「―――――では御主」
「は、はい!」
目の前には、わたしの護衛獣を召喚してくれる召喚師さん。
変なマント着てるけど、偉い人。
う……キンチョーするなぁ。
今日から始まる鍛聖トーナメントで戦う為に、親方さんがわたしに護衛獣をプレゼントしてくれるらしい。
プレゼントって言い方は変かもしれないけど、まあそんな感じ。
護衛獣っていうのは、誰か1人の専属になった召喚獣のこと。
普通は召喚師さんが自分の為に召喚するんだけど、ワイスタァンではその護衛獣に武器の鍛錬を手伝ってもらう人がいる。
お金持ちっていうか、実力のある人じゃないと持てないって思ってたけど、親方さんは特別にわたしにくれるらしい。
パートナーか……まさかわたしに出来るとは思わなかったなぁ。
いつか出来るかもとは思ってたけど、こんなにすぐになるなんて。
やっぱりキンチョーは取れないや。
「シンテツ殿のことをどう思う?」
いきなり難しい質問。
というか、なんでわたし質問されてるんだろう?
護衛獣の召喚に必要なのかな?
……鍛聖だったパパのことは尊敬してるけど。
だけど、それだけなんだ。
どんな人だったかなんて、ほとんど知らない。
「わたしはお父さんのことをあんまり知らない。
お母さんも、あんまり教えてくれないから、どんどんお父さんがわからなくなってるような気がする。
だから、お父さんのことをもっと知りたいの」
これは、本音。
だって、パパのことを誰も教えてくれないから。
英雄だったとか、格好よかったとか。
どんな風に思われてたかしかわからない。
だから、いつもどんなことをしていたのかとか、どんな物が好きだったのかとか。
パパがどんなことをしていたのかを知りたい。
「ふむ……いい子に育ったようだな。ではもう1つ聞くが……」
質問は1つじゃないみたい。
ちょっと今の質問で完全燃焼した感があるんだけど。
……待ってくれないよね、やっぱり。
「英雄と正義の味方、どちらになりたい?」
「えーっと……?」
そのまま聞かれた台詞に、わたしは困ってしまう。
英雄と、正義の味方?
どっちも変わらないような気がする……。
パパは英雄って呼ばれてたけど、正義の味方とは呼ばれてない。
だったらわたしは、パパじゃない方がいい。
何から何までパパと一緒じゃ、一生パパを超えられない。
「正義の味方……かな?」
そう言うと、親方さんが変な顔をした。
難しいというか、困ったみたいな顔だった。
「……まあ、よくある話か。よし、そろそろ護衛獣の召喚と行こうか」
「そうですね。ではその前に最後の質問を……」
え、まだ質問があるの?
ちょっと安心しちゃってたんだけど。
「御主にとって、正義とは何かな?」
だけど、その人は容赦なく質問をぶつけてきた。
しかもすっごく難しい奴。
え……と、正義?
ううん、難しいなぁ。
誰かを守ろうとすること?
それとも……誰かの為に何か出来ることかな?
パパなら、何て言うんだろう。
『―――――』
そう考えると、ふと頭の中にパパの声が響いたような気がした。
「……大切なものを、守り抜くこと」
よくわからないけど、と付け足す。
だって、これはわたしの言葉じゃないから。
だけど、きっとわたしもそう思う。
「ふむ……なるほど、いい答えですな。では、召喚の儀式を始めましょう」
そして、その人の質問が終わった。
結構長かった。
ただ返事をしてただけなのに、やけに疲れちゃった。
「御主と深い絆を持つことの出来る護衛獣を召喚する為、何か1つ御主の大切なものを……」
「大切なもの……あ、さっきのお守り」
大切なものと聞いて、とっさに思いついたのはそれだった。
だって、他のものはわたしの部屋に置いたまま。
流石にお母さんを連れてくるわけにもいかないし。
「おう! そりゃシンテツのじゃねえか!」
「家に残っていたそうです……」
お守りを取り出すと、親方さんが驚いたように言う。
やっぱり本物なんだ。
……家に帰ってきたパパが、お母さんに手渡したお守り。
多分、お母さんにとって数少ないパパの形見。
「では、このサモナイト石を持って……」
手を差し出すと、手の中に小さな石が渡された。
色は緑色。
これが、召喚に必要な特別な石。
「強く念じなさい。御主の力になってくれる護衛獣が必要だと!」
「はい!」
召喚師さんが真剣な表情で部屋の中心に手を向ける。
やっと召喚の儀式が始まるんだ。
「古き英知の術と、我が声によって今ここに召喚の門を開かん……我が魔力に応えて来たれ、異界のものよ!」
わたしには理解出来ない呪文を使って、光を作り出す召喚師さん。
なんだか、ここだけ別世界みたいだった。
「ここに叫ぶ、新たな制約の名を! その名は!!」
そう言うと、今度はわたしの方を向く。
もしかして、ここでわたしが叫ぶところなのかな?
