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[16056] 余生におけるある世界との付き合い方(百合、転生・TS)
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2011/03/14 20:35

この話はフェイトとイチャイチャしたいと言う百合好きの作者が作った妄想話である。

従って
・オリ主
・百合
・転生、TS 等の要素が満載である。

またなのはの一期二期は綺麗に跳んでいる。
戦闘要素も今のところ皆無だ。
リリなのの熱いバトルを求められても応えられない。
ついでにはやてや管理局から若干黒い匂いがしないでもないが、別にヘイトでもなんでもない。
むしろはやては好きなキャラである。リリなので嫌いなキャラは居ないに等しい。
だがそういうのが苦手な方は注意した方が良いかもしれない。

更にフェイトがヒロイン予定なのになのはが主人公補正で多々出演する。
フェイトオンリーで、と言われたら困ってしまう。
むしろ色々な所から主人公に限らず百合の香りがする話である。
それでも良いという奇特な方はきっと作者と話が合う。

出来る限り矛盾や誤りは無くしているつもりだが妄想で突っ走っている分、作者が見逃している部分もある。
そういう時は遠慮なく言ってくれ。
感想・指摘・誤字報告も待っている。

これでこの頃なのフェイが鉄壁で崩しにくい事に気付き始めた作者の前書きを終了する。
では少しでもあなたの暇つぶしになれば嬉しい。



2/25 板移動・改題
なのはが更に前に出てきている。
リリなのっぽくない話ではあるが、よろしく頼む。

3/14 StS編開始



[16056] 第一話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/04/29 11:36


「どこだ、ここ」

目の前に広がるのはただ白い空間だった。
自分の声さえ曖昧で認識が難しい。
誰の声なのか、男なのか女なのか、若いのか老いているのか。
全てが分かりづらかった。

何を見ても、何も分らない。
今まで何をしていて、ここにきたのかも分らない。
五里霧中を字のまま具現化したこうなるような空間だった。

「気分はどうだ?」

いつの間にか誰かが居た。
声に顔を上げる。といっても顔を認識できていないので本当にそう動けたかはわからない。
少女だった。髪は見たことのない色で、長い。
直感的に表現するならば雪のような色。白と蒼とが角度によって変わった。
つまらなそうな顔に無理やり笑顔を貼り付けた表情は何処かふてぶてしい。
――頭ではなく本能でこの空間の主がこの少女だと理解していた。
目の前の少女と向かい合う。
幼いとさえ言っていい容姿と似合わない口調が違和感を覚えさせる。

「……良くはない」
「それもそうか」

何も分らない、分からない事が分からない。
そんな状態が嬉しいはずもなく素直に答えると少女はフッと鼻で笑った。

「お前は死んだ、仕事の最中に子供を助けて」
「ああ、そうか。言われればそうだったかもな」

ぼんやりと情報が浮んでくる。
訥々としたそれは確かに“自分”のことだった。


―後藤達信(ごとう たつのぶ)
―29歳
―海上自衛隊、○○基地所属
―未婚、天涯孤独


自分を思い出す。その瞬間に曖昧だった全てが輪郭を取り始める。
比喩ではなく今まで存在しなかった身体が白い空間に姿を現した。
まずごつごつとした手が目に入った。
視線を動かすと見慣れた服装だった。
試しに触れてみるといつもと何も変わらない感触が返ってくる。

「あーあー……あの子はどうなった?」

声の調子を確かめるように声帯を振るわせる。
低くて僅かにかすれている、慣れ親しんだ男の声だ。

最後に思い出されたのは海難事故。
タンカーとフェリーの衝突で、自分はそれの救助に当たっていた。
最後の子供をヘリに輸送する所で爆発が起こり、今に至る。
恐らく炎上していた炎がタンカーの油に燃え移ったのだろう。
達信が死んだという事に矛盾は少しもない。

「無事だよ、死んだのはお前だけだ」
「そうか、それは良かった」

助けるために達信は自衛隊に入った。
自立するのに一番手っ取り早かったのもある。
だが自分と同じような子供を作らないためというのが昔から考えていたことだった。

「それでだ、お前はまだ死んではいけないのだ」

無表情に少女が告げる。
死んだと言われ、死んではいけないと言われる。
死んだ後の時間、不思議な存在と来たら悪魔か天使か。
どっちにしろ自分には理解できない存在だろうと達信は結論付けていた。

「いや、死んだんだろう?」
「ああ、完膚なまでに完璧にお前は焼け死んでいる。骨も残らない」

達信は今度こそ眉を顰めた。その感覚があった。
この少女の言う事は矛盾している。

「本当はお前の隊長が死ぬはずだった」

隊長と聞いて直ぐにその背中が思い出される。
今の基地に移動してから随分世話になった人だ。
勿論今回の事故にも出動している。

「隊長なら他の場所で救助をしていたはずだ」
「子供を見つけるのも、お前でなく死ぬはずの男だった」

淡々と少女は話を続ける。
そこには達信の意思が入る余地は少しも無いようだった。

「だからお前には余生を生きてもらわねばならぬ」

少女の言う事を纏める。
運命より早く死んだ者には余生を生きる義務がある。
死ぬはずの者を助けた分、能力は加算される。
だが元の世界で生きることは出来ない。
作ることは出来ても、戻すことは少女にはできないそうだ。
世界は完全にランダムで、最初からつまり赤ん坊からやり直すことになる。

「能力を決めろ、そろそろ生まれる時間だ」
「行き成り死なない力が欲しい」

達信の言葉に少女が動きを止める。
だがこの要望を変える気はなかった。
唐突に死んでしまったのは間違いなく自分のせいだ。
やり直せる次があるというならば、今度は生を全うしたい。

「それはどういう意味だ?」
「危ないものは判って、丈夫な身体にしてくれ」

君子危うきに近づかず。
死なないようにするのはそれが一番だ。
あとは丈夫な体、それさえあればある程度は生きていける。
余程の理不尽がない限りという制限が付きはするが今から心配しても仕方ない。

「その位なら大丈夫だ。勘を鋭くし、回復も早くしよう」

こくりと小さく頷いたその姿が頼りに見えた。
素直に感謝の言葉が口を出る。

「助かる」

白い空間が薄れ始める。
何とも奇妙な体験だったと他人事のように思った。

「では行け。もう会うこともないだろうが」
「まあな、ありがとよ」

そうして第二の人生が始まった。
――願わくば今度こそ、生き抜きたい。
そんな思いを持って達信は生まれることになる。


****


「おはよう、龍野ちゃん」
「おはよう」

朝は苦手じゃない。
それは自衛官として習慣もあるが何より朝の空気が好きなことに起因していた。


後藤龍野(たつの)、9歳。
今日も元気に学校へ通っています。




余生におけるある世界との付き合い方 第一話




現世に生まれて最初にしたことは泣くことだった。
大方の赤ん坊がそうであるように、生まれ出た瞬間というのは不安でたまらない。
この頃ふと考える。
あの少女はやっつけにしては良い仕事をしたと。

―自然だったもんなぁ……。

不自然なほど自然に龍野は達信だったことを受け入れていた。
自我が生まれてから今まで何も弊害はなかった。
前世の記憶を持った赤ん坊なんて、生まれた瞬間に『天上天下……』なんて言い出しそうなものだったが、そんな達信の心配なんて無視して当然とばかりに龍野は普通に育ってきた。

ちなみに今の龍野の姿は小学三年生の“女子”である。
それに関して最早葛藤も困惑も無い。
生まれたときから龍野は女子であって、スカートだって嫌悪感は抱かない。
ただ興味を持つものが女の子らしくないのは正しく前世の影響だろう。

「おはよう、龍野ちゃん」
「おはよ、なのは」

そして“危うきに近寄らず”を座右の銘にしているくせに、それを果たせないで居る。
今挨拶をして来た少女、高町なのはのせいである。
―この子は危ない。一等級に。
笑顔で挨拶をしながら感じる体が発するアラート。
私立聖祥大付属小学校に入学してからチリチリと肌の焼ける感覚が止まらない。
それは少女がくれた能力の一つ、危ないものがわかる能力のせいである。
現時点でこの力が最も敏感に働くのは彼女に対してであって、龍野の前世の記憶からもそれは確定されている。

後藤龍野は後藤達信だった頃から高町なのはを知っている。
“画面の向こう”で活躍する姿を暇つぶしで見ていた。
自衛官というのは身体を鍛え、仕事をする以外余りすることがないのである。
持ち場を離れすぎるわけにもいかないのでインドアな趣味を持つものも少なくはない。
その一つがリリカルなのはだった。
大量の暇つぶしの中の一つである作品を覚えていたのは印象に残っていたからである。

飛び交う魔法。
こんなはずじゃなかったばかりの世界。
そして戦うのは幼い“子供”。

はっきり言おう。
後藤達信はリリカルなのはが嫌いである。
戦いなんて子供のするべきことじゃない。
普通の魔法少女ものなら此処まで印象に残ったりしない。
ただなのはたちがしている戦いは何時見ても死と背中合わせのものであった。
それが嫌だった。確固たる意思が選んだ道だとしても達信は認められない。
死を感じるなんて碌なことはない。
死を感じる事無く死と背中合わせの場所に行くなんてとんでもない事だ。
それは慣れ。子供が死に慣れるなんてそれだけで達信は許せなくなる。

「龍野ちゃん、今日の宿題で分んないとこあるんだけど」

席に着くとすぐになのはが来た。
登校手段が違うためにいつも龍野よりなのはの方が早く教室に居る。
時々であるがこういう時間が無かったわけではないので驚きはしない。

「いいよ。どこ?」

にゃははと苦笑いしながらなのはがプリントを差し出す。
大きな空欄が一つ空いていた。今日の宿題は国語だった。
しかもなのはが苦手とする作者の心理を読み解くタイプの問題だ。
昨日これに目を通したときから、なんとなくこうなる気はしていた。

