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[17768] とあるヒロインの御坂美琴【禁書目録再構成】 
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/04/01 00:08

 
 はじめまして、とある文芸部員と申します。



 本作はもし美琴がメインヒロインだとしたらという設定の元、再構成されたとある魔術の禁書目録のSSです。

 絶対能力進化計画は原作より早期に行われていることになっていて、原作一巻相当の話より先に解決されている設定です。

 美琴が原作より早く、明確に上条への想いを自覚しています。
 デレ成分が原作より多く、時たまデレが暴走し、誰コレ? みたいな感じになります。ビリビリするのは相変わらずですが。

 設定が変になったりするのは仕様ということにしておいてください。あまりにひどかったらご指摘の方よろしくお願いします。
 またSS初心者ですので、その他至らぬ点がありましたら直していきます。ご指導の方よろしくお願いします。
 ちょくちょく修正する可能性があります。そうなりましたらご迷惑をおかけして、申し訳ありません。
 
 ビリビリと上条さんの関係が堪んないのでやった。後悔はしてない。反省はする。



 以上、上琴病感染者が書いたSSなので、苦手な人は戻って下さい。
 こんなものでもいいという方は、よろしくお願いします。







[17768] 第一話(禁書目録編プロローグ)
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/05/15 00:59
 夏休み初日。

 エアコンが故障して動かず、むしむしとした熱気が部屋の中に充満している。ならばうちわ代わりでもと下敷きを取り出そうとするが、踏んづけて割ってしまった。
 
 結果どんどん上昇する気温になすすべもなく、上条当麻はガラステーブルに突っ伏し、おなじみの台詞を呟いていた。

「ふ、不幸だー……」

 そんな上条に、対面で睨みをきかす少女がいた。

「アンタねえ、こんな夏日に不幸スキル発揮してるんじゃないわよ。エアコンも冷蔵庫も壊れてるって、私を蒸し殺すつもり?」

 美少女といっても過言ではない容姿をしているが、今はしかめっ面でテーブルを指で叩いている。肩も軽く揺らしていて、その度に肩まで伸びた茶髪が揺れていた。
 
 お嬢様学校で有名な名門常盤台中学の制服を着ていて、間違ってもいたって普通の学生寮、それも男子寮にいてもいい少女ではない。
 
 だが少女はここにいて当然と言い張るように、両足を伸ばしきった、お嬢様らしからぬだらしない格好でくつろいでいる。
 
 上条は夢を潰された男子学生を代弁するような、白けた目を遣る。

「だったら俺ん家なんて来るんじゃねえよ、ビリビリ」

 「なによう、せっかくこの私が遊びに来てあげてるのに。それに私の名前は御坂美琴だっていってんでしょうが」

 「どわはっ、いきなりビリビリは勘弁して下さい!」

 そういいながらも美琴の放った電撃を右手で打ち消し、上条は両手をあげてはおろし大仰に謝った。

 それを見てやる気が削がれた美琴は、両手を床について、更に足を伸ばした。少し口を尖らせて、上条の右手を見る。

「何度見ても理不尽よねえ、その右手。一発ぐらい私の電撃にあたってみなさいよ」

「いやいや、お前の問答無用の電撃の方が理不尽ですから!」

「むー」

 釈然としない表情でむくれる美琴に向かって、上条は指さした。

「そもそも御坂、この悲惨な現状は元々お前のせいだろうが。昨日手加減せずに極大の雷を落としやがって。見ろ、おかげで上条さんの家電さんたちの八割はお亡くなりになってしまったじゃねえか!」

「あれはアンタが悪いんじゃないの。ベタベタベタベタあの子とくっついて。そんなに妹がいいんか! 顔が同じなら妹を選ぶんか!?」

「ちょ、ちょっと御坂さぁーん、なにをそんなにお怒りに!? って、ビリビリ漏れてる。ビリビリ漏れてますから!」

 上条はこれ以上家電を壊されてなるものかと、必死で電撃を防いでいる。

 美琴はある程度放電して気が済んだのか、ふんっ、と一回鼻を鳴らすと元の場所に座った。

「当麻、キンキンに冷えた麦茶出しなさい」

「いやいや、御坂。冷蔵庫は壊れてるって、さっき自分でいっただろ。そもそも仮にも年上の高校生を呼び捨てしたあげく、顎で使おうなんて――」

「アンタが赤点免れて、補習を受けずに済んだのは、誰のおかげでしたっけー?」

「ぐ……ぐぐぐ。み、御坂さまです」

「全財産落としたといって、年下の中学生からお金を借りたのは、どこのどなたでしたっけー?」

「う、ううう……。不肖、上条当麻です」

「ちょっと家電が壊れたからって、生意気いってるんじゃないわよ。アンタどれだけ私に借りがあるって思ってるの?」

「め、面目ないです……」

 なにも言い返せずにしょげる上条。そんな暑さとは別の理由でうなだれる上条に、罪悪感がわいたのか、保護欲がわいたのか、美琴は少し頬を赤く染めながら、呟くように声をかけた。

「ん、んん! そうね、うん。今回は私も少しは悪いと思ってるから、家電を弁償するくらいはいいかなーって思ってるんだけど。それに当麻には、こんなんじゃ返せない大きな借りがあるし――」

 どんどん顔を赤くしながら、美琴は言葉を続けようとするが、上条の大声に遮られる。

「み、御坂さぁーん。あなたはすばらしいお人です! 神様です! ありがとうございます。ありがとうございます!」

 土下座をせんばかりに美琴を褒め称えた。

 上条のそんな態度にどこか不満があったのか、美琴は少し嬉しそうな表情をしながらも、口を尖らしてバカと呟いた。

 だが、上条には全く聞こえていない。

「それではさっそく、上条さんは冷たい麦茶を買って参ります!」

 ビシッ、と敬礼すると、上条は美琴を部屋に置いたまま外に出ようとした。それをとめようと、慌てて美琴が立ち上がる。

「ちょ、ま、待ちなさいよ! 冗談だから!」

「じょ、冗談……? べ、弁償は冗談ですかそうですか……」

 晴れやかな表情から一転、心の奥底の暗さを隠せない顔で上条が呟く。しかし首を横に振ると真剣なものに変えた。

「いや、そうだような。さすがに御坂に払ってもらうのは駄目だよな。金ならなんとかするから、お前が気にする必要はないぞ」

「違うわよ。私は弁償が冗談じゃなくて、冷えた麦茶出せっていうのが嘘だから」

「へ? そうなのか。いやでも、やっぱさすがに悪いからさ、気にしなくていいよ」

「アンタはなんでいつも変なとこで遠慮すんのよ。私は常盤台中学の超電磁砲(レールガン)よ。レベル0のアンタとは、奨学金の桁が違うんだから」

 全国からありとあらゆる学生を集め、超能力開発をしている学園都市では、学生がその実験の対象となる代償として、レベルに応じた奨学金を払っている。学園都市に七人しかいないレベル5と、最低ランクであるレベル0では、それはもう天と地との額の差がある。

 しかしそれでも上条は渋った。

「んー、でもなあ」

「いいから、人の厚意は素直に受けときなさい」

「……わかった。ありがとな、御坂」

 しばしの間があったが、結局は折れた上条は、美琴に笑いかけた。

「う、うん。か、感謝しなさいよね。」

 乙女補正でそれが極上の笑みに見えている美琴は顔を真っ赤にし、ぎこちない動作で窓側に振り向いた。

「そ、それよりもほら! せっかく天気がいいんだからさ、外にでも遊びに行かない? こんな暑い部屋でうなだれてるよりかは、ずっとまし――」

 美琴の言葉が不意に途切れた。

「御坂?」

 上条がいぶかしげに問いかける。しかし美琴は振り返るどころか返事すらしない。

「おい、どうしたんだよ?」

 肩に手をかけて隣に並ぶ。すると美琴は電気を浴びたかのように、大きく肩を上げた。

「ひゃ、ひゃい? と、当麻?」

「ひゃいじゃないだろ、ひゃいじゃ。どうしたんだよ」

 ようやく上条に気づいた美琴だが、上条に肩を触れられていることもあわせて、動揺を隠しきれずにいた。

「ア、アンタ、布団干してたっけ?」

「布団? いや干そうとは思ってたけど、まだ干してないぞ」

 脈絡もないことを訊ねる美琴に、首をかしげながらも上条は素直に答えた。

「じゃあ、アレなに?」

「アレ?」

 美琴が指さす先を視線で追うと、ベランダになにか白いものがかかっているのが見て取れた。

「んん? なんだ?」

 不審に思った上条は、ベランダの網戸を開けて近寄ってみる。後ろからは上条を盾にするように美琴がついてきている。

「これ、あきらかに布団じゃないよな。……って、ちょっと待て。これって」

「なに、なんなの? ちょっと私にも見せなさいよ」

「どわぁ! 突然押すなって」

 上条の曖昧な言葉に警戒心よりも好奇心が勝った美琴は、彼の背を押してベランダに躍り出た。

 すると、そこにいたのは――


 純白の修道服のようなものを着た少女だった。


 うつむいた顔からわずかにのぞいた顔は明らかに日本人ではなく、美琴と比べても遜色のない整った顔立ちをしている。頭にかぶった白いフードからは、綺麗な銀髪がたれていた。

「はあ! いやいや、なんで? ほ、本物のシスターさん?」

 驚愕する上条。だが驚きも醒めぬ間に、不意に後ろから殺気を感じ、とっさに振り返った。

 すると、そこにいたのは――


 青白い稲光をまとった常盤台中の超電磁砲だった。


「ア、アンタってやつはぁ……また、また新しい女かぁぁーーーーーー!!」

「ちょっ、なにを怒ってるかわからないけど、とにかく落ちつけって。ドードー! ほら、御坂ドードー!」

 そのとき、美琴の中で何かが切れた。

「いっぺん…………死ねぇぇぇぇぇぇ!!」

「ふ、不幸だーっ!」

 謎の純白シスターさんが「おなかへったー」と場違いに呟く中、美琴の雷撃が上条に向かって集中砲火された。 
























































 以上、お疲れ様です。
 第一巻相当の話はほぼできていますので、様子を見ながら投稿します。 



[17768] 第二話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/04/01 00:13

 上条当麻と御坂美琴の関係はいったいなにか?

 そう問われると答えるのは難しい。

 端から見れば喧嘩は(一方的に)するが、仲のいい友達同士に見える。

 しかし美琴が時折上条に遣る視線の熱や、赤らんだ頬を見るとそれだけではないように思える。

 その美琴の密やかなアピールを、ことごとく上条がスルーしていることから、恋人とは決していえないが、友達とも断言できないであろう。

 この二人には特殊な事情があった。

 出会った当初は、自分の電撃が効かない上条にムキになった美琴が追いかけ回し、それを上条が軽くあしらう関係であった。今のように美琴がしょっちゅう上条の部屋に来るなど、絶対にありえなかった。

 しかしとある事件をきっかけに、二人の仲は急速に近づいた。

 その事件で上条は美琴と、その妹達の命を救い出した。

 それが異能の力なら、神の奇跡ですら打ち消せる右手で。


 幻想殺し(イマジンブレイカー)。


 学園都市でも一人きり、二三〇万分の一の天災の、生まれ持っての能力。

 しかしまあ、身体検査では反応せず、上条のレベルは0とされてしまっているが。

 とにかくまあ、その右手一つで、上条は学園都市第三位のレベル5すらも絶望させた事件を解決したのだ。

 それ以来美琴は上条と出会っても、積極的に喧嘩を売ることはなくなった。むしろ進んで上条と遊んだり、寮に押しかけたりと同じ時間を過ごすようになった。

 でもまあ、積極的に喧嘩をしなくなっただけである。美琴は上条にむかつけば(大多数はフラグ乱立関連)容赦なく電撃は放つ。上条は必死になって打ち消す。

 下手したら(一方的に)死ぬかもしれない喧嘩をしながらも、二人は仲違いすることもなく一緒にいる。

 こうして二人の奇妙な関係は、今でも続いている。 

 続いているのだが――



「んで、この子だれ?」

 あれから美琴はいったんは雷撃の矛先を納めてくれた。しかし怒りは収まらないのか、声に険がある。  

「アンタまたフラグ立てる気? どんだけ立てれば気が済むのよ。この前だってスキルアウトに襲われてた女の子を助けたばかりなのに。そんなに女心もて遊んで楽しいの? ……私がどれだけヤキモキしてるか」

 最後の愚痴は小さすぎて聞き取れなかった上条は、腕を大げさに振るう。

「いやいやいやいや、俺、シスターさんに知り合いなんていないから。そもそもフラグってなんだよ。上条さんは確かに、甘酸っぱい出会いを夢想したりなんかしたりってことも、まあなくはないけど、そんな都合のいいフラグなんて立てた覚えもないぞ」

「…………」

「ん? どうした、御坂?」

「ちったあ自覚しろこのボケナスがー!」

「ギャー! 何故にーーー!」

 上条が必死で電撃を防ぐ、散らす。

 過激な夫婦漫才が繰り広げられる中、渦中のシスターさんは何をしているかというと、のんきにご飯をがっついていた。

 ちなみにそのご飯は、美琴が上条に手料理を食べさせようと持ってきた材料で作られている。しかも上条が作ったということが、ますます怒りの炎に油を注ぐ原因となっていた。

「ごちそうさまー。まだ足りないけど、少しはお腹膨れたよ。ありがとう」

 外人なのに器用に使っていた箸を置いて、そう述べたシスターさんに思わず二人はとまった。

「え、ちょっと待って」

「確か俺たち二人分あったよな。それで足りないって」

 どれだけ食べ物が入るんだと、二人は戦々恐々とした。

 そのおかげで怒りが霧散してしまった美琴は、シスターさんにコンタクトをとってみる。

「えっと、まあとりあえず、自己紹介でもしましょうか。私の名前は御坂美琴。隣のバカは上条当麻。で、あなたの名前教えてくれない?」

「私の名前は、インデックスだよ」

「あきらかに偽名だよな。……どこかの学園都市一位を思い出すなあ」

 上条はさりげなくバカといわれたことにへこみながらも、何を思い出したか微かに震えた。

「んー、まあいいわ。それで、インデックスっていうのよね。学校はどこなの?」

 害はなさそうだが、一応不審者ではあるので美琴は身元を確認してみる。

「学校? 学校なんて通ってないよ」

「んじゃあ、第12学区に住んでるシスターさん?」

「違うよ、ここに住んでる訳じゃないから」

 だんだんと雲行きが悪くなってきた応答に、上条は嫌な予感をひしひしと感じながらも訊ねる。

「なあインデックス。お前ID持ってるか? 外部から来た場合でも、仮発行されているはずだけど」

「あいでー? なにそれ。もしかして、食べ物!?」

 目を輝かせながら答えるインデックスに上条は「ふ、不法侵入ですか! や、厄介ごときたー!」と叫んだ。

 ワクワクと食べ物を出してくれると疑わないインデックスを、どうにか宥めながらも、美琴は内心ため息をついた。

(この男は……毎回毎回毎回、女絡みの厄介事に巻き込まれるんだから)

 もはや呪いではないかと、科学にどっぷりと浸かっている身でありながら、オカルトなことを考えてしまう。

 だが「食べ物のことを話したら、またお腹がすいてきたよー」とのんきにいう少女を放っておくこともできず、美琴はそもそもの原因を訊ねた。

「それでインデックス、アンタなんで当麻のベランダで干されてたわけ?」

「干されてたんじゃないよ。魔術結社に追われてて、逃げるときに飛び降りたら引っかかっちゃったんだよ」

「「はあ? 魔術結社?」」

 とっぴな答えに二人の声が綺麗に重なった。

 二人で顔を寄せ合い、ひそひそと話し始める。

(どうする御坂、なんか残念な子みたいだぞ)

(そうね。ごめん、アンタのこと疑って悪かった)

(なにを疑ってたかはよくわかんないけど、別に気にしてないから。んで、それよりどうするあのシスター)

(不法侵入者でもあるし、あんまり関わりあわないほうがいいんじゃない?)

「二人とも、失礼なこといってるの聞こえてるんだけど」

 二人がインデックスの方に向き直ると、インデックスは歯をがちがち鳴らして怒っていた。

「そっちだって魔術とは違うけど、電撃とか出してたくせに。なのに魔術は信じられないの?」

「いや、これは超能力だから。科学で証明できるもので、魔術とは全然違うわよ」

「どういうことなの?」

 首を傾げるインデックスに、上条と美琴はいかに超能力は現実的なもので、魔術みたいなオカルトとは一線を画しているのか説明しようとしたが、インデックスはなおも首を傾げるばかりで理解できなかった。

 その傍らインデックスも「魔術は本当にあるんだもの。でも魔力がないから私は使えないだけだもん」と、よくわからない魔術用語混じりに言い張るが、二人はとてもじゃないが信じられなかった。

 お互い平行線のまま会話が進み、ピリピリとした空気が三人の間に漂っている(正確には美琴とインデックスが睨みあっていて、上条は恐れ混じりに縮こまっている)。

 いつどちらがキレるかという情況であった。

 上条は「あっ、俺用事があって」と逃げだそうとしたが、美琴に襟をがっちりつかまれ逃げられない。

(ふ、不幸だー……)

 そう内心いつものぼやきをする。

 いつまでもこの応酬が続くかと思われたが、先に均衡を破ったのはインデックスだった。

「あー、もうっ! なんで超能力は信じて魔術は信じないんだよ! 魔術はちゃんとあるっていってるのに。そんなに超能力は素晴らしいっていうの? ……じゃあみことは電撃を出せるとして、とうまはなんの力を持ってるのかな?」

「ええっ、俺?」

 突然話を振られ、上条は厄介だなと左手でツンツン頭の黒髪を掻いた。その代わりにとインデックスに右手を差し出す。

「えっとな、この右手、幻想殺しっていって、御坂と違って開発されたんじゃなくて、生まれつきなんだけど」

 グッと右手を握る。

「この右手で触ると……それが異能の力なら、戦略級の超電磁砲だろうが、学園都市第一位のベクトル操作だろうが、神様の奇跡だって打ち消せます」

「えー?」

 案の定、インデックスは不審そうな目で上条を見る。

「本当よ。このバカに私の電撃防がれてたの見てたでしょ?」

 美琴がフォローをいれるが、インデックスはまだ不審を隠さずにいる。

「確かに見てたけど、神様の奇跡でも打ち消せますだなんて、ねー」

 人を小馬鹿にした態度で、インデックスはふっ、と笑った。

「くっ、このムカ「バカにしてんじゃないわよ! 本当よ本当! こいつの右手は、学園都市最強の『反射』すらぶち破れるんだから!」

 上条が文句をいおうとするが、何故か先に美琴が怒っていた。

 自分だけが上条をバカにしていいとでも思っているか。上条は持ち前のスルー能力を遺憾なく発揮し、美琴の本意を勘違いしてため息をつく。

「なに? 短髪」

「……この銀髪シスターむかつくわあ。魔法を使えないのに魔法使いって言い張るような、イタイ子なのに」

「むむっ、魔術はちゃんとあるんだもん! イタイ子じゃないもん!」

 そこでインデックスはふと名案を思いつき、自分の着ている修道服をつまみ、引っ張った。

「そんなにいうんなら、これ。これ破ってみてよ! これは『歩く教会』といって、極上の防御結界なんだから!」

「アンタねえ、これ以上痛い嘘を重ねても、哀れなだけよ」

「なに急にしんみりした顔で見てるのさっ! じゃあ先にみことが電撃流してみなよ」

「いや、さすがにこれ以上追撃するのは酷じゃない」

「むきーっ! なにわがままな子どもを見る目で見てるんだよ!」

 インデックスはそういいながら、だだをこねる子どものように手足をばたつかせた。

 そんなインデックスを見て、美琴は疲れたような顔で、上条の手にタッチした。

「はい、交代。もうなんか私疲れたから、あの子のいう通り、右手で修道服をさわるなりなんなりして、あやしてあげて」

「おいぃ、さんざん引っかき回して俺に丸投げかよ」

「いいからほら、服を右手でさわってあげなさいよ。……ただし、それ以外に変なとこふれたら……」

「大丈夫だって。上条さんにそんな趣味ありませんから。現にお前にだって一切手を出してないだろ?」

「………………」

「み、御坂さん? な、なぜにそんな高圧電流を、体中から流してるんでせうか?」

 上条は訳もわからず、被害が部屋に及ぶ前に電撃を打ち消していく。

「……いつか、わからせてやるんだから」

 ふと美琴がなにか呟いたようだが、上条の耳には届かなかった。

 上条はまだじたばた暴れているインデックスを、どうにかなだめた。そして右手を差し出す。

「えーっと、インデックス。んじゃあ、その『歩く教会』だったか? にさわるけど、いいよな?」

「ふんっ。そんなへんてこな右手じゃ、法王級の強度を誇る結界に、針の穴すら開けられないと思うけど」

「うわー、やっぱこいつムカツクわあ」

 頬を若干ぴくぴくさせながらも、右手でインデックスの修道服をつかむ。

 すると、突然美琴が叫んだ。

「あっー! ちょっと待って! 仮にコイツのいうことが本当だとしたら――」

 そういって慌てて上条の手を引き離そうとするが、インデックスの修道服に変化はなかった。

「あ、あれ?」

 美琴が呆然と呟くと、インデックスはない胸を張るように威張った。

「ふふーん。どう見た? やっぱり幻想殺しなんて嘘なんだよ。何にも起きないよー?」

 バカにしたように鼻で笑う。

 しかし次の瞬間、パキュンという甲高い音がした。

 するとインデックスの修道服は、あわやリボンをほどくように、布一枚残さず落ちた。

 頭に残ったフードだけが、妙にもの悲しかった。

「とぉーうーまぁー?」

「は、はいいぃ!」

 上条の横から、まるで電気が爆ぜるような音が聞こえた。

 目の前の素っ裸の少女は、羞恥に頬を赤く染め、涙目になりながらも歯をかち鳴らしている。


 ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね。


 上条は何故か見知らぬ学園都市第四位の、怒り狂った姿を幻視した。













































 ひとまず第二話はこれで終わりです。

 感想掲示版でツリーダイアグラムの問題の説明をするとしましたが、情報開示よりも作中で解説した方がいいとの意見がありましたので、削除しました。
 ネタバレしてしまった方、申し訳ありません。

 次回は美琴が盛大にデレます。



[17768] 第三話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/04/03 02:57
「え、えらい目にあった……」

 上条はインデックスに噛まれた右手をぷらぷらと振り、電撃は効かないからと美琴に「ちぇいさー!」と蹴られた脇腹を左手でさすっていた。     

「アンタが悪いんでしょうが。このラッキースケベ」

「俺はなんにも悪くないから。さわれっていったのはお前だからね。しかも全然ラッキーじゃねえし……」

 不幸だぁーと上条はうなだれた。

 二人は今、学生寮から出て学園都市をくまなく歩いていた。

 通りすがる学生の何人かは、いたって普通に見える男子学生と、常盤台中の制服を着た女子学生の組み合わせに、奇異の視線や嫉妬に燃える目を(むろん上条に)送っている。

 しかし二人にとってはいつものことなので、たいして気にはしてなかった。

 二人がどうして外を出歩いて、しかも側にインデックスがいないのはどうしてか。理由はこうだ。

 インデックスは美琴と共にさんざん上条に制裁を加えると、安全ピンで修道服を無理矢理とめ合わせた。

 そしてアイアンメイデンと化した修道服を急いで着ると、「バーカ、バーカ!」と捨て台詞をはいて寮から飛び出していったのだ。

 ただでさえ羞恥心でいっぱいいっぱいだったのに、アイアンメイデンな修道服を、思い切り美琴に笑われたのがとどめとなったのだろう。

 だが心配した上条がインデックスを探しに行こうといい出し、制止する美琴を適当にあしらって外に出たのだった。

 美琴も新たなフラグを立てようとする上条をほうっておくことはできず、先ほどから文句をいいながらもついてきている。

「まったく、あんな厄介な子、ほっとけばいいのに」

「いやいや、さすがにわざとじゃなくても、あんな仕打ちをしてしまったからには、人間としてほっとけないのが筋でしょうよ」

 そういって上条はなにげなく美琴の腕に二,三度ふれた。

 そのことに美琴は顔を赤くしながらも、だめだめ、これはこいつの罠よと首を振る。

「そもそもなんで、あの子を探す理由があるわけ。さっきのを謝りたいの?」

「いや、それもあるけど、あいつ追われてたっていってたじゃん。それが本当なら、ほっとけないし。そもそも見ただろ、あの修道服がほどけるの」

「なにエロいこと思い出しているのよ。この変態野郎……!」

帯電し始めた美琴に、上条が慌てて制止する。

「いやいや、そうじゃなくて、俺の右手でほどけたんだぞっていいたいんだってば」

「……そういわれれば、確かにそうね。ていうかあの時も、もしアンタの幻想殺しが仮に発動したら、脱げるんじゃないかと思ってとめようとしたし」

「はは……だったら早くとめてくれよな」

 上条の力ない苦笑いを無視し、美琴は考え込む。

 上条の右手は異能の力しか打ち消せない。決して脱衣能力があるという訳ではない。

 その上条の右手で服がほどけたとなれば、インデックスの修道服には異能の力が宿っていたということになる。

「案外、魔術ってのも真っ赤な嘘じゃないかもしれないわね」

「へ? いやさすがに魔術はないだろ」

「認識の違いよ。要するにインデックスのいってた魔術っていうのは、私たちがいう超能力のことであって、あの修道服には能力で防御力場を張っていたかもしれないってこと」

「あー、確かにそういわれれば、ありうるかもしれないなあ。でも、あいつID持ってない不法侵入者だぞ。外部に超能力者なんているのか?」

 上条の疑問はもっともで、超能力を開発しているのはここ学園都市だけである。

 学生が外に出て超能力を使った可能性もあるかもしれないが、ほとんどありえないだろう。外に出た学生は超能力の使用を禁じられるし、出るときにそれを見張るための処置も施される。 

 学園都市にばれずに超能力を使うなど、不可能なのだ。

「ネットの噂であがってるんだけど、アンタ『原石』って知ってる?」

「原石? ダイヤモンドやルビーとかの?」

「違う違う、そうじゃなくて。ここでいう『原石』って天然の超能力者のことをいうのよ」

「俺の右手みたいなのを持ってるやつのことか?」

「あんたのはどう見たって例外中の例外よ。でもまあ、似たようなもんでしょうね。学園都市七位も『原石』だっていう噂を聞いたこともあるし」

 すごいパーンチ!

 上条の耳にどこからともなく幻聴が聞こえた。

「? あんたなにほうけてるの」

「あっ、いや何でもない。ていうことは、インデックスがその原石だっていいたいのか?」

「んー、あの子は使えないっていってたけど、嘘かもしれないしね。もしかしたらあの子は外で実験を受けてた『原石』で、それが嫌になって学園都市に逃げ込んだのかもしれないわ。それで外の人間が追っ手を放ってる」

「でもそう簡単に学園都市に侵入できるのか?」

「わかんないけど、現にインデックスがここに侵入した以上、そういう可能性もあるってことよ」

「結局はインデックスを見つけなかったら、なにもわからないってことか」
 
 そういって上条は歩を心なし早めて、あたりをきょろきょろと見回す。

「はあーーー。結局アンタは助けにいくのね」

「まだインデックスがピンチだって、決まったわけじゃないけどな。そうじゃなかったら、よかったって笑えばいいだけだし」

「……こういうところが旗男だっていうのよ」

 ライバル何人増やすつもりよ、と美琴は呟くが、上条の耳にはほとんど届いていない。

「御坂? なにかいったか」

「なーんにも。別にぃ」 

「なにふてくされてるんだよ」

「んー、別にぃ?」

 はあ、と上条はため息をつき、美琴の手を握った。

「ほら、どうせお前もなんだかんだいいながら、ついてくるんだろ。さっさと次探そうぜ?」

 文句をいいながらも、人を見捨てては置けない美琴の優しさを知っている上条は、茶化す意味合いも込めて笑った。

 しかし美琴の反応は、怒鳴ることでもつーんとおすましすることでもなく、予想外のものであった。

「……ふ」

「ふ?」

「ふにゃ~~」

「ちょ、御坂! ビリビリストップ! ビリビリストップ! なに漏電してんだ!」

 右手で握っているおかげで感電せずに済んでいるが、パチパチ弾けてはすぐ消える電気でも、落ち着けるものではない。

 しかし美琴は顔を真っ赤にしたままだ。電気をとめるどころか動こうともしない。

 どうしたものかと上条が困っていると、不意に誰かが声を掛けてきた。

「なにをしているのですか、とミサカはあの人と手をつなぐお姉様に、あんちくしょうと軽い嫉妬を覚えながらも問いかけます」  

 その声に上条は右手を繋いだまま振り返ると、そこには美琴とそっくりの顔立ちをした少女が立っていた。

 表情豊かな美琴とは違い無表情だが、微かに怒っているようにも見える。

「よう、御坂妹か」

 上条はしかし微細な表情には気づかず、のんきに左手をあげて挨拶した。

「いいえ、私は一〇〇三二号ではなく九九八二号です、とミサカは間違えられたことに落胆しつつ、答えます」

 美琴と同じ制服につけられたカエル(美琴はゲコ太と言い張るが)のカンバッチを見た上条は、悪い悪いといいながらも、挨拶し直す。

「よう、美琴妹。久しぶりだな」

「こんにちは、と挨拶を返しながらも、ミサカはまだ紅潮したまま手を離そうとしないお姉様を冷たく見つめます」

「ふにゃあ…………って、アンタ!」

 美琴妹と呼ばれた少女を見るやいなや、陶然としていた美琴は慌てて上条の手を離し、顔の前で左右させた。

「い、いいいいや、これは違うの。違うのよ! いや、違わないこともないけど、なんていうかこう、ねえ!」

「これが私のオリジナルかと思うとがっかりです、とミサカは失笑を隠せずにのべます」

「っ、このアマ……」

「おいおい、姉妹喧嘩はやめろよ」

 上条が険悪な雰囲気になり始めた、そっくりな二人の少女によこやりをいれる。

「あなたそういうのであれば、ミサカはあなたに従います、といいながら、ちゃっかり腕を組みます」

「うわ、なにか柔らかいものが」

 美琴妹にがっちり腕を組まれた上条は、慎ましやかながらも存在を主張する柔らかいものに赤面した。

「ちょ、アンタ! 私もしたことないのに、なにしてるのよ!」

「別に、私は昨夜一〇〇三二号が、この方にしたことと同じことをしているだけですが、とミサカは答えながらも、更なるステップアップを目指し頬ずりを開始します」

「み、美琴妹さん? こ、これ以上したら、上条さんはちょっと危ないことになるのですが!?」

 上条が顔を赤くしながらそういった瞬間、ぶちん、となにかのキレる音を聞いた。

「ア、アンタはぁ……私には欲情せずに、妹には欲情するのかぁ!」

「って、ちょっと待て! お嬢様にあるまじきことをいいながら、電撃飛ばすな!」

 上条は左手でしっかり美琴妹を抱いて庇いながら、右手で迎撃する。


 計画通り。


 そんな風に上条の腕の中でにやりと笑う美琴妹。

 それを見た美琴の怒りは、ますますヒートアップした。

「そもそもアンタ。まだ私が名字で呼ばれてるってのに、なんで名前の方で呼ばれてるのよ」

「いや、それはこいつが、御坂妹と区別するためにそう呼べって」

「当麻は黙ってて!」

「は、はい……」 

 おとなしく黙る上条。その腕にしがみつきながら、美琴妹は言い返す。

「うらやましいですか、とミサカは頬ずりを再開しながら、二重の意味で問いかけます」

「べ、別にうらましくなんて……あるけど、ともかく! アンタ離れなさい!」

 一カ所ごにょごにょと言葉を濁しながらも、美琴妹に向かって怒鳴った。

「やれやれ、と怒ってばかりで具体的なアプローチをしないお姉様を、ミサカは敵ではないと鼻で笑います」

「い、いったわね……。ふ、ふんっ、わ、私だってやればできるんだから」

 そういいながらつかつか歩み寄ると、美琴は美琴妹が抱きついている腕とは逆の腕に、恐る恐る手を伸ばした。

「うわっ、御坂、無理すんなって」

「なによ、妹にできて私にはできないって思ってるわけ?」

「い、いや、そうじゃなくてですね――」

 だが上条の言葉はそこで途切れた。

(や、やわらかいものが両サイドで、は、はさまれているー!?)

 美琴はがっちりと上条の腕にしがみついていた。しかもさりげなく胸に顔をうずめ、そろりと頬ずりしている。

 すると周りの学生がいっせいに立ち止まり、ざわめき始めた。

 美琴妹が登場した時点でも、かなりの人間が見物していた。

 だが、顔がそっくりの、しかも常盤台中の制服を着た少女が取り合っているとなると、今まで通り過ぎようとしていた人も、何事かと気になったのだろう。

 中にはあからさまに、怨恨のこもった目で上条を睨む男たちがいた。

 しかし上条は周囲に気を配っている余裕などなかった。

(な、ななななな、なんですかー! この突然の幸福は! 上条さんには似合わないイベントですよ! いや、きっとこの後絶対に不幸だーってイベントが起こるんだ。例えば恥ずかしさで頭いっぱいになった御坂が、ビリビリを放つとか、ビリビリを放つとか、超電磁砲を放つとか)

 上条は次にくる不幸に構えるが、事態は予想外の方向に進む。

「ね、ねえ。当麻ってなんでこの子は名前で呼んで、私は名字で呼ぶのよう」

 美琴は胸から顔を離し、上目遣いで上条を見つめる。

(は、反則だー! なんですかこのかわいい御坂さんは! ちょっと目がうるうるしているとこも保護欲を誘われて、でも逆になんかたまらない気持ちになって……って、中学生相手になにを考えてるんだ!)

 上条は煩悩退散と頭の中で繰り返しながら、美琴の質問に答えようとする。

「そ、それはまあ、なんというか習慣というか、突然下の名前で呼ぶのは失礼かと」

「私はさんざん恥ずかしいのを苦労して、当麻を名前で呼ぶようになったのに?」

 可愛く首を傾げる美琴に、上条の理性が萌え死にそうになる。

「い、いや、いや、御坂さん?」

「美琴」

「う、み、みみ、御坂?」

「美琴」

 ぷるんと潤った紅い唇が動くのを見つめながら、とうとう上条に限界がきそうになる。

(だあーーー!! こうなりゃやけだ!)

「み、み、みみ、美琴?」

 カラカラに乾いたのどを自覚しながらも、なんとか言い切った。

 しかし美琴は目を軽く見開いたまま、動こうとしない。

(な、なにかまずったか?)

 上条がそう思い、謝罪を述べようとすると――

「えへっ」

 美琴は上条の胸の中でそれはもう、上条が人生で見てきた中で一番可愛らしい笑顔をみ
せた。

(qあwせdrftgyふじこlp!)

 美琴の笑顔にノックダウンされた上条は、以前戦った学園都市第一位のベクトル操作を超える破壊力に、自身の理性を粉々に壊される音を聞いた。

 しかし今までさんざん不幸ばかりであったこの身を、少しでも労ろうという魂胆が働き、混乱する頭とは裏腹に、勝手に言葉を紡ぐ。

「み、美琴」

 生唾を飲み込み、もう一度名前を呼ぶ。

「美琴」

 すると、美琴はめちゃくちゃ幸せですよーというのを、まるで隠そうとしない笑顔を向けてくる。

「なあに、当麻?」

 上目遣いで問い返す美琴に、もう上条はいろいろ大変だった。

「お二人とも、周囲の不特定多数の人間に見られていますよ、とミサカはお姉様の真の実力に驚愕しながらも、どうにかピンク色空間を破壊するために進言します」

「「へ?」」

 美琴妹の言葉に我に返った二人は、きょろきょろと辺りを見渡す。

 すると大勢の人間が上条と美琴を見ていた。

 雰囲気にあてられ顔を赤らめながらも指をさす者。これは面白いものだとケータイで写真を撮る者。怨嗟の声を上げ、血管がちぎれそうなくらいに睨むもの。

 様々な人間の、目、目、目。

 二人は慌てて離れた。

「ふう、老婆心を働かせて敵に塩を送るべきではありませんでした、とミサカはお二人が離れたことに安堵しながら、先ほどできた差を埋める為に抱きつきます」

「って、美琴妹、今は抱きついたらだめだって。ほら、人様が見てますよー」

「ここはむしろ見せつけ、二人の仲を公然のものとするべきでしょう、とミサカは黒い思惑をうっかりもらします」

「思ってても、もらしちゃ駄目でしょうが!」

 パチパチパチ。

 不穏な、電気の爆ぜる音が聞こえる。 

 美琴妹と漫才しながらも、上条はハッと美琴の存在に気づき、素早く美琴妹を引き離した。

「み、美琴? い、いやこれはなんというか……その」

(って、なんで俺は言い訳みたいなことをいってるんだ?)

 上条は己のスルースキルを、初めて貫通して生まれた感情に揺さぶられていた。

 ただそれは美琴に比べるとあまりにも小さすぎて、その正体に気づくことはできないでいたが。

 ざわつく胸をどうにか押さえ、上条は美琴の電撃を防ごうと右手をかざす。

 しかし、もうすでに美琴はノックダウンされていることに、上条は気づいていなかった。

「ふ、ふにゃあ~~~……」

 美琴の顔はこれでもかというほど赤く染まっていた。目の焦点なんて合っていない。

 他人の目がある前で、自分の願望全力全開で行動してしまった。

 それだけなら漏電程度ですんでいただろう。実際さっきの電撃は怒りではなく羞恥で出ていたものだ。

 だが、ここに上条が無意識で呼んだ自分の下の名前が加わると、もはや耐えられるものじゃなかった。いやがおうにも自分がしでかしたベタ甘な行動を思い返してしまった。

 その結果――

「ふにゅう…………」

「うわあ! み、美琴、倒れるな! せめて電撃とめろーーー!」

 大規模な漏電を押さえられぬまま倒れる美琴を、上条は右手で抱き留めるはめになった。





 美琴が羞恥プレーをかまして自滅したその後。

 上条は美琴妹と協力して、美琴を喫茶店まで運んだ。

「まったく、お姉様は手がかかります。これではどちらが姉かわかったものじゃありません、とミサカは愚痴をいいながらも、健気な妹を演じて駄目姉のお世話をします」

 といいながら美琴妹は美琴の顔をおしぼりで拭く。実際は拭くというよりも、乱暴に擦るといったもので、美琴は顔をしかめながら目を覚ました。

「アンタなにすんのよ!」

 妹の狼藉に怒り狂う美琴だったが、喧嘩になる前にとめようとした上条の顔を見た瞬間、硬直した。どうやら先ほどの出来事を思い出しているらしく、頬を赤らめている。

 上条もなんだか恥ずかしくなり、二人して顔を真っ赤にしながらうつむいていた。

 美琴妹は、白々しい目をしながらも、ウェイトレスを呼んだ。

 その後、少しばかりぎくしゃくしながらも、遅めの昼食をとった。

 割り勘で会計を終え(上条の懐事情を配慮して)、店前で美琴妹はこういった。

「これ以上仲を進展させてなるものか、とミサカは妨害工作を企てたいところですが、用事があるので、しぶしぶここで別れさせていただきます」

 といい残し、美琴妹は去っていった。

 白い修道服のシスターを見かけたら、俺のケータイに連絡をくれないか、とアドレス交換を行ったため、その言葉とは裏腹に浮き足だっていたが。

 代わりに隣で、私はさんざん苦労して手にいれたのに、と美琴がぶつぶつなにかいっていたことに、上条は気づいていない。





 美琴妹と別れた後、上条と美琴はインデックスの捜索を続けた。

 その途中、先ほど上条達が起こしたいざこざを聞きつけやってきた、風紀委員(ジャッジメント)に見つかってしまった。

 その風紀委員は突然目の前で消えると、鬼神も裸足で逃げ出しそうな世にも恐ろしい表情で、上条の眼前に現れ飛びかかった。

「こんの若造がぁぁぁぁ! お姉様に手を出しやがってぇぇぇぇ! 死にさらせぇぇぇぇ!」

「ふ、不幸だっーーー!」

「ちょ、ちょっと黒子! 落ち着きなさい!」 

「死ねえぇぇぇぇ! お姉様を汚す、腐れ類人猿んんんーーー!」

 美琴が電撃を繰り返し浴びせ気絶させるまで、風紀委員こと白井黒子は何度も上条に襲いかかった(ゾンビのように甦ってくる黒子は、死の恐怖を覚えるほど怖かったと上条は震えながらのべている)。

 その後黒コゲの焼死体のようにぴくりとも動かなくなった黒子は、同僚の風紀委員の頭に花飾りをつけた少女に回収された。

「白井さんのことはお任せ下さい! 御坂さんは安心して、上条さんとのデートを楽しんできて下さいね♪」

 花飾りの少女、初春はにこやかなのにどこか腹黒さを感じさせる笑顔で、黒子を引きずり去っていった。

 そこには顔を真っ赤にして、小声で反論し続ける常盤台のお嬢様がいたとかいなかったとか。 


 


 ちょっと休憩がてら自販機で飲み物を買い、安らいでいると、補習帰りの青髪ピアスにうっかり見つかってしまった。

 彼は美琴と仲良さげに会話する上条を、怒りに震える手で指さす。

「あー! カミやん、よくもボクを裏切って補習を逃れてくれたなあ。小萌先生の授業はわざと赤点とってでも受けるべきやろ! しかも常盤台中のお嬢様と一緒におる! 補習なしどころか彼女作ったんかー。もしかして彼女に勉強教えてもろて、補習のがれたんかー? 裏切り者! ボクは、ボクはいくらフラグ立てても、カミやんは絶対、彼女は作らんと信じとったのにー!」

 訳のわからないことをいってたので、上条は空き缶を握り潰し、拳を握った。

「裏切っただと、ロリコンピアス。俺はなにも裏切っちゃいねえ。補習を逃れたのは、確かに御坂に助けてもらったからだ。けど、俺だって努力した。何度も御坂に教えてもらったところを復習して、それで赤点を逃れたんだ。それに御坂とはそんな関係じゃねえよ。それでもまだ裏切り者っていうんなら、まずはその幻想をぶち殺すっ!」

