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[17608] 【習作】惑星でうなだれ(現実→惑星のさみだれ)
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f
Date: 2010/03/28 09:58
春。
桜の花びらが雨のように降り注ぎ、門出を祝うように校舎を彩っていた。
まだ肌寒い風が吹いていたが、卒業式という場所に満ちる熱気はむしろ暑いほどで、誰も気温など気にしていない。
筒に保管された卒業証書を大事そうに抱え、学生生活の想い出を語り合いながら、最後の一幕を形に残そうと笑顔で写真を取り合っている。
撮影する保護者。挨拶しあう教師と生徒。思い出の品を残す先輩後輩。
別れの席でありながらも、辺りは活気に満ち満ちている。

では気温を気にし、証書を適当に摘み、一人ぽつんと佇む自分は何をしているのか。
特に何もしていない。
あえて言えば空を眺めている。
桜でもなく。人でもなく。
その一切に興味を持たないまま、ボーっと突っ立っている。部外者であるかのように。

摘んだ証書が無ければもしかしたら誰も自分を卒業生とは思わないかもしれない。
そう思ったりもしたが、それはそれでいいかもしれない。興味無いし。
ただ、式の終わりに率先して帰るというのも目立つだろうし、後で来てしまうであろう奇特な人物の手をわざわざ煩わせるのもなんだと思ったのでここにいる事にした。
いればいたで、声を掛けてくる相手が増える事に気付いたのは、実際に声を掛けられてからだったが。



「彦君、卒業おめでとう」

「ああ、おめでとう、小石」

小石の目は僅かに赤い。式の最中に泣いたのだろうか?
彼女の高い感受性を考えれば想像に難くない。
涙を流したその胸の内は、今日という日を迎えた達成感から? それとも終わりや別れが訪れた事への悲しみ?
自分には久しく失われた感覚だというのに、『想像に難くない』なんて思えるのは、彼女との付き合いの長さ故かもしれない。

「なんだか、あっという間だった気がするよ」

「そうか? 俺は随分長い時間だった気がするけど」

「あはは、彦君はそうかもね」

いつも退屈そうだったもんね、と彼女は笑った。
否定する理由も無いので、そうだなとだけ返す。

「高校は楽しいことありそう?」

「そう……だな。あるかも知れない」

無いかもしれない。
態々地元から離れた場所を選んだのだから、在って欲しいとは思うけど。
楽しい学園生活を過ごす自分の姿は、残念ながら想像出来ない。

「きっとあるよ」

「だといいな。そっちは引越し先では上手くやれそうか?」

「うん。っていっても、おじいちゃんは入院してるんだけどね」

ああ、それなら上手くやるもやらないも無いか。
世話好きの彼女のことだから、碌でもない相手でも無ければ大丈夫だろうし。
ある意味碌でもない相手である事は知っているけれど、それでも彼女なら大丈夫だという事も知っている。
あえて心配する事でもなかった。

「小石、あっちでクラスメートが呼んでるぞ」

「ホントだ。ちょっと行ってくるね」

「こっちは気にしなくていいぞ」

「うん。後でね~」

気にしなくて良いと言うのに彼女はそう答えて、クラスメートの集団の元へ向かった。
再び手持ち無沙汰になった俺は、声を掛けられる前と同じ様に空を見上げた。
太陽が高い。
僅かに目を細める。
視界に入る日光を遮るように手を伸ばす。
広げた手の平は、届かない何かを掴もうとしているようにも見えた。

そんな物、掴もうとは思わなかったが。





第0話 水泳と金槌





漫画の好きな子供だったと思う。

空想の世界で登場人物達が縦横無尽に騒ぎ回り、時に嘆き時に死に絶え時に生き返る。
そんな突拍子の無い出来事が当たり前の様に起きて、それを奇跡だとか愛だとかこっ恥ずかしく語る世界を夢に見た。
自分もいつか不思議な力を発揮したり異世界に旅立ったりするんだと、棒っ切れを振り回して勇者を気取ったりした頃が懐かしい。

そんな自分も大きくなるにつれ、現実にはファンタジーなんて起こりえない事に気づいてしまう。
お化けは錯覚で超能力はトリックで自分は只の凡人で。
学校で成績が悪くても『本気を出せば何とかなる』なんてレベルは通り過ぎ、高校や大学に行く頃には遊び呆けて、大人になるのを怖がるだけの駄目人間になる始末。
『現実なんてこんなもの』なんて冷めた目で見る横で、同級生達は自分達のコミュニティーを学生のソレから社会人へ舞台を移し、誰も彼も巣立っていく。

自分はといえば、気付けば本やゲームくらいしか趣味を持たず彼女もいない哀れな男がニートすれすれの生活を送るというBAD END直行な事実を理解してやさぐれているだけだった。

どっかにリセットボタンねーかな。

特に働かせもしない頭の中で、いつも片隅にそんな思考を置いたまま、いつも通りにバイトに向かう。
バイト先へ自転車をこぐ事さえかったるいと思ってしまい、そんなやる気の無さには自分自身でも呆れてくる。

だから、余所見している所に障害物に突っかかり、転げた拍子に頭を打って死んだ所で、特に感慨は湧かないのだった。


次に目が覚めたのは母親の腕の中だった。
母親といっても今まで母と呼んでいた人物ではなく、目が覚めた時の身体を産んだ母親だ。
見たことも無い人物に抱えられている事に混乱したし、目が覚めるまでの記憶が無いのだから状況も分からないし、自分の身体も違和感だらけだ。
状況を理解するだけの情報を集め、整理するまでに数週間掛かったとしても仕方無い事だろう。
そうして時間を掛けて状況を理解し、自分が生まれ変わったと判断すれば、どうしてそうなったかなんてどうでも良くなるくらいの喜びに変わった。

夢にまで見た非現実的な現象。
ようやく訪れたファンタジーな展開に俺の未来はドキドキだ。
今まで鬱屈していた感情が噴出したようにはしゃぎ回り、まるで人生全てが楽しいという様に振舞った。
一度成人した人間だというのに、子供以上に子供だった。

同じ年の子供達と話していても当然考え方が違った。
大人と会話しようにもそこに在る年齢差が邪魔をした。
二度目の人生を有意義に使おうと、出来る事を何でもやろうとして、空回っていたのだろう。
周囲と自分の間に温度差を感じて、徐々に冷静になってくると、自分が突っ走って行こうとした道に対して、欲しくも無い疑問が生まれた。
ただ日常を過ごすだけなら、自分の境遇はファンタジーでも何でも無いんじゃないのか、と。

人生を一度経験しているのは大きなアドバンテージだ。
何も知らない子供の頃は選択肢の総当りみたいなもので、効率や失敗の可能性なんて欠片も考えていない。
土台が既に用意された自分は、より高みを目指す事も可能なのかも知れない。
しかし自分が求めていたのはそんな物だっただろうか?
ステータスが若干高いからといって、普通に学校に行って勉強して社会に出て行く流れに違いは無い。
つまらない日常からの脱却は無く、何処までも世界は『普通』だった。

生まれ変わりが起こった割には、魂の実在とかそんな話は聞かない。神様に出合った覚えも無い
もしかしたら自分は一種の天才で、赤子の頃に一つの物語を空想していただけなのかも知れない。
ある若者の一生というものを。
夢落ちなんてつまらない結論の方が納得出来てしまう、そんな自分の物分りのよさが嫌になる。

結論が出てしまえば、もう何かに意欲を見出すことは出来なくなっていた。
頑張らずとも世界は回る。
目を開けば映るのは、未来の無い真っ黒では無く、郷愁覚えるセピア色では無く、無味乾燥な灰色の世界が広がっていた。



「ひこくん、最近元気無いけど、どうしたの?」

小石は俺が以前のように騒がなくなったことを心配していた。
家が隣で毎日顔を合わせているから、こちらの調子なんてお見通しらしい。

「特に何も無いよ」

そう、何も無い。
変わった事が無い日々に慣れてしまっただけだ。
それが普通で、今までの自分がおかしかっただけ。
生まれ変わろうがなんだろうが、この退屈な日常が変わる訳じゃ無い。
町で殺人事件が起きたってそれが将来に影響する訳でもないし、地球に隕石が落ちても一時的に騒げば直ぐに元に戻るだろう。
全て、慣れる。
死も、新しい家族も、未来にも、退屈にさえ。

「ほんとに? なんでも相談に乗るよ?」

「無いから。そんな気にするなって」

「うーん……」

納得してはくれないらしい。
彼女のように相手を気遣える人間というのは正直不思議でならない。
他人に興味を覚えることが極端に少ない自分にとって相手の事情なんてどうでも良い物で、そこに下手に踏み込んだ所で得体の知れない情報群に翻弄された揚句に弾き出されるのが落ちだと思っている。
だからといって彼女の行動を批判したい訳では無い。
理解し難い物を排除するだけの了見が狭い人間では無いつもりだ。
というのは嘘だ。
単に自分以外に視野が向かないだけの話。
などと自己分析に浸る間も、小石は気遣わしげな視線を送ってくるので、とりあえず答えておく。

「家庭に問題は無いし」

「うん」

「勉強も問題無い」

「そうだね」

「クラスメートともうまくやってるし」

「最近一人のこと多いよ?」

「イジメはありません」

「そっか」

とりあえず引いてくれるようだ。
納得したかは分からないが、これなら下校時に同じ質問をされるようなことは無いだろう。
とりとめのない話をしながら川沿いの通学路を二人で歩く。
小学校へは途中で反対方向に曲がるので、見えてくる橋は渡らない。

「あ」

「ん?」

小石が足を止める。
視線を追うと、橋の上で川を見下ろす子供の姿があった。
俺も子供だけど。
小石が子供に近づいて行った。
こんな所でどうしたのかと訊ねると、どうやら帽子を川に落としてしまったらしい。

「昨日買って貰ったばっかりなのに……」

「そりゃ怒られるな」

「う……」

「もう、おどかさないの」

泣きそうな子供とあやす小石を放って、俺は川面の帽子を探す。
幸いすぐに見つかった。
水没こそしていたが、伸び生えた植物に引っ掛かっていたため流されてはいなかった。
ランドセルを肩からおろし、あいきゃんふらい。

「ああほら、泣かないで……って、えーーーーーー!?」

一切の躊躇いなくおこなわれた暴挙に、小石が気付いて止めるような暇は無く、見事な水柱が川に上がった。

「ひこくーん! だいじょーぶー!?」

「ああ、ほら。ぼうしー!」

「わわっ!」

全力で投げ上げた濡れた帽子は風に流されずに橋まで届いた。
小石は危うく掴み損ねる所だったみたいだが、掴めたんだから問題無し。
俺も楽しかったので問題無し。
こうやって、時々変わった事をしていれば、退屈もまぎれるかもしれないなんて少しだけ思う。
上の様子を見ると、小石が子供に帽子を返しているみたいだった。

「はい、もう落とさないようにね」

「……」

「どうしたの?」

「流されてる」

「へ? ああああ! ひこくーーん!!」

川は結構深かった。
プカプカ浮かんだまま俺はのんきに漂う。
夏だから水はそれほど冷たくない。
服が濡れるのも気にならない。
なんとなく足をバタつかせた。背面キック。
流れる速度が加速した。
小石の声が段々遠くなっていく。
彼女の必死な声と、自分ののんびりした心境のギャップに、不謹慎にも少し笑ってしまう。
世界が遠くなるような感覚に、このままどこまでも流されてみようかなんて考えた。
世界の果てまで?
それもいいか。
流されて流されて、例え世界が平らで果てから落ちても俺はきっと気にしない。
もしも落ちたら、落ちた先には何が在るのかな。

そんな風に、世界の終着点に思いを馳せていたら、視界に妙なものが映りこんだ。
空に浮かんだシルエット。
意味不明な光景に、図太い俺でも思わず目をむく。
まるで今にも落ちて来そうな、世界を睥睨する姿。
巨大な巨大な、大きなトンカチ……

「ビ……ビスけごぼごぼぶ!」

溺れた。



[17608] 中書き
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f
Date: 2010/03/28 09:57
・当作品の登場人物は全て18才以上です。

・嘘です。

・一部の登場人物の設定が不明の為年齢はこちらで決めている箇所があるだけです。

・原作読者であることが前提なので原作設定の補足などは基本的にありません。
※読者に優しくない事必至

・一応雑誌のネタバレはしないようにしてます。




時刻 : AM 05:00

ロケ地: 雨宮家

語り部: ノイ=クレサンド


「原作の、あらすじっ!!

 主人公の雨宮夕日はある日、トカゲの騎士ノイ=クレサンドに出会う!

 世界を滅ぼそうとする悪の魔法使いから世界を守るため、夕日は協力を頼まれた!

 が、拒否!

 過去の経験から世界を憎むこの根暗メガネは一切協力する気が無かった!

 そんな夕日の前に現れた『姫』朝比奈さみだれは、世界を救うどころか惑星破壊を宣言、魔王を名乗る。

 彼女に圧倒された夕日は忠誠を誓い、ここに魔法使い、騎士、魔王の三つ巴の戦いが始まった!

 苛烈する戦い! 成長する騎士! 散る命!

 騎士達は無事に世界を守る事が出来るのか。

 そして、さみだれは、夕日は、さまざまな経験を得たその先で、一体どんな答えを出すのか!

 読め! 原作!」



[17608] 第1話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f
Date: 2011/08/01 03:37
春。
気づけばすでに小学校も終わりである。
周りの同級生達の心境は、中学校への興味と恐怖が半々といった所だろうか。
当人達にとって、未知の環境へ放り込まれる事に対して戦々恐々なのだろうけど、既に一度経験した身としては、それ程変化が在る訳でもない。
少しばかり難易度が上がるだけだ。勉強も、ルールも。
えてして環境の変化なんて、思いの外すぐに慣れてしまう物だ。
先立って、厄介な事と言えば部活だろうか。
中学にもなるとなにかしらの部活に入らなければならない学校も多いし、体育会系の部活は上下関係が突然厳しくなるといえる。
あまりやる気のない身としては、活動の活発では無い文化系の部活にでも入って幽霊部員でもしていようかと思ったりもするが、同級生の『一緒に入ろうぜ!』オーラをかわす事が何気に難易度高いので、そう都合よく事は進まないかもしれない。
まあ、なるようになるさ。
結論はいつもと変わらず。
たとえ空にハンマーが浮いていたからといって、それが日常に与える影響なんて在りはしない。




あの日、天にそびえるビスケットハンマーを見つけた日から、俺の日常は変わった……なんてことはない。
リンカーネイションじゃなくてトリッパーだったとか、世界崩壊まであと数年だとか、渇望していた非日常だとか色々思う事は在ったのだろうと思うけど、俺が抱いた感想は一つだった。

なんでこんなマイナーな世界なんだろう。

そりゃ勿論、死亡フラグバリバリな世界とか、文明? 何それ食えるの? みたいな世界よりはよっぽど良いんだけど。
俺はテンションが上がるでも下がるでもなく、首を傾げながら家に帰った。
濡れ鼠のまま。
叱られた。親に。
あと泣かれた。小石に。

兎に角。
ここが惑星のさみだれの世界、ないしそれに類似した世界であると仮定した上で、状況を整理してみた。

この世界は魔法使いに狙われている。
それを防ぐはヒロイン:魔王さみだれ。付き従うは主人公:雨宮夕日。
どっちが勝っても世界は滅ぼします。

あれ、詰んでね? これ。
ガリガリとこれだけ紙に書いた時点でなんかエンディングテーマが流れる予感がした。
とりあえず続きを書いてみる。

他の登場人物:騎士12人-夕日(固定)

はい、余計な人間の入る余地は在りません。
俺はペンを投げた。
放物線を描いた後、先端が壁に引っかかり傷をつける。
それを見なかった事にしてドサリと布団に身を投げた。

意味ねー。俺やる事ねーし。ってゆーか最初からやる気も無いけど。
それにしたってこのガッカリ感は無いと思う。
登場人物と家族だったりしたら別かもしれんけど、明らかに一般人参加禁止な作品で一般人ポジとか無くね?
かといってこれで隠された13人目の騎士とかって設定現れたら羞恥心で死ねる。厨二乙。
あの作品って一般人どのくらい出てたっけ?
登場人物の身内以外だと、刑事さんにヤクザに学園関係者に浮浪者。
なかなか愉快な構成だ。
そしてアニムスとの戦いに手を出せる人間がいる訳も無く。
国家権力を動かせる相手にどうしろというのか。
布団の上で悶えながら一通り不平不満を脳内で吐き出した後、体を起こした。

まあ、とりあえず。

愛玩鳥人インコマンを見よう。





第1話 予定と未定





それから更に1年が経った。
別段問題も無く平凡に過ごしている。
中学に入ってから交友関係は特に増えていないが、小学校時代から気にかけてくれた友人に至っては、今も変わらず声をかけてくれているのはありがたい事だと思う。
部活動は適当に申請してほぼ毎日欠席している。
一度呼び出しを食らったが、正直にやる気がありませんと答えた所、そのまま放置してくれるようになった。
親切な人だ。見限るのが早すぎる気もしないが。
そんな訳で放課後はいつも暇だ。
ある日の帰り道、俺は一人トボトボと歩いていた。
トボトボといっても別に寂しそうだったり肩を落としていたりする訳じゃない。
夕暮れ時に一人で歩いている状態を表すのにトボトボという表現が相応しかっただけだ。
友達がいないとか学校で辛い事が在ったとか、そういうんじゃないんだからね!
キモイ。
脳内でアホな一人ボケをしてそれにツッコミを入れる。
カラスがアホーと鳴いた気がして、声につられて夕暮れの空を見上げた。
赤から紫に空のグラデーションが変化しても、目に映る造形には変化は無かった。
太陽が沈んでも、反対側から月が昇り星が空を覆いつくしても、ハンマーの姿は微動だにしない。
もしもあそこにロケットが突っ込んだら、ぶつかった人間はどう感じるんだろうか。
見えない壁に激突したと感じるのか、それとも原因不明の爆発を感じたとでも認識して、『ぶつかった』という認識は上書きされるのか。
誰かで試せば分かるかもしれないけど、自分で試す事はもう無理だ。
ハンマーが見えているという事は、自分は間違いなく普通の人とはズレているんだろう。
外れた頭のネジが戻るなんて、聞いたこともない。
つまり俺も、ありえない事を受け入れるバカの一人という訳だ。

騎士の席はもう無いけど。

皮肉なものだと思う。
憧れていた筈の『異常』を全部諦めて、全て『当然』と認識した為に、異常の仲間入りを果たす事になるなんて。
悲嘆にくれるような言い回しをした所で、残念、という程度にしか心は揺れないけれど。
諦観する心が直ぐに感情の波を静かにしてしまう。
期待を裏切られるのは嫌だから、必死に手を伸ばす事をしない。
退屈だ、退屈だと言いながら、それを変えようと努力なんてせず、偶然変わった出来事に出会えれば儲け物。
そんな後ろ向きな期待だけ抱いて、真っ直ぐ帰らず知らない道をフラフラしながら帰るのが、無趣味な自分の数少ない趣味と言えるだろうか。
視線を戻した。

「天川織彦くんだね」

「っ! ……?」

2メートル程先に、不審人物が立っていた。
かなり近くから突然声をかけられてわずかに息をのむ。
影から生え出たのかと思えるほど、突然の出現だった。しかし認識した時には、ここに存在しているのがあたかも自然であるように感じてしまい、困惑する。
老人……といっても、弱々しさとは無縁に思える強い声音をした男性。
トレンチコート姿の男性は帽子を取り、俺に向けて挨拶を……トレンチコート?

「私の名前は秋谷稲近。人呼んで……」

「師匠っっ!?」

容姿、そして名乗りによって相手が誰であるかの可能性に行きついた瞬間に、思わず声が出ていた。
この世界で自分の存在に気付きうる特殊な人物なんてそうはいない。
相手の自己紹介を遮るように叫んだ言葉に、彼は一瞬呆気にとられた表情をしていた。

「……く、くははははははははっ」

そして何とも楽しそうに笑い声を上げた。
その反応に、今度はこちらが呆気に取られていたが、彼の笑いがおさまる頃にはこちらも頭は落ち着きを取り戻し、俺はいつものやる気の無さそうな顔に戻る。

「そう、人呼んで『師匠』だ。はじめまして」

「あ、はい。はじめまして」

手を差し出されたので握手しながらの挨拶となった。
ん、なんかちょっと嬉しい。
気分は有名人と握手した気分というかなんというか。
なんといっても師匠だし。
そしてこんな時ついつい頭を下げてしまうのは日本人の性なんだろうか。

「ふふ……長く生きてきたが、押しかけ弟子以外で名乗る前からそう呼ばれたのは初めてだよ。
 さて、織彦くん。突然だが、これから時間在るかな?」

「腐るほど在ります」

即答した。
むしろこれからの人生全部暇です、というのは場の空気を悪くしそうなのでやめておいた。

「では」

ぽん

「へ?」

ひゅんっ




「実は以前から君には会いたいと思っていてね。
 丁度時間が取れたのでうかがった次第だ」

「はあ……」

喫茶店でコーヒーを飲みながら彼の話に相槌を打つ。
が、正直先ほど起こった出来事が衝撃的過ぎて未だ上の空だった。
彼が肩に手をかけてきたと思った瞬間には一瞬にして喫茶店の目の前に移り、そして促されるまま席について今に至る。

いや、頭では理解していたつもりだったが、実際に体験してみるとそのトンデモ具合は次元が違った。
もしも彼が全盛期にその力を好き勝手に振り回そうとしていたら、彼とてこの星を砕く事が出来たのかもしれない。
そう考えると、彼の人格が人間に友好的であった事は人類にとって奇跡にも等しい程の幸運ではなかろうか。

コーヒーを一口飲む。

今の思考はなんとも彼には失礼な物だったかも知れないなと思ったが、まあ口に出していないのだから構うまい。
仮に読心術を使えたとしても、相手の思考にまでケチを付けるのはいわば人格の否定であって、そもそも相手の思考を勝手に読み取るという行為が人権の侵害に等しい行いなのだからそれによって得た情報による名誉毀損の訴えなどという物は大きな矛盾であり、例えその気分を害したとしてもその感情をこちらに向けるのは見当違いと言わざるを得ない訳で。

壮絶に思考を脱線させる事で一息つき、一旦混乱をおさめた。

「さて、織彦くん。君は前世の記憶を持っているね?」

それを見計らったかの様に彼が本題に入った。
……ホントに読んで無いよね?

「はい」

「私の事も既に知っていた」

「はい」

一つ一つ、確認を取られる。
彼がピンポイントで質問をする事で俺は彼がどこまで知っているかを知り、俺が肯定を返す事で彼の確認も進む。
そうしてお互いの情報を整理した上で、彼は何を告げるのか。

「そして何より、君は……」

「はい……」

俺は、未来を知っている。何故ならこの世界とは別の……

「カジキマグロの騎士である」

「はいっ、俺は……はい?」

は?

