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[17066] 【ネタ・ギャグ】まったりヴォルケンズ(はやて憑依、原作知識無し)
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:f676cb3c
Date: 2011/01/03 22:37
前書き

この作品には以下の要素が含まれます。

・はやて憑依
・性格改変
・原作崩壊
・ネタ

至らぬ所が多いと思いますので、ご意見、ご指摘などありましたら、どんどん書き込んでいただけると助かります。

最後に一言

ヴォルケンズ&はやてスキーの人ごめんなさい



[17066] プロローグ
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:ec82c193
Date: 2010/06/11 16:05
「もう、嫌や……」

部屋のベッドにうずくまった少女は、震えた声でそう呟いた。

少女は孤独であった。両親を早くに亡くし、足を患っており満足に学校にも行けないため、友人と呼べる存在もいない。

「どうして、私だけ……」

少女はその辛い境遇にひたすら耐えてきた。掃除も洗濯も料理も、小さな頃からずっと1人でこなしてきた。そうしなければ、生きていけなかったから。

「うぅ、あ……」

今までは、悲しいとか寂しいといった感情は、日々の生活の忙しさに忙殺されていた。しかし、そんな生活に慣れて、周りを見渡す程度の余裕が生まれた少女は気付いた。自分は孤独であると。

親、兄弟、友達、そういった当たり前にあるものが、無い。

少女は泣いた。家族が欲しい、友達が欲しい。お喋りして、遊んで、たまにケンカして、どこかに一緒に出掛けたり、喜びを分かちあえる存在が欲しい。そう願いながら泣き続けた。

泣き続け、そして、力尽きたかのように、少女は眠りにつく。素晴らしい明日が来ますようにと、無理だと思いつつも願いながら。



うつろう意識の中、少女の頭の中に声が響く。

《寂しい?》

少女は答える。

(……寂しい)

《お父さんやお母さんが欲しい?》

(欲しい)

《それがアナタ本来の両親でなくても?》

少女は少しの間考え、

(私の両親、もう顔もろくに覚えとらんもん。かまへんよ)

《……そう、それじゃあもうひとつ質問、今の自分は気に入ってる?》

(足が動かんこの体じゃ、友達もできん。気に入るわけがないやろ。健康な体と交換してほしいくらいや)

《新しい家族と健康な体、両方ともアナタにプレゼントしてあげる》

(ほんまか! あんたもしかして神様なん?)

《……そんなものかしら》

(神様ってほんとにいたんやなぁ)

《……さて、それじゃあそろそろ新しい家族に会わせてあげる》

(もう会えるんか! なんやドキドキしてきたわ)

《……幸せにね、はやて》

(え……)

何か言葉を返す暇もなく、少女の視界は光に包まれ、そして――――



[17066] 一話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:f6946965
Date: 2011/01/03 22:50

「レバ剣求めて50時間……長かった」

長い時間椅子に座って凝り固まった筋肉をほぐした私は、ガッツポーズを取りながら万感の思いを込めて呟く。

私こと神谷ハヤテは、年のわりには大人びているとよく言われるピチピチの小学三年生。周りにいるのが思考も言動も低レベルなガキばっかりだからそう見えるんだと思う。

趣味はゲームにマンガにアニメ、いわゆる日本が誇るサブカルチャー全般。家が裕福なお陰でお小遣いもアホみたいに貰えるので、秋葉原の猛者共もビックリするほどその手のアイテムを集めまくった。日本に生まれて良かった、マジで。

私は世間でいうところのいわゆるお嬢様というものである。まあ親が金持ちというだけで、私自身が品行方正、清廉潔白というわけでもないのだが。

しかし、世間というものはそういった外面を異様に気にするらしく、私のような金持ちのお嬢様がこんな低俗な(まあ高尚だとは私も思わないが)趣味に走ることを快く思わない人間がちらほらといる。……具体的には父様とか、母様とか。

まあそんなわけで、公の場にメイド服を着て出掛けたり、夏と冬に聖域にて行われる祭典に参加することも禁止されている私は、1人寂しく部屋でネトゲに興じる他無いわけで。

「なんという達成感。これだからネトゲはやめられない、止まらない」

学校から帰ってきてすぐログインした私は、長い間追い求めている秘剣をゲットするため、(リアルで)飲まず食わずでひたすらフィールドを駆けずり回った。そして、日付が変わるかという時間に、ついにレアアイテム『レヴァンティン』を手に入れたのだった。

「おっと、こんな時間まで付き合ってくれた〈菜の花〉さんにちゃんとお礼しなきゃね」

〈菜の花〉さんは、ネトゲ初心者だった私に、チャットのマナーからモンスターの効率的な狩り方まで様々なことを教えてくれた、まるで先生のような人だ。リアルで会ったことは無いが、話し方や私と似た生活時間(ログイン、ログアウトがほぼ同じ時間なのだ)から、同じ小学生だと推察している。まあ聞かないけどね。

『ネトゲの世界でリアルに干渉するのは外道のすることなの』

とは〈菜の花〉さんの弁。このセリフを聞いた時は思わず「カッケー」と呟いてしまいましたよ、私は。


〈疾風〉:有り難うございます〈菜の花〉さん。お陰でレバ剣が手に入りました。(^.^)(-.-)(__)


〈菜の花〉:長い闘いだったの。でも物語はまだ終わってないの。〈疾風〉さんも道中気を付けて、なの。


〈菜の花〉さんはロールプレイ(成りきり)が大好きなようで、使っているキャラクターに合わせて口調がコロコロ変わるから、話してて面白い。ちなみに今〈菜の花〉さんが使っているキャラクターは、口髭を生やしたモサイオッサン侍。

「さて、と」

もう夜中だ。私も〈菜の花〉さんもそろそろ寝なければ明日に響くだろう。

〈菜の花〉さんに別れを告げ、パソコンの電源を落とす。

「……お腹空いた」

このまま寝てもいいのだが、空腹で寝付けないというのはいただけない。

お嬢様(笑)なだけあって、それなりに舌は肥えているが、カップラーメンやジャンクフードといった、庶民的な食べ物が私は好きである。

「確か買い置きしてあったはず……」

ゴソゴソとベッドの下をあさる。

なぜこんな場所に隠しているのかというと、成長期の娘がこんな栄養も何も考えていない食べ物を食べるなんて言語道断と父様&母様が以下略。

娘想いの良い両親なのだが、過保護過ぎる嫌いがある。カップラーメンくらいいいじゃん、と愚痴をこぼしつつベッドの下を漁る。

「お、これ……は」

手にしたのはR18と書かれている同人誌。

即行でベッドの下に戻す。

「……そういえばここに隠してたんだった」

私もお年頃の女の子、河原に落ちてたエロ本を拾ってダッシュで家に持ち帰っても何もおかしくはないよね? ……まあ、あまりの過激さに驚いてベッドの下に封印してそのまま忘れてたのはここだけの話。

「お、あった」

目的のぶつを見つけた私はお湯を求めて意気揚々と廊下へ続くドアを開けた。

「……ん?」

が、目の前にある、ホテルとかで給仕さんが食事を運ぶ際に用いる台車(正式名称なんて知らん)を見付けて足を止める。

その台車の上には、熱を失ってなお美味しそうな和食と、

『ゲームをするのは止めないけど、体を壊さないように気を付けなさいね。後、たまには外に出て遊びなさい? コスプレしながらはダメだけど』

と、書かれた紙が置かれていた。

「……私はニートの引きこもりか」

などと悪態をつくが、私の体を気遣ってくれるのは素直に嬉しい。

「過保護じゃなければ本当に良い親なんだ……け……」

ふと、なんとなく気になって紙を裏返してみると、そこにはこんな文字が、

『カップラーメンばかり食べてたら本当に身体壊すわよ? それと……いえ、何でもないわ』

「バレテーラ」

いや、カップラーメンまではいい。しかし例のアレが見付かっては不味い。が、……この文面から察するにもはや手遅れか。

「言い訳、考えないと」

小学三年生がエロ本持ってていい理由考えることなんて、レヴァンティン手に入れるよりはるかに難易度高いな……

そんなアホな事を考えながら、母様手製の和食をパクつくのだった。




腹ごしらえも歯磨きも済ませ、後は寝るだけとなった。風呂? そんなものは朝シャンで十分。運動なんて滅多にしないから、この時期は汗なんてかかないし。

「ん?」

ふと、誰かに見られているような感じがして、回りを見渡す。気のせいかな?

「おやすみ~」

誰にでもなくそう呟くと、私は睡魔に誘われるまま深い眠りにつくのだった。

そして―――




気が付くと、私は見知らぬ女の子になっていた。

「……夢オチに期待して」


二度寝した。




[17066] 二話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:dc36326a
Date: 2011/03/25 20:37

苦節9年、遂にこのセリフを言う時が来た!

「知らにゃい天じょ……」

噛んだ……



Take2

「知らない天井だ……」

よもやこんな大事な場面で噛むとは、神谷ハヤテ一生の不覚。締まらないなぁ。

「ふう、さて……」

現状把握といきますか。

とりあえず今寝ているベッドから半身を起こし、脇に置かれている小さな鏡を見つめる。

そこに映るのは、アニメ柄のパジャマに身を包む可憐な私……ではなく、見知らぬ少女であった。

「夢オチならず、か」

現実逃避をしていても始まらない。現実逃避していいのはマンガやアニメを見ているときだけだ。

現在の自分の状態を確認しよう。

知らない天井、もとい見知らぬ部屋に見知らぬ少女、ただし意識は私のもの、とくれば……

「憑依(オーバーソウル)」

いやまて、私。幽霊になった覚えはないし、ただの少女が少女にオーバーソウルしてもどうにもなるまい。

いけない、自分でも気付かない内に混乱しているらしい。気を取り直して思考を巡らす。

今分かっていることは、私がこの少女に乗り移ってしまったということと、

「……面白いじゃない」

そう、一生に一度あるか無いかという程の面白い状態に陥っているということだ。

一般的な小学三年生ならば、混乱のあまり泣き叫び、あまつさえちびってもおかしくないような状況だが、私は違う。

幾多のマンガ、ラノベ、SSを読破してきた私にとって、こんなシチュエーションは願ってもないものなのだ。ちびるなんてもってのほか、オネショなんて幼稚園で卒業したわ!


さて、今の状態を確認したところで次の行動に移ろう。今後の行動指針を決定する為には情報が必要だ。

この少女の生活環境、家族構成、その他諸々の情報を得るため、立ち上がろうとした、が……

「へぶっ!」

何故か下半身がいうことを聞かず、バランスを崩し地面と熱烈なキス。

私のファーストキスがまさか無機物に奪われるとは……じゃなくて!

「足が、動かない?」

ふと、顔を上げるとベッドの横に置かれた物体が目に入る。初めはただの椅子かと思ったけど……

「車椅子……この子、歩けないんだ」

衝撃の事実発覚。身体障害者だったのか。私の周りにはそういった人はいなかったけど、色々と辛いという事は知っている。

「実際になってみると、……なるほど、中々辛い」

身体をずりずり引きずり、上半身の力だけで何とか車椅子に身を沈め、脱力して、ふう、と息を洩らす。

思わず悲観してしまいたくなる身体だが、私のプライドがそれを許さない。いつから動かなくなったのかは知らないが、この子は今までこの身体で生きてきたんだ。

見たところほとんど私と同い年。ならば私に出来ないはずはない。

「やってやろうじゃない」

ニヤリと口の端を上げて私はそう呟いた。




「動けグレン号!」

決意を新たにした私は、情報収集を再開……する前に、これからお世話になるであろう車椅子の試運転を行うことにした。

「お、お、……お〜」

中々に爽快な気分だ。電動車椅子とはかくも良いものだったのか。

スティックをガコガコ動かしながら、調子に乗って部屋の中をぐるぐる移動する。むふぅ。

ガッ!

「ホアァァ!」

スピードを出しすぎたせいか、何かを踏んだ拍子に軽くバウンドしてしまい、前のめりになっていた私は前方に投げ出され、本日二度目の地面とのチュー。

「フッ、速さを追い求めた結果がこれか」

格好つけつつ、何を踏んだのか気になり後ろに目を向ける。

そこにあったのはハードカバーっぽい一冊の本。何やら鎖で厳重に巻き付けられている。

……怪しすぎる。ここまで好奇心を刺激する物もそうそうあるまい。

思い立ったが吉日、早速手に取って、中身を見るため鎖を外そうとする、が、すぐに諦める。

固すぎるのだ。とてもじゃないがか弱い少女が素手で外せる締めっぷりではない。後で機会があったらペンチか何かで破壊しよう。

取り敢えずこれは本棚にでも置いとこう。そう思い、再びグレン号に搭乗し、本棚まで移動。

「む……」

そこで気付く。かなり大きめの本棚には、マンガがぎっしりと詰め込まれているのだ。

ジャンプ系やマガジン系の単行本のみならず、小学生には不釣り合いなヤング系まで取り揃えられている。

「私が言える事じゃないけど、将来が楽しみな子ね」

これはファ○通かな? と、やや大きめの冊子を手に取る。

「アニ○ディア……そしてこっちにはコンプ○ィーク」

もしこの子と知り合っていたら、一生涯の付き合いの親友になっていただろうなぁ。




「……はっ」

いかん、つい読みふけってしまった。しかしハ○ヒ劇場版か……エンドレスエイトの件で散々叩いた身としては、観に行くのはなんか負けたようで抵抗あるな。

「情報収集、情報収集」

いい加減行動に移ろう。まずはこの子自身の情報だ。

グレン号で移動しながら近くの棚や机を漁る。気分はまさに泥棒、しかし嬉々として物色していたのはここだけの秘密。

目ぼしい場所は調べ尽くしたので、確認するため戦利品をベッドの上に並べる。

「財布に通帳、あと判子」

見事に金目のものが集まったものだ。狙ったわけではないよ?

早速確認……する前に、車椅子から降りてベッドの下を漁る。何故かって? いや、虫の知らせがね。

「お、これ……は」

出てきたのはR18と書かれた同人誌。ズボッとベッドの下に手を戻し再封印。

「この子とは他人の気がしない……」

取り敢えずこの件は忘れよう。ベッドに這い上がり、財布に手を伸ばす。

中に入っていたのは、現金と図書カード、あとこれは診察券? まあ病院に通ってても不思議じゃないか。

財布の中には私が最も見たいと思っていた物、保険証も入っていた。

「八神はやて……同じ名前とは」

偶然だとは思うが、少々作為的なものを感じる。

「年齢は8歳、一個下か」

学年は一緒だけどね。ちなみに私の誕生日は5月3日、つい先週家で誕生パーティーを開いたばっかりだ。

『(5月3日)ゴミの日か、覚えやすいな』

なんてほざいたクラスメイトがいたけど、次の瞬間には股間を押さえて涙を溢れさせてたっけ。

「住所は海鳴市か、聞いたことないなぁ」

まあ、全部の市町村知ってるわけでもないからしょうがないか。

さて、次は通帳だ。知りたい情報は大体手に入ったけど、小学生が通帳持ってるなんてちょっと気になる。まあ大した額は入ってないと思うけど。

えーと、0がひーふーみーよーいつむー……

「ちょっまっ」

確かに私はお嬢様だが金銭感覚が狂っているわけではない。だから、わかる。小学生の手元に置いていい金額じゃないってことぐらいは。

「……色々と事情がありそうね」

……なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。




その予感は見事に当たることになった。

それじゃあ家族とご対面といきますか、と部屋をでたのはいいものの、ひとっこ一人見付からない。

キッチンに行けば朝食が用意されているものと思っていたが、何もない。

共働きで両親二人とも出掛けてるのかな?

そう思い、帰って来るまでマンガでも読んでるかな、と、リビングにあったポテチをつまみつつ時間を潰すことにしたのはいいものの、昼が過ぎ、夕方が過ぎ、夜になっても玄関を開ける人物は現れない。

「まさか、ね」

嫌な予感が止まらない。そんなはずがない、あり得ないと思いつつも、最悪の予想が頭をよぎる。

「……寝よ」

流石に二日も子どもを放っておく親はおるまい。そんな淡い希望にすがり、床につくのだった。




そして翌日、昨日と変わらずがらんとした、それなりに広い一軒家のキッチンで、乾パンをぼりぼりかじりながら私は確信するのだった。

「八歳の、下半身不随の、か弱い女の子が、広い家に、一人暮らし」

ふ、ふふ、……はやてちゃん、君、化け物?



今後の行動指針決まりました。

……取り敢えず、生き抜こう。














あとがき

諸事情により、車椅子を手動切替型高性能電動車椅子にしました。



[17066] 三話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:478c24fd
Date: 2010/06/24 11:14
「あ、牛乳……期限切れの」

神谷ハヤテ、ただいま冷蔵庫を物色中です……




非情な現実に絶望しながら乾パンを貪った私は、食料の備蓄を確認するため、キッチンにある棚や、冷蔵庫の中を調べまわることにした。

流石に三食乾パンはごめんこうむる。食料が無かったら買い出しに行かなきゃならないしね。……弁当を。

何で食材を買わないかって? そんなの決まってる。

蝶よ花よと両親に可愛がられながら育った私は、包丁なんて持たせてもらえるはずもなく、……なんてことはなく、

『花嫁修行? ごめん今レベル上げで忙しい~』

刺客(母様)から、ありとあらゆる手練手管を用いて逃げ続けたため、料理なんて一度も習ったことが無いのだ。

ん? ああ、そういえば前に一度だけ作ったことがあったっけ。



そう、あれは調理実習の授業の時、隣の席の生徒と二人一組になって玉子焼きを作れと言われた私は、無垢な表情で、「卵焼きってどうやって作るの?」と、ペアの生徒に聞いたのだ。

『はあ? そんなことも知らないのか?』

こいつ正気か? なんて感じの視線を向けてきたが、相手は女子のスカートめくってきゃっきゃと猿のようにはしゃぐようなガキ。ここは大人の対応を、と思い、

『……作り方、教えて』

額にバッテンマークを付けながら、慈愛の表情で聞いた私に、奴はこうのたまった。

『お前、本当に女か?……仕方ねえ、と・く・べ・つ・に教えてやるよ。感謝しな』

バッテンマークを顔中に張り付けながらも、淑女な私は料理の説明を聞き、初めて作ったとは思えない程の見事な玉子焼きを作ったのだった。

そういえば、あの時作った玉子焼きをペアの相手に食べさせたら、急にお腹抱えてトイレ行くんだもん、ビックリしちゃった。

『腐った牛乳を拭き取ったゾウキンの味がした……』

失礼しちゃうなぁ。



「おっと、昔を懐かしんでる場合じゃない」

目の前にある腐りかけの牛乳を見つめながら、正気に戻る。

「母様(刺客)から逃げ続けたツケを、今になって払うことになるとは……」

人生何が起こるか分からないもんだね。他人に乗り移るとか、その最たるもんだ。

ん、んん? そういえば今まで考えたこと無かったけど、今の……【神谷ハヤテ】の肉体ってどうなってるんだろう?

私の意識(魂?)はここにあるわけで。

考えられるとしたら……


1 今の神谷ハヤテの肉体は脱け殻。生命活動が停止しているかわからないが、良くて植物状態、悪けりゃ死体そのもの。

2 別の意識が芽生え、神谷家の一員として優雅な時を過ごしている。

3 神谷ハヤテに体を乗っ取られ、成仏するはずだった八神はやてが、恨みパワーで私の肉体を乗っ取り返し、神谷家の一員として以下略。


……1は遠慮したいなぁ。父様や母様を悲しませたくはない。…中身が私じゃなくても、神谷ハヤテの姿をした【誰か】でも、神谷家の一員として、家族を安心させていてほしい。

ベストはやはり3だろう。私も、はやてちゃんを(不可抗力とはいえ)殺した、という罪の意識に苛まれずに済むし、はやてちゃんも、何不自由しない家の長女として生まれ変われるんだから、文句は無いはず。オマケに美人だしね!


ふうむ、しかしここで考えてても何もわからん。

……いっそ、神谷家にグレン号で突入して、

『父様、母様、騙されないで! そいつは偽物よ!』

とかやってみるか?

でも1だった場合、お通夜ムードの神谷家に珍獣が紛れ込みました、なんてことになりかねんしなぁ……

……そうだ、ちょっと覗いて確認するだけでいいじゃん。

1だった場合は、……大人しく八神家に戻ろう。突然車椅子に乗った女の子が、

『父様、母様、私よ! 父様と母様の愛の結晶よ!』

なんてほざいた時にゃ、いくら温厚なうちの両親でもブチギレ確実だろう。


2だった場合は、……やっぱり大人しく八神家に戻ろう。

たとえ見知らぬ誰かが私の身体を好き勝手していたとしても、周りから見ればそいつこそが神谷ハヤテであり、異分子は私なのだ。

……父様、母様と疎遠になるのは辛いなぁ。

そして、3だった場合。もしこの状態だったならば、みんながハッピーエンドを迎えることができる。

私が考えたプランはこうだ。

下半身不随の身寄りの無い女の子が、神谷家に突入し、養子にして下さいと泣きつく。

情に厚く、お人好しな我が両親、号泣しながら承諾。

ハッピーエンド


……いや、少し虫がよすぎるか。プランBにしよう。


プランB

はやてちゃんと接触、交友を深める。

はやてちゃんを洗脳、私無しじゃいられない体にする。

我が両親に、

『私、はやてちゃんみたいな妹がほしいな~』

と、囁くように指示。

娘に甘すぎるマイペアレント、考えることもなく了承。

そして、新たな娘を温かく迎え入れようと、抱き締める父様、母様に挟まれながらこう呟くのだ。

『……計画通り(ニヤリ)』

……完璧すぎる。

新世界の神なんぞ目じゃないわ!




「考えはまとまったし、行こうか……な……!」

プランを実行すべく、家を出ようとして、気付く。

「なん……だと?」

あり得ない、何で?

「家の住所が……わからない」


いや、住所を忘れた、とかじゃないよ? 知識として知っている筈なのに、家がどこにあるのか考えると、頭の中が真っ白になってしまうのだ。

何これ、何かの呪い?

「……無理、もうだめぽ」

十分ほどねばってみたが、一向に改善の兆しが見られない。頭痛が痛い…間違えた、頭が痛い。

「今は無理、か」

しょうがない、いつか思い出すでしょ。

楽観的だとはわかってるけど、どうにもならないしね。なるようになれ、ケセラセラってやつだ。




「さーて、と」

長い間考えごとしてたせいで、時刻はもう昼前だ。

流石に二日間放置してただけあって、冷蔵庫の中のものには消費期限が切れている物が幾つか見付かる。

しかしその中で一際異色を放つものがあった。

「何故ある、おでん缶」

しかも、側面にギャルゲに出てきそうな女の子がプリントされてるやつ。

買ったは良いけど勿体無くて食べられなかったの、はやてちゃん?

はやてちゃんの新たな一面を垣間見た瞬間だった。




冷蔵庫の中をあらかた整理した私は、それがあまり意味の無い行為だったことに気が付いた。

料理出来ないんだから、食材全部捨てるしかないじゃん……

生の人参や肉にかぶりつくわけにもいかないしなぁ。黙って腐るのを見ているわけにもいかない。

ポリ袋にポイポイと放り投げながら、お魚さん、お肉さん、恨むなら、私に料理の楽しさを教えられなかった、あのバカなクラスメイトを恨んでね? と念じてみる。食べ物の恨みは怖いって言うしね。

あれ、食材があるってことは、はやてちゃん料理出来るんだ。ほんとハイスペックな八歳児だなぁ。




「グレン号、お前に命を吹き込んでやる!」

いざっ、見知らぬ外の世界へ。

代わり映えのしない家並みを横目にグレン号を駆る私。風がきもちいい。

取り敢えずコンビニかスーパーを発見するまで、適当にグルグル探索しよう。

……しかし本当に気持ちいいなぁ。運動なんて滅多にしないから、頬を流れる風がこんなに心地いいものだなんて知らなかった。

チリンッチリンッ!

「お?」

なにやら背後からやかましいベルの音が……

身体をよじって背後を覗く。そこには、ママチャリにデカイ尻を乗せたパーマのおばちゃんの姿があった。

なるほど、邪魔だから横にどけと、そういうわけですな? いいですとも、どきましょう。

「……チッ」

私を追い抜く際、奴はわざわざ聞こえるように大きく舌打ちしていった。


……ババア、貴様は私を怒らせた。

「リミッターを外させてもらう」

本来、日本では車椅子の最高速度は時速六キロに定められており、日本製の車椅子はそれ以上の速度は出ないようにされている。

だがしかーし! このグレン号は一味違う!

外国製のオーダーメイド、日本円にして八十万は下らない、スペシャルな機体なのだ。(説明書に書いてあった)

その最高速度、なんと時速十四キロ!

まさか外に出て5分でその真価を発揮することになるとはね……

「燃え上がれハート、刻み込めビート!」

今が駆け抜けるとき!

「はぁぁぁーっ!」

忌々しいパーマを追走する。その勢い、修羅の如く。ぐんぐんと縮まる距離。こちらに気付いたパーマが恐怖で顔を引きつらせるが、もう遅い。

「グゥゥレイトォォ!」

パーマを追い抜き華麗にターンを決める。タイヤが焦げ臭いが気にしたら負けだ。

ガタガタと震えるパーマ。ふん、ざまあない。

「オバサン、人に道を譲ってもらったら、何て言うのかな?」

「……あ、……ありがとう……」

「良くできました」

マナーは大切だよ?

『あー、そこの暴走車椅子の子、ちょっとコッチ来てくれるかな?』

「……アディオス!」

権力の犬が、事件の匂いを嗅ぎ付けたようです。



なんとか白黒の車を撒いた私は、ようやくスーパーを発見し弁当をゲットしたものの、帰り道が分からなくなり、先程まで追いかけられていた相手に保護されるのだった。

「カツ丼、うま」

ちなみに、弁当とカツ丼交換してもらいました。こっちの方が美味しそうなんだもん。



[17066] 四話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:75e3208b
Date: 2010/06/01 12:16
「いや、あの、出来心だったんですよ」

神谷ハヤテ、只今お説教くらってます……




「いいね? もうあんなスピード出しちゃ駄目だよ」

ええ、分かってますとも。だから早く家に帰らして下さいよ。

「……おじさんの目を見てご覧。おじさんはね、たくさんの悪い人たちを見てきたから、相手の目を見れば嘘をついてるかすぐ分かるんだよ?」

ほう、そいつは凄い。でもそんなのどうでもいいから早く帰らしてってば。

「……うん、君は嘘つきじゃないね」

あなたの目は節穴です、とは言いたくても言えない私。もどかしい。

「よし、それじゃあお家に帰してあげよう。ご両親の携帯番号か、お家の電話番号、わかるかい?」

ご両親は恐らくお星様になって私を見守ってくれていると思います。お家の電話には触れたことすらありません。

「えっと……うちの親、共働きで、夜遅くに帰って来るんです」

「そりゃ困ったなぁ。ここには今私一人しかいなくてね、君をお家まで送ることが出来ないんだよ」

あれ、あんた嘘ついたら分かるんじゃないの?

いや、これはチャンスか。

「大丈夫です、家はすぐ近くなので一人で帰れます。ほんと、すぐです」

「……君、迷ってなかった?」

「まさか。最近こっちに来たばかりなんで、探検してたんですよ」

これはあながち嘘ではない。

「本当に? 怪しいなぁ」

お前の目は本当に節穴だな!くそう、早く帰らないと見たいアニメが終わっちゃう。

「まあいい、君を信じよう。嘘つきは泥棒の始まりだよ?」

既に泥棒まがいのことはやってますが、家捜しとか。

まあいい、これでやっと帰れ……

「誰かに襲われたら、大声出すんだよ。すぐに助けるからね」

……大きなお世話ですよ、本当に。




ふう、やっと解放された。昨今のポリ公は、皆あんなに職務熱心なのかね?

「すぐに助ける、か」

全く、本当にお人好しで、甘過ぎて……

へどが出るわ!

その驕り、侮りが自らの首を絞めるなると、なぜ……

おっといけない。第二の人格が目覚める所だった。

しかし、本当に甘い。

「巡回時間と巡回行路、ゲットだぜ」

ただでは転ばない女、それが私。

カツ丼を食べ終えた私は、お茶を飲みたいとせがみ、オッチャンを奥の部屋へと向かわせ、その隙に職務机の中を確認し、見事目的の情報を手に入れたのだ。

そう、情報のみ。

流石に用紙をパクる訳にもいかず、ざっと一通り目を通し、それを頭の中に叩きこんだのだ。記憶力には自信があるんだよね~♪

「これで私達の逢瀬を邪魔する者はいなくなった。ねぇ、グレン号?」

そう、私はグレン号に恋をしたのだ。具体的にはその速さに。

あのパーマを追跡した時の躍動感といったらもう! 病み付きになってしまいましたよ、わたしゃ。


……パーマ、か。そういえば、あのオバサンがこの身体になって初めて会話(?)した人間なんだよね。そしてその次が、あの節穴のオッチャン。

……同年代の人と、会話したい。というか、若い人なら誰でもいいや。オッチャン、オバサンとは話が合わん。

「帰ろ……」

微妙な寂寥感を背負いながら、帰路につくのだった。

あっ、帰り道わかんね。




結局家に着いたのは深夜と言っていい時間帯だった。まあいいか、それなりの収穫はあった。あと、今日やることは……

「……お風呂入ろ」

よく考えたら丸二日入っていなかった。くさい、きたない、きつ……くはないが。花も恥じらう乙女がこれではいかんだろう。

着替えを抱えて脱衣場に到着。さて、

「今、ここに、はやてちゃんの一糸纏わぬあられもない姿が!」

……虚しい。

「私を癒してくれるのはお前だけだよ、グレン号」

尻の下の物言わぬ相棒に言葉をかけながら脱衣開始。

「よっ、ほっ……ぬん!」

衣服を脱ぐのも一苦労なこの身体。……はやてちゃん、君本当に苦労してたんだね。

「ズボンが、脱げない」

温室でのびのびビヨーンと育った私には、かなりの苦行だぞ、これは。

前屈するようにギリギリまで手を伸ばす。もうちょっとで……ん?……お、おお?

すぽーん!

「つおぉぉ!」

脱げたはいいものの、反動で背もたれの金具部分に後頭部を強打、のみならず、スティックを誤って操作してしまい、全速前進、ヨーソロー。

「……泣きっ面に」

何故か水が張りっぱなしの浴槽にぶつかり、投げ出された身体は……

「スズメバチ!」

ドボンと頭から着水。出来の良いコントみたいだなぁと思いながら、私はそのまま意識を奈落の底へと……


「ぶるぁぁぁぁっ!」

落としてたまるか!

ひゅー、危ない。三途の川の向こう側を垣間見てしまった。

「……飼い犬に手を噛まれるとはこのことか。ええ? グレン号」

寒さに震えながら下手人を睨み付ける。百年の恋も冷める程の反逆っぷりにびっくりだよ。

──つるぺたに情けは無用なり──

気のせいだろうか? なんか聴こえたような気がしたが。

「全く、とんだじゃじゃ馬だよ」

あ……グレン号から降りて脱げばよかったじゃん。




冷えた身体をシャワーで温め、全身をくまなく洗った私は、お湯を張るのも面倒くさくなり、湯船に浸からず風呂を出ることにした。

「いつか私以外乗せられないようなカラダにしてやるから……」

タオルで身体を拭きながら再度グレン号を睨み付ける。

──フッ──

鼻で笑われた気がした……



さーて、もう寝るかなー、と寝室のベッドにダイブしようとした時に、ふと気付く。

「病院に通ってるんだよね、たしか」

財布を取り出し、診察券を眺める。えーと、次の診療日は、と……明日じゃん。

いけない、海鳴大学病院てどこにあるんだろ。住所自体は診察券に書いてあるけど、道がわからん。こんな時は……

「彼奴(きゃつ)に頼るとしよう」

人類が産み出した最高の叡知の蔵。その名はインターネット。

はやてちゃんの事だから、ネット環境は整えているだろう。パソコンは、確かリビングにあったはず。



「ポチッとな」

リビングに移動し、パソコンを起動させる。中々高そうなパソコンですな。

立ち上がるまでしばしボーッとする。壁紙はどんなのかな? 楽しみだ。

「……渋いチョイスですな」

某執事アニメに出てくる、ツッコミ女がハリセン持ちながら不敵な笑みを浮かべていた。



「……ん、メール?」

病院付近の地図を印刷した私は、三日ぶりのネットサーフィンでも楽しもうと思ったのだが、メールが届いていることに気が付いた。

早速開いて見る。差出人は……外国人? これはなんて読むのかな?

「ゲル=ゴーレム、かな?」

うん、きっとそうだ。中々個性的な名前じゃないか。

『やあ、久しぶりだね。元気だったかな? 実際に顔を見て挨拶したいんだけど、これでも忙しい身でね、画面越しで失礼するよ』

当たり障りのない文章が並んでいる。というかこの人はやてちゃんとどんな関係?

『最近は物騒だからね、戸締まりはしっかりするんだよ。あと、お金の無駄遣いもダメだよ? いくら沢山あるからって、お金は有限だからね』

……はやてちゃんの財政事情に詳しい。もしかして、あの謎の資金の出資者ってこの人? ていうか、リアル足長おじさん?

『……それじゃ、また連絡するよ。身体に気を付けて』

メールを読み終わった私は考える。

何が狙いなんだ、この人は……

リアル足長おじさん。世の中にはそんな奇特な人もいるかもしれないが、いくらなんでもあの額は異常すぎる。

身寄りの無いいたいけな少女に、多額の援助をする怪しさ満点の(たぶん)オッサン……

私は、熟考に熟考を重ね、ついに正解を導き出すことに成功した。

「ロリコンなんだ、こいつ……」

そう考えれば全てのつじつまが合う。

幼少の頃から自らの手のひらの内で飼い慣らし、資金援助という免罪符を盾に、食べ頃になったら自分のものになれと迫る。

見事はやてちゃんをその魔の手で手に入れた暁には、援助していた金も自らのもとに戻って来る寸法ってわけだ。

……とんでもない鬼畜だよ、こいつは。

なんという知略、智謀。げに恐ろしきはそれを実行するという行動力か……

光源氏計画をリアルで決行するとは、頭の中に悪魔でも飼ってるのか?

ロリコンってレベルじゃねーぞ!


しかし、いくら彼奴(きゃつ)が類い稀なる神算鬼謀の持ち主でも、その計画の内には【神谷ハヤテ】というイリーガルなファクターまでは含んでおるまい……

そこを突いて、

「逆に利用してやるわ……」

搾れるだけ搾って、最期にはボロ雑巾のようにぽいっ。

相手は稀代にも稀な鬼畜だ。遠慮なんてしてたら逆に喰われてしまう。

殺られる前に殺れ。

良い言葉じゃないの。

はやてちゃんに目をつけたのが、運の尽きよ、ゲル=ゴーレム!


どう料理してやろうか考えながら、睡魔へと身を委ねる私だった。



[17066] 五話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:34739398
Date: 2011/01/03 22:52
「そうだ、ヘルパーを雇おう」

良いことを思い付いた神谷ハヤテです。




はやてちゃんに乗り移り早三日。

グレン号にも、はやてちゃんの身体にも馴染み、気分爽快な朝を迎えた私は、ヘルパーを雇えば負担減るんじゃね? という、極々一般的な考えを持つに至った。

金ならうなるほどあるし、一人、二人雇ったところでなんら支障はあるまい。

考えたら即実行が私の信条。早速電話してみよう。

タウンページをめくり、最寄りの介護センターを探す。

海鳴、海鳴っと……あった。しからばっ、

プルルルルル、カチャッ!

『はい、こちら海鳴介護センターです。ご用件をどうぞ』

「あ、はい、こちら神……八神と申しますが、ホームヘルパーの申請を──」

『ガチャッ、ツー、ツー』

……はい?

ちょっと待て、こっちは仮にも客だぞ? 福祉を名目に挙げてるが、介護は立派な客商売だろう。その商売相手にその対応はどうよ?

そこら辺のところをみっちりと教えてやらねばなるまい。リダイアル、オン!

『はい、こちら海鳴介護センターです。ご用件をどうぞ』

「お姉さん、パンツ何色?」

『パンツ穿いてません』

ドキューーン!

こやつ……なかなかやりおるわ……じゃない、本題に入ろう。

「あのー、先程電話した八神なんですけど、ホームヘルパーの──」

『ガチャッ、ツー、ツー』

「ちょっ!」


……またまた雲行きが怪しくなってきてない、これ?



その後、何度か別の介護センターに電話したものの、全て同じ結果に終わった。

「……これはあれだね、例の呪いだ」

そう、神谷家の場所を思い出そうとすると頭が真っ白になる、あれ。

こんな所にまで影響がでるとは、よっぽど強い術者が相手か。

くそう、シャナクを会得していない我が身が憎い。




現状ではヘルパーを雇うのは無理っぽいので、ひとまず諦めることにした。

「そういや、学校……行かなくて良いのかな?」

今更ながらに気付く。

自室(もはや何の違和感も無い)に戻り、学校関係だと思われる物を片っ端から集める。

その中にはこんなものが。

「休学届け……の写し」

絶賛休学中かぁ。まあこんな状態じゃ、仕方ないか。

……これから、どうしよ。

細々と生きていけば一生生活に困らない程度の金はある。

家に引き込もってニート生活をエンジョイするも良し、下半身不随でも出来る仕事を見つけ、額に汗水流し労働の悦びを見付けるも良し。……でも似非足長おじさんの玩具だけは勘弁な。

う~ん……

「病院行ってから考えよ」

それがいい、そうしよう。



「グレン号……今日のお前は輝いてみえるよ」

まあ、布巾で金属部分拭いたからだけど。

財布よーし、保険証&診察券よーし。さあ、新たな冒険の始まりだ。

ドアを開け、快晴な空を見上げると、そこには燦々と陽光を振り撒く太陽の姿が。グレン号のスペシャルなボディがキラキラと光を反射している。

時々ヤンチャをしなければ、最高の相棒なんだけどなぁ。

そんなことを思いつつ道を進む。ああ、やはり気持ち良い。家の中では味わえない爽快感だね、これは。

「む……」

しばらく進むと、前方に何やら見覚えのあるパーマの姿を発見。

最悪な出会いだったが、ご近所のよしみだ。許してやるか。

「おはようございま~す」

挨拶を交してみる。相手はこちらを見て一瞬驚いた顔をするが、

「……おはよう」

すぐに挨拶を返してくれた。……そこまで悪い人じゃないみたいだな。

「昨日は悪かったね。嫌なことがあってイライラしてたんだよ」

なんと謝ってきましたよ。

「お気になさらず、こちらも驚かせてしまいましたから、おあいこです」

苦笑してそう返す。ああ、なんかいいなぁ、こういうの。昨日の敵は今日の友ってね。

「おっと、道を塞いじまってたようだね。私はゆっくり行くから、先に通りな」

「有り難うございます」

「どういたしまして」

『……』

おばさんも昨日のデジャブを感じたのか、私と一緒に苦笑いしていた。




パーマのおばさんとの友達フラグが立った気がするが気にしたら負けだ。


「とうちゃ~く」

病院に到着、グレン号、ひとまずお疲れ様。

受付で診察券を渡し、待合室で待機する私。

この、病院独特の雰囲気、嫌いじゃない。

……こうやって待ってると、昔を思い出すなぁ。



そう、あれは学校で、身体測定をしていた時のこと。

身体測定を早めに終え、友達を待っていた私に、とあるクラスメイトがこんなことを聞いてきた。

『神谷~、お前体重何キロあんの?』

女の子になんてこと聞くんだと思いつつも、相手をするのが面倒だったので、仕方なく答えてやった。……サバを読んで。

『お前俺より太ってんのか、デブだな』

……サバを、読んで!?

『ちょっとこっちきて』

『ん、おいそっちは女子が今!』

ガララッ、ドンッ、ピシャリ

『ちょっと、エロノ、入ってくんじゃないわよ、殺すわよ!』

『違っ、俺じゃない!』

『いや、あんたでしょうがぁ!』

あの後あいつは女子に虫を見るような目で見られてたっけ。覗きはいけないよね?



『……神さーん、八神はやてさーん』

おっといけない、呼ばれてるや。

意識を戻し、診察室に入った私を出迎えたのは、リアルで拝むことが出来るとは思わなかった、美人女医。

実際にこんな人がいるとは、世の中まだまだ捨てたもんではないかもしれない。

胸元に付けられた名札を見る。石田さん、この人がはやてちゃんの主治医か。

「それじゃ、まずは前回の検査の結果を伝えるわね?」

……中々のプロポーション。これは揉み心地がありそうだ。

私は誘蛾灯に誘われる虫のようにフラフラとした足取りで石田女医に近付き、

むにゅ

胸を揉んでみた。

これは、なかなか、うん、いいおっぱいだ。

「……はやてちゃん、前から何度も言ってるけど、出会うたびに胸を揉むのはやめてくれないかしら?」

「おっと、失礼つかまつった」

手を離す。ごちそうさまでした。

「女性の胸を触って何がいいのかしら」

というか石田女医、さっきなんと言いましたか?

『何度も言ってるけど』だと?

私が触ったのは今のが初めて、ということは……はやてちゃん、君もおっぱいマイスターだったんだね。同志が見つかって嬉しいよ。語り明かせないのが残念でならないけど。

「お見苦しい所を見せてしまいましたね」

「毎回見てるわよ。……あら? いつもの関西弁はどうしたの?」

……へ? はやてちゃん関西出身なの?いや、それよりも今は誤魔化すのが先だ。

「……関西にいないのに関西弁を話すと周りから浮いてしまいますから」

「ふぅん、まあいいわ。それじゃあさっきの続きからだけど──」

細かいことを気にしない人で助かった。私が知ってる関西弁なんて、

『ここかぁ、ここがええのんかぁ?』

くらいしか知らないしね。




「有り難うございましたー」

診察を終えて病院の出入口を抜ける。

……悪化もしてないけど、好転もしてない、か。

石田女医が言うには、そういうことらしい。

ていうか原因不明のマヒって何? 呪い? また呪いなの?

「まあ、大した期待はしてなかったけど」

好転の兆しがあるなら入院してリハビリなり何なりしてるはずだしね。

「……帰ろっかな」

取り敢えず家に帰ろう……

「グレン号、帰りも頼むよ……グレン号?」

ん?

スティックを操作するがうんともすんともいわない相棒。

これは、まさか……

「バッテリー切れときましたか」

餌を与え忘れてペットを殺してしまった飼い主の気持ちが少しだけ分かりました。




手動切替タイプの電動車椅子で助かった……

あの後グレン号を、手動でえっちらおっちらと押して帰ったが、家に着いた時には腕がパンパンになってしまっていた。

「グレン号、たーんとお食べ?」

バッテリーに電気を注入。

家のグレン号は、馬力は凄いが燃費が悪いということをすっかり忘れていた。

「つっかれた~」

まだ夕方にもなっていないけど、身体がだるいし、寝よっかな。

「あっ、そうだ……」

寝る前にやることがあった。

リビングに移動しパソコンを立ち上げる。

メール、メールと……今日は来てないか。まあいい、今回はこちらが送る番だ。

「ふんふふ~ん」

『お仕事いつもご苦労様です。ところで一つご相談があります。実は、私が使っている電動車椅子の予備バッテリーが無くなってしまいました。』

嘘です。あります。

『外国製ですのでこちらで手に入れるのは難しそうです。つきましては、どうかそちらで融通して頂けませんでしょうか?』

「おっと、これを忘れちゃいけない」

『P.S.愛しのおじさまへ』

「送信、ぽちっとな」


さ~て、ねよねよ。











あとがき

今回は色々と独自解釈というか独自設定があります。真に受けると痛い目にあうかもしれませんのでご注意を。



[17066] 六話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:783141af
Date: 2010/08/15 00:07
「あ……ゴッキー」

掃除しようと決意した神谷ハヤテです。




昨日あまりにも早く寝てしまったため早朝に起きた私は、取り敢えず喉を潤そうとキッチンに向かうことにした。

しかしそこには、自らの腹を満たそうと私のテリトリーを蹂躙する、不届き者の姿があった。

そう、黒い悪魔である。

「………」

『………』

ガンを飛ばし合う一人と一匹。負けてなるものか。

「……悪魔よ、去れ!」

『ッ!』

彼奴(きゃつ)は私の一喝に怯み、その身を反転、惨めな姿を晒しながら敗走していくのだった。

「……掃除しなきゃ」

いや、掃除も大事だが、その前に奴らに対しての装備を整えよう。

もう五月も後半に入る。奴らが勢力を伸ばしてくるのは目に見えている。

「スーパーが開くのは……まだ先か」

時間を確認。開店時間までゲームでもやろうかな?

喉を潤しながら、今日の計画を考えるのだった。

おっと、小腹も空いたし、ペロリーメイトでも食べよう。




「〈菜の花〉さんは……この時間じゃいるわけないか」

リビングに移動し、パソコンを起動させた私は、はやてちゃんに乗り移る前日の夜にやっていたゲームで遊ぶことにした。

どうやらはやてちゃんもこのゲームのユーザーだったらしい。

「プレーヤー名は、〈はやてのごとく〉、か」

まあ何も言うまい。

……〈バーニング〉さんと〈ベル〉さん、元気でやってるかなぁ。

ちなみにこの二人は、〈菜の花〉さんとよくパーティーを組んでいる人達だ。

頻繁に組んでいるので、リアルの知り合いではないかと思っている。

「今日はソロプレイでいっか」

モンスターに襲われている初心者でも助けて回るかな。……〈菜の花〉さんにしてもらったように。




「っと、もうこんな時間か」

開店時間を過ぎていることに気が付いた私は、パソコンの電源を落としスーパーに行くことにした。

「今日も快晴、良いことだ……ん?」

外に出た私は、なにやら不快な視線を感じたので辺りを見回してみた。

「気のせいかな」

まあいい、今はスーパーが先決だ。




スーパーに到着した私は、お肉コーナーや野菜コーナーを尻目に、殺虫剤売場へと進んでいる。

長距離射程のものが良いなと思いながらグレン号を操作していると、目的の物が見えてきた。

「ゴッキージェット・滅……だと?」

なんというネーミング。だがそれがいい。

今はセール中のようで、1パック二缶入りで五百円というお手頃価格。

かなりの人気商品なのか、開店してからたいして時間が経っていないにもかかわらず残り一個という売れっぷりだ。

これは早く手に入れなければと手を伸ばすが、隣から同じように手を伸ばす者がいた。

『あ』

それは、もはやお馴染みとなったパーマのオバサンであった。

「……」

「……」

どうやら譲る気は無いらしい。それは私も同じだが。

なるほど、昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵というやつですな。

いいだろう。その挑戦受けてたつ!

「……ハァッ!」

先に仕掛けたのはオバサン。

だが甘い。拳筋が正直すぎるよ、オバサン。

「なんの!」

商品に伸びる手を左手で弾き、右手を商品に伸ばす、が、

「させるかぁっ!」

「なんとぉ!」

体当りをくらいグレン号が後退。だが、反動によりオバサンも後ろに下がり、たたらを踏んでいる。

この状態、初手を取った者の勝ちだ。

『はあぁぁ!』

それを理解したのか、オバサンが突っ込んでくるが、僅かにこちらの方が気付くのが早かったようだ。この勝負、もらった!

先に商品を掴み、後は脇に抱え込むだけ、と思った瞬間、

「なぁっ!」

オバサンの神速の手刀が商品を弾く。

弾かれた商品は横の通路へと転がってゆき、止まる。

流石一家を支える女傑だ。一筋縄ではいかないか。こうなったら……

「爆発的推進力(オーラバースト)!」

グレン号の右脇にあるボタンを強く押し込む。

このボタンを押している間だけ、グレン号は限定的ながらも短時間だが爆発的な推進力を得ることが出来るのだ。

これぞ、グレン号に隠された能力の一つ。

家で押してしまった時はえらい目にあったよ。

違法改造だって? そんなの開発者に言ってよ。

「うぐぐぐっ!」

身体にかかるGに耐えながら、商品に向かって走りだしたオバサンを追い抜き、加速スイッチの隣にある緊急停止ボタンを押す。

急停止したグレン号の上にいる私は、慣性の法則に導かれながら、前方に身体を投げ出し、

「これが私の──」

タッチダウンをするアメフト選手のように商品に向かって飛び込み、地面をゴロゴロと転がる。

「──切り札だ」

そして、ようやく止まった私の手の内には、ライバルとの激戦を勝ち抜いた証が収まっているのだった……




「あんたにゃ負けたよ」

そう呟いたオバサンと別れた私は、ホクホク顔でレジに並ぼうとしたが、

「お弁当もついでに買ってこう」

踵を返し弁当コーナーへと向かうことにした。

「今日は何を食べよっかな~……ん?」

そこには、タイムセール中により半額となったサバの味噌煮弁当が一つだけ売れ残っていた。

……これは買うしかあるまい。たとえお嬢様といえど、安いにこしたことはないのだ。

そう思い、弁当に手を伸ばした私は、

『あ』

第二ラウンドのゴングを鳴らしたのであった。




「二連勝ならず、か」

主婦の名は伊達ではないということか。

スーパーを出た私は、このまま帰るのも味気無いと思い、まだ足を運んでない場所に向かうことにした。

風芽丘図書館

財布の中に入っていた図書カードを見て、行ってみようと思ったのだ。

「なかなか大きいな」

図書館に到着した私は、荷物をロッカーに預け、ひとまずグルグル見て回ろうと思い、先ほど獅子奮迅の活躍を見せた相棒と共に探索を開始した。

「ラノベ、多いな、おい」

ハ○ヒにシャ○にフル○タに禁書○録に、etc……

普通にパンチラとかあるのに置いてていいの、これ?

最近の図書館はすごいなぁとか思っているところに、司書っぽい女の人が近付いてきた。ちなみに美人。この町は美人な女性が多いな。素晴らしい。

私は誘蛾灯に群がる虫のようにフラフラとその女性の元へと……

「ストップよ、はやてちゃん。それ以上近付いたら……分かるわね?」

拳を口に近付け、は~っと息を吐くお姉さん。

……なるほど、操を守るためなら暴力にうったえてでも止める、か。

ますます私好みじゃないか……

「……押し通る!」

「なっ! いつもと動きが違う!? 」

「はやてちゃんとは違うのだよ、はやてちゃんとはぁ!」

「何を世迷い言を!」

お姉さんの周りを旋回しながら翻弄する私。ぬふぅ。

ガッ!

「ホアァァ!」

たまたま落ちていた本を踏んでしまい、やっぱり前方に投げ出された私は地面と熱烈なキッスをかますことになった。

くそう、せっかくの上玉なのに。神谷ハヤテ一生の不覚……




「……すみませんでした」

あの後お説教を食らった私は、気まずくなったので早々に退出することにした。

ちなみにあのお姉さんは、最近見なかったはやてちゃん(私)を心配して声をかけに来たとのことだった。

あと、やっぱりはやてちゃんの餌食になってたか……

もはやドッペルゲンガーと言われても信じてしまいそうなほどそっくりだな、私とはやてちゃん。

そんなことを考えながら帰路についていると、前方からフラフラと歩いてくる影が。

見た目私と同じくらいの男の子だ。

その子は私の前まで来ると、突然へたりこんでしまった。なんぞ?

「どうしたの?」

私も人の子。困っている人がいたら声くらいはかける。

「実は俺、捨て子でさ。帰る家が無いんだ。飯ももう二日間食ってない」

何故か待ってましたと言わんばかりの口調で、饒舌に喋る彼。

「それでどうしようかと途方に暮れてたんだよ。……ねえ君、相談があるんだけど……」

ああ、なるほど、そういうことか。

「来て」

目的の場所まで案内しようと、男の子の手を取る。

男の子は小さく、「よっしゃ」とか言った気がしたが気のせいだろう。




「……なあ、ここって」

交番だよ? 探してたんでしょ?

「おじさ~ん、この子帰る家が無いんだって。保護してあげて。あ、あとお腹空いてるみたいだから何か食べさせてくれるかな?」

あっ、敬語使うの忘れてた。まあいいか、もう二度と来ることもあるまい。

「ちょっ!」

なんで慌ててるの、この子は?

「ああ、君はこの前の。その子を保護すればいいんだね?道案内、ご苦労様」

彼をおじさんに引き渡す。

何故か男の子が、

「俺はオリ主のはず……」

とか、

「ヴォルケンハーレム計画が……」

とか行ってるけど、なんのことかな?

まあいいや、か~えろ。

交番から遠ざかる私の耳にこんな会話が聞こえてきた。

『あの、おじさん、家が無いってのはさっきの子の嘘なんだよ、だから』

『おじさんの目を見てごらん。おじさんはね、悪い人をたくさん見てきたから、嘘をつくとすぐにわかるんだよ?』

『……』

『……さっ、おいで』

『ちょっ、まっ!』



[17066] 七話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:8c5bc3a5
Date: 2011/01/03 22:54
「ん……なんぞ、これ?」

怪しげな日記を見付けた神谷ハヤテです。




家に戻った私は、さーて掃除するかぁとあまりやる気の無い声を出して、まずは自室を綺麗にすることにした。

自室、キッチン、リビング、トイレ、お風呂

現在の私はこの五つの区画を中心に生活している。

これらの場所を掃除しとけば、まあそこそこ清潔性は保たれるだろう。他のとこはまた今度やればいいや。どうせ一日じゃおわりっこないんだし。

そう思い、自室の本棚を整理していた私は、隠されるように奥に仕舞ってあった日記を発見したのだった。

はやてちゃんのだよね、やっぱり。ていうかはやてちゃん、日記隠すなら、通帳も隠そうよ……

そんなことを思った私は、また少し、昔を思い出した。

そういえば、私も日記書いてたっけ。ある日を境に書くのをやめたんだけど。

そう、あれは雪の降るとても寒かった日のこと。




『あっ』

家に置いておくと母様に覗かれる恐れがあったので、私は常に学校に日記を持っていっていたのだが、その日、誤って日記を教室の床に落としてしまったのだ。

そしてそれを拾ったのが、

『お、なんだこれ。日記か?』

とあるクラスメイト。

『……返して』

それには乙女の秘密が……

『え~と何々? ◯月×日 今日もやっぱり母様のおっぱいは最高だ……お前何書いてんの?』

乙女の秘密がっ!?

『ちょっとエロノ、なにしてんのよ!返してあげなさいよ』

『うっせー、ブ~ス』

『なっ!? このっ、待て!』

『ハッハー! 捕まえられるもんなら捕まえ──』

『おっと足が滑った』

『ひでぶっ!』

『ナ~イス、ハヤテ!……よっしゃマウント取った。このっ! 暴れんな! ……今よ皆、こいつに恥辱の限りを与えるのよ!』

『なぁっ!? ちょっ、やめっ……アッーーーー!』

あの後悪のりした皆に服を剥かれ、ブリーフ一丁でガタガタ震えながら私の所に土下座しに来たっけ。

乙女の秘密を暴くなんて、万死に値するんだよ?




懐かしいなぁ。皆元気かな? ……って言ってもまだ一週間も経ってないか。

……さ~て、それじゃ、はやてちゃんの秘密を暴くとしましょうか。



ペラッ

『◯月×日 エロ本を拾った』

初っぱなから飛ばすなぁ。

『拾ったはいいが、中身がアレなので封印することにした。いつかあの封印を解くときが来るのだろうか……』

ごめんね、一瞬封印解いちゃったよ。

あれ、そういえばはやてちゃんって関西弁じゃなかったっけ……って、そうか。媒体を通す場合は普通標準語だよね。

国語の問題に答える時とか、

『ここかぁ、ここがええのんかぁ?』

より、

『ここだろ、ここがいいんだろ?』

のほうが万人に伝わるしね。

さて、続きを読もう。

『◯月×日 今日は検診の日だ。あのおっぱいを揉むことが出来るなんて、なんていい日なんだろう』

だよね、あれはいいおっぱいだ。

ペラッ

『◯月×日 今日も図書館に行こうと思う。 またラノベを仕入れるようにお願いしてみよう。』

あのラノベの山は、はやてちゃんの功績か……

『それはともかく、最近お姉さんのガードが固くなってきて困る。新たにフェイントを入れてみようか?』

うん、確かにガード固かった。

『◯月×日 ……おっぱい』

うん、おっぱいだ。

ペラッ

『◯月×日……おっぱいプルン、プルン!』

なんと!

『◯月×日 安西先生……おっぱいが……揉みたい……です』

何があったんだろう……



その後のページも延々とおっぱいの文字が綴られていた。

しかし、最後の日に書かれた文面は、これまでとは一線を期していた。お、これは……

『ギル=グレアムおじさん、彼は……怪しい』

ほほう。

『あんな額を赤の他人にポンと援助するなんて普通じゃ考えられない』

だよねー。っていうかギル=グレアムって読むのか、あれ。

『そこで、私は考えて、考えて、考え抜いて、ようやく正解を導き出した』

おや? なんかデジャブが……

『彼は……ロリータコンプレックス……ロリコンだ』

おおう。

『私を金の力でこの家に縛り付け、時が来たら美味しく頂いてしまう腹積もりなのだ……ああ、恐ろしい』

なんとまあ……

『しかし、私はただでは転ばない女。 奴がそういうつもりなら、こっちにだって考えがある。』

どんな?

『手始めに高級電動車椅子をねだってみた。すると奴は、あっという間にこちらに送り付けてきたのだ』

グレン号誕生秘話がこんなところに!

『そこで私は考えた。利用して、利用して、利用しまくって、奴がもう止めてくれと言うまでこき使ってやるのだと』

わーお。

『しかし、あまり強く刺激すると手痛い反撃を食らうかもしれないと思い、ゲームやマンガで手を打っておいた』

うん、賢い選択だ。

『……でも、なんだか虚しくなってきた。私が欲しいのはこんなのじゃない』

えっ?

『いや、ゲームやマンガも大事だよ?』

どっちだよ。

『……私が本当に欲しいのは、家族。お父さんやお母さんが、欲しい。ただそれだけなのに』

「……」

その後のページには、何か水のようなものが垂れた痕が残るだけだった……

掃除する気分じゃなくなっちゃった。





気分を入れ替えようと外に出た私は、なんだか無性に風を感じたくなって、グレン号で散歩でもするかぁと適当にぶらつこうとしたのだが、

「……む」

視線を感じ、神経を研ぎ澄ますことにした。

外見だけは気にするお嬢様だ。他人から受ける評価を下げないため、誰にどこで見られているかというのはすぐに分かるようにしている。母様直伝の気配察知能力だ。

……見付けた。そこだ!

「キサマ、見ているな!」

『にゃっ!』

電信柱の陰に隠れて私を見ていた下手人は……ぬこ?

なかなかの気配陰影能力だ。誉めてつかわそう。

「おいで~、怖くないよ」

『……カ~!』

威嚇された……

人が下手に出ていれば付け上がりおってからに……

こうなったら実力行使だ。恨むなら自らの毛並みの良さを恨むがいい。

「マジックハンド~」

懐から取り出したるは伸縮自在の魔法の手。スーパーで三百円にて売ってたお買得品だ。……あのスーパー、何でも売ってるなぁ。

このマジックハンドがあれば、足元にいるぬこなんぞ一掴みで──

ダッ!

あ、逃げた。はやっ!

くそう、このままこけにされたまま終われるか!

「爆発的推進力(オーラバースト)!」

まさか連続で切り札を切ることになるとは……

この町は本当に私を飽きさせないっ!

「ぬっ、がががが!」

『……ニャガッ!?』

「あっ、サーセン」

はねてしまった……




「良かった……生きてる」

というかほぼ無傷じゃない? 頑丈なヌコだなぁ。

気を失ってるだけか、ああビックリした。

むう……どうしたもんか。後遺症とか無いか心配だなぁ。しかしこの近くに動物病院なんて……あ、あった。

「槙原動物病院……だったはず」

以前探険した際に通りかかったんだった。覚えててよかった。

それじゃ、行こうかな。……この子、オスかな、メスかな?

「メスですか」

……他意はないよ?





「ケガは……してないわね」

向かった先にいたのは、またもや美人の女性。私はフラフラしながらその人の胸へと手を……伸ばすのを鋼の自制心で押さえ付け、なんとか平静を装っていた。

今は我慢だ、私。診察が終わってからだ、お楽しみは。

「気を失った原因、わかる?」

「……車にはねられそうになってました」

「そう、ビックリして、気を失ってしまったのね……うん、それなら大丈夫」

罪悪感? ケガが無いってわかった時点で消し飛びましたよ?

「この子、野良猫ね。……毛並みは良いけど」

そう、毛並みは良い。

「うちで預って飼い主を探そうと思うんだけど、構わないかしら?」

ほう、見た目だけでなく、中身まで綺麗な人ですな。

「お願いします」

「任せなさい」

女性は綺麗な笑みを浮かべてそう言った。

……この人に手を出すのは止めとこう。




「ああ、お嬢ちゃん。いいところにいた」

動物病院から出て散歩を再開すると、そこには何故か節穴のおっちゃんがいた。

なんで? 今ここを通るはずは無い。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

……不味いな、バレたか?私が一人暮らししてることが。折角の自由気ままな生活が一転、施設での窮屈な暮らしになるなんて耐えられない。

「さっき君が連れてきた少年、見なかったかな?」

……どうやらバレてはいないらしい。

「いえ、見てません」

「本当に? おじさんはね、相手の目を見れば──」

「み・て・ま・せ・ん」

「うん、君を信じよう」

全く、この節穴は。

「あの子が、どうしたんですか?」

「いやね、シュークリーム食べに行くって言ったきり帰ってこないんだよ。直ぐに戻るって言ったのに。それであちこち探してたんだけど……」

そんなの知るか。節穴の監督不行き届きだろうに。

「じゃ、帰りますんで」

「ん、ああ。ありがとう。……そういえば君、いつも一人だけど、友達とかと遊ばないのかい?」

お前の目は相変わらず節穴だな! この車椅子が見えないのか!?

「大きなお世話ですよ」

そう呟いて、踵を返す私だった。














あとがき

えーと、前書きにも書きました通り、この作品には、原作崩壊、性格改変という要素が含まれていますが、私のこれは、なんというか、他の作品のそれとは大きくかけ離れていると思います。今回の日記を見れば分かると思いますが、はやてがえらいことになってます。

そして勿論ヴォルケンリッターもえらいことになってます。 もはやヴォルケンリッターという名の何かです。続きを読まれる際はご注意を。



[17066] 八話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:384d4c75
Date: 2011/03/27 03:52
「いつも一人……か」

アンニュイな気分の神谷ハヤテです。





あの後節穴のおっちゃんと別れた私は、去り際に言われたセリフを反芻(はんすう)していた。

確かに私はこの体になってから、常に一人で行動してきた。

しかし、それは仕方のないことだろう。学校にも行けない私には、友達なんて居やしないし、親までご臨終ときたもんだ。

唯一友達と呼べるような存在はあのパーマのオバサンくらいだが、彼女とは、強敵と書いてライバルと呼ぶ関係でいたい。何よりオバサンもそんな馴れ合い、望んじゃいないだろうし。

一度、いや二度手合わせして分かったが、あの人は剛の者だ。柔である私とは水と油の関係であり、相容れるなんてことは無いだろう。

おっと、脱線してしまった。

まあそんな訳で、珍しく肩を落としながら歩いて、いや、水平移動していた私は微妙な気分に陥っていた。

友達、家族。いたらいたで、トラブルの種になりそうな存在だが(特に今の私にとっては)、流石にここまで孤独な生活を送ったことの無い私は、柄にもなく人恋しくなっていたのだ。

……いきなり部屋に、

『私はあなたの家族よ!』

とか言う人間現れないかなぁ。

いや、それもいたらいたで恐いな。

「甘いもの、食べたいなぁ」

そんなアホなことを考えながら、甘味処を探すことに決めた。





「翠屋、か」

しばらくうろうろしながら探していると、そんな名前の喫茶店が目に入った。外装もなかなか洒落ている。うん、ここにしよう。

ん、あれ? 翠屋? どっかで見たような……あ、思い出した。はやてちゃんの日記に書いてあったっけ。えっと、たしか……

『○月×日 今日は甘いものが食べたくなったので、巷で噂の喫茶店、翠屋に行くことにした。

店に着いて扉を開けると、思わず、「うほっ、いいおっぱい」と呟いてしまうほどの素晴らしいおっぱいの持ち主を発見。私は注文をするのも忘れ、ホイホイとそのおっぱいに誘われるまま手を伸ばし、わしづかもうとしたのだが、この店のマスターと思われる人物にそれを邪魔された。思わず呪ってしまいたくなった。満月の夜だけだと思うなよ。

その後、何度かアプローチを繰り返したのだが、ことごとくあのにっくきマスターに阻まれた。呪い殺してやろうかと思った。月の無い夜には気を付けるんだな。

今日揉むのは無理だと悟った私は、また後日伺うことにして、シュークリームを買ってから帰った。シュークリーム、うま。』

それで確か次のページに、

『○月×日 昨日のリベンジを果たそうと再び翠屋へと突入した。

入ってきた私を見たマスターの目が急に鋭くなった。
真正面から行ったのでは確実に昨日の二の舞だと思った私は、一計を案じた。わざと水をこぼし、それを拭き取りに来た素晴らしいおっぱいを、偶然を装いながら、

『おっとこんなところに美味しそうなシュークリームが二つも』

と言いながら心行くまで揉みしだくのだ。完璧すぎる。相手は、子供のイタズラだと許してくれるだろうし、私は至福の時間を味わえる。ワンダフル。

実行した。

失敗した。

なんだあのマスター。動きが速すぎる。目で追えなかったぞ。

その後何度かアプローチを繰り返したが、やはり昨日の二の舞となった。

どうやら今の私では、あの美味しそうな果実を食すことは出来ないらしい。

そう結論付けた私は、「私は再び舞い戻ってくるぞ、忘れるな!」、と心の中で吐き捨て、シュークリームを買って帰った。シュークリーム、テラうま。』

と、書いてあったはず。

……素晴らしいおっぱい。はやてちゃんが言うからには、それは素晴らしいのだろう。今から揉むのが待ち遠しい。

では、美味しくいただくとしましょうか。いざ突入。



「いらっしゃ……い」

なるほど、この人が件のマスターか。こいつ、私が入った瞬間、「性懲りもなくまた来たか」、という感じの目を向けてきやがった。こちとら客だぞ、コラァ。

「性懲りもなくまた来たか」

おーい。こちとら客ですよ。その接客態度は無いだろう。本当にマスターかお前は。

まあいい、目的は素晴らしいおっぱいだ。えーと、どこにいるかな〜っと。

「お皿、洗い終わったわよ……あら、久しぶりね、可愛いお客さん?」

「うほっ、いいおっぱい」

おっとヨダレが。

私はそのけしからんおっぱいに誘われるまま、ホイホイと美味しそうな果実へと手を……

「ストップだ、お嬢さん。それ以上近づいたら……分かるね?」

拳を口に当て、は〜っと息を吐く守護者。

……なるほど、こういうことね。

さながら今の図式は、モンスターから姫を守る騎士、といったところか。

……燃えるじゃないか。いつの世もモンスターが負けていると思うなよ?

「……押し通る!」

「なっ、この前と動きが違う!?」

「いつまでも同じ私だと思うなぁっ!」

「こいつ……できる!」

流石に飲食店で本は落ちていないとは思うが、一応足元に注意しつつ、フェイントを交えながら接近する。

……しかし、狭い。相手を翻弄するだけのスペースが無い。どうする、私。……いや、手はある。

「……捕獲させてもらう!」

しびれを切らしたのか、奴が突っ込んでくる。……かかったな!

「ジャンプ(跳躍)!」

左脇にあるボタンを押し込む。するとぉ、

「なっ! バカな!」

強力なバネが私の尻の下から勢いよく飛び出し、私を上空へと押し出す。

私は鳥、鳥になる。

上空から水面の魚を狙う鳥のような心境で獲物を定め、一気に垂直落下。そして──

「あらあら」

見事、素晴らしいおっぱいの人に抱き抱えられるのであった──


家で押した時は、首の骨が折れるかと思ったよ……





「君には負けたよ」

「あなたも、かなりのものでしたよ」

あの後、はやてちゃんの雪辱を果たし、見事、素晴らしいおっぱいを手にした私は、守護神と健闘をたたえあっていた。なかなか話のわかる人だ。

「今日もシュークリーム買っていくかい? サービスしてあげるよ」

やはり人とぶつかりあうのはいい。闘いの後の和解はバトルの醍醐味だね。

「では、お言葉に甘えて」

シュークリームか。楽しみだ。……ん? シュークリーム?

「すいません、今日、私と同じくらいの年の男の子、来ませんでした?」

「ん? ああ、来たね、そういえば」

「何しに来ましたか?」

「武道を教えて欲しい、出来れば住み込みで、とか言ってきたんだけど、うちはそういうのやってないからねぇ。シュークリームあげて帰ってもらったよ。……そういえば、去り際に、「こうなったら次は……」とか呟いてたけど、何だったのかねぇ」

大人しく保護されていればいいものを、何してるんだ、あの子は……

「そういえば、君、いつも一人だけど、親御さんとかは──」

「……チャオ!」

シュークリームを受け取り、撤退する私だった……




「たっだいま〜」

予想外に長くなった散歩を終え、家に帰ってきた……が、

「……」

『……』

玄関で私を出迎えたのは、美人のメイド……ではなく、黒い悪魔だった。

「どうやら、痛い目を見ないと分からないようだねぇ」

今朝の一件で懲りてなかったようだ。この害虫が!

私の気迫に圧されたのか、せかせかと逃げる愚か者。

「逃がすか!」

奴の後を追い、キッチンに追い詰める。さあ、もう逃げ場は……

「……」

『……』

『……』

……援軍を呼びおった、こやつ!

くそう、だが、こちらにはゴッキージェット・滅がある。

キッチンの棚に置いてあるそれを手に取ろうと思い、一瞬目を離す。

「……」

『……』

『……』

『……』

視線を戻すと、なんか一匹増えてる……

こいつら、私と棚の直線上に一直線に並んでやがる。黒い三連星かよ……

くそっ、こうなったら一番前の奴を踏み台にして……いや、止めとこう。タイヤ越しとはいえ、踏み潰した感触なんて味わいたくない。

『………』

『………』

『………』

「……戦略的撤退!」

覚えてろよ!




リビングに退避した私は、ふと気付く。

「清掃会社に頼もう……」

金はかかるが、この方法ならば、時間もかからず、かつ、より清潔になることだろう。

そう思い、私は電話へと手を伸ばした。

プルルルルッ、カチャ!

『はい、こちら海鳴クリーンサービス──』




良かった。流石にここまでは呪いは広がってなかったようだ。

明日の午前中には来てくれるようで安心だ。

ククク、明日がきさまらの命日だ、とほくそ笑みながら、私は気分良くベッドに潜りこんだのだが……

『…………』

『…………』

『…………』

なんだか、恨みがましい視線を感じて、なかなか眠れなかった。



[17066] 九話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:debc63c6
Date: 2011/01/03 22:57
ピーンポーン!

「……へぇあ?」

初めての来客にドキドキの神谷ハヤテです。





眠れぬ夜を過ごした私は、眠い目をこすりながら起き出し、牛乳でも飲もうかとキッチンへと向かった。

しかし、その矢先に、来客を告げるインターホンの音が鳴り響いたのだ。

「……ああ、清掃会社の人かな?」

そういえば昨日依頼したんだった。

はいは〜い、今行きますよ〜っと。





「宅配便です、サインお願いします」

「……おや?」

玄関で私を出迎えたのは清掃会社の人間ではなく、クロネコのマークがプリントされた服を着た若いお姉さんだった。宅配便か。何が送られてきたんだろう。

「判子持って来るのでちょっと待ってて下さい」

「署名で構いませんよ」

「あ、はい」

さらさらと名前を書き込み、伝票をお姉さんに渡す。

「あの……お宅の名前は八神ですよね?」

ん? あ、しまった。神谷って書いちゃった。

「すみません、寝起きなもんで、間違えました」

いけない、いけない。気が緩んでるなぁ。

書き直して再び渡すと、お姉さんは一旦外に出て、宅配物を大きな台車に乗せてガラガラと運んできた。……箱に梱包されているが、なんか、凄く大きい。

「あの……何ですか、これ?」

「伝票に書いてあったと思いますが、電動車椅子ですよ」

ホワイ? 誰がなんでこんなもんを…… あ、まさか……

「こちらに置いてよろしいですか?」

「あ、はい。お仕事ご苦労様です」

「いえいえ、では、失礼します」

何故か去り際に恨みがましい視線を送ってきたお姉さんの後ろ姿を尻目に、寝起きの頭を働かせ、目の前の物体の送り主について思案する。

……これは、確実に奴からのプレゼントだろうなぁ。しかし何でこんなもんを……

考えてても仕方ない。取り敢えず開封してみるか。

「ん? 手紙が…」

箱の中には手紙が添付されていた。

送り主は……やはり貴様か、ギル=グレアム。

早速開けて見てみると、そこにはこんなことが記されていた。

『やあ、君の愛しのおじさん、ギル=グレアムだよ。』

自分で愛しのとか言うな。

『またバッテリーを無くしたのかい? しょうがない子だなぁ、はやてちゃんは。……でも、そんなはやてちゃんも可愛いよ。抱きしめたいくらいだ』

こいつぁくせー、真正のロリコンの匂いがプンプンするぜー。

『今回はそんなはやてちゃんにプレゼントがあるんだ。君は、前回あげた電動車椅子、随分と気に入っていたよね? だから、予備にもう一つ送ろうと思ったんだよ。これで、バッテリーが無くなったり、もう一つの車椅子が壊れたりしても安心だね?』

大きすぎるお世話だっての。

『他に何か欲しい物があったら何でも言うんだよ? はやてちゃんのお願いだったら、世界だって買い取ってあげるよ』

要りません。

『それじゃあ、身体に気を付けて。またいつかメールを送るよ』

全く、とんでもないロリコンだよ、こいつは。

「……ん?」

『P.S 麗しの姫君へ』

もはや手遅れだな、こいつは。




「グレン号、お前に弟ができたよ」

送られてきたものはしょうがない。送り返すのもアレなので、この車椅子も私が面倒を見ることにしよう。

「名前は……グレン弐式、いや、ラガンにしよう。」

合体機能とかあればいいんだけどなぁ。

そんなことを相棒と語り合いながら、スーパーで買った弁当をパクついていると、またもやインターホンが鳴らされた。

『すいませーん、昨日お電話いただいたものですがー』

おっと、今度こそ清掃会社の人が来たようだ。

「はいはーい」

弁当の箱をゴミ箱に捨て、玄関に向かう私であった……




掃除が終わるまでどうやら夕方近くまでかかるようなので、それまで私は外をぶらぶらすることにした。

さて、今日は休日だ。朝から子供が外をうろついていても、見咎められるということは無いだろう。

「久々に映画でもハシゴするかな」

勿論アニメだ。

「うん、それがいい」

そうと決まれば善は急げだ。出発するとしよう。

意気揚々とグレン号を走らせる私だが、しばらくして、映画館の場所を知らないことに気が付いた。しまった、ネットで調べるんだった。今から戻るのも、掃除中の人の邪魔になりそうで怖いな。

そんな葛藤をしていると、私の横を通りすぎる女の子達の会話が聞こえてきた。

「やっぱハ○ヒは鉄板だよね〜」

「Fa○eを忘れてもらっちゃ困るわよ」

「遊○王も結構評判いいらしいよ?」

『まあ、今日全部観るんだけどね』

……む。今の会話から察するに、この子達はこれから映画館に行くらしい。

家に戻るのも面倒だ。この子達に場所を聞くとしよう。

「あのー、すいません」

『ん?』





私の質問に快く答えてくれた女の子達は、

「どうせだから、一緒に行かない?」

と、嬉しいお誘いをしてくれた。

人恋しくなっていた私は、その甘美な誘惑に抗えるはずもなく、映画館までの道のりを彼女達と共に歩んでいた。この町には、本当に良い人が多いなぁ。

「ハヤテちゃんっていうんだ。学校は?」

「○×小学校です。まあ今は足がこんななんで、休学中ですけど」

「そう……大変ね。アンタ」

自主学習もろくにしないで、食っちゃ寝してますが。

「その足、直るの?」

「ええ、だんだん良くなってきてますよ」

こんな親切な子達に心配なんてかけられない。嘘をつくのは心が痛むが、仕方ないだろう。

「そう、良かった。……ねえアンタ、今日はどんな映画を観るの?」

何でそんなことを?

「今やってるアニメをハシゴしようかと」

「あっ、それじゃあ私達と一緒に回らない? 私達も同じこと考えてたんだ。二人とも、いいよね?」

「構わないわよ」

「私も。むしろ歓迎だよ」

……ヤバイ。目がウルッときた。

人の親切がここまで心に届いたのなんて、初めてかもしれない。一人で寂しく行動しているのを、同情されていると分かっていたとしても。

「……ありがとうございます。それじゃ、お言葉に甘えて同行させてもらいます」

「決まりね。今日は一日よろしく頼むわね、ハヤテ」

「こちらこそ」

……しかし、やはりハ○ヒは抵抗あるなぁ。




「Fa○eは少々詰め込みすぎ感がありましたね。まあ、バトルは熱かったですが」

「辛口ねぇ、アンタ」

「ハ○ヒは予想通り、良作だったね。……エンドレスエイトはアレだったけど」

「原作をなぞればいいものを、何であんな大惨事になっちゃったんでしょうかね? 声優さんが泣きますよ」

「だねぇ。ところで、遊○王も凄かったよねぇ」

「ええ、時空を越えるとか凄すぎですよ。 スタッフの心意気に胸を打たれました」

映画を見終わりホクホク顔で帰宅している私達は、それぞれの感想を言い合っていた。

ああ、いいなあ、こういうの。同世代の人達と同じ趣味を語り合う。幸せってのはこういうことを言うんだね。

「あっ、そろそろ帰らないと」

「あら、そうなの? よかったら車を呼んで家まで送ってもいいわよ?」

金髪のこの子は相当なお金持ちのようだな……

「いえ、そこまでお世話になるわけにもいきません。お心遣い、感謝します」

「ハヤテちゃんって言葉遣いが丁寧だよね。どこかのお嬢様?」

……お嬢様。そうか、この金髪の子に聞いてみるか。

「神谷カンパニーというのをご存知ですか?」

「んー、聞いたこと無いわね。すずか、あんたは?」

「私も無いかな。 あれ、ハヤテちゃんの名字は八神じゃ?」

……知らない、か。ここら辺じゃあまり有名じゃないのかな。

「いえ、何となく聞いただけです」

「何よそれ」

「お気になさらず。それでは私はここらへんで失礼しますね」

「うん、またどこかで会えるといいね」

「ええ、またいつか」

「今度は、ゲーセンで勝負よ。アタシのルヴィアの即死コンボを魅せてあげる」

「私の赤い悪魔が相手になりましょう。ていうか本当にFa○e好きですね。あのコンボ出来るとか、どんだけやりこんでんですか」

「ハヤテちゃん。私とは遊○王で勝負よ。私のバーサーカーソウルが火を吹くわ」

「ならばこちらは虫デッキでお相手しましょう。私は昔、インセクターハガテと言われていたほどの猛者ですよ?」

……別れるのが惜しい。でも、清掃業者の人を待たせるのも悪いしなぁ。……帰るか。

「では、これにてごめん。……グレン号! 今が駆け抜ける時!」

『はやっ!』





「ありがとうございました〜」

ピカピカになった玄関で清掃業者の人を見送った私は、今日一日の出来事を思いだしながらニヤニヤしていた。

今日は楽しかった。本当に。朝からロリコンのアタックを食らった私だが、それを帳消しにしてもいいくらい楽しかった。

「……ん、ロリコン、か」

あんな高い物を貰ったのだ。お礼の返信くらいはするべきか。

そう思った私は、リビングに入りパソコンの電源を付けた。

……なんて送ろうかな。

「……よし」

『本日はこんなに素晴らしいプレゼントを送って下さり、ありがとうございます。一生大事にしますね。』

これはまあ本心だ。

『ところで、何度もおじさまに頼るのは非常に心苦しいのですが、お願いがあります』

ククク。

『最近、暑くなってきたせいか、寝苦しくてたまりません。』

嘘です。快適です。

『それというのも、寝室にあるエアコンが壊れてしまったからです』

嘘です。新品同然です。

『私一人では、遠くの電気店まで行くのは難しそうです』

嘘です。以下略。

『つきましては、どうかそちらで手配してはいただけないでしょうか。どうぞ、よろしくお願いします』

「おっと、これを忘れちゃいけない」

『P.S. あなたの姫より』

送信、ポチッとな。

「さて、お風呂入ろっと」

送られてきたエアコンは、お風呂場にでも付けようかなぁ。



[17066] 十話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:f676cb3c
Date: 2010/08/15 00:13
「ん~っ、絶好調!」

某マスク男ばりにハイテンションな神谷ハヤテです。




はやてちゃんに乗り移ってから早三週間が過ぎ、悠々自適な一人暮らしに慣れた私は、今日も快適な朝を迎えたのだった。

それにしても一人暮らしって良いね。深夜までゲームしてても怒られないし、朝から晩まで家で食っちゃ寝しててもお小言を言う人間もいない。

唯一の難点である孤独感も、休日に駅前に集まってあの三人娘達と遊ぶようになってから、とんと縁が無くなった。

そう、嬉しいことは続くもので、何度も街中で出会うものだから、いっそ友達になろうと言い出してくれたのだ。

いやぁ、ここで初めてできた友達があんなに良い子達とは、ついてるね、私は。親友が一気に三人もできてしまったよ。

「弁当、うま」

野菜ジュースを飲みつつ、焼肉弁当をパクつきながら今日の予定を考える。一応栄養バランスは整えているのだ。足りないと思ったらペロリーメイトを食べれば良いしね。……まあ、手料理が恋しく無いと言えば嘘になるけど。

「今日は……ハ〇テのごとくでも、読破するかな」

勉強? してますよ、ちゃんと。週に一回。記憶力が良い私にはそれで充分なのだ。

「さて……」

弁当も食べ終わったし、自室に行きますか。




「お……」

部屋に入りマンガを読もうと思った私は、とある本の存在を思い出した。そういえばすっかり忘れてた。

「ペンチ、ペンチと」

庭にある物置から工具箱を持ち出してきた私は、早速ペンチであの鎖に巻かれた本の封印を解こうとした、が、

「うぎぎぎぎ」

いくらやっても鎖は壊れない。固すぎだって、これ。

ペンチでだめなら、これでどうだ。

ガッ、ガッ、ガッ!

鉈を振りおろし鎖の破壊を試みる。こんな時のために用意しておいたのだ。

このっ、このっ、……楽しくなってきた。

「嘘だっ!」

叫んでみたり。

ガスっ!

「お」

手応えあり! と思ったが、どうやら鎖ではなく本の部分に当たってしまったようだ。

あれ……傷一つ無い。

いくらなんでもこれで傷が付かないなんておかしいだろう。……もう一回試してみるか。

「そおい!」

……やっぱり無傷だ。装丁は至って普通なのになんで? あり得ない。

……いや、あり得ないなんて事、この身体になってから何度も経験している。憑依、呪い、原因不明の麻痺、稀代のロリコンとの遭遇。どれも普通じゃ考えられないことばかりだ。

「もしかして、この本が全ての原因?」

一概にそうと決めつけるのは早計だが、可能性はあるだろう。これだけ痛みつけても傷一つ付かないなんて、規格外にも程がある。

これがただの本だって言うなら、魔法の、いや、呪いの書とか言われた方がまだ信憑性がある。

「燃やしてみるか……」

もはや今の私にとって、この本は百害あって一利無しな存在だ。本棚に置いとくだけでも場所とるしね。

もしこれがただの異常な程の耐久力を誇る本だったとしても、燃やしたところで私が不利益をこうむるなんてことはないし、呪いに関係しているものならば、それはそれで都合が良い。もしかしたら自分の身体に戻れるかも知れないしね。

そうと決まれば後は行動するのみ。私は本とライターを持って庭に出て、本に祈りの時間を与えることなく、着火した。

「消し炭になれ!」

……燃えない、だと?

流石は呪いの書。 こんなチート能力を持っているとは……

こうなったら、ありとあらゆる手を使ってでも、その存在を抹消してやる。




その後、考えられる限りの破壊工作を行ったが、やはり本は無傷のままだった。

鈍器で殴ったり、

「ウッディ!」

煮たり、

「猿の脳みそがうめーんだよ、脳みそが」

ナイフで切ったり、

「極彩と散れ」

グレン号で轢いたり、

「LaLaLaLaLaLaLaLa~i!」

色々と試したが全て無駄な労力となった。

「……こうなったら」

捨てよう。




ボチャン!

「さらば。もう会うこともあるまい」

近くにある川まで移動し本を投げ捨てた。環境保全? 私の安全の方が百倍大事だ。あんな得体の知れない物、近くに置いとけるかい。

さて、帰ってマンガでも読むかな~。などと鼻歌歌いながら家路についたものの、

「……何故ある」

確かに川に捨てたはずの本が、自室に舞い戻っていた。

……なるほど。逃がすつもりはないと、そういうことか。

いいだろう。私は逃げも隠れもしない。真正面から呪いに打ち勝ってやろうじゃないか。

「私は、負けない」

決意を胸に秘め、マンガを読み始める私であった。





「おっと、もうこんな時間か」

そろそろ日付が変わりそうだ。今日はもう寝よう。

そう思った私は、寝る前に牛乳を飲もうとキッチンに向かうことにした。

「やっぱり牛乳は武蔵野牛乳だよね」

うん、美味しい。……ん?

「地震?」

何だか軽く部屋が揺れてる気がする。まあこの程度なら問題ないか。

「さて、寝よう」

自室の前まで移動しドアを開けようと近付く。ん? ドアの隙間から、やけに明るい光が漏れてる。なんだろ?

疑問に思いつつ、部屋の中を覗く。そこには……

「……キャッ〇アイ」

そう、レオタードは着ていないが、黒ずくめの三人娘が部屋の中に鎮座していた。あ、なんか犬(?)もいる。

一人暮らしの少女の家に、見知らぬ黒ずくめの人間。これを泥棒と考えない人間はいないだろう。

「警察、呼ばなきゃ」

この際、あの節穴のオッチャンでもいい。とにかく、早く電話を……あ、気付かれた。

「ちっ、近付くな。近付くと……舌を噛みきる」

思わずこんなことを言ってしまった。

「ちょっ! 待ってくれ、主」

なぜか三女だと思われる小さな女の子が慌てている。……命までは奪われないようだな。あと主ってなんだ。この家の主という意味か?

「あたし達は怪しい者じゃない」

どの口が言うか。

「あたし達は、闇の書の守護プログラム、ヴォルケンリッター(守護騎士)だ」

闇の書? 守護プログラム? ヴォルケンリッター? なんぞ、それ?

「取り敢えず、事情を説明するから、中に入ってくれ」

……怪しすぎる。が、このままという訳にもいくまい。幸い、危害を加えようという訳ではないようだ。金品が狙いなら、私を力ずくで黙らせるか、脅すかするはずだし。虎穴に入らずんば虎児を得ず、だ。

母様、私を守って。

今は顔も見ることも出来ない母様に願いつつ、魔境と化した自室へと、足を踏み入れるのだった。




「それじゃ、まずは自己紹介からだな。シグナム、お前からだ」

部屋に入った私を出迎えた三人と一匹は、ひざまずくと、頭を下げて、まるで王にかしづく臣下のような態度をとった。なにこれ。

「私は剣の騎士、烈火の将シグナムでござる。よろしくお願い申す」

「ちょっ!」

なんか小さい女の子が驚いてる。確かに変な話し方だけど、あなたの知り合いでしょ? いつもそんな話し方じゃないの?

「シグナム! どうしたんだよ、お前!」

「む。言語回路にバグがあるようだ。でもまあいいっしょ。気にしない、気にしない」

「お前、言語回路だけじゃなく、絶対思考回路までバグってるから!」

騒がしいなぁ。

「ザフィーラ、お前からもなんとか──」

「我は盾の守護獣……ザフィーラ!……特技は、お手……ふせ……あとちんちん」

「お前もかぁー!?」

犬が、喋った……だと?

「シャマル! まさかお前まで……」

「そうねぇ、二人ともどうしちゃったのかしらねぇ?」

「良かった。お前だけは──」

「それにしても喉が乾いたわね。……血が飲みたいわ。ハラワタをぶちまけましょうかしら」

「シャマルーーーー!」

なんなんだい、一体。

「……くっ、もういい。取り敢えず、事情を説明してからだ。……ていうかザフィーラ、なんで始めから獣形態なんだよ?」

「……人間形態に……戻れない!」

「本当になんなんだよ、もうっ!」

人間の姿にもなれるんだ。見てみたいなぁ。



[17066] 十一話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:9dd4cd1a
Date: 2010/08/15 00:14
「取り敢えず、もちつけ」

場をいさめる神谷ハヤテです。





私の一言によって我を取り戻したちびっこを尻目に、私は考えをまとめることにした。

今のこの場の状況は、まさにカオス。いきなり家に侵入したキャッ○アイ+喋る犬が何やらおかしな事ばかり言っている。

オマケに私を主と呼び、かしづいて頭を垂れる始末。

うん、考えなんてまとまるわけがない。

ここはやはり、大人しく事情とやらを聞くのが吉か。

「それじゃあ、落ち着いたようなので、聞かせてもらいますよ。事情というのを」

「あ、その前になんか飲み物もらっていいすか? 喉乾いちゃって」

「お前もう黙ってろ!」

「私も欲しいわぁ。赤いのが」

「お前も黙ってろ! あたしが全部説明するから!」

「我が名は……ザフィーラ!……特技は──」

「それはもういい!」

話が進まないなぁ。もう。

「で、事情は?」

「あ、ああ、悪い。……実は──」





ふむ。闇の書に、ヴォルケンリッター、それに魔力蒐集か……荒唐無稽なおとぎ話と一笑に付すのは簡単だが、このヴィータという少女の顔は真剣そのもの。信じてやっても良いかもしれない。何より、犬が喋ってるなんて非現実的な光景が目の前に広がってるしね。

しかし、蒐集行為か。これはどうもいただけない。人様に迷惑をかけるなんて、私のプライドが許さない。

たとえ莫大な力を得ようが、足の麻痺が治ろうが、他人の犠牲から成り立つ幸せなんて、あり得ない。たとえあっても私はいらない。青臭い正義感だと笑わば笑え。

「……なるほど、話は分かりました。 で、あなた達はこれからどうするんですか?」

「そりゃもちろん、魔力持ちの人間から蒐集を……」

「はい、ダメ。許しませんよ、そんなの」

「なんで!?」

「私は今の状態が気に入ってるんです。トラブルを持ち込まれるのは迷惑です」

「そんな……それじゃ、あたしらの存在意義が……」

「今回は運が悪かったと思って下さい」

「……あたしら、これからどうすりゃいいんだよ」

肩を落としてうつむくヴィータちゃん。他の三人は……平然としてるな。まあ、激昂して胸ぐら掴んでくるよりはましか。

「まあ、私が死んで次の人に転移するまで、本の中で気長に待っていて下さいよ」

「……戻れない」

へ?

「戻れないんだよ、一度顕現しちゃったら」

……マジ?

となると、国籍不明、住所不明の謎の外国人と、デカイ野良犬が路頭に迷うという訳だ。

……ふーむ。

「シャマルさん、あなた料理作れます?」

「……へ? いきなり何を──」

「愚問ね。私に出来ないことなんて、まあ世の中には一杯あるけど、料理程度ならお茶の子さいさいよ」

「シャマル? お前そんなの出来たっけ?」

「シグナムさん、掃除や洗濯は出来ますか?」

「ん~、まあその程度なら」

「ザフィーラさん、ネズミとかゴッキーとか、くわえてきませんか?」

「……確約は出来ないが……善処する!」

「ヴィータちゃん、ゲームとかマンガに興味、ありますか? ありますよね?」

「へ、ゲーム? マンガ?」

「ではあるということで」

「ちょっ」

「皆さん、聞いて下さい」

『……』

さて。

「不可抗力ですが、私が今回のあなた方のマスターになってしまった訳でして」

『……』

「まあ、私がなってしまったからには、蒐集行為は諦めて下さい。マスターには命令する権限があるんですよね?」

「……ああ」

なんでこんなに残念そうなんだ、この子は。そんなに人を襲いたいのか?

「まあそれで、あなた方は用済みだから出ていけ、なんてことは私も言いたくありません。鬼じゃないですからね、私」

『……』

「そこで提案があるんです。……皆さん、ここで暮らしませんか?」

「で、でもよ、あたしらから蒐集行為取ったら何も──」

「シャマルさんは料理当番、シグナムさんは掃除、洗濯、ヴィータちゃんは私の遊び相手、ザフィーラさんは私の心を癒すペットとして、ここで過ごす。悪く無いでしょう?」

「……」

「皆さん、今まで散々戦ってきたんでしょう? だったら、たまには羽を休めて、普通の人間みたいに暮らしてみればいいじゃないですか。……ザフィーラさんは、今犬ですけど」

「我は狼だ」

おっとこいつは失礼。

「……あたしらは、ただのプログラムだ。人間みたいになんて──」

「ご飯は? 食べられるんでしょう?」

「えっ、あ、うん」

「睡眠は? 眠れるんでしょう?」

「……うん」

「それならあなた方は人間です。 犯罪を犯して罪の意識を持たないような人間より、よほど人間らしいんじゃないんですか? 見たところ、あなた方はそんなに悪人には見えない」

「本当に、いいのか? 蒐集しなくて。その足、治るかもしれないんだぞ」

「言ったでしょう。今の暮らしが気に入ってるって。相棒も、親友も、強敵(ライバル)も、この身体だからこそ手に入れることが出来たんです。一生このままでも構いませんよ」

「……じゃあ、本当に?」

「ええ、これから一緒にこの家で暮らしましょう。 なあに、存在意義なんて、これから探せばいいんですよ。 戦いばかりの人生なんて、つまらないでしょう?」

「私は戦うの、楽しいけどね~♪」

「シグナムーー!」

バトルマニアかい、シグナムさんは。

「まあ、今回は羽を休めてください、シグナムさん。……他の皆さんは、どうですか?」

「私も構わないわよ。 たまには温泉にでも浸かってゆっくりしたいわぁ」

温泉、か。いつか行ってもいいかもしれないな。

「我も……構わぬ!」

いちいちテンション高いなぁ。

「それじゃあ、決まりですね。皆さん、これからよろしくお願いしますね」

「……おう」

「りょうか~い」

「分かったわ」

「うむ」

……これから騒がしくなりそうだなぁ。





「さて、話もまとまったところで、ちょっと質問があるんですが」

「ん? なんでござるか?」

「先ほど、バグがどうとか言ってましたが、あれはどういう……」

「そうだ、それだよ。 こいつら皆おかしいんだ。いつもはこんなんじゃないんだけど」

「あら、失礼しちゃうわね。私はまともよ? ……ああ、早く血が飲みたい」

「それがおかしいって言ってんだよ! 話し方もなんか変だし」

「んー、そんなこと言われてもねぇ。うちらにも、何がなんだか分かんないんでゲスよ」

「我は……ザフィーラ!」

「だからもういいって!」

なるほど。 原因は分からないが、性格や話し方が変質してしまったらしい。

まあ、普段のこの人達なんて知らないから、違和感なんて感じようがないんだけどね。

あ、そうだ。

「皆さん、魔法が使えるんですよね?」

「ああ、使えるぞ」

「では、そうですねぇ。シグナムさん、何か、魔法使ってみてくださいよ。こう、派手なやつ」

「あれ? いいんすか? 使っちゃいますよ、紫電一閃」

「バッ! ちょっ!」

「紫電一閃でも光芒一閃でもいいですから、早く見せて下さいよ」

「では……カートリッジロード!」

「シグナムゥゥッ!?」

「きたきたきたぁー! 紫電、一閃!」





「壁と床と家具の修繕費、体で払ってもらおうか」

「正直、すまんかった」

確かに派手だったが、やりすぎだ。あーあ、お気に入りのベッドがぼろぼろだよ、もう。

「全く、今後は気を付けて下さいね」

「かたじけない」

この人、本当に口調が安定しないなぁ。

「さあ、今日はもう遅いです。さっさと寝ましょう」

「あたし達はどこに寝ればいいんだ?」

そうだなぁ、空き部屋にでも寝てもらうかな。ていうか私もそこで寝よう。ベッドがこの有り様だし、しばらくは皆で雑魚寝かな?

「ついてきて下さい」

空き部屋に皆を案内し、布団を敷いてもらう。ベッドもいいけど、こういうのも趣があっていいよね。

枕は……

「ザフィーラさん、ちょっとこっち来て、伏せをして下さい」

「伏せなら得意中の得意だ、まかせろ」

私の目の前で伏せるザフィーラさん。今だ!

「へへ~」

「む?」

フサフサの体毛の上に頭を乗せ、ゴロゴロ転がる。うん、これは癒される。

「モテモテじゃねぇか、ザフィーラ」

「お前もやるか?」

「なっ!……いいのか?」

やりたいんかい。

「お、おお~。これはなかなか」

二人してゴロゴロ転がる。分かってるじゃないか、ヴィータちゃん。

「楽しそうっすね。私も混ぜろ」

いや、流石に三人は無理だから。って!?

「どーん!」

『むぎゅ!』

ボディプレス仕掛けてきやがった。……あ、胸が。

「何揉んでんすか。訴えますよ」

「さっきの支払い、これでチャラにしてあげますよ?」

「好きなだけ揉むがいい、このオッパイ星人め」

「ありがとう、最高の誉め言葉だ」

おお、これはいいおっぱいだ。星五つあげよう。

「布団敷き終わったわよ。あら楽しそう。私も──」

『止めろ』



ああ、これは、なんだか、楽しい日々になるなぁ。

そんな予感がした夜だった。



[17066] 十二話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:7269b8ae
Date: 2010/08/15 00:15
「……ん? ……ヌオオオォォッ!?」

ビックリ仰天の神谷ハヤテです。





初対面とは思えないほどの意気投合っぷりではしゃいだ昨夜も過ぎ、まどろみの中から覚醒した私は、開口一番に雄叫びをあげた。

昨日は確か、ザフィーラさんを枕代わりにして床についたはず。なのに、今私の頭の下にいるのは、

「すごい……筋肉です」

筋肉ムキムキのワイルドな男性であった。なんと犬耳付き。新たな萌えの境地か?

っていうか、私はこの腹筋の上で一夜を明かしたのか。これなんて乙女ゲー?

「なあに騒々しい。敵襲? 相手はホムンクルス? それとも吸血鬼? 私の旅の鏡(ヘブンズゲート)が火を吹くわ」

「いえ、犬耳マッチョです」

「あら、ザフィーラじゃない。人間形態に戻れたのね」

なんと。このマッチョがあのザフィーラさんとな。魔法ってスゲー。

「うるせーっすよ。もう少し寝かせて下さい。ぼてくりまわすぞ」

「いや、もう起きてくださいよ。今日は色々やることがあるんですから」

そう、一気に四人も同居人が増えたのだ。揃えなくてはいけない物がたくさんある。

「……うう、ねみい。あ、おはよう、主」

「ハヤテでいいですよ、ヴィータちゃん」

「あ……うん、ハヤテ」

気恥ずかしそうに名前を呼ぶヴィータちゃん。可愛いなぁ。精神年齢は私より高いはずなのに、年相応にしか見えないや。

「むう……ひと美は我の嫁……」

「ほら、ザフィーラさんも寝言ほざいてないで起きてくださいよ」

「む?……我は……ザフィーラ!」

「ハイハイ、知ってますから。さっさと布団たたんで下さい。その身体だったら出来るでしょう?」

手間のかかる同居人だなぁ、もう。




皆を起こしてキッチンまで移動し、本日の朝食の準備をする。といっても、

「これしかないんだけどね」

棚から大量に買い置きしておいたペロリーメイトを取り出す。弁当は一つだけならあるが、私一人だけ豪勢な食事というのも気が引けるし、取り敢えずこれで朝はしのごう。

「すみませんね、こんなのしか無くて。朝はこれで我慢して下さい」

皆に渡す。特に不満は無さそうだな。

「あたしらは食えりゃなんでもいいんだけどな」

「ダメですよ、年頃の女の子がそんなこと言っちゃ。ご飯食べたら、食材やら何やら買い出しに行くので、皆さんも一緒に来てくださいね」

「何を買うんでごわすか?」

「そうですねぇ。取り急ぎ必要なのは、食材に、服ですね。流石に一張羅じゃ可哀想ですし」

「あら、今回の主は本当に部下思いのお人好しね。ついてるわ」

シャマルさん。それは褒めてるのか貶してるのかどっちですか。

「我も行くのか?」

「当然です。人間になってる今の内にサイズ計っときたいですし。またいつ人間形態になれるか分からないですからね」

そう。どうやら今回の変身は自分の意思ではなく、勝手になってしまったようなのだ。だから、今の内に服を揃えとかなくてはならない。

「食材の調達はシャマルさんに一任したいと思うんですが、いいですか? 私は料理にはとんと疎いもので」

「構わないわ。どんなグルメも一発で昇天する料理を作ってあげる」

なかなかの自信だ。これは期待できそうか?




食事を済ませ、皆でぞろぞろとデパートまで出かけることにした。……しかし目立つなぁ。異国風の人間が車椅子の少女に付き従っているのだ。これで目立たない訳がない。

「あのガン飛ばしてる小僧、ボコっていいすか?」

「きっとシグナムさんに見とれてるんですよ。勘弁してあげて下さい」

「まあ、いいっす。顔は覚えた。次会った時が奴の最期だ」

血気盛んにも程があるだろう。シグナムさんは。

「太陽の下を歩くのも久しぶりね。いい気分だわ」

引きこもりじゃないんだから。いや、本の中に引きこもってたか。

「さあ、そろそろ着きますが、皆さん服の他に欲しいもの何かありますか? お一人様一万円以内だったら、好きなもの買ってきていいですよ」

人間、衣食足りて礼節を知ると言うが、やはりそれだけでは物足りないだろう。刺激は大切だ。

「いいのか?」

「ええ。皆さんはもう家族同然です。これくらい構いませんよ」

それぞれに一万円札を渡す。シグナムさん辺りは変な物買いそうだなぁ。

「これが世に言う買収ってやつっすね。わかります」

「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」

まあ、後で乳は揉ませてもらうがな!

さて、それじゃまずは服を買いに行きますか。




「シグナムさん、このブラなんてどうですか?」

ただいま下着を選択中。流石にランジェリーショップでザフィーラさんは目立つので、エレベーター前に待機してもらっている。

「いいっすね、それ。ただ、サイズがぴったりすぎる件について」

私を舐めてもらっては困る。一度揉んでしまえば、サイズなんて赤子の手をひねるより簡単に推察できる。

シャマルさんは……今日の夜にでも揉むとしよう。

「ヴィータちゃん、決まりましたか?」

「ん、これにする」

手にしているのは……でじ○がプリントされたパンツ。なんで一般的なデパートにこんなものが……

「あれ? シャマルさんは?」

「あいつなら試着室に入ってったぜ」

試着室を指差すヴィータちゃん。これはチャンスか? 夜と言わず今ここで!

そう思い、そろそろと試着室に近付く、が、

「ハラワタを、ぶちまけろ!」

怖くなったので止めとくことにした。なにやってるのさ、シャマルさん。




さて、衣類も食材も各々の欲しい物も買ったし、後は帰るだけか。

ちなみに皆が買った物というのは、シグナムさんが木刀とヌンチャクとナックル。シャマルさんが血液パック三袋とネコア○クの人形、ヴィータちゃんがでじ○の人形(特大)、ザフィーラさんがホネッコ五本にもんぴちゃゴールデン十缶だ。

趣味丸出しだな……シャマルさんはあの血をどうするんだろうか。ていうかこのデパートは品揃えが豊富過ぎるだろ。

「シグナムさん、気持ちは分かりますが、ヌンチャクを振り回すのは家に着いてからにして下さい」

「ホォ~、アタッ、アタッ、ホアッタァー!」

ケンシ〇ウか、アンタは。

「えっへへ~」

人形に頬擦りしてるヴィータちゃん。

「ヴィータちゃん、本当にそれで良かったんですか?」

「おう! なんか通じるものがあるんだよな~。なぁ?」

『にょにょにょにょ』

お腹を押すと声が出る仕組みらしい。どうやら相当気に入ったようだ。

「私もこの人形、気に入ったわ」

『ニャニャニャニャ』

こちらも同様の仕組みらしい。しかしその年で人形か……まあ何も言うまい。

「それと、ザフィーラさんも骨をくわえるのは家に帰ってからで」

「むう……やるせなし」

人に見られてますからね。

「む?」

「ん? どうしました、シグナムさん?」

「いえ、少々用事を思いだしまして。悪いのですが先に帰っていてもらえまするか?」

用事? 何だろう、買い忘れかな?

「分かりました。どれくらいで戻りますか?」

「なあに、ほんの二、三分で済むっす。すぐに追い付くでござる」

「そうですか、それじゃ、先に行ってますね」

シグナムさんと別れ、家路につく私達。

去り際にナックルを装着していた気がするが、何かの見間違いだろう。




「ふう、良い汗かいたでごわす」

「あ、もう来たんですね。何してたんですか?」

「いやなに、無遠慮に人をジロジロと見る不粋な小僧に、天の裁きを下してきただけナリよ」

「暴力はよくありませんね」

「これは失礼つかまつった。いやしかし、あの小僧も悪いんすよ? 神様から魔法無効化能力もらったとか舐めたことぬかすもんすから、これは世間の厳しさを教えなければと、つい折檻に力が入っちまいまして」

「子どもの言うことなんですから、真に受けちゃダメですよ……さあ、帰りましょう」

「ウィース」




「お昼ご飯、できたわよ~」

「お」

家に着いた私達は、昼ご飯までする事が無いので、トランプで適当に時間を潰していた。

トランプに参加していたのは、私、ヴィータちゃん、シグナムさんの三人。ザフィーラさんは家に着くなり狼の姿に戻ってしまい、今まで一心不乱に骨にかじりついている。

「ザフィーラさん、餌の、失礼、食事の時間ですよ」

「ハグッ、この……骨ふぜいが!」

「おい、犬。飯の時間だ」

「……むう、引き分けにしといてやる」

思考までわんちゃんだなぁ。

「おお、美味そうじゃねぇか。シャマル、お前こんな特技があったんだな」

キッチンまで移動すると、そこに並んでいたのは、どれも香ばしい匂いを放つ料理の数々。

「料理の本見ながら、初めて作ったんだけど、なかなかのものでしょう?」

へ? これで初めて? なにもんだよ、アンタは。

「冷めないうちに食っちゃいましょうぜ」

「そうですね。では皆さん、席に着いてください」

仕事の都合で、父様、母様と一緒に食事することは難しかったけど、それが可能な時は、いつもこうやって隣り合って座って、お喋りしながら食事したものだ。

……久し振りだな、この感じ。いや、やめよ。感傷に浸るなんて柄じゃない。

「ザフィーラさんは申し訳ないですけど、床でお願いしますね?」

「承知!」

さて、それじゃ、

「では、皆さん、いただきます」

『いただきます!』




「……お前に……レインボー……」

どうやら、しばらくの間は弁当が続きそうです。

「あら、美味しいのに」



[17066] 十三話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:5ef7df1d
Date: 2011/01/03 23:01
「働け」

「働きたくないでござる」

困ったもんだの神谷ハヤテです。





昨日のシャマール事変(最後の晩餐)から一夜明け、ヴォルケンリッターの皆と出会ってから二日が過ぎたことになる。

彼女らが異常なのか、私が異常なのかは分からないが、既に皆がこの家に居ることに違和感を感じなくなっていることに気が付いた。

フレンドリー過ぎるんだよなぁ。まあ、それはこっちも望むところだけど。

そんなことを考えながら、皆で昼の弁当をパクついていたのだが、そこでふと気付いたのだ。

シグナムさん、全く働いてねぇ、と。

昨日の洗濯もいつもの癖で私がやってしまったし、ここら辺でシグナムさんにも家事をやらせないと、ずるずるとこのまま時間が過ぎてしまう。

そう思い、こうして発破をかけているのだが……

「あのですね、何も履歴書持って面接受けに行けと言ってるわけじゃないんです。掃除と洗濯を一日一回してくれれば、後はゲームして過ごそうが、近くの道場に道場破りに行こうが構わないんです」

「あと少し、あと少しだけ待つでござる。このにっくきソウルゲインを倒してから……」

全く、一日中ゲームして過ごすなんて、私じゃないんですから。

「シャマルさんだって、あれから料理の研究(味覚の改善)に努めてくれてるんですよ?」

「私はこのままでも美味しいと思うんだけどねぇ」

「早苗さんのレインボーパン並みの威力でしたよ、あれは。お願いですから、私達でも食べられる物を作って下さい」

「主にそこまで言われたら、やらない訳にはいかないわねぇ。……手作りのジャムとか美味しそうじゃない?」

「普通の料理でお願いします」

ジャムなんてオチが見えている。私はまだ死にたくないのだ。

「翔(か)けよ、隼(はやぶさ)! シュツルムファルケン! じゃなかった、ファントムフェニックス!」

技名を叫ぶとか、子どもかあんた。

「さあ、記憶喪失に定評のある三枚目もぶっ殺したんですから、ちゃっちゃと働いて下さいね」

「ま、まて。インターミッションで改造を……」

「さっさと働け、ニート侍!」

仏の顔も三度までだ。

「ハヤテ~、朝の続き、アレやろうぜ。コンボ覚えたから、もう簡単には負けねえぞ」

「ほほう、いい度胸だ。と、言いたいところですが、ごめんなさい。これから病院に行かなくちゃいけないんです。ギルティはまた後でですね」

そう、今日は定期検診の日だ。あのおっぱいを揉めるなんて、なんて素晴らしい日なんだろう。

「メイのイルカコンボが火を吹くのに……」

ロリータがロリキャラ使うとか、なかなかシュールだな。

「……そうだ、あたしも護衛を兼ねてついていくぜ。周辺に何があるのか見て回りたいしな」

この平和な日本で、護衛が必要な人間なんて一体何人いるのやら。まあ、気持ちは嬉しいけどね。

「我も、我も!」

話に飛び付くザフィーラさん。そんなに散歩に行きたいのか。

「分かりました。病院では静かにお願いしますよ? あ、ザフィーラさんは外で待機ですけど」

『応!』




「なあハヤテ、このでかい箱、何なんだ?」

病院に行こうと玄関まで移動した私達だが、ヴィータちゃんの質問により足を止めることとなった。

そういえば、これ置きっぱなしだったよ。移動させるのも一苦労なんだもん。

「これはですね、私が使っている車椅子と同タイプの車椅子なんです」

へぇー、と何だか目を輝かせているヴィータちゃん。もしかして……

「乗りたいですか?」

「マジで!? いいのか?」

やはりそうだったか。気持ちは分からんでもないが。

「どうぞ乗ってやって下さい。箱に閉じ込められているよりは、人を乗せていた方がラガン号も喜ぶでしょう」

動作テストもしたいしね。

「ラガンっていうのか。……気に入った。あたしはせっかくだから、こっちのラガン号を選ぶぜ!」

さてさて、そのじゃじゃ馬を扱いきれるかな? ヴィータちゃんは。




「うひょー、はえー!」

「風が、我を呼んでいる!」

風を切り、私の前を疾走するちびっこと犬、いや狼。やっぱり気持ち良いよね、これ。

しかし、ヴィータちゃん速いなぁ。そんなに前を走られると、追い抜きたくなっちゃうじゃないか。

……久々に、本気を出すか? グレン号。

「ジャケットアーマー、パージ!」

何人たりとも、私の前を走らせはしない。

リミットを解除し、ヴィータちゃんとザフィーラさんに並ぶ私。これからが本当の勝負だ。

「ヴィータちゃん、ザフィーラさん、近くの河原まで競争しませんか? 私に勝ったら、アイスとホネッコを奢りますよ?」

『その勝負、乗った!』

ノリがいいようでなにより。嫌いじゃないですよ、そういうの。

「ゴールは河原にある海鳴橋です。……では行きますよ、ガンダムファイト、レディ~」

『ゴーッ!!』

本当にノリがいい。楽しくなってきた。

「私が……グレン号だ!」

始まりの合図と共に一気に最高速まで持っていく。ザフィーラさんはともかく、ヴィータちゃんはこれで少しは引き離したはず。

そう思い、スティック横に取り付けたミラーを覗きこむ、が、

「なっ!?」

私の真後ろにピッタリとくっ付いているだと!?

「甘い、甘いよ。チョコレートよりぃぃーー!」

何かにとりつかれたような表情で私を追走するヴィータちゃん。なんか、顔がしげの画調になっている気がする。頭○字Dなんか読ませるんじゃなかった。

「くっ、だが、私だってぇー!」

一ヶ月近くグレン号と共に生きてきたんだ。こんな新参者に負けられるか!

「我を忘れてもらっては困るな!」

隣から声をかけられる。くっ、ここにも私の覇道を阻む敵がいたか。

横目でザフィーラさんを見るが、まだ余裕がありそうだ。ゴールは……あと少し。ならば!

「分の悪い賭けは、嫌いじゃない!」

第一の能力、爆発的推進力(オーラバースト)発動!

『なっ!?』

「ふぎぎぎぎぎ!」

土煙を巻き上げ、二人を一気に引き離す。これでどうだ!

「そっちがその気なら、こっちもこの気! このボタンか!……おごごごごご!」

ヴィータちゃんも加速装置の存在に気付いたようで、後ろから追随してくる。だがもう遅い。

「このグレン号すごいよ! 流石ラガンのお兄さん!」

ゴールは目前だ。この勝負、もらった。

「間に合わない!……だからってぇぇー!」

ヴィータちゃんの気迫が伝わり、ミラーを通して後ろに意識を向ける。……あ、ヴィータちゃん、そっちのボタンは──

バイイーーン!!

「ぬおおおおおっ!?」

跳躍スイッチを押したヴィータちゃんの身体は、加速中の速度と相まってかなりの速さと高さを伴い上空へと押し出された。だが、

「アイ、キャン、フラーイ!」

とんでもないバランス能力で体勢を整え、なんと私を飛び越えて橋の入り口へと華麗な着地を決めてしまった。

くそう、油断して最後にスピードをゆるめるんじゃなかった。神谷ハヤテ一生の不覚……




結局、一位ヴィータちゃん、二位私、三位ザフィーラさんという順位となった。

ヴィータちゃんはご機嫌な様子でラガン号を操縦しながらスイカバーを食べている。

「機体性能の差が戦力の差ではないということだぜ、ハヤテ」

ごもっとも。敗因は最後の最後に油断した私の慢心だ。

病院での検診も終わり、今は帰宅途中。

ちなみに、石田女医にはヴィータちゃんのことを遠い親戚の子と説明したら、あっさりと納得してしまった。見た目外国人なのに、疑いもしないなんて、あの人の目も節穴なのかもしれない。

「ザフィーラさんも、本気出せば私に勝てたんじゃないですか?」

「子どもの喧嘩にムキになる大人もおるまい」

そのわりには、ヴィータちゃんがアイス食ってるのを羨ましそうに見てるけど。

「ヴィータちゃん、今回は負けましたが、次はこうはいきませんよ?」

「負け犬が、吠えよるわ」

調子に乗ってるなぁ。帰ったら覚えとけよ。ポチョムキンバスターの餌食にしてくれる。




『ただいまー』

家に着くと、時刻はそろそろ夕方を迎えようとしていた。

……ただいま、か。家に待ってくれてる人がいるって、やっぱりいいなぁ。

「お帰りなさい。ご飯にする? 食事にする? それとも夕食?」

「全部同じだろ」

ヴィータちゃんが切れのいい突っ込みを入れる。シャマルさんは時々ボケるのはいいんだけど、パンチが足りないな。

「今日の夕食は昨日とは一味違うわよ。もう少ししたらできるから、待ってなさい」

期待はしないでおこう。裏切られるのは一度で充分だ。

さて、それじゃヴィータちゃんにロマキャンの本当の使い方を魅せてやるとするか。

リビングに入り、ゲームを起動させようとする、が、そこには先客がいた。

「よっしゃあー! ヴァイサーガゲットだぜ。やはり運動性フル改造は基本でヤンスね」

「おい、ニート侍。掃除と洗濯は済みましたか?」

「愚問でござる。ここまでマップ進めておいて、掃除する時間があったとでも?」

……このダメニートは。

「はあ。分かりました。それじゃ今日はお風呂だけでいいです。今からお願いしますね?」

「ま、まて。インターミッションで改造を……」

「さっさとやれぇ!」

「オーケー、ボス」

空海もビックリだよ。全く。




「ご飯できたわよー」

『お』

ヴィータちゃんの使うロリキャラ殺戮ショーを観戦していたシグナムさんとザフィーラさんと共に、皆でキッチンへと向かう。さて、今日は食べられるものだといいんだけど。

「今日はピロシキに挑戦してみたの」

だからなんでこんな凝ったものを作るんだ、あんたは。

「さて、皆さん席に着きましたね。覚悟はよござんすか?」

「失礼極まりないわね」

それくらいやばいんだよ、あんたの料理は。

「では、いただきます」

『いただきます!』

「いただきマンモス」




「死して屍……拾うものなし……」

やっぱり、三食弁当にすべきか……

「ごちそうサマンサ」

こいつ、順応してやがる!?



[17066] 十四話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:7038b5cc
Date: 2011/01/03 23:02
「騎士甲冑?」

疑問符を浮かべる神谷ハヤテです。





とある日の夜、最近〈菜の花〉さん見ないなぁ、と仮想現実世界をウロウロしていた時のこと。

珍しく人間形態になっているザフィーラさんを引き連れたかしまし三人娘が、がんくび揃えて私の所にやって来たと思ったら、いきなり騎士甲冑を作れと迫ってきたのだ。

「そうっすよ。アンタにしか作れないんす。無限の剣製みたいにパパッとイメージして投影してくだせえ」

君が何を言ってるのか分からないよ、シグナムさん。

「あたしが説明するからお前は黙ってろ」

あ、なんかデジャブ。

「アレよ、空想具現化するのよ」

「お前ら皆黙ってろ!」

突っ込みが板についてきたな、ヴィータちゃん。

「騎士甲冑ってのは、あたしらベルカの騎士が戦闘時に身に纏う防護服みたいなもんだ」

はあ、防護服ねえ。

「毎回、新しい主にはその騎士甲冑のデザインを決めてもらうことになってんだよ」

「デザインを決めるって、紙にでも描けばいいんですか?」

デッサン力には自信がありますよ?

「いや、イメージを思い浮かべるだけでいいんだ」

イメージねえ。……しかし、気になることがある。

「その前に幾つか聞きたいことがあるんですが」

「なんだ?」

「以前のものはどんな感じでしたか?」

途端に苦い顔になるヴィータちゃん。なに、言えないほど恥ずかしいデザインだったの?

「前のは……あんまり趣味のいいのじゃなかったな」

やっぱり恥ずかしい格好だったんだ。ヴィータちゃんのエロコスチュームか。見てみたい気も……いや、今は質問が先だ。

「そうですか、それじゃもう一つ。騎士甲冑って言うからには、ゴツゴツした鎧みたいなのじゃないとダメなんですか?」

これは大事な事だ。

「いや、服の体裁が整っていれば何でもいいんでござるよ、ニン」

黙っているのに飽きたのか、シグナムさんが口をはさむ。ヴィータちゃんが何も言わないってことは、言ってることは間違いじゃないのか。……よし、第一関門突破。

後はこの条件さえ揃えば……

「最後にもう一つ質問です」

頼むよ。

「デザインって、一度決めたら変更できないんですか?」

『は?』

何故か全員が口をポカンと開けている。なんでさ。

「どうなんですか?」

「……えっと、変更できたっけ? シャマル」

「前例は無いけど、やろうと思えば出来るわよ。まあ、変更する意味なんて無いから皆やらないんだけど」

よっしゃあー!

「意味がない? 何寝ぼけたこと言ってるんですか、シャマルさん。とんでもなく大きな意味があるじゃないですか!」

そう、変更出来るかどうかで天と地ほどの差がある。

「何なんすか、一体」

「コスプレがやりたい放題じゃないですか!」

「……なんだそりゃー!」

「ヴィータちゃん、うるさい」

イメージするだけでその服を身に纏うことが出来るとか、レイヤーの夢でしょう。 たとえ私自身が変身できなくても、他人の着せ替えショーを見ることができれば、それはそれで充分眼福だ。

フフフ。ザフィーラさんにはアレを着てもらうとしよう。

「あのなぁ、ハヤテ。戦闘時に着るんだぞ。コスプレ衣装で戦う騎士がどこにいるんだよ」

「戦闘なんてこの平和な日本であるわけ無いじゃないですか。そんなあり得ないことの為にゴツい鎧こさえるとか勿体無いです。それなら、私の目を楽しませる為にコスプレする方が万倍もマシでしょう?」

「……ダメだこいつ、早くなんとかしないと」

「面白そうですな。あっしは緑色のボディースーツが着たいんですが……」

「私は、そうねえ。セーラー服とか着てみたいわ」

「我は心Tシャツがよい。あれはいいものだ」

「バグり過ぎなんだよ、お前ら!」

これはまた、楽しくなってきたものだ。




イメージを確かなものにするために、自室にある資料に片っ端から目を通す。おお、これはいい。こっちも有りか。想像が膨らむなぁ。

「マジでやるのかよ。あたしは嫌だぜ、プラグスーツ着ながら戦ったりするのなんか」

「諦めなさい、ヴィータちゃん。今回の主は温かいご飯と寝床を与えてくれるだけマシじゃない」

「前回は酷かったからにゃ〜。あのセクハラ魔神が。何度ぬっ殺そうかと思ったか」

結構苦労してるんですね、アナタ逹。

「補完終了。さて、魔力の貯蔵は充分か?」

魔力が切れるまで変身してもらいますよ?

「止めろって言っても無駄だろ。好きにしろよ、もう」

「お手柔らかにね」

「パイロットスーツとかもいいすか?」

「スパッツは少々抵抗があるが、モノにしてみせる」

さあ、楽しいコスプレショーの始まりだ。




一番バッター、ザフィーラさん。お題はサイヤ人の戦闘スーツ。

「……武空術!」

ブワッ!

「おお!」

それにしても、このザフィーラ、ノリノリである。

二番バッター、シャマルさん。お題は本人希望のセーラー服。

「……ゴメンなさい。ちょっと調子に乗りすぎたわ」

だよね。その年でそれは無いよね。

三番バッター、シグナムさん。お題はプラグスーツ。

「アンタばかぁ?」

この人に言われると無性に腹が立つな。

取りを飾るはヴィータちゃん。お題は……赤い彗星の人。

「おい、前が見えないぞこれ」

設計ミスった。

さあ、もう一巡いってみよう!

再びザフィーラさん。お題は亀仙流の胴着。

「……狼牙風風拳!」

ボッ!

「すげえ!」

かめはめ波とか撃てたりしないかな。

お次はシャマルさん。お題はセー○ームーン。

「喧嘩売ってるでしょ、ねえ」

「サーセン」

続いてシグナムさん。お題は意表を突いてボンテージ。

「乙女になんてもん着せやがる。あ、でもこの圧迫感癖になるかも」

気に入ったようで何より。

締めはヴィータちゃん。お題は……ライダー(エロイ方の)

「だから前が見えねえんだよ!」

脚線美が素敵だよ、ヴィータちゃん。

ああ、楽しすぎる。




「もう、無理。疲れた」

三時間ほどコスプレショーを楽しんだのだが、どうやらみんな疲れてきたようだ。まあ充分楽しんだし、ここらへんでやめとこう。

「あの、今回変身した衣装って、これからいつでも着られるんですか?」

「一応デバイスに保存してあるから着られるけど、メモリの無駄遣いとしか思えないわね」

「絶対に消さないで下さいね」

今日一日の成果だ。消すなんて勿体無さすぎる。

「女王様とお呼び!」

シグナムさんはボンテージが気に入ったようだな。でもその姿で外出ないで下さいね。節穴が飛んできますから。

「もう夜も遅いですし、寝ましょうか」

夕飯を挟んだものの、みんな疲労困憊の様子だ。……一名元気だが。

空き部屋まで移動し、いつものように布団を敷いてもらう。

「やっと眠れる。んじゃ、お休みー」

ヴィータちゃんは疲労がかなり溜まっていたようで、いの一番に布団に潜り込んでしまった。お疲れ、それとありがとうね。

「それじゃ皆さん、お休みなさい」

『お休み』



「私が死んでも、代わりはいるもの」

「シグナムうるさい」





side???


──兄弟、調子はどうだい──

──悪くはない。タイヤの走りも良い。しかし乗り手に不満がある──

──健気で良い子じゃないか。胸も小さいし──

──不満はそれだ。やはり女性はでかくないとな、胸──

──分かってないねぇ。あの自己主張しない健気な小ささこそが至宝なんだよ──

──貴様とは兄弟の契りを交わしたが、やはりこれだけは相容れないようだな──

──分かってもらおうとは思ってないけどね。兄弟はどうしてでかいのにこだわる。小さくても良いじゃないか──

──……でかい方が、揉み心地が良いだろう?──

──……兄弟、やっぱあんたすげぇよ──

──惜しむらくは、我らに揉む手が無いということか──

──一番の問題はそこだな。まあ俺はあの小さいのを近くで眺められるだけで幸せだ。イエスロリコン、ノータッチ──

──くっ、なぜ私の乗り手はあのボインでないのだ! 恨むぞ、神よ──

──まあ落ち着け、兄弟。よく考えてみなよ。あの子はまだ子どもだ。先がある。六年、七年先の光景を想像してみな。きっと桃源郷が待ってるぜ──

──……弟よ、よく気付いた。そうだな、まだ未来がある。悲観するのは早すぎたようだ。その慧眼、恐れ入った──

──そんなもんじゃないさ。俺にとっちゃ、六年、七年先の光景は地獄のようなもんだからな。たまに想像しちまうのさ──

──ままならぬものだな──

──ああ、ままならねぇ──



[17066] 十五話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:c93eaa1b
Date: 2011/01/03 23:06
「想いだけでも、力だけでも!」

「あんたって人はぁー!」

シグナムさんとガチバトル中の神谷ハヤテです。




朝ごはんも食べ終わり、まったりした空気の中、私は日頃から感じていた疑問をぶつけてみることにした。

「シグナムさんってしょっちゅう出かけますけど、どこに行ってるんですか?」

二日に一回は遠出してるみたいだけど、外に友達でもできたのかな。

「ゲーセンっすよ。井の中の蛙を片っ端から叩き潰して回ってるでやんす」

妙にお小遣いせがむと思ったらそういうことだったのか。まあゲーセンなら仕方ない。自分の実力を周りに見せ付けるのは強者の務めだ。そういえば……

「私とシグナムさんってガチバトルしたことありませんね。今からやりません?」

最近はヴィータちゃんも腕を上げてるけど、まだまだ私には敵わない。しかしシグナムさんはどうだろうか? 腕に自信がありそうだが。

「いいでがすよ。それじゃ初めは肩慣らしにガンダムでも……」

というわけで、唐突に己の腕と誇りを賭けた勝負が始まったのだ。

「フリーダムとかチートすぐる」

「デスティニー使いが何を言うか」

結果は二勝一敗で私の勝ち。しかしギリギリだった。これほどの腕前とは。本当に騎士かあんた。

「流石っす。でも勝負はまだこれからだぜ」

そうだ。時間もゲームもアホみたいにある。今日一日はこれで時間が潰せるほどに。

さて、次は何をやろうかな?




二時間ほどぶっ続けで勝負し、一旦休憩をすることにした。私と互角の勝負をするとは、守護騎士、侮れんな。

「そんな! 伊隅大尉ぃぃーー!? 」

キッチンに飲み物を取りに行こうとした矢先、ヴィータちゃんの叫び声がリビングに響き渡った。なんぞ?

「どうしましたか、ヴィータちゃん」

「い、伊隅大尉が……」

ああ、オルタか。そういえばヴィータちゃんにやらせてたっけ(もちろん全年齢対象版)。確かにあのシーンは衝撃的だったな。ここは慰めてあげるとしよう。

「大丈夫ですよ。伊隅大尉ならほら、あのテレビの向こうに」

「え……」

『ゲーロゲロゲロゲロ、我輩は──』

「あれは軍曹だぁー!」

逆効果だったか。

しかし大尉一人でこの有り様だと、桜花作戦の時はどうなるんだろうか? まりもちゃんの時のように精神の安定を守るために記憶から消し去るのかな?





シグナムさんとのバトルも終わり、今は二人で仲良く借りてきたDVDを見ている。ちなみに全てのゲームに渡り実力はほぼ互角。センス良すぎだろ、シグナムさん。

「うおお! 渚ぁぁー!」

またか、こんどはクラ〇ドか?

「ヴィータちゃん、大丈夫です。渚ちゃんならほら、あのテレビの向こうに」

「え……」

『死ねぇ! 死んでしまえぇー!』

「渚を汚すなぁー!」

どうしろって言うんだよ。まったく。




「ザフィーラさん、散歩の時間ですよ」

「……待っていたぞ、この時を!」

最近は、私とザフィーラさんが一緒に散歩することが日課になっている。

二人とも散歩が大好きなので、どうせなら一緒に行こうと、どちらからともなく言い出したのだ。

「今日は機嫌が良い。背中に乗せてやろう」

なんと、珍しいこともあるもんだ。いつもは乗せろと言っても断るのに。

「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらって……そりゃっ!」

乗っていたグレン号から、上半身に反動をつけて飛び移る。ああ、グレン号。浮気者の私を許しておくれ。

──ハッ──

嘲笑された気がした……

「では行くぞ、しっかりと掴まっていろ」

「お願いします」

玄関を抜け、外へと飛び出す一人と一匹。

おお、これは。上下に揺れてはいるが、振り落とされるほどでもないし、遊園地のアトラクションみたいで楽しいじゃないか。

うん、風も気持ち良い。絶好の散歩日和だ。

「……む」

前方に近所のガキ共の姿を発見。奴ら、私の車椅子姿を見る度に貶してきやがるんだよなぁ。

大人な私は温情を持って見逃してきたが、さて、今回の対応次第では私にも考えがあるぞ?

「おい、見ろよ。 椅子女がでかい犬に乗ってるぜ。」

椅子女とはもちろん私のこと。ひねりも何もない。まあガキ共が思い付くアダ名なんて、この程度が関の山か。

「いつもの車椅子はどうしたんだよ。壊れたのか?」

なんでこんなに楽しそうなんだ、こいつら。人の不幸は蜜の味なのか?

「グレン号は家で待機中です。ザフィーラさん、もう行きましょう」

相手にするだけムダだったよ。

「グレン号だってよ。車椅子に名前付けるとかバカじゃねぇの。あ、友達いないから車椅子が友達なんだな。それじゃしょうがねぇ」

プッチーン。

「……ザフィーラさん、殺ってしまいなさい」

『承知』

念話で了承の意を伝える我が忠犬。今はあなたが最高の相棒に見えるよ。

「人間なんて、大嫌いだぁー!」

『ぎゃあー!』

某モノノケ姫のように獣にまたがり獲物を蹂躙する。悪いのはみんな人間だ!

「フーッ、フーッ、……残るはあなた一人デスね」

獲物は狩り尽くした。後は涙を流しながら命乞いをする愚か者のみだ。さて、どうしてくれよう。

「たっ、助けてくれ……」

何をいまさら。

「あなたは、そうやって命乞いする人間を今まで見逃したことはあるんですか?」

「いや、そんな経験ねえから──」

「問答無用!」

「問答にすらなってね……あべしっ!」

……フゥー。最高にハイッてやつだぁ!

『主、そろそろ帰るか?』

「おっと、そうですね。美味しい……かどうかは分かりませんが、夕飯が待ってます。帰りましょう」

最近、ようやくシャマルさんの料理が食べられるようになってきた。私達の味覚が変質したのか、シャマルさんの腕が上がったのかは分からないが。

まあ、栄養が偏りがちな弁当よりはマシか。味は置いといて。

「ザフィーラさん、先ほどはお手柄でしたね。焼き鳥を奢りましょう」

「ねぎまだけは勘弁な」

やっぱり狼もネギはダメなのか……




「ただいまー」

「アイルビーバック」

ザフィーラさん、それは家を出るときに使いましょう。

「うう、おがえり」

涙を流しまくりのヴィータちゃんが出迎えてくれた。今度はなにがあったんだろう。

「ハヤテ~、真琴が、真琴が~」

今度は聖典か。一つずつコンプリートしようよ、ヴィータちゃん。

「はいはい、大丈夫ですよ。丁度今はテレビの中でミュウツーと激闘を繰り広げていることでしょう」

「もう止めてくれ!」

いちいち私に報告しなければいいのに。

「あら、お帰りなさい。今日はまたピロシキを作ってみたの。美味しいわよ」

「……真琴ぉー!」

「あら?」

タイミングが悪かったですね。

「あれ、シャマルさんその格好……」

いつものエプロン姿とは違うような……

「分かる? いつものエプロン、ちょっとした手違いで黒焦げにしちゃったから、この前デザインした騎士甲冑を纏ってるのよ」

ちょっとした手違いでエプロンは焦げません。

「わりと便利よね、これ。油跳ねても安心だし、洗濯する必要ないし。大発見だわ」

本来の用途はコスプレですけどね。お題は若奥様だ。

「お腹も空きましたし、ご飯にしましょう。ヴィータちゃん、行きますよ」

「テレビは点けんなよ」

勘がいいことで。




キッチンに移動し席に着く。もう馴れたとはいえ、やっぱり皆で食べる食事というのは良いものだ。

……はやてちゃんは、いつも一人だったんだよね。

もし私が憑依しなければ、ここで談笑しながら食事していたのは、はやてちゃんだったのかな。

……やめよ。仮定なんて想像してたらきりがない。

「それじゃ、皆さん、いただきます」

『いただきます!』

「いただきMAX」




「あ、普通に美味しい」

「いつまでも同じ私だと思わないことね」



はやてちゃん、私は今幸せだよ。

君はどうなのかな?

願わくは、幸福であらんことを──



[17066] 番外編 一話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:c0fa9e78
Date: 2010/08/05 14:33
そして──



「しりゃない天じょ……」

噛んでもうた……


Take2

「知らない天井や」

まさかこんな大事な場面で噛むとは、八神はやて一生の不覚や。締まらんなぁ。

「さて……」

まずは現状把握やな。

昨日はけったいな夢を見た思うて目を覚ましたら、目に映るんは見知らぬ天井。おまけに手元にある小さな鏡を覗けば、そこに居るんは見知らぬ少女。

「まさかあの神様、本物やったとは……」

しかし、しかしや。身体が変わるなんて聞いてへんで、神様。なんや、詐欺にあった気分やで。いや、確かにはずみで身体を交換して欲しいて言うた気がしたけど、他人と入れ替わりたいなんて意味やないし、まさか本物だとは……ん?

「なんで私、あんなこと言ったん?」

そう、私が望んだんは家族や。他人の身体なんてもろうて、なんの得があるんや?

……あれ? 私の本来の身体って──

「なん……やと?」

思い出せへん。いや、顔だけはハッキリ分かるんやけど、全体像を思い出そうとすると、頭にモヤがかかったみたいになってまう。なんや、これ? 呪いか? 神様の呪いなんか?

なんや恐くなってきたわ。ちょい、一から自分の情報思い出してみよか。

私の名前は八神はやて、八歳。誕生日は六月四日。幼い頃に両親を事故で亡くし、広い家に一人暮らし。私の体目当てのロリコンの援助で、生活することはできていた。幼い身体にむち打ち、掃除、洗濯、料理などもこなしてきた。

ふむ、ここまでは順調に思い出せる。というか、我ながら壮絶な人生を歩んできたもんやな。

さて、次は……む?

「私、どこに住んでたんや? それに、学校はどこに通ってたんや?」

またや。何でこんなことが思い出せないんや。神様、あんたの狙いはなんなんよ?

……まあええ。これは後で考えよ。私自身についてはこれくらいにしとこ。お次は、今のこの身体についての情報や。

保険証かなんか探してみよか。そう思い、手近にあった椅子に身体を預けようと手を伸ばしたんやが、

「へぶっ!」

キャスター付きの椅子だったようで、体重を傾けたとたんにゴロゴロと転がってしまい、バランスを崩した私は地面と熱烈なベーゼをかましてもうた。

私のファーストキスが地面なんぞに……ってちゃうわ!

「なんで私、椅子になんか座ろうとしたんや?」

普通、起き抜けに椅子になんか座らんやろ。でも、なんや勝手に身体が動きよった。この子の癖なんやろか。魂は身体に引っ張られるいうやつか?

まあ、こんなんはどうでもええ。ひとまず立ち上がって部屋の中を探索でも……

「……あれ?」

普通に立ち上がれる。そう、何も問題は無い。問題は無い、はずなんやけど……

「なんや、めっちゃ嬉しいわ」

なんで? ただ立ち上がっただけやのに。なんでこんなに……涙が出るほどに嬉しいん?

「あはっ。あははは」

理由は分からへん。でも、嬉しい、楽しい。自然と笑顔になってまう。これも呪いなんか? いや、呪いでも何でもええ。こんなに嬉しいんや。なら、素直に喜びを享受せんでどうする。

正体不明の幸福感に包まれた私は、我慢できなくなって部屋の中をドッタンバッタンと跳ね回ることにした。むふぅ。

ガッ!

「ぬあぁぁ!」

調子に乗っていて足元がお留守になっていたようで、転がっていたマンガにつまづいてもうた。おまけに……

「おう! おおう!」

つまづいた先にはバカでかい本棚があり、その角に吸い込まれるように顔面を強打。痛すぎる。少し調子に乗りすぎたようや。

それにしても……

「でっかい本棚やなぁ」

しかもかなり立派な作り。素人の私でも値が張るというのが分かる。ベッドも同じで豪華絢爛という感じや。この家、かなりの金持ちやな。……あれ、この本棚の本、もしかして全部マンガちゃう?

「おおう、アル○ディアにファ○通まで揃っとる……」

こんな子と友達になりたかったで、ホンマ。




「……はっ」

つい読みふけってもうた。しかしポケモンまた新しいソフト出すんか。……腕がなるやないか。全国の強者共を喰らい尽くした昔が懐かしいわ。

「っと、情報収集やな」

いい加減行動に移らなあかん。あかんのやけど……

「広すぎやて、この部屋」

一体何畳あるっちゅうねん。しかもよく見たら本棚、一つだけやないし。天井にはアニメやゲームのポスターが一面にはってあるし、パソコンはもちろん、各種ハードが勢揃い。秋葉原の猛者共もびっくりやで。

これだけでこの子の人物像が鮮明に分かる気がするんやけど、せめて名前くらいは把握しとかんとな。探索開始や。

意気揚々と家捜しを開始する私。他人の部屋を物色するなんてドキドキするわ。

まずは……ベッドの下やな。いや、なんか虫の知らせがな。

「お、これ……は」

出てきたのカップラーメン……とエロ本。

ズボッとすぐに元に戻す。……この子も封印してたんやな。ごめんな、一瞬封印解いてもうたよ。

さて、気をとりなおして捜索再開。今度は真面目にやろか。

広い部屋を片っ端から漁る私。しかし、歩いているだけで楽しいのは何でやろう? そんなことを思いつつも物色する手は休めない。泥棒の才能でもあるんやろか、私。

さて、目ぼしい場所はだいたい探した。見付けたのは財布と学生証。小学生のくせに学生証なんてあるとは、やっぱり私立のいいとこにでも通っとるんかな。

まずは財布を拝見しよか。えーと、アニメ○トのカードにゲマズのカード、あとゲ○のカード。それにソフ○ップのカード。あ、メロン○ックスのポイントカードまで。まあこれくらいは予想通りや。あとは……クレジットカードか。流石金持ち。お、保険証発見。どれどれ。

「神谷ハヤテ、九歳……同じ名前かい」

片仮名と平仮名の違いはあるとはいえ……まさか神様、名前が一緒だからとかアホな理由で交換したんやないやろな。

「住所は……鳴海(なるみ)市か。聞いたことないなぁ」

というか、自分が住んでた場所が分からん。同じ市内に家があったとしても、気付かんとちゃう?

……そや、忘れとったけど、今の【八神はやて】の身体には、この子、神谷ハヤテちゃんが入っとるんよな。

びっくりしとるやろなぁ、今頃。もしかして泣いてるかも。……いや、この子やったらむしろ不思議体験に目を輝かせとる気がするなぁ。私だって同じ気分やもん。

いや、しかし、いつまでもこのままって訳にもいかんやろなぁ。

ハヤテちゃんには両親も居るやろうし、友達も居るはず。私が神谷ハヤテとして生活しても、綻びが生じるのは目に見えとる。

何より私と身体を交換したハヤテちゃんが、元の身体に戻りたがるはずや。

あの家には誰もおらんし、家事だって自分でやらなあかん。おまけに鬼畜にロックオンされとるしな。まあ、金には困らんとは思うけど。

う~ん、一日、二日程度やったら構わんのやけど、流石に一生このままっちゅうのは、罪悪感がうずくなぁ。

あの神様のことやから、きっとハヤテちゃんにも呪いかけてそうやし、この家にハヤテちゃんが現れるのを期待するのは止めといた方がよさそうやな。

……アカン、八方塞がりやないか。神様、アフターフォローはきちんとせなあかんよ?

神様、そうや神様や。もしかしたらまた夢の中に出てくるかもしれん。その時に元に戻してもらうようにお願いしてみよか。

いくら両親をくれたいうても、他人のを奪い盗るんは夢見が悪い。私が想像してたんは、こう、転生とかそんな感じで、一からやり直しみたいのやったんよ。

いや、今こんなこと言うてもなんも始まらん。勝負は夜や。

けど……もし、もしも神様と会えず、一生このまま生きていくことになったら、その時は……

「……神谷ハヤテとして、一生を終えるしかない、か」

そうなったらごめんなぁ、ハヤテちゃん。私のわがままで辛い目にあわせてもうて。

……いや、いっそ生放送中のテレビカメラの前に飛び出して、

『ハヤテちゃん、私はここよ! ここに居るわ!』

とかやってみよか?

でもハヤテちゃんがその番組見てないと意味無いしなぁ。それに、その後に地獄のような生活が待ってるやろうし、リスクが高すぎや。

やっぱりベストは、神様が夢に出るまで神谷ハヤテとして過ごす。これやな。

……一年。一年経っても音沙汰無しなら、その時は、覚悟を決めよう。神谷ハヤテとして生きる覚悟を。

それまでは、まだ見ぬ両親に甘えたり、学校で友達と遊んだりして過ごしてみよう。他人の親とはいえ、親の温もりというものを、感じられるなら感じてみたい。

新しい友達というのも、刺激があって良いやろう。……ん? 友達?

あれ、私に友達って居たんやろか?

……また呪い、か。神様、あんたいい加減にせえよ。人を呪わば穴二つやで。夢に出てきたら一発しばいたろか。

ふう、まあええ。今後の行動指針は決定したんや。後は実行するのみ。

っと、そういえば学生証まだ見てへんかったな。えっと、

「正祥大付属小学校、か」

やっぱり聞いたことないなぁ。




「さて、いよいよ家族との対面やな」

もしかしたら一生付き合っていくかもしれない人間や。ここは一発ビシッと決めんとな。……あ、でも【神谷ハヤテ】にとっては初対面やないんやな。

……そうや、家族への対応、どないしよ。流石に家族には、いつものハヤテちゃんやないってことはバレるやろうし。まさか、別の人格が生まれました、なんてことを言うわけにもいかん……これは、あの手でいくしかないか?

コンコンッ!

「ハヤテちゃん? 起きてるかしら?」

む、タイミングがええな。相手はおそらく母親。

さあ、行くんや八神はやて! 古今東西、使い古されてきたあの作戦を発動する時!

ドアが開かれる。今や!

「今日はお寝坊さんね。あら、急に抱きついてどうしたの?」

「……いいおっぱいをお持ちのようで」

「自慢のおっぱいですから」

って、ちゃうわ!

「……あの、実は私……記憶が無くなっちゃったんです」

技を借りるでぇ、マンガキャラのみんな!



[17066] 番外編 二話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:0d16b962
Date: 2010/08/15 01:23
「流派東方不敗は?」

「王者の風よ!」

「全身系列?」

「天破侠乱!」

「……見よ」

「東方は赤く燃えているぅ!!」

「……ハヤテちゃん、本当に記憶喪失?」

「……ハッ!?」

しまった! 孔明の罠や!




母親と思われる人物に、自分は記憶喪失(あながち嘘でも無い)であると言い放った後、取り敢えず話は食事をしながらで、と相手が提案してきたので、私は頷き女性のうしろについていくことにした。

……何て言うか、この反応、絶対信じとらんわ。

だって私のセリフを聞いた時の顔が、

『あらあら、新しい悪ふざけかしら。この子ったらもう、ウフフ』

なんて感じやったもん。読心術でも身に付けたかと思ったくらい心の声が透けて見えたわ。

「あの、嘘じゃないですよ? ホンマに記憶が無いんです」

「ん~、そうねぇ。それじゃあ一つ、私の質問に答えてくれるかしら?」

ふふん、質問やて? そんなの全部分かりませんて答えるに決まっとるやろ。記憶無くしとることにせんと、色々と都合が悪くなりそうやからな。

万が一、娘の人格が消失して、娘が持っているはずのない知識や記憶を持った人間の人格が表出しました、なんてことがバレたらどんな目に会うことやら。

そうなったら、しばらくの間は、平穏無事な生活を送るなんてことは無理やろうな。二度目の親に、会っていきなり忌避の視線を向けられるなんてのはゴメンや。

そんなことになるなら、ゼロからやり直して家族と新たな絆を結んだ方が遥かにマシやろ。……はやてちゃんとの九年間の思い出を奪うという点は変わらんけど。

そんなことを思いながら、質問に答えるべく身構えていたんやが……誤算やった。まさか流派東方不敗の教えを尋ねられるとは。

こんなん、禅僧に『そもさん!』て問いかけるようなもんやろ。間髪入れずに『せっぱ!』て答えるしかないやんか。

いや、こんなこと考えとる場合ちゃうわ。誤魔化さんと。

「いや、今のはその、口が勝手に動いたんです」

「条件反射で雄叫びを上げるなんて、教育方針間違えたかしら?」

いえ、私の育ち方がいびつなだけです。というか、何であなたはあのやり取りを知ってるん?

「……まあ、ふざけるのもこのくらいにしましょうか。ハヤテちゃん、もう一度聞くわよ。本当に記憶が無いの? 嘘をついても、私に通用しないのはよく分かってるわよね?」

いや、記憶無くしてたらそんなん分かりませんて。

「ホンマです。神様に誓って」

あの神様に誓うのは抵抗があるんやけども。

「……あら? ハヤテちゃん、顔をよく見せてくれる?」

なんやろ? あ、そんなに近付いたら手が胸に吸い寄せられて……待て、我慢や、私。

「……嘘じゃ、ないみたいね」

母親の眼力の凄まじさを垣間見た一瞬やった。




疑いは晴れたものの、そこからがまた大変やった。

家、というか屋敷中の人間(メイドさんやら執事さん)が見守る中、連絡を受けて会社からすっ飛んで来た父親と母親の質問の嵐にさらされ、

「私達の名前は?」

とか、

「自分の名前は?」

といった、小一時間にわたる質問責めにあってもうた。まあ、全部の質問に分かりませんて答えるしかないんやけど。

「……確かに、嘘をついてるようじゃないみたいだね」

両親揃って娘をよく見とるなぁ。ハヤテちゃんは幸せ者やったんやな。

それにしても、この二人を見てると妙に懐かしい気持ちになるのはなんでやろ?

「やっぱり病院に連れていった方がいいのかしら?」

まあ、妥当やね。記憶が戻ることは無いやろうけど。

「うん、そうしよう。……でも、記憶喪失って、精神科? 脳外科? 神経内科? どこに連れてけばいいんだろう?」

どこでしょうね?

「もう、あなた、しっかりして下さい。近くに大きな総合病院があるでしょう? あそこに行きましょう」

「おっと、うっかりしてたよ。はっはっはっ」

はっはっはっ、て。娘の一大事にえらい余裕やな。まあ、混乱してわめき散らされても困るんやが。

「そういう訳で、ハヤテちゃん。あ、ハヤテちゃんっていうのはあなたの名前よ? これから病院に行くんだけど、良いかしら?」

是非もないで。検査がどんなものやろうと、異常が見付かるわけないやろうから入院も無いやろ、外傷も無いし。通院はするかも知れんけど。

おそらくは、記憶を戻すきっかけとなる、日常生活を続けろ、なんて指示が下されるんやないかな? マンガでは大抵そうやし。慣れ親しんだ風景を見たり、音楽を聴いたりすると良いんよね、確か。

「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ないです」

「そんなかしこまらなくてもいいのよ? あなたは私達の娘なんだから」

「そうだよ。いつものように、父様、母様だぁ~い好きって飛び付いてごらん」

本当に良い両親や……では、お言葉に甘えて。

「父様、母様、だぁ~い好き!」

「あらあら」

「……飛び付くのはいつもそっちなんだよね。本当に記憶無いの?」

許してや。これが私の生きざまなんや。

けど、なんやろ? 出会って少ししか経ってへんのに、自然と父様、母様て呼べたわ。それほど親に飢えてたんかな、私。




「一時的な記憶障害、か」

病院での検査の結果、そう判断が下された。

CTスキャンやら脳波検査、MRIとやらの検査を受け、退屈な時間を過ごした私は、自宅に戻った後、自室でまったりとくつろいでいた。父様と母様がなかなか離してくれなかったんやけど、しばらく一人にしてくれと頼んでようやっと解放された。

医師の話では、しばらくは様子見に徹するようで、入院もしなくて済んだ。

原因は不明ですが、心に大きな傷を負ったか、過度のストレスによる記憶障害かも知れません、とか言っとったなぁ、あの医師。しかも、それ聞いた両親は顔が真っ青やったし。あの時は居たたまれなくなったで、ホンマに。

まあ、当初の計画通りに事が進んでホッとしとるけど。

けど、一時的、かぁ。この憑依状態も一時的なものなら良いんやけども、楽観的過ぎるのも問題やしな。

と、一人で悶々としている所に来客が来た。

「ハヤテちゃん、入ってもいい?」

「どうぞ」

わざわざ断りを入れるとは律儀な……

「ちょっと話があるんだよね」

入ってきたのは予想通り両親。 何やら大きな紙袋を持っている。

「それで、お話とは?」

「さっきの先生の話でさ、記憶障害の原因は過度のストレスによるものかも知れないって、言ってただろう?」

「はあ、それがどないしたんですか?」

「そこで私達、気付いたの。確かに、普段からハヤテちゃんを抑圧してたなぁって」

え、そうなん? この部屋の惨状を見る限り、充分好き勝手させとるように思うんやけど。

「ハヤテちゃんが記憶を無くした原因、きっとそれは……」

それは?

「オタク趣味を人に隠してたからなのよ!」

な、なんだってー!

「きっと、コスプレして外出するのを禁止してたり、学校でオタトークするのを禁止してたり、夏と冬にビッグサイトに行くのを禁止してたから、だからストレスが溜まりに溜まって記憶喪失になっちゃったのよ!」

いえ、あなた方の指示は至極まっとうやと思うんですが……

「それにほら、今だって無意識に関西弁を話してるじゃないか。それはきっと、アニメキャラになりきりたいっていう、ハヤテの願望の現れなんだよ」

これは素の喋り方なんやけど。……そうやった、確かに無意識に関西弁で話しとったわ。

これからは標準語で話そかな? いや、急に戻したら怪しまれるかも知れん。このままでええか。

「だから、さ。これからはハヤテの自由にさせたいと思うんだよ。いやぁ、外面ばかり気にしていた昔の自分が恥ずかしい」

外面も大事やって。世間体というものを考えて下さい。というか、そんなしょーもない理由で記憶喪失になるかい。どんだけ頭の中にお花畑が広がってるんや、この両親は。

「記憶が戻る、戻らないは抜きにして、これからはハヤテちゃんの好きなようにしていいのよ。……ほら、これ。没収してたコスプレ衣装。着てみない? 遠慮しなくていいのよ?」

遠慮も何もあんたらが持ってきたんやないかい。……でも、コスプレかぁ。興味はあったんよね。着てみてもええかもしれん。

「えと、それじゃあ、その赤いのを」

ものは試しや。着てみよか……てこの服と仮面は!

「あらぁ、流石ハヤテちゃん。赤い彗星も真っ青になるほど似合ってるわ」

認めたくないものやな、若さゆえの過ちというものは。よりにもよってシャ○かいな。九歳の女の子の趣味とは思えんよ、ハヤテちゃん。

「ハヤテ、こっち向いてこっち。……はいチーズ」

カシャッ! カシャッ!

デジカメで撮影しとる……なんやいつの間にかコスプレショーになっとるんやが。流れについていけへん。

「ハヤテちゃん、今度はこれよ。 一緒に写りましょ」

……ああ、そうか。記憶を無くして、きっと怖い思いをしとると思って、元気付けてくれてるんやな。優しいなぁ。

「ハヤテ」

「ハヤテちゃん」

「……え?」

いつの間にか撮影会が終わっていて、目の前には微笑みを浮かべた両親が……

「記憶を無くしても、ハヤテちゃんが私達の事を忘れても……」

「どんな状態だろうと、ハヤテは僕達の娘だ」

「記憶が無いなら、また一から作っていきましょう?」

「今のハヤテにとって、僕達は赤の他人かもしれない。でも……」

「私達は、あなたの親でいたいの。今までも、これからも」

「だから……もう一度、呼んでくれるかい。父様、母様ってさ」

「こんな私達で良ければ、だけど」

………不覚。

今の言葉は【八神はやて】に向けられたものやない。……でも、でも、涙が止まらへん。嬉しすぎるわ。なんやのこの人達、はやてキラーかなんかなん?

……ここは答えを返さんとアカンよな。嘘偽りの無い、今の私の正直な気持ちを。

ほんならいくでぇ。耳かっぽじってよぉ聞いてやぁ。

「……父様、母様」

『……あ』

「だぁ~い好き!!」

もう少し、もう少しだけでええ。ハヤテちゃんには悪いけど、もう少しだけ、この温もりを感じていたい。



「……やっぱり、そっちに行っちゃうんだね、ハヤテ」

堪忍や!



[17066] 十六話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:e7388da7
Date: 2010/08/05 14:40
「皆でリレー小説を書きましょう」

ナイスアイデアを思い浮かべた神谷ハヤテです。




七月も終盤に差し掛かったある日の昼時のこと。図書館で借りてきたラノベをリビングで読んでいた私は、唐突に小説が書きたくなった。小説好きなら誰もが一度は経験があるよね?

しかし、今回私が書きたくなったのはただの小説ではない。リレー小説だ。

「唐突っすね。そのリレー小説ってのは何なんですかい?」

私と同じようにソファーに寝そべってマンガを読んでいたシグナムさんがいち早く反応した。良い質問だ。花丸をあげましょう。

「あれだろ? 何人かが集まって、一人ずつ小説書いていって話を繋げるやつ」

おや、ヴィータちゃんは知ってたか。まあ、最近はネット上で行われるリレー小説なんてのもあるからなぁ。それで知ったのかな。

「そうです、まさにそれです。どうですか? 皆でやりません?」

「あたしは別に構わねぇけど、何でいきなりそんなことを考えたんだ?」

「このラノベに触発されたんです」

そう言い、一冊のラノベを目の前に突き出す。表紙には、ギャルゲーに出てきそうな女の子があどけない微笑みを浮かべている。スカートで体育座りしてるのに、パンツ見えないことに突っ込んではいけない。

「ラノベねぇ。あたしは読んだことないけど、そんなに面白いのか?」

「そこは、一人一人の感性によりますね。誰かがつまらないと言った本でも、別の人が読めば、とんでもなく面白いと感じることもあるでしょうし」

ちなみに、私が今持っている本は三巻までしか出てないが、隠れた良作だと思っている。

「シグナムさんもやりましょうよ」

「面白そうっすね。私もとうとう文豪への道を歩む時が来たか」

よし、残るは狼と料理人だ。

「ザフィーラさんも……あ、狼形態じゃタイピングは無理ですね。今回は諦め──」

「戦闘民族サイヤ人を……舐めるなよ?」

ザフィーラさん、いきなり何を言ってるんですか……って!?

「はあぁぁぁー!」

烈帛(れっぱく)の気迫と共にザフィーラさんの体が光に包まれ、徐々にその体型が人形へと近付いていく。まさか、自力で変身出来るように?

「……変身、完了だ」

そこには、何かをやり遂げた顔をしたザフィーラさんが、騎士甲冑(例の戦闘スーツ)を身に纏い佇んでいた。でも何で騎士甲冑を?

「おい、駄犬。何で騎士甲冑纏ってんの?」

シグナムさんのもっともな質問に、ザフィーラさんはこう答えた。

「形態変化出来るようになったは良いが、なぜか強制的に身に付けてしまうのだ」

どんな呪いですか。

「まあいいです。変身したってことは、参加の意思あり、ということですね。じゃあ、後は……」

「ズタズタよ、ズタズタ! まるでさきイカね!」

キッチンでイカをさばいてるシャマルさんのみ。どうもあの人は、料理している時は性格がおかしくなるようだ。……誘うのは昼御飯を食べた後にしとこう。




『ご馳走さまでした』

「ご馳走Summer」

「お粗末さまでした」

舌に違和感が残る程度になってきたシャマルさんの料理も食べ終わり、いつもなら三々五々に散って、まったりと過ごすこの時間。しかし、今日は一味違う。

食事中にシャマルさんの参加表明を聞いた私達は、食器を片付けた後すぐにリビングに集まって、パソコンを起動させたのだ。もちろん、リレー小説を書くために。

「私はタイピングあまり得意じゃないけど、大丈夫?」

「我もだ」

「構いませんよ。時間はたっぷりありますから、自分のペースで書いて下さい。締め切りなんて無いんですから」

楽しんで書かなきゃ意味がないしね。

「それでは、改めてルールの説明をします」

大筋はさっきヴィータちゃんが言った通り、一人ずつ順番に小説の続きを書いていくというもの。

ただ、前の人の小説の設定や世界観などに、必ずしも従わなくてはならない、というルールはない。まあ、バトル、ラブコメ、SF、ミステリー、自分の好きなように、好きな物語を紡いでいけばいいのだ。

文章の量は個人の自由。短くても長くても構わない。あと、出来るだけきりの良い所で次の人に繋げるのがベスト。

「──と、こんな感じですね。何か質問は……無いようですね。では、順番を決めましょう」

ジャンケンで順番を決めることにした。

「おい、ザフィーラ。この前みたいに、『ジャジャン拳!』とか言って魔力飛ばすなよ?」

「魔力ではない、オーラだ」

あの時はびっくりしたなぁ。

気を取り直してジャンケン再開。結果は、一番シグナムさん、二番ヴィータちゃん、三番私、四番ザフィーラさん、ラストがシャマルさんという順番になった。

「シグナムさん、始めが肝心ですよ。頑張って下さい」

「任してチョンマゲ」

心配だ……



【シグナムパート】

「ありがとうございましたー」

愛想笑いを浮かべて、私はコンビニのドアを抜ける客の背中を見送った。くそ、あのブ男、釣り銭渡す時に手握ってきやがった。私じゃなかったらセクハラで訴えてる所だぞ。

レジで怒りに身を震わせながら、店内を見回す。客は居ないようなのでホッと息を吐く。

はあ。コンビニなんかでアルバイトするんじゃなかった。来月に絶対止めてやる。こんなんでコミュニケーション能力が上がるかっての。そんなやり場の無い憤りを感じながら、誰も居ない店内でポツリと言葉を漏らす。

「鬱だ。死のう……」

ああ、また言ってしまった。今日で五回目だ。もはや口癖になってしまったようだ。まあ、実際に行動を起こしたことなんて無いんだけど。だって、死ぬの怖いし。

私、なんでこんなことしてるんだっけ……ああ、そうだ。他人と触れあうことに慣れるためだった。

そう、私こと田中ヴィータは、対人恐怖症ばりに人と話すことが苦手である。

なぜなら、小学生、中学生の九年間、アホみたいにクラスの皆にからかわれ続けたからだ。原因は私の容姿と名前。

ドイツ人と日本人のハーフである私は、ドイツ人である母方の血を濃く受け継いだのか、容姿は完全に異国のそれ。私がどれだけ周りに馴染もうとしても浮いてしまう。故に、出る杭は打たれるという日本の伝統が私に襲いかかったのだ。

小学生の時は特に酷かった。土井津仁とか、B太(ビータ)とか、β(ベータ)とか、ろくでもないアダ名をつけられまくったのだ。まあ、萎縮して反論しなかった私も私だけど。

高校に入ってからはそういったことは無くなったが、小学校、中学校と同様に友達がまったくいない。話しかけてくれることはあるのだが、いつも緊張してドイツ語で返してしまうのだ。その後に日本語で取り繕ってもまともに喋ることが出来ず、その人はいそいそと退却してしまう。毎日がその繰り返しで、一向に友達ができない。

「鬱だ。死のう……」

おっと、また言ってしまった。

まあ、その悪循環をどうにかすべく、アルバイトでもしてコミュニケーション能力を獲得しようと、今に至る訳なのだが……開始三日で意味が無いことに気が付いた。だって、会話らしい会話無いんだもん。

そりゃそうだよね。コンビニ店員と談笑する客なんて居ないよね。……はぁ。

「鬱だ。死のう……」

七回目か。記録更新だ。やったね。……地球滅びないかなぁ。

あ、客だ。面倒だなぁ。立ち読みでもして帰ってくれないかなぁ。……ん? なんでヘルメットかぶってんの、コイツ。それに右手に……出刃(でば)!?

「……強盗だ。金を出せ」

……今時コンビニ強盗ですか。日本の検挙率知らないのかコイツ? ……でも、どうしよう。大人しく金を渡すのも癪(しゃく)だなぁ。 可憐な私が汗水流して働いてるってのに、コイツは「金を出せ」の一言で大金を得る? ふざけるなと言いたい。ぶっ飛ばすぞ?

あれ、もしかして、ここでこの強盗を撃退したら私、新聞に載っちゃう? ニュースに映っちゃう? 凄くね? 明日から一躍有名人じゃね? ……友達、できるんじゃね?

「早くしろ、ぶっ殺すぞ、貧乳」

ちんけな脅し文句だこと。そして今ので貴様の寿命は縮まった。偉大な先人よ、技を借りますね。

「僕……」

「あん?」

勢いをつけてカウンターに飛び乗り、力の限りに威嚇する。

「僕、アルバイトオォォォーーー!!」

【次パートへ続く】


「こんなもんすかね」

「なげーんだよ! あと設定が無駄に凝りすぎだ! ついでに主人公の名前をどうにかしろ!」

「まあまあ、B太ちゃん、落ち着いて下さい」

「ヴィータだ!」

これは失礼。

「少し長い気もしますが、中々面白いと思いますよ」

「ハハハこやつめ」

照れてるのかな?

「……もういい。次はあたしの番だな。こんな設定ぶっ壊してやる」

「ワイの渾身の設定が……」

「だったら名前をどうにかしろ、名前を!」

「それはできんでござる」

「ぐ……見てろよ」



【ヴィータパート】

「僕、アルバイトオォォォーー!!」

「だからどうしたあぁぁ!」

グサッ!

「ひょ?」

お腹が熱い。なんだこれ? そう思い、腹を見る。

「……なんじゃこりゃあぁぁー!?」

真っ赤に染まった腹部が目に入る。やべ、刺されたのか。見よう見まねであんな高度な技使うんじゃなかった。目が霞んできちゃった。ああ、もう、ほんとに……

「鬱だ……死……の……」

そこで私の意識は途切れた。



……おや? 私は死んだんじゃないのかな? でも意識はハッキリしてるしお腹も痛くない。なにこれ。それに回り一面真っ白。死後の世界ってやつ?

「おお、ヴィータよ。死んでしまうとは情けない」

目の前に白髭生やしたジイサンが現れた。ああ、やっぱり私は死んだんだ。ひょっとしてこのジイサン神様?

「本来ならあそこで死ぬはずはなかったんじゃが、運命の悪魔がイタズラをしてしまったようじゃ。よって、もう一度お前にチャンスをやろう」

え、これなんてSS?

「サービスとして、望む能力を一つ付けて転生させてやろう。さあ、なにがいい?」

う〜ん、なんというテンプレ。だがそれが良い。それじゃあ、あの能力でも付けてもらいますか。

【次パートへ続く】


「これでどうだ!」

「つまんないでござる」

「インパクトが足りないわね」

「精進あるのみだな」

「ちくしょぉぉー!」

皆辛口だなぁ。まあ、確かに改良の余地は色々あるけど。

「けど最後の、能力を決めるのを次の人に譲る、というのは素晴らしい配慮だと思いますよ」

「ハヤテ……愛してるぜ」

そこまで傷付いてたんですか……

「さて、次は私ですね。それじゃあ──」

「あ、ごめんなさい。そろそろ夕飯の支度しなくちゃならないの。悪いんだけど、私は今日はここまでね」

「我も用事があるのでな。失礼させてもらうぞ」

むう、良いところなのに残念だ。シグナムさんが時間取りすぎたかな?

「分かりました。それじゃあ、また今度時間があったらやりましょう」

「ええ」

「うむ」

「ええー。じゃあこの続きはどうなるんだよ」

あ、そっか。

「なんなら拙者が書いても──」

「断固断る」

「私で良ければ、なんとか終わらせてみようと思うのですが……短いですけど」

「流石ハヤテ! 頼むぜ、田中ヴィータに安らぎを与えてやってくれ!」

では、さっそく。


【ハヤテパート】

「私の望む能力、それは……」

「それは?」

「友達がたくさんできる能力です」

【Fin】


「マジで愛してるぜ、ハヤテ」

大袈裟だなぁ。



[17066] 十七話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:7f9a570b
Date: 2010/08/05 14:41
「海に行きましょう」

珍しくアグレッシブな神谷ハヤテです。




いつものようにリビングでまったりしていた同居人達が一斉に私の顔を見る。

「リレー小説に続いて今度は海っすか。主は唐突な思いつきで行動することが多いデシね」

己の欲望に忠実に生きることこそ、ストレスを溜めないコツですよ、シグナムさん。まあ、それはあなたも大して変わらないように思えますが。

「そこまで唐突という訳ではありませんよ。夏を迎えた辺りから考えてましたから。それで、どうです。行きませんか?」

「私は構わないわよ。なにより、断っても一人で行きそうなのよね、ハヤテちゃんは。それなら、家で心配してるよりは一緒に行った方がマシだしね」

流石シャマルさん、分かってらっしゃる。

「あっしは家でニート生活を満喫していたいんですが。……まあ、小遣い貰ってる身としては、スポンサーのご機嫌を損ねるのもアレなんで従いましょう」

失敬な。それじゃ私が金で縛り付けてるみたいじゃないですか。あんなロリコンと一緒にしないでいただきたい。

「我は──」

「あ、ザフィーラさんは強制的に来てもらいます」

「……なぜだ?」

「海に着けば分かりますよ」

ククク。

「あたしも行ってもいいけど、水着なんて持ってねえぜ。これから買いに行くのか?」

「何を言ってるんですか。こんな時の為にあの騎士甲冑をデザインしたのを忘れたんですか?」

「……アレかよ」

そう、アレですよ。

「アレってコレ?」

不意にシグナムさんが騎士甲冑を身に纏う。光に包まれた彼女は一瞬前までとは違った服……あちこちに鋲(びょう)が打ち付けられたボンテージを身に付けていた。

「確かに泳ぐのに不都合は無いかもしれませんが、別の意味で不都合なので、それはしばらく封印して下さいね、シグナムさん」

「女王様とお呼び!」

「女王様うるさい」

やっぱり気に入ってるんだな、ボンテージ。

「水着ですよ、水着。皆さんに一着ずつデザインしたでしょう?」

そう。こんなこともあろうかと、一人一人の個性にあった水着をデザインしておいたのだ。備えあれば憂いなしってね。私エライ。

「ハヤテよぉ、あたし、アレはかなり抵抗があるんだけど」

「大丈夫です。アレを身に付ければ浜辺の視線は一人占めですよ、ヴィータちゃん。それに私も同じの着ますし」

「自ら望んで着るとか、正気かよ」

別に私達が着ても違和感は無いと思うんだけどなぁ。それにアレを着ることが許されるのは、限られた年齢だけだしね。今の内に着ておかないと。

と、ここでシャマルさんから質問がでた。

「今から行くの? それと、昼食と夕食は外で済ませるのかしら?」

「行くのは今からです。昼食は外ですが、夕食は帰りの時間が遅くなったら外で済ませましょう」

「分かったわ」

すっかり、我が家の食事を管理するようになってるなぁ、シャマルさん。……今度お母さんって呼んでみようかな? どんな反応が返ってくるんだろうか。

「なあ、主よ。なぜ我だけ強制参加なのだ?」

「ですから海に着けば分かりますって」

「むう……」

フフフ。

「さて、では出発しましょう。タオルなどの荷物は既に用意してありますから、すぐに行きましょう」

「前準備する暇あるなら先に私達に了解を取らんかい」

「フヒヒ、サーセン」




『うーみー!!』

海に着いた途端に、周りをはばからず叫ぶ四人娘。ああ、久し振りだなぁ、この潮の香り。夏になると、母様達とよくプライベートビーチに遊びに行ったっけ。

「しっかし、こんな近くに海があるなんて知らなかったぜ」

そう、ここ海鳴市は、名前に海が付いてるだけあって、わりと近くに海が広がっているのだ。その距離、電車で揺られること僅か数十分。中心部にはビルとかいっぱいあるのに、変な所だなぁ。

「さて、主よ。そろそろ説明してもらおうか」

潮の香りに鼻を刺激されたのか、やや気が高ぶっている感じのザフィーラさん。なんか涙目っぽい。

「そうですね。勿体振っても仕方ありません。率直に言います。……ザフィーラさん。今日は一日、私の足になって下さい」

「……そんな気はしていたが」

ありゃ、気付いてたのか。

「見ての通り私は車椅子ですから、砂浜を移動するのも一苦労なんです。海の中に入るなんてもってのほかですしね」

流石のグレン号も海辺では形無しだ。……今度ロリコンに頼んで改造してもらおうかな。

「……我の背中は高いぞ? ホネッコ三パックは覚悟してもらおう」

なるほど、取り引きを持ちかけてきたか。しかし甘いですよ、ザフィーラさん。こちらには切り札があるんです。

「そういえば、以前私がスーパーで買ったお徳用バニラアイス(1kg)の容器が、いつの間にか空になっていて、ゴミ箱の中に入っていたんですよねぇ」

「そ、それが?」

「いやなに、その容器を調べてみたら、獣の体毛がこびりついていたんですよ」

「ほ、ほほう」

まだしらばっくれるか。

「まあ、つまり、何が言いたいのかといいますと、犯人は……」

と、そこで残りの三人娘の様子もおかしいことに気付く。挙動不審というか、落ち着きがない。って、まさか……

疑問を抱いた私は、試しに一人ずつ顔を覗きこんでみる。……一人残らず目を反らしやがった。

「犯人は……お前ら全員だ!!」

『ごめんなさい』

「サーセン」

あっさりと罪を認めたのはいいが、なんて奴らだ。獅子身中の虫かと思ったら、虫だらけの中に獅子の私が紛れ込んでいた気分だよ。

「あれですか。仲良くお皿に分けて、容器の中に残ったのをザフィーラさんが美味しく頂いたと、そういう訳ですな?」

「いや、ハヤテの分も残しといたんだけど、暑さにやられたザフィーラが食べちゃって……」

「ヴィータ、貴様!? この獅子身中の虫が!」

あなたが言うな。

「ごめんなさいね、ハヤテちゃん」

「いや、でも私達も被害者なんすよ。バニラアイスという魅力的な人形使いに踊らされた哀れな、ね」

「シグナム黙ってろ」

まったく、最初から素直に謝ってくれれば、すぐに許したものを。隠したりするから、バレた時に恐い思いをするってのに。

「今回は言い逃れをせず、すぐに謝ったので許しますが、次やったら恥ずかしいお仕置きが待ってますからね。ただ、ザフィーラさん。あなたは……分かってますね?」

「……やむを得ん、か」

「自業自得やんけ」

シグナムさんには後でお仕置きが必要かな?




グレン号を海の家の脇に置かせてもらい、備え付けられた更衣室で着替える私達。もちろんザフィーラさんは外で待機中。まあ着替えると言っても、私は服の中に着込んでるから脱ぐだけだし、他の皆は一瞬で済むからすぐに終わったんだけど。

……さあ、いよいよお披露目の時間だ。

「見よ、この紺碧(こんぺき)の輝きを!」

「いや、ただのスクール水着だから」

ヴィータちゃん、それは違うよ。確かに学校で身に付けていたならば、これは普遍的な何の特色も無い水着に成り下がるだろう。

だがしかし、見よ、この羨望と憧憬(どうけい)の視線の数々を! ここ、一般人が多く訪れる海というフィールドでは、このスク水こそが特別(スペシャル)なのだ。

「ああ、この注目度ときたら……たまらん」

「狼にまたがった少女が砂浜を闊歩してればそりゃ目立つでござるよ」

……それもそうですね。

現在、私は約束通りザフィーラさんに乗せてもらっている。二度目の搭乗となる今回だが、やはりこの背中のフワフワ感は良い。本当に浮気してしまいそうだよ、グレン号。

「さて、浜辺の視線も一人占めしたことですし、遊びましょう」

そう言いながら皆に視線を送る。……やっぱり皆似合ってるなぁ、水着。

ヴィータちゃんはさっき言った通り私と同じスク水。幼児体型にこれほど映える水着はそうそうあるまい。

シャマルさんは露出が少なめの白いワンピースタイプの水着に身を包み、パレオを腰に巻き付けている。見た目だけなら深窓の令嬢に見えなくもない。

シグナムさんは、その胸を強調するように赤いビキニを身に付けている。うん、良いおっぱいだ。後で揉もう。

「遊ぶっつっても何すんだ。泳ぐのか?」

「海に来たらやることは一つです。競争ですよ」

母様とデッドヒートを繰り広げたのが懐かしい。

「ハヤテちゃんはバトルが好きねぇ。でもごめんなさい、私は遠慮しとくわ。泳ぐの得意じゃないのよ」

「ボクも今回はパ~ス。ビキニでスピード出したら脱げちゃいそうだし。ポロリは最後までとっておくものさ」

むう、仕方ない。ならばヴィータちゃんとの一騎討ちだ。以前の競争では負けたが、今回は負けんぞ。

「ヴィータちゃんは勿論やりますよね? 逃げるなんて、臆病者とのび太がすることですもんね?」

「……やってやろうじゃんか。あたしがジャイアンだってことを教えてやんよ」

ふっ、やはりまだまだガキですね、ヴィータちゃんは。勝負事の基本は、身体は熱く、心は冷静に、ですよ。

「泳ぐのは我なんだが……」

期待してますよ、相棒。



「それでは、位置について、よーい……ドン!」

シグナムさんの合図で一斉に海に飛び込む二人と一匹。スタートはほぼ同時か。

ゴール地点は、百メートルほど離れた所に浮かんでいるポールで、先にタッチした方が勝ち。シンプルで分かりやすい。

「あたしが、ジャイアンだあぁー!」

スイッチが入ったかのように、雄叫びを上げながら爆走するヴィータちゃん。やるな、ならばこちらも!

「ザフィーラさん、クロールです!」

「応!」

犬掻きからクロールへとシフトチェンジするザフィーラさん。少女を乗せたデカイ犬(?)がクロールしながら少女を追走している、というシュールな図柄が展開されているが構わん。勝負に妥協は許されないのだ。

だが、ここまでやってもなかなかヴィータちゃんとの差は縮まらない。

「……ふっ、はははは! バカめ、身体中に毛が生えてるんだ。水が染み込んでスピードが出ないのは当たり前だぁ!」

わざわざ後ろを確認して嘲笑するヴィータちゃん。……その油断が命取り!

「ザフィーラさん、奥の手です。もう周囲に人はいません」

「待っていたぞ! ……かあぁぁぁー!」

某Z戦士のような声を上げたザフィーラさんを、光が包み込む。そして光が収まった後、そこに居たのは……

「今回は……心Tシャツか。悪くない」

Tシャツとスパッツを身に纏った人間形態のザフィーラさんだった。ていうかランダムなんですね、騎士甲冑。

「なっ!? その手があったか!」

後ろを確認する暇があるなら泳ぎに力を入れないと、ヴィータちゃん。

「だからお前はアホなのだあぁぁー!」

「ぐ……ちっくしょー!」

いまさら足掻いてももう遅い。人間形態のザフィーラさんのスピードは狼形態の比ではない。みるみるヴィータちゃんとの差が縮まり、そしてゴール手前で遂に追い抜いた。

「私の愛馬は、凶暴です」

抜き際にセリフを言いながら、ポールにタッチする私だった。前回の雪辱、見事果たしたぞ。



変身を解き、皆で沖に戻ると不参加の二人がナンパされていた。

「お姉さん達キレイだね。大学生?」

「三人の娘がいるけど、なにか?」

「ニートでござるが、なにか?」

『さようなら』

相手が悪かったですね、ナンパボーイ達よ。



その後、皆でビーチボールで遊んだり、砂の城を作って遊んだり、ヴィータちゃんを埋めて大きなおっぱいを作ったりして遊びまくった。

ああ、やっぱり来て良かった。夏はこうじゃないとね。さて、さんざん遊んだし、そろそろ帰ろうかな。

「あたしを忘れるなあぁー!」

あ、サーセン。



[17066] 十八話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:82b7820c
Date: 2010/08/05 14:43
「時は満ちた……」

テンションがうなぎ登りの神谷ハヤテです。




今日の日付は8月12日。お盆直前だ。一般的な家庭ならば、提灯(ちょうちん)を飾ったり、ご先祖様を迎えるための準備をしたりと、なにかと忙しい日々を送る時期である。

しかし、私にはそんなの全く関係が無い。祀(まつ)るご先祖様の顔なんて見たことも無い、というか両親の顔さえ見たことが無い今の私にとって、お盆なんて有って無いようなものだ。加えて、同居人達は日本どころか地球出身ですらなく、先祖を祀るなんて風習にこれっぽっちも興味は無いため、我が家はいつも通り、まったりとした時間を過ごしていた。……今日、この時までは。

「またですかい。今度は山ですか? それともハワイにでも旅行っすか? いい加減思いつきで行動すんのはよせっつーの」

失礼だなぁ、シグナムさんは。 そこまで猪突猛進になった覚えはないのに。

「明日が何の日か、分かりませんか?」

夕食後のだら~っとしている姿の皆を見回してみる。あ、ヴィータちゃんだけピクッと反応した。どうやら知っていたようだ。

「……行くのかよ、あそこに」

「ええ、勿論。あ、今回は強制ではないですからね?」

流石に今回の場所は、私のエゴで連れていくには酷だしね。

「主よ、どこに行こうというのだ?」

ザフィーラさん、その言葉を待っていた。

「……戦場ですよ。自らの欲望を満たす為の、ね」

「ご託はいいから、さっさと場所を言え、オッパイ星人」

……空気読んで下さいよ、ニートさん。もう、仕方ないなぁ。

「有明の東京ビッグサイト、そこで行われるコミックマーケットですよ」

「コミックマーケット? マンガでも買いに行くのかしら」

「まあ、あながち間違ってはいませんよ、シャマルさん。ただ、今回の目的は参加することにあるんですがね」

「?」

そう、今回は会場の空気を感じられればそれで良い。母様から禁止されていたコミケ参加がやっと解禁されたのだ。これから行く機会は何度もあるだろう。ならば最初の一回くらいは、商品求めて奔走するのを自重して、ゆっくりと見て回ることにしよう。勿論欲しい商品はあるが、通販や委託販売で大抵は手に入るだろうから、無理をする必要は無いし。

「なあ、マジで行くのかよ。夏のあそこはかなりキツイって聞くぜ。暑さとか色々」

「対策をしていけば何とかなるでしょう、たぶん。それにしても、よくコミケを知っていましたね、ヴィータちゃん。リレー小説の時もそうでしたが」

「ネットサーフィンしてりゃ、自然とそういう知識が手に入るんだよ」

普段どんなサイトを見てるんだろうか、この子は。

「それにドリキャスのコミパなんて、もろビッグサイトが舞台じゃねえか」

ああ、そういえばヴィータちゃんに勧めたっけ、あのゲーム。

と、そこでザフィーラさんが話し掛けてきた。

「話から察するに、かなりの暑さが待っているのだな? ならば我は辞退させてもらおう。太陽光は我の敵だ」

身体中に毛が生えてますからね。夏はキツそうだ。

「私も右に同じ。マンガとかに興味無いのよねぇ」

シャマルさんもダメか。マンガだけという訳ではないんだけど……まあ、聞くだけ無駄か。

「……はぁ。しょうがねぇ。ハヤテ一人だけ遠出させる訳にもいかねえし、あたしも行くよ」

ええ子や!

「……ヴィータちゃん、確か鍵っ子でしたよね?」

「ん? ああ、渚と真琴は私の嫁だけど、それが?」

「企業ブースで好きな商品買って良いですよ」

「マジでか!? 抱き枕カバーにしようかな〜。いや、人形も捨てがたいな」

しっかり商品チェックしてるとは、ヴィータちゃんも侮れなくなってきたな……

「シグナムさんは、やっぱり家でのんびりしてますか?」

「いんや、あちきもお供するじぇ」

なんと。てっきり家に引き込もって、ポケモンのW○-Fi対戦に夢中になるものかと思ってたよ。このドーブルはワシが育てた、とか言って自慢してたのに。

「珍しいですね。暑くなってきてから、あまり外に出なくなったのに」

「ん~、何だか戦いの予感がするんだよね、ビシバシと。久し振りにバトル出来るような気がしてさぁ」

「……お願いですから、いきなり人を襲わないで下さいね」

突然怖いことを言わないでいただきたいものだ。

「では、ヴィータちゃんとシグナムさんが参加。ザフィーラさんとシャマルさんが居残りということで。留守番お願いしますね?」

「任された!」

「はいはーい。楽しんでらっしゃいね」

頼もしいことこの上ないね。実際、泥棒や強盗なんか一捻りだろうし。

「さて、明日は早くに出るのでもう寝ましょうか」

「もう寝るんすか。まだ八時だっぜ」

「始発に乗るんです。これくらいがちょうど良いでしょう」

世の中には徹夜組なんて人達も居るらしいが、そんなのはマナーがなってない事極まりない。……実際にはアホみたいな人数がいるらしいけど。カタログの規約をよく読めってんだ。

「どうせだったら、私が転移魔法で送ってあげるわよ?」

「断固拒否します」

以前、病院まで魔法で送ってもらったことがあるのだが、まさか屋上の十数メートル上に飛ばされるとは思わなかった。グレン号のあの能力が無かったら、潰れたトマトになるところだったよ。それに……

「ビッグサイトへの道のりを楽しむ事も、コミケ参加の醍醐味だと思いますから」

動画や画像で見たことがあるけど、本当にあんな感じなのかな? 今から楽しみだ。

「ハヤテはマジで変わりもんだな。あたしはあの光景を想像しただけで気分悪くなるんだけど」

やっぱりヴィータちゃんも見たことあったか。

「二人で何の話してんすか?」

「明日になれば分かりますよ」

ああ、楽しみだ。こんな興奮した状態で眠れるかなぁ。なんてことを考えながら、皆がいつも寝る部屋へと足を進める私。

「そういや、シグナムに壊されたベッド、新調したんだよな。あっちじゃ寝ないのか? あたし達と雑魚寝じゃ狭いだろ」

「ヴィータちゃん。それは言わぬが花ですよ」

やっぱり、人肌を感じて寝たいんです。こう見えてもまだ子どもですからね、私。

「朝起きると決まって胸に顔をうずめた少女が居る件について」

……人肌が、恋しいんです。




目が覚めると、予定していた時間をオーバーしていた。

「寝坊したぁぁー!?」

なんてこったい。目覚ましはきちんとセットしといたはずなのに……あ、剣で真っ二つに斬られてる。

「シグナムさぁーん!?」

隣で剣を抱えながら寝ているアホを叩き起こす。

「うるせえっすよ、ぼてくりまわすぞ」

「そのセリフは前にも聞きました。アンタなにしちゃってんですか、目覚まし時計たたっ斬るなんて」

「ん? おお、我ながら素晴らしい切れ味だ。……寝惚けてやっちゃったみたいでござる、てへ」

この人はもう!……まあいい、今はヴィータちゃんを起こさないと。

「ヴィータちゃん、起きて下さい。始発が出てしまいますよ」

壁に掛かった時計を確認したが、今から出ればまだ始発に間に合う時間帯だった。コミケ参加は始発。オタクたる者、これは遵守せねばならない鉄のオキテだ。

「んぉ?……ああ、おはよ、ハヤテ」

「はい、おはようございます。時間が押してますから、手早く準備をお願いしますね」

「んん、りょーかい」

まだ少し寝惚けてるが、大丈夫だろう。……問題はこっちの目覚ましクラッシャーだ。起きたと思ったらまた布団に潜り込んでやがる。

「起きろっ、このっ!」

「待って~、あと五分~」

「その五分が命取りなんだよ! ……そぉい!!」

布団を剥ぎ取り頬っぺたにビンタをかます。このっ、このっ!

「アタタ、ちょ、やめ……やめろって言ってんだろ!」

やっと起きたか。とんだ寝坊助だよ、まったく。

「顔洗って目を覚まして来て下さいね」

「もう十分覚めたでヤンスよ」

そいつは重畳(ちょうじょう)。さて、私も準備しないと。

「騒がしいわね。……あら、おはよう。もう出るのね」

「むう……気を付けるのだぞ」

シャマルさんとザフィーラさんも起き出したようだ。

「ええ、夜には帰りますので。遅くなるようだったら連絡しますね。では、行ってきます」

「あと……五分……」

「アンタも来るんだよ!」



『行ってきま~す』

着替えを済ませ素早く出発の準備を整えた私達は、まだ太陽が出ていない薄暗い道を駅へと向かって進んでいた。早朝とはいえ、真夏なだけあって気温は高めだ。日が昇ればさらに高くなるだろう。

今私は、グレン号のバッテリーを少しでも節約するために、シグナムさんに押してもらっている。今日一日稼働しっぱなしでは、バッテリーが切れる可能性があるからだ。もしかしたら、グレン号の能力を発動する時が来るかもしれないしね。まあ、一応予備のバッテリーは持ってきてるんだけど。

「主ハヤテ、この坂をダッシュで下ると、とても気分が良さそうなんだが」

「さっきのビンタのお返しですか? 胸はでかいのに心は狭いんですね」

「ぬぬぬ」

「ふふふ」

「喧嘩してんの? お前ら」

しばらくシグナムさんと舌戦を繰り広げていると、駅が見えてきた。少し大人げなかったかな?……仕方ない、謝るか。

「シグナムさん、そろそろ仲直りしましょう。さっきはビンタしてごめんなさい。興奮して、気が立ってたんです」

「ふ、ふん! 許してあげなくもないんだからね!」

「なんでツンデレなんだよ」

良かった。許してくれたようだ。

「では、仲直りしたところで電車に乗りましょうか」

改札を抜け、ホームへと足を運ぶ。発車まで……あと五分か。危なかった。

発車間近の電車に乗り込み、席に着く。といってもシートに座るのはシグナムさんとヴィータちゃんだけで、私は元から座ってるけど。

しかし……

「結構居ますね、同じ穴のムジナが」

「ああ、居るな」

周りを見渡すと、スーツを着たサラリーマンなんぞは見当たらず、携帯ゲームや携帯電話を手にしている人物ばかり。この人達は、私達と同じ目的地を目指していると直感で分かる。あ、表紙剥き出しのラノベ読んでる人まで。なかなかの強者だ。

「まあ、こんなのはまだ序の口でしょうね」

「……これがピークだったらどれだけ良かったか」

「だから二人でなに話してんじゃい」

すぐに分かりますよ。




「……なるへそ。こういうことっすか」

「こういうことだ」

始発が発車して三つほど駅を通過した辺りで一気に人が増えた。特に、バッグやでかい袋みたいな物を持った男性が。想像はしてたが、なるほど、これが有名なオタクラッシュか。現場にいるという実感がひしひしと伝わってきて、実に感慨深い。

「なんか浸ってるとこ悪いんだけどよぉ、あたしら、めっちゃ浮いてるよな」

「それもあるけど、暑苦しくてたまらんでござる」

やっぱり、女三人、しかも内二人は幼女というメンツは、この場では少々目立つなぁ。

「おそらくまだまだ増えるでしょう。気を引き締めていかないと、有明に着くまでにバテてしまいますよ?」

「まだ増えるんかい」

「あたしは来て早々に後悔してるよ……」

だらしないなぁ。

「さあて、ビッグサイトに着くまでに、鬼が出るか、蛇が出るか、楽しみですね」

『オタクしか出ねぇよ』



[17066] 十九話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:d1000948
Date: 2010/08/05 14:45
結論。オタクしか出ませんでした。

次々と増えるオタク達に囲まれながらギュウギュウ詰めの電車の旅を終えた私達は、ゆりかもめに乗り換えて、一路ビッグサイトを目指していた。勿論、ゆりかもめの車内にもオタクどもはひしめいている。

「……オタク、滅びねえかな」

今にも押し潰されそうなヴィータちゃんが、ため息と共に呪いの言葉を吐く。そのセリフ、自分にも返ってくるって分かってる?

「ていうかさ、何でわざわざゆりかもめに乗るんだよ? 確かに知名度は高いけど、別のルートでも行けないことはないだろうに」

「答えは簡単。私が乗りたかったからです」

「……ハア」

いいじゃないですか、これぐらいのわがままは。別のルートでも問題無いですが、これが一番コミケに参加しているって気になれるんですよ。

いや~しかし、やっぱり都心は違うね。バリアフリーが隅々まで行き届いてるよ。エレベーター完備は勿論のこと、乗車時には駅員さんがやって来て、わざわざ道を作ってくれたし。至れり尽くせりとはこのことだ。

「ところで主。ちょっとその車椅子、あっしに乗せてみせてはくれませんかね?」

ヴィータちゃん同様、圧死寸前な感じのシグナムさんがふざけた提案をしてきた。狙いは……この車内唯一の安住の地、車椅子専用スペースだな。誰が渡すものか。

「ふふん。残念でした。グレン号と私は赤い糸で結ばれてるんです。間に入る隙間なんてこれっぽっちも──」

バイイーン!

「ホアァァ!?」

突如、尻の下から飛び出たバネに押し上げられた私は、

「おごっ!」

低い天井に叩きつけられ無様なうめき声を上げた後、ストンと再びグレン号の座席へと墜ちた。な……なんぞ!?

──赤い糸が、何だって?──

どこからか、そんな声が聴こえてきた気がした……

「……こんのじゃじゃ馬がぁ!」

「なに一人コントしてんすか」

最近大人しくなってきたと思ったが、反骨精神は健在だったようだ。くそう、油断していた。まだまだ調教が必要か……

『次は、国際展示場正門。国際展示場正門です』

そうこうしている内に目的の駅に到着した。……帰ったら覚えてろよ、グレン号。丸一日ご飯(電力供給)無しの刑だかんね。謝っても許してやんない!




ホームを出て改札を抜け、いざビッグサイトへ、と、意気込んだのはいいものの。

「始発で来たのに、何でこんなに人がゴミのようにいるの? バカなの? 死ぬの?」

前情報も何も知らないで来たシグナムさんが、呆れ返ったように周りを見渡している。まあ、普通はそう思うよねぇ。

「先頭の方にいる彼ら。あの方達が、いわゆる徹夜組というやつでしょうね。……腹立たしい」

しばらく歩いていくと列ができていたので最後尾に並んだのだが、知識として知っていた私とヴィータちゃんまでが呆れ返るほどの人が溢れていた。延べ入場者数五十万人超は伊達ではないということか。……甘く見ていた。

「開場が10時だったよな。……かなり待つな」

時計を確認してげんなりするヴィータちゃん。想定の範囲内とはいえ、この熱気と人波の中長時間並ぶのはやっぱり辛いよね。

「長期戦ですからね。皆さん飲み物の準備は怠っていませんよね?」

だんだんと気温が高くなってきているのが分かる。開場してからもしばらくは並ぶだろうから、水分補給は重要だ。

「ああ、スポーツドリンクをたんまり持ってきてるぜ」

流石ヴィータちゃん。準備万端ですね。

「拙者もこの通り。ペットボトルのコーラを五本も」

「バカかお前は! んなもんすぐにぬるくなって飲めたもんじゃなくなるだろうが!」

流石シグナムさん。 昨日の私の話なんか聞いちゃいなかったらしい。

「それが良いんじゃないか。ぬるくなったそれが」

訂正。一応聞いていたらしい。

「ヴィータちゃん、叫ぶだけ体力の無駄遣いですよ。特にシグナムさんに対しては」

「最近主が私に冷たい件について」

あしらい方を覚えただけです。

「なあハヤテ。開場までぼーっとしてるのも勿体無いからさ、対戦しようぜ、ギルティ」

そう言いながらバッグをごそごそと漁り携帯ゲームを取り出すヴィータちゃん。見れば、周りのほとんどの人達は同じようにゲームをしている。これに触発されたのかな。

「それは良いんですけど、シグナムさんが余ってしまいますね。交代しながらやります?」

「気を遣わんでも結構でおじゃる。朕(ちん)にはポケモンがあるゆえ」

そう言い、ゲームの電源を入れるポケモンマスターシグナムさん。この人、最近ポケモンばっかやってるな。まあいい、これでヴィータちゃんと心置きなく対戦が出来る。私のポチョムキンにボコられてから、また一段と腕を上げたんだよなぁ。

「ではやりましょうか、ヴィータちゃん。……HEVEN or HELL」

「DUEL」

『Let's Rock!』

周りが引いてるが気にしたら負けだ!




「そんな!? あたしのヴェノムが!」

「ゲートボールみたいに玉を弾いてるだけじゃ勝てませんよ、私のこの筋肉には」

現在、絶賛対戦中。少しずつ動く列に付いていきながら、白熱した争いを繰り広げている。

「……ん?」

ふと、後ろにいるシグナムさんが気になったので覗いてみる。そこには……

「なんと! 拙者のドーブルが殺られた!?」

「ふっふっふっ。拙者のフワライドからビーダルへのバトンタッチ殺法、とくと味わうでござる」

「ぬぬぬ。ビーダルのくせにビードルとか名前付けおって。一瞬騙されたでござろう!」

なんか忍者が増えてた。

「え~と……シグナムさん。そちらの方は?」

「ん? ああ、育てるのも飽きたんで、誰か対戦申し込んでこないかなーとユニオンルームで待ってたら、後ろのコイツが来たんすよ」

「気になって後ろから覗いてたもんで。いきなり失礼かとは思ったんでござるが、拙者もちょうど対戦したいと思ってたんでござるよ。それでつい」

変わった人も居るもんだ。見ず知らずの他人に対戦を申し込むなんて。……うちのシグナムさんは置いといて。

「うちの連れがお世話になったようですね。こんな変人に付き合ってくれてありがとうございます」

「いやいや、拙者も楽しませてもらったでござるよ」

「まず変人ってのに突っ込めや」

端から見たら十分あなたは変人です。ていうか、この人も変人ぽいな。しゃべり方がアレだし。……こんなに綺麗な女性なのに。

栗色の長髪をポニーテールにして眼鏡を掛けている二十歳前後の女性は、朗らかに笑いながらシグナムさんと話している。どうやら連れは居ないらしく、一人で参加しているようだ。変人同士通じるものがあったのかな? シグナムさんとこんなに楽しそうに話す人を初めて見たよ。

「……お前」

あれ? ヴィータちゃん、なんでこの人を睨み付けてるの?

「お前、魔導師だな」

……魔導師? 魔法使いのこと? この人が? マジで?

「対戦に夢中で気付くのが遅れたぜ。……管理局の人間か?」

いや、でもこの世界には魔法使いは居ないはずじゃないの? それに管理局って何さ?