とりあえず机の上に置きっぱなしにしていた鞄を片付ける。
中身を出してロッカーに入れるだけだから数秒で済む。
なのはにイスを勧めつつ、説明に入る。

「これはこの部分が――――」
「うん、うん」

真剣に聞き入る顔を垣間見ながら考える。
“達信”としての記憶はリリカルなのはを認めない。
だが“龍野”としての自分は認めないまでも理解はできる。
それが小学校に上がってからなのはを身近で見てきた感想である。
画面の向こうでどのような日常があったかは良くわからない。
達信が見たのは365日の内のほんの少しを三十分の中に凝縮させたものなのだから。
描かれない残りの時間の重さはきっと描かれたものの重さと余り変わらない。
それが龍野の感想であった。

「龍野ちゃんって本当に人物の感情の把握が上手いよね」

一通り説明が終わって、感心したようになのはが言う。
その反応を見るに理解してもらえたようで一先ず息を吐く。
時間はホームルーム開始五分前、ぼちぼち席に着く生徒も見え始めた頃である。

なのはの褒め言葉に苦笑する。
こういう手の問題は経験がものを言う。
過ごして来た年月や実際に結んだ人間関係が自分はなのはたちより圧倒的に濃い。
その時点でアドバンテージである。出来て当然なのだ。

「そんな事ない、たぶんバニングスさんや月村さんの方が上手」

実の所、何故自分に聞きに来るのか龍野には理解できなかった。
流石に前の記憶があるため小学生の授業で苦労はしない。
なのはが教えてくれと尋ねてきたら答えるくらいは問題ない。
文系に限ってという括りは付くが、今のところ聞かれるのは文系だけである。
理数系は成績からしてなのはの方が良い。

「というか私より彼女たちに聞いた方がいいと思うけど」
「にゃははは……」

誤魔化し笑い。龍野は知らない。
なのはが龍野に聞くのは友好を結びたいがためだと。
小学校に入学して直ぐに、それこそアリサ達と仲良くなるより前に最初に印象が焼きついたのは龍野だった。
―妙に懐かれている。
龍野にしてみればなのはとの関係はそれだけだ。
何かをした覚えはないが何かをされた覚えも無い。

ガラリと扉が開いて、先生が入ってくる。
その音に少し身体を跳ねさせるとなのはは慌てた様子で席に戻る。
龍野はそれをただ見ていた。

「なのは、色々頑張って」
「?うん、ありがと」

ぽつりと呟いた言葉はなのはに聞こえたらしい。
微かに首を傾げこちらを伺う表情は可愛らしかった。
―願わくば何もないことを。
無理だと分かっていても願わずにはいられない。
小学校三年生。
それは龍野にとって、いやなのはにとって運命の年だろうから。



第一話 end






勢いでやった。
後悔はしていない。
一言だか言わせてくれ。
俺はなのはより、フェイトが好きだ。
そして百合を愛している。





[16056] 第二話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/04/11 13:10


この世界は危険が溢れている。
それを実感したのは小学校三年生の頃だった。
町に危険物がばら撒かれ、同級生がそれを回収。
色々と有った様だが関わることはなかった。
危険、それは近づかなければ良いだけなのだから。
それなのに。


後藤 龍野、13歳
再びあの白い世界に居ます。




余生におけるある世界との付き合い方 第二話




「お前は馬鹿か?」
「分かってる……」

久しぶりに見た少女に頭を垂らす。
今の自分の姿は学校の制服に身を包んだ中学生である。
少女が浮かべる表情は呆れでしかない。
その理由も龍野には充分分かっていた。

「死なないための能力だったんだろう?」

少女の問いかけに素直に頷く。死ぬつもりは到底なかった。
元いた世界よりも何倍も危ないこの世界で安全に生きてこられたのは少女がくれた能力のおかげだった。
だが結果は振り出しに戻っているわけで、言い訳できる事が少しもない。

「助けた相手が自分でどうにかできるとも判っていたんだろう?」
「やっぱり、そうなんだ」

衝動的に助けた同級生は他の人間とは違っている。
小学校三年生から龍野が身近に感じてきた力だから間違いない。
他ならぬ目の前の少女から付与された力は同級生の危険性を嫌なくらい教えてくれる。
そして僅かなりとも未来を知っている身としてはこんな事故は記憶に無かった。
つまり些事に過ぎないのだ、今回の事故は。

「お前が助けたのは魔導師だ。あれ位造作もない」

ならば自分が死んだのは間違いなく意味の無いことだったのだろう。
彼女の心には傷が増え、勝手に他人の人生を背負わされることになる。
あの同級生は優しい性格だ。薄々感じていたことに龍野は重い気持ちになる。

「本来なら、このまま死ぬのだが」
「だが?」
「お前は運がいい。また死ぬはずのものを助けている」

はぁと溜息は吐き出された。
肩をすくめた様子は相変わらず似会っていない。
可憐な少女らしい姿に傲岸不遜な態度だ。

少女の言葉に僅かに首を傾げる。
死ぬはずのものというのは彼女ではないはずだ。
彼女は龍野が助けなくても無事だったろうから。
しかし龍野が助けたのは一人しかいない。

「覚えがない」
「お前があの少女、フェイトの腕を引っ張ったことで本来だったらそのまま飛び出していた猫が助かった」
「猫?」

突っ込んでくるトラックに龍野は衝動的に前を歩いていた同級生の手を引っ張った。
その同級生が大きな力を持っているのは知っていた。前の世界で見ていた。
動いてしまったのは反射のようなものだ。
―別に引っ張らなくても助かった気がする。
そんな考えに気付いた時には体はトラックの前に飛び出していた。
結果が二度目の少女との逢瀬である。
少女の顔を見る限りかなり珍しいことらしい。

「そうだ、猫だ」

人じゃなくてもいいのかと思う。
だが考えてみれば命には変わらない。
まして命をどうこうさせている少女にしてみれば違いは塵に等しいのだろう。

「またやり直すのか?」

龍野の問いに少女は頭を振った。
白い空間の中に溶け込むような色が軌跡を描く。

「あの措置は一回しか出来ない。傷を腕に集め助ける」
「……腕は」
「勿論代わりに貰っていく。何、動かなくなるだけだ」

命の代わりに腕一本なら安いものだ。
片腕があれば生活は出来る。色々不便はあるがどうにかなるだろう。
そんな事を考えていた龍野の心の内を呼んだかのように少女が口を開く。

「片腕が使えないと不便だろう。能力として念動を使えるようにする、極僅かだがな」

あっさりとした物言いだった。
不便を補うには充分なものを持たせてくれる。
大したことのないように大したことを言う姿に笑いを噛み潰す。
能力の付加はこの少女に会うたびのイベントのようだ。

「本当に、ありがたいんだか、迷惑なのか分からないな」
「世の中そういうものだ」

さらりと流す少女に苦笑する。
そういうもの、なのかもしれない。
どっちにしろ毎回命を助けられている龍野には感謝しか出来ない。

「さて、そろそろ準備が出来た。……驚くなよ?」
「ああ、分かっている」
「今度こそ会わないことを祈るぞ」
「ありがとう」

あっさりとした別れ。
白い空間が段々と薄れていく。
二度目の感覚に龍野は身を委ねた。


****


「……びっくり」

最初の一言はそれだった。
目の前にあるのは金色の髪。
サラサラととても綺麗なそれは風に少し揺れている。
自分のものでは有り得ない色にその根源を探す。
すぐに分かった。というよりもこの金を龍野は知っていた。

「ハラオウンさん」

フェイト・T・ハラオウン。
龍野が助けた-といっても少女的に言えば完璧に無駄だった-同級生だ。
身体に力を入れる。思ったよりすんなりと動いた。いや、動かされた。慣れない感覚に少し驚く。
筋肉が動かしたのではない動き、念動とはこういう事なのだろう。

上半身を起こして改めて状況を確認する。
場所は病室。恐らく海鳴私立病院だろう。
横たわっているのはベッド。
隣にあるイスにはフェイトが座っており、その上体はベッドへとうつ伏せになっている。
左手を伸ばそうとして動かないことを知る。感覚自体はあるが、筋肉により動くことはなさそうだ。
代償に持っていかれたのは左腕だったようだ。
幸いなことに利き手は右なので、先ほどの力と合わせればそこまで支障はなさそうである。

「ま、いいか」

問題は少ない。
左手の役割を念動で済ませればいいだけである。
人がいる時は無理そうだが、居ない時の方が龍野は多かった。

「…ぅ…」
「起きた?」

龍野の声に反応したのか、フェイトから声が漏れる。
金糸が目の前を舞って広がる。
綺麗だなと素直に思った。

「あ」
「うん?」

眠りからの復旧を待っていると目が合った。
澄んだ紅い瞳が見開かれて、それから直ぐに歪められる。
申し訳ないような後悔のような――泣きそうな顔。
そんな表情が見たくて助けたわけじゃない。いや、その考えは適当ではない。
むしろ助けてしまったからこそ彼女は悲しい顔をしている。
彼女に任せていれば、こんな顔をする必要はなかっただろう。

「あ、その、ごめんなさい、本当に」

フェイトというのは綺麗に笑う人物だった。
そこまで親しくしていたわけではないが、同じ教室に机を並べるだけで充分伝わる。
特に高町なのはたちと居ると眩しいくらいで。
龍野はあの笑顔が好きだった。幸せそうに笑う姿が好きだった。
だから今まで極力関わらないようにしていたのに、掴んでしまった。

「謝らなくてもいい」

勝手に助けたのは自分で、その結果がコレ。
しかも助けなくても大丈夫なことも何となくだが分っていた。
龍野がしたのはお節介に他ならなくて、過程も結果も謝られる要素は一つもない。

「で、でも」
「大丈夫。それより私、どの位寝てた?」

更に言葉を重ねようとするのを遮ってフェイトに龍野は尋ねる。
日にちの感覚が無い。だが数時間で済むとは思えなかった。
目の前の制服が夏服になっている。
龍野が最後に着ていたのは冬服であるから一週間は経っているだろう。
臨死体験、実際に死んでいるのだからこの名前は不適当かもしれない、をした位だからある程度長くても驚きはしない。

「え、えっと……今日で、17日目だよ」
「17日」

微妙な数字だと龍野は思った。
いっそのこと夏休みにでも入ってくれれば、ゆっくりと過ごせたのに。
まだ六月中の日付では少なくとも一ヶ月は学校がある。
動かない左手や落ちている筋肉の事を考えると復学は七月半ばくらいだろう。