一瞬、思考が止まる。

今何か、想像の斜め上を行く話を聞いたような気がする。

「俺が、騎士?」

「そう、君がなるのだよ。魔法使いと戦う、12人の騎士の一人としてね」

自分が、物語に関わる可能性の中で真っ先に除外していた物。
物語の中心たる騎士の誰かが欠けるなんて、想定していなかった。

「そんな筈は……だって、カジキマグロの騎士になるのは貴方でしょう?」

騎士が選ばれる基準は本人の素質による、という話だったと思う。
ならばそれは個人がどうこうした所で何とかなる物じゃ無い筈で、俺がそれを満たし、それが登場人物の誰かの位置を奪い取るほどだなんて誰が予想出来ようものか。

「そうだね。いや、そうだった、というのが正しいかな」

『だった』。
つまりその未来は確かに存在したという事だ。
そして今は違う、と。
だったらもう、この世界は俺の知ってる世界とはまるで別物になったのかもしれない。
なんだろう。この、ブックカバーと中身が別物だった気分は。……そのままだな。

「あの……最初から説明してもらえませんか?」

「勿論良いとも。年長者は下の者にその先を示すのが仕事だからね」

当然の様に彼は答えた。
疑問に優しく答える様子は、素直に年上の人間を敬えなくなっていた自分の眼にも、頼れる大人の姿に見えた。

「君は私の事は『マンガ』で知っているのだったね」

「はい……アカシックレコードって別世界の事まで分かるんですね」

「いや、分かるのは君の情報に連なる事だけだよ。どうやら君がこの世に生まれた日に、情報が上書きされたようだ」

「上書き? 追加じゃなくて、ですか?」

と言う事は俺の存在によって消えた情報が在る?

「心配しなくとも、君が誰かの人生を消したという事は無いよ。君の情報が書き込まれた事で、削れて変化した箇所は在るようだが」

心配は特にしていない。自分の意志で周りを押し退けた訳でも無いし、今更返せと言われた所で返す気もないのだから。
変化した箇所というのは、つまり彼の騎士としての役割と言う事か。

「じゃあ、貴方は死なずに済むんですね」

泥人形と戦う必要が無くなったのだからそう尋ねたが、彼は首を横に振った。

「私の役目は騎士としての役割に依存しない。子供達に教えるべき物は騎士としてのそれでは無いからだ」

穏やかな表情で、彼は死ぬと言った。
彼にとって、守るべき未来という物は子供達なのだろう。
彼らのために自分の命を使うならそれを躊躇う理由など無いのだと。
凄い人だ。
俺には誰かのためになんていう思想は持てそうに無かった。

「でしたら、俺の役割は無さそうですね」

秋谷稲近は、二人の子供のために戦い死んだ。
その役目は彼が騎士で在る無しに関わらず起こるという。
ならば、本来死人である筈のカジキマグロの騎士が埋めるような役割は存在しない。
納得のいく話だ。俺に渡されたのは、単に騎士という肩書きだけなんだろう。

「……」

俺の言葉に、彼は沈黙だけを返した。

「……あの?」

肯定か、否定か。
そのどちらかが来ると思っていたが、この反応は予想外だった。

「君は、この世界をどう生きる?」

「どうって……」

質問は抽象的な様で、しかしもっと深い所を問いかけているようだった。
どう答えるべきか。
耳障りの良い模範的な解答など彼は期待していないだろうし、かといって、適当に生きると返しても良いのだろうか?

「俺は……」

「……」

「特にやりたい事がありません」

「ふむ」

「だから何もしないと思います」

少し考え、正直に、言い回しだけ変えて答えておいた。

「そうか」

彼は目を閉じた。
しばしの間、沈黙が流れる。
俺の言葉に何を思ったのかは分からない。
彼は俺が転生した事を知っている。
つまらない大人だと思っただろうか。
いつまでも子供だと思っただろうか。

「君の存在で、世界は変わった」

「……」

「私の見ていた未来は、酷く曖昧な物となった。まるで、ノイズが混じったように」

彼は目を開き、俺の目を真っ直ぐ見つめた。
何処までも見透かすようで、俺には見えない何かを見ているようだった。

「君の選択で未来は変わる。君の心の真実が、世界を変えるのだよ」

「俺は何もしませんよ」

「それもまた、君の選択だ」

聞き分けの無い子供を優しく諭すように、彼は優しく俺の言葉を肯定した。




喫茶店を出て、彼と別れた。
外はもう夜だったから、空には月が昇っている。
少し長居し過ぎたな。
急いで帰ろうと歩き出した所で立ち止まり、彼が立ち去った方向に振り返った。
既に彼はいない。
きっともう会う事も無いだろう、そんな予感がした。
そして今日の出会いも、直ぐに日常に塗りつぶされる。
いつか彼が死ぬその日が来ようと、俺には関係無い。
俺は今生きている。
過去に死んだ。未来でもいつか死ぬ。
生も死も普遍。
なら何も特別なんかじゃない。

今日は走って帰ろう。

駆け出す直前、師匠の笑顔が脳裏に浮かんで消えた。



[17608] 第2話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f
Date: 2010/03/28 22:43
春。
初登校日は既に終わり、まもなく本格的に高校生活が始まろうとしていたある日の事。
朝目が覚めると、眼前を巨大な黒い何かが塞いでいた。
俺の住む寮の一室はそれ程大きくない。
距離を取らねば全貌を見渡せないデカイ図体によって、部屋の空間は既に大部分を占拠されていた。

「あの、突然ですみません。驚かないで聞いて欲しいんですけど……」

声がする。
それも目の前の黒い奴からだ。
近すぎて何なのか分からない物体はそのまま話を続ける。

「私、カジキマグロの騎士、ザン・アマルと申します。
 実は今、この星は悪の魔法使いに狙われ、破壊されようとしています。
 それを防ぐ為に、貴方の力を貸して欲しいんです」

黒はカジキだった。そしてマグロだった。
カジキマグロが体格に合わない水槽に押し込められているかの様に、俺の部屋を泳いでいた。
宙でうねる。
俺は上体を起こし、枕元の時計を見た。
6時。
休みの日にこんな時間に起きるなどなんて勿体無い事だろうか。
俺は二度寝するために再び横になると、頭から布団を被った。

「聞いてください!?」

「ZZZ...」

「早!?」

起きたのは11時だった。





第2話 カジキマグロと隠蔽工作





「改めましてこんにちは。お昼のニュースです」

「あの……」

「本日のお昼未明、某県某市の学生寮でカジキマグロが解体されていたというショッキングな事件が発生しました」

「ひいっ!!」

「マグロはスタッフが後で美味しく頂きました」

「食べないでください!?」

なんというか、凄く弄り甲斐が在る魚類だ。
弄られキャラが実に似合っている。

「まあ冗談はこのくらいにしておこうか」

「ほっ」

安堵のため息をつくマグロというのもシュールな光景だな。
今後もシュール続きなんだろうけど。
俺はカジキマグロの目と向き合うと(つまり横)、改めて自己紹介を始めた。

「俺は天川あまかわ織彦おりひこ。別世界で生まれた転生者だ」

うん。言ってて鳥肌が立った。
何この厨二病患者。他に聞いてる人がいたら間違いなく引く。そして死ぬ(俺が)。
しかし事実なのだからしょうがない。
何故わざわざ彼……彼? 彼女? まあいいや。彼に素性まで話しているかというと。
今後およそ1年くらいは彼と共に過ごす事になる。
彼の謙虚で純朴な人(?)柄については既に知っている訳だし、だったらこちらとしても含む所なく過ごしたいと思ったのだ。

「転生者、ですか?」

「ああ。俺はこことよく似た世界で一生を送り、この世界で再び産まれたんだ。
 まあだからといって超能力的な何かが在る訳でもないけどな」

結局何故俺がこの世界に居るのかは分かっていない。が、正直どうでもいい。
死んだ後に次が在るかどうかは知らないが、試すつもりも無い。なるようになるだけだ。

「不思議な事も在るものですね」

「オイそこの不思議代表」

喋るマグロに不思議とか言われたく無いぞ。

「では実際の年齢は違うのですか?」

というか不思議の一言で済ませていいんだ。
話が早くて助かるけどさ。

「そうなるな。まあ単純に生きてる年月を数えた年齢とは違うだろうけど。老人になった事が無ければ老人の経験は得られないだろ?」

「そういう物ですか……」

精神年齢なんてどんな経験をしてきたかどうかの方が重要だ。
普通に20才まで生きた人間と、小学生を20才まで繰り返した人間ならどちらが大人かなど言うまでも無い。

「ま、そこら辺の話はおまけだ。重要なのは、俺がこの世界を漫画で見た事が在るって事だ」

「ええ!! 私達って漫画だったんですか!?」

ああ、なんてリアクションが素直なんだろう。
ある意味理想の反応を返してくれるこのマグロが段々可愛く思えてきた。
生まれてこの方、非常識な自分の素姓を語れる機会なんて師匠との遭遇時以外無かった。
自分の秘密と言うべき物を自由に語れる事が、理想的な拝聴者がいる事とあいまって、自然と俺の口は饒舌になる。

「それもどうかな。そうかも知れないし、違うかも知れない。
 実は漫画家は物語を想像してるんじゃなくて、別世界の情報を観測してるだけかもしれない。
 ここは漫画に良く似た平行世界かも知れないし、誰かの見てる夢って可能性も在る。
 だから自分の存在に疑問を持つだけ無駄さ。そうだったとしても、それで何かが変わる訳じゃないだろ?」

神様が見える訳じゃない。
世界の裏側が覗ける訳じゃない。
自分の行動の責任は自分にしか無く、運命だとか世界の意志なんて物に肩代わりなどしてはもらえない。
新しい選択肢を探して、その選択が用意された物じゃないとどうして言えるのか。
全て水掛け論に過ぎない。
だったら考えるだけ無駄だろう、という結論の末に何も変わらなかった俺がいる訳だ。

「あの、それじゃあもしかして、この戦いの結末も知ってるんですか?」

「知らん」

「え゛!?」

「まだ連載途中だったからなぁ……」

まあ魔法使いに負ける事は無いだろうけど、主人公とヒロインが、なぁ。
世界崩壊ENDが無いと言い切るには、ちょっとばかし難しい。
心配はしてないけどね。

「詳しい内容はおいおい話すさ」

「そうですか……でも、それなら心強いですね」

「ん?」

「敵の情報が在ると言う事は、戦いも楽になるでしょうから」

「あ、俺戦う気無いから」

「えええええええ!?」

今までで一番大きなリアクションが返ってきた。
そうか、ザンにとっては俺の厨二設定より戦わない事の方がよっぽど驚きなんだな。
少し寂しい。

「どうしてですか!?」

「世界の命運とか興味無いし」

心配はしてないからね。

「死んじゃいますよ!」

「最終的に人は死ぬさ」

「まだお若いのですから未来が在るでしょうっ」

「学生時代二巡とかすれば十分だろう」

「ご自分だけでなく家族やご友人もなんですよ!」

「そんときゃ俺も死んでるし気にしなくて良くない?」

「そんな……」

「そういう訳だから、別に願い事とかも叶えなくていいよ」

ことごとく切って捨てる。
俺のあんまりな対応にザンは力無く項垂れた。

ザクリ

「危ねぇから!」

「あぁっ、すみませんっ!」

鼻先が絨毯に食い込んだ。



なんとも締まらないので、一旦お茶を入れる事にした。
ペットボトルの緑茶をコップに注ぎ、ザンの前に置いてストローを突き刺す。
純粋なカジキマグロには無理だろうが存在自体色々おかしい彼ならきっと飲めるだろうと信じてる。

ちうぅーーー

「おお」

飲んだ! ザンが飲んだ!
まるで車椅子の親友が両足で立ち上がった時のように俺ははしゃいだ。
凄いよザン。君はただのカジキマグロじゃなかった。

「続きを宜しいでしょうか」

「ああ、うん」

いけないいけない。
話の途中でついつい脱線してしまった。
それもこれも突っ込みどころ満載なザンという存在がいけないのだよ。
なんという魔性のカジキマグロ。
存在自体が出落ちというのは伊達じゃない。
だからこういう思考が脱線だと――。

「俺にはやる気が無い。が、その事は心配しなくてもいい」

「心配しなくていいとは……?」

「当然だけど、漫画の中だと俺は存在しない。つまりカジキマグロの騎士は他の人がやる筈だった」

「あ、そういえばそうですね。でもそうなってしまうと、貴方が代わりに戦う必要が在るのでは?」

普通に考えればそうなる。
しかし師匠の場合、戦場に出たのは一度きりで、戦いには騎士である必要性も無かった。

「その人は漫画だとすぐ死んじゃうんだよ。だから君の出番は元々ほとんどないんだ」

「それは……その方が死なずに済んで不幸中の幸いといいますか」

「いや、死ぬ」

「何故!?」

「本人に死を回避する気が無いからだよ」

「ご自分が死ぬことを知っているのですか?」

「ああ。ちょっと未来とか予知できるそうだ」

「……ではその方も、貴方のようにこの星の未来に興味が無いという事ですか?」

「全然違うよ。彼は自分の人生に満足し、子供達の未来の為に自分の命を使う事を選んでその生涯を終えるんだ。
 俺なんかと同列に扱っては彼に失礼だ」

あの人は最後まで希望と向き合っている。
俺のように逃げ回る臆病者とは似ても似つかない。

「……」

特に何も言わず、ザンが俺を見る。
先程までのように質問はせず、俺の目を無言で見詰めていた。
何となく目を反らす。

「兎に角、彼は自分の意志で死ぬし、俺も手を出すつもりは無い。
 戦局的にも影響は無い。OK?」

「……はい」

会話が止まる。
とりあえず俺のスタンスは説明したし、むこうから何か言ってこないならこれで自己紹介も終わりか。
……。
空気が悪いな。
散歩にでも出るか。
一度外へ……

「だめだ」

「え?」

窓に向けた視線を戻し、ザンを見る。
なんと巨大なカジキマグロ。

「デカ過ぎ」

「あ、すみません……」

「これじゃ出かけられんな」

「あのー……普通の人には見え無いから大丈夫ですよ?」

「騎士と泥人形に見つかるからだめだ」

「そうですか……」

傍から聞くと腰抜けの発言にしか聞こえない事を堂々と告げる。
異議を唱えない所を見ると、納得はしていないようだが俺が本気なのは理解してくれたようだ。
しかし困った。
これでは迂闊に外に出られない。
今は引きこもっていればなんとかなるかもしれんが、学校が始まればそうもいかない。
こういう事態を考えなかった訳じゃなかったんだが……

「あのさ」

「はい?」

「最初の想定ではドラムバッグにでもしまえないかと思ったんだよ」

「……私をですか?」

「そう」

「無理ですね」

「うん。無理だな」

一応チャレンジしてみた。
両手で押し込み尾びれを捕まえ角を掴み捻るように詰めてゆく。
結果。
目の前に在るドラムバッグだった何かを見れば一目瞭然だった。

「残念だ」

「骨が痛いです」

ザンは体にダメージを受けた。
俺は財布にダメージを受けた。
戦いとはいつも虚しい。




「行ってきます」

次の週の朝。
丁度いい時間に出発した場合、それだけ人通りも多くなるので、万が一ザンが騎士の誰かの目に留まろう物ならなし崩し的に巻き込まれる事は確定的に明らか。
そう判断して早めに寮を出発することにした。
自分が騎士だった事で、漫画の知識が全て当てになるとは既に思っていないが、師匠の言葉だと全局面にバタフライ効果が発生するほどの影響は無いとの事。
ならば実際に状況が変わるまでは知識を当てにして行動しても良いだろうと思ってる。
なもんだから、この時間なら泥人形の発生は多分無いだろうし、遭ったらそれから方針を変えれば良いやと、相変わらず考えてるのか行き当たりばったりなのか微妙なラインで行動していた。

「見つからないように気をつけてな」

「はい、わかりました」

ザンに一言だけ注意しておいた。
事前に話しておいたから、あくまで念の為。
指輪の付いた片手をポケットに突っ込み、通学路をのんびりと歩いていく。
よく考えれば寮から学校へ続くこの道を歩くのは、初登校の日以来だ。
多分大丈夫だろうが、もし道に迷ってもこの時間ならまったく問題無い。
ゆとり在る時間のなんと素晴らき事か。

「外の空気が美味しいです……」

「ずっと部屋に引きこもってたからなー」

今日まで学校は休んだ。
近所にコンビニが在るので、外出も最低限しかしなかった。
体の大きいザンにあの部屋の生活は結構大変だったのかもしれない。
これはあれか。ペットの健康の為に定期的に外に散歩に連れて行ってあげないとダメなのか。
面倒くさいぞマグロの世話。

「面倒くさいぞマグロの世話」

「酷い!?」

しまった。ついつい思った事を言ってしまった。ワザとだが。
残念ながら無意識に思っていた事を口に出してしまうようなキチガ○スキルは持ってないんだ、俺は。
所で18禁ゲームでさえキチガ○というのは伏字にされる事が在るのは何故だ。
え、知らん? ごめん。
訳の分からん質問に付き合わせた心の中の誰かにそっと謝った。

「嘘だよ。食事もトイレも寝床も不要なんだからそんな事思わないって。――狭いが」

「そこはごめんなさい!!」

うんうん。やっぱり同居人には正直に本音を話した方がいいよね。

「そうだ、今度ザン用の寝床でも用意するか。長方形の発泡スチロール製のベッドなんだ。素敵だろ?」

「勘弁してください」

予算の都合上、氷は無いので蒸し暑いかも知れないなぁ。

「しかし浮きっぱなしというのも物理法則に喧嘩売りっぱなしだな。いったいどうなって……待て」

「人がいますね」

前からこちらに歩いてくる人影を二つ見つけた。
ザンに静かにするように言い、何食わぬ顔をして真っ直ぐ歩き始めた。

「あ」

「あ」

近づくと見えてきたのは眼鏡の男性と、ポニーテールの女の子。

「夕日さん」

そして朝日奈さみだれ。
思わぬ所で主人公とヒロインに遭遇することとなった。

「ああ、確か小石の友達の……ひこ君だっけ」

「はい。天川織彦です」

とはいえ、彼らに会った事が完璧に想定外だった訳ではない。
こっちの高校に通うと小石に話した時、夕日が通う大学もこっちに在る事は聞いていた。
流石に来て早々会うとは思わなかったけども。

「もしかしてこの辺受験したのかい?」

「ええ。今は寮暮らしです」

「そうか」

二人の格好は夕日がジャージ姿で、さみだれはハーフパンツ姿だった。
服装からして今はトレーニングの帰り道といった所か。
夕日の肩にはトカゲが乗っかっていた。
俺はトカゲに可能な限り目が向かないようにし、夕日との会話に意識を向けた。

「そちらは彼女ですか?」

「え、そう見える?」

「ちゃうよー」

あ、バッサリいった。
夕日は顔には出さないようにしているが、さり気無くダメージを受けてる。

「ぷふっ」

――っぶね、トカゲの笑い声に一瞬視線が移りかけた。
トカゲの位置を飛ばしてさみだれを見る。

「彼女は朝日奈さん。僕の家のお隣さんだ」

「さみだれいいます。よろしくー」

「あ、よろしく」

「姫。こちらは従兄妹の友達の天川君です」

『姫』とか傍から聞くとなんか色々凄いっすよ夕日さん。
あだ名と取れなくは無いけど。
従者ですか。
従者ですけど。
あれ、もしかして俺も従者か?
自分がこの子にかしずく姿を想像してみるが、そもそも自分がかしずいてる姿が浮かばなかった。

「あたしはゆーくんの主で、ゆーくんはあたしの――下僕や」

「――」

なんと答えていいか分かりかねたのでとりあえず夕日に目を向ける。

「ああ」

肯定したよこの人。いやまあ、分かってたけどさ。

「そうですか。あ、俺今日ちょっと早いんでもう学校行きますね」

俺は笑顔で彼らと別れた。
流れるような仕草だったと思う。
そう、不自然な所など何も無い。

「引かれたな、夕日」

「関係無いさ」




そもそもこのマンガを愛読していた俺があの程度の発言で引く訳が無い。
単に会話を打ち切る丁度良いタイミングだったから利用しただけだ。
二人と別れた後、道を曲がって彼らが視界に映らなくなった所で、俺はようやく声を出した。

「気付かれなかった、な」

「はい」

今まで沈黙を守っていたザンが返事を返す。

「いつ気付かれるかとハラハラしましたよ」

「俺もだ。おかしな挙動にならないように必死でトカゲから目を逸らしてた」

夕日達と話している間、向こうが宙に浮かぶカジキマグロに気付いた様子は無かった。
夕日なら当然騒ぐだろうし、さみだれも普通に話しを聞いているだけだったように思う。
あくまで俺の主観だけど。

「トカゲに気付いた様子は?」

視線を向ける訳にはいかなかったので、トカゲの様子はザンに確認する。

「ノイ=クレサンドが気付いた様子はありません。私から見た限りではお二人と視線が合う事も無かったので、おそらく大丈夫かと」

その答えを聞いて安堵の溜め息をついた。
ジロジロ見ても問題ないザンの視点から見ても二人の挙動におかしな所が無かったというなら問題無いだろう。

「検証は終了。いきなり騎士と姫にぶつかって驚いたが、これはこれで都合が良かったかな」

「お疲れ様です。しかしホントに気付かれないとは……」

「言ったろ、人間相手なら大丈夫だって。これでとりあえず、最初のハードルは越えたぞ」

ザンの方を向く。
けれど俺の目にはなんの変哲も無い住宅街が映るだけで、カジキマグロの姿は影も形も無かった。
姿は見えないまま声だけが聴こえてくる。

「後は、泥人形にも気付かれなければ心配は無くなるんだが……」

相手は人間ではない。
目を持っていても目で物を見ているとは限らないし、騎士の位置を直接感知するような能力を持っていたとしたら、狙われた時点で終わりだ。
そうなったら攻撃手段の無い自分では煮るなり焼くなりされるだけ。
どちらにしても、誰かに助けを求めるつもりが無い以上、自分の能力を信じる以外やりようは無いのだ。

「所で、トカゲの騎士の方とは面識が?」

「ああ、地元の友達の従兄妹のお兄さんでね。遊びに来ていたときに何度か話した事が在る」

俺が会った時は既に虐待生活が始まっていたのだろう、昔から暗そうな子供だった。
精神が彼より上な分、なんとも子供らしく無い目をしていると思ったものだ。

「主人公なんだよ」

「え?」

「俺が見た漫画の話さ」

星を砕く物語は、誰が勝者となるのか。
魔法使いか。精霊か。騎士か。魔王か。人間か。
結末を決めるのは、世界の中心ともいえる彼だ。

『君の選択で未来は変わる』

そんな事は無い。そんな事は無いんですよ、師匠。
だって俺は特等席から眺めているだけなんだから。
観客は脚本を書き換えない。
悲劇も喜劇も貴賎無く、ただ結末を受け入れるだけだ。

「緊張したから一度休みたいな。さっさと学校へ行くか」

「そうですね」

立ち止まっていても徐々にだが体力は失われている。
学校に着いたら掌握領域を解除しよう。
ザンを何処に待機させるか考えながら、俺は学校への歩を再開した。



[17608] 第3話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f
Date: 2011/08/01 03:37
雨宮夕日が必死な形相で人ごみの中を走っている。
町を闊歩する若者達は怪訝な顔でそれを眺めるだけで、彼が何をそんなに一生懸命走っているのか理解出来ない。
しかし彼にはそんな周りの事などどうでもいいのだ。
後ろからは化け物が追ってくる。
誰にも悟られること無く夕日の命を狙い、まっすぐに追いかけていた。
泥人形は誰にも認識されていないが、泥人形からは他の人間は見えている。
しかし獲物として見ているのは夕日だけ。
辺り構わず被害を撒き散らす様子は無い。
夕日は泥人形に注意を払い、その行動を注視している。
周囲への注意は最低限。泥人形が誰かを襲わないかという事と、自分がぶつからないようにする事だけ。
だから俺の横を通り過ぎても、その事に気付いた様子は無かった。
俺に影響は無い。
だが、後続する泥人形は違う。
ここに攻撃対象足る騎士がいる事に気付けば当然命を狙ってくる筈だ。