 そういって青髪ピアスを右拳で殴り飛ばした。

「ボクはロリも好きなだけなんや……」

 妙に晴れやかな顔でそう言い残し、青髪ピアスは倒れた。

 ちなみにいつの間に御坂に呼び名が戻ったあげく、恋人関係を否定されたことで、美琴の幻想もぶち殺したことに上条は気づいていない。




 
 しょんぼりした美琴を、理由もわからず励ましながら歩いていると、今度は上条と同じ高校の生徒が襲ってきた。

 男子の方が多いが、少なくない数の女子も混じっており、いずれも殺気混じりの怒号をあげている。

「てんめえ、上条! よくも補習逃れて常盤台中の女の子と遊ぶといううらやま、いやけしからん行為を働いたなあ!」

「上条属性なんて理不尽だー! 死ね! いっぺん死ね旗男!」

「上条君……私、本気だったのに……」

「あたしの純情を弄んだ罪、その身であがなってもらうわ!」

「あはははは! どうやカミやん! こない援軍連れてきたら、さすがの幻想殺しでも殺しきれんやろ?」

「上条貴様、また問題を起こしたのか!」

 その中には先ほどの青髪ピアスや、対上条属性の吹寄制理もいた。とりわけ一段と怒り狂い、先陣をつとめるつるぴかおでこの吹寄さんに、上条は戦慄を覚える。

「お、お前ら、夏休みなのになんでこんな学園都市に残って……って、と、とにかく、ふ、不幸だっーーー!」

 上条は美琴の手をとり、決死の表情で逃げ去った。

『むぅあてぇぇぇぇ!』

 地獄のそこから響いてくるような怒声をあげる学生達の後ろを、

「み、みなさーん! お、おちついてくださーい! 喧嘩はよくないですよー!」

 と泣きそうな表情で追いかける、小学生にしか見えない小萌先生がいたことに、誰も気づいていなかった。




 
 散々走りに走り、クラスメートから命からがら逃げ出した上条は、繁華街の一角にいた。

 疲労が溜まった足をほぐしながら、むさぼるように酸素を吸い、吐き出す。

 隣にいる美琴は、先ほどの恐怖の追いかけっこで上条と手を繋ぎ、愛の逃避行を妄想していたので、すでに機嫌が元に戻っていた。

「なーによアンタ、あんなことぐらいでバテちゃって」

「はあはあ……くっ、はあ~。み、御坂センセーは、なにゆえそんなに元気なんですか。これが若さというものか……」

 じじむさいことをいう上条に、美琴はにやりと笑う。

「なによう。私と一晩中追いかけっこしていたこともあるくせに。あの熱い夜を忘れたって言うの?」

「あのなあ、なに中学生が熱い夜とかぬかしてるんだよ」

 渋い顔をしながら、美琴のおでこをつついた。

 上条の台詞は気に入らないが、恋人みたいな仕草に、美琴はまたふにゃーとなりかけた。 あわや漏電、というところで誰かが声をかけてきた。

「あっ! お姉様発見! こんにちはーと挨拶しながら、ミサカはミサカはお姉様に突貫してみたり!」

「ふにゃ――ぐはぁ!」

 完全に油断していたところを奇襲され、乙女らしからぬ声をあげて、美琴は吹っ飛んだ。

「み、御坂ー! だ、大丈夫……かあ!」

 上条は恐る恐る声をかけ――すぐさま明後日の方を向いた。

 アスファルトに倒れた美琴のスカートは、これでもか、これでもかぁ! とめくれていた。

 幸いいつもの短パン装備でパンツご開帳は免れていたが、見てもいいものではない。

「お姉様ー、生きてる、ってミサカはミサカは生存確認してみる」

「世間体的な意味で、お姉様は今まさに死にました、とミサカは上位個体をお姉様からどかしながら哀れんでみます」

「……アンタらぁ。ケンカ売ってんのかコラぁぁ!」

 別の誰かが襲撃者を抱き上げると、美琴は烈火のごとく怒り、唸る電撃をまとって立ち上がった。

「わーい、お姉様が生きていたー! ってミサカはミサカは喜んでみる」

「いいえ、残念ながらまだ死んでいるようです、とミサカは豪快にめくれたままのスカートを指さします」

「なにいって……きゃあ!」

 己の参上に気づいた美琴は、慌ててスカートを直すと上条を睨んだ。

「み、見たわね」

 上条は下手な口笛を吹いてごまかした。ピィーピョォーと情けない音が響く。

 とりあえず電撃を飛ばし、咄嗟に振り返って打ち消す上条の情けない顔を見て溜飲を下げると、美琴は襲撃者とその連れに振り返った。

 そこには美琴にそっくりな少女と、美琴をそのまま幼くしたような少女が立っていた。

「アンタ達、こんなとこでなにしてんのよ」

「なにをって、あの人と一緒に住むのに必要なものを買いにきたの、ってミサカはミサカははしゃいでみたり」

 ちっちゃい美琴、打ち止め(ラストオーダー)はそういって美琴に抱きついた。今度はどうにか受け止める。

「一方通行(アクセラレータ)が新居に移ったので、ミサカは必要な生活用品を買うお手伝いを承りました、とミサカははしゃぎすぎて少々うっとうしく感じる上位個体にため息をつきます」

 美琴というより、雰囲気は美琴妹に似ている少女は、はしゃぐ打ち止めを猫掴みし、美琴から引きはがした。

「……一方通行ねえ。変われば変わるものね。あんなことをしでかしておきながら、なんにもなかったようにアンタ達と仲良くしてるなんて」

「あいつは確かに間違ってたけど、これからも間違えなきゃならない道理はないだろ」

 釈然としない顔をした美琴の横から上条がいう。

 いつの間にか側にいた彼は、そっと美琴の肩に手を置いた。

「そう……なんだろうけどね。それでも私は、アイツがしたことを忘れられないのよ」

 差し出された手にすがる子どものように、美琴は自分の手を重ねた。

 どこか悲しそうな、いや寂しそうな美琴に、上条は胸が締め付けられる。

(そうだよな。簡単に割り切れる訳ないもんな。額を打ち抜かれても、打ち止めを救おうとしたあいつを見なかったら、御坂はもっと黒い感情に捕らわれてただろうし……)

 一方通行を憎悪の目で睨む美琴を思い浮かべる。

(それは、なんか嫌だ)

 不意に、御坂を強く抱きしめなければならない衝動に駆られた。

 空いた手を、美琴のもう片方の肩に置く。

 そんな上条の突飛な行動と真剣な表情に、美琴は訳もわからず頬を赤らめた。

 なにかに気づいた美琴は、小さく頷くとゆっくり目をつぶる。

 だが――

「わあ! アナタとお姉様はラブラブだね、ってミサカはミサカはチューするのかなって、わくわくしながら待ってみたり」  

「ぶぶぅっ! し、ししししません! 紳士上条さんは決してそんなやましいことは、し、しませんぞ!」 

 上条は素早くバックステップし、美琴から離れた。

「アナタは本当にどうしようもない方ですね、とミサカはやれやれと肩をすくめます」

「み、御坂妹の方か? ち、違いますよ? 上条さんは中学生に欲情するような人間じゃあ……抱きしめようとはしたが、ってぎゃあああああああああああなしなし今のなしだぁぁぁぁぁぁぁっ!」   

 脳震盪を起こしかねない勢いで、上条は頭を狂ったように振った。

「確かにミサカはアナタが御坂妹と呼ぶ個体です。ところで先ほどミサカ九九八二号とお姉様と密着していた時、アナタはどんな気持ちでしたか、と最近ミサカネットワークへの情報提供を拒否しがちなミサカ九九八二号に代わり、問いかけてみます」

「追い打ちは勘弁して下さぁい!」

 街頭でも必要あらば土下座する。それが上条当麻である。

「……? 何故私は謝られているのでしょうか、とミサカは首を傾げます」

「おおっ。これはあれだね! ミサカの馬になってくれるんだわーい、ってミサカはミサカは飛び乗ってみる」

「ごふっ! こ、こらこら打ち止めさんや。そういうことは一方通行にしてもらいなさい」

「でもでも、あの人はミサカがのったらつぶれるよ、ってミサカはミサカはあまりの虚弱体質を嘆いてみる」

「ぶっちゃけチョーカーなけりゃ白もやしだからなあ、あいつ」

 背中に張りついた打ち止めを下ろし、上条は埃を払って立ち上がる。

「悪いな打ち止め。今人捜しの真っ最中なんだ。……あんまりちゃんとできてない気もするけど、とにかく、遊ぶのは今度な」

 そういうと、顔を真っ赤にしたまま硬直する美琴の目の前に立ち、手を軽く振る。だが反応がない。

「……き、ききききき、す――あ、ああああありえな、い、アイツがわ、わたわた私に」

「お、おーい、御坂センセー。そろそろ立ち直ってくださーい」

 壊れたラジオのようにぶつぶつと何事かを呟く御坂に、ひきつった笑みを浮かべる。

「き、きききす…………ふにゃ――」

「おおっと! もう御坂センセーのパターンは読めましたぞ!」

 とっさに手を握り、美琴の漏電を防ぐ。

 ここまで美琴の行動パターンが読めれば、美琴が上条にホレていると考えてもおかしくないのだが、気づけないのが上条当麻である。

「ほんと、意外だな。まさかお前がここまで男に免疫がないなんてなあ。一応、お前もお嬢様だし、おかしくないっちゃおかしくないけど。でも、ビリビリ中学生がなあ」

 面白いものを見たように、上条は笑った。

 このように、自分以外の男でも同じ反応をするのだろうなと、てんで見当違いな結論に至ってしまう。

 フラグを立ててはスルーする。それが上条当麻という男である。

「アナタ、それはちょっとひどいかも、ってミサカはミサカは落ち込むお姉様をなぐさめてみたり」

「あまりの朴念仁ぶりに呆れてものもいえません、とミサカは全てのミサカを代表して嘆いてみます」

 いつの間にか地べたに座り込み、のの字を書く美琴を、打ち止めが優しく抱擁し、御坂妹は冷たい目で上条を見た。

「なんのことだ? とにかく俺たちは人捜しで忙しいんだ。御坂もなんで落ち込んでんのか、よくわかんねえけど、ほら行くぞ」

 まだ立ち直れない美琴をどうにか立たせると、「んじゃ、またな」といい、上条は人ゴミに目を配らせながら先に進もうとした。

「ちょっと待って、ってミサカはミサカは懇願してみる」

 打ち止めの呼びかけに、振り返る。

 いつもの陽気さはなりを潜め、いつになく真剣な表情で打ち止めが立っていた。

「ミサカ達はアナタ達に助けられて、とってもとっても感謝してるんだよ。それに、あの時ミサカ個人もあの人と一緒に助けてくれて、本当にありがとう、ってミサカはミサカは頭を下げてみる」

「アンタ……」

 我に返った美琴が、形容しがたい気持ちで打ち止めの言葉を受け止める。

 自分のせいで殺される為だけの妹たちを生み出してしまった。そんな気持ちもほんの微かだが残っているからだ。

 上条は美琴を気に掛けながらも、打ち止めの言葉の続きを待つ。

「それとね、同じくらいにミサカはあの人に感謝しているの。確かにあの人はミサカ達を一万人近く殺してきた。でも、あの人は自責の念に駆られながら、それでもミサカ達を守ろうとしているの。だからね、お姉様。ミサカはミサカは、あの人と一緒にいて、ちゃんと幸せに暮らしてるんだよ、ってミサカはミサカは本心からいってみる」

 幸せそうに、無邪気な笑顔で打ち止めはいいきった。

「……まったく、そんな顔されちゃあ、なにもいえないじゃない」

 そういって、美琴は不器用ながらも笑みを浮かべた。

 まだわだかまりがなくなった訳ではない。今も一方通行を憎く思う心はある。

 それでも美琴は、この子が幸せなら、少しは許してもいいと思い始めていた。

 隣でなにもかもわかった風に、「よかったな」って笑うバカを愛おしく想いながら、美琴は笑った。

「ああ、あともう一ついわなきゃならないことがあったんだ、ってミサカはミサカはあの人の伝言を思い出してみる」

 しかし、そんな和やかな雰囲気も、打ち止めの言葉で崩壊する。

「あの人もアナタにお礼がしたいって、とっても凶悪そうな顔で笑っていたよ、ってミサカはミサカはお礼ってなんなのかなって考えてみたり。『あの三下には、とりわけ素晴らしいもンをくれてやらなきゃなァ』ってチョーカーに手を掛けてたけど、ミサカはミサカは能力を使ったお礼なのかなって予測してみる」

 ぴしゃん、という音がしそうな勢いで、上条は背筋を伸ばした。

「ラ、打ち止めさん。ア、一方通行さんに伝えて下さい。わたくし上条当麻は、お礼なんて一切いりません。どうぞお気になさらず、と」 

「前方400メートルから、不機嫌そうに上位個体を探す一方通行を視認しました、とミサカは暗に逃げろと告げてみます」

 御坂妹がそういった途端、上条は美琴の手を繋いで全速力で逃げ出した。先ほどの追いかけっこを軽く凌駕する勢いで、あれよあれよという間に人ゴミに消える。

「ばいばーい、ってミサカはミサカは手を振ってみる」

 そんなのんきな打ち止め声は、もちろん上条の耳に届くはずもなかった。


















































 第三話終了です。

 この話はちょくちょく加筆・修正し、楽しみながら書けました。
 美琴がかなり暴走しましたがw

 新入部員勧誘などで忙しくなるので、更新が少し遅れるかもしれません。
 最後の戦闘シーンやエピローグ以外の推敲は終わっているので、第一巻相当の話に限定すれば、長く間が空くことはない……はずです。

 
 ……10人くらい、入部してくれないかなあ。 
 

 

 次回はステイル戦です。
 ビリビリ中学生とタッグを組んでの戦闘ですが、果たしてその結果は――



[17768] 第四話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/06/18 22:05
 こうして、なんだかんだでグダグダな捜索を続けて。

 結局はインデックスを探すどこか、いつもの持ち前の不幸を発揮していた上条は、美琴とともにいったん寮に戻ろうとしていた。

 インデックスが修道服を補修する際にフードを外しており、そのまま忘れて出て行ったので、もしかしたら取りに戻っているかもしれないと、美琴がいったからだ。

「はあー、まったく、今日も不幸だったうだー」

 学生寮の入り口で倒れそうになった上条だが、美琴にどうにか支えてもらう。

「あー悪い御坂。さすがにちょっと疲れたわ」

「アンタっていつもこんな感じなの?」

 あきれた声色で訊ねる美琴。

 実は上条の不幸の割合に、美琴のビリビリも結構な幅をとっているのだが、今は電撃を飛ばされたくないので、上条はあいまいに笑ってごまかした。

「んで、インデックスは戻って来てるのかな?」

「さあ、こればかりは見てみないとわかんないわよ」

「美琴は帰らなくていのか? もうそろそろ門限迫ってるんだろ」

「別に平気よ。いざとなれば黒子が寮管の目をごまかしてくれるし、テレポートで部屋まで送ってくれるから」

「うらやましい後輩だな」

「……アンタそれ、本気でいってる?」

「……いや、うん。うらやましいとはいえないな」

 先ほどの野獣のような黒子の姿を思い出し、上条は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 そうこう喋っている内に、二人は上条宅の前までついた。

 だが何故か、ドアの前に清掃ロボットがたむろしている。

「ゴミでも散乱してるのかしら?」

「上条さん、これ以上の不幸は結構なのですが」

 ため息をつき、訝しげに上条がのぞいてみると、そこには純白のシスターが倒れていた。

 清掃ロボットに何度も体当たりされているが、うつぶせになったまま動かない。

「なんだよインデックス。腹が減って行き倒れでもしたのか?」

 そういって苦笑いしながらも抱き起こそうと近づき、

 そこでようやく気づいた。

「なに……これ」

 隣で美琴が震えている。

 上条は頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。

 二人の目の前、そこには――


 背中を真横に大きく切られ、血だまりに倒れるインデックスの姿があった。


「イ、インデックス!」

 我に返った上条は、足がもつれるのも構わずインデックスに駆け寄る。

「邪魔だ!」 

 まるで仇のように、清掃ロボットを乱暴にどかした。

「……おい、インデックス、大丈夫か? なあ、おい!」

 なにかに祈るように、インデックスに話しかける。

 しかしインデックスからはなんの反応もない。必死に呼びかける上条の声が、むなしく寮内に響く。

「くそっ、くそっ、インデックス!」

 理性的な判断をとれなくなってきた上条が、思わずインデックスの身体を揺さぶろうとする。

「動かしたらだめっ!」

 美琴の制止で上条の手は、インデックスの真上で固まった。

 絞り出すような声で、「……悪い」と謝る上条の手を、美琴はそっとどかした。

「私、救護の研修を受けたことあるから。アンタは救急箱を持ってきて。それと清潔な布も」

 真剣な表情でインデックスの容態を確認する。

 しかしよく見ると美琴の腕は微かに震えていた。まだ知り合いが大けがをしていることに、平静を取り戻せていないのだろう。

 上条は美琴の言葉にとっさに動けず、ゆらりと身体を揺らして壁に背をやった。

 訳がわからなかった。

 ついさっきまでは旺盛な食欲で昼食を平らげ、美琴と元気よく言い合っていたはずなのに。

 なのに、彼女は今、目の前で血を流し、ぴくりとも動かない。

「くそっ、くそっ……ふざけやがって。一体誰にやられたんだよ!」

 誰に問うた訳でもない上条の疑問に、しかし返答する者がいた。


「うん? 僕達『魔術師』だけど?」


 美琴ではない、犯人だと名乗る男の声。

 射殺さんほどの目で上条が声の方を向くと、そこには奇妙な男がいた。

 赤い髪に、まだ10代半ばであろう、若い顔立ち。背は高く、神父の格好をしているのに、不遜な態度でタバコをくわえている。右目の下にあるバーコードが特徴的だった。

 男が発する異様な空気に、殴りかかろうとした上条は気圧される。

 この男は明らかにこの学園都市に住む人間とは、異質であった。

 のんびりとした学園生活を享受している学生と――普通の能力者とは、雰囲気がまるで違う。以前に対峙した、学園都市一位の男に近いものを感じる。

 頬に汗が伝った。

 インデックスの魔術結社という言葉を思い出す。

 美琴の外部にいるかもしれない『原石』という言葉を思い出す。

「あーあ、神裂のやつ、派手にやらかして。まあ、血まみれだろうが生きてさえいればいいか。ようはコレを回収できればいい話なんだからね」

 そういってインデックスに近づく足音すら、不吉なものに感じた。異様な気配が、うかつに動くことを許さない。

 その間にも男は距離を詰め、まるでものを拾いに来たかのように、インデックスを無造作に掴み上げようとする。

「だめ!」

 思考がとまっていた美琴は、インデックスに危機が迫っていると理解すると、反射的に電撃を放った。

 狙いをきちんと定めていなかったせいか、男は簡単に避けてみせる。

「ふん。超能力者か。厄介とまではいかなくても、うざったいな。まあいい。どうせ目撃者は殺すことになってるんだ。邪魔するなら排除すればいいさ」

 電撃をまとい警戒を強める美琴を、冷酷な目で見る。

 男が手をかざし、何か仕掛けようとするが、

「てんめえぇぇぇぇぇぇぇ!」

 上条は怒声を上げ、バーコードの男に殴りかかった。だが怒り任せの拳は届くことはなく、上半身を軽く逸らされるだけで躱される。

 追撃しようとするが、男はバックステップで距離をとり、それを許さない。

 だが上条は瞬時に頭を冷やし、相手が距離をとることを利用した。にじり寄っては退かせ、美琴とインデックスから離れさせる。

 安全だと思える地点まで退かせ、上条は警戒しながらも、吠えるように問いかける。

「……なんだよ、お前。インデックスを回収するとか、目撃者は殺すとか。なんなんだよ」

「魔術師だよ」

 不遜な笑みを、男は浮かべる。

「名前の方をききたいのなら、ステイル=マグヌスだ。でも、ここはFortis931といっておこうか」

 こちらを挑発するかのような芝居がかった言い回しに、上条は怒鳴り散らしたくなった。

 だが激情をどうにか抑え、じっと動かず相手の出方をうかがう。怒りに任せて勝てる相手ではない。

 ステイルと名乗った男は悠然と語り続ける。

「魔法名だよ。といっても、君たちにはどうせわからないだろうから、わかりやすく説明してあげよう」

 ステイルはタバコを手に持ち弾いた後、先ほどとはまるで質の違う、恐ろしい笑みを浮かべて宣言する。

「殺し名だ」  

 ステイルの弾いたタバコが描いた軌跡が、炎の剣を生み出した。人を焼き殺すには十二分な熱が、ただでさえ蒸し暑かった気温を一気に上昇させる。

 驚愕する上条に、ステイルは容赦なく炎剣を横殴りに振るった。突然の攻撃に対処できるはずもなく、上条は避けることもできず身構えることしかできない。

 だが、この炎剣を人の身で防ぐことは到底不可能だ。 

「当麻っ!」

 ステイルの炎剣が、美琴の叫び声でとまるはずもない。

「――巨人に苦痛の贈り物を」

 炎剣は上条を焼き切るついでに寮の壁を溶かしながら、光と爆発を生み出した。黒煙が辺りに充満する。なにかが焼ける臭いがする。

 ただの学生寮であったはずなのに、もはやここは戦場と化していた。

 燻る煙で周りは見えないが、この情況で上条が生きているというには、あまりに絶望的だった。

「まずは一人。次は君だよ」

 人一人をあっさり殺してみせたステイルだが、その声に揺らぎはない。あるのは人殺しと害虫駆除を混同しているような、背筋を凍らせる冷淡なもの。

 赤髪の殺人鬼は新たな炎剣を生み出しながら歩み寄り、切っ先を美琴に突きつける。

「……アンタ、なんでこんなことをするの」

 美琴は気丈にもステイルを睨んだ。声に震えはなく、目からは憎悪が伝わってくる。

「目の前で仲間が死んだというのに、たいした女だ」

 ステイルは鼻で笑いながらも、質問に答える。

「なんでって、さっきもいったけど、コレを回収しに来たんだよ」

 ステイルが目で示した先には、インデックスが倒れている。

 美琴は痛ましげな表情を見せたが、すぐに毅然としたものに戻り、ステイルに強くいった。

「なんでこんな? 小さな女の子に大怪我させてまで!」

「素人にはわからないだろうけど、まあいい。教えてあげようか。コレはね、一〇万三〇〇〇冊の魔導書を持っているんだ」

 いきなりなオカルト用語に、美琴は困惑を覚える。先ほどの炎剣は能力によるものかと思ったのだが、普段なら笑ってしまうような別の可能性が浮上した。

 魔術師という単語が、脳裏をちらつく。

 生唾を無意識に飲み込み、少しでも情報を得ようと問いかける。

「一〇万三〇〇〇冊の……魔導書? でも、この子本なんて一冊も持ってないじゃない」

「完全記憶能力を利用したんだよ。ありとあらゆる世界中の図書館に封印されている魔導書を盗み見、完全に記憶しているんだ。コレの頭の中は、ようは魔導書の保管庫になっているのさ」 

 ステイルはインデックスに炎剣を差し向けた。咄嗟に美琴が間に手を入れ庇う。

「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。殺しはしない。僕はコレを保護しに来ただけだからね」

「保護って、こんなことをしておいて!」

 美琴の周囲で青白い光が爆ぜた。美琴の激情に感応し、今にもステイルに襲いかかろうとしている。

「くく、怖いね」

 ステイルは当たれば怪我だけではすまない電撃を見ても、自身が絶対の強者であるかのように、笑みを崩さない。

「コレの頭の中に入っている魔導書は、たった一冊でも危険なものなんだ。科学側の人間にわかり易くいえば、核弾頭みたいなものだね。まあ、厳密には全く異質なものだけど。――僕はコレの魔導書の知識が、他の危険な魔術師に渡らないように保護しに来たんだよ」

 核弾頭という不穏当な言葉に、美琴は内心驚く。

 もし仮にステイルのいう言葉が本当で、悪意あるものがそれを手にしたらどうなるか。

 人を人と思っていない目の前の男が、その核弾頭を人に向けないといい切れるか。

「そんな言葉、信じられない。どう見てもアンタが悪用したいようにしか見えない」

「まあ、どうとでも思えばいいさ。どうせ君はここで死ぬんだからね」

 そういうと炎剣を美琴に向け直す。それに動揺したように、美琴は辺りをきょろきょろ見渡した。

「ははっ、今更怖じ気づいたのかい? でも無駄だよ。人払いの術を使ったから誰も来ないよ。さっきからこんな騒ぎが起こっているのに、誰もこないなんておかしいと思わなかったのかい?」 

 美琴はステイルに視線を戻すと、口元をゆがめた。

 よく見るとそれは、笑いたいのを我慢しているようにも見えるが、美琴を見下しているステイルには気づけない。

「本当に、気が強い子だね。でももう強がりはおしまいさ」

 火の粉をまき散らしながら、炎剣を振りかざす。

 死の執行者は、残酷な宣告をする。

「それじゃあ、君。死んでいいよ」

 絶体絶命の中、美琴はくすりと笑った。我慢していたが、もう耐えられないといわんばかりに。

 あまりの恐怖に頭でもおかしくなったのかと思ったが、美琴の瞳には強い意志が宿っている。

「ほんと、バカよね」

 美琴は力強く笑い、炎剣を恐れずに立ち上がる。

「ほんと、バカだわ」

 美琴の異様な笑みに一瞬飲まれ、ステイルは炎剣を震わす。しかし弱い電撃を操ることしかできない小娘だと思い返し、持ち直した。

 目の前の炎剣から、恐ろしい熱気が伝わってくる。こんなもので叩き切られれば、骨まで残さず消滅してしまうだろう。

 それでも美琴は恐れない。

 アイツを信じている美琴は、恐れはしない。

 美琴はその言葉を口にするのを誇るように、ステイルにいい放つ。

「こんなちゃちな炎で、アイツを殺せるとでも思ったの?」

 ステイルはようやく気づいた。

 後ろから、誰かが走る気配がすることに。

「うおおおおぉぉぉぉぉ!」

 ツンツン頭の少年が、傷一つもなしに一本の矢のように駆け、迫っていた。

 右手をしっかりと握りしめ、ステイルに殴りかかろうとしている。

「っく、なんで!」

 確かに殺したはずだ。そう思いながらも迎撃の為に炎剣を振るう。

 その瞬間、信じられないことが起こった。

 炎剣はツンツン頭の少年――上条の拳にいとも簡単に消された。まるで誕生日ケーキの蝋燭を消すような気安さで。  

「……なっ!」

 信じられない事態に驚愕を隠せないでいたが、ステイルはとっさに横に跳び、上条の拳から逃れようとする。

 しかし、上条の拳はそれよりも早い。

 しっかりと足を踏みしめ、歯を食いしばる。

 ねじ曲げた腰のバネを解放するように、右拳を突き出す。

 地平の彼方に吹き飛ばさん勢いで、ステイルの頬を打ち抜いた。

 ステイルは床に何度も打ち付けられながら、廊下の端まで転がっていった。 

「学園都市最強を殴り飛ばした男を、なめないでよね」

 美琴はまるで太陽のような、力強い笑顔でステイルに向かって指を下げた。

「……やったか!? ――って、御坂さん。お嬢様がそんなことしちゃいけません!」

 先の戦闘の余韻もよそに、上条は美琴をたしなめた。

「アンタ、前にもいったけどお嬢様に幻想を持ち過ぎよ。うちの中学には、これよりもっと行儀の悪いことをやっている子もいるわよ」

「うわー! うわー! 聞きたくなーい! そんな裏情報聞きたくなーい!」

「はいはい、いいからいいから。こんなことしている暇ないでしょ。インデックスの手当をするわよ」

 耳を塞いで騒ぎ立てる上条に、美琴は手を叩いた。

「お前がよけいなことを話したんだろうが! って、怒鳴りたいとこだけど、そうだな。早くインデックスを助けないと」

 二人は表情を引き締めると、インデックスの方へ駆け寄ろうとする。

 だが、まだ戦いは終わっていなかった。

 ステイルが飛ばされた先で、巨大な炎が生まれた。

 周囲の酸素を貪り、より強く、より熱く燃えさかる。

 地獄の業火が顕現したといっても過言ではない炎。

 それは次第に人の形をとり、炎の巨体をゆっくりと立ち上げる。

「イノケンティウス」

 そのすぐ隣にいつの間にか立ち上がっていたステイルは、痛む頬を気にしながらも、炎の巨人の名を呼んだ。

「殺す……君はここで殺す! 殺れ、イノケンティウス!」

 主の命を受けるやいなや、炎の巨人――イノケンティウスは猛烈な勢いで駆けだした。

 その先にいるのは、主が殺せと命じた男と女だ。

 イノケンティウスは豪と炎を滾らせながら、獲物に迫る。

「うわあ……アレはなしだろ」

「なにあれ? あんなのあり?」

 上条はぼやきながらも右手を構え直し、美琴はイノケンティウスに驚いている。

「魔術って本当にあるかもしれないな。どう見たってあれは、能力とかじゃねえぞ」

「……うん。『原石』かと思ったけど、魔導書とかの話を聞いてると、そうじゃないみたい」

 美琴はそういうが、まだ疑念が残っていることを隠せていない声色だった。

「でも、アンタには関係ないでしょう?」

 しかし次の言葉は疑念の挟む余地もない、絶大な信頼をよせたものだ。

 上条は右手を突き出し、拳を握る。

「ああ。どっちだろうと、俺には関係ない。超能力だろうが魔術だろうが、それが異能の力なら、幻想殺しで消せる」

上条は美琴を庇うように、常人なら死しかありえない戦場を駆けた。

 目の前の炎の化け物から、身をすくませるような火の粉が飛び散っている。

 肺を焼くような熱気が、上条という存在を拒絶しているかのようだ。

 しかし上条は怯まない。

 進むことを、戦うことを、恐れはしない。

 なぜなら己の右手を信じているから。

 襲いかかるイノケンティウスを、上条はハエでも追い払うかのように右手で払った。 

 たったそれだけで、イノケンティウスが、なにもできずにあっけなく消滅する。

 はずだったのだが……

「異能の力はなんだろうと、幻想殺しで消せるんじゃないの?」

「だあああぁぁ! そのはずなんだけどなあ!」

 炎の巨体の根幹となっていたドロリとした黒いモノが、寄り集まって再び炎をまとった。

 確かに上条が消したはずなのに、イノケンティウスは何事もなかったかのように、すぐさま復活した。

 死してなお甦った炎の巨人は、主の命を果たそうと炎の拳を振り上げる。

 そこらの不良よりもはるかに早い拳を、上条は必死で右手で打ち払う。

 しかし消えたかと思うと、またすぐに復活した。

「何度消そうと無駄だ。イノケンティウスは何度でも甦る」

 イノケンティウスの巨体に隠れていたステイルが、上条の前に飛び出した。

「くっ……」

 イノケンティウスの再度の攻撃に対処しながら、上条は苦悶の声をあげる。 

「――灰は灰に、塵は塵に。吸血殺しの紅十字!」

 ステイルが力ある言葉をいうと、二本の炎剣が大ハサミのように襲いかかってきた。

 上条は片方の炎剣に向かって走り、右手で打ち消す。距離をとることで背後から迫る炎剣に僅かなタイムラグを生み出し、裏拳で打ち消した。

 かなりきわどいタイミングであったが、どうにか凌ぎきった。

 命がけの戦闘を以前に経験していなければ、足がすくんでそのまま焼き切られていたかもしれない。

 上条の額から、熱気が原因ではない汗が流れる。

「当麻!」

 美琴が駆け寄ろうとするが、

「この男ならともかく、君みたいな少女になにができる!」

 ステイルはイノケンティウスに美琴を叩きつぶすよう命じる。あわよくば上条が美琴を庇い、隙ができればいいと。

 だが、御坂美琴はそんな甘い女ではない。

「アンタ、面白いことをいってくれたわね。君みたいな少女になにができる、だって?」

 迫るイノケンティウスを見ても、微塵も動じない。助けに行こうとした上条も、不機嫌そうな顔で制した。

 スパークする美琴に、やれやれとうんざりしながらも、上条は信頼の笑みと共にいった。

「しゃあねえなあ、ったく……よし御坂、やっちまえ!」 

 美琴は返事の代わりに、まとう光をより一層強くする。

 美琴はお嬢様らしからぬ闘志に満ちた声で、己の誇りである二つ名とともに、名乗る。

「超電磁砲の御坂美琴を、なめんじゃないわよ!」

 美琴のまとう電撃が、最大電力まで上がった。

「当麻! 右手!」

 それだけで美琴の意図を読んだ上条は、とっさに美琴に向かって右手をかざす。

「なにを――」

 ステイルの言葉は、拡散した電撃の爆音に掻き消された。美琴が放った電撃は、イノケンティウスもろともステイルを飲み込む。

 まるで生き物のようにインデックスがいる辺りだけを避けながら、寮内を舐め尽くす。

 世界は青白い光に包まれ、耳をつんざくような電気のほとばしりが縦横無尽に走る。

 荒れ狂ういかずちの中心に立つのは、学園都市で電気を操る者の頂点に君臨する電撃使い(エレクトロマスター)。

 その気になれば雷すら落としてみせる彼女にとって、この程度の技は動作もない。

 火災警報機が電気に触発され、今更ながら鳴り響く。この階のものはすぐさま電撃で壊れてしまったが、他の階からは非常事態を告げるベルは鳴り止まない。

 同時にスプリンクラーが作動するも、微かに水をまき散らしただけで、この階のものだけ、やはり同じ理由で次々と壊れる。

 例え壊れなくとも、あのイノケンティウス相手では、それこそ焼け石に水であっただろうが。

 蛍光灯も、なにもかもが壊れていく。嵐のような電流が、廊下を蹂躙する。

 そんな中、上条は右手で美琴の電撃を防ぎながらも、確かに見た。

 先ほどまでは気づかなかったが、寮内には無数の紙が貼られていた。それらは美琴の放った高圧電流に触れると瞬時に焼かれ、次々と散っている。

 すると美琴の電撃に身を散らされながらも、すぐに復活していたイノケンティウスの炎が、微かだが弱っていることに気づいた。再生スピードも若干落ちている。

(……もしかして、あの紙が本体なのか?)

 幻想殺しが効かなかった原因は、壁に貼られていた紙が原因だったらしい。どういう理屈かわからないが、常時炎を形成する力を送るなりなんなりしていたのだろう。

 常識外れにも程がある。魔術というものは、こんな紙切れであんな恐ろしい炎の巨人を生み出せるのか。

 あの紙に異能の力が宿っているのなら、上条の右手で壊せるだろう。だが、一つ一つ上条の右手で壊していくのは現実的ではない。

 おそらく寮内の至る所に貼られているはずだ。全てを壊す前に、イノケンティウスにやられてしまう。

 上条当麻には、イノケンティウスに勝つことは不可能だ。

 だが、学園都市第三位のレベル5なら、不可能を可能にできる。

「御坂! 紙だ! どういう理屈かわかんねえけど、炎の化けもんが復活するのは、寮内に張られた紙が原因らしい! 他の階にもあるだろうから、お前の電撃で全部焼き切ってくれ!」

「はあ? 紙? そんなものでアレを倒せるの? ……まあいいわ。アンタを信じてあげる」

 上条の言葉を聞き取り、美琴は雷の暴風をいったんやませた。

 しかし先ほどまで散々に電撃を浴びせた炎の巨人を見て、怪訝そうな顔をする。

「……んん? 当麻、なんかその必要ないみたい」

「へ……? うわ、なんで!?」

 緊張感が抜けた美琴の声に、上条もイノケンティウスを見た。そして驚く。

 イノケンティウスは、先ほどまでとは比べものにもならないくらいに、弱々しい炎となっていた。強風が吹けば、消え去ってしまうと思えるほどに。

「み、御坂さん? もしやスーパービリビリパワーで寮内全てをビリビリしたとか」

「んなわけないじゃない。ここ一帯だけよ。あとスーパービリビリパワーってなによ。アンタも食らいたいわけ? ふーん」

 そうかそうか、と口元をひくつかせながら、今度は上条にのみ電撃を放とうとする御坂に謝りながら、上条はおかしいと考えた。

 まだ寮内には紙が大量に貼られているだろうに、イノケンティウスは何故これほどまでに弱体化したのか。もしかしてこの階にしか貼っていなかったのか?

「な、なぜだ? ルーンはまだ残っているはずなのに。なぜイノケンティウスが……」

美琴の電撃を受けたはずのステイルが、無傷のまま呆然と呟いていた。

 服の隙間からぼろぼろになった紙がこぼれ落ちていることを見るに、なんらかの防御用の魔術でも使ったらしい。

「あら、炎の巨人もろともアンタもやろうと思ったけど、まだ立ってんの」

 上条にしか防がれたことのない電撃を防いだことに、美琴は不機嫌そうな声でいう。

 しかしなにを思いついたのか、意地の悪い笑みを浮かべた。


「じゃあ、まずはその幻想(こころ)をぶち殺すってね♪」


 美琴はスカート内の短パンのポケットからコインを取り出し、真上に弾いた。

 落ちてきたコインが親指にのった瞬間、それをはじき飛ばす。

 瞬間、美琴の指からオレンジ色の光線が、イノケンティウスに向けて放たれた。

 音速の三倍を超えて放たれたコインは、避ける思考すら許さず、イノケンティウスに直撃する。

 遅れて轟音が鳴り響き、衝撃波が学生寮の内部に炸裂した。

 イノケンティウスは、炎の塵一つ残さず、跡形もなく消滅していた。

「どう? これが学園都市が誇る超電磁砲の実力よ」

「み、御坂センセーやりすぎです。明らかなオーバーキルです」

 自身にも撃たれたこともある超電磁砲を見て、上条はたしなめながらも震える。

「だって散々舐められて、むかついたし」

 美琴はちろりと舌を出して嘯いた。 

「うそ、だ……イノケンティウス…………イノケンティウスぅぅぅっ!」

 ステイルは目の前に起きた現象を信じられず、もはや存在しない炎の巨人を呼んだ。

「……はあ、まったく。ついてねーよな。お前、本当についてねーよ」

 ステイルの敗因は、美琴を侮り、軽んじ、無力な少女と断じたせいだ。いくら知らなかったといっても、超電磁砲相手に油断など許されるはずもないのに。

 上条はため息をつきながら暗に指摘した。

 その瞳にある、怒りの炎は隠さずに。

 我を失っているステイルに、拳を強く握る。

「そろそろ決着つけようか、魔術師」

 ひっ、とステイルは喉を鳴らした。

「は、灰は灰に、塵は塵に――」

「右手ってとても便利だよな」

 右腕を振りかぶり、軸足に力をいれる。

「――吸血殺しの紅十字!」

「だって、目の前のクソ野郎をぶん殴ることができるからな!」

 上条の拳が、もう一度ステイルの頬を打ち抜いた。












































 ルーンは上条さん宅がある廊下しか貼られていない。あやうくそんな勘違いをして上げるところでした。


 修正時は美琴がそれぞれの階のルーンを焼き払いながら、上条さんがイノケンティウスを消す予定でしたが、美琴にそげぶをやらせたいが為に原作通りの破り方にしました。
 とあるヒロインの御坂美琴と題するからには、美琴を活躍させたかったからです。 
 インデックスの自動書記の出番がないのも、同じ理由です。そのおかげでますますインデックスさんがエアヒロイン化したような……。
 とりあえず戦闘描写をもっとうまく書けるようになりたいです。

 
 新入生を勧誘する傍ら、部室でSSを書く駄目な先輩になってます。
 後輩の「見ましたよー。ニヤニヤしましたw」という言葉責めにも負けず、羞恥心をおさえながら書き続けたいと思います。
 ……でも知り合いに見られるのは……ぐはっ!