ええと、ちょっと恥ずかしいけど、いきます!
「プラティ!」
「うわっ!?」
光が強くなって、目の前が真っ白になった。
眼を瞑って光が晴れるのを待つと、小さな羽音が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けると、目の前に誰かが立っていた。
赤いマスクに革製のタンクトップのようなものを着ている。
首には同色のベルトを巻いて、両腕は二の腕までカバーする手袋をつけていた。
ズボンは赤いラインが入った黒いもので、手触りもよさそう。
右手に装着された赤い爪はかなり長くて、わたしの腕くらいありそうだった。
髪の毛は黒くてツンツン、背中には真っ赤な翼があった。
ええと、動物系だから、メイトルパだったっけ?
とにかくその辺りの人だと思う。
親方さんより大きくて、だけど同じくらいの年齢に見える。
「―――――バードマンだ」
その人が小さな、だけどしっかりした声で呟いた。
この人の名前なのかな。
何かちょっと変だけど。
「えーっと、バードマンさん?」
その人はあたしの台詞に軽く頷く。
あんまり喋るのは得意じゃないみたいだ。
表情もマスクで隠れていて、よく見えない。
「むむむ、初めて見た召喚獣ですね」
召喚士さんが顎をさすりながらそう言う。
珍しいということは、きっと凄い召喚獣なのだろう。
逆に、どうしてそんな人がわたしの為に来てくれたのかが判らないということだった。
「おいおい、こいつは……」
親方さんが驚いたように声を上げる。
どうやら親方さんは知っているみたいだ。
後で聞いてみよう。
バードマンさんは親方さんの顔を見ると、ふるふると首を左右に振る。
やっぱり喋らないみたいだ。
残念、声を聞いてみたいとおもったのに。
「……オイ、プラティ。こいつはお前の親父と同じ召喚獣だ」
「え?!」
ぼうっとしていると、親方さんが凄いことを言う。
パパのパートナーだった人が、目の前にいるのだという。
そんな凄い人だったなんて。
でも、なおさらわたしと一緒にいてくれる理由が判らなくなった。
だって、わたしより凄い鍛冶師はたくさんいるし、パパが死んで3年もパートナーがいないなんて、不思議過ぎる。
もしかしたら、気難しい人なのかもしれない。
ふとバードマンさんを見ると、親方さんを睨んでいた。
これぐらいいいじゃねぇか、って顔をむすっとさせてそっぽを向いてたけど、正直かわいくない。
やっぱりお母さんは親方さんにはもったいないと思う。
そもそも、お母さんは結婚する気がないと思う。
どうしてなのかは判らないけど、とりあえずわたしも再婚は認めないから大丈夫。
というか、それだけ愛されてたパパのことを殆ど知らないわたしは何なんだろう。
最初で最後の記憶が、3年前一瞬帰ってきた時だけ。
そういえば、2人はベッドの中で何をしていたんだろう。
お母さんに聞いても、誤魔化されて教えてくれなかった。
「……まあいいだろ! プラティ、そいつ連れて2階に来い! お前の工房に案内してやる!」
「あ、はい!」
考え込んでいると、親方さんがわたしに工房をくれると言う。
びっくりしたけど、やっぱり嬉しい。
今まで武器を最初から仕上げたことがないわたしが、わたしだけで武器を作れる工房が手に入ったんだ。
鍛聖に1歩前進。
「それと……アレク、名前くらいちゃんと教えてやれ。バードマンなんてお前には似合わねぇよ」
親方さんが部屋を出る直前、わたしの後ろに立っているバードマンさんにそう言った。
ええと……そうなると、アレクさんは、わたしに嘘の名前を教えていたってこと?