巨体が迫る。

人形の拳は一撃でも食らえばトラックに跳ね飛ばされるも同然だ。
怪我では済まない。
もし突然方向転換してここに突っ込んできたら。
もし騎士の正確な位置を視認以外の手段で掴んでいれば。
もし俺の能力が通用しなければ。
俺は死ぬ。

視線は前へ。決して泥人形には向けない。
他人のフリでもするように。
表情筋は動かさない。
一般人は気付かない人形の足音が耳に障る。
大地が震える。
圧倒的な暴力が今、目前に迫り、

俺の体を、衝撃が、突き抜けた。





第3話 掌握領域とグレイズ美味しいです





掌握領域。
指輪の騎士が泥人形と戦うために与えられる力であり、念動力を操る為の領域を発生させる事が出来る。
念動力を使えば手を使わずに物を動かす事が出来るし、宙を浮く事も可能。
固めてぶつける事も可能ではあるが、個人で生み出す力では泥人形を破壊する程の力にはならない。
また、力は無制限に使える物では無く、使用すれば相応の体力を消耗する。
単体での攻撃力には乏しいが、領域は二つ以上重ねると破壊力が増すので、泥人形を倒すためには騎士同士の協力が必須と言える。

大雑把に説明をするとこんな所である。

時は戻って寮の自室。
俺はベッドに腰掛け掌を上に向けたまま、虚空を睨みつけるようにして意思を込めた。
すると中空に歪みのような物が発生し、やがて球状に固定された。
手を伸ばしその球体に触れると妙な圧迫感を感じ、念じてみればそれに応じて領域は形を変えていく。
たわみ、ゆがみ、捻り、伸ばし、広げ、つぶし、固定させる。
とは言っても、大きく膨らませた風船を変形させようとしてもなかなか思うような形にならないのと同様に、自由自在と言う訳では無い。
圧力を加える時間が長くなるにつれ、少しずつ疲れが出てくる。
体を動かさなくても呼吸が乱れるため、まるで息を止めて作業してるような気分だ。

「器用ですね。一点特化でなければ、初めの内は領域を発生させるだけでそんなに操れない物ですが」

話しかけられた事で集中が途切れて、力場は霧散してしまった。

「騎士はこれで泥人形と戦うのか……」

最終的にはみんな力を使いこなしていたとはいえ、使い始めの力はなんとも心もとなかった。
攻撃力も無く使用出来るのも短時間では、それこそスカートめくり程度にしか使えない。
雨宮夕日はよくこれだけの力で泥人形とやりあったものだ。

「やっぱり過去の戦いだと、開始早々全滅するような事もあったのか?」

「はい……幻獣の騎士でも無ければ個人の戦闘能力で泥人形の打倒など難易度が高過ぎます。
 騎士になって間もない時は、出来る限り仲間を探す事を優先した方が安全です」

つまり夕日の場合、騎士になったその日に泥人形に襲われてしまったのは随分と運が悪いが、それと同時に魔王と出会えた事はそれを補って余りある幸運だったという訳か。
彼の場合は運命とも言えるのだろうけど。

「本当に他の騎士と合流しないんですか?」

「しない。俺は傍観してる方が性にあってる」

最後まで一切無関係でいられると思っている訳じゃないが、だからといって率先して首を突っ込むつもりは無いのだ。

「ま、『傍観』はする訳だけど」

「?」

全ては暇つぶしの為。
戦場に何の用心も無く出向いた所でいつ流れ弾がくるかも分からないし、真面目な騎士に会えば追い返されても仕方ない。
観戦チケットを持っているのに交通費が足りなくてあきらめるような真似は勿体無い。最低限の費用を貯めるくらいの労働は頑張らないと、とは思う。

「学校も始まるし、出来るだけ急いで形にしておかないとな」

「すみません」

いや、責めた訳じゃないんだけどな。

「ですが、掌握領域を使っていったい何を?」

「それはまあ、見てのお楽しみというか、見ずにお楽しみというか」

イメージ自体は出来ている。
視覚や触覚に頼れない物を意識するのは中々厄介だが、慣れるのは得意だ。
取っ掛かりさえ掴めばなんとかなるさ。

「今週は学校休むか」

最初の授業からサボりとか注目集めまくりかもしれないな。
影の薄いキャラから、浮いてるキャラに変わるのも高校デビュー扱いでいいのだろうか?
まあそれも浮いてるカジキマグロとバランスが取れていいか。

練習を始める。
気負いなんか無い。
なるようになるだけだ。




「うーーーーーーあーーーーーーーーうーーーーーー」

数時間後。
そこにはベッドで唸る俺の姿が!!

「大丈夫ですか……?」

「つーーーーかーーーーーれーーーーーたーーーーー」

絶賛休憩中。

体力の消耗はあったが、それ以上に集中し過ぎて神経が磨り減っていた。
超能力の使い方はイメージが大事だと言う話だったが、黙々と練習していても一向に形になる気配は無かった。
正直、間違った。
俺はどう考えても気合とかそんなもんで結果を出すタイプじゃない。
つまり根性論ではなく好奇心に任せた考察と、成り行きに任せた感覚的な部分によって進めるべきなのだ。
まず考察が足りていない。
取っ掛かりが掴めなければ感覚を掴む事も出来無い。
このままでは駄目だと思い至り、俺は休憩がてら、領域で何が出来るのかを考え直してみる事にした。
俺には漫画の知識が在る分、他の騎士がどんな能力にしているか参考に出来る。
だったらまずはそこから試してみようじゃないか。

例えば、今の自分の状態は最初の夕日と同じだ。
領域は出せるが活用する手段が明確で無く、三日月の様に身体能力に優れている訳でも無い。
そんな状態で夕日に出来た事といえば、領域を踏み台にしてジャンプしたり、高い所から落ちる時の減速に使っていた。
しかし、しかしだ。
俺が同じ様に自分を浮かせようと領域に飛び乗ったら見事に突き抜けた。
足首こそ捻らなかったがバランスを崩してしこたま膝をテーブルに打ち付けた。
痛みにのけぞってベッドに倒れこんだら壁に頭を打ち付けた。
挙句に隣の部屋から騒々しいと注意された。
(床を)踏んだり(テーブルを)蹴ったりである。
どうやら俺の掌握領域は素人だった夕日よりも貧弱らしい。
どういう事なの。
続いて方天戟。
掌握領域を槍状にして、相手にぶつけるシンプルかつ汎用性の高い技。
俺は領域を生じさせ、領域を変形させてみた。

「お?」

スムーズに成功。
むしろ菱形に尖り本物より強そうだ。
これならいけるかもしれない。
えーと、的、的はと……

「おお! こんな所に都合よく月刊ア○ーズが在るじゃないか」

「ジャ○プ! ジャ○プにしましょう!!」

「なんだ突然」

何故かうろたえるカジキマグロがうるさかったので仕方なくジャ○プが的になった。

「方・天・戟!」

無意味に掌底を突き出しながら掌握領域を飛ばす。
領域がぶつかりジャ○プが倒れたのを見届け、威力の程を確かめるために手に取る。

「これは……」

「しっかり先端がめり込んでますね」

手前に。

「柔!?」

見るも無残な方天戟(笑)の有様。
これでは雑誌に領域が刺さっているのではなく、雑誌から領域が生えているだけだ。
ため息をついて領域を解除する。
駄目だ。なんというか、駄目だ。っていうか駄目だ。
この後は考えるまでも無い。
傾天平面たかまがはらは紙だし、炎状刃フランベルジュは紐だし、最強の矛・盾は友達いないし。
基本的な戦闘能力はどれもまともに使えない。
という事は、もっと特殊な奴を例にしないと駄目か。
まあ特殊な能力にしようとしてるからそれでも参考にはなるんだけど。
とりあえず地母神キュベレイは願い事とセットだから除外。
放火魔には精密な作業が必要だったな。
でも、よく冷え~るは単にイメージで成功していた筈だ。
空気を掻き乱す、分子を摘む……
やるとしたら、光の屈折、か?
光を曲げるとか、透かすとか。
というかそれをやりたくて悩んでる訳で。
因果乱流パンドラは――時間操作なんて、流石に想像が出来ん。
なんだよ時間を掻き混ぜるって。
そんな抽象的な物に抽象的な操作なんて……

「あ」

「どうしました?」

「イメージが浮かんだ」

俺は起き上がり、再び掌握領域を発生させた。
まずはただ領域を浮かべる。
そして目を閉じた。

さっきまで俺がやろうとしていたのは、掌握領域で対象を包み込んで隠す事だった。
鏡の幕で包むとか、包んだ箇所がガラス球の様に後ろの景色を透き通すような、能力をそんな状態にする使い方だ。
イメージすると、硬さとか冷たさとか重さが思い浮かぶ。
しかしそれだと、攻撃用に領域を固める使い方と大差無い。
物質的な干渉のイメージが強すぎるせいで消耗も早く、何より融通が利かない。
想像した物理現象に縛られるせいでどうしても景色の歪みが目立ち、それが気になればイメージにそぐわず、維持が出来なくなる。

だから発想を変える。
重さは必要無い。
物理的な干渉もしなくていい。
領域に込める力を抜いていく。
脱力するように。
いつもの自分と同じだ。
領域が、徐々に形を失っていく。

「これは……」

空気に溶けるように霧散した。
しかし集中を切らして散った時とは様子が違う。

「ザン、今テーブルの上にはコップは何個乗ってる?」

「コップですか? ええと、1個ですね……あれ?」

「ぶっぶー、正解は2個でした」

力を解く。
すると霧が晴れたように景色が揺らぎ、テーブルの上に在るコップが2個になった。

「凄い、どうやって消したんですか!?」

「消したんじゃなくて、ザンが認識出来なかっただけだよ」

「私が?」

認識を逸らす。
視界の中に入っていても、その空間の情報だけ抜け落ちたような状態になり、ザンの目にはそこにコップは『無い』事になっていた。
実際に消えた訳じゃないから、手を伸ばせば触れるし、もし戦闘になりでもしようものなら、凡その位置を範囲攻撃されればどうしようも無い。
が、日常的にこそこそするなら問題は無い。

「あとはこれの範囲をもっと広げて、その状態を維持出来るようにしないとな」

「確かにこれなら、気付かれないように行動出来ますね。でも、攻撃用の能力は作らないんですか? もし泥人形や魔法使いに見つかったら……」

「どうにも火力不足でさ。
 さっき一応考えては見たけど、発想が貧困なのか泥人形を倒すような能力が浮かばなかったんだよなぁ……」

俺は領域を生み出すと、今度は拡散では無く圧縮する事で小さくし、やがてほとんど目に見えないサイズになった。
それをティッシュ箱の方に移動させる。
ザンには何処に在るか把握出来無いだろうから領域の位置を指で示した。

「圧縮した掌握領域を――開放」

ボンッ

「わっ」

ティッシュ箱は中心からウニ状に串刺しにされ無残な姿を晒した……様に見えた。

「穴が開いていない?」

「いや、一応空いてる」

箱を開いてティッシュの束を抜き出すと、束を中心から分けて、ザンに見せる。
すると中心付近のティッシュはボツボツと穴が開いていた。

「先程のに比べると、威力は在るようですが……」

「けど、この程度だ」

見た目の派手さに反して威力はダメダメだった。
あれだけ圧縮したにも関わらずである。
方天戟(笑)よりはましだけど……

「というより、あんなサイズまで圧縮出来てしまう時点で、俺の掌握領域はスカスカって事なんだよ」

「どういう事です?」

本来の方天戟だが、あれは領域を捻り槍状にして固め、相手にぶつけている。
その際、全体のサイズはそれほど変化していない。
半月や夕日は簡単そうにやっていたが、太陽が方天戟もどきを使った時は、領域の形成がうまくいかず威力不足になっていた。
そう考えると、攻撃力を持たせる程に領域を固めるのは高等技術である筈なのだが、俺の領域は形だけなら簡単に真似れてしまう。
さっきまで延々と練習していた際に試した結果、俺はこういう結論に至った。

「貧弱過ぎる俺の掌握領域じゃ攻撃能力なんて作っても、実戦向きじゃない」

「単独で泥人形を倒す必要は無いですから、無駄にはならないと思いますが」

「単独で動くつもりだし戦う気も無いし、協力攻撃に参加したとしても大して役に立たないさ。
 そもそも、この技じゃ威力があっても通用しそうに無い」

泥人形には、と付く。
人間であれば脳内に直接叩き込めば致命傷になりうる、なんて説明をしてもしょうが無い事だ。
そんな使い道を考えた所で、夕日とさみだれが地球を破壊しようとするのを邪魔する気も無いのだから。
――あれ?
一応アニムスにも効くかもしれないか。
魔法使いも人間なら脳を傷つければ殺せるかもしれない。
机上の空論だけどね。
この理屈なら他の騎士も似たような事が出来る訳だし、どんな能力にしろ練習しないと実戦向けにはならないし。
まして魔法使い相手じゃ力の差がありすぎるから、能力をキャンセルされるのが落ちだろうとは思ってるけど。

「兎に角。向いてない力を練習するより、今必要な力を使えるようにする方が大事だろ」

「それもそうですね」

自分の力がどの程度通用するのかが命運を分ける。
通用しなかった時点でゲームオーバー。途中退場さようなら。
どうせならカーテンコールまで見たい所だ。

そして、出来上がった俺の能力は――




「織彦さん!」

倒れた俺に向かってザンが悲鳴のような声を上げる。
背中を打ちつけた事で一瞬声が出なくなっていた俺は、喉から掠れたような声を漏らした。

「ふ、ふ、ふふ」

「大丈夫ですか! しっかりしてください」

あんな巨体が凄い速度で走りぬけたのだ。
風圧で吹き飛ばされたって仕方が無い。
なまじ泥人形の姿が見えているものだから視覚的圧迫感で体が退いて、余計に衝撃を受ける羽目になった。
人形に気付かない一般人にとってはただ突風が吹きぬけただけに感じただろう。

「よゆーよゆー。掠り傷一つないって」

「いえ、コンクリート転がってボロボロですからね!」

だからそんなに騒ぐなって。
さみだれが通りかかったら気付くかもしれないんだから。

俺は地面に手を突いて体を起こした。
道の真ん中で盛大に転んだというのに、通行人は誰もこちらを見ていない。

「どうだ、人形はこっちを見向きもしなかっただろ」

「はい。あのままトカゲの騎士一人を追って行きました」

服に付いた汚れを払う。
夕日達が駆け抜けて行った方向に目を向けるが、既に姿形は何処にも見えない。
そして周りの人々からも掌握領域で覆われた俺達の姿は見えていない。

「よし。これなら騎士の戦いを高みの見物と洒落込めそうだ」

「考え直しませんか? この力があれば他の騎士達をサポートする事も可能でしょう?」

「何度言われても参加する気は無いって。俺に守らなきゃならないような物は無いんだから」

言い放つ自分の声は妙に楽しげで、なんだかいつも以上に嫌な奴っぽくなってるなと我ながら思う。
久しぶりに、テンションが高かった。
淡々としていない自分に違和感だらけだが、折角上手くいったのだ、素直にこの喜びに浸っていようと思う。

さあ、今日はとっとと帰ろう。
あんな速度で走っていった夕日達の戦闘シーンを見に行ける訳が無い。観戦はお預けだ。
それにいつまでもここで喋っていては周りが困惑するだろう。
謎の声の都市伝説でも広まっちゃたまらない。
そんな事を考えながら踵を返した。




途中、コンビニで湿布を買って帰った。



[17608] 第4話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:4645a4fd
Date: 2010/07/31 04:00
「……いただきます」

「普段マトモなの食べてないでしょ!
 夕日の大好きなカラアゲ作ってあげたわよ!」

目の前にはこんもりと皿に積み上がったカラアゲ。
山と用意された好物に腹の虫は煩く鳴いている。
一つつまんでみると、サクサクとした食感と、中から零れ出る肉汁の味が口の中に広がった。
美味しい。
ひょいひょいと箸が進み、ご飯も味噌汁も一緒に無くなっていく。
ただ、流石にこの量は食べきれないんじゃないかと思う。
僕に比べて小石の皿はあまり減っていない。
何気に巻き添えを食らわせてしまった気がしないでもないが、折角おばさんが腕を振るってくれた手前何か言う訳にもいかず、そのまま食事を進めた。

「どーお? 今の生活の調子は」

「順調ですよ」

予想外の出来事に巻き込まれてドタバタしているが、そのおかげで姫と出会うことが出来た。
今はまだ無力な自分だけど、彼女の力になりたいという明確な目標が見える分、頑張り甲斐が在る。
姫繋がりで氷雨先生ともよく話すようになり、学校もそれほど退屈しない。
朝は食事をご馳走になっているし。

「サークルとか入ったのかい? まあバイトが忙しいかもしれないけど、友達もちゃんと作りなさいよ」

「はい……」

指輪の騎士の一員というのもある意味サークルだろうか。
まあ所詮、最終的に敵対する以上、友達になろうとは思わないが。
もともと友達なんて作る気も無いけど。

「あ、そういえば、小石」

「何、夕兄?」

友達と聞いて、この前会った小石の幼馴染の事を思い出した。

「この間、向こうで天川君に会ったよ」

「天川って、もしかして彦君?」

「ああ」

「あら、そういえばあの子もそっちの方に進学したんだったかしら」

この家族の方が余程馴染み深いだろう彼の話は、小石もおばさんも興味をそそる内容らしい。

「彦君どうだった? 元気そう?」

「そうだな。といっても、僕も簡単に挨拶したくらいだからそんなに詳しく分からないけど」

「いきなり高校デビューとかしてなかったかい?」

「もー、彦君がそんな事してたら雪が降るよ」

「あら、ああいう大人しそうな子が、案外環境が変わると弾けたりするのよ?」

「彦君は大人しいけど、もともと弾けてるよ」

「いや、どんな奴だよそれ」

思わず入れる突っ込み。
小石がフォローしていたが、おばさんがからかって笑い、おじさんは黙々と料理を食べていた。
その席に、僕も一緒に混じっている。
暖かい食事と明るい話し声が広がる光景。
この家の食卓で、こんな風に暖かい食卓を囲うのは随分久しぶりだった。



「明るい家族だな」

頭にタオルを乗せて湯に浸かる。
湯船の縁に掴まるようにして、ノイも風呂に入っていた。
お風呂を堪能するトカゲを見るのは初めてだ。

「小石殿とは仲が良いのか?」

「どうかな? 小さい頃は結構懐かれてたと思うけど、最近はそんなに会う事も無かったから」

もともとこちらから親戚の家に行くような機会はそんなに無かった。年に1度在るか無いかくらいの筈だ。
基本的に祖父は自分から誰かと交流を持とうとしなかったし、子供の自分だけで遠出する訳も無い。
祖父の家に小石達一家が遊びに来た時に相手をしていた覚えが在るので、嫌われてはいないだろう。

「この間会った織彦という青年とは、元々付き合いが在ったのか?」

「いや、僕は特に無いよ。小石の家の隣に住んでいたから、あっちへ遊びに行った時に何度か会ったってぐらいだ」

それも結構うろ覚えだけど。
小石の友達で会った事が在るのは彼だけだったから、偶々印象に残っていた。

「そういえば、織彦殿も姫と同い年なのだったな」

「そうだけど……?」

「いやなに。あの青年を見たとき、何処と無くお前と似た雰囲気が在るように見えたからな。
 もしかしたら彼も姫を気に入るかもしれないなと」

ニヤニヤと笑うトカゲを逆さ吊りにしてやった。

「ええい、放せ! おろせ!」

「ほほう」

――もしや、姫狙い!?

いや、そもそも僕のは忠誠心だ。
もし僕に似ているというなら、恋慕では無く彼も姫にかしずきたかっただけかもしれない。
それに、たとえ姫が誰かを好きになったとしても、僕の忠誠には何の変わりもない。
いや待て。もしも恋人の存在が姫の目的を惑わすような事があっては……
って、馬鹿か僕は!
姫がそんなことで目的を見失う訳が無いだろう!
しかし主の障害になる可能性があるというならそれを排除するのは当然でありそれこそ忠義!
これは断じて嫉妬心だとかそんなんじゃない!

「どうやって消すか……」

「おい、なんだか前と比べてえらくしょーもない理由でその発言をしてないか……?」





第4話 透明人間と東雲半月





「さーて、次は、と」

地図を片手に町中を散策。
連休という事もあり、家族連れやカップルの姿がよく目に付いた。
昼過ぎからずっと歩き回っているが、人波も車も一向に絶える様子が見当たらない。
今日は歩いている間に、何度人とぶつかりそうになったか分からない。

折角の休みに俺が何をしているかといえば、いざ戦いが始まった時にどこから観戦したらいいか、ベストな場所を探して下見をしている所だ。
騎士であれば泥人形の出現は気配で察知することが出来るけれど、そこに馬鹿正直に真っ直ぐ向かっていては、戦闘の余波に巻き込まれてしまいかねない。
移動範囲の大きい戦闘もある筈だから、どこから覗き込めばよく見えるのか、巻き添えを避け易いかを考えておく必要がある。
それに、俺はまだここの土地勘が無い。
道に迷って目的地にたどり着けないような面倒、もとい無様は晒したくないので、今の内に調査しておこうという訳だ。

希望としてはビルの屋上なんかが良いと思う。
町中の戦闘は上から見下ろせるし、高い建物からなら山間部も眺め易い。
俺は良さげな建物を見かけては忍び込み、屋上に出られるかどうかを試し、そこが観戦に適しているか調べ続けていた。

「大小こだわらず見てるけど、どうにもしっくりこないなぁ」

「どうしてその努力を他の方向に向けないのでしょう……」

今見てきた場所は、大体似た様な高さの建物が連立しており、屋上から屋上へ移動する様な使い方には良いかもしれないが、かといってその移動範囲が景色を眺めるのに向いているかと言われるとそうでもない。
外から外観を見た時点で分かっていた事とは言え、毎回階段の上り下りをする訳だから溜め息の一つも出る。
屋上から建物の中に戻り、鍵を掛け直した。

鍵の開け閉めの問題は掌握領域を使う事で簡単に解決出来る。
まああまり精密な物は無理だけど。
内側のノブに摘みが付いた物なんて良いカモである。
残念な事に自分にはピッキング技術の持ち合わせは無いから、精密な鍵だと開けられない場所や、開ける事しか出来ない場所もある。
閉められない鍵では開けたまま放置する事になり、何度も繰り返すと怪しまれる恐れが在るので、あまりやりたくない。

「そろそろ日も暮れてきたし、今日の所は諦めた方が良いかもな」

「でしたら、早くここを出ましょう。なんだか身の危険を感じますし……」

「あー」

ザンが不安がるのも分かる。
さっき上ってくる途中、グラサンにスーツ姿のおっさん達が扉の前で直立しているのを見かけたからだ。

「どう考えてもかたぎの人じゃないですよ、あの方達」

「だからって、そんなにビクビクしなくてもいいんじゃないか?
 向こうからこっちは見えないんだし」

「それは分かっているのですが……」

それでも不安だと言う事らしい。
職業に貴賤無しとは言うが、かといって積極的に関わりたい人種ではない事は確かだ。
警戒して損は無い。
俺とザンは速やかに立ち去ろうと、こそこそしながら階段を下りていく。
そんな時、丁度通ったフロアの扉が開いて、会話が聞こえてきたので思わず覗き込む。

「それじゃ、また頼むな。風神」

「おっけーおっけー、この半月様の力が必要な時はいつでも呼んでくれ」

げ。

部屋から出てきたのは東雲半月。
その足元には犬が一匹。

「お、織彦さん! 犬の騎士がいますよ!(小声)」

「ザン、逃げるぞ!(小声)」

なんてこった。
よりにもよって半月が出入りしてた事務所のビルだったとは。
自分の迂闊さを恨めしく思いながらも慌てて階段を駆け下りた。
あの人は泥人形がどうとか関係なく、普通に気配とか察知してくるから、一刻も早くここから離れなくてはいけない。

「む」

「どうしたノコ?」

「今、逃げるように階段を下りていった者がいる……」

「なんだ、不振人物か?」

やばい!

