われるばかりか、人々の体を蝕む力が広がって私達の星は緩やかに滅びの道を歩むようになっていた」

「そっちの文明でさえも………それ程の力なんだ」

クロノさんの抱いた疑念に答えるお兄ちゃんに相槌を打つセイバーさんだけど、今度はユーノさんの顔から血の気が失せていた。

「何事にも陰と陽があるという話か。とはいえアリシアよ、聞くが―――この『鈍ら』でアレは斬れるか?」

「うん、でも何で?」

泡の子に視線を向けるアサシンさん、斬るだけならお兄ちゃんだってしてるから斬れると思うけど?

「なに。剣にかけた人生だったものでな、斬れるものなら神と呼ばれるモノにまで手が届くか試してみたいだけの事よ」

「そうなの。でも、あの泡の子は本体じゃないよ?」

「それは―――どういう意味だ」

振り返るアサシンさんに、

「泡の子を操っている子は、次元が隔てられた所から魔力で泡の子を作ってるみたい」

「ほう、では目の前に居るアレはただの虚像に過ぎない訳か」

「そんな大事なことを何で言わないんだ!」

今まで観察してきた状況からの推移を口にしたんだけど兄ちゃんは声を荒げて来る。

「なんでって、偶々いただけで関係してるなんて思わなかったんだ。
でも、お兄ちゃんが斬りつけて痛がってたから泡の子と繋がりがあるのが判ったの」

視たところアレくらいの次元なら私の力を使わなくてもジュエルシード改の次元干渉で十分、

「今、次元を繋げるから見ててね」

言いつつ、倉庫にしている世界から八個のジュエルシード改を取り出して展開させた私は、魂だけ子の周囲諸共こちらの次元に連結させた。

「どう見ても生物には見えないな」

「まだ、あの泡みたいな方がマシだったかも……」

こちら側に姿を見せた魂だけの子は、周囲から様々な力を取り込んで魔力に換えてるから黒く変色して見えていて、まるで渦を巻くように蠢く闇にさえ錯覚してしまうからか声を漏らすクロノさんやユーノさんに続き、

「や、やばいよフェイト、プレシア」

「アレが……本体………」

「……そうね、神の域に達しているかもって言われるだけの魔力は持ってそうね」

驚いたのか尻尾を膨らませて逆立てるアルフさんはフェイトさんとお母さんに視線を向けるんだけど、フェイトさんやお母さんからはなんだか緊張が伝わって来る。
でも―――

「ふっ」

渦を巻いて周囲の力を取り込んでいた魂の子は、急に次元の壁に空いた穴で繋がったのに戸惑う間もなくアサシンさんに一閃された。

「………あれだけの魔力を感じさせる相手に一瞬の躊躇もなくとは、流石は英雄と呼ばれるだけある」

「なに。かつて目にした白銀色の化け物は試す以前の問題であったが、仮にも神に列ねるかもしれん相手を斬れる機会があるのだ―――試さない方がおかしかろう」

魂だけの子は、口が無いから声は上がらないけど痛かったのか渦巻く流れに乱れが生じる、その様を見ていたシグナムさんは迷い無く斬りに行ったアサシンさんを褒めてるみたいだ。

「魂そのもので魔力を生成してるみたいだけど、あの子は神にはほど遠いと思うよ」

だって、私の影として各枝世界の根源にて、その枝世界に属する全ての並行世界の均衡と調和の調整を行い続けてる神はあんな程度じゃ勤まらないもの、精々数年も保てればいい方。
だって、少し前に理が新しくなったんだからもう少し自由に遊びたいって邪神達が暴れた事があったけど、駄目だよって神に命じてメッてした事があったんだ。
でも、元気があまり余っているようだったから率先して駄々をこねてた子には並行世界を含め全ての世界が安定するよう量子の反応とか不確定確率などを計算させて神の手伝いをしてさせてたんだけど、数千年ほど経って気がついた頃には何だかよくわからない事ばかり口走るようになっていて。
他の邪神達にしても、それまでは渋々とだけどお手伝いしとかしてくれていたのに、その子が変になっちゃった辺りから、

「君達のなかで手伝ってくれる元気な子はいないかな?」

ってその子の代わりに新しく補佐してくれそうな子がいないか伝えても、ただ神を怖がってしまうだけになっちゃただけで放って置くわけにもいかないから、とりあえず封印というか隔離して療養させたアザトー……何とかって子に比べれば、今、私達の前にいる魂だけの子なんて大した存在じゃないと思う。

「そりゃそうだ、あんな化け物の神なんか居てたまるかッ!!」

私の言う意味合いとはどこか違う感じがしなくもないけど、手前に鉄球を現したヴィータさんは魔力を付与させた鉄槌を叩きつけて加速させ、黒く渦巻く魂に一振りで幾つも弾き飛ばした。
魂だけの子は、エネルギーを取り込む際に力場を用いながら何層にも重ね合わせているようで見た目が闇のように渦巻いて見える、目的が力の吸収とはいえ仮にも力場で覆われているからか、残念だけどヴィータさんが撃ち込んだ鉄球の数々は高い初速で放たれたにもかかわらず次第に速力を失ってしまい、込められていた魔力なんかのエネルギーも取り込まれてしまうけど、

「そうね。どの道、襲って来るのだから倒さなければならないのには変わりがないわ、それに仮にも神ならぬ人が造ったのであるなら人の手でも倒せるはず―――フェイト、アルフ補佐しなさい」

「うん」

「はいよ」

叫ぶようなヴィータさんに続いて、魔方陣を広げたお母さんは二人に指示を出し、その声よってフェイトさんとアルフさんの二人は固まりかけていた体に力が戻る。
アサシンさんの『鈍ら』と魂だけの子が覆う闇の性質は似ているからまるで鈍器で殴った感じで、ヴィータさんの鉄球はエネルギーを取り込む力によって吸収されてしまったけど、二度も直接的な攻撃を受けた魂だけの子は泡の分身による遠隔操作を止め、自ら圧縮した魔力を敵意と共に私達に放って来た。

「む、泡の化け物が消える」

「来ます、気をつけて!」

直感的に異変感じ取ったアサシンさんとセイバーさんの呼びかけによって、皆は速射された砲撃みたいに予備動作というか、魂だけの子は魔力を圧縮して放つのに魔方陣を必要としないから前兆が読めない魔力の奔流をなんとか防いで、

「そもそもの前提が間違ってるんだ!目の前にいる相手は僕らよりも神に近い存在なのかもしれないが、要は異質文明が生み出した遺産に過ぎない!!」

「それならアレはロストロギアの一種になるの!?」

「そうなるね。なら、あの化け物を倒すのはロストロギアを正しく管理しなきゃならない時空管理局の勤めだッ!」

あの子の放った力を防御魔法で防いだクロノさんはロストロギアだって決めつけ、一瞬こそなのはさんは驚いたものの大人のフェイトさんと一緒に業務の範囲内だって気合を入れる。
そんななか、

「確認しとくわアリシア、魂そのものが魔力を生成するのって第三に近いんじゃないの?」

「似てるけど、イリヤお姉ちゃんみたいに魂の存在情報を元にして正確に具現化するまでは出来てないみたい、精々周囲にある様々なエネルギーを取り込んで魔力に変換しているだけだよ」

まるで猫さんが獲物を見る時のように細めて凛さんは聞いてきたので見た感じを伝えれば、

「物質化までは出来ないのか……不幸中の幸いだな」

「どうやら邪神化まではしてないようですね。ならば、あの泡の怪異は人の姿を模倣しようとして正確に行えないからこその分身であり、知らねば、その分身を攻撃するのに用いられる力を取り込み続ける算段だったようだ」

お兄ちゃんとセイバーさんもやや安堵の表情を見せる、そうだよあの子の力は精々眷属位だもの。

「……そう、か。アレは第三までは至ってないのね、なら力押しでもなんとかなりそうね」

「うん。皆で頑張れば大丈夫だよ」

魂だけの子を見据えながらも、口元に手を当て呟く凛さんに対し皆で頑張れば勝てるよってアドバイスを送る。
確かに魂だけの子は人の力を超えた域にいる存在だ、でも私が人の域を超えた力を用いてしまえば魂そのものを分解したり拡散させるなり、滅ぼす方法など幾らでもある程度の存在に過ぎない。
ここには折角会えたアリシアの家族のフェイトさんや、並行世界のお母さんにフェイトさん、アルフだって居る………正直にいえば危ない目には遭わせたくないのが本心だ。
だからといって、私が人の域を超えた力を行使すれば皆から神扱いされ『行動も移さないで私にばかり頼りきるのは何故か?』っていう問題が解らないままになってしまうばかりか、酷い状況になれば皆を堕落させてしまいかねない危険性すらはらんでいる。
だからこそ、前にセイバーさんは私に「自身の力の使い処を間違わないようにして下さい」って教えててくれたんだから……
なら、私は楽をしようとはせず人として扱える力だけで向かい合わなければいけない、例え目の前に居る魂だけの子は少し時間がかかる相手だとしても―――でも、いくら人一人では手間を感じる相手だって、ここには同じ意思を持った仲間がいてくれる、一人一人が個別に戦うんじゃなくて皆で立ち向かうなら私が人を超えた力を使う要素はどこにもないはず。
それに、お兄ちゃんが正義の味方を目指すのなら、あの程度の子とはいずれ対峙する機会なんて幾らでもあると思うんだ、だったら今のうちから慣れれるよう経験した方がいいと思う。
でも―――

「魂の情報を元に物質化って、そんな技術まで存在するのか………なんていう異質文明だ」

「もう、なんでもありの世界にしか思えないな……」

「下手をしたら古代ベルカよりも危険な世界なのかもね」

「同感や」

クロノさんの表情が固まるばかりか、ユーノさんは苦笑いを浮かべてるし、大人のなのはさんと八神さんはなんともいえない顔を私達に向けるけど、渦巻く闇みたいな魂のだけの子が放った魔力を奔流を受け止めて皆は緊張していたみたいなのに、どことなく和らいだ気がした。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第27話


アリシアが見つけてくれたおかげで、それまで俺達が対峙していた泡の化け物の正体は実は別の奴が動かしていた分身でしかないのが判明する。
ただ……その後、アリシアが次元を繋げた事から俺達にも見えるようになったそいつは、まるで闇が渦巻いているかのような奴で、しかも目にしているだけだっていうのに火花でも浴びさせらているのかと錯覚してしまう程の魔力をヒリヒリと感じさせる正真正銘の化け物だった。
そんな化け物に対し、アサシンが斬りつけたのを境に幾つもの鉄球を現したヴィータが鉄槌型のデバイスを叩きつけて飛ばすという魔術を扱うが、表面的には効果があったかは判らない。
そればかりか、泡の化け物を出す必要が無くなったのを悟ったアイツは泡の化け物に送っていた魔力の供給を止めて消し、仕返しとばかりに放って来た魔力はまるでミッド式の砲撃もかくやという程にまで圧縮された魔力の奔流。
しかも、見た目が黒く渦巻いているようにしか見えないから人が行うのとは違って予備動作すら察するのは難しい、そんな化け物の砲撃をアサシンとセイバーの言葉だけで察した俺達はなんとか防げたものの状況は好ましくない。
遠坂とアリシアの話を聞く限り、不幸中の幸いか、どうやらあの化け物は魔力炉みたいな真似は出来ても不死を体現する第三までは至ってないという話だ、けどそれを耳にしたクロノ達は俺達の世界が古代ベルカよりも危険な所なのかもしれないとか抱いてしまった様子もなくはないが、それによって少し緊張が解けたようだった。
でも化け物の攻勢は終らずにいて、

「相手の魔力は底なしよ、正面から受けないで逸らすようにしなさい」

「うん。そうしないと持たないんだね」

「あいよ」

続けざまに放たれる魔力の奔流に対し、自ら率先して見本を見せるプレシアさんは、アリシアのディストーションシールド程ではないが複数の魔方陣からなる防御魔術を用いながら砲撃の如き魔力を受け流しつつフェイトやアルフに魔力を温存しながら戦う術を教える。
だが、アリシアの話が本当なら不死身とまではいかないまでも魔力炉と化しているアイツは無尽蔵の魔力を持つ……長期戦は不利、か。
それに、気になるところがある―――

「……ヴィータの鉄球って急に遅くならなかったか?」

「やはりそう見えたか……」

「僕もだ……」

「っ、見間違えじゃないんだ」

俺は相手が魔力炉みたいな性質で膨大な魔力量だからこそ、事前に魔力の動きを感知して動けるから向かい来る魔力の奔流を避けて話せ、シグナムやクロノは規則性を感じさせない動きで砲撃を避け続けているからだが、そこまでの術がないユーノは時々強化したシールド魔術で受け止めていた。
他にも俺が出来るんだから当たり前かもしれないが遠坂も無難に避けているのだけど、どうもセイバーは瞬間的に避ける動きからして事前に感じ取る感覚というより直前で感じ取るいわゆる勘で避けている様子。
機動六課の八神は、直接的な戦いは慣れてないのか防御魔術を展開するなのはやヴィータ、スバルに守ってもらう形になってしまっているが、隊を率いる者に必要なのは状況の把握と適切な指示が行える判断力や統率力で個人の強い弱いは別物だから仕方がない。
続けざまに俺達に砲撃の如き魔力を撃ち放ってくる黒く渦を巻く化け物だが、自身をこの次元に現したのがジュエルシード改だと判断したのか、アサシンと背に乗るアリシアには圧縮した魔力を撃つ他に黒き闇の如き触手のようなモノを向けるが、闇の触手はアサシンの鈍らに受け流されるようにして阻まれ、瞬時に動いたセイバーや大人のフェイトによって断ち斬られたばかりかクロノとシグナムも加勢に加わった。
一瞬、俺もアリシアの加勢に入ろうと過ぎるも、大勢が一つの所に固まるよりも少し離れた所から牽制して化け物の意識を分散させた方がいい、なにより大人のフェイトやシグナム、クロノは攻撃的な魔術に長け機動力にも勝っている他にセイバーだっているんから戦力的には十分のはず。

「あの子が黒くて渦巻いて見えるのは、色々なエネルギーを取り込む最中に混ざりあってるからそう見えるの、ヴィータさんが撃ち込んだ鉄球も物質を結合させてる力や運動エネルギーなんかが奪われたから弱くなったんだよ」

「力が奪われる!?」

「うん。周囲から集めた力を変換して魔力にしてるみたい」

弓で射れるよう、手にするディルンウィンを矢の様に作り変え投影した弓に番えたところ、アサシンの背から観察するアリシアは神霊に至っているからか黒く渦を巻く化け物がどんな風にして魔力を得ているのかを口にするのだけど、助けに入った大人のフェイトはその言葉が指す意味を理解して驚きを隠せないようだ。

「物質からエネルギーを得てるってどういうことなん?」

隊を指揮する八神も、大人のフェイトと同じく言葉の意味を理解しているのだろうが、確認の意味を込めてアリシアに問い質した。

「物質って原子や分子が集まって出来てるから、その結合させてるエネルギーを吸収して魔力に換えてるだけだよ」

「それが本当なら、あの化け物はどんな攻撃だって通じない話になるぞ!?」

八神の問いかけに対して魔力は勿論、運動エネルギーや物質を構成している力そのものを糧にしてしまうと返したアリシアに、執務官として幾多の経験をこなして来たクロノでさえあの化け物が一線を越えた怪物なのを感じ取っていただろうけど、攻撃そのものが通じないとなれば退くしか選択肢がない。
それもそうだろう、魔術だけなら魔力の結合を阻害するAMFとかに近いのかもしれないが、あの化け物が行っているのが魔力に関連するもの以外にも影響があるのなら打撃や斬撃、何かを撃ち込むにしてもにしてもそれはあの化け物を更に強くしてしまうだけに過ぎないのだから。

「故に、か……やっかいな力だ」

威力よりも砲撃の発射間隔を優先させ、続けざまに砲撃を撃ち放つクロノの横で、シグナムは手にするデバイスに視線を落して零す。
アサシンや大人のフェイトの魔力刃とは違って、シグナムのデバイスは武具を模倣したアームドデバイスの実剣だからか、黒い触手を斬り払っているうちに剣身そのものが刃こぼれをしたかようにボロボロになってしまった為にシグナムは片手を剣身に当てつつ魔力を込めて修復を行う。
よく見れば、ヴィータの放った大きな鉄球が爆散した衝撃で飛散していた本の数々が半分近く欠けていたりほとんど形を失ったりしていて、恐らく黒く渦を巻くアイツに近かった本等は既に分解され吸収されてしまっているようだ。
それに、薄っすらとだけど不可視の鞘で覆われている筈のセイバーの剣でさえ所々で剣身の影みたいなものが窺え始めているのだから、あの化け物の分解・吸収能力は恐ろしいものがある。

「大丈夫だよ。瞬間的に取り込める量もそんなに多くないみたいだから、仮に誰かが取り込まれても完全に分解・吸収されるまで十数秒はかかると思う」

「それだけの時間がかかるなら、吸収できないくらい皆で思いっきり攻撃すればいいのか」

「そう言われると解りやすいわね」

人が粒子に変わるまで二十秒もかからないとか洒落にもならない事を口走るアリシアだけど、ユーノがその言葉を要約すればプレシアさんも頷きを入れ俺達もなる程と思う。
直接的な効果が望める魔術の大半は威力が瞬間的なものだから、魔力を圧縮するなりして貫通性を高めたりや破壊があるのを用いれば通用するという話だからだ。
しかし、あの化け物が無敵って訳じゃないのは判ったけどアリシアは相変わらず楽観的だな、いや……俺達が難しく考えすぎてたって話でもあるか。
どうあれ、俺だってあんな化け物をこのまま放置する訳にはいかない―――ここは腹を決めるしかないだろう。
とはいえ、

「問題は私らの全力であの化け物が倒せるかどうかや……」

なのはがリンカーコアを傷めている事や、あの化け物が周囲のエネルギーを取り込んで魔力炉と化しているからだろうけど、魔力の総量がどれくらいあるのか把握できない状況では八神も慎重になっている様子、でも、それは隊を預かる者としての責任があるからなのだろう、けどある意味では退いて武装隊を含む多くの魔導師達の支援の下で行うのも一つの手なのだろうか?

「だが、僕達はできる事を全力でやるだけだ」

それでも執務官として武装隊を率いるクロノは、相手が相手だけに慎重になりかけた八神に対して今できる事をするしかないと檄を飛ばせば、

「そうだ、やってみなきゃわからねぇもんな」

ヴィータも相槌を打ち、

「どの道。あの怪異を放置すれば、いずれ書庫の全てを取り込んで手がつけられなくなってしまう―――そうなる前に倒すしかない」

今でさえ手強い相手なのに、時間をかければそれだけ周囲から力を取り込んで、より邪神に近くなってしまうかもしれない現状で躊躇するは愚策とセイバーも意見を述べ、

「……せやな、あないな化け物を放置したままにはいかへんわな」

八神も内心では解ってはいたのだろう、ただ皆を危険にさらすのに躊躇してただけなのかもしれないが、状況が状況だ即断即決の要領で覚悟を決めたようだ。
そうだ、仮に戦力不足を理由にして、この場を離れたとしても時間と共に書庫そのもの取り込んで、より強力な力を持つ化け物となった時の事を想像するなら今ですら弱いとは思えないけど倒せる時に倒した方が被害は少ない。

「でも、ね。仮にあの化け物が魔力炉そのものだからって、こっちは底なしじゃない代わりに無制限だったりするのよ」

相変わらず豪気というか宝石剣を振るう遠坂は、前にも見たけど桁外れの魔力を秘めた刃を放って、いかなる攻撃でも吸収してしまう化け物でさえ、少しでも効くならどれ程の力を持っていても削り殺すって宣言している。

「なら、無尽蔵でも無制限でもない私達が出来るのは吸収されるよりも速く貫くだけだね」

「はい。一撃必倒で行きます!」

「なのは……」

「大丈夫だよフェイトちゃん。リミッターもあるけど、あの化け物を倒すのには手数は必要じゃないから」

防御魔法を解きレイジングハートを構えるなのはに続いてスバルも構えるが、大人のフェイトはリンカーコアを傷めているなのはの体を気遣う。

「アルフは守りをお願い」

「はいよ、プレシア」

「それなら僕も攻撃魔法は苦手だから護りにつくよ」

指示を出すプレシアさんは、フェイト程攻撃魔術に長けてないアルフに黒く渦巻く化け物が放つ砲撃の如き魔力を防がせ、その機を逃さず攻撃に転じようとしていたのでアルと同じく攻撃魔術に長けてないユーノも同様に皆が魔術を扱う間の護りにつけば強固なシールドを展開する。

「解ってるとは思うけど、あの化け物を倒すにはただ単に強い魔力を放てばいいって訳じないの、化け物の本体にまで達せられるよう極限まで圧縮する必要があるから、一人よりも三人で行えばより大きな魔力を集束できる、フェイトは二人とも私と一緒に魔法を手伝ってくれるかしら?」

そう口にするプレシアさんだったけど、その裏の意味は俺とアーチャーの関係と同じで同系統の魔術を知り、魔術の工程や癖などが同じだからこそなんだろう。

「うん、解った」

快諾するフェイトは、リニスという使い魔が研究で忙しいプレシアさんの代わりに教わっている、そして、この世界の使い魔というのは主から伝えられるそうだから、

「そうだね。母さんの言う通りだ」

プレシアさんの意図を把握したのか、続き大人のフェイトも同じ魔術の系譜であるなら同質の術式に魔力を込める以外にも相互に制御し合って威力を高められると踏んだようだ。

「そっか、運用は少し難しくなるし事前に同じ魔法を知ってなくちゃ駄目だけど、個々に魔法を使うんじゃなくて一つの魔法を複数人で行うなら魔力量の違いや分担もできるから威力だって違いがでる」

「それなら」となのははスバルに視線を向け、

「魔力の集束率に問題があるかもしれないけど、スバルとならその魔法を使った方が個々に使うより効果があると思う」

「威力があって、なのはさんと一緒の魔法って!?」

「あるでしょスバルには?」

「はいッ!」

アルフとユーノが降り注ぐ魔力の塊を受け止めるなか、プレシアさんの提案によってなのはにいい返事で返したスバルは二人で術式を展開するが、

「これって」

急に後ろを振り向いたなのはに続き、

「はやて部隊長!?」

スバルも何かに気がついたらしく、後ろにいる八神に振り向いた。

「リミッターがあるさかい、魔導師特性が広域拡散な私が使こうても魔力が無駄になるだけや、せやから有効に使こうてくれるところに渡せるならその方がええやろ」

どんな魔術かは知りようもないけど、八神の話からしてなのはとスバルの扱う魔術に自身の魔力を譲渡する事で強めようとしたようだ。

「このっ!Gebuhr、Zweihaunde Es last frei EkeSalve!!(次、接続、解放、一斉射撃!!)」

一方の遠坂は、七色に輝いては宝石剣を幾度も振るう猛攻はなお続いて、黒く渦巻く化け物にも堪らなくなったのか渦に揺らぎが現れたかと思えばアリシア達に向かわせていた闇の如き触手を束ね巨大な剣のようにしてなぎ払って来た。

「させないよ」

俺が不味いと思う間もなく、アリシアは伸ばした指の先から砲撃魔術を放つけど八つのジュエルシード改はあの化け物をこの空間に固定しているだけで精一杯の様子、それもそうだろうあの化け物の吸収力ならば次元干渉を引き起こす力すら糧として取り込みかねない。
加え、アリシアは全能の力を持つ『原初の海』や万能の釜である聖杯すら呼べたりもするが、『原初の海』は根源以外で呼びでもすればその世界そのものが滅びかねないし、聖杯もまた後々の問題になるから慎重にならざるを得ないのが現状だ。
しかも、元々のアリシアの魔力量は低く本来ならバリアジャケットを展開するだけしか出来ないレベル、そんなアリシアに魔力を供給しているディアブロも闇の触手の吸収力が高いからか、もしくはアサシンの持つ鈍らへの魔力を供給や飛行魔術などを駆使しているからなのかは判断がつかない………いや、違う。
よく見ればクロノとシグナムのバリアジャケットが所々で破れかけている―――って事は、あの触手みたいな黒いのに触れてなくても近くに居るだけで少しづつ魔力を奪われているのか!?
アサシン、アリシアのコンビと同じく、前に出て剣を振るうセイバーは一見して影響がないようだから対魔力で防いでるようだけど、アサシンと一緒のアリシアはディアブロからの魔力供給を受けていても鈍らや飛行魔術の他に、あの化け物から身を護る為の魔術を使い、恐らくだけど、あの砲撃みたいな魔術は少しづつ溜めていた魔力を使ったものだろうと考えられる。
そんなアリシアが放ったか細い砲撃魔術は、黒い渦の一部を消し飛ばして形を更に歪なものへと変え瞬間的にこそ遠坂に振るわれる巨剣の動きを鈍らせはしたものの。
化け物の方も力を振り絞ったのか、再び力を込められて振るわれる闇の巨剣は勢いを増して止めるには至らないでいた。
アリシアはあの化け物に取り込まれたら二十秒もしない内に分解・吸収されてしまうと言い、シグナムのデバイスだって闇の触手を斬り合ったらボロボロになってしまっていた、なら……このまま闇の触手を束ねたモノに触れたら遠坂は死ぬ、死んでしまう!?
―――だったら俺が止める、なにをしてでも止めてやる!!

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

自己に埋没した俺は内なる世界、無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)から盾を取り出し遠坂と振るわれる闇の巨剣の間に敷き、現れた七つの花びらを模した盾は遠坂に向けられた黒き巨剣を受け止めた。
ジュエルシード改から絶えず供給される魔力があるからこそ、俺は注ぎ込めるだけ注ぎ込んで花びら一枚一枚の厚みを増して盾の強度を上げるが、化け物が振るう黒き巨剣は衝撃で叩き斬るのではなく触れる部分が溶けるか削られるようにして斬り裂いてくる。
まるで巨大なチェーンソーでも当てられているような感触だから、どれだけ魔力を注ぎ込んで厚みを増しても巨剣と化した触手を止められず一枚、また一枚と斬り裂かれようとしていた。

「上に避けろッ!」

そんな折り、不意にヴィータの声が響いたかと思えば、

「ギガントハンマーッ!!」

巨大な鉄槌が俺が敷いた盾を食い破ろうとする巨剣を叩き伏せるかのようにして振るわれ、その衝撃は巨剣と化していても吸収しきれなかかったらしく上へと避ける遠坂の下では盾から外れた巨剣が壁の本棚を斬り裂いた。
だが、

「っ、アイゼン……」

黒き巨剣と化した触手に触れたヴィータのデバイスは、触れたのが叩きつけた一瞬だったにも関わらず鉄槌の一部が溶けかたのようになり、他の部分もひびが入ったかの様になってしまっている。
十数秒はかかるってアリシアは言っていたけど、俺が敷いた盾やヴィータのデバイスを見ればあんなモノに触れでもすればそれこそ人なんか一瞬で消え去りかねない。
………いや既に前提が違うのか、アリシアの話は飽くまでも纏まる前の話で、それすら二十秒もかからないって話しだったのに触手を纏めて力を増した今では人なんかそれこそ触れただけで分解・吸収されかねないのか―――っ、まて!?
アイツにとっての矛であり盾である黒い触手だけど、纏めてしまっている今なら護りが疎かになっていないか?

「それなら!?」

俺の仮説が正しければあの化け物を攻撃するのは今しかない、触手のようなモノが分解・吸収する力の要だとすれば纏め上げた事で瞬間的な力は増すのだろうが、奴自身が護っていた力の分まで使われていれば届かなかった攻撃も届き易くなるかもしれない。

「偽・不死者滅ぼす白い柄の剣(ディルンウィン)」

俺は即席で作り変えた矢を弓に番え放ち、

「壊れた幻想(ブロークンファンタズム)」

即席とはいえ宝具には変わらない、アーチャーの偽・螺旋剣(カラドボルク)を参考にして矢として放ったディルンウィンが秘める力を開放して炸裂させれば、アリシアの一撃で少し歪んでいた姿がより歪に形を変える。

「「ディバイン―――!」」

「「「サンダー―――!」」」

やっぱりと思うもなく、

「「バスター―――ッ!!」」

「「「スマッシャー―――ッ!!」」」

同じ事を考えていたのか二つの閃光が続いて、それは貫通力を増すためにそれぞれが三人づつ計六人の魔力が注ぎ込まれた密度の高い魔力の塊。
元を辿れば、あの化け物が周囲に与える分解・吸収能力の高さから本体に届かせる為の苦肉の策だったが、攻勢に出た遠坂を脅威に思ったのか早急に排除しようと周囲に影響を与えていた触手のようにも見える分解・吸収する力そのものの形態を変え、なぎ払い気味に振り回したものだから。
ミッドチルダで砲撃の名を冠された魔術は当初の想定を超えた威力で化け物を捕らえ、黒く渦巻いていた化け物の姿は形が大きく変わったばかりか闇の如き姿が淡くなり始めた。

「……効いている」

「このまま一気に仕留めるッ!」

「飛べよ隼―――」

好機と見たセイバーは不可視の鞘を張り直せば、クロノはデバイスの先端を向け、シグナムは剣から弓の形へとデバイスの形状を変える。

「風王鉄槌ッ(ストライクエア)!!」

「ブレイズカノンッ!!」

「シュツルムファルケンッ!!」

セイバーが解き放つ万軍をなぎ払うかのような破砕の風は、わずかに遅れて撃ち放たれたクロノとシグナムの砲撃魔術や矢の先陣を切り、まだ黒き闇の化け物に吸収・分解能力の影響があったとしても超高圧にまで凝縮された空気の塊その全てを解くまでには至らずにいて、後に続くクロノとシグナムの魔術は減退される事なくそのままの威力で叩き込まれた。
更に姿を薄くする化け物は、堪らず巨剣に変えていた力の要を触手の状態に戻して身を護ろうとするが、

「クロノ、私の剣を使うにはどの方向から振るえばいい?」

セイバーは不可視の鞘から露になった黄金の剣を手にクロノへと問いかけるが、

「……その剣はゆりかごの外殻すら斬り裂いたんだ、流石にここでは威力が大きすぎる」

今の状況ならセイバーの聖剣を持ってすれば間違いなくあの化け物を倒せるだろうけど、時空管理局でも重要施設である無限書庫内での使用は被害が無視できないからだろう、損害が許容できそうな角度や方角がないか訊ねるセイバーだけど施設内で聖剣を使用した場合の物的損害や情報の損失などはとてもじゃないが許容できるものではないとクロノは暗に告げる。

「大丈夫だよ。今ならセイバーさんの聖剣を使わなくたって、逃げれるだけの力がないからこれで十分だもの」

クロノとセイバーのやりとりを前にアリシアは、あの化け物をこの次元に留める為に展開していた八つのジュエルシード改を化け物の周囲を囲むように動かせば、よほど強いのか半透明にまでなった歪みだけが浮かぶようにして張られている。
ジュエルシード改のエネルギーは次元干渉を行える力、故に半透明というか透明に近いぼやけたような空間はセイバーの不可視の鞘までとはいかないものの光さえも閉じ込められる強度の歪みだという事だ、即ちあの薄くなり始めた化け物に対してアリシアは『ディストーションシールド』で包んだという事なんだろうけど、

「捕まえ―――」

いい加減、見ているだけじゃ判らないので捕まえるのか?と俺が言い終える前にディストーションシールドの檻は解かれ、八つのジュエルシード改は再びアリシアの元に戻った。
張ってから数十秒程度しか経っていないが、解かれた跡にはオレンジ色っぽい空間が広がっているが化け物の姿はなく、

「え!?」

「消え……た?」

「一体なにをしたんや」

怪訝なスバルになのはや八神も訝しみ、俺も別の意味での魔術というか手品を見た気分になる。

「いや。どうやらまだのようだ」

「ん~。存在力が感じられなくなったからアレで十分だと思ったんだけど……」

ただ、アサシンとアリシアの口ぶりからはまだ安心するのは早いらしい。
確かによく見ればややオレンジ色ぽい背景に薄っすらとした何かが漂うように蠢いていて、

「見たところ、ほぼ浮遊霊程度だが逃がすわけには行くまい」

「うん、逃がしたら数年か数十年後には力を取り戻すかより強くなって現れるかもしれないもん」

「ならば確実に仕留めねばなるまいて」

逃がせば、再びあらゆるエネルギーを取り込んで力にしてしまう化け物が蘇えりかねないというアリシアの言葉を耳にし、

「秘剣―――」

それまで自然体でいたアサシンは初めて構えを見せた。

「―――燕返し」

俺もアサシンが構えるなんて初めて目にするけど、稲妻の如く振るわれた刃は瞬間的に十数メートルにも伸び蠢く霞のようなモノを捕らえたばかりか、神速にすら達していたのか三度振るわれた筈の刃は残像すら残して同時に三本あるようにすら見える。

「なんていう振りの速さだ……」

「馬鹿な……まるで同時に三本の刃があったかのようだ」

「凄い……」

その驚くべき振りの速さにクロノは舌を巻き、デバイスを剣状に使うからかシグナムと大人のフェイトは驚きを隠せないままアサシンを凝視していて、

「アサシンさんは凄い暗殺剣の使い手なんだよ」

「暗殺剣ではなく秘剣だが、どちらも必殺という意味では同じであろうな。
とはいえ、そう大層な理由でもない、偶さか燕を斬ろう思いつき身に付けただけのものよ」

そんな二人に何故かえっへんと胸を張るアリシアが返しつつも、軽やかに否定したアサシンは言葉を続ける。

「燕は風を感じて刀を避ける。早かろうが遅かろうが関係ない。どのような刀であろうと、大気を震わさずに振れぬであろう?連中はその大気の震えを感じ取り、飛ぶ方向を変えるのでは一本線にすぎぬ刀などでは縦横に空を行く燕を捕らえられぬのは道理よな」

一旦区切り、

「ならば逃げ道を囲めばいいだけのこと。一の太刀で燕を襲い、風を読んで避ける燕の逃げ道を続く二の太刀で取り囲み、逃げられぬよう三の太刀が必要になる。しかし、連中は素早くてな。まず二の太刀すら間に合わん。事を成したければ一息の内、ほぼ同時に行わなければならなかったが、そのような真似は人の業ではない、叶う事などあるまいと承知したのだが―――生憎と、他にやる事もなかったのでな。
一念鬼神に通じると言うが、気が付けばこの通りよ。燕を断つという下らぬ思いつきは、複数の太刀筋で牢獄を作り上げる秘剣となった―――故に、燕のように風を感じられず遅いのであればあの通りよ」

アリシアを背にしたままのアサシンは、鈍らで太刀筋をなぞりながら秘剣の真髄と生まれた経緯を説く。

「暇潰しで覚えられたんだ……」

「余程、やる事がなかったんだな……」

「でも、十分凄いですよ」

他にやる事がないから覚えたという話に、幼いながらも懸命に働いているユーノやヴィータが呆れたように言葉を零し、一応スバルがフォローするけど、あれ程の業に仕上げるまでにはどれ程の時間や労力が必要なのか、それ以外にも成し遂げるまで続けられる気力がどれ程のものか俺には想像すらできない。
だからこそ、

「俺もアサシンの業は初めて見るけど凄いと思うぞ」

俺やアーチャーなんかではあれだけの業を会得するのは無理なのが解る。

『衛宮君、あれが第二魔法に属する魔法で他かの次元から同じようなモノを持ってくる多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)だって判って言ってる?』

『凛の言う通り。あの瞬間にのみ、アサシンが振るう刃は三つ同時に存在しています』

『そうなのか』

俺としては正直な思いからの賞賛だったのだが、遠坂とセイバーの念話から並行世界に干渉する魔法、第二が関わっているらしい。
その辺りは判らなかったが、随分前に技量だけで宝具の域に達しているとか聞いた事はあっても、奇跡である魔法の域にまで達しているなんて予備知識がなければ判りようがないと思う。

「まあ……何にせよ、あんな化け物でも何とか倒せたみたいでほっとしたよ」

「ええ、一時はどうなるかと思ったけどなんとかなるものね」

「うん」

凄まじい魔力量から一時は萎縮さえしてしまったアルフだったが、古代の人々が作りだしてしまった人造の神を倒せた今では九死に一生を得た気分なのだろう、同じようにプレシアさんとフェイトも首を立てに動かすばかりか、

「まさか、こないな所にあんなもんが居るなんて想像できへんやろ」

「そうだね」

八神や大人のなのはも頷を入れ、ここに古代の人達が破滅の力を用いて作ってしまった神は滅び去ったのを実感できた。
それにしても―――

「アリシア、さっきのは何だったんだ?」

「アレは次元に干渉するエネルギーや衝撃が逃げないよう、閉じ込めて次元震を起こしただけだよ」

俺はジュエルシード改を八つも使って化け物を閉じ込めた後、弱り果てた姿で現れたのが気になって問い質せばアリシアは次元震を起こしたとか口にして、

「言われてみれば、ジュエルシードを集めていた頃になのはと戦って暴走させた時があったけど、凄いエネルギーだったから逃げ場の無い所なら防御のしようがないかも?」

「そりゃそうだけどさ………結構やばくないかい?」

「そうね。下手をすれば次元断層だって発生しかねないもの」

「ああ。実際のところ次元震は次元断層を誘発しかねないからこそ、僕達は次元航行艦を使って巡回しているんだが……」

次元震がもたらす衝撃やエネルギーなどから、フェイトはそんなのが意図的に使われた場合を想像して述べるけど、動物の勘なのかアルフは諸刃の剣だと思えたらしく、クロノもまた次元空間の治安を守る時空管理局側から見れば無視できない危険性を孕んでいると告げる。
色々問題がありそうな感じだが、とりあえず俺は話の先を聞くことにして、

「で、閉じ込めた後はどんな風にしたんだ?」

「うんとね。外に漏れないようにした後は、八つのジュエルシード改から指向性の次元干渉エネルギーを放ち続けて、互いに干渉させつつ増幅させてあの子の力場を壊したんだ」

「………次元震を互いに干渉させて増幅させた、か。(母さんとかが聞いたら卒倒しそうな話だな)」

アリシアの話に目眩を覚えたのか、空いた手で頭を押さえるクロノだけど、

「あれ………次元震は振動だから波の性質をもっていて、波の性質は衝突した際に数十倍に膨れ上がるんだったよね?」

「うん。それが八つの方向から来て互いに増幅して反響しあったら………」

ふと、大人のなのはが気がつけば大人のフェイトも考えだして、

「増幅されたのが更に干渉しあってとか、もう数十とか数百の幅じゃないねぇぞ!下手したら数千倍どころか数万倍にもなるかもしれねぇじゃんか!?」

「そりゃ……あんな化け物だってひとたまりもないですね」

先にたどり着いたヴィータによれば、互いに干渉と反響を繰り返した次元震は最終的に途方もないエネルギーとなって逃げ場のない化け物を襲ったのを話せば、同じ結論に達したのかスバルも頬が引き攣ったかのような顔で口にする。

「……まあ、何はともあれ次元断層が発生しなくてなによりやろな」

色々と危険性が高い次元震だから問題があるものの、何事もなく終ってよかったと結論づけ話を終えようとした八神に対し、

「ふえ?」

なに言ってるのとばかりに小首を曲げたアリシアは、

「次元断層ならとっくに起きてるよ」

そう告げ、

「ええ!?」

「起きてるって!」

「一体どこで!?」

「そこだよ」

俺には次元震や次元断層ってのがどれほど危険なのかは想像つかないけど、時空管理局に入局する時にでも習うのだろう事態の深刻さを感じ取った大人のなのはや八神、クロノにアリシアは指を指し示して、