どうしてそんなことをされたんだろう。
「……本当の名前は、アレクさん?」
わたしが聞くと、アレクさんは暫く黙った後でゆっくり頷く。
やっぱり、嘘をついてたんだ。
もしかして、わたしをパートナーだと認めてくれてないってことなんだろうか。
……まあ、それもそうか。
だって、パパの護衛獣だったんだもん。
わたしみたいな女の子じゃ、不満なんだ。
沈んだ気持ちで、ブロンさんの後についていく。
さっきまで嬉しかったから、その分落ちる幅が大きかったみたい。
少し泣きそうだ。
すたすたと、長い足を伸ばしてわたしを追い越して行ってしまうアレクさん。
やっぱりわたしは嫌われているのかもしれない。
階段を登っていくアレクさんを見ながら、わたしは悲しくなってしまった。
「おいプラティ、こいつから呼び捨ての許可が出たぞ」
「え?」
2人に遅れて2階に辿り着くと、そんな親方さんの声が聞こえてきた。
その横にいるアレクさんは、そっぽを向いていた。
耳を見ると、少し赤くなっていた。
「こいつ、お前があんまり可愛いもんで照れてるんだよ。あんまり深く考えるな」
今にも笑いそうな声で親方さんが言う。
それに、そっぽを向いたまま頷くアレクさん。
「……ぷっ」
それで、さっきまでの暗い気持ちが吹き飛んだ。
なんだ、そうだったんだ。
ただ照れてただけなんだ。
わたしが嫌われてたわけじゃなかったんだ。
「よろしく、アレク!」
改めて、挨拶。
これから一緒に頑張る、わたしのパートナー。
パパとずっと一緒にいてくれた、パパのパートナーだった人。
小さく頷くアレク。
まだこっちを向いてくれないけど、ちゃんとわたしに返事をしてくれた。
わたしを、パートナーだって認めてくれたんだ。
「―――――で、そろそろ話を進めていいか?」
「あ」
そして、親方さんの声がした。
イライラしているような声だったから急いでそっちを向くと、やっぱり怒っていた。
あはは、そういえば忘れていた。
「……ん、どこか行くの?」
わたしの工房を貰って暫くの間アレクに質問していると、急に立ち上がった。
質問って言っても、わたしの質問にアレクが上下左右に首を振るだけだったんだけど。
唐突に立ち上がったアレクにそう聞くと、アレクは力強く頷いた。
よく見たら少し笑ってるみたいだった。
……なんか、イラッとした。
「わたしもついていく!」
こうなったら一緒に行くしかない。
わたしに内緒でどこか行くなんて、気になるし。
だけど、アレクは首を縦に振らない。
困っているのはその慌てた様子で判るんだけど、喋らないから理由が判らない。
「……」
「……」
無言。
わたしの方が部屋の出口に近いから、アレクはわたしの脇を通らないと外に出れない。
窓もあるけど、小さくてわたしすら通れないのだ。
じりじりとドアに近寄ろうとするアレクを、わたしが両腕を広げてブロック。
もう、意地でも通してあげないんだから。
「………」
「……………あっ待ってよー!」
アレクは凄いスピードでわたしの横を走って行った。
は、速っ!?
ま、真横から突風が……。
「でも、諦めるわけにはいかないよね」
アレクを追って外に出た。
護衛獣を手に入れて、初日に逃げられるなんてヤバ過ぎる。
親方さんになんて言われるかわかんない。
もう、外は暗い。
いつの間にこんな時間になったんだろう。
パパのこと聞いてたから、時間なんて忘れてたみたいだ。
とにかく、アレクを探さないと。
今日初めて会ったから、どこに行くのか心当たりもない。
だけど、そこら辺探し回れば見つかるはず。
港を探した、広場を探した、2階を探し回った。
だけど、アレクはどこにもいなかった。
空の散歩とかされてたら、もう見つからないかもしれない。
「……ん、空?」
そういえば、3階を探してなかった。
なんにもないからいないかもとか思ったんだけど、もしかしたらなんにもないからこそそこにいるのかも。
そう思い、階段目指して駆け出した。
「……ホントにいた」
階段を登って外に出たら、奥の方にある広場みたいな場所に、誰かが立っていた。
と言っても、真っ赤な羽を持ってる人なんてアレクしか見たことない。
折りたたんであるけど、あれだけ目立つんだから見間違えるはずがないし。
「……あれ?」
耳を澄ませると、何かを喋っているみたい。
ちょっと声が小さ過ぎて聞こえない。
というか、喋れないわけじゃないんだ。
……何喋ってるのか、凄い気になる。
気付かれそうだけど、少しずつ近寄ってみよう。
何を言ってるのか、聞いてみたい。
「……ぇれない…は………らい……」
何とか声が聞こえてきた。
だけどもう少し近寄らないと、ちゃんと中身が聞き取れない。
……相手がいないから、独り言なんだろうけど。
そう考えると、何だかアレクが怪しい人に聞こえる。
まあ、格好から考えると怪しいんだけど。
これからアレクのことをもっと知って、どんな人なのかを理解したい。
……でも、近寄ろうにも隠れるものがない。
建設作業中らしいけど、鉄筋も少ないから隠れられない。
んー……どうしようかなぁ。
周りをよく見る。
3本くらいが一緒になってる鉄筋や、ハンマーとかドリル。
それと、ちょうどわたしが隠れられるくらいのダンボール。
「……これだっ!」
「……やっぱりあの子に召喚されたか。うーん、血は争えないってことか」
……ホントに、何で成功してるんだろう?