「あ、あの」

逡巡が感じられる声が龍野に掛けられる。
―さっきからドモリすぎだろ。
前世の記憶は現実との齟齬に苦笑を示している。
ちらりと視線をやれば、困った顔でこちらを見ているフェイトと視線が合う。

「何?」

頭の中で予定を組み立てる。
体のこともそうだが、それ以上にこれからの世界との付き合い方についてだ。
“危うきに近づかず”なんてことは無理に近くなってしまった。
自分から近寄ったのだから自爆も甚だしい。
一回結ぶと切れ難いのが人の縁だと龍野は知っていた。
一つ係わり合いが出来ると芋づる式に伸びていってしまう。

「その、身体は大丈夫?」
「そうだった……先生、呼んでくれる?」
「うん!」

ぱぁっと顔が輝く。元が美少女な分それは眩しいほどだった。
―ナースコールを押すのの何がそんなに嬉しいんだろう。
龍野にはよく分らない。
フェイトが嬉しかったのは初めて仕事を頼まれたということだったのだが、それを知る由はない。

フェイトが呼んでくれた主治医の先生に挨拶をする。
状況を確認するように疑問点を何度かぶつけた。
結果分かった事は余り無い。
植物状態に近かっただとか、助かった方が奇跡だとか色々言われもしたが喜びは余り湧いてこなかった。
龍野よりも側で聞いていたフェイトの方が赤青と目まぐるしく顔色を変えていて、傍目面白かった。

トラックに轢かれたことも、それで死んだことも既に知っている。
自分から身代わりになったわけだから何で轢かれたか等聞く必要もなかった。
リハビリの方も予想通りになりそうで、ただ左腕が動かないことを話したら頷かれた。

「動かないのは左手だけ?」
「はい、そうです」

苦い顔で医師が尋ねる。
一応確認してみたが他の場所は普通どおりに動いた。
何よりあの少女は腕を貰っていくといっていた。
その言葉に嘘はないだろう。

「感覚はあると」
「はい」

ピクリともしない手を取られる。
そう、取られる。触覚は確かにあるのだ。
それだけでも龍野にしては僥倖なことだった。
動かなくとも感覚の有無では雲泥の差がある。

隣では成り行きでいることになったフェイトが呆然としている。
クラスメイトが自分を助けたせいで左腕麻痺なんてことになったのだ。ショックは大きいだろう。
特に彼女の心理的性質は過保護なまでに優しいのだから。

「検査してみないことには詳しいことは言えない。だが」
「事故の状況から見るに後遺症が残っても仕方ない、ですか?」
「その通りだ。勿論治る様に最善は尽くすが覚悟もしていて欲しい」
「わかりました」

こくりと小さく頷く。
覚悟は既に出来ている。
というより左腕が動かないことはもう決定事項だ。
左腕を代償に生き返りましたなんて言ったら目の前の医者はどんな反応を返すのだろう。
そんな好奇心が顔を出すが面倒くさいので口にはしない。

主治医らしい先生が病室を去ると再び二人になる。
気まずい空気が流れる。起きた時点で帰ってもらえばよかったと今更ながら気付く。
罪悪感で病室を訪れていたのだ。起きた時点で役目は果たしているだろう。
フェイトの顔は暗い。擬音で“ずーん”と言えてしまうくらい重くて黒い雲を背中に背負っていた。
―さて、どうしたらいい。
気にしなくていい、ということは簡単だ。
龍野の心情をこれ以上ない程表しているし自業自得だ。
だが彼女がそれで納得するかといわれれば、きっと否だろう。
起きたときの反応から考えて間違いない。

「大丈夫。片腕でも生活は出来る」

とりあえずそう言ってみる。
片腕がない人や半身麻痺の人は珍しいわけではない。
十全に体が動いていたときよりは不便だろうが過ごせないわけではないのだ。
何より片手以上に便利な力が手に入ったのだから、生活に滞りはないだろう。

「それじゃ、わたしが納得できないよ」

ムッとした顔で言われる。
―暗い顔よりはそっちの方がよっぽどマシだ。
綺麗な紅い瞳が強い輝きで自分を刺す。
龍野が余りにも淡々としている事に納得いってないのだろう。
それか自分をないがしろにしているようで気に入らない。
どちらかは分からないが、どちらにしろ、何も出来ない。
龍野にとってフェイトに言った事は事実以外の何者でもないのだから。

「事実だから。気にしなくていい」
「ダメ!それは絶対ダメ」

余り聞いた事がない強い口調だ。
それ程彼女の中で龍野の態度は認められないらしい。
こんなに押しの強い人物だっただろうか。
記憶にあるのはあまり自己主張しない姿だけだった。
彼女の周りに居る人たちの自己が強すぎるのもその印象を後押ししている。

「あ、そだ。色々手伝うよ、生活に慣れるまで」

名案を思いついたというようにフェイトが提案する。
龍野のことを考えてくれたのだろうが、左手の問題が念動で解消される時点で不便は少ない。
いつも忙しそうな彼女の手を煩わせる必要はなかった。

「でもハラオウンさん忙しいだろうし」
「大丈夫」
「こっちのセリフ」

はぁと息を吐く。苦笑いが零れた。
本人から直接聞いたわけではないがフェイトが忙しいのを知っている。
なのはだってあれ以来忙しそうだし、それでも構ってくるのは流石“なのは”といった所なのだろうが、そんな人物に問題の無い自分の世話などさせるわけにはいかない。

「気にしなくていいの!」

お世話する気満々のフェイトに、なのはの影を見る。
―この押しの強さは親友に似たのだろか。
今度なのはにでも聞いてみよう、そんな考えが龍野の胸中を回った。



第二話 end





感想ありがとう。
誤字報告感謝する。
さて皆の期待を裏切った感バリバリの第二話で申し訳ない。
感想を見てから、一期、二期を完全に飛ばしている展開を許されるかが分からなかった。
なので急遽二話を仕上げ、投稿してみる。
一期二期はとりあえず書かない方向で、普通にオリジナル展開だ。
つまり、リリなのの日常で百合が見たかった。それだけだ。
では戦々恐々感想を待っている。







[16056] 第三話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/02/25 23:38


入院中、暇で仕方ない。
放課後はまだしも日中は本当にすることがない。
読書で暇を潰すのも限界があると感じる今日この頃。


後藤 龍野、入院中。
ハラオウンさんへの対応に困ってます。




余生におけるある世界との付き合い方 第三話




今日もフェイトは龍野の病室に来ていた。
訪問率の高さに驚く。
前世の記憶ではこの時期既にある程度は働いているはずである。
それなのに、一日置きに病院に来るなど余程無理をしているのではないだろうか。
少し心配になる。
―普通に無理するのは要らない共通点だな。
はぁと心の中で溜息を吐く。これはフェイトが人の態度に敏感なので表に出さないようにしているのだ。
目の前にいるのが普通に無理する第一号であるなのはであったら、そのまま口に出している。

龍野自身としてはとても助かっていると言える。
フェイトが来るたびに反応するアラートは五月蝿いくらいだが、日常品を取ってきてくれるのは助かる。
17日も寝ていればその間の着替えなどが必要になる。
これをフェイトは責任を感じて全部してくれたらしい。
背後に幼馴染のなのはの影が見えるのは予想通りだ。
家の場所やら、鍵の場所やら知っている幼馴染ほど困るものはない。
そう実感しているが助かっているので文句も言えない日々である。

「左手、感触はあるんだよね?」
「あ、うん。動かせないだけ」
「そっか」

そっと取られて優しく触れられる。
柔らかな温もりが心地よいが少し恥ずかしい。
マッサージをするように掌を揉まれ全体の感触を確かめられる。
ひっくり返し、戻し…という動作を何回か繰り返しフェイトは龍野が思いも寄らなかったことを尋ねる。

「ね、これ何指?」

揉むような動きから引っ張るものへと変わる。
少し力が込められていて刺激が良く伝わる。
強いのに優しさが感じられる加減がフェイトの性格を良く表していた。

「は?」

―何を言うのか。
唐突な言葉に首を傾げる。
突拍子もないことをその純粋さから言う子ではあったけれど、龍野にはその瞬間が読めなくて止まってしまう。

「いいから」

さらさらの金糸から覗く真剣な表情。
意味が分からない問いでもフェイトには随分大切なことらしい。
それだけで龍野に無碍にするという選択肢はなくなってしまう。

「あー、薬指?」

つんつんと指を引っ張る感覚に集中しようと目を閉じる。
ハッキリ言って目を開けたまま聞いたところで完璧に見えているのだ。
フェイトがしようとしていることが感覚の確認だったら視覚で答えても意味がない。

「あ、本当にわかるんだ」
「うん」

フェイトが微笑む。
こんな事で嘘をついてどうする。
何より医師との対話の際に一緒にいたはずなのに何故疑う。
そう思うがフェイトの嬉しそうな顔を見ると野暮なことのような気がした。

「嘘ついてると思った」
「……何で?」

フェイトは自分で疑ってましたと素直に露呈させたことにきっと気づいていない。
見たままの純粋培養さにちょっと呆れる。
こんな風で執務官なんて全うできているのだろうか。
少し心配になるが関われるわけではないので突っ込まない。

「だって起きたときは何も言わなかったし」
「気づかなかったんだって」

これはそのまま嘘だ。
少女との会話を話すわけにはいかないし元からフェイトが気づかなければそのまま通すつもりだった。
むしろ起きたときフェイトが側に居るとも思っていなかった。
油断というか、緩みというか、そのまま医師を呼んでしまったのは失敗だろう。

「でも、あの場にいなかったら教えてくれなかったでしょ?」
「わざわざ教えには行く必要ないでしょ」

問題ないんだし、と心の中で付け加える。
そしてそれをフェイトは知らない。
知らないからこそ此処まで拘るのだろう。

―本当に、何やってんだろ。
あの事故はマイナスにしか働かない。
この時期に問題なんて何もないのは知っていたのだ。
いっそ徹底的に関わらないようにしていれば良かった。
そうすればフェイトがここまで責任を負う事はなかったし、傷つけなかった。