「皆にあの子が分かるよう、次元を繋げるのに使ったんだけど駄目だったのかな?」

「あれって次元断層だったんだ!?」

「うん。次元によっては磁力を阻む層から魔力素が入れないところとかがあるから注意してね」

「そりゃまあ、注意するけどさ……」

一見して次元断層に見えなかったらしく改めて驚くユーノにアリシアは注意を呼びかけるが、好き好んであんな所に飛び込みたい奴はいないだろうって口ぶりでアルフは返す。

「……でも、次元断層が発生している割にはなんともないわね?」

フェイトにジュエルシードの探索とかを指示する合間に分析や研究をして知ったのか、プレシアさんは次元断層についても詳しそうだが、そんなプレシアさんでも様子が変なのか首を捻っている。

「乱暴にすればそうなるだろうけど、丁寧に行えば次元や空間に干渉してもなんともないよ」

「………そういうものなのか?(……アリシアは次元断層を発生させるどころか被害を抑えつつ鎮静化させる方法まで知っているとなれば時空管理局には是非とも欲しい人材だ、前に母さんが勧誘してしまったのが解らなくもない………いや、今では開発部の方が積極的か、なによりそれは向こう側の方としても同じだろう)」

アリシアの話にクロノは苦い顔をするが、仮に次元震や次元断層ってのが空間に起きる地震みたいな性質なら揺れの強さによっては甚大な被害が生じても不思議ではなさそうなものだが、人為的に起こしたものならば起こし方によって強い揺れだとしてもアリシアがしたように特定のフィールドで覆うなりすれば周囲への影響が少なくなり、断層が生じるような場合でも生じさせ方で影響を少なくする事ができるようだ。

「まあ、それならしょうがないか」

俺には次元震やら断層やらのメカニズムは解らないが、周囲に被害を与えず、化け物を倒すのに必要だからこそ行ったのなら咎める理由にはならないだろう。

「そうだな。本来ならば、故意に次元震を発生させた者には重い刑罰が科せられるが状況が状況だけに仕方がない」

「でないと、こっちが疲弊するまで泡の化け物の相手をずっとする羽目になってたものねぇ……」

「本体が魔力炉と化している化け物だけに、枝葉に過ぎない分身を延々と相手にしていたのであれば遅からず相手の思惑に引き込まれていたはずだ」

「そうなれば、時間がかかって大本の方が力をつけて無限書庫そのものが取り込まれていたかもしれない、か」

執務官という、次元世界の安寧と安定の為に定められた法の監督官みたいな立場のクロノも俺と同じ結論に達したらしく、今回ばかりはやむを得ないと判断したばかりか、アルフがしなかった場合を考えればセイバーも同様の判断を下し、アサシンは断層を生じさせなかった場合は化け物の本体が判らず倒せないでいた筈だからより危険な状況になっていただろうと口々にする。
そんななか、空間を座標として認識する目安となる次元、それらが幾層にも切り開かれた奥からはオレンジ色の光が垣間見えるものの、化け物を倒した以上は次元を繋げたままにする必要がなくなった断層は、ゆっくりとだが静かに閉じて行き最後には何事もなかったような自然な状態に戻った。

「次元断層云々の話はクロノ君も罪には問えないって言うんや、方法がどうであれアリシアちゃんの判断は妥当だったという事で終わりでええやろ」

発生した次元断層が何事もなく閉じたのを見届けた八神に続き、

「ああ。それで問題ない」

クロノも首肯して無限書庫内で発生した次元断層についてはお咎めなしになる。

「それよりも、ここな書庫の主とかいうのが切り札にしとった化け物は倒したさかい会いにいってみよか」

「そうだね」

どんな方法で被害を出さず治めたのか俺なんかが解る由もないが、書庫に住み着いていた主ってのが切り札にしていた化け物を俺達の方に送っている間に、アーチャーによって捕らえたのだろう相手と話をしに行くという八神の言葉になのはも同意を示し、

「少々寄り道をした感はありますが、これで本来の調査に戻れます」

「上手くすれば、夜天の書か闇の書に関する記述を知っているかもしれないし」

「その甲斐があればいいですね」

「だといいんだけどな」

シグナムや大人のフェイト、スバル、ヴィータが後に続いて残る俺達も書庫へと進む、途中、甲冑に身を包んだ思念体達が散らばった本を棚に戻しているのを目にするが、向こうも俺達を一瞥しただけで襲って来る事もなく何事もないまま通り過ぎる。
一時は、古代の人々が破滅の力を用いて作り上げてしまった人造の怪物によって無限書庫そのものが取り込まる恐れすらあったが、皆の力を合わせた事でなんとか退けられた俺達は再び書庫の奥へと向かう事になった。
この調子で闇の書の自動防衛システムってのも倒せればいいんだけどなぁ。



[18329] リリカル編28
Name: よよよ◆fa770ebd ID:089a895a
Date: 2016/01/12 02:29


まったく―――相変わらずというか、サーヴァント使いが荒いマスターだ。

霊体化したままの私は、数々の本が散乱するも両側が連なる本棚で造られた通路をぼやきながら進む。
少し前までは、転移魔術で転移させきれなかったセイバーと一戦交えていた魔道書だが、セイバーに魔術の類が通用しないのに気がついたのか、あるいは不毛感からかは判らんがセイバーの体当たりで吹飛ばされたのを好機と捉えたらしく、表紙などの外装を変え他の本に紛れ込んでやり過ごしている。
剣の間合いで交えていたセイバーではそれらの動きを察知するのは困難であっただろうが、生憎と私は少し距離を取って見ていたから容易に観察できていた。
その後の動きはセイバーの出方次第だったろうが、この場を退いたセイバーを見とどけてから奥に退いたのを見るに、ここはどうやらある種の防衛ラインのようだ。
しかし、私とて霊体化している今は物理法則の影響を受けないからこそ問題ないが、肝心の書庫は重力がない所………実体化しては普段通りの感覚で動けまい。
だが、生前かは忘れたが守護者になってからは異界でこそあるとはいえ、この手の環境も幾度かは経験しているようだ。
それに、重力が働かないというのは自由落下のそれに近いが故に、いざという時はその辺りの感覚を元に動けばいいだろう。
そう判断しながら先を進む魔道書の後を追い続ける私だが………小僧や凛、セイバーについて無限書庫に向かったはいいとして、時空管理局は自分達が重要視する施設にも関わらず、こうして敵対的な者達を放置している辺り危機管理が甘いように思える。
ここの者達にしても、霊体である私の姿を捉えてないところを見るに、やはり情報生命体の如き者達は霊体のそれとは違うらしい。
それに、サーヴァントというモノは基本的に魂喰いに過ぎないのだ、凛が私の力を必要としてないのならその方がいいのは確かなのだが、状況を考えるにどうやらそういう風には行かないようにも思える、こちらとしてもなるべく凛に負担をかけないよう注意して魔力を使わなければならないだろう。
小僧にしても、投影した矢こそ思念体に通用せずデバイスを用いた矢を使っていたものだが、あの程度ならば投影する矢に何か効果を付与すればいいだけだろうに、まだまだ私が教えなければならない事が多いいように思える。
だが、どこぞの何かと契約したせいで私やガジェットが幾度殺しても殺しきれなかった程のモノと化している為に奴自身に関しては心配する必要がないのは助かる、それに、パスからは凛に加え機動六課の六人、部隊長の八神を筆頭に分隊長にまでなった大人のなのはとフェイトに分隊副隊長のヴィータ、シグナム、その部下のスバルといった面々にも怪我などはないようだ。
転移先が危険な所ではなく安堵する私に、更に書庫に取り残されたセイバーの救出に対してアサシン、アリシアに加えテスタロッサ一家とスバルを除く機動六課の面々が向かったのが伝えれ、仮に元の道に伏兵がいたとしても対魔力が高いセイバーを早々にどうにかできるとは思えん、こちらとしては魔道書を見失うわけにはいかないから、迎えが出たのなら安心して追跡に集中できるというもの。
そう思いつつも魔道書を数分も追いかけていれば、ふと本棚の一部が消え、本棚と本棚が途切れた部分に魔道書が壁の所に近づけば両の壁が開いて扉に変わる。
幻の類か……いや、壁を挟むようにして続いている本棚の位置からして元々扉だったのを壁に見えるよう擬装した後で本棚に見せかけていたと捉えべきか。
なるほど、本棚が幻であるなら侵入して来た者がこの辺りまで来た時には来た道と同じく、この辺りにも多くの本が散乱しているのだろう、あの本棚もその頃には空の本棚の幻にしてしまえば誰も気に留めまい。
それに加え、あの幻がただの幻でしかないのか、それとも魔力を元に触れられる様な形あるタイプなのかで隠されている扉を見つけられる難度は激変する。
ならば、扉の奥には余程見られたくないモノか知られたくない何かがあるはずだ、結界の類は張られてないのを確かめた私は物理的な障害などの影響を受けない霊体のまま扉を通り抜けた。
扉の奥には狭い通路が続いているが、進んだ先は部屋になっていて元々は広い空間なのだろう大小様々な筒のような透明な容器が所狭しに置かれ、容器の内容は人の形をしたナニカや異形と化しているモノなど様々な生き物成れの果てが納められていた。
壁面にそれらに関する研究資料らしき書物が収められている様子から察するに、無限書庫がどれ程の次元世界を範囲とするのか判断できないが、この手の書物の存在こそがこの施設がここに複製された要因なのだろう。
それに、施設内の様子から推測すれば、どうやらここは何かしらの研究施設でサンプルを保管する所のようだ。
室内を見回していれば、ふとミッドチルダ式やベルカ式などの術式特有である魔方陣の輝きを認め、近寄ってみれば成人した人間が入れるような大型の筒の一つから入っていた何かが消え去るところ、様子からしてどこかに移送されたらしい。
可能性としては、アレはここに住み着いているという主という者にとって重要なサンプルだからこそ安全な別の場所に移したのかもしれんが、それらを調べる間もなく凛とのパスから焦りが伝わって来た。

『どうした、凛?』

『……大丈夫。こっちに変なモノが転移して来て、少し驚いただけだからアーチャーはそっちに専念していて』

パスを通じて訊ねる私に、凛は問題ないと返して来たので安堵するも、

『了解した。だが、もし何かあるようなら令呪を使いたまえ』

『わかってる』

本来なら令呪は、回数こそ少ないがサーヴァントを従わせる絶対命令権で命令を強制させる他に、一時的に絶大的な能力の強化を可能にさせる。
聖杯を巡る戦いが一般に知られる危険などで、監督役が特別な報酬として提示する以外で増やすには基本的に他のマスターの令呪を奪うしか手がない貴重な力でもあるが、それを必須とする聖杯戦争ならば兎も角、並行世界のしかも次元を隔てた所では貴重ではあるが、他のマスターやサーヴァントに襲われる訳でもないのなら凛とて必要と判断したのなら躊躇するまい。
しかも、元の世界では既に聖杯戦争は終わりを告げられ、他のサーヴァント達も受肉して日々を過ごしているような状況であるばかりか、私と凛の関係にしても小僧を私のようにしないよう教育するのに必要な魔力を一方的に受けている身なのだ、仮に令呪が無くなったからといって足元を掬うような真似はしないのは凛も解っているだろう。
ただ、気になるのは凛達の所に転移して来たという何かか………転移したいえば、先程ここから容器の中身も何処かに送られている、もしかしたら凛達の所に送らた何かは先程ここから送られたサンプルの可能性がある。
そう思案しつつ、室内を一周回って捜してみるのだが肝心の書庫の主たる人物らしき姿は認められない。
まあいい、一通り捜してみて見つからないのだ。
とりあえずは話ができそうな相手なら事欠かないので聞くだけ聞いてみるか―――

「すまないが、ここの責任者に会いたいのだが?」

これ以上は時間の浪費と捉えた私は、このまま眺めているだけでは始まらんと結論づけ、実体化してこの書庫の主たる人物がどこに居るのかを魔道書に聞くことにした。
とはいえ、こちらとて考えなしに話しかけた訳でもない、先ほどのような重要なサンプルが一つとは限らないのだ、仮にこの場にまだ重要視する資料やサンプルなどがあるのであれば、魔道書や思念体のようにここを守る者達であっても、このような保管庫での騒動は望むものではないはずだ。

「セキュリティの大半は失われて久しいが、残ったセンサーすら反応がなかったとは驚くべきものがある」

「生憎と私は生身ではないのでね、そちらの思念体に似て異なる身だとでも言っておこう」

元の世界でなら、知性を持つような魔道書は魔術師そのものの魂が入った礼装や、秘匿する魔術が他の者達に渡らない為に後継者のみが見れるよう意思を持たせられた危険極まりないモノばかりである。
だが、こちらの世界でなのはやフェイト達のデバイスという科学と魔術が組み合わさったかのような代物を知った為に、この魔道書も何かしらのAIが組み込まれた型だと踏んだが間違いではなさそうだな。
しかし、難点は相手が本という形をしているからか、どちらが前か後ろかや人のような表情の変化が読めないところ、か。

「ある種のエネルギー体といったところか。で、当施設に何の御用か?」

「先程も言ったよう、ここの責任者に会いたいのだが?」

人間ならば、目頭の動きや無意識に表情に出てしまう感情の変化などである程度はその者の心情を探れるもののだが、本が相手では表紙を見て内心を探るのは困難を越え不可能だと肩を竦ませつつ疑問に疑問で返す。

「残念だが、当施設は運営する館長が居なくなってから久しく現在は私が代行している」

む、機動六課のスバルという女の子も言っていたが、なる程、この場を管理する魔道書そのものが研究を受け継いで暫定的にここの主となっていたいう話か。
無理もない、どれ程長い間なのか定かではないが、この辺りの書物の年代を考慮するに普通の人では寿命が足りそうもないのは確かだ。

「では、ここはどういった研究を行っていた施設なんだ?」

「答えても構わんが、こちらは気にしなくていいのかね?」

言い終わるが早いか、目の前の空間に映像が映し出された。

「っ!?」

時空管理局で慣れ親しんだ空間モニターとは些か毛色が違うようだが、根本的な原理は似たようなものなのだろう。
問題は映し出された映像に機動六課のなのはやスバル、執務官のクロノが泡立つ体に無数の目や手足を持つ怪異と交えていて遠目に小僧や凛の姿が窺える。
画面に映される泡の化け物は、砲撃系の魔術を受けたのか幾度も体に穴が空くが何事もなかったかのようにしてすぐに元に戻ってしまっている、しかし、状況からそれ程危険な相手には思えない、だが気になるのは守護者として培って来た勘が警告を発しているという事か……

「アレにも固体差があるのが気がかりだが、今回のは体の構成こそ脆いものの復元力は優れているらしい」

「……だが、君が止めればいいだけではないかね?」

「精錬する前であったのなら制御も可能だ。だが、より効果を高める為に精錬したのを―――しかも、実験とはいえ高純度にまでなったものを投与したタイプとなれば、何人もの研究者達が長い年月をかけ研究を重ねていたが実現できいない」

「すると、アレは単に何の制御も受けずに暴れているだけという訳か……」

「そういう事になる。だからこそ、ここに近づかせないよう扉を閉めてから送り込む必要があった、無論、あのエネルギーを受けた者が襲う優先順位もまた研究者達の調べで判明してるからこそだがな」

「というと?」

「まず初めに生命体、次に住居や設備など形作られた文明といったところだ」

魔道書は凛達が映る画面とは別に新たなモニターを広げ、そこに映っていたのは数十人の人々が本棚に挟まれた通路を駆け、ある者は立ち止まって振り向きざまに銃や弩を放っているといった内容である。

「こちらが、かつて用いたタイプだ」

続いてモニターに現れたのは、悪夢から抜け出て来たかの如き姿をしていた。
突き出た触覚の先には目があり、全体的なイメージとしては灰色をした巨大なナメクジのような姿をしていて、体には三対の巨大な腕に人の顔にも似た凹凸が所々にある………いや、十数人もの人間が顔だけをあらわにされ苦悶の表情を浮かべたまま張りついている。
ナメクジの怪異は、それが口なのだろうが粘液のような液体を吐けば、浴びた者達は溶けるようにして姿が変わっていきほぼ肉団子のような形になったところを巨大な腕に拾われ、背中に開いた穴に放り込まれていた。
すると、体を覆う人の形をした凹凸が更に増えたところを見るに、背中に空いた穴は巨大な口であり、喰われた者達は融合させられてしまうのか生きたまま怪異の一部となっているようだ。
もちろん、襲われている方も黙って喰われたりはせずに魔力弾やら銃、弩を放ってはいたが、それらがあたる事など無く全てが何も存在してないとでもいうのか怪異の体を抵抗もなく通り抜けている。
そうしている間にも、おぞましい怪異の姿に加わり、あまりにも一方的な状況の為に、呆然と立ち竦む者、つくばって泣き出す者、正気を失って笑い出す者、それらの者達は格好の餌食となって肉団子にされ、またある者はそのまま喰われていく……………アレは危険だ。
怪異側からは触れられるが、こちらからは触れる事すらできないといったのは、状況から考え、存在している次元が少々異なっているから攻撃が透過してしまっているのではないだろうか?
そして、体に新たに加わる顔の数々……あれも推測するに、猿やリスの頬袋の如く魂そのものを蓄え少しづつ糧として取り込んでいるのかもしれない。
だが私に判るとすれば、あの様な怪異、仮に元の世界で現れたののなら、まず間違いなく守護者が呼ばれるだろうという事。

「保管されていた我々は、いつの間にか施設の一部と共に何処かに移されたのに気がついた。
状況を把握する為に調べてみれば、既に外部から魔力の供給が失われていた他、警備システムの多くや数々のセキュリティが失われ、やむ得ず本館にある品々を修繕して用いながら設備を復旧をさせつつ周辺の捜索を行う事にした」

頭の片隅で勘という形にならない警鐘が鳴り響くなか、泡立つ化け物とおぞましい怪異を見比べている私に、魔道書は静かにこれまでの経緯を独白し始める。

「そうしている間にも月日は経ち、最近住み着きだした君達が現れる少し前に訪れた者達、商船を装っていたようだがどこぞの私掠船が来たのだ。
その者らはこの地にある金銭的に価値がある物を探しに訪れた俗物に過ぎんが、言葉巧みに貴金属や調度品の場所を聞き出していた、その辺りはこちらとしてもどうでもよいからこそ教えはしたが、この施設、技術資料館に蔵されている品々にまで手を伸ばそうとしてきたのだ―――無論、それ故に我等と争いになったのだがな」

「だが」と魔道書は続け、

「ファントム・ソルジャーズは健闘していたが、ここまで来れたのなら解っているだろう、あの者らは物理的な衝撃には滅法強いが魔力的な損傷には脆弱だ。
いかに魔力さえ在れば際限無く増やせる者達とはいえど維持するのにも相応の魔力は必要とする、必然的に展開可能な人数にも制限がかかってしまえ……しかも、弱点が判明しては戦いにすらならなかった」

「だから、あの様な怪異を使ったのか」

「そうだ、が―――今回は以前程の力はないようだ。それに、ここまで来られてはこちらとしても手立てがない、施設の維持を約束してくれるのならそちらに下ろう」

「約束できないのであれば?」

「その場合は、今映されているほど精錬されてはいないが、肉体としては死しているにも関わらず活動を続けているような固体はまだ幾体も存在している、それらを解放した他に保管されているドローンなども用いなければならないだろう」

「ならば、その前に君を倒せばいいだけではなのかな?」

「そうしたのなら、そうすればいい―――だが、施設だけの魔力ではそこに保管してある感染者達の封はどの道維持できんがな」

む、施設の他に魔道書の方にも魔力炉が備わっていて双方が揃って初めて十分な供給を可能にしているのか……言っている事が真実なら軽々しくは手出しはできない、セイバーも魔道書を倒せずにいたがパンドラの箱紛いの施設の蓋を開けずにいて逆に幸運だったようだ。

「………悪いが責任のある立場ではないので今は答えられん」

安易に答えられない内容でもあるが、元々時空管理局に属していない身としてはそれ以前の問題だろう、ナメクジの如き怪異が画面から姿を消すのを見ながらそう返すほかない。

「しかし感染者とは?」

「魔道技術、あるいはナノマシンなどのテクノロジーでもある程度は生物の体を変えられるが、我々がマステマと名づけたエネルギーは対象者に遥かに高い、本来なら致死的とすら思える変化を与え―――いや、一部は死してなお活動させる力すら持っている、しかし、そのエネルギーの影響を受けた者達、人や獣、恐らくは生きとし生けるもの全てに適用するのだろうが感染した者はそれまで大人しかった生き物ですら攻撃性や残虐性が増して周囲の者達に襲いかかるようになった」

「では、現れた当初は……」

「そうだ、その様な性質故に初めて現れた時の被害は酷いものだったとも伝わっている、しかし、程度の差はあれ突然多くの者らが変容したのであれば何かしらの原因があると考えれた。
ならば、その影響を受けたか感染したと捉えた我々は長らく調査を続け遂に、それまで仮定の存在でしかすなかったマステマを発見したのだ」

「そんなのを抽出して精錬したのか……」

「そうだ。それまでにない未知の力だった故にな」

心身ともに攻撃性を増して残忍になる未知のエネルギーか………まて、確か少し前にどこかで聞いた事があった気がするが一体どこでだったか?

「それで、こちらはどうなったのだ?」

画面には、ナメクジの如き怪異が去った後に人の形をした姿はどこにも見当たらない、あの辺りにいた人員は文字通り全滅したのだろう。

「あの者達は船で逃げ出したが、その後二度と姿を見せなかったよ、同時に精錬されたマステマを投与され姿を変えた者もな」

「そうか……」

時空管理局で無限書庫をいつ頃発見したのか判らないが、既に起きてしまった出来事ではどうしようもない、それに、話が本当なら逃げ出した侵略者達の船に乗り込むなどして密室と化した船内で殺戮が行われたか、母国にまで逃げ延びたはいいがそこで怪異との戦いが続いたのだとも考えられる。

「それ以後、我々は外から訪れた者達の気配を感じたのならば速やかに扉を閉ざし、入って来た者は追い払うか始末するかにしている」

「では聞くが、アレ位の感染者は後どれだけいるのだ?」

「あそこまで精錬されたのは三体だ。
うち一つは試験的に当時交戦していた相手国に用いられ、その国は半年程で崩壊した、しかし、その後も被害は拡大して周辺にも及んだ為に最終的には開発していた新型爆弾、次元振動弾の使用をもってようやく終息できたという」

「その残りがここにあるか……」

「そうだ。この技術資料館は、価値のある技術そのものや開発したものの運用に困難がある代物、正式な量産に問題があるもののなどを含め技術的に価値の高い品々を保管している」

まったく、世界を幾度か焼き払えるアトラス院ほどではないだろうが、あの様な怪異がいるようでは厄介さは変わらん、無限書庫もなんていう所を模倣してしまったのだか……
パスからは特に危険は伝わって来ないが、視線を向ければ凛が泡立つ怪異を十字に斬り裂き、映像からは見えないものの三方向からの砲撃とディルンウィンを手にした小僧が分かれた体を消滅させている。
小僧も努力の甲斐があって基本骨子がより真に迫って来ているばかりか、自身に足りない魔力もどこからか調達して来ている様子………この調子なら掃除屋でしかない私を超えるのもそう遠くないようだ。
いや………ある意味では既に超えているか、あの頃の私では今の小僧ほどではなかったのだ、あの衛宮士郎なら私とは違う道を辿れるだろう、それを見届けてみたいのもあるが私のわがままに凛と桜をつき合わせるのも問題だからな、適当なところでまででいいだろう。
先程危惧した勘は杞憂だったようでよかった思うのと同時に、あの小僧が私のような独りよがりにならないで嬉しく思え―――衛宮士郎、かつての自分と同じだった者に少しの合間見入っていた。

「見たところ、そちらの兵は相当のもの……優れているとはいえ復元するだけの力だけではこんなものだろう」

期待外れも甚だしいといった風にも聞こえる魔道書の声から、ふと我に返った私は他の皆から注目を受けている映る凛に気づがつき、

『凛、ここの責任者と話をつけた』

『そう。ご苦労様、アーチャー』

『なに、そんな大した事はしていない。ただ相手の要求は施設の維持だそうだ、区切りがいいところで執務官に話をしてくれると助かる』

『それで、この書庫の主ってのはどんなんだった―――っ!?』

画面を見ながら状況を告げる私だったが、不意に凛とのパスから警鐘のような感覚が伝わったるとすぐにその意味を理解する。

「っ、完全に消滅したと思ったのだがな」

「君達にはとっては残念ながらになるな。だが、実験の域を出ないとはいえ、兵器として造られたモノがあの程度というのには少々疑問を呈していたところだ」

画面に映される映像には再び泡の怪異の姿が現れていて、驚くべき復元力だとは思っていたが、よもや殺されても死なない不死性持ちだとは……

『アーチャー、そっちで何とかならないの!?』

『生憎だが凛、アレは元々制御など出来てないらしい。
だが、不死性にも幾つか種類がある、まずはアレがどんなタイプなのか見極めるんだ』

『そう言うけど、そもそもアレてなんなのよ!』

『ここの責任者が言うには、感染したあらゆる生き物の攻撃性や残虐性を肉体的にも精神的にも増大させ周囲の者達に襲いかかるようになるエネルギー、魔道書はマステマと名づけているが、そんな名称は兎も角、その未知なる力を更に精錬して殺戮の為の兵器として試験的に造られたのがアレだ』

私はセイバーを見つけて戻ったのか、機動六課のヴィータが放った巨大な鉄球をデバイスの形状を弓に変えたシグナムが射抜いて内部から炸裂させるのを目にしつつ手短に魔道書から見聞きした話を伝える。

『……それって』

私も、どこかで聞いたような気がして喉元まで出かかっているのだが思い出せずもどかしいのだが、凛も思うところがあるらしく一呼吸置いたかと思えば、

『前に、イムニティって娘が衛宮君の所に来た時に聞いた破滅のモンスターと同じ特徴じゃない!!』

『っ。そうか、どこかで聞いたと思ったが破滅の力か!?』

魔法が使われているのかは判らんのが、並行世界にいる間は肉体の時間は経過してないというものの体感時間で二、三ヶ月程経っているのにすぐに思い出せるとは相変わらず聡明だな。

『それで、他に弱点とかないの?』

『現時点ではこれだけだ』

『わかったわ。とりあえず判った事だけでも皆に話してみるから、アーチャーは引き続きそこで書庫の主ってのが何かしないか監視しながら情報を集めといて』

『了解した』

確かに凛の懸念は的を射てる。
向こう側に現れた程でないにしろ、ここにも破滅の力の影響を受けた感染者達が少なくない数で眠っているのだ、精錬の度合いによって個々の力はまちまちなのだろうが精々死者程度ならばいいが、死徒クラスの者までもがいたのなれば厄介極まりない。
声こそ聞こえないものの、画面越しの凛が皆に話している様子を視野に入れつつ、私は凛の指示に従って魔道書が変な行動を起こさないよう監視しながら問う事にした。

「君達がマステマと呼ぶ力について、他に知っている事はないか?」

「後は精々次元振動弾の使用によって、次元をかき混ぜられたのが原因か、あるいはマステマ感染者の影響なのかは判明してないが、その頃から人体を蝕む未知の物質が検出されたのが記録されている程度……………いや、前の例といい通常兵器の効果が望めないのは共通しているようだ」

「そうか、泡の怪異は一見して傷を受けているように思えるが実のところダメージを受けているようには思えん、ならば結果から判断して同じと考えるべきか……」

魔道書に問いかけた私だが、言われてみれば泡の怪異は損傷こそ受けていたものの、弾や矢どころか魔法弾すら透過してしまっていたナメクジの如き怪異と同じく怯む様子はなかったのを思い出す。

「これは仮説に過ぎないが、前の例は少しばかり次元を違わせていた事から攻撃を透過させていたようだった、それと同様にあの泡状になっているのは本来の姿の一部でしかなく核となる部位などは別の次元にあるのかもしれない」

「急所になり得るところのみを別に移す事で致命傷を受けないようにしているという話しか……」

仮にそうだとすれば、泡の怪異は失っても問題がない部分のみで構成されているであろうから、ある意味では安全な場所に居ながら戦う相手の戦力ばかりか性質や特性を時間をかけながら把握する事ができる、か。
なる程、魔道書の仮説が正しければ、あれには攻撃そのものを透過させてしまう怪異と同程度のマステマが精錬して投与されているというのだ、次元に干渉する力が無いとは言い切れん。

「どうやら、向こうでも気がついたのがいるよう……」

「む!?」

一瞬、空間に切れ目が入るかのようにして穴が広がれば、そこには漆黒に蠢く何かがいる。
見るしかない映像では肌で感じるような正確な脅威の判別はつかないが、アレもナメクジの如き怪異と同じなのであれば確実に守護者が呼ばれる災厄なのだろうが、それ目にしたアサシンは闇の如き蠢く怪異に反応してか瞬時に斬りつけていた。

「独力で次元を開いてしまうとは凄いものだ―――これは、当初想定していた以上に進歩している文明と捉えるべきか、では夜天の書を持つ者も粗悪な模造品などではなく相応の力を持つと考える必要がある」

「……夜天の書を知っているのか?」

「あの書に組み込まれているだろう無限連環システム、エグザミアの秘密に迫る為に国は様々な伝承を調べ上げ再現しようと試みたが、残念ながら作れたのは小型でこそあれ平均的な魔力炉と変わらぬ品でしかなかった」

画面では機動六課で副隊長を務めるヴィータという少女が、アサシンの一撃から少し間をあけ複数の鉄球に鉄槌を叩きつけながら撃ち込めば、お返しとばかりに渦を巻いていた闇が蠢き砲撃の如き魔力が幾線も放たれていた。
セイバーやアサシンが居るとはいえ、守護者としての勘が漆黒に蠢く化け物を脅威と判断している、一応アサシンの背には神霊たるアリシアも居るが、並行世界に関する魔法使いとはいえまだ幼いのであれば期待するのは難しいだろう。
内心では向こう側に駆けつけたい衝動に駆られるが、そんな真似をすれば私がいなくなったのを幸いに魔道書はここまでの道を封鎖するか、そこまで行かないまでもより困難にする事は間違いない。
ここに現れた私に対して魔道書が何もしないのは、単にここを荒らしたくないからに過ぎないのだから、それに加えエグザミアと呼ぶ物が何なのか判断がつかないのや、話し振りからするに夜天の書に関する知識もあるともうかがえる。

「勿論、それらの開発で得られた技術は後々に私に搭載されているような小型高性能な魔力炉を開発する礎になった訳だが」

「それもここに在るのか?」

凛の事だ、やむ得ない場合は礼呪を使うだろうと考え、内心の焦りを極力表に出さないよう平静を装いながら問い質す。

「その通り、現在では施設の貴重な動力源となっている」

「だが何故、夜天の書にエグザミアなどという物が在るのだ?」

「幾つかの書物には暴走するエグザミアによって数多くの文明が滅び去ったと伝えられている、これは推測でしかないが夜天の書の容量に目をつけた者が暴走するエグザミアを封じるのに用いたのではないかな?」

「確証は無いという事か」

「その通り。だが、こちらも古代の文献でしか知らぬが、かつてのエグザミアは暴走していたと記されているが更に前では安定していたとも取れる記述もある」

「それが今では夜天の書に封じられたにも関わらず、暴走を続け闇の書と呼ばれるようになった所以か、しかし夜天の書には転生機能というのがあるらしいぞ?」

「本来の永遠結晶エグザミアが稼動していたならば、そのエネルギーは途方も無い力になるという話、常に暴走し続けるよりも、どんな理由があれ間隔が開いている方が被害は少ないと判断したのだろう。
しかも、転生機能に関してさえエグザミアは無限連環システムとも呼ばれていたとも伝えられているのだ、関わりが無いとは言い切れない点もある」

「大本である夜天の書やエグザミアの謎が判らない以上、何が原因であるのかすら判らないという話だな……
耳の痛い話だが、解るのは封じた者達が常に暴走して被害を出し続けるより、一時的とはいえ夜天の書に封じた事で書のマスターとその地に住まう人々を犠牲にする方が少なくてすむと考えたという程度か………」

転生機能などを持つ夜天の書に、暴走する得体の知れない代物を入れるのが間違えではなったのかを聞いた私であったが双方共に情報が少なく、恐らく暴走していた当時でさえ他に方法が見つからなかったからだろう、時や場所を問わず、九を生かす為に一を殺す考え方は何処にでもあるらしい……
などと思っていれば、向こう側を映す画面に魔力の光条が幾つも降り注ぐなか、蠢く闇に宝石剣を振るい続ける凛の姿が画面に映し出されていた。
宝石で出来たあの剣は、私でも解析するのだけでさえリスクを伴う程の代物だが、実力のある魔術師であれば単純な威力なら下手な宝具よりも望める魔術礼装である。
その宝石剣から迸る魔力は、蠢く闇の抵抗力が強いのか斬り裂いたり吹飛ばしたりするまではいかないものの、凛はただただひたすら魔力の刃を叩きつけていた………まるで、幾度も打ちつける波が少しづつでも岩肌を削り取ろうとでもいうかのように幾度も幾度も魔力の波を叩きつけて。
だが、ついに闇のような化け物もたて続けに放たれる魔力の波は堪らなくなったのか、それまでアサシン、アリシアのコンビを中心に襲わせていた黒い触手のような部位が重なるように集めれば、巨大な剣の如くなったソレを凛に向け振り下ろした。

「っ、いかん!?」

画面を挟んだこの場で叫んでも意味がないと冷静に理性は下すが、思わず口に出てしまったものは仕方がない。
先程までの映像を考慮するに、触手のような状態でさえ攻めあぐねていた様子だったのに巨大な剣の如き形態に変われば単純に考えてさえ脅威が増すのは確か。
必要があるからとはいえ、ここで見ているしか出来ないとは―――凛が令呪を使ってくれさえすれば、あの場に立つ事も可能だろうに!
いや、だが、必要があるからこそ私はこの場にいるのだ、魔道書に目を光らせてなければ何をして来るか分からん、迂闊に動く訳にはいかない、それに……今更動いたとしても間に合わん、か!!
何も出来ずにいる不甲斐なさで、無意識に奥歯がギリッと音を立てるが、あの場で戦っているのは凛だけではないのを失念していた。
闇の本体に、か細い魔力光が放たれた事で瞬間的に動きが鈍り、凛の前には盾が敷かれ、その盾の種類から防いだのは小僧なのだと判る。
しかし、巨大な剣と化した漆黒の刃は勢いこそ衰えて叩きつけられた事から熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で十分耐えられると思っていたが、その後、盾に食い込むかのように、一見止まって見えるにも関わらず触れる刃自体が盾を溶かすように削り始めていた。
こうして見ているだけでは解らん、何なのだあの化け物は―――そう過ぎる私だったが、そこに巨大化した鉄槌が叩き込まれ、上へと逃れる凛の動きと相まって漆黒の巨剣の刃は逸れ、周囲の本棚を斬り裂きいて多くを破壊したものの人的被害は無いようで安堵する。

「………見ているだけというのは性に合わないものだな」

「こちらとしては、この場から離れてくれてもよいのだが?」

「そんな事をすれば、アレを倒したとしても次のを送るだけだろう?」

「勿論だ。あの感染者の成れの果てが討ち取られたのならば、残る感染者はより精錬の程度が低い者ばかり、同時に複数の者を送らなければなるまい」

「だからこそ私が留まる必要があるのだ……」

「それは残念としか言いようがない」

……魔道書の立場からすれば無理もない、か。
まだこちらが何者なのか、魔道書にとって最重要である施設などの安全が確約されてないのだ、向こうからすれば手っ取り早い方法は入って来た侵略者を排除できるのならそうするのが一番なのだろう、だが、それはこちらにとって迷惑極まりない、早々に執務官など立場がある者との交渉が必要だな。
等々交わしている間も、画面には闇の巨剣の隙をついた小僧が矢に変化させたディルンウィンを射ったのを先駆けに、機動六課、テスタロッサ一家、セイバーがそれぞれの得意な魔術もって放てば。
手応えがあったらしく、見る見る間に薄くなり始めた怪異は堪らず、身を護る為か剣の如く重ね合わせいたのを再び触手に戻すのだが、アリシアが八つのジュエルシード改を飛ばして漆黒の怪異そのものを閉じ込めてしまった。
半透明に包まれている様子からして、アリシアが用いたのは『ディストーションシールド』と呼ばれる空間そのものを屈折させる魔術のようだが、数分も経たないうちに解かれた後にはオレンジ色の空間が広がり、そこに微かに動く浮遊霊の如き存在が漂うだけとなる。
映像だけでは何が起きたのか解らんが、その霊体もアサシンが振るった三つの刃によって断たれ、魔道書が送り込んだマステマ感染者の脅威は無くなったように見受けられた。

「なるほど、君達の文明は驚くべきものがある」

「だろうな」

そう肯定したものの、気がつけば本体が倒されたからか泡の怪異の姿も消えていたし、少なくともアサシンが振るった業は凛が目指す並行世界の干渉の一つ、どこぞの並行世界から同じモノを持って来て行う多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)などと呼ばれる奇跡なのかもしれないが、正直にいって何が起きたのかさっぱり判らん。

「こちらとしては不本意ではあるが、あの者達もここに来るらしい」

「では、来た者達に夜天の書について知っている事を話してくれるとありがたい」

「ここは資料を収めた施設、知識を欲するだけならば歓迎しよう、しかし、ここの安全を約束してくれるのであればだが」

こうして私は魔道書を監視しつつも皆の到着を待った。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第28話


左右の壁が本棚と化しとる書庫、どこまでも延々と続きそうにすら思える通路、そんななかをここな書庫の主を名乗っとる相手と話し合うために先導する遠坂さんの案内で奥へ更に奥へと私達は進み続ける。
なんでも遠坂さんとアーチャーさんとの間には、パスとかいう特殊な通信手段が確立されとるらしく、念話が使えないアーチャーさんはその通信回線を用いながら遠坂さんに場所を教えているそうや。
しかし、まあ………普段は幽霊みたいな状態やから滅多に言葉を交わしたりはせんやけど、アルトリアさんや小次郎さんみたいにアーチャーさんも本名を教えてくれるといいんやがなぁ。
そんなんが過ぎるも、ふと通路は初めに私らが来た時とはうって変わって、漂っていた本の数々は無くなり通りやすくなっていた。
そういえば、ここまで来る間にも所々で鎧を着た思念体達が本を整理しとるんのを目にしとるし、それぞれ見て来た人数を合わせれば数十人近い数にもなるようやから不思議でもないのかもしれへんけど、これで、初めに目にした多くの本を散らかしとったんは私らへの足止めやったのが判るというもの。
………しかも、あえてスバルが手にしたような、本の中から手が伸びて首を絞めだす危険性のある本ばかりを選んで出し入れしとったのなら、書庫の主は勿論、思念体達もここにある蔵書にどんな記述があるのか把握しとると考えていいやろう。
アーチャーさんが聞き出した内容は遠坂さんを経由しながらやけど、ここに来るまで間に聞いとるから書庫の主の要求が施設の安全の確保と維持なのは判っているさかい、よっぽど危険な物でなければ大丈夫やろう。
もっとも、こことは違う似て異なる世界から来とる私が口をだせる立場ではないんがなぁ……

『……また、黒い化け物が出て来たりしませんよね』

『大丈夫や。その為にアーチャーさんが向こうで目を光らせとるんやから、それに、あんなんがウヨウヨしっとったら正直たまらんけど、万が一に備えて皆も戦力を分散させないよう来てくれとるんやもの』