アレクはわたしに気付くことなく、独り言を続けていた。
いきなりダンボールがあったら驚いたりするよね、普通。
なのにアレクったら、ダンボールに気付いてもそのままスルーした。
何か呪いでもかかってるのかな、これ。
そう思うと嫌な感じになった。
「シンテツも、何考えてたんだか。俺だって死ぬのは恐いけど、お前が死ぬ必要もなかったのに」
……パパのことだ。
やっぱり、パパがどうして死んだのか、知ってるんだ。
どうして教えてくれないんだろう?
どうして喋ってくれないんだろう?
どうして……嘘ついたんだろう?
わかんない。
わたしにはわかんない。
教えて欲しい。
全然知らないパパのことを、ちゃんと教えて欲しい。
……そうだ。
わたしがまだ弱いからだ。
わたしがもっと強くなれば、認められるくらい強くなれば。
そうすればきっと、アレクはわたしに教えてくれるはず。
そうと決まればすぐ寝よう。
明日親方さんに秘伝を貰って、武器を鍛えてトーナメントを勝ち抜く。
わたしは守られるような弱い女の子じゃないんだってことを、教えればいいんだ。
そう、きっと教えてくれるはず。
わたしは決意を新たに階段を降りて、わたしの工房へと駆け出した。
―――――さて、俺がバードマンだ。
何を言ってるのか判らないかもしれないが、バードマンなのだ。
何度もバードマンだって言ってんのに、全く聞いてくれないのが玉に瑕。
元々人間だった俺は、どういうわけか密猟者に殺された。
何か希少種っぽい鳥を見つけて手当てしようと近寄ったところでバン。
脳みそパーンで即死だったらしい。
そんな不幸な俺を助けてくれたのが、鳥仙人を名乗る謎のおっさん。
おっさん言ったら殴られたけど、イメージとしては完全おっさん。
どこぞの烏天狗みたいな子だったら万々歳だったんだけど、そうは問屋がおろさないらしい。
気付けば背中から羽が生えてたし、顔もそれなりのイケメンになってた。
髪の毛の硬質化はまさにスネ○だったけど、それを除けば最高だった。
……その後、試練とか言って殺されかけなければだが。
どうやら鳥を助けようとしたのがまずかったらしい。
何か、『お前は正義の味方として復活するのじゃ』とか言われたし。
わけ判らんというか、元の普通の顔でよかったから人間に戻せと言いたい。
無理だったけど。
と言うか、この辺りで気付いたのだ。
俺、バードマンなんじゃね、と。
wikiで何度か見たことがあったんだ。
鳥仙人によって正義の味方に生まれ変わったっていうGB版のみのフレイバーテキストを。
それが、この時の俺の状況と完璧に一緒だった。
確かに、バードマンは凄い好きだ(このカードがあったから遊戯王やってたみたいなもんだった)。
アニメに出て来た時は狂喜乱舞した(そして親に変な目で見られた)。
A・ジェネクス・バードマンが出た時は稼動初日に3枚揃えたくらいだ(すぐに値上がりした時は冷や汗をかいた)。
まさかそのバードマンになるとは、思わなかったけど。
アニメでは主人公を追い詰めた彼、もしかしたら俺がその立場になるのだろうかとか思ったのだが、神様は意地悪だ。
鳥仙人による地獄の試練が完了した瞬間、俺はシンテツに召喚されたのである。
まさに超展開。
……クラフトソード物語、その最初の物語。
父親の影を追い、鍛聖選抜トーナメントを勝ち抜く主人公。
そして、それをサポートする元父親の召喚獣。
……みたいな話だった。
流れは大体覚えているが、流石に細かい攻略チャートまでは覚えていない。
どの宝箱にどんなアイテムが入ってるとかは、あんまり関係ないか。
キャラの名前は……むしろ、覚えていない方がスムーズに進むと思うし。
だが、かなりきつい制約を鳥仙人にかけられた。
何が『御主、女と喋れんから』だ。
世界の半分とコミュニケーション取れないのは致命的だぞ。