「だめだよ、事故のせいなんだから。わたしは知らないといけないと思う」
「本人が良いって言ってるんだけど」
「だめ」

最早何回目になるかわからないやり取りだ。
フェイトはこの話題だけは譲らない。
起きてから何日か経ち、世間話をすることも多々ある。
話してみて思ったのはやはり優しすぎる性格だ。
自己主張はとても薄くて、天然なせいでからかわれているのも気づかないことが多い。
つまりほとんどが前世感じた雰囲気のままだった。
真剣な表情と共に握られていた手に力が込められて少し痛い。

「あー、うん。とりあえず、もうその話はいい」

諦めてこの話を切る。
経験上きっぱりと言わなければ終わりはしない。
フェイトは自分のせいだと言って譲らないし、龍野はそう思っていないからだ。
冷たい口調に聞こえたのだろうフェイトの視線が伺うものに変わる。

「たつの」

響いた声は少し不安そうで、いつもの凛々しさが消えて幼くなっている。
嫌われることを、否定されることを極度に恐れる声。
龍野を真っ直ぐに見つめる紅い瞳は揺れていて“来るな”なんて言ったらそのまま泣き出しそうである。

「ハラオウンさん、来るのやめないでしょ?」
「うん」

恐る恐る、それでもしっかりと頷く。
はぁと溜息を吐けばぴくりと肩を跳ねさせる。
―あー、もう。
その顔を、態度を見て突き放せるほど龍野は冷たくなれない。
危うきに近づかず、なんて言っておきながらクラスメイトのなのはを引き離せないのと同じである。
結局女の子には非情に徹しきれない甘さが達信にも、龍野にもあった。

「なら、ちょっと手伝って」

リハビリのためある程度歩き回ることが龍野には要求されている。
寝たきりで一番弱るのは足腰である。
そして何にしても要となるのは足腰である。
その身体の要を弱いまま過ごすのは元自衛官として許せない。

「うん!」

―相変わらず変なことで喜ぶなぁ。
喜色満面、楽しそうなフェイトの笑顔を見ながらぼんやりと思う。
歩行器を部屋の隅から取ってきて貰いベッドから降りる。
こんなものなくても歩けるのだが最初から無理をすると回復に良くないらしい。
医師にそう言われてしまえば龍野に逆らう気などなく、素直に歩行器から始めている。
早く退院して走り込む生活に戻りたい、なんて決して漏らしはしない。


****


病室を出て数メートル。今日のコースは病棟一周だ。
いい加減病院を歩いただけで筋肉痛になる身体には別れを告げたい。
筋肉の動かし方を思い出すように関節を意識して歩く。
フェイトは歩行器の隣をゆっくりと付いてきていた。

「あ。たつの、そこ危ない」
「と、っとと……前より反射神経鈍ってる」

言われたのに反応が出来ない。
思ったより足が高く上がっていないようだった。
僅かな段差に足先が突っかかってしまいフェイトに支えられる。
歩行器を使っているとはいえ、如何せん握っている手が片方だ。
どうしても全体重を支えることは出来ない。
なので歩きたい時は誰かと一緒に行く事が定着していた。
左腕のリハビリはしていない。あの後の検査で絶望的だといわれた為だ。
元より判っていたことだからショックも受けずに全身の筋肉を取り戻す方向性に変えた。
今思えばその結果を伝えたときからフェイトは更に過保護になった気がする。

「そういえばたつのって体育得意だよね」

少し崩れた体勢を立て直していると、ニコリとフェイトが笑った。
動く右手で歩行器を所定の位置に戻す。
ぐっと力を入れてまだ行けることを確かめる。
初日、限界が分からなくて車いすで病室に戻ったことは記憶に新しい。

「んー、ハラオウンさんに言われてもなぁ」

フェイトの運動神経はずば抜けている。
前世の記憶が鎌を振り回したり、高速移動したりする姿をリプレイさせる。
魔法が使えるには運動神経も必要なのかと思うほど記憶の中では誰も彼も凄まじい。
しかしただのクラスメイトとして過ごす龍野の感想としては、少し違う。
なのははどっちかと言えば苦手な方だし、すずかなどの方が運動神経はよく思える。
―身体を鍛えるのは生活の一部。
達信としての記憶が脳裏で高笑いする。
龍野が体育を得意な理由はただ単に鍛えているからだ。
朝のジョギングが好きだし、筋トレも好き。
中学生の成長中の体にやり過ぎは良くないので量は減らしているが反復はしている。
咄嗟の動きは結局体に馴染ませておかなければ出ない。

「むぅ」
「ハラオウンさん?」

どうでも良いことをつらつらと考える。
歩行器というのは結局歩く練習であるからして思考は空いている。
足をあげるという意識をしながら再び歩き始めると隣でフェイトが膨れた。

「たつの」
「うん?」

じっとこちらを見る瞳を見つめ返す。
ただ綺麗な紅い瞳は龍野を見ている。

「わたしはたつののこと、たつのって呼んでる」
「うん、そうだね」

何を今更と思う。
フェイトにとって“龍野”というのは発音がしにくい名前の様だ。
そのせいで彼女が龍野と言うとどうしても舌足らずなイメージが付く。
それはそれで可愛いので、直させる気はない。

「たつの」

素直に頷いた龍野をフェイトが弱く睨む。
うーと小さく呻りそうな様子は怖さなど無く、只管愛らしさを擽る。
―何が気に入らないんだろう。
流石にフェイトが龍野の態度の何かが気に入らないことは分かった。
分かったが肝心の“何か”が分からない。

「名前」
「名前?」

鸚鵡返しのようにフェイトの言葉を繰り返す。
何が言いたいのかさっぱり分からない。
意思の疎通が出来ないほど天然な子ではないはずだし、この場合自分に原因がある気がして龍野は首を傾げる。
フェイトは龍野の鈍い反応に諦めたように修飾語を足した。

「わたしの名前は?」
「フェイト・T・ハラオウン」

フェイト・テスタロッサ・ハラオウン
きちんと口に出してみると中々噛みそうな名前だ。
龍野になってから海外の名前にも大分慣れたが前世から日本人の自分にはどうして壁がある。

「だから、名前だけ」

―名前だけ?
何で全部言うかなとフェイトの顔には書いてあった。
表情が読みやすいのは、無表情だった反動なのだろうかと少し考える。現実逃避だ。
本来フェイトという少女は感情が顔に出やすい性質のようなので、戦闘の方が別なのだろう。
達信も任務の時は表情を変えないように、というか冷静に努めていたし、冷静でいようとすれば表情は消える。
ニヤニヤしながら戦闘をしていたらそれはそれで怖いなと思い身近に笑いながら必殺技を放つ存在がいることに思い至る。
やはり、この世界は危険だ。
ひやりと肝が冷える感覚がした。

「フェイト?」
「うん!」

ぱぁっと表情が劇的に変化する。
―ああ、なるほど。
思わず動かない左手も使って”ぽん”と古典的納得の仕方をしたくなるが止める。
念動を使えば何も問題はないが、この場面に問題がある。

「名前で呼んで欲しかった?」

自然に苦笑が漏れる。
誰も彼もあのグループは名前呼びが好きだ。
小学校でなのはにも似たような要求をされたのを覚えている。
龍野にしてみれば、名前なんてそこまで拘るようなものでもない。
拘るとしたらそれがアラートの増幅に繋がるときくらいだ。

何故か仲良くなるイベントを越すたびに警報は強くなる。
仲良くなる=巻き込まれるという図式がこの世界のデフォルトのようだった。
つまりここで龍野がフェイトのことを“フェイト”と呼べば危険はまた一歩龍野に近づくのだ。

「だってなのはやアリサは呼び捨てだし」
「腐れ縁みたいなもんだから、あそことは」

フェイトたちが来てから、龍野に構う回数自体が減った。
それは龍野が知らないことを考えると仕方ないものである。
龍野自身は寂しさを感じることもなく、アラートの鳴らない時間を過ごしていた。

「付き合いの長さは、そんな変わらない、よ?」
「あー……うん、フェイトって呼ぶ」

三年は確実に違う。
龍野の頭にフェイトを論破できそうな思考が多々舞うが握りつぶす。
論破した所で名前を呼ぶ運命からは逃れられないだろう。
下手になのは経由で突っつかれるよりもここで諦めた方がストレスが少なそうだ。

「ありがとう、たつの」
「いいよ、別に」

こんな笑顔を見せられたら文句が言えない。
龍野の好きな笑顔で笑うフェイトに素っ気無く言い返す。
素敵な表情過ぎて直視が出来なかったのは龍野だけの秘密だ。

予想通りチリチリと肌を焼く感覚がまた強まったが知らぬ振りをした。
いつか無視し続けたツケが回ってきそうだが仕方ない。
そういう宿命(さだめ)なのだろうと諦める。
―願わくば、もうあの少女と会わぬことを。
なんて二回も会っている時点で充分だと歩きながら思った。


第三話 end





感想、感謝する。
思ったより同士が多いようで驚いている。
とりあえず進めてみた。
一期、二期を書けない理由としては“絶対死ぬから”と言える。
死なない今を書ききってからでないと無駄に主人公を死なせることになりそうだった。
幕間としてちょこちょこ過去話としてくらいなら書けるかもしれん。
期待しないで待っていて欲しい。
では。





[16056] ~何でもないある日の話~
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/04/11 13:12


アラートが鳴りっ放しの人生。
だが一時期余り感じなくなる時があった。
なのはが無理をして撃墜される、という記憶が近くなる時期。
それはつまりなのはの死が近くなったときである。


後藤 龍野、11歳。
相変わらずアラートの意味がないです。




余生におけるある世界との付き合い方 ~何でもないある日の話~




ノートを細い芯が引っかく音が聞こえる。
目の前でなのはが勉強をしているからだ。場所は後藤家、誰もいない分勉強には打って付けだ。
仕事が忙しい-勿論龍野に対しては習い事が忙しいとカモフラージュされている-なのはは以前から苦手だった文系が更に苦手になってしまい、龍野がその面倒を見る回数は増えた。
仕事であってもきちんと終わらそうとする心意気を見せられては手伝わない訳にはいかない。
そして側にいる時間が増えた所で龍野はある事に気付いた。