俺は走る速度を上げると、飛び出すように建物から抜け出した。
しかしその直ぐ後から半月達も追っかけてきた。

「待て待てーい、何処だ曲者!
 ん? いないぞ」

「いや、あちらだ。姿は見えないが確かに人がいる」

「お! マジモンの透明人間かよ!?
 そりゃ捕まえるっきゃねー!!」

畜生、あのクソ犬、余計な事を!
俺はザンを引き連れて全力で駆けた。
兎に角距離を取らなくては。
下手に彼の間合いに入れば、その天才的感性という奴で理不尽に捕まえられるかもしれない。

人をかわしながら駆け抜け、時々避けた背中を押すなりして簡易障害物にする。
我ながら迷惑行為この上ない。
同じように突っ走ってくる人間がいるから、ぶつかった人の意識はきっとそちらに向くだろうと自分を誤魔化し、今はただ逃げ続ける。
幸い、こちらの姿が正視出来ないからか、半月の追ってくる速度はそれほどでも無い。
このまま距離をとっていれば、上手く撒く事が出来るかもしれない。

「うーむ、見えない相手を追うのも意外と難しいな」

「しかし匂いは誤魔化せん。そう易々とは逃すまい」

「あ、そうだ。ノコなら大体の位置わかんじゃん」

「何? おい、何をする!!」

「なんだ?」

騒がしい声に後ろを振り向く。
丁度人の波が途切れて半月の姿がはっきり見える。
彼は立ち止まったその場からこちらに向かって……

「いっけー!! スーパーノコミサイル!!」

「「な、投げたーーー!?」」

犬の騎士はまっすぐこちらに向かって飛んできた。
ぶつかればアウトだしここで避けても再び距離を取るのは無理だ。
だったらする事は一つ!

「どりゃあああああ!」

「ぐはぁっ!?」

俺は容赦無く犬をぶっ飛ばした。
悲鳴を上げて弾き返されたノコは地面に転がった。
敵の攻撃は防いだ。しかしこちらも足を止めてしまっている。

「そこかーっ!!」

距離を詰めた半月。

「くっ」

覚悟を決めてもう一撃、今度は半月に向けて放つ。
見えていない攻撃に、何がどうして反応できるのか、半月の手は攻撃を捌く為の位置に的確に構えられていた。
攻撃が防がれる。
見えない相手だろうとその技の冴えが淀む事は無く、彼の手は俺の攻撃を掴み取り鮮やかに投げ飛ばす。
――筈だったその瞬間、俺は領域の一部を解除した。
ニヤリと不適に笑っていた半月の顔が驚愕に染まった。

「マグロぉ!?」

「ぎゃああああああああ!!」

俺が攻撃に使ったのはザンだった。
バットのように振り回しノコを討ち取り、半月に向かって投げつけていた。
マグロは泣いていた。

驚いていても半月の腕が止まる事は無く、ザンの姿は明後日の方向に飛んでいく。
半月の意識が僅かに逸れた。
俺は地面に屈むと、街路樹の下に手を伸ばす。
そして握り締めたそれを半月に向かって投げつける。

こちらが動いた事に気付いたのか、半月こちらに顔を向けた。
だが攻撃方法は見えていない。領域は再び展開している。
防ごうと伸ばされた手は空を切り、手をすり抜けた後、顔面へと到達した。

ばふっ

「ぐわあーーーー! 目が、目がーーー!」

「半月!?」

砂による目潰しは見事に命中。
領域と併用して作った見えない目潰しは、流石の半月といえども回避出来なかった様だ。

「えげつない……」

いつの間にやらザンが近くに戻っていて、俺の攻撃手段にコメントを零す。
ムスカになってのた打ち回っている半月を尻目に、俺達は再び逃走を開始した。

まさに間一髪だった。
だがこれは所詮足止めだ。
向こうにノコがいる以上、少しばかり距離を取っても再び追い詰められるのは目に見えている。
音なら多少は誤魔化せる。
けど匂いは駄目だ。
どうにかして一度完全に見失わせない事には、このままジリ貧の状況が続いて最終的に詰んでしまう。
なんとか奴の鼻を誤魔化手段を考えないと……?



「――ふふふふ」



ゾクリと、背筋に冷たい物が走る。
いくつも角を曲がり姿が見えなくなっているが、悪寒を感じるこの方向は、間違い無く半月のいる位置だ。




「おい、半月」

「心配すんなってノコ。ちょこっとやり込められただけだ」

「むう……」

そこに、先程までの飄々とした半月の姿は無い。
楽しい相手を見つけたと言わんばかりに、その顔は凶暴に哂っている。

「おもしれぇ!! すぐおれ様が捕まえてやるぜぇ!!」

戦場に向けて駆け出す姿は、弟のそれと重なっていた。




「はっ、はっ、はっ」

見えない位置からもこのプレッシャー。
まださっき走っていた距離も進んでいないというのに、呼吸が辛くなってくる。
夕日の様に逃走に領域を使えない事が恨めしい。

「この殺気は泥人形を彷彿ほうふつとさせられます……」

「まったく、これだからチートは……!」

俺は全力で走っていたが、元々の運動性能が違い過ぎる。
徐々に徐々に距離が詰められているのが分かり、もう既に余裕は無い。

「あの、こちらに逃げても帰れないのでは?」

「寮に戻るのは無理だ。逃げ切れるとは思えないし、家の位置がバレてもヤバイ」

それ以上に、そこまで俺の体力が持ちそうも無かった。
どうせ今から完全に振り切るのは無理だ。
今出来るのは、相手が諦める程度に追跡が困難な状況を作ること。

俺は目的地を目指し一気に駆ける。
今日の散策が役に立った。
とは言えその散策が原因でこんな事になっているのだけど。
出来るだけ多くの角を曲がって追跡し辛くさせ、肺が苦しくなっても速度はけして緩めない。
急げ急げ急げ。
そのままどうにか追いつかれずに最後の角を曲がった所で、ザンの警告がはしった。

「織彦さん、来ます!」

「そこかああああ!」

滑り込むように曲がり角でブレーキをかけ、俺の位置を視界に捉える半月。
ここにいる事を確信している姿に、見えているのかと突っ込みたくなる。
もう後ろを確認する暇は無い。
背後の威圧感を無視してラストスパートをかけた。
見えていなくても迫る脅威を背中に感じる。
上体を前に。
踏み出す一瞬。
躊躇は無し。
跳躍。
俺は体を投げ出し、宙へ舞う。
スローモーションの様に漂う中、目だけ自分の居た位置に向けると、半月ががっしりと空を掴んだ所だった。

あ、ぶ、ねー……

川の真ん中で、盛大に水が跳ね上がった。




「成る程な。川に飛び込むことで匂いを消したか」

波打つ川面を見て、ルドは相手の行動を察する。
このまま相手が川に沿って進めば、正確な位置は分からなくなる。
わざわざ川を張ってまで探し続ける必要が在る相手でないし、今回は諦めた方が良いだろう。

「あーあ、逃げられちまった」

「気が抜けているぞ」

「わりーわりー」

半月に悪びれた様子は無い。
思わぬしっぺ返しを食らったようだが、本人は特に気にしていないようだ。
殺気を込めて追い回していたのも本気では無いのだろう。

「しかし、どうやらあれはカジキマグロの騎士か。
 おかしな能力を使う奴だ」

姿を消す能力。
補助系の能力を使う騎士は今までもいたが、ここまで徹底的に攻撃力を無視した能力というのも珍しい。
一体どんな人間が考えたのか。

「面白かったけどな」

「ふん。逃げるだけの能力など役にたたん」

「案外魔法使いを暗殺したり出来るかもよ?」

「こそこそしていて何をたくらんでるか分からん。梟の騎士の例もある」

騎士といえども千差万別。
誰もが半月の様に騎士に相応しい力と志しを持ち合わせている訳ではない。
騎士である事だけで信頼足り得ない事は過去に学んだ。

「機会があったら話せばいいさ」

結局は言葉を交わしてみなければ何も分からない。
逃げ回る騎士が今後も生き残っていたのなら、その時に問えばいい。
何を思って戦いに参加しているのか。
最強の騎士たる相棒から逃げおおせた相手の事を考えたまま、その場を去った。
きっと、ザンの相棒なら変わり者である事には違いない、と思いながら。




……。

「行きましたよ?」

ぶくぶくぶく

「ぷはっ」

ザンの言葉でようやく水中から顔を出し、潜めていた息を吐き出した。

「くっそー、死ぬかと思った」

(死んでもいいとか言ってた気が……)

「おいザン、言いたい事でもあるのか」

「いえ、特には」

物言いたげだったザンに睨みを利かせる。

「ふん、死んでもいいが、苦しい思いしながら死にたいとは思ってないんだよ」

バレテル!? と分かり易いリアクションを返すザン。
川辺まで泳いで行き、陸地に上がる。
全身が重い。
子供の頃と違って服が大きい分吸い込む水の量も増えているし、全力疾走を続けた事で体力も消耗している。
膝が笑いそうになるが、俺自身も笑ってしまいたい心境だ。

「いやー、やってる時は死にそうで考える暇なかったけど、この年で本気の鬼ごっことか結構楽しかったかもなー」

いやホント疲れたけど。
楽しいイベントではあったと思う。
精神的に疲弊するのはもう勘弁だけど。

「戦場に出れば嫌でも体感できますよ」

「嫌だから出ないって」

今日みたいに身の危険を感じながらの追いかけっこをもっと楽しみたいとか、何処のマゾですか。
まあ純粋に生き死にだけならそこまで精神的なハードさは無いとは思うが。
今回のは捕まったら戦場にかり出されるとかそういうピンチだったしな。
兎に角。

「しんどいのは勘弁って事で」

上着を脱ぐ。
絞ると大量の水が零れ出すのを見て、風邪引いたらどうしようかと思った。
濡れてる事自体は領域で隠せば問題ないんだけどね。
ポケットの中に手を突っ込んで、地図がおじゃんになっていた事に気付いて内心涙目である。
歩き出せば靴がぐちゃぐちゃで気持ち悪い。
憂鬱な気分のまま、そろそろ帰ろうかと思った矢先、携帯が鳴った。
そういえば携帯もポケットに入っていたんだっけと今更思い出す。
水没したというのに壊れていない事に気付いてほっとした。
買ったばかりで買い替えでは流石に懐が痛すぎる。
最近の携帯の防水機能の性能に感心しつつ、取り出して名前を確認すると、どうやら小石からのようだ。
通話ボタンを押し、耳に当てる。

「もしもし、天川ですけど、どーした?」

「あ、彦君?」

久しぶりに聞く耳慣れた声。
最後に会話をしたのが引っ越す前だから、もう一月以上経ってる事になる。
考えてみれば、これだけの期間小石と会っていないのは初めてかもしれない。

「あれ? もしかして外?」

車の騒音でも聞こえたんだろう。
日の暮れたこの時間帯に出歩いている事を不思議がられた。

「散歩してた」

「あはは、いつもふらふらしてたけど、今もおんなじなんだ」

中学の頃も放課後に適当に歩き回っていたので、その事を言ってるんだろう。
まあ今日のは目的在っての散策だけど。

「掛けなおした方がいいかな?」

「気にしなくていいよ。もう帰るだけだし」

服がびしょびしょのまま歩き回っていてはどう見ても不審者だ。
それに、また東雲さんに見つかったら今度こそアウトだろう。
掌握領域を展開しなおすと、帰り道を歩き始めた。

「それで、どうしたんだ、急に?」

「あ、そうそう。今こっちに夕兄が来てるんだけどね?
 夕兄が彦君と会ったって話を聞いたから、どうしてるかなーって思って」

それでつい電話したという事か。

「元気でやってる?」

「ああ。入学早々一週間休んだから体調は万全だ」

「何やってるの!?」

「まあ聞いてくれ。突然ペットを飼うことになったから色々入り用になったんだ」

「寮なのに良いの?」

「大丈夫だ。俺にしか見えないから」

「もっと現実を見ようよ……」

ああなんという事だ、まるで俺が頭の可哀想な人みたいに思われたじゃないか。
マグロというと夕日さんに気付かれかねないから誤魔化したのが仇になった。

「いやその、そう、スカイフィッシュだからさ」

「それって虫の残像じゃなかった?」

誰だよ、小石にどうでも良い雑学教えたの。

俺だよ。

「変な事言ってると、友達出来ないよ?」

「心配無い。初めからいないからな」

「作る努力をしようよ~」

心配性だなぁ、小石は。
良い子だけど、いらん苦労を背負い込みそうでお兄さんは心配だよ。

「なに、部活入る予定とかも無いし、そうそう困る事も無いって」

「彦君。私、彦君がどうしてその学校を選んだのか分からないよ……」

野次馬根性です。

事情を知らないと無目的にここに来たようにしか見えないよねやっぱり。

「前に言ってた、楽しそうな事、在った?」

「んー、これから、かな」

「そう?」

まだ泥人形とはすれ違っただけだ。早く観戦しやすい場所を見つけないと、と思う。
あんまりうろうろして、また今日みたいな目に遭っても困る。

「そっちはどうなんだ? 友達は増えたか?」

「うん。入ってすぐ、声かけてくれた子がいてね~」

その子の友達を紹介してもらったとか、部活で知り合った子がどういう子だったと説明する小石の声は弾んでいて、とても楽しそうな事が分かった。
新しい勉強が楽しい、最近祖父が笑ってくれるようになって嬉しい、と、新しい生活の素晴らしさを語ってくれる。
勉強と部活に加え、家事に祖父のお見舞いまであるというのに疲れた様子が無いのは、それだけ充実しているという事だろう。
ありきたりな毎日を楽しそうに過ごす小石と話していると、退屈退屈言っている自分の、なんと心の貧しい事か。
悟ったような事を言っていても、自分は彼女のようには到底なれないから、素直に感心してしまう。

荒んだ心に吹きすさぶ、春の夜風が身にしみた。

「ふえっくしゅ!」

「風邪?」

「いやぁ、川に飛び込んじまってさ」

「え~、また?」

「またとか言うな」

小石の中で俺はどれだけ川に飛び込むキャラクターになってるのか小一時間問い詰めたい。

「駄目だよ、体に気をつけないと。一人暮らしだと熱出しても看病してくれる人いないんだからね?」

「はーい」

「もう……」

何故だろう、いつもいつも小石には呆れられている気がする。
日頃から影薄く何事も無く過ごしている筈なんだけどなぁ。

『小石ー、お風呂空いたぞー』

「わかったー!
 それじゃ、もう切るね」

「そうか。そっちも体に気をつけろよ」

「うん、川に飛び込まないようにする」

「言ってろ。じゃあな」

「またね、彦君」

電話が切れた頃には、もう家の前だった。



[17608] 第5話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f
Date: 2011/08/01 03:38
巨体が転がる。
泥人形は自身の半分も無い相手に翻弄され、拳は一向に当たらない。
泳ぐ体を襲う一撃。
一本の槍が体のど真ん中を突き抜け、破砕音と共に体が抉れた。
しかしそれも致命傷には至らない。
その程度の攻撃など脅威足らんとするように、傷を意に返す事無く再び豪腕は伸ばされる。
やはり空振り。
そして今度は頭部に攻撃が当たる。
反撃、外れる、食らう。攻撃、当たらない、貰う。
殴る殴る殴る殴る殴る外れ外れ外れ外れ外れ削れる削れる削れる削れる削れる……
折れる。
体が上下に分断された泥人形は力尽きたように動く事を止めた。
そのまま塵一つ残さず姿は消え失せ、化け物のいた痕跡は影も形も無くなった。

終わってみればあまりに一方的。
トカゲの騎士が手も足も出なかった相手に対して、犬の騎士はなんら苦も無く屠り去ったのだった。

「か……」

「か?」

「かっっっけ~~~~~!」

「はぁ……」

今も眼下では騎士同士の睨み合いが行なわれているというのに、空気をまるで読まずに発言する相棒の様子に、ザンは静かに溜め息を漏らした。

民家の屋根の上。
戦闘の様子を一部始終眺めていた自分達。
巻き込まれる心配も無い場所から安穏と見つめるだけで、実際に戦場に立つ彼らとは、そこに纏う緊張感には天と地ほど差があった。

「やっぱりいいよなぁ方天戟。
 威力は高いし燃費も良いし、操作性も高くて速度も在るときた。
 騎士の必殺技といえばやっぱりこれだよ」

普段に比べて数倍テンションが高いのは、どうやら犬の騎士の掌握領域をじかに見れたかららしい。
そういえば掌握領域の練習をしていた時も、あの技が失敗した時は凹んでいたように思う。

「やけにあの技にこだわりますね」

「そりゃあね。邪道っていうのも味があって格好良いけど、それって結局王道で行く力が無いってだけだからさ。
 王道の必殺技っていうのは、男の子のロマンなんだよ」

はぁ、と生返事。
よく分からないが、彼には彼なりにこだわりが存在するらしい。
織彦さんは、物事はなるようになる、だからどうなっても構わない、と公言するような人だから、そういった物とは無縁だと思っていたのだけれど、そう単純な物でも無いようだった。
その思想も、ただ受動的であるのではなく、彼なりに優先順位を決めた上で、今のような結論に至ったという事だろうか?
彼と過ごして既に一月経ったが、未だに彼がどういう人間なのか掴みきれない。
基本的にやる気が無い人物という評価で良い筈だが、今回のように妙なこだわりを見せる時も在る。
それが彼の特殊な素性故の物なのか、単に性格的な物なのかは分からない。
彼にとって優先すべき物とはいったい何か。

知りたいと思う。
それが私に受け入れられない物であったとしても、無理解のままではいたくない。
自分は、彼の相棒なのだから。

4つ目の泥人形が倒された頃、私達はまだ暢気な会話を繰り返していた。





第5話 傍観





「えーと、たしか7つ目、ヘカトン……バイソン? だかなんだかが最初に出てきた時が……別々……アニムスが……」

戦闘から数日後。
屋上探索も終わり、この日は珍しく真っ直ぐ帰って来たので、俺は漫画の内容をザンに語って聞かせていた。
掌握領域の練習だとか町の散策なんかで忙しかった事も在り、なんだかんだ後回しとなっていた説明も、ようやくといった所。
とは言え、説明出来るのはあくまで大まかな部分だけだ。
騎士や泥人形にはどんな者がいるとか、どんな出来事が在ったかを話すにしろ、流石に一話一話を細かく把握している訳じゃないし、俺自身が既に忘れてしまっている内容も在ると思う。
合間合間で挟まれる質問に答えつつ、俺の知る惑星のさみだれという物語を一通り講義し終えた頃には、ザンの眉根はすっかり顰められていた。

「プリンセス自身が、惑星の破壊を……」

まあそれも当然だろう。
地球ほしを守る為に戦っているというのに、自分達のトップが全く逆の事を目論んでいると聞かされてしまえば穏やかではいられまい。
しかも目下の所、魔法使いを阻止出来るのがさみだれプリンセスだけなのだから手に負えない。
これでは騎士側にとってアニムスが二人いるのと変わらず、最終的にはボス戦を2連続で切り抜けなければならないのだ。
全力を賭して戦った後に、それ以上の敵が待ち構えているという絶望感は計り知れない。
ボス戦突入前はセーブと相場が決まっているのに、コンテニュー無しとか鬼過ぎる。

「あの、織彦さんが地球防衛に悲観的なのはこの辺りも関係が……?」

「あー……割合的に0じゃ無いけど、根本的には関係無いかな」

もっと攻略が簡単な世界で在ったなら、確かに、もう少しくらい積極的に正義の味方の真似事に取り組んでいたかもしれない。
ここは、負けの要素が8割方揃った世界だ。残りの1割は騎士達の完全勝利の可能性、1割はご都合主義。
ご都合主義とは意外と侮れないが、そんな物で解決する問題なら俺が何か必死になる理由なんて無いだろう、というのが正直な気持ち。
きっと絆とか愛とか熱血とかで誰かが何とかしてくれる。
劇的に平和を掴む勝者達。
悲劇的に滅びを迎える敗者達。
そして、そんなこそばゆいやり取りを外から眺めてニヤニヤしたいのだ、俺は。

話す間も、真剣な面持ちのザン。
俺はそれをやる気の無い表情で見返す。
地球の未来を憂うカジキマグロと、地球の破滅に取り合わない人間。
まったくもって、噛み合わない心境。
個人の資質によって騎士が決まるというなら、自分には何の資質でカジキマグロと引き合わされたのか、気になる所だ。

「それでは、近日中に起こる出来事としては、5つ目の泥人形の出現と……犬の騎士の脱落ですか」

「そうなるな」

もう直ぐ、人が死ぬ。
気分は、サスペンス映画で登場人物が死亡フラグを立てた直後を見ているのに近い。
ハラハラするし、死なないでと祈りもするが、所詮全ては他人事。
危機感なんて湧いてこない。

「やっぱり……助けませんか?」

俺がどう答えるかなんて分かっているだろうに、それでもザンは俺にそう尋ねた。

「今あなたが動けば、犬の騎士が命を落とさずに済むかもしれないのでしょう?」

「そうだな」

非力な俺だが、介入の余地は在る。
直接戦場に赴いて、掌握領域で敵の意識を攪乱するとか、今回は夕日を参加させないようにするだけでも、死亡率は格段に下がるだろう。

「でしたら!」

「でも、そのかわりに世界は滅ぶかもよ?」

「う……」

半月の死は、夕日とさみだれの心に大きな影を落とすと同時に、彼らの成長を促すきっかけでもある。
例えば彼が死ななかったとしたら、その未来はどうなるだろうか。
挫折を味わう事無く歩む彼らは、漫画の中の描写ほど大人にはなりきれない。
技を受け継がない夕日は、どれだけさみだれを支えられるのだろう?
心が育ちきらないさみだれに、ハンマーを壊すだけの力は在るのか。
もしも彼らの決意が足りないまま戦いを続ければ、訪れる破綻は想像に難くない。
……なるほど、確かに俺の選択で未来は変わるな。

「勝てる事が分かっている原作みちすじを外れて、未来全てを危険に曝す事を選ぶべきだとでも?」

意地悪く、問いを重ねる。
ザンにだって分かっている筈だ。
少数の犠牲に目を瞑って地球全てを救えるなら、そうするべきだという事は。
いったい何度戦う度に敗れてきたのか分からないが、敗れ去った戦士達の無念と取り戻すべき未来を思うなら、重要なのは、より確実な勝利。