ここな書庫の扉の前に送り込まれた化け物、漆黒に渦を巻いていた怪物のショックが大きかったらしく、ユニゾンしているリィンから少し怯えた口調の呟きが漏れてきたので、ちいちゃなクロノ君やユーノ君、アルトリアさん、士郎君。
小次郎さんとその背中にくっついとるアリシアちゃん、そのアリシアちゃんと私らの世界のフェイトちゃんを心配して来てくれとるんやろう、ちいちゃなフェイトちゃんにお母さんのプレシアさんやアルフが警戒を解いてないのを見つつ大丈夫やと返す。
せやけどリィンの言い分ももっとも、懸念するのは少し前に送り込まれた化け物の存在、私にはアレが闇が渦を巻いているかのようにしか見えへんかったけど、直接肌に刺さるかのような魔力に、魔方陣も無しに放たれる前兆が読めない砲撃の如き魔力の塊、加え魔法どころか運動エネルギー、あろう事か物質同士を結合させる力までも奪って対象を崩壊させながら取り込んでしまうとかいう怪物やったんやから。
しかも、厄介な事に本体はこことは別の次元に居て、判り難いよう分身が送り込まれとったもんだから本体が別にあって、それを違う次元から操っとるなんて想像もつかん。
並行世界にまで干渉できるアリシアちゃんが居てくれ、なおかつ潜んどる次元まで切り開いてくれとったからこそ、直接的な攻撃しかできへん私らでも倒せたって断言してもいいくらいや。
そらまあ、潜んどる次元座標さえ特定できれば幾つかの次元を経由して行う次元跳躍魔法なんかでも有効やろうけど、次元跳躍魔法を扱える魔導師なんてそう多くはない、しかも、あないな化け物を仕留めるとなれば何人の魔導師が必要になるのかさえ見当もつかん。
でもって一番の問題は、こことは別の並行世界である私らの世界にもここと同じ所があるんやろうさかい………そこでもなかに入れば、ここみたいに化け物を送り込まれるんのを考えたら、戻った時に司書長のユーノ君に話して扉そのものを物理的にも封印してしもうた方が手っ取り早いのかもしれへんなぁ……

「遠坂さん、アーチャーさんからは精錬された破滅の力を持ったのは後どれくらい居るんやか聞いとるか?」

「ええ。あの化け物と同じのはアレを含めて三体だそうよ、ただ少し劣るのは結構いるみたいね」

「あんなのが、まだ二体も居るんですか!?」

「………劣るって言っても沢山いるんだ」

念の為に聞いた私に、あろう事か遠坂さんはまだまだウヨウヨしとるって口にして、それを聞いたスバルやちいちゃなユーノ君は驚くやら青ざめるやら。

「安心して。転送されて来たような化け物クラスはアレが最後、他の二体のうち一体は遥か昔に次元ごと吹飛ばされて消えていて、残るもう一体は時空管理局が来る前にどこかに行ってしまったそうよ」

「次元ごと吹き飛ばした?」

「なんでも、幾多の次元ごと振動崩壊させてしまう当時の新型爆弾だって話」

「正に古代ベルカ時代の技術ね」

残る二体もとうの昔に居なくなっているから大丈夫と遠坂さんが告げれば、クロノ君やプレシアさんは次元震を発生させる類のロストロギアを連想した様子。

「ただ、そこから破滅の力、ここの書庫の主はマステマって名称で呼んでいるけど、それとはまた別の計測不能な未知の粒子が溢れ出て来たらしいわ」

せやけど、クロノ君やフェイトちゃんのお母さんは次元震による、次元断層が発生したのではないかとか思ったのかもしれへんけど、核などの反応兵器による放射能とは違うようやが、幾つもの次元そのものに影響を与えるような兵器が使われた跡では、やはり何かしら人体に害を与える物質が検出されたと話す。

「……まさか、それがベルカを汚染した元凶か?」

「かもね」

マステマとかいう、神様公認の世界に災いと破壊をもたらす天使だが悪魔だかの名をつけられた未知のエネルギーの化け物を倒したら、今度はかき混ぜられた次元のどこかからこれまた未知の物質が流れ出て来たとかいうのにシグナムが反応するんやが、その辺りはここな書庫の主も真相までは知らんらしいので遠坂さんも何とも言えないようや。

「断定じゃないんだ」

「そりゃそうだろうよ。その頃の記録が残ってるって言うなら別だけど、計測不能な未知の粒子って話しなんだから確たる証拠がないんだろう」

遺跡の研究や古代の歴史が好きなユーノ君は確実な情報じゃないのが残念な様子やけど、ヴィータは仕方がないって慰めを入れる。
ただ、話には加わらでいる士郎君やアルトリアさんは、微妙に顔色を変えたから何か知ってるのかもしれへん。
……………そういえば、化け物の本体が現れる前に、ある似て異なる並行世界で人々を蝕む力が広がったとか言っとったからそれと同じモノだと思うたんやろか?
そう考えつつも遠坂さんを経由しながら、アーチャーさんからもたらされた情報を共有しながら奥へ奥へと進むめば、ふと怪しげな壁がある空間が目に入って来た。
壁そのものは何ら変哲もないんやけど、これまで通路の両側は本棚が続いていとったのにも関わらず、その一角だけは本棚では無く壁になってるんやから怪しむなというのが難しい。

「ここよ」

先導する遠坂さんが壁の前で止まれば、壁が左右に動いて奥に続く通路が現れる。
ただ―――

「隠し扉ですか……」

一見、隠されとるようでも、ある意味で全然隠されてないもんやからアルトリアさんも驚いているのかもしれへんなぁ……

「昔、誰かに襲われたような事を言ってたもんな」

「そんなところ、侵入者対策として扉だったのを気休めでもいいから擬装させたんでしょ」

そういえばって、士郎君は書庫の入り口で氷に閉じ込められたままの思念体が言うとったのを思い出し、遠坂さんも無いよりはマシという感じで見とる。

「でも、もう少し判り難いようにできなかったもんかね……」

これまで続いていた本棚の列に欠けたかのような壁、あまりにも露骨過ぎて、怪しいを通り越して逆に罠にすら思えなくもないからかアルフがやや呆れ気味に呟けば、

「せめて本棚だったら怪しまれ難かったんじゃないかな」

ちいちゃなフェイトちゃんも、これはないって思うとる様子。

「でも、それだと扉を隠しながら構造的な問題でどう動かすかが問題かな?」

「うん。機械的な構造だったら組み入れる奥行きがなければ難しいと思うし、書庫のなかに丁度いい資材があるのかも判らないからね」

書庫の本棚の奥行きは、大小の差こそあれ一冊の本が入れる程度の大きさでしかない、そんな奥行きしかない本棚に本棚そのものを動かせる機構を組み合わせるとなれば流石にスペースが足りないのをなのはちゃんやフェイトちゃんが指摘する。
本棚が続いていた通路のなか、いかにも怪しい壁があるという状況、この先にアーチャーさんが居るらしいから罠の類は無いやろうけど、皆が何考えとるやろなとか思うとれば件のアーチャーさんと交信しとるのか遠坂さんは、

「………そういう事」

などと漏らしてから私らを見やり、

「アーチャーが言うには、どうもあの扉の前に幻かは判らないけど本棚があって本格的に擬装されていたみたい」

実は壁を隠すよう魔法技術が使われた擬装が施されていたのを告げた。
それを聞いた私らは、

「やっぱり、このままって訳はないですよね」

「まあ、普通はそうだろうな……」

スバルとヴィータは納得した様子でいて、

「考えてみればあたりまえか、ここの主も施設について話しをしなければならないのだからな、こちらを迷わせたりするのは時間の無駄でしかないのだろうよ」

「そうなんだ」

ふむと顎に手を当てる小次郎さんだけど、その後ろでくっついとるアリシアちゃんはよく分からなさそうな顔でいる。

「まあ。どの道行かなきゃならんのや、向こうも話し合いをする気があるって判っただけでもよしとしようか」

「そうだな」

怪しさが漂いすぎて罠にすら思えそうな扉やけど、向こうも施設の安全について話し合いを望むのが判ったんなら害はないやろう、クロノ君も頷きを入れ扉を潜った私らは更に奥へと向かった。
そして進んだ先には透明な筒のような大小様々な容器が所狭しに置かれ、筒のなかには人の形に似てた異形の怪物やら様々な化け物などの生き物の成れの果てが納められている。

「……えらい場所やな」

標本なんやろうが、書庫とは思えない様相に思わず声を漏らしてしまう私に続いて、

「スカリエッティの研究施設も色々な人達が捕らえられていたけれど、これほど異様な感じじゃなかったな」

「そりゃそうだ……」

数日前、スカリエッティのアジトで似たような光景にを思い出したのか口にするフェイトちゃんに、ヴィータは相槌を打ちながらもスカリエッティのアジトで捕まっていたのは浚われたりした人達であって化け物の類じゃないって言いたそうや。
それに―――

「ただ、破滅の力だかマステマだかのエネルギーの存在を知ったのであれば、こちらの世界の奴がどう動くかが心配です」

「そうだね。私達の方では捕まえたけど、こっちの世界の方はまだなんだから」

「まったくだ。ただでさえ化け物だったのに、スカリエッティみたいな科学者が関わって来たら最悪の事態になりなねない」

シグナムとなのはちゃんに言われて気がつく、この世界にも居るジェイル・スカリエッティが居るんやから、あんなマッドサエンシストが人や生物を化け物に変えてしまうような力を手にしたらと思うとゾッとしてしまう、それはクロノ君も同じなんやろうな。
クロノ君が言うた通り、ただでさえ化け物やったのに、あんなんと同じのが幾つも造られるようなら、後ろに居る最高評議会が幾ら寛容でも認めへんやろう、なんせ生命とは反対に生じるエネルギー、破滅の力を集めて精錬してしもうたのが前に目にした渦巻く闇の化け物の正体だという話やし。
私ら時空管理局の人間から見れば、破壊と殺戮を目的とした古代の遺失物であるばかりか、次元に関与する力を持つところからして高ランクのロストロギアのカテゴリーに当てはまるかもしれへん。
そうなれば、次元世界の平和と安定の為には処分するしかないんやし、書庫の主との交渉はクロノ君が行うんやろうけど、仮に交渉が上手く纏まってもスカリエッティなどの対策を行わなければ破滅の力を取り巻く状況は厳しく思える。

「ようやく来たかね」

いつもは霊体化しとって私らの目には見えへんのやけど、非常事態である今は流石に実体化したままのようや、そやから少し離れていても赤い外套を羽織ったアーチャーさんの姿はよく目立とって、その横には一冊の本が漂うとる。

「ここの書庫の主とやらはどこに居るんだ?」

早速、話しに入ろうとするクロノ君やが、

「彼といえばいいのかな、この魔道書がここの書庫の主だ」

手を向けながら答えるアーチャーさんの先には、漂うとる本が指し示されとった。
せやけど、

「っ、お前はあの時の魔道書!?」

アルトリアさんは知っているのか声をあげ、

「知っているのか?」

「あの魔道書こそ、初めに入った時に私以外を転送した張本人です」

「地の利は向こうにあるとはいえ、あの時はしてやられたとしかいえんな……」

問いかける士郎君に、アルトリアさんはあの魔道書こそ私らを追い出した相手やと返し、虚をつかれたのを思い出したシグナムは声を漏らす。

「私は自律複合管制型デバイス、アルビオンの後継にあたる自律統合管制型デバイス、ノヴァの試作タイプとして作られた」

何を言っとるのか解り難いんやけど、マスターなしで動いとる事から自律という意味だけは判る。

「その、複合管制とか統合管制ってなにが違うんだ?」

せやから意味が判らないって士郎君が言えば、

「融合騎であるアルビオンは、騎士にも補助を行う脳改造が必要になるもののドローン運用に特化していて広域探査や分析、補給、整備など用兵上それまで別々分担にしていた機能を統括して纏め上げ、常にドローンらの情報を受け取りつつ状況を把握しながら百機近いドローン各種を運用してその場その場にあった指揮を可能にする」

ノヴァは答えてくれるんやけど、融合騎という言葉から古代ベルカ時代にあった国なんやろうが、なんていうか騎士そのものにすら改造を施さなきゃ運用できないデバイスってのは問題やな……

「要は兵站とか後方で支援していた部隊を一括りにした、改造人間によるワンマンアーミーってところか……」

「アルビオンとかいうデバイスは兎も角、そんなんでよく騎士の方がもっとったなぁ……」

遠坂さんは口元を押さえながら部隊運用を考えとるようやけど、現役というか実際に部隊運用を行っとる私からすれば人一人で一つの部隊全てを運用させるなんて狂気の沙汰としか思えへん。
異色とはいえ、たった一つの部隊を運用しているだけで私がどれだけ周りに根回しするのに苦労した事か……その間やかて、部隊の運用に必要な情報や資材なんかをリィンやグリフィス君達が色々まとめてくれとるからこそ何とか保っとるようなもんやったんやから、いくらドローンとはいえ一人で部隊の運用なんかをすればたちまち行き詰るのは目に見えとるし、そもそもリアルタイムで幾多のドローンが何を、どの程度の効果を上げているだなんて一つ一つ把握しとったら頭が幾つあっても足らんわ。

「だからこそ、私が元となる自律統合型が造られた。
これは融合騎であるアルビオンにも当てはまっているが、それまでの融合騎での融合事故や騎士に補助脳などの改造が必須であった事へのリスクが考慮されて開発されたものだ」

そりゃそうやろう、いくらデバイスの補助があるとはいっても一つの部隊をたった一人で処理しなければならないんや、処理能力を上げる為に脳改造を行って底上げしながら融合したとして演算能力の限界を超えた情報に追いつかずにいれば、ふとした切欠から融合事故が起きてしもうても不思議はない。

「じゃあ君は融合騎じゃないんだね」

「いや。私は本来なら騎士を必要とはしていないが、試作であるが故に融合騎としての機能も搭載され、状況から必要と判断したのならできるようにもなっている」

ちいちゃなユーノ君の問いかけに。隠す必要がないのか肯定したノヴァが光に包まれれば、魔道書としての姿から今のリィンみたいなちっちゃな女の子に変わるんやけど、

「融合騎としての姿はこんなところだ」

「む。彼ではなく彼女だったか」

その姿を目にしたアーチャーさんの呟きを耳にしたらしく、

「この姿、形は私を開発していた者の好みでしかない、本来、融合騎とは人とは異なるモノ、性別の差など融合する騎士へのメンタルケアの一つに過ぎないと考えている」

融合騎の姿は飽くまでも開発者の好みでしかないって断言してすぐに本の形に戻ってしまう。

「私も基本的には自律統合型はアルビオンと同様の運用になっているが、違いは基礎演算能力を著しく高めた他に自ら魔力炉を備えさせ、運用概念としては騎士を必要としない完全無人化された部隊を率いる事を前提になるよう考案されているが為に想定外の事以外では騎士の必要性を感じていない。
また、私は試験的な意味合いが強いが他の融合騎との融合も可能だ」

状況に応じて融合騎としても運用や、自ら別の融合騎との融合すら可能であると打ち明け、通常は魔導師や騎士を必要としない自律行動型のデバイスであると明らかにした。

「単体で戦術どころか部隊運営にそのものを行えるデバイスか……凄いな」

「だから初めに入った時、こっちの戦力を把握しようとして来たんだ」

「なるほど、先の戦い方といい貴女は一軍の将だったという話ですね」

シグナムとなのはちゃんに次いでアルトリアさんも同じ様子でいて、私も互いの戦力を把握して後、戦力差から直接的な戦闘を避けつつも策を弄して、入って来た私らを転移魔法で外に放り出した手並みからは情報解析や指揮能力に問題があるようには思えへん。
でもって、ノヴァの話が本当なら―――

「なら、あの思念体達はドローンの一種でいいのかな?」

「いや。ファントム・ソルジャーズはドローンとは違ったコンセプトの元で作り生み出されたシステム、もちろん兵は精鋭中の精鋭が元になっているが、幾度の改修を行っても残念ながら開発陣が望む性能にすると魔力による攻撃に対して脆弱であったが為に技術資料として本館に収蔵されていたものだ」

フェイトちゃんも思うたのか口にするんやけど、ノヴァからはあの思念体達はドローンとは別のタイプだと返される。
せやけど、アルビオンとかノヴァとかいうデバイスは無人機であるドローンを運用する管制型なんやろうから、好き好んで思念体やらマステマとかいう危険なエネルギーを用いた怪物を扱う必要はないんやないか?
もしかして、ここには運用できるドローンが無いんやろかとか疑念が私のなかで過ぎる。

「僕と彼女達は時空管理局の者だ」

いつからは判らんけど、この書庫を管理しとるノヴァにちいちゃなクロノ君は私やなのはちゃん、フェイトちゃん、ヴィータ、シグナム、スバルにちらりと視線を向け、

「それから彼らは僕達の協力者という立場になっている」

続いて士郎君や小次郎さん、ちいちゃなユーノ君に向けた目を、彼と言うとるもののセイバーさん、アリシアちゃん、遠坂さん、ちいちゃなフェイトちゃんにお母さんのプレシアさん、アルフに注いで大まかな紹介を行った。

「そちらが来るまでの間、時間があったのでこちらが知っている事は伝えてある」

そう告げるアーチャーさんは、書庫内であまり実体化しなかったのもあるんやろうが、私らが転移魔法で飛ばされた後もアルトリアさんと一緒にたにも関わらず霊体化という特殊な隠密行動を続けてたからこそ、ノヴァに悟れないで追跡ができとってここを突き止めとる。
しかも、来る間に聞いとった遠坂さんの話では、全てを滅ぼそうとする力を精製して生み出された漆黒の渦のような化け物を倒した後も、ノヴァはマステマ感染者という新しい化け物達を次々と送り込もうとしていたとかいう話やったから、ここを見つけノヴァの動きを封じたアーチャーさんの手柄は大きいはずや。
そんなアーチャーさんは肩をすくめとって、

「とはいえ、管理局で世話になっている程度の身では精々設立された理由に加え、古代ベルカや戦乱期の戦争に伴う銃器を始めとした質量兵器への嫌悪感についてくらいでしかないか……」

「それでも十分助かる」

アーチャーさんは、管理外世界の出身では理屈的には話せても感情的な細かな部分までは難しいと言いたいんやろう、ちいちゃなクロノ君もその辺りは察したのか「問題ない」といった表情で返す。

「その者の話からして、次元間戦争での反応兵器に対する忌諱なのだろうが、保管が難しい反応弾や規模が大きくなってしまう次元砲の類は流石に模型や資料でしか展示していない」

「ただ」とノヴァはつけ加え、

「懸念するのは、フォトンブラスターなどの熱線兵器に粒子加速やイオン系の類がそちらが質量兵器とする定義に該当するかどうかだ」

個人携帯する銃器なのかはっきりしないんやけど、たぶん全部が全部該当するんやろうなぁ……つか、反応兵器ってのは核物質なんかの分裂や融合なんやろけど、次元砲ってなんや?

「………詳しくは管理局の技術官に見てもらわなければ判らないが、とりあえずは破滅の力とやらを利用している対象、そちらではマステマと呼称している生物兵器や、引き金を引くだけ、あるいはボタンを押せば使えてしまう品などは対象になると思ってほしい」

私と同じ思いなのか、ちいちゃなクロノ君も苦々しい顔をしとる。

「ところで次元砲ってどんなのかな?」

私も思うた疑問をなのはちゃんが口にすれば、

「名前だけ聞けば、転移魔法みたいに何かを転送するのみたいなのにも思えますね」

「そうだな。強制的に何かしらの爆発物を送りつけられるんだったら、送られた相手は何もできずに吹飛ばされるしかないもんな」

「……転移魔法の悪い使い方だね」

横でスバルがヴィータに連想するイメージを囁いとって、耳にしたフェイトちゃんもウンザリしながら呟きを零しとった。
せやけど―――

「残念ながら違う。次元砲とは、特定の次元空間に特異点を発生させる事で、そこから溢れ出すエネルギーに攻撃的な指向性を持たせる事によって周囲を破壊するシステムだが、地上で使えば瞬時に熱せられた大気の膨張で衝撃波も加わり状況次第では反物質弾頭よりも効果が望める使いがってのよい兵器だ」

返って来た答えは転移魔法とは遥かに離れとって、

「は、反物質……」

「よくもまあ、そんな費用対効果が望めないモノを……」

極少量で星そのものを吹飛ばせてしまえるような性質のエネルギー物質に、ちいちゃなフェイトちゃんは驚いとるけどお母さんのプレシアさんは反対に呆れた顔をしとる。
私も耳にしただけでしかないんやが、反物質ってのは生成するだけでも莫大なエネルギーが必要になるとかいう話しやから、エネルギーとしてのコストパフォーマンスでいうなら相当悪い。

「そうでもない、生成用の衛星を幾つか軌道上に上げとけば恒星から放射されるエネルギーを受け少しずつではあるが自動的に生み出されるようになっていた」

打ち上げるか転移魔法かなんやろうけど、反物質の生成に必要な粒子加速器を衛星軌道に置いとけば時間はかかるんやろうけど後は勝手に生成されるとか返され、

「無論、マステマ関連の技術に関しても後に伝えたい技術であるからこそ施設で保管している訳だが、サンプルとして凍結封印しているにしてもマステマ感染者は特異な存在、施設の安全さえ得られるのであれば処分はやむ得ないと考慮しよう。
他に展示してあるのは、ドローンやその兵装程度、人が身につけたり携帯するような品の展示は少ない―――この施設にある展示物はこんなところだ」

続いて映し出される映像には、ここの書庫にある品の目録なのかよう判らん名称が流れる、ただそれで、ここが無限書庫を時空管理局が管理する前から存在していた博物館でしかなく。
本来、展示していただろう品の多くがロストロギアに認定されそうな物ばかりにしか思えへん科学と魔法技術が異常に発達した文明の遺産であるのが解った。

「では、武装解除に応じてくれるんだな?」

「元来、この施設は後の世に技術を残す為に建てられた資料館、そちらが施設の安全を提供してくれるのであれば折角の展示物を再利用してまで武装する必要はない、が―――条件がある」

「条件?」

「サンプルの危険性は承知であるが故に処分はいた仕方ないと判断するが、残るマステマ関連の技術や資料の保持に加え。
この施設は現在、駆逐型のドローンなどの動力を運用して賄っているが、それも魔力炉を提供してくれるのであれば再び展示物に戻す事ができる」

「一度目覚めれば、人を襲い始めるサンプルであるマステマ感染者は処分しなければならない、しかし、技術や資料のみなら何かあった時に必要になるかもしれないか………悪いが、こればかりは事が事だけに僕の一存だけでは即答は出来ない」

あくまで博物館の運営と安全を求めるノヴァが出した条件やが、執務官であるクロノ君でも即答は難しいところ。
しかし、まあ……ドローンの運用が専門やのにその動力までも使こうて運営しとったのには驚きや。

「仮に魔力炉を提供したとして何に使うの?」

これまでドローンの動力までも使こうて運営しとった博物館、せやけどちいちゃなユーノ君は動力源から開放されたドローンがどうなるのか知りたいんやろう。

「マステマ感染者の凍結封印以外にも、施設の維持にも用いなければならない、故に―――現状でドローンが使用されるような状況になるのなら、残る全てのマステマ感染者達の封印は解かれると思ってくれていい」

「なるほど、交渉が決裂した場合はドローンを持ち出すから一斉に目覚めるか」

「そんな事したら、ここも無事じゃないんじゃないかな?」

ノヴァの答えに小次郎さんは「やれやれ厄介なものよ」とか声を漏らし、背中にいるアリシアちゃんも問を投げかける。

「問題ない。マステマ感染者の行動順序は決まっていて、周囲に誰もいなければ物を壊しにかかるが小動物を含めた生命体が存在していれば、まずはそちらを襲ってからになる」

「というと?」

破滅の力を目にした事があるアルトリアさんが先を促せば、

「ここには艦船などで来ていると判断するが、ここから退くにしても同じようにマステマ感染者達も乗り込むだろうから残る固体数は少ないと考えられる」

「少ないとはいえ、ここにも被害が出るだろう?」

安全を求めているのに被害を容認するという矛盾に対してアーチャーさんも疑念を挟み、

「その辺りはドローンを用いればいい。資料によれば低レベルの感染者にも数千度の熱に耐えられる固体もいたいうが、プラズマなどによる数十万度の熱には耐えられないとある。
他にも体を構成している物質が異質に変異しているとはいえ、元々投入された区域で鉄屑や残骸などを取り込み必要に応じて機能を増減させられ、半永久的に活動可能な駆逐型ならば取り込んだ体ごと裁断して駆動炉のエネルギーや資源に変えられるだろう、対人用のナノマシンキャリアならば散布したナノマシンを用いて体内から脳にまで侵入させられ対象を操れるようになる、故に存在する固体数が少なければ何とかなる」

「………ドローンって、そんなヤバイ奴ばかりなのかい」

「何を言ってる、元々軍事用に開発されたものだぞ?」

聞く限り、スカリエッティのガジェットが玩具に思えてくるという私らの常識からかけ離れた技術の数々にアルフは「うわぁ」ってな感じに頬を引き攣らせとって私も言葉を失ってしもうた。

「それじゃあロストロギアそのものだよ」

「ロストロギアというのは判らないが、こちらとしてもドローンを用いるのは施設や周辺の資料に少なくない被害は出るので好ましくはない、だが状況が状況ならばやむ得ないと判断している」

「どこにでもパンドラの箱のような所はあるものだな……」

ノヴァが述べる技術は、そのほぼ全てが時空管理局がロストロギア、科学や魔法が異常発達して滅んだ遺失文明の遺産に抵触する為になのはちゃんは不快感を露にしとって、アーチャーさんはどこか他に似たような所を知っとるのか忌々しげな声を漏らした。
そらまあ、無限書庫に高ランクロストロギア博物館みたいなのがあるのは問題や、でも元々この書庫に来た目的を忘れたらあかん。

「そう言うても、本来、私らが来たのはここをどうこうしようという訳やなくて、ただ情報がないか探しに来ただけなんや」

「その情報とはエグザミアに関する事か?」

古代の博物館という、ロストロギアに認定されそうな品々がある所やが、別にここの武装解除が目的で来た訳やないのを告げる私に、ノヴァは、ここに来て何度目になるか判らない聞き覚えのない名を上げてきた。

「いや。エグザミアというのは初めて聞く名だが、こちらが探しているのは夜天の書にまつわるものだ」

「夜天の書だと?」

「ああ」

探しているのは違う物の情報やと訂正するシグナムに、外見からは判らないんやけどノヴァは意外そうな感じで返してきたので「そうだ」とばかりにヴィータも頷きを入れる。

「だが、あんな容量が大きいだけの外箱に何の価値があるのだ、元々は術式などを記録し続ける物であったが容量の問題から遥か昔に存在した魔道技術や術式の内容は失われているだろうに?」

「どういう意味や?」

古代の博物館に居るんや、夜天の書が闇の書と呼ばれる前でも不思議には思えへんが、ノヴァはそれ以上に知っているみたいに思え、

「彼女が言うには、夜天の書のなかには暴走の原因であるエグザミアという何かが封じられているらしい」

「それがエグザミアか……」

「そんなのが封じれているなんて……」

私らが来る前から既に聞き及んでいたんやろう、エグザミアという何かが夜天の書に入っているのを語るアーチャーさんに、ちいちゃなクロノ君とユーノ君は夜天の書を闇の書に変えてしまった原因かもしれんそれへの思いを口にするのだけど、

「参考になるかは判らんが幾つか書物がある、これは我々の文明がエグザミアの作成を試す為に集めた資料や、魔力供給量を少しでも多くする必要から君達やその前に訪れた者達が来る遥か前に幾つもの書庫を探して集めさせたものだ」

「てっ、なかなか見つからない思うとったらあんたが持っとったんか!」

ベルカ式に似た三角で構成される魔法陣が現れ、転移されて来た数十冊の書物を見て私は思わず声を荒げてもうたが、ノヴァからもたらされた資料は所々で曖昧な記述があるものの夜天の書が闇の書にされてしまった原因が自動防衛システムに封じられているエグザミアにあるのを示しとって、それさえ取り除けば元に戻るかもしれないという望みを抱かせるには十分な内容やった。



[18329] リリカル編29
Name: よよよ◆fa770ebd ID:089a895a
Date: 2016/01/12 02:37

本来なら、上陸した武装隊員に対してあてがわれる一室の前に立つ僕の前で扉はシュッと音を立てて開き、

「またせた」

挨拶代わりの一言を口にしながら部屋のなかに足を踏み入れれば、簡素な壁紙で覆われた室内や無骨だが費用対効果を優先させた安価で耐久性の高いスチール製の机が並び、それぞれの机の前には椅子に座ったまま仕事を続けている五人の姿がある。
ここは、部隊長の八神はやてを筆頭に並行世界から来た異なる時空管理局で設立された古代遺失物管理部機動六課の隊員が僕達の世界で起きるであろう闇の書関連の資料作りや提案書作成に加え、八神はやて達の世界で起きてしまった広域指名手配犯ジェイル・スカリエッティによるSランク級ロストロギア、聖王のゆりかごが使われた事件の報告書を纏める仕事が行われていて。
各々の席では分隊長の高町なのは、副分隊長のシグナムにヴィータ、部下のスバルナカジマや、副官のリインという小さな女の子も上座である八神はやての机の上で画面と睨みあっているところだった。
本来なら、ここは上陸した武装隊などが一時的に宛がわれる部屋で、簡素ながらもオフィスとしての機能は十分にある所だが現在は僕達の世界に訪れた機動六課の事務所として割り当てられている。
もちろん、体を休ませるのに必要な個々の部屋にしても武装局員用のが空いているのでそこを使ってもらっていた。

「仕事の途中ですまない」

「ええよ。こっちもそろそろ休憩を入れようと思うとったところやから」

部隊長である八神が返しに、ふと一人足りないのに気がついた僕は、

「フェイト・テスタロッサ……いや、フェイト・T・ハラオウンの姿がないようだが?」

「今日のフェイトちゃんはお母さんの所や」

一息置いてから、

「部下のメンタルケアも上司の務めやさかい」

紡ぐ八神に、

「そうか」

僕は相槌を入れるも八神は続け、

「本当は来てすぐにでも話せるよう自由な時間を与えたかったんやけど、私らの所で起こった事件の報告書の整理や闇の書事件についての考査で時間が取れなかった分も含めて今日はお休みにしとるよ」

「いや、そちらで決めた事なら僕が口を出す事じゃない」

むしろ賢明な判断だろう、僕達の世界とは違って彼女は幼少の頃に母を失ってしまっている、彼女も年月を重ねて落とし処をつけるなりして答えを出したところもあるだろうが、並行世界とはいえ正気になれた相手が居るのなら直接話した方がいい。
それなのに時間が取れずにいれば、上の空とまではいかないだろうが気になるのは人の性、次第に集中力が散漫となって仕事の能率が下がるばかりか彼女の身に及ぶ危険も上がってしまうというもの、その様な理由もあるから事情を把握しているのなら早めに時間を作らせる必要がある。

「それで執務官、どういった趣きでしょうか?」

「君達がもたらしてくれた資料から僕達の方もようやく本局が闇の書への対策が正式に動き出した事もあって、協力者である君達用にアリシアが組み上げた擬似リンカーコアの術式が入った簡易デバイスを持ってきたのもあるが―――」

分隊とはいえ、副官ともなれば隊長の手が届かない部分を補うのが責務、デバイスを持って来るだけなら僕が行く必要がないのを見抜くシグナムに何かと訊ねられ、

「―――僕としても聞いておきたい事があったから来たんだ」

動きを邪魔しない、腕輪型に組み上げられた七つの簡易デバイスを取り出して机の上に置きながら本題を告げた。

「そうだね。ノヴァも入れれば無限書庫で融合騎が五人も見つかったんだから」

「しかも、ノヴァは融合騎なのにその子達とも融合できるって話ですもんね」

僕が迷っている問題とは違うものの、大人のなのはとスバルは古代の博物館で見つかったのは得体の知れないマステマ感染者や古代ベルカ時代のドローン、スマートフレームとかいう名称の機能があるそうで、それは環境の変化に対して機体そのものの形状や機能を増減させる事で柔軟に対応する能力を持つなど、僕らの世界には無い様々な質量兵器の他に四騎もの融合騎が保管されていたのを交わし合う。
無論、それはそれで無視はできない問題であって、特に本局も内部にある、しかも重要施設である無限書庫内に高ランクに相当するロストロギアが大量に収蔵されている古代の博物館なんて施設が存在していたのに驚きはしたが、無限書庫には既にベルカ戦乱期頃の宝物庫らしき所も見つかっているのだから、技術資料を遺す目的から博物館の如き施設の一部があっても不思議ではないという話でそれほど騒ぎになる事はないようだ。
そして、ノヴァから聞きだした身元というか、次元世界の所在を確認すれば、そこはかつて別世界に侵攻していた古代ベルカと戦争をしていたと考えられる世界で現在では危険性から渡航禁止に指定されている所だった。
何故かと言われれば、大気中に漂う極小の胞子みたいな種子が生物の皮膚に付着するだけで発芽してしまう為だ。
それが何故危険かは、過去の動物実験で明らかにされていて、密閉した容器にその世界の空気を入れたマウスでの実験では開始から一時間程度で発芽した芽が体表はもちろんの事、鼻や口、果ては肺からも発芽していて数十分には全身に広がった根によって死亡が確認されている。
しかし、生命活動が終ったのにも関わらず植物に寄生されたマウスは動きだし、苗床となり養分を供給するだけとなったマウスの体を更に操って、より繁殖に適した所へと自ら動かす性質があるようだ。
その為、その植物が散布させる種子は広い地域で見つかり知的生命体どころか小動物すら住める世界ではなくなってしまっていた、もちろん、その世界にも植物が繁殖困難な砂漠や寒冷地帯などもあるが、そこは得体の知れない何かが地表や地下で蠢き探査機を送ってもすぐ撃墜されてしまうから判らずにいる。
それらの話をノヴァにしてみたところ、異常としか呼べない植物は自然に現れた種ではなく人為的な操作が行われた種類、いわゆる次元間戦争で用いられた生物兵器ではないか、また砂漠などで活動しているのは今も戦争が続いていると判断しているドローンの可能性が高いという頭の痛い話だった。
それでもノヴァは、住民らが植物の種子が及ばない海中などで生活している可能性を示唆してはいたが、人の営みがあるだろう熱エネルギーなどの反応は残念ながら次元航路からでは観測できずにいる。

「それは兎も角として……一つはこっちのはやての分なんだろうけど、簡易とはいえデバイスを七つも用意するなんて大丈夫なのか?」

「前回の事前調査で、夜天の書を闇の書にしていた元凶がエグザミアと呼ばれる何かであるところまでつきとめられた。
母さんやグレアム提督の働きかけもあるが、本局としても、これ以上闇の書による被害を減らせるならば多少の予算の増加はいとわないといった感じで承認しているから心配はいらない」

擬似リンカーコアの術式が入った簡易デバイスの腕輪をまじまじと見つめるヴィータ、世界は違っても時空管理局に所属しているのならば部隊の活動に必要な予算が決して多くはないのを把握していて、いくら簡易とはいってもデバイスの経費が決して安いものではないのを知っているから驚いているようなので安心していいと返す。
そんな僕に、

「それだけ期待されているって事だね」

「ああ。今回は夜天の書を闇の書に変えてしまった元凶をどうにかするのが目的だからな」

大人になったなのはは、裏に秘められている思惑を見抜いていて、

「最終的にはそうするにしても、やはり最初の難関は我ら守護騎士が主を捕まえさせないようにと浚って行ってしまう事でしょう」

「それを防ぐ意味もあって、外部からの魔力供給で私達に設定されている能力限定リミッターを介さないよう底上げする訳やな」

「推察の通りだ。基本的に結界で逃走を防ぎながら協力を求める算段だが、君達のデータではこっちのシグナムとヴィータの二人も結界破壊が可能だというのだから武装隊だけでSランク相当の、しかも複数人も相手取るのは難しい」

シグナムと八神も最初の接触がいかに重要なのか十分把握している。

「そりゃ、こっちの私らからすれば管理局は敵も同然だもんな、はやてが捕まらないよう必死になって逃げるのが間違いだって思う訳がない」

「だからこそ守護騎士達が現れる前に、こっちの私から信用を得とくんよ、既にグレアム叔父さんからこっちの私宛に遠縁で同姓同名の親族が見つかったので近いうちに会いに行くって内容の手紙を送ってもろうてる」

やはり、並行世界とはいえ本人に近いからかヴィータはこっちの世界の守護騎士達がどのような考えで動くのか理解していて、八神も主になるのはかつての自分に近い相手だから接触の仕方なども心得ているのだろう。
そんな八神だが、

「その際には私も同行いたします」

一人だけで行くのは問題なのだろうシグナムも一緒に行くという。
なるほど、似て異なる幼い八神はやてとの重要な接触時に守護騎士達にとってのリーダーであるシグナムがいれば、世界は違っても守護騎士達にとっての将なのだから無視できる筈もなく影響を与えない訳がない。

「残る私達は近くで待機の予定だからね」

「………順調に行けばいいですね」

「そうですね」

なのはの言葉にスバル、リィンは互いに頷き合い、彼女達は現れた守護騎士達が八神を浚って逃走する素振りがあれば、武装隊が広域結界を張って守護騎士達の逃走を封じるなか僕と一緒に取り押さえる役割がある。

「初めの接触さえ上手くいけば、問題となる夜天の書から奪われる魔力については擬似リンカーコアの術式が入った簡易デバイスで補強するとして、定期的にリンカーコアを蒐集しなくてはならない問題に関しては時空管理局の方から志願者を募っているところだ」

「上手く行けば、こちらの我々は何ら罪を犯す事なく全てのページを埋められるという話になる訳ですね」

初めの接触が上手く言った後の問題は機動六課から渡された資料からある程度判明している為、その辺りの対処を告げる僕にシグナムは満足そうにしていた。
調査が始まったばかりで、それが強い力を持つ何かまでしか判明してないが、これまで闇の書の本当の名が夜天の書である事さえ判っていなかったのだから十分進展していると捉えても遜色ないかもしれない、しかし、残念ながらエグザミアについてはノヴァが保有していた資料でさえも憶測的な事しか書かれてない為に詳しい事は何も分かっていないのが現状だ、僕達は彼女達からもたらされた情報から主を守るために守護騎士達が動きかねない当面の問題を解消して時間を作りつつ、先ずは夜天の書を闇の書に変えてしまっているエグザミアが何なのか分析しなければならない。

「で、クロノ君は何が気がかりなん?」

「衛宮士郎やセイバー達の事なんだが……」

「士郎君達がどうかしたの?」

初めの接触さえ無事に終れば、こちらの協力で当面の問題はクリアできる筈なので何が問題なのか問いかける八神には僕の返した言葉が予想外だったのか、なのははまで表情を変えた。

「本来、彼らは僕達の世界で起きたジュエルシード事件の関係者として協力してもらっていたんだが、事件が終った後は次第にアリシアが開発した擬似リンカーコア技術が目的になってしまっていて、もちろん滞在に関しては不自由がないよう必要な物は揃えているつもりだ。
でも、これは僕達の都合で彼らを束縛してしまっているようなもの、それに闇の書に関しては無関係な彼らを巻き込むのはどうかと思ってるんだ」

「そら私らの世界ではガジェットやゆりかごに襲われるわ、無限書庫でも思念体にマステマ感染者とかいう闇の化け物に出くわしとる……エグザミアっていう得体の知れんのだってロストロギアだらけやったノヴァの文明でさえ再現できんかった遺失物や、そんなんからどれだけの化け物が出て来るなんて想像もつかんへんもんなぁ」

確かに彼らの持つ魔術というレアスキルや力は魅力的ではあるものの、本来は時空管理局とは縁の無い管理外世界の民間人でしかなく、そんな彼らを巻き込んでしまうのは問題があると話せば八神もそれもそうかと表情を変え、

「そうだね。次元間戦争をしていた古代の人達でさえ夜天の書に封印しなければならない程だったみたいだもの相当危険な代物だと思う」

「だからこそ、そんな危険な事に本来僕達が守らなければならない民間人を巻き込む訳にはいかないんだ」

なのはにしても、エグザミアが何にせよ、如何に衛宮士郎達が特異な存在であっても局員が守るべき民間人を巻き込んでしまうのは本末転倒でしかないのを思い出したようだ。

「しかし、局員でない者を巻き込みたくないという理由は判りますが、夜天の書を闇の書に変えてしまったような未知の相手に対してアルトリアの剣、衛宮士郎の攻勢結界、アリシアのジュエルシード改などがあれば状況に対する対応力にも差が出てきます」