「なのは」

少し眉間に皺を寄せて問題と睨めっこする姿に声を掛ける。
あーとかうーとか声を漏らしながら頑張る姿は微笑ましい。
その手を止めさせる事に抵抗が無いわけではなかった。
頑張っているものを手伝えない-この場合魔法関係だが-ならばせめて他の事を邪魔しないのが筋だろう。
そう分かっていても龍野は能力が発する警報を無視できない。
初めて、薄くなるアラートは逆に不吉さしか感じさせなかった。

「なぁに、龍野ちゃん」

なのはが顔を上げる。
声は少し眠そうで、表情はだるそうだ。
放課後の稼働率から考えてまともな休みは取っていないに違いない。
―なんで、そんな焦るかな。
元自衛官として休みの重要性は身に沁みている。
寝不足では訓練で求められたラインまで達せ無いこともあるのだ。
だがなのははそれを知らない。小学生が突然働き出したのだ、当たり前とも言える。
人間が一番効率的に働けるルーチンを破綻させているも甚だしい。

「この頃妙に疲れてない?」
「そんなことないの」

焦った声で告げられる言葉は何も知らない人から見てもたぶん何かあると分かるほどで。
自覚の無さに溜息を吐く。普通に出来ているなど嘘だ。
明らかな無理が体に溜まってきているのが分かる。
授業中もうつらうつらしているのを龍野は何回か見ていた。

「ほら、ここ間違えてる」

認めないなのはに目を通していた問題を見せる。
勉強形式はなのはが解いて、龍野がそれに目を通すというシンプルなものだ。
今まで間違いはその都度直していたのだが、この頃は多すぎて一つが終わってからまとめてすることになった。

指先で示したのは相も変わらず苦手な記述問題。
普通、ある程度の問題量をこなせば形式的にどう答えればいいか分かりそうなものである。
ただでさえ聖祥大付属は私立の学校だ。
問題量は公立に比べて様々なものが多く揃えられている。

「ふぇっ?!」
「いつもより多い、むしろこの頃多い」

龍野がじとりとした目で見るとなのは視線を逸らした。
嘘がつけない子だなと思う。

「にゃははは……」

低めの誤魔化し笑い。
突っ込んで聞く気も無ければ、聞く必要もない。
知っているというのはこういう時本当に便利なものだと思う。
―しょうがない。
はぁと大きな呆れを口から出して問題集を閉じる。
なのはは困ったように笑っていたが、今彼女に要るのは勉強ではない。

「ちょっと、こっち」
「え、あ、龍野ちゃん?」

手を引いて場所を変える。
なのはに勉強を教えていた机から、側にあるベッドへと移動する。
ベッドへと座って貰い肩を揉むように手を置く。
予想は付いている。疲労による集中力散漫がなのはのミスの原因だ。

掌に意識を集中する。龍野が少女から貰った能力は二つ。
一つが鳴りっ放しで余り役に立たないアラート。
もう一つが回復能力の向上。
達信は丈夫な体にしてくれといったのだが、回復能力も付加されている。
それもこれも内気功によるものだったらしく気づいた時は酷く驚いた。
つまり内部に気を巡らす事で物理的に身体を丈夫にさせ、身体を活性化させることで治癒のスピードを速める。
そういう普通なら仙人級の達人しか出来ない技なのだ。
―幾らリンカーコアないっていってもなぁ……。
あの少女の凄さに苦笑する。魔法の対極に位置するような能力だ。
武術を一通り齧った身としては出鱈目具合がいっそ清々しい。
前世なら習得しようとさえしなかった能力だ。むしろできない。

「やっぱり、身体凝ってる」
「そ、そうかな?」
「うん」

少し体に気を流して循環を確かめる。
これは気功が使えることに気付いた時点で練習した成果だ。
自分に流すのとは勝手が違うから習得まで二、三年かかった。

なのはの背後にいるのを良いことに思い切り顔を顰める。
予想しないわけではなかったが良くない。
全体的に循環が滞っているし、疲労も溜まっている。
集中なんてできるはずもないとなのはの体の様子に呆れる。

「ちょっと弄っていい?」
「あ、うん。龍野ちゃんマッサージ上手いもんね」

背後から覗き込むようにしてなのはに確認を取る。
頬にあたるツインテールが少しくすぐったい。
掌から伝わってくるのはただ温もりだけで、今更ながら龍野はこの温かさを無くしたくないと思う。
龍野に成ってから結んだ絆は命の危険性が伴うものだ。
それでも手放せないと感じているらしい自分は少し変わったのだろう。
危険には一切近づかないつもりだった。なのはの世界だと判ってからは更に強く思った。
だが大切なものができてしまっては別だ。
友達のために出来る限りを尽くさないのは龍野にとって有り得ない。

「必要だったから」

回復の能力に気付く前、なのはの撃墜について悩んだ事がある。
直接的に助けられる能力はないし、目的なわけでもない。
何より自分は魔法に関わらないというスタンスを取っているのだから現場にいれるはずもない。
戦闘能力が皆無、むしろ危険なことに関わりたくない龍野はどうすればなのはの未来に関与できるか考えた。
朧気な記憶を掘り下げて、なのはの因果関係を考察する。
確か詳しく書かれている訳ではないが蓄積された疲労が原因だったはずだ。
その結果、疲労をなるべく取るという消極的な案が採用されたわけだ。
案を実行する為に身につけたのがマッサージである。
前世の記憶にも疲労の取り方はある程度知識としてあったので活用した。
もっとも能力に気付いた瞬間に無駄足だったかとも思ったが、日常的に便利なので後悔していない。

「痛かったら言って」
「うん」

ベッドにうつ伏せに寝かせる。
これからしようとしている事がどれだけの効果があるかは分からない。
――疲労で墜ちるなら疲労を取れば良い。
そんな安直な作戦が上手くいくかも分からない。
人にこの力を使ってどれだけ回復するかもデータがない。
一つ判っていることはした方がマシだろうという事だけで、それだけで龍野にとっては充分だった。

背筋に沿って手を這わす。
筋肉の凝り具合の確認をして、全体的に解すことを考える。
余りしすぎると揉み返しになるのを可能性として頭に入れ微弱に力を込める。
これだけなら何度かした事がある。
マッサージを習得する際になのはに手伝ってもらったからだ。
だが気を流し込むのは初めての経験で、流石に少し怖い。

「にゃっ」
「なのは?痛かった?」

ぴくりと跳ねた肩に一度手を止めてなのはを見る。
背後から見下ろすと僅かに頬を染めた顔がこちらを向いた。
―かわいい。
そんな事を瞬間的に思う。
なのはは顔だけ見れば間違いなく可憐な可愛い少女である。
頑固な所や少し無鉄砲な性格のせいで“悪魔”などと言われるが今は関係ない。
純粋に、混じり気なく、なのはは可愛かった。まるで“天使”のように。

「ううん、大丈夫……」

小さく頷いたのを確認して動作を続ける。
痛くないように慎重に身体を解し、滞っている流れを良くする。
上手くいけば今体にある疲労は減る。
暫くは代謝が活性化しているはずだから疲れにくく、溜まりづらい。
これは龍野が身をもって経験している。
何時なのはの運命のときが訪れるか分からないが、しないよりは余程良いだろう。

「ぅ、ひゃ…ぁ…ん…」

部位を変え、強弱を変え、探り探り進める。
気持ちよいのは間違いないらしく、なのはの声に苦痛は入っていない。
だが、それはそれで問題だった。
―声が恥ずかしいです。
心の中で思わず呟く。気を巡らすのは初めてのなのはにはくすぐったいのだろう。
龍野も意識してこの能力を使うと体がポカポカして来て心地よくなる。
小学生相手に何を意識しているのかとも思うが、聴覚と視覚は別だ。
視覚が子供であると訴えても声がそういう響きとして認識する。

曲りなりとも三十近くまで一度生きた男だ。
そういう経験は多くはないが皆無というわけでもない。
経験が無いといったら、同僚に生暖かい目で見られること必至である。
男ばかりの職場だからそういう話も中々にフランクだ。

「龍野ちゃん、なんか……ぽかぽか、してきたよ」

目元がとろんとして来て口調が幼くなる。
睡魔がなのはを襲っているのは誰の目から見ても明らかだった。

「うん、効いてるってことだから良かった」
「そ、っか」

なのはの瞼が下ろされる。
幾ら精神が頑張っても、身体はまだ子供なのだ。
過負荷をかければ当然休息を欲する。

やがて穏やかな寝息が漏れてきて龍野は少し頬を緩めた。
関わらないと決めてはいるが友達が大怪我をするのは嬉しくない。
少しでも足しになればいいと思う。
“生き抜きたい”――それは事実だ。
だが人が死ぬ可能性を見過ごしてまでそう思えないのも事実なのだ。
達信で在った頃から中の性質は変わっていない。
結局、達信も龍野も他人を放っておけない人物なのだから。


****


風が頬を擽って髪の毛が顔を掠めていく。
温かい何かに包まれながらなのはの意識はゆっくりと浮上した。

「…んぅ……?」

まず見えたのは夕暮れの穏やかな光に染まる部屋だった。
暖かな色をした陽光が部屋に差し込んで、優しい色に染め上げる。
―何してたんだっけ?
起きたばかりの頭は上手く働かなくてなのはぼんやりと視線を動かした。
見えたのは人影。椅子に座って文庫本を読み進めている。
なのはが起きたのに気付いたのかその人影が顔を上げた。

「あ、起きた?」

耳を打ったのは落ち着いた声。
余り温度を感じさせない、それでも優しい話し方をする人になのはは心当たりがあった。
目を擦りぼやける視界に別れを告げようとするも中々睡魔は離れてくれなかった。

「……たつの、ちゃん?」

ゆっくりと名前を呼ぶ。
後藤龍野。なのはの小学生に入ってからの友達だ。
魔法のことは何も知らないが、それでも日常の一部を共にする大切な人。
文系がてんでダメななのはとは逆に文系が得意な友人だった。