 次回はインデックスの治療編です。
 原作とは違う形の治療となります。



[17768] 第五話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/04/06 17:11

 ステイルとの戦闘の後、二人はインデックスの手当をした。
 
 正確には上条は医療品などを提供しただけで、実際の応急手当は美琴が行っている。その間に上条は、ステイルのイノケンティウスが敗れた原因を探っていた。
 
 他の階にはやはりあの紙が貼られていて、訝しげに紙を右手でとってみるが、紙が破れることはなかった。

 よくよく見れば紙にはなにか文字が書かれていた。しかしそれは滲んでいて、元がなんの文字であったかはわからない。

 もしかすると、紙ではなくこの文字に異能の力が宿っていたのかもしれない。スプリンクラーの水が、プリントされていた文字を滲ませたのか。ならば美琴が放った電撃が、偶然にもスプリンクラーを作動させたことは、運が良かった。

 正直なところ美琴が電撃で紙を焼き払っている間に、ステイルとイノケンティウスを同時に相手取って、無事持ちこたえられたかと問われると、難しかったと答えざるをえない。

 上条は検分を終え、美琴達の元に戻った。

 応急処置が終わっていた美琴がいうには、予想以上に傷は深く、このままではインデックスの命は危ないかもしれない。美琴は病院へ連れて行くことを提案した。

 だがインデックスは学園都市の人間ではない、不法侵入者だ。

 それによって生じるリスクの方が高いと上条は指摘するが、美琴が連れて行くといった病院が冥途帰し(ヘヴンキャンセラー)のいる病院だとわかると、すぐさま賛成した。

 あの医者なら、患者をどんなことをしてでも守ると信じられるからだ。

 こうして今、上条はインデックスを背負い走っている。

 まだ感じられる背中の温かみを感じながら、この温かみをなくしてなるものかと、疲労がたまった身体に鞭打ち、足を更に速めた。

 美琴はインデックスの顔色をうかがうように併走している。

 真剣な顔つきの上条を時折複雑な心で見ながらも、頬を軽く張り、今のことだけを考える。

 二人は無言で、夜の街を走った。
 
 すでに辺りは暗くなり、夏休みということもあるからだろう、人はほとんど見かけない。

 それは当然のことだ。

 なのに美琴は、えも知れぬ背中の震えを感じた。

 気のせいだと気分を改め、ただ足を動かすことに専念する。

「……ん、んん」 

 上条の背中から、微かに声が聞こえた。

 インデックスが目を覚ましたことに気づいた美琴は、上条をいったんとまらせる。

「インデックス、気づいたか?」

「とう……ま? どうし……て、とうま、が?」

「ほら、無理して喋らない。もうすぐ病院に着くから、大人しくしてなさい」

「みこ……と?」

 美琴はインデックスの額についている汗をハンカチで拭ってやる。

 拭い終わったことを確認した上条は、再び走り出す。

 上条はなるべく振動が伝わらないように、けれどなるべく早く走る。

「とうま……おろし、て」

 インデックスは痛む身体をおして、上条に訴えた。しかし上条も美琴もとりあわず、先へ先へと急ぐ。

「だめ、だよ……悪い魔術師に、狙われて……るん、だよ」

「ああ、そんなことか。ステイルっていったか。そいつならぶん殴っといたから来ないぞ」

 さらりと述べた上条の言葉に、インデックスは驚きながらも、なお下ろすよう訴える。

「だめ、だよ……まだ一人……魔術師が残ってる。……それ、に……その魔術師を……倒したとしても、また新しい、魔術師が来るかも、しれない……んだ、よ」

「ふん、いくら来たからって返り討ちにしてやるわ。だからアンタは大人しく助けられてなさい」

 美琴はインデックスを励ますように、力強く守ることを誓う。

「どう……して? 魔術師……と戦った、なら……わかる、でしょ? こっちの世界は……地獄、なんだよ」

「なら、俺がその地獄から、お前を引っ張り上げればいいだけじゃねえか」
 
 事もなげにいう上条に、美琴は盛大にため息をつき、肩をすくめた。

「……またフラグ立てるような台詞をほざいちゃって。まっ、今回ばかりは仕方ないか」

 二人は安心させるように、穏やかな笑顔をインデックスに向けた。
 
 彼女はそれでも、首を小さく振る。

「だめ……私は、助けてもらえる……ような、人間じゃ、ないんだよ……」

 上条の足がとまった。美琴も不安げな表情で二人を交互に見る。

「私は、数ある十字教の中で……イギリス清教に属している……の。イギリスは、魔術の国だから……魔女狩りや異端狩り、宗教裁判……そういう『対魔術師』の文化が発達したの」

 インデックスは、そこで言葉を続けるのを一瞬ためらう。

 だが唇を噛んでから、無理矢理に口を開いた。

「そこで、生まれたのが……『必要悪の教会(ネセサリウス)』。魔術師を討つために……相手の、魔術を調べ……対抗策、を練る。汚れた敵を討つために……自ら進んで、汚れる役割を持つ」

 インデックスの目から、一筋の涙が落ちた。

「…………私は、その必要悪の教会で、一〇万三〇〇〇冊の魔導書を完全記憶し、管理する、禁書目録(インデックス)なの」

「……あのステイルってやつがいってたわ。一冊で核弾頭並の危険性がある本だって」 

 美琴の言葉に、インデックスは小さく頷く。

「そうだよ……私は、そんな危険なものを……たくさん頭に、詰め込んだ人間なの。魔導書の知識を、全て使えば……世界のあらゆるもの……なんだって例外なく、ねじ曲げられる……魔神になれる。そんな、危険な……人間なの」

 インデックスはうつむき、震える声で謝る。

「ごめん……ね」 

 助けてほしいはずなのに、誰かにすがりたいはずなのに、なのに出る言葉は拒絶するような謝罪。そのことに美琴は強い苛立ちを感じた。

 かつてあの事件で、誰も助けてくれず、何もできず、ただ泣くだけしかなかった自分の姿と重なった。

 インデックスだって本当は、自分を救ってくれる主人公を求めているはずだ。

 自分だけの主人公が、あらゆる困難をはね除け、守り抜いてくれる。そう願う心は確かにあるはずだ。

 なのに彼女は、主人公が差し出す手を払いのけようとする。

 危ないことに巻き込みたくない。そんな彼女の優しさから。

 その自身の身を顧みない優しさが、そのことで傷つく人がいることに気づかない優しさが、なにより美琴を苛立たせた。

 気づいたら、かつて絶望していた自分を救ってくれた、美琴の主人公と叫んでいた。


「「ふざけんなっ!」」


 美琴はもちろん、上条も怒っていた。

「アンタねえ、人のこと勝手に値踏みしないでよ。アンタがいくら汚れてるっていっても、アンタがいくら危ないっていってもねえ」

「はっ、必要悪の教会? 一〇万三〇〇〇冊の魔導書? 確かにすげえな。実際に魔術を見ても、信じられねえような荒唐無稽の話だ」

 上条は背中にいるインデックスを後ろ見、美琴はその手を握る。

「そんなの関係ないわ」

「たった、それだけなんだろ?」

インデックスの目が、驚きに見開かれる。

「そんなことぐらいで、気持ち悪がったりしないわよ。ほんと、バカね」

「魔術師相手に戦ったんだぜ。そんなこと聞いたくらいで退くようじゃ、始めからお前を守ろうとしてねえよ」  

 だから――

「いいからアンタは、黙って助けられてなさい」

「ちったあ俺たちのことを、信用しとけ」 

 インデックスは、顔をくしゃりとゆがませた。上条の背中に顔をうずめ、嗚咽をもらす。

「ありが……とう。とうま、みこと……」

 上条と美琴は、小さなインデックスのお礼を聞き、互いに顔を見合わせて笑った。

「ほんと、アンタはいつもいつも、女の子絡みの事件に巻き込まれに行くんだから」

「いやぁ、女の子絡みだから行ってるつもりはないんだけどなあ……否定できない自分がここにいます」

「はあ、付き合わされるこっちの身にもなってよね」

「なら、リタイアしたっていいんだぜ」

 ふざけたようなものいいだが、その目には美琴を案じる様がありありと読み取れた。

 ……こんな時でも、アンタは一人で背負おうとするのか。

 私に、アンタの荷物を背負わせてくれないのか。

 美琴は挑むように、上条の目を見つめ返した。


 決して、一人で背負わせるものかと。

 私だって、アンタの力になれるのだと。


「殴るわよ」

「…………悪い、冗談だ」

 どうあっても引く気のない美琴に、上条は諦めたように肩をすかすと、苦笑しながらも素直に謝った。 

 インデックスを背負い直し、上条はインデックスに呼びかける。

「んじゃ、インデックス。もう少しの辛抱だ。つらいだろうけど、我慢しろよ」

「…………」

 しかし、インデックスから返事がこない。

「インデックス、寝たの?」

 美琴がインデックスの様子を見る。すぐに切羽詰まった声を張り上げた。

「当麻っ! このままじゃ危ない!」

 インデックスの額は気持ちの悪い汗でぬれており、呼吸も一段と粗くなっていた。

「くそっ、急ぐぞ美琴!」

 無意識に下の名前で美琴を呼び、上条は駆ける。

 美琴は一瞬呆然としたが、そんな暇はないと頬を張って立て直した。上条に続いて走る。

 しかし、追いつこうと前を向いた時には、上条の足はとまっていた。

「どうしたの? 急がないとまずいわよ」

 美琴はせかすが、上条は無言のまま動かない。

 いぶかしげに上条の横まで歩き、彼が瞬きもせずに見つめる先を見る。


 そこには、二メートルを超す刀を銃のように腰に差した、こちらの息をとめるような気配を放つ、ポニーテイルの女が立っていた。


 睨むわけでも、怒るわけでもなく、ただそこにいるだけだというように、悠然と刀に手をかけ、静かにこちらを見据えている。

 美琴の全身を悪寒が駆け抜けた。

 いつの間にか、人の気配がなくなっている。それどころか物音一つしない。

 あれは危険なものだと、幾度か修羅場をくぐり抜けた経験が告げている。

 魔術師だと、美琴は確信した。

 それも、あのステイルといった男よりも、強い。

 知らぬ間に足が一歩下がっていた。握った手が汗で滑る。

 上条の方を見る。彼も女が危険な相手だとわかったのか、背中のインデックスを左腕でしっかり抱きながらも、右拳を構えていた。

 美琴も青白い稲光を全身にまといながら、戦闘態勢をとる。

 一歩、女が足を踏み出す。

 来る! 

 そう思った瞬間――

「お願いします。こんなことをいえる立場ではないとは重々承知しています。ですが、彼女の容態は一刻の猶予もありません。信用しろとはいいません。ただ彼女の傷を癒す時間を、少しの間だけ頂けませんでしょうか」

 女は、刀から手を離し、二人に向かって深々と頭を下げていた。

「ふえ? ちょ、ちょっとどういうこと?」

「いや、俺にふられてもなにがなんだか……」

 頭を下げたまま微塵も動かない女に、上条も美琴も困惑を隠せなかった。

 いったん放電するのをやめ、美琴は困ったように女に問いかける。

「えっーと、アンタ、魔術師よね。あのステイルとかいう不良神父の仲間の」

「はい。神裂火織と申します」

 素直に答えた神裂に毒気を抜かれ、上条は右手を広げ、続けて問う。

「っていうと、インデックスを保護しにきたのか?」

「……そうです」

 そう神裂と名のった女が答えると、美琴から再び電撃が走った。

「じゃあ、アンタね。インデックスにこんなひどい怪我をさせたの」

 神裂の持つ刀を親の仇のように見て、いつもより低い声を発する。

 その声で美琴がどれほど怒っているのか、上条にはよくわかった。

「…………そうです。その通りです。弁明はいたしません。……私が、彼女を切りまし――」

 神裂がそう言い切る前に、美琴は電撃を集中させ、雷の槍を放った。

 しかし雷の槍は、上条がとっさに突き出した右手に打ち消される。

「当麻、なんで――」

 美琴の抗議を無視し、上条は神裂に語りかける。 

「神裂っていったか。お前、今泣きそうな顔をしているの、自覚しているか?」

 美琴はその言葉に驚き、神裂を見る。

 よく見れば、神裂は何かをこらえるよな、罰を進んで一身に受けているような、そんな顔をしていた。

「ようするに、こうだろ。神裂は確かにインデックスを切った。それは確かだ。でも絶対怪我はしないという確信があったんだろ? 『歩く教会」っていったか。あれを着ているインデックスは、切っても傷つかないと信じてたから、切った。――でもそうじゃなかった」

 上条は強く唇を噛んだ。これからいう自身に返ってくる言葉の刃に耐えるようにいう。

「俺が……俺の幻想殺しがインデックスの『歩く教会』をぶち壊したから、インデックスは怪我をしたんだ。……そうだろ?」

 上条の言葉に目を張りながらも、神裂は沈痛な声でいった。

「あなたが彼女の『歩く教会』を? ……ステイルが敗れるわけです。ですが、あなたが気に病む必要はありません。直接手を下したのは、私なんですから」

 落ち込む二人を、美琴はどうしたらよいか迷う。

「えーと、んーと……ああもう! どういえばいいかよくわかんないけど、二人とも悪くない! それでいいわね!」

 反論なんて許さないという風に、強くいい放った。

 上条は口を半開きにして呆然となったが、我に返ると苦笑した。

「お前、ほんといい奴だな」

「……そうですね、二人ともお人好しです」

 神裂も、美琴と当麻、両者を見ながら思わず笑っていた。

「そんな笑い合ってる情況じゃないでしょうが!」

 美琴がビリビリを出して照れ隠しをすると、神裂の顔が真剣なものに戻った。

「そうですね。申し訳ありません。話を戻しましょう。――あの子を傷つけた私が治療を申し出るのは、筋違いだとは承知しています。ですがこの時だけ、どうかあの子を私に託して下さい」

 そういいながらも、神裂は刀に手をかける。

「もし断るのでしたら、力尽くでも奪わせてもらいます。……私にもうひとつの名前を、語らせないで下さい」

 魔法名――殺し名を言外にのべるといった神裂に、美琴の背中に怖気が走る。

 初めに対峙した雰囲気と、寸分違わぬものを神裂は発していた。

「お答え下さい。あの子を渡すか、渡さないか」

「ああ、わかった。お前に任せる」

 上条は、神裂の圧力をものともせず、即座に返答した。

「と、当麻! アンタなにいってんの? アイツはインデックスを保護しにきたっていったのよ。そんな奴が治療をしたいなんて、信じられるわけないじゃない」

 美琴はもちろん反論するが、上条はいさめる。

「確かに、これから保護するから渡せ、なんていわれたら、はいそうですかと簡単に渡しゃしねえよ。でも神裂は治療の為に少し時間をくれといってるだけだろ? だったら構わないだろ。インデックスが危ないのは確かなんだ。だったら治療してくれるなら、その案にのらない手はない」

 もちろん、その後で保護するとかいい出したら、全力で抵抗するけどな、そう付け足しながら、上条は笑った。

「アンタってほんと、バカね」

「うるせえ、自覚はしてるよ」

 本当に自覚してるのかと、美琴は嫌みらしくため息をついた。

「わかった。当麻がそういうなら、インデックスを任せてもいいわ。でも、もしインデックスに悪さしたら、アンタを全力でぶっとばすわ。常盤台のエースの名にかけて」

 神裂をきつく睨みつけながらも、美琴はとうとう折れた。

 神裂はまさかこの提案を受け入れてくれるとは思わなかったのだろう。驚きでしばらく動けなかった。

 しかし二人の了承をようやく理解すると、うつむき震える声でこういった。

「……ありがとう、ございます」

 神裂はすぐさま真剣な表情で顔を上げると、上条に歩み寄った。

 目端に涙が微かに溜まっていたのを、上条は見ていないふりをした。

「彼女を下ろして、うつぶせに寝かせて下さい」

 いわれた通り、上条はインデックスを下ろした。身じろぎすらせずに、粗い呼吸を続ける彼女を、痛ましげな顔で見る。

 上着を脱いでコンクリートの地面に引くと、インデックスをそこに寝かせた。

「一つ聞きたいことがあります。あなたの力は、結界破りや電撃を封じるだけのものですか?」

「いや、異能の力なら、超能力も魔術でも、なんだって打ち消せるのが、俺の幻想殺しの能力だ」

 自身の能力を本来は敵である神裂に、簡単に喋ってしまった上条に、隣で話を聞いている美琴は頭を抱えたくなった。

「ならばすみませんが、あなたは離れていてくれませんか。魔術による治療を行いますので、その効果まで打ち消されるわけにはいかないのです」

 神裂の言葉に上条は頷くと、力になれない無念さはあったが、あっさりその場を離れた。

 そのことに神裂は目を見開く。

 先ほど自身の能力を話したことといい、本来敵対関係である自分を信じたことといい、なんてお人好しな男なのだろう。

 神裂の口の端が、わずかに上がった。

「もちろん私は、ここで見張らせてもらうわよ」

 どすん、という音が聞こえてきそうなほど、美琴は勢いよく座った。

 苛立たしげに、青白い火花が散る。

 神裂が信じられないというのも、もちろんあるが、神裂にフラグを立てつつある上条への怒りの方が大きかった。

 美琴のはなつ異様な気配に押されながらも、神裂が宣言する。

「では、治療を始めます」

 インデックスの服をまくり上げ、神裂は巻かれた包帯を外し、ガーゼを優しく剥がした。

 いまだに生々しさを残す赤い傷口に、神裂は自身が傷ついたかのような顔をするが、すぐに傷の程度を毅然とした表情で確かめる。

 それから神裂が腰に下げていた巾着袋から取りだしたのは、どれも日常生活で使うもので、とても治療に用いるものではなかった。

「こんなのであんな大怪我治せるの?」

「……私が今から用いる術式は、日常生活で用いる品に魔術的意味を持たせ、それらを複数組み合わせることで発動するものです。本来ならばきちんとした霊装を用いたいところですが、あいにく持ち合わせていませんので」   

 美琴の疑問に、神裂はどこか懐かしむような、悲しむような表情で答えた。

「ふーん……やっぱ私には、魔術って理解できないわ。こんなので傷を治せたら、脳をいじってもレベル0の肉体再生(オートリバース)の能力ぐらいしか、発現しなかった能力者とか泣くわね」

 神裂は自分の知り合いにそんな人間がいたような気がしたが、インデックスの治療が最優先と、作業に集中した。

 懸命に日常用品を並べる神裂に、美琴は複雑な表情を浮かべる。

 どうしてあの不良神父は、インデックスを道具扱いしていたのに、目の前の女性はこうも必死にインデックスを治療しようとするのか。

 インデックスの頭にある魔導書が大切だから? 実際、そうかもしれない。

 だが、それだけの理由で、まるで瀕死の親友を必死で助けようとするような、こんな痛ましい表情をすることができるのだろうか。

 疑問が頭をめぐるが、苦しげに息を荒げるインデックスの横顔に浮かんだ、嫌な汗を拭く作業に没頭した。

 五分ほど経っただろうか、全ての日用品を並べ終えた神裂が、誰にともなく告げた。

「……完成しました」

 美琴は初めはそれを、ただがむしゃらに道具を並べているだけに感じていたが、今はまるで何かの儀式を行うための陣のように見えた。知らずに喉が鳴る。

「では、術式を発動させます。少し下がっていて下さい」

 美琴はしばしインデックスを心配そうに見つめたが、素直に神裂の言葉に従った。

 それを見届けると、日常品の一つに手を掛け、神裂は何事かを唱えた。するとそれが突然光りだし、他の日常品も呼応するように光り始める。

 美琴は声も出せずに、息を飲む。光は勢いを加速的に増し、中央に眠るインデックスの傷の上に収束していく。

 目が眩むような、強い光が辺りを照らした。美琴は耐えられずに目をつむる。

 徐々に光が収まっていき、ゆっくりと目を開く。

 するとそこには、先ほどの大怪我が嘘のように消えた、インデックスの白磁のような肌があった。

 血液が多少付着しているが、傷はもううっすらとしか残っていない。

 インデックスの呼吸も落ち着いたものに変わり、今は安らかな寝息を立てている。

「……これが魔術? こんなに簡単に治せるなんて」

 超能力とは明らかに違う、異様な光景を見て、この時始めて美琴は本当に魔術の存在を認めた。

「治療はこれで終了です。あとは安静に寝かせてあげて下さい」

 大きく息をつき、神裂は心底安堵した表情で、美琴に告げた。

 美琴は神裂が本来敵であることを忘れ、お礼をいおうとした。

 しかしその時――

「美琴! 神裂! 治療は上手くいったのか? ――すげえ、完全に塞がっている……って、インデックスさんの白い肌があらわなままに!」

 その瞬間、美琴と神裂は無言で立ち上がった。互いに目配せを送り、頷く。

 美琴から、火花がパチパチと散った。

 神裂は刀に手を掛け「七天七刀……」とその名を呼ぶ。

「アンタって奴は…………こんな時でもお約束をかますかあ!」

「七閃っ!」

 美琴の電撃が荒れ狂い、神裂の一度に七つの斬撃が、インデックスの肌を見て真っ赤になって慌てふためく上条に襲い掛かった。

「ちょ、ちょっと待って下さーい。これは不幸な事故だった――って、おわあ! 死ぬ! 上条さんでもさすがに、二人同時は無理ですから! いや、まじで……ギャアーー今かすった! 血が出た! も、もうこれ、ほんと、ふ、不幸だっーーーーー!」

 情けない悲鳴をあげ、上条はステイルと対峙した時以上の必死の表情で、二人の鬼から逃げ去った。 








































































インデックスの治療をしたのは、神裂でした。


 親友であるインデックスの治療を、見ず知らずの信用できない赤の他人に、任せっきりにするのかと原作で感じていた為、今回はこのような形にしました。
 魔術関連の知識があったら、もう少し具体的な描写をしたかったのですが。いつかできれば修正したいです。
 

 ……小萌先生ごめんなさい、出番が全くなくて。


 文芸部の締め切りがかなりやばい為に、次回の更新は遅れます。五日以上は空けないつもりですので、それまでお待ち下さい。




 次回は上条さんの説教が炸裂します。



[17768] 第六話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/04/16 01:36
 あちこち服をずたぼろにされながらも、上条はなんとか生き残れた。

 身体のところどころが七閃に切られたり、美琴の直接攻撃(例のちぇいさーキック)で痣ができているが、支障は特にない……ことにしておいた。

 なんでステイルと戦った時より傷ついてんだ。

 不条理な女性陣にこっそりため息をついた。

 一方、美琴はというと、先ほど一時共闘していた神裂を警戒していた。

「で、インデックスの治療は終わったけど、アンタはこれからどうするの?」

 インデックスに手を出すなら容赦はしないといわんばかりに、片手に電撃を収束させている。

 神裂は眠ったままのインデックスに数秒目を遣り、魔術師としての態度で美琴に臨んだ。

「……今日のところは退かせていただきます。ですが、ゆめゆめ忘れないで下さい。我々はインデックスを保護するために来ました。後日、迎えにあがります」

 神裂は闘気を宿した目で、美琴を射貫く。

「抵抗はなさらないで下さい。あなた達では、私に敵いませんから」

「ちょろっとアンタ、私を舐めてない?」

 美琴の電撃が光りを増す。スタンガンのスイッチを一斉に入れたかのような、凶悪な音が鳴る。

「さっきのアンタの技、アレって魔術じゃないでしょ。七本のワイヤーを使って、あのバカに一度で七つの斬撃を放った。そうでしょう」

「……よくわかりましたね」

「金属探知くらい、電撃使い(エレクトロマスター)の私にはわけないわ。あんなの、放った瞬間に感電させてやるんだから」

 ふん、とつまらなそうに美琴は鼻を鳴らした。

「ですが、私にはまだ真説の唯閃があります。この七天七刀、飾りではありません。私にコレを使わせないで下さい。気付いた頃には、体が真っ二つになっていた、なんてなりたくなければ」

 挑発ともとれる神裂の言葉に、美琴はポケットから取りだしたコインを弄びながら、青筋を浮かべた。  

「ふーん、それって音速の三倍以上速いのかしら?」

 両者の間に、美琴の電撃によるものではない、火花が散っていた。今にも戦闘を始めかねない勢いで、睨み合っている。

「あのなあ、それよりもインデックスを、安静な場所で寝かすのが先だろうが」

 いつの間にかインデックスを背負った上条が、白けた目で二人を見ていた。

「わ、わかってるわよ。そんなことぐらい。ただ、この女がインデックスに悪さしないかと思って」

 美琴は口を尖らせていじけたようにいうと、素直に電撃を消した。

「では、私は行きます。次に会った時は、絶対に抵抗しないで下さい。……私は、名乗りたくありませんから」

 神裂は一礼し、そのまま踵を返して歩き出した。それを上条が呼び止める。

「待てよ。聞きたいことがあるんだ」

 振り返らぬまま、足をとめた。無視して進むか、戻って話を聞くか迷っているようだが、上条は構わずに言葉を続ける。

「お前は、どう見たってあのステイルっていう魔術師とは違う。インデックスをモノ扱いしていたアイツと違って、必死でインデックスを助けようとしていた」

「……死なれたら、魔導書の保護ができないからかもしれませんよ」

 他人事のようにいう神裂に、上条は即座に否定する。

「いいや、違うな。それだけしか考えてない人間は、あんな顔はしねえ。……なあ、ほんとはわかってんだろ? インデックスは危険な爆弾をたくさん抱えた人間なんかじゃねえ、ただの女の子だって。――なのに、なんで追い詰めるようなまねをしたんだよ。始めからお互い話し合って理解して、傷つけるようなまねなんかしなくても……なんでだよ」

「当麻……」

 歯を食いしばり、今にも泣き出しそうな上条に、美琴はただ名前を呼ぶことしかできなかった。

 神裂は振り返り、上条を非難するような目で睨んだ。しかしすぐにうつむき、腹の底から絞り出すような声でいう。

「私だって……好きでこんなことをしている訳ではありません」

 恐る恐る、神裂は顔をあげる。その瞳には、ありありと迷いが見て取れた。

「聞けば、後悔するかもしれませんよ。それでも……聞きたいですか?」

 上条は迷うことなく頷いた。美琴はためらったが、上条の即断を見て決心する。

「いいわ。……訳を訊かせて」

 そんな二人を、神裂はどこか疲れた表情で見ていた。

 人生の底辺にいる人間が輝かしい人を見上げるような、その輝かしい人も自分のように堕ちることを知っているかのような、そんな疲れ切った表情だった。

 神裂は語ることすら煩わしいかのように、重たげに口を開く。

「私は、あの子と同じ組織――必要悪の教会に所属しています。彼女は私の同僚で――親友、だったんですよ」

 上条の目が、驚愕に見開かれた。美琴は胸を押さえるように手をやる。

「嘘……そんな、あの子はアンタたちのこと、悪い魔術師だって」

「嘘では、ありません」

 微かに震えながら、神裂は告げた。

「あの子の記憶は、一年前から一切ありません。私達が消しました。そうしなければ、あの子が死んでしまうから……だから、消しました」

 夏の熱気が、一気に真冬の寒気に変わったような、そんな寒さを美琴は感じた。神裂が何をいっているのか聞こえているのに、理解できない。理解したくない。

「なによ……それ」

 両手で体を抱いて、美琴は得体の知れぬ寒さに震えた。

 上条もまた、妙な乾きに襲われていた。喉がやけにひりつき、水分を欲している。

 かすれた声で、それでもどうにか訊ねた。

「……どういうことだよ。なんでお前達が記憶を消さなきゃ、インデックスが死ぬんだ」

「彼女が完全記憶能力を持っていることを、あなた達は知っていますよね」

「あ、ああ。それでインデックスは一〇万三〇〇〇冊の魔導書を記憶しているって」

「そうです。それだけではありません。彼女は魔術を扱う素養がないため、魔術を用いることはできません。ですが、あらゆる知識を引き出し、組み合わせ、応用し、実践することで、私達の追撃から一年も逃がれました。あなた達のような、特殊な能力もない少女が、です」

 それがどれだけ異常なことか。

 上条はなんなくステイルを倒した。しかしそれは美琴の協力があったからであって、更に実戦経験をいくつも経験したことが大きい。

 それがなければステイル本人はなんとか凌げても、幻想殺しが効かなかったイノケンティウス相手に、焼死していただろう。

「彼女は紛れもない天才です。教会がまともに彼女を扱おうとしないほどに」

 神裂は、インデックスを天才だ、まともに扱おうとしないのだという。

 でも、上条当麻という人間は、そんな些細なことなど気にもしない。

「……いくら天才でも、あいつはただの女の子だよ。腹を空かしてベランダで行き倒れるような、ちょっとおかしなところもあるけど、普通に笑って泣いて、そして自分より他人のことを心配するような、そんな優しい普通の女の子だ」  

 その言葉に、神裂は自嘲するように笑った。

「そうです、彼女がいくら天才といっても、体は凡人と変わりありません。一〇万三〇〇〇冊の魔導書に85%もの記憶領域を圧迫され、残り15%で辛うじて一年間の記憶を保持できる彼女の脳は、なんら私達と変わらないものです」

「っ……!」

 上条は息を飲んだ。神裂がいったことがとても信じられず、言い返す。

「そんな……いくら一五%しか残ってないからって、一年しか記憶できないなんて」

「忘れましたか? 彼女は完全記憶能力者ですよ。ほんの些細な、すれ違った人の顔や、地面に転がった石の大きさや数といった、そんなゴミ記憶でも彼女は忘れることなく、全て覚えています」

 死刑宣告を告げる、性根は優しい執行人のように、神裂は口元を悲しげに歪めて答えた。

「……残り15%しか脳を使えない彼女にとって、忘れられないということは、致命的なんです。一年以上の記憶を保持し続けようとすれば、あの子は死んでしまう。だから、忘れることができないあの子の代わりに、私達が記憶を消しているんです」

 上条は何もいえず、ただ黙ることしかできなかった。

 頭では嘘だ、信じられないという反面、奥底では神裂の言葉を認めてしまっている。

 背中から伝わるインデックスの暖かさを、どこか遠いもののように感じた。

 美琴も黙って二人のやりとりを聞いていた。神裂の言葉を震えながら聞いていた。

 だが美琴は、それでも一切の情報を聞き逃すことなす神経を研ぎ澄ませ、理解したくないという恐れをはね除け、ひたすら考え続けていた。

 どうすれば、インデックスを救うことができるのか。

 アイツのように誰にも聞こえない助けを呼ぶ少女を、どうすれば助けられるか。

 インデックスのように天才ではない、たった一四年しか生きていない小娘の、努力で培ってきた知識を総動員して、美琴はインデックスを助けることだけを考えた。


 それが、今繋がった。


 美琴は震えている。

 インデックスを救える歓喜に、ただ震えている。

「二人とも、なに馬鹿なことをいってるの?」

 浮かぶ笑みを押さえきれず、まるで挑発するかのようにいう。

 上条も神裂も、そんな美琴をいぶかしげに見つめていた。

 美琴はもう、笑みをこらえきれなかった。


 何故なら彼女を助ける術を見つけたのだから。


「完全記憶能力者が、いくら残り15%しか記憶できないからって、一年で死ぬ訳ないじゃない」

 力強い笑みで、美琴は上条を指さした。

「アンタねえ、そんなこともわからないの? だからいつも馬鹿な点数しかとれないのよ」

「美琴? どういうことだ?」

 名前を呼ばれたことに若干照れながらも、美琴は胸を張って説明する。

「いい? あんた達のいってることが正しいとしたら、完全記憶能力者は、六、七年しか生きられないってことになるのよ。でも、そんな話聞いたことある? 現にテレビじゃ、中年の完全記憶能力者が出たりしてるのに」  

 まるで天動説ではなく、地動説が正しいと証明された宗教者のように、二人は唖然とした。

「そもそも人は、例え全てを覚えて生きても、一四〇年分の記憶を保持することができる。それに、人の記憶はごちゃ混ぜに覚えてるんじゃなくて、ちゃんと入れ物ごとにわけて保管されているの。んで、インデックスの魔導書の知識は、意味記憶という言葉や知識を司る入れ物に入れられてる」

 他には水泳みたいな、繰り返し練習・学習することで習得する記憶を司る、手続き記憶とかもあるけど、と美琴は出来の悪い生徒に更に教えていく。

「それで、あんた達が懸念している思い出は、エピソード記憶という入れ物に入れられているわけ。インデックスだって記憶を失っても、歩き方や話し方を忘れたわけじゃないでしょう?」

 美琴の問いに、神裂は機械のように首を縦に振った。

「それはこうして記憶が、入れ物ごとにわかれているおかげなの。わかる? 要はいくら意味記憶を増やしたからといって、エピソード記憶が圧迫されるなんて、脳医学上絶対にありえないのよ」 

「しかし、あの子は現に苦しんでいました。一年経つと、初期症状として頭痛が現れ、それがひどくなっていったんですよ」

 自身が信じていたものが崩れていくことを感じながら、なおも神裂は言いつのる。

「アンタねえ、上のいっていたことだけを信じて、他に原因があったとは考えなかったの?」

 その言葉に、上条はようやく気付いた。

「……まさか、教会がなにかを仕組んだ? もともとなにもなかった、インデックスに」

「正解。上条君にはギリギリで及第点をあげる」

 にやりと美琴は笑った。

 神裂はその場にへたりこんだ。

 先ほどあれほどまでに他を圧倒する重圧が、今は微塵も感じられない。まるで迷子の子供のように、震えていた。

「うそ……です。だったら、私達が今までしてきたことは? 一年ごとに記憶をなくすあの子のために、思い出を作って、日記やアルバムを残して……それでも全て忘れられて、悲しい顔でごめんと謝られて……」

 神裂の独白を、美琴と上条は沈んだ表情で聞いた。

 彼女の苦しみは、痛みは、実際に経験した者にしかわからない。

「そんなあの子にたえられなくなって、あの子と思い出を作るのを諦めて、ならいっそのこと敵に回って、そんな思い出を作らないと決心して……なのに……こんなこと……」

 嘘です、と神裂は呟いた。

 美琴はやるせない気持ちでいっぱいだった。

 インデックスを助けようと思えば、彼女の今までの想いを、全て粉々に打ち砕くことになる。何も知らずにインデックスを追い詰めた自分を、神裂は許せないだろう。

 もしかすると、あのステイルも心を鬼にして、インデックスと対峙していたのかもしれない。

 それでも美琴は、インデックスを助けようと思った。

 いつか、神裂達がインデックスと笑いあえることを願って。

 だから彼女は、後を幻想殺しの彼に託す。

「当麻、わかってるわね」

「ああ……教会が関わっているんだったら、なにか魔術的な措置でもとられてるんだろ」

「インデックスの脳をいじってる奴らのことよ。きっと壊されそうになった時の、なにかしらの対策をとってるに決まってんわ」

「関係ねえよ。俺には」

 上条は、こんこんと眠り続けるインデックスを、壁にもたれさせかけ座らせた。

 右手に力を込め、何かを決意するように胸の前で握る。


「だったら、全部まとめてそんな戒め(げんそう)、ぶち殺してやる」


 いまだ背後で震えるだけの神裂に、上条は激情を潜めた声で語りかける。

「立てよ神裂」

 びくりと、肉食獣に見つかった獲物のように、神裂が大きく震えた気配がした。もしかすると、泣いていたのかもしれない。

「ずっと、この時を待ってたんだろ。インデックスの記憶を何度も消して、辛い思いをして、諦めて。でも本当は、心の底では、助けたかったんだろ。なのにお前は、なにをしている? 敵に回ってでも守りたかったインデックスを助けられるってのに、なに勝手にへたってんだ?」

 喉を振るわせ、たたきつけるように叫んだ。

「テメェは、インデックスを助けたかったんじゃねえのか! 他の誰でもない、テメェの手で、インデックスを助けたかったんじゃねえのかよ! 女の子を命をかけて守る、そんな主人公になりたかったんじゃねえのかよ! なのに、ちょっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねえよ!」

 しかし、神裂は立ち上がらない。なにもいわない。

 上条は右手を横に遣り、

「その気がないなら、そこで震えてろ」

 己のただ一つの武器を見せつける。


「俺は、主人公になりに行く」


 そういって上条は、インデックスの額に右手を触れさせようとした。

 だが――そこでようやく、少女のために、一人の魔術師が立ち上がる。

「……待って」

 まだ震える足を手で押さえ、もつれながらも立ち上がる。

「……待って、下さい」

 愛刀、七天七刀に手を掛け、震えをどうにか抑える。

「助けます……」

 荒れる呼吸を宥め、決意に満ちた表情で宣言する。

「私が、インデックスを助けます!」

 先ほどの動揺を微塵も感じさせない神裂に、上条は笑う。

「よく、決意したな」

 さきほどの険のあった声を微塵も感じさせない、優しげな声と笑顔で、上条は立ち上がってくれた神裂を称えた。

 すると神裂は、顔を真っ赤にして、先ほどの決意はどこへやら、恥ずかしそうにうつむいた。よく見ると、若干嬉しそうな顔をしている。

「……こんの旗男が」

 そんな二人に、美琴がいらだち混じりに吐き捨てると、青白い電撃が指先から弾けた。




 
 それからしばらく。

 なにか反論し続ける上条に、容赦なく電撃を放ち続けた美琴は、とりあえず気が済み、攻撃をやめた。

「な、なぜに美琴さんは、こんな仕打ちを?」

「ふんっ! アンタはいつも無自覚なのよ」

「……?」 

 お約束も終わり、三人はインデックスへの対処をどうすべきか相談した。

 神裂がいうには、教会が何かしら魔術的措置を施したのなら、どこかに刻印があるはずらしい。

 そこで美琴は記憶に干渉するものなら、頭のどこかにあるんじゃないといった。しかしそれらしいものは見あたらない。

 そこで上条がケータイの明かりを頼りに、インデックスの口内を覗くと、喉の奥に不気味な紋章が一文字、刻まれていた。

 すぐさまこれを壊そうとする上条を、神裂がとめる。

 なにが起こるかわからない以上、通りでも紋章を消すのは危険だ。

 それに、今までインデックスを守るために泥を被り続けたステイルも、彼女を救うことに加わらせてほしい。

 上条はしばし嫌そうな顔をしたが、美琴はやはりそうなんだとしたり顔で頷いていた。

 こうして三人は上条の寮へとやって来た。

 まだ人払いが発動しているのか、寮内に人の気配はなく、不気味な静けさに満ちていた。

 エレベーターは何故か動かなかったので(まあ十中八九美琴の電撃のせいだろうが、上条は黙っていた)、階段を使って上条の部屋がある階まで上がる。 

 するとそこに広がっていたのは、無残な光景だった。

 壁や地面が高熱で解けていて、もろもろに崩れている。更にスプリンクラーや蛍光灯やらの残骸が、辺りに散らばっていた。

 おそらくこの階にある電化製品はほぼ全滅しただろう。

 残り二割の上条宅の電化製品は、どれだけ生き残っているか。日頃の不幸を鑑みた時点で、上条は考えるのをやめた。目からしょっぱい水が流れているのは気のせいだろう。

 しかしなにより悲惨なのが――

「美琴さん、あなたの超電子砲が一番の被害をたたき出しているのですが。正直、シャレになんないんですが」

 美琴がイノケンティウスに放った超電子砲は、廊下を無茶苦茶に傷つけていた。発生した衝撃波と相まって、それはもう絶大な被害を生み出していた。

 夏休みが終わり、地元から戻ってきた学生が見たら、目をむくこと間違いなしだろう。

 とりわけ壁を撃ち抜いて空いた大きな穴から、生暖かい風が吹いてくることに、なんだか上条は世の無常を悟った。涙腺が再び緩みそうになる。

「う、うっさいわね! あの時はあんまりにも不良神父にむかついたから! ……い、いつもはこうじゃないのよ?」

 毎度毎度の美琴のビリビリを思い返し、上条は嘘だと思いつつも命が惜しいので、黙りを決め込んだ。

 ぎゃいぎゃい騒ぐ美琴を余所に廊下の端を見ると、ステイルがしゃがみこんでタバコを吸っていた。

 痛む頬に顔をしかめながら、白く濁った煙を吐く。

 上条と神裂はそこに哀愁を感じたが、美琴はあえて空気を無視してずかずか進む。

「うっわー、ガラわるぅ」

 そういいながら美琴が近寄ると、ステイルは慌てたように立ち上がった。

「な、なんだ君は? と、とどめを刺しに来たのか。簡単に僕の命をとれると思うなよ」

 口では大層なことをいいながら、にじりにじりとステイルは後に下がった。切り札を簡単に潰された美琴に、どうやら苦手意識を持ってしまったらしい。

「べっつにー、とどめなんか刺さないわよ。私は、アンタに朗報を届けに来たの」

 そこでようやくステイルは、美琴の後にいる二人(正確には三人)に気付いた。

「能力者と……神裂か? 何故そいつらと共にいるんだ。……ていうか君、なに彼女を背中にしょって、我がもの顔でいるんだ」

「我がもの顔ってなんだよ。って、おいっ、なに炎剣出してんだ。ま、待て待てステイルさん、顔がとても怖いことになってますよー。……もしや、インデックスに手を出すな! 的なノリですか?」

「……死ね、能力者」

「どわはぁぁぁ! マジですか? マジなんですか! やめ、危ねえって! インデックスも巻き込むぞ!」

 そういうと、ステイルの動きがとまった。ちっ、と舌打ちすると、炎剣を消す。

「……うわあ、アイツって本当はインデックスにゾッコンじゃない。前の口上はツンデレだったんだあ」

 ちゃっかり自分のことを棚にあげて、ぶっちゃけちゃう美琴センセーであった。

 神裂は引きつった笑みを浮かべながらも、いきり立つステイルをなだめ、事情を説明した。

 最初は訝しげに聞いていたステイルだが、徐々に表情が険しくなっていく。

 インデックスの治療は済んだこと。

 現在上条と美琴とは休戦していること。

 ……そして、インデックスの記憶を消さなければならない真の原因は、教会に施された魔術であるということ。

 くわえたタバコが、白い灰とともに落ちていった。

「僕達は、騙されていたのか?」

 何もいえず、神裂は小さく頷くことしかできなかった。

「僕達のしてきたことは、無駄どころか、あの子の害にしかならなかったっていうのか?」

 無機質な、誰に問うわけでもない声。

 ステイルは拳を握り、壁に叩きつけた。

「冗談じゃない……! 僕は、僕達はいったいどんな思いで彼女を追いつめていたか。どんな思いで記憶を消してきたか。今更そんな事実を知らされて、どうしろっていうんだ!」

 血を吐くような叫びを上げ、手の内から炎を伸ばす。それは剣の形をとり、インデックスを背負う上条に向けられた。

 美琴は咄嗟に前に出ようとするが、進路を塞いだ上条の背に制される。美琴はそれでも強引に進もうとするが、背中からでも伝わる気迫が許さない。

「バカ……」

 一言、それだけぽつりと呟いた。

 上条は眼前で燃えさかる炎の剣に臆することなく、目をそらさずにステイルを見る。

「インデックスを下ろせ、能力者。今から彼女の記憶を消す」

「ステイルっ! あなたはさっきの話を聞いて――」

「黙っててくれ! 仮に教会に施された刻印を消してどうなる? それを解除されてどうなるかわからないのに。もう一度刻印を施されない保証などないのに。そんなリスクを冒すぐらいなら、彼女の記憶を消した方がましだ!」

 ステイルの言い分ももっともで、神裂はなにも言い返せずに口をつぐんだ。

 眼前の敵を射殺すように睨み、ステイルは宣告する。

「選べ、能力者。このまま彼女の記憶を消すのに同意し、元の日常に帰るか。それとも拒否し、ここで骨まで残らず火葬されるか」

 上条はしかし、答えない。

 インデックスを背負う手に力を込め、ステイルを正面から見つめる。

「お前は、どうしたいんだ」

 答えの代わりに、問いに問いで返す。

「インデックスを助けたいのか、助けたくないか」

 上条の言葉に、ステイルの意志のようにまっすぐに伸びた炎剣が揺らぐ。


「お前はインデックスを助けたかったんじゃねえのかよ」


 ステイルは言い返そうとした。

 そうだ、僕は彼女を助けたい。だから記憶を消すのだと。

 だが、口は渇き、言葉を紡ごうとするも果たせない。

 上条はステイルに背を向け、自宅へと歩き出す。

「ま、待て……」

 ステイルは呼び止めようとするが、上条の背で穏やかに眠るインデックスを見て、それ以上強くいえなかった。

「インデックスを助けたくなかったら、俺の足を焼き切るなりなんなりして、とめてみせろよ。インデックスを取り戻して、記憶を消してみろよ」

 歩を緩めることなく、いい切った。

「でも、お前はこんなことがしたくて強くなったのか?」

 呼吸が死んだ。

 ニコチンやタールで汚れた肺に、酸素を上手くとりこめない。喘ぐように口を動かすが、言葉は出ない。

「もう、思い出を消さなくていいんだ。手を伸ばせば届くんだ」

 何度否定しても、記憶を消した方がいいと理性は告げても、


「――いい加減に始めようぜ、魔術師」 


 ステイルの心は、インデックスを救いたいと叫んでいた。

 炎剣を消したステイルは、上条をとめるためにも、かといって上条に協力するためにも動くことができず、一歩も前へ進むことができなかった。

「ほんと、あのバカって偉そうに説教するわよね。人様になんかいえるほど、長く生きてるわけでもないのに」

 助けを求めないインデックスにいったことも忘れ、美琴は上条の後を追いながらステイルに語る。

 決してステイルの方を振り返らずに。

「でも、不思議と当麻の言葉って響くでしょ」

 それだけいうと、後は何もいわずに上条に並んだ。

「……ステイル、あの少年と少女を信じましょう。こんな私たちでも、まだあの子にしてあげることがあるはずです」

 神裂も優しくステイルの肩を叩くと、上条と美琴についていった。

 荒れ果てた廊下でステイルだけが動けず、三人の背を憎々しげに――でもどこか羨むように見た。

 前を行く三人には聞こえない声で呟く。

「……バカが。勝手に僕を理解したようなことをいって。なにも知らないくせに……」 

 ほんの数秒逡巡していたが、ステイルは顔を上げ前を見据えた。

 視線の先にあるのは、彼が世界で一番大切に想っている少女。

「インデックスを守るのは、未来永劫変わらず、この僕の役目だ」

 吐き捨てるように昔誓った言葉をいうと、ステイルは一歩前へ歩き出した。

 インデックスを、誰でもない自分が救うために。






















































 今回は魔術師二人に火をつける回でした。
 美琴の出番をあまり作れませんでしたが、やっぱり上条さんの説教はいいものです。
 一巻から原作以上に神裂にフラグを立てている気がしますが、たぶん気のせいです。
 


 正直今は軽く死にそうになってます。文芸部の締め切りはあるわ、新歓活動はあるわ、講義は始まるわ……で、でもなんとか頑張って投稿します。



 次回はVSインデックスです。
 その時、上条は――



[17768] 第七話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/04/16 01:51
 すっかり夜も更けた、上条宅にて。

 インデックスを囲むように、上条をのぞく三人は立っていた。

 上条だけは座っていて、片膝の上に寝かせたインデックスを優しく見つめている。

 このことに強く反発するものが約二名いたが、神裂の緊急事態という言葉にしぶしぶ電撃やら炎剣やらをおさめた。そういった神裂の頬も若干引きつってはいたが。

 上条の部屋はいつもと様子を変えていた。

 細かい日常品などは全てしまわれ、テーブルなどの家具も邪魔にならないよう隅に追いやられている。

 更に天井や壁一面に、ステイルとの戦闘時に見た紙がところせましと貼られていた。

 インデックスの刻印を消した瞬間、なにが起こるかわからないからだ。

 大がかりな迎撃魔術が発動するかもしれないし、インデックス自体に害を及ぼす魔術が発動するかもしれない。もしかすると想像の斜め上を行く事態が発生するかもしれない。

 どちらにせよ上条の右手で打ち消せるであろうが、念には念を入れて置いて損はない。

 貼られた文字の書かれた紙――ルーンとステイルはいったが、これもいざという時にイノケンティウスを呼び出す為のものだ。

 更にステイル、美琴、神裂の服に防護の加護をもたらすルーンが張られている。

 ステイルは美琴にルーンを施すのを嫌がった、というよりあまり美琴と関わりたくない気持ちが見え隠れしていたが、神裂に諭されしぶしぶ従った。

「アンタのしょぼい紙切れなんかが、役に立つの?」

 美琴にそういわれたことに、自尊心が揺さぶられたことも理由の一つである。ステイルは全てが終われば、ルーンの改良をすることを固く決めた。

 上条に張られていないのは、どうせ彼の右手が魔術を打ち消すので、意味がないと判断されたからである。

「みんな、覚悟はいいか」

 緊張をはらんだ声で、上条が確認する。

「いつでもいいわよ」

 美琴は指先から電撃を飛ばし、調子を確かめながら、

「こちらは構いません」

 神裂は七天七刀に手を掛け、静かに佇みながら、

「……ふん、ルーンの配置はすでに終えてある」

 ステイルはタバコに火をつけ、一吸いして紫煙を吐きながら、

 三者は準備が完了したことを告げた。

 上条は頷き、インデックスの口元に右手を持って行く。

「……んん、とう……ま?」

 うっすらと目を開いたインデックスが、上条の名をよんだ。

「おっ、インデックス。目を覚ましたか?」

 緊張を感じさせない、明るい声で上条は嬉しそうに笑った。それに応えるように、インデックスも弱々しく微笑む。

 意識がまだ朦朧としているのか、インデックスは上条の部屋の異変に気づいていない。美琴はおろかステイルや神裂の存在すら、認識できていなかった。

「とうま、夢を見たんだよ。顔はぼやけてよくわかんなかったけど。……たくさんの誰かと楽しそうに笑ってたんだあ」 

 インデックスは、ただただ幸せそうに微笑む。

 それは、脳ではなく心に残った記憶が見せた、消されてしまった幸せな思い出の残滓であったのか。

 上条は頷きながら、インデックスの頭を撫でた。

「いい夢見たな。でもな、次起きたら、もっと楽しいことが待ってんぜ」

「……もっと、楽しいこと? とうまがおいしいご飯でも、食べさせてくれるの?」

「ああ、約束する。でも驚くなよ? おいしいご飯だけじゃねえぞ」 

「そうなんだ……楽しみだなあ」

「楽しみにしとけ。だから今は、もう少し寝てろ。起きたらきっと、楽しいことしか待ってないから」

「うん……わかったよ。それじゃあとうま……おや、すみ……」

「おやすみ。インデックス」

 そういって再び意識を失ったインデックスに、上条はずっと優しい笑顔でいた。

 もう一度、インデックスの柔らかな銀髪を撫でると、表情を改める。

 そこには覚悟を決めた上条当麻がいた。

「約束するさ。お前の幻想(きおく)を、消させはしないって」

 少女の幻想を守る右手に懸けて、眠るインデックスに誓った。

「当麻、助けるわよ」

 上条が振り返ると、ここまで一緒に付き合ってくれた少女がいた。

 自身の危険を顧みず、全力を持って不幸な女の子を助けようとする、とても強い少女だ。

「絶対、インデックスを助けるわよ」

 信頼できるパートナーである御坂美琴に、上条は深く頷いた。

 上条は左手でインデックスの口を開けさせ、右手の指をゆっくり入れていく。ぬるりとした感触に妙な罪悪感を感じながらも、奥へ、奥へと。

 そしてとうとう、喉の刻印に触れた。

 瞬間、何かが割れるような甲高い音がして、上条の右手は吹き飛ばされた。

 それが異能の力であるならば、神の奇跡であろうが打ち消せる右手から、血が滴り床を汚していく。

 歯に引っかかった訳ではない。純粋な異能の力で右手が傷ついていた。

 誰かがインデックスの名を叫んだ。

 予想外の出来事に呆然としている意識を瞬時に覚醒させ、上条はインデックスの方へ向く。

 寝ていたはずのインデックスは、両目をしかと開き、幽鬼のような足取りで立ち上がっていた。

 その瞳には真っ赤な魔方陣が浮かび上がり、不気味な赤い光を放っている。

「――警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで前結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、一〇万三〇〇〇冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 普段の明るく可愛らしい声とは正反対の、無機質で底冷えのする声と共に、インデックスに隠された迎撃システムが作動する。

 気づいたときには上条の身体は宙を舞い、壁に叩きつけられていた。

「あれは……『自動書記』?! 非常時でもないのに何故?」

 神裂の疑問に、今のインデックスが答える訳もない。

「よくわかんないけど、アレが教会が仕組んだ迎撃魔術とかなんとかでしょ!」

「しかし、あの子は魔力が一切ないはずだ。刻印の魔力だけでは、たいしたことはできないはずだが……」

 ステイルはそういうが、美琴はアレがそんな生易しいものではないと直感した。

 苦悶の声をあげ、立ち上がれないでいる上条に駆け寄り、庇うように右腕を突き出し電撃をまとわせる。

 その間にも、インデックスの不気味な声が朗々と何かを語る。その内容の半分も理解出来ない美琴は、しかし不適に笑っていた。

 ここからだ。

 ここから、ようやく始められるんだ。

 インデックスを、完全無欠に救い出すシナリオが!