『儂が女の子といちゃいちゃ出来んのに、御主が出来るのが気に食わん』とか言われた。
嫉妬はいいから俺にゴッドバードアタック教えろと張り倒したが。
とにかく、その呪いのせいで俺は女性と会話が出来なくなった。
どんなに頑張っても、顔を合わせて会話が出来なくなってしまったのである。
これのせいでコウレンと顔を合わせることすら出来ないのは完全に失敗。
というか、鳥仙人はどうして俺がこんな世界に飛ばされると知っていたんだろうか。
まあ、それはさておき。
シンテツに呼び出された俺は、何とかそいつを鍛聖にたたき上げた。
男との会話に制約が一切かかっていなかったのは不幸中の幸いか。
まあ、そのせいで俺に男色疑惑が沸いたのは焦ったが。
だが、それは些細なことだった。
シンテツとアマリエが結婚したのも、テュラムとルマリが付き合い始めたのも些細なことだった。
俺はそんなことを気にする余裕もない状況だったからだ。
そう、シンテツが死ぬ。
ストーリーの都合上、確実に死ぬ。
俺はそれに何とか抗おうとしたのだ。
ずっと工房に篭ってばかりだったあいつを家へと蹴りだしたり、子供と無理矢理会話させたり。
色んなことを教えて、やらせて、何とか未来を変えようとした。
だが結局、パリスタパリスは復活し、ワイスタァンは滅びかけた。
……そして、シンテツは死んだ。
シンテツはワイスタァンの為に、死んだ。
バカだった。
決戦前に無理矢理家に送り返してやったのに、結局戻って来やがって。
何が『大丈夫』だ、帰ってこれなかったくせに。
しかも、『プラティを頼む』だなんて言われるし。
なあ、お前には俺の呪いのことを話したよな。
呼ばれたとしても喋れないんだぞ?
一体どうやってコミュニケーションとればいいんだよ。
そんなこんなで3年悩んで、気付いたら呼ばれてた。
唐突な召喚に驚いたのは事実だが、それを差し置いてもなお驚いた。
目の前の少女に、シンテツの面影が見えたからである。
ああ、やっぱりこいつがプラティか。
赤ん坊の時にしか見たことがなかったから、個性なんてものを感じる以前の問題だったのだ。
今見たら、やっぱりあいつの子供なんだな、と思った。
左右に穴が開いた不思議な帽子を被っていて、そこから対になった銀髪の束が出ている。
他の髪は顎の長さで揃えられている。
瞳の色は濃紺だろうか、優しい雰囲気だった。
服は赤く、ジッパーで前が開く作りなのだろう。
下はスカートで黒いストッキング。
胸元に革の胸当て、そしてそこからベルトで背中に通された巨大な筒。
うむ、見事な美少女。
悲しいことに、会話しようにも出来ないが。
何とか呪いを解きたいなぁ。
ただ、名前くらいは伝えておきたい。
流石に名無しの権兵衛で呼ばれるわけにはいかないし。
きっと、直接見なければ大丈夫だと思う。
「……バードマンだ」
何とか言えた。
俺の自慢の名前だ。
何度も言うが、俺の名前だ。
誰も呼んでくれないが、俺の名前なのだ。
「えーっと、バードマンさん?」
何とか名前を伝えたところで、プラティ(仮)が呼んでくれる。
ああ、シンテツですら呼んでくれなかった俺の名前。
お前に俺の全てを捧げてもいい。
「むむむ、初めて見た召喚獣ですね」
どこからともなく知らない声。
どうやらこいつが俺を呼ぶ手伝いをした召喚師らしい。
まあ、俺はたった1人しかいないのだから、当然と言えば当然なのだが。
「おいおい、こいつは……」
すると、横から聞いたことのある声が聞こえた。
具体的には3年振り。
というかブロンの声だった。
「……オイ、プラティ。こいつはお前の親父と同じ召喚獣だ」
「え?!」
そして、いきなりバラすブロン。
おいこら、プラティの前で喋れないからって勝手に。
こういうのは俺がこう、ストーリーの最後の方まで少しずつ引っ張るもんだろう!