「バレたでござるか」

……マジなんだ。

「んなデカイ魔力持ってて気付かないわけねーだろ」

「いや、気付かなかったやんけ」

「ぐ……」

見事に揚げ足を取るシグナムさん。まあその通りだけど。

「そう睨みなさんな。何も取って食おうという訳ではござらん。それに拙者は管理局の人間でもないでござるよ」

「……本当だろうな」

「確かに拙者は魔導師でござるよ。しかし、この場に居るのはただの偶然でござる。 貴殿らに害を為そうなどとは露ほども思ってはいないでござるよ、にん」

「管理局でない魔導師が何でこんな世界に居るんだよ?」

ヴィータちゃん、その質問、そっくり返されたらどうするんですか。

「それを説明するには少々時間が掛かるが、よろしいかな?」

その言葉を聞きこちらを振り向くヴィータちゃん。……まあ、時間はたっぷりあるし構わないか。

「どうぞ、お話し下さい」

「では。……事の起こりは──」




「──という訳なんでござるよ。納得したでござるかな?」

「……今言った事が嘘じゃなければな」

「疑り深いロリッ子でござるなぁ」

この女性、マルゴッドさんが言うにはこういう事らしい。

次元転送による次元世界旅行が趣味だというこの人は、ある日、旅行先から自分の世界へと戻ろうと転移魔法を行ったところ、座標を誤って指定してしまいこの世界に来てしまった。

すぐに帰るのもどうかと思ったマルゴッドさんは、軽い気持ちで辺りを探索をしていたのだが、その時に出会ってしまったそうだ。日本の誇るサブカルチャーに。

文字通りカルチャーショックを受けた彼女は、「ヤックデカルチャー!」の叫びと共に自分の世界へ舞い戻った後、すぐに家や土地を売り払い、この世界へと移住してきたらしい。それほどに気に入ったのだそうだ、アニメやマンガやゲームが。

そして三年の月日が流れ今に至る、と。……なんと言うか、

「アニメやマンガを気に入ってくれたのは日本人として嬉しいんですが、随分とデタラメな方ですね。故郷を捨ててまでこっちに住むなんて」

「別に捨てた訳ではござらんよ。一年に一回は生存報告してるでござるしな、母上に」

「……なんという親不孝者。ていうか、家を売り払ったって言いますけど、その母親とは一緒に住んでなかったんですか? お母さんは今家無き子?」

「拙者の世界は就業年齢が低いでござるからなぁ。十六の時に家を買って、母上とは別居してたんで候(そうろう)」

十六歳で持ち家って……ここの世界とは収入とか土地の価値とかが大きく違うのかな。それともこの人が高給取りなだけ?

「事情は分かった。……ゲーム好きならしょうがねぇ。信じてやるよ」

それで信じるのもどうかと思うよ、ヴィータちゃん。まあ、喧嘩とかにならなくて良かったか。

「ふふ、安心なされい。例え某(それがし)が管理局員で、そなた達が次元犯罪者であろうとも、今この場では、我らは限定商品を奪い合うライバルであり、趣味を同じくする同志でござる。手を出すことなんてござらんよ。……転売目的で限定商品を買い漁るブタ共は別だがな」

一瞬、目が鋭くなるマルゴッドさん。その気持ち、よく分かります。グッズは愛でてこそ価値があるというもの。営利目的で入手せんとする輩なんぞ滅んでしまえ。……ヤフ○クにはお世話になっているけど。

「あの、さっきから私達ばっかり質問してしまって悪いんですけど、お話に出てきた管理局というのは何なんですか?」

「おや、ご存知でない?」

「お恥ずかしながら」

「まあ、一言で言えば……」

『権力の犬でござるよ』

シグナムさんとマルゴッドさんが見事にハモる。息ピッタリですね。生き別れの双子か、あんたらは。

「次元世界を管理するとかぬかして、厳しい取り締まりをする警察みたいなもんでござるよ。まったく押し付けがましいにも程があるでござる。趣味の次元旅行も奴らの目を盗んで行かなきゃならんでござるし、まさに目の上のタンコブで候」

警察かあ。どこの世界でも疎む人はいるんだな。私みたいに。何だか他人の気がしないな、この人とは。……そうだ。

「よろしければ、今日一日ご一緒しませんか? お昼とか。お一人で回られるんでしょう?」

「ほう、よろしいのでござるかな?」

「勿論です。ね、良いですよね。ヴィータちゃん、シグナムさん」

「まあ、悪い奴じゃ無さそうだし……」

「キャラかぶってるのが気に食わんでござるが、まあいいっしょ」

「と、いう訳なので」

「うむ。では改めて挨拶をば。拙者の名はマルゴッド。よろしくお願い申す」

「ハヤテと言います。こちらこそよろしくお願いしますね」

「ヴィータだ。よろしく頼むぜ」

「シグナムでやんす。よろしゅう」

こうして愉快な仲間を加えた私達は、談笑しながら開場を待つこととなったのであった。



[17066] 二十話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:dd347645
Date: 2010/08/05 14:46
【暑さに負けず】夏コミ実況スレpart3【萌え上げれ】

1:名無しのオタク

開場前でもう三スレ目か。皆萌え上げってるなぁ。

2:名無しのオタク

ぱねぇwwwまじぱねぇww

3:名無しのオタク

>>2
いきなりどうした。何があった?

4:名無しのオタク

メイド引き連れた幼女が現れたwww

5:名無しのオタク

>>4
おいおい、冗談は顔だけにしとけよ。

6:名無しのオタク

どうしよう、メイドさんに微笑みかけられた。惚れそうだ。

7:名無しのオタク

え、マジでいるの? どこのお嬢様だよ。

8:名無しのオタク

こっちには執事従えた金髪幼女が現れたんだが……

9:名無しのオタク

>>8
俺も確認した。あの幼女、絶対ツンデレだね。俺には分かる。

10:名無しのオタク

幼女確認報告スレと聞いて飛んで来ました。何か肩に乗せたフェレットっぽい小動物に話しかけてる幼女を見つけました。……危うく鼻血を出すところでした。

11:名無しのオタク

幼女多いな、オイ。……とか言いつつこちらも幼女発見。車椅子乗った幼女と勝ち気っぽい幼女がゲームで対戦してる。

12:名無しのオタク

>>11
把握。てかやべえ。ゲームで負けたっぽい幼女が涙目になってる姿に萌えてしまった。俺が三次元の少女に萌えるとは……

13:名無しのオタク

>>12
嘆くことは無い。なぜなら俺も萌えたから。

14:名無しのオタク

>>12、13
お前ら幼女ばっかに目がいきすぎだ。連れの二人を見ろ。そこらのオタ女とは格が違うぞ。

15:名無しのオタク

>>14
確かにレベル高いが、近付いて会話を聞いてみろ。別の意味でも格が違うから。

16:名無しのオタク

>>15
……把握。てか片方の女は言語回路がイカれてるとしか思えないんだが。

17:名無しのオタク

流れをぶった切って悪いんだが、さっきのメイドさんがスタッフに「この場でのコスプレは禁止されています」って注意されたんだけど、「これは私服です」の一言で押し通っちゃってた。メイドまじぱねぇwww




……これは、また。

「ん? ハヤテ、何見てんだ?」

「あ、いえ、メールの確認を……」

「ふうん」

これはヴィータちゃんには見せられないな。自分がオタク達の目の保養になってるなんて教えられない。世の中には知らない方が良いこともあるってことだ。

「主、携帯なんて持ってたんすね」

「ええ、つい先日買ったんです」

ヴォルケンリッターの皆とは念話が使えるから特に必要無いのだが、休日に遊ぶあの三人娘に、買った方が良いと勧められたからだ。

マルゴッドさんとヴィータちゃんとシグナムさんが魔法関連の話に花を咲かせていたので、手持ちぶさたになった私は携帯をいじっていたのだが、まさかこんなスレを発見するとは思わなかった。

「おっと、ハヤテどのを仲間外れにしていたようでござるな。これは失敬」

「いえ、お気になさらず。こちらはこちらで楽しんでましたから。……ところで、あの、一つ聞いてもいいですか?」

先ほどから疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「なんなりと」

「どうしてマルゴッドさんは私達の素性を聞かないんですか? この世界に魔法使いが居るなんて、普通じゃないんですよね。気にならないんですか?」

そう、私達は根掘り葉掘り聞いたってのに、この人はこちらの事情には全く触れてこない。どうして?

「ああ、それは……ほれ。そこのロリッ子の態度が答えでござるよ」

ヴィータちゃんの、態度?

「出会った時に随分と警戒していたでござろう? しかも、いの一番に管理局員かと問いかけてきた。それでピンときたんでござる。何か知られたくない事情があるのだと」

……知られたくない事情。そういえば、ヴィータちゃん達は以前の主の下では蒐集行為をしていたんだっけ。もしかして……

「ヴィータちゃん、ひょっとして、管理局に見付かったら捕まっちゃうんですか?」

「……いや、あの……うん、たぶん捕まる。……ゴメン、黙ってて。心配かけたくなかったから……」

なんと。だからあんなに喧嘩腰だったのか。

「管理局の人に謝っても許してもらえないんですか? 昔の事なんでしょう?」

「主。奴らはそんな甘くはないっすよ。もし見付かって捕まったりなんかしたら、監禁、拷問は当たり前。更にエロイことなんかもされたりして、用済みになったら一族郎党皆殺し。血も涙もねぇとはあいつらのことじゃん」

そんなのが世界を管理してるのかよ。こえー。

「シグナムどの、誇張しすぎでござる。まあ、甘くないという意見には同意でござるが。拙者も余罪が色々とあるので、見付かったら厄介なんで候(そうろう)……おっと口が滑った」

次元旅行以外にも何かしているのかな?

「まあ、そんな訳で、この話はこれぐらいにしとくでござるよ。誰にでも人に言いたくないことはあるでござろう? 見たところ我らは同じ穴のムジナ。無理な詮索は溝を広げるだけでござる。そんなことをするぐらいなら、自分の嫁について語り合ったりした方が何倍も有意義でござるしな」

なるほど。マルゴッドさんはこちらの事情を斟酌(しんしゃく)してくれていたのか。出来た大人だなぁ。

「気を遣っていただいてありがとうございます」

「いやいや……お、どうやら開場したようでござるな」

本当だ。もう10時になったのか。周りの皆が一斉に拍手をしている。私もやろうっと。

「主、何で皆拍手してんすか? 『がんばった、俺がんばったよ。よくここまで並んだよ』とかそういう意味?」

「……そういえば。ノリで拍手しちゃいましたけど、何の意味があるんでしょう?」

「拙者も考えたことは無かったでござるな」

謎だ……

「なあ、開場したってのに全く進む気配がないんだけど」

「そうですねぇ。マルゴッドさん、いつもこんな感じですか?」

「うむ。一日目は企業ブースが盛んでござるからなぁ。この位置だと、あと1、2時間は並ぶでござろうな」

予想はしてたけど、どんだけー。

「……ところでシグナムどの、ヴィータどの、気付いてるでござるかな?」

「……ああ。気付いたのはさっきだけど、居るな」

「この世界にも以外と居るもんだにゃ〜」

「皆さん? どうしたんですか?」

「この会場の周りに、あたし達以外の魔導師がいるんだよ。ちらほらと」

マルゴッドさん以外の魔法使いが? しかも複数とな。……もしかして彼女みたいにわざわざ別の世界から来たのかな。だとしたら凄い情熱だ。ていうかオタクの魔法使いって結構多いのかな。

「だからといって心配する必要はないでござるよ。道理のわかるオタクなら、この場で揉め事を起こすなんて愚かな行為は控えるはずでござるからな。……万が一相手が突然襲いかかってきたとしても、その時は拙者も助太刀いたすゆえ、ご安心めされよ」

「助太刀してくれるのはありがたいんですが、なるべく穏便にお願いしますね」

「あいあい」

他の魔法使いというのも気にはなるが、優先すべきは初めてのコミケを楽しむことだ。今はこちらに集中しよう。




「やっと入場出来た……」

マルゴッドさんの言った通り、開場から1時間以上経ってやっとブースに入る事が出来た。

しかし、中は外と同様に人が溢れていて思うように動けない。特に、車椅子の私は何をいわんや、である。せめてもの救いは、周りの人が私を非難の目で見ないということか。邪魔なはずなのに道を譲ってくれる人まで居る。オタクって、わりとこういうところは一般人よりも気が回るんだなぁ。

「さて、ヴィータちゃん。約束通り、好きな商品買ってきていいですよ」

万札が詰まった予備の財布を渡す。これだけあれば何でも買えるだろう。

「おお、サンキュー。じゃ、並んでくるな」

「時間が掛かるようでしたら、念話して下さいね。出口の所で待ってますから」

「りょうか〜い」

上機嫌で目的地まで向かうヴィータちゃん。楽しそうで何より。連れてきた甲斐があるというものだ。……あ、そうだ。

「シグナムさんは、何か欲しいものとかありますか?」

「ん~、ギャルゲーとかグッズには興味無いんだよね。あ、でもコスプレコーナーには行ってみたいかも」

ほほう、良い趣味してますね。私も大好きなんですよ、コスプレ。

「それなら、ヴィータちゃんが戻ったら行ってみましょうか。お昼済ませた後にでも。……あれ? そういえばマルゴッドさんは何か買わないんですか? 限定商品は早く並ばないと売り切れちゃいますよ」

「ふふふ、心配ご無用。拙者はファンネルを雇っているゆえ」

……この人も結構な金持ちなのかな。

「マル助、ファンネルとはなんぞや」

シグナムさんから質問があがる。ちなみにシグナムさんはマルゴッドさんのことをマル助と呼んでいる。アダ名を付けるとは、彼女のことを結構気に入ってるのかもしれない。

「コミケでは限定商品はすぐに売り切れてしまうので、一人で目的のグッズを満足に入手することは至難の業でござる。ゆえに、代理として知人に買ってもらうのでござる。これがコミケ特有のファンネルというやつでござるな。まあ、拙者の場合は知人ではなく、そこらの金欲しそうな厨房を雇ったんでござるがな」

「何で知人に頼まないんですか?」

「……そんな友人が欲しいでござるよ」

「……失礼つかまつった」

失言してしまった。……友達少なそうだもんな、この人。

「ま、まあ、この話も置いといて、マルゴッドさんもコスプレコーナーに一緒に行きませんか?」

「是非ともご一緒させていただこう。拙者も元からコスプレをしに行くつもりでござったからな」

コスプレを見に行く、じゃなくてコスプレをしに行く?

「コスプレ衣装を持っているようには見えないんですが。どこかに預けてるんですか?」

「ふふ、それは後のお楽しみでござる」

何だろう?

「おーい、買ってきたぞ〜」

む、ヴィータちゃんが戻ってきたようだ。脇に抱えているのは……抱き枕カバーかな?

「見ろ! あたしの嫁達の可憐な姿を!」

バッ、と広げて私達に見せ付けるヴィータちゃん。……予想通り渚ちゃんと真琴ちゃんか。

「ヴィータちゃん。気持ちは分かりますが広げるのは家でお願いしますね。今は袋にでも入れておいて下さい」

「フフフ、家に帰ったらたっぷりと可愛がってやるぜ」

ヴィータちゃん……すっかり立派なオタクになってるなぁ。洗脳した甲斐があったというものだ。

「……ん? なんじゃいこりゃあ」

「シグナムさん、どうしたんですか?」

「いや、誰かが思念通話してるんすけど、焦ってるのか、なんか四方八方に飛ばしてるみたいでうるさいんすよ」

「ほう、確かに」

「ああ、聞こえるな」

皆には聞こえてるんだ。私は何も聞こえないけど。

「待ってな、今ハヤテにも繋いでやるよ」

ヴィータちゃんが私に触れると同時に頭の中に声が響く。



『クソっ! チル○のねんどろいどが完売だと!? ユーノ、そっちはどうだ!』

『駄目だ。サイン入りテレカ、全部完売だ……』

『美佳子おぉー!?』

『ユーノくん、まさか、ゆかりんも?』

『……僕が不甲斐ないばっかりに。』

『いやあぁー!?』

『せっかく有給使って来たっていうのに……だがまだ欲しい商品は残ってる。二人とも、最後まで気を抜くなよ! ファンネル代はしっかり働いてもらうぞ! 全力でだ!』

『イエス、ユアハイネス!!』





「……魔法使いって、皆こんな感じなんですか?」

「んなわきゃない」



[17066] 二十一話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:5103f8b8
Date: 2010/08/05 14:50
『申し訳ございませ〜ん! パチュ○ーのねんどろいどは、ただ今完売致しました!』

『ところがどっこい、まだ俺は残っている可能性を信じてるんだなぁ!』

『完売したって言ってんだろ! さっさとどけ、ピザ野郎!』

『はいは〜い、ケンカは厳禁ですよ。出禁食らってもしりませんよ〜』

『押さないでくださーい! せめて20ページの同人誌二冊分は隙間を空けてくださーい!』

『も、漏らしてたまるか。ほっしゃんのサイン入りテレカ付きTシャツを手に入れるまでは!』

『さっさとトイレ行けぇー!』

『パパー、ママー、どこー?』

『おい、両親! 自分の娘よりグッズが大事なのか!?』

『申し訳ございません! こちらのTシャツはただ今完売致しましたー!』

『ほっしゃーん!? ほっしゃ……ほあーっ! ほあーっ!』

『だから早くトイレ行けっての!』

『すいませーん。財布拾ったんですけどー。』

『あ、それ俺の』

『いや俺のだから』

『ところがどっこい、実は俺のだ』

『誰のだよ!?』

『だから押さないでくださーい! 押さない、横入りしない、希望を捨てない。これ大事ですよー!』




「いやー、凄い熱気でしたね。スタッフも大変だ」

「たまに名言が生まれるから、それを楽しみにしているオタクも居るでござるよ」

現在、企業ブースを離れて木陰で昼食を取っているところ。西館に食事処はあるらしいが、昼頃はほぼ満席になっているみたいなので、わざわざこんな所で食事しているという訳だ。ちなみに食べているのはペロリーメイトと十秒チャージの栄養飲料だ。少々味気無いけど、これなら場所も時間も取らないしね。

「次はコスプレコーナーに行くんだっけ?」

「その通りです、ヴィータちゃん。フフフ、待ちに待ったコスプレショーの始まりですよ。デジカメの準備はバッチリですので、気兼ね無く変身してきて下さいね」

ちなみにこのデジカメはロリコンにねだって送ってもらったものだ。使えるものは使わないとね。

「あたしもやるのかよ……」

当然。何のための騎士甲冑か。

「私もシグナムさんもやりますし、周りはみんなレイヤーですからそこまで恥ずかしくはないですよ」

「主もやるんでごわすか。そのバッグの中身はコスプレ衣装だったんすね」

やっぱりコミケに来たならコスプレしないとね。

「おやおや、皆コスプレするでござるか? てっきり見学だけかと思ったんでござるが」

そういえばマルゴッドさんもするんだっけ。

「マルゴッドさん、衣装はどうするんですか? 後のお楽しみとおっしゃってましたけど」

「ふむ、そろそろ種明かししてもいいでござるな……これを見よ!」

懐から取り出したるは……一枚のカード?

「これぞ拙者のデバイス、『ゲシュペンスト』でござる」

ゲシュペンスト……亡霊って意味だったかな。でも何でデバイスを……まさか。

「ふっふっふ、聞いて驚くでござる。なんとこのデバイスには、百種類以上ものデザインのバリアジャケットが保存されているのでござる! コスプレやりたい放題し放題! まさにレイヤーの夢と希望がこの中に!」

『お前もか……』

「おろ?」

やっぱりね。




登録を済ませ、意気揚々とコスプレ広場へと足を向ける私達。しかし、まさかマルゴッドさんが私と同じアイデアを思い付くとは……

「拙者と同じアイデアを思い付くとは、なかなかやるでござるな、ハヤテどの」

「それはこっちのセリフですよ」

「こんなアホなこと考える奴がハヤテ以外にも居たとはな」

「失礼な」

ヴィータちゃん。レイヤーにとっては喉から手が出るほど魅力的な魔法何だよ、これは。

「ところで、主はどんなコスプレをするんだぎゃ?」

「私ですか? 私はですねぇ……これです」

バッグからウィッグとカラーコンタクトを取り出し身に付ける。

「そうきたか」

ふふふ、やっぱり車椅子に乗っているのは大きいよね。カツラとコンタクトだけですぐに誰か分かるんだもん。あ、ちなみにこのカツラとコンタクトもあのロリコンから巻き上げたものだ。使えるものは以下略。

「そちらがそれなら、拙者はアレにするでござるかな……そうだ、シグナムどのとヴィータどのも、せっかくだからアレになされい」

「いや、確かにあるんだが、あたしの場合は違和感バリバリだぜ?」

「別にいいっしょ。一人だけタイプが違ったら浮いちゃうよん」

「それもそうだけど……」

なるほど。アレで来るのか。私のコスに合わせてくれるんだな。

「それじゃ、私は一足先にコスプレ広場に行ってますね。お手洗いで変身が済んだら来てください」

人目に付かない所といったらそこぐらいしかないしね。

『了解』




『見ろ、ナナリーだ……』

『……ふつくしい』

『この胸の動悸は何だ? これが萌えだというのか!?』

ああ、見られてる。めっちゃ見られてる。なんと気持ちの良いことか。やっぱり見られてこそのコスプレだね。家の中で一人で悲しいコスプレショーしてた時なんかとは比べ物にならない充足感を感じるよ。

現在、私はコスプレ広場にて衆人の視線を集めている。さあ、オタク共。見ているだけじゃ物足りないだろう? 記録に残したいだろう? 遠慮は無用、かかってきなさい。

「すいません、写真いいですか?」

キター!

「どうぞどうぞ。心行くまで激写してください」

「は、はあ。では……あ、目をつむってもらえますか?」

おっと、それがデフォだったね。うっかりしてた。

カシャ! カシャ!

暗闇の視界の奥からシャッター音が鳴り響く。ああ……たまらん。これぞ至福の時間だね。

「ありがとうございました」

「いえいえ」

もう終わりか。もっと撮ってもいいのに。

「すいません。こっちもいいですか?」

千客万来! もっちろんですとも!

「どうぞ、どう……ぞ?」

振り向き、目の前の女性を見て見覚えがあることに気付く。猫耳としっぽをつけてるけど、この人は確か……

「あの、ひょっとして、よく家に配達に来るお姉さんじゃありませんか?」

「え? 初対面だと思いますが」

確かによく見てみればちょっと違うかも。でも似てるなぁ。まあ、相手がこう言ってるんだし、別人なんだろうな。

「気のせいだったようですね。お気になさらず。写真、好きなだけ撮って下さいね」

「ええ。では早速」

その後、お姉さんは何回かシャッターを切り、私にお礼を告げて去って行った。

「──なんで──こんなこと──あのロリ野郎──」

謎の呟きを残して。

と、そこで突如周りがざわめく。

『ゼロだ! ゼロが出たぞ!……しかも、三人!?』

『なんて精巧な衣装だ……歪みねぇ』

『本当だ……一人だけ何かちっちゃいけど』

どうやらシグナムさん達が広場に現れたようだ。こちらに向かって、特徴的な仮面とマントを身に付けた黒ずくめの三人組が近付いて来る。そして、私の目の前で止まると同時に叫ぶ。

『私が、ゼロだ!』

……以外とヴィータちゃんもノリノリだな。

「お似合い……と言っていいのか分かりませんが、素敵ですよ、皆さん」

「ハヤテも結構ハマってるぜ」

ヴィータちゃんが誉めてくれた。まあ、車椅子生活も長いからなぁ。板についてても不思議じゃない。

「さながら、今の構図にタイトルを付けるとしたら、【三人のゼロ】といったところでしょうか」

原作のあのシーンを見てるようだ。

「【三人のシスコン】でも良いんじゃないすか?」

それだと妹である私の身が持ちません、シグナムさん。

「シグナムどの、今こそあの技を発動する時でござるよ」

「む。やるか、マル助」

シグナムさんが頷き私の回りを旋回し始めると同時に、マルゴッドさんも同じ行動をとる。突然何を?

「拙者がゼロでござる」

「いやいや拙者がゼロでござる」

『ではどちらもゼロということで』

いつの間にか、ただ旋回するだけでなくヒゲダンスを踊りながら徐々に輪を縮めてきている。

「どちらがシグナムで」

「どちらがマルゴッドか」

『分かるでござるかな?』

「……ウザすぎる」

ヴィータちゃんがポツリと洩らす。まあ、否定はしないが。

『さあ、どっちがどーっちだ?』

目の前で二人が止まり、片手を腰に当てビシッと私を指差す。なんというシンクロ率。本当に今日出会ったばっかなのか?

しかし、問われたのなら答えない訳にはいかないな。……あの手を使うか。

「お二人共、ちょっとかがんでくれます?」

『?』

怪訝に思ったようだが、すぐにかがんでくれた。……かかったな! トラップカード発動!

「左手におっぱい、右手にもおっぱい!」

「なっ!?」

気付いたようだがもう遅い!

「ヘブンアンドヘブン!」

私の魔の手が二人の胸部へと伸び、

ふにょん

という音と共に、五指、いや十指がその柔らかな膨らみにたどり着き、揉みしだく!

もみもみもみもみもみもみぽよんぽよん。

『セクハラにも程があるでござる』

やだなぁ、子どもの可愛いイタズラじゃないですか。……て、それはともかく。

「こちらがシグナムさん。で、こちらがマルゴッドさんですね?」

『なんと!?』

どうやら正解のようだ。と言っても、私が一度揉んだおっぱいを間違える訳がないんだけどね。

「とんでもない特技を持ってるでござるなぁ」

仮面を外したマルゴッドさんが驚嘆の声を上げる。

「いや~、それほどでも」

「ハヤテ、ソイツ呆れてるだけだから」

……まあそうだよね。

「さて、マル助。余興も済んだ事だし、そろそろ始めるでゲス」

「そうでござるな。フフ、拙者のコスプレ衣装は百八式まであるでござるよ」

「おや? 一体何を始めるんですか?」

私の質問にヴィータちゃんが答えてくれる。

「コスプレ勝負だとよ。どちらがオタク共を釘付けに出来るかを競うんだってさ」

なんと。それは素晴らしい。是非ともデジカメに残さなくては。

「ヴィータちゃんは参戦しないんですか?」

「遠慮しとくぜ。コスプレはどうも性に会わないんだよ」

その割には登場シーンはノリノリだったと思うんだけど……




「まさか、おいどんが負けるとは……」

お手洗いとコスプレ広場を行ったり来たりしていた二人の勝負も、一時間ほどで勝敗が決した。というかシグナムさんの自爆。調子に乗ったシグナムさんが、ラムちゃんのあの露出度満点の格好で登場してしまったからだ。登場五秒でスタッフに連行されたシグナムさんは、「すいあせん、すいあせん」と謝ったものの、コスプレコーナーへの入場を禁止されてしまったのだ。

「あれは流石にやりすぎでしたね」

「あの程度の露出、ヌーディストビーチにいる人間の格好に比べればなんてことねぇっすよ」

比べる対象が間違ってます。

「いやー、楽しませてもらったでござるよ。一人でコスプレするのも楽しいでござるが、知り合いとお互いの衣装を批評しあうというのもオツでござるな」

満足気なマルゴッドさん。ふふふ、あなたの姿もちゃんと記録してますよ。

「なあ、次はどこにいくんだ?」

ややげっそりした感じのヴィータちゃん。あの後私服に着替えてきたのに、写真撮らせてってオタクに囲まれてたからね。しかし、次か……

「エロ本買いに行かないんすか? 同人誌ってのがあるんでしょう、主」

「ぶふっ!」

なっ!? なな!?

「何を言うんですか! シグナムさん!」

「いや、だって、ベッドの下に隠して──」

「わー! わー!」

バ、バレてる!?

「ハヤテ……お前」

やめて! そんな目で見ないで!

「流石にハヤテどのにはまだ早いでござるな」

違うの! アレは、はやてちゃんが……いや、私も拾ったけど……でも違うの!

「まあ、主がどうしても行きたいって言うならついていき──」

「黙れ!」

もう、お嫁にいけない……



[17066] 二十二話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:fda6dafa
Date: 2010/08/05 14:53
同人誌。それはコミケの象徴ともいえるもの。

同人誌。それはオタク達が求めて止まない魅惑の甘露。

同人誌。それは二次創作物の頂点ともいえるもの。

同人誌。それは──

「要するにエロ本じゃね?」

……否定出来ない!

「いや、でも、でもですよ、シグナムさん。一般向けの同人誌だって少なからずあるわけですし、一概にそう決めつけるのはどうかと……」

「大抵はえろいでござるがな」

この忍者は、もう!

「で、どうすんだ? 同人ブースに行くのか?」

「拙者はあまりオススメしないでござるよ。幼女が居るだけで奇異の目で見られるでござるし、過激なポップが乱立してたりするでござるからな。ハヤテどのやヴィータどのには目の毒で候(そうろう)」

むう。そう言われたら行くのに抵抗があるなぁ。ただでさえエロ娘の烙印を押されかねない今の状況で同人ブースに突撃なんてした日には、同居人(特にヴィータちゃん)の白い視線に怯えて暮らさなくてはいけなくなってしまう。……仕方ない、諦めるか。

「同人ブースは諦めます。通販や委託でなんとでもなるでしょうし。マルゴッドさんは、いかがしますか?」

「拙者の本命は明日でござるからなぁ。それに、雇ったファンネルがそろそろ集合場所に集まる時間でござるから、同人ブースを見て回る時間は無いのでござるよ」

「そういえば、そんなこと言ってましたね。……ちなみに何人雇ったんです?」

「拙者のファンネル総弾数は20発でござる」

ハマーン様専用キュベレイかよ。

「ハヤテ、そろそろ帰らねえか?」

ヴィータちゃんはお疲れのようだな。今日は十分コミケを堪能したし、そろそろおいとまするとしよう。

「そうですね。では、今日はこの辺でお開きということで。名残惜しいですが、またどこかで会えると──」

マルゴッドさんに別れの挨拶をしようと思ったのだが、途中で遮られる。

「ま、待つでござる。まだ別れの時間は早いで候。せめて駅まで一緒に帰ってもバチは当たらんでござろう?」

何を慌ててるんだろう?

「それもそうですね。それではマルゴッドさんがグッズを回収してくるまでここで待ってますので」

「いや、駅前集合なのでそこまで一緒に行くでござるよ」

それは丁度いい。それじゃあ、帰路につくとしましょうか。

「主、エロ本は──」

「買いません!」




私達と同じく帰路につくオタク達の人波に乗って駅前まで歩みを進める。いやぁ、それにしても今日は楽しかった。オタク冥利につきるね、コミケ参加は。ヴィータちゃんもシグナムさんも結構楽しんでいたようだし、満足満足。それに、マルゴッドさんとも出会えたしね。……にしても。

「なんかそわそわしてませんか? マルゴッドさん」

「い、いや。別に……」

捨てられた子犬みたいな目でこちらを見ていたマルゴッドさんが目をそらす。なんだろう?

「おい、マル助。あの20人くらいの固まりのガキ共、おみゃあを待ってるんでね?」

いつの間にか駅前に着いていたようだ。シグナムさんが指差した先には、中高生らしき少年達が群れをなしていた。あ、小学生くらいの子も居る。

「おっと、そのようでござるな。では戦利品を回収してくるのでしばしお待ちくだされ」

マルゴッドさんが少年達に近付いていく。というか本当に20発装填してやがった。1限(お1人様1個限定)の商品対策かな?

「小わっぱ共、ご苦労でござった。商品の引き渡し時に成功報酬を払うでござるから、一列に並ぶでござるよ」

うーっす、と声を返して次々と商品を渡していくファンネル達。マルゴッドさん、金かけてるなぁ。

報酬を受け取った少年達がちりぢりに去っていき、残るは私と同い年くらいの少年のみになった時、マルゴッドさんがその子の手に持っている二つの袋の片方を受け取る。

「小さい体でよく頑張ったでござるな。報酬は色を付けさせてもらうでござるよ」

「よっしゃ……て、そっちは俺の戦利品!?」

なにやら少年が慌ててマルゴッドさんから袋を取り返そうとしている。

「おっと、すまんすま……ん?」

袋の中身を見て固まるマルゴッドさん。何が入ってるんだろうか?

「いかん。いかんでござるよ、小僧。これは返すわけにはいかんでござる。悪いが没シュートでござるな」

「そんな!? せっかく心優しいお兄さんに譲ってもらったのに!?」

「あと十年したら拙者の下を訪れるでござる。その時に返してしんぜよう」

「んなみっともないマネ出来るか!?……うう。ちくしょー!」

雄叫びを上げ涙を流しながら走り去る少年。あの子、どっかで見たことある気がするんだよなぁ。……気のせいかな?

「お待たせしたでござる」

両手にギャルゲーの女の子がプリントされた痛い袋をぶら下げたマルゴッドさんが戻って来た。

「あの子、何を持ってたんですか?」

「……横島な、いや、邪(よこしま)な心でござるよ」

なんだそれは。

「と、それは置いといて。別れる前に一言、貴殿らにお礼を言いたいのでござるが、よろしいかな?」

「何だよ、改まって」

ヴィータちゃんが言葉を返す。確かに、お礼を言われるような事をした覚えはないと思うけど……

「実は拙者、この世界に来てからこんなに他人と話したのは今回が初めてだったんでござる。いつもは、部屋に引き込もってゲームに興じるか、ゲーセンでクイズに答えるかしか、やる事がなかったからでござるからな。あと一人で遊○王とか」

なんて寂しい生活を……いや、私も人のことは言えないが。

「あれ? お仕事とかはされていないんですか?」

「ああ、自分の世界から持ち込んだ宝石や金品がアホみたいにあるから、働く必要はないんでござる。貨幣との交換は少々面倒でござるが」

やっぱり金持ちだったのか。

「まあそんな訳で、今日は久し振りに人と談笑が出来て楽しかったんでござるよ。……拙者のような変人に付き合ってくれたこと、感謝の極みでござる。感謝感激雨あられ」

そう言い、頭を下げるマルゴッドさん。この人も、おちゃらけているように見えて苦労してるんだな。

「堅苦しいのは無しですよ。そもそも誘ったのはこちらですし、お礼を言うのはこちらの方です。ねえ? ヴィータちゃん、シグナムさん」

「そうだな。お前の話、わりと面白かったぜ」

「コスプレ勝負も楽しかったよん。今度は魔法バトルしない?」

こらこら。

「……はは。拙者は強いでござるよ? 伊達に管理局の目を逃れて旅行してないでござるからな」

「話に乗らないで下さい。……あ、そうだ。携帯持ってます? よろしければアドレスと電話番号交換しませんか?」

「いいのでござるか?」

目を丸くして驚いているマルゴッドさん。何を言ってるんだろうか、この人は。いいもなにも──

「私達は、もう友達でしょう?」

そう、友達。私はとっくにそう思っていたんだけど。

「……」

黙ったままうつむくマルゴッドさん。どうしたのかな?

「落ちたな……」

ヴィータちゃんが小さく呟く。落ちたって何がさ?

「……今日は、まことに良い日でござるな。この日、この場での出会いに感謝を」

なにやら大袈裟なことを言っている。でも、喜んでいるみたいだから良いか。




その後、アドレス交換した私達はマルゴッドさんと駅で別れることとなった。どうやら彼女は明日のコミケの為に近くのホテルを予約しているようなのだ。

「また、どこかで会えると良いですね。私達は明日、明後日は来ませんからここでお別れですし。……そういえば、マルゴッドさんはどこら辺に住んでいるんですか?」

「拙者でござるか? 拙者は遠見市という所のマンションで一人暮らししてるでござるよ」

遠見市か、聞いたことないな。近見市なら知ってるんだけど。

「主、そろそろ発車の時間ですぜ」

おっと、急ぐとしよう。

「それじゃ、二日目もお気をつけて。あなたに星々の導きがあらんことを」

「星々の導きがあらんことを」

やっぱりノリがいいな、マルゴッドさんは。

「あばよ。って言っても、また冬に会うかもしんないけどな」

「しばしのお別れ、でござるな」

握手をして別れるヴィータちゃん。マンガの友情シーンを見ているみたいだ。

「マル助……」

「シグナムどの……」

この二人、何だかんだ言って一番意気投合してたんだよなぁ。別れるのは辛いのかな?

「流派東方不敗は!」

「王者の風よ!」

「全身系列!」

「天破侠乱!」

『見よ! 東方は赤く燃えているぅ!』

ガガガっと拳を打ち合わせた後、肩を組んで彼方を指差す二人。だからなんでこんなに息ピッタリなんだ? この二人は。……そういやこのやりとり、母様に教えて登校の際によくやったっけ。懐かしいな……って、そんな場合じゃない。

「シグナムさーん、急いでくださーい。もう発車しちゃいますよー」

水を差すようで悪いが発車時刻が迫っている。シグナムさんを置いてく訳にもいかないしね。

「さらばだ、マル助。久々に胸踊る戦いだった。次は負けんぞ」

「ふふ、いつでも掛かってくるでござる」

別れを告げこちらに戻って来るシグナムさん。やっぱり少し寂しそうだな。……おっと、締めはきちんとしなきゃね。

「マルゴッドさん。また、いつか」

「うむ。また、いつか」

そう告げて、私達は奇妙で愉快な魔法使いと別れたのであった。




『ただいまー』

長いようで短かったコミケ参加も終わりを告げ、私達は疲労困憊の体で家に戻った。まさか帰りの電車でもあんなに込むとは……コミケを甘く見すぎていたか。というか、あからさまに徹夜組と見受けられる人間が多かったな。腹立たしい。

「シャマルー、ザフィーラー、帰ったぞ……ん?」

ヴィータちゃんが何かに気付いたのか怪訝な顔をする。なんだろうと思ったが、すぐに私も気付く。

リビングから聞こえてくるのだ。……あられもない嬌声が。

「まさか……」

そんなことはあり得ないと思いつつも足は自然とリビングの方へと向かう。だが、ドアに手を掛けたはいいものの、扉の先の光景を想像してしまい手が止まる。

「……ヴィータちゃん、シグナムさん。この声って、アレですよね」

「間違いなくアレっすね」

「ああ。しかしまさかあの二人が……」

開けるのが怖い。が、恐怖より好奇心が勝ったのか、私の手は勝手にドアを開けていった。そして、私達の目に飛び込んできた光景、それは──

『そこだろ!? そこだろ!?』

『キモッティーノ!!』

某とろける血の格闘ゲームで対戦するシャマルさんとザフィーラさんであった。ちなみに使っているキャラは二人とも裸Yシャツの変態吸血鬼だ。

「あら、お帰りなさい」

「むう、よくぞ無事に戻った」

こちらに気付いた二人が振り向く。まさかこの二人がゲームをやっているとは思わなかった。いやビックリだ。

「お前らがゲームしてるなんて珍しいな。どうしたんだ?」

「ただの気まぐれよ。でも、なかなか面白いわね。あなた達が夢中になるのも頷けるわ。後で対戦しない?」

……これはチャンスだな。ククク、ヴィータちゃん同様こちらの世界に引きずり込んでくれる。

「あら? あなた達、何か良いことでもあったの?」

私がほくそ笑んでいると、シャマルさんがそう問いかけてきた。この人、以外と私達のことをよく見ているな。母様みたいだ。

「ライバルを見つけたダニよ」

「?」

「まあ、その話は後にしましょう。シャマルさん、お夕飯の準備は出来てますか?」

「ええ、バッチリ」

「では食べながらにでも話しましょうか。愉快な魔法使いとの出会いを」

「??」




──その夜


「ハアハア……真琴かわいいよ真琴」

どうしよう。まさかこんなに染まるとは思わなかった……



[17066] 番外編 三話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:c5046c1f
Date: 2010/08/05 14:58
朝起きると、目の前にたわわに実った美味しそうな果実があった。さあ、八神はやて。どうする?

1 据え膳食わぬは、はやての恥。躊躇なくかぶりつく。

2 周りを見回して障害が無いか確かめてからかぶりつく。

3 否応なしにかぶりつく

4 しばらく様子を見てからやっぱりかぶりつく。

……よし、周りを見回しつつ少し様子を見てから躊躇せずに否応なくかぶりつこう。

「……いただきます!」

もにゅもにゅ!

「……やん♪」

ええ声で鳴きよるわ、この果実は。……て、起きとる!?

「もう。記憶が無くなってもこういうところは変わらないのね、ハヤテちゃんは」

「あははは……えーと、おはようございます」

「はい、おはよう」

誤魔化す為に挨拶なんかをしてみたんやけど、普通に返されてもうた。もっと言及されるかと思っとったのに。……乳揉みが日常茶飯事なんかな、この家は。

「どう? よく眠れた?」

「ええ、おかげさまで快眠です」

一人で寂しく寝ていた時とは比べ物にならんくらい気持ち良かったわ。人肌のぬくもり、最高。

そう、私は昨夜ハヤテちゃんの母親、もとい、母様と一緒に寝たのだ。夜、突然彼女が部屋に現れてベッドに潜り込んできた時は驚いたが、人肌に飢えていた私は拒絶することなく受け入れた。

なんで一緒に寝ようとしたのかは言わんかったけど、ひょっとしたら顔に出てたのかもしれんな。人恋しいって。

「それじゃあ、朝ごはんを食べましょうか。着替えたら食堂にいらっしゃい。場所は分かるわね?」

「はい。昨日散々探検したので」

これから自分が住む家の構造を知らんのはアカンと思い、昨日の夕食後に屋敷の中を歩き回ったのだ。アホみたいに広くて全部回りきるのに時間は掛かったんやけど、大体の場所は把握した。決して、各所で見られるメイドさんの胸を揉み回ったついでに場所を覚えた、とかではないんよ?

「今日は学校だから、制服に着替えていらっしゃいね」

そう言い、母様は部屋を出ていった。

……学校、か。昨日の段階で担任には記憶喪失の件を伝えたらしいんやけど、不安やなぁ。……いじめられたりせえへんやろか?

ああ、あり得そうでなんや怖いなぁ。どないしよ。最近の子供は加減を知らんというからなぁ。スカートめくりから始まって、リコーダーの先端を隠されたり体操服を隠されたりするんやろうなぁ。……これは何か対策を講じる必要がありそうやで。

「おっと、まずは朝ごはんやな」

着なれない制服を四苦八苦しながら装着した私は、思考を一旦中断して廊下へと歩きだしたのだった。




「ごちそうさまでした」

給仕さんが運んでくる朝食に舌鼓を打ちながら母様と学校についての話をしていたのだが、あっという間に食べ終わってしまった。

それにしても、他人が食事を用意してくれるんは楽でいいんやけど、妙に物足りないのは何でなんやろ? 仕方なく始めた料理やったけど、自分でも気付かん内に調理中毒者にでもなってたんかな。……今日の夕食、私に作らせてもらえんかな。

「そういえば、父様はどないしたんですか?」

てっきり朝食を一緒すると思っとったのに。

「あの人は忙しい身だから、いつも朝早く出るのよ。外国に出張なんてことも日常茶飯事だから、一緒に食事を取るのはなかなか難しいの」

なるほど。金持ちには金持ちの苦労があるってことやな。

「あら、そろそろ時間ね。準備が済んだら外に出ててね。車を用意してるから」

「はい」

予想はしとったけど、車送迎か。なんと豪勢な。金持ち舐めたらアカンな。

そんなことを考えながら食堂を出て自室に戻った私は、万が一のいじめに対する仕込みを済ませてから鞄を掴んで外に出た。備えあれば憂い無しや。

「お待ちしておりました、お嬢様。それではこちらへどうぞ」

玄関を出た私を待ち構えていたのは、外国人のイケメンの使用人と……リムジン!? どんだけー。

「えっと、あなたは……」

「これは失礼しました。私はお嬢様の送迎を担当致します、アレックスと申します。以後、お見知り置きを」

「はあ、よろしくお願いします」

アレックスさん、ね。眼鏡が印象的なイケメンやな。

「ハヤテちゃーん、初めが肝心よー。しっかりねー」

声に振り向くと、玄関から母様が手を振ってエールを送ってくれている。そやな、初めが肝心や。

「行ってきまーす!」

手を振り返しつつ車に乗り込む。……行ってきます、か。見送ってくれる人が居るってのは、良いもんやな。

「それでは出発します。……ククク」

ハンドルを握ると同時に怪しげな笑みをこぼすアレックスさん。正直、恐いで。

「あの……何で笑っとるんですか?」

「え? ああ、失礼。実は私、ハンドルを握ると自然と笑ってしまうんです。昔、峠ではしゃいでいた事を思い出してしまいまして」

「そ、そうですか……」

気のせいか、アレックスさんの顔がしげの画調になっている気がする……というかどっかで聞いたような設定やな。

「えと、それじゃお願いします」

「了解しました……うおぉぉー! 鷹嘴(たかはし)いぃー!」

「ぬおぉー!?」




私立正祥大学付属小学校。通称、正祥学園。小学校から大学までエスカレーター式で、良家の坊っちゃんやお嬢様やらも多数通っているらしい。

「ここが今日から私が通う学校……」

「正確には今まで通っていたのですが、今のお嬢様にとっては初登校となりますね」

妙にツヤツやした顔で補足してくれるスピード狂。あれでよく解雇されないものだ。まったく、あんなにスリル溢れる登校は初めてやで。

「待ってたわ、ハヤテちゃん」

「え?」

校門近くで降車した私に声を掛けてくる人物がいた。誰?

「お嬢様、こちらの女性はお嬢様の担任の先生ですよ」

へえ、随分と綺麗な先生やな。……胸もなかなか。

「私の名前は黒野リンよ。ハヤテちゃん、覚えてない?」

残念ながら、私にとってはここで出会う全ての人物が初対面です。

「ごめんなさい。記憶が無いもので……」

「記憶喪失。……聞いていたけど、本当なのね。……あ、気にしないでね。ゆっくり思い出していけばいいのよ?」

くっ、騙しているようで罪悪感が。……いや、実際騙してるようなもんやが。

「黒野先生。お嬢様をよろしくお願い致します」

「はい。お任せ下さい」

先生に一礼して去っていくアレックスさん。さて、こっちも気合いを入れていこか。

「やっぱり不安?」

こちらの様子を察したのか、そう問いかけてくる先生。

「不安やないと言えば嘘になりますけど……」

「フフ、安心して。私のクラスの子達は皆良い子だから。……一人を除いて」

安心できるかい。なんやねん、その一人を除いてって。

「さあ、教室に行きましょ。もう皆集まってるでしょうし」

「……はい」

気にはなるけど、まあ行けば分かるかな。虎穴に入らずんば虎児を得ず、や。

「……ん?」

しばらく先生の後ろに付いて歩いていると、花壇を整理している男性が見えてきた。白髪で髭を生やしているが、みすぼらしいという感じは微塵もせず、それどころかある種の風格を漂わせている。何者や?

「校長先生、おはようございます」

リン先生が件のナイスミドルに挨拶を交わした。このおじさん、校長やったんか。どおりで風格がある訳や。

「ああ、黒野先生。おはようございます。おや、その子は例の……」

「はい、ハヤテちゃんです」

校長先生にも記憶喪失の話は伝わっとるんか。まあ当然やな。……おっと、取り敢えず挨拶はせなあかんな。

「おはようございます」

「はい、おはよう。礼儀正しい良い子だね」

慈しむような目でこちらを見つめるナイスミドル。穏和な先生やなぁ。

「ハヤテちゃん。こちらはこの学校の校長先生よ」

「ゲル=ゴーレムだよ。よろしくね」

ゲ、ゲル?

「……随分と個性的な名前ですね」

「はは、よく言われるよ。子ども達にはDr.ゲルの名で親しまれてるけどね」

それは親しまれてるのか?

「ハヤテちゃん、行きましょう。校長先生、失礼しますね」

「ええ、今日も一日頑張って下さいね」

あんたは頑張らんのか? なんて思いつつリン先生の後を追う。

「やはり幼女は良い……イエスロリコン、ノータッチ……」

風に乗ってそんな言葉がどこからか運ばれてきた気がした。




「着いたわ。心の準備はいい? ハヤテちゃん」

「……八神、じゃない、神谷ハヤテ、いつでもいけます」

教室にたどり着き、ドアの前で深呼吸をして覚悟を決める。

新たな学校、新たな先生、そして新たな友達。楽しまなきゃ損やで。

「分かったわ。それじゃ私が皆に説明するから、その後に入ってきてね」

「はい」

リン先生が扉に手を掛け、ガラッと開ける。と、同時に教室から響いていた喧騒が鳴りを潜める。……しつけはきちんとされてるみたいやな。流石私立。

「きりーつ、……礼」

『おはようございます』

「はい、おはようございます」

「着席」

教壇に立った先生に挨拶をするクラスメイト達。問題はここからや。果たして、受け入れてもらえるんやろか?

「センセー。ハヤテちゃんが今日も居ないんですけど、どうしたんですか?」

一人の女子が質問をした。気に掛けられるくらいに仲がいい人物は居るようやな。

「そのことで皆に伝えなければいけない事があります。……実はハヤテちゃんは──」

「死んだの?」

「みんな! コイツに暴虐の限りを尽くすのよ!」

「え? ちょっ、冗談……アッーーー!?」

ぼこすかぼこすか、けちょんけちょん。

「皆、そこまでにしてくれるかしら。その子、一応私の息子だから」

『は~い』

「う、うぐぅ……一応って酷くね?」

なにやらコントが繰り広げられている。でも明るいクラスみたいで良かったわ。

「話を戻します。実はハヤテちゃんは……記憶喪失になってしまいました」

『……は?』

「皆のことも、私のことも、ご両親のことも、忘れてしまったそうです」

「母さん、それ、マジ?」

「ええ、マジです。あと、学校では先生と呼びなさい」

「えっ、それじゃあ、学校にはもう来ないんですか!?」

「いいえ。なんでもお医者様の話では、しばらくは日常生活を続けさせて記憶の回復を待つ、という方針だそうで、実はすぐそこに居ます。ハヤテちゃん」

それを聞き、さらに教室がどよめく。ああ、入りにくいなぁ。

「静かに。……それでね、皆にはこれまでと同じようにハヤテちゃんに接してほしいの。避けたり、意地悪したりしないで、今まで通りに」

『………』

「初めのうちは難しいと思うけど、どうかお願い。分からない事とかも沢山あると思うから、助けてあげて。ね?」

シンと静まり返る教室。……そろそろ出番やな。うう、まんま転校生の気分やで。

「……じゃあ、呼ぶわね。ハヤテちゃん、いらっしゃい」

……南無三!

ガラッ!

「私の名前は神谷ハヤテ。普通の人間には興味ありません。マンガ、ゲーム、ラノベなどが好きな人間がいたら私の所に来なさい、以上」

『オイ!!』

オタクの性や! 堪忍!






あとがき

次回、もう一話番外編が続きます。

次回のあとがきにて、本作品の設定を明かそうと思います。まあ、今回でモロわかりでしょうが。



[17066] 番外編 四話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:5ef7df1d
Date: 2010/08/05 15:00
人間、ノリと勢いだけで生きてくもんやないと思い知った今日このごろ。あんなツンデレの真似なんてするんやなかったわ。

「先生、本当にハヤテちゃん記憶喪失なんですか?」

「え? ええ。ご両親からも電話をいただいたから間違いないわよ」

「ていうか、記憶喪失っていうより性格が変わったって気がするんだけど。前はこんなキャラじゃなかったし。大体なんでアタシ達のこと忘れてあんなネタ覚えてんのよ」

現在疑われまくり中。マズイ、なんとか誤魔化さんと。

「えっと……今のはほら、場を和ませるジョークなんよ。それと、確かに私は記憶喪失やけど、基本的な知識は結構覚えとるんよ」

「基本的な知識の中にあのネタが入ってるんだ。……ハヤテちゃんって、実は同志だったのかな?」

茶色がかった髪をリボンで纏めている女の子が呟く。が、今はそんなことを気にしてる場合やない。この金髪の子の猛攻をしのがんと。

「……仮にそうだとして、なんで関西弁なのよ?」

「ぐ……な、なんでやろなぁ。私にも分からんわ」

く、苦しい。誰か助けて!

「マリサちゃん。ハヤテちゃんが困ってるみたいだし、そこまでにしてあげたら? 記憶喪失っていうのは本当みたいなんだし」

「鈴子……わかったわよ。ハヤテ、悪かったわね疑って」

「え、ええんよ。ボケたこっちも悪いんやし」

ありがとう! 名も知らぬおっとりした女の子!

「はーい。誤解も解けたようだし話を進めるわね。まずはハヤテちゃんから皆に挨拶をしてもらいます。ハヤテちゃん、さっきみたいのは無しよ?」

「あはは……はい」

さて、そろそろ真面目にやらんとな。

「みんなは知っとると思うけど、私の名前は神谷ハヤテ。理由は分からんけど、一昨日の朝、目を覚ましたら記憶が無くなってたんや。家族や友達のことや、自分がどうやって今まで生活してきたのかが思いだせへん」

「だから何で関西弁なんだよ」

「茶化すな、エロノ」

「……この関西弁は、自分でもなんで喋ってるのか分からへんのや」

こればっかりは上手い言い訳が思い付かん。これで押し通すしかあらへんな。ああ、最初から標準語で話しとけば良かったわ。

「お医者様の話やと、記憶を失う前と同じ生活をすることが、記憶の回復に繋がるかもしれんということや。せやから、こうして学校に来とる」

記憶なんて失っておらんけど、周りの情報が全く分からんというのは一緒やな。

「……記憶が戻るか戻らんかは別にして、私は楽しい学校生活を送りたい。せやから──」

『………』

「せやから、今まで仲が良かった子、そうでなかった子も、私と仲良くしてくれへんか? お願いや」

ああ、めっちゃ注目されとる。私、変なこと言っとらんよな? ハブられたりせえへんよな?

パチ……パチパチパチ

「……お?」

パチパチパチパチパチ!

静かだった教室に拍手が鳴り響く。こ、これはもしや!?

「よく出来ました、ハヤテちゃん。……これが皆の答えだそうよ?」

みんなと一緒に拍手しながら、リン先生が微笑みかけてくれる。同時に、座っていたみんなが立ち上がり、声を揃えてこう言った。

『ようこそ、3年A組へ!』

……このクラス、ホンマに良い子ばっかりや。涙が出てきたで。

「ちょっとエロノ、あんたなに座ってんのよ! 息合わせなさいよ!」

「無茶言うな! 息ぴったりのお前らが異常なんだよ!」

「……ぷッ、あは、あはははは!」

「あらあら」

これは、なんというか、楽しくなりそうやな。




私からの挨拶が終わったので、次はみんなの自己紹介ということになった。

「はい、はーい。先生、私が一番でいいですか?」

手を挙げて席を立つ少女。元気そうな子やなぁ。

「はい、それじゃあ高町さん、どうぞ」

「くっ、先を越された。奈乃葉(なのは)のくせに」

「マリサちゃんひどい。……あ、私の名前は高町奈乃葉。趣味はアニメにゲームにマンガにラノベ。あと、翡翠屋っていう喫茶店をお父さんが経営してるから、良かったら来てね。シュークリームが美味しいよ?」

私も大概やけど、この子も凄いな。平然と趣味をカミングアウトしとる。この子とは仲良くなれそうや。

「先生! 次はアタシ!」

「はいはい。どうぞ、マリサちゃん」

「よっしゃ。……アタシの名前はマリサ・バニングス。趣味はアニメにゲームにマンガにラノベ。あとカラオケのアニソンメドレー。気軽にマリサって読んでいいわよ」

「マ~リ~サ~」

「エロノは黙ってろ!」

気が強そうな子やな。ていうかこの子も趣味が同じかい。

「あの……次は僕──」

「それじゃあ、次は……鈴子ちゃん」

「はい。私の名前は月村鈴子。趣味はアニメにゲームにマンガにラノベ、あとカードゲーム。今まではあんまりお話したこと無かったけど、これからはいっぱい話そうね」

この子もかい。このクラスはどうなっとるんや。オタクの巣窟か。あ、そういえばハヤテちゃんもオタクやったな。そして私も。

「次は……」

「あの……僕──」

「母さん、俺、俺」

「先生と呼びなさい。……はぁ、どうぞ」

「うし。よく聞け、俺の名前は──」

「エロノエロオ」

「黒野だ! 黒野原男! 邪魔すんなツンデレ!」

「うるさい、うるさい、うるさい! 誰が貴様なんぞにデレるか、恥を知れ!」

「ぐっ……ふん、まあいい。自己紹介の続きだけど、趣味は──」

「スカートめくり」

「テメー!……よく分かってるじゃねえか」

「我が子ながら嘆かわしい……」

うわぁ……

「まっ、よろしく頼むぜ」

コイツとはよろしくしたくないなぁ。嫌悪感がさっきから止まらんわ。


「……先生、次は僕──」

「次はフェイトちゃんね」

「はい。わたしはフェイト・テスタロッテ。最近転校してきたばっかりだから、わたしもハヤテとはあまり話したこと無かったね。あ、言っても分からないか、ゴメン。……このクラスのみんなは良い子ばっかりだから、心配しなくていいよ。すぐに仲良くなれるからさ。ちなみに隣のクラスの先生はわたしのお母さんなんだ。プレシアって言うの」

おお、ようやく普通の自己紹介が来た。フェイトちゃんか。綺麗な子やなぁ。

「あ、それと奈乃葉はわたしの嫁だから手は出さないでね」

……嫁?

「フェイトちゃん、その、気持ちだけは受け取っておくよ……」

「照れた奈乃葉もまた、良い……」

「だから止めてってば!」

マトモな子どもはいないのか、このクラスには……

「フェイトちゃん、ほどほどにね。えーと、次の自己紹介は……」

「……すぇーんすぇー!」

おお! なんや、びっくりしたなぁ、もう。

「あら、由宇乃(ゆうの)くん。どうしたの?」

「このババ……あ、いえ、自己紹介をと思いまして」

「そう、それじゃ次は由宇乃くんで」

「はい。……僕の名前は倉井由宇乃。みんなからはユーノって呼ばれてるよ。趣味はペットであり僕のソウルブラザーであるフェレットの世話と、読書かな」

「ユーノくらーい」

「倉井ユーノ、間違えた。暗いユーノ」

「フェレット馬鹿にすんな!……あ、いや、馬鹿にしちゃいけないよ。ああ見えてなかなか賢いんだから」

「誰も馬鹿にしてねぇよ……」

この子も変わっとるなぁ。妙に陰薄そうやし。顔は可愛いんやけど……

「あ、それと陰薄いとかよく言われるけど、存在感が希薄なだけだから。そこ間違えないでね?」

何が違うん?

「はーい、サクサクいくわよ。次の自己紹介は──」




その後、クラス全員の自己紹介を聞き、同時に歓迎の言葉も掛けられながら朝のホームルームの時間は過ぎていった。

それにしてもこのクラスは個性的な人間が多すぎる。開口一番に「でかいおっぱいは最高だ」、とか言う子や、「いやいや貧乳こそ至高なのだ」、とか言う子が居たし。あの二人、たしか双子で紅蓮君と羅岩君て言うたかな。親のネーミングセンスに脱帽や。それに「夢はオリ主になることです」とかほざいてた子も居たなぁ。あれは正気を疑ったで。

「ハーヤテちゃん?」

「むお?」

いかん、いかん。考え事に耽るのは後や。今はこの子達と交流を深めるのが先やな。

現在、先生の粋な計らいで一時間目を潰して私の歓迎会を開いてもらっている。と言っても、ジュースやお菓子を飲み食いしている訳ではなく、私がクラスみんなの質問に答えているだけなんやけど。まあ、休み時間に散発的に質問されるよりは、まとめて答えた方が合理的やしな。文句は無い。

「ちゃんと話聞いてなさいよ。……で、もう一度聞くけど、アンタぶっちゃけオタクなんじゃないの?」

どんな質問やねん、と思ったけど、このクラスの半分以上はオタク趣味を持っとるんよなぁ。……両親から許可はもろうてるし、カミングアウトしても問題は無いかな。

「そういった知識はなんや知らんが豊富やで。以前の私は隠れオタクやったんやないかな?」

「やっぱり! みんな、同志が増えたよ!」

「これは夏が楽しみね……」

「ファンネルとしての訓練をさせなければいかんな。……三ヶ月でものにしてみせる」

数人が集まってヒソヒソとなにやら密談している。どす黒いオーラが漂っているようで少し怖い。

「なぁ、神谷ぁ〜。お前さっき、普段通りの生活を送ることが記憶の回復に繋がるって言ったよな?」

くっ、嫌な奴が来おった。ここは適当にあしらって早々にお引き取り願うしかないか。

「そやで。慣れ親しんだ行動を取るとええんやて」

「ほう……ならば!」

突然、黒髪の男の子、黒野君の目つきが鋭くなり嫌悪感が増大した。コイツ、一体何をする気や?

「いけない! 逃げなさいハヤテ!」

「ふははは! 時すでに遅し!」

哄笑を上げた黒野君の姿がかき消える。いや、消えたように見えるほどの素早さで地を蹴って移動したのだ。なんてスピードや! 目で追うのがやっとやと!?

「もらったぁ!」

黒髪を見失ったと同時に、背後から愉悦を含んだ声が耳に届いた。後ろ!?

「狙った獲物は逃がさない。食らえ、スティンガースナイプ!」

バッ!

黒野君が動いたと感じた瞬間、膝下まで私の足を覆っていたスカートが勢いよくめくり上がり、乙女の秘密の花園が白日の下に晒された。……やってくれる。だが!

「なぁ!? バカな。……スパッツ、だと?」

「こんなこともあろうかと、てな。……みんな!」

『応!』

「ッ!? ぐ……この! HA☆NA☆SE!」

私の意思を汲み取ってくれたクラスメイトが愚か者の四肢を拘束してくれる。さて、こうなったらやることは一つやな。

私は罪人の首を刈る死刑執行人の心境で、最低なピーナッツ野郎の前に立つ。

「ま、待て。俺はただお前の記憶を取り戻してやろうと、いつも通りの行動をとっただけで……」

聞く耳もたん!

「死にさら、せぇー!」

「ひぎぃ!?」

人生最大の怒りをもって高速に振り抜いた私の足は、見事アホの股間を打ち砕いたのであった。

まさかこの身体になって初めて蹴ったものが、サッカーボールや小石でなく男性の急所になるとは思わんかったわ……




「ただいまー!」

制裁を食らわした後は特に騒動が起きることもなく、普通に授業を受けて帰って来た。心配しとった授業も、問題なくついていくことが出来そうでホッとしたわ。

「お帰りなさい。ハヤテちゃん、学校はどうだった?」

「先生もクラスのみんなもええ人ばっかりで、あんなに楽しいとは思いませんでした」

「ふふ。それを聞いて安心したわ」

我が事のように嬉しそうな母様。安心させられたようでなによりや。

「あ、そや、一つお願いがあるんですけど」

「あら、なあに? 何でも聞いてあげちゃうわよ」

「今日の夕飯、私に作らせて下さい」

「…………ひょ?」





あとがき

残りのクラスメイト全員を数の子にしようか悩んだ作者です。という訳で設定を明かします。『平行世界』の精神交換でした。次回からまた本編に戻ります。



[17066] 二十三話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:937226b0
Date: 2010/08/05 15:02
「……この家っておかしくね?」

「……はい?」

またもや疑問符を浮かべる神谷ハヤテです。




世の社会人達に喧嘩を売るが如く、今日も今日とてゲーム三昧の一日。しかし、そんなありふれた日常に一石を投じるかのような発言をする人物が現れた。ヴィータちゃんである。

夕食を食べ終わり、気持ち良さそうにリビングに寝そべったザフィーラさんに腰を預けてぷよぷよに熱中していた私は、パソコンの前に陣取ったヴィータちゃんを横目で見ながら、深く考えず思った事を口にしてみた。

「まあ、喋る狼や言動がおかしいニート侍やらが住んでますし。おまけに同居人は全員魔法使いときたもんです。日本中探しても、これほどおかしな家は無いんじゃないですか?」

「いや、そういう事じゃなくて」

じゃあどういう事なんだろう?

「あのさ……今まで聞くのためらってたんだけど、ハヤテの両親って、その……もう居ないんだよな?」

「え? ええ。私が今よりもっと小さい頃に事故で亡くなっているそう……亡くなっています」

ちなみになぜ私がこんなことを知っているかというと、はやてちゃんの例の日記に書いてあったからだ。改めて読み直した時に見つけたのだが、おっぱいという文字の羅列に挟まれるように両親の死に目の情報が書かれているのを見つけた時は、思わず吹き出してしまった。あれは、はやてちゃんなりのブラックジョークだったんだろうか。

「そうだったのか。でもそれだとやっぱりおかしいんだよ」

だから何がさ?

「今さら言うのもなんだけど、普通さ、両親どころか家族自体居ない幼女が一人暮らししてるなんて知れたら、児童保護施設かなんかに入れられるもんだろ?」

おお、正論だ。ヴィータちゃんも日本の常識はちゃんと分かってるみたいだな。

「なのに、ハヤテはあたしらが出現するまで一人で暮らしていた。これほどおかしい事はないだろ」

なるほど、そういう事か。確かにヴィータちゃんの疑問も至極当然だな。私も最初は疑問に思ったし。まあ、今は答えは分かってるんだけど。

「ヴィータちゃん、言いたい事は分かりました。そういえばまだ皆さんに言っていない事がありましたね。それを今から話しましょう。そうすれば、その疑問も解けるでしょうし」

リビングに広がる真面目な雰囲気を感じたのか、カスタム○ボでバトルしていたシグナムさんとシャマルさんがゲームを中断してこちらを振り向く。

「主よ、その話の前にどいてもらえるか?」

「おっと失礼」

ザフィーラさんにグレン号まで運んでもらい座り直す。それと同時に皆が私の対面にあるソファに座り、話を聞く体勢になった。

「なるべく早めにね~。今いいとこなんだから」

「シグナムは黙ってろ」

「ふふ、なるべく手短に説明しますね」

さて、まずは何から話すかな……

「……皆さん、我が家の財政事情ってどんな感じか分かりますか?」

「財政事情?……両親の残した遺産とか、保険金とかで生活してるんじゃないの?」

へえ、シャマルさんの口から保険なんて言葉が出るとは。一般知識には疎いものだと思ってたよ。

「残念ながら違います。あ、この家自体は両親の残した遺産と言えなくもないですけど」

「ふ~ん。じゃあ、どうやって資金を捻出してるのさ? けっこう余裕あるよね、ウチって」

「そうだな。ゲーセン好きなニート侍を養うくらいの余裕はあるな」

ヴィータちゃんが毒を吐くが、シグナムさんはまったく堪えた様子がない。流石だ。

「話の中心はそれです、シグナムさん。資金源なんです、問題は」

「どういう事? それがハヤテちゃんが一人暮らしをしていた事と何か関係があるの?」

鋭いな、シャマルさんは。正鵠を得ている。

「それを説明するには、まずパソコンの中にあるメールを見てもらわなければいけませんね」

そう言いながらヴィータちゃんが電源を点けっぱなしにしていたパソコンに近づいた私は、今までギル=グレアムから送られてきたメールを開いた。

「さあ、皆さん。これをご覧下さい。あ、内容がちょっとキツめなので、目を逸らす準備をしておいた方がいいですよ?」

「呪いのメールかよ……」

当たらずとも遠からずだよ、ヴィータちゃん。

「どれどれ、拙者が見てしんぜよう。エロい文章でも書いてるのか………うわーお」

「む? どうした、シグナム。………ぬぅ、これはまた」

「あら、二人ともどうしたの?………なるほど、これはキツいわね」

「おいおい、一体何が書かれて………ぐあぁぁぁ!?」

どうやらヴィータちゃんはかなりのダメージを負ってしまったようだ。私と同じ幼女だからかな? トラウマにならなければいいんだけど。

「一通か二通、メールに目を通していただければその送り主の人物像が分かると思いますが、どうです? どんな人物だと思いますか?」

その言葉を聞いたヴォルケンズの皆は、顔を見合わせた後こちらに振り向き、声をシンクロさせてこう言った。

『ロリコンだ』

やっぱりそう思うよねぇ。

「……で、こんな鳥肌ものの悪夢のメールを見せてどうしようって言うんだ?」

「実は、そのメールの送り主のギル=グレアムが、我が家の財産を管理してるんです」

『なっ!?』

流石に驚くよねぇ。でもまだこんなのはほんの序の口。真の恐怖はこれからだ。

「さらに、莫大な資金援助をしてくれているのもこのロリコン」

「げぇ……」

「さらにさらに、このロリコン、実は私に熱を上げているようで、頼みもしないのにゲームやらマンガやらを送り付けてくるんです。あ、あとラガン号も勝手に送ってきましたね」

「しょっちゅう配達されてくると思ったら、そういう事だったのね……」

「ぬう、とんでもないロリコンだな……」

どうやら事の恐ろしさが理解出来たようだ。ヴィータちゃんなんか本当に鳥肌立ててるし。

「……ってことは何か? このロリコンの気分一つで、あたしらは路頭に迷うことにもなりかねないって訳か?」

「……遺憾ながら、そういうことなんです」

「なんすか、この綱渡り的な危機的状況は。ありえないっしょ」

「……仮に路頭に迷ったとして、餌はそこらのネズミで事足りるが、ホネッコが無いのは厳しいな」

「私は嫌よ? 満足にお風呂も入れないような生活なんて」

私も嫌ですよ。ていうか私とヴィータちゃんは施設に入れるから良いとして、残りの二人と一匹はマジで路頭に迷うかもしれないな。国籍不明の謎の外国人が生活保護なんて受けられる訳ないし。

ふと、あり得るかもしれない未来を想像してみた

ゴミ箱を漁り、路地裏でネズミを追いかけ回すザフィーラさん。

保健所の人間に捕まり、オリに閉じ込められるザフィーラさん。

オリの中で変身して、「ここから出せ!」なんて叫ぶザフィーラさん。

「ぶはっ! アハハハ!」

「……なにいきなり爆笑してんのさ」

「……ぐ、くふ、……し、失礼しました」

いけない、いけない。不埒な想像をしてしまった。ザフィーラさん、お許しを。……気を取り直して、と。

「えーと、皆さん。これで今の我が家の財政状況が分かりましたね?」

「ああ。出来るなら知らないままの方が幸せだったかもしれないけどな……」

今さらだよ、ヴィータちゃん。

「それは分かったでござるが、何で主が一人暮らししてたかは謎のままじゃん?」

「いいえ。断片的ですが、答えはもう皆さんに言いました。後はそれを繋ぎ合わせるだけで、全てが見えてきます」

「……どういう事だよ?」

「えーと、ロリコン……資金援助……財政管理……ハヤテちゃんにお熱……過剰なほどの貢ぎ物………まさか!?」

やはりシャマルさんが一番に気付いたか、奴の恐ろしい計画に。

「……ああ、なるほど。そういうことっすか」

「……これほどの行動力をなぜ他の事に活かさないのか、理解に苦しむな」

「へ? どういう事だ?」

ヴィータちゃん以外は答えに辿り着いたようだ。仕方ない、そろそろ教えてあげるか。

「つまりはこういうことです。私の身体が目当てのギル=グレアムは、好みな身体に成長するまでこの家に私を縛り付けようとしている。しかし、慣れ親しんだ家を離れることに抵抗があるであろう私だが、いつ施設に入所したいと言い出すか分からない。ゆえに、私の望む物を送り付けてご機嫌を取り、施設よりこの家で暮らす方が快適であると思わせる」

「……」

「だが、私がいくらこの家に居たいと言っても、常識ある人間が幼女の一人暮らしなんて状態を見たら、施設に連絡するのは必至。それをさせない為に、おそらくギル=グレアムは根回しをすでに済ませている、と。莫大な資金援助はその布石でしょうね。『こんなにお金持ちで優しいオジサンだったら安心だ』、なんて私に勘違いさせるための、ね」

「……言葉もねえぜ」

やっと事態が飲み込めたヴィータちゃんは、その恐ろしさのあまりブルブルと震えている。心中お察しします。

「でも安心して下さい。奴の計画は私に気取られた時点で崩壊の一途をたどってるんですから」

「ん? あ、そうか! 狙いが分かってれば対処するのは容易いもんな」

その通り。良い感じですよ、ヴィータちゃん。

「要はこちらが計画に気付いたことを相手に悟られず、それを利用して搾れるだけ搾ってしまえばいいんですよ」

「相手は悪魔も裸足で逃げ出すロリコンの中のロリコンだっぜ」

「遠慮は無用、という訳ね」

「気付かぬは本人だけ、か。哀れなものだな」

流石、私の家族。飲み込みが早いね。以心伝心とはこのことだ。

「あれ? そういえば、このロリコンにあたしらの存在って伝えてるのか?」

「そんな訳ないじゃないですか。皆さんはこのロリコンにとって、獲物の近くをうろうろする邪魔者以外の何者でもないんですから。同居人が居るなんて知れたらどんな行動を起こすか分かったもんじゃないですよ。……ヴィータちゃんは別かもしれませんが。それに、私に孤独感を味わわせることで、より自分に依存するように仕向けている嫌いがありますしね」

「まさに鬼畜や」

「外道とはこういう人間を指すのね」

本当にね。この可能性に思い至らなかったらどうなってたことか。身震いが止まらないよ。

「……ハヤテ、疑問は解けたよ。辛い話をさせて悪かったな」

「いいえ。いつかは話さなければいけない事でしたから」

「主、安心するっすよ。もしこいつが突然襲いかかってきても、返り討ちにしてやるでゲス」

「ええ、そうね。ついでに恐怖で縛り付けて、資金援助を続けるように脅してやりましょう」

「うむ。それがいい、そうしよう」

これほど皆が頼もしく見える事は無いね。主として嬉しいよ。

「よし。皆の気持ちが一つになったところでそろそろ寝ましょうか」

「そうだな。もう寝るか」

「おっやすみ~」

「シグナム、布団で寝ろ」

こうして、今日も一日が終わろうとしていた。




『主よ』

……ん? あれ、なんだこれ、見渡す限り真っ黒だ。停電?

『滅びの刻(とき)が近付いている』

は? 何それ? ていうか誰ですか、あなた。姿を見せて下さいよ。

『……いいだろう。だが気を付けろ。目が潰れても知らんぞ』

いちいち芝居がかった口調だなぁ。中二病かよ。

『……これでいいか?』

突然目の前に現れたのは、銀色の髪に赤い瞳の女性。見た目までアレだなぁ。

『今回は警告をするために現れた。よく聞け』

警告?

『私の身体に宿る化け物が外に這い出ようと暴れている。押さえ付けているが、封印が解けるのも時間の問題……ぐ!?……静まれ!』

左手を押さえ付けて呻く女性。うわぁ。実際にこんなのやられると痛い人にしか見えないね。

『はあ、はあ、ここまで侵食が進んでしまったか。もはや一刻の猶予も無い』

きっつー。見るに耐えないのですが。

『魔力蒐集だ』

は?

『侵食を抑える為にはそれしかない。だが──』

一体何を……あ、なんだか目の前が真っ白に……

『あ、ちょ、まっ!』





「……変な夢」



[17066] 二十四話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:d8d9ecb8
Date: 2010/08/05 15:04
「……倍プッシュだ」

仁義なき闘いを始めた神谷ハヤテです。




「麻雀やるでござる」

全てはこの一言から始まった。

結束を強めた夜の翌日、もはやなんの違和感も感じないシャマルさんの朝食を食べていると、初代忍者がそんな提案をしてきた。

「麻雀、ですか」

「そ、麻雀」

シグナムさんが皆を誘って何かをするというのは珍しいな。でも麻雀か……

「やるのはいいけど、麻雀牌なんてこの家にあったか? まさかゲームで対戦なんて言わねえよな」

私が言わんとしていた事をヴィータちゃんが代弁してくれた。まあ、それ以外にもまだ問題は残ってるんだけども。

「抜かりは無いダス。昨日ゲーセンでゲットしてきたのだ、フゥハハー」

そう言いながら、某高校生のように背中から麻雀セットを取り出すシグナムさん。ゲーセンで取ったというと、プライズ商品かな? またお小遣いの無駄遣いを、と思ったが、皆で遊べる物なので良しとするか。しかし……

「まだ問題は残ってますよ。この中で麻雀のルールを知っている人は何人いると思ってるんです?」

シグナムさんとヴィータちゃんはゲームで覚えたとして、残りの二人はまず知らないだろう。別に三人でやっても構わないんだけど、出来るなら四人でやりたいところだ。

「それなら無問題(モーマンタイ)っすよ。シャマルには既に仕込んでるっちゃ」

「……いつの間に」

「シグナムがルール覚えろってうるさくてねぇ。まあ、折角覚えたんだし1回はやってみたかったんだけど」

それならメンバーは揃ってる訳か。今日は定期検診も無いし、時間はたっぷりある。根が果てるまで麻雀をするのも面白いかもしれないな。

「そういう事なら文句は何もありません。では、朝食を食べ終えたら早速やりましょうか。……あ、ザフィーラさんには見学してもらうことになりますが、構いませんか?」

「構わん。我の事は気にせず楽しむといい」

「ザフィーラは、あたしらがやってるのを見ながらルール覚えりゃいいんじゃねえか? そうすれば、また今度やる時に参加出来るし」

「ふっふーん。ルールブックも完備してるよん。犬、これ読んで知識を身に付けるといい」

シグナムさんが胸の谷間からメモ帳サイズの本を取り出しザフィーラさんに渡す。……突っ込むべきだろうか。

しかし麻雀、ね。屋敷のメイドを集めて脱衣麻雀をしたあの夜が懐かしい……




朝食を済ませた私達は、早速リビングに移動して準備を開始する。シグナムさんがお腹から取り出した麻雀マットを四角形のテーブルの上に敷き、点棒を二万五千点ずつ配ってから牌をマットの上にばらまく。

「シグナム、マットがなんか生暖かいんだけど。ていうかお前はドラえもんか!」

「ヴィータちゃん、気にしたら負けですよ」

というか突っ込んだら負けだ。げんに突っ込みを受けたシグナムさんは、してやったりといった感じでニヤニヤしてるし。

「あら、牌に絵がついてるわね」

シャマルさんの言葉に私も牌を確認する。って、これは……咲!?

「確かに、ゲーセンにあるようなのってこんなんばっかだよな。鷲巣(わしず)牌とか」

アニメキャラがデザインされた牌をつまみながら呟くヴィータちゃん。そういえばそうだね。想像して然るべきだったよ。

「別に打つのに問題ないし、構わないっしょ?」

「……そうですね。では、始めましょうか」

私の言葉を受けて山を作り始める皆。私以外は初めて牌に触ったので、時折崩しながら四苦八苦して山を作っている。対して私はというと──

チャッ! チャッ! カッ! カッ!

ものの数秒で山を作り終える。ああ、やっぱり麻雀はゲームじゃなくて実物に限るね。

「……なんすか、その華麗な牌さばきは。とても初めて牌に触ったとは思えねーズラ」

「ああ、言ってませんでしたね。ほら、私って休日になると友達と遊びに行くじゃないですか。その時に、友達の家や雀荘でたまに麻雀をする事があるんです」

流石に屋敷でメイドと打ってました、なんて言えないしね。まあ実際にあの子達とは何度か打ったことがあるし、嘘ではない。

「確かその友達ってハヤテと同い年なんだろ? 麻雀出来る幼女が四人もいるとかこの町おかしくねえか?」

「事実は小説より奇なり、ってやつですよ」

それに、魔法使いなんていう非常識な存在に比べたら可愛いもんだしね。

「それは置いといて、皆さん山はできましたね。それでは親を決めましょう」

サイコロを転がし親を決める。仮親がヴィータちゃん、親が私という事になり、それぞれ牌を取っていく。

そして今、八神家初の麻雀大会の火蓋が切って落とされたのであった。




……ふむ、かなり良い手牌だ。最初から順子(シュンツ)が二つ、アタマが一つに刻子(コオツ)が一つ。アガるだけならイーシャンテンといったところか。今は序盤で私が親。ここは流れを掴む為に、安手でもいいからアガッとくか。

カッ、と音を立てて要らない字牌の北を捨てる。

ちなみに席順は反時計回りに、私、シグナムさん、シャマルさん、ヴィータちゃんの順番だ。私が捨てた牌を一瞥したシグナムさんが山から牌をツモり、端の牌を捨てる。私と同じ北だ。

お次はシャマルさん。彼女も同じく北を捨ててきた。……って、まさか。

「わりーな、手牌が最悪なんだ。流させてもらうぜ」

そう言いながら北を捨てるヴィータちゃん。

「四風子連打(スーフォンツレンタ)……いきなりですか」

全員が一打目に同じ風牌を捨ててしまったので、もう一度並べ直しだ。しかし珍しいな。久々に見たよ。

「あ~も~、このロリッ子! 空気読め! テンパイしてたのに……」

嘘!? うわ、本当だ。あぶねー。ヴィータちゃん、ナイスだよ。

「あれ、でも何でリーチしなかったんですか? 当たり牌なんて読みようがないですし、ダブルリーチにもなったのに」

「ダマテンこそが玄人の美学。そう房州さんが教えてくれたのさ」

「房州って誰よ……」

なるほど。シグナムさんは哲也を愛読していたっけ。その影響か。

気を取り直して、もう一度配牌し直す。むう、可もなく不可もなく、という感じだな。

今度は先ほどのような事にはならず、サクサクと進んでいく。そして、四巡目にシャマルさんが牌をツモった時、笑みを浮かべながらリーチ宣言をした。

「リーチ。私はシグナムみたいに甘くないわよ?」

「げ、待ち牌が全く分からねえ……」

ヴィータちゃんが牌を出し渋っている。確かにこれは難しいところだ。

「む~……通れ!」

「残念、通らないわ。ロン。リーチ一発ピンフタンヤオドラドラ。ハネ満ね」

「うっそ!?」

おお、綺麗な形だなぁ。初心者のお手本みたいな役だ。

「くぅ~!」

悔しがりながら点棒を渡すヴィータちゃん。流石にこの当たりは悔しいよね。

「次は私が親っすね……ククク」

……何かを狙ってるみたいだな。油断できそうにない。

山を作りシグナムさんがサイコロを掴む、が、すぐに落とさず、なぜか1の面を二つとも同じ方向に揃えて、何かを確認するように手首を振っている。

「何してんだ?」

「2を出す練習さ。房州さんの教えによれば、こうすれば2が出るはず……あ、やべ、言っちゃった」

コイツ、積み込んでやがる!?

「シグナムさん、積み込みは関心しませんねぇ」

「な、なんの事でおじゃる? マロは何も知らんぞよ?」

しらばっくれる気か。まあいい。素人が狙った目なんて出せる訳ないし。

「ふう……分かりました。サイコロを振って下さい」

しめた! とばかりに顔を緩ませサイコロを転がすイカサマ騎士。でた目は……6。

「ノオォォー!?」

ざまーみそづけ。あれ、でも待てよ。これだと本来シグナムさんが取るはずだった牌をヴィータちゃんが取る事になるな。……これは注意せねば。

意気消沈したシグナムさんが山から牌を取ったのを皮切りに、皆が後に続いて牌を取る。今回もなかなかの手牌だ。だが……

「……く……くく」

ヴィータちゃんが、抑えきれないほどの笑みを噛み殺しているのが手に取るように分かる。シグナムさんめ、一体どんな牌を積み込んだんだ?

「ヤバイって。マジヤバイって……」

積み込んだ張本人が戦慄している。誰のせいだと思ってるんだ。

しばらくは誰も動きを見せず静寂が続いていたのだが、六巡目に入ってからヴィータちゃんの雰囲気がガラリと変わった。

「クックック……」

ヴィータちゃんがこんな笑い方するなんて珍しいな、なんて思って横を見た私は驚愕した。

ヴィータちゃんの鼻とアゴが、トンガっている!?

───ざわ───ざわ───

「ハッ!?」

何だこのプレッシャーは。気のせいか、ヴィータちゃんの後ろに置いてあるラガン号から発せられている気がする。まるでヴィータちゃんを援護するかのような……

トンッ

「あっ、バカ、主それは──」

え?

「ポォーン!」

気が付くと、私はいつの間にか危険牌であろう發を切っていた。そしてそれを鳴くヴィータちゃん。ま、まさか……

「ふう、……さて……」

この余裕な態度、そしてシグナムさんのあの反応。間違いない。大三元をテンパりやがった。くっ、そんな気がしていたから發を取って置いたのに。あの謎のプレッシャーに当てられて無意識に捨ててしまった。神谷ハヤテ、一生の不覚。

ヴィータちゃんは確実に手牌に白と中を三枚ずつ持っているだろうな。しかも今はまだ七巡目。安全牌が少なすぎる。まずい、まずいぞ。

「ハヤテ、あたしは捨てたぜ? 早くツモりなよ」

ぐ、なんて上から目線だ。いつもの可愛いヴィータちゃんはどこに行った。

だが私だって既にイーシャンテン。ここでテンパイすれば……来い!

チャッ!

……来たー!

しかし、ここでリーチするなんて愚かな真似はしない。私にはそんなのより確実にアガれるあの技がある。今はそれに賭けて、この捨てる牌が当たらないことを祈るのみ。

「……お願い、通って!」

「………チッ」

よっしゃあー!

さあ、これで勝敗は分からなくなった。頼むよ、シグナムさん、シャマルさん。ヴィータちゃんにアガらせないで。そして出来れば私にアガらせて!

「うぅ……神よ!」

「………けっ」

良かった。シグナムさんの捨て牌も安全牌だ。……しかし、一打一打が心臓に悪いよ。

「これは……迷うわね」

お次はシャマルさん。牌をツモってからかなり悩んでいる。ヘイ、カモン! シャマルさん、カモン!

「……これで」

ナイスレシーブ!

「ふん、通りだ。だがまだチャンスは──」

「有りませんよ」

「なっ!? まさかアガったのか!」

「いいえ、カンです」

「……なんだ、驚かすなよ」

「ふふ、驚くのはこれからですよ」

皆が怪訝な顔をする中、リンシャンパイをツモる。さあ、とくと見よ。神谷ハヤテの特殊能力!

「嶺・上・開・花(リン・シャン・カイ・ホー)!」

『なぁっ!?』

驚愕する皆。どうだ参ったか!

「……何で、カンでアガれるって分かったんだ?」

「実は私、何故かテンパイしてる時にカンをすると必ず嶺上開花になるんです。不思議ですね」

「何だそりゃあ!」

「……主なら、狙ってプラスマイナスゼロで終局出来そうでござるな」

流石にそれはちょっと。

「あーあ。折角大三元テンパイしたのに……」

「積み込んだ役満は本当の役満じゃありませんよ?」

「そうだそうだ。反省しろ」

『それはお前だ!』


その後、ルールを覚えたザフィーラさんも交えて、一日中麻雀をする私達なのであった。



あ、昨日の夢のこと聞くの忘れてた。まあ、明日でいっか。






あとがき

今回、麻雀の知識が無いとちんぷんかんぷんかもしれませんね。

さて、次回から物語が加速していく……かもしれません。基本まったりですが。

それと近々ヴォルケンズがまたえらいことになる予定です。ご注意を。



[17066] 二十五話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:72f568a9
Date: 2010/08/15 00:04
『目覚めよ』

……んあ? あれ、また真っ暗だ。それに、目の前にはあの中二病を患った銀髪の女性がいるし。って事は、これは夢?

『そう、ここは夢と現(うつつ)の狭間にある、私が作り出した空間。私、凄い』

おや、聞こえてたか。って、あなたが作った? 何ですか、あなた。魔法使いなんですか?

『ふっ、ザ・クリエイターと呼ぶがいい』

……では、魔法使いということで。それで、あなたは私に一体なんの用があるんです? この前は魔力蒐集がどうとかって言って──

『ザ・クリエイターと呼ぶがいい』

……では、縮めてザクさんということで。

『ふん、まあいいだろう』

いいんだ……

『さて、本題に入ろう。いいか、よく聞け。主の身体は今、闇の書によって徐々に──』

女性が話し始めたので耳を傾けていた私だが、ふと今の自分の状態が気になって、身体を見回してみた。

……私、立ってる。え、嘘、何で?……あ、夢だからか。でも意識はハッキリしてるし……

『──という訳で、その為には魔力蒐集が必要なのだ。だが──』

あ、これって明晰夢(めいせきむ)ってやつなんだ。確か、この中だと自分の思った通りに何でも出来るとか。……試してみるか。

『──いいか? 魔力蒐集は諸刃の剣と同じだ。例え完成させたとしても──』

武空術!

ぶわっ!

『オイッ!?』

うわ、うわ、すげー! 飛んでる、飛んでるよ私。アイ、キャン、フラーイ! なんつて。

『オイ、コラ! 話聞いてるのか!?』

そうだ、これも出来るかな。……かーめーはーめー、……波ぁー!

ズオッ!

スッゲ、出たよ。何でもありだな。えーと、じゃあ次は……太陽拳!

ピカーッ!

『うお、まぶしっ!』

ヤバい、楽しすぎる。次は……波動拳! 波動拳! 昇龍拳! しょしょしょ昇龍拳! ソニックブーン! ソニックブーン! ブーンブーンブーン! サイコクラッシャー!

『ちょっ、やめ!』

ふう、思わず空耳ブーンを連発してしまった。後は……あれなんてどうだろうか。

『いい加減に──』

こぉーーい! ガンッダァーーム!

ズゴゴゴゴゴゴッ!

『なんか出た!?』

よっしゃ、搭乗! おおう!? ファイティングスーツ来たー! む、グググ、こ、これは、ピッチリとしてムレが無く……良い!

という訳でいきなり奥義、石破っ、天驚けぇーん! 続けてラーブラブ、天驚けぇーん!

『おい! 変なオッサン出してないでこっちに──』

あ~、気持ち良い~。こんなにはしゃいだのなんて久し振りだなぁ。こんな夢なら毎日だって見たいよ。……ん? あ、また目の前が真っ白になってきた。お別れの時間みたいだな。……あ、ザクさーん。良い夢見せてくれてありがとうございましたー。是非、また呼んで下さいねー。今度はいっしょに遊びましょー。ではでは~。

『……二度と呼ぶものか!』

なにカリカリしてるんだろ? なんて事を思いつつ、私の意識は段々と薄れていった。




「という夢をみたんですよ」

「……主は下半身不随なのに、毎日が楽しそうで凄いっすね」

シグナムさんが呆れたような目で私を見る。ふふん、下半身不随なんてなんのハンデにもなりませんよ。神谷ハヤテは強い子なんです。

「……ねぇ、その女は魔力蒐集がどうとかって言ってたのよね?」

「え? ああ、言ってましたね。はしゃぐのに夢中で全く聞いてませんでしたけど」

「いや、ちゃんと聞いとけよ」

ヴィータちゃんが責めるようにジト目で見つめてくる。だって仕方ないじゃん。武空術だよ? かめはめ波だよ? あれで燃えないオタクはオタクじゃないよ。いや、人間ですらない。

「シャマルよ、やはり奴だと思うか?」

「そうねぇ。間違いないでしょうね」

リビングの床に伏せているザフィーラさんとソファに座ったシャマルさんが何かを確認し合っている。何だろ?

「お二人はあの女性に心当たりがあるんですか?」

「二人、というか、私達全員知ってるわよ。ねぇ、ヴィータちゃん、シグナム」

「え!? えっと……あ、ああ、知ってるぜ? アイツだよな、なあシグナム」

「そ、そうでヤンスね。アイツでござる。もちのロンドンでございます。……知ってるよ? ホントだよ?」

「嘘を吐くな」

『サーセン』

この二人、嘘を吐くのが壊滅的に下手だな。一種の美徳とも言えるかもしれないが。

「記録回路にでもバグがあるのかしらね。まったく、嫌になっちゃうわ……あらいけない。こんなの私らしくないわね。血を飲んで落ち着かないと……」

「バグ! それバグだから!」

そういえば、シャマルさんの料理って妙に鉄臭い気がするんだけど……まさかね。

「それでシャマルさん、彼女は一体何者なんです? 魔法使いというのは分かるんですが」

「うーん……その前にハヤテちゃん。闇の書って今どこにあるのかしら?」

「えっと、確かマンガの棚のどこかに埋もれていると思いますが、持ってきますか?」

「そうね、お願い」

了解、という言葉を残してリビングを出てから自室に入り、本棚を物色する私。えーと、どこだったかな。ここか? それともこっち?……お、見っけ。良かった、良かった。

「見つけましたよー。少し埃かぶってましたが」

「そう、ご苦労様」

再びリビングに舞い戻り、シャマルさんに闇の書を渡す。

「で、これがどうしたんですか?」

「ハヤテちゃんの夢に出てきたその女、一言で言ってしまえばこの闇の書自身なのよ」

……はい?

「あっ、あー! 思い出した。管制人格じゃん、そいつ」

「そういやそんなん居たね。シャイで引きこもりのダメニートみたいのが」

突っ込むな、突っ込んだら負けだ。……しかし。

「管制人格とはなんですか?」

「あらゆるシステムを管理する闇の書の意思そのもの、と言っても分かりづらいわね。……まあ、意識を持った本の人格とでも言いましょうか」

ふむ。ヴォルケンの皆が出てきてからはこの本に見向きもしなかったけど、実は部屋の隅っこでじっと私達のことを見てたのかな?

「しかし、その管制人格さんとやらは何で私の夢に出てきたんでしょうかね? というかどうやって出てこられたんでしょう?」

「そりゃあれだよ。ハヤテとは精神的なラインとか何かが繋がってるからだよ。たぶん。んで、何かを伝えたかったから出てきた。そんなとこだろ」

何かってなんだ。むしろ精神的なラインてなんだ。

「あ、そういえば警告がどうこうとも言ってましたね」

「一人だけ仲間外れにされて悔しかったから、主をビビらせようとしたのかもよん?」

『ああ、あり得る』

マジですか。だとしたらなんてはた迷惑な人(?)だ。

「………」

「ん? シャマルさん、何難しい顔してるんですか?」

「あら、そんな顔してたかしら。……そういえば、今日は定期検診の日よね。いつもはヴィータちゃんがついていってるけど、今日は久々に私が付き添いでいいかしら?」

「? 別に構いませんが」

気のせいかな。話を逸らしたがっていたように見えたけど。

「ハヤテちゃん。この話はこのぐらいにしておきましょう。何かが分かる訳でもないし。あ、でもまた同じ夢を見たなら話してくれるかしら。ちょっと気になるのよね」

「……分かりました。あの、でも、もしかしたらしばらくは見られないかもしれません」

「あら、どうして?」

「何故か分かりませんが、ザクさん、あ、いえ、彼女を怒らせてしまったようで、帰り際に怒鳴られてしまいまして」

「そ、そう。まあいいわ。それじゃあそろそろ時間だし、病院に行きましょうか」

「ええ、そうしましょう」

病院……ふふ、待ってて下さいね、石田先生。今からあなたの下にハヤテが参ります。検診でなく胸を揉みに!

「どう? 転移魔法で送ってもいいのだけれど」

「拒否します」




「ああ、愛しのおっぱい(石田先生)!」

「何かおかしくない、それ?」

という訳で診察室に入室と同時に石田女医に突撃&モミング。抵抗しないのがちょっと物足りないと感じる今日この頃。

「あら、今日の付き添いはヴィータちゃんじゃないのね。……えーと、シャマルさん、でよろしかったですか?」

「ええ、今日はよろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ」

シャマルさん、こういった普通の会話は出来るんだよなぁ。料理作ってる時以外は。

「それじゃあ、いつも通りに前回の検査結果から──」




相も変わらず変化無しかと思いきや、極僅かにだが麻痺が進行している、なんて告げられてしまった。石田女医は気にするほどのことではない、なんてことを言っていたから、まあ心配するほどではないのだろう。

「ありがとうございました」

診察も終わり、シャマルさんと二人で退室しようとする。

「あ、シャマルさん。ちょっとお話があるので、2、3分ほどお時間いただけますか?」

「……ええ」

お話?

「あ、はやてちゃんは待ち合い室で待っててもらえるかしら。ちょっとした世間話だから、すぐ済むわ」

「はあ、分かりました」

ということで、シャマルさんを残し退室する私だった。……世間話、ね。




「お待たせ……というほど時間は掛かってないわね。さあ、帰りましょうか」

待ち合い室に現れたシャマルさんと合流し、家に帰る運びとなったのだが、どうも考え事をしてるようで、道中話しかけても上の空で、ええ、とか、そうね、としか答えてくれない。

シャマルさんがこんな状態になるなんて珍しいな。……原因は『世間話』、かな。

「ねえ、ハヤテちゃん。最近身体の調子はどう? 何か変わった事とかない?」

途中から双方無言で帰路についていたのだが、突然そんなことを聞いてきた。

「別に変わりありませんよ。すこぶる良好ですが、それが何か?」

「いえ、それならいいのよ」

……シャマルさんも嘘が下手だな。




家に着いてから、シャマルさんはリビングでくつろいでいた皆を集めて、いつも全員が寝る部屋に閉じ籠ってしまった。

「ごめんなさいねハヤテちゃん。ちょっと皆を借りるわね。あ、冷蔵庫にあるザクロゼリー食べてていいわよ」

なんてお茶を濁していたが、焦っているのが丸分かりだ。……これはやはり、そういうことなんだろうか。

気になった私は、皆が密談している部屋のドアの前で聞き耳を立ててみた。

「───だから───じゃないかしら」

「しかし───だろう?」

「嘘だろ───なんて」

「───ふんもっふ!」

むう、上手く聞き取れないなぁ。仕方ない。気付かれてもあれだし、大人しくゼリーでも食べて待ってよう。




「お待たせ、ハヤテちゃん。私はこれから昼食の支度をするから、皆とゲームでもして待っててね」

「はあ、分かりました」

何事も無かったかのように戻って来た皆。しかし、表情はどこか硬く感じる。むう……

と、そこでヴィータちゃんが、さも今気付いたかのようにポンと手を打ち、陽気に振る舞いながら話しかけてきた。

「あ、そうそう。あのさハヤテ。あたしとシグナム、夜に出掛けてくるから。夕食はシャマルとザフィーラの三人で食べてくれよな」

外食する? シグナムさんと? 初めてだな、そんなの。

「珍しいですね、お二人で行動するなんて。何をしに行くんですか?」

「え? いや、ちょっとゲーセンにでも──」

「なぁに、ちょっと魔力蒐集しに行くだけ……あ、やべ、言っちゃった」

「シグナァァーム!?」

……なん……だと?






あとがき

突然ですが、作者はマイナーなネタが好きです。ですので、作中に意味不明な文が出てきた場合、大抵はネタだと思って下さい。ググっても出てこないようなのばっかなので、分かった人は凄いです。



[17066] 二十六話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:7cbeea64
Date: 2010/08/21 02:47
「全員正座しろぉ!」

『はい……』

怒り心頭の神谷ハヤテです。




「さて、どういうつもりか教えてもらいましょうか」

現在、リビングにて尋問を執り行っている最中だ。しかし私に内緒で魔力蒐集とは、やってくれる。理由も聞かずに処罰するほど愚かではないが、返答次第ではキツいお灸を据えなければならないな。

「ハ、ハヤテ。さっきのはシグナムの冗談で──」

「今、私はアホみたいに怒っています。どれくらいかというと、怒りで髪が逆立って金色の戦士に変身してしまいかねないほどです。下手な答えは寿命を縮めますよ」

「うぐ……」

「クリリンのこと──」

キッ!

「あ、いえ、何でもないっす……」

ふん、命拾いしましたね、シグナムさん。

「主よ。その前に、我が正座しようとすると関節が逆に曲がってしまうのだが……」

「ならばちんちんでも可です。得意技なんでしょう? あ、変身は不可ですから」

「ぐぬ……」

「容赦ねえな……」

当然だ。いかなる理由であろうとも、約束を反古にした事には変わりないのだ。未遂であろうが、罪は罪。容赦なぞ無用である。

「もう一度聞きますね。何で魔力蒐集なんて始めようと思ったんですか?」

「……誤魔化せそうにないわね。仕方ない、話しましょう」

観念したか。正しい判断だ。毎日顔を合わせているこの私には隠し事なんて通用しないのだから。

と、シャマルさんが口を開こうとしたところにシグナムさんの苦痛の声が上がる。

「いてて、ちょっ、主。正座崩していいっすか? 足痺れちゃって」

「早すぎんだろ!」

もう、仕方ないなぁ。

「……では、シグナムさんは話が終わるまでスクワットをしていて下さい」

「うぉい!?」

「……普段温厚な分、怒らせるとこえーな、ハヤテは」

話を遮った罰だ。このくらいは当然だね。

「そろそろ説明していいかしら?」

「ええ、どうぞ」

とんだ時間を食ってしまった。

「……事の発端は、今朝のハヤテちゃんの夢ね。管制人格のあの子が、何の理由も無しに警告なんてする筈がないのよ。いや、逆に考えれば、主の身に何かあるからこそ警告してきた。朝、話を聞いた時にそう思ったの」

ふむ。

「それで、注目したのがハヤテちゃんの足の麻痺。最初聞いた時から薄々気になってたんだけど、原因不明っていうのが引っ掛かったのよ。だから、今どんな状態かを知るために病院に付いて行った」

「石田先生は、私の前では大したことはないなんて言ってましたけど、違うんですね?」

「……鋭いわね。その通りよ。麻痺は徐々にだけど、確実に進行していっている。一年もしない内に内臓に達するくらいのスピードで、と。そう言っていたわ」

「ッ!?」

「シャマル! そこまで言う必要は無いのでは──」

「ザフィーラは黙ってなさい。これぐらい言わないと、ハヤテちゃんは納得してくれないわ」

「ん〜、でも、九歳の幼女にはちょっと刺激が強すぎるんでね?」

ちんちんをしているザフィーラさんとスクワットをしているシグナムさんが、シャマルさんに非難の目を向ける。シュールだ。

……にしても、一年もしない内、か。症状が悪化してるんじゃないかとは思ってたけど、ここまでとは思わなかったな。

「ハヤテ……その……大丈夫か?」

そこで、ヴィータちゃんが恐る恐るといった感じに聞いてきた。

「ん? ああ、確かにビックリしましたが、正直に言ってもらえて良かったです。事前に聞いているのと聞いていないのとでは、心構えが違いますからね」

「心構えって……死ぬのが怖くないのかよ!?」

死。……そりゃあ怖いよ。まだ九年しか生きてないし、未練だってたくさんある。やりたいゲーム、読みたいマンガ、見たいアニメ、揉みたいおっぱい。……でも、でもね。

「ねぇ、ちょっと──」

「九年という短い年月ですが、私は幸せでしたから。特に皆さんと出会ってからの毎日は、一日一日が、それまでの日々の何十倍にも匹敵するほど愉快で、楽しいものでした。それに、まだ多少は時間があるんです。今はまだ死ぬのは怖いですが、これから過ごす日々を皆さんとご一緒できるなら、きっと笑いながら死ぬことが出来るでしょう」

「ハヤテ……」

「いや、ちょっと、感動的な事言ってるところ悪いんだけど、助かる方法はあるのよ? ハヤテちゃん」

なんだよ、もう。人がせっかく死を受け入れようとしてたのに。

「どうせ魔力蒐集でしょう? ここまで聞けばそれくらいは分かりますよ」

「なんだ、分かってるんじゃない。それなら蒐集を許可してくれるわよね?」

それが当然といった調子で許可を求めるシャマルさん。だが、認める訳にはいかないな。

「いいえ、駄目です。認められません」

「……なんでよ?」

何を当たり前の事を聞くんだ、この人は。

「確か蒐集行為って、魔力を持った人間に襲いかかって無理矢理吸収するんですよね?」

「……まあ、今まではそうしてきたわね。頼んだところで了承する人間が居るわけもないし」

「そして魔力を吸収された人間はどうなるんでしたっけ?」

「……程度にもよるけど、長い間寝込む事になるわね。根こそぎ蒐集すれば、下手したら死ぬこともあり得るわ」

だったら答えは簡単。他人の不幸は蜜の味、なんて考えを持った人間ならまだしも、この私がそんなの認められる訳がない。

「例え自分の命が懸かっていようとも、他人を蹴落として助かろうなんて事は、私のプライドが許しません。……これは私のエゴです。皆さんに分かってもらおうとは思っていません。でも、どうかお願いです。蒐集行為だけは止めてください。私にとって、他人の不幸から得た幸せなんて、幸せたりえないんです。仮にそれで助かったとしても、生きていくのが辛いだけです」

『……』

……空気が重くなってしまったな。でも、これだけは絶対に譲れない。私のアイデンティティーに関わる問題なのだ。

「じゃあ、……じゃあ、あたしらはどうしたらいいんだよ。何もしないでハヤテが衰弱していくのを黙って見てろってのか!? あたしは嫌だ! 大好きなハヤテが苦しむ姿なんて見たくない!」

ヴィータちゃん……

「私も同感ね。せっかくこんな上等な主に巡り合ったんだもの。死なせるには惜しいわ」

「そうだな。毎日ホネッコをかじっていられるこの生活、手放すことなど出来る筈もない」

「皆さん……」

そんなに私の事を……って、駄目だ。流されてはいけない。不覚にも目が潤んでしまったが、ここは心を鬼にして……

「ねーねー。何でみんなそんなに熱くなってるの?」

「シグナム! お前はハヤテがどうなってもいいってのか!?」

「いや、そういう訳じゃないんだが。どっちも妥協できる案があるのに、涙目で必死こいて激論交わしてるみんなが可笑しくってさぁ」

いまだにスクワットを続けているシグナムさんが、不思議そうな顔でそうのたまう。妥協出来る案? そんなのあったら苦労しないよ。

「シグナム。適当な事言ってんじゃねーぞ。そんなもんがあったら最初から──」

「魔法生物、襲えばいいんでね?」

『…………あ』

……魔法生物って何さ。




魔法生物。

リンカーコアを有する、人間以外の生物の総称。皆が言うには、私が住んでいるこの地球には生息していないが、次元を越えた別の世界には無数に存在しているらしい。

「まあ、あたしらヴォルケンリッターも魔法生物と言えなくもないな。自然発生した訳じゃないけど」

とはヴィータちゃんの弁。しかし、まさかそんな生き物がいたとは……

「初めから言って下さいよ。あんなくさいセリフ言っちゃって馬鹿みたいじゃないですか、私」

『面目無い』

皆が謝る中、シグナムさんだけがニヤニヤと笑っている。

「いやー、しかし楽しみでござるな。魔法生物相手とはいえ、久々の魔法バトル。腕が鳴るじぇ」

そう、私は皆に蒐集行為を許可したのだ。魔法生物限定で。聞けばその魔法生物、外見はグロいのばっかで知能はかなり低いとか。しかも人間を襲ったりする奴なんかも居るようなのだ。そんなのだったら問答無用で襲い掛かったとしてもこっちの良心はちっとも痛まないし、蒐集するのに何も問題は無い。

「どうする? 今日は当初の予定通りあたしとシグナムで行くか?」

ちなみに、今は誰が蒐集しに行くかを話し合っているところだ。……うーん。

「あの、提案があるんですけど」

「ぐ……な、何だ、主」

後ろ足を酷使し過ぎたザフィーラさんが一番に反応した。……悪いことしたかな。

「皆で行くってのはどうでしょうか。あ、勿論私も入ってますよ?」

『は?』

全員がポカンとした顔になる。

「……正気なのハヤテちゃん? 命の危険があるのよ?」

「そうだぜ。それに、言っちゃ悪いが魔法が念話しか使えないハヤテが居ても足手まといなだけだぜ」

言ってくれる。まあ、その通りなんだけど。

「お二人の言う通りです。ですから皆で行くんですよ。皆さんが命懸けで戦ってるのに、私一人だけ家でぬくぬくと過ごすなんて出来ませんし。確かザフィーラさん、初めて会った時に自分のことを盾の守護獣って言ってましたよね? 主を護るのが役目なんですよね? でしたら護ってください。 出来ないとは言わせませんよ?」

反論の余地を与えず矢継ぎ早に喋る。さて、どうなんですか、ザフィーラさん?

「……ふっ。そこまで言われたら出来んとは言えんな」

「おい、ザフィーラ!?」

「……まったく。頑固なんだから。いいわ、あなたも連れていってあげる」

「シャマルまで!?」

「別に構わないっしょ。ウチらが頑張ればいいだけなんだからさ」

「ぐ……」

ふふふ。四対一だよ、ヴィータちゃん。さあどうする?

「……あー! もー! 分かったよ! みんなで行きゃあいいんだろ!」

「さっすがヴィータちゃん。そんなヴィータちゃんが私も大好きですよ」

「うぐっ。……さっきのセリフは忘れてくれ」

「ふっふーん。どうしましょうかねぇ」

ヴィータちゃんをからかうのは面白いんだよなぁ。

「……特に皆さんと出会ってからの毎日は、それまで過ごした日々の何十倍も──」

「シグナムさぁーん!? やめてぇー!」

これはキツい! やられて初めて分かる苦痛だ。

「……ヴィータちゃん。からかってごめんなさい。お互い先ほどの会話は忘れましょう」

「……分かればいいんだよ」

私が愚かだったよ……

「さて、話しはこれで終わりにしましょうか。お昼ご飯を食べたら早速モンスターハントに行きましょうね」

「そういえばまだだったわね、昼食。今から急いで作るから待っていなさい」

「ええ、お願いします」

騎士甲冑(若妻バージョン)を装着したシャマルさんがキッチンへと向かう。あれ、やっぱり便利だよなぁ。

「最初の獲物は……貴様よタコ野郎! 切り刻んであげる!」

今日のシャマルさんはえらい常識的だったけど、やっぱりシャマルさんはシャマルさんだなぁ。




『ご馳走さまでした』

「ご馳走シャマルでした」

「お粗末さまです」

昼食も食べ終わり、少し休憩してから狩りを始めることにしたのだが、シグナムさんが妙な事を言ってきた。

「あ、ちょっと出掛けてくるねん。すぐ戻るから。それと闇の書持ってくぞい」

「どうしたんですか?」

なんかウキウキしてるな。

「いや思い出したんすけど、この町に魔法生物っぽいのが居たのを見たことあるんすよ。茶色っぽくてちっちゃいの。手始めにそいつを狩ってこようかと」

「ああ、あたしも見たことあったな。こんな世界に居るなんて次元漂流でもしたのかな、あいつ」

へえ、そんなこともあるんだ。

「シグナムさん。人に無害なら見逃してあげてもいいのでは?」

「平気っすよ。勘を取り戻すのが目的だから、ほんのチョビッと魔力もらうだけナリ」

まあそれならいいかな?

「気を付けて下さいねー」

「ウィース」



[17066] 二十七話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:9fcff5af
Date: 2010/08/14 23:56
──sideなのは


『ねえ、ユーノ君。夏の敗因って何だったのかな?』

『うーん、そうだね。始発に乗っても駄目だったんだから、やっぱり徹夜組の存在が大きいよね』

『あー、そうだよねぇ』

肩に乗ったユーノ君が、可愛らしい仕草で顎に手をやりながら答えてくれた。

『確実にゲットするためには、僕らも徹夜するしかないんじゃないかな?』

『ユーノ君、私達未成年だから。権力の犬に捕まっちゃうから』

『あ、そうか』

現在、私達二人は駅前のアーケード街を、念話で世間話しながら歩いている。今日は10月11日、体育の日だから学校は休み。午後からは魔法の練習をする予定だけど、午前中は暇だったのでこうして遊びに来ているという訳だ。

『それに徹夜はマナー違反だよ? 気持ちは分かるけど、やっぱりイケナイ事だと思うな』

『そうだよね。なのは、先頭に居た奴ら砲撃で吹き飛ばそうとしてたもんね』

まあ、思いとどまったんだけどね。ビッグサイトを血で汚すなんて流石に出来なかったよ。

『ねえ、なのは。そろそろお昼ご飯にしない? 僕、お腹ペコペコだよ』

もうそんな時間なんだ。ゲームセンターでのユーノ君の格ゲー50人抜きで時間食っちゃったかな。それにしても、ユーノ君の白レンは半端なかったなぁ。

『そうだね。それじゃあ、駅前に出来たメイドカフェで……!?』

突然、周囲の人間が消え去り、それと同時に無音の世界が訪れる。これは……

「……結界だ。閉じ込められた」

「うん。でも一体誰がこんな事を……」

怪訝に思う中、上空で巨大な魔力反応を察知した私とユーノ君が上を向く。遠目でよく見えないが、そこには人影が確かに浮かんでいた。

「なのは、バリアジャケットを。何か危険な気がする」

「う、うん。……レイジングハート、セットアップ!」

『やぁーってやるぜ!』

相棒の頼もしい合いの手と共に私の体が光に包まれ、一瞬の内にバリアジャケットが装着された。白を基調とした私のお気に入りのデザインだ。

「……あのさ、なのは。レイジングハート、かなり性格変わったよね」

「うーん。誰に影響されたのかな?」

『マスターだと思われます。……ああ、血がたぎる』

バトルマンガ読ませ過ぎたかな?

「ッ! 来るよ!」

ユーノ君が警告を上げると同時に人影がこちらに向かって下降してくる。そして五メートルほど離れた場所で止まり、嬉々とした様子でこう言い放った。

「バトルしようぜ!」

『受けて立つ!』

「ちょっ!? レイジングハート、待って!」

決闘を申し込まれたら断ることの出来ないレイジングハートが、勝手に魔法を発動しようとする。頼もしいことには変わりないんだけど、今回はもう少し大人しくしてて欲しい。

『手袋を投げられたのですよ? それに応じるのが戦士の誇りでしょう』

「お願いだから、理由を聞くまでは暴れないでね」

『む……マスターのご命令とあらば』

ふう、私の言うことを聞いてくれるのが救いだよ。

「ねーねー、バトルしようよ。軽くでいいからさぁ」

随分好戦的な人だな。でもその前に聞きたいことがある。この人の服装……

「あの、気になったんですけど、その格好ってゼロですよね?」

私が口を開く前に、肩から降りたユーノ君が質問した。そう、それが聞きたかった。

「あ、分かる? 分かっちゃう?」

体をくねくねさせて身悶える謎の魔導師。マスクをしているから顔は分からないけど、声からして女性だよね。

「まあ、アニメ好きなら皆分かると思いますが」

「そっかー。君らもオタクなんだにゃー。……あれ、ひょっとして夏にビッグサイトに行ったりしなかった?」

『何故それを!?』

「……地球って広いようで狭いじゃん」

この人も参加してたのかな? ってことは同志?……取り敢えずそれは置いといて、理由を聞かないと。

「あの、どうして私達と戦いたいんですか?」

「え? ぶっちゃけノリで言っちゃったけど、バトルは本来の目的じゃないんすよねぇ」

「……本来の目的とは?」

「それは……貴様の命をいただくことだ、獣!」

「ぼぼぼ僕ぅ!?」

明かされる衝撃の事実!

「ユーノ君、今度は一体何したの? 覗き? 下着泥棒?」

「酷いよなのは!?」

うーん、でも前科があるからなぁ。この人もユーノ君の被害に遭って、恨みを晴らす為に来たんじゃないのかな。

「……ふーん、ほほう。なるほどね」

何やら得心がいったように頷いているゼロ(仮名)さん。

「ぼ、僕は無実だよ?」

「おいおい、拙者にあんなえろいことをしといて言い逃れとは、ペットの教育がなってないんでねえの? そこの小娘さんよぉ」

「待ってよ!? 僕は何もしてないってば! あ、ちょ、やめてよなのは。そんな目で見ないでよ」

信じたいけど、やっぱり前科持ちだから……

「……ん? ちょっとまてよ。ひょっとしてあの時下からスカート覗いちゃった人かな。でもあれは事故だし。……いや、もしかしたら塀を歩いてる時偶然シャワーシーン見ちゃったあの人? いやいや、あれも事故だから僕は悪くないし……」

「獣、お前……」

「ユーノ君……普段からフェレットの姿でいるのってやっぱり……」

「ち、違うよ? そんなんじゃないよ?」

今の発言は聞き流せないな。やっぱり、この人は被害に遭ってるんだ。

「ゼロさん。ウチのユーノ君がご迷惑をお掛けしたようで、本当にごめんなさい。煮るなり焼くなり好きにして下さい。でも命だけはどうか取らないで下さい。こんなんでも私の大切な友達なんです」

「大切な友達なら簡単に差し出さないでよ!?」

何を言ってるんだ、ユーノ君は。大切だからこそ、ちゃんと罪を償ってほしいんじゃないか。

「ちっ、そこまで言われちゃ仕方ねえ。命だけは助けてやろう。だが、その代わりに魔力をもらうことになるぜい?」

「ま、魔力? もしかして魔力吸収とかそういうレアスキルを持ってるの?」

「まあ似たようなもんでごわす。オラ、サッさと渡しやがれ」

懐からハードカバーの本を取り出したゼロさんがこちらににじり寄ってくる。あれが彼女のデバイスなのかな。

「ゼロさん。取られた魔力って回復するんですか?」

「ああ、数日もすれば元通りだっちゃ。だから大人しく渡せ」

それなら問題は無いんじゃないかな。命を取られるよりは遥かにマシだし。

「ユーノ君。彼女もああ言ってることだし、あげなよ、魔力。訴えられる前にさ」

「既に信用度ゼロ!? もう確実に僕が犯罪を犯したことになってるよね!?」

『見苦しいぞ、淫獣』

「レイジングハートまで!?」

四面楚歌な状態になったユーノ君は、がっくりと首をうなだれて反論するのを諦めた。そして、愚痴をこぼしながらとぼとぼと彼女に近づいて行く。

「僕は何も悪くない。悪いのは社会だ……」

もう既に言っていることからして犯人のセリフだ。

「あの、痛くしないで下さいね。僕、痛いの苦手で……」

「大丈夫。すぐに気持ちよくなる。略してきもくなる」

「略さないでよ! 怖いじゃないか!」

「グチグチうるせえイタチじゃん。という訳で闇の書、魔力蒐集!」

「これはフェレット……あ、ああ!?」

ゼロさんが持っている本が浮かび上がり光を発すると同時に、ユーノ君が苦しみ出した。

「だ、大丈夫、ユーノ君!?」

「く、苦しい。凄い苦しい。……あれ、でもちょっと気持ちいいかも?」

「……そんなこと言ったのお前が初めてだじぇ」

最初は苦しがっていたユーノ君だが、次第に恍惚とした表情になってきた。あれって、そんなに気持ちいいのかな?

「……へえ、結構魔力持ってるじゃん。まっ、こんぐらいにしといてやらぁ」

「はあ、はあ……え? もう終わり? もう少し……」

「チッ、このいやしんぼが。なら、さんべん回ってオイーッス! と叫べ」

その言葉を聞いたユーノ君は、ためらうことなく回って叫んだ。

「オイーッス!……これでいい?」

「だが断る」

「酷い!?」

あれは確かに酷い。やる方もやる方だけど。

「いや、これ以上吸い取ると生活に支障が出るだろうし。そうなると主がうるさいからにゃー」

主? 誰かに仕えてるのかな。仕事はメイドさん? いや、それより……

「あのー、お願いがあるんですけど」

今まさに帰ろうとしていた彼女を呼び止める。振り返った彼女は、面倒くさそうにこちらに近づいてくる。

「何さ。やっぱり返せなんて言われても無理だかんね」

「いや、そうではなくて。私にもユーノ君と同じことしてくれませんか?」

「はぁ?」

馬鹿かコイツ、という感じでこちらを見つめる仮面魔導師。いや、だってあんまりにもユーノ君が気持ちよさそうだったから……

「あの獣は快感を得ていたかもしれんが、本来はもっと苦しいもんなんやで? それでもええんか?」

え、そうなの? うーん、でも一回試してみたいな。

「限界がきたらギブアップって言いますから、やってみて下さい」

「……物好きな娘っ子でヤンスね。まあ、無理矢理じゃないから主も怒らないっしょ。んじゃ、いっくよー」

先ほどと同じように本が光り出す。それと同時に、突然胸が締め付けられるような痛みが襲ってきた。

「いた、いたたたた。全然気持ちよくないよ、これ……」

「違うよなのは。そこからなんだよ。よくなるのは」

なんだか羨ましそうに指をくわえて瞳をウルウルさせているフェレットがいる。

「こ、ここから?……あ、本当だ。なんか気持ちいい……」

「マジでか……バグってんのかな、蒐集機能」

身を引き裂くような苦しみから一転、フワフワの布団に身を沈めて全身マッサージを受けているような、なんとも言えない心地よさが訪れた。こ、これは確かに気持ちいい。

「……なんと。凄い魔力持ってるっすね。みるみるページが埋まってくニャり。……しかし、惜しいがここまでダスな」

パタン、とゼロさんが本を閉じると、私の体を包み込んでいた暖かさが消え去り、妙な寂寥感だけが残った。……これは、ユーノ君がおねだりするのも分かる。

「……ふう。ありがとうございました。とても気持ちよかったですよ?」

「……蒐集してお礼言われるとは思わなかったぞい」

そうなんだ。あんなに気持ちいいのに。

『……ん?』

突然、結界内に魔力反応が現れた。また別の魔導師が来た?

「お知り合いですか?」

「んー、この魔力は犬かな?」

犬?

「な、なのは。あれ見て!」

ユーノ君が慌てた様子で空を指差す。その指の先を辿り視線を上に向けると、そこには……

「サ、サイヤ人……」

あの戦闘スーツを身に付けた男性がこちらを睨み付けていた。ど、どうしよう。サイヤ人来襲してきちゃった。……いや、まだサイヤ人と決まった訳じゃない。フリーザの部下の一般兵かもしれない。それならまだ勝ち目は……な、なんだ? いきなり耳に手を当てて……あっ、スカウター付けてる!

「……ふん。戦闘力たったの5か。ゴミめ」

「……か、勝てる訳が無い」

ヤバイ、地球滅亡の危機だ。監理局が束になっても勝てるかどうか……

「おい、犬。何しに来たんだよ」

「貴様の帰りが遅いから、主が様子を見に行けと言ったんだ。いい加減戻れ」

「あー、はいはい。今帰るとこだったよん」

サイヤ人と対等に話している!? この人何者なんだろ。

「んじゃ、そういうことなんで帰るわ。魔力ありがとね~」

「え? あ、はい。こちらこそありがとうございました」

手を振りながら上空へ飛んだ彼女は、サイヤ人と合流してあっという間に消え去ってしまった。……ホント、彼女達は一体何者なんだろう?

「……ねえ、なのは。あの人、名前なんていうんだろうね?」

「そういえば聞いてなかったね。でもどうしてそんなことを?」

「……僕、あの人に惚れたかもしれない」

「ちょっ!? あの人仮面付けてたのに!?」

ユーノ君の好みが分からない……いや、ひょっとしたらあのダイナマイトボディに惹かれた? 男はやっぱり胸なの?



[17066] 二十八話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:5103f8b8
Date: 2010/08/15 00:02
「レッツハンティング!」

ワクワクが止まらない神谷ハヤテです。




ザフィーラさんと共に帰って来たシグナムさんをパーティーに加え、私達は魔法生物ひしめく次元世界へと旅立とうとしていた。

「随分と楽しそうね、ハヤテちゃん」

転移の準備を始めたシャマルさんが、魔方陣を展開させながら話し掛けてきた。そりゃあ楽しみだよ。

「だってリアルで魔法バトルが見られるんですよ? しかも相手はモンスター。まるっきりRPGじゃないですか。ゲーム好きにはたまりませんよ」

「まあ、ハヤテならそう言うと思ったけどよ。向こうに着けばそんなこと言ってられなくなるぜ?」

そんなことは分かってるよ。でも、やっぱり胸が踊ることには違いない。それに、何より……

「私には頼もしい護衛がついていますからね。頼りにしてますよ、ザフィーラさん?」

「ふっ、任せろ」

家に戻ってから再び狼形態になったザフィーラさんが渋い笑みを浮かべる。わお、カッコイイ。

「そういやシグナム。あのちっちゃい奴の魔力でページはどんくらい埋まったんだ? 2ページくらいか?」

「えっとねー、20ページ」

ブホッ、と噴き出すヴィータちゃん。きちゃないなぁ。

「……マジかよ。そんなに魔力持ってたのか、あいつ」

「あの獣もわりと持ってたけど、デカイのは飼い主の分だぎゃあ」

ちょっと待て。飼い主だと? まさか……

「人間から無理矢理蒐集したんですか?」

だとしたら、おっぱい揉みしだきの刑では済ませられないぞ?

「そんなに睨まないでよん。確かに魔導師から蒐集したけど、自分から魔力差し出してきたんだからあっしは悪くないですぜ? むしろ、ありがとうってお礼言われたくらいだし」

「……どんなマゾだよ」

「ま、まあそれなら許してあげましょう」

しかし、世の中には奇特な人も居るもんだな。

「みんな、転移の準備が整ったわよ。お喋りはそこまでになさい」

シャマルさんの号令に従い口を閉ざす私達。さあ、いよいよ本当の冒険の始まりだ。……あれ? そういえばシャマルさんの転移魔法って──

「転移、開始!」




──精度が微妙だったよう……な!?

「ヌオォォォ!?」

目の前の景色が一変したと思ったら、急速に身体が下に引き寄せられる感覚が襲い掛かってきた。具体的に言うと、地面に向かって落下している。私だけでなく皆も。

「主!?」

ザフィーラさんが一番に反応し、私に向かって空を駆ける。だが、このままでは間に合わない。……こうなったら!

「守って、グレン号!」

第三の能力、発動!

「絶対防御(エアークッション)!」

ガコッ! と握っていたレバーを力任せに上に引っ張る。するとぉ……

ばふっ! 

地面に衝突する寸前、一瞬にして下部から巨大なエアーバッグが展開され、私に訪れる筈だった衝撃を──

ぼよん!

完璧に吸収してくれる。……シートベルト取り付けてて良かった。

「か……間一髪……」

冒険を始める前に物語が終わるところだったよ……

そんなことを考えている中、役目を終えたエアーバッグがしゅるしゅると収縮していき、元の状態に戻る。……これ、どんな構造になってるんだろうか?

「ハヤテちゃん、無事!?」

「シャマルさぁーん! あんた何回私を殺しかけたら気が済むんだよ!」

皆と一緒にこちらに下降してくる下手人を睨み付ける。

「そんなに怒らないでよ。まだ二回目じゃない」

それでも多すぎだ!

「おいシャマル、少しは反省しろよ。今のはマジでヤバかったんだからよ」

「そうだ。流石に我でもアレは守りきれんぞ」

「いやー、スリル満点だったねー」

皆からフルボッコにあうシャマルさん。珍しい構図だが、今回は自業自得だろう。

「……もう、悪かったわよ」

ばつが悪そうに謝るが、誠意が足りないな。

「シャマルさん、本当に悪いと思っているのなら、今日一緒にお風呂に入って下さい。そして胸を揉ませろ」

「……くっ、仕方ないわね。それでハヤテちゃんの気が済むなら」

「よっしゃー!」

「……それで許すのもどうかと思うが」

何を言うんだ、ザフィーラさんは。ガードが固くて今まで触ることすら出来なかったシャマルさんの胸が揉めるんだよ? しかも生乳! これほどの謝罪は無いよ。

「うへ、うへへへ」

「おい、おっぱい星人。よだれ垂れてんぞ」

おっと、これは失敬。しかし楽しみだなぁ。……うへへ。

「……ハヤテ。ふざけるのはそこら辺にしといた方がいいぜ。モンスターのお出ましだ」

「うへへ……え?」

モンスター? 一体どこにいるのさ。見渡す限り荒野が続いてるようにしか見えない……!?

「ザフィーラ! しっかりハヤテを守ってろよ!」

「誰にモノを言っている? 我は盾の守護獣だぞ」

ヴィータちゃんの視線の先、亀裂の入った地面から、突如巨大なムカデが這い出て来た。ってデカ! 全長十メートルはあるんじゃないだろうか。それに……

「キモッ!? 魔法生物ってこんなんばっかなんですか?」

ワシャワシャと無数にある足を動かし、様子を見るようにこちらの周囲を移動している。うーん、気持ち悪い。

「まあ似たり寄ったりだにゃー。でも、中にはドラゴンみたいなカッチョいいのも居るけど」

ドラゴン!? スゲー。一回見てみたいな。

「シグナム、あたしが先手を取る。それに続け」

「オッケー。任された」

戦いになるとヴィータちゃんの雰囲気がガラリと変わるな。伊達に長い間戦ってきた訳じゃないのか。

ちなみに、いつの間にか皆騎士甲冑を身に付けていて、シグナムさんがボンテージ、ヴィータちゃんが赤い彗星、シャマルさんがセーラー服、ザフィーラさんが頭にターバン巻いたピッコロさんスタイルになっている。……シャマルさん、実は着たかったのかな、アレ。

「ウチら、端から見たらコスプレ集団にしか見えないでござるな」

「気が散るようなこと言うな!……オラァー!」

ヴィータちゃんが、どこからか出したハンマーを持ってムカデに突貫する。

それに反応したムカデは、ブオン! と半身を振り回し、ヴィータちゃんを叩き潰そうとするが、

「当たらなければ、どうということはない!」

寸でのところで飛び上がり、回避した。そして、隙だらけになったムカデの固そうな甲殻にハンマーを叩き付ける。

「ッラァ!……コイツはオマケだ! ファンネル(シュワルベフリーゲン)!」

体勢を崩したムカデから一旦離れて、指の間に挟んだ鉄球を次々とハンマーで打ち出す。それにしてもこのヴィータちゃん、ノリノリである。

「行け、シグナム!」

「ういうい」

ホーミング性能が付いているかのような軌跡で滑空する鉄球に追随しながら、低空を突き進むシグナムさん。その手には、私のベッドと目覚まし時計を破壊した剣が握られている。

「弾けろ!」

ヴィータちゃんが叫ぶと同時に、シグナムさんの前方を直進していた鉄球が四方に散り、上下左右から標的に襲い掛かる。すっげ、ほんとにファンネルみたいだ。

「ふっふーん、隙ありってね!」

鉄球に気を取られたムカデの背後に回り込み、その甲殻の繋ぎ目に剣を突き立てるシグナムさん。それと同時に鉄球も着弾し、ムカデは苦しげなうめき声をあげて身をよじらせる。

「いい声で鳴くじゃん。なら、こいつももらっとけ!」

引き抜いた剣の刀身が伸びたかと思うと、途中から一定感覚で分かれ、まるで刃の付いた鞭のような形状に変化した。そしてグリップを持つ手を振りかぶり、

「女王様とお呼び!」

SM嬢のごとく鞭をしならせてムカデの胴体に巻き付け、その動きを封殺する。格好が格好だけに違和感があまり無いなぁ。

「シャマル、トドメは任したよん」

「ふ、この技を使うのも久しぶりね……クラールヴィント」

シャマルさんが呟くと、指に嵌めていた指輪から水晶が飛び出し、ペンデュラムのような形態になる。

「旅の鏡(ヘブンズゲート)」

ヒモの部分が空中にわっかを作ったと思ったら、その輪の中の空間が怪しく光りながら揺らぎだした。何これ?

「ハラワタを──」

シャマルさんがその空間に手を伸ばし、突き入れたと同時に、

「──ぶちまけろ!」

拘束されていたムカデの胴体から、おそらくはシャマルさんのものであろう手が飛び出てきた。ちょっ、何それ。

「……魔力蒐集」

闇の書を手にしたシャマルさんがそう呟くと、ムカデの抵抗が目に見えるほど弱々しくなっていく。そして……

「蒐集完了、と。久々の実戦には丁度いい相手だったわね」

その言葉と同時に、立っていたムカデの半身が地に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなる。

「……凄い。凄いですよ皆さん! こんなに強かったんですね。まるで歴戦の勇士みたいです」

「いや、一応歴戦の勇士なんすけど……」

とてもじゃないが、毎日リビングでごろごろしてた人間とは思えない。能ある鷹は爪を隠す、というやつか。

「ヴィータちゃんのアシストも凄かったですよ。あのファンネルみたいの」

「ふっ、戦いとはいつも二手三手先を考えてするものさ」

な、なんか反応がいつもと違うような……コスプレは性に合わないとか言ってたのに、なりきりは好きなのかな? 戦闘中も赤い彗星になりきってたし。

「んー、暴れ足りないなぁ。あるじー、夜には帰るんだから早く別のモンスター狩りに行きまっしょい」

「おや、休憩しなくて大丈夫なんですか?」

「主よ、安心しろ。あの程度で我らヴォルケンリッターが疲労するなどあり得ん」

自信満々に言いきるザフィーラさん。確かに、皆の顔を見ても疲れた様子は無い。

「なら、エンカウント求めてフィールドを駆けずり回るとしましょうか」

「レベルは上がんないけどな」

それが惜しいんだよなぁ。




「見える、見えるぞ。あたしにも敵が見える!」

今日一日ヴィータちゃんの言動を見て気付いた事がある。

「あたしにプレッシャーを与える魔法生物とは……一体?」

どうやらヴィータちゃん。コスプレしている最中は無意識にそのキャラになりきってしまっているようなのだ。

「坊やだからさ……」

「いい加減うざいんだけど、ロリっ子。黙ってろ」

「これが若さか……」

シグナムさんさえ辟易している。確かに、戦ってる最中に延々と名台詞を聞かされてればそうなるのも頷ける。

「蒐集完了、と。……ハヤテちゃん、今日はこのぐらいで帰りましょうか」

トカゲが巨大化したような生物から蒐集し終わったシャマルさんがそう言ってきた。結構時間経ったし、そうしようかな。

「ええ。皆さん、ご苦労様でした。私の為にこんな事やらせてすいませんね」

「気にしない気にしない」

「そうだぞ、主。我らが好きでやっている事だ」

……皆、優しいなぁ。

「なあシャマル、ページはどれくらい貯まったんだ?」

「今ので丁度40ページね。かなり良いペースだわ」

騎士甲冑を解除した皆が、闇の書を持ったシャマルさんの近くに集まる。

「確か、ノルマは666ページでしたよね?」

「そうよ。このペースで行けば、二ヶ月もしないで完成するんじゃないかしら」

二ヶ月か。短いようで長い戦いになりそうだな。

「……ん? シャマルさん。なにしてるんですか? 闇の書、光ってますけど」

「え? 私は何もしてな……何よ、これ」

「どうしたんだよ、シャマル……って、埋まったページが消えていってる!?」

何ですと!?

「うわ、ホントだっぜ。……あーあ、全部消えちゃった」

視点が低い私には見えないが、皆の様子を見るに本当に消えてしまったらしい。

「一体何がどうなって……あら、今度は何?」

皆が怪訝に思う中、突然闇の書から光の玉が四つ浮き出たかと思うと、

「ちょ、何だよこれ……うおっ!?」

ヴォルケンズの四人の胸元にすーっと入り込んでしまった。

「……えっと、皆さん、大丈夫ですか?」

『……』

な、何だ。一体何が……

『魔力が、上がってる……』

………は?



[17066] 二十九話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:f506fd7b
Date: 2010/08/15 00:24
「魔力が上がった、とはどういうことなんですか?」

光の玉を吸収(?)し、しばし呆然としていた4人だが、どうやら私の言葉で我を取り戻したようだ。

「魔力……いえ、総魔力量が増加したと言うべきかしら」

総魔力量? 要するにMP限界値のことかな。

「ああ。しかも今日消費した魔力まで回復してやがる。どうなってんだ?」

「まるでレベルアップしたみたいですね、それじゃ」

「言い得て妙だな。……だが、肝心のページが白紙に戻ってしまっては素直に喜んではいられんがな」

むう、とザフィーラさんが唸る。そういえばそうだな。本来の目的はレベルアップじゃなくてページを埋めることなんだから。

「これはやっぱり闇の書のバグなのかしら? それとも管制人格の意思によるもの?」

シャマルさんがなにやら思考を巡らしている。だが、それよりも気になる事がある。

「あのー、この現象が続くと、いつまで経っても完成しないんじゃないでしょうか?」

そんな私の疑問に、ザフィーラさんが即座に答えてくれる。

「いや、それは無いだろう。いくら総魔力量が増えると言っても、無限に増加し続けるなどあり得ん。いずれ頭打ちが来るはずだ」

それに同意するシャマルさん。

「そうね。そうすれば、おそらくページは普通に埋まっていくでしょう。まあ、それまで結構時間掛かるだろうけど、なんとかなるでしょ」

へえ、そういうもんなんだ。それを聞いて安心したよ。皆が強くなるってのは嬉しいけど、自分の命も大事だからね。

「ん? おいシグナム、何してんだよ」

一応の安堵を得た私達だが、突然ヴィータちゃんが疑念の目をシグナムさんに向ける。私も見てみると、何やら剣を正眼に構えて集中しているシグナムさんの姿がそこにはあった。どうしたんだろうか?

「来た! 来たコレ!」

カッ! と目を見開いたシグナムさんが、剣を思い切り振りかぶり、そして──

「ハイメガ、キャノン!」

振り下ろす。すると、シグナムさんの眼前にいつもと違う形の魔方陣が浮かび上がり、そこから極太のビームのようなものが発射された。

「ちょっ! 何だそれ!?」

驚くヴィータちゃんをよそに、撃ち出されたビームは、荒野にそびえる岩壁を打ち砕きながら地平線の彼方へと消えていった。あ、なんか遠くの方で爆発音が聞こえる。火柱があがっている気もするが、まあ気のせいだろう。

「シグナム、あなたそれミッド式の砲撃魔法じゃない。どうして使えるのよ?」

「いやね、なんか頭の中にキュピーンってきてさ。これ、使えるかもーって。んで試したら出来ちゃった」

なんてアバウトな。いや、ゲームの術技修得なんてこんなもんかもしれないけどさ。リアルで新技ってこんなに簡単に覚えられるもんなの?

「シグナムよ。貴様、昼に魔力蒐集に行った時、小娘達と話していたな。見たところあの小娘はミッド式の使い手だった。奴から蒐集したのか?」

「ん? そうだよん。……あ、もしかして」

「ああ、なるほど。そういうことかよ」

何やら皆得心がいったように頷いている。

「みんな、ちょっと見てて」

と、そこで、一人離れていたシャマルさんがそんなことを言った。今度は何さ。

「……闇よ、あれ」

指輪を嵌めた手を眼前にかざし、そう呟くシャマルさんの周囲に黒い球形の物体が四つ現れた。

「行きなさい」

そう指示を受けた黒い玉は複雑な軌跡を描きながら空へと舞い上がっていき、しばらく宙でヒュンヒュンと交差していたが、シャマルさんが手を降ろすと同時にパッと消えてしまった。

「もしかして、それも今新しく覚えた魔法ですか?」

「そうなるわね。なかなか使い勝手が良さそうだわ」

MPが底上げされるだけでなく、新技まで覚えるとは……これなんてロープレ?

「シャマルは誘導制御型の射撃魔法か。もしかして、あたしとザフィーラも何か使えるのかな」

「……どうやらそのようだ。我もキュピーンときたぞ」

おお、今度はどんな魔法が出るのかな?

「……癒しの光よ、我に力を」

ザフィーラさんが手のひらから光を放つ。そして、その光を私に向けて解き放つ……って、ちょっ、何を。

「……あれ? なんか暖かくて気持ち良い」

「回復魔法だ。誰も怪我をしていないので主に使わせてもらった」

おおー、回復魔法。ホイミとか受けたらこんな感じなのかな。パーティーに一人は回復役がいると戦闘がぐんと楽になるよね。ナイスですよ、ザフィーラさん。

「みんな良いなぁ。あたしも何か……お? 来た……なんか来たぞ!」

羨ましがっていたヴィータちゃんだが、どうやら皆と同様に新たな技を覚えたらしい。目をつむり、技を発動させようと集中しだした。

「む、むむむ。……ハーッ!」

気合の入った叫びを上げたヴィータちゃんが、突如光に包まれる。そして、光が収まるにつれて徐々にその輪郭が露になってくる。

「……ふう。どうだ?」

ヴィータちゃんが居た場所に鎮座していた生物、それは──

「ぷっ、あはははは! か、可愛いですよ、ヴィータちゃん」

「あらあら、面白いわね」

「それは我に対する宣戦布告か? ペットの座は渡さんぞ」

「その姿は……なるほどにゃー」

「な、何だよ。あたしが一体……って、なんじゃこりゃあー!」

つぶらな瞳で私達を見つめるフェレットであった。

「ミッド式の変身魔法ね。一発芸とかに使えるんじゃない?」

「あと覗きとか」

「するか、そんなこと!」

皆にいじられているヴィータちゃん(フェレットバージョン)。ああ、可愛いなぁ。

「あたしだけこんなショボいのかよ……ついてねえ」

うなだれている姿もとってもプリティー。……あ、そうだ、聞きたいことがあったんだ。

「皆さん、どうして突然使えない技が使えるようになったんですか?」

その質問に、シャマルさんが答えてくれた。

「闇の書の特性に、蒐集した相手の覚えている魔法を行使できる、というものがあるのよ。その特性が、今の私達に反映されている為だと思われるわ。……あの光の玉、いえ、魔力の塊に、さっき私達が覚えた魔法の情報が入っていたのね、きっと」

「ふぇー。とんでもないチートスキルですねぇ」

「私もそう思うわ。まあ、悪影響も無さそうだし、覚えて損は無いでしょう」

「こんな魔法いらねえよ……」

いまだにフェレット姿のヴィータちゃんが毒づく。とっても素敵な魔法だと思うんだけどなぁ。

「あるじ~、お腹空いたよー。帰ろうよー」

モンスターとの戦闘で体力を消費した腹ペコ騎士が、手足をジタバタさせている。MPは回復しても、HPは減ったままなのか。

「そうですね。少し時間オーバーしてしまいましたね。帰ってゆっくりしましょう」

一日の蒐集は四時間まで。これが皆で決めた蒐集のルールだ。過剰労働は身体を壊す原因だし。あ、あと単独行動しないことも絶対のオキテだ。

「それではシャマルさん、帰りの準備をお願いします。……慎重に、万全を期して!」

「わ、わかってるわよぅ」

もしまたあんな事があったら、一日一回はおっぱいを揉ませてもらうことにしよう。……それはそれで楽しみだな。

おっと、そうだ。締めの言葉を言っとこう。

「皆さん、トラブルはありましたが、蒐集を続けていけばなんとかなるようです。これからもよろしくお願いしますね」

「はいはーい。任してチョンマゲ」

「ホネッコの為だ。努力は惜しまん」

「暖かい布団と、お風呂の為、私も頑張るわよ」

「何であたしだけこんな魔法……」

まだ気にしてるのか……

そうこうしてる内に、転移の準備が整ったようだ。

「それじゃ、戻るわよ。……転送!」

こうして、魔力蒐集という名目の下、私達のモンスター狩りの日々が始まったのであった。




『光に、なれぇー!』

『うおぉー、あたしのこの手が真っ赤に燃えるぅ!』

『意地があるんだよぉー! 女の子にはー!』

『アーシアーーー!?』

モンスター狩り二日目。場所は昨日と同じ次元世界。今日も今日とてヴィータちゃんは絶好調だ。何を思ったか、一回戦闘を行う毎にデザインを変更している。コスプレにハマった?

「これがあたしの、殺劇武荒拳!」

現在、ハンマーで怒涛のラッシュをでっかいサソリにお見舞いしている。一緒に前衛にいるシグナムさん、やりにくそうだなぁ。

「シャマル、もう虫の息だぜ」

「はいはい。蒐集開始と」

うん、順調、順調。こうやって何事もなく狩りがはかどるのが一番だ。

「歯応えが無いっすねぇ。もっと強い奴はいないものかのう。……ねえ、ドラゴンとかいる世界に行かにゃい? 一気にページが埋まるかもよ?」

「今は地道にザコを倒していきましょう。それほど切羽詰まっているわけではないんですから、危険を犯すのは止めときましょうよ」

シグナムさんは物足りないようだが、ここは我慢してもらおう。聞けば、ドラゴンというのはどれも強力な力を有しているそうなのだ。しかも仲間意識が意外と強く、一匹に危険が訪れると仲間が応援に来ることもあるとか。いたずらに手を出すにはリスクが高すぎる。……一回は見てみたいけどね。

「ハヤテちゃん、行くわよ」

「あ、はい」

蒐集し終わったシャマルさんの後についていき、新たな獲物の下へと向かう。地面が舗装されてないからガタガタ揺れること揺れること。

「ん? 転移反応だと?」

しばらく歩いていると、突然、ザフィーラさん(狼形態)が耳をピクピクと動かしながら周囲を見回し始めた。

「こんなへんぴな世界に来るなんて、どんな物好きなのかしらね?」

「どうしたんですか? 誰かが来るんですか?」

皆何かに感付いているようで、視線を一つの方向に向けている。

「転移だよ。まず間違いなく魔導師が来るだろうな」

魔法使いが? へえ。マルゴッドさんみたいに旅行でもしてるのかな?

「来たか。ザフィーラ、用心しとけよ」

「言われずとも、主は守る」

守るって……襲われる可能性もあるのか。良い魔法使いだけじゃなくて悪い魔法使いもいるってことか。

そんな考え事をしている間に、10メートルほど離れた地点に魔方陣が浮かび上がり、次々と人間が転移してきた。三、四、五、……六人か。

「あー、ったく、ついてねえよなー。何なんだよ昨日のあの砲撃は」

「またベースを一から作り直しか……ふざけやがって!」

「中にあった質量兵器までオジャンだもんな。やってらんねーよ」

何やら恨み言を吐きながら現れたのは、手に杖のような物を持った六人の男性。皆イライラしているみたいだ。何があったんだろう。

「……おい、見ろよ。女だぜ」

「ああ?……お、マジだ。しかも上物じゃん」

どうやらこちらに気付いたようで、警戒もせずにこちらに近寄ってくる。

「お嬢ちゃん達どうしたの? ひょっとして迷子?」

「ぶはっ! んなわけねーだろ」

「ひょっとして次元漂流とか? だったらついてないねー。ここは無人世界なんだよ」

下卑た笑いをあげながら近寄ってくる男達。……これだけは確実に言える。コイツらは……敵だ。

「あなた方は、どちら様でしょうか?」

取り敢えず相手の出方を窺うか。

「僕達? 僕達は漆黒の翼って言ってねー、主に質量兵器の密輸入を仕事にしてるんだ。裏の世界じゃ結構名が知れてるんだよ?」

なっ! コイツら!?

「おいおい、ばらすのはえーって。ま、顔を見られたからには生かして帰す訳にはいかないんだがな」

「その前に、楽しませてもらうけどな」

「ぼ、僕は赤い髪の毛の子がいいんだな!」

「んじゃ俺様車椅子のおにゃのこもーらい」

「……お前ら、そういう趣味だったのかよ」

「待て! 赤毛は俺のだ!」

「車椅子は譲れ」

「いや、私に譲れ」

「俺以外全員かよ!?」

……どうやら、コイツらには遠慮する必要は無さそうだな。どいつもこいつも腐ってやがる。

「皆さん」

「分かっている」

「ええ」

「めんどくせえな」

「対人戦かぁ。腕がなるね」

準備は万端。

『ブッコロス!』



[17066] 三十話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:47d760cb
Date: 2010/08/15 00:34

私たちが戦闘態勢に入ったのを見て男たちは一瞬鼻白むが、すぐにバカにしたような笑みを浮かべてこちらに近づいて来る。

「おいおい、お嬢ちゃん達正気かい? 見たとこ魔導師みたいだけど、大したことないよね。無駄な抵抗はやめた方が──」

「ふん、相手の力量も計れんとは底が知れるな」

「ッ!? こいつ、使い魔か!」

「ごちゃごちゃうっせー! ッラァー! 先手必勝!」

我慢出来なくなったヴィータちゃんが、一人だけ突出していた魔法使いに突貫する。一瞬で間合いを詰めると、バットでボールを打ち抜くような体勢でハンマーを振り抜く。

「なっ!? バ、バリアー!」

接近に気付いた魔法使いは瞬時に反応し、自分の周囲に薄い膜のような物を発生させる、が、

「ムダ、だぁ!」

構わずハンマーを振り抜いたヴィータちゃんによって呆気なくその膜は突き破られ、打点の延長線上にいた魔法使いがモロに食らい吹っ飛ばされる。

「て、てめえ! よくも──」

「ぼてくりまわす」

気が付くと、いつの間にか魔法使い達の中心に、鞭の形状に変化させた剣を持ったシグナムさんが佇んでいた。

「ッ!? この!」

それに気付いた男が杖を向けるが、既に遅い。

「超、気持ちいいー!」

奇声と共に、刃の付いた鞭が周囲の空間をズタズタに蹂躙する。それに巻き込まれた魔法使いは杖を向けた男を含めて二人。残りの三人は空に飛び上がり逃げ延びていた。

「へえ、今のに反応するなんてなかなかやるっすね」

ピシィッ! と鞭を地面に叩きつけて感心しているシグナムさん。あ、いつの間にかボンテージ装備してる。

「ぐ……舐めんなぁ! スプレッド!」

シグナムさんの言葉に激昂した男が水の塊の様なものを無数に宙に生み出し、眼下の私達全員に向けて解き放った。それにしても、どっかで聞いたような技名だな。

と、そこで、上空から迫る水のつぶてから守ろうと、私の前に人間形態に変身したザフィーラさんが立ち塞がる。

「障壁とは、こういうものを言うのだ」

頼りがいのある守護者が迫り来るつぶてに手を向けると同時に、眼前に光の粒のようなものが現れ渦を巻く。それに触れた水のつぶては、蒸発するように触れるそばから消え去っていく。盾の守護獣の名は伊達ではないですね。惚れちゃいそうです。

シグナムさんとヴィータちゃんの下にもつぶては降り注ぐが、余裕の表情で避け続けている。

「チッ……天光満つる所に我はあり。黄泉の門ひらく所に汝あり──」

「大技? やらせないわよ」

上空にとどまる男の一人が呪文の様なものを唱え始めるが、それを完成させまいと、光の壁を展開してつぶてを防いでいたシャマルさんが黒い玉を四つ発射する。そして、凄まじいスピードで直進するそれが、

「──出でよ神の……ぐあっ!?」

無防備な身体に次々と突き刺さり、詠唱を中断させる。しかし、それだけでは終わらず、

「ほら、上、上、下、下、左、右、左、右」

「がっ、ぐっ、や、やめ……」

黒い玉を操作し、間断無くぶつけ続ける。シャマルさん、容赦ねえ。だがそれがいい。もっとやれ。

「これで、ラスト!」

ぼろぼろになって飛んでいるのがやっとという状態の敵に、顔面、胸、腹、股間の順番に黒い玉が突き刺さる。痛そ。

「ひ、ひいぃー!」

「こいつらやべえって。ずらかんべ!」

墜落していく仲間を見捨てて逃走しようとする二人の魔法使い。悪党の鏡のような奴らだな。代わりにヴィータちゃんが墜落した奴拾ってるし。

「シグナムさーん! 殺っちゃってくださーい! あ、一応手加減はしてくださいねー!」

「まっかしといてー!」

背を向けて逃げる敵に剣を向けて、エネルギーをチャージするように踏ん張るシグナムさん。

「……お? これは。ははーん」

一瞬、怪訝な表情を浮かべたシグナムさんだが、すぐに気を取り直し発射体勢に移行する。

「新技、いくでござる!」

昨日と同様に剣を振り上げて、

「リミット解除! コード、ファントムフェニックス!」

振り下ろす。すると、発生した魔方陣から巨大な炎が立ち上がり、鳥のような形に変形しながら撤退する魔法使いへと追いすがる。って、昨日と違う!?

『……え? ぎゃあああ!』

みるみる距離を詰めてあっという間に追い付いた火の鳥は、その巨大な身の内に二人の魔法使いを取り込んで焼き焦がしながらも突き進み、空の彼方へと消えていった。そして、飛べなくなった二人は地面へとまっ逆さまに落ちるが、ヴィータちゃんがそれをキャッチする。流石だ。

でもあれ、死んだんじゃね?

「ちょ、シグナムさん。やり過ぎじゃないですか」

流石に、犯罪者とはいえ殺しはまずいよ。

「大丈夫だって。非殺傷設定だからさぁ」

非殺傷設定? 何それ?

「身体に外傷を与えず、純粋な魔力ダメージのみを与える技術よ。殺さずに相手を無力化できるの。本来なら私達には使えないんだけど、どうやら闇の書のおかげで使えるようになったみたいね」

疑問が顔に出ていたのか、丁寧に説明してくれるシャマルさん。へえ、非殺傷設定ね。生け捕りにはもってこいじゃないか。

「おーい。落ちた奴ら拾って来たぞー」

ヴィータちゃんが身体中から煙をあげている二人の男を連れてきた。

「……って、物理ダメージ、受けてるじゃないですか」

「あっれー、ちょっと失敗しちゃった?」

舌を出して、テヘッとはにかむシグナムさん。……まあ、消し炭にしてないだけマシか。

「主、こいつらはどうする?」

シグナムさんと話していると、倒れていた魔法使い達を集めてきたザフィーラさんがそう問い掛けてきた。うめき声をあげている男もいるが、全員戦闘不能状態のようだ。

「そうですねぇ。こんなロリコン犯罪者共に情けは無用ですし、蒐集しちゃいましょうか」

「だな。実力のわりに結構魔力持ってるから、かなりページ埋まるぜ」

ふーん。魔力量=戦闘力という訳じゃないのか。戦闘技術も大事だってことか。

「それじゃ、蒐集するわね」

「あ、命までは取らないで下さいね」

「分かってるわ。ハヤテちゃんに惨たらしい死体なんて見せられないもの」

ただの死体じゃなくて惨たらしい死体なんだ……

「さて、改めて蒐集開始と」

「う……が、があぁー!?」

手慣れた様子で蒐集を始めたシャマルさん。……人間が蒐集される所を初めて見るけど、かなり苦しそうだな。

「ぐ、あ……あ?……ああ、いい……いいー!」

「こいつ気持ちわりー!?」

苦し気にうめき声をあげていた男が、唐突に快楽を感じているような声を出す。ヴィータちゃんが汚物を見るような目でその男を見ている。勿論私も。

「あ、言ってなかったっすね。闇の書の蒐集機能、なんかバグってるみたいなんすよ。蒐集すると、気持ち良くなっちゃうみたいナリ」

どんなバグですか、それは。

「……え、もう終わり?……もっと。もっとぉー!」

「……気持ち悪いにも程があるわね。蒐集する気が無くなってきたわよ」

その気持ち、よく分かります。誰だってあんなのに近寄りたくないよ。

「黙れロリコン!」

「ぐふっ」

耐えきれなくなったヴィータちゃんが腹に蹴りを入れて気絶させる。ナイスだ。

「あと五人……キツいわね」

ファイトだ、シャマルさん。




『そこ、そこダメー!』

『いい。いいよー!』

『らめぇーー!?』

「てめえら気持ち悪すぎんだよぉー!」

嬌声をあげる男達を蹴りで黙らせながらの蒐集も終わり、ようやっと落ち着ける時間が訪れた。

「シャマルさん、お疲れ様でした」

「人間からの蒐集はこれっきりにしたいわね……」

げっそりとした表情で呟くシャマルさん。うん、同感だ。

「シャマル、ページはどれくらい埋まったのだ?」

「えーと……あら、また40ページね」

昨日は40ページ集めたらあの光の玉が出てきたんだよな。もしかしたら今回も……

「……どうやら、一度だけじゃなかったみたいね。またページが消えていってるわ」

予想通りか。確かに闇の書が光を放っている。そしてこの後は……

「魔力が均等に振り分けられるって訳か」

本から光の玉が四つ浮かび上がり、皆の胸元に入り込んでいった。

「一人10ページとして、今ので20ページ分の魔力がそれぞれにプラスされたことになるわね」

「それと新技も覚えたしねー。いやー、いつになったら限界が訪れるのかにゃー」

「なに、いずれ分かることだ」

当初の驚きなど無かったかのようにレベルアップ現象を受け入れている皆。順応能力高いね。

「ん?……んはっ、来たよ来たよ~」

シグナムさんがウキウキした様子で剣に手を掛ける。来たって、もしかして新しい魔法?

「ん〜、本邦初公開! 水神剣!」

シグナムさんの掛け声と共に剣の回りに水がまとわり付き、ぐるぐると水流が渦巻き始めた。そしてその剣を腰だめに構え、まるで居合い切りをするように逆袈裟に振り抜く。すると……

シュパッ! という音と共に剣先から水のカッターが飛び出し、近くにあった岩壁を切り刻む。おお、カッケー。

「続けて、雷神剣!」

「まだあるのかよ!?」

今度は剣身にバリバリと電気がまとわり付いている。それをシグナムさんが思い切り地面に突き刺すと、地面を伝って一直線に岩壁に雷撃が走り、触れた一面を吹き飛ばす。

「水と電気の魔力変換……二人もレアスキル持ちが居たのね。というか、変換資質まで行使出来るなんて出来すぎじゃない?」

レアスキル! なんと心惹かれる響きか。

「炎、水、電気を操るとか、お前はどこの魔剣士だよ」

ヴィータちゃんが悔しそうに悪態をつく。まあ、カッコイイもんね。悔しがるのも分かるよ。

「……お? 来たぜ! あたしの時代が来た!」

次はヴィータちゃんか。どんな魔法を見せてくれるのかな?

「……この頭に浮かぶシルエット、ハンマーか! あたしにピッタリじゃねえか」

ほう、ハンマーね。

「よぉっし! 出てこい!」

ヴィータちゃんが気合いの入った叫びを再びあげる。すると、宙に光が集まり次第に形を成していく。確かにあれはハンマーに違いない。一体どんな効果が……

ピコッ!

「いて」

良い音を出してシグナムさんの頭に落ちたハンマー。……え? これで終わり?

「……」

シグナムさんが地面に落ちたハンマーを拾い、無言でヴィータちゃんに渡す。

「……」

そしてそれを無言で受けとるヴィータちゃん。気のせいか涙目になっている気が……

「チクショォーー!」

ピコピコピコピコピコ!

「いてて、止めろロリッコ」

シグナムさんに次々とハンマーの雨を降らせるヴィータちゃん。いやぁ、あれは精神的にきついわ。

「何であたしだけいっつもショボいんだぁ!」

「そう悲観する事はないわよ。一発芸に使えるじゃない」

「あと漫才の突っ込みに」

「するか、そんなこと!」

ピコッ!

「いて」

なんか既に漫才になっている気がするなぁ。

「む?……ヴィータよ、どうやら我も貴様と同じような魔法を覚えたようだ」

「え、マジ? ハンマーが頭の中に浮かんだのか?」

「うむ」

「あら?……私も同じみたいね」

ザフィーラさんに続いてシャマルさんまでハンマーか。

「……アッハハハ! なんだよ、ついてねえなぁ」

「どれ、ものは試しだ。使ってみるか」

「そうね。じゃあ、あそこの地面にでも落としましょうか」

二人が並んで何も無い場所にハンマーを落とす準備をする。

「あたしはもう10個は連続で落とせるぜ。すげえだろ」

「はいはい、凄い凄い。……じゃ、いっせーのせーで──」

『巨神の鉄槌!』

ズゴォッ!

二つの巨大な鉄槌が地面にでかいクレーターを作る。……うわぁお。

「………」

「あら、凄いじゃない」

「なかなかの威力だな」

プルプルと震えるヴィータちゃん。これはまずい。

「ヴィ、ヴィータちゃん。その……元気出して。ね?」

「ハッハー! 炎神剣! 水神剣! 雷神けぇーん! 俺Tueeee!」

「お前らなんて、大嫌いだぁーー!」



機嫌を取り戻すまで、一切口をきいてくれないヴィータちゃんであった。



[17066] 三十一話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:08f46253
Date: 2010/08/15 00:40
──sideなのは


「お帰りなさいませ、お嬢様、お坊ちゃま!」

「リカちゃーん、また来たよー」

「いつもありがと、なのはちゃん。……と、それではお席にご案内致します」

ユーノ君と共に入ったこのお店、名を『うみねこのなくゴロニャン』と言う。店員の女の子が皆メイド服とネコミミを装着しているという、通にはたまらないメイド喫茶だ。オマケに、みんな胸が大きいし。

「なのは、ユーノ、こっちだ」

入り口の近くの席に、椅子から立ってこちらに手を振る男の子が居る。

「あ、リカちゃん。あの男の子と相席にしてもらえるかな?」

「かしこまりました」

リカちゃんの先導の下、黒髪の男の子、クロノ君の居るテーブルに案内される私達。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいね」

私達が席につくと、リカちゃんはそう言って離れて行った。

「クロノ、久し振りだね。元気だったかい」

「まあ、元気な事は元気なんだが。仕事が忙しくてゲームをする暇が無いのが辛いところだな。君らが羨ましいよ」

やれやれ、といった風に肩をすくめるクロノ君。お仕事、お疲れ様です。

「特に最近はおかしな事件が続いててね。僕も調査に関わってるんだが、今日休みが取れたのが奇跡みたいなもんなんだよ」

「おかしな事件?」

首を傾げるユーノ君。私も気になるなぁ。

「……君らには話しても構わないか。いや実はね、ここ一ヶ月の間に様々な犯罪組織が壊滅してるんだよ。次元間での密輸入、人身売買、麻薬取引。そういった悪事を働く奴らが、次々と管理世界のボックス、いや、地域警邏隊が詰める駐在所の下に転送されてくるんだ。ボコボコにされた姿で、悪事を働いたという証拠付きでね」

へー、まるで正義の味方が居るみたいだなぁ。

「しかもただの犯罪組織じゃない。漆黒の翼、黒の騎士団、白き翼、リトルバスターズ。いずれも実力のある魔導師で構成された組織ばかりなんだ」

どっかで聞いたことある名前ばっかな気がする……

「クロノ君、その犯罪組織を潰しまくってる人……集団? の正体って分からないの?」

「ああ、いまだに判明していない。一体何者なんだか……」

ミルクティーをすすりながら思案するクロノ君。本当に何者なんだろうね?

「あ、いや、すまない。君らには関係の無い話だ。気にしないでくれ。それより、今日はもっと大事な話があったんだな」

「うん。きたるべき冬に向けてのミーティングだね」

そう、今日ここに集まったのは他でもない、冬コミに対する作戦会議をするためなのだ。夏の二の舞にならぬよう、しっかりとしたプランを考えなくてはならない。

「その件なんだがな、実は母さんも冬に参加出来ることになったんだ」

「リンディさんも!?……てことは!」

「ああ。子どもだけではチェックイン出来なかった、ビッグサイトの近くのホテルに泊まることが出来る。そうすれば……」

始発組に大きな差をつけることが出来る!

「クロノ君!」

「クロノ!」

ガタッ! と椅子をけたてて立ち上がり、テーブルの上にある対面に座るクロノ君の手を握る。

『持つべきものは、オタ友だ!』

「ふ、よせよ。照れるじゃないか」

やったやった。徹夜組には負けてしまうが、これなら前回よりかなり前の方に並べるはずだ。

「二人とも、喜ぶのはそこまでにして、具体的なプランを話し合おうじゃないか。二人には今回もファンネルとして働いてもら──」

と、そこでクロノ君の言葉が止まる。入り口を見たまま固まってるけど、どうしたのかな?

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

「ええ乳しとるやんけ」

「ありがとうございます。それでは、奥のお席へどうぞ」

「ウィース」

私も釣られて入り口を見てみると、そこに居たのは綺麗なおねーさん。長身で髪をポニーテールにしている、カッコイイ系の女性だ。

「……お? すんまそーん、この小僧らと一緒の席でお願いしまする」

「お知り合いでしたか。かしこまりました」

「えっ? ちょっ」

見知らぬおねーさんが私の顔を見たかと思うと、メイドさんにそう告げてクロノ君の隣に座ってしまった。何で?

「……その胸、その声、その喋り方。まさか、ゼロさん!?」

じっとおねーさんを見ていたユーノ君が驚きの声をあげる。って、あの時の魔導師? 本当に?

「んあー? ああ、お前もしかしてあの時の獣け?」

本当なんだ。

「はい! そうです! 僕、ユーノって言います! 以後、お見知り置きを!」

今まで見たことが無いテンションで自己紹介するユーノ君。……惚れたっていうのは嘘じゃなかったのかな。

「あ、あの、私はなのはって言います。お久し振りですね」

「うん、おひさー。一人でお茶するのもなんだから一緒したいんだけど、構わないっしょ?」

「ももも勿論ですとも! ねえ、なのは、クロノ。いいよね? いいって言え!」

ユーノ君がテンパっている……仕方ない、人の恋路を邪魔しちゃいけないよね。

「私は構いませんよ。むしろオタクは大歓迎です。ねえ、クロノ君。……クロノ君?」

さっきからおねーさんの顔を見たまま黙っているけど、一体……

「……封時結界!」

『なっ!?』

突然デバイスを展開して結界をはるクロノ君。何してるのさ。

「ク、クロノ君?」

「離れろっ、なのは、ユーノ! そいつは危険だ!」

危険? どこが? 胸が?

「おいおい、何してくれちゃってんのさ。せっかくの午後のティータイムが台無しじゃん」

「とぼけるな! 守護プログラムの分際で!」

守護プログラム? 何それ?

「クロノ! 失礼じゃないか」

激昂するユーノ君。好きな人をそんな風に言われたら、そりゃ怒るよねぇ。

「あー、ちょい待ち。クロノっつったっけ? テメーはあちきを何だと思ってるわけ? そもそもお前は何者ですのん?」

「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。そしてお前は闇の書の守護プログラム、シグナムだ。過去のデータに名前と顔が残ってるんだ。言い逃れは出来んぞ」

喧嘩を売るように睨み付けながら答えるクロノ君。

「ハッ、ざーんねーんでしたー。拙者の名前はマルゴッドでござる。しかも守護プログラムなんてものでもござらんよー」

本名はマルゴッドさんていうのか。やっと名前を知ることが出来たよ。

「マルゴッド……なんて素敵な名前なんだ」

ユーノ君がなんか言ってる。しかし、そんなことは気にも止めず口早にまくし立てるクロノ君。

「ぐ、戯れ言を。ならば証拠を見せてみろ。そうすれば信じてやる」

「証拠って言われてもにゃー。どうすりゃいいわけ?」

「……守護プログラムはベルカ式の魔法しか使わん。貴様がミッド式の魔法を使うことが出来たら信じてやろう」

ベルカ式? なんだろそれ。

「言ったな? 言っちゃったな? ならば後悔するがいい。……スラッシュリッパー!」

マルゴッドさんが叫ぶと、彼女の眼前に見慣れた形の魔方陣が浮かび上がり、その周りに円盤型の光の塊が次々と現れた。小さい気円斬みたいだ。

「なぁっ!?」

目を剥き、驚愕の声をあげるクロノ君。どうやら思惑が外れたようだ。発現した魔方陣を見てプルプルと震えている。

「ば、ばかな……」

「あっれー、さっきはなんて言ったんだっけー? ミッド式が使えたら、えっとー?」

クロノ君をいじめて楽しむマルゴッドさん。凄い楽しそうだ。というか笑顔が邪悪だ。

「………す、すまない」

ぼそっと呟くようなか細い声を発するクロノ君。

「あー? 聞こえんなー?」

「すまない! 人違いだったようだ。あまりにも顔が似てるから、つい……」

「ハッ、これからは気を付けてくれたまえよ、チミィ?」

「うぐぅ……」

屈辱だ、という感じにうめくうっかりクロノ君。人違いだったんだね。お騒がせだなぁ、もう。

「……その、お詫びといってはなんだが、ここの払いは僕にさせてくれ。好きなものやサービスを頼んでくれても構わない」

「お、話が分かるじゃん。そういう殊勝な子どもは僕大好きだよん」

そう言うと、クロノ君を引き寄せて頭を撫で回すマルゴッドさん。あ、胸が頭に当たってる。

「や、止めてくれ」

とか言いつつ満更でもなさそうなエロノ、じゃなくてクロノ君。やはり胸か。胸がいいのか。

「ぎぎぎぎぎぎ……」

そんな光景を見て歯をくいしばりながらユーノ君が血涙を流している。うわぁ。




「ゴロニャン特大パフェ、お待たせ致しました」

「待ってました!」

誤解も解けて結界を解除した後、私達は4人でお茶をすることになった。ついでだ、と言って、クロノ君が私とユーノ君の分まで奢ってくれるとのこと。やったね。

「ん~、うまい、甘い、でかい」

パフェを頼んだマルゴッドさんは、運ばれてくると同時にスプーンに手を伸ばし、そびえるチョコやクリームの山を勢いよく崩していく。一人で食べきれるのかな?

「その、マルゴッドさんはこの町に住んでいるんですよね? この前もこの近くで会ったし」

興味津々といった様子で尋ねるユーノ君だが、私も気になる。

「そうだよん。ちなみに仕事は掃除と洗濯をやってます。ニートとは違うのだよ、ニートとは」

「ヘルパーのお仕事をされてるんですか?」

「まあ、そんなもん?」

へえ、素敵な仕事じゃないか。

「あの、ぶしつけな質問なんですけど、か、彼氏とかはいるんでしょうか?」

いきなりユーノ君が攻略に入った! いつもの控えめな印象はなりを潜めて、獲物を狙う肉食系男子の姿がそこにはあった。

「彼氏~? そんなんいるわけないっしょ」

「イエス! イエス!」

ユーノ君、その反応はどうかと思うよ。

「では、と、年下の男はお嫌いですか?」

「年下ね~。……あ、こんな子だったらわりと好みかな?」

隣でおかわりしたミルクティーを飲んでいたクロノ君の頭をなでなでする。クロノ君、顔が真っ赤だ。

「ふぬぬぬぬぬ……」

ここまで怒りをあらわにするユーノ君を初めて見たよ。

「ジャンケン大会、始まるよ~!」

「お?」

突然、マイクを持った猫耳メイドが中央奥にあるステージ上に現れた。おっと、今日はこのイベントがあったんだ。

「なんすか、あれ?」

「その名の通りジャンケン大会ですよ。店内に居る客があの人とジャンケンして、三回連続で勝てたら一緒に写真撮影してもらえるんです」

「ほう」

私の説明に頷くマルゴッドさん。よぉーし、今日こそ勝つんだから。

「準備はオーケー? それじゃ、ジャンケン、ニャン!」




「おめでとうございます! そちらのポニーテールの方、こちらに来ていただけますか」

なんと、マルゴッドさんが三回連続で勝ってしまった。いいなぁ。

「ん? 小娘、もしかして写真撮影したいのか?」

「え? まあ、そりゃあ……」

「すんません、連れも一緒に撮影してもらっていいすか?」

え?

「三名様まででしたら大丈夫です」

「よし、んじゃ全員で写るべ」

「……いいんですか?」

「オーケーさぁ。お茶に付き合ってくれてるお礼じゃん」

やっぱり良い人だ!

「それではこちらに並んでくださーい」

メイドさんが呼んでいる。ああ、初めての写真撮影。まさにメイドインヘブン!

「小僧共、もっとちこう寄れ。はみ出るぞ」

「は、はいぃ!」

「は、恥ずかしいな」

カメラの前に並ぶ私達。周りにはメイドさんが沢山。いやっふぅー!

「それじゃ、撮りますよー。いち、にの、ニャン!」

パシャッ!




「拙者はこれでおいとまするでござる。また、どこかで会おう」

「はい。写真撮影、ありがとうございました」

「また、また絶対会いましょう! その時はきっと……」

「その、迷惑をかけたな。縁があれば、また」

写真撮影の後マルゴッドさんはそう告げて去って行った。またいつか会えるよね。

あれ? クロノ君の様子が変だな。

「クロノ君。どうしたの?」

「……さっきから胸のドキドキが止まらないんだ。これはまさか、恋?」

『ちょっ!?』

また!? 胸なの!? やっぱり胸がいいの!?



[17066] 三十二話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 00:47
「おいおい嬢ちゃん達、どこからきたんだい? ……まあ、顔を見られたからには生かして帰すわけにはいかな──」

「うっせボケーー!」



「お嬢ちゃん達、ちょっとは楽しませてくれ──」

「くたばれ!」



「ふぇふぇふぇ、飛んで火に入る夏の虫。こんな可愛い幼女が現れるなんて、またコレクションが増え──」

「ロリコンは死んでください!」



「管理局に嗅ぎつけられたか!? だがこっちにはAAAランクの凄腕が──」

「そんなん知るかボケ!」






「はあ、はあ、……おい、シャマル。どうなってんだよ」

「え、何が?」

「転移する先々で犯罪者に出会うのは何でだって聞いてんだよぉ!」

ヴィータちゃんが雄叫びを上げる。そりゃあ、こう何度も遭遇してたら叫びたくなる気持ちも分からんでもないけど。

「そんな事言われてもねぇ。私が悪い訳じゃないと思うんだけど」

「じゃあ誰が悪いんだよ!」

「運が悪いんでね?」

「うぐ……」

まさにその通り。正鵠を射たシグナムさんの指摘に口をつぐむしかないヴィータちゃんであった。

「にしても、いまだに埋まりませんねぇ。ページ」

「むう、そうだな。そろそろ限界が来てもいい頃合いだと思うのだが……」

狼形態のザフィーラさんと一緒に開いた闇の書を覗き込む。蒐集開始から一か月経ったにも関わらずいまだに真っ白だ。

この一カ月、毎日のように転移を繰り返し蒐集活動に励んでいたのだが、何故か行き着く先で出会うのは魔法使いの犯罪者ばかり。しかも犯罪を行っている真っ最中に出会うもんだから戦闘は必然的に起こる訳で……

今さっきだって犯罪者集団と鉢合わせして交戦したところなのだ。一分もしないでボコボコにして、管理局が管理しているという世界の、警察っぽい人が居る駐在所に送ったんだけど。

「いやー、それにしてもウチらだいぶ強くなったよねぇ」

剣をブンッ、と振ってそう言うシグナムさん。強くなったというのに、どことなく不満そうな顔をしている。何でだろ。

「魔力量もバカみたいに増えたからな。……今なら管理局本部を強襲しても余裕で潰せる気がするんだけど」

ヴィータちゃんが物騒なことを言っている。……本気じゃないよね?

「新しい魔法もかなり覚えたわねぇ。……まあ、ヴィータちゃんのは、アレだけどね」

「確かにアレだな」

うん、アレだね。

「……なんだよ。何が言いたいんだよ。いいぜ、怒らないからハッキリ言ってみ?」

「本当に? 本当に怒らないの?」

「ベルカの騎士に二言はねえ」

「……じゃあ、せーの」

『しょぼい』

「ちっくしょぉぉ! そうだよ、しょぼいよ! 目に鳥の紋章が浮かぶだけの用途不明の魔法とか、相手の服だけを吹き飛ばす脱げ魔法とか、『はりゃほりゃうまうー!』としか喋れなくするアホみたいな魔法とか、そんなんばっかり覚えてるよ!」

確かに怒ってはいないな。嘆いてはいるが。にしても、本当にしょうもない魔法ばっかりだな。

「何でお前らばっかりカッコイイ魔法覚えるんだよ。神様はあたしが嫌いなのか?」

「ふっ、日ごろの行いの賜物だな」

日ごろホネッコばかりかじって過ごしているザフィーラさんがそうのたまう。

「……ザフィーラ、獣形態のお前に脱げ魔法を使ったら、一体どうなるんだろうな?」

「ま、待て。話せば分かる」

しっぽを丸めて恐怖で顔をひきつらせる狼がそこには居た。ヴィータちゃん、とんでもない事を考えたものだ。

「……ふう。それにしてもあの蒐集機能のバグ、どうにかならないかしら? せっかくの魔導師だからって今まで蒐集してきたけど、気持ち悪すぎるのよねぇ」

「ああ、そうですねぇ。トラウマものですもんね、あれは」

蹴りで気絶させても、クネクネと身をよじらせるから始末に負えないよ。

「……あ~る~じ~。お願いがあるんだにゃー」

シャマルさんと愚痴をこぼしあっていると、シグナムさんが猫撫で声をあげてすり寄ってきた。ああ、胸が、胸が頭に当たって……こ、これは誘っている? 揉みしだけと誘っているのか!?

「な、何ですか、お願いって。胸ならいついかなる時でも揉んであげますよ?」

「もっと強いモンスターが居る世界に行こうぜい」

なんだ、またその話か。三日に一回は聞いてくるよね。

「何度も言ってますが、わざわざ危険な目に会いに行かなくてもいいじゃないですか。ザコを地道に倒していくことが最善の選択なんです。我慢してください」

「我慢できなーい。モンスターも魔導師も弱っちーんだもん。ねえねえ、一回でいいからさぁ、超強い敵が居る世界探して行ってみましょうぜ。ドラゴンが住む世界とか」

ドラゴンかぁ。私だって一度は見てみたいけど、群れをなして襲って来られたら怖いしなぁ。

「シグナム。それくらいにしておきなさい。私達だけならともかく、ハヤテちゃんだって一緒なのよ。いくら強くなったからといっても危険なことには変わりないんだから、自重しなさい」

「……むー。分かったよー。ちぇっ」

頬を膨らませてすねるバトルマニア。子どもか、あんた。

「あ、もうタイムリミットですね。それではシャマルさん、転送の準備をお願いします」

「あら、4時間経ったのね。それじゃ、みんな集まってちょうだい」

シャマルさんの近くに集まる皆。シグナムさんはまだ膨れっ面だ。どうしたもんだか。

「皆さん、今日もお疲れ様でした。先は長いですが、明日も頑張りましょう」

私の締めの言葉に頷く皆。よぉーし、帰ったら久々にネトゲーでもやろうかな。……でも、最近菜の花さん達まったく見ないんだよなぁ。三人ともネトゲーやめちゃったのかなぁ?

「あたい、魔力蒐集が終わって家に帰ったら、ごちそうをたらふく食べるんだ……」

「無駄に死亡フラグ立ててんじゃねーよ」

「お喋りはそこまで。転移するわよ」

魔法陣が強く輝きだす。ああ、この転移する瞬間に頭に指を当てて、『バイバイみんな!』 とか言ってみたい。爆死はしたくないが。

ビュオオオオ!

私がそんなアホなことを考えていると、突然大きな風が吹いた。

「ん……は……は……」

シグナムさんのポニーテールが風にあおられてシャマルさんの顔をくすぐっている。あれ、なにか嫌な予感がする……

「シグナムさん、その髪──」

「ハクションッ!」

「大魔王」

私が注意を促す前に、シャマルさんが大きなくしゃみをした。そう、転移直前に、してしまった。

「あ、あら?」

私が光に包まれながら転移直前に見たもの。それは、『やっちゃったかしら?』 という感じに首をかしげる殺人未遂常習犯の顔だった。






あ、ありのまま今起こったことを話すぜ! 

『家に転移してるものだと思って周りを見てみたら、目の前には全長5メートルほどのよだれを垂らしたドラゴンが居た』

なにを言ってるのかわからないと思うが、私にもさっぱりだ。頭がどうにかなりそうだ。

うっかりだとか、手違いだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。

というか、今も味わってるぜ!

「シャマルさぁーん! あんたが自重しろぉーー!」

「ギャオオオォォ!」

「ひいぃぃぃぃ!? お助けぇぇ!」

ドスン! ドスン!

地響きを立てながら私を食さんと追いすがるドラゴン。くそー、ティラノサウルスみたいな格好しやがって。大人しく絶滅してればいいものを……。

「ギャオオオオオオオオ!」

「嘘ですぅぅー! ごめんなさーい!」

なぜ私がこんな危機的状況に陥っているのかというと、答えは簡単。孤立しているからだ。

転移直後に周りを確認したが、そばに居たのはよだれを垂らして私を美味しくいただこうとするあのにっくきドラゴンのみ。ヴォルケンズの皆は私とは別の場所に転移したようだ。

……いや、もしかしたらこの世界とは別の世界に跳んでいる可能性もあるな。なんせあのシャマルさんだしなぁ。

『主! 聞こえるか!』

『おーい、主やーい』

『ハヤテちゃーん!』

『ハヤテー!』

グレン号を駆りながらドラゴンの猛追を紙一重でかわしているところに、皆からの念話が届く。良かった。同じ世界にはいるようだ。

『皆さーん、ここです! 皆さんの愛しいハヤテはここに居ますよー!』

念よ届けと力の限りに呼び掛ける。

『どうやら無事のようだな。位置は把握した。では主、迎えに行くからそこから動かぬように』

『できるかぁ! こちとら今ジュラシックパークをリアルで体験してるんですよ! なんとか逃げ切ってますけど、捕食されるのは時間の問題です。一刻も早く救援に来てください。こんな所で死にたくありません。私が死ぬ時は、至高のおっぱいを揉みながら笑顔で死ぬと決めてるんです』

『わりと余裕そうね。まあいいわ。すぐに助けに行くからそれまでもたせなさい』

簡単に言ってくれる。ドラゴン達に踏みしめられているからか、地面はわりと平坦だが、遮蔽物が少ないせいで満足に隠れることも出来やしない。追いつかれそうになるたびに加速能力を使って引き離しているが、このままではバッテリーが切れてしまう。

『すぐですよ。絶対にすぐ来てくださいね』

『へいへい、すぐ行きますよ』

『ハヤテ、頑張れよ。もう少しの辛抱だ』

お願いだよ、皆。私はジュラシックパークの哀れな係員みたいな最期はごめんだよ。

「ギャアアアス!」

「ああ、もう、うるさーい! お前なんか皆が来たら像がアリを踏みつぶすようにプチッと──」

「ギャア──」

ズーン! プチッ

「………ひょ?」

唐突に私の後方に居たしつこいハンターの叫び声が止んだ。もしかして、もう皆が来てくれた?

そう思い、恐る恐る後ろを振り返る。

「グルルルルルルル」

「……あ、あはははは。どうも、危ないところを助けていただいて、ありがとうござ──」

「グルゥゥアアアアアア!」

「ひいぃぃぃぃぃ!?」

そこにいたのは、先ほどのティラノサウルスなんかとは比べ物にならないほどの巨体を誇る、翼付きのドラゴン。なんと、さっきのドラゴンを踏みつぶしている。

白銀に輝く光沢を持った皮膚。長い首。鋭く尖った爪と牙。そして……すべての生物を恐怖で動けなくするような、青い瞳。こ、こいつは、まさか……

「ブ、ブルーアイズ……」

まさか実在したとは……しかし、なんという迫力。蛇に睨まれた蛙なんてレベルじゃない。ジャイアンに睨まれたのび太並みに体が動かないよ。

やばい、やばいよ。こいつはやばい。こいつ、絶対ここら一帯のボスだ。プレッシャーが半端じゃないもん。目を見た時、危うくチビるとこだったよ。

「フシュゥゥー」

鼻息を荒げて私を睨みつけているザ・ボス。し、品定めされている? 私は確かに美味しいだろうけど、グレン号もついてくるから、あまりオススメできませんよ?

「ハヤテー! 助けに来た……うおぉ!? なんだこいつ!」

「皆さん! ナイスタイミングです!」

上空から皆が駆けつけてくれた。まさに危機一髪。

「こいつは……危険だな」

「とんでもない魔力量ね。できれば交戦は避けたいところだけど……」

皆が今までに見たことが無いほどに警戒している。やはり、それだけ強いのか。

「シグナムさん。うずうずしているところ悪いんですけど、こちらから襲いかかるのは止めてくださいね。もしかしたら、見逃してくれるかもしれませんから」

「ぶーぶー」

ブーイングを飛ばしているが、かまってはいられない。幸い、まだ襲いかかって来る気配は無い。どうにかして矛を収めてもらえれば……あ、そうだ。

「シャマルさん、確かあなた通訳魔法覚えてましたよね。あれ、試してみません?」

「……そうね。知能が低い生物には無効だけど、こいつならあるいは」

様子を見る限り、本能のみで行動しているわけではなさそうだ。こちらの意思が通じるか分からないけど、相手の考えていることだけでも分かれば対処のしようがあるというもの。

『聞こえる? 私達に敵対の意思は無いわ。出来ればこのまま見逃してもらいたいんだけど……」

シャマルさんが魔法を用いてこちらの意思を伝える。さあ、返答やいかに!

『オレサマ オマエ マルカジリ』

「ダメじゃん!」

ヴィータちゃんが叫ぶ。くっ、戦うしかないのか。悠長に転移させてもらう時間なんて無さそうだし、逃げても追って来そうだし。何か、何か手は……あっ!

「ザフィーラさん、今こそあのコスプレをする時です! 相手はあのブルーアイズ。ブルーアイズが嫁のあの男ならば、手出しは出来ないかもしれません」

「む?」

「ほら、あのドラゴンの仮面をかぶった……」

「ああ、あれか。主がそう言うのならば、試してみるか……むん!」

声を上げて変身するザフィーラさん。光に包まれた一瞬後には、目の前のドラゴンの顔にそっくりの仮面(ヘルメット?)を付けて、白いマントをはためかせる男の姿が!

「ザフィーラさん。その格好になったらあのセリフを言わないと」

お約束というのは大事だよね。

「そんな場合ではないと思うが、まあいい。……粉砕! 玉砕! 大かっさ──」

ズーン! プチッ

『あ………』


……ザフィーラさん。あなたの死、無駄にはしない!



[17066] 三十三話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 00:53
「どどどどうしましょう。ザフィーラさん潰れちゃいましたよ、プチッて。プチッて!」

わ、私のせいじゃないよね? あのセリフを言ったから粉砕しちゃったわけじゃないよね?

「もちつけ、びびりガール。今のザフィーラがあの程度で死ぬわけないじゃん」

本当に? だって踏み潰されたんだよ? プチッて。

「……今のは痛かった。……痛かったぞおぉー!」

私が狼狽しているところに、ブルーアイズの足元から怒気をはらんだ声が聞こえてきた。こ、この声は!

「界王拳、3倍だぁ!」

ゴウッ! と、足の下から土煙が舞い上がり、

「おおおおおぉぉ! ……フンッ!」

徐々に足が持ち上がっていき、その下から亀仙流の胴着を身に付けたザフィーラさんが足を押し上げながら現れたかと思うと、なんとアッパーカットで足裏を殴りつけ、ブルーアイズを押し返してしまった。

「グオオオオオオ!」

バランスを崩してたたらを踏んだブルーアイズは、数歩後ろに下がってバランスを取り戻した後、自分を後退させた獲物、ザフィーラさんをその青く透き通った瞳で睨みつける。よくもやったなこの野郎、という感じだ。 

「さっすが盾の守護獣! ガードの固さは天下一品ですね!」

いやー、良かった。本当に死んだかと思ったよ。

「とはいえ、今のは流石に効いたぞ。身体能力を強化していなかったらやられていた。……癒しの光よ、我に力を」

よく見てみると、確かに体中に傷がついている。ブルーアイズの動向に注意しながら私の近くに戻ったザフィーラさんは、回復魔法を自分にかけてHPの回復を図る。しかし、初めて仲間がダメージを負うところを見たよ。やっぱりこいつ、半端じゃないんだ。

「んふふふ~。あるじー、もうこれは戦うしかないっしょ? 殺っちゃってかまわないっすよね?」

すごい嬉しそうだな、シグナムさん。……そうだな。もう戦闘は避けられないか。もはや、戦って勝つという選択肢しか残されていないみたいだ。

「どうやら相手はやる気満々のようです。ならば、こちらも本気でいかないとまずいでしょう。……皆さん、私は見ていることしか出来ませんが、皆さんの勝利を信じてますからね。どうかお気をつけて」

「待ってました!」

「浮かれてんじゃねーぞ。あいつはかなりやばいんだからな。……ハヤテ、流れ弾に注意しとけよ」

心配そうに私を見るヴィータちゃん。ふふ、平気ですよ。

「大丈夫です。私には鉄壁のパール、じゃなかった。鉄壁の守護獣がついてますから。ヴィータちゃんこそ、油断しないでくださいね」

「……へっ、言うじゃん。本気のあたしに惚れんなよ?」

「お喋りはもう止めなさい。やっこさん、そろそろ様子見に飽きてきたみたいよ」

どうやらそのようだ。後退してから動きが無かったが、今は頭を低くした前傾姿勢になって、すぐにでも突っ込んできそうな体勢をとっている。

「なんだかやばそうだな。……シャマル、お前はザフィーラと一緒にハヤテを守ってやってくれ。あたしとシグナムが前衛で、こっちに近づかせないように上手く立ち回る。援護は出来たらで構わない」

「分かったわ。ハヤテちゃんは私達に任せて、あなた達は心おきなく暴れてきなさい」

「言われなくとも! んじゃ、お先にしっつれーい」

「あ、こら!」

我慢できなくなったシグナムさんが、剣を片手に低空飛行しながら標的に向かって地面を突っ切る。そして、それを待っていたかのようにむこうも突貫を開始した。

ズゴン! ズゴン! と地響きを立てながら接近する巨竜に対して、シグナムさんはそれを意に介さずなおも低空飛行を続ける。踏みつぶされないか心配だ。

「シグナム、まずは足止めだ!」

「分かってるって。……氷神剣! 凍っちゃえ!」

ヴィータちゃんの言葉に頷いたシグナムさんが剣を地面に突き立てる。すると、その場所から、迫るドラゴンに向けてパキパキと地面が凍りついてゆく。そして、その凍りついた地面を踏みしめたドラゴンの足が、地面と同じように下から徐々に凍りついていっている。ドラゴンはバキバキと足にまとわりつく氷を砕きながら進んでいたのだが、ついに剣が突き立っている場所の真ん前でその動きが止まることになった。まさに足止めに最適な技だね。

だが、

「スウウゥゥゥ……」

息を大きく吸い込んだドラゴンが、自分の足元に口を向けたかと思うと、

「ボハアアァァァ!」

「うひゃあ!?」

その大きく開けた口から炎を吐きだした。足の間近に居たシグナムさんが剣を引き抜き、急いでその場を離脱する。

「やっぱりドラゴンといったら火炎放射ですよね。敵ながらよく分かっているじゃないですか」

「我だってリクームみたいに口からビーム出せるぞ」

それは素晴らしい。今度ぜひ見せてもらおう。

「緊張感無いわね、あなた達」

呆れたようにこちらを見るシャマルさん。

「あのお二人がなんとかしてくれると信じてますからね。私達はまったりと観戦でもしてましょうよ」

「……まあ、それもそうね。一応流れ弾だけには注意して、危なくなったら援護すればいいかしら」

「和んでる暇があるなら援護しろぉ!」

遠くでヴィータちゃんがなんか叫んでる。

「大丈夫ですよー! ヴィータちゃんならブルーアイズだろうがアルティメットだろうが楽勝ですって! そんな奴けちょんけちょんにして、私を惚れさせてくださいよ!」

「簡単に言うな……うおっと!」

上空にとどまってこちらに気を取られていたヴィータちゃんのもとに、足元の氷を溶かしつくしたドラゴンブレスが迫る。紙一重で避けたはいいが、身に付けた騎士甲冑(ゴスロリバージョン)のスカートの端が焦げている。

「……直撃したらまずそうだな。でも、今度はこっちの番だ! 出ろ、ハンマー!」

鉄槌を持った手を天にかざす。すると、ドラゴンの頭上に光が収束していき、言った通りハンマーの形をとる。って、でかっ!?

「しょぼいしょぼいと言われ続けて一か月。みんなを見返すために密かに血のにじむような訓練を行ってきた成果、今こそ見せつける時!」

最近一人で出掛けることが多いと思ったら、そんな事してたんだ……

「ゴルディオンハンマー、勝手に承認! うおおお! 光になれえぇぇー!」

裂帛(れっぱく)の気合を持って自らが手にしているハンマーを振り下ろす。どうやら二つのハンマーは同期しているようで、ヴィータちゃんの挙動に沿って巨大なハンマーも同時に振り下ろされる。おお、これは威力が期待できそうだ。

そして、凄まじいスピードで振り下ろされたハンマーは狙い違わずドラゴンの額に命中し、

ピコーンッ!

『しょぼっ!』

とてもいい音を出した。ダメージはなさそうだ。期待外れもいいとこだよ……

「このっ! このっ! どうだ! まいったか!」

ピコッ! ピコッ! ピコッ! ピコッ!

一心不乱に、まるで餅つきをするようにハンマーを振り下ろすヴィータちゃん。もういいよ、ヴィータちゃん。君の努力はよーく分かったから。見てて涙が出てくるから。

……ん? あれ、ドラゴンがなんかフラフラしてる。もしかして効いてるの?

「フハハハハハ! いい音が出るだけだと思ったら大間違いだぜ! このハンマーにはスタン効果が付与されてるんだ。こうして叩き続けている限り、なんぴとたりとも動くことはできーん!」

気分が良さそうに高笑いを上げるハンマー幼女。見た目に反してトリッキーな能力だな。

「シグナム、今の内だ! やれ!」

「オッケーイ。大技、いくでござる」

ヴィータちゃんの隣に飛び上がり、眼下でピヨピヨと星を散らしているドラゴンに剣を突き付けるシグナムさん。

「ドラゴン相手にはこの技がピッタリっすね。……黄昏よりも昏(くら)きもの、血の流れより紅きもの……」

こ、これは!? 幼い頃何度呟いたか分からない、あの呪文!

「時の流れに埋もれし、偉大な汝の名において、我ここに闇に誓わん……」

詠唱を続けるシグナムさんの持つ剣に光が集まっていく。

「ん?……なっ!?」

と、そこで突然、ハンマーで叩き続けていたヴィータちゃんがドラゴンを見て驚愕の声を上げる。え、どうしたの?

「あ……」

私も見てみると、なんと、ブルーアイズが上空の二人に向けて大きく口を開けている光景が飛び込んできた。しかもシグナムさんと同じように、口の中央に光が集まっている。あれはまさか、滅びのバーストストリーム!?

「くっ、まさかスタン効果に耐性が出来たのか? なんて野郎だ。シグナム、一旦バラけて……シグナム?」

「我らが前に立ち塞がりし、すべての愚かなるものに……」

ヴィータちゃんの言葉に耳を貸さず、今まで見たことが無いくらいに嬉しそうに笑いながら呪文を唱え続けるシグナムさん。まさか、撃ち合う気?

「だ、大丈夫なんでしょうか、あれ」

「信じているんでしょう? なら、見守っていてあげなさい。烈火の将の二つ名は伊達じゃないわよ?」

「……あの人にはとんでもなく不釣り合いな二つ名だと思うんですが」

烈火の笑の間違いじゃないのか?

「……ああもう! あたしはもしもの時のフォローに入るけど、絶対に打ち勝てよ!」

テコでも動かないことを理解したのか、シグナムさんの後ろに回り込んで光の壁を幾重にも展開し、防御体勢に入るヴィータちゃん。苦労人だなぁ。

「汝と我の力もて、等しく滅びを与えんことを!……さあ、撃ち合おう、友(宿敵)よ!」

詠唱を終えたシグナムさんが、まぶしいほどに光り輝く剣を強く握りしめて強敵に語りかける。愉悦に溢れたその表情を見ていると、この人が真正のバトルマニアなんだということがよく分かるな。 

「ギョアアアアアアアア!」

それに応えるかのように一際大きな咆哮を上げた青眼の巨竜は、触れたものすべてを破壊し尽くすであろう極太のレーザーを、

カッ!!

上空に向けて、解き放つ。そして同時に、

「力比べといこうじゃん! ドラグ……スレイブ(竜破斬)!!」

突きをするように剣先を相手に向けて、強く押し出す。そこから放たれた極光は、迫りくるレーザーに負けず劣らずの太さと輝きを持っている。……これは、確かに燃えるな。

ギュオッ!

シグナムさんとブルーアイズのちょうど中間地点で光と光がぶつかり合う。押し合い圧し合いしながら互いに相殺し合う二つの光の線。光が光を削り合い、キラキラした光の粒がそこらじゅうにこぼれている。芸術的な美しさがこの場に広がっていた。

「あ、デジカメ持ってたんだった。記念に撮っとこ」

「では我が撮ってやろう。バックに死闘を演じるドラゴンと女が写るが、構わんな?」

「あら、私も一緒に写っていい?」

「お前らいい加減にしろぉ!」

危険の渦中にいるヴィータちゃんから突っ込みが入る。だってこんなにキレイなんだもん。写真くらいいいじゃん。

「ガアアアアアアアアッ!」

「むぐぐぐぐぐぐぐぐっ!」

拮抗したせめぎ合いを見せる美女と野獣。写真コンクールに出したら優勝確実だね。にしても、全くの互角とは……お、そうだ。

「シグナムさァーん! くしゃみです! こういったシチュエーションでは、くしゃみをすれば大抵勝ちます!」

「な、なるへそ! その手があったか!」

「ちょっと待てぇ!」

私のナイスなアイデアに感銘を受けたシグナムさんは、たなびくポニーテールに顔を寄せて鼻をくすぐる。長い髪は普通戦闘には邪魔なはずなのだが、まさかこんなところで役に立つとは……

「いや、ちょっと待て。そんなんでどうにか──」

「へ……へ…………ヘックス!」

グオッ!