 歓喜に呼応した電撃が、一気に最大電力まで高まった。

 青く白い稲光が、美琴の右腕で踊った。

「――これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

 凄まじい音と共に、インデックスの両目にある魔方陣が拡大した。それはインデックスの視線と連動しているようで、顔を上げるとあわせて魔方陣が追従する。

「ド、『竜王の殺息』だと……なぜ魔力のない彼女が、そんなふざけた魔術を!」

「いけません! アレは、人の身で防ぐのを考えることすら馬鹿らしい、伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義のものです! 逃げて下さい!」

 二人の魔術師が声を張り上げるが、美琴は取り合わない。ただ己がするべきことを果たすため、インデックスに対峙する。

 インデックスが、人には理解できないなにかを歌う。すると眉間から火花がはじけ飛んだ。

 それは美琴の青白い電撃とは対照的な、暗く、真っ黒な雷のようなものであった。

 それは、バキバキと音を立て空間を侵略している。

 いや違った。空間を侵略しているのではない。それは空間の亀裂そのものだった。

 魔方陣を中心とし、植物が根を張るように、空間の亀裂を大きくしていく。闇夜のような穴から、家畜などではない、獰猛な獣のような臭いが部屋を充満する。

 学園都市の頂点に立つ、レベル5でもこのようなことはできないであろう。少なくとも美琴にはこんなデタラメな現象を起こすことはできない。

 もしかすると、自分は死ぬかも知れない。

 それでも美琴は不適な笑みを崩さなかった。

 右手の震えは武者震いであり、インデックスを救えることへの歓喜に震えるものだ。

「命がけで誰か救おうなんて、あのバカがうつったのかしらねえ」

 命を投げ打ってでも妹達を救おうとしたことをすっかり忘れ、雷の槍を形成する。

「でも、なんでかな。それがとても誇らしいことだって、思えるのは」

 美琴がそういった瞬間、亀裂の奥から爆音が響いた。だが負けじと美琴は声を張り上げる。

「いつまで寝てる気! 私をこんなにした責任、とりなさいよ!」

 瞬間、極太のレーザーのような光の柱が、美琴に襲いかかった。

 自分の電撃ではおそらく防げないであろう、その一撃を前にして、美琴は最後まで目を逸らさなかった。


 だって、美琴の主人公(ヒーロー)は、ピンチの時には必ず助けに来てくれるのだから。


 美琴の背後から、右腕が突き出された。
 
 それは美琴を守るように右手を開く。たったそれだけで暴悪な光の柱を受け止めて見せた。

「……ったく、お前ってやつは。傍から聞いたら誤解されそうなこと、いってんじゃ……ねえよ!」

 しっかりと両の足を地につけ、光の柱の重圧に耐えながら、上条は顔をしかめながらも笑う。

「わりい、遅くなっちまった。――んじゃ、インデックスを助けるとすっか」

 まるでピクニックにでも出かけるような気安さでいってのけた上条に、

「当たり前よ!」

 嬉しそうに美琴は応え、上条の胸板に背を預け雷の槍を放った。

 しかしやはりそれだけでは光の柱の勢いは止められない。じりじりと上条の右手を押しやる。

「させ……っかよ!」

 左手で美琴の腹を抱きかかえ、強く、強く右手を前へ突き出す。

 大切なものを、決して壊させはしないとばかりに。

 美琴は上条の力強く抱きしめる腕を、背中越しに伝わる熱い体温を感じた。

 それだけで、無限の力が湧いてくるような気がした。

「アンタばかりに、いいカッコさせないわよ!」

 美琴は電撃を放ちながらも、左手でコインを複数枚取り出した。一枚を器用に親指にのせ、右手へと軽くはじき飛ばす。

 右手にのる瞬間、美琴はいったん電撃を消した。攻撃が効かないと諦めた訳ではない。

 自分の必殺技を放つためだ。

 コインが音速の三倍を超えるスピードで、一直線に突き進む。
 
 それはオレンジ色の軌跡を描いて、光の柱に直撃する。遅れて凄まじい衝撃波が荒れ狂うが、上条の右手のおかげで至近距離でも無事でいられた。

 それで終わりではない。

 美琴はまたもや左手でコインを弾き、右手で撃ち出した。それが終わればすぐさま同じ手順でコインを撃ち出す。

 超電磁砲の連射。今までやったことがないというか、やる必要がなかった芸当だ。

 超電磁砲は上条や一方通行といった例外を除けば、一撃で決められる必殺技である。手加減をした上でプールの水で緩衝しても、凄まじい威力を発揮するものだ。

 なのにそれを全力で何度も撃ち込む。普段ならば正気の沙汰ではない。

 しかしインデックスが放つ光の柱は、それすらも防いでみせる。

 さすがに重圧は減り、上条が一歩、二歩と前へ進む余裕ができてはいるが、コインは無限にあるわけではない。

 ポケットを叩けばコインが増えればいいのに。

 昔歌ったことのある童話を思い出しながら、美琴は最後の一枚を悔しげに取り出した。

 これでもう美琴に手はない。最大電力の電撃を放っても、さほど効果がなかったのは先ほどの攻防で実証済みだ。

 このままじわじわと重圧に押し負け、二人もろとも蒸発してしまうのか。

(でも……私は諦めない!)

 美琴は最後の一枚であるコインを弾く。

 目の前に迫る死に毅然と対峙し、美琴は想う。

 あの時無残に殺されていく妹達の為に差しだそうとした命を、我が身を省みずに彼が救ってくれた命を、簡単に諦められるものか。

 やりたいことだってたくさんある。

 あの鈍感なバカに、この想いを伝えられないまま死ぬのは嫌だ。

 愛おしい日常を、全て失ってしまうのは嫌だ。

 インデックスを救えぬままに、終わるのは嫌だ。

 自分を好きでいてくれる人達を、悲しめるのは嫌だ。

 なにより今も必死に守ろうとしてくれる、背後の最愛の人を死なせることだけは、絶対に許せなかった。

「なめ……ん、なああああああああああああっ!」

 美琴は裂帛の気合いと共に、全力全開の超電磁砲を放った。

 力強い赤みがかった黄色い光が、その何倍もの太さの白い光の柱に衝突する。

 凄まじい力の奔流が美琴の髪を激しくはためかす。美琴は恐れず、揺るがず、ただ自身の全てをこの一撃に託す。

 自身の運命を真っ向から切り開こうとするその姿は、戦乙女を描いた一種の芸術作品のようだった。

 上条は戦を司る女神の姿に、命のやり取りをしていることも忘れ、ただみとれる。

 本当は美琴をこんな危ない目に遭わせたくなかった。例え美琴がここで退くような女ではないと知っていても、自分一人が戦えばいいと思っていた。

 この少女には愛しい日常を、平穏無事に過ごして欲しいと願っていた。

 でも、なんでだろう。

 その美しくも凛々しい横顔を見ると、共に戦えることを誇りに思える。

 上条は右手を突き出す。

 美琴の意志に、想いに応えるように、前へ、前へ――


 進む。


 この右手で、インデックスを縛るくだらない幻想を殺すために。

 でも、やはり神様は自分のことが嫌いなようだ。

 コインが溶けきり、超電磁砲が消える。とたんに光の柱の重圧が桁違いに跳ね上がり、身体が後ろへと下がっていく。

 どれほど救いたいと願っても、理不尽な現実が全てを拒絶する。

 お前ごときが誰かを救えるはずがないと神が嗤う。

 それでも上条は諦めていなかった。美琴もコインは尽きたが、電撃の槍を何度も形成してはぶつけ、少しでも光の柱を退けようとする。

 二人は死力を尽くしているが、光の柱に飲み込まれるのは時間の問題であろう。

 しかし、インデックスを助けたいと願うのは、美琴や上条だけではなかった。


「Salvare000!」



 神裂が裂帛の気合いと共に魔法名を名乗り上げた。

 2メートルを超す七天七刀を抜刀し、空を切り裂く音を立てながら七本の鋼糸を繰り出し、インデックスの足下を切り裂く。

 体勢を崩したインデックスは後ろに倒れ、光の柱も眼球の後を追うように天井を焼き払った。

 どれほどの長さか計ろうとする気が失せるくらいに伸びた、天を焼く光は雲を切り裂き、空へ、宙へと続いている。

 改めて見る光の柱の威力に、さしもの美琴も戦慄する。

 それだけではない。光の柱が破壊した天井は白い羽根のようなものに変わり、ゆっくりと下へ舞っている。

 場違いな幻想的な光景は、しかしその現実味のない美しさ故に、空恐ろしいものを感じた。

「……アレは、人の身で防ぐのを考えることすら馬鹿らしいっていいましたよね。なのに真正面から凌ごうだなんて――そんなに死にてえのか、このド素人が!」

 神裂が丁寧な口調が崩れるほどの怒気を露わにしながらも、二人を守るように並んだ。

 我に返った二人は、顔を見合わせながら唖然とする。


「 Fortis931!」


 ステイルはインデックスを守る力を誇示するかのように、魔法名を述べた。

 すると主の意志に応えたかのように、魔女狩りの王――イノケンティウスが生まれ、インデックスを救うために対峙する。

 なにをするつもりだと上条が目を見張っていると、インデックスが体勢を立て直し、光の柱をこちらへ向けてきた。
 
 とっさに己の右手で防ごうとするが、イノケンティウスが前に立ち塞がり、代わりにその巨体で光の柱を受け止める。

 衝撃に耐えきれず炎が何度も吹き飛ぶが、驚異の再生力で持ちこたえた。

「君たちは本当に馬鹿だ。一回死んだほうがいいと思うが……インデックスを救うためだ。『竜王の殺息』は僕が引き受けよう」

 無機質な表情をしたインデックスを真っ直ぐに見据え、ステイルがいう。

 美琴はこみ上げてくる感情を抑えきれず、笑みという形で発露した。

「アンタら、遅いわよ!」

 美琴の嬉しさの滲み出た声に、上条も同じ笑みを浮かべながらも大きく頷いた。

「あの羽根は『竜王の殺息』と同種のものです。当たったらただでは済みません」

 多少憮然とした声色だが、冷静さを取り戻した神裂が、ゆらゆらと舞い降りる光の羽根を睨みながら、上条に忠告する。

 それでも行くのかとは問わない。

 彼はそれでも行くのだと確信しているからだ。

「ああ、わかった。ありがとな、神裂」

 迷いなく進むと言外に述べた上条に、神裂は強張った顔を和らげた。

「さあ、救われぬ者に、救いの手を差し伸べに――」

「――行け、能力者!」

 二人の魔術師がいい終わる前に、上条はすでに走り出していた。

「当麻! アンタの右手で、決着つけてきなさい!」

 美琴の声も加わり三人分となった託された想いを背負い、上条は駆ける。

 降りかかろうとする光の羽根を右手で払い消す。

 複数降ってきた場合は神裂がワイヤーを繰り、美琴が電撃を放つ事で、消すことは適わずともどうにか軌道を逸らした。

 迫り来る上条をインデックスは執拗に迎撃しようとするも、ステイルが咄嗟にイノケンティウスに指示を出し、上条を守る。

 ついさっきまでは敵対していたはずなのに、彼女らの行動は齟齬が生じることなく、一つの意思の基に統率されていた。


 たった一人の少女を救いたい。


 小さな、でもとてつもなく困難に思える願いの為に、死力を尽くしてインデックスへの道を切り開く。

 しかし、それでも届かない。

 落ちる羽根の数はますます増え、次第にフォローが回らなくなってきた。

 イノケンティウスもインデックスによる対十字教用の術式により、再生力が弱まっている。このままでは遠からず押し切られるだろう。

 神裂とステイルに、絶望がよぎる。

 自分たちでは少女を守る主人公になれないのか。

 人間如きが運命をねじ曲げようなんて、神が許さないのか。

 しかし、上条は諦めなかった。決して止まらなかった。

 目の前には、とても捌ききれない量の羽根。

 その先にいるのは、たった一つの想いすら弄ばれ、首輪に繋がれた少女。

 迷う必要すらなかった。

 彼が右手を振るうには、それだけで十分だった。

「当麻!」

 制止するかのような美琴の呼びかけにも応じず、愚直にも彼は突き進む。

 五指を力強く開きながら、上条は思う。

 神様から見れば、自分なんてちっぽけで不幸な、弱い人間なのかもしれない。

 いくら足掻こうとも、血反吐を吐こうとも、願ったことは叶えられないのかもしれない。

(神様。アンタは俺のことを嗤っているのかもしれない。たかが右手一つで、なにを救えるのかって……)

 でも、それでも――

(アンタが作った奇蹟(システム)が、インデックスを救えないと否定するのなら)


「――まずは、その幻想をぶち殺す!」


 上条はインデックスの眼前に浮かぶ魔方陣に向かって、右手を振りかざした。

 たったそれだけで、あれほど上条達を苦しめた、光の柱を放つ黒い亀裂ごと引き裂いた。

 例え神様の奇蹟すらぶち殺せる、幻想殺しによって。

「――『首輪』……の、致命的な、破壊……再生、不、可能……」

 インデックスの無機質な声が途絶え、全身の力が抜けたように倒れる。

 これで、ようやく少女を救う物語は幕を閉じ、ハッピーエンドを迎える――

 そのはずだった。

 眠る少女に降り注ごうとするのは、魔方陣が消えてもなお残る、『竜王の殺息』の残滓。

 右手一つで打ち消せるはずもない、何十枚もの光の羽根。

 上条は後ろにいる、今にも泣き出しそうな美琴に笑った。

 やっぱり俺って不幸だなって、笑った。

 とても穏やかで優しいのに、その笑みはどこかもの悲しかった。

 声に出さず、上条は美琴に告げる。


 ごめん、と。
 

 まるで遺言のようにその言葉を美琴に残し、上条はインデックスを守るように覆い被さった。

 光の羽根の一枚が、上条の頭上に落ちようとしている。




 上条は不思議と凪いだ気持ちで、誰かが自分の名を叫ぶのを、聞いた気がした。 





























































 最初に謝っておきます。気になる終わり方をして、ごめんなさい。上条さんは果たしてどうなるのか、次回更新までお待ち下さい。





 今回は美琴をカッコ良く戦わせながらも、上条さんといちゃつかせるという無茶ぶりをやってしまいました。なんだこのラブラブレールガンは、と笑ってやって下さい。
 正直この話は難産でした。修正に修正を加え、どうにか上げることができてよかったです。……少しでも原作の熱さに近づけたらいいなあ。






 次回、エピローグ。
 美琴は、ただひたむきに上条を想う。



[17768] 第八話(禁書目録編完結)
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/05/15 01:00
 自分はいつから上条当麻にこの想いを抱いていたのか。

 ふと美琴は思い返していた。

 初めて出会った時の印象は最悪だった。

 不良に絡まれている自分を助けようとしたことには、今時こんな馬鹿みたいなお人好しがいるんだと少し感心した。しかしあのバカは、よりにもよって常盤台の超電磁砲をガキ扱いして、不良を諫めようとしたのだ。

 当然怒り狂い、不良とまとめて感電させてやろうと電撃を放ち、憂さを晴らそうとした。不良は死屍累々と地べたにひれ伏し、美琴は大きく鼻息をついて立ち去ろうとしたのだが――

 何故かツンツン頭の少年だけが平然と、まるで電撃なんてくらってないといわんばかりに、右手を前にかざした状態で立っていた。

 普通絶対にありえないことだが、もしかすると演算を失敗し、外したのかもしれない。もう一方の可能性を否定したいがために、美琴はもう一度電撃を放った。

 その電撃は、少年が慌てて突き出した右腕に触れられるといとも簡単に霧散した。正解はもう一方の可能性――少年の能力で電撃を防がれたことであった。

 ありえないと美琴は、何事かを叫んで逃げ惑う少年に何度も何度も電撃を放つが、その度に彼の右手に防がれ消えた。

 それは絶対にあってはならないことであった。学園都市第三位のレベル5の力が全く通用しないなんて、そんなの理不尽すぎた。

 結局はツンツン頭の少年に逃げられてしまった美琴は、その少年がいったい何者なのか気になった。能力でハッキングを行い、画面に流れる学生の個人情報の中から、あの特徴的なツンツン頭を目をさらにして探した。

 まだ美琴の知らない学園都市第一位や第二位なら、まだ諦めがついた。自身の能力がまだその高みに達していないだけであって、悔しかったらレベル1からレベル5に登りつめた時のように努力すればいい。

 でも違った。やっとのことで見つけ出したアイツは、レベル5どころかなんの能力も持たない、無能力者だったのだ。

 嘘だと思った。レベル5の御坂美琴をあしらった少年が、レベル0だなんて、そんなことあるはずがない。

 呆然とする美琴の脳に、上条当麻という名前が刻まれた瞬間であった。

 それから美琴は、暇な時間が出来れば学び舎の園を出て、少年の姿を探し回った。

 第七学区にある低レベルの小さな高校に通っている情報は、すでに入手していたので、その近辺をひたすら歩き、あのツンツン頭はどこかと見渡した。

 何度も足繁く通い、ようやく美琴は少年を見つけ出すことができた。

 しかし少年は何度声を掛けてもこちらに気づかず、かっとなった美琴は電撃を放つが、こんな時にだけやたらと勘がいいのか、右手でかき消された。

 そのことにますます腹を立てた美琴は、結局は以前と全く変わらないやり取りを経た後、話もろくにできずまたも少年に逃げられてしまった。

 どこにもあのツンツン頭が見つけられなくなって、そこでようやく少年にリベンジをしたかったのか、それとも何かを話したかったのか、いや、そもそも何も考えていなかったことに気づいた。

 自身の胸の内に、むかむかするような、でもそれだけではないような思いが渦巻いていた。

 むかついているだけと信じ、深く考えなかった美琴は闇雲にツンツン頭の少年を追った。

 大抵は少年を見つける、でも声を掛けても美琴に気づかない、むかついて電撃を放つ、逃げる、追う、ひたすら追い掛け回し、最後は逃げられる、そんなパターンを繰り返した。

 声を掛けても気づかない原因は、大抵何か考え事をしているか、不幸な出来事に巻き込まれて疲れきっているかのどちらかだったのだが、当時の美琴が知る由もない。

 結果、少年は「な、なんでお前は俺を目の敵にすんだよ!」「ふ、不幸だー!」などなど悲鳴をあげながら、美琴をあしらうしかなかった。

 それでも神様の気まぐれか、少年が美琴に気づき、美琴の機嫌も別段悪くない日もあった。

 普段からさんざん電撃を浴びせているのに、少年は「よう、ビリビリ中学生」と馴れ馴れしく話しかけてくることに、若干のいらつきはあったが(もちろんその場で電撃を浴びせることで発散している)。

 聞きたいことはいっぱいあったはずなのに、なのに実はやっぱり何も考えられなくて、するのは当たり障りのない会話ばかりだった。

 でもどこか、その会話を楽しんでいる自分がいることに、美琴は気づいた。

 例えば彼の不幸話に遠慮容赦ない大声で笑ったり、

 でも実は女絡みで何故か上条を黒こげにしたい衝動が走ったり、

 黒子の猛烈なアタックに愚痴をいったり、

 いつかはアンタを見返してやると宣言したり、

 彼の私生活が覗ける話を聞いて少しだけ嬉しかったり、

 彼と話していると時折自分の心を見失いそうになったり、

 ――とにかくいろいろな話をした。

 こうして彼と他愛のない話をすることも、朝までひたすら電撃を浴びせて追っかけまわすことにも、どこから湧いてくるのかわからない充実感があった。

 二人で厄介事に巻き込まれることも多々あった。

 大抵は彼が不良に追っかけまわされているのを美琴が見つけたり、逆に初めて会った時みたいに美琴が不良に絡まれているのを、彼が不良を助けるためにしゃしゃり出てきたりと、大したことのないものだ。

 その中でほんの一握りだけ、大きな事件もあった。

 連続虚空爆破(グラビトン)事件では、爆発寸前のぬいぐるみを超電磁砲で吹き飛ばそうとしたが、コインを落としてしまった。

 でも、彼が咄嗟に前に出て右手をかざし、美琴達を爆発から守ってくれた。

 気障にも自分が爆発を食い止めたことを告げずに去っていくツンツン頭の少年は、あの時は否定していたけど、不覚にもかっこいいと思ってしまった。

 幻想御手(レベルアッパー)事件の時も、まるで狙ったかのように美琴がピンチの時に駆けつけ、AIMバーストの化け物の攻撃から庇ってくれた。

 事件解決後、主犯であった木山の幻想すら守ってしまった彼に、思えば初めて恋愛感情めいたものを抱いたのかもしれない。

 いつだってそうだった。

 アイツは主人公(ヒーロー)みたいに、その右手で守ってくれた。

 美琴も、それ以外の人も。

 自分だけの主人公になってくれないことには、少しだけ歯がゆい思いもするけど、誰かの為に戦う姿は最高にかっこよかった。

 彼はその右手を誰かのために振るう。

 傷を厭わず、見返りを求めず、ただひたすら愚直に。

 今も、彼は命を賭けて救おうとしている。

 空から降り注ぐのは、魔術に素人の美琴でも危険だと感じられる、光の羽根。

 美琴の電撃や、神裂の七閃でも欠片も損なうこともできない。彼の進むべき道をろくに作ってあげることすらできない。

 それでも彼は進んでいく。

 右手で光の羽根をいとも簡単に消し去り、右手も美琴達のフォローも間に合わない時は、素人とは思えない体さばきで避ける。

 もはや走っているとはいえず、遅々として前に進めないでいるが、確実に一歩、一歩と進んでいる。

 ああ、やっぱりアイツは最高にかっこいい主人公だな。

 美琴は絶やさずに電撃を放ちながらも、その背中にかつて自分を助けてくれた時の背中と重ね合わせる。

 あの時は、目の前で妹が無残にも殺されようとしているのに、美琴は凍り付いたように一歩も動けなかった。

 やめてくれと叫ぶことも、もう嫌だと目を逸らすこともできなかった。

 そんな死と絶望の中、彼は来てくれた。

 偶然だったかも知れない。たまたま気まぐれで近くにいただけかもしれない。

 でも颯爽と駆けつけ、学園都市最強から妹を守ってくれた姿に、そんな些細なことは気にもならなかった。

 それだけじゃなかった。

 自分の命と引き替えに、妹達の命を救おうとする美琴自身までも守ってくれた。

 その右拳に全てを託して、死と絶望の幻想を打ち抜いてくれた。

 今回もきっと、いや絶対に上条はインデックスを救い出すだろう。

 学園都市第一位のレベル5相手に、身が裂け、骨が折れようとも立ち上がった時のように。

 どれほど傷つこうとも、死にそうになろうとも、絶対に。


 だからこそ、その最高にかっこいい姿が腹立たしく、憎らしかった。


 彼が傷つくたびに、その傷と同じくらいの痛みが美琴の心を苛んでいることを、彼は知らない。

 口には死んでも出さないから、美琴が心の底から無事を祈っていることを、彼は知らない。

 当麻と叫んだこの声に、どれだけの想いが込められているのか、彼は知らない。

 いえる訳がなかった。いってもとまらない人間と知っているから。

 いえる訳がなかった。

 たった今、彼はインデックスの元に辿り着き、全ての現況である魔方陣を引き裂いた。

 魔方陣は粉々に砕け散り、黒い亀裂も光の柱も幻のように消える。

 これでもう終わりのはずだった。

 ハッピーエンドで終わるはずだった。

 なのに嫌な予感がぬぐえない。

 早鐘を打つ心臓は一向に静まらず、嫌な汗が頬を伝う。

 まるでこれから、最悪な結末へと転がり落ちていくことを予期したように。

 そして嫌な予感は、あたってほしくない時ほど無情にも現実のものとなる。

 絶対能力進化計画の時のように。


 悪夢が再来する。


 インデックスの魔術は効力を失ったはずなのに、無数に舞い散る羽根は消えてなかった。

 倒れてぴくりとも動かないインデックスに降り注ごうとしていた。

 彼がこちらを振り向いた。

 とても穏やかで優しげな顔で、悲しく笑いかけた。 

 彼の唇が小さく動く。

 
 ごめん、と。


 そう言い残して彼はインデックスに覆い被さった。

 自身の身を顧みず、躊躇いもせずに、一人の少女を救う為に。

 あの時みたいに、主人公は颯爽と助けに来ない。

 何故なら、助けられるべき彼こそが主人公だから。

 だから降り注ぐ羽根から、誰も彼のことを守ってはくれない。

 隣で神裂が痛ましい表情で、届くはずのない腕を伸ばしている。

 ステイルが悔しげな顔で、目を逸らさずにこれから起こる惨劇を見据えている。

 美琴は震えていた。

 唇から血が滴るほど噛みしめ、震える眼差しでただ彼を見つめていた。

 美琴は怒りに震えていた。

 その身を犠牲にしてまでインデックスを救おうとする彼にではない。

 まして彼を巻き込んだインデックスにでもない。

 こんな時でも動こうとしない自分自身にだ。

 これでは全く変わっていなかった。

 妹が殺されようとしていた時から、ちっとも進歩なんてしていなかった。

 そのことが悔しくて、腸が煮え返るほど憎らしかった。

 強くなろうと、思ったのではないのか。

 彼のように誰かを守れるくらいに強くなろうと、ぼろぼろの身体で病室に横たわっていた彼に誓ったのではないのか。

 誰かを守ろうとする彼を守れるくらいに強くなろうと、決意したのではないのか。

 なのに自分は何をしている?

 学園都市第三位のレベル5が、常盤台の超電磁砲が、何をしている?

 彼が死ぬかもしれないのに、ただ黙ってみていることしかできないのか?

 降り注ぐのは、死を孕んだ無数の羽根。

(……それがどうした)

 自分の電撃では消し去ることもできない、強大な力。

(……それがどうした)

 横たわるのは、どうすることもできない現実。

(……それがどうした)

 心を折ろうとするのは、自分では彼を救うことはできない絶望。

(……それが、どうしたっていうのよ!)

 美琴の全身から、激しい電撃が舞い踊る。

 青く白い電撃は、美琴の想いに応えるように、どんどん力強さを増す。

 ただ荒れ狂うだけであった電撃は、次第に美琴の右手へと収束していく。

 でも、これだけでは全然足りない。

 彼を救う力となりえない。

 美琴は再演算する。

 より強い稲妻を。より輝く雷光を。

 自分だけの現実(パーソナルルアリティ)を塗り替える。

 今までまともに扱うこともできず、漏電といった暴走を引き起こしていた想いを抱き込んで、新しい自分だけの現実を作り上げてみせる。

 今ならできる。

 この想いは、自分だけの現実を揺るがすものではない。

 これは――愛という感情は、私の力となるものだ!

 瞬間、美琴の電撃はその性質を変えた。

 まるで脱色するかのように、美琴の電撃から青色が抜けていく。

 誰にも踏まれたことのないようなヴァージン・スノーのように、白く。

 白が美琴の右手に宿る。

 その様は、まるで純白の片翼をかざしているかのようだった。

 不思議と静まりかえった心で、美琴は誰にも聞こえない声で呟く。

「アイツがみんなの主人公(ヒーロー)だっていうのなら」

 純白の翼をはためかせ、

「私はアイツを守る主人公(ヒロイン)になって見せる」

 降り注ぐ光の羽根全てに狙いを定め、

「神様がアイツのことを見捨てるっていうのなら」

 その心にただ一つの想いを宿し、

「まずはその幻想をぶち殺す!」

 美琴は真っ白な電撃を放った。

 白の軌跡を描いて、翼のような電撃が光の羽根へと突き進む中、

「当麻ぁーーーーーーーーっ!」

 美琴は力強い声で愛しい人の名を呼んだ。





 インデックスに覆いかぶさり、降り注ぐ羽根をその身で受け止めようとしていた上条は、誰かが自分の名を呼ぶ声を聞きながら、凪いだ気持ちでその時を持っていた。

 おそらく死ぬであろう、その時を。

 しかしいつまで経っても何も起こらない。

 不審に思った上条が顔をあげる。

 天井から降り注ぐ光の羽根は、全て消え去っていた。

 代わりにあるのは、光の羽根のものとは違う、神々しいまでの白い光の残滓だ。

 驚きに見開かれた目で、とんでもないことをしでかした張本人であろう少女の方を見やる。


 そこには、上条だけの主人公(ヒロイン)がいた。


 右腕に白い翼を宿らせて、まなじりに涙を浮かべた少女が、今までに見たこともない慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。

 誰かを心の底から想うような、まるで“恋する少女”のような笑顔だった。

 たったそれだけで、上条は見えない電撃を心臓に放たれたような、とてつもない衝撃を受けた。

 先ほどの戦闘よりも速く鼓動を刻む。未知の感情が心を掻き乱す。

 乾ききった喉を震わせ、上条は彼女の名を呼んだ。

「みこ……と?」

 上条に声を掛けられたことが、無事な声を聞けたことが嬉しいのか、彼女は一層笑みを深め、万感の想いを込めてこういった。

「よかった……当麻が無事で、本当によかったよお」

 彼女の零れ落ちた涙の一滴が、頬を優しく伝っていった。

 これはダメだと上条は思った。

 こんなの反則だろって思った。

 いつもいつも不幸で、今度こそもう取り返しのつかない事態になると思ったところを、まるで漫画の主人公のように助けてくれた。

 それだけでも十分なのに。

 彼女はこんなにも愛しい笑顔で、愛しい声で自分の名を呼んでくれる。

「……ずりいよ、お前」

 思わず漏れた言葉は、幸いにも彼女には届いていなかった。

 全ての力を出し切った彼女は、安堵の笑みを浮かべたまま倒れてしまった。

 慌てて神裂が抱き留めると、彼女は小さな声でよかったと何度も呟いて気を失った。

「ほんと、無茶しやがって」

 人のことをいえない上条が、同じく眠ったままのインデックスを抱きかかえながら、幸せそうに眠る美琴の顔を覗き込む。

 その顔は、無茶なことをしでかす困った恋人を見る目と変わらないものであった。

「幸せそうな顔で寝ていますね」

 神裂が我が子を見守る母親のような表情で、彼女をゆっくりと床に寝かせ、髪をなでる。

「……今さっき、この少女が使った力は、本当に能力によるものなのか? 『竜王の殺息』を完全に消し去るなんて、そんなこと……ありえるはずがない」

 ステイルが当惑を隠せずに思わず言葉をもらすが、上条はさらっとその言葉を受け流した。

「んなことぐらい、どうでもいいだろ?」

「君の右手だって、この少女と同じくらいに、ありえないものなんだけどね。君たち、本当に何者なんだ?」

「だぁー! ったく、お前、難しく考えすぎだ!」

 突然叫んだことに驚く無粋なステイルを尻目に、上条はこういってのけた。


「要は、この物語は最高のハッピーエンドで終わりました。それだけのことだろ?」


 ステイルはその身を縛る鎖から解放されたインデックスを見て、続いて能天気に笑う上条を見て、深くため息をついた。

「まったく、バカな奴に付き合うと疲れる」

 そういいながらも、ステイルは微かに口元を綻ばせていた。

 バカといわれて怒る上条を背景に、神裂がいう。

「でも、久しぶりに悪くない気分ですね」

「……そうだな、悪くない気分だ」

「神裂さーん! あなたまで上条さんをバカじゃないって否定しないのですか! ていうか今、暗にバカって肯定しただろ? バカって肯定したよな!?」

 上条がますます騒ぎ立てるので、キレかけたステイルが再びイノケンティウスを呼び出そうとするのを、神裂が羽交い絞めにしてとめた。

 するといつの間にか起き上がったインデックスが、寝ぼけて「おなかすいたー」といいながら手に噛みついて、上条が悲鳴を上げる。

 それを見たステイルが神裂を振り払って炎剣で切りかかり、噛みついたままのインデックスを抱きかかえながら上条が逃げ惑った。

 そんなてんやわんやの喧騒の中、彼女は眉を一瞬顰めながらもすぐに表情を和らげた。

「んん……当麻」

 夢の中で自分に笑いかけるツンツン頭の少年の名を、幸せそうな声で呼んだ。



























































 お、終わった。ようやく完結した……


 みなさん、お待たせしてしまい本当に申し訳ありませんでした。
 どうにかこうにか最終話をあげることができて、一安心です。


 上条さんの記憶破壊フラグは美琴がぶち折ってしまいました。
 彼のため、なにより自分の想いのために、二人の想い出という幻想を守り抜きました。
 しかしその結果、美琴センセーが一方さんみたいに覚醒してしまいましたが。


 や、やり過ぎた感は否めません……


 これまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
 このSSが少しでも皆さんに楽しんでいただけたのなら、作者としては本望です。







































 次回も更新が遅くなりそうですが、これからも頑張って書き進めたいと思います。
 
 次回、上条と美琴の過去が明らかになる、一方通行編
 ……だと姫神が泣くので、吸血殺し編です。
 



[17768] 第九話(吸血殺し編プロローグ)
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/05/27 19:59
 目を覚ますと、御坂美琴は病院のベッドの中にいた。

 すでに夜は明け、窓からはさんさんとした陽の光が差し込んでいる。病院内特有の静寂な空気の中に、微かな消毒薬の臭いが漂っていた。

 インデックスの検査と同時に、無理に能力を使った美琴も見てもらうために運ばれたのだが、今はそんなことに思い至る余裕はない。

 何故ならまず目に入ったのは、視界いっぱいの上条の顔であったからだ。

 上条の睫毛一本一本まではっきりと見え、その息遣いがはっきりと聞こえるような距離間に、美琴は動転した。

「ちょ、ちょちょっと、ア、アンタ、な、ななななんでこんな、ち、近くで」

 しかし上条は美琴の気も知らずに、安らかな表情で瞼を閉じたまま動かない。どうやら美琴の看護をしているところで眠ってしまい、姿勢が前のめりになってしまったようだ。

 高鳴る鼓動を自覚しながら、美琴は口を尖らせる。

「まったく、人があれだけ心配したのに、のんきに眠りこけちゃって」

 光の羽根にその身を投げ出した上条を思い浮かべ、すぐさま払いのける。

 あの悪夢は自らの手で打ち破った。だから上条は大きな怪我を負うことなく生きている。

その事実だけあれば十分だった。

「……ほんと、バカなんだから」

 上条の無事を確かめるように、彼の頬を愛おしげに撫でた。

「んん……」

 微かなうめき声をあげるが、すぐに安心したような表情で再び穏やかな寝息を立てた。

 疲労がありありと見える顔色に、もしかするとあの後一睡もしていないのではと思う。

「心配かけたのは私の方か」

 ごめんね、と呟く。

 それでも上条が窮地に陥ることがあれば、また無茶をすることはやめられそうにないから、反省はしない。

 そこはまあ、お互い様ということで。 

「そういえば、インデックス達はどうなったのかな?」

 そう問いかけるが、目の前の上条は眠ったまま答えてくれない。

「まっ、当麻がのんきに眠ってるってことは、悪いことにはなってないのはわかるけどね」

 ならば話は上条が目覚めてからでいい。しばらく当麻の寝顔でも観察しておくかな、とこちらもこちらでのんきなことを考えながら、美琴は上条の顔をじっと見つめた。

 不細工では決してないけど、美少年ともいえない、ごく普通の少年の顔が間近にある。

 それなのに、上条はどうしてこうも美琴も含む人々を惹きつけてやまないのか。

 ……特にあらゆる女性にフラグを立てるのはどうしてなのか。
 
 全く知らない女の人や上条の同級生から、知っている人間なら木山や佐天、おそらく初春まで。
 
 今回の件でインデックスや神裂にもフラグを立てたであろう。

「アンタって、私がどんな想いをしているか、どれだけやきもきしているか、ちっともわかってないんでしょうね。……ほんと、なんでこんなの好きになっちゃったんだろ。アンタを守るの、やめちゃおっかなー」

 できるはずもないことを嘯き、ふと美琴はあの時に上条のことを守った力のことを考えた。


 白い、どこまでも白い電撃のことを。


 今までの電撃では一切損なうこともできなかった光の羽根を、一瞬で全て消し去ったあの能力は、果たして本当に能力によるものだったのか?

 あの時は無我夢中で、ただ上条を救いたいがために自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を塗り替えたが、今ではどのように改変したのかわからない。

 自分だけの現実が確かに変容したとわかるのに、どこかどう変わったのかわからない。

 再びあの白い電撃を出して見ろといわれても、おそらく無理であろう。

 本来ならありえないはずである。自分だけの現実を理解しきれていないなんて、あってはならないはずだ。

 いや、自分だけの現実を把握はできている。できているのに、何が変わったか、どうなってしまったのかわからない。

 まるで自分だけの現実に、異質ななにかが食い込んでいるかのようだ。

 空恐ろしい寒気が背中を撫でる中、美琴は考える。


 アレは、本当に能力によるものだったのか?