「ぐっすり寝てた。やっぱり疲れてるんだよ」
「ごめんね、勉強教えてもらってたのに」

なのははばつが悪そうに俯く。
完全に自分のミスだった。教えてもらっていながら途中で寝るなど失礼すぎる。
―でも、龍野ちゃんのマッサージ気持ちよすぎるの。
そんな風に言い訳じみた考えが過ぎる。

パタンと文庫本を閉めて龍野がイスから立ち上がる。
まだ完全に覚めない瞳がぼんやりと近づく影を追った。
ベッドの上に上半身を起こした状態だと僅かに見上げるような視線になる。
そっと龍野の手が伸びてきて触れられる。温かい体温が何となく嬉しくなって、頬をこすり付けた。

「別に、いつでも教えられる」

少し吃驚顔をした龍野だがすぐに微笑んでくれた。
それが嬉しくてなのはは更に甘えるように身体を寄せる。
寝ぼけているせいだと誰にと言わず理由を決めた。

「そっか、そうだね。ありがとう」

龍野はずっとここにいる。
魔法に関わらないことは危険がそれだけ少ないということで、それはとても嬉しいことだ。
いつの間にかいなくなっているとか、明日にはいないとかそんなことはないのだ。
フェイトやはやてともずっと一緒にいたいと思っている。
それでも仕事をしているから一応の覚悟はしている。
離れる覚悟を、離さない覚悟を。
何時崩れるか分からない日常の貴重さを噛み締めながら働いている。

「気にしないくていい」
「龍野ちゃんってさ」

いつも変わらない素っ気無い言葉に笑う。
―ほんと、優しいよね。
心の中で止めたものを付け加える。何となく言うのはもったいない気がした。
言ったら龍野は否定するに決まっているから、なのはが龍野は優しいことを決めておくのだ。

「何?」
「ううん、何でもない!」
「そう」

先を促す言葉に首を振る。
不思議そうにこちらを見る顔が可愛くてなのはの頬は更に緩んだ。
大事なものがある。魔法を知ってから、出来た絆だ。
そしてもう一つ。何も知らない、それでも変わらないこの絆だ。
だからなのはは頑張れる。

「にゃははっ」

楽しくなってなのはは笑った。
何だか久しぶりに幸せなことに気付いた気がした。
ぽかぽか温かい身体のおかげかもしれない。
この日、なのはは夢も見ないほどぐっすりと眠る事が出来た。

この後、なのはは原作通り墜ちる。
だが傷は達信が知っていたものより非常に軽かった。
歩けなくなるわけでもなく、リハビリが必要なほどでもなかった。
重症と言われる怪我であっても致命的なものではない。
それを知った龍野は防げなくても少しは良くなった未来に希望を見る。
―願わくば、少しでも普通の生を。
なのはにも、自分自身にもくれたりはしないだろうか。
そんな事を会えないのが一番である少女に龍野は思った。



~何でもないある日の話~ end





感想・誤字報告感謝する。
お試し幕間というより過去話。
普通に書いていたら暫く出てこなそうだった能力を出してみる。
なのはフラグばかりで、フェイトフラグがでてこない。
おかしい、こんなはずじゃなかったのだが。
フェイト好きの諸君は暫く待ってくれると嬉しい。
必ずフェイトフラグを立たせてみせる。
では。





[16056] 第四話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/05/30 07:14


君子危うきに近寄らず。
元々ほとんど守れていない座右の銘はここに来て一気に破綻を迎えそうだ。
入院している病室から見える青い空は眩しいのに。
今部屋の中にはアラートがそこかしこから鳴り響いている。


後藤 龍野、13歳。
相変わらず入院中です。




余生におけるある世界との付き合い方 第四話




ちりちり、ちりちり肌が焼ける感覚がする。
鳥肌なんてもので済むものではない。
小学校三年生の時はなのはが近くにいれば確実になった。
その年の秋にフェイトが増えて更に感覚は倍増する。
それからアラートは増す事があっても減る事はない。
鳴りっ放しの警報ほど無意味なものはないと思う。
警戒感は薄れるし、逆に本当に危険なときに気付かなそうである。
最早、実際熱を発しているのではないかと龍野は思った。

「ありがとね、龍野ちゃん」

そう言ってきたのは高町なのは。笑う顔は可憐である。
この顔で笑いながら性格は頑固で、ちょっと手が付けられないレベルなのだから世の中分からない。
小学校から腐れ縁としか言いようの無い確率でずっと龍野となのはは同じクラスである。
いわば幼馴染のようなものだ。
幼馴染に近い関係の龍野が入院したとなれば彼女が取る行動など一つしかない。
―助けたの、フェイトだしな。
事故の時も一緒にいたのを龍野は覚えているし、フェイトがなのはの親友であるのは充分良く知っている。
そう考えると更にあの時助ける必要は無かった気がして少し気分が沈んだ。

「あー、うん?助けたわけじゃないけどね」

勝手に突っ込んで、勝手に死んだのだ。
助けたというのは間違っている。
龍野が自分の中でそう結論付けていると呆れた声がなのは以外から響く。

「いや、あれが助けた以外なんて言うのよ」
「……邪魔?」

一拍考えてみて出てきた言葉はそれだった。
たぶん、そうだろう。
龍野がいなければフェイトたちは魔法を躊躇無く使えたはずだ。
それ以前に元の運動神経が良いのだからどうにでも出来たはずである。

「アンタねー」

アリサが呆れたように息を吐く。
相変わらず強気な態度に、フェイトとはまた違う金の髪が揺れた。
アリサ・バニングス。
なのはと腐れ縁的関係を結んでいるうちに、繋がりができてしまった一人。
本人は普通の人であるのに龍野の警報はこの人物にも反応する事がある。
魔法とは無関係のアリサのはずだが、代わりに金銭というトラブルが付いて回るらしい。
―……皆アラート鳴り過ぎ。
危険が一杯の友人関係に頭が痛くなる。
今病室には龍野以外三人の人物がいる。
なのは、アリサ、すずかといつものメンバーである。
フェイトは用事があるらしく今日は来られないと聞いていたし、はやても同じようなものだろう。
仕事だろうな、とぼんやり考えるも自分に出来ることはほとんどない。
というより関わりたくない為深くは聞かなかった。

「フェイトちゃんを助けたのは龍野ちゃんだよ?」
「なのは近い」

少し考えに耽った内になのはが移動していた。
出会った頃より大人びた顔。前世の記憶にはない狭間の時間が今である。
それでも根本的な性質が変わっていないのは明白で、相変わらず押しが強い。

「だって認めないんだもん」
「事実」

ぷくりと頬を膨らますなのはに龍野はボソリと呟いた。
ぐっと近づけられた顔は女の子同士だとしても問題がある距離だった。
目の前で茶色の髪が流れていく。
フェイトとはまた違う動きにこの頃こういう生活に慣れてしまった自分に気付く。
慣れさせられたといった方が適当なのかもしれない。入院してフェイトの次に顔を見たのはなのはだった。
心配を掛けたらしくて最初に会った時は軽く泣かれた。
涙腺が脆すぎる幼馴染に苦笑しながら宥めたのは近い記憶だ。

「昔から龍野ちゃんは自分がしたことに無頓着すぎるのっ」

激昂するなのはに首を傾げる。
自分のしたことに無頓着――なのはのことだろう。
いや、なのはは自分のこと全てに無頓着の傾向がある。
自分より他人を優先させる悪癖があるのだ。

前世の記憶も龍野としてもそれはとても苦い。
背景が分かる分だけ、なのはの悪癖が更に目に付いてしまうのだ。
―子供にさせることじゃない。
―子供が考え、想うことじゃない。
他人のためというのは素晴らしい考えだが自分をないがしろにするのは頂けない。
二度も死んでいる龍野が言うと説得力は無いが真実の想いだった。

「ていうか、アンタがそういうのするの珍しいわよね」

“そういうの”――フェイトを助けたことだろう。
アリサの言葉に龍野は辛い思いを抱くことになる。
助けたくて助けたわけじゃない、などと言ったらこの少女は怒り天を衝く勢いになること必須だ。
反射というのは人間が抗えない身体の機能の一つなのだ。

「確かにそうかも」

アリサとすずかの言葉に同意する。
基本的になのは達五人には関わらないようにしていた。
龍野の思惑を振り切って構ってくる人物―言うまでも無くなのはだが―はいたがそれだけだ。
この事故まで龍野は誰にも深く関わっていない。
ましてや助けるために自分を犠牲にするなどアリサが見たことないのも当然である。

「龍野ちゃんは昔からそういう人だよ!」

握りこぶしを握って力説する姿は年より幼く見える。
龍野には何故なのはがここまで自分のことを買っているのか分からなかった。
彼女が内に抱える孤独という根本は知っているつもりだ。
本人から聞いたわけでもないが、前世で見ている。
孤独だからこそなのははフェイトに共通性を見つけ出しあそこまで拘ったのだろうと勝手に推測している。
優しい言葉が欲しいのではなく感情を分かち合いたいといっている時点で、しかもそれをフェイトに言っている時点で、其処まで外れた考えでもないはずだ。

――なのはは覚えている。
龍野が小学校でしてくれたことを。何だかんだで優しいその性格を。
ひっそりと、さり気無く自分を見守ってくれて助けてくれたことを。
だからこそ龍野の低すぎる自己評価に腹が立つのだ。

そんな事を龍野に言ったとしても話は進まないだろう。
龍野にしてみれば“ひっそり、さり気無く”は自分が危険に近づきたくなかっただけだ。
見守った覚えも、助けたこともない。なのはが大変なときに力になれたとも思えない。
無理しそうななのはを止めたことはあるが、それにしたって傷つくのは放っておけなかっただけだ。
つまりこの二人の話は永遠に平行線を辿る可能性が高かった。

「それ証言してるのなのはだけだから」

アリサが呆れた視線で地団駄を踏む親友を見つめる。
腕を組んで冷静に観察する瞳は中学生らしさが抜けている。
お嬢様ってのは違うんだなと前は縁の無かった人種を眺める。