「ゆりかごの分厚い外装を斬り裂いたアルトリアの剣も相当だけど、アリシアのジュエルシード改だって理論上だけならアルカンシェルクラスにだって相当するかもしれないって話しだしな」

シグナムとヴィータからすれば、彼女達の世界で戦った自動防衛システムの暴走体との交戦やそれまで彼女達が経験してきた体験から、特異なレアスキルを有する彼らの力は無視できないものらしい。
だが、無限書庫でアリシアが用いたジュエルシード改の運用は複数の次元震を波動として干渉させあった結果、驚異的なエネルギーになるように高める方法ではあるが、基本的には歪曲場による閉鎖空間内で次元震同士をぶつけて増幅させる衝撃でしかなく、流石にアルカンシェルクラスの殲滅力云々は理論上の考えだけで、『ディストーションシールド』といった閉鎖空間内で互いの波がそこまでタイミングよく増幅するよう干渉させあうなんて芸当は人間のリソースではまず不可能といえる。

「それに、何かあっても士郎君やアーチャーさんの結界なら少しの間でも閉じ込めておけるかもしれないし」

なのはも他にも彼らの世界でも禁呪として扱われている結界魔法の利点を上げ、

「遠坂さんだって、やたら魔力放ってたのに平然としてましたしもねぇ……」

「あれもレアスキルなんでしょうか?」

スバルにしても、書庫で遠坂凛が宝石で出来た短剣で繰り出される魔力が個人のものとしては破格な量であるにも関わらず絶え間なく撃ち放ち続けていたのを不思議そうに思っていて、リィンは何かしら特異な技術が使われているのではないか考えているようだ。

「他にも、彼らの世界の魔法技術なら僕らの世界で出来ない事でも出来る可能性もあるが、それらを含めても彼らは僕らが守るべき相手なんだ」

彼らは頼りなるのは確か。
個々の力や文明の違いがもたらす魔法技術の違い、それらを考慮しも僕は守るべき民間人に違いないのを告げれば、

「そう、メリットもデメリットも解っていての話なんだね」

「何にせよ、クロノ君は局員でない者を巻き込むのに後ろめたさを感じとるんやな」

「そうなる」

なのはと八神も、夜天の書を闇の書に変えてしまっている元凶、エグザミアに対して万全の体制で臨む必要はあるが局員でない者を危険に巻き込んでしまのは間違いなのを判ってくれた様子。

「ただ。一緒にトレーニングをして間もないけれど、士郎君ってこっちの世界の私やフェイトちゃんが巻き込まれるくらいなら自分から関わって来そうな感じがしたかな……」

「こちらにも、キャロやエリオがいるので言い難いが……分別のついてる大人なら小さな子供が危険に遭わないようにしようとするものだろう」

なのはとシグナムはアルトリアや遠坂凛もそうだが、特に衛宮士郎は時空管理局の局員に向いている思考の持ち主だと捉え、そんな彼らだからこそ好ましく思えもするが、現地で何かあれば事態を収拾しようと独自に動いてしまうかもしれない点を上げ、

「そやろな。なら、いっそうの事嘱託魔導師になってもらったらいいんやないか?」

「嘱託魔導師か。しかし、それを強要するのは問題があると思うが……」

八神は彼らを僕達の関係者にしてしまえばいいという提案をして来て、嘱託魔導師に関しては僕も考えなかった訳ではない、だが管理外どころか、並行世界という異なる世界から訪れたにも関わらず彼らは既に十分な協力をしてくれている。
それなのに、これ以上彼らの力をあてにしてしまうのは正直気が引けてしまう。

「でも何かあって協力してもらうにしたって、こっちのルールが判ってないのは問題があると思うんだ」

「……そうだな。嘱託魔導師については、恐らく母さんやグレアム提督も考えているだろうから、こうしてただ迷っているくらいなら直接聞いてみてみるのもいいのかもしれない」

なのはに何かあってからでは遅いと言われれば確かに彼女の言い分ももっともだ、このまま後手後手に回ってしまうよりかは協力してもらえるなら嘱託魔導師になってもらい、そうでなければ相当な危険があるだろうエグザミアについては関わらせないようにしようと決め、

「ありがとう、おかげで僕も決心がついたよ」

「別に大した事はしてないよ」

「そや。これくらいなら何時でもいいで」

礼をいい、連絡をつけようと踵を返す僕になのはと八神は声をかけて送り出してくれた。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第29話


周囲には幾つもの六角形のスフィアが異なる動きで俺を囲む。
デバイスなどからでも判るが、時空管理局が治安を維持する次元世界でさえ人工知能は俺達の世界の遥か上を行く、ここ本局の訓練場のシミュレーターとなれば更に最先端の人工知能によって制御されていて、それぞれスフィア群は互いに連携を保つ動きすらみせていた。
勿論、難易度の設定によっても変わるが六角形のスフィア群から絶えず放たれる魔力弾を両腕のイデアルから生えた魔力刃で切り払いつつ駆け抜け一つ二つとスフィアを斬り捨て。
振り返りざま、やや距離が生まれたのを幸いに俺は両手を組むような動作で連結させ弓へと姿を変えたイデアルで矢継ぎ早に矢の形をした魔力弾を射る。
単発よりか精度は落ちるが仕方ない、一度に複数の矢を番え迫り来る魔力弾を撃ち落し、次の射で更に数体のスフィアを射抜く。
だが―――

「っ!?」

唐突にそれまで色のあった視界が白黒に変わり始める。
体の動きを速めるミッド式の機動魔術とでも呼べばいいのか、ブリッツアクションの術式を読み解いているうちに、この魔術には体そのものを強化するだけではなく高速化の制御というか反応速度を速める為に神経をも強化しているのが解って、そこからヒントを得た俺は強化の魔術で同じようなことが出来ないか脳に施してみる事にしてみた。
聞いた話では、高ランクの空戦魔導師ってのはまるでサーヴァントみたいに音速での機動を行うとかで、そんなのを相手に空での白兵戦を仕掛けるなら、桁違いの速さに対応可能な反応速度が求められる、その辺りから考えてみても、神経に作用させて伝達速度を上げるような術式を組み上げた魔導師は、長年人造魔導師を研究して来たプレシアさんみたいに人間工学や人体の作りに造詣のある人物なんだろう。
それに俺の使う強化の魔術にだって癖はある、それは魔力を込める程度を誤って少なければ中途半端な状態になってしまうし、逆に強すぎれば構造を強化させる筈の魔力によって対象そのものが崩壊してしまうといった危険性がつきまとう。
まともな魔術師なら、いくら強化が自由度の高い魔術だとしても脳神経を危険にさらすようなリスクをしてまで試すような魔術じゃないだろう、でも幸い俺は神の座で特に解析を重点的に教わっていたのもあって脳神経についても解析は十分行える。
他にも、親父から教わった魔術の鍛錬を行い続けたからか魔術回路そのものの強度が他の神経などにも影響を及ぼしているらしく、ある程度なら大丈夫だろうと判断しての考えだ。
十分な解析を行った後、手始めに脳そのものだけに強化を行ってみたんだけど……肉体のバランスというか、思考だけが先行してしまって少し動くだけでも恐ろしい時間が経過したようなちぐはぐな感覚に陥ってしまった。
要はバランスの問題だろう、首から下の神経を同じように強化してなかったからこそ起きてしまった状況だったんだ、脳も体も同じように強化を施しえしまえば思考も動作も同じように高速化させたまま、いつもの感覚で動かせられる。
後はどれくらいのバランスが一番適しているのかをこうして探る必要があるだけで、問題にしても特に表立って現れるのは無く精々脳神経を強化するとエネルギーの消費が多くなるから食事の量が増えるといった程度だ。
それでも強化に対する魔力供給が滞れば、体なら腕力や脚力の低下と共に体力の消耗も増して来る感じだけど、脳の場合は程度によっては視覚神経に影響が出てしまうのか視界が白黒になってしまうといった副作用が現れてしまっていた。
とはいえ、視野の変化は原因が解っているから対処しやすい、例え白黒に変わってしまっていたとしても再び強化を施せばいいだけに過ぎず、むしろ問題は強化というよりも魔術や動作を同時並列で制御するマルチタスクの方だろう。
脳に魔力を込め強化を行えば、色が失われた世界は再び色彩を取り戻し、同時に少し強化し過ぎたのか俺に迫り来る数々の魔力弾やスフィアの動きが鈍くなった。
別に周囲の動きそのものが遅くなった訳じゃないが、単純に脳の処理能力が増したからそう感じるに過ぎず、脳の強化は他の部位に対するよりも消費するエネルギーが多いいから多用には難がありそうだけど、体感時間とはいえ周囲の速さが遅く感じられるのは助かる。
体感だけとはいえ余裕が出来た俺は、囲まれないよう走りながら矢を放ち続け、迫る魔力弾を撃ち落しつつ牽制を行いながらも確実にスフィアの数を減らして行った。
そんな折り、ふと状況を把握する為に四方に飛ばしておいたサーチャーから数体のスフィアに魔力弾とは違う魔方陣の展開を認め、射っても間に合わないのを悟った俺はイデアルを篭手に戻しつつ魔力刃を展開しながら高速機動魔術を行使する。
術の名はソニックムーブと呼ばれ、アースラの訓練室で一緒にトレーニングするようになった大人のフェイトから教わった魔術、まるでセイバーの踏み込みの如く瞬間移動じみた凄まじい加速が特徴の高速移動を行う術式。
一緒に教わったアサシンは初めこそ驚いたものの二度目には「なかなか面白い歩法よ」とか面白がっていた、けど俺は余りの高速に感覚がついていかなかった―――でも、脳を強化した今ならソニックムーブでの急加速でさえ十分感覚がついていけるようだ。
魔術による加速こそ同じなんだろうけど、アースラの訓練室での時とは違って妙に遅く感じられるものの、ミッド式特有の魔方陣が描かれた数体のスフィアから魔力の塊が線となって放たれるなか、迫り来る数条の砲撃を弧を描くようにして迂回して避け、

「あぁぁぁっ!!!!」

加速が行われる最中に一体を斬り裂き、

「っ!」

回り込み、魔力で空中に固定した足場を用いながら三角跳びの要領で背後から一対の魔力刃を叩きつけるようにして二体目を裂く。
脳を強化しているからソニックムーブの速さにも十分対応はできている、でもまだ他の魔術と組み合わせるとタイミングが難しく魔力の足場ももう少し遅かったら間に合わなかった。
ソニックムーブの影響はほぼ瞬間、この時点で俺がおこなった急激な加速は消えてしまったが、その間に背後に回った俺をスフィア達は見失っている。
間をあける暇も与えず、即席の魔力弾として両腕の魔力刃を別々のスフィアに射出して墜とし、再び弓に持ち替えた俺はまだ数体ほど残るスフィアへと魔力弾を射って終らせた。

「はあ…はあ………ふう」

「昨日までとは見違える動きでした、シロウ」

呼吸を整えながらバリアジャケットを解除してフィールドを後にする俺に、「どうぞ」とセイバーがタオルを渡し労ってくれる。

「少し強化を変えてみたんだ」

「なるほど。強化の魔術は対象の段階を引き上げる効果をもたらしますから、それによってシロウの体は英霊に近い域にまで引き上げられた訳ですね」

「……流石にセイバーと同じに域ってのは無理があるだろ」

「いえ、先程の動きを見ればかなり近くまで迫って来ているといえます」

「そうか?反応速度が向上したから動きが良くなったのは解るけど、そこまでの実感は無いけどなぁ………」

「ですが、シロウは確実に強くなって来ているそれは誇ってもいい」

両手を腰にあてるセイバーは、俺にもっと自信を持ってもいいと微笑んだ。
そりゃまあ、聖杯戦争が終ってからはアイツから色々教わったのもあるけど、アヴァターでは学園の教官、神の座で神や元救世主達から主に基礎的な部分を教わっていたから下地は出来てるのかもしれない……でも、一番の理由は周りが凄過ぎるからいまいち自分が強くなった実感が湧かないのが原因なんだろうな………
なにせ近接戦闘ではセイバーやアサシンに敵うべきもなく、魔術にしても遠坂には及ばないでいて、ミッド式にしても防御魔術で一番強固なはずのラウンドシールドというのがあるんだが、半円の形をした守りは飛来する攻撃を弾く以外に反らす効果なんかもあるんだけど、なのはやフェイトの砲撃はその防御魔術を使ってもいとも簡単に貫いて来るから防ぐという選択そのものが成り立たない………これで自信を持てというのが難しいだろ。

「ところで、瞬間的に加速を行う魔術をアサシンも使っていましたがアレは?」

「俺とアサシンは機動六課と朝にトレーニングをしているだろ、その時に向こうのフェイトから教わったんだ、何かを避けたり間合いを変えたりとか色々便利だぞ」

「言われてみれば、シロウとアサシンは早朝から機動六課の者達とトレーニングを行っているという話でしたね」

「セイバーさえよければ後でデバイスに入れようか」

セイバーなら、別に使わなくても魔力放出で十分なようにも思えるけど、アサシンも使っていたソニックムーブに興味を持ったらしく、この時、セイバーにソニックムーブというのがどれ程危険なのか想像できずにいた俺は「むむ」と考え込む姿をみかねて後で教えると言ってしまった。
ふと視線を動かせば、ちょこんとアリシアがシミュレーターを操作するコンソール卓に座り、後ろにアサシン、フェイト、アルフの三人が画面を見つめていて。
遠坂とアーチャーの二人は無限書庫で知り合ったノヴァの言う次元砲の特異点というのが、短い間とはいえ世界に穴を開けて外にあるエネルギーに攻撃性を与えて地表を焼き払うという兵器であって、それは俺達の世界でなら聖杯か根源への道といった扱いになるのだから魔術師としての知識欲からかノヴァの居る無限書庫に入り浸っている。
………遠坂もニティに今は関係者以外立ち入り禁止って言われたのに、例え首尾よく神の座にたどり着いたって教えてやるから仕事をしていけって言われて何十年、下手すれば何百年もさせらるだけだろうに、どうして魔法ってのを手に入れたいのか俺には解らないところだ。

「結果がでたよ」

「ほう。なかなか、アーチャーにしごかれているだけはある」

よく家でセイバーとしているゲームの感覚なんだろう、コンソール卓の前に座るアリシアから俺がしていたシミュレーターの評価が現れたのを教えてくれ、後ろに立つアサシンの反応からも評価がいいのが判る。
アサシンは言峰個人か聖堂教会からかは判らないけど、アリシアの護衛役として仕事を請けているから傍にいてくれるから助かってるが、当のアリシアは、ここ数日の間は擬似リンカーコアシステムに何もトラブルがないからか暇を貰ってフェイトやプレシアさんの庭園に遊びに行こうとしていた。
でも、今日は大人のフェイトが庭園に来るそうで気を利かせたフェイトから積もる話もあるだろうというという心遣もあって庭園で遊ぶのを断念していて。
そうは言っても、

「私もお姉ちゃんだからお話ししたい」

そう言ってアリシアは唇を尖らしていたが、フェイトから「お姉ちゃんなら二人きりにしてあげよう」って言われた挙句、アルフからも「アリシアとは死体でしか会った事がないんだから、プレシアと話しをさせるのが先だろ」などと説得され今に至る。
まあ、

「うちのとこはまだ死んだままだからね………」

そうつけ加えたアルフの様子からして、プレシアさん達はこっちのアリシアを如何するのかは決めかねているようだった。
そして、二人が気兼ねなく話せるようフェイトも俺達が居候しているアースラに行けないかという話が出た為、艦長のリンディさんに連絡を入れたところ、魔導師ランクの測定を受けては如何かとの誘いを受け。
幸い、アリシアが擬似リンカーコアシステムの開発の一環で試験場にも出入りしている事から機器の扱い方が分かるという。
そうした流れから、ジュエルシード事件の際に艦内で測れなかった分を含め本局の訓練場で測定する話になって特別顧問のグレアムさんの許可を貰って今に至り、本局の中でも規模としては比較的小さい方らしいが、アースラの訓練場よりも多彩なトレーニングが出来るここを借りて体を動かしていた。

「凄いね。攻撃命中率九十八%、被弾率十二%、総合成績はAAA+だって」

「まあ、掠める程度のは避けないでいたからな」

「それにしたって相変わらず滅茶苦茶な命中率だよ、牽制している分を含めればほぼ百%じゃんか」

小さいながらも魔導師として高い力を持つフェイトや使い魔のアルフは素直に賞賛してくれるけど、二人共俺が同じ歳の頃とは比べるまでもない、そのまま成長すれば比例してより実力が高くなるから、きっと大人のフェイトやなのははさぞ凄いんだろう。

―――いや、実際そうだったな。

無限書庫で出会った化け物の姿が、まだ泡立った時のままでの動きや洞察力からして、もしかしたら俺達の世界でいうところの封印指定された相手を捕まえる為に派遣される執行者に相当する実力なのかもしれない。
そう思いつつコンソール卓に近づき、シミュレーターの結果を表示させる画面を見やれば、そこには終るまでのタイムレコードを始め命中率や回避・被弾率などの項目にAとかSSSとかSなどが映されていて、総合的な評価の欄にはAが三つに+の文字がつけ加えられている。
とはいえ、脳神経の強化を施した事から自分でも上手くやれたと思うものの、時空管理局での評価の仕方が判らなければ表示されているAAA+とかいうのがどれだけの成績なのか今一つ把握し難い。
特に、Sという字はAから数えてかなり後である為、そこまで評価が悪いのかと思えて来てしまう、反対にSが高い評価であるなら最高の成績はZZZ+辺りだろうからAAA+という総合評価は門前払いのレベルになる。
しかし、軽く走って体を解すなりした後で行ったシミュレーターは俺だけじゃなく、その前にアサシンが行っていて、その時の総合評価はSSだった。
実力からしてアサシンと同じ位の評価だっただろうと思うものの、一番に試したセイバーは残念ながら対魔力の問題で訓練用の魔力攻撃さえも無効化してしまう事とセイバー自身も避けないでいた事なんかも原因なんだろうけど、折角行ったシミュレーターではスフィアの弾が命中しているのにも関わらずバリアジャケットの消耗が見えないのがエラーとして扱われてしまって評価が出ないでいた。

「これっていいのか?」

ジュエルシード事件の時に聞いとけばよかったって内心で溜息を吐きながらも、時空管理局の評価がどんなものなのか把握しているだろう二人に聞いてみた。

「然り、前に向こうの高町なのはが擬似リンカーコアシステムを試した際も近い評価であった」

「なのはさんがやったのとは内容が違うから一概に比べるのはどうかと思うけど、成績としては似た感じだったよ」

「そうか、大人の方のなのはは航空戦技教導隊っていう超一流の魔導師だって話しだもんな、ならこの評価は良いのか」

肯定してくれるアサシンは、アリシアに付き添ってくれてるんだから評価についても見聞きして来たんだろうけど、大人のなのはは機動六課の前に航空戦技教導隊っていう精鋭部隊に所属している程なんだから空での魔導師がどう動くのか俺も見てみたいものだ。

「もしかして見方が判らないのかい?」

「おう」

「いや、そんなに自信を持って答えなくても……」

ただ、悪い評価ではないのにホッとしたところにアルフが聞いてきたから正直に答えたんだけど何故か苦笑いをされてしまう。
だからか、

「Aがよくできましたの○で、BからCはがんばりましょうの△や×、Sは大変よくできましたの花丸だよ」

こんな感じってアリシアが教えてくれたものの、なんていうか小学校の答案みたいだ。
まあ、高校の成績表なんかは一から五までの数字で行われているから文字の違いなのかもしれず、AAやAAAなんていう違いは細かな差に過ぎないのだろうけど―――念の為、

「そんな風なのか」

「うん、大体は。でも、これってどれくらいのレベルで設定しているの?」

どうなんだって、フェイトとアルフを見やればフェイトから大筋であってると返されたけど、どの程度の難易度か知らされてなかったらしい。

「オートスフィアが始めから二十体いて、一度に現れる数が二十体までだからそれ以上はフィールドに現れないけど、六十体まで補充されるから何だか減らしても減らしても終らないように見えたよ」

フィールドの外で見ていたアルフからも、今の設定が少し難しいらしいのが判ったからか機器を操るアリシアに皆の視線が集まる。

「ん、皆の実力から魔導師ランクはAAにしているよ」

「AAランクという事は武装隊の中核レベルですね」

「武装隊、か」

アリシアは小首を曲げながら普通の設定だよっていう感じでキョトンとしていて、AAランクというランクのそれを知っているセイバーから今の設定が武装隊の人達が行う訓練と変わらないのが明らかになった。
……ただ、これまでも武装隊の人達と一緒にいた事はあるけど、それまでの多くが結界の展開と維持しをしているところしか見てないので実感が湧き難い。

「小耳に挟んだ話では、武装隊の多くはBランクという話であって、現場で小隊の指揮などを任されるベテランの多くはAかAAランク、AAAランクというのは少数のエリートらしい」

「その上で、保有魔力量が特に多いい武装局員のごく一部に依存のランクの枠では当て嵌められない実力者が居たことから特別枠が設けられてSランクというランクが出来たとか」

「それがSの由来か」

魔導師のランクについては、アサシンとセイバーも気になっていたらしく独自に調べていた様子。
でも、なるほどと思ってしまう、特別、即ちスペシャルとかそんな意味から生まれたからSなんだろう。

「次はフェイトさんの番だよ?」

見ているのが楽しいのか、笑顔のアリシアが問いかければ、

「うん」

「フェイトなら大丈夫だと思うぞ」

心地いい返事で返すフェイトに先に行った俺はフェイトなら問題ないだろうと口にする。
そもそも、アリシアを失った経験からフェイトが一人でも生きていけるようにと施したプレシアさんなりの英才教育なのかもしれないけど、こと戦いに関する限りフェイトの実力は高く、動きは勿論の事、一撃の重さにしても魔力資質が高いからか俺なんかが魔力弾を障壁を張って防ごうとでもすれば、込める魔力が多くなってしまうからたちまち魔力が削られてしまう程だ。
実際、フェイトは俺やセイバー、アサシンとは違って空戦が主体で、空中を不規則に動き回って照準つけさせないばかりか、ブリッツアクションを使いこなしているからだろう動作が素早く飛行速度も速いときている。
直射型の魔力弾、フォトンランサーにしたって俺が複数の魔力弾を中ててようやく倒しているスフィアを一撃でもって倒してしまうばかりか、外れたと思ったのがスフィアの背後で止まって方向を変え再び加速して撃ち抜いたのには正直にいって面をくらった。
見ていた俺は、フェイトやなのはみたいに空中で自在に動ける量の魔力があれば戦術にも幾つか幅が増やせるだけどなぁと少し羨む気持ちで見ていた―――けど、デフェンサーというラウンドシールドよりも逸らす機能に重点を置いた防御魔術を使っているから被弾こそないものの、何だかフェイトの動きは攻めに重点を置きすぎているように感じられ、どこか焦っているようにも見えなくもない。

「どうしたんだ?」

気になってシミュレーターを終えて戻るフェイトに訊ねれば、

「うん……」

フェイトは軽く視線を下げてから戻して、

「アリシアとキャスターさんは母さんを助けてくれた。
向こうのミッドチルダでは、アルトリアさんは皆を苦しめる元凶を撃ち払った、私は皆みたにはできないから誰かを守れるよう少しでも強くなりたいんだ」

「何を言うのです、向こうのミッドチルダでの際にも思っていましたがフェイトはもっと自信を持っていい」

「いやはや。なのはといいフェイトといい、こちらの童の向上心の高さは凄まじいものよ」

フェイトが吐露した言葉に、セイバーやアサシンはフェイトの実力がどの程度なのか本人が把握してないのを苦笑していて。

「そうだぞ。俺の同じ頃なんかよりも遥かに強いんだから自信を持っていいぞ」

「そうなのかな………」

俺だって、正義の味方に成りたくてもどうすればいいのか分からないでいたんだから少しでも強くなりたいっていうフェイトの気持ちは解らなくもない、けど俺の九歳の頃とフェイトでは出来ることが全然違う、なによりフェイトはまだまだ子供なんだから急ぐ必要はないだろう。

「気になるんなら私の妹の方に聞いたらいいよ、なんたって私の妹なんだからね」

「姉を強調するのに必死だね……」

「だって私はお姉ちゃんなんだもん」

戸惑うフェイトにアリシアから大人のフェイトに聞いてみればいいんじゃないかっていう案がなされ、アルフが呆れたような視線を向けるけど胸を張って「ふふん」とアリシアは気にせずにいた。
けど、まあアリシアの言い分も判る、フェイトなら俺とアーチャーみたいにややっこしい事はないだろうからな。
そんなやりとりをした後も、俺はセイバーのデバイスにソニックムーブの術式を入れれば、フェイトも直射弾を途中で狙いを変え再加速させる術を教えてくれたりと互いに気になったミッド式魔術を教え合いつつ残る魔導師ランクの測定を終らせて行く。
ただ……なんというか、ポチが散歩から戻っていつも通りにその辺でくるくるうろついていたら、我慢できなくなったアルフは人の姿をしたままポチに噛りついていたりする、狼の姿なら違和感がないんだけどいい大人の女性が丸いポチを噛りついている姿は見ていてシュールだ。
などと思っていたら不意に空間モニターの画面が現れ、

「フェイトも来てたのか」

「うん。今日は庭園に向こうの私が来てるから邪魔にならないようこっちに居るんだ」

「ちゃんと、リンディさんとグレアムさんの許可は貰っているよ」

画面に映されたクロノは、本局にフェイトが居るのが意外な様子だったが、本人とアルフの話を聞けば「そうか」と納得したのか続け、

「連絡を入れたのは、君達に相談したい事があるからなんだが……」

「相談?」

「ああ。詳細は会って話したい、そちらの都合でいいから時間をつごうできないか?」

何の話かは判らないので聞き返すが、どうやら画面越しでは話し辛い内容のらしい。

「魔導師ランクの測定も終えるところだし、俺はいいと思うけど……どうする?」

「私も問題ないかと」

「私は今日はお休みだから他に予定とかないよ」

「こちらはアリシアが行く所に向かうだけの事」

セイバーやアリシアに問いかければ、二人とも大丈夫なようで残るアサシンはアリシアの護衛をしているからアリシアが行くなら自分も行くのは当たり前だと返し、

「君達って事は、私やフェイトも入るのかい?」

「君らさえよければだが」

初めにフェイトが居たのを意外そうにしていたからか、てっきり俺やセイバー、アリシア、アサシンとここには居ないけど遠坂とアーチャーに対しての話だと思っていた俺だが、アルフが自分達も入っているのか訊ねればクロノは二人も関係する話のようだ。

「どうするフェイト?」

「クロノの頼みなら聞いてみようよ」

「そうだね。プレシアもフェイトも世話になってるし」

二人はジュエルシード事件でのプレシアさんの治療や、フェイトとアルフが管理外世界でロストロギア収集していた件などでクロノに色々と世話になったからだろう、何の話かは定かではないが聞くだけ聞いてみてから考えればいいと判断した様子。

「では、魔導師ランクの測定が終えた後こちらから連絡を入れましょう」

「そうしてくれると有り難い」

セイバーの提案により、とりあえずはそれで通信を終えた俺達は、時間と場所は俺達の都合でいいらしいので先ずはランク測定を終え。
でも、俺は良いとしてセイバーやフェイト、アルフは女の子だ体を冷やす前に軽くシャワーで汗を流してから連絡を入れ商業エリアの喫茶店で落ち合う約束をした。
もっとも、俺やアサシンもコンソール卓を操るアリシアから風邪を引くよって心配されたのもあって、三人を待つまでの間に軽くシャワーで流してから来ている。
喫茶店に入った俺達は、魔導師ランクの測定もあってか小腹が空いてきていたのもあって飲み物以外に各々プリンやらケーキ、パフェなどを頼みながら測定で使った術式の長所、短所を交し合って花を咲かしていた。
思えば、元の世界では魔術について話なんかできる相手っていえばアーチャーくらいしかいなかったなとか思っていれば喫茶店の扉が開いて黒い防護服姿のクロノが入って来る。

「こっちだ」

手を上げて呼んだ俺は、

「それで話って何なんだ?」

「また人手が必要なのですか?」

「いや、今回は違う」

時間通りに喫茶店に現れたクロノに話しかけ、セイバーもまた無限書庫で資料を探すのに人員が必要なのか口にするのだけど違うらしく。

「こうして時間を都合してもらったのは、君達に嘱託魔導師になってみてはどうかと思ったからなんだ」

「嘱託魔導師?」

聞きなれない名称に俺が疑問の声を上げれば、クロノは俺達に視線を向けたまま近くの席に腰を下ろし、

「それだ。正規の局員ではないが、この資格があれば本局や次元世界での行動に対する制限が少なくなって僕達も管理局の仕事を任せられる」

要はアルバイトみたいなものらしい、ただ制限という割にはあまり不自由は感じてないが、言われてみればここで許可が出ているのはアースラを除いて、マリーさんの所限定ではあるが本局技術部や無限書庫の一部、商業エリアなどはある意味一般開放されているから問題ないものの今更ながら制限があるのに気がつく。

「それは闇の書やエグザミアに関する事でもですか?」

「そうだ。むしろ、エグザミアに関しては僕達の文明よりも君達の文明の方が近いかもしれない」

「クロノが思うほど俺達の世界は魔術と科学が合わさった文明じゃないぞ、それに八神達まで来てるんだから十分じゃないのか?」

無限書庫で目にした漆黒に渦巻く化け物、破滅の力すら兵器として利用していた古代ベルカ文明、多分、その頃に生み出されたエグザミアなんて代物は、目的こそ不明だが術式を集めるだけの無害ともいえる夜天の書を闇の書に変えてしまった原因、セイバーはそんな異常な品が必要とされた背景も気になるようだ。
ただ、クロノは俺達の世界の方が近いと思っているみたいだけど、俺達からすれば破滅の力なんていう危険なエネルギーこそ使わないものの科学と魔術が融合しているかのようなミッドチルダの方こそ近いといえるし、前に闇の書の主だった八神の協力があればそれこそ俺達なんて不要だと思うんだが?
そう過ぎった俺だが―――

「しかし、シロウ。エグザミアなるモノは私達の世界にも在るかもしれません、ここで対処法などが解るのなら知っていても損はないはず」

「それもそうか、俺達の世界も古代ベルカ時代は在ったみたいだしな……」

「そうです。こちらの地球に現れた以上、私達の所に現れないという保障はどこにもない」

セイバーに俺達の世界にも関わりがあるかもしれないのを告げられれば、俺達が住む地球も広大な宇宙の一つに過ぎないのだから先史文明の遺産であるエグザミアや夜天の書が無いなんていう保障はどこにも無いのに思い至る。

「そっちはそっちで大変なんだ……」

「なにぶん、こちらの世界には時空管理局なる組織は存在しないとの話しだからな、何かしらあれば自分達で対処しなければならんのだ、有効な術が在るのなら知るに越した事はなかろう」

「そういう意味でなら、僕らは近い価値観を持つ未来世界から情報を得られたのは恵まれているんだろうな」

「そうだね……」

魔術を秘匿している俺達の世界でさえ地球の外には次元航路で行き来する世界があって、そこにはきっと宝具を始めとする危険な聖遺物がある筈だからかフェイトは時空管理局がある世界だけが大変なんじゃないのが解って、アサシンが零す懸念にクロノやアルフも頷きを入れる。
そんな流れから、誰かがやらなきゃ始まらないとでも思ったらしく、

「じゃあ私やる!」

率先してアリシアが手を挙げるんだけど、

「駄目だ」

当然ながら俺は反対する。

「え~」

既に聖杯戦争やアヴァターとか大人でさえ死んでも不思議ではない経験しているからか、何で駄目なのって抗議の声を上げるアリシアに、

「今回は夜天の書を闇の書に変えてしまった原因のエグザミアってのを取り除かないといけないんだ、無限書庫に現れた化け物よりも性質が悪いかもしれないんだぞ」

「僕としても君の持つ不可能領域級の魔法は魅力的だが、出来れば君には擬似リンカーコアシステムの開発に集中して欲しい」

名前やおおよその概要は判ってはいるが、未知なる化け物を相手に幼いアリシアを戦わせるという選択は俺にはない、クロノというか管理局側だって闇の書に関連する事柄よりも、より全体に影響を及ぼす技術開発の方を優先して欲しいようだ。
そんなアリシアに、

「大丈夫だよ、アリシアの代わりに私が頑張るから」

「う~、私お姉ちゃんなのに……」

フェイトが慰めようとしてるんだけど、お姉ちゃんらしいところを見せられないのが残念なのかアリシアは頬をぷくっと膨らましていた。
でも、

「フェイトもアルフも、決めるのはプレシアさんの許可を貰ってからだぞ」

「うん、そうだね」

「わかってるよ」

クロノを見れば判るように、幾ら次元世界の就労年齢が低くたってフェイトもアルフもアリシアに劣らず子供なんだから二人にも釘を刺すのを忘れない。
それに、

「一ついいか」

「なんだ?」

クロノには確認しなきゃならない事がある。

「俺はなってもいいけど、俺達はアリシアの用事が終ったら元の世界に戻るかもしれないんだぞ?」

「その時は、戻る数週間前に言ってもらえればいいさ」

それでもいいのかと問えば、クロノは事前に告げてもらえれば大丈夫だと返すのでやはり嘱託魔導師ってのは俺達の世界でいうところのアルバイトと公務員が合わさったようなものらしい。

「なるほど、契約を破棄するのに代償のようなものは要らないという訳ですね」

「……魔法文明の差だろうけど、時空管理局は次元世界の治安を維持するのが目的の組織であって、率先して違法な契約を結ばせたりはしないからな」

どこかホッとするセイバーに、クロノは僕達管理局を何だと思っているんだと言いたげだが、

「クロノの性分は心得ているつもりです。私も気分を害するつもりはなかったのですが、かつて魔術師同士が交わした契約の隙を突いて相手を殺害した者を知っているもので念の為に伺ったところです」

「世の中には酷い奴がいるもんだね」

「うん」

セイバーが口にしたある魔術師というのにアルフやフェイトは顔を顰めるが、俺にはどこか親父の事のように聞こえた。
実は親父が聖杯戦争に関わった四次がどんな状況だったのか気になって言峰に聞いた事があったんだが、アレもアーチャーのいう傍迷惑な正義の味方って奴の一つなんだろう。
俺の知る爺さんとは違って、ホテルの階を丸々借りきって工房に仕立て上げた相手がいれば、そのビルごと爆破してしまうわ、他にも状況証拠からの推測だそうだけど人質を取って脅迫した挙句に双方共に殺害しているとかがあったりして俺の知る爺さんとは思えないような真似をしていたりする。
俺だって気づくのに時間がかかったから人の事は言えないけど、誰かを助けるってのは自分だけ一生懸命に頑張ればいいなんていうのは思い上がりでしかない、他の……助けたい相手が望まなければ無理なんだ。
そりゃ時には自分だけの判断で動く時もあるけれど、そんな時には助けたい相手や周りから非難される覚悟で動くべきだ、正義の味方は助け助けられてこそいられる、目的の為に手段を選ばなければ例え助けられても感謝なんてできない状況だってあるんだから。
手段も目的も定まらなければ、結局は一を殺して九を救うだけの迷惑な、より争いを広めるだけの厄介者でしかないっていうのに爺さんは気がつけなかったのかもな。
改めて、爺さんやアーチャーが望んだ夢は俺が形にしてみせると誓うなか、

「契約を交わしただけで効果を持つ魔法技術、儀式魔法の一種かな?」

「イリヤお姉ちゃんは、契約を結ぶ時に強制(ギアス)っていう世界の力を利用して契約を行使させるようにすれば相手は約束を破れないから安心だって言ってたよ」

「………契約の内容次第では命を失いかねないからな」

「ええ」

疑問も口にするフェイトにアリシアはイリヤの例をだす。
そういえば昔、アヴァターでそんな事を言っていたなとか思い出しながら俺やセイバーが頷きを入れれば、

「魔術については門外漢ではあるが、魔術師同士の契約とはかくも厄介なものか……仮に女狐と約束事をする時は気をつけねばならんな」

とかアサシンも呟いていた。

「怖い世界だね……」

魔術を用いた契約、それ自体が命を失いかねない危険性を持つという話は次元世界での常識では考えられないらしくアルフは頬を引き攣らせていて、

「イリヤお姉ちゃん?」

「ああ。よくアリシアと遊んでくれるんだ」

虎こと藤ねえは知っていても、帰郷というかドイツの実家に帰っていたイリヤを知らないフェイトは誰って聞き返したのもあってアリシアの頭を撫でながら口にする。

「君達の世界には、そんな書類一枚で命に関わってしまうような恐ろしい技術ががあるのか―――でも安心して欲しい、僕達のは試験こそ必要だが契約でそんな事はしないし、相手を害するなんていうのはそもそも出来ない」

「それを聞いて安心しました、貴方に感謝を」

就労年齢こそ低いものの、クロノは俺達の世界でいうところの労働基準法に則った契約なのだろうが、一抹の懸念が無くなったセイバーは礼を述べ。

「俺やセイバーは嘱託魔導師の試験ってのに受けるつもりだけど、アサシンはどうするんだ?」

「興味はあるが、一度に二つの依頼を受けれるほど自信家ではないよ、言峰神父から請け負った仕事を先に受けているが故に辞退させてもらう」

アサシンはそう返すが、俺もポチがいるとはいえアリシアを一人にするのは不安があるからアサシンが居てくれるのは助かる。

「私とアルフはお母さんに相談しなきゃだね」

「そうだね」

フェイトとアルフもやる気満々のようだし、俺とセイバーはこうして嘱託魔導師になる試験を目指して勉強を行う事となった。



[18329] リリカル編30
Name: よよよ◆fa770ebd ID:089a895a
Date: 2016/01/12 03:14

「ちょっとまて!話してから、まだ二日しかたってないのにもういいというのか!!?」

「ええ」

昨日の今日とまでではないものの、嘱託魔導師の試験の日取りをいつ頃にすればいいか連絡を入れていた僕は余りにも短さに声を荒げてしまうも、空間モニターに映るアルトリアはさも当然とばかりに頷いていて、

「ユーノの検索魔法とかも使ったけど、クロノに用意してもらったテキストは読み終えてるから安心してくれ」

「それに、アリシアが次元世界が記録している知識を入れてくれましたので」

「少しズルいかもしれないけどな……」

「いえ。目的に対して使いえる手段のなか、最短で達する手札を選んだまでです」

同じくモニター越しの衛宮士郎は苦笑いを浮かべるが、アルトリアは使える手段を使ったまでと主張していた。

「アリシアから知識を入れて………そういう事か」

いわれてみれば、どんな理屈かは想像が及ばないが並行世界を行き来する際に入って来た知識は今も忘れずにいる、移動したのが十年の差異はあれミッドチルダだったから気にはしてなかったが、入って来る知識が次元世界の法律関係ばかりなら―――ある意味、これほど効率的な暗記術はない。
それでも不足してる部分があれば、並行世界のユーノがもたらしたというスクライア一族の検索魔法を用いて資料を検索すればすぐに判るというもの、僕からすれば余りにも短いように感じるが二人共試験に対する準備は済ませている様子。
それは、彼らがこれから覚醒する『闇の書』に潜む闇、エグザミアとの雌雄を決しようとする僕達に積極的に協力してくれる事を意味する。
ここ最近、遠坂凛とアーチャーの二人は無限書庫に篭っているというからあの二人の協力は難しいのが残念ではあるが、衛宮士郎とアルトリアの二人の存在は大変心強い。
そう思うも、