これぐらいいいじゃねぇかとか言われても許さん。
可愛くないんだよお前。
「……まあいいだろ! プラティ、そいつ連れて2階に来い! お前の工房に案内してやる!」
「あ、はい!」
ああ、漸く本編開始ってわけか。
嬉しいような、悲しいような。
シンテツ死亡確定の物語を素直に喜べない。
ブロンが先に部屋を出て行こうとするが、その前にこっちを見る。
ああ、何だか嫌な予感。
例えるなら、俺の名前が確定してしまったときのような。
「それと……アレク、名前くらいちゃんと教えてやれ。バードマンなんてお前には似合わねぇよ」
……そう、こんな感じに。
アレクは、バードマンの進化系だと俺が勝手に決めた神禽王アレクトールからとった名前だ。
羽の色とか同じだからきっとそうだと思う。
異論は認めない。
それなのに、何故か適当につけたこっちが本名だと思われた。
あれか、俺にバードマンは似合わないということか。
本編にはアーマーチャンプとか色々変な名前の奴がいるというのに!
「……本当の名前は、アレクさん?」
不安そうな顔のプラティさんが、これまた不安そうな声で呟く。
むむむ、認めたくない。
認めたくないが……ああ言われた以上、俺の名前はきっとアレクなのだろう。
そう思い、何とか頭を縦に動かす。
うんそうだ、名前はただの記号なんだ。
だから……だから、悲しくなんかない。
うん、そう……悲しいっ。
悲しい気持ちのまま歩いていると、プラティが横にいないことに気付いた。
ついつい早足になってしまったようである。
振り返って謝りたかったが、その前に俺はやらなければならないことがあるのだ。
階段を登って、こんな状況を生み出したおっさんを見つける。
怒りのあまり、羽が逆立ってる気がする。
これはもう、張り倒してやらないと気がすまない。
「いでっ……何しやがる!?」
蹴り倒した。
この野郎、俺が女の子と喋れないことも、本当の名前をずっと言い続けてることも知ってるくせに。
「おいおい! その爪を向けるなアレク!」
「俺は、俺の名前はバードマンだって言ってるだろうが!」
「嘘をつくな嘘を! 何年も言ってるけどなぁ、お前はアレクだろうが!」
「認めたくない!」
「認めろ!」
何だこの会話。
いい年したおっさん2人が顔面つき合わせて怒鳴りあう。
端から見たら、ただの馬鹿にしか見えない。
「……というかアレク、お前何で喋らねえんだよ」
暫く言い合ってたら、唐突に話題を切り替えるブロン。
今更か、というかお前……。
ブロンの記憶力のなさは異常だった。
普通、鍛冶師っていうのはある程度記憶力持ってるはずなんだけどなぁ……。
もしかして、完全に身体で覚えてるタイプなのか?
だったらもう直しようがないが。
「……俺は制約で女と喋れない。肝心なことを忘れるなよ、ブロン」
「ああ、そういえばそんなこと言ってたな。まだ残ってたのかその呪い……うおっ!?」
爪を振り下ろしてやった。
召喚師に『エルゴの王でなければ解除出来ないだろう』とか笑われながら言われたのに、それを忘れたと言うのだ。
一緒に笑ってたお前らを崖から突き落としたのに、何で忘れられるんだ?
まあ、それは後回しでいい。
よくないけど、先に話しておきたいことがあるのだ。
「プラティ……で、いいんだよな、あの子」
「ん? ああ、そうだ。中々筋がいいぞ」
まずは、名前の確認。
1度も呼べないかもしれないが、知っておかないと駄目だろう。
相手は俺のご主人様なんだから。
それにしても、ブロンが褒めるなんて珍しい。
本当に見所がなければ、筋がいいなんて言わない。
やっぱり血筋なのだろうか。
「あの子に、俺の名前を好きに呼んでいいと伝えてくれ。俺からは無理だ」
「ああ、わかったよ。その代わり、ちゃんと仕事しろよ」
「護衛獣だから当然だ」
これで、多分大丈夫。
あのくらいの年齢の子に、敬語とか敬称とか堅苦しいのは難しいだろう。
一回り以上年が離れてる異性と一緒なんて、女の子にはかなりストレスに感じるかもしれないし。
話が終わった瞬間、ゆっくりとプラティが登って来た。
何だか気分が沈んでいるように見えるけど、何か起こったのだろうか。
「おいプラティ、こいつから呼び捨ての許可が出たぞ」
「え?」
ブロンがニヤニヤしながらそんなことを言う。
おい、やめろ。
何か恥ずかしい。
「こいつ、お前があんまり可愛いもんで照れてるんだよ。あんまり深く考えるな」
やめろお前。
そんなわけない……とも言い切れないのが辛い。
だからニヤニヤするのをやめろクソ親父!