「助けていないから、見てないのも仕方ない」
「龍野ちゃん!」

コクリと頷いた龍野になのはが再びにじり寄る。
動く右手で制するも、片手で済むほどこの幼馴染は甘くない。
右手だけを使っている姿になのはは動かない左へと視線を動かす。
一瞬、ほんの一瞬だけなのはは唇を噛んで苦しそうな顔をした。
ちらりと見えた感情は後悔だろうか。彼女がする必要のないものである。
―なのはもか。
考えてみれば当たり前かもしれない。
龍野が手を出さなければフェイトを助けていたのは隣にいたなのはだろう。
それは今までの行動や彼女たちが親友であることからして疑う必要はない。
つまりなのはの中で龍野の怪我は自分がフェイトを助けなかったからだと終結している。
自分一人で抱え込む性質のある彼女が自分のせいで、龍野が怪我をしたと思うのも無理はない。
なのはのせいじゃない。
そう言うのは簡単であるが、今の状態で言ったとしても彼女は納得しないだろう。
何でも自分のせいだと思うのも考えものだ。

「フェイトちゃんを助けたのは間違いなく龍野ちゃんなの!」

聞いたセリフ。同じことを力を込めてなのはは言った。
その姿は理解しない子供を空気で納得させようとしているようだった。

「……うん、何となくわかったわ」
「私も」

なのはと龍野、二人のやり取りを外で見ながらアリサは言葉少なに頷く。
多分に呆れが含まれている視線が微かに痛い。
何がわかったのか見当がつかなくて首を傾げれば、すずかが苦笑した。

「龍野はあれね、目立たないのに人気を集めるタイプね」
「しかも知らない内にって雰囲気だね」

唐突に切り替わった話題に付いて行けない。
何故そういう話になるのだろうか。

「そうなの?龍野ちゃん」
「知らない」

素直に首を横に振る。
人気なんて考えたことも無かった。
それは学校の憧れを大方分担している幼馴染たちがいるからだ。
―なのはも、アリサもすずかも、誰もその話しはできないと思う。
誰も彼もが美少女で人気も高い。噂も多いし、つまりは注目されている。
なのはたちは、今いないフェイトとはやても含め酷く目立つのだ。順当な配列だと龍野も思っている。
何となく目を引く。カリスマ性という奴のだろう。
怖いくらいの強さでこちらを見るなのはから逃げるようにそう考えた。

「へー、ふーん。フェイトちゃんもこの頃なんか違うしなぁ……」

ぶつぶつと小さい声で言い募る。
聞こえてきた断片に疑問はあるが流す。面倒臭い事以外なりそうになかった。
龍野にはフェイトが前と変わったようには少しも思えない。
確かに龍野とフェイトが一緒にいる時間は事故の前に比べれば倍増ではすまないぐらいである。
だがフェイトが一番良い笑顔なのは、変わらずなのは達と一緒にいる時だ。
龍野はそれを確信している。

龍野といる時も笑いはするがやはり何処か後ろめたさのようなものを感じる。
それが事故に対する罪悪感からきているのか、魔法を知らないという膜で仕切られているのかは分からない。
ただ“違う”という事だけは丸分かりで、龍野は抽出された何十分でしかなくとも重ねられた日常より大事なものがフェイトにはあるのだろう。
―あんな体験じゃ仕方ないか。
捨てられて、立ち直って、その結果命と同じくらい大切な友達―下手すると命より大事そうだが―ができても不思議ではない。

「まぁ、良いじゃない。なのは」

アリサがなのはの肩に手を置いて宥める。
そしてちらりと龍野を見てから、すずかと視線を合わせた。コクリと頷きあう。
その仕草は龍野に嫌な予感しかさせなかった。

「今までは良く分からなかったけど、アタシはなのはの意見に賛成するわ」
「うん、私も、かな」

―やっぱりか。
何となく分かってはいた。元々理由があって思考があれば彼女たちは互いの想いを否定しない。
アリサが龍野のことに関して何も言わなかったのはただ知らなかったから。
龍野に何か言える程、龍野自身を知らなかったからだろう。
付き合いがあったとしても、友達と言えるほどの関係はなのはとしかなかった。
その前提が龍野の入院によって崩れた。

「助けてないのに」
「それが間違いなのよ。アンタの中の助けるって定義、一回見てみたい気がするもの」

アリサに呆れたように溜息を吐かれる。
龍野としては勘違いもいいところである。
助けようとしたのは否定しない。龍野の体は“反射的”にフェイトを助けようとしたのだ。
それはしかし助けになっていなかったし、結果を悪化させただけだ。

「普通だよ」
「普通だったら今回のことは助けた以外の何でもないわ」
「でも助けてない」

頑なに否定する龍野にアリサは今にも「アンタ、バカ?」とでも言いそうである。
はーと大きく溜息を吐くと、海外の血を示すかのようにオーバーアクションで肩を竦めた。
どうしようもない駄々子を目の前にしている大人のようだ。

「ほら、みなさい。諦めて助けたって認めることね。これ以上粘るとなのはが五月蝿いわよ」
「う」

アリサが顎でなのはの方を示す。
それに従うように視線を動かせば先程よりご立腹な幼馴染の姿が見えた。
―これは中々に怖い。
怒りが積もり積もって、怒っているのに笑顔になる一歩手前という感じだった。
前世で「ちょっと、頭冷やそうか?」の場面を見ている身としては冗談では済まない。
あれは見ているだけで冷や汗が出るものだ。

「具体的にはきっとフェイトと一緒に世話をするから始めて、助けたって認めるまで詰め寄られることになるけど?」

少し想像してみて、直ぐに頭から消した。
フェイトだけでも手を焼いているのになのはまで加わったら手に負えない。
きっと懇切丁寧に世話をしてくれるだろう。
左腕が動かないだけなのにご飯まで食べさせてくれる気がする、というかフェイトに食べさせられそうになった。
他にも少し移動するだけなのに着いてこようとしたり、こっそり着いてきたりしていた。
心配性も此処までくると過保護だ。
それにこれ以上龍野の判断では問題のない身体のことで疲労を重ねて欲しくない。
龍野より余程死が身近な世界に住んでいるのだからなるべく万全の体調でいて欲しいのだ。

「わかった、認める。認めるから、それはしないで」
「分かればいいのよ」

ふんと鼻を鳴らしてアリサが満足そうに頷く。
余りに似合う態度に龍野は苦笑した。

事故で迷惑をかけたのにこれ以上何かをしてもらうわけにはいかない。
龍野は表情が見えないように俯いてきゅっと唇を噛んだ。忸怩たる感情を押し込める。
なのはの邪魔も、フェイトの邪魔もしたくない。
そう思っているのに龍野の現状は迷惑をかけざるを得ない。
何を言っても龍野の手伝いをするだろう。
否定すれば倍、押しが強くなる。そんな性格の彼女たちだから。

「アリサちゃん、凄い!」
「ま、このくらいちょろいわね」

感心したようになのはが歓声を上げる。
すずかもにこにこ微笑んで胸の前で軽く手を合わせていた。
何も変わらない光景だ。
達信だった頃から、龍野になってからずっと見てきた。
これを見ていたくて守りたくて自分は飛び出したのだろうか。

今更ながらに事故の原因を考察する。
前世から変わらず観察者の立場だったのに、介入してしまった理由。
反射なのだから理由など不確かなものに違いない。
ただ、一つだけハッキリしている事がある。
―笑っていて欲しかった。
それが叶っている今、自分は幸せと言えるのだろうと龍野は思った。


第四話 end






感想感謝する。
手違いで削除してしまったのでもう一度投稿。
自分の雑さに腹が立つ。





[16056] 第五話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/04/11 13:13


「フェイトちゃん!危ないっ」
「え?」

事故があった。わたしが、起こした事故だ。
犠牲になったのはクラスメイトの女の子。
なのはは良く話しているみたいだけど、わたしはそんなに彼女のことを知らない。

「龍野ちゃんっ……!」

なのはの声が呆然としているわたしの耳に届く。
同時に物凄い音量のブレーキ音と何かを跳ねる音。
そして確かな重量を持った物体が歪む、衝撃音がした。
掴まれ引っ張られた腕が熱かった。


フェイト・T・ハラオウン、13歳。
わたしの世界に衝撃的に飛び込んできたのは彼女でした。




余生におけるある世界との付き合い方 第五話




フェイトは飛び起きた。
場所を確かめる。病室だ。荒い息が響いていた。
薄暗くなってきているのは日が暮れてきているからだろう。

「ゆ、め?」

心臓に悪い。
汗を吸った衣服が肌に張り付いて気持ち悪かった。
フェイトは掌を額に当てる。ベタリと余り好ましくない感触がした。
ハンカチで拭って悪夢の残滓を出来る限り失くす。
そうしてからベッドに横たわる少女を見つめた。
あの事故からまだ彼女は目を覚まさない。
全ては彼女が起きれば改善する。
そんな気がしていた。

「起きて、たつの」

後藤 龍野。フェイトを庇って事故にあった女の子だ。
小学校からずっと一緒で、今も同じ教室で授業を聞いている。
仲が良かったかと聞かれればそうでもない。
―なのはの方が仲は良かった。
はっきりとそう断言できる。だから何故自分を助けてくれたのかフェイトには分からない。
基本的に龍野はフェイトたち五人と関係を持とうとはしなかった。
なのはやフェイト、はやてのように魔法に関係するわけでも、アリサやすずかのように家が大きいわけでもない。
極普通に、普通の中学生の生活を全うしていたように思える。
同じ教室にいても生活圏が被らない龍野と話すことは少ない。
例外がなのはで、なのはは彼女の事を小学生の頃から―それこそ、フェイトと知り合うより前に―友人関係を続けている。

「フェイトちゃん」
「なのは」

部屋には龍野の生命を維持している機械の音だけが聞こえる。
ピ、ピ、ピという一定の音が何時止まるか分からなくてフェイトは怖かった。
人工呼吸器は付けられていない。呼吸は安定していると判断された為だ。
それだけでもフェイトにとっては朗報だった。
ただ何時状態が暗転するか分からない為、バイタルサインを見る機器だけは外されなかった。
腕には栄養を補給する点滴が付けられている。
彼女はこんな状態でもう一週間以上意識が戻らない。