 しかし思考はそこで中断された。

 病室のドアがノックされる音がする。

 慌てて美琴が「はい」と答えると、リアルゲコ太が入ってきた。まだ自分は寝ぼけているのかと美琴は目をこする。

「ようやく目が覚めたようだね? 前は彼氏が入院したと思ったら、今度は君がここで寝ることになるとはね? ほんと、君たちは似たもの夫婦だね? ……ん? どうかしたかい?」

 リアルゲコ太に彼氏やら夫婦やらいわれて顔を真っ赤にした美琴は、いぶかしげな視線をやられて、ようやくゲコ太ではなく日頃から(主に上条が)お世話になっている医者だとわかった。

「あっ、いえ。なんでもないです」

「そうかい? ならばいいのだけれど?」

 本名不肖のカエル顔の医者はカルテを右手に携え、美琴が横たわるベッドの傍まで歩み寄る。

「検査の結果だけど、君に異常は見当たらなかったよ。能力を無理に使ったって話だけど、脳にどこにも異常は見当たらなかった。ついでに彼氏の方も検査したけど、右手の怪我以外はいたって良好だね。よかったね、すぐに退院してもいいよ?」

「あの、インデックスはどうなりました?」

「ああ、あの子ね? 学園都市にIDのない人間が三人も這入り込んでいたことに驚いたけど、医者である僕は、誰であろうと患者を診ることが仕事だ。それで彼女だけど……大丈夫、異常は一切なかったよ。付き添いの二人が魔術とかいっていたけど、少なくとも科学の面からは異常は一切ないね。今も病室ですごい勢いで病院食を平らげているよ? あの子の胃袋がどうなっているか、気になるくらいにね?」

「そうですか……よかった」

 冥土返し(ヘヴンキャンセラー)のお墨付きをもらい、美琴は安堵のため息をついた。

「僕から伝えられることはこれだけさ? 事の顚末は彼氏から訊くといいよ?」

 そういい残し、カエル顔の医者は病室から立ち去った。美琴はその背に頭を下げた。

「……ほんと、あの人には世話になりっぱなしだよな」

 すぐ傍で聞こえた声に振り向くと、上条がいつの間にか目を覚ましていた。

 あくびを噛み殺し、美琴の方を向くと片手を上げる。

「よお、目が覚めたかビリビリ中学生」

 なんてお前がいうなという台詞をいってのけた。

「ビリビリっていうな! 私には御坂美琴って名前があるっていってんでしょうが!」

 毎度毎度の応酬だが、さすがに病院内なので美琴は電撃を出すことは控えた。代わりに恨みがましい目で上条を睨む。

「ははっ、知ってる。俺の命の恩人の、御坂美琴センセーだろ?」

「そうそう、命の恩人の、御坂美琴センセー……って、命の恩人?」

「なんだよ、自分がやったことを忘れたのか? 俺を光の羽根から、守ってくれたじゃねえか」

「確かにそうだけど、命の恩人って……ええ?」

 美琴にとって上条は妹達も含めた命の恩人である。その上条から命の恩人だといわれたことに、美琴はひどく当惑した。

 確かに美琴は自分の意思で上条を守ろうと決意したが、その上条本人からお礼をいわれるとは露にも考えていなかったのだ。

 上条が当たり前のように見返りを求めず、誰かのために右手を振るうように、美琴もただやりたいことをやっただけである。

「ありがとな、美琴」

 でも、こうも率直にお礼をいわれることに、こうも喜びが生じるなんて美琴は思ってもいなかった。

 美琴達が救われた後、病室で美琴がお礼をいった時、上条がどこか照れたように笑っていた気持ちがわかったような気がした。

 だから、あの時いった彼と同じ言葉を返す。

「私はただ、自分のためにやっただけよ」

 そういって美琴は満面の笑みを浮かべた。

 上条はぽかんとした表情で美琴の顔を見つめると、不意に頬を赤らめ顔を思い切り逸らした。

 今までにない上条の反応に、今度は美琴がぽかんとするが、それがどのようなことを意味するか思い当たった瞬間、笑みを意地の悪い子悪魔のものに変えて、上条に詰め寄った。

「当麻、実は照れてる?」

「て、照れてねえよ!」

 大きな声であからさまな嘘をいってのける。

 美琴はますます笑みを深め、更に顔を近づけた。

「じゃあ、こっち向いてみなさいよ」

「いやいやいや上条さんはただ今取り込み中でしてその要望には答えられそうにありません」

「なによー。今さっき目が覚めたばかりじゃない」

「そ、そりゃあそうだが、のっぴきならない事情がございましてですねー……」

 いつもは上条の何気ない言葉や仕草に翻弄されている美琴だが、ここぞとばかりにノリノリで逆襲していた。

「私の顔を見るのもいやなの?」 

「そんなわけないだろ? ってか、お前わかってやってるだろ!」

「なにがぁ? 私にはよくわかんないんだけどぉ」

 猫かぶりで答える美琴に、上条は自分の髪を思いっきり掻き乱した。

「だー! これでいいんだろ!」

 美琴の真正面にまだ微かに赤い顔を向け、目と目を合わせる。

「えっ、あ……うん」

 突然の反撃に美琴は頬を紅潮させ、目を泳がせた。

「うっ……」

 借りてきた猫みたいに大人しくなった美琴に、上条の頬も同じ色に染まる。

 しばし無言で見つめあう二人。

 美琴の瞳は潤み、次第になにか決意をしたかのような色が混ざり始めた。

 震える喉を無理やり押さえつけ、重大な言葉を紡ごうとする。

 だが、上条がその言葉をいわせないとするかのように、張り上げた声でいった。

「ああ! そ、そういえばインデックス達がどうなったか気になるだろ!? 悪いなー、すっかり教えるのが遅くなっちまって!」

 うはははーと白々しい馬鹿笑いをする上条を、美琴は恨みがましい目で睨む。

「……バカ」

 しかし上条は聞こえていないのか、あえて聞こえていないふりをしているのか、構わず言葉を続けた。

「さっき先生がいってた通り、インデックスは無事だ。魔術的な面でも問題ないらしい。もちろん後遺症とかも一切ない。んで、俺たちは無断で教会が施した『首輪』を破壊しちまったんだけど、今のところ神裂たちも含めてお咎めはなしらしい。インデックスも本来ならすぐに本国に戻せって話なんだけど、実際は様子見らしく、俺たちが保護するって形をとることになった。ああ、あと神裂とステイルは本国に帰ったぞ。最後になんかステイルが『これで勝ったと思わないことだね。いずれ僕はインデックスを取り戻しに行く。……まあ、もっとも君が彼女をどうこうするはずもないけどね』とかなんとかいってたけど、アイツ、なにがいいたかったんだろ?」

 首を捻る上条に、美琴はステイルの言葉が何を指しているのか察し、声を若干裏返しながらいった。

「べ、別にそんなのどうでもいいじゃない! そ、それよりも私たちがインデックスをどうするかの話が重要でしょ? 保護しろっていわれても、私は学生寮でしかも黒子と同室だし」

「ああ、それなら問題ないぞ」

「……アンタまさか、インデックスは俺の方で預かるとかバカなこといい出さないわよね?」

「ん、んなわけねーだろ!」

 上条は一応そのことも考慮に入れていたのだが、美琴の殺気混じりの鋭い声に慌てて否定した。

「俺の担任の先生は、街中で家に帰れずにうろついている学生を保護しててな。だから頼み込んだら、しばらくの間はインデックスを預かってくれると思うけど」

「でも、ずっと預かってもらうわけにはいかないでしょ? その先生にも悪いし、そもそも私たちがインデックスの保護者を任されたんだから」

「だよなー。わかってんだけど、今のところ他に手立てが考えられねえ」

 頭を抱えながら上条が唸る。美琴も考え込むが良い案は思い浮かばない。

(そもそも住んでる場所が問題よね。普通にマンションとか借りてるならいいけど、私も当麻も学生寮に住んでるわけだし。だからインデックスと一緒に住むわけにはいかないのよねー。どうにかならないもんかしら?)

 そこでふと自分の思考に引っかかりを覚えた。

(んん? 住んでる場所が問題? 住んでる場所が問題なら――)

 まるで世界が祝福の光に包まれたかのような、名案が浮かんだ。

 もし美琴が冷静であるか、または読心能力者が思考を読み取り「いや、それはねーよ」と突っ込んでくれたら、これから起こるとんでもない事態は回避できたかもしれない。

 だが美琴の熱に浮かされ暴走した思考は、とどまることをしらない。

(どうせいつもの――ことだし、だから――それで――なら……)

 あらゆる事態を想定し、美琴は自分が望む理想を追い求め、最大電力を捻り出せるような無駄な演算能力を発揮する。

 上条から見れば、突然硬直したかと思ったら、ぶつぶつと何やら呟き始めた美琴は、どこか脳に異常があるのではと勘繰りたくなる状況だ。

「な、なあ美琴。悪いことはいわないからさ、もう一度検査受けといた方がいいんじゃねえか?」

 心配そうに声を掛けるが、美琴は突然立ち上がるとこういった。

「っしゃあ、これでいける!」

 とてもお嬢様とは思えない勇ましい声に、上条はどん引きだった。

「み、美琴さぁん? ホ、ホントに大丈夫なのでせうか?」

 当の美琴はいつかの戦闘時のような凛々しい顔立ちで、上条の顔をじっと見据える。

 妙な威圧感に押され、たじろぐ。肉食獣に睨まれる草食獣の絵柄が浮かんで弾けた。

「当麻」

「は、はいいぃっ! な、なんでございますでしょうか、おぜう様!」

 美琴のたった一言が、ずしりと重く心を押さえつける。今の心境は正に、強敵のボス相手に逃げられない勇者のものだ。

 絶体絶命という四文字が、光の羽根が舞い降りた時よりも身にしみて感じられる。

 だが、美琴が次にいった言葉は拍子抜けするような内容だった。

「とりあえずインデックスを迎えに行って、退院しましょう。今後インデックスをどうするかは私が考えとくから安心して」

「……へ?」

 異様な気配をまとっていた美琴が、至極まともなことをいっている。

「大丈夫。私に任せなさい」

 なのに何故か素直に頷いたら駄目だと、上条の第六感が告げていた。

「いや、でもなあ?」

「アンタもアンタで大変なことになるから、私に任せなさい」

「大変って、なんのこと――」

「任せなさい」

「は、はい……」

 自信に溢れた態度でいい切る美琴に、上条はとうとう頷いてしまった。それが苦悩と不幸と、ちょっとした幸せの始まりになるとは知らずに。

「よし、それじゃあインデックスを迎えに行こっか」

 先ほどの異様な気配はどこへやら、美琴は清々しい笑顔でそういうと、上条の手を引いた。上条は促されるまま立ち上がる。

「……なんか、すっげー嫌な予感がするんだが」

 上条のぼやきのような呟きは、上機嫌な美琴には届かなかった。


 



 それから一週間もの時間が経過し――






 常盤台のとある学生寮の一室にて。

 御坂美琴はある決意を実行に移すことにした。

 世界にとってはほんのちっぽけなことで、今日も今日とて地球は回るが、ソレを実行すると自身の世界がまるっきり変わってしまうかもしれない。

 実際、学園都市のレベル5がこんなはしたないマネをすれば、非難されることは間違いない。

 特に今はいない黒子の反応を想像するだけで、悪寒と嫌な汗がひかない。

 間違ったことかもしれないし、やめるべきことではあるだろう。

 しかしソレを実行しても、後悔だけは絶対にしないことだけはわかっている。

 むしろしなかった方が絶対に後悔する。ここでチャンスを逃し、もしも他の誰かにかっ攫われることでもあったら、それこそ死ぬほど後悔する。

 敵は大勢いるが、この勝負に負けるわけにはいかなかった。

 だから御坂美琴は、なにがなんでも勝利の栄光を掴みに行くのだ。


 この物語の、たった一人のヒロインになるために。


「……見てなさいよ。私がどれだけ本気か、わ、わからせてやるんだから」

 頬を赤く染め、美琴は段ボールに衣服を詰め込む作業を中断して呟いた。

























































 お待たせしました。吸血殺し編の始まりです。
 ……姫神の出番がかなり遅くなりそうな気がしますが、気にしないで下さい。

 美琴の白い電撃についてですが、感想に書いた通り一方さんの黒翼と似たような能力で、私なりの解釈を加えてみました。
 観測したはずなのによくわからないとかねーよ、などありましたら容赦なく感想に書き込んで下さい。反論が多ければ修正します。
 ……でも実際詳細は不明なんですよね。

 今までバトル続きだったので、いちゃいちゃ分を多めに入れました。しばらくはこんな感じの内容が続きそうです。
 戦闘中でもいちゃついてた気がしますが、やはり日常の中でのいちゃいちゃもいいものです。

 追記
 更新は二週間に一度となりそうです。もしかするともっと遅くなるかもしれませんが、が、頑張ります。


 次回はおわかりの通り、上条さんが大変な目に遭います。



[17768] 第十話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:ae4c2439
Date: 2010/06/09 19:39
 上条当麻は大きな問題を抱えていた。

 それは個人の力ではどうすることも出来ず、誰かの助けなしに解決できない問題だ。

 しかし世の中には薄情な人間しか存在しないのか、みなことごとく上条の懇願を断り、結果上条はリストラされたサラリーマンの中年よろしく、ベンチで黄昏れていた。

 ちなみにその問題とはインデックスの保護ではない。

 病院で美琴に話した通り、小萌先生のもとで元気に暮らしている。

 ところどころ嘘を交えながら事情を説明すると、にこやかに「いいですよー、上条ちゃん」とあっさり了承してくれた時は、何度頭を下げても感謝の念を表せなかったほどだ。

「いつもいつも女の子絡みの厄介事を抱え込んでいるので、先生すっかりなれちゃいましたよー」

 余計な一言を付け足された瞬間、感謝の念が半減してしまったが。

 だがインデックスは当初「やだやだ! とうまと一緒のほうがいいんだよ!」と拒否をしていた。

「上条ちゃん、モテモテですねー」

 にこやかながらも含みのある笑みに、上条は頬をひくつかせながらも、どうにかインデックスを説得しようと努力した。

 結局はインデックスに現実というものを本当の意味で見せつけ、しぶしぶ了承させた。

 さすがにあの惨状を見せられれば、さしものインデックスも黙らざるをえなかった。

 こうして一時しのぎだが、とりあえずインデックスの保護の件を片付けたのだが、

「うだー、やっと全部片付いた。上条さんはもう疲れました。しばらく休みます。ゴロゴロします」

 といって自室でくつろぐ訳にもいかなかった。

 そんなことをしている暇はなかった。

 インデックスに見せつけた現実が、上条に重くのしかかっていた。

 自室でくつろぐ? そんなことできるはずがない。


 何故ならば、そもそも自分の家がないからだ。


 学生寮はあの事件で、美琴とインデックスによって滅茶苦茶にされていた。ステイルや神裂も少なからず荷担していたが、この二人に較べれば可愛いものだろう。

 電化製品をことごとく破壊したり、超電磁砲で壁に大穴空けたり、ケーキナイフを差し込んだみたいに学生寮を光の柱で切断したり……考えるだけで頭が痛くなる。人払いの術のおかげで人的被害がなかったことだけが唯一の救いだろう。

 特に騒動の中心になった上条宅は、もはや原型をとどめていないほど荒れに荒れ、とても人が住める環境ではなくなっていた。

 キャッシュカードが無事だったことだけは、日頃の不幸を鑑みるに奇蹟といっても過言ではなかったが、家具や生活用品なども大多数のものが破損し、使い物にならなくなった。
 
 これだけなら、上条も追い詰められることはなかった。

 部屋は滅茶苦茶になったが、寝泊まりだけならバスタブでも可能であり、赤貧生活になるが家具やらなんやらはまた買えばいい。電化製品もありがたいことに美琴が弁償してくれる予定であった訳であるし。

 しかし持ち前の不幸スキルが、こういう時に限っていかんなく発揮されてしまった。

 始めにいっておくと、上条は自室を含めた学生寮の破壊には一切関与していない。

 そのはずなのに、何故か寮の管理人にこれら全てが上条によるものだと勘違いされ、日頃から不幸による問題を起こしていたことも加味された結果、怒り狂う管理人に学生寮から追い出されてしまったのである。

 部屋が直るまでではない。正真正銘、学生寮から強制退居させられたのである。

 事件に荷担していたのは事実であった訳ではあるが、この仕打ちはあまりにもむごい。

 学校側からはどうせいつもの不幸の結果だろうと判断され、この不祥事で特に罰せられなかったことはよかったが、追い出された学生寮を見上げ、密かに涙することをとめることはできなかった。

 しかし、ここからが本当の不幸の始まりだった。

 何件も不動産屋を回った上条ではあるが、物件を見せて貰うどころか来た瞬間に断られた。それどころか疫病神扱いされ塩をまかれたこともあった。

 どうやら不動産屋のブラックリストに、上条当麻の名が載ってしまったらしい。

「お、俺もとうとう犯罪者扱いか? A級戦犯ですか? なんにも悪いことはしてねえのに。不幸だー!」

 道端でそう叫んでみても、道行く人に不審な目を向けられるばかりであった。

 それでも諦めずに不動産を回ろうとし、とりあえずは一時的に友人の家に泊めてもらおうとしたが、

「悪いなーかみやん、管理人から泊めさせんなっていわれてるにゃー」

「フラグ男は泊まらせへんでー! 下宿先の女の子に旗はあげさせへん!」

 などと全て断られてきた。

 本当に、全く持って薄情な人間ばかりであった。

 仕方なく安ホテルに泊まっていた上条であったが、通算何度目であろうか財布を落としてしまった。しばらくの軍資金にとお金をおろしたばかりなので、通帳の残高もゼロである。

 昨日は橋の下で一夜を明かした。その辺で拾ったボロボロのタオルケットに包まって眠ろうとしたが、あまりの切なさにろくに眠れはしなかった。

 そうした要因が重なり合った結果、上条は今、ただただベンチでうなだれることしかできなかった。

 夕日が辺りを優しく照らしているが、上条の心までは癒してくれない。上条のいる辺りだけ、夜が来ているような暗さだった。

「……ははは、人間って本当に不幸なら、不幸だーっていう気力すらわかないんですねー。うは、うははは……」

 乾いた笑い声をあげた後、お腹の虫がグーと鳴いた。

「もう上条さんは限界です……朝からなんにも食べてません。もう何日もまともに休んでません。つまりなにがいいたいって不こ(グウウ)……腹へった」

 本当に不幸とすらいえなくなり、涙がほろりと零れる。

 散々不幸な目にあってきた上条ではあったが、食うものどころか住む場所すらない不幸は初めてだった。

 もはや立ち上がる気力もなく、上条はベンチで頭を抱えるばかりであった。

「ん、んん! ア、アンタ、こんなところでなにしてんの?」

 誰かがなにかをいっている。しかし疲れきった上条の耳には入ってこない。

「ちょ、ちょっと聞いてる? 返事くらいしなさいよ」

 上条は知っている人間の声が聞こえた気がしたが、疲れからくる幻聴だと切って捨てた。

「聞けっていってんでしょうが無視すんなやコルァーー!」

 幻聴とは思えない大声が聞こえたと思った瞬間、バチバチという音が鳴り電撃が飛んできた。慌てて立ち上がり、右手でかき消す。

「うわっ! な、なんだなんだ? いきなり攻撃するなんて……まさかインデックスを狙う魔術師か?」

「アンタなにボケてんのよ。さっきから声かけてたでしょうが。なんでいつもいつも気づかないのよ」

 このバカとつけ加えながら、美琴が苛立たしげな表情で立っていた。

「なんだ、ビリビリ中学生か」

「だから毎回毎回、ビリビリいうなっていってんでしょうが!」

「悪いな、今はお前に構っている余裕はないんだ。今日のところは勘弁してくれ」

「……アンタ、人をバカにしたあげくに帰れってか? どれだけ人をバカにすれば済むのよ!」

 美琴がわめくが、吐かれた言葉は上条の耳の右から左へと抜けていった。普段ならここまでおざなりな対応はとらないが、今は誰であろうとまともに相手にする気力がない。

 そんな仲が良くなる前みたいな上条の態度は、美琴の怒りに燃料を注ぎ込むばかりであった。

 散々に上条への文句やら不満やらをぶちまけられ、どんどん気力が削られていく。

 上条は心なしかへたれているツンツン頭を、思いっきりかき回した後、仕方がないので美琴の話を聞くことにした。

「ったく、仕方ねえなあ。……んで、わざわざ電撃まで飛ばしてなんの用だ? まさかむしゃくしゃしてるのでやった、今も反省していない、なんてことはねえよな」

 先ほど電撃を打ち消した右手をぶらつかせながら、問いかける。

 すると美琴はさっきまでの威勢はどこへやら、急に視線を泳がせた。

「えーと、その、ね。なんていうか――」

 不明瞭な言葉ばかり呟く美琴に、上条は訝しげな顔をする。よく見ると若干頬が赤く染まっていたのだが、上条は全く気づいていない。

「なんていうか――そう! アンタが元気にしてるか気になっただけよ!」

 とってつけたような言い方だが、脳に栄養が回っていない上条は言葉そのままの意味で捉え、素直に返答する。

「見てわかるだろ? 上条さんは今、とっても疲れてます。元気なんて欠片もございません」

「ふ、ふーん。そっか。んじゃあ、どうして元気がないの?」

「それはもう、聞くも涙語るも涙の出来事があってなあ。具体的にいうと……美琴やインデックスのせい(グウゥ)だー……」

 本当は怒鳴ってやりたい気持ちもあったのだが、腹の虫には勝てなかった。文句をまくしたてる気力もなく項垂れる。

「私やインデックスのせいって、アンタの学生寮がめちゃくちゃにされたこと?」

「……そうだ。お前らのせいで俺は寮殺し(ホームブレイカー)というどこのテロリストですかっていう不名誉な称号を与えられ、寮から追い出されたあげく、不動産屋に戦犯扱いされて今も住む家がねえんだよ。お前にわかるか? 『寮殺しが来たぞ! 早く店を閉めろ!』『帰れ! この寮殺し!』とかいわれる切なさが。やるせなさが」

 力なく自身の不幸を語る上条に、美琴は真剣な表情を取り繕う。だが、よく見ると口元が弛んでいた。 

「ああ、やっぱりそうなったわね――計画通り」

 いつかの妹のような台詞をいい、小さくガッツポーズをとった。

 さすがに美琴の異変に気づいた上条は、顔を上げて美琴を見つめた。

「なあ美琴。今変なこといわなかったか?」

「別に。なんにも変なこといってないわよ。アンタの聞き間違いじゃない?」
 
「そうかあ? いや、そうなのか。……ダメだ、そう考えると本格的にやばい感じがしてきた」

 思考をはっきりさせようと頭を振るうが、眩暈がして逆効果だった。小さく唸りながら額を押さえる。

「大丈夫?」

 美琴が気遣わしげに上条の顔をのぞき込んだ。まるで恋人のような距離感に慌てて頭を下げようとするが、眩暈のせいでうまくいかない。

「うう……上条さんは本格的にダメそうです」

「んー、確かに顔色悪いわね。……これならもっと早くにすればよかった」

 なにやら気になる言葉があったが、空腹と疲労で世界が軽く回っている上条には聞こえていない。頭の中で暖かい寝床と食べ物が飛び回っている。

 もう我慢できない。

 喉を鳴らし、上条は最終手段に打って出ることにした。

「なあ、美琴。悪いんだけど金貸してくれないか? またも全財産を落としちまってな。バイトしてすぐ返しますから、頼む。ってか、お願いします神様仏様美琴様。貸していただけるのでしたら、不肖、この上条何だって致します」

 上条は頭をこれでもかというくらい深く下げた。

 中学生にたかる高校生。

 生物は自身の生存の為には、何だって出来るという一例がここにあった。

 美琴は以前にも上条に金を貸したことがあるのだが、かつてないほどの切羽詰まった態度にうろたえた。

「ちょ、ちょっと、いいから頭上げなさいよ。ご飯くらい私が食べさせてあげるから」

「美琴センセー、問題は食事だけじゃないんです。上条さんはもう橋の下で眠るのは嫌なんです。あったかい寝床で寝たいんです。頼みますから、ホテルに泊まるお金も貸して下さい」

 そろそろ土下座へと移行しかねない勢いで、更に頭を下げる。

 そんな上条を見て美琴が抱いた感情は、保護欲をそそる上条への慈愛でも、まして情けない男と切り捨てる非情でもない。

 美琴の目は、まるで長年待ち続けた獲物が罠にかかったように、ぎらついた光を放っていた。


 来た! 来た来た来た、来た!


 上条が自分を見てないことをいいことに、美琴は小さくガッツポーズをとった。

 練りに練った作戦を実行する、今がその時だ。

 わははははは、とお嬢様とは思えない山賊のような笑い声を上げたい気分を我慢して、美琴は上条の肩へと手を置く。

 興奮と緊張から微かに手が震える。それを自覚すると、途端に鼓動が早くなった。

 喉を鳴らし、美琴は上条にいってみせる。


「それだったら……わ、私がアンタを泊めてあげてもいいわよ」


 瞬間、上条の身体が凍った。

 美琴をぎこちなく見上げ、その顔が真っ赤に染まっているのを確認し、再度凍る。美琴も硬直したまま動かない。

 夏真っ盛りなのに、まるで氷像が二体立っているかのようだった。

 上条は美琴のいった言葉の真意を読み取ろうとした。何度も何度も反芻し、ようやく口にできたものは、たった一つ。

「………………はあ?」

 わけがわからないという、疑問だった。

「お前、なにいってんだ? 無理に決まってるだろ。女子寮にお泊まりなんて、そんなに上条さんを犯罪者にしたいんですか? ……いや、その前に白井に殺される。確実に殺られる。アイツなら嬉々として、いやむしろ鬼気として俺の息の根をとめにくるぞ」

 心臓に直接金属矢を撃ち込まれる自分を想像してみる。空の胃袋がきりきりと痛んだ。

「なにいってんの。アンタを女子寮に泊まらせる訳ないでしょ。私、アンタも黒子も犯罪者にしたくないし」

「じゃあ、ホテルを予約するから、そこに泊まらせてあげるって意味か? そんなめんどくせえまねしなくても、お金さえ貸してくれたら、後は自分でなんとかできるぞ」

「それも不正解」

「じゃあ答えはなんだよ?」 

 首を捻る上条に、美琴はわざとらしく咳払いをした。

 少しでも気を抜くと喉が震えそうになる。しかし美琴は、泳ぐ目線をどうにか上条に合わせた。

「だ、だから、私の家に泊まらせてあげるっていってんのよ」

「いや、だから女子寮は無理ってお前もいっただろうが」

「大丈夫だから。全然問題ないから」

「いや、問題大ありだろ。俺はまだ死にたくない」

「黒子ならいないわよ。代わりに別の子がいるけど」

「もっと問題だろ! 見も知らない男がいきなり泊まりに来たら、その子めちゃくちゃ困るだろうが!」

「それだって大丈夫よ。その子はアンタのこと知っているし、むしろ望むところじゃないの?」

「……み、美琴さん? 何故に青筋を立てていらっしゃるのでせうか?」

「いや、ねえ。私がこんだけ努力してるっていうのに、このボンクラときたら、せっせと旗揚げにいそしんでくれちゃってまあ……」

「こ、怖っ! ビリビリさせながら凄むなよ」

 美琴から距離をとろうとする上条を見て、ようやく美琴は我に返った。電撃を消し、頬を軽く叩いて気を持ち直す。

 またも緊張感やら羞恥心やらで上手く切り出せなくなるが、美琴は勝負の決め時を見誤る女ではない。

 ちぐはぐな会話に終止符を打つべく、美琴は自分の持てる勇気を最大限に使ってとった行動を告白した。

 これからの二人の関係を、より先に進めるために。

 上条当麻を射とめるために。


「あのね、私、実は今日――」 

 
 





 白井黒子の機嫌はすこぶる悪かった。

 風紀委員(ジャッジメント)の仕事を終え、自室に戻ろうとしている最中なのだが、その足取りは乱暴なものだった。

 もう何日も休むことなく風紀委員の仕事をしているせいで、せっかくの夏休みなのに愛しのお姉様との時間を作れないせいだ。

 今日も夏休みに浮かれた馬鹿な学生が騒ぎを起こしたので、ドロップキックをかましてストレスを発散させようとしたが、憂さは晴れないままだ。

 固法から大量の書類仕事を課せられ、処理するのに夕方近くまでかかってしまったことが、眉間の皺を更に深くさせていた。

 しかし黒子の不機嫌の大半を占めているのは、別の理由だった。

 ここ最近、美琴の様子はおかしかった。

 まるで誰かを想うように顔を赤らめぼんやりしていると思ったら、急に慌てたように虚空に手を振ったり、ベッドで眠る美琴に夜這いをかけようとしたら、例の殿方の名前を呼んだり。

 一週間ほど前に連絡もなしに無断外泊をして、しかも入院して帰ってきた時からだ。

 怪我一つなかったことだけが唯一の救いであったが、どう考えてもあの類人猿もとい上条が関わっていることは疑いようがない。その日一緒にいたのを、黒子はしっかり目撃している。

 しかし美琴は、事情を何度問いただしても話してくれなかった。

「……まったく、あの時きっちりと、息の根をとめてさしあげればよかったですわ」

 黒子は自分の能力不足を嘆いたが、上条からすれば十分に寿命を縮められる出来事であった。

 軋むはずのない床をみしみしといわせながら、黒子は寮内を進む。その度にツインテールが乱暴に跳ね回った。

 学園都市に残っている寮生は、そんな黒子にどん引きだった。

「だいたいお姉様も、なぜあの殿方に執着するのでしょうか。まあ確かに、そこらのお下品な男性よりもかは幾分ましですけれども……」

 事件解決に協力してもらったことを思い返すが、すぐさま黒子は頭を振った。

「いえ、やはりありえませんわっ! あの猿以上人間以下の類人猿にお姉様をお任せすることなんてありえませんの! お姉様にはこの黒子がお似合いですのに。なのにお姉様ときたら。……ああっ! お姉様ぁ!」

 無体な美琴の仕打ちを思い出し、身もだえる。最近上条を庇うために電撃を放つ割合が多くなってきたことが、黒子の切なさに拍車をかけていた。

 寮生は不気味に思い、みな自室へと引っ込んでいったのだが、美琴のことで頭がいっぱいな黒子は気づいていない。

 黒子はひとしきり悶えた後、顔を凛々しく引き締めた。

「わたくし、決めましたわ」

 握り拳を作り、慎ましやかな胸の前にやる。

「今日こそお姉様に、真の愛に気づいていただきますの。あの殿方よりも、わたくしの方が数百倍お姉様を愛しているということを教えて差し上げますわ。全身あますことなく、この身体を使って」

 ふひひひひひ、と先ほどの凛々しい表情はどこへやら、お嬢様どころか女とすら思えない、いやらしい笑みを浮かべた。

「ささささあ! お待ちになって下さいね、お姉様~!」

 黒子は軽やかに、跳ぶように自室の前まで歩んだ。

「お姉様~! あなたの黒子、ただ今戻りましたぁ!」

 ドバンッという効果音が似合う勢いでドアを空けた。

 普段ならば「黒子、アンタもっと静かに入りなさい!」など非難の声が返ってくるはずなのだが、室内は静かなものだった。

「お姉様? いらっしゃらないのですか……………………って、ええ!」

 それだけじゃなかった。部屋には美琴どころか、美琴の私物すら一切残らず存在してなかった。

「お、お姉様? お姉様―――――!!」

 あまりにも信じられない事態に、黒子は悲鳴を上げた。

「な、ななななななにが起こったのですの? ま、まさか誘拐されたのでは……でも、レベル5のお姉様をどうにか出来る人間がいるとは思えませんし。では家出! って、ありえませんわね。仮に真実だとしても、家具一式を持ち出す訳ありませんもの」

 あれでもない、これでもないと言葉をまくし立て、一人でやいのやいのと騒ぐ。

 その形相は必死そのもので、血走った目が恐ろしかった。

 しかしいくら考えても黒子はこの異常事態の原因が思い当たることがなく、次第に「お姉さま!」と叫ぶばかりとなった。

「白井、うるさいぞ! 普段から寮内で騒ぐなと、あれほどいっているというのに。お前はまだ懲りんのか!」

 寮監が黒子の悲鳴を掻き消すような怒声を上げて、黒子の自室に飛び込んできた。

 少しでも理性が残っているのであれば、寮監の制裁が発動する前に言い訳らしきものを連ね、結局は首を横に折られるのであるが、今の黒子に冷静さの欠片もない。

「りゅ、りょりょりょりょ寮監様っ! お、お姉様が! お姉様が! 誘拐? い、いませんの! 家具ごと全部、なにもかもお姉さま、消えて、家出? わたくしにはなにも知らされずっ! いませんのーーーー!」

 もはや言語として成り立っていない言葉の羅列を上げ、寮監の足もとに縋りつく。

 いつもとは異なる反応に、寮監は訝しげに眉を顰めるが、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった黒子の顔を見て、ため息をついてハンカチを差し出した。

「わかった。わかったからまず顔を拭け」

 黒子はハンカチを受け取るやいなや、鼻を強くかんだ。まだしゃくりあげながらもハンカチを返そうとするが、寮監は全力で拒否した。

 言葉の端から黒子が狂乱した理由はなんとなく察しているが、落ち着かせる意味合いもこめて寮監は問いかける。

「それで、お前が泣き叫ぶ理由はなんだ?」

「で、ですから、お姉様がいませんの! 家具や私物まで全部まとめて、いないんですの!」

 やはり理由はそれかと、寮監は今更なことをいう黒子に白けた目線を送った。

「なんだ、そんなことか。当たり前だろう」

「な、なにをおっしゃるのです! お姉様がいなくなるなんて、常盤台としても大問題ですのよ! 寮監様だって、責任をとらされるかもしれませんのに」

「なにをいっている? お前は承知していたのではないのか?」

「……承知? いったいなんのお話ですの?」

「まさか白井、聞いていなかったのか?」

 質問に質問で返す寮監に、事情を知らない黒子は混乱した。自身の状態を棚に上げ、まさかあまりの異常事態に寮監が錯乱したのではと考えた。

 しかし事態は、黒子の予測の斜め上を遥かに超えていた。

「ほんの一週間ほど前、御坂から引越しする旨を聞いたのだが、知らなかったのかといっている」

「はい? い、今なんて……」

 とても信じられない単語を混じっていたことに、黒子が激しく動揺するが、寮監は構わず話を続ける。

「なにやら学園都市の外部から、御坂の知りあいの子が引っ越して来てな。その子はどうも常識に疎いらしく、心配だから別に部屋を借りてその子と一緒に住むそうだ。たしかインデックスといったか? まあ、外国人で閉鎖的な環境にいたシスターだから、日本の常識を知らないのも無理ないだろう」

「う、うええ! ま、まさか寮監様、それでお姉様に退寮許可をお出しになったとでも?」

 信じたくない推測であった。愛しのお姉様が自分を捨てて、他の女と住むなんてこと。

 違うという答えを求め、黒子はありもしない希望にどうにか縋ろうとする。

 しかし、ありもしないものは、やはりありはしないのだ。

「ああ、そうだ。場所も学びの園のすぐ近くだし、問題は特になかったからな。昼ごろに御坂は、私に今まで世話になった礼を述べて出て行ったぞ」

 希望は目の前で、粉々に砕け散った。

 砕け散った欠片に、今までのお姉様との思い出が映っては消えていく。

 黒子と自分を叱る声。

 黒子と自分にあきれる声。

 黒子と自分に笑いかける声。

 美琴が自分の名を呼ぶ声だけが反芻される。

 しかしそれは全て過去のものとなり、これから永遠に消えてなくなるような錯覚がした。

 学校が一緒であるし、美琴が黒子を見捨てるはずもないのだが、絶望に染まった黒子にはそれも効果がない。

 頭を抱え、目をこれでもかと見開き、黒子はただ一言、


「お、お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 と絶叫し、意識を手放した。
 


































 同棲イベントフラグ、立ちました。
 これは吸血殺し編なのかと首を傾げたくなるような事態に。
 美琴センセーの猛攻はとまる様子がありません。
 オチ担当の黒子もこのままで終わるとは到底思えないですねw
 
 今週の土日に新入生歓迎合宿に行ってきます。
 新入生がたくさん入ってくれて、正直一安心です。
 しかし現部員よりも新入部員の方が合宿参加者が多いなんて……
 どうしてこうなった?


 次回はあの人が登場します。



[17768] 第十一話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:24c22098
Date: 2010/06/09 19:48
 
 美琴から今日引越ししたということを伝えられた上条は、その後泊まるか否かの意思確認を示す暇もなく手を強引に引っ張られた。

「さあ、我が家に行きましょ♪」

 我が家の“我”に自分のことも含まれているようなニュアンスがあった気がしたが、上条はきっと勘違いだ。勘違い……だよな? と胸中で自問した。

 途中でどうにか気を取り直し、何度も引越しの理由や同居人とは誰かと問いかけたり、さすがに中学生の女の子の家に泊まる訳にはいかないなどいったのだが、

「それは着いてから話すわ」

「ふーん……アンタって、“中学生の”女の子じゃなかったら、泊まるんだ。へー……」

 とはぐらかされたり脅されたり、取り付く島もなかった。

 特に後者の誤解は解くのに時間が掛かり、電撃が出ては繋いだ右手に打ち消される様は、ただでさえ積み重なった心労に多大な重圧をかけていた。

 そうして事態をよく理解しないまま、上条はとあるマンションの前に立っていた。

 学園都市の人口の八割は学生である。しかしながら教師や研究員といった大人も学園都市に在住していることから、住居は学生寮しかないというわけではない。マンションだけでなく一軒家だってある。

 学園都市は勉学に励む場所であるので、嗜好品の類には高い税が掛けられている一方、教材や寮の家賃などは安い。

 そのため学生の大半は寮に住むのだが、金がありあまっている一部の学生などがマンションを借りることもある。

 常盤台のお嬢様であり、レベル5で高い奨学金を給付される美琴ならばマンションを借りることは余裕ではあろうが……。

「な、なんなんですか、このどでかいマンションは?」

 上条は自分が以前まで住んでいた学生寮(そう思うたびに悲しくなる)を遥かに超える大きさのマンションを見上げ、思わず呟いた。高さはもちろんのこと、敷地面積は数倍を超えるかもしれない。

「? なにいってるのよ。これくらい普通じゃない」

「だー! これだからお嬢様は! これの、どこが、普通なんだ! なんですかこの高級マンションは! 住む家もない上条さんに見せ付けたいんですかコンチクショー!」

 着替えをするためだけにホテルを借りたこともある、金銭感覚のずれた美琴に上条はわめき散らすが、美琴は首を傾げるばかりであった。

「三人で住むにはちょうどいい大きさでしょ。当麻の住んでた部屋の数倍程度の大きさしかないし」

「その数倍には、どの数字が入るのか怖くて聞けねえ。ていうか美琴、いま三人とかいわなかったか? 居候の女の子と二人で暮らしてるんじゃなかったのか?」

「こんな所で立ち話もなんだし、中に入りましょっか」

「聞けって!」

 なにやら泥沼にはまっている気がする。人生の墓場という名の。

 きっと気のせいだと何度も自身に言い含めるが、身体は勝手に逃げ出そうとしていた。

 しかし、やけに上機嫌な美琴にまたも右手を確保され、連行される。

 疲労と空腹で体力が底を尽きかけている上条に、抗う術はなかった。 







 学生寮とは比べ物にならないくらい、手入れの行き届いた清潔な廊下を引きずられるように歩き、上条は美琴の部屋に着いた。

「ただいまー」

 美琴はゲコ太のキーホルダーがついた鍵を取り出し、ドアを開けるながらいう。

 しかし返事は返ってこない。

「あれ? ちゃんと大人しく待っているようにいったのに」

 それか寝ちゃったのかなといいながら、美琴は靴を脱ぎ上条の手を繋いだまま、同居人の姿を探し部屋を進む。 

 慌てて自分も靴を脱ぐと、上条は美琴に移動を任せたまま部屋の観察をしていた。

(……でかいマンションだと思ってたけど、やっぱ中も広いな)

 まず視界に入ったのは、二人で並んで歩いてもまだ余裕のある廊下だった。

 廊下の左右にドアがあり、無印のネームプレートが掛かっていることから、どうやら各々の自室らしい。名前がないのは引っ越してきたばかりだからであろう。

 女の子の部屋を確認するわけにもいかず、どの程度の広さかは想像になるが、廊下の長さから判断すると、おそらく上条が住んでた寮の部屋と大差はないであろう。

 途中にあったトイレやバスルーム、洗面所を通り過ぎ、廊下を抜けるとリビングに出た。

 こちらも無駄に広く、三人ぐらい座れそうな大きなソファーやガラスのテーブル、50インチは超えるであろう最新型の液晶テレビまでもすでに取り揃えられていた。

 観葉植物といったレイアウトまでなされており、用意周到な引越しであったことが察せられる。

 ……上条の背に原因不明の寒気が走った。   

「あれ? ここにもいない。あの子どこに行ったのかしら?」

 美琴はそんな上条の様子に気づかず、同居人の姿を探している。

 リビングと繋がっている別の小さな廊下の先にある、同居人の自室らしい部屋を覗くが「まったく、待っててっていったのに」とぼやく様子からいなかったらしい。

 仕方なくリビングに戻り、隣接するダイニングルームを覗くが、ここにも誰もいない。質のよさそうなテーブルと椅子が、所在なさげにあるのみだ。

「どうしよ……ほんとに外に出ちゃったのかな」

 ここに来て初めて美琴が不安げな言葉をもらした。

 勝手に外に出たことに文句をいうのならわかるが、何故美琴は小さな子の親みたいなことをいうのであろうか。もしかすると同居人とやらは、年端もいかない子どもかもしれない。

(いったい誰なんだ? 美琴がいうには俺の知り合いらしいけど……美琴と一緒に住みそうな小さな女の子なんて、心当たりねえしなあ)

 美琴の小さな妹でも、また現れたのかと考え始める上条であったが、ごとりという物音に中断された。

「なんの音だ?」

「さあ?」

 上条の問いに、美琴も当惑の色を見せる。

 怪しい物音はキッチンから聞こえた。二人は小さく頷きあうと、キッチンの方へと振り向く。

 オープンキッチンであるそこには、だが誰もいなかった。不可思議な現象に空恐ろしいものを感じながら、二人はキッチンに歩み寄る。

 若干の緊張を孕みながら、まずは上条がキッチンを覗いた。

 知らずに喉が鳴る。握った右手から汗が出ていた。

 そこにいたものは――
 

 白い服を着た、うつぶせに倒れた人であった。


「ぎゃああああああああああぁぁっ!!」

 喉が張り裂けんばかりの悲鳴を、上条は上げた。

 目の前にあるのは、ぴくりとも動かない、ものいわぬ肉の塊。

 サスペンスでは見慣れた、しかし現実では決して起こってはならないもの。

 それは、しかし確かな現実のものとしてそこにあった。

「なによ、いきなり悲鳴なんか上げちゃって。まさか黒いアレでも…………きゃあ!」

 上条が突然恐慌状態に陥ったのを見て、夏場の台所などによく出るアレと勘違いした美琴も、恐る恐る覗き込み、すぐさま悲鳴を上げる。

「ちょ、ちょっとアンタ! どうしたのよ?」

 美琴が身体を揺らすが、反応はない。

 それでも必死に身体を揺らす美琴を、上条は見ていられず顔をうつむけた。

 動かないのは当たり前だ。何故ならそれは、もうすでに死んで――


 グウウウウウウウウウゥゥッゥゥゥゥゥゥ。


 上条が静かに黙祷を捧げようとした瞬間、まるで雷雲のような轟音が鳴り響いた。

「…………なあ、いますっげえ音がしなかったか」

「…………うん、そうね。三日もご飯を食べていないような音がね」

 二人は冷ややかな目で、地べたにひれ伏す白い修道服の少女を見る。

「お、おなかすいたんだよ…………」

 昼ご飯に常人の三倍の量を胃袋に納めたはずのインデックスは、弱々しい手つきで美琴の手を握った。

「ていうか同居人ってインデックスかよ」

 一応美琴もインデックスの保護者ということになっているから、むしろ当然の同居といえようが、美琴の手回しの早さには驚いた。

「ちょっとインデックス、なにもこんなところで行き倒れてる必要ないじゃない」

「……み、みことが出てった後、あんまりにもお腹が空いたから、冷蔵庫を漁ろうとしたんだけど……」

「けど?」

「目の前で、力尽きて……うう、ごはん……」

 グキュルルルルルとエンジン音のような腹の虫を泣かせるインデックスの手を、美琴はぱっと離した。

「ひ、ひどいよみこと」

「アンタねえ。あんだけ食べときながら、まだ食い足りないっていうの?」

「短髪はやっぱりいじわるだよ。とうまだったらきっと何もいわずにご飯をくれるのに」

 いやいや俺だって美琴と同意見になるぞと手を振る上条に、しかしインデックスは期待に満ちた目を送る。

 なんとなくその二人の様子に苛立った美琴は、とりあえずインデックスの両頬を引っ張った。いつか黒子にやった時の様に、面白いくらい伸びる。

「ひ、ひはい、ひはいっへははんはつ(短髪)!」

 インデックスは手足をばたつかせて抗議するが、むきになった子どもを見るようで和む。黒子のときは別に和みもしなかったが。

 先ほどの苛立ちも忘れ、美琴は締まらない顔でインデックスの頬を引っ張り続けた。

「おいおい、美琴センセーよ。インデックスを苛めるのはやめとけよ。弱いもの苛め、ダメ、ぜったいだぞ」

 そういいながら上条が仲介をしようとするが、


 グウウウゥ


 先ほどよりも控えめだが、十分に大きな腹の鳴る音が響いた。

 美琴は無言でインデックスを見るが、インデックスは自分じゃないと首を振る。柔らかい頬から手を離し、今度は上条を見る。

 上条は少しばかり顔を赤くしながら、そ知らぬ顔であらぬ方を見ていた。

 我慢ならないといった風に、美琴は声を上げて笑う。

「わ、笑うなよ! 朝からなんにも食ってないんだぞ!」 

「あはは、はは、わかった、わ、わかったから」

 美琴は目の端に浮いた涙を拭った。泣くほど笑うことないだろ、と小言をいう上条に告げる。

「二人とも、晩御飯作ってあげるから、リビングで待ってなさい」

 うおっしゃあっ! という野太い声が聞こえてきそうな勢いで、インデックスが立ち上がった。


 
 