瞑目するカジキマグロ。
この高潔な魚は、現実と理想の間で悩み惑っている。
完璧な答えは見つから無い。
妥協の先にだって救われる物は在る。
けれど、たとえ理屈の上でそうだったとしても、こんな時にザンはどう言うのかなんて、『惑星のさみだれ』を知ってる俺には予想がついて。
彼が何か言い出す前に、俺は言葉を重ねた。

「まあ、全部仮定の話だけどね」

「はい?」

「そもそも俺は、手を出す気無いからさ」

こんな悲観的にならなくとも、半月という強力な騎士の参入によって、戦いは楽になるかもしれないし、暗鬱たる状況に出会わなければ、さみだれの力ものびのびと成長するかもしれないのだから、助けに行く選択だって在りだろう。
幻獣化した半月でもいれば、それこそ単独でアニムスを倒すくらいやってのけるかもしれない。
でも、それも全て俺が行動を起こしたらの話だ。
ザンの真っ直ぐさには好感を持つが、だからって、その言葉で俺の考えは変わる訳じゃない。
だから彼が今何を決断したって、それが事態が左右する事は無いのだから、そんなに心を痛めなくても良いと思う。
選択肢の表示されないシナリオは一方通行。行動の責任なんて物は生まれない。

それでもザンは落ち込む。
目の前で人を見捨てなければいけないという現実に。
どんよりした空気を纏ってうなだれている姿は、魚類にも関わらず実に人間味溢れていた。

「それから。なにか誤解していると思うけど……」

落ち込むザンに一言言っておく。

「誤解、ですか?」

「俺はなにも、世界が滅んだ方が良いなんて思ってる訳じゃないんだ。
 むしろ、救われた方がいいと思ってるくらいさ」

「え?」

驚いたように目を見開く。
その反応に、ああやっぱりと思いつつ、俺の考えを話す。

「だって長生き出来たら、その分楽しい事に出会える可能性が増えるって事だろ。
 何もしなければそれで世界が救われるなら、その方が良いと思ってるんだよ、これでも」

物語として悲劇には悲劇の面白さが在る。だからそれを否定しようとは思わない。
しかし、バッドエンドよりはハッピーエンドの方が好ましい。
幸せが無ければ不幸は無く、その逆もまたしかり。
結局の所、続けば『飽きる』。
ただ、どんな作品だろうと、批判する事と脚本を書き換える事は違う。
俺は所詮観客。精々がエキストラ。
居ても居なくても、話の流れは変わらない。

「だから、俺は何もしないよ」

俺の言葉に、なんと言えば良いのか分からないという表情で、ザンは黙った。




泥人形の出現を察知して、俺達はあらかじめ目処を付けていたビルに向かった。
姿を消して忍び込み、そそくさと階段を上っていく。
屋上に辿り着くと、掌握領域で鍵を開け、外に出る。

こんな時間に屋上に用のある人間はいないのか、人の姿は見当たらない。
歩いて屋上の縁へと近付き、山の方角へと向き合う。
流石に遠くから目視しただけでは、山中から人を探し出すのは難しい。
俺は広範囲に展開していた掌握領域を一点に集中させると、そこから覗き込むようにして山を見た。
すると、樹の一本一本どころか地面に落ちてる石の数を数えられるだけの、精細な景色が視界に広がる。

「いた……」

飛び跳ねるさみだれの姿を、視界の端に捕えた。速度が速過ぎて、気を抜けばすぐに見失いそうだ。
彼女が飛び込んだ先には、四肢が全て腕という奇妙な形をした泥人形が居るが、ダッシュの勢いを乗せたさみだれのキックによって、軽々と吹き飛ばされていた。
しかし破壊には至っていない。
泥人形はヒットの瞬間に後ろに飛ぶことで衝撃を逃がしていた。
体勢を立て直すつもりなのか、泥人形は逃げ出し、さみだれはそれを見送る。

「ザン、あの辺りに3人ともいるぞ」

場所さえ特定出来れば、領域無しでも見えるだろうから、既に3人が集まっている位置を指で指し示す。

「はい、見えました」

会話こそ聞こえないが、俺の目には話し合う様子が見えている。
夕日が何か言うとさみだれは頷き、再び単独で行動を開始。男二人は一緒に移動を始めた。

「捜索のために、別行動を開始したようですね」

「それと、朝比奈さんが自由に動けるようにだろうな」

ぶっちゃけ、夕日は戦力外どころか足手纏いだ。
機動力こそ在るが、それには溜めが必要で、咄嗟の動きは鈍い。
ただでさえ普通じゃない動きの泥人形が相手なのだから、それは致命的であり、格好の的となる。

落ち着いている半月とは対照的に、夕日の表情は緊張に固まっている。
半月と夕日は泥人形の動きに目を凝らす。
片や相手を狙う為、片や相手を避ける為に。
高速度の敵を注視し過ぎて足元が疎かになったのか、夕日の足が地面の出っ張りに躓いた。

バランスを崩す体。
その隙を泥人形は見逃さない。
真っ直ぐ夕日に跳びかかる。
半月も跳びかかる。
夕日は突き飛ばされる。
半月は殴りかかられる。
方天戟が突き抜ける。

泥人形の腕が砕け、けれど吹き飛んだのは半月の体だった。
人はああも跳べる物なのか、バウンドしながら宙を舞う。
傾斜を転がり、糸が切れた人形の様に地面に投げ出された。

停止。

横たわった体は僅かに上下している。
まさに虫の息。
地面には血溜まりが広がっていく。

オオオオオオオオオオォォォォォン――……

「あ……」

遠吠えが響いた。

ルドの声は、ここまで届き、やがて犬の姿は視界から消えた。
横たわる体は動かない。
死んだのだ。

胃が収縮する。
眼前の光景は酷くグロテスクで、生理的な嫌悪感は吐き気を催した。

「ほら、ザン」

でも、それだけだ。
他人が死んだからって、何か特別な感情が生じる事は無い。
一瞬戻しかけた物を押し込めて歯を噛み締める。
呼吸を深くして気持ちの悪さをごまかしてから、ザンへの言葉を続けた。

「見なよ。あんなに強い人だって、こんなにあっさり死んでしまった。
 物語で起こる奇跡なんて物は、いつだって綱渡りみたいな出来事なんだ。
 綱の上で誰かの手を取ろうとしたって、あっという間に真っ逆さまに落ちるだけだと思うよ」

落ちる誰かの手を掴めば、大きく揺れた綱はきっと綱上の全員を振り落とす。
助かりたいのなら、見捨てて真っ直ぐ渡り切るべきなのだ。

「それでも」

だけど、彼は言う。

「それでも、私は手の届く距離にいるなら、手を伸ばしたい。
 助ける為に足掻きたいと、思います……」

諦めないという事が、どれ程大変な事なのか。
諦めてばかりの俺には想像しか出来ないけれど、だからこそザンの言葉は尊敬に値して、いつものように「マグロに手は無いだろ」なんて茶化す気にはなれなくて。

「そうか……」

そう呟くにとどまった。

さみだれが飛び上がり、幕引きの一撃が振り下ろされる。
まるで誰かが泣き崩れる様に、山の斜面は崩れ落ちた。

悲劇の証拠は土へと還り。
戦いは終わった。



[17608] 第6話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:37afdf3f
Date: 2011/08/01 03:47
梅雨。
雨は止みそうに無かった。

空を仰げば雲は無限に伸びていて、日の光が差さない地上は、ジメジメとした空気が肌に纏わり付いて煩わしい。
締め切られた窓が結露を生じて、湿った風は部屋の中まで入り込んだ。
カビ臭さと草の匂い。
部屋の空気は、湿度と一緒に重さを増した。
天候と、沈黙によって。

静まり返った室内。
俺は黙って机に向かっていた。
その背後には、無言で漂うザンの姿。
いつもは滑稽な筈の光景も、今は何故か張り詰めている様だった。
もしも誰かが部屋を覗けば、さぞかし険悪に映るだろう。
しかしそれは誤解だ。
俺は別に、何かを怒っているのでも、機嫌が悪い訳でも無い。
単に、用事が無かった。
会話を避けているらしい、ザンとは違って。

最後に言葉を交わしたのは、ビルの屋上。
あの時ザンが何を思っていたのか、それは今も知らない。

果たしてザンは黙り込み、そのまま現在へと至る。
どうしてこうなったのかと疑問には思う。
勿論、原因は俺だろうけど。
それが俺の発言と、俺の行動の、どちらが切っ掛けなのかは不明だ。
分かった所で意味は無い。俺に動く気は無いのだから。
ただ、距離を置くのも無視をするのも、相手が感心を持たない事には、総じて無意味な結末を辿る物。
このままザンが動かぬ限り、この状態に変化は無い。
一体何の意味が在って、こんな事をしているのやら。
現状維持など、焦れるとすればザンだけだろうに。

まあそんな、彼の奇行は放っておこう。
悲観的になった挙句、投げやりな行動に移る程、このカジキマグロ、甘くは無いのだ。
丁寧な物腰は、決して冷めた性格を意味しない。
何せ、500年を生きる全知の男に、生きる事を説く猛者なのだから。
さみだれや夕日といった、獅子身中の虫がいると知っても、時間を無為に過ごすよりは説得方法の一つでも探すだろう。
思惑は知らないけれど、無意味に思えるこの沈黙にも、理由が在るのだ、きっと。

残念ながら、俺はそんな奇妙な行動を取られた所で、その思惑を事細かに分析してあげたりなんて、しないし出来ない訳なので、目の前にある宿題を、ただ黙々と消化するしかないのであった。
ああ、実に、面倒だ。
面倒だったが、こういう物は後回しにする方が、よっぽど面倒なのである。
使われない脳みそなんて退化する一方で、一度ひとたびサボろう物なら、それによるダメージはまことに甚大。
そんな厄介な事態より、少しずつでも机に向かっておく方が、長い目で見て楽だという事は、言うまでもありません。
2度も生きれば学習します。……2度生きずとも学習するのが正しいね。
兎にも角にも、退屈な事なんて、さっさとやってさっさと済ませるに限るというもので。


つまりこんなモノローグしてる暇があったらさっさとやれという話ですよねわかります。





第6話 齟齬と修正





一日の終わり。
部屋の明かりを落とし、ベッドに横になる。

「……」

「……」

こうして今日も、ザンと口をきくことは無かった。

もしかしたら、こんな状況もまた、『当たり前』となっていくのかもしれない。
カラスの騎士の三日月とムーの様に、最初からお互いが、そんなあり方だったなら、特に思う事は無いのだけど。
正直に言えば、これまでザンと交わしてきた会話のやり取りは、久しぶりに楽しい時間だったと思っている。
それがこのまま失われるとなると、それは少し、寂しく思う。

では、もしもこうなる事が分かっていたら、その時俺はどうしただろう。
……きっと、何も変わらなかった気がする。
自分の考えを変えるつもりは無く、相手の機嫌を取るために取り繕う事もせず、またバカ正直に戦いに参加しない事を告げて、同じ場面で同じ状態になるのだ。
つまりこれは、自業自得。
当たり前の行動結果をいつもの様にそのまま受け入れ、いつもの様に『退屈だな』と思うだけなんだろう、と。

そんな予感がしたけれど。
あくまで予感でしかなかったらしい。

「あの……」

意外な事に、ザンが話しかけてきた。

「何?」

「次の戦いは、見に行かないのですか?」

「ああ……」

次に待つのは、6つ目の泥人形。雪待と昴、そして師匠が闘う相手だ。
本来のカジキマグロの騎士だった筈の、秋谷稲近が、この戦いで命を落とす。
そんな事を聞いたのだから、ザンが気にするのも当然か。
だというのに、俺が一向に彼等を探しに行く様子を見せない物だから、聞かずにはいられなかったのかもしれない。
とはいったものの……

「場所、知らないんだ」

近場であるなら、俺だって師匠の戦いを見たいと思う。
しかし、夕日達は6つ目の出現に気付か無かった事を考えると、次の戦う場所というのは、ここから離れた場所なんだろう。
夕日が実家で襲われたという例も在る。
更に残念な事に、漫画では雪待と昴が何処に住んでいるのかを説明するような描写は無いのだ。

そんな雪待と昴の二人に何度も会っていた三日月なら、あるいは活動範囲が近いのだろうが……そちらも居場所は分からない。
夕日の大学に行って、三日月を尾行し、彼の生活圏から推測して、とやろうにも、彼が普通に家に帰るかといえば、それも怪しく。
まして半月の弟ともなれば、また地獄の鬼ごっこが始まるとも限らない。
次の泥人形出現までそれほど時間も無いだろうから、それならこのまま次の戦いは見送ろう、と思っていた。

「織彦さんは、秋谷さんが騎士では無くなっている影響は、気にならないんですか?」

「大丈夫だって。あの人は凄いから、騎士じゃなくても何とかしちゃうよ」

彼の凄さを知っている俺だからこそ、そう思う。
例えば、彼の戦いの描写は一度だけだったが、その始まりから終わりまで、よく覚えている。
二人を連れて泥人形の元へ颯爽と向かい。
鈍重そうな相手と見て距離を離す。
しかし遠距離攻撃に意表を付かれ、師匠が二人を庇った。
防御を突き破られ全身串刺しにされるが、彼の体は崩れない。
落ち着いて昴と雪待に語りかけ、その背中を押した。
二人は戦場に駆け出す。
その間、師匠はザンと口論している。
彼は言った。こうして死を教えるのだと。
それに対してザンは――

「あれ?」

ザンが言うのだ。
そこで納得するなと。
死では無く、生き様を教えるべきだと。
その言葉を聞いて、師匠は、動いた。
そう。
聞いたから、動いたのだ。

「やっば……」

思い至った事が、思わず口をついた。

「え?」

そしてこんなタイミングでそんな声を漏らせば、聞きとがめる魚類がいるのも当然だ。

「……やばい、とは?」

僅かに躊躇うようなそぶりを見せた後、その内容を問われた。
俺の様子から、何か不穏な物を感じ取ったのかもしれない。
というより、今後についての話をしている最中、心配無いと告げた直後に「やばい」なんて言われれば、誰だって不安になろうという物。

しくじった、と思った。

きっとまたもや、ザンと平行線の話を繰り返す予感がして。
自分にとっての失敗なんぞ、そんな物である。

「いや……影響、あるかも知れないなぁ、と」

「……どのような?」

「ザンのセリフが抜ける、から」

「はい……」

「……最悪、騎士が3人とも死ぬ、かも」

「……」

確定じゃあないからな?
あくまで可能性の話だからさ、師匠が信頼する通りの結果を、二人とも出すかも知れないし。
ただまあ、あくまで戦うのは中学生の女の子達な訳で、なんらかの切っ掛けが無いと踏ん切りが付かないかも知れないとか、『生き様』を見ておかないと今後の戦いに影響が出るかも知れないなー……
とか思うんだけど。

「……」

と、続ける必要は無かったらしい。予感の良く外れる日である。
いつもなら慌てふためきながら、何とかしてこちらの感情に訴えかけようとする所だったのだけど。
ザンの様子にいぶかしんでいると、不意にザンが、俺に向けて頭を下げた。

「お願いします」

続けて出た言葉ははっきりとしていた。
シンプルな言葉はシンプル故に、一番想いが込もりやすい。
感情にまかせた言葉では無いのに、より一層感情が乗っている様な、そんな気がした。

「力を貸してください。 今回だけでもいいんです」

それは、今までの様に必要性を並べ立てるようなやり方では無く、自分の要求を一方的に突きつけるという行動だった。
対等とも、へりくだっているとも取れる行動は『従者』らしからぬ物だが、そもそも互いに何の契約も交わしていない自分達には関係の無い事だ。
どんな振る舞いだろうと、どうせ自分の答えは決まっているのだし。

「何度も言ってるけどさ、俺は自主的になにかに干渉する気は無いよ」

いつも通りの答え。しかしそれに対しての反応が、今日は違った。

「では、何もしなくて構いません」

「え、ああ、うん?」

あまりにもあっさりとした返事に首を傾げる。
力を貸して欲しいと言って、けれど要求を取り下げるのは何故だろうか?

「織彦さんは、干渉しないとは言っても、観戦したいとは思っているんでしたね」

「ああ」

「それなら、見に行きましょう」

「……何?」

それはつまり。

「あなたはいつものように、観戦しに行ってください。
 場所を探すのは、掌握領域の練習と同じです。
 眺めるのに必要な、最低限の労力という奴です」

俺が戦場に近付けばザンも近付く事が出来る。
彼らの状況が悪いのは、ザンがいないから。
それなら、俺が何かをしなくても、ザンが対応出来る状況にしたら良いと、そういう事か。
そしてその為に、俺が自主的に行動する理由もつける。

「さらに言えば、鶏の騎士と亀の騎士は兎も角、秋谷さんは我々の事をご存知です。
 両者が離れていた場合は、『負担を減らす』為に私の分の掌握領域を解除して頂いても問題ありません」

言い回しこそこちらのメリットのようだが、内容は『向こうに行ったら自由に動く許可をくれ』と言ってるだけだ。
まあしかし、その要求自体は俺が困るものでは無く、見に行きたいという俺自身の欲求に沿うものである。
今まで黙って考え込んでいたのは、コレか。
自分の要望を『ついでに』通す為の方法。

溜め息。

「見つからなくても文句言うなよ」

「っ!? はいっ!」

ベッドから体を起こす。
こんな時間から探し物を始めたら明日の学校に支障をきたすかもしれないが、時間の余裕がある訳でも無い。
今は夜だ。
6つ目が出る時間では無い筈だから、今すぐ外に出なくても大丈夫だろう。
けれど明日以降は、いつ現れるか分からない。
もしかしたら既に倒されているかも知れないが、そんな事は後で考えればいい。
7つ目が現れるまで確認出来る事じゃないんだし。

さっき考えた三日月を尾行する案は、リスクが多い割りに成功率が低い。学校に居ない事も考えられる。
もっと早く情報を得て、場所を絞り込める方法を考えなきゃならない。

幸い、ネット環境の整ったパソコンが在る。
椅子に腰掛けパソコンを起動し、新しく買った地図帳を机の上に開く。
町の全体図、近隣の山、隣接する県など眺めて、中学校を見繕う。
昴と雪待は、今後も騎士団の集まりに参加していくのだから、この辺りじゃないにしても、来るのに支障が無い程度の距離に住んでる筈だ。
それに二人は中学生。学校の通える範囲を考慮する。

学区の情報、小学校の位置、公園、そういった情報を探して画面とにらみ合い、地図にチェックを入れていく。
数が多い。
自分の住んでる場所から円状に調べていけば、それと同じ円がチェック場所の数だけ増えていくため、この中から当てを探すのは骨が折れる。
延々と増えていくメモ書きに嫌気が差しながらも、他に何を調べれば良いか考えていた。

住んでいる場所が分からないのは彼女達に限った事では無い。
学校名が出ていたさみだれ以外は、どれも探すのが難しい。
学生は兎も角、社会人であれば手がかりが極端に減る訳だし、同じ学生でも制服の無い大学生や小学生になると……そうか、制服だ。
俺は地域の名前と、制服というキーワードで検索をかけた。

画面に検索結果が表示される。
学校の名前や住所の他に、服屋の情報が追加されていた。
そんな情報はいらん。別に制服の発注がしたい訳じゃない。
しかし学校の写真も大半が外観を映した物ばかりで、生徒が写っている物は少ない。
遠距離からの撮影ならその分画質も荒く、服の細かい形までは見えなかった。
リンク先を片っ端から開き、やりすぎて時々止まるブラウザに苛立ちがつのる。
固まったら強制終了、それも効かなければパソコンの再起動……と、余計な時間を消費しながらも中学の制服を探した。

こんな深夜に、必死になって女子中学生の制服の画像を探し、食い入るようにディスプレイを覗き込む姿は、多分にアレだった。




「二人で戦うんだ。……できるな?」

舌を血に浸しながら、不適に笑って言葉を吐いた。
無茶は承知。しかし無理ではない。

「そっ……そんなのムリだよ……」

「わっ……わかった!!」

雪待が力強く答え、躊躇う昴の手を引いて戦場に向かった。
みるみる距離を離し、鈍重に動く泥人形を誘導していく。
傾斜と木の影を利用して、攻撃を警戒して奥へと消える。
二人が手を繋ぎ、困難に対しても前へ踏み出した。
その後ろ姿を眺めて、子供達の成長に笑みがこぼれる。
気が抜けたのか体がふらつく。立っているのも億劫だ。
木に寄りかかり目蓋を閉じるが、目には二人の姿が焼きついていた。

二人の無事な姿は予知でた。
だが、たとえそんな物が無くとも、私は彼らを信じて送りだせただろう。
優しい子達。
大切な物の為に戦う勇気を持っている。
互いが互いを支え合いながら何処までも進んで行けば、多くの物を乗り越えたその先で、笑顔の未来を掴み取る筈だ。

彼らには無限の可能性がある。
私達大人はそんな子供の為に、時に叱り、時に手を貸し、守り導いてあげるのが仕事だ。
叶うなら、そんなあの子達の成長をいつまでも見守りたいと思った。
彼らの戦いの運命が避けられぬのなら、その全てから守ってやりたいとさえ思う。
しかし人の命は有限だ。
私の命は今日ここでついえ、ならばその身を賭して彼らに教えてやらねばならない。
彼らが生きる為に。
人の命は永遠では無いからこそ、その一瞬一瞬は何物にも代え難い価値が存在するのだから。

長きを過ごし、ただそれだけだった私の人生。
多くの人に出会った。多くを人から学んだ。

知識だけでは得られない物が在る。
私が弟子達から受け取ったのはそういうモノだ。
それをわずかでも、あの子達に教えることは出来ただろうか。

「ごほっ……」

鉄の味が広がる。
こぼれ落ちた血の跡も、黒い土に染み込めば見分けはつかない。
人と外れた私の身体が大地へ還らずとも、今の一滴は養分となる。
それがいつか命を芽吹かすならば、なんとさいわいなことだろう。
むくろ惑星ほしへ、死は二人の糧となり、想いは彼らと共に未来へ行くのだ。
ならば、死という未知など笑って受け入れられよう。

「ふ……っ、思い返せば、十分に恵まれた人生じゃないか」

ふらつきながらも、歩を進める。
死への旅路。
引き摺るように向かう先は、彼らの戦場。
子供達の戦いの行く末を見届ける為の、そんな僅かな道のりを行く。

「500年、長かった私の人生もこれで終わりか……」


「違います!!」


答えなど返る筈の無い、自分の小さな呟きを遮る様に、誰かの声が響いた。
予想外、予想外だ。
未来を知る自分に知りえない状況が訪れた事に私は驚き振り返った先で見たも

「うわああああ!? ツノ付いとるーーーーー!!」




「はあっ、はぁ、くそっ、最近走る事多いぞ!」

こんな歩き辛い山道を全力疾走とかやってられん。
気が付けば太陽は天高く上り、大慌てで家を出て来たが、目的地に近付いた時には泥人形の出現を察知。
それで休む間もなく山登りでは、肺が痛くて仕様が無い。
俺は膝に手を付いて息を整えていた。
ザンは真っ直ぐ師匠のもとへ泳いでいく。
そして眼下には雪待と昴と泥人形。
どうやら間に合ったようだ。

ジグザグに走り回る二人と、ゆっくり一歩ずつ進行する6つ目の泥人形。
戦力的には不足無しだが、あの二人はまだ命のやり取りするほど腹が据わっていない。
距離を取ること自体は間違っていないが、攻撃に転じる思い切りの良さが無いと、恐らく押しつぶされる。

ザン達を見ればまだぎゃあぎゃあやってるみたいだ。
おいおい大丈夫かこの非常時に。

「うわっ!?」

「昴!!」

小さな悲鳴に慌てて目を向ける。
昴が転んでいた。
手が離れたらしく雪待は転んでいなかったが、二人に距離が出来たまま、足が止まっている。
姿勢は兎も角、距離は致命的だ。それでは手が届かない。
たとえ無敵の防御があっても使えなければ意味は無い。
致命的な隙を晒した二人は、哀れ串刺しとなり死んでいくのだ。
なんという悲劇。そのままきっと世界も終る。
ハンカチの手放せない物語の出来上がりだ。

だが、それはそれとして。

「ここまで来て全部おじゃんとか冗談じゃないぞ!!」

ここであっさり死なれては、俺の今日の苦労はどうなると言うのか。
そんな俺だけの都合で、手を構えた。
ああもう、いつまでも手間取ってる、ザンめ!
後でしめる魚的な意味で!!