「凄いものだな、並行世界に干渉する不可能領域級のレアスキルというのは……」

アリシアのレアスキルは、ただ並行世界に行き来するだけではなく、その世界での行動に必要な情報を移動と同時に入手してしまえている。
そのようなレアスキルを更に条件を絞って扱えば、次元世界での法や秩序への知識に関しさえ優れた暗記の代わりに使えてしまえるというのか………羨ましいものだ。
嘱託魔導師の試験は執務官ほどではないが、このレアスキルを用いれば知識、筆記試験などは大した問題ではないかもしれない、執務官の試験に落ちた経験のある僕やこれから試験に臨む局員からすれば喉から手が出る程のレアスキルであるから、こういう技術なら是非広めて欲しいと思うが元からして不可能領域級が先につく暗記方法ではアリシアが教えてくれたとしても僕などでは理解しようがないか……

「……状況は理解した。試験の日程は、当日立ち会うグレアム提督と話してから最短の日取りで行う事にする」

「わかった」

「それでお願いします」

本来なら嘱託魔導師の受験者は多くが一ヶ月近くは準備するものだが、二人の事だから準備を怠っている訳でもなさそうなので了承してから空間モニターを閉じた。

「……つくづく僕達の常識から外れてるな」

とうとう、学習にも不可能領域級の方法を行使して来るとう暴挙に毒づきながらも、今は当日の試験官をどう選定するかが問題だ。
衛宮士郎なら僕が行えばいいが、魔法が効かないアルトリアは難しい、一応、質量を持った物を加速させて打撃と衝撃を与える物理効果がある魔法も無くはないが、時空管理局が治安を維持する次元世界は質量兵器への忌諱が高く種類が少ないのや、当然、彼女も警戒しているはずだから、ここぞという時でしか使えないのが痛い。
………しかも、彼女の剣の間合いに入ってしまえば僕ではその数秒後に立っている自信は無い。
これが彼女の試験である以上、試験官である僕が負けるのは構わないが、彼女の力量を示す試験なのにその実力を引き出せないのは問題だ。
かといって、距離を保ったままでは彼女の持つ魔法無効化能力こそ示せるもののそれ以外を試せないから論外、か。

「まるでベルカの騎士み―――そうかっ」

魔法無効化能力を持ち、近接戦闘が主体の彼女の実力を測るのであれば魔法無効化能力の影響を受けないアームドデバイスを用い、主に中・近距離で実力を発揮するミッド式を扱う魔導師よりもベルカの騎士の方が適格だ。
そうと決めた僕は必要になる資料を纏めてから機動六課に連絡を入れた。
スバルを除き、彼女達のリンカーコアにはリミッター処置がされているが、幸いというか闇の書に対する機動六課の戦力を把握する必要から簡易的とはいえ既に個々の魔導師としての実力は測定されている。
勿論、僕達の世界にも高ランクの騎士はいるが、時空管理局全体でみれば数が少ない彼、彼女らは当たり前だが相応の任についているから日時の調整が整えるまでに日数がかかってしまう。
その点、並行世界から来てくれた機動六課には二人の騎士、シグナムとヴィータが所属している、加えれば闇の書に関連した事柄から後々相対する可能性のある彼女達の動きがどのようなものか参考にするいい機会になるだろうとの思惑もあった。

「なんや、クロノ君か……一体どうしたん?」

機動六課宛ての通信は、大型モニターの方に入って部隊長の八神が何か問題が生じたのかと問いかけて来る。

「実は、アルトリアが今度嘱託魔導師の試験を受ける事になったんだが、彼女には魔法無効化能力があるのでそちらに所属しているシグナムかヴィータの力を貸して欲しいんだが……」

「そういえば、アーサー王であるアルトリアさんって魔法が効かないって話しなんだっけ」

「でも、AMFみたいに対フィールド弾とか使えば対処できるんじゃないかな?」

「彼女の魔法無効化能力はAMFとは違うものだ、なにせこっちの魔法は無効化するくせに自分の魔法はそのまま―――今、関係する資料をそちらに送る」

互いに初顔合わせの時には居なかった大人のなのはも、報告書などでグレアム提督の言葉を知っていたらしいが、そういったレアスキルの正体が何なのか解らないからか、フェイトは、これまでの経験則からアルトリアの魔法無効化能力をAMFみたいに魔力結合を阻害して無力化するのかと考えていたらしい。

「これは、こちらの世界でジュエルシードを巡ってフェイトと交戦した際のものと………その後に行われた模擬戦の映像だ」

「無効化能力があるとはいえ、なんの躊躇なくテスタロッサに向かって行って行くとは豪胆なのか無謀なのか……」

参考資料として、アルトリアが初めてフェイトと交えた時の映像を目にするシグナムは、魔力弾とはいえ相手の実力も把握していないのに正面から突撃する姿に半ば呆れるが、

「嘘……」

「……冗談だろ。アルトリアの奴、なのはの砲撃を受けながら小次郎を倒してるぞ」

「いくら小さい頃だって、なのはの砲撃ならAMFなんかじゃ止められない筈なのに………」

続いて、事件解決後に行われた模擬戦では二組に分かれて行われ、アルトリアは佐々木小次郎と剣を交えてるなか、自らを巻き込むようにして放たれたなのはの砲撃を受けながらも平然としている姿にスバル、ヴィータ、フェイトの三人は目を丸くしていた。
ただ―――

「そうだね。でも、無効化能力があるからって味方を撃つなんて、こっちの私は少し問題があるのかな……」

教導隊に所属しているからだろう、大人のなのははアルトリアの無効化能力についてよりも、味方を巻き込むような砲撃を撃ったなのはの行動に注意がいってしまっている。

「……いやいや、そういう問題じゃないだろ」

「でも、大事な仲間を巻き込むようなのを見逃したら駄目だよ」

ヴィータは集束と放出に優れたなのはの砲撃すら無効化してしまう姿についてか、それとも話の論点かは判別し難いが、大人のなのはは明らかに誤射ではく狙って味方ごと撃つ姿勢について、こっちの自分が道を外さないか心配になったのだろう。

「そらまぁ。後ろから、なのはちゃんクラスの砲撃に巻き込まれたら堪らんのは判るけど、今はアルトリアさんについての話やさかい」

「それについては、こっちらのなのははアルトリアの指示で仕方なく撃ったのを確認している、僕達からも本人やアルトリアには注意はしといたから、もうこんな非常識な真似はしない筈だ」

「それなら大丈夫かな……」

「ああ。その後、君達の世界でのしていたトレーニングでは同じような事はしてない」

なのはは魔力弾でさえ並の魔導師では防ぐのが難しいのに、より貫通力と威力に優れた砲撃となれば大半の魔導師は防いだとしても容易く貫かれてしまうだろう、そんな威力を秘めたのが後ろから誤射してこようものなら安心してチームを組めないのは僕でも解る、だが今している話の論点はそこではないのもあって八神はなのはを嗜め僕もつけ加えながら懸念を払拭させた。

「て、事は魔法無効化能力を利用した戦術だったんですね」

僕だって、こんな連携は認められないが八神の机の上で見上げているリインは、モニターに映るなのはの砲撃が誤射の類ではなく、魔法無効化能力を用いて近接戦闘に優れる佐々木小次郎を倒す連携だったのにようやく合点がいったようだ。

「なるほど。執務官が悩むのも無理はない、か」

「なのはちゃんの砲撃すら無効化するようならバインドなんかも効果は無さそうやな」

一連の映像資料から、僕が頼みたいと話した事にシグナムと八神は納得がいって、

「そうだ。そんな訳から、僕達ミッドチルダ式を扱う魔導師ではアルトリアの試験官は勤まらないと考えている」

僕は前置きを言いつつ、

「残念ながら、彼女の評価は魔力無効化能力の影響で正確には出せない代わりに、近接戦で互角に渡り合える小次郎の評価を送ろう」

魔法無効化能力のせいでシミュレーターに齟齬が出てしまうアルトリアは、魔導師としての正確なランクが測定できてない為、参考資料としてアルトリアを相手にほぼ互角の近接戦闘を行える佐々木小次郎の魔導師ランクを表示した。

「アルトリアさんと互角に交えられる小次郎さんは、中距離、遠距離での手数に難があるから総合こそ低いけど近接戦闘に限っていえばSS+ランクなぁ……こんなん迂闊に近寄った途端に終ってまうわ」

測定された佐々木小次郎のランクを見た八神はやては、近接戦闘がSS+なんていう冗談としか思えないレベルにごくりと唾を飲み込み、

「擬似魔術回路を搭載している鈍らがあるといっても、彼にはそもそも魔力資質がないからほぼ剣技のみの評価になる、アルトリアは彼ほど極端ではないが近接戦闘や補助魔法以外、中・遠距離で要となる砲撃や投射魔法などの評価は高くないが、近接戦闘は佐々木小次郎に匹敵すると考えてくれていい」

「これが英雄の力なんですか……」

「なんか試験だけでも大事ですね……」

佐々木小次郎と互角に渡り合える事から、アルトリアの近接戦闘ランクは近いところにあると判断していいだろう、けどSS+なんていうランクは総合ですら滅多に目にかかる事がないランクだからリインとスバルの二人は愕然と見上げていた。

「つまり戦い方が似てるって話しなんだね」

「要は二人共、剣が届く間合いにまで近寄って倒すという事だろう、あの二人はミッド式ではなくベルカ式を学ぶべきだったかもしれないな」

大人のなのはは、航空戦技教導隊に所属しているからだろう、佐々木小次郎の評価の横で別のモニターで映し出される二人の模擬戦の様子からして近接戦闘こそ凄まじいものがあるが、反面、距離を取っての戦いは不得手なのを読み取ったらしい、でもシグナムは騎士らしく距離の優位を打破る突破力があれば問題ないと判断したらしい。
そんなシグナムに、

「ミッド式だって近接戦闘に対応した魔法はあるよ」

大人のフェイトが苦言を入れれば、

「でも、古代にしたって近代にしたってベルカ式の方が白兵に対する魔法の比重が重いのは事実だぞ」

「そうやな、ベルカ式とは違ってミッド式はどちらかといえば距離をとって扱う魔法の方が主体になるさかいなぁ……」

ヴィータに続いて、八神も近接戦闘とそれを行う為に必要とされる魔法や技術の類はミッド式よりもベルカ式の方が進んでいる事実を述べてから、測定された佐々木小次郎の評価に再度目を向け、

「小次郎さんには悪いけど、このバランスやったら空からの魔力弾や誘導弾で消耗させたところで砲撃を加えればなんとかなるんやないか?」

話は逸れるものの、魔法無効化能力がない佐々木小次郎なら白兵を挑まなければ十分対処できると考え、その辺りから対処方を分析しようとしているのだろう。

「アリシアちゃんが一緒にいなければだけどね……」

「そだね。ジュエルシード改からの魔力供給があればこそだけど、背中にアリシアが居た場合は反対に距離をとり過ぎたら魔力弾が雨の如く殺到してして来る筈だから」

「近接戦闘が得意な小次郎さんに、次元跳躍魔法を含め距離を取っての戦いに秀でるアリシアちゃんが加わると互いに欠点がなくなるって訳やな」

「加え、守りにしてもディストーションシールドですから貫くのも一苦労です」

「相対する者にとっては難攻不落の魔導師に早変わりって訳か……」

大人のなのはやフェイトも、幾ら近接戦闘に優れているからといって対処できない訳でもない、流石に並みの魔導師では難しいかもしれないが、こと佐々木小次郎だけなら基本的に彼の得意な分野で挑まなければいいだけの話しに過ぎないのだから。
しかし、無限書庫でも目にしたが彼にアリシアが加わった途端、互いの長所を生かして近・中・遠の全てに秀でる魔導師に変わるのだから八神やシグナム、ヴィータの三人はアルトリアに続き、ある意味で融合にも近い二人の状態で試験を行った場合も視野に入れているようだ。
だが、これがアルトリアや衛宮士郎とも可能なら、時空管理局が定める魔導師ランクでは測れない途轍もない規格外の魔導師になる………アルトリア個人ですら僕達魔導師では試験官を勤めるのが難しいというのに、アリシアと一緒になっている状態では適切な試験官の確保が更に困難になってしまうから実力を測る試験なのに測れなくなってしまい、結果、試験そのものを嘱託試験ではなく状況毎にどう判断して行動するのかを見定める魔導師のランク試験の方が向いているかもしれなくなる。
しかし、今はもしもの話ではなく彼女個人の話だ。

「話を戻すが、どちらか引き受けられれないか?」

「やはり、小次郎さんとは違ってアルトリアさんの場合は距離をとって消耗させようにしてもミッド式の多くは魔力無効化のレアスキルがあるから私達じゃ割りに合わないか……」

「回避のランクはどれくらい?」

「それについてはアースラで測定したものがある」

僕は再び問いかければ、大人のフェイトはアルトリアの試験官は魔導師よりもベルカ式を扱う騎士の方が適任なのが解り、大人のなのはは彼女がレアスキルに頼りすぎてないかを把握する為、魔力弾などを避ける技術がどれ程くらいなのかを聞いてきた。
一ヶ月以上一緒にトレーニングを重ねてきた僕には、彼女はレアスキルが無くても並みの魔導師では手も足も出ないレベルだと解っているが、機動六課の皆は無限書庫やゆりかごの件はあっても直に見ていないのでは知る由もない。
それ故に、機動六課からすればアルトリアの評価は異常なほど高い魔力資質を持ち、彼女の持つ剣が洒落にならない高ランクのロストロギアに匹敵するくらいだろう。
そんな認識を改めさせる為にも、ジュエルシード事件の際、彼女達が協力を申し出てくれた時に力量の把握は必要な事から艦内で行った簡単な測定があるので、それを表示させた。

「………一つもあたってない」

「避けたり受け止めたりしないで、全部切り払うってどういう事だよ」

一見、透明で何も手にして無いように映るが、画面のなかの彼女は両手で見えない剣を握っていて、その一振りをもって周囲から乱数的に放たれる模擬弾を切り払っている姿を目にすればスバルは再び、今度はヴィータも唖然としてしまい、

「クロノ君の言う通り、これじゃあ私達だと魔力が持たないか……」

「そうだね……」

大人のなのはとフェイトが呟くなか、

「なんだヴィータ、久しぶりに格上に挑めるかもしれない話しだぞ―――いいのか?」

「そこまで戦いに飢えてねよ」

ベルカの騎士であるヴィータすら驚きを隠せない実力を目の当たりにするも、嬉しそうに口元を歪めるシグナムを見て取ってヴィータは「戦闘狂め」と零し、

「そうか。ならば私が引き受けよう」

シグナムは、まるで戦いを告げるかのように目を細めて口にしてくれ、僕にとっては試験官が決まった事から衛宮士郎とアルトリアの嘱託魔導師試験の筆記は明日、三日後に実技試験を行う日程で定まった。
連絡を入れた僕だが、嘱託とはいえ時空管理局で雇われる以上は実戦を想定しての試験になるが衛宮士郎もアルトリアも戦い慣れてない訳がない。
それどころか、彼らの経歴を考えれば他の並行世界との接触も在り得るのだから僕よりも多くの修羅場を経験していても違和感はないのだ。
故に、僕は僕で衛宮士郎の実技試験を行うのにはデュランダルの慣らしが不可欠になる、だが今まで使っていたデバイスよりも更に高速化された処理能力の差に慣れるまでには時間が足りない、明日の筆記試験はエイミィに頼むとしよう。
次の日、アースラの艦内で行われた試験の結果は二人共所々で数式に関する間違いが見受けられたが、次元世界での法律関連などは満足いくレベルで嘱託魔導師としては十分な内容だった。
次の試験は本局に近い次元世界で行われ、その世界は、かつては次元世界を繋ぐ航路でも有数に数えられる程の流通の要だった時代もあったが、戦乱期の被害や主要施設の復旧の遅れから次第に要衝から外れ、今では住人もほとんど居なくなってしまっている。
しかし、時空管理局が発足してからは本局に近い位置的要素や豊かな自然の多さから、本局では行えないような様々な環境下での訓練が行われる場所になっていた。
無論、正規の武装隊員でない嘱託魔導師では温度変化が高い地域や、有害なウィルスや細菌、寄生生物などバリアジャケットに特殊な設定が必要になるような外部環境の影響が高い地域での長時間任務などはまず無いだろうが、こういった所があるだけでも心構えだけは持つ事が出来るものだ。
また、本局からの移動は小型の艦艇を使い、着いてからの移動は基本的に転送魔法が使用され、転送魔法は商業が盛んな所では競合や互いの干渉が多発して使い物にならないものの、主に時空管理局の武装隊が訓練に用いるだけの世界では干渉などの影響がないから移動に関しては楽だろう。

「ここでやるの?」

「ああ。嘱託魔導師を希望者の実技試験は、受験者が得意とする魔法が本局では制限が出てしまうのもあるからこういった所で行われるんだ」

なのはに訊ねられた僕は、

「どことなく、前に行ったミッドチルダ南部のアルトセイムに似てるな」

「住民が少ないという話ですから、その分自然が多いいのでしょう」

今日の主賓である衛宮士郎とアルトリアが辺りを見回すなか、会場と呼ばれる程ではないが試験場になる湖畔が見える森の一角を見やってがら視線を戻して口にした。
今日は、彼女が通う現地の学校が休みだからこそ来れたなのはだが、平日は学校や習い事などで多忙を極め、更にユーノや僕の監修こそ入っているものの個人で行っている魔法の練習量は並みの精神では持たない程の域に入りかけている。
しかし、本人としては手応えを感じてるのかもっと増やせないか聞いて来るが、これ以上の練習量を増やすのはなのはにとっても体の負担の大きさや、魔法の失敗で魔力を暴走させてしまう恐れもあるから本人の希望でも迂闊に増やすのは危険だ。

「今度来る時は私達も受けるんだ……」

「そうなるね」

衛宮士郎とアルトリアとは少し違うが、フェイトは次に行う時の為に周囲の情報を得ようと様子を探っていて、相槌を打つアルフは、

「少し緊張し過ぎじゃないかい?」

そう区切ってから、

「別に今日するって話じゃないんだからさぁ……」

「そうだ。私達の世界のテスタロッサだって乗り越えてる、上手くやれるさ」

「うん、ありがとう」

気を急かすフェイトに、もう少し落ち着くようにと口にするシグナムはぽんと頭に手を置き撫でフェイトを落ち着かせる。
本来なら、この世界に来るのは試験官である僕とシグナム、受験者の衛宮士郎とアルトリアの四人だけだったんだけど、フェイトとアルフの二人は母であるプレシア・テスタロッサから許可が下りたからそうなので一ヶ月ほど勉強してから嘱託魔導師の試験を受けるらしく、衛宮士郎とアルトリアの試験を見学しては如何かと母さんから提案されてここに居る。
そして、フェイトから嘱託魔導師の話を聞いて興味を持ってくれたなのはが同じく見学に来てくれたのはいいが、管理外世界に住むなのは家族の承認どころか説明さえしてないから本人や母さん達が望んでも条件を満たしてないのだから今のままでは嘱託魔導師になるのは難しい。
………まあ、十年後の世界から来てくれたなのはは管理局のエースとして武装隊の教導を行っているのだから、この問題も何とかなるんだろう。

「用意はいいか」

「結界強度も周辺の探査も問題なし、いざっていう時の非常対応も複数パターン用意してるから安心して」

「わかった」

展開する空間モニターから、軌道上で待機している小型艦でモニタリングしているエイミィに確認を行う。
この世界にて、いよいよ嘱託魔導師試験の実技が行われるが、だからといってすぐ試験官と模擬戦を行う訳ではない。
試験の内容は午前、午後と分かれていて午前中は各自得意とする大型魔法の錬度がどれくらいかを披露し、昼食を兼ねた休憩を挟んでから試験官との模擬戦を執り行う段取りになっている。
したがって、アルトリアならば聖王のゆりかごに損傷を与えた剣を、衛宮士郎なら禁呪と呼ばれる攻勢結界を展開する事になり、それらの内容はエイミィが管制する小型艦を経由して本局にいる母さんやグレアム提督に伝わるようになっている。
これまでの調べから、彼女がアーサー王である事をクレアム提督に報告したが、流石の提督も彼女がアーサー王である事は半信半疑でいた。
しかし、提督が言うには、たいまつ三十本分の輝きを持つらしい彼女の剣、エクスカリバーに結界破壊の力の有無などがあるかは判明してないものの、剣の威力に関してはその力が故に特別に測定が必要になった事から、昨日、採掘し終え廃棄された小惑星にて威力の程は確認している。
それによって、彼女の剣や放たれた極光を目の当たりにした提督は甚く心を揺さぶられたらしく、彼女こそが提督の故郷に伝わる伝説の王、アーサー王だと確信したらしい。
その様な経緯があったが、今日の試験では一km毎に施した結界を用いての結界破壊の有無や、気圏内での威力減退に関する事柄の分析が行われる予定だ。
ただ、向こうのミッドチルダにてゆりかごが迫って来た時、彼女の剣を間近で目にした僕はからすれば、聖王のゆりかごを覆っていた特殊な外殻すら焼き切った程の剣は、ただの出力が高い光線ではないように思え、エイミィには周囲を保護する結界が破られる可能性の方が高いのは伝えてはいた。
まあ、破られなければ結界には周囲を保護する意味もあるのでそのまま使われるだけになるが、破られたとしても昼食などの休憩を終えるまでには張りなおせるよう準備を進めているはずだから問題は無い。
また衛宮士郎に関しては、彼の結界は外部からの観測は不可能といった特殊な種類なので僕が一緒に入って記録した映像を送る手筈になっているから大丈夫だろう。

「こちらの準備はできてる」

そちらはどうか、主に心理面での問いかけをすれば、

「私は何時でも」

「そもそも俺のは場所を選ばないからな」

「そうか」

嘱託魔導師を望む者の多くは、正式な時空管理局の局員にまではという者や、犯罪を犯し減刑との引きかえになど魔導師としての経験が多いいとはいえない者達が大半だが、アルトリアと衛宮士郎は特に緊張した様子はなく、見たところ体に無駄な力も入ってもいない、ただ試験を臨むにしても自分が出来る事をするだけと考えてしているようだ。
やはり―――事前に想定していたように、数々の並行世界を行き来できるアリシアの保護者である彼らは僕などよりも潜り抜けて来た修羅場の数が違うらしい。

「では、当初の予定通り先ずは私から始めて結界破壊の有無の確認を行い、出来なければ実技試験後の結界解除にて気圏外と比べてどれだけ威力が低下してしまうのかを試すとしましょう」

「出来ても、セイバーは魔力を回復しなきゃならないからその間に俺が固有結界を張ればいいんだろ」

「ああ、その通りだ」

時間は有限、何か問題が生じても対処できるよう余裕をもって始めようとアルトリアが口にすれば、衛宮士郎は確認を入れ僕も頷いて返す。

「では。早速、行ないましょう」

「わかった―――エイミィ、解析を始めてくれ」

僕がエイミィに通信を送った後、両手に見えない封で覆われている剣を手にしだろうアルトリアは見晴らしのいい蒼い空に足場を作り佇む。
彼女が不可視の覆いを解くと同時に竜巻といっても呼べる程の凄まじい気流が吐き出され、二、三呼吸もした後には黄金に輝く剣が姿を現す。
柄頭や握りの装飾こそ簡素な造り、向こうのミッドチルダでも目にはしたが、あの時はガジェットの迎撃や聖王のゆりかごが迫ってきていたのもあって落ち着いて見てられる状況ではなかった。
だからこそ、こうして常に光を纏う刀身の輝きを目にすれば、まるで心が吸い寄せられるかのような感覚にかられるものの、同時に僕などが不用意に触れてはならないような尊さも感じてならない―――聖剣というのは、こういう特性でもあるだろうか?
などと思っていれば、

「相変わらず凄いもんだね、透明にして隠す訳だよ……」

「うん。あんな剣を持ってたら、それだけで誰だか判るもの」

「それもそうか」

刀身そのものが輝きに満ちている様を目に、アルフとフェイトは特殊過ぎて個人の特定が容易になのを口にし、なのはも相槌を打つ。
それに、二人の指摘は彼女と一緒にいる衛宮士郎が否定しないところからして正しいのだろう。
光り輝く聖剣を掲げるかのように振り上げたアルトリアは、

「約束された―――(エクス)」

発動のトリガーなのだろう、彼女が口にする声と共に手にする聖剣の輝きが更に増し、

「――――勝利の剣!!!!(カリバー)」

気迫と共に振り下ろされる剣先からは、彼女の持つ膨大な魔力を光に変換させた極光が解き放たれる。
展開していた空間モニターには、瞬時に複数の結界が貫かれた様が映し出された。
しかし、注意するべきは飽くまでも結界破壊の力が失われているだけであって、殺傷能力が無くなっているという意味ではないというところだ。

「どうでしたか?」

「やはり、その剣には結界破壊の力が備わっているようだ」

軽やかに降り立つよりも前に問い質す事から、アルトリアも自分の持つ聖剣に結界を壊す力が在るのか気になっていたのだろう。

「では、使いどころが難しいという事ですね……」

「そうだな。相手が張った結界を破壊できる代わりに、こちらが展開したのも壊してしまえるから、結界で被害を抑えるのが必要な状況では使い勝手が悪いのは否めない」

彼女の剣が発する輝きは見ていて心地よいが何分にも威力が強過ぎる。
そもそも、結界の云々よりも前に彼女がこの力を振るうというのは対人では必殺という意味あいでしかないから、真価を発揮するのはゆりかごの様な構造物か、八神達が交戦したという自動防衛プログラムなどの大型の高ランクロストロギアに相当する相手だろう………後は、精々小型のロストロギアや危険生物などが大量に発生した時の殲滅戦くらいにしか使えないのが残念だ。

「次は俺の番だな」

「ああ」

過去に何があったかは知らないが、徹底した魔法の秘匿しなければならない彼らの世界ですら禁じられている術だけに、相当な集中力が必要なのだろう、僕が頷くのと同時に衛宮士郎は片目を閉じ―――

「体は剣で出来ている」

そう言葉を紡いだ途端、彼の纏う空気が鋭く変わる。

「血潮は鉄で、心は硝子」

彼の魔力が周囲に広がり始め、

「いく度の戦いを超え不敗」

魔力を電気にでも変換しているのか、魔方陣も現れて無いのに所々で彼の体から放電にも似た光が見て取れるが、

「ただ一度の敗走もなく、ただ一度の勝利もなし。彼の者は誰かと共に在り、剣の丘にて剣を研ぐ」

発せられる魔力は高まるばかりだ。

「故に、その生涯に意味は要らず」

彼が一節を口にする度、収束された魔力の影響なのか衛宮士郎の体の周囲ではジッジッっと何かに共鳴するかのように電光の如き輝きが更に増し、

「この身は、無限の剣で出来ていた」

唐突に、押さえられていた何かが溢れ出したかのように炎となって襲いかかった。

「………熱気が感じられない」

反射的ではあるが、アルトリアやなのは、フェイトが居るのもあって比較的広めの障壁を張った僕だったが、シールドには何かが当たるような手応えや熱などは感じられらないから幻の類なのかと過ぎるも、気がつけば遥か遠くに巨大な樹木が聳え立ち、周囲は荒れ果てた荒野となって墓標の如く数多の剣が乱立する様が広がっていた。

「これが向こうの世界ですら禁じられている結界なのか……」

「アリシアも並行世界の移動とか色々あってとんでもないって思ってたけど、アルトリアといい士郎といい周りがこんなんだったらああなって仕方ないのかねぇ……」

「そうだね。周りの力が判らなければ自分の力がどこまでなのか解らないもの」

僕らの知る結界魔法とは明らかに異なる結界魔法。
墓標を連想させる荒野に突き刺さった剣の数々に加え、地平線すら見えないほどの異様な広がりをもつ光景に息を呑む僕だったが、アルフは衛宮士郎達が住んでる世界の水準が僕達の常識を凌駕してしまっている所に思えたらしく、フェイトも外部からの接触する機会を得ないまま母親の元で一流の魔導師にまで至った経験から、他者との力の差が分からないと自分の実力がどこまで通じるのか判断の基準が難しいのを口にしている。

「それで、この結界では何が出来るんだ?」

「とりあえず、こんなところか」

問いかけるシグナムに、衛宮士郎は近くにあった剣を数本浮かせたかと思えば、大剣と呼んでもいいのか分からない無骨な剣、岩石で出来ているような剣が何処からともなく落ちて来て、それを幾つもの剣で弾きながら地面に着かないようにし始めた。

「あ。私もよくやってるやつだ」

声を上げるなのは、それもそうだろうトレーニングの内容を決めたのは僕とフェレットモドキでもあるのでよく判っている。
彼が行っているのは、誘導弾を扱う魔導師が精度を上げるのに行う基礎となる練習の一つ。
だが、それは―――

「―――そうか、この結界そのものが既に展開された投射魔法そのものなんだ」

「故に、この場での戦いとなれば展開して射出する魔導師よりも一手速い、か」

「なるほど………それでですか」

状況から、この結界の特性や性質を分析する僕とシグナムだが、アルトリアも何処か思うところがあるらしくどこか思い出すように見つめている。

「他に何かあるのか」

「そうだな後は……」

八神の情報からは、この結界内では魔力素が無いらしい。
そこに、後は射出されるのを待つ大量の剣群が控えているのなら、それだけで対魔導師戦での優位は凄まじいのが判る。
しかし、これが試験の一環であり、僕は試験官である以上、他にも何かあるのか聞いかなければならない訳だが彼は少し間をあけてから僕に視線を戻し。

「主に剣の話になるけど、ここは俺にとって工房みたいな所だから複製できる精度も少しは上がるってところか」

「剣って事は、アルトリアのもかい?」

「流石にセイバーのなぁ、似せるだけで精一杯だぞ」

「えっ」

「近い物ならできるんですか!?」

「凄い!?」

一見、大した事なんかできないといった口ぶりの衛宮士郎にアルフが問いかければ、返って来た内容のとんでもさに僕は一瞬耳を疑ってしまったが、なのはとフェイトはぱぁっと尊敬の眼差しを向ける。

「いや、でも……本人の目の前で劣化した聖剣なんて見せたらいい気はしないだろ」

「いえ。私もどこまで私の剣に近いか興味はあります」

「いいのか?」

「ええ。前にアーチャーからも、私の剣に近いモノは造れるとは耳にしていましたので」

「解った。セイバーが気にしないっていうんなら俺も安心してやれるから、出来るだけセイバーの剣に近づけてみる」

アルトリアに気を使う衛宮士郎だったが、彼女もどこまで似ているか把握したいらしく衛宮士郎も憂いなく行い始めた。
しかし、アーチャーも造れるというのなら彼らに共通するのは剣製というのが魔法かレアスキルかは定かではないが、僕が想像していた以上に応用性が高い技術のようだ。
両手で何かを握るようにして目を瞑る衛宮士郎の手に、薄っすらとした剣の形が浮かぶようにして現れ始めるなか、

「アーチャーさんも出来るんだ」

「じゃあ、三人でやればトリプルブレーカーなんて出来るかもね」

「………恐ろしい事を言わないでくれ」

なのはとフェイトはアーチャーも同じように造れるのを聞いて思いつきなんだろう気楽に話しているが、あの聖剣はアルトリアが英霊という特殊な存在で、剣にしても使う毎にどこからか呼び出しているからこそ今までのところ僕達の世界では問題になっていないものの。
あの剣は携帯性や威力やら、完全に制御こそされているとはいえロストロギアに指定されても疑問には思えない程の遺物なんだが……

「向こうの世界の魔術ってのは凄いもんなんだねぇ……」

「あれ程の品が複製できる魔法か……」

問いかけた本人ではあるが、魔術という技術の異常性に彼女の常識が追従できずにアルフはただ呆れた表情を見せていて、シグナムは恐るべき高出力の熱線を放つ剣を他の人にも造れてしまうという魔法なんてものがあるのなら、そちらこそ問題になるんじゃないか思っているようだ。
両手で構える衛宮士郎の手に、魔力を物質に変換し得る技術なのだろう剣製という力によって薄っすらとしていた剣の形は、一呼吸もしないうちに色や装飾などもアルトリアと同じ輝きを放つ剣を手に変わっていった。

「……やれるだけやってみたけど、ここまでが限界だ」

「でも、何か足りない感じかな」

「そうだね」

一見しただけでは同じように思えなくもない衛宮士郎の剣だが、なのはとフェイトが言うように彼が手にする剣は彼女の剣と比べると何か物足りない気がする。

「アーチャーは兎も角、俺にはセイバーの聖剣なんて完全には模倣できないさ」

「いえ。口ぶりからして、アーチャーも瓜二つという訳ではなさそうでしたから、シロウの出来栄えは十分なのではないでしょうか」

「そうですね」と思案したアルトリアは、

「少し見せてもらってもいいですか?」

「ああ」

自分が扱う剣と同じ輝きを放つ剣を受け取るアルトリアは、先ずは両手で持ったまま幾度も振るいつつ構えを変え次に片で同じように振るう。

「重心などに違和感はありませんね」

「その辺りはなんとかな」

「では、違いは宝具としての出来具合といったところですか」

口にするなり僕達から背を向けたアルトリアは剣を振り上げ、

「約束された勝利の剣!!(エクスカリバー)」

先程、自分の剣を使ったのと同じ発動のトリガーを告げながら振り下ろした。
まるで剣が墓標のように突き刺さる結界のなか、空に漂う雲の塊を極光が斬り裂けばアルトリアは「なるほど」といった顔つきで振り返り、

「点数をつけるなら八十点ってところですか」

衛宮士郎が造りだした模造の剣の出来は彼女の剣の八十%程度であると評価した。
二人の言動や様子からして、衛宮士郎もアルトリアも謙遜や慰めをしている訳ではなく互いに事実を述べているのだろうが、聖王のゆりかごの外殻すら斬り裂いた彼女の剣の八十%もあるのなら驚くべき出力と呼べるだろう。
自分の剣よりも出来が良くなかったからか、それとも彼の剣製という技術が高まっていたのを純粋に喜んでいるのかアルトリアはどこか頬が緩んでいた。

「八割方とはいえ、ゆりかごを斬り裂いた程の剣をコピーするとはな―――私も試験官の一人として把握しときたい、やってみてくれ」

シグナムは自分の待機させていたデバイス、レヴァンティンを剣の形態であるシュベルトフォルムにして見せるが、

「いや……流石にデバイスは無理だぞ」

レヴァンティンは模倣できないと衛宮士郎は断りを入れた。

「むっ」

「何故だ?」

嬉しそうな表情から一変して感情の温度が零下にまで下がったかのようになるアルトリアや、異質文明の結晶としか思えない彼女の剣は模倣できてデバイスは出来ないという返事にシグナムも困惑気味だ。

「……いや、デバイスって人工知能とか電子部品とか色々使うだろ。
構造は兎も角、大半が工場のラインでロボットなんかを使ってるから作り手が何を想い考えているのかなんて読めないし、俺も製造の過程が解ってないから作ろうにも取っ掛かりがないんだ」

困惑するシグナムに、まいったなという表情で返す衛宮士郎だが、どうやら彼の剣製という技術は対象を読み取って模倣するらしいので、作り方が読み取れず、かつ彼も作り方を知らなければ複製は出来ないらしい。
とはいえ、僕もアルトリアが扱うあれ程の剣は読み取れてもデバイスは出来ないというのは些か腑に落ちないが、要は彼の剣製というのは製作者が残した何かを読み取って設計する必要があるようだ。
そうなると、研究室や職人による作りならば模倣できるが、そうでなければ対象の情報を読み取れないから設計図そのものを組み上げられないという話なのだろう。
アルトリアの剣の性質や衛宮士郎の結界や剣製という異質技術の概要もおおむね判り、結界を解いたその後は昼食を入れた休憩にして消耗した魔力を十分回復させての模擬戦に移った。
ところが―――

「僕はてっきり、模擬戦は地上で行うのだと思っていたんだが……」

「無限書庫での経験で大体のコツはつかめたし、元々、空戦を控えていたのは魔力を温存する必要があったからな」

「試験なら長期戦にはならないと踏んだからか」

「ああ。それに、機動六課のなのはやフェイト達からも色々教わってるんだ俺がクロノ相手にどこまで通じるかも試したいのもある」

「解った。元来、試験というのはそういうのだからな」

恐らく衛宮士郎が見ているのは嘱託魔導師試験などではなく、守護騎士や自動防衛システムなど飽くまでも次に起こり得る脅威に必要な備えをする為だろう。
それに、地を駆けるだけよりも空で活動できる方が戦術や任務を依頼するこちらの運用にしても幅が広がるというもの、模擬戦の試験に空戦を選んだ彼の判断は間違ってはいない。
こうした経緯から空での模擬戦になった訳だが、模擬戦は先ず近過ぎず遠過ぎない距離、いわゆる中距離で対峙する。
別の距離での適正は後で試させてもらうが、そうする事によって個々の受験者達は互いに得意とする間合いへと素早く移行が行えるのもあって、こちらとしても受験者の長所と短所を見分けるのに役立つ。
しかし、僕が見て来た限りでは衛宮士郎には苦手とする間合いは無さそうだ。
そう思うのも、彼の射撃の技量の高さからいって始めは魔力弾による牽制を含めた様子見だろうと予想していたからだ。
ところが、牽制用に数個の魔力弾を撃ち放てば彼は予想外にも双剣にしたデバイスをもって切り払い前に出て来る。
意外ではあったが、衛宮士郎は遠近、オールレンジに対応している相手なのだから僕としても考慮してなかった訳ではない。

「ブレイズカノンッ!」

放つ隙を少なくしている為に短射設定にしている砲撃魔法だが、放つ時に砲撃の集束率を緩めれば威力こそ下がるものの射線は広がって近接戦闘を挑んで来る相手を押し留めるのに十分な効果がある。
しかも、魔力弾とは違って撃ちだすのではなく魔力を奔流として流しているのだからアームドデバイスなどで切り払ったり受け流したりは出来ない性質を持つ―――

「―――いや、誘われたのは僕の方か」

せっかく高い射撃能力を持っているのに近接戦闘を選んだ彼の判断を迂闊に感じていたが、放たれた砲撃からは手応えを感じられず、ふと視界の隅で何かが動いたのを認めた僕は、

「驚いたな………今の君の速さはフェイト・テスタロッサを上回っている」

「そうでもないさ、向こうのフェイトから色々教わっているからな」

振り向きざま、僕に振り下ろされようとしていた双剣をデュランダルで受け止め、

「そうか、十年先のフェイトはもっと速いのか。しかし、彼女から教わっているなら他にもこちらが知り得ない魔法を扱っていても不思議じゃなさそうだ」

そのまま受け流しながら、空けた片手を前に突き出す要領でシールドを展開して続けざまに振るわれる一対の剣の連撃を遮り、

「ブレイクッ!!」

シールドを構成する術式の一部を書き換え、シールドが自壊する際に発する魔力に指向性を持たせて外側に放った。
瞬間的に、シールドを構成していた魔力が衛宮士郎の方に解き放たれた事でまるで爆発のような衝撃を与えるが、急激な温度変化が起こるために生じた水蒸気が煙のようになって視界を塞いでしまうのが難点だ。
だが、試験という状況から長期戦にはならないからか、魔力の温存を考える必要のない衛宮士郎は僕が想像していた以上に戦いの幅が広い。

「っ!?」

互いの間に視界を塞ぐように水蒸気の煙が漂う状況では、このまま留まっているのは得策ではないと判断した僕が戦闘機動に移った瞬間、バリアジャケットを魔力弾が掠めた。
偶然、そう過ぎった僕だったが少し離れた所にサーチャーあるのに気がつき、あのまま彼の出方を待っていたのなら煙を挟んだまま狙撃されていただろう事実に驚きと共に賞賛する。

「相も変わらず正確、か」

回避のパターンは乱数を幾つか切り替えて行っているにも関わらず、彼が放つ魔力の矢は機動を阻害し難いよう小さく展開した障壁をもって防がねばならない程の精密さで襲いかかって来た。
彼の弓の形に変化させたデバイス、イデアルは大半の魔導師が行うような空間に固定させた複数個の魔力弾を加速させて放つのではなく、弓の機構に見立てた加速方式を採用されている。
それは、セットした魔力弾を弓を引く動作と共に加速を行う小型の魔方陣が複数個展開されるという仕組みであり、一度に射出する弾こそ少ないが射出の度に動きを止める必要もなく、手元の動作一つで微調整が出来るなど命中精度も高い。
だが、そんな射出方式なぞ知らないとでも言いたいのか彼は弓に複数の矢を一度に番え射っている。
試験という状況ならばか、それとも相手が僕だけだと解っているからこそなのか、本来なら彼の魔力量では乱射は控えるべきなのだろうが、こうも正確ならば問題ないようにも思えてこなくもないな。
こちらから撃ち出す魔力弾は、ことごとくが撃ち落され幾度も回避パターンの乱数を変えても回避できるのは一時的である事から、こちらの動きを先読みして一つ一つ逃げ場を潰して行くような能動的な誘導ではなく、相手が動く先を予測して狙っているのが解る。
だが、それでも六、七割はあてて来ているいるのだから場数を踏んでいない武装隊員ならパニックを引き起こしかねない命中精度だ。
しかし、正確過ぎる射撃というのにも弱点はある―――

「ブレイズカノンッ!!」

上下左右へと乱数を元に不規則な機動を繰り返していたのを止めた事で狙いが逸れた魔力の矢が明後日の方向に飛び去るのを尻目に、再び集束率を緩めた砲撃を撃ち放ち飛来する魔力の矢をことごとく撃ち落した。
本来であれば、仮にも砲撃を行う魔法で防ぐなんていうのは愚行で魔力の無駄でしかないが、こうも正確な射撃であればシールドで防ぐよりも効果はありそうだ。
そう思うも、拡散砲の余波をシールドで受けていてくれれば並列起動させていたブレイズカノン、短射ではなく威力と貫通力を重視した砲撃を叩き込んでシールドごと貫くか、そこまでいかなくても大幅に魔力を消耗させていたんだが……
先程と同じく、衛宮士郎は拡散砲の衝撃を受ける前に高速移動魔法を用いて範囲内から逃れ、凄まじい速さのまま魔力で編まれた足場を蹴って普通の飛行魔法だけでは不可能である直角の如き急旋回を続けながら再度び近接戦闘を仕掛けて来る。
その姿を認めた僕は、マルチタスクで準備していたブレイズカノンをすぐ起動できるよう待機させたまま、念の為もう一つの魔法を起動させ、またそれとは別の魔法も発動させた。

「スティンガーブレイドッ!!!」

新たに起動させたスティンガーブレイドは、本来なら精々十数個の魔力刃を射出して相手の戦意を喪失させる魔法だが、彼の機動力を考慮すれば些か心もとないのもあって展開する魔力刃を増やして射出する。
近接戦闘を仕掛ける彼を近づけさせないよう連続で射出する以上、制御に割かれる僕も身動きができなくなってしまうが、彼の放つ魔力の矢の数よりもスティンガーブレイドによる連続射出量の方が勝っているのもあって彼が放つ矢はとどく事なく魔力刃によって撃ち落され。
殺到する魔力刃の雨のなかに彼は身を飛び込ませるのだが、

「………ブリッツアクションでもあそこまではできないはずだが僕の知らない魔法でも使っているのか、それとも魔術とかいうのを使っているか?」

捕捉対象がとる回避行動などを考慮して、ある程度は散布しているとはいえ、弓から双剣に変えた彼が一対の魔力の刃をもってことごとくスティンガーブレイドの刃を斬り伏せ続ける姿に僕の常識がついていけずに呆気にとられてしまった。
だが、さしもの彼も続けざま放たれるスティンガーブレイドの数には勝てず、突破は無理と判断してか姿をかき消すかのような高速移動魔法を用いて視界から消え失せる。
瞬間的に彼の姿を見失った僕だが、左右からならば斬りかかられる前に視界で捉えられ、背後には拘束魔法を設置しているから奇襲への対策はできているはずだ。

「……影、上かッ!?」

冷静に周囲を見回そうとするなか、不意に影を感じれば太陽を背にした衛宮士郎は、だいぶ離れた所から両腕を振り下ろす。

「くっ」

反射的にシールドを展開すれば、一瞬遅れて二つの魔力刃が衝突してシールドの丸みにより左右に弾かれていった。
どうやら彼は、双剣として使う魔力刃の部分だけを簡易的な魔力弾として放って来たらしい。
それも束の間、

「体は剣で出来ている」

既に展開している十数ものスティンガーブレイドの魔力刃を向け直すなか、聞こえてきた声は彼の心のスイッチを切り替えるような言葉、同時にデバイスを双剣から弓の形に変え、矢というよりも槍としか思えないような、三メートルはあるだろう魔力弾を―――いや、あれはアリシアが公開したフォトンランサーのバリエーションの一つ!?