「……ぷっ」
ほら、笑われた。
ああああ、耳が熱いっ!
笑ってくれたのは嬉しいけど、笑われたのは嬉しくない!
「よろしく、アレク!」
いい笑顔のプラティ。
可愛いなぁ、でも笑われてるのは俺なんだよなぁ。
何か複雑な気分だ。
「―――――で、そろそろ話を進めていいか?」
「あ」
そして忘れられてるブロン。
はは、いい気味だ。
それからが、地味に大変だった。
今までの鬱憤を晴らすように、俺にシンテツの話を聞いてきた。
何が好きだったとか、どんなことをしてたとか。
どんな人が友達だったのかとか、ブロンが本当にシンテツと友達なのかとか。
答えられるのはごく一部だったとはいえ、楽しそうなプラティを見れて、俺も少し楽しかった。
……が、それも最初の数分。
実は文字が書けない俺は、YesかNoのどちらかでしか返事が出来ない。
そうなると、微妙に会話が続かなくなってしまうのだ。
地球と文字も同じなら問題なかったのだが、同じ文字は数字だけ。
こんなことならちゃんと習っておけばよかったとかなり後悔した。
「……ん、どこか行くの?」
会話の間に耐え切れなくなって、俺は逃げることにした。
話が出来ないから会話と言うには少し変だが、意思疎通が出来てるから問題はない。
ただ、それが出来なくなってるから問題があるのである。
「わたしもついていく!」
それなのに、プラティがついてくるとか。
それは困る。
俺は友達と一緒に馬鹿やったりするのも好きだけど、1人になって静かにしたりするのも好きなんだ。
「……」
「……」
お互いに無言。
窓から逃げようにも小さ過ぎるので不可能。
ドアから逃げようにも、やけに頑強なガードが張り付いていて振り切れそうにない。
……さて、どうしよう。
ここで全速力を出せば逃げ切れるだろうけど、この子は怪我しないだろうか。
ただの突風でも、ある程度の強さだと吹き飛ばされて大怪我するのだが。
……そこまで考えると、大丈夫な気がしてきた。
シンテツに至ってはマッハで突進しても殆ど無傷だったし、その子供のプラティならマッハ1くらいの衝撃波なら無傷だと思う。
「………」
翼を叩き落すように加速。
極力風を起こさないようにコントロールしながら床を蹴る。
あんまり翼を使ってなかったから最高速度には程遠いけど、かなりの速度が出たはず。
「……………あっ待ってよー!」
……それなのに、一切怯まずに叫ぶプラティ。
やっぱりあいつの娘なんだなと、心から思った。
真正面にある階段を滑空するように降り、ブロンを軽く轢いてから外に出る。
ああ、やっぱり外は気持ちいい。
窓から月が見えてたけど、もうすっかり夜だった。
金属特有の不思議な匂いが鼻を通り、潮風が羽を濡らす。
久し振りのワイスタァンを、漸く感じることが出来た気がした。
2階、3階を越えて空を舞い、手を伸ばす。
この空の先に地球があるのか、それとも全く別の世界なのか。
試すには宇宙を越える必要があるし、風のない宇宙で俺は無力。
ロケットと鳥の飛翔方法はまるで違うのである。
「……まあ、多分帰れないんだろうけど」
暫く旋回した後で小さく呟き、そのまま力を抜いて落ちる。
一応死んだ身である俺の居場所は、もうあの世界にはないのだ。
座る人間がいても、椅子がなければそもそも座ることが出来ないのだから。
ゆっくりと降りて床に足をつける。
多分で命を懸ける時期ではない。
プラティが立派な一人前になるくらい、待っても問題ないだろう。
「とはいえ、喋れないのは少し辛いかもしれないな」
何とか喋れるようになれば、あの子にシンテツのことをもっと教えられるし、俺の意思を伝えることも出来るはずなんだ。
出来ないのなら、文字くらい覚えよう。
そうすれば、筆談くらい出来るだろう。
「それにしても、やっぱりあの子に召喚されたか。うーん、血は争えないってことか」
腕を組みながら考える。
血が争えないというか、似たもの同士というか。