「掌握領域!! 蜃楼海市ミラージュっっ!!」

泥人形のいる空間が突然回り始めた。
竜巻に巻き込まれるように、泥人形が景色ごと回転を始め、その中で振り回され目標を見失ったらしい泥人形は、首を捻って滅茶苦茶に攻撃を吐き出した。
飛び出した棘は回転する空間から抜ける所で、突然ワープしたかのように明後日の方向から生え出て、そのまま周囲の木や岩を薙ぎ倒していく。
だがその先に子供達二人の姿は無かった。
二人の位置は先程までと全く変わりない。
変わった点といえば、今まさに死にかけた状況で昴が腰を抜かしていた事と、雪待が唖然としたまま棒立ちになっているくらいだ。
そして泥人形の攻撃が止まったタイミングで、師匠は現れた。
やっとか。
安堵し、回転を止め、はっきりと見える師匠の姿を見つめる。

「受けよ、我が500年――天沼矛アマノヌボコ

光の柱が天から落ち、轟音と閃光を撒き散らした。




雪待達が医者を呼びに行ったのを見届けてから、自分を覆う領域を解いた。
一本の木に背をもたれ、満身創痍の師匠は俺の顔を見ると、弱弱しく微笑んだ。
彼の命が尽きるまでの僅かな時間。
目の前に立って、今更ながら、何を話したものかと悩んだ。
誰かの死に目なんて、遠くから眺めるだけだろうと思っていたから、こういう時はどうするべきなのか分からなかった。
どうしたものかと途方に暮れている内に、結局、師匠が先に口を開いたのだった。

「久しぶりだね、織彦くん。もう一度会うとは思わなかったから驚いた」

「俺も、来るつもりは無かったんですが……」

こいつが、というようにザンに視線をやる。
いつの間に拾ったのやら、角の先端には帽子を引っ掛けてあった。
帽子は師匠のそばにそっと置かれる。

「何か、新しい選択肢は見つかったかな?」

「いいえ、相変わらずです。今回は、本当に偶々ですよ」

「そうか。だが、感謝しよう。あの子達を助けてくれて、ありがとう」

「あー、えぇ……」

そのつもりの無い事に感謝を述べられるのは釈然とせず、かといって気持ちを突っ返すような真似もどうかと悩み、妙なうめき声になってしまった。
そんな俺を見て師匠は笑う。

「ザンくんも、ありがとう。君のおかげで間違わずに済んだ」

「こちらこそ、貴方のおかげで立ち上がれました」

騎士と従者で無くとも、二人は互いに助け合っていた。
この二人が共にいる光景を見ることが出来たのは、なんとも幸運なことに思える。
自分という異物が在っても、同じように出来事が進むなら、この先も物語の軸を外れることは無いのかもしれない。
そんな楽観視がフラグを呼び寄せるんだよなと思うのは、漫画やゲームの見過ぎだろうか。

「ザンくん……織彦くん……見えるか……?」

昴と雪待が走っていった方向を師匠が見据える。
はたしてその瞳は光を映しているのだろうか。

「ほら……子供達が先に……行く……私より未来に……走って……行く……よ」

まだ動く片腕で、トレードマークの帽子を頭に乗せる。
正面に立つ俺の位置では、師匠の顔は覗けない。
けれど、きっと表情は笑顔だろう。
だって声が安らかだ。

「なんて……頼も……しい、せ……な…………」

言葉が止まり、手は帽子から離れ、そのまま地面に落ちる。
彼の人生は、ゆるやかに、眠るように終わりを告げた。
間近で見る事となった死体は、胸がむかつくような不快さは無く、いっそ神々しさすら感じられた。
穏やかな死に様。
500年生きれば自分もこんな風に死ねるのだろうか。
それとも彼は既に次の人生が始まっていて、だから、残った体は穏やかなのか。
死んだ自分の元の体が穏やかな顔をしてるとは思えないけど。
しばし黙祷。
そうした事に意味は無い。
ただ、なんとなく。

「帰ろうか、ザン」

「はい」

少しだけ、感傷に浸った。
そして結局、いつもの様に、変わらない毎日が続いていく。
ただ、胸に感じた喪失感が意外と大きくて、驚いていた。




想いは次の世代へ受け継がれていく。
見守るだけの少年よ。
どうかあの子達を見守ってあげてくれ。



[17608] 第7話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:34677d88
Date: 2011/08/01 04:18
「掌握」

「領域……」

草木が生い茂る山の一角。
大きな切り株が鎮座した、拓けた空間がある。
周囲に人影は見当たら無い。生き物の気配といえば、通り過ぎていく小動物や、野鳥のさえずりがするくらい。
山道からも外れた辺鄙な所。
ここから少し歩けば、師匠と最後に話した場所も在って、時々花を添えに行っている。
訪れるのは自分達しかいないけれど。
そんな環境だから、誰かに見られる事も、迷惑をかける心配も無いここは、目の前の物だけに集中するには都合のいい場所だった事もあり。
最近はよく、この場所で掌握領域を使う練習に励んでいた。

……実は、いつもの公園の広場で練習した結果、整備された地面にうっかり穴を空けてしまったりなんかして。
慌てて逃げたはいいものの、戻るに戻れなくなってしまったのは、きっと仕方の無い事だと思いたい。

後日、謎の大穴は三角コーンで囲まれていたのを確認してる。
心情的に、しばらくあそこへは近付けそうも無かった。

「「最強の、矛!!」」

切り株の上に鎮座した空き缶が一つ。
二人の力を合わせて出来た大きな掌握領域が、一直線に飛び出して行く。

横に伸ばした腕の先、合わせた手の平が温かかった。
矛は大きく強力で、その事が私とユキの繋がりの強さを表してるみたい――なんて考えると、嬉しいような恥ずかしいような。

当たればどんなものでも貫く事が出来る私達の力は、大音響と共に破壊の渦を巻き起こす。
切り株は勿論の事、後ろに立ち並ぶ木々をも蹴散らしていくその様子は凄絶の一言だった。
衝撃が止む頃には吹き飛んだ木片も地面へと落下していき、やがて土埃も大人しくなる。
その威力に申し分は無かった。

ただ……

「外れちゃった」

「当たらないねー」

缶は地面にゆらゆらと転がっている。
けれど、表面には傷一つ無かった。

「切り株は凄い事になってるけど……」

雷のように裂けている。
今まで地面と平行だった切断面は斜めに隆起し、激突の衝撃とあいまって缶は転げ落ちたみたいだ。
狙い違わずド真ん中に飛んでいれば、転げる前に缶は潰れるか破砕するかでぐっちゃり逝っていた筈なんだけど。
思い通りにならない結果に思わずため息が漏れる。

「どうやったら命中率が上がるんだろう」

疑問の声を上げる。それは今後の課題だ。
敵がいつも大きくて鈍重とは限らない。
集中が必要で自分達が足を止めてしまう以上、どうしたって戦い難い敵も出てくる事だろう。
無敵の盾は確かに強力だけど、欠点も多いから。

「うーん、やっぱり練習?」

「そうしたいのは山々なんだけどさ」

返事に難色が混じってしまう。
焦りは禁物というのは分かっていたが、いつまでもこのまま現状に甘んじている訳にもいかなかった。
次の戦いがいつあるのか分からないという理由は勿論ある。
でも、それとは別に現実的な問題として。

「そろそろ、環境破壊が無視出来ないレベルに……」

「……そうだね」

抉れた地面も、ねじ切れた樹木も。
見渡す限りに広がっているのは、いかんともし難い状況だった。





第7話 星川昴と月代雪待






日が沈み始める頃、些か消沈した様子のままではあったが、二人は練習場所を離れ帰り道を歩く。
ゆっくりとした歩みを続ける間も、共にいた獣の騎士達は二人を励ます様に声をかけていた。

「大丈夫だって! オメーらならすぐに百発百中で当てられる様になるからよ!」

特に根拠の無さそうな言葉を勢いのまま吐くのは昴の相棒、鶏の騎士リー・ソレイユ。

「ま、気長にやるといい」

対照的にのんびりと諭すのは雪待の相棒、亀の騎士ロン=ユエ。
どちらの言葉も具体的な方法を掲示するような物では無かったが、現状の行き詰まりに対して焦りを覚えている所には、丁度良い助言とも言える。

「うう、何が悪いんだろう……」

しかし残念ながら、思考の渦に囚われたままの昴にその声が届く事は無かった。

「聞いてないね」

「ダメだコリャ」

頭脳労働担当では無い分、雪待の憂いは少ないらしい。
復帰する様子を見せない昴に代わって獣の騎士達との会話を続けていた。

「最初は上手くいったのにね」

6つ目の泥人形に止めを刺した最強の矛は、寸分違わず見事に頭を蹴散らした物である。
対象が大きかった為多少の誤差など気にならなかったという面もあった。

「気負いすぎなんじゃねーか?」

初陣は無我夢中で取り組んだ結果で、現在は色々考え過ぎなのかもしれない。

「師匠の見た直後だったからかな」

「あー、ありゃあ確かに凄かったな」

派手さでアレに追随を許す技など恐らく無いだろう。
それがトドメになら無い辺り、泥人形の強度も洒落にならない物だった訳だが。

「じゃあ他の人の奴を見ないと駄目?」

「都合良く見つかるとは限らんがのぉ」

「それに参考になる能力かどうかもわかんないし……」

「あ、おかえり」

ようやく戻ってきたらしい昴が話しに混じる。

「そっか、テレポートとか見ても仕方ないもんね」

「いやいや、あんなすげぇの出来る奴普通はいねえから」

師匠基準の発言に慌てて訂正を入れるリー。

「そうなの?」

「比較対象には向かんな」

それにロンも同意する。
そもそも師匠は騎士では無いのだが、他に参考に出来る物を見た事がない以上仕方の無い話。

「あと景色がグルグルしてた奴とか」

「あれもどういう力かよくわかんねぇな」

勘違いである……とは言い切れないのが秋谷稲近の凄い所。
出来るかもしれないし出来ないかもしれない。
知らなければ、真相は闇の中。

「師匠って何でも出来たんだねぇ」

「なんであれで騎士じゃないのかわかんねぇくらいだ」

「騎士だったら、師匠もきっと……」

昴は言葉を止めた。
続いただろう『死なずに済んだのかな』という言葉は、最後まで発せられずに飲み込まれる。
とはいえそれを察せ無い者達ではなく、不自然に会話は途切れた。

「……」

「……」

身近な者の死は、大切である程その周囲に影を落としてしまうものだ。
彼女達も普段は平気な顔をしているが、ふとした時に心にポッカリと空いた穴が姿を現してしまう事もあるだろう。
隙間風のように、そこに過ぎるのは寂寥感――あるいは無力感だろうか。

「……強く」

ポツリと、雪待が呟く。

「え?」

「強く、なりたいね」

「……うん」

言葉は少なく。けれど答えは胸の内に。
今はただ真っ直ぐ前を向いて、精一杯に進めば良い。
立ち止まるのも振り返るのも必要は無い。彼女達の未来は、まだまだ続くのだから。
未だ幼い彼女達の心は傷だらけでも、やがてそれを埋めてくれる物はある。
それはきっと、この先に在る長い時間。




「ひゃははははは!!」




そして出会い。




「!?」

甲高く、笑い声が響いた。
目の前には曲がり角。そこから二人の前に、人間が飛び出してきた。

「わ!?」

慌てて避けると、相手はそのまま地面に倒れた。
無様に道路に寝転んだのは強面のスーツ姿の男だった。
顔を一箇所大きく腫らして意識を失っている。

「何!?」

突然の出来事に混乱し、疑問の声が出る。
しかし回答は無いまま、うろたえる最中に今度は打撃音。

「ぐおっ!」

「くそっがっ!?」

続けざまに悲鳴も聞こえる。
一体何が起こっているのか確かめようと、二人は音の出所を覗き込む。
そこには、さっきの男と同様にスーツ姿の男達が、一人の若者を取り囲んでいる光景があった。
多勢に無勢。
寄って集って襲い掛かり、そして一方的にボコボコに――されていた。

「喧……嘩?」

しばし呆然。
怯えたように襲い掛かる男達を、片っ端からぶちのめす笑顔の青年をその目に捉えた。
余りに圧倒的な暴力の光景は、争いとは無縁……ではないが、最近関わり始めたばかりの少女たちには、いささか刺激が強すぎた様である。

「たまとったらー!」

「え、抗争?」

どう見てもヤクザ。
一介の女子中学生が偶然巻き込まれるには、脈絡無しに物騒な状況だ。
速やかに撤退すべきである。
しかし未だ虐殺風景を眺めている昴と雪待に、逃げ出す様子は見られない。
泥人形戦ほどとっさの判断が利いていないのは、頭が展開に追いついていないのか、戦いがあまりに一方的過ぎたため危機感が無くなってしまったためか。
どちらであれ、思考が麻痺してる事だけは確かなようだった。
非常事態に対して状況の確認は間違いでは無いが、しかしのんきに眺めていて良い状況では当然無い。
無防備に立ち尽くしていたこの時間の損失は、相応の危険を孕むのだ。

「くそっ」

若者の攻勢にヤクザもあわや全滅かという所で、一人が逃走を図った。
なんとも間の悪い事に、逃げ出し走るその先に、立ち尽くす二人の姿。
ようやく人がいる事に気付いた男は、我武者羅に怒鳴り声を上げる。

「どけぇ、ガキ共ぉ!」

「キャア!?」

昴が悲鳴を上げる。
ヤクザらしき男は彼女を突き飛ばして逃げていく。




ゴッ




音は一つだった。

「「「あ」」」

男が昴を突き飛ばすその直前。
昴の前に踏み込んだ雪待の拳が顎を打つのと、後頭部に三日月の跳び蹴りがめり込んだのは同時であり。
一瞬、3人の目が交差した。




――亀。と……鶏。




――カラス?




――ライダーキック。




そこに騎士がいることに気がついた3人は、その時はたして何が思考をよぎったのか。
そして、ヤクザの首が嫌な感じに曲がったまま胴は横へと倒れ伏し、三日月は余裕の動作で着地を決めた。

「……」

「……」

静寂が過ぎる。
この場に立っている者は3人しかいない。
三日月は拳を振るった少女に目を向け、雪待はそれを真っ向から受け止めた。
両者、無言。




グッ




腕を掲げ合った三日月と雪待の間に、無言の友情が芽生えた(様な気がした)瞬間だった……。


「えっと?」

「……脳筋同士通じる物があんだろ」






「とまあそーゆー訳で、この二人が運良く居合わせたってワケ」

以上の経緯を経た後に、自己紹介を交わした3人は三日月の案内のもと、夕日の家へと訪れていた。
場所を許可したのはさみだれ。
決定は軽かった。

「運良く……?」

「というかお前は何やってんだよ」

三日月の話を聞いていた夕日とノイは、ツッコミ所の多さに思わず反応した。
しかし本人はそっちのけで雪待達に話しかける。

「いいパンチしてたぜ」

「ありがとうございます」

「聞けよ」

「月代さんは何か格闘技を?」

エプロン姿の白道八宵が話に加わった。
夕日に食事を振る舞いに来ていたらしい。
なんというリア充。

「師匠に空手を教わってました。流派とかはわかんないですけど」

「謎の流派を操る老人とか、くっそー……」

会えない相手に戦闘狂(バトルマニア)が悔しそうだった。
例えその場にいなくとも、謎の存在感を持つ秋谷稲近。
話題性に欠く事は無い。

「なあノイ、指輪の騎士じゃなくても超能力者って結構いたりする物なのか?」

「その筈だ。むしろそうした才能のある者ほど騎士の素質があるしな」

夕日の質問にノイが答えたが、夕日は難しい顔をする。

「じゃあそんな凄い人が何で騎士じゃないんだ?」

「むう、確かに……」

当然の疑問だ。
話を聞く限り超能力者としての実力は他の追随を許していないというのに、騎士から除外される理由が分からないのだ。
同様の疑問を、獣の騎士であるリーとロンも当然抱いた筈だが、現在は当たり前の様に受け止めているのは何故か。

「あ、そういえば」

二人の会話に、昴が声を上げた。

「どうしたスバル?」

「師匠、リー達と最初に会ったとき、騎士になる予定だったとか言ってなかった?」




『はじめまして。リー=ソレイユくん、ロン=ユエくん。
 君達が来るのをずっと待っていたよ』

喋る鶏、喋る亀。
私達が持ってきた変な動物を前にして、特に動揺も見せず師匠は座っていた。

『なんだテメーは!? なんで騎士でもねーのにおれらが見える!?』

『はて自己紹介したかのう……』

リーは狼狽を露に叫び、ロンはのんびりと答える。
性格のよく分かるやり取りだ。
まあとりあえず。

『こら! 師匠にテメーなんていうな!!』

リーの態度はいただけない。
お仕置きの為に後頭部へデコピンを加えてやった。

『コケ!!』

あ、普通にも鳴くんだ。

『私はカジキマグロの騎士になる予定だった者だ。
 人呼んで、師匠!!』

師匠はいつもこの自己紹介してるのかと内心驚いていたけれど、リーの奴は師匠の言葉に大人しくなった。

『……ザンの相棒じゃしょうがねえな。いつも変人選ぶし』

変人とは失礼なと怒ろうかと思ったけど、師匠が変人なのはその通りだから否定は出来なかった。

『予定だった、というのは?』

『今は違うという事だよ。カジキマグロの騎士は他にいる』

『って、それじゃーテメーがおれらを見える理由になってねーじゃねーか!』

『リー!』

デコピン。

『クケェ!!』

流石は鶏、リーの悲鳴は良く響く。

『その騎士は今は?』

ロンは気にせず師匠の話を聞いていた。
結構図太い性格かも知れない。
のんきな所はユキと似てるかもしれない。

『きっと今頃ザン=アマル君と合流している頃だろう。ただ、戦力として期待するのはよした方が良い』

『あん?』

『彼は戦いに参加する気が無いからね』




「……って話だったと、思う」

自分で話している内により詳細に思い出したのか、昴は驚いた顔をしていた。
師匠はカジキマグロの騎士であったらしいという話に付随して、さらりと他の騎士の情報を話していた事に気付く。
彼女にとっては騎士の話自体を信じる前だったこともあり、その内容に注意を払っていなかったのだろう。
今になって思い出したその事実は、騎士達にとっては今後に関わる厄介な内容だった。

「彼、か。騎士の一人は非協力的?」

意外な話を聞いたという顔の夕日。
困惑で無いのは、彼自身がその実惑星破壊を目論む立場にいるが故に、ありえない話では無いと考えるからだろう。

「ふーん」

さみだれは然程驚いていない。

「ふーん」

三日月はむしろ楽しげだ。

「私達はその辺詳しく聞いてないけど、リー達は?」

「興味ねーとか言ってたと思うぜ」

概ね間違ってはいないが、それは要約し過ぎである。

「おいおい……」

「地球存亡の危機が興味無いって……」

比較的常識人なノイと八宵はあんまりな理由に唖然とする。

「まあ、実際に会って話を聞いてみない事には詳しい事はわかりませんね」

又聞きだけではそんなものだろう、と夕日は軽く流した。

「念の為にも南雲殿にも伝えておいた方がいいな。見つかるかどうか分からんが」

「カジキマグロなんて連れ取ったらすぐ見つかりそうなもんやけどなー」

さみだれの言葉に全員顔を見合わせる。
全員がその光景を想像しようとして失敗した。

「カジキマグロ……」

「どうやって連れ歩くんだ?」

「肺呼吸出来るのかしら?」

「いつも水槽持ち歩いてるとか」

「無理無理」

「姫ならできそーだな」

「水槽付きの車に乗ってるのかも」

「金持ちか」

「ただの引きこもりという線もあるかも」

はっきり言って容易に想像できる物では無い。

「浮いてるだけだぜ」

『『『『『浮くんだ』』』』』

八宵の首元から告げたシアの答えに全員が驚いた。

「飛び魚って事?」

「それは何か違わないか……」

「まあ、騎士がそんなだからか、相棒の人間も変わり者が多いんだよなー」

「戦力が1人減っちゃいますね……」

現実的な問題としてはその点に尽きる。
騎士が単独で泥人形を倒せない以上、1人分の戦力差は大きいのだ。
単独戦闘可能な東雲半月のような存在はそもそも規格外過ぎる。
そしてもう1人の規格外はと言えば……

「心配せーへんでも大丈夫」

気負う事無く言い切った。
彼女にとってその程度、困難になど値しない。
全てを壊す魔王の言葉に、当然騎士も黙っていない。

「ええ、騎士が1人になっても――敵は全部倒しますから」

彼女の騎士に相応しいよう、強く覚悟を決めていた。
敵とは誰を指すのか、分かるものは少ない。

「お、ゆーくん燃えてんじゃん」

「期待しとるで、我が騎士」

ライバルも交え、三人は、不敵に笑い合う。
何が来ようと敵ではないと、その表情は物語っていた。




そんなやり取りを当然とする魔王と騎士の微笑みに、少女達はしばし魅入られていた。
圧倒される力強さのその中で、しかし安心を与えてはくれない感情は、一体何だったのか。
彼女達は気付かない。
頼もしいからでは無いのだと。

「それじゃあまた」

「夜道に気をつけてな」

けれどそれが誤解であろうと、この日彼らと別れた後の、昴と雪待の表情に。
今日悩んでいた憂い顔を、見せることは終ぞ無かった。












「そして、そんな二人を影ながら、優しく見守る姿があるのでした、まる」

「警察のお世話にはならないでくださいね」



[17608] 第8話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:36d1a9ef
Date: 2012/08/03 00:02
放課後。
ビルの屋上から眼下に街を一望する。
多種多様、様々な人々が路上を道なりに蠢いていて、そんな顔ぶれの中から小動物を引き連れている人間がいないかを探していた。いつものようにウキウキウォッチング。
こういう時、ビルが密集している様な都心部では無かった事が、実にありがたい。
探索作業は歩き回ってふらふらする方が退屈しないで済むけれど、効率を求めるなら一度に広範囲を見渡せる分こっちの方が断然お得だ。それに、上から全てを見下ろすという行為は、どこか全能感を得る様な錯覚に酔える物で、気分も高揚し易くなるというものではないだろうか。おっと、バカ呼ばわりはするな。せめて煙で。