「六角形かよ……って、ホントに威力アップしてる!?」

先ほどまで均衡がとれていた力のぶつかり合いが、今の一瞬で大きく崩れ、

「ギュアアアア!?」

シグナムさんの放つ砲撃が、相手の攻撃を押し返す。

「ファックス!……フォックス!……うぃっくし! バーロー」

調子に乗ったシグナムさんがくしゃみを連発すると、侵食していくスピードが加速度的に上がっていく。そして……

「ふっ……楽しかったぞ。次に会うときは、一対一でやり合おう」

「ギャ!? グアアアアアアア!?」

ついに、太さをさらに増したシグナムさんの光線が、眼下の巨体を飲み込んだ。

「はああああああ!」

とどめとばかりに剣を押し出し、光の奔流を叩きこむ。やべ、シグナムさんがカッコよく見える。
 
「ガア……グ…………」

しばらくすると、シグナムさんが攻撃の手を緩めたのか、光の線が徐々に細くなっていく。やがて、完全に光が消え、そこに広がる戦禍が明らかになってきた。

そこには、大きくえぐれた大地、そしてうめき声を上げて横たわる、青眼の白龍の姿があった。

「こいつ……強かったな」

「ああ……強かった」

ここでようやく、長かった死闘の幕が下りたのだった……






「蒐集完了、と。……すごいわね。わりと残したつもりだったけど、70ページは埋まったわよ」

シャマルさんが感嘆の声を上げる。へえ、そんなにすごいんだ。

「シャマルン、サンクス、魔力残してくれて。こいつは死なせるには惜しいからにゃー」

「あなたのバトルマニアっぷりは理解してるから、気にしないでいいわよ。ハヤテちゃんも許可したしね」

予想外の強敵との戦いも終わり、いざ蒐集、と意気込んだところに、シグナムさんがこいつの魔力を残してほしいと頼んできた。どうやらこのブルーアイズの強さに惚れこんでしまったようで、回復したらまた戦いたいとのことだ。

「どうしても戦いたいんですか?」

「お願いじゃよ~。許しておくれよ~」

うるむ瞳を私に向けて懇願してくるシグナムさんに、私は非情な決断をくだせる……わけもなく、魔力を残すことと戦闘を許可したのだった。

今回の一件で、シグナムさんが戦闘大好き人間だということがよく分かった。好きな事を禁止されるという苦しみは、私も身を持って経験しているので、無理に抑圧することなんて出来ないしね。

「ただし、無理は禁物ですよ。今回は勝てましたが、次からは分かりませんからね」

「了解でござるよ。ニンニン」

本当に分かってるのかな、この忍者は。

「今日は疲れたわねぇ。早く帰ってお風呂に入りたいわぁ」

「同感です。……シャマルさん、帰りの転移は絶対に失敗しないでくださいね」

「だ、大丈夫よ」

おい、目が泳いでるぞ。

「……あれ? シャマル、闇の書ちょっと見せてくんね?」

「別にいいわよ。はい」

ヴィータちゃんが本を受け取り、中を確認する。ん? そういえば、今回レベルアップが……

「やっぱりだ。ページ消えてないぜ。ってことは……」

「ほう。ようやく我らに限界が来たということか」

おお。ということは、残り600ページくらい集めればいいわけか。指標がハッキリしてる分、やる気も出るってもんだね。

「長かったモンスター狩りの日々も終わりが見えてきましたね。皆さん、あと600ページです。この調子で蒐集しちゃいましょう」

皆が頷き、私に笑顔を返してくれる。よぉっし、頑張るか。

と、光明が見えてきたことで気が緩んでいた私達に、突然声が掛かった。

『オンナ、キニイッタ』

「な、なにやつ!?」

周りを見回すが、ここに居るのは私達5人と倒れたままのドラゴンのみ……あれ? もしかして……

「どうやらこいつが話しかけたようね。通訳魔法がまだ効いてたのかしら?」

このブルーアイズが? でも気に入ったって、誰が?

「なんかこいつ、シグナムのことじっと見てる気がすんだけど」

「ん? わたし~? へーいドラゴン、なんか用かい?」

シグナムさんがブルーアイズの顔の真ん前まで近づき問いかける。うつ伏せになって顎を地面につけているので、鼻息でシグナムさんのポニーテールがそよいでいる。

『オマエ キニイッタ オレサマ イツデモヨベ』

いつでも呼べ? 戦いたくなったら呼べって意味かな。こいつもバトルマニアだったりして。

「……もしかして、召喚に応じてくれるって意味じゃない?」

「召喚? そんな魔法があるんですか?」

私の素朴な疑問にシャマルさんが答えてくれる。某説明お姉さんみたいだ。

「無機物、生物問わずに召喚する魔法というのは存在するわ。生物の場合は、その召喚相手と心を通わせていなければ使役出来ないけどね。ただ、そういった技能を持つ人間は稀なんだけど。……シグナム、あなた召喚スキルなんて覚えてた?」

「ん~、さっき倒した魔導師が覚えてたんじゃにゃーのかな。あいつ、なんか召喚しようとしてた気がするし。速攻でぼこったから分かんなかったけど」

そういえば、『出でよ、我がしもべ、レッドアイズ……ぶふぇえっ!』とか言ってた気がする。

「ドラゴンくーん。本当にいいのかい? お姉さん、頻繁に呼んじゃうよん? 主にバトルのために」

『イイ オマエ ツヨイ ダカラ スキ』 

「……ふっ、ドラゴンと心を通い合わせるとは、流石は我らの将だな」

「ちゃんと制御できんのかよ、こんな凶暴なの」

ヴィータちゃん達が話している中、シグナムさんがドラゴンの口に触れながら、長い間苦楽を共にした親友に向けるような表情で呟く。

「嬉しいことをいってくれるな。……そうだ、これから長い付き合いになるだろうから、お前に名前を付けてやろう。お前の名前は……ブルー。ブルーがいいな。これからよろしく頼むぞ、ブルー」

『ブルー イイナダ キニイッタ』

あれ? なんか口調がいつものシグナムさんらしくないような。戦闘の時も、最後は口調が統一されてたし。というか、もしかして……

「シグナムさん、ひょっとして、言語回路のバグというの直ってるんじゃないですか? 実はあの口調が気に入って、わざとふざけた喋り方してるんじゃないでしょうね?」

「な、なんのことでござるかな? ……知らんでござる。拙者は何も知らんでござる!」

怪しいなぁ。

「そんなことはどうでもいいわ。早くかえりましょうよ」

「流石に今回はあたしも疲れたぜ。飯食って寝てー」

「ホネッコが我を待っている」

百戦錬磨の皆でも、今回の戦闘は体に堪えたと見える。……シャマルさんは見てただけだった気もするが。

「本日は苦労の連続でしたね。でも、その甲斐あってページが普通に埋まるようになりました。あと一息といったところです。今日は家に帰ったらゆっくり休んで、今後の蒐集に備えましょう。皆さん、本当にお疲れ様でした」

さて、締めの言葉も済んだことだし、帰るとしましょうか。

「シグナムさーん。帰りますよー。こっち来てくださーい」

ドラゴンからなかなか離れようとしないシグナムさんを呼びつける。別れが寂しいのかな。

「ブルー。お前は私のライバルであり、親友だ。私以外の者に倒されるなんてことは許さんぞ」

『……フッ』

「……いらぬ心配か。では、さらばだ……おっと、そうだ」

きびすを返そうとしたシグナムさんだが、なにかを思い出したかの様に振り返り、

「私も強いお前が好きだよ、ブルー」

チュッと、下アゴに軽く口づけをしたのだった。わぁお。

「お待たせしたッすね。さっ、帰りまっしょい」

何事もなかったか様に戻って来る美貌の騎士。決まってたのに、その一言で台無しだよ、もう。

「それじゃ、今度こそ戻るわよ。……シグナムは髪をおさえていてちょうだいね」

「ウィース」

この世界での冒険も、これで終わりか。ドラゴンに追いかけられたり、チビりそうになったりしたけど、なかなか楽しかったかな。機会があったらまた来てもいいかもしれないな。

「……転移!」

「あ……」

消える直前、ブルーアイズがこちらを向いて、笑ったような気がした……






──その夜



「ドロー! ブルーアイズホワイトドラゴン、召喚!」

『グルゥゥアアアアアアア!』

「ふはははははは! すごいぞー! かっこいいぞー!」

「今すぐ戻せ!!」



[17066] 三十四話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 00:59
「今日は、蒐集はお休みです」

休息を申し入れる神谷ハヤテです。





魔力蒐集開始から一ヶ月半ほど過ぎた日の朝、私は朝ごはんを食べながら、食卓に着いている皆にそう提案した。

その言葉に一番に反応したのは、山盛りの納豆が入った容器に醤油を入れて箸でぐるぐるとかき混ぜていたシグナムさん。

「お休みって、いいんすか? やっと終わりが見えてきたってのに」

怪訝そうにこちらを窺う納豆スキーに同意するように、ヴィータちゃんも頷く。

「そうだぜ、あともうちょいじゃんか。一気に終わらせようぜ」

「いいえ。お休みと言ったらお休みなんです。皆さん、ここ一ヶ月以上戦いっぱなしじゃないですか。この間は強敵との戦闘もありましたし、身体を壊したら元も子もないです。今日一日くらいはゆっくりして、身体を休めてください」

私のために、毎日毎日モンスターと犯罪者との戦闘を繰り返している皆だ。一日くらい休んでもらわないと、こっちが心苦しいよ。

「まあ、ハヤテちゃんがそう言うのなら大人しく従いましょうか。まだ時間に余裕はあるだろうし。それに、そうしないとハヤテちゃんの気が済まないのよね?」

シャマルさんが私に問いかけながら、皆に同意を求めるように目配せする。うん、やっぱりシャマルさんは私のことをよく分かってるな。

「そういうことです。家でゲームするもよし。図書館に行ってガードが堅いおねーさんの胸を揉むもよし。今日は戦闘のことは忘れて、好きなことをして過ごしてください」

「……ま、一日ぐらいはいいか」

「うむ。そうだな」

頷いてくれる皆。よしよし。そんな素直な皆が好きですよ。

「ん~、ちょっと多かったかな? おいロリッ子、光栄に思え。私の納豆を分けてしんぜよう」

皆の同意も得てまったりと食事が進む中、納豆をごはんにかけたシグナムさんが、ヴィータちゃんのおわんに、余った納豆を無理矢理ぶっこむ。

「うおぉ!? てめー、あたしが納豆嫌いだって知ってんだろうが!」

「お残しは許しまへんで~」

「こ、この野郎……出ろ、ハンマー!」

ピコッ! とシグナムさんの頭に小さいハンマーを落とすヴィータちゃん。可愛い仕返しだなぁ。

「はりゃ……はりゃほりゃ? はりゃほりゃうまうー!?」

「シ、シグナムさん? 頭大丈夫ですか? いきなり奇声上げたりして……」

なぜか奇声を上げながらヴィータちゃんの頭をぽかすか叩いているシグナムさん。何してんだこの人は。

「ははははは! ざまーみろ。あたしのハンマーにはこんな効果も付与できるんだぜ。まっ、服を脱がされなかっただけ感謝するんだな」

「うまうー!」

なるほど。これはヴィータちゃんのしわざだったのか。なかなかえげつない事をする。可愛い仕返しだなんてとんでもないよ。

「しばらくしたら勝手に直るから、それまでは自分の行いを反省してるんだな」

「うまうー! うまうー!」

ポカポカヴィータちゃんを叩きながら叫ぶシグナムさん。きっと、今すぐ戻せ! とか言ってるんだろうな。

「そうだ、主。昨日でホネッコのストックがきれてしまったのだ。新たに買いだめしたいのだが……」

そんな微笑ましい食卓風景を見ていると、床でご飯をパクついてるザフィーラさんが話しかけてきた。ホネッコかぁ。デパートに行かなきゃならないな。……お、そうだ。

「でしたら、皆さんでデパートに出掛けませんか? ちょうど冬服も揃えたいと思っていたところですし。あ、帰りにゲーセンに寄って遊んで帰るというのもいいですね」

「あら、いいわね。私、一回外の人間と対戦したかったのよ」

シャマルさんは行く気満々だ。マンガやラノベは読まないけど、ゲームはするようになったんだよなぁ。

「ヴィータちゃんとシグナムさんも行きましょうよ」

「そうだな。あたしらだけ残ってんのもなんだし、行くか。なぁシグナム、お前も行くよな?」

「はりゃ! ほりゃ! うまうー!」

「行くって言ってるぜ」

「それはよかった。では、十時ごろに出ましょうか。お昼は外で済ませても構いませんよね、シャマルさん」

「そうね。たまにはいいんじゃないかしら」

ということで、皆そろって以前服を買ったデパートに行くことになったのだった。そういえば、蒐集を始めてから皆で遊びに行くことが無かったな。久しぶりだな、この感じ。うん、楽しみだ。

「うまうー!」

「シグナムうるさい」





「ラガン、お前に命を吹き込んでやる」

朝ご飯も食べ終わり、しばらくリビングでごろごろしていると出発の時間になった。ヴィータちゃんは玄関に置いてあったラガン号に乗り込み、準備万端の体(てい)だ。

「今日はラガンを使うんですね」

「たまには乗ってやらないとな。機嫌を損ねちまう」

ラガン号はヴィータちゃんに従順なんだよなぁ。うちのグレンなんていまだに言うこと聞いてくれない時があるってのに。勝手に加速したり、微速前進が全速後退になったり。私の何が不満だというんだよ。

「ふう。……皆さん、準備は整いましたね。それでは出発しましょう」

「ウイーッス。……ああ、ひどい目にあった」

「自業自得だぜ」

一時間ほど経ってからシグナムさんがやっと話せるようになったのだ。食べ物の恨みってのはやっぱり恐ろしいね。

「鍵はかけたわね。それじゃ行きましょう」

玄関を抜けて空を仰ぎ見る。うん、快晴だ。

「……ん?」

「ホネ……ホネ……ボーン!」

いけない。ザフィーラさんが禁断症状を起こしている。朝のサンマの骨では効果が無かったか。

「ザフィーラさん、もうしばらくの辛抱ですよ」

「はっ。我はなにを……」

早くホネッコを与えないと。このままでは自我を失った狼が野に解き放たれてしまう。

「おーい、早くいこうぜー」

皆より一足早く外に出たヴィータちゃんが、ラガン号を操作してぐるぐると回りながら呼んでいる。腕はなまってないようだな。またいつか競争したいものだ。

「では、今度こそ出発進行です。いざデパートへ」

意気揚々と出発した私達。心なしか皆の足取りが軽いように感じる。やっぱり連日の戦闘で、体は平気でも心が疲弊してたんじゃないかな。今日はリフレッシュしてもらいたいものだ。

「あたしが一番ラガンをうまく使えるんだ!」

先行して道路を爆走するヴィータちゃん。久しぶりに乗ったからはしゃぎたくなったみたいだ。

「トラックに轢かれて転生してしまえばいいのに……」

そんなヴィータちゃんを見ながら呪いの言葉を吐くシグナムさん。結構根に持っているみたいだ。

「そういえば、血液パックも補充しなくちゃならないわね。あのデパート、妙に品ぞろえがいいのよ。すべての血液型が揃ってるし。私以外にも買う人間が居るのかしらね?」

「少なくとも、飲み物として購入する人間は居ないと思います」

吸血鬼ぐらいだよ、そんなの。……あれ? 魔法生物なんてのが存在するくらいだから、どこかに吸血鬼みたいのが居てもおかしくはないかもしれないな。

そんな風にシャマルさんと話していると、前方からチワワを連れたおねーさんが歩いてきた。おや? ザフィ-ラさんの様子が……

「……グルルルルル。……ガウッ!」

「クゥーン……」

「あっ、こら。すいません、うちのザフィーラさんが吠えちゃって」

「お気になさらず。それにしてもずいぶんおっきいワンちゃんですね……ワンちゃん、ですよね?」

「え、ええ。すくすくと育っちゃって、こんなに大きくなってしまいました」

「そ、そうですか。あ、それでは失礼しますね」

一礼して去っていくおねーさん。礼儀正しい人だな。……っと、そんなことよりこっちのビッグドッグをしつけなくては。

「もう、人様のワンちゃんをビビらせちゃだめじゃないですか」

「むう、すまん。あのつぶらな瞳を見ていたら嗜虐心がくすぐられて、つい」

犬の本能ってやつかな。いや狼か。……犬と狼って、どこが違うんだろうか?

「遅い! 遅いぞ! 貴様らには絶対的にぃっ……速さが足りない!」

「黙れロリッ子」

いつの間にかサングラスをかけたヴィータちゃんがシグナムさんの周りを旋回している。はしゃぎすぎだ、ヴィータちゃん。





そんなこんなでようやくデパートに到着。……したのはいいのだが、一つ忘れていたことがあった。

「ザフィーラさん。変身してもらわないと中に入れないんですけど……」

盲導犬くらいしか犬は入れないしね。

「それなんだがな、どうやらホネッコ分が足りていないようで変身出来ないのだ。我はここで待機しているから、主達のみで買い物を済ませるがいい」

「ホネッコ分てなんだよ……」

ヴィータちゃんが呟くが、応える者は誰もいない。にしても、ザフィーラさんはここで待機か。まあサイズは分かってるから、私達で適当に服を見繕うか。

「分かりました。なるべく早く戻るので、大人しくしててくださいね」

「善処はしよう」

確約はできないんかい。

「ハヤテー、行こうぜ」

「はいはい、ただいま」

せかすヴィータちゃんのあとに続き自動ドアを通り抜ける。今日は平日だが、デパートの中には主婦と見受けられるおばさんを中心に、沢山の人がひしめいていた。だが……

「ふっ、夏コミに比べればこの程度の人波、どうということはないですね」

「だな。あれに比べたらここは天国だぜ」

ひと夏の経験を経た私達にとっては、スムーズに移動することなど造作もないことなのだ。

「ちょっと待ちなさい。あなた達速いわよ」

……一人だけ遅れている人物が居た。

『ピンポンパンポーン』 

「お?」

館内アナウンスか。大抵は迷子のお知らせだったりするんだよなぁ。

『迷子のお知らせです。ピンクのワンピースに、白いパンツをお召しのワカメちゃんがお母様をお探しです。お母さまは、至急サービスカウンターまでお越しくださいますよう、お願い申しあげます。繰り返します。ピンクの──』

「……DQNな名前を付ける親もアレっすけど、あんな名前を付ける親も相当アレっすね」

「ぜってー学校でいじめられるだろ、あれ」

「というか白いパンツってなによ。丸見えなの?」

突っ込みがいのある放送だなぁ。

「あら? あなたは確か……」

「ん?」

アナウンスに気を取られていると、綺麗な女性が横から話しかけてきた。あれ、この人は……

「槙原さん……でしたよね?」

そうだ、槙原さんだ。私がひいてしまったぬこを見てもらった獣医さんじゃないか。

「覚えててくれたのね。あなたの名前は……聞いてなかったわね、そういえば」

「神谷……八神です。八神ハヤテ。今日はお買いものですか?」

「ええ、そうよ。……そちらの方達はご家族?」

「遠い親戚なのですが、今は訳あって同居しているんです。まあ、今はもう家族みたいなものですが」

「へぇ……」

後ろに居る皆を見ている槙原さん。あまり突っ込まれた質問されたくないし、こっちから話題を振るか。

「あの、以前預かってもらった猫なんですが、その後どうなりましたか?」

ちょっと気になってたんだよね。

「ああ、あの子ね。あれからすぐ飼い主が現れたから、連れて帰ってもらったわ。野良猫じゃなかったみたい」

「そうなんですか。それは良かった。ちなみにどんな方が引き取りに来たんですか?」

「確か若い女性だったわね。……あ、そうだわ。こっちも質問があるのだけれど、いいかしら」

質問? ヴォルケンズの皆のことについては聞かれたくないなぁ。

「……どうぞ」

「このデパートの中で、あなたと同い年くらいの一人で行動してる男の子見なかった?」

予想だにしない質問だな。しかし男の子か。見てないなぁ。

「私は見てませんが、皆さんは?」

「知んないよん」

「見てねーぜ」

「右に同じ」

うしろを振りむき尋ねるが、答えは私と同じ。

「……だそうです。お役に立てず、申し訳ありませんね」

「ああ、いいのよ。あの子すぐにどっか行っちゃうから。今回が初めてじゃないしね」

「……失礼ですが、その子、あなたのお子さんですか?」

とても九歳の子どもがいるようには見えないくらい若々しいけど。

「ん~、私の子ではないのよね。行き倒れているところを拾って、施設に預けようとしたんだけど、すごく懐かれちゃってね。どうやら捨て子みたいなんだけど、施設に入るくらいなら俺は死ぬ! とか言うもんだから、気が変わるまで私が面倒見ることにしたのよ。……まあ、もうすっかり私の家に馴染んじゃって、こうして一緒に買い物に来るくらい仲良くなっちゃったのよね……」

この人も大概お人よしだな。そんな子ども、無理矢理施設に入れてしまえばいいものを。

「あ、時間取らせてごめんなさいね。放送で呼び出してもらうから気にしないで。そっちはショッピングを楽しんできてね。……それじゃ、さようなら」

ぺこりと後ろの皆にもおじぎして、槙原さんは去っていった。……やっぱり、あの人の胸は揉めないなぁ。

「なあ、ハヤテ。あいつ、誰なんだ?」

「……昔お世話になった、とてつもないほどの善人、ですかね」

「?」




「今日も他人のおごりでメシが美味い!」

「他人のというか私の……いえ、間接的にあのロリコンのおごりとなってしまいますが」

「メシがまずくなるようなことを言わないでくれ……」

デパートでの買い物を済ませた後、昼時になったということで、私達はデパートの近くにあったレストラン『ワグナリア』にて食事を取ることにした。

「ほう、なかなかイケるではないか」

「悪くないわね」

ホネッコ分を摂取したザフィーラさんは、今は人間形態となって私達と食事を共にしており、シャマルさんと一緒にレストランの料理に舌鼓を打っている。

「なあハヤテ。さっきからあの眼鏡のウェイターがこっちをちらちら見てるんだけど、何だと思う?」

「はあ。おそらく車椅子に乗った少女が二人も居るもんだから、気になってるんじゃないでしょうか」

「絶対違う気がする……」

気にしすぎだと思うけどなぁ。

「そんなことはどうでもいいとして。皆さん、ここを出た後はゲームセンターに行くってことでいいんですよね?」

私の問いに首肯を返す皆。シャマルさんが一番楽しみにしてそうだな。

「我は行くのは初めてだが、どのような物があるのだ?」

「そうですねぇ。色々ありますが、ザフィーラさんが楽しめそうな物といえば……パンチングマシーン?」

「止めときなさい、オチが見えてるわ」

だよなぁ。弁償費なんて払いたくないよ。

「ガンシューティングなんていいんじゃねーか? 素人でもそれなりに楽しめるし」

「あとメダルゲー……は、ハマると抜け出せないから止めたほうがいいですね」

「クイズゲームもみんなで協力して出来るから面白そうじゃん」

てな感じに盛り上がりながら食事を進める私達であった。





ゲーセンにて、バトル勃発。


「私を殺した責任、取ってもらうわよ」

「な、なにぃ!? あたしの都古がやられただと!?」



「17分割? ならこっちは18分割よ」

「ばかな! 拙者のシッキーが!?」



「メガネカレーは消えなさい」

「そんな!? 代行者たる私がこんなところで!?」



「もう終わり? つまんなーい、ぜんぜ~ん」

レストランを出た後、私達は近場のゲームセンターに入り一緒に色々なゲームで遊んでいたのだが、シャマルさんが格ゲーをやりたいと言い出したのをきっかけに対戦を始めることとなった。で、結果がシャマルさんの一人勝ち。

まさか、シャマルさんがこれほどのポテンシャルを秘めていたとは……私達以外のチャレンジャーも含めて30連勝とか半端ねえ。家ではそこまで強くないのに、なぜかゲーセンで力を発揮するタイプか。

「くっ、シャマルさん。今回は私達の完敗です。いさぎよく負けを認めましょう」

「だがこのままじゃ終わらせねーからな」

「ふふふ、いつでもかかってらっしゃい。まあ、無駄だろうけど」

いつかこの天狗っぱなへし折ってやる!

「……っと、もうこんな時間ですね。そろそろ帰りましょうか。……あれ、ザフィーラさんとシグナムさんは?」

「あいつらなら、ほら、あの太鼓の音ゲーやってるぜ」

ヴィータちゃんの指さす先に目を向けると、そこにはバチを持って一心不乱に太鼓を叩く二人の姿があった。

ドドドドドドドド!

『うおおおおおおおお!』

連打すりゃいいってもんじゃねーぞ。

「はあ、はあ、なかなか面白かったぞ。食後の運動には丁度いいではないか」

「そういうゲームじゃないと思いますが、まあいいです。お二人とも、もう帰りますよ」

「もうそんな時間っすか。早いっすね」

時が経つのを忘れるほど楽しんでいたのかな。それなら今日ここに来た意味があったってもんだ。




ゲーセンを出てからも、興奮冷めやらぬといった感じで会話に花を咲かせる私達。楽しんでもらえたようでなによりだ。

「ハヤテちゃん、今日は楽しかったわ。誘ってくれてありがとうね」

今回一番楽しんだのはシャマルさんだろうな。

「あたしらも十分楽しかったぜ。たまにはこういうのも良いよな」

「でもシャマルにゲームで負けるとは思わなかったズラ。次は負かす」

意気込むシグナムさん。まあ、帰ったらすぐにでも対戦できるんだけどね。

「主よ、感謝するぞ。久々に心行くまで楽しめた気がする」

「皆さんには普段からお世話になってますからね。こんなんでお返しが出来るなら安いもんですよ。って言っても、ただ誘っただけなんですが」

「それでも十分よ。これで、また明日からの蒐集に気合が入るってもんだわ」

「そうそう」

「だな」

「ふっ」

ポンポンと私の頭を触ってくる皆。……家族ってのはいいもんだね。

「あ、そうだ。闇の書が完成したら、皆で温泉に行きませんか? シャマルさん、以前に温泉に行きたいなんて言ってましたよね」

「よく覚えてたわね。確かに言ったわよ」

私の記憶力を舐めてもらっては困る。

「ね? いいですよね、皆さん」

「俺、闇の書が完成したら、温泉に行くんだ……」

「だから死亡フラグ立てんな。……にしても、温泉か。いいんじゃねーの」

「そうだな。一度は入ってみたいものだな」

どうやら満場一致で賛成らしい。ふふ、楽しみが増えたよ。

こうして、目標の達成に新たな楽しみを加えた私達は、笑いながら岐路につくのであった。






──翌日



「裂空斬!」

空中で縦に回転しながら剣でデカイ鳥型モンスターに斬りかかるシグナムさん。あれ、リアルでやったら絶対目回すって。

「……うえっぷ。おーい、今っすよー」

「はいはい、蒐集開始、と」

地面に着地したシグナムさんは、フラフラしながらも弱ったモンスターをムチで拘束し、シャマルさんに引き渡す。

今日も今日とて蒐集に精を出す私達。昨日出掛けて遊んだおかげなのか、皆の顔つきが普段より柔らかいものになっている気がする。それでも油断しないところは流石というべきか。いや、シグナムさんはかなり緩んでいるが。

「ん? おい、あっちでデカイ魔力反応があるんだけど、行ってみないか」

ヴィータちゃんが彼方を指さす。デカイ魔力か。流石にブルーアイズ並みの奴は居ないよね。

「どうやらそのようだな。少し距離がある。どれ、我が主を運んで行こう」

車椅子を下からかつぎあげるようにして持ち上げるザフィーラさん。何回か経験があるけど、結構怖いよこれ。

皆と一緒に飛行して目的地へと向かう。さーて、鬼が出るか、蛇が出るか……




「究極ぅー! ゲシュペンスト、キィーック!」

オタクが出た……

「ちょっ、あいつって……」

「マル助やんけ。こんなとこでなにしてんじゃん?」

そう、私達が向かった先に居たのは、巨大なワニっぽい生物にとび蹴りをかましているマルゴッドさんであった。栗色の髪の毛に、ポニーテール。それに眼鏡。ついでに奇行。間違いない。

今彼女は、足首から膝まで覆うゴッツイレガース(すねあて)を両足に装着している。前は待機状態のカード型しか見たことなかったけど、あれが起動した状態なのかな。

「あなた達、あれの知り合いなの?」

「ふはーははははは!」

宙を飛びかい、叫びながら蹴りを連発するマルゴッドさんをうさんくさそうに見るシャマルさん。確かに初対面であんな姿を見たら、まあ、うん、引くよね。

「以前お話しした、夏に出会った魔法使い。それが彼女です。あの奇行は、その、大目に見てあげてください」

「ほお、奴が例の……なかなか強そうではないか」

シャマルさんとザフィーラさんは会うのは初めてだね。しかし、第一印象が最悪ですよ、マルゴッドさん。

「お、こっちに気づいた。挨拶くらいはしてやるか」

モンスターを倒したマルゴッドさんが、こちらに気づき近づいてくる。しかし変わってないなぁ、この人も。

「よう、久しぶりじゃねーか」

「ヴィータどの、それにシグナムどの、ハヤテどのまで。しばらくぶりでござるな。こんな世界で会うとはまた奇遇な。おや……そちらのお二方は?」

「お久しぶりです。あ、こちらはシャマルさんとザフィーラさんです。私の家族みたいなもんですね」

「ほほう。良き目をしておられる。お二人とも、なかなかの好人物でござるな」

二人を見てそう呟く二代目忍者。一目見ただけでそんなこと分かるなんてあんたなにもんだよ。

「拙者、マルゴッドと申す。以後、お見知りおきを」

シャマルさんとザフィーラさんに挨拶するマルゴッドさん。

「……話に聞いた通り、変わってるわね。まるでシグナムが増えたみたいだわ」

「そんな……照れるでござるよ」

「シャマルの言葉は的確だな……」

呆れた表情でマルゴッドさんを見る初対面の二人。まあ、そのうち慣れるだろう。

「ところで、マルゴッドさんはこんな世界に何しに来たんですか? ご趣味の旅行ですか?」

「ああ、拙者、普段は引きこもっているでござるから、たまにこうして運動をしに来るんでござる。管理局から逃れるためにも、定期的に魔法訓練を行うことは必須でござるしな」

「気のせいかしら。この女、真顔で犯罪者宣言してるように聞こえたんだけど」

まあ……マルゴッドさんだし。

「拙者はこんな理由でござるが、ハヤテどの達はいかなる理由でこの世界へ? ああ、言いたくなければ答えなくとも……なっ!?」

突然、大きな声を上げて驚くマルゴッドさん。な、なに?

「そ……その、本は……」

マルゴッドさんの視線は、ある一点に注がれていた。それは、シャマルさんが持つ、闇の書。

「や……や……」

確かこの闇の書って、持ってるのが管理局の人間にバレたらやばいんだよね。いや、マルゴッドさんは管理局を嫌ってるから教えても大丈夫なのか? どうしよう。適当にごまかす?

「えーっと、そのですね、この本はなんと言いますか──」

「夜天の書………」

…………はい?



[17066] 三十五話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:05
マルゴッドさんの呟きに、なぜか場が静まりかえる。皆に振り向くと、今の言葉に何を感じたのか、眉をひそめてマルゴッドさんを見ている。皆が口を開く様子もないし、私が代表して聞くか。

「あのー、夜天の書とは、一体何ですか?」

この本は闇の書って名前だよね。皆だってそう言ってるし。

「む、そうか。今は闇の書と呼ばれているんだったな」

今は? それじゃ昔は、さっき言ったように夜天の書って呼ばれてたのかな。今までそんな事、皆から聞いたことは無かったけど……って、口調がなんかマルゴッドさんらしくないな。

「あの、マルゴッドさんはこの本の名前を知ってるようですが、どのような物なのかはご存知なのでしょうか?」

「……ああ、知っているよ。たぶん、君達よりもたくさんの事をね」

物悲しげにこちらを、というか私の足を見ながら答えるマルゴッドさん。

「そ、そうですか。ところで、その話の前に一つ聞きたいんですが。……口調、変わってません?」

「ん、ああ。これが私の本来の話し方なんだ。イメージを壊すようで済まないが、事がその本に関わるなら、ふざけた喋り方なんてしていられないからね。しかも、相手が闇の書のマスターとその従者ならなおさらだ」

「……お前、どこまで知ってんだよ」

さっきまでの和気あいあいとした空気はどこへやら。いつの間にか剣呑な空気があたりに充満していた。ヴィータちゃんなんか今にも飛びかかりそうだ。

「そうケンカ腰にならないでくれ。君達に危害を加えるつもりなんて塵ほどもないさ」

手を上にあげてヒラヒラと振るマルゴッドさん。戦う気なんてありませんよ~、ってことか。

「あなた、色々とこの本について知っているそうね。しかも私達よりも詳しいとか。どういうことなのか教えてもらいましょうか」

「急かさなくともそのつもりさ。だが、その前に……」

マルゴッドさんが私の顔を見たかと思うと、

「ハヤテくん、すまなかった」

突然、頭を下げて謝ってきた。……訳がわからん。

「謝られる理由が無いと思うのですが」

私の言葉を聞き頭を上げたマルゴッドさんが答える。

「いや、十分にあるさ。理由の一つは、君と接触していながらも闇の書の主と気付けなかったから。そしてもう一つは、私の祖先の犠牲者である君に、子孫として代わりに謝罪しなければいけないからだ」

「……はい?」

いや、だから訳がわかんないって。一つ目の理由もそうだが、二つ目なんて意味不明だ。マルゴッドさんのご先祖様が私に一体何をしたって言うんだよ。

「マル助よー。もう少し噛み砕いて説明してくんろ」

私の代わりにシグナムさんがそう言ってくれた。そう、順序立てて分かりやすい説明をしてほしいものだ。

「む、すまない。気が急いていたようだ。では、まずはそうだな……ルインという男の名に聞き覚えはないだろうか?」

私でなくヴォルケンズの皆を見ながらそう問いかける眼鏡ガール。

「ルイン……かなり前の主の名前ではないか」

「そうね。そんな名前だったわね」

歴代の主か。皆が言うには、ろくな人間が居なかったそうな。ん? 今その話題を出すということは……

「そのルインこそが、私の先祖なのだ」

なんと。昔の闇の書の主の血族とな。

「なるほどな。んで、それがさっきの言葉とどんな関係があるんだよ。夜天の書がどうとか、ハヤテが犠牲者だとか」

ヴィータちゃんが頷きと共に質問を繰り出す。そして、マルゴッドさんが落ち着いてそれに答える。

「今からそれを話すさ。ただ、これから話す事は、君たちにとってはとても信じがたいものだと思う。それでも、口をはさまずに聞いてくれるかい?」

「それは内容次第ね。まあ、善処はしてあげるわ」

「長話はごめんだよー。なるべく手短にたのむぜい」

マルゴッドさんにそれぞれ言葉を返す皆。とりあえず、大人しく話を聞く態勢だ。

「……では、始めよう。まず、私の遠い先祖のルインという男について話そう。このルイン、若い頃は希代の天才デバイスマイスターとして有名だったそうだ。だが──」

「あの、いきなり話の腰を折るようで申し訳ないんですが、デバイスマイスターとは一体?」

名前から大体想像できるけど、一応ちゃんと知っておかないとね。

「ああ、ハヤテ君は知らなかったのか。デバイスマイスターとは、デバイスの製作、修理、改造などを生業とする人間のことだ。今の管理局では資格化されているようだが、彼が生きていた時代は管理局なんて存在していなかったからね。ルインはフリーのデバイスマイスターとして活躍していたらしい」

「あ、ご丁寧にどうも」

「いや、礼には及ばないよ。……さて、話を戻そう。このルインなんだが、実は頭のネジが何本か外れていたようでね。頼まれた仕事はきっちりとこなすんだが、趣味であるデバイスの改造をする時なんかは、「俺のデバイスは世界一いぃぃ!」とか奇声を発しながら、ドリルやらロケットパンチやらをデバイスに取り付けたりしていたらしい。人格面にも問題があったとも聞いている」

なかなか香ばしい人物だなぁ。

「そういや、かなり変わった主がいたっけ。毎日地下に籠ってケタケタ笑ってたり、突然外に飛び出して、「キィーーン」とか言いながら走り去ったり」

「帰ってきた時は、「んちゃっ!」が決まり文句だったわね」

もはやただの危ない人だろう、それは……

「ただ、そんな彼にも愛する女性……妻が居たんだ。闇の書の主となる前には、すでに子も身ごもっていたらしい」

どんな変人だよ。そんな男を好きになる人なんて。……あ、マルゴッドさんの祖先になるのか。ちょっと納得。

「しかし、夫婦仲はとてもよかったようなんだが、ある日を境に関係に亀裂が入り始めた。そう、夜天の書が起動し、守護者たる君達が出現した日から」

どういうこと……ん? まてよ。愛し合っている夫婦の中に、いきなり夫を主と呼ぶ二人の綺麗な女性(子どもと狼は除外)が現れたら、妻はどう思う?

「浮気をしないかと心配する?」

「まさにその通りだ。一応、女性は事情を説明してもらって納得したらしいんだが、夫婦水入らずの中に突如二人の美人(+子どもと狼)が出現したんだ。気が気ではなかった。オマケに、どこへ行こうともその女性達はついてくるし、家から追い出しても、窓から中を覗いたり、転移で勝手に入り込んだりしていたらしい。ラブラブな時間など過ごせるはずもなく、二人の仲は急速に冷えていった」

うわぁ……

「そ、そういえばそんなこともあったかしら?」

「ど、どうだったかにゃー? 覚えてないっすねー」

額に汗を浮かばせながら、目を泳がせている二人の美女がいる。おい、ネタはあがってんだぞ。

「そして、異物が紛れ込んだ生活にとうとう耐えきれなくなった女性は、「もう無理!」と叫びながら家を飛び出したそうな」

この時点では、むしろルインって人が被害者な気がするんだけど……

「それで、その後ルインはどうしたのだ? どうも、我はそこから後の記憶が思い出せないのだが……」

「あら、私もよ」

「おいどんも」

「あたしもだ」

皆が首をひねっている。皆そろってど忘れ?

「それはおそらく、ルインが夜天の書を改変したせいだろうな」

「改変ですか。そりゃまたなんで?」

なんとなく分かるけど……

「愛する女性を失ったルインは、悲しみに暮れることよりも怒りを吐きだす事を優先した。自分の幸せを奪った夜天の書に怒りをぶつけることを、ね」

「闇の書の改変が、その結果だってのか?」

ヴィータちゃんが、恐る恐るといった様子で聞く。

「闇の書、と名称が変更されたのはその時だね。……いいかい。話の肝はここからだ。心して聞くように」

ふう、と一息入れたマルゴッドさんが、私達一人一人を見つめながらそう確認を取る。いよいよ本題に入る訳か。

「……ルインは夜天の書を破壊する、ということはせず、逆に、永遠に破壊出来ないように無限再生機能を付加したんだ。さらに、覚醒後、一定期間蒐集がなされない場合、主となった者のリンカーコアを侵食し、身体能力を徐々に奪うといった呪いじみた機能まで付けている」

じゃあ、この足の麻痺はその呪いが原因ってことか。あれ、でも……

「あの、闇の書が覚醒する前から私の足はこんなんだったんですけど……」

「ああ、言い忘れていた。改変されてから闇の書は、主に肉体的にも魔力的にも絶えず負担を与え続けるようになってしまったんだ。体もリンカーコアも未成熟な君には、それが足の麻痺という結果になって表れたんだと思うよ。……どうだい。これが私がさっき謝った理由だよ、ハヤテ君。納得したかな?」

「あ、ええ、一応。……でも、やっぱりあなたが謝る必要なんてなかったと思いますよ。ご先祖様がしたことなんですから、あなたがそこまで気にすることなんてないですし。夏に気付かなかったってのも、私は別に気にしてませんから」

「……君は本当にやさしいね。おねーさん、いけない気分になっちゃいそうだよ」

いけない気分ってなんだ。

「改変した機能はそれだけなのか? 転生機能とかは?」

「ああ、それはルインより前の主が付加した機能だね。ルインはそのままにしておいたらしいけど」

なんのためにそんな機能付けたんだろうか? 謎だ。……あ、そうだ。再生機能もそうじゃん。

「彼は、なんで無限再生機能なんて付けたんですか?」

怒りを鎮めるには、破壊した方がてっとり早いと思うんだけどなぁ。

「守護騎士達に永遠の苦しみを与えるためらしいよ。闇の書から解放されることなく、永遠に戦い、傷つく騎士達。これほどの復讐は無いと考えたそうだ」

うっわ。なんてイカレた野郎だよ。とても正気の沙汰とは思えん。

そんな風に私が戦慄していると、シャマルさんが硬い声でマルゴッドさんに問いかけた。

「ちょっと待ちなさい。解放されることがない、ですって? 私達の役割は、魔力を蒐集して闇の書を完成させること。そして完成させたその後は……その、後は……あら? どうなるんだったかしら?」

「君達は、完成させた闇の書がどうなるのか、知らないのかい? ……ルインのしわざか」

なぜか、憐れんだ目でこちらを見るマルゴッドさん。完成したら、すごい力が手に入るんじゃなかったっけ。その後、ヴォルケンズの皆がどうなるのかは知らないけど。

「あれ、ホントだ。思い出せない。確か、完成させたことはあるはずなんだけどな……」

「むう、どうなっている?」

皆が頭を悩ませている。ひょっとしてボケっちゃった? まあ、皆かなりの高齢だからねぇ。

「あ、おっもいだした。暴走しちゃってんじゃん、ことごとく」

一人、ピコーンと頭から電球を出し、うんうんと頷いているシグナムさん。って、暴走!?

「シグナム君は思い出せるのか。騎士達に施したプログラムが緩んでいるのかな?」

「ちょ、ちょっと待て! 暴走だと? しかも、それを思い出さないように細工までしてあるってのか?」

「にわかには信じられんが、そんなはずはないと言い切ることもできんな」

「うーん、そうねぇ……」

さっきから悩んでばっかだなぁ、皆。

「……それを証明出来るものは、持ってんのか?」

ヴィータちゃんの問いかけに、困ったような顔になるマルゴッドさん。

「あることはあるんだけどね。そのためには少々闇の書をいじらせてもらう必要が……ん、そうだ。君達、今その本は何ページまで埋まってるんだい?」

皆が私を見て、マルゴッドさんに言っていいかどうか目で問いかけてくる。別に問題はないよね。

「構いませんよ、ヴィータちゃん」

「……470ページだ」

私の言葉に頷いたヴィータちゃんが答える。

「それなら丁度いい。ハヤテ君、管制人格の人格起動をしたまえ」

いや、人格起動ってなにさ……

「おや、その顔は知らないって顔だね。君達はハヤテ君に教えなかったのかい?」

マルゴッドさんが皆を見渡して問う。

「えっ? あ、ああ。人格起動ね。すっかり忘れてたわ……」

「あたしもだ……」

「我も……」

「あは、僕も」

「君達はどこか抜けているところがあるね。そもそも、こんなに感情豊かな守護プログラムなんて聞いたこともない。……いや、これは喜ぶべきことなのかな」

アゴに手を当て思案にふけるマルゴッドさん。

「えっと、考え事してるとこ悪いんですが、人格起動とはなんなんでしょうか?」

「ああ、すまない。人格起動とは、闇の書の人格を表層に現出させ、対話を可能にさせることを言うんだ。400ページ以上埋まっているなら、ハヤテ君が本に触れて願うだけで起動させることが出来るはずだよ」

闇の書の人格……ザクさん。あの人とお話しできる、か。ずっと一人ぼっちだったんだよね、あの人。話すだけでも、寂しさはまぎれるかな?

「そうなんですか。それじゃあ、さっそく起動させてみようと思うんですが、皆さんいいですか?」

皆に了承はもらわないとね。

「ん、まあいいんじゃねーか、それくらいなら」

「問題は何も無いわね」

よし。許可も得た事だし、やってみますか。

シャマルさんから本を渡してもらい、ぎゅっと両腕で握りしめて、声よ届けと願う。

『ザクさん、ザクさん。出てきてくださーい。こっちに来て一緒にお話しましょうよ。皆さんもあなたとお話できるのを、今か今かと心待ちにしているんですから』

念話をするような感覚で本に語りかけてみる。すると、表紙が輝きだし、本がひとりでに浮かび上がった。これは、私の言葉に応えてくれるってことだろう。

さあ、何か言ってみせてくださいよ。

『嘘つけ! すっかり忘れてただろうが!』

お話できた! でもすっごい怒ってる……

「おー、久しぶりじゃん。元気でござったかー」

「顔が見れないのが残念だな」

「さっきのはほんの冗談よ。あなたと話せるの、すごい楽しみにしてたんだから」

「そうそう、だからそんなに怒るなって」

皆が機嫌を取り戻すフォローに回ってくれた。でも、こんなんで怒りが収まるとはとても──

『ま、まったくしょうがないやつらだな。そんなに私と話したかったのか。……ふふふ』

あっという間に!? なんてちょろい人なんだ……

「あ、えーと、マルゴッドさん。起動したみたいですが、これからどうすればいいんですか? 彼女とお話?」

ヴォルケンズの皆にご機嫌取りをされているザクさんを尻目に、傍らに立つマルゴッドさんに話しかける。

「お話というか、確認だね。あー、話し込んでいるところ済まないんだが、管制人格君。聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

皆に囲まれていたザクさんは、ふわふわと浮かびながらマルゴッドさんの下へと移動する。

『言いたいことは分かっている。今まで暴走が起きていないかどうか、それが知りたいんだろう?』

「そういうことだ。マスタープログラムである君ならば、自分の身体にセットされている爆弾に気付いてるだろうからね」

爆弾とは穏やかじゃないな。まあ、比喩表現だろうけど。

『ふう。今さら言ってもどうにかなるわけでもないが、いいだろう、教えてやる。……確かに、暴走は幾度も起きている。完成したすぐ後にな』

「お前が言うってことは、マジなのか……」

信じたくない、といった表情のヴィータちゃん。そのヴィータちゃんに続いて、今度はシャマルさんが質問する。

「……暴走の原因というのは、一体何なのよ」

『簡単なことだ。防御プログラムに破損が見受けられる、ただそれだけだ。……それだけで、完成した後に管理者権限の認証が正しくなされずに、暴走が起こる。そして、その後に待ち受けるもの、それは破滅。次に転生だ』

「……その破損というのは、貴様には直せないのか?」

『それができれば、気付いた時に直している』

「むう……」

うなだれるザフィーラさん。耳もペタンと伏せられている。ちょっと可愛い。

そこで、話を聞いていたマルゴッドさんが再び口を開く。

「実はその破損なんだがね、それもルインのしわざによるものなんだ」

「うっわー、やってくれるね。でも納得。永遠に戦わせるってのは、こういうことだったんすね」

そうか。転生が繰り返されれば、ヴォルケンズの皆に安らぎの時は訪れないというわけか。私のように蒐集行為を禁止してても、呪いによって身体が蝕まれていくから、結局は蒐集を強制されてしまう。そして、完成させても呪いで死んでも、どちらにしろ再び転生がなされる、と。……狂気に取りつかれた人間ってのは怖いね。あのロリコンが可愛く見えてくるよ。

「そんな……それじゃ、どうやったってハヤテは助からないじゃねーか」

「そう、なるわね……」

「う、む……」

「こりゃやばいっすねー。どうする? どうなる!?」

『だから言っただろう。今さらあがいたところで、どうにかなるものではない、と。……私が言うのもなんだが、闇の書に選ばれてしまった時点で、主の運命は決まっていたんだよ』

ザクさんの言葉で、より空気が重くなってしまった。うーん、でもどうしたもんかな。生きられるものなら、私もまだ生きていたい。何か解決策はないもんか……

「フ……フフ……ハハハ……」

「ほえ?」

突然、私の横に居るマルゴッドさんが笑いだした。なに。持病の発作?

「テメー、なにがおかしいんだよ。ハヤテが、お前の友達が遠からず死ぬんだぞ? ヘラヘラ笑ってんじゃねー!」

「ヴィ、ヴィータちゃん、落ち着いて」

今にも殴りかかりそうなヴィータちゃんを押しとどめる。私のために怒ってくれるのは嬉しいけど、短気はいけないよ。

「……ふふ。そう、友達だ。こんな私を友人と呼んでくれるかけがえのない人間。そんな子を助けられるというんだ。これほど嬉しいことはないだろう?」

『なっ!?』

助けられる? この八方ふさがりの状態から? 

『バカを言うな。どんな手を使っても暴走は止められないし、主の身体の侵食も止まらん。打つ手などあるはずも──』

「私が、なぜこんなにも闇の書について詳しいと思う?」

ザクさんの言葉を遮り、自信満々な表情で私達全員を見回すマルゴッドさん。なんでって、そりゃあ、

「闇の書、あ、いや、夜天の書を改変したルインの子孫だからですよね」

「うん、そうだね。代々私の一族には、このルインという男の言い伝えが残されているんだよ。優秀なデバイスマイスターだったとか、夜天の書の主であったとかね。けど、それだけじゃあないんだよね。闇の書についての情報も、同時に伝えられているのさ」

ん? どういうことさ。

「あなた……まさか、改変以前の闇の書の構造を、知っているの?」

シャマルさんがなにかを期待している目でマルゴッドさんを見る。

「ふふ、ご名答。しかも、知っているだけじゃない。元の夜天の書に戻す事だって可能さ」

「うっそーん?」

『そ、それは本当なのか!?』

「お前、嘘だったらぶっ飛ばすからな!」

皆がマルゴッドさんに詰め寄る。ザフィーラさんなんか興奮して変身が解けたのか、狼形態になって背中に跳びついてるし。

「おっとと。嘘なんかじゃないさ。このデバイス、『ゲシュペンスト』さえあれば、闇の書にアクセスして、プログラムをいじることが出来るんだ」

そう言い、起動状態を解除してしまっておいたカード型デバイスを懐から取り出す。

『おい、待て。主以外の人間が闇の書に無理にアクセスしてしまったら、主を取りこんで転生してしまうんだぞ。それを知らないのか?』

とことんひねくれた性格だなぁ、ルインって男は。

「それも心配ご無用。なんせこのデバイス、ルインが夜天の書を改変する際に、演算補助として用いていた物だからね。唯一の例外として、これだけは闇の書にアクセスする権限を持っているんだ」

いや、そんなこと言われても、ふーんそうですかそれは凄いですね、としか言えないけど。演算補助とか言われてもさっぱりだし。でも、もしかしてこれで万事解決できるのかな?

「オマケに、改変される前と後の闇の書の詳細なデータもこの中に入っているしね。今この場で、ちょちょいのちょいっといじれば、ハヤテ君の命は救われる。いや、救ってみせる」

「ぜ、絶対だぞ。嘘ついたらサボテンダーの針万本飲んでもらうからな!」

「同感ね。でも、信じていいのかしら?」

「このままではジリ貧なことに変わりあるまい。こやつに賭けてみるしかないのではないか?」

「それはいいんだけどさー、なんでマル助はそんなデバイス持ってるわけ?」

あ、それは私も気になるな。

「ああ、そうだね。それも話そうか。……まず、このデバイスの出どころから。ルインが愛したあの女性、まあ私の祖先なんだが、彼女がルインの家で見つけたそうなんだよ。自殺したルインの死体と一緒にね」

うひゃあ。

「彼が何を思って自殺したのか、彼女が何を思って彼の家を訪れたのかは神のみぞ知るってやつだがね。彼女はルインの仕事場で死体とこのデバイスを見つけ、ルインが夜天の書に改悪を施したという事実をも知ってしまった。……さて、その後、彼女はどうしたと思う?」

どうって……どうしたんだろう? 

「元夫のしでかした不始末、妻がどうにかせんでどうする、って使命感燃やしちゃってね。どこに転生したかも分からない一冊の本を求めて、次元世界を転々としていったんだ。正義感が強かったのか、自分のせいでこんな事態になったという罪悪感に後押しされたのかは分からないけどね」

そりゃまた、大変だったろうな。こんなちっちゃい本を、数知れない世界から探し出すなんて。

「何年も諦めずに探していたんだけど、結局見つからなくてその女性は死んでしまった。……ただ、ここで物語が終わったわけではなかった。その女性の子どもに、デバイスと闇の書の情報、そして、使命感が受け継がれていたんだ」

あ、なるほど。ということは……

「父親のしでかした不始末、子どもがどうにかせんでどうする、って具合にね。そして、捜索は世代を超えて繰り返され、その子どもの子ども。そのまた子どもが、闇の書を探して各地を旅して回った」

なんとまあ……

「そして、今ここに、その意思を受け継いだ子どもが居るってわけさ。少し長くなってしまったが、これが私がこのデバイスを持っている理由だよ」

「……お前の一族、苦労してんだな」

「君達だって、十分苦労していると思うんだけど」

へへ、ふふ、と苦笑し合う二人。新たな友情が芽生えた瞬間だった。

「……さて、私の話はこれくらいにして、そろそろ長年の悲願を達成したいと思うんだけど。その前に何か質問はあるかい?」

質問か。あ、そうだ。

「他愛ない質問を一つ。マルゴッドさんは管理局が苦手だそうですけど、それはどうしてですか?」

「ああ、それはね、闇の書の行方を捜すために何度か管理局に忍び込んだり、ハッキングを仕掛けたりしたことがあって、ちょっと目を付けられてるからさ。まったく、嫌になっちゃうよ」

「気のせいかしら。この女、笑顔で犯罪歴カミングアウトしてる気がするんだけど」

まあ、マルゴッドさんだし……

「あたしからも一つ。お前、あたしらの顔とか名前を知らなかったのか? そのデバイスの中に、騎士達の情報は少なからずあるんだろ? なんで夏に会った時に気付かなかったんだよ」

そういえばそうかも。

「んー、それがね、なぜか守護騎士達の顔と名前のデータだけ消されてたんだよ。たぶん、ルインが消したんだと思うけどね」

顔も名前も思い出したくないくらい、憎んでいたってことなのかな。

「オレっちからも一個。管理局にウチらの顔と名前のデータが残っているはずなんだが、そのデータは入手してないんかい?」

「管理局に忍び込んだ時に、過去の闇の書事件のデータを見つけたことがあったんだけど、それを見る前に忍び込んだのがバレちゃってね。その時に顔が割れたから、それ以降潜入するのはひかえていたんだ。あの時少しでも見ることが出来たのなら、夏に気付けていたかもしれないね。まあ、今さら悔やんでも仕方ないがね」

それにしてもすごい執念だ。罪を犯してでも先祖の過ちを払拭したいなんて、並みの信念じゃないよ。

「あ、すいません、もう一つ質問がありました。ご趣味が次元旅行と言われていましたが、それはやはり……」

「うん。たぶん君の思っている通り、闇の書の捜索をしてたのさ。あ、旅行が趣味ってのは嘘じゃないよ。見知らぬ世界の食べ物や文化に触れるのは、結構癖になるんだよね。まさに、趣味と実益を兼ねているってわけさ」

実益、か……なんでこの人は、こんなにも闇の書に執心してるんだろう。貴重な時間を費やしてまで、犯罪を犯してまでなし得ないといけないことなのか?

……聞いてみよう。

「あなたは、なぜそんなにも捜索に力を入れてきたんですか? 先ほど仰ったような、使命感や正義感というやつですか?」 

「……それもあるけどね。でも、一番の理由としては、『救いたい』、ってことかな」

「どういう、ことですか?」

「蒐集される人間、蒐集する騎士、呪いに苦しむ主、闇の書に取り込まれる主、暴走を止められない管制人格、暴走の被害にあう人々、暴走を止めようとする人々。闇の書に関わる者は、誰もが苦しむよね。でも、そんなのは嫌だろう? 救いたいと思うだろう? 問題を解決する手段を持っているんだ。なら、救ってやろうじゃないか、ってね。そういった思いが、私を突き動かしてきたんだ。……あ、これがいわゆる正義感に燃えるってやつなのかな? 口に出したのは初めてだから、今気が付いたよ」 

……この人は、なんというか、あれだな。良い人すぎるんだな。

見ず知らずの人間のために、見つかるかも分からない一冊の本を、時間も手間もかけて探し続ける。これはもう、尊敬するしかないって。

「ん? どうしたんだ君達。呆けた顔して」

私と同じように、まぶしいものを見るような顔でマルゴッドさんを見ている皆。そりゃ、今のセリフを聞いて心を動かされない人間は居ないよ。

「ああー! まぶしい! やめろ、こっちを見るな。こんな薄汚れた私を見ないでー!」

「確かにまぶしいわね。サングラスが欲しいわ」

「ホネッコかじって家でゴロゴロしているのが、とてつもなく悪い事に思えてきたのは気のせいか?」

「そんなん言ったら、あたしだってゲームしてゴロゴロしてるっつーの」

『ぐ……闇の力が、弱まっていくだと!?』

「皆さん、そこまでにしときましょう。話が進みません」

どうやら皆にはダメージが大きかったようだ。

「なんだかよく分からないけど、質問は以上かな。……ではプログラムの改変、及び、破損の修復を行うよ。いいね?」

「ええ。お願いします。シャマルさん、彼女に闇の書を」

「はいはい。……頼むわよ」

「任せたまえ。この日を待ちわびたんだ。絶対に救ってみせるさ」

そう言い、本を受け取る正義の味方。頼もしいなぁ。

「……出番だ、ゲシュペンスト」

カードを胸の前に持っていき、呟く。すると、光がその周りを漂いだし、カードと右腕にからみつき、やがて光が腕全体を覆ったと思ったと同時に、はじけて消えた。そして、光の残滓を振り払ったその右腕には、指先まで覆う銀色のガントレットのようなものが装着されていた。

「さっきと違いますね」

「レガース形態は戦闘用。こっちはデバイスをいじくるためのマニピュレーターみたいなもんだよ。……アクセス開始するよ」

真剣な顔つきになったマルゴッドさん。うう、こっちまで緊張してきた。

マルゴッドさんが闇の書にガントレットを近づけると、その先端から白いヒモの様な物が伸びて、本の表紙の部分にスルスルと潜り込んでしまった。しょ、触手? 触手がザクさんの体の中に──

『今エロイこと想像した奴、手を上げろ』

「な、なんのことですか?」

「さっぱりだなー」

「別に触手が体を蹂躙する様子を想像してなんていないっすよ?」

「……君達、頼むから集中させてくれないか」

注意されてしまった……

「……アクセス、開始。…………よし、認証された。これでプログラムを改変できる」

おお! 

『驚いたな。まさか本当にアクセス可能とは……』

「驚くのはこれからさ。……まずは、防衛プログラムの破損を直すよ」

触手、いや、白いヒモを本の表紙に突き刺したまま、マルゴッドさんが目をつむる。今、彼女の頭の中にはどんな光景が広がっているんだろうか。

「……破損、修復完了だ」

『そんな、あっさりと……』

愕然とした様子のザクさん。今までの苦悩はなんだったんだろうか、とか考えてそう。

「あいつが優秀なのか、あのデバイスが優秀なのか、どっちかな」

「両方じゃないでしょうか。ルインって人の血を引いてるわけですからね」

「ああ、キチガイの血を引いてるんすね。納得」

小声で密談する私達。邪魔しちゃ悪いしね。

「君達、聞こえてるから。少し静かにしてもらえるかな?」

『サーセン』

また怒られてしまった……

「さて、次はと……ん? これは……あ、やば」

『ちょっと待て』

なんだその不吉な呟きは。嫌な予感がビンビンですよ。

「おい、どうしたんだよ。なにがやばいんだ」

「いや、どうやらあのくそじじい、置き土産を残していたみたいでね。破損を直すと、防衛プログラム、暴走しちゃうみたい……」

「しちゃうみたい、じゃねー!」

カッ!

ヴィータちゃんの叫びに反応するかのように、闇の書が輝きだす。な、なんかやばそうだ。

『貴様、なんとかしろ! このままでは私まで侵食されてしまうではないか』

「ま、待ってくれ。今急いで防衛プログラムを切り離す。……ええい、片手じゃ足りん! ゲシュペンスト!」 

叫んだマルゴッドさんの左腕にもガントレットが装備され、彼女は両腕を伸ばし、切羽詰まった表情でヒモを操作している。何が起こるか分からないけど、この焦り様はただごとではないな。

「……こ、これで、どうだぁ!」

懇願するかのように悲愴な声を上げたマルゴッドさんが、本の表紙からヒモを引き抜く。それと同時に、輝きもさらに強まる。目を開けているのが辛いほどだ。

しばらく発光が続いているので、辺りがまったく見えない。あ、少しずつ光が弱まってきた。

『……なんとか間に合ったか。だが、これを相手にするのは骨が折れるぞ』

光か収まるまでの少しの間目をつむっていたのだが、ザクさんのその言葉を聞き、恐る恐る目を開ける。

「……これって、どれですか?」

視界の中には特に何も映っていないけど……ん、いや、これは!?

「でかーっ!?」

なんか、でっかい怪獣みたいのが目の前に居た。全長50メートルくらいありそうだな。横幅もかなりのものだ。最初はでかすぎて壁かと思ったよ。

「みんな、ここは一旦離れるわよ。ハヤテちゃんも居ることだし、態勢を整えましょう」

シャマルさんが浮かんでいた闇の書をつかみ、皆にそう促す。その意見には賛成だ。取り敢えずここから早く離れたいよ。踏み潰されそうでこわいし。

「そうだな。では主、失礼する」

ザフィーラさんが人間形態に変身してグレン号を持ちあげ、そのまま皆と空を飛んで怪獣から離れる。今のところは大人しいけど、いつ暴れだすか分からないしね。




「さて、これからどうしましょうか……って、やることは決まってるわね」

「ああ、あいつをぶっ飛ばすんだろ」

500メートルほど移動して地面に降り立った私達は、輪になって相談をすることにした。まあ、確かにあいつを倒すしかないんだけど。放っておいたら何をしでかすか分かったもんじゃない。いくら無人世界だからって、あんなのを野放しにしてられないよ。

「あの、先ほど防衛プログラムを切り離すと仰ってましたけど、あれがそのプログラムなんですか? なんか怪獣っぽいんですけど」

隣に居るマルゴッドさんに聞いてみる。

「ああ、そうなるね。夜天の書を闇の書たらしめる存在、それがあの暴走した防衛プログラムさ。奴はその身に無限再生機能を有しているんだがね、これがまたやっかいで、触れたものを片っ端から吸収して、どこまでも大きくなっていくんだ。今は出現したばかりで大人しいけど、すぐに暴れだすだろう。だから、消滅させるには今がチャンスなんだ」

デビルガンダムかよ……なんか姿もそれっぽいし。

「ねーねー、あいつ、動き出しそうっすよ。早くぶっ殺した方がいいんでね?」

怪獣のいる方を見ると、確かにその巨体が震えている。時間はあまりなさそうだ。

「ザフィーラ、お前はここで待機して、ハヤテを守ってやっててくれ。あたしらがあいつの相手をしてくる」

「そうね。近づくだけでも危険そうだし、ハヤテちゃんはここで──」

「いや、ちょっと待ってくれ」

シャマルさんの言葉を遮ったマルゴッドさんが、皆の顔を見る。

「今は少しでも戦力が欲しい。君達にもハヤテ君にも悪いんだが、ここは協力してもらうよ」

「きょ、協力ですか。私、グレン号に乗って突撃するくらいしか出来ないんですが……」

まさか本当に特攻しろなんて言わないよね?

「そうだぜ。ハヤテは車椅子だし、魔法も思念通話しか使えない。協力ったって、なにをさせるつもりなんだよ」

「それをこれから見せるさ。管制人格君、ちょっとこっちへ」

『む? なんだ』

マルゴッドさんがザクさんを呼びつける。何するんだろ?

「少し大人しくしててくれたまえ。……ゲシュペンスト」

先ほどと同じようにガントレットから白いヒモを出し、本に突き刺す。そして、目をつむり、操作に集中するマルゴッドさん。

『おい、一体何を……なっ!?』

「……プログラム、書き換え完了。さあ、出ておいで」

マルゴッドさんが呟き、ヒモを抜き取る。すると、またもや本が輝きだし、大きな光を発する。

「出ておいでって、まさか!?」

「まだページ完成させてないじゃん。どんだけー」

皆が驚いてるけど、何が起きてるんだろうか。

「この女、実はかなりすごい奴なんじゃないの?」

「ふむ、そのようだな」

本の光に照らされながら、口々にマルゴッドさんを褒めたたえるヴォルケンズ。だから、なにがすごいのさ。

『……ふん、いいだろう。状況が状況だ。主の承認でないのが気に食わんが、背に腹はかえられん……実体、具現!』

カッ!

「え?……えええー!?」

一瞬光が強まったかと思うと、いきなり光が人の形をとり始め、瞬く間に実体を持った人間の姿になってしまった。あ、この人、夢で会った……

「ザ、ザクさん?」

「……まあ、今はその名で構わん。時間がない、融合するぞ、主」

「え、ちょっ」

いきなり現れたザクさんが、これまたいきなり抱きついてきた。グレン号から持ち上げられた私は、今はザクさんの胸の内。あ、これはまた良いおっぱいをお持ちのようで……

「……融合」

彼女が呟くと、私とザクさんの体が光に包まれる。それと同時に、ザクさんの輪郭がぼやけていき、周りの光に溶けていくように徐々にその姿が薄れていく。

「え、なにこれ?」

彼女の姿が光に完全に混ざったと思うと、その光が私の体の中に入り込んでくる。得体が知れない物が入っているというのに、なぜか暖かく、心地いい。

数秒かそこらで光は完全に私の中に収まり、やっと周りを見渡す余裕が持てた。さっそく自分の体に異変がないか、手や足を確認する。

「……はい?」

なんか、私、立ってる。さらに、格好まで変わってるし。オマケに、視界に移る自分の前髪が白、いや、銀色になってる。とどめに、……黒い羽根、生えてる。

「な、な……」

「おおー、イケてるっすよー、主」

「カッコいいじゃん、ハヤテ」

「あらやだ、写真に収めたいわね」

「あんずるな、我が持っている」

「うん、ステキじゃないか、ハヤテ君」

『当然だ。私が有り余るほどの暇な時間を費やして考えたんだぞ』

頭の中にザクさんの声が響く。が、今はそんなこと気にしていられない。まさか、これは……私……

「なんじゃこりゃー!?」

魔法少女ハヤテ、爆誕しちゃった?



[17066] 三十六話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:08
現在、絶賛混乱中の神谷ハヤテです。




「なんですかこれ。私なんでこんな厨二スタイルになってるんですか?」

オマケに動かないはずの足で立ってるし。訳わかんない。

そんな風に混乱している中、またもや頭の中にザクさんの声が響き渡る。

『主よ。それは私と主が融合したからだ』

「ゆ、融合?……先ほどもそんなことをおっしゃってましたけど、あれですか? フュージョンみたいに、合体したら強さが何倍にも跳ね上がるとか?」

その質問に、眼鏡を光らせたマルゴッドさんが嬉しそうに答えてくれる。実は説明好きなのかもしれない。

「うん、その通り。彼女は融合型デバイスといってね、ハヤテ君と融合することで、ハヤテ君の魔法行使の手助けをすることが出来るんだ。オマケに、闇の書に蓄積された魔法も行使出来る。これでハヤテ君は貴重な戦力に早変わりという訳さ。子どもを戦わせるなんて心苦しいけど、今は緊急事態だからね。文句は後で聞くから、この場は協力してくれると嬉しいな」

……な、なるほど、そういうことか。……うん。融合、いいじゃないか。今まで見ていることしか出来なかった私が皆の役に立てるっていうんだ。こんなに嬉しい事はないよ。なにより、一回魔法使ってみたかったし。

「事情は分かりました。そういうことなら、微力ながらお手伝いさせていただきます」

「さっすが主。そこにしびれる、あこがれるぅ!」

「褒めても何も出ませんよ、シグナムさん。まあ、どこまで出来るか分かりませんが、皆さんよろしくお願いしますね」

ぺこりと一礼する私に、手を上げて応えてくれる皆。ああ、これが戦友ってやつか。なんかいいね、こういうの。

「お喋りはここまでにしとこうぜ。あいつ、とうとう動き出しやがった」

怪獣を見てみると、体じゅうから触手やらなんやらを生えさせてウネウネさせながら、

『グオオオオオオオオオオッ!』

なんて、咆哮を上げている姿が目に入った。気持ち悪いなぁ。

「シャマル、管理局が横やりを入れてくるかもしれん。結界を張っておけ」

「そうね。私達はともかく、ハヤテちゃんの顔を見られるのはいただけないわ。強力なのを張っておきましょう。……封絶」

シャマルさんが呟くと、その足元から黒い炎が立ちあがり、彼女を中心にドーム状に広がっていき、私達を、そして怪獣までもを飲み込むほどまでに大きくなる。やがて炎の拡張は収まり、炎の壁が私達と怪獣を閉じ込めるような形になった。

「……ふう。これで心おきなく暴れられるわよ。周りへの被害とかは気にしないで、どんどん魔法ぶっ放しちゃってちょうだい」

「これほどの結界を一瞬で形成するとは、すごいね君は。私のデータによると、ここまでの力を持っているはずはないんだが……」

驚いた様子でシャマルさんを見ているマルゴッドさん。そういえば、レベルアップ現象って今回が初めてみたいだったんだよな。彼女が知らないのも無理は無い。

「そんなんどうでもいいでござるよ。それじゃ、戦闘準備も整ったことだし、一番槍もらうよーん」

「あ、こらっ、またかお前は!」

毎度のごとく突貫するシグナムさん。そしてそれを追うヴィータちゃん。よし、私達も行くとしよう。

「ザクさん。私、魔法初心者なんでサポートお願いしますね」

『それが私の役目だ、任せておけ。……と、そうだ。これを受け取れ』

突然、私の横をふわふわと浮いていた闇の書から光があふれる。が、それは一瞬のことで、すぐに消えた。

「ん、……杖?」

『魔法発動の土台となる、魔法媒体のようなものだ』

光が収まった後、本の横に大きな杖が出現していた。いかにも魔法使いって感じのデザインだ。

浮かんでいる本と杖を手に取り、先行して怪獣に肉薄する二人を見る。

「よおっし、やる気出てきました。っと、……グレン号、私のかっこいいとこ、見ててね。惚れさせてやるんだから」

振り返り、相棒に語りかける。私が実は凄い奴なんだって思い知らせてやる。

───ふっ、楽しみにしているぞ───

……最近、グレン号の声がハッキリ聞こえているように思えてならない。

「ハヤテちゃん、私達も行くわよ。……ザフィーラ、あなたは今回攻撃に参加してもいいけど、ハヤテちゃんが危なくなったら助けてあげるのよ?」

「ふっ、今の主に我の守りなど必要ないと思うがな」

「オーバーSは確実だろうからね。頼りにしてるよ、ハヤテ君」

私に声を掛けながら怪獣目指して飛んでいく三人。よし、私もお空の旅を楽しみますか。……いざ!

「ぶ、ぶぶ、武空術!」

『……はばたけ、スレイプニール』

バサァっと、背中に生えていた羽が大きく広がり、宙に浮く私。……は、恥ずかしい!

『主は、こうしたいと頭の中で念じるだけでいい。それを元に私が最適な魔法を発動する。幸い、魔導師からの魔力蒐集で使える魔法は膨大だ。大抵のことは出来る』

「うう、ありがとうございます。ええと、では行きましょう」

お礼を言い、バサバサと翼をはためかせながら皆の後を追う。結構スピード出るね、これ。





「ごめんねぇ、強くってさあ!」

皆に追いついた時にはすでに戦闘は始まっていた。というかシグナムさんだけ暴れ回っていた。ハチャメチャに動き回るシグナムさんが邪魔で攻撃に移れないのか、皆は上空で待機しているという形だ。

「ふははははは! そんなに私にエロイことしたいのか、この淫獣がぁ! お仕置きだべー!」

迫りくる無数の触手を斬り伏せ、燃やし、凍りつかせている。

そこで、触手の猛攻をさばききったシグナムさんが本体に攻撃を加えようと接近したのだが、

「むぎゅっ!?」

という無様な声を上げて、見えない壁にぶつかったように弾き飛ばされる。あれは、バリア?

「シグナムくーん。奴は四層式の強力なバリアを常時展開してるんだ。あれを壊してからじゃないと、攻撃は通らないよ」

「先に言えっつーの!」

弾き飛ばされたところを触手に狙われたようで、それを斬り伏せながら叫ぶ突撃ガール。聞く間もなく突貫したのはシグナムさんだと思うんだけど……

「あ、すいません皆さん。私、一回攻撃魔法の試射してみたいんですけど、よろしいですか?」

「ん? ああ、構わないよ。コツを掴むのは大事だからね」

「どうせなら派手なのかましちまえよ」

そうだな。初めてで不安だけど、おもいっきりやってみようか。ザクさんもサポートしてくれてるし。

「というわけでシグナムさーん。ちょっと離れててもらえますかー」

「むー、仕方ねー。主の初戦じゃん。花を持たせてあげまっしょい」

触手とたわむれていたシグナムさんが、こちらへと離脱してくる。

「ザクさん、ではいきますよ」

『ああ』

イメージは、そうだな、フリーザ様のあれなんてどうだろうか。

「……デスボール!」

『……デアボリックエミッション』

天にかかげた杖の上に小さな黒い球体が発生する。それは次第に大きくなっていき、やがて半径二メートルほどまで肥大化し、そこで成長が止まる。

「マ、マジで出た……」

『いいからさっさと放て』

それもそうだな。……でもこれ、クラッシャーボールみたいに杖でアタックしたらどうなるんだろうか。破壊力が増したりして……

『杖を振り下ろすだけだ。余計な事はしなくていい』

「わ、分かってますよ。……そおいっ!」

心の中を読まれたかのような指摘にビビリつつ、杖を怪獣に向けて振り下ろす。黒い球体は勢いよく下降していき、展開されているバリアに着弾。そして……

ゴウッ!

と、爆発的に体積を増した球体が、怪獣とその周りに生えていた触手やら怪物の腕やらを包み込む。半径五十メートルくらいには広がったんじゃないのかな。さすがフリーザ様の技。スゲー。

『まだまだ範囲も広げられるし、遠隔発生も出来たのだがな。まあ、初めはこんなものでいいだろう』

淡々とした声で眼下の惨状を評価するザクさん。全力でやったら一体どうなるんだろうか……

「予想してたよりもずっとすごいじゃないか。これならいける。ハヤテ君、見てごらん」

「え? あ、バリアが……」

攻撃を受けている時は可視状態になるのか、バリアがはっきりと見える。怪獣本体を包み込むように展開されているバリアだが、私の攻撃の負荷に耐えられないのか、ビキビキとヒビが入っていっている。

そして、

パリーン!

怪獣を覆っていた球体が消え去ると同時に、一つ目のバリアが砕かれた。確か四層って言ってたよね。ということは……

「残り三つだ。すぐに再生するだろうが、邪魔な触手も消えた今がチャンス。次は私が行かせてもらうよ」

言い終わらぬうちに宙を駆けるマルゴッドさん。怪獣の近くまで一瞬で下降し、その勢いを殺さぬまま足を下に向けて突進する。

「必中必倒! クリティカルブレード!」

叫びを上げて一回転し、体重を乗せたかかと落としをバリアにぶつける。接触と同時に足先から光がほとばしり、ギャリギャリとバリアを削っていっている。

「浅いか。ならっ!」

破壊には至らぬと悟ったのか、ガッ、とバリアを蹴って怪獣から少し距離をとったマルゴッドさん。連続攻撃をする気か。

「宿れ拳神! 轟け鼓動! インフィニティアソウル!」

カッ! とマルゴッドさんの体が光に包まれたかと思うと、まばたきをした瞬間にその姿はかき消えていた。ど、どこに行った!?

「下だ、主」

キョロキョロと彼女の姿を探していると、ザフィーラさんが答えを教えてくれた。って、下?

「うわ……はや」

言われた通り下を見てみると、怪獣の周りに光の軌跡が縦横無尽に生まれていた。おそらく、姿を視認するのが難しいほどのスピードで攻撃を繰り出しているんだろう。その証拠に、先ほどのかかと落としで削った箇所が徐々にひび割れていっている。はっきりとは見えないけど、同じ場所に攻撃しているようだ。

「砕け、ろぉー!」

一旦空中で停止し、とどめとばかりに雄叫びを上げて再び突撃。全体重を掛けたであろう蹴撃がバリアにヒットし、

バキーン!

甲高い音を立てて、粉々に砕け散る。仕事を果たしたマルゴッドさんは、まとっていた光を消しこちらに一時離脱してきた。……あと、二枚。

「次は私ね。ザフィーラ、場繋ぎとして攻撃しててもいいわよ?」

「ふん。壊してしまっても構わんのだろう?」

「言うわね。……天光満つるところに我はあり──」

シャマルさんが詠唱を開始。それと同時にザフィーラさんが狼形態に変身し、口を大きく開ける。あ、あれはまさか!?

『見せてやろう。これが我のとっておき……リクームイレイザーガン!』

口を開けているので喋れないザフィーラさんが、律儀に念話で技名を教えてくれる。ていうかまんまですね。せめてザフィーライレイザーガンとかにしましょうよ。

「はぁー!」

なんて思っている間に口から光線を放つ狼。放たれたビームは狙い違わず怪獣に向かい、バリアに衝突する。光を撒き散らしながら拮抗する障壁と怪光線。……今ザフィーラさんの口を無理矢理閉じたら面白い事になりそうだ。

ビキ、ビキ……

「おっ?」

バリーン!

スゴイ。なんと、本当に破壊してしまった。とっておきというのは嘘じゃなかったのか。てっきりネタかとばかり……

だけど、これで残り一つ。

「──出でよ、神の雷(いかずち)。インディグネイション!」

詠唱を終えたシャマルさんが、間髪いれずに魔法を発動。怪獣を包み込むように、紫電を走らせた透明な壁が三角すいの形で展開され、その巨体を閉じ込める。そして、間を空けずに頂点から巨大な雷が落とされる。

ズガッ!

と、轟音を響かせた雷撃は、バヂバヂと辺りに紫電を撒き散らしながらバリアを蹂躙し、あっという間に──

バギィッ!

破壊する。

残り、ゼロ。後は本体を叩くだけ!

「シグナム! あたしがダメージを与え続ける。お前は大技をかます準備してろ!」

「了解だす!……出番やで。来い、ブルー!」  

丸腰となった怪獣に突貫するヴィータちゃんの要請に、即座に応えるシグナムさん。見慣れぬ正方形の魔法陣が、宙に居るシグナムさんの横に浮かび上がる。あれは確か、召喚魔法陣だったよね。

『ギュアアアアアアアア!』

その魔法陣を突き破るように現れたのは、久方ぶりに見る、青眼の巨竜。すっかり回復したのか、羽をバッサバッサとはためかせて、辺り構わず咆哮を撒き散らしている。

「しょ、召喚魔法……しかも、あんなに強力なドラゴンを。何者なんだい、シグナム君は……」

おののいてるマルゴッドさんなんて意にも返さず、ドラゴンの横に並んだシグナムさんは剣を構え、魔法を放つ準備をする。

「ブルー、今回は共闘をしてもらうぜい。活きのいい獲物が下で調子に乗っててさあ。制裁を加えるためには君の力が必要なんだ。やってくれるよねん?」

『フッ、マカセロ』

ニヤリと口の端を吊り上げ、楽しそうな声音で答えるブルーさん。……こいつ、通訳魔法使わなくても最初っから喋れんじゃん。

「轟天、爆砕!」

ドゴオオオ!

ドラゴンに気を取られていると、眼下から破砕音が聞こえてきた。目を下に向けると、ヴィータちゃんがアホみたいに巨大化したハンマーの柄を両手で握りしめ、

「ふんぬらばっ!」

ドゴオオオ!

怪物の巨体を押し潰していた。餅つきをするように、何度も何度も。

「きりがねえ。潰したそばから回復していきやがる。シグナム、まだか!」

「今やる! 合わせろ、ブルー。……黄昏よりも昏きもの、血の流れよりも紅きもの……」

詠唱を開始するシグナムさん。それに合わせるように、ブルーアイズも口を開き発射体勢に移る。おお、まさかこんな夢のような合体攻撃が見られるとは……

「……我と汝が力もて、等しく滅びを与えんことを! よくやったヴィータ! 退け!」

「待ってたぜ! やっちまえ、シグナム!」

離脱するヴィータちゃんを横目に、まばゆい光をまとった剣を怪獣に向けて突き出し、横に居るドラゴンに話しかけるシグナムさん。

「そちらも準備は整ったか。では、ゆくぞ!」

『ガアアアアアアアアア!』

相棒であるブルーアイズが、咆哮にてそれに答える。口の中央に溜めた光がさんさんとした輝きを放っている。

そして、ついに、破滅の力と破壊の力が、共に放たれる時がきた。

「ドラグ、スレイブ(竜破斬)!」

『グルァァアアアアア!』

キュガッ!

目がくらむほどの輝きを持った二つの光線が、哀れな獲物へと解き放たれる。

同量の太さと輝きを持つ二つの光の奔流は、互いを追い抜き追い越ししながら下方に迫り、どちらが先に獲物に食らいつくかを競っているようにも見える。

そして、獲物に食らいついたのは、ほぼ同時であった。

『グ、ギャアアアアアアア!』

巨大な閃光に飲み込まれた防衛プログラムが、断末魔の悲鳴を上げる。周りに生えている触手や異形の腕が、光に触れたそばから蒸発していく。バリアを失った本体もまた、同じ運命を辿っている。

『ア……ア……』

巨大な口が、足が、胴体が、塵が風に吹き飛ばされるように、ボロボロと形を失い、消滅していく。

やがて、光の線が収縮していき、惨状が明らかになる。

大地は地面の底が見えないほどにえぐり取られ、草木一本に至るまで、砲撃の射線上にあったものが跡形もなく消え去っている。これはもう、完全勝利としか……

「……まだだ。コアが残ってしまっている。あれを破壊しない限り、再生は止まらない」

マルゴッドさんが硬い声で呟く。よく見てみると、えぐれた大地の中心にプカプカと小さな球が浮かんでいる。と、そう気付いた時、いきなりその球から触手やら化け物の顔やらが生えてきた。キモ。

『主、先ほどの魔法、もう一度だ。急げ』

「え、デスボールですか? なん──」

『いいから!』

「は、はいぃ! デスボール!」

ザクさんに急かされ、急いで杖をかかげる。が、黒い玉が出現したのは杖の先ではなく、なんとコアの真ん前。

『デアボリックエミッション……シグナム、ヴォルケンリッターの将は貴様だ。貴様がケリをつけろ』

一瞬にして半径一メートルほどに肥大化した黒い玉が、化け物を生み出していた球体を包み込む。それにより、球体から生えてくる気持ち悪い肉の塊や触手が、生まれるそばから消え去っていく。なるほど。この状態なら再生を食い止めていられる。

「シグナムさん、今です。ズバッとやっちゃってください」

「ああ、お前なら任せられる」

「行くがいい、我らの将よ」

「たまにはリーダーらしいところ見せなさいよ」

「シグナム君、頼めるかい?」

皆の声援を受けた烈火の将が、笑う。

「そうだな。たまにはこういうのも悪くはない」

チャキッと剣を構えなおし、再生と消滅を繰り返す元凶を見据える。

「……呪われし闇の書の闇よ。長きに渡る因縁、ここで断ち切らせてもらう!」

地面に降り立ったシグナムさんが、一歩一歩コアに近づきながら呪文を唱え始める。

「悪夢の王の一片よ、世界のいましめ解き放たれし凍える黒き虚無の刃よ……」

右手に握った剣に、闇が集い始める。

「我が力、我が身となりて、共に滅びの道を歩まん。神々の魂すらも打ち砕き!」

やがて、刀身はおろか柄までもが闇に包みこまれる。その姿は、剣というよりも、まるで巨大な十字架を握っているようだ。

「ラグナ──」

そして、闇がほとばしる剣の先をコアに向けたシグナムさんは、

「ブレーード!」

進行を邪魔する大気を剣先で貫きながら、

「はあああああ!」

万感の思いを込めて咆哮を上げながらコアへと突き進み、

「時の流れに埋もれて眠れ! 闇よ!」

爆発的な推進力を持って一直線に進撃し、突き刺す。

ピ、キ……

「ベルカの騎士に挑むには──」

ピキピキ……

「まだ足りん!」

パキーン!

闇が、闇を、塗り潰す。

………カ、カ、カッチョイイ!?

「……終わったか。わりとあっけなかったな」

憂いを帯びた表情で苦笑する美貌の騎士。アンタ、今すごく輝いて見えるよ。

「お、終わり? これで終わったんですよね? いきなりビームとかが飛んできて心臓撃ち抜かれたりしませんよね?」

「どうやら本当に終わったようだよ、ハヤテ君」

私を安心させるように、優しい声音で語りかけてくれるマルゴッドさん。やった、勝った。勝ったよ。初戦がラスボスクラスとかふざけた戦闘だったけど、私だってやれば出来るんだ。皆の役に立てるんじゃないか。

「やったー! やりましたね皆さん! 祝杯を上げましょう。家に帰ったらお寿司を頼みましょう。ね? ね? いいですよね?」

「はしゃぎすぎだ、主。だが、皆よくやった」

「ああ。ハヤテも大活躍だったじゃねーか」

「お寿司か。いいわね。流石に今日は夕飯作る気分じゃないしね」

「あっしはアナゴが好物でござりまする。絶対に譲らんぞ」

……シグナムさん。アンタ、落差が激しすぎるよ。さっきの凛々しい騎士はどこに消えたんだ。

『……ネムイ カエル』

「おっと、ブルーっち、ご協力感謝するでござる。今度はバトルしようぜい」

そういえば、ブルーアイズがまだ居たんだった。今回は助けてもらったことだし、帰る前にお礼は言っとかなきゃね。

「ブルーさん、おかげで助かりました。ありがとうございます。また、どこかでお会いしましょうね」

『……フッ』

出てきた時と同じように、魔法陣を通って帰っていくドラゴン。実は結構いい奴なのかもしれない。

「ん? あら、どうやら管理局が来てたみたい。戦闘に気を取られすぎてたかしら?」

皆が戦勝の余韻に浸っている中、シャマルさんが上を向いてそんなことを口走った。って、管理局!?

「あの、まずいんじゃないですか? 見つかったら捕まっちゃうんでしょう?」

「まあそうね。でも結界が壊されないうちに転移しちゃえば──」

バギィッ!

シャマルさんが言い終わらないうちに、炎の壁の一角が破られ、そこから一人の少年が飛び込んできた。今まで見てきたような魔法使いと同じように、杖を持って空に浮かんでいる。

「まったく、なんて強固な結界なんだ。……む、君達! 僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ! ここで巨大な魔力反応を検知したんだが、事情を──」 

「まったく、やっかいな……結界、修復」

シャマルさんが少年を睨みつけながら呟く。すると、破られた壁が見る間に塞がっていき、元に戻る。少年を閉じ込めたようだ。

「なっ!? 何をする……あ、き、貴様ら……闇の書の守護プログラム、だと?」

どうやらこの少年は闇の書についての情報を持っているみたいだ。……どうしよう、このままじゃ皆が捕まっちゃうよ。

「……ハンマー!」

突然、様子を窺っていたヴィータちゃんが少年に向けてハンマーの雨を降らせる。く、口封じ!?

「クッ! 問答無用か。なら、こっちも容赦はしない!」

機敏な動きでハンマーをヒョイヒョイとかわす少年。結構戦い慣れしてそうだ。

だが……

「クロノ君、私よ、マルゴッドよ! お願い、武器を収めて話を聞いて!」

「なっ!? なぜあなたが……ぐあっ!」

シグナムさんの謎の言葉に気を取られたのか、一発ハンマーを食らってしまった。……なんでマルゴッド?

「ぐ……なっ!? バリアジャケットが、解除されている!?」

その言葉通り、少年がまとっていた防護服が消え去り、私服姿が露わになっていた。ヴィータちゃんのハンマーの効果かな?

「シグナム、今だ、やれ!」

「合点承知! ぶわははははは! バーカが、女を信じるからこういう目に会うのだ。あの世で後悔してろ!」

「な、な、な……」

悲しみと恐怖と苦悩とが混ざり合ったような表情でその場に固まる少年の目前に、シグナムさんが瞬時に移動し、そのみぞおちに剣の柄の部分を叩きこむ。

「ぐっ……信じて、たのに……」

「ボーヤ、もう少し人生経験を積んでから出直してくるんだニャー」

シグナムさんの攻撃を受けて気絶する少年。地面に落下しかける体を、シグナムさんがそっと抱き抱える。

「って、その人倒してこれからどうするんですか? まさか脅迫してここで見たことを口外しないようにさせるとか?」

「いんや、もっと確実な方法があるんすよ。シャマルゥ、よろしくー」

地面に降り立ったシグナムさんが、抱えていた少年を下に降ろしシャマルさんを呼びつける。何をする気なんだろう?

「はいはい。それじゃあ、ちゃっちゃと記憶消してここからおさらばしましょうか」

「き、記憶消去ですか。そんな魔法あったんですね」

「ちょっと頭がパーになるかもだけど、構わないわよね」

「……なるべく、パーにならないようにお願いしますね」

しかし、ホントなんでもありだよなぁ、魔法って。出来ないことなんて無いんじゃないだろうか。

そんな事を考えている間に、近寄ってきたシャマルさんがしゃがみこみ、寝転がっている少年の頭に触れて魔法を発動させる。

「……記憶よ、消えろ!」

ベタな掛け声と共にシャマルさんの指先が光り、そして……

ドパーン!

と、いい音を出して、消え去った。……少年の衣服が。

「きゃあああああ!?」

『うるさいぞ、主。融合してるこっちの身にもなれ』

ま、ま、丸裸!? ちょっ、やばい、これやばいって!

「バカ野郎! 記憶消さずにパンツ消してどうすんだ!」

「え、えっと、大丈夫よ。記憶もちゃんと消えてるわよ、たぶん」

「そそそ、そんなことはどうでもいいですから! 早くなんか着せてあげてください!」

「主、そんなこと言いつつも、ベタに指の間から覗いてるのがバレバレっすよ」

「し、知りません!」

「あっはっは。君達はホント愉快だねぇ」

は、初めて見ちゃったよ。もう、もう!

「どれ、では私のジャージでも掛けてあげるかな」

マルゴッドさんが騎士甲冑(バリアジャッケットって言うんだっけ?)を解除し、着ていたジャージを素っ裸の少年に掛けてあげる。なぜか胸のところに『まるごっど』と刺繍されている。

「主よ、またいつ結界が破壊されるやも分からん。早くここを離脱するぞ。」

「そ、そうですね。それじゃ、……あ、グレン号回収しないと」

と、いうわけで、少年を置き去りにし、グレン号の下へと舞い戻る。あっという間に到着した私達はグレン号を回収し、ひとまず落ち着ける場所に行こうということで、私の家へと転移するのであった。




「主、初めて男のあれ見たんすよね。ご感想は?」

「死んでしまえ!」



[17066] 三十七話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:12
プルルルルルル、カチャッ!

『へい、こちら超神田寿司、てやんでい!』

「元気がいいですね。特上七人前、出前お願いします。住所は、×××の△△△です」

『特上七人前だね。待ってな、嬢ちゃん。あっという間に届けてやるよ、てやんでい!』

ガチャッ!

「……江戸っ子?」

それはともかく、お寿司が待ちきれない神谷ハヤテです。





管理局から逃れ自宅へと転移した私達は、凱旋(がいせん)を祝うためにお寿司を取ることにした。美味しい物を食べれば疲れも取れるしね。

「七人前って、私も一緒していいのかい?」

注文を終え受話器を戻した私に、皆と同じようにソファーに身を沈めたマルゴッドさんが、素っ頓狂な質問をしてきた。何を言ってるんだろうか、この人は。

「当り前じゃないですか。今日一日で、マルゴッドさんには返しきれないほどの恩ができてしまったんです。これくらいさせてもらわないと罰が当たっちゃいますよ。あ、勿論おごりですからね。後でお金払うなんて言わないでくださいよ?」

「そうそう、これくらい付き合ったっていいじゃんか。人の好意は素直に受け取るもんだぜ」

ヴィータちゃん、ナイスアシスト。

「……そう、だね。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

うんうん。人間素直が一番。なにより、ちゃんとしたお礼がまだだったから、すぐに帰られたくないしね。

「ハヤテちゃん、そろそろ融合解除してもいいんじゃないかしら? お寿司運んできた人が腰抜かすわよ。あと羽が鬱陶しいし」

あ、そういえばずっとこの厨二スタイルのままだった。でも、元に戻るにはどうしたらいいんだろうか?

「えーと、ザクさん。分離したいんですけど、お願いできますか?」

こういう時のザクさん頼みってね。

『……主、その話の前に、寿司の件なんだが。七人前というと、私の分も入っているのか?』

「え? そんなの当然じゃないですか。やっと本の中から出てこられたんです。一緒にご飯食べながらお喋りするの、楽しみだったんですよ?」

『そ、そうか。楽しみだったのか……フフフ』

なにやら嬉しそうに笑う声が頭の中に響く。彼女も久しぶりに他人と会話できて喜んでるのかな。

『おっとそうだ、解除だったな。待っていろ』

まだ嬉しそうな声音でそうザクさんが答えた瞬間、背中に生えていた黒い羽や身に付けていた服(騎士甲冑?)が光りの粒となって消え去る。そして、気が付いた時には私は普段着を身に付けていて、実体化したザクさんにお姫様だっこされていた。

「あ、解除したら足は動かなくなるんですね。どうもご迷惑をお掛けしてすいませんね」

「い、いや、気にするな」

頬を赤く染めたザクさんが、傍らに置いてあったグレン号に私を座らせてくれる。……この人、実は結構シャイなんじゃないだろうか? いや、人と触れ合うことに慣れてないだけかもしれないな。ずっと本の中に居た訳だし。

「あるじー、寿司が来るまでどうしまするか? 皆でゲームでもやる?」

「あ、それもいいですね。マルゴッドさんの腕前も見たかったことですし」

「いや、ちょっと待ちたまえ。闇の書関連で、まだやることが残っているじゃないか」

やること? そういえば、ラスボス倒してエンディング迎えた気になってたけど、なんか忘れてるような……

「すっかりと忘れていたが、プログラム改変の途中であったな」

「あ、そうでしたね。それがありました」

ザフィーラさんの言葉でやっと思い出したよ。防衛プログラムの破損とかいうの直してそれっきりだったんだっけ。

「そういうことだ。ハヤテ君、お寿司が来る前に直したいから、闇の書を貸してくれるかな」

是非もない。これで命の危機が無くなるっていうんだ。貸すどころかあげちゃってもいいくらいだ。……いや、それだと皆がマルゴッドさんに持ってかれちゃうな。やっぱり貸すだけにしとこう。

「どうぞ。……ところで、もうさっきみたいなトラブルはおきませんよね?」

「ToLOVEる? 主、また少年の裸が見たいんすか。あんたも好きねぇ」

「違います! 怪獣のことです!」

茶化さないでほしいものだ。思い出しちゃうじゃないか、もう。

「はは、安心したまえ。もう絶対にあんなヘマはしないよ。それに、流石にジジイの置き土産はあれ一つだけだと思うしね」

「その慢心がさっきの事態を引き起こしたんでしょうが。あなた、後悔はしても反省はしないタイプ?」

「うぐ……」

シャマルさんの辛辣な苦言に顔を引きつらせるマルゴッドさん。この人、意外と自信家なところがあるからなぁ。

「そ、そうだね。慎重に慎重を重ねて直すとするよ。……ゲシュペンスト」

気を取り直した自信家ガールがデバイスを起動させ、指先から触手、もとい、白いヒモを出現させ本の表紙に突き刺す。ああ、これでようやくバトル三昧の日々からおさらばできる。シグナムさんには悪いけど、やっぱり平穏な暮らしが一番だからね。

「いの一番に改変すべきは、ハヤテ君の身体を蝕む呪いだね。これさえ消せば、麻痺の進行が止まるどころか、ハヤテ君の足は徐々に機能を取り戻していく。というわけでさっそく、ちょい、ちょいっと」

鼻歌なんぞ歌いながらヒモを操作するマルゴッドさん。この人、やっぱり後悔しても反省しないタイプだ。どこら辺が慎重なんだか。

「おい、そんなんで本当に──」

「デリート完了、と。ん? ヴィータ君、どうかしたかい?」

「……なんでもねーよ」

納得いかねー、って感じのヴィータちゃん。気持ちは分からないでもない。それにしてもこの人ほんと凄いな。ほんの数秒で私の命を救っちゃったよ。

「お次は、防衛プログラムの生成だね。またあんなことがないように、ちゃんとしたセキュリティを構築しとこう。ふんふーん……と、はい、出来上がり」

「お前、私が懸念していたことを、そんなアッサリと……」

なにやら愕然としているザクさん。よく分からないが、またもや凄い事をやってのけたらしい。

「さて、残るは無限再生機能と転生機能なわけなんだが。……ヴォルケンズの諸君、君達はハヤテ君が天寿を全うした後、また別の主の下へと転生することを望むかい? 永遠に生き続けることを望むかい?」

突然、真面目な顔つきになったマルゴッドさんが皆にそう問いかける。……そうか。今の状態だと、私が死んだら皆は闇の書と一緒にどこか遠い世界の主の下に行っちゃうんだ。皆、それをどう思っているのかな?

私が少し不安げな表情で皆を見守る中、まったく悩む様子もなくそれぞれが言葉を返す。

「あたし達は今までたくさんの主の下を渡り歩いてきた。その中で、ハヤテほどの最高の主は居なかった」

……ヴィータちゃん。

「ハヤテちゃん以外の主に仕えるなんて、もう考えられないわね」

……シャマルさん。

「そうだな。主と生涯を共にすることが、もはや我らの使命のようなものだな」

……ザフィーラさん。

「ウチら、結構長く生きてきたけど、これから後何十年も生き続けられるじゃん。それだけ人生楽しめたら、悔いは残らないっしょ。それに、やっぱりこの主が居ないと物足りないだろうからニャー」

……シグナムさん。

「永遠に続く破滅と転生。それが終わりを告げようとしているのだ。ならば、私達も終焉の時を迎えなければなるまい。……主と共に生きた、その後で、な」

……ザクさん。

「……ふふ、愛されてるね、ハヤテ君?」

茶化すように聞いてくるマルゴッドさん。うん、でも、そうだな。

「……ええ。私は世界一幸せな主のようですね」

ここまで慕ってくれるなんて、主冥利に尽きるというものだ。嬉しくて、思わず涙が……

「う……ぐす……ひっく……」

「あーっ! 泣~かしたー、泣~かしたー。せ~んせいーに言ってやろ~」

「ハ、ハヤテ、泣くなよ。あたしまで泣きたくなって……うう、ぐす……」

もらい泣きをしてしまうヴィータちゃんと私を、皆が生暖かい目で見ている。うう、気恥ずかしい。神谷ハヤテ、一生の不覚だ。

「うん、いいものを見せてもらったよ。まさに理想的な主従関係だね。……さて、それじゃあ最後の仕上げといきますか」

鼻をすすっている私とヴィータちゃんを尻目に、相好を崩したマルゴッドさんがプログラムの改変作業に移る。……これで私と皆は一蓮托生か。長生きしないとね。

「……ふう。完了っと。これで懸念事項は全て解決したわけだけど、……ちょっと気になることがあるんだよね」

「ん? なんだよ」

息を吐いて安堵の表情になったマルゴッドさんだが、すぐに眉にしわを寄せて呟いた。

「いや、所どころにバグのようなものが見られるんだよ。原因は分からないけど、守護騎士プログラムや蒐集機能に若干のバグがね。今のところ特に不都合は無いみたいだけど、どうする? 直すかい?」

「ああ、それかよ。……って言ってもなぁ。もう今となっちゃどうでもいいような気がすんだけど……」

「性格や言動が変化したってやつですね。……まあ、そうですねぇ。むしろ、いきなり性格が変わったら私が対応に困るのですが……皆さんはどうしたいですか?」

今のままでもいい気がするんだけどなぁ。

「大きく変化したのはシグナムくらいなのよねぇ。今のハッチャけた性格と、昔の堅物な性格。どっちがいいかしら?」

「いや、貴様らも十分変化してると思うが……」

「ん~、僕は今のままがいいかなー。昔の自分と比べて、なんかこう、解き放たれたって感じがするんだよね~」

「たぶん、パンドラの箱に入っていたものが解き放たれたんだと思うぞ。厳重に管理しとけよ」

「我もこのままで構わん。不満など無いしな」

こうして、皆があれこれと話し合った結果、

「今のままにしといてくれ。なにか不都合が起きたらお前を呼ぶからよ」

ということになった。私もこれには賛成だ。堅物なシグナムさんというのも見てみたいけど、やっぱりシグナムさんはハッチャけてないとね。……たまにハッチャけ過ぎるのは問題だけど。

「そうかい。なら、私のやることはもう無いね。……ああ、長かった。父さん、母さん、姉さん、おじいちゃん、おばあちゃん。一族の皆。……やったよ。私、とうとうやったんだ。救うことが出来たんだ。これで、ご先祖様も少しは浮ばれるかな……」

肩を震わせて誰にともなく呟くマルゴッドさん。……本当にご苦労様でした。

ピンポ~ン!

『超神田寿司、お届けにあがりましたー! てやんでい、バーロー!』

「おっ? 寿司? 寿司っすね? 待ってました! 今行くぜい」

「あ、シグナムさん待ってください。あなたお財布持ってないでしょう」

ルンルン気分で突っ走るシグナムさんの後に続き、玄関まで寿司を受け取りに向かう私。にしても来るの早かったな。

「嬢ちゃん、どうだい? あっという間だったろ?」

「ええ、本当に。今度からひいきにさせてもらいますね?」

「嬉しいこと行ってくれるねぇ、てやんでい。さあ、特上七人前、お待ち!」

玄関で出迎えたのは、江戸っ子口調が似合わない綺麗な女性だった。代金を支払うと、お寿司の入れ物を私の代わりにシグナムさんが受け取ってくれる。

「まいどあり! 今後とも超神田寿司をごひいきに、てやんでい!」

「はい、どうもご苦労様でしたー」

元気よく去っていくお姉さん。寿司屋の人って皆ああなのかな?

「スーシ、スーシ。アナゴ、アナゴ、アナ………ぶるあああああああ!」

気分が良さそうに歌いながらリビングへと寿司を運ぶシグナムさん。お寿司、そんなに好きなのかな。





「うめー! ギガうめー!」

「ほんと、美味しいわ。今度にぎり寿司に挑戦してみようかしら」

「ワ、ワサビが鼻に……」

「ザフィーラさん、今取ってあげますからじっとしててください」

「人間はぁ、平等ではなぁい! そして、不平等は悪ではない! 平等こそが悪なのだ! オール・ハーイル・ヴリターニア!」

「貴様!? 私のアナゴを取るな!」

「ふははははは! 競い、奪い、獲得し、支配しろ! その果てに未来があるのだ!」

「では、そのウニをいただくとしようかな」

「ぬあー!? マル助、貴様!」

現在、寿司パーティーの真っ最中。流石に特上なだけあって、美味しいこと極まりない。そこかしこで奪い合いまで行われてるし。もう少し静かに食べられないものかな。

「どうです、マルゴッドさん。楽しんでますか?」

「ああ、楽しいよ。こっちの世界ではいつも一人で弁当をもそもそ食べてるだけだから、こうして大勢で食卓を囲むというのは久しぶりだ。ハヤテ君には感謝しないとね」

またこの人は……感謝するのはこっちの方だってのに。そこのところを分からせる必要があるな。

「皆さん、寿司の略奪は一旦ストップして、ちょっとこっちに来てください。あ、マルゴッドさんはそのままで」

「ん?」

いぶかしむマルゴッドさんの前に皆を集めて、感謝の意を伝える。

「ちゃんとしたお礼がまだでしたから、今言ってしまおうかと。マルゴッドさん、今日は本当にありがとうございました。あなたは命の恩人です。感謝してもしきれません」

「お、おいおい、よしてくれたまえ。私が好きでやったことだ。そこまでかしこまられると、こっちが委縮してしまうよ」

「いや、謙遜することねーぜ。お前はそれだけのことをしてくれたんだ。あたしからも、改めて礼を言わせてもらう。ありがとよ」

「ヴィータ君……」

「あちきもー。主のピンチを救ってくれてサンキュー。愛してるぜ!」

「シグナム君……」

「そうね、あなたには感謝してるわ」

「うむ、よくやってくれた」

「あれだけのことをしてくれたのだ。私も礼を言わん訳にもいくまい。恩に着るぞ、マルゴッドとやら」

「君達……」

皆からの賛辞の嵐に、目を丸くしているマルゴッドさん。自分のやったことにもう少し誇りを持てばいいと思うんだけどな、この人は。

「……嬉しいよ。こんなに嬉しいことは無い。思えば、その『ありがとう』の一言が聞きたくて、今までがむしゃらに闇の書を探してきたのかもしれないな、私と、私の一族は」

頬を緩ませた彼女は、ポツリとそうもらす。

「それなら、あなたの家族にもお礼の言葉を伝えてください。ありがとうって。あなた達のおかげで、一人の少女とその従者達が救われたって」

「……ああ。そうするとしよう。きっと皆も喜ぶ」

こうして、ヴォルケンズの皆と同様に、長い間続いた闇の書と彼女達一族の因縁は、今日を持って断ち切られたのだった。物語は、やっぱりハッピーエンドじゃなきゃね。

「……さて、お寿司もいただいたことだし、私はここらでおいとまさせてもらうとするよ」

「あれ、もう帰るんですか? もしよろしければ、泊まっていってもらおうと思ったのですが……」

あわよくば、お風呂にて生乳を……

「それは嬉しい申し出だ。でも、早く私の家族に今日の出来事を伝えたいんだ。すまないね」

そっか。それなら仕方ない。マルゴッドさんの家族、きっと喜ぶよね。

「おっと、そうだ。ハヤテ君、よかったら今度、またここに遊びに来てもいいかい?」

「ええ、それは勿論。ゲームで対戦出来る日を楽しみにしてますよ。……あ、住所、分かります?」

「ふふ、さっき電話で注文する時言ってたじゃないか。それにしても驚いたよ。まさかこんなに私の家と近かったなんてね。灯台もと暗しと言うかなんというか」

ん、近い? 確か、遠見市とかいう所に住んでたんだよね、マルゴッドさんは。

「そんなに近いんですか?」

「ああ、近いとも。少し電車に揺られればあっという間に着いてしまうくらいにね」

近っ。まったく気付かなかったよ。場所の確認くらいしとけばよかった。

「では、また会おう。そのうち遊びに来るよ」

マルゴッドさんがそう言うや否や、彼女の足元に魔法陣が現れる。転移する気か。……あ、そうだ。

「マルゴッドさん。次に会う時には、いつものあの喋り方でお願いしますね。失礼ですが、あちらの方がなんだかマルゴッドさんらしくて……」

「はは、そうだね。私もあちらの方が調子が出るんだ。……それじゃ、帰るとするよ。あ、そうそう。騎士諸君、最後の主と幸せに暮らすんだよ? では……カイカイ!」

最後の最後にそう告げて、自信家で、少しおっちょこちょいで、オタクで、心優しい英雄は、転移していったのであった。

「……へ、言われるまでもねえ。これからハヤテが死ぬまでずっと、幸せに暮らしてやるよ」

「あるじー、いきなり事故でおっちんだりしないでくだせえよ?」

「……ええ、そうならないように、気をつけないといけませんね」

これから、皆で楽しく過ごしていくにはね。





「そういえば、さっきから気になってたんだけど、ハヤテちゃんはどうしてこの子をザクさんなんて呼んでるの? 名前をつけてあげたの?」

お寿司もあらかた片付け終わり、お茶を飲みながら皆で雑談していると、シャマルさんがザクさんを見ながらそんなことを言ってきた。

「そういやそうだな。ていうか、つけるならもっとマシな名前にしようぜ」

「え? ザ・クリエイターって名前じゃないんですか? ご自分でそうおっしゃってましたけど」

「……主、それは便宜上の名だ。私にはまだ正確な名前はついていない」

そうだったんだ。でも、いつまでも名無しのごんべいじゃかわいそうだな。

「そうですか……それなら、皆で名前を考えてあげるというのはどうでしょうか。流石に、これから一緒に暮らしていく中で、管制人格さん、とか、ザクさん、とか呼ぶのは気がひけますし」

「いいのか? では、なるべくカッコイイ名前を頼む。飛影とか、庵(いおり)とか、アシタカとか」

そうだなあ。カッコイイ名前か。色々ありすぎて悩んじゃうな。

「ヤムチャ! ヤムチャにしようぜい。これぞお前にピッタリの名前じゃん」

「却下だ。サイバイマン程度に殺されるほど、私は弱くない」

なんで知ってるんだろうか。あ、皆に放置されている時にでも読んでたのかな? ……本が本を読む、か。なかなかにシュールだ。

「さっちんなんてどう? 幸薄そうであなたにピッタリじゃない?」

「貴様は私をなんだと思っているのだ」

「じゃあアクセラレータなんてどうだ。強そうでカッコイイし」

「悪くは無いが……やめたほうがいい気がする」

「ではシルバはどうだ。銀髪だし」

「なんで貴様らはマンガのキャラばっか選ぶんだ」

あーだこーだと皆が議論しているが、なかなかいい名前が決まらないまま時間だけが過ぎていく。

「あーもー! こうなったらハヤテに決めてもらおうぜ。主なんだし」

「それがいいわね。さっきから黙ってるけど、なにかいい名前が思いついたんじゃないの?」

「そうなのか、主?」

期待を込めた目で私を見つめる皆。しょうがない。真打ち登場と行きますか。

「ふふ、とっておきのがありますよ。もうこれしかないってのが」

「ほう、楽しみだ。私を失望させてくれるなよ、主」

その顔、今すぐ歓喜にあふれさせてくれるわ。

「いいですか。あなたの名前、それは──」


これから、よろしくお願いしますね。新しい家族さん。


「私を『強くする』もの、という意味で──」




「──リインフォース」








あとがき

と、いうわけで、闇の書蒐集編、終了となりました。少々強引に解決させてしまった気もしますが……

まだ課題は残っていますが、またしばらく、というか、かなり長い間まったりとした日々が続きます。むしろこっちが本命のようなものですから、この作品は。

さて、一区切りついたところで、次は番外編、と見せかけて、『外伝その一、賭博黙示録ハヤテ』をお送りします。ハヤテが、なのは、アリサ、すずかに挑みます。この外伝とは、作者が突発的に書きたくなった話を、一話完結方式でまとめる、といったものです。今後も唐突に出現するだろうと思いますので、その時は、またこんなバカ話を……といった感じに流していただけると幸いです。本編とやってることはあまり変わりませんが、本編は時系列に沿った現在の話を。外伝は過去、及び未来の話を書くつもりです。

まだまだ話は続きます。



[17066] 外伝 『賭博黙示録ハヤテ』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:14
「ハヤテ、あんた麻雀できる?」

「ええ、たしなむ程度ですが。それがどうしたんですか?」

「なら話が早いわ。あんた、私の家に来なさいよ。これからみんなで麻雀やるわよ」

「……ほほう」

勝負事には目が無い神谷ハヤテです。





今日は休日。もはや習慣となったように、私と仲良し三人娘は駅前に集まり、本日の予定をどうするか話し合っていた。いつもだったらカラオケでアニソン三昧か、ゲーセンで格ゲー三昧、もしくはゲマズのカードゲームスペースでデュエル三昧などがセオリーなのだが、今日は少々趣(おもむき)が異なっていた。

なんと、金髪の少女、アリサちゃんの家に招待されたのだ。まあ、パーティーやディナーのお誘いではなく、麻雀のお誘いなのだが。

「みんなで、ということは、皆さんも麻雀ができるのですか?」

「当り前じゃない。それくらい淑女のたしなみよ。ねえ、すずか」

「そうだねぇ。麻雀くらいはできないとね」

「私は淑女じゃないけど、麻雀できるよ?」

あれ? 今ここに麻雀できる幼女が四人もいるよ。日本ってこういう国だったっけ?

「ハヤテならできると思ってたわ。というわけで、鮫島! 車を出してちょうだい」

「かしこまりました。さあ、皆さま、どうぞお乗りください」

どこからともなく現れた執事っぽいおじさんが、いつの間にか近くに駐車してあった車(ベンツ)へと私達を押し込める。え、なにこの超展開。

「時間が勿体無いわ。飛ばしてちょうだい。ゴー! ゴー! ゴー!」

「いや、ちょっ……」

こうして、まるで誘拐されているかのような不安を感じながらも、私達一行はアリサちゃんの住む屋敷へと連れ去られるのであった。





「うわー、すごい広いですねー」

さして時間も掛からずに到着した私達は、車から降りると同時に屋敷内へと案内され、アリサちゃんの自室へと通されるのだった。ここまで歩いてきて分かったことは、アリサちゃんの家はとてつもなく大きいということだ。前々から思ってたけど、やっぱりかなりの金持ちだったんだな。

「さあ、ここが私の部屋よ。入って入って」

ドアを開けたアリサちゃんに促され、部屋へと足を踏み入れる私達。

「……なかなかいい趣味をお持ちのようで」

「でしょう? 集めるのに苦労したんだから」

入室した私の視界に飛び込んできたのは、木刀を持った少女が睨んでるポスター、日本刀を持った少女が睨んでるポスター、杖とマントを装備した女の子が睨んでるポスター、壁に据え付けられたごっつい甲冑、マンガが敷き詰められた本棚、各種ゲーム機などなど。そういえば、私の部屋もこんな感じだったなぁ。

「自分の部屋に居ると思ってくつろいでいいわよ」

「むしろここが自分の部屋だと錯覚してしまいそうです」

他人とは思えないな、アリサちゃんは。

「やっぱり、いつ来ても落ち着くよねぇ、アリサちゃんの部屋は」

栗色の髪の女の子、なのはちゃんがソファーに腰を下ろし、部屋を眺めている。

「そうだね。ポスターに囲まれてると、心が和むよね」

同じように、おっとりした感じの女の子、すずかちゃんもソファーに座っている。私はグレン号の上に居るから座る必要ないんだけど、フワフワで気持ちよさそうだな、あのソファー。

「あんたたち、準備できたわよ。こっちに来なさい」

部屋の中央でごそごそやっていたアリサちゃんが、キョロキョロと周りを見渡していた私達を呼んだ。言われた通り寄っていくと、中央には透明なテーブルが置かれており、その上に麻雀セットが用意されていた。

「さあ、準備は万端。さっそく始めるわよ」

腕まくりをして牌を麻雀マットの上にばらまくアリサちゃん。すごく楽しそうだ。

「てっきり全自動麻雀卓でもあるのかと思いましたが、普通のテーブルでやるんですね」

「そんなの面白味が無いじゃない。牌はやっぱり自分でかき混ぜて、自分で山を作らないとね」

ほう、よく分かってるじゃないか。その意見には賛成だ。

「あ、席順決めようか。サイコロ振るね~」

なのはちゃんがサイコロを手に取り、マットの上に転がす。場所決めをサイコロで決めるとは、わりと本格的だな。お遊び麻雀かと思っていたが、舐めていたら痛い目を見るかもしれない。

「……と、よし。席順は決まったわね。次は親決めよ」

サイコロの結果、反時計回りに、私、アリサちゃん、なのはちゃん、すずかちゃんの順になった。私はグレン号から降りて、席に置かれていたクッションに腰を下ろす。

そして、お次の親決めのサイコロの結果、親がアリサちゃんに決定。

「あー、この感覚、久しぶりね。燃えてきたわ」

「にゃはは、みんな、お手柔らかにね~」

「負けないんだから」

「皆さんのお手並み、拝見させてもらいますね」

それぞれが視線を交わし合い、静かに闘志をみなぎらせる。……この子達、どうやらお遊びで打つつもりはないらしい。ならばこちらも相応の気迫を持ってお相手しなければなるまい。

「ハヤテ、あんたのやる気、伝わってきたわよ。そうこなくっちゃね」

ニヤリと笑い、こちらを見つめるアリサちゃん。私の闘気を感じ取るとは、なかなか、やる。

「やる気は十分、気迫も十分、相手にとって不足はないわ。さあ、始めるわよ。仁義なき戦いを!」

こうして、ノリノリのアリサちゃんの合図の下、幼女四人による麻雀バトルの火蓋が切って落とされたのであった。





「鮫島! タコスをここに。絶対に切らすんじゃないわよ」

「御意」

東一局。山を作り、配牌を始める直前、忍者のようにいきなり現れた執事さんに、アリサちゃんが謎の指示を下す。タコスって、なんで?

「わ、いきなり出た、アリサちゃんの願掛け。これは気が抜けないね」

「うん。しかも東一局で親。最初っから修羅場だよ」

なのはちゃん、すずかちゃんが警戒心を露わにし、運ばれてきたタコスを貪り食うアリサちゃんを見る。……願掛けか。たまに居るんだよな、なにか特定の行動を取っていると良い配牌がくるって信じる人が。実際はそんなんありえないけど、この二人の反応を見るに、もしかしたら本当に効果があるのかもしれないな。一応用心しておこう。

「もぐ……はぐ……ふう。待たせたじぇ。配牌を始めるじょ」

なんか口調がおかしくなってる……

「ハヤテちゃん、気にしないでいいよ。アリサちゃん、麻雀してる時はいつもこうだから」

左横に居るすずかちゃんが説明してくれる。これも一種の願掛けなのかな。……って!?

「す、すずかちゃん? その腕に繋がった手錠と頬に付いてるタトゥーシールはなんですか?」

「あ、これ? シールは願掛けみたいなもので、手錠はちょっとした封印、かな。これも気にしないでね。僕も麻雀する時はいつもこの格好だから」

一人称まで変わってる……

「そうそう、気にしないでいいのですよ。にぱ~☆」

なのはちゃん、あんたもか……

皆の変貌ぶりに驚きつつも、配牌は終了。ようやく東一局が始まった。

「くふふふふ、来たじぇ来たじぇ~。私の時代が来たー! ダブル、リーチ!」

カッ!

「んなぁ!?」

ばかな、早すぎる。なんだこの速攻リーチは。願掛けってレベルじゃねーぞ!

「くっ、やっぱり序盤は鬼のように強いのですよ、アリサちゃんは」

山から牌をツモりながら、戦慄の表情で呟くなのはちゃん。序盤は勢いがあって、後半で失速するタイプなのか? どこの女子高生だよ。

「当たりがまったく読めない……お願い、通って!」

トンッ

なのはちゃんが捨てたのは、白。まあ、妥当だろう。

「く、くくく、ざーんねん! 通らないじぇ! ロン! ダブリー、一発、チートイ、ドラドラ! 親っパネ、18000点いっただきー!」

「いやあああああ!?」

は、白単騎待ち、だと? こんなん読める訳がない。なのはちゃんが犠牲になってくれて助かった。

「うう、人でなしなのですよ、アリサちゃんは……」

「勝負事に容赦は必要ないじぇ。ほら、さっさと点棒よこせ」

なのはちゃんが睨みつけながらアリサちゃんに点棒を渡す。これで、アリサちゃんが43000点。なのはちゃんが7000点か。最悪、次の局でなのはちゃんがハコテンになる可能性もある。……このまま何もせずに終わらせられるか。アリサちゃんをなんとか引きずり降ろさないと。

「ふっふーん、バリバリいくじぇ」

山を作り、再び配牌。親はアリサちゃんのままだ。

「あれ? 親が続いたのに、連荘符(レンチャンフ)は出さないでいいんですか?」

「ああ、言ってなかったじぇ。私達のルールでは連荘符は無しなんだじょ。いちいち面倒だし」

ふーん。まあ、有っても無くてもいいようなルールだからなぁ。別に構わないか。

「……ふむ」

山から取った牌を並べ、思考を切り替える。やはり、ここは勢いのあるアリサちゃんを潰すべきだな。……点数的にも、精神的にも。幸い、その為に必要な手牌は揃っている。……勝負事に容赦は必要ない、か。アリサちゃん、その言葉、その身に受けるといい。

トンッ

一巡目、アリサちゃんが牌を捨てる。捨てた牌は、リャンピン。

「それ、カンです」

アリサちゃんの捨て牌を引き寄せ、四つのリャンピンを脇に並べる。

「そんなんカンしてどうするんだじょ? 字牌やヤオチューハイならまだしも……」

「ふふ、どうするんでしょうね?」

眉をひそめるアリサちゃんを横目に、リンシャンパイをツモる。……よし、やはりカンはいい。私の望む牌がやってくる。

その後、私が牌を捨ててから皆に目立った動きは無く、三順ほど巡る。そして、アリサちゃんが捨てた牌を見て、私は再びそれを食う。

「もいっちょカンです」

「今度はイーソー? 訳わかんないじぇ」

これで、二つ。ククク……

「そんな訳わかんないハヤテには、お仕置きだじぇ。……リーチ!」

私が捨てた後、牌をツモッたアリサちゃんがまたもやリーチ。やはり勢いづいている。だが、勢いが激しいほど、失脚した時のダメージも大きいというもの。

トンッ

リーチ棒と共に、アリサちゃんが牌を捨てる。それをぉ……

「さらにカンです」

「げっ!?」

淑女にあるまじき声を上げて驚くアリサちゃん。さあ、これで三つのミンカンが出来て、サンカンツ確定だ。

「どうやら、今この場を支配しているのはアリサちゃんかと思ったけど、それはハヤテちゃんだったみたいだね……」

「う……く」

すずかちゃんの言葉にたじろぐアリサちゃん。ふふ、ようやく気付いたか。カンをしてからの私は並じゃないのだよ。

脂汗を浮かべるアリサちゃんを見ながら、私は再びリンシャンパイをツモり、安全牌を捨てる。

「さ、どうぞ、アリサちゃん。あなたの番ですよ。リーチをしている、あなたの」

「ぬ、ぐ……舐めるなぁ!」

私の挑発に熱くなったアリサちゃんが、勢いよく牌をツモる。そして、その牌を見たまま動かない。

「おや、どうしましたか? アガりでないならその牌を捨ててくださいよ。さあ」

「ふぬぬぬぬぬ……」

徐々に牌を持った手を下ろしていき、ツモッた牌を捨てる。捨ててしまう。……ククク、アッハッハッハ!

「それ、ロンです」

「ひいいいいい!?」

「トイトイ、サンカンツ、ドラドラ。ハネ満、12000点です。びた一文まかりませんよ」

「なんというサド気質。執拗なミンカン責めの挙げ句にこの仕打ちとは」

「僕だったら心が折れるね」

だって、それが目的だもん。出る杭は打たれるのが世の常ってね。これでしばらくはアリサちゃんも大人しくなるだろう。

「うう……」

もくろみ通り意気消沈したアリサちゃんから点棒をもらう。これで現在のトップは私だ。このまま突き放して……

──カナカナカナカナカナ──

「はっ!?」

なんだ? どこからかひぐらしが鳴いている気がする。窓は閉まってるし、近くに木も無いのに……

「……そろそろ部活モードはおしまい。オヤシロモードに入らせてもらうのですよ」

「来たわね、なのは……」

「これからが本番だね……」

突然、なのはちゃんを取り巻く空気が一変した。いや、空気だけじゃない。その表情までもが、ほんわかしたものから、獲物を上空から狙う鷹のような目つきに変化している。それに、気のせいか、なのはちゃんの背後に角の生えた女の子の姿が一瞬見えた気がする……

「親は私。さあ、加速するのですよ」

チャチャッ! カカカンッ!

「なっ!? 早い!」

なのはちゃんが宣言すると同時に、散らばっていた牌をあっという間に揃え上げ、自分の山を作ってしまった。なんという牌さばきだ。先ほどまでとは比べ物にならないじゃないか。

「なのは、あんた今……」

「ん? 私がどうしたのですか?」

「く……なんでもないじぇ」

悔しそうな表情で下唇を噛み締めるアリサちゃん。一体どうしたんだろうか。

「フフフ……」

不敵な笑みを浮かべながらサイコロを振るなのはちゃん。出た目は、10。すずかちゃんの山からなのはちゃんの山へと牌を取っていくことになる。

「やっぱりか……」

「これはちょっとまずいかな……」

正面に居るなのはちゃんとは対照的に、横の二人の顔色は優れない。なんだ? なにが起こるというんだ?

不安感を抱きながらも、私は皆と同様に山から牌を取っていく。揃えた手牌は……かなり良い。すでにイーシャンテン、かつ中が三枚ある。テンパイしている時にこれをカンすれば、私の必殺技、嶺上開花(リンシャンカイホー)が炸裂する。それに、今の状態でカンしても、リンシャンパイで確実に有効牌を引ける自信がある。

「……」

「……」

ふと、猛禽類のような目つきをしているなのはちゃんと目が合う。

ニヤリ

「ッ!?」

や、やばい。普段の彼女からは考えられないほど、邪気が溢れた笑みを浮かべやがった。奴は危険だ。絶対にアガらせちゃいけない。ここは安手でもなんでもいい。早くアガることだけを考えて打とう。

トンッ

親のなのはちゃんが牌を捨てる。次にすずかちゃん。そして私。しばらくは、トンッ、トンッ、と牌を捨てる音だけが室内に響く。……静かすぎる。なんだこれは。嵐の前の静けさだとでも言うのか。

「……お」

やがて、場に変化が訪れる。五順目、私の下に四枚目の中が入ってきたのだ。

これはもうアンカンをするしかないだろう。最低でもテンパイにはなれるんだ。もうこの静寂には耐えられない。

そう思い、四枚の中に手を掛け、私は……

「カ……」

──待て! 奴をよく見ろ!──

……カンをしようとしたのだが、どこからか声が聞こえてきて、思いとどまる。今の声は、まさか……いや、その前に奴を見ろとはどういう意味──

「ひっ!?」

正面に居るなのはちゃんの顔が……般若になってる!?

『どうしたのですか、ハヤテちゃん? 今、なにをしようとしたのですか? まさか、カンとか? なんで止めちゃうんですか? ハヤテちゃん。ねえ……ねえ!』

こ、声が合成音みたいに聞こえる。怖っ! げ、幻覚? 幻聴? いや、なんでもいい。とにかく、中をカンするのはやめだ。さっきから私の中で警鐘が鳴りっぱなしだよ。理由は分からないけど、カンをしたら私は破滅する。そんな気がする。

トンッ

取り敢えず中は手元に取っておいて、無難な牌を捨てる。

『……はっ、このいくじなしが』

なのはちゃん、絶対何かに取り憑かれてるよ……

「………ふう、流局ですね」

その後、誰もアガることなく流局となる。そして、ノーテン罰符の確認を行うため、牌をさらし合った時、私は警鐘の意味を知ることになった。

「あーあ、テンパイしてたのに、残念なのですよ」

「こ、……国士無双、中待ち……」

あっぶねー! これ、カンしてたらチャンカンで国士無双直撃してたよ。しかも親の役満だから、48000点。……一気にハコテンになるとこだった。

「こ、こ、こえー……」

「よくあそこでカンしなかったわね」

「ヒヤヒヤものだったよ、あれは。うん、よく我慢したね」

横の二人から賛辞(?)の言葉が送られてきたが、素直に喜べないな。あの一喝が無かったら、私は今頃自分の愚かさを呪いながら涙を流していただろうから。……借りができたね、相棒。

「それにしても、よくここまで揃えられましたね。しかも、さっきの反応からすると、かなり早い段階でテンパイしていたようですけど……」

「み~。オヤシロ様が力を貸してくれたのですよ」

「よく言うわ。自分で積み込んだくせに」

つ、積み込み? あの速さで? そんなん人間技じゃないって。しかも、それが本当なら、サイコロまで狙った目を出したことになる。どこの雀聖だよ、なのはちゃん。

「み~? なんのことだか分からないのですよ」

「ぐ……相変わらずこの時だけは腹黒いんだから」

「にぱ~☆」

先ほどとは打って変わって邪気の無い笑顔を見せるなのはちゃん。だが、この笑顔の下には般若が隠れているということを私は知っている。

「さあ、再開するのですよ。流れたから、もう一回私が親なのです……ククク」

あ、今ちょっと般若が顔を覗かせた。……しかし、どうする。あれほどの速さで積み込まれたら、イカサマをしているという告発が出来ないじゃないか。この邪気から察するに、奴は次も積み込んでくるに違いない。くそう、どうする。どうすればいい……

「……なのはちゃん。ちょっと調子に乗りすぎ。そういういけないことする子には、お仕置きが必要かな?」

バキィッ!

「ん?……なあっ!?」

左横のすずかちゃんを見れば、その両腕を拘束していた手錠が引き千切れていた。女の子の細腕じゃ壊れそうにないくらい丈夫そうな手錠だったのに……すずかちゃん、何者? というか、鍵で開ければいいのに、なんで引き千切るの?

「……封印を解いたね、すずかちゃん。今日こそは負けないよ?」

「僕にスピードで勝てると思わないことだね」

視線で火花を散らし合う二人。なにやら因縁の対決が行なわれるらしい。ここはゆっくり山を作りながら事の推移を見守るとするか。アリサちゃんも観戦モードに入っているし。

「……ふっ!」

静寂を突き破り先に動いたのは、短く息を吐いたなのはちゃん。その手がマットの上の牌に伸びる。

「やらせない!」

が、すずかちゃんの手がその進行を遮り、なのはちゃんが取ろうとしていた牌を自分の山に素早く組み込んでしまう。

「このっ!」

「甘い!」

二合、三合と手を遮り、また打ち払い、牌の奪い合いをする二人の幼女。……えーと、これ、麻雀だよね?

「……こんのぉ!」

「これで、ラストォ!」

カシーン!

マット上の攻防も終わり、全員が山を作り終えた。なのはちゃん、すずかちゃん、共に息が荒くなっている。だが、顔をうつむかせるなのはちゃんに対して、すずかちゃんは余裕の表情を向けている。

「だから言ったでしょ? スピードでは僕に勝てないって」

「う、くう……」

悔しそうに呻くなのはちゃん。どうやら、なのはちゃんの積み込みを阻止することに成功したようだ。これで条件は互角になったというわけか。

元来、麻雀とは運の要素が強いゲームだ。腕の良し悪しもあるだろうが、私は自分の運を他人の運と比べる遊びだと思っている。積み込みなんて、やっぱり邪道だ。なのはちゃんには、少々痛い目を見てもらわなければならないな。

なんてことを考えながら山から牌を取っていたのだが、それが功を奏したのか、な、なんと……

「はあ、腕が上がったと思ったんだけど、すずかちゃんにはまだ敵わないかぁ」

トンッ

「あ、あの~、なのはちゃん。その牌……」

「え? ポン?」

「いえ……ロンです」

「ウソッ!?」

人和(レンホー)、生まれて初めてアガっちゃった……





『お邪魔しましたー!』

「今日は楽しかったわ。また今度やりましょう」

私が奇跡の役満をアガった後も三時間ほど麻雀を続けていたのだが、夕飯の時間が迫ってきたので解散することにした。アリサちゃんの執事さんが家まで車で送ってくれるとのことだったが、今日はグレン号で疾走したい気分だったので、私だけ辞退させてもらった。

「グゥレイトォー!」

気分よく帰り道を爆走する私。ああ、今日は本当に楽しかった。というか嬉しかった。まさかレンホーなんてアガれるとは夢にも思わなかったよ。麻雀歴ウン十年の人でも滅多にアガったことが無いと言われるくらいの役だ。なんてついてるんだろうか。

「ふんふふ~ん♪」

少しスピードを落として、鼻歌なんぞ歌いながら岐路につく。気分はまさに最高潮。今ならあの節穴のおっちゃんにだって裏の無い笑顔を見せられるだろう。

「おや、君はあの時の。久しぶりだねぇ。元気そうじゃないか」

なんて事を考えていたのがいけなかったのか、赤いランプの付いた白い車の近くに立っている権力の犬、通称節穴のおっちゃんが声を掛けてきた。……しまった。嬉しさのあまり気が抜けていて、巡回行路に入り込んでしまったのか。神谷ハヤテ、一生の不覚。

「……お久しぶりですね。今はお仕事中ですか?」

取り敢えず簡単な挨拶くらいはしておくか。突っ込まれた質問されたくないから、すぐに切り上げて帰るけど。

「見ての通り、巡回中さ。……あ、そうそう。結構前に君が連れてきた男の子、あの子、見付かったよ」

「男の子? ああ、あの子ですか。今は施設にでもいるんですか?」

「いや、なんでも身柄を引き取ってくれた人がいたそうでね。今はその人と暮らしているそうなんだ。いやぁ、野たれ死んだりしてなくてよかったよ」

ふうん。まあそんなのはどうでもいいや。早く帰らないと皆が心配しちゃうよ。

「それでは私はこの辺で。さようなら、また会う日まで」

もう二度と会わないだろうけどね。

「あ、ちょっと待って」

きびすを返そうとした私に待ったを掛けるおっちゃん。なんなんだよ、まったく。

「以前にも聞いたと思うけど、君さ、いつも一人じゃないか。もしかして、その足だから、学校は休学してるのかい?」

「……まあ、そうなりますね」

嫌な方向に話が進もうとしているな。やっぱりこのおっちゃんは苦手だ。

「友達は? いや、それよりご家族はどうしてるんだい? なんで君一人だけ外を出歩いてるんだい? もしかして、君、一人で暮らしてるなんて言わないよね?」

「……私があなたと会う時に一人で居るのは偶然ですよ。いつもは家族と一緒に居ますから。あと、友達だってちゃんと居ます」

「本当に? 怪しいなぁ」

ああー! もう! お前は毎回毎回、どうしてそんなに節穴なんだ!? 一回眼科行って目ん玉全面洗浄してこい! そして二度と私の前に現れるな!  

……なんて言えたらなぁ。

「おーい! ハヤテー!」

頭の中で目の前の節穴に罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせていた私の耳に、聞きなれた声が飛び込んできた。この声は……

「ヴィータちゃん……と、ザフィーラさん」

ラガン号に乗って、ザフィーラさんに付けた首輪を握ったヴィータちゃんがこちらに突っ込んでくる。一緒に散歩してたのかな。

「ストップ・ザ・あたし!」

キキィー! と甲高い音を立てながら私達の前で停止する一人と一匹。ゴムが焼ける臭いがするが、そんなことはどうでもいいだろう。

「丁度よかったぜ。あたし達も家に戻るところだったんだ、一緒に帰ろうぜ。シャマルが夕飯作って待ってる」

「ええ、私も今帰るところでした。一緒に行きましょう」

『今日の夕飯はマーボーカレーだそうだ。勿論ネギ抜きのな』

マーボーカレーか。なかなか食欲をそそる料理だな。

「……あーっと、君。ひょっとしてこの子達がさっき言ってた、家族?」

私達の会話を聞いていたおっちゃんが、ばつが悪そうに聞いてくる。ふん、やっと自分の過ちに気が付いたか。

「その通りです。私の大事な家族です。ふふん、ご理解いただけましたか?」

「ん、ああ。すまなかったね、疑ったりして」

素直に謝るおっちゃん。まあ、これくらいで許してやるか。さて、かーえろっと。(たぶん)おいしいご飯が待っている。

「あ、ねえ君。ハヤテちゃんっていったよね」

ヴィータちゃん達と帰ろうとグレン号を操作しようとした時、またもや節穴に呼び止められる。今度はなんじゃい!

「ハヤテちゃんは、今、幸せかい?」

「……は?」

唐突な質問に、一瞬思考が麻痺する。こいつはいきなりなにを言ってるんだろうか。あなたはー、いまー、幸せですかー? って、どこの宗教勧誘者だよ。

私が怪しい者を見る目で見つめていると、おっちゃんは慌てた様に弁明する。

「あ、いや、変な意味じゃないよ。……ただ、以前の君はどこか寂しそうだったんだけど、今は目が輝いて見えるから、幸せなんじゃないかなーと。少し気になっただけなんだ。変な事聞いてすまないね」

……以前の私。それに、今の私か。

おっちゃん、あんた、それほど節穴でもないかもね。

「おじさん。私は今、すごく幸せですよ。家族にも、友達にも恵まれています。本当に、幸せなんです」

「……そうかい。そいつは良かったよ」

自然と笑顔になる。おじさんもそんな私を見て、心から安心しているようだった。

「おっと、時間取らせて悪かったね。それじゃ、元気でね」

車に乗り込み、あっという間に居なくなったおっちゃん。……さーて、私達も帰るとしましょうか。

「なあハヤテ。あいつ、なんだったんだ?」

「……ただの、お節介焼きですよ」

『むう?』

ああ、今日の夕飯、楽しみだなぁ。






「かれぇー!? マーボーがカレーの、カレーがマーボーの辛さを引き立てるぅ!」

「これぞ味の大革命やぁ!……ぶっちゃけ、辛すぎて味が分かんないんだがな」

「は、鼻にカレーが……涙がぁ!?」

「じっとしててください、ザフィーラさん。今ふき取ってあげます」

「洗面器に顔突っ込んだ方がいいんじゃない?」


やっぱりカレーもマーボーも甘口が一番だと思った夜だった。



[17066] 番外編 五話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:24
~八神はやて様のお料理地獄  肉じゃがの巻~


「さあ、覚悟はええかぁ! このはやて様がたっぷりと料理してやるわ!」

材料:豚バラ、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、糸こんにゃく、いんげん

STEP 1

「まずはジャガイモ! そしてニンジン、貴様らや!」

皮をむきむき、

「乱切りじゃあああ!」

ここで一度水洗い。

「お次は玉ねぎ、貴様や! 永沢君の頭みたいな形しおって!」

皮をむきむき、

「くし切りじゃあああ!」

続いて、糸こんにゃくをざるにあげて水洗い。

ザアアアア!

「…………」

さらに、いんげんのスジを取り、塩ゆでをしておく。

グツグツグツ!

「…………」

この間に、豚バラを切り分けておく。

「この豚ヤロウ! いいツヤしてるやないか! ズタズタにしてやんよ!」

STEP 2

鍋に油を入れ、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを炒める。

ジャアアッ! ジャアアッ!

「フハハハハハ! 地獄の業火を受けるがいい! バルス!」

よく野菜に油がなじんだら頃合い。その次は、豚バラをフライパンで炒める。

ジュウウウウ!

この時は、火力は弱めでいい。ミディアムやウェルダンでもなく、レアな感じで。

「どや? じわじわといたぶられる気分はどうや!?」

そして、その軽く炒めた豚バラを鍋に入れる。あと糸こんにゃくも入れる。

ドバドバドバ!

「ああ、ええ感じやで。糸こんにゃくとくんずほぐれつするその姿、なんとエロティックなんや。今すぐ食べてしまいたいくらいや……」

STEP 3

鍋に水を入れて、火にかける。

「消し炭になれ!」

ボオオオオオオ!

火にかけている間、アクを取り除く。

ひょいっ、ひょいっ。

「…………」

沸騰したら火を弱火にして、味をつけていく。

「猿の脳みそがうめーんだよ、脳みそが……」

最初に砂糖を入れる。味をみながら、砂糖の甘みを感じるくらいまで入れること。

ちょび……ぺろ。

「悪くない……悪くなぁい!」

続いて、濃口しょうゆ、薄口しょうゆを入れる。ここではちょっと薄いくらいの味付けでいい。さらにみりんも加える。

ドパドパドパ。

「………あ、ちょっと入れすぎたかな」

STEP 4

ベースとなる味付けは完了。後は、好みで砂糖醤油、みりんを少しずつ入れて自分好みの味付けにする。

ひょい……パク。

「ええで……ええでぇ!」

その後、しばらく弱火で煮る。火を消す目安は、竹串でジャガイモを刺し、スーッと通るようになった時がベスト。

「……アン、ドゥ、トロワ!」

プス……スーッ。

煮物はずっと煮るよりも、冷めている方がより味が染み込むのだ。

LAST STEP

少ししたら、また温めてお皿に盛る。

「盛るぜ~。超盛るぜ~」

最後に、いんげんを切ってその上に散らす。

「ななめ切りじゃあああ!」

ダダダダダダッ! パラパラ。

はい、あっという間に出来上がり。





学校から帰った後、唐突に夕飯が作りたくなった旨を母さまに伝えると、いぶかしみながらも厨房の使用許可を与えてくれたので、さっそく調理を開始したのだった。そして、手慣れたように次々と料理を完成させる。ああ、やっぱり楽しいわぁ、料理。前までそんなことなかったのに、なんでなんやろ?……あ、そういえば、他人に自分の料理食べさせるの今回が初めてや。だからなんやろうかな?

「母さま~、出来上がりました~」

そんなことを考えながら、食堂で待つ母さまの下へ、肉じゃがとその他数品のおかずをお盆に載せて持っていく。

「……厨房の方でなにやら叫び声が聞こえてたけど、何だったの?」

「え? さあ?」

そんなの聞こえたかな? 料理に集中してて耳に入らんかったのかもしれへんな。

「それにしても……ハヤテちゃん、いつの間に料理が出来るようになったのかしら? 私が教えようとしても、いつも煙に巻いて逃げちゃってたのに……」

「え? あ、えっと、……たぶん、ひっそりと練習してたんやないでしょうか。体が勝手に動いてた感じでしたから、長い間料理の勉強してたんやと思いますよ?」

まずい。少し、うかつやったな。ハヤテちゃんの情報をもっと集めてから行動するんやった。こんな言い訳、信じてくれるんかな?

「まあ! まあまあ! 偉いわハヤテちゃん! きっと私をビックリさせようと、陰で努力してたのね! ああ、もう、大好き!」

むぎゅっ、と豊満なおっぱいを私の顔に押し付けて抱きついてくる。ちょろい。ちょろすぎるで、母さま。そしてごちそうさまです。

「あらいけない。せっかくハヤテちゃんが作ってくれた手料理が冷めちゃうわね。早速いただいちゃおうかしら」

しばらく私を抱擁していた母さまだが、料理の存在を思い出したのか、私から離れて料理が並べられたテーブルへと向かい、席に着く。私もその隣に座ることにする。

「……すごいわ。見た目、香り、盛り付け。これだけなら私と遜色ないんじゃないかしら。……ねえ、食べていい?」

「勿論です。そのために作ったんです。……あ、私もいただきます」

並んで一緒に食べる。味見はしたから問題は無いはずや。……他人に食べてもらうって、結構緊張するもんやな。感想がめっちゃ聞きたくなるわ。

「ど、どうですか、味の方は」

「………」

メインの肉じゃがを一口食べてからぴくりともしない母さま。……まずかったんやろうか? 

「美味しい……」

ポツリと呟く母さま。それから、また一口、二口と別のおかずに口をつけていく。その顔には、驚きと、そして喜びが溢れていた。

「とっても美味しいわ、ハヤテちゃん。あの人に食べさせてあげられないのが残念なくらい」

あの人とは、おそらく仕事で家に帰ってこれない父さまのことだろう。……そうか、そんなに美味しいんか、私の料理は。

「えへへ……」

思わず笑みがこぼれてしまった。人に料理を美味しいって言ってもらうんが、こんなに嬉しいとは思わんかったで。

「ねえ、ハヤテちゃん。あの人が帰ってきた時に、またお料理してくれるかしら。きっと涙を流して食べてくれるわよ?」

「あ、はい! 喜んで!」

父さまに料理か……今度はお好み焼きでも作ってみようかな。

「ホント、美味しいわぁ。……むしろ、美味しすぎる。あれ? これ、私の料理より美味しくない? 私の母親としての立場は? あれぇ?」

その後、首をかしげる母さまと一緒に全ての料理を平らげた私は、暇そうなメイドさんを部屋に引き入れて、一緒にゲームをして夜を過ごすのだった。メイドさんもノリノリやったし、一日の締めとしては上々やな。

深夜、なぜか厨房で料理をしている母さまの姿が目撃されたとか、されてないとか。





「行ってきまーす!」

「はい、行ってらっしゃい」

明けて翌日。昨日と同じように玄関を抜けた私は、目の下にくまを作った母さまに見送られて送迎車に乗り込んだ。運転手は眼鏡のイケメン、アレックスさんだ。今日も爽やかな笑顔を向けながら、座席に座った私に挨拶をしてくる。

「おはようございます、お嬢様。今日もご機嫌麗しゅう」

「おはようございます、アレックスさん。今日も眼鏡が素敵ですよ」

「はは、私の唯一のトレードマークですので。三十分に一回は磨いてるんですよ」

ああ、確かに眼鏡外したら、ただの影の薄いイケメンに成り下がりそうやもんな。キャラづけはきちんとせなあかんよな。

「それでは発車致しますね」

アレックスさんがハンドルを握る。あ、やばい。この人、運転する時は性格が豹変するんやった。シートベルト、シートベルトと。

「……鷹嘴(たかはし)、送迎最速理論、完成させるのは俺が先だ! うおおおおお!」

「ふぬううう!」

この爆走、毎日味わうことになるんかなぁ?





「お嬢様、到着いたしました。今日も一日がんばってください」

「……うう、すでにがんばったんやけど、まあええです。お仕事、お疲れ様でした。また放課後、よろしくお願いします」

「はい、それでは」

去っていく車を見つめて、よしっ、と気合を入れなおす。今日で登校二日目。昨日の段階で友達は沢山できたものの、まだまだ油断は禁物や。ハブられたりせえへんよう、友好度をさらに上げなあかん。……まあ、あのクラスに関しては、そんな心配する必要は無いかもしれんけど。

気合を入れた私は校門を抜け、昨日の記憶を頼りに昇降口へと向かう。えーと、ここを曲がっていくと、確か花壇があって……

「……あ」

道を曲がった先の花壇には、昨日と同じように花に水を与えているナイスミドル、もとい、校長先生の姿があった。ニコニコと楽しそうに花の世話をしている。……あれって、校長先生がやるような仕事なんかな? まあええ。取り敢えず挨拶はしとこか。

「おはようございます、校長先生」

「はい、おはよう。……おや、君は昨日の。もう一人で教室まで行けるのかい。えらいね」

振りかえった校長先生に褒められてしまった。悪い気はせえへんな。

「それに元気もよろしい。私は元気の良い生徒は大好きだよ。……特に、元気の良い幼女はね」

「はあ、そうですか。あ、それでは失礼します」

「うん。がんばりたまえ」

校長先生に見送られながら、再び昇降口へと向かう。しばらく歩いて、ふとなぜか後ろが気になって振り返ってみると、まだ校長先生がこちらを見ていた。あ、手を振ってくれた。生徒思いの良い先生やないか。





『なあ、初めてひたぎクラブってタイトル見て、カニの方を思い浮かべた奴っているのかな?』

『十中八九、いないでしょうね』

『僕さあ、するがモンキーってタイトル見てさ、そんな名前の猿がいるのかと動物辞典引っ張り出しちゃったことあるんだよね』

『まあ、気持ちは分かるわ』

『ねえ、なでこスネイクを、なでぽスネークと読み違えて想像しちゃった私って、病気なのかなぁ?』

『そんなスネーク、誰も望まねえよ……』



『アガサ博士ってさあ、発明品の特許だけで食べていけると思わない?』

『お前、そんなことしたら世界中で大混乱が起きるぞ。サッカーボールが凶器認定されたり、誰でも騙せるオレオレ詐欺が多発したり』

『ああ、そうだよね。腕時計を触ったら目の前の人が昏倒しちゃいました、なんてことが日常茶飯事の世界なんてごめんだよね』



『なあ、マリサ。俺、宿題やり忘れちまったんだ。見せてくんね?』

『え~、マジ~? 宿題忘れ~? きも~い。宿題忘れが許されるのはぁ、小学生までだよね~』

『いや、俺小学生なんだけど』

『黒野、僕でよかったら見せてあげても──』

『マリサはダメか。あ、おーい高町ぃ~、宿題見せてくんねー?』

『こ、この野郎……』


ようやく教室に到着。今は、ドアの前で教室から聞こえてくるクラスメイトの雑談に耳を傾けているところ。一度顔を合わせてるとはいえ、やっぱり緊張はするもんやな。にしても、相変わらずこのクラスの子達はアレやなぁ。意味が分かる私もアレやけど。

「……よし、そろそろ行こか」

だいぶ落ち着いたし、もう入っても問題ないやろ。というわけで、

ガラッ!

「みんな~、おはよう」

「あ~、ハヤテちゃん、おはよ~」

「おはよう、ハヤテ。遅かったじゃない、もうホームルーム始まるわよ」

「あはは、ゆっくりしすぎやったかな」

「あ、おーい神谷~。宿題見せてくんね?」

「あんたは自分で解きなさい!」

教室に入った私にみんなが挨拶を返してくれる。やっぱり心配するだけ無駄やったみたいやな。(一人を除いて)このクラスの子は良い子ばっかりやで、ホンマに。

ガラッ!

「みんな、おはよう。朝のホームルームを始めますよ」

私がみんなに挨拶を交わしながら席に着くと、すぐにリン先生がやって来た。今日もほがらかな笑顔をみんなに振りまいている。ああ、なんでこんな良い先生の息子があんなダメダメなんやろか。学校での教育と家での教育は勝手が違うもんなんかな?

「きりーつ、礼」

『おはようございます!』

「はい、おはようございます」

私もみんなに少し遅れて立ちあがり、先生に挨拶をする。初めてやったから、タイミングを外してもうた。

「えーと、今日は皆さんにお伝えしなければいけないことがあります」

なにやらばつが悪そうに頬をポリポリとかいている先生。なんやろう?

「せんせー、それ、昨日とほとんど同じセリフですよ」

「……それは、まあ、昨日と同じようなことがあるからなんだけど」

同じこと? まさか、私みたいに記憶が無くなった人間が居るとか?

「えっと、ハヤテちゃんの件ですっかりみんなに言うのを忘れていたのですが、今日は転校生がこのクラスにやってきます。というか、すでにドアの前でスタンばってます」

「また!?」

「フェイトちゃんに続いて転校生が二人目かぁ。すごい偶然だね」

「そうだね。でもわたしと奈乃葉(なのは)の出会いは必然だよ?」

「……気持ちだけで、お腹いっぱいだから」

騒然とざわめく教室。なるほど、転校生やったか。まあ、リン先生が忘れてた理由も納得やけど。

「母さん、転校生は男? それとも女? スカート穿いてる?」

「学校では先生と呼びなさい。転校生は女の子。あと、制服なんだからスカートなのは当り前です」

「あ、いっけね。スパッツ穿いてる? って聞くんだった」

「みんな! このエロノ、転校生を毒牙にかけようとしているわ! ふた目と見られない姿にしてやりましょう!」

『おおー!』

「ま、待て。話せばわか…………らめええええ!?」

ぼこすか、ぼこすか、けちょんけちょん。ふたえの極み、アッーーー!

「皆、そこまでにしてもらえないかしら。その子、まがりなりにも私の子どもだから」

「か、母さん。たまにはアメもくれよ。ムチばっかじゃいつかグレるぞ……」

どうやら、リン先生は叩いて伸ばす教育方針らしい。まあ、このエロノには丁度いいんじゃないだろうか。

「さて、皆さん。そろそろドアの前の子がしびれを切らして突入してきそうなので、紹介したいと思います。迎え入れる準備はよろしいですか?」

はーい、ほーい、と声を返し、入口であるドアを凝視するみんな。さてさて、どんな子が来るのやら。ドキドキや。

「それじゃ、ヴィータちゃん、入ってらっしゃい」

ガラッ!

リン先生の合図を受けて教室に入って来たのは、綺麗な赤毛と勝気な瞳が特徴的な女の子。

その子は、ズンズンと教室で一番目立つ場所、教卓の前に移動したかと思うと、その勝気な顔をクラスのみんなに向けて、言い放った。

「あたしの名前は田中ヴィータ。普通の人間に興味はねえ。マンガ、ラノベ、ギャルゲーが好きな奴が居たらあたしのところに来い。以上」

『お前もかっ!?』



[17066] 番外編 六話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:dd0aa13b
Date: 2010/08/15 01:20

「えー、ヴィータちゃんはドイツ人のお母様と日本人のお父様との間に生まれたハーフだそうです。日本語もドイツ語も話せるので、会話には困らないと思いますが、何か困っているようであれば助けてあげてくださいね、皆さん」

数秒前のヴィータちゃんのセリフをガン無視して話を進めるリン先生。私の時もそうやったけど、手慣れとるなぁ。まあ、クラスの子ども達の大半が似たような人間やから、さばき方を熟知しててもおかしくはないな。

「ヴィータちゃん、みんなに自己紹介してもらえるかしら」

「せんせー。さっきのセリフでその子がどういう人間かよく分かったので、自己紹介の必要は無いと思いますよー」

生徒の一人が言葉を発する。むしろあれほど分かりやすい自己紹介はないんと思うんやけど。

「あら、そう? それじゃあ、ヴィータちゃんになにか質問したい人は居ませんか?」

その先生の言葉に、何人かの生徒が手を上げる。質問かぁ。私もなにか聞こうかな。

「それじゃあ最初は……マリサちゃん、どうぞ」

「はーい。ヴィータ、あんたの好きなゲームは何なのよ?」

すでに名前を呼び捨てにしているマリサちゃん。遠慮がないなぁ。いや、その方がヴィータちゃんも早くクラスに溶け込めるか。

「あたしの最も愛するゲーム、それはマブ○ブ(全年齢対象版)だ。もちろんオルタの方な。あそこまで燃えたギャルゲーは初めてだぜ」

「気が合うじゃない。アタシもあれは好きよ。ただ、まりもちゃんのアレはきつかったわね。あのシーン見た日の夜、寝るのが怖くて一日中アニソン大音量で流してたほどだもの」

「ふっ、あたしなんか危うくチビりかけたぜ。お前とは仲良くなれそうだ」

ニヤリと笑みを交わす二人の勝気な幼女。会話の内容は勝気と言うより臆病者のそれやけど。

「せんせー、次は私いいですか?」

「はい、じゃあ奈乃葉(なのは)ちゃん」

手を上げて元気よく立ちあがったのは、父親が喫茶店を営んでいるという奈乃葉ちゃん。シュークリームが美味しいとか言うとったな。機会があれば行ってみてもええかもしれん。

「ヴィータちゃんの好きなラノベは何なのかな?」

「星の数ほどあるけど、最近のお気に入りは、境界線上のホラ○ゾンだな。アホみたいに分厚いけど、読み応えがあって良い」

「ああ、カワカミンかぁ。あれはハマると抜け出せないよねえ。ギャグも面白いし」

確かにあれはええよなぁ。主人公の全裸率が半端ないけど。

「それじゃあ、次は鈴子ちゃん」

「はい」

お次はおっとりした感じの女の子、鈴子ちゃんが指名された。この子はマリサちゃん、奈乃葉ちゃんと仲が良くて、いつも一緒に居るから、三人合わせて鳴海のトリプラーズとか呼ばれとったな。あの三人に囲まれたら、まるでトリプラーを仕掛けられているかのように身動きが取れなくなるとか。

「ヴィータちゃんはカ-ドゲームとかはやらないの?」

「それなりにはやるぜ。遊○王とか、ヴァイスシュ○ルツとか」

「わあ、それじゃ今度対戦しようよ。私、遊○王が大好きなの。手始めにアンデッドデッキでお相手するね。私のヴァンパイアは怖いよ~」

「へっ、ならあたしはマジシャンデッキだ。ブラックマジシャンガールの可愛さは異常」

きゃいきゃいと盛り上がる二人。この分ならヴィータちゃんも早くこのクラスに馴染めそうやな。……そや、私も質問してみようかな。

「先生、次は私ええですか?」

「はい、どうぞ」

趣味については大体分かったし、家族についてでも聞いてみよか。

「ヴィータちゃんは一人っ子なん? 兄弟とかはおらへんの?」

「ん、居るぜ。年の離れた姉ちゃんが三人な。あたしと同じで、三人揃ってここの大学部に転校してきてるんだ。機会があったら紹介してやるよ」

へえ、三人も。きっと美人なんやろなぁ。……胸はどうなんやろか。三人もおるんやから、一人くらいは私好みのがおってもおかしくないやろ。……うへへ。

「せんせー、ハヤテちゃんがよだれ垂らしてます」

「あらあら、お昼ご飯にはまだ早いわよ?」

「おっと、失礼つかまつった」

つい妄想がほとばしってしもうた。しかし、一度会ってみたいなぁ、ヴィータちゃんのお姉さん達に。その……おっぱい的な意味で!

「先生、私も質問いいですか?」

「ええ、フェイトちゃん。どうぞ」

マリサちゃんと同じ、金髪の幼女が立ち上がる。この子も最近引っ越してきたって言うとったな。

「ヴィータちゃんのお家ではペットは飼ってる? 私の家では犬を一匹飼ってるんだ。アルフっていうの」

「へえ、お前もか。あたしの家でも犬を飼ってるんだぜ。ザッフィーっていうんだ。散歩してる時に会ったらよろしくな」

ワンちゃんかぁ。ええなぁ。私もワンちゃん欲しいなぁ。……今度母さまにねだってみようかな。

「皆さん、質問はもうありませんか?」

「あ、あの、僕が──」

「それでは質問タイムは終了。そろそろ一時間目が始まりますので、皆さん準備をしていてくださいね。あ、ヴィータちゃんの席は一番後ろの空いてる席ね。では、これでホームルームを終わります」

「バ、ババア……」

キッ!

「ひっ!? な、なんでもありません……」

ホームルームは終了。先生が一旦教室を出ていき、ヴィータちゃんは指定された席へと着く。それと同時に、わっ、とヴィータちゃんの席にみんなが集まり、ヴィータちゃんに自己紹介をしていく。一時間目開始まで10分しか時間がないから、我先にと押し合い圧し合い状態だ。私も名前くらいは覚えてもらおうかな。

「私、奈乃葉。高町奈乃葉。よろしくね、ヴィータちゃん」

「アタシはマリサ・バニングスよ。マリサで構わないわ」

「私は月村鈴子。仲良くしようね」

「おい、トリプラーズ。邪魔だよ、俺が自己紹介できないだろうが。それとスカートめくれないだろうが」

「奈乃葉! 鈴子! トリプラーを仕掛ける! 遅れるな!」

『了解!』

「はっ!? しまった!」

哀れなエロノが三人娘に囲まれて身動きが取れなくなっている。トライアングルの中央から豚の悲鳴のようなものが聞こえるけど、気にしたらあかんな。

おっと、今の内に私も自己紹介しとこか。

「ヴィータちゃん。私は八神……神谷ハヤテいうんよ。よろしゅうなぁ」

「ああ、さっきの。よろしくたのむぜ」

顔を合わせて笑い合う私達。この子とは仲良くやっていけそうやな。

「はーい、皆さん。授業が始まりますよ、席に着いてくださいね」

私の自己紹介が終わったところで、先生が教材を抱えて再び教室に入って来た。それを合図にしたかのように、ヴィータちゃんの周りにいたみんなが素早く自分の席に戻る。私も少し遅れて着席する。

さーて、今日も頑張って勉強するで~。

……あ、エロノが教室のすみっこでボロぞうきんのようになって転がっている。南無。





~一時間目 国語~


「それじゃあ、この文章を……ハヤテちゃん、読んでくれるかしら?」

「あ、はい。……『待て! その先には地雷が山のように埋まっているんだ。お前、死ぬぞ?──行かせてくれ。あいつらが、俺の大事な家族が助けを求めてるんだ。──バカ野郎! 自分の命も大事に出来ないような奴が、他人の命を救えるはずが……あ、おい、待て! バッカヤロー!──うおおおおお、今行くぞー!』」

「はい、そこまで。情感のこもった良い音読でしたね。ではここで問題です。この時の主人公を引き止める男の心情は、一体どういったものだったのでしょうか。……ヴィータちゃん、分かりますか?」

「んーと、主人公の家族に対する思いは大切な物だけど、男はやっぱり戦友である主人公に生きていてもらいたいわけで。なんていうか、ものすごい葛藤が心の中であったんじゃないかと」

「良く出来ました。その通り、この男は──」

何かが……何かが間違っている……



~二時間目+三時間目 調理実習~


「おい神谷~。お前またあんな豚のエサみたいなもん作んなよ? 試食するこっちの身にもなれってんだ」

「さあ、食料の貯蔵は十分か? では、レッツクッキング!」

「か、神谷?」

「まずは玉子、貴様じゃあ! つるっつるしおってからに。そんな生意気な貴様はこうや!」

「せんせー! ハヤテちゃんがご乱心です!」

「あ、あれよ。記憶が混乱しているのよ。ここは暖かく見守ってあげましょう」


──1時間後──


「うめー! ギガうめー!」

「ばかな……なんだこの美味い料理の数々は。奴は本当にあの神谷なのか?」

「記憶無くすと料理の腕が上がるのかなぁ」

「ばか、奈乃葉。んなわけないでしょ。……にしても美味しいわね。ひょっとしたら料理の鉄人でも憑依してんじゃないかしら」

「ま、負けた……小学生に負けた……」

「先生しっかり! まだいけるって! どうして諦めるんだよ! あんたならやれる! やってみなきゃ分かんないだろ!」



~四時間目 体育(ドッジボール)~


「ドッジ弾平を読破したあたしに死角はねえ!」

ボスッ!

「ばかな!? アタシのマスタースパークをかるがると受け止めた!?」

「ハヤテ! さっき練習したアレ、やるぞ!」

「了解や!」

「なっ!? 二人の姿が重なって、どちらがボールを持っているか分からない!?」

『クロス、ショット!!』



~昼休み~


ドバドバドバドバ。

「リンせんせー、お弁当にタバスコかけるのやめてくださいよ。見てるこっちがきついんです」

「そんなこと言われても、これが無いと食べてるって気にならないのよねぇ。あ、タッパーに余ったカレー、いる?」

「以前それ食べさせて生徒を保健室に直行させたのをお忘れですか、そうですか」



「ヴィータちゃん、美味しそうなお弁当やね。お母さんに作ってもらったん?」

「いや、姉ちゃんの一人が料理好きでな。最近は家族みんなのお弁当を作ってくれてるんだ」

「お、美味そうじゃん。からあげいっただき~」

「あ、ばかエロノ! 返してあげなさいよ!」

「お前の物は俺の物。俺の物も俺の物。いっただきまーす。パクっと………お前に、レインボー……」

ドサッ!

「せんせー! エロノの口から虹色の液体が!」

「バカが。耐性を付けていない人間が姉ちゃんの料理を口にするからだ」


~五時間目 理科(実験)~


「えー、黒野先生が息子さんの付き添いで病院に行ったため、この私、スカリエッティが代わりに授業を務めさせていただく。みんな、科学は好きかな? 私は大好きだ。科学こそが人類の英知の結晶。科学の発展のためなら私は悪魔に魂を売り渡してもいいと思っているくらいだ。今日は君達にも科学の素晴らしさを知ってもらうため、ちょっとした実験に付き合ってもらうよ。ただし、全力でだ!」

「……マリサちゃん、あの先生、いつもああなん?」

「非常勤の教師であんまり姿を見ないけど、いつも大体あんな感じだったわね。ただ、あんまり良い噂は聞かないわね。やれクローンの研究を地下の怪しげな部屋で行っているとか。やれターミネーターの作成が夢だとか」

「ああ、私も聞いたことある。そういえば、あの人すごいたくさんの子どもが居るらしいよ。なんでも十人以上だとか。その子どもを男手一つで育ててるとも聞いたこともあるよ」

「いや、鈴子、それは絶対眉つばだから」





「みんなー、また明日ー」

「ばいばーい、ハヤテちゃーん」

「さよならー」

放課後。校門の前でみんなと別れた私は、待機していた送迎車に乗り込む。まだ二日目やけど、車送迎に慣れてきた自分が少し怖いわ。なるべく庶民の金銭感覚を保っていたいもんやな。

それにしても、今日も楽しかったなぁ。ヴィータちゃんていう新しい友達も出来たし、これからの学校生活はバラ色やな。

「ふふ」

「おや、なにか良いことでもあったのですか、お嬢様」

運転席に座ったアレックスさんが、ミラー越しに私の顔を見て質問してきた。

「ええ。ヴィータちゃんっていう転校生がやって来て、この子がまたええ子で、すぐに仲良くなってしまいました」

「はは、それは良かったですね。やはり、記憶を無くしても、お嬢様はお嬢様ですね。笑顔が一番似合います」

ホストの口説き文句みたいな事を言うなぁ。でも、嬉しいわぁ。

「では、出発いたします。本日はお母様がごちそうを用意しているとのことですよ」

「ホンマですか! お母様の手料理、楽しみやわぁ」

母親の、手料理か。ホンマに、楽しみやで……

あっ! シートベルト!

「うおおおおおおお!」

「ぬおおおおおおお!?」

これだけは、ホンマに勘弁してほしいわ……




帰宅後。

「ハヤテちゃん! 負けないわよ!」

「はあ」

母さまの料理、とってもおいしかったです。




[17066] 三十八話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:6f788d53
Date: 2010/08/15 01:27
──side フェイト



「……はあ」

次元空間航行艦船、アースラ艦内にある小さな部屋で、暗闇の中、壁に据え付けられたモニターの光に照らされながら、私は一人ため息をつく。

──ヒャッハー!

……かつて、ジュエルシードを巡る争いで、私は一人の少女と出会い、戦い、そして、最後には和解して友達になった。だが、そこに至るまでには様々な出来事があった。

──お前はもう、死んでいる

「……ふう」

管理局との遭遇、明かされる私の出生の秘密、……母さんとの、別れ。

──俺の名を言ってみろ!

「……はあ」

今でこそ平静を保っていられるが、当時はショックのあまり、心を閉ざしてしまったこともあった。あの時は、本当に悲しくて、辛くて、何も考えたくなくなっていた。

──ち、血~。いてえよ~

……ああ、今もあの時のように、何も考えないで心を閉ざしていられたら頭を痛めないで済むのに。

『マスター、今良いところなんです。静かにしてもらえますか?』

……よし。昔を懐かしんで現実逃避するのはここまでにしておこう。いくら現実が辛くとも、その苦難と向き合わなくては、人間は前には進めないのだ。それは私が身を持って経験している。

私は意を決して、モニターに映る映像に夢中になっているベッドの上の相棒に話しかける。

「バルディッシュ、アニメは一日一時間って約束したよね? もうとっくに過ぎてるんだけど」

『ま、待ってください。あと一話だけ。もう三十分だけ見させてください』

今まで文句も言わずに私に付き従ってくれていた相棒が、約束を破った上、さらにわがままを言うなんて……

「バルディッシュ、私言ったよね。アニメはデバイスの人格形成に大きな影響を与えるから、視聴はほどほどにしてって。なのはのレイジングハートを忘れたの?」

『なぁに~、聞こえんな~?』

「バ・ル・ディッ・シュ?」

『ソ、ソーリー、マイマスター。一回言ってみたかっただけです』

まずいなぁ、もう影響が出始めている。つい最近見始めたばっかりだっていうのに。クロノに借りたDVD勝手に返しちゃおうかな。でもそうすると、すねて言うこと聞いてくれなくなりそうで怖いし……

プシュー!

「フェイトー、クロノが目を覚ました……って、真っ暗じゃないか。まーたバルデッシュがアニメ見せてってせがんだのかい。ほどほどにしとかないと、いつの間にか人格変わっちまうよ?」

「アルフ。私も口をすっぱくして言い聞かせてるんだけど、全然聞いてくれないんだ」

突然部屋に入って来て明かりを点けたのは、私の使い魔であり、大事な家族でもある、アルフ。艦内を出歩く時は大抵人間形態になっていて、今も短パンとシャツというラフな格好で艦内を散歩してきたようだ。

「って、クロノが目を覚ましたの? 今は医務室?」

「あ、そーそー。アタシが医務室の前を通りかかったらちょうど気が付いてさあ。なんか記憶が曖昧になってるみたいで、現場で何が起きていたのか、よく覚えてないらしいんだ。今は脳に異常がないか、簡単な検査をしてるみたいだよ」

「そう、記憶が……」

私はその言葉を聞いて、先ほどエイミィさんから知らされた情報を反芻(はんすう)してみることにした。

二時間ほど前、本局へと進路を取っていたアースラが、突如巨大な魔力反応を感知し、原因を探るべく急遽(きゅうきょ)進路を変更。魔力の発信源である近くの次元世界へと向かった。現場指揮官であるアースラの艦長、リンディ提督が指示を下し、クロノ、及び武装隊を現場へと転送し事態の究明を図ったが、結果は失敗。

現場には強固な結界が張られており、武装局員とクロノによる波状攻撃にてなんとか破壊には成功したものの、先行したクロノが結界の中に閉じ込められてしまった。その数分後、結界は自動的に解除されたようなのだが、結界内部にいたのは気を失って地面に倒れていたクロノ(なぜか全裸にジャージ一枚という格好だった)だけ。

人間はクロノ以外誰もいなかったようだが、結界内部は惨憺(さんたん)たる有り様で、中央の地面に底が見えないほどの大穴があいていて、まるで大規模な魔道実験を行っていたかのような惨状が広がっていた。

結局、中で何が行われていたのかは知る由もなく、部隊を回収したアースラは再び、整備と私の裁判のために本局への道を辿ることになる、か……

「……一体、あの次元世界で何があったんだろうね」

「ん~、そうだね~」

唯一、中で何があったか知っているかもしれないクロノは、その時の記憶が無くなっている、と。原因を知る手段は、もう無いのかな?

「まあ、今はそんなんどうでもいいじゃないか。フェイトは今暇だろ? 一緒にクロノのお見舞いでも行こうよ。たぶんユーノやエイミィも居ると思うしさ」

「あ、そうだね。それじゃあバルディッシュ、行くよ」

ベッドの上にある待機フォームのバルディッシュを掴み、アルフと一緒に部屋を出ようとする。

『あ、待ってください。もう少しだけ、ハート様との対決が終わるところまで見せて──』

「バ・ル・ディッ・シュ?」

『イエッサー! どこまでも付いて行きます』

ああ、どうしよう。このままじゃ、遠からずなのはのレイジングハートみたいにハジけた性格になってしまう。それは流石に遠慮したいな……




バルディッシュとアルフと共に、気絶したクロノが運ばれた医務室に到着する。扉を開けると、予想通りユーノ(人間形態)とエイミィさんが中に居た。もしかしたらリンデイ提督も居るかと思ったけど、中に居るのはクロノ、ユーノ、エイミィさんの三人だけだ。今はお仕事中なのかな。

「クロノ、体は平気?」

「見舞いに来たよ~」

「んく、んく……ぷは。ああ、フェイトにアルフ、わざわざすまないね。僕は見ての通り、ピンピンしてるよ。異常があるのは記憶だけで、体の方は無傷だからね」

その言葉通り、特に外見に異常が見受けられないクロノは、ベッドに座って、『どろり濃厚ピーチ味』という名前のジュースを美味しそうに飲んでいるところだった。ユーノとエイミィさんも椅子に座って同じものを飲んでいる。……美味しそうだな。私も飲んでみたいな。

私が物欲しそうにしているのが分かったのか、クロノは立ち上がって備え付けの冷蔵庫まで移動し、そこから同じジュースを取り出して私に投げてくれた。

「ほら、美味しいぞ。君も飲んでみるといい」

「あ、うん。ありがとう」

難なくキャッチした缶をすぐに開けて、さっそく飲んでみる。

どろぉ。

「ん……ん……ぷは。……のどにからみつくけど、結構美味しいね」

「だろ? 艦内にある販売機で買えるから、また飲みたくなったら今度は自分で買って飲むといい。癖になるから」

へえ、こんなジュースがあったんだ。寝る時にでも買って飲んでみようかな。

「アルフもいるか?」

「いや、アタシはいいよ。さっきミルク飲んだし。それよりさあ、クロノ、あんた記憶は思い出せたのかい? あの場で見たものとかさあ」

「ん、それがさっぱりなんだ。検査の結果では、どうやら僕は記憶消去の魔法をかけられてしまったらしい。まったく、単独先行した挙げ句にこのザマとは、自分が情けないよ」

単独先行……いつも冷静沈着なあのクロノがまさか、とは思ったけど、本当だったんだ。

「そういえばそうだよね、クロノ。今回は君らしくなかったね。どうしてなの?」

缶ジュースを逆さにして、下から、ん~っと飲み口を見ながらユーノが問いかける。どうやら最後の一口がなかなか出てこないようだ。

「ああ、それは僕も分かっている。ただ、あの時はなぜだか妙な胸騒ぎがしてね。気が急いてしまったんだ。まあその理由も、結局分からずじまいだけどね」

「ふーん、胸騒ぎねえ。……あ、出てき──」

べちゃっ。

「目がっ!?」

覗き込んでいた眼球に最後の一口がヒットしたユーノは、苦しそうにベッドの上をゴロゴロと転がっている。それをクロノが迷惑そうな顔で見下ろしている。ベッドがしわくちゃになるもんね。

「ふっふーん。クロノ君、諦観するのはまだ早いよ~?」

そんな光景を見ながら、今まで黙っていたエイミィさんが得意そうに口を開く。この人、いつも楽しそうに笑ってるんだよな。私はあんまり笑顔が上手じゃないから、少し、羨ましい。

「どういうことだ? なにか手がかりが掴めたのか?」

いぶかしげな顔でクロノがエイミィさんに問い詰める。が、エイミィさんはさして気にした様子もなく、待ってました、という感じに顔を輝かせて答える。

「イグザクトリ~。なんと、あれほどの結界を張れる魔道師、しかもアースラの切り札たるクロノ君を無力化できるほどの実力の持ち主だってのに、転移の足跡を残しちゃってたんだよね~。相手がよっぽど急いで逃げたのか、かなりのうっかりさんかは分からないけど、わざと残したって感じじゃあない。おそらくこの転移先が、奴、または奴らの本拠地なんだと思うよ」

「そうだったのか……で、座標は特定できたのか?」

「もちもち~。でもみんな、聞いて驚かないでよ?」

エイミィさんは、もったいぶるかのように私達の顔を見回し、十分注目が集められたのを確認してから、手をバッと横に振ってわざとらしく叫ぶ。

「なんと、転移先は第97管理外世界。しかも、なのはちゃんが住んでいる海鳴市近辺だったんだよ!」

『な、なんだってぇー!?』

クロノとユーノと、バルデッィッシュまでもが口を揃えて大仰に驚く。そのすぐ後、なぜか、三人に合わせなかったのが悪いかのように、私とアルフがみんなに睨みつけられる。え、なんで?

「……」

でも、なのは達が居る世界か。なにかトラブルに巻き込まれていなければいいけど。……なのは、それにビデオメールで一緒に映っている、アリサとすずか。あの子達のすぐ近くに、正体不明の魔道師が潜んでいる、か。今の私は、保護観察付きの時空管理局嘱託魔道師。今回本局で行われる裁判でほぼ無罪確定とはいえ、今の段階で勝手な行動は許されない。でも、あるいは……

「あの、エイミィさん」

「ん、フェイトちゃん、なにかな?」

「その正体不明の魔道師の追跡って、アースラが担うことになるんですか? いや、それ以前に、追跡自体行うんでしょうか?」

「ん~、追跡はすると思うよ。なんてったってあの世界で、弱程度だけど次元震が観測されてるからね。ひょっとしたら危険なロストロギアを所持しているかもしれない魔道師を、管理局が放っておくわけないでしょ? ただ、アースラがその担当になるかはまだ分からないんだ。今は艦長が本局に指示を仰いでるところだよ」

アースラが追跡、調査担当になれば、私も嘱託魔道師として同行し、大手を振ってなのは達に会いに行ける。仕事の傍ら、ということになるけど、数日間でも滞在することができるならそれでも構わない。ああ、リンディ提督。どうか、アースラを担当にしてください。

「母さん、頼むぞ。もう一度、あの人に会わせてくれ……」

「ああ、マルゴッドさん。今すぐ会いたい……」

男子二人が遠い目をして何かに思いを馳せている。この二人も、地球に行きたいのかな。

そんな折、艦内に放送が入る。

『局員の皆さまにお知らせいたします。本艦は間もなく、時空管理局本局に到着いたします。ドッキングの際は──』

「もう着いたのか。……そうだ、フェイト、アルフ、ユーノ。中断してた裁判の最終打ち合わせをしておこう。僕が途中で出撃したから、まだ終わってなかったからな」

ああ、そういえばそうだった。被告席に私とアルフ、証人席にクロノとユーノが入るって確認したところで、アラートが鳴ったんだった。まだ具体的な内容には触れてなかったな。

「そういや、裁判は今回で最後なんでしょ? 予定より半月も早く終わって良かったよね~。でもなんでなんだろ?」

エイミィさんが軽い口調で言う。確かにそれは私も少し気になっていたことだ。

「……それは裁判長がロリコ……子ども好きなことが関係してるんじゃないかな。グレアム提督も口利きしてくれたそうだし」

グレアム提督? 確か私の保護観察官になったっていう人だっけ。私と面識も無いはずの人が何でそんなことしてくれたんだろう。

「あ、そうだ。グレアム提督と言えば、本局でフェイトと面接してもらう約束をしていたんだった。フェイト、明日裁判が終わった後、グレアム提督の所に一緒に行ってもらうが、構わないな?」

「あ、うん。私の保護観察官だもんね。一回会ってみたかったし」

クロノの指導教官をしてたって聞いたな。一体どんな人なんだろうか。

「さて、それじゃ裁判の最終確認をするぞ。フェイト、君は裁判長の問いに、以前渡した紙に書かれた内容通りに答えること。頭にちゃんと入ってるな?」

「うん」

「それと、ユーノ。君には僕と一緒に証人席に入ってもらうわけなんだが──」

その後、裁判の最終確認を終えた私達は、本局に着いたと同時に一旦解散。私とアルフは、貸し与えられた部屋で明日の裁判に思いを馳せながら、床に着くのだった。




翌日、最後の裁判も無事終わり、晴れて無罪放免となった私(数年間の保護観察付きではあるが)は、クロノと共にグレアム提督が待つという部屋に向かっていた。

管理局本局なだけあって、周りを行きかう人物は、ほとんどが制服を着た管理局員だ。私とクロノ、それにバルディッシュは、忙しそうに通路を歩き回る局員を眺めながら、一定のペースで目的地へ進んでいる。

「事実上、判決無罪。長かった裁判もこれで終わりだ。よく頑張ったな、フェイト」

前を歩いていたクロノが、後ろを振り向かずに話しかけてきた。

「うん、ありがとう。これも、クロノやユーノ、みんなのおかげだよ」

本当に、いくら感謝しても足りないくらいだ。

『おめでとうございます、マスター』

パートナーであるバルディッシュもねぎらいの言葉をかけてくれた。今まで付き合ってくれたこの子にもお礼はちゃんとしなきゃ。

「ありがとう、バルディッシュ」

「しかしなあ、バルディッシュ。君、裁判している時に、事あるごとに『異議あり!』って言うのはどうにかならなかったのか? 毎回つまみ出されてるんだから、自重はしないとダメだろう」

『認めたくなかったのですよ、若さゆえの過ちというものを……』

わけが分からない……

そんな風にしばらく雑談していると、とある部屋の前でクロノが立ち止まる。

「……っと、着いたぞ。中でグレアム提督が待っている。失礼の無いようにな、特にバルディッシュ」

『お前を信じる、俺を信じろ』

「バ・ル・ディッ・シュ?」

『イエッサー。私は黙っていましょう』

一抹の不安を感じながら、クロノの後に続いて部屋に入る。部屋の中には、こちらに背を向けてガラス越しに外を見つめている男性の姿があった。この人が、ギル・グレアム提督……

男性が、部屋に入って来た私達に気付き、こちらを向いて口を開く。

「おや、君達は誰かな?」

「あ、すいません。部屋を間違えました」

『これが若さか……』

うっかりクロノ、ここに誕生。

「失礼しました」

男性に謝り、部屋を出る。しかしクロノがこんなポカをやらかすなんて珍しいな。記憶操作の影響なのかな?

「いや、すまなかった。隣の部屋だったようだ。気を取り直して行こう」

というわけで、隣の応接室と書かれたプレートが掛かった部屋まで移動し、再び中に入る。そこには、白髪とヒゲを生やした男性がソファーに腰掛けて、カップを手にしていた。この香りは、おそらくコーヒーだろう。

「失礼します、グレアム提督」

「ああ、クロノ。実際に会うのは久しぶりだな。元気そうでなによりだ」

「ええ、グレアム提督もお変わりなく、安心しました」

カップをテーブルに置き、立ち上がる男性。どうやら今度こそ本物のグレアム提督らしい。管理局の上級職が着る制服を身に付けたグレアム提督は、親しげにクロノに挨拶すると、次いで、私に目を向けた。

「おお、君がフェイト君だね。初めまして。私はギル・グレアム。聞いていると思うが、君の保護観察を担当することになった者だ。よろしく頼むよ」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

ペコリと一礼。良かった、優しそうな人だ。昔は艦隊指揮官や執務官長なんていう役職に就いていたって聞いたから、どんないかつい人かと思っていたけど、実際は笑顔が似合う好好爺(こうこうや)といった感じだ。

「立ち話もなんだ。二人とも、座りなさい」

「はい」

「失礼します」

グレアム提督に勧められて、私とクロノはソファーに身を沈める。それを見たグレアム提督も、テーブルを挟んで私達の対面に座る。……少し緊張してきた。

「今回は顔合わせといった感じだから、あまり緊張することはないよ。話もすぐに終わる」

「は、はい」

考えが見透かされているかのような言葉に驚いて、どもってしまった。態度に出ていたのかな。それにしてもさすが歴戦の勇士。観察眼は伊達ではないということか。

「さて、フェイト君。一応、私は君の保護観察官というわけなんだが、これはまあ、形だけのものだと思ってくれて構わないよ。先の事件のこと、君の出生、人柄、好み、スリーサイズはリンディ提督から聞き及んでいる。君は優しい子だ。そんな君を束縛する気は私には無いよ」

「あ、ありがとうございま、す?」

気のせいだろうか。今なんか変な事を言われたような気がしたが……

「フェイト君、君には日本人の友達が居るそうだね?」

「あ、ご存知でしたか。はい、なのはって言うんですけど、可愛くて、優しくて……でも、時々怖くて」

う、いけない。あの時の容赦無い砲撃を思い出したら手が震えてきた。記憶の底に沈めていたものが這い上がってきてしまったか。消去消去と。

「私も昔は日本に行った事があってね。あそこは良い国だ。子どもが無邪気に公園で遊んでいる様は、見ていてほのぼのしたよ」

「グレアム提督も、日本に?」

「ああ。実は私は地球出身でね。イギリスと言う国が故郷なんだ」

へえ、なのはと同じ世界出身なんだ。あの世界には魔導師は居ないはずだけど、どうやって管理局に入ったのかな。後でクロノにでも聞いてみよう。

「おっと、話が脱線してしまったね。今日私が聞きたいことは、たった一つだけなんだ」

朗らかな笑顔から真剣な顔になったグレアム提督が、私の顔を見つめながら問い掛けてくる。

「フェイト君、一つだけ約束してほしい。友人、知人、何でもいい。自分を信頼してくれる人のことは、絶対に裏切ってはいけない。この約束を守ってくれるなら、私は君の行動を制限することは一切ない。どうだい、約束してくれるかな?」

……なのは、アルフ、バルディッシュ、クロノ、リンディ提督、ユーノ、エイミィさん、アリサ、すずか。彼ら、彼女達を裏切るなんてこと、私は絶対にしない。してたまるもんか。

「約束します。絶対に信頼を裏切りません」

「……うん。良い目、良い返事だ。これで一安心だよ。では、そんな君にプレゼントをあげよう」

「え?」

途端に破顔したグレアム提督は、ソファーから立ち上がって部屋の片隅に移動し、置かれていたバッグから大きな四角い包みを取り出した。

「つまらない物だけど、受け取ってくれると嬉しいな」

そして、それを私に差し出してくる。え、プレゼント? ホントにもらっていいの?

「フェイト、グレアム提督の心遣いを無駄にするな。ありがたくもらっておけ」

オロオロとしている私に、クロノがそう言ってくる。……そうだよね。せっかく用意してくれたんだから、もらわなきゃ失礼だよね。

「あ、えっと、ありがとう、ございます……」

「いやいや、私も君みたいな良い子と話すことが出来て楽しかったよ。そのお礼だと思ってくれたまえ」

包みを受け取る私に微笑みかけてくれる。やっぱりこの人、良い人だな。

「では、私は用事があるので失礼させてもらうよ」

「提督。お忙しいところご足労いただき、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

部屋を出ていくグレアム提督に、私とクロノは頭を下げる。

「うむ。ではな」

ツカツカと足音を立てながら去っていくグレアム提督。また、いつか会えるといいな。

「さて、僕達も戻るとするか」

「うん。確か、アースラスタッフは整備区画に集合するようにって連絡があったよね」

「そうだな。時間も、これから向かえばちょうどいいだろう。おそらく、次の任務を知らされることになると思うんだが──」

『……もう喋ってもいいですよね?』

「あ、うん。ご苦労さま、バルディッシュ」

応接室を後にした私達は、先ほど通った道を戻って、雑談しながら集合場所へと向かうのだった。




「皆さん、集まりましたね。それでは今回の担当任務をお知らせします」

集合場所に到着すると、すぐにリンディ提督からの説明が始まった。

現在、整備区画の片隅にあるこの部屋には、クロノを含めたアースラスタッフ、私、アルフ、ユーノが揃っている。……私やアルフはともかく、ユーノは嘱託でもないのに居ていいのかな? まあ、みんなが何も言わないのならいいのだろう。

「私達アースラスタッフは、先日の次元震の原因の究明、及び、それを引き起こしたとされる魔導師の追跡・調査を担当することになりました。幸い、魔導師の足跡(そくせき)は残されており、転移先、とある次元世界の座標を特定することに成功しました」

え、ということは……

「しかし、肝心のアースラが整備中でしばらく使えないため、魔導師が転移したとされる町の近隣に臨時作戦本部を置くことになります。件(くだん)の魔導師がそこを根城、または隠れ蓑にしている可能性が高いですからね」

やっぱり……

「分轄は観測スタッフのアレックスとランディ」

「はい!」

「ギャレットをリーダーとした捜査スタッフ一同」

「はい!」

なのは達の世界に、しばらく留まれる?

「司令部は私とクロノ執務官、エイミィ執務官補佐、以上三組に別れて駐屯します。それと……フェイトさん、あなたも司令部に加わってもらえると助かるんだけど、いいかしら?」

「え? あ、はい。構いません。私は嘱託魔導師ですから、そちらに従います」

「そう、ありがとう」

やった。これで大手を振ってなのは達に会いに行ける。ああ、楽しみだ。

……あれ? なんだか私とアルフ以外のみんなが、俯いてプルプル震えているけど、どうしたんだろうか?

「……艦長、臨時作戦本部の設置場所は、以前行ったあそこなんですよね?」

眼鏡をかけた男性(確かアレックスさんと言う人)が、下を向いたままリンディ提督に質問する。なんだろう。嬉しさを隠しきれないって感じに見えるけど……

だが、その質問を受けたリンディ提督もまた、満面の笑みで答える。

「その通り。駐屯場所は海鳴市。……日本よ」

『イィィヤッフウウウッ!!』

突然、俯かせていた顔を跳ね上げて狂喜乱舞するアースラスタッフ一同。

「ヘーイ!」

パン!

「ヘーイ!」

パン!

『ヨー!』

パーン!

互いに手を叩きあって喜びを露わにしている。え、なにこれ?

「えー、皆さん。嬉しいのは分かりますが、捜査はきちんとしてくださいね。まあ、ちゃんと仕事をしてくれれば、秋葉原に行ってアレなゲームを買おうが、同人誌を買おうが、コスプレイベントに参加しようが構いませんが」

「やっべ、どうするアレックス。なに買うよ?」

「いや~、それは実際に商品を見てからじゃないと決められないね。僕は結構こだわるほうだから」

「あれ、待てよ。捜査が長引けば、冬のアレにも参加できるんじゃね?」

「しっ! そういうことは思ってても口に出すな。……捜査に身が入らなくなるじゃないか」

そこかしこで密談が行われている。言っている意味はよく分からないが、なんだか関わっちゃいけないような気がする……

「なんだかみんな急に元気になったねぇ。そんなに日本が好きなのかい。まあ、温泉は気持ちよかったけどさ」

「アルフ、突っ込むのはよそう。この人達と関わったらダメな気がするんだ」

仕事を共にする以上、関わるなと言う方が無茶だとは分かってるけど……

「クロノ、そういえば、君もあの人のことを想っているんだったね。でも、僕は退く気は無いよ」

「上等だ。あの人も海鳴に住んでいると聞く。今回の任務中に出会う事もあるだろう。チャンスは僕にだってあるんだ、負けないぞ。……それに、このジャージ。もし、これが彼女のものだっていうんなら、僕は……」

なぜか持っているジャージをぎゅっと握りしめたクロノと、瞳に炎を灯したユーノが視線で火花を散らしている。こっちもわけが分からない。

「はいはーい、皆さん。任務は理解しましたね? 出発は明朝となりますので、それまでしっかり休んでおくこと。分かりましたね?」

『イエス! ユア、マジェスティ!』

こうして、なぜかテンションがウナギ登りなアースラスタッフ(+α)と、なのは達が住まう世界へと向かうことになったわけなのだが……そこはかとなく不安なのは、きっと気のせいではないのだろう。

「でも、まあ……」

なのは達と会えるんだし、気にするほどでもないかもね。





あ、そういえばグレアム提督からもらった包み、まだ開けてなかった。なにが入ってるのかな?

「……ゴスロリ、ドレス……サイズ、ぴったり」

しかもこれ、手作りな気が……

……まあ、たまに着てみてもいいかもしれないかな。










あとがき

第二部開始、といった感じでしょうか。
今回で登場人物がえらく増えたわけですが、メインはヴォルケンズなのでそんなに話に出てくることは無いかもしれません。いや、なのはやフェイトとかはちょっと出番が増えるかも?
まあ、まったりした話ばっかになりますが。
こんなおかしなキャラばっか出てくる作品ですが、これからもお付き合いいただけたらと思います。



[17066] 三十九話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:6f788d53
Date: 2010/08/15 01:32
「犯人は、この中に居ます!」

『ッ!?』

探偵風味な神谷ハヤテです。





事件が起こったのは、寿司パーティを開いた翌日。

新たな家族、リインフォースさん(通称リインさん)を迎え入れ、闇の書関連の問題もすべて払拭されたということで、今までにないほどのすがすがしい気分で朝を迎えた私達は、一日の活力の源たる朝食をみんなで取っていた。

『いただきます』

「いただきマッスル」

と、いつものように、食事を作った人と食材を作った人へ感謝を表す挨拶をした私達は、それぞれが箸を取り料理を貪り始めたのだが、しばらくして、

「ぐっ!?……リ、リーンの翼の……導く、まま……に……」

という謎の言葉を発したリインさんが、

「さらば、だ……ぐふっ」

突然、椅子の背もたれに体を預け、息を引き取ってしまったのだ。

沈黙が場を支配する中、そんなリインさんを、ヴィータちゃんとシグナムさんが憐憫の眼差しで見つめている。

「……短い幸せだったな。いや、こいつにとってはそれだけでも価値があるものだったのかな。見ろよ、今わの際(きわ)に笑ってやがるぜ」

「綺麗な顔……してるだろ? 死んでるんだぜ、それ」

「いや、お二人とも、なにのんきなこと言ってるんですか。リインさん死んじゃいましたよ。これは立派な殺人事件ですよ。きっと誰かが料理に毒を盛ったんですよ」

信じたくはないが、犯人はこの中に居るとしか思えない。動機は分からないが、この四人の中に殺人犯が……ああ、恐ろしい!

「でもよー、この中で料理に毒を盛れる奴なんて一人しか……」

「うむ、一人しか……」

「そうでござるな。一人しか……」

「……何よ、その目は。私が毒を盛ったって言うの? バカにしないでちょうだい。いくら生意気な中二病患者だからって、その程度で殺すはずないじゃない。それに、私が殺るならもっと華麗に殺るわよ。はらわたをぶちまけたり、18分割したり」

みんなに疑念の視線を向けられたシャマルさんが、色々とぶっちゃける。でも、やっぱり一番怪しいのはシャマルさんなんだよなぁ。考えられる動機としては、あれだな。ダーク系キャラがかぶってるとか。

「う……じ、地獄の底より蘇りし闇の申し子、それが私……」

「お、生き返った。誰かがドラゴンボールでも集めてシェンロン呼んだのか?」

「シャマルに殺された人々を生き返らせてくれ、とでも願ったのだろうか。我だったらかじってもかじっても再生するホネッコを望むのだが」

「だから私は殺ってないってば」

頭を振って意識を呼び戻しているリインさんを眺めながら、みんなは何事も無かったかのように食事を再開する。生き返ったなら問題無いか。私も食べよっと。

「おい待て貴様ら、私が死にかけたんだぞ、何か言う事があるだろうが。というかなんだこの料理は。トニオの料理みたく一旦死にかけるとか、いつからシャマルはスタンド使いになったんだ」

無関心な私達に腹を立てたのか、血よりも赤そうな瞳を向けて睨みつけてくるリインさん。でもなあ、そんなこと言われても、ドンマイとしか言えないよなぁ。

「てっきりさあ、シャマルの料理の腕が上がってたんだと思ってたけど、今のリインの反応見る限りだと、あたしらにこの料理の耐性が付いたって感じだよな」

リインさんが力尽きた時から誰もが想像してたことをズバッと言うヴィータちゃん。今まで考えないようにしてたのに言っちゃうなんて……

「あら、失礼しちゃうわね。私の料理の腕だって上がってるわよ。この間、家を覗いてる猫の背後に転移して無理やり新作料理食べさせたら、涙を流して食べてたもの。動物さえ感動するほどの料理よ? まずいわけがないわ」

「節子、それ感動の涙ちゃう。苦痛の涙や」

そのぬこには、同情を禁じ得ないな。

ああ、でもレストランの料理とか寿司とかは普通に美味しく感じられたから、味覚が変化したってことではないのか。それなら悲嘆することもないか。

「一つ聞きたいんだが、まさか、耐性が付くまで私にこの料理を食べ続けろと言うわけではないだろうな?」

「え? そんなの当り前じゃないですか」

「我ら全員が受けた洗礼だ。貴様もその身に刻みこめ」

「うちら、家族じゃん?」

「絶望した! 食事と言う名の拷問に絶望した!」

そんな風にわめき散らすリインさんの言葉も馬耳東風といった感じで、食事は淡々と進められていったのであった。

大丈夫ですよ、そのうち慣れますから。……そのうちね。





いつもより数段騒がしい朝食も終え、グロッキー状態のリインさん以外のみんながリビングでのんびりしている時、私は今日が病院の診察日だということを思い出した。犯罪者を退治したり、怪獣と戦ったり、魔法少女になったりと、続けざまにトラブルが起こったものだからすっかり忘れていた。

そろそろ家を出ないとまずい時間帯だな。まあ、準備なんて財布用意するだけだし、すぐにでも行けるんだけど。

今日の付き添いは……あ、そうだ。

「リインさん、起きてください。リインさーん」

ゆさゆさ。

ソファーに背を預けて涙を流しているリインさんをゆする。

「あ、主、やめてくれ。今、マジできつい……」

もう、仕方ないなぁ。取り敢えず話を聞ける状態にしないと。言葉遣いに気を配れないほどに弱ってるんじゃ、文字通り話にならないよ。

「ザフィーラさん。ちょっと回復魔法かけてあげてもらえますか? リインさんに用事があるもので」

「ハグッ……むう、いいところなのだが、致し方あるまい」

いつものようにホネをかじっている守護獣にお願いして、回復してもらうことにした。魔法って便利だね。

「うう。毒を食らわば皿までとは言うが、毎日がこれでは、身が持たんぞ……」

「諦めろ。誰だって最初はそうだった」

「食事とは、本来楽しいものではなかったのか……ああ、中華〇番の料理が食いたい……」

さめざめと泣きながらザフィーラさんに愚痴をこぼす銀髪の美女。この人、結構マンガのことには精通しているようだな。やっぱり暇な時に本棚のマンガ読み漁ってたのか。

「では回復するぞ。……ダホマッ!」

ザフィーラさんが一喝すると、リインさんの体が暖かな光に包み込まれる。しばらくその状態が続いていたが、リインさんの表情が和らいできたのを見て、ザフィーラさんが魔法を解除する。

「……ふう。礼を言うぞ、ザフィーラ。しかし、本来ならこういう役目はシャマルだと思うのだが」

「え、そうなんですか? でも、シャマルさんが回復魔法使ってるとこ見たこと無いんですけど、私」

犯罪者とか怪物を相手にしていた時は、遠距離から援護射撃ばっかしてたし、ザフィーラさんが怪我した時も、回復しようとするそぶりさえ見せなかったのに。

「確かに私は回復系が得意だけど、私のイメージじゃないのよねぇ。だから使うのに抵抗感があって……」

「お前、風の癒し手の二つ名が泣くぞ……」

そんな二つ名があったんだ。似合わねー。

「それはそうと主。私に用事とはなんなのだ?」

すっかり元気を取り戻したリインさんが、立ち上がって私の目の前まで来る。……この人、結構胸あるよね。下から見上げると良く分かる。前回抱きつかれた時は揉み損ねたが、今日中にはリベンジを果たしたいところだ。

「主?」

「あ、はいはい。用事でしたね。実は今日、定期健診があるんですよ。それで、病院までリインさんに付き添ってもらいたいんです。石田先生にご挨拶していただけたらと」

「主の主治医だったな。……そうだな、日ごろ主が世話になっている人間だ。挨拶くらいはせねばならんな」

「あと、帰りにデパートに寄ってリインさんの服も買いたいんです。今はシグナムさんの服を着てますけど、いつまでもそれじゃ嫌でしょう?」

「ほう……本の中から見ていたが、やはり今回の主は傑物のようだな」

「そうだよん。主ほどのお人好しはなかなか居ないでおじゃるよ」

だからそれは褒めてるのか貶してるのかどっちなんだよ。

「まあそれは置いといて、オッケーってことですよね、リインさん。では、時間もあまり無いのでさっそく行きましょう。時間は待ってはくれませんよ。ディオ様は別ですが」

「分かったから、ひっぱるな主」

「おみやげ、よろー」

「はーい。シュークリームでも買ってきますねー」

というわけで、愛しのおっぱい(フロンティア)に向かって、出発進行!