 

 上条は以前から何度も美琴の手料理を食べたことがある。

 始まりはいつからだったか忘れてしまったが、週に一度か二度のペースで寮に食材をぶら下げた美琴がやって来てくれていた。

 貧乏学生だった上条は、極上の手料理を何度も感謝しながら食べたものだった。

 今日の料理は、空腹というスパイスのおかげでとりわけ格別だった。

 暴風雨のように荒れ狂う白いシスターの箸を掻い潜り、次々と口に運ぶ。

 普段の上条ならばインデックスの迫力に押され、一口も食べることは叶わなかったかもしれない。

 しかし今日の上条は、少しでも多くの料理を胃袋に収めることしか考えてなかった。

 ミニハンバーグを口いっぱいに頬張り、溢れ出す肉汁を噛み締める。

 やばい。これはやばい。美味すぎる。

 上条は感動に打ち震えた。

「そのハンバーグもおいしそうだね、とうま」

 インデックスが野生の肉食動物を彷彿させる視線を上条に送る。それを獰猛な笑みを持って返した。

「インデックスさんよお、盗れるものなら盗ってみろよ!」

 上条の人生で五指に入るかもしれない闘いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。

「はいはいアンタ達、仲良く食べる」

 それを美琴の強烈なチョップが食い止めた。箸を取り落とし、頭を抱える二人。

「ぐう……上条さんとしたことが、あまりの美味しさに我を忘れるとは」

「で、でもみこと。こんなにおいしい料理を独り占めにしたくなるのは、人間として当たり前のことだよ?」

「アンタ敬虔なシスターじゃなかったの? でもまあ、褒められて悪い気はしないわね」
 
 二人の賛辞に、美琴は照れたように笑った。

「とうまの料理の百倍はおいしかったよ! ほんと、みことに比べてとうまは甲斐性ないね」

「暴食シスターに手のひら返されたあ! なんかショックだ」

 こと食い物に関しては、このシスターはシビアであった。

 上条が落ち込んでいる隙に、インデックスは箸を拾い、再び暴風雨となる。

 美琴はインデックスの尋常じゃない食いっぷりを眺めながら、優しげな笑みを浮かべた。

 そんな二人を見ていると、なんだか自分が必死に胃袋を満たそうとしているのが馬鹿らしくなった。美琴に倣い、上条は賑やかな食卓を楽しむことにする。

「ほら、口元にご飯ついてる。とってあげるからじっとしてなさい」

「むぐぅ……なんかみこと、大して歳も変わらないのに、私のこと子ども扱いしてない?」

「してないしてない」

「むー、なんか誤魔化されているような気がする」

「インデックス、これもおいしいわよ」

「……! いただきます!」

 美琴の差し出した豚肉の野菜炒めの皿を、インデックスはひったくりのように奪い取り、あっという間に胃に収めていく。

「ぷっ、なんかこう見てるとさ、親子みたいだな」

 堪らないといった風に、上条は吹き出した。

「えっ、お、親子?」

 美琴は急に顔を赤らめ、まだ笑っている上条を見て、次の料理にとりかかっているインデックスを見て、もう一度上条を見た。

 すると途端に、テーブルにまだ残っているサラダのトマトのように真っ赤になった。

 つい最近、美琴に関してのみ少しはそっち方面にも敏感になった上条は、食卓の空気が変わったことに気付き、落ち着かない気分になる。

 美琴がちらっと上目遣いに目線を遣る。

 それだけで何故か上条の心臓が高鳴る。

 次第に美琴の目に決意の色が宿っていることに気付いた。唇が開き、なにか言葉を紡ごうとする。

 上条は息をのみ、その言葉を待つ。

 のだが――

「むむ、なんだか二人だけの空間が作られている気がするよ」

 インデックスが不機嫌そうに二人を見ていた。

「ななななな、なにをおっしゃるインデックスさん! 別になにもやましいことは、なあ?」

「そ、そそそうよ! べ、別に将来こんな風になるのかな、なんて、全然、その、お、思ってないんだから!」

 本音がだだ漏れの美琴を、インデックスはじとー、と見つめる。

「な、なに、インデックス?」

 妙なプレッシャーを感じ、冷や汗を流す。

 すると不意に、インデックスはどこか嬉しそうな、でも一抹の寂しさを含んだ笑みを浮かべた。

 その真意が読み取れず、美琴は声を掛けようとする。

 しかし「私の胃袋はまだまだ満たされていないんだよ!」と勢いよく食事を再開するインデックスに、結局はなにもいえなかった。

「インデックス、どうしたんだろ」

 隣の上条が小声で訊ねてくるが、美琴はこっちが知りたいくらいだった。

 しばしの間二人は無言になり、インデックスの食器を鳴らす音や、咀嚼する音だけがダイニングに響く。

「……な、なあ、そういや、まだ聞いてなかったんだけど、結局なんで引っ越しなんてしたんだ?」

 重たい沈黙に耐えることができず、以前に答えをもらえなかった疑問を呈する。この空気を壊せるなら話題はなんでも良かったのだが、気になってはいたことだ。

「え? ああ、引っ越しの理由ね。インデックスの保護を万全なものにするためよ」

「確かに美琴も保護者の立場だから、一緒に住めるようにした方がよかったかもしれないけど、まだしばらく小萌先生の所で預かってもらってたほうがよかったんじゃないか? 見た目はアレでも立派な大人なんだし、まだ子どもの俺たちよりも安心だろ?」

「甘いわね。あの炎の魔術師もいってたでしょ。インデックスを他の魔術師に奪われないよう、保護しに来たって」

「あー、確かに病院でも同じようなことをいわれたなあ」

 ステイルに鬼気迫る表情で、インデックスを傷一つつけずに守り抜け、といわれたことを思い出す。

「そこで聞くけど、あの先生がインデックスを魔術師から守れると思う?」

 上条は脳裏に、ちっちゃな我らが先生の姿を思い浮かべた。

「シ、シスターちゃんに手を出したら、せ、先生許さないですよ!」

 魔術師(何故かステイルを連想した)に頭を押さえつけられながら、届かない手をぽかぽか振り回す小萌。

 上条は乾いた笑いを浮かべ、すぐさま思考を中断した。

「無理だな」

 ひ、ひどいですよー、という幻聴が聞こえてきたが、上条は断言した。

「でしょ。でも私たちが一緒ならきっと、ううん、絶対守れる。だからわざわざ最新鋭のセキュリティー完備のマンションを探し出して、入居手続きして、先生からインデックスを引き取ったのよ。アンタもアンタで大変だったんでしょうけど、私だって忙しかったのよ。……特に黒子の目を盗むのは苦労したわ」

 ばれたら風紀委員(ジャッジメント)にあるまじき汚いマネをしてでも止めにきただろう。

 まあ、それでも今頃ばれて狂乱している黒子を思い浮かべると頭が痛くなるが、今は考えないことにした。

「なるほどなあ」

 得心する上条であったが、うん? と首を捻った。

「今なんか変なワードが混じっていたような…………って、私たちが一緒!」

 ただ今絶賛家なき子中の上条にとって、今の美琴の発言は聞き逃せないものだった。
 
「み、美琴さん、それはもちろん、一緒に守るって意味合いですよね? ま、まさか一緒に住むとか、そんなの、さすがにねえよな? うん、ないない」

 一人ごちる上条に、しかし美琴は平然と爆弾を投げ込む。

「なにいってんのよ。一緒に住むに決まってんじゃない。そのために広さも条件に含めて探してたのに。今更なこといわないでよね」

「だよなあ、一緒に住むよなー…………って、はいいぃっ!」

「うるさいんだよっ、とうま! 食事中は大きな声を出さず、神の恵みに感謝しながら食べるんだよ」

「あ、ああ、悪い。でも、まるっきり感謝の欠片も見えない食い方をしてるシスターにいわれてもなあ。……って、そうじゃなくて!」

 インデックスのせいで思わず話が逸れそうになったが、上条は我に返り美琴に食ってかかった。

「どういうことだ、美琴! いくらインデックスを守るためだからって、お、男と女が一つ屋根の下に住むなんて、問題ありすぎだろ!」

「なによ。どうせアンタのことだから、最終的には自分の寮でこっそりインデックスを匿う算段だったんでしょ。結局は追い出されちゃったけど」

「い、いや、そりゃあまあ、そんな考えがなかったと問われますと、なきにしもあらずと答えるしか」

「へーえ。そうなんだ」

 絶対零度の目で美琴に睨まれ、小さくなる上条。

 しかしこのまま流されてはいけないと思い言い返す。

「い、今は関係ねえだろ! とにかく、お前と同居なんて絶対無理だ!」

「だから、インデックスを守るためだっていってんでしょ!」

「それでも、無理なもんは無理だ!」

「アンタねえ、インデックスのことどうでもいいって思ってんの!?」

「んなわけねえだろ! インデックスを守るにしても、もっと他の方法だってあるだろ!」

「じゃあなによ!」

「それは、だな、今は考えつかねえけど……と、とにかく駄目ったら駄目だ!」

「そんなに私と住むのが嫌ってわけ!」

「って、なんか趣旨が逸れてねえか? インデックスを守るために同居しろっていってんだろ」

「なによ、当麻のバカ! 理由はそれだけじゃないって、いわなくてもわかるでしょ!」

「そうだよ、とうまのバカ! 乙女心がわからない男には、天誅が下るんだよ!」

「インデックスまで。ていうか理由はそれだけじゃないって、どういうことだよ? 今は乙女心とか関係ないだろ?」

 少しはそっち方面にも敏感になった上条ではあったが、それでも恋愛レベルが0から1に上がった程度である。怒鳴り合いからそれを察することは、情けないことにできなかった。

 そのことに女性陣の怒りが爆発する。

「こんの、バカーーーー!」

「とうまの鈍感! 唐変木! フラグクラッシャー!」

「ちょ、待て待て美琴、その電撃とめろって。ていうかおもむろにコインを取り出さないで下さ――ぎゃあああああ! イ、インデックスまで! い、いてえ! やめろ、噛みつくな! どわあ、美琴待て待て早まるな! このマンションを俺の寮の二の舞にする気か!」

 そこからは地獄絵図だった。

 上条はインデックスにデザート代わりに散々に噛みつかれながらも、美琴からコインを奪い取ろうとした。だが、周囲に被害が出ないよう美琴の電撃を消すのに精一杯だ。

 美琴はひたすら上条への罵声を浴びせ、今にも超電磁砲を放ちそうだった。

 インデックスもインデックスで、噛みつきながらも悪口のようなものを喚く。

 上条はただただ悲鳴を上げるのみだった。

 歯がぐいぐい食い込み、痛みを堪える中、上条はどうにか美琴からコインを奪うことに成功するが、対上条ちぇいさーキックをお見舞いされた。

 悶絶する隙を見計らって、インデックスが頭蓋骨を割らん勢いで頭を囓る。

 見事な連携プレーに、

「うんぎゃああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 上条はただ絶叫を上げることしかできなかった。

 しかし、上条の不幸はまだ終わらない。

 神様は、本当に上条のことが嫌いらしい。

 玄関から、爆弾が爆発したかのような轟音が響いた。

 何事だと一時攻防をやめ、三人が振り向くと、リビングに玄関のドアが吹っ飛んできた。壁に激突し、引っ越し早々大きな傷ができた。

「な、なに、なにが起こったの?」

「とうま、みこと!」

「クソ、マジで魔術師が攻めてきたのか!」

 二人を背にやり、上条は右手を握りしめた。

 かつ、かつ、と足音と共に何かで床を突く音がする。

 武器を持ってるのかと、上条の頬を汗が伝う。

 美琴もようやく心を切り替え、インデックスを更に下がらせた。右手から青白い電撃を帯電させる。

 インデックスが上条と美琴を不安げに見る中、そいつは堂々と土足でリビングに入り込んだ。

「よォ、三下と超電磁砲。久しぶりだなァ」

 真っ白な髪と、赤い瞳が特徴的な少年が、口元まで裂けそうな、壮絶な笑みを浮かべた。

 少年の足取りは不安定で、手に持った杖がなければまともに歩けそうになかったが、全てを威圧するような迫力を微かにも損なっていなかった。

 かつ、かつ、と上条達に近寄る。

「人が気持ちよくうたた寝してる時によォ、ギャーギャーギャーギャー痴話喧嘩しやがって。ンなに叫びてェなら、血反吐と共に叫ばせてやろうかァ? ベクトル操作で血流踊らされてェのか、三下ァ」

 ベクトル操作――学園都市最強の能力を持つ白い少年は、そういいながらチョーカーに手を掛けた。

「なんでアイツがここに!」

「わ、わかんねえけど、とにかくとめろ!」

 美琴の悲鳴のような疑問の声に、上条は少しばかり震えた声で返しながら駆け出す。

 白い少年はまず上条を殺るといった。ぐずぐずしていると、血だるまの上条が完成しかねない。

 しかし、上条が決死の思いで右手を振るう前に、少年の背後から誰かが飛び出してきた。

「こんばんは、ってミサカはミサカは不法侵入しながら挨拶してみる」

 なんとなく予想はしていたが、美琴をそのまま幼くした少女の登場に、上条の動きがとまった。

「心配しなくても、この人は照れてるだけだよ、ってミサカはミサカは社交性ゼロのこの人に代わっていってみたり。いつ挨拶するか迷ってて、ちょうどお姉様達が喧嘩を始めたから、これ幸いに突入したんだよ、ってミサカはミサカはうっかり秘密を暴露してみる」

「……クソガキ、テメェは黙ってろ」

「むむ、ミサカはアナタのためを思っていってるのに。これだから友達いない歴=実年齢のアナタときたら、ってミサカはミサカは嘆いてみる」

「黙ってろ」

「むぐぐぐぐ、ミ、ミサカは、ぐぐぐ」

 そういいながら、白い少年はミニ美琴な少女の口を押さえた。

 突然乱入してきた二人の闖入者に、上条と美琴は顔を見合わせる。

「なにしに来たんだ、この二人」

「……さあ? 夫婦漫才じゃないの」

 もう脅威はないだろうと判断し、上条は脱力しながら右手を開いた。

 美琴もあきれ顔で、少年と少女の小競り合いを眺めている。

「この人達、誰なの?」

 インデックスが妙なものを食べたような顔で、二人に問いかけた。

 学園都市第一位のレベル5、一方通行(アクセラレータ)と、シスターズと呼ばれる美琴のクローン達の上位個体、打ち止め(ラストオーダー)が、上条達を置き去りにしたまま騒いでいた。      
    
 
  

   


 
   
 





















 予定より話が長くなってしまいましたが、11話更新しました。
 着々と上条さんが攻略されようとする中、一方さんがいよいよ登場です。
 正直バランスブレイカーなので、本編に絡めにくいですが、なるべく出番をあげたいところです。
 ……姫神? も、もうちょっと待って。

 禁書のアニメ二期決定しましたね! 
 浜面活躍の15巻までやってほしいところですが、いいとこ13巻まででしょうね。
 浜面も好きなんですけど、仕方ない、木原くゥゥゥゥゥゥン! で我慢しましょうw







 次回、上条一家と一方一家の団ら……ん?
 そして暗躍せんとするツインテールの影。



[17768] 第十二話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:24c22098
Date: 2010/07/22 18:41
 
 どうにか騒ぎを沈静化させ、インデックスや一方通行達に、魔術師や絶対能力者進化計画の詳しい概要など、今は知らせない方がいい情報を隠しながら自己紹介を終えた後。



「おィ……なンでこンなことになってやがる」

「まあまあ、落ち着けって。美琴の料理はどれもこれも美味いぞ。食わねえと損するぞ」

 苛立たしげにテーブルに片肘を立てている一方通行(アクセラレータ)に、上条は料理を取り分けた小皿を差し出した。

 のんきに仲良しごっこをする上条に、一方通行の眉間に更に皺が寄る。

 向かいの席ではインデックスと打ち止め(ラストオーダー)が小競り合いをしていた。

「うわぁ! うわぁ! お姉様の料理ってすぅっごくおいしいね、ってミサカはミサカは感謝感激雨あられ!」

「あっ、アホ毛! それ私が狙ってたのに! 返してよっ!」

「ふっふーん、一度口に入ったものは返せないんだよ、ってミサカはミサカはすかさず残りを平らげ……って、いつの間にかなくなってる!」

「ふんっ、食卓は戦場だよ。油断した人間から死んでいく運命なんだよ」

「神の恵みに感謝しながら食べる場が、どうして生死を懸けた戦場になるんだ」

「なにいってるのとうま? 人は食べないと死んじゃう生き物なのに」

 心底不思議そうに首を傾げるインデックス。

 暴食は七つの大罪の一つじゃなかったのかよと上条は思うが、機嫌を損ねて囓られるのは嫌なので黙っておいた。

 肩を竦め、隣の一方通行に料理を勧めることに戻る。代わりに一方通行が、ますます不機嫌になる。

「チッ、クソが……」

 本当に、どうしてこうなったのか。一方通行は考える。

 自分は隣に引っ越してきた三下達に、挨拶もとい躾をしにきたはずだった。

 打ち止めの件以来、隣でへらへら笑っている少年は、どうも自分に気安くなった気がしてならない。

 だからこそ、こうしてわざわざ出向いて調教しにきたというのに。

 隣をじろりと見る。上条が「これなんてどうだ」といいながら、箸でホウレンソウとモヤシのおひたしを摘んでいた。 

 モヤシというチョイスに、意図しない悪意を感じる。

 脳に損傷を負い、チョーカーによるミサカネットワークの補助なしには、能力を使うどころか言語機能さえままならない身だが、それでも一方通行が学園都市最強の能力者であることに変わりはない。

 上条は能力を振りかざせば怯えるし、一方通行が今まで何をしてきたか知っているはずだ。

 なのにどうして、先ほどからこいつは、ガキに餌付けするように箸を差し出してくるのか。

「最弱よォ、舐めてンのかァ? 学園都市最強に、さかったメスがやらかす恥ずかしイベントを実行ですかァ? ……ブッ殺されてェのか」

 チョーカーのスイッチを能力仕様モードに切り替えようとする一方通行に、上条が慌てて首を振る。

「ち、ちげえって! 上条さんはただ、せっかく食卓を共にしてるんだから、美味いものを共有しようとしてですね」

「とうま、それいただき!」

「アナタが食べないのなら、ミサカが全部食べるよ、ってミサカはミサカは小皿を強奪してみたり!」

 インデックスが上条の箸から直接、打ち止めが一方通行用の小皿を勝手に取っていく。

「共有したがらない人間の方が、多い気がすンだがよォ」

 大して気にした風でもなく、ただ上条への嫌みを込めて呟く。

「……申し訳ない。うちのインデックスのマナーが悪くて」

 一方通行は未だ猛威を振るう暴食シスターと、それに張り合おうとする打ち止めを見る。

 どちらも食器をかちゃかちゃ鳴らし、口の周りに食べかすをつけていて、大変行儀が悪い。

(クソガキには食事の躾が必要みてェだな)

 父親みたいなことを考える一方通行であった。

「アンタ達、追加料理できたわよ」

 美琴がお盆に何品か乗せ、オープンキッチンから出てきた。

「待ってたんだよ、みこと!」

「うわぁい! ありがとうお姉様って、ミサカはミサカは感謝してみる!」

 まだまだ飢えを満たせないでいる野獣達が、テーブルに置く前に強奪していく。

「あっ、コラ。焦らないの」

 美琴がそう窘めるが、二人はまるで聞いていなかった。 

「ほんとうにもう、仕方ないわね」

 苦笑しながら、美琴も席に着く。

「お疲れさん」

 上条が美琴にねぎらいの言葉を掛ける。一方通行はそっぽを向いたまま何もいわなかった。

 かつて自分達を深く傷つけた人間と、自分を守ってくれる人間が傍目仲良く並んでいるのを、美琴は複雑そうな顔で見た。

 胸の奥底から嫌な気持ちが湧いてくる気がする。

 それを少しでも払拭するために、美琴はとにかく話をすることにした。

「で、なんでアンタ達がここにいるわけ?」

「俺がここに住ンでンのに、いちいち超電磁砲様への報告が必要なんですかァ?」

「……むか」

 一応は美琴の問いに答えたものの、一方通行の態度は非常に悪かった。放電しそうになるが、どうにか堪える。

 美琴の代わりに上条が訊ねる。

「ここに住んでるのはわかったけど、どの部屋だ?」

「……805号室だ」

「って、隣じゃない!」

 レベル5が同じマンションに住んでいることも驚きだが、まさか隣同士だとは。だから昼寝の邪魔云々言い訳をしていたのか。

 せっかく三人で暮らせると思ったのに、とんだ邪魔者がいたものだ。

「よりにもよって、なんでこのマンションを選んだのよ」

 思わず邪険な声で別の問い掛けをする。

「セキュリティーが、まだマシな方だからだ」

「ああ、一方通行の能力が制限されたって聞きつけた奴らの襲撃対策か」

 上条の問いに、しかし一方通行は是とは答えない。

 上条が不思議に思っていると、代わりに打ち止めが答えてくれた。

「それはね、ミサカ達があの時みたいに利用される可能性があるからだよ、ってミサカはミサカは説明してみる。シスターズの上位個体を欲しがる研究所が、まだないとは言い切れないからね。まったく心配性なんだから、ってミサカはミサカはと思いつつ、こっそり頬を赤く染めてみたり」 

「染めンなクソガキ」

「まったく、素直じゃないんだから、ってミサカはミサカは暖かい視線を送ってみる」

「勝手にしろ。……なにテメェらまで生暖かい目で見てやがンだ?」

 一方通行がこめかみをひくつかせながら、上条とインデックスを見る。いや、よく見ると美琴までも若干微笑ましげな顔をしていた。

 今までにない複数からの好意的な視線に、居心地の悪さを覚える。

 不快とまではいかないのだが、それでもこの空気をどうにかしたくて、逆に一方通行が問いかけた。

「ンじゃァよ。テメェらはなんでこのマンションに引っ越してきたンだ。夫婦の予行練習でもしてンのか?」

「い、いやいや上条さんはまだ住むと決めた訳じゃありませんから!」

「ふ、ふ、ふう、夫婦?」

 それぞれに異なる動揺をする二人を、一方通行は冷ややかな目で見る。

「お、おほん。まあ詳しい事情はいえねえけど、お前と似たような理由だよ」

 打ち止めが話している隙に、全ての料理を自分の手元へ持ってきたインデックスを、上条は目を細めて見つめた。

「……ハッ、そうかよ」

 鼻で嗤いながらも、一方通行もインデックスに文句をいう打ち止めを見る。

 全く持って、過保護な父親達であった。

「そういう事情なら、まあいいわ。ご飯に困ったら家に来なさい」

 男二人に苦笑しながら、美琴が一方通行にいう。

「あァ? テメェに施して貰うほど、一方通行は落ちぶれてねェよ」

「なにいってんの。私はアンタを心配してるんじゃなくて、打ち止めを心配してんのよ。アンタ、あの娘にちゃんとしたモノ食べさせてるの? まさか外食ばっかじゃないでしょうね」

 美琴の疑りに、一方通行が無言で渋い顔をする。やれやれと、美琴は肩を竦めた。

「あのぐらいの年の娘は、栄養バランスが大事なんだから。どうせもうすでに二人賄ってるんだし、今更二人増えても平気よ」

「あのー、美琴さん。まだ一言もここに住むっていってないんですが……」

 上条の弱々しい言葉を、美琴は聞こえていないふりをしてスルーする。

「とにかく、つべこべいわずに家に食べに来ること。いいわね」

「……チッ」

 舌打ちしながらも、一方通行は美琴の言葉に反論することもしなかった。

 向かいではしゃぐ打ち止めを見ていると、断ろうとする気が何故か起きなかった。

 しかし意地でもわかったとはいわない。

 自分は一方通行だ。生ぬるい馴れ合いなんてこっちからごめんだ。

 そんな一方通行の心境を余所に、上条は清々しいまでの笑みを送ってくる。それが無性に腹が立った。 

(本当に血流を踊らせてやろうか)

 しかしこんな三下相手に本気になるのも馬鹿らしい。

(勝手にしやがれってンだ、クソッタレ!)

 一方通行はテーブルを思い切り叩いて、立ち上がった。

「もう帰るのか?」

 上条が名残惜しそうにしているが、一方通行は無視を決め込む。

「帰るぞクソガキ」

「ま、待って、まだあと少し料理が残って、ってミサカはミサカはいってるのに、アナタは容赦なく引きずるんだね、って最後の一口がっ!」

「私のご飯は私のモノ、アホ毛のご飯も私のモノなんだよ。出直しておいで」

「くぅ~~~、この白シスター! くやしい、ってミサカはミサカはだだっ子のように暴れてみる!」

「暴れンな。外に放り出すぞ」

「うわーい、そのまま放置プレイなんだね、ってミサカはミサカはアナタの性癖を心配してみたり」

「幼女趣味はダメだと思うんだよ」

 打ち止めとインデックスのいわれなき誹謗を一身に浴びても、漢一方通行は黙って打ち止めを引きずっていく。いつ切れるかわからない血管を抱えたまま。

「ちょっと、アンタ待ちなさいよ」

 それを無謀にも美琴が引き留めた。

「……ンだよ、超電磁砲」

 地獄の悪魔でもこうはいかない恐ろしげな声で、一方通行が返事をする。

「ドアの弁償、しなさいよね。あと壁の修繕費も頼んだわよ」

 面白くもなさそうにいう美琴に、一方通行が一瞬とまる。

 しかしすぐにやけくそな顔になって財布から万札を何枚も取り出すと、アホ面している上条に投げつけた。

「ぶほあ!」

 上条が普段手にもできないようなお金に溺れている内に、一方通行は打ち止めを連れて出て行った。









 翌日、とある喫茶店にて。



「一大事ですの!」

 喫茶店のテーブルをばしばし叩きながら、白井黒子は言い放った。

「一大事っていわれても……」

「私たちにはなんのことだが、さっぱりわかりませんよ」 

 向かいの席に座る佐天涙子と初春飾利は、わけがわからないと困惑した声で返す。

 昨日の深夜、黒子から急に電話が掛かってきた。明日会えないかと鬼気迫る勢いで、意思確認もせずに約束を取り付けられ、待ち合わせの喫茶店に来たのであるが――

「とにかく、一大事でしたら一大事ですの!」

「……初春、風紀委員(ジャッジメント)でなんかあったの?」

「いえ、特に大きな事件はなかったはずですが……」

「じゃあ、なんのことだろう?」

「どうせ白井さんのことですから、おそらく――」

 二人がひそひそと話しているのを気にもとめず、黒子は頭を抱え悶える。

「お姉様が、お姉様がぁ!」

 ホラー映画の化け物が実体化したような迫力に、二人の身体が震え上がった。

「……お、お姉様が?」

 佐天が生唾を飲み込み、恐る恐る訊ねる。

「お姉様が、黒子のことを捨てたのですのぉーーー!」

 喫茶店内の客の視線をものともせず、黒子は絶叫した。

 佐天は驚き身を竦め、初春も硬直していたのだが、やはりそうですかとため息をついた。

「す、捨てられたって、ど、どういうことですか?」

 野獣のように唸りながら滝のような涙を流す黒子は、ぐるんと首を回し、佐天を真正面から見つめた。

 それだけで鳥肌が全て立ち、心臓が鷲づかみにされるような圧迫感を覚える。

 黒子は真っ赤になった目を見開いたまま、佐天の肩を掴んだ。ものすごい握力で、ぐいぐい食い込んで痛い。

「お、お姉様が、寮から引っ越して、ほ、他の、他の女と同棲生活を始めましたの~!」

「それをいうなら、同居ですよ」

 初春がいうが、白井は佐天を前後に揺らして話を全く聞いていない。

「ちょっ、お、落ち着いて、下さい。そん、なに、揺らされると、き、気持ち悪、い……」

 高速で頭をシェイクされ、佐天がうめく。

 ひとしきり身体を揺らされた後、ようやく解放された佐天は、口元を押さえて青白い顔をしていた。

 少しは落ち着いたのか、呼吸を整えている黒子に、初春が質問する。

「それで白井さん、いったいどういうことですか? 白井さんの取り乱し具合から察するに、御坂さんの引越しは急なものだったんですよね?」

「……ええ、わたくしが風紀委員の仕事から帰ってきたら、それはもう神隠しに遭ったかのように、家具一切まとめて、忽然と姿を消していましたわ」

 黒子はそういい終わった後、ゴージャス・ミラクル・レインボー・リゾート・熱海という名の、怪しげなミックスジュースを一気に飲み干した。

 渇きを潤し、補足説明をする。

「寮監様の話では、外からお姉さまの知り合いの小娘が引っ越してきたらしいですの。常識に疎いらしく、だから一緒に住むことにした、とのことですけど――」

 小娘という言葉に強烈な嫉妬の念を込めながら、言い切る。

「理由はそれだけじゃありませんわ。絶対、絶対、あの類人猿が絡んでいますの!」

 黒子の握力で、コップにひびが入った。

「えっ? 上条さんが、ですか?」

 黒子命名の仇名を知っている佐天は、驚きながら問い直す。しかし良く聞くと、その声は普段より明るいものだった。

(……ほんとに、あのクサレ外道はぁぁぁ)

 怒れる黒子に握られ、哀れなコップが悲鳴を上げている。

「上条さんがどう関わっているっていうんです? 上条さん自身は関係なさそうに聞こえるんですけど」

 初春は勝手に黒子に恨まれている上条に同情しながら、その真意を訊ねた。

「いいえ、間違いなくあの殿方が関わっていますわ。一週間前、お姉様が入院した話を貴女方も知ってらっしゃるでしょう。実はその日、お姉様は殿方と一緒にいましたの。それだけなら、まだお姉様を事件に巻き込んだことで、半殺し程度で済ませてあげようと思ったのですけど」

「いやー、さすがに風紀委員が半殺しとかまずいですよ」

「風紀委員じゃなくても犯罪です」

 佐天、初春が突っ込むが、黒子はまるで聞いてはいなかった。

「あの日から、お姉様はぼんやりしていると思ったら、急に顔を赤くして取り乱したり、ふとした拍子に切なそうな顔をして、小声で殿方の名を呼んだり、それはもう、ええ。……あんの類人猿がぁぁぁぁぁ! お姉様に何しやがったぁぁぁぁぁ!」

「ちょ、ちょっと白井さん、落ち着いて! 顔が凄いことになってます」

「ほ、ほらほら白井さん、これでも飲んで落ち着いて下さい」

 初春のアイスティーを受け取り、またも一気飲みした黒子だが、それでも気が収まらずに喚き散らす。

「あの類人猿、どうせまた女性絡みの厄介事に首を突っ込んだに違いありませんわ! その結果行き場のない小娘を拾って、甲斐性がないからお姉様に押しつけたに違いありませんの! だからお姉様は可愛い黒子を捨てて引っ越しなんか……ドチクショウがぁぁぁっ!」

「上条さんがそんな薄情なまね、するとは思えませんけど」

 初春はそういうが、実際に上条の甲斐性っていうか、運がないせいで美琴がインデックスを養うことになったのだが。げに恐ろしきは黒子の嗅覚か。 

「あのう、お客様、店内ではお静かにしてほしいのですが」

 さすがに見ない聞かないふりもできなくなったか、ウェイトレスがお盆を盾にしながら控えめな注意をする。が、奮闘むなしく黒子の一睨みで退散した。

「ご、ごゆっくりどうぞー!」

 ウェイトレスの後ろ姿を見送りながら、乙女らしからぬ鼻息を鳴らす。

「そもそもあの殿方は、ちょろちょろちょろちょろお姉様の回りに出没して、お姉様を誑か――もとい惑わせて、それでお姉様がピンチの時に助けに来る? はっ、どこのヒーローきどりですの。そりゃあまあ、認められるところも、ほんの少し、欠片じゃなくて粉ほどはあるにはありますが、毎度毎度タイミングがよすぎませんこと? 狙ってるとしか思えませんわ。わたくしだって、お姉様の危機に颯爽と駆けつけたいですのに。……ちょっと初春、佐天さん、聞いてらっしゃるの?」

「……聞いてますよ」

「あ、はい。あはははは、そうですねー……」 

 上条への罵倒を再開する黒子を、もはや止められる者はいない。

 あと何時間愚痴に付き合わされるのか。初春と佐天の心に絶望が過ぎった。

 だが、彼女達はそれでもまだ、見通しが甘かったことを思い知らされる。

 先ほどからマシンガンのように、上条への悪態やら不平やらをまき散らしていた黒子の口が、不意にとまった。

 そのまま硬直した黒子に、二人はとうとう黒子が本格的におかしくなったのかと、失礼なことを考える。しばらく放っておくと、小刻みに震えだした。

 佐天が救急車を呼んだ方がいいんじゃないかと提言し、初春がケータイで119番に連絡を取ろうとした、まさにその時だった。

 黒子が恐ろしい真相に、勝手に辿り着いたのは。

「まさかお姉様、小娘の同居を盾に、殿方との同居をいい出したりとか……していませんよね?」

 ゼンマイ仕掛けの人形のような動きで、首を二人に向ける。

「いくら御坂さんでも、さすがにそれは」

 妙に焦った態度で否定する佐天であったが、初春の思いもよらない発言が、場の空気を凍らせた。

「でも、そういえば上条さん、学生寮から追い出されたらしいですね」

 どこから仕入れたその爆弾情報。佐天が口をわななかせながら、初春の横顔を見る。

「ふふ、ふふふふふ……ふふふふふふふ」

 子どもが聞いたら泣き出しそうな、不気味な笑い声が黒子から漏れ出す。

 そこで初春は自分がいってしまった言葉の危険度を理解し、「し、白井さん、違うんですっ」というが、もう遅い。

「そうかそうですかそうですのねあのクサレ外道お姉様の心を惑わすだけでなく同棲まで企もうとはわたくしもびっくり驚天動地ですわお姉様のスレンダーなその身体をあの慎ましやかな胸をむしゃぼり尽くす気ですのねそうですわきっとそうに違いありませんわでしたらわたくしの取るべき行動はただ一つあんの類人猿塵も残さずブッ殺したらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ひぃぃぃ! と初春と佐天は抱き合って震えた。

 その二人の肩を、凄絶な笑みを浮かべる黒子が、悪魔のように優しく叩く。

「手伝って、くれますわよね」

 二人は首を縦に振る以外、生き残る道はなかった。




































 今回はいつもより早めに投稿できました。
 
 上条一家と一方一家との交流が始まりそうですね。
 しかしその裏ではツインテールの悪魔が仲間を引き込み、何かしでかそうとしていますが。
 初春は前回に少し出ましたが、今回は佐天さんも出してみました。初春の性格は禁書よりにしてます。

 次こそ満を持して姫神の登場……といきたいとこでしたが、作者暴走の為次々回にまわします。すまん、姫神。
次回、暗躍するツインテールは一人ではなかった。そして意外な腹黒さをみせるとある人物が。……正直、やろうか迷っていた話ですが。
上琴は出番なしで、半ば番外な話になります。



[17768] 第十三話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:24c22098
Date: 2010/07/22 18:42
 黒子達が喫茶店で騒いでるほぼ同時刻、とある病院にて。
 
「非常事態です、とミサカ一〇〇三二号は動揺を隠せず緊急会議を開きます」

 ミサカ一〇〇三二号こと御坂妹は、無表情に、しかし身体を震えさせながらいった。

「先ほど上位個体からもたらされた、最重要案件のことですね、とミサカ一〇〇三九号は確認を取ります」

「あのクソガキもとい上位個体は、昨夜から知っていたというのに、今の今まで情報提供を怠りやがって、とミサカ一三五七七号は悪態をつきます」

「ど、どうしましょう、とミサカ一九〇九〇号はあの方がお姉様のモノになることを危惧します」

 御坂妹の他にも、顔のそっくりな少女が三人いた。

 彼女たちはとある理由から病院で世話になっているのだが、みな一様に重苦しい緊張感を背負っている。

 四人の美琴の妹達は、姉のしでかしたとんでもない抜け駆けについて話し合っていた。

「とにもかくにも、お姉様の蛮行を阻止しなければなりませんが、なにか良い考えはありませんか? とミサカ一〇〇三二号は全ミサカに問いかけます」

 御坂妹がそういうと、不意にシスターズ同士を繋ぐ脳波リンク――ミサカネットワークから声が届いた。

『えー、別にお姉様と一緒に暮らしても、なんの問題もないと思うんだけど、ってミサカはミサカは昨日食べたお姉様の料理を思い出して涎を垂らしてみる』

 打ち止めの他人事な一言に、すぐさまこの場にいない妹達からの抗議が殺到した。

『テメエは黙ってろ、とミサカは怒りを露わにしながら上位個体の暴言に反論します』

『これだからすでに男のいる奴は、とミサカは怨嗟の念を上位個体に送ります』

『何故こんな愚かなミサカが上位個体なのでしょう、とミサカは嘆きます』

『リア充爆発しろ! とミサカは最近ネットで覚えた言葉で罵ります』

『KYは存在自体が害悪です、とミサカは辛辣な評価を下します』 

『うわーい、みんながミサカを苛めるよって、ミサカはミサカは隣で眠るあの人に抱きついてみたり』

 さんざん叩かれた打ち止めは、泣きまねをしながらそんな捨て台詞を残してネットワークを遮断した。

 ネットワークで繋がった世界中のミサカはこの瞬間、心を一つにした。


 こいつ、しねばいいのに。


「邪魔な上位個体も消えたことですし、話を元に戻しましょう、とミサカ一〇〇三二号は暫定議長に就任し、全ミサカの意見を待ちます」

 そう御坂妹はいうが、ここにいる妹達も、ネットワークで繋がる妹達も黙りを決め込む。

「なにか意見はないでしょうか、とミサカ一〇〇三二号は焦燥を押さえきれずに再度問いかけます」

「――まったく、情けないですね、とミサカ九九八二号は不甲斐ないミサカ達に落胆します」

 普段の無表情より、若干眉を寄せながら四人の妹達が向かい合っていると、五人目の妹――上条に美琴妹と呼ばれる個体がやってきた。

「そういいますが、会議に遅刻してきたミサカ九九八二号にいわれても――なっ!」

「どうしました、ミサカ一〇〇三九号、とミサカ一三五七七号は怪訝な……か、お……で?」

「あわわわわ、い、異常事態が発生しました、とミサカ一九〇九〇号は動転します!」

「……それはいったい、どうしたのですかとミサカ一〇〇三二号は平静を装ってどうにか訊ねます」

 ネットワークで他の妹達も騒ぎ出す中、四者の視線が一点に集中する。そこには自分と全く持って同じ容姿と服装をした美琴妹がいる。

 唯一の違いはゲコ太のカンバッチで、上条が他の妹達と見分けるのに役に立っているのだが、いつもつけているので驚愕する要素にはなりえない。

 原因は別にあった。この妹は、明らかに他の妹達との相違点があった。

 美琴妹の髪型が、ツインテールになっていた。

 それだけではない。明らかに他の妹達よりも髪が伸びていて、黒子と比べても遙かに長いツインテールだった。

「冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)が極秘に開発していた強力毛生え薬『ノビルンダーX』を使用しました、とミサカ九九八二号は見せびらかすように髪をなびかせます。もっとも、本人には効果がなかったようですが、とミサカ九九八二号は表面上だけ同情します」

 あの医者、禿げを気にしていたのか、と美琴妹以外の妹達は、一様に切なさと痛々しさを密かに顔に出した。

「それで、何故ミサカ九九八二号はわざわざ毛生え薬を用いたのですか、とミサカ一〇〇三二号は問いかけます」

 代表して御坂妹が訊ねると、美琴妹は姉譲りのない胸を張って堂々と答えた。

「もちろん、あの方――上条当麻を手に入れる為です、とミサカ九九八二号は大胆な所有物宣言をします」

「!!」

「なっ!」

「ふ、不埒なっ!」

「み、ミサカは――」

 動揺を露わにする妹達に、美琴妹は真っ直ぐな目で宣言する。

「あの方は、ミサカを一人の人間として認めてくれました。ミサカは長い間その意味を理解できないでいましたが、ようやくその片鱗を知ることができました。上条当麻へのこの想いは、このミサカだけのもの。他のどのミサカとも共有したくない、ミサカだけのものです。今はまだ、これだけしかわかりません。ですが、これで十分なのです、とミサカ九九八二号もとい“美琴妹”は、己の存在を高らかに主張します」

 美琴妹の産声は、ネットワークによって全世界のミサカに届けられた。

 ある者は正気を疑い、ある者は理解を超えた言葉に放心し、ある者はまだそこに至れないことを羨むなど、様々な反応を示した。

 それは、妹達が上条と美琴に出会ってから、己を見つめ直し、それぞれの個体の環境の変化や些細な日常の差から生まれた、小さな個性の芽が起こしたものだ。

 その最先端をひた走るもう一人の妹、御坂妹だけは凪いだ心で、美琴妹の真っ直ぐな目を受け止める。

「それは、ミサカにもわかります。ミサカ一〇〇三二号と、ミサカ九九八二号は同じ想いを抱いています。ですが、それでもなお、この想いは異なるもので、共有されてはならないものなのです、と“御坂妹”は“美琴妹”に同意します」