「フォトン―――」

通常のフォトンランサーとは比べものにならない程の魔力とリソースを使うが、威力や貫通力も桁違いに高く砲撃魔法にすら匹敵する。
アリシアの兄である彼ならば使えてもおかしくはなく、まるで矢を番えるかのように大型のランサーを引き絞ればランサーに幾つもの小型の魔方陣が現れ、

「―――ランサー!!!」

貫通力を増す為か、回転するようにして放たれる光の槍に負けじと僕もスティンガーブレイドを撃ち出すが―――抉るように回転する槍に触れた数十もの魔力刃は、弾かれ砕かれランサーの速度を落とさせる事なく無力化していき、回転する大型のランサーは僕が張ったシールドを貫かんと激突するも回転を続けたまま食い込んで来た。

「くっ……」

意識がシールドに集中しかけるが、これまで培って来たマルチタスクの賜物、周囲の状況を把握するのに必要と分散させていた意識から横から飛来する何かを認めた僕はデュランダルを持つ手とは逆の腕を向けて障壁を展開する。

「魔力刃、先に彼が投げたの!?」

飛来してきた正体がランサーを放つ前に投擲した彼の双剣の一つだと認識した時、

「そういう狙いかッ!!!」

彼の意図が読めた僕は前と横にシールドを展開したまま、なかば無理やりデュランダルを持つ腕を向け、双剣に変え斬りかかって来る衛宮士郎に狙いをつけ待機させていたブレイズカノンを撃ち放った。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!!」

貫通力と威力を重視した砲撃であったが、無限書庫でも目にした事のある花びらのようなシールドを貫き通す事はできず、

「俺の勝ちだな」

「……そして、僕の敗北だ」

僕の目前には彼のデバイス、イデアルから伸びた魔力の刃が突きつけられていた。

「出会った頃は満足に飛行魔法が出来てなかったのに、凄いものだ君は」

「そいういうクロノだって、まさか同時に三つも使えるなんて想像してなかったぞ」

「マルチタスクは魔導師にとって基本中の基本だ、君も練習を続ければ使えるようになるさ」

「……先は長そうだ」

肩をすくめながた彼は、今だシールドを抉ろうと回転を続けるフォトンランサーの魔力を解いて模擬戦を終えるなか互いに賞賛しながら降り立つ。

「まさか執務官に勝てる程とは……」

「シロウは絶え間なく努力してますから」

こちらと向こうの世界の僕の差があるのかは知りようもないが、シグナムの様子からして執務官試験を合格しているのだから相応の実力はあるのだろう、それにアルトリアの言う通り彼は僕以上の努力家だ、今日の嘱託魔導師試験の模擬戦ではそれが判り易く表に出ただけに過ぎない。

「……しかし、地上ならまだしも空では僕の方に分があると思っていたが彼の成長は予想以上だった」

「それを言ったら、俺も魔導師としての試験なのに最後の最後で魔術を使ったけど魔導師してはどうなんだ?」

「君のはレアスキルみたいな扱いだから問題ないさ」

彼は彼で剣製というのが試験違反にならないか少し心配になったのだろう。

「まあ、このところ毎朝なのは達の教導を受けるのもあるのだろうな」

思い出すようにシグナムは顎に片手を当て、

「そうだね。大人のフェイトから教わったソニックムーブだってもう使いこなしてるみたいだし」

「私はまだ制御しきれてないから少し羨ましいな」

アルフの口にする名からして瞬間的に高速で移動する魔法を指しているのか、歳こそ違えど同じフェイトさえまだなのに使いこなしている事に当人は「凄いなぁ」と衛宮士郎に羨望の眼差しを向けている。

「衛宮は元々体が出来ていたのもあるが、私達の方のなのはとテスタロッサから教わったのも大きいのだろうな」

シグナムの言葉通り、アースラの訓練室で一緒にトレーニングをしている機動六課が絡んでいて、特に航空戦技教導隊出身のなのはやフェイト本人から教わっている影響は高いだろう。

「大人の私かぁ……教導って、どんな風に教えるんだろう?」

「教える前に自分が使えなきゃならないから大変だと思うよ」

「それもそうだね」

大人の方からすれば過去を思い出すみたいにか思えないだろうけど、こちらのなのはとフェイトからすれば将来というか何れ同じ道を辿るかもしれないのだから色々興味があるはず。
それは僕とて例外ではない、まだ十年後の世界の自分とは面識がないとはいえ、並行世界間での接触をしてしまったのだから状況次第では会う機会もあるだろう、せめて今のうちに未来の自分に会う心構えだけでもしとかないといけない。

「では、私達も始めましょう」

「わかった、そうしよう」

背があまり伸びてなかったら嫌だなぁとかつい思っていれば、アルトリアとシグナムの二人は模擬戦を行うために空へと上がり僕達がしたのと同じく少し離れてから始める。

「この試合は基本的に二人共近接戦闘がメインになる」

「二人とも戦い方が似てるからな」

「そうれもあるが―――」

これから先、試験を受けるかもしれないなのはやフェイトにとって近接戦闘の参考になればと思い、この模擬戦がどんな風になるかを述べたのだが、衛宮士郎はアルトリアとシグナムの動きに共通点を見出していてそれもそうなので頷きを入れかけたのだが。

「アルトリアさんには砲撃とか射撃、拘束なんかの魔法が通じないからかな?」

「そうだ。彼女は正に魔導師にとって天敵といったところ、僕ではアルトリアの実力を発揮させられないから機動六課のシグナムに頼んだんだ」

二人共戦い方に共通点が多いいのは確かだが、一番の問題点はそこではないので告げようとすれば、幾度か手合わせをしたのもあって、なのはは殺傷、非殺傷に関わらずアルトリアには魔力を用いた術そのものが通じないのをよく把握してる。

「しかも、そのレアスキルに頼りきってないのが怖いところだよ」

「うん。油断も慢心も躊躇もなく踏み込んでくるから対応しきれない……」

「実際のところ、彼女の秘める魔力量は膨大としかいえない、シグナムに来てもらってなんだがアルトリアからすれば魔力ランク的には格下になる」

グレアム提督から提供された資料や、機動六課の受け入れ時に渡された内容からしてシグナムのおおよその実力は把握しているつもりだが、正直にいってアルトリアは規格外すぎると溜息をつく。
もっとも、僕がやるよりベルカの騎士であるシグナムの方が彼女の実力を引き出せるだろうが、個々の資質を表すランクのなかでも魔力ランクは特に差がでやすいところだ。
一つランクが違うだけでも、相対した相手は魔法一つとっても威力はもちろん手数の多さによる戦術の幅から回復量にいたるまで大きな隔たりが表れてしまう。
まだ空戦には不慣れだろうが、膨大な魔力量を持つアルトリアを相手にしては、如何に騎士の称号をもつ優秀な古代ベルカ式の使い手であっても大変だろうと思うも、模擬戦を始めた二人は同じ近接戦闘が主体にも関わらずそれぞれの動きが違っていた。
開始と同時に凄まじい勢いで迷いなく間合いを詰めるアルトリアに対し、今回の試験官でもあるシグナムは対魔導師戦にて豊富な経験からか、多くの魔導師が行う魔力弾や砲撃などでの牽制にて相手の手腕や動きを見極めるだろうと予想していたらしく、アルトリアの様子をうかがってから動くつもりだったのだろうが、すぐさま近接戦闘の間合いに移行しようとるすアルトリアを見て同じように間合いを詰めるが出だしが遅かった分シグナムの方がやや遅い。
だからか、十分な速度をつけた勢いで振られるアルトリアの簡易デバイスとシグナムのレヴァンティンが凄まじい音を奏でて衝突しあえば、衝撃と共に剣戟で撃ち負けたのはシグナムの方だった。
アルトリアの一撃には相当な衝撃があったのだろう、両手で剣を構えたまま後ろに吹飛ばされた格好のシグナムは、なんとか姿勢を崩すのだけは避け、追い討ちをかけてくるが如く瞬時に距離をつめたアルトリアを迎え撃って再び剣が激突する。
威力が拮抗したのか瞬間的に炎が舞い互いの動きが止まったが、それもつかの間、アルトリアが更に一撃、二撃と繰り出す度に衝撃を受け止めきれないシグナムは飛行魔法で後ろに受け流す必要から退かざるをえないでいた。

「もしかしてフルドライブを使ってるのか?」

「一撃の威力があまりにも違うもんね」

衛宮士郎ほどではないにしても、僕やなのはも彼女と一月以上も過ごしていればアルトリアの体がそんなに力強くないのが判ってくる。
それにも関わらず一方的な力の差がある展開を目撃すれば、僕でなくても体の負担を無視してデバイスの機能を最大化させるフルドライブを使用しいるかもしれないと疑ってしまうというもの。
らしくないと思うも、彼女も衛宮士郎と同じく短期決戦を狙っているのだろうかと訝しんでいれば、

「……いや、セイバーってアレが普通だぞ。そもそも、俺やセイバーのデバイスって予算の都合もあるけど、初めてだから基本的な性能だけを高めにして余計な機能はつけてないんだから」

僕達以上に彼女を知る衛宮士郎から、アルトリアのデバイスではフルドライブが使えないのを指摘されるのだが―――

「え!練習の時はあんなに強い感じじゃなかったよ!!?」

「教えるのが上手い方とはいえないけど、セイバーだって俺やなのは、フェイト相手には流石に魔力放出は加減するだろ……」

訓練とは違うと抗議の声をあげるなのはに彼はやや困惑気味になる。

「魔力放出?」

だが、そこに聞きなれない単語があったので聞き返してみれば、

「ああ。セイバーは魔力で体を強化する他にも武具とかに付与させて威力を増加させてるんだ」

「その話が本当なら、彼女は常に魔力付与した斬撃を繰り出しているというのか……」

つい本当ならと口にしてしまったが、この場で衛宮士郎が嘘をいうメリットは無い、だからこそ僕はアルトリアの異常さ―――まるで古代か戦乱期のベルカの王とかしか思えない様に呆れ果ててしまった。
それらの条件をまとめれば、一撃とはいえ先程シグナムが拮抗させれたのはカートリッジ用いた魔力付与攻撃を行ったからだろう。
古代ベルカの騎士であっても、カートリッジを必要とする魔力付与による打撃は連続では行えるものではない、そういった条件を克服するためなのかアルトリアは自らの膨大な魔力をもってカートリッジに頼らない魔力付与を行って常に圧倒的な攻撃でいられるという………グレアム提督が戦いの王と称していたのは誇張などではないという事か。

「そういえば、アルトリアさんに初めて会った時ってバルデッシュで受けようとしたのに斬り裂かれたんだっけ……」

「あの時の剣って、今みたいな簡易デバイスじゃなくって見ないようになってたエクスカリバーだったよね……」

「手加減されてあの威力だったんだ……」

僕と同じ結論に達したのか、少し前、ジュエルシード事件にて対したフェイトとアルフはブルっと震え、なのはも十分手加減されてたのが解ってシグナムと模擬戦を繰り広げるアルトリアをぽかんと見上げているが、

「………それを言ったら、なのはとフェイトも同じだと思うぞ」

「それもそうだ」

そんななのはやフェイトだが、彼女達もまた並みの魔導師以上の魔力ランクを持っているで彼からすれば似たりよったりにしか思えないのだろう。
そんな風に思っている間にも空では戦いが続き、アルトリアの突進を封じようとしたのだろうシグナムはレヴァンティンをムチのような動きのシュランゲフォルム、剣よりも間合いの長い連結刃の形態にするのだがアルトリアは左手から障壁を―――いや、剣の方に意識がむいていたが彼女のデバイスは小型盾のシルトだったのを思い出す。
剣とは違って連結刃であるシュランゲフォルムはムチのような性質を持っていて、剣や杖などで弾いたとしても柔軟な刃は、その部位を支点にして回り込んで対象に損傷を与え、かつ絡みついて動きを阻害するばかりか状況によっては相手の得物を奪う事すら可能な形態であるが、アルトリアは動きを封じ込めに来た連結刃を左手に生じさせた障壁をもって振い弾き飛ばした。
障壁を生じさせた事でアルトリアもほんの少し速度を緩めはしたが、その秒にも満たないわずかな差で繰り出される剣撃をシグナムはなんとか鞘で受け止めながら衝撃を後ろに逃しつつ飛行魔法を用いて距離を稼ぎ―――矢を放っていた。
無限書庫でも目にはしたが、機動六課からの情報ではシグナムのデバイス、レヴァンティンにはボーゲンフォルムという剣と鞘を連結して遠距離にまで届く狙撃弓の形態があり、そこから放たれるシュツムルファルケンは彼女の魔法のなかでも最大級の威力と貫通力を誇っていて、殺傷設定の場合は命中時に衝撃と共に超高熱の炎を生じさせるというのだが、アルトリアはあろう事か音速を超えて放たれたはずの矢を剣で弾いたらしく……
勢いを衰えさせないアルトリアとシグナムの二人が交差した瞬間、シグナムの姿が視界から消えていて。
少し遅れて煙が舞い上がって来くれば、

『………まったく。とんでもない奴だなアーサー王というのは、これなら戦乱期のベルカの王としても十分通用するぞ』

『姿が見えないがどうしたんだ?』

『シュツムルファルケンが逸らされた後、アルトリアの一撃を受け止めたのはいいが受け流せなくてな地面に叩き落された』

シグナムからの念話が届いて彼女の無事が確認できたがアルトリアの実力に舌を巻いていた。
衛宮士郎もそうだが、アルトリアもこの短期間の間に飛行魔法への適正を高め航空剣技すらものにしてきている、日頃から自主的にトレーニングを積み重ねているのは知っているが、アルトリア、衛宮士郎、高町なのは、第九十七管理外世界の出身者の成長は恐ろしいものがある。
ただ、模擬戦で二人とも勝ってしまった事から、見学に来ていたなのはとフェイトは嘱託魔導師の試験では模擬戦で勝たないといけないとか思ってしまったらしく、後日行われたフェイトの試験にて試験官を務めた僕に負けると凄く落ち込んでしまったのは予想してなかった。


とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第30話


五月も残り二日を向かえた昼下がり、夏には程遠いい日差しや緩やかにそよぐ風は心地よく、梅雨までにはまだ早いのか空に浮かぶ雲は雨雲とは違って白い塊が二つ三浮かんどるだけの晴天や。

「この辺りは変わりばえしませんね」

「そうやなぁ」

平日の昼間ともあって、閑静な住宅街を歩くシグナムと私は、この世界の私に会いに行くべく歩みを進める。
私達の世界とは違う可能性の世界、いわゆる並行世界の、しかも十年もの歳月の差はあるんやけど、シグナムの言う通り、こうして目にする家々は元の世界でミッドチルダに引っ越す前までに住んでいた風景と変わらなさそうに思える。
感傷に浸りつつも、目的の家についた私とシグナムは八神の姓が書かれた表札の横にある呼び鈴を押し、

「はい。どなたですか」

インターホンから聞こえてくるまでの時間差から、こちらの私も闇の書から強制的に魔力を奪われた影響で下半身に不自由があるのが判る。

「こんにちははやてちゃん、グレアムさんの紹介してもろた遠縁の八神はやてや」

声だけなのに、昔の自分とこうして会っているって考えると妙な気分になる、似て異なる並行世界とはいえ私より先に昔の自分と会ったなのはちゃんやフェイトちゃんも似たような感じになったんやろか……

「叔父さんの手紙は見ました、玄関の鍵は開いていますんでどうぞ入ってください」

「そな遠慮なく」

「……失礼します」

日本の住宅は国土の問題やろか、それとも住宅が集中し過ぎる影響か判断が難しいところやけど、家のなかを車椅子で動くにはやや手狭な部分が多いいさかい早々に玄関を開いて迎えるってのはこの時期の私には難しい。
門から入って玄関を開ければ、車椅子でちょうど玄関前に幼い頃そっくりの私が来るところやった。

「こんにちは」

「私と同じはやてさんですね、グレアム叔父さんにはいつもお世話になってます」

「実はグレアムさんとは最近知り合ったばかりなんや」

嘘は言ってない、私の世界とは違ってこっちのグレアム叔父さんとの面識はほんの一週間とちょい前くらいなんやからなぁ……

「そうなん?」

「そや。分かっとったんなら、もっと前に来んやけど知る術も無かったから今になってもうた」

「ごめんな」と口にする私やけど、リインフォースを失った事に何度やり直せたらと思うた事か。

「それから、私とはやてちゃんとでは同姓同名やさかいお姉ちゃんでええで」

「………お姉ちゃん」

「そうや」

先ずは挨拶を交し合う私らやけど、お互い様なんやろうが同姓同名の相手を呼び合うのは姓や名では判り辛いのでお姉ちゃんって呼んでもらう事にする。

「私はシグナムと申します」

シグナムも一礼をしながら名乗のるなか、幼い私はどこか嬉しそうにしていて、

「こんなところで話もなんなんで、どうぞ上がってください」

車椅子を操作して奥に進ませ私とシグナムを奥に向かえてくれる、この頃の私は不自由な体や家族が居ない事など同情されるのがとても嫌だったんは覚えとるわ。

「―――っ!?」

ああ。そういう事やったか、幼い私が嬉しいのは失ってしもうたと思っていたのに新しく家族が現れたからなんやろ。
そう考えると少し罪悪感もなくはないが、並行世界の自分ってのは他人とも違うから似たようなもんなんやろ、容姿にしても自分では解らなくたって幼い私にはいなくのうてしもうた両親の面影があるのかも知れへんのや。

「どうぞ座って楽にして下さい」

リビングに通された私とシグナムに「そんで」と続ける幼い私は、

「飲み物は何がいいです?」

「そなら私も手伝いましょう」

「ええよ、お客さんにそんな事させられへん」

茶やコーヒーなどが納まる棚に幼い私が手を伸ばす姿を見れば、流石に手伝わなあかんと思うたシグナムが近づくんやけど、お客さんは座ってるもんやって断られてしまう。

「そな、他人行儀な真似はしなてええんよ」

子供は大人を頼ってええんでって私は棚に近寄るんやけど、

「主……」

「心配性なんやなぁ」

ふと小声で囁くシグナムの視線先を見やれば、窓から見える塀に一匹の猫が座っとるのが目に入って来る、きっとグレアム叔父さんが心配して送ってくれたロッテかアリアのどっちかやろ。
まだ二日あるから武装隊やアルトリアさんと士郎君達による包囲こそしとらんけど、既に拠点にしとるマンションにはクロノ君やなのはちゃん、フェイトちゃんにヴィータ、スバルが待機しとるのに心配性やな。
仮に何か起き、念話もシャマルに感知されるかもしれへんから使えへんとしても、その場合はうっかり門灯を消し忘れたって事にしてつけたままにして、どんな事態かは、これまたうっかりベランダに取り込み忘れたハンカチの色で知らせる手はずなんやからなぁ。

「これでええか?」

「せや、それがお客さん用のやけど……何でわこうたん?」

「前に住んどったところもここに似た造りやったせいか、家具や食器とかの配置も似とるんよ」

食器などを収める棚からカップを取り出して見せれば、幼い私は少し頬を緩ませていた。
………この頃の私は家に居っても一人やさかい、家に居とってもどこか寂しかったのは覚えとる。
そらまあ、十年の歳月の差はあれ自分なんやから容姿にしても似ている部分が多いいさかいなぁ、しかも私らの世界でスカリエッティが起こした事件の際に並行世界のクロノ君や士郎君達が巻き込まれたのを目にして人造魔導師だと思ってもうたように、幼い私も並行世界で成長した自分と同一の人物なんて想像もせん。
精々、疎遠だった親戚をクレアム叔父さんが捜してくれたから事態を知って訪れたとしか思ってないんやろな………あかん、別に嘘を言っている訳でもないのにどんどん罪悪感が湧いてきよる。
飲み物を用意してL字型に並ぶソファに腰を下ろした私とシグナムは、幼い私と向かい合って話をするんやけど、並行世界や時空管理局など肝心なところを伏せとるから似たような境遇を経験しとるも、今は海外で暮らしとる社会人って思われとるようや。
そんで、私も似たような症状だったのに体が治った話をすれば、

「どうやって体がよくなったん?」

「それは、私の為に多くの人達が頑張ってくれたからなんよ」

「ええ。多くの手助けがあればこそでしたね……」

幼い私は飛びつくように前のめりな姿勢になって、私とシグナムは私らの世界で起きた闇の書事件を思い返しながら思い思いに口にし、「そやな」と区切ってから幼い私の目を真剣に見据えた。

「私とはやてちゃんの症状が同じやとすれば、体が不自由な原因の一つは判っとるよ」

「ほんまに!?」

「少し試してみよか」

飽くまでも、その場限りでしかない場当たり的な対処療法でしかないけれど、この時期の私にとっては効果が望める。
使うのはディバイトエナジー、自分の魔力を他者に分け与える魔法、この魔法は自身の魔力を分け与えるから術者側の負担は大きいものの、魔力消耗を起こした相手に対して救急治療としても使われとる程のものや。

「なんや変なんが現れとるよ」

「ただの魔方陣やから安心してな」

ベルカ式魔法の特徴的な三角を彷彿させる陣、魔法を行使する際に魔力を望む形に整える制御基盤なんやけど初めて目にすれば驚くのも無理はないわ。

「魔方陣?」

「私らは実は魔法使いなんや」

「それってゲームとかに出て来るような」

正式な名称は魔導師か騎士なんやけど、判り易く魔法使いって口にすれば、なんや一瞬のうちに幼い私は胡散臭いモノ目にするように変わってしもうて、

「安心してな、魔法は魔力素っていう自然エネルギーを使こうた科学技術やよ」

「……ほんまにか?」

とりあえずは、魔力素について話すんやけど、私が怪しい秘密結社か宗教にでも入っているとでも思うたのか、それともご利益があるとか言って高い品でも買わされるとでも思うたのか、ずっと猜疑に満ちたままや。

「まあ。初めて見るものさかい、疑うのはしかたないんけど効果は試してからのお楽しみや」

明確な魔法文明が無い地球じゃしゃあない、疑われるのは仕方ないと半ば諦め魔法を発動させた私は魔力を幼い私に流し込む、

「………あれ、なんや少し楽になった気がするようなしなくもないような」

魔力が流し込まれるなんて経験はこの頃の私はした事がないのもあって、幼い私は少し間を置いてから微妙やなと口にするも、少しは気休めにはなったらしく先程までの猜疑に満ちた感じではなくなる。

「私も昔はそうやったけど、体に力が入らなくなったのは体内の魔力が不足してしまったからなんよ」

「そうなんか、海外の医療ってのは進んでんやなぁ……」

そもそも次元航路で宇宙進出をしとる次元世界と比べる方がどうかしとるけど、実際のところ地球文明と次元世界では医療どころか様々な分野で三、四百年くらいの差があるのが現実や。
フェイトちゃんのお母さんを治したという士郎君達の世界みたいに、独自の魔法文明があれば並行世界といえど部分的に次元世界を上回っている分野なんかもあるんやろけど、そうでなければデバイスなどのAI、電子部品は元より次元航行船のエンジンや動力、それらを支える鋼材などの素材技術、土地や資源にしたって惑星改造技術や小惑星から傀儡兵などの無人機で採掘するだけやから土地も資源もあり余っとって、特に土地は多すぎるのか刑務所代わりの流刑地として星一つが使われる例もあるもさかい、狭い国土で四苦八苦しとる日本とはえらい違いがある。

「後は、この腕輪をつけとくだけや」

「なんやこれ?」

「これはなぁ、はやてちゃんの体の魔力を補ってくれる品物や、薬みたいなもんと思ってくれてええよ」

「健康アイテムみたいなもん?」

「そんな感じや」

本来なら、擬似リンカーコアの入った簡易デバイスは魔力の底上げや回復を促進させる機能があるんやけど、魔導師ではない幼い私からすれば闇の書から吸い上げられる魔力の回復を促して体調を良くするだけやから、精々血行をよくする磁気アクセサリーみたいな感覚になるんやろうなぁ。
でも、闇の書による魔力の吸い上げはこの時点で既に下半身にまで影響がでとる程や、根本的な解決は自動防衛システムとその奥に潜むエグザミアをどうにかしないといけないんやけど、簡易デバイスと私からの魔力譲渡で当面の魔力不足による影響は下げられるはず。

「これをつけてれば治るん?」

「残念ながら症状の悪化を防ぐだけになります……」

幼い私は、再び足が動くようになるかもしれへんと期待を持って私らを見上げるんやけど、申しわけなく顔を左右に振るシグナムが告げる通りこれは対処療法にしか過ぎへん、

「せや、不足していた魔力を補うようにするから症状は多少軽くなるやもしれんけど、根本的な治療はこれからになる―――」

始まったばかりやけど、幼い私を治す治療をするという意味は即ち、闇の書を夜天の書に戻し、延いてはマスタープログラムであるリインフォースを助けるって事なんやから。

「だから少しの間でいいから一緒にいさせてや」

「ええよ。むしろお姉ちゃん達さえ良ければ大歓迎や」

言葉にこそできへんけど、私の時と同じようにはせんへんさかい必ず皆を助けてみせるから信じてやと思いが通じたのか幼い私は快く受け入れてくれ、当面の問題は二日後の現れるだろう守護騎士達の時になる。
そう思ってた私らやったんだけど―――幼い私を手馴れとるシグナムが一緒にお風呂を出た後、

『こうしていると昔を思い出します』

『皆には世話になったからな感謝しとるよ』

ベットの上で抱きかかえるような姿勢でいるなか、夜までの十分な時間で魔力を回復させた私は寝る前に魔力を注ぎ込んでいれば、

「なっ!?」

「はぁ?」

「え……」

突然、書棚に置かれていた闇の書が動き出して幼い私の前に飛び出して来たかと思えば、書に施されていた鎖の封が解かれシグナムや私、幼い私の三人が驚いている間もなく、

「闇の書の起動を確認しました」

「我ら闇の書の蒐集を行い、主を守る守護騎士にてございます」

「夜天の主に集いし雲」

「ヴォルケンリッター、なんなりと命令を……」

上下を黒い服で包んだこっちの世界のシグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータの四人が方膝をついたまま姿を現していた。
私の時は確か誕生日やったから、あと二日は余裕があると思うとったんで何でやと思うも、

『……魔力を注ぎ込んでいたから私達の時よりも早くなったようですね』

『みたいやな……』

幼い私の魔力に余裕ができたからか書の覚醒が早まってもうたというシグナムの念話になるほどなぁと相槌を入れる。

「突然、本が動いたと思うたらあの人達が現れたんやけどお姉ちゃんらの知り合いか?」

幼い私にしても、魔力を注ぎ込んだ効果が予想よりも足や体の方にもいい影響があったのらしく、まるで私が本に出て来るような魔法使いだと信じ込んでいるようやから、

「流石、お姉ちゃんの知り合いだけあって現れ方が派手やなぁ」

覚醒で突如、動き出した夜天の書や姿を見せた守護騎士達も私達のサプライズか何かだと思うとる様子。

「先程の動き出した書は夜天の書といい、あの者達は夜天の書と主となった者を守る守護騎士達です」

この状況を説明するのは骨だとでも思うたんか、シグナムはふうと一息吐いてから続け、

「夜天の書は諸事情から今では闇の書などと呼ばれていまいましたが、元々は稀少な魔法を蒐集して記録する為の魔道書でして……」

本来なら、残る二日間の間に少しづつ話しをして行くつりやったから、シグナムも一度に全てを話しても理解が得られないだろうと思うたんか、この状況を幼い私にどう説明するか考えが纏まらないらしく次の言葉が出るまで少し間をあけてしまう。

「………残念ながら、その辺りを覚えているのはマスタープログラムだけで守護騎士達も既に忘れてしまっているでしょうが、ある……いえ、はやてちゃんを主として護ろうとする意思は本物だと思って下さい」

「………よく我らの事を調べられているようですが、そう言う貴女は一体―――」

「私も当事者だったからな。しかし、解ってはいたがこうして自分と同じ存在と見えると些か妙な気分になる」

どこか、たどたどしいシグナムの話に片膝をついて頭を下げていたこっちの世界のシグナムが顔を上げれば、私んとこのシグナムを見て目を丸くして言葉を失い。

「どこから見てもシグナムさんと同じやけど……双子なん?」

「似たようなもんやな……」

他人の空にとは言い難い程に同じ容姿で、服装だけが違う二人、スカリエッティが起こした事件の時の私も人造魔導師やと思てしまった程さかい、事前に並行世界の同一人物なんていうのを把握してない幼い私からすれば、そらもう双子にしか思えへんわな。

「っ、我らの将と同じだと!?」

「何でシグナムが二人居るんだよ!?」

「ええっ」

つられて顔を上げたサフィーラ、ヴィータ、シャマルの三人もシグナムが二人いるのに戸惑いや驚きを隠せないようやなぁ……

「貴様は一体!?」

「どうしたん?」

幼い私が居るからこそ、こっちのシグナムは眉間に皺をよせとるものの迂闊にレヴァンティンを抜かず膝を突いたままでいるんやが、幼い私は何を驚いとるんやときょとんと見上げとって、

「当たり前といわれてしまえばそうですが、そこの私は同時に二人存在しているに驚いているだけです」

「どうしてん。双子じゃなければ魔法なんやろ、シグナムさんもお姉ちゃんと同じで魔法使いなら分身とか出来るんとちゃうか?」

「そうですね。夜天の書の管理者権限を用いて守護騎士プログラムを操れば可能かと思いますが、起動したばかりでは無理でしょう」

「プログラムとかようわからんけど……そうなんか」

「ええ。ですから、こちらの私やヴィータ、シャマル、ザフィーラ達が警戒するもの無理なからぬ事かと思います」

守護騎士達からすれば、この状況は普通ではあり得ないからこそ驚いているのだと口にする。

「お前からは我らとの繋がりは感じられん何者だ?」

膝をついたままのザフィーラやけど、こっちの守護騎士同士の繋がりが無いシグナムを幼い私に害を及ぼす者かどうか訝しげにしとって、他の三人にしても何かあればすぐに戦えるよう臨戦態勢になっとるなぁ……

『主』

『もう少し、こっちの私に話してからこういう風にしたかったんやけどしゃあなわなぁ』

『では』

そんな守護騎士達を見て、迂闊な誤魔化しは事態の悪化を招きかねないのを悟ったシグナムは私に判断を委ね、私も仕方ないと腹を括る。

「驚くのも無理はない、私はある並行世界から来たシグナムだ」

「そんで、私は十年後のある未来から来た八神はやてや」

シグナムに続くも幼い私に視線を戻し、

「私の方が歳が上やからお姉ちゃんなのは確かやで」

「……よう判らんけど、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんよな?」

「そうや」

「なら別に問題ないわ」

にこりと微笑むんやけど、幼い私はよく判らないようや―――って、よく考えれば書が起動した時は私ん時は魔力が多く消費して倒れたんやったわ、なら、ついさっき魔力を注ぎ込んだから倒れなくても多くの魔力が無くなっとるさかい魔力不足という名の疲労が凄い眠気になって頭が回らんとちゃうか。

「悪いようにはしない、我らは闇の書より主と守護騎士は助かったがマスタープログラムは助けられなかった世界から来た者だ」

「なに……」

「そんな事、信じられるかよ」

「そうね」

判断しかねるのかサフィーラは沈黙しとるが、こっちのシグナムは声に出てしまい、ヴィータとシャマルにいたっては並行世界を行き来するような不可能領域級の魔法など信じられへんて声を上げとる。

「少なくても敵じゃないのは確かや、それよりそろそろこっちの私がもう限界や」

「……そうやなぁ、もう眠くてしゃあないわ」

「とりあえず、これだけは告げとくで。今日から守護騎士達ははやてちゃんの家族さかい面倒みてな」

幼い私は、シグナムの腕に抱かれとるのが心地よいのか瞼が重くなって来とるようやから要点を絞るんやけど、

「そなら衣食住の面倒を見なきゃあかん。皆、部屋は空いとるさかい好きな所を使うてな……」

それを最後に瞼が落ち体から力が抜けてゆく。

「との事だ。こちらの主はもう眠られた、仔細は明日にでも話そう」

「いいだろう。貴様らが何者か聞かせてもらう」

魔力の消耗による疲労か、寝ついてしまった幼い私をベットに寝かせるシグナムはこっちのシグナムに重要な事やから詳細は明日って告げれば、向こうにしても幼い私を浚う必要があるのか判断しかねとるから承知するしかない。
ただ、この後は各自好きな部屋で休んでもって私らはリビングのソファで休もうととするんやけど、召還されたばかりの守護騎士達は家の間取りというか機能に馴染みがないせいか、トイレ居つこうとするシャマルを止めたり、警戒からか幼い私の近くから離れようとしないこっちのシグナムやザフィーラを別の部屋で休ませるなど結構手間がかかった。



[18329] リリカル編31
Name: よよよ◆fa770ebd ID:9ef8b6ef
Date: 2018/03/19 20:50

試験を終え、嘱託魔道師となった俺とセイバーは想定される守護騎士や、その後に控えるだろう夜天の書を闇の書に変えてしまった原因であるエグザミアへの備えとして、武装隊と機動六課が合同で行っている訓練に参加していた。
合同訓練と呼び方は仰々しい感じがするけど、演習とかとは違ってやっているのは体をほぐしてから皆で走っているだけでしかない。
……ただ、このところ毎朝走っている距離の倍は既に走っているような気がするし、武装隊の人達のなかには息を切らしている人も出始めている。

「………さすがに朝のよりも疲れるな」

「それはそうでしょう、朝に行うのはその後の職務に差し障らない程度でしょうから」

俺が零した言葉に隣で走っているセイバーが返してくれ、

「それもそうか」

「しかし、緩急つけての走り込みなど体力トレーニングを重視するのはいいことだ」

「そうだな。何事にもスタミナは必要だし」

「ええ、いかに才能があっても体力がない者は斃れるのが戦場ですから」

軽く体をほぐしてから行われたランニングは、走るのも一定の速さではなく、ゆっくり走ったかと思えば駆け足に変わるなどを繰り返していて心肺への負荷や体力の消耗が多いい。
でも、相槌を入れるセイバーからみれば完全武装で包んだ訓練と異なって、重量があってかさばり、かつ蒸れるような鎧を着けてないから余裕の様子。
そうはいっても、時空管理局の局員の個々の護りは主にバリアジャケットという魔力で作られた障壁みたいなものだから重さは無いのと同じで身軽に動けるのが特徴だ。
でも利点があれば欠点もあって、魔術による防護である以上、個々の資質によって差がでてしまうのが悩みの種なんだろう。

「今回のは、特にエグザミアなんていういつ造られたのかも判らないほど古い遺失物が関わってるって話だからな……」

「そうです。それ故に何が起きるか判らない状況では極度のストレスにさらされても冷静でいられるような耐性も必要になるでしょう」

「疲れてたら考えだって上手くまとまらないもんな」

「つまるところ、武装隊など組織の力を示す部門に求められるのは、どのようなストレス環境でも柔軟に対応でき、かつ結果を出せるような者を選ぶ選定方法と訓練なのでしょうね」