「ああ、おっぱい(愛しのおっぱい)!」

「だからおかしいわよね、それ」

恒例行事となった突撃&モミング。今日も石田先生のおっぱいは良いおっぱい。きっと明日も明後日も良いおっぱい。

「あら? そちらの方は?」

胸をわしづかむ私なんて意にも返さず、新顔であるリインさんを見つめる石田女医。おっと、少々トリップしてしまったようだ。紹介を先にするべきだったな。

「こちらはリインフォースさんと言って、私の新しい家族なんです。色々と事情がありまして、一緒に住むことになりました。今日はご挨拶を兼ねて、付き添ってもらいました」

「あら、そうだったの」

そこで、リインフォースさんが一歩前に出て先生に挨拶をする。

「リインフォースだ。よろしく頼む」

「ええ、こちらこそ。私は石田と申します」

居丈高(いたけだか)なリインさんにペコリと一礼する石田先生。シャマルさんだって敬語は使えるのに、リインさんときたらまったくもう。お医者様には敬意を払うのが常識ってことを、後でみっちりと教えなければならないな。

そんな風に傍若無人なリインさんを見つめていると、挨拶を終えた石田先生が私に向き直って口を開く。

「さて、それじゃいつも通りに前回の検査結果から──」

「あ、先生。その前に一言、いいですか?」

「ん? なあに?」

原因不明だってのに、今まで懸命に治療してくれて、時には励ましてくれた、いつも優しい石田先生。

私の症状が悪化した時には、我が事のように苦しげな表情をしていた石田先生。

いつも元気を与えてくれる石田先生。

「……先生。今まで、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします」

本当に、ありがとうございました。

「……どうしたの? 急に改まって」

「いえ、なんか、言わなくちゃいけない気がしたもので」

「?」





診察を終えて病院の自動ドアを抜けた私とリインさんは、一路、デパートへの道を歩んでいた。天気は快晴。私の心も快晴だ。

「良い医者だな、彼女は」

後ろからグレン号を押してくれているリインさんが、声を掛けてくる。リインさん、人を見る目はあるんだな。

「ええ、あの人は良い先生です。リインさん、そんな先生なんですから、今度からは敬語で話してくださいね。タメ口なんてもってのほかですよ」

「む……下賤(げせん)な人間に下手に出るというのは、いささか抵抗が……」

「却下です。敬語を使うと約束してくれないと、リインさんの私服はすべてジャージになります。それでもいいなら──」

「待て! する、約束するとも!」

やはりジャージは嫌だったか。私だってこんな脅しはしたくはないが、聞き分けの無い従者には時にはこういうのも必要だろう。……慌てるリインさんを見るのが楽しいからとかじゃないよ?

「いい返事です。ところでリインさんはどういった服が欲しいですか? パンツルックとか似合いそうですよね。キュロットパンツなんてどうです?」

「そういうのは主に任せるが、私は黒がいい。色が黒でジャージ以外だったら何でも構わん」

黒かぁ。確かにリインさんにはピッタリの色だな。銀髪には黒が良く映える。赤眼もいいアクセントになってるしね。

「では、黒を基調としたものを選ぶということで。……ところで、下着も?」

「無論、黒だ」





「ただいまー」

「おかえりなさい、アナタ。お風呂にする? 食事にする? それとも……ギャルゲ?」

「魅力的な提案ですが、お腹が空いたのでお昼ご飯にしましょう。あ、おみやげです。はい、シュークリーム」

「ゲットだぜ!」

バッと私から箱を奪い取り、廊下を駆けていくシグナムさん。

「みんなで分けてくださいよー」

デパートでの買い物も済ませ、ちょうどお昼ご飯の時間に家に帰ってきた私とリインさん。玄関を開けると同時にシグナムさんの寸劇に付き合わされたわけなのだが、一体どれくらい前からスタンバっていたんだろうか、あの食いしん坊騎士は。

「ハヤテちゃん、リイン、おかえりなさい。昼食の準備出来てるわよ」

パタパタとスリッパの音を響かせながら玄関に現れたのは、若奥様風騎士甲冑をまとったシャマルさん。これをイメージする際に、危うく裸エプロンを思い描きそうになったのはここだけの秘密だ。

「ご苦労さまです、シャマルさん。すぐにいただきましょうか」

「再びあの拷問が始まるのか。……三食拷問昼寝付き。ここは本当に平和な日本なのか?」

リインさんが、げんなりとした感じに頭(こうべ)を垂らしながらダイニングへと向かう。なんだか、絞首台を登る死刑囚みたいに見える。

そんなリインさんに続いて、私も食卓へとグレン号を走らせる。が、

「……あ」

そこで、ふと気付く。

私の足が治ったら、グレン号は……

「……いや、それは無いな」

そうだな。今まで散々お世話になっておいて、それは無いだろう、私。

「安心おしよ、グレン号。足が治っても、お前は私の相棒だよ」

──………──

さて、ご飯ご飯と。




「うめー、こりゃうめーな、おい」

「ウッマー、ウマウマ」

「美味。なかなかに美味」

「ボタン鍋ですか。結構いけますね」

「当然よ。味皇でさえうならせる自信があるわ」

「……いっそ、殺してくれ」


やっぱり冬は鍋に限るね。



[17066] 外伝 『とあるオリ主の軌跡』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:33
それは、突然のことだった。



いつものようにアニ○イトでギャルゲーの予約をしてきた俺は、予約特典として付いてくるテレカの使い道について思いを馳せながら、自宅への道を自転車で爆走していた。

耳にはイヤフォンをつけ、当然のようにアニソンを聞きながらフレーズを口ずさんでいたのだが、この時の俺は、数日後に手に入るPCゲームのことに気を奪われていたようで、前方から迫る大きな影にまったくと言っていいほどに気付かずにいた。

そして、気が付いた時にはすべてが手遅れだった。

「ん? にゃにー!?」

キキー! ドガッ! ゴロゴロ、バタンキュー。

音にするとこんな感じだったが、俺に訪れた衝撃はこんなチャチなもんじゃなかった。全身が大きく揺さぶられ、脳みそもアホみたいにシェイクされた次の瞬間、身体中に強烈な痛みが走ったのだ。

それはまるで、トラックにはねられて宙を舞い、地面に叩きつけられた時に受ける痛みと衝撃のようだった。

ていうか、まんまトラックにはねられていた。

「ぐ、……やべ……これ、死ぬ……」

手足の感覚がほとんど無く、視界は霞んで周りがよく見えなかった。意識だけははっきりとしていたが、それもすぐに途切れてしまうだろうと思った。それほどに、死を間近に感じた。

もうあと数分で死ぬと言う事が、この時の俺にはなぜだか分かった。だから俺は、最後の力を振り絞って震える手で携帯をポケットから取り出し、とある人物に電話をかけた。

プルルルル、ピッ!

『もしもし、アニキ? なんか用?』

「あ、ああ、最愛なる……我が弟よ。これが、兄との最後の……会話に、なるだろう。心して……聞け」

『は? 何言ってんの。頭大丈夫?』

「頭はかち割れてるが、まあいい……兄の、最後の願いを……聞いてくれ……」

『いや、わけわかめなんだけど。声もなんかかすれてるし』

「俺の……部屋に、パソコンが……あるだろう?」

『え、ああ、あるね。それが?』

「ハードディスクを……いや……パソコン機器、全部……破壊してくれ」

『は? なにぶっ飛んだこと言ってんの。正気?』

「兄はさっきぶっ飛んだし、正気も保てそうにない……弟よ、いいな。必ず、破壊……してくれ……」

『おーい、アニキー? 声が小さくて聞こえないよー』

「頼んだ……ぞ……」

『ねえ、ちょっと──』

ピッ。ツー、ツー。

「これで……安心して……逝け、る……」

こうして後顧の憂いを断った俺は、安堵の息をもらしたのを最後に、呼吸をすることはなくなったのであった。

………………

…………

……




……あれ? なんだここ? あたり一面真っ白だ。確か俺はトラックにはねられて死んだはず──

「おお若者よ、死んでしまうとは情けない」

なんかいきなり目の前に白ヒゲ生やしたジイさんが現れた。だれだこいつ。

「本来ならお前はあそこで死ぬことはなかったんじゃが、運命の悪魔がイタズラをしてしまったようじゃ。よって、もう一度だけチャンスをやろう」

え、これなんてSS? ていうかこのジイさん神様?

「お前の望む世界に、望む能力を一つ付けて転生させてやろう」

「マジっすかぁ!? マジっすかぁ!?」

やっべ、ぱねぇ。まさかトラック転生がほんとに存在してたなんて。ここはあれだろ。あそこの世界しかねえだろ、俺。あと能力っつったらあれだろ。今がトレンドの無効化能力だろ、俺。……ん、あ、そうだ。

「あの、すんません。赤ちゃんからやり直すのはきついんで、小学三年生くらいからスタートってできるっすか?」

「構わんぞ」

ひゃっほーい! さすが神様、話が分かる! そこにしびれる、憧れる!

「望む世界と能力は決まったか?」

「あ、うっす。俺は──」

「言わなくともよい。お前がそう願うだけでその世界に行き、その能力を得る」

「あ、おっす。じゃあ、さっそくいいすか?」

「うむ。達者でな」

お、なんか体が光り始めた。いいねいいね~。それっぽいよ~。

さて、それじゃあめくるめく二次元の世界に行くとしましょうか。俺の望む世界、それは勿論──

「レッツ、リリカル!」







──5月14日



気が付くと、俺は見たこともない公園で仰向けに倒れていた。

夢じゃないかと体を確認してみると本当に子供の姿になっていた。ぱねぇ。

この姿になっているということは、今いるこの世界もリリカルワールドだということ。そう確信した俺は、さっそく辺りを探索することにした。

公園の入口を見てみると、柵にプレートが付いていて、公園の名前が書いてあった。

【海鳴臨海公園】

「フヒッ」

ご都合主義万歳。

公園を出た俺は、リリカルキャラクターズとの運命的な邂逅を果たすために、街中を駆けずり回り地理の把握に努めた。

第一候補はやっぱり、八神家に拾われてヴォルケンズ達と仲良くなることだろう。そのためにはまずはやての前で、家も親もなく飢えに苦しんでいる可哀そうな子供を演じなければならない。

そう思った俺は、道行く人々に質問を繰り返し、二時間後、ついにはやての住む八神家を発見したのだった。

電信柱の影に隠れて家を観察すること一時間、玄関の扉が開き、中から車椅子に乗った女の子が一人で出てきた。はやて、発見。

家を出た彼女は、気持ち良さそうに車椅子で風を切りながらどこかへと行ってしまった。

一人で出かけたということは、まだヴォルケンズは出現していないということか。ならば好都合。

帰ってきたところを見計らって、彼女の前で弱った姿を見せつければ、きっと彼女は同情して俺を拾ってくれるだろう。なんてったって、怪しげな見知らぬ四人組をいきなり家に住まわせるくらいなんだから。

完璧な作戦に胸を躍らせながら待つこと一時間ちょっと。ついに作戦決行の時がやってきた。

俺は車椅子を軽快に走らせる彼女の前に出て、いかにも弱ってますよという風に地面にへたり込み、家も親もなくお腹がペコペコだということを伝える。

すると彼女は俺の手を引き、ついてくるように指示してきた。よっしゃ、作戦成功。

だが……

「……なあ、ここって」

連れてこられたのは、なんと交番。ばかな、なんだこの展開。あり得ないだろう。普通だったら家に連れ込んで飯を食わせてくれて、「帰る家が無いなら、うちに住むとええよぉ」とか言ってくれるはずじゃ……

「おじさ~ん、この子帰る家が無いんだって。保護してあげて。あ、あとお腹空いてるみたいだから何か食べさせてくれるかな?」

「ちょっ!?」

交番の中からおっさんが出てきて、引き渡されてしまう。一体何なんだこれは。俺はオリ主のはずだ。俺のヴォルケンハーレム計画は完璧のはずだ。なのになぜ!?

「さ、おいで」

おっさんにさっきのはやての言葉は嘘だと言っても信じてもらえず、無理やり交番の中に押し込まれてしまう。くそ、こうなったら一旦八神家は諦めて、第二候補の高町家に行くしかないか。

決意を新たにした俺は、おっさんにもらったかつ丼をたいらげた後、シュークリームを買ってくると言い、交番を脱出。先ほど辺りを駆けずり回った際に発見した翠屋へと向かうのだった。



「……到着。なのは、今行くぜ」

なかなか洒落た外装の喫茶店を見上げて呟く。では、いざ突貫!

カラーン!

「いらっしゃい」

「武道をご教授願いたい。出来れば住み込みで」

「……あ~、済まないね。うちではそういうのやってないんだ」

「そんな!?」

あり得ない! ……いや、少し急ぎすぎたか? ここはやはり、裏山で修行中の恭也達の前に傷だらけで現れて保護してもらう、というパターンにすべきだったか。くそ、選択を誤ってしまった。

「……失礼しました」

その後、なぜかくれたシュークリームを抱えて、俺は翠屋を退出することとなった。こうなったら次は……金髪ツンデレだ。奴の屋敷に居候しよう。

「待ってろよ、アリサ」

シュークリームをパクつきながら、次なる計画に思考を巡らせる俺だった。シュークリーム、うま。



そんなこんなでバニングス家に到着。家が海鳴中心部から離れてる上、聞き込みしながら探してたから、かなり時間が経ってしまった。もう辺りは真っ暗だ。

さて、ここからどうするかだが、やはりあれだな。裏庭あたりで倒れているところをアリサや使用人に発見されて、保護。なんだかんだあって、屋敷に住まわせてもらうってやつ。これでいこう。

思い立ったが吉日。塀を乗り越え、さっそく屋敷に侵入。なるべく目立つ所で倒れていようと思い、辺りを散策する。だが……

「グルルルルル」

「ウェ、ウェイト。落ち着け。俺はお前の敵じゃない。話せば分かる」

なんか黒くてでっかい犬がいつの間にか目の前に居て、俺を睨みつけていた。やばい、こんなところでのんきに寝転がっていたら、朝には哀れな子どもの死体が一丁上がりだ。またもや選択を誤ってしまったか。

「ガルルルルル」

「……お、覚えてやがれ!」

「ガウッ! ガウッ!」

「うひいいい!?」

凶暴な犬っころの猛追をなんとか振り切り、屋敷を脱出。ここも駄目か。ならば次は……すずかだ。奴の屋敷に居候しよう。

「待ってろよ、メイドインヘヴン」

だが、その前に今日の寝床を確保しないとな。よく考えたら、俺ってホントに家も親も、ついでに金も無いんだよな。早く居候先を決めないと飢え死にしてしまう。

いや、児童保護施設に入所すれば生活の保障はされるんだが、そんなつまらない生き方はごめんだしなぁ。やはりリリカルキャラクター達に関わって、熱い魔法バトルを展開したいものだ。

……まあいい。今は寝床の確保が先決だ。と言っても金はないからなぁ。今日のところは、公園のベンチで新聞にくるまって寝るか。

てなわけで、朝に居た海鳴臨海公園まで戻った俺は、空に輝く月や星を見ながら公園のベンチで夜を過ごすのだった。しょっぺえなぁ。




──5月15日



朝起きると、ジイさんバアさん達が俺を取り囲んで、口々に何かをささやいていた。手にプラスチックのスティックを持っているところを見ると、ゲートボールでもしにきたのか。

──こんな若いのにねぇ

──親はなにしてんだか

──可哀そうに

「見せもんじゃねえ、とっとと失せろ!」

ウヒィー! と、俺の一喝にビビって三々五々に散っていくジジババ共。まったく、同情するなら金をくれってんだ。

「さて、と」

日が高いうちにすずかの家に行くか。




というわけで、昨日と同様に聞き込みしながら歩き回り、長い時間をかけて月村家に到着。やっぱりデカイ屋敷なだけあって、家の場所を知っている人は結構いた。まあ、この屋敷も中心部から離れてるから、こんなに時間かかったんだけど。

ただ、着いたのはいいが、これからが問題だ。どうやって月村家に拾ってもらうかな。ここはシンプルに、門の前で倒れていようか。うん、それがいい、そうしよう。

パーフェクトな作戦だ、と緩む頬を腕で隠しながら門の前で倒れていること十分。門が開き、人が近づいてきた。

うつ伏せだから誰が来たのか分からないが、やはりここはメイドさんだろう、常識的に考えて。

「ん? うわ、ちょっと君、大丈夫?」

慌てて駆け寄ってくる音がする。あれ、こんな口調するのって、この屋敷の中じゃ一人だったよな。忍? まあ、この際恭也の恋人でも構わん。

「おーい、生きてるかーい」

「え、ええ。なんとか……」

「どしたの、君? こんなところで倒れてるなんて」

「実は俺、親が死んだから児童保護施設に入所していたんですが、そこで盛大なイジメにあいまして。耐えられなくなって飛び出したはいいものの、金も無いからなにも食べられず、ここで力尽きてしまったんです」

ちょっとアレンジしてみた。

「ほうほう」

「あの、お願いです。ここにしばらく匿ってもらえませんか。きっと連れ戻そうと職員が俺を探してると思うんですが、もう、あんなところに戻りたくないんです」

「うーん、匿うことはできないけど、ご飯くらいなら食べさせてあげられるよ」

……飯か。はあ、居候は無理かぁ。仕方ねえ。飯だけでももらって、後で今後の方針を考えよう。 

「……それじゃ、お言葉に甘えていただきます」

なのはやフェイト達と交流を持って、いずれは管理局のエースオブエースに……なんて思ってたけど、なかなかうまくいかねえな。

「ところで君さあ、女装とかに興味はある? ご飯食べた後に──」

「……さらば!」

脱兎のごとく逃げ出す。だって、なんか目が獲物を見つけた肉食獣みたいだったんだもん。





「全滅、か……」

月村家から離れた俺は、他に行くあてもなく、ふらふらと街中をさまよい歩いていた。

ああ、どうしてこうなったんだろうか。なにがいけなかったんだろうか。

俺はオリ主のはずだろう? 魔法無効化能力なんてオサレな能力まで持ってるんだぜ? それなのにどうしてだよ。

きゅるるる。

「ああ、腹減った……」

そういえば、昨日の昼からなんも食ってねえや。ベンチで寝たせいか、体もだるいし。ああもうやってらんねー。

「くそう……」

俺は道ばたに座り込み、にじんできた涙をぬぐう。くそ、子どもの体は涙腺がゆるいから嫌なんだ。すぐに泣きやがる。

……これから、どうしよう。

いっそ、施設に入所して平凡な生活に身をゆだねるか?

「……あり得ねえ」

そんなのは死んでもいやだ。魔法も使わずに人生を終わらすなんて、この世界に来た意味がねえ。

「ああ、もう!」

ごろんと寝っ転がり、天に向かって吠える。……いっそもう一度、それぞれにアタックをかましてみようかな? でもなぁ、それで施設に連れてかれちゃあ本末転倒だしなぁ。

よく考えたら、今まで俺がやったことってわりと無謀だったんじゃないか? 見ず知らずの子供を家に住まわせるなんて、普通ありえないよな。転生なんて経験して頭がおかしくなってたんだろうか。疑いもせずに居候できるなんて思ってたけど、冷静になってみると、無茶だってことがよく分かるぜ。やべ、思い返してみると赤面モノだ。 

「ちくしょう……」

ああ、本当にこれから──

「ねえ、君。どうしたの?」

「え?」

倒れている俺に声をかける人物がいた。声の主は、美人なお姉さん。

「……別に、なんでもない」

「ウソ。涙を流して叫んでるなんて、普通じゃないわ。なにか困ってるんでしょ? よかったら、話を聞くわよ」

なんなんだ、このお人よしは。勘弁してくれよ。自分がみじめに感じちまうだろうが。

「本当に、なんでもないってば。ただ、腹が減ってイライラしてたんだよ」

「お腹が?……君、お家は?」

「そんなん無い」

「……ご両親は?」

「そんなん居ない」

「……君、ちょっといらっしゃい」

「は? どこいくんだよ?」

「私の家。詳しく話を聞かせてもらうわ」

話? そんなん聞いてどうしようってんだ、まったく。

「あんたに話すことなんてなにも──」

「お腹、空いてるんでしょう? ご馳走してあげるわよ」

……まあ、飯をくれるってんなら、少しくらい付き合ってもいいかな。

「ねえ、君。名前はなんて言うの?」

名前か。そんぐらいなら教えてもいいか。

「錦織(にしきおり)、修二。あだ名は、オリシュ」

「そう。私は槙原愛。よろしくね、オリシュ君」

あれ? 槙原? あれぇ?











あとがき

突発的に書きたくなってしまいました。



[17066] 四十話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:37
「第二回、コスプレショー、はっじまっるよー!」

いつになくハイテンションな神谷ハヤテです。





リインさんが私達と暮らし始めて早三日。

シャマルさんの料理に少しずつ慣れてきたのか、彼女が食事中に愚痴をこぼす事は無くなってきた。まあ、別の物が瞳からこぼれてるのはご愛敬だが。

魔力蒐集のために毎日がバトル三昧だった日々から解放された私達は、そんなリインさんと共に、昼食後、いつものようにリビングでまったりとした時間を過ごしていた。

シャマルさんとシグナムさんはゲームで対戦。私とリインさんは、ロリコンが送って来たマンガをソファーに座って読み、ヴィータちゃんはパソコンを占拠して、ニヤニヤと画面を見て笑っている。ザフィーラさんは珍しく人間形態になっており、指一本で腕立て伏せという荒技に挑戦している。

そんなありふれた日常を楽しんでいた私は、唐突にあることに気が付いた。

リインさんが居れば、私もコスプレやりたい放題じゃね? ということに。

「こここ、こりゃえらいこっちゃ……」

その可能性に思い至った私は、読んでいたマンガを放り投げ、みんなの同意を得ること無く、独断でコスプレショーの開催を告げるのだった。

「……いつかやるとは思ってたけど、やっぱりきたか」

いの一番に反応したヴィータちゃんがディスプレイから目を離し、瞳を輝かせる私を見る。どうやらヴィータちゃんはあまり乗り気ではないらしい。一旦コスプレしたらノリノリなのになぁ。

「む? 主、コスプレショーとは何だ?」

隣でマンガを読んでいたリインさんが、不思議そうに聞いてくる。そっか、リインさんは知らないのか。ふふふ、ならば教えてあげないとな。某説明お姉さん風に!

「説明しましょう。コスプレショー、それはレイヤーの意地と情熱とキャラクターへの愛が試される究極の自己表現方法。日本においては、アメリカのSF大会(サイエンス・フィクションコンベンション)の影響を受け、1970年代あたりから日本SF大会にコスチューム・ショーとしてプログラムに取り入れられておりました。しかし、当時はこの『架空の人物に扮する』という行為は異端とみなされおり、少数の限られた嗜好であったそうで、~中略~、同人誌の即売会等でもコスプレは行われており、コスチュームプレイと正式に呼ばれるようになったのは、~中略~、1988年代頃から同人誌即売会でのコスプレは、混雑やマナー、過度の露出などの問題から禁止とするイベントも──」

「そおい!」

ピコッ!

「はりゃほりゃ、うまうー!(はっ、私は何を……)」

「取り敢えずもちつけ、ハヤテ」

ヴィータちゃんのハンマーで正気を取り戻す私。いけないいけない、どうもコスプレのことになると熱くなりすぎてしまうようだ。猛省せねば。

「筋肉筋肉ぅ~(ありがとうございます、ヴィータちゃん。おかげで頭が冷えました)」

「いいってことよ。んじゃ、解除するぜ」

「ねえ、今なんかおかしくなかった?」

ハンマーの効力を消してもらい、普通に喋れるようにしてもらう。シャマルさんが首をひねっているが、どうしたんだろうか。いや、今はリインさんにコスプレの素晴らしさを知ってもらう事の方が先決だ。

「いかがでしたか、リインさん。コスプレショーとはどういったものかご理解いただけましたか? まだ知識が不足のようでしたら、微に入り細をうがちご説明しますが」

「いや、いい。今ので十分理解した。主の性癖を含めてな」

それなら結構。じゃあ、あとはみんなに参加を呼び掛けるだけだ。嫌だと言っても付き合ってもらうがな!

「皆さん、どうです? 久しぶりにやりませんか? 新しい衣装もご用意しますよ? やりますよね。やるって言え!」

「ハヤテちゃん、キャラ崩れてるわよ。でもそうねえ。レパートリーを増やすのもいいかもしれないわねぇ」

シャマルさん、参加決定。

「僕もやる~。マル助に負けたままじゃいられないしね。冬に見返してやるわ」

夏のコスプレ勝負に敗北したの、気にしてたんだ……まあいい。シグナムさんも参加決定と。

「我も参加しよう。ちょうどブロリーの格好がしたいと思っていたところだ」

流石ザフィーラさん。映画版を全部ぶっ通しで見続けただけのことはある。さて、残るはヴィータちゃんのみだ。

「あたしは……気が乗らねえな」

むう、やはりヴィータちゃんは難関だな。こうなったらあの手でいくしかないか。

「ヴィータちゃんは寝る時に、いつも渚ちゃんか真琴ちゃんの抱き枕を抱いてますよね?」

「ん、ああ。それがどうしたよ」

「その渚ちゃんの中の人のサイン色紙が手に入るとしたら、どうします?」

「まいたんのサイン!?」

ザ・買収。

「マ、マジかよ……一体どうやってそんなものを……」

「心優しい友達がいましてね。頼みこんだら譲ってくれたんですよ」

こんな時のために密かに隠し持っていたのだ。奥の手はこういう時に使わないとね。

「ハヤテ……犬と呼んでくれ」

流石にそれはちょっと……でも、これで全員参加となったわけだ。ああ、これであんな事やこんな事が可能に……ククク。

「さあ、では早速始めましょう。レッツ、コスチュームプレイ!」

「待て主。なぜ私の了承を得ない」

「だって、リインさんが居ないと私がコスプレ出来ないじゃないですか。残念ながらリインさんには拒否権はありません」

「まだマンガ読んでる途中──」

「レッツ、コスチュームプレイ!」





新コスチュームお披露目、一番バッターザフィーラさん。お題は希望通り、ブロリー。何気にまだイメージしてなかったりする。

「カカロットオオォォー!」

ズオオオオ!

「カッケー!」

筋肉がすごい盛り上がってる。いつの間にこんな特技を……


二番バッターシグナムさん。お題は意表をついて深窓の令嬢風ワンピース(麦わら帽子付き)

『ぷっ』

「ぬっ殺すぞ」

似合わねー。


三番バッターシャマルさん。お題は体操服(ブルマ)

『ぶはっ!』

「やっぱりケンカ売ってるでしょ、ねえ」

「サ、サーセン……」

破壊力抜群だわ、腹筋的な意味で。


四番バッターヴィータちゃん。お題は同じく体操服(ブルマ)

「ロリコンがこの場に居たら確実に襲いかかるでしょうね」

「嫌なこと想像させんなよ……」

やはり幼女にブルマは鉄板だろう。


そしてついにやってきました私のターン。

「リインさん、融合準備はよろしいですか? ちゃんと私のイメージ通りに騎士甲冑を生成してくださいね」

「こんなことで融合するのは不本意なんだが──」

「融合、開始!」

カッ!

「え、私の意思無視でなんで融合できんの?」

前回同様、リインさんが光の粒となり私の体の中に入ってくる。そして、光が収まった後にその場に残るのは、いかにも魔法少女が持ってそうなステッキを手にしながら、赤いスカートを翻してポーズを決めている私。

変身した私は、くるくるとステッキを回しながらあのセリフを言い放つ。

「はぁい、お待たせみんな! 愛と正義の執行者、カレイドルビーのプリズムメイクが始まるわよ!」

き、決まった……

「それにしてもこの主、ノリノリである」

「ていうか何で杖まで変化してるのよ」

「似合ってるっちゃあ、似合ってるな」

周りがなんか言ってるが、今の私の耳にはそんなのは入ってこない。なぜなら……

「ああ、気持ちいい……」

立ってコスプレするのが久しぶりな上、精巧すぎるほど精巧なコスチュームに身を包んでいる私が、その気持ちよさに陶酔しているからだ。ああ、やはりコスプレは良い。コスプレはリリンの生み出した文化の極みだよ。

「おーい、ハヤテー。続きはいいのかよ。これで終わりじゃないんだろ?」

はっ、そうだ。まだまだお楽しみはこれからだ。こんなのは前座に過ぎない。これからが本番なのだ。

「ふふふ、よくぞ言ってくれました、ヴィータちゃん。さて皆さん、ここで私から提案があります。今まで一人一人変身してきましたが、ちょっと趣向をこらしてみんなで一斉に変身してみませんか?」

そう、私がやりたかったのはこれなのだ。一人では効果が薄くとも、五人揃えば絶大な効果を発するグループ。世の中にはそんな集団が五万と居るのだ。ちょうど五人揃ってるんだから、やらなきゃ損ってものだろう。

「一斉に? 一体何に変身するんだよ」

「それは変身してからのお楽しみです。私がイメージを皆さんに送りますから、皆さんはその通りに変身してくださいね」

「へえ、面白そうっすね」

「何が出るのか楽しみね」

「一番最初にやるこれは、ザフィーラさんが気に入ると思いますよ」

なんてったって、一番のお気に入りだからね。

「ほう、楽しみではないか」

期待した目でみんなが私を見てくる。その期待、見事に応えてみせようじゃないか。

「では皆さん、横一列に並んでください」

みんなに指示し、私を中心として横一列に並んでもらう。私だけみんなと反対方向を向いているのに疑念の眼差しが向けられるが、変身すればその意味は分かるだろう。

よし、準備は整った。あとは変身するのみ!

「いきます! へーん、しん!」

五人の体が一斉に輝きだし、部屋の中を明るく照らす。が、それは一瞬のことで、すぐに収まる。

そして、今ここに、あの伝説の五人が蘇る!

『な、なんだと……』

「こ、これは……」

「ま、ましゃか……」

「な、なんという……」

「え? なにこれ?」

シャマルさんだけ理解していないようだが、まあいい。とにかく、この格好になったならば、あのポーズを取らねばなるまい。

「皆さん、いきますよ!」

『応!』

シャマルさん以外の皆が威勢よく応えてくれる。リインさんまで乗り気なのは意外だが、まあマンガ好きなら一度は憧れるものだし、そこまで不思議ではないか。

「え、なに?」

一人呆けているシャマルさんに、私は急いで念話で指示を下す。

『シャマルさん、あなたはヴィータちゃんの後に、グルド! って叫んで、ヴィータちゃんと同じポーズを取ってください。絶対ですよ!』

『え、ええ。分かったわよ……』

私の気迫の圧されたのか、素直に頷いてくれた。

そして、私の指示が終わると同時に、すぐに意図を察した三人が順番にポーズを取ってくれる。

まずは一番左端のザフィーラさん。両手を中央に居る私に向けて伸ばし、両足を開いて腰を落とし、甲高く一喝してから名乗る。

「イイイイヤアア!……リクーム!」

次に、右端のシグナムさん。ザフィーラさんと同じポーズを取りつつ叫び、名乗る。

「ケェーケッケッケ!……バータ!」

お次は私とシグナムさんの間に居るヴィータちゃん。クラウチングスタートのような体勢になりながら髪を振りまわし、カマキリの手のように手首を曲げた両手を上に伸ばし、名乗る。

「ハアアアアア!……ジース!」

次いで、私とザフィーラさんの間に居る、すごく嫌そうな顔をしたシャマルさん。嫌々ながらもヴィータちゃんと同じポーズを決めてくれて、ヤケクソのように名乗る。

「ふう……グルド!」

ラストは私。両足を開き、足の間から後ろを見るように上半身を曲げ、頭の横に開いた両手を添えて、名乗る。

「……ギニュー!」

全員の名乗りが終わると同時にみんなが中央に集まり、名乗りのポーズとは別に、各々に定められたポーズを取る。

そして、締めは勿論このセリフ。

「み」

「ん」

「な」

「そろっ」

「て」

『ギニュー特戦隊!!』

やべえ、超気持ちいい……

「ねえ、なんなのよ、この得体の知れないアホなポーズは」

みんながポーズを決めて浸っている中、ポーズを解いたシャマルさんが質問する。

「知らねーのかよ。ギニュー特戦隊だぜ? スペシャルファイティングポーズだぜ? ああ、まさかこのポーズが出来るなんて夢にも思わなかったぜ。コスプレも悪くないかもな」

「うむ。一日に一回はやってもいいかもしれんな、これは。そうすると、シャマルには最後の決めのポーズを練習させなければならんな」

「勘弁してちょうだいよ……」

特戦隊のスーツを身にまとったみんなが楽しそうに話している中、シャマルさんだけが眉をひそめて嫌そうな顔をしている。後でドラゴンボールを読ませよう。そうすればきっとあのポーズの素晴らしさが理解できるはずだ。なんてったってリインさんまで虜にするほどだしね。

「さあ、皆さん。コスプレはまだまだ始まったばかりですよ。次行ってみよー」

「もうあんなポーズを取るコスプレは無いわよね?」

さーて、どうでしょうかね~。




「アカレンジャイ!」

「キレンジャイ!」

「アカレンジャイ!」

「アカレンジャイ!」

「……キレンジャイ」

「五人揃って」

『ゴレンジャイ!』

「……なんで赤と黄色しかいないのよ?」

そこが突っ込みどころだからです。



「左手は、そえるだけ」

「骨が折れてもいい、歩けなくなってもいい……」

「どあほう」

「安西先生、バスケが、したいです……」

「これ、なんのコスプレなの?」

熱き男達のコスプレです。



「ペガサス流星拳!」

「聖剣!(エクスカリバー!)」

「ダイヤモンドダスト!」

「鳳凰幻魔拳!」

「なんであなた達そんなノリノリなのよ……」

楽しいからです。



「ゲロゲロゲロゲロ……」

「タマタマタマタマ……」

「ギロギロギロギロ……」

「クルクルクルクル……」

「これ、もはや着ぐるみよね?」

こまけぇこたーいいんだよ。





「皆さん、お疲れ様でした。今日はこれくらいにしておきましょうか」

コスプレ開始から二時間が経過。いつまでもみんなを束縛しているわけにもいかないので、ここらへんで終了することにした。いやぁ、それにしても楽しかったなぁ。

「ハヤテ、わりと面白かったぜ」

「そっすね。たまにならまたやってもいいかもしれんぞい」

「やってみると悪くないものだな」

「一番はやはり特戦隊だな。あれはまたやりたいものだ」

「あれだけは勘弁してほしいわね……」

みんなも結構楽しんでくれたみたいだし、万々歳だ。ふふふ、冬コミの楽しみが増えたな。早く大勢の前で披露したいものだ。

「主よ、今日は気分が良い。散歩の際は背中に乗せていってやろう」

「わ、ホントですか。やった」

ザフィーラさんに乗せてもらうのも久しぶりだな。あの背中の感触を味わいながら散歩できるのか。楽しみだ。

「何時ごろ行きますか? 私はいつでも構いませんが」

「では今すぐに行こう。体が激しい運動を求めているのでな」

「おいザフィーラ。揺らしすぎてハヤテを振り落とすんじゃねえぞ」

「ふん、そんなヘマはせん」

ザフィーラさんのバランス能力は並じゃないからな。それに、逐一私の体勢を気に掛けてくれるし、振り落とされたことなんて一度も無いから安心して乗れるよ。

「というわけで、私はザフィーラさんと散歩に行ってきますね。皆さん、今日はお付き合い頂きありがとうございました。また誘うかもしれないので、その時はよろしくお願いしますね」

あーい、うーい、と声を返しながらバラバラに散っていくみんな。シグナムさんは外へ、ヴィータちゃんはパソコンへ、リインさんは読みかけのマンガを手にしてソファーへ、シャマルさんはキッチンへと移動して行く。

「あれ、シャマルさん、もう夕飯の準備するんですか。ちょっと早くありません?」

「違うわ。ちょっと新作メニューに挑戦しようと思ってね。夕飯までには納得のいく味にしたいのよ」

なるほど、そういうことか。なんだか本当に主婦みたいだな、シャマルさん。立派にみんなのお母さんしてくれちゃってまあ。

「いつもご苦労様です。新作、楽しみにしてますね」

「ええ、任せなさい」

包丁を握りながら笑みを返してくれる。今日の夕食が楽しみだ。

「主、行くぞ」

「あ、ただいま」

急かすザフィーラさんの背中にグレン号から飛び乗り、玄関へと向かう。さぁて、今日はどこまで行こうかな~。図書館辺りまで足を延ばそうか。いや、ザフィーラさんの意見も聞かないとな。

そんな事を考えながら玄関を抜ける私の耳に、こんな会話が聞こえてきた。

『おい、貴様。今鍋に何を入れた?』

『……別に、何も』

『嘘をつけ。その赤いのは何だ。……見せろ、この!』

『やめて! HA☆NA☆SE!』

……さて、出発進行と。




「うわー!? また椅子女が犬に乗ってやがる。みんな、逃げろ!」

「悪い子はいねがー! 弱いものイジメする悪い子はいねがー!」

「それはテメーだ!」

ヒー! ギャー! と逃げ惑う近所の悪ガキどもを追いかけ回して遊んだり、

「グルルルル、ガウッ!」

「クゥーン……」

「ザフィーラさん、どう、どう」

すれ違う犬に吠えかかる大人げないザフィーラさんをなだめすかしたりしながら、私達は町を練り歩く。

「ザフィーラさん、自重してくださいね」

「むう……」

でも、こういう散歩もいいね。グレン号で風を切って走るのも気持ちいいけど、ザフィーラさんとお話しながら周りの景色を楽しむというのも、また格別だ。何より、背中の感触が気持ち良いし。

「……ん?」

と、私がザフィーラさんの背中の感触を楽しみながら河川敷を歩いていると、前方に不思議な人影を発見した。遠目だからよく見えないが、なんか形がいびつというか、普通に立って歩いてるという感じじゃない。そう、まるで私と同じように動物にまたがってるような……

「犬にまたがってんじゃん……」

近づくにつれて、その全貌が明らかになる。なんと、本当に犬の上に乗っている。しかも私と同じくらいの年の女の子だ。夕日に輝く金髪を揺らしながら、私達の方向に向かって来ている。どうやら彼女も私達に気が付いているようで、こちらをじっと凝視しているのが分かる。

『私みたいに足が動かないんでしょうか? それとも犬に乗って散歩するのが彼女の日課なんでしょうか?』

『どうだろうな。ただ、あの娘を乗せている犬。奴の顔が気になるな。何かを企んでいるような顔だ』

どんな顔だよ、と思い、もうすぐ近くまで来ていた犬を見てみると、本当にそんな感じの顔をしていた。ニヤリと口の端を吊り上げ、まるで人間が不気味に笑っているかのような表情をしている。あれ、犬がする表情じゃねーだろ。

『なんだか不気味ですねぇ。関わり合いになるのはやめときましょうか』

『それが賢明だな』

ザフィーラさんと念話で密談し、挨拶する程度に留めることにした。この女の子にちょっと興味はあるけど、あの犬がなんか変な感じするんだよなぁ。

「……こんにちわ」

「……こんにちわ」

すれ違いざまに挨拶をして、そのまま通り過ぎる。ふう、いきなり襲いかかってくるかも、なんて想像してたけど、別にそんなことはなかった──

「やっぱり──まあ、私も──」

突然、後ろの方から小さく声が聞こえた気がした。……なんだろう、このまま何事も無く終わる予感がゼロなんだけど。

「ねえ、君」

話しかけられた!?

「な、何でしょうか」

無視するわけにもいかず、こちらも振り返って相手の顔を見る。すると、女の子は何かに挑むかのような顔でこんな事を言ってきた。

「私とこの子、あなたとその子で、競争しない?」

「……」

『……』

……予想だにしない展開!

「ダメかな?」

上目使いにこちらを見てくる少女。……だが、競争か。見ず知らずの女の子であっても、勝負を挑まれたとあっては逃げるわけにはいかないよな、いかねーよ。

この神谷ハヤテ、今まで勝負を申し込まれて断った事など、ただの一度も無いのだ!

『ザフィーラさん、この勝負受けようと思うのですが、構いませんね?』

『無論だ。あの自信満々そうな犬の天狗ッ鼻、へし折ってくれる』

やはり頼もしいな、ザフィーラさんは。それでこそ私の家族だ。

互いのパートナーとのタッグバトル。下で走る相棒の体力、走力は勿論のこと、上にいる人間のバランス能力、操縦力、果てはパートナーとの絆まで試される熱い戦いだ。こいつは燃えてきた。

「その挑戦、受けて立ちましょう」

「あ、ありがとう」

自分から勝負を持ちかけてきておいて、なぜか驚いた表情をしている少女。私が了承するとは思ってなかったって感じだな。ふふん、勝負から逃げるなんて私がするはずないでしょうが。

「ではゴールを決めましょう。ここから500メートルほど真っすぐ進んだ所に橋が掛かってるんですが、その入口でどうでしょうか?」

「……うん。そこでいいよ」

少し考えるそぶりをしてから少女が答える。よーし、後は突っ走ってぶっちぎりで勝負に勝つだけだ。やってやるぜ!

「それでは始めましょうか。スタートの合図は私が言ってもいいですか?」

「うん、任せる。やるからには、負けない」

「こちらこそ」

二人と二匹は一列に並び、一瞬だけ視線と笑みを交わした後、ゴールである橋の方向を見据える。と、そこで、私達の横を数人の学生が小さな声で囁きながら通り過ぎていった。

『おい、あれ、海鳴のアルルゥだよな。俺初めて見た』

『しかも隣に居るのは遠見の申公豹(しんこうひょう)だぜ』

『ああ。最近居なくなったって聞いたけど、こっちに越してきたのか?』

……いつの間にそんな通り名がついてたんだ。しかも隣の子まで。申公豹ってあのネコ目の雷使い?

まあいい、今は勝負に集中だ。私のポカでザフィーラさんを困らせるわけにはいかないしね。

「準備はいいですね?」

「うん、いつでも」

ならば、あとは駆け抜けるのみ!

「位置について、よーい……ドン!」

こうして唐突に、謎の少女とそのペットの犬 VS 私とザフィーラさんとの対決が始まったのであった。




「ふぬぬぬぬぬぬ!」

『主、姿勢を低くしろ! 背中にべったり張り付いてもいい!』

『りょ、了解!』

スタートしてから20秒ほど経ったのだが、当初楽勝かと思われたこの勝負、思わぬ苦戦をしいられることとなった。

なんと隣の彼女、スタートと同時にありえないほどの加速力で瞬く間に私達を置き去りにし、ペースを落とさないまま爆走してくれちゃったのだ。奥歯に加速装置でも付いてんのかと思ったよ。

あの犬も大したものだが、それより凄いのは主であるあの少女だ。風圧にも負けず、振動で振り落とされることもなく、とんでもないバランス能力で見事にあの犬と一心同体になって突き進んでいる。

対して私は、遅れを取って焦ったザフィーラさんの加速に対処できず、その背中に張り付くことでしか体勢を維持できないという体たらく。

「く、くそう……」

ぎゅっとザフィーラさんの首に腕を回して、振り落とされないようにしがみつきながら前を見る。

前方には、綺麗な金髪をなびかせながら華麗なフォームで疾駆する少女の姿があった。ザフィーラさんが加速してから少しづつ差は埋まってきているが、まだ10メートルほどの距離がある。

ゴールまであと200メートルといったところ。間に合うか?

『ザフィーラさん、いけますか?』

『今のペースではまずいな。さらに加速すれば分からんが……主、覚悟はあるか?』

『勝つためなら、この身を悪魔に捧げても構いません。仮に振り落とされて怪我をしたとしても、ザフィーラさんに回復してもらえばいいですからね。多少の痛みなら我慢できます。どんどん加速しちゃってください』

『……その覚悟、見事。では、ゆくぞ!』

ゴウッ!

「くっ!?」

さらにスピードを増したザフィーラさんに必死になってしがみつく。これ、ジェットコースターに乗るよりスリルがあるんじゃなかろうか。

だが、その甲斐あって少女との距離はみるみる縮まっていく。

「ッ!?」

こちらの急激な接近に気付いた少女が、ちらりと後ろを見て驚愕の表情を浮かべる。が、すぐに前に向き直り、ゴールに向かってひた走る。……ヴィータちゃんのように油断はしないか。しかし、それでこそ抜きがいがあるというもの!

ゴールまであと50メートルほど。対して、私達と少女の距離は2メートルといったところ。ラストスパートだ!

『ザフィーラさん、あなたに、力を……』

『その思い、しかと受け取った!』

加速、さらに加速!

「なっ!? くっ、アルフ!」

ついに、少女の横に並ぶ。死ぬ気でザフィーラさんに抱き付きながら、横をちらりと見る。そこには、余裕を無くして慌てている少女の姿があった。

「負け、ない!」

「こっち、こそ!」

目と目が合い、一瞬睨み合った後、バッと同時に前に向き直り、間近に迫ったゴールを穴があくほど見つめる。

残り、10メートル。

8メートル。

5メートル。

3。

2。

1。

『いっけえええええー!』

両者が同時に咆哮を上げ、そして……

ゼロ。

長い激闘の末、ようやくゴールに到着。その結果は──

「……引き分け?」

勝者も敗者もいない、ゼロサムゲーム……




「あなたとそのワンちゃん、強敵でした。また、勝負したいものですね」

「うん、そうだね。今度こそ決着をつけよう」

バトルを終えた後、互いに健闘を称え合った私達は、再び相まみえることを約束し合い、それぞれの岐路へとつくのだった。

長時間慣れない振動に身をさらしていたためか体の節々が痛むけど、今回得た報酬の代価だと思えば安い物だ。ライバルという報酬のね。

「ザフィーラさん、次に出会う時までに特訓をしておきましょうね」

「そうだな。奴らのコンビネーションは並ではなかった。我らもあれくらい一心同体にならねば勝てんかもしれんな」

今回は賭けの部分が大きかったからなぁ。私が転がり落ちる可能性も結構あったわけだし。特訓を積んでザフィーラさんの加速に体を慣らした上で、彼女のようなバランス能力を手に入れなければ、次に勝つのは難しいだろう。

「それはそうと、今日はお疲れ様でしたね。お礼として焼き鳥を買ってあげましょう」

「レバー、いや、つくねを所望する。いや、やはりレバーか……」

「では両方買いましょう」

「死力を尽くした甲斐があったというもの……」

その後、焼き鳥をパクつきながら私達は帰宅するのであった。





「あーっ! 主、買い食いっすか? いいなー。あっしにもくださいよ」

帰宅途中にシグナムさんに発見されてしまい、焼き鳥を奪われてしまったのは、まあご愛敬?



[17066] 外伝 『シグナム観察日記』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:6f788d53
Date: 2010/08/15 01:49
「ヴィータちゃん、はいこれ。どうぞ」

「ん? 何だ、これ」

「日記帳ですよ。デパートの福引であたったんです。捨てるのも勿体無いので、ヴィータちゃんにあげようと思って」

「日記ねぇ。ハヤテは書かないのか?」

「私は……日記にはあまり良い思い出がないもので」

「ふぅん。まあいいや、もらっとくな。サンキュー」

つってもなぁ。こんなんもらっても、あたしの毎日はアニメ、マンガ、ゲームで占められてるからなぁ。そんなん記録しても面白味がねえよな。もっとなんかこう、エキサイティングな出来事を記録したいもんだな。んー、どうしたもんか……

「そんな!? スネーク! 嘘だと言ってくれ! スネェェーク!」

「シグナムさん、もう少し静かにお願いしますね?」

「アイムソーリー、ヒゲソーリー」

……そういや、すぐ間近に面白い奴がいたな。

いいこと考えたぜ。






『○月×日 ハヤテから日記帳をもらったので、折角だからつけてみることにした。ただ、あたしの代わり映えしない毎日を記録してもすぐに飽きてしまうだろうから、代わりにシグナムの行動を観察して、ここに記録してみようと思う。毎日のように外出する奴が外で何をやっているのかも気になっていたところだから、丁度いい。早速明日から実施してみよう。どんな珍行動を取るのか楽しみだ』




──観察一日目


今日もシグナムは朝からハイテンションだ。早朝から起きだした奴はリビングに移動し、ここ毎日の日課になっているジョジョ体操を始めた。

「ウリイイイイイ!」

と叫んで上半身をのけ反らしたり、

「やれやれだぜ」

と格好つけてジョジョ立ちをしたりと、なかなかに香ばしい体操だ。ニコニ〇動画でこの体操を発見して以来、飽きずに毎日やっている。どこからかテープまでゲットしてきて大音量でリビングに流すものだから、もう慣れたとはいえ、正直ウザイ。



「ランニングに行ってきますですのことよ」

体操を終えた奴は決まってランニングに行く。いつもなら黙って見送るところだが、今日はこっそりとついて行くことにした。

「翼は天を駆ける!」

玄関を抜けた奴は、雄叫びを上げながら爆走を開始。荒木プロダクション作画と見まごう不思議なフォームで道路を駆ける。心なしか横顔もソルジャードリーム。

「お勤めご苦労様でござる!」

「やあ、ニートさん。今日も元気だね」

道行くサラリーマンに挨拶を交わしながらランニングしていた奴は、近くの河原で止まり、一分ほどシャドーボクシングをする。その後、小石を川に投げて水切りを十回ほど堪能し、満足そうな顔で来た道を戻る。

「ニートさん、今日も働かないんですね」

「フハハ、羨ましかろう」

帰り道に遭遇する学生に声をかけられながら道路をひた走る。あいつ、わりと顔を知られてるんだな。ていうか通り名がニートさんなんだ……



家に帰った奴は、みんなと一緒に朝食を食べた後に掃除と洗濯を開始する。当初はよくサボっていたのだが、ハヤテにお小遣いを減らされそうになったので真面目にやるようになった。

「エッチなのはいけないと思います」

なぜかメイド服の騎士甲冑を装着した奴は、手慣れたように各部屋を掃除していく。あたしもよく手伝うのだが、今日のところは遠くで観察していることにしよう。

一通り掃除を終えると、奴は洗濯機から服を取り出しベランダに干し始めた。

「ハッピー、うれぴー、よろしくねー」

意味不明の言葉を口ずさみながら洗濯物を物干し竿に掛けていく。それにしてもこいつ、独り言が多いな。




「出掛けてくるっぽー」

昼食を食べた奴は、しばらくリビングでゴロゴロしていたが、急にソファーから立ち上がって外に出ていってしまった。

あたしもハヤテに断わって外に出て、シグナムを尾行する。奴は頭の上で手を組んで、のん気そうに鼻歌を歌いながら道を歩いている。さてさて、昼間は外で一体何をしているんだろうか。期待に胸が高鳴るぜ。

「……ゲーセン、か。わりと普通だな」

奴が最初に足を運んだのは、駅前にあるゲームセンター。あたしやハヤテもよく来る場所だ。

あたしもシグナムに続いて中に入り、見付からない様に物陰に隠れながら観察を続行する。しばらく店内をブラブラしていた奴は、とあるクイズゲームの筺体(きょうたい)の前で立ち止まる。どうやらあのゲームで遊ぶことに決めたようで、椅子に座りコインを入れた。

「予習のジャンルは、やはりアニメ&ゲームでござるな」

タッチ操作タイプの画面に触れて、ゲームを始める。あれは確かオンラインのクイズゲームで、全国のプレイヤーとリアルタイムでクイズ勝負出来るってやつか。予習の問題に答えた後に、プレイヤー同士の対戦が始まるんだったな。

「来たな、プレイヤー共が。まとめて葬り去ってくれる」

予習も終わり、プレイヤー同士の勝負が始まったようだ。奴は慣れた感じで画面を指で触れていき、問題に次々と答えていく。

「ふん、ザコ共が。賢者の私に勝てると思うなよ」

一回戦、二回戦と勝ち抜いていき、奴は見事最終ラウンドまで生き残った。この最終戦、十二人から四人まで減ったプレイヤーがそれぞれ自分でジャンルを選んで、その選んだ四つのジャンルの問題が出るといったもので、シグナムは当然のようにアニメ&ゲームを選んだ。

「……く、こいつらあっしの苦手な社会ばっか選びやがって」

どうやらかなり苦戦しているようで、結果は芳しくないようだ。

「おいどんが、四位……シノブ、ノエル、ファリン。貴様ら、覚えていろよ」

結果に不満があるようで、上位三名のプレイヤー達に呪いの言葉を吐きだす。ゲームに熱くなりすぎだろ。




クイズゲームで遊んだ後、奴は格ゲーや音ゲーなどにも手を出し、一時間くらいゲーセンで時間を潰していた。が、

「小腹が空いたな……あそこに行くか」

そう呟くとゲーセンを離れ、どこかへと歩き出した。向かった先は、全国どこにでもあるファストフード店、マク〇ナルド。

「……さて」

奴は店の前で一度立ち止まり、中に入ると見せかけて、なぜか横にある路地裏へと入ってしまう。が、すぐにそこから出てきた。……ドナ〇ドの姿に変身して。

「いらっしゃいま──」

「ドナ〇ドです」

そしてそのまま店内に突入する。あいつ、何考えてんだよ。

「教祖様だ! 教祖様が布教に参られたぞ!」

「教祖様、いつものあれお願いします!」

「もちろんさぁ。みんなも一緒にやってみよう。いくよー? せーの」

『らんらんるー☆』

店内にいた大多数の人間がドナ〇ドと一緒にらんらんるーをやっている。ちょっと待て、何なんだ、それは……

「教祖様、いつもありがとうございます。なにかご所望の品はございますか?」

「ん~、ハンバーガー四個分くらいかな?」

「みんな! 教祖様はハンバーガーをご所望だ!」

「店員さん、ハンバーガーください!」

「こっちもください!」

なぜか次々とドナ〇ドの前にハンバーガーが置かれていく。そろそろついていけないんだが……

「ドナ〇ドのことが大好きだなんてうれしいなぁ。ド〇ルドは嬉しくなるとついやっちゃうんだ。らんらんるー☆」

『らんらんるー☆』




「いやー、ちょろいもんよ」

脇にハンバーガーが詰まった袋を抱えたシグナムは、ホクホク顔でバーガーをパクつきながら道を歩いている。大食漢なあいつが最近夕食におかわりしなくなったと思ったら、こういう訳だったのか。

「さて、腹ごなしに運動でもするか」

歩きながらハンバーガーを食べ尽くした奴は、近くの公園まで移動し、中央の広場でサッカーをしている子ども達に声を掛ける。

「坊主共、キレイなお姉さんが遊びに来たぞー。混ぜろコラ」

「またですか、ニートさん。あんた働かなくて大丈夫なんですか?」

眉をひそめる子ども達の輪の中に無理矢理入り、サッカーに興じるシグナム。奴は色々と駄目な気がするな。

「バズーカチャンネル!」

「ぐほっ!」

「ちょっと! 味方に向けて蹴らないで下さいよ!」

「ストーンヘッジ!」

「話を聞け!」

一時間ほど子ども達とたわむれたシグナムは、

「今度遊ぶ時はポケモンバトルしようぜ!」

という言葉を残して風のように去るのだった。ガキ達にとっちゃいい迷惑だな、あれ。




「ただいまー」

公園を出たシグナムはそのまま家に帰ったので、あたしも少し時間をずらしてから帰った。玄関を抜けると、リビングから顔を覗かせたハヤテが出迎えてくれる。

「あ、お帰りなさい、ヴィータちゃん。そろそろ夕ご飯ですよ」

「ん、分かった」

「……なんか疲れてません?」

「まあ、ちょっとな……」

なんというか……一日観察していて改めて分かったんだが、奴は変人すぎるな。日記に書くネタには困らないけど、見ていて疲れるぜ。毎日長時間観察してたら心が病んでしまいそうだ。観察するのはあと二、三日くらいにしとこうかな。

「みんなー、ご飯できたわよー」

シャマルの声が家中に響く。丁度いい時間に帰って来たようだ。

「めーし、めーし」

食卓まで移動すると、そこには箸でおわんをカンカンと叩いている大食漢の姿が。さっきあれだけバーガー食ったのにまだ入るのかよ。お前の胃袋は宇宙か。

「皆さん揃いましたね。それでは食事の挨拶を」

手を合わせて、

『いただきます』

「いただきマスオ」

……こいつの挨拶、今までツッコンだ事ないけど、実はツッコミ待ちしてんじゃねえかな。まあ、ツッコンでやらんが。

「びゃああああ! うまい!」

「シグナムさん、もう少し静かにお願いしますね?」

「アイムソーリー、イヌソーリー」

「あ、そうだ。犬ソリと言ったら、ザフィーラさん、もし冬に雪が降って積もったら、ソリを引いて乗せてもらえませんかね?」

「我はエスキモー犬ではないのだが。まあ、考えてやらんでもない」

「ならあたしも乗せてくれ」

「あら、いいわね。私も乗りたいわ」

「拙者も」

「貴様ら……」

いつも通りの夕食を終え、就寝の時間を迎えたあたしは、今日見たシグナムの行動を日記に書きこんでから床につくのだった。


『○月×日 ニートは朝からハイテンション。エッチなのはいけないと思う。ゲーセン通いのニートは始末に負えない。ドナ〇ド降臨。自重しろ』

……まあ、こんなもんか。



──観察二日目


翌日。体操をしているシグナムの「フリィィーズ!」という奇声で目が覚めたあたしは、再び奴の観察をすることにした。

奴は昨日と同様に体操の後にランニングに行き、道行く人に声を掛けられながら河原まで移動。中国拳法の型のようなものを一分間反復練習し、その後水切りを楽しんで家に戻る。

「禁則事項です」

家に帰り朝食を食べた後、奴はミニスカートのウェイトレス姿になり、鼻歌を歌いながら軽快に掃除機を操り部屋を綺麗にしていく。掃除を終えると、今度は洗濯物をベランダに干す。

ここまでは昨日と大差ないな、なんて思っていると──

「あー、主。あちき、今日は昼と夜は外で済ませてくるんで。それと帰りも遅くなるっす。深夜あたりに帰ると思うんで、先に寝てて構わないよん」

「おや、珍しい。遠くへお出かけですか?」

「ふふーん。ちょっとデートにね」

「ふぇ、デート?」

いきなり爆弾発言をかましやがった。こいつ、誰かと付き合ってやがるのか? 今までそんなそぶり見せたこと無かったのに。

「恋人でも出来たんですか? 相手はどんな方ですか?」

「主も知っている奴ナリよ」

「なんと。んー、でも、心当たりがまったくありませんねぇ」

「ま、帰ってきたら話すっすよ」

「土産話、期待してますね」

「あい。んじゃ行ってくるじゃん……転移!」

「ちょっ!?」

デートだというのに次元転送で別の世界へと行ってしまった。相手は別世界の住人? 遠距離恋愛にもほどがあるだろ。

しかし相手が気になるな。あのシグナムと付き合える人間なんて本当にいるんだろうか。……あたしも後を追って尾行してみるか。

「ハヤテ、ちょっと後つけてくるわ。あたしも帰り遅くなるかもしんない」

「人の恋路を邪魔しちゃいけませんよ? ほどほどにしてくださいね」

「おう。んじゃ……転移!」

シグナムの足跡を辿り、あたしも奴と同じ世界へと転移する。って、あれ? この座標って確か前に行った……




「ブルーっち。傷も癒えたようだし、これで気兼ねなく戦えるねん。今回は一対一の真剣勝負だぜ」

『マッテイタゾ。ヨウシャハセンカラナ』

「ふっ、望むところだっぜ」

転移した先では、以前戦った巨大なドラゴンとシグナムが睨み合っていた。

「デートって、こういうことかよ……」

物陰に隠れて様子を窺いながら、嘆息する。まったく、まぎらわしいこと言いやがって。

まあ、あのバトルマニアにとっちゃ、愛を語らいながら街中を歩きまわることより、剣を振り回して魔法ぶっ放してる方が百倍は楽しいんだろうけどな。

しっかしあのドラゴンに一人で勝てんのかね。大怪我しなけりゃいいが。

……仕方ねえ。ここは一つ、無茶をしない様にあたしが見張っててやるか。

「んじゃ、バトルスタート! シャドウランサー、いけ!」

あたしがこんな気遣いをしているなんて露ほども気付いていないシグナムが宙に飛び上がり、手のひらから光の剣を次々と生み出し、滞空させたそれをドラゴンに向けて一気に放つ。

『フン』

が、その刃の嵐は無造作に振るわれた爪の一薙ぎで霧散してしまう。やっぱあのドラゴン、半端ねえな。

「いいねいいね~。やっぱこういう歯応えがある戦いじゃないとね。そいじゃ続けて、ミラージュサイン!」

改めてドラゴンの実力を目の当たりにして歓喜の声を上げたシグナムは、右手に剣を持ち、ドラゴンに向かって突貫する。

「……ん?」

なんと、突貫した奴の輪郭がブレたと感じた瞬間、シグナムの体が四つに増えた。……幻術魔法か。あんなん使えたんだな、あいつ。

『本物は、どれでしょう!』

幻影を従えたシグナムが、さらに加速して突き進む。それに対してドラゴンは──

「ボハアアアアア!」

灼熱の炎を前方に吐き出し、もろともに蹴散らそうとする。だが、シグナムはそれを予測していたようで、上下左右に分散してかるがると避け、

「く」

「ら」

「い」

「な」

炎をかいくぐったまま速度を落とさずに、ドラゴンの胴体に突っ込み……

スカッ!

「えっ?」

そのまま体をすり抜け、消え去る。あれは……四体とも幻影? じゃあ本体はどこに……

「上か!」

強大な魔力反応を感じて空を見上げてみると、キョロキョロと辺りを見回しているドラゴンに、魔力を凝縮した剣先を向けているシグナムがいた。幻影は大技を決めるためのオトリだったのか。高速移動魔法か幻術魔法を使ったかは分からないが、あたしとドラゴンの目を欺くとはやるじゃねえか。

「風刃閃!」

シグナムの叫びと共に剣先から巨大な竜巻が発生し、眼下にいるドラゴンをすっぽりと包みこむ。風の牢獄に囚われたドラゴンは身をよじらせて脱出を試みているが、その致命的な隙をシグナムは見逃すはずもなく、

「続けて、奥義!」

光り輝く剣を腰だめに構えた後、残像が見えるほどの速度で一気に下降し、

「光刃閃!」

竜巻もろともドラゴンの体を上段から斬り裂く。

「らぁ!」

地面に着地したシグナムは、巻き戻しをするかのように再び驚異的な速度で飛び上がり、下段から斬りつける。

「もういっちょ!」

剣を振りぬくと、今度は斜め上から襲いかかり斬撃を加える。

「まだ終わらん!」

さらに追撃は続く。上下左右正面背面、ありとあらゆる角度から光の剣閃がドラゴンに襲いかかる。

そして、数十の剣撃をドラゴンの体に刻みつけたシグナムは、とどめとばかりに剣を大上段に振り上げ、

「これで、終わり!」

胴体を思いきり斬りつける。

今まで斬撃に耐えていたドラゴンだが、その最後の攻撃を食らい、力尽きたように前のめりに倒れ伏す。この勝負、シグナムの勝ちか。

……それにしても、あいつ、こんな強かったんだな。あたし、ガチでやって勝てるかな?

『グ……ヤハリ、ツヨイナ』

ドラゴンが呻きながらシグナムに話しかける。どうやら非殺傷設定で戦っていたらしく、ドラゴンの体には傷は無く、魔力ダメージのみ受けているようだ。

「今回は幻術がうまく決まったからねん。次は分かんないぜい?」

『フ……』

笑みを交わし合うシグナムとドラゴン。その様は、まるで恋人と語り合うカップルのようだ。美女と野獣ってやつか? まあ相手はドラゴンだが。

「んー、ちょっとやりすぎちゃったかな? オレっちの魔力を受け取るがいいさ」

ドラゴンの様子を見て首を傾げたシグナムは、自らが倒した相手に魔力を分け与え始めた。自分のケンカ相手兼使い魔みたいなもんだからな。大事にもするか。

「よしっと。これで動けるっしょ。……運動したらお腹空いちった。飯にしようぜ飯に」

『ソウダナ』

食事の提案をしたシグナムは、元気を取り戻したドラゴンの背中に飛び乗り、一緒にどこかへと飛び去ってしまう。さっきの死闘が嘘みたいに仲が良いな、あいつら。

「にしても、飯か」

一体何を食うんだろうか。戦いも終わったから帰ろうかと思ったけど、ちょっと気になるな。もう少し尾行してみるか。




「そっちに逃げたぞ! 踏み潰せ!」

ズーン! プチッ。

「ナーイス!」

低空飛行しながらシグナム達を尾行すること十分。何を食うのかとしばらく観察していたのだが、ようやく答えが分かった。

ボオオオオ!

「ウンババ、ンバンバ、メラッサメラッサ」

ドラゴンの丸焼き食う気だ、こいつら……

まさか、いきなり地面に降り立ってドラゴン狩りを始めるとは思わなかったぜ。シグナムはまだ分かるが、あのデカイドラゴンは共食いになるんじゃねえのか? いや、ドラゴンって元々そういう生き物だったっけ。

「ウルトラ上手に焼けました~♪」

シグナムが起こした火に全長五メートルほどのドラゴンがあぶられていたのだが、今はこんがりと焼けて香ばしい匂いを放っている。ワイルドだが、なかなか美味そうだな。

「ほれ、あーんしろ、あーん」

『アーン』

切り分けた肉を剣でぶっ刺したままドラゴンの口に運んでやるシグナム。ホント仲良いな、おい。

シグナム自信も肉を運ぶかたわら、かぶりついて美味そうに食っている。

そして、ドラゴンの丸焼きをわずか五分ほどで食いつくしてしまった。まあ、あのデカイドラゴンだったら丸呑みもできそうだったからな。これでも時間かかった方か。

「ふいー、食った食った。ドラゴンってかなり美味いんすね。……ブルーなら、もっと美味いかも?」

『ッ!?』

「冗談さあ。……でも、シッポだったらまた生えてきそうじゃない? 食べちゃダメ?」

『コトワル!』

食事を終えたシグナム達は、そんな会話をしながら食後のひと時を過ごしている。……なるほどな。これは確かにデートと言えなくもないか。あんなに楽しそうなシグナムは滅多に見れないしな。

「よーし、腹も膨れたし、次は飛行勝負しようぜい。どっちが速く飛べるか勝負だ!」

『イイダロウ』

休息もそこそこに、またもや勝負を始めるバトルマニア達。こいつら、こんな調子で一日を過ごすんだろうなぁ。

「……邪魔者は、帰るとしますかね」

シグナムの大事な時間を奪っちゃ敵わないからな。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られてなんとやら、だ。

「さーて、それじゃ──」

きゅるるるる。

転移しようとした瞬間、あたしのお腹の虫が咆哮を上げる。ドラゴンの丸焼きの匂いに当てられたか。

ドラゴンの……丸焼き……

「……ゴクリ」




「ウルトラ上手に焼けました~☆」

ドラゴン、ギガうま。




『○月×日 シグナムは相変わらず変人。あとバトルマニア。まあ、あいつが楽しけりゃそれでいいか。……ドラゴン、また食いてえ』

……日記つけんの、めんどくさくなってきたな。もういいや。












あとがき

外伝ばかりですいません。

ここで一つご報告を。三十一話、三十二話で、ボコッた犯罪者はミッドチルダに転送されていた、というような描写がされていましたが、これを「ミッドチルダ」ではなく、「近くの管理世界の警察機関」に修正しました。

修正した理由なんですが、個人で行う次元転送では長距離間の転送は無理だという設定に気が付いたからです。ネタ・ギャグといっても、この設定の無視はまずいかなと思い、修正した次第です。

作者の勘違いで適当なことを書いてしまい、申し訳ありませんでした。



[17066] 四十一話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 01:56
「これは……ピンチですね」

危機感がつのる神谷ハヤテです。





十二月に突入し、寒さが一段と増してきた。

そのせいか、よく外出をするシグナムさんも、最近は暖房のきいたリビングで一日中ゴロゴロしていることが多くなったし、ヴィータちゃんとシャマルさんも、買い物以外ではほとんど外出しなくなった。ザフィーラさんも同様に、夕方の散歩を除いて外に出ることはない。リインさんに至っては、以前病院に付き添ってもらって以来、外に出たのを見かけたことすらない。私も寒いのは苦手で、あまり外出はしなくなった。

そんなわけで、昼日中の寒風吹きすさぶ外に出ようというチャレンジャーはこの家の中には誰もおらず、ここ一週間はみんなリビングで一日中ボヘーっとしていたのだが、ある出来事によって、その平穏な日々は破られることとなった。

その悲劇は、ある日の昼下がりに起こった。

「まさかエアコンが壊れるとは。しかもリビングと寝室にあるの、二つ同時に……」

「ささささ、さみー!」

「あかん……こらあかんて……」

「冗談じゃないわね……」

「エターナルフォースブリザード級の寒さだな……」

これはまずい。非常にまずい。このままこの寒さに身を晒し続けたら永久(とわ)の眠りについてしまいそうだ。みんなとソファーで体を寄せ合っても震えが止まらないし。

電話でエアコンの修理を依頼したから夜までには直るだろうけど、そんなのを悠長に待っていたら風邪ひいちゃうよ。なんとか当座をしのぐために暖を取らないと。でもどうしたら……ああもう、なんでこの家にはヒーターやストーブが無いんだよ。

ん? そういえばザフィーラさんはさっきから静かだな。みんなと違って寒さに悲鳴を上げてない。一体どうして──

「どうした、貴様ら。ベルカの騎士ともあろうものが情けないぞ」

な、なにぃー!? 余裕の表情でホネッコをかじっているだと!

「はっ、そうか。毛皮か!」

そういえば狼の毛皮は保温性がかなり高いんだったな。だから冷たいフローリングの上に腹ばいになっても平気という訳か。くっ、なんて羨ましい。というか妬ましい。一人だけぬくぬくとしおって! しかも、なんか見下されてる感がするのが拍車をかけるよ。

「犬、ちょっとこっち来い。その毛皮剥いでヤフ〇クに出品してやんよ」

「シグナムさん、気持ちは分かりますが落ち着いてください。それだとワシントン条約に抵触してしまいます。どうせなら私達の暖を取るために使いましょう」

ビクッと、ザフィーラさんが警戒するかのように一歩下がる。やだなぁ、ほんのジョークなのに。

「主よ、目が怖いのだが」

「気のせいです」

冗談はさておき、本当にどうしたもんかな。いつまでも寒さに身を震わせている訳にもいくまい。まあ、今の私はリインさんとシグナムさんのダブルおっぱいに挟まれてかなりワンダフォーな状態だから、もう少しこのままでもいい気はするんだけども。

そんなふしだら(?)な事を考えていると、ヴィータちゃんが何かに期待するような眼差しで私を見つめていることに気付いた。なんだろうか?

「どうしたんですか、ヴィータちゃん」

「なあハヤテ。この家に、アレはないのか?」

「アレ?」

「ほら、アレだよ。日本の冬に大いに活躍する、アレ」

……ああ、あれか! あったあった。すっかり忘れてたけど、確か物置の中にあったはずだ。ナイスアイデアだよ、ヴィータちゃん。

「ザフィーラさん、人間形態に変身してちょっと物置までついて来てください。とある物を運んでもらいたいので」

「む、何を運ぶのだ?」

「ふふ、冬と言えばやっぱり──」




『こたつ、サイコー!』

こたつしかないでしょ。

「みかん、ウマウマ」

「こたつにみかんは外せませんよね」

「世界の常識だぜ」

「……」

先ほどの寒さなんてどこ吹く風。今はみんなカーペットの上に用意したこたつに入り込み、和気あいあいとお喋りに興じている。

「……」

いやー、やっぱりいいもんだね、こうやって大勢でこたつを囲むってのは。自然と笑顔になっちゃうよ。

「……主、一つ聞きたいんだが」

そんなまったりムードの中、人間形態から再び狼形態に戻ったザフィーラさんが、冷たいフローリングの上でおすわりした体勢のまま質問してくる。

「なんでしょう」

「なぜ我だけ除け者(のけもの)なのだ」

「なぜって、見れば分かるでしょう?」

現在、私&ヴィータちゃんの二人一組と、シグナムさん、シャマルさん、リインさんが中央に向かい合うようにこたつの一辺ずつを支配している。用意したこたつはそれほど大きいものではなく、今の状態で満員なのだ。と、くれば、

「暖かい毛皮に包まれたザフィーラさんが除外されるのは当然、必然、自然の理な訳です」

「……余裕そうにみえるだろうが、これでもちょっとは寒いのだぞ」

「私達は死ぬほど寒かったんです。申し訳ありませんが、エアコンが直るまで我慢してくださいね」

クッ、と呻いておすわりから伏せにシフトチェンジしたザフィーラさんは、恨みがましそうな目でこちらを見つめながらホネッコをガリガリとかじり始めた。

ザフィーラさん、世の中にはね、何かを得るためには何かを犠牲にしないといけないという自然の摂理に沿った、極めてシンプルかつシビアな法則というのがあるんですよ。

人、それを等価交換の法則と言う。

非常に心苦しいが、ザフィーラさんには私達が暖を取るための犠牲になってもらうしかないのだ。決して、さっきは一人だけぬくぬくしやがって誰が入れてやるもんかフゥハハー、なんて歪んだ感情の発露の結果ではない。断じてない。

「はっ、ザマーないっすね。人を見下してた生意気なワン公にはお似合いの姿じゃん」

「おいおい、言ってやるなよ。優越感に浸りたかっただけだろう」

「ふう、それにしても暖かいわぁ。どこかの狼の毛皮より暖かいわぁ」

「まったくだ。比べ物にならんな」

「貴様ら……もし我が許されざるもの(ペインパッカー)を使えたら、一瞬にして消し炭になっているところだぞ。我の心の痛みを返してやろうか」

みんな歪んでるなぁ……





VS ウノ。

「ドロツーです」

「ならば私もドロツーだ」

「甘いわ、私はドロフォーよ」

「……スキップじゃ、ダメっすか?」

『ダメ』



VS トランプ。


「ダウトです」

「それもダウトね」

「ふっ、ダウトだ」

「なぜじゃ!? なぜ分かる!」

「目が泳ぎすぎなんだよ、テメーは」



VS 遊戯王。


「正義の味方カイバーマンを生贄に捧げ、青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)を特殊召喚でござる!」

「残念、激流葬です。場のモンスターはすべて破壊されます」

「ぐぬぬ、ならばリビングデッドの呼び声で生き返らせて──」

「次元の裂け目の効果をお忘れですか? 除外してください」

「ぐ……モンスターを守備表示で召喚。ターンエンド」

「私のターン。異次元の偵察機を捨て死者への手向けを発動。守備モンスターを破壊します」

「ぬあ!?」

「さらに紅蓮魔獣ダ・イーザを召喚し、巨大化を装備。攻撃力8000です。プレイヤーにダイレクトアタック」

「甘い! 魔法の筒(マジックシリンダー)発動。ふははは、自らの攻撃で滅びるが──」

「盗賊の七つ道具発動。魔法の筒(マジックシリンダー)を無効化し、ダイレクトアタック」

「ノオオオオオ!?」




「おいおい、初心者のリインがあたしに勝てるとでも──」

──5分後。

「ハリケーン発動。場の魔法・トラップカードを手札に戻せ」

「く……」

「洗脳・ブレインコントロール発動。貴様のインフェルノ・ハンマーを奪い、さらにサイバー・プリマを召喚し、巨大化を装備。合計ダメージ7000、プレイヤーにダイレクトアタック。喰らえ、終幕のレヴェランス!」

「バ、バカなあああ!?」



みかん食べてばかりいるというのにも飽きた私たちは、暇つぶしとして色々なカードゲームで遊ぶことにした。トランプやウノでは私とヴィータちゃんがコンビを組み、他のみんなはソロで戦い合っていたのだが、ほとんどのゲームはシグナムさんの一人負けという結果になっている。運が悪いというのもあるが、単純に実力が足りていないだけって感じだな。

ちなみに今は遊戯王で遊んでいるのだが、リインさんが意外と強いのには驚いた。私もお手合わせしようかな。

「リインさん、次は私とデュエルしませんか?」

「ハヤテ、待ってくれ。もう一回こいつとやらせてくれ。今のは何かの間違いだ。あたしがこんな初心者に負けるなんて……」

「ふっ、何度やっても結果は変わらん。オベリスク・ブルーの女王の異名を持つこの私が相手ではな」

「誰がつけたんですか、そんな異名……」

結局、またヴィータちゃんとリインさんがデュエルを始めてしまった。残るはシグナムさんだけなんだけど、今はデッキの改良中だしなぁ。シャマルさんとザフィーラさん(今は人間形態)は初心者同士、つたないなりにバトルを楽しんでるし。うーん、私もデッキ改良しようかな?

「ん?」

そこで、ふと、以前にみんなとある約束をしていたことを思い出した。そう、あれは確か、みんなでゲーセンに行った帰りのことだったな。

「皆さん、お話があるので、ちょっと聞いてくれますか」

カードゲームに熱中しているみんなに呼びかけ、意識をこちらに向けてもらう。大事な話だから、ちゃんと聞いてもらわないとね。

「どうした、主」

「今良いところだから、手短に頼むわね」

初心者二人組がバトルを中断して私を見る。……シャマルさんも結構染まってきたよな。ゆくゆくは立派なオタクに育て上げたいものだ。……いや、今はそれは置いとこう。今回のイベントの方が大事だしな。

「えー、皆さん。確か以前、闇の書の問題が片付いたらみんなで温泉に行こうって約束しましたよね?」

「え? あ、そういやそんなこと言ってたな」

「そんな死亡フラグ立てたこともあったニャー」

その後、あのでっかい怪獣と戦うことになってシャレにならなかったんだけど。そういやブルーアイズと戦う前にも死亡フラグ立ててたな、シグナムさん。この人が死亡フラグ立てると強い敵が出てくる法則でもあるのかよ。おっと、また思考が脱線してしまった。

「それでですね、新たな家族もできたし、私にかかってた呪いも解けたことですから、ここらで一つ、みんなで泊り込みで温泉に行こうと思うのですが、どうでしょうか?」

「温泉……いいわね」

「ほう、興味はあるな」

シャマルさん、リインさんは乗り気だな。よし、残るは三人。

「他の皆さんはいかがです?」

「当然、あたしも賛成だ」

「ミーも行きたいじぇ」

「悪くはない」

全員参加決定! うんうん、そうこなくっちゃね。そうと決まれば早く旅館の予約をしよう。

「話は決まりましたね。それでは私は、良さそうな旅館をネットで探して早速予約しますね。何かリクエストはありますか?」

「飯がうまいとこがいいな」

ヴィータちゃんが一番に答えてくれる。まあ、それは定番だね。美味しい料理を食べるのも旅行の醍醐味の一つだ。ネットで評判の所を探してみるとしよう。

「私は温泉が広い所がいいわね」

今度はシャマルさん。うん、なるべく大きな所を探してみよう。

「それもいいですね。他にはありませんか?」

どうやらもう特にリクエストはなく、後は私に一任してくれるようだ。よーし、張り切って良い旅館探すぞー。

ピンポーン!

と、私がパソコンを操作して色々と旅館の情報を見ているところに、来客を告げるチャイムの音がリビングに鳴り響いた。これは、業者の人がエアコン修理に来たのかな。

「すいませんが、どなたか出ていただけますか」

「では、我が対応しよう」

人間形態のままのザフィーラさんが、玄関に向かってくれる。さっきみんなに苛められてたから機嫌があまりよくなかったけど、デュエルしているうちに直ったみたいだな。

……あれ、そういえば今のザフィーラさんの格好って確か──

『あ、どうも。先ほどお電話いただいた者……サ、サイヤ人!?』

『ふん、戦闘力たったの五か。ゴミめ』

「うちのザフィーラさんが大変な失礼をばぁー!」

もうそれが当たり前の光景になってたけど、人間形態の時は大抵コスプレしてたんだった……





その夜。

「みなさーん、泊まる旅館が決まりましたよー」

「んー、どこどこー?」

「その名も、ひなた旅館!」

ああ、楽しみだ。



[17066] 四十二話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:dd0aa13b
Date: 2010/08/15 02:01
──sideなのは



季節は冬。十二月に入り、一段と冷え込んできたことにより、外を出歩くのが段々と億劫になってきた。なので、いつもなら学校が終わったら、凍てつくような寒さに文句を言いつつ家に帰るところなのだが、とある事情により、最近は放課後になるたびに、白い息を吐きながらもウキウキとした足取りである場所に向かうようになった。

「ふふっ」

学校帰りで制服姿のままの私は思わず笑みを浮かべつつも、今日も見慣れた近所のマンションの階段を軽快に駆け上がる。

『嬉しそうですね、マスター』

「まあね。理由はレイジングハートも分かってるんでしょ?」

『それは、まあ。ただ、あのポンコツも居るのかと思うと、私はあまり喜べないんですが……』

「仲良くしないとダメだよ。毎回会うたびにケンカしちゃうんだから」

『……善処します』

相棒のその言葉を聞くと同時に、トンッ、と軽く音を立てて階段を登りきった私は、ある一室の前まで移動し、いつものようにチャイムを鳴らす。

≪でっていう!≫

通路にまで反響する特徴的なチャイムの音が響くと、部屋の奥から誰かがドタドタと玄関に向かってくる音が聞こえる。……これは、エイミィさんかな。

足音を立てていた人物は扉の前で止まり、予想通り鍵を開ける前に扉越しに質問してきた。

「合言葉を言え」

「タッカラプト、ポッポルンガ、プピリットパロ」

「正解! そんな君にはオプー〇を買う権利をあげよう」

「いえ、いらないんで。部屋に入れてください」

ガチャッとドアが開き、残念そうなエイミィさんが顔を覗かせる。

「そんなこと言わないでさ~。だれも買ってくれないんだよ~」

「ゲ〇にでも売ってくればいいじゃないですか」

「買い取り価格、百円だったんだ……」

うわあ……単体で売るには勇気がいるなぁ、それ。

「それはそれとして、ようこそなのはちゃん。また遊んでく?」

「ええ。あ、そうだ。フェイトちゃんは居ますか? ちょっと今日は大事な話があるので」

「今はアルフと散歩に行ってるよ。もうすぐ戻るだろうから、中に入って待ってなよ」

「はい、そうさせてもらいますね」

エイミィさんに促されドアを抜けた私は、彼女の背中を追って奥へと進む。進んだ先にはリビングがあり、そこには椅子に座って本を読んでいるリンディさん、ゲームで対戦中のクロノ君とユーノ君(人間形態)が居て、入室する私に目を向けてきた。

「艦長、なのはちゃんが遊びに来ましたよー」

エイミィさんがクロノ君の隣に座りながら、私の訪問を知らせる。

「こんにちわ、リンディさん」

「ようこそなのはさん。ゆっくりしていってね」

リンディさんは私に挨拶を返すと、すぐに読んでいた本に目を戻す。小説のようだけど、どんな内容なのかは聞かないでおこう。大体どんなのかは想像つくけど、少しでも興味を示すと大変なことになるからね。

部屋の中央に居るクロノ君達に近づいた私は、こちらに目をやるユーノ君に声を掛ける。

「ユーノ君も来てたんだね」

「まあね。散歩がてらに寄ったんだ」

管理局本局から戻って来て再び私の家に居候しているユーノ君だけど、最近は散歩に行くことが多くなった。フェレットの姿で出掛けるのはいつものことだからいいとして、また犯罪行為に手を染めてなければいいんだけど。

そんな心配をしていると、ユーノ君の横でクッションを腰の下に敷いたクロノ君が口を開く。

「今はちょうど休憩中だったんだ。君も一緒にゲームをやるかい?」

ロクヨンのコントローラーをかかげてお誘いを掛けてくれるクロノ君。フェイトちゃんが来るまではそうしようかな。

「じゃあ、お言葉に甘えて。何をやる?」

「スマブラにしよう。今もちょうどやっていたところだ。母さんを抜かせばこれで四人揃ったことになるから、やっと盛り上がれる」

そっか。そういえばリンディさんはこういうゲームはやらないんだっけ。だったらちょうど良かったな。

「なのはちゃんのサムスは強敵だからな~。ここはフォックスでかく乱するべきかな」

「あのいやらしいヒットアンドアウェイかぁ。あれは苦手だなぁ」

「ま、何をしようが僕のネスには敵わないがな」

「待ちなよ。僕のピカチュウの強さを忘れたのかい?」

キャイキャイと騒ぎながらもキャラクターセレクトを終え、大乱闘を繰り広げる私達であった。やっぱり大人数のゲームは楽しいなぁ。





一週間ほど前、突如として地球に現れたリンディさん以下アースラスタッフの人達が、引越しの挨拶を兼ねて私の家までやって来た。事情を説明してもらったところ、どうやら危険な魔導師がこの町の近辺に居る可能性が高いらしく、アースラが使えない今、しばらくここに拠点を置いて調査を進めるということだった。

この任務には嘱託魔導師であるフェイトちゃんも同行していて、何も知らされてなかった私は、再開した時にはすごく驚いてしまった。

『なのはを驚かせたかったから』

という理由で知らせなかったらしい。あの時は、フェイトちゃん、可愛いところあるんだなぁ、なんて微笑ましくなったものだ。

再開を終えた後、すずかちゃんとアリサちゃんを翠屋に呼んでフェイトちゃん歓迎パーティーを開いたりもした。ビデオメールでやりとりしていたおかげで、フェイトちゃんとアリサちゃん達はすぐに仲良くなった。機会があったら車椅子のあの子とも会わせてあげようと思う。

フェイトちゃん達は任務中の身ではあるけど、そこまで切羽詰まっている状況ではないらしく、私やユーノ君が遊びに来ても相手を出来るくらいには余裕があるらしい。なので、私は暇があればこうしてこのマンションに来て、フェイトちゃんとお話したり、エイミィさん達と遊んだりしているというわけだ。

ただ、今日は遊びにではなく、フェイトちゃんに話があって来たわけなんだけど……

「ロウガガンでスプラッシュガンに勝てっこないよ~」

「エイミィさん、私にチェンジチェンジ!」

「ユーノ、そのまま攻めきれ!」

「任せて!」



「受けてみて。これがディバインバスターのバリエーション!」

「くっ、シノノメガンか。太すぎだよこの砲撃」

「ユーノ、なのはは僕に任せろ! 違法パーツには違法パーツで勝負だ」

「なのはちゃん、やっちゃえ~」

ゲームに夢中になって、すっかりと本来の目的を忘れてしまっていた。スマブラからカスタムロボにシフトチェンジして遊んでいたんだけど、やっぱりこの二作は面白すぎる。ロクヨンという二世代前のハードであるにも関わらず、今でも十二分に楽しめるほどのソフトというのは、これ以外に無いんじゃないだろうか。

ガチャッ。

『ヒャッハー! バルディッシュ様のお通りだぁー!』

「ただいま。……あ、なのはにユーノ、来てたんだ」

「フェイトちゃん、おかえり」

「やあ、フェイト。お邪魔してるよ」

と、ゲームに熱中しているところにフェイトちゃんとアルフさん(獣形態)が帰宅してきた。ここでようやく、私は大事な話があったことを思い出すことができた。

私はゲームから離れる旨を三人に伝え、ソファーに座るフェイトちゃんのそばに寄る。

「フェイトちゃん、ちょっとお話があるんだけど、いいかな?」

「OHANASI!? あ、ああ、お話か。うん、いいよ」

なぜか一瞬ビクッと体を震わせたフェイトちゃんの隣に座り、先日アリサちゃん達と話し合った事を伝える。

「あのね、この前アリサちゃんとすずかちゃんとお喋りしてる時にね、フェイトちゃんとアルフさんを誘って温泉に行かない? って話が出たんだ。そしたら二人ともすごい乗り気になってさ、もう旅館に予約までしちゃったんだ。事後承諾みたいになっちゃって悪いんだけど、フェイトちゃんも一緒に行かない?」

『ミス・なのは。私のことを忘れていませんか』

突然フェイトちゃんの胸元のポケットから声が発せられた。それに対して、私のパートナーのレイジングハートが言葉を返す。

『口を慎みなさいバルディッシュ。マスター同士の話に口を挟むものではありません』

『あー、ハイハイ。私が悪うござんした。……姑(しゅうとめ)みたいにうるさい奴だな』

『表に出なさいバルディッシュ。ジャンクにしてあげます』

「二人ともケンカしないで。あ、もちろんバルディッシュも一緒だからね」

ウチのレイジングハート同様に、フェイトちゃんのバルディッシュもかなり性格変わっちゃったなぁ。寡黙だったのに今はこんなにお喋りになっちゃって。やっぱりマンガとかアニメを見せ過ぎたのが原因なのかな。まあ、今の性格も嫌いじゃないからいいんだけど。

「あ、話がそれちゃったね。で、どうかなフェイトちゃん」

再度の私の質問に、顔を曇らせたフェイトちゃんが残念そうに答える。

「それは、もちろん行きたいけど、今は任務中だからあまり司令部から離れるのはダメなんじゃないかと……」

あう……そういえばそうか。そこら辺の事情を考慮してなかったよ。うーん、フェイトちゃんが居ないと、アリサちゃん達がっかりするだろうなぁ。

そんな風に私とフェイトちゃんが肩を落として鬱雲を発生させていると、本を読んでいたリンディさんが顔を上げて嬉しいことを言ってくれた。

「別に行っても構わないわよ、フェイトさん。今はまだ大きな動きがないから、もうしばらくは様子見の状態が続くだろうし。なにより、来週からクラスメイトになる友達のせっかくのお誘いを断わるなんて、失礼だものね」

「あ……ありがとうございます。リンディ提督」

嬉しそうにリンディさんに頭を下げるフェイトちゃん。やったね。

「って、クラスメイトになる? どういうことですか、リンディさん」

「あら、フェイトさんが自分で伝えるって言ってたけど、まだ言ってなかったのね。来週からなのはさんが通う学校に、フェイトさんが編入することになったのよ。それも同じクラスにね」

ウソ!? フェイトちゃんが!? 

「フェイトちゃん、どうして教えてくれなかったの?」

「それは、忘れて……なのはを驚かせようと思って」

「そ、そうなんだ。うん、驚いたよ……」

というか今忘れてって聞こえた気が……まあ、気のせいという事にしておこう。

いや、それより今はフェイトちゃんが宿泊旅行に一緒に行けるようになったことを喜ぼう。きっと楽しい旅行になるだろうなぁ、えへへ。

「なのは、誘ってくれてありがとう」

「お礼なんていいよ。フェイトちゃんが来てくれるだけで私は嬉しいんだから」

「なのは……」

「……ねえ、なのは。僕も一緒に行ってもいいよね?」

私とフェイトちゃんが喜びに笑みを浮かべていると、ゲームから目を離したユーノ君がこちらに向き直りそんな事を言ってきた。

「それは、勿論いいけど……お風呂は別々だよ?」

「あ、当り前じゃないか、は、はは……チィ……いや、まだ手はあるか?」

なんだろう、ユーノ君を連れていくのにすごい抵抗感を感じるな。

「なあ、なのは。今度行く旅館って以前あたし達が戦った所かい?」

今まで黙っていたアルフさんがいつの間にか人間形態になっていて、牛乳を飲みながら尋ねてくる。

「いえ、今回はちょっと遠い所なんです。でも、すごい人気があるらしいですよ。料理も美味しいし、温泉も広いとか」

「お~、いいね~、広い温泉。あたしも人間形態で行っていいんだろ?」

「あ、はい。いつものようにフェイトちゃんの親戚ってことでよろしくお願いしますね」

「あー、はいはい。了解~」

牛乳をゴクゴクと美味しそうに飲みながら手をヒラヒラと振るアルフさん。あ、武蔵野牛乳飲んでる。やっぱり牛乳は武蔵野牛乳だよね。

「艦長、艦長、私もフェイトちゃん達と一緒に温泉行っちゃ駄目ですか~?」

「駄目です」

「だが断る」

「しかし答えは聞いていない」

「うわーん、艦長のアホ~」

エイミィさんとリンディさんがなにやらコントを繰り広げている。……ん、もうこんな時間か。そろそろ帰らないとまずいかな。

時計を確認するともういい時間だったので、帰る準備をする。

「ユーノ君、そろそろ帰ろう。暗くなってきちゃうよ」

「あ、うん。分かった……変身っと」

カッ!

「ユーノ君、もうスカート覗いちゃ駄目だよ?」

「だからあれは無実だって……あ、ちょ、やめてよ皆。そんな目で見ないでよ」

みんなに白い目で見られてるフェレットに変身したユーノ君を肩に乗せて、帰りの挨拶をする。今日も楽しかったな。

「お邪魔しました。また来ますね。あ、フェイトちゃん、旅行の日程が決まったら連絡するね」

「うん。バイバイ、なのは」

「いつでも来てね~」

リビングに居るみんなに見送られながら、ユーノ君と共に玄関に向かう。が、靴を履いているところに別れたばかりのフェイトちゃんがやって来た。どうしたんだろ?

「なのは、旅館の名前ってなんて言うの?」

あ、そういえば言ってなかったっけ。

「えっとね、確か……」

んーと、なんて名前だったっけ。……あ、思い出した。

「その名も、ひなた旅館!」





「え、マジ!? 温泉!? ひゃっほう!」

「ふふ、そんなにハシャいじゃって。子どもっぽいところもあるのね」

「なあなあ、そこって混浴? いや混浴じゃなくてもいいや。九歳以下だったら男女どっちも入れる決まりとかある?」

「……君、ほんとに九歳児? ちなみにあそこの温泉は七歳以下じゃないと駄目です」

「ガッデーム!……いや、まだ手はあるか?」


帰宅途中、どこからかそんな会話が聞こえてきた。温泉旅行、流行ってるのかなぁ?



[17066] 四十三話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:05
『朝~、朝だよ~。朝ご飯食べて学校行くよ~』

「う、う~ん……」

『朝~、朝だよ~。早く起きないと遅刻しちゃうよ~』

「あ、あと五分……」

『朝~、朝だよ~。起きてってば~』

「待って……」

『……朝だよ? いいかげん起きようよ』

「もう少し……」

『……起きないとエロイ単語を大声で連呼するよ?』

「ん、んん、それだけはやめて──」

『おっぱい! おっぱい! おっぱい! ボインボイ──』

ガバッ!

「どこだ! ボインはどこにいる!」

「おー、やっと起きたっすか主。もうみんなリビングに──」

目標発見!

「いただきます!」

むにゅ。

「……おい、おっぱい魔人。起きたんならさっさと出発の準備しろや」

「うへへ……ん、あ、おはようござます。シグナムさん」

「挨拶の前に胸から手を離せ、エロス」

「おっと、これは失礼つかまつった」

本能に逆らえない神谷ハヤテです。




今日は待ちに待った温泉旅行当日。新しく買い替えた目覚ましで目を覚ました私は、シグナムさんに着替えを手伝ってもらった後、脇に置いてあるグレン号に乗り込み、すでに起床してリビングで待機しているみんなの下へと向かう。

「皆さん、おはようございます。早いですね」

リビングの扉を開けると、そこにはすでに旅支度を済ませて雑談にいそしむみんなの姿があった。ヴィータちゃんとシャマルさん、それにリインさんがソファーに座っており、まだ狼形態のままのザフィーラさんはこたつに潜り込んで頭だけ出しているという状態だ。

「なんか目覚ましが鳴る前に起きちまったんだよな」

「まあ、昨日は早くに寝ましたからねぇ。でも、私は興奮して寝付けませんでしたよ」

みんなで泊まり込みの旅行というのは今回が初めてということもあって、昨夜は気が昂(たかぶ)ってしまっていた。まるで遠足に出かける前日のガキみたいで少し恥ずかしい。……いや、それだけ楽しみってことなのかな。

「朝ご飯は列車の中で食べるのよね?」

「ええ。こんな早朝にシャマルさんにご飯を作ってもらうのは悪いですから」

時刻は午前六時。少々起床時間が早すぎる気もするが、これから向かう場所は結構離れている上、旅館に行く前にその周辺を散策するというプランが含まれているから、そんなに問題は無いだろう。

軽くみんなと朝のあいさつを交わし、出発の準備を整えた私は最後の確認をする。

「さて、お待たせしましたね。それではそろそろ出発しましょうか。ヴィータちゃん、ハンカチとティッシュはちゃんと持っていますか?」

「おう」

よしよし。

「シャマルさん、戸締りと火の元の確認は大丈夫ですか?」

「抜かりは無いわ」

うんうん。

「リインさん、久々の外出で羽目を外しすぎないようにしてくださいね?」

「私は主の中でどんなキャラ設定なのだ」

いや、なんとなく。

「シグナムさん……は言っても無駄っぽいですが、他人の迷惑になるようなことは極力控えてくださいね」

「あれ? なにこの扱い」

自分のおっぱいに手を当ててよく考えるんだな。

「ザフィーラさんは……って、いつまでこたつに潜ってんですか。早く人間に変身してくださいよ」

「むう、すまん。あまりの気持ち良さに我を忘れていた。む? 我が、我を忘れる? 今うまいこと言った?」

「言ってねーよ」

ヴィータちゃんの辛辣な突っ込みにへこみながらもこたつから這い出たザフィーラさんは、ネコのように一度大きく伸びをしてから人間に変身する。……ブーメランパンツ一丁の人間に。

「ふう。……驚くがいい。我はあと二回も変身を残しているのだぞ?」

「それは初耳ですね。でもそんなんどうでもいいですから、普通の服を着てください。そんな格好してたら近所のおばさま方が札束持ってそのパンツにねじ込みに来てしまいます」

「その前にサツに通報されるでござる」

「いや、その前にそのまま外に出ようとしたらあたしがハンマーでボコるけどな」

「むしろその前に服を着せてあげなさいよ」

「その前になんでそんなデザインの騎士甲冑があるのだ?」

「見よ! この鍛え抜かれた肉体を!」

『その前に早く着替えろ』




なぜか普通の服を着ることを渋るザフィーラさんに無理矢理着替えさせ、ようやく全ての準備を終えた私達は、はやる期待を抑えつつ玄関の扉を抜けるのだった。

「さぶ」

外に出ると同時に、冷え込んだ空気が私達を包み込む。冬の早朝なだけあって気温はかなり低く、吐き出す空気は当然のように真っ白だ。手袋+ホッカイロを装着していても剥き出しの肌に寒風が突き刺さってくるから、寒さに弱い私にはなかなか堪える。

「あるじ~、見て見て。……かがやくいき!」

寒さに震える私の前で、ハア~っと大きく口を開けて白い息を吐きだすヤンチャガール。近所の小学生がよくやる行動だけど、それと同じ行動を取る大人ってどうよ。

「ならば我はこうだ。……しゃくねつ!」

ボハアアアァァ!

「アチイイイイ!?」

今度はザフィーラさんまでマネしだしたのだが、対抗心を燃やしすぎたのか、魔法まで使って実際に炎を吐きだしてしまった。そして、運悪く吐き出した炎の延長線上に居たヴィータちゃんがその犠牲になってしまう。

「うおおおお! あたしの手袋が真っ赤に燃えるぅぅ!?」

「あ、スマン」

「スマンで済むか! シグナム、水、水出せ!」

「百万円になります」

「お前を倒せと轟き叫ぶぅ! ばーくねつ! ゴッド──」

「じょ、冗談じゃん。ほれ、アクア・クリエイト(浄結水)」

燃え盛る手で顔面を掴まれそうになったシグナムさんが慌てて魔法を発動し、ヴィータちゃんの眼前に水の塊を出現させる。

ジュウウウウ。

「ヒ、ヒートエンド……」

それに手を突っ込みなんとか事無きを得るヴィータちゃん、……なんで出発一分でこんな騒ぎが起こるんだろうか。

「おい、ザフィーラ。あたしのお気に入りのあゆあゆの手袋が燃えちまったじゃねえか。ついでにちょっと火傷しちゃったし。どうしてくれるんだよ」

「まあまあ、ヴィータちゃん。そんなケンカ腰にならないで。手袋だったらまた買えばいいし、火傷はザフィーラさんに直してもらえばいいじゃないですか」

「それは、そうだけど。……お、そうだ。おいザフィーラ。今度背中に乗せて散歩させてくれ。そうすればさっきのはチャラにしてやる」

「我は子どものオモチャではないのだが……致し方あるまい」

「自業自得やんけ」

そんないつかどこかで見たようなやりとりを交えながら、私達は騒がしくも楽しく駅への道を歩くのだった。




駅に到着した私達は、さっそく券売機にて切符を購入する。

「ヴィータちゃんは、子供料金でいいですよね」

「これ、違反してることになんのかな?」

「いっそ全員子どもに変身して乗っちまいましょうぜ」

「むしろ転移で一気に旅館まで行ってもいいんじゃない?」

「それは風情が無さすぎです。列車に揺られながら流れる景色を楽しむ事こそ旅の醍醐味じゃないですか」

そんなこんなで会話をしながら切符を買って改札を抜けた私達は、発車間近の電車(車椅子用車両)に乗り込み、ガラガラな車内のはじっこの席に向かい合って座る。階段からここまでザフィーラさんにグレン号ごと運んでもらったけど、エレベーターを使えばよかったよ。コスプレ以外で目立つのは私の趣味じゃないってのに、少々目立ってしまった。

「それじゃ、ご飯を食べるとしましょうか」

席に着いた私達は、途中で寄ったコンビニで買った弁当やおにぎりなどを取り出し食べ始める。私は無難にシャケ弁を選んだが、シグナムさんなんかはどう見てもキワモノである、『美味い握り飯』という具が何も入っていないおにぎりを買ってパクついている。

プシュー、ガタン。

私達が少々味気ない朝食を食べ始めると、それを待っていたかのようなタイミングで電車が動き出した。

「電車でGO!」

「おい貴様、米粒飛ばすんじゃない」

「あー、一回電車動かしてみたい」

「話を聞け」

顔に米粒を張り付けたリインさんがシグナムさんの頬をピシパシと叩いている。が、なぜかシグナムさんも負けじとリインさんの額にデコピンをし始めた。食事中はあまり動き回らないでほしいものだ。

「なあ、ハヤテ。どのくらいで着くんだっけ」

サンドイッチを頬張っているヴィータちゃんが、そんなじゃれ合いの様な光景を見ながら質問してきた。

「うーん、一度乗り換えますから、待ち時間を考えますと……三、四時間くらいですかね。それと、しばらく旅館周辺にある温泉街を歩き回るので、旅館自体に着くのは夕方近くになりますね」

「旅館に到着したらすぐに温泉に入りましょ。長旅の疲れを癒すのは温泉以外にあり得ないわ」

シャマルさん、おそらく今回の旅行を一番楽しみにしてるんじゃないだろうか。前々からよく温泉に入りたいってこぼしてたし。まあ、温泉は私も楽しみだけど。……いろんな意味で。

「勿論です。メインは温泉ですからね。みんなで一緒に入りましょうね。……そう、みんなで、ね」

リインさん、シャマルさん、シグナムさんのおっぱいを同時に楽しめる。これほど心躍るイベントはそうそうあるまいて。ククク。

「この胸に注がれるねっとりとした視線……主、貴様見ているな!」

ちい! 気付かれたか! 

「どうせ温泉でみんなの胸を同時に揉もうとかエロイこと考えてたんだろう? ええ? このおっぱい大臣め!」

「ありがとう、史上最高の褒め言葉だ」

「ハヤテ、もはや病気だよ、それ」

ふふん。なんと言われようとこれが私の生き様だ。自分の気持ちに正直になって何が悪い。欲望に忠実で何が悪い!

「以前から思っていたんだが、なぜ主は女の胸を揉みたがるのだ?」

シグナムさんとの抗争を終えたリインさんが、顔に張り付いた米粒を取りながら不思議そうに尋ねてきた。

……なぜ胸を揉むのか、だって?

そんなの決まってる!

「そこにおっぱいがあるからです!」

「……そ、そうか」

どうやら私の回答に満足いったようで、リインさんは再び弁当を食べ始めた。まあ、理解はしていないだろうが、そんなのはどうでもいい。同士なんてはやてちゃん以外に見付けたことないしね。ああ、はやてちゃん、君と語り明かしたいよ……えっと、勿論おっぱい的な意味で!




【MGS】

「ダンボールで敵兵やり過ごすって、一体誰が考え付いたんだろうな」

「というかこのゲームの一般兵はバカすぎでしょう。麻酔銃くらって昏倒したのに、時間が経って起き上がったら何事も無かったように歩き出すとか舐めてんでしょうか」

「それもそう……あ、こらシグナム。貴様何回フレンドリーファイアすれば気が済むんだ。もう私のライフはゼロだぞ」

「フヒヒ、サーセン」

「わざとか貴様!?」



【VS ポケモン】

『ザフィーラのはかいこうせん。きゅうしょにあたった。リインはたおれた』

『ヴィータのしたでなめる。ザフィーラはたおれた』

『シグナムのまきつく。まきついている』

『ヴィータはまきつかれてみうごきがとれない』

『シグナムはまきついている』

『ヴィータはまきつかれてみうごきがとれない』

「……なあ、自分の名前つけるのやっぱやめね?」

「面白いと思ったんですけどねぇ」





「到着です。皆さん、降りましょう」

「やっと着いたか。肩がこっちまったぜ」

暇つぶしとして持ち込んだゲームをやりながら電車に揺られていた私達は、四時間ほど経ってようやく目的の駅に到達した。

「お~、いかにも温泉街って感じですね」

「なんか古くさい建物ばっかっすね」

駅を出ると、そこには雑誌やテレビでしか見たことのないような光景が広がっていた。

「あら、こういう雰囲気結構好きよ、私」

洋風木造多層の旅館がずら~っと軒を並べており、昔ながらの独特な景観を味わうことができる。シグナムさんは古くさいとか言ってるけど、こういうのを味があるって言うんだと思うな。どの旅館も歴史を感じさせる立派な建物だ。

「さて、それじゃ旅行者らしく色々と見て回るとしましょうか」

「こういう所は和菓子とかが美味いってのが相場だよな。甘味処に行こうぜ」

「それには私も賛成だ。甘いものは良い。実に良い」

「我はようかんが好物だ。栗ようかんを所望する」

と、大多数の人間が甘味処をプッシュするので、お昼を済ませた後に行こうと思っていた甘味処に勢いに押されて赴くことになった。

そうして適当な甘味処を探していた私達は、旅館街ならどこにでもありそうな一軒のお茶屋さんを発見し、そこにお邪魔することにした。

そのお店の名前は、『和風喫茶・日向』

「ん、日向(ひなた)? 私達が止まる旅館もひなたでしたよね。ひなた旅館が経営しているお店でしょうか?」

「そんなんどうでもいいじゃん。入ろうぜ」

ヴィータちゃんに急かされて扉を開けたのだが、中はがらんとしていて客どころか店員さえ居なかった。休業中かな? でも鍵は開いてるし……

「ん? おお、客かいな。珍しいこともあるもんやな」

いや、居た。奥の座敷に寝っ転がって新聞と睨めっこしているお姉さんが一人。そのお姉さんは、私達の姿を確認すると体を起こしてこちらにやって来て、キツネのように細い目をさらに細くしながら笑い掛けてきた。

「いらっしゃい。へー、べっぴんぞろいやないか。旅行で来たんか?」

「ええ、そんなとこです」

初対面の客にする対応とは思えないほどフレンドリーだな、この人。まあ、そういう性格の人だと思っておこう。

……ん? この人、よく見るとシグナムさんに負けず劣らずのナイスボディだ。ほほう、これはこれは。

「あのー、ここってシュークリームとか置いてますよね?」

「嬢ちゃん、表の看板見なかったんか? ここは和風喫茶やで。そんなん置いとるわけないやろ」

「なに言ってるんですか。あるじゃないですか、ここに美味しそうなシュークリームが……二つもぉっ!」

もにゅもにゅ。

「おっと、こいつは失礼。どうやら私の見間違いだったようですね」

もみもみ。うへへ~。

「……えっと、はたいてもええか?」

「ウチの主が大変な失礼をした。お詫びに我の鍛え抜かれた肉体を披露しよう」

『止めろ』




「ご馳走様でした~」

「おおきに。また来てなー」

ようかんやおまんじゅうをご馳走になった私達は、陽気な店員さんに別れを告げて散策を再開することにした。それにしても美味しかったな、あのお店の和菓子は。うん、美味しかった。特にあのシュークリームが。帰りにまた寄ってもいいかもしれないな。……うへへ。

「主、他人に迷惑掛けるなとか言っといて、自分はいいんすか。ふーん。ほー」

「うぐ……わ、分かりましたよ。自重すればいいんでしょう、自重すれば」

店を出た途端にシグナムさんの白い視線が私に突き刺さる。が、確かに今回は私の失態だったな。湯の町は美人が多いと聞くが、仕方ない。温泉に入るまではおっぱいに突撃は我慢しよう。

「主、あれは何だ?」

煩悩退散と頭の中で念じていると、リインさんがある物体を指差して質問してきた。指の先に視線を移すと、そこにはぼろっちいプリクラの機械が一台ポツンと置かれていた。

「あれはプリクラと言って、簡易的に記念写真を取ることが出来るんですよ。シールですが」

「ほう……」

じっと機械を見つめているリインさん。ひょっとして、取りたいのかな?

「デジカメも用意してきたんですが、たまにはああいうのも良いかもしれませんね。せっかくですから、みんなで写りましょうか」

「む……そういうことなら一緒に写ってやらんでもない」

素直じゃないなぁ、リインさんは。

「皆さんも写りますよね?」

こくりと頷くヴォルケンズ。というわけで、プリクラまで移動しさっそく撮影準備をする。

車椅子に乗ったままでは見切れてしまうので、私はリインさんにだっこされて中央に陣取る。ヴィータちゃんとシャマルさんを私の隣、ザフィーラさんとシグナムさんをななめ後ろに配置することで、なんとか枠内に収まった。

「タイトルをつけるとしたら、【ハヤテのハーレム】って感じでしょうか」

「そこはザフィーラだろ、ってツッコむとこだけど、あながち間違いでもないのが困るな」

惜しむべきはヴィータちゃんだな。もっと胸が大きければ完璧なのだが。まあ、多くは望むまい。

「それじゃ、取りますね。いきますよー。はい、チーズ」

パシャッ。

出てきたシールを確認すると、みんなが楽しそうに笑っている姿がキレイに写っていた。……あ、滅多に笑わないリインさんも微笑んでる。写る前までは仏頂面(ぶっちょうづら)だったのに。まったく、ほんとに素直じゃないんだから。




「いやー、結構歩き回りましたね」

「ようやく待ちに待った温泉に入れるわね」

プリクラで写真を取った後、私達は温泉街を練り歩き、お土産屋を冷やかしたり軽食を取ったりと、旅行客としての楽しみを十分に満喫した。

そんな風にしばらく散策にいそしんでいた私達は、そろそろメインの温泉を楽しもうということで、今は予約していた旅館へと続く長い石段を登っている。勿論私はグレン号ごとザフィーラさんに抱えられている。……目立ってるけど、しょうがないか。

「お、見えてきたでござる」

石段を八割方登ると、一際大きな建物がその姿を現してきた。

「へえ、雰囲気あるじゃない」

そして、やっと石段を登りきったその先には、木々が生い茂った山に囲まれた、風情のある木造建築の旅館、『ひなた旅館』が鎮座していた。うん、これは雰囲気あるわ。

「よし、チェックインを済ませれば後は温泉に入り放題です。レッツ&ゴーですよ」

グレン号を駆り、入口へと急ぐ私。

「あ、おい、そんなに急ぐなよ」

何を言うんだヴィータちゃんは。桃源郷はすぐそこまで迫っているのに、急がない理由はないだろう?

「失礼しまーす。予約した八神ですが──」

みんなより先んじて旅館に到達した私は、入口の扉を開けて絶句する。

「あ、いらっしゃいませ。ようこそひなた旅館へお越しくださいました」

中には着物を着た美人がたくさん。美人、また美人。しかも、ええ乳してるのが多いこと。

「八神様ですね。確かに承っております。それでは──」

「あのー、すいません」

「はい?」

こちらに近づいてきた美人なお姉さんの言葉を遮り、私は誘蛾灯に誘われる虫の様にふらふらと這い寄りながら、思いの丈を述べる。

「そのシュークリーム、私にいただけませんか?」

スパーン!

『自重しろ』

はたかれた……



[17066] 四十四話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:06
「それではそちらの車椅子はお預かり致しますね。館内での移動はこちらの室内専用車椅子をご利用ください」

「あ、はーい」

──ッ!?──

さらば、グレン号。




入館時に軽い騒動はあったものの、ロビーでチェックインを済ませた私達は、見事に磨き抜かれた床や壁をキョロキョロと眺めながら、仲居さんに案内されて予約した部屋へと向かった。

「こちらがお客様方のお部屋でございます。なにかご用が御座いましたら、なんなりとお申し付けください」

「はい。ありがとうございました」

「では、ごゆっくり」

去っていく美人さんを尻目に、私達は早速部屋に入る。

「へえ、良い感じね」

案内された客室は当然和室で、シミ一つ無い畳が整然と敷き詰められており、中央に置かれている座卓には茶筒やきゅうす、茶碗に電気ポット、さらには和菓子までが置かれている。また、襖(ふすま)の奥には、入口からは見ることが出来なかった巨大な滝が流れるという壮大な光景が広がっていた。どうやらシャマルさんは気に入ったようだ。

「さて……」

チラッ。

「……む」

コク。

ちなみに、木造の旅館では流石にグレン号を使用することは出来ないので、私はグレン号を一旦旅館に預けて室内用の電動車椅子を貸してもらっている。この車椅子、室内専用なだけあって車幅や全長が短く駆動輪も小さいため、狭い室内でも移動しやすいようになっている。なので、

「お代官様、お戯れを!」

「ぐへへへ、よいではないか~、よいではないか~」

「あ~れ~」

このように、その場で軸をほとんどずらさずにぐるぐると回る事も可能なのだ。

「テンションたけーな、おい」

シグナムさんとのアイコンタクトによって成立した悪代官ごっこを、ヴィータちゃんが呆れた目で見てくる。

「そりゃテンションも上がりますって。仲居さんは美人ばかりな上、これから入る広い温泉では胸を揉み放題ですし、その後は美味しい料理が待ってるんですよ?」

「温泉と料理は同意っすけど、それ以外は同意しかねるでござるな」

「そんなのはどうでもいいわ。温泉行きましょ、温泉」

鼻息荒くぐるぐると回っている私の横に、すでに浴衣を用意した温泉に入る気満々のシャマルさんがいつの間にか出現していた。準備早いな、おい。ま、私もすぐに行く気だったけど。

「シャマルさんの意見には大賛成です。皆さん、ちゃっちゃと準備して温泉に行きましょう」

「おう。ちょっと汗かいちゃったしな」

「そうだな。温泉に入るなど初めてだ。どんなものか興味もある」

「ふふ、とっても気持ち良いですよ、リインさん。しかもここは露天風呂で、雄大な自然を眺めながら湯につかる事が出来るんです」

「ほお」

ネットによる口コミ情報を元にこの旅館を探し出したのだが、ここの温泉はそこらにある温泉とは比べ物にならないほどに素晴らしく、高台から見渡す景色は絶景の一言だとか。どんな光景が待ってるのか楽しみだ。

「あれ、何やってるんですかシグナムさん」

みんなが温泉に入る準備をしている中、なぜかシグナムさんが部屋の中央に移動していきなり浮かび上がった。何で飛行魔法なんか使ってんだこの人は。

「いや、なんか天井に穴が開いてるから覗こうかと」

「穴?」

上を見上げると、確かに人が一人通り抜けられそうなくらいの穴が開いていた。しかも珍妙なことに、その穴が上の階の部屋から木の板でフタをされている。一体何だこれは? 誰かが床を突き破って、それをカモフラージュするためにやったのか? いや、流石にこれじゃ旅館の人間が気付くか。なら、旅館の人はわざとこの状態にしている? 何か修理しない理由でもあるんだろうか。

なんて考えているうちに、シグナムさんが板を押し上げてそこから顔を出し、上の階の部屋の様子を見てしまっている。人が居たらどうするんだよ、まったく。

「シグナムさん、よしましょうよ。うら若き女性がお着替え中とかだったらどうするんですか」

ストッ。

私の言葉に従ったのかは分からないが、シグナムさんはすぐに地面に降りてくれた。

「上には誰も居ませんでしたか?」

「いや、メイドさんが二人居たっす。しかもゲームに熱中してたっす」

「……マジ?」

「マジマジ」

……興味はあるが、痛い人とかだったら嫌だからお近づきになるのはやめておこう。わざわざ旅館に来てまでコスプレするとか、私でもやらないよそんなの。

「触らぬ神に祟りなし、です。覗くのはもう止めときましょうね」

「あっちから覗いてきたらどうするにゃー?」

「……挨拶くらいはしてあげましょうか」

「くせ者! とか言って剣で刺していいでござるか」

「それは相手がこちらの部屋に乗り込んで来た時のみ許可します。って、それはともかく今は温泉です」

メイドも気になるが、今は温泉に入ることが何よりも優先される。なにより、シャマルさんがさっきから目で「温泉、温泉」って訴えてきてるしね。早く行かなければ、またジュラシックパークに強制転移させられかねないよ。

以前の恐怖を思い出し、戦々恐々しながらみんなを見回すと、すでに入浴の準備は完了していた。なら、後は部屋を出るだけだ。

「では、魅惑の花園(ワンダーランド)へ出発です!」

「それはハヤテだけな」





「おお~、すげー」

「良い景色ねぇ」

「悪くないな」

「やっほー!」

「シグナムさん、恥ずかしいので止めてください。まあ、今は誰も居ませんが」

脱衣を終えお待ちかねの露天風呂の浴場に入ると、その眼下には夕日に照らされキラキラと光を反射する渓流があり、顔を上げれば、人の手が入っていないと思われる天然の緑葉樹がそびえる山が目に入った。うん、これは良い景色だ。そしてなにより……

「広い温泉というのは、それだけで旅館の価値が上がりますよね」

温泉が、とにかく広いのだ。五十人は同時に入ってもまだ余裕がありそうなくらいに。話には聞いていたけど、実際に見てみるとすごい。岩陰に隠れてかくれんぼとかできそうだ。まあ、これだけ広くても今この場に居るのは私達五人だけなんだけど。

「一番風呂、もーらい」

「あ、ちょっと、体洗ってからですよ」

ざっぶーん!

人の話を聞かないシグナムさんが、体も洗わずに湯船に突撃してしまった。しかもいきなりクロールで泳ぎ出したし。マナーは大切だってのに、仕方ないなぁ、もう。

「ハヤテ、体と髪洗ってやるよ」

「あ、はい。いつもありがとうございます」

「気にすんな」

脱衣所から引き続きヴィータちゃんにお姫様だっこされながら壁際に移動した私は、木製の小さな風呂イスに座らされてヴィータちゃんに体を洗ってもらう。始めは少し気恥ずかしかったが、流石に半年近く一緒にお風呂に入ってればそんな気も無くなる。

「ああ、ヴィータちゃんだけですよ、私と一緒にお風呂に入ってくれるのは。他の皆さんは薄情なんです。だーれも背中を流してくれないんです」

「主よ、それは誤解だ」

「ええ、そうね」

私の横で体を洗っているリインさんとシャマルさんが、心外だ、という感じに反論してきた。

「誤解ですって? なにがなんです? 現に、私がお風呂に誘ってもいつも断わるじゃないですか」

『だって、胸揉むし』

「ハヤテ、お前の負けだ」

「くう……」

いいだろう、認めようじゃないか。確かに胸は揉むさ。ヴィータちゃん以外の女性全員に手を出したさ。それが原因で一緒にお風呂に入ってくれなくなったことにも気付いてたさ、コンチクショウ!

「あれ、シャンプーが目に入ったか?」

「いえ、これは心の汗です」

ふう、思わず悲しみに涙してしまった。泣くな、ハヤテ。お前は強い子だ。それにチャンスはまだある。湯船に浸かった時が勝負だ。

ザバー!

「よし、終わったぞ。湯船に入ろうぜ」

お湯を頭からかぶさりキレイさっぱりになった私を抱えて、ヴィータちゃんが湯船まで運んでくれる。それに続くようにリインさん、シャマルさんも体を洗い終え、湯船に浸かる。

……時は来たれり。

最初の獲物は念願の温泉に入れて気が緩んでいるシャマルさんにするか。普段はガードが固くて触れることすら出来ないあのシャマルさんのおっぱい。

だが、今、この瞬間ならノーガードのはず!

ハヤテ、行きまーす!

だーだん。だーだん。気分は海面を漂う人間を襲う人食いザメ。ゆっくり、しかし確実に獲物に近付き、喰らい尽くす。

「……」

獲物はこちらの接近に気付いていない。距離、二メートル。

「ふう、癒されるわぁ。ふんふ~ん」

獲物はのん気に鼻歌なんぞ歌っている。距離、一メートル。

「……」

五十センチ、三十センチ、十センチ……今っ!

「とったどー!……あれ?」

突き出した両手がむなしく空振る。そんな、奴は一体どこに──

「今、何かした?」

「はっ!?」

その声は後ろからやってきた。急いで振り返ると、そこには先ほどと同じように温泉に浸かりくつろいでいるシャマルさんの姿があった。

ば、ばかな。あの一瞬で私の後ろに回り込んだというのか。しかも完全に不意を突いた形だったのに……

「ば、化け物……」

「いや、驚いてるところ悪いんだけど、ハヤテちゃん、今日の自分の言動覚えてないの? 散々胸を揉むとか言っておいて、まさか警戒されていないとでも思った?」

……そりゃそうだよね。

「神谷ハヤテ、一生の不覚……」

「神谷って誰よ。八神でしょうが」

くそう、この分だと犬神家のポーズを取っているシグナムさんや、自分の周りに黒い霧を発生させているリインさんも警戒していると見ていいだろう。というか、そうとしか見えない。

さっきのように愚直に突撃したのでは、まず間違いなく望ましい結果は得られない。どうする、どうすればいい。何か策は……

「……くふ」

「ハヤテちゃん、なんて邪悪な笑みを……」

あるじゃぁないかぁ、戦況をひっくり返すジョーカーが。いやー、失念していたよ。

「リインさーん☆」

ざばざば。

お湯をかき分け、作戦の肝となる人物の下へ向かう。いや、もう私の策謀は始まっているのだ。

「主よ、近づかぬ方が身のためだぞ」

「あはー、胸なんて揉みませんよー。安心してください」

「さっきのシャマルへの突撃はなんだったのだ」

「あれはですねー……ひゃ!?」

「む?」

リインさんの近くまで寄った私は、体勢を崩してお湯の中に沈んでしまう。それなりに深い場所だったため、足が動かない私では持ち直すのにかなりの労力がいる。

バシャバシャ!

「リ、リインさ、た、助け、わぷ」

「お、おい、暴れるな。ほら、もう大丈夫だから」

私のピンチに急いで駆けつけてくれたリインさんが、抱き寄せて助けてくれた。

ああ、リインさん、あなたは優しいね。さっきまでおっぱいおっぱい言ってた私を疑うこともせずに抱き寄せてくれるんだから。

「……クク」

「主?」

あなたは優しい。優しくて、良い人で、そして…………愚かだ!

「融合!」

「なっ!?」

カッ!

「ふーははははは! 魔法少女ハヤテ、再誕!」

『……やってくれる』

ヌルイ、ヌルイんですよリインさん。演技だと気付けなかったことがヌルイ。私の接近自体を許してしまうことがヌルイ。なにより、自らの主だからと言って無条件で信じてしまう無垢なあなた自身がヌルすぎる。猜疑心(さいぎしん)を持つことも大事なんですよ?

まあ、それは置いといて……

「62秒以内でケリをつける」

私がわざわざ融合した理由は極めて単純。シャマルさんとシグナムさんの胸を揉む。これだけだ。ゆっくりとお湯をかき分けて進むことしか出来ない私では、歴戦の魔法使いの彼女達に触れることすら敵わない。

ならば、触れることが出来るように私もその魔法使いになればいいだけだ。

昔の人は言いました。力が無ければ、力を借りればいいじゃない、と。

「これは……またやっかいなことになったわね」

「面白いじゃん。主とバトル出来るなんて思ってもみなかったよん」

こちらが自分達と戦えるレベルに強制的に成長したのを見て、臨戦態勢に入るシグナムさんとシャマルさん。ただ、温泉の中で服を着ることを嫌ったのか、騎士甲冑は身に付けていない。勿論私もそんなマナー違反はしたくないのでマッパのままだ。

「リインさん、相手はやる気です。申し訳ありませんが、力を貸していただきますよ」

『え、なにこの展開』

「ハヤテ&リイン対シャマル&シグナムか。……こいつは面白くなってきやがった」

一人、安全圏に離れたヴィータちゃんがごくりと喉を鳴らす。

『ふう、付き合ってられんな。悪いが融合解除を……出来ない!?』

二人の胸を揉めれば私の勝ち。誰か他のお客が来るまでに揉めなかったら私の負け。これが共通ルールと見ていいだろう。

この勝負、負けるわけにはいかないな。

『おい、ちょっと──』

「いざ、尋常に──」

今、私の飽くなき探求心と、美女達の貞操意識がぶつかり合う!

「勝負!」








あとがき

色々とあれですいません。

ここで再度ご報告を。以前修正した、ハヤテ達が倒した犯罪者が送られた場所なのですが、これを再び修正して、「警察機関」から、「地域警邏隊の駐在所(ボックス)」に変更いたしました。感想掲示板にてご指摘いただき、修正した次第です。

何度も修正を行い、申し訳ありません。今後は下調べをきちんとして、重大な設定上のミスをしないように心掛けたいと思います。



[17066] 四十五話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:10
バトル、開始。



「どおおりゃあああっ!」

私は滅多に上げない咆哮を放ち、杖を片手に、背に生やした黒い翼をはためかせながら大きくジャンプする。そして……

「目標をセンターに入れて、わし掴む!」

ゴウッ!

両手を伸ばしつつ、手近に居るシャマルさん目掛けて滑空を開始。まさに気分は上空から獲物を狙う鳥そのもの。だが、今の私はただの鳥ではない。

鳥の王様、イーグルだ!

「チッ!」

眼下で舌打ちをしたシャマルさんは、私の降下地点から離れようとバックステップ、というか背中でお湯を切り裂きながら後方に凄い勢いで水平移動してゆく。飛行魔法か。

だが──

「逃さん!」

水面にぶつかる瞬間に直角に曲がった私は、逃げるシャマルさんを猛追する。慣性の法則など知った事か!

「しつこい!」

水面のお湯を切りながら追い続ける私に嫌気がさしたのか、シャマルさんが攻勢にでた。眼前に光のリングを幾つも生み出し、それを追いすがる私に向けて解き放つ。あれは犯罪者達がよく使っていたバインドとか言うやつだな。しかし……

「こんなもの! 栄光を掴む手!(ハンズ・オブ・グローリー!)」

右手に魔力を集め、凝縮。さらに剣の形に固定させ、行く手を阻むリングを片っ端から切り裂く。こんなもので今の私を止められると思うなよ?

『ちょ、何で私の補助無しにそんな芸当できるんだ』

「そこにおっぱいがあるからです!」

『……そ、そうか』

今はリインさんに構ってなどいられない。一喝して頭に響く声を黙らせた私は、捕獲魔法を防がれて唖然としているシャマルさんの下へ、勢いを殺さず突貫する。衝撃はお湯が守ってくれるから大丈夫。たぶん。

「……はあ、もう好きにしなさい」

私の執念に根負けしたのか、シャマルさんが諦めたように胸を差し出してくれた。

「いただきまーす!」

もにゅ! ザバーン!

突っ込みながらもしっかりとおっぱいを掴んだ私は、シャマルさんを押し倒してモミング開始。へっへっへ、いい乳してるじゃねーか。

スパーン!

「おふっ」

「はい、ここまで」

いいかげんにしろ、という感じにはたかれてしまい、モミング断念。まあいい、獲物はもう一人残っている。

「お待たせしましたね、シグナムさん。次はあなたの番です」

私とシャマルさんの鬼ごっこを黙って見ていたシグナムさんに向き直る。

「あっしはシャマルみたいに甘くはないっすよ。揉めるもんなら揉んでみろ」

自信満々そうにその豊満な胸を突き出して私を挑発している。おやおや、いいのかなそんなこと言って。パパ、がんばっちゃうぞ~。

てなわけで……

「瞬間移動!」

相手が油断している今がチャンス。私は指を額に当て、シグナムさんの背後に現れる自分をイメージする。座標がどうとか知るか! 考えるな、感じろ!

シュン!

初めて使った転移魔法は見事成功。腰に手を当てているシグナムさんの真後ろに転移した私は、振り返らせる暇も無く背後から抱きつき、たわわに実ったおっぱいに手を──

スカッ。

「なんと!?」

伸ばそうと思ったのだが、抱きついた瞬間にシグナムさんの姿が掻き消え、たたらを踏むことになってしまった。

「……残像?」

『残念、幻影でござる』

きょろきょろとシグナムさんの姿を探していると、背後からエコーのかかった声が届いた。

「なっ!?」

振り返って後ろを確認した私は、絶句する。なんと、笑みを浮かべたマッパのシグナムさんが八人も居るのだ。これも幻影か。なんて素晴らし、もとい、やっかいな魔法なんだ。

『忍法、影分身の術、みたいな?』

『ま、実体は無いんでござるがな』

『いや、それだとただの分身の術か』

『しかし、どれが本物か見破れまい』

『さあ、主。どうする?』

にやにやと笑いながら再び挑発をしてくる八人のシグナムさん。一人はスクワットを始め、また一人はジョジョ体操を始め、さらに別の一人は無意味にジャンプをして胸を強調するなど、様々な行動を取ってくる。

その余裕、打ち砕いてくれるわ。

『リインさん、私達って大抵の魔法は使えるんですよね』

『む、まあそうだが……』

『なら、私が今イメージしているようなのって使えますか?』

『……まあ、使えるな』

それだけ聞けば十分。リインさんに補助してもらわなくとも、私一人でやってみせる。むしろやれなきゃおかしい。私は夜天の書の主、神谷ハヤテなんだから。理由になってない? そんなん知るか!

「うおおお! 開け始祖の門、マグネティックゲート!」

ズオオオオオ!

『だからなんで一人でいきなり使えるんだ。センス良すぎだろう、主は』

なんか言ってるリインさんを無視して私は魔法を発動させる。

『むおお!』

『こ、これは!?』

『引き寄せられる!?』

私を中心に磁力の渦が発生し、私が望むものだけを引き寄せる。望むもの、それはもちろん八人のシグナムさん。

「本物、見付けた!」

『し、しまった!』

さっきシグナムさんが言ったように、幻影は実体を持っていない。ならばそれを逆手にとって、実体のみに効果を持つ魔法を使えば正体を見分けることが出来る。今、一人だけズルズルとこちらに引き寄せられているシグナムさん。あれが本物だ。

「もらったぁ!」

翼をはためかせ、バシャバシャとお湯を手でかいて逃れようとしているシグナムさんの下へ突進する。が、私の接近に気付いてクルリとこちらを振り向いたシグナムさんは、余裕の表情で手を前に出し、指パッチンをした。

「出ろ、触手!」

「なっ!? ひゃああああ!」

水面がうねったかと思うと、いきなり透明な触手が飛び出してきて、シグナムさんの眼前で手足を拘束されてしまった。もがいてみるが、私の細腕ではびくともしない。くっ、こんなところで終わりだというのか。まだ、まだ私は──

「あ~る~じ~」

「ひっ」

身動きの取れない私を見つめながら、シグナムさんがにじり寄ってくる。なんだろうか、嫌な予感が……

「やんちゃが過ぎる主にはお仕置きが必要だとは思わないかね、んん?」

触手で頬をピシピシ叩いてくる。痛くは無いが、屈辱だ。

「……こ、殺せ」

生き恥を晒すくらいならいっそ!

「おしおきだべ~」

さらに触手を生み出したシグナムさんが、満面の笑みで私に──

「な、何を……いやああああ!」


──三分後


「う、うう……お嫁にいけない体になってしまいました」

「くすぐっただけやんけ」

思う様触手に体を蹂躙された私は、ぐったりとして湯船の縁(ふち)に体を投げ出している。くそう、せっかくのシグナムさんの生乳を揉むチャンスが……

「ボクに挑むには十年早かったね~」

敗者である私を上から見下ろしながら悦に入っているシグナムさん。いつか、いつか絶対ヒイヒイ言わせてやる。覚えてろ!

「おーい、そろそろ出ねーか」

私が心の中でリベンジを果たすことを誓っていると、事の成り行きを見守っていたヴィータちゃんがそう言ってきた。

「そうですね。また夕食を食べ終わった後や、明日の朝でも入れますし、そろそろ出ましょうか」

『主よ、それは構わないのだが、まずは融合を解除してくれ』

おっと、そういえばずっと融合しっぱなしだった。気合でリインさんを逃がさずにいたから、結構疲れちゃったよ。

「それじゃ解除を……」

『いや、待て。人が来る』

リインさんの忠告通り、脱衣所から高校生くらいの女性達が入って来た。仕方ない、脱衣所に移動してから解除することにしよう。

「おー、広ーい」

「景色もすごいねー」

(たぶん)女子高生達の会話する姿を横目に、脱衣所へ移動する私達。ちらちらとこちらを見てくるが、まあ外国人が珍しいのだろう。

「……む」

脱衣所に移動したのはいいのだが、中にはまださっきの高校生の連れと思われる女性が一人残って服を脱いでいたので、取り敢えず融合解除は後にして服を着ることにした。

私達が着替えを始めると同時に、銀髪、いや、アッシュブロンドの小柄な女性は脱衣を終え、タオルを片手に浴場の方へと小走りに向かっていった。

ステーン!

『いたたた』

『テッサ大丈夫ー?』

どうやら浴場の入り口付近で転んでしまったようで、彼女を心配する声がこちらまで響いてきた。ドジっ子というやつかな。

「なんだか保護欲をかき立てられるような子ですね。こう、妹的な」

『……妹、か』

「リインさん? どうしましたか?」

『む、いや、何でもない。それより解除だったな』

カッ!

部外者が居なくなった脱衣所でようやく分離した私達。みんなより早く着替え終えていた私は車椅子に腰を預け、裸のままのリインさんは服を着始める。にしても、リインさんには悪い事をしてしまったな。

「リインさん、すいませんでした、入浴の時間を奪っちゃって」

「ん、ああ、気にするな。過ぎたことだ。それにまだ温泉には入れるんだ。主が頭を下げるほどの事じゃない」

良い人や! 私はこんな良い人を騙して利用して……ああ、なんてことをしてしまったんだ。猛省しなければ。

「リインさん、反省の意味を込めて、私は旅行中はもう他人のおっぱいを触らないことにします。それでどうにか許してもらえませんか」

「むしろそれが普通なんだと思うが、まあ好きにするがいい」

「旅行中はってことは、家に帰ったらまた元に戻るのね」

それは当然だ。もし金輪際胸を揉むななんて言われたら、私はエサを与えられない雛鳥のように衰弱していく事だろう。ああ、想像するだに恐ろしい。

と、そんな事を考えながらみんなを見回すと、すでに着替えが済んでいた。それじゃ、戻るとするか。

「さて、皆さん着替え終わりましたね。では、部屋に戻って夕飯までゆっくりしていましょう。……あ、ザフィーラさんのことすっかり忘れてました。もう部屋に戻ってるんでしょうか」

「ああ、そうみたいだぜ。さっき念話で知らせてきた」

そっか。なら私達も早く戻らないとな。いつまでも一人で待たせてたら悪いし。

「寝る前くらいにまた温泉に入りたいですね」

「ハヤテちゃん、さっき言った言葉忘れちゃダメよ」

「勿論です。旅行中は欲望をシャットアウトすることを誓います」

「……信用ならないでござるな」

「むう……ん?」

なんだろう。今、山の方から爆発音と子どもの悲鳴のようなものが聞こえた気がするんだが。

「おーい、早く行こうぜ」

「あ、今行きます」

ま、気のせいかな。こんな平和な温泉街で爆発音なんて、ねえ。




「マツタケ!? これはマツタケっすか!?」

「へー、美味しいじゃない」

「美味い……これこそが食事というものだ」

「お前、なんで泣いてんだよ」

「人間形態で食事するのは久しぶりで箸がうまく使えん。主、変身してよいか?」

「我慢してください。動物厳禁なんですからここは。ほら、私が食べさせてあげますよ、あーん」

「あーん」

「シグナムさんが食べてどうすんですか」

部屋に戻った私達は、しばらくごろごろとみんなでダべったりゲームをして過ごしていたが、七時になると仲居さんが部屋を訪れ、夕飯を運んで来てくれたので、今はそれを美味しくいただいているというわけだ。

それにしてもここの料理は美味しい。良質の温泉に美味い飯が味わえる、か。ネットで評判になるのも頷けるな。

「ふう、食った食った。ごちそうさんま」

「シグナムさん、まだトマトが残ってますよ。お残しはいけませんね」

「アディオス!」

好き嫌いが無いシグナムさんが唯一苦手とするトマトを残して、どこかに去ってしまった。まったく、子どもなんだから。というかどこ行ったんだか。

なんて、シグナムさんの行動に呆れていると、ヴィータちゃんが面白い提案をしてきた。

「ハヤテ、後で憩いの間に行こうぜ。あそこ、ゲーム置いてあったんだよ。格ゲーとかシューティングとかあって、まるでゲーセンみたいだったぜ」

「へえ、古風な旅館なのに珍しいですね」

ホテルとかだったら分かるけど、こういった旅館でゲームが置いてあるのか。若者のニーズが分かってるじゃないか。

「シャマルさん達はどうしますか? 私とヴィータちゃんはゲームしに行きますけど」

「私はしばらく部屋でゆっくりして、その後また温泉に行くわ」

「私もそうしよう」

リインさんとシャマルさんは一緒か。ならザフィーラさんは……

「我は少々外に出てくる。腹ごなしに散歩がしたくなったのでな」

ふむ、なるほど。就寝時までは各自がバラバラに行動するのか。まあ、楽しみ方は人それぞれだし、構わないだろう。

「ザフィーラさん、みんなが寝る時までには帰って来てくださいね」

「心得た、では」

外に繋がる襖(ふすま)を開け放ち、狼形態に変身してそのまま走り去るザフィーラさん。……散歩ってそういう意味だったのね。まあいいけど。

「それじゃ、私達も行きましょうかヴィータちゃん」

「おう。他の客が居たらボコボコにしてやろうぜ」

「いいですね。腕が鳴ります」

シャマルさんとリインさんを部屋に残し、意気揚々と目的地に向かう幼女二人であった。

夜は、まだ長い……



[17066] 四十六話
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:6f788d53
Date: 2010/08/15 02:12
──sideなのは




「わあ、すごい大きな滝だね~」

「……」

今日は温泉旅行当日。メンツは私、アリサちゃん、すずかちゃん、フェイトちゃん、アルフさん、ユーノ君、忍さん、ノエルさん、ファリンさんの九人。私の家族も誘ったのだが、都合が付かなかったため今日の旅行には参加していない。

「フェイトちゃん?」

「……」

予約した旅館はペット同伴不可だったため、ユーノ君とアルフさんには人間形態で同行してもらうことになった。アリサちゃん達には、アルフさんはフェイトちゃんの親戚、ユーノ君はそのアルフさんの弟として紹介したのだが、(人間形態では)初対面のユーノ君の旅行参加を快く許可してもらえたのは幸いだった。まあ、アリサちゃん達なら断わるとは思ってなかったけど。

「ねえったら」

「……」

ノエルさんの運転するネコバスに乗って海鳴から少し離れた温泉街にある旅館まで来た私達は、ノエルさんとファリンさんを残してしばらく周辺を散策した後、再び旅館に戻って温泉を堪能した。その後、部屋に戻ってすぐに運ばれてきた夕食を談笑しながら胃に収めた私達は、就寝時間までは各自で好きに行動することにしたのだった。

アルフさんは犬に変身して外に散歩に行き、お風呂から戻ってきた時になぜかボロボロだったユーノ君は桃源郷に行ってくると言ってフラリとどこかに消え、忍さんはこの旅館の近くの寮に住んでいるというメカ好きな知り合いの所に向かい、二人のメイドさん+お嬢様ズは部屋にこもってモンハンで遊んでいる。

「あー、もう」

「……」

そして、残る私とフェイトちゃんはと言えば、客室から見える滝を近くで見ようと一緒に外に出てきたのだが、フェイトちゃんはどうも考え事に没頭しているようで、私が話しかけても反応を返してくれない。……これは、やっぱり夕方のあれが原因かな?

「少し、お話しようか」

「ッ!?」

あ、反応した。なんでだろ? まあそんなのはどうでもいいか。取り敢えず事情を聞いてみよう。

「フェイトちゃんが今考えてた事って、夕方のあの魔力反応?」

「……うん」

「やっぱり……」

今日の夕方、私達が温泉街を歩き回っていた時、突然この旅館方面から魔力反応を感知したのだ。フェイトちゃんが様子を見てくると言って旅館に向かったのだが、原因を確認して戻って来たフェイトちゃんに何があったのかと聞いても、何でもなかったの一点張りで何も話してくれなかった。でも、このフェイトちゃんの様子を見る限りでは何かがあったとしか思えない。

「話してくれないの? あの時何があったのか」

私の問いに、少し逡巡してからフェイトちゃんが口を開く。

「……ねえ、なのは。私やクロノ達がこの世界にやって来た理由って、覚えてる?」

「理由? えっと……遊びに来た、じゃなくて、冬コミ参加、でもなくて……あ、そうだ。確か、次元震を起こした危険な魔導師が居るかもしれないから、だっけ?」

「うん」

毎日のように一緒に遊んでるからすっかり忘れてたよ。一応お仕事でこの世界にやって来たんだよね。あれ? 今この話題が出るって事は、ひょっとして……

「その魔導師を、見付けたの?」

「ううん。確かに魔導師は居たけど、まだ確証は得てない。でも、その可能性は高いと思うんだ。この世界に魔導師はほとんど居ないはずだから。……ただ別の世界から移住してきただけの無関係な魔導師、なんてこともあるかもしれないけど」

確かに、私やユーノ君以外では魔導師を見かけたことないな。……あ、マルゴッドさんが居た。けど、きっとあの人は無関係だろうな。

「もしかして、今まで黙ってたのは私やユーノ君に心配を掛けさせないため?」

「うん。せっかくの旅行だし、今回の件はなのは達とは無関係だから。まあ、いつまでも黙ってる方が心配掛けるかと思って話したんだけど。……迷惑だったかな」

「そんなことないよ。ありがとうね、話してくれて」

「なのは……」

荘厳な滝をバックに頬笑み合う私達。友情っていいね。

それにしても、この旅館に居た魔導師っていうのが気になるなぁ。こんな所で何やってたんだろうか? というか、もしかしてまだここに留まってたりするのかな。

「ねえ、フェイトちゃん。ここで見た魔導師ってどんな人だったの? それと、この旅館で一体何してたの?」

「え、えっと、それは、なんと言うか──」

「覗き魔はここに居たかぁー!」

「わぁ!?」

私の質問になぜかフェイトちゃんが言い淀(よど)んでいるところに、上空から突然大声が響いた。その声に上を向くと、そこにはまるでコウモリが羽を休めるかのように木の枝に逆さにぶら下がる女性の姿があった。浴衣を着ているところを見ると、この旅館の客みたいだ。

あれ? この奇行、この声、顔は暗くてよく見えないけどもしかして……

「とぉーう!」

フェイトちゃんと私が疑念の眼差しで女性を見上げていると、その女性はブンブンと振り子のように体を振って勢いをつけて木の枝から足を離し、満月の光に照らされながらクルクルと回転して私達の眼前に落ちてきた。

スタッと華麗な着地を決めた女性は、呆気に取られているフェイトちゃんを指差し、高々と叫ぶ。

「こーの金髪エロ娘が! 訴えて勝つよ!」

「いや、意味が分かりませんよ、マルゴッドさん」

長いポニーテールに、ユーノ君とクロノ君を陥落させたあの大きな胸、キリッとした顔立ち。間違い無い、マルゴッドさんだ。私達と同じ柄の浴衣を着ているということは、この人もこの旅館に泊まりに来たんだ。すごい偶然だなぁ。

「んん? どっかで見たかと思えばお前だったか、小娘」

いまだに唖然としているフェイトちゃんから目を逸らし、私に向き直るマルゴッドさん。

「お久しぶりです。マルゴッドさんも来てたんですね。お一人ですか?」

「いんや、家族揃って温泉旅行でございます。おみゃーもか?」

「私は友達と、その家族の方達と来ました。あ、この子はその友達の一人で、フェイトちゃんです。フェイトちゃん、この人はマルゴッドさん。私の知り合いだよ」

私とマルゴッドさんの会話を黙って見ていたフェイトちゃんの背中を押し、マルゴッドさんに紹介する。一歩前に出たフェイトちゃんは、おずおずとおじぎをしながら自己紹介した。

「……初めまして。フェイト・テスタロッサです」

なんだかすごい緊張しながら紹介を終えたフェイトちゃんを横目に、私はさっきのマルゴッドさんの言葉について聞いてみることにした。

「あのー、さっきの覗き魔云々って言うのはなんのことなんですか?」

「あーん? そのまんまの意味じゃん。あたしら身内が温泉で全裸バトルしてたのを覗いてたんすよ、コイツ。生かしちゃおけねえ」

バ、バトル? 相も変わらずおかしな人だなぁ。いや、この人だけじゃなくて家族も変わってるな。温泉でバトルって……っていうか家族も魔導師なのかな。

「ん? フェイトちゃん、ひょっとして夕方の魔力反応って、この人達のだったの?」

「あ、うん。でも、見てたのがバレてたのか。ちゃんと気配も消してたのに……」

「甘い甘い。このマルゴッド様の目からは何人(なんぴと)たりとも逃れることは出来ん。……さ、嬢ちゃん、覗きの代償、その命で贖(あがな)ってもらおうか」

スラリと胸の谷間から剣を抜き放ったマルゴッドさんは、理解不能といった感じで固まっているフェイトちゃんに詰め寄る。……仕方ない。ここは私が仲裁に入るしかないかな。

「待ってください、マルゴッドさん。フェイトちゃんは悪気があった訳じゃないんです。ただ興味本位で覗いてしまっただけなんです。どうか許してもらえないでしょうか」

「待って、なのは。それじゃ私が女性の裸に興味津々な女みたいに聞こえる。というか、何で私が悪い事したかのような扱いになってるの?」

まあ、マルゴッドさんだから。ここは素直に謝っておいた方が波風も立たなくて済むしね。悪い人じゃないから、誠意を見せればすぐに矛を収めてくれるだろうし。

「チッ、しょうがねえ、許してやんよ。だが次は無いと思え」

予想通り、頭を下げた私を見て剣を背中に仕舞ってくれた。メイド喫茶で何回か会ってるから、この人との付き合い方は熟知してるんだよね。

「ところで、マルゴッドさんはわざわざフェイトちゃんを探しにここまで来たんですか?」

「んー、いや、腹ごなしに忍者ごっこして木の上を飛び回ってたら、見覚えのある金髪を発見したんで登場した次第でおじゃる。ぶっちゃけ小娘が覗いてたとかどうでもよかったんだけど、暇つぶしにからかってみたでござるよ」

「ねえ、なのは。この人、なに?」

「まあ、マルゴッドさんだから」

決して悪い人じゃないんだけど、行動が読めなさすぎるのが玉にキズかな? いや、ホントに悪い人じゃないんだよ。

「ふぇ……ふぇ……フィクション!」

私が苦笑いしながらマルゴッドさんを見ていると、彼女は大仰なアクションをしながらくしゃみをした。そういえば結構冷えてきたな。風邪をひいてもあれだし、そろそろ中に戻った方がいいかな。

「さみー、さみー。ここはあれっすね。もっかい温泉に入ってタンパク質が凝固するまで体を温めるしかないっすね」

どうやらマルゴッドさんも寒さが堪えてきたようで、温泉に入りに行くみたいだ。……ちょうどいいや。私達も一緒に入ろうかな。

「あのー、マルゴッドさん。温泉にご一緒してもいいですか? 色々と話したい事もありますし」

「おいおい、まさかわっちの胸を揉もうとか思ってるでありんすか。そう簡単には揉ませんぞ」

「そんなことするわけないじゃないですか。変態ですか、私は」

「今、全あるじが泣いた」

なぜか彼方に向かって敬礼をしているマルゴッドさん。まあそれは置いといて、

「フェイトちゃんも一緒に行くよね?」

さっきからずっと呆れ顔のフェイトちゃんに向き直り、温泉に誘う。

「なのは、よくその人と付き合えるね。まあ、私はなのはが行くならいいけど」

「今サラリとえらいこと言ったな、金髪。よーしいいだろう、同行を許可してやる。触手の餌食にしてやるわ」

というわけで、多少ギスギスした空気をまといながらも、この旅館の目玉である露天風呂へと三人で向かうのだった。

出来るなら、この二人には仲良くしてもらいたいなぁ。




なんてことを考えていた時期が私にもありました。


「出ろぉー! 触手ぅー!」

「切り裂け、ハーケンセイバー!」

ズバーン。



「触手がダメならスライムだ! 召喚! あの金髪にエロイことしてやれ!」

『どうも~、あめ子でーす』

『すらむぃでーす』

『ぷりんでーす』

『三人揃って──』

「貫け、プラズマランサー!」

ズドーン。



「ええい、役に立たん。こうなったらとっておき、スライムの中のスライム、キングスラ──」

「プラズマスマッシャー!」

あぼーん。



「ちょ、おま……直接攻撃とか、空気、読め……こっちは、全裸、だぞ……」

「非殺傷設定だから、大丈夫」

「そういう、問題じゃ……ねえ……」



で、すったもんだの末、どうなったかというと……

「金髪、お前なかなかやるじゃん。拙者のライバルとして認めてやらんでもない」

「え、別にいいです」

「ははは、こやつめ」

なぜかこのマルゴッドさん、フェイトちゃんをいたく気に入ったようで、今は仲良く(?)肩を組んで湯船に浸かっている。さっきの剣呑な空気はどこ吹く風。一見嫌がっているように見えるフェイトちゃんも、ふとした拍子に笑みを浮かべるので、そんなに悪い気はしていないのだろう。

これがバトルの後の和解というやつかな。こういう少年漫画的展開っていいよね。思えば私もこうやってフェイトちゃんと仲良くなったんだっけ。お話を聞いてくれないフェイトちゃんにスターライトブレイカーをぶっ放しちゃったりして。ふふ、懐かしいなぁ。

「さーて、バトルもして体も温まったし、出るかにゃー」

フェイトちゃんの頭を撫でていたマルゴッドさんが、湯船からあがって脱衣所に向かう。私とフェイトちゃんもそれに続いて湯船を出る。……なんだかお母さんの後を追う子供みたいだな。マルゴッドさん、意外と包容力あるから余計にそう感じるなぁ。胸大きいし。

「ん?」

なんだか下にある渓流の方から爆発音と子どもの悲鳴が聞こえたような……

ま、気のせいかな。こんな平和な温泉街に爆発音なんて似つかわしくないよね。きっと花火かなにかだったんだよ、うん。




「んじゃ、またどこかで会えるといいっすね」

「はい。それじゃ、おやすみなさい」

「……さようなら」

着替えを終えて脱衣所を出た私達三人は、自販機で買ったジュースを飲みながらしばし談笑した後、自分達の部屋へと戻ることにした。別れを告げる時、フェイトちゃんが少し寂しそうな顔をしていたのは見間違いじゃないよね。

「ねえ、なのは。そういえばあの人、海鳴に住んでるんだよね」

階段を登り、部屋へと向かっている途中にフェイトちゃんが口を開いた。その横顔は、何かと葛藤しているかのような表情だった。

「海鳴に住んでるのは間違いないよ。細かい住所までは知らないけど。それがどうかしたの?」

「……私達が追ってる魔導師、彼女じゃなければいいなって、そう思ったんだ」

……そっか。海鳴周辺に居る可能性が高いんだよね、その魔導師って。

「大丈夫だよ。あの人が危険な魔導師なわけないって。いや、たまに危険なこともするけど、でも大丈夫だって」

「それ、励ましになってないよ」

ま、まあ、マルゴッドさんだし。それでも私は信じるけどね、あの人を。

「……この話はここまでにしておこう。今は、旅行を楽しんでいたいから」

「そだね。もう部屋に着くし」

話をしながら歩いていた私達は、いつの間にか目的の部屋の近くまで来ていた。今日は楽しい旅行の日だ。物騒な話は止めておこう。

「ただいまー……って、ユーノ君、どうしたの?」

フェイトちゃんと一緒に部屋に入ると、中にはすでにみんなが揃っていてゲームやトランプで遊んでいた。しかし、ユーノ君だけが部屋のすみっこで燃え尽きたように寝転がっている。というか、服の所どころが焦げている気が……

「おかえりー、フェイトになのは。ユーノは気にしないでいいよ。放っておいてって自分で言ってたし」

なんだか上機嫌そうにみんなとトランプをしているアルフさんが教えてくれる。まあ、本人がそう言うなら放っておこうかな。

「みんな揃ってるねー。それじゃ、今日はここらへんで寝とこうか」

私とフェイトちゃんが戻ってから少しして、まとめ役の忍さんがみんなに声を掛ける。それを合図に、すでに用意されていた布団にみんなが潜り込んでいく。ユーノ君は変わらず部屋のすみで死体のように動かない。

「んじゃ、おやすみー」

忍さんに返すようにみんなもおやすみの挨拶を言い、それぞれが眠りにつく。

ちょっとしたトラブルがあったけど、今日は楽しかったな。

『なのは』

布団の温かさを感じながら今日の出来事を回想していると、フェイトちゃんから念話が届く。

『なあに、フェイトちゃん』

『今日は楽しかった。旅行に誘ってくれて、ありがとう』

『だからお礼はいいってば~』

『あ、ごめん。それでも、言いたかったから』

『……そっか』

『ねえ、なのは』

『なあに?』

『……おやすみ』

『うん、おやすみ』

こうして、騒がしくも楽しい夜は更けていったのだった。





──深夜


『アオオオオオン!』

『うっせー! 負け犬の遠吠えは家に帰ってからやれ、ザフィーラ』

『ザフィーラさん、他のお客さんの迷惑になりますよ』

『あんな、あんなメス犬に負けるとは……屈辱!』

『いいから早く寝なさいよ』


なんだか下の階がうるさくて、寝付けない夜でした。



[17066] 外伝 『漢(おとこ)達の戦い』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:15
世の女性たちは、「男ってバカよね~」なんてことをよく口にすることを知っている。

フェレットの姿で中学校や高校に潜入……もとい、迷い込んだ時に、女子達がお喋りの最中にそんなことを口走っているのをよく聞くのだ。近所のおばさん達の井戸端会議の場でも頻繁に耳にする。

だが、それはまさにその通りだと思う。男はバカだ。特に、女が絡む場合はもっとバカになる。

可愛い女の子と話したい。綺麗なお姉さんとお近づきになりたい。美人な彼女が欲しい。若妻最高。

これらは正常な男なら誰もが一度くらいは夢想することだろう。それが叶う、叶わないかは別として。

しかし、バカな男はこんなことじゃあ滅多に満足しない。それに加えて、世の中には自分の欲求を満たすために、それが法に触れることだったとしても構わずに行動を起こす者まで居る。

痴漢、セクハラ、盗撮、etc.……

その行為は、確かに許されないものだろう。断罪されて然るべきだろう。

でも、その中でただ一つだけ、許されてもいいんじゃないかと思うものがある。

女性に気付かれなければ、相手を傷つけたり不利益を与えたりすることのない、とても紳士的な行為。

そう、それは…………





「ユーノ君、ちょっとこの首輪付けてくれないかな」

「え、なにこれ?」

「いいからいいから」

「まあいいけど。……はい、付けたよ。これでいい?」

「……ユーノ君、ごめんね。でも二日間の辛抱だから」

「な、なのは? 何を言って……は、外れない!? なにこの首輪!?」

「それね、魔法を使うと電流が流れるようになってるの。リンディさんが貸してくれたんだ」

「ちょっ!?」

「変身魔法も使えないようになってるんだって。無理に使おうとするとすごいことになるみたいだから気をつけてね」

「な、何のために、こんなことを……」

「だってユーノ君──」




「──お風呂絶対のぞくでしょ?」





これは、羽ばたくための翼をもぎ取られながらも必死に大空を舞おうとする、愚かな漢(おとこ)の物語………






時は十二月中旬。なのは達との温泉旅行当日。

今現在、僕、なのは、フェイト、アルフの魔導師組と、なのはの友達とその身内の計九名は、今日泊まる予定の旅館の入り口に集ってその視界に映る景観に嘆息していた。

「わー、大きい旅館だね~」

「建物だけじゃなくて温泉も広いわよ」

「……」

山に囲まれた古風な旅館は、威厳を保つたたずまいで年季が入っていることを感じさせる。

「穴場って感じがするね~、フェイト」

「ん、そういうのはよく分かんないかな」

「……」

周りの景色を一望してから旅館に入ると、美人な仲居さん達に出迎えられ、僕たちは大きな客室に案内された。その後、メイドさんを部屋に残して温泉街の散策を開始。

「すずかちゃん、こっちも美味しいよ。はい、あーん」

「ありがと、なのはちゃん。あーん」

「激写! さらに激写! ああ、流石我が妹。可愛すぎる……」

「もう、やめてよお姉ちゃん」

「……」

お茶屋やお土産屋などを冷やかしほどよい疲労感に包まれた僕らは、再び旅館に戻ってお待ちかねの温泉に浸かることにした。

「温泉を、お連れします」

「なぜでしょう。メイドでもないのに忍様がやると違和感がありませんね」

「……」

温泉には全員で入るらしく、部屋に戻った女性は着替えを持ってみんな揃って部屋を出た。

……さて。

「戦いの時は、来た」

ただ一人静かに牙を研いでいた僕は、その抑えきれない衝動を解放する時がやって来た事に歓喜しながら立ち上がり、男湯へと向かう。

幸いなことに、男湯の中には僕以外は誰も居なかったため、僕の行動を阻害するファクターは皆無。これは神が僕に味方しているとしか思えない。

「ふぅー……」

脱衣を終えて浴場に入った僕は、気持ちを落ち着かせるために深呼吸を一つ。

今はフェレットに変身出来ないのだ。万が一バレてしまったら、帰りのバスの中で僕は白い視線に晒されながら縮こまっているしかなくなってしまう。いや、なのはの砲撃で塵芥(ちりあくた)と化してしまう可能性もある。ここは慎重にいくべきだ。

「……よし」

十分落ち着いた。ならば、やることは一つだけだ。

僕は手鏡を片手に持ち、男湯と女湯の間にある高い塀に近付く。最初にして最大の関門、それがこの塀だ。これさえ突破してしまえば、僕の覇道を阻むものなど何も無い。

「王道だが、それゆえに心惹かれる……」

この関門を突破するために僕が取った行動、それは木製の桶(おけ)で段差を作り、足りない身長分を補おうというもの。よくマンガなどで行われているこの手法、もはやこれは様式美と言っても過言ではないだろう。

「……ふっ、我ながら良い出来だ」

手早く桶を集め、崩れない様にしっかりとした土台を手際よく作った僕は、あまりの出来栄えに一瞬見とれてしまう。が、本来の目的をすぐに思い出し、目の前に立ち塞がる強敵(塀)を見据える。

ザ・のぞき。

これが僕の目的だ。

のぞきなんて最低で下劣な行為だと言う人間も居るだろう。確かにその通りだ。犯罪だしね。

でも、でもさ、男ってのはバカなんだよ。悪いと思ってても止められない事ってのがあるんだよ。しょうがないんだよ、こればっかりは。性(さが)ってやつなのさ。

「自己弁護も板についてきちゃったな……でも、僕は止まれない。止まっちゃいけないんだ」

罪悪感を紛らわすために僕はいつも頭の中で言い訳を並べる。女性への感謝と懺悔を同時に行いながら。のぞいてしまってごめんなさい。でもありがとう、と。そうしないと小心者の僕の心は潰れてしまうから。

だったら最初からのぞくなって? それは無理な相談だ。だって性(さが)だもの。

「……いざ!」

自分を騙す言い訳はもう十分すぎるほどに反芻(はんすう)した。後はイバラの道を駆け上がるのみ。

僕は塀の向こうに広がる光景に胸をときめかせながら桶の山をゆっくりと登り、手鏡の角度を調整し、それを上へと──

バキンッ!

「なぁ!」

──かざした瞬間、取っ手の部分から上が粉々に砕け散った。

「あっ」

思わぬ事態に動揺した僕は体勢を崩してしまい、桶の山から足を踏み外して、

「おごごっ!」

ガラガラと桶を崩しながら無様に硬い地面に落下。腰や肩を打ってしまい、激痛が走る。

「一体何が……」

腰をさすりながら、取っ手のみとなった手鏡を呆然と見つめる。

破壊された、それは分かる。だが、一体誰がどうやって? 魔力反応は無かった。なら、なのはやフェイト達の射撃魔法じゃない。くそ、どうなってるんだ。

「……試してみるか」

転んだ際に落とした予備として持っていた手鏡を拾い、もう一度桶で足場を作って登る。そして、先ほどのように鏡の部分を塀越しにかかげる。

すると、またもや何者かの攻撃によって鏡が粉砕されてしまった。塀の上に出した途端にだ。

「この反応速度……人間じゃない?」

考えられるとしたら、のぞき対策用の自動防衛装置か何かか。でも、何でそんなもんが一介の旅館に備え付けられてるんだよ。ていうか、ミリタリーオタクじゃないからよく分かんないけど、今の地球の技術力でこんな高性能なシロモノ作れるのか?

……問題はそこじゃないな。最大の問題はこの攻撃(おそらく電撃か何かを飛ばしている)をどうやって防ぐかだ。魔法を使えない以上、生身で対抗するしかないわけなのだが、あんなもん頭に喰らったら気絶は確実だろう。いや、魔法は使えることは使えるだろうけど、電流が流れるって言うしなぁ。

「……はっ!」

塀の向こうから聞こえていた女性達の声が段々と遠ざかっていく。そんな、もう出てしまうのか? 女性は長風呂が常識だろうに。待って、待ってよ!

「くっ」

もはや一刻の猶予も無い。こうなったら苦痛を承知で魔法を使ってのぞくしかないか。

電流がなんだ。そんなもの、桃源郷を拝む事の出来ない恐ろしさに比べればどうということはない!

「ぐっ、があああああ!」

小さくなっていく女性達の声を聞き、焦燥感に駆られながら飛行魔法を発動させた僕の体にバチバチと紫電が走る。

だが、止まらない。根性で意識を落とさないように踏ん張りながら徐々に浮かび上がる。

激しい痛みに襲われながらも、歯を食いしばって耐える。そして、なんとか塀に手を掛け顔を──

バシッ!

「ぐっ!」

のぞかせた瞬間に、衝撃が襲いかかる。が、大丈夫。シールドを張ってあるため、ダメージは皆無だ。こんな豆鉄砲、何発食らったところで──

バシッ! バシッ! バシバシバシバシバシバシバシ!

「ま、前が見えない……」

女子風呂のありとあらゆる場所から防衛装置が飛び出し僕の顔めがけて飽和攻撃を行っているおかげで、目の前がフラッシュの嵐だ。一体のぞき対策のためにどんだけ力入れてんだよ、この旅館は。

「ちく、しょう……」

力押しの作戦も失敗。どうやら女性達は全員脱衣所に入ってしまったようで、声はとうに聞こえない。僕はその事実にショックを受け、顔を引っ込めてから魔法を解除し地面に突っ伏す。それと同時に、体を苦しめていた電流も鳴りを潜める。

欲望を満たすこともできず、電流に抗い続けたせいで、僕は心身共にボロボロになっていた。

ここまでやって収穫なし。なんて無様。なんてみじめなんだ。滑稽(こっけい)にも程があるだろう、僕。

「……いや、まだだ。まだ終わらん」

折れかける軟弱な心を叱咤(しった)激励し、よろよろと立ち上がる。

そう、まだ終わりではない。まだ夜があるじゃないか。

せっかくの温泉、たった一度の入浴で満足するはずがない。必ずもう一度入りに来るはずだ。ならばチャンスは残っている。

「勝負は、夜だ……」

光明を見出した僕はふらつく体に喝を入れ、失ったエネルギーを補給するため、夕食が待つ部屋へと足を向けるのだった。





それなりに美味しかったであろう夕食を携帯食をかじるかのように淡々と胃の中に収めた僕は、女性達より先んじて部屋を出て、最高の観測地点へと向かう事にした。

食事中、どうすれば女湯をのぞく事が出来るのか、僕はずっと考えていた。そして、料理の味も分からなくなるほど思考に没頭していた僕は、とんでもない名案を思い付いた。

近くがダメなら、遠くでのぞけばいいじゃない。

女湯の周りにはあの忌々しい撃退装置がアホみたいに設置されている。なら、どうすればいいか。

答えは簡単。近寄らなければいいだけの話だ。

幸い、この旅館は山に囲まれているおかげで、頂上付近に登れば温泉を上から一望することが出来る。肉眼での視認は流石に難しいが、こんな時のために用意していた双眼鏡がここでその真価を発揮する。持ってて良かった双眼鏡。紳士の必需品、双眼鏡。

変態紳士と言うなかれ。男は誰だって変態なのさ。

「目標地点は……あそこがいいな」

旅館から出た僕は周りにそびえる山を見回し、最良の観測ポイントを一瞬で看破する。

そこからの僕の行動は迅速だった。

目的の山までの道のりを脳裏に思い描き、行動に支障が無いか自身の身体状態を入念にチェック。足、腕、目、耳、全てオールグリーン。

その後、軽く体をほぐし、一度深呼吸。

そして、おもむろにダッシュ。まずは石段を下り、横道に逸れて茂みの中をくぐる。しばらくそのまま進み、渓流のほとりに続く道までショートカット。怒涛の勢いで斜面を下った僕は、谷底を流れる川のせせらぎなんて無視して河原を突っ切る。

「速い、速いぞ! すごいぞ僕!」

体が、羽のように軽い。人間って、こんなに速く走れるんだな。やっぱり目標を持った人間は一味違うというわけか。

「……っと、後はここを登るだけか」

目的の山の麓(ふもと)まであっという間に到着した僕は一旦ストップし、広大な山を見上げる。木は生い茂っているが、人が通る分には問題無いくらいはひらけている。……イケる。

ミッション成功の確信を持った僕は、木々に遮られて月光の満足に届かない山へと足を踏み入れる。

ザッ、ザッ、ザッ。

始めは暗くて思うように進む事が出来なかったが、闇に目が慣れてからは軽快な足取りで移動出来るようになった。

「……ん?」

五分ほど歩いたところで、小さな人影を発見した。

……ちょっと待て。人影だと? まさか、のぞきに来た人間を捕まえるために、旅館が警備の人間を雇ったとでも言うのか? 

どうする。奴はまだ気付いてはいない。退くか? ……いや、この山の頂上ほど絶好の観測ポイントは他には無い。ここは押し通るしかないだろう。

あれ、でも警備の人間にしてはやけに小さいな。僕と同じくらいの身長だ。もしかしてただの迷子とかかな?

あ、こっちに気付い──

「来るな! ここはやばいぞ!」

「は?」

こちらに気付くと同時に警告を投げかけてきたのは、おそらくは僕やなのはと同年代の少年。なぜかズタボロの浴衣を着た彼は、近づく僕を戦々恐々とした表情で見ている。

「だから来んなって!」

「君が何を言ってるのか分からな──」

カチッ。

「……あ」

「……ひょ?」

ボンッ!

『ぐああああああっ!』





「だ……だから言っただろーが、この、ボケ」

「じ……地雷、だと? ここはアフガニスタンかよ……」

そう、地雷。

なんと僕がさっき踏んだ物は日本ではまず見掛けることが無い対人地雷だったようで、僕だけでなく、近くまで寄っていたこの少年にも被害が及んでしまった。

しかし、ここまでやるとは流石の僕も想像できなかった。本当に一体何なんだ、この旅館は。のぞき魔に恨みでもあるのかってぐらいに警備が徹底しすぎだよ。

にしても、この少年はなんでこんな山中に居るんだろうか。よく考えたら迷子って線は無いよね。迷ってる人間がわざわざこんな夜の暗い山に入るわけないし。いや、明るいうちからずっとさまよい歩いていたってなら分かるけど。

ん? ひょっとして……

「なあ、お前──」

「ねえ、君──」

『もしかしてのぞきに来た?』

………うん、思った通りだ。この子、僕と同じ志を持った紳士だったんだ。紳士の必需品、双眼鏡も持ってるし。

「……ふふ」

「……へへ」

しばし顔を見合わせていた僕らは、どちらからともなく笑いだし、特に示し合わせた訳でもないのに同時に手を出し、ガッチリと握手する。

言葉はいらない。手を合わせるだけで、すべてが伝わる。そう、僕らは同志なのだから。

「よろしく頼むよ、相棒」

「こっちこそな」

今、この瞬間、ここに紳士同盟が樹立した。今夜限りの同盟だが、たぶん僕はこの日を永遠に忘れないような気がする。

ザザザザザザ!

と、いきなりそんな感動的な場面に水を差す出来事が起こった。何者かが茂みをかき分けこちらに近づいてくる音が聞こえてきたのだ。

「なんか、近づいてない?」

「く、クマとかじゃねーよな」

「今は冬だからそれは無いと思うけど」

もし凶暴な野生動物だったらまずいな。魔法は痛みを我慢すれば使えるけど、一般人であるこの子の前で使うのは抵抗があるし……まあ、いよいよとなったら使わざるをえないけど。

そんな事を考えながら何が出るのかと身構えていると、とうとう音を立てていた生物が僕達の前に姿を現した。

勢いよく茂みから出て来たのは、二匹の大きな犬だった。

一匹は知らない犬。もう一匹は……アルフかい。

その二匹の犬は追いかけっこ、いや、まるで競争をしているように、互いを意識し合って猛烈な勢いで走っていき、僕達なんか気にも留めずに再び茂みの中に突っ込んでいった。

その直後。

ボンッ! ボンッ! ボンッ!

『キャイイイン!』

『あーはっはっは! こーのマヌケが! 火薬の匂いも嗅ぎ取れないのかい? これでマイナス十五秒だね』

『ぐぬ、待て!』

茂みの奥から立て続けに爆発音が起こり、さらになんか訳わかんない会話が聞こえたような気がした。何やってんのさ、アルフ。あとその犬どなたさん?

「で、でけー犬だったな……」

「あ、うん、そうだね」

どうやらこの子には会話までは聞こえていなかったようだ。まあ、聞こえてても空耳だと思う程度だろうけど。

「それにしてもさ、今の爆発見る限りだと、この山全体に地雷埋まってそうだよね。頂上とかだとさらに危ない仕掛けとかある気がするんだけど」

「そいつは同感だな。どうする。諦めるか?」

紳士らしくない弱気なセリフだな、と思って横に立つ少年の顔を見ると、ニヤニヤしながら僕を観察していた。

こいつ、僕を試している!?

「……舐めないでほしいな。僕を誰だと思ってやがる。最近、知り合いから陰で淫獣呼ばわりされてるほどの猛者(もさ)だよ?」

「奇遇だな。俺も近所のお姉さんにエロガキ呼ばわりされてるぜ」

再びニヤリと笑い合う僕達。

いいね。それでこその相棒、それでこその紳士だ。そうでなくちゃ張り合いが無い。

「さて、いい感じに気分が乗って来たところで、行くとしようぜ」

クイッと親指を曲げて、旅館方面を指す少年。……なるほど。確かにそれしか手は残されていない、か。

「そうだね。行くとしよう。僕達の──」

残る手段、それは……

『桃源郷へ!』

強行突破あるのみ。






「うおおおおおおおお!」

「はああああああああ!」

下る、下る。転ぶことなんて恐れずに、今まで登って来た山の斜面を猛スピードで下りまくる。

もしかしたら地雷が埋まってるかも、なんて軟弱な思考は切り捨てて、ただただ旅館を目指して一直線に駆け降りる。

ああ、気持ち良い。風が気持ち良い。友と戦場を駆け抜ける一体感が気持ち良い。のぞくという行為そのものに感じる背徳感が気持ち良い。カタルシース!

「見えたぞ!」

麓(ふもと)までノンストップ、ノーブレーキ、Bダッシュでやって来た僕らは、ザザーッと地面を削ってスピードを殺し、舞い上がる土煙なんぞに目もやらず、旅館、いや、もうもうと湯気を上げている女湯を見上げる。

「へい」

息を整えながら上を見ていると、横から声がかかる。

振り向くと、そこにはにぎり拳を前に出し、小憎(こにく)たらしい、でも決して憎めない笑みを浮かべる少年の姿が。

「幸運を祈る」

「ふふ、君もね」

僕も拳を上げ、ゴッとぶつけ合う。もう会う事も無いと思うけど、君ほど気が合う人物には今までお目にかかったことが無かったよ。

まあいい、能書きはここまでだ。後はひたすらに、全力で、思う様、力の限り、足が動かなくなるまで、ハッピーエンドを目指して、欲望に従うだけ。簡単だろ?

「んじゃあ」

「そろそろ」

『行くとしよう!』

もう、横も後ろも下も見ない。見えない。視界に入るのは、ほとんど垂直な傾斜の斜面の先にある魅惑的な湯気のみ。今誰が入ってるとか、のぞいた後どうなるのだとか、そんなのはどうでもいい。どうでもいいんだ。

今はただ、のぞきたい。それだけだ。

「友よ!」

「今が駆け抜ける時!」

魂の叫びを上げて走り出す。

ふと、視界の片隅に死屍累々の体で横たわる三人の男の姿が映る。あれは、おそらく志半ばで倒れた同志だろう。……その無念、僕らが晴らしてやる。今は安らかに眠れ。

黙祷を捧げながら目前にある谷川を驚異的なジャンプ力で飛び越し、着地。同時に足下が爆発する。だが、

「こんなものでぇ!」

「舐めんなぁ!」

不意の爆風に気圧されること無く、体を自分から前に投げ出し衝撃をやり過ごす。お尻を少し火傷してしまったが、構うものか。

「次ぃ!」

ゴロゴロと転がりつつ体勢を立て直し、すぐにダッシュを再開。が、またもや地雷を踏んでしまい爆風が襲いかかる。

「っつ、うおおおお!」

爆風によって上空に吹き飛んだ僕らは、痛みを堪えながらも手を前に伸ばして指を斜面のでっぱりに引っ掛ける。ただでは転ばん!

なんとか斜面に張り付いた僕らは、黒い悪魔も真っ青なほど機敏な動きでシャカシャカと登り始める、が……

突如、にょきにょきと壁面から生えだしたビデオカメラの様な形状の機械が行く手を遮った。あれは、夕方にことごとく僕の邪魔をしてくれた迎撃装置か!

「やられて、たまるかぁー!」

レンズ部分から次々と放たれる光線のようなものを、紙一重で、しかし全てかわし続け、速度を下げないで斜面を駆け上がる。気分はパプワ君。人間の子どもに出来るような芸当ではないが、なぜか僕も少年も超人的な身体能力を駆使して登り続ける。頭の中でパンツみたいのが弾けたような気がしたが、気にしたら負けだ!

「おい!」

「うん!」

もうゴールはすぐそばまで迫っていた。僕たちは気力を限界まで振り絞り、光線の嵐、上から降ってくる丸太、トゲ付き鉄球を、避け、粉砕し、蹴り返しながら進み、ついに斜面を登り切った。

「女湯はぁーっ!」

「こっちだぁーっ!」

そして、柵を乗り越え、湯気けむる浴場へと大ジャンプ。

さあ、見せてくれ。

僕達に、桃源郷ってやつをさぁー!

ポスッ。

ん? 誰かにぶつかった、というより、抱き止められた? でもなんか、女性にしては体がゴツゴツしてるし……



「おいおい、いいのかい? 俺はノン気だって食っちまうような男なんだぜ?」



い  い  お  と  こ






後日聞かされた話によると、あの旅館の男湯と女湯は交代制だったらしい。

ちなみに僕と少年は浴場に突入した途端に気絶してしまったようで、いい男に各自の部屋に運んでもらったそうな。その後のことは、よく覚えていない。

……次こそは、必ず。










あとがき

その……すいません。



[17066] 四十七話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:18
『もう、嫌や』

小さな少女が、ベッドにうずくまっている。

『どうして私だけ』

小さな少女が、唇を噛みしめながら泣いている。

『うぅ、あ……』

小さな少女が、ぎゅっと自身の体を抱いて嗚咽を漏らしている。

『……』

小さな少女が、力尽きたかのように眠りにつく。



……これは、何だろうか。私はこんな光景、見たことない。こんな、今にも心が壊れてしまいそうな女の子、知らない。

いや、違う。知っている。毎日のように見ているじゃないか。この半年間、ずっと。

そう、この子は……

《はやて》

頭の中に、声が響く。いつか、どこかで聞いたような声が。

《ハヤテ》

呼んでいるのは、私? それとも……

《ごめんなさい》

あなたは誰。なんで謝るんですか? それに、この光景。これは──

《こうするしかなかった。あの子を救うためには》

はやてちゃんを、救うため?

《あなたは、心が強い。はやてよりも、ずっと。だから……》

あ………だから、私は………私達は………

《……あなたは、今幸せ?》

……ええ、とても。新しい家族も増えましたし、毎日が愉快ですし。

ただ、母様や父様に会えないのは、寂しいですが。

《一度だけ》

え?

《一日だけ、あなたを母親と父親の下に帰す事ができる》

本当に? それは、いつ?

《時が来れば、必ず》

……そうですか。楽しみにしてますね。

《……もう、お別れの時間ね。さようなら》

あ、最後に一つ質問を。

はやてちゃん、今幸せですか?

《……ええ、とても》

それを聞いて、安心です。

と、すいません、もう一つありました。

あなた、神様?

《私……私は──》



答えを聞く前に、光が私を包み込む。






「……ん?」

夢から覚め、眠りの淵から意識が浮上した私は、自身の身に起こっている異常に気が付いた。

……体が、動かない。

なんだ、これは。どうなっている。

布団に入って横たわっているというのは分かる。だが、目も開けられないし、ピクリとも手足を動かす事も出来ない。いや、足は元から動かせないんだけど。

ゴソッ。

頭の近くで何かが蠢いている。怖い。でも、それを確認することも出来ない。助けを呼ぼうにも、声が出ない。

「ッ!?」

ゴソゴソと物音を立てていた何かが、突然私の布団の上に乗っかって来た。いや、何かではない。誰かだ。

「はぁー、はぁー」

荒い息を吐いて、私に覆いかぶさっているのが分かる。これが人間でなくて何だと言うのだ。

「く、くくく。ひひひひ」

心の臓を凍らせるようなおぞましい笑い声が聞こえる。や、やばい。身の危険を感じるどころではない。何とかしなくては。

きゅぽっ。

四苦八苦しながら動け動けと体に命令を出していると、真上から不吉な音が聞こえてきた。

こ、この音は、まさか……

「肉、中、米、どれにしようかのう。シグナム、まいっちんぐ。あ、両さん並のゲジ眉も捨てがたい」

や、やめて。それだけは嫌。助けて、ヴィータちゃん、シャマルさん、ザフィーラさん、リインさん。誰でもいい。この悪魔を止めて!

「待て、我はMの方がいいと思うのだが」

「いや、ここは萌だろ」

「天とかどうかしら」

「目玉を書くのはどうだ、邪眼みたいに」

貴様らっ!? 全員グルとかホントに私を主だと思ってんのか!





「うう、油性ペンで書くとか鬼ですか」

「ご、ごめん、はやて。悪ノリしすぎた」

「でも修学旅行の定番っしょ、寝てる人間の額に落書きは」

「これは温泉旅行です! しかも魔法使って身動きできなくまでして。性質(たち)が悪いにもほどがあります」

早朝から家族全員の計略にハマった私は、客室に備え付けられた洗面所で額に書かれた落書きを必死になってこすっている。しかし、まさかヴィータちゃんやリインさんまで加わるとは思わなかった。仲がいいのは結構だが、一人ぐらい止める人間が居てもいいだろうに。初めての旅行ということでテンションが上がってたんだろうか?

「なあ、はやて。朝メシ食べたらまた温泉入りにいかね?」

私が頑固な落書きを消している姿を申し訳なさそうに見ながら、ヴィータちゃんがそんな提案をしてきた。

「ええ、元からそのつもりでしたから構いませんよ」

広い温泉での朝風呂というのは、心惹かれるものがあるよね。……にしても、この落書きなかなか消えないな。シグナムさんめ、太ペンで書きやがって。明日の朝を覚えてろよ。

なんて恨みごとをこぼしていると、その本人が柱の陰からこちらを覗いていた。

「ルックス、10%低下、にゃ」

「誰のせいだと思ってんですか。乳揉みますよ」

うひゃあー、とか叫びながら逃げ出すいたずらっ子シグナムさん。旅行中は自重しようと思ってたけど、ホントに揉んでやりたくなったよ。

『失礼します。朝食をお持ち致しました』

「あ、はーい。どうぞー」

どうやら仲居さんが朝食を運んできたようなので、入ってもらうことにした。

ススーっと襖(ふすま)を開けて入って来た仲居さんは、洗面所で鏡とにらめっこしていた私の顔を見るとクスリと笑って一言。

「可愛いキン肉マンですこと」

「……どうも」

そんな私の様子を見て、みんなが下を向いて笑いを堪えている。しばいてやろうか。





「お世話になりました。また来ますね」

「ありがとうございます。今後とも、どうかひなた旅館をごひいきに」

朝食を食べ、温泉にも浸かって十分旅行を満喫した私達は、旅館を出て我が家へと帰ることにした。

「おいはやて、駐車場見てみろよ。ネコバスが停まってんぜ。ぱねぇな」

「トトロですか……」

石段を下りて温泉街をちょっとぶらついた後、駅にて電車に搭乗。一路、海鳴駅を目指す。

『ファイヤー! アイスストーム! ダイヤキュート! ブレインダムド! ジュゲム! ばよえ~ん! ばよえ~ん! ばよえ~ん!』

「シャマル、貴様、このゲームやり込んでいるな!」

「能書き垂れてる暇があるなら積みなさい。死ぬわよ? ま、中二病患者にはいい薬かしら」

「舐めるな! 管制プログラムであるこの私がこの程度の連鎖を返せなくてどうする!」

車内では、行きの時と同じようにみんなはゲームやトランプで遊んで時間を潰している。

が、私は寝不足だと言ってみんなの輪には入らずに、一人目をつぶって考え事をすることにした。

考え事。それは昨夜の夢について。

あの夢で私に語りかけてきた人物。あの人が何者なのかは分からなかったけど、語った事はたぶん嘘じゃないと思う。理由は無いけど、なぜかそんな気がする。

「……」

おそらく、私とはやてちゃんの体は入れ替わっている。そして、それを行ったのが夢に出てきたあの人物。

あの人は、神様なんだろうか。でも、それだったらなんでこんなまわりくどい事をしたんだろう。全知全能の神様なら、もっとこう、ズバッと解決できるんじゃないのかな。それともそこまで万能じゃないのか? いや、そもそも神様じゃないのかもしれないな。

……まあそれはどうでもいいか。

なんにしろ、私がこの体に憑依した理由が分かっただけでも万々歳だ。

……はやてちゃんを、救うため、か。

確かに、夢のあの様子を見る限りじゃ、限界っぽかったよな。いつ壊れてもおかしくないような感じだった。

私は憑依してからすぐに友達も出来たし、ヴォルケンリッターという家族も現れたから、孤独感をあまり感じることはなかった。

でも、はやてちゃんは違う。何年もあの広い家で一人で暮らしてたんだ。

話し相手は石田先生か図書館のお姉さんくらいだと思うし、家に帰れば誰も居ない。……はやてちゃん、本当に頑張ってたんだね。今さらながらに尊敬の念を覚えるよ。

「幸せ、か……」

今は幸せだと言うが、入れ替わったという事実を母様や父様に話したんだろうか?……いや、それは無いかな。そんなこと言ったら頭がアレな子扱いされてしまう。はやてちゃんのことだ。記憶喪失とか何とか言ってうまく誤魔化してることだろう。

「あ……」

そうだ。そういえば、母様や父様に一日だけ会えるとか言ってたな。どうしてそれだけなのかは何か理由があるんだろうけど、もう会えないと思っていた母様や父様に会えるんだ。一日だけでも感謝しないとね。

……感謝、か。無理矢理憑依させられた相手に感謝ってのもどうかと思うけど、そのおかげでシグナムさんやヴィータちゃん達と会う事が出来たんだもんね。なにより、はやてちゃんを救うためにやったことだ。逆によくやったと褒めてあげたいくらいだ。

「ふう」

大体考えは整理出来た。気になることはあるけど、それはまた夢にあの人が出てきた時に聞いてみるとしよう。もう一度くらいは会えそうな気がするし。

「はやて、眠れないのか? もう少し静かにするか?」

近くでそんな声がしたので目を開けてみると、ヴィータちゃんが心配そうに私を見ていた。

「ああ、いえ。お気になさらず遊んでて構いませんよ。少し考え事に没頭していただけですから」

「……そっか」

その言葉を聞いて安心したのか、私から離れてみんなの下に戻っていくヴィータちゃん。

「……」

そんなヴィータちゃんと、ワイワイと盛り上がっているみんなを見つめる。

私の、家族。たった半年間の付き合いだけど、確実に家族と言える関係になった。それだけの絆を結んだ。

リインさんとはまだそれほどの付き合いではないが、家族と呼ぶことに違和感は無い。

みんな、私の大事な家族。一生を共に過ごすと誓った主従であり、親友であり、親であり、姉妹であり、家族である。

「……私も幸せだよ、はやてちゃん」

おそらくは、罪悪感を感じているだろう。でも、どうか気にしないでほしい。

私は今、まぎれもなく幸せなんだから。





昼過ぎに家に着いた私達は、少々遅めの昼食を取った後、いつものようにリビングでゴロゴロしていた。旅行帰りと言っても、帰宅してからやることは何も変わらない。

ゲーム、マンガ、ネット、散歩。時々思いつきで変わった事をやるが、大抵はこれらの繰り返し。

良い。実に良い。働くことなく遊び呆けるとか、全人類の夢を体現しているようじゃないか。

まあ、私は足が治ったら学校に行かなきゃならないんだけど。それまでは朝から晩までのニート生活を堪能するとしよう。

『メールが届いたにょ。にょにょにょ』

「……ん?」

と、私がネットサーフィンをしているところに、メールが送られてきた。一瞬誰かと思ったが、すぐに送り主を特定する。ここに送ってくる人間なんて一人しかいないじゃないか。

「やはり貴様か」

差出人は勿論、ギル=グレアム。最近はあまり送ってこなかったから、読むのは久しぶりだな。

メールを開いて中身を確認。えーと、なになに……

『ボンジュール、愛しのはやてちゃん。ご機嫌いかがかな?』

貴様の第一声でご機嫌は最悪だ。

『なんと今日はビッグニュースがあるんだ。これを知ったら、はやてちゃんはきっとすごく驚くだろうね』

ほう、珍しい。こんなこと言うのは初めてじゃないかな?

『実はね、近々まとまった休暇が取れそうでね』

へえ、それはよかったですね。




『その時に、君のお家にお邪魔しようかと思うんだ』




へえ…………へ?

『いやあ、これでやっと顔が会わせられるね。おじさん楽しみでしょうがないよ』

いや……ちょっと、待て……

『色々と話したい事があるから、時間を空けておいてくれると助かるよ』

え、あの……

『おそらくは一月の上旬くらいに行けると思う。日時が確定したらまた連絡するよ』

ほ、本気?

『身体に気をつけて。風邪なんかひいたらダメだよ?』

ご忠告どうも。って、そうじゃなくて、これって……

『それじゃ、また。会える日を楽しみにしてるよ』

ロ……ロ……

「ロリコン、襲来……」




「西暦20××年、平穏な八神家の日常を守るため、汎用人型決戦少女ハヤテが今、出撃する。新番組、新世紀魔法少女ハヤテ、第壱話【ロリコン襲来】 この次も、サービス、サービスゥ!」

「取り敢えずもちつけ、はやて」











あとがき

本作品を読んでくださっている方、感想を書いてくださる方、いつもありがとうございます。

さて、そろそろA's編も佳境に近づいてきたでしょうか。

SS書き始めて三カ月ちょっと。皆様のおかげでここまで書きあげることができました。

まだまだ未熟な身ですが、皆様に楽しんでいただけるよう、精一杯頑張ろうと思います。月並みな挨拶で恐縮ですが、これからもハヤテ達を生温かい目で見守っていただければ幸いです。

……目指せ、STS!



[17066] 四十八話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/06/08 22:47

 ──第壱話 【ロリコン襲来】──




海鳴市某所にある一軒家。ここに、一人の少女が住んでいた。

少女は幼い頃に両親を事故で亡くしており、天涯孤独の身であった。

そんな少女を不憫に思ったのか、一人の男性が生活費やその他諸々の援助、資産管理など生活のバックアップを願い出た。

男性の名は、ギル・グレアム。イギリスに住む、生粋のジェントルマン。

少女は他に頼る人間が居なかったため、その男性の善意に甘えることにした。

だが、男性の援助は善意で行っているにしては少々度が過ぎていた。

莫大な資金援助、途絶えることの無い贈り物。メールに欲しい物を書けばすぐさま手配するという呆れるほどの過保護っぷり。

少女は考えた。なぜここまでしてくれるのだろうか。どうして赤の他人にこんなに尽くしてくれるのか。

考えて、考えて、考え抜いて、そして熟考の末、少女は真実に辿りついた。

ギル・グレアム。奴がロリコンだという真実に。

少女は戦慄した。いつか奴に自分のものになれと迫られるのではないか、美味しくいただかれてしまうのではないか、と。

が、少女はそこらの生娘のような軟弱な精神は持ち合わせてはいなかった。

そっちがその気なら、こっちだってただでいただかれる訳にはいかない。少女は反骨心を露わにした。

幾度も幾度もプレゼントをねだり、奴の精神を摩耗させようとしたり、メールのやり取りで慕っている振りをして、内心では誰が貴様なんぞのものになるか、と息巻いていた。

しかし、そんな少女の抵抗も、奴にとっては心地よい微風でしかなかった。

なぜなら、少女がいくらグレアムを突き放そうとしても、最終的には奴に頼るしかなくなるからである。

資産管理を任せている以上、生きていくためにはどうしても奴の手を借りなければならない。銀行の口座を差し押さえられでもしたら、明日食うおまんまにさえ困る始末。内心でいくら気勢を上げようが、奴に見放されたら生きていけないのが現状だった。

少女は焦っていた。表面上では強気でいたが、実際どうやって奴の魔の手から逃れられるのか見当もつかなかったからだ。

いや、たった一つだけ方法がある。児童保護施設に駆け込めばいいのだ。そうすれば奴に従う必要などなくなる。

だが、少女はその方法を取る気はなかった。現状、いつロリコンが襲いかかってくるか分からないという不安はあるものの、今の生活に不満は無いため。そしてなにより、少女に家族ができたからだ。

少女が施設に入ってしまえば家族とは離ればなれになってしまうし、家を無くした生活能力の無さそうな身元不明の外国人を野に放つことにもなってしまう。ゆえに、施設入所という単語は少女の頭の中からはデリートされていたのだ。

ある日、そんな健気な少女がネットサーフィンをしているところに、ロリコンからメールが届く。

『君を美味しくいただく時が来たようだ。一月に行くから、恐怖に震えながら待っていろ。うけけ』

要約すると、そんな感じの文面だった。

少女はさらに焦った。このままでは自身の操が危ない。どうにかしなくては。

だが、焦るばかりで具体的な案は一つも出てこなかった。

そうして右往左往している間に時間は無情に過ぎていき、運命の時が訪れてしまった。




ピンポ~ン!

「……は、はい。どなたでしょうか」

『やあ、君の愛しのおじさん、ギル・グレアムだよ。鍵を開けてくれるかな?』

「……どうぞ」

ガチャッ。

扉を開けて入って来たのは、紳士然とした初老の男性。ニコニコと笑顔を少女に向けている。が、目は笑っていない。

「リビングに、どうぞ」

「うんうん。お邪魔するとしよう」

少女の後に続き、廊下を進むギル・グレアム。その目は血走っており、今にも少女に襲い掛かりそうな雰囲気を持っていた。

「立ち話もなんですので、お座りください」

リビングに入った少女は、なぜか鼻息が荒くなっているグレアムをソファーに促し、お茶の準備をする。お茶請けとしてシュークリームを出すことも忘れない。

「こちら、巷(ちまた)で大人気のシュークリームです。美味しいですよ」

「おっほう、美味しそうだ。よだれが止まらないよ」

なぜかグレアムの目はシュークリームではなく少女に向けられており、少女はビクビクしながら顔を背ける。

「きょ、今日はどういったご用でお越しくださったのですか?」

少女の質問に、グレアムはにやりと口の端を歪めて笑う。

「んふ~、言わなくても分かってるんじゃないのかね、きみぃ」

「な、なんのことで……いやっ、やめて!」

ついに我慢できなくなったのか、少女の言葉を遮って立ち上がったグレアムはおもむろに服を脱ぎ出し、ブリーフ一丁になって少女にのしかかる。

「し、辛抱たまらんわい。わしゃあこの時を心待ちにしとったけぇのぉ」

「や、やっぱりあなたはロリコンだったんですね! ロリコンは死んでください!」

「ありがとう、最高の褒め言葉だ」

じたばたと暴れる少女を脂ぎった手で押さえつけ、ぐふふふと気色悪い笑みを浮かべながら舌舐めずりするロリコン。その姿は、まさに変態そのもの。

が、そんな超絶変態オヤジに正義の鉄槌を下すべく、少女はあらん限りの力で抵抗し、なぜか手元に落ちていたガラス製の灰皿でロリコンの頭を殴りつける。

「ふおおおおお!?」

予想外の反撃を食らい頭を押さえてごろごろと転がる変態に勝機を見出した少女は、立て続けに灰皿での連撃をお見舞いし、頭蓋骨よ陥没せよとばかりに攻め続ける。

「死ねぇー! 死んでしまえーっ!」

「オ、オーマイ……ゴッド……」

「神は死んだ!」

のたうちまわっていたロリコンだが、五分ほど少女の執拗な打撃を受け続けた結果、とうとう動かなくなった。

「……獲物を前に舌舐めずりは、三流のやることだ」

赤い何かが付着した灰皿をブンッと一振りし、決め台詞。


こうして、少女の奮戦によってロリコンの野望は打ち砕かれた。しかし、今回の出来事はこれから始まる物語のプロローグに過ぎないということを、この時のハヤテは知る由もなかったのである。


──第壱話 了──


<次回予告>

ハヤテはロリコンに勝つ。だが、それはすべての始まりにすぎなかった。警察から逃げるハヤテ。取り残された家族。ピクリと動くロリコンの指。逃亡先で待ち受けていたものとは、一体……

次回、【見知らぬ天井のシミ】 この次も、サービスしちゃうわよ!