「そうですか。ですが、決して他のライバルにも、お姉様にも、“御坂妹”にも負けません、と“美琴妹”は宣戦布告します」

 互いに己の個を主張し、互いに認め合った二人の同じ顔をした少女は、今までの鉄面皮を掻き消すような、踏まれても枯れない笑顔の華を咲かせた。

 他の三人の妹達は、その美しい光景に感動すら覚える。

 いつかは自分もそこにたどり着けるのだろうかと思う。そう考えるだけで、すでに自己の獲得に一歩進んだことに気付かないで。

 このまま話が終われば、感動話で済んだのだが――

 その熱のこもった視線の先の一人、御坂妹は表情を無に戻し、ある疑問を投げかける。

「そういえば、上条当麻を手に入れる為にその髪型にしたといいましたが、実際のところどういう意図があるのですか、とミサカ一〇〇三二号は首を傾げます」

 己の存在を高らかに謳ったあの場限りだったのか、自身の呼称を元に戻している。

「ふっ、よくぞ聞いてくれました、とミサカ九九八二号は壮大な計画を明かします」

 粗い鼻息を鳴らしながら、鼻高らかに美琴妹が壮大な計画とやらを語り出す。

「お姉様は確かに強敵で、見習うべき所は多々あります。ですが、お姉様の劣化クローンであるミサカ達では、いくらオリジナルのマネをしようとも勝てません、とミサカ九九八二号は逃避せずに現実を直視します。ですからミサカは考えました。どうすれば、お姉様を超えることができるのか。あの方の趣味嗜好の調査をした結果も踏まえて、思考を続けた末に、ミサカはある結論に達しました、とミサカ九九八二号は褒め称えよという内心を押し隠しつつ述べます」

「その結論とは、一体なんなのですか、とミサカ一〇〇三二号は興味のない振りをしつつも、好奇心を抑えきれずに前のめりになります」

「それは――ギャップです、とミサカ九九八二号は偉大なる結論を明らかにします」

 その答えに、御坂妹は首を傾げる。何故上条当麻を陥落するのに、ギャップという答えが出たのかと。他の妹達も、どういうことなのかわからないでいる。

 その反応に美琴妹は、優越感にも似たニヒルな表情で説明を続けた。

「あの方の好みは、年上のお姉さんということは調査から判明しています。グラビア雑誌を立ち読みしている際、お姉さん系のものばかりを読んでいました、とミサカ九九八二号は若干の軽蔑を交えて不愉快そうにいいます。ですがお姉様を見てもわかる通り、ミサカ達は年齢を含めお姉さん系とは程遠い存在です、とミサカ九九八二号はオリジナルのない胸を恨みます。ですからミサカは、ギャップを利用することを思いついたのです、とミサカ九九八二号は優秀な頭脳を褒め称えます」

「ですから、そのギャップとはなんなのですか、とミサカ一〇〇三二号は遠まわしないい方に苛立ちを覚えつつ、姿勢だけは正して続きを待ちます」

「まあ落ち着いて、とミサカ九九八二号は姿勢を正してといいながら、前のめりになっているミサカ一〇〇三二号を押し戻します。いいですか、ミサカがツインテールにすることで、ミサカの容姿は今まで以上に幼く感じられるようになりましたね、とミサカ九九八二号は全ミサカに確認を取ります」

 その言葉に、ネットワークを通して見ていた妹も含め、頷く。

「ですが、あの方好みのお姉さん系とは程遠い存在になっていませんか、とミサカ一〇〇三二号は愚かな行いに疑問を呈します」

「これを見ても、まだそんなことをいえますか、とミサカ九九八二号はリボンを手早く解きます」

『……なっ、こ、これは!』

 リボンを解いた美琴妹を見た瞬間、全ての妹達は同時に驚愕の声を上げた。

 美琴妹は、腰を超える長い髪をなびかせていた。

 生まれてそれほど時間の経過していない、紫外線によるダメージがほとんど見られない、日の光を反射し輝く髪。透けるような茶色が揺らめき、美琴妹を幻想的に見せている。

 その日にあまり焼けていない白い肌と合わせて、まるで、御伽噺に出てくる湖畔の乙女のように、美琴妹は儚くも目を離せない、かくとした存在感を放っていた。

「どうですか、驚きで言葉も出ませんか、とミサカ九九八二号は優越感に入り浸ります。ツインテールという幼さから一転、リボンを解くだけで魔法のように大人びた容姿を得る。これがミサカの考え出したギャップです、とミサカ九九八二号は絶句するミサカ達に上から目線で参ったかと鼻高々に述べます」

 お姉さん系とは異なるが、確かに美琴妹のいう通り今の美琴妹は、妹系とはかけ離れていた。事前のツインテールによって幼いという先入観があったから、なおの事大人びて見える。

 妹達はこれならばあの方を落とせるのでは、と希望に瞳を輝かせる。

 しかし、それに異を唱える者がいた。

「甘い、砂糖水より甘いですね。そんな案は却下です、とミサカ一〇〇三二号は鼻で嗤います」

 御坂妹である。彼女はその言葉通り、浅はかな者を見下すような目で美琴妹を見ていた。

「なっ! それはどういうことですか、とミサカ九九八二号はその暴言に眉を顰めます」

「どうもこうもありません。その方法では、上条当麻を落とそうなど到底叶わないといっているのです、とミサカ一〇〇三二号は繰り返します」 

 険悪な雰囲気を出す美琴妹と御坂妹に、他の妹達は怯えながらも御坂妹の真意を聞こうと耳を澄ませる。

 御坂妹は注目を集めようとするかのように、人差し指を立てる。

「いいですか、あの方は他人を生まれや外見など、表面的なことで判断しません。あの方からミサカ達が、それぞれ世界に一人しかいない存在なのだと教わったのを忘れたのですか、とミサカ一〇〇三二号はミサカ九九八二号のミサカネットワークへの接続具合を疑います。外見を変えるなど意味はありません。ミサカ達は、むしろ内面を磨くべきなのです、とミサカ一〇〇三二号は正論を振りかざします」

 御坂妹に人差し指を向けられ、美琴妹が無表情で口角をひくつかせた。

「なにが正論ですか、とミサカ九九八二号は異を唱えます。ならば具体例を挙げなさい、とミサカ九九八二号は理想論に真っ向から対立します」

「例えば、あの方がお姉さまから嫉妬による理不尽な仕打ちをうけた時、まるでミサカがお姉さんのように、あの方を労わるのです。それ以外にも、あの方の不幸話を親身になって聞いてあげたり、不幸に遭った時にはさりげなくフォローを入れてあげたりして、お姉様があの方につけいる隙をなくすのです、とミサカ一〇〇三二号は矢継ぎ早に具体例を挙げます」

「汚っ! まるで泥棒猫のような振る舞いです、とミサカ九九八二号は理想論といったことを後悔しながら、邪悪な考え方に怯みます」

 あんまりな案に、美琴妹が恐れおののくが、御坂妹は平然と流す。

「どこが汚いのですか? あの方もミサカも幸せになれる素晴らしい案ではないですか、とミサカ一〇〇三二号は威風堂々と卑劣な考えを述べます」

「自覚があるところがますます汚らしいです、とミサカ九九八二号はあまりの腹黒さに仰天します。そんなマネをするくらいなら、ミサカの案の方が遥かにましです、とミサカ九九八二号はギャップ案の素晴らしさを暗に示します」

「韻を踏んだかのようなその物言い、鼻につきますね、とミサカ一〇〇三二号は眉を顰めます。外見をいくら取り繕っても、あの方はなびきませんよ、とミサカ一〇〇三二号は浅はかさを再度嗤います」

「腹黒い内面を取り繕うよりもよっぽどましです。そんな汚い内面、あっという間にあの方に見抜かれますよ、とミサカ九九八二号は勝手に自滅しろとやけくそ気味にいいます」

「あの方に恋愛の機微がわかるとは到底思えません、とミサカは反論します。……少しでも他人の好意に気付いているのであれば、これほどまでに苦労していません、とミサカはため息をつきます」

 どこか疲れ切った表情で実際にため息をついた御坂妹に、美琴妹の気概も衰える。 

「……確かに、それはいえてますね、とミサカも大きなため息をつきます」

 姉妹喧嘩をするのをやめ、項垂れる両者。

 鈍感なあの高校生のことを考えると、実行しても効果のない、つまらないことで争っているような気がして馬鹿らしくなる。

 実際は少しは振り向かせることはできるであろうが、やるせない気持ちになってしまった。

 他の妹達も今日の会議もこれでお終いかと、二人と同じ気持ちを共有する。

 そんな中、ミサカ一九〇九〇号だけが恐る恐る手を挙げていた。

 気だるげな妹達の視線を一身に浴び少々怯むが、それでもどうにかいう。

「あ、あのー、だったらミサカ一〇〇三二号と九九八二号の案を組み合わせれば、確実にあの方を落とせませんか、とミサカは第三の案を出しつつ、実践しようかなとこっそり考えます」

 その言葉に空気が凍った。

 突如南極に放り投げられたような、肌を刺す異様な空気を発する御坂妹と美琴妹に、残り二人の妹達が暖をとるように抱き合う。

 一〇〇三九号と一三五七七号は震えながら、微妙に照れたようにはにかむ一九〇九〇号を見て思った。


 こいつ、空気読めよ


 世界中の妹達も同じ思いだった。

 壁を強打する音と、地面を踏み鳴らす音が同時に響いた。

 勝手に飛び出そうとする悲鳴を飲み込み、一〇〇三九号と一三五七七号が音源を見ると、御坂妹が壁に拳を当て、美琴妹が右足を地面に押し付けていた。

「ちっ、この抜け駆けが、とミサカ一〇〇三二号は舌打ちします」

「少しミサカ達よりも痩せているからって、いい気になっていますね、とミサカ九九八二号はアイコンタクトで殺りますかと確認をとります」

「そうですね、殺りましょう、とミサカ一〇〇三二号はおもむろにアサルトライフルを取り出します」

 武装を始める二人に、さすがに自身の生命の危機に気づいた一九〇九〇号は冷や汗を流す。「ミ、ミサカは用事を思い出しました、とミサカ一九〇九〇号は離脱します」

そういうやいなや、踵を返し全速力で逃走を始めた。

「はっはっはっはっ、どこへ行こうというのだね、とミサカ一〇〇三二号はミサカ完全武装(フルバースト)に移行します」

「知らなかったのですか、ミサカ九九八二号からは逃げられない、とミサカ九九八二号は鋼鉄破り(メタルイーターMX)で狙いを定めます」

「み、ミサカは、あの方に救ってもらった命を無下には――!」

 無慈悲な死の天使が愚かな羊を追いかける時、生死を懸けた鬼ごっこが始まる。

「君達、病院内で発砲はしないようにね? 遊ぶんだったら外で遊ぶんだよ?」

 どこからともなくひょっこり現れたカエル顔の医者が、仲良くデッドヒートを繰り広げる妹達に、のんきに声を掛けた。

 御坂妹と美琴妹は小さく頷くと、抜け駆けミサカを追いかけながら、仕留めても良い場所に誘導していく。

 ミサカ一九〇九〇号はひたすら死にたくないと叫びながら、二人の悪魔妹から逃げる。
 


 今日も今日とて、シスターズの日常は平和であった。
 
























































 ……ふう、遊びすぎた。
 本来ならひょっこり上条一家訪問って形にする予定だったのですが、ついついやってしまいました。
 次回からようやく本格的に吸血殺し編に入れそうです。



 次回、上条一家が買い物先で出会った巫女さんとは。
 ……出番待たせてごめんよ。



[17768] 第十四話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:24c22098
Date: 2010/08/06 01:51
 美琴に夕食を振る舞ってもらった上条は、絶対に同居なんてしてたまるかといいながら、結局は美琴宅に泊ってしまった。

 本当は泊るつもりなんてなかった。一度泊ってしまったら、このままずるずる同居に持ち込まれそうで怖かったからだ。

 しかし美琴とインデックス、二人の美少女に潤んだ瞳で上目遣いに見られると、きっぱり断ることなんてできなかった。

 それに、とてつもなく柔らかそうなベッドという誘惑には勝てなかった。もう橋の下で寝泊りするなんてごめんだった。

 頭を掻きながら「仕方ねえなぁ……わかった、わかったよ」と頭を掻き回す横で、美琴とインデックスが目薬片手ににやりと笑ったのを、上条は知らない。

 とにかく美琴の家に泊ることになった訳だが、ここで問題が発生する。

 仲良く一緒に風呂に入った美琴とインデックス(黒子がいたら血涙を流しそうなシチュエーションだ)の風呂あがり姿に興奮して、思わずロリコンの汚名を拝命する行動をとった。……という訳ではない。

 正直狙っているだろっていうぐらい、暑い暑いと着崩した格好をしていたが、鉄壁の理性で乗り越えた。この時ばかりは、上条は自分を褒めた。

 変態紳士にならずに済んだが、その問題に風呂自体は関わっている。

 二人の後に風呂を頂いた上条は、久しぶりにゆったりした気持ちで湯船を堪能したのであるが、着替えようとした段階で気が付いた。

 着替えがない。

 寮から追い出された時の鞄に、無事な衣服を少しは詰め込んでいたのだが、いかんせんコインランドリーに行くお金すらなかったので、もう未使用の衣服はなかった。あるのは辛うじて残っていた下着だけ。

 そこで美琴がどこからともなく、上条にぴったりなパジャマを提供してくれた。

 深く考えては負けだと思い、どうにか礼を述べて受け取り着替えた。

 美琴とインデックスとお揃いの、色違いのゲコ太パジャマだ。上条はある程度予想はしていたが、やっぱこれはねえよと渋い顔をした。

 着替え終わってリビングに向かうと、美琴が頬を赤らめ、満足げにパジャマ姿の上条に頷きながらこう述べた。

「このままじゃアンタも不便だし、明日、日常必需品をまとめて買いに行くわよ。お金?大丈夫大丈夫、美琴センセーに任せなさいって」

 ありがたい話ではあるが、あれ、これって同居フラグが立っているような……? 何故か悪寒がした。

 しかし膝元で暑さにだれるインデックスをあやしていると、いつの間にかそんな考えもどこかに吹っ飛ぶ。

(まっ、気のせいだろ。あれで美琴のやつ、面倒見のいいとこあるしなー)

 なんてのほほんとしている隙に、美琴とインデックスが互いにサムズアップしていたことに、もちろん上条は気付いていない。

 壊れっぱなしの玄関(セキュリティー完備のマンションなので、明日修理するくらいまでなら安心らしい)に繋がる廊下の左右の部屋の内、美琴と反対の部屋を借りた。

 上条は人間らしい環境で寝られることに歓喜し、若干涙ぐみながらベッドに入るや否や、疲れからかすぐに眠ってしまった。






 そして翌朝。

 上条のベッドに美琴やインデックスが! なんて素敵イベントは生じることもなく、久方ぶりの爽やかな朝を迎えた。

 どうにか部屋干しで乾いてくれた服に着替えた後、洗面所で顔を洗い、リビングに行くが誰もいない。

 まだ寝ているのかと思ったが、ダイニングから良い匂いがしていることに気付いた。

 足を運ぶと、すでにインデックスが姿勢良く席に着きながら、フォークとナイフを持って涎を垂らしていた。

 ほんと、食い気ばかりのシスターだなと呆れながら、オープンキッチンの方を見ると、案の定美琴が料理を作っている。

 ベーコンが焼ける香ばしい臭いが漂ってきて、無意識に鼻を鳴らしてしまう。

(って、インデックスのこといえないな)

 誤魔化すように上条は挨拶をした。

「うーっす、美琴、インデックス。お前ら早いな」

「おはよう当麻。そういうけど、私達そんなに早く起きてないわよ。アンタが起きるの、ちょっと遅かっただけよ」

「おはよう」

 美琴は手を休めずに応え、インデックスはご飯が待ち遠しいのか、気もそぞろに挨拶を返す。

「なんか手伝おうか?」

「気にしなくても、もうすぐできるから。座ってて」

 何から何まで世話になっている分なんだか申し訳ない気がしたが、素直に上条も席に着いた。

 何気なくキッチンで忙しなく調理する美琴を見ていると、何故か面映ゆいような、くすぐったいような不思議な気分になり、目線を天井に移す。

 微かに紅潮した上条を見て、インデックスが不思議そうに首を傾げた。

 それほど時間が経たない内に美琴が調理を終え、朝食にしては異様に種類と量のある食事が並べられた。

 食い盛りの男子高校生がいるからではなく、主に暴食シスターがいるからである。

「朝からこんなに美味しい食事を食えるなんて、上条さん感激です」

 食欲魔神と化したインデックスの隣で、普段トーストのみなど適当な朝食しか作っていなかった上条は感謝の念を表す。

「まっ、当然でしょ。美琴センセーの実力を舐めないでよね」

 対面の席で軽口を叩く美琴であったが、とても嬉しそうに笑っていて、上条は思わず言葉に詰まる。

「ん、んん。よし、じゃあインデックスに食い尽くされないうちに、とっとと食うか」

「むむ、とうまのぶんは私のもの、私のぶんは私のものなんだよ」

「どこで覚えたそのジャイアニズム。変に日本に感化されやがって、ほんと、お前がシスターだってこと忘れそうになるよ……っていっているうちにもう大半の料理が消失っ!」

 返せー! とひたすら料理を口いっぱいに頬張るインデックスに、上条は半ば涙目で絶叫した。

 だがいうことを聞くはずもなく、インデックスはとまらない。料理は無情にもどんどん無くなり、上条の瞳から本当に涙がこぼれそうになる。

「なんだなんですかせっかく人が幸せに浸ってたというのに――不幸だーっ!」

 上条には悪いが、幸せをそのまま現した光景に、美琴はこの日常がいつまでも続けばいいなと願いながら、追加を作る為にキッチンに向かった。


 

  


 朝食を終え食後の休憩をとった後、三人は昨夜の約束通り、買い物に出かけた。

 行き先は虚空爆破事件を経て、新たに改装されたセブンスミストである。

「へえー、前よりいい感じじゃない? 内装もなんか前より明るくなってるし、品揃えもますます豊富になってるし」

「そうかあ? 俺には違いなんてよくわかんねえけどなあ」

 自分の服を買いに来たというのに気だるげに答える上条に、美琴は少しばかりカチンときたが、ここは女の度量を見せるところよと我慢する。

 ごほんと咳払いをし、美琴は努めて笑顔を保って問いかける。

「それじゃ、アンタの服を選びましょっか。一応は要望は聞くけど、あんまダサいの選ぶんだったら私が選ぶからね」

 しかし振り向いた先に上条はいなかった。慌てて辺りを見渡すが、インデックスすらどこかに消えてしまっている。

 ただ一人、美琴だけが馬鹿みたいに取り残されていた。

「……あんのバカども。いい年して入店早々迷子になってんじゃないわよ!」

 不穏な電気の爆ぜる音をまとわせながら、美琴は二人の姿を探す。しかし捜せど捜せど見つかる気配もない。

 しまいには迷子センター呼び出しという羞恥プレイでもしてやろうかと考えるが、店の片隅にある特設コーナーでようやく二人の姿を見つけた。

 文句の一つや二つでもいってやろうとするが、インデックスの嬌声にかき消される。

「見て見てとうま! 超機動少女カナミンのドレススーツがあるよ! もしかしてこの店はカナミンご用達?」

「ただのコスプレ衣装だっての。ていうかインデックス、お前いつの間にカナミンなんて知った? 日本かぶれにも程があるだろ」

「私が着てもいいかな!」

「おーい、インデックスさんや、聞いてますかー? ……って聞いてねえし。てかなんで普通のチェーン店にこんなもん置いてんだ。色物実験品ばかり扱う学園都市に変に感化されたのか?」

 なにやらはしゃいでいる白いシスターと、それに振り回される日曜日のお父さんみたいな高校生が、アニメや漫画の仮装衣装の前にいる。

 ある意味すでにコスプレをしている(本人にそういえば激怒するだろうが)インデックスが、カナミンの衣装を着たいと騒ぐのはどこかシュールな光景であった。

「アンタ達、こんなとこでなにやってんの」

 小さな子どものように目を輝かせるインデックスに毒気を抜かれた美琴は、疲れた声で問いかけた。

「ああ、美琴。わりいな、勝手に離れて。でも、インデックスが目敏くここを見つけて突撃するもんだから。さすがに一人にするわけにもいかなかったしなあ」 

「インデックスも女の子だから、服を見てはしゃぐのも分かるけど……これはないわ。セブンミストもいい感じに改装されたかと思ったら、こんなもの置いてくれちゃってまあ……」

 中盤になって仲間になった悪役ヒロインの、ど派手に露出している衣装を手にとって、美琴はなんともいえない表情でいった。

「ねえねえみこと! 一緒に着てみない!?」

 インデックスがカナミンの衣装を小脇に抱えながら、美琴を期待した目で見つめる。まるで子犬のような愛くるしさに、美琴がどうしたものかと唸る。

「いや、でもねインデックス、さすがに私もこれは……」

「いやなのみこと?」

 某CMのチワワのように潤んだ瞳で見つめてくるインデックス。

 美琴がたじろぐと、ポンッと肩を叩かれた。上条が諦めろといった目で首を振っていた。

「あー、もう! 着ればいいんでしょ、着れば!」

 美琴は自棄になって叫んで悪役ヒロインの衣装をもぎ取ると、インデックスを連れて試着室に入った。   

 残された上条はご愁傷様ですと手を合わせながら、そういえばここに来た目的って俺の服を買うためじゃなかったっけと今更なことを考える。

「まあ、しかたねえか」

 そういいながら暇つぶしにとコスプレ衣装を見渡した。

 男性用のものもあるにはあるが、大抵の衣装は女性用でしかも露出が激しいものが多い。

「最近のアニメってこんなのばかりだよなー」 

 美琴が手に取った衣装を思い浮かべる。あれも半端無く布地が少ないというか、ぶっちゃけエロかった。

 ……そうか、アレを美琴が着るのか。

 そう考えるだけで、得体の知れない衝動が上条の身のうちに宿った。

「いやいやいやいや上条さんや、中学生に何を考えてんだ? しかも相手は美琴だぞ?」

 突如として湧いた、黒ビキニのエロ鎧装備の美琴が流し目でこちらを見ているイメージを、頭を振って払おうとする。

 しかし払っても払っても煩悩は湧いて出てくる。

「うおおおっ! 消えろっ、消えろっ! 俺の幻想!」

 右手で頭をガンガン殴るが、さしもの幻想殺し(イマジンブレイカー)も高校生の妄想という名の幻想をぶち殺すことはできなかった。

 しまいには妄想の中の美琴が上条にしな垂れかかってきて、耳元で愛の言葉を囁いてきた。

 上条的に絶対ありえないシチュエーションに、どこからともなく湧いてきた青髪ピアスの幻影が上条の肩を優しく叩く。


 ようこそ、ロリの世界へ。


 青髪ピアスは実に良い笑顔で親指を立てた。

「行ってたまるかぁぁぁぁっ!」

 今までどんな幻想も打ち砕いてきた己の右手を信じ、上条は全力で自身の頭を殴る。 

 学園都市第一位との戦闘を超える、理性と妄想との激しい戦いの幕が切って落とされる!

 と思いきや、

「…………アンタ、なにやってんの?」

「とうまがバカな頭を、更にバカにしようとしているよ」

 このままでが気絶しかねない勢いで殴り続けていると、夏場にそぐわない北極の吹雪のような声が上条に掛けられた。インデックスと美琴の声だ。どうやら着替え終わったらしい。

「い、いや、これにが訳があってですね――」

 そういって振り向こうとするが、すぐさま全力で二人から目線を逸らした。

(って、今の今まで嬉し恥ずかし思春期妄想してったっていうのに、実物なんてみれっかー!)

 訝しげな視線をひしひしと感じながらも、上条は必死に心を落ち着かせようとする。息を吸っては吐き、それを繰り返す。

「ちょっと、大丈夫なの?」

「みこと、キューキューシャっていうのを、呼んだ方がいいんじゃないの?」

 様子のおかしい上条を心配する美琴の傍らで、インデックスがかなり失礼なことをいっているが、いっぱいいっぱいで聞こえていない。 

 それでもどうにか動揺を押さえ込み、努めて自然な笑顔を浮かべ(実際はひくついているが)、上条は今度こそ二人の方を振り返る。

 インデックスがカナミンの衣装を着られたからか無駄にはしゃいでいるが、ほとんど視界に入ってこなかった。

「ど、どうかな?」

 美琴が恥ずかしげに身体をもじもじさせながら、上目遣いで聞いてくる。

 妄想での予想を超える露出の多さに上条は息を飲み、まじまじと美琴を見つめてしまう。

 白い色をした触りたくなるようなふともも。意味をなさないスカートから覗ける、布地面積の少ない食い込んだビキニの下。くびれた腰と可愛いらしいへそ。

 そして胸――むね…………胸?

「…………ないなあ」

 自身の妄想の数段はボリュームのない胸に、上条は思わず呟いてしまった。

 絶対に口にしてはならない禁断の言葉を。

 耳をつんざく、まるで大量の爆竹が一斉に鳴ったような音がした。

 その音で我に返った上条は、両手を振り回して否定する。

「いや、違う、そういうんじゃねえんだ! 決して美琴様の胸が小さいといったのではなく、なんというかこう、布地が少ないなーって意味でいっただけでして」

 弁明する上条に美琴は優しく微笑む。ただし目はまったく笑っておらず、絶対零度の冷たさを宿している。まとう大量の電撃が美琴の怒りを如実に表していた。

「な、なあ、インデックスもほら、なんとかいってやってくれよ」

 今は魔法少女の格好をしているが、一応慈悲深いはずのシスターさんに助けを求めた。しかし彼女は歯を凄まじい勢いで鳴らし、今にも上条に食らいつこうとしている。

 魔法要らずの粉砕(むろん頭蓋骨を)少女。

 妙なキャッチフレーズが浮かび、この世に神もシスターもいないことを知った上条であった。……本人の自業自得であるが。

「ねえ、当麻。私、改装したばかりのセブンミストを臨時休業にしたくないの」

 わかってるわよね、アンタが身体で受け止めんのよ? と言外に含めながら右手で電撃の槍を形成する。

「いやいや待て待て美琴! そんなもん食らったら死んじまうって! 上条さん、右手以外はいたって普通の身体なんですよ?」

「なんべん叩きのめされても立ち上がってくる不死身っぷりを見てると、こう思えてくるのよねー。当麻はきっと、10億ボルトの電流を浴びてもぴんぴんしてるだろうなって」

「無理無理無理無理! 死にます! そんなもん浴びたら上条さん絶対死んじゃいます!」

「みこと、その後でとうまの頭蓋骨を砕いてもいいかな?」

「もちろんいいわよ。大丈夫、これはギャグだから。次の一コマで治るわよ」

「上条さんにギャグ漫画主人公補正は掛かってません! 頼むから漫画と現実の区別をつけて下さい!」 

 美琴の電撃で衆目を集める最中、懇切丁寧な土下座で命乞いをする。

 しかし美琴とインデックスはそんな上条の言葉も馬耳東風で、青筋を立てたにこやかな笑みで親指を下に向けた。

「ねえ、とうま。今更許されると思っているの?」

「乙女の心を傷つけた罪、どれだけ重いか思い知らせてあげる」

 セブンミストを、店内にいる人を守るため、乙女の怒りを身体一つで受け止める上条の悲鳴が店内にこだました。

 一度ならず二度も救ってみせた上条は、まさに主人公(ヒーロー)そのものであった。

 例え怒りを買った理由が男として失格の、最低発言だったとしても。

「んぎゃあああああ! し、しし、しびれ、これむ、りがああああ!」

「ほらほら、電圧あげちゃうわよー♪」

 そんな最低な主人公を守ってみせると誓ったヒロインは、嗜虐的な笑みを浮かべ電撃を浴びせていた。
 
 
 


  
 上条はあれから二人にさんざんに痛めつけられ、ぼろ雑巾のように床に転がっていた。

 人体に悪影響を及ばさず、しかし最大限に痛みを与える電撃を浴びせに浴びせた美琴は、初めて上条に能力が通用した喜びからか、実に晴れやかな顔で額の汗を拭った。

 上条の頭を囓り続けたインデックスも、満足げな顔で歯に絡まっていた髪を吐き捨てる。

 ……このシスター、美琴達と出会ってからどんどんガラが悪くなっているような気がする。

「当麻―、生きてる?」

 すでに元の常盤台の制服に着替えた美琴が、上条の背をつつきながら訊ねる。しかしぴくりとも動かない。手加減はしたので生きてはいるが、さすがに一コマで復活するのは無理のようだ。

 ちょっとやりすぎたかなーと頬を掻きつつ、どうしたものかと考えていると隣からお腹が鳴る音がした。

 同じくシスター服に着替え終わっているインデックスが、お腹を押さえしょんぼりした顔で美琴に訴える。

「みことー、お腹空いたよー。そろそろ昼ごはんにしよう」

「……アンタねえ、まだ十二時前で朝さんざん食べたくせに、もうお腹空いたの? ゲコ太のお医者さんじゃないけど、私もアンタの胃袋がどうなってるのか気になるわ」

 呆れながらも基本的にインデックスには甘い美琴は、せがまれると断ることができない。

「しょうがないわねえ。それじゃあどこかで食事にしましょうか」

 ご飯ご飯とはしゃぐインデックスとともに、上条の両脇を抱えて引きずるように、美琴はセブンミストを後にした。

 当初の目的だったはずの上条の私服を買うことも忘れて。

 足が地面に擦りつけられる振動に呻きながらも、「ふ、不幸だぁ……」と上条がいっているが、二人の少女はまったく聞いていなかった。






 とあるハンバーガーのチェーン店にて。
 

 夏休みということもあってか、店内は客で満員であった。近くの喫茶店はまだ空いている席があったのだが、ツインテールの客が何事かを絶叫していて、それが怖くて新しい客が誰も入ろうと思わなかったのも一因であろう。

 席はどこも満席で、相席したり順番を待つ客も見られる。

 いや、一つだけ空いている席があった。

 四人掛けの席なのに、たった一人で食事をしている少女がいた。

 しかし誰もがそこに空席などないと思っているかのようにスルーしている。それどころか少女を視界に入れた瞬間、何か見てはいけないものを見たかのように目を逸らしてしまう。

 少女の顔がそうせざるを得ない造りをしている、という訳ではない。長く艶やかな黒髪と純大和撫子といった美しい顔立ちは、むしろ見惚れてもいいくらいだ。

 では何故、少女と相席をしようとする者がいないのか。原因は少女の格好にあった。
 彼女はいったいどういう訳か、巫女服を着ていた。

 ここが神社であったのならばなんの問題もなかった。しかしここは街中で、しかもファーストフードのチェーン店である。例え彼女が本職の巫女さんであっても、これが私服であるはずもないのに。

 とにもかくにも日常の背景に留めるには、少女はあまりにも浮いていた。

 その浮きっぷりに更に拍車をかけるように、少女は山盛りになったハンバーガーを次々と食べている。巫女さんがジャンクフードを食す光景は、なんというか異様だった。

 大食らいなのかと思いきや、彼女の顔は真っ青だった。時折苦しそうに口元に手を当てては、次のハンバーガーを無理やり口に詰め込んでいる。一種の精神修行にも見えなくもない。

 周囲から圧倒的存在感で浮きまくっている少女は、気管に入ったのかむせた。涙目で何度も咳き込んだ後、抑揚のない声で力なくいう。

「……調子にのって。頼みすぎた」

 そのまま倒れこみたい衝動を抑え、少女は未だ大量に残っているハンバーガーに手をかける。その執念がどこからくるのだろうか。

 そんなリアルフードファイトを繰り広げる巫女の少女と、上条達が出会うのは少女が全身全霊を掛けてハンバーガーを完食した五分後だった。




































 まず初めに更新が遅れて、皆さん申し訳ありませんでした。
 部活の総会やレポートなどリアルでやらなくてはならない作業が多すぎて、SSを書く時間がありませんでした。本当に申し訳ないです。
 幸いにもテストはなく長期休業に入ったので、今後は更新が大幅に遅れることはないと思います。ただ休みといっても就活情報を集めたり、登校用の原稿を書いたりするので、極端に更新が早くなることはないです。
 その代わりといってはなんですが、番外編を書いてみようかなと思っています。
 具体的には物語から十年後、未だに上琴の世話になっているインデックスの日常を描く「とある一家の独身貴族(パラサイトシングル)」というネタな話とか、打ち止めの事件を振り返りながら一方さんが語る、上条当麻という男についてなど真面目な話とか。
 何を書くかは決めてませんが、いろいろ考えてますので楽しみにしていて下さい。

 さて、十四話の内容についてですが、姫神がようやく登場しました。フードファイトしている姫神を書きたくなったので、予告通りに上条一家との遭遇まで書けませんでしたが……
 初めの方はある意味、姫神が活躍する機会を用意するつもりです。
 そして原作よりも早く生じたコスプレイベントですが、結果がこうなってしまったのは風斬との戦闘力の差のせいでしょう(あえて何のとはいわない)。





 次回、今度こそ上条一家と姫神の遭遇編です。




[17768] 第十五話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:24c22098
Date: 2010/08/06 02:00
 美琴とインデックスは気絶したままの上条を引きずり回しながら、昼食をとるために街路を散策していた。

 インデックスは腹ぺこ度合いが頂点に達しているらしく、目を覚まさない上条を煩わしく支えながらも目をぎらつかせている。

「みこと、とうま置いてってもいい?」

「いや、アンタさすがにそれはひどいわよ。正直ちょっとやりすぎたかなーって思うし」

 まだ起きる気配のない上条を少し不安げに見ながら、美琴はインデックスを窘める。

 99パーセント悪いのは上条ではあるが、さしもの美琴も反省していた。

「確かにそうかもだけど、もう限界なんだよ……」

 インデックスも一瞬ばつが悪そうな顔をするが、腹の虫が食べ物を要求して鳴き出し、今にも倒れそうに項垂れる。

 聞き分けてくれそうにないインデックスに、美琴は絶対に説得できる言葉をかける。

「あのねえ、当麻を街中で放置したら、誘蛾灯のように新しい女を引き寄せるに決まってんでしょ」

「……はあー、そうだね。とうまはとうまだしね」

「でしょ。ただでさえ今でもフラグをひっきりなしに立ててんのに、みすみす防げる旗を立てる必要ないでしょ」

「早くとうまはとうまであることを直せばいいのに。絶対無理だろうけど。……むかむかしたら、余計にお腹空いてきたよ」 

 上条が気絶していることを良いことに、散々なことをいう二人であった。

「…………うう」

 悪口を聞きつけたからという訳ではないが、ようやく上条が目を覚ました。

「……ここは? 俺、生きてる?」

 力のない動作で二人の支えを緩やかに振りほどいて、上条は己の身体を抱く。生の喜びを実感しているのか、はたまた痛めつけられた恐怖を思い出したのか軽く身震いする。

「ようやく目を覚ましたわね、ちょっと心配したわよ」

 美琴は軽い声で上条の肩を叩いた。本音はかなり心配していたのだが、乙女心を傷つけられた恨みは忘れてないので、決して表に出さないが。

「お前なあ、やった張本人がなにいってんだよ」

 上条はげんなりした後、背筋を伸ばす。気絶から醒めたばかりなのに、すでに普通に歩き出そうとしていた。

「……アンタ、その回復力やっぱ異常よ」

「そうかあ? 別にこれくらい普通だと思うんだけどなあ」

 美琴に変な生き物を見るような目で見られ、上条は逆立った髪を掻いた。

「…………うがー! もう、我慢できない!」

 突如上がった獣のような咆哮に、上条と美琴が驚いて振り向く。

 すると白いシスターが理性のない肉食動物の目つきで、全速力で前方600メートルにある喫茶店に突撃しようとしていた。

「ちょ、あのシスター我慢弱すぎだろっ!」

「まったく、しょうがないわねー。あの喫茶店で昼食にしましょうか」

 インデックスの後を追い、二人も駆け出す。

 空腹で野生の獣と化しているインデックスのスピードはかなりのものだったが、かつて美琴と朝まで追いかけっこしたことがある上条は、どうにかインデックスに追いつく。

「インデックス、落ちつけって。食いもんは逃げやしねえんだから」

「とうま、食事の確保さえままならない生物は、生存競争に生き残れないんだよ!」

「いや、そんなキリッって顔でいわれても、食いもんは逃げねえっていってんだろ。そもそも金もないのに、一人で店に入ってどうすんだよ」

「とうまは細かいこと気にしすぎなんだよ。ねちねちした男は嫌われるんだよ」 

「……うはあ。お前シスターのくせに毒舌過ぎないか?」

「私としては、アンタが世界中の女性に嫌われて欲しいところだけどね」

 いつの間にか追いついた美琴が、後ろから上条の心臓を一突きするような暴言を吐いた。

「上条さんの心はいたく傷つきました! そんな呪いの言葉を掛けるほど、さっきのこと根に持ってるのか!?」

「……こういわれてそう返すの? いや、ほんと、アンタの鈍感はよぉくわかってるけど、はあー」

「なんで俺が、ため息つかれなきゃならねえんだ?」

 上条と美琴が夫婦漫才を演じている隙に、インデックスはもう喫茶店前まで辿り着いた。しつこく理由を聞いてくる鈍い上条をあしらいながら、美琴も続こうとする。

 そこでようやく気付いた。

 店内を見通せるガラス窓。そこから見えた奥の席。

 
 見覚えのある、元ルームメイトのツインテールの少女が、もの凄い形相で二人の少女に詰め寄っていた。


「……当麻」

「……ああ」

 具体的なことは何もいわずに、同じものを見ていた上条と共に美琴は即座に行動に移した。

「えっ? み、みこと、なにするんだよ! ご飯が私を呼んでるのに!」

「残念ながら、ここのご飯は私たちを呼んでないわ。地獄の釜なら開いてるんだけど」

「と、とうまもなんとかいって――いつの間にか脇に抱えられてる!?」

「わりいなインデックス、俺はまだ死にたくないんだ」

「い、いやだよ、ご飯が、ご飯がぁーっ!」

「はいはい、向かいの店でハンバーガーでも食べましょう」

「混んでるけど、少し待てば食べられるだろ。たぶん」

「み、みことととうまの、ひとでなしー!」

 インデックスの怨嗟の声を聞き流し、上条と美琴はハンバーガーのチェーン店に向かった。



「……? 白井さん、どうしました?」

「今、お姉様の気配がしたような」

「いや、さすがにそんな偶然ありませんって」

「………………そうですわね。お姉様がここにいるはずありませんもの。今は類人猿抹殺計画を練る方が重要ですわ」

(佐天さん、話を戻させてどうするんですか。嘘でも、あれ? あそこに御坂さんがいたような、とかいうところですよ)

(ごめん初春。でもあんた、なんか黒いよ)

「それで、まずは手足を縫い付けて、動きを封じたところでじわじわと――お二人とも、聞いてらっしゃるの!?」

「「は、はい!!」」








 黒子のお姉様レーダーをどうにかかいくぐり、向かいのチェーン店で注文を済ませ、食事を受け取った三人は、あまりの混雑ぶりに呆然としていた。

「これは、座る席ねえかもな」

「困ったわね」

 今にも席に着かずにハンバーガーを食い散らかしそうなインデックスを横目に、美琴は空いてる席はないかと視線を巡らす。

 常盤台のお嬢様が安っぽいチェーン店にいるのが珍しいのか、何人かの視線を集めているが、美琴は気にもとめてない。

「おっ、あそこなんか空いてるけど……無理だ」

 同じく席を探していた上条が声を上げるが、すぐに萎んだ。

「なに? 空いてるのに無理って。あからさまに頭悪そうな格好してる不良でもいるの?」

 周りの客に迷惑を掛けているのなら、電撃で軽く追い払って席を奪ってやると荒くれ者みたいなことを考えながら、美琴が振り向く。

 しかし不良なんて、そんな生易しいものではなかった。

 
 なんか、巫女さんらしき少女が、大量に散らばったハンバーガーの包み紙に顔をつっこんでいた。


 その巫女さん(?)はぴくりとも動く気配がなく、彼女の周囲だけ時が止まったかのように静かで、誰もいなかった。

 美琴はしばし思考が停止していたが、どうにか現状を把握し上条に同意する。

「うん、無理ね」

「だろ? あれ絶対厄介事が絡んでくんぞ。仕方ねえから、他の席探そうぜ」

 そういいながら、美琴と上条は見なかったことにしようとした。

 しかしそうも問屋が卸さなかった。

 インデックスがトレイに乗ったハンバーガーの山を器用に落とさないようにして、矢のように巫女さんが突っ伏す席に駈けていった。即座に席につき、無心で山積みになったハンバーガーを崩しにかかる。

「ちょ、インデックスさーん!」

 厄介事に自ら突っ込んでいったインデックスに届かぬ右手を伸ばしながら、上条がその名を呼ぶ。もちろんインデックスは無視を決め込み、両手いっぱいにハンバーガーを持って食らいつく。