無駄に上がったテンションのまま、輪っかにした指の隙間から景色を覗きいていると、なんとなしに笑顔が浮かんだ。

「くっくっく――♠」

しまった。今の自分の姿のせいで、思わずキャラを作ってしまった。
まあどんなポーズをとった所で、空いた手が柵をがっしりと掴んで腰も引けていれば、滑稽なだけではあるが。

風が吹く。

高所なだけあり、少々風当たりが強い。
夏の日差しはジリジリと気温を上昇させているため、肌から熱を奪っていく風は心地が良かった。
夏服万歳。

「なんですか、その妙な……気味の悪い笑い方」

「ん♣」

気を使おうとしたけど結局面倒くさくなって直球デッドボールといった様子でザンがたずねてくる。傷付いた心が足取り重く出塁した。
指から視線を外し、覗き込んでいた掌握領域を失うと、目に映る風景は通常サイズへと戻り、人の姿も豆粒くらいの大きさになる。
人がゴミの様だ。

「ヒソカごっこ♥」

誰? と首(?)をかしげるザンに漫画のキャラクターだよと簡単に説明しておく。
そういえば、家の中にいても宙に浮いているしか脳の無いザンは日頃退屈な思いをしていたりするのだろうかと疑問に思った。
今度暇つぶしにアニメのDVDでも借りてきてあげようか。
どうせなら原作のコミックを勧めたい所だが、ザンはあくまで魚類である。
本を用意した所で、

「ハッ、手も足も出まい!」

「ええ!?」

ザンは困惑した。

おっと、今は無意味にザンを嘲ってる場合では無いんだった。
……やはり全体的にテンションがおかしい気がするが、それも仕方がない事だ。
動きの分かりやすいストーキングとは違い、変化の無い光景からいつ見つかるとも知れぬ何かを延々ボーっと眺め待つこの作業。
成果の一つも上がら無ければすぐに飽きるというものだ。

まあいい。気を取り直して、騎士探しに取り掛かろう。
掌握領域のピントを調整しながら、監視カメラの様に目を光らせる。
ちなみにこの望遠鏡モドキは『良く見えるイメージ』による物なので、悪戯に太陽を覗き込んでも安全です。
むしろほら、目には優しく良く見えるというサングラス以上の効果がこの様に、

「あ?」

見つめる先、何かおかしな光景を偶然捉えてしまい思わず声が漏れた。

「どうしました? 空なんて見上げて」

「人が降ってくる」

「はぁ、人が……って、人!?」

遙か上空。
理解の範疇を越えた現象に驚愕した表情を浮かべたまま絶叫――といった様子の、パラシュート無しで空中遊泳する男の姿を目撃した。

というか夕日さんじゃないか、あれは。
目を凝らしてみれば、肩に張り付いたトカゲの姿も確認できる。
晴天の真ん中にポツンと影を描いて存在するだけだった彼らの姿は、重力に引かれるまま自由落下を始め、その姿はみるみる内に大きくなっていく。
落ちて落ちて落ちて、このままでは地面に激突もうダメか!? と思う間に、落下方向に掌握領域が現れた。
急激に速度を落とし、回転する様に体勢を整えた後、夕日は見事に着地を決め――……た後、しばし硬直したままだったが、やがてゆっくりと立ち上がった。
そこまで見て彼の無事を確認出来た所で、ようやく俺は息を吐いた。
気付けば息を止めていたらしい。

なんとも恐ろしい一瞬だった。
着地失敗でもしていたら当分肉が食べられなくなっただろう事は想像に難くない。
奇跡の生還劇を目に納めた事でなんとも興奮冷めやらぬ思いであった。

「い、一体何が? あんな上空から人が降ってくるなんて……」

突発的怪奇現象との遭遇に面食らい、動揺も露なザン。
反面落ち着いてくる俺。
目の前で冷静さを失われるとこっちが冷静になるってこういうことかと実感する。
何が起こったのか、他の可能性を考慮してみるが、おそらく漫画通りなんだろう。

「多分魔法使いに吹っ飛ばされたんじゃないかな」

「えっ、それではこの付近に魔法使いが!?」

いるかも知れない。
ただ、いた所でどうもしないと思うんだけど。
倒せる訳でも無いし、寧ろ顔を合わせよう物なら逃げる事も出来無いし、それって死んだも同然だと思うんだ。

「別に警戒してもどうしようも無いんだから、会ったら世間話するくらいの気持ちでいいんじゃないかな」

「じゃあ世間話でもしようか」

死んだ。






第8話 魔法使いと天川織彦






声に振り向いた時、そこにいたのは不審者然とした男が、屋上の区画を仕切る段上で気だるげに腰を下ろしている姿だった。
現れるまでに何一つとして予兆を感じ取れる物は無い。
音も無く現れたのはワープでもしてきた為か、唐突過ぎるラスボスの出現に肝が冷えた。
心臓に悪いサプライズを連続でするとか、ホントやめて欲しい。
心拍数上昇したり肝が冷えたり心臓に悪かったりとか俺の内蔵中枢は大丈夫だろうか。

「魔法使い……」

「……」

ザンが小さく呻きをこぼす。
俺は特に言葉を返さず、相手の姿をよく観察した。
眠そうな目にぼさぼさの髪。
服装はパジャマだ。靴さえ無い。
アニムスは表情に胡散臭い笑みを浮かべながら、反応を見せないこちらの様子に頓着せず勝手に喋り始める。

「トカゲの騎士の彼とはさっき町中で偶然会ってね。
 話しかけたんだけど突然攻撃されそうになったんだ。
 物騒だよねぇ。思わずワープさせちゃったよ」

困ったものだと言いたげに大きく肩を竦める。
どう考えてもあんたの方が物騒だよという突っ込み待ちだろうか。

「ビックリしたんじゃないの?
 レベル上げにフィールド歩いてたらいきなりラスボスが目の前に現れれば、動揺もするでしょ。
 さもなきゃ英雄願望」

正直、夕日に限らず命が紙屑の様に消し飛ばされそうなこの状況では緊張するのも否め無かったが、その辺は俺らしく諦めの境地で体から力を抜いて――なにか根本的に間違ってる気がしないでもない――そしていつも通り、なるようにしかなるまいと考えた末にこのまま適当に会話のキャッチボールを返す事にした。
先ほどザンにも言ったように、この状況で何が出来る訳でもないのだから。
一周して落ち着いたこっちと違って、ザンは隣で百面相していたが。

「――こっちはそんな興醒めしそうなことするつもりは無いんだけどね」

「それこそ知った事じゃないだろ。お互いに相手の事をよく知らないんだから、諍いが起きて当然。相互理解にはまずコミュニケーションから」

「ふーん、なるほど」

何か納得したように相槌を打たれる。
コミュニケーション不足の自分が言うことじゃ無いよなぁとか内心思いもしたが、むしろそんな駄目人間な同類の言葉故に説得力でも生じたんだろうか。

「一体なんのつもりです、魔法使い」

不意を打っておきながら何をするでもない様子の相手にしびれを切らしたのか、ザンが問いかけた。

「ん? ああ、たまたま見かけたから声をかけてみただけだよ。今はどんな騎士がいるのか見て回ってる所なんだ」

とりあえずトカゲとカラスの騎士は話し相手には向か無いねぇとぼやく魔法使い。
歯牙にもかけられていない事がかんに障るのかザンは歯噛みしていた。
警戒心は変わらず剥き出しだ。

しかしなあ、ザン。

「肩の力抜いたら?」

「無茶言わないでください!」

「そっか、肩無いもんな」

「そういう話じゃ無いですよ! 何「うまいこと言った」みたいな顔してるんですか!」

「そうそう。もっと会話を楽しもう」

「二対一!?」

アウェー過ぎる、いえもう慣れましたけどね……と、独りぶつぶつ呟きながらザンは落ち込み始めた。
うん。肩の力抜けたみたいだな。良かった良かった。

「で、何か用?」

「君、結構マイペースだね」

「いやいや」

それをこいつに言われたら、なんかおしまいっぽい気がするので遠慮願いたい。
いいけどね別に。

「まあいいや。あのさー君、やる気ある?」

「ん?」

「地球存亡をかけたゲームのさ」

「いや、あまんり」

反射的に本音を即答してしまった。
日頃ザンとどういう会話をしているかが如実に現れた対応である。
これで機嫌を損ねていたら死んだかもしれないが……幸い気にした様子は見られなかったので良しとしよう――はて?

参加者が自主的に降りるっていうのは魔法使い的には喜ばしい事なんだろうか。やっぱその方が楽だろうし。
ただ、言動を見ている限り、退屈しのぎみたいな面も充分にありそうだからなぁ。
騎士を味方につけたりしていても、別に戦力として期待してるようには見えなかったから、この男が何を考えているのかは正直よくわからん。
こっちとしてもどういう態度を取るのが正解なのやら。

まあ、興味はあるけど興味しか無いので、自主的に危険行為に挑戦する意気込みは現在持ち合わせておりません。
期待を裏切ってしまい申し訳ありませんがー、とかもう素直に全部言っちゃおうかと投げやりな気分になってきた。

っていうかだよ。
そもそもやる気なさそうなのもう一人いるじゃん。

「あんたは?」

「何がだい?」

「やる気」

「ああ……。そうだね、別に無いかな」

見事に同じやり取りである。
あれー、なんで俺こんなのにやる気を問われているのかなー。

「じゃあやめたら? その方が平和だし」

「僕がしたいのはゲームじゃなくて、地球破壊の方なんだよね。だからそれは無理」

ですよねー。まあわかってたんだけどさ。
地球を破壊し尽くして何が解るっていうんだよと、そんな色々理解不能に思えるあたりは、きっと俺が常識人だからだよね。
俺ってば常識人。うん。説得力無いや。

「それで、ゲームをしてる以上ルールは守らなきゃならないんだ。面倒だけど」

ルールとか関係の無さそうな存在が、ルールを守らなければならないというのは確かに面倒だろう。
面倒はごめんだ。
せめて楽しい苦労がいい。

「はぁ、大変ですね」

しかし人事。

「だから君を殺していいのか確認に来たんだよ」

「は?」

「は?」

思わずザンと同じリアクションになったのは兎も角、ちょっと待って欲しい。
何故突然そんな話に?

「昔から怖じ気付いて逃げ出す騎士っていうのもいることはいるんだよね。でもそれってゲームから降りたって事じゃないか。わざわざ見逃してあげる必要も無いし、見かけた時はすぐ死んでもらう事にしてるんだ」

わぁお。

「でも君の場合、逃げてる割には行動おかしいからさ。
 どういうつもりなのか聞きにきたんだよ」

目立たないように動いていた事が、逆に目をひいたという事らしい。
確かに、逃げるなら逃げるで地元にでも引きこもればいいんだし、かといって何らかの行動を起こすにしては、今みたいにあっさり見つかるくらいに動きが迂闊だ。
何がしたいと言われるのも仕方がない体たらく。
一体誰が、騎士の目的がただの野次馬だと思うだろうか。

「どういうつもりかって言われれば、まあ、眺めてるつもりだけど」

「見てるだけ? 地球を守ったりはしないのかな」

「そーいう元気なのは他の人に任せます」

はっきり言って、自分は戦うのに全く向いていない。
能力が攻撃性皆無だから、というのはやる気を減衰させた要素の一つだったが、もっと根本的な部分が足りていないのだと自覚している。

「他の騎士達が負けたら君も死ぬけど、それは良いのかい?」

それは生にしがみつこうとする意志の欠如だ。
闘争と逃走にはプラスとマイナスで方向性の違いはあれど、どちらも自分の中にある大切な物を守ろうとする心が原動力となるだろう。
生きたい。死にたくない。失くしたくない。守りたい。続けたい。託したい。諦めたく無い。
人によって秘めた想いは様々でも、終わる運命に対してその全てが等しく懸命にあらがっている。

「死ぬのは怖いし痛いのは嫌ですよもちろん。でも死ぬ気で頑張るのも「死ぬ気」を味わう訳でしょ。どっちにしろしんどいですよ」
手をぷらぷらさせて、そううったえる自分の姿はなんとも身が軽そうだ。
腑抜けた根性無しとして過ごす自分の背中に、使命だとかそんな重い物は乗るはずが無かった。

「でも見てる分には楽しいんですよね、ああいうの。
 だからまあ、勝ち負けはどっちでも良いんで、とりあえず最後まで見たいかな」

なので見逃してくれませんかねーと軽くお願いする。
言うだけなら只である。
最後まで付き合う事には違い無いし。

「やる気、ホント無いねぇ」

そんな感想をこぼして、相手は腰を上げた。
ふわり、と、立ち上がるように宙へ浮かび上がる魔法使いの姿は、現実味を感じさせない奇妙な動きだった。
弾けるように跳躍するさみだれや、必死に宙へしがみつくようだった夕日の動きとは、その力量に隔絶したものを感じさせる。

「それならそれで構わないよ。僕が地球を破壊する瞬間を特等席で眺めると良い」

戦わないけど命を助けて、ではなく、死んでもいいから戦わない。
些細な違いではあったが、どうやら言い分として認められたようだった。

「ん。そうさせてもらうわ」

あっさりと貰えた許可に軽く返す。
魔法使いはそのまま宙を歩いて行ってしまい、遠ざかる姿を俺は暢気に見送った。

「いやー、助かったな」

正直な感想だった。
夕日の吹っ飛ばされるイベントは勿論覚えていたが、よもや自分が似たような目に遭うとは思わなかったよ、ホント。

「何考えてるんですか一体!」

「何も」

「何も!?」

あるがままを受け入れるというのはどう言うことかわかるかい? 別名行き当たりばったりというんだよ。
やっかいな奴に見つかったけど殺されなかったみたいだし、これは不幸中の幸いだね。

「すっごい気疲れしたから今日はもう帰るか」

「私も非常に疲れましたよ……」

命が紙切れの様だった一日を過ごし、肩を落として歩き出す。
重い屋上のドアを押し開き、俺たちはため息を付きながら帰り道へと付くのだった。






「違ーう」

ドアを開いた。

再び屋上。
俺はズンズン歩を進め、再び元の位置へと戻る。

「いやいやいや、帰っちゃダメだろ俺ってば」

首を振りつつ、大いに頭を抱えてうめいた。

「忘れ物ですか?」

「そう、忘れまくりだ!」

まったくもって愚かしい。一体何を、さも一日が終わったようなつもりになっているのか。
夕日が飛ばされたって事は、今日が騎士団集合の日じゃないか。
どちらかといえばそっちの方が重要だろうに。
立ち去る前と同様に、再び俺は周囲をうかがい見渡した。

「何処だ。夕日さんは何処行った。……あれ、これ見つかんないとやばくね?」

集合地点を知るには誰かの道案内必要だったが、現在近くで場所が分かりそうなのは夕日のみ。
しかし先程の着地点に目をやれども、当然ながら姿は既に無く。
地上を見れば人、人、人。
目当ての顔は、そう易々とは見つからない。
せめて向かった方向だけでも分かれば見当をつけられるのだが。
考える。この日の出来事は他に何があっただろうか……。

「川だ!!」

確かピカチューとストライクに遭遇する筈だ。
川沿い自転車二人乗り。
青春してるね太郎君。

「居た! ああ、でもちょっと遠い。夕日さんカムバーーーック」

姿を目に捉えた場所は、なんとかまだ見失わずに追い付けそうかといった距離。
要するに――

「……またか。また走るのか」

どれだけ走るの好きなんだ自分。行き当たりばったりのしわ寄せは、いつだって俺の脚へと来てばかり。
足だけ妙に筋肉が。
あっはっは、逃げるのはまかせろーとでも開き直るべきだろうか。現実逃避なら得意かもしれん。

「ええい、ザン、追うぞ!!」

「未だにあなたの頑張り所がわかりません」

目の前の娯楽を逃して、一体いつ楽しめというのか!

俺は夕日の姿を追いかけ、今度こそ屋上から飛び出して行った。



[17608] 第9話
Name: サレナ◆c4d84bfc ID:36d1a9ef
Date: 2013/12/01 01:09
見上げれば星空。
季節が廻れば星も廻り、気が付けば、夜空はその表情を大きく変えていた。
夏の空、見渡す限りの一面を、眩く照らす光源の群。
どこまでもどこまでも、光の粒が埋め尽し、点と点を繋いでゆけば大小様々な星座が並んだ。

夏という季節柄、三角に並ぶ星でも探して見ようかと思い立ったが、満天過ぎる星々の中から目当てを探すのはちょっとばかり酷かもしれない。――挫折。
自分はそもそも星に詳しい訳でも無かった。
だって星を見ようにも、いつも視界の端にはハンマー。そりゃあ星など見なくなる。
天体観察なんて所詮はただの思い付き、諦めも早くこんな物。

まあ、既に8月だ。
北海道ならば兎も角、夏の大三角形なんて探すのはせめて自分の誕生日にでもしろという話。なんとはなしに景色を眺めた。

「本の話にしようか。天川君は読書はするかい?」

そんな俺の隣から、語り始める妙な男。相も変わらず胡散臭い。
この男、いつもこんな風景を一人で眺めているんだろうか。地球ほしの蒼さは偉大でも、命の息吹を感じられない無人のこの空間は、真っ当な人間には全くもって不健全。
空の上から地球を見下ろし孤独な世界にひきこもりなど、神様気取りで実に『らしい』。

「漫画くらいかな。たまに小説も読むけど」

なんて揶揄して思っても、上から目線は自分も同様。
物語を眺めるように、他人事を娯楽扱い。
人の事を言えた口ではない。

「ふーん、物語が好きなんだね。
 空想は発想を広げるから、想像力豊かな人間になれるんじゃないかな。
 でも、勉強はした方がいいよ」

「ほっとけ」

何の話だ。

「本はいいよね、先人の知識の宝庫だ。
 研究資料や歴史に思想、古今東西のありとあらゆる情報が視覚的に残されていて、過去の書物は遠い未来に読まれる事でその内容を後世の人間へと伝えていく事が出来る。
 これってさ、情報が時間の壁を越えたとも考えられるよね。
 『書く』というのは誰もが使える基本的な魔法なのかもしれない」

そんな夢に溢れた発想は、知識欲の塊な彼らしい意見だ。
儀式とか呪文とか、意味があるのかも分からない一般的な意味で言う魔導書に比べれば、普通の本の方がよっぽど上等。彼にとって魔法的か。では。

「そういうあんたは、どんな魔法の本が好きなのさ」

魔法使い愛読の魔導書とは一体何か。些細な興味から聞いてみる。

「何でも読むけど、特に学術書が好きでね。学者になろうかと考えたこともあるんだ」

普通。

実に真っ当な趣味嗜好だった。不思議な物など何も無い。
つまらん、これだから頭の良い連中は……と、著しく偏見混じりの感想が浮かぶ。

「今は違うのか?」

「ああ。もっと素晴らしいものを見つけたからね」

そういって、一層笑顔が深くなる。
アニムスは両腕を広げながら、情動のおもむくままに謳い上げた。

「そう、本では足りない。僕は全てを知りたいんだ! この世の全てを!」

『この世の全て』。
漠然とした何かではなく、アカシックレコードという明確なる到達点。
探究心の行き着く果て、世界を滅ぼしてでも欲する姿はまごうことなき狂人のそれである。

「ふ~ん」

が、それはそれ。抜けた声で相槌を打った。
良いとか悪いとかは置いといて、それがどれ程素晴らしい物だと言われた所で、自分がそれに価値を感じていなければ無価値に等しい。
大体『何が知りたい』ですらなく、ただ貪る様に知識を求める事の一体何が楽しいのだろう。
まるで『何故山に登るのか』という問いに、『そこに山があるから』と答える様な物ではないか。
漫画好き文系野郎の俺には理解できない……。

すなわち、アニムス脳筋疑惑。
違うか。

「……コレを『ふ~ん』で済ませる所が凄いよね、君。共感も反発もまるで無い。興味ないの?」

「いや、凄いなーと思うよ。俺そこまで執着するもの無いし。寧ろ尊敬する」

方法が物騒なだけで、夢の為になんでもやるという姿勢は素晴らしい物だろう。羨望すら覚える。
少なくとも、腑抜けた俺に比べれば百倍はましだろう。

「夢が大きいのはいいんじゃない? この世の全てアカシックレコードね、がんばれ。
 まあ人に迷惑かけるのはどうかと思うんだけど」

――悪役が悪役らしく頑張ってくれるのは物語が盛り上がって良いことだよね!

などと外道な事を考えていると、アニムスが驚いた様な顔でこっちを見ていた。
応援したのがそんなにおかしかっただろうか。

「君からそんな単語が出てくるなんて意外だね」

そこかよ。
本当に意外そうに言うのやめろよ、お前俺の事馬鹿だと思ってるだろ。
しまいにゃ泣くぞ。

「最近の漫画はそういうネタも扱ってるし」

惑星のさみだれとかな。
ザンにしか通じないネタである。

「それはさておき」

「なんだい?」

激しく今更ではあるが。

「なんでこんな頻繁に会いに来てんの?」

いやもうなんつーか。ハッキリ言って意味が分からない。

ダラダラと、取り留めのない会話を繰り返す夢の世界。
最初の遭遇から程なくして、こうして度々夢の中へと現れる様になったこ奴。
一度や二度なら気まぐれだろうで済むけれど、日に日に訪れる頻度が増えてゆき……ちょいと登場回数が多過ぎやしませんか。
風巻さんはどうしたよ。

「君が一番話に付き合ってくれるんだよ」

「俺? っていうか他の騎士はどうしたのさ」

「友達になりたかった相手には袖にされちゃってねぇ。
 味方に付いてくれた子は僕のこと嫌ってるし、他の騎士も大体出会い頭に攻撃されちゃうかな」

風巻さんと太陽の方はもう行ったらしい。
他の騎士となると、三日月なんか嬉々として襲いかかるだろう。南雲さんも結構無茶やらかす人だからなぁ。
太郎だったら勢い良く逃げ出す姿が目に浮かぶ。花子とか意外に話しが続きそうだけど、淡々と攻撃かましそうなイメージもあるので、なんとも。
っていうかさり気なく裏切りいるのバラすな。

「友達でも味方でも無いのに話し相手にされてる俺って何さ」

「話し相手でいいんじゃない?」

「あーそうか、自分で答え言ってるじゃん……」

話しかける程度の他人なんて良くいるよね。
例えばご近所さんだとか――挨拶返すくらいしかしてないけど。
特に親しくもないクラスメートとか――そもそも親しいクラスメートなんていたっけか。
後は騎士団――に話しかけられる訳が無し。

あれ、人の事言えるほど知り合いがいない?