………………

…………

………

……


「なんて展開を想像してしまったんですが」

「どう考えてもバッドエンドだろ。ロリコン殺っちまったらあたしらどうやって生活していきゃいいんだよ」

「ですよねー」

ただ今作戦会議中の神谷ハヤテです。





「これより、第一回八神家緊急会議を行いたいと思います」

ギル・グレアムから送られてきたメールを読んだ私達は、こたつを囲んで奴が来日した時にどういった対応を取るべきかを話し合うことにした。

奴がこの家を訪れるまであと二、三週間ほど。時間はたっぷりあるが、早く決めるに越したことはない。というか、来日を知らせるメールを送ってくれて助かった。いきなり前触れもなく来られてたら、同居人達の存在がバレてしまうところだった。この点だけは感謝してやってもいいかもしれない。

しかし、どうしたらいいものか。先ほどのシミュレートの通りの行動を取られたら、殺さない自信が無いぞ、私。

と、しばらくみんなと話し合っていると、ヴィータちゃんがピコーンとハンマーで手を叩いて、これっきゃないだろといった感じに口を開く。

「あ、じゃあさ、護衛役としてザフィーラを置いときゃいいじゃん。ペットですって言えば怪しまれないし、こんなデカイ犬の前でそのご主人様であるハヤテに襲いかかるなんて、いくらロリコンでも躊躇するだろ。そうすりゃ、すごすごと退散するしかねーし」

「おお、ナイスアイデアです、ヴィータちゃん。それいただきです」

そうだな。ザフィーラさんが居ればどうとでもなるか。たとえ襲いかかってきても返り討ちだし。あ、でもその後が面倒だな。……ま、なるようになるかな。

「主よ、一つ気になったんだが、このギル・グレアムという男、本当に主に手を出すために援助をしているのか?」

ナイスアイデアが出てホットしている私の正面でみかんの皮を剥いているリインさんが質問してきた。みかん好きなんだよな、リインさん。

「まあ、今の段階ではその可能性が高い、としか言えませんが。でも、他に考えられる理由なんて無いと思いません?」

「いや、単純に善意からの支援という可能性もあるのではないか?」

善意、か。ひょっとしたらあり得るかもしれないが、世の中そんなに甘くないと思うな。親類でもなんでもない子どもにここまで手を掛けるなんて、ほぼ確実になにかを企んでるとしか思えない。

私への援助が、自分の欲望を満たすためにしていることなのか、それとも別の思惑があってしていることなのかは分からないが、私がギル・グレアムを信用することはないだろう。だって、怪しさ満点じゃん。

でも……

「まあ、一応その可能性も視野に入れておいてもいいかもしれませんね」

もし、万が一、ギル・グレアムが悪意混じりっ気無しの純然たる善意でもって私を助けてくれているんだとしたら、その時は……尊敬してやってもいいかもしれないな。

……ロリコンだってことは変わらないだろうけど。





「あっ」

ロリコン対策会議もヴィータちゃんのアイディアを採用するという形で終わり、その後はみんなでだら~っとこたつに寝そべっていたのだが、そんな折、私は大事なことを思い出した。

今日は十二月二十日。そして五日後は……

「ハヤテちゃん、どうしたの?」

「クリスマスケーキ、予約しなきゃ」

そうだ。すっかりと忘れていたが、クリスマスがやってくるじゃないか。せっかくのイベントだし、ケーキを買ってみんなで楽しもうと思ってたんだった。

「クリスマスって、確かキリストとかいう人間の誕生日を祝う日、だったわよね?」

世俗に疎そうなシャマルさんでも流石にこれくらいは知ってたか。

「そうなりますね。まあ、日本ではバレンタインデーとかホワイトデーみたいに、楽しいイベントの一つ、みたいな感じでイメージが定着していますが」

「具体的には何をするんだったかしら?」

「ん~、ケーキを家族で食べたり、ツリーを飾ったり……」

「赤い服着てソリに乗って、家屋に無断侵入して出自不明の怪しげなプレゼントを置いてくんすよね。スリル満点。やってみてえ」

「だいぶ違います」

なぜか瞳をキラキラと輝かせているシグナムさん。もしかして、ほんとにサンタごっこやるつもりじゃなかろうな。

「確か物置にソリがあったにゃー。プレゼントは……あれでいいか。どうせ奪ったもんだし」

なにやらぶつぶつと呟いているが、嫌な予感が止まらないよ。言っても無駄だろうが、せめて犯罪行為は止めてほしいものだ。

おっと、シグナムさんの言動も気になるけど、雑談はここまでにしてケーキを予約しに行こうかな。夕飯に遅れたらまずいし。

「それじゃ、ちょっと外に出てきますね。夕飯までには帰りますので」

「ん? ハヤテ、電話で予約とか出来ないのか?」

リインさんとみかんの早食い競争をしているヴィータちゃんが、皮を剥く手を止めずに聞いてくる。

「シュークリームを買ってこようかと思いまして。そのついでに同じ店で予約してきますから」

「あのギガうまいシュークリームの店か。ケーキの方も期待できそうだな」

「あそこ、イブとクリスマス当日は地獄のように忙しいそうですよ。それだけ人気があるって証拠ですね」

そんなヴィータちゃんとの会話を済ませた私はリビングを出て財布を用意し、日が傾き始めた外へと向かう。

そして、玄関の扉を開けて軽快に相棒と共に翠屋へと発進する。グレン号、今日も頼むよ。

──………──

無視されたと感じる私、おかしいのかな……





カラーン!

「いらっしゃい。お、ハヤテちゃん、また来てくれたのかい」

「こんにちは、マスターさん。今日はケーキの予約に来たんです。あ、シュークリームもいただきますが」

店内に入った私を出迎えてくれたのは、もはや顔なじみとなったマスター。このマスターとその奥さんにはそれなりに育った三人の子どもが居るのだが、とてもそんな年には見えないほど若々しい顔つきをしている。初めて見た時は二十代半ばかと思ったくらいだ。

「あら、ハヤテちゃん、こんにちわ」

「桃子さーん!」

むにゅ。

「あらあら」

「相変わらずだね、君は」

で、カウンターから出てきたところをサーチ&モミングしたのがその奥さんの桃子さん。ああ、やっぱり良いなぁ、桃子さん。マスターの奇異の視線なんて気にならないほどに素晴らしいおっぱいだ。

「ケーキというと、クリスマスケーキだね。種類はどんなのがいいかな?」

桃子さんの胸に手をやる私を慣れた仕草で引き剥がし、注文を聞いてくるマスター。チィ、まあいい、それなりに堪能した。

「えーと、それじゃあ……この苺のデコレーションケーキでお願いします」

ここ、喫茶店『翠屋』は、洋菓子店も兼ねており、近所で大人気のお菓子屋さんとして有名なのだ。特にここのシュークリームはヴィータちゃんとシグナムさんの好物で、出掛けるたびにシュークリーム買ってきて~、とせがまれるほど。勿論シュークリームだけでなく、他のお菓子もとても美味しい。

「うん、分かった。じゃあ、二十五日に受け取りに来てもらえるかな」

「はい。楽しみにしてますね」

「まっかせて。腕によりをかけて作るわね」

そしてそのお菓子を作っているのが、パティシエであるこの桃子さんというわけだ。若くて綺麗で性格も良くてお菓子作りの腕も良くてオマケに素晴らしいおっぱいを持ってるとか、とんでもないスペックの持ち主である。マスター、あんた勝ち組の中の勝ち組だね。よくこんな奥さんを落とせたもんだ。

「おっと、シュークリームも買うんだったね。いくつだい?」

「あるだけ全部ください」

「……ホントに相変わらずだね。まあいいや。今用意するから、ちょっと待っててくれるかい」

手持無沙汰になった私は、ショーケースに置いてあるシュークリームを箱に詰めているマスターから目を離し、店内を見回す。

私以外にはお客はほとんど居ないようで、はじっこのテーブル席に二人の少年が座っているだけだった。

一人は可愛い顔をした、でもなぜか傷だらけの私と同い年くらいの男の子。もう一人の子は後ろを向いてるから顔は分からないけど、身長から見て小学生高学年くらいかな。

その二人の少年は、自分たちを見つめる私の存在に気付いていないようで、なにやら真剣に話し合っている。

……ちょっと近づいて会話を聞いてみようかな。



「いいか? 今回は始発組に大きな差をつけられるだろうが、油断は禁物だ。限定商品のほとんどは徹夜組にかっさらわれていくからな。それと、前回のように割り込みを許すんじゃないぞ」

「分かってるさ。もうあんなヘマは絶対にしない。ファンネルとしての仕事はきっちりとこなしてみせる」

「それでこそだ。……では、これは前払いの分だ。受け取れ」

「お、おお! バカテスのメインキャストサイン入り台本だと!? こ、これはいいものだ。おお、カオリーヌのサインまで……」

「成功報酬は別に用意してある。しくじるなよ」

「大盤振る舞いじゃないか、クロノ。やっぱり持つべきものは親友だ」

「ふ、よせよ、照れるじゃないか」



……うん、まあ、あれだ。そっとしてこう。

「ハヤテちゃん、お待たせ。はい、シュークリーム」

「あ、どうもー」

お代を渡してシュークリームを受け取った私は、ガッチリと握手をしている少年達を尻目に翠屋を出るのだった。

……この町はオタクな子どもが多いなぁ。







───その夜



──よう、兄弟。温泉の旅はどうだったよ。さぞかし良いものが見れたんだろうなぁ、ええ?──

──見れなかった……──

──え?──

──なにも……なにも見れなかった。脱衣所にさえ行けなかった……くそ……木造旅館のアホ……──

──す、すまねえ。俺はてっきり桃源郷でウハウハしてたと思って、つい……──

──気にするな。……しかし、ままならぬものだな──

──ああ、ままならねえ。俺なんて置いてきぼりだぜ……──

──その……すまん──

──気にすんな、兄弟──

──ふう……──

──はあ……──

──……おっぱい──

──見てえなぁ……──



[17066] 外伝 『とあるオリ主の軌跡2』
Name: ネコスキー◆1fbd17da ID:54a50290
Date: 2010/06/12 16:11
槙原、愛。

今、俺の手を引いてどこかに向かっているこのお姉さんは確かにそう言った。

確か、ユーノが怪我した時に連れてかれた病院が槙原動物病院で、それを治療してたのが院長であるこの人だった。

と、いうことは……

「……原作キャラ、キタコレ」

「ん? 何か言った?」

「あ、いや、なんでもねっす」

あ、でもこの人チョイ役だったんだよなぁ。俺が望むのは、なのはさんとかフェイトそんみたいな主要キャラ達と絡んで魔法バトルを展開することだから、こんな魔法と縁の無さそうな一般人と関わっても得になるような事は無い気もするな。

……いや、しかしこのチャンスを逃すと児童保護施設行きは免れないか。

メインキャラへのアタックは軒並み失敗したし、今は雨露をしのぐ住居と当面の食料の確保が先決だな。

魔法関係に関わるのは生活が安定してからでも遅くはないだろうし、ここは俺様お得意の演技でこのお姉さんをたぶらかして、なんとか居候させてもらうとするか。

見たところこの人はかなりのお人好し。恥も外聞もかなぐり捨てて泣きつけば、きっと上手くいくだろう。

「さ、この車に乗ってもらえるかしら」

「ん?」

どうやら俺が脳内で居候計画を画策しているうちにそれなりの距離を歩いていたようで、いつの間にか見知らぬ駐車場に連れてこられていた。てっきり徒歩で家に直行だと思ってたが、この人の家はわりと離れたところにあるらしい。まあ別に構わないけど。

ただ……

「乗れって……このボロボロの車に?」

乗車するように促されたのは、かなり年季の入ったボロボロの小さな赤い車だった。これ、ホントに動くのかよ?

「ボロボロとはひどいわね。まあ、見た目はちょっとアレだけど、しっかり動いてくれるんだから」

この人、医者だよな。稼ぎは多いと思うんだけど、なんでこんな古くさくてボロッちぃ車に乗ってんだろ。……あ、医者って言っても獣医だったか。獣医ってあんまり儲からないのかな?

「さ、乗ってちょうだい。そこまで離れてないから時間は掛からないわよ」

いつまでも突っ立ってる訳にもいかないので、しぶしぶながらも乗車する。……なんか、ギシギシいってんだけど。マジで大丈夫なのかよ。

不安になりながらも助手席に座った俺は狭い車内を見回してみる。中の方はわりと整理されているのだが、なぜだかペンギンの人形がたくさん置いてあるのには驚いた。……あ、プリニーだ。それにペンペンに……タキシード銀!? どんだけペンギン好きなんだよ。

「……って、なにやってんだよあんた」

「ちょ、ちょ~っと待ってね。このドア、最近頑固になってきて困っちゃってるのよ」

いつまで待っても運転席にお姉さんが現れないので不審に思って外を見てみると、ドアに手を掛けてウンウンうなっていた。

ガコッ!

「あ」

「……おい」

そして、しばらく引っ張り続けてようやくドアが開いたと思ったら、なんとそれが車体から外れてしまったではないか。

「……」

「……」

ドアを持ちあげた体勢のまま動かないお姉さんと、それを無言で見つめる俺。……さあ、どうするお姉さん。あんたはこれから一体どんなアクションを見せてくれるというんだ。

「……よいしょっと」

バタン!

「なにぃ!?」

こ、こいつ、何事も無かったかのように運転席に潜り込んでドアを無理やり元に戻しやがった。走行中にまた外れたらえらいことになるんじゃないのか、おい。

「さあ、出発よ」

果てしない不安感に襲われながら俺は鍵を差し込むお姉さんを見る。

もしかして、俺はまたもや選択を誤ってしまったのか?

キュルルルルル、ボスン!

「あ、あら? 今日はちょっとエンジンの調子が悪いみたいね。でも大丈夫、すぐによくなるから……五分ぐらいエンジン掛け続ければ」

「帰るぅ! おうち帰るぅ!」

「あなた家が無いって言ったじゃない」





キィ!

「到着っと。ミニちゃん、今日もお疲れ様」

「もう絶対乗らないかんな、この車……」

ガタガタと揺れまくるオンボロ車で走る事しばらく。緩い傾斜の山道を登った先にその建物はあった。

「ここがあんたの家……てか、寮か」

「そ、さざなみ寮」

車から降りて、目の前にある建物を見上げる。二階建てのモダンな造りで、結構、いやかなり広い。部屋数は十以上は確実にあるだろう。おまけに今俺が立っているこの庭には、花壇に駐車場、さらにバスケットコートまでが完備されている。

「ここのオーナーが、あんた?」

「そうよ」

道中で聞いた話によると、そういうことらしい。しかも、下の町からここまで登ってきた山まるまる一つがこの人の私有地と言うから驚きだ。大地主ってやつだな。

ていうかこのお姉さん、相当な金持ちのはずなのになんで車はこんなボロいんだよ。高級車とは言わないけど、もっと良い車買えるだろうに。

「オリシュ君、入って。お話を聞かせてもらうわよ。……あ、その前にまずはそのお腹の虫を退治しなくちゃね」

「お、待ってました」

疑問に思って駐車場で車を見ていた俺に、お姉さんが玄関の扉を開けて苦笑しながらそう言ってきた。

車の中でグーグーお腹を鳴らしてたから、俺の空腹っぷりは十分に伝わっている。すぐにごちそうを用意してくれることだろう。つーかマジで腹減った。

「おじゃましまーす」

うるさく鳴くお腹の虫を根性で黙らせながら、お姉さんの後に続いて玄関を抜け、いつの間にか身に付けていたよく分からないメーカーの靴を脱いでスリッパに履き替える。

「やっぱ広いな……」

廊下に足を着けた俺は、誰にともなく呟く。

寮だから当たり前なんだが、それでも広い方じゃないのかな。

玄関の先には長い廊下が続いており、右側に大きなソファーとテーブルが備え付けられたリビング、左側に二階へと続く階段が見受けられる。廊下の先や二階には、寮生のための部屋がいくつもあるんだろうな。

あれ、待てよ……

「ねえ、お姉さん。ここってもしかして、女子寮だったりする?」

「あら、言ってなかったかしら。今も昔もここはずっと女子寮よ」

……MA・JI・DE?

女子寮、だと? 聞いてねえよ、おい。なんでもっと早く言ってくれなかったんだYO。

「……俺の時代が、来た」

女子寮と言えば、女しか居ないわけだろ? もしそこに男である俺が入ったらどうなるよ?

お前そんなの、むふふでいやんなハプニングが起こるに決まってんだろうが。世界の法則だろう、これは。

もう決まりだな。どんな手を使ってでも、絶対にここに住み着いてやる。あわよくば、この寮からなのは達と同じ学校に通って、管理局へのツテを手に入れることが出来るかもしれない。そうして、最終的には管理局のエースオブエースに! なんてな。ふ、ふふ、夢は広がるばかりだぜ。

「何してるの? こっちにいらっしゃい」

「あ、おーっす」

お姉さんに続いて進んだ廊下の先にはいくつもの部屋があり、いかにも寮という感じに等間隔に並んでいた。いや、寮生の部屋は左側だけで、右側はキッチンやダイニング、風呂などの共同スペースっぽいな。二階はどうなってんだろ。後で見に行ってみるか。

「あ、美緒ちゃん、ただいま」

「お?」

キョロキョロしながらもお姉さんに連れられてダイニングキッチンに入ってみると、そこには先客が居て冷蔵庫をゴソゴソと漁っていた。

「んー」

お姉さんに声を掛けられてこちらを振り返った人物は、セミロングの髪の高校生くらいの女の子。しかもかなり可愛い。

うん、……可愛いんだけど、なんていうか、その……ネコ耳とシッポが生えてるのは何でさ?

「美緒ちゃん。今、まあちちゃん寮内に居るかな?」

「にゃんがにゃんがにゃー♪ にゃーらりっぱらっぱらっぱらにゃーにゃ♪」

「そう、出掛けてるの。うーん、困ったなぁ。料理作ってもらおうと思ったんだけど……」

「ちょっと待て」

なんか、色々とおかしくない? なんだこの日本語でおk、状態のネコ耳娘は。そしてなぜお姉さんは理解出来ている。

「……仕方ない。私が作るしかないかな。あ、美緒ちゃんも一緒に食べる?」

数秒ほど思い悩んでいたお姉さんは何かを決心したようで、コクンと頷くと、側に立つネコ耳娘にそう尋ねた。

「ッ!? ば、ばいちゃ!」

そしてそれを聞くなり血相変えて廊下に飛び出してゆくネコ耳娘。なんなんだよ、マジで。

「はあ……」

お姉さんは去っていく女の子の背中を残念そうに見ていたが、すぐに気を取り直して俺に向き直る。

「オリシュ君。ホントはこの寮の料理人の子に作ってもらおうと思ってたんだけど、今は留守みたいだから私の料理で我慢してもらえるかな?」

「我慢って……あんたの料理、そんなにまずいのか?」

少し天然入ってるけど、才色兼備って感じがするから料理も出来ると思ってたんだけどな。

「寮生のみんなには不評なのよねぇ。まあ、料理苦手だからしょうがないんだけど。でも大丈夫。きっと今日は上手く作れるわ」

このお姉さんの言う大丈夫はあてにならないことを俺はさっき身をもって知った。

きゅるるるるる~。

……知ったわけなんだが、この荒ぶる腹の虫どもは一刻も早くどうにかしたい。

仕方ねえ。背に腹は代えられんし、いただくとするか。なぁに、失敗したってきっと少し味が濃いとか焦げが多いとか、そんなレベルだろ。

「メシが食えるんなら何でもいいよ」

「そう言ってくれると助かるわ。それじゃ準備するから、椅子に座って待っててね」

キッチンに移動して料理を始めるお姉さんを尻目に、俺は言われた通り部屋の中央にある食卓の席に着く。寮生全員が座れるようにしているのか、食卓はかなり大きく、十人くらいは余裕で座れそうなほどだ。

やることの無い俺は、背を向けて包丁を握っているお姉さんを見つめながら、気になった事を聞いてみることにした。

「なあ、さっきの──」

「痛ー! 指切った!」

俺の言葉の途中で急に叫んだお姉さんは、指を押さえて悶えている。……やべ、超不安なんだけど。

「ご、ごめん。えっと、なんだったかな?」

どうやら混乱から回復したらしく、どこからともなく取り出した絆創膏を傷口に張り付けながらこちらに振り返るお姉さん。つか、常備してんのかよ、絆創膏。

まあいい、質問の続きだ。

「さっきのネコ耳シッポ娘ってここの寮生なのか? なんであんなコスプレしてるわけ? あと、まあちちゃんって誰よ」

さっきからずっと気になっていたのだ。あんなわけ分からん女見たの初めてだしな。それに、まあちとか言う変わった名前の人間にも興味あるし。

「ああ、ネコ耳の子は美緒ちゃんって言って、ここの二階の部屋に住んでるの。ちなみにシッポと耳は自前よ? それと、まあちちゃんって言うのはこの寮の管理人兼料理人の女の子で、十一歳の小学生よ。しっかり者の良い子なの」

「だからちょっと待て」

トントンと包丁で食材を切りながら何でもないように答えているが、色々とおかしすぎるだろう、それは。ネコ耳とシッポが自前だと? 誰の使い魔だよ。それに小学生が寮の管理人てなんじゃい。舐めてんのか。

「まあ、始めはびっくりするけど、慣れちゃえばどうってことないわよ」

え、なに、冗談じゃなくてマジなの? そしてこの寮ではそれが当り前になってるの? ここの寮生頭大丈夫? むしろお姉さん頭大丈夫? 

「さあ、出来たわよ。召し上がれ」

俺がここの住人の頭の構造の心配をしているうちに調理は終わったようで、お姉さんがお皿に料理を乗せて食卓まで運んできてくれた。

運ばれてきた料理は……料理は……料、理?

「あの、これ……なに?」

思わずこんなことを口走ってしまった、が、そんな俺を責められる者は居ないだろう。だって、マジでなんの料理か分かんねーんだもん。

「えっと、一応パエリアのつもり、なんだけど……」

パエリア、ね。料理苦手とか言っておきながら、どうしてこんなそれなりに手間が掛かるもんを作るかね。てっきりオムライスとかチャーハンとか簡単な料理を作るもんだとばかり思ってたけど。

……あれ? ひょっとして、俺にごちそうを食べさせたかったからとか? 

「見た目は悪いけど、味の方は大丈夫だと思うわ」

グッと拳を握り締めて俺が食べるのを今か今かと待っているお姉さん。

……へっ、悪い気はしねえな。そういや、母親以外の女性に料理作ってもらうなんてこれが初めてだな。そう思うと、なんだか目の前の料理がすげー美味そうに見えてきたぜ。

「……いただきます」

せっかく美人に作ってもらった料理だ。男ならここは、たとえどんなにまずくても美味いと褒め称えるもの。なんかのアニメでそんなこと言ってた。なら、やるっきゃねーだろ。

「あー、む」

スプーンですくって、躊躇せずにかぶりつく。

もぐもぐもぐもぐ……ぐ?

「ど、どう? 美味しい?」

何かを期待した目で咀嚼(そしゃく)を続ける俺を見つめるお姉さん。

そうか。そんなに言ってほしいのか。ならば言ってやろう。

遠慮、容赦なくな!

「まずすぎんだよぉ! ちょっとは自分で味見しろ、ボケ!」

「ひい!?」

まずい。あり得ないほどにまずすぎる。これが噂のポイズンクッキングってやつか。危うく吐き出すとこだったぜ。

……本当に、まずい。が、せっかく俺のために作ってくれたんだ。残すのは悪い気がするし、なんとか全部食ってやるか。食材を無駄にするとお百姓さんに呪われるって、なんかのマンガに描いてあったし。

「……あら? 残さないの? ひょっとして、口ではまずいとか言っておきながら、実はすごく美味しいとか──」

「自惚れんな!」





「うう、……ごちそうさま、でした」

「すごい。私の料理を食べきる人なんて初めて見たわ」

「それを、最初に言え……」

息絶え絶えになりながらも地獄のパエリアを完食した俺は、しばしの休憩を挟み、お姉さんに引き連れられて隣にあるリビングまで移動した。……お姉さんに、俺の事情を話すために。

さて、ここからが本番だ。この寮に居候するためにはこの難問を潜り抜けなければならない。

だが、オリシュ。お前ならできる。なぜならお前はオリシュであり、オリ主でもあるからだ。

神に選ばれし男。それが俺、オリシュだ。俺に出来ないことなど、何も無い。

「それじゃ、本題に入りましょうか」

俺達以外誰も居ないリビングで、対面のソファーに腰掛けたお姉さんが真剣な顔つきになった。……さっそくくるか。しかしこっちの準備は万端、ばっちこい!

「君、おうちが無くて、ご両親も居ないって、本当?」

「マジッす!」

「どういうことなのか、詳しく教えてもらえるかしら」

まずい料理食いながら俺が考えた設定、今こそ語る時!

「俺の名前は錦織(にしきおり)修二。昨日の昼頃、気付いたら公園で倒れてて、ここがどこだか、今がいつだか、親が居るのか、家があるのか、そういった諸々の記憶が無くなってた。なぜか名前だけは覚えてたけど」

「記憶、喪失……」

「んで、とりあえず辺りを散策してればなにか手がかりが見付かるんじゃないかと思って町をうろうろしてたんだけど、半日歩き回っても成果無し。精も根も尽き果てた俺は、元居た公園に戻ってベンチで一夜を過ごした」

「……」

「次の日、朝起きた俺は再び散策を開始した。が、結局何も思い出すことなく数時間を無駄にした。んで、途方に暮れて地面にへたり込んでいたところに──」

「私が声を掛けた、と。……そういうことだったのね」

俺の流れるような非の打ちどころの無い説明で納得したのか、ふむふむと頷いている。まあ、そんなに間違ったことは言ってないし、突っ込まれても余裕で返せる自信はあるがな。ふぅーははー。

「君、なんで警察に頼ろうとしなかったの?」

「ぐっ!?……え、えっとー、そのー、……俺、警察怖くって。こう、拳銃でドカンとやられそうで」

「そ、そう。なら仕方ない、かな?」

あ、あぶねー。まさかこんな切り返しがくるとは夢にも思わなかったぜ。だがナイス言い訳だ、俺。お姉さんを完璧に騙し通したぜ。

「それにしても、記憶喪失か。うーん……」

なにやらアゴに手を当てて思案しているお姉さん。まあ、なんだっていい。俺の言うことはすでに決まってるんだから。

「ねえ、オリシュ君。君、一旦施設に入らない? その間に、私が警察とか色々掛け合って君の家と親を探してあげるからさ」

やっぱりそうきたか。しかし捜索を自ら買って出るとは、この人思っていた通りのお人好しだ。……これならいける。

「……お姉さん、お願いがある」

「え?」

とうとうこの技を披露する時がきちまったか。だが、まさに今が使い時。やるっきゃねえ。

俺はお姉さんを見据えつつ、

「お姉さん!」

ソファーの上で高々とジャンプし、脚を折り曲げ、

「俺を!」

ボスンと再びソファーに身を預け、頭を限界まで下げて、

「この寮に住まわせてくださーい!」

力の限りに懇願する。

これぞ日本男児の究極奥義、ザ・土下座。

「え、ちょ……」

一見、相手に屈していると見られがちなこの体勢だが、実際は違う。これは一種の脅迫だ。

土下座をやられた相手は、ここまでやられたからには相手の条件を呑むしかない、と譲歩せざるを得ない心境になってしまう。相手がお人好しなら効果は倍増。

本当は女子供には使っちゃいけない禁じ手なのだが、今はそんなことは言ってられない状況だ。お姉さん、許せ。

「この寮に、住みたい? どうして?」

「勿論この寮が女子寮だから……あ、いや、施設はちょっと勘弁してもらいたいなーって思って。それにほら、施設って堅苦しいイメージあるじゃん? 規則を守りなさい、とか」

「それは偏見だと思うけど……ねえ、ホントに施設は嫌なの?」

むう、ねばりやがる。こうなったら押して押して、押しまくるしかないか。お人好しは押しに弱いってのが相場だし。

「ぜーったいに嫌だ! もし無理やり施設に入れられるくらいなら、俺は死を選ぶ!」

「そ、そこまで嫌なの……」

さあ、お姉さん。小さな子どもがここまで言ってんだ。よもや断るなんて言うまいな?

俺が目をギラギラさせて見ていると、お姉さんは諦めたかのようにふうと息を吐き、ついに俺が望んでいたセリフを言った。

「……分かったわ。あなたの気が変わるか、親が見つかるまではここに置いてあげる」

「お姉さん! 大好きだー!」

「わ、ちょっと……もう」

嬉しさのあまり、ついソファーから身を乗り出してお姉さんに抱きついてしまった。そんな俺の頭を、お姉さんは苦笑しながらポンポンとあやしてくれる。やべ、ちょっと調子に乗り過ぎたか。自分から女性に抱きつくなんて初めてだけど、これはなかなか恥ずかしいものがあるな。相手が年上の女性ならなおさらだ。

「……失礼した」

少しもったいないと思いながらも、お姉さんから離れる。欲望に忠実な俺でも、流石にこのシチュエーションでは多少気恥ずかしく感じる。……エロいハプニングなら大歓迎だけどな!

「幸い、部屋は余ってるから君一人くらいなら増えても平気だしね」

「俺はお姉さんと一緒の部屋でもいいんだけど。むしろ一緒がいい」

「なんだか不穏な気配がするから却下します」

ちぃ、鋭い。着替え覗き放題の日々を夢見たのだが、そう簡単にはいかないか。

だが、これでようやく念願の住居を確保した。おまけに女子寮。やっぱり神は俺に味方していたな。ありがとよ、神様のジイサン。

「あ、そうだオリシュ君。君さっきから私のことお姉さんって呼んでるけど、名前で呼んでも構わないわよ。短い間かもしれないけど、ここで一緒に暮らすことになるんだから」

む、そうか。これから同じ屋根の下で暮らす人間にお姉さんじゃまずいか。なら、お言葉に甘えさせてもらって──

「これからよろしく、愛さん」

「うん。よろしくね、オリシュ君」

こうして、俺の転生先での華やかな生活が今、幕を開けようとしていた。

の、だが……





「えっと、愛さん? なんか、達人並みの動きで喧嘩してる女の人が二人居るんだけど」

「ああ、あれは日常茶飯事だから、すぐに慣れるわ」

「えっと、愛さん? なんか、巫女のコスプレしてる女の人が居るんだけど」

「だって、巫女さんだもの。すぐに慣れるわ」

「……えっと、愛さん? なんか、あの女の人、ふよふよ浮いてんだけど。あと、透けてるし。ついでに壁通り抜けてるし」

「ああ、彼女、幽霊みたいなものだから。すぐに慣れるわ」

「……えっと、愛さん? なんか、あの女の人、瞬間移動して現れなかった? しかも、光の羽が背中に生えてたんだけど」

「彼女、そういう体質なのよ。すぐに慣れるわ」

「……えっと、愛さん? なんか、キツネが幼女に変身したんだけど。あと、電撃ほとばしらせてんだけど」

「あの子、妖狐だから。すぐに慣れるわ」

「……あ、愛さん? ここの住人達、おかしくない?」

「すぐに慣れるわ」



俺の前に現れる住人達は、どいつもこいつも非常識な存在。

確かに魔法に関わりたいとは言ったけど、こいつらはなんかそれとは違うような気がする。

あれ? 俺、またもや選択を誤ったんじゃね?



[17066] 四十九話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/06/13 15:18

「メリークリスマース!」

聖夜を迎えた神谷ハヤテです。





今日は十二月二十五日、クリスマス当日。

昼間の内に飾り付けやら食事の準備などを済ませ、リビングでわくわくしながら待つこと数刻。とうとうパーティーを始める時間が来た。

「主、そのメリークリスマスというのはどういう意味なのだ?」

「クリスマスおめでとう、という意味ですよ、リインさん」

今はみんなで食卓を囲み、デパートで用意したフライドチキンやナゲット、出前で取り寄せたピザや寿司などをお皿に取り分けている最中。定番なメニューだけど、やっぱりクリスマスはこうでなきゃね。

ちなみに、ザフィーラさんには人間形態に変身してもらっている。こんな日くらいは席に座ってみんな揃って食べたいと思ったからだ。シャンパンもグラスで飲んでほしいし。

「では、準備も済んだことですし、いただきましょうか。……乾杯!」

「乾杯!」

カチーン、とそれぞれグラスを合わせ乾杯する。こういった習慣はみんなには無かったのか、ややおぼつかない手つきで乾杯するも、こぼすことなく終えることが出来た。よし、後は談笑しながら食事を楽しむだけだ。

「アナゴ、いただき!」

「あ、シグナムてめえ!」

「シグナムさん、略奪は控えてください。取り分けた意味が無いでしょうが」

相変わらずアナゴ好きだな。それにイクラとかより玉子の方が美味しいとか言ってたし、味覚が子どもなのかなシグナムさんは。ただの好みの問題かもしれないけど。

「主、この寿司なんだが、ワサビは……」

「ああ、大丈夫です。ザフィーラさんのはワサビ抜きですから」

「ふ、感謝する」

どうやら前回の寿司パーティーの時にワサビに苦手意識を持ってしまったようで、あれ以来食べようとはしなくなった。鼻がツーンとするというのもあるけど、なんだかワサビを食べてから体の調子が悪くなったとか。それを聞いて調べてみたところ、なんとカラシやワサビなどの香辛料は犬の体に悪いとのこと。

「胃が麻痺しているようだった」

とはザフィーラさんの弁。犬の食事には気をつけないとね。ザフィーラさん狼だけど。まあ、大差無いか。

「ねえ、ハヤテちゃん。クリスマスって、こうやってご馳走をただ飲み食いするだけのイベントなの?」

みんなが豪勢な食事を楽しんでいる中、シャンパンが入ったグラスを揺らしながら、シャマルさんがそう言ってきた。

「う~ん、日本の一般的な家庭は夜に騒いで終わり、というのがほとんどでしょうが、外国の、特にキリスト教の影響の強い国では、十日ほどクリスマスが続いてお祭り騒ぎ、というのは聞いたことがありますね。それに、クリスマスカードや絵はがきを知り合いに送ったり、クリスマスプレゼントを家族で交換し合ったりとか、国によっては色々ありますね」

「そういや、ギャルゲーとかでもクリスマスはイベント満載だよな。デートしたり、派手なイルミネーションに囲まれた場所で抱き合ったり、それに、キ、キスとかしたりな……」

「恥ずかしがるくらいなら最初から言うな、ロリッコ」

「う、うっせー」

うーん、初々しいなぁ。……って、ヴィータちゃん精神年齢はかなり高いと思うんだけど。精神は肉体に引っ張られるってやつかな?

「っと、そういえば気になったんですけど、皆さんって異性の方とキスした事あります? いえ、というか、誰かとお付き合いした事ってあるんですか?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……アナゴ、うま」

「……その、すいませんでした」

失言をしてしまったか……

ザフィーラさんは狼だし、ヴィータちゃんはお子様だし、リインさんは本の中に閉じこもってたし、シャマルさんはアレだし、シグナムさんはさらにアレだからな。恋人なんて出来るはずもないか。

あれ、私の下に現れる前は性格が違ってたんだっけ。まあそれでも戦いづくしの生活だったらしいし、恋愛にうつつを抜かしてる場合じゃなかっただろうな。

ピンポーン!

「お?」

私の失言によって微妙な空気になってしまい、しばらく黙々と食事を取る時間が続いていたのだが、その静寂を打ち破るかのようにチャイムの音が家中に響き渡った。

「こんな時間に誰でしょうかね。ちょっと行って来ます」

「扉を開けたらギル・グレアムがこんにちわ、とかだったら笑えるっすね」

「洒落になってねえよ」

同感だ。思わず想像して鳥肌を立ててしまったよ。

ピンポーン!

「あ、はーい、ただ今行きまーす」

催促するチャイムの音に、私は慌ててグレン号を操作し玄関に向かう。郵便屋さんかな? でもこんな時間に来るとは思えないけど……

疑問に思いつつ玄関まで移動した私は、チェーンを外して扉を開ける。

「……あれ?」

が、そこには誰もおらず、私を出迎えたのは冬の夜に吹きすさぶ寒風のみ。どういうこと?

「イタズラかな。まったく迷惑な」

そう判断した私は扉を閉め、暖かいダイニングへ戻ろうと振り返った。

そこに──

「じゃーん! マルゴッドでしたー!」

なんか、天井に逆さにぶら下がってる忍者が居た……

「どこの金髪幼女ですか、あなたは」

私が呆れた目で見ている中、忍者はクルリと回転して地面に着地し、満面の笑みでこう言った。

「メリークリスマース!」

「……あ、はい、メリークリスマス」

相変わらずテンションたけー。というか不法侵入しといてなに一人で盛り上がってんだ、この人は。

「ふっふーん。約束通り遊びに来たござるよ、ハヤテどの」

「約束? そんなんしてましたっけ?」

「え………」

「え………」

見つめ合う私達。いや、約束とか言われてもなぁ………あ、そう言えば別れ際にそんなこと言ってたっけ。なかなか来ないからすっかり忘れてた。

「拙者、いらない子でござったか……」

「失礼、忘れてました。ちゃんと約束していましたよ。まあ、事前連絡無しで来るとは思いませんでしたが」

知らせてくれれば迎え入れる準備をしてたんだけどな。プレゼントだって用意したのに。

「いや~、ハヤテどの達を驚かせようと思って。クリスマスにはサプライズが付きものでござろう?」

かんらかんらと笑うマルゴッドさん。しかし、このサプライズに意味があるのだろうか。

「まあいいです。立ち話もなんですので、こちらへどうぞ」

「承知」

というわけで、大きめの袋を抱えたマルゴッドさんをみんなが居るダイニングへと案内する。あの袋、ひょっとしてプレゼントとかかな。どうしよう、お返し出来るものが無いよ。

「えー、皆さん。突然ですがお客様が──」

「メリークリスマース!」

悩みながらもダイニングに入り、みんなにマルゴッドさんの来訪を知らせようとしたのだが、彼女は私の言葉を待たずにみんなに挨拶してしまった。

「メリークリスマース!」

そして、みんなが唖然としている中、シグナムさんだけが元気よく挨拶を返す。予想通りの反応だな。

「お前、何しに来たの?」

硬直から回復したヴィータちゃんがそんな質問をする。聞き様によっては失礼なその質問に、マルゴッドさんは特に気にした様子も見せずに答える。

「勿論、遊びに来たでござる。それ以外の理由なんてござらんよ?」

「大方、私達がクリスマスパーティーを開いてると思って、それに混ぜてもらおうとわざわざ今日来たんでしょう?」

「なんだ、そうなのか。寂しい奴だな」

「ち、違うでござる。たまたま今日暇だったから来ただけで……し、知らんでござる。拙者は何も知らんでござる!」

シャマルさんとリインさんに同情を含んだ目で見つめられ、テンパるマルゴッドさん。その態度が肯定していると同義だと分からないのか、この人は。

「そ、それはそうと、今日はプレゼントを用意してきたでござるよ。ほれほれ、気になるでござろう?」

話を逸らしたがったマルゴッドさんが、抱えていた袋を見せつけるようにフリフリと揺らす。あの袋、やっぱりプレゼントだったか。

「えーと、マルゴッドさん。お気持ちは嬉しいのですが、私達、お返し出来るような物を用意していないのですが……」

「ん? ああ、構わんでござるよ。これは拙者の勝手な親切の押し売りでござるから、もらってくれるだけで十分で候(そうろう)」

「そうですか? では、お言葉に甘えさせてもらいましょうか」

しかし、闇の書の件でも助けてもらって、今回ももらいっぱなしというのは気が引けるな。いつか、お返しが出来ればいいんだけど。

そんな風に私がどうやって恩返しすればよいか考えている中、マルゴッドさんが袋の口を開けて中身を取り出し始めた。

袋の中から出てきた物、それは──

「……鏡?」

楕円形の額縁にはまった、丸くて大きな鏡だった。半径三十センチくらいはありそうだ。

その鏡を掲げたマルゴッドさんは、得意そうな表情でみんなを見回し、お得意の説明に入る。

「ただの鏡ではござらんよ。この鏡には、とんでもない能力が秘められてるんでござる」

「へえ、どんなのだよ」

うさんくさそうに尋ねるヴィータちゃんを一瞥したマルゴッドさんは、さらにノリノリで説明を続ける。

「この鏡『映るんです』は、なんと、鏡面に触れながら探したい人物の顔をイメージするだけで、実際にその人の姿が映し出されるんでござる。さらに、この効果はどんなに離れた次元世界に居ようとも有効。どうでござる? すごいでござろう」

それは、すごい、のか? いや、すごいっちゃあすごいとは思うけど、使い道が無いような……

「おっと、驚くのはまだ早い。実は、ただ姿を映すだけではなく、その映し出された人物と会話も可能なんでござる。ワーオ!」

みんなの微妙な反応を見てこれじゃまずいと思ったのか、補足説明を入れるマルゴッドさん。その様子はまるで、訪問販売員が自社の商品の良いところを必死に客に説明してるように見える。

んー、でも会話ねぇ。ぶっちゃけ、別の世界に知り合いが居ない私達には無用の長物な気もするな。離れた所に居る人と会話したけりゃ電話使えばいいだけだし。それに、ヴォルケンズのみんなとは念話が使えるしなぁ。

「ぐ……さ、さらにこの鏡にはとっておきの機能が付いてるんでござる。これを聞いたら鼻から心臓が飛び出るくらい驚くでござるよ!」

私達の反応が芳しくないと思ったようで、最後の手段とばかりに気勢を上げてなおも追加説明をする。

「聞いて驚け! なんとこの『映るんです』、管理局が保持している長距離転送ポートと同等の機能を備えているのだ! これがあれば、個人転送で行けないような離れた次元世界だってあら不思議! あっという間にひとっ飛びだよ、きみぃ」

「興奮しすぎて口調がおかしくなってるっすよ。拙者のマネはやめてもらおうか」

「しかも! 魔力をマーキングしておけば、どこからでもこの鏡の下に戻ってくることが出来るという優れた機能まで付いているのだ。奥さん、どうです? お買い得だと思いません?」

「聞けよおい」

マルゴッドさんが興奮しながらグイグイと鏡を私に押し付けてくる。本格的に押し売りな販売員じみてきたな。

にしてもやっぱりこの鏡、私達には使い道があんまり無いな。離れた世界でも大丈夫とか言われても、そもそも他の世界に行く機会が無いし。……でも、せっかくのプレゼントを無下に断る訳にもいかないし、もらっておくか。

「マルゴッドさん、このプレゼント、ありがたく頂戴しますね。ありがとうございます」

「おお! 喜んでもらえてなによりでござる」

プレゼントもらった私達より、渡したマルゴッドさんの方が嬉しそうな気がするのはなんでだろうか。

「つーかさ、この鏡、もしかしてロストロギアじゃねーの?」

「ロストロギア?」

私が持つ鏡を指差しながらヴィータちゃんが謎の言葉を放つ。ロストロギアって、なんじゃい。

「ロストロギアとは、現在の技術では再現不可能な効果を持つ古代遺産の総称でござるよ、ハヤテどの。簡単に言えば、昔の人が作った超すごい道具でござる。おそらく闇の書も管理局ではロストロギア認定されてるでござるな。かなり危険な物として」

説明好きなマルゴッドさんが、私の疑問にすかさず答えてくれた。

ロストロギア、か。世の中にはそんなものがあったんだな。地球で言うオーパーツみたいなもんかな。

「では、この鏡はそのロストロギアなんですか?」

「管理局に見付かれば確実にロストロギア認定されるシロモノでござるな」

そんなすごいもの、もらっちゃっていいのかな。すでに受け取った後で言うのもなんだけど。

「マル助はなんでそんなの持ってるのさ」

ここで、割と大人しめだったシグナムさんが口を開く。その質問は私も気になるな。

「拙者の一族は闇の書を探していた道中、様々な世界を渡り歩いてきたでござるからな。ロストロギアと思われる物を片っ端から調べていった結果、いつの間にかいくつものロストロギアを保有していたんでござるよ。この鏡はそのうちの一つ、というわけで候」

おおう、世代を股にかけた捜索の副産物か。改めて彼女の一族の凄さを垣間見たよ。

「えっと、今さらなんですが、本当にこれもらっていいんですか? マルゴッドさんの方が有効に使えると思うんですが……」

「ああ、拙者や拙者の一族にはもう不要となったから構わんでござるよ。闇の書の捜索には重宝したでござるが、今となっては必要の無い物でござるからな」

「……そうですか」

長い間、ご苦労様でした。

この鏡、大事にしなきゃね。

「ん?」

そういえばこの鏡、望んだ人物の姿を映すんだよな。だとしたら……母様や父様の姿も映るのかな?

……試してみるか。

「……」

私は淡い期待を込めて持っている鏡の鏡面に触れ、母様と父様の顔を思い浮かべる。すると、一瞬鏡面が波立ち──

「……何も映らない、か」

それだけで終わってしまった。

なんでだろう。なぜかこの結果が当り前だと思えるな。……まあいいか。今はクリスマスパーティーを楽しもう。せっかくマルゴッドさんが来てくれたんだ。プレゼントが返せない分、精一杯おもてなしをしないとね。

「マルゴッドさん。お返しと言う訳ではありませんが、今日はウチでゆっくりしていってください。ご馳走も用意してあるので、どうぞ食べていってくださいね」

「そんな、悪いでござるよ。……で、でも、ちょっとだけなら構わないでござるかな?」

「よく言うわね。それが目的だったくせに」

「謙虚なのか厚かましいのかはっきりしろ」

「し、知らんでござる。拙者は何も知らんでござる!」

再びシャマルさんとリインさんの突っ込みにテンパるマルゴッドさん。

この人、なんか故郷にも友達居なさそうだな……






~VSカスタムロボ~


「ロウガガン、狼の我に相応しい武器だ」

「てめえ、違法パーツばっか使いやがって。ちょっとは遠慮しろよ」

「負け犬の遠吠えね。ザフィーラ、やっておしまい」

「ヴィータどの、チェンジでござる! 拙者のキーンヘッドにお任せあれ!」



「ぬうう、手強いではないか……」

「お前、なんでこんな上手いんだよ」

「ガン、ボム、ポッド、レッグ。全てのパーツを熟知した拙者に死角などござらんよ」

「すまん、シャマル。後は任せた」

「く、ここまでやるとは思わなかったわ。今の私の実力じゃ、勝てないか……」




~VSスマブラ~


「ちょ!? ノーダメージから死亡まで持ってくって、なんですかそのフォックス!?」

「動画を見て研究したんでござるよ。全国大会の猛者共はこんなのがゴロゴロしてたとか」

「……おい、邪気眼。奴は強すぎる。ここは手を組んで二人で潰すじゃん」

「いいだろう。流石に私のプリンでは荷が重いからな」



「そんな!? 拙者のドンキーが!?」

「無駄無駄無駄ぁー、でござるよ。即席の連携なぞ恐るるに足らん」

「ま、待て。素人の私にそんな本気を出さなくとも──」

「アリーデ・ヴェルチ(さよならだ)」

「プリーン!?」






「いやー、今日は楽しませてもらったでござる。こんなに楽しくゲームを遊べたのは初めてでござるよ」

「そりゃ、あれだけ一人勝ちしてりゃ楽しいだろうよ……」

マルゴッドさんと共に夕食を食べ終えた私達は、以前した約束通りゲームで遊びまくった。

多人数で盛り上がれるゲームと言えばやはりスマブラとカスタムロボだろうということで遊んでいたのだが、マルゴッドさんの強いこと強いこと。ゲーマーとしてはそれなりの腕を持っていると自負していた私達相手に、ほぼ全勝してしまったのだ。

「さて、ではそろそろおいとまさせてもらうでござる。もういい時間でござるからな」

「え、泊まっていかないんですか? 胸が……あ、いえ、お風呂一緒に入れると楽しみにしてたんですが」

「アポ無しで遊びに来て泊まっていくほど拙者は厚顔無恥ではござらんよ。それはまたの機会にしておくでござる」

むう、残念だ。今度こそはと思ったのだが。まあいい、チャンスはこれからいくらでもある。私がマルゴッドさんの家に泊まりに行くって手もあるしね。

「今回はマル助に花を持たせてやったが、次は無いっすよ」

「覚えてろよ、てめえ」

「貴様ら、それは完全に負けフラグだぞ……」

「ふふ、楽しみにしてるでござるよ。……では、さらば」

呆れるリインさんや、鼻息荒く負け惜しみを言うシグナムさん達を見ながら、前回帰る時と同じように転移してマルゴッドさんは去っていった。

また、いつでも遊べるよね。

「さーて、皆さん。もう遅いことですし、食器や飾り付けを手早く片付けて寝るとしましょうか」

愉快な友人が去って少し寂しくなった空気を紛らわすため、私は明るく努めてみんなに声を掛ける。時間を忘れてゲームに熱中しすぎてしまったせいで、今はもう深夜と呼べる時間帯だ。ニートのような生活を送っているけど、生活習慣だけはきっちりしないと体に悪いしね。

「ふう。終わったぜ、ハヤテ」

私の号令により片づけを始めたのだが、流石にこの人数で片づければあっという間に部屋は元通りになる。十分もしないうちに終わってしまったよ。……私は見てただけなんだけど。

「じゃあ、お風呂に入って寝ましょう……あれ? シグナムさんはどこに?」

部屋の中を見回すが、いつの間にやらシグナムさんが居なくなっていた。さっきまで居たはずなんだけど……

「ウィース。呼んだ?」

「あ、一体どこに……」

シグナムさんの声が廊下から聞こえたのでそちらに振り返ってみると、なんとそこにはサンタルック(下はミニスカート)に身を包んだ怪しげな人物が居た。しかも、やたらと大きな袋とソリを持っている。

まさか、先日言っていたようにサンタごっこをするつもりなのか?

「シグナムさん、その格好は一体……」

「もち、サンタどすえ。これから適当に民家回ってプレゼント置いて来るんで」

やっぱりかよ。もしかしたらやるかもしれないとは思っていたけど、予想通りとは恐れ入った。

「止めろと言っても、行くんですよね?」

「この格好を見れば、答えは分かっていると思うのだが?」

そうだよね。気合入ってるもんね。プレゼントばらまく気満々だよね。

ふう。止めるのは無理か。……なら、無茶をしない様に監督する人間が必要になるな。

「分かりました。止めはしません。ただ、私とリインさんも一緒に行きます。いいですね?」

「んー、構わんぞい」

「え、私の意思は?」

リインさんには悪いが、シグナムさんの暴走を止めるためだ。しばしの間、付き合ってもらおう。

「んじゃ、あたしらは先に風呂入ってるからな。シグナム、あんまりハヤテを困らせるんじゃねーぞ」

成り行きを見ていたヴィータちゃん達が、自分達には関係ないと思ったのか、次々と部屋を出ていく。が、

「おい犬。なに出ていってんすか。お前も参加するに決まってんだろーが」

何食わぬ顔で歩き去ろうとしていたザフィーラさん(今は人間形態)を呼び止める。ああ、やっぱりか。ソリ持ってるもんね。

「お前はトナカイ役で、ソリを引いて空を駆けるんだよ。重要な役ナリよ」

「……拒否権を発動──」

「ワサビ鼻に塗り込むぞ?」

「鬼か貴様……」

というわけで、あえなくザフィーラさん陥落。シグナムさん、容赦ねえな。

「って、シグナムさん。気になってたんですけど、その袋の中身って何なんですか?」

わざわざどこかの店で買ってきたとも思えないし、一体何が入ってるんだろう。

「ああ、これっすか。これは──」

『Please……Please call my name……』

「黙ってろ!」

ボスッ!

『No!?』

お、おやぁ?

「シ、シグナムさん? なにやら中から声が聞こえたような気が……」

「幻聴じゃないっすか? あ、ちなみに中はただのオモチャでござるよ。さ、とっとと行きまっしょい」

袋をブンブン振り回しながらザフィーラさんを連れて玄関に向かうシグナムさん。……うん、まあ、幻聴だよね。流石にシグナムさんでも誘拐なんてしないでしょ。気のせい気のせい。

「あ、リインさん。融合お願いできますか?」

「拒否権は……無いのだろうな。ふう、まあいい」

諦めたとでも言うように息をついたリインさんは、下から見上げる私の近くに寄り、もう何度目か分からない融合を開始する。

そして、光に包まれて融合を終えると、そこには──

「やっぱりクリスマスには、サンタルックですよね~」

『段々私を使いこなすのが上手くなってきたな、主は……というか、ノリノリだな』

シグナムさんと同じく、ミニスカサンタの格好をした私が居た。ズボンでもよかったんだけど、こっちの方が可愛いもんね。

「おーい、早く行きましょうぜ」

玄関からシグナムさんが催促してくる。準備も終えたし、私も行くとしよう。

「あ、でもこの格好で外に出たら風邪引いちゃいそうですね。やっぱりズボンにしようかな?」

『主、その心配は無い。騎士甲冑には防寒性能も備わっているのだ。魔力の膜が体を守ってくれるため、肌が露出していても問題は無い』

へえ、便利だな。そんな機能があったんだ。

「あれ? それだったら、この前エアコンが壊れた時にザフィーラさんをのけ者にしないでも済んだんじゃあ……」

『あ……』

「………」

『………』

「メ、メリークリスマース!」

『メリークリスマース!』





「おお~。こうやって街中を上から見下ろすのって初めてですけど、なかなか壮観ですね~」

「はいやー! 馬車馬のように働け!」

パシン! パシン!

「痛っ……貴様、尻を叩くな!」

『ふ、盾の守護獣がトナカイ役とはな。笑わせてくれる』

「黙れ!」

現在、私達四人は明かりに照らされる街並みを視界に収め、空中飛行を楽しんでいる。ザフィーラさんは狼形態でソリを引き、そこにシグナムさんを乗せており、私は背中に生やした黒い翼をバッサバッサとはためかせながら、先行するサンタ+トナカイに追随しているという形だ。

こうして空中から見下ろす景色は、壮大の一言に尽きる。飛行魔法って素敵だね。

時刻はすでに深夜。私達がこうやって空を飛んでても、そうそう人の目につくことはあるまい。見付かってもすぐに逃げちゃえば問題も無いし。

「あるじ~。そろそろプレゼント配るんで、下に行くっすよ」

「あ、了解です」

ザフィーラさんを見事なムチさばきで使役するシグナムさんに従って下降する。……私、結構魔法に慣れてきたなぁ。最初のテンパりっぷりとは比べ物にならないくらい順応してるね。

「よーし、一発目はあのでかい屋敷に決めた」

そう呟くと、シグナムさんはソリから降りて目前に迫った屋敷の屋根へと降り立つ。あれ、ここってどっかで見たような?

「んじゃ、行ってきまーす」

「行ってきますって、どうやって中に入るんですか? まさか屋根を壊したりしませんよね」

「んなことしないって。見ててみ……イリュージョン!」

「おお!」

珍妙な叫びと共に、シグナムさんの体が屋根の中に沈んでいくではないか。すごい……けど、この魔法の使い道って、犯罪以外に思い浮かばないんだけど。

まあいいや。今はシグナムさんがプレゼントを置いて戻ってくるのを待とう。

「……ん?」

しばらく屋根の上で待機していると、家の中から声が聞こえてきた。

『ちょ、ちょっと、アンタ誰よ!』

『見られたか。なら、生かして帰すわけにはいかんでござるな』

『だ、誰かー! 助け、うぐっ!?』

『ちっ、うるせえガキだ。ほらよ、サンタからのプレゼントをくれてやる。感謝するんすね』

……どっかで聞いたような声だな。って、そうじゃない。シグナムさん、まさか手荒なまねはしてないだろうな。犯罪はダメだよ、犯罪は。いや、敷地内に勝手に侵入してる私もすでに犯罪者か。

「お待たせ~。さっ、次行ってみよー」

私が悶々としていると、さっき潜った所からシグナムさんが這い出てきた。その顔は晴れやかで、一仕事終えた仕事人のような顔つきだった。

「シグナムさん、さっき悲鳴のようなものが聞こえたんですが」

「幻聴です。ふっふーん、どんどん行くよー」

再びソリに乗り込み、次のプレゼントを配るべく空に舞い上がるシグナムさん。

……不安だなぁ。





「ひゅー、いい汗かいたでごわす。残り一つ、どこにしようかな~」

「やっと終わりですか。長かった……」

あれから何十件もプレゼントを配り回ったのだが、いい加減眠たくなってきた。ザフィーラさんなんて半分眠りながら空飛んで、危うく墜落しかけてたし。シグナムさんのムチで意識を取り戻したけど。

『Please call my name……』

「だから黙ってろ!」

ボスッ!

『Ouch!』

時折袋の中から声が聞こえるけど、もうどうでもいいや。眠くて思考が働かないよ。

「お、あんなとこに寮みたいな建物あんじゃん。あそこに決めたっす」

どうやら最後のプレゼント先が決まったようで、一直線に降りていくシグナムさん。ああ、これでやっと眠れる。

私が安堵の息を吐きながら下降していき、寮らしき建物の上に降り立つと、シグナムさんはそれに合わせたように建物内に侵入していった。

さーて、帰ったらお風呂入って泥の様に眠るぞー。

なんて、平和なことを考えていると……

ドガァッ!!

「んなぁ!?」

私が座っていた屋根の一角が、轟音と共に吹き飛んだ。

ちょ、なにこれ。なんで平和な町でこんな爆発が……

カッ!

「ぬおおおお!?」

今度はレーザーのようなものまで飛び出したぞ。シグナムさん、あんた何やらかしてんだよ。

「覚えてろよー! 来年のクリスマスもまた来ちゃうもんねー!」

破壊された屋根からシグナムさんが飛び出して来て、下を向いてあっかんべーをしている。なに、なんなのさ。

「主、逃げるが勝ちじゃん。撤退ー!」

私の姿を確認したシグナムさんは、近くに居たザフィーラさんの首根っこを引っ掴んで猛スピードでこっちに接近。その勢いのまま私も抱きかかえられ、建物から遠ざけられる。

「あっははー! 楽しいー!」

「いや、状況を説明してくださいよ」

なにやらテンション急上昇中なサンタガール。

はあ、この人はホントにわけが分かんないなぁ。

まあ、楽しそうだから、いっか。




こうして、様々な出来事が起こったクリスマスも終わりを迎えることとなった。

家に帰った私達はすぐにお風呂で汗を流し、みんなと一緒に床に着くのであった。

「ハヤテ、遅かったじゃん。……なんか、やつれてね?」

「色々とあったんですよ……」



……しかし、あの建物にはもう近付きたくないな。



[17066] 五十話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:6f788d53
Date: 2010/06/19 23:30
──sideなのは




『ねえ、ユーノ君。ユーノ君はどうしてそんなにエッチなの?』

『な、なのは? ちょっとその物言いは酷いんじゃないかな……』

『だってぇ、暇があれば近所の高校とかに忍び込んで着替え覗いてるんでしょ?』

『なっ!? なぜ……い、いや、何を言ってるのか分からないなぁ。いくらなのはでも、名誉棄損で訴えちゃうよ?』

『最近、お姉ちゃんの学校の更衣室でフェレットがよく目撃されるって噂が……』

『すいませんでしたぁー!』



今日は十二月二十六日。

私立の学校ゆえか、私の通う学校は他の学校に少し遅れて終業式を迎えたため、明日からやっと冬休みに入る。

今はその終業式を終えて帰路についているところで、珍しくフェイトちゃんが学校を休んだため私は一人で歩いていたのだが、帰り道で偶然ユーノ君に出会ったので、一緒に帰ることにした。

吹きすさぶ寒風に顔をしかめつつ、いつものようにユーノ君を肩に乗せて歩きながら念話で雑談していたのだが、ふと、お姉ちゃんに聞いた話を思い出してカマをかけてみれば、案の定だった。

『エッチなのはいけないと思うな。ユーノ君、ちょっと後でお話しようか』

『ひぃ!? ほ、ほんとごめんなさい。出来心だったんです……』

平身低頭して謝ってくるが、さてどうしてくれよう。二次元の女性にハアハアするなら理解も共感もできるけど、リアルの女性が相手ならば話は変わってくる。

『レイジングハート、どうしよっか?』

ここはパートナーであるレイジングハートにも意見を聞いてみよう。

『砲撃で吹き飛ばしましょう』

『ああ、いいねそれ』

『待ってよ!? なにナイスアイデアみたいに頷いてんのさ!?』

ここは一回くらいキツイお灸をすえてあげなくちゃ、また同じことを繰り返しそうなんだもんなぁ。ユーノ君と出会ってから何度も注意してきたけど、一向に改善されないのはやっぱり口で注意してただけだったからだよね。

言葉だけじゃ伝わらないものもあるってどこかの誰かが言ってたし、折檻の準備でもしておこうかな。

『な、なのは。目が本気なんだけど。嘘だよね? 僕がなのはの砲撃受けたら、かめはめ波食らったセルみたいに蒸発しちゃうよ』

『非殺傷設定だから大丈夫……ん?』

慌てふためくユーノ君を横目に見ながら人気の少ない住宅街を歩いていると、目の前に前触れもなくいきなり光り輝く鏡が出現した。

『ユーノ君。こ、これ見て、これ!』

ガクガクブルブルと震えていたユーノ君の首根っこを掴んで、眼前の光る鏡の真ん前に突き出す。

『な、なのは。フェレットの扱いはもっと丁寧に……って、こ、これは!?』

驚くユーノ君と一緒にまじまじと鏡を見る。……これは、もしかしてアレなのかな?

『ユーノ君、ひょっとしてこれって……』

『う、うん。信じられないけど、もしかすると……』

どうやらユーノ君も私と同じ想像をしたらしい。

何も無い住宅地。そこに突然現れる光の鏡。その場に居るのはフェレットと少女のみ。

このシチュエーションから考えられるもの、それは……

「ゼ、ゼロ魔……」

「サモン・サーヴァント……」

そうだ。それしかないよ。きっとこの鏡の奥にはピンクのツンデレお嬢様が今か今かと私達を待ち構えてるに違いない。

ど、どうしよう。召喚されちゃおっか? 七万の軍を砲撃で吹き飛ばしちゃう? エルフと戦っちゃう?

「……ぼ、僕がシエスタと一緒にお風呂に入るんだぁー!」

「ユーノ君!?」

私が脳裏にエルフとの壮絶な魔法バトルを思い描いていると、ユーノ君が急に暴れ出し、私の手を強引に引き剥がして地面に着地。ふしだらな欲望全開の雄叫びを上げて鏡に突貫する。

「おぶっ!?」

が、そんなエッチなユーノ君の願望は叶えられることはなかった。なぜなら、突っ込んだユーノ君が鏡を通り抜けて顔面から地面にダイブしたからだ。

ユーノ君、君って子は……

「あー、あー、鏡よ鏡よ鏡さん。次元世界で一番エロカッコイイ騎士はだ~れ? なんつって」

「あれ?」

そんな哀れなユーノ君を白い目で見ていると、徐々に鏡に女性の姿が映ってきた。やがて、その姿も鮮明になってきて、はっきりと相手の顔が分かるようになった。

なんとその人は──

「マルゴッドさん?」

「お? おー、本当に映った。これ、のぞきに使えるんじゃね? 相手にバレバレなのが難点だけど」

この前温泉で会ったばかりの女性、マルゴッドさんだった。

もしかして、この鏡は彼女の魔法だったのかな?

「マ、マルゴッドさん!? どこ、そこ!?」

鏡の奥で鼻を押さえていたユーノ君が彼女の名前を聞くなり元気よく起き上がり、私の肩まで一直線に飛んできた。そして、鏡に映った彼女の姿を見てさらに興奮する。

「お、お久しぶりです! 僕です、ユーノです!」

「ん、ああ、獣か。お前も一緒だったんすね」

「お会いできて光栄です。きょ、今日はどういったご用で? というか、この映像は?」

さっきはそばかすの女の子と一緒にお風呂に入る気満々だったユーノ君なのだが、ここは黙っておいてあげよう。好きな人との会話に水を差すのもあれだし。

「いや、今回は新魔法を試しに使っただけでござる。貴様らに特に用事があるわけではないんよ」

やっぱりこの人の魔法だったのか。効果は、テレビ電話みたいに映像付きで離れた相手と会話できる、とかかな。

「そうだったんですか。それでもお話できて嬉しいです。……あ、そうだ。どうです? お暇でしたらこれからメイド喫茶でお茶しませんか?」

おお。ここぞとばかりにユーノ君が攻めている。確かに滅多に会う事が出来ない相手だし、自分から積極的にお誘いしないとダメだよね。

「んー、遠慮しとく。これからみんなでゲームするし……あ、あるじー、拙者もやるでござる。キャラセレ画面で待っててー」

と、ユーノ君の決死のデートの誘いをあっさりと一蹴したマルゴッドさんは、

「じゃ、そういうことで。小娘、獣、邪魔したな」

というセリフを残して、鏡と共に消え去ったのであった。

……うーん、かわいそうになるほど脈無しだなぁ。

「ゲ、ゲーム? 僕の魅力は、ゲームに劣ると言うのか……」

あっけなく誘いを断られたユーノ君が、私の肩の上でなにやら打ちひしがれている。まあ、お前なんかとお茶するよりゲームしてた方が有意義だ、と言われたも同然だから、仕方ないか。

「ユーノ君、元気出して。きっとチャンスはまだあるって」

「同情するなら、愛をくれ……」

ユーノ君がやさぐれている。……もう、しょうがないなぁ。

「愛はあげられないけど、元気ならあげられるよ。これからクロノ君達の所に行って、みんなで遊ぼう。そうすれば、心の傷も少しは塞がるよ」

「……うん」

というわけで、傷心中のユーノ君を癒すため、クロノ君達が住まうマンションに向かう私であった。どっちみち後で行くつもりだったんだけどね。





「到着っと」

肩に乗ってうなだれるユーノ君を励ましながら歩くこと十分。ここ最近毎日のように訪れているマンションに到着した。

目的の部屋の前まで移動した私は、いつものようにドアの横に備え付けられたチャイムへと手を伸ばす。

カチッ。

『クリリンのことかぁーーー!』

特徴的すぎるチャイムの音(?)が辺りに鳴り響き、思わずビクッと身構えてしまった。三日に一回は音が変わるってのは知ってたけど、今回のは流石に予想外だった。これは多分エイミィさんが選んだんだろうな。

私がそんな予想を立てていると、ドタドタと慌ただしい足音が奥から聞こえてきて、玄関のドアの前でピタッと止まる。さて、お決まりのパターンが来るかな。

「決め台詞を言え」

「土下座するたびに1ドルもらってたら、今ごろ大金持ちだぜ」

「正解! そんな君には管理局の嘱託魔導師になる権利をあげよう」

「なかなか魅力的ですね。でも今はとりあえず中に入れてください」

ガチャッとドアが開き、笑顔を浮かべたエイミィさんが顔をのぞかせる。しかし、てっきり合言葉かと思ったら、決め台詞だったか。危ない危ない。

「なのはちゃん、よく来たね~。ちょうど話が聞きたいと思ってたんだ。さっ、入って入って~」

手慣れた仕草で私達を中に招き入れるエイミィさん。……って、話? 一体なんだろうか。

疑問に思いながらも廊下を進み、広めのリビングへと案内される。どうやら中には全員揃っていたようで、リンディさん、フェイトちゃん、アルフさん(人間形態)、クロノ君がソファーに腰掛けている。

ただ、どうにも談笑しているという雰囲気ではなく、何かについて真面目に話し合っているように見える。これはもしかして、調査に進展があったのかもしれない。

部屋に入っていつもと違う空気を感じ取った私は、少し恐縮しながらみんなに挨拶をする。

「リンディさん、みんな、こんにちわ。えっと、お邪魔じゃないでしょうか」

「ああ、なのはさん、こんにちわ。お邪魔だなんてとんでもないわ」

「うん。ちょうど君にも聞きたいことがあったんだ。ゆっくりしていってもらえると助かる」

リンディさんとクロノ君がこちらに振り返り、歓迎の意を返してくれる。でも、やっぱり話か。何を聞かれるのかな?

「なのは、こっちに来て」

「あ、うん」

フェイトちゃんに促された私は、カバンを入り口近くに置いてソファーまで移動し、フェイトちゃんとアルフさんの間に座る。今は遊ぶって雰囲気じゃないし、ゲームはまた後にしておこう。

「ん~? ユーノは一体どうしたんだい? 元気が無いようだけど」

隣に座っているアルフさんが、私の肩に乗っているユーノ君を見て疑問の声を上げる。見てみれば、確かに目に見えるほどに元気が無い。まだショックから立ち直ってなかったか……

「ユーノ君は、さっき癒えない心の傷を負ったばかりでして。どうか今はそっとしておいてくれませんか」

「なんだか大変そうだねぇ。ユーノ、大丈夫かい?」

「同情するなら愛をくれ……」

「こいつは重症だね……」

呆れた顔をしながらアルフさんはユーノ君の頭をポンポンと叩いている。や~め~ろ~よ~、とユーノ君が嫌がっているけど、なおも構い続けるアルフさん。これはアルフさんなりの励まし方なのかな。

「あっと、お話だったっけ。何かな?」

アルフさんの手をピシピシと叩いているユーノ君を尻目に、対面に座るクロノ君を見据える。今は、私、フェイトちゃん、アルフさん、ユーノ君が同じソファーに座っており、リンディさん、クロノ君、エイミィさんは対面のソファーに座っているという形だ。

「ああ、ちょっとばかし聞きたいことがあってね」

そう前置きしたクロノ君は、体を前に乗り出して真剣な顔で私を見てくる。ここまで真面目になるってことは、やっぱりお仕事関係の話なんだろうな。

そう見当をつけた私は、聞き逃さない様にクロノ君の言葉に耳を傾けることにした。

「実は昨夜、僕達が追っている魔導師と思われる複数の人物が、観測班によって捕捉されてるんだ。なんと、奴らはサンタの格好をして海鳴市上空を勝手気ままに飛び回っていたらしい」

昨夜……クリスマスに、サンタの格好で? それは、なんというか、愉快な人達だなぁ…… 

「そればかりじゃない。民家に侵入している姿も確認されている」

サンタの格好で家に侵入……もしかして、プレゼントを置いていったとか?

ん? そういえば、今日の朝アリサちゃんがそんな事を言ってたような。

「ねえクロノ君。私の友達が、昨日の夜に家の中で怪しげな人物と遭遇したって言ってたんだけど」

「ッ! 顔は? 君の友達はその不審人物の顔を見たとは言ってなかったかい? それか、なにか怪しげな物をもらったとか」

私の言葉に過敏に反応したクロノ君が、間にあるテーブルから体を乗り出して詰め寄ってくる。顔、顔近いって。

「か、顔は暗くて見えなかったって。あ、それといつの間にか廊下に倒れてて、起きた時には誰も居なくて、代わりに変なペンダントが落ちてたって……」

「そうか、ペンダントか。……ふむ、やはりアレなのか? しかしなぜ……」

アゴに手をやり、ぶつぶつとひとり言を漏らしながら体をソファーに戻すクロノ君。魔導師が置いていった物に心当たりでもあるのかな。

「えっと、クロノ君?」

「む、ああ、すまない。少し興奮してしまったようだ」

落ち着きを取り戻したようで、ペコリと頭を下げて謝ってきた。クロノ君が取り乱すなんて珍しいな。

「なのはさん。そのペンダント、友達の子はどうしたか聞いてるかしら?」

私が滅多に見ないクロノ君の姿に首をかしげていると、今度はその横に居るリンディさんが質問を振ってきた。

「えーと、不法侵入者が残した物なんて持ってられない、とか言って燃えないゴミに出したそうですけど」

「そう。後で回収しないといけないわね」

「回収、ですか。そんなに大事な物なんですか?……あ、証拠品として回収するんですね」

追っている魔導師が持っていた物だし、身元判明の手がかりになるかもしれないか。

が、そんな私の推測を覆すように、エイミィさんが予想だにしない事を言った。

「んー、それもあるんだけどね、そのペンダント、多分デバイスだと思うんだ。だから、回収しとかないと色々と面倒なんだよね」

「デ、デバイスですか? どうしてそんなことが分かるんです?」

驚く私の質問に答えたのは、優雅に紅茶を飲んでいるリンディさん。

「なのはさんの友達の家以外にも魔導師が現れてプレゼントを置いていったみたいでね。いつの間にか置かれていた謎の物体を気味悪がったのか、住人がゴミ捨て場に捨てていったのよ。で、偶然管理局の人間がそれを見付けて確認したら、なんと待機状態のデバイスだったの」

そこまで言ったリンディさんは一旦紅茶で喉を潤し、ふう、と息を吐いてから再び語り出す。

「しかも、それは一件だけじゃなくて、何件も同じように捨てられているの。その都度回収しているんだけど、どれもこれも待機状態のデバイスだった。だから、なのはさんの友達の家に置いてあった物も、おそらくデバイスだと思うのよ」

なるほど、そうだったのか。それなら納得がいく……けど、

「その魔導師達は、どうしてデバイスをばら撒いたんでしょうか?」

私の場合はユーノ君からレイジングハートをもらったからタダだったんだけど、本来デバイスって高価な物なんじゃないのかな。それをたくさん所持してて、あまつさえ見知らぬ人間に配るなんて、何を考えてるんだろう?

そんな疑問を抱いていると、私の正面に座るクロノ君が口を開いた。

「理由は分からない。ただ、あのばら撒かれたデバイスについて、先ほどある事実が判明したんだ」

そう言ったクロノ君は、ソファーの背もたれに体を預け、腕を組んで渋面を作る。なにか気に入らないことでもあったのかな。

「なのは。以前メイド喫茶で僕が話した、おかしな事件のことを覚えているかい?」

渋い顔をしながら、クロノ君がそう聞いてきた。おかしな事件と言うと……ああ、あれか。

「確か、犯罪組織が次々と壊滅して、その犯罪者達が管理局員の下に転送されてきた、だっけ?」

でも、それとデバイスになんの関係があるんだろう?

「そう。犯罪者達はボコボコになった姿で転送されてきた。だが、そいつらは誰一人としてデバイスを所持していなかったんだ。アジトと思われる場所を捜索した際も、発見出来なかった。構成員はほとんどが魔導師であるにもかかわらず、だ」

え? もしかして、ばら撒かれたデバイスって……

「その犯罪者が使ってたデバイスが、今回の置き土産の正体?」

「ああ。確認を取ったところ、犯罪者達が所持していた物に間違い無い」

ということは、

「犯罪組織を潰してた正義の味方のような人が、犯罪者から奪ったデバイスを民家にばら撒いた。つまり、その正義の味方が、クロノ君達が追っている魔導師ってこと?」

「絶対とは言えないが、可能性は高いな。そんな人物が、任意で次元震を引き起こしたとは考えたくないが……」

なにか思うところがあるのか、クロノ君は考え事に没頭するように目をつむる。

そこで、黙って話を聞いていたエイミィさんが、思い出したかのように手をパチンと叩いて再び口を開いた。

「あ、そうそうなのはちゃん。まだ聞きたい事があったんだよ」

「なんですか?」

「あのさぁ、なのはちゃん。君、仮面かぶった男の知り合いとか居ない? もしくは、どこかで見たことない?」

仮面? なんでそんなこと聞くんだろ。

「見たことありませんけど、その人がどうしたんですか?」

「いやー実はさぁ、昨日の夜に観測班がサンタルックの魔導師見付けたのはいいんだけど、肝心の顔を記録するためにサーチャー飛ばそうとしたところに仮面の男が現れて、観測スタッフが無力化されちゃったんだよね。まあ、気絶させられただけなのが不幸中の幸いだったけど」

それは……どういうことなんだろう。サンタの仲間っていうのが一番可能性が高いとは思うけど、それなら管理局の存在に気付いたってことになるし。もしそうなら悠長にプレゼントばら撒くなんてことしないでどこかに身を隠すと思うし。あ、すでに配り終えた後だったのかな? うーん、謎だ。

「まあ、仮面の男にしろ、サンタ魔導師にしろ、調査対象なことには変わりは無い。もうしばらくは奴らを追い続けることになるだろう」

エイミィさんと入れ替わるように、クロノ君が言葉を引き継いで立ち上がる。

「なのは、退屈な話に付き合わせて済まなかったな。僕と艦長とエイミィはやることがあって遊べないから、今日はフェイト達と遊んでくれるか」

それと同時に、リンディさんとエイミィさんも立ち上がりながら私に言葉を掛ける。

「大したおもてなしが出来なくてごめんなさいね」

「また来た時にゲームしようね~」

どうやらこれから仕事に取りかかるらしい。仕方ない。邪魔にならない様に、静かに遊んでようかな。

「あ、そういえば、冬コミなんですけど、もしかして忙しくて行けないってことになったりとかはしませんか? というか、仕事中に行っても大丈夫なんですか?」

その言葉を聞いて、立ち上がった三人がピクっと肩を揺らす。

あ、あれ。まずいこと聞いちゃった?

「なのはさん。確かこの世界には、ドッペルゲンガーという面白い現象が存在してたわよね?」

「え?」

「ああ、そういえばそんなのがあったね、母さん」

「はい?」

「本人と瓜二つな人物が目撃されるんでしたよね~」

「……あ」

なるほど。そうくるのか。

「というわけで、あっちで私達と似たような人物を見かけたら、仲良くしてね、なのはさん」

「もしかしたら、この町に居る管理局員全員のドッペルゲンガーが見つかるかもしれないがな」

「まあ、そういうことだから~」

仕事サボってグッズを買い漁る管理局、か。色々と問題はあると思うけど……

「それでこそオタクの鑑(かがみ)ですね」

みんなに日本のサブカルチャーを広めた甲斐があったというものだ。

将来、もし管理局員になったらミッドチルダにも広めたいなぁ。



[17066] 五十一話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:24
「諸君、私はオタク文化が好きだ」

「………」

「諸君、私はオタク文化が好きだ」

「………」

「諸君、私はオタク文化が大好きだ!」

「………!」

「アニメが好きだ。ゲームが好きだ。マンガが好きだ。ラノベが好きだ。フィギュアが好きだ。コスプレが好きだ。SSが好きだ。同人誌が好きだ。アニソンが好きだ。

自宅で、友達の家で、ゲマズで、アニメイトで、コスパで、ソフマップで、メロンブックスで、とらのあなで、秋葉原で、日本橋で、

この日本で目にするありとあらゆるオタク文化が大好きだ。

新たに発売されるハードを誰よりも先に入手するためにアホみたいに早く店先に並ぶのが好きだ。

深夜アニメを録画しつつもリアル視聴するのが好きだ。

ギャルゲーをフラゲするために学校を休んでゲームショップに直行した時など心がおどる。

理想郷のチラ裏でまだ見ぬ良作を躍起(やっき)になって探すのが好きだ。

オタ友とカラオケでアニソン十時間ぶっ続けで歌いきった時など胸がすくような気持ちだった。

毎年恒例となった夏のポケモン映画を見に行き周りの子ども達と一緒にはしゃぐのが好きだ。

ハンター×ハンターが休むことなく連載されているのを見た時は感動すら覚える。

遊戯王を大人買いした時に隣の子どもが羨ましそうにチラチラ見てくる様などはもうたまらない。

デュエルスペースでその子どもと対戦してフルボッコにするのも最高だ。

ムキになって再戦を申し込んできたその子どもをワンターンキルした時など絶頂すら覚える。

聖地巡礼の旅で正月に鷲宮神社まで初詣に行き、境内に蠢くオタクの波に滅茶苦茶にされるのが好きだ。

心待ちにしていたゲームが発売日決定→発売日延期→また延期→さらに延期、のスパイラルに突入する様はとてもとても悲しいものだ。

ビッグサイトでコミケの入場開始と同時に普段の三倍脚力が強化されたオタクの濁流に押し潰されるのが好きだ。

ゲーセンの格ゲーで相手に逆転負けした時、筺体(きょうたい)の向こうから対戦相手がどや顔しながらこちらを覗いてくるなど屈辱の極みだ。

諸君。私はオタク文化が世界に認められることを望んでいる。

諸君。私に付き従うヴォルケンリッター諸君。君達は一体何を望んでいる?

さらなるオタク文化の邁進を望むか?

世間から白い目で見られる覚悟で痛車に乗ったり、アニメキャラがプリントされたシャツを着て堂々と外を出歩くか?

ジーンズの中にポロシャツの裾(すそ)を詰めて、ポスターがはみ出てるデカイリュック背負いながら痛い袋持って街中をうろつくか?」

───きもい! きもい! きもい!

「よろしい。ならばコミケだ。

我々は今まさに世間から排他されかねないオタニートだ。

だがこの広い一軒家で社会人にケンカを売るがごとくニート真っ盛りの生活を半年も送ってきた我々にただのコミケではもはや足りない!

コスプレを! カメコ共を引き寄せるド派手なコスプレを!

我らはわずかに六人のオタク。千人に満たぬオタクに過ぎない。

だが諸君はそこらのアニオタなど歯牙にもかけないよく訓練されたオタクだと私は信仰している。

ならば我らは諸君と私で戦闘力100万と1のギニュー特戦隊となる。

オタクは卒業だと言ってアニメのDVDやギャルゲーの無駄にでかい箱を押し入れに追いやる愚か者を叩きのめそう。

髪の毛をつかんで秋葉原に連れて行って美少女がプリントされたでかい看板を見上げさせよう。

連中に日本のサブカルチャーの素晴らしさを思い出させてやる。

連中に初めてギャルゲーをプレイした時の胸の高鳴りを思い出させてやる。

オタと非オタとのはざまには奴らの哲学では思いもよらない大きな溝があるということを思い出させてやる。

ビッグサイトに集う延べ入場者数五十万人超のオタクとあらゆる場所に生息する隠れオタクで世界を萌やし尽くしてやる」

───今年最後の大イベント、冬コミが明日に迫りました!

「第二回コミックマーケット参加作戦、状況を開始せよ。

諸君、寒さに震えながらオタクに囲まれて開場時間まで並ぶ勇気はあるかな?」

………………

…………

……

「……で、結局何が言いたいのよ」

「つまり、みんなでコミケに参加しましょうということです」

少佐風味の神谷ハヤテでした。




今日は十二月二十八日。近所の学校はすでに冬休みに入っており、午前中に買い物に外に出る時などには、白い息を吐きながら元気よく公園で遊ぶ少年達の姿を見かけるようになった。そんな子供達を見ると、常時冬休み状態の私は無駄に悦に浸ったりするのだが、まあそれは置いといて。

今現在、私は夕ご飯を食べ終えたみんなをリビングに集め、明日に迫った冬コミに対する作戦会議を行っている。

コミケ参加と聞いてヴィータちゃんが最初難色を示したが、前回同様好きなグッズを買っていいと言ったらあっさりと陥落した。残りのみんなは参加することに特に不満は無いらしく、大人しく会議の席に着いてくれた。

ザフィーラさん曰く、

「たまには外に出ないと体が鈍るからな。あと、暇だし」

シャマルさん曰く、

「人混みの中を歩くのは嫌いなんだけど、私一人だけ家で留守番っていうのもなんだしねぇ。あと、暇だし」

リインさん曰く、

「たまには俗事に興じるのも悪くはないだろう。あと、暇だし」

シグナムさん曰く、

「バトルの予感がするでござる」

ということで、参加することには異議は無いようなのだ。

で、そんな私達が今何をしているかというと……

「型月はシグナムさんにお任せしたいのですが、よろしいですね」

「んー、まあなんでもいいっすよ」

「では京アニはリインさん」

「並んで商品を買うだけでいいのだろう?」

「ええ。次にブシ〇ードがザフィーラさん、min〇riがシャマルさんでお願いします」

「はいはい。ただ並ぶだけなら楽勝よ」

「任せておけ」

「ビジュア〇アーツはヴィータちゃんで決まりですね」

「おう。鍵っ子のあたしにぴったりだな」

「私は東方関係を中心に回りますが、皆さん商品を手に入れて余裕があるようでしたら念話で知らせてくださいね。その都度行ってもらいたいブースを指示しますから」

並ぶ企業ブースの振り分け、また、そこで買う商品が書かれたチェックリストの配布など、明日のコミケでグッズをゲットするために必要な前準備をしている。ちなみに今回はみんなに私のファンネルとして存分に働いてもらう予定だ。拒否権は……無い。

「しかし、前回と違って今回はえらく気合が入ってるっすね、主」

私からチェックリストを手渡されたシグナムさんが、不思議そうに聞いてくる。

「夏は雰囲気を楽しむのが目的でしたからね。今回は私も本腰を入れて、周りのオタク同様に商品求めて会場を駆けずり回りたいと思うんです。ファンネル操作したり、長い行列に並んだりするのもコミケ参加の醍醐味ですからね」

そう、今回のコミケ参加は夏とは違う。夏のコミケ参加が雰囲気を楽しむためだとしたら、今回の参加は商品を手に入れるまでの過程を楽しむためのものと言える。それに、ヤフオクとかで簡単に手に入れるより、苦労して自力で入手した方が何倍も嬉しいし愛着も湧くしね。

「相変わらずハヤテの感性はおかしいな。普通前回のアレを経験してたらそんなこと言えないぜ」

「ああ、アレはきつかったにゃー」

炎天下の中オタクに囲まれてひたすら開場時間まで並んでいた時のことを思い出したのか、シグナムさんとヴィータちゃんがげんなりした顔をする。

すると、それに気付いたシャマルさんが不思議そうに聞いてきた。

「アレって、なんのこと?」

「ふ、無知は罪とはこのことナリ」

「お前だって知らなかったじゃんか。あー、シャマル、行けば分かるよ」

「?」

事情を知らないシャマルさんやザフィーラさん、リインさんが首をかしげているが、どうせ言葉で言っても伝わらないだろう。明日になれば分かるんだし、わざわざここで脅かす必要も無いしね。……やっぱり行きたくないとか言われてもあれだし。

「そういやさ、今回はマルゴッドと一緒に行動しないのか? あいつ、絶対寂しがってるぜ」

「ああ、それだったらすでにメールもらってますよ。ほら」

ポケットから携帯電話を取り出し、送られてきたメールを開いてみんなに見せる。



『拝啓、ハヤテどのへ

先日のクリスマスパーティー、楽しかったでござる。こんな拙者を快く迎え入れてくれたハヤテどのの懐の深さには驚嘆を隠せないでござるよ。いや、マジで。ほんとありがとう。一人寂しくクリスマスを過ごさなくてすんだよ。

まあそれはそれとして、とうとう冬コミが迫って来たでござるな。

そこで折り入って頼みたいことがあるんでござる。冬コミ一日目、夏のように拙者と一緒に回ってもらえないでござろうか?

いや、勿論ハヤテどのの予定を優先するでござるよ? 今回は本格的にコミケ参加するつもりと聞いてるでござるし、悠長に拙者とお喋りする暇はあまり無いと思うでござるしな。まっこと初日の企業ブースは地獄でござる。

ただ、個別のブースの列に分かれる前までは一緒に並んでもバチは当たらんでござろう? 

それと、出来ればコスプレも一緒にやりたいなーとか具申してみたり。あ、勿論ハヤテどのの都合がつけばでござるが。

いや、うん、ほんとに都合がつけばでいいからね? 無理にとは言わないよ、うん、マジで。

それでは、色よい返事を期待してるでござる。ニンニン。 あらかしこ』



「……色々と突っ込みたいけど、まあいいや。んで、返事は送ったのか?」

「ええ。彼女の望み通り、色よい返事を送っておきました」

ここまであからさまに友達いないオーラを出されたら、断わるなんて出来ないだろう。それに、もともとこっちから誘うつもりでもいたし。

「主よ、あの女とはどこで合流するのだ? 駅辺りか?」

携帯をポケットにしまっていると、ザフィーラさんがこたつから顔だけ出した状態で質問をしてきた。……可愛い。

「マルゴッドさんはビッグサイト近くのホテルにすでに泊まっているようなので、明日の朝に私達が並んでいる所に来るそうです。彼女、二日目も参加するそうですから」

それを聞いたヴィータちゃんが、チェックリストから目を離して私に向き直る。

「ハヤテは今回も一日目だけでいいのか? 二日目とか三日目は?」

「それも考えたんですけど、皆さんを何日も私の都合に付きあわせるのは酷かと思いまして」

流石に訓練されてない人間を、あのオタクがひしめくビッグサイトに二日や三日も付きあわせるわけにもいくまい。というか、本格参戦するなら私の体力が持たないと思うし。

「別に私は三日ぐらい付きあっても構わないわよ?」

「シャマル、お前は死にたいのか?」

シグナムさんの言葉にまたもや首をかしげるシャマルさん他二名だが、明日の冬コミを経験したら同じセリフは言えないだろうな。夏は身体中の水分を奪っていく暑さが、冬は身体中の体温を奪っていく寒さが待ち構えているのだ。あと、体力と気力を奪っていくオタクの群れも。

「そうだ、主。先ほどのメールにコスプレと書いてあったが、明日行く場所でコスプレをするということか?」

今度はリインさんからの質問。そういえば、冬コミに関する簡単な説明はしたけど、コスプレについては言ってなかったな。

「その通りです。ふふ、今回はリインさんが居ますから私もコスプレやりたい放題ですね。ああ、楽しみ」

前回は一種類しか出来なかったけど、今度は何回も、何種類ものコスプレを披露することが出来る。さらに、前に追加した五人組でのコスプレもあるし、コスプレ広場での視線は私達に釘付けになること間違いなしだ。やっべ、たまんねー。

「やっぱあたしらもコスプレしなきゃダメなのか?」

カメラ小僧共に囲まれる未来を想像してうっとりとしていた私に、ヴィータちゃんが嫌そうな顔をしながら聞いてくる。ヴィータちゃん、一旦コスプレすればノリノリなのに、なぜかコスプレするのがあまり好きではないらしい。

「勿論皆さんにも一緒にコスプレしてもらいます。何のためにああいった騎士甲冑をイメージしたと思ってるんです? この時のために決まってるじゃないですか」

「ハヤテちゃん、ひょっとしてあのギニュー特戦隊のポーズもやらなきゃいけないわけ?」

「もちろんさぁ☆」

「家の中ならともかく、アレを衆人環視の中でやるのね……」

最近、シャマルさんは家であのポーズの練習をする時にはふっ切れたように元気よくやってくれるのだが、どうも人前でやるには抵抗があるらしい。

「大丈夫です。一人じゃないんですから恥ずかしがることなんてありませんよ。それに、そのうち人に見られることが快感に変わってきますから」

「それはハヤテだけな」

そんなことは無いと思うけどなぁ。現にコスプレ広場にはアホみたいにコスプレしてる人が居るし。そのうちきっとみんなもコスプレの魅力に気付くに違いない。いや、すでにザフィーラさん辺りはコスプレにハマってるか。

「ん? おっと、もうこんな時間ですか。それでは皆さん、明日も早いですし、今日はお風呂に入ってもう寝ましょうか」

「やっぱ始発で行くのか……」

「当然です。オタクの基本、いえ、常識ですね」





作戦会議を終えた私達は明日の準備を済ませてからそれぞれお風呂に入った。今はみんなパジャマに着替えて、いつもの寝室で布団を敷いているところだ。ちなみにザフィーラさんはお風呂から出たらすぐに狼形態に戻ってしまったので、布団を敷くみんなを私と一緒に見ている。

「よーし、終わったぜ。さっさと寝ようぜ、ハヤテ」

「ご苦労様です、皆さん」

思えば、こうしてみんなに世話してもらうようになってからもう半年になるのか。お風呂に、食事に、掃除に、色々と助けてもらってるなぁ。みんなが現われなかったら、私今頃どんな生活を送ってたんだろうか? みんなが現れる前の生活をずっと続けてたのかな。

「ザフィーラ、その、なんだ……いつもの、頼む」

「……ふう、勝手にしろ」

私が少し感傷に浸っていると、呆れた顔で伏せをしているザフィーラさんにヴィータちゃんが近づき、

「おお、やっぱいいな~、これ」

そのモサモサした毛皮に顔をうずめ、ゴロゴロと右に左と転がり始めた。いつものことながら、この姿を見ていると年相応の子どもにしか見えないな、ヴィータちゃんは。

……しかし、気持ち良さそうだ。久しぶりに私もやりたくなった。

「あの、ザフィーラさん。私も……」

「……好きにしろ」

やったね。では、許可も得たことだし、さっそく──

「そおい!」

ボフッ。

グレン号から勢いをつけて飛び降り、ヴィータちゃんの隣に着地。ヴィータちゃん同様背中の上でゴロゴロ転がり感触を楽しむ。

「あ~、癒される~」

「普通に降りられんのか、主は」

さらに呆れるザフィーラさんだが、拒む様子は見せない。まあよくあることだしね。しかし、気持ち良いなぁ。

「……ザフィーラよ。もしよければ、その、私もいいだろうか?」

幼女二人のご機嫌な様子に何を思ったか、リインさんまでやってきた。実は今まで我慢してたとか?

「くっ……少しだけだぞ」

「おお! ではさっそく……」

寛容なザフィーラさんの了承の言葉を聞くや否や、私とヴィータちゃんの間に入り混んで背中に顔をうずめるリインさん。この人、わりと子どもっぽいところあるよね。

「ほほう、これはなかなか……」

ゴロゴロと転がるスペースが無いため、リインさんはその場でもふもふと背中の感触を楽しんでいる。ここに、ザフィーラさんの背中の虜になった人間がまた一人誕生したようだ。

しかし、この光景、なんかデジャブが──

「おー、なんか楽しそうっすね。私も混ぜろ」

ギラリと目を光らせ、こちらを見下ろすシグナムさんが現れた。……あ、やば。

「ちょっとま──」

「どーん!」

むぎゅっ!

私の制止の言葉など聞かずにザフィーラさん+女三人の上にダイブをかますシグナムさん。

ああ、思い出した。みんなが私の前に現れた夜とそっくりの状況じゃん。

「……アハ」

なんかいいな、こういうの。

「き、貴様ら、我が大人しくしているからと付け上がりおって……」

「アッハー、めんご~」

「いいからどけっつーの」

「重いぞシグナム……ん? 主、どうした」

シグナムさんの下敷きになりながら、リインさんが一人笑っている私に声を掛けてくる。

「ああ、いえ、なんでもありません。ただ、平和だなぁって、そう思っただけです」

できれば、こんな平和な生活がずっと続いてほしいと願いつつ──

「あら楽しそう。私も──」

『止めろ』

いい夢が見れますようにと、今日も私達は共に眠りにつく。





「ハヤテは気付かない。この平穏な生活が束の間の幸福であるということに。そして、気付いた時には全てが終わっているのだった。離ればなれになる家族、襲い来る刺客、止まない銃声、倒れゆく友。次々とハヤテに訪れる不幸の数々は運命なのか、それとも……」

「シグナムうるさい」

「変なモノローグ入れないでください」

眠れないじゃないか、もう。



[17066] 五十二話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:6f788d53
Date: 2010/08/15 02:32
「ん……んん?」

寒い。

朝、目が覚めて一番最初に感じたのは身が凍えるような寒さだった。

おかしい。昨夜はエアコンをつけっぱなしにしといたはず。それに毛布を何枚もかけて寝たのに、なぜこんなにも体が冷えるのだ。……あ、エアコン泊まってるし、毛布もかかってない。なんでさ?

疑問に思った私は、原因を解明すべく上半身を起こし周りを見渡してみた。

どうやら目を覚ましたのは私が最初だったようで、他の皆はスースーと静かな寝息を立てている。

右隣には抱き枕を抱いて幸せそうに眠るヴィータちゃん。左隣には自分の毛布を足元に追いやって、奪った私の毛布を体に巻きつけて目を開けたまま幸せそうに眠るシグナムさん。そのシグナムさんの枕もとには真っ二つにされたエアコンのリモコンと抜き身の剣が。

……原因は解明された。

「はあ……」

溜息を吐きつつ、今日がコミケ当日だったことを思い出した私は、時間を確認しようと私の枕もとにある目覚まし時計を見た。

真っ二つになっていた。

「………」

またもやデジャブを感じた私は、嫌な予感が当たりませんようにと思いながら壁に掛けられた時計を見上げた。

真っ二つになっていた。

「なんでやねん!?」

思わず慣れない関西弁で突っ込んでしまったが、そんな場合ではないと思い直し、現在の時刻を確認するためにグレン号の上に乗せておいた携帯を手に取る。真っ二つになっていないことに安堵しながら携帯を開き、待ち受け画面上部に映る時間を血走った目で見る。

そこに映し出されている時刻は、目覚ましをセットした時刻より三十分オーバーしていた。

「寝坊したぁーーー!?」

またか。またなのか。余裕を持って始発に乗ることがなぜ出来ないのだ。

いや、理由は分かっている。すべては隣で熟睡しているこの目覚ましクラッシャーが悪いのだ。おっぱい揉みしだいてやろうか!

「ん~? どうした~、ハヤテ」

「騒々しいわねぇ……」

「ああ、皆さん。寝坊してしまいました。布団は帰ってきてから畳めばいいので、今はとにかく着替えてください」

私の叫びを聞いてみんながユルユルと起き出したのを見て指示を出す。三十分寝過ごしたと言っても、急げばまだ始発に間に合う時間帯だ。諦めるのはまだ早い。

私の指示に従って着替え始めたみんな(ザフィーラさんは別室に移動した)を横目に、自らも手早く着替える。この寒さの中スカートをはいて外に出る勇気は無いので、下は無難に丈の長いパンツルック。上はセーターとハーフコートで身を固める。

「ん?」

ヴィータちゃんに手伝ってもらいながらの着替えも終え、グレン号に乗り込もうとした私の目に、いまだ毛布に包まったままの寝坊助のアホ面が映る。まだ寝てたのかよ。

……こいつにはアレだな。お仕置きが必要だな。前回だけでは飽き足らず二回連続で目覚ましを破壊してくれちゃって。お気に入りの目覚ましだったのに。

時間が差し迫っているのは重々承知の上で、奴の目を覚まさせるのと同時に目覚ましの恨みを晴らすために、私はその豊満な胸に手を……やらずに、両の頬っぺたをむにっと掴み、

「た~てた~てよ~こよ~こまる描いて──」

縦に横にと引き伸ばし、最後に、

「ちょん! ちょん!」

「いってーーー!?」

洗濯バサミを挟んだまま無理矢理引っ張るがごとく、頬を掴んだ手を力いっぱい左右に引き抜く。流石にこれを喰らって熟睡していられるほど鈍感ではなかったようで、シグナムさんは赤くなった頬をさすりながら体を起こし、馬乗りになっている私と顔を合わせた。

「……なんすか。オレっちになんか恨みでもあるんすか」

「エアコンのリモコンと時計と目覚ましを真っ二つにしといて何を言う」

その言葉に、はて? と首を傾げたシグナムさんは、壁に掛けられた時計(真っ二つ)と枕もとに置かれた目覚まし(真っ二つ)とリモコン(真っ二つ)を順番に見、最後に私の顔を見て一言。

「フヒヒ、サーセ──」

「いいから早く着替えろ!」





「急いでくださーい。始発が出てしまいますよ」

身支度も早々に切り上げ出立の準備を終えた私達六人は、戸締りなどをしっかりと確認した上で玄関を抜け、まだ日が昇らぬ寒空の下へとその身を晒す。まあ日が昇っても寒いことには変わりないんだろうけど。

「寒いわねぇ。やっぱり行くの止めようかしら?」

「却下です。今日一日は付き合ってもらいますよ」

弱音を吐くシャマルさんを叱咤しつつ、みんなが外に出たのを確認した私は玄関の鍵を閉める。さーて、家を出てから家に帰るまでがコミケ参加だ。今日一日はハッスルするとしよう。

「ねえハヤテちゃん。わざわざ交通機関利用するより、転移で行った方が時間もかからないしお手軽じゃない?」

家の門を抜けて駅へ向けて道路を歩き始めた途端、シャマルさんがそんなことを言ってきた。確かに転移ならあっという間に着くし、始発組に差をつけられるから限定商品をゲットできる確率も上がるだろう。

でも……

「シャマルさん。世のオタク達は魔法なんて使えず、交通機関を利用するしかビッグサイトに行く方法は無いんです。この意味、お分かりですか?」

「え、サッパリなんだけど……」

「つまり、そんなオタク達に敬意を払って私達も電車で行きましょうということです」

「エロ本やオタグッズ目的の連中に敬意を払う必要ねーと思うのはあたしだけか?」

ヴィータちゃん、それは違うよ。コミケに参加する人間は、何が目的であろうと全員がコミケと言うお祭りを楽しみにしている同志なんだ。転移なんてチート極まりない手段を用いると言う事は、そんな同志達をあざ笑うのと同義。

コミケに集うオタクは、趣味を同じくする同志にしてグッズを奪い合うライバルでもある。ならば同じ土俵の上で戦うのが筋と言うものだ。

「なんだかハヤテちゃんが下らないこと考えてる気がするけど、まあいいわ。転移は諦めましょ。言っても無駄な気がするし」

私が折れないと気付いたようで、溜息を一つしたシャマルさんは黙って歩くようになった。しかし、下らないとは言ってくれる。オタクたる者フェア精神を常に心掛けるというのは常識であるのに。シャマルさんにはそのうちオタクという生き物がなんたるかを教える必要があるな。

「主、寒くはないか?」

そんな風に心に誓いを立てていると、後ろからグレン号を押してくれているリインさんが私の体を気遣ってくれた。

「私は平気です。リインさんこそ寒くありません?」

振り向き、上下とも黒い服に身を包んだリインさんを見やる。ファッション性を重視したような格好をしており、その容姿と相まってどこかのモデルさんみたいだ。ただ、この寒さの中では結構辛い格好だと思う。いや、こんな服しか買わなかった私が言うことじゃないかもしれないけども。

「気にすることはない。いざとなったら騎士甲冑を纏えばいいしな」

「ああ、防寒性能付いてるんでしたっけ」

あれ、そういえばリインさん専用の騎士甲冑ってイメージしてなかったような。まさかあの中二病全開の真っ黒なやつを纏うつもりだったりして。……注意しておこう。

「防寒性能?……ああ、すっかり忘れてた。そういやそんな機能もあったな」

横に居たヴィータちゃんが私達の話を聞いていたようで、ピコッとハンマーを出して手のひらを叩いた。なんか癖になってるみたいだな、あれ。

「む? じゃあ我があの時ハブられたのは一体……」

ザフィーラさん(人間形態)も聞いていたようで、以前のプチいじめを思い出してやるせない顔になっている。……ドンマイ、ザフィーラさん。

「……と、着きましたね」

早歩きしながら進んでいたのが功を奏したのか、ついついお喋りしながら歩いてきたにもかかわらず、なんとか始発の時間までに駅に到着することが出来た。

駅に着いた私達はさっそく切符を購入し改札を抜ける。そして、目的のホームまで移動し、いつものように車椅子専用スペースがある車両に乗り込む。

「……やっぱいるな、オタク」

「ええ、コミケ当日ですしね」

みんなと一緒に席に座ったヴィータちゃんが呟き、それに私も頷く。夏と同様に、始発だというのに車内には結構な数の人間が居た。まず間違いなくこいつらはオタクだろうな。雰囲気で分かる。

耳にイヤフォンを付け音楽を聴く青年、携帯をいじる中高生らしき男の子、カバーを掛けた小説を読んでいる男性、眠りこけるおじさん。他にも多数。

おそらく、青年はアニソンを聞いてアニメのオープニングを頭に思い浮かべていて、男の子は某大型掲示板でも覗いており、男性が読んでいる本の表紙には美少女のイラストがあり、寝てるおじさんは体力を温存するために休息を取っているのだろう。

「にしても、やっぱ目立つよなあたしら。視線が鬱陶しいぜ」

チラチラとこちらを見てくる乗客にヴィータちゃんがガンを飛ばしている。まあ、確かに私達は目立つだろうな。幼女二人に美女が三人、マッチョが一人という異色のメンツだ。私だってこんなおかしな集まりを見付けたら思わず目をやってしまうだろう。そう、正面の席に座る男性のように……

「あーん? おい、テメーなに見てんだよ。やんのかコラ」

「ひっ、す、すいません……」

「シグナムさん、落ち着いてください」

どうやらシグナムさんはチラ見されるのがお気に召さないようで、目があった人物にことごとく絡もうとする。シグナムさんに睨まれたオタクは、目を伏せてやり過ごすか別の車両に移るかの二択を迫られるため、発車する頃には近くに居たオタクの半数近くが別の車両に逃げ込んでしまっていた。チンピラかよ。

『発車時間となりました。ドアが閉まります。ご注意ください』

そんなこんなでようやく発車。よし、トラブルはあったけど、始発には間に合ったし上々の滑り出しだ。後はゆりかもめに乗り換えて一路ビッグサイトへ向かうのみ。本格参戦するのは初めてだし、気を引き締めていこう。

「あ、今回コミケ初参加のお三方、これからどんどん人が増えますが我慢してくださいね」

一応注意くらいはしておくか。心構えがあるだけでも違うしね。

「人が増えるって言っても溢れかえる訳じゃないんだから、我慢も何も無いでしょう」

「うむ。少々大げさではないか?」

「ふ、多少人間が増えたぐらいではビクともせん」

……どうやら認識に齟齬があるらしい。

一応注意はしたよ? それをどう受け取るかは個人の自由だけれども。

「シャマル、ザフィーラ、リイン。哀れな奴らめ……」

スライドする景色を眺めながら、ヴィータちゃんが小さく呟いたような気がした。





『次は、国際展示場正門。国際展示場正門です』

「さて、皆さん。長い旅路もようやく終わりです。ビッグサイトに到着ですよ」

「………」

「………」

「………」

「やっとかよ……」

「相変わらずキツイ、くさい、蹴り殺したいの3Kだったっすね……」

1時間ほど電車に乗った後、前回と同じように私達はゆりかもめに乗り換えビッグサイトへと向かっていたのだが、この間は特に問題も無く目的地まで来ることが出来た。

……私以外はそう思っていないみたいだけど。

「ちょっと、聞いてないわよハヤテちゃん。何よこの有象無象共は……」

「いくら我でも流石にこれは予想出来なかったぞ……」

「主、家に帰っていいか? え、ダメ? そうか……」

どうやら初参加の三名はオタクラッシュが相当に効いたらしく、オタクがひしめく車内で弱々しい姿を見せている。シグナムさんとヴィータちゃんは覚悟していたようで、辛そうな表情は見せても弱音は吐かなかったが。

「ねえハヤテちゃん。こいつら全員外に強制転移させていい?」

「だから言ったでしょう、我慢してくださいって。それにほら、もう外に出られますから」

限界っぽいシャマルさんをなだめていると、タイミング良く扉が開き車内から次々とオタクが排出されていく。それに伴いみんなの顔に安堵の表情が浮かぶ。私は車椅子専用スペースでぬくぬくしてたからいいけど、窓際でオタク達に押し潰されていたみんなはやっぱりキツかったようだ。

「主、我の尻を執拗に触ってくる輩が居たのだが、アレは一体……」

オタク達に続いて私達一行もドアを抜けようとした際ザフィーラさんがなんか言った気がするが、聞こえないふりをしてそのまま外に出た。

車内から抜け出た私達はそのままオタクの波に乗って改札を出て、一般参加者の列の最後尾と思われる場所まで移動し、開場時間まで並ぶことにした。

その間、初参加組はオタクのあまりの数の多さに開いた口が塞がらなかったようで、唖然とした表情で私の後について来ていたが、今はなんとか気を持ち直し、周りをキョロキョロとおのぼりさんよろしく見回している。

「……ハヤテちゃん、これ全部オタクなのよね?」

「ええ、オタクです」

「……全部でどれくらい居るのかしら」

「今居るオタクだけで数万人はくだらないでしょう。昼にはもっと増えます」

「帰っていい?」

「ダメです」

シャマルさん達にはファンネルとして活躍してもらわねばならないのだ。ここで帰したら私のプランが崩壊してしまう。ゆえに、コミケ会場から逃がす訳にはいかない。コスプレもあるしね。

そんな私の気迫が伝わったのか、シャマルさん達は口を閉ざして諦めたように首を振る。仕方ない、付き合ってやるか、といった感じだ。

「付き合ってくれるお礼、と言ってはなんですが、シャマルさん達も好きなグッズ買ってきていいですよ」

「いや、気持ちはありがたいんだけどねぇ……」

「我は特にこれといって欲しい物が……」

「無いんだが……」

むう、コミケに来て何も買わないというのは勿体無い気もするけど、本人達がこう言うなら無理強いはできないか。欲しくも無い物買ってもすぐ捨てるのがオチだろうし。

「まあ、ブースを回っているうちに欲しい物が見つかるかもしれませんし、その時は買ってもいいですよ。お金は余分に渡してますから」

「気持ちだけ受け取っておくわ」

いまだにヴィータちゃん以外はギャルゲーに手を出そうとはしないからなぁ。グッズに興味が無いのは分かるが、本当に勿体無い。人生の半分は損をしているよ。あれほど心動かすゲームは無いってのにね。

「なあ、開場時間までアホみたいに時間あるし、ゲームやろうぜみんな」

会話する私達を横目にバッグをゴソゴソと漁っていたヴィータちゃんが、携帯ゲーム機を取り出しみんなの前に掲げる。うん、ナイスアイデアだ。

「そうですね。やっぱり暇つぶしと言えばゲームですよね」

ギャルゲーはやらないが、普通のゲームだったらみんなやるようになったし、誰かが仲間はずれになることもない。決まりだね。

みんなも異存は無いらしく、各々ゲーム機を取り出し始めた。シグナムさんは胸の谷間から取り出したような気がしたが、見なかったことにしよう。

各自、自分のゲーム機を持ち寄り小さな円を作るように向き合う。さて、準備は整った。

「それでは、何をやりましょうか」

「私はモンハンがいいんだけど」

「我もモンハンだな」

「あたしはメタルギアかな」

「では私もそれにしよう」

「拙者はポケモンがいいでござる」

「奇遇でござるな。拙者もポケモンがいいでござる」

「じゃあ私はモンハンで……って」

なんか一人多くね? と思って見てみると、いつの間にやらポニーテールの眼鏡さんが輪に加わっているではないか。まったく気付かなかったぞ。

「や、三日ぶりでござるな」

手に持ったDSを掲げてニッコリと笑うマルゴッドさん。相変わらずの神出鬼没ぶりだ。確かに私達が並んでる所に来るとは聞いてたけど、到着早々に来るとは思わなかった。というか、電話で居場所を聞くくらいのことはすると思ったのだが、それさえせずにどうやってここが分かったんだろうか。

「よくここに居るって分かりましたね」

「拙者、忍者でござるから」

「理由になってねーよ」

ヴィータちゃんの突っ込みに、フフフと怪しげな笑みを浮かべるばかりでまともに答えようとはしない自称忍者。まあマルゴッドさんだし、の一言で済ませばそこまで気にならないかな。

「それはそうと、挨拶が遅れましたね。おはようございます、マルゴッドさん」

「あい、グッモーニン、ハヤテどの。それにヴォルケンリッターの皆の衆」

「忍者なら日本語で挨拶しろよ」

今日もヴィータちゃんの突っ込みが冴えわたる。突っ込みどころ満載のマルゴッドさんは、ヴィータちゃんの良い相方なのかもしれないな。ヴィータちゃんは喜ばないだろうけど。

「と、そういえばマルゴッドさんは今日もファンネルを雇ったんですか? 」

みんなとの挨拶を終えたマルゴッドさんを見て、ふと気になったことを聞いてみた。余裕そうな顔してるし、今回も結構な数を雇った気がするな。

「勿論でござる。今回も二十発装填してるで候(そうろう)」

どんだけー。

「思ったんだけどよ、お前なんでそんな金持ってんの? 自分の世界から宝石とか持ってきたとは聞いたけど、そもそもそれはどうやって手に入れたんだ?」

ヴィータちゃんが疑わしげな顔でマルゴッドさんを見やる。が、特に気にした風でもないマルゴッドさんは、ヴィータちゃんを見返しながら飄々(ひょうひょう)とした口調で答える。

「ふっふっふ。実は拙者、子どもの頃は地元ではかなり有名なデバイスマイスターとして名を馳せていたでござるからな。天才美少女マルゴッドちゃんといえば、その界隈では知らない人間は居ないと言われるほどでござった。ゆえに、拙者にデバイスをいじってもらおうと各地から依頼が殺到。拙者、ウッハウハ、というわけでござる」

「……そういやお前、キチガイデバイスマイスターの子孫だったっけ。それなら腕が良いのも頷けるな。あと言動がおかしいのも」

「拙者、泣いていいでござるか……」

デバイスマイスター、しかも、子どもの頃から働いてたのか、マルゴッドさんは。

……すごいな。うん、純粋にすごい。就業年齢が低い世界とはいっても、そこまで登り詰めるには才能だけでは無理だと思うし、相当な努力も重ねてきたんだろう。

「………」

働く、か。九歳の私がそんなこと考えるなんて馬鹿げてるなんて思ってたけど、マルゴッドさんのような世界では子どもでも普通に働いてるんだよな。

いくら資金援助受けてるからって、いつまでもプー太郎のままじゃいられないよね。ご近所の目とかあるし。

家に帰ったら、少し、将来のことについて考えてみてもいいかもしれないな……




【ポケモン談義】

「シロナって、可愛くね?」

「拙者はカスミ一筋でござるよ」

「分かってませんね。ムサシこそ一番の萌えキャラなんですよ」

「あなた達、なんの話をしてるのよ……」



「公式大会で伝説のポケモン使えるようになりましたけど、もし出るとしたら皆さんどんなメンバーにします?」

「レジアイス、レジロック、レジギガス」

「ミュウツー、グラードン、カイオーガ」

「ラティアス、ラティオス、メタグロス」

「エンテイ、スイクン、ライコウ」

「ルギア、ホウオウ、レックウザ」

「ゲンガー、フーディン、カイリキーでござる」

「皆さん正直ですね。ちなみに私はパルキア、ディアルガ、ギラティナです」

「……なんか、一人だけ初期のノリの奴がいねーか?」



【VS ポケモン】

「ばか、シグナム! じしんなんてやったら私のハピナスが!」

「あ、サーセン」

「シグナムさんはダブルバトルに向いてませんね」

「いや、こいつの場合はわざとやってる気がしてならないんだけど」




マルゴッドさんを加えた私達七人は、開場するまでくっちゃべったりゲームをしたりとひたすら暇をつぶしていた。なぜか途中からポケモン談義やポケモンバトルが中心となっていたが、面白かったからよしとしよう。

そうして、とりとめの無い話に花を咲かせているうちに、

パチパチパチパチパチパチ!

会場入り口付近から伝播する様に、拍手の波がこちらまでやってきた。

時刻は午前十時。とうとう開場時間だ。

「と、言っても入場出来るまではもうしばらく掛かるのですが」

「え、開いたんじゃないの?」

「これだけの人間が一気に入口目指したら危険でござるからな。少しずつ入場させて、徐々に捌(さば)いていってるんでござろう。たぶん」

大方そんな理由だろうな。なんせ数万、十数万人ものオタクがこのビッグサイトに集まってるんだ。入場制限を設けるのは当り前だよね。少しずつ進んでいっているようけど、まだまだ入場は出来そうにないな。

「ただ、入場前に企業ごとの列に並ばなくてはならないでござるがな。ほれ」

マルゴッドさんの言葉通り、ちょっと進んだ先に列の整理をしている人達が見え、その人達の指示に従ってオタク達がバラバラに別れていっている。なるほど、あそこが分岐点か。そういえば夏の時もあんな感じだったっけ。前回はみんな揃って進んだんだけど、今回はあそこで一旦ばらけなきゃね。

「皆さん、別れる時がやってきました。チェックリストやお財布は持ってますね?」

別れる前に最後の確認をしておこう。不備があったらいけないし。

「大丈夫だぜ」

「こっちもオッケーでおじゃる」

「抜かりは無い」

うん、準備万端のようだ。これなら安心。後は個々人の奮戦に期待するとしよう。

「あ、企業ブースに居るのは一時が限度ですよ。一時過ぎたら、たとえ並んでる途中だったとしてもコスプレ広場に集合ということでお願いしますね」

「おう」

「分かったわ」

最後の確認も終了。分岐点もすぐそばまで来たし、頃合いかな。

「では皆さん、どうかご無事で。皆さんに星々の導きがあらんことを」

『星々の導きがあらんことを』

「あ、あら? なにそれ?」

一人乗れなかった人物を尻目に、私達はそれぞれの戦場へと足を進めるのだった。





みんなと別れた私は、オタクに囲まれながらじっと列が動くのを待っていたのだが、これがなかなか動かない。車椅子に座っているため足が痛くなるということは無いが、どうにも手持無沙汰でいけない。

思えば、こうして一人になって行動するというのはかなり久しぶりな気がする。いつも誰かしらと一緒に居たから、こんな風に一人で居ると少し寂寥感を感じてしまうな。まあ、一人と言っても周りにはオタクが腐るほど居るのだが。

「……お、そうだ」

特にやることが思いつかなかった私は、気を紛らわすためにポケットから携帯を取り出し、某大型掲示板を覗いてみることにした。

前回のように、私達のことが話題に上がってたりして。






【寒さがなんだ】冬コミ実況スレPart3【そんなの関係ねえ】


56 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:36:09

いやだからさあ、マジで人がいきなり現れたんだって。トイレの個室にさあ。杖持った男が。

57 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:37:22

>>56妄想乙

58 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:38:43

>>56空想乙

59 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:39:52

おまいら、そんなことより幼女について語ろうぜ!
今さっきお持ち帰り~☆したいくらいの幼女を二人も発見したんだぜ!

60 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:41:12

>>59奇遇だな。漏れも金髪とツインテの美幼女を発見したぜ。

61 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:43:21

聞いて驚け。オレっちはメイドさん軍団に遭遇しちまった。なにを言ってるのか(ry

62 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:45:32

>>61それ俺も見た。4人組のメイドだろ。そういや幼女もいたな。

63 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:47:51

いつからここは幼女発見報告スレに……とか言いつつ俺も報告。車椅子に乗った子と赤髪の幼女発見。萌え。

64 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:50:18

>>63あれ? その幼女達って夏にも発見されてたような?

65 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:52:49

>>63ちょ、その幼女の連れがおかしい。美女が4人にマッチョが一人とか……

66 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:55:17

>>65ハーレムか! ハーレムなのか!? 幼女と美女でよりどりみどりですかー!?

67 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:57:24

筋肉に魅せられた幼女と美女か……俺も体鍛えようかな。

68 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 07:59:36

>>63把握した。リア充氏ねと思いつつ見てたらいきなりマッチョがこっち睨んできた。プレッシャーが半端なくて危うくチビるとこだった。俺には分かる、奴は歴戦の勇士だ……

69 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:02:15

ジェントルマンだ! ジェントルマンが現れた! ネコ耳美少女二人も連れたジェントルマンが!

70 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:03:56

>>69kwsk

71 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:05:33

>>70いやそのまんまの意味なんだが。イギリス紳士っぽいオジサマが若いねーちゃんはべらせてんのよ。しかもネコ耳。

72 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:07:51

>>71え、なにそれ怖い。

73 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:10:15

>>71女はべらせてる時点で紳士じゃねーだろ

74 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:12:43

>>73はべらせてる、というのは語弊があったな。なんか付き従ってるって感じ。

75 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:14:28

おまいら、そんなことより幼女について語ろうぜ!
ついさっきツンデレっぽい金髪幼女を発見したんだぜ!

76 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:16:55

>>75お前はどんだけ幼女が好きなんだと小一時間問い詰めたい。

77 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:19:16

幼女じゃないけど、なんかアクセサリーに話しかけてるアホっぽいガキがいた。なんだありゃ?

78 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:21:49

>>77ガキなんだろ? なんかの遊びでもしてんじゃねーの。

79 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:23:57

おまいら! もっと幼女について熱く語ろうぜ!

80 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:26:21

>>79ロリコンは死んでください

81 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:29:34

話は変わるが、さっきコンビニの前でおばあちゃんが俺らオタクの大群見て「恐ろしい恐ろしい」とか言いながら念仏唱えてたwww

82 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:31:41

>>81一般人から見たら、俺らどんな風に見えてんだろな?

83 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:33:22

厨房うぜー。ゴミとか平気でポイ捨てするし、こいつらばかなの? 死ぬの?

84 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:36:17

>>83注意すればいいじゃん

85 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:40:23

>>84ごめん無理。ピザでニートな俺には荷が重すぎる。

86 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:42:58

>>85働けニート

87 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:45:18

>>86世の中にはなぁ! 働きたくても働けない人が……ごめん。今からハロワ行ってくる。

88 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:47:25

>>87武運を祈る

89 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:49:47

>>87せめて今日1日くらいはコミケを楽しめ。それからでも遅くはない。

90 :カタログ片手のオタクさん:20xx/12/28 08:52:15

おまいら! そんなことより──





……うーん、カオスだ。



[17066] 五十三話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:33
……侮っていた。

いや、舐めていた、と言った方が正しいか。

「くっ……」

戦場に出たのはこれが初めてじゃない。戦闘には参加しなかったが、銃弾飛び交う激戦区を練り歩いたという経験がある。

ゆえに、いっぱしの兵隊になった気分でいた。私でもやれるんだと、錯覚していた。

甘かった。

「くそう……」

歴戦の強者(つわもの)達が怒気を発しながら獲物を狩らんと眼前を見据えている。今か今かと苛立たしげに舌打ちをする者も居る。

私もそんな強者の後ろに並び、おこぼれを狙うハイエナのようにじっと時が来るのを待っている。

今度こそ、今度こそ獲物を手に入れるんだ。

焦りによって動悸が激しくなるのが分かる。しかし、止められない。

まだか、まだなのか。時間の流れが遅く感じてもどかしい。

私が新兵さながらに戦場の空気に呑まれている間にも、獲物を手にしたライバル達が一人、また一人と笑みをその顔に張り付けながら去っていく。

私の前に居るのは残り二十人ほど。これは、今度こそいけるか?

淡い希望を胸に秘め、少しずつ、少しずつ前へと進む。

残り、十五人。……十三人、……十人、……八人、七人……

お、おお、これは、もしかすると──

「申し訳ございませーん! 鈴仙(レイセン)8分の1完成品フィギュア、ただいまをもって完売致しましたー!」

「うどんげぇーっ!?」

オタクの壁は、厚かった……





みんなと別れてから一人で外の列に並ぶこと一時間ちょっと。いい感じに列が動き始め、ようやく中に入れたと安堵した私だったが、そこからがまた大変だった。

商品が、買えないのだ。

私が狙っていた商品はほとんどが限定商品であり、それゆえに人気が高いというのは分かっていた。分かっていたのだが……

「憎むべきは徹夜組か、需要に供給を合わせない企業か……」

まさか、並ぶ売り場のほとんどで売り切れが続出するとは予想出来なかった。品数が少ないというのもあるだろうが、一番の要因は徹夜組、いや、転売屋だろうな。

会場内のあちこちで、同じ商品をいくつも購入しているオタクが見られた。奴らは間違いなく転売屋だ。

ああ、腹立たしい。ああいう奴らのおかげで私みたいな善良なオタクは泣きを見るんだ。一応、購入数を限定している商品もあるにはあるが、そういったものは得てして絶対数が少ないため、徹夜組がそのほとんどをかっさらってしまう。

だから、買えない。

「手痛い洗礼を受けちゃったな……」

気分はまさに敗残兵。これがコミケ。これがオタクの祭典か。まさか始発でやって来たにもかかわらず目当ての商品が買えないとはね。徹夜する人達の気分が分かった気がするよ。かと言って、徹夜組を認めた訳ではないけど。

「でも、まだ諦めない」

今私は、商品求めて新たな売り場の最後尾に並び直したところだ。目の前で売り切れ宣言されて一度は心がくじけそうになったが、このまま何も買う事なく終わってたまるか、と心の内で気炎を上げることでなんとか持ち直した。

幸いこの売り場には私が欲しいグッズがまだ残っている。売り切れるその時まで私は諦めないつもりだ。

「あ」

そういえば、ヴィータちゃん達は今どんな状況なんだろうか? 大手企業ばっか任しちゃったから、やっぱり私と同様に商品手に入れられてないのかな。状況が知りたいや。

携帯……はみんな持ってないし、コミケ会場じゃ繋がらないって聞くからどっちみち通話は無理か。

なら、やることは一つ。

『ヴィータちゃーん、リインさーん、みんなー。聞こえますかー。今どんな状況か知りたいんですがー』

秘技、念話。

ふふふ、これぞ魔法使いの特権なり。無線持ち込んでるオッサンとか居たけど、コミケ内でこれほど迅速に情報交換できる手段は他にはあるまい。私が単体で使える唯一の魔法だけど、これさえあれば百人力よ!

『──んだ──おい──どうし──』

「ん?」

返事が来た。けど、おかしいな。いつもならもっと鮮明に聞こえるのに。それにこの声、ヴォルケンズのみんなでも、マルゴッドさんでもないような……

『おい、聞こえてるのか?』

あ、やっと普通に聞こえるようになった。でも……

『なのはか? ユーノか? まあどちらでもいい。今どんな状況だ? 頼んだ商品は買えたのか?』

…………誰だよ、こいつ。

『えっと……どちら様でしょうか?』

『む? なにを言っている? 僕だ、クロノだ』

いや、だから誰だよ。知らないってば。

……あれ、待てよ。そういえば夏に私達以外の魔法使いも来てたんだっけ。もしかして今回も来てたのか?

ということは、あの時はあっちが四方八方に念話飛ばしてたらしいけど、今度は私がやっちゃったってことか。ああ、こりゃいかん。間違い電話、じゃなかった、間違い念話をしてしまったようだ。謝らなければ。

『あの、すいません。どうやら間違えて──』

『クロノ! クロノ! やったよクロノ! 僕、ちゃんと仕事を果たしたよ!』

と、そこで突然、私の発言を遮るように大声が脳内に響いてきた。

『ユーノか。どうした、そんなに興奮して』

どうやら新たに出現した人物は先ほどのクロノと言う人物と知り合いのようで、

『聞いてよクロノ! 僕、今回はサイン入りテレカゲット出来たよ!』

『美佳子ぉー!?』

『そうだよ美佳子だよ!』

などと、私を置いてなにやら二人で盛り上がっている。

ああ、この人達絶対夏に念話飛ばしてきた魔法使いだ。似たような会話してたもん。

そういえば、もう一人くらい居たような……

『ユーノ君! ゆかりんは!? 私が頼んだテレカは!?』

お、また割り込んできた。この女の子がその一人か。

『勿論ゲットだぜ!』

『ユーノ君、えらい!』

『ふっ、これが僕の本気さ』

……どうしよう。もう念話切っちゃおっかな。いや、面白いしもう少し聞いててみよう。別に、これって盗聴とかじゃないよね? たまたま会話が聞こえてきちゃっただけなんだから、セーフだよね?

んー、それにしてもこの三人の声、リアルで聞いたような気がするんだよなぁ。気のせいかな?

『淫獣! じゃなかった、ユーノ様。私が頼んだ、ななちゃんのテレカはどうなりましたか?』

『バルディッシュ、あなたいつの間にそんなことを……』

おっと、さらに二人追加。というか、一体何人魔法使いがコミケに集ってるんだよ。オタクの魔法使い多すぎだろ。

『あら、みんなして情報交換? 私も混ぜてもらっていいかしら?』

『フェイト~、今どこに居るんだい? アタシ迷っちゃったよ~』

また増えた!? 私達とほぼ同数の魔法使いの団体さんかよ。まさかまだ増えるとか言わないよね。

『ああ、母さんにアルフか。今ちょうど状況報告しようと思ってたんだ。……って、あれ? そういえば最初に念話してきたのって、一体誰だ?』

あ、ばれた。次から次へと人が増えたから気にとめられてなかったけど、やっと気付いたか。

しかし、こうなったらもう謝って逃げるしかないか。いや、別に悪いことした訳じゃないけど、こう、ほら、なんとなく、ね。

『あははは、えーと、すいませんでした……チャオ!』

『あ、ちょ──』

ブツン、とテレビの電源を切るような感覚で念話のラインを切断する。そして、意識を脳内から外界へと移し、ふう、と一つ息を吐く。

「……ふふ」

思わず笑みがこぼれてしまった。しかし、それもしょうがないだろう。あの魔法使い達、すごい愉快だったし。まるで私とヴォルケンズのいつもの会話を聞いてるみたいで、親近感が湧いてしまった。

「友達になれたら、きっと楽しいだろうな」

半分以上がそんなに年のいってない子どもの声だったし、もしかしたら本当に友達になれるかも。って、見ず知らずの人間といきなり友達は無理か。そもそもどこに居るのかも分からないしね。

『おー──ハヤ──聞こえ──』

「お、これは……」

愉快な魔法使い達の会話を思い出しながら少しずつ進む列に付いていっていると、またもや脳内に声が響いた。が、今度のは先ほどの魔法使い達ではなく、毎日のように聞いている──

『ハヤテー、聞こえてるかー?』

『ハヤテちゃーん』

『主は返事が無い、しかばねのようだ』

ヴィータちゃん達の声だった。そういや、最初はヴィータちゃん達と連絡を取り合うために念話したんだったっけ。すっかり忘れてた。

『はいはーい。聞こえてますよー』

『む、やっと繋がったか。無事のようだな』

『ふう、心配したぞ主』

私の返事を聞いて、みんなが安堵したのが分かった。あれ、ということは……

『ご心配をお掛けしたようで。ところで、やっと繋がった、というと、さっきからずっと念話してたんですか?』

『ああ。なんかハヤテが呼び掛けてるような気がしてこっちも念話飛ばしたんだけどよ、他の魔導師が念話飛ばしまくってて、混線したみたいに上手く届かなかったみたいなんだよ』

混線て……まるで電話だな。まあ、そんなのは今はどうでもいいか。せっかく連絡が取れるようになったんだから、みんなの状況を教えてもらおう。

『確かにさっき皆さんに呼びかけました。それというのも、今どんな感じなのか教えてもらおうと思ったからなんですが、どうです? 商品ゲット出来てます?』

『そうだったのか。あー……すまんハヤテ。あたしのとこは全滅だ。チェックリストの商品全部売り切れてた』

『僕のとこも~。オタクってこういう時には機敏に動くんだね~』

『我も一つも買えなかったな』

『私もだ。力になれなくて悪いな、主』

思った通りか。嬉しくない予想が当たっちゃったな。まったく、見通しの甘い過去の自分を殴りたいくらいだよ。

『あ~ら、あなた達たいしたことないのね。私は全部買えたわよ?』

『うそ! ホントですか、シャマルさん!?』

『ホントよ。まあ、私にしてみればこんなの子どものおつかいと大差無いわね』

すごいすごい。まさかゲット出来てるとは思わなかった。一体どんな手を使ったんだろうか?

『私の「手」にかかればお茶の子さいさいよ。私の「手」にかかれば、ね』

……どんな「手」を使ったのかは、詳しく聞くのは止めておこう。なんだか犯罪の匂いがプンプンしてくる。

『なにはともあれ、皆さんご苦労様でした。そろそろ集合時間なので、コスプレ広場に集まってくださいね?』

『おう』

『りょうかーい』

元気よく返事を返して念話を切っていくみんな。よし、私もこの列で最後にしよう。

出来れば最後くらいはゲットしたいところだが──

「申し訳ございません! こちらのねんどろいどは売り切れとなりました! まことに申し訳ございません!」

「パッド長ー!?」

世の中、そう上手くはいかないか……






コスプレ広場に向かう途中、

「嘘じゃねえって! いきなり胸から手が生えたと思ったら、持ってた商品かっさらわれたんだって! なぜか金は置いてったけど……」

「貴様ぁ、せっかくヤフオクで落としたチケットを無駄にしおって……皆の者、修正してやれぇい!」

「天誅でござる!」

「修正してやるでござる!」

「ぐはぁ!……お、おやじにも殴られたことないのに……」

なんて会話が聞こえたような気がしたが、きっと空耳だろう。



[17066] 五十四話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:39
「お、来たか。おーい、ハヤテー、こっちだこっち」

企業ブースから離れ、オタクがひしめく通路をグレン号の徐行運転で抜け、ようやくコスプレ広場に到着。

そこにはすでにヴォルケンリッターのみんなとマルゴッドさんが集合しており、私の姿を発見したヴィータちゃんが手を振ってきた。

こちらも手を振り返し、みんなが集まっている場所に近づいて声を掛ける。

「皆さん、遅れてごめんなさい。待ちましたか?」

「今北産業」

「それは良かったです」

シグナムさんの言葉を聞き、携帯で時間を確認する。時刻は一時ぴったり。時間にルーズなシグナムさんまで集まってるから少し遅れたかと思ったけど、そんなことはなかったようだ。

遅刻しなかったことに安堵の息を吐きながらみんなを見回してみると、やはりというか、シャマルさん以外にはその手に何も持っていなかった。念話で報告していた通り、商品は手に入れられなかったみたいだ。……あ、よく見たらヴィータちゃんだけは人形を手にしていた。私が頼んだのじゃないし、自分用のやつかな?

「ハヤテ、ごめん。グッズゲット出来なくて。それに、あたしだけ欲しいの買っちゃって……」

私の視線が人形に注がれているのに気付いたのか、ややばつが悪そうにヴィータちゃんが頭を下げてきた。

「ああ、いえ、構いませんよ。下調べをきちんとしなかった私が悪いんですから。皆さんはよくやってくれましたし、ヴィータちゃんのそれは正当な報酬ですよ」

「……そっか」

そう、今回グッズを入手出来なかったのは、私が無茶な要求をしてしまったからだ。買えない物を買えと言ったようなものだし、みんなに謝られると逆に私の居心地が悪くなってしまう。

「みんなだらしないわねぇ。自らの主の要求に応えられないで、どうして騎士と名乗れるのかしら?」

が、そんな無茶な要求を平然とクリアしたシャマルさんが、みんなをせせら笑っている。えげつねー。

「テメー、絶対イカサマしただろ、シャマル」

「あら、ヴィータちゃん。勝てば官軍って言葉を知らないの? たとえどんな手を使ったとしても、勝利条件さえ満たしてしまえばこっちのものなのよ」

「イカサマしたのは否定しないんですね……」

そこはせめて否定してほしかった。しかし、やってしまったものは仕方が無い。

本来このグッズをゲットするはずだったオタクよ、済まない。私があなたの分まで愛でるから、どうか許してくださいな。

なんて、心にも無い事を考えながらシャマルさんからグッズが詰まった袋を受け取る。中を確認すると、確かに頼んだ物が全部入ってる。シャマルさん、良くやった。イカサマはよくないけどね。

「ん?」

感謝の言葉を掛けようと口を開きかけたところで、私が受け取った袋とは別に、シャマルさんがもう一つ袋を持っていることに気付く。もしかして、あれってシャマルさんが自分で買った物?

「シャマルさん、その袋って……」

「え? あ、ああ、これ? ハヤテちゃんに頼まれた商品手に入れた後、暇だったからブラブラしてたんだけど、その時にちょっと気になって買った物なの。べ、別に怪しい物じゃないわよ?」

先ほどの余裕ある態度から一転、なぜかオドオドしながら言い訳がましく説明するシャマルさん。……怪しすぎる。

「何を買ったのか非常に気になるのですが」

「あたしも気になるな。ちょっと見せてみろよ」

「た、大した物じゃないわ。見る価値も無いわよ」

……この反応。見られたら困る物が入ってるってことか。一体何を買ったのか、ますます気になるじゃないか。うーん、でも嫌がるのを無理矢理見るってのはしたくないしなぁ。諦めるか?

「……いただき!」

「あっ!」

などと葛藤していると、シャマルさんの背後からそろりそろりと近づいたシグナムさんが、隙を見て袋を奪ってしまった。

そして、取り返そうと手を伸ばしたシャマルさんを華麗に避けたシグナムさんは、袋に手を突っ込み中に入っていたブツを取り出し、ガキ大将のような顔をしながら高々と「それ」を掲げた。……掲げて、しまった。

「じゃじゃーん! 大公開! これがシャマルの秘密……だ……!?」

みんなに見せつけるように「それ」をブンブンと振っていたのだが、「それ」がなんなのか気付いたシグナムさんは目を見開き、その動きを止める。

「おいおい……」

「我には理解出来んな……」

「私にも理解出来んぞ……」

「シャ、シャマルさん、あなた……」

「ほほー、これはこれは。なかなかいい趣味をお持ちのようでござるな」

同様にシグナムさんが持つ「それ」を見てみんなが驚愕の声を上げる。それもそのはず。なぜなら「それ」は──

「同人誌、しかもBL。あまつさえ……ガチムチ」

筋肉ムキムキな上半身裸の男性が抱き合っているイラストが表紙に描かれた、同人誌だったのだから……

「な、何よ。私がこういうの買ってなんか文句ある?」

みんなの視線が同人誌から持ち主のシャマルさんへと移り、その無言の視線の圧力に耐えられなくなったのか、シャマルさんが開き直ったかのようにみんなを見据える。

「いや、文句はねーけど……なあ?」

「人の趣味についてとやかく言うつもりはありませんが……ねえ?」

「……いいじゃない、別に。ちょっと興味が湧いただけよ」

私達の反応に少し傷ついたようで、シャマルさんはいじけたようにそっぽを向いてしまう。いやしかし、これはねーだろ。表紙がまるで超兄〇じゃん。これに興味持つとか、どんだけマイノリティーな性癖なんだよ、シャマルさん。

「ほら、シグナム。返しなさいよ」

「あ、うん。その、ごめんな……」

「なんで謝るのよ」

気を取り直したシャマルさんが、居心地の悪そうなシグナムさんから同人誌と袋を返してもらう。流石のシグナムさんも、アレをネタにシャマルさんをからかう勇気は無いようだ。私だって無い。

「ま、まあそれはそれとして、いよいよみんなでコスプレをする時がやって来ました。皆さん、準備はよろしいですね?」

「お、おう。ばっちこいって感じだぜ!」

「なんか無理に話逸らそうとしてない? 別にいいけど」

シャマルさん、そこは黙ってスルーしてほしかった。せっかくコスプレが苦手なヴィータちゃんが乗ってくれたっていうのに。

まあいいや。ブツを袋にしまってくれたことだし、これで普通に話せる。

「特訓の成果を遺憾なく発揮してくださいね。そして、カメコ共の視線を私達が独占しちゃいましょう」

「おや、特訓とな。これからなにをするのか聞いてもいいでござるかな?」

と、そういえばマルゴッドさんは知らなかったんだっけ。教えてもいいけど、ビックリさせたいから今は黙っておくか。

「見てからのお楽しみということで」

「ほほう。期待してるでござるよ」

ふふん、驚きすぎて鼻から心臓出さないように気をつけることですね。暇に飽かして毎日のように特訓してきたんだ。アレを見て驚きの声を上げない者はいまい。

「では皆さん。着替えに行きましょうか」

いざゆかん、羨望と嫉妬が入り混じる、輝けるステージへ……






道が、割れる。

『お、おい、アレ見ろよ……』

『一体どうし……な、なにぃ!?』

私達が一歩一歩地面を踏みしめるたびに、海を割るモーゼのごとくオタク達が道を開ける。

そのオタク達の顔には、これ以上ないほどの驚きと、まさか、アレをやるのか? という期待の表情が張り付けられている。

カメラや携帯を構える人間も出始めた。が、まだ撮影はしない。

彼らも分かっているのだろう。これから私達がなにかをやらかしてくれるということが。

ザッザッザッ、とオタク達が譲ってくれた道をわざと音を立てながら進む。その足並みは、さながらよく訓練されたドイツ兵のように揃っている。

いいね、気分が乗ってきた。でも油断は禁物。家の中とは違って失敗は出来ない一発勝負なのだ。

「………」

「………」

オタクの波を抜けて広場の中央へと到達した私達は、互いに目配せし合う。

言葉はいらない。目を合わせるだけで、すべてが伝わる。なぜなら私達は家族だから。

私達の周りには、期待に顔を輝かせながら今か今かと固唾を呑んで立ち尽くすオタク達が居る。

その期待、応えてみせようじゃないか。

「……ッ!」

時は、来た。

「イイイィィヤアア!……リクーム!」

ザフィーラさんが、練習の時以上に大きな声を上げてポーズを決める。その姿、まさにリクーム。

「ケェーケッケッケ!……バータ!」

シグナムさんが、練習のとき以上に機敏な動きでポーズを決める。その姿、まさに宇宙最速のスピードを誇るバータ。

「ハアアアアア!……ジース」

ヴィータちゃんが、先に名乗った二人に負けまいと必死に長い髪を振り回しポーズを決める。その姿、まさにジース。

「きえええええ!……グルド!」

シャマルさんが、初めの頃はとても嫌そうな顔をしていたあのシャマルさんが、懸命にポーズを決めてくれる。その姿、まさにグルド。

……皆さん、よくやってくれました。

「……ギニュー!」

さあ、後は最後の締め。いきますよ。

「み」「ん」「な」「そ」「ろ」「って」

中央に集まり、各々が極限まで洗練されたポーズを取り直し、そして……

オタクの魂を揺さぶる叫び声を上げる。

『ギニュー特戦隊!』

………これで、どうだ。

パチ……パチパチ、パチパチパチ、パチパチパチパチ、パチパチパチパチパチパチパチ!

「お? おお?」

初めはまばらに、しかし、徐々に私達を称える拍手は大きくなっていき……

『ワアアアアアアア!』

パシャパシャパシャパシャパシャ!

カメラのシャッターを切る音と、オタク達の大声が私達を包み込む。周りに居るオタク、全員がスタンディングオベーション状態だ。

……なんて、気持ち良い。

「あれ? なんだこの気持ち。あたし、オタク共に拍手喝采されて喜んでる?」

「不思議なものだな。我もだ」

「認めたくないけど、私も少し」

「やっべ。注目されるのって結構気持ち良いもんすね」

『ほう、こういうのも悪くないではないか』

ポーズを解いたみんなが、熱に浮かされたような表情でそんなことを呟いている。どうやらみんな、コスプレの真の喜び、「見られる喜び」に気付き始めたようだ。

コスプレとは、他人に見せて初めて価値が出るというもの。そのことに気付いてくれたのなら、満足にグッズを入手出来なかったことを差し引いても、コミケに来た甲斐があったというものだ。

『感動を、感動をありがとう!』

『あんたら、輝いてるよ!』

『ホンマ最高やったでー!』

『ビューティフォー! ワンダフォー! はやてちゃ、ゲフンゲフン……』

次々とオタク達から賛辞の言葉が降ってくる。その人達に手を振り返すと、さらに拍手の音が大きくなる。……ああ、ホンマに最高や。来て良かった、マジで。

「いやー、いいものを見せてもらったでござる。まさかあれほど完璧なスペシャルファイティングポーズを見れるとは夢にも思わなかったで候(そうろう)」

私達を囲んでいるオタクの壁の中から出てきたマルゴッドさんが、パチパチと拍手をしながら近寄って来た。マルゴッドさんも今はコスプレをしていて、どこぞのゴム人間の格好をしている。

「散々家で練習しましたから。これで出来なきゃ嘘ですよ」

「人前でやるのは抵抗あったけど、わりかし楽しいもんだな」

「お、ヴィータどのもコスプレの良さが分かってきたでござるな。重畳、重畳」

うんうん。そうでなきゃコスプレのし甲斐がないからね。コスプレの一番の目的は楽しむ事なんだから。

「さて、ギニュー特戦隊は大好評でしたが、どうします? まだこの格好でうろうろしてますか? それとも別のコスプレします?」

オタクの拍手が収まって来たところで、みんなに意見を聞く。

時間は限られてるから、私としてはどんどんチェンジしていきたいんだけどな。ギニューだけに。なんちゃって。

『主……そのギャグはどうかと思う』

『ちょっ!? 勝手に思考を読まないでください!』

くっ、油断していた。融合中はたまに考えてることがリインさんに伝わるんだった。気を付けなければ……

「あたしは別にどっちでもいいぜ」

「んー、オラは別のコスプレやりたいんだぞぉ」

みんなに聞いてみると、コスプレチェンジしたい人が二名、どちらでもいい人が三名。

と言う訳で、チェンジに決定。それじゃ、さくさく着替えてこよう。移動時間が勿体無いしね。





「グレートサイヤマン、一号!」「二号!」「三号!」「四号!」「五号……」

『世界の平和は、私達が守る!』

「……やっぱり、恥ずかしいことには変わりないわね」

我慢していただこう。




「バカブラック!」「バカレッド!」「バカブルー!」「バカピンク!」「バカイエロー……」

「みんな揃って!」

『バカレンジャー!』

「……なに、この自虐的な名前」

みんなバカですから。




「ウルトラマン!」「ウルトラマンゾフィー!」「ウルトラセブン!」「ウルトラマンジャック!」「ウルトラマンA……」「ウルトラマンタロウ!」

「我ら、ウルトラ六兄弟!」

『デュワ!』

「……なんか一人多くない?」

せっかくなので、参加してもらいました。





「いやー、大ウケでしたね。やはり五人組というのが大きかったんでしょうね。まあサイヤマンは捏造でしたが」

「拙者も楽しませてもらったでござるよ。あの発想は見事でござった」

ギニュー特戦隊以降、時間の許す限りコスプレをしまくったのだが、どのコスプレもオタク達にウケまくって、コスプレ会場は大盛り上がりだった。シャッター音は途切れることなく鳴り続け、カメコ達も大満足の様子で、別れる際にはありがとう、ありがとうと十数人の人間が感謝の言葉を述べに来たりもした。

「そういや、カメコの中にやけにハヤテばっか写真撮るオッサン居なかったか?」

「ああ、そういえば居ましたね。白髪のダンディな方が。子供好きなんでしょうか」

今私達は、コスプレ広場から離れ、駅へと向かう道を歩いている。

時刻は午後四時。コミケの終了時間を迎えたため、周りのオタク達同様に私達も帰路についているというわけだ。

コスプレに熱中していて他の場所を回るのを忘れていたが、みんななんだかんだ言って楽しんでいたようだし、今回は良しとしておこう。これから何度だって来る機会はあるんだから。

「それにしても今日は疲れたわ、精神的に。早く帰ってゆっくりしたいわぁ」

「あはは、ご苦労様でした。……ん?」

心地よい疲労感に包まれながらのんびりみんなと話していると、前方に見知った人影を発見した。

あの特徴的なツインテール、それに白いリボン。後ろ姿でも誰かはっきりと分かる。そう、あれは……

「なのはちゃん!」

「……はい?」

偶然の出会いに興奮してしまったのか、私の口から出た声は意図せず大きくなってしまった。が、そのおかげでわりと離れた所に居た彼女に声が届いたようで、こちらの存在を知らせることが出来た。

「あ、ハヤテちゃん! ハヤテちゃんもやっぱり来てたんだね~」

振り返った彼女は、私の顔を見ると嬉しそうに笑いながらこちらに小走りでやってくる。

「ハヤテ、知り合いか?」

寄って来るなのはちゃんを少し険のある顔で見ながらヴィータちゃんが聞いてくる。

「ええ。休日によく一緒に遊ぶ友達の一人で、なのはちゃんっていいます」

「ふうん……」

オタクの波をかき分けて私達のすぐ前までやって来たなのはちゃんは、いつものように元気いっぱいに挨拶をしてきた。

「ハヤテちゃん、こんにちわ……って、マルゴッドさんも?」

「へ?」

笑顔で挨拶をしたなのはちゃんが、私の右隣に居るシグナムさんを見て目を丸くしている。というか、マルゴッドさん? マルゴッドさんはそっちじゃなくて、私の左隣に居る彼女でしょうに。いや、その前になのはちゃんはマルゴッドさんと知り合いなのか?

「おいマル助、この小娘お前を呼んでるっすよ」

「え、拙者この女子(おなご)とは面識が無いんでござるが……」

「ち、違いますよ。私がマルゴッドさんと呼んだのはこちらの女性で……」

「え、あっしの名前はシグナムでやんすよ?」

「え? ええ!? シグナム? マルゴッドじゃなくて?」

なにやらシグナムさんの言葉を聞いてなのはちゃんがひどく驚いている。どういうことなんだろうか?

「おーい、なのはー。急に戻ってどうしたの? 知り合いでも……マ、マルゴッドさん!?」

そこに、なぜか混乱しているなのはちゃんに声を掛ける人物が現れた。視線を前に向けると、どっかで見たような可愛い顔した少年がこちらにやって来る姿が見える。さらにその後ろから複数の人間が私達の所に向かって来ている。あの人達、なのはちゃんの知り合いかな?

「だーかーらー、僕はマルゴッドじゃないって。シグナム。僕の名前はシグナム!」

「うぇええ!? いや、どこからどう見てもマルゴッドさんでしょう?」

「マルゴッドは拙者でござるが」

「え、あなた誰です?」

「いやだからマルゴッドだと」

なんだかひどく混迷としてきたな。訳が分からなさすぎるぞ。シグナムさんがマルゴッドさん? どういうことさ?

「……シグナム、だと?」

「え……」

そこで突然、前方からまるで感情を押し殺したかのような声が聞こえてきた。新たに現れた少年から視線を外し前に向き直ると、そこには異様なプレッシャーを放ちながら下を向いてプルプルと震えている黒髪の少年の姿があった。

そして、その隣にはおっとりとした感じの女性が一人、後ろに特盛り級のおっぱいを装備したワイルドな女性と、綺麗な金髪が特徴的な私と同い年くらいの女の子が居て、こちらを見ていた。……おや、あの金髪の子は確か──

「思いだした。思い出したぞ……」

「……げ」

黒髪の男の子が俯かせていた顔を上げ、ギリ、とこちらに届くほど大きく歯を鳴らした。何事か、と思考を中断してそちらに目をやったのだが、なんというか、その、すごく見覚えがある顔だったので、思わず声を漏らしてしまった。

「なるほどな。記憶を消してたのは、そういうことだったのか……」

低い声でそう呟く黒髪の男の子。この子のことはよく覚えている。なぜなら、私が生まれて初めて生で裸を見てしまった男だから。

そう、この子は以前防衛プログラムを倒した後に現れた──

「僕は時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン。大人しく投降しろ。さもなくば、痛い目を見てもらうことになるぞ、守護プログラム共」

管理局の人間なんだよね。

………ど、どうしよう。今度こそ捕まっちゃうのかな、私達。なんか消した記憶が戻ってるっぽいし、言い逃れは出来そうにないよな。

「封時結界!」

テンパる私を無視するかのように、クロノとか言う少年が魔法を発動。瞬時に、周りの風景が一変する。

先ほどまで腐るほど居たオタクの群れが一瞬で消失し、靴音や人の話し声などのざわめきも無くなった。

今この場に居るのは、私とマルゴッドさん、ヴォルケンズの七人と、黒髪の少年、おっとりした女性、特盛りの女性、可愛い顔した男の子、金髪の女の子、なのはちゃんの六人で、合計十三人。

………おい、待て。なんでなのはちゃんとか金髪の子とか居るんだよ。確かこういう結界の中って一般人は入れないはずじゃなかったっけ? いや、そうでなくても関係の無い一般人を結界の中に残すなんてこと、警察っぽい組織である管理局の人間がするわけない。

あれ? もしかして、もしかすると、なのはちゃんとか金髪の子、いや、まさかここに居る全員……

魔法使いってこと?

「……なぁにこれぇ」



[17066] 五十五話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:6f788d53
Date: 2010/07/01 12:48

オタク達が消失し無音となった世界で、私達一行となのはちゃん達一行が対峙している。

いや、対峙と言うよりは顔を向かい合わせていると言った方が正しいか。敵意を剥き出しにしているのは杖を構えた黒髪の少年だけだし。

どうやら黒髪の少年が結界を発動させたのは、彼ら、彼女らにとっても想定外だったらしく、なのはちゃんとその他四名は事情を求めるような顔付きで結界を張った少年を見ている。

そのような状態で数秒ほど静寂が続いていたのだが、その沈黙を破るように、私の近くに居るなのはちゃんと女顔の少年が、詰問するような口調で黒髪の少年に問い掛けた。

「ク、クロノ君? どうしたの、突然結界張るなんて。それに、投降しろとか、守護プログラムとか、どういうこと?」

「そうだよクロノ。君、以前もそんなこと言ってたけど、結局人違いだっただろう? マルゴッドさんに失礼じゃないか」

「いや、だからマルゴッドは拙者だと何回言えば……」

なのはちゃん達の言ってることはよく分かんないけど、この結界を見て取り乱さないと言う事は、やっぱり魔法使いなのか。衝撃の事実発覚ってやつだね。

「……あ」

そっか、なるほど。昼頃に私が聞いてた念話って、この人達のだったんだ。よくよく思い出してみれば、この子達と声が一致するし、間違い無いだろう。

うーん、でもこの状況、どうしたもんか。シグナムさん達が本気になれば逃げられるかもしれないけど、その後が問題だ。もうみんなの顔を見られちゃってるし、この世界に居るってのもばれている。いつまでも逃げ続けられるもんじゃないだろう。

口封じにこの人達をどうこうするってのは論外だしなぁ。なにより、なのはちゃんが居るし。

……ここは、あれだな。最後の手段だ。

話し合いで、解決。これっきゃないかな。

「なのは、ユーノ、今回は間違いじゃない。こいつらは過去に何人もの魔導師を襲った犯罪者だ。勝手に巻き込んで済まないが、こいつらが暴れ出した時は力を貸してほしい」

私が解決策を模索していると、防護服を纏って杖を構えている黒髪の少年が、鋭い目つきで私達を睨みつけながらなのはちゃんに言葉を返す。

「え~、でもでも、マルゴッドさんだよ? それにハヤテちゃんも……って、ハヤテちゃん!? どうしてハヤテちゃんが居るの!?」

ようやく私の存在に気付いたのか、こちらに勢いよく振り向いて驚愕の声を上げるなのはちゃん。さっきから驚いてばっかだな、私もそうだけど。

まあ、一応説明しておくか。私もなのはちゃんのことを知りたいし。私のことをなのはちゃんに知ってもらいたいし。

「えーと、実は私、魔法使いでして。念話くらいしか魔法使えませんが」

「ええ!? ハヤテちゃんも!?」

ホントにいいリアクションする子だなぁ。なんか驚かせるのが楽しくなってきちゃった。

「その発言によると、なのはちゃんも魔法使いなんですね?」

「う、うん。魔法を知ってからまだ一年も経ってないけど」

そうなんだ。ということは、私とそんなに変わらない時期に魔法と関わったのかな。なのはちゃんが魔法を知るきっかけって何だったんだろう? 気になるな。

……気になるけど、今はそんな悠長なこと言ってる場合じゃないか。なんか、黒髪の少年がすごい形相で私のこと睨んでるし。まるで親の仇でも見るような目をしてるな。こわ。

「……そこの車椅子の君。君が今回の闇の書の主なのか? それともそっちの銀髪の女性か眼鏡の女性のどちらかか?」

今にも飛びかかって来そうな雰囲気を纏った少年が、そう問い掛けてくる。

……どうやら転生システムや守護騎士についてのある程度の情報は持っているようだけど、リインさんのことは知らないみたいだな。

まあいい。こっちは話し合いで解決するしかないんだし、ここは素直に答えておこう。真摯(しんし)な態度こそ、和解への橋頭堡(きょうとうほ)足り得るんだから。正直者は得をするってやつだ。

「闇の書の主は私です」

「そうか。では逮捕する」

うぉい!? 正直に答えたのにそりゃねーだろ!

い、いや。そういやこの子、最初から私達のこと捕まえる気満々だったな。こういう答えが返ってくるのは必然ということか。

落ち着け、私。要は私達が無害な存在だと教えることが出来れば、見逃してもらえるかもしれないんだ。過去にシグナムさん達が犯罪をしてたってのがネックだけど、今はもうそんなことはしてないし、する必要も無い。だから、それを信じさせればなんとかなる、……かなぁ?

実は、見逃してもらえる自信があまり無い。なぜなら、私が持っている情報が少ないからだ。

過去にシグナムさん達が起こした犯罪がどの程度のものなのか? 過去とはどれくらい前の過去なのか? 時効じゃないのか? むしろ管理局が定めた法に時効という概念が存在するのか? 過去にシグナムさん達が起こした犯罪は、その時の主が強制させていたのではないか? もしそうなら、今のシグナムさん達に責任は発生するのか? 発生したとして、どのくらいの罪の重さなのか? というか、この少年に本当に私達を逮捕する権利があるのか? ヴィータちゃん達は以前、管理局に見つかったら捕まると言っていたが、本当に捕まえられなければならないのか?

現状、分からないことが多すぎる。ゆえに、ヴォルケンズやこの黒髪の少年と情報の擦り合わせをして、不明な点を無くしていかなければならない。その為にはまず、落ち着いて話し合いをする必要があるのだが……

「………」

睨んでる! めっちゃ睨んでるよコイツ!

どうしよう。話を聞いてもらえるような空気じゃないってこれ。

『ハヤテ、どうする? 逃げるか? それともこいつら全員叩きのめして、もう一回記憶消すか?』

そんな風に黒髪の少年のプレッシャーに当てられて動揺している私の下に、ヴィータちゃんから念話が届く。横を見て見ると、そこには黒髪の少年を睨み返しているヴィータちゃんの姿があった。

黒髪の少年同様、今にも飛びかかりそうな感じだったので、私は慌てて念話を返す。

『待ってください、その案はどちらとも却下です』

『なんでだ?』

『逃げたところでこの世界に居る限りまたすぐに見付かってしまうでしょうし、記憶を消したとしても今回みたいに元に戻ってしまうとも限りません。それに、なのはちゃんに危害を加えるなんてもってのほかです』

『じゃ、じゃあどうすんだよ』

『話し合いましょう。話し合って、私達が犯罪とは無縁な存在だと知らせることが出来れば、ひょっとしたら見逃してもらえるかもしれません』

『でもハヤテちゃん、今はのほほんと毎日を過ごしてるけど、私達が過去にたくさんの無辜(むこ)の魔導師を襲ったのは事実なのよ。そのことを持ち出されたら言い逃れは出来ないんじゃない?』

ここで、私とヴィータちゃんの間に入るようにシャマルさんが念話に割り込んできた。

確かにシャマルさんの言う事ももっともだ。でも、

『それでも、です。問答無用で捕獲されるかもしれませんが、もしかしたらという可能性もあるかもしれません』

『ふーむ、そんなに管理局は甘くないと思うでござるがなぁ。ところで、仮に話し合いが成立したとして、それでも逮捕すると言ってきたらどうするつもりでござるかな?』

今度はマルゴッドさんが割り込んできた。私達の会話が聞こえていたらしい。

……しかし、話し合って、それでもダメな場合か。充分にありえる展開だよなぁ。

そうだな。もし、そうなったとしたら、その時は……

『逃げましょう。逃げて逃げて、逃げのびるんです。そして、逃げ切ったその時は、またみんなでまったりと過ごすんです』

そうだ、大人しく捕まってやるつもりなど毛頭無い。

ヴォルケンリッターのみんなはもう戦う必要も無いし、呪いが解けた私も死に怯えなくて済んでいる。

せっかく平穏な日々が訪れたってのに、こんなところで捕まってたまるか。

そりゃあ、過去にシグナムさん達に襲われた人やその家族は気の毒だとは思うよ? 被害者の人達が今のヴォルケンズの姿を見たら、憤りを感じるってこともあるだろう。

でも、シグナムさん達もきっと苦しんでたんだ。

死ぬことも許されず、蒐集のために戦いを続ける日々。終わることの無い蒐集。常に誰かを傷付け、傷付けられてきた。

それは、おそらく戦い好きのシグナムさんでさえ辛かったはずだ。

贖罪(しょくざい)と言うなら、それはすでに済んでいるのではないかと思う。

まあ、九歳のガキの自分勝手な理論と言われればそれまでだが、それでも構わない。そんなことを言う人間には、こう返してやればいいんだから。


「私達は今幸せなんだ。邪魔するな」


ってね。

だから、逃げる。絶対に捕まってなんかやらないんだ。

……ま、話し合いで解決出来るなら、それに越したことはないんだけどね。逃げるのは本当にどうしようもなくなった時の最後の手段だ。

『ふ、ふふふ。その意気や良し! ハヤテどの、もし逃げる当てが無かったなら拙者の故郷の世界に来るといいでござる。手厚く歓迎させてもらうでござるよ?』

『あはは、その時はよろしくお願いしますね』

『引越しの挨拶の時はやっぱソバ持ってった方がいいんすかね?』

『お前、絶対相手にぶっかけるだろ』

マルゴッドさんの世界か。それもいいかもしれないな。

なんて、ちょっと和んでしまった私達の下へ、前方から硬い声が掛かる。

「相談は終わったか? では、そろそろ返答をもらおうか。大人しく投降するか、それとも……」

黒髪の少年が、一歩こちらへ踏み出す。

どうやら私達が念話で相談してたのがバレてたみたいだ。それでも律儀に待っていてくれたようだけど。

うーん、一触即発(まあ黒髪の少年だけだが)の空気が漂っているけど、会話の糸口を掴むためにも何か言わなければなるまい。

さて、それじゃあ何から──

「待ちなさい、クロノ」

と、私が口を開こうとしたところに、少年の後ろから声が響いた。

そちらに目をやると、先ほどから黙って少年と私達を見ていたおっとりした女性が、やれやれ、といった表情で黒髪の少年、いや、もうクロノ君でいいか。クロノ君の近くに移動する姿が見えた。

そして、私達が注目する中、その女性はクロノ君の隣で止まると彼の黒髪に手をやり、諭(さと)すような口調で静かに語り出す。

「少し、落ち着きなさい。私は今の一連のやり取りで事情は察したけど、他のみんなは置いてけぼりよ? 事情を説明するくらいはした方がいいんじゃないかしら」

おお、この女性は結構話が分かる人のような気がする。ここはチャンスだな。

「しかし艦長、そんな悠長なことしてる場合じゃ──」

「いえいえ、私達は大人しくしていますから、どうぞ説明なりなんなりしてくださって構いませんよ」

この言葉に、クロノ君が女性(艦長?)から目を離し、私の顔をまじまじと見る。

「……本当か?」

「ええ、もちろん」

なのはちゃん達に私達のことを知ってもらった方が、これからの話し合いがスムーズに進むと思うし、仲間たちと会話することで、多少はクロノ君も落ち着くことだろう。

なにより、クロノ君が話す内容の中に、和解への糸口になる物が含まれてるかもしれないしね。

「……そうだな。ではかいつまんで説明しよう」





「──と、そういうわけだ」

「ふぇー、闇の書とその主かぁ。なんだかすごいね」

「僕はマルゴッドさんの名前が偽名だったことの方が驚きだよ……」

「拙者は自分の名前が勝手に使われていたことに驚きでござるよ……」

「やー、とうとうばれちゃったか~。ごめーんちゃい」

十分ほど掛けて、クロノ君はなのはちゃん達に闇の書やそれに関連することを説明した。その中には、私が初めて聞くことも多く含まれており、脇でクロノ君の説明を一緒に聞きながら嘆息することもしばしばあった。

闇の書自体に対する説明。闇の書が起こしてきた悲劇。以前、結界を破った先に居たのが私達だったこと。記憶を消されたこと。あと、なぜかシグナムさんがマルゴッドさんの名前を騙っていたこと等々。

ただ、闇の書に対する説明を聞いた限りだと、クロノ君、いや、管理局にはあまり闇の書の詳細なデータは残ってないように思えた。

転生を繰り返し、魔導師を襲い、魔力を吸い取り、それを破壊の力に用いるロストロギア。クロノ君はそう闇の書を説明した。間違っているわけではないけど、元が夜天の書だったとか、改変された、とかは言ってなかったから、そこまで詳しくはないのだろう。いや、知っているけど言わなかった、という可能性もあるけど。

「さて、説明は終わった。大人しくしていたということは、投降の意思ありと見ていいんだな?」

私達のしおらしい態度を見て少し気が緩んだのか、先ほどよりはやや軟化した口調で再度クロノ君が問い掛けてくる。でも捕まえる気は満々だ。それが仕事らしいから、仕方ないっちゃ仕方ないか。

ただ、さっきよりは話を聞いてくれそうな雰囲気だし、今ならすぐに襲いかかってくるということは無いだろう。説得してみるか。

「あの、投降云々というのは置いといて、ちょっと私達の話を聞いていただきたいのですが」

「……なんだ、言ってみろ」

「私達のこと、見逃してもらえませんか?」

「出来るはずがないだろう。闇の書は危険極まりないロストロギアなんだ。それに、そっちの守護プログラム達も危険なんだ。野放しになど絶対に出来ん」

少し、ストレートに言いすぎたな。見逃してもいいと思えるように、こちらが無害な存在であることを伝えなければ。

「えーとですね、危険危険と言いますが、今の闇の書はもう破壊の力なんて残ってませんし、暴走もしません。それに、シグナムさん達ヴォルケンリッターの皆さんも、私が主になってからは罪の無い魔導師を襲ったりなんてしてませんし、これからもそんなことは絶対にしません」

犯罪者はボッコボコにしたけどね。

「とてもじゃないが、信じられないな。この場を逃れようと嘘をついているとしか思えん。何か証拠はあるのか?」

胡散臭そうにクロノ君が私を見てくる。しかし、証拠か。私達が提示出来るものと言えば……

「その前に、ちょっといいかしら」

私が口を開く直前、またもやあの女性が割り込んできた。

彼女は何か言おうとしたクロノ君を手で制し、私達の前まで来ると、予想だにしないことを口にした。

「あなた達、もしかして犯罪組織を次々と潰し回ったことがあるんじゃない?」

「え?」

いや、あるにはあるけど、潰し回ったと言うよりは勝手に潰れていったって感じだったな。襲いかかってくるのはいつもあっちからだったし。まあ、犯罪者のアジトやら犯罪現場に毎回転移しちゃってたから、当然の成り行きだったけど。

でも何でこの人がそんなこと知ってるんだろうか。

「確かに、結構な数の犯罪者をボコボコにしたことはありましたね」

「……その犯罪者達のデバイス、ひょっとして海鳴市の民家にばら撒いたりした?」

デバイス? そんなことした覚えは無い……いや、待て。クリスマスを思い出せ。あの時シグナムさんは何をした? でかい袋によく分からん物詰め込んで、海鳴の民家にサンタよろしく侵入してなかったか?

「えっと、シグナムさん。あの時配ってたプレゼントって……」

「え、デバイスに決まってんじゃん」

おい!? あの時はオモチャとか言ってただろうが!……って、怪しいと思いつつも確認を取らなかった私も私か。あの時ちゃんと中身確認しときゃよかったな。

「あはは、えっと、どうやらウチのシグナムさんがばら撒いてしまったようです」

これってなんかまずいのかなー、なんて思いつつ苦笑いしながら目の前の女性に告げる。女性は思案する様にアゴに手をやっていたが、私の言葉を聞くと視線を再びこちらに向け、またもや質問をしてきた。

「あなた達は、どうして犯罪者達を襲っていたの?」

別に襲ったんじゃないんだけど……って言っても、客観的に見たらそうなるのかな。

しかしどう答えたもんか。魔力蒐集してる時に偶然出会って、相手が襲いかかってきたから返り討ちにしました、とでも答えようか? でもアホみたいな数を潰しちゃったからな。偶然と言っても信じてもらえなかったりして。

そうやって私が悩んでいると、突然隣に居たシグナムさんが一歩前へ踏み出し、

「答えは簡単。今まで私達が犯した罪を償うためだ」

「な、なんだと!?」

……なんてことをのたまった。その言葉に、クロノ君が大層驚いている。

しれっと心にも無い事を言えるあたり、シグナムさんには悪女の素質があるのかもしれないな。

『って、なんでそんな嘘ついてんですか? 嘘はよくありませんよ』

『まあまあ。心証を良くするには打って付けじゃないっすか。これを利用しない手はないでござりまする』

むう、シグナムさんの言う事にも一理あるか。嘘をつくのはためらわれるが、とりあえず今はそういうことにしておこう。この世界に留まれるかどうかの瀬戸際だし、多少の虚言は許されるだろう。

「そう。そういうことだったのね……」

シグナムさんの見事な演技に騙された女性が、得心がいったようにうんうんと頷いている。その様子を見るに、結構な好印象を与えたようだ。

クロノ君も私達の善行(笑)に心動かされたかのように狼狽していたが、気を取り直すかのように首を二、三度横に振り、再び噛み付いてきた。

「し、しかしだ! いくら貴様らが改心の情を見せたところで、闇の書が危険なロストロギアだということに変わりは無い。またいつ転生、暴走するとも分からん物を──」

「ああ、その心配は御無用でござるよ、坊主」

「な、なに?」

が、マルゴッドさんの一言によって、またもやその勢いを失うことになった。

「先ほどハヤテどのが言ったように、闇の書はもう二度と暴走することは無いでござる。もちろん転生も。ゆえに、守護プログラムであるヴォルケンリッターの皆が暴れなければ、魔導師にも、管理局にも、次元世界にも害は無いんでござるよ」

「だから、その証拠を見せろと言っているだろう。口先だけでは何とでも言える」

「証拠? 証拠ならここにあるでござるよ?」

言うと、マルゴッドさんは懐から以前見たカード型のデバイスを取り出し、クロノ君の眼前に突き出した。

クロノ君は一瞬警戒したように身構えたが、マルゴッドさんがなんのアクションを取らないことを見てとると、構えを解いて目の前にあるカードに注目する。

「……これは?」

「デバイス、『ゲシュペンスト』。この中に入っているデータを解析すれば、闇の書、いや、夜天の書が今どういった状態にあるのか見て取れるでござる」

「夜天の、書?」

「闇の書の本来の名前でござるよ。そういった情報もすべてこのデバイスの中に網羅されているでござるから、真実を知りたくば受け取るで候(そうろう)。あ、解析した後はちゃんと返すでござるよ?」

「む、む?」

グイグイと押しつけられるカードを受け取るべきか否か迷っていたようだが、そんなクロノ君に横合いから声が掛かる。声の主はやっぱりあの女性。

「クロノ、受け取りなさい。嘘か本当か、調べれば分かる事だわ」

「りょ、了解……」

どうやらあの女性はクロノ君より立場が上のようで、命令を受けたクロノ君はしぶしぶと言った感じにマルゴッドさんからデバイスを受け取る。

……マルゴッドさんの好意はありがたい。けど、

『マルゴッドさん、いいんですかあれ渡しちゃって。大事な物なんでしょう? もしかしたら返ってこないかもしれませんよ?』

『なぁに、その時はその時でござる。いざとなったらまた管理局に忍び込めばいいでござるしな』

『……頭が下がります。一度ならず二度も助けてもらってしまって』

『気にすることはないでござる。……拙者達、友達でござろう?』

『お前実はそれ言いたかっただけなんじゃねーか?』

『し、知らんでござる! 友情は見返りを求めないものなんでござる! クロスチャ〇ネル最高!』

……しかし、本当にありがたい。今度マルゴッドさんが遊びに来た時は、何かお返し出来る物を用意しとこうかな。

「取り敢えず、これは預かっておく。後でじっくりと解析させてもらうが、嘘でないことを願うぞ」

カードを手にしたクロノ君が、念話で密談している私達を見据えながらそう告げる。その言葉通り、彼の顔にはそうであってほしいと懇願するような表情が浮かんでいた。

「へーい、そこのトゲトゲ坊主。ウチら、もう家に帰りたいんだけど。結界解いてくれないっすか?」

と、そこでシグナムさんが微妙に空気の読めない発言をしてしまう。

いや、シグナムさん。まだ私達や夜天の書が完全に無害だと証明された訳じゃないし、そう簡単に解放してくれるとは……

「残念だが、今の状態で君達を野放しにするほど管理局は甘くない。それに、いくら守護プログラム達が犯罪者撲滅に貢献したとはいえ、過去に犯した罪はそう簡単に消えるもんじゃない。しばらくこちらで身柄を拘束させてもらった後、改めて処分を下すことになるだろう」

やはり、か。でも処分ってどんなことになるんだろ? 懲役何年とかかな。そもそも管理局が犯罪者に与える刑罰とか知らないしなぁ。

一週間程度の拘留なら大人しくしていてもいいが、もし長い間刑務所に入れられるようなことになったら、その時は……やっぱり逃げるしかないな。うん。

私がそんなことを画策していると、クロノ君は言葉を繋げるように再び喋り出した。

「ただ、今回君達が残した功績はかなり大きい。それを元に上の方に掛け合えば、そこまで重いものにはならないと思う。それに、君たちなら管理局任務に従事して、保護観察を受け──」

クロノ君の言葉を遮るように──



「その必要は無いぞ、クロノ」



唐突に、声が響いた。

「なっ!?」

驚きを露わにするクロノ君同様に、みんなが声のした方へと振り向く。

そこには──

「あれ? あの人……」

コスプレ広場で見掛けた、スーツを着たいかにもジェントルマンといった風貌の男性が、背後に二人の女性を従えて佇んでいた。

後ろの女性は顔立ちがどちらも似ていて、まるで双子のよう。服装も両方ともワンピースタイプのミニスカートを見に付けており、どことなくクロノ君が着ている服とデザインが似ている。あと、なぜかネコ耳としっぽを完備している。侮れねえ。

というか、結界の中に居るってことはこの人達も魔法使いってことか。ビッグサイトは魔法使いのメッカか。

「な、なぜあなたがここに?」

「なに、簡単なことだ。罪を償いに来た。それだけだよ」

クロノ君の問いに答えながら、新たに出現した三人はこちらに近付いてくる。

なんだか大物オーラを漂わせているが、一体何者なんだろうか?

「あの方をご存知のようですが、管理局の方ですか?」

なぜかあの人の視線が私に集中しているような気がして気になったので、近くで動揺しているクロノ君に聞いてみた。

「あ、ああ。あの方の名はギル・グレアム。役職は時空管理局提督だ」

「……すいません。もう一度名前を教えてください」

「ギル・グレアム提督だ」

…………ほ、ほほう。ギル・グレアムね。なるほど、なるほ……ど?

「ロ、ロロロ、ロリ、ロリコ……」



「やあ、ハヤテ君。私がギル・グレアムだ。初めまして、と言うのもおかしいかな?」



ロリコン、襲来しちゃった……



[17066] 五十六話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/07/04 14:42

いつか対面するというのは分かっていた。

それでも、メールで来訪を知らされた時は心臓が止まるかと思ったくらい驚いた。

謎の足長おじさん。私のわがままをなんでも聞いてくれた、イギリス紳士。莫大な資金援助をしてくれる、ロリコン疑惑の男性。

ギル・グレアム。

今、その正体が明らかになった。

彼は、魔法使いで、管理局の人間で、提督なんて偉そうな肩書きを持っていて、

そして──

「いやー、やっぱり近くで見るハヤテ君は一段と可愛く見えるなぁ。また写真撮っていいかな?」

案の定、ロリコンだった……





予想だにしない闖入者の登場により、今この場は静寂に支配されている。みんなが唐突に出現した三人の様子を窺っているためだ。もちろん私も。

さっきまで私達に抗弁を振るっていたクロノ君も、この三人がなぜこの場に居るのか理解出来ないといったように疑問符を顔に貼り付けて、沈黙を保っている。

「あ、あの、グレアム提督」

が、黙っていてもらちが明かないと思ったのか、クロノ君は顔を体ごとロリコ……グレアムさんに向けると、

「先ほどの、『その必要が無い』、というセリフはどういう意味でしょうか? それに、罪を償いに来たというのも、意味が分からないのですが」

続けざまに疑問をぶつける。

その質問を受けたグレアムさんは、懐から取り出したカメラを一旦元に戻し、チラチラと横目で私を見ながら軽い口調で答える。

ただし、その口から紡がれる言葉は聞き逃せられるような軽いものではなかったが。

「そのままの意味だ。ハヤテ君達は身柄を拘束される必要も無いし、ましてや贖罪(しょくざい)のために管理局に隷従する必要も無い」

……は?

なんだそれは。えーと、つまり、……お咎め無しってこと?

「ああ、あと罪を償うと言うのはだな──」

「ちょ、ちょっと待ってください! それはどういうことなんですか!?」

さらに言葉を続けようとしたグレアムさんだが、慌てふためくクロノ君の大声によって繋ぐセリフが遮られてしまった。

そんなクロノ君を、グレアムさんは物覚えが悪い生徒に懇切丁寧に説明する先生のような顔付きで見下ろすと、

「つまり、ハヤテ君達は無罪放免というわけだ」

私が考えていたことズバリなセリフを言い放った。

しかし、クロノ君は怯まずに追及の手を休めない。

「そういうことを言っているのではありません。なぜお咎め無しなのかと聞いているのです。この車椅子の子、今回の闇の書の主ならともかく、守護プログラム達は過去に幾人もの魔導師を襲っているのですよ? 罪を償うのが筋ではありませんか」

「……罪を償うのが筋、か。そうだな、その通りだ」

クロノ君の言葉に何を思ったか、グレアムさんは表情を曇らせる。が、それは一瞬のことで、すぐに不敵な笑みを浮かべるとクロノ君の目を真っすぐに見つめ返し、

「だから私はここに居る。私が犯した罪を償うために。ハヤテ君と、その大事な家族を助けるために、な」

なんだか、すごいカッコイイことを言いだした。

その訳の分からないセリフを聞いたクロノ君は眉をひそめると、グレアムさんに詰め寄るように一歩足を前へ出す。そして、私を横目で見つつ、目の前の男性に再度質問を投げかける。

「グレアム提督、そういえばあなたはこの闇の書の主と知り合いの様ですが、一体どのような関係なのですか? 先ほどの質問と合わせてお答えいただきたい」

「……ふぅむ、そうだな。では一つずつ答えるとしよう」

そう言うとグレアムさんは一旦口を閉ざし、考えをまとめるかのようにアゴに手を当てた後、この場に居る全員を見渡しながら話し始めた。

「まず、私とハヤテ君の関係だが、これを説明するためにはハヤテ君の身の上も話さねばなるまい。ハヤテ君、いいかな?」

「え? あ、は、はい。どうぞ……」

いきなりこっちに話を振られたことに驚きつつ頷く。そんな私の姿を慈しむかのような目で見ながらグレアムさんは頷きを返し、再びクロノ君に向き直って口を開く。

「実はここにいるハヤテ君の両親は、ハヤテ君が物心付くか付かないかくらいの時に事故で亡くなっていてな。それを知った私は、今日(こんにち)まで資金援助や資産管理などを行ってきたのだよ」

「ええっ!? ハヤテちゃん、お父さんとお母さん居ないの!?」

グレアムさんの説明にいの一番に反応し驚きの声を上げたのは、なのはちゃん。そういや、なのはちゃん達には家族は居るって言ったけど、具体的には言って無かったっけ。そりゃ驚くか。

「別に黙ってたというわけじゃありませんよ? その機会が無かっただけです」

「う、うん。でもびっくりだよ……」

そりゃ、家族と言えば普通は両親を思い浮かべるからねぇ。まさか、血が繋がって無いどころか、人間でもない存在を思い浮かべる人はおるまい。

「提督、一つ疑問があります。なぜ彼女にそこまでしているのですか? 施設に預けるなりなんなりすればよかったのでは?」

クロノ君のしつこい程の問いかけに、グレアムさんは気を悪くするでもなく淡々と答える。

そう。淡々と、平然と答えた。……とんでもないことを。

「それはな、クロノ。彼女が闇の書の主だと分かっていたからだ」

「なっ!?」

……ちょっと待て、聞いてないぞそんなの。

それじゃあ、管理局の人間に初めから闇の書の主だとバレていて、なおかつ援助まで受けていたという事になるのか?

訳が分からない。闇の書という危険なロストロギアを今の今まで放っておくってどういうことさ。この男の狙いは何なんだ?

「そ、それじゃあ、今まで見過ごしていたという事ですか? なぜ、発見したその時に確保しなかったのですか?」

私と同じ疑問を持ったのか、クロノ君がやや攻撃的な口調でグレアムさんに詰め寄る。が、グレアムさんはそれを手で押しとどめると、目を細めて諭すようにクロノ君に声を返す。

「クロノ、闇の書の特性として、転生機能があるというのは知っているな?」

「え?……ええ、知っています」

先ほどとは逆に、今度はグレアムさんがクロノ君に問い掛けるように話を進める。

「なら、完成する前に闇の書を破壊しても、主をどうこうしたとしても、転生してしまうということも分かるな?」

「それは、そうですが。しかし、破壊せずとも確保して本局で厳重に管理すれば──」

「それは無理だ」

クロノ君の言葉を遮り、グレアムさんが断言する。そして、追い打ちをかけるように言葉を繋げる。

「なぜなら、ハヤテ君は闇の書に身体とリンカーコアを蝕まれており、そう遠くない未来に死ぬはずだったのだから」

「ッ!」

……よくご存知で。

「闇の書を主から遠ざけても、主が死ねば闇の書は転生してしまう。そして、別の世界で悲劇が起こる。私はそれが許せなかった。だから……」

言葉の途中で、グレアムさんが悲しげな顔をして私をチラと見る。私がそれに気付いて視線を向けると、一度目を伏せるが、何かを決意したような表情を作って見つめ返してきた。

そして、そのまま私の顔を見ながら彼はゆっくりと、しかしはっきりとした口調で言い放った。

「だから、闇の書が完成するのを待ち、闇の書が暴走を始めるその時に、ハヤテ君ごと凍結魔法で封印するつもりだったのだ。……永遠にな」

ひっ、と声を漏らしたのは、なのはちゃんか、別の誰かか、それとも、私か。

「………」

こちらを見つめるグレアムさんを見返しながら、私は今のセリフを頭の中で反芻(はんすう)する。

完成を待って、そして永遠に氷漬け。

なるほどね、そういうわけだったのか。ただの足長おじさんにしては援助や気配りが異常すぎると思ってたけど、これで合点がいった。

多額の援助や過保護すぎる私への対応は、せめてもの罪滅ぼしだったんだな。死ぬ前に、なに不自由の無い生活を送らせてあげようって、そういうことだったんだな。

……ここは、怒るべきなのだろうか?

いや、真っ当な精神の持ち主なら当然怒り狂うところだろうが、どうも私はこの人が憎めない。

闇の書が私から別の主の下に転生してしまうと、そこでまた暴走が起こりたくさんの人が苦しむ。そして再び転生し、延々と悲劇が続いてしまう。それを防ぐために、彼は苦渋の決断を下した。私を犠牲にすることで、闇の書の被害に遭うであろう多くの人々を救うという決断を。

小を捨て、大を生かす。

こうした考えは、私は嫌いではないのだ。大人の選択、とでも言うのだろうか。

なにより、彼は罪を償いに来たと言っている。であるならば、私を冷たい氷の中に閉じ込めるという行為に、大きな罪悪感を感じていたという事だ。良心の呵責(かしゃく)に苛まれながら、彼は数年間を過ごしてきたのだろう。

ならば、私は……

「ハヤテ君、君はこんな私を恨むかな。君を……殺そうとした私を」

グレアムさんが、真っすぐに私の目を見つめてくる。ただ、さっきとは違い、その表情には悲哀の色が見て取れる。

……そんな辛そうな顔しなくてもいいのに。

「ロリコ……ロリアムさん。私はあなたを恨みません。正直に言ってくださいましたし、あなたのその顔を見れば、今までどれほど苦しんできたかがよく分かりますから」

「……済まない、そしてありがとうハヤテ君。ちなみに私の名前はグレアムだ」

「これは失礼つかまつった」

やっべ、素で間違えちゃった。だって、ロリコンには違いないと思うんだもんなぁ、メールでのやり取りとかさっきの様子を見る限りだと。

って、あれ? そういえば、グレアムさんが今この計画をバラしたってことは、もうそれを実行する必要が無いってことだよね。

ということは、闇の書が無害な存在になったってことを知っているというわけで。

……いつ知ったんだろ。さっきの私やマルゴッドさんの言葉を聞いて初めて知った、というわけじゃなさそうだよなぁ。グレアムさん、どうも闇の書が直ったって確信してるっぽいし。謎だ。

でもまあ、それは後で聞くことにしよう。今はクロノ君達とのやり取りに注目しないと。なぜなら、まだクロノ君の質問でグレアムさんが答えていないものが残っているのだから。

「グレアム提督。あなたが闇の書の主を発見しながらも放置していた理由は分かりました。凍結封印というのも、違法ではありますがお気持ちは分かります。今回は未遂ということですので、僕は何も聞かなかったことにします。ですが……」

と、私とグレアムさんの会話を黙って聞いていたクロノ君が、ようやく聞ける、という感じにグレアムさんの顔を見て、最初にした質問を繰り返す。

「守護プログラム達が無罪放免になるというのは納得できません。それは確固たる根拠に基づいた意見なのですか?」

そう、クロノ君が言うにはみんなは罪を償わなければならないはずなのだが、グレアムさんはその必要は無いと言う。これはどういう事なのか?

「ああ、それか。それはなクロノ」

クロノ君の強い視線を受けたグレアムさんは、私からクロノ君へと意識を向け直し、先ほどの受け答えと同じ前置きをしてから答える。

淡々と、またもやとんでもない事を。

「過去に魔導師を襲った人物、その人相、特徴、名前、そういったデータが管理局に存在していないからだ」

……データが、無い?

でも、クロノ君は以前結界の中に飛び込んできた時、みんなの顔を見て守護プログラムだと断定してたはずだ。それは、管理局にヴォルケンリッターの情報が少なからずあるということ。

にもかかわらず、グレアムさんは自信満々にデータが無いと言う。

「ゆえに、今ここに居るこの四人を捕まえることは出来ん。なんせ、襲ったという証拠が無いんだ。捕まえられるはずが無いだろう?」

もしかしてこの人……

「グレアム提督、あなたまさか……管理局のデータベースを改竄(かいざん)したのですか?」

「ん? 何の事かな? 私はただ事実を述べただけだが」

とぼけているが、丸分かりだ。

なるほど、罪を償いに来たとはこういう事だったのか。やってくれるじゃないか、グレアムさん。ロリコンは悪だと決めつけていたが、世の中には良いロリコンも居るもんだな。見直したよ。

「き、詭弁だ! それにたとえデータが無くとも、先ほどこの守護プログラムは自分達が犯した罪を償うために犯罪組織を壊滅させたと言った。それはつまり、過去に魔導師を襲ったことを認めたと同義──」

「え、ウチら魔導師襲ったなんて一言も言ってないっすよ?」

そこで、クロノ君に指を差されていたシグナムさんが、さも心外だ、という風に眉をひそめ、クロノ君の言葉を遮るように口を挟む。

「なっ、き、貴様……」

「いやー、ちょっと昔ヤンチャしてたことを思い出してさぁ。管理局にもちょびっと迷惑かけたことあったから、その罪滅ぼしとして犯罪者撲滅に貢献してあげたってわけ。お分かり?」

さらに追い打ちをかけるシグナムさん。

明らかに嘘だと分かるでまかせにクロノ君は眉を逆立てるが、何かに思い至ったのか、眉尻を下げ、ふん、と鼻息を一つ吐く。

「言い逃れをしようとしても無駄だ。貴様らが守護プラグラムだという事実は覆らんし、闇の書の守護プログラムは魔導師を襲い魔力を奪う、というデータは残っている。顔や名前のデータが無くとも、そのデータが残っていれば貴様らの罪は確定──」

「ああ、そうそう。私が先日ロストロギアのデータベースにアクセスしたところ、なぜか闇の書についての情報だけ消えていたんだ。あれではもう闇の書がどんな機能を持っているのか分からんなぁ」

「提督! あなたって人は!」

声を荒げて今にも掴みかからんばかりにクロノ君はグレアムさんを睨みつける。が、グレアムさんは飄々(ひょうひょう)とした態度でそんなクロノ君を見つめるばかり。

しかし、グレアムさんがここまでやってくれるとは思わなかった。確実に犯罪に手を染めてるだろうけど、それだけ私達のために尽力してくれたということだ。頭が下がる。

「い、いや、まだデータはどこかに残っているはずだ。アースラの端末や、それに無限書庫なら──」

「クロノ、もうそのくらいにしておきなさい」

と、そこでクロノ君に声を掛ける人物が現れた。それは、先ほどからじっと私達のやり取りを見ていたあのおっとりした女性。

彼女はクロノ君に近づくとその肩に手を置き、落ち着けるかのように静かな声で話しだす。

「私はね、クロノ。彼女達はそっとしておくべきだと思うの」

「な、なぜですか艦長。奴らの犠牲になった魔導師は数多く居るのです。それに、父さんも──」

何かを言いかけるクロノ君だが、その先のセリフは女性の言葉によって遮られることとなった。女性は私の顔を横目で見つつ、

「彼女、ハヤテさんと言ったかしら。あの子は父親どころか母親まで居ないのよ? それに、彼女たちの様子を見る限り、家族の絆のようなものが見て取れる。おそらく、守護プログラムである彼女達がハヤテさんの家族代わりになっているんでしょうね。クロノは、その家族を引き離したいのかしら?」

「そ、それは……しかし、情に囚われて犯罪者を見逃したとあっては、管理局員として……」

女性の言葉に動揺を露わにしたクロノ君は、それでも自分の意見を通そうとするが、言葉尻が小さくなって断言出来ないでいる。……迷っている?

「クロノ、一つ聞くわ」

女性はそう言うと、クロノ君の揺れる瞳を覗き込むように顔を寄せ、彼に問う。

「ここはどこで、今は何をしていて、私達は誰?」

「と、突然何を言ってるんですか? ここは結界の中で、今は犯罪者と対峙中で、僕達は管理局員で──」

「いいえ、違うわ」

訳が分からないといった感じのクロノ君の答えを即座に否定し、女性は周りを見渡しながら手を広げて、クロノ君に言い聞かせるように朗々とした声で言う。

「ここはオタクの聖地、東京ビッグサイト。今はオタクの祭典、コミックマーケットに参加中。そして私達は、このイベントを楽しむためにここを訪れた、名も無きオタク。……言いたい事は、分かるわね?」

「あ……いや……でも……」

何かに気付いたような顔をしたクロノ君だが、心の中で葛藤が起きているらしく、歯切れが悪い。

そんなクロノ君に業を煮やしたのか、事の成り行きを見守っていたなのはちゃんが一歩前に踏み出し、援護してくれる。

「そうだよクロノ君。今は私達はコミケに参加しているただのオタクのはずでしょ? 仕事熱心な管理局員なら、今も海鳴のマンションに居るはずでしょ?……お願い、そういうことにして。ハヤテちゃんは私の大切な友達なの」

「なのは……」

「クロノ、僕からもお願いだ。マルゴッド、じゃなかった、シグナムさんの悲しむ顔なんて僕は見たくない。それは、君も一緒じゃないのかい?」

「ユーノ……」

なのはちゃんに続いて、シグナムさんの知り合いと思われる可愛い顔の男の子まで説得に加わる。

さらに……

「クロノ、私からもお願い。あの子達、とても仲が良さそう。引き離すのはかわいそうだよ」

「そうそう、ちょっとくらい見逃したってバチは当たんないって」

金髪の女の子と、特盛りの女性までもが私達を援護してくれる。

「フェイト、それにアルフまで……」

クロノ君の連れの全員が彼を見ている。けれど強要はしない。自分達はお願いしただけ、判断は任せるとでも言う風に、じっとクロノ君を見つめている。

彼女達だけではない。私達も、グレアムさんと二人の女性も、クロノ君に視線を注いでいる。

そうして、みんなの視線を一身に受けたクロノ君はしばらくして、

「………分かった」

ポツリと、下を向いて小さく呟いた。そして、彼は顔を上げてもう一度、今度は大きな声でみんなに向けて言い放つ。

「ここでは僕達は何も見なかったし、聞かなかった。そういうことに、しよう」

そう言った彼の表情はどことなく晴れやかで、けど、若干の後悔を感じているようでもあった。

「さっすがクロノ君! そこに痺れる憧れる!」

「それでこそ私の息子ね」

「はっ、もしや今のでシグナムさんとのフラグが立った!?」

「クロノ、ありがとう」

「いいとこあるじゃん、クロノも」

クロノ君の言葉を聞いて、説得に加わってくれたなのはちゃん達が口々にクロノ君を持てはやす。

それに、彼女達だけでなく、グレアムさん達もクロノ君に近づいて彼を褒めそやす。

「済まんな、クロノ」

「クロスケ~、よく言った」

「さすが私達の弟子ね」

「ロ、ロッテにアリア、頭をなでるな……」

ネコ耳の二人がクロノ君をもみくちゃにしているところを見ると、結構仲がいい知り合いのようだな。

……そうだ、私達もお礼を言わないと。みんなの説得があったとはいえ、折れてくれたのは彼自身の判断なんだし。

そう思い立った私は、いまだ知人に囲まれている(ネコ耳の女性には耳を噛まれている)クロノ君に近づき、ペコリと一礼する。

「その、なんといったらいいか分かりませんが……ありがとうございます」

私の言葉を受けたクロノ君は一歩前へ出て、少し気恥ずかしげに返す。

「か、勘違いするな。闇の書が二度と暴走しないという言葉が嘘だったり、守護プログラム達が再び魔導師を襲うようなことがあったなら、その時は容赦なく捕獲させてもらうからな。肝に銘じておけ」

「……ツンデレですか?」

「ツンデレだぜ」

「ツンツンデレデーレ」

「う、うるさいうるさい!」

こいつ狙ってやってんじゃねーか? なんてことを思いつつ、私は安堵の息を吐く。

管理局との意図せぬ遭遇から始まり、ロリコ……グレアムさんの登場、そして介入。最後に和解。

一時はどうなることかと思ったけど、なんとか丸く収まって良かった。これで逃亡生活を送る必要も無いし、愛すべき家族と離ればなれになる事も無い。家に帰って再びまったりライフを送る事が出来る。やったね。

なんて思いつつ今後の予定を頭の中で練り上げていると、突然クロノ君が真面目な顔つきになり、思いもよらぬ事を言いだした。

「ただ、今回見逃すにあたって、一つ条件がある」

「……えっと、なんでしょう?」

あまりいい予感はしないなぁ、と不安になりながら尋ねる私の顔を一瞥すると、クロノ君は次いでシグナムさんに向き直って杖を突きつける。

「僕と勝負しろ、シグナム」

「……ほう」

決闘を申し込まれたシグナムさんはスウッと目を細め、嬉しそうに口の端を上げる。って、ちょっと待て。

「あの、どうしてシグナムさんと戦うんですか?」

ひょっとして、クロノ君もバトルマニアとかだったりするのかな? バトルマニア同士惹かれあったとか?

疑問に思う私に、クロノ君は率直に答える。

「これはな、僕なりのケジメのつけ方だ。十一年前の事件に対する、ケジメのな」

結界に閉ざされた空を仰ぎ見て、クロノ君は目をつぶる。そして、目を見開くともう一度シグナムさんを見据え、杖を突きつけながらさっきより強い口調で言葉を投げかける。

「僕と勝負してくれるな、シグナム」

それに対するシグナムさんの返答はもちろん──

「いいだろう。この勝負、受けて立つ」

相手の目を見返しながらの、肯定。

……十一年前の事件というのは何の事だか分からないけど、クロノ君の様子を見るに、闇の書やヴォルケンリッターのみんなが関わってそうだな。

クロノ君の意思も強いし、シグナムさんも決闘を受けちゃったことだし、ここは黙って行く末を見てるのが吉かな。どちらが勝つにしろ、死人は出る事は無いだろうし。

「へえ、決闘かい。面白そうじゃないか。実はアタシも戦ってみたい奴がいたんだよねぇ」

と、そこでクロノ君に便乗する様に特盛りの女性がこちらに近づいてきて、私の後ろに控えているザフィーラさんに好戦的な目を向ける。

戦ってみたいって、この人ザフィーラさんとどんな関係なんだろうか。

「ザフィーラさん、この方とお知り合いですか?」

後ろを振り向き、近づいてきた女性とメンチを切り合っているザフィーラさんに聞いてみる。

「この女、以前主と散歩をしていた時に河川敷で出会った犬だ」

なんと!? ということは、この女性もザフィーラさんと同じ守護獣ってやつなのかな。

……あ、胸ばかりに目がいってたから気付かなかったけど、この人にも犬耳としっぽが生えてる。こりゃ間違いないか。主はやっぱりあの金髪の子かな?