 美琴はトレイを片手で持って、空いた手を額に当てた。しかしそれで現実が変わるはずもなく、腹をくくる。

「当麻、行くわよ」

「……すっげー嫌な予感がするんだけどなあ」

 そういいながらも素直に美琴に付き従う。

 巫女さんが突っ伏している席は四人掛けだった。

 新しいフラグの可能性もあり得ると考えた美琴は、嫌々ながらも進んで巫女さんの隣に座る。

 上条はどこかほっとした表情をしながら、ハンバーガーをひたすら食いあさるインデックスの隣に座った。

 こうしてようやく席に着けたはいいが、どうも食べづらい。

 インデックスのように気にせずに食べられればいいのだが、そうするには巫女さんの存在感は圧倒的過ぎた。

 どうにかできないか、と上条がアイコンタクトをとってくる。

 美琴は渋面でアンタがどうにかしなさいよと返そうとした。だがフラグを立てられたらたまったものではないので、仕方なく美琴が巫女さんに声を掛ける。

「ちょっと、アンタ大丈夫?」

 美琴が巫女さんの肩を軽く揺すりながら問いかける。うめき声を上げながら、巫女さんの身体がぴくりと動いた。

 見えた横顔は美人だったが、上条の嫌な予感は拭えたどころか倍増した。桜色の唇が微かに動いたのを見て喉を鳴らす。

 巫女さんが放つ第一声、それは――

「…………く、食い倒れた」

 という、周りの包み紙の散乱具合から、正にその通りなものだった。

「……ねえ、こんな時になんて言葉を掛ければいい?」

「……いや、俺に聞かれても」

 自分から声を掛けたはいいが、どう反応すればいいか困惑顔で美琴が訊ねるも、上条だってどうすればいいかなんてわからない。

 インデックスは我関せずと食事を続けていた。しばらくの間、喧噪と咀嚼音だけがこの空間を支配する。

 上条は嫌だけどやむを得ないという顔で、巫女さんに話し掛ける。

「えっと、なんで食い倒れてたりしてたんだ?」

 すると巫女さんはゆるゆると起き上がり、ぼんやりとした顔で上条を見つめた。

 大和撫子の見本みたいな綺麗な女性に見つめられ、うわあやっぱ美人さんだと上条の頬が緊張で強ばる。

 巫女さんの隣で美琴が不機嫌そうな顔をしていたが、上条は見ない振りをした。後で電撃を食らわされる理不尽な未来が見えた。

「お得な無料クーポンがたくさんあったから。とりあえず三十個ほど頼んでみた」

「インデックスじゃあるまいし、頼み過ぎよ」

 美琴にそういわれながらも、インデックスは何もいわずに、すでに三十八個目のハンバーガーを平然とした顔で食べる。

「まあインデックスは規格外だしな」

「エンゲル係数が高くなっても私は平気だけど、アンタだけなら養いきれたかわかんないわね」  

「ぐう……。ど、どうせ上条さんは家なき子の文無しさんですよーだ」

「だからいってるじゃない。私の家に住めば問題ないって」

「それは無理だって何度もいってるだろうが。上条さんはまだ犯罪者になりたくありません」

「ふん、なによ。私が同い年なら同棲したわけ」

「ど、同棲って、お前、女の子がなんて言葉を。…………しかし美琴が同い年だったら、かあ。――ってなにを考えた俺!」

「ちょ、ちょっと今なに考えたのかいってみなさいよ!」

 巫女さんをほっぽり出して、二人の世界を形成する上条と美琴。

 巫女さんは苦しそうにお腹をさすりながらも、所在なさげにしている。その様子はどこか影の薄さを感じさせた。

 さすがに見かねたインデックスは、多少は腹を満たせたこともあって一旦食事を中断し、巫女さんに問いかける。

「ねえ、あなたは何でそんなに食事を頼んだの? 必要以上の暴食は大罪なのに」

 巫女さん以上にハンバーガーの包み紙を散らかしておきながら、どの口がということをのたまった。

 しかし巫女さんは呆れることなく律儀に答える。

「帰りの電車賃。四〇〇円必要だった。でも全財産が三〇〇円。だからやけ食い」

 ぶつ切れの言葉を聞き取ると、どうも巫女さんは帰るに帰れないのでこのような暴挙に出たらしい。

「歩いて帰ろうとは思わなかったの?」

「……暑いから。無理。溶けてなくなる」

 巫女さんのくせに、精神修行が足りてない俗なことをいった。心頭滅却すれば火もまた涼し、なんて言葉は辞書にないようだ。

「だったら、とうま達にお金でも借りたら?」

 インデックスはもう自分が話すのはここまでだといわんばかりに、未だわいわい話す二人に言葉のキラーパスをする。

 二人が驚いて振り向いた時には、すでにインデックスは新しいハンバーガーを口いっぱいに頬張っていた。

 巫女さんがじっと上条の顔を見つめる。表情がないように見えて、その目は期待に満ちている。

「いや、無理だって。さっきも話してたけど、今一円も持ってねえから。むしろ恵んでほしい立場だから」

 上条が視線を両手で遮って断ると、巫女さんは小さく舌打ちした。

「……甲斐性なしが」

「初対面の人間に、自分のことを棚に上げといて罵倒された! シスターといい巫女さんといい、宗教関連者は口の悪い奴ばかりなのか!?」

 うがーと上条が唸る。美琴は甲斐性がないことは事実なので、上条が悪くいわれていても反論できない。

「……ほんと、もう少し甲斐性があったらねえ」

 なんて本音が漏れだして、上条の心を密かに傷つけた。こういう時って、泣いてもいいよなといわんばかりに涙が溜まって、決壊しそうになっている。

「私。巫女さんではない」

 不意に巫女さんが、自身の存在を全否定するようなことをいってきた。上条が驚いて涙をとめる。

 美琴は胡散臭い言葉に思わずつっこんでしまった。

「巫女服きたアンタが巫女さんじゃないのなら、なんだっていうのよ」

「私。魔法使い」

 いきなり冷凍庫に放り込まれたように、空気が瞬間冷凍された。

 上条は硬直しながらも、インデックスとの出会いを思い出した。ああ、こいつも残念な人なんだなと。

 美琴は目を見開いて唖然としていたが、いやねーよ、どこの新番組の色物魔法少女?と不味いものでも食べたような顔をした。

 インデックスはもの凄く胡散臭そうな顔をしていた。自称魔法使いをじと目で見ながら問いかける。

「魔法使いって、本当なの? こういう時は専門と学派と魔法名と結社名を名乗るのが礼儀なのに」

 正直なところ上条と美琴に初めて会った時のインデックスと、どっこいどっこいの胡散臭さなのだが、そんな記憶は何処へやら疑ってかかる。

 上条と美琴は顔を見合わせて乾いた笑い声を上げた。 

 当の巫女服を着た自称魔法使いはというと、首を傾げながらもすぐさま凛とした表情で答える。

「嘘じゃない。私。魔法使い」

 胸を張ってどこか自慢げにしていた。

 ……胡散臭さが倍増した。

 インデックスはその返答が癪に障ったのか、むっとした表情で矢継ぎ早に質問する。しかし巫女さん(?)は全ての質問に「だから私。魔法使い」の一点張りで、碌な回答をしない。

 しまいにはインデックスの口調がヒートアップし、オバカだの似非陰陽師だの罵倒が混じり始めたので、見かねた美琴がとめにかかった。

「落ち着きなさいって、インデックス。ほら、アンタの時みたいに何か事情がある可能性も、なきにしもあらずだから。まあ、夏で頭をやられた可能性の方が高そうだけど」

「いや、お前もお前でひどいこといってんぞ。いくら発言が痛いからってさ」

 美琴を諫める上条もなんだかんだで煽る発言をしている。

 巫女さんは傍目からは平気そうな顔で聞いているように見えた。しかし注視すると額に青筋が浮かんでいる。

「……どんな情況でもいちゃつく。公害レベルのバカップルにいわれたくない」

 巫女さんは先ほど二人だけの世界を形成していたことを揶揄しながら、砂糖でも出そうだといわんばかりに大きなため息をついた。

「んなっ! ば、バカ! 俺と美琴はそんなんじゃ――」

「アンタが魔法使いって認めるわ!」

 慌てふためく上条の顔を右手でぐいと押さえながら、美琴は威勢よく前言を撤回した。

 自他共に魔法使いと認められた巫女さんだけでなく、インデックスさえも美琴の反転っぷりにどん引きする。

「いや、美琴、そんなことよりも俺たちはバカップルなんかじゃないってててててててててててて!」

 上条は反論しようとするも美琴のアイアンクローに封殺される。それでもどうにか逃れようとしたら、軽く電撃を流された。「あばばばば」と感電する上条。

「み、みことがどんどん、手段を選ばなくなってるよ」

 影ながら同居計画のサポートをしていたインデックスは、独裁者にしか見えない美琴に戦々恐々とした。

こわごわと様子を窺っていた巫女さんは、しかし好機を見逃すまいとした。

「あの。一〇〇円」

 機嫌の良さそうな美琴にちゃっかりお金を要求する。だが美琴は聞いちゃいなかった。

「そっかそっか、傍からそんな風に見えるんだ、私たち。『バ』カップルって言い方がちょろっと気に入らないけど、この際気にしないわ。ふふ、カップル、カップルかあ」

 緩みきっただらしない顔でふふふと笑い続ける美琴。その様は普段無下にしていたツインテールの後輩にそっくりだった。

 巫女さんは不気味に笑い続ける美琴に、手を差し出した体勢のまま、どうにかしてほしいと上条に視線で訴える。しかし彼はまだ美琴に捉えられたままで、電極を刺されたカエルのようにひくひくしていた。

 そうして、四人全員が気を緩めていた時だった。 

 
一〇人近い人間が、いつの間にかすぐ側で自分たちを取り囲んでいたのは。


 それだけも十分に異常事態だった。個性というものが見あたらない大人が、上条達に気付かれずに近寄ったのだ。尋常な人間じゃないということはすぐにわかった。


 しかし、真の恐怖はこんな生ぬるいものではなかった。


 まるで猛獣が目の前で襲いかかろうとしているような、強烈な殺気が上条を襲った。

 たったそれだけで全身から滝のように汗が流れ、心肺が停止しそうになる。今まで戦ったどんな相手よりも、そいつは明確な殺意を上条に抱いていた。

 上条は咄嗟に美琴の手を払い、三人を庇うように立ち上がると周りを囲う大人達を睨みつける。しかし殺気の元は彼らではない。

 喉を鳴らし、上条が殺気を放つ人物を探っていると、インデックスが服の裾を引っ張ってきた。

「と、とうま、あ、あれ」

 短く、でも怯えが多分に含まれた声で、インデックスが震える指で指したその先、


 窓に両手をべったり貼り付け、真っ赤に充血した目に憎悪を塗り固めた、ツインテールの悪魔がそこにいた。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 上条は叫んだ。心の底から、魂の底から恐怖し、ただ絶叫した。

 悪魔少女――白井黒子は上条に凄絶な笑みを浮かべ、こう呟く。


 ミ・ィ・ツ・ケ・タ


「く、黒子ぉ! な、なんでここに気付くのよ! 外からじゃここの席って見えにくいはずなのに!」

 美琴が青い顔でそういうが、黒子のお姉様レーダーを舐めてはいけない。結局黒子はやはりお姉様の気配がするといいだし喫茶店を飛び出して、直ぐさま愛しのお姉様と殺るべき怨敵を発見したのだ。

 よく見ると黒子の後ろで会計を済ませた初春と佐天が、逃げて下さいと手を慌ただしく振っている。しかしもはや遅すぎた。

 鬼神を殺せそうな形相の黒子が、一瞬姿を消した。上条が逃げるぞの「に」の字すらいう暇も与えず、悪魔が目の前に現れる。

「殿方さん」

 ひどく平坦な声で黒子が上条に呼びかける。上条は返事も逃げることもできず、ただ固まる。

「く、黒子、これにはね、その、訳があってね――」

 美琴が言い訳をしようとするが、黒子は片手を風切り音と共に突き出してとめた。

 後で絶対、ずぇったいに真相を聞き出しますけど、まずはこの類人猿をぶっ殺すのが先ですわ。

一瞬だけ美琴に目線を動かして、これだけの量を目で語る人間離れの技を繰り出す。

 いきなりこれから殺人でも犯しそうな少女の登場に、無表情を貫いていた一〇近くの人間達にも動揺が走った。しかし美琴と上条+α(シスター、巫女さん)しか、どす黒く濁った黒子の瞳には映っていない。

 黒子はゆっくりと、焦らすように口を開く。

「ねえ、殿方さん。私、前からいってましたわよね」

「は、はい!?」

 黒子のいう前からいっていたことに心当たりのない上条は、疑問と肯定がない交ぜになった返事をした。

「お姉様に近寄るのは許しますわ。まったくもって理解できませんが、お姉様は殿方とことを気に入ってらっしゃるみたいですし、まあ会話したり遊んだりするのはいいでしょう。……しかし、しかしですわ。お姉様に手を出したら、わたくし貴方を殺しますと、散々いいましたわよね」

 いやいってねーから! 有無もいわさず襲いかかってきただけだろ、お前の場合!

 そう怒鳴りたかったが、黒子が怖くて碌に反論もできない。

「なのにまあ、貴方ときたら。この前お姉様に抱きつかれるだけでなく、同棲しようって考えるなんて。本当に、本当に、まあ……」

「く、黒子、どこからその情報を? 私は寮監にインデックスと同居するとしかいってないのに」

「み、美琴! 余計なこというな!」

 揃って仲良く自爆した二人に、黒子の肩がぴくりと動く。し、しまったぁ! と上条の顔が真っ青になった。 

「そう、やっぱり同棲は事実ですのね。しかもお姉様だけでなく、シスターや巫女さんまで囲う鬼畜外道っぷり」

 インデックスは一応同居しているので、そういえるかもしれないが、全く無関係の巫女さんまで上条ハーレムに含まれてしまった。どうも美琴の同棲相手が一人増えたと勘違いしたらしい。

 嵐が去るのを黙って空気のように待っていた巫女さんが、「ち。違う。私。無関係」と必死に否定するも、黒子は聞く耳持たない。

 黒子は上条に最後の判決をいい渡す。 
 
「これってあれですわよね。――殺していいってことになりますわよね」

「ならねーよ! 自分の思うがままに死刑執行って、どんな悪逆非道風紀委員(ジャッジメント)だよ!」

「く、黒子、今のアンタはおかしいわ。ほら、もうちょっと冷静になる時間をとって、は、話し合いで解決しましょ?」

 二人の言葉はもはや黒子には届かない。一度殺ると決めた黒子は、鉄の意志を持って果たさんとする。

「殿方一人地獄じゃ寂しいでしょう? お姉様との同棲ライフを楽しむ不埒なシスターと巫女もまとめて、殺して差し上げますわ」

 とばっちりだと巫女さんが絶望を顔に表す中、じゃきりと鉄の矢を何本も取り出し、黒子は笑う。

「では、地獄でもお元気で。さようなら、殿方」

 鉄の矢が、今にも上条の心臓めがけて射出されようとしていた。

 命の危機が迫る時、人はゆっくりとものが見えるようになるらしい。上条も不幸中の幸いだったかその例に漏れることはなかった。

 黒子が演算を終了し、全ての矢が上条の心臓に突き刺さる前に、上条は静止したような風景の中で、どうすればいいか考えた。どうすれば殺されずに済むか。どうすればみんなを守れるか。熱が出そうなくらい考え抜いた。

 そして至った解答は、いたってシンプルだった。

(逃げるしかねえだろ! こいつに立ち向かうなんて絶対無理だ!)

 主人公にしては情けないが、方法なんて初めからそれしかない。というよりそれしか考えていない。

「インデックス!」

 上条はインデックスの名を叫んだ。突然の大声に、黒子の集中力が途切れ、鉄の矢があらぬ方向に突き刺さる。

 何本かは上条達を囲っていた大人達の足の間に突き刺さり、情けない悲鳴が上がった。

 黒子に怯え、上条の背に隠れ「こ、これが日本の妖怪? 私の禁書目録にも対処方なんてのってないよ」と震えていたインデックスは、上条の言葉で我に返る。

「背中に掴まれ!」

 いわれるがまま、インデックスは上条の背にしがみついた。

「美琴! あと巫女さんも!」

 続いて上条は手を二人に差し出し、無理矢理にその手を握る。

「走れ! 命が惜しければ!」  

 美琴はともかく巫女さんの意思を確認することもなく、上条は全速力で走り出した。引っ張られている美琴と巫女さんもつられて走り出す。

 本当にあっという間に、四人はハンバーガー店から姿を消した。見事なまでの逃げっぷりだった。

「ふふ、ふふふふふふ……逃げられると思ってらっしゃるんですの?」

 黒子は新しい鉄の矢を取り出しながら暗黒微笑を浮かべ、テレポートで姿を消した。

 空間移動能力者から逃れることは容易ではない。上条達に追いつき、矢の雨を降らせるのは時間の問題であろう。

 黒子は必ず上条の命を奪える確信を抱いて、炎天下の中をテレポートで飛び回る。

 鉄の矢がまき散らされた店内には、なんの目的で上条達に近づいたかわからない大人達が、唖然として動けずに残されていた。



























  



























 十五話投稿終了。
 なにやら黒子のせいで変なフラグが立ちました。
 しかしまあ、VS錬金術師の前に上条さんが人生で最大のピンチに見舞われていますが、美琴後略の際には黒子はラスボスなので、どのみちいつかは対峙しなくてはいけません。
 予行練習できてよかったね!
 ……なんて、かなり遊びました。姫神を連れ去ることは決まってたんですが、まさかこんな形になるなんて。場をかき回すのに黒子は使い易いので、ついつい頼ってしまいます。




 次回は上条達と黒子のデッドヒート! 生き残るのは誰だ!
 ……いえ、嘘です。
 次回は思わぬ人が上条達を救います。




[17768] 第十六話
Name: とある文芸部員◆b391eec1 ID:24c22098
Date: 2010/08/24 23:40
 陽はあたらないが、それでもむしむしとした暑さが襲う路地裏。

 人っ子一人いない静とした空気を切り裂くように、三人の男女が走っていた。よくよく見れば男の背には一人の少女がしがみついている。

 私服、常盤台の制服、修道服に巫女服と全く持って統一感のない服装をしているが、彼らにはたった一つ共通点があった。

 死にもの狂い。

 普段誇張表現を除けば決して使われることのない言葉だが、今の彼らの表情を見れば誰もがその言葉を当てはめるだろう。

 それほどまでに彼らは必死だった。脇目もふらずに熱された空気を切り裂き、暑さだけのせいではない汗をまき散らしながら、ただ駆け抜ける。

 その内の一人、巫女服を着た少女が不意に足をとめた。苦しそうに口元を押さえ、顔が青くなっている。

「とまるな! 死にたいのか!」

 四人の中で唯一の男が叫ぶ。しかし巫女服の少女は首を振る。

「む。無理。は。吐きそう……」

 無理もないことだった。彼女は先ほど三十個ものハンバーガーを食したばかりだ。いきなり走らされて吐くなという方が無理がある。

 だが、男は聞く耳を持たずに巫女服の少女を引っ張り、無理矢理に走らせた。

「……無関係なのに。どうして。こんなことに」

 迫り来る嘔吐感と戦いながら、巫女服の少女は自信の不幸を呪う言葉を呟いた。

「ねえ、もうあのジャパニーズ妖怪から逃げられたんじゃないの?」

 男の背に張り付いている修道服の少女が、巫女の少女がいつ吐くかとハラハラしながら男に問いかける。声には若干の怯えが含まれていた。

「無理よ。あの娘から簡単に逃げられるはずないわ。レベル4の空間移動能力者なのよ。あと一応妖怪じゃなくて人間。時々そうとは思えなくなるけどね……」

 男の代わりに、制服姿の少女が問いに答えた。

 その表情は諦めの境地に達しているように見えて、声に張りはなく陰鬱な様子を隠しきれていない。

「そういうことだ。あれは悪魔だと思え。人間だけど、人間じゃねえんだ。……一瞬でも油断したら、確実に殺られる」

 以前に体験した恐怖の数々をありありと思い出し、身震いしながら男が補足する。

「……ねえ、なんであの妖怪? 悪魔? よくわかんないけど、私たちが追っかけられてるの?」

「私も知りたい。何も知らずに。死ぬのは嫌」

 シスターの純粋な問いと、すでに絶望が過ぎっている巫女さんの問いかけに、男と制服姿の少女は顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべた。

「あははは、いや、まあ、そのね。いろいろあんのよ。いろいろと」

「世の中には、お姉様命! な女の子(?)もいるんだよ」

 訳がわからないといった顔で、問いかけた二人は首を傾げた。

 それに伴い巫女さんの足が遅くなっているのを、制服姿の少女が急かす。

「まあ、いいから。そんなことしている暇があったら、とにかく足を動か――」
 
 しかし、最後まで言い切ることはできなかった。


「見ぃつけましたわよ。お姉様」


 真夏に降り注ぐ、絶対零度の声。とん、という軽い、しかし四人にとってはなによりも重く聞こえる着地音。

 振り向きたくないのに、ぎこちない動作で四人は振り返る。

 黒いオーラをまとった少女が、金属矢を何本も指に挟んで立っていた。

 もはや人間に見えない、口角が吊り上がった狂気じみた笑みを浮かべ、いう。

「大丈夫ですわ、お姉様。目を瞑っていれば、一分も掛からずに終わりますから」

 何をと問うことも、待ってと制止することもできず、四人の絶叫が上がった。







「あァ? おいクソガキ、なンかいったか?」

「ミサカはなにもいってないけど、ってミサカはミサカはそんなことよりデートを楽しもうって抱きついてみたり」

「誰がデートだ」

 一方通行(アクセラレータ)は抱きついてくる打ち止め(ラストオーダー)を手で押しやりながら、悲鳴のような声を気のせいかと思考の隅に追いやった。

 元々貧弱な身体で、しかも片手が杖で塞がれていることもあって打ち止めを押し払うことはできない。

 一方通行は舌打ちすると、しかたなく打ち止めにされるがまま、歩きにくそうに街道を行く。

「ねえねえ、どうしてアナタは珍しくスーパーに行ったのに、何も買わずに出て行ったの? ってミサカはミサカはお菓子を買ってくれなかったことを恨みながら、じと目で見上げてみる」

「黙れ」

「うわーい一言で斬り捨てられたよ、ってミサカはミサカはそれでも諦めずに問い詰めてみる」

 しつこく聞いてくる打ち止めをしかめっ面で押さえつけながら、音を遮断するのもまともにできない身の上を呪った。こんな馬鹿げた理由でバッテリーを消費する訳にもいかない。

 答えられるはずもなかった。

 この一方通行が、学園都市第一位の最強の能力者が、たかだが超電磁砲ごときの言葉を真に受けたなんて。

 クソ似合わない自炊なんてマネを、クソガキのためにしようかと少しでも考えたなんて。

 いえるはずない。

(チッ、いつから一方通行は、こンな甘っちょろい考えを持つようになったンだァ)

 自問するが、答えなんて分かりきっているから始末が悪い。

 一方通行の視線を受けて、打ち止めが喚くのをやめて怪訝そうに首を傾げる。

 理由もなく苛立たしくなり、子ども特有の柔らかさを持った頬を思い切りつついた。

「いたたたた! いきなり何するの。まさかドメスティック・バイオレンス? ってミサカはミサカはそれでもそんなアナタを愛し――いたたたたた! ちょっと本気でつついてない? ってミサカはミサカはいたいけな女の子を苛めるアナタの感性を疑ってみる」

「クソガキが愛だのなンだの語ンな。十年早ェ」

「ふふーん、愛に年は関係ないってこの前読んだ雑誌に書いて――いたいいたい! ミサカの話は最後まで聞けって習わなかったの?」

「人の話だろうが。誰が教えンだ、ンな俺様理論」

「今ミサカが考えた! ってミサカはミサカは胸を張ってみる」

「……………………」

 とりあえず一方通行は無言で、打ち止めの頬を突き抜けろといわんばかりに突いた。

 ぎゃーという半ば本気の悲鳴が上がった。

 幼女を苛める高校生らしき少年。良識ある人間なら咎めるべきであろうが、一方通行の無言の圧力がそうさせない。

 そのまま誰の助けもなく、打ち止めの頬が突き抜けるかと思った時だった。

 路地裏から何かが飛び出してきた。

 先ほどの打ち止めに負けず劣らずの悲鳴らしき声を上げ、転がりそうになりながらも一方通行の方へ向かって駆けだしてくる。

 一方通行が反射的にチョーカーに手を掛ける。打ち止めも驚きながらも素早く一方通行の背に隠れた。

(なンだァ? 一方通行を倒して、学園都市最強になろうっていうバカがまた出たのか?
 
 それとも実験の関係者が狙ってきたのか?)

 思考を巡らすが、こちらに迫る何者かが誰か判明した途端、一方通行の眉間に更に皺が寄った。

 見覚えのない巫女服の少女、超電磁砲、昨夜打ち止めと小競り合いをしていたシスター、彼女を背負った、見覚えのありすぎるツンツン頭の少年が迫ってくる。

 誰もかもが必死の表情で、まるでこちらに助けを求めるかのように手を伸ばしている。

 それを見た一方通行は知り合いもいることだし、仕方なく話ぐらいは聞いてやろうと――するはずもなく、チョーカーのスイッチを手早く入れて能力を行使し、少年の足下を盛り上がらせた。

「ぶほあっ!」

 ツンツン頭の少年はまるでコントのように転けた。

 手を繋いでいた少女もつられて転びそうになるが、超電磁砲は手早く手を離すことで転倒を避けた。

 巫女服の少女は何が起こったかわからぬまま、ツンツン頭の少年と運命を共にする。

 しかしツンツン頭の少年が、少女のクッションになるように倒れたために怪我はしていないようだ。

 だがそれよりもひどいハプニングが起こっていた。

 どんな神様の悪戯か、超電磁砲が離した手が巫女服の少女の胸を掴んでいた。

 うつ伏せではあり得ないことなのに、それはもう、鷲掴みという言葉が見事にピッタリなほどがっちりホールドしていた。

 巫女服の少女はわなわなと震え、少年のハリネズミのように立った髪を掴み、思い切り引き上げる。いででででと喚く少年の頬にビンタをかました。
 
 紅葉を頬にくっきり残しながら再び倒れた少年の頭を、背中に張り付いたままだったシスターが囓る。少年の悲鳴が再びこだました。

 彼の不幸はここで終わらない。シスターが散々に頭を囓り倒した後、少年の背から素早く降りた。

 ツンツン頭の少年が「……不幸だぁ」と呻きながら顔を上げると、電撃をまとった超電磁砲が彼の目の前に立っていた。スカートの中の短パンが丸見えだった。

 にこやかな、なのに凄みのきいた笑顔で何事かを少年にいう。少年は慌てた様子で地を這って逃げようとする。

 そこで少年の脇腹にイナズマキックが炸裂した。声にならない悲鳴を上げて、痙攣しながら一方通行がいる方に転がってくる。

 ツンツン頭の少年は一方通行の足下でようやくとまった。背中から顔を覗かせていた打ち止めが、悲惨な光景に再び隠れる。

「なァにしてンだ、三下」

「お、お前のせいだろう、が……」

 一方通行に見下ろされ、ツンツン頭の少年、上条が心底恨んだ目で睨め上げた。

 上条を痛めつけた少女三人も、こちらに駆け寄ってくる。

 超電磁砲とシスター、美琴とインデックスは怒りを無理に押さえつけたような、なんともいえない表情をしていたが、巫女さんは羞恥もあってか顔が真っ赤だった。

「アンタって学園都市最強よね」

 美琴が上条の首根っこを掴みながら、一方通行に問う。

 首が絞まった上条が苦しそうに手足をばたつかせるが、美琴はもちろん一方通行も気にもとめない。

「はァ?」

 質問の意図が掴めな一方通行は、眉を顰めて疑問を口にする。

 その隣では打ち止めとインデックスが睨み合っていた。

 どうも食事関連で軋轢が生じてしまったらしく、互いに今日何を食べたのか自慢し合っている。

「みことの作った朝ご飯は最高だったんだよ。いくら食べてもまだお腹に入るくらいにね!」

「なにおう! ミサカだって物ぐさなあの人が、珍しくトーストを作ってくれたんだよ、ってミサカはミサカは自慢してみたり! しかもこれも食えあれも食えって、チーズとかフルーツとかテーブルにどんどん並べてくれて、いったいどういう心境の変化があったんだろう、ってミサカはミサカは喜びながらも疑問を浮かべてみる」

 これ以上余計なことをいわれる前に、一方通行は打ち止めの口を塞いだ。しかし時すでに遅く、美琴が白々しいまでに穏やかな笑みを浮かべていた。

「ふーん。そっかそっか。さすがの一方通行も、可愛い子には勝てないってねえ」

 からかい混じりにいう美琴に、一気に血管が数本切れそうになる。

 しかし妙な質問の真意が気になっていたので、能力全開でぶち殺したい衝動をどうにか抑えた。

「喧嘩売りにきたのか、超電磁砲ォ?」

 だが怒りは抑えきれず、食ってかかるような口調で一方通行は殺気を込めて美琴を睨む。

「ねえ。早く逃げないと。……追いつかれる」

 それまで黙って静観していた巫女さんが美琴の袖を引いた。青ざめた顔は自分たちが出てきた路地裏の方を向いている。

「そうね。……アレを撒けるはずもないし。一方通行、アンタって当麻に負けたり、能力を制限されたりしたけど、今でも学園都市最強だって思ってもいいわよね」

 明らかに挑発的な美琴の言葉に、一方通行の怒気が増す。

「はァ? なに当たり前のことを抜かしてンだ。なンならそこの最弱、今からでも面白可笑しい肉オブジェにしてやろうかァ?」

 わざわざチョーカーのスイッチを入れ、一瞬で地面をベクトル操作で陥没させる。あんなもの食らったら内臓破裂どころか身体が捻じれ切れそうだ。

 首根っこを掴まれていた上条は慌てて立ち上がり、両手を大きく振って降参の意を表した。

「無理無理、今だけは勘弁して下さい! 貴方様が最強の能力者ですー!」

 どこか馬鹿にしている風にも思える命乞いに、一方通行は舌打ちしながらも足下への圧力を引っ込める。

「な。なに。あの能力」

一方通行の能力の一端を見て驚く巫女さん。

「うん、アンタの強さはよぉくわかったわ」

 そんな巫女さんを余所に、美琴がわざとらしい拍手をする。

「これなら、例え悪魔が相手でも大丈夫よね」

 そういってしきりに頷く美琴に、巫女さんがまるで友達を罠に嵌める非道な人間を見るような目で唖然とする。

「……ひ。ひどい。いくら能力者でも。アレの相手を人間にさせるなんて」

 一方通行は嫌な予感がした。

 能力を制限され、無敵の能力を自在に行使できなくなってから、虫の知らせともいうべき非科学的な能力がほんの少しだが身についていた。

 こうなるまでは必要のない能力だったが、それが今は全力で警告してくる。

 早く打ち止めを連れて逃げろ、と。

 美琴はそんな様子の一方通行に気付かず、一転して真剣な顔でいった。

「アンタ、ちゃんと打ち止めを守るのよ。守り抜いて今日の晩御飯、一緒に食べに来なさい」

 意味深な言葉を最後に言い残すと、美琴は打ち止めと睨み合うインデックスの手を繋ぎ一目散に逃げ去った。

 巫女さんも申し訳なさそうな顔をしながら「これも。生きるため」といって美琴達の後を追う。まるで一方通行を何かの生け贄に捧げるようだった。

 上条はまるで兵士を死地に送り出す上官のような顔で、一方通行と向き合った。

「死ぬなよ。生きてまた一緒に飯食おうぜ」

 微妙に死亡フラグっぽいものを置き土産にして、上条も全速力で走り去った。

「……ねえ、お姉様達って結局何がいいたかったの、ってミサカはミサカは無駄とわかっていながらも、呆然と立ち尽くす貴方に問いかけてみる」

「知るか。こっちが聞きてェくらいだ」

 不安そうに縋り付く打ち止めの手を無意識の内に握ってやりながら、一方通行はもう豆粒にしか見えない四人を見送る。

 何が起こってるかわからない、もやもやとしたものが心にこびりついたままだ。第六感の警鐘も鳴りやまないでいる。

「……もういい、帰ンぞ」

 こういう時は大人しく家に居たほうがいいだろう。

 いや、これは断じて逃げではない。この一方通行が訳のわからない悪寒だけで逃げ出すはずがない。そう、少し疲れたから帰るだけだ。

 誰も聞いているはずもない言い訳をしながら、引っ越したばかりの新居へ足を向けようとした。

 だが、突然の殺気が足元を凍らせたように動けなくさせた。

(ン、なァ!?)

 ろくでもなかった人生の中で、それでもこれ程までの殺意を感じたことはない。

 繋いだ手から、打ち止めの震えが伝わってきた。

 喉を鳴らし隣を見ると、打ち止めが蒼白を通り越して真っ白な顔をして一点を凝視している。

 一方通行は慎重にチョーカーのスイッチを入れ、じとりと身体を濡らす冷や汗を気持ち悪く感じながら振り返る。


 そこには、暗黒オーラを周囲にまき散らす、一匹の悪魔がいた。


「お姉様ぁ? どぉこですの? あの殿方を始末して、お姉様を解放してさしあげようというのに。……これも全てあの類人猿のせいですわ。お姉様が黒子の愛を受け入れないのも、黒子のことを捨てるのも、みんな、みぃんな……」

 精神が病んでいるとしか思えない言動で、追跡者――黒子がふらふら左右に揺れながら、目だけを以上にぎらつかせている。

 黒子の言動から自分たちが狙われている訳ではないとわかったが、一方通行は警戒を解かない。いや、解けない。

 打ち止めを背に庇い、頬を伝う冷や汗を『反射』ではじき飛ばしながら黒子を睨みつける。

(……なンだこいつ。いつから学園都市は悪魔召喚なんてオカルトに走ったンだァ?)

 もちろん本気で思っていないが、そう弄せねば目の前の少女に恐怖を覚えそうだった。

 この学園都市最強の男が、生涯でおそらく一度しか恐怖を感じたことのない男がである。

「あぁ、お姉様ぁ。黒子は、黒子はこれほどまでにお姉様を愛しているのに。……いっそ、あの類人猿とお姉様が出会う前まで時を巻き戻せれば。そうすれば秘蔵のお薬を使ってでも、黒子の虜にしてさしあげましたのに」

 手を祈るように合わせながら、明らかに法に抵触する危ないことを述べる女子校生。

 ……風紀委員(ジャッジメント)であることを示す腕章が泣いているような気がした。

(……関わり合いにならない方がいいな。こっちに害意はねェようだが、あんな化けもン、クソガキに見せてもいいことねェしな)

 無言で必死に縋り付く打ち止めの温かさを背で感じながら、一方通行は黒子が向かう先とは正反対の方へ行こうとする。

 しかし天がそれを許さなかった。

「それか、お姉様が小さな幼女に戻って、一からイロイロと教育するのもいいですわね。無垢なお姉様をわたくし色に染め上げるのも……グエ、ヘヘヘ」

 あられもないことを妄想し不気味な笑い声を上げた。ジュルリと流れる涎を拭う。

「っと、現実逃避はいけませんわね。お姉様がいきなり幼女に戻るはずありませんもの。今は類人猿抹殺が優先ですわ」  

 そういって黒子がテレポートをしようとした時、偶然視界の端に入った。

 愛しのお姉様にそっくりな髪型をした、幼女の影が。

 獲物を狙う肉食動物のような目で、黒子が振り向いた。

 突如こちらをねぶるように見つめる黒子に、一方通行の警鐘が激しく鳴り響く。

 打ち止めが耐えることができず、悲鳴を上げた。

「ひ、ひい! こ、怖い、なんかすっごく怖いよあの人! どうしてか理由はわかんないけど、と、とにかく逃げようよ、ってミサカはミサカは必死で震える手でアナタの手を握って促してみる」

 美琴の声を幼くしたかのような声に、打ち止めの恐怖の対象がひどく驚く。

「……お姉様? まさか、本当にお姉様が小さくなられて……?」

 そういいながら警戒する一方通行を余所に近づく黒子だが、打ち止めの姿を確認した途端、すぐに口元が喜色で歪む。

「お姉様。黒子の願いを聞き届けてくれたのですね? それでそのようなロリィな、もとい愛らしいお姿に」

「えぇ? お、お姉様って誰。……その制服、もしかしてオリジナルの関係者? ってミサカはミサカはどんどん迫ってくる黒い人に制止を呼びかけてみる。ミ、ミサカはオリジナルじゃなくて、妹達(シスターズ)のシリアル番号二〇〇〇一――」

 打ち止めが最後まで言い終わる前に、黒子は空高く飛び上がった。

「グエヘヘヘヘヘ、お姉様ぁん、今、貴女を黒子色に染めてさしあげますわぁ!」 
 
 ルパンダイブも真っ青な、見事な突撃体勢で幼女目がけて突っ込む!

 あわや幼女が変質者の餌食に! 通行人の誰もがそう思った。


 しかし、打ち止めには彼がいた。


 命を掛けて打ち止めを救って見せた、学園都市最強の男が。

「なァ、クソアマよォ。あンましふざけた態度をとってンとよォ。……ぶっ殺すぞ」

 黒子の身体が、まるでトラックと正面衝突したようにはじき飛ばされた。

 数メートルほどきりもみ回転し、アクセサリーを取り扱っている店に突っ込む。ピアスやらヘヤピンやらが散乱し、店内に悲鳴が響き渡る。

 ようやくとまった時には、黒子はぴくりとも動かなくなっていた。

 咄嗟に顔を庇うように腕を交差させ、しゃがみ込んでいた打ち止めは、その破壊音を聞いておそるおそる顔を上げた。


 彼女の目の前には、彼女を守る主人公(ヒーロー)がいた。


 まるで何処かの誰かを彷彿させるように、右手を前に突き出している。どうやら『反射』に更にベクトルを加え、迫る黒子を砲弾のように撃ち出したみたいだ。

 一般の高校男子にしてはずいぶんと華奢な後ろ姿だが、今は誰よりも頼もしいものに見えた。

 打ち止めは涙で顔を歪ませる。

「わりィが、ここから先は一方通行だ。逆走するにはテメェじゃ役不足なンだよ、ド三流」

 決め台詞まで吐いている一方通行に、打ち止めが頭から突っ込んだ。

「こ、怖かったよぉ!」

「ぐォ、ク、クソガキ、人の鳩尾に突撃してくんじゃねェ……」

「だって、だって怖かったんだもん、ってミサカはミサカはぐりぐりと頭を押しつけてみる」

「おいコラ、や、やめろっていってンだろうが!」

 まさか反射ではじき飛ばす訳にもいかず、一方通行はばつが悪そうにされるがままにしている。

 怒っているのか、はたまた照れているのか、若干頬が染まっている。

 しかしそんな和やかな一時も長く続かない。 

 がらり、と瓦礫をどかすような音がした。

 一方通行と打ち止めがまさかと思い、音源の方を見る。  

「ふふ、ふふふふふふ……。お姉様を誑かす類人猿が消えたと思ったら、今度は白モヤシが邪魔をするんですのね」

 あの悪魔が、幽鬼のように立ち上がっていた。

 額からは血が流れ、全身は打撲や切り傷で無事な所はない。大きな怪我はないが、それでも立ち上がれるはずない。

 それなのに、彼女は立ち上がった。

「いいですわ。そんなにお姉様を占有し、わたくしの邪魔をするっていうのでしたら――」

 彼女が抱くのは思慕、想念、執念。ただ一人にのみ注ぐ、たった一つの想い。

「まずはその幻想を、ぶちのめしてさしあげましょう」

 それは、黒子が立ち上がるには十分過ぎる理由だった。

 もうまともに戦えるはずないのに、一方通行の足が思わず下がる。

(この俺が、押されてるだと……! このクソアマ、ただの能力者じゃねェのか!?)

 いえ、ただのレベル4の空間移動能力者です。

 しかしそう言い切るには、今の黒子の気迫が強すぎた。

 まるで、あの時何度も何度も立ち上がった、あの無能力者のように。

「……クソガキ、ちょっと下がってろ」

「……大丈夫なの?」

 打ち止めが不安そうに一方通行を見る。

 それに対し一方通行は獰猛な、しかしどこか安心感をもたらすような笑みを浮かべた。

「俺を誰だと思ってンだ」

 そう言い残すと、一方通行は倒すべき敵と向かい合う。

 相手が誰かはわからない。何の目的で打ち止めを狙うかはわからない。

 しかし、打ち止めに害をなす存在は、ただそれだけでぶちのめすには十分だった。

「来いよド三流、俺の最強はちっとばかし響くぜェ」

「例え能力が劣っていようと、それを覆すことができる。それを身をもって教えて差し上げますわ」

 レベル4の風紀委員と、レベル5の学園都市最強。


 互いの意地を懸けた死闘の幕が、開かれようとしていた。
 






 破砕音や爆発音が遠くから聞こえる中、上条ら四人はまだ走っていた。

 上条は呆れた顔をしながらも、ひたすら前を向いて足を動かす美琴に話し掛ける。

「派手にやってんな」

「今の黒子はある意味レベル5だからね。例え学園都市最強が相手でも退かないし、十分に渡り合えると思うわ」

「まあ、さすがに白井が勝てるとは思ってねえけどな。……いや、さすがに勝てねえよな? 一方通行ならやってくれるよな?」

「…………たぶん、大丈夫なはずよ」

 一方通行の弱点であるバッテリーのことは極力考えないようにして、美琴が答えた。

「もしかして。さっきの人。学園都市第一位?」

 未だ胃の中身が消化しきれず、顔色が悪い巫女さんが息も絶え絶えに問いかける。

「まあね。前に当麻にぼこぼこにされたけど、一応学園都市で一番強い能力者よ」

「……あなた。何者?」

 美琴の言葉に驚きながらも、巫女さんが警戒したような顔で上条を見る。

「ただの無能力者だよ、俺は」

「能力だけでなく、魔術相手にも反則的な右手を持っているくせに」

 インデックスが何故か安全ピンでとめられた修道服を恨めしそうに見ながらいう。

 ふてくされたインデックスを、上条が「あの時は悪かったって」など謝罪しながらも宥めた。隣の美琴がやけに怖い顔をしていたが。

 巫女さんはインデックスのいう魔術という単語に反応し、眉を動かした。

 しかし努めて元の能面のような表情を取り戻し、ただ前へ走る。

「ちょっと待って。この反応は……!」

 インデックスが急に三人に制止の声を掛けた。足をとめ、インデックスの様子を訝しげに窺う。

「魔術の流れを感じる。……しかもこれは、ルーンの?」

 ルーンという言葉に、美琴はいけ好かない長身の神父を連想した。

「魔術師がいるのか?」 

 上条はしかし思い至らなかったらしく、インデックスを庇うように背中に押しやる。

「ちょっと調べてくる」

「待て待てインデックス、勝手に行こうとするな」

「放してとうま! 魔術師としてこれは調査しないと」

「だー! お前は色んな魔術師に狙われてるの、自覚してんのか!?」

 手足をばたつかせ、首根っこを掴む上条から逃げ出そうとするインデックスを叱る。

 美琴がそんな上条の手を振りほどいた。とりあえず情況がわかるまでは待機とインデックスに言い含めながらも、その顔に緊張は見られない。

「当麻、そんなにカリカリしなくても、たぶん大丈夫よ」

「はあ? 魔術の反応がしてるのに、よくそんなのんきな――」

「ほら、来た」

 美琴が指を指すその先、漆黒の修道服をまとう大男が立っていた。

「久しぶりだね、上条当麻、御坂美琴。――それに、インデックス」

 男は上条と美琴を不遜な態度で睥睨しながらも、インデックスの前で何ともいえない微妙な顔をした。

「……まったく、わざわざ彼女をおびき出す為に人払いの術をかけたのに」

 なにやらぶつぶつといっているが、美琴が遮る。

「で、マグヌス、なんか用なの? どうせアンタがわざわざ私たちに会いに来たってことは、ろくな用件じゃないことはわかるけど」

 マグヌスと呼ばれた少年、ステイル・マグヌスはインデックスから視線をはずし、慌てて体裁を取り繕った。

「な、なに、ちょっと頼みたいことがあってね」

 訝しげに聞いている上条に、暗にインデックスをどうにかしろとサインを送るが、上条は理解していないのか反応がない。

 ステイルが「……無能が」と舌打ちしながらも、とにかくインデックスをこの場から離すことを考える。

「御坂美琴、この男にだけ話があるから、君はインデックスを連れて、ここを離れて――」

 そこでようやく気付いた。あまりにも影が薄くて気付かなかったが、ここにもう一人部外者がいることを。

 いや、違う。よく見ると部外者などではない。それどころか渦中の人間だ。

「……まったく、君たちは呆れるほど仕事が早いね」

 ステイルが言葉通りに呆れながら、巫女さんの顔をまじまじと見た。

 巫女さんはステイルの視線に「……なに?」と首を傾げた。 
 


























   


























 意外な助けとは一方夫婦のことでした。
 ある意味ありえない対戦カードとなりましたが、果たしてどちらが勝つことになるやら。
 ちなみに黒子と一方さんは一応顔見知りではあります。まあたった一回の顔合わせで、しかも黒子が別人のようなオーラを放っていたので、一方さんは気付いていませんが。

 ……姫神さん、ごめんよ。なんか影が薄くて。こんなつもりじゃなかったのに。

 しかし全然シリアス場面に入れない気がしてきたのは、気のせいでしょうか。
 そろそろアウレオルスを出したいなあ、姫神の出番をもっと増やしたいなあと思いつつ、ちまちまと書いていきます。

 あと番外編で書けそうなネタがちょっと思いつきません。書こうと思えば書けそうなやつとか、話がもっと先に進めば書けるものはありますが。
 ですから、もうそろそろ20万PV達成ということもありますので、記念としてアンケートをとりたいと思います。ネタばれしそうな話とか、力量不足で書けそうにないものは無理ですが、書けるものがあればそれをネタに書こうと思います。
 なければ自力で頑張りますので、気楽に書き込んで下さい。





 次回、ステイルが依頼しようとした内容とは。
 巫女さんがまさかのお泊まり?


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