「もちろん」と続け、

「指揮する者には相応の実力が問われますし、隊員にしても個人主義的が強すぎる者や犯罪傾向が高い者は除かれますが」

「そうだろうな」

などと話しながら走り続けていれば。

「はい、ランニングはここまで」

先頭を行く機動六課のなのはの声が響いたので、俺もセイバーも走るのを止め呼吸を整える。
そんななか、

「……相変わらずの練習量だな」

「ああ。ここんとこ毎日アップした後は三十キロくらい走ってるぞ」

「気がつかないうちになまってたか……」

「艦内だとここまでしてられないからな、なまっちまうのも仕方ないがこう毎日だと辛く感じてくる」

などと、息たえだえになりかけていた武装隊の人達から声があがっていて、結構走っていたのは判ってたけどそんなに走ってたんだなとか思っていれば、

「皆、呼吸を整えたら各自防護服を装着してメインメニューに入るからね」

そういうなのはの声に、武装隊の何人かは「歳はとりたくないものだな」とか「俺もついにロートルか」とか口にして崩れるように突っ伏した。
どうやら、トレーニングの内容は大人のなのはが向こうの管理局で戦技教官であった事から一任されたらしく、長い艦内生活のせいか久しぶりに行われたハードトレーニングに体がついていかないのか武装隊の人達からは悲鳴が上がり始める。
そんな事がありながらも基礎訓練は終わり、食事を含めた休憩を挟んでからは武装隊の人達と別れ、俺とセイバーは実際に行いながら空での戦いでのアドバイスなどをなのはから教わり、

「今日は色々教えてくれてサンキューな」

「空戦での要領はクロノ達からも教わったものですが、こうして改めて教わると見直す点が解り助かります」

教練を終えて礼を言えばセイバーも謝意を述べ、

「ううん。私が安心して教えられるのは、なんていっても二人の基礎がしっかり出来てるからだよ」

そう、なのはに基本ができてるから告げられて気がついた。

「……言われてみれば基礎ばかっしてた気がするな?」

「そうですね。しかし、何事も基本が出来てなければ応用はただのつけ焼刃にしかならない、基礎は重要だ」

「そうだな」

「私としては、今日したトレーニングがいつか意味のあるものになってくれればいいかな」

「あ、でも」となのはは続け、

「二人とも気になったのはエアブレーキの使い方だよ。
普通は速度を下げる時に使うけど、タイミングさえ間違えなければ急激な減速で後ろをとられてるでも相手の背後につけたりするんだから」

「しかし、背後から斬りかかるのは………」

「そんなに気にしなくても大丈夫。仮に後ろをとったとしても相手も気づいているんだから、一気に加速しての急旋回でさらに後ろをとりに行くか、振り向いて対峙するなりするから」

いくら空戦だからって背後から斬りかかるのを渋るセイバーになのはは利点を口にするんだけど、セイバーが渋るのも判る、なにせ元々持っていた剣は騎士道に反した行いをしたせいで本来なら折れるはずのない剣が折れてしまったんだから。
そんなアドバイスを頂くも教練を終えた俺とセイバーは別れそれぞれの更衣室でシャワーなどで汗を流す、けど更衣室の前では武装隊の人達が汗ばんだ姿のまま座り込んでいたりする。
そういうのも、俺とセイバーがなのはから教わっている間、武装隊の人達は対騎士戦を想定した模擬戦を行っていてヴィータ、大人のフェイト、スバルの三人を相手にしていたらしく合同訓練を終えた頃には力尽きていた感じだったらしい。
俺としても、このところ毎日行っていたアーチャーとの練習ではある意味、精根尽き果てるまでやってるから今日のトレーニング自体はそんなに辛いとは思えななかったが、クロノ達とやっていたのに比べればハードなのは確かだ。
毎日こうしたトレーニングを重ねてるんだから、機動六課は大人のなのはやフェイトだけじゃなくてスバルの他にいるという隊員も含め錬度が高いんだろう。

「お待たせしましたシロウ」

「あ…ああ……」

更衣室から出てきたセイバーに声をかけられ振り向いた俺は、シャワーを浴びたのだから当たり前だけど、ほのかに漂う石鹸の香りや、久しぶりに髪を上で纏め上げているのと違い、肩までまである髪を下ろしてるセイバーを目の当たりにして、なんていうかいつもと違った感覚を受けていた。

「どうかしましたか?」

「いや、なん―――」

「―――きっと、いつもと違う髪形だから新鮮に感じたんですよ」

訝しげに俺を見上げるセイバーに、自分を落ち着かせるように口にしようとすれば、俺の考えなどお見通しだといわんがばかりの言葉を紡ぎながらにスバルがセイバーの後ろから姿を現す。

「なるほど。言われてみれば湯浴みをした後にシロウと会うのはそうそうありませんが……」

「アルトリアさんて強くて綺麗ですから、普段と違う髪型でシロウさんも意識しちゃったのかもしれませんよ?」

「え、あ……ああ。俺もセイバーは綺麗だし可愛いと思うぞ」

「………あ、ありがとうございます」

何故か目をキラキラ輝かせるスバルにつられるように何度もこくこくと頷きながら返せば、褒められるのに免疫がなくなってしまったのかセイバーは頬を赤く染め俯いてしまい、

「そ、そうですね。鎧とは違ってバリアジャケットは全身を包み込んだ護りだ、伸ばしたままでも邪魔にはならない」

「なのはさんやフェイトさんもそうしてます」

「それに」とスバルは付け加え、

「なんでしたら、戦い方なんかも似てますしシグナム副体長みたいにしてもいいんじゃないですか?」

「そうだな。セイバーならどんな髪型でも似合うと思う」

「か…か、考えてみます……」

スバルの助言でセイバーの顔は真っ赤に染まってしまったけど、この言葉はきっと戦いばかりの生活だったら髪型を変えるなんて余裕がなかったのかもしれないという、俺には到底気がつきようもない事を気がつかせてくれた。

「セイバーの事気にかけてくれてありがとなスバル」

「いえ。アルトリアさんは凄い人なんですから、これくらいの事でしたらお安い御用ですよ」

嘱託魔導師試験でシグナムに勝ったから凄いと言っているのか、なんだか目をキラキラと輝かせるスバルは「それじゃ、私は戻りますので」そう告げて機動六課へと戻って行く姿を見送りながら、

「そ、そのシロウはどんな髪型がいいですか?」

「そのままでもいいけど、気になるんだったらスバルも言ってたようにシグナムみたいにしたらいいんじゃないかな」

「わ、わかりました」

なのはやフェイトには悪いけど、横で纏めるツインテールよりもシグナムみたいな方がセイバーには似合うんじゃないかとか思う。
この日はこれで終えたのだけど、次の日―――
昨日と同様、基礎練習を終えた後、訓練場はビルが立ち並ぶ市街地を模した造りに様変わりし、サーチャーから送られて来る情報を頼りに入り組んだ路地に魔力で編んだ矢を数本番えた俺は、こちらと同じく見つかりやすい高所ではなく路地を進む複数のサーチャーに対して放つ。
距離的には千メートルにも満たないのだけど、投影ではなく非殺傷の矢では魔力の圧縮に関する度合いからして、その辺りまでが今の俺の限界になる。
だが、俺の放つ矢の形をした非殺傷設定の魔力弾は何に阻まれるとことなく俺達の位置を探ろうとするサーチャーを撃ち落すものの、それは展開していた相手に対して、魔術による詳細な位置を特定する事が出来なくなる代わりに、方向という大まかな情報を与えてしまうのを意味していた。
本来なら方向のみで距離が判らなければ、ビルやら路地など入り組んだ街並みから俺達の場所を特定するのは難しい筈なんだけど、今相対している相手ならばそれだけで十分といえるだろう。
周囲に展開していた数個のサーチャーの一つから一際高いビルの屋上に動く人影を認め、

「来るぞ!」

人影は何の躊躇もなく高層階から飛び降りれば、落下スピードがついてきた頃合を見計らいビルの壁を蹴るのと同時に飛行魔術を用いて距離をつめる。
相手はたった一人に過ぎないが、そんな風にさえ思えてしまうほど驚異的な相手―――あのサーチャーにしたって、何の妨害もなく探索を続けられるとは考えてないだろう、おそらくは元々墜される事を前提にして大まかな位置を把握できればいいと風にしか思ってなかったのかもしれない。
そんな相手に対し、やや高めのビルの屋上から次の矢を番え放とうとする俺の前で複数の光条が交差すれば、同時に姿を隠蔽する魔術を使う必要がなくなった武装隊が隊列を維持したまま姿を現し、更に砲撃と複数の魔力弾を撃ちだす。
そういうのも、魔力弾は使い勝手がいいけど圧縮魔力の関係から距離的に概ね二百か三百メートルまでが効果範囲としてみた方がよく、それ以上の長距離には砲撃が使われる事となる。
俺がサーチャーを撃ち落したのを機に姿を現す相手を認めた武装隊は、機先を制するべく隊列を組んだままそれぞれが砲撃を放ち、避けにくいよう幅の広い火線にしたが、砲撃が放たれる瞬間動きが変わり砲撃の光条と光条の間をすり抜けるよう速度を落とさずにかわしてしまい。
武装隊の人達も冷静に次の手を用いるものの、続いて砲撃を放つ者と魔力弾に切り替える者とで判断が分かれたのだろう。
ミッドチルダ式魔術は距離を置いての戦いを主体としているので、距離があるという事は俺達に分があるようにも思えるが―――残念ながら、今相対している相手はその程度で止まるような相手じゃない。
ミッド式の飛行魔術に加え、幾つもの足場を形成した蒼い疾風は魔力放出を使いながら凄まじい速度のまま幾方向にも動きを変え俺や武装隊の放つ魔力弾を避けるばかりか、切り払いながら迫り来る。
こうしてセイバー相手にミッド式魔術を使うのは初めての事だけど、セイバーの動きは、リズム感とかクロノが使う乱数を用いた回避方法とは違って俺達の考えでも読んでいるのか、射った後から動きを変え狙が外れる為に薄気味悪い。
なんでこんな事になっているかといえば、なのはを除く機動六課が参加していたのは昨日までで、大人のフェイト、ヴィータ、スバルの三人は闇の書の一つである守護騎士対策としての拠点とするマンションへと先に向かっていたからだ。
なのはにしても武装隊との教練は今日で終えるのもあって、今日の模擬戦の相手は戦い方が騎士に似ているからという事からセイバーが俺を含む武装隊の皆の相手となった。
もちろん、セイバーには対魔力があるのでそのままだと模擬戦にすらなれないが、デバイスにストライクアーツの試合などで使われる当たり判定の有効無効を判定するプログラムを用いたので、魔力弾なり砲撃が当たれば当たる角度や威力の状況からバリアジャケットにエフェクトがかかって動きが制限されるという。
そんな訳で、本来なら多勢に無勢のはずなんだけど、俺や武装隊の放った砲撃、魔力弾の集中砲火を受けながら何らペナルティもなく切り抜けたセイバーの姿が不意に消え、再び姿を捉えた時には前で展開していた武装隊の人達に撃墜の判定が下されていた。
どうやらセイバーは、ソニックムーブを使って姿が捕らえられない程の速さをもって駆け抜けざまに武装隊の皆を斬り伏せてしまったらしい。

「調子は悪くないようだ」

ソニックムーブを使った感触を口にしたのか、俺の耳に呟き声が入るかどうかと思う間もなく振るわれる剣を受け止めた。

「ぐぅぁぁぁ!?」

イデアルを弓から篭手に変え魔力刃を展開するのや、脳を含め全身を最大にまで強化するのに間に合って受け止められたといっても、加減されてるだろう魔力放出の他に飛行魔術やソニックムーブ、ブリッツアクションなどが組み合わさった一撃の衝撃は凄まじく重い。
いくら武装隊の皆を斬り伏せた事でいくらかスピードが削がれたといっても、元々セイバーの洒落にならない一撃を受け止めた俺は、そのまま屋上から弾き飛ばされ隣のビルの壁に叩きつけられるわ、元々魔力で構築されていたからか、そのまま突き破って室内にまで吹き飛ばされるはめになってしまった。
だが、壁に激突した事で勢いが削がれたのもあって飛行魔術の姿勢制御とエアブレーキを用いて体勢を安定させつつ止まり自身の状態と周囲の状況に気を配る。
……受け止めた腕はもとより、叩きつけられた衝撃によって体のあちこちにまだ痺れが残るけど、バリアジャケットがあったからすぐに治る程度ですんでる。
でも、逆にいえばバリアジャケットが無ければ死んでたんじゃないかとか過ぎるものの模擬戦はまだ終わってはいない。
それに、室内はオフィスビルを想定しているのか、広々としているけれど内装は簡略されているらしく机や椅子なんかの家具なんかは見当たらない。
家具などで動きを阻害される恐れはないけれど、問題は圧倒的なセイバーを相手にどこまで戦えるか、か。
ああ……そういうば、ずいぶん昔に言峰がサーヴァントにはサーヴァントを以てでしか対抗出来ないとか言ってたなとか思い出してしまう。
加え、俺どころかアイツでさえ剣での戦いとなればセイバーに勝るとは思えない―――が、それは剣での戦いではという意味であって戦いそのものに勝てないという意味合いじゃない。

「結局、やれるだけやるしかないって事か……」

模擬戦であろうと真剣勝負には違いないんだ。
俺にしてもセイバーにどこまで近づけたかを確かめられるいい機会になる、ならばと魔術回路に設計図を描き、周囲に四発の魔力弾を展開しながら先ほど空けた穴の近く、入ってくるだろうセイバーには死角となる筈の所にサーチャーを一つ移動させる。

「―――模倣、開始」

必要なのは必殺ではなく必倒、しかしセイバーを相手にする以上生半可なものでは彼女には到底届かない、この部屋がもう少し高さがあれば他にも手立てがあるのかもしれないけど、オフィスなのか広めではあるものの天井までの高さが足りてない。
ならば俺が使える手札のなか、この状況に適した最強を選んで魔術回路に込め、設計図を元に剣が秘める持ち主の技術、経験により共感を深めながら引き出すしかない。
だけど、ふと視線を戻せば壊れた壁の片隅で何かが動いたのが目に入ってきて、その光る球体はセイバーが送り出したサーチャーだったりする。
………そうだ、セイバーだってもうただ剣を振るう剣士って訳じゃない、ミッドチルダ式魔術を学んだのだから取れる手段の数も段違いに増えているんだった!?
慌てて横に跳べば、こちらの様子から問題なしと判断したらしいセイバーは、空いている壁の外で足場が形成されたのを切欠に瞬き一つする間も空けず向かって来た。
すぐさま迎撃として用意していた魔力弾を射出させ、二発は容易く弾き飛ばされてしまったが残る二つは元々セイバーを狙わず手前で衝突させ衝撃を発生させる。
相手の目の前で手を叩いて虚を突く、いわゆる猫だましを魔力弾で行っただけだが、直感なのか衝撃が発生する手前で影響を受けないようセイバーは身を引きペナルティこそ与えられないものの効果は十分、

「模倣、装填(トリガー・オフ。)。全工程模倣完了(セット)―――!!」

片腕の魔力刃に魔力を通し通常よりも刃を長く伸ばさせ、魔術回路にセットしていた設計図に撃鉄を落として宝具とも呼べない剣から使い手が用いていた業を自らの体にて再現する!!

「―――是、射殺す百ぐふぁ!?」

バーサーカーの斧剣から射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)を読み取り、再現した筈の俺は何が起きたのか解らないが何故か壁に叩きつけられていた。

「……流石ですシロウ、今のは危なかった」

叩きつけられた衝撃で呼吸が一瞬とまった俺に「腕を上げましたね」との声が下から聞こえ、衝撃を受けた時に閉じていた目に髪止めの蒼いリボンが映り、その先には馬の尾のように結い上げられた髪が目に入ってくる。
……状況から察すると、魔力弾が衝突して発生した衝撃を避ける為に踏み込みを止め後ろに下がったはずのセイバーは、俺の企みに気がつきソニックムーブを使ってのカウンターとして体当たりを行ったようだ。
という事は、セイバーにはミッド式魔術での飛行魔術を習得した事から分かっていても避けられないような攻めを受けたとしても対応できてしまえるようになったらしい。

「セイバーには通じなかったけどな………」

「そうでもない。私の方も剣を振るう余裕がなかった」

もしかしたら、セイバーに届くんじゃないかとか思ってたけどまだまだだったなと漏らす俺に、あと一歩のところまで来ている励ましてくれる。

「そういえば、セイバーは無理な体勢からぶつかって来たんだろ大丈夫か?」

セイバーの体当たりを受けはしたが、体が少し壁にめり込んでしまっているらしく両足がついてない感覚がある程度で、それ以外は問題ない俺はセイバーの方は怪我とかしてないか聞いてみたんだけど。

「ええ、ですが……」

大丈夫と返すセイバーだけど、いいよどみながら向ける視線を後ろを追ってみれば、ふと俺の片腕がセイバーを支えるように腕をまわしていたので離れられないでいた。

「ご、ごめん」

「い、いえ」

いつも思うけど、セイバーは小柄で華奢な女の子だから反射的に支えてしまったのだろうけど、突然そんな事をすれば驚かれるのも無理はない。
それに、なんていうか互いに顔が近いのにも気がついてしまい鼓動が妙に大きく聞こえはじめる。

「………悪いけど、まだ模擬戦の最中なんだ」

互いに体が上手く動かず、離れられない状況のなか「そういうのは帰ってからしてね」とでも言いたげに苦笑いを浮かべているなのは壊れた壁から顔を出していた。

「あ、いや。見ての通り模擬戦は俺の負けだ」

壁に押し込められていて身動きできないのだから、これ以上は戦いようがない。

「しかし。私の方も肩から行った時に剣もシルトも下に向けていましたから背後に腕を回されては上手く身動きが取れない、逆にシロウの片腕は自由に動く」

「……でも、こんな体勢じゃあ力なんか入らないぞ」

自由に動けても、セイバーが腰が入らないで振り回すだけの刃なんかを恐れるとはとても思えない、それに非殺傷とはいえ力が入らない魔力刃なんかがあたっても防護服で弾かれるだけだ。

「その辺も含めて、何が良かったか悪かったかこれから皆で検討するから。
元々試合とは違って、模擬戦は実際に戦いが起こる前に悪いところとか不足しているのを洗い出す為のものだもの」

「勝敗は二の次という事ですか」

「そうだね。勝敗がついた方が分かりやすくて、勝った方が自信につながるのは確かだけど、勝った方も悪いところが無いわけじゃないし、反対に負けた人の方がいい動きをしていたりもするから一番て訳じゃないかな」

そんな話から、なのはに連れられた俺とセイバーは武装隊の人達と合流すれば、空間に大きい画面が広がって今回の模擬戦の検討が行われ始められ所々にカメラが仕掛けられていたらしく模擬戦における互いの動き映される。

「先ずは、お互い離れた所から始めたから相手を捜すところからだね」

画面が分かれ、互いにビルの屋上に移動してサーチャーで捜し出そうとする俺とセイバーの他に、奇襲を避けつつ先制を放てるよう武装隊の人達は姿を消しながら上空から捜していた。
確かに、こうして第三者的な目線で見れれば自分の動きが良かったのか悪かったのかが分かり易い。
俺は武装隊の人達とは違って、魔力を温存する目的から見晴らしのいい屋上を選んだけど、セイバーがビルの屋上を選んだのは別の理由もあるからだ。

「凄いね。落下速度に加え、足場を使って全身のバネを使って飛行魔法の初速を上げてる」

「ええ。多数を相手取る時に必要なのは常に先手をとれる機動力ですから」

魔力放出などで初速を高めての飛行魔術を行使するセイバーは、気がついて砲撃を始めた武装隊の砲撃と砲撃の間をぬうように避けつつも減速する様子もない。

「射線を見切ってるけど、アルトリアさんはどうやって避けてたの?」

「勘です」

「え、か…勘」

大人のなのはも、教導にどれくらいの年月を費やしてきたのかは判らないけど、直感で避けましたと告げるセイバーに目を丸くした。

「勘などでは、まるでこちらの動きを読んでいるかのような動きの説明がつかない……」

「そうだ。勘なんていう曖昧なのでは」

「ああ」

聞いていた武装隊の皆も、それでは説明になってないと声を上げ始めるんだけど、

「ううん。私も少し驚いたけど、勘もちゃんとした理由だよ。
話に聞いた程度だけど、表層意識じゃなくて無意識の領域で様々な経験からもたらされる情報を処理して行うそうだから、雑念が多いい表層意識よりも高速で状況を分析できるっていう話だけど、そこまでに至るのはごく一握りの人達だけかな」

「……いわゆる、明鏡止水とか無我の境地ってやつか」

「そうかもね、余程の経験を元に精神を……それこそレアスキルにまで昇華させるほど研ぎ澄ませなきゃ出来ない技術だね」

大人のなのはは、俺には想像もつかない広大な次元世界から局員を募っている時空管理局で教導をしているからか、セイバーの直感に似た例すら話しには聞いていたという。
流石になのは自身も解らない事なので教導するのはできないようだけど、武装隊の皆も一応納得したようだ。
そして、更に映像は進みセイバーがソニックムーブを使って姿が掻き消えるシーンに入る。
超スロー再生にして、ようやくセイバーがソニックムーブと足場を使いながらほぼ直角に動いた事から視界から消えたように見えたのが判明したんだけど、そこまで遅くすると今度は武装隊の方の動きが止まっているみたいにまでなっていた。

「……教官殿、アレはどうしたら避けられたのでしょう?」

「正直、難しいかな。散開して絶えず回避し続けながら連携をしても、ここまで速度差があると個々に撃破されそう。
アルトリアさんって、制御が難しい高速瞬間移動魔法のソニックムーブに加え、一撃一撃が必倒の威力を持つ魔力付与攻撃を続けて繰り出せるレアスキルを持ってるから、間合いに入られたら途端に墜されそう」

大人のなのは「そうだね」と続け、

「アルトリアさんからすれば、どんな風だったらやり難かったかな?」

「そうですね。今回の武装隊の方々は互いに補えるよう密集していましたので、懐に入れば楽でしたが、散開しながらでしたらもう少し時間がかかっていたかと思います。
しかし、時間をかけていればシロウの矢を捌ききれなくなるかもしれない」

尋ねられたセイバーから返されれば、

「………時間の問題か」

「魔力を温存するのに分けたのが失敗だったのかなぁ……」

「それよりも、隊をもう一つか二つに分けての方が無難だったかもしれない」

武装隊の人達から口々に上がる。
そうしているうちに、俺がセイバーの一撃を受け止めたにも関わらず隣のビルにまで吹き飛ばされたのや、魔力放出による踏み込みプラス、ソニックムーブが併用された体当たりで壁に押し込められたのが流れ。
武装隊の皆がなかば呆れるような視線が注がれるなか、超スロー再生から俺が放った射殺す百頭(ナインライブズブレイドワークス)は、初速の速さから衝撃波すら起こしていたようだけどセイバーは掠めるようにして懐に入って来ていて、そのまま体ごと叩きつけていたのが判る。

「……私もソニックムーブをこういう風に使う人は初めてかな」

「シロウが使おうとしていたのが何なのかは判りませんでしたが、それは私を倒せるものだと判断したので咄嗟に行える方法をとりました。
もっとも、その後は私も剣を振るう余裕がありませんでしたので詰めが甘いのは認めるところです……」

咄嗟の体当たりとはいえ、なのはが所属する教導隊の方でも高速瞬間移動を目的としたソニックムーブを、こういった風に用いた例は無いらしい。

「これも攻勢防御の一例なのかな。でも、アルトリアさんはもう少し魔力弾とかの使い方を学んだ方がいいかもね。
折角、サーチャーを使ったんだからビルに突入する際に先ず魔力弾で牽制してからの方が無理なく行けると思う」

「なるほど、戦いの幅が広がります」

なのはが言うアドバイスに頷くセイバー、ようは制圧射撃をしてから突入しろって事か。
まあ、その場合は俺も魔力弾で応戦できるだろうけど手数は勝ったとしても、元々の魔力差から一発の威力が違うだろうから小細工をするのは難しくなる。
それから俺やセイバー、武装隊の皆、それぞれに良し悪しや助言を交えるなのはは、「それから」と一拍間を置いてから、

「この後、私は皆より一足先に八神部隊長と合流、機動六課に復隊します。
機動六課として、現地の第九十七管理外世界にて闇の書対策に従事する事になるわけだけど、今回の教導は短い間しかできなかったから基礎的な事しかできなくて、対騎士戦での心構え程度しかできなかったのが心残りかな」

「おかげで、艦内生活の慣れってやつでなまっていたのがよく解ったよ」

「一つ、古代ベルカの騎士を相手する時は必ず単独での行動を避け、相手よりも速さで勝っているのなら無理に交戦せず、数の利を生かしての包囲にて消耗させる」

「二つ、突破力に優れた相手による奇襲・強襲が行われても相互の支援を怠らないように」

「三つ、それらが難しい場合、可能な限りの情報を収集したのち撤退する」

俺とセイバーは二日しか教導を受けてないから何ともいえないが、これまでなのはの教導を受けてきた武装隊の皆から声が上がった。

「シグナムもヴィータもアルトリアさん程の突破力は無いけど、もしも交えるような事になったら単独での交戦は厳禁だからね」

にこりと微笑むなのはだが、俺としても魔術を扱えるセイバーみたいのが何人も現れるのは困る。

「本音を言えば、もう少し時間があったらそれぞれに合った教導がしたかったんだけど……あ、それから士郎君とアルトリアさんは明日、マリーさんの所でデバイスに録音や録画とか捜査に必要な機能のアップデートしといてね」

先に地球におもむくなのはは、別れを惜しみながらも俺達のデバイスには捜査とかに必要な機能が欠けているのを指摘して、翌日、俺とセイバーはいつものように出勤するアリシアとアサシンと一緒にマリーさんの所へと向う事になる。
俺達が後にするアースラはまだドックに入ったままの状態で、この前まではメンテナンスの為に入っていたのだけど今は闇の書対策の一環でアルカンシェルっていうのを新たに搭載するらしく作業を進めている局員達が忙しく体を動かしていた。
そんな改装中のアースラからマリーさんの研究所までの間、特に競争をしているわけじゃないが、アリシアはとてとてと走って先を行っては「はやく、はやく」と両手を振りながら急かし、ポチも後を追うようにしてアリシアの足元でくるくると回っている。

「いちば~ん!」

ぴょんと軽い足取りでジャンプして研究所の扉の前に着地すれば、マリーさんが勤める研究所の自動扉は何事もなかったかのように開く。
本局の技術官であるマリーさんがいる研究所は本来ならば何人かの職員がいるのが普通らしいが、今は擬似リンカーコアシステムの試験運用の関係で現地にいるとかでマリーさん一人になっている。
そんな研究室は、相変わらずわからない機器が揃っているが前と違うところはモニターが壁以外にもマリーさんの周囲を囲むようにして空間に浮かび、関連するデータでも比較しているのか交互に視線を交えながら作業を進めているところか。

「おはようございます~」

自動扉をくぐるなり元気に挨拶するアリシアに続いて俺達も挨拶をすれば、モニターに囲まれながら仕事をしていたマリーさんも振り向きながら挨拶を返すもののどこか表情を曇らせていて、

「……やっぱり、運用試験している所も含め随所からカートリッジシステムが使えるようできないかっていう要望の声が上がっているの」

「現場が大変なのは考慮するが、やはり欲はでてしまうものか」

アリシアと一緒にいてくれる時間が長いアサシンは試験運用の内情にも詳しいらしく、やれやれとばかりに呟く。

「前も言っていたけど、本当に駄目なのか?」

以前から、擬似リンカーコアシステムはカートリッジシステムには対応してないと言っていたのは知っているけど、寄せられた要望が映されている画面を開いているアリシアに念のため問いただしてみれば、

「問題なのはデバイスの魔力を送るユニット、元々循環型や増幅型のデバイスでも送られる魔力にはある程度のノイズみたいのがあるんだけど、カートリッジによる激しい衝撃が来たら今想定しているユニットじゃ耐えられないから壊れちゃうの。
でも、高いユニットならそういったノイズが少なくなるよう工夫されて低減さもれてるから、高いユニットに加え、他の部品とかも魔力の流れに生じるノイズを減らせるようなのに変えてしまえばカートリッジにも耐えられるようにはなるよ」

「でも、そうすると全体的にアップグレードしなくちゃならないから、一つ辺りの予算は最低でも十倍以上も跳ね上がっちゃうんだけどね」

飛躍的に調達コストが増してしまう事への懸念か、マリーさんは小さく息をはいた。
そりゃ一人二人ならともかく、次元世界の多くで働く時空管理局の局員に行き渡らせるとすれば、費用の増大は政治的な話しや治安維持にも影響を与えてしまう。

「擬似リンカーコアシステムの凄いところは所持者に魔力を供給する以外に、ほとんどの部品が市場に出回っている既存の民生品だけで組み上げられてるからコストが低く抑えられるの、それに教導隊の方も今回ばかりは例外的に複数に分かれて早急に試験運用してくれてるけど、こうも早く出来たのは新たに特殊な部品を研究する開発期間がほぼ無かったからが大きいのに……」

「大人のなのはやフェイトの方では、こちらよりもカートリッジシステムによる負担は軽減されているようですが?」

こことは違う次元世界、初めに俺達が訪れたここよりも十年ほど未来の世界では何かしらの新しい技術が加えられたのか、こちらよりもカートリッジシステムの負担が少ない話をセイバーがすれば、

「確かにカートリッジによる人体への負担は減っているよ、でも、それは急激に生じる負荷をフィルターみたいなので緩衝させて人体やデバイスに対する衝撃をやわらげているだけで、擬似リンカーコアシステムが動作に支障をきたすノイズそのものを減らしているわけじゃないんだ」

デバイスショップの店長か店員に聞いたのか、アリシアは向こう側のカートリッジシステムの仕組みとかにも詳しい。

「こちらよりかは安くなるかもしれないけど、安全面を考えるなら全体的な内部の強化が必要になるのか」

「無理に用いれば、何者かと交戦している時に異常をきたしてしまう恐れもあるという話ですね」

結局、無理をしてデバイスの動作を不安定にさせてまでカートリッジシステムとの兼ね合いさせるメリットよりも現状ではデメリットとの方が勝るのが俺やセイバーにも解った。

「単純計算いえば、一人で最低でも五人か十人の働きをしてくれる人ならいいのかもね」

「それはそれで問題だ」

「下手をすれば過労で精神に異常をきたすか死んでしてしまう」

単純計算という机上の計算では過労の悪影響を理解するのは難しいのかもしれないが、二十四時間休日なしの神の座を手伝った経験者としては、かつて救世主だった奴らでさえ精神を病みかねない状況があったから俺もセイバーも過労による影響を軽くは見られない。

「要は懐の事情さえ良ければ解決する問題のように聞こえるが、話はそうそう安易でもないらしい……」

更に内情に詳しいアサシンが口を開けば、

「うん。使えるようになるっていっても全体的に負荷がかかるようになちゃうから、それまでの設計みたいに故意に負荷を特定部分に集中するようにはできなくなるからメンテナンスが簡単じゃなるし故障する確率も高くなる筈だよ」

「あとは、メーカーに魔力の変動幅に高い耐性を持つ部品を作ってもらうしかないけど、メーカーだってすぐにできるって話じゃないものねぇ」

例え予算を出してもらって作ったとしても、擬似リンカーコアシステムほど故障率が低くもなく、依頼するメーカーと共同研究を行う必要から別に開発予算を組まなければならなのもあるばかりか、素材や構造に対する研究には時間も金もかかるとアリシアに続きマリーさんも困り顔で話す。

「そいう話から、ない袖は振るえないという結論に達して、安く多く調達するのであれば現状のままになってしまうとの事だ」

「先ずは今の擬似リンカーコアシステムを使ってもらいながら、カートリッジに対応出来るようになるのは要望を聞いてくれるメーカー次第って感じかな」

「やっぱ、そういう風な流れになるんだな」

「そのようですね」

言い出したアサシンが結論をまとめ、現場からの要望とはいえ結局のところ現在、試験運用が行われている擬似リンカーコアシステムは構造的な問題からしてカートリッジシステムへの対応はできそうになく、マリーさんも飽くまでもこれからの話という事に俺とセイバーも納得した。

「ところで」

擬似リンカーコアシステムの話から本来の目的に戻そうとセイバーは話題を切り替え、

「私とシロウは昨日、なのはから嘱託魔導師としての任務にあたる上でデバイスの機能が不足しているという指摘を受けて来たのですが、どうすればいいのでしょう?」

「その報告は受けてるから大丈夫、必要なユニットはこちらで用意しているから」

俺やセイバーでは技術的な話は難しいのもあり、セイバーが今日訪れた理由を口にすれば既になのはの方からマリーさんに連絡いっていたようだ。

「支払いはどうすればいいんだ?」

「え……いや。管理局の業務で入れるのは必要経費扱いになるから、特にそういうのはいらないかな」

「え?」

俺の言葉が以外だったのかマリーさんは一瞬きょとんとしたけど、反対に俺とせいバーはデバイスの部品もけっこう高価なのを知っていたから、幾ら部品だからといってもタダになるなんて思いもしないでいたので目が点になる。

「無料なのですか」

「ええ」

確認を入れるセイバーにマリーさんは頷いて返し、

「先にこっちの運用データをまとめてるから、その間に使い方を見といてくれる?」

指先を幾つか動かせば、使い方というか取扱説明書らしきものが空間に映し出され、俺とセイバーも異論はないので「わかった」、「ええ」と返事を返して空間に現れたモニターを移動させつつ近くの椅子に座る。
しばらくして、

「アリシアちゃん、昨日の分の仕分けは終わったから後のチェックをお願いできる?」

「は~い」

マリーさんに返事を返すアリシアは、運用試験を行っている所以外にも、擬似リンカーコアの術式を用いている部署からの要望なども入っているだろう画面を閉じた後、近くの椅子に座りながら別の画面を開いて目を通し始める。

「しかし、アリシアに任せてもいいのですか?」

「ええ。流石に開発者だけあって詳しいわよ」

「……いや、管理局の方がよければいいんだ」

俺やセイバーは、アリシアが『原初の海』とかいう神様の上司とパスみたいなつながりがあるのは知っている、だから何か問題があればきっとその上司が教えてくれたりするんだろうから能力的には心配してない。
けど、若干六歳程度の子供に重要な開発関係の仕事を任せるのは世間体というか、いくら次元世界の就業年齢が低いとはいえ管理局としてどうなんだろうとか思ってしまう。

「ああ、そういう話ね」

考えが顔にでも出ていたのか一拍の間を置いてからマリーさんは、

「始めの頃は上層部の方も疑念をもってたみたいで、アリシアちゃんが扱うデータは一緒にチェックするよう指示もあったけど、私達が見落としていたのを見つけてしまえるのが判ってからは研究室で働く大人とかわらない扱いになってるのよ」

「マリーもよく理解がありましたね」

「私は元々術式からのつきあいだからアリシアちゃんの実力が本物なのは身近で解ってたもの」

「ふふん、マリーさんに褒められたよ」

当の本人は、滝のように上から下に流れるデータに視線を合わせつつも、足元でくるくる回っているポチに話しかけていた。

「でも、実際すごいわよ。なにせ向こう側の世界、ここよりも十年は進んでいる次元世界ですら成しえない技術を考案しちゃったんだから」

「しかも、それが人手不足で悩む時空管理局にとって解消に一役買う重要な技術となれば期待は嫌でも高まるというもの」

アリシアを褒めるマリーさんにアサシンは付け加え、

「そんな事だから、私達の部署じゃ初めから一目置かれた状況から始まってるの、余程の事がない限り信頼は厚いかな」

「以前、グレアム提督と会った時には既に研究・開発の部門での信頼は磐石だったという訳ですね」

「そういうこと。それじゃあ、二人ともデバイスを出してもらっていい」

マリーさんはてきぱきと作業を進め、幾つかの部品を用意して俺とセイバーのデバイスを待ち、俺がイデアルを出せば、セイバーも改めてグレアムさんと初めて会った時の事を思いだし「なるほど、そうでしたか」と洩らしながら作業台の上に置く。
それからは、マリーさんが追加の部品を組み込んでいる間、俺とセイバーが説明書を見て気になったところなどを聞き、お昼を挟んだ後も雑談を交えながら作業は進み俺とセイバーのデバイスに新たな機能が付け加えられた。
実際に使ってみれば、空間モニターの要領で録画した映像などを表示させたりや、音声の録音、それには以前にはできなかった留守番電話みたいな機能も追加されているのが確認できた。
向こう側のミッドチルダのデバイスショップで見た限り、この手の機能を持った部品はそれなりの値段をしていたから無料という話に気が引けなくもないが、俺としては他にもアサシンに任せきりにしていて気になっていたアリシアの仕事ぶりも一緒に見れたので安心したところもある。
そのアリシアも擬似リンカーコアシステムの運用データから稼動状態から構成する各部品の消耗率などを調べ異常がないか確認する作業を終え、マリーさんに淹れてもらったココアを飲みながら一息入れてたので俺達もマリーさんに勧められありがたくもらう事にした。
そうしているうちに時間は流れ、時計ををみれば夕方とも呼べるような時刻になっていた頃、不意に別のモニターが開き、

「僕だ。早速ですまないが嘱託魔導師になった君達に頼みがある」

モニターに映るクロノが一拍置いてから、

「悪いが、遠坂凛とアーチャー見つけてくれないか、君達と同様、嘱託魔導師についての話をしようとしてたんだが無限書庫にいるからか、なかなか連絡がとれないでいるんだ」

「まだ取れなかったのか」

「ああ。空間モニターには登録した人物の他に、魔力パターンや個人の特徴を捉え通信を送る機能があるから大抵は割り出せるんだが、今回ばかりは何故か連絡がつかないでいる」

俺とセイバーに話があったのはもう何日も前の話だっていうのに、まだ連絡すら取れてなかった事に逆に驚いてしまう。
一方―――

「なるほど、それで………」

そうセイバーは呟き、空間モニターなる通信が連絡相手を見つけるシステムがどういった方式なのかが解って関心しているようだ、まあ、俺やセイバーが登録されたのは初めてアースラに乗った時にと考えるべきか。

「わかった。こっちも終えたところだから捜してみる」

「頼む」

「凛を捜すのであれば、まずは最近入り浸っている無限書庫からの方がいいですね」

「そうだな」

「私も凛さん捜しに行く」

「でも、アリシアはまだ仕事が残ってるんだろ?」

わずか五、六歳の女の子に仕事がどうのとか言うのも変だけど、アリシアが開発してるのは時空管理局から期待されてるのだから俺やセイバーで間に合うのなら巻き込む必要はない。

「ううん、大丈夫よ。今日の分の検証は終えてるし、今のところ要望はあっても擬似リンカーコアシステム自体の改善要求は上がってないから、課題となるのはカートリッジシステムへの対応だけど、それは今後の状況次第というしかないから」

「うん。今日の仕事は終わってるよ」

マリーさんに合わせるようにちょこんと椅子に座りながら胸をはるアリシア、

「むしろ、教導隊の試験が終わって承認が下りたら擬似リンカーコアシステムの出力強化やカートリッジシステムへの対応、持って来てくれたガジェットなんかも今は別の技術部が解析しているところだけど、搭載したモデルの開発なんかも本格的に始まるから大忙しよ」

「……流石に子供相手にそこまでは無いんじゃないか?」

「それだけ期待されてるのよ、アリシアちゃんもシステムも」

マリーさんとやり取りをしながらも、俺は思う次元世界の労働基準法ってどうなってるんだと………

「先の話はどうあれ、こちらとしてもアリシアとアサシンも一緒の方が都合がいい」

「どうしてだ?」

「仮に凛を捜すのに手間取る場合、別々で行動していたらシロウは夕食を作れない連絡を入れ二人に外食を勧めなければならない。
しかし、一緒にいるのならば共に近場で済ませられます、他にも、その後アースラに戻ってもらえば凛が戻って来たとしても私達に連絡を入れられる」