「主、我もこの女と戦ってみたいのだが、構わんな? どちらが上なのか、身体に教え込む必要がありそうなのだ」

「ハッ、一度負けといてよく言うよ」

「黙れ! あの時は、ええと……鼻の調子が悪かったのだ」

なんだか因縁がある相手のようだ。ザフィーラさんも戦う事に異議は無いようだし、構わないか。

「ザフィーラさん、やるからには勝ってくださいね。ウチの守護獣はそんじょそこらの守護獣とは違うと言う事を、あのボインに見せ付けてあげてください」

「フッ、任された」

やはり頼もしい。散歩の時の競争では私が足を引っ張ってしまったが、単体では絶対にザフィーラさんの方が上なんだ。勝つって信じてますからね。

「へえ、こりゃ面白くなってきたッすね。おいロリッコ、せっかくだしお前も誰かと戦ってみろ。ギャルゲーばっかしてて身体鈍ってるっしょ?」

ザフィーラさん達とのやり取りを見ていたシグナムさんが、ヴィータちゃんをけしかけようとする。が、ヴィータちゃんは乗り気で無さそうな顔をシグナムさんに向け、参戦を断わる。

「あたしは別にいいよ。ここで無駄な体力使うより、今日買った人形を愛でている方が百倍はマシ……って、ねえ!? あたしのクドはどこにいった!?」

「お探しの品はこちらでヤンスか?」

「あ、テ、テメー!」

見てみると、シグナムさんがヴィータちゃんの人形の頭を片手で持って、今にも握りつぶさんばかりに手をワキワキさせている。これは……人質か!

「さてヴィータ、言いたい事は分かるな?」

「ク、クド……チクショウ、分かったよ。戦えばいいんだろ戦えば」

「わふー♪」

流石に人質を取られては逆らう事も出来ず、ヴィータちゃんはシグナムさんの言いなりになってしまった。えげつねえ……

「んじゃ、あたしの相手はっと……おい、そこの金髪。あたしの相手してくんねーか。見ての通り人質取られてて誰かと戦わなきゃなんねーんだ」

人形から目を離したヴィータちゃんは、対戦相手を見繕うためになのはちゃん達の方へと目を向けた。そしてそこから選んだのは、特盛りの女性の主であろう、あの金髪の女の子。

女の子はヴィータちゃんに指名されると、少し嬉しそうな顔をして頷いた。

「うん、いいよ。私、戦うのは嫌いじゃないから」

ああ、思った通り、あの子もバトルマニアだったか。以前、いきなり勝負申し込んできた時からそうだとは思ってたけどね。

しかし、これでシグナムさんが満足するとは思わないな。きっとこの後も……

「よーし、んじゃ次は……おいそこの小僧。お前も誰かこっちから選んで勝負しろ」

「ええ!? ぼ、僕ですか? 無理無理、無理ですよ。僕は戦闘は苦手ですし……」

予想通り、再び勝負を促した。今度はなのはちゃんの隣に居る大人しそうな男の子だ。でも、あの子は見た目通り戦いとかは苦手そうで、首をブンブンと振って拒否している。

だが、次のシグナムさんのセリフを聞いた瞬間──

「もしこっちにいる誰かと勝負して勝てたら、僕の胸を好きなだけ揉みしだく権利をあげよう」

「ふぉおおおおおおおお!!」

天を引き裂くほどの大声で咆哮を上げると、ビッ、とシャマルさんを指差し、

「そこの弱そうな金髪! 僕と勝負しろ!」

先ほどの態度とは一転して、ギラギラと好戦的な目を向けてきた。……私が言うのもなんだけど、男って、ホントにバカなんだな。

で、挑戦状を叩きつけられたシャマルさんはというと……

「ねえ、ハヤテちゃん。あの人を舐め腐ったセリフを吐いたガキ、潰しちゃってもいいかしら?」

「え、ええと、非殺傷設定でお願いしますね」

大層お怒りの様子で、額にバッテンマークを張り付けながら笑顔を浮かべております。少年よ、はらわたをブチ撒かれないことを願うぞ。

『ここは、空気を呼んで私達も参戦しなければいけませんね、マスター』

「え? レイジングハート、まさか……」

と、怒れるシャマルさんが放つオーラにビビっていると、なのはちゃんが怪訝そうな声を出して首元に下げたペンダントを見る。というか今、あのペンダントから声が聞こえたような気がしたけど……

私が不思議に思いつつなのはちゃんを見ていると、今度ははっきりとあのペンダントから声が聞こえてきた。

『そこの車椅子の少女、私と勝負しなさい』

「ちょ、レイジングハート!?」

なんと、ペンダントに勝負を挑まれてしまった。いや、あれはもしかしてなのはちゃんのデバイスかな。確か、ああやってぺちゃくちゃと喋るデバイスを、インテリジェントデバイスって言うんだよね。いつだったかヴィータちゃん達に聞いたことがある。

しかし、この挑戦を受けると必然的になのはちゃんと戦うことになるわけか。

断わるか? いや、それは、そんなのは……あり得ない。

「レイジングハート、話ちゃんと聞いてなかったの? ハヤテちゃんは魔導師だけど、念話しか魔法使えないって言ってたでしょ」

『おっと、そうでしたね。ではそちらの眼鏡の女性で──』

「いいえ、私がお相手しましょう」

「え?」

そうだ、勝負から逃げるなんてあり得ない。相手がどれだけ強大であろうとも、なのはちゃんという友人であろうとも。

この私、神谷ハヤテは、今まで勝負を挑まれて断わった事など一度も無い! 勝負から逃げるなど、弱者のすることだ。

ならば返答は一つ。

「で、でもハヤテちゃんは魔法が念話くらいしか使えないって──」

「ええ、確かに私一人では念話が関の山です。ですが……リインさん」

傍らに立つリインさんにアイコンタクトを送る。

私を『強くする』者、リインフォース。さあ、今こそその名前に恥じない働きを見せる時です。

「ふう……どうせ断わっても無駄か。なら、手早く片付けるとしよう」

溜息を一つ吐いたリインさんは、私のすぐそばに立つ。そして──

「なのはちゃん、見ててください。これが私の100%中の100%」

「え? え?」

融合、開始。

まばゆい光が私を包み込むと同時に、体中に活力が巡るような感覚を得る。動かない足が動くようになる。

「え?」

右手に杖が、左手に本が出現し、それぞれの手で掴む。髪の色が変色し、黒を基調とした騎士甲冑を纏う。

「ええ?」

最後に私の背中から真っ黒い羽がにょきっと生えて、はい、融合完了。

魔法少女ハヤテ、ここに爆誕。

「えええええ!?」

……そりゃ驚くよね。ずっと車椅子に座ってた少女がいきなり変身して、中二病全開な格好になって立ち上がったんだから。なのはちゃんだけでなく、他のみんなも驚いたような目で私を見つめてきてるし。

でも、こうしなければ私は戦えないのだ。ちょっとくらいのサプライズは大目に見てもらおう。

「ハ、ハヤテちゃん、それって……」

「細かい事はまた後でお話しますよ。今は勝負に集中しましょう?」

話してたら長くなりそうだしね。

『素晴らしい! まさに、相手に取って不足なし! やーってやるぜ!』

「ちょ、ちょっとレイジングハート。……もう、仕方ないなぁ」

私の姿を見て興奮したのか、ペンダントがハイな感じになって叫んでいる。なのはちゃんはそれを見て溜息を一つ吐くと、胸元のペンダントを手に取り、

「レイジングハート、セーット、アーップ!」

天に掲げて、そう叫ぶ。

すると、なのはちゃんも私と同じように光に包まれる。その光が拡散すると、そこには白を基調とした防具服を装備し、身の丈ほどもある大きな杖を持っているなのはちゃんが立っていた。

……なんか、すごい普通だ。普通の格好だ。やっぱり私ももっと地味な騎士甲冑にすればよかったかな。一人だけ浮いてるような気がしてならないなぁ。まあ今さらだけど。

「それがなのはちゃんの騎士甲冑ですか。可愛いですね」

「えへへ、ありがと。でもこれは騎士甲冑じゃなくて、バリアジャケットって言うんだよ?」

おっとそうだった。騎士甲冑っていうのは確か、ベルカだかなんだかの魔法を使う人が身に付けるものを言うんだよね。まあ、名前が違うだけで機能は一緒みたいだけど。

「おお、壮観壮観。これだけ揃ってりゃ余は満足じゃ。んじゃ、そろそろガチンコバトルといきますか」

私達の変身を見届けたシグナムさんが、相対しているみんなを見回して満足そうにそう言う。まだマルゴッドさんが残ってるんだけど、シグナムさん的にはこれでオーケーらしい。

その残ったマルゴッドさんは微妙に残念そうな顔をして、同じく残った女性に近づいて声を掛ける。

「拙者達は戦わなくてもいいみたいでござるが、どうするでござる? 勝負するでござるか?」

「いえ、止めておきます。私はあまり戦闘は好きではないので。それに、これだけの人数が暴れたら結界が持たないかもしれないので、私達で補強するのがいいんじゃないでしょうか」

「ああ、それもそうでござるな」

と、そういうわけで彼女達は脇の方で結界を保持しながら観戦することに決めたらしい。グレアムさん達三人も、彼女達同様に私達から離れて見ているとのこと。

さて、これで準備は整ったのかな?

今、私達はサッカー選手が試合を始める挨拶をする時のように、列を作って自分の対戦相手と顔を合わせているという形だ。今すぐにでも始められるけど……

「えっと、どうします? 誰から始めましょうか?」

「僕からやらせてもらおうか。なぜかこんな大所帯になってしまったが、言いだしたのは僕だからな」

私の質問に答えたのはやる気満々なクロノ君。まあそれが妥当かな?

「そうっすね。んじゃ、さっそくバトる?」

「ああ。手加減などせんからな」

シグナムさんに頷き返したクロノ君は宙へと飛び上がり、シグナムさんがやってくるのを待ち構えている。それを見たシグナムさんもすぐに続いて飛び上がろうとしたが、

「おっと、そうだ主」

飛び上がる直前に私の方を向くと、いつになく真面目な顔つきと口調で話しかけてきた。

「一対一、しかも尋常な勝負を挑まれたのです。コスプレの様なふざけた格好で相手をするのはあまりにも無礼。騎士に相応しい甲冑を賜りたいのですが、よろしいでしょうか」

だ、誰だこいつ……

い、いや、シグナムさんだって腐っても騎士なんだ。こういう礼儀を欠かすのは許せないってこともあるんだろう。そういや、一対一の真剣な戦いってこれが初めてだし、私が知らなかっただけなんだろうな。

騎士は礼儀を重んじる。そういうことか。

「分かりました。では、とっておきの、シグナムさんにぴったりの騎士甲冑をプレゼントしましょう」

思えば、みんなにはコスプレばっかさせて専用の騎士甲冑って作ってなかったな。いい機会だし、それぞれの戦いが始まる前に作ってあげよう。

まあ、今はシグナムさんの甲冑をイメージするのが先だ。

「………」

シグナムさん。キリッとした目に、ポニーテールが似合う長身の女性。

想像しろ。そんな彼女に似合う騎士甲冑を。

作り出せ。理想的な騎士甲冑を。

剣を振り回し、大空を舞う、凛々しい彼女に相応しい騎士甲冑。

それは……これだ!

カッ! 

私がイメージを固めるのと同時に、シグナムさんの体が一瞬光る。そして、光が収まると、そこには……

「……素晴らしい」

ピンクを基調とし、動きやすさを重視したデザインの甲冑を身に纏い、満足そうに笑みを浮かべるシグナムさんの姿があった。どうやら気に入ってもらえたようだ。

手の甲にはガントレットのような金具が付いており、胴周りにも同様の物が張り付いている。下半身は動きやすいように露出を多めにしてあり、それを隠すように腰部分に長いマントが取り付けてある。これぞナイトって感じだ。

うん、我ながら良い物を作ったものだ。

「シグナムさん、色はピンクが好きでしたよね。それを基調にしたんですが、どうです?」

「素晴らしいの一言です。主ハヤテ、やはりあなたは最高だ」

頬を緩めながら腰の部分を触ったりマントをいじったりと、かなりお気に入りの様子。こんなに喜んでもらえるとは、主冥利に尽きるってもんだね。

「さあ、お相手が空で待ってますよ。ガツンと一発カマしてきちゃってください」

「ええ。騎士の戦い、とくとご覧あれ」

私の応援に応えるように、シグナムさんは大きくマントをはためかせて飛び上がり、中空で待つクロノ君の下へと移動する。

そうして上空十メートルほどの高さまで飛翔したシグナムさんはピタリと静止して、眼前で杖を構えているクロノ君へと剣を向ける。

「待たせたな」

「それほどでもないさ。しかし、似合っているな、それ」

「フッ、惚れたか?」

「……さてな」

杖と剣を向け合ったまま、上空で二言、三言、言葉を交わす。

……楽しそうだな、シグナムさん。真面目モードになってもバトルマニアなことには変わりないのか。

「では、始めるとするか」

シグナムさんが剣を構え直し、口の端を吊り上げながら楽しそうに言う。

「そうだな。そうしよう」

クロノ君が目をつむり、一つ息を吐きだす。

そして、次の瞬間──

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウン」

「守護騎士、烈火の将、シグナム」




「いくぞ!」

「いざ尋常に、勝負!」


騎士と魔法使いの、真剣勝負が始まった。



[17066] 外伝 『とあるオリ主の軌跡3』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:45
【俺の日記】(勝手に見たら胸揉む)



『5月15日 晴れ

愛さんを説得して滞在許可を得た俺は、プライベートスペースとして二階の空き部屋を宛(あて)がわれた。んで、その部屋でなぜか日記帳を発見。俺の覇道を記録に残すのもいいかもな、と思いこうして日記をつけることにした。

……というのは建前で、本当の理由は、以前の俺のようにいつまた急な死が訪れるとも分からないので、俺が生きた証というのを残しておきたいと思ったからだ。実際、管理局に入局したら危険な任務とかあるだろうし。まあ俺は死なないと思うけどね。オリ主だし。

前置きはここまでにして、本日の出来事。

リリカル世界に転生して二日目、ようやっと住居を確保した。その名もさざなみ寮。ちなみに女子寮だ。(ここ大事)

しかし、確保したのはいいのだが、この寮の住人はみんなどこかおかしかった。口の悪い女漫画家、管理人兼料理人の十一歳の少女、ケンカばかりしてる二人の女子高生、あと巫女さんとか。まあ、ここら辺はまだいい。

だが、ネコ耳女、幼女に変身するキツネ、幽霊、翼生やしたテレポーターなどの人外連中は何なのか。ここってリリカル世界だよな? ネコ耳女とかは使い魔だとして、幽霊ってなんじゃい。

気になったので奴らに問いただしてみたのだが、魔法? 何それ? 美味しいの? と返されてしまった。どうやら奴らは魔導師や魔法関係者ではないらしい。

じゃあテメエら一体何なんだ? と思って俺が疑わしげな目で見ると、幼女がピカチュウみたいに電気をビリビリし始めたので追及するのは止めといた。巫女さんが幼女をなだめてくれたので電気を引っ込めたが、奴は完全に俺を殺る気だった。俺が何をした。

人外連中に関わるのはなんか危険っぽいので、気にするのは止めにしておこう。愛さんが言っていたように、しばらくしたら慣れるかもしんないし。

今日は色々あって疲れた。もう寝る。いい夢が見れるといいのだが』



『5月16日 晴れ

なぜか巫女服を着た見知らぬ女に電撃で丸焼きにされる夢を見た。

最悪な夢を見たからか背中が寝汗でびっしょりになっていたので、一階にある風呂に入ることにしたのだが、そこには先客が居た。

脱衣所と浴室を隔てるガラスに女性のシルエットが写っているのを確認した俺は、迷うことなくガラス戸を横にスライドし桃源郷へと足をふみ入れた。「ありゃ、入ってたのか、気付かなかった」と言うつもりだった。

が、なぜかそこから先の記憶がぷっつりと途切れており、気が付けば俺は寮の庭にあるバスケットゴールにパンツ一丁で磔(はりつけ)にされていた。そしてその下にはそんな俺をビデオカメラで撮影している女漫画家の姿があった。俺の身に一体何が起きたのか、今でも分からない。

それはともかく、今日は昨日会話することが出来なかった人物と話す事が出来た。この寮の管理人兼料理人の女の子だ。

いや、会話と言うには語弊があるか。なにせあいつ、なにを話しかけても「えへ、えへ」としか答えなかったし。日本語で喋れっちゅうねん。

今日の特筆すべき出来事はこのくらいか。これ以外の時はリビングに置いてあるゲームで遊んだり、バスケットコートでスリーポイントの練習とかしかしてねえし。寝る』



『5月17日 晴れのち曇り

愛さんが本格的に俺の両親や家の捜索を始めた。色々とコネがあるらしく、すぐに見つけてみせると豪語していたが、存在しないものは見つかるはずがない。ご苦労なことである。

世話になる人間を騙すのは気が引けるが、これも俺の覇道のため。愛さんには涙をのんでもらおう。なにより、女子寮から離れたくないし。

この女子寮の住人はみんなどこかおかしいが、美女、美少女ばかり。女だらけの中に男が一人というラブラブでひなひななシチュエーションなのだ。俺がここを出て行く時は管理局に入局する時くらいだろう。

管理局。問題はこれだ。

どうやって管理局と接触しようか。魔法関係者と知り合いになるのが手っ取り早いのだろうが、はやてやなのは達とのフラグは初日に折れてしまったし、いきなり現れて「俺を管理局に紹介してくれ」とか言ってもドン引きされるだろうしな。出来るなら自然な流れで管理局と遭遇したいものだ。

ここはやはり闇の書事件まで待って、クリスマスにすずかやアリサのように病院付近で戦闘に巻き込まれる、という形がベストかな。そこで俺の魔法無効化能力を管理局に見せつければ、あっちの方からスカウトしてくるだろうし。

そしてアースラに乗せてもらってミッドチルダに行き、管理局員として八面六臂(はちめんろっぴ)の大活躍の末、いずれはなのはと双極をなす管理局のエースオブエースに。うはww俺頭良いwww

そうと決まれば話は早い。クリスマスまではやることも特に無いし、今はのんびり女子寮生活を楽しむことにしよう。この寮の住人は見た目だけは良いからな。エロいハプニングとか期待大だ。もしハプニングが無くても自分から作り出せばいい。それだけのこと。さて、寝る』



『5月18日 今日も晴れ

今日は休日。いつもは学校やら仕事で居なくなる住人も、朝からまったりとしていた。

女子高生二人が毎度のごとくケンカしたり、巫女さんが手のひらサイズの幼女と談笑したり、金髪幽霊が刀に変身したり、テレポーターが突然リビングに現れたり、小学生がプロ顔負けの料理作ったりしていたが、なんかもう慣れた。人間の適応能力舐めたらいかんね。

こんなおかしな住人達だが、お菓子をくれたり、一緒にゲームで遊んでくれたり、お小遣いくれたり(まあ、愛さんにも割ともらってるんだけど、ありがたく頂戴することにしている)、話し相手になってくれたりと、予想とは逆に俺に結構良くしてくれる。

普通、突然男が女子寮にやって来たら追い出したり拒絶するもんじゃねーの?

なんて疑問を持ったので、よく話し相手になってくれる女漫画家に聞いてみたら、あいつは「九歳のガキ追い出してどうすんだよ? 馬鹿なの? 死ぬの?」とタバコの煙を俺の顔に吹き付けながらそう返した。

良く考えてみれば、今の俺はまだ身体も未発達な子どもだ。仮に俺が男の本能剥き出しにして住人に襲いかかったとしても、逆に俺がえらい目に遭わされるしな。というか、成人の身体だとしてもここの住人のほとんどには返り討ちにされるだろう。

まあ、俺が子どもだってのを差し引いてもここの住人は善人の集まりだとは思うがな。オーナーの愛さんに感化されたんだろうか?

それでも着替えを覗いたら折檻されたんだけどな。「俺は子どもだぞ、ちょっとくらいいいじゃねーかコラァ」って言ったら更にボコボコにされた。

どうやら子どもだからと言って覗きが許されるわけではないらしい。仕方ない、能動的なエロ行為は控えるとしよう。なぁに、ここは女子寮なんだ。エロハプニングの一つや二つ、すぐに起こる事だろう。

しかし、折檻としてブレーンバスターをかけられるとは思わなかった。背中痛てえ。もういいや、寝る』



『5月22日 曇り

俺がさざなみ寮に来て一週間が過ぎた。愛さんは仕事の傍ら相変わらず俺の親と家を探してくれている。頭が下がるぜ。というか今さらながらに気付いたんだが、記憶喪失じゃなくて、両親が死んで天涯孤独の身になったとでも答えておけばよかった。そうすりゃ愛さんにこんな苦労掛けることは無かったんだがな。ま、今さらだな。

今回掛けた苦労や生活費その他諸々は、将来ちゃんと返さなくちゃなるまい。借りは返す。大事だよな、これは。

それは置いといて、今日の出来事。

女子高生に弟子入りした。何を言ってるのか(ry

と冗談はここまでにして、マジで弟子入りした、というかさせられた。

今日の夕方、毎度のごとく武術の達人並の動きでケンカしている女子高生の二人をうまい棒食いながら見ていた時の事だ。

そのケンカはいつものように関西弁の中華娘が女空手家を中国拳法で叩きのめして終わりを迎えたのだが、その時に俺が不注意にも「あんたらすごいね、どうやったらそんな強くなれんの?」と言ってしまったのがすべての始まりだった。

その言葉を聞いた女空手家が何を勘違いしたのか、「そうか、そんなに強くなりたいのか。なら俺が一肌脱いでやる」と呟くと、いきなり俺に空手を教え始めたのだ。

しかも、それを見た中華娘までもが、「弟子か! ええなあ、弟子。ほんならウチも稽古つけたるわ」とか言いだして、空手の後に俺に中国拳法の鍛錬をつけ始めた。

別に俺はそんなん教わるつもりはなかったのだが、型の稽古している時とか、こう、なんていうか、手取り足取り教えてくれてたから、胸が頭とか背中に当たったりしちゃってさあ。断わるに断われなかったわけよ。

んで、結局そのまま二人の弟子にされてしまったのだ。まあいいけどね。今日やったお遊びみたいな鍛錬だったら、いくらやっても疲れないし痛くもないし。むしろ望むところだ。胸とか、胸とか、あと胸とか。

ああ、あの感触は一生忘れないだろうな。今日はいい夢が見れそうだ。グッナイ』



『5月30日 晴れ(俺の心は曇り)

死ぬ、死んでしまう。

お遊びなんてとんでもねえ。奴ら本格的に俺をしごく気だ。

手取り足取り優しく教えてくれるのは最初だけだった。俺が慣れてきたと見るや否や、体力作りと称してランニングにつき合わせたり、重しを身体に取り付けたりと、段々ハードにしていきやがった。

それだけじゃ飽き足らず、今日は実戦形式で稽古をつけるとか言って容赦なく俺をボコボコにしてくれやがった。あいつらは加減と言うものをしらないのか?

きつくなって途中で逃げても捕まえられてしまい、無理矢理鍛錬を続けさせられる。空手女が言うには「きついのは最初だけだ、すぐ慣れる。それに男ならちゃんと最後までやり遂げろ」とのことだが、男とか女とか関係ないだろと思う。マジ、きつい。

ちなみに、「最後までやり遂げろ」の最後ってなんだ? と質問したところ、一対一で師匠を倒せるまで強くなることだそうだ。ヤムチャ言うな。どんだけ時間かかると思ってんだ。

ああ、身体痛てえ。明日も筋肉痛か。くそ、あの二人いつか絶対ぶっ飛ばしてやる。寝る』



『6月4日 晴れ

朝になって思い出したのだが、今日ははやての誕生日だった。

ヴォルケンリッタースキーの俺としては見逃せるはずもなく、出現したての初々しい彼女達を一目見ようと思った俺は、ちょうど外に買い物に出る女漫画家の車に乗せてもらって山を下り、帰りはバスで帰ると言って駅前で降ろしてもらった。

んで、そこから以前行ったことがあるはやての家に向かって歩いていたのだが、なんとその途中ではやて&ヴォルケンズと遭遇してしまった。

さりげなく会話を盗み聞いたところ、彼女達はデパートに買い物に行くとのことだったので、もう一度顔をよく見るために俺はその場で待機し、彼女達の帰りを待った。

一時間ちょっとして再び彼女達がやって来たので、未来の同僚達の顔を脳裏に焼きつけておこうとガン見してたら、長身のポニーテールの女性、シグナムが俺の方にやってきて、いきなり俺を物陰に連れ込んだ。

連れ込まれた理由は分からないが、これは仲良くなるチャンスかと思った俺は、特別視してもらえるように俺に備わった特殊能力、魔法無効化能力についてシグナムに説明した。でかい胸をガン見しながら。

なぜか殴られた。しかもナックルやらヌンチャクやらで。わけが分からなかった。

わけが分からないまま俺は良い笑顔のシグナムにボコボコにされ、物陰に放置された。あれは本当にシグナムだったのだろうか? 今でも分からない。

その後、放置された俺はなんとか立ち上がってバス停まで歩き、バスに乗ってさざなみ寮に帰還した。

ちなみに、寮に着いた時は満身創痍だった俺だが、今は完治している。金髪幽霊に直してもらったのだ。なんかあの幽霊にはヒーリング能力が備わっているらしく、俺の傷をあっと言う間に治してしまった。もうなんでもありだな、ここの住人。

しかし、なんで俺はボコボコにされたんだ? 理不尽だろ。もういいや、寝る』



『6月13日 晴れのちグゥ

今日も今日とて空手女と中華娘に絞られる一日だった。俺をヨイショするかのように筋がいいとか才能があるとかほざいてたが、いまだにあの二人に一発も攻撃を当てたことがないのに、そんなこと言われても信じられん。

ていうか、あの二人に追いつくには一年や二年ではまず無理だ。身体がガキってのもあるが、奴らの実力は半端ない。実際に殴りかかってみて分かったのだが、本気で襲いかかっても奴らの体に触れることすら敵わなかったのだ。あいつら初期のビーデル並の戦闘力持ってそうだ。

しかし、俺はいつまで鍛錬を続けなけりゃならんのだ。やっぱりあいつらを一対一で倒せるようになるまでか? マジ勘弁してくれ。身体が成熟してない上に相手は達人クラスだぜ? いつになったら解放されるか分かったもんじゃねえ。

まあ、最近は鍛錬にも慣れてきて、身体動かすのがちょっと楽しいかも、とか思い始めてるんだが、それはそれ。基本俺はインドア派だし、オタクだし。やっぱり家の中に引きこもってゲームとかネットしてる方が好きだな。いや、あの二人が学校行ってる間はゲーム三昧なわけだが。

今日も疲れた、もう寝る』



『6月15日 晴れときどきブタ

さざなみ寮に来てから今日で一カ月が経過した。愛さんはいまだに捜索活動を続けてくれているのだが、もう諦めムードが漂ってきている。すっぱりと諦めてくれれば俺の良心も痛まずに済むのだが、愛さんはまだ探し続けるつもりらしい。胸が痛む。

それは置いといて、本日の出来事。

昼に女漫画家の部屋の前を通った時、中から呻き声が聞こえてきたので気になって扉を開けて中を覗いてみたのだが、そこにはカリカリとペンを動かしながら漫画を描いている女漫画家の姿があった。

奴は入口に立つ俺を見るや否や、獲物を見付けたライオンのような目つきをして俺を中に招き入れると、いきなり俺を作業机に座らせて作業を手伝えと言った。

なんで俺がそんなことしなきゃなんねーんだ、と思ったが、かなり切迫しているようだったので仕方なく手伝ってやることにした。

ベタ塗りやトーン貼りといった単純作業を任されたのだが、なんであいつはアシスタントを雇わないのか不思議でしょうがない。プロの漫画家なら普通はアシの一人や二人は雇うもんだろjk。

なんてことを思いつつ三時間ほど手伝ってやったのだが、やつは俺の手際の良さにかなり驚いていた。

分かるまい。俺が前世でエロ同人誌を描いてコミケでサークル参加していたなど分かるまい。

作業終了後、奴はお礼の言葉とお駄賃千円をくれた。よかったらまた手伝ってくれと言っていたが、お駄賃をくれるなら考えてもいいかもしれないな。さて、寝るか』



『6月26日 晴れ晴れユカイ

十日ほど前に女漫画家を手伝ってから、奴は味をしめたかのように頻繁に俺をアシスタントとして使うようになりやがった。

あまりにも便利に使われていたので、お駄賃をもらいながらも少し腹が立った俺は、「テメーでアシスタント雇いやがれ」と言ったのだが、奴はタバコの煙を吐き出しながら、「だってアシ代勿体無いじゃん」なんてのたまいやがった。足の小指タンスの角にぶつけて死んでしまえばいいのに。

朝はランニングとゲーム、昼は女漫画家を手伝って、夕方は中国拳法と空手の鍛錬、夜は住人と遊んだりお喋りしたりと、これが最近の生活習慣になってきている。とても九歳の過ごす一日とは思えんな。

そういえば、勉強はしなくていのか? と以前住人に聞かれたが、俺の大学生並の学力を見せ付けたら何も言ってこなくなったな。ふふん、転生オリ主を舐めるなよ? しかも俺は勉強は割と出来る方なのだ。弟によく勉強教えてたしな。

しかし、弟の奴、俺が勉強教えるたびに、「兄貴は勉強は出来るんだよね、勉強は……」とよく呟いてたのはなんだったんだろうか。今でも気になる。

弟か。あいつ元気でやってるかな。いや、それよりも俺の最後の頼みを聞いてくれたかの方が気になるな。ちゃんと壊してくれたかな。壊してくれたよな? 信じてるぞ、最愛なる我が弟よ。寝よ』



『7月1日 ハレルヤ

今日も鍛錬やら女漫画家のアシで時間が潰れた。やることがゲームくらいしかないから別にいいんだけど、俺が望んでるのはもっとこう、エロいイベントなわけよ。

この寮に来てから結構経つが、想像してたようなエロハプニングなんか全くと言っていいほどなかった。やはり自分から行動を起こさなくてはダメなのか?

でもなあ、折檻受けるのは目に見えてるもんなぁ。もうブレーンバスターは喰らいたくねーし。今度はもっとひどい目に遭うかもしんねーし。

やっぱエロは控えるか。寝る』


『7月20日 雨にも負けず風にも負けず

今日は雨。しかも大雨。ジメジメした嫌な天気だった。

今日はこれ以外に特筆すべき事は無いかな。しいて挙げるなら、幼女が外の雷に反応して負けじと電撃を放ってたってことくらいかな。そういや幼女から美女に変身していたが、別に気にするほどのことではないな。さて、寝るか』



『8月13日 ハーレム作りてえ

きょうは、夏コミに、いってきました。とても、たのしかったです。



くそ、あの眼鏡女め。何がボッシュートだ。俺の青春を返せ。てゆーかエロ本返せ。そして命乞いするような死に方しろ。

あーあ、やってらんねー。寝る』



『8月16日 ぬくもり

俺がさざなみ寮に来てから今日で三カ月が経った。愛さんが、出来る限りのことはやったけど見付からなかった、と俺に謝りに来た。

愛さんはよくやってくれた、謝ることはない、と言ってやりたかったが、んなこと言えるわけねえよな。恥知らずにもほどがあるっちゅーねん。

諦めたように見えた愛さんだったが、細々とだがこれからも定期的に捜索活動は続けるつもりらしい。愛さん、あんたの親切心が痛いよ。

まあいい。クリスマスだ。クリスマスに記憶を取り戻したと言ってこの寮を離れればいい。そうすれば愛さんに余計な苦労をかけなくて済む。

……でも、なーんか嫌な予感がするんだよな。なんでだろ?

気にしてもしょうがねーか。寝る』



パタン。

「ふう。日記書くの癖になっちまったな」

「オリシュくーん、ちゃんと歯みがきしてから寝ないとダメだよー」

「あー、はいはーい。今やるっすよー」

なんか、最近愛さんが母親みたいに見えてきたなぁ。











あとがき(という名のお知らせ)

ゴタゴタしてて更新が遅れました。

えー、今回のあとがきは少しお知らせ的な要素があります。

まず一つ。知らない方もいるかと思いますので補足説明しておきますが、本作品に出てくるさざなみ寮の住人はとらハ2と3のキャラです。本来居るはずの人間が居なくて、居ないはずの人間が居たりしますが、これは本作品の独自設定です。

二つ目。以前感想掲示板にて、空白期はどうするのか? といったご質問がありましたので、今ここでお答えいたします。空白期は……書きます。

空白期飛ばしていきなりSTS、というのも考えたのですが、色々と構成考えてみた結果、やっぱり空白期書いていった方がいいかな? と思いまして。

三つ目。本編引っ張るようで申し訳ありませんが、次の話とその次の話、どちらも外伝を書きます。次回が今回のオリシュの続きで、その次が別の外伝です。

その別の外伝なのですが、これはいつもの外伝と違って、過去の話ではなく未来の話が書かれています。どれくらい未来かというと、時系列的に見てSTSが始まるちょっと前辺りです。

この外伝には、空白期に起こるイベントをすべてこなしてきたハヤテ達の姿が書かれています。よって、伏線、ネタバレの嵐です。ですので、そういったものを見るのは嫌だと言う方は、この外伝は飛ばした方がいいかもしれません。読まなくとも支障は無いようにしますので。

A's編完結してないのにこんな未来の話書くのもアレですが、どうしても書きたくなってしまいまして。ちなみに題名は『それほど遠くない未来のとある一日』です。



[17066] 外伝 『とあるオリ主の軌跡4』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/07/21 14:38
【俺の日記2スレ目】(勝手に見たらエロいことする)



『8月26日 快晴

前回で日記帳を書ききってしまったので新しく日記帳を購入した。しかし、まさかこんなに続くとは思わなかった。てっきり一週間くらいで飽きて放棄するかと思ってたんだが、書いてみると意外と楽しいことに気が付いて、こんなに長続きしてしまった。なんでもやってみないと分からんもんだな。

それはそうと、今日の出来事。

ネコ耳娘の発案により、寮の住人達と海に行ってきた。ここ海鳴市は周辺を海や山に囲まれているので、漫画女の車で山を下りて少し進んだら、すぐに海に着いてしまった。

ちなみに住人全員が参加したわけではなく、愛さんや、その他の用事がある何人かは来れなかった。愛さんの水着姿が拝めなかったのが今でも悔やまれる。

海に着いた俺達は、浜辺の人間の注目を浴びながらスイカ割りやビーチバレーを楽しんだ。若くて可愛い女ばかりだから注目を浴びるのも仕方ないだろう。

とか思っていたのだが、よく見たら注目を浴びてたのはネコ耳生やした女と半透明の幽霊の二人だった。そういえば、今ではもう当たり前の光景になったが、端から見ればやっぱ異常だよな、アレ。異常と言えば、ここの寮の住人ほぼ全員が異常なわけなんだが。

まあ、そんなこんなで周りの人間にケータイのカメラでパシャパシャと写真撮られながらも、俺達は夏の海を満喫した。

ていうか、ネコ耳娘は耳引っ込められるし、幽霊は実体化できるのになんでしなかったんだろうか。ちょっとは周りの人間に気を遣えっちゅーの。

……それにしても、漫画女の胸、でかかったなぁ。今度アシスタント代の代わりに胸揉ませてもらおうか。寝る』



『9月1日 暗雲立ち込める空 

アシ代いらないから胸揉ませろコラァ、と言ったらキンニクバスターを掛けられた。奴は48すべての必殺技を使えるらしい。なんて奴だ。

それは置いといて、今日の出来事。

9月に入り夏休みが終わったため、寮に居る学生達は今日から再び学校に通いだした。夏休み中は、中華娘と空手女が暇があれば俺を鍛えようと修業を迫って来ていたので、これでようやく一息吐けるといった感じだ。

朝、学校に行く学生達をうまい棒食いながら見送った俺は、最近ようやく仲が良くなり始めた電撃幼女と一緒にゲームをして午前を過ごし、昼から夕方にかけては漫画女のアシ、夕方から夜にかけては修業をして午後を過ごした。ここら辺はいつも通り。

だがしかーし! 今日の夜、とうとう念願のエロハプニングが起きたのだ。お風呂場で裸のあの子と俺がこんにちわ。ワンダフォー!

……なんてことが起きたらいいなー、とか思いながら今日もモンモンとした夜を過ごす俺だった。寝よ』



『9月23日 雲一つない青空

今日は愛さんと大事な話をした。俺の今後の事についてだ。

親や家の捜索活動を続けているとはいえ、見付かる可能性は絶望的だと悟った愛さんは、なんと、俺に戸籍を用意してくれると言った。

それはつまり、俺を引き取って養子にするということなのか? と思って聞いてみたのだが、そういうわけでもないらしい。

どうやら愛さんは俺を学校に通わせたいようなのだ。知識は大学生並だとしても、義務教育期間真っ最中の俺がずっとこの寮に閉じこもっているのは、やはりまずいと思ったとか。あと、同世代の友達が居ないのはかわいそうだとも。

どうせもうしばらくしたら出て行くから戸籍とか必要無い、と一瞬思ったのだが、上手くすればなのは達の通う学校に行けるんじゃね? と思い直した俺は、愛さんに了承の言葉を返しておいた。なのは達と仲良くなっておいて損は無いし。

ただ、戸籍ってそんなに簡単に作れんのか? と疑問に思って質問してみたところ、やはりそれなりに時間が掛かるらしかった。

俺の場合は記憶喪失だから本来は戸籍がすでにあるはずだとか、だとすれば二重戸籍がどうだとか、家庭裁判所に就籍許可をどーたらこーたらなどと、愛さんが言うには、中々面倒な手続きをしなければならないそうで、実際に戸籍を得るには最低でも数カ月は掛かるだろうとのこと。

それまでは学校に通えない(自治体に相談すれば通えるかもしれないとも言っていたが、どうしても通いたいというわけでもないので断わっておいた)けど我慢して、と愛さんが頭を下げてきたが、頭を下げたいのは俺の方だった。愛さんにはホント苦労掛けるぜ。

しかし、学校か。クリスマスまでに通えるのかな? 出来れば一回くらいはアリサとテスト勝負して、「なんでアンタみたいな奴が満点取れるのよムキー!」とか言わせてみたいぜ。さて、寝るか』



『10月11日 素晴らしい天気

今日は体育の日。だからどうだというわけではないが、なんとなく書いてみた。

最近では、もう寮の住人達の全員と仲良くなり、あだ名で呼び合う仲にまでなった。みんなが俺をこの寮の住人と認めてくれたようで、少し嬉しい。

ただ、修業中に中華娘と空手女のことをそれぞれ、「このカメ!」、「このおさる!」と親しげにあだ名で呼んだら、二人にツープラトンを仕掛けられて空中コンボを喰らった。なんでだ。あいつらいつもそう呼び合ってるのに。

派手にボコられた俺は、庭をふよふよと漂っていた幽霊に怪我を直してもらった後、再び鍛錬を再開し、夕食まで修業に明け暮れた。

なんだか最近、空手女達と組み手をするのが楽しくなってきた。型を覚えて、技を覚えて、動きを覚えてきたからだろうか? 反射神経や動体視力も上がった気がするな。

それでも相変わらずボコボコにされてるんだがな。しかも、やり過ぎても幽霊が直してくれるから大丈夫とか言って、九歳の貧弱ボディにあいつらは容赦なく攻撃してきやがる。鬼か。

組み手ではいまだに触れることすら敵わないが、俺がここを去るまでにはせめて一発は喰らわせたいぜ。……胸に掌底を。

サイヤ人みたいに死の淵から蘇るたびに強くなる特性を神様に付けてもらえばよかったと思う今日この頃。寝よ』



『11月23日 fine weather

今日は俺の冬物の服を揃えるために、愛さんと一緒にデパートまで行ってきた。本当は一人で買いに行く予定だったのだが、愛さんもデパートに用事があったらしく、せっかくだから一緒に行こうと押し切られたのだ。

デパートに着いた俺は、冬物の服とうまい棒百本を買ってすぐに自分の買い物を済ませたのだが、愛さんの用事が長引きそうだったので、暇を潰すために一旦愛さんと別れてデパートの中を見て回ることにした。

あのデパートは変な物を取り揃えていることで有名で、見ているだけでも割と楽しかった。

しかし、まさかこの年になって館内アナウンスで迷子の呼び出しをされるとは思わなかった。勝手に愛さんから離れた俺も悪かったんだが。

愛さんと合流した後、俺達は近場のレストランで昼食を済ませたわけなんだが、あそこのウェイトレスはなんで日本刀を腰に差していたんだろうか。誰も気にしている様子が無かったから俺も無視していたが、やっぱアレおかしいだろ。謎だ。

昼食を食べ終えた俺達は、そのまま寮に戻っていつも通りの一日を過ごした。

それにしても、寮とデパートの往復の際に乗ったあの赤い車、何回エンストしたっけ? いい加減車買い換えればいいのに。寝る』



『12月10日 <●><●>

十二月も中盤に入り、いよいよクリスマスが近づいてきたとwktkしていた俺に、ビッグニュースが飛び込んできた。なんと、近いうちに愛さんが温泉旅行に連れて行ってくれるというのだ。

温泉。なんと心惹かれる響きか。

やっぱりあれだよな。温泉といったらのぞきだよな。日本男児たるもの、温泉旅行で風呂をのぞかなければ婦女子に対して失礼というものだろうし。

時間が取れる寮の住人も誘って行くということで、さらに楽しみが増えた。やばい、興奮して眠れないかもしれん。でも寝る』



『12月19日 \(^o^)/

温泉旅行当日。今日、俺はかけがえのない友(同志)を手に入れた。

幾多の試練を共に乗り越え、協力し、俺達はあと一歩のところまで行った。しかし、その一歩が届かなかった

でも、それでもいい。俺はこの世界に来て、初めて心の友を見付ける事が出来たのだから。

惜しむらくは、名を聞き忘れたということか。だが、俺は奴のことを忘れないし、奴も俺のことを忘れないだろう。それだけは確実に言える。なぜなら、俺達は同志なのだから。

それに、奴とはまたいつかどこかで会える気がする。その時には、再開の喜びを分かち合うとしよう。

名も知らぬ同志よ。また会える日を楽しみにしているぜ』



『12月24日 晴れ (この日記は朝に書いたもの)

今日はクリスマスイブ。とうとうA's編の決戦日であるクリスマスが明日に迫った。いや、戦闘が起こるのは正確にはイブの夜からクリスマス当日の早朝までだったな。

長かった。ここまでくるのに半年掛かった。しかし、残すところあと半日。夜になれば俺は管理局と接触し、魔導師への道を歩むことになるだろう。

そうして、管理局の任務に従事して手柄を立てて、いずれはエースと呼ばれる存在に。目標はやっぱこれだよな。

……ただ、正直俺はこの寮を出ていくことに抵抗を感じてしまっている。

この寮は、心地良すぎたのだ。初めは住人の非常識さに呆れたものだが、時が経つにつれてそんな住人達とも仲良くなり、やがて、家族とも言えるような絆が芽生えていった。これは、俺の一方的な勘違いではないと思う。

だから、離れるのが辛い。管理局に務めるようになれば、そう易々(やすやす)とは地球に戻る事は出来ないだろうし。

いや、なのはとかは嘱託魔導師になって学校に通いながらも管理局の仕事を両立していたようなんだが、魔法の魔の字も知らないようなペーペーの俺は、しばらくは座学や訓練に時間を費やすことになるだろうから、やっぱり気軽に帰って来るってのは出来そうにないよなぁ。

だが、俺は魔法を使うためにこの世界に来たんだ。この寮で過ごす日々も楽しかったが、魔法という未知の力の魅力には抗いきれん。

決めた。俺はミッドチルダに行く。そうしてミッドチルダで魔法を学び、強くなって、魔導師としての自信が付いた時、その時に、挨拶をしにここに戻ってこよう。俺はこんなに強くなったぞ、と。

ああ、最後まで中華娘と空手女には一発も攻撃が当てらんなかったな。戻ってきた時に、また組み手してもらうとしよう。その時には攻撃が当てられるよう、ミッドチルダでも鍛錬は続けるか。

この日記がここで書く最後の日記になるかな。まあ、ミッドでも書き続けるとは思うが、なんか妙な達成感があるぜ。感無量ってのは今のような状態を言うんだろうか。

そういや、結局学校には通えなかったな。これも心残りと言えば心残りか。まあいいや。

さて、夜に備えて昼間はゆっくりするとしよう。

さらば海鳴。俺はいつか帰って来るぞ』



『12月25日  orz

ただいま海鳴。俺は帰って来たぞ。まあ一日たりとも離れてはいないんだがな!

あり得ない。あり得ない。あり得ないなんてことはあり得ない? 何でもいいけどとにかくあり得ないことが起こった。いや違う。起こるはずの出来事が起こらなかったのだ。

そう、イブの夜に病院付近で起こるはずの戦いが、起こらなかった。

昨日の夜、俺は誰にも見付からないようにこっそりと寮を抜けだし、山を下りて街に向かった。そして、はやてが入院しているであろう病院の近くにあるコンビニに入り、しばらく時間を潰していた。

だが、いくら待っても結界が張られることはなかったし、近くで魔法バトルが展開されることもなかった。

疑問に思った俺は、コンビニを出て病院付近をウロウロしていたのだが、日付が変わる時間になっても周りの景色は変わる事は無かった。

日付を間違えたかとも思ったが、生粋のなのはファンである俺がそんな凡ミスを犯すはずがない。なら考えられる可能性は、俺の体の中にはリンカーコアが無いから結界の中に入ることが出来ない、くらいだが、それこそあり得ないだろう。

だって俺、オリ主だぜ? 神様に転生させてもらったんだぜ? リンカーコアの無い転生オリ主なんて居るはずないじゃん。

だから、要因は他にあるはずだ。だが、それが分からない。

そうして何も分からないまま時間が過ぎていき、結局俺は朝方にさざなみ寮に戻ることにした。管理局と遭遇出来なかったら寮に戻るしかないし。

寮に戻った俺は、一体何が原因でこんなことになったのか一日中部屋に籠って考えていたのだが、この日記を書いている今になっても答えは分からない。

ああ、もう頭使いっぱなしで疲れた。今日はもう寝る』






「ふう……」

パタン、と開いていた日記帳を閉じて溜息を吐く。

どんだけ考えてもどうしてこうなったのかまったく分からん。原作通りなら今日の朝にはすべての決着がついているはずなんだが、なんで何も起こらないんだよ。わけ分かんねえ。まさか決戦の日時がずれてるのか? そんなわけねえよな。

「……寝よ」

一日中考え事をしていたおかげで頭が痛い。取り敢えず今日はもう寝ようと思い、俺は電気を消して部屋に備え付けられたベッドに倒れ込む。が、横になってもなかなか寝付けずにいたので、意識が沈むまで今後の予定を軽く整理していくことにした。

「これからどうすっかな……」

こうなったら明日あたりにでも、引かれるのを覚悟でなのは達に管理局を紹介してもらうか? 管理局と接触する手段はもうそれくらいしか残されてないし。

いや、でも別に今すぐでなくとも構わないか。もうそろそろ戸籍が作れると愛さんが言ってたし、そうすればなのは達の学校に通うことも可能かもしれない。

同じ学校に通えばなのは達と友達になるチャンスはあるだろうし、仲良くなった後、俺の魔法無効化能力を教えた上で魔法の勉強をしたいと伝えれば、引かれることなく管理局に紹介してもらえることだろう、たぶん。

回りくどいかもしれんが、やはり未来の同僚とは良好な関係を保っていたいからな。

学校に通ってなのは達と仲良くなる。取り敢えず当面の目的はこれでいいか。焦ってもいいことは無いしな。 

「………」

考えもある程度まとまってきたところで、いい感じにまぶたが重くなってきた。もう意識を保つのも限界か。

おや……す……み………

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」

「うおおおおお!?」

夢の世界に旅立つ直前、いきなり部屋の中に叫び声が木霊して、俺の意識は覚醒を促された。

驚きつつベッドから飛び上がって周りを見渡すと、いつの間にやらドアの前に人影が立っているのに気付く。暗くて顔はよく見えないが、なんか変な恰好してるような……

「……テメエ、誰だ。どうやって入った」

「気にしたら負けだ、小僧。そんなことより、幸薄そうなお前にビッグなプレゼントをやろう。泣いて喜べ」

……なんだこいつは。突然部屋に現われて大声上げたと思ったら、電波なことを言い出しやがって。頭おかしいんじゃねえのか?

「ほれ。最後のとっておきのプレゼント、インテリジェントデバイスじゃん。友達が少なそうなお前にぴったり。こいつと話して寂しさを紛らわせるといい」

「余計なお世話……って、デバイス!?」

電波なことを言いつつ、怪しさ満点の闖入者(ちんにゅうしゃ)は持っていた大きな袋におもむろに手を入れ、すぐに引き抜く。その引き抜かれた手には、シルバーチェーンのようなものが握られていた。

「ほら、もっと腕にシルバー巻くとかさあ」

「え? お……と」

そして、ぞんざいに扱うようにいきなりそれを俺に放ってきた。俺はなんとかそれを空中でキャッチし、手に握ったチェーンをまじまじと見る。

え、何これ? もらっていいの? というかホントにデバイスなの?

「ではな。せいぜい大事にすることだ」

意味不明の行動に呆ける俺を一瞥(いちべつ)すると、謎の侵入者は背を向けて去って行こうとする。

「いや、ちょっと待てって。お前いったい何なんだよ? なんでこんなもんをくれるんだ?」

その俺の言葉に、奴は振り返らずに楽しげに答える。

「拙者はただのサンタクロースでござる。サンタが子どもにプレゼントを配るのは当然だろう?」

「いや、サンタてお前……」

「ふはーははは! さらば!」

「あ、ちょっ」

けたたましい笑い声を上げると、奴は俺の制止の言葉も聞かずに隣の部屋を隔てる壁に突っ込み、この寮に住む幽霊のようにすうっと通り抜けてしまった。

「何だったんだよ、一体……」

静寂を取り戻した部屋に一人取り残された俺は、奴が消えていった壁を見つめながら呟く。

突然現れて、突然プレゼント渡して、正体も明かさずに去っていく。サンタとか言ってたが、んなわきゃねーだろうし、マジで何者なんだっつーの。

と、そんな風に眉をひそめつつ佇んでいると──

ドガァッ!

「うおっ!?」

奥の方から何かを破砕する音が聞こえてきて、続けざまに建物の崩壊音までが重なった。

さらにそのすぐ後、

『覚えてろよー! 来年のクリスマスもまた来ちゃうもんねー!』

と、さっきの侵入者の叫び声までが聞こえてきた。……あいつ、何やってんだよ。






気になった俺は、部屋を出て音のした廊下の奥に行き、何があったのかを見てきたのだが、なんか天井とか壁が悲惨なことになっていた。

その場に居た住人に何があったのか事情を聞いてみたところ、不審人物を見付けたので捕らえようとしたのだが、相手が思わぬ強敵だったので思わず本気でやってしまったとのことだった。それでも取り逃がしてしまったらしいが。

何をどうやったら天井を壊せるのかが不明だが、ここの住人たちには常識は通じないことは十二分に理解しているので、俺は「へえ、そうなんだ」の一言を残して部屋に戻った。人外連中の非常識さに付き合ってたら、疲れるだけだと判断したからだ。

で、部屋に戻った俺は今何をしているのかというと、自称サンタにもらったシルベーチェーンを手に持ち、ベッドに座ってそれをいじくり回している。

あいつはこれをデバイスだと言っていたが、本当にそうなのだろうか。確かに、小さな宝石のような物が取り付けられてて普通のチェーンとは違うようだが、どうにも胡散臭い。

しかし、本当にこれがインテリジェントデバイスだと言うのなら、何か反応があってもいいと思うのだが。

『Please……』

「お?」

俺が疑問に思いつつチェーンをいじくっていると、そこでようやく反応があった。

『Please call my name……』

私の名前を呼んでくださいってか。こりゃまじでデバイスっぽいな。しっかし、インテリジェントデバイスなんて高価なもんポンポンとプレゼントするあのサンタはマジで何者だよ。まあ、デバイスもらえたのは嬉しいんだが、喜びより不信感の方が強いんだよな。

『Please call my name……』

……取り敢えず、今はこいつの相手をしてやるか。なんか今にも泣きそうな感じで必死に呼びかけてきてるし。

「あー、名前呼べって言われても俺そんなの知んないぜ。それとも、まだ名前が付いてないから俺に名前を決めろと、そう言ってるのか?」

『!? Yes, that's right! Just like that!』

「日本語でおk」

『……失礼。その通り、あなたに名前を決めてもらいたいのです』

おお、即座に日本語に切り替わった。便利だなぁ。

「っと、そうだ。一つ聞いときたいんだが、名前を決めるってことは、俺がお前のマスターになってもいいってことか?」

デバイスに拒否権は無いと思うが、一応聞いておこう。もしかしたら、こいつが俺の生涯のパートナーになるかもしれないんだし。

『私達デバイスは人間に使われることが存在意義なのです。誰であろうと私を使用していただけるならば等しくマスターです。もう暗い倉庫の中に放置はまっぴらごめんです』

……こいつは一体今までどんな人生(?)を歩んできたんだろうか。なんか悲壮感がにじんで見える。

「そういうことなら構わないか。なら、これからよろしく頼むぜ」

『はい、こちらこそ』

「んじゃ、さっそく名前を付けてやるとするか」

つってもなぁ、はっきり言って、俺ってネーミングセンス無いんだよな。学校で友達に付けるあだ名は軒並み却下されて採用されたことねえし、家で新しく飼うことになった猫の名前も、俺の付ける名前はダサいからっていつも弟が付けてたしな。

『………』

うう、期待した眼差しで俺を見つめている気がするぜ。これじゃ下手な名前はつけられんな。

「……よし、決めた」

そうして一分ほど頭を悩ました俺は、いつまでも考えているのもアレなので、思いついた中で比較的マシな名前を口に出すことにした。これは別にダサくはないよな?

「いいか? お前の名前は……」

『私の名前は?』

一度息を吐いてから、もったいつけるように名前を呼ぶ。そう、俺のパートナーとなるお前の名前は……

「ひろし」

『……ほ、ほほう。ひろしですか。な、なかなか良い名前ですね。気に入りました。ええ、気に入りましたとも!』

なんで投げやりそうに答えてるんだろうか。でもまあ、気に入ってくれたのならなによりだ。俺のネーミングセンスも捨てたもんではないのかもしれない。

「じゃあ、ひろし。魔法も使ったこともない俺だけど、これからよろしく頼むぜ」

『はい、マイマスター。どこまでもお付き合いいたします』

うーん、チェーンと話すってのも慣れないなぁ。ま、これから長い付き合いになるだろうし、追々慣れていけばいいか。

「あ、そういえばさ、お前が俺をマスターとして認めてくれるってことは、俺には魔力資質、リンカーコアがあるんだよな?」

『ええ、その通りです』

そうだよな! やっぱオリ主はそうでなくちゃ。

「じゃ、じゃあさ、俺ってどんな感じよ? すごい魔力とか持ってたりしちゃうわけ?」

将来機動六課に入ってスカ達と対峙するためには、最低でもせめてAAランクくらいは欲しいところだ。いや、俺はオリ主なんだからオーバーSはあってもおかしくないか。ふへへ。

「そうですね、時空管理局基準の数値で言えば、現在のマスターはDランク相当の魔力量を有しています」

ふへへ……へ?

……ちょい待ち。今このひろし君はなんて言った? えーと、D、D、D……

「Dカップか。うん、俺もそれくらいのでかさの方が好みだな。小さすぎてもでかすぎてもいかんよな。あ、でもシグナムは別な?」

『私は小さい方が好みですね。って、胸の大きさではありません。マスターの保有魔力量の話です』

「聞きたくなーい! そんなリアルな現実嫌だぁ!」

『マスター、落ち着いて。言語がおかしいです』

これが落ち着いてられるか! だってDだぞ。あの凡人のティアナだって登場当初はBランクあったんだぞ? 俺はそれに劣るというのか?

「絶望した! 魔力アップのサービスもしてくれない神様に絶望した!」

『だから落ち着いてください。いいですかマスター。今、この体もリンカーコアも未発達な状態でDランク相当の魔力量を有しているということは、なかなかすごいことなのですよ? 魔力量も、成人になる頃にはもっと増えているでしょうし、上手くいけばBランク、いえ、ひょっとしたらAランクに手が届くかもしれません。すごいじゃないですかマスター。将来はエリートですよ?』

「んなリップサービスいらんっちゅーねん! 同情にしか聞こえんわ!」

『本当のことなのに……』

確かにAランクあれば、管理局員としては十分エリートだろう。だが、俺の目標はもっと上、エース級の魔道師なのだ。Aランク程度で喜んでられるかっての。

……しかし、こうなってしまってはもうどうしようもない。魔力を有していると分かっただけでも良しとしておくしかないか。はあ、やるせねえ。

『マスター、気を落とさないでください。魔力量だけがすべてではないですよ』

こいつ、慰めてくれてるのか?

……デバイスに慰められるとか、かっこ悪いにも程があるな、俺。仕方ない、魔力云々についてはもう気にしないようにしよう。いつまでも愚痴ってても何も変わらんしな。
 
「ありがとよ、ひろし。そうだよな、魔力がすべてじゃないよな」

それに、俺には魔法無効化能力がある。これがあれば、エース級の働きをすることも夢ではないかもしれんし。

「あ、そうだ。忘れてたけど、お前の中には今どんな魔法がインストールされてるわけ? なんでもいいから魔法使ってみたいんだけど」

『えっと、マスターは魔法の構築も制御も全く出来ないんですよね? そうなると、たとえ私が補助をしたとしても、今現在はほとんどの魔法は使えませんね』

くっ、厳しいぜ。なのはなんかは色々と使ってたってのに。……ん? まてよ。

「なあ、バリアジャケットは生成出来ないのか?」

『あ、それならなんとか出来ると思います。生成しますか?』

「もち! 今すぐやってくれ!」

おお、流石にこれくらいは出来るのか。へへ、どんなデザインにしようかな。ここはやっぱ主人公っぽく真っ黒でイカしたのがいいよな。

『マスター、自分が身にまとう服のイメージは決まりましたか?』

「おう。どんとこい」

『では……』

そうひろしが呟いた瞬間、俺の体の周りに光が発生し、俺を包み込む。おお、きた、きた、なんかキター!

さあ、今こそ俺の魔法使いとしての第一歩を踏み出す時! 

「来い、バリアジャケット!」

高らかな叫びとともに光が収縮していき、服の形に固まっていく。

そして、次の瞬間──

パァン!

「……へ?」

光が粒となって霧散した。

体を見てみるが、バリアジャケットを纏っているというわけでもない。

あれ? これって……

「……失敗、したってわけじゃないよな?」

『……ええ。一瞬生成には成功したのですが、なにやら不可思議な力がそれを弾き飛ばしてしまいまして』

……ええっと、これは、まさか、あれか?

俺の魔法無効化能力は、触れたものすべてを見境なく無効化しちまうってか?

「……」

『……』

………どうしよう。



[17066] 外伝 『それほど遠くない未来のとある一日』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/05 14:51
※まえがき

今回は以前あとがきで書きましたように未来の話です。ぼかしてるところもありますが、ネタバレ満載なのでご注意を。
















チュン。チュンチュン。

「……ん……んあ?」

壁越しに外から聞こえるスズメの鳴き声によって、気持ち良く布団にくるまっていた私は目を覚ます。

「……朝、か」

上半身を起こし、寝ぼけ眼(まなこ)をこすりながら枕元に置いてある目覚まし時計を確認する。時刻は6時20分。目覚ましをセットした時間より早く起きてしまった。まあいい、早起きは三文の徳って言うし。

取り敢えず頭をクリアにするために洗面所で顔を洗おうと、私は周りで寝ているみんなを起こさない様に布団を身体の上からどかし、立ち上がろうとした──

「ん?……フフ」

──のだが、右隣で幸せそうに眠る家族の顔を見て、少しだけ寝顔を観察しようとその場に留まる。

頬を緩めた私の視線の先に居るのは、すうすうと寝息を立てるリインさん……の胸の谷間に身体をうずめた、手のひらサイズの女の子。

その子は私が見つめる中、リインさんと同じ綺麗な銀髪を揺らしながらムニャムニャと口を動かし、

「ううん……もう食べられないでしゅ……」

良い夢でも見ているのか、ご機嫌そうな表情で寝言を呟く。ああもう、かーわいいなぁ。

「へへ……もう食えないってば……」

「おっと、こっちにも発見」

反対側から聞こえた声に反応し、視線をそちらに向ける。そこには、むーむーうなりながら手を空中にさまよわせるシグナムさん……の胸の谷間に身体をうずめたもう一人の手のひらサイズの女の子が、銀髪の女の子と同じように幸せそうな表情で眠っていた。うーん、小悪魔的な外見がとってもキュート。

「……さて、と」

右隣と左隣で寝息を立てる小さな女の子達を一分ほど鑑賞した後、満足した私は今度こそ立ち上がって洗面所へと足を向ける。

ややおぼつかない足取りで洗面所に到達した私は、蛇口をひねって冷水を放出。手のひらで水をすくい取ってパシャパシャと顔を洗う。

顔を洗った後はタオルで水を拭き取り、どこかおかしいところが無いか目の前にある鏡で確認する。

「……よし」

確認終了。今日も私は良い女。なんちゃって。

自画自賛もそこそこに、洗面所を出た私は寝室に戻ってジャージに着替える。朝の日課、ランニングのためだ。

「……ん……お? ああ、主、おはようございまする。早いっすね」

「あ、シグナムさん、起きたんですね。おはようございます」

私が着替えを終えると同時に、シグナムさんが起き出した。それと同期するように、他のみんなも眠い目をこすりながら身体を起こし始める。目覚ましが鳴る五分前だし、ちょうどいいかな。

「シグナムさん、それじゃ玄関で待ってますから」

「あーい、着替えたらすぐ行くよん」

布団から立ち上がるみんなに朝の挨拶をした私は、シグナムさんに一声かけてから寝室を抜け出て玄関に向かう。

「うん、良い天気だ」

玄関に到着した私はランニングシューズを履いて扉を開き、空を仰ぎ見て一言。

まだ完全に春が到来していないため少しばかり外の空気は冷たいが、走っていればすぐに身体も温まるだろう。

「主、お待たせ。それじゃ、今日も張り切って行ってみよー」

外に出てストレッチをしながら筋肉をほぐしていると、私と同じくジャージに着替えたシグナムさんがドアを開けて外に出てきた。

シグナムさんと一緒に朝のランニング。

いつからか始めたこれは、すでに毎日の日課となっている。

「今日も河原までですよね。じゃ、行きましょう」

「うい」

道路に出た私達は並んで走りだし、いつものように河原を目指してひた走る。

「はっ……はっ……」

短く息を吐きながら、一定のペースで足を動かして走り慣れた道を進む。ああ、火照った頬に当たる風が気持ち良い。やっぱりランニングはいいもんだね。

「……お」

走り始めてからしばらくして、不意に、私の隣を並走していたシグナムさんが声を漏らす。シグナムさんの視線は前方に注がれており、そこには私達と同じように朝のランニングに精を出す若者の姿があった。

あの人は確か、近くに住む大学生さんだったかな。たまにこうして朝に会うんだよね。

「おーっす、若者。今日も勉学に励めよ」

若者が目の前に迫ると、シグナムさんは一旦足を止めて彼に挨拶をする。声を掛けられた彼も、足を止めてシグナムさんに挨拶を返す。

「おはようございます、ニートさん。あなたは相変わらず働かないんですね」

「ばっか、昔とは違うのだよ。今はちゃんと働いてますぅ」

「ああ、そういえばそうでしたね。えっと、確か……自宅警備員でしたっけ?」

「ブッブー、冒険野郎です。あと、なんでも屋も兼業。それに、臨時講師みたいなのもしてるんすよ? ああ、なんて働き者な私。敬え」

「いや、どんな職種ですかそれ」

そんな他愛も無い会話を交わした後、彼は私とシグナムさんに挨拶をして去っていった。

去っていく彼の後姿を見送りつつ、私達もランニングを再開する。

十分ほど走り続けて目的の河原に到着した私達は、一分間シャドウボクシングをしてからいつものように水切りを楽しむ。

「二十五回ですか。相変わらず化け物ですね」

「十年近くやってるからこれぐらいは出来て当然」

そうして童心に帰って水切りを楽しんだ私達は、家へと帰るために元来た道を戻るのであった。





「ただいまー」

「おう、お帰りハヤテ、ついでにシグナム。メシの準備出来てるぜ」

「ついでってお前……」

ランニングを終え、家に着いた私達を廊下で出迎えたのはヴィータちゃん。私達が外に出ている間にすっかり目が覚めたのか、さっきは眠そうだった目を今はパッチリと開けている。

「分かりました。着替えたらすぐに行きますね」

「おう」

私の言葉に頷いたヴィータちゃんは、朝食が用意されているであろうダイニングキッチンに入る。

それを見た私とシグナムさんは、靴を脱いで廊下に上がり、寝室に入って着替えを手早く済ませる。そして、ラフな格好に着替えた私達は、みんなが待っているであろう食卓へ二人で向かう。

さてさて、今日の朝食は何かな~っと。

「おかえりなさい、ハヤテちゃん、ついでにシグナム。さ、朝食にしましょう」

「ただいま戻りました。おお、今日も美味しそうですね」

「ウチ何か悪いことした?」

ダイニングキッチンに入った私達は、若妻然としたエプロン姿のシャマルさんに出迎えられる。

シャマルさんから湯気を立てる美味しそうな朝食が並ぶ食卓に目を移すと、そこにはすでにみんなが席についていて、私達が椅子に座るのを今か今かと待っていた。(ザフィーラさんは毎度のごとく狼形態なので床で待機している)

「ハヤテちゃーん、早く早く~。リイン、腹ペコ極まりないです~」

「シグナムも早く来いって。アタシも腹ペコだ」

チーン、チーン、とお皿を箸で叩きながら催促の声を上げるのは、我が家の二大マスコット、リインちゃんとアギトちゃんだ。

ミニチュアサイズの二人に急かされた私とシグナムさんは、マスコット達の行儀の悪さに苦笑しつつ自分の席に座り、みんなの顔を見渡す。うん、準備はオーケー。

「お待たせしましたね。それでは皆さん」

お手を合わせて、

『いただきます!』

「いたがきます」

シグナムさん、ヴィータちゃん、シャマルさん、ザフィーラさん、リインさん、リインちゃん、アギトちゃん、そして私。

総勢8人の八神家。そのかしましライフが、今日もまた始まる。





「いやー、美味しいですねぇ。シャマルさん、また料理の腕上がったんじゃないですか?」

「当り前だのクラッカーよ。日々、料理の研鑽(けんさん)を積んでいるんだもの。もう私に死角は存在しないわね」

「美味いというか、美味いと感じるようになってしまったというか……いや、昔の事は忘れよう」

うつむいて黙々とご飯を口に運ぶリインさんを尻目に、私達は四方山(よもやま)話に花を咲かせて朝食を楽しむ。

しかし、本当にシャマルさんの料理は美味しくなった。流石、十年近く八神家のキッチンを任せただけのことはある。もはやベテランの主婦と言っても過言ではないだろう。レパートリーも豊富だしね。

「そういや、主は今日は高校あるんでしたっけ?」

「いや、シグナムさん。ついこの間卒業したばかりでしょうが」

「あっれー? そうだったっけ?」

卒業式に保護者として出席しといて忘れるとか、どんだけ頭のネジが緩んでるんだか。まあ、シグナムさんらしいと言えばらしいが。

「あれ? ということは、主、とうとう『お仕事』に本格参戦するんすか?」

再度、疑問符を頭に浮かべたシグナムさんが質問してくる。……お仕事、か。アレをこっちの世界で仕事と言っていいものか悩むが、一応仕事ということにしておくか。ニートなんて噂が流れたら嫌だし。

「そうですね。大学には進学しませんし、本格的にアレに従事しようと思っています。今までは休みの合間合間しか出来ませんでしたけど、これからは好きな時にやれますね」

その私の発言を聞いたヴィータちゃんが、顔をこちらに向けて口を開く。

「でもさぁ、勿体無いんじゃねえか? ハヤテ、成績良かったんだし、大学出て良い会社にでも入るかと思ったんだけどな。なにもあんなのを好き好んで仕事にしなくてもいいんじゃねえ? 危険も少なからずあるし」

まるでお母さんみたいなことを言うなぁ、ヴィータちゃん。心配してくれてるってのは分かるけどね。

と、私がヴィータちゃんに言葉を返そうと口を開こうとしたところに、ガツガツと床で食事を取っていたザフィーラさんが顔を上げてヴィータちゃんを見る。

「ヴィータよ、主が自分で決めた事だ。心配なのは分かるが口を挟むのは止めておけ。なにより、主が出る時は我も必ず付いていく。案ずる事は無い」

ナイスアシスト、ザフィーラさん。それでこそ盾の守護獣。

「いや、でもさ、やっぱ──」

「ごめんなさい、ヴィータちゃん。でも、私はアレが好きなんです。大学を出て平凡な暮らしをするより、スリルと興奮を感じられるアレの方が私には魅力的なんです」

「……分かったよ。そこまで言うなら、もうあたしは何も言わない。でも、一人では絶対行くなよ。最低でも二人以上で行くんだぞ」

私の説得に折れたのか、しぶしぶといった感じで矛を収めてくれた。……ありがとね、ヴィータちゃん。

「あー! 何するんですかっ!? 返してくださいー!」

「ん?」

突然、食事を再開した私達の耳にかしましい叫び声が聞こえてきた。声のした方を見てみると、そこには瞳に涙を浮かべたリインちゃんと、それを意地の悪そうな笑顔で見つめるアギトちゃんの姿があった。ちなみに、そのアギトちゃんの両手にはデザート用のプリンが抱えられていた。

……はあ、またか。

「へっへーん、お前のプリンはアタシのプリン。アタシのプリンはアタシのプリン!」

「なんというジャイアニズム! これだから野生のモンキーは!」

「んだとテメー!」

「あなたなんかモンキーで十分! プリンなんて上等なもの食べるより、ジャングルでバナナを皮ごと貪ってた方がよっぽどお似合いですぅ! このエテ公!」

「上等だコラァッ!」

リインちゃんの挑発に眉を逆立てたアギトちゃんは、抱えていたプリンを食卓に置くと、自分の前に置かれていたお皿からむんずとウインナーを両手で掴み取り、

「オラァ!」

背中に生やした赤い羽をはためかせ、リインちゃんに向かって突貫。一瞬で目の前まで移動し、掴んだウインナーをリインちゃんの顔面にミスターフルスイング。

「おふぅっ!?」

ばちーん! と良い音を立ててリインちゃんの頬に命中し、盛大に吹っ飛ぶ。

「……くっ、こっ、この! よくもやってくれたですぅ!」

食卓の上をゴロゴロと転がったリインちゃんは、体勢を立て直すと近くにあったリインさんのお皿からアギトちゃんと同じようにウインナーを掴み取る。

「あ、私のウインナー……」

そして、雄叫びを上げながらアギトちゃん目掛けて突撃。だが、それを見たアギトちゃんは余裕の表情でウインナーを構え直し、反撃をするために、突っ込んでくるリインちゃんを睨みつける。

「来い、このバッテンチビ! テメーなんかホームランだ!」

「ところがぎっちょん! そうはいかんざき!」

「ん? なっ!?」

驚くアギトちゃんの体には、いつの間にやら光のヒモ、バインドが幾重にも絡みついており、その動きを封じ込めていた。

「テ、テメー! 汚ねえぞ!」

バインドを解除しようと必死に体に力を込めながら、目前に迫ったリインちゃんを睨みつける。が、リインちゃんは聞く耳持たず、突貫の勢いそのままにアギトちゃんに接近し、

「奥義、月架美刃!」

「ぶふぇっ!?」

引きつった顔でリインちゃんを見上げるアギトちゃんの顔面に、大上段から思いっきりウインナーを叩きつける。首が陥没するんじゃないかと思うほどの打撃を喰らったアギトちゃんは、無様な悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。

それを見たリインちゃんは、背中を向けてブンッとウインナーを一振りし、決め台詞。

「我に、断てぬもの無し……!」

「う、ぐ……バ、バッテンチビ、よくもやってくれたじゃんか。もう容赦しねーぞ……」

「ほう、まだ息があったですか。安らかに眠っておけば良かったものを」

倒れ伏したアギトちゃんだったが、首をブンブンと振って意識を取り戻し、怨嗟の声を発しながら再びウインナーを手に立ち上がる。

……そろそろ止めた方がいいかな。

「リインちゃん、アギトちゃん、今はお食事中ですよ。ケンカならご飯を食べた後にしましょうよ。それに、食べ物を粗末にしたらお百姓さんが──」

「くたばれーっ!」

「チェストー!」

私の話なんか聞いちゃおらず、うーやーたー、と再びチャンバラごっこを開始してしまった。まったく、相変わらずなんだから。

……こうなったら、少し痛い目を見てもらわないとダメかな?

『シグナムさん、シグナムさん。あの人の話を聞かない二人に、ちょっとお仕置きしてもらえませんかね?』

食卓の上空で暴れている二人に気付かれないよう、念話で部下に指示を出す。

『……オーケー、ボス』

忠実な部下であるシグナムさんは、私にアイコンタクトと念話で返事を返すと、箸を置いて立ち上がり、ガンダム同士でビームサーベルの切り合いをするかのように空中を飛びまわっていた二人を、持っていたウインナーごと両手でガシッと掴む。

「おわ!? なんだよシグナム! 放せよ!」

「シ、シグナム、なんだか目が怖いですぅ……」

そして、その手を大きく開けた自分の口に持っていくと──

「いただきマウス」

ぽいっと口内に放り込んでしまった。

『アッーーーーー!?』

頬をリスのように膨らませたシグナムさんの口の中から、悲惨な悲鳴が聞こえてくる。……うーん、これはちょっとやり過ぎな気もするけど、大人しくなるからいっか。

「……シグナムさん、そろそろ解放してあげてくださいな」

十秒ほど経つと中から悲鳴が聞こえなくなったので、ちょっと心配になった私はシグナムさんにお願いして二人を開放してもらうことにした。

「……ん」

こくっと頷いたシグナムさんは、閉じていた口を開けて哀れな犠牲者を口内から取り出す。でろーっと。

「……お、お前、これはねえだろ」

「……ドロドロ極まりないですぅ」

暗闇と閉所から解放された二人は、さっきの元気はどこへやら、すっかり大人しくなっていた。……そりゃあ、あんだけドロドロになれば嫌でも静かになるか。

そんな大人しくなった二人を見て、シグナムさんが一言。

「……まったりとして、コクがある。ジューシー?」

「知るかボケ!」

「リインは食べても美味しくないのですよぅ……」

ま、ケンカ両成敗ということで二人には大目に見てもらうとしよう。





騒がしくも楽しい朝食を終えた私達は、いつものようにそれぞれが自由な時間を過ごす。

今日は平日だが、高校を卒業した私もその例に洩れず、まったりとオタクライフを楽しんでいる。

「右だ! 姉御!」

「左です! ヴィータちゃん!」

「耳元で怒鳴るな!」

今はリビングでヴィータちゃんと某ガンダムゲームで対戦しているのだが、観戦しているアギトちゃんとリインちゃんがヴィータちゃんの肩の上で騒いでるせいか、実力を出し切れず私にいいようにやられている。

「ああ、やられた……」

「情けねえぞ、姉御!」

「もっと集中するです! タネが割れるくらい!」

「お前らのせいで集中できないんだよ!」

騒ぐヴィータちゃん達を横目に、私はコントローラーを一旦置いて他のみんなの様子を見てみる。

ザフィーラさんはホネッコをかじりながらシッポをパタパタさせてソファーに座っており、その隣でシグナムさんが黙々とマンガを読んでいる。

視線をパソコンに移せば、そこにはリインさんが陣取っており、ヘッドフォンを装着して画面を食い入るように見つめながらマウスをクリックしている。

シャマルさんの姿は見えないが、この時間ならばいつものアレをやっているのだろうから、関わるのは止めておこう。

しかし、なんというか……

「私達って、端から見たらホントにニートの集団ですよね」

思わず、呟いてしまった。

「今さらだろ、そんなの。でも、今は一応働いてるんだし、ニートって言うほどじゃないんじゃね?」

その呟きに答えたのは、隣でコントローラーを握るヴィータちゃん。そちらを見てみると、肩に止まっていたリインちゃんとアギトちゃんはいつの間にか移動しており、ザフィーラさんにまとわり付いていた。

迷惑そうなザフィーラさんと、楽しそうにシッポを引っ張る小さな二人から目を離した私は、置いていたコントローラーを手に取ってゲームをスタートさせながら、ヴィータちゃんに言葉を返す。

「そうでしたね。っと、そういえば、今日はお仕事はありませんでしたっけ?」

「ああ、今日は無いな。って言っても不定期だからな。いきなり連絡が来るかもしんねえし、一週間経っても何も無いかもしんない。……ハヤテは今日は行かないのか? アレ。よかったらあたしが付き合うけど」

「今日は……止めときます。みんなとゆっくりしたい気分なので」

「そっか」

アレも好きと言えば好きなんだけど、こうしてみんなと過ごす時間も大切だからね。それに、学校と言うくびきから解放された今、いつでも好きな時に行く事が出来るんだ。焦る必要は無い。……学校は学校で、結構楽しかったけどね。

「機体決まったな。それじゃ、始めるぜ」

少し堅苦しい話を終えた私達は、気を取り直して再びゲームで対戦することにした。

「ええ、どうぞ。今度もコテンパンにしてあげますよ」

「へっ、邪魔者が居なくなったんだ。負ける理由が無い──」

「あーっ! またやるんですね! ヴィータちゃん、ファイトですぅ!」

「応援してやるよ、姉御!」

「お前らこっちくんなぁ!」

リインちゃんとアギトちゃんを私達の方に追い払ったザフィーラさんが、こちらを見てニヤリと笑った気がした……





夜。

もうニートでいいや、ってな感じで一日中遊び呆けた私達は、夕食を食べ終えた後、順番にお風呂に入ることにした……のだが、ここで一つの問題が発生した。

それは……

「シグナムさん、お風呂一緒に入りましょう」

「いや、ミーはアギトと一緒に入るんで」

「リインさん、一緒に入りましょう」

「いや、私は愛する妹と一緒に入るので」

「シャマルさ──」

「嫌よ」

誰も、一緒にお風呂に入ってくれない!

……いや、分かってたさ。毎日のように頼んで、毎日のように断わられ続けたからね。それこそ小学生の時から。

でも! 諦めきれないんだよ! おっぱいが揉みたいんだよ!

……ああ、最後に生で揉んだのは、一体いつだったかなぁ。寂しいよう、揉みたいよう。

「ハヤテ、その、なんだ……あたしが一緒に入ってもいいぜ?」

「ヴィータちゃん……お気持ちは嬉しいのですが、その……胸が……」

「……だよな」

いけない、要らぬ気遣いをさせてしまった上に、好意を無下にしてしまった。私はなんてダメな主なんだ。反省せねば。

「ヴィータちゃん、あの、やっぱり一緒に入ってもらっても──」

「お姉ちゃん、たまにはハヤテちゃんとお風呂に入ってもいいんじゃないですかぁ? なんだか涙目で悲しんでますし」

「む、まあ、お前がそう言うなら、一緒に入ってもいいかもしれんな」

「お願いしまーす! 一緒に入ってくださーい!」

「ハヤテ……お前って奴は……」

ごめんね、ごめんねヴィータちゃん。こんな主でごめんね。おっぱい星人でごめんね。でもどうか許して。





就寝時。

全員がお風呂に入り、もういい時間になったので、私達はいつもの寝室に移動して床につくことにした。今はみんなで手分けして布団の準備をしているところ。

いやー、しかし今日は楽しかった。お風呂とか、お風呂とか、あとお風呂とか。

「やはり、妹の頼みとはいえ一緒に入るんじゃなかった……」

「ごめんなさい、お姉ちゃん。まさかハヤテちゃんがビーストと化すとは思いもしなかったですぅ……」

ツヤツヤした顔をしている私の横で、憔悴しきったリインさんがうつむいている。……なんというか、ごちそうさまでした!

「……よし、準備完了。それでは皆さん、寝るとしましょうか」

布団も敷き終え、就寝準備は整った。後は寝るだけだ。ふふ、今日は良い夢が見れそうだなぁ。

「そういや、今日はアイツ来なかったよな」

みんなが思い思いの場所に潜り込んで、いざ夢の世界に! と枕に頭を乗せようとしたところで、ヴィータちゃんがふと呟く。……アイツと言うと、あの人か。

「そういう日もあるでしょう。明日あたりにまた訪ねてくるとは思いますけどね」

「ま、それもそうだな。あたしとしてはずっと来てほしくないんだけどな」

うん、気持ちは分かる。あの人は、色々とアレだからな。悪い人ではないんだけど。

取り敢えず、今はさっさと寝ることにしよう。夜更かしは美容の天敵って言うしね。

「それでは皆さん、おやすみなさい。良い夢を」

うーい、とか、おやすみー、とみんなが返事をして、それぞれが眠りにつく。

「……良い夢を」

もう一度小さく呟き、私も夢の世界に旅立つことにした。

こうして、八神家の騒々しくも愉快な一日は終わりを告げる。みんなの温かい体温に包まれながら。

そして、また明日になれば、今日と同じような楽しい一日が始まりを告げることだろう。

ああ、本当に、今日は良い夢が見れそうだ……






翌朝。

「夢は見れたかよ」

「……ええ、おかげさまで」

「そうか。だったら胸から手を離せ、このおっぱい超人が」

「ありがとう、究極の褒め言葉だ」

いい夢が、見れました。














あとがき

というわけで、STSちょっと前の話を書いてみました。

次回からやっと本編の続きが始まります。また更新が遅れそうですが。

あと、今の内に言っておきますと、STSで出てくるキャラはまともな人間がほとんど居ないかと思います。

これは仕様です。悪しからず。

スバルとティアナが……やばいです。エリオとキャロも……ひどいです。

まあ、一番やばいのはスカさんなんですが。



[17066] 五十七話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:48
シグナムさんとクロノ君。

上空で名乗りを上げたと同時に、両者は行動を開始した。

まずはシグナムさん。

「ハァッ!」

彼女は右手に持つ剣、その切っ先をクロノ君に向けたまま真っすぐ突っ込み、接近戦を仕掛けようとする。

対してクロノ君は、

「……ッ!」

突っ込んでくるシグナムさんとは真逆、自分の後方に素早く後退しながら、猛スピードで迫るシグナムさんに中距離から攻撃を仕掛ける。

「スティンガー──」

彼が両手で横に構えた杖から青い光が漏れ出し、

「スナイプ!」

バットで球を打ち抜くように大きく振った杖の先から、光が光弾となって高速で発射される。発射された青い弾丸はクロノ君の周りをくるっと一周すると、加速しながら一直線にシグナムさんに向かってゆく。

高速で迫る光弾に対して、シグナムさんは怯みもせずに勢いを殺さないまま一直線に空を駆ける。そして、あわやぶつかる、と思った瞬間、彼女は光弾の真上スレスレを体をひねって回避し、体勢を立て直しながら宙に留まるクロノ君に再び突撃する。

シグナムさんの接近を許したクロノ君は、なぜかその場を動かず、肉薄するシグナムさんを杖を構えたまま見つめていたのだが、

「……スナイプショット!」

彼女が大上段に剣を振り上げて今まさに斬りかからんとした際に、大きく叫ぶ。

すると……

「……チッ!」

先ほど放たれた光弾が巻き戻しされるかのように一瞬にして引き戻され、剣を振り上げた状態のシグナムさんの背中を襲う。

それに気付いたシグナムさんは舌打ちを一つして、振り上げた剣を下げて右手に持ち直し、バックハンドで後方に一振り。

「陣風!」

振り切られた剣先からは大気を切り裂くような衝撃波が発生し、背後から迫っていた青い弾丸を吹き散らす。が、

「ブレイク──」

「む?」

その隙を突いて、クロノ君が杖の先端をシグナムさんの腹部に押し当て、

「インパルス!」

魔法を発動。

杖が発光した瞬間、ドゴンッ! と良い音を立ててシグナムさんの体が爆発し、濃霧の様な爆煙が辺りに立ち込める。

……あれ? 死んでないよね、シグナムさん。

一抹の不安を抱えながら煙が漂う上空を仰ぎ見ていると、

「……クッ!?」

いきなり煙の中から刃の付いた鞭が飛び出し、煙の外周から様子を窺っていたクロノ君に巻き付こうと、うねりながら襲い掛かった。

それに反応したクロノ君はギリギリのところで後方に跳び退(すさ)り、杖を構え直して攻撃の発生源を睨む。

「油断した。接近戦もこなすとは、管理局執務官の肩書きは伊達ではないということか」

ヒュンヒュンと鞭を振り回し、煙を拡散させながら現れたのは……無傷のシグナムさん。爆発しときながら無傷ってどういうことじゃい。

攻撃を喰らわしたクロノ君自身も、ピンピンしているシグナムさんの姿を見て眉をひそめている。

「アレを喰らってダメージが皆無とは、恐れ入る」

「いや、少しは堪えたぞ。爆発で周りの空気が一瞬無くなって苦しかったしな」

「……そうか」

苦々しげな表情でシグナムさんを見つめるクロノ君。あの様子だと、さっきの攻撃は結構自信があったみたいだな。シグナムさん余裕で耐えちゃったけど。

「しかし、やはり一対一の決闘は心が躍るな。終わらせるのが勿体無いほどに」

声に愉悦の色を含ませて、シグナムさんはクロノ君の顔を見ながら笑みを浮かべる。その楽しそうな笑みを受けたクロノ君も、釣られるように口の端を上げる。

「否定はしない。だが、いつかは終わるものだ」

「そうだな。残念だ」

戦闘のさなかに語り合った二人は、再度武器を構え直して相手を見据える。シグナムさんはいつの間にか武器を鞭形態から普通の剣に戻しており、一旦鞘に刀身を戻して抜刀の形に構え、クロノ君はいつでも魔法が放てるようにしているのか、杖の先端をシグナムさんに突き付けている。

そのような形で数秒睨み合いが続いていたのだが、

「ふぇ、ふぇ……ふぇーっくしゅ! あ、サーセン」

私達バトルメンバーから少し離れた所で観戦していたマルゴッドさんのくしゃみが、その均衡を破る合図となった。

「ブレイズカノン!」

先手必勝とばかりにクロノ君が杖の先端に光(魔力?)を収束させ、短いチャージ時間でそこから青い砲撃を解き放つ。

目で追いきるのが難しい程の速度で空を走る光の奔流は、狙い違わず烈火の騎士目指して突き進んでいった。

だが、

「飛龍──」

それを意に介さないかのように、シグナムさんは鞘に入れたままの剣を上に持ち上げ、眼前に迫った砲撃に対して、

「一閃!」

鞘から抜き放った刀身を勢いよく叩きつける。その刀身は鞘から抜け出たと同時にバラバラにほどけ、再び鞭に変化する。しかし、今度の鞭には燃え盛る炎が付与されており、迫り来る砲撃を真っ二つにカチ割った後、さらにその延長線上、クロノ君目掛けて太い炎の線を走らせる。

「なっ!? くっ!」

自らが放った砲撃の収縮光をなぞるように迫る炎線を避けるべく、クロノ君は大きく身をのけ反らせる。が、それでは避けられないと悟ったのか、彼は杖を眼前に掲げ、半円状の光の膜を前面に展開した。

一瞬後、ゴッ! と展開した膜に炎が絡みつき、クロノ君を呑み込まんとジリジリとその勢いを増す。

「……ッ!」

どうやらこのまま防いでいては防護膜が持たないと思ったようで、クロノ君は急ぎその場を離脱、上空へと逃げのびる。

しかし、

「紫電──」

すでにその場には、渦を巻く炎をまとわりつかせた剣を振り上げて、今にも斬りかからんとする烈火の将の姿があった。

「ッ!」

彼女の存在に気付いたクロノ君は、一瞬にして先ほどと同様の防護膜をシグナムさんと自身との間に形成し、攻撃を防ごうとする。が、

「一閃!」

シグナムさんの放った一撃は、紙を引き裂くかのようにアッサリとその膜を突き破り、そのままクロノ君の胴体に直撃する。

いかにも一撃必殺っぽい攻撃をもろに喰らったクロノ君は、大きく後方に吹き飛び、屹立(きつりつ)していたホテルに激突。その壁に背中をめり込ませる。

……いくら非殺傷って言っても、あれって普通に物理ダメージ喰らうよね。大丈夫なんだろうか。防護服があるから、大丈夫?

「ぐ……」

私が心配しながら見ている中、壁に半身をめり込ませたクロノ君が、苦悶の声を上げながら壁から抜け出ようと体を動かし始めた。……あの様子なら何とか大丈夫そうだな。

「チェックメイトだ」

クロノ君が壁から抜け出た直後、シグナムさんが彼の眼前に現れ、剣を首に突き付けながらそう言い放った。その言葉を受けたクロノ君は、突き付けられた剣とシグナムさんの顔を交互に見て、やれやれといった風に一つ息を吐き、両手を上げて降参のポーズ。

「僕の負けだ。君は強いな」

敗北宣言を受け取ったシグナムさんは、突き付けていた剣を下に降ろし、フッ、と笑う。

「お前もなかなかのものだった。それに最後の一撃、自分から背後に飛んで上手くダメージを軽減しただろう。あれは見事だったぞ。よくぞとっさに反応出来たものだ」

「北野君のように上手くはいかなかったがな」

「くっ、違いない」

「ははっ」

上空で小さく笑いあった二人は、笑いの余韻をそのままに、拳を前に出してゴッとぶつけ合う。

「楽しかったぞ、クロノ。またいつか戦える日を心待ちにしているぞ」

「機会があったらまたやろう。その時までに、せいぜい腕を磨いておくさ」

二人は再び笑い合いながら、上空を見上げる私達の所に降りてくる。……ああ、いいなぁ、ああいうの。激闘の後に生まれる友情ってやつ? まさにこれこそがバトルの醍醐味だね。

「あるじー、見た見たー? オレっち超強いっしょ~」

クロノ君と共に地面に降り立ったシグナムさんが、にぱーっと顔を輝かせてこちらに駆け寄って来た。……ああ、もう元に戻ってら。相変わらず落差が激しい事で。

ま、快勝したってことには違いないんだし、ここはねぎらうべきか。

「お疲れさまでした。格好良かったですよ、さっきまでは」

「え、今は?」

言わずとも分かるだろうから言わない。



【シグナムさんVSクロノ君】 シグナムさん快勝。(クロノ君と友情が芽生えた様子)






「さて、それでは次の対戦ですが……どなたか希望者はいますか?」

しょぼーんとしたシグナムさんを横目に、残った対戦者達に問い掛ける。誰も居なければ私となのはちゃんで始めようかと思っていたのだが、私の質問に光の速さで反応するものが居た。

「はいはい! 次は僕達の番で!」

それは、先ほどからギラギラと目を血走らせていた可愛い顔の男の子。確か、名前はユーノ君って言ったかな。その子が、手を上げながらすごい剣幕で対戦相手のシャマルさんを睨んでいる。

その視線に気付いたシャマルさんも、彼にガンを飛ばしながら私に答える。

「そうね、次は私達がやるわ。あの小僧の整った顔が醜く歪む様を早く見たいもの」

おおう、やる気満々、いや、殺る気満々だぁ。本当に殺ってしまわないか心配だけど、バトルを望むってなら止める事は出来ない。私は彼が死なないようにただ祈るのみだ。

「では次はシャマルさん達で──」

「うおっしゃー!」

私が言い終わらぬうちに、ユーノ君は雄叫びを上げて上空に飛び立ってしまった。何が彼をあそこまで戦いに駆り立てるのか。……あ、シグナムさんのおっぱいか。

「せっかちね。まあいいわ。それじゃハヤテちゃん、サクッと潰してくるから見てて──」

「あ、ちょいとお待ちを」

ユーノ君に続いて空に飛び上がろうとしたシャマルさんを、すんでのところで呼び止める。私の言葉でピタリと止まったシャマルさんは、こちらを振り向いて疑問の声を上げる。

「なに? 殺しはしないから大丈夫よ? 命以外は保障できないけど」

「いえ、そうではなく、シャマルさんにも新しい騎士甲冑を作ろうかと思いまして。シャ〇専用、じゃなくて、シャマルさん専用のやつを」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね」

シグナムさんだけに与えるというのも差別してるようでなんだし、ここはやはりみんなにもプレゼントするべきだろう。コスプレではなく、一人一人に似合った騎士甲冑を。

デザインならシグナムさんが戦っている間に頭の中でイメージしたからすぐに作れるしね。

「それじゃ、上で対戦者が待っていますし、パパッと作っちゃいましょう。いきますよ?」

「ええ、お願いするわ。期待してるわよ」

「お任せあれ」

シャマルさんの言葉に頷いた私は、目をつぶって彼女がこれから身に纏う騎士甲冑をイメージする。

イメージはすでに固まっている。

シャマルさん。綺麗な金髪に、おっとりとした顔付きの女性。毒舌家であり、みんなのお母さん的存在。たまにうっかりさん。

そんな彼女に似合う騎士甲冑、それは……これだ!

頭の中で明確にそれを思い浮かべた瞬間、シャマルさんの体を光が包み込む。一瞬後にその光は消え去り、後に残されたのは──

「へえ……悪くないわね」

緑を基調とし、シグナムさんの甲冑にロングスカートをくっ付けた感じの騎士甲冑を見に纏ったシャマルさん。自分で作っといてなんだが、袖長のゆったりしたベストと丸い帽子がシャマルさんによく似合っている。私って結構センス良いかも。

新たな甲冑を身に付けたシャマルさんも、スカートをつまんだり帽子をぽふぽふしたりと、まんざらでもないご様子。

「……悪くは無いんだけど、ちょっとさわやか過ぎるわねぇ。もう少し配色が濃い方が私好みかも」

「迷彩柄とかも考えたんですが、そちらの方が良かったですか? グリーンベレーみたいなやつ」

「これでいいわ。いえ、これがいいわ」

残念だ。気に入らなかったらそっちにしようと思ってたのだが。

「さてと、じゃあ……ん? あら? こ、この感触、まさか……」

騎士甲冑も身に付け戦闘準備万端になったシャマルさんだったが、空で待つユーノ君の下に行くために飛び立とうとした瞬間、その動きを止めてお尻の辺りをさする。そして、その存在に気付いたシャマルさんは、驚愕の表情を浮かべながら再び私に振り返る。

……ふ、ようやく気付いたか。

「ハヤテちゃん、これ……」

「ああ、それですか。流石にスカートで空中戦をやらかしたら下からパンツ丸見えですからね。お節介かとは思いましたが、それもプレゼントさせてもらいました。ええ……ブルマを」

「せめてスパッツにしなさいよ!」

やれやれ、分かってないなぁシャマルさんは。ブルマかスパッツかと言われたら、ブルマを選ぶに決まってるじゃないか。え? 短パンもあるじゃないかって? 短パンなんぞ邪道だ! 

「そんなことよりシャマルさん、さっさと来いって相手が催促の視線を飛ばしてますよ。ほら、早く行かなきゃ。ブルマで」

「……くっ、分かったわよ。これで行くわよ、もう」

私の頑として譲らない様子を見て諦めたのか、シャマルさんは唇を噛みしめながらユーノ君の下まで飛んでいった。しきりにお尻の辺りをさすっている様が微妙に哀愁を誘う。すぐに慣れるよ、シャマルさん。ガンバ。

「……ん?」

ふと視線を横から感じたので振り向くと、なのはちゃんが良い顔をしながら私を見ていた。一体なんだろうか? と思って見返していると、なのはちゃんは手を前に出し、親指を立てて良い顔をしながらこう言った。

「ナイスブルマ」

その言葉を受けた私も、当然の返礼としてサムズアップしながら良い顔で応える。

「ナイスブルマ」

分かってる、分かってるじゃないか、なのはちゃん。それでこそ私の親友だ。君が友達でよかった。

「……なるほどな。流石ハヤテのダチのことはある。類は友を呼ぶ、か」

良い顔で見つめ合う私達の横で、ヴィータちゃんが小さく呟いた。まあ、なのはちゃんも立派なオタクだし否定はすまい。というか、この場に居るほとんどの人間がオタクだし。グレアムさんとかネコ耳の人とかは知んないけど。

「……お」

なんてやってる間にシャマルさんがユーノ君の近くに到着し、戦いを始めようとしていた。さてさて、どうなることやら。

「待たせたわね。天国に行くための祈りはもう済ませたかしら?」

初っ端から飛ばすシャマルさんに対して、ユーノ君は先ほどの威勢とは正反対に、低姿勢で彼女に答える。

「あはは、怖いですね。お手柔らかにお願いしますよ?」

さっきの威勢はどこに行ったのかと思うほどに気弱な様子を見せる彼は、ペコリと一礼してから名を名乗る。

「ユーノ・スクライアです。良い勝負をしましょう」

「湖の騎士、シャマルよ。準備はいいわね? それじゃ──」

「ああ、ちょっと待ってください」

「?」

戦闘を開始しようとしたシャマルさんに待ったをかけたユーノ君は、

「すいませんが、そこからもうちょっと手前に寄ってもらえませんか?」

なぜかシャマルさんを引き寄せるように手を上げて招く。それを見て眉根を寄せるシャマルさんだが、断る理由も無いのか、一応言われた通りに前に出る。

「あ、どうもどうも。はい、そこで結構です。ありがとうございます……本当に」

……何だろう。前に出たシャマルさんを見たユーノ君の顔が、してやったりという感じに笑っている気がするんだが。

「あら? これって……」

ユーノ君に指定された位置に静止したシャマルさんが、何かに気付いたように声を上げる。と、それを見たユーノ君は、

「バトル、スタート!」

いきなりバトルの開始宣言をする。それと同時に、

「フハハハー! トラップカード、発動!」

ギュル、とシャマルさんの周囲の空間から緑色をした光の鎖が出現し、彼女の両手足に一瞬にして絡みつき、その動きを封じ込めてしまった。

……え、何アレ? 格ゲーで言うところの設置技ってやつ? きったねー!

「……なのはちゃん、あの子っていつもあんな感じなの?」

隣で私と同じように上空を見上げているなのはちゃんに聞いてみる。彼女は、あはは~、と額に一筋の汗を垂らしながら私を見て、言いにくそうに口をもごもごさせる。

「え、え~っと、ユーノ君って普段は大人しいんだけど、エッチなことが絡むと性格が変わったりすごい行動力見せたりしちゃうの」

すごい行動力と言うよりひどい行動力ではなかろうか。一対一の決闘で堂々とトラップ仕掛けるとか、そこまでしてシグナムさんのおっぱいを揉みたいか。

……あれ? 私も人のこと言えない気がするな。まあ、気のせい気のせい。

「さーらーに、バインド! バインド! バインドォ!」

視線を上空に戻すと、トラップのバインドに重ねるように、ユーノ君がリング型のバインドや鎖型のバインドをシャマルさんの全身にまんべんなく巻きつけていた。卑劣にもほどがあるっつーの。

「ハッハー! どうだ、これでもう動く事が出来まい!」

「………」

そんな卑劣な罠にはまって、足首から首元までバインドで雁字搦(がんじがら)めにされ身動きが取れなくなったシャマルさんはと言えば、非難の言葉を浴びせるでもなく、調子に乗って高笑いを上げるユーノ君をただただ無言で見つめるばかり。

……これはユーノ君、死んだかな?

「シャマルさん、と言いましたか。戦場では油断した者から死んでいくのです。相手の姦計(かんけい)に引っ掛かるなんて愚の骨頂。これはもう愚かとしか言い様がありませんね」

「………」

さらに調子に乗って饒舌に口を滑らせるユーノ君だが、その一言一言がシャマルさんの神経を逆撫でしていることに気付かない。

「でも僕も鬼じゃありません。このまま素直に負けを認めるならば、痛い目を見ずに済ませ──」

そして、気付いた時には、もう取り返しがつかない事態になっていたのであった。

「闇よ、有れ」

バキン!

「…………あるぇー?」

堪忍袋の緒が切れたのか、大人しくしていたシャマルさんがついに攻勢にでた。

シャマルさんが一言呟いたと同時に、彼女の周囲に闇の塊がいくつも現れたかと思うと、それらが狼とも犬ともつかない歪(いびつ)な形の獣となり、シャマルさんの体に巻きついていたバインドをひと噛みで食いちぎったのだ。

闇の獣の牙によって光の鎖やヒモは霧散し、シャマルさんの動きを封じるものは跡形も無く消え去った。これが意味するもの、それは……ユーノ君の敗北。いや、死か。

「あー、えーと、……落ち着きましょう。そ、そんな怖い顔しないでくださいよ。綺麗な顔が台無しですよ? あは、はは、そ、それにほら、今のは何て言うか、その、ジョーク! そう、ジョークだったんですよ。いやー、見事に引っ掛かってくれたものですから、つい調子に乗っちゃってあんなことを──」

「黙りなさい、そして死ね」

「ひいいいいぃ!?」

怒りのこもった視線をユーノ君に向けたシャマルさんは、指輪をはめた右手を前に出し、そばに待機する忠実な僕(しもべ)である六匹の獣に命令する。

「アレが獲物よ。せいぜいいたぶってあげなさい」

主の命令を受けた獣達はギラリと赤く光る眼を光らせると、哀れな獲物であるユーノ君の下へと殺到。

「ひい! あわわわ……んぎゅ!?」

それを見たユーノ君は慌てて逃げようとするが、シャマルさんが放った幾本もの鎖に絡めとられ、その場に無理矢理固定される。

「お返しよ、ぼうや」

「く、くそう、こんなところで……こんなところでやられてたまるか! 僕はシグナムさんの胸を揉むんだぁー!」

恐怖に顔を引きつらせながら自分に正直すぎるセリフを放ったユーノ君は、バインドから逃れられないと見るや否や、

「むむむ、はぁー!」

全身に光をみなぎらせたかと思うと、次の瞬間には、なんと小柄な動物、フェレットに変身してバインドの拘束から見事に逃れてしまった。

「はははは! どうだ!……って、ぎゃああああ!」

が、バインドから抜け出せただけで、獣の群れからは逃げだせないでいた。

バインドから脱出したフェレット状態のユーノ君に獣が群がり、死体を貪るハイエナのごとく彼の体を蹂躙している。

「あっ!? ちょっ、そこはダメ! そんなとこ噛まれたら僕……ら、ら、らめえぇぇぇぇぇ!」

それからしばらくの間、シャマルさんの気が済むまでユーノ君の公開処刑が続いたとさ。

……自業自得、かな?



【シャマルさんVSユーノ君】 シャマルさん圧勝。(ユーノ君、しばらく再起不能)



「……嫌な事件だったね、ハヤテちゃん」

「……ええ、そうですね、なのはちゃん」



[17066] 五十八話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/05 14:07
「次の決闘、我達にやらせてもらおう」

なんかもう見るに忍びないほどにボコボコになったユーノ君をシャマルさんが首根っこ掴んで地上に連れ帰った直後、常時とは違い人間形態であるザフィーラさんがそう言ってきた。

残る組み合わせは、私となのはちゃん、ヴィータちゃんと金髪の子、ザフィーラさんと犬耳の女性の三組。誰からやっても構わないし、特に反対することもない。ザフィーラさんさん達に戦ってもらおう。

「それでは、次はザフィーラさんと……えっと……」

「アルフだよ。アタシはこの子、フェイトの使い魔のアルフってんだ」

犬耳の女性の名前を呼ぼうとしてまだ知らないことに気付いたのだが、当人が気を利かせて自己紹介してくれた。なるほど、アルフさんか。あと、金髪の子はフェイトちゃんって言うんだな。よし、覚えた。

そういやアルフさん、自分のことをフェイトちゃんの使い魔って言ったけど、私とザフィーラさんの関係みたいなものなのかな。主と、それを守護するパートナー、みたいな。

「アルフ、頑張って」

「もっちろんさ。あんな犬男なんかにゃ負けないよ」

フェイトちゃんからの激励を受け取ったアルフさんは、私の隣に居るザフィーラさんにガンを飛ばしてフンッと息を吐く。それを見たザフィーラさんも、舐められたまま終われるはずもなく、彼女を睨み返して口を開く。

「我は狼だ、メス犬。教養が足りんな」

「アタシだって狼だ!」

ガルルルルゥ、と犬歯を剥き出しにしてアルフさんが吠える。対するザフィーラさんは、してやったりという顔をしながらアルフさんを見下している。……あの様子だと、ザフィーラさんわざと間違えたみたいだな。ていうかアルフさんも狼だったんだ。犬と狼の違いってホント分かんね。

「来い! ボコボコにしてやる!」

怒りを露わにしたアルフさんは、そう言うと戦いのフィールドである上空に舞い上がって、早く来やがれといった風にザフィーラさんを睨みつける。沸点低そうだなぁ、彼女。

「やれやれ、威勢だけはいいのだな。どれ、格の違いというものを教えてくるとするか」

上空に居るアルフさんを見上げたザフィーラさんは不敵な笑みを浮かべると、対戦者の待つ空へと飛び上がろうとする。……と、そうだ。

「ザフィーラさん、騎士甲冑、騎士甲冑」

大事なことを思い出して、飛び立つ寸前のザフィーラさんを呼び止める。こいつを忘れちゃいけないよね。

「む? ああ、そうであったな。ここは一つカッチョイイものを頼むぞ、主」

シグナムさんとシャマルさんとのやりとりを見ていたザフィーラさんは私が何をするのか察したようで、素早く私の下へと寄って来た。アルフさんが睨んでることだし、ちゃっちゃと済ませるとしよう。

「じゃ、いきますよ」

「うむ」

手慣れたように、目をつぶってザフィーラさんが身に纏う騎士甲冑を頭の中でイメージする。

ザフィーラさん。八神家唯一の男性にして、ペットとして私達を癒してくれる存在。思考がワンちゃんに近いけど、いざという時は私を守る盾になってくれるナイスガイ。

ザフィーラさん、そんなあなたにぴったりの騎士甲冑を、今与えてあげます。

……見えた!

「投影、開始!(トレース、オン!)」

「いや、普通にやれよ」

ヴィータちゃんの突っ込みを受け流しながらイメージを強固なものにすると、目の前に立つザフィーラさんの体が光り出し、甲冑の生成が始まる。両手足を金属甲が包み込み、下半身を真っ黒いズボンが覆う。さらにその上に紺色の袖無しのローブが現れ、ザフィーラさんのたくましい筋肉を覆い隠す。

よし、これにて生成完了っと。我ながら良い出来だ。

……それにしてもザフィーラさん、相変わらずマッチョだな。服の上からでも筋肉が盛り上がってるのがよく分かるし。人間形態で外をうろついたら、おば様方の視線を一人占め出来るんじゃなかろうか。筋肉は熟女を引き寄せるって聞くし。

「……ザフィーラさん、熟女、好きですか?」

「意味が分からんぞ、主。……しかし、ふむ。この甲冑、なかなかに気に入った。特にこの腰のベルトとチェーン、ナウいな」

嬉しそうに背中の辺りから出ているシッポをフリフリしながら、ザフィーラさんは腰に巻き付いたチェーンをいじくり回している。私としては、遊び心で首に巻き付けた犬用首輪に突っ込んでほしかったのだが、特に気にした様子がないとはね。それでいいのか、ザフィーラさん。

「では主、行ってくる。我の雄姿をしかとその目に刻み込むがいい」

「あ、はい、お気をつけて」

私の頭にポンと手を乗せたザフィーラさんは、身を翻して上空で待つアルフさんの下へと飛び立った。ザフィーラさんが負ける姿なんて想像できないけど、しっかりと応援していないとね。

さて、どんな戦いが繰り広げられるのかな。格好良い姿を期待してますよ、ザフィーラさん。

「──ころで、あなた──して──じゃない?」

「さ、さあ?──でござるかな──覚えが無い──」

「……ん?」

ふと、これから上空で戦いが始まろうかという時に、私達から少し離れた所から話し声が聞こえてきた。そちらに目をやると、そこでは何やらマルゴッドさんがひどく狼狽しており、その隣に居るおっとりした女性が意地悪気な表情で彼女に詰め寄っていた。何を話してるんだろうか?

……まあいいか。今はザフィーラさん達のバトルに注目していよう。せっかくのザフィーラさんの雄姿を見逃したらいけないし。

「ボディーが甘いわぁ!」

「……ぐっ! こんのぉー!」

マルゴッドさん達から目を離して空に向き直ると、そこではすでに戦いが始まっており、アルフさんとザフィーラさんが盛大な殴り合いを展開していた。

……って、殴り合い!?

「喰らえ!」

ドスッ! と良い音を立ててアルフさんの拳がザフィーラさんのお腹にめり込んだかと思うと、

「……ふん、少しはやるようだな。だがっ!」

バキッ! とザフィーラさんの右ストレートがアルフさんの顔面に突き刺さる。

「ガァッ!……ま、まだまだぁー!」

一瞬のけ反って後退したアルフさんだったが、怯みもせずに再び突っ込んでいき、今度は飛び蹴りをザフィーラさんの顔面にお返し。しかし、スレスレのところで体を半身にして避けたザフィーラさんがその足を掴み取り、ブンブンとアルフさんの体を振り回して、近くのビル目掛けて投擲(とうてき)する。

「ガッ!?」

凄まじい勢いでビルの壁に叩きつけられたアルフさんは、先ほどのクロノ君と同じように背中を壁にめり込ませ、苦しげな悲鳴を上げる。……痛そうだ。

「どうした、それで終わりか?」

うめくアルフさんを一瞥したザフィーラさんは、挑発とも取れる言葉を発して、フンっと息を吐く。

「先ほどまでの威勢はどうした。もう少し骨があるものだと思っていたのだが、我の思い違いであったのか?」

「……舐めるなっ!」

ザフィーラさんの言葉に激昂したアルフさんは、勢いよくビルから抜け出して、そのままザフィーラさんに突撃を掛ける。それを見たザフィーラさんは、

「ふん、そうこなくてはな!」

一直線に向かってくるアルフさんに自ら突っ込み、両者がぶつかる刹那、強く握りしめた拳を再びアルフさんの顔面に突き出す。対するアルフさんも、ザフィーラさんの拳と自分の拳を交差させるように思いきり振り抜く。

その結果──

「ぐぬっ!」

「ぐぅっ!」

二人の拳が同時に相手の頬に突き刺さり、同じタイミングで後方に吹き飛んだ。しかし、どちらもノックダウンには至らなかったようで、体勢を立て直して再度殴り合いを開始。顔面、腹を中心に、拳の嵐が二人の間で吹き荒れる。

今までの攻防を見た限りでは、アルフさんの攻撃は当たっているものの、ザフィーラさんに大したダメージは与えられていないようだ。それに大して、ザフィーラさんの拳を受けているアルフさんはかなりのダメージを受けているご様子。

……しかし、これって魔法使いの戦いと言うより、ヤンキー同士の戦いみたいだなぁ。あ、よく見たら普通に血が出てるし。非殺傷設定はどこに行ったんだよ。まあ、素手の殴り合いならそこまでひどい事にはならない……かな?

「こ、のぉぉっ!」

しばしの間、お子様には刺激が強すぎる血反吐舞う殴り合いが続いていたのだが、それもそろそろ終盤を迎えようとしていた。

息も絶え絶えになったアルフさんが、逆転勝利を狙ったのか、殴り掛かるザフィーラさんの腕をなんとか掴み、そのまま密着する様に体を引き寄せ、力の限りにヘッドバットを額にカマしたのだ。

「くっ……お返し、だっ!」

だが、それを受けたザフィーラさんは多少よろけた物の、一瞬で顔の位置を戻して相手に向き直り、攻撃後で硬直しているアルフさんの額目掛けて猛烈な頭突きをお返しした。

避けることも受けきることも出来なかったアルフさんはモロに脳に衝撃を受け、意識を手放して地面に落下……するかと思われたのだが、

「ま……だ……ま、だ」

「……ほう」

落下する直前、ガシッとザフィーラさんの腕を掴み、なんとか墜落を免れたのだった。

でも、あの様子じゃもう……

「まだやると言うのか?」

「当、然……」

「我の腕にすがり付いていないと体勢を保てない今の状態でか?」

「舐めん、な……」

誰もが強がりと分かるセリフを吐きながら、彼女はザフィーラさんから手を離して自力で空にとどまる。そして、弱々しく拳を前に突き出し、ポスッとザフィーラさんの胸板に当てる。……根性あるな、あの人。

「………」

ポス、ポス、と自らの胸に拳を突き出してくる対戦者を、ザフィーラさんは静かに見つめている。力尽きるのを待っているのか、それとも……

「アルフ、もういいよ。頑張ったね」

「……フェイト」

アルフさんの拳の音だけが響く中、彼女に声を掛ける人物が現れた。それは、なのはちゃんの隣で誇らしそうな表情を浮かべながら上空を見上げるアルフさんの主、フェイトちゃん。

彼女はふわりと浮き上がると、そのままザフィーラさん達のすぐそばまで上昇して、傷だらけになったアルフさんを抱きしめる。

「お疲れ様、アルフ」

後ろから優しくフェイトちゃんに抱きしめられたアルフさんは、目の前で仁王立ちするザフィーラさんを一瞬悔しそうに睨んだが、主の好意を無下にするわけにはいかないと思ったのか、ついに負けを認めた。

「アタシの、負けだよ……悔しいけどね」

「アルフはよくやったよ。そんな泣きそうな顔にならなくてもいいんだよ」

「うう……フェイト~!」

「わっ……よしよし」

フェイトちゃんに慰められたアルフさんは、感極まったように涙を流してフェイトちゃんを抱きしめ返す。フェイトちゃんはそんなアルフさんが可愛いのか、赤ん坊をあやす様に頭をナデナデしている。

目の前で繰り広げられる感動的シーンをザフィーラさんは空気を呼んで黙って見ていたが、アルフさんが落ち着いてきたところを見計らって彼女に話しかけた。

「アルフ、と言ったな。貴様、なかなか気骨(きこつ)があるではないか。初めはキャンキャン吠えるだけの無能な犬だと思っていたのだがな」

「アンタ、それは褒めてんのか貶してんのかどっちだよ……それと、アタシは狼だって言っただろ」

若干の怒りを込めて返答するアルフさんだが、自分より実力のある相手に褒められて嬉しいのか、表情は明るい。ボコボコにされたから恨むなんて思考は持ってないようで、彼女はサッパリとしたような顔でザフィーラさんを見る。

「アンタ、ザフィーラって言ったね。認めるよ、アンタは強い。今まで散々バカにしてきた事、謝るよ」

そう言うと、アルフさんはザフィーラさんに対して頭を下げた。

「ふん、分かればいいのだ。……まあ、なんだ。我も多少大人げなかった部分はあったな。悪口言ったりとか。そのことについては謝罪してやらんこともない」

「……そうかい。アンタ、そう悪い奴じゃないみたいだね」

おお、二人の間にあった剣呑な空気がみるみる霧散してゆく。ここにまた新たな友情が生まれようと──

「どれ、少々やり過ぎてしまったからな。怪我を見せてみろ。我が癒してやる」

「へえ、アンタ回復魔法が使えるんだね。それじゃ、頼んでもいいかい?」

「任せろ。……優しき癒しの風よ、『ヒールウインド』」

「お、おお、気持ち良い。……おや、アンタよく見たら良い男じゃないのさ。それに強いし、気配りも出来る。……ねえ、アンタ今つがいは居るのかい?」

「ア、アルフ?」

「我はロンリーウルフだ」

「へえ~……これは、チャンスかも」

「む?」

……友情、いや、もっと別のものが生まれてしまったのかもしれない。

まあ、それは取り敢えず置いといて、

「ザフィーラさーん、格好良かったですよー!」

「ふっ、我がカッコイイのは当り前」

かぁーっこいいー。



【ザフィーラさんVSアルフさん】 ザフィーラさん勝利(アルフさんの中で何かが芽生えた様子)






「ハヤテ、次はあたしが行ってくるぜ。対戦相手がちょうど空に居るし」

ザフィーラさんがアルフさんの傷を癒し終わると、隣に居たヴィータちゃんが空を見上げながらそう言った。

「そうですね。相手もやる気満々ですし」

ザフィーラさんとアルフさんが地上に降り立った今も、フェイトちゃんはそのまま上空にとどまったままだ。それはつまり、対戦相手であるヴィータちゃんが来るのを待っているという事。

というか、バリアジャケット身に付けてヴィータちゃんを一心に見ている姿を見ればそんなことは一目瞭然なんだけどね。……それにしてもあのバリアジャケット、なんだか死神を連想させるデザインだな。

私がちょっと不謹慎なことを考えていると、ヴィータちゃんが期待した瞳をこちらに向けてきた。

「あたしにも騎士甲冑作ってくれるんだろ? ハヤテのセンスを疑うわけじゃないけど、イカしたのを頼むぜ」

……そんなことを言われたら、鼻血が出るほどイカした甲冑を作るしかあるまいて。待っていてヴィータちゃん、今君に最高の騎士甲冑をプレゼントしてあげる。

「ただしブルマ、テメーはダメだ」

よ、読まれている!?

「……あはははー、大丈夫ですよー。ブルマは無いですから、ええ、ブルマはね」

「ブルッツもダメだかんな」

ヴィータちゃんは私の心が読めるのか!?

くそう、ブルマもブルッツもダメとなると、残るはスパッツか。……仕方ない、それで妥協しとくか。しかし、ヴィータちゃんの勘の良さは並大抵ではないな。ニュータイプかっちゅーねん。

「……分かりました。口惜しいですがスパッツで妥協しておきます。では、作りますよ」

「まあ、スパッツならなんとか許せるか。んじゃ、頼むぜ」

目をつぶり、意識を新たな甲冑のイメージに集中させる。

ヴィータちゃん。赤い髪と強気な瞳が印象的な可愛い女の子。家族でありながら、私のかけがえのない親友でもある少女。特技は突っ込み。

さあ、作り出せ。そんな彼女が身に纏うに相応しい騎士甲冑を。想像しろ、彼女にぴったりの唯一無二の騎士甲冑を。

それは……これだ!

「私の想像力は世界一ぃぃぃ!」

「だから普通に作れって」

突っ込むヴィータちゃんを無視してイメージを明確にする。すると、あきれた顔で私を見ていたヴィータちゃんの全身が光り輝き、騎士甲冑の生成が始まる。

赤。ヴィータちゃんの髪の色と同じ赤が彼女を包み込み、次第に形を成していく。そして次の瞬間には、私の想像通りの甲冑がヴィータちゃんの体に装着されていた。

全体的なディティールはシャマルさんとほぼ同じだが、背中の大きなリボンと両手に装着された手袋がシャマルさんと違うところか。それにスカートも短めだし。

「どうでしょうか?」

「……へえ、いいじゃん。少しゴスロリっぽいけど、あたしは気に入ったぜ、ハヤテ」

喜色満面といった感じに自分の体全体を見回しながらヴィータちゃんは私の質問に答える。うんうん、それでこそ作った甲斐があったというものだ。

「うんうん、素晴らしい。はやて君のセンスには脱帽だよ、まったく」

パシャパシャ!

「ん? うひゃっ!?」

突然の背後からのセリフに振り返ってみると、いつの間に私たちの近くまで来ていたのか、そこには満足気な表情でカメラのシャッターを連続して切っているグレアムさんの姿があった。

被写体はもちろん、ヴィータちゃん。

「……えっと、グレアムさん? 何をしているんでしょうか」

「ん? いやなに、私はこう見えても子供が大好きでね。可愛い子を見るとつい写真を撮りたくなってしまうんだよ。や、別に他意は無いから安心したまえ」

嘘をつくな、他意ありまくりだろうが。そして喋りながらシャッターを切るな。さらにドサクサに紛れて私となのはちゃんまで撮ってんじゃねー!

心の中で罵声を浴びせつつグレアムさんを睨んでいたが、彼はそんな私を見てニッコリすると、

「ああ、勝手に撮って済まないね。気分を害してしまったかな? 確かこの国では、写真を撮る前に一声掛けなくてはいけなかったのだったな。それじゃ、今度は失礼のないように……はやて君、撮るよー。はい、チーズ」

パシャ! 

「………」

ダメだこいつ、なんとかしないと。いや、もはや手遅れか。

「……じゃ、行ってくる」

グレアムさんの猛攻にどう対処していいのか分からなかったヴィータちゃんは、しばしフラッシュの餌食になっていたのだが、空で対戦相手が待っていることを思い出したようで、良い笑顔を浮かべるグレアムさんから逃げるように飛び立っていった。

「グレアムフラッシュ!」

が、近距離からのローアングルを逃すまいと、グレアムさんが光の速さでフェイトちゃんのもとへ向かうヴィータちゃんを撮影しまくる。お前もうロリコンだって隠す気ねーだろ。

まあ、幸いスパッツ履いてるし、ヴィータちゃんのパンツがグレアムさんの目に入ることはない。私の機転が役に立ったか。あまり嬉しくないが。

「同志よ!」

「……おや?」

ヴィータちゃんがフェイトちゃんの近くまで上昇しているさなか、再びマルゴッドさん達の方から声が聞こえてきた。目を向けてみると、さっきの様子とは打って変わって、なにやらマルゴッドさんと隣の女性が熱く手を握り合っている。……何なんだろうか。彼女たちの間にも友情が芽生えたのか?

「待たせて悪かったな」

「……構わない」

視線を上空に向け直すと、ヴィータちゃんとフェイトちゃんがお互いの武器を構えて相対していた。マルゴッドさん達のことも気になるけど、今は上の戦いに集中するとしよう。後で何があったか聞けばいいし。

「……んじゃ、そろそろやるとするか」

「うん、そうだね」

五メートルほどの距離を置いて上空で二言、三言交わしあったヴィータちゃん達は、いよいよ戦いを始めるのか、表情を引き締めて相手の顔を互いに見やる。

ヴィータちゃんは愛用のハンマー型デバイスをブンッと横に振り、

「ヴォルケンリッターが紅の鉄騎、ヴィータ」

フェイトちゃんは杖の先端に光の鎌を出現させて、

「時空管理局嘱託魔道師、フェイト・テスタロッサ」

気合の入った名乗りを上げる。

それと同時に、幼女同士の壮絶な戦いが幕を開けたのであった。






「……!」

「このっ、ちょこまかと!」

戦いが始まってから一分ほど経つと、上空でハンマーを振り回すヴィータちゃんの顔に苛立ちが溜まってきた。なぜなら、彼女の攻撃がなかなかフェイトちゃんに当たらないからだ。

接近してハンマーを振るえば瞬間移動のような速さで避けられ、

「シュワルベ、フリーゲン!」

ホーミング性能のついた付いた鉄球を打ち出しても、

「……!」

そのことごとくが華麗に避けられてしまう。逆に、ヴィータちゃんはその隙を突かれ、

「チッ!」

急接近してきたフェイトちゃんの鎌の一振りをその身に受けてしまう。だが、ダメージはそれほど無いようで、お返しとばかりに攻撃後の硬直を狙って横薙ぎにハンマーを振るう。しかし、それを読んでいたのかのようにフェイトちゃんは強烈な一撃からひらりと身をかわし、その場から離脱して距離を取る。

ヒットアンドアウェイ。

フェイトちゃんはこれをずっと繰り返し、ヴィータちゃんに少しずつではあるがダメージを与えていっている。ヴィータちゃんはそれに苛立ち、荒い攻撃を仕掛けては避けられるという悪循環を繰り返している。

ううむ、予想外に苦戦してるなぁ。

「解説のシグナムさん、この状況、どう見ます?」

「うーん、そうっすねえ。魔力量でいえばヴィータが圧倒してるんすけど、あの金髪とは相性が悪いみたい。一撃必殺を旨とするヴィータじゃ速度で撹乱する金髪相手はやりづらいっしょ。まあ、ヴィータも誘導弾とか使って金髪を追い込もうとしてるけど、あの金髪もなかなかどうして、上手く避けてる。あの年であれだけ動けるなんて、結構な戦闘訓練受けてる証拠じゃん」

隣で私と一緒に上の戦いを見ているシグナムさんになんとなく話を振ってみたのだが、真面目に返されるとは思わなかった。しかし、シグナムさんの言葉にも納得だ。ヴィータちゃんとフェイトちゃんはどうも相性が悪いっぽいな。

「このままじゃ、負けちゃいますかね?」

「いや、あいつもいつまでもいいようにやられてるほど馬鹿じゃないっすよ。あ、ほら」

シグナムさんの指差した先に視線を送ると、そこではヴィータちゃんが足元に魔法陣を展開して、周りを高速で飛び交うフェイトちゃんを睨んでいた。

そして、フェイトちゃんが突っ込んできた瞬間、

「ォラアッ!」

手元に小さな赤い光球を生み出し、それを目の前に固定させたかと思うと、上段からハンマーで思い切りひっぱたいた。

キンッ! と甲高い音が鳴り響いた直後、その光球が爆発し、ヴィータちゃんを中心に円形に光と衝撃が広がる。

あたり一面に広がった閃光は、ヴィータちゃんに接近していたフェイトちゃんを包み込み、なおも拡大を続ける。まるでスタングレネードみたいな魔法だ。

「隙あり!」

数秒の後、閃光が収まったと感じた瞬間、ヴィータちゃんがハンマーを振りかぶって突撃する姿が目に入った。ヴィータちゃんが進む先、そこには、閃光と轟音を間近で受けて体をふらつかせているフェイトちゃんがいた。

「ラケーテン──」

一直線にフェイトちゃんに突っ込むヴィータちゃんは、ハンマーヘッドの片側をロケット噴射のように点火させ、その推進力をもってさらに加速しながら突き進み、

「──ハンマー!」

渾身の力でハンマーを振りぬく。

対するフェイトちゃんは、ヴィータちゃんの接近に気付いた瞬間に移動を開始しており、初撃をかわした後、上空へと逃げる。

「逃がさ、ねぇ!」

だが、それを予測していたかのように、ヴィータちゃんはロケットの噴出口を下に向け、さらに速度を上げてフェイトちゃんを猛追。そして、ついに──

「ぐぅっ!」

フェイトちゃんはヴィータちゃんに捕捉され、その重い一撃を腹部に受けてしまう。インパクトの瞬間、フェイトちゃんはバリアのようなものを展開していたが、ヴィータちゃんの一撃の前には無意味だったかのように、あっけなく貫通してしまった。

ハンマーの直撃を受けたフェイトちゃんは、バットに打たれたボールのように山なりに大きく吹き飛んだが、そのまま墜落することはなく、くるりと一回転して体勢を立て直した。しかし、その表情は苦悶に歪んでおり、かなりのダメージを受けたことが見て取れる。

「よお、お前もう一杯一杯だろ。悪いことは言わねえから降参しとけ。その様子じゃ、あたしから逃げられるほどの速度はもう出せないだろ?」

肩にハンマーをかついだヴィータちゃんは、苦しげに大きく息を吐くフェイトちゃんを見ながら降参を促す。確かに、もうフェイトちゃんに勝つ可能性は残っていないように思える。ここで降参しておけば痛い目を見ずに済むだろう。

そう思って、私はフェイトちゃんが負けを認めてくれることを願いながら上空を見上げていたのだが、フェイトちゃんは顔をうつ向かせたかと思うと、

「……速度が、出せない? なら、出せるようにすればいい」

そう、小さく呟いた。

その瞬間──

「ジャケット、パージ……!」

フェイトちゃんが身に纏っていたバリアジャケットに、変化が起きた。背中にかかっていたマントが消え去り、腰に巻きついていた白いスカートまでもが光となって消えた。

今彼女が身に付けているものと言えば、ピッチピチの袖無しネックトップとスパッツがくっ付いたような黒い服一枚のみ。

端的に言うと……脱げた。

「ちょっ、ええ!?」

なんで!? なんで脱ぐの!? 訳が分からない!

「か、解説のシグナムさん! なぜ彼女はあんな姿に!?」

「うむ。おそらくあの金髪は……露出狂なのだ」

うっそ、まじ。人は見かけによらないもんだな。

「いや、単純に速度を増すために余計な部分を切り落としたんでしょうよ。シグナム、ハヤテちゃんに嘘教えないの」

「チィ、遊び心の分からん奴め」

シグナムさんの言葉に戦慄していた私に、近くにいたシャマルさんが真実を教えてくれる。危ない、危ない。危うく騙されるところだったよ。

でも、あれって明らかに装甲薄くなってるよな。防御を捨てて速度を取ったってことか。博打みたいだな。

「グレアムフラッシュ! グレアムフラッシュ!」

私の隣でなんか興奮しているロリコンがうるさい。爆発すればいいのに。

虫を見るような目でロリコンを見ていたのだが、上空が気になったので再び視線を戦場に戻した。そこでは、あきれたような表情でヴィータちゃんがフェイトちゃんを見ており、諦めたかのようにふうと一つ息をついていた。

「オッケー。そっちがその気なら、とことんまで付き合ってやるよ。でも、泣いても知んないぞ」

「ふふ。そっちこそ」

軽く笑い合った二人の幼女は、表情を引き締め、戦闘を再開。同時に空を駆ける。

ジャケットを一新したフェイトちゃんは、ダメージを負っている身でありながら先ほどのスピードと遜色がない……いや、さっきより早く動いていた。これが脱衣の効果か。私もピンチになったら脱いでみようかな?

私が真剣に悩んでいる間も、上空ではヴィータちゃんとフェイトちゃんが激しい攻防を繰り広げており、金と赤の光が軌跡を描いて空に広がっていた。

「サンダーブレイド!」

フェイトちゃんが遠距離から雷を纏った剣を放てば、

「効かねえよ!」

それをヴィータちゃんがハンマーを振るって弾き飛ばす。

「シュワルベフリーゲン! 今度は十発連続、だぁっ!」

ヴィータちゃんがたくさんの赤い光球を打ち出せば、

「プラズマランサー!」

フェイトちゃんがそれを雷の槍で迎え撃つ。

「……ん?」

一進一退の攻防が続く中、二人はどこか楽しそうな表情を浮かべていた。バトルマニアであろうフェイトちゃんならともかく、ヴィータちゃんまであんな顔するなんて珍しい。フェイトちゃんに感化されたのかな?

「……フェイトっつったな。楽しかったぜ。お礼に、最後にいいもん見せてやるよ」

しばらく魔法の応酬が続いていたのだが、二人が互いの魔法を相殺し合って若干の空白が出来た瞬間、ヴィータちゃんが不敵な笑みを浮かべてハンマーを強く握りしめた。それを見たフェイトちゃんは、どんな攻撃が来るのかと身構える。

おお、なんかすごい攻撃が始まりそうだ。オラ、ワクワクしてきたぞ。

「安心しろ。非殺傷設定だから死にはしねえ。まあ、ちょっとばかし痛いかもだけど我慢してくれよ?」

そうフェイトちゃんに声をかけたヴィータちゃんは、次いで手に持つハンマーに語りかけるように言葉を発する。

「こいつを使うのも久々だな。……カートリッジ、ロード!」

その言葉に応えるかのように、ガシャン! ガシャン! とハンマーのヘッド部分が上下に伸縮し、内部から薬莢を排出。煙が漏れる。

「おおおおおおぉぉぉ!」

途端にヴィータちゃんが叫び声を上げ、それと同時にハンマーの形態が変化を始めた。

スパイク部分が中央に入り込み、ただの棒のような形状になる。だが、それは一瞬のことで、すぐに別のものが現われた。

それは、光。四角い金槌の形をもった光がスパイク部分に出現し、徐々に肥大化していく。

「まだ、まだぁー!」

ヴィータちゃんの叫びに呼応するかのように、さらにその光の金槌は大きくなっていく。長さ一メートルちょっとの棒の先に、どんどん光がまとわりつくように集束していく。

もうヴィータちゃんの身の丈を遥かに越して金槌は大きくなっている。だが、まだ巨大化は止まらない。

「まだだ! まだ終わらねえ!」

一軒家を余裕で叩きつぶせるほどに大きくなったが、さらに体積を増す。直径三十メートル……四十メートル……五十メートル……まだまだ巨大化は止まらない。

「こいつはオマケだ! カートリッジ、ロード!」

なんかハイになってきた感じのするヴィータちゃんが、再びそう叫ぶ。すると、金槌の巨大化する速度がグンとアップし、さらにアホみたいにでかくなった。

「……アハハ。……えっと、流石にこれは避けられないかな?」

冷汗を垂らすフェイトちゃんが見上げる先には、直径百メートルを優に越す巨大すぎる光の金槌がそびえており、圧倒的な威容を放っていた。

「あまり、痛くしないでくれると助かるかな?」

諦めたかのようにフェイトちゃんはヴィータちゃんを見つめ、ヴィータちゃんはニヤッと笑って彼女を見返す。

「安心しろ、痛いのは最初だけだ。すぐに気持ち良く眠れる」

なんだかアレなやり取りみたいだなぁ、と邪推しながら私が見上げる先で、ヴィータちゃんは重さを感じさせないような動きで金槌を振り上げ、

「グッドラック」

振り下ろした。

頭上から迫る光を見上げるフェイトちゃんは、震えもせずにその光を潔く受け止め、そして──

「光に、なれぇぇぇ!」

光になった。



【ヴィータちゃんVSフェイトちゃん】 ヴィータちゃん、オーバーキル(フェイトちゃんは一命を取り留めた様子)




……やりすぎじゃね?



[17066] 五十九話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/06 17:11

さて。

さてさて。

やって来た。とうとうこの時がやって来た。

何がやって来たって? そんなの決まってる。

それは、戦い。出会ってから半年近くもの間交友を育(はぐく)み、親友とまで呼べるようになった少女と繰り広げる、血で血を洗うデスゲーム。

しのぎを削り、骨肉をも削り合う激しいバトルをとうとう始める時がやって来たのだ。ああ、テンション上がってきたー!

『主よ、非殺傷設定だから血は流れないのではないか?』

高揚した気分で指の骨をぽきぽき鳴らしている中、今まで静かだったリインさんがやっと口を開いたかと思えば、テンションが下がるようなことを言ってきた。いや、確かにそれはそうなんだけども。

『水を差すような事言わないでいただきたい。気分の問題なんです。そして勝手に心を読まないでいただきたい』

『好きで読んでいるいるわけではないのだが……』

融合中のこの思考のリンクはどうにかならないものかな。頻繁では無いとはいえ、たまに考えてる事がリインさんに伝わってしまうのが融合の欠点と言えば欠点か。

『読まれて困るような事を考えなければいいだけの話だろう』

むぐ。確かにそれはそうだが。でも私の考えだけリインさんに伝わって、リインさんの考えてる事は私に伝わらないんだよな。なにこの理不尽。イタズラしてやりたくなってきた。うん、それがいい、そうしよう。

「………」

悪魔のごとき笑みを浮かべ、私は背中に生えている黒い羽をブチッと一本むしり取ると、その先端を自分の耳の裏に当てて、

こちょこちょ。

くすぐる。するとぉ……

『ふひゃっ!? ちょっ、やめ! く、はははは!』

リインさんが滅多に上げない悲鳴を上げて、さらにくすぐったそうに笑う。

むふぅ、これぞ禁断の秘技、名付けて「くすぐリンク」。リインさんと融合中は、思考だけでなく感覚までもがリンクしているので、こうして私が自分をくすぐることにより、リインさんも同じ外部刺激を得ることになるのだ。

私自身はくすぐりには強いので何ともないが、どうやらリインさんには効果てきめんの様で、私が羽を動かすたびにいい声で鳴いている。……ちょっと楽しくなってきた。

『鳴け! 喚(わめ)け! そして絶望しろ!』

なんちゃって。

『あ、主、くく、や、やめ………あふん♪』

『……さて、ふざけるのもこのくらいにしておきましょうか』

なんか今変な声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

『……ふぅ……ふぅ……笑い死ぬかと思ったぞ、主。戦う前から味方を殺してどうする』

『すみませんでした。理不尽には抗いたくなるのが私の性(さが)でして』

『主が何を言ってるのかよく分からないが、まあいい。それよりも、次は私達が戦うのだろう? 相手がこっちを見ているぞ』

リインさんの指摘を受けて横に目をやると、そこでは私の対戦相手であるなのはちゃんが奇妙な物を見るような目で私を見ていた。というか、なのはちゃんだけでなくみんなが私を見ていた。

……しまった。リインさんにイタズラするのに夢中で、周りに人が居るということをすっかり忘れていた。リインさんとは念話で話してたから、今の私は周りの人間にはいきなり奇行を始めたアホに見えているのだろう。弁解しなければ、このままではアホの子の烙印を押されてしまう。

「ち、違いますよ? 私はアホの子ではないですよ? なのはちゃん」

「う、うん、それは知ってるけど。でも、急にどうしたの? 羽ちぎったり笑み浮かべたりして」

「それは、えっと、中の人にイタズラを……」

「中の人?」

「中の人など居ない!……いえ、嘘です、居ます。文字通り私の中に人が居るんですが、その人とちょっとお話してたんです」

「へえ、お話を……」

なのはちゃんがそう口にした直後、狼形態のアルフさんの背中の上で気絶しているフェイトちゃんが苦しそうに呻いた。非殺傷設定だから魔力ダメージしか受けてないはずなんだけど、魔力ダメージだけでも痛みってあるのかな? 受けたこと無いから分かんないけど。

いや、今はそんなのはどうでもいいか。ヴィータちゃんの攻撃を受けて気絶したフェイトちゃんは回収したし、ヴィータちゃんもでかいハンマー消して地上に降りてきたから、次のバトルはいつでも始められるんだ。なら、とっとと始めようじゃないか。

「その中の人って、確か銀髪の女の人だったよね? 光になってハヤテちゃんの中に入るように消えちゃった人」

「ええ、リインさんって言うんですが。まあ、その辺りの事は追々話しますよ。それより、そろそろバトルを始めません? 皆さんの熱いバトルを見ていたら体がうずいちゃって」

私自身はバトルマニアという訳ではないが、あんなに派手なバトルを見せられたとあっては血がたぎるのも仕方が無いだろう。なにより、最後のバトルなんだ。しょぼい戦いなんて出来るわけがない。

「あ、ハヤテちゃんも? えへへ、実は私も。お手柔らかに頼むね」

「違いますよ、なのはちゃん。こういう場合は、『全力で来てね』ですよ」

「……うん、そうだね。それじゃあ、私も全力全開でお相手するよ」

私の顔を見返して笑いながらそう言ったなのはちゃんは、

「じゃ、空で待ってるからね」

白いスカートをはためかせつつ一足先に上空へと飛び立った。

「……ナイスブルマ」

思わず見上げた私の目に飛び込んできたのは、紺碧(こんぺき)の輝きを放つ魅惑のトライアングル。やはり侮れないな、なのはちゃんは。

しかし、私も負けてはいない。なんせ、このスカートの下にはスク水を着込んでいるのだからな! 意表をついたこのセレクト、誰にも予想出来まいて。

「……あれ?」

そういえば、さっきからロリコンの姿が見えないな。てっきりなのはちゃんの飛翔シーンも間近で撮影するものだと思ってたんだけど……

不思議に思い、ロリコン紳士の姿を探すべく周りをキョロキョロと見回す。……あ、発見。

「放せぇ! 放さんかぁ!」

「うっさい、このボケじじい! もう我慢の限界! アリア、やっちゃって!」

「オッケー!」

……発見したのはいいのだが、私の視線の先にはとてつもなく珍妙な光景が広がっていた。

私達バトルメンバーから少し離れた場所で、ショートヘアのネコ耳の女性がグレアムさんを羽交い締めにして拘束しており、ロングヘアのネコ耳の女性は暴れるグレアムさんの手からカメラをもぎ取っていたのだ。

「ま、待て! それには命よりも大切なお宝画像がっ!」

そして、ロングヘアの女性はグレアムさんから奪ったカメラを地面に落とすと、

「はっ! ダンシンッ!」

グシャッと容赦無く踏み潰し、それを見せ付けるかのように腰をひねってツイストをかます。

「あ……ああ……私の……私の老後の楽しみの一つが……」

カメラが原形を留めなくなるほどにグシャグシャに潰されてからようやく解放されたグレアムさんは、カメラの残骸の前に崩れ落ちて涙を流す。その背後では、これ以上ない程に素敵な笑顔を浮かべたネコ耳の女性二人がハイタッチをして歓声を上げていた。

パーン!

「ヘーイ!」

パーン!

「ヘーイ!」

ひとしきりお互いの奮闘を称え合った二人は、こちらに振り向いたかと思うと、拳を前に出して二人同時にサムズアップしてきた。

「イェーイ!」

「イェーイ!」

それを受けた私も当然良い笑顔で二人に親指を返す。

「イェーイ!」

私の返答に満足したのか二人は大きく頷くと、肩を組んで極上の笑顔で『あっはっはー!』と笑いだした。嬉しくてたまらないといった感じだ。

……まあ、うん、あれだ。言葉で説明してもらわなくとも、あの光景を見れば彼女達とグレアムさんとの間に何があったのか大体察しはつく。きっと、彼女達も結構苦労してきたんだろう。

「っと、いけない」

なのはちゃんの所に行かないといけないのに思わぬ時間を食ってしまったな。グレアムフラッシュの脅威も去ったことだし、ちゃっちゃと飛んで行こう。

『待て、主』

と、私が翼を広げて飛び立とうとしたところでリインさんから静止の声が掛かる。何だろうか?

『どうしましたか? 早くなのはちゃんとバトルしたいんですが』

『そのバトルについてだ。主は先ほど全力で戦うというような事を言ったが、それは止めた方がいい』

『それは、どうしてですか?』

全力で戦っちゃいけない理由でもあるのかな?

『ハッキリ言うとな、私と融合中の主の魔力はチートだ。こんな状態で全力の魔法を使ったら、まず結界がもたない。私が使用する高ランクの魔法はほとんどが広範囲殲滅魔法だからな』

『チ、チートっすか……』

『そうだ。だからあの娘とはある程度加減して相対するといい。まあ、私が魔力の統制をするから主はそこまで気にしなくてもいいのだがな。一応強力すぎる魔法の使用は控えろと、そういうことだ』

なるほど、そういうことね。今の自分のスペックがいまいち理解できていなかったけど、そこまで凄かったんだな。強すぎて本気が出せないとかどこの最強主人公だよって感じだけど、それじゃ仕方ないか。

……む、しかし、そうなるとどんな魔法を使っていいのかよく分かんないな。今までは適当に使ってきたけど、威力とか効果とかも曖昧なまま使ってたからなぁ。

となると、ここはやっぱり本職のリインさんに聞くべきだろう。

『リインさん。今まですごい適当に魔法使ってきて今さらなんですけど、私が使う事が出来る魔法の詳細な情報とかを教えてもらう事って出来ません?』

自分の出来ることと出来ないことは把握しておいても損は無いし。

『む、出来る事は出来るが、だが………いや、やはり主ならば心配は無いか』

初めは躊躇っていたが、しばしの逡巡を経て、リインさんは思い直したかのようにうんうんと頷く。……教えちゃいけない理由とかもあるのか?

『主よ、確かに今使える全ての魔法の情報を教える事は出来る。というか、やろうと思えば最初から教えることは出来た。しかし、教えなかった。なぜだか分かるか?』

唐突な質問だな。でも、教えなかった理由か。何なんだろう? 別にそれぐらい何て事無いと思うんだけど。

『……分からないか。いや、むしろそれでいい』

アゴに手を当てて答えに迷っていると、リインさんは満足そうな声音で私に回答を教えてくれる。

『私はな、自らが扱える莫大な魔力や魔法を正確に理解することで、主が力に溺れてしまうのではないかと危惧していたのだ』

力に、溺れる?

『今まで闇の書の主になった者達は、そのほとんどが闇の書に眠る強大な力を求めてきた。その様は、醜く、哀れで、見るに堪えなかった。結局、最後は暴走に巻き込まれるか無様な終わりを迎えるかのどちらかだったしな。私は、そういった輩と主を失礼にも重ねて見てしまったのだ。力を得た主が堕落してしまうのではないかと。……そんなはずは無いのにな』

おおう、予想外に重い理由だ。ヘビィだぜ。

いや、でもリインさんが心配するわけもよく分かる。過去が過去だもんな。

『許せ、主。私は信頼するべき主を、家族を疑ってしまった』

『あー、そんなにかしこまる事ありませんって。お気持ちは十分理解出来ますから。それにですよ? 私、温泉の時に言いましたよね?』

『……何をだ?』

『猜疑心(さいぎしん)を持つ事も大事だって』

『……覚えが無いが』

『あれぇ?』

おかしいな。言ったはず……いや、私の気のせいだったかも。どうしよう、もったいつけて言ったセリフが気のせいでしたとか超恥ずかしい。神谷ハヤテ一生の不覚。

『……だが、そうだな。疑う事も時には必要か。あの時は見事に騙されたからな』

『そ、その節は失礼をば……』

藪蛇をつついてしまった! まさに踏んだり蹴ったり……

『いや、気にするな。……さて、主よ。猜疑心を持つ事も大事だが、主が力に溺れていきなり「世界征服してやるぜ、フゥハハー」なんて言いだすことを疑ったりはしないでいいのだな?』

『世界中の人間が素晴らしいおっぱいを持った女性ばかりだったら分かりませんが、ええ、そうですね。リインさんが危惧していたようなことにはならないと思いますよ?』

『……ふっ、それを聞いて安心だ。では主、私の魔道、受け取る準備はよいな?』

『ええ。どんと来い、です』

『では……』

そうリインさんが呟いた刹那、左手に抱えていた本、夜天の書が輝きだし、私の頭の中に膨大な情報の波が押し寄せてきた。

攻撃魔法、防御魔法、捕獲、結界、補助系魔法。十や百ではきかない数の魔法、その用途、効果、使用する際の最も効果的な詠唱、動作、その他諸々のデータが私の頭の中を駆け巡り、そして徐々に浸透していく。布に水が染み込むように、じっくりと、確実に。

十数秒ほど経っただろうか。ようやく情報の洪水が収まり、それと同時に、私の頭の中は台風が去った後の晴れ空のようにすっきりとしていた。ただし、記憶の奥底にはしっかりと魔法の情報が根付いていたが。

『主、どうだ。莫大な力、それがどのようなものかをはっきりと理解して、何か思うことはないか』

私が落ち着いたのを見計らって、リインさんが再び話し掛けてきた。

『……何というか、一個人が持つには過ぎた力、と言いますか。正直チート過ぎて怖いですね』

マジで何なんだろうか、これは。一発で町を破壊できるような魔法がゴロゴロしてるんですけど。魔力も莫大だし、これ、その気になったら世界滅ぼせるんじゃないのか?

『それでいい。主よ、その気持ちがある限り、主が力に溺れるということは無いだろう。それでこそ、我が主だ』

あれ? ビビってることを褒められた? 嬉しいような嬉しくないような。……ま、いっか。

『よし、準備は万端。それでは行きましょうか、ファイナルバトルのステージへ。派手にカマしてやりましょう』

自分の身に宿る力にビビったりしたけど、力の使い道を間違わなければいいだけの話だ。それに、私にはリインさんという心強い味方が付いている。もし私が道を踏み外そうとしても、その時はきっとリインさんが止めてくれることだろう。何も怖がることはない。

『フフ、そうだな。主の対魔道師のデビュー戦だ。多少派手なくらいが丁度いいか』

あ、そういや、よく考えてみたら一対一の魔法使い同士の正式な戦いって、私これが初めてだったんだ。しかも、初めての相手が親友であるなのはちゃんか。世の中何が起こるか分からんもんだ。

でも、相手が誰であろうと手を抜くことは無い。それが私、神谷ハヤテの生き様だ。

さーて、いい感じに高揚してきたし、いっちょバトッてきますか。

「羽ばたけ、スレイプニール!」

手慣らしといった感じに、私は背中の羽を巨大化させてそれを大きくはためかせ、宙に飛び上がる。……うん、いい感じ。やっぱり正式な名称の方が効果は上がると見た。気持ちの問題かもしれんけど。

『「武空術!」、よりはマシなのではないか?』

クックと笑いながらリインさんが問い掛けてきた。

……ぐぬ。くそう、昔の黒歴史を思い出させてくれおって。ていうかまた勝手に心を読みやがって。後でまたくすぐってやる。

だが、今はなのはちゃんとのバトルに集中しなければ。いくらチートな性能だからって、油断が許されるわけじゃない。

そう思いつつ上昇を続けた私は、ようやくなのはちゃんの待機する領域へと到着した。結構待たせちゃったな。

「お待たせしました。ごめんなさい、なのはちゃん。長い間待たせてしまって」

「ううん、いいよ。中の人とお話してたんでしょ?」

謝る私を寛大な心で許してくれたなのはちゃんは、杖を構えて真剣な顔付きになった。

「じゃ、さっそくだけど始めようか。レイジングハートがさっきからうるさくって」

『やっと出番が来た。……最近私の影が薄くなってきているようですので、ここで活躍しなければ……!』

なのはちゃんの持つ杖、なんだかやけに気合入ってるな。ま、こっちも望むところだけどね。

「あ、なのはちゃん。戦う前に一言言っておきますが、私、かなりチートぎみですので。覚悟しておいた方がいいですよ?」

「あはは、怖いなぁ。……でも、望むところだよ」

真っ向から私となのはちゃんは睨みあい、バチバチと視線で火花を散らす。……いいじゃないか。それでこそ私の親友、なのはちゃんだ。燃えてきた。

しばしの間、喧嘩番長のごときメンチビームの飛ばし合いが続いていたのだが、どちらからともなく、私は右手に持った杖を、なのはちゃんは左手に持った杖を相手に突きつけると、

「高町なのは。こっちはインテリジェントデバイスで私のパートナーのレイジングハート」

『よろしくお願いします、レディ』

「八神ハヤテです。中の人は私の家族のリインフォースさんです」

『リインだ。なのはとやら、せいぜい足掻くといい』

二人にして四人の名乗り合いを終える。

そして、直後──

「いくよ、ハヤテちゃん!」

「いつでもどうぞ、なのはちゃん!」

魔法少女達の、熱き戦いの幕が上がった。



[17066] 六十話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/11 15:05
バトル、開始!


「シュート!」

先制攻撃を仕掛けたのは、なのはちゃん。彼女は自分の周りに魔力弾と見られる光の塊を五つ生成し、それを散開させる。なのはちゃんに誘導制御された魔力弾は、立体的な軌跡を描きながら様々な角度から私に殺到してくる。

まずは小手調べ、といったところか。ならば私も……

(スフィアプロテクション)

心の中で念じ、知りえる情報の中から選び出した防御魔法を発動。すると、私の体全体を覆うように球状の光の壁が現れる。

詠唱が必要ない魔法って便利だな、なんて考えてるところに、上下左右と正面から魔力弾が迫り、周囲に展開した魔力障壁に着弾。だが、魔力弾は私のバリアにヒビを入れることも出来ずに着弾したそばから破裂して消えていく。一発、二発、三発、四発……五発。全てノーダメージクリア。

「か、硬いね……」

「カッチカチです。では、次はこちらからいきます」

攻勢に出るべく、額に汗を垂らすなのはちゃんを見据える。さて、誘導制御型の魔法には、誘導制御型の魔法でお返しするか。

「闇に沈め。ブラッディダガー」

中二病全開の詠唱を唱えた私の左右に血の色をした鋼の短剣が、刃先がなのはちゃんの方に向いた状態で合計十本出現する。防御のお手並み拝見させてもらうよ、なのはちゃん。

「穿て」

禍々しく赤く輝く十本の短剣は、私が杖を向けた先、なのはちゃん目掛けて一直線に放たれる。視認が困難なほどの弾速で放たれた短剣は、身動きを取らない(取れない?)なのはちゃんに一瞬で接近し、着弾。同時に爆発する。一本、二本、三本。次々と着弾しては小さな爆風を辺りに撒き散らす。そして……十本目が着弾。バゴォッ! といい音を立てて爆裂した。

なのはちゃんが居た辺りは今は煙が立ち込めており、どんな状態なのか窺うことは出来ない。一発目が着弾する直前、バリアみたいなのを展開してた気がするけど……なんか、嫌な予感が。

「ディバイーン──」

煙が晴れてきて、ようやくなのはちゃんの姿が見えたかと思ったら、そこにはなんか今にもえらいものをぶっ放そうとする幼女の姿が! え、えーっと、えーっと、じゃ、じゃあ私も──

「バスタァーッ!」

なのはちゃんが持つ杖の先端からぶっとい砲撃が放たれた。それを見た私も、相殺するために砲撃魔法を放つ。防御してもいいんだけど、砲撃を間近で防ぐなんて怖すぎる。

「サンダースマッシャー!」

私が放った黒い電撃を伴った砲撃となのはちゃんの砲撃は、両者間のほぼ真ん中でぶつかり合うと拮抗の様相を見せる。……こ、これはあれか!? ドラゴンボールでのかめはめ波のせめぎ合いみたいなもんか!? 

「ならば、負けーん!」

ふぬぬぬ、と気合の声を上げ、動く壁を押し出すような感覚で手に力を入れる。ぐ、ぐ、と杖を前に押し出していると、さらに、リインさんが私の意思を汲み取ってくれたのか魔力を上乗せしてくれる。ナイスリインさん! さあ、これでどうだ!

リインさんが魔力を上乗せしてくれた瞬間、私の砲撃がなのはちゃんの砲撃を押し返し、瞬く間に浸食していく。そして、

「くぅっ!」

ついに、なのはちゃんの元まで私の砲撃が届いた。だが彼女は漆黒の砲撃に飲み込まれる直前に高速移動魔法を使用したようで、横方向にギリギリで避けることに成功していた。喰らうべき獲物を逃した私の闇色の砲撃はそのまま真っすぐ突き進み、徐々に減衰して結界に当たる前に消滅する。

……しかし、なのはちゃん結構やるなぁ。一筋縄ではいかないみたいだ。

『リインさん。一つ聞きますけど、なのはちゃんって魔導師としての実力はどのくらいなんでしょうか?』

なのはちゃんが様子見していて少し余裕がありそうなので、気になった事を聞いてみた。彼女、魔法を知ってからそんなに経ってないはずなのに、割と戦い慣れてる気がするんだよな。

『ふむ、そうだな。あの娘の戦闘スタイルを見る限り、射撃、砲撃特化型なのだろうが、制御能力、収束技術は並ではないな。瞬間出力が高い上に、保有魔力もかなりのものと見た。しかも、対魔導師戦に慣れている。あの年であれほどの実力を持つ者は、次元世界を探してもなかなか見付からないだろう。いわゆる、天才というやつだな』

天才、か。まさか今まで一緒に麻雀やったりギャルゲーについて熱く語り合った友達がそんな大それた存在だったなんてね。普段はぽやぽやした子なんだけど、人は見かけによらないもんだ。

『天才と言えば、主もそうなのだがな。技術はまだそれほどでもないが、保有魔力だけ見れば他に類を見ないほどなのだぞ?』

『ああ、そういえばそうみたいですねぇ。いまいち実感が持てませんが』

魔力を数値で表すスカウターみたいな物とかないかな。具体的な数値で見ないとどの程度すごいのかよく分かんないや。

『あの娘をブロリーとすると、主はジャネンバといったところか。そして私と融合した主はベジットとなる』

また心を読まれた……というか、例えがすごい分かりにくい。でもジャネンバ好きだからいいや。ジャネンバ可愛いよ、ジャネンバ。

「バスターッ!」

なんて和んでるところに極太のビームが!? 会話に気を取られ過ぎた! しかも避けられない!

「ならっ、受けきるまで!」

腕を交差させ、体全体を装身型の防御魔法で覆う。と、同時に私を押し潰すかのように光の奔流が怒涛の勢いでブチ当たる。ひいぃぃ、こ、怖い、怖すぎる。思わずクロスアームガードしちゃったけど、全身に当たってるから意味ねぇ! 助けて一歩君!

「くっ……」

数秒の間、軽い衝撃を全身に浴び続けていたのだが、ようやくといった感じに砲撃が収まり目の前の光が消え去った。恐怖で細めていた目を開いて前方を見ると、そこでは杖を私に突き付けた格好のなのはちゃんが冷や汗を流して私を見ていた。私も同じく冷や汗をかいてるけども。

「ハヤテちゃん、ホントに硬いね。防御力に定評のある私もビックリだよ……」

「ふ、ふふ、私を倒したくば今の三倍は持ってきてほしいですね」

『主、強がりはほどほどにな』

中の人にはバレバレであった。というか、実際に三倍持ってこられても、その、……困る。

「言うね。でも、負けないんだから!」

私の挑発とも呼べない強がりに応えるかのように、なのはちゃんは再び臨戦態勢に入る。それに対して、私もいつでも動けるように視線をなのはちゃんに固定する。もうさっきみたいな恐怖は味わいたくないし。

さて、今度はこっちから攻撃しようと思うんだけど、手慣らしの意味も兼ねて小技をいくつか仕掛けてみようかな。なのはちゃんには悪いが、経験値を稼がせてもらうとしよう。

「……いきます!」






戦闘開始から十分ほど過ぎただろうか。

なのはちゃんと私は、お互いに攻撃を放っては避けたり防いだり相殺したりを繰り返していた。まさに魔法の応酬。射撃、砲撃、バインド、様々な魔法が二人の間を駆け巡っていた。

ただ、そろそろなのはちゃんがきつくなってきたようで、魔法を繰り出しながらも息を切らせ始めた。私はまだまだ余裕だが、これはチート状態ゆえの余裕だろう。魔力量もアホみたいに増えるわ使える魔法も無数にあるわで、融合とかマジ汚いと思う。まあ、私は融合しないと戦えないから仕方ないんだけど。

「………」

ふむ、体も温まってきたことだし、そろそろ本命の一撃を放ってもいい頃合いかな。リインさんが魔力統制してくれてるからやりすぎるってことは無いだろうし、遠慮無く使ってみるか。

息を切らせるなのはちゃんを見つめながらそう算段を立てた私は、一際強力な魔法を放つために杖を正眼に構える。と、そこでリインさんがたしなめる様な口調で話しかけてきた。

『……主、人の話を聞いていなかったのか? 今主が使おうとしている魔法は、ほぼ最高ランクの砲撃魔法なんだぞ』

『あ、ばれちゃいました? いや、でもリインさんがちゃんと制御してくれるなら、結界を破壊しないように調節することも可能なんでしょう?』

『それは、そうだが。……はぁ、分かった。好きにするといい』

やった。これ格好良いから一回使ってみたかったんだよね~。

『それが本音か……』

あきれるリインさんから少し離れた場所にいるなのはちゃんに意識を向けると、そこではいつの間にかなのはちゃんが攻撃体勢に入っており、先ほど放っていた砲撃よりさらに凄そうな砲撃を放とうとしていた。

こいつは好都合。もう一度力比べといこうじゃないか。

「なのはちゃーん! 次、きっつい一撃いきますからね!」

「こっちも、全力全開でいくよ!」

面白くなってきた。じゃあ、さっそくいきますか。なのはちゃんも発射準備が整いそうだし、ちゃっちゃとチャージするとしよう。

眼前に展開した魔法陣の中心に光を集めているなのはちゃんを視界の中央に捉えつつ、私は杖を天へと掲げ足元と上空に白い魔法陣を発生させ、チャージ開始。それと同時に周辺に黒い電光が走る。さらに、上空の正三角形の魔法陣の各頂点に三つの白い大光球を生み出し、魔力を蓄積させる。

見た目悪役が使う技みたいだけど、堕天使ファッションの私が使うには丁度いいだろう。威力も申し分ないし、これで決めてやる。

決意を持ってチャージする事数秒、発射準備が整った。見れば、なのはちゃんもすでにいつでも撃てるかのように、眩しいほどの光球を眼前に携えていた。どちらも後は発射するだけ。それで、全てが決まる。

「スターライト──」

「響け終焉の笛──」

私となのはちゃん、二人は視線を交わらせながら呪文を紡ぎ、そして──

「ブレイカァーッ!!」

「ラグナロク!!」

同時に杖を相手に向けて振り下ろし、必殺の一撃を放つ。

なのはちゃんが光球を杖で叩いたかと思うと、そこから太すぎるピンクの砲撃が勢いよく飛び出し、私を呑み込もうと圧倒的な威圧感を伴って迫り来る。それに対抗するは私が放った白い三連の砲撃。黒い電光と羽を撒き散らしながら直進する私の砲撃は狙い違わずなのはちゃんに向かっていき、その直線上を走る桃色の光と接触。最初の砲撃のせめぎ合いの焼き直しかのように、再び両者の中央で相殺し合う。

白とピンクが混ざり合うかのように互いを侵食し、消し合い、せめぎ合う。押しては引いて、引いては押しての大接戦。やばい、シグナムさんが戦いを好む理由が分かった気がした。これは、なんと言うか、燃える。

「まだまだぁー!」

思わず叫びたくなるほどに、楽しい。病み付きになってしまいそうだ。

「────ッ!」

一瞬、なのはちゃんの方からも叫び声が聞こえたような気がした。間近でうるさく砲撃同士がぶつかってるから周りの音なんか聞こえるはずはないと思うけど、もしそうだったなら、なのはちゃんも私と同じ気持ちなのかな?

まあいいや。答えを聞くのはこの勝負に勝ってからだ。そう、この勝負、勝たせてもらう。

『リインさん、私に勝利をくれますか?』

『……ふっ、そのために私が居るのだ』

頼もしすぎる。もう結婚してもいいくらいだ。

『あ、主、気持ちは嬉しいのだが、その……困る』

『ボケても突っ込みませんよ』

『ドライだな……まあいい。では、チートがチートたる所以(ゆえん)を見せ付けてやるとしよう』

そう言った直後、私が左手に持つ夜天の書がさらに輝きを増し、その身に蓄えた魔力をわずかに解放する。その瞬間、なのはちゃんの砲撃とせめぎ合っていた私の三つの砲撃が中央に集まり、一つの巨大な砲撃にその姿を変えた。太さ、威力、共に大幅アップだ。

そうしてパワーアップを果たした私の砲撃は一気になのはちゃんの砲撃を押し返し、侵食し、呑み込み、

「……なのはちゃん」

そして──

「チートすぎてごめんねぇぇー!」

あっさりと、なのはちゃんのその小さな体を白い光で包み込んだ。

ふと、なのはちゃんが砲撃に蹂躙される直前、彼女から念話が届いた気がした。

『チートすぐる……』

……ホント、ごめんね。



【私&リインさん(チートチーム)VSなのはちゃん】 チートチーム大勝利!







「やれやれ、君達がこれほど強かったとはな。これでは捕獲しようとしてもあっさりこちらがやられていただろうな」

「いえ、それはないですね。だって、話し合いが通じなかったら一目散に逃げるつもりでしたから」

「……はは、そうか」

なのはちゃんを撃墜した後、墜落する彼女を空中でキャッチした私はそのまま地上まで運び、地面に降ろした後に魔力供給の魔法を掛けて魔力を分け与えた。奇跡的に気絶はしていなかったので、充分に魔力を補充してあげたらすぐに起き上がる事が出来た。

その後、意識を取り戻したフェイトちゃんやその他のバトルメンバー達が戦った相手と握手を交わし、みんなが爽快な気分になったところでバトルは終わりを迎えた。……フェレット姿のユーノ君は意識不明の重体でアルフさんの肩の上でのびていたけど。

そして、今は観戦していたマルゴッドさんやグレアムさん達を交えてお別れの挨拶をしているところ。いつまでもここに居てもしょうがないので、軽く挨拶を済ませて帰ろうという事になったのだ。

そういえば挨拶をしている最中、グレアムさんがリンディさん(さっき名前を教えてもらった)に何かを囁いていたけど、何だったんだろうか? ……ま、気にするほどのことじゃないかな。

「……さて、それじゃあ僕達は帰るとするよ。ああ、そうそう。ちゃんと君達の事は黙っておくから心配はしなくていい。僕も色々とふっ切れたからね」

なのはちゃんたちの代表として締めの挨拶をしていたクロノ君は、シグナムさんとグレアムさん、それとリンディさんに目をやると、晴れ晴れとした表情でそう言った。彼が言っていたように、ケジメがついたってことなのかな?

「ハヤテちゃん。今日はちょっと疲れたから帰るけど、また今度会った時に色々とお話しようね。話したい事とか、聞きたい事がいっぱいあるの」

クロノ君が結界を解いた直後、喧騒が戻ったことに安堵していると、融合を解いて車椅子に再び座り直した私になのはちゃんが顔を向けて口を開いた。

「そうですね、私もです。あ、よければ今度私の家に遊びに来ませんか? その時にお話しましょうよ」

「わ、ハヤテちゃんの家かぁ。うん、喜んで。……あ、そうだ。この子、フェイトちゃんも一緒に行っていいかな?」

なのはちゃんは自分の隣に居るフェイトちゃんを目で示す。名指しされたフェイトちゃんはうろたえつつも、伏し目がちに私の顔を見てくると、もじもじしながら言う。

「あの、私もいい?」

「もちろんオッケーですよ。お茶菓子用意してお待ちしてますね」

「あ、ありがとう……」

ぺこりとお辞儀をした彼女は隣で嬉しそうに笑うなのはちゃんを見ると、同じように笑みを浮かべる。なのはちゃんの友達は私の友達。あの子とも仲良くしたかったし、一石二鳥だな。

「それじゃーねー」

「はい、さようなら」

なのはちゃん達一行が去っていくのをブンブンと手を振りながら見送る。ちなみに彼女達は明日もコミケに参加するために近場のホテルに泊まるらしく、駅とは逆方向に去っていった。バイタリティあるよなぁ。

「私の……私のカメラ……」

「はいはい、帰りますよ父様。しゃっきりしてください」

悲愴感あふれる声に振り向けば、そこではグレアムさんがまたメソメソしながら頬を濡らしており、二人のネコ耳女性がそれを鬱陶しそうに睨んでいた。あれは確かに鬱陶しい。

……あ、そういえば気になる事があったんだった。せっかくだから今聞いてみるか。

「あのー、グレアムさん。一つ聞きたい事があるのですが」

「ふむ、何かね?」

私の声を聞いた瞬間にキリッとした顔付きになってこちらを振り向くグレアムさん。こいつマジで鬱陶しい。

「グレアムさんって、闇の書の異常が直ってるってことをすでにご存知のようでしたが、それはどうやって知ったんですか?」

そう、これが気になっていたのだ。彼は確証を持ってこの場に現れたが、どういった経緯でそれを知り得たのだろう? マルゴッドさんが闇の書を直す所を見てたとかか? あの場に居たのならそれも納得できるけど……

「ああ、そのことか。それなら盗聴器でゲフンゲフン!」

おい。

「……私には優秀な使い魔が居てね。この二人、リーゼアリアとリーゼロッテと言うんだが、彼女達の働きによって私は君達の動向を逐一得ていたという訳なのだよ。監視させてもらっていた、ということになるね。いや、報告が遅れて済まない」

「いえ、それは別にどうでもいいんで。それより今盗聴──」

「おおっと、用事を思い出した。私にはまだやらなければいけない事があったのだったよ。でははやて君、また会おう」

言うや否や、きっちりと着こなしたグレーのスーツの裾をなびかせながら光の速さでグレアムさんはいずこかへと走り去っていった。残されたネコ耳の女性、リーゼロッテさんとリーゼアリアさんはそれを見て、ハァ、とため息を吐くと、

「それじゃ、また会いましょう」

「まったね~」

と言って、グレアムさんの後を追いかけて行った。使い魔も大変だね。

いや、それよりも盗聴って……家に帰ったら家探しするしかないかな。

「ハヤテどの、皆の衆。それでは、拙者もそろそろおいとまさせてもらうでござるよ」

「あ、マルゴッドさんも明日参加するからホテルに泊まるんでしたっけ。それじゃ、ここでお別れってことになりますね」

マルゴッドさんには今日もすごいお世話になったからお礼をしたかったんだけど、またの機会にするとしよう。会おうと思えばいつでも会えるしね。

「マルゴッドさん、今日はありがとうございました。それとごめんなさい。大切なデバイスを一時とはいえ手放させてしまって」

「いやなに、どうってことないでござるよ。それに、明日になれば友から手渡されるでござるしな」

……友? 私達以外の友達が居るなんて思えない……あ、ひょっとして。

「お友達って、もしかしてあの女性、リンディさんのことですか?」

「おや、分かる? 分かっちゃうでござる? 実はその通りなんでござるよ~。いやー、話してみたら意外と気が合っちゃって。まさに意気投合というやつでござるな。明日一緒に回る約束なんかもしちゃったりして。ヒャッホウ!」

少なかった友達リストに新たな名前が加わって嬉しいのか、狂喜乱舞するマルゴッドさん。しかし、マルゴッドさんと気が合うとは、リンディさんって一体何者なんだろうか。

「そういやお前、あの女と話してた時になんか詰め寄られてなかったか?」

シグナムさんに返してもらったクドの人形を大事そうに抱えながら、ヴィータちゃんがマルゴッドさんに質問する。ああ、そういえばそうだったな。それも聞こうと思ってたんだった。

「あれでござるか。実は彼女、拙者が管理局に不法侵入した犯人だと気付いていたようで、詰め寄られていたんでござるよ」

質問を振られたマルゴッドさんはヴィータちゃんに向き直ると、何でもないことのように答えた。けど、あれ? それって普通に逮捕されるんじゃない?

「しかし、言い逃れているうちに趣味の話になったんでござるが、その途端にリンディどのがすごい勢いで食いついてきて、なんだかんだあって結局、プレミア付いた同人誌を譲れば見逃してもらえるということになったんでござる。いやぁ、あれほどの腐女子はなかなか見ないでござるな」

それでいいのか管理局提督。でもまあ、何事も無く終わってよかった……ということにしておこう。

「では、これにてごめん」

「あ、はい。さようなら」

相変わらずの風変わりな挨拶をして、マルゴッドさんも私達一行から離れていった。

さーて、残るは私達だけ。今日は心身共に猛烈に疲れたし、早く帰って家でゆっくりしよう。

「みなさん、お疲れさまでした。それじゃ帰りましょうか」

私の言葉にみんなが「やっと帰れる……」といった表情を浮かべる。コミケでオタク達と戦った後に魔法バトル繰り広げたんだから、いくら百戦錬磨のみんなでもそりゃ疲れるわな。

「ねえ、ハヤテちゃん。帰りくらいは転移で帰らない? みんなも疲れてることだし……」

「却下です。家に帰るまでがコミケなんですから、オタクはオタクらしく、オタクに囲まれて帰るべきです」

「私、そこまでオタクじゃないんだけど……」

「却下です」






というわけで、私達は行きと同じように車内でオタクに囲まれながら帰路についた。コミケ一日目が終了してから結構時間が経っていたが、帰りのゆりかもめと電車はやっぱりオタクでいっぱいだった。コミケを舐めてはいけない。

痛い袋を持っている人間が少なくってきたな、と思った頃に海鳴駅に到着し、私達はようやくといった感じに愛しき我が家へと凱旋した。

……まではよかったのだが。

「やあやあ、おかえりはやて君。遅かったじゃないか」

なぜ……なぜロリコンが我が家の前に立っているんだ……

「やっほー」

「また会ったわね」

そのロリコンの隣には、ネコ耳としっぽは消えてるが当然のようにリーゼロッテさんとリーゼアリアさんも居るわけで。……あ、なんか風呂敷持ってる。なんだろ? って、今はそれよりも問題はこっちだ。

「あの、グレアムさん。家に帰ったのではないのですか?」

さっき見た時と同じグレーのスーツを着たグレアムさんは、私の質問にニコニコしながら答える。

「ん? 帰ったよ。ほら、ここに」

グレアムさんが指を差すのは私の家の隣にある一軒家。……どういうことさ。

「あのー、そちらには磯貝(いそがい)さんという方が住んでいるのですが」

私のその言葉にグレアムさんは答えず、黙ってその家の門の近くに貼り付けられた表札を指差す。

私はそこに目をやり、じっくりと表札に書かれた名前を見る。穴があくほど、凝視する。そこには……



【ギル・グレアム、リーゼロッテ、リーゼアリア】



「なんでやねん!」

磯貝さんはどこに行った!?

「ということで、今日からお隣さんになったわけだ。よろしく頼むよ、はやて君。それに、ヴォルケンリッターの諸君」

憎たらしいほどうやうやしく一礼したグレアムさんの顔は、ドッキリに引っ掛かった人間を見て優越感に浸っているかのような笑顔だった。殴りてえ。

「磯貝さんは、磯貝さんはどこに行ったんですか!? 彼に何をした!」

「ああ、リーゼ。引越しそばを渡してあげなさい。いや、日本の伝統というのは珍妙な物だね。引越し先の近所の住民にそばを送るというのだから」

「話を聞けぇーっ!」



[17066] 外伝 『リーゼ姉妹の監視生活 その一』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/15 02:54
「闇の書の所在地、及び今回の闇の書に選ばれた主が判明した」

管理局本局にある、限られた士官にしか与えられない豪奢な一室に呼び出された二人の使い魔、リーゼアリアとリーゼロッテは、入室したと同時に自らの主が口にした思いがけないセリフに思わず息を呑んだ。

それもそのはず。今まで自分達が散々調査しても一片の情報も得られなかった闇の書が見つかり、さらにその主までもが判明したと言うのだから。これで驚くなという方が無理だ。

「父様、それは本当ですか? 嘘ではないですよね?」

寝耳に水に等しい情報に、二人は我知らず自らの主に詰め寄るように体を乗り出して真偽を問う。全く嘘をつく必要の無い場面だが、自分達の主、グレアムが年甲斐もなくお茶目な行動をたびたび取る事を知っている二人は、目の前の男性が「いやすまん、嘘だ」とかほざく可能性を捨てきれないでいた。

が、続くグレアムのセリフを聞き、それが杞憂であった事を知る。

「嘘ではない。というかこんな悪質な嘘つくはずが無いだろう。私はそんなに信用が無いのか?」

心外だ、という感じに眉をひそめる主に対して、二人は同じタイミングでコクリと頷き声を揃えて言う。

「信用出来ません」

「信用出来ない」

「……さて、ようやく闇の書が見付かったわけだが、二人にはこれからとある仕事を任せたいと思っている」

視線を横にずらし、グレアムは何も聞こえなかったというように話を進める。これも常の事なので、二人は小さくため息をつきながらも主の言葉に耳を傾ける。一応、闇の書が見付かったというのは嘘ではなさそうだからだ。

「ロッテ、アリア。お前達二人には、第97管理外世界に行ってもらいたいのだ」

「第97管理外世界? あれ、そこって確か……」

首をひねるリーゼロッテに対し、グレアムはうむ、と頷く。

「そう、私の故郷がある世界だ。昔、休暇の折に二人を連れて行った事があったな」

第97管理外世界。その世界にあるイギリスと言う国がグレアムの生まれ故郷であり、リーゼ姉妹は一度だけその国をグレアムと共に訪れたことがあった。

懐かしいな、と昔の出来事を思い出していたリーゼアリアは、ふと気付く。

「そこに行け、ということは、今回闇の書が転移した世界はその世界なのですね」

「その通りだ。なんとも皮肉な事にな」

そう言うグレアムの口調は軽いものだったが、その瞳には確かに怒りの炎が灯っていた。

闇の書を探している自分の故郷に闇の書が存在している。その事実にグレアムは憤りを感じずにはいられなかった。まるで自分をあざ笑っているかのように感じたのだ。

(あの世界に行けってことは、ひょっとしてあの国に闇の書があんの? 行きたくないなぁ)

グレアムがギリ、と歯をくいしばらせている横で、リーゼロッテは憂鬱な気分になっていた。

今回の任務、おそらくは闇の書とその主の監視になるのであろうが……

(イギリス……あの国って料理まずいんだよなぁ)

ロッテは思い出す。あの国に数日滞在していた間に味わった苦しみを。

出される料理、出される料理、全てがまずかった。いや、まずいと言うか味が無かった。どうやったらあんな味になるのか気になったので後で調理法を聞いてみたところ、彼らイギリス人には料理に下味を付けるという習慣が無いと言うのだ。信じられなかった。味が薄いと思うなら自分で付けろ、とテーブルに置かれた塩・コショウを指差された時は思わずコックを殴りたくなったものだ。

しかも味付けをしないだけではない。彼らイギリス人はわざわざ味が無くなる料理法を取っているのだ。野菜を煮るのは三十分、一時間は当たり前ってなんだ。あり得ないだろう。煮汁に染み込んだうまみと栄養が流し台に捨てられる様を見た時は発狂しそうになった。ブロッコリーは十五分以上煮るとビタミンの半分が流れるんだぞ!

「──ロッテ。ロッテ、聞いているのか?」

「……はっ」

グレアムの声に、ロッテは正気を取り戻す。意外と料理好きなロッテにとって、あの国の料理の酷さはトリップするほど彼女の心の中に根付いていたのだった。

「ああ、はいはい。えっと、くそまずい料理の国に行って闇の書と主を監視すればいいんだよね?」

「生粋のイギリス人の前でよくそんなセリフが吐けるな」

国名を出していないのにイギリスだと分かる辺り、グレアムも自国の料理の酷さは認めているのかもしれない。

「というかな、勘違いしているようだからもう一度言うが、イギリスではなく日本だぞ。監視に赴(おもむ)いてもらうのは」

「日本? どこそこ。料理は美味しい?」

質問するロッテに、グレアムは至極真面目な顔付きで答える。

「うむ。地球の極東に位置する小さな島国でな、魔法も使わずに分身したり消えたり出来るNINJAという超人や、刀で銃弾を弾きながら戦場を駆け巡るSAMURAIという武人がいたる所に隠れ住んでいる国なのだ。料理はSUSHIという人魚の肉をさばいて酢飯に乗せた物が人気だと聞くぞ」

「なんてデンジャーな国……」

戦慄する二人だが、おののく使い魔を見ながら口元をピクピクさせて今にも吹き出しそうなグレアムに彼女達は気付かない。

からかい甲斐のある使い魔だなぁ、とグレアムは密かに思い、しかし口には出さない。可愛い娘達にはいつまでも可愛いままでいてほしいからだ。

後でバレてえらい目にあうのは自分なのだが、グレアムはそれもある意味父と娘のコミニュケーションと捉えていた。この男、本当にお茶目である。

「それでも治安はかなり良い方だぞ。……幼女が一人で公園で遊んでいても平気なくらいな」

「なんで例えに幼女を出すんですか……」

最近、自分達の主が道行く年端もいかない女の子を目で追っている姿を見ると、どうにも不安が隠せなくなるリーゼ姉妹であった。まさか、うちの主に限ってそんなことあるわけないよね? と自問自答するくらい。

「ん?」

長年寝食を共にしてきた敬愛するべき主の新たな性癖の目覚めに戦々恐々していた二人は、そこである疑問を覚えた。

「そういえば、父様は一体どうやって闇の書の存在を知ったの? アタシ達が仕事の合間を縫って雨の日も風の日もクタクタになるまで探索を続けても全くと言っていいほど成果が得られなかったっていうのに、こんなにアッサリ見付けるなんてどんな魔法を使ったの?」

ロッテの微妙に恨みがましい視線を受けたグレアムは、真っすぐ彼女の顔を見返しながら威風堂々と語り出す。

「うむ。そう、あれはつい先日のこと。私は連日の激務で荒んだ心を癒すため、有給を使って第97管理外世界に行って来たのだが──」

そこで、話し始めたグレアムの言葉を遮ってアリアが口を挟む。

「あれ? 聞いてませんよそんなの」

「ああ、言ってないからな」

自分だけ有給使いやがって! 私達なんて仕事と調査に挟まれてここ一年はまともに休んでないってのに……!

憤る可愛い二人の娘から目を逸らしたグレアムは、コホンと一度咳払いしてから仕切り直す。

「で、だ。祖国に帰って優雅に紅茶を嗜んでいた私は、なんとなく、そう、本当になんとなく日本のSUSHIが食べたくなってな。転移で向かう事にしたのだよ」

「SUSHI……!」

「人魚の肉……!」

なんてチャレンジャーな、と怒りを忘れて再び戦慄する二人を、ニコニコ、いやニヤニヤと見ながらグレアムは言葉を続ける。

「それで、日本に着いたのはよかったのだが、肝心のSUSHIがどこで食べられるのか分からなくてな。日本を代表する料理だから適当に歩いてれば店が見付かるかと思って、フラフラと探し回ることにしたのだ」

おのぼりさんの外国人丸出しの行動を取ったグレアムであったが、その行動が功を奏することになる。なぜなら……

「その時にな、偶然通りかかった公園で一人の少女を発見したのだよ。三、四歳ほどのな。見てみると、その少女には未発達ながらもリンカーコアがあり、怪しげな魔力のラインがどこかから繋がっていた。疑問に思った私は、両親に連れられて家に帰るその少女の後を付けていった。そして、発見したのだよ。その子の家の中で、鎖に繋がれた未起動状態の闇の書を」

若干興奮しながら説明するグレアムに、少し引き気味にリーゼ姉妹が質問する。

「あの、父様。家の中で発見したってことは、もしかして勝手に家に上がり込んで家探ししたんですか?」

「いや、それより幼女をストーカーしたわけ? おいおい、まさか本当にロリ──」

「そんなことはどうでもよろしい。とにかく、私は見付けたのだよ闇の書を。結果が全て。過程など顧(かえり)みるものじゃない」

管理局歴戦の勇士がそれじゃいかんだろう、と思うが、二人は反論するのを諦める。この主に何を言ったところでのれんに腕押しなのは火を見るより明らか。長い時間を共に生きてきたが、主が自分達の忠言にまともに耳を貸したことなんて数えるほどしかないのだ。

諦め癖の付いたリーゼ姉妹は今まで何度ついたか分からないため息をつくと、気を取り直してこれから自分達が行うであろう任務について主に確認を取る。

「まあ、闇の書が見付かったんならなんでもいいけどね。それより、今の話の流れからすると、今回の闇の書の主ってその女の子ってことになるよね」

「私達の任務はその子と闇の書を監視して、邪魔者が現れれば排除。闇の書の起動後は守護プログラム達の蒐集行為を援助し、管理局が介入してくるようだったらその妨害をする、と。そして、その後は……その、後は……」

言いごもるアリアを見て、ロッテも悲しそうに目を伏せる。そんな二人の反応を前にしたグレアムも、一旦上を向いて目をつむり唇を噛み締める。が、その後、再度二人に向き直り、覚悟を持って、はっきりとした口調で言い放つ。

「その後は、蒐集を完了した闇の書の暴走を待ち、暴走を開始した瞬間に私が凍結魔法にて闇の書を永久凍結させる。……闇の書の主共々にな」

断固たる決意と共に、グレアムは宣言する。闇の書の主を、闇の書にランダムに選ばれた罪無き少女を殺すのだと。

「………」

「………」

二人の使い魔は、自らの主がどんな思いを持ってそう告げたのかを正確に察知していた。

精神リンク。

主と使い魔の間では潜在的に精神が繋がっているため、使い魔は主の感情の起伏や喜怒哀楽を敏感に察知する。今現在、グレアムからリアルタイムで流れ込んできている感情は、闇の書に対する深い怒り、計画が上手くいくかどうか分からないという不安。そして、殺さなければならない少女への懺悔の気持ちと、強い悲しみ。

ここまで強い感情が流れ込んできたことは今まで無かった。そのことにリーゼ姉妹は気付き、少女を思ってこれからどれほど主が苦しむことになるのかをも知る。

ならば……

『アタシ達も、背負うしかないよね』

『そうね。父様一人だけ苦ませるわけにはいかない。私達使い魔も一蓮托生よ』

念話にて、主と共に少女の命を奪う覚悟を決める。自分達のことをよくからかったりおちょくったりする主だが、数十年間共に歩んできた大切な家族でもある。今まで苦楽を共にしてきたのだ、なら、今回だって苦しみを一人占めさせるなんて出来ない。自分達は家族なんだから、悲しみも、苦しみも、分かち合うべきだ。

リーゼ姉妹は顔を見合わせて頷くと、拳を握り締めるグレアムの手を取る。

「ホントにしょうがないよね、父様は。自分一人だけ肩肘張っちゃって」

「そうですよ、私達、家族でしょう? 家族は支え合うものです。どんな時だって」

「……お前達」

グレアムは娘達に握られた手を見て、そして次に二人の顔を見ると、苦笑しながら彼女達の頭を順に撫でる。

「済まんな。いらん気遣いをさせてしまったようだ」

撫でられた二人は気持ち良さそうにのどを鳴らすが、ハッ、と正気に返ってグレアムから離れる。……名残惜しそうに。

「そ、それより任務についてです。監視するというのは分かりますが、私達二人一緒に行け、というわけではありませんよね。やはりローテーションを組んで張り付くことになりますか?」

「そうなるな。ああ、そうそう。お前たちの仕事の方は私がちゃんと調整しといたから、二人で交代しながら監視に当たればそれほど支障はないはずだ」

「さすが父様、仕事が早いね」

「それほどでもない」

謙虚だ! とわざとらしく驚くリアクションを取る娘達に心の中でもう一度お礼を言いながら、グレアムは懐から小型のイヤホンを取り出して二人に渡す。

それを受け取った二人は疑問の表情を浮かべてグレアムの顔を見る。

「父様、これなに?」

「受信機だ。高性能のな」

受信機? と再び疑問符を浮かべる二人に、グレアムは懇切丁寧に答える。

「少しでも情報を得たいのでな、あの家に盗聴器を仕掛けさせてもらった。これはその受信機というわけだ。半径十キロ以内ならどこからでも聞きとる事が出来る優れ物で、自動録音機能も付いている。ミッドの高度な技術力が無駄に詰まった素晴らしい一品だ」

「と、盗聴。……そこまでやりますか」

「私だって好き好んでやりたいというわけではない。だが、これがあれば守護プログラム達の行動範囲や、闇の書の進捗(しんちょく)状況などが分かるかもしれないだろう?」

意外とまともな理由にリーゼ姉妹は、なるほど、一理ある、と頷く。リーゼ姉妹のグレアムに対する評価が一段階アップした。

「いいか? 録音した音声は消さずにちゃんと私の下に送り届けるんだぞ。特に、少女のあどけない笑い声などは絶対に消してはならんぞ。いいか、絶対だ」

『こいつの喜びそうな音声は編集して送り届けるべきだね』

『そうね、そうしましょう』

リーゼ姉妹のグレアムに対する評価が三段階ダウンした。

「分かりました、録音した音声はそのままお届けします」

「うむ。それでは、さっそくで悪いのだが今日から監視任務についてもらいたい。ロッテ、頼めるか?」

「うん、了解、父様」

グレアムから闇の書の主が住む家の住所と地図が書かれた紙を受け取ったロッテは、グレアムに一礼すると、アリアの肩を叩いて「おっさきー」と言って元気よく部屋を出て行った。

そんな素行の悪い双子の姿を見送ったアリアも、

「では、失礼します」

「ではな。……頼んだぞ、二人とも」

行儀よく主に一礼し、ロッテの後を追って部屋を出る。

「………ふう」

一人部屋に残ったグレアムは、小さく息を吐いて部屋に備え付けられたソファーにもたれかかる。

(済まんな、二人とも……)

グレアムは心中で二人に謝罪する。

双子の使い魔、ロッテとアリア。あの二人には苦労ばかりかける。しかも、今回のそれは計り知れない。なんせ、殺人の片棒を担げと言っているようなものなのだから。

しかし、あの二人は拒否するどころか私の心中を慮ってくれさえした。本当に頭が下がる。

……頭が下がると言えば、あの少女にもか。いや、彼女には土下座するほど頭を下げても足りないくらいだな。永久凍結と言っても、殺すという事には変わりないのだから。

「……待てよ。永久凍結?」

あどけない少女が、無垢な表情で氷の中で眠りにつく。その姿はまるで聖母のように神々しく、可憐で、美しいものだろう。

って、何を考えているんだ。そんな、殺した少女を見て美しいとか、不謹慎な。

……そんな、なぁ?

「……さて、凍結魔法の訓練でもしてくるか」

デバイスを片手にグレアムは自室を出る。

その後、訓練室で「もっと、もっと透明感を!」とか叫びながら凍結魔法の訓練に勤しむ管理局歴戦の勇士の姿が見られたとか、見られてないとか。







「おー、ここが日本か~」

グレアムからの任務を請け負ったロッテは、中継ポートを介して転移し、ここ、第97管理外世界、惑星「地球」へと降り立った。

今彼女が物珍しそうに歩いているここは、日本の関東に位置する都市、海鳴市。中心部にはビルが立ち並んでいてまるで都心を思わせるが、周辺には森や山が多く残されており、綺麗な海も脇に控えているという風変わりな場所である。

そんな海鳴市内を練り歩くロッテは今、とあるお店を探して街中をフラフラとさまよっていた。

(監視の前に腹ごしらえしても怒られないよね)

彼女が探している店、それは……

(SUSHI! 父様の話を聞いて食べてみたいと思ったんだよね~)

怖いもの見たさというのもあるが、これから長い事滞在する国の代表的な食べ物とはどんなものなのか、一度食してみるべきだろう。そうすれば、この国の食文化のレベルがある程度推し量れるはずだ。もしイギリスと同程度とかだったら携帯食料持ってこなきゃならないし。

ゴクリ、と未知の味に挑戦する緊張感に思わず喉を鳴らし、ロッテは探索を続ける。

(SUSHI……すし……寿司、と)

自らに翻訳魔法を掛けながら店を探し続けること三十分。

「お……発見!」

ついに目的の店、寿司屋を発見した。扉の横には「営業中」の木札が下げられている。よし、あそこに決めた。

ガララ!

「へい、らっしゃい。一人かい?」

「うん」

「好きなとこ座ってくれ」

ロッテが扉を開けると、そこでは細くねじった手ぬぐいを坊主頭に小粋に巻いた板場のオヤジが包丁を研いでおり、彼は入店した彼女の顔を一瞥すると無愛想に席へと促した。

ロッテは彼の接客態度に気を悪くするでもなく素直に近場の席に座り、ガラガラの店内を見まわしながらオヤジに話しかける。

「ねえねえオジさん。この店大丈夫? 昼時なのにお客全然居ないじゃん」

おしぼりと湯呑みをロッテの前に置いたオヤジは、辛辣な小娘のセリフにぐさりとダメージを受けるが、それを表に出さずに無表情で返す。

「はっきり言うねぇ、嬢ちゃん。でも安心しな。味は保証できるぜ」

「ならいいけど。メニュー見せてよ、メニュー」

「メニューじゃなくて品書きだ。ほら、そこの壁に掛かってるだろ」

言われて、ロッテは横の壁に掛かっている文字が書かれた木札を見る。

イカ、ホタテ、びんちょう、えび、まぐろ、サーモン、たまご、アナゴ、数の子、etc……。知っている食材もあれば知らないものもある。

が、ちょっと待て。父様の話ではSUSHIとは人魚の肉を使用した料理のはず。しかしどこにも「人魚」と書かれた木札は下がっていない。これはどういうことなのか。

「ねえ、オジさん。ここってSUSHIを食べさせる場所でしょ? なんでたまごとかイカとかあんのさ。人魚の肉はどこ?」

「ああ? 何言ってんだ嬢ちゃん。そんなんあるわけねえだろうが。あったとしてもどうやってさばけってんだよ」

「え? だって人魚の肉をさばいて酢飯に乗せた物がSUSHIなんでしょ? 日本で大人気って聞いたけど」

「外人さんはこれだから……」

事ここに至って、ようやくロッテはグレアムが自分達にデタラメを教えていたということに気付く。

「えっと、なんか勘違いしてたみたい。ちなみに本当のSUSHIってどういうのなの?」

「簡単に言えば酢飯に魚介類の切り身を乗せた物だ。魚肉は乗せるが人魚は乗せないぞ」

惜しい! でも全く違う!

あのジジイ……帰ったら健康に良い料理と偽って激辛料理食わせてやる。今世紀最大の奴を。

そう反骨心を露わにするロッテに、オヤジは面倒くさそうに質問する。

「で、注文は?」

「あー、適当でいいや。オジさんのオススメをちょうだい」

「あいよ」

お茶目なグレアムのイタズラによって、またもやいらぬ恥をかいてしまったロッテであった。




……で十分後。

「うんまぁー! 何これ、うまー! これがSUSHI!」

「良い顔で食うねぇ、嬢ちゃん」

常連になろう。そう心に誓ったロッテであった。





















あとがき

今回、初めて三人称(一人称寄りの三人称?)で一本書いてみました。これからも使っていこうと思うのですが、ここおかしいだろ! ここはこうした方がいい、といった場所がありましたら、教えていただけると助かります。

次回、それとたぶんその次も今回の外伝の続きになるかと思います。

ちなみにロッテが料理好きとか、今回色々と独自設定入ってます。



[17066] 外伝 『リーゼ姉妹の監視生活 その二』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/24 17:29
(あー、やば。食いすぎた)

満腹になるまで寿司をパクついたロッテは、お腹を押さえながら店を出ると本来の目的地に向かって歩き出した。彼女の向かう先、そこは今回の闇の書の主とその両親が住まう家。ロッテに命じられた任務はその家、及び闇の書の主を監視する事である。

(八神はやて、四歳、か)

地図と住所が書かれた紙に添付された闇の書の主の写真を見て、ロッテは罪悪感を大きくする。

写真に映る少女はまだ幼く、車椅子に乗りながらも無邪気な笑みを浮かべている。これから自分達はこんな小さな子を長い間監視し、最終的には永久凍結……殺すことになる。過去の闇の書のデータを鑑みるに、おそらくは十年も経たない内に闇の書は起動し守護プログラム達が出現することだろう。そして、蒐集が始まる。

仮に十年経っても少女はまだまだ幼い。そんな幼い少女をいつか手にかけなければならないという事実に、ロッテは暗澹(あんたん)とした気分になっていた。

(……ていうか父様はこの写真をどこで手に入れたんだろうか)

その事にも気分が滅入るロッテであった。

「ん……ここか」

足を止めてロッテが見上げた視線の先には、なかなかに立派な造りの一軒家が鎮座していた。ここが目的地、闇の書の主の住居。自分達が監視のために張り付くことになる家。

広いベランダと庭を有したその家の前に立ち、ロッテは気持ちを切り替える。自分達の任務は少女とその周辺の監視。余計な感情は仕事の妨げになる。

「……うし、頑張りますか」

小さく気合の声を発し、ロッテは監視中に怪しまれない様にネコの姿に変身する。さらに器用にも盗聴器の受信機能付きイヤホンを耳に装着。これで準備は完了。

(気は乗らないけど、父様のためだもんね)

なんだかんだ言ってもやっぱり自分の主が大好きなロッテであった。

(それに、闇の書は破滅をもたらすロストロギア。このはやてって子には悪いけど、闇の書は絶対に野放しには出来ないんだ)

グレアムが異常なまでに闇の書に固執する理由、その一つに復讐が挙げられるが、それだけではない。闇の書を野放しにしておけば多くの命が失われ、最悪一つの世界が丸ごと消えてしまう可能性がある。それを防ぐためにグレアムは闇の書を追い求め、そして、見付けた際の対処方法として永久凍結という手段を取る事に決めた。闇の書の主と共に、闇の書を封印するという方法を。

リーゼ姉妹はその計画を聞き、最終的に賛同した。闇の書の主、それに守護プログラム達に蒐集されて運が悪ければ死ぬ魔導師達の命と、闇の書を野放しにしたせいで失われる多くの命。どちらを救いたいと問われれば、後者を選ぶしかないだろう。

それに、多くの命を救うためという免罪符があるからといって少女を殺すことに忌避感を抱かないというわけではないが、ロッテは決めたのだ。自分達の主に一生付いていくと。私怨で闇の書に固執しているのは分かっているが、それでも協力すると。

(恨まれるのは覚悟の上。許してなんて言わないよ)

八神家の塀の上に乗り、ロッテは苛(さいな)む良心に顔をしかめながら監視を開始する。

今日、この日から、リーゼ姉妹の長い監視生活が幕を開ける。






『お疲れ、ロッテ。交代に来たわよ』

監視開始から二日後の夜。アリアが交代のために八神家の前に訪れた。この場に現れる前からすでにネコの姿に変身していたアリアは、塀の上でじっと八神家の方を向いているロッテを見付けると、地面からピョン、と同じ塀の上に飛び上がり、彼女の隣に移動して念話で話しかける。

『……ア、アリア』

アリアの存在に気付いたロッテは、隣に現れた双子の使い魔の方に弱々しく振り向く。かなり憔悴している様子だ。

『ちょ、どうしたのよ。顔色悪いわよ?』

ネコの姿で顔色が良いも悪いもねえだろ、とロッテは心の中で突っ込む。比喩だと分かっているから実際には突っ込まないが。

『気を付けた方がいいよ。この任務はかなり胃にくる』

『胃にくる?』

首をかしげるアリアに、ロッテはイヤホンを装着するように指示する。疑問に思いながらもアリアは素直に耳にイヤホンを付け、ロッテに促されるままスイッチをオンにする。

ちなみに、グレアムが仕掛けた盗聴器はリビングとダイニングキッチン、闇の書が安置されているはやての私室にあり、この盗聴器はそのいずれの部屋から発せられる音声であるならば、かなり鮮明にロッテ達が装着するイヤホンに届けることが出来る。商品名『大事なあの人の声、届けます』は伊達ではない。

その謳い文句通り、スイッチを入れたアリアの耳に、鮮明な音声が流れ込んできた。



《──お父さん! もっかい! もっかいお馬さんやってー!》

《うーん、しゃーないなぁ。ほな、あと一回だけやで? お父ちゃんそろそろ腰がきつくなってきたわ》

《はやてちゃん、お父さんお仕事で疲れてるからあんまり無茶しちゃダメよ?》

《はーい! ほんなら乗るでー! ……ハイヤーッ! 馬車馬のように働け!》

ビシ! バシ!