……。

まあいいや。

それにしたって、俺の所に集中するってのもどうなんだ。
最低限のコミュニケーション能力があれば話し相手くらい簡単に作れそうなもんだけど、やっぱその辺は普通の人間を有象無象扱いするような感性では、真っ当に交友関係を拡大するなんて至難だったりするんだろうか。

そこで俺。そう、つまりこれは、友達いない駄目人間の集いだったという真実。

若干ショック。落ち込みを体で表現するように体育座り。
この姿勢で宇宙空間から地球を見つめていると、BGMにショパンでも聞こえてきそうだなぁと昔のCMを思い出した。非常にどうでも良かった。
特に時間的な制約もない場所で取り留めなく会話してるのだから、益体もない事を考えてしまうのも仕方がない。
思考が明後日に向いた所で、次の話題を出してきた。

「そういえば君は海には行ってないんだね」

――海。
それは一夏の出会いの場。
夏の暑さは人を開放的にさせ、多くの若者達が一時の情熱に身を任せてゆく。

パトス。

「その海が何か?」

「どの海か知らないけど、僕が言ってるのは騎士達の行ってる海の事だよ」

――海。
それは格好の合宿場所。
仲間達と遊び努力し友情を深め時々フラグを立ててゆく。

5巻。

「その海か」

「ああ……?」

そういえばもうそんな時期なのか。
泥人形が現れず、あまりこれといったイベントの無い日々が続いたために、ちょっと時間の感覚が薄れていた気がする。
というかあの合宿は三日月発案で唐突に決まった筈なので、会話を徹底的に監視してないとスケジュールを把握するのも難しかったのだ。
そうか。騎士達はもう海に行ってしまっていたのか……。

「そんな行事があるなんて知りようが無かった訳なんだけど。それが?」

「うん、泥人形を作るのは騎士のいる場所次第だから、いつも同じ所、つまり君の居場所の近くとは限らない訳だね。今回も」

「つまり……」

「そう。あっちで作る予定だから、このままだと君は次の戦いが見れないって事さ」

戦いを眺めたい俺にとって、現場にいないというのは看過しがたい状況ではある。
が、すぐ追いかけようにも場所が分からず、まして移動が間に合うかすら分からない。
せめて昨日の内に教えられていれば、誰かの後をついていくことも出来ただろうに。
今更そんな話をされても……いや?

「そうだ、わざわざそんな話題を振ってきたって事は、場所を教えてくれるつもりなんだな!?」

「違うよ?」

「なにぃ……!?」

酷い、人の期待を煽るだけ煽って後は放置プレイだなんて。僕の気持ちを裏切ったんだ。

「よし、諦めよう」

「早いね?」

「人間諦めが肝心、叶わないことを考え続けても疲れるだけです。早急に現実を受け止めましょう」

そういえばブルース何処かな、ブルース。
希望の持ち合わせは品切れ中でも前世知識ネタバレという裏ワザならば、きっと恐らく見える筈。

「天川君ってさ」

「え、ああ……何?」

話題から興味を移したのでおざなりに返事する。おー、居た居た。地球の向こう側。
ほとばしるダサさ。
昔あんなオモチャあったよなぁ。ポカポンゲームとかなんとか。

「変人だよね」

「あんたに言われたくないわ」

そんな話を最後に、今日の夢は途切れた。






第9話 ヘカトンバイオンと上から目線






夏。夏休みである。
当然といえば当然の如くダラダラと過ごす日々が続いている。
毎日がエブリデイ。違った。毎日が日曜日。
炎天下の続く中、いと珍しく本日雨天。
ジメジメとした空気をお供に惰眠むさぼり気付けば昼だ。
寝すぎた頭は鈍かったが、いい加減空腹が気になり腹の虫のに導かれるまま食い物を探して冷蔵庫の扉を開く。

しかし、なにも見つからなかった。▽(ピッ

閉じる。
無いものは仕方がない。
億劫だが、非常に億劫だが出かけるか。億劫だが。

「お腹と背中がくっ付くぞ、ってね」

窓から外を覗いてみれば雨もじきに止みそうだ、丁度良い。

ポケットの中に財布をねじ込む。
今日はまったく、夢見が悪い。受付締め切り終了後にイベント海合宿の存在を教えるという悪質な行為にあったもんだからちょっとご機嫌斜めだよ。
気分転換も兼ねるなら、買い出しついでにたまには豪勢な外食を、というのもありだろうか。

「パンがなければおかしくなればいいじゃない」

「気を確かに!?」

面白可笑しくという意味だとも。
さてそうと決まれば、まだ見ぬ至高のメニューを求めて外の世界へレッツらゴーだ。
夢と希望を胸に抱いてドアを開くと一歩を踏み出し、そのまま崖に落ちかけた。


「おおおおおおおおお!?!?!?」


断崖絶壁。目の前には空があった。
咄嗟に踏み込んだ足は踏み外しかけながらも辛うじて体重を支える事に成功し、命からがら一歩下がる。

背中を打った。

振り返ると、そこには切り立つ崖しかなく、家の扉など何処にも存在しない。
崖の中腹で呆然と。
気付けば既に絶対絶命。
なんだこれ。

「はぁ~……」

「ど、何処ですかココ!?」

死ぬかと思った。心臓がバクバクと早鐘をならす。隣でザンも混乱を露わにしている。
意味がわからない現象に――いや見当はつくのけど――ちょっと現実逃避したくなる程度には驚愕していた。
現在地を確認するため、崖からの景色に向き合う。
ここは一体何処だろうか。眼下には山林が、見つめる先には海がある。カラリと小石が足元を転げ、崖下へと転落してゆく。
下は見える。だが恐らく落ちれば命無し。
こんな事をやらかしそうな当ては一つしか思いつかない。
近くにいるであろう諸悪の根源の姿を探し、宙を見渡す。

「やあ」

「やあじゃねぇよ」

溜め息。

「魔法使い!?」

予想通り、アニムスが浮かんでいた。

「場所を教えても間に合うかわかんなかったしね。それならこの方が手っ取り早いだろ」

「何の話を……っ!?」

その時、ザンの言葉を遮る様にして泥人形の気配が生まれる。眼下、崖を背にして七つ目の巨体が泰然と佇んでいるのが見えた。

「じゃあ、僕はアニマの様子を見てくるから、君も楽しむといいよ」

運ぶだけ運んで用は済んだのか、離れていくアニムス。
慌ててその背中に声をかけた。

「何で、わざわざ?」

「話に付き合って貰ったサービスだから気にしなくていいよ」

投げやりな感じで手を振ってそう返された。
その気まぐれが何処まで本気か知らないが、真意など分かるはずも無い以上こちらは額面通りに受け取るしかない。
で、あれば。

「ひゃっほうアニムスマジ神様ーー!」

「ちょ!?」

さながら、欲しかったライブチケットを貰ったかの如く。
諦めていたイベントをこんな特等席で見られるなんて、アニムスさん太っ腹! と拝む。
我ながら現金だった。只より高い物は無いのだ。

「――うん、神だよ」

それだけ言うと今度こそ、姿を消した。心なし嬉しそうだったのが印象的である。
テンションまかせの発言故に深い意味は無かったが、神様呼ばわりはツボをついていたようだ。

「で、何ですか話って!?」

問い詰めたい相手が早々に退場したのでザンの矛先は俺に向かった。
うん、そういえば夢コミュニケーションの話はしてなかったかもしれない。

「あー、夢ん中によく来るんだよね、あいつ」

「な、なんの為に……?」

「雑談」

としか言い様がなかった。

「……それだけですか?」

「うん、だけだけ。マジマジ」

ザンの立場からすると訳わかんないよね。でも安心して欲しい、俺もわかんないよ。

「もっと警戒とか駆け引きとか色々あると思うんですけど……あなたのその大雑把振りには、時々尊敬すら感じますよ」

「照れる」

「褒めてはいないんですが」

「あ、来た来た。ほらザン、騎士達が来たよ」

下の広場へぞろぞろと人影が集まりだす。俺は下から気付かれないように自分たちの周囲に掌握領域を展開した。
生憎と足場は狭く、移動することは出来そうもない。何気に死亡率過去最高の危機的状況である。
万が一、流れ弾でも飛んできたら回避不可能。
当たれば落ちるし落ちたら死ぬし。
もう駄目だ。

「コーラとポップコーンが欲しいな」

「余裕あり過ぎの上に不謹慎!?」

そんな風に馬鹿言ってる内に、さみだれと夕日は背後から現れたアニムスに連れ去られた。

「待ってろ俺の獲物ーーーー!!」

そして消えた3人を追いかけるバカ。
三日月ェ……。

「あの、彼は……」

「ほら、バトルマニアだから……」

俺より強い奴に会いに行く――。と言えば格好良さそうに思えども、目の前の泥人形ほったらかして走る姿は傍から見て敵前逃亡にしか見えなかった……。
各員の動揺はひとまず無職さんそーちゃんの号令で抑えられ、戦闘開始は、ヘカトンバイソンの巨腕から始まった。
当たれば挽き肉。
一撃は轟々と風を切りながら振り回される。
身を低くしながらバラバラに逃げる騎士たち。
化け物対人間において、人間がいかに無力かが垣間見える瞬間だ。

「振り回す音がここまで響いて怖いわこれ」

「ええ、今までの泥人形とは比較になりません」

マンガの内容を思い返すに、7つ目は合体前の頃と違って身軽な動きをしていた様子は無かった。
リーチの長さや腕自体の速度は十分脅威。しかし小回りは聞かず角度に弱い。
付け入るとするなら、そこだ――!!

ねえよ。

あんな馬鹿でかいのの目の前に飛び込むとか正気じゃねえよ。ヒーローみんなおかしいよ。
そんなツッコミをいれられるのも攻撃範囲外の余裕だろうか。

「やはり危険に近づくべきじゃないな」

「……え、ツッコミ待ち?」

何もおかしくないし。

騎士たちの方は散開することで狙いを絞らせず、体の小ささで上手く攪乱している。
しかし攻撃が出来ない。
現在の騎士では単体攻撃力が低く、効果のある攻撃をするには複数人が足を止める必要がある。
泥人形側も意外に目敏く全体の動きを把握して動いている節があった。
踏み込むのは困難だ。太陽など近づいてもいない。
遠目に見ればそんな動きも顕著になる。子供組は全員近づいてはいないが、咄嗟に動けるよう身構えている雪待と昴に比べれば、動く様子が見られない。
原作知識故の先入観だろうか。

不意に、爆音が轟いた。

「っ、何が!?」

花火なんて目じゃない程の、まさに爆撃音である。
海側から巨大な水柱が上がっているのが見えた。
そして、それに気づいて俺は慌てて泥人形に目を向ける。

風巻さんが、泥人形に手を付けた所だった。

泥人形が内側から砕け、中からもう一体の泥人形が生まれる。
それは夢の中で風巻さんがアニムスに繰り出した筈の掌握領域、地母神キュベレイだ。個体名は知らん。
抉れたダメージが余程苦痛だったのか、泥人形は大きく暴れだす。
滅茶苦茶に振り回された巨腕。
偶然、狙いが白道さんの身に迫り――。

その腕は切り捨てられた。

「良し!」

「良しって何が、ええ!?」

一番美味しいシーンを見逃す事も無く、俺大喜びである。
敵は既に満身創痍。
昴と雪待が最強の矛を決め、そのまま畳み掛けるように総攻撃を受けたヘカトンバイソンの肉体は、完全に崩壊した。

「やっ……たぜーーーーーーーーっ!」

太郎の歓声。
ジワジワと追いつめられていく戦況だったが、気付けば一瞬にして決着がついていた。
多分大丈夫だろうと思ってはいても、やはり結果が出るまでは何が起こるか分かったものじゃない。
無事に終わって良かった良かった。

「犠牲も出ずに終わった様ですね」

「そうだな。でも、現場にいない3人の身に何かあったりしちゃったり……」

「お、脅かさないでくださいよ!」

「なんてな。電話してる南雲さんの様子からして大丈夫っぽいよ」

「そうですか……」

やがて、一通り喜んだ騎士たちは宿に戻るため、この場から解散する。
倒された泥人形の残骸もいつの間にやら消失し、後に残ったのは踏み荒らされた地面のみ。
俺たちの存在が気付かれる事も無く、今回の戦いはこうして幕を閉じるのだった。

「……」

「……」

「……」

「降りれん」

「どうするんですか、これ……」

「え、なにこれ、フォロー無し? 放置プレイ? アニムス! アニムスどこー!?」

しかし終ぞ、魔法使いが迎えに来ることは無かった……。






「SIDE:織彦」

「なんですか唐突に」

「いや、暇なんで精神攻撃を」

「攻撃って、何にです?」

「もしかしたら存在するかもしれない読者に」

空を見上げてそんな事を言い出した俺を、ザンは『何言ってんだこの人』と言いたげに見つめる。
まあ、待ちたまへ。例えば俺たちのいる場所が異世界か漫画の中かという疑問は常に付きまとう話ならば、その可能性の中にssという選択肢が無いとどうして言い切れようか。
だとすれば、今の行動は俺が二次元存在でありながら次元の壁を超越し、三次元存在へと攻撃を仕掛けたという事なのだ。――SIDE形式をな。
まあ特に意味は無いが。

それもこれも全て暇なのが悪い。
放置状態からはや数時間。未だ崖の中腹に突っ立っている俺に出来ることなど何もありはしなかった。
一応助走をつけて駆け上がれば登れない事はないくらいの場所にいるとはいえ、座る事さえ困難なスペースではそんな真似ができる訳もなく。
ロッククライミングするパワーもないし、されど助けを求めようにも買い物は近場で済ませる気だったせいで携帯も持っていない。
俺の人生は泥人形戦など関係無しにまさかの野垂れ死にという衝撃の結末に至る可能性が高まっていた。

太陽が沈み始める。このあたりが旅行地にしろ、夜こんな場所まで人が来るとも思えない。助けを待つのは絶望的だろうか。
海風は少し肌寒かった。風に森がさざめいて、野鳥は鳴き声を増している。バサバサ飛び発つ鳥の姿がひのふのみのよのまあ一杯。掌握領域のおかげで遠くを見るのは得意だが、動体視力はそれほどでも。野鳥の会にはなれそうもなかった。
賑やかになった空に比べ、人気ひとけ所か獣の気配も感じない地面の過疎っぷりと来たらもう。……いや。

「野生動物がうろついてるな」

たまたま目に着いたのは、地上をうろつく黒い毛玉。
泥人形戦終了から、ようやく現れた生命反応である。

「この辺り、猪なんていたんですね」

珍しい物を見たものだ。日が完全に沈んでいたら認識すら出来なかっただろう。
小さな体躯に大きな力も、自分の方に突撃してきたりさえしなければ可愛い物だ。
鼻を鳴らしながらグネグネと歩く姿を眺めると、心が若干癒される。

「平和だ――」

「場所さえまともでしたらねぇ……」

「言うな」

現実は非情である。ああ、なんだか目から汗が。
当然ながらこちらの感傷などあちらには関係がなく、猪の姿は森の中へと消えていく。

「晩飯ゲットーー!!」

「ブヒィーー!!」

「「ええ!?」」

勢いよく飛び出して来た人影が猪を取り押さえた。
何処の蛮族かと思わせる、野性的な不審人物。

「あれは……」

黒シャツ姿の青年。
東雲三日月その人だった。

「なんなの。あいつヒーロー体質かなんかなの?」

それとも俺にも主人公補正ってあるんだろうか。
三日月の人のピンチに駆けつけるそのタイミングの良さには驚愕を禁じ得ない。
まあ実の所、豪勢な食事を前に食べさせてもらえないという拷問から逃げ出して来ただけだったのでそんな格好良い物では無いのだが。

「そんなことよりほら、折角人がいるんですから助けを!」

「あ、そうか」

掌握領域でザンの姿と、ついでに指輪を隠してから大声で呼びかけた。

「すみませーーん!」

「ん?」

さいわい声が届いたらしく、三日月が崖を見上げて視線を彷徨わせた後、こちらを見つける。

「降りられないんですー、助けてくださーい!」

「おーっ、まかせろーーー、……」

即答で快諾したように思えた三日月の声だったが、突然それが尻すぼみに小さくなった。
どうしたのかと思えば、逃げない様に抱えた猪の様子をじっと見ている。
再び俺の方を見て、もう一度猪を見つめる。

「……」

「……」

「お礼に飯奢らせてくださーい!」

「今行くから待ってろーーっ!」

良い笑顔だった。
駆け出す三日月。
放り投げられる猪。
人命ついでに小さな命が一つ、救われたのだ……。

それは兎も角。

こうして三日月に飯を奢ると安請け合いしたは良いが、当然ながら財布の中身は有限である。
生活費を仕送りで賄う学生が小遣いに余裕があるとは言い難く、まして常日頃から全財産持ち歩いて回る程リスキーな過ごし方はしていない。
外食、まして食べ盛りの青少年二人分ともなれば、懐具合も底がつく。
――つまり。

「……天川くん?」

「……どうもー」

「そーちゃん定員一人追加なー」

翌朝。
三日月に連れられてやってきたのは騎士団の元。
合宿が終了してこれから帰ろうとしていた彼らの前に顔を出すと、驚き顔の夕日さんに遭遇することとなった。
あちらもまさかこんな所で会うとは思わなかったのだろう。こっちもである。

飯を奢り料金を支払った後、何処とも知れぬ地で素寒貧の財布を抱え、さてどうやって帰れば良いのかという問題に再び直面した俺は、再び三日月に泣き付く事にした。
状況から考えて一番助けを求め易い相手は夕日だったが、俺視点から夕日の所在を把握する手段は無い事になっているし、三日月に聞こうにも彼と夕日の接点も知らない筈である。そんな状況で夕日に接触するのはいかにも不自然なため、偶然交流を持てた三日月を頼るという手段を取るに至った。
最悪タクシーを使えば帰れなくは無かったが……出費が洒落にならない。生活苦の末に今度は飢え死にフラグが立ってしまう。
そんな訳で、騎士バレしかねない状況には正直頭を抱えたい心境だったが、背に腹は代えられなかった。

「かまわんが……昨日は結局どうしてたんだ?」

「焼肉食ってた! 伊勢海老食えなかったし!」

俺の金で。

「肉か」

「あ、こちら従妹の友達の天川君です」

「どうもー」

色々説明の足りない三日月にかわり騎士団の面々に紹介してくれる夕日さん。
風巻さんに白道さん、雪待、昴、太郎と社交的な所から自己紹介を始める……マンガでの呼称のせいか風巻さんと白道さんは脳内でもさん付けになるな。そして安定しないそーちゃん。

「君も旅行かい?」

「旅行というか拉致というか……」

はたして誘拐を旅行扱いして良い物かどうか。
無理。

「着の身着のまま強制連行の挙句、崖に放置プレイくらいまして」

「「崖っ!?」」

アニムスの説明する訳にもいかないので端的に事実を並べるとこうなる。

「何故そんな事に……」

「苛め……?」

「警察行った方が良いんじゃ……」

深刻なリアクションを返されてしまった。大事にしたかった訳ではないので慌ててフォローを入れる。

「そこまでする程では……よくある事ですし」

「よくあるの!?」

夢の世界には何度も引っ張り込まれているので何も間違ってない。
バレて良いなら『ほら、風巻さんも夕日さんもよくあるじゃないっすかー』とか言いたい所だ。

「それで三日月さんに助けて貰った訳なんですよ」

まあ深く突っ込まれても困るので、そう締める。

「そ、そうか。その、三日月が迷惑かけたりは……?」

「ゆーくんそれ酷くない?」

「全然そんな事無いですよ。若干財布は軽くなりましたけど」

夕日とさみだれに面識こそあれ、だからといってこの説明を信じてくれというのも若干無茶がある気はするが、そこは実際に崖から助け出した三日月がいるので一応納得してもらえた。
三日月さんはヒーローです。

「ところで」

周囲を見渡す。
南雲さん筆頭に大人数名。夕日達若者数名。子供数名。事情を知らない人から見れば共通点も見受けられない構成である。

「何の集まりですか?」

一般人ぶるため、自分の事は棚に上げつつあからさまに不思議な部分には突っ込んでみたりする。

「あ、ええと……地域のボランティア集会みたいなものだよ」

視界の端でギクリと体を強張らせた人がいたりする中、ポーカーフェイスを維持する夕日さん。さすがは魔王の配下。

「さて、ではそろそろバスに乗り込んでくれ」

話の流れがまずい方向に行く前にさり気なく話を断ち切った南雲さんに促され、俺もバスへと乗り込んで行く。

しかし、そうか。交通手段はバスを借りていたのか。
原作読んでる時は現地の活動中心だから気にしてなかったが、よく考えると電車にしろバスにしろ他の客が居る交通機関ではダンスの存在が絶望的に邪魔なんだよな。
意外な所で発見した原作の裏側に驚いたりしつつ、適当な座席へとお邪魔する。

ゆらり、とザンが外を泳ぐ。姿は誰にも見えていない。
隠れていても、車内に入れるにはその図体は大概にデカく、誰かと接触でもしたら目も当てられない。
他の動物達が重力という真っ当な物理法則に縛られる中、一匹だけ浮いているという意味不明現象のお蔭で、外にほっぽり出すのも特に悩まなくて済んだ。
バスが出発するとそれに伴いザンも車体と並走を始める。

道路上を車の速度で遊泳するマグロ……ミサイルか何かか。

そんな恐ろしい光景も、掌握領域で姿を隠しているから見ることが出来ず残念だ。さらに言えばダンスはバスに乗っていて外を走っていないのが残念だ。
もしもザンとダンスが姿丸出しのまま外にいてくれたなら、轟音と共に風を突っ切り道路でデッドヒートするカジキマグロ&馬という絵図らを実現出来たかも知れなかったのに……!!
まあ、幾ら馬の脚が早いと言っても、最高速度を維持したまま走れる距離はたかが知れている。帰りの道のりを延々と走らせるというのも無茶な話か。
出来ない物は仕方がない。カバー裏4巻は諦めよう。

「トランプするけどやる人ー」

「あたしー」

「僕もやろうかな」

にしてもあれだ。親交のないグループの中に混ぜて貰った時のアウェー感ったらないね。
話題に絡み辛かったりするし変に気を使わせると空気おかしくなったりするし。俺の場合自分の正体隠してるから倍率ドン。
騎士団の皆様も部外者の俺がいる分獣の騎士とのやり取りとか泥人形関係の話題とか出し辛いだろうし、とても申し訳ない事をしてしまったかもしれない。

「よーっし、じゃあ俺歌うぜー!」

「おー、みー君やったれー!」

ああ別に気にしてないですね良かったです。深く考える事は無かったか。

いや、だからといってバレる危険のある手段を取った以上、気を回し過ぎて困りはしないと思うのだけれども。普段はその辺頓着せず過ごすんだけどなぁ。
そもそも無事に帰る方法として彼らの世話になる以外の手が取れれば、こんな事で悩む必要は無かったというのに。
前世知識があろうと所詮は金も伝手も無い子供。
出来ることと言えば精々隠れる事ぐらいであり……?

「あ」

隠すなら、わざわざバレ易い騎士団のど真ん中に来なくとも、電車に無賃乗車すれば良かったじゃないかと今更ながら気付いた。
それなら面倒くさい掌握領域の使い方を必要とせず、姿を隠すのもそこまで徹底しなくていい。
人様の後をこそこそ着いていく事は思いついても金銭誤魔化す事は考慮外になってたあたり、案外小市民じゃないかね自分。

「何やってんだろ俺……」

三日月の騒がしい歌を後ろに頭を抱える。
普段はツッコミなり心配なりしてくるザンも外なので反応は無い。
毎回、どっかこっかでうっかりしてる自分を感じたりしつつ。

そして結論はいつも一つ。なるようになれ、と開き直る事にした。

「天川君も歌うかい?」

「え? あ、いや俺は別にそんなアーア゛ー、ウンッ」

「ノリ気だ!?」

学友と遊ぶ予定の一つも無かった夏休み。
結果的に、こうして大勢で旅行した事を考えれば、以外と満喫出来ていたんじゃなかろうか。


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