「それもそうか」

「わ~い。今日はお外でご飯だ」

「さて、どういった趣の料理がよいか」

セイバーの言う事も一理あるなと思う俺だけど、社員食堂みたいな所はあれ、外食に行く機会が少なかったからかアリシアとアサシンの二人は既に外食する気満々のようだ。

「わかった。そうしよう」

ここは俺が折れるしかない、か。
とはいえ、結論からいえば遠坂の足取りをたどるのは難しくなかった。
そういうのも、無限書庫にはユーノも手伝いをしているので聞いてみたところ、遠坂は無限書庫ではなくこっちの方、本局に来ているらしく受付に連絡を入れれば訓練場でシミュレーターの予約していたという話が帰ってきた。
その為、訓練場へと俺達四人は脚を運んだのだけど、そこにいたのはアーチャーの方で、

「む。小僧に皆してどうした」

遠坂に頼まれたのか、赤い聖骸布に黒い胴鎧を身に着けた姿のまま空間に浮かぶモニターを操作していたアイツは俺達に気づき、

「遠坂を捜してるんだけど、どこにいるか判るか」

用件はなんだというアイツに問い返す。

「そうか。なら凛に変わるとしよう」

言うなりアイツの体が縮みだしたかと思えば、比例するように白髪だった髪が伸びながらも何故どこか艶がでてきて銀髪みたいになっていって、

「で、何の用?」

「……なにが起こったんだ?」

髪の色こそ違いはあれ、姿形はアーチャーから遠坂に変わってしまった。

「ノヴァの複合融合機能よ、ノヴァは複数の騎士や融合騎を一つに纏められるのは聞いているでしょう?」

「言われてみれば、融合騎同士でできるとかいう話は耳にしましたが……」

片手を腰にあてる遠坂を見やりながら思い出す、無限書庫の方に顔をだしてなかったからか融合騎が何体か見つかったとかしか聞いてなかったけど、セイバーはユーノ→なのは→フェイトという情報網から知り得ていたらしい。

「ぶっちゃけ言いかえれば、ノヴァの文明ってデバイスの性能に騎士の方がついてこれなくなってきていたから、人の力が足りないなら頭数を増やして補うっていう機能よ」

たいしたことない風な遠坂だけど、実はとても凄い技術なんじゃないかとか思いはするものの遠坂は「まぁ」と続け、

「結局のところ、小型化された魔力炉や騎士を必要としないとか、融合騎同士で融合できたりとか様々な機能を付け加えているうちに開発予算の高さから正式採用される事無く博物館に収蔵されるようになったらしいわ」

「そらそうだろう……」

幾ら高性能だろうと高過ぎたり、扱える人間が限られたりとか、数を用意できなければ組織的な運用は難しいと俺は思う。

「実際に使うか分からないけど、色々な付加機能があればその分だけ部品は増えちゃうもんね」

「至極当然か、アレも欲しいコレも欲しいとしていれば行き着くところはそこよ」

マリーさんの研究室に入り浸りのアリシアとアサシンも、コスト削減がなってないとばかりに頷き合っている。

「しかし、その機能を必要とするほど彼女の飲み込みは悪い」

銀髪になった弓兵スタイルの遠坂の肩に、小さな本が現れ、

「そう言ってくれるな」

逆の肩の上に小さく三頭身くらいにデフォルメされたアーチャーが腕を組みながら姿を見せる。

「凛は、こと魔術……こちらでは魔法と区分されているが、その手の方面では天才的なものがある代わりに、科学的な分野は呪われているのではないかと思えるほど苦手としている。
私の記録に残る凛も一人では携帯電話すらままならなかったのだ、この凛もこちらの世界に来るまでは恐らくは一人ではテレビの配線すらままならなかっただろう」

遠坂は、遠坂なりに頑張ってるんだとフォローになってないフォローを返す。
むしろ、そんな遠坂にデバイスの整備やらミッド式魔術の入力なんかを教えたプレシアさんの頑張りの方が凄かったのかもしれない。

「始めこそ……各種魔法技術関連への理解力が高いものがあったから図などを用いてみれば、何故だか途端に解らなくなってしまうのは不思議でならない。
そのような事から、融合にて直接知識を送り込んでいた」

「私からも対価としての知識を渡してたから、言ってみれば知識の等価交換といったところかしらね」

「昔は、外のセキュリティが入館への対応していたが基本的に通された入館者は閲覧を自由として対価を求めるような事はしてない。
だが、こちから強要した訳ではないとしても求める情報が得られるのはありがたい」

「ノヴァからしてみれば、時空管理局が信用していい組織なのかの判断は重要だもの」

「時空管理局なる組織が略奪行為を行う集団でなければ資料館としても安心できる、彼女がもつ情報は役に立つ」

ノヴァやアーチャーから散々な言われようの遠坂は、閲覧は無料というのにも関わらず対価を用意していたのを負けじとばかりに強調して誤魔化してた。

「それは兎も角、凛に用があるんだろう?」

「そうだった。実はクロノが嘱託魔導師にならないか話をしたいっていうんだ」

そんな遠坂を気遣ったのかアーチャーは話題をそらし、俺達の用向きも遠坂が次元世界の技術に慣れないというのじゃないから用件を伝えれば、

「嘱託魔導師ねぇ?」

正規の局員ではないけれど、管理局からの仕事を請け負う魔導師というのに警戒したのか口元に片手をあてる。

「時空管理局は悪い組織じゃないよ」

「クロノの話しから職務内容は現場などで活動する局員見習い、もしくはアルバイトといったところでしょうか」

マリーさんのところで働いているからだろう、俺よりも時空管理局に詳しいアリシアや、契約する前に色々な問いかけをしたセイバーからも組織に対しての信用は悪くないのを告げ。

「小僧とセイバーはどうするつもりだ?」

「俺とセイバーはもう嘱託試験を受けてなってるぞ」

俺達はどうなんだって、遠坂の肩に乗っているちっこいアーチャーが視線を向けたのでとうになったぞと返した。
………でもって、たぶん遠坂を捜すのが嘱託魔導師としての最初の仕事になったんだろうな。

「タイミングからして今嘱託魔導師になれば闇の書絡みの仕事になるわね」

「それはオリジナルのか?」

遠坂の呟きに肩に乗ってる小さな本ノヴァが反応し、

「そう、行く行くはエグザミアが問題として待ち構えているわ」

「それは興味深い話だ」

ノヴァもエグザミアとは無縁でないため知的好奇心が刺激されたらしく、

「私に内臓されている魔力炉はエグザミアの伝承を参考にしている、そのオリジナル、無限連環システムなるものを伝聞ではなく、自身で見られる機会があるというのは得がたいものだと思うが?」

俺達の世界でいうところの、とても貴重な聖遺物を目にする機会が得れると語る。
というより、遠坂よりもノヴァの方が嘱託魔導師には前向きな感じだ。

「貴重な魔術関連の遺失技術とはいえ、凛が迷うのは科学分野の方に比重が重い故に理解し難いところがあるからだろう、なにより相手は携帯電話よりも遥かに難解なのだからな」

遠坂は、別に管理局という組織に対しての不信や不安から躊躇っているのではないと、ちっこいアーチャーは口にする。

「それで二の足を踏んでるのか」

「ですが凛、虎児を得るには虎穴に入らねばなりません」

俺とセイバーも遠坂がそんな事で見合すというか、尻込んでいたとは思ってもいなかった。
俺も携帯電話は持っていないから判らないけど、プレシアさんのお陰でAIや構造がより複雑なデバイスの整備ができるようにになったんだから大丈夫だと思うが……

「実際、色々世話になってるから嘱託魔導師ってのになるのも悪くないけど……」

「けど?」

「闇の書やエグザミアは私達の世界よりもこの世界、次元世界の技術の塊なんだもの、あまり力になれるとは思わないのよね……」

「その辺りは俺やセイバーも言ったさ。でも、もしかしたら俺達の世界よりかもしれないだろ?」

「そりゃね、こっちに比べ魔術は時間を遡るようなものだもの、もしかしたらってのは無いわけじゃないのかもしれないわ」

「そうね」と続け、

「クロノからすれば、切れる手札が多く揃えた方が何かあった時に都合がいいのは確かね」

「おばあちゃんの知恵袋みたいなものか?」

「面白いこと言うのね、衛宮君」

なるほど、遠坂の言う通り執務官であるクロノの立場からすれば相手がよく判らない古代の遺失物とすれば俺達みたいな別な文明からの視点は欲しいところなんだろう、だから言ってみたんだけど、遠坂の向ける満面の笑みはなんというか背筋に薄ら寒いものが走る。

「まぁ、いいわ。世話になりっぱなしってのも心の贅肉になるだけだし、ノヴァもしたがっているみたいだもの、やれるだけやってみない手はないわね」

口にするのと同時に遠坂は空間にモニターを開いて操作しだす。

「空間モニターを操作しているという事はは、先ほどのアーチャーの話はただの杞憂だったようですね」

「………残念だがセイバー、これは私が操作しているんだ」

なんだ、ちゃんと使えているじゃないですかと片手を腰に当て安心するセイバーに、肩に乗っているちっこいアーチャーは首を左右に振り、

「かつて私が試験運用されていた頃の事、複数が融合していては誰が話しているのか判らないという問題が生じ、その解決策として幻惑魔法を用いて個々を表示させているが正確には私を含め内部にいる」

遠坂の両肩に乗っている小さなアーチャーとノヴァは実体じゃなくて映像だけの存在でしかなく、実際には今も融合しているという。

「話は衛宮君から聞いたわ」

「ちょうどよかった。僕からも君達に連絡を入れようとしてたんだ」

「……どうやら嘱託魔導師の件とは違う話ね」

空間に浮かんだモニターに現れたクロノだけど遠坂は何か感づいたらしい。

「そうだ。実は明日、こちらの世界の八神はやての誕生日会が行われる事になったのだが、その時にこちらも主だった者の顔見せを行おうと思ってる。
もちろん、こちらの世界のなのはとフェイトも参加する予定だ」

「あの二人を巻き込むのか!?」

俺は闇の書やエグザミアなんていう危険な代物だというのに、年端も行かない子供達を巻き込むクロノの言葉を疑った。
だが―――

「いえ、シロウ。むしろ逆だ、参加させる方が守護騎士達への牽制になる」

「そうだ。二人の後ろに時空管理局がいるとなれば、彼女達を襲えば闇の書のマスターである八神はやてからの心象はよくないものになるだろう」

「それに、あの二人の性格なら親しくなりそうだから何もしないより安全って訳ね」

「そういう事だ」

セイバーも遠坂も出席させた方が安全だと口々にし、

「やれやれ、誕生日を祝うのに知略謀略が含まれるとは世も末よ……」

アサシンは、ただ単に誕生日を祝うだけなのに策略が張り巡らされていそうな雰囲気に肩をすくめた。

「誕生日会かぁ。楽しそうだから私も行っていい?」

「大丈夫か?」

アリシアも参加したがっているのを知りクロノに確認の視線を向ければ、

「増えすぎても困るそうだが、こちらとしては君達には参加してもらうつもりだ、アリシアや佐々木小次郎の両名が増えたとしても問題はない」

「なら俺もアリシアと一緒にいた方が安心するからな」

「わ~い」

最近はアサシンにばかりアリシアの面倒を見させていたので少し負い目があるから安堵し、遊びに行けるからかアリシアも喜んでいる様子。

「お祝いというからには何かしら手土産が必要ですね」

「定番としてはお菓子やケーキだな」

「ケーキはなのはが用意してくれるから大丈夫のはずだ」

面識がない相手に会うのだから礼を欠かさないように配慮するセイバーに、俺は定番といってもいいのを上げるけど既にケーキは手配済みだとクロノは告げ、そういえば、なのはの家は表向き喫茶店を営んでいるとか言ってたのを思い出す。

「そうか。ならプレシアさんもフェイトにプレゼントに何を用意するか悩んでいるだろうから、お互いにクッキーでも作って持って行くとするか」



とある『海』の旅路 ~多重クロス~

リリカル編 第31話



窓から晴れ渡った日の光が差し込み、次第に暖かさが増してゆくリビングにて、いつでも私が動けるよう私んとこのシグナムが朝食を用意してくれとる。
多分、上の階で昨夜幼い私に起きた魔力不足からくる疲労、それに伴う眠気といった状況では話せなかった事などをシグナム達なりに話してたんやろう、やや遅れてリビングに来た皆をL字型のソファに座らせた。

「ほんなら、私の素性と何が目的なのか話とこか」

カーペットの上のクッションに座った私は姿勢を正して集まってもろた皆。
強制的に魔力を収奪された影響から両足が不自由になってしもうた幼い私に、呼び出されたままの黒いシャッツに同色のスカートやズボンの四人、こちらの世界のシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラの五人を見渡して、私が時空管理局に勤めているのや現在の役職を始め、ここに至るまでの経緯を簡潔に語った。
当然の反応というか、幼い私以外は局員という言葉から表情を強張らせるんやが、

「そなら、お姉ちゃんは未来から来た私って事なん?」

「似とるけど少し違うで。並行世界っていってな、よく似とるけどまったく別の世界から来たんよ」

「次元世界や異世界とは違うのか?」

「どう違うんやろ?」と幼い私は顔にでていたが、こちらの世界のシグナムが並行世界というのが次元航路で結ばれた世界の一つか、航路で結ばれてない未知の世界かを問いかけてきたので「そや」と頷き返した私は、

「広大な宇宙を行き来するのに別の次元を挟んで距離を短縮させた世界の航路とかとは関係なく、宇宙そのものの可能性が異なる世界なんや」

「そんなの移動できんのかよ?」

並行世界というのが次元世界でも異世界でもないのを話すんやけどヴィータが疑問を挿むのも無理はない。
スカリエッティの言葉を鵜呑みにした訳やないけど、私かて訪れていたクロノ君達を人造魔導師だと思うとったんやからなぁ人の事をとやかく言えへんわ。

「普通はできへんよ。でも、そんな不可能領域級のレアスキルを持った子が偶々私の世界に来とって、先程話した通り私達のとこで起きた事件が切欠で知り合えたさかい、こうしてこれたんや」

「そのレアスキルを持つという子の世界では、同じようなスキルを持った人達の数はどれくらいなの?」

「そやな。その世界でも奇跡に相当するらしいから、聞いた限りやとその子の他に一人いるって事くらいやで」

なんとなくホッとするシャマルの様子からして、もしかしたら並行世界からの侵略があるかもとか想像したのかもしれへんな。

「せやから私の事は、はやてちゃんによく似た環境で同じような境遇を経験した同姓同名の別人って事なんよ」

「目的は?」

「私の時には助けられなかったマスタープログラムを助ける事や」

時空管理局の局員って話を聞いて警戒しとるシグナムの視線を受け止めつつ、私んとこのシグナムなら兎も角、今の時点で私がリインフォースの名を告げても、この頃はまだ名前すらつけとらんから、それがマスタープログラムを指す名やと想像すらできんのもあって
あえてマスタープログラムと口にする。
ただ、「それに」とつけ加えてから、

「闇の書の蒐集は時空管理局の方でやるさかい、皆は何もせんへんでいいんよ」

などと告げれば、

「管理局が蒐集を?」

「馬鹿な!?」

「そんなのする筈がないだろ!」

「そうでもない。実際のところ、今まで闇の書の主になった相手は闇の書が蒐集した多種多様な魔法を操れる力に心酔してしもうたから協力なんてしようとも思わんかっただけやさかい、力とかに興味がない私なら協力のしようもあるんよ」

よほど管理局が蒐集を行う事が意外なのか、シャマルは小首を曲げたまま理解するのに少し時間がかかり、ザフィーラとヴィータは声を荒げた。

「そういや、皆からも蒐集して闇の書を完成させたら強力な力が手に入るとか言われたけど私には興味ないさかい、お姉ちゃんの言う通りなんやろうけど……そなら何で集める必要があるん?」

「夜天の書ってのは元々珍しい魔法が失われんよう集めとく為のものなんやけど、遥か昔、大暴れしとったエグザミアってのを封じ込めたんで闇の書って呼ばれるようになってもうたんよ。
それが原因なんやろな、主になった者が一定の期間蒐集を行わなければペナルティとして魔力をより吸い上げてしまうんや」

「魔力って事は……」

「せや、魔力を吸い上げられたせいで両脚に力が入らんようになってもうたのに、それ以上吸われたりしたら力が入らんところが広がってきて一年もしないうちに死んでもうわな」

「……そら困るわ」

「だからこそ、管理局の方で志願者を募っているんよ」

「そなら、こちらからお願いしたいくらいや」

幼い私は要らないのに何で集める必要があるのか判らないでいたが、蒐集しなければそれはそれで生死に関わる問題が生じてしまうのを知れば、私かて簡単には死にたくはないから納得したようや。
もちろん、この案にはここの時空管理局内でも議論はあったようやけど、闇の書を夜天の書に変えるのには如何しても全ての項を満たすリンカーコアを集めなければならないのだから、強引に守護騎士達が奪い去るよりも迅速に手当てができる施設で行って処置するようにした方が害が少なくて済むのもある。
それに、折角、時空管理局に協力的なマスターが現れた機会を見逃せば、壊しても壊しても蘇えってきてしまう闇の書を無くせる機会が失われてしまうばかりか、再び被害が出てしまうのだから行う必要があると判断されとる。

「そのエグザミアというのは?」

「遥か昔、色んな世界を滅ぼしたとかいう力を持った何かやけど詳しい事はまだ調査中や、判ってるのは昔の人達がエグザミアってのを夜天の書のマスタープログラムに複雑に絡みつかせてまで出さんようにしとるってとこまでや」

全ての原因であるエグザミアが何なのかをザフィーラは問いかけてくるんやけど、私らもようやく手がかりを得たところやから何ともいえん。

「皆は知っとるん?」

「言われてみれば昔は闇の書って呼ばれてなかったような気はするけど………よく判んねぇよ」

こっちの世界の四人に視線を投げかける幼い私に、シグナムとシャマル、ザフィーラは「いえ」とか「ごめんなさい」とか「残念ながら」とか口々にするなかヴィータだけは少し違和感を覚えたみたいやな。

「しかし、なぜそこまで……」

「未練っていうやつや。私は、マスタープログラムを救えなかった八神はやてやさかいな……」

こちらのシグナムが疑念の眼差しを向けるけど、降りしきる雪のなかリインフォースが自動防衛システムを復元させまいとして自ら消えるのを望んだ時の喪失感を思い出し溜息と共に吐き出した。

「主、そこの私は完成した書が奪われないか懸念を抱いているだけかと」

「さよか。安心してな、全ての項が蒐集された時こそ管理者権限を用いて自動防衛システムからマスタープログラムを切り離せるチャンスなんやから邪魔なんてさせんさかい、そん時にはやてちゃんはマスタープログラムに名前をつけてやってな」

トントンと包丁が奏でる音を立てながらも耳を傾けていたシグナムからの指摘に、言われてみればそないな発想もあるなぁと思った私は幼い私の返事を待たず「むしろ」と続け、

「そこからが正念場や、私ん時は眠らせようとするマスタープログラムと対話して管理者権限を行使できるようなったからこそエグザミアが封じられているだろう自動防衛システムを切り離せたわけやが。
切り離した自動防衛システムを止めるには、強力な力を叩きつけて一時的に機能を停止させなきゃあかん」

「それを行うにも私達だけじゃ不足しているのね」

「その通りや」

昔っからヴォルケンリッターの参謀を務めていたシャマルは、私の話から自動防衛システムを相手にするにしても守護騎士と主だけやと戦力的にも不足しとるのを悟って時空管理局の協力が必要なのを理解したようや。

「………とはいっても、すぐに信じられるような話しじゃないさかい、ゆっくり考えてな」

「そんな事ない、私はお姉ちゃんを信じるよ。なんせ、病院でもよう判らん症状やのに、お姉ちゃんは私の体が何で悪いのかや対処も知っていたんさかいな」

変に取り繕って疑念をもたれるよりはましやと真実のみ告げた私やけど、流石にすぐに信用される訳がないと思うとったんやが、幼い私は猜疑や疑心にならないばかりか「おかげで今日は体が楽なんよ」と明るい笑顔で微笑んで返す。
でも……なんなんやろうか、信用されたのは私にとって好都合なはずなのに、なんか私が他人を早々信用しなくなくなっていて、なんや穢れてしまったような感覚に陥ってしまうのは?
そら、捜査官になってからは疑うのが仕事のようなもんになっとったんは職業病というかやむを得んのやろけど……こうして、比較する対象があると自分が嫌な大人になってしもうたなぁとか思えてきてしまう。

「………」

なんていうか、幼い私の純心さに今の私が穢れてもうたようで心の奥底で悶々していれば、

「皆はどう思う?」

「私達は主に従うまでです」

「然り」

皆にも関わる事だからか幼い私は四人を見渡すのだけど、こちらのシグナムの決定にザフィーラは相打ちを打ちヴィータとシャマルも頷きを入れる。

「決まりやな。けど、私はお姉ちゃんに何もできんのにそれでもいいんか?」

「私ん時は全てが遅かったからな。できるなら同じ思いは繰り返させたくないだけやさかい、それに、闇の書から開放されたあの子がいる世界があるなら見てみたいだけや」

自分じゃ判らないもんやが、こうして見とれば幼いなりに考えてはいるんやろうけど、突然現れた私らや守護騎士達をすんなり受け入れたりとか、子供故の純真さなんかもあるようやが随分順応性が高かったんやなぁとか思ってしまう。
そないな幼い私は、私に何も返せるものがないと気まずそうに思うとったので飽くまでも私は自分がしたいからしとるだけやから気にする必要なんかないと返した。

「聞くが、そちらの将以外の他の守護騎士はどうなってるんだ?」

「流石に一度に押しかけるのも迷惑やろから、私んとこのヴィータには近くのマンションでお留守番してもろてる。
でもって、シャマルとザフィーラの二人は私んとこで起きた事件の際、隊舎を襲撃してきたガジェットから多くの隊員を守った時の怪我で入院中や」

とりあえず、こちらの主たる幼い私の信用を得た事で敵対的な認識まではされとらんからいいものの、警戒はしとるのか情報を得ようとするザフィーラに脚色する事なくありのままを口にすれば、

「ガジェット?」

聞きなれない言葉にシャマルは聞き返して来て、

「正式にはガジェットドローンという名なんやけどな、私らの世界で、そんなのを使こうて悪巧みしとった科学者がおったんよ」

「なんや大変なんやなぁ……」

「そもそも、局員を個別に相手するんじゃなくて隊舎そのものを襲う事自体がどうかしてると思うぞ」

幼い私とヴィータはそう言って私らの仕事の大変さに理解を示してくれる。
せやから、私も胸の奥で堪ってたもんがあったんやろう、

「そらまあ、ミッドチルダで地上本部が襲撃される程の事やったさかい……」

「ミッドチルダ、管理局の中枢に近いところか」

「何考えてるんだそいつ……」

私も少し愚痴っぽくもらしてしまい、

「むこうにしても、聖王のゆりかごなんていうものまで持っとたからやろうから勝算は十分あると考えとったんやろな」

ついつい口を滑らせれば、幼い私を除く皆は実際にベルカ戦乱期を経験しとるさかい聖王のゆりかごについても知っているからか、一瞬、口をぽかんをあけて、

「ゆりかごだと!?」

「なんて代物を……」

「本当かよ?」

こちらのシグナムとシャマルは声をそろえ、ヴィータは疑わしそうな目で私を見よる。

「嘘なんてついたってしぁない。元々は、管理局のお偉いさん達が年々凶悪化していく犯罪に対しての抑止力として、その科学者に復元を依頼しとったらしんやけどな……」

最高評議会のメンバーがどんな人達なのかは知らないけど、いかに有能でもジェイル・スカリエッティみたいに信用に難がある相手を選んでもうたのは間違えや。

「どれだけ治安が悪いんだよ……」

「まったくね……」

「そんなん危ないんか?」

呆けるような顔つきのヴィータに相槌を打つシャマルやけど、幼い私の抱く疑問はゆりかごなのかミッドチルダの治安なのかは判別しにくいんやけど、きっと両方なんやろう。

「名前からやと寝心地のいいベッドかなにかにしか聞こえへんのやけど?」

「聖王のゆりかごはベルカ戦乱期に用いられた戦舟、戦艦です」

「戦艦なぁ……」

横でシグナムがそれとなく教えてくれるんやけど、幼い私は次元世界についての知識そのものが無いもんやから、次元航路を行きかう次元航行艦どころか分厚い装甲で海に浮かぶ艦船を思い浮かべてそうや。

「昔の人は、次元航行できる宇宙戦艦がないと安心して眠れへんのやったんやろな」

「戦艦は戦艦でも宇宙戦艦なんか、そな凄いのを持っとったんのによくお姉ちゃん大丈夫やったな」

「そら、相手がゆりかごやろが治安を乱す相手なら管理局の局員はなんとかせなあかんからな」

「それで、どうなったんだ?」

「偶々私らの世界にアーサー王が来とって、聖剣で撃破してくれたんよ」

「アーサー王?」

「確か、英国の王様だったんとかいう」

「そや。その王様がいた世界に並行世界の行き来を可能にする不可能領域級のレアスキルを持った子がいて、偶々私んとこの世界に人捜しに来てたんや」

シグナムやシャマル、ヴィータ、ザフィーラの四人は知らんのが当たり前。
そりゃまあ、アルトリアさんも次元世界になんて関わりをもった覚えが無いって言ってたけど、大体五世紀頃の文明なんて太陽の周りを地球が動いとるんじゃなくて、地球の周りを太陽とかが動いてる天動説の時代やったんやから、星々を結ぶ次元航路の存在なんて知りえるはずもなく次元間戦争なんて判る術すらないわな。


「そこで事件に遭遇したのか……」

「そないな経緯で悪い科学者は思いもよらない痛手を受けて切り札を失い、私らは並行世界を行き来できるレアスキルがあるのを知り得たわけや」

「そんな事が……」

「だからこそ、この奇跡ともいえるチャンスを無駄にはしたくないんよ」

「ただ」と区切り、

「あんたには、私ができなかった事をしてもらわなきゃならないさかい私の時より大変になってもうけどな」

「……お姉ちゃんの時には来なかったん?」

「そやな。だから皆が現れるのが誕生日やったし、現れた時には気を失って病院に運び込まれたから大変やったよ」

「だから奇跡なんか……」

「そうや。並行世界を行き来するだけやなく、その世界の時期も関係してくるさかい」

「その偶然が重なって、我らの前に未来の主と将が現れたか」

「そうや。だから時空管理局に敵意は無いさかい皆も協力して欲しいんよ」

早まったまねはせいへんといてと釘を刺す私に、一見、平静を装うっている四人やけど、捜査官として勤めて来た私には無意識やろうが互いの目がわずかに相手の方に動いとる仕草から念話を使うて相談しとるのが判る。

「出来れば、そちらのヴィータやシャマル、ザフィーラにも会って話しを聞きたいのだが?」

「それは、すぐには出来ない話やで」

私んとこのシグナムが台所のテーブルに皿を運んどるのを尻目に、まだ疑うとんのやろう、こちらのシグナムが他の三人にも会って話というか情報を引き出したいと考えたんやろうが、私はきっぱりと断りを入れた。

「なぜ?」

「あんな……自分らがどないな格好をしとるのか判っとるんか?」

会わせられない何かがあるのかとか疑念を抱いたのか、目を細め聞き返すシャマルに私は目の前にいる黒色のシャッツに同色のスカートやズボンの四人を見てから、

「この辺りに、あないな格好の人はおるとおもう?」

「いてへんなぁ」

幼い私に視線を向ければ、並行世界といえど、やはり平凡な日本の住宅地ではまず見かけない服装のようや。

「そいう事で、今日は皆の服を買いにいかなならん」

「そりゃそうやな。それに、皆から頼まれた騎士鎧とかいうのもデザインしないといけないさかい」

「お金の事は心配はいらん、資金はグレアム叔父さんから十分もらっとるから安心しとってや」

幼い私も納得してくれたようで、とりあえず近所の人達に違和感をもたれない身だしなみをするよう買い物に行く予定になる。
でも、両足の不自由さから療養の意味を兼ねて学校に通ってない幼い私やが、小学生である以上家で行う勉強があるため必然的に午後になってしまい。
双子に思われると後々ややっこしくなりそうなのもあって、私んとこのシグナムには留守を任せたんやけど、現れたばかりのシグナムやヴィータ、シャマル、ザフィーラは、これまで長いこと荒事に慣れてしまとったせいか、平和な所での買い物なんてのに不慣れになてもうたらしく相まって日が暮れての帰りになってもうた。
そんな帰り道、幼い私を除く皆の顔つきが変わったのに気がついて私も周囲に注意をむければ、近くで結界が張られているのに気がつく。
そもそも幼い私以外はまだ四人とも少なからず警戒しとるから、幼い私の車椅子をシャマルが押すなか、横に私とヴィータが歩き、その後ろにシグナムとザフィーラが周囲の警戒はもちろん私の事も見張るようにしとる。
でも、まあ私に判るくらいなら探査や補助系統が得意なシャマルはとうに気がついとって他の三人に注意を呼びかけたんやなと思うも、

「私の知り合いがいるようやけど会うてみるか?」

何せ、この時期、この付近で結界を張っている相手には心当たりがある。
というのも、訓練施設もない管理外世界で魔法の練習をしようとすれば必然的に結界内で行なわなきゃならんのやから。
私は、こっちのちいちゃななのはちゃんがユーノ君と一緒に魔法の練習をしとるやろうと見当をつけ、

「そちらの部下か?」

「いや。多分、近所で嘱託魔導師になるか考えとる娘が練習しとるんやと思う」

何でこんな所で結界を張ってるのか訝しげに私を見やるザフィーラに返せば、

「この街には他にも魔導師がいるの?」

シャマルも管理外世界やというのに、こないな近くで魔導師がいるのに驚いたようや。

「せやな。確か、一、二ヶ月前にこの辺りで事件があったんよ、その時巻き込まれたというか偶然というか魔法に出会ってもうて、その時の貢献から記憶や魔力の封印処置とか受けないで魔法を習い続けている娘がおるんや」

「この辺りで一、二ヶ月前っていえば、何や街の方で大きな植物が現れたり消えたりとかニュースに流れとったけか?」

「その辺りは私もあんま詳しくないんやけど、多分、その事件なんかも関係してくるんやろ」

きょとんとしながら私を見上げる幼い私やが、私もその頃は魔導師とかよう判らんのもあって曖昧にしか答えられん。

「主、見て損はないかと思いますが」

「そやなぁ。お姉ちゃんの知り合いなら挨拶しといた方がいいんやろな」

警戒から、何かあった時の備えとして情報を集めようという思惑が見え隠れしとるシグナムに促された形で、幼い私は結界のなかを見に行く事になった。
結界の種類は魔力を持たない者でも術者が許可しとれば入れ、魔力を持っとればなかで何が起きてるのか判別できてもうタイプのもの。
でも術者の許可を得ず、魔力も持ってなければ例え内側にいとっても時間や空間にズレが発生しとるから認識できず、衝撃など周囲へ変化を与えるような事が起きとっても直接的な影響を受けないのが特徴やな。
とはいえ、出入りを封じてる種類やないから私ら魔導師や騎士なら入れる力を持っとるので容易やったが、そこには―――白を基調としたバリアジャケットにつつまれた姿が大小二つ、

「なのはちゃんもいたんか」

なのはちゃんの後を追うように、ちいちゃいなのはちゃんも空中で時々急加速や急旋回を繰り返しながら星々を背景に夜の空を飛び回っていた。

「人が空飛んどる……」

「飛行魔法は扱う者にある程度の適性は求められますが、それ自体は珍しいものではありません」

「要は適切な練習をすればいいってだけだ」

「そうね。飛行魔法にせよ、とれる手段が多いい方がなにかと有利だものね」

夜空を飛翔する二つの白い姿が信じられないのか呆けとる幼い私に、シグナムとヴィータが飛行魔法はそう難しくないのを告げれば、シャマルも空が飛べないよりか飛べた方が便利なのを口にする。
飛行魔法は適正こそ必要やけど、魔法そのものは初級の最後に属する程度のもんやから、そこから航空魔導師みたいに空戦を目指すんなら速さはもちろん回避行動や必須とされる様々な空戦機動に止まる為の制動のほか周囲への警戒なんかで大変やけど、ただ浮かんで移動するだけならそう難しくない。
せやから、

「そうなんか?」

「皆の言う通りや。でも安心してや、ちゃんと練習しなきゃならんけど私が飛べるんやから飛べるようになる」

シグナム達の話を確かめるようにして私を見上げる幼い私に、それらを話せば、

「そな楽しみやなぁ」

周囲に頼れる者もなく、両足が不自由になってもうたばかりか次第に体中から力が抜けていくような感覚から気力も無くなってきていた頃なのに、魔法という希望を得たからか幼い顔に満面の笑顔が咲いた。

「気がついたようだな」

「そうね」

幼い自分に教えてたり、暗がりやからかいつもより私らがいる事に気がつくのが少し遅れとるようやけど、動きを変えたなのはちゃんは幼いなのはちゃんを伴い降りてくる、でも昨日の今日やから仕方ないとはいえ、警戒してザフィーラもシャマルも肩に力が入ってもうてるなぁ。

『こんな所に来るなんて何かあったの?』

『いや。買い物帰りに近くを寄ったら結界があったんで見に寄っただけや』

着地しながら念話で簡単な確認をして来たなのはちゃんに返しつつ、

「紹介するで、私んとこの部隊の高町なのはちゃんとこっちの世界のなのはちゃんや」

「はじめまして、機動六課の高町なのはです」

「今晩は。私は高町なのは、私立聖祥付属小学校三年生です」

こちらの世界の私や守護騎士達に降り立った大小二人のなのはちゃんを紹介する。

「……同じかよ」

「そりゃそうや、私と同じでなのはちゃんが大きくなった可能性の一つが私んところのなのはちゃんさかい」

「なるほど、親子かと思ったが並行世界の人間……よく似ている訳だ」

ぺこりと軽く会釈を交わす大小二人のなのはちゃんに、ヴィータは信じられないとばかりに目を見開き、ザフィーラも半信半疑で聞いとったやろう私がした似て異なる世界を行き来するレアスキルの話を思い出したようや。

「親子っていうほど年は離れてないつもりだけど、こんな機会はまずないからね」

まあ、そんななのはちゃんは困ったような笑みを浮かべてから、

「折角、こっちに来たんだから夜の練習を見ようと思ったんだ」

自分で自分を鍛えてるという、本来起こりえない出来事に、幼いなのはちゃんも未来の自分に教わるのに奇妙な感覚を覚えとるのか、それともザフィーラに親子と言われた事への照れ隠しなのかわからへんけど「にゃははは」と私んとこのなのはちゃんと同じような苦笑いを浮かべとる。
でも、なのはちゃんは元々教導部隊出身やさかい、この頃の自分が心身ともにどんなやったか知りたいのもあるんやろう。
それもそうや、自分で自分を鍛えるなんて真似は普通は出来ん、並行世界を行き来するレアスキルなんてものがあっても都合にいい時間軸の世界に行けるかなんてのは、移動そのものが奇跡である不可能領域級なのに更に輪をかけて難易度が増す。
偶々、そんなレアスキルを持っとるアリシアちゃんが私らとこの世界の間を行き来しとって、そないな偶然が重なって出来てもうとるのは今のところ私やなのはちゃん、フェイトちゃんくらいのもんや。
それに距離とか地理的な問題にしても、私んとこのなのはちゃんが機動六課の一員として、こちらの世界での闇の書事件に協力しとるとはいえ、この世界のなのはちゃんが住む海鳴市内程度のところなら仮に何か起こってもすぐさま戻れるから任務に支障を来たすようにはならへんってのも含まれとる。

「自分で自分を鍛えてるというのか!?」

「普通じゃありえない話ね」

「ああ」

驚きを隠せないザフィーラに、相槌を打つシャマルとシグナムやけど、時空管理局で教導隊出身なのを知る由もないからか、元々なのはちゃんが魔法を教えるのが好きなのを分かるわけがない。

「ところで、シグナムさんとヴィータさんは分かりますけど他の二人は?」

「言われてみれば、まだシャマルとザフィーラには会ってないんだったね」

「そやった。あかん、私んとこは二人とも入院しとるさかい堪忍してな」

幼いなのはちゃんに言われ私もなのはちゃんも気がつき、

「改めて紹介するわ。車椅子に乗っとるのがこの世界の私で、私んとこのシグナムはお留守番してるさかい、このシグナムとヴィータ、シャマル、ザフィーラの四人が、この世界の守護騎士達や」

車椅子に乗ったちいちゃいのが幼い頃の私なのや、シグナム、ヴィータに続いてシャマル、ザフィーラと順に紹介する。

「なのはちゃんは凄いなぁ、私と同い年なんに空が飛べるなんて」

「なのはちゃんさえ良ければ仲良うしとってや」

「はい」

自由に空を飛れるなのはちゃんを羨ましそうにする幼い私に、昔はよく一緒に練習したもんやなぁとか思い馳せ、返事を返したなのはちゃんは、「それなら」って幼い私に視線を向けなおし、

「お友達になってもいいかな?」

「ええけど……私なんかでいいんか?」

「うん。お友達になりたいんだ」

幼いから自覚がないようやけど、魔力欠乏によって両足が立つ力すら失われてしまうほどの衰弱は精神的の方にも影響を与えとって、少しづつやけど自信をなくしてもうてもうてたらしい。
せやから、ここは年長者たる私が幼い私の背中を押すようにすればいいだけの事、

「昔は私もなのはちゃんと一緒に魔法を練習したもんや」

「そうなん?」

「そや。だから、闇の書が夜天の書になって安心して暮らせるようになったら私ん時と同じよう習えばいい」

「そら楽しみやなぁ」

大人同士の友好とは違い、この頃の友達なんてもんは損得で選ぶんと違うんやから迷う必要なんかないのを告げれば、

「なら、もうお友達だね」

「せやな」

幼い私はなのはちゃんに笑顔で返した幼い私は、なのはちゃんから私に視線を変え、

「やっぱり、姉ちゃんは魔法使いや。お姉ちゃんが来たとたん今まで私が望んでも手に入れられへんかった願いがどんどん叶うんやもの」

「単にタイミングがあっただけやよ」

「そうでもや」

幼い私が言うところの魔法使いの意味合いは、魔道師や騎士とかとは違って、もっと純粋な御伽噺に出て来るようなタイプなんやろう。
でも―――ちょうどいい機会や、

「そならなぁ」

少し考えたふりをしてから、

「ちょうど明日は誕生日やから、他の皆も紹介したいし、お友達になれる子もいるから皆に来てもろうてもええか?」

「そらええ、私もこないになってから大勢の人達となんて久しぶりやさかい」

この結界を張ったユーノ君は離れたところにいるらしくてなかなか来れないようやけど、幼いなのはちゃんと同じよう友達になれるやろと交わすなか。
二人を尻目に大人の事情というか、裏の意図があるのに気がつかず快諾してくれた幼い私には少し気が引けてしもうが、待機しとる皆に念話を使い予想よりも早く皆を会わせられるのを告げた。
懸念するは、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラが私達を信用せずに幼い私を別の次元世界に連れ出してしまう事やが、前もって皆を協力者として紹介しとけば幼い私の信用と信頼によって迂闊に動けんよう心理的な枷になる。
かつての自分の記憶を元に、ここまでは順調に誘導できとる、せやけど問題の大本である闇の書の闇、自動防衛システムやその奥に潜むエグザミアの問題は―――これからが本番やな。




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