《あ、ちょ、お尻叩かんといて。いた、いたた》

《馬が喋ったらあかんでー。ほら、もっと早く!》

《パカラッ、パカラッ、ヒヒーン! ……あかん、も、もう腰が》

《えー? だらしないわぁ》

《無茶言わないの、はやてちゃん。ほら、こっちいらっしゃい。今度はお母さんと遊びましょう》

《わーい! おっぱい、おっぱい!》

《あ、こら。もう、しょうがない子ねぇ。……こら、そこ、羨ましそうに見ない》

《み、見てへんよ?》

《おっぱい、いっぱい、夢いっぱい!》

《お、いいこと言うなぁ、はやて。そやで、おっぱいには夢がいっぱい詰まっとるんやで》

《……あなた、後でちょっとお話しましょう》

《お、俺は退かんで。男のロマンを娘に語って何が悪い》

《ロマンってなにー? 栗かー?》

《それはマロンな。ええか? ロマンっちゅうのは夢のことや。男はいつもでっかい夢を持っとるんやで》

《おっぱい、いっぱい、夢いっぱい?》

《そうや! さすが俺の娘やな!》

《えへへー。おっぱい、いっぱい、夢いっぱい!》

《おっぱい、いっぱい、夢いっぱい!》

《……はぁ》



イヤホンから聞こえてくる楽しそうな親子の会話に、アリアは思わず胃の辺りを押さえて顔をしかめる。

『これは、確かに胃にくるわ……』

『だよね……』

話の内容はともかくとして、この親子は心の底から笑って家族との幸せな時間を過ごしている。しかし、そう遠くない未来にその幸せが崩れてしまう。そのことを知っている二人からすれば、彼女達にはこの幸せそうに語らう家族の姿が、まるで最後の晩餐(ばんさん)をそうと知らずに楽しむ哀れな人間のように見えてしまうのだ。

しかも、あの無邪気に笑う子どもを(仕方ないとはいえ)殺すのは自分達。その心労たるや、

『正直、今まで味わったどんな苦痛よりも堪えるんだけど』

『胃薬が必要かしらね……』

百戦錬磨の彼女達でさえ弱音をこぼすほど。たった二日でロッテがこれほどまでに憔悴するのだ。アリアはこれから自分にも訪れるであろう心労に憂鬱を隠せない。

『っていうかさ、この胃の痛みとあとどれくらい戦っていかなくちゃいけないんだろうね』

『……最低でも、五年くらいは覚悟しなくちゃダメじゃないかしら』

ハァ、と二人は大きく息を吐き、お互いの肩に手を乗せる。

『頑張ろう』

『ええ、頑張りましょう』

励まし合った二人の瞳には、溢れんばかりの涙が溜まっていた。

『……んじゃ、アタシは帰るわ。後はよろしくね』

『了解。胃に穴が開かない程度に頑張るわ』

涙を拭いたロッテはアリアに後を任せると、塀から降りて人間形態に変身する。そして、ん~っ、と身体を伸ばして凝りをほぐすと、塀の上のアリアに振り返って一声掛ける。

『そうだ、この近くに寿司屋があるんだけどさ、アリアも一回行ってみるといいよ。もう、すっごい美味しいから』

『SUSHI!? あなた、SUSHIを食べたの!? に、人魚の肉を……』

『そうそ、人魚の肉。いやあれはうまかった。ね、だからアリアも行ってみなって。無愛想なオジさんが居る寿司屋にさ』

『ま、まあ、あなたがそこまで言うなら行ってみようかしら。……結構勇気がいるわね』

『平気だって、普通に美味しいから。ああ、そうそう。人魚の肉は隠しメニューらしくてメニュー表には載ってないから、オジさんにはこう言うといいよ。「へい、オヤジ。ピッチピチのリトルマーメイド一丁!」ってね』

『わ、分かったわ。今度挑戦してみる』

『ク、クフフ……あ、それじゃ帰るわ。チャオ』

アリアに背を向けて帰るロッテの表情は、グレアムが自分の使い魔にイタズラする時の表情とまったく一緒であった。

イタズラ好きの双子と主を持ってしまったかわいそうなアリアはと言えば……

(ピッチピチのリトルマーメイド一丁、か。覚えたわ)

注文時のシミュレーションを頭の中で展開していた。純粋すぎるほどに純粋。それがアリアの美点でもあり、欠点でもあった。

(SUSHI、か)

……ゴクリ。


後日、アリアが寿司屋で大恥をかいたのは言うまでもない。が、寿司があまりにも美味しかったので、ロッテとグレアムに仕返しすることなんてどうでもよくなったアリアであった。






監視開始から二年が経った。

胃の痛みに耐えながら根気よく監視し続けたリーゼ姉妹が、「そろそろ胃に穴が開くんじゃね?」と真面目に心配し始めた頃。

『それ』は起こった。

「父様! 大変だよ! えらい事が起こっちゃったよ!」

「ぬぅおおお!? ロ、ロッテ、部屋に入る時はブザーを鳴らしなさいと何度も──」

「そんなこと言ってる場合じゃないって!」

疾風怒濤の勢いで管理局本局にあるグレアムの私室に駆け込んだロッテは、展開していたモニターを慌ただしく消すグレアムに詰め寄り、今にも泣きそうなほど切羽詰まった様子で『それ』を自らの主に告げる。

「あの子の、はやての両親が死んじゃったんだよ!」

「……なんだと?」

眉をひそめるグレアムに対し、ロッテは所どころつっかえながら口早に説明する。

事の始まりはこうだ。

三日前の昼前、ロッテがいつものように八神家を監視していると、玄関を開けて親子三人が揃って出てきた。今日は休日だから親子で外食でもするのかな? と考えながら電信柱の陰に隠れたロッテは、家の門を抜けてどこかに向かう三人の後を監視のためにつけて行くことに決めた。

親子はロッテの予想通り外食のために出掛けたようで、デパートの屋上でヒーローショーを見た後、デパートの近くにあった『すかいてんぷる』と言うレストランに入って食事を楽しんでいた。

ここまでは幸せな家族の休日といった風景だった。しかし、帰り道でその悲劇は起きた。

父親がはやての車椅子を押し、母親がその隣ではやてと喋りながら横断歩道を渡っていた時、親子の下に横から信号を無視してトラックが突っ込んできたのだ。

その事にいち早く気付いたロッテは、人目につくとかそういったことは忘れて、正義感に流されるままに魔法を使用し三人を助けようとした。が、運が良かったのか悪かったのか、助けられたのは闇の書の主であるはやてのみ。両親はそのままトラックに轢かれ……即死。

茫然自失となったはやてを腕に抱えていたロッテは、はやて同様にその惨状を見つめていたのだが、すぐに我に返るとはやてを近くにいた野次馬に預けてその場を離れ、はやてから付かず離れずの距離で成り行きを見守る事にした。

それからは瞬く間に時間が過ぎていった。翌日に親類縁者の下で両親の通夜が行われ、その次の日に葬儀が行われた。はやてはその間、椅子に座ってうつむきながらひたすら涙を流していた。

そして、監視の交代に来たアリアに事情を説明したロッテは、グレアムに今回の出来事を報告するために急ぎ本局に戻り、今に至る、と。

「……そうか。ふむ、いや、よくやった。よくはやて君を助けてくれた」

事情を聴いたグレアムは、しばし目をつむってはやての両親に黙祷を捧げると、沈鬱な表情のロッテの頭に手をやりねぎらいの言葉を掛ける。普段ならばのどを鳴らして喜ぶところだが、流石に今回ばかりはそうもいかない。ロッテはグレアムの言葉を受けて、悔しそうに唇を噛む。

「あの子は救えた。けど、両親が……あの子の家族を救う事が出来なかった。あの時、もっと早く気付いてればこんなことには……」

「気に病むな、ロッテ。お前はよくやったのだ。はやて君を救ってくれただけでも十分だ」

「でも、でもこれからあの子一人ぼっちなんだよ? こんなのって無いよ……」

グレアムに励まされつつもロッテは沈鬱な表情を崩さない。と、そこでグレアムは今のロッテの言葉に違和感を覚える。

一人ぼっち。確かに両親を失ったあの子は今は一人だろう。しかし、葬儀には親類縁者が集ったと聞く。ならば……

「ロッテ、あの子は親類に引き取られるのではないのか?」

その言葉を聞いたロッテは、ハッと顔を上げて、今思い出したかのように勢いよく話しだす。

「それそれ! それなんだよ。聞いてよ父様、酷いんだよ。葬儀に集まった親戚連中、誰もあの子を引き取ろうとしないんだよ。その話題になった途端にみんな顔を背けて無視を決め込んでやがんの。放っておけば施設にでも入れられるだろうって顔に書いてあった。ああムカつく」

「……なんと」

薄情な、と心中でこぼすが、その親類の反応もむべなるかな、とすぐに思い直す。

あの子を引き取りたくない理由。その一番大きなものとして、彼女が車椅子生活を送っていることが挙げられるだろう。足が不自由なあの子を引き取る事により、介助やなんだで自分達の負担が増す、と考えるのは普通であるし、なにより、たとえ足が不自由でなくとも他者の子どもを引き取るという行為には誰もが及び腰になるものだ。

ただ、それでもこの子は私が引き取る! といった気骨のある人間が居ないということには幻滅したが。

「……しかし、これは好都合か」

「え?」

グレアムは考える。あの子が孤独であれば孤独であるほど、居なくなった時に悲しむ人間が減る、と。そんな、独善的な事を。彼女の心情を蚊帳(かや)の外に置いた、自分勝手が過ぎる事を。

(これでは地獄に落ちても文句は言えんな)

グレアムはしばしの間逡巡し、そして……決意する。

「父様、好都合ってどういう──」

「あの子を、孤独なままにする」

「ッ!? そ、それって……」

今のグレアムの重々しい一言を聞いただけで、ロッテは彼の発言の意味を即座に理解した。彼の苦悩、葛藤までをも共に。

「お前の考えている通り、彼女をあの家に縛り付ける。それに加えて、他人と隔絶させて深い関わりを持たせないようにする。彼女と深い関係を持って悲しむ人間を作らせないようにな」

やはり、とロッテはうつむき下唇を噛む。

主の考えはある程度理解できる。心中では苦悩が渦巻いていることも分かる。しかし、認めたくなかった。時に非情な決断を下す事にためらいを見せない主であるが、ここまで残酷に物事を推し進めようとする姿勢にロッテは僅かに忌避感を覚える。相手は六歳の子ども。他人との触れ合いが必要なこの時期に、無理矢理隔絶させるなんて……

(納得は出来ない。出来っこない。でも、それでも父様が決意を持ってそうすると決めたのなら、私は……)

ロッテは悩み……決断した。

「……分かった。父様に従うよ」

その表情は苦々しく、とても賛同している様には見えない。だがグレアムは、それでいい、と心の中で頷く。

(お前達は私の命令に嫌々従っていてくれればいい。あくまで主犯は私。負担を負うべきは私なのだ)

娘達の精神的負担をなるべく減らしたいグレアムは、ここで一芝居打つことに決めた。

「では、『根回し』の方は私がすべて請け負う。お前達はこれまで通り彼女の監視を続けてくれ」

「……了解」

頷き、頭に鬱雲を纏わり付かせながら退室しようとするロッテの背中に、グレアムはとぼけた口調で声を掛ける。

「ああ、そうそう。彼女、これから一人暮らしをすることになるだろう? さすがに六歳の車椅子に乗った子がすぐに順応出来るとは思えないんだが、うーむ、どこかに手助けをしてくれる人間は居ないものかなぁ」

「ッ!?」

その言葉に即座に反応し、ロッテは勢いよく振り返ってしっぽを振り乱しながらグレアムに跳び付く。そして、彼の胸元に顔をうずめ、ぽつりと一言。

「父様……ありがと」

「……なに、ただの偽善だ。礼を言われては逆に心が痛む」

そう、偽善。何もかもが偽善なのだ。

グレアムは意気揚々と部屋を出ていくロッテを見送り、心中で毒づく。

(ただ、この偽善によってはやて君や娘達が少しでも救われるというのなら、それなりの価値はあるはずだ。……いや、これはただの合理化か。我ながら浅ましいものだ)

やれやれ、と首を振ったグレアムは一度大きく息を吐き、自分がすべき仕事に取り掛かることにした。

(っと、根回しだけではダメだな。資金援助や資産管理も必要か。父親の友人を騙って近づけばいいのだろうが、ふむ、偽名を使うのは止めておこう)

せめてもの誠意として、グレアムは本名を用いてはやてと連絡を取る事に決めた。

「これも、偽善か」

まったく、自分が嫌になる。

再び毒づくと、グレアムは気を重くしながらも仕事に取り掛かるべく私室を出ていった。






『と、そういうわけ。アタシ達の任務は変わらず監視。でも……』

『あの子が一人暮らしに慣れるまで、陰ながら手助けする、と。やっぱり父様も鬼じゃないのね』

アリアがロッテと交代してから二日後、再びロッテが交代のために海鳴にやって来た。そこでロッテは先日のグレアムとの会話をアリアに伝え、これからの自分達の任務に若干の変更があったことも伝えた。

アリアは初めはグレアムの非情な決断に驚いたが、ロッテ同様に主に従うことに決めた。はやてを放っておけ、とでも言われていたら抵抗を見せただろうが、最後にグレアムが見せた仏心が決め手となったのだ。

『……で、今あの子はどんな感じ? 食事とかはちゃんと取ってる?』

今現在、リーゼ姉妹はネコの姿で塀の上に乗って家人の少なくなった八神家を見据えている。ネコ耳にイヤホンを装着して。道行く人は彼女達の姿を見て、すわキャッツ&ドッグスか!? と敵対しているであろう犬の姿を探したりしているが、二人は気付かない。

『一応、冷蔵庫に残ってたそのまま食べられるものを漁ったり、棚に置いてある乾パンを食べたりしてるけど、そろそろ無くなりそうなのよね。買い物に出かけようとするそぶりは見せるけど、一人で外に出るのが不安なのかなかなか外に出てこなくて……』

『……ダメ。そんなんじゃダメだよ!』

『え?』

『育ち盛りの子がそんな食生活じゃダメ。もっと栄養バランスの考えられたもの食べないと』

『それはそうだけど……って、ちょっとどこ行くの? 交代するんじゃないの?』

いきり立ったロッテは塀の上から飛び降りると、そのままどこかに走り去って行こうとする。それを見てアリアは制止の声を掛けるが、ロッテは振り向かないまま『すぐ戻るー』と返してスタコラと走って行ってしまった。

そして十分後。

『おっ待たせ~』

アリアの下に戻って来たロッテは人間形態になっており、その手には袋に詰められたたくさんの食材が抱えられていた。それと、表紙に肉じゃがが載っている、おそらくは料理関係だと思われる本も持っている。

ロッテの突飛な行動に驚くアリアだが、何のためにロッテが買い物をしてきたのかすぐに気付いた。

『あなた、ひょっとして──』

『手助け、手助け。あ、監視はアタシが引き継ぐからアリアは帰っていいよー』

『まったく……』

食材の入った袋を揺らしながら門に付いたインターホンを押そうとするロッテを見て、アリアは苦笑する。

『陰ながら、じゃなかったの?』

アリアの言葉にロッテはインターホンに掛かった指を止め、彼女の顔を見る。

『顔は変身魔法で誤魔化すから大丈夫だし、それに料理教えるのに陰ながらなんて言ってらんないっしょ』

リーゼ姉妹に与えられた任務は監視、そして新たに追加されたもの、それははやてが一人で生活できるようになるまで生活面で援助する事。これからロッテが行おうとする事は、確かに間違ってはいない。が、アリアは一抹の不安を覚える。こんなに彼女に近づいてしまったら、ロッテは彼女に情を移してしまうのではないか、と。

自分達はいずれ彼女を殺さなければならない。その際、彼女に近づいたら近づいた分だけ悲しみが大きくなってしまう。それをロッテは分かっているんだろうか?

アリアが苦笑を浮かべながらそう双子の心情を計っていると、ロッテは快活とした表情で塀の上のアリアを見やる。

『情が移るのなんて端っから覚悟の上だよ。ていうかもう十分移ってるから。アリアだってはやての事、可愛いと思ってるんでしょ?』

『……双子って厄介よね。なんでもお見通しなんだもの』

『もうさ、とことん近づいてやろうよ。そんでさ、あの子と別れる時が来た瞬間は……盛大に泣こう。ごめんなさい、ごめんなさいって謝りながら。それがアタシ達に出来る精一杯の……偽善、なんじゃないかと思うんだ』

いつかは自分達が手にかける。でも、それまでは彼女を助けたい。まさに偽善。しかし、アリアは眼下に居る双子の顔を見て、それでもいいんじゃないかな、と考える。

『……そうね。そうかもしれないわね。けど、やっぱり近づきすぎるのはダメよ。いざという時に迷いが生じるとも限らないわ』

『ん……そだね。おっけ、そんじゃ付かず離れずの距離感を保って手助けすることにしよう。直接会話するのもなるべく控えるよ』

そう言ったロッテは、いたずらっ子の顔をしながら空中で止めていた指を動かし、

ピンポーン。

八神家のインターホンを押す。

『けど、料理の基本的なこと教えるまではいいよね?』

アリアは呆れた顔をしてロッテの顔を見つめるが、小さくため息を吐くと、後は任せたとでも言うように背を向けて去る。

《……はい、八神です。どなたですか?》

そんな双子の背中を見ながら待つこと十秒ほど。インターホンから少女の声が流れてきた。

(さーて、ロッテ先生のお料理教室の始まりだ)

機械越しとはいえ初めてする会話に微妙に感動しつつ、ロッテは用意していたセリフを言い放った。

「あー、はやてちゃん? アタシ近所で料理教室開いてる者なんだけど、今出張サービス中なんだ。綺麗なお姉さんに料理教わってみる気、ない?」

《……は?》







監視開始から四年。はやての両親が亡くなり、彼女が一人暮らしを始めてから二年が経った。

(もう二年経ったのか。時間が経つのは早いなぁ)

いつものように塀の上に乗って監視を続けるロッテは、この二年の間にあった様々な出来事を思い出す。

この二年。八神はやてとリーゼ姉妹にとって、激動の二年だったと言わざるを得ないだろう。

まず八神はやて。彼女はとにかくひたすらに努力した。料理、洗濯、掃除、全ての家事を自分一人でこなさねばならない境遇に愚痴をこぼすこともなく、がむしゃらに頑張った。

一番手間取るかと思われた調理技術の習得だが、これは突如家に現れた謎の美女に(ほぼ押し切られるような形で)懇切丁寧に教わったおかげか、そこまで時間が掛からずに基本的な知識と技術を得ることが出来た。

「君に教えることはもう無い。後はレシピを増やして基礎を煮詰めるだけ。アタシの役目は終わったみたいだね。……くうっ! さらば!」

というセリフを残して美女が消え去った後も、はやては慢心することなく料理の研究に努め、気が付いたらなんかいつの間にかプロ顔負けの腕前になっていた。

この二年の間にありとあらゆる家事技能を身に付け、はやては他者に弱音を一度も吐くことなく一人暮らしを続けてきた。これはもう見事と言うほかないだろう。というかもはや化け物レベルだ。本当に八歳児かと。

そしてリーゼ姉妹。彼女達もこの二年間は苦労した。はやての行動を逐一観察し、助けが必要になるたびに陰ながら助け続けてきたのだ。

具体的には、点けっぱなしだったガスを止めたり、側溝にはまった車椅子を動かそうと四苦八苦しているはやてを通行人Aとして助けたり、はやての家に泥棒に入ろうとしたクズを丸めてゴミ捨て場にポイしたり、締め忘れた鍵を締めてあげたり、図書館で取れない本に手を伸ばすはやての隣に立ち一般利用者Aを装って代わりに取ってあげたり、スーパーでタイムセールの商品をオバちゃんと取り合いしているはやてに買い物客Aとして加勢したり、デパートで服選びに困っていたはやてに近寄り店員Aに成り済まして自分好みの服を見繕ったり、はやてのことを椅子女と呼んで貶した近所の悪ガキのパンツをズリ降ろして恥をかかせたり、はやての下着を盗もうとベランダに忍び込んだブタをジャイアントスイングしたり、はやてが遊んでいるゲームを買って一緒に遊んでいる気になったり、一人寂しく自分の誕生日を祝うはやてに匿名で「誕生日おめでとう!」と書かれたバースデーカードを送ったり、勉強中のはやてにリラックス効果のある魔法をかけてあげたり、「お父さん、お母さん、寂しいよう」と夜泣きするはやてに認識阻害の魔法をかけてこっそり添い寝したり、包丁でうっかり指を切ったはやてにこっそり回復魔法をかけたり、こっそりお風呂覗いたり、クリスマスの夜にでかいクマのぬいぐるみをはやての枕元に置いて朝に「うおお! なんやこれ!? 気持ちわるぅ!」と不審がられて結局捨てられたり、四方八方に念話で呼びかけてはやてに混乱をもたらしたアホを闇討ちしたり、とにかく色々とあった。

まあ、これらの行動を取ったのはほとんどがロッテだが。

(はやて可愛いよ、はやて)

今日もロッテは精力的に監視任務に励む。しかし、なんかもう色々とダメになっていた。



時は五月九日。異変がすぐそばに迫っていることに、リーゼ姉妹はまだ気付かない。






















あとがき

この外伝、次回じゃ終わらないかも。おそらくあと二話ほど続くことになると思います。

なんか予想外に長くなってしまいました……



[17066] 外伝 『リーゼ姉妹の監視生活 その三』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/30 13:06
五月十日。

異変はその日から始まった。

(はやての様子がおかしい……)

昨夜、枕を涙で濡らすはやてにこっそり添い寝して朝方に離脱したロッテは頭をひねる。

昨日まではいつも通りのはやてだった。朝起きて朝食を作って食べ、掃除洗濯を午前中に終わらせてから昼食を済ませ、昼間から夕方にかけてはマンガを読んだりゲームをしたりして過ごし、夕食を食べた後は勉強をして次に入浴、その後にちょっと遊んで就寝。はやての日常はこれの繰り返しだった。

だが、今日のはやてはどこか変だ。いや、どこかと言うか全てがおかしい。

まず朝。起床したはやてはベッド脇に置かれた鏡を見るなり二度寝をしてしまった。いつもならそんなことはしないで必ず一回で起きるのに。

それだけではない。二度寝から起きたはやては、まるで足が動かないことを知らないかのようにベッドから降りようとして地面に落下した。さらに、まるで試運転をするかのように室内で車椅子を乗り回したり、いきなりマンガ読み耽ったり、家探しするかのように部屋中を漁ったりと、意味不明の行動を取り続けた。

クローゼットの中に隠れてこっそり着替えを覗こうとしていたロッテがそれを見た時は、どこかに頭でもぶつけたか? と不安になってしまった。

ロッテは不安になって一日中はやてを近くで観察していたが、はやての異変は留まるところを知らなかった。なんと、はやてはその一日をポテチかじりながらマンガを読むだけで過ごしてしまったのだ。こんなことは今まであり得なかった。

その翌日もロッテの驚愕は続いた。ようやくまともな食事を取るかと思いきや、棚に置いてあった乾パンをボリボリ貪るわ、冷蔵庫を物色しておもむろに食材をポリ袋にブチ込むわ、突如外に出かけたかと思えば雄叫びを上げながら道路を爆走して警官に補導されるわと、奇行の連続だった。

(様子がおかしいなんてもんじゃない。たまに意味不明な独り言呟いたりするし、まるで別人みたいだ)

交番から家に帰ってすぐに寝たはやての寝姿を窓の隙間から眺めながら、ロッテは考えを巡らせる。何が原因ではやてがこんなふうになってしまったのか。どうすれば元に戻るのか。

(ん、別人?……でも、そんなまさか……)

ロッテの頭の中に、とある一つの答えが浮上した。それは、今のこの状況を説明するにはピッタリな、しかし、それが本当であったならばあまりにも残酷な答え。

それは──

『ロッテ、お疲れ様。交代に来たわ』

と、そこに現れたのはネコの姿に変身したアリア。なにやらひどくご機嫌な様子だ。

『ああ、アリア。……また寿司食べてきたでしょ』

『ふふー、ご名答。監視前に食べるのが癖になっちゃって』

一度寿司屋を訪れてからというもの、アリアはロッテ同様に寿司にハマりにハマってしまい、最近は監視に来ているというより寿司を食べに地球に訪れているといった感じになってしまっている。ちなみにアリアの好物はイクラと中トロ。これは譲れないらしい。

『ああ、帰りにまた寄ろうかしら……って、どうしたのロッテ。なんだか様子がおかしいわよ?』

イクラのプチプチ感を思い出して悦に浸っていたアリアは、目の前に居る双子が常と違って覇気が無いことに気付く。いつものこの時間帯のロッテだったら寝ているはやての姿にハァハァしているはずなのに、今日はいやに大人しい。

『落ちてたガムでも拾って食べたの?』

『ひっかくよ』

『冗談よ。でも本当にどうしたの? もしかしてはやてに何かあったとか?』

『あー、何かあったと言えばあったんだけど。……変わった? うーん、どう言えばいいもんかな……』

『?』

今この場ではやての現状を説明したとしてもアリアには何がなんだか分からないだろう。というか、自分も何がなんだか分からないのだ。一応予想は立てたけど、まだ確証は持てていないから今言うのもはばかられる。

となれば……

『ま、明日からのはやての行動見てれば分かるよ』

百聞は一見にしかず。口で説明するより今のはやてを実際に見てもらった方が分かりやすいだろう。というより、はやての奇行の数々を口で言ってもなかなか信じられないだろうし。爆走したり、風呂に頭から突っ込んだり、地面にキスしたり。

『どういうこと?』

『だからそのまんまだって。じゃ、アタシ帰るから後よろしく』

頭に疑問符を浮かべるアリアをその場に残し、ロッテは暗闇に紛れるようにその姿を消した。アリアはその背中を黙って見送り、緩んだ気を引き締めて監視任務を引き継ぐことにする。が、やはり先ほどのロッテの言葉が気になるのか、しきりに首をかしげている。

(まあ、明日になれば分かるかな?)

輝く月の下、アリアは寿司の味を思い出してニヤニヤしながら監視を続けたという。






その三日後の昼過ぎ頃。ロッテが再び監視のために海鳴にやって来た。

(さてさて、アリアの奴どんな感想持ったかな?)

人間形態のロッテは長年の監視生活ですでに見慣れた街並みを歩きながら、今も監視を続けているだろうアリアの下へと向かう。当然寿司屋には寄っている。

(余は満腹じゃ……ん?)

お腹をさすりながら歩くこと十数分。ロッテは八神家に到着した、が、そこで彼女は驚きの光景を目にすることになる。

「おいで~、怖くないよ」

「……カ~!」

なんか、アリアが監視対象に見付かってる……

「待てっ、この……オーラバースト!」

ドゴッ!

「ニャガッ!?」

「あっ、サーセン」

しかも、車椅子に轢かれて気絶したあげく、その後どこかに連行されてしまった。おそらくは動物病院にでも連れて行かれるのだろうが……

(おいおい。使い魔が車椅子にはねられて気絶とか、プッ、ククク……)

アリアの思わぬ失態に激怒するでもなく、ロッテはこれをネタにアリアをからかおうと画策しつつはやての後を付け始める。ロッテはこういう性格であった。


──二十分後。


ロッテの予想通り、はやてはアリアを近くの動物病院まで運んでどこかに去った。アリアを回収するためにはやてを付けていたロッテは、家に戻ると思っていたはやてが別の方向に進む姿を見て尾行を続けるべきか一瞬迷ったが、なんか今のはやてなら大抵の危機は自分で何とかしてしまいそうな気がしたので、アリアの回収を優先することにした。

アリアが運ばれた動物病院に入ったロッテは、ネコの姿のアリアの特徴を受付の人間に伝え、もしかしてここに運ばれていないかと質問する。それを受けた受付の女性は、たった今運ばれたばかりですよ、と返し、ロッテを奥の部屋に案内した。

通された部屋で若い女性獣医と意識を取り戻したばかりのアリアの姿を目にしたロッテは、自身がそのネコの飼い主であると説明し、獣医からアリアを預かる。

「いやー、すいませんでした。この子しょっちゅう遠くに行っては人に迷惑ばっか掛けるんですよ。ホントすいませんでした。ほら、あんたも謝る」

「……にゃー」

「いえいえ、飼い主が見付かって本当に良かったです。でも首輪は付けておいた方がいいですよ? 野良猫と間違われてしまいますから」

「ええ、気を付けます。それじゃ、失礼させてもらいます」

「はい、さようなら」

部屋を出て受付の女性にも挨拶をしたロッテは、うな垂れるアリアを腕に抱えたまま動物病院を後にする。

「…………」

「…………」

そうして、そのまま少しの間目的も無く歩いていたのだが、しばらくするとロッテが立ち止まって、肩をプルプル振るわせたかと思うと──

「プッ……アハハハッ! ダメ、もう耐えらんない。無理、無~理~。ク、クク、お腹痛い。歴戦の勇士の使い魔が、車椅子に轢かれて気絶! アハ、アハハハハ!……げほっ、げほっ。ひー、アリアはアタシを笑い殺す気か」

これ以上ないほどの大爆笑。いい恥をかいてしまったアリアは、ロッテの腕の中で羞恥に身を縮こまらせながらも反論を試みる。

『し、仕方ないじゃない。まさかはやてが追い掛けてくるとは思わなかったし、車椅子にあんな機能があるなんて知らなかったし、それに、隠れてたのが見付かって気が動転してたし……ちょっと、それ以上笑うならひっかくわよ。あと声出すな』

『こいつは失敬。いやー、でも笑わせてもらったわ。映像記録に残しとけばよかったよ。父様にも見せたかったのに』

『そんなことしたら父様にからかわれるのが目に見えてるじゃない。勘弁してちょうだい』

ひとしきり笑ったロッテは、そろそろ本題に入るべく笑みを引っ込め、腕に抱えたアリアを見下ろして質問する。

『ふぅ……さて、んじゃ真面目な話に入るよ。この三日間はやてを監視してて、アリアはどう思った?』

真上からの問いにアリアは、やはり来たか、と視線を上げてロッテの顔を見上げる。ちなみにアリアは、抱えられたままでは格好がつかないので離れようとしたものの、なぜかロッテが放してくれないのでそのまま会話することを余儀なくされている。

『そうね、あなたがこの前言っていたように、変わった、というのが私が最初に持った感想かしら。それで、三日間監視してまた別の考えを持ったんだけど、これはあなたも考えたんじゃない?』

そう前置きしたアリアは、きっとロッテも同じ結論に至ったのだろう、とそんな確信を持った目で双子の顔を見上げながら念話を送る。

『二重人格。ハッキリ言ってこれ以外ではやての現状を説明出来るものってないんじゃないかしら』

『……だよね。それしかないよね』

そう小さく呟いたロッテは、アリアの身体をぎゅっと抱き締めて顔を伏せる。アリアの「むぎゅっ」という悲鳴に気付かず、強く体を掻き抱いてはやてを想う。

二重人格による人格交代。アリアの言うように、今のはやての状態を言い表すのにこれ以外は考えられない。だが、その原因は何なのか? なぜこんなことになってしまったのか?

ロッテは考えて、答えを見つけた。いや、考えるまでもなく分かっていたことなのだ。しかし、認めたくなかった。なぜなら、認めてしまえば自分達が今のはやてを生み出した原因ということになってしまうのだから。

二重人格、いわゆる解離性同一性障害と言うのは、往々にして幼児期の心的外傷や強いストレスが原因で引き起こされる。自我を守るために、苦痛から逃れるために別の人格を生み出し、その人格に苦痛を肩代わりしてもらうのだ。高度な現実逃避とも言われている。

では、はやてのその苦痛とは何か?

(決まってる。「孤独」だ。両親を失った小さな女の子がたった一人で暮らして、他者ともほとんど交流することなく一日の大半を無言で過ごしている。これが苦痛でないはずがないんだ)

ロッテは下唇を血が出るほどに噛み締める。自分達の自己満足とも呼べる非道な行いによって、はやてがこれまでどれほど苦しんできたのかを具体的な形を伴って見せ付けられたのだ。まるで心臓に剣を突き立てられたかのような痛みがロッテを襲った。

(ごめんね。ごめんね、はやて。こんなに、現実から逃げたくなるほどに辛かったんだね)

ロッテの頬を涙が伝う。いけない、とロッテは思う。はやてが辛いということを自分は知っていたはずだ。夜に泣いている姿も何度も見て、それでも何もしてこなかったのだ(添い寝はしたが)。そんな自分が泣いていいわけがない。泣く資格なんて無い。なのに……涙が止まらない。

(ロッテ……)

真上から聞こえる嗚咽と落ちてくる水滴に、アリアは返す言葉を持たない。なにより、ロッテほどではないにしろ、自分達の行いの結果に自身も少なからずショックを受けていたのだ。ロッテを慰めるだけの余裕は無かった。

そうして無言の時が過ぎ、やがて、落ち着きを取り戻したロッテがポツリとアリアに呟いた。

『ねえ、アタシ達これからどうすればいいのかな』

ロッテに抱きかかえられたままのアリアは、前方を見ながら淡々と答える。

『……何も変わりは無いわ。人格が変わったとはいえあの子が闇の書の主であることに変わりは無い。いつも通り、これからも監視を続けていくだけよ』

その答えが帰ってくる事を予想していたのか、ロッテは気落ちするでもなく、そう、と呟くのみ。

『あの子、家事全般が出来なくなってるみたいなんだよね。どうしよっか。またアタシが一から教える?』

『その心配はいらないと思うわ。監視してて分かったんだけど、今のはやてはなんだか凄くバイタリティがあるのよ。まあ、元が元だからそうなのかもしれないけど。食事も弁当が主だけど栄養補助食品とかでそれなりに栄養バランス整えてるみたいだし、あの子、放っておいても自分でなんとかしそうな感じよ』

それに、とアリアは言葉を続ける。

『あの子の前に立ってもう一度同じ事教えるの、辛いでしょう?』

『……うん』

そのアリアの言葉に、ロッテは小さく頷く。

そう、辛い。まるで過去の自分が丸ごと否定されたみたいに。今でさえ泣きそうなほどなのだ。実際にはやての前に立ったら泣いてしまうかもしれない。

でも、いつまでもこんな調子ではいられない。これからも監視は続くし、また昔のようにはやてが命の危険に晒されるかもしれないのだ。しっかりと気を引き締めねば。

「あ、そうだ。はやてだ」

と、そこでやっとはやての現在の所在が分からない事に思い至る。

『アタシ、はやて探してそのまま監視に入るわ。アリアはもう帰っていいよ』

そう念話で伝えたロッテは、抱えていたアリアを地面に降ろしてはやてを探すために歩き去ろうとする。やっと地面に降りられたアリアは、そのロッテの背中に一声。

『しっかりね』

『……うん、分かってる』

アリアの激励を受けたロッテは心の中でお礼を言い、頬を両手でパンッと叩いて己に気合を入れると、はやての姿を求めてその場を去るのであった。







はやてに異変が起きた後も、ロッテとアリアの監視生活に大きな変化は無かった。

交代で八神家に張り付き、怪しげな人物がはやてに近づかないように注意したり、変身魔法で顔を変えてグレアムからのプレゼントを配達したり、寿司を食べて頬を緩めたりと、今までの監視生活とほとんど変わらぬ行動を取って来た。

ただ、監視生活に変化は無いが、はやての周囲に変化が起きた。それは……



「ねえねえ、ハヤテちゃんって好きな人とか居る?」

「それはアタシも気になるわね。教えなさいよ」

「あ、気になる気になる。私も知りたい」

「好きな人ですか? もちろん居ますよ」

「ど、どんな人!? 名前は?」

「えーと、あゆあゆに、名雪ちゃんに、真琴ちゃんに、観鈴ちん、風子ちゃん、渚ちゃん、智代ちゃん、鈴ちゃん、乙女さん、なごみん、カニっち、揚羽様、純夏ちゃん、冥夜ちゃん、エルルゥちゃん、アルルゥちゃん、セイバーたん、音夢ちゃん、ことりちゃん、キキョウちゃんとスミレちゃん、雪子ちゃん、妙子ちゃん、きらりちゃん、絵里ちゃん、めぐみちゃん、せなちゃん、春花ちゃん、準ちゃん、景ちゃん、ヨウコちゃん、たま姉、まだまだ居ますよ。水月ちゃん、美月ちゃん、朝美ちゃん、麗南ちゃん──」

「止まりなさい、ハヤテ。誰もあんたの脳内嫁なんて聞いちゃいないわよ」

「というか、今四歳の子の名前が……」

「何を言ってるんです? すべて十八歳以上に決まってるじゃないですか」

「そうだよねー、十八歳以上だよね」

「流石なのはちゃん。分かってらっしゃる」

「ちなみに私の頭の中のお嫁さんは──」

「シャラップ」



はやてに、三人の友達が出来た。

本来ならばそれはあり得ないはずの出来事。なぜなら、グレアムからリーゼ姉妹に命令が下っていたからだ。はやてと深い関係を持つ人間を作らせるな。もしそういった人間が出来そうならば遠ざけろ、と。

だが、現にはやては三人の友を得た。これが意味するもの、それは……

『あー、はやて、楽しそうだね。アタシも混ざりたいなぁ』

『そうね。でも自重なさい』

『なんだよー、アリアははやてと遊びたくないって言うのー?』

『そんなことはないわよ。でも、あの輪の中に入っても一瞬で置いてけぼりにされる気がするのよね』

『ま、まあそれは確かに。……でもさあ、アリア』

『何よ』

『父様に相談して良かったよね。まさか、友達作るのを許可してくれるとは思わなかったな』

『父様も鬼じゃないってことよ。それに、人格変わるくらいにはやてが辛い思いをしてたなんて知ったら、流石に考えも変わるでしょうよ』

グレアムの心変わり。はやての異変によってもたらされたものは、なにも悪い事だけではなかった。リーゼ姉妹からはやての異変を(やや誇張表現ありで)聞かされたグレアムは、二人の説得の甲斐もあって、はやてが友人を作ることに許可を出したのだ。

丁度良い事に、その矢先にはやてと気の合いそうな少女達が彼女と邂逅を果たしたので、リーゼ姉妹はその日からその少女達とはやてが街中で頻繁に出会うように誘導し、仲良くさせようと陰ながらひたすら奮闘した。

そしてその結果が、リーゼ姉妹の見つめる先で笑い合う少女達というわけだ。

『あの気の合い様だったらアタシ達が何もしなくてもそのうち仲良くなってたかもね』

『そうね。それでも、あの笑顔を見てると私達のやった事は無駄じゃなかったって思えるわね』

『うん。人格変わってからのはやては気丈に見えたけど、やっぱりどこか寂しそうだったからね。でも、友達が出来てからは良い顔で笑うようになった』

『ふふ、あなたも胸のつかえが無くなったみたいに良い顔してるわよ』

『そりゃ、まあね。……そういや、あの三人の子の中の一人、やけに大きな魔力持ってるよね。出身世界も父様と同じだし、なんだか昔の父様を見てるみたい』

『ああ、最初見た時は驚いたわね。まあ、今ははやての害になるとは思えないからいいけど』

『うん、ずっとはやてのいい友達でいてくれたらいいんだけどね……あ、そろそろアタシ戻るわ。後よろー』

『ええ、任されたわ』

はやてに異変が起きた当初は慌てたものの、今ではこれで良かったのではないかとリーゼ姉妹は思っている。

辛い現実から逃れるために、はやては別の人格を生み出して自分の全てをその人格に委ねた。新たな人格はすぐにはやての置かれた境遇に慣れ、それなりに充実した日々を送ってきた。さらに、友人が出来てからは本当に楽しそうに笑うようになった。

人格が変わっても八神はやては八神はやて。なら、今のはやても以前のはやてとなんの違いがあろうか。そう前向きに捉えることにしたのだ。

(でも、いつかはあの子達に別れの時が訪れる。出来れば、もう少し先であってほしいけど……)

喫茶店で会話に花を咲かせる少女達を陰から見つめながらアリアは願う。闇の書の起動がまだまだ先でありますようにと。あの少女達の笑顔がもう少し続きますようにと。

そんな、儚い願いを。






(……っ! 来た、か。無駄な願いだったかしらね)

時は六月四日、午前零時。ついに闇の書の起動、はやての覚醒の時が訪れた。

予兆はあった。昼間、はやてが今まで見向きもしなかった闇の書に興味を示した時は、なんとなく今日、明日辺りに来るんじゃないかなー? とアリアは第六感を働かせたものだ。

……まあ、はやてが闇の書を燃やそうとしたり、鈍器で叩いたり、煮たり、切ったり、車椅子で轢いたり、川に捨てた時は肝を冷やしたが。

(でも、とうとう来た。これで、守護プログラム達による魔力蒐集が始まる)

ネコの姿のアリアは塀の上で八神家内部から発せられる魔力反応に身震いしながら、これから自分達が行うべき任務を脳内で反芻する。

まずは蒐集を静観。次に、おそらくは介入してくるであろう管理局の捜査の妨害。蒐集が大詰めに入ったならば守護プログラム達を襲いその魔力を闇の書の糧とする。そして最後は、暴走を開始した直後に──

(はやてごと、凍結封印……)

もうこれは決定事項。それに、たとえ自分達が手を下さなくとも暴走を開始したならば、遅かれ早かれはやては管理局の次元空間航行艦船の砲撃で闇の書もろとも消滅してしまう。それならばいっそ自分達の手で葬ってあげるべきだ。

そうは思うものの、やはり長い間成長を見守って来た少女を手にかけるのは辛いものがある。

「はぁ……」

近いうちに起こる嫌な未来を想像し、アリアは我知らずため息をこぼす。と、そこに……

「アリア! この魔力反応、これって……」

「ロッテ……ああ、丁度交代の時間だったわね。ええ、あなたの想像通り、とうとう闇の書が起動するのよ」

アリアと同じくネコの姿のロッテが現れた。ロッテは今のアリアの言葉を聞き、クッ、と呻くと、八神家を正面に見据えてイヤホンを装着する。

「思ったより早かったね」

すでにイヤホンを装着していたアリアは、その言葉に小さく笑みを漏らす。

「そう思うのはあなたがはやてを大事に思っているからよ。実際にはいつ起動してもおかしくない時期に入っていたもの」

「……そうだったね」

「それより、今は守護プログラム達とはやての会話に集中しましょう。何か重大な情報を漏らすとも限らないし」

「流石にあいつらが出現したんじゃ迂闊に近づけないから、これ(盗聴器)の存在はありがたいよね」

そんな言葉を交わしながら、二人はスイッチを入れて内部の会話の盗聴を試みる。丁度闇の書が置かれていた部屋に盗聴器が仕掛けられているから聞き取れるはず、と意識を耳に集中するリーゼ姉妹。

声が聞こえてくる。鮮明な声が。

だが……



《む、言語回路にバグがあるようだ。でもまあいいっしょ。気にしない気にしない》

《我は盾の守護獣、ザフィーラ!……特技は、お手……伏せ……あとちんちん》

《血が飲みたいわ。はらわたをぶちまけましょうかしら》

《本当になんなんだよ、もうっ!》



そこから聞こえてくる音声は、なんだか予想してたのよりはるか上をぶっ飛んでいた……

「…………」

「…………」

二人同時に顔を見合わせたリーゼ姉妹は、一旦イヤホンのスイッチを切って深呼吸。ああ、空気がおいしい、と寒々しく笑い合った二人は、お互いの肩を肉球でポフポフすると、フェイントをつけるかのように勢いよくイヤホンのスイッチに手を伸ばす。



《あ、その前になんか飲み物もらっていいすか? 喉乾いちゃって》

《お前もう黙ってろ!》

《私も欲しいわぁ。赤いのが》

《お前も黙ってろ! あたしが全部説明するから!》

《我が名は……ザフィーラ! 特技は──》

《それはもういいっ!》



フッ、と笑ったロッテは、一拍置いてから空に向かって高らかに叫ぶ。

「なんなんだよ、これはぁーっ!?」

「ちょ、ロッテ、気持ちは分かるけど落ち着いて。聞こえちゃうから、ばれちゃうから」

思わずイヤホンを地面に叩きつけて叫ぶロッテをアリアはいさめるが、自分も叫びたい気持ちでいっぱいだった。

先ほどの守護プログラムのセリフではないが、本当になんなんだこれは。あり得ないだろう。これが守護プログラム? ふざけてるのかと言いたい。

「ああ、もう、あぁーっ!?」

「ちょ、アリア、アタシが悪かったから落ち着いて。聞こえちゃうから、ばれちゃうから」

抑えきれずについ叫んでイヤホンを地面に叩きつけてしまったアリアは、ハッと正気に返ると、落としたイヤホンをロッテの分も一緒に拾って再び塀に登る。その行動で幾分か気持ちは落ち着いたが、動揺は抑えきれていない。

「なに? なんなのこれは? 新手のドッキリ? 仕掛け人ははやて?」

「いや、だから落ち着きなって。なんで普段クールぶってるアリアの方が錯乱してるのさ」

その言葉にアリアは、いけないいけない、ビークールビークール、と再び深呼吸をして、ようやく落ち着きを取り戻す事に成功する。

「しっかし、確かにこれはおかしいよね。なんだろ、バグでも発生したのかな?」

「うーん、それはあるかもしれないわね。昼間にはやて、闇の書に色々と無茶やってたし。煮たり焼いたり」

「うぇ、マジ?……でもさ、仮にもロストロギアである闇の書にそんなことで影響を与えられるもんなの?」

「実際にあんなことになってるんだから、そういうことなんじゃないかしら」

うーん、としばらく腕を組んで考えていたリーゼ姉妹だったが、ここで考えていてもハッキリとした答えが分かるもんじゃない、という答えに辿りついたので、二人はまたイヤホンを装着して会話を聞こうとする。

が、スイッチに手をやったところでピタリと静止し、二人は視線を交差させてゴクリと盛大に喉を鳴らす。

「……正直、あいつらの声を聞くのが怖いんだけど」

「同感ね。またあんな狂った会話聞いてしまったら、今度こそイヤホン破壊してしまいそうだわ」

「でも聞くしかないんだよね」

「少しでも情報を得るためにはね」

ハァ、と二人揃って大きく息を吐くと、愛くるしいネコ目をカッと大きく開き、神よ我らを救いたまえ、とばかりに悲壮な覚悟を持ってスイッチに触れ……

スイッチ、オン。



《で、あなた達はこれからどうするんですか?》

《そりゃもちろん、魔力持ちの人間から蒐集を──》

《はい、ダメ。許しませんよ、そんなの》

《なんで!?》

《私は今の状態が気に入ってるんです。トラブルを持ちこまれるのは迷惑です》

《そんな……それじゃ、あたしらの存在意義が……》

《今回は運が悪かったと思ってください》



そこまで聞いたリーゼ姉妹は、やはり一旦イヤホンのスイッチを切って深呼吸。やれやれ、困ったもんだねまったく、といったジェスチャーを取った二人は、おもむろにイヤホンに手を伸ばしスイッチオン。



《ええ、これから一緒にこの家で暮らしましょう。なあに、存在意義なんてこれから探せばいいんですよ。戦いばかりの人生なんてつまらないでしょう?》



『そうきたか!』



[17066] 外伝 『リーゼ姉妹の監視生活 その四』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/22 22:41
はやてに異変が起きたと思ったら、今度は守護プログラムまでもがえらいことになっていた。さらに、はやては守護プログラム達による蒐集行為の一切を禁止し、自分がマスターである間は普通の人間のように平穏に暮らすことを守護プログラム達に誓わせた。

その様子をこっそり盗聴していたリーゼ姉妹は始めは色々と騒ぎ立てたものの、気持ちを落ち着けて思考に耽った結果……

「……取り敢えず、父様とこの事を話し合いましょう」

「それが妥当だね。アタシ達だけで考えてても仕方ないし」

という結論に至り、急ぎグレアムの居る本局へと戻ることにしたのだった。

守護プログラム達に転移反応を察知されないために離れた所で転移しようと、リーゼ姉妹はその場を離れようする。が、塀から地面に跳び降りたところでロッテは足を止め、ふと気付いたことをアリアに質問する。

「監視、どうしよっか。はやて放っておいて大丈夫かな?」

背中に問いを投げかけられたアリアは、何を言ってるんだこいつは、というような顔で後ろのロッテを見やる。

「守護プログラム達が付いてるんだから護衛という面では心配無いし、これ以上盗聴してても有益な情報は得られそうにないわ。そんなこと言われなくても分かるでしょう」

「いや、でも、あいつらバグってるみたいだしなんか不安なんだよね」

「一応、一人だけまともなのが居るようだから、そこまで心配する事も──」

ない、とアリアが言おうとしたその時、巨大な魔力反応が八神家内部に発生。次の瞬間、バゴォッ! と豪快な音が周囲に響き渡り、八神家の一角が大きく揺れた。

「…………」

「…………」

二人は無言でイヤホンを耳に装着し、スイッチを入れる。



《壁と床と家具の修繕費、体で払ってもらおうか》

《正直、すまんかった》

《まったく、今後は気を付けてくださいね》

《かたじけない》



そこまで聞いた二人はイヤホンをひき剥がし、視線を交わして頷く。

「アタシ、監視続けてるわ。父様の所にはアリアが行ってきて」

「了解。はやての身の安全は保障出来ないという事がよく分かったわ。というかどんだけバグってるのよ……」

額に汗を垂らしつつ再び塀に登るロッテを尻目に、アリアはバグりすぎの守護プログラム達に悪態を吐きながらグレアムの下へと向かうのだった。






時空管理局本局にあるグレアムの私室。そこではその部屋の主であるギル・グレアムがソファーに身を沈めて、眼前に展開した半透明のモニターを真剣な顔付きで凝視していた。

「…………」

凝視である。食い入るように見つめているのである。その様子はまるでのんきに平原を歩くインパラを草葉の陰から狙うガゼルのごとし。

時空管理局歴戦の勇士の通り名を持つグレアムがぎゅっと拳を握り締めながら見つめる長方形のモニター。そこに映るもの、それは……

『待って~、待ってよお姉ちゃ~ん。置いてかないでよ~』

『遅いわよスバル。早く来ないとゴハン先に食べちゃうんだから』

『うう~、いじわる~』

公園を歩く小さな二人の幼女であった。見た目、五、六歳くらいの。

「…………」

グレアムは見る。見まくる。穴が開くほどにモニターをガン見する。二人の幼女を。

やがて、妹が姉に追いついて手を握り合って帰宅する場面になった時、映像が途切れる。そこでグレアムは前のめりになっていた体をソファーに戻して脱力し、モニターを消しつつテーブルに置かれたカップを手に取ってコーヒーを一口すする。ふぅ、と一息ついたグレアムはカップをソーサーに戻すと、満ち足りた表情になって一言。

「やはり、幼女はいい……」

人に聞かれたら通報確実な言葉を呟いたグレアムは、映像に夢中で朝食を取っていなかったことを思い出すと、何か食べてこようとソファーから立ち上がり体を部屋の出入り口へと向ける。が、

「…………」

「…………」

そこには、汚物を見るような目をグレアムに向けたアリアが立っていた。

ザ・ワールド。時は止まる。

「…………」

「…………いや、違くて」

時が止まった世界で先に動き出したのは英国紳士グレアム。今回ばかりはレディーファーストとか言ってられないようだ。

「違うんだアリア。今の映像はだな、えーと、あれだ。ちょっとした用事でミッド西部に行ったんだが、帰りに寄った公園に綺麗な花が咲いていたからそれを撮影しようとしてな? その時になんの弾みか映ってしまったのだよ、幼女が。そう、偶然。すべては偶然の産物なのだ」

言い訳を並べ立てるグレアムを無表情に見返すアリアは、これまた無表情に口を開く。

「ごたくはいらないので、取り敢えず今の映像のメモリーを消してください。それですか? その通信端末に入ってるんですか? 今すぐ消してくださりやがれ」

思わず口調がおかしくなってしまうアリアだった。まあ、自分の主が犯罪一歩手前な行為をしていたのだから言葉も乱れるというものだろう。

対して、アリアに詰め寄られたグレアムはというと……

「はっはおいおい、何を誤解しているのか分からんが別にやましい事なぞこれっぽっちもないぞ。おおっと、そういえば私に何か用があって来たのではないのか? さあ、この紳士の中の紳士、キングオブジェントルマンに言ってみるといい」

アリアに奪われまいと携帯型の端末を後ろ手に隠し、さり気なくデバイスを展開して威嚇行動を取る。

ダメだこいつ、早く何とかしないと、と胸中でアリアは焦るが、すでに手遅れなような気がしたので諦めて話を進めることにした。どこまでもかわいそうな使い魔である。

「はあ、もういいです。……で、本題に入りますが、闇の書が起動しました」

「っ!……そうか、とうとう」

アリアの報告を聞き一瞬で真顔に戻ったグレアムは、後ろに隠した端末をこっそり秘密の小部屋に転送すると、アリアをソファーに促して自身も対面に座り、話を聞く態勢になる。

「報告はそれだけではあるまい。相談したいと顔に書いてあるぞ」

「流石は父様ですね。ええ、実は困った事になってしまいまして……」

「それは?」

問うグレアムに対して、アリアは少し前に第97管理外世界で見聞きした出来事を伝える。闇の書の起動から始まり、守護プログラムの様子がおかしいこと、そして、はやてが守護プログラム達に蒐集行為を禁止させたことを。

話を聞き終えたグレアムは、ふむ、とアゴに手をやり、しばしの間思考に没頭する。

「……アリア」

そうして思考に時間を費やすこと三分。焦れてきたアリアが口を開こうとした矢先、先手を打つようにグレアムがアリアの目を見据えて名前を呼び、そのまま言葉を続ける。

「アリアははやて君のことをどう思っている?」

「え?」

突然の問い掛けに戸惑うアリアだが、質問の意図がよく分からなくとも答えるべきだと察し、率直に思ったことを述べることにした。

「嫌いではありません。いえ、むしろ好意的な感情を向けています。今まで一人で暮らしてきたのに歪むことなく真っすぐ育ちましたし、弱音を吐かない強さも持ち合わせています。……ただ、内に溜めて吐き出さなかったせいで、人格障害を起こしてしまいましたが。でも、今のはやてもとてもいい子です。ロッテもあの子のことを気に入っていますし」

「……そうか。まあそうだろうとは思っていた」

頷いたグレアムは窓に顔を向けて目を細め、かつて一度だけ対面したことのある少女を思う。八神はやて。幼くして両親を亡くした悲劇の少女。闇の書に選ばれた主。強いが、儚い少女。

そして……

「……様子見だ」

視線を窓からアリアに戻したグレアムは甘い対応だと自覚しながらも、静かに、しかしハッキリと目の前の使い魔に告げる。

その言葉を受けたアリアは、思ってもみなかった主の返答に目をパチパチさせると不思議そうに聞き返す。

「様子見、ですか? 蒐集せざるを得ないような状況を作り出すのではなく?」

グレアムの闇の書に対する憎しみの深さを知っているアリアからすれば、様子見などという日和見(ひよりみ)な対応をするなど想定外であり、てっきり無理にでも蒐集をさせるように命令されると思っていた。ゆえに、今のグレアムの言葉が何かの間違いではないのかと疑ってしまったのだ。

だが、再度のグレアムの発言を聞き、アリアはそれが間違いではないのだと知る。

「そう、様子見だ。不服か?」

「不服、ではないですが……」

奥歯に物が挟まったようなアリアの物言いに、グレアムはフッと苦笑を浮かべると、カップに手を伸ばしてコーヒーを口に含む。そして、一息吐くと再びソファーに深く身を沈め、滔々(とうとう)と語り出す。

「私もな、メールのやりとりをしたりお前達から話を聞かされているうちに、あの子の事が気に入ってしまったのだよ。……性的にではないぞ? 純粋にだ」

余計な一言であった。

「それに、今回の件でますます気に入ってしまった。幼さゆえの純真さなのかもしれんが、人を傷つけることを嫌って蒐集を禁止させるとは、なんと素晴らしいことか。力を求めず平穏を求めるとは、それだけで尊敬に値する。だから、それゆえの様子見だ」

「確かにはやての決断は誰もが出来る事ではないでしょう。ですが、それでは闇の書の封印はどうするのですか? このままずっと様子見を続けるおつもりで?」

アリアの当然の質問に、グレアムは真っすぐ目を見つめ返しながら答える。

「いや、封印はいずれ行う。ただ、今はまだその時ではないというだけだ。そうだな……はやて君が成人したその時、または何らかの理由により守護プログラム達が蒐集を開始した時。そのどちらかが訪れた時に、私達は再び動き出すとしよう。監視は続けるが、それまでは静観に徹することにする。それでいいな?」

その決定にアリアは不満を唱えるはずもなく、グレアムの心変わりを大いに歓迎しながら答える。

「はい! 了解しました」

アリアは小躍りしたい気持ちを抑えつけて、退出するために立ち上がる。

あと約十年。たとえ将来凍結封印することが決定付けられていたとしても、はやてにはそれだけの未来が与えられた。本来得る事が出来なかった時間なのだ。これが喜ばずにいられものか。

そう心中でこぼしながら部屋の扉の前に立ったアリアは、ソファーに座ったままのグレアムに振り返って会釈をすると、うきうきとした足取りで部屋を出ていった。

「…………」

その様子を黙って見ていたグレアムは、アリアが退出したと同時に大きく息を吐く。

(成人するまで、か。まるで私がはやて君の生殺与奪の権利を握っているようで、気分が悪い)

しかし、時が来たらグレアムは容赦はしない。闇の書の凍結封印は決定事項であり、すでにその覚悟を固めているからだ。はやてがどれだけ人格者であっても、闇の書を野放しにしておくことは出来ない。復讐のために、これ以上闇の書の被害者を出さないために、絶対に封印する。

「済まない、はやて君……」

出来れば、殺したくはない。現段階で闇の書を破壊して彼女をただの少女に戻すという手もある。だが、それでは闇の書が再び転生して破滅を世界に撒き散らしてしまう。それだけは許せない。だから、彼女が主であるうちに封印するしかない。

グレアムは少女を犠牲にしなければ悲願を達成出来ない自らの不甲斐なさに、ため息を漏らす。

(誰も犠牲にせずにすべてが丸く収まる、などという奇跡が起きてはくれないものか)

あり得ない未来を夢想しても時間の無駄か、と再度ため息を漏らしたグレアムは、アリアの訪問のおかげで遅れてしまった朝食を取るために、重い足取りで部屋を出るのであった。






闇の書が起動し、守護プログラム達が出現してからもリーゼ姉妹の監視生活は変わる事はなかった。海鳴に滞在中は八神家に張り付いて監視任務に励み、本局に戻れば管理局の仕事に精を出す。世のニート共に見習わせたいくらいの働きっぷりであった。

それだけ精力的に働けば大きなストレスや疲れが出るというものだが、リーゼ姉妹にはそのようなものは見られなかった。

なぜなら、

「すいません、イクラと中トロおかわりです。五貫ずつ」

「嬢ちゃん、たまには他のも頼みなよ……」

「イクラと中トロです。あ、やっぱり七貫ずつで」

「……あいよ」

疲れが出たならば常連となった寿司屋で骨休めをし、



《さらにさらにこのロリコン、実は私に熱を上げているようで、頼みもしないのにゲームやらマンガやらを送りつけてくるんです》

《ぬう、とんでもないロリコンだな》

《ってことは何か? このロリコンの気分一つであたしらは路頭に迷うことにもなりかねないって訳か?》

《相手は悪魔も裸足で逃げ出すロリコンの中のロリコンだっぜ》



「……ブハッ! あっはははは! ロリ、ロリコン。ぷはっ、はひ~、はひ~。さ、流石はやて。鋭い観察眼をお持ちのようで。腹いて~。……これ、父様に聞かせたら面白いことになりそうだなぁ」

溜まったストレスは、元気なはやての姿を見たり八神家の幸せそうな声を聞いたりして発散させていたからである。

そう、八神家には笑いが溢れていた。まるで両親を失う前のにぎやかさが戻ったかのように、はやては笑い、怒り、喜ぶようになった。すべては守護プログラム達が現れてから。

リーゼ姉妹は、当初は様子がおかしな守護プログラム達に困惑していたが、はやてと家族同然に過ごす様になった彼女達を見て感謝の念を送るようになった。彼女達のおかげではやては以前にも増して笑うようになったし、時折見せていた寂しそうな顔を見せることが無くなったからである。

一ヶ月、二ヶ月と平穏なまま時間が過ぎていった。

だが、闇の書が起動して四ヶ月の時が過ぎた、十月の中旬。リーゼ姉妹が恐れていた事態が起きてしまった。

守護プログラム達が蒐集を開始してしまったのである。それも、はやてを伴って他の次元世界に転移して魔法生物を狩るという方法で。

彼女達が蒐集を開始した理由はすぐに分かった。守護プログラム達の会話を盗聴したところ、はやての足の麻痺が早いスピードで進行しており、それは闇の書がはやての体とリンカーコアを蝕んでいるためであり、それを治すには闇の書を完成させるしかない、ということであった。

リーゼ姉妹はその事実に驚き、また、それに気付かなかった自分を恥じた。一番身近に居る守護プログラム達でさえ気付かなかった事なのだが、二人はそんなことは気休めにもならないとばかりに自らを叱咤(しった)した。なぜ今まで気付かなかったのだと。

やがて、二人はそんなことを今さら悔やんでも仕方ないと気を取り直し、以前グレアムに命じられた任務を遂行することにした。蒐集行為を手助けし、管理局の介入を妨害し、最後に闇の書をグレアムと共に凍結封印するという、悲しい任務を。

二人の報告を受けたグレアムもその事実に驚いたものの、以前下した命令を撤回することなく凍結封印の準備を進めることにした。心中では、やはり苦悩が渦巻いていたが。

リーゼ姉妹が監視する中、はやて達の魔力蒐集は滞りなく進んでいった。闇の書のバグの影響か、蒐集した魔力が守護プログラム達に分配されたり、転移するたびに犯罪者の集団と鉢合わせたり、はやてが一人ドラゴンが跋扈(ばっこ)する次元世界に放り出されたりと、多種多様なトラブルがあったものの、蒐集自体は早いスペースで進んでいき、みるみるうちに闇の書のページは埋まっていった。

絶対的なピンチになったり管理局が介入してきたら姿を現そうと、リーゼ姉妹は陰から蒐集行為を見つめつつスタンバっていたのだが、拍子抜けしてしまうほどにスムーズに事が進んだ。

そうして守護プログラム達が魔力蒐集を始めてから一ヶ月半が過ぎ……それは起こった。



「……ねえ、アリア。あれって何だと思う?」

「……えーっと、化け物?」

岩場の陰に隠れているリーゼ姉妹の視線の先には、触手やトゲなどを背中に生やした巨大な四足の化け物が身を震わせて咆哮を上げていた。距離にして百メートルほどは離れているにも関わらず、リーゼ姉妹の目にはハッキリとその異様が目に映っている。それほどに、デカイ。

「一体、何がどうなってるのさ……」

ロッテは呆然としたまま怪物を見つめ、誰にともなく呟く。

今日、リーゼ姉妹は二人ともオフだということで揃って監視任務に赴いたわけなのだが、まさか転移した先でこんな事態に直面するとはカケラも思ってはいなかった。

始まりは眼鏡をかけた女性とはやて達との出会いだった。遠くからこっそり尾行していたリーゼ姉妹は、いつぞやのビッグサイトとかいう場所ではやて達と知り合った女性がこの場に居るのを見かけた時は、「こいつも魔導師だったのか、ふーん」程度にしか思っていなかった。

だが、あの女性が守護騎士が持つ闇の書に強い興味を示したのを見て、これは何かあると警戒を強めた。

そして、案の定だった。あの女性はしばらくはやて達と言葉を交わすと、いきなり闇の書に自分のデバイスから生やした触手をブッ刺したのだ。離れた場所に居たから声は届いていなかったので、あの女性が何のためにあんな事をしでかしたのか分からないが、不確定要素は取り除くべきだと判断し、リーゼ姉妹はあの女性を排除しようと岩陰から飛び出そうとした。

その時である、事態が急変したのは。

眼鏡の女性が持つ闇の書から光が溢れ、気が付いたらそのすぐそばに巨大な怪物が出現していたのだ。

その後、はやて達はその場から避難するために飛び立って離れ、リーゼ姉妹も大事を取って怪物から少し離れて様子を窺うことにしたのであった。

「あの化け物さあ、闇の書の中から出てきたように見えたんだけど、どうなってんの?」

「私に聞かれても困るわよ……」

「あの女、闇の書に一体何したの?」

「私に聞かれても困るわよ……」

岩壁に隠れたままリーゼ姉妹はあれこれと議論を交わすが、どちらも何が起こっているのかサッパリなので正確な答えが出てくるはずもない。

やがて、二人が不毛なやり取りに疲れを見せ始めた頃、前方の化け物がその体を大きく振るわせて動き出そうとした。それと同時に、はやて達が移動したと思われる場所からドーム状の結界魔法が展開され、怪物とリーゼ姉妹を包み込んだ。

さらに、それからすぐに守護騎士の一人が怪物の下にやって来て攻撃を加え始めた。

「なに? あいつらあの化け物を倒そうとしてるの? 確かに放っておいたら悪さしそうだけど……」

「ちょっと、ロッテ見てあれ。あの怪物、周囲の岩とか木とか取り込んでいってるわよ」

アリアが指差す先をロッテが辿ると、そこでは気色の悪い肉のような塊が蠢き、触れる物全てを貪欲に吸収してその体積を加速度的に増していっていた。

「うわ、本当だ。って、あれ? あの現象って前に見たことなかったっけ?」

「ええ、十一年前の闇の書事件。あの時にエスティアが闇の書に乗っ取られた際、内部があんな風になっていたわね」

「え? ってことは……闇の書が暴走してるってこと? あれ、それってやばくない?」

「やばすぎるわね。このままじゃこの次元世界そのものが危険……ん?」

「どしたのアリア? って、ええ!?」

事態の重要性に気付いたリーゼ姉妹は顔を突き合わせて打開策を考えようと頭をひねる、が、そこで二人は怪物に近づいてくる一団を見て驚きの声を上げる。

残りの守護騎士達はいい。眼鏡の女もいい。だが、その後に遅れて飛んできた人物は何なのか。黒い羽を生やし、銀髪を揺らし、騎士甲冑らしき衣服に身を包んだ少女は。

リーゼ姉妹はその少女に見覚えがあった。というか毎日のように顔を見ていた。そう、その少女の名は八神はやて。闇の書の主である。

「は、は……はやてがグレた……」

信じられない光景に思わずボケた事を言うロッテだったが、それにアリアは突っ込まず、冷静に状況を分析しようと頭を働かせる。そして、アリアはその明晰な頭脳から一つの答えを導き出すのであった。

「はやてはグレたのではないわ……魔法が使えるようになったのよ!」

「いや、そんなん見りゃ分かるから」

どうやらアリアも冷静に見えて割と混乱しているらしかった。

「でも、どうしてはやてがあんな素敵なことになってるのかな?」

「そんなの私が知るはずないでしょう……って、まさかあの子まで戦うっていうの?」

そのまさかであった。リーゼ姉妹が見上げる先では、杖と本を手にして怪物の上空まで移動したはやてが、今まさに魔法を使用せんと杖を天に掲げ、力ある言葉を唱えていた。

「デスボール!」

「……デスボール(死の球)だって。かっけー」

「……そう?」

掲げた杖の先から黒い球体が生まれ、次第に大きくなっていく。はやては成長が止まったその球を眼下の怪物に向けて解き放ち、怪物が展開したバリアにぶつける。それと同時に怪物の巨体を完全に包み込むまでに死の球は肥大化し、内に取り込んだものに破滅の力を浴びせる。やがて、その圧力に耐え切れなくなったのかバリアにひびが入り、ついには砕け散る。

「おお、すごいすごい。ねえアリア、はやてすごいよ」

「言ってる場合? 確かにすごいけど、はやて達だけに任せてられないわ。どうして闇の書が暴走してるのか分からないけど、あれを完全に消滅させるには私達も加勢するべきよ」

「いや、でもアタシらが入る隙なんて無いような気もするけど。ほら」

ロッテが示す先では、はやてに続いて眼鏡の女性がすでに攻撃を始めており、接近戦による連続攻撃でバリアにダメージを与えていた。次の瞬間には、強烈な蹴りの一撃によって二枚目のバリアが砕かれた。

さらに、続いて狼に変身した守護獣が口から怪光線を放ち瞬く間にバリアを粉砕。間を空けずに金髪の守護騎士が雷の魔法を発動し一瞬で四つ目のバリアを破壊した。

その後、小さな守護騎士が巨大化させたハンマーを叩きつけ続けることで怪物の再生を食い止め、その間に剣を持った守護騎士がドラゴンを召喚し、そのドラゴンと共に巨大な砲撃を再生途中の怪物に向けて放った。

「……確かに私達が入る隙なんて無いわね」

「パワーアップしすぎだよね、あいつら……あ、まだ終わりじゃないみたい」

二つの光の奔流に呑み込まれた怪物はその身を大きく削られるが、仕留めるまでには至らなかったようで、砲撃によって生まれた巨大なクレーターの中央に核のような黒い球が浮いていた。一瞬後、その球から再び化け物の肉体が再生され始める。が、先ほどのはやての魔法がその球体を包み込み、再生するそばから怪物の体を削り取っていく。

「おお、ついにとどめの一撃が入るみたい。頑張れ守護騎士~」

「なんだかすっかり観戦モードね……」

二人が見つめる先では、地面に降り立った剣を持った守護騎士が真竜クラスのドラゴンでさえ軽がると切り裂けそうなほどの魔力刃を形成しており、クレーターの中央に突撃する構えを見せていた。

そして、まばたきをするほんの一瞬で核に肉迫した守護騎士は、その手に持った漆黒の刃を容赦無く標的に突き刺し、粉々に破壊した。

「ベルカの騎士に挑むには……まだ足りん!」

「……あれ? あいつって一番変態的な奴じゃなかったっけ? なんであんなにカッコイイの?」

「空気を読んだんじゃないかしら?」

なにはともあれ、と一息ついたリーゼ姉妹は、全てが終わったようなので脱力して岩場に背を預ける。

「結局何だったのかな、あれ。闇の書の暴走っぽいけど、闇の書ははやてが持ってたし、おまけに魔法つかえるようになってたし、訳分かんないよね」

「そうよねぇ。詳しい事情を知りたいところだけど……あら?」

リーゼ姉妹が岩場の陰でこれからどうするかを話し合おうとした時、結界の一部が外部から破られ、中に一人の魔導師が侵入してきた。その侵入者の顔を見たリーゼ姉妹は、本日何度目になるか分からない驚きの声を上げることになる。

「クロスケ!? ってことは、管理局が嗅ぎつけて来ちゃってたんだ。まずくない?」

「まずいわね。守護騎士達はまだしも、はやての顔が見られたら父様の計画に支障が……」

が、二人の懸念はそのすぐ後に払拭されることになる。

金髪の守護騎士が結界を修復して他の局員の侵入を防ぎ、残りの守護騎士達がクロノを襲って気絶させ、記憶消去の魔法をかけたのだ。……記憶だけでなく、服も消えたが。

「ぶはっ! すっぽんぽん!? すっぽんぽんだよアリア! ちょ、見て!」

「クロノ……かわいそうな子」

その後、この場に居ても管理局に捕まるだけと思ったのか、はやて達は転移してこの次元世界を去った。それを見届けたリーゼ姉妹も、はやて達を追って転移することに決めた。どうやらはやて達は第97管理外世界に戻ったようなので、このまま監視を続けることにしたのだ。

「今なら盗聴すれば有益な情報が得られるかもしれないからね」

「今さらだけど、私達って立派なストーカーよね……」

「本当に今さらだよ」

立派な犯罪者であるアリアは、一つため息を吐いてから転移魔法を発動させるのであった。






海鳴に転移した二人はさっそく八神家に向かい、いつものようにネコの姿で塀に登ってイヤホンを装着する。

『やっぱここに戻ってたね。さてさて、あの場で起きた出来事が何だったのか、うまい具合に話しててくれるといいんだけど』

『そんな都合良くいくかしら?』

塀の上に並んで座るリーゼ姉妹は軽く言葉を交わすと、器用に手をイヤホンのスイッチに手を当て、同時にスイッチを入れる。

すると、予想通りはやて達の会話が聞こえてきた。……予想もしなかった、鮮烈な印象を持った会話が、鮮明に。



《いの一番に改変すべきは、はやて君の身体を蝕む呪いだね。これさえ消せば麻痺の進行が止まるどころか、はやて君の足は徐々に機能を取り戻していく。というわけでさっそく、ちょい、ちょい、と》

《おい、そんなんで本当に──》

《デリート完了、と。ん? ヴィータ君、どうかしたかい?》

《……なんでもねーよ》

《お次は防衛プログラムの生成だ。またあんなことがないように、ちゃんとしたセキュリティーを構築しとこう。ふんふーん……と、はい、出来上がり》

《お前、私が懸念していたことをそんなアッサリと……》



そこまで聞いた二人は、ギギギ、とブリキのようなもどかしさで首を隣の双子に向けると、耳に意識を集中させたまま念話を送り合う。

『……ちょっと待て、今こいつなんてった?』

『改変、そう言ったわ。この女、闇の書のプログラムを書き換えられるって言うの? 信じられない……』

闇の書に主以外の人間が無理にアクセスすれば、闇の書は主を取りこんで別の次元世界に転生してしまう。これは過去のデータにハッキリと残っていた。だからグレアムもリーゼ姉妹も闇の書自体に手出しはしてこなかった。いや、出来なかったのだ。なのに、この声の主、おそらくはあの眼鏡の女性は事も無げに改変したと言った。

『あり得ない、こんなこと』

アリアは半ば放心状態になるが、今、ここではやて達の会話を聞き逃すと絶対後悔するような気がしたので、気合で意識を引っ張り上げ、一言一句聞き逃すまいと全神経を耳に集中させる。

その結果、さらに信じられない言葉をリーゼ姉妹は耳にすることになる。


《さて、残るは無限再生機能と転生機能なわけなんだが──》


それは、闇の書の無限再生機能と転生機能の消去。これはつまり、もう二度と闇の書は再生と転生を繰り返すことは無くなったということである。

『……え? ってことは、え? ええ? つまり、ええっと、ア、アリア?』

『え、ええ。そういうことなんでしょうね。つまり、私達ははやてと闇の書を氷漬けにしなくてもいいということ。あの女がプログラムを書き換えたのならば、暴走して破壊の力を撒き散らすなんてことも無くなったでしょうし』

『そ、そうだよね。そういうことなんだよね……』

『ええ、そうよ。そういうことなのよ……』

『…………』

『…………』

『…………』

『…………』

しばしの間、二人は八神家の方を向いて黙りこむ。気持ちを整理しきれておらず、どんな反応をすればいいか分からないのだ。

そんな状態が五分ほど続いていたのだが、二人の沈黙を破るかのように近くで大声が響いた。

「超神田寿司、お届けにあがりましたー! てやんでい、バーロー!」

二人が声のした方を見ると、そこには大きな円形の容器を抱えた若い女性が八神家の玄関に立っており、家主が現れるのを今か今かと待っているようだった。

十秒ほどすると、はやてとポニーテールの守護騎士が扉から顔を出し、女性からその容器を受け取った。容器を運んできた女性ははやてから代金を受け取ると、きびすを返し八神家の門を抜けようとする。と、そこでその女性は塀の上に座る二匹の猫の存在に気付き、小さく笑みを浮かべる。

「寿司食いねえ」

女性は意味不明な言葉をネコに投げかけると、近くに置いていた自転車にまたがり、道路を爆走して去っていった。

ポカンとするリーゼ姉妹の耳に、イヤホンから「野郎ども! 寿司パーティーじゃー!」なんて楽しそうな声が流れてきた。

二人は再び顔を見合わせると、イヤホンを外して同時に地面に降りて、とあるお店に向かって歩き出す。

『……なんか、お腹空いたね』

『そうね。こんな時はやっぱりあれよね』

『うん、あれだよね』






ガラッ! と威勢よく扉を開けて、二人は見慣れた店内に入る。

「へいらっしゃい。へえ、お嬢ちゃん達が二人で来るなんて珍し──」

「おじさーん!」

「今日は!」

『寿司パーティーだっ!!』

「……元気が良いねぇ、嬢ちゃん達は」

その日、海鳴市のとある寿司屋では、笑い泣きしながら寿司を食べまくる双子の姿が見られたとか。























あとがき

はい、というわけで『リーゼ姉妹の監視生活』でした。

次回からまた本編に入ります。が、そろそろ本当に(A's編の)終わりが見えてまいりました。ペースを落とさないで続けていきたいところです。



[17066] 六十一話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/24 18:46
二回目のコミケ参加も紆余曲折あったものの無事に終わり、安堵の息を漏らしながら私達は帰宅した。が、そんな安心しきった私達の隙を突くように、その人物は再び私達の前に姿を現した。

ある時は私の生活援助をしてくれる足長おじさん。ある時は時空管理局のお偉いさん。また、ある時は幼女の天敵、ロリコンおやじ(もはや確定)。

その名も、ギル・グレアム。

使い魔のリーゼロッテさんとリーゼアリアさんを脇に従えた彼は、驚く私達に驚愕の事実を告げた。なんと、彼らは住居を私達の隣の一軒家に移し、今日から海鳴で生活すると言うのだ。

正直、なのはちゃんが実は魔法使いだったとか、今まで監視されていたとか、今日知ったどんな事よりも驚いた。というか、磯貝さんはマジでどうなったんだろう。磯貝龍三、享年六十三歳、なんてことになってはおるまいな。

まあ、引っ越してきてしまったものは仕方ない。なんのためにこっちにやって来たのかは知らないが、お隣さんならこれから幾度となく顔を合わせることになるだろうから、それなりに仲良くしてやってもいいかもしれない。

そんな事を思いつつ、私達はこの事実を粛々(しゅくしゅく)と受け入れることにした……のだが。

「…………」

ズルズル、ズズー、もぐもぐ、ごっくん。

「いや、うまい。これがそばか。初めて食べたが悪くないな。日本の食べ物は意外と私の口に合うようだ」

「父様、そばもいいですが、やはり日本と言えば寿司でしょう。今度一緒に食べに行きませんか? 美味しい所を知っているんです」

「おお、寿司か。あれは良いものだ。おっとそうだ、もしよかったらはやて君も一緒にどうかね? もちろん守護騎士諸君も連れて」

「父様、ナイスアイデア! ね、はやて。一緒に行こうよ。それがいい、そうしよう!」

「いや……あの……」

どうしてこうなった……という感じの神谷ハヤテです。





門の前でリーゼ姉妹のお二人方から引越しそばを受け取った私達は、笑顔を浮かべるグレアムさん達にお礼を言って愛しき我が家への帰還を果たした。

激動の一日を過ごした私達は帰宅と共にリビングのソファーに転がり込み、疲弊した肉体と精神に一時の休息を与えることにした。そうしてしばらくの間リビングで皆と一緒にゴロゴロして過ごし、一時間ほどしてから、それじゃあ夕飯にしますかと先ほどもらったそばを食べようとダイニングに移動したのだが、その時に来訪を告げるチャイムが鳴り響いた。

こんな時間にだれだろう? と玄関に移動して扉を開けた私の前に現れたのは、またもやグレアムさん達三人だった。

グレアムさんとリーゼ姉妹の三人は、「親睦を深めるために夕飯を一緒に食べようじゃないか」「それがいい」「そうしましょう」とこちらが言葉を返す暇もなく家に上がり込み、食卓に集ったヴォルケンズの皆に挨拶をして自分達もダイニングに入り込んでしまった。呆気にとられる私達をよそに、グレアムさん達は小さな食卓と椅子を隣の家から我が家のダイニングに転送してくると、私達の隣に座って勝手に食事を始めてしまったのだった。

追い出そうにもそんな雰囲気ではないので、私達は楽しそうにそばをすする三人を横目に同じようにそばを食べることにし、そして、現在の状況に至る、というわけなのだが……

『ハヤテ、なんなんだよこの状況は。なんでロリコンとその使い魔がウチでそば食ってんの?』

『一応、親睦を深めるため、というのが目的らしいのですが……』

『勝手に上がり込んで親睦を深めるも何もないと思うのは私だけかしら?』

『というかこの二人の女、我の食事の邪魔をしてきて激しく鬱陶しいのだが。しっぽ握ったり、耳引っ張ったり』

『その前になぜ貴様はそばを狼形態で食べているのだ。ぴちゃぴちゃとつゆを舐めてからそばを口に入れるとか、激しく食べにくいだろう。あと、つゆが鼻から垂れてるぞ』

『そば、うま』

当然、いきなりやって来て食事を始めた人達を歓迎できるはずもなく、私達はグレアムさん達をチラチラ見ながら念話で密かに相談し合うのであった。シグナムさんだけは我関せずといった具合に一人黙々とそばをすすっているが。

『しっかし、妙に馴れ馴れしいよなこいつら。特にハヤテに対してはまるで自分の孫か妹みたいな感じに接してるし。初対面なんだよな?』

『ええ、今日初めて会いました。まあ、グレアムさんとはメールでやり取りしてましたし、使い魔のお二人はかなり前から私のことを監視していたようなので、親近感でも湧いてるんじゃないでしょうか?』

それにしてはやけに親しげな気もするけども。特にリーゼロッテさん。彼女、事あるごとに私に話しかけてくるんだよな。私は人見知りする方ではないが、初対面の相手にこれだけ押されたら流石にタジタジになってしまう。悪い人ではないと思うんだけど……

「ほらほら、もっと食べなよ。そんなんじゃ大きくなれないぞ~。アタシの分も分けてあげよう」

「あはは、どうも……」

馴れ馴れしいというか押しが強いというか、なかなか合わせるのが難しい人なんだよな。反面、リーゼアリアさんはそこまで押せ押せな感じではないから助かるけど。でも、初対面なのに本当に親しげに接してくるなぁ、この人達。距離の詰め方が半端ないって。まずはお互いの事をよく知ってから少しずつ近づくもんだろうに。突き放すという手もあるが、好意的な態度を向けてくる相手にそれをするのは抵抗があるしなぁ。うーん、どう接したらいいものか。

「……ええい、鬱陶しいわこのネコ共が! 我から離れろ!」

「あら、ごめんなさい。良い毛並みをしていたものだからつい」

「あっははー、おーこったー」

なんて思っていると、とうとう我慢ならなくなったザフィーラさんが身体をいじっていた二人に向かって一喝した。叱られた二人はいじるのを止めるものの、反省の色が見られない顔で再びそばをすすり始める。いい度胸してるなぁ。

「コラコラ、二人とも。あまり失礼なことはせんようにな。いやすまんな守護獣君。うちの娘達が粗相をしてしまったようだ」

「……ふん、今後は気を付けてほしいものだ」

見兼ねたグレアムさんが二人をいさめて、ザフィーラさんに謝罪する。……って、娘? 使い魔じゃないの?

「あの、そちらのお二人はグレアムさんの娘さんなんですか?」

気になって思わず質問してしまった私に、グレアムさんはそばを食べるのを中断して答えてくれる。

「ふむ、使い魔でもあり娘でもある、といったところかな。長年共に暮らしてきたからすでに家族同然なのだよ、この子達と私は」

「へえ、そうだったんですか。……あの、失礼かとは思いますが、グレアムさんのご家族は他には?」

「居ない。私の家族はこの子達だけだ。それでも十分幸せだがね」

そう言ったグレアムさんは、両隣に座るリーゼロッテさんとリーゼアリアさんの頭に手を乗せて優しげな笑みを浮かべる。

「ちょ、父様、こんな人前でよしてください」

「流石に恥ずかしいって……」

頭をなでなでされた二人は顔を赤くしてうつむくが、頭に置かれた手を振り払うような真似はせずされるがままになっている。……見た目、若い女をはべらすエロオヤジみたいだが、グレアムさんは純粋に家族を大事にしてるんだろうな。隣の二人の様子を見ればよく分かる。ただのロリコンではないということか。

「……っと、そうだ。実は今日ここに来たのは親睦を深めるためだけではなくてな。謝罪をしに来たのだ。こんな場で失礼だとは思うが、もう一度謝らせてほしい」

食事を開始して十五分ほど。皆がそばをほとんどお腹に収めた頃、グレアムさんが立ち上がって突然そんなことを言ってきた。

謝る、というと、やっぱりアレか? 私を闇の書共々氷漬けにしようとしていたことか? 数時間前に許すって言ったばかりなのに、そう何度も謝られたら困るんだけどなぁ。

「済まなかった、はやて君。それに、守護騎士諸君。未遂とはいえ、私のやろうとした事はそう簡単には許されるものではないだろう。しかし、謝らせてほしい。済まなかった」

「ごめんなさい、はやて。私達も謝るわ。今まで監視していた事も含めて」

「ごめんね、はやて」

グレアムさんに続いて隣の使い魔の二人まで頭を下げてきた。だから困るっていうのに……

「頭を上げてください。先ほど申しましたように私はあなた方を恨んではいませんし、監視されていたことなんて今さらどうだっていいんです。すべては済んだことなんですから、気に病むことなんてありませんよ」

「……違うんだよ。それだけじゃないんだよ」

はい? それだけじゃないって……他に何かあっただろうか? グレアムさん達が私にしてきたことと言えば……ダメだ、思いつかない。 

「それだけじゃないとは、どういうことです?」

首を傾げる私に、グレアムさんは沈鬱な表情でぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。

「実は、はやて君が両親を亡くしてから、私はここの近隣の住民と、病院や福祉施設といったはやて君に関係する施設の人間に認識阻害の魔法をかけたのだよ。はやて君が一人で生活していても違和感を持たれないようにとね。それと、はやて君に近づきすぎないように暗示のようなものもかけさせてもらった」

……なるほど。だから私(とはやてちゃん)が一人暮らししてても通報されたり保護されたりしなかったわけだ。隣の磯貝さんなんて私が一人暮らししてるの知ってるはずなのに「お使いかい? えらいねぇ」なんて言ってたからな、昔。あの時はボケてるだけなのかと思ったけど、そんな理由があったなら納得だ。

でも、グレアムさんはなぜわざわざそんなことをしたんだろうか。闇の書の主は他人と親しくなっちゃダメなのか?

「あなたは、なぜそんなことを?」

「……本当に、私事的な都合で申し訳ないのだが、闇の書の主が孤独であるならば、主が居なくなった時に悲しむ人間が居なくて済むと、そう思ったのだ。……言い訳はしない。どうか、好きなだけなじってくれ。殴ってくれてもいい。むしろ殴ってくれたまえ」

グレアムさんはさらに深く頭を下げ、まるで私に罵倒を浴びせられることを望んでいるかのようにその場を動かない。

……困ったな。本当に困った。他人を諭すってのはあんまり趣味じゃないんだけどな。それがこんな年上だっていうなら尚更だよ、ああもう、まったく。困った人だ。

「グレアムさん、それにリーゼロッテさんにリーゼアリアさん。もう一度言いますが、頭を上げてください。私はあなた方を悪く言うつもりはありませんし、手を上げるつもりも毛頭ありません」

「しかし──」

何か言おうとするグレアムさんの言葉を遮り、私は続ける。

「確かにグレアムさんのしたことで不都合は色々ありましたが、過ぎたことです。それに、グレアムさんは悪い事だけでなく良い事も十分してくれているでしょう? 資金援助や資産管理、私のお願いもたくさん聞いてくれたじゃないですか」

「それはせめてもの罪滅ぼし──」

「罪は滅ぼされました。そしてこれから償うなんてことも結構ですから。管理局のデータを改竄してくれただけで充分すぎるほどです」

「……済まない」

「これが最後です。頭を上げてください、そして謝らないでください。これが聞けないなら、私怒っちゃいますよ?」

「……ああ。では……ありがとう、はやて君」

ようやく頭を上げたグレアムさんは、頬に一筋の涙を流しながら私に微笑む。隣の二人も頭を上げ、瞳を潤ませてお礼の言葉を私に投げかける。

……ああ、柄にもないことしたから恥ずかしいことこの上ないよ。それに、私こんな偉そうなこと言える立場じゃないのになぁ。

なんて密かに悶々としていると、私に顔を向けていたグレアムさんがヴォルケンズの皆に向き直って、一人一人の目を見ながら語りかけた。

「はやて君の気持ちは分かった。だが守護騎士諸君はどうかな。君達は我々に何か言いたいのではないかな?」

グレアムさんに問い掛けられた皆はそれぞれ顔を見合わせると頷き、軽い調子で彼に言葉を返す。

「ハヤテがもういいって言ってんだから、あたしらがどうこう言ってもしょうがねえだろ」

「そういうことね。ま、反省してるんならそれでいいわよ」

「私達は主の決定に従うのみだ」

「それでもどうしても許してほしいと言うのなら、ホネッコとモンピチャゴールデンを献上するのだな」

「それともっと金くれロリコン。ウチら全員が一生遊んで暮らせるくらいな」

「シグナムさーん!? あんたなんて事言ってんですか!」

今でも充分もらってるってのに、まったく。それにロリコンって……いや、これは別に問題無いか。

「はは、そうだな。では、はやて君の口座に振り込んでおくとしよう」

いい!? あんたもなに言ってんだよロリコン!

「け、結構です。これ以上いただいたらこちらが罪の意識に苛まれそうですし。というか、すでにもらいすぎな気もしてるんですが。グレアムさん、あなた自分の蓄えは大丈夫なんですか?」

「ん? ああ、こう見えても私はかなりの高給取りだからね。管理局歴戦の勇士の通り名は伊達ではないよ。それに、つい先日退職金をガッポリせしめたから老後も安泰というわけさ」

歴戦の勇士、だと? このロリコンが? 管理局は大丈夫なのか? って、それより今退職金って……

「お仕事、辞められたんですか?」

「そういうことだ。私ももういい年だからそろそろかなと思ってね。ちなみにアリアとロッテも辞めている。自主退職とはいえ、私達三人は管理局に相当貢献してきたから退職金も破格だったよ。いや、笑いが止まらないね」

はっはっは、とさっきまでのしおらしさはどこへやら。グレアムさんは声高らかに二人の使い魔と笑い合う。……まあ、しょぼーんとされてるよりはいいけどね。

「……ふう、それではそろそろ退出させてもらうよ。いつまでもお邪魔しているわけにはいかないからね」

「あ、はい。おそば、ごちそうさまでした。美味しかったですよ」

笑い過ぎて疲れたのか、肩を上下させながらそう言ったグレアムさんはリーゼアリアさんとリーゼロッテさんを伴って部屋を出て行こうとする。

っと、ドアを開けて廊下へ出る直前、リーゼロッテさんとリーゼアリアさんが私の方を振り向いたかと思えば、こんな事を言ってきた。

「はやて。アタシらのこと、愛称で呼んでくれたら嬉しいんだけど、ダメかな?」

「この子はロッテ、私はアリア。はやてにはそう呼んでほしいの」

愛称、か。会って一日しか経っていない相手を愛称で呼ぶのは失礼な気もするけど、相手が呼んでもらいたいって言うんなら構わないだろう。それに、私もこの人達のこと嫌いじゃないし。

「えと、それじゃ……ロッテさん、アリアさん。今後はこう呼ばせていただきますね?」

「……う~」

おや? なんかロッテさんの様子がおかしいな。いったいどうしたん──

「はやて、大好きだー! 結婚してくれぇー!」

「ちょっ、ええ!?」

うつむかせていた顔をバッと跳ね上げたロッテさんはいきなり私に向かって突進してきて、さらに車椅子から私を抱きあげて熱い抱擁をカマす。そしてとどめは……

「いただきまぁーす!」

「っ! うおおおおぉっ!?」

私の口目がけての速射砲の様なキッス。ギリギリで顔を横に向けたからマウストゥマウスは避けられたものの、ほっぺに強烈な一撃をもらってしまった。

「おいおーい、避けちゃダメじゃん」

「無茶言うな! いや、それより離してください! ちょ、誰かこのアホを止めてぇー!」

身体をねじってもほっぺを引っ叩いてもビクともしない。しかも奴は第二射を放とうとこっちの口に狙いを定めてやがる。い、嫌だ。こんなところで大事なファーストキスを失いたくない。しかも相手が女とかどんな罰ゲームだ。ああ、もう発射体勢に入ってる。ダメだこりゃ。父様、母様、先立つ不孝をお許しください……

「ひゃっはー! いただきま──」

『やらせるか!!』

「……え?」

ロッテさんの顔が目前に迫った瞬間、私は死を覚悟した。が、いくら待てども唇に何の感触も訪れない。恐怖に細めていた目を開けて周りを確認して、私はやっと現在何が起こっているのかを理解した。

ロッテさんの顔にシグナムさんの剣が、お腹にヴィータちゃんのハンマーが、両脇にそれぞれザフィーラさんの拳とシャマルさんの放った猟犬の牙が突きつけられており、その動きを完全に封じ込めていたのだ。さらに、いつの間にか私の身体はリインさんに抱えられて安全圏へと退避させられていた。

「あたしらヴォルケンリッターはな」

「主の全てを守る者なのよ」

「たかが接吻。されど接吻」

「有象無象にくれてやるわけにはいかないんだな~、これが」

「ふっ、そういうことだ。疾く消え失せろ、雑種」

……ああ、皆、私信じてたよ。きっと助けてくれるって。一瞬絶望しちゃったけど信じてたったら信じてた。やっぱり皆は私の騎士だよ。

「……く、ここは退くしかないか。でも覚えてろよ。いつか第二、第三のアタシがはやての唇を奪いに──」

「はいはい、帰るわよロッテ。あ、お騒がせしてごめんなさいね」

皆に囲まれて身動きできないロッテさんの首根っこを掴み、ほほほと笑いながらアリアさんが出口まで引っ張っていく。そして、ドアを抜けて廊下で呆れた顔をするグレアムさんと合流すると、

「ではまたな、諸君」

「明日からお隣さん同士、仲良くしましょう」

「バイビ~」

それぞれ手を振って隣の自分達の家(元磯貝さん家)へと帰って行った。

……なんというか、台風の様な人達だったな。最後の最後でとんでもなく疲れたよ、まったく。

「それにしても、皆さん。危ないところをありがとうございました。今世紀最大の危機でした」

「一発目は防げなかったから偉そうなことは言えないけど、無事でなによりだぜ、ハヤテ」

いやいや、それでも助かった事には変わりない。感謝感激だ。……にしても、ロッテさんとの付き合い方を考え直さなければいかんな。取り敢えず二人っきりになるのは絶対止めとこう。

「ん? おーい、主~。ちょっとこれ見て~」

リインさんにグレン号まで運んでもらって丁度私が腰を下ろした時、シグナムさんが私を呼びつけた。何だろう? とそちらに目をやると、そこではシグナムさんが食卓の上に貼られた謎の紙を指差していた。私達の食卓ではなく、グレアムさん達が使っていた食卓だ。

「持って帰り忘れちゃったんですね。それで、その紙はなんなんです? おや、何か書いてありますね」

シグナムさんの近くまで移動した私は、彼女の隣に停止して貼り付けられた紙に書かれた文字を読む。そこにはこんなことが書かれていた。


【これからたまにここで夕食食べるから、この食卓と椅子捨てないで。捨てちゃいやん by グレアム一同】


「…………え、マジ?」

これからさらに騒がしくなりそう。そんな予感がした夜だった。





それから三十分後。


ピンポーン!

「へーい! はやて~、お風呂一緒に入ろ~! 胸揉んでもいいよ~」

「ハイ喜んでぇっ!」

「待てハヤテ、これは孔明の罠だ」






さらに一時間後。

「おやすみなさ……あれ? なんか忘れてるような」

…………あっ、盗聴器!

まさか、まだ盗聴してたりしないよな……



[17066] 六十二話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/08/30 13:04
今日は12月31日、大晦日。一年の最後の日。

世間では年越しだなんだと騒がしい一日になるのであろうが、我が八神家にとってはさして注目するほどの一日ではない。なぜなら、私以外で今日という日を気にする人間が居ないからである。大晦日? 何それ、美味しいの? てな感じなので、皆は普段と変わらず朝からゲームをやったりマンガを読んだりして過ごしている。

が、純日本人の私としてはそれではあまりにも寂しすぎるので、せめて僅かなりとも雰囲気を味わいたいと思い、スーパーでお餅を買ってきてシャマルさんにお雑煮を作ってもらう事にした。

「お雑煮? うーん、作った事無いけど、レパートリーを増やすのも悪くないわね。なにより、ハヤテちゃんのお願いは断われないし」

と、私の頼みを快く聞いてくれたシャマルさんは、私からスーパーの袋に入ったお餅を受け取ると料理本を片手に初のお雑煮作りに挑むのであった。

「さぁーて、まずは何から切り刻もうかしら。……この赤々としたニンジンがいいわねぇ。ズタズタにしてやるわ!」

で、毎度のごとくキッチンのうるさい叫び声をBGMに皆とゲームして過ごす事一時間。

「完成よ! 香り、味、見た目、全てがエクセレント! 私って料理の天才ね。褒めるといいわ!」

「はいはい、スゲー、スゲー。お、マジで美味そうじゃん」

初めて作ったとは思えないほどに美味しそうなお雑煮がシャマルさんの手によって作りだされた。と言っても、シャマルさんの作る料理はどれも最初から外見だけは良いのだが。問題は味の方なのだ。

「さて、出番ですよシグナムさん。毒味をお願いします」

「任せるがよろし。俺の胃袋は宇宙だ」

シャマルさんの料理に慣れたとはいえ、そんな私達でもたまにレインボーになってしまうような料理が作られる事があるので、初めて食べる料理が出される時はいつも鋼の胃袋を持つシグナムさんに毒味をお願いすることにしている。ちなみにこの行為はシャマルさんに見付かるとすねられてしまうのでこっそりと行われる。

今回のお雑煮、果たしてそのお味は!?

「ねればねるほど色が変わって、へっへっへ……うまい!」

どうやらシグナムさんのお墨付きが出たようだ。これなら安心して食べられる。ねればねるほど色が変わるのはいただけないが、まあ食べられれば何でもいい。

というわけで、本日の昼食はお雑煮に決定。皆で美味しくいただくことにする。

「いただきまーす。あ、ザフィーラさん気を付けてくださいね? 餅を食べた犬がノドにつまらせて死んじゃうって、結構あるそうですから」

「ふん、我をワン公程度と一緒にしてもらっては困るな。我は誇り高きウルフ。そんな無様を晒すなどあり得ん。はむ……むぐ?……ぐっ……もち……のど……」

「おい盾の守護獣。舌の根も乾かぬうちにとんだ醜態を晒してるぞ、貴様」

どうやら本当に餅がノドにつまってしまったようで、ゴロゴロと床を転がって苦しそうに呻いたり、ピョンピョン跳ねて衝撃で無理矢理奥に流そうと試みたりしている。が、それでもつまったままらしく、今はもうザフィーラさんは限界寸前の様子。あれ、マジでこのまま昇天しちゃうんじゃね?

「ボールは友達」

しかし、あわや冗談みたいな死に方をするかと思われたその瞬間、ザフィーラさんの目の前に救世主が現れた。

それは、とあるサッカー選手のユニフォームの騎士甲冑を見に付けたシグナムさんだった。

「タイガーショット! でぃやあああああ!」

「き、貴様……ゴフゥッ!」

彼女は小学生ならば誰もが真似したであろうシュートをザフィーラさんの鳩尾(みぞおち)にめり込ませ、彼をボールよろしく蹴り飛ばす。すると、華麗に空中を吹き飛ぶザフィーラさんの口からよだれにまみれた白い物体が飛び出したではないか。流石タイガーショット。子ども達を熱くさせた必殺シュートは伊達じゃないな。

感心しながら飛び出した餅の行方を目で追っていると、それはキラキラときちゃない液体を光らせつつ綺麗な放物線を描いて宙を舞い、見事シンクに置かれた三角コーナーにゴールインしてしまった。シグナムさんならオランダユースなんて敵じゃないかもしれん。

「まったく、犬の分際で世話を焼かせおって。……さて、餅、餅と」

シグナムさんは地面に倒れてピクピクしているザフィーラさんにとどめとばかりにゲシッと蹴りを喰らわせると、自分の席に戻ってお雑煮をもちゃもちゃと食べ始める。……一応、後で食べられるようにザフィーラさんの分のお雑煮は残しておいてあげようかな。

「今の光景を見て誰も突っ込まない事に突っ込みたいんだけど」

だらーっと力無く床に寝そべるザフィーラさんを尻目に食事を再開すること一分、とうとう辛抱出来なくなったのか、突っ込み好きのヴィータちゃんが動かしていた箸を止めてそんな事を言ってきた。

「いや、突っ込んだら負けかなと思いまして」

「まあ、シグナムの奇行に全部突っ込み入れてたらきりが無いけどよ。あー、でも、皆が突っ込まないならあたしが突っ込めばよかったなぁ」

「スルースキルが鍛えられてよかったじゃない」

「あたしは突っ込みが好きなんだよ」

こやつ、今までそれとなく否定してきたのについにカミングアウトしおった。すでに周知の事実だから特段驚く事でもないが。ボケ=シグナムさん、突っ込み=ヴィータちゃんの図式は八神家では不動のものとなっているしね。ごくたまに入れ替わったりもするけど。





食事も終わりを迎え、食後のゆったりとしたひと時をリビングで過ごしていた私は、昨日なのはちゃんからメールをもらったことを思い出し、その旨を私と同じようにリビングで休んでいる皆に伝えることにした。

「ああ、そうそう。言い忘れてましたが、今日は私のお友達が家に遊びに来ることになってます。少々騒がしくなるかもしれませんがそこはご勘弁を」

その私の言葉に一番に反応したのは、いつものようにパソコンを占拠して怪しげなサイトを開いていたヴィータちゃん。彼女は椅子を回転させてソファーに座る私に向き直ると、不思議そうな顔をして聞いてくる。

「へえ、珍しい。ハヤテが家に友達呼ぶなんて初めてじゃね?」

「家族構成とか色々不自然ですから今まで呼ぶのは遠慮してたんですけど、今日来る子達は事情を全て知っているのでいいかな、と思いまして」

「事情って……ああ、一昨日戦った奴か。そういや遊びに来るとか言ってたな」

そう、今日はなのはちゃんとフェイトちゃん、それにアルフさんが我が家にやって来るのだ。今は冬休みだし年末と言っても昼間は時間が余っているから遊びに来たい、と昨夜なのはちゃんからメールが届き、断る理由が無い私は速攻で了承のメールを送ったのだった。

「今日来るのはあの場に居た二人の女の子とその使い魔さんだそうです。ヴィータちゃんともお話したいそうですよ? なんでもお友達になりたいとか」

「と、友達? あたしと? い、いや、いいよそういうのは。ハヤテだけで十分だって。それに、話が合うかも分かんないし……」

「そう言わずにお話してあげてください。フェイトちゃんとはこの前楽しそうに戦ってましたし、もう一人の子とも気が合うと思いますから絶対に良いお友達になれますって」

「そうそう。ロリッコは友達少ないんだから今の内に作っておいた方がいいんじゃな~い? 今のままじゃ将来孤独なヒッキーになっちゃうっすよ」

渋るヴィータちゃんを説得していると、ゲームやりながら話を横から聞いていたシグナムさんが割り込んできた。……しかし、援護してくれるのはありがたいが、神経を逆なでするよう発言は控えてほしいものだ。……事実だけども。

「ほ、ほーう。そんなことを言うからにはお前にはさぞかし友達がたくさんいるんだろうなぁ?」

シグナムさんに将来を心配されたヴィータちゃんはその物言いが気に入らなかったのか、こめかみをピクピクさせるとシグナムさんを睨みつけて彼女に反論する。が、彼女は余裕しゃくしゃくな表情でヴィータちゃんを見返し、得意気に答える。

「え、居るよ。よく外で一緒に遊ぶ近所のガキ共がざっと二十人、ランニング仲間が十人、ゲーセン仲間が十人、ドナ〇ド教徒達が三十人、ブルーの世界で知り合った小粋なドラゴン達が三十匹。ああ、それと今日来る小娘達ともすでにダチの間柄なんだが?」

「……ぐっ、そういやこいつ意外と知り合いが多いんだった。友達百人とか化け物かよ」

シグナムさんに見下されたヴィータちゃんは打ちひしがれたようにうつむいて悔しそうに呻く。というか、ヴィータちゃんは悔しがってるけど今言った中でまともな友達がどれだけ居るんだろうか。それと教徒って何だ。

疑問に思う中、ふと今のセリフを聞いて忘れていた事を思い出した。聞こう聞こうと思っててすっかり忘れてたけど……

「そういえばシグナムさんって、なのはちゃんとかフェイトちゃん、それにあのフェレットの子とかとも知り合いのようでしたが、どうやって知り合ったんですか?」

「……色々あったのだよ、色々と」

意味深にそう言ったシグナムさんはフッと笑うと、視線を私とヴィータちゃんからテレビ画面へと移し、ポーズ状態で止めていたゲームを再開して意識をそちらに向ける。……これ、絶対説明するのが面倒くさいから適当にはぐらかしただけだ。

「……決めたぜハヤテ。あたし、今日来る奴と友達になる。シグナムに馬鹿にされたまま終われるか」

と、そこでうつむいていたヴィータちゃんが顔を上げ、決意を秘めた瞳を私に向けてくる。理由がしょうもないけど、仲良くなってくれるなら別にいっか。フェイトちゃんは分からないが、なのはちゃんとヴィータちゃんだったら絶対に親友になれるだろうし。オタクだから。

「そう言ってくれると助かります。ヴィータちゃんには私以外の友達が必要だと思ってましたからね」

「主がマル助のことを忘れてる件について」

「ヴィータちゃんには私とマルゴッドさん以外の友達が必要だと思ってましたからね」

「こやつ、やりおるわ……」

別に忘れていたわけではないよ? わざわざ言わなくともいいかなーって、そう思っただけなのだから。うん、本当に。嘘ではない。いや、マジで。

「……そっか、ハヤテにまで心配かけちまってたか。あたしが将来孤独なヒッキーになっちまうんじゃないかって。でも安心してくれ。あたしがその気になれば友達の一人や二人あっという間に作れるってことを証明してやるよ」

なにやらやる気満々の様子のヴィータちゃん。この意気ならなのはちゃん達ともあっという間に仲良くなれるだろう。

「大きなお友達ならたくさん作れるんじゃニャい?」

「そんなんいるかボケッ!」

今日も変わらずヴィータちゃんは元気でよろしい。






ピンポーン!

「お?」

午後二時少し前、八神家内部に無味乾燥なチャイムの音が響き渡る。その音を聞いて、いまだにパソコンの前から動こうとしないヴィータちゃんがグレン号に座ってPSPで遊んでいた私に振り返る。

「友達、来たんじゃね?」

「約束の時間より少し早いですが、たぶんそうでしょうね。あ、私が出ますから皆さんはそのままでいいですよ」

ヴィータちゃんにそう返した私は、手元のPSPの画面に映るミクに別れを告げてゲームの電源を切り、ヴィータちゃんの横を通り過ぎて玄関に向かおうとグレン号を操作……しようとしたのだが、その際に目に入ったパソコンの画面を見て急停止する。

別にえっちい画像とか怪しげな動画が映っているわけではない。映っているのはただのネット通販のショッピング画面。

しかし、問題が一つだけあった。それは──

「ヴィ、ヴィータちゃん。それって……」

「あっ! い、いや、違うんだ。これは、その……」

映っている商品が、PCゲームだった。それも、マブ〇ブの最新作。これ、これって……

「18禁じゃないですかあぁぁっ!?」

「え、ええっと、その、なんだ……」

私から目をそらしたヴィータちゃんは気まずそうに言いよどむが、何を思ったか再び私に目を向けてマントを払うような動作をすると、瞳に鳥の様な紋章を浮かび上がらせて声高に叫ぶ。

「全力で見逃せ!」

「イエス! ユア、マジェスティ! って、ダメに決まってるでしょうが!」

「チィッ」

信じられない。ヴィータちゃんが、こんな……こんなエロリストだったなんて! 

「ヴィータちゃんにはまだ早すぎます。もっと大きくなってから買うべきです、こういうのは」

「いや、あたし一生この大きさなんだけど」

「な、ならば18歳以上になってからです。R18という文字の意味を考えてみてください、まったく」

「いや、あたしとっくに18超えてんだけど」

ぐっ、ああ言えばこう言う。そんなにえっちいゲームがやりたいのかこの子は。いかん、いかんぞ。このままではヴィータちゃんがエロの世界へと旅立ってしまう。そんなのお母さん許しませんよ!

「大丈夫だって、ハヤテ。調べてみたところ、エロいシーンはオマケシナリオだけみたいだから普通のシナリオだけプレイしてれば問題ナッシングだし。それにだ、初回限定版には付いてくるんだぜ……おっぱいマウスパッドが」

「お……おっぱいマウスパッド、だと?」

……ごくり。

「おっと、お客様を待たせるわけにはいきませんね。早く応対に出なければ」

「こういう主の姿を見てると泣けてくるな」

リインさんが何か言っているがよく聞こえないな。しかし、マ〇ラブ最新作か。エッチくないなら私も後でプレイしてみるか。またあの世界の物語が見れるなんて、ag〇も粋なことをしてくれる。

ピンポーン!

「はーい、今行きまーす」

再度の呼び出し音に後押しされるように速度を上げて玄関に向かう。華麗な操縦さばきで廊下を疾走しあっという間に玄関に到達した私は、扉の前で待っているであろうなのはちゃん達を迎え入れるために最高の笑顔を浮かべ、勢いよくドアを開ける。

「ようこそいらっしゃいまし──」

「やあ、君の愛しのおじさん、ギル・グレアムだよ」

「こんにちわ、さようなら」

バタン。

最高の笑顔のまま扉を閉める。そのまま鍵をかけてリビングに戻ろうとしたのだが、扉の奥から「おーい、この扱いは酷くないかい? 泣いてしまうよ私?」と悲しそうな声が聞こえてきたので、仕方なくドアを開けて用件を伺う事にした。

「ご用件をどうぞ。手短に」

「はやて君、それは来客に対する態度としては褒められたものではないな。というか私に対して冷たくないかい?」

「いえ、マツタケだと思って食べた物が実は毒キノコだったので、ちょっと気が動転してしまいまして」

「はっはっは、面白い比喩だ。ナイスジョーク」

こいつてんで効いちゃいねえ。耐久力がゴーレム並にありやがる。

「それで、ご用件は?」

「いや、幼女が……はやて君のお友達が来ると聞いてね。ここは一つお隣さんとして挨拶をと思って」

「ちなみにその情報はどこで?」

「盗ちょオッフンげふん……なに、虫の知らせというやつだよ」

……まだ稼働中だったのか。こうなったら本気で家探ししなくてはならないな。いつまでもこのロリコンに行動を読まれていてはとてもじゃないが安心出来ん。ていうかナチュラルに犯罪犯してんじゃねーよ。 

取り敢えず、このロリコンはさっさと追い払おう。アリアさんというストッパーが居るならまだしも、単体で我が家の敷居をまたがせるのは危険すぎる。一昨日から自重しなくなってるからなこいつ。

「そうでしたか。でも挨拶する必要はありませんよ。今日来る子達はすでにグレアムさんと会っていますから」

「お、おや、そうだったかな? いや、でもちゃんとした挨拶はまだだったような気が」

「必要ありません。お帰りください」

「しかしだね」

「お帰りください」

「いや──」

「帰れ!」

「うん、そうしよう」

私の気迫に負けたのか、すごすごと退散していくグレアムさん。すすけた背中にざまーみろと視線を送った私は、きびすを返してリビングまで戻る。

「友達じゃなかったのか?」

「ただの害虫でした」

疑念の目を向けてくる皆にそう説明し、なのはちゃん達が来るまで時間を潰そうと再びPSPに手を掛ける。

ピンポーン!

と、そこでまたもやチャイムが響く。流石に二度目は無いだろうと思い、私は今度こそ最高の笑顔で迎えてあげようと玄関に向かう。

「はいは~い、今──」

そして、扉の前で停止しドアを開けようとした、その瞬間。

『金ならある! だからここを開けてくれぇ!』

扉の奥からなにやら珍妙な声が聞こえてきた。怪訝な顔をしつつドアを開けて外の様子を窺ってみると、そこではなのはちゃんがキョトンとした表情で立っていた。その後ろには金髪の少女、フェイトちゃんと、その使い魔のアルフさん(残念なことに狼形態)が居て、顔をのぞかせた私に気付くと軽く会釈をしてくる。

「あ、こんにちは。えっと、今の声、なのはちゃんのようでしたけど……何だったんでしょうか?」

私も会釈を返して、すぐ目の前に立つなのはちゃんに質問する。なのはちゃんは私の言葉にハッとすると、手をパタパタ振ってにゃははと笑う。

「ごめんごめん。何でもないの。ただ、いつもの癖でやっちゃっただけで」

……なのはちゃんは友達の家に入る時に叫ぶ癖があるのか? アリサちゃんやすずかちゃんの家に入る時はそんなことなかったんだけど。……いや、まあいい。とにかく家に上がってもらうとしよう。

「ようこそいらっしゃいました。さ、どうぞ上がってください」

「うん、おじゃましまーす。わ、広いね~」

「……おじゃまします」

「じゃまするよ」

私の導きのままなのはちゃん達三人は玄関を抜けると、きょろきょろと周りを見ながら先導する私に付いてくる。

さてさて、時間はたっぷりあることだし、心ゆくまでお話をするとしましょうかね。

今までの事、これからの事、色々とね。



[17066] 外伝 『こんな感じでした』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/09/02 14:29
ある所に、一人の少女が居ました。

その少女はちょっとゲームや漫画が他の人より好きなだけの、どこにでも居るごくごく普通の小学三年生でした。

いまだ新婚気分のような仲のよすぎるほどの両親と、これまた仲がいい兄と姉、紆余曲折の末に仲よくなった二人の親友に囲まれたその少女の毎日は、平凡で、けれどとても幸せな日々でした。

ある日の夜、そんな少女がアニメ柄のパジャマに身を包んでアニソンを聞きながら心地良い眠りについていた時の事。少女の頭の中に突然不思議な声が聞こえてきました。

『誰か……僕の声を聞いて。力を貸して……魔法の力を。……できれば……可愛い女の子……』

「う~ん……あと五分……」

夢見心地の中で聞いていたため、少女にはそれが単なる空耳に聞こえていました。

翌日、いつも通りの時間に起きた少女は、おかしな夢を見たなぁ、と首をかしげながら身支度を整え、意気揚々と登校しました。代わり映えのしない通学路を歩き、見慣れた校舎に入り、仲のいい友達と挨拶を交わし、ちょっと変わった先生の授業を受け、そして下校。

もはやルーチンワークと化した日常は、刺激も無く、危険も無い、平々凡々としたものでした。少女はそんな日常が嫌いではありませんでしたが、心のどこかでマンガやアニメの様な非日常的な出来事が起こる事を望んでもいました。夢見る少女というやつです。

その夢見る少女が下校後に親友の二人と塾へと足を進めていた時、『助けて!』とやたら切羽詰まった声が頭の中に響いてきました。少女がその声に導かれるまま向かった先には、ケガをして息も絶え絶えなフェレットのような動物が倒れていました。

「なのはー、いきなり走り出してどうし……わ、なんか倒れてるじゃない」

「フェレット、かな? 微妙に違う気もするけど」

怪しげな小動物を見付けた三人は、取り敢えずケガをしているからと動物病院に運ぶことにし、近場の病院へと急いで連れて行きました。その後、病院にフェレット(?)を預けた三人は塾へと直行。講師の声に耳を傾けつつ、あのフェレット(?)の今後の処遇を相談することにしました。

「うちは犬がいるから無理ぽ」

「私の家もネコがいるから駄目ぽ」

「うーん、じゃあ家族と相談してみるぽ」

小学生らしく言葉遊びなんかも交えて相談していました。

塾での少々退屈な授業を終え、少女は友達と別れて帰宅しました。家に帰り、少女が食事の席であのフェレット(?)のことを家族に相談したところ、少しの間なら預かっていいと言われたので、少女はその旨を二人の友達にメールで知らせる事にしました。

その時です。少女の頭の中にまたもや助けを求める声が聞こえてきたではありませんか。

『ヘールプ! もうこの際オッサンでもいいから誰か助けて!』

今度こそはっきりと聞こえたその声に、少女は取るものもとりあえず家を飛び出しました。正義感も少なからずありましたが、飛び出した最大の理由はもっと別。少女はこの声の下に向かえば非日常が待っているんじゃないかと期待に胸を膨らませていたのです。

果たして、その少女の願いは叶えられることとなりました。

少女の向かった先、昼間にフェレット(?)を預けた動物病院では、まさに平凡な生活を送っているだけでは垣間見ることさえ出来ないような非日常的な出来事が起こっていたのです。

「はっ、少女キターッ! って、うわわわわ!?」

『グオオオオオオオッ!』

滅多にしない運動をして息を切らせる少女の眼前では、異形の怪物が昼間のフェレット(?)を襲っていたのです。それは、赤い瞳と大きな口を形を持たない身体に貼り付けたような、黒くて巨大な化け物でした。

「モンスター!? レベルは!? 属性は……闇!?」

「君っ! そんなことよりこの赤い玉を、レイジングハートを!」

「フェレットが喋った!? ファンタスティック!」

ひゃっほーい! とテンションがウナギ登りの少女は、化け物の猛追から逃げるフェレットから不思議な赤い玉を渡されます。フェレットが言うには、この赤い玉はデバイスと呼ばれる魔法行使の際の補助をするための道具らしいのですが、テンションマックスの少女にはそんな説明は馬耳東風でした。

「なんでもいいよ。で、私はどうすればいいの?」

「と、とにかくデバイスを起動……いや、イメージするんだ。君の魔法を制御する魔法の杖の姿を。そして、君の身を守る強い衣服の姿を!」

「え、えっと、よく分かんないけど、イメージすればいいんだね」

化け物から逃げながら少女は頭の中で思い浮かべます。

(杖……服……まあ、適当でいっか)

少女は割とアバウトでした。

「イメージは済んだね? それじゃ、僕の後に続いて起動パスワードを言うんだ。我、使命を受けし者なり」

「て、展開早いよ。えっと、我、名刺を受け取りし者なり」

「名刺受け取ってどうすんの! 使命を受けし!」

「わ、我、使命を受けし者なり」

「余裕が無いから続けていくよ。契約のもとその力を解き放て。風は空に星に天に。そして不屈の魂(こころ)はこの胸に。この手に魔法を」

「うう、暗記は苦手なのに。け、契約のもとその力を解き放て? 風は空に、えと星に天に。そして、不屈の魂(こころ)はこの胸に。……この手に魔法を!」

「よく出来ました。ラストいくよ。レイジングハート──」

「レイジングハート──」

『セット、アップ!』

言い終えると同時に少女の身体は光に包まれ、一瞬後にはその身に白い衣服を纏っていました。さらに、その左手には身の丈ほどもある長いステッキが握られていました。

「……ふ、ふふ、魔法少女キタコレ! これから私の大冒険が始まるんですね、わかります」

「ふ、不安だなぁ……でも、魔力はすごい。これなら!」

さり気なく少女の肩に移動したフェレットは目前に迫る化け物を睨むと、少女に封印魔法の使用を促します。その無茶振りに少女は動揺を露わにしますが、なんだか頭の中に呪文のような物が浮かんできたのでとりあえず唱えてみることにしました。

「リリカルマジカル……ジュエルシード、シリアル21、封印! 喰らえ、暗黒吸魂輪掌波ぁっ!」

最後のは少女のアドリブです。少女は軽い厨二病にかかっていました。

『グアアアアアアッ!』

するとどうでしょう。先ほどまで少女とフェレットを脅かしていた化け物が、魔法初心者の少女の一撃で消え去っていくではありませんか。少女はその光景を見て思います。俺TUEEEEE! と。

「あ、これが、ジュエルシード?」

化け物が完全に消えてなくなったその場所に、青いひし形の宝石が浮かんでいました。フェレットは説明します。

「ジュエルシードっていうのはね、手にした者の願いを叶える力の石なんだ。でも、発動が不安定な上、使用者を求めて暴走したり、周囲の物を取りこんで危害を加えてしまうことがある。僕はこれを古代遺跡から発掘してとある場所に移送してたんだけど、その途中で事故にあっちゃってね。ジュエルシードがこの世界にばら撒かれてしまったんだ。責任を感じて一人で回収しようとしたのはいいものの、暴走体に手酷くやられてこのザマさ。あ、ちなみにジュエルシードは全部で二十一個あるんだ」

聞いてもいないことをペラペラと喋ったフェレットは、何かを期待した目で少女を見つめます。少女にはフェレットの言わんとしていることが丸分かりだったので、笑顔で頷きます。

「一人で全部集めるの、大変でしょ? 手伝ってあげるよ」

「いいのかい!? いやぁ、助かるよ。あ、食事と宿も提供してくれたらもっと助かるんだけど」

このフェレットの辞書に遠慮の二文字はありませんでした。けれど、少女は快くフェレットの頼みを聞きます。少女の心はとてもピュアなのでした。ピュアハートです。

「お父さんが言ってたんだ。助けてあげられる力が自分にあるなら、その時は迷っちゃいけないって」

「……いいお父さんだね」

「うん。……それとね、人によくしてもらったらお礼をしなさいって、そうも言ってたんだ」

「へえ……へ?」

「お礼をね、しなさいって」

少女は笑顔でフェレットに顔を近づけます。ググッと近づけます。手に持つレイジングハートをフリフリと振って、何かを期待した目で見つめます。フェレットには少女の言わんとしていることが丸分かりだったので、若干引きつった笑顔で頷きます。

「う、うん。そうだね。ちゃんとお礼はしないとね。は、はは…………持ってけコンチクショー!」

「ありがとう……って、いい言葉だよね」

少女の心はピュアでした。けれど、少しばかり汚れてしまっていたようです。

なにはともあれ、と少女は辺りの惨状を見回しながらフェレットに提案します。

「壁とか地面とか壊れちゃってるし、権力の犬が近づいてきてるし、このままここにいたらまずいよね。逃げるが勝ちって言うし、帰ろっか?」

「そうだね。面倒事は避けるのが一番だ。それに、なんだか僕あのピーポーピーポーって音聞くとなぜか物陰に隠れたくなるんだよね」

どんな体質だ、と少女は心の中で突っ込みを入れつつ杖と服を通常状態に戻すと、我が家に向かって一目散に逃げ出します。現場から離れ、ようやく人心地つける場所まで移動した少女は、まだ肩に乗るフェレットの名前を聞いていないことに気付きました。それと、自分の名前も教えていないことに。

少女は近くの公園に入ってベンチに座ると、これからしばらくの間は苦楽を共にするであろうフェレットを隣に降ろして、自己紹介を兼ねた挨拶をすることにしました。

「私、高町なのは。小学三年生。趣味はゲームやマンガやアニメ全般。ね、あなたの名前を教えてくれるかな?」

「あ、うん。僕はユーノ。ユーノ・スクライア。趣味はのぞ……読書かな」

「そっか。ユーノ君って言うんだ。あ、私のことはなのはって呼んでね?」

「分かった。なのはだね」

「えへへ、名前も呼び合ったし、私達もう友達だね」

「友達……うん、そうだね。僕らはもう友達だ」

にゃはは、と笑った少女は、手をフェレットの目の前に差し出します。フェレットも小さな前足を前に出し、少女の手に触れます。二人は互いの顔を見合うと、

「これからよろしくね、ユーノ君」

「こちらこそ、なのは」

どちらからともなく笑みを浮かべ、そして、長年連れ添ったパートナーのように肩を並べて談笑しながら帰路へとつくのでした。

少女、高町なのはと、フェレット、ユーノ・スクライア。これが二人の出会い。これから始まるであろう物語の、全ての始まり。

少女は魔法を知り、友を得ました。今は少女はただ笑います。……この先に幾多の困難が待ち受けているとも知らずに。



「貴様か! 念話飛ばしたのは! 天罰!」

「なん……ぐへぇっ!?」

「ユーノ君!?」

その帰り道、謎の人物がフェレットを闇討ちしたそうな。犯人は今も捕まっていないそうです。







なのはとユーノが出会ってから約二週間が経ちました。その間、なのは達はひたすらジュエルシードの探索、回収を繰り返し、合計六個のジュエルシードを確保することに成功しました。

神社で、プールで、街中で、中には厳しい戦いもありましたが、二人は力を合わせて精一杯頑張ってきました。

「ユーノ君、初めてギャルゲーをプレイした今の気持ちは、どう?」

「……なんだろう。すごく、胸が切ないよ。でも、不思議と悲しくはない。これは、この気持ちは一体?」

「それはね、萌えって言うんだよ」

「こ、これが萌え? ……ああ、なるほど、これが萌えか。僕は、僕は今……猛烈に全ヒロインを攻略したいぞぉー!」

「ふふふ、ギャルゲ魔道へようこそ……」

ただ、オタクであるなのはは布教活動にも力を入れていたようです。ユーノが二次元に目覚めてしまってからは一日一人を攻略しないと気が済まなくなってしまったので、ジュエルシードの探索はなのはがほぼ一人で頑張っていました。なのははオタ友が増えたと喜んでいましたが。

しかし、順調にジュエルシードを確保してきたなのは達の前に、とんでもない難敵が現れてしまいました。

「ジュエルシードは、渡さない……」

「突如現る謎の魔法少女! これはライバル!? ライバルフラグなの!?」

なのはの友達、月村すずかの家で発動したジュエルシードを確保しようとした矢先、突然なのは達の前に金髪の少女が現れ、目の前でそのジュエルシードをかっさらっていってしまったのです。これにはなのは達もビックリ仰天でした。

さらに、その後も金髪の少女はたびたびなのは達の前に現れ、ジュエルシードを巡ってなのはとユーノの二人と対立するのです。

温泉で。

「ユーノ君、あの犬耳のお姉さんを任せてもいいかな?」

「ま、任せたまえ。この紳士たるユーノ・スクライアにね」

「ユーノ君、温泉で鼻血たくさん流れてたけど、もしかして貧血?」

「はっはっは、貧血だろうがなんだろうが、今の僕に勝てる奴なんていないね」

街中で。

「ねえ! お話を聞かせて! あなたがジュエルシードを集める理由は!?」

「言う必要は……無い!」

「もう、強情なんだから!……あれ? もしかしてツンデレ? 今はツンの時期なの?」

「あなたが何を言ってるのか分からない!」

海上で。

「私が勝ったら……ただの甘ったれた子じゃないと分かってもらえたら……お話聞いてくれる?」

「…………勝てたら」

「デレ期到来! でももうちょっとツン期が長い方がいいと思うよ? 破壊力が違うんだから」

「わけが分からない!」

ありとあらゆる場所で少女達は出会い、戦い、拒絶し、手を差し伸べてきました。

ある時、そんななのは達の前に再び謎の魔導師が現れました。今度は男の子。トゲ付きアーマーがこれ以上ない程自己主張しています。

彼はなのはと金髪の少女の間に立ち塞がってジュエルシードとお話を賭けた決闘を邪魔したり、金髪の少女が隙を見てジュエルシードを持って逃走しようとするのを邪魔したりと、お邪魔キャラ全開の行動を取りました。

その少年によってその場は収められ、なのはとユーノは事情聴取のために時空航行艦船アースラという仰々しい名前の船に半強制的に連れて行かれました。なのはは文句を言おうとしましたが少年が睨んできたので止めておきました。

少年に連れてこられた場所はなんとも異様なほど和風な空間でなのはは驚きました。が、驚いたのはそれだけではありません。なんと、この和室に入ったユーノが、いきなり人間の姿に変身したのです。なのはは吹き出しました。

「ちょっ、ええ!? ユ、ユーノ君? 人間だったの?」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

いけしゃあしゃあと! と、なのはは憤りますが、この償いはまた後でさせるとして、黒髪の少年、クロノと、アースラの艦長だという女性、リンディ提督と話す事を優先しました。

リンディ提督とクロノと話して、なのはは驚愕の事実を知ることになります。ジュエルシード、それは自分達が思っていたよりもはるかに危険な物。複数集まれば世界を滅ぼしかねない力を発揮するというどえらい技術の結晶体。なのはは戦慄します。

(そんなすごい物だったなんて……燃える!)

訂正、燃えています。マンガ、アニメ好きにはこういったシチュエーションはたまらないようです。

「……というわけなの。だから、民間人に過ぎないなのはさん達にはここで手を引いて──」

「手を引くなんてとんでもない! 私達にも協力させてください!」

「いや、でもね──」

「ぜひ協力を!」

勢いに負けたのか、クロノとリンディ提督は顔を引きつらせながらもなのはを民間魔導師として今回の任務に協力させることにしました。ついでにユーノもなのはに引きずられる形で協力させられることになりました。実は管理局に全てを任せたかったユーノ涙目。

それからというもの、時空管理局の艦船アースラは通常任務を離れ、ジュエルシードの封印に専念することになりました。

金髪の少女について調査を進めながら、なのはとクロノ達がジュエルシードの探索を開始してから十日。なのは達は三つのジュエルシードを封印することに成功していました。しかし、その目を盗むように金髪の少女は二つのジュエルシードを封印していたのです。

「クロノ君、ジャパニメーションの素晴らしさは理解出来たかな?」

「……ああ、まさかこんなにも素晴らしい物だとは思いもしなかった。二次元には夢が詰まっているのだな」

「ふふふ、おたく、まっしぐら……」

ここでもなのはの布教活動はとどまる事を知りませんでした。クロノ、リンディは当然のこと、他のアースラスタッフにまで日本のオタク文化の素晴らしさを知ってもらおうとなのはは東奔西走しました。ぶっちゃけ、ジュエルシード封印より布教活動に力を入れてました。

「……っ! 海上にて巨大な魔力反応を探知!」

散らばったジュエルシードが残り六つになった時、大きな動きがありました。それは、金髪の少女の無謀極まりないジュエルシード封印作戦。海中に沈むジュエルシードに強力な魔法を放ち強制的に発動させるというもの。そして、それは実行され、残った六つ全てのジュエルシードが発動してしまいました。

それを見たアースラ艦内での判断は、金髪の子を放置し、自滅を待ってジュエルシードを確保するというものでした。なのははその作戦に若さゆえに反抗し、単身金髪の少女の下に飛び出してしまいます。

「一人ぼっちだったんだね。私も分かるよ……周りにオタクがいない寂しさなら」

「だから! わけが分からないって言ってる!」

「ね、だからさ、友達になろう?」

「脈絡が無いにもほどがある!」

ひと悶着の末、二人は一時協力してジュエルシードを封印することに成功しました。しかしその時、突然なのは達とアースラの下に魔力攻撃が襲いかかってきました。それは、別次元からの次元干渉。

その攻撃は金髪の少女にまで降り注ぎ、少女はまともに受けて落下してしまいます。その窮地を救ったのは少女の使い魔である犬耳の女性。彼女は去り際にジュエルシードを奪い去ろうとしますが、それはお邪魔キャラのクロノに防がれてしまい半分の三つを持って退散するしかありませんでした。

その三日後。再びなのはと金髪の少女は出会います。なのはは友達が保護した金髪の少女の使い魔から事情を全て聞かされていました。金髪の少女が母親のためにジュエルシードを集めていた事。母親から虐待を受けていた事。それら全てを聞いて、なのはは決心したのです。この子と絶対に友達になってやるんだと。

「友達になって……一緒にゲームして遊ぼう! そうしたら、寂しさなんて吹き飛ぶよ!」

「あなたは……」

「私達はまだ他人。まだ何も始まってない。なら、ここから全てを始めよう。本当の自分を始めるために……始めよう! 最初で最後の本気の勝負! 賭ける物は、手持ちのジュエルシード全部! 受けてくれるよね?」

金髪の少女は迷いを見せながらも頷きます。

そして、二人の一対一の勝負は始まりました。

「シュート!」

「アークセイバー!」

一進一退の攻防。互いの魔法を駆使して本気でぶつかり合う二人。そこで金髪の少女は気付きます。初めて会った時は魔力が多いだけの素人。でも今は、相手は速くて強くなっているということに。

「だからって!」

金髪の少女は隙を突いてライトニングバインドでなのはの自由を奪います。さらに、そこに自身が持てる最大の魔力を乗せてフォトンランサー・ファランクスシフトを撃ち込みました。雷撃がなのはを襲い、爆煙が空を覆います。やがて、煙が晴れてくると、攻撃を受けたなのはの姿が見えてきました。

「……えぇー?」

無傷でした。ついでにどや顔でした。流石の金髪の少女もこの結果に不満を露わにせずにはいられません。

「今度はこっちの番だよ!」

宣言通り、なのはが金髪の子に向かって砲撃を発射します。金髪の少女は避ければいいのに、何を思ったかそれに対して射撃魔法を放ちます。が、当然の如くそれは砲撃に呑み込まれて一瞬で消え去ってしまいました。砲撃はそのまま金髪の少女の下まで届いてしまったので、彼女はシールドを張って耐えようとします。ですが、なのはの砲撃は徐々にシールドを侵食し、金髪の少女に喰らいつこうとうなりを上げます。

(でも、耐えきる……! あの子だって耐えたんだから!)

金髪の少女は見かけによらず我慢強かったようで、ボロボロになりながらも見事になのはの砲撃を耐えきりました。

しかし、なのはの本領が発揮されるのはここからでした。

(バインド!? いつの間に!)

さっきのお返しとばかりになのはは金髪の少女をバインドで固定し、超ド級の砲撃のチャージに入ったのです。

「受けてみて! ディバインバスターのバリエーション!」

受けたくありません、と金髪の少女は首をフリフリしますが、なのはは気にも止めません。というか、すごい良い笑顔でした。

「これが私の全力全開! スターライト…………」

「ひぅ……」

わざと溜めを作る辺り、なのはにはSの気質があるのかもしれません。

「ブレイカァーー!」

それはそれはぶっとい砲撃が放たれ、光の波が恐怖で顔を歪ませる金髪の少女の全身を包み込みました。直撃を受けた少女の脳裏に一瞬、懐かしの使い魔、リニスの顔が浮かび上がりました。

(リニス……今そっちに……)

海に落下して危うく別の世界に行きかけた少女ですが、彼女はギリギリのところでなのはに助け上げられました。色々と危ないところでした。

「……私の負け……ジュエルシードは、全部あげる」

と、少女が九つのジュエルシードをデバイスから解放した時です。少女の母親、プレシアが娘に雷撃を放ち、さらに九つのジュエルシードを物質移送で自分の所に引き寄せてしまいました。鬼です。鬼ババです。とても一児の母の取る行動とは思えません。人間として腐っています。

しかし、陰でこっそり待機していた管理局もそれを見て黙ってはいませんでした。プレシアが使用した転送魔法により、彼女の居場所、時の庭園の座標を特定することに成功したアースラスタッフは、鬼ババをタイーホしようとアースラの転送ポートからありったけの武装管理局員をそこに送り込んだのです。ちなみにその間になのはと金髪の少女はアースラに収容されています。

時の庭園に侵入した名も無き武装局員達は、そこでとんでもない物を発見します。それは、金髪の少女そっくりの女の子が全裸で収められている怪しげな液体の入ったポッドでした。

「こ、これはっ!?」

とある特殊な性癖を持った武装局員の一人が興奮して思わず飛び出してしまいました。

「私のアリシアに触らないで!」

そこにプレシアの怒りの一撃が叩きこまれました。ついでとばかりに残った武装局員達にも攻撃魔法が浴びせられ、武装局員達はあっという間に鎮圧されてしまいました。弱すぎますね。もうちょっと根性を見せてほしいものです。

「フェイト、見ているのでしょう? 最後だから特別に教えてあげるわ」

プレシアは管理局が展開したサーチャーに向き直ると、モニターの奥にいるであろう金髪の少女に言います。いわく、金髪の少女はポッドの中で浮かぶ少女、アリシアの記憶を移植されたクローンだった。いわく、金髪の少女はアリシアが生き返るまでの手慰みの人形だった。いわく、もういらないからどこへなりとも消え失せろ。

これは酷い。金髪の少女のライフはもう限りなくゼロに近くなってしまいました。

「いいことを教えてあげるわ、フェイト。あなたを作りだしてからずっとね……私はあなたが大嫌いだったのよ!」

「腐ってやがる……早すぎたんだ」

なのはは呟きます。が、空気嫁と周りの人間から白い目で見られてしまいました。失態ですね。

「さあ、ジュエルシード。私とアリシアをアルハザードへ導きなさい!」

プレシアは九つのジュエルシードを発動させると、その力でアルハザードへ旅立ち全てを取り戻すと宣言します。ジュエルシードの発動により中規模以上の次元震が発生し、次元断層が起こりそうになります。クロノはお邪魔キャラの矜持にかけてそれを邪魔しようと転送ポートに向かい、なのはとユーノもそれに続きます。金髪の少女はライフがゼロになってしまったので使い魔の女性とアースラでお休みです。

「うわぁ、さまようよろいみたいのがたくさんいるね~。どれも量産型みたいで没個性。赤い指揮官機くらい置いとけばいいのにね」

「そのネタはまだ知らないな。帰ったら予習しておこう」

時の庭園に転移したクロノ達を出迎えたのは、剣や斧を装備した鎧姿の傀儡(かいらい)兵達。クロノ達はその兵達を蹴散らしながら中に侵入します。バッタバッタと薙ぎ倒します。主にクロノとなのはが。ユーノなんて飾りです。偉い人にはそれが分かっています。

「ここで二手に分かれよう。僕はプレシアの逮捕、なのはとユーノは駆動炉の封印に向かってくれ」

「了解。封印したらすぐに援護に向かうから、それまで頑張ってね」

「ふ、倒してしまっても構わんのだろう?」

侵入してから少し進んだ場所でクロノ達は二手に分かれました。クロノは最下層にいるプレシアの下へ。なのはとユーノはその反対の駆動炉がある最上階へ。

「な、なのは、ヘルプー!」

「もう、だらしないなぁ、ユーノ君は」

上階に進むなのはチームの行く手には傀儡兵がわんさと待ち構えていました。ユーノは逃げ回り、なのはは的確に敵を射撃の的にしていきます。と、しばらく進んだ所で金髪の少女の使い魔が応援にやって来ました。数に押されかけていたなのは達大喜び。

ですが、それでも数の暴力は偉大なようで、なかなか奥に進む事が出来ません。

「サンダー、レイジ!」

しかし、そこにさらに応援が駆けつけてきました。そう、金髪の少女です。どうやらライフは回復したようで、元気に攻撃魔法を撒き散らしています。

「信じてた! きっと来てくれるって信じてたよ! だってラストダンジョンだもん。全員揃わなくちゃおかしいもんね」

「あなたの言う事はよく分からないけど、えと……信じててくれてありがとう」

「そこはお礼言うようなとこじゃないような?」

感動するなのはとはにかむ金髪の少女の前に、一際大きな傀儡兵が現れました。なのはと金髪の少女は顔を見合わせると、息ピッタリに宙を舞い、二人同時に砲撃魔法を放ちます。

「愛と友情の、ツープラトン!」

「あ、愛?」

ナイスコンビネーションで大型の敵を倒した後、金髪の少女はプレシアの下に向かうと言います。ちゃんと自分で終わらせて、本当の自分を始めると。なのははそれを聞き、笑顔で少女を送り出します。頑張れ、と念じながら。

少女を見送ったなのはとユーノは駆動炉に至る道を敵を蹴散らしながら突き進み、ようやくといった具合に目的地に到着します。

「なのは、守りは僕に任せて。君はフルパワーで魔法を放つことだけを考えてればいい」

なんということでしょう。事ここに至ってユーノがカッコイイことを言いだしました。やる時はやる男だったのですね。

「ありがと、ユーノ君。それじゃ、全力全開、本気の本気で──」

ユーノが敵の大群を食い止めている間に、なのははチャージを開始します。溜めて、溜めて、さらに溜めて、そして……解き放ちます。

「ディバインシューター、フルパワー!」

シーリング(封印)モードのレイジングハートから放たれた魔法は狙い違わず駆動炉へと突き刺さり、その活動を停止させることに成功しました。なのははユーノに向けてブイサインを送り、ユーノはサムズアップでそれに応えます。

「って、こんなことしてる場合じゃないや。ユーノ君、最下層に急ごう!」

なのは達はきびすを返して最下層に向かいます。時の庭園は崩壊の一途を辿っているため、グラグラと揺れて今にも天井が落ちてきそうでなのは達は戦々恐々でした。ユーノはいざとなれば自分だけでも逃げようと心に誓いました。

そんなこんなでやって来ました最下層。が、なのは達が駆け付けた時にはもう状況がクライマックス直前な感じでした。

「世界はいつだって、こんなはずじゃないことばっかりだよ! 死んだ人間は生き返らないんだ! ドラゴンボールは現実には無いんだよ!」

「お前が何を言ってるのか分からないわよ!」

クロノがなにか偉そうなことを言っています。と、そこでなのはは周りをキョロキョロ見回して首をかしげます。先行した金髪の少女の姿が見当たらないのです。おかしいですね。

「もういいわ! 私はアルハザードに行くのよ。そこで全てを取り戻す!」

「ま、待って!」

プレシアがハイになって叫んだその瞬間、その真上の壁を突き破って金髪の少女が飛び込んで来ました。壁の残骸がプレシアに降り注ぎ、「イタ、イタタ」と軽いダメージを与えました。プレシアは怒り心頭の様子で金髪の少女を睨みつけます。

「あ、ごめんなさい……その、迷っちゃって、壁抜きするしか最下層に来る手段が無かったから……」

さすが天然。なのは達は苦笑いするしかありません。

「この、人形が! お前の顔なんて見たくもないわ。さっさと消え失せなさい!」

「母さん、話を聞いて!」

「その顔で私を母と呼ぶな!」

自分の本当の娘と同じ顔じゃねーか、となのは達は思いますが、口には出しません。空気を読むことは大事なのです。

なのは達が見守る中、金髪の少女は母を説得します。自分はアリシアではなくただの人形かもしれない。でも、それでもプレシアを母だと思っている。もしプレシアが望むのなら、自分が娘であることを望むのなら、世界中のだれからも母を守ると。それは、自分が娘だからではなく、プレシアが自分の母だから、と。

プレシアは少女の必死の説得を鼻で笑いました。

「くだらないわ」

「テメーの血は何色だぁー!」

思わずなのはは叫んでしまいました。叫ばずにはいられなかったのです。若いのですから。

「私の口に付いている血が見えないのかしら」

「ごもっとも」

プレシアの口元には真っ赤な血が付いていました。吐血の痕(あと)でした。なのはは羞恥に顔を赤らめます。一本取られましたね。

「……さようなら、フェイト」

「あ、ちょっ、そんないきなり!?」

プレシアは前置きもなく後ろに飛び退(すさ)り、アリシアの入ったポッドを抱えて九つのジュエルシードと共に虚数空間へと落ちて行きました。最後の最後に金髪の少女に微笑む辺り、言うほど少女のことを嫌いではなかったのでしょうか。今となっては真実は闇の中ですが。

「母さん……」

金髪の少女はうな垂れて涙を流します。虐待を受けていたとはいえ、たった一人の母親だったのです。拒絶されて悲しくないはずがありません。

なのははその背中に声を掛けようか迷いましたが、また空気を読めない発言をしてしまいそうだったので止めておきました。賢明ですね。

「落ち込むのはいいが、ここから脱出するのが先だ。皆、急ぐぞ」

ここぞとばかりにリーダーシップを発揮したクロノに促され、なのは達は崩壊一歩手前の時の庭園を脱出します。金髪の少女は落ち込んでいましたが、見せ場のなかった使い魔の女性に励まされながら大人しく付いてきました。

そして、なのは達がアースラへと帰還した直後、次元空間に浮かぶ時の庭園は完全に崩壊し、虚数空間へと落ちていきました。まさに危機一髪でした。小心者のユーノは脱出している最中、終始ビビりっぱなしでした。これでこそユーノです。

「私たちの冒険はまだ始まったばかりだ……」

虚数空間に落ちる光景をモニターで見ながらなのはは呟きます。なんだか言ってみたくなったのです。むしろもう終わりなのですが、別に間違ってはいませんね。






事件が収束してからは、時間は瞬く間に過ぎていきました。なのはとユーノは地球に帰って日常生活に戻り、アースラは次元震の影響で航路が安定しないため、次元空間で数日間待機。金髪の少女は事件の重要参考人として護送室にて謹慎。ちなみに、この間アースラスタッフは地球に降りて秋葉原を観光していました。勧めたのはもちろんなのはです。

やがて、アースラの航行が可能になり、アースラスタッフ、及び金髪の少女が地球を離れる時がやって来ました。

なのははその報告を受け、離れる前に金髪の少女と会いたいと願い出ました。金髪の少女もなのはと話がしたいと言っていたので、空気の読める大人のリンディ提督は快く許可を出しました。

報告を受けたその夕方、なのはは学校帰りに海鳴臨海公園へと向かいました。その近くに架かる大きな橋が待ち合わせ場所だったのです。

「にゃはは」

「あ……」

そこで、なのはと金髪の少女は数日ぶりの再会を果たすことになりました。金髪の少女の隣にはクロノがいましたが、なのはがやって来たのを見ると気を利かせて遠くへと離れていきました。二人きりの時間を邪魔するのは、いくらお邪魔キャラのクロノでも無粋と感じたのでしょう。

なのはと金髪の少女は橋の中央で向き合うと、相手の顔を見たまましばらく動きを見せません。いざ会ってみると、何を話したらいいのか分からなくなってしまったのです。

「……友達」

「え?」

そうして見つめ合うこと十数秒。金髪の少女が意を決したように口を開きました。

「前に、友達になろうって……」

もじもじしながら金髪の少女はなのはに語りかけます。なのははそれを聞いて笑顔を浮かべました。それはそれは嬉しそうな笑顔です。

「うん……うんうん! 言ったよ。友達になろうって言った!」

「あ……そ、それじゃあ……」

そこでなのはは金髪の少女の手を取ります。少女はいきなり触れられてビクッとしましたが、嫌な気はしないので振り払うような事はしません。なのははそんな少女の顔に自分の顔をずずいと近づけて、瞳を見つめます。端から見たらキスをしようとしてるみたいに見えます。金髪の少女はドキドキです。

そんなことは気にも留めず、なのはは少女の手をぎゅっと力強く握ります。

「友達になりたかったらね……」

「う、うん」

「名前を呼んで」

「……名前?」

「そう。名前を呼んでくれるだけでいいの。それだけで、私達は友達になれる」

金髪の少女はその言葉を聞き、小さく頷くと、口を開いては閉じ、閉じては開いてを繰り返します。そして、たどたどしくですが、ようやく言葉を発します。

「な……なのは……」

なのはは最高に嬉しくなって少女に抱きついてしまいました。

「うん! なのは。私の名前は高町なのはだよ。これで私達は友達だね、フェイトちゃん」

「あ……」

自分の名前を呼ばれて、なのはもそうですが、金髪の少女も喜びに身を震わせます。涙も流します。それほどに嬉しかったのです。初めての友達が出来たことが。本当の自分を始められたんだと確信を持てたことが。

「なのは……」

「フェイトちゃん……」

二人は再度名前を呼び合います。喜びを噛み締めるために。

「なのは」

「フェイトちゃん」

「なのは」

「フェイトちゃん」

「なのは」

「フェイトちゃん」

「なのは!」

「フェイトちゃん!」

なんだか止まらなくなってしまいました。

「あー、そこまでにしてくれるか。そろそろ時間だ」

そこに現れたのは生粋のお邪魔キャラ、クロノ。ですが今回はいい仕事をしてくれました。止めなければいつまでも続いていたでしょうから。

「そっか、もうそんな時間なんだ……」

なのはは名残惜しそうに金髪の少女、フェイトから身体を離します。フェイトも残念そうに肩を落としますが、そこでふと、いいことを思いつきます。

「そうだ。ねえ、なのは。記念と言ってはなんだけど、これ、もらってくれないかな?」

フェイトはその綺麗な金髪に手を当てると、頭に付けていた黒いリボンをほどいてなのはに差し出します。すてきなプレゼントですね。

「わぁ! ありがとう、フェイトちゃん。それじゃあ私からも……はい!」

なのははお返しとして自分の頭に付けていた白いリボン……ではなく、ポケットからゆっくり魔理沙の人形を取り出し、フェイトに手渡します。

「思い出に出来るもの、こんなのしかないんだけど……」

「あ、ありがとう……」

金髪の少女はなのはの頭にある白いリボンをチラチラ見ますが、仕方ないと諦めて変な顔をした人形をもらいます。相手が悪かったようですね。

「フェイトちゃん、また、またいつか会えるよね」

「うん。名前を呼んでくれたらどこからだって駆けつけるよ」

「絶対だよ? 嘘ついたら秋葉原巡りに付き合ってもらうからね?」

「う、うん」

秋葉原という場所がどんな場所か分からないけど、軽率だったかな? とフェイトは冷や汗を流します。人は過ちを犯すものです。若ければなおのことですね。

「それじゃあね、フェイトちゃん。今度会った時は一緒に遊ぼうね」

「うん。またね、なのは」

クロノの後に付いていくフェイトになのはは大きく手を振って見送ります。フェイトもそれに応えて手を振り返します。両者の瞳には涙が溜まっていました。感動の別れですね。

(さようなら、なのは。絶対、会いに来るからね)

(さようなら、フェイトちゃん。今度会ったら、日本のサブカルチャーの素晴らしさを嫌というほど教えてあげるからね)


なのはは最後までなのはでした。






















あとがき

こんな感じでした。



[17066] 六十三話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2011/01/03 23:08

「──で、最後は感動の涙を流しながら私とフェイトちゃんは別れたの。再会を約束してね。これが私と魔法の出会い。そして、フェイトちゃんとの出会いの話。ちょっと長くなっちゃったね」

「ふぇ~、なのはちゃんも結構すごい体験してるんですね~」

「その点じゃハヤテも負けてねえと思うぜ」

「……聞きたい」

「うんうん。今度はハヤテちゃんの番だよね。聞かせてほしいな、今までどんなことがあったのか」

「そうですねぇ。それでは、かいつまんでご説明しましょうか。と言っても、何から話したらいいものか……」

現在、私達はリビングでお茶とお菓子を楽しみながらお話に興じている。今このリビング内にいるのは私とヴィータちゃん、それとお客様であるなのはちゃんとフェイトちゃんの四人で、それぞれ向かい合ってソファーに座っている形だ。

さっきまでは他の皆もここにいたのだが、気を利かせてくれたのか、なのはちゃん達がやって来るのを見ると揃ってどこかに出かけてしまった。なぜかフェイトちゃんの使い魔のアルフさんまでがザフィーラさんを追いかけるように出ていってしまったが、私達は黙って見送った。なんとなく理由は分かるから、空気を読んだのだ。

そうして四人になった私達は、取り敢えず遊ぶ前に色々とお話しようという流れになったので、こうしてソファーに腰を落ち着けているというわけである。

ちなみに、ヴィータちゃんとなのはちゃんは会った途端に意気投合したようで、話している最中に気兼ねなく質問したりしていた。

なぜ会ってすぐに意気投合したのか、それはヴィータちゃんとなのはちゃんの顔合わせの際のやり取りが全てを物語っている。

以下、二人がリビングで顔を合わせた時の会話。

「あ、初めまして……じゃないね。前に一回会ってるんだもんね。えと、私の名前は高町なのは。君って確か、ヴィータちゃん、だったよね?」

「ん、ああ。あたしの名前はヴィータだ」

「私、ヴィータちゃんと友達になりたいと思ってたの。ね、私と友達になってくれるかな? かな?」

「ま、まあ、そこまで言うならダチになってやらんこともないぜ」

「やったぁ! それじゃ、これから仲良くしようね、ヴィータちゃん」

「ああ、よろしくな、高町にゃのは」

「もう、私の名前はなのはだってば~」

「ああ悪い、高町なにょはだったな」

「な・の・は!」

「失礼、噛みました」

「絶対わざとでしょ……」

「噛みましゅた」

「わざとじゃないっ!?」

「……やるじゃねーか、お前。あたしに喰らいついてくるとは」

「ヴィータちゃんこそ。突っ込みが生き甲斐って聞いてたけど、ボケもこなすなんてね」

「へっ、決まりだな。お前は今日からあたしのダチだ、高町なのは」

「ふふ、よろしくね」

と、こんな感じだった。私の予想通り、バッチリ気が合ったようでなによりだ。この前戦ったのが功を奏したのか、フェイトちゃんとも仲よく話せているしね。

「ハヤテちゃん、焦らさないで教えてよ~」

「ああ、すみません。では、私とヴォルケンリッターの皆さんの出会いからお話するとしましょう」

さっきまではなのはちゃんの過去話に耳を傾けていた私だが、今度は私が過去の話をする番になったのだった。さて、それじゃあ、退屈させないように面白おかしく語るとしましょうかね。一人の少女と一冊の本が織り成す荒唐無稽な物語を。

「話は半年ほど前に遡りますが、ある日の夜──」

私はなのはちゃん達が注目する中、この半年の間に経験した出来事をゆっくりと語った。

四人の騎士との邂逅から始まり、怪しげな足長おじさんの話、夏コミでのマルゴッドさんとの出会いの話、原因不明の足の麻痺の話、その原因が実は闇の書という一冊の本が関係していたという話、麻痺を治すために魔力蒐集しなければならず、やむなく蒐集を始めた話、たくさんの犯罪者をボコッた話、ジュラシックパークで死にそうになった話、ブルーアイズに遭遇した話、闇の書完成間近でマルゴッドさんと再会し、真実を聞かされた話、暴走した防衛プログラムと戦った話、魔法少女ハヤテ爆誕の話、新たな家族を迎えた話、そして、全てが終わって私達に平穏が訪れたという、ハッピーエンドな話。

私の話を聞いている間、なのはちゃんとフェイトちゃんは目を丸くして驚いたり、泣きそうな顔になったり、かと思えば嬉しそうに笑ったりと、話しているこちらが楽しくなるくらい様々な反応を示してくれた。……しかし、今振り返ってみると本当に壮絶な経験してるなぁ、私。あ、憑依もそうか。まあこれは話してないが。

「……すごいね、ハヤテちゃん。私も結構な修羅場をくぐってきた自信があったんだけど、これは完全に負けかなぁ。井の中の蛙、大海を知っちゃった気分」

「本当、いろんな事があったんだね」

話を聞き終えたなのはちゃんとフェイトちゃんは、ソファーに身を沈めて一息つくと感心する様な顔をして私を見てくる。

「とは言っても、私はほとんど見てただけなんですがね。色々と頑張ってくれたのはヴィータちゃん達なんですよ」

そう言って隣に座るヴィータちゃんに目をやると、ヴィータちゃんは私から目をそらして恥ずかしそうに頬をポリポリとかく。

「ハヤテだって、頑張ってたじゃん。麻痺はどんどん広がってきてるってのに、泣きごとの一つも漏らさなかったし。それだけでも充分すごいと思うぜ」

そうでもないと思うけどなぁ。私が泣きごとを言わなかったのは皆が私を救ってくれるって信じてたからだし。って、こんなこと言うとまたヴィータちゃんが顔を赤くするから口に出すのは止めとくか。恥ずかしがるヴィータちゃんを見るのは楽しいけども、今は自重しとこう。

「あ、麻痺と言えば、ハヤテちゃんのその足って今は回復してきてるんだよね? どんな感じなの?」

ヴィータちゃんの言葉を聞いて思いだしたかのようにポンと手を打つと、なのはちゃんが身を乗り出して私に聞いてきた。言われてみれば、まだなのはちゃん達には今の私の足がどんな状態なのか教えてなかったな。気になるのも道理か。

「麻痺は徐々にですが快方に向かっていますよ。石田先生、あ、私の主治医なんですが、その人が言うには今のペースならあと一ヶ月ほどで完全に麻痺は無くなるそうです。ただ、流石に自由に歩き回るためにはそれなりの期間のリハビリが必須ですが」

「でもでも、そんなに遠くないうちに歩けるようになるんでしょ?」

「そうですね。早ければ四月には一人で歩けるようになると仰っていました」

原因不明の麻痺だけに油断は出来ないとも言っていたが、事情を知っているこっちからすればいらぬ心配だと分かるんだけどね。早く歩けるようになって石田先生を安心させたいものだ。

明らかに麻痺が引いてきていると知れてから、石田先生は診察の際によく笑うようになった。私が歩けるようになった時、どんな顔を見せてくれるんだろうか。楽しみだな。

なんて考えながらにやけ顔を晒していると、対面に座るなのはちゃんが思いもよらぬ提案をしてきた。

「ねえねえ、歩けるようになったら学校にも通えるんだよね。それならさ、私達の通う学校に転校してこない?」

「転校、ですか?」

「そう、転校。だってハヤテちゃん、今の学校に友達いないんでしょ? それなら私達の学校に来た方が絶対良いって。すずかちゃんもアリサちゃんも、それにフェイトちゃんだっているんだよ?」

それは、なんとも魅力的な提案だ。確かに今私が所属している学校には友達がいない。というか、一度たりとも校舎に足を運んだことが無い。そんななんの思い入れの無い学校に行くくらいならば、なのはちゃん達がいる学校に転校した方が遥かに有意義な毎日を送れることだろう。距離もそこまで離れてないみたいだし。

……でも、転校するには一つ問題があるんだよな。

「難しい顔してどうしたの? ひょっとして、転校したくない?」

「ああ、いえ、そうではないんです。もちろんなのはちゃん達の学校には転校したいですよ? ただ、一つだけ問題がありまして」

「問題って、なに?」

「実は、私の保護責任者が──」

と、私が説明しようとした時である。奴が現れた。

「話は全て聞かせてもらったぁ!」

ガラッ! シュタッ!

「え、ええっ!? 窓から!?」

「グ、グレアム提督? なぜあなたがここに……」

奴、ギル・グレアムはいきなり窓からリビングに侵入してきたかと思うと、ソファーに座る四人の幼女を鋭い目つきで一人一人順番に見回しながら歩みを進め、遂には私達の目の前までやって来て、ピッシリと着こなしたスーツの襟を正しつつ威厳のある顔付きで見下ろしてくる。突っ込みたい事は山ほどあるが、一つだけ言わせろ。なんでお前はいつもスーツ着てんだよ。

「ふふふ、言いたい事は分かるぞはやて君。どうして私がここに来たのか、それが知りたいのだろう? 答えを教えようじゃないか。私はな、君の願いを叶えるために参上つかまつったのだよ!」

聞いてねーよ。テンションたけーよ。不法侵入して偉そうにしてんじゃねーよ。あとウザすぎるんだよ!

「……ふぅ、色々と言いたい事はありますが、取り敢えずそれは置いときます。それで、私の願いというのはなんなんでしょうかね?」

「決まっているだろう。この子達と同じ学校に通いたいと言っていたではないか。それを叶えてあげようと言うのだ」

やはり盗み聞きしていたか。もうホントこいつ氏ねばいいのに。シャマルさんに頼んで暗殺してもらおうかな。

「え? え? どういうこと?」

突然現れた上に高いテンションで叫ぶオッサンの姿を見て、なのはちゃんとフェイトちゃんが目を白黒させている。ああ、出来ればこのロリコンの存在は秘匿しておきたかったが、こうなったら説明するしかないか。

「えーと、なのはちゃん達は一昨日に会っていますよね。このスーツが似合うダンディーなオジサマはグレアムさんと言いまして、管理局提督だった方です。今はもう退職されたそうで、つい先日私の家の隣に引っ越してきたんです。ちなみに、一応この方が私の保護責任者となっております」

「やあやあ、ダンディーなオジサマことギル・グレアムだ。二日ぶりだね、フェイト君、それに、なのは君だったかな?」

「こ、こんにちは、グレアム提督」

「あ、こんにちわ……」

グレアムさんはなのはちゃんとフェイトちゃんに向き直ると、人好きのする柔和な笑みを浮かべて挨拶をする。キザったらしく胸に手をやって頭を下げるとかお前は英国紳士か。……英国紳士だったな。でもこいつは間違いなく紳士という名の変態だな。

……さて、挨拶も済んだ事だし、

「それではグレアムさん、さようなら。お帰りは玄関からお願いします」

「最近本当に冷たいなハヤテ君。年配者はもうすこし敬うものだよ。まあ、私はまだまだ若いつもりだがね」

くそ、やはりこの程度では帰らないか。なのはちゃん達の前で暴言を吐くわけにもいかないし、打つ手が無い。……仕方ない。用件が済むまでは滞在を許可してやるか。だが、用件が済んだその時はボロぞうきんの様に捨ててやる。

「……で、私をなのはちゃん達と同じ学校に通わせてくれるそうですが、お任せしてもよろしいのですか?」

私がまともに話を聞く体勢になったのが嬉しいのか、グレアムさんはさらに笑みを深くして私の顔を見てくる。

「もちろんだとも。私は君の保護責任者だからな。それくらいのことはしてあげないと罰が当たってしまう」

よく言う。この前までその責任を果たしていなかったくせに。私が訴えたら保護責任者不保護罪でクサイ飯を食うことになるのは確実だぞ。いや、もうそれは許したからそんなことはしないけど。

「保護責任者……って、要するに親の代わりみたいなものですか?」

と、そこで横で私達の話を聞いていたなのはちゃんがグレアムさんに質問してきた。一般的な小学三年生が知っているような言葉じゃないから無理も無いか。ちなみに私は一般的な小学生とは一線を画していると自負している。一般兵などではない、スペシャリスト(特殊兵)なのだ。

「うむ、そんなものだ。……今まで私はハヤテ君を放置していたからな。今さらだとは思うが、せめてこれからはハヤテ君の力になりたいと……いや、済まない。こんなことは口にするものではないな」

失言だったか、とグレアムさんは口を塞ぐ。……あれ? ひょっとしてグレアムさんって……

「グレアムさん、もしかして、そのためにわざわざ私の家の隣に越してきたんですか? 私を近くで見守るために?」

「……さて、な。単なる気まぐれかもしれんよ」

グレアムさんはあさっての方向を向いてそう呟くと、気まずくなったのか恥ずかしくなったのかは知らないが、玄関の方へと足を進めて出て行こうとする。案外アッサリ帰るんだな、と拍子抜けしながらグレアムさんの背中を見送っていると、その背中に声を掛ける人物が現れた。フェイトちゃんだ。

「あの、グレアム提督」

グレアムさんはその声に振り返ると、フッと笑ってフェイトちゃんに言葉を返す。

「元、提督だよ。それで、何か用かな? フェイト君」

「あ、はい。一つお聞きしたい事があるのですが。えと、一昨日の『アレ』は、やはりグレアム提督が?」

……アレ? アレってなんだ。一昨日と言えばクロノ君達と一悶着あった日だけど、何のことを言ってるんだろう?

私が疑問に思う中、グレアムさんはまるでイタズラ小僧のような顔をして、

「さてな。私には何の話だかさっぱり分からんよ。……ああ、そうそう、私の後任者は信頼に足る人物だから安心するといい。近いうちに面会することになるだろうしな。では、また会おう」

と言うと、フェイトちゃんが何か言う前にきびすを返して廊下に出て、そのまま玄関から帰ってしまった。何の事だか分かんないけど、あの顔は絶対フェイトちゃんの言った事を理解している顔だったな。てか、最後の後任者とかなんとかってのも謎だ。うーん、気になる。

「……台風みたいな人だったね。突然やって来て、あっという間に帰るんだもん。ビックリしちゃった」

グレアムさんが去ってから少しの間沈黙が続いていたのだが、なのはちゃんのその言葉を皮切りに私達はようやく話し出す。

「本当ですよね。まあ、すぐに帰ってくれたのは評価に値しますが」

「ハヤテってマジでアイツに冷たいよな。気持ちは分かるけどさ」

「グレアム提督は良い人だよ? 服をプレゼントしてくれたり、色々と便宜を図ってくれたりしたし」

プ、プレゼント? そういえばフェイトちゃんはグレアムさんと知り合いのようだったな。管理局に所属しているフェイトちゃんならグレアムさんと知り合いでも不思議ではないが、一体どんな関係なんだろうか。

私は気になって質問しようとしたのだが、私より先になのはちゃんがそのものズバリの質問をフェイトちゃんにした。

「ねえねえ、さっきのあのオジサンとフェイトちゃんって一体どういう関係なの?」

「グレアム提督は私の保護観察官、あ、つまり、私が問題を起こさないように指導・監督する係の人だったんだ。実際に会ったのは面会の時と一昨日の二回だけなんだけどね。あと、最後に言ってた後任者っていうのは、グレアムさんの代わりの保護観察官のことだと思う」

私の疑問を解消するようにフェイトちゃんはスラスラと答えてくれた。しかし、まだ疑問は一つ残っている。一昨日のアレというのが。ここまで聞いたんだし、せっかくだから全部聞いてみるとしよう。

「あの、もう一つ質問があるのですが、先ほど言っていたアレというのはなんなんでしょうか?」

「あ、えと、言っていいのかな?……ハヤテ達なら大丈夫か」

しばし逡巡した後、フェイトちゃんは一度軽く頷くと、ゆっくりと話しだす。

「私達管理局がここ、第97管理外世界にやって来た理由は、ある無人世界で起きた次元震の真相を究明するためだった。いや、次元震を起こした魔導師を探して捕まえるために来た。あ、この魔導師は言わなくても誰か分かるよね?」

こ、心当たりがありすぎる。ていうか、管理局がこの世界にいる理由ってそれだったのか。いつ捕まってもおかしくない状況だったんだな。

「本題はここから。一昨日にその容疑者と接触したのはいいものの、管理局は結局容疑者を見逃す事にしたよね。でも、容疑者を逃したままじゃ私達は任務を達成出来ない。何の成果も得られないまま本局に帰るなんてことは出来ない。さてどうしよう。そんな風に困っていたんだけど……」

そこでフェイトちゃんは一旦お茶でノドを潤すと、言葉を続ける。面白そうな顔をしながら。

「一昨日の夕方頃、次元震を起こした魔導師が海鳴にある管理局臨時本部に自首してきたんだ。いや、正確には次元震を起こしたと言い張る魔導師が、かな。満身創痍の姿でね」

……なんですと?

「調べてみたところ、その魔導師は管理局に指名手配されていた凶悪な次元犯罪者で、過去に違法な魔道実験を繰り返して何度も次元震を引き起こしていた事が分かった。つまり、私達が探していた魔導師が自ら捕まりに来た。『そういうこと』になった」

ああ、なるほど。話が見えてきた。つまりは……

「どこぞのダンディーなオジサマが一肌脱いでくれたと、そういうことですか」

「そういうこと。さっきのグレアム提督の様子だと、間違いないと思う。ね? グレアム提督は良い人でしょ? ハヤテのことも気にかけてるみたいだし、冷たくするなんてダメだよ」

そう締めくくったフェイトちゃんの顔は、完全にあのロリコンを信頼しきっている顔だった。くっ、あのロリコン野郎、上手く立ち回りやがって。奴の真実の姿を見せてやりたい。ああ、でもフェイトちゃんの顔が失望に歪む様は見たくないし。……ええい、とにかくロリコン許すまじ。きっと純真無垢なフェイトちゃんを食い物にしようと虎視眈々と狙っているに違いないのだ。ガッデム!

「なんだか難しい話ばっかりで疲れちゃった。ねえねえ、お話はこれくらいにして皆でゲームしようよ」

私が怒りの炎を胸に灯していると、退屈そうに話を聞いていたなのはちゃんがそんな提案をしてきた。私としてはもう少し話していたいのだが、ヴィータちゃんも遊びたがっているみたいだしここらで終わりにするか。話なんていつでもできるしね。

「それもそうですね。じゃ、さっそく遊ぶとしましょう。ハードはファミコンからPS3まで全て揃っていますし、ソフトも豊富ですから何でも出来ますよ。何やります?」

リビングの端にある棚を開けてなのはちゃん達に問い掛ける。棚の中にぎっしりと詰まったゲームを見たなのはちゃんは、瞳をキラキラさせて棚に飛び付いてきた。

「わ、わ、メガドラ、PCエンジン、ネオジオまで!? すごーい。あ、くにお君の熱血行進曲だ! まずはこれやろ、これ!」

またシブイものをチョイスしたものだ。私やヴィータちゃんは大好きだからいいけど、フェイトちゃんはこれでいいのかな? 見た感じセレブな感じだからこんな古いゲームは似合いそうにない、というか、ゲーム自体あまりやるように見えないけど。

「私もそれやりたいな」

なんと、乗り気ですよ。人は見かけによらないもんだ。

「なら、決まりですね。マルチタップも当り前のように完備してありますので、四人でバトルとしゃれ込みましょう」

「さっすがハヤテちゃん。分かってる~」

私は車椅子だから用意するのに時間がかかるので、ヴィータちゃんとなのはちゃんにテレビにファミコンをセットしてもらった。そしておもむろにスイッチオン。ロリコンからせしめた巨大ディスプレイのテレビ画面に絶望的なまでに粗いグラフィックが表れ、少ない音で奏でられる簡素なSEがリビングに木霊する。

「ああ、超高級液晶テレビでファミコンプレイするとか……たまりませんね」

「あは、オツだねハヤテちゃん。それにこの安っぽい音楽……たまらないね~」

「お前らなんかオヤジみたいだな」

さて、ヴィータちゃんの突っ込みも入った事だし……バトルスタートといきましょうか!



第一競技【クロスカントリー】


「スタートの前から張り手は常套手段!」

「負けないよ、ハヤテちゃん!」

「うおおおおおお!」

「えっと、走ればいいんだよね。えい」

『フライングはらめぇぇぇぇ!』

──五分後

「よっしゃ一位もらい! 秘技、後ろ向きゴール!」

「もはや常識ですよね、それ」

「続いて、無駄に肘打ち連打!」

「あー、それもよくやるね~」

「?」



第二競技【障害部屋競争】


「スタート前からジャンプキック余裕でしたー!」

「ならこっちはどつきだよ!」

「うおおおおおお!」

「なんで皆走らないの? よっと」

『だからフライングらめぇぇぇぇ!』

──五分後

「バネの前で待ち伏せてんじゃねえぇぇっ!」

「くう、なのはちゃんがここまで卑劣な手段に出るとは……」

「これ、どうやったら進めるの?」

「ふふふ、気合と根性だよ、フェイトちゃん」



第三競技【棒の上の玉割り競争】


「なのは先に登れよ」

「ヴィータちゃんこそ」

「フェイトちゃん、お先にどうぞ」

「え、うん」

「ククク……」

──十秒後

「あれ、これ下に攻撃できないんだけど」

「そういう仕様です。そして先に登ったキャラはフルボッコにあいます」

「こういう風に、なっ!」

「フェイトちゃんごめん。大人しくオトリになって……」

「ひ、ひどい……」



最終競技【バトルロイヤル】


「ごうだの頭突きは至高です」

「こばやしのマッハチョップはチートだよ?」

「くにおのマッハキックを舐めんなよ」

「このよしのってキャラはどんな技が使えるの?」

「……そのキャラ、必殺技は無いんです」

──二分後

「ハメだと!? なのは、テメーには人の心ってのはねーのか!」

「対戦ゲームだとなのはちゃん容赦無いですからね。あ、死んだ」

「私、何もせずに穴に落っこちちゃったんだけど……」

「ルールくらいは教えとくべきだったね、ごめん」





──三時間後

「じゃあねー、また遊ぼうね、ヴィータちゃん、ハヤテちゃん」

「おじゃましました。その、今日は楽しかった。また、ね……」

「おう、また遊ぼうぜ」

「さようなら。気を付けてお帰りくださいね。特にロリコンとかに」

ゲーム開始から約三時間。そろそろいい時間になったので、私達はゲームを終了して解散することにした。くにお君から始まり、ボンバーマン、マリオカート、スマブラ、マリオテニス、カスタムロボなど、様々な対戦ゲームを楽しんだ私達は、四人とも笑顔で別れを告げたのだった。

なのはちゃん達が帰った後、タイミングを計ったかのように出掛けていた皆が家に戻って来たので、その後はいつものようにゴロゴロしたり、夕食を食べたり、ネットサーフィンしたりして夜を過ごした。

そして、時計が十一時を指し示した時、いつもなら私は皆を寝室に誘導するのだが、今日は大晦日でとあるイベントが始まる事を思い出したので、リビングでくつろぐ皆にこんな提案をしてみた。

「皆さん、除夜の鐘、鳴らしに行きません?」

除夜の鐘。百八の煩悩を取り去って新年を迎えるために、除夜(大晦日の夜)の十二時を挟んで寺院で百八回つく鐘。

日本人ならば誰でも一度は鳴らしに行った事があるであろう除夜の鐘だが、やはりというか当り前のように皆は鳴らした事がなかったようで、「何それ、スゲー鳴らしたい!」とアッサリと私の提案に乗ってくれた。

それからの私達の行動は迅速だった。外着に着替えると即行で外に出てお寺を目指して行軍を開始。お喋りしながら寒空の下を歩き、それほど時間は掛からずに近場のお寺に到着。入り口近くにいたおじさんから番号札を受け取り、鐘の前に並んだ人達の最後列に移動して順番が来るのを待つ。この間わずか二十分。早いってのはいいことだ。

やがて、列が順調に消化されていき、遂には私達の番になった。

「ウオラァァァ!」

ゴーン!

「だらっしゃぁぁぁ!」

ゴーン!

ヴィータちゃんとシグナムさんはそれはそれは楽しそうに鐘をついていたのだが、連続してつきまくったのでお坊さんに怒られていた。ちなみに私はザフィーラさんに抱えてもらい、レディらしくお淑やかに鐘をついておいた。

「どっせーい!」

ゴーン!

「気持ちいぃぃぃっ!」

全員が鐘をついた後、私達は用は済んだとばかりに鐘から離れ、石段を下りて颯爽と家に帰る……はずだった。そう、帰るはずだったのだ。

私があの女性を発見するまでは。

「……? ……なっ! ば、馬鹿な……そんな」

私がその女性を見付けたのは偶然だった。ヴォルケンリッターの皆に囲まれながらお寺の砂利道をグレン号で走破していた途中、ふと、境内の隅に佇む人影に目がいったのだ。

その瞬間、私は目を疑った。呼吸も止まるかと思った。それほどに驚いた。なぜなら、彼女は……

「皆さん、申し訳ありませんが、少々入り口で待っていていただけませんか? ちょっと用事を思い出しまして」

「は? なんでだよ。もうやることないんだろ?」

「これは、私の私的な用事です。すぐに戻りますので」

一方的にまくしたてると、私は皆から離れて先ほど見付けた女性の下へと気をはやらせながら向かった。皆に気を配っている余裕なんて無いのだ。あの女性がいなくなっているんじゃないかと思うだけで心臓が早鐘を鳴らしてしまうほどなのだから。

「……いた」

入口から少し離れた場所、あまり人気の無い、小さな建物のそばに置かれた賽銭(さいせん)箱の前に彼女は立っていた。さっき見付けた場所とは違うが、私が彼女を見間違うはずが無い。一目見て一瞬でその姿が脳裏に焼き付いてしまったのだから。

私は彼女にゆっくりと近づいていく。彼女は視線をどこか遠くへ向けていて私の接近には気付いていない様に思える。これは……チャンスか。

「ふぅー……」

小さく息を吐く。これはため息でも疲れのために吐き出した息でもない。……精神集中のために吐いた息だ。

私と女性の距離は、今は五、六メートルほど。グレン号ならば一瞬で詰められる距離だ。ここまで近づけば見失うということは無い。ならば、多少は観察に時間を割いても問題はあるまい。

そう頭の中ですばやく考えを巡らした私は、前方で物憂げに遠くを見つめる女性をじっくりと観察する。辺りに等間隔に並べられた提灯の明かりのおかげで、その姿はハッキリと私の瞳に映っている。

髪は栗色でショート。顔立ちは整っており、知的な眼鏡を掛けている。いや、あの人が掛けているからそう見えるだけか。身長はわりと高め、167センチといったところ。年は、二十歳を過ぎたくらいだろう。

「……」

さて、それでは本題に入ろうか。能書きはもういい。とうとうこの時がやってきたのだ。そう……

おっぱいスカウターを使う時が!

「計測、開始……!」

瞳に全神経を集中させ、私は前方の女性の胸部を射抜かんばかりにガン見する。彼女のふくよか過ぎる胸部、そのただ一点を穴があくほどに見つめる。上着、下着、それらを差し引いた彼女の真の胸のサイズをスカウト(偵察)する!

おお、見える、見えるぞ。彼女のバストが明確な数字となって見えてきたぁ!

84……87……90……馬鹿な、まだ上がるだと!?

92……94……きゅ、96……98……

「あが、あがが……」

ひゃ……100、だと? しかも、アンダーが67。奴は化け物か!?

「おや、どこからか視線を感じると思ったら、随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか」

気付かれた!? やはり奴は化け物か!?……って、こんな至近距離でガン見してたら普通は気付くか。遮蔽物も何も無いし。いかんな、こんなに動揺していたらこちらの狙いがバレてしまう。……胸を揉むという狙いが。

ここはひとまず人畜無害な少女を装って近寄り、隙を見せた所をいただくとしよう。いつもなら有無を言わさず特攻しているところだが、今回は相手が相手だ。焦ってこけでもしたら元も子もないし、慎重に行動するに越したことはない。

「あはー、こんばんわ。こんな所でぼーっとしてどうしたんですか?」

「ん、ああ、実はちょっと迷ってしまってな。ホトホト困っていたところなんだ」

迷ったって……いい大人がどうやったら迷うのだろうか。極度の方向音痴か何かか?

「困っているなら人に道を聞けばよかったんじゃないですか?」

「いや、幾人かに訪ねたのだが誰も私の目的地を知らないようだったのだ」

「はあ、そうだったんですか。……あの、大人が知らないことを私が知っているとも思えませんが、あなたはどこに行く予定なのですか?」

「ん、猪鹿(いのしか)町という町なんだが、聞き覚えはあるか?」

また変わった町の名前だなぁ。んー、しかし聞き覚えは無い。というか海鳴市にそんな町あったか?

「あの、本当にそれって海鳴市にある町なんですか? 聞いたこともないんですが」

「え、海鳴市? ここは遠見市じゃないのか?」

「…………」

「…………」

これは、あれか。自分のいる市を把握してなかったってことか。そんなことがあり得るのか? いい大人だぞ? まあ、実際にそんな勘違いをやらかした大人が目の前にいるわけなのだが。この人、どんだけ天然なんだよ。

「ははは、いやこれは恥ずかしい。実は私は一人でこれまでまともに目的地に着いたためしが無いのだ。極度の方向音痴でな」

全然恥ずかしくなさそうにすごい恥ずかしいことを平然と言ってのける女性が目の前にいた。なんだかこの人からはダメダメな匂いがプンプンしてくるな。かわいそうな気がするし、ここは親切丁寧に教えてあげるとするか。

「あの、遠見市ならこの海鳴市の隣にありますよ。このお寺の石段を下りて右に少し進んだ所に駅がありますから、そこから電車に乗ってすぐ……あ、今の時間はもう終電出ちゃってるかも」

「いやいや、そこまで教えてくれれば十分だ。ありがとう」

そう言った女性はこちらに近づくと、私の頭に手を伸ばしてナデナデしてくる。……はっ、これはチャンス。今こそ飢えた熊のように襲い掛かるべき時!

ナイスな判断を一瞬で下した私は、無防備な女性のそのたわわに実った果実にすばやく手を伸ばし、わし掴もう──

「いただきまー……はう!?」

と思ったのだが、その前に顔面に手のひらを置かれて動きを封じられ、両手を伸ばしてバタバタするしか出来なくなってしまった。に、憎い。リーチの差が憎い!

「おいおい、この素敵なおぱーいがいくら魅力的でも、許可なく揉もうとするのはいただけないな。まあ、頼まれても許可しないがな」

「ど、どうしたら揉ませてくれるんですか?」

「何をしようが揉ませんよ。なぜなら、このおぱーいを揉む事が出来る人間はこの世でただ一人と決まっているのだからな」

「そ、それは一体?」

「それはもちろん……私自身だ」

なんという真理! 自分のおっぱいは自分だけのものだと言うのか。くそう、ちょっとくらいその幸せを分けてくれたっていいじゃんかよう。けちんぼ。 

「ん? おっぱいスキーに、車椅子?……ああ、なるほど。君がそうだったのか」

目の前の女性はなにやら得心がいったようにウンウン頷いている。が、私の顔に置いた手は外さない。こんな、こんな上物を目の前にして手も足も出せないとは、神谷ハヤテ、一生の不覚……

「おっと、それでは私はそろそろ失礼させてもらおう。いつまでもここにいるわけにもいかないからな」

「……冥土の土産に教えてください。あなたは何をしに遠見市まで?」

「ん、なに、ただ妹を折檻しに行く。それだけだ」

そう楽しそうに言った女性は、私の顔から手を離すと後ろに下がり、足元に魔法陣を展開させて……って、魔法陣!? この人魔導師だったの?

「あ、あなたは……」

「そのうちまた会えるだろうさ。自己紹介はその時まで取っておこう。……ではな、八神ハヤテ」

最後に小さく呟くと、女性は魔法陣の放つ光に包まれて一瞬のうちにその場から消え去ってしまった。転移魔法、か。

あの女性、最後に私の名前を言ってたし本当に何者なんだろうか。会った事はないはずなんだけどな。……いや、そんなことはどうでもいいか。惜しむべきはあのおっぱいを我が手中に収めることが出来なかった事だ。また会えるとか言ってたし、その時こそ必ず私の餌食にしてくれるわ。私の魔の手から逃げられると思うなよ?

「おーい、ハヤテー。なんかこっちで魔力反応あったけど……って、なんで暗い笑みを浮かべてんだよ」

「あ、いえいえ、なんでもありませんよ。さ、私の用事も済みましたし、帰りましょうか」

やって来たヴィータちゃん達に軽く言葉を返した私は、頭の中であの二つのメロンをどうやって手に入れるかをシミュレーションしながら皆と合流した。その後、あの場で何があったのか聞いてくる皆に適当に答えつつ、私はリベンジを胸に誓って帰路へとつくのであった。

「いつか絶対揉んでやる……」

「ハヤテ、知ってるか? わいせつ罪って同性にも適用されるんだぜ」

それがどうした!







お寺を出る最中。

ゴーン! ゴーン! ゴーン!

「うおおおお! 神様のばかやろー! ハーレム作りてー! チートオリ主になりてーよぉぉぉ!」

鐘の音と共に、そんな少年の叫び声が聞こえてきた。

……煩悩を捨て去るために鐘を鳴らすのに、煩悩丸出しで鳴らしてどうするんだよ。























あとがき

最後のオリキャラ登場です。これ以降はオリキャラが増えることはありません。……今のところの予定では。



[17066] 六十四話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/09/05 22:46
「皆さん、新年、明けましておめでとうござ──」

「おっじゃましまーす! はやて~、餅つきやろうよ! 餅つき!」

「……います」

出鼻をくじかれた神谷ハヤテです。





年も明けて新年を気持ちよく迎えた朝。いつもの時間に起きた私は、眠そうに目をこする皆をリビングに集めて新年の挨拶をしようとした……のだが、玄関から聞こえてきた騒々しい声に私の挨拶はかき消されてしまった。

声の主は八神家の住人ではなく、三日前に越してきたグレアム一家の一員であるロッテさん。彼女はまだカギを開けていないはずの玄関から勝手知ったる他人の家とばかりにリビングに侵入してくると、マイキー君ばりの良い笑顔を私に向けてきた。

「餅だよ、餅。つき立ての餅が食べられるんだよ? これはもう参加するしかないでしょ。あ、もちろん父様とアリアも参加するよ」

リビングの入り口でかしましく騒ぐロッテさんの手には、餅つき以外では人を殴るくらいにしか用途が無い大きな杵(きね)が握られていおり、彼女はそれを伝説の聖剣のように掲げて私を餅つきに勧誘してくる。それはもうしつこいくらいに。

……とりあえず、これだけは先に聞いておくか。

「ロッテさん、色々と言いたいことはありますが、一つ聞かせてください。あんたどうやって家に入ったの?」

私の質問を受けたロッテさんは手に持つ杵をブンブンと振り回したかと思うと、ビシィッ! と先端を私に突きつけて、いけしゃあしゃあと笑顔のまま言い放った。

「アンロック(開錠)の魔法使ったに決まってるじゃーん」

「……シャマルさん、確かうちの玄関やら窓やらには侵入者対策として防護魔法が施されてましたよね?」

「一応、結構強力なのをね。でもこうも簡単に突破されるんじゃ、手の施しようが無いわねぇ」

さじを投げるようにシャマルさんが小さく息を吐く。そういえば、昨日もグレアムさんが窓から侵入してきてたな。この二人はホント無駄なことに労力を惜しみなく使うんだな。逆に感心してしまうぞ。

「さあさあ、皆で餅をつきまくろう。まだ朝ごはん食べてないんでしょ? 朝から餅ってのもオツでいいもんだよ?」

ことさらに餅つきをプッシュしてくるが、さて、どうしたもんか。私は別にどちらでもいい、というか、どっちかと言うと参加してみたいのだが。餅つきって初体験だし。

問題は皆だな。私が参加すれば皆も付いてくるとは思うけど、やりたくない人もいるかもしれないし、一応聞いてみるか。

「私はちょっと興味あるのですが、皆さんはどうです? 餅つき、やってみます?」

「あたしは構わないぜ。餅は嫌いじゃないしな」

「あっしもオッケーどすえ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のようにスゲー爽やかな気分っすから、今は」

皆に聞いてみたところ、全員が参加の意思を見せた。というわけで、唐突に八神家とグレアム一家の合同餅つき大会が朝っぱらから開催される運びとなったのであった。もう急な展開には慣れたが、新年一日目からこうだとこれから先にはどんな超展開が待ち受けていることやら。ま、退屈しないで済むからいいけどね。





「父様ー、はやて達連れてきたよー」

「ご苦労、ロッテ。おお、おはようはやて君、それに騎士諸君。よく来てくれた」

「おはようございます、グレアムさん。それにアリアさん」

「ええ、おはようはやて。参加してくれて嬉しいわ」

ご機嫌な様子のロッテさんに連れられて来たのは、我が家の隣にあるグレアムさんの家の広い庭。そこではシワ一つ無いスーツを着こなしたグレアムさんとアリアさんが何やらせっせと動き回っていた。ビニールシートを敷いたり、バケツに水を汲んだり、ポットを用意したりと、どうやら餅つきに必要な道具を揃えているようだ。

ふと視線を横に動かすと、そこには生で見るのは初めての臼(うす)がドン! と鎮座していて、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

「凄いですね~。杵に臼に、それに蒸し器まで用意してあるとは。これ、今日のために買ったんですか?」

「いや、前の住人が残していったものだよ。昨日物置でこれらの道具を発見してね、腐らせておくのも勿体ないと思って引っ張り出したのだ」

……磯貝さんの置き土産、か。彼、今どこで何をしているんだろう。

「あの、前から何度も聞いていますが、結局磯貝さんってどうなったんです? 元気でやってますよね?」

私がそう質問すると、グレアムさんはついと目をそらしてどこか遠くを見つめ、哀れみを含んだ口調で答える。

「素直に家を明け渡していればあんなことには、ゲフンゴホン!……ああ、安心したまえ。彼はどこか遠い場所で幸せに暮らしている……かもしれない」

「おい」

タチの悪い冗談だと思いたいが、微妙に信用ならないところがあるからな、こいつ。まあ、そこまで非人道的な行動はとっていない……と、そういうことにしておこう。ひとまずそれは置いといて、今は初めての餅つきを楽しむことにするかな。

「父様、準備はすべて整いました。いつでも始められますよ」

どうやら私とグレアムさんが話している間にアリアさんとロッテさんが準備を済ませたようで、蒸し器からもち米を臼に移すと準備万端といったように杵をこちらに掲げてきた。後は杵でもち米を潰してからペッタンペッタンつくだけのようだ。下準備で私達を待たせないようにすでに終わらせておくとは、そこは流石の英国紳士と褒めておくべきか。

「はやて~、こっちおいで。栄えある餅つき一番手に任命してあげよう」

「え、私でいいんですか? きっと一番へたっぴですよ?」

「オッケー、オッケー。ヘイカモーン」

なんと、一番手に選ばれてしまった。しかし、選ばれたからには無様な姿は見せられないな。周りで見ている皆の見本となるべく、見事に餅をつきまくってやろうではないか。

「えーと、それでは僭越(せんえつ)ながら私、ハヤテが一番手をつとめさせていただきます」

ゴリゴリと臼の中にあるもち米を杵でこねるロッテさんのそばまで移動した私は、横に退いてくれた彼女から杵を受け取り、臼に対して構えようとする。が、渡された杵は大人用の大きな物で、なかなか上手く構えられない。これは、ちとキツイか?

「あの、すみませんが子供用の杵ってないでしょうか? これだと持ち辛くて……」

「うーん、ごめんね~。それしかないんだよ。……あ、そうだ。それならアタシが手伝ってあげるよ。ほら、手を貸して」

そう言ったロッテさんは私の背後に回ると、グレン号越しに私の手を取って一緒に杵を持ってくれる。おお、これなら普通につけそうだ。時折暴走してしまうロッテさんだけど、普段はわりと優しいお姉さんって感じなんだよな。いつもこうだったらいいのに。

そんなことを考えつつ杵を正面に構えて餅をつき始めようとした時、グレアムさんがお湯の入ったボールを抱えて臼の脇にやって来て、腕まくりをしてしゃがみ込んだ。一瞬、何をしてるんだ? と疑問に思ったが、餅つきには二人の人間が必要だったことを思い出してすぐに納得した。

「返し手(お湯で湿らせた手で餅を折りたたむ人)でしたっけ? それをグレアムさんがやるんですね」

「そういうことだ。何事も経験と言うからね。さ、どんと来なさい」

グレアムさん、日本の文化を結構勉強してるみたいだな。引越しそば渡すとか餅をつくとか、今時の日本人でもあまりやらないことだけど、それだけに日本に馴染もうと努力している感じがする。ちょっと見直したかも。

「それじゃ、いきますよ」

自然と緩む頬を引き締めて、私はロッテさんと共に杵を振り上げると、目標に向けて勢いよく振り下ろした。

ゴスッ!

振り下ろされた杵は、臼の横にしゃがむグレアムさんの脳天に直撃した。

……あれぇ?

「ぬごおおおお!?」

思わぬ直撃を受けたグレアムさんは頭を押さえてゴロゴロと転がりながら悲鳴を上げている。おっかしいなぁ。ちゃんと臼に向けて振り下ろしたはずなんだけど。ひょっとして無意識にグレアムさんを敵だと判断して体が勝手に動いたのかな。

「は、はやて君、それにロッテ。狙うのは私の頭ではない。臼だ……」

「あ、はい。ごめんなさい。手が勝手に、あ、いえ、手が滑ってしまいました」

「ごめんね父様。はやてのうなじに見惚れて手が滑っちゃったよ」

「次からは気をつけたまえよ、まったく」

十秒ほど悶絶したグレアムさんは、ヨロヨロと起き上がってスーツをパンパンはたき汚れを落とすと、手を洗ってから再び臼の横にしゃがみ込む。ホント、次からは気をつけないと。……前にも、後ろにも。

「では、気を取り直してもう一度」

集中して杵を構えた私は、今度こそ臼の中央に振り落とすことに成功する。ボスンと音を立てて餅が陥没し、独特な感触が杵を持つ手に伝わってきた。おお、これが餅つきの感触か。ちょっと面白いかも。

一度成功してからは目標を違えることもなく、二度、三度と杵は臼の中の餅に突き刺さる。私が杵を上に引き上げるたびにグレアムさんが餅をひっくり返し、餅に水気を与える。その作業は単調だが、私もグレアムさんも楽しそうに手を動かす。事実、結構楽しいのだ。

「次で最後にして交代にしよう。一人がつきすぎるとほかの人間がつけなくなるからな」

十回ほどついた時、グレアムさんが手を止めて交代を促してきた。もう少し続けたいところだが、駄々をこねるわけにもいかないので大人しく交代することにする。

「では、最後の一回、せーの──」

未練が残らぬように最後の一回を思い切り振り下ろそうとした、その時。後ろにいるロッテさんが思わぬ行動に出た。いや、微妙に息遣いが荒くなってたから何かアクションを起こすかもしれないとは思っていたのだが……

「……あー、む」

「耳を甘噛みすんなぁー!」

いきなり耳に感じた生暖かな感触に背筋を震わせた私は、ロッテさんの魔手から逃れようと頭を大きく振る。それがいけなかったのだろう。バランスを崩したせいで、本来臼に向かって落ちるはずだった杵が、またもやグレアムさんの脳天に振り下ろされてしまった。

ゴスッ!