それとも世界がストーリーを組み直そうとしているのだろうか。
そうだとしたら色々と困るのだが。
「シンテツも、何考えてたんだか。俺だって死ぬのは恐いけど、お前が死ぬ必要もなかったのに」
いっそのこと、ストーリーを根本からぶち壊せば、こんなことにはならなかったのかもしれないのに。
あの凶悪精霊送り返せば、話が終わって平和のままだったはず。
それが出来ないようになっていたのが悔しいのだけど。
シンテツが気付いた時には、もう誰かが死ななければならない状況だった。
そうなればあいつは、自分の命を捨てるに決まっている。
折角俺が召喚門に押し込んでやるって言ってたのに。
「……む、いかんなぁ。下降気味になってる」
頭を振って思考を散らす。
どうも1人で考え事をすると気持ちが落ち込むらしい。
もっとこう、明るい話題が出来るようになりたい。
主に必殺技開発とか。
……そういえば、何故かそこら辺にあったはずのダンボールが、遠くの方に移動してた。
おかしいなぁ、ついさっきまで真横にあったのに。
考え事をしてる間に強い風でも吹いたんだろうか。
「まあ、いいか」
そんなことより、必殺技である。
俺の必殺技はテキスト通り、マッハ5で空を飛べることだ。
時速に直すと大体6000km。
周りに障害物があっても、風圧のみで完全粉砕出来る超速度。
とはいえ、欠点がある。
当然ながら、俺の身体が耐え切れないのだ。
最高速を出す前に、俺の魂があの世逝きである。
ぶっちゃけ、マッハ5とかあのテキストは何を考えていたんだろうか。
まあ、今はこれだけあれば充分だろう。
余程のことがない限り、プラティが死ぬようなことはないのだ。
可能性があるのは、最後にパリスタパリスを倒す為に魂を差し出すかもしれない、俺だけ……?
「ん?」
待てよ。
魂を差し出す=死ぬ。
プラティが、俺の魂を武器の鍛錬に使う。
つまり……俺って死ぬ?
「……おおっ! 何でこんな重要なことを忘れてたんだ俺!?」
頭を抱える俺。
まずい、これはピンチじゃないか。
好感度が低いと、俺は魂を捧げられるじゃないか。
ここで、俺の今の状況を確認しよう。
・プラティと喋れない
・見た目怪しい中年のおっさん
・彼女は百合気質あり(断定)
……うん、俺このままだと死ぬ。
流石に魂ごとごっそり持っていかれると死ぬ。
何度でも甦れる通常モンスターでも、除外されると戻って来にくいのと同じだ。
呪いは解けない。
解けるとしても、ストーリー中盤になるだろう。
勇者様が来てくれれば何とかなるかもしれないが、それまでに好感度がマイナスだったら意味がない。
だが、好感度を上げるには会話が必要。
ボディランゲージでは限度がある。
……詰みじゃないか?
「あああああああ! 結局どうすればいいんだぁああああああっ!」
結局俺は、これから先の死亡フラグを回避する方法を見つけられなかった。
しかも、肩を落としながら工房に帰ると施錠済み。
「し、閉め出された……」
初日から前途多難だった。
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衛宮士郎だと思った人は挙手。
……うん、こう書いたら絶対そう思うよね普通。
というか設定的にもそっちの方がいい気がしてきた今日この頃。
勘違い物が人気だと聞いて、やってみようとして失敗した感。
異世界召喚物が人気だと聞いて、最初に思い浮かんだのがこれだった。
うん、百合主人公乙。
今現在、やけに他の作品の速度が遅いので息抜きに書きました。
スランプっぽいです。
ううん、やっぱり登場人物全部変態はキツかった。
ちなみに、バードマンは忘れていますが、護衛獣は死にません。
そんな悲しい選択が、バッドエンドのないゲームにあるわけがない。
ビバ、ご都合主義。
3/1 微修正しました
3/3 再修正+題名に書き忘れた(ネタ)追記