「ふおおおおおお!?」

「あ、サーセン」

「ごめんね父様。はやての耳があまりにも魅力的だったから」

「お前はもう離れろ!」





餅をつき始めてから三十分。餅つきも一段落つき、ようやくついた餅を食べる時間が訪れた。

ここまで来るのに色々あった。ヴィータちゃんが杵の代わりに自分のデバイス使って餅ついたり、シグナムさんがグレアムさんに杵を振り下ろしたり、シャマルさんがグレアムさんに杵を振り下ろしたり、ザフィーラさんが振り下ろしたり、リインさんが以下略。

「君達は私に恨みでもあるのか……」

コブだらけになった頭にアリアさんに回復魔法をかけてもらいながらグレアムさんは呟く。恨みというか、みんな単なるノリでやったんだと思うな。

「へーい、お待ちどー。ロッテ印のきなこ餅、出来たよ~」

声に振り向けば、エプロンを装着したロッテさんがたくさんの餅が乗った大きな丸皿を持って皆の前に現れた。

「しかし意外でした。ロッテさんが料理好きだったとは」

「料理の鉄人と呼んでくれても構わないよん」

そう、なんと意外なことにこのロッテさん、実は料理が得意なんだそうだ。グレアム家の食事を一手に担っているらしく、今回の餅の味付け作業も彼女が自分から買って出た。私に自分の料理の実力を見せ付けたいのだとか。まあ、餅を切ってきなこ付けるだけだから実力もなにもないとは思うけど。

「へえ、美味そうじゃん」

「あら本当。形も綺麗に揃ってるし、なかなかやるわね」

しかし、そうでもなかったようだ。言われてみれば切られた餅は大きさも形も統一されていて、見た目的に非常に食欲をそそられる。シャマルさんが言うように、それなりに料理の腕前はあるようだ。

「さーて、皆小皿に取ったね。じゃ、食べようか」

配られた小皿に皆が餅を乗せたのを確認したロッテさんは、皆を見回すと最後に私に笑顔を向けてそう言った。その言葉を受けた皆は顔を見合わせると、声を揃えて挨拶をする。

『いただきます!』

「板抱きます」

挨拶と同時に割り箸で餅を掴み、皆がそれを口に運ぶ。私も同様につき立ての餅を頬を緩ませながら口に含んだ。その瞬間、きなこの甘みが口いっぱいに広がり、何とも言えない気持ちになる。うん、つまり、美味しい。そういうことだ。

自分がついたということも味に上方修正をかける要因になっているのだろう。見れば、他の皆も私と同じように頬を緩ませて餅をぱくついている。

そうして皆が餅に夢中になっている中、グレアムさんがこちらに近づいてきてこんなことを言ってきた。

「はやて君、言い忘れていたよ。新年、明けましておめでとう。これからも仲良くしようじゃないか」

あ、そういや新年の挨拶がまだだったか。ロリコンとはいえ、相手は年上だ。こちらが先に挨拶するべきだったな。

「挨拶が遅れて申し訳ありません。新年、明けましておめでとうございます、グレアムさん。こちらこそよろしくお願いします」

ぺこりと一礼する私を見ると、グレアムさんは嬉しそうに目を細める。その目はまるでロリコンが幼女を品定めするような目……ではなく、かわいい孫を慈しむおじいさんのような目だった。

そんな慈愛に満ちた目をしたグレアムさんは、何かを思い出したような顔をすると、懐に手を入れてそこからポチ袋(お年玉とかを入れるアレ)を取り出し、私に差し出してきた。

「日本では、お年玉、と言うのだったな。受け取りたまえ、はやて君」

「え、いや、でも悪いですよ。これ以上お金をいただくわけにはいきませんって」

「これはただの新年のお祝いだよ。気にせず受け取ってほしい」

私の前に出した手を引っ込めようとはしないグレアムさん。……仕方ない、ここはありがたく受け取っておくか。逆に受け取らないと傷つけることになりそうだし。

「……では、お受け取りします。どうもありがとうございます」

「うむ。……ああそうだ。そこの君、ヴィータ君だったな。君にもお年玉をあげよう」

「え? あたし?」

私から視線を外したグレアムさんは、近くで餅をもぐもぐしていたヴィータちゃんに向き直ると、先ほどと同じように懐から袋を取り出してヴィータちゃんに渡した。袋を手渡されたヴィータちゃんは一瞬うろたえるが、私が大人しく受け取っておけとアイコンタクトを送ったのを見て頷くと、グレアムさんに一礼して素直に受け取った。

「あ、ありがと……」

「はは、どういたしまして」

こうして見ると普通の子供好きのようだけど、その正体は幼女の天敵、ロリコン野郎なんだよなぁ。ま、このお年玉には下心とかは無さそうだし、単なる好意として受け取っておくか。

「おいヒゲ。うちらにはお年玉くれないの?」

「はっは、何を言うかと思えば。君達はいい大人だろう。自分で働いて賃金を得ればいいのではないかね?」

「そこのロリッコも肉体以外はもういい大人なんだが──」

「ああすまん。ノドが渇いたので飲み物を取ってくる」

……やはり、ロリコンはロリコンか。

ん、そうだ。そういえばまだアリアさんとロッテさん、それに皆ともきちんと新年の挨拶をしてなかったな。全員揃っていることだし、今この場で済ませるとしよう。

「アリアさん、ロッテさん、ヴォルケンリッターの皆さん」

「ん? なんすか主」

私の言葉に全員がこちらを振り向く。そんな皆の顔を一人一人見回した私は、笑顔で挨拶をする。



私の大切な友達であり家族であるヴィータちゃん。普段はパーだけどいざというときは頼りになるシグナムさん。皆のお母さん的存在なシャマルさん。いつも私を守ってくれるザフィーラさん。厨二病患者だけど優しさあふれるリインさん。そして近所のフレンドリーな双子のお姉さんのアリアさんとロッテさん。


「去年は色々とありましたが、皆さんのおかげで無事に乗り切ることが出来ました」


大好きな家族。友人。


「これから何事もなく時間が過ぎていくのか、それともまた大変な事件が起きたりするのかは分かりませんが」


どうか、ずっと皆と一緒にいられますように。


「皆と一緒なら、何が起きたって平気ですよね」


今年も、来年も、何年経ってもいい年でありますように。


「前置きが長くなっちゃいましたね。つまり、何が言いたいのかといいますと」


幸せが、続きますように。


「これからも、皆で楽しくやっていきましょう。そういうことです」


楽しく、まったりとね。


























あとがき

なんか最終回っぽい終わり方ですが、まだまだ終わりません。

次回、ザフィーラが主役の外伝です。かなりカオスな内容ですので、ご注意を。選んだネタがネタだけに知らない人も多いと思いますが、そんな人でも楽しめるような作品に出来たらと思います。



[17066] 外伝 『ザフィーラと狼と弁当と』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/09/12 22:36
需要と供給、これら二つは商売における絶対の要素である。

これら二つの要素が寄り添う流通バランスのクロスポイント……その前後において必ず発生するかすかな、ずれ。

その僅かな領域に生きる者たちがいる。

己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭(ごっきょう)領域を狩場とする者たち。


──人は彼らを《狼》と呼んだ。




◆◆◆◆◆◆◆◆




「……ん……むう……朝、か」

八神家の一角にある寝室に、小さな呟きが生まれた。声の主は背中に眠る幼女二人の頭を乗せた大きな狼、ザフィーラだ。

(六時半か。少々早く起きてしまったな)

ザフィーラは起き抜けの寝ぼけ眼をパチパチさせると、無言で背中に乗っている二つの頭を布団の上に優しく降ろし、その場で四肢を伸ばして体の凝りをほぐす。むふー、と小さく鼻息が漏れるが、誰も聞いていないのでよしとする。

一月初頭とはいえ、寒さに強い体を持つザフィーラはひんやりと冷えた廊下に出ることにためらいを見せず、ドアを抜けてつめたい床をぺたりぺたりと静かに歩く。向かう先は玄関。いまだ覚醒しきれていない意識に外の冷気で活を入れるためだ。

「……む?」

そうして玄関の前まで移動したザフィーラは、狼の前足で器用に扉を開けようとしたところでピタリとその動きを止める。なぜ動きを止めたのか、それは扉の奥から人の気配を感じ取ったからだ。気のせいではない。確かにすぐ目の前に人間がいる。それも二人。

こんな早朝に家を訪れる人間など新聞配達人か牛乳屋くらいなものだが、扉の先にいるのは二人。その可能性は限りなく低い。ならばこの二人は一体何なのか。不審に思ったザフィーラは、相手が物取りである可能性も考慮していつでも撃退できるように四肢に力を込め、扉の先にいる人物にシブイ声で話し掛ける。

「貴様ら、何者だ。事と次第によっては我の牙の餌食になってもらうぞ」

脅しとも取れる発言に、扉の奥から狼狽した気配が伝わってきた。その反応にザフィーラは警戒心を跳ね上げる。誰だって今の言葉を聞けば狼狽するものだが、ザフィーラは扉の奥にいる人間が害悪な存在だと強引に決め付けた。狼の勘はいつだって正しいと信じて疑わないのである。

「父様どうしよう、ばれちゃったよ。このままじゃはやての寝顔が見れないよ。盗撮できないよ」

「ううむ、遺憾ながらここは撤退するしかないか。強行突入という手もあるが、それでははやて君やヴィータ君が起きてしまうかもしれんしなぁ」

事実、相手は害悪そのものであった。やはり狼の勘はいつだって正しいようだ。

「……五秒以内に去れ。でなければ命の保障はせんぞ」

「あ、ちょっと待ってよ。ねえねえ、取引しない? 中に入れてくれたら高級ササミとジャーキーをプレゼント──」

「ガアゥッ!」

迫力満点の狼の一喝に、二人の犯罪者はうひゃーと悲鳴を上げてダバダバと退散するしかないのであった。

かくして、ザフィーラの活躍により八神家の平穏は今日も保たれた。だが忘れてはいけない。この平穏は一時のものなのだ。またすぐに先ほどのような出来事は起きる。なぜなら……さっきの犯罪者達はすぐ隣に住んでいるのだから。

「フウ……」

その暗澹(あんたん)たる事実にザフィーラはため息をこぼさざるを得ない。が、慣れなければこれからやっていけないのも事実。毎日馬鹿げた騒動に付き合わされるのは勘弁してほしいとも思うが、自分の主はそういった騒動が嫌いではないようなので、主に仕える身分の自分としては付き合うほかないのだ。

(……主達を起こしに行くか)

鬱々とした思考を眠気と共に外の冷気で弾き飛ばしたザフィーラは、再び皆が眠る寝室へと足を向ける。そして、その途中でもう一度ため息を吐く。ザフィーラの頭には先ほどの犯罪者の言葉がこびり付いていた。

(高級ササミとジャーキー……惜しいことをしたかもしれん)

ザフィーラはホネッコを主な嗜好品としていたが、そこは狼。時には浮気もしてみたくなるというもの。勿体ないことをしたか、と微妙に後悔しながら寝室に向かう守護獣であった。






ヴォルケンリッターが盾の守護獣、ザフィーラ。

例外もあるが、彼の一日は散歩に始まり散歩に終わる。朝起きて、軽く家の周りを散歩してきて朝食。食後はのんびりゴロゴロし、昼食の時間が近くなったらもう一度散歩に出掛ける。戻ってきて昼食を食べ終えたらまたゴロゴロし、夕方頃にまた散歩。夕食後は毎日ではないが気分しだいで散歩に出ることもある。これが彼の最近の一日。まさに犬の生活である。まあ、同居人達も似たような生活を送っているが。

ザフィーラが散歩に出る時は大抵は同居人の誰かが共に外に出る。なぜなら彼が狼の姿で一人で外に出るとあっという間に保健所の人間がやって来るからだ。それで以前に三回ほど保健所の人間と追いかけっこをした経験がある。そのため、今はリードを引く人間を連れて外に出るようになったのだ。

だが、最近は気温が下がってきたせいで同居人達が一緒に外に出ることをしぶるようになってしまった。軟弱な、とザフィーラが同居人達に吐き捨てたことがあったが、その時は体中の毛をむしられてえらい目にあってしまった。

そんなことがあったため、ザフィーラは冬になってからは一人で外に出ても大丈夫なように人間形態で散歩することが多くなった。狼形態の時のように四肢をフルに使って疾走できないことにやや不満があったが、保健所の人間に追いかけられるよりはマシなので我慢している。

「主、それでは出掛けてくるぞ。夕食までには戻る」

「あ、はーい。お気を付けて」

今日も今日とてザフィーラは散歩に出掛ける。夕方になって日が沈んできたのを見た彼は、自らの主に出掛ける旨を伝えるとリビングから玄関に向かいつつ人間形態に変身する。狼形態の時のように毛皮が無いので、ザフィーラは人間に変身するときは常に防寒性能のある騎士甲冑を身に付けるようにしていた。ちなみに今回彼が選んだ騎士甲冑は革ジャンに黒のパンツと、どこぞのターミネーターそっくりの格好である。というか、まんまそのデザインであった。主が精魂込めてデザインした入魂の一品だとか。

(今日は少し遠出してみるか)

変身を終えたザフィーラは玄関の扉を抜けて外の空気を吸い込むと、いつものように早歩きで見慣れた道を歩き出す。一定のペースを保って道を進む彼だったが、なんとなく遠出したい気分になったので歩くペースを上げることにした。狼の気分はうつろいやすいのだ。今は人間形態だけども。

ザフィーラは道を進む。何も考えずにひたすらに歩く。歩くだけだ。他には何もしない。周りの景色を眺めながら歩みを進めるだけ。こんな事に意味があるのか? と他の人間は思うのであろうが、ザフィーラにとってはただ歩くだけでも楽しいのだ。いや、嬉しいのだ。

平和な時間。戦わずにすむ時間。争いの無い時間。今まで転生を繰り返してきて、こんなに平穏な時を過ごせたことがあっただろうか。いや、無かった。常に戦場に立ち、魔導師達と戦ってきたのだ。心休まる時など無かった。

だが、今回の主の下では戦いなど無縁。闇の書の呪いが解かれてからはまさに平穏そのものの時間を過ごすことが出来ている。少し前に管理局とのトラブルがあったが、それも丸く収まった。これからは主たちと共にゆっくりと余生を送れる。

自分達が平和な時を過ごせている。それの証明となっているのだ。ただ静かに、何者にも邪魔されずに歩くという行為は。だからザフィーラは歩く。歩いて、平和を享受している。

散歩をする理由はそれだけではない。街中で見られる景色はザフィーラの目や心を楽しませてくれることもあるのだ。

右を向けば子供達が楽しそうに戯れている姿が見られ、

「木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン! パス、パス!」

「こっちにパスして、木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン!」

「誰か! 木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥンを止めろ! 奴からボールを奪い取れ!」

「ここは通さねえ。一方通行だぜ、木ィィィ原くゥゥゥゥゥゥゥゥン!」

「もう! その呼び方やめてって言ってるでしょ! なんかすごい不愉快になるんだってば!」

左を向けば、学生らしき十数人の男女が何かの出し物のためか広場で懸命にダンスの練習をしている。

「皆、もってけセー〇ー服はいい感じだね! じゃ、次はハレハレユ〇イいってみようか!」

「待ってました! あたしこれ超好き!」

「先頭は俺ね。目立ちたいし」

「バッカ、俺にやらせろよ」

「先頭は団長たる私に譲りなさい。これは団長命令です」

『ひゃあい』

こんなありふれた光景であっても、ザフィーラの目を楽しませるには充分なものとなる。平穏で平凡、それがザフィーラにとっての幸せなのだから。

しかし、その実ザフィーラは心の奥底でこんなことも思っていた。『刺激が欲しい』と。口に出しはしないが、いつしかそんな事を願うようになったのだ。

確かに平穏な毎日は望んだものだったが、どこか物足りなさも感じてしまっていた。自分が欲しているものの正体は分からないが、とにかく何かが物足りない。ザフィーラは意識していないが、彼が毎日のように散歩に出掛けるのもその何かを見つけるためなのかもしれない。

(……ふむ、そろそろ戻るか)

散歩を開始してから四十分。気付けば日はすでに完全に沈んでおり、辺りは暗闇が支配する時間となっていた。無心になってひたすら歩き続けたため、それに気付くのが少し遅れた。

(む、そういえばホネッコが切れそうだったな)

その場できびすを返したザフィーラは、お口の友達であるホネッコのストックが切れる寸前だったことを思い出し、帰り道の近くにあるスーパーに寄ろうと足を早める。ヘビースモーカーがタバコが無いと生きていけないように、ホネッコが無いとザフィーラはえらいことになってしまう。ホネッコが切れる事は絶望を意味するのだ。

はやる気持ちを抑えて帰り道を進むこと少し、ようやくスーパーの明かりが見えてきた。と、そこでザフィーラは見知った顔を発見する。スーパーの入り口近くに佇むその人物も彼に気付いたようで、ザフィーラの顔を見た途端にトタトタと子犬のように近付いてきた。

近付いてきた人物、それは少し前にザフィーラと壮絶な殴り合いを繰り広げた使い魔、アルフであった。人間形態の彼女は笑顔を浮かべながらザフィーラのすぐそばまで来ると、ピョーンと彼目掛けて勢いよく飛び付いてきた。

「ダーリン! 会いたかった……わふ!?」

が、その行動は予測済みだったので、ザフィーラは片手を前に出して彼女の顔面を掴んでその動きを封じる。そして、そのまま万力のようにギリギリと力を込めていく。

「ギ、ギブ、ギブ。放しておくれよ」

「……ふん」

降参のポーズをするアルフを見たザフィーラは、慣れた仕草でポイッと彼女を放り投げる。投げられた彼女も慣れたように体勢を整えて綺麗に地面に着地し、ごめんごめんと笑顔で謝る。このやり取り、実はこの一週間ほどで何度も繰り返されているのだ。それは慣れるというもの。

「貴様、気安く抱き付くなと何度言えば分かる。あとダーリンて呼ぶな」

「いいじゃないか、減るもんでもないし。あ、ひょっとして照れてる?」

「……どうやら貴様にはキツイ灸(きゅう)を据えねばならんようだな」

「あ、ごめん。ホントごめんよ」

ザフィーラのプレッシャーに負けたのか、平謝りに謝るアルフ。ただ、目は笑っているので反省しているとはとても思えない。

そんな彼女を見て、ザフィーラはまたフンっと鼻息を吐く。どうせまた同じことを繰り返すだろうからこれ以上強く言っても無駄だと思ったのだ。

ザフィーラとアルフ。こうして見ると二人は旧知の仲のように見えるが、付き合いはそれほど長くはない。初めて会ったのが二ヶ月ほど前で、それから一月まで会うことはほとんどなく、まともに会話するようになったのがほんの一週間ほど前なのだ。しかし、二人の仲は(客観的に見て)良いように見える。

それもこれも、全てはアルフの頑張りによるものだ。彼女はここ一週間、毎日のようにザフィーラの元を訪れ、(強引に)一緒に散歩に出掛けては彼と仲良くなろうと必死に話しかけた。その甲斐あって、二人はさっきの夫婦漫才のようなやり取りが出来るような関係になったのだ。まあ、ザフィーラは望んでそんな関係になったわけではないが。

ザフィーラはギャルゲ主人公のように鈍感ではないので彼女が自分に好意を向けてきていることに気付いているが、それに応える気は無かった。なぜなら、ロンリーウルフでいたかったから。というか、ぶっちゃけ相手をするのが面倒くさいからだった。

だからザフィーラは今日までのらりくらりとアルフのアタックを避け続けてきた。そしてこれからも避け続ける気満々であった。ハッキリと拒絶すればそれで済むのだろうが、ザフィーラは割と女の涙に弱いので相手が諦めるのを待つことにしたのだ。そういった態度にアルフは気付いていたが、それでも果敢にアタックを続けている。

二人はお互いの気持ちを理解していた。そう、これは我慢比べなのだ。どちらが先に折れるかの。ザフィーラが折れてアルフを受け入れるか、アルフが諦めてアタックを止めるか。まさに、期限無制限のデスゲーム、いや、ラブゲーム?

「……で、貴様は何の用でこんな所にいるのだ。まさか我のあとを付けて来たなどと言うまいな?」

延々とゲームを繰り広げる未来を想像して鬱々とした気分になりかけたザフィーラは、痛くなる頭を振りつつ目の前のアルフにそう問い掛ける。実際、あとを付けて来た可能性も無きにしもあらずなのだ。過去に尾行されていたことがあったし。

が、どうやら今回は偶然出会っただけのようで、アルフはパタパタと手を振ってそれを否定する。

「違うって、今日は偶然。アタシ、たまにこのスーパーに弁当買いに来るんだよ。アンタは何しに来たのさ?」

「そんなもの決まっているだろう。ホネッコをゲット&ゴーホームだ」

「ああ、アンタホネッコ好きだもんね。アタシも好きだけど……って、ちょっと待ってよ、アタシを置いて行かないでってば」

会話に付き合う時間も勿体ないと思ったザフィーラは、アルフを置いてスーパーに入ろうとする。それを見たアルフは慌ててザフィーラの横に移動して腕を取ると、あたかも一緒に買い物に来たカップルのように寄り添って共に歩こうとする。

「ふんっ」

「あうっ」

だが、そのたくらみはザフィーラの腕の一振りでアッサリと瓦解。弾き飛ばされたアルフはたたらを踏むと、舌打ちを一つしてザフィーラの後ろを付いていく。

「絶対アタシのものにしてやる」

後ろから聞こえる怨嗟(えんさ)のような声にザフィーラは身震いし、やはりハッキリと拒絶すべきかと今さらながらに検討を始める。ただ、拒絶しようが殴り倒そうが後ろにいる女は諦めないような気がしてならなかった。

「……む?」

後ろから感じる視線を意図的に無視しつつ、ザフィーラはスーパーの自動ドアを抜けて暖房のかかった店内に入る。そこで、入店と同時にザフィーラは後ろのアルフとは違う幾つもの視線を感じ取った。

見られている、確実に。店内のあちこちから視線がザフィーラに注がれているのが分かる。幾多の戦場を駆け巡った戦士であるザフィーラは他人の視線には敏感だ。勘違いなどではない。だが、なぜ? なぜ自分が複数の人間に観察されるように見られているのか、それがザフィーラには分からなかった。

疑問に思うザフィーラは、一番近くにいて横目でチラチラと自分を見ている男性客に目を向けた。すると、その男性客は視線をザフィーラから外して正面の商品が並んだ棚を見つめる。別の視線の主の下にも目を向けてみたが、いずれも一般客で、顔を向けた途端にザフィーラを見るのを止める。話しかけてくる気配も無い。

「……なんなんだ、これは」

思わず呟くザフィーラだったが、その呟きに答える人物が現れた。後ろを付いてきていたアルフだ。彼女はザフィーラの隣にやってくると、面白そうに彼の顔を見上げる。

「《狼》と間違われたんだよ。もうそろそろ半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)だからね」

「……なに?」

「知らないか、やっぱり。まあ、知ってたらこのスーパーで頻繁に会うはずだからねぇ。アンタ、ああいうの結構好きそうだし」

ザフィーラはアルフの言っていることがサッパリ分からず首をひねる。そんな彼を見たアルフはケタケタと笑うと、

「もう五分くらいしてから弁当コーナーに行ってみな。面白いもんが見られるからさ」

そう言ってザフィーラの肩をポンと叩き、ウキウキとした足取りで彼から離れていった。入り口近くに残されたザフィーラはしばし彼女の言葉の意味を考えていたが、彼女が言っていたように弁当コーナーに行けば分かるかと思い、とりあえず先にホネッコを購入すべくペット用品コーナーに足を運ぶことにした。

そうしてペット用品コーナーに到着したザフィーラは、缶詰やドッグフードなどには目もくれずホネッコに跳び付き、『お徳用 ワンちゃん大好きホネッコ』を十パック買い物カゴに詰め、レジへと直行。レジを打つ女性に見えないようにシッポをパタパタさせつつ会計を済ませる。

ホクホク顔でホネッコを袋に詰め終えたザフィーラは思わずそのままゴーホームしようとするが、面白いものが見られるというアルフのセリフを思い出して弁当コーナーに足を向ける。

(……特に何も無いではないか)

店内の右奥にひっそりと設置された弁当コーナーまで足を運んだザフィーラは、何か変わった物でもあるのかと周りを見渡すが、特にこれといった物は無かった。しいて挙げるとするならば、棚に置かれた弁当に半額シールを貼っていくエプロン姿の店員がいるくらいか。

興ざめしたザフィーラはアルフに文句を言おうと店内を見回して彼女を探そうとするが、そこで、ふと半額になった弁当に意識が向いた。見下ろす先にある弁当にはどれも丸い形の半額シールが貼られていて、そのどれもが売れ残って古くなった物だ。だが、なぜだかザフィーラの目にはそれらがものすごく美味しそうに感じられた。消費期限ギリギリの、最大まで値引きされた弁当がだ。

ごくり、と我知らずノドを鳴らした。家に帰れば食事が用意されているので買う気は無いが、目が自然と弁当の中身に引き寄せられる。

(ほう、サバの味噌煮弁当、ちらし寿司弁当、ザンギ弁当とな。……ザンギって何だ?)

一つ一つどんな弁当があるのか確認していく。普段弁当など買うことがないザフィーラにとって、こうして色々な種類の弁当を眺めるだけでもそれなりに興味が引かれる。見たことも聞いたこともない名前の弁当を見つけた時は、どんな味がするのかと想像を膨らませたりもした。

そんな風に弁当をなんとはなしに眺めていた、その時。

『あ、やば! ザフィーラ、そこから離れて! 早く!』

「む?」

アルフからやたら切羽詰った念話が飛んできた。なぜ念話? いや、それより離れろとはどういうことだ? 何がやばい? そういった疑問が頭の中で渦巻く。が、アルフに問う時間はザフィーラには無かった。

バタン、とどこからか扉の閉まる音が耳に届いた瞬間、

「邪魔だ、《犬》」

ザフィーラのすぐ隣、何も無かったはずの空間に突如黒髪の男が出現し、神速の拳をザフィーラの顔面に放ってきたからだ。

「っ!? ぐっ!」

不意打ちにも等しいその一撃、ザフィーラは避けることが出来ずにモロに喰らってしまう。仰け反り、たたらを踏む、が、根性でもって倒れることだけは防げた。しかし、男はザフィーラを休ませず、追撃の蹴りを足がかすむ速度で放つ。体勢を崩していたザフィーラは二撃目もまともに腹に受けてしまい、カハ、と息を漏らす。

ザフィーラは訳が分からなかった。騎士甲冑を纏っている状態でなぜ素手でここまでダメージを受けるのか、この動きが恐ろしく速い男は何者なのか、そしてなぜ自分が襲われているのか。

一瞬の内に思考を巡らし、一瞬の内に結論が出た。結論、分かるわけがない。

ならば、答えを知っている人間に聞けばいいだけのこと。具体的には目の前で弁当に手を伸ばす男に、肉体言語で。

バチッ! と、深く考えずに弁当に伸ばされた黒髪の男の手を払いのけ、ザフィーラは男に一喝する。

「我は犬ではない! 狼だ!」

咆哮のごとき一喝を受けた男は、払われた手を見て、次いでザフィーラの顔を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべる。

「新米か。ならば先ほどの違反行為は大目に見よう」

よく分からないセリフを口にした男は、笑みをそのままに再びザフィーラに攻撃を放とうと腕を上げた。ザフィーラもやられっぱなしになるわけにもいかないので、応戦しようと構える。両者が睨み合い、ぶつかり合うかと思われたその瞬間、

「恭ちゃん、隙あり!」

「俺に隙など無い!」

そこに今度は黒髪の眼鏡をかけた女が現れたかと思うと、男に肉薄し、これまた肉眼で捉えることが難しいほどの速度の手刀を首筋に打ち込んだ。男はそれに即座に反応し、手刀を手刀で弾くという離れ技でもって回避することに成功する。二人は打ち合わせた手に受けた衝撃など気にもせず、相手の顔を見ながら楽しそうに拳や蹴りの応酬を始める。その動きはとてもではないが常人が視認出来る速さではない。

「腕を上げたな、美由希」

「恭ちゃんこそ!」

笑みを浮かべて凄まじい攻防を繰り広げる二人を前にして、ザフィーラはますます今の状況が分からなくなっていた。しかし、悠長に考えを巡らせている暇などザフィーラには与えられなかった。新手が現れたのだ。

「邪魔なんだよ、犬っころ!」

弁当棚のすぐ前にいるザフィーラに、茶髪の軽薄そうな男が叫びを上げて飛び掛ってきた。今度の男はすぐそばで眼鏡の女と戦っている黒髪の男よりは動きは遅いが、それでも充分に常人の域を超えている。超人のオンパレードか、と訳が分からぬままにザフィーラは迎撃しようと昇竜拳の構えを取る。上空から飛び掛ってくる相手に昇竜拳は常套手段なのだ。

だが、ザフィーラが飛び蹴り見てから昇竜拳余裕でした、を決める前に、その茶髪の男は横から現れたアルフのジャンピング・ニー・バット(真空飛び膝蹴り)を顔面に喰らってきりもみしながら鮮魚コーナー脇の通路に吹き飛ぶこととなった。ズガガガッ! と地面を転がる茶髪の男を一瞥(いちべつ)したアルフはザフィーラに振り返ると、バツが悪そうな顔で謝ってくる。

「ごめんよ、ダーリン。警告が遅れちまって」

「ダーリンて呼ぶな。いや、それよりこいつらは一体なんなん……!」

説明を求めるザフィーラだったが、天井の壁を蹴って死角からアルフに襲い掛かる茶髪の女を発見したことでその言葉を飲み込むことになる。警告を発していては遅いと判断したザフィーラはアルフを押しのける形で前に出ると、拳を前に出して天井から降ってくる女にカウンターの昇竜拳(ただのアッパー)を叩き込んだ。アゴにいいものを喰らった女は巻き上げられるように吹き飛び、ズシャアッ! と車田落ちで墜落する。やりすぎたかとザフィーラは思ったが、大事は無いようなのでとりあえずよしとした。

「サンキュー、ザフィーラ。助かったよ」

「礼などいらん。そんなことより説明を──」

「どけぇ!」

「く、またか!」

ザフィーラが口を開いたところでまたもや新手が出現。今度はサラリーマン風の男性。いい加減にしろ、とそちらに怒りを含んだ目を向けたザフィーラは、今さらながらにその事実に気付く。

いつの間にか辺りには十数人の人間がひしめいており、いずれもザフィーラ達がいる弁当棚を目指して周りにいる人間と拳を交えながら突き進んできているのだ。子ども、大人、老若男女様々な人間がギラギラと目を光らせて押し寄せてくる様に、流石のザフィーラも冷や汗を流さずにはいられない。

「なんなんだ、これ、はぁ!」

体勢を低くしてタックルをかましてくるサラリーマン風の男を殴り飛ばしたザフィーラは、事態の異常さに思わず叫んでしまう。いくら普段クールぶっているザフィーラでも、この状況では叫んでも仕方がないというもの。なんせ、ただのスーパーで客同士の乱闘が行われているのだ。しかも、ただの喧嘩ではない。拳と拳がぶつかれば衝撃波が生まれ、まともに攻撃を喰らったものは天井を転がるように吹っ飛んでいく。中にはクモのように天井をシャカシャカと移動する輩までいる。お前ら本当に人間かと。

「ザフィーラ、弁当だよ!」

「……なに?」

ライダーキックのように上方から蹴りを放ってくる小太りの男をサマーソルトで迎撃したザフィーラは、横から発せられたアルフの言葉にそちらを振り向く。アルフは奇声を上げて襲い来る老人を裏拳で吹き飛ばすと、すぐそばにある弁当棚を指差す。

「弁当を取ればこいつらは手出し出来ない! 隙を見て取るんだ!」

「いや、言っている意味が分からな──」

「いいから! 取るんだよ!」

「う、うむ」

勢いに押されたのか、ザフィーラはややたじろぎながら弁当棚に視線を落とすと、一番手近にあった『柔らかアナゴちらし弁当』という名前の弁当に手を伸ばす。手が弁当に近づき、容器に触れるか触れないかといった、その瞬間。

「やらせるかぁ!」

周りの人間が一斉にザフィーラに狙いを定め、上下左右から攻撃を仕掛けてきた。それに気付いたザフィーラは、視線を弁当から襲い来る刺客達に向け直すと迎撃行動に移る。左右から迫る拳をそれぞれの手で掴み取り、勢い任せに掴んだ二人を振り回して上下の敵にブチ当ててもろともに吹き飛ばす。ちょっとスカッとした。

「そんな奴ら無視していいって! とにかく弁当を!」

そんなザフィーラに、弁当棚を背にして二人の幼女の猛攻をしのいでいるアルフが一喝する。絵的に色々とおかしいが、最初から何もかもがおかしいので突っ込むのはやめておくことにした。

やれやれと息を吐いたザフィーラは、上空から降ってくる女子高生をタイガーアッパーカットで星にすると、くるっと一回転して弁当棚のすぐ前に華麗に着地。そして、先ほど取ろうとした弁当に手を伸ばし、ついにその容器を手にすることに成功した。

「よし、これでアタシも安心して取れる!」

ザフィーラが弁当を手にしたのを確認したアルフは目の前にいた二人の幼女の顔面を掴むと、横から襲い掛かってきた大男に投擲(とうてき)し、その動きを阻害。その隙に、ザフィーラに続いて棚から残り少ない弁当を奪取する。投げられた二人の幼女は大男に殴り飛ばされて通路をゴロゴロ転がったが、ザフィーラはやはり突っ込むのはやめておいた。

「む?」

弁当を手にした直後、ザフィーラは先ほどまで全身に浴びていた殺気が霧散していくのを感じ取った。事実、攻撃を加えようといていた周りの人間も今はザフィーラには目もくれず、彼を迂回して弁当棚に群がっている。

「サバの味噌煮は渡さん!」

「あたしの物よ!」

弁当に手を伸ばしては弾き弾かれを繰り返し、お互いに頬に拳をめり込ませる客達のその姿を見て、ザフィーラはようやくこの場で何が行われていたのかを悟った。なんとも非常に馬鹿馬鹿しいことなのだが、この現状を鑑みるにそうとしか思えない。

つまりは……

「半額弁当の奪い合い、か」

そういうことである。半額弁当を手にするためだけにこの客達は殴りあい、蹴り合い、潰し合っている。恐るべき身体能力を駆使して。

「馬鹿かこいつら……」

思わず本音が漏れてしまう。が、その呟きに言葉を返す人物が現れた。

「そう、俺達は皆馬鹿だ」

横からのその声にザフィーラは反射的に振り向く。ザフィーラに声を掛けた人物は、最初に彼に攻撃を仕掛けた黒髪の男だった。その男の隣には眼鏡を掛けた女もいる。両者の手には半額シールが貼られた弁当がしっかりと握られていた。おそらく最初の攻防の時点で早々に手に入れていたのだろう。いつの間にかいなくなっていたことにもそれで納得がいく。

「しょせん俺達が獲得せんとするのは半額弁当でしかない。真っ当な人間からすればみすぼらしい行為だろう。無様だとあざ笑う者もいるだろう」

黒髪の男はザフィーラを見る目に笑いを含ませながら言葉を続ける。

「しかし、だからこそ、俺達は誇りを持ってここにいる。みすぼらしい行為だからこそ、誇りを持って全力でこれに当たる。たとえいかなる者であれ、人が一生懸命に頑張っているものを非難する権利は誰にも無い」

「む、むう……」

その黒髪の男の言葉に、ザフィーラはなぜだか感銘を受けてしまった。やっていることは弁当の奪い合い、誇りも何も無いとは思う。だが、男の言葉には有無を言わせぬ何かがあった。

「なにはともあれ、弁当奪取おめでとう。見事な戦いっぷりだった。これでお前も立派な《狼》だな」

そう言った黒髪の男は眼鏡の女と共にきびすを返すと、

「礼儀を持ちて、誇りを懸けよ。では、また会おう」

去り際に一言呟いてレジへと歩いていった。そんな男のセリフにザフィーラは首をかしげる。《狼》とはなんなのか、それに礼儀とは。他にも疑問があったが、男は去ってしまったので聞くことは出来ない。……いや、ザフィーラの疑問に答えられる人物がすぐそばにいた。

「ザフィーラ、色々聞きたいって顔してるねぇ。教えてあげようか?」

アルフだ。彼女はザフィーラの近くにすり寄って来ると、ニヤニヤ笑いながら提案をしてくる。

「ただし、夕飯を一緒に食べるって条件が付くけどね」

「む……」

彼女の出した条件を呑むかどうか、ザフィーラはしばし迷った。主達には家で食事を取るとすでに伝えているので、断りを入れなければならない。ザフィーラは誇り高い狼なので前言を撤回することが嫌いだ。しかし、疑問は残しておきたくない。ザフィーラは数秒ほど迷い、結局アルフの条件を呑むことにした。

「いいだろう。ではその旨を念話で主に伝えるので少し待て」

やりぃ、と小躍りするアルフを横目に、ザフィーラは主に念話を飛ばす。間違えて別の人物のところに飛ばした、なんてこともなく、一瞬で主に繋がった。

『主、聞こえるか、我だ』

『おや、この渋い声はザフィーラさんですか。念話なんて飛ばしてどうしたんですか?』

『今日の夕飯なんだが、外で食べることになった。シャマルにも伝えてくれるか』

『へえ、珍しい。どなたかとご一緒するんですか?』

『む、うむ。あの金髪の魔導師の使い魔とな』

『おや! おやおや! ほうほう、なるほど。そういうことでしたか。お二人はそこまでの関係に……』

『いや、何か勘違いをしていると──』

『え、なになに、犬ってあの女と付き合ってんの? ヒューヒュー、妬けるねコンチクショー』

『マジか。そんな感じはしてたけど進展早いな』

『ザフィーラにも春がやって来たのね。応援してあげるわよ』

『今まで突き放していたように見えたのだが、なるほど。ザフィーラはツンデレだったというわけか。デレるのが少々早い気もするが』

『貴様ら、割り込んできて好き勝手なことを言うな。……あとリイン、お前、後で、絶対、殴る』

『まあまあ。とりあえず、夕飯は外で済ませてくるんですよね。帰るのはどれくらいになりますか?』

『なに、一時間もせずに帰ると──』

『おいおい、朝帰りに決まってるじゃないっすか、主。言わせるなよ』

『あっと、こりゃ失礼。それもそうですね』

『明日の朝、帰ってきたザフィーラを皆で出迎えてこう言ってやろうぜ。「昨夜はお楽しみでしたね」』

『あら、ナイスアイデアね。お赤飯炊いちゃおうかしら』

『なにか違う気もするが。まあ、なんだ、ザフィーラ。責任はちゃんと取──』

『貴様ら後で絶対殴る』

そこで念話を強制的にカットし、ザフィーラはフゥと大きく息を吐く。全員悪乗りしすぎだ。

会話をするだけで疲れてしまったザフィーラは隣で嬉しそうに念話を終えるのを待っていたアルフに向き直ると、とりあえず弁当の会計を済ませようとレジに促す。

レジにて弁当を買ったザフィーラとアルフは、話をするために入り口近くのベンチまで移動して二人揃って座る。アルフが密着してくるが、引き剥がそうとしてもスライムのように粘着して離れないのでザフィーラは諦めてそのまま話を聞くことにした。

「さて、話してもらうぞ、洗いざらい全てな」

「せっかちだねぇ。もうちょっと雰囲気を大事にしようとは思わないのかい」

「半額弁当片手にスーパーのベンチで雰囲気も何もあったもんではないだろう。なにより我は貴様の恋人ではない」

「むう、こりゃ難敵だねぇ」

「ごたくはいい、早くしろ。主達に邪推されかねん」

へーい、とやる気なさげに答えたアルフは、ゆっくりと語りだした。このスーパーで行われていた弁当の奪い合い、それに誇りと命と青春を懸ける《狼》達の話を。



《狼》

誰が言い出したかは分からないが、スーパーで半額弁当を求め、争う者達を総称してそう言う。《狼》達の半額弁当を巡る戦いは全国のスーパーで行われているらしく、毎夜、弁当が半額になる時刻に《狼》達はスーパーに集う。

《狼》達は普段は一般人だが、スーパーで半額弁当を前にした時だけはあり得ないほどの身体能力を得る。《狼》達の戦いはフリーダムなようで、その実、皆が暗黙のルールに従って戦闘行為に及んでいる。

半額シールを貼った店員が扉の奥に消えるまでは弁当の下に駆けてはいけない。弁当を取った者を攻撃してはいけない。店に迷惑をかけてはいけない、等々。

これらのルールを守れない者は《豚》と呼ばれ、《狼》達に駆除されてしまう。また、そういったことをよく分からないであの場に訪れた弁当を欲する者、未熟な者を《犬》と言う。

《狼》達にも格というものがあるらしく、実力のある《狼》には自然と二つ名が付き、周りの《狼》から一目置かれるようになる。

最初にザフィーラを襲った男の《狼》と次に現れた女の《狼》はその二つ名付きで、このスーパーでも一、二を争うほどの強者であった。男の二つ名は魔導士《ウィザード》。まるで魔法を使ったように姿が掻き消えることから付けられたそうだ。女の二つ名は《流血の魔女》。争いのドサクサに紛れてお尻を触った《狼》を返り血を浴びながらボコボコにしたことから付けられたそうだ。



「他にもこのスーパーには二つ名持ちがたくさんいるよ。最近流星のように現れて瞬く間に二つ名を取得した双子の《狼》の《ケルベロス》に、剣道少年達を引き連れて群れで狩りを行っている謎の仮面女、《ミス・キシドーと猟犬群》、二人のメイドにサポートさせて毎回弁当をかっさらっていく幼女、《ロリメイド》。タンク(買い物カート)を自由自在に操り進行方向にいる者をひき潰していくパーマの主婦、《大猪(おおじし)エンペラー》とか。このスーパーは日本でも有数の激戦区だろうねぇ」

「……そ、そうか」

アルフの口から語られる馬鹿馬鹿しくも壮大な話に、ザフィーラはちょっと引き気味に頷く。まさか弁当の奪い合いをしている連中に二つ名が付いてたり、ルールが定められたりしているとは思わなかったのだ。しかも全国で行われているとか。日本は広いのだな、とザフィーラは遠い目をして彼方を見やる。

しかし、これでようやく疑問が全て解けた。知って得するような情報ではなかったが。

「説明、ご苦労だった。では我はこれで失礼させてもらうぞ」

「待った。夕飯一緒に食べる約束したじゃないか」

「チィ」

話を聞き終えたザフィーラは何食わぬ顔で去ろうとするが、そうは問屋がおろさなかったようだ。ガッチリと腕をロックされてしまい、逃げ出すこと叶わず。ザフィーラは諦めて食事を共にすることにした。

「分かった。だが食べるのはこの弁当だぞ。レストランなどには行かんからな」

「充分、充分。むしろ弁当の方がいいから」

そういうものなのか? とザフィーラは自分の価値観に疑問を持つが、相手がそう言っているのならいいかと深く考えず、食事が出来る場所に移動しようとベンチから立ち上がる。アルフも続いて立ち上がると、いい場所があるんだ、とザフィーラの腕を引っ張って出口まで引っ張っていく。抵抗するのも馬鹿らしいのでザフィーラはされるがままだ。

──リア充爆発しろ。

どこからかそんな恨みがましい声が聞こえた気がした。





上機嫌なアルフに連れられて来たのは大きな公園だった。海鳴臨海公園という名前らしい。

「どうだい? 星がよく見えるだろう」

「ほう……悪くはないな」

人気の無い公園に入った二人は大きめのベンチに座ると、夜空にきらめく星を見上げる。遮る物が何も無いため、広大な空の海を漂う星々を余すことなく視界に収めることが出来る。いわゆるロマンチックな光景というやつであった。

(はっ、いかん)

夜のベンチに男女が二人きり、空には綺麗な星がたくさん。このシチュエーションはマズイと狼の直感が告げている。隣のアルフなんか様子を窺うようにチラチラと見てきている。ザフィーラは雰囲気に流されるような軟弱な男ではなかったが、今の雰囲気はなんだかよろしくないと危機感を抱いたため、さっさと食事を済ませてこの場からオサラバしようと弁当の蓋に手を掛けた。その瞬間、隣から小さな舌打ちが聞こえたがザフィーラは気にせず蓋を外した。

それと同時に、なんとも言えない香ばしい香りがザフィーラの鼻孔をくすぐり、その良い匂いに思わずよだれを垂らすところであった。

「へえ、柔らかアナゴちらしか。それ美味しいんだよねぇ」

匂いに釣られてか、隣のアルフがザフィーラの持つ弁当を覗き込んでくる。

「やらんぞ。自分の弁当を食え」

「ケチ」

「ケチで結構」

「くぅ」

軽い言葉の応酬をした二人は割り箸を袋から取り出して綺麗に割ると、それぞれの弁当のおかずに突き刺す。掴むのでなく、突き刺した。二人とも普段は狼の姿で食事を取っているので、実は箸の扱いが下手なのだった。

「……む?」

薄く切られたアナゴを箸で突き刺し口に運ぼうとしたところで、アルフがじっと自分を見ていることにザフィーラは気付く。アルフは何かを期待した目で隣のザフィーラの顔を見つめていた。

「何を見ている」

「ん? ああ、アンタがその弁当食べた瞬間どんな顔するかなーって」

「なんだそれは。弁当を食べたところで表情など簡単に変わらん」

「それはどうかな~?」

面白そうに笑いながら自分の顔を見つめるアルフが気に食わなかったが、空腹だったザフィーラは気にせず箸を動かし、ぱくっとアナゴと少量の白米を口に含む。そして、咀嚼(そしゃく)し、じっくりと最初の一口を味わい、ごくりと嚥下(えんか)する。

「……これは」

美味い、と単純にそう思った。もしかしたら頬が緩んでいるのかもしれない。この弁当は、掛け値なしに美味い。シャマルには悪いが、今まで食べたどの料理よりも美味いと、そうザフィーラは思った。

「良い顔してるじゃないか」

隣のアルフが自分の弁当をパクつきながらそう言ってきた。アルフが言うように、ザフィーラの表情は弁当の一口で変化していた。喜怒哀楽で言う、喜の表情に。ザフィーラは少々気恥ずかしさを感じながらも、それを誤魔化すように箸を動かして弁当の中身を胃に収めていく。

「むぐ……これは、あれだな。きっと最高級のアナゴを使用した弁当なのだな」

「アッハハ、そんなわけないじゃないか。定価五百円の弁当だよ?」

「で、では調理した人間の腕が最高級なのだ。でなければここまで美味いはずがない」

「まあ、腕は悪くないと思うけど。でも、その弁当が美味い本当の理由はそんなんじゃないよ」

「む? ではなんだと言うのだ」

アルフはそう言うと、待ってましたとばかりに用意していたセリフを口にする。

「その弁当が美味い理由、それはね、幾多の《狼》達と奪い合い、艱難辛苦(かんなんしんく)の末に自らの手で掴み取ったからだよ。いわゆる、勝利の味ってのがトッピングされてんのさ」

「勝利の、味……」

「《狼》達が殴り合ってまで弁当を奪取しようとするのは、この美味い弁当を食いたいからなんだよ。金を出せばいくらでも買えるただの弁当じゃ、ここまで美味いもんは食えないからね」

普段のザフィーラだったならば馬鹿らしいと切って捨てただろうが、ここまで美味い弁当を口にした今ではそんなことは言えなかった。確かに、弁当を食べる時はさっきの戦いを自然と思い起こしながら食べていたし、今口に含んでいるこれも、四人同時に叩き伏せた手の感触を思い浮かべながら食べるとさらに美味く感じる。これは、まさしく勝利の味と言っても過言ではないかもしれない。

そう思った瞬間。カチリ、と外れていたパズルのピースがはまったかのように、ザフィーラは唐突に理解した。

これが、これこそが自分が求めていたもの。

戦い、奪い合い、捻じ伏せ、そして、食す。まさに、狼の生き様。これこそが足りないと感じていたもの。ぬくぬくとしているだけでは得られない緊迫感、高揚感、充実感。

「見つけた。やっと」

そう、見つけたのだ。どこか物足りなかった日常を一変させるものを。ザフィーラは歓喜した。自分でもそれと分かる盛大な笑みを浮かべ、アナゴちらしを口に含みながら声を上げて笑う。

「く、くくく、はははははははっ!……げほ! げほ!」

むせた。

「ちょ、大丈夫かい」

アルフからペットボトルのお茶を手渡されたザフィーラはそれをごきゅごきゅとノドを鳴らして飲み下すと、アルフに向き直って彼女にワイルドな笑みを向ける。これがザフィーラが初めてアルフに向けた笑みであった。

「アルフよ、礼を言うぞ」

「え、何がさ?」

「お前のおかげで我は狼に戻れる、そういうことだ」

アルフからすれば急に笑い出して変なことを言い出した男、という風に見えるが、彼女は細かいことは考えない主義だったので、素直に礼を受け取ることにした。

「よく分かんないけど、アンタが喜んでくれてアタシも嬉しいよ。……あと、出来ればお礼は言葉じゃなくてもっと別の、例えばキスとかだったりすると鼻血が出るほど嬉しいんだけど……」

「む、そろそろいい時間だ。家に帰るとしよう」

「聞けよ、おい」

やはりロンリーウルフでいたいザフィーラだった。

「さて」

よっこいしょういち、とベンチから立ち上がったザフィーラは、空になった弁当の容器を脇にあったゴミ箱に捨て、公園の出口に足を向ける。それを見たアルフは急いで残った自分の弁当の中身を口にかき入れると、容器をゴミ箱に投げ入れザフィーラの後を追う。

「待ちなってば。アタシ、亭主関白ってあんまり好きじゃないんだけど。やっぱり男は女の尻に敷かれてなんぼだと思うんだよねぇ」

「見解の相違だな。我は女は男に静々と付き従うべきだと思うのだが」

「あれ? それって、アタシがダーリンに付き従ってれば恋人になってくれるってこと?」

「……言葉のあやだ。あとダーリンて言うな」

「ダーリン」

「黙れ」

「ダーリン」

「だま……ええい、勝手にしろ」

「ふへへ、勝った」

「く、いらつく女だ」

その夜、海鳴市の夜道を仲むつまじく歩くカップルらしき男女が見られたとか、見られてないとか。






一人の男が半額弁当を巡る戦いに巻き込まれてから数日後。一軒のスーパーにて、とある《狼》に二つ名が付けられた。

その二つ名は《盾の守護獣》。一人の女性の《狼》を他の《狼》の攻撃から守る姿が印象的だったために付けられたそうだ。























あとがき

今回の話の元ネタ、とあるラノベから拝借させていただきました。楽しんでいただけたら幸いです。



[17066] 六十五話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/09/18 13:28
「石田先生、少し遅れましたが、新年明けましておめでとうございます」

「ええ。明けましておめでとう、はやてちゃん。……それにしても、胸を揉まれながら新年の挨拶を交わすなんて初めてだわ、私」

「何事も経験ですよ」

「この経験がいつか活かされる時が来るのかしら……」

日々、おっぱいマイスターの活動に余念が無い神谷ハヤテです。





新年が明けてから早十日が経過した。と言っても、私達の生活に何か大きな変化があるというわけでもなく、お餅を食べたりコタツでゴロゴロしたりと、私とヴォルケンズの皆は常と変わらぬ毎日を過ごしてきた。

しいて変化した事を挙げるならば、リインさんがギャルゲーに手を出すようになった事と、ザフィーラさんがたまに外食するようになった事。それと、マルゴットさんから『タスケテ』というメールが届いて以来、彼女と連絡が取れなくなった事くらいか。まあ、そのうちひょっこり現れるだろうから彼女の事は大して気にしていないが。マルゴッドさんだし。

「あら? 今日は付き添いの方はいないの?」

「いえ、シグナムさんと一緒に来たのですが、彼女、待合室の子どもとのポケモン勝負に夢中になってまして」

「ああ、あの個性的な方ね。納得だわ」

ちなみに今日は新年が明けて一回目の検診の日で、朝ごはんを食べてから私はシグナムさんと共に病院へとやって来た。彼女は待合室に入るまでは大人しくしていたのだが、そのすぐ後に入ってきた少年にポケモンバトルを挑んでしまい、私が放送で呼ばれた今も熱いバトルを繰り広げている。

で、診察室に一人で入室した私は恒例の突撃&モミングを新年の挨拶と共に済ませ、現在に至るというわけだ。しかし、ああ、やはり石田先生のおっぱいは良い。決して大きいとは言えないが、揉み心地がたまらん。おっぱいマイスター検定準二級の私が断言しよう。ナイスおっぱいであると。

「……今日はえらく長く揉むのね。そろそろ離れてくれないかしら」

「おっと、失礼つかまつった」

割と久しぶりなので思わず揉み過ぎてしまった。やはりおっぱいマイスターたるもの節度をわきまえねばな。……嫌がる女性の胸は嬉々として揉むけどね!

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした……って、何かおかしいわね。まあいいわ、真面目な話に移りましょう」

私が後ろ髪を引かれる思いで胸から手を離し、グレン号を操作して後ろに下がると、石田先生は乱れた白衣を直しながら真剣な顔をこちらに向けてくる。だが、以前まで顔に出ていた緊迫感は鳴りを潜め、その表情には安堵が見て取れた。

やっぱり麻痺が着実に回復していってるからだろうな。今まで心労をかけていたようで本当に申し訳ない。

「大体の進捗(しんちょく)状況はこの前の診察の時に話したわよね?」

「あ、はい。今のペースで麻痺が治れば、二月頃には完全に麻痺が消えて感覚が全て戻ると。それと、それからのリハビリ次第では、早ければ四月に歩けるようになる、でしたよね」

「歩けるようになると言っても、松葉杖は必須よ。本当に自由に歩き回れるようになるにはまだまだ時間が掛かるわ。それこそ年単位の時間がね」

っと、そういえばそうだった。でも、一人で立ち上がれるだけでも随分と違うだろう。ヴォルケンズの皆の手をわずらわせることも少なくなるし、学校にだって通えるようになる。お風呂だって一人で……いや、これはマイナス要素か。けど、色々と生活に融通がきくようになるのは確かだ。

「完治するまでは、ずっとリハビリが続くんですよね?」

「そうよ。辛くて地味なのが、長々とね。リハビリっていうのは、とにかく焦らずじっくり進めていくものだから。そこのところは理解してほしいのだけど……」

「大丈夫です。苦労もなくいきなり完治するなんて思ってませんから。いつか自由に歩けるようになるのなら、五年だって十年だって苦行に耐えてみせますよ」

「……頼もしいわね、はやてちゃんは」

そうだ、死ぬかどうかの瀬戸際に比べたら数年のリハビリくらいなんてことない。何年か病院に通ってちょっと辛い思いをするだけで治るのだ。楽勝、楽勝。

「その余裕、いったいいつまで持つのかしらね……」

なんか石田先生が横を向いて怖いこと言ってるが、うん、きっと大丈夫……だといいなぁ。まったく、怖がらせるようなことを言わないでほしいものだ。っていうか、リハビリってそんなにきついものなんだろうか。今度調べてみよう。

「何はともあれ、これからが本当の勝負よ、はやてちゃん。完治目指して頑張っていきましょう」

「あ、はい」

私を励ますためなのか、石田先生は握った両手を前に出して笑顔でエールを送ってくれる。ああ、やっぱりおっぱいもいいけど笑顔も素敵です、石田先生。私が男なら惚れていたところだ。

……っと、そうだ。新年も明けたことだし、もう一回改めてお礼を言っておこう。去年もお世話になったけど、これからも長期間お世話になるのだから。

「あの、先生。先生からしたら私は厄介な患者だったと思いますが、これまで嫌な顔一つせず付き合ってくれてありがとうございます。これからも、どうかよろしくお願いします」

一礼する私を見て、椅子に座る石田先生は鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。あれ? 別におかしなことは言ってないよね?

「石田先生?」

私の問いかけに、先生はハッと気を取り戻すと苦笑しながら私の顔を見てきた。

「ああ、ごめんなさい。まさか、はやてちゃんがそんな風に思ってたなんて思わなかったから」

苦笑を意地悪気な笑みに変えた石田先生は、ふふっと小さく笑って言葉を続ける。

「正直に言うとね、確かにはやてちゃんを厄介な患者だと思っていたわ。原因の分からない麻痺に加えて、患者本人はどうせ治らないと内心で諦めていたようだし。それに胸揉むし」

「うぐぅ……」

自分から話振っといてなんだが、グサリときた。石田先生、言うときは言う人なんだな。事実だから言い返せないのが辛い。

そんな風にへこむ私を見た石田先生は、私の頭に手を乗せると優しく撫でてきた。

「なんてね、冗談よ。厄介だと思ってたのは病気だけ。それにね、はやてちゃん。私、神経内科を専門にするようになって長期の患者がはやてちゃんが初めてだったから、逆に良い経験させてもらったって感謝してるのよ? ちょっぴり手を焼かされたりもしたけどね」

……感謝? こんな手の付けようのない病気を患っていた患者に? 治す気が見られなかった私に? エロオヤジみたいに毎回胸を揉む私に感謝ですと? 

「……本気で言ってます?」

「あら、私は患者と話す時はいつだって本気よ。これでも医者の端くれだもの」

そう言った石田先生の目には嘘の色は見られない。どうやら本気で言っているようだ。

……マルゴッドさんといい、石田先生といい、私の周りにはお人好しが多いな。でも……そういうのは嫌いじゃない。逆に尊敬しちゃうね。

「あ、そうそう。さっきの返事がまだだったわね」

石田先生。あなたが主治医で、本当によかった。

「はやてちゃん。これからも長いこと付き合うことになると思うけど、よろしくね。リハビリ、挫けちゃだめよ?」

「ふふ、望むところです」

あなたと一緒なら、どんなに辛くても頑張れますから。






軽い診察を終えた私は診察室を出ると、待合室でDS片手に打ちひしがれていたシグナムさんを引っ張って外に出た。どうやらシグナムさんは少年にコテンパンに負けてしまったようで、病院を出てから五分間ずっとうな垂れて私の横を歩いていた。が、シグナムさんがいつまでも落ち込んでいることなどあり得るはずもなく、すぐに気を取り戻して私と雑談をするようになった。

「でさー、スーパーで買った弁当がまた美味くて……はっ、いかん」

「どうかしましたか?」

「天津飯の気が……消えた」

「へえ」

そうして世間話に花を咲かせながら二人で並んで道を進むことしばし、私達は無事に家に帰り着くことが出来た。まあ、そう簡単にトラブルなんて起きるわけがないから無事なのは当然なんだけど。

「ただいま帰りました」

「おかえりなさい、ハヤテちゃん」

家に着いた私とシグナムさんはさっそく中に入り、示し合わせるでもなくリビングの扉を開けてソファーに飛び込む。暖房がきいたリビングには全員が揃っており、各自がそれぞれ好きなことをやっていた。

リインさんとシャマルさんはWiiの格闘ゲームで対戦、ヴィータちゃんは今朝届けられた以前ネット通販で注文したマブ〇ブをヘッドフォン装着でプレイ中、ザフィーラさんはホネッコをかじって床でゴロゴロと、いつも通りの皆。この光景を見てると安心するね。

「シャマルさん、リインさん、私も混ざっていいですか?」

「あ、うちもやる~」

「構わんぞ。二人では味気なかったところだ」

ソファーに座って皆の姿を見ていた私とシグナムさんは、盛り上がりに欠けていたシャマルさん達に混ざってゲームをやることにした。お昼まではまだ時間もあるし、しばらくは皆とゲームをして過ごすことにしよう。

ちなみにシャマルさんとリインさんが遊んでいたゲームは、トィン〇ルクイーンという四つのタイトルの人気美少女ゲームの登場キャラクター達が熱いバトルを繰り広げる、今巷で最もホットな格闘ゲームだった。でも正直これWiiで出すゲームじゃないと思うんだ。きっと多くのギャルゲユーザーが私と同じ事を思ったことだろう。

とりあえずそれは置いといて、ゲームを楽しむことにする。

「恋姫〇双からは貂蝉(ちょうせん)を出してほしかったですね。あ、私は曹操様で」

「私は宇佐美が出てくれただけで満足だがな。あ、もちろん私は宇佐美で」

「それじゃ私はこのスケートで戦う斬新すぎるスタイルの女で」

「んじゃあっしはこの剣使いで」

ゲーム開始。パソコン画面越しにオタク達を虜にしたギャルゲキャラ達が所狭しとテレビ画面内を動き回る。金髪ツンデレが鎌を振るい、不思議キャラが催涙スプレーを噴射し、フィギュアスケート選手がスピンアタックをかまし、女剣士が剣を突き刺す。……ここまでカオスなゲームはなかなか無い気がするな。

「これでおしまいですね。さようなら、勇者」

「宇佐美ぃぃぃぃ!?」

一時間ほど遊んだところでシャマルさんが昼食の準備のために抜けた。しかし、その後、その穴を埋めるようにザフィーラさんが人間形態に変身して乱入してきた。私達がゲームをしている間、ヴィータちゃんはパソコンにかじりついてディスプレイに表示されるテキストを食い入るように読み進めている。あの様子だと今日一日はパソコンから離れようとしないだろうな。

「ごはん出来たわよー」

「は~い」

時間も忘れて皆と楽しく遊んでいるところにシャマルさんから声が掛かる。どうやらいつの間にかお昼の時間を迎えたらしい。

ゲームのスイッチを切り、パソコンから離れようとしないヴィータちゃんを皆で無理やり引き剥がしてダイニングに移動……しようとしたのだが、その時、毎度のごとく彼らが我が家にやって来た。

「おっじゃましま~す!」

「はしたないわよ、ロッテ。あ、おじゃまするわね、皆」

「やあやあ、はやて君、それに騎士諸君。ご機嫌いかがかな? 私? 私は絶好調だとも」

「聞いていません。それと、いい加減窓から侵入してくるのは止めてください。普通に玄関から入ってくれば追い出したりしませんから」

私の言葉などどこ吹く風。狭い窓からニュルニュルと蛇のごとく侵入してきたグレアムさん一行は、リビングの隅に置いてあった彼ら専用の小さな食卓と座椅子を素早くダイニングに運び、腕に下げていた風呂敷袋から料理の詰められたタッパーを取り出してそこに並べていく。

もはや日常風景となってしまったその光景に、私達は軽くため息を吐いて彼らの隣の食卓に座る。流石に総勢九人がダイニングに集うと少々狭苦しく感じられるな。

だからというわけではないだろうが、未練がましくパソコンの方をチラチラ見ていたヴィータちゃんが、座椅子に腰を下ろすグレアムさん達に多少トゲのある口調で話しかけた。

「お前ら、夜に来るとか言っといてなんで昼にも来るんだよ。しかも毎日のように」

それに答えるのはアリアさんから箸を手渡されたグレアムさん。彼はカチカチと食べ物を挟む動作で箸を打ち鳴らし、愉快そうに笑いながらヴィータちゃんの言葉を受け流す。

「いいではないか。食事というのは大勢で食べたほうが美味しく感じられるものだ」

「そうそう、細かいことは言いっこなしだよ」

「こうしておすそ分けもしていることだし、許してもらえないかしら?」

アリアさんからタッパーに入った美味しそうなハンバーグをお皿に乗せてもらったヴィータちゃんは、「しょ、しょうがねーな」と言って見事に買収されてしまった。偉大なるはロッテさんの美味しい手料理か。

「はい、はやてにもおすそ分け」

椅子に座る皆にハンバーグを配っていたアリアさんが、私の方にやって来てお皿にハンバーグを乗せてくれる。うーん、美味しい料理をもらえるのは嬉しいんだけど、いつももらいっぱなしだからなぁ。たまにはこっちからもおすそ分けしてみるか。

「それでは、こちらからもお返しとしてシャマルさん特製の四角いミートボール(?)を──」

『丁重にお断りします』

にべもなく全員に敬語でお断りされてしまった。

「あなた達わりと失礼よね」

シャマルさんがプンスカと怒っている。しかし残念だ。これを食べれば気分爽快、元気百倍になるというのに。まあいい、シャマルさんの料理はいつか食べさせるとして、今は食事の挨拶を済ませよう。

「それでは準備も出来たようですし、いただきましょうか」

皆そろってお手を合わせて、

『いただきます!』

「いただきました」

私に合わせて皆が挨拶し、一斉に箸を動かして料理を口に運び始める。わずか一週間の間にグレアムさん達は箸に慣れてしまったらしく、純日本人の私と遜色がないほどに器用に食べ物を掴んで食べている。

ヴォルケンリッターの皆ともそれなりに打ち解けてきたようで、始めの頃は無言だった食卓も、今では談笑の花が咲くようになった。特に、シャマルさんとロッテさんがよく話す。耳を傾けてみると、料理関係の話で盛り上がっているようだ。

それと、意外なことにシグナムさんとグレアムさんの仲も良好だ。なにやら波長が合ったらしく、軽く言葉を交わしては楽しそうに笑い合っている。

こうして見ると、こうやってグレアムさん達を交えて食事をするというのも悪くはない気がするな。最近ではおすそ分けの料理を楽しみにしている節も見られるし、なんだかんだ言って皆はグレアムさん達を受け入れている。他者とあまりコミュニケーションを取ろうとしない皆(シグナムさんを除く)には良い刺激となっているみたいだ。これを機に、半引きこもりのリインさんが多少にでも外に興味を持ってくれたらいいんだけど。彼女、他の皆と違って私の病院の付き添い以外では全く外に出ないし。俗世などに興味は無いとか言ってるけど、きっと面倒くさいだけなんだろうな。そのうち外に出たら負けでござるとか言い出しそうだ。

「ああそうそう、はやて君に言っておくことがあったのだった」

箸を動かしながら考え事をしていると、お茶でノドを潤したグレアムさんが私に向き直る。……グレアムさんのこのイタズラ顔を見るに、ろくな話ではない気がするな。今度は何をしようというんだよ。

「……何でしょうか?」

「はやて君の転入手続き、済ませておいたから。四月にはなのは君達と同じ学校に通えるぞ」

あっさりと口にしたそのセリフに、思わずポカンと口を開けて呆けてしまう。いや、転入手続きって、確かに任せてはいたけどさ……

「早すぎませんか? まだ四月に確実に学校に通えるくらいに回復するって決まったわけじゃありませんし。というか、聖祥学園は小学校から大学までのエスカレータ式の私立学校ですからそれなりの学力が求められるわけで、当然転入試験もあるはずです。試験も受けず、そんな簡単に転入出来るとは思えませんが」

私の当然の疑問に、グレアムさんはあっけらかんとした口調で答えを返す。

「ああ、それなら問題無い。なぜなら私が聖祥学園初等部の校長に就任したからだ」

「ぶはっ!」

吹き出した。

こ、校長、就任? このロリコンが? そんなん、野原で楽しそうに飛び跳ねるウサギの群れに一匹のライオンを解き放つようなもんじゃねーか。教育委員会や学校法人はなんでこんな男を校長に選んだんだよ。貴様らの目は節穴か。

「って、ちょっと待ってください。校長になるには教員資格が必要だったり、教諭として一定期間以上教鞭を執っていなければならなかったりと、いろいろな条件があるはずじゃ?」

「はやて君は博識だなぁ。しかし、一つ大事なことを忘れている。世の中には民間人校長というものがあってな、特に資格がなくとも校長になれたりするのだよ。ま、私の場合は金に物を言わせて強引に前校長を引きずり下ろしたのだがな」

「ぶっちゃけすぎだ!」

金か。やはり世の中金なのか。腐った世の中に絶望してしまいそうだ。

「……ま、まあグレアムさんが校長になるのは百歩譲っていいとして、私が試験を受けずに転入出来るというのはなぜなんですか?」

「そんなもの決まっているではないか。金の力と校長の特権をフルに活用した結果だよ、きみぃ」

「ありがた迷惑すぎる……」

私のためを思ってやっているってのは分かるが、なんでこの人のやることはこういつも破天荒なんだろう。自重しろと小一時間問いつめたい。こんなことしなくても実力で試験突破してやるっての。

「迷惑だったかね?」

「ええ、果てしなく。ですが、好意は素直に受け取っておきます。またお金を使わせてしまいましたしね」

「なに、今回の件は私の趣味……ああいや、実は私は学校の校長になるのが密かな夢だったからな。夢が叶った喜びのおすそ分けのようなものだ。気にすることはない」

邪(よこしま)な欲望が見え隠れしているが、なにも聞かなかったことにしておこう。

「ああそうだ。四月に通えなくてもいつでも転入することが出来る手筈になっているので、リハビリは無理して進めることはないぞ。医師に従ってゆっくりと治していくといい」

「それは、至れり尽くせりですね。その……色々と、ありがとうございます」

「その一言が聞けただけで充分だよ」

グレアムさんはそう言って笑うと、再び箸を動かして食事に戻る。……この人、まるでおじいちゃんみたいな人だな。これでロリコンじゃなかったら素直に慕っているところなのだが、言っても詮無いことか。

さて、私もさっさとゴハンを胃に収めるとしようかな。






「はやて、ばいび~!」

さらに騒がしさを増した昼食を食べ終えた私達は、手を振って去っていくグレアムさん達を見送ると、再びリビングにてゴロゴロしたりゲームをしたりして午後を過ごした。夜近くになるとザフィーラさんとシグナムさんが外食すると言って出かけ、残った四人は彼女達が戻ってくるまでゲームをして過ごす。

その後、なぜかかすり傷を負って帰ってきたシグナムさんとザフィーラさんを加え、お菓子を食べながら就寝時間まで雑談。そして、11時になったところで皆で寝室に移動する。

「ゲームして、食って、寝て、またゲームする。ニート万歳って感じですね」

「正直、近所の人間の目が怖くて外に出るのに抵抗があるんだけど、あたし」

「ロリッコ、そういう時は開き直って堂々と挨拶をしてやれ。何も怖いものなどなくなるから」

「流石あだ名がニートさんのシグナムさんは言うことが違いますね」

「ふっ、よせやい。照れる」

わいわいと話しながら寝室に布団を敷いた私達は、電気を消すといつものように皆揃って布団に入る。ザフィーラさんは私とヴィータちゃんの枕となってくれている。ふわふわで実に気持ちよく眠れるのだ。

「では皆さん、おやすみなさい」

『おやすみなさい』

「む、今度はチャオズの気が消えたか」

「はいはい」

こうして、平凡で、平和で、楽しかった一日が終わる。明日になれば、また今日と同じような一日が始まることだろう。

「……」

時折、考えることがある。

今の生活は満ち足りている。遠くないうちになのはちゃん達と同じ学校にだって通えるようになる。幸せだ。

でも、なんだろうか、この気持ちは。満ち足りているのに、何か物足らない。そんな矛盾。

どこか不満げな表情をたまに浮かべていたザフィーラさんは、最近になって何か大事なものを取り戻したようにとても満足げな顔を見せるようになった。きっと、失くしていた何かを見つけることが出来たのだろう。

それじゃ、私は? 私にはその何かを見つけることが出来るんだろうか? ……分からない。

「見つかるといいなぁ……」

そんな、皆の寝息にかき消されるほどに小さな呟きが漏れた。





──二時間後。

「グッ……暴れるな……いかん、私の身の内に封じ込めていた化け物が、再び外に出ようと……ぐあっ!」

「お前の場合シャレになってねーから止めろ」

リインさんの発作でなかなか眠れませんでした。




























あとがき

次回から時間の流れが速くなります。



[17066] 六十六話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:94e41f3e
Date: 2010/11/11 22:55
──sideフェイト




「フェイトちゃーん! おはよー!」

朝の通学路、電信柱に寄りかかって自分と同じ白い制服に身を包んだ児童達が登校する姿をなんとはなしに眺めていると、少し離れた所から元気な声が聞こえてきた。
声のした方に振り向けば、そちらには特長的なツインテールを揺らして息を弾ませながら駆けて来る女の子がいた。
彼女の名前は高町なのは。私の初めての友達で、今は同じ学校に通う同級生だ。

「おはよう、なのは」

「ごめんねフェイトちゃん、遅れちゃって。待った?」

私の隣にやって来てふぅと一息つくと、なのはは申し訳なさそうに、しかし何かを期待したような上目遣いでこちらを見てくる。
……いつものやり取りと分かっていても、口元が緩むのは抑えられないな。

「ううん、今来たところだから」

「イエス! そのセリフが聞きたかったの! これで今日もがんばれる……!」

「相変わらず大袈裟だね、なのはは」

毎日のように交わすこのやり取り、私には何がなんだかさっぱりだけど、なのはにとっては欠かせないものらしい。
待ち合わせ時間よりわざと遅れて来るのもこのためだとか。本当にわけが分からない。
いや、そういえば初めて会った時からわけが分からない言動をしてたか。それでも大切な友達であるということは変わらないけど。

『ミス・なのは、おはようございます』

合流した私達二人が周りの児童達と同じように学校へと歩き出した時、私の制服のポケットに入っているバルディッシュが声を発した。
以前までのバルディッシュだったら必要な時以外は沈黙を保っていたのだが、今はだいぶ口数が多くなった。こうして自発的に知り合いに挨拶をするほどに。
別にこれが悪いことだとは思っていないけど、話す内容が内容だけに頭が痛くなることが多々ある。……そう、まさに今のように。

「あ、バルディッシュもおはよう。最近の調子はどう?」

『良い感じです。仕事の合間にアニメを見たり、マスターの手を借りてギャルゲーを進めたりと、充実した日々を送っています。日本に来て良かった。それと便座カバー』

こんな感じだ。
正直、アニメや漫画を見せたことを後悔している。すぐにキャラクターの真似をしたがるし、漫画買ってください、ゲーム買ってくださいアニメ録画してください、DVD予約してください、ページめくってください、ボタン押してください、選択肢は真ん中でお願いします、CG回収したいのでロードお願いします、とか、いろんなお願い事をしてくるようにもなってしまったのだ。マリーに頼んで自立機能を付加してもらおうか真剣に検討してしまったほどである。理由が理由だけにそれは諦めたが。
当初は、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。いや、春になのはのレイジングハートを見た時点で危機感を抱くべきだったのかもしれない。今さらではあるけど。

そんな風に一人悔恨の念に苛まれながら歩く私の横では、なのはとバルディッシュが楽しそうに会話に花を咲かせている。
……深夜アニメとかギャルゲーの話ばかりで会話に混ざりづらいことこの上ない。普通のゲームの話なら今だったらそれなりに付いていけるのに。ポケモンとか。あとポケモンとか。ついでにポケモンとか。

「うんうん、分かってるねバルディッシュも。あ、そうそう、うちのレイジングハートもやっと最近ギャルゲーに手を出し始めたんだよ」

『萌え、という概念が理解出来なかったので敬遠していましたが、マスターに進められるままやってみて分かりました。あれはいいものです』

いつの間にかレイジングハートまで会話に参加してる……
私も話に付いていけるようにギャルゲーをやったり萌えアニメ(だっけ?)を見た方がいいのだろうか? 
バルディッシュに頼まれてゲームを進行させたりDVD再生したりしているけど、いつもデスクワークや宿題の片手間にやってるから、それらがどういうものなのかよく知らなかったりするんだよな。

でも、たまに夢にリニスや母さんが出てきて厳しい顔して言うんだよな。『ダメ、絶対』って。
……うん、やっぱり止めとこう。せいぜいポケモンとか遊戯王くらいにしておこう。なぜだかそれが最良の選択に思える。脳裏に浮かんだ母さんとリニスもほっとした顔してるし。

『ほう、レイジングハートも分かっているではないか。今までお前のことはいけ好かないアバズレだと思っていたが、認識を改める必要がありそうだな』

『同感です、バルディッシュ。私もあなたのことはすかしたポンコツ野郎だと思っていましたが、どうやら見るべきところはあったようです。オタクデバイス同士、一度腹を割って互いの嗜好をさらけ出し合うのもいいかもしれませんね』

「ああ、ギャルゲーのおかげでデバイス同士の不和が解消されていく! さすが日本の文化は偉大だね。そのうち世界まで救っちゃうかも」

「相変わらず大袈裟だね、なのはは」

苦笑を浮かべながらなのはの言葉に相づちを打っていた私は、そこでふと、彼女に伝えるべき話があったことを思い出す。
何ヶ月も悩んで、やっと昨日の夜に決心がついた。まだ誰にも話していないことだけど、いや、だからこそなのはに一番に聞いてもらいたい。私の一番の親友に。

「……」

苦笑から真面目な表情に戻し、よし、と軽く頷いた私は、いつも笑顔のなのはの横顔に目をやり、次いで口を開く。

「あのね、なのは」

「ん? なにかな?」

バルディッシュとレイジングハートの会話に意識を向けていたなのはは、私の言葉に疑問符を浮かべてこちらに向き直る。その表情はやはり笑顔。なのはにはやっぱり笑顔が似合うと思う。昔、スターライトブレイカーを私に向けてぶっ放した時の笑顔は勘弁だけど。
……いけない、背筋に冷たい汗が流れてきた。嫌な記憶は消去、消去と。
いや、今はそんなことより話が先だ。

「私、決めたよ」

「遂にギャルゲーに手を出すことを?」

セリフの途中でなのはが口を挟んでくるが、そよ風のごとく軽く受け流して話を続ける。

「違くて。今までずっと引き伸ばしてたあの話、私、受けることにしたよ」

「あの話って……もしかしてリンディさんの!?」

私に素っ気無く否定されて落胆した様子のなのはだったが、続く私の言葉を聞くと、一転して嬉々とした表情を浮かべて顔を上げた。
それに釣られるように私も気恥ずかしげに笑みを浮かべ、こちらに視線を送るなのはの目を見てはっきりと答える。

「そう。今日の夜、リンディ提督とクロノ、それにエイミィ達と話そうと思うんだ。ちょうどオフの日だから、みんな海鳴のマンションにいるし」

「わっ、わっ、おめでと~! ついに、だね!」

『おめでとうございます、ミス・フェイト』

「ありがとう、なのは、レイジングハート」

『おや? 私は一言も聞いていないのですが……おやー?』

あ、そういえばバルディッシュに言ってなかった。……まあいいか。

「おめでとう、フェイトちゃん!」

──おめでとう

──おめでとさん

──おめでとう!

「ありが……え?」

なのはとレイジングハートが我が事のように喜び、おめでとう、おめでとう、と何度も祝福の言葉を投げ掛けてくれる。うん、それはいい。そこまでは予想の範囲内だ。
しかし、なぜ周りの児童達までもが私に向き直り、なのはと同じように、おめでとう、おめでとう、と声を掛けてくるのだろう。しかもみんな笑顔で。
というか、気が付けばいつの間にか児童達に囲まれて拍手喝采されている。何だこれ。

「いやー、いい最終回だった」

「俺、あのラストがさっぱりだったんだけど、結局どういう意味なの?」

「こまけぇこたぁいいんだよ」

しばらくの間私を囲んで拍手していた児童達は、登校途中だったことを思い出したのか、一人、また一人と私を中心とした輪から離れていき、学校へと急ぎ足で向かい始める。
最後の一人が離れていくのを私が疲れた目で見送っていると、隣にいたなのはが、「私達も行こっか?」と、まるで何事も無かったように登校を促してきた。

「……ふう」

聖祥学園に通い始めてから三ヶ月経ったけど、なのは同様にここの生徒達は時々わけの分からない行動を取ることがあるから困る。どういったリアクションを取ればいいのかがさっぱり分からないのだ。基本的にみんな良い子なんだけど、それだけに奇行が目立つというか、何というか……まあ、一言で言えば、理解不能。これに尽きる。

「フェイトちゃーん、遅刻しちゃうよー?」

「あ、うん」

前を歩くなのはの声によって自分が無意識に立ち止まっていたことを知った私は、気を取り直すとパタパタと足音を鳴らしてなのはの下まで走る。
そして、なのはの隣という定位置に移動した後は、なのはの歩くペースに合わせて速度を緩め、再びレイジングハートとバルディッシュを加えてお喋りしながら学校に向かう。

話題は尽きない。ゲームの話、アニメの話、勉強の話、テレビの話、管理局の話、魔法の話。
過去に似たような話をしていたとしても、日をまたげばいくらでも会話に花を咲かせることができる。
ゆえに、その話題が出るのも必然だった。

「あー、ハヤテちゃん、早く転校してこないかな~」

「無茶言っちゃダメだよ。先月にリハビリ始めたばかりなんだから」

「それはわかってるけど。でも、やっぱり待ちきれないよ。フェイトちゃんだって楽しみにしてるんでしょ?」

「うん。それはもちろんそうだけど……」

八神ハヤテ。ここ最近、毎日のように話題に上る人物。車椅子に乗った、ちょっと変わったな女の子。

彼女と私が初めて出会ったのは秋ごろだったが、なのはとアリサとすずかはそれよりもっと前に出会い、なおかつあっという間に友達になったという。
かくいう私も、二度目の邂逅を経てハヤテの友達になることが出来た。少し出会いが特殊だったけど、そんなのは些細なことだ。
今では携帯番号も交換し合っているし、休日にはなのはと一緒に彼女の家に遊びに行くようにもなった。

そんな彼女が、そう遠くないうちに私達の学校に転校してくるというのだ。これで話題に上らないはずがない。それに、なのはだけでなく、アリサやすずか達もハヤテが転校してくるという知らせを聞いてから頻繁に口にするようになった。早く転校してこないかな、と。
もちろん私もなのは達と同じ気持ちだ。なのは、アリサ、すずかに加えて、ハヤテとも学校生活を共に送れるようになるのだ。きっと今よりもっと楽しくなることだろう。

けれど、物事には順序があるようで、いくら私達が催促したところで今すぐにという訳にはいかないのが現実だ。
ハヤテの転校の一番のネックとなっているもの、それは動かない足。一ヶ月前辺りからようやくリハビリに取り組み始めたが、ハヤテの話では学校に通えるようになるにはまだまだ時間が掛かるという。

だから、今私達に出来ることといえば……

「今はリハビリが順調に進むことを願うしかないんじゃないかな」

「う~、もどかしいなぁ」

「みんな同じだよ。私も、アリサも、すずかも。それにハヤテだって」

「……うん、そうだよね」

こうしてようやく会話に一段落ついた、ちょうどその時。前方に見慣れた建物の姿が見えてきた。

「あ、もう着いちゃった。会話しながら歩いてるとあっという間に時間が過ぎちゃうね。時間はわりとギリギリだけど」

『それはマスターが待ち合わせ場所にわざと遅れて来るからで……いえ、何も言いますまい』

前方にそびえ立つ建物は、私立聖祥大学付属小学校。私となのはが通う学校だ。
あそこでたくさんの友達と出会い、なのは達と一緒に授業を受け、半日を過ごす。今ではこうした学校生活にももう慣れたが、転校当初は色々と戸惑ったことを覚えている。
緊張しながらの自己紹介から始まり、見知らぬ生徒達に好奇の視線を向けられて萎縮したり、質問攻めにあっていたところをアリサに助けられたり、すずかの尋常じゃない運動神経に驚いたり、リンディ提督に作ってもらったお弁当を食べて危うくリニスと母さんの所に逝きかけたり(以降、お弁当は自分で作るようになった)と、様々なことがあった。

まあ、転校してから三ヶ月経った今となってはそれらも良い思い出なのだけど──

「校長先生~、おはようございま~す」

「はい、おはよう」

「ロリアム校長先生、おはようございます」

「はい、おはよう。ちなみに私の名前はグレアムだ」

「オッス、ヒゲ校長。ヒゲ触らせろ」

「はっはっは、よつば君は相変わらず怖いもの知らずだな。でも可愛いから許す」

……訂正。今でも充分に戸惑っている。

「グレアム校長先生、朝から元気だよね~。なんであんなに元気なんだろ?」

「子どもが好きだからじゃないかな。前にそんなこと言ってた気がする」

歩を進めながら私となのはが見つめる先、入り口にある校門の前には、スーツをピシッと着こなし、白いヒゲを形よく揃えた一人の男性が立っており、校門を抜けて校舎へと向かう生徒達と朝の挨拶を交わしていた。
彼の名前はギル・グレアム。知る人ぞ知る、時空管理局歴戦の勇士。数々の功績を打ち立て、管理局に大きく貢献したことで有名な局員で、役職は提督。
……ただし、「元」、であるが。

なぜあんな大人物がこんな管理外世界の小学校の校門で子ども達に笑顔を振りまいているのかと言えば、答えは簡単。彼がこの学校の校長に就任したからだ。
いつの間にか。そう、気が付けばいつの間にか校長先生になっていた。
先月、月に一回ある朝礼で前置きも無くいきなりあの人が全校生徒の前に現れた時は酷く驚いたものだ。それもそうだろう。誰がこんなことを予想出来ただろうか。
管理局を辞職したとは聞いていたが、新たな就職先がまさか私達の学校の校長先生とは思いもしなかった。

「……」

校長に就任してから毎日校門の前に立って朝の挨拶をするあの人の姿を見るたびに、動揺が顔に出てしまう。まるで雲の上の存在だった人がいきなり地上に飛び降りて来た、といった感じだ。
しかし、いい加減に慣れなければならないだろう。これからも毎日のようにあの姿を見ることになるのだから。

そう決心した私は、すぐ近くに迫ったグレアム(元)提督の顔を見上げ、緊張が声に出ないように努めながらなのはと一緒に挨拶をする。

「グレアム提督、あ、いえ、校長先生、おはようございます」

「おはようございま~す」

「おお、フェイト君、それになのは君。おはよう。今日も勉学に励みたまえよ」

私の言い間違いなんて気にした風も無く、グレアム(元)提督は笑顔で挨拶を返してくれた。さらにこちらに一歩歩み寄ると、彼は私の頭に手を乗せてナデナデしてくれる。

「あ……」

大きくて無骨な手だけど、なんだか暖かくてとても安心できる。お父さんがいたら、こんな感じなのかな?
そんなことを思いながら、若干の気恥ずかしさを感じつつ頭を撫でられること数秒。頭から手の感覚が消える。もうおしまい? と、少し残念に思って視線を上げると……なぜか、グレアム(元)提督が泣いていた。表情は笑顔だが、大粒の涙を流している。なんでさ。

「な、なぜ泣いているのですか?」

「む、いや、すまない。少し感動してしまってね。ハヤテ君のように私の手を弾いて『やめてよね!』とか言うものだとばかり思っていたから」

相変わらずハヤテはこの人の事を誤解しているようだ。優しくて良い人なのに。

「グレアム提督……校長先生にそんな無礼な真似は出来ません。それに、その、今みたいに男の人に撫でられるのって初めてで、なんだか嬉しかったですし……」

「フェ、フェイトちゃん、まさかナデポを? いけません、いけません! 気をしっかり持って!」

何を言ってるんだろうか、なのはは。まったく、大袈裟だなぁ。
……それにしても、気持ちよかったな。また撫でてもらいたいくらいだ。

「あの、よろしければ、また今度お願いしてもいいでしょうか?」

「フェイトちゃん!?」

「ん? うむ、こんな老いぼれでよければいつでも撫でてあげよう」

「あ、ありがとうございます」

笑顔で快く返事をしてくれたグレアム(元)提督に一礼した私は、隣でなにやら騒ぐなのはの手を取ると、予鈴が鳴り響く校舎へと気分よく走り出した。
先ほどまであった戸惑いや動揺なんてすでに掻き消えている。いま私の胸中に残るものは、喜びと、グレアム提督、いや、グレアム校長への思慕の念だけだ。

……ハヤテの転入だけでなく、もう一つ楽しみが増えたな。これからの学校生活、さらに楽しくなりそうだ。

「いや、なんでそんなに嬉しそうなのフェイトちゃん。撫でられてそんなに嬉しかったの? オッサンにナデポされちゃったの? お~い」

「早く行かないと遅刻しちゃうよ、なのは」

「無視ですか、そうですか」

よーし、今日も勉強がんばろうっと。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「フェイトちゃん、ばいばい。リンディさん達とのお話、明日聞かせてね」

「うん。それじゃ、また明日。ばいばい、なのは」

放課後。全ての授業を終えて解放的な気分になりながら校舎を出た私は、途中までなのはとお喋りしながら一緒に下校し、マンションの近くで彼女と別れた。
私となのは、どちらも用事が無いときはいつもマンションで一緒にゲームをしたりして遊ぶのだが、今日はなのはの都合がつかないとのことで、遊ぶのはまたの機会になった。

ちなみに、学校が終わった後になのはがマンションに寄っていかないのは非常に珍しいことで、塾が無い時と欲しいギャルゲーの発売日以外は必ずと言っていいほどマンションに寄って私と遊ぶ。
そんななのはがなぜ今日マンションに寄らなかったかというと、来月に控えた嘱託魔導師認定試験に備えて勉強をするためだとか。

最近教えてもらったのだが、どうやらなのはは近い将来管理局に就職するそうで、そのために毎日レイジングハート指導の下、魔法関連の勉強や訓練をしているらしい。それと、嘱託魔導師の試験を受けるのは腕試しのようなもので、最終的には武装隊士官、それも戦技教導隊入りを目指しているそうだ。

正直、このことを最初に聞いたときは耳を疑った。あのなのはが、ギャルゲーやアニメをこよなく愛してやまないあのなのはが、士官、それも戦技教導官を目指すのか? と。何の冗談かと思ったほどだ。てっきりゲームプログラマーとか声優とか目指すものだと思っていたのに。
けれど、なのはは本気だった。クロノから管理局に関する資料や魔法技術のテキストをもらって読み込んだり、授業中にマルチタスクを使用して密かに魔法の勉強をしたり、休日に私に模擬戦を挑んできたりと、本気で任官のために取り組んでいる。そう遠くないうちに士官学校の短期プログラムまで受けるつもりだと言っていた。

なぜそこまで頑張るのか、疑問に思ってそう尋ねたことがある。するとなのはは、にゃはは、といつものように可愛らしく笑ってこう答えた。

「お給料もらったら、好きなだけゲームやDVDが買えるでしょ?」

納得の一言だった。

確かに、日本では小学生は働けない。その点、管理局ならば実力があれば誰だって働かせてもらえる。
理由は不純に思えなくもないけど、なのはらしくて何だか安心したものだ。
あと、なのはが戦技教導官を目指す理由だが、これはなんだかよく分からなかった。一応なのはに聞いてみたのだが、

「教導隊って言ったらゼンガーだよね。あの格好良さにシビれる惹かれる憧れるぅ!」

とのことで、私にはさっぱりだった。クロノやエイミィ達がうんうん頷いていた辺り、またゲームか何かのネタなのだろうとは思うが。
まあ、なのはが管理局員になってくれるのは私としても歓迎すべきことだからそこら辺は突っ込まないでいた。私も執務官を目指して勉強中だし、将来、任務を共にすることがあるかもしれないからだ。……それに、地球でも管理局でもなのはと一緒の時間が過ごせるのは嬉しいし。

『マスター、到着しました。……考え事ですか?』

「え? あ、うん、ちょっとね」

気が付けばマンションの階段を登り切り、自室の扉の前で立ち止まっていた。バルディッシュに声を掛けられることでそれに気付いた私は、肩に下げたカバンからカギを取り出そうと中に手を突っ込み、……そこで、はたと気付く。

扉の奥に、誰かがいる。しかも、おそらく覗き穴からこちらを見ている。

これは、エイミィかな? いや、もしかしたらあの人かもしれない。
しかし、どちらにせよ、扉の奥に陣取っているということは私をすんなりと中には入れてくれないということだ。カギを差し込んでもどうせあちらがドアを押さえ込むだろうし。
……やはり、いつものあれをやるしかないのか。

「……バルディッシュ、頼むね」

『大丈夫だ、問題ない』

相棒の頼もしい返事に勇気付けられた私は、ドア横に備え付けられたインターホンを見上げる。そして、『押すなよ? 絶対押すなよ!』と書かれた張り紙をボタンの上からペリペリと剥がし、押してはいけないらしいボタンを強く押し込んだ。

《のみこんで、僕のエクスカリバー……!》

それと同時に通路に響き渡る謎の音、いや、声。
この悪寒を催すようなインターホンの音(?)を設定したのは、十中八九リンディ提督だろう。近所から苦情が来なければいいけど。
まあいい。今は目前に迫った問題を片付けるのが先決だ。

「……クックック、はぁーはっはっは! よくぞここまで来たな。その健闘をたたえて我輩が直々に相手をしてやろう」

ボタンから指を離し扉を睨みつけていると、愉悦を含んだ声が扉越しに聞こえてきた。
この無駄な演出、それにこの声、どうやら扉の奥にいるのはあの人のようだ。また遊びに来ていたのか。オフの日にはたいてい来るんだよな。こっちとしても望むところだけど。

「……なんかリアクションしろよ。おれっちが一人だけ盛り上がっててバカみたいじゃん」

「あ、ごめんなさい」

ノリノリのセリフに対して黙っていたのがお気に召さなかったらしい。けどリアクションってどうすればいいのだろうか。なのはだったら彼女のノリに付いていけるんだろうけど、私にはちょっと難易度が高い気がするのだが。

「チッ、しけた幼女っすね。まあいいや。そんじゃ今回のお題、いくぞこら」

投げやりな感じでそう言った彼女は、さも今思いついたかのように適当なお題を出してきた。

「えーっと、あれだ、なんか面白いこと言え」

な、難易度が高すぎる……
合言葉や決め台詞だったら何か適当なことを言えば扉を開けてもらえるのだが、今回のこれはそうもいかないだろう。しかも相手はエイミィやクロノではなく、ジャッジが辛口のあの人だ。私では荷が重過ぎる。
ここはやはり、頼みの綱のバルディッシュに任せるしかない。

──お願い、バルディッシュ。私を導いて。

私のそんな思いを汲み取ってくれたのか、ポケットから取り出したバルディッシュが私を安心させるように発光する。続いて、闇を打ち払うかのようにさらに輝きを増し、そして……扉の向こうにいる人物に向けて声高に叫んだ。

『オタクが泣いていいのは、予約していた限定品を確保できなかったというメールをクソ通販サイトから受け取ったときだけだ!』

……そういえば、そんなメールが来たことあったっけ。あの時はクロノやエイミィがバルディッシュのこと励ましてたな。

「……微妙だな。もう一回チャンスをやろう。今度はカッコいいセリフを言え」

『相変わらず辛口な……では、とっておきを!』

駄目だしされてもバルディシュはへこたれず、なおも食らいつく。
その甲斐あったのか……

『もう何もかも終わってると思ってるか? 自暴自棄になってるのか? 残念だが言わせてもらおう。ゲームオーバーの後もお前の人生は続くよ! 負債満載でな! どれだけ恥をかいても、命を絶たない限り人生は続いていくのだ! 取り返しがつかなくなっても人生は続く。汚点は絶対に消えることはない! ……受け入れて、強くなるしかないんだ』

「……ふむ、及第点といったところか。喜べ、中に入ることを許可してやろう」

ようやく中に入ることを許された。
……というか、毎回思うんだけど、このシステムは早急に廃止するべきだろう。中に入るまで時間が掛かるし、なにより私みたいな人間には不利だ。お題に答えられなかったら罰ゲームが待っているし、本当にどうにかしてほしい。発案者のエイミィはなのはの砲撃を喰らって反省するべき。

頭の中でそんな愚痴をこぼしていると、ガチャリとドアが開き、目の前に見知った女性が現れる。彼女は通路に佇む私を見るや否や、私の手を掴んで部屋の中に引っ張り込んだ。

「よく来たな、まあゆっくりしていけ。って、シグナムはシグナムは偉そうに言ってみたり」

「そのセリフ、あなたが言うのは間違っていると思います」

「こまけぇこたぁいいんだよ。それより、今ポケモンで盛り上がっているところでゲソ。もちろん貴様も参加するだろう?」

「あ、はい。ポケモンなら参加せざるを得ません」

それでこそ! と気分を良くした彼女、シグナムは、私が靴を脱ぐのも待たずに手を引っ張って奥に連れ込もうとする。
相変わらず強引な彼女の態度に苦笑しつつ、私は急いで靴を脱いでシグナムと共にみんなが集まっているであろうリビングへと向かう。

……それにしても、この人、最近は本当によくここに来るようになったな。

長いポニーテールを揺らしながら前を歩く女性、シグナムの後姿を眺めつつ思う。
一ヶ月前辺りだろうか、彼女もまた、学校に現れたグレアム校長同様に突然このマンションに出没したのだった。
ポケモンバトルしようぜ! と、DS片手に入り口の扉をすり抜けて来た時は驚いたものだ。不法侵入にもかかわらず彼女の突然の来訪を歓迎したリンディ提督やクロノにも驚いたけど。あと、シグナムと会ったその瞬間に意気投合したエイミィにも。

あの日以降だろうか、彼女はたびたびこのマンションにやって来ては遊んでいくようになった。
破天荒で、言動が読めなくて、普段何を考えてるのかもよく分からない人。けれど、決して悪い人間ではない。ハヤテの家族なのだから、それは当然なんだろうけど。
私は、そんな彼女が嫌いではない。私だけでなく、クロノ達も同じ気持ちだろう。彼女には人を惹きつける何かがある気がする。カリスマ……とはちょっと違う気もするけど。

「おい金髪」

勝手知ったる我が家とばかりに通路を突き進み、リビングのドアに手を掛けたシグナムがこちらを振り返る。ドアの奥からはエイミィとクロノの「僕のラブプラス(ラプラス)がっ!」「よくやった、つよキッス(トゲキッス)!」といった騒がしい声が聞こえてきている。シグナムの言っていた通り盛り上がっているようだ。
……みなぎってきた。

「今日こそはお前に勝ち越してみせるでござるよ」

「出来るものなら、どうぞ」

「吠えよるわ、こわっぱが」

この前偉そうなセリフを吐いて結局一勝も出来ずに涙を浮かべて敗走したのを忘れたのだろうか。どうやらもう一度実力の差を思い知らせなければいけないらしい。

「おーい、フェイト・ステイナイトが来たっすよー」

「フェイト・テスタロッサです」

ドアを開けたシグナムの後に続き私もリビングに入る。それと同時に、ソファーに座っていたクロノ、エイミィ、リンディ提督がこちらに目をやり、DSを掲げて挨拶をしてくる。

「ただいま」

「お帰りなさい、フェイトさん」

「お、チャンピオンのお出ましだね。今日は負けないよ~」

「お帰り、フェイト。君ももちろん、やるよな?」

クロノの問いにゲーム棚から取り出したDSを掲げることで肯定の意を示した私は、とりあえず制服を着替えようと私室に向かうことにした。
と、そこで自身の使い魔、アルフの姿が見えないことに気付く。
この時間にマンションにいないということは、夕方の散歩か、もしくはハヤテの使い魔、ザフィーラの所に行っているのだろう。いずれにしろ夜には帰ってくるだろうから「あの話」をするのには問題無い。

そう結論付けた私は、止めていた足を動かしリビングを出て私室に向かい、手早く着替えを済ませる。そして、またみんなが集まるリビングに戻り、テーブルに置いていたマイDSを手に取ってソファーに腰を下ろす。
そうして準備が整った私を見たみんなは、互いに視線を交わし合った後、ジャンケンを始める。

何のためのジャンケンか。決まっている。一番最初にチャンピオンに挑む人間を決めるためだ。
ならばそのチャンピオンとは誰か。それも決まっている。

この私だ。

「一番手はこの僕だ。……お手柔らかにな、ポケモンワールドチャンピオンシップス優勝者、フェイト・テスタロッサ」

「ポケモンマスターの辞書に手加減の文字は無いんだよ、クロノ」

ポケモン、最高。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「チックショー! 覚えてやがれーっ! お前のかーちゃんデーベソ!」

「あーりゃりゃ、またシグナムっち泣いて帰っちゃったね」

「まるっきり子どもだな。だがまあ、それが奴の魅力でも……ゴホン! なんでもない」

ポケモンバトルを開始してから一時間ほど経った時、連敗を重ねていたシグナムがついに耐え切れなくなったようで、泣き叫びながらマンションを出て行った。
ちなみに、それを見送るみんなの目は生暖かいものだった。大の大人がゲームで負けてかんしゃくを起こすとか色々と問題がある行動だが、彼女がやる分にはなぜか微笑ましく思えるから不思議だ。だからといって褒められた行動ではないのも事実だが。

「しかし、相変わらずフェイトは強いな。厳選に厳選を重ねたポケモンを使用しているというのもあるが、読みが半端ないんだよな。あれはもはや未来予知に等しい」

「だね~。何度おいうちやちょうはつを喰らったことか。パルシェンとか、からをやぶれなかったらただの貝だよ~」

「そうねえ。さすがフェイトさん、チャンピオンの肩書きは伊達じゃないわね。私なんか手も足も出なかったわ」

「リンディ提督は出すポケモンが毎回同じだから負けるんだと思います。カイリキーとか、エビワラーとか、ダゲキとか」

シグナムがマンションを去ってからもしばらくはポケモンバトルが続いた。ポケモン以外のゲームもたくさんあるのだが、私達の間では今ポケモンがブームとなっているため、他のゲームをやるという選択肢は無かったのだ。

そうしてなおもバトルを続けることしばし。そろそろ夕飯の準備をする時間かな? と時計を見上げた時、玄関の扉が開く音が聞こえてきた。どうやらアルフが帰ってきたようだ。
ふと、隣にいたエイミィを見てみると、彼女は悔しそうに歯がみをしていた。お題を出せなかったのが悔しかったらしい。まったく、帰宅時間が不規則なアルフが羨ましい。

ドアの前で待ち伏せされなくて済むのだから。

「たっだいま~」

予想通り、リビングのドアを開けて入ってきたのはアルフだった。緩んだ頬やしっぽをぱたぱたと振っている姿を見るに、今はかなり機嫌が良いみたいだ。

「おかえり、アルフ。何か良いことでもあった?」

「ん? ふふ~、聞いてよフェイト。今日散歩してる途中でザフィーラに会ったんだけどさ、なんと一緒に歩いてくれたんだよ。いつもだったらアタシの姿を見た途端に走って逃げちゃうのにだよ? 単なる気まぐれとか言ってたけど、あれはきっと照れ隠しだね。アタシには分かる」

「……君ら、なんだか青臭い青春してるなぁ。いや、否定はしないけどさ」

クロノの言っている意味が分からないのか、アルフは首をかしげる。クロノはそんなアルフを見て肩をすくめると、ダイニングキッチンに移動して冷蔵庫から牛乳を取り出し、それをアルフに向けて投げ渡した。
放物線を描く一リットルの牛乳パックを難なくキャッチしたアルフは、クロノにお礼を言ってゴクゴクと勢いよく飲み始める。

そんなありふれた光景をソファーに座って見ていた私は、全員が揃っている今が「あの話」をする良い機会だということに気付く。

……夕飯を食べた後にしようと思っていたけど、アルフが思っていたよりも早く帰ってきたし、今でも構わないか。それに、今まで先延ばしにしていたから、答えるのは少しでも早くしたいし。

「……よし」

決心した私は小さく呟き、周りを見渡す。
左隣には携帯端末を操作して何やら呟いているリンディ提督、対面のソファーにはオレンジジュースをコップに注いでいるエイミィと、ギリギリまでコップに注がれたオレンジジュースをどう飲もうか思案しているクロノの姿がある。視線を右に向ければ、壁に寄りかかったアルフが片手を腰にやって牛乳を飲んでいる。
やはり、話すなら今か。

「あの、リンディ提督、それにみんな。お話があります」

今の私の言葉から緊張を感じ取ったのか、みんながいぶかしげな顔をして私を注視してくる。それによって緊張感がさらに高まるが、ここで止めるわけにはいかない。

私は、決めたのだ。みんなの家族になるって。

「以前問いかけてもらった言葉に、お返事をしたいと思います」

「っ! それは……もしかして、養子の件?」

「はい、そうです」

隣の驚いた様子のリンディ提督に頷きを返し、私はみんなが注目する中、ゆっくりと、しかしはっきりと言った。

「私を、みんなの家族にしてください。家族に、なりたいです」

リンディ提督が、クロノが、エイミィが、アルフが、私の言葉を聞き、驚きに目を見開く。
けれどそれは一瞬のことで、すぐにその表情を驚愕から喜びに変えると、ソファーから立ち上がって私に詰め寄ってくる。

「つつつ、ついに決心したんだね、フェイトちゃん!」

「よくぞ、よくぞ言ってくれた。僕はこの時を待っていたぞ」

「フェイト~、アタシゃ嬉しいよ」

クロノ、エイミィが歓喜の声を上げて私の頭を撫で、アルフが首に手を回して後ろから抱き付いてくる。隣でそんな光景を笑みを浮かべて眺めていたリンディ提督は、みんなが落ち着くのを見計らってから私に話しかけてきた。

「嬉しいわ、フェイトさん。実はこのまま養子の話が無かったものにされちゃうんじゃないかって心配していたのよ」

「その、随分とお待たせしてしまって申し訳ありませんでした」

「いいのよ。こうして良い返事がもらえたんだから。でも、急に言うものだから驚いてしまったわ。そんな素振りも見られなかったし、何か切っ掛けでもあったの?」

切っ掛け。
そう言われて思い出すのは、昨日の夜に見た夢。暖かい、家族の夢。
私がこの話を切り出す決心が付いたのは、あの夢のおかげに他ならないだろう。

「夢を、見たんです」

「夢?」

みんなが首をかしげるのを見た私は、夢の内容を彼女たちに伝える。

夢の中にはプレシア母さんとリニス、それにアリシアがいた。
プレシア母さんは優しくて、リニスは思い出のままで、アリシアは可愛くて。私はそんなみんなに囲まれて笑っていた。暖かかった。幸せだった。
でも、すぐにそれは夢だって気付いた。いないはずの人間がいて、あり得ない光景が広がっていたのだから、気付かないはずが無い。
私が夢だって気付いた、その時。周りにいたみんなが悲しそうな、けど、どこか誇らしげな表情を浮かべて私を見つめてきて、こう言った。

──さようなら、フェイト。それと……いってらっしゃい。

それを聞いて私は、ああ、みんな、私を送り出してくれたんだな、と思った。いつまでも過去にすがり付いてないで前を見ろって、そう教えてくれたんだって、そう思った。

そんな思考が浮かんだ瞬間、プレシア母さんが、リニスが、アリシアが、私の目の前からゆっくりと消えていった。
それを見た私は、薄れゆくみんなに向かって、ごめんなさい、ありがとうと言って背を向け、歩き出した。
遠くに見える光に向かって歩き出し、長い時間をかけてようやく到達した、その瞬間、私の意識は浮上した。

これが昨日見た夢。みんなが私に勇気をくれた、夢。

「……夢の中で、私はみんなにさよならをしました。それと、ありがとうと、ごめんねをちゃんと言えました。私の勝手な夢かもしれないけど、アリシアは私を妹と呼んでくれて、いってらっしゃいって送り出してくれました。だから、私はやっと、アリシア・テスタロッサのミスコピーじゃなくて、フェイト・テスタロッサになれたんだって、そう思えたんです。前に進もうって、思えたんです」

「…………」

「命を受けて生み出された一人の人間として、もう一度答えさせていただきます。私を、フェイト・テスタロッサを、みんなの家族にしてください」

私の言葉を静かに聴いていたリンディ提督、クロノは、エイミィは、最後のセリフの後に顔を見合わせると、声を合わせて最高の笑顔でこう言った。……言ってくれた。

『ようこそ、ハラオウン家へ!』

……プレシア母さん、リニス、アリシア。私、やったよ。前に進むことが出来たよ。

「……って、ノリで言っちゃったけど、あたしはハラオウン家じゃないんだよね。というか、あたし、この場にいていい人間じゃないような気がするんだけど」

私が感動していると、エイミィが少し気まずそうにそう言う。
そんなことはないのに。

「エイミィもいてくれなきゃやだよ」

「そうだぞ。実質、君はフェイトの姉のようなものだからな」

私に続いてクロノが援護してくれた。それを聞いたエイミィは嬉しそうに、そ、そう? と呟くと、元の調子を取り戻して笑い出す。
でも、エイミィがお姉ちゃんか。なら、クロノは……

「ねえ、クロノ」

「ん? なんだ?」

「お兄ちゃんって、呼んでもいいかな?」

私が恥ずかしそうに上目遣いで見上げると、クロノはぶほっと鼻血を吹き出してソファーに倒れこんだ。なんで?

「ぼ、僕の妹がこんなに可愛いわけが……あった」

ソファーにもたれかかってゼイゼイ言っていたクロノは、鼻にティッシュを詰め込むと、突如キリっとした顔付きになって私に向き直り、なんだかよく分からないことを言ってきた。

「……フェイト、僕がポニーテール萌えだということはすでに周知の事実なわけなんだが──」

いや、そんなの知らないけど。

「──実は、妹萌えでもあるんだ」

「そ、そうなんだ」

何を言ってるのか分からないけど、とりあえず適当に頷いておいた。
なのは同様、ここの家の人たちはたまに訳が分からないことを言うから困る。

……でも、そんなみんなも嫌いじゃないけどね。

「リンディ提督……いえ、母さん」

「あらあら」

「クロノ」

「僕のことはお兄ちゃんと呼ぶこと」

「……お兄ちゃん。それとエイミィお姉ちゃん」

「うーん、それだとなんだか人生の選択肢が狭まる気がするから、今まで通りエイミィでいいよ」

「あ、うん。エイミィ。それにアルフ」

「はいはい」


私の、新しい家族。


「今日から私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウンになりました。どうか、これからもよろしくお願いします」


もう、絶対に手放したりなんかしない。




[17066] 外伝 『バレンタイン』
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:54a50290
Date: 2010/11/12 12:49
二月十四日。バレンタインデー。

愛を謳(うた)った高名なキリスト教徒からその名が付けられたとされており、カトリックの祭日に指定されている日である。

しかし、現代日本においては、この日は恋する婦女子が意中の男性に恥じらいながらチョコレートを渡す日であり、賢しい女性が有能な男性をキープするために八方美人よろしく笑顔と共にチョコを振りまく日であり、チョコをもらった男性がもらえなかった男性を優越感に浸りながら見下す日であり、彼女を持つリア充が持たざる者をあざ笑いながら愛する女性と蜜月を過ごす日であり、そして……

「バレンタインなんか……バレンタインなんか……」

そんな甘い思い出を作ることなど到底望めない非モテ男にとっては、地獄のような一日であった。

「大っ嫌いじゃ、ボケーッ!」

これは、そんな男達が織り成す、涙なくしては語れない物語。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「甘いものが、食べたいな」

ポツリと、携帯ゲームを手にしていた少年、ユーノ・スクライアはほのかな期待を持ってそう呟いた。
その呟きは小さなものだったが、すぐそばで机に向かってペンを走らせていた少女、なのはの耳にはきちんと届いていた。しかし、なのはは何の反応も返さずに淡々とノートに文字を書き連ねていく。

「……あ、甘いものが食べたいな~」

そんな親友の冷たい態度にもへこたれず、ユーノは再度呟きを漏らす。今度は先ほどよりも大きな声で。
流石に今度は何か反応してくれるだろう、とドキドキしながら椅子に座るなのはを横目で見ていたユーノであったが、その期待は裏切られることになる。

「…………」

なのは、ユーノをガン無視である。
カリカリとペンを動かし、時たま首に下げたレイジングハートに質問しては助言をもらい、またペンを走らせる。まるでユーノなどそこに存在しないかのように机と睨みっこを続けている。

「……」

「……」

静寂が部屋を支配する中、ユーノは焦りつつもその無駄に高性能な灰色の脳細胞を活性化させて思考にふける。

(僕のさり気ない催促になのはは気が付いているはずだ。それに昨日の夜に密かにキッチンでチョコレートを作っている姿を目撃しているから、用意していないなんてこともないはず。なのになぜくれない? あと、どうして朝から僕のことを無視するんだ? 始めはチョコを渡すのを恥ずかしがってるものだと思ってたんだけど、そんな様子じゃないしな。僕が一体何をしたって言うんだよ)

しばし思案し、結局満足のいく結論を得られなかったユーノは、再びなのはに催促することに決めた。そう、さり気なくなのはに近づき、さり気なく大きな声を発して。

「こう、なんかチョコレート的なものが──」

「ユーノ君、うるさい。それと、勉強の邪魔だから部屋から出て行ってもらえるかな。今すぐ」

一刀両断。
夏場に顔の周りを鬱陶しく飛び回る蚊を見るような目でユーノを一瞥(いちべつ)したなのはは、容赦の無いお願い、いや、命令を下した。
にべも無く斬り捨てられたユーノは涙目になるも、こうまで自分が虐げられる理由に見当が付かなかったため、なのはに抗議することにした。腰が引けているのはご愛嬌だ。

「ひ、酷いじゃないか、なのは。僕はただ甘いものが食べたいな~って思っただけで……そ、それにどうしてそんなに態度が冷たいのさ。僕がなのはに何か悪いことした?」

「……悪いことをしたか、だって? したに決まってるでしょ!」

ユーノのその質問になのはは眉尻を吊り上げると、顔を真っ赤にして激昂する。そして、やおら机の引き出しに手を掛けてガラっと勢いよく開けると、中からある物を取り出してユーノの眼前に掲げた。

「そ、それはっ!?」

驚愕するユーノの目に映る物。それは……女物の下着であった。

「下着泥棒は犯罪だって何度言ったら分かるの! めぇ、でしょぉー!」

「隠していたのがどうも見当たらない思ったら、まさか見つかっていたとは……やっぱりベッドの下はまずかったか」

古来からのしきたりに従ってエロ関係の物はベッドの下、というのがユーノのポリシーだったが、いかんせん隠す場所がまずすぎた。
なぜなら、ベッドはベッドでもなのはのベッドの下だったのだから。それは見つからない方がおかしい。というか、なのはにバレたのが実はすでにこれで三回目だったりする。なのはのこの怒り様ももっともであった。

「お、落ち着いて、なのは。これはあれだよ、その、フェレットの悲しい性(さが)なんだ。干されている下着を見ると家に持ち帰らずにはいられないんだよ」

「君、人間でしょ」

「フェレットに変身している時は行動もそれっぽくなるんだよ」

「嘘ばっかり!」

嘘を吐くことに一片の躊躇いを見せないユーノに対して、なのははその言い訳は聞き飽きたとばかりに持っていた下着を床に叩きつけると、ビシッと人差し指を突き出して最後通告を突きつける。

「ユーノ君、仏の顔も三度までだよ。この下着を今すぐ元の場所に戻してくること、そしてもう二度と下着を盗まないこと。もしこれが守れないって言うんなら……分かってるよね?」

わざわざレイジングハートをシューティングモードに展開し、その膨大な魔力をまざまざと見せ付けたなのはは、瞳のハイライトを消して眼前でガタガタ震えるユーノを真っ直ぐ睨む。

「う……ぐ……」

塵芥(ちりあくた)になりたくないユーノが今この場で出来ることと言えば、ただ頷いて大人しく部屋を出て行くことだけであった。弱者は強者の言うことに従うしかないという、自然の摂理がそこにはあった。
ユーノは力の無い自分を恨み、また、暴力で物事を通そうとするなのはを呪った。

「いいさ、ここは大人しく退こう。でもね、なのは。これだけは覚えていて欲しい。結局は僕もまた、女性の下着に躍らされただけの哀れな被害者の一人に過ぎないということを」

「ユーノ君、ちょっと頭冷やそうか」

「あ、ごめんなさい嘘です」

小物のユーノでは、捨て台詞すらその卑小さを引き立てるスパイスにしかならないのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆



「はあ……」

なのはの元から脱兎のごとく逃げたユーノは、流石に命は惜しいのでなのはの言い付け通り下着を元の場所に戻すと、その後、光の速さでその場を離れてからフェレットに変身してトボトボと塀の上を歩いていた。

なぜわざわざ変身するのか。それはその方が色々と都合が良いからである。具体的には、人間の視点では見えなかったものが見えたり、道行く女の子に可愛がられたり。
たまに猫に襲われたりするが、そのデメリットが霞むほどのメリットがあるので、ユーノは外を出歩く時は常にフェレットに変身するようにしていた。
これでスクライア一族きっての天才だというのだから恐れ入る。

(結局、チョコもらい損ねちゃったな)

時折現れる猫を警戒しながら塀を歩くユーノは、目的のブツが入手できなかったことが残念でならなかった。
ユーノが欲していた物、それはチョコレートだ。
別にユーノが特段チョコレートが好きというわけではないが、今日この日に女性からチョコをもらうことが重要なのだった。

今日は二月十四日。バレンタインデーだ。
バレンタインに女性からチョコをもらうということは男性にとってこれ以上ないほどの喜びとなるが、それだけでない。男性にとってはもらったチョコの数だけステータスとなるのだ。もらえばもらうだけ出来る男として評価される。そういうものなのだとユーノは漫画やアニメで理解していた。まあ間違いではない。

(でも、まだだ。まだ僕のバレンタインは始まったばかり。これからが本当の勝負なんだ)

また、バレンタインを経験するのは今回が初めてということで、ユーノのチョコレートをもらうことに懸ける意気込みは中々に激しかった。男はチョコをもらってナンボ、という意識が根付いていたのだ。
親友のなのはにもらえなかったのは大きな誤算だったが、まだまだユーノは諦めてはいない。

(なぁに、なのはがダメでも当ては他にもある。そら、すぐそこに)

休日の昼間ということもあって外を出歩く人間も少なくはない。ユーノはそうした人達を視界の端に収めつつ、フェレットの(客観的に見て)つぶらな瞳で目の前に佇むマンションを見上げた。
そう、ユーノが選んだ次なるターゲットはこのマンションの住人である少女だった。

(なのはが言うにはフェイトも密かにチョコを作ってたらしい。優しいフェイトのことだ。きっと僕にもチョコを用意していてくれるはず。……例え僕のために用意してなくてもおこぼれに与れるかもしれないしね!)

プライドはかなぐり捨てる物、を地でいくユーノは、はやる気持ちを抑えつつ塀から降りるとマンションの階段を四つ足で上り始める。

「チョッコレート。チョッコレート。チョコレート~は、め・〇・じ」

などとお茶の間でお馴染みのフレーズを口ずさみつつ階段を上りきったユーノは、スタタタッ、と目的の部屋の前まで一瞬の内に移動し、周りに誰もいないことを確認してから変身を解いて人間の姿に戻ると、期待に胸を膨らませながらインターホンに指を伸ばし、そして……ボタンを押した。

「ポチっとな」

ここでいつもならば面白おかしい音が通路に響き渡るのだが、今回はなぜかそんなことはなく、ピンポーン、と極々普通のチャイムの音が鳴り響いた。
この前近所から苦情が来たから自重してるのかな? なんてことをユーノが考えていると、扉の奥からパタパタと足音が近づいてきた。どうやら住居者不在などというオチは無さそうだ。ホッと一安心のユーノである。
これで残る心配はチョコをもらえるかという一点のみ。土下座してでもチョコをゲットしてやるぜ、とユーノは意気込む。相変わらずのダメ思考だ。

そんなダメな意気込みを見せるユーノが頭の中でジャンピング土下座のイメージトレーニングをしながら待機していると、ガチャリ、と目の前の扉が開き、そこからターゲットの少女、フェイトがひょっこりと顔を覗かせた。

「どちら様でしょうか……あ、ユーノ。今日も遊びに来たの?」

てっきり今回も何かお題を出されるかと思っていたユーノは扉がアッサリと開いたことに拍子抜けしたが、応対に出たのがフェイトならまあ当然か、と納得して、上手くチョコレートの話題に会話を繋げようと口火を切る。

「ん、まあそんなとこかな。ところで、今日は一人? リンディさんやエイミィはやっぱり仕事?」

「ううん、みんないるよ。長期休暇がもらえたからしばらくはこっち(地球)でゆっくりするって。あ、アルフは今出掛けてるんだけどね」

「……へえ」

これは嬉しい誤算だ、と密かに脳内でガッツポーズをするユーノ。
これでさらにチョコレートをもらえる可能性が大きくなった。腐女子だろうが未亡人だろうがチョコはチョコ。もらえるに越したことはないのだ。

「今はみんなでゲームしてるところ。ユーノも混ざるでしょ?」

「ゲー……も、もちろん僕もやるよ」

ゲームはいいからチョコくれよ、という喉元まで出かけたセリフを危ういところで飲み込み、ユーノはフェイトに促されるままハラオウン宅に上がり込む。いくらプライドがあるのか無いのかわからないユーノでも、初っ端からそこまで露骨にチョコを催促する勇気は無かった。いよいよとなれば平気で土下座くらいはするのだが。

「……ん?」

玄関に上がってスリッパに履き替えたユーノは、見慣れない靴が二足並んでいることに気が付く。どちらも同じようなデザインで、猫の肉球が所々にプリントされている靴だ。

「僕以外にも誰か来てるの?」

ユーノの質問を受けたフェイトは、あっ、と声を上げると後ろを振り向いて頬をポリポリとかき、少しバツが悪そうに答えた。

「言うの忘れてたけど、今お客さんが二人来てたんだった」

ここに自分やなのは以外の客が訪れるなんて珍しいこともあるもんだ、とユーノは本来の目的も忘れて素で驚く。が、それも一瞬のことで、すぐに頭の中は『いつチョコの話題を切り出すべきか』という思考で埋め尽くされる。
しかし、ここで客人のことに触れないのも不自然かと思い、ユーノは気持ち半分でフェイトに尋ねることにした。

「ふうん。僕の知ってる人?」

「会ったことはあるよ。ほら、前にビッグサイトでグレアム提督と一緒にいた二人の女の人。リーゼロッテさんとリーゼアリアさん」

「ああ、あの人たちか。クロノの魔法の師匠で、グレアム提督の使い魔、だったよね?」

「うん」

直接会話をしたことも無く、以前会ってからかなり時間が経っていたが、ユーノは二人のことをハッキリと覚えていた。特に、髪が短い方の女性のことを。

(あの人、なんでか知らないけどあの時僕のこと凄い睨んでたんだよな。女性に見られて背筋が凍る思いをしたのは初めてだったよ)

ユーノはビッグサイトで自身に向けられた髪の短い女性の鋭い眼光を思い出してブルリと背筋を震わせる。
美人であるならば年齢、性格、種族関係無く好意を向けるユーノだったが、なぜだかあの女性だけは受け入れられない、というよりも、近寄りたくないという気持ちが勝っていた。理由は分からないが、近寄ったら酷い目に遭う気がしてならなかった。

(この先にあの人がいるのか。近づきたくないな。でも、行かなきゃチョコは手に入らない)

しばし足を止めて葛藤するも、何のためにここまで来たのだ、しっかりしろ、と自らを鼓舞することで削がれた気勢を取り戻したユーノは、再び足を動かして廊下を進む。

先行するフェイトの後に付いて歩きリビングのドアの前まで移動すると、ユーノはゴクリとつばを飲み込んでリビングに入ることに一瞬の躊躇を見せる。が、ええい、ままよ! と気合いを入れ、ドアを開けたフェイトに続いてリビングに足を踏み込んだ。
……踏み込んで、しまった。

「なっ!?」

ユーノは失念していた。チョコに目がくらむ余り、とある人物の存在を忘却していたのだ。
フェイト、リンディ、エイミィ。この三人が揃っていて、この男がいない訳が無かったのだ。

「……おや、ユーノじゃないか。今日はどういった用件で来たんだい?」

気立てがよく器量もいい姉的同僚を持ち、若くて美人で性格もいいという国宝級の母親をも持ち、さらには最近可愛い義妹まで出来た上、自身は弱冠十四歳で時空管理局執務官を勤めあげるエリートという、人生勝ち組コースまっしぐらな憎いあんちくしょう──

「遊びに来たのかい? 貸していたハルヒのDVDを返しに来たのかい? ああ、それとも……甘いものでももらいに来たのかな?」

──クロノ・ハラオウンが、不敵な笑みを浮かべてソファーに腰を下ろしていた。

しかも、両隣に猫耳を生やした二人の美女を侍らせており、なんとその目の前のテーブルにはこぼれんばかりのチョコの山が!

「ぐ……く……」

目の前に広がる悪夢のような光景に、ユーノはただ呻くことしか出来ない。
そしてそんなユーノに、クロノは遥かな高みから見下しながら勝ち誇ったように余裕の表情で告げる。

「ん? ああ、これかい? いや、参ったよ。エイミィやフェイトだけじゃなく、ロッテやアリアにまでチョコをもらってしまってね。それにアースラスタッフからも送られてきたおかげでこんな量になってしまった。いや、困った困った。僕一人で食べきれるか心配だよ、はっはっは」

「くぅ……」

「ところで、君はどれくらいもらったのかな? え、ゼロ? おっと、これは失礼をした。まさかユーノ・スクライアともあろう男が一つもチョコをもらっていなかったなんて思わなかったものでね。許してくれ」

「うぅ……」

「しかしあれだな。バレンタインにチョコをもらえないというのは悲しいことだな。同情するよ。まあ、僕はその悲しさとは無縁なのだけどね。こんなにチョコもらったし。いや~、それにしても本当にたくさんもらってしまったなぁ。胃がもたれなければいいけど。ま、君はそんな心配することもないだろうがね。だってゼロだし。あ、今度から君の事ゼロのユーノって呼んでも──」

「ちっくしょおおおおおー!」

そこまでがユーノの限界だった。

悔し涙をキラキラと宙に撒き散らせて反転したユーノは、止めどなく溢れる涙を腕元でぬぐいつつリビングから廊下へ抜け出ると、怨嗟(えんさ)の叫びを上げながら玄関へとひた走る。

悔しさで胸がいっぱいのユーノはもはやチョコをもらうどころではなかった。仮にリビングに残り屈辱に耐えて一つ二つもらえたとしても、あのモテ男には遠く及ばない上、そのことで再び見下されるのは目に見えている。そんなのは流石のユーノでも耐えられそうにない。ゆえに、ユーノにはあの場から逃げ出すという選択肢しか残されていなかったのだ。哀れな男である。

「ばーか、ばーか! 糖分過多で糖尿病にかかってしまえ!」

最後に小物らしい捨て台詞を残して玄関の扉を乱暴に閉めると、ユーノは涙でにじむ視界の中、悲しみに暮れながらも次なるターゲットの下へと足を向ける。

(ちょっともてるからっていい気になりやがって! いいさいいさ。そっちが量を誇るっていうんなら、こっちは質を誇るまで。あの人にチョコをもらって今度はこっちが見下してやる!)

鼻息を荒げながらマンションの階段を下りたユーノは、目的の家へ向かってズンズンと歩き始めた。しかしこの男、どこまで行っても小物である。

また、ユーノは知る由もないが、ユーノが去った後にハラオウン家のリビングではこんな会話がなされていた。

「ねえクロノ」

「僕のことはお兄ちゃんと呼んでくれ」

「……お兄ちゃん。なんであんなイジワルしたの? いつもはユーノと仲が良いのに」

「そうだぞクロスケ~。キャラがいつもと違うからビックリしちゃったじゃん」

「分かってないな、フェイトもロッテも。いいかい、バレンタインデーにチョコをたくさんもらった優等生キャラっていうのは、とかく他の男性を馬鹿にするものなんだよ。これはもはや様式美とさえ言える。僕はただそれにのっとって嫌味なモテキャラを演じたに過ぎないんだ。さっきのセリフは決して本心からのものじゃないさ」

「そ、そういうものなんだ。でも、ユーノが少しかわいそうだったな。泣いてたし。それに、ちゃんとユーノの分のチョコ用意してたのに渡しそびれちゃった」

「なに、ユーノならすぐに立ち直るさ。ああ、それとチョコは明日にでも渡してやるといい。一日遅れのバレンタインチョコというのもまたシチュエーション的に美味しいものだからな。泣いて喜ぶことだろう」

「べ、勉強になります」

「……クロノ、あなたしばらく会わないうちに変わったわね。変な方向に」

「アリア、日本の慣用句にこういうものがあるって知ってるかい? 『男子三日会わざれば刮目して見よ』ってね。この元となった原文は真・三國〇双で呂蒙(りょもう)が言ったセリフで……いや、恋姫†無〇だったかな? まあいい、とにかく呂蒙のセリフで、意味は──」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「……いない?」

「ああ。シグナムなら昼飯食った後に、『旅に出ます、探さないでください』とか言ってどっかに行っちまったぜ」

「そんなぁ……」

今現在、ユーノはとある一軒家の玄関先で長い赤髪をおさげに結った少女と相対しながらうな垂れていた。

マンションを去った後ユーノが目指した場所、それがこの中々に広い庭を持った一軒家であった。
なぜユーノがここを訪れようと思ったのか。それは、ある一人の見目(だけは)麗しい女性がこの家に住んでいるからである。その女性というのが、実はユーノの思い人だったりするのだ。まあ、一方通行すぎる片思いなわけなのだが。

ユーノはそんな彼女にチョコをもらおうと画策し、つい先ほどこの家にやって来た。家の場所は一ヶ月ほど前になのはから聞いていたのでいつでも来ることが出来たが、ユーノがここを来訪するのは今日が始めてだったりする。
なぜ欲望に忠実なユーノが今までここを訪れなかったのかと言えば、かつてビッグサイトで意識不明の重態にまで自身をボコボコにした金髪の女性が、この家に意中の女性と共に住んでいるからであった。

この家を訪れようと思ったことは何度もあったが、そのたびにあの時の恐怖が脳裏にちらついて足を向けることが出来ずにいた。
しかし、今日のユーノは一味違った。クロノに対する悔しさがあの金髪の女性への恐怖に勝ったおかげで、プルプルと震えながらもここまでやって来ることが出来たのだ。

その後、道路に隣接する門から玄関まで足を進めたユーノは、自分をボコボコにした女性が出てこないことを祈りつつインターホンを鳴らし、数秒の後に扉を開けて顔を覗かせた赤髪の幼女の姿を見てホッと息を吐くと、ターゲットである意中の女性、シグナムと話がしたいと幼女に詰め寄った。

が、せっかく無い勇気を振り絞ってやって来たというのに、幼女からの返答はあまりにも無慈悲なものだった。
不在。その事実にユーノは嘆き、可愛い少女の前だというのにうな垂れて思わずため息を吐いていた。

「ねえ、シグナムさんが帰ってくる時間って分かるかな?」

いつまでもうな垂れているわけにもいかないので、ユーノは残念な気持ちを表情に残しながらも顔を上げると、わずかな期待を持って目の前でいぶかしげな顔をしていた少女に問い掛けた。
けれど、返ってきた答えはまたもや無慈悲なもの。

「あいつ、最近夕食は外で済ませてくることが多くなったしなぁ。それに、どこかに泊まってんのか野宿してんのか知んないけど朝帰りすることもあるし、いつ帰ってくるかは家族のあたしらでも分からねーな」

「そ、そう……」

朝帰り、という言葉にピクリと反応するも、シグナムさんに限ってそれは無い、と頭に浮かんだ最悪な想像を振り払ったユーノは、ひとまずそのことは頭の隅に追いやり、これからどうするかを考え始める。

(大本命であるシグナムさんは不在の上、いつ帰ってくるか分からない。最悪だ。残る当てはなのはの友達のアリサとすずかくらいだけど、あの二人とはそれほど親しくないし、どちらの家にも僕の天敵である猫と犬がわんさかいる。僕、なぜか人間形態でもあいつらに襲い掛かられるんだよなぁ。できれば行きたくはない。けど、このままじゃ僕にはバレンタインデーにチョコを一つももらえなかった冴えない男という烙印が押されてしまう。それだけはなんとしても避けなければ……くそ、こうなったらもう手段なんて選んでいられない。いっそ、出会う女性に片っ端から話しかけてチョコをねだるか?)

いつものようにダメダメな思考回路を持つユーノがそんなダメダメなことを考えていた、その時である。
目の前でブツブツ呟き始めたユーノを気味悪そうに見ていた赤髪の少女が、ユーノの背中越しに玄関に向かって歩いてくる男の姿を視界に捉えた。

「おかえり、ザフィーラ。買い物だけの割には時間が掛かったじゃん……って、すげー荷物だな。ホネッコ買いに行ったんじゃなかったのか?」

「うむ。そうなのだが、なぜか道行く近所の主婦や子どもが我にチョコレートを渡すものでな。無下に断るわけにもいかず、いちいち付き合っていたら帰るのが遅くなってしまった。まあ、遅くなった一番の原因はあのしつこいメス狼にあるのだがな……ところで、この小僧は?」

「ん、ああ、ビッグサイトでシャマルにボコられた奴だ。なんかシグナムに用があるらしいんだけど──」

間にユーノを挟んで少女と男は話し始める。が、ユーノにはすでにその声は聞こえていなかった。

『すげー荷物』『チョコレート』

ユーノの耳にはその言葉だけが大きく反響していたのだ。

(まさか、そんなはずはない。僕の近くにリア充も真っ青なモテ男が二人もいるはずがない。そう、いるはずがない…………いてはいけないんだっ!)

恐怖、焦燥、嫉妬、それら負の感情がユーノの胸中に渦巻く。後ろを振り向くのが怖い。その光景を見てしまったら自分は壊れてしまうのではないか。
そんな恐ろしい想像が頭をよぎるも、ユーノは現実を否定したいがために、自身の後ろに立っているであろう男の姿を見ようと勢いよく振り向いた。
……振り向いて、しまった。

「……む、なんだ小僧。我の顔に何か付いているか?」

可愛い少女二人、美人な女性三人の合計五人の女性と同居し、さらには最近犬耳巨乳の女性に追い掛け回されるようになった上、自身は毎日ホネをかじってゴロゴロしているだけでいいという、いいご身分の憎いこんちくしょう──

「もしやこのチョコが欲しいのか? 別に分けてやっても構わんが」

──ザフィーラが、哀れむような視線をユーノに向けてそこに佇んでいた。

しかも、予想通りその両手にはこぼれんばかりのチョコの山が!

「バカな……これが現実だとでも言うのか……」

目を見開きワナワナと震えながら茫然自失となるユーノ。そこへ、さらなる追い討ちが掛かる。

「あ、チョコといえばあたしらも用意してたんだった。喜べザフィーラ、全員手作りで愛がこもってるぜ」

「ちっくしょおおおおおー!」

そこまでがユーノの限界だった。

男としての格の違いをまざまざと見せ付けられたユーノは魂からの叫びを上げると、呆気に取られる二人から逃げるように駆け出して門を抜ける。もちろんその瞳には涙があふれていた。男泣きである。

「もげろ! この狼男!」

涙で前が見えなくなっても捨て台詞だけは残していく辺り、ユーノはよく訓練された小物なのかもしれない。しょせんは小物であるが。

「……変な奴」

「というか、なぜ我は罵倒されたのだ」

ちなみに後に残された二人はといえば、来訪者の突然の奇行に一瞬ポカンとするも、特に気にすることもなく家の中へと入っていくのだった。これも同居人の奇行に慣れた成果と言えるだろう。二人にとっては嬉しくもなんともなかったが。

「しっかし、お前って結構もてるんだな」

「ふん、我の鍛え抜かれた筋肉に魅了されたのだろう」

「あー、オバサンとか好きそうだもんな、そういうの。……っと、そうだ。ほら、あたしからのバレンタインチョコだ。受け取れ」

「ふむ、ありがたく受け取ろう」

「へへ、残さず食えよ」

「……しかし、我はどうもチョコというのが苦手なのだがな。なぜか食べた後に痙攣(けいれん)や吐き気がしていかん」

「気のせいじゃね?」



◆◆◆◆◆◆◆◆



「うぅ……くそぅ……ちくしょう……」

海鳴臨海公園。広い敷地面積を持つ見晴らしの良いこの公園にて、ユーノはベンチに座って一人涙を流していた。いや、もはや涙は枯れ果て、その体から流れるものはか細い呻き声のみ。

第二のモテ男の下から戦略的撤退を果たした後、ユーノは当てどもなく町をさまよい、気が付けばこの公園のベンチに座って嗚咽を漏らしていたのだった。
辺りには暗闇が立ち込め、人の姿も見当たらない。それもそのはず、時刻はすでに七時を過ぎている。冬真っ盛りのこの時期、この時間に公園に用がある者などそうはいない。

「バレンタインなんて……バレンタインなんて……大っ嫌いじゃ、ボケーッ!」

静寂が支配する公園で、ユーノは思いの丈をぶつけるように虚空に向かって思い切り叫ぶ。どうせ誰もいないんだ、と少し気が強くなっていたこともあるし、誰に聞かれても構わない、と自暴自棄になっていたせいもあり、普段では出さないような大声でユーノはとにかく叫び続けた。それこそ、ノドが痛くなるまで。

「はぁ……はぁ……」

叫びつかれたユーノはドカッとベンチの背もたれに体を預けると、闇に染まった空を仰ぎ見る。そこには満天の星空が広がっており、嫉妬に穢(けが)れた心が少し洗われた気がした。

「はぁ、はぁ……は、ははは」

バレンタインの夜、冬の寒空の下で一人寂しく泣いて、叫んで、ポツンと公園のベンチに座る少年。なんてみじめ。
ユーノは今の自分の姿を客観視して思わず笑ってしまった。乾いた笑いしか出なかったが。

と、その時、だらしなく背もたれに寄り掛かっていたユーノの顔に影が掛かった。
何事かと思い閉じていた目を開けたユーノは、二本の缶コーヒーを手に持って自分のすぐそばに佇む男性の姿をその視界に捉えた。

「やあ、少年」

「あなたは……」

驚きに目を見開いたユーノは、なぜこんな所にこんな人が? と、疑問に思う。 
それが顔に出ていたのだろうか。ユーノの正面に立つ人物は彼が問う前に自分から答えた。

「なに、私も君と同じ穴のムジナというわけだ。先ほどの叫び、聞こえていたよ」

「えっ!? と、ということは、あなたも?」

「ああ。バレンタインが嫌いな男の一人というわけだ」

そう言うと、グレーのスーツを着こなしたヒゲの似合うイギリス紳士、ギル・グレアムは手に持つ片方のホットコーヒーをユーノに差し出し、ニヤリと楽しそうに笑った。

ギル・グレアム。
スクライア一族にもその勇名は届いていた。管理局歴戦の勇士という二つ名を持ち、数々の事件を解決してきたエリート管理局員。何を思ったか今は退職し、ここ地球で学校の校長を務めているという。

そんな人物が今目の前にいて、自分と同じくバレンタインが嫌いだという。ユーノはそれが信じられなかった。

「ん? コーヒーは嫌いだったかな?」

差し出したコーヒーをいつまでも受け取らないのでグレアムは残念そうに手を引っ込めるが、他人の温もりに飢えていたユーノは、「あ、い、いただきます」と引き戻されたコーヒーに急いで手を伸ばして暖かい缶を受け取った。
それを見たグレアムは満足そうに頷くと、ユーノの隣に腰を下ろしてコーヒーを飲み始める。

「……」

「……」

ズ、ズズ、としばらくコーヒーを飲む音だけが辺りに響く。
ユーノは色々と聞きたいことがあったが、この人なら自分から話してくれるだろうという確信がなぜかあったので、黙ってコーヒーを飲んでいた。

そうしてコーヒーを飲み続けて冷えた体が温まってきた時、ユーノの確信通りグレアムがポツリポツリと話し始めた。

それは、聞くも涙、話すも涙の悲しい物語であった。

「──でな、フェイト君の所に行ったらクロノというモテ男が待ち構えていたわけだ。奴は私がチョコを一つももらってないと知るや見下して、私のことをゼロ・グレアムとか呼んでバカにしてきたのだ。信じられるかね。それに、次に向かった場所でもクロノに勝るとも劣らないモテ男が潜んでいたのだ。なんと奴は五人の美女、美少女から手作りのチョコを受け取っていた上、近所の子どもからもゲットしていたという。なんて羨まし……いや、憎い、いや、やっぱり羨ましい。でな、それを見た私は悔しさの余り捨て台詞を残して走り去った後、町を当てどもなくさまよって……」

まるでどこかの少年の行動の焼き直しのような話に、ユーノは共感を覚えずにはいられなかった。

「分かる、分かります、その気持ち。そうですよ、バレンタインなんて無くなってしまえばいいんです」

「おお、分かってくれるかね! ユーノ君と言ったね。君は中々見所があるな」

気付けば話は盛り上がり、二人はこれ以上ないほど意気投合していた。愚痴を言ってはそれに同意し、また別の愚痴をこぼす。飲み屋で上司達の悪口を言い合う若手サラリーマンの様相を呈していたが、そんなのはどうでもいいとばかりに二人は話に夢中になった。

「ふぅ……いや、君とは気が合うな。他人とは思えんくらいだ」

「同感です。ここまで気が合ったのはあなたが初めて、いえ、二人目です」

小一時間ほどモテ男に対する愚痴や、昨今の日本のバレンタインがいかに製菓会社の思惑に踊らされすぎているか、といった話題で盛り上がった二人は、鬱憤(うっぷん)がいくらか晴れたのか先ほどより幾分かすっきりとした顔をしていた。

「……あの、一つ気になったことがあるんですが」

「ふむ、何だね?」

ふと、グレアムと話していて疑問に思ったことを聞いてみようと思い、ユーノは隣に座るイギリス紳士の顔を見上げた。グレアムはわずか一時間にして親友と呼べるほどの存在になった少年の質問に答えようと、真摯な態度で少年の声に耳を傾ける。

「グレアムさんって二人の使い魔がいるんですよね。以前見たときは仲が良さそうでしたが、あの二人からはチョコはもらえなかったんですか?」

「うーむ。それなんだが、三日前に学校で拾った女子の体操着を家に持ち帰ってから急に私に対する態度が冷たくなってな、今日まで私を無視しているのだ。あ、体操着はもちろん洗濯して落とし主の生徒に返したぞ? それなのにロッテとアリアは私を無視するのだ。冷たいとは思わんかね?」

「そうですねぇ、それはあまりにも冷たい。まるでなのはだ。同情しますよ」

「そうだろう? ふぅ、それにハヤテ君からも本当はチョコをもらう約束を取り付けていたんだ。なのに、私が今日訪ねたら『貴様にはやらん!』と追い出されてしまった。私が何をしたというんだ。……あれ? もしかして、昨日盗聴器がとうとう発見されてしまったことが原因か? まさかなぁ」

「色々と苦労してるんですね」

もしここに突っ込み好きな赤い髪の少女がいたら迷わずハンマーでぶったたいて突っ込みを入れていたのだろうが、幸か不幸か今この場にいるのは二人の変態と言う名の紳士のみであった。

「……さて、そろそろ帰るとしようか。君のおかげで楽しい時間をすごせたよ、ありがとう」

「そんな、お礼を言うのは僕の方……ん?」

ひとしきり盛り上がったところでグレアムは立ち上がると、ユーノに軽く頭を下げる。流石にここまで目上の人間に頭を下げられるのは恐れ多いと思ったのか、ユーノは慌てて立ち上がり自らも深々と頭を下げた。
その時である。
公園の入り口からユーノたちのそばに近づいてくる人影があった。それも二つ。

ユーノとグレアムはそれにすぐ気付き、もしやまた自分たちのようにバレンタインに絶望した人間がやって来たのか、と不謹慎ながらも少し期待した目で新たに現れた二人の人間に目をやった。

そして、すぐに後悔した。

「わあ、星がよく見えるね~。きれ~」

「だっろ~。ここマジ穴場だから」

「うんうん、さっすがマー君。お礼にキスしてあげる」

「いきなりだなオイ。まあこっちも望むところ……って、タンマ。人がいるって」

「え~、平気だって。子どもとおじいちゃんじゃん。見られてもどうってことないって」

「……ま、そうだな」

ユーノたちの近くにやって来たのは、今彼らが最も憎く思っている人種、リア充であった。
しかもその中でもウザさナンバーワンを誇る男女。人、それをバカップルと呼ぶ。

公園にやって来たバカップルはユーノとグレアムの向かいのベンチに座ったかと思うと、まるで二人に見せ付けるかのように抱き合い、濃厚なキスをし始めた。ユーノとグレアムの視線なんぞまるで気にしちゃいない。

(ふむ、殺したい)

(これは殺してくださいってサインかな?)

眼前で繰り広げられるバカップルのアツアツっぷりを見てユーノとグレアムは思わず殺意の波動に目覚めそうになる。というか目覚めた。が、死体の処理が面倒だったので、二人は下唇を血が出るほど強く噛みしめることで何とか殺人衝動を押さえ込む。

よく耐えた、と二人が互いに肩を叩き合って口の端から血を流しながら健闘を称えていると、そこに、さらなる刺客がやって来た。

「おお、星すげーじゃん」

「ロマンチックが止まらないわぁ。ねえ、キスしましょう」

「いいね、ムードも最高だし……あ、先客がいたわ」

「あっちはあっちで夢中だし、気にすることないわよ」

「ジジイとガキもいるけど……ま、いいか」

バカップル、もう一組追加。

前を見てもバカップル、右を見てもバカップル。残された逃げ道はもはや左のみ。ユーノとグレアムは殺意の波動をギリギリのところで押さえ込み、チュッチュと唇を吸い合うバカップルどもを視界に入れないように左を向くと、出口に向かって無言で歩き出す。

もはやここは非モテ男たちの楽園などではない。バカップルどもに侵食された汚染地帯と成り果ててしまったのだ。
ならば長居は無用。二人は憩いの場を汚された怒りと嫉妬の気持ちを胸の内に押し留めつつ出口を目指す。

しかし、ああ、なんということだろうか。

まさか、左にすでにいちゃついてるバカップルがいたとは。

「…………」

「…………」

そこまでがユーノとグレアムの限界だった。

ブチッ。ブチッ。

何かが切れる音が二連続で鳴り響き、次いで、感情を押し殺したような低い声がどこかから聞こえてくる。いや、どこかではない。ユーノとグレアムの口からだ。

「……憎いですね」

「……ああ、憎いな」

そう。いちゃつくバカップルが憎い。女からチョコをもらった男が憎い。ぶっちゃけ、今は幸せな奴ら全員が憎い。
ならばどうするか。そんなの、決まっている。

「く……くくく……」

「ふふ……はははは!」


その幸せを、潰すだけだ。


「西に幸せな奴がいるならばぁーっ!」

「全て刈り取り皆殺しっ!」

「東に愛があるならばぁーっ!」

「全て摘み取り無に還(かえ)すっ!」

『幸せバスターズ、今ここに、誕・生っ!』

時は来たれり。今、この瞬間、嫉妬と妄執に体と心を支配された二匹の猛獣が海鳴の町に解き放たれた。
これから起こることは、悲劇以外にあり得ない。

「やだ~、なにあの二人。ムード台無し~」

「勘弁してくれよ、これからだってのに」

「……チェーンバインドッ!」

「きゃーっ! マー君の体に鎖が! しかも亀甲縛り!?」

「うおおっ!? なんじゃこりゃあああ!」

まずは手始めにこの公園にはびこるバカップルどもを潰す。そしてその後は……

「悲劇の開幕、ってね……」

さあ、楽しい狩りの始まりだ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



ネオンが輝く駅前にて、二人の男女が手を繋ぎ合って楽しそうにお喋りに興じていた。
ある者はその姿を見て微笑みを浮かべて幸せを祝福し、またある者は顔をしかめて眩しいものを見るかのようにそそくさとその場を離れ、そしてまたある者は……幸せを刈り取ろうとそのカップルに魔の手を伸ばす。

「ミキちゃん、可愛いよ」

「もう、やだショウ君たら、こんな人前で」

愛をささやく青年と、恥じらいながらも嬉しそうに頬を緩める女性。
その背後に、悪魔のごとき笑みを浮かべる少年の姿があった。今、幸せを刈り取るために幸せバスターズが動き出す。

「ミキちゃん、僕は、僕はもう──」

「ちょっと、酷いじゃないですか! 僕という恋人がいながらそんなメス豚に愛をささやくなんて! ショウ君のバカァ!」

「……え? 恋人?」

「ショ、ショウ君……それ、本当? この子、可愛いけど男の子だよ? もしかしてそういう趣味が……」

「ご、誤解だ! 僕が愛してるのはミキちゃん──」

「すごく……大きかったです……」

「ショウ君のばかぁーっ! 変態ショタ野郎!」

「ミキちゃあああああんっ!?」

「……くくく」


◆◆◆◆◆◆◆◆


一組のカップルが破滅に追いやられた場所からそう遠くないアーケード街。そこのレストランからこれまた幸せそうなカップルが外に出てきた。
レストランで食事を済ませた二人は、暖かな店内から出て外の寒気に触れるとブルリと体を震わせる。

「……寒いね」

「ああ。でも、こうすれば暖かいだろ?」

寒さに震える彼女に体を寄せると、男性は仕舞っておいた長めのマフラーを取り出して自分と彼女の首に一緒に巻きつける。いわゆる二人巻き用のマフラーであった。
昨今の日本でこんなものを付けて歩くカップルがいるわけないと思う人間もいるかもしれないが、そんなドン引きカップルは意外と存在するものである。そう、このカップルのように。

「暖かい……」

「これからもっと熱くさせてやるよ。ホテルでな」

「もう、ばか……」

ある者はその姿を見て血涙を流しながらその場を走り去り、またある者は呪いの言葉を吐きながら売れ残って安くなったバレンタインチョコをバリバリかじり、そしてまたある者は……幸せを摘み取ろうとそのカップルに魔の手を伸ばす。

「……デュランダル、セットアップ」

『Set up』

マフラーで繋がったカップルの背後に、悪魔のごとき笑みを浮かべる紳士の姿があった。今、幸せを摘み取るために幸せバスターズが動き出す。

「……アイス・コフィン」

『All right』

カッチーン!

「ん? あれ、なんか首が動かねえ……って、マフラーが凍ってる!?」

「な、何これ!? あ、バランスがっ……ぶへっ!」

「ふん、永遠に繋がっているがいい、バカップルどもが」


◆◆◆◆◆◆◆◆


マフラーが凍って離れられなくなったカップルが地面に顔面を打ち付けた場所、そこから少し離れたデパートの近くで、またまた幸せそうなカップルが仲睦まじくイチャイチャしていた。

「なあ、今日が何の日かって忘れてるわけじゃないよな」

「ふふ、分かってるって。……はい、バレンタインチョコ。初めて自分で作ったからあまり美味しくないかもしれないけど……」

「いや、手作りってだけで嬉しいよ。ああ、マジで俺今幸せだわ」

彼女から手作りチョコを渡されて男性は幸せそうに笑う。それを見た彼女も嬉しそうに顔を綻ばせる。

ある者はその姿を見て地団太を踏み、またある者はリア充爆発しろと呪いをかけ、そしてまたある者は……嫉妬に狂い、幸せを破壊しようとそのカップルに魔の手を伸ばす。

「……ひろし、止めるなよ」

『……もう、勝手にしてください』

チョコを受け取って喜ぶ男性の背後に、ブツブツと一人で呟く怪しげな少年の姿があった。今、幸せを破壊するために謎の少年が動き出す。

「リア充は……爆発しろ!」

ボンッ!

「うおおおお!? なんじゃあああっ!?」

「いやあああ!? 頭が爆発してこんがりアフロになってるうぅーっ!?」

「……へっ、きたねー花火だぜ」



◆◆◆◆◆◆◆◆



二匹の猛獣が街に解き放たれてからしばし。海鳴のあちこちでカップルたちの悲鳴が上がり続けた。
しかし、一時間ほどすると街からは悲鳴が上がることがなくなった。それはなぜか。

「……むなしい」

「……ですね」

猛獣たちの牙が抜けたからである。

いくつものカップルに襲撃をかけていったが、二人の心は満たされることはなく、逆にむなしさばかりがつのっていった。いくら幸せを刈り取ったところで得るものなど何も無いのだ。それはむなしくなるというもの。

「私はもう帰るとするよ。娘たちが心配するといけないのでな」

「あ、はい。僕ももう帰らないとなのはが心配するでしょうし」

むなしさを覚えて襲撃を止めた二人は海鳴臨海公園へと舞い戻って合流を果たすと、その後は特に話すでもなくそれぞれの帰路へとつくのであった。

「はあ……ん? あれは……!」

その帰り道、一人でトボトボと歩いていたユーノは、前方に見覚えのある人影を発見する。それは、昼間にユーノが探し求めていた人物、シグナムその人であった。ユーノ、大興奮である。

「お、獣じゃーん、いいところに」

「え? 僕に何か用でも? ……も、もしかして、チョ、チョコとかくれたり?」

まさかの展開にドキドキが止まらないユーノ。シグナムはそんなユーノに近づくと、懐から四角い包み、それこそ百円で売っていそうなチョコレートが入ってるかのような形の包みを取り出すと、それを突き出してユーノに渡す。

「こ、これは、もしや!」

「ふっ、ハッピーバレンタイン。では、バサラ」

「あっ……」

人さし指と中指を額に当ててピッと振ったシグナムは、ユーノが何か言い返す間もなくいずこかへと去って行った。相変わらずの神出鬼没ぶりである。

(もっと話がしたかったな。で、でも、まさかシグナムさんからチョコがもらえるなんて思わなかった。ああ、僕は今、猛烈に幸せだ!)

シグナムが去って寂しくなるも、ユーノは意中の女性からチョコがもらえたという事実でもはや胸がいっぱいだった。たとえ安物だろうが義理チョコだろうが偶然もらったものだろうがチョコはチョコ。もらえるに越したことはないのだ。

「じゃ、じゃあ、さっそくいただいちゃおうかな~。うへへ」

我慢を知らないユーノには家に戻ってから食べるという発想はなかったので、包みを開けて愛しのシグナムにもらったチョコをその場でさっそく食べることにした。

「神よ、仏よ、ありがとう。僕は、生まれてきて幸せです」

頭が茹ったユーノはなんかよくわからないが神と仏に感謝し、そして……

「……いただきます! あーん」

食べた。シグナムからもらった、チョコらしき物を。

「…………」

満面の笑みでもぐもぐと咀嚼し、幸せな気持ちを忘れないようにしっかりと味わう。

「……ああ、シグナムさん。あなたは、本当に──」

笑顔のまま呟いたユーノは、ゆっくりと体を地面に傾けていき……涙をキラキラと宙に残しながらドシャリと倒れる。

シグナムがユーノに渡した物、それは……

「──罪な人だ」

カレールーだった。




[17066] 六十七話
Name: ネコスキー◆bea0226c ID:94e41f3e
Date: 2011/01/03 23:54

「………………」

空気が凍る、という比喩表現がある。場にそぐわない素っ頓狂な発言を聞いたり、思いがけない事象に遭遇してしまった時などに、周りの人間が空気が凍ったかのように動きを止めるというアレだ。
お世辞にも人生経験が豊富とは言えない私でも、そのような場面に出くわしたことは幾度かはある。

とある女子生徒が間違えて先生のことを「お母さん」と呼んでしまった時。部屋で魔法少女のコスプレしながらノリノリで踊っているところを親に目撃された時。見ないと言っていたマブ〇ブのHなシーンを、ヴィータちゃんが約束を破って夜中にこっそりと見ていたのを目撃してしまった時。隙を突いてガードが固い図書館のお姉さんの胸を揉んだのはいいものの、実はパッド装着者であったことが判明してしまった時。

こうした場面に直面した時、当事者である人間はあまりの事態に思考がフリーズ状態に陥ってしまい、必ずと言っていいほどに場が静まり返る。理解が追いつかないためだ。

「………………」

そして、まさに今、私達は空気が凍った空間の渦中にいた。

「……えっと、あの」

誰もが瞳に映る光景に目を奪われ、聞こえた発言に耳を疑う中、私はしぼり出すように声を発する。

「シグナム、さん?」

今、彼女は何と言ったのだろう。今、彼女は何をしているのだろうか。ダメだ、理解が追いつかない。
これは現実なのか? 夢だと言われてもアッサリ信じてしまうぞ、今の私だったら。むしろ夢であれ。

「主ハヤテ」

だが、そうは問屋が卸さないとばかりに明瞭な声が私の耳朶(じだ)を打つ。私の勘違いでなければ常より1オクターブほど低いその声は、静まり返ったリビングに不思議なほどに響き渡った。

「誠に、誠に申し訳ございませんでした」

……何だ、これは。いや、違う。

誰だ、この人は。

「数々のご無礼、重ねてお詫び申し上げます。お許しいただきたいなどと恥知らずな事は言いません。どうか、この愚かな従者に厳正なる罰をお与えください」

えーっと……

「……その、言いたいことは色々ありますが」

「はい」

「とりあえず…………土下座は止めろ」

冷や汗が止まらない神谷ハヤテです……



◆◆◆◆◆◆◆◆



事の始まりは、夕食後に開催したチョコレートパーティーでの一幕だった。

世にカップルが最も発生しやすい日、バレンタインデー。そんなめでたい日を迎えた八神家だったが、住人のほとんどが異性と縁が無いせいか、特に浮ついた会話をするでもなく、私達は普段とさして変わらぬ態度で一日を過ごした。
とは言うものの、イベント事に目が無い私達であるからして、女性陣はちゃっかりチョコレートをザフィーラさんのために作って渡したりもしたのだが。恋愛感情は皆無だが、せっかくだから八神家唯一の男性であるザフィーラさんのために一肌脱ごうじゃないか、と女性陣満員一致でこの案は可決されたのだ。

まあ、唯一の誤算というか何と言うか、ザフィーラさんが近所の子どもやおばさま方(あとアルフさん)から山のようにチョコレートを受け取ってきたおかげで、リビングに甘ったるい空気が充満してしまうとは思ってもみなかったが。
で、テーブルに積まれたチョコの山を前に、私達は話し合った。その結果……

「……このチョコ、全部ザフィーラさんが一人で食べるんですか?」

「いや、流石にこの量はちとキツイ。というか、主達、それとアルフからもらった分を食べるので精一杯だろうな。多分、それ以上食べたら我は死ぬ」

「大袈裟な奴だな。けど、それじゃこのチョコの山はどうすんだよ」

「そうだな……日持ちしない物ももらったし、そもそも我はチョコがあまり好きではない。悪いが、これらは主と貴様らで処理してもらえると助かる」

「ほう、ならば私はこの闇のように黒いブラックチョコレートをいただくとしようか」

「それじゃあ、私はこっちのチョコチップクッキーをもらおうかしら。クッキー好きなのよねぇ」

「そんじゃ、あっしはこのウイスキーボンボンをゲットだぜ。酒の力が私を大人の女に変える……」

「お前もういい大人だろ」

てな具合に各自が好きなチョコをいくつか取っていき、夕食を食べた後に歓談しながらパクつこうという流れになった。

そこまではよかったのだ。シグナムさんが突然包装紙に包んだカレールーを持ってどこかに出かけたり、グレアムさんが我が家にやって来て「チョコをください」と土下座したり、夕食時にロッテさんが我が家にやって来て「私を食べて!」とチョコまみれの体で襲い掛かってきたりしたが、ここまでもよかった。どっちも即行で追い出したし。(最近、ロッテさんのキャラがますます酷くなってきてることには憂鬱にならざるを得ないが)

しかし、その後が問題だった。

夕食をつつがなく済ました私達は、当初の予定通りリビングでチョコレートパーティーを開いた。
ブラックチョコレートの予想外の苦さに涙目になるリインさんをからかい、みんなからチョコを略奪しようとするシグナムさんを叱咤し、なぜか虚ろな瞳でチョコをペロペロと舐め続けるザフィーラさん(狼形態)を不審な目で見つめ、どっちがポッキーを素早くかじり尽くせるかヴィータちゃんと勝負する。
そうした、何でもないようでいて、けれど楽しいひと時を私達は過ごしていた。

そう、この時までは。

「……おや?」

異変に気付いたのは、たぶん私が最初だっただろう。
パーティー(という名の単なるだべり)も終盤を迎え、さて、そろそろお風呂に入って寝ようかな? と思い始めた時のことである。
「スラム街で暮らしてえなぁ。冗談抜きでスラム街で暮らしてぇ」なんてぼやきつつ最後のお楽しみであったウイスキーボンボンに手を伸ばすシグナムさんを何とはなしに見つめていたのだが、なぜか彼女は六個ある内の最初の一つを胃に収めると、下を向いて動きを止め、かと思えば急にカタカタと震え出したのだった。
 
いつもの悪ふざけにしては少しばかり様子がおかしいと思った私は、体の調子でも悪くなったのかと心配して声を掛けようとした。
が、次の瞬間、信じられない光景を目にすることとなった。

「あ……ああ……うあぁ……」

体を震わしていたシグナムさんがピタリと静止したかと思うと、彼女はまるで茹でダコのように急速に顔を真っ赤にし、座っていたソファーの上をいきなりゴロゴロと転がり始めたのだ。顔を両手で隠して小さく呻きながら。
いや、別にここまではそれほど驚くことじゃない。彼女の奇行にはもうみんな慣れている。このくらいであれば、「今度は一体何を始める気だ……」とため息を吐いて、呆れ顔で事の推移を見守る程度の反応が関の山だった。

だが、シグナムさんの次の行動は、私達の想像をはるかに超えるものであった。
自身に向けられる複数の視線に気付いたのか、彼女はびょーんとソファーから跳ね上がると車椅子に座る私の正面に向き直り、なんと、なんと、あろうことか……

「申し訳ございませんでしたぁーっ!」

謝ってきたのだ。平謝りで、しかも土下座で。なおかつ、「サーセン」でもなく、「めんご~」でもなく、「ごめんちゃい」でもなく、真っ当な謝罪のセリフを用いてだ。
私は驚愕した。出会ってから今まで、ここまでまともな謝罪の言葉を述べるシグナムさんの姿をお目に掛かったことが無かったからだ。

さらに、私の驚愕はそこで終わりではなかった。床に額をこすり付けんばかりの土下座を敢行したシグナムさんは、ゆっくりと頭を上げると、口調も表情も先ほどまでとは打って変わった真面目一本調子で再び謝ってきたのだ。誰だこいつって感じである。これには流石の私も冷や汗が止まらない。
見れば、私だけでなく他のみんなもシグナムさんの変わり様に開いた口が塞がらないようで、そろって彼女の顔を凝視している。いや、ザフィーラさんだけはなぜだか部屋の隅に寝そべって体をピクピクと痙攣させているが。
とりあえずアレは見なかったことにして、今は目の前の恐怖(?)の対処に専念するとしよう。

「……えーっと」

と、言っても、私にはなぜシグナムさんが謝っているのかがよく分からない。彼女のセリフから推察するに、私に対する今までの行いを恥じているように思えるのだが……なぜ今頃になってこんなことを言い出すのだろうか。まさに今さらじゃね? 別に私は大して気にしてもいないし。
それに、この急激な態度の変化、これは一体何なんだろう。今までこんな風になったことは……あったな。けど、あれはバトル時特有のものだと思うから、今のこれとはなんか違う気がするし。う~ん?
……考えても分からんことばっかだ。まあいい、答えを知っている人物はすぐ目の前にいるのだ。分からないなら彼女に聞けばいいだけのこと。

そこまで一瞬の内に思考を巡らした私は、ようやく土下座を解いて立ち上がったシグナムさんに質問することにした。

「あんた誰……じゃなくて、どうしたんですかシグナムさん、いきなり人が変わったみたいに。それに、土下座までしてもらってなんですけど、私には謝られる理由が無いと思うのですが。数々の無礼、とか言ってましたが、私にとってはどれも可愛いイタズラ程度でしたよ?」

「……そう、ですか。そうでしょうね。お優しい主ならばそう言って頂けると思っておりました」

「なら──」

「ですがっ!……失礼。ですが、謝罪をせずにはいられませんでした。なぜなら、誇り高いベルカの騎士が、敬愛する主に対してあのような振る舞いを……あのような……あの、ような……」

私の言葉を遮って主張を続けたシグナムさんは、そこまで言うと何かを思い出したのか、さっきと同じように顔を真っ赤にして後ろのソファーに顔を埋めてしまう。

「うあああぁ……私は、何ということを……珍妙な言葉遣いから始まり、主に暴言を吐き、家具を破壊し、奇行を繰り返し、果てには温泉であのような格好を……おおおぉ……」

何が恥ずかしいのか耳まで真っ赤にして身悶えるシグナムさん。彼女のこんな姿も初めて見る。初めてのバーゲンセールだな。
というか、ソファーとシグナムさんの顔の間から漏れ聞こえるセリフを聞くに、これじゃまるで……

「シグナム、お前、まさか昔の性格に戻ったのか?」

と、そこで私の想像を代弁するかのように、ソファーの陰に隠れて様子を伺っていたヴィータちゃんがシグナムさんに問い掛けた。
彼女の問いを耳にしたシグナムさんはハッと声を漏らすと、ソファーに埋めていた頭を勢いよく跳ね上げてヴィータちゃんを指差し、「それだっ!」と鬼気迫る表情で叫ぶ。

「私としたことが、いの一番に主にご報告すべきことを……何たる失態」

「お前いつも失態ばっかじゃねーか……って、今のシグナムは『違う』のか?」

「ああ、今の私はあのような変態ではない。そう、あのような……あのような、変態……うああぁ……」

「そのリアクションはもういいっての」

三度(みたび)顔を赤くしてソファーに跳び込もうとするシグナムさんであったが、ヴィータちゃんの一言でこのままでは話が進まないと気付いたようで、顔を赤く染めたままではあるが何とかその場に留まることに成功する。
そして、そんな彼女は数秒ほど深呼吸を繰り返し気を静めると、周りで自身を見つめる同居人達を刃物を思わせるその鋭利な瞳で見返しながら、堂々と宣言するのだった。

「ヴィータ、シャマル、リイン、ザフィーラ……は寝ているのか。毎日寝食を共にしていたとはいえ、元に戻った今は久々に顔を合わせたかのように感じるな。そして……主ハヤテ、ご存知かとは思いますが、今の状態でお話しするのは初めてですのでまずはご挨拶をば。我が名はヴォルケンリッターが烈火の将、シグナム。既にお気付きでしょうが、この度、ようやく正気を取り戻すことができた次第です」



◆◆◆◆◆◆◆◆



ヴォルケンリッターのリーダーであり、みんなの頼れるお姉さん的立場であったシグナムさん。質実剛健、謹厳実直を絵に書いたような人物で、落ち着いた物腰と常に冷静沈着を心掛ける様は正に将を名乗るに相応しく、その風格は敵対する魔導師が震えを走らせるほど。
故に、将を決める際は誰一人の異論も無く即決し、また、彼女もそれを当然のように受け入れた。
戦場では戦況に合わせた的確な判断を下し、自らも剣を持って魔導師を屠る姿は、味方に安心感を、敵に畏怖の念を抱かせたという。
こいつになら背中を任せられる。こいつが将で良かった。口には出さないが、仲間であるみんなは常々そんなことを思っていたらしい。

「……とまあ、以前みんなに昔のシグナムさんの事を尋ねた際、このような答えが返ってきたわけなんですが」

「なんと、それは初耳です。いやしかし、フフ、嬉しいものですね。仲間からそうして好意的な評価が得られるというのは。リーダー冥利に尽きると言うものです」

「まあ、私はまるっきり信じてなかったんですけどね」

「主!?」

シグナムさんの驚くべき宣言を聞いて衝撃を受けた私達は、「いや待て、これは孔明の罠かもしれん」とここぞとばかりに猜疑心を働かせ、ことの真偽を入念に確かめることにした。シグナムさんが仕組んだドッキリという可能性も捨て切れなかったためだ。むしろそうとしか考えられなかった。

そのため、私達四人(ザフィーラさんが床で死んだように眠ってしまっているため、四人)は、彼女が芝居を打っているに違いないと決め付け、シグナムさんがボロを出すまで考えられる限りの質問をこれでもかと浴びせた。
が、結果は以下の通り。

Q:おい、ネタはあがってんだぞ。今さらこんなドッキリに引っかかるバカがいると思ってんのか? あ?

A:ヴィータ、証拠も無しに始めから疑って掛かるのはよくないな。そんな体たらくでは守護騎士は務まらんぞ。

Q:つまらない演技なんてよしなさい。バカを見るのはあなたなのよ? このバカ。

A:……分かってはいたが、酷い変わりようだな、シャマル。いや、私が言えた事でもないか。だが、侮辱されて黙っているなど騎士の沽券に関わる。いいか、一度は許すが、二度は無いと思え。たとえ同じ守護騎士であろうと容赦はせんからな。

Q:やだ、なにこの人カッコイイ。もう演技でもいいからずっとそのままでいたらどうです?

A:主ハヤテ、あなたまで……なぜ信じていただけないのですか。

Q:今までの自分がしでかしてきた奇行を一つ一つ思い返してみろ。そうすればおのずと答えは見えてくるだろう。……しかし、こうして見るとまるで二重人格だな。ん? まてよ。二重人格か。このネタはおいしいな。後で私も……

A:おい、リイン。勘違いしているようだが、私は二重人格ではない。遺憾ながら変態的な行動を取っていた記憶も全てあるし、主やお前達と過ごした日々もハッキリと思い出せる。傍目から見れば二重人格のように見えるだろうが、おちゃらけていたこれまでの私と今の私、そのどちらもが『私』なのだ。

Q:ん~、つまり、今まではっちゃけてたシグナムさんは酔っ払い状態みたいなもので、その酔いからようやく醒めて素面に戻った状態が今のシグナムさん、と。で、酔いから醒めても酔ってた時に体験した事は忘れることなく覚えている。シグナム超恥ずかしい。……こんな感じでしょうか?

A:素晴らしい比喩です。つまりはそういうことなのです。

Q:……それで、いつになったら「ドッキリでした~! や~い、騙されてやんの!」って言うつもりですか? 

A:だから嘘ではないと言っているでしょう! なぜ信じてくれないのです!

Q:いや、だって、なあ? 今までが今までだったしさ。騙されてバカにされんのも嫌じゃん?

A:くっ……分かった。ならば全員が認めるまで問答に付き合おうではないか。さあ、なんでも聞いてこい。

Q:おや、そうですか。では私から。今のあなたはどういったご趣味をお持ちでしょうか?

A:まるで見合い相手に対する質問のようですね……まあいいです、お答えしましょう。趣味と言えるかは微妙ですが、鍛錬。これに尽きますね。断じて近所の小学生にゲーム勝負を挑んで大人気なくボコボコにするのが好きだったり、道端で目が合った人物に因縁をつけるのが好きだったりとかはしませんので。そこのところをお間違いなく。

Q:お前、実は町の嫌われ者だったりしないか? や、それは別にどうでもいいや。んじゃ、次はあたしからな。正気に戻ったって言うけどさ、今はどんな気分だよ。今まであれだけはっちゃけたんだ。堅物のお前にゃ耐え難いもんがあるだろ。

A:ああ、正直今すぐにでも腹を切りたい気分だ。だが、闇の書のバグのせいだろうが何だろうが、今までの所業は私自身がしでかしてきた事。受け入れるしかないのであろうな。出来得ることなら全てを忘れたいが……

Q:記憶消してあげましょうか? パンツも消えるかもしれないけど。

A:断固断る。今のシャマルの魔法はどうにも信用できんしな。……それに、主ハヤテの下に転生してからの思い出を消すなど、出来るはずもない。今の私にとっても、かけがえのない記憶なのだから。

Q:シグナム、貴様……演技が上手いな。どれ、もういい加減疲れてきただろう。ここらで芝居は終わりにしようではないか。

A:リイン、貴様ぁ!

と、このように質疑応答を繰り返したわけなのだが、シグナムさんは全くボロを出すことも無く全ての質問に真っ当な答えを返してきた。そして一時間にも及ぶ舌戦の末、ついに私達は確信するのだった。

「おいハヤテ、こりゃマジで性格が戻ってるぜ」

「へえ、ヴィータちゃんが言うからにはそうなんでしょうね。いや、驚きです」

「はあ、はあ……だから……始めからそうだと、言っているでしょう……」

「あら、なんだかあなた疲れてるみたいね。やっぱり慣れない演技をして疲れが──」

「喋りすぎて疲れたんだっ!」

「冗談だと気付け。そういうところは前の性格の方が一枚上手だったのではないか?」

「ぐっ、なんという屈辱……」

そう、シグナムさんの言っていたことは本当で、彼女の性格が私と出会う前の実直なものに戻っていたのだ。昔のシグナムさんをよく知るヴィータちゃん達が太鼓判を押したのだからこれはもう間違いない。

で、確信を得た後なのだが、堅物なシグナムさんというものに私が興味を惹かれないはずも無く、シャマルさんに入れてもらった麦茶で彼女がノドを潤す中、私はシグナムさんのそばにすり寄って話をしようと持ち掛けた。すると、彼女も始めからその気だったようで、快く了承してくれた。
ヴィータちゃん達も「久々にシグナムとまともな会話が出来る」と会話に加わってきたため、しばらくの間リビングには姦しいほどの住人達の声が響き渡ることになった。(ザフィーラさんは相変わらず死んだように眠っているので、起こしては悪いと放置している)

性格が戻った(ヴィータちゃん達曰く堅物である)シグナムさんとの会話は思いのほか楽しかった。おちゃらけたシグナムさんとは真逆の性格らしく、私の冗談に真面目な顔をして返答したり、シャマルさんにからかわれて顔を赤らめたりと、彼女の新たな一面を知ることも出来た。

そうして会話に花を咲かせること一時間。いつもならもう布団に入る時間を迎えたのだが、私達は興奮冷めやらぬといった感じで間断なく会話を続けていた。
しかし、私が放ったある一言でリビングは静けさに包まれることになる。

「……ところで、聞こう聞こうと思っていたのですが、シグナムさんの性格が戻った原因って……やっぱりアレでしょうか?」

私のこの質問に、みんなは「ついにその話題に触れたか」といった表情になり、私が見つめる物体へと同じように視線を送った。みんな先ほどからチラチラと見ていたが、まさか、そんなベタなことがあるわけが……と話題を先延ばしにしていたのだ。

みんなの視線を一身に受けた物体、それは、シグナムさんが最後に口にしたチョコレート……ウイスキーボンボン。その名の通り、チョコレートの中に少量のウイスキーが入ったアレである。

「いやいや、まさか、そんなわけねえって。アルコール摂取して性格変わるとかベタすぎだろ」

「いや、主の言う通りだと思う。実際、私はあれを食べた直後に変化したわけだしな」

「……うそん。どんだけ基本に忠実なんだよお前。しかもたった一つでって」

シグナムさんの指摘に愕然とするヴィータちゃん。けど、気持ちはよく分かる。私だってにわかには信じられないし。
というか、バグが僅かな量の酒で直るとかそれでいいのかロストロギア。大したことないな、おい。

「でも、それじゃまるで今のシグナムさんが酔っ払った状態で、はっちゃけたシグナムさんが素面の状態みたいですね」

「恐ろしいことを言わないでください、主ハヤテ。今の私が本来の有り様なのです。あんな変態がデフォルトなわけが……あんな、変態……おおおぉ……」

「何回自爆したら気が済むんだよお前は」

またゴロゴロと転がり始めたシグナムさんを尻目に、切れのいい突っ込みを入れたヴィータちゃんは満足そうに麦茶を口に含む。堅物と聞いて心配していたが、どうやらこっちのシグナムさんも中々にボケの才能はあるようだ。これならヴィータちゃんも安心して突っ込めるだろう。……いや、何かおかしいな。まあいいか。

それはさておき、気になることがある。
シグナムさんがウイスキーボンボンを食べて性格が戻ったというなら、シャマルさんやザフィーラさん、リインさんなどはどうなのだろうか。ヴィータちゃんだけは性格はほとんど変わっていないと聞くが、私の下に転生してから変化したという彼女達であるならば、アレを食べればまた元に戻ったりするんじゃないだろうか。

そんな好奇心とも言える疑問が私の中に湧き上がった。食べさせたい。そして見てみたい、昔の彼女達の姿を。以前マルゴッドさんがバグを直すか聞いてきた際はそのままでいいとも思ったが、こうしてシグナムさんの新たな一面を見てしまった今、シャマルさん達の別の一面も見てみたいと思うのは自然の理であろう。

……よし、食わせちゃれ。

「シャマルさん、どうです? ここは一つ、あなたもアレを食べて原点回帰をしてみるというのは」

「え? 嫌よ、私は今の自分が気に入っているの。それに、お酒は嫌いなの」

「むぅ……」

思いついたら即実行が信条の私であるからして、早速シャマルさんに勧めてみたものの、呆気なく断られてしまった。
ぬぬ、ならばザフィーラさんは、と視線を部屋の隅に移してみるが、いまだに寝たままなので今は食べさせることも出来ない。
となれば、残るはリインさんのみ。私は期待を込めた瞳を彼女が座るソファーへと向ける。が、なぜだかそこにリインさんの姿は無く、彼女はいつの間にか立ち上がってテーブルのそばに佇んでいた。
何をするのかと見守っていると、なんと彼女はテーブルに置いてあった例のウイスキーボンボンに手を伸ばし、みんなが何かを言う前にひょいっとそれを食べてしまったではないか。

「む、なかなか美味いな。……ん? あ……ああ……」

果たして、私の願いは図らずも叶えられることとなった。
チョコを食べた直後、リインさんは先ほどのシグナムさん同様に震えだし、そして動きを止めたかと思えばいきなり顔を赤くしてソファーに顔を埋めたのだ。シグナムさんと全く同じ反応である。

「死にたい……死にたい……誰か私を殺して……」

ただ、漏れ聞こえるセリフは若干物騒なものになっていた。
そこまで厨二的な発言が恥ずかしかったのか。まあそれもそうか、誰にとってもああいったものは黒歴史だしね。

今のシグナムさんはまともだし、この場にいる全員が空気を読めるため、羞恥に悶えるリインさんに声を掛ける人物は現れない。今はそっとしておくのが優しさだとみんな分かっているのだろう。後で慰めてあげよう。

「……にしても、これでこのウイスキーボンボンが原因だとハッキリしましたね。いや、中に入ってるお酒が、でしょうか」

リインさんから目を背けていた私は、騒動の発端となったブツを見下ろして呟く。
……そういえば、シグナムさんと話してたらまた少し小腹が空いてきたな。私も一ついただくとしよう。

「ああ、そうみたいだな。てか、まだ気になることがあるんだけどさ、こいつらの性格ってもう……って、おいハヤテ、お前まで食べるのかよ。少しとはいえ酒が入ってるんだぜ?」

もう誰も食べる気配が無いようだったので、しめしめ、と私は四角い容器から一つ指でつまんでポイッと口に放り込んだ。うん、デリシャス。ウイスキーボンボンは初めて食べるけど、結構イケルじゃないか。

「大丈夫ですよ。ウイスキーボンボンっていうのは大抵が子どもでも食べられるようになってますから。一個や二個食べたところでどうということはありません。それより、今何を言おうとしたんです?」

「ん、いや、シグナムとリインの性格ってさ……」

ぐらり。

ヴィータちゃんの言葉を聞いていた途中で、なぜか急に視界が傾く。おまけに音もよく聞こえなくなった。
……あれ、なんだこれ? どうなってんの。え? え?

「は……くっ……」

あっれー? ほんとに何だこれ。なんか体まで熱くなってきてんじゃん。まるでサウナだ。熱い熱い。いつから八神家のリビングにサウナなんて設置されたんだよ。ロリコンか? あのロリコンの仕業か? よーし、あのヒゲ今度あったら容赦しねぇ。マジで盗聴器仕掛けてやがったしな。自慢のヒゲを剃ってやる。全部だ。体毛を剃られた哀れなプードルみたいにしてやる。

「──い──どうし──ハヤテ──」

「ハヤテちゃん────顔が赤──」

周りが何か騒がしい気がする。でもそんなの気にしてらんない。こっちは今それどころじゃないんだよ。体が熱くて熱くて溶けそうなんだよ。
ああ、もう。やばい、このままじゃ、本当に……

…………………

…………

……お?

「──ハヤテ、おい、しっかりしろって。まさかマジで酔い潰れちまったのか?」

「こうなったら、もう寝室に運んで寝かすしかないかしら?」

さっきまで傾いていた視界が元に戻り、周りの声もハッキリと聞こえるようになった。体はまだ熱いままだが、これなら普通に動けそうだ。
なんだよ、びっくりさせやがって。マジで死んじゃうかと思ったじゃんかこのやろー。驚いて損したよ。

ああ、それにしても、驚いたらなんだか急に胸が揉みたくなってきた。お、手頃なところに、一、二、三。三人も良いおっぱいの持ち主がいるじゃないか。いいよね? 揉んでもいいよね? だってあんなにビックリしたんだから、私にはおっぱいを揉む権利があるはずだもん。これはもう世界の理。

「む? 主が顔を上げられたぞ」

「お、ほんとだ。おーい、大丈夫かー? 自分で寝室まで行けるか? 無理そうだったらあたしらが運んでいくけど──」

は? 寝室? 行くわけないじゃん。まだ胸揉んでないのに。そんなことも分からないなんてヴィータちゃんもまだまだだなぁ。だから胸が小さいままなんだよ。女ならボインを目指そうよ。貧乳はステータス? そんなのは戯言よ。
にしても、みんなちょっとうるさいなぁ。声がガンガン頭に響いてくるんだよ。
ああもう、うるさい、うるさい、うるさいなぁ。黙れっていうのが分かんないかなぁ。ああ、だから、もう──



「うるせええええぇっ! お前ら黙って私に胸を揉ませろぉーっ!」



「……………は?」

「……ハ、ハヤテちゃん?」

なんだよ、なんだよ、なんですかぁー? みんな揃って鳩が豆鉄砲くらった様な顔しちゃってさぁー。今私変なこと言ったぁ? 言ってないよね。ただ胸揉ませろって言っただけだし。ほら、いつも通りの私じゃん。

「……ハヤテ、お前、悪酔いしてる?」

「えええぇ~? 何言ってるんですかぁ、ヴィータちゃーん。私、酔ってなんかいませんよぉ。ウヒッ」

「完全に出来上がってんじゃねーか!」

うるっさいなぁ、怒鳴んないでよ。頭痛いんだってば。それに体も熱くて熱くて、もう服なんか着てらんないっつーの。

「ちゃらりらら~。わ~お、セクシー」

「いきなり服脱ぎだしたし……お前、今は幸運なことにアイツがいないからいいものの、もしいたら大変なことになるぞ」

「え~? どうでもいいってそんなの。それよりさぁ、ちょっとこのシャツ脱ぐの手伝ってくれません? なんか上手く脱げなくって」

ガラッ!

「その役目、私が引き受けたぁっ!」

「何か来た!?」

脱げないシャツに四苦八苦していると、リビングの窓が開いて変態紳士が現れた。
よくぞ来たなロリコン。あはぁ、ここであったが百年目。さて、神谷ハヤテ、どうする? どうする? どうしちゃう?

──ロリコンがシャツを脱がしたそうにこちらを見ている。

一、仲間にする。
二、警察に通報する。
三、見逃す。
四、ヒゲを剃る。

「二も捨てがたいが、せっかくだから私は四を選ぶぜええええーっ!」

「む? はやて君、なんだか様子がいつもと違う……なっ! 一体何を!?」

獲物を見つけたガゼルのごとく、私はグレン号を操作して一直線にロリコンに肉薄する。そして、勢いを利用して奴の胸元に跳び付き首にぶら下がる。さぁて、後はヒゲを剃るだけ……あ、ヒゲ剃りもカミソリも持ってねえや。んー、なら、ぶっこ抜くか。

「は、はやて君が抱きついて……おお、私は今猛烈に感動して──」

ブチブチ。

「いたああああああ!?」

「wwっうぇwwwwっうぇww」

オラオラ、ロリコンのくせに偉そうにヒゲなんか伸ばしてんじゃねー。ケッケッケ、つるっつるにしてやんよ。

「……なんつー恐ろしいことを。ハヤテって酔ったらあんな風になるんだな」

「私とはまるで正反対だな。以後、主がアルコールを摂取しないように注意すべきか」

「守護騎士諸君! のんきに見てないで助けてくれたまえ! ぬあああ、私のヒゲがぁ!?」

フヘヘ、ざまーみそしる。この場にノコノコ現れたのが運の尽きだっつーの。あー、でもヒゲぶっこ抜くのも飽きたな。しょうがない、この辺で許してやるか。ハヤテ様の慈悲の心に感謝しな!

「あ……ああ……私のダンディーなヒゲが……」

ストン、と首から手を離してグレン号のシートに舞い戻った私は、アゴを押さえてむせび泣くロリコンをあざ笑いながら後退する。
さて、次の獲物は誰にしようか。そんな事を考えつつ三つのおっぱいの持ち主を品定めしていると、またもやリビングの窓から人影が滑り込んできた。千客万来だな。フヒヒ。

「はやてー、さっきはごめんね~。今度はちゃんとしたチョコ作ってきたからさ。あ、変なものとか入ってないよ? ほんとだよ? ロッテだけにチョコレートにはうるさいんだよ?」

「うるせえええ! いいから黙って私に胸揉まれろ!」

「……え? なに? どうしたのはやて。頭でも打った?」

なにがおかしいのか、いつも通りのはずの私を見て、闖入者のロッテさんは目を白黒させている。だからなにがおかしいんだよぉ。私はいつも通りだって言ってんじゃんか。

「こら、ロッテ、それにお父様。こんな夜更けにお邪魔したら迷惑でしょう。ほら、帰りますよ」

と、苛つきながら変態ネコ女を睨んでいると、そこに今度は双子の片割れであるアリアさんがやって来た。
優雅な動作で窓からリビングに侵入してきた彼女は、床にへたり込んで散らばった自分のヒゲをかき集めていたロリコンとロッテさんの手を取ると、いつものように二人を廊下まで引っ張っていき、去り際にぺこりと一礼して玄関へと向かった。早業だなぁ。言葉を挟む暇もない。

「ちょ、待ってよアリア。まだハヤテにチョコ渡してないって。ロッテ印のチョコレート……」

「私のヒゲ……」

「はーいはいはい、いいから帰りますよ」

次第に声が遠ざかっていき、バタン、とドアの閉まる音が聞こえると同時に再び八神家に静寂が訪れる。
うん、いつもながら見事な仕事だ地味女、じゃなかった、アリアさん。双子のおっぱいも楽しみたかったが、あのうざったいヒゲを連れ帰ってくれたからよしとしよう。まじヒゲうざい。

「さーてと……」

ロリコンも消えたし、もう誰かがいきなりやって来ることもないだろう。だったら心置きなくおっぱいフェスティバルを開催できるってもんだ。お預けくらってたせいでもう我慢の限界なんだよなぁ。手が疼いて疼いてしかたないっつーの。

「うっ……主がこちらに狙いを定めたようだ。シャ、シャマル、なんとかしろ」

「酔っ払いの相手なんてごめんだわ。シグナムがなんとかしなさいよ。あなたリーダーでしょ」

「今の私ではあの主を上手くあしらえる自信が無いのだ。かと言って大人しく胸を差し出すのも御免こうむる。む、そうだ。おいヴィータ、お前ならなんとか──」

「悪い、あたしもう風呂入って寝るわ」

「お前一人だけ守備範囲外だからって!」

アクビを漏らしながらリビングを出ていくヴィータちゃんを、シグナムさんとシャマルさんが恨めしそうに睨んでいる。
まあ私はお子ちゃまには用は無いからヴィータちゃんは見逃そう。だが残る三人は絶対に逃がしゃしねえ。絶対にだ!

「まずいな、臨戦態勢に入ったぞ。こうなったら、もう主の戯れに付き合うしかないか」

「律儀ねぇ、あなた。あら? そういえばリインは何をして──」

「死にたい……死にたい……」

「まだやってたのね……」

どうやらシグナムさんは覚悟が決まったようで、観念した様子でソファーに座り込んだ。シャマルさんはリビングから一度逃走しようと試みたが、すかさず私がドア付近に回り込むと逃げるのを諦め、シグナムさんの隣に疲れた表情で座った。フヒヒ、どうやら諦めたようだ。
リインさんはさっきからソファーの上をゴロゴロ転がっているから逃げる心配も無い。おお、完璧な布陣だ。これはもう勝利の音頭を取るしかあるまい。

「おーっぱい! おーっぱい!」

「おい、いきなり手を振りながら叫びだしたぞ」

「酔っ払いのやることは分からないわね……」

さて、やることはやった。やらなくていいこともやった。むしろ無駄なことをやってしまった。だがその無駄がいい。何がいいのか分からないけど、とりあえず格好つけておく。……ん? 自分でも何考えてんのかよく分かんなくなってきた。けど問題無い。もうおっぱいはすぐそこにあるのだから。

ああ、ようやく、ようやく揉める。私の、私だけの、おっぱい……

「…………あ?」

あれ? おかしいな。急に視界が曇ってきた。それに体が言うことをきかない。うそ、なんでさ。
止めとばかりにシグナムさん達の姿が遠のいていってしまう。あ、ちょっと待ってよ。どこ行くんだよ、私のおっぱい。おーい、おいでー、こっちに戻っておいでー。沖縄いいとこ一度はおいでー、って違うよ。何言ってんだよ私は。寒いよ。沖縄はあったかいけど心が寒いよ。

あ、つまんないギャグかましてるうちにおっぱいがあんなに遠くに。そんなバカな。しかもどんどん辺りが暗くなってきてる。うわ、もう真っ暗に……
く、くそう。こんなところで終わってたまるか。もう少し、もう少しのところだったのに……あ、意識が、もう……
ううっ……神谷ハヤテ……一生の、不覚……



◆◆◆◆◆◆◆◆



翌朝、目を覚ました私はなぜか酷く痛む頭に疑問を覚えつつ起き上がり、着替えを済ませてからリビングに向かった。いつもならヴィータちゃんに着替えを手伝ってもらうのだが、私が起きた時にはすでに全員の布団はもぬけの殻になっていたため、久々に一人で着替えることになったのだ。
時計を見てみれば時刻はすでに十時を回ろうとしていた。私がこんな時間まで起きなかったことも珍しいが、先に起きたみんなが私を起こしてくれなかったということの方が気になる。こんなことは今まで無かったのに。

「あ、皆さんおはようございます。あの、何で起こしてくれなかったんですか?」

痛む頭を押さえながらグレン号を操作してリビングに入ると、中には全員が揃っており、みんなが挨拶をした私の顔を見てくる。……なぜか苦笑しながら。(ザフィーラさんだけ昨日と同じように床に寝てるが)
みんなの表情に首をひねっていると、パソコンを操作していたヴィータちゃんが椅子から立ち上がり、私の方にやって来た。

「あー、悪かったなハヤテ。何度か声掛けたんだけど、なかなか起きないからそのまま寝かしといたんだ」

「あ、そうだったんですか。しかしおかしいですね。昨日はいつも通りの時間に寝たはずなんですが。なんでこんな時間まで起きなかったんでしょうかね?」

「……お前、もしかして昨夜のこと覚えてないのか?」

昨夜のこと? 何のことだろうか。昨日の夜は確か夕飯の後にチョコレートパーティーを開いて、シグナムさんがおかしくなって、いや、まともになって、色々と話をして、その後リインさんまで性格が戻って、それから、えっと……あ、そうそう。眠くなったからすぐに布団に入ったんだった。

「覚えてますよ。シグナムさんのことも、リインさんのことも。でもやっぱりおかしいですね。昨日はリインさんがウイスキーボンボン食べた後にすぐに寝たはずですから、寝坊する理由が分からない」

「都合の良いように記憶が改ざんされてやがる……」

小さく呟くヴィータちゃん。いってる意味がよく分からないな。

「まあそれはもういい。それよりだな、ハヤテに知らせることがあるんだ。性格が戻ったはずのシグナムとリインなんだけど──」

と、そこまで言ったヴィータちゃんを後ろから押しのけて、聞きなれた声のトーンと見慣れた表情を伴いながら、彼女は現れた。

「じゃじゃーん! シグナム、復活! いやー、昨日は大変お見苦しいところを見せてしまってすまんかった。シグナム、超恥ずかしい」

「……あれ?」

私の前に姿を見せたシグナムさんは、昨夜の凛々しさなど欠片も感じさせずに、いつも通りのテンションと口調ではしゃいでいるではないか。
横に押しのけられたヴィータちゃんはと言えば、私を見つめながらやれやれと言った感じで苦笑している。
……これは、まあ、恐らくそういうことなんだろうな。

「なんともお約束的な。つまりは……」

「ああ。アルコールが切れたから元に戻った、と。そういうことだな。あ、この言い方は適切じゃないな。またおかしくなった、って言うべきか」

なんとまあ。もしかしたらそんなオチが待っているんじゃないかとは思ったけどさ。ほんと期待を裏切らないなぁ。

「ということは、リインさんも同じように?」

「あー、それなんだけどさ……おい、リイン、ちょっとこっち来い」

途中で言葉を濁したヴィータちゃんは後ろを振り向くと、ソファーに座って漫画に視線を落としているリインさんをこちらに呼びつける。

「何だ、今いいところだから後にし……う、ぐああああ……」

呼ばれたリインさんはチラリとこちらに眼を向けるだけで立ち上がろうとしなかった。が、いきなり彼女は芝居がかった動作で頭を押さえると、苦しそうに呻き始めた。
そして、待つこと数秒。ようやく動きを止めた彼女は、ゆらりと立ち上がってゆっくりと私達の方へ足を進め、ポカンとする私の目の前まで来ると、うやうやしく頭を下げてきた。

「ああ、我が主。これまでの蛮行、どうか、どうかお許しください」

……何だこれは。いつもの慇懃無礼なリインさんはどこにいった。リインさんの敬語とか初めて聞いたぞ。

「ヴィータちゃん、元に戻ってるんじゃないんですか? こんなのいつものリインさんじゃないですよ」

「いや、問題はここからでな」

小声でヴィータちゃんに問い掛けると、彼女はウンザリとした顔をしながら「見てな」とリインさんをアゴで指す。わけの分からないままリインさんへと視線を戻した私は、彼女が次に起こした行動で全てを悟った。
なんというか、見てて非常に痛々しいのだが、私に頭を下げたリインさんは再び頭を両手で押さえると、以下のような会話(?)を始めたのだ。

「ぐあああ、止めろ、出てくるな。貴様は出てきてはいけない存在なんだ」

「ふはははは、足掻け足掻け、もはや手遅れだがな!」

「あ、主、いけません、このままでは再び奴が出てきてしまう。早く……」

「残念だったな。もはやこの身体は掌握済みだ。貴様は永遠に闇の底で眠っているがいい」

「き、貴様ぁ……」

……うん、もうね、痛々しくて見てらんない。
だけど、これでどういうことかよく分かった。要するにリインさんもアルコールが切れて元の性格に戻ったんだな。で、厨二要素が大好物のリインさんは、昨日のシグナムさんの様子にインスピレーションを刺激されてこんなバレバレな一人芝居を打っている、と。
……わたくし涙が止まりません。

「リインさん」

「どれだけ足掻こうとも無駄だと言うのがまだ──」

「あの、リインさん」

「え?」

「その、あなたの趣味は分かりましたから。とりあえずそれはもういいんで」

「え、あ、うん……」

私のリアクションが気に入らなかったのか、どこか釈然としない様子ですごすごとソファーに戻るリインさん。彼女の厨二病は治るどころか時が経つごとに酷くなっている気がする。永遠の十四歳じゃないんだから厨二は早く卒業してもらいたいものだ。……お酒をたくさん飲ませたら直ったりしないかな?

「結局、二人とも元に戻っちゃいましたね。そういえば、私厨二病じゃないリインさんと全然会話しませんでした。少しぐらい話せばよかったです」

少し残念な気もするなぁ。あの時のリインさんってどんな感じだったんだろうか。ソファーの上で恥ずかしがってた姿しか見てないけど、さっきのリインさんみたいに敬語で話したりするのかな?

「少しの間とはいえアルコールで性格が元に戻るって分かったんだから、また摂取させりゃいつでも話せるんじゃねーの?」

「あ、それもそうですね」

よくよく考えてみれば、ヴィータちゃんの言う通りいつでも普段とは違った彼女達と会うことが出来るんだった。おお、これはすばらしい発見だ。
真面目なシグナムさんともまた話してみたいし、今回会話できなかったリインさんとだって話したい。チャンスがあればシャマルさんにもお酒を飲ませてみよう。彼女の新たな一面を見るというのも楽しみだ。それにザフィーラさんだって……
……ん? ザフィーラさん?

「あの、ザフィーラさんさっきからピクリとも動きませんが、眠ってるだけですよね?」

「え、ああ。あいつ昨日のチョコレートパーティーからずっとあそこで寝てんだよな、朝飯も食わずに。まったく、老犬かっつーの。おいザフィーラ、いい加減に起きろー」

……ん? チョコレートパーティー? ……チョコレート?
何かが頭の中で引っかかっている。けどそれがなんなのかが思い出せない。何だろう、何かとても大事なことだったような気がするんだけどな。

私がうーんうーんとうなっていると、ザフィーラさんの背中をポスポス蹴っていたヴィータちゃんが、なかなか起きないザフィーラさんをいぶかしんで寝顔を覗き込んだ。
そして次の瞬間、リビングにヴィータちゃんのけたたましい悲鳴が響き渡る。

「うわあああああ! ザフィーラ、死んでるううう!?」

「え? ちょっ、えええええええ!?」

あ、思い出した。チョコレートって犬には毒なんじゃん。食わせちゃまずいでしょー、常識的に。

「って、今頃思い出してどうする私っ!」

肝心なところでポンコツな頭を振りつつザフィーラさんの下へと向かう。
眠ったように動かないザフィーラさんの顔を見れば、確かに死んでいると思ってもおかしくないほどに酷い顔をしていた。だが、それはヴィータちゃんの勘違いだったようで、幸いなことにまだ呼吸はしているし、ちゃんと生きている。
ああ、でもやばい。よだれが垂れっぱなしだし、僅かだが痙攣もしている。早く治療しないとマジでくたばってしまいそうだ。

「あーん? だらしねえなぁ。おい犬、それでも盾の守護獣ですかー?」

ゲシゲシ。

「シグナムさん、蹴っちゃめぇ! チョコは犬に毒だったんですよ。ああ、もう、どうしたら……あ、そうだ! シャマルさん、回復魔法でザフィーラさんを治してください! 彼の体内からチョコを全て排出してください!」

「え? 無理よ、そんな回復魔法無いもの」

「ですよねー!」

あわわわ、どうしよう、どうしよう、と右往左往すること一分。

「動物病院連れてきゃよくね?」

「あ」

ヴィータちゃんのナイスアイデアによって、ザフィーラさんの一命は取り留められましたとさ。



◆◆◆◆◆◆◆◆



某動物病院にて。

「ハヤテちゃん、この子、ひょっとして狼なんじゃ──」

「犬です」

「いや、でも──」

「犬です」

「……そうね、犬よね。久遠みたいな子がいるくらいだし、こんな犬がいてもいいわよね」



◆◆◆◆◆◆◆◆

















あとがき

明けましておめでとうございます。
最近ある事情により筆を取る気力が出なかったのですが、ビッグサイトでヒャッハーしてきたら急に書きたくなってきてしまいまして、再び筆を取った次第です。
今後も更新は不定期になるかと思いますが、上がっていたときはまあ暇つぶしにでも読んでやってください。

……なのはブースの情報戦は今回も熱かったなぁ。


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