酷い怪我だった。
車は左から来ていた。龍野は右手でフェイトを引っ張った。
結果最初に衝撃を受けたのは左腕で、防御反応として突き出した手は意味なく弾かれた。
あれが原因で左腕麻痺が症状として残ったのだと後にフェイトは思った。
直ぐに身体ごと家屋の塀に衝突した龍野は――血を吐いた。
背中から叩き付けられ内臓にダメージが来たのだ。
真っ赤な鮮血がフェイトの瞳に焼きついている。
血を見るのは勿論初めてではない。だがあの事故は違う。
自分のせいで、一般人が傷ついたのである。
何が起きたか分からないまま気付いたときには病院にいた。

「まだ、起きないね」
「……うん」

なのはの言葉に頷く。
フェイトがこの部屋に来られない時はなのはが代わりにいた。
執務官としての仕事はギリギリまで量を減らしたがそれでもしなければならないことはある。
なのはにもそれは言える事で二人揃って龍野の病室にいるのは週に一回という所だった。

なのはが部屋に備え付けられているイスを持ってきて隣に座る。
今日は任務があった筈だが、この様子だと全力全速で終わらせてきたのだろう。
ぎゅっと胸の前で握られた手には紅い珠になっているレイジングハートがあった。

「大丈夫、なの。龍野ちゃんは私を置いていったりしないの」

なのはが断言する。
フェイトを元気付けようとしたのだろう。
微笑む顔にはそれでも憔悴の色が見て取れた。
目の前で眠る彼女がなのはにとって大事な友人だったことは明白で、フェイトは更に落ち込んだ。

「ごめん」

膝の上で拳を握る。白い手が力を込められたせいで更に白くなる。
なのはの友人を自分が奪う可能性がある。
それはフェイトにとって、とてもとても恐ろしいことだった。
フェイトの今を築いてくれたのはなのはだ。
なのはが友達になろうと言って、努力してくれたから自分は此処に居る。
今回したことは全く逆だ。龍野の未来を奪おうとしている。
なのはが龍野と過ごすはずだったこれからを消そうとしている。

「謝らないで?フェイトちゃんのせいじゃないから」
「でも」

龍野の様子を見ながらなのはが言う。
その言葉は優しくて、フェイトは困ったように眉尻を下げた。
責められても仕方ないという気持ちがフェイトの中にはある。
龍野にもなのはにも、きつく当たられても当然だ。

「龍野ちゃんも謝って欲しくないと思うよ?」
「そうかな」
「そうなの」

なのはがちょっと高めのイスから足を揺らす。
ぶらぶらと揺れる動きは不安を紛らわしているのか、本当に心配していないのか判断がつかなかった。
いや、なのはは優しい少女だから心配していないわけが無いとフェイトは思う。

「なのはは、ずっとたつのと一緒なんだよね?」
「うん、そうだよ」

ふと思う。
龍野となのはの関係は不思議だ。
一緒にいる時間はたぶんとても短い。
学校ではアリサたち、魔法関係ではフェイトやはやてとなのはは共にいる。
なのはが龍野の所に行くのは発作のようなものだ。少なくともフェイトにはそう思えた。
時々姿が見えないと龍野の所に行っていたとなのはは言う。
前も後ろも無い。徴候は無いのに、いつの間にか龍野の場所に行って帰ってくるのだ。

「何で話す様になったの?」

フェイトの言葉になのはは首を傾げる。
龍野となのはの仲は小学校入学以来らしく、フェイトが来たときには既に今のような関係だった。
だから二人の始まりをフェイトは知らない。

「だって、たつの、静か」
「にゃはは、龍野ちゃんはね、無駄なことはしないの」

言葉を探してみるが上手く表現できない。
それでもなのはは納得したのか楽しそうに笑って龍野を見つめる。
じっと様子を見つめる姿から何を思っているかは分からない。
ただ少し自慢気になのはの口から語られる龍野が少し羨ましかった。

「無駄なこと?」
「無駄って言うか……余計なことは話さないし、口数も少ないんだよね」

「話しても簡潔でしょ?」というなのはの言葉に頷く。
フェイトの中にある龍野の姿はいつも薄い。
何かを強く言ったり、長く話したりすることが少ないからだ。
だからこそどうしてなのはが仲良くなったのか、切欠が分からなかった。

「何か言う事も少ないから、フェイトちゃんがそう思っても仕方ないの」

静かになのはの言葉が続いていく。
なのはといるようになって三年は経つが見たことのない部分だった。

「でもね、だからフェイトちゃんが助けられたのは必要だったからなの」

顔を上げてなのはがフェイトを見る。合った視線に僅かに息を呑む。
綺麗な紫水晶の瞳が、まるであの時のようにフェイトを見つめていた。
真剣な瞳はフェイトに否定を許さない。気圧されるというのだろうか。
“友達になろうよ”
そう言われた時もフェイトは何も言えなかった。

「龍野ちゃんは助けたかったから、助けたの。それだけは間違わないでね」

なのはの言葉に龍野を見る。
そこに横たわる少女は何も言わない。
静かに胸を上下させ眠り続けるだけだ。

「ありがとう、なのは」
「それは龍野ちゃんに言うと良いの!」

ニコリと明るい笑顔をなのははくれた。
フェイトも答えるように笑顔が浮ぶ。
悪夢の残滓は綺麗に散っていた。

「うん、そうするよ。」

―だから、早く起きて。たつの。
先程とは丸きり違う気持ちで願う。
最初の言葉が暗い気持ちから出て来た後ろ向きなもの―逃げの意思―なら、今フェイトの胸にあるのは前向きな気持ちだ。
興味が出て来た。純粋に彼女を知りたくなった。
なのはがここまで興味を持つ人物と―フェイトは親友の人を頼らない性格を良く知っているから尚―話してみたくなる。

「――で、龍野ちゃんと仲良くなった理由だっけ?」
「教えてくれる?」

フェイトの質問を思い出したのか、なのはは一度言葉を切り確認してくる。
コクリと頷いてから首を傾げる。
外の暗さはもう少しで帰る時間を示していた。
なのはの話を聞けば丁度良いくらいだろう。
余り遅くなっても家族に心配を掛けるだけだ。

「にゃはは、なんか恥ずかしいなぁ」

質問から外れていた事に気付いたのだろうか。
それとも彼女との出会いを人に話す事からかなのはの頬を少し赤く染まっていた。
流石にフェイトにも分からない。

「あれはね」

そうして告げられた始まりは少し意外なものだった。
こうしてフェイトの中に龍野は溶け込み始めたのだ。


****


龍野が起きた。
初めて正面から向かい合った彼女はなのはの言うとおりの少女だった。
無駄な事はせず、口数は少ない。そして優しい。

「フェイト?」

ベッドから半身を起こした龍野が声を掛ける。
それでフェイトは思ったより呆けていたことに気付いた。
―マルチタスクは苦手じゃないんだけどな。
龍野と一緒にいるとどうしても考え込んでしまう。
事故の事や、なのはの事、龍野自身の事、色々絡まってしまうのだ。
そんな事を思うが龍野には関係ないだろう。

「え、何?」
「ぼーっとしてる」

「大丈夫?」と今にも言ってきそうな瞳が見える。
龍野の言葉は少ない。それでもフェイトには伝わるものがある。
僅かに身体を屈め、顔を覗き込むようにしている彼女に笑い返す。
上手く笑えている自信はないが、上手く笑えているといいとは思った。

「ちょっと、考え事」

素直に言う。
フェイトは友人に隠し事をするのが苦手な性質―フェイト自身はそうは思っていないが―らしい。
良くアリサやはやてからそれでは隠す意味が無いと言われてしまう。
仕事で会う人からそう言われた事はないので、プライベートの時だけだ。
余りにもその様子が酷かったらしく、はやてには“内容まで言えなくても、表面だけ言えば結構スルーされるもんやで”というありがたい助言まで貰っている。

そうしてそれを実践する場面は時折ある。
今もそれに含まれていて、フェイトは少し緊張した。
じっとこちらを見ていた龍野の視線が動く。

「ならいい」

納得した様子はない。
興味を失ったというより敢えて深く聞かないという雰囲気が出ていた。
フェイトが話さないだろうことを分かっているのだろう。
いや、話せない事をと言った方が正しい。
その姿勢にフェイトは助けられる。

気になる事を聞かないのはストレスが溜まる。
なのははあの通り“お話”する人だし、アリサも隠し事をされていると怒るときがある。
フェイト自身そっとしておいた方が良いと分かっていながら聞いてしまう。
幸い周囲の人たちは優しい人ばかりなので問題になった事はない。
龍野に一番近い友人を上げるとしたらはやてだろうか。

「たつのは――」

フェイトの言葉に龍野が顔を向ける。
日本人らしい黒の髪が揺れた。
今までフェイトの周りには余り無かった色である。
髪の隙間から覗く瞳も吸い込まれそうな黒で、それでも温かい。
―優しいよね。
だが言葉に出す事はせず、自分の中にだけ留めた。
それは以前親友のなのはがした動作と全く同じなのだが、フェイトがそれを知る由もない。
親友に相応しいシンクロ具合であった。

「ううん、何でもない」

何気ない動作が嬉しくて、フェイトは微笑む。
声を掛ければ返事をしてくれる。呼べば振り向いてくれる。
当たり前の事だが、龍野が目を覚ますまでできなかった事だ。
―彼女の事をきちんと知りたい。
―彼女と同じ時間を過ごしてみたい。
―そして、いつか自分を助けてくれた理由を聞きたい。
そう思う。考えてみれば魔法の関係しない絆は初めてだ。
新たな気持ち、たぶんなのははこれを“友達になりたい”と言うのだろう。
初めて自分の中に沸いた感情を定義付ける。
少し違う気もしたが、人間関係に、感情に疎いフェイトには同じ事だった。



第五話 end








感想・誤字報告・指摘、感謝する。
フェイトフラグ前哨戦。
とりあえずこんな感じでどうだろう。
フェイトのターンと言いながらなのはが出て来るのは仕方ない。原作主人公補正だ。
この方向性でいいはず、と信じる。
では。





[16056] 第六話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/02/25 23:39


リハビリも大分進んだ。
左手は相変わらずだが、他の部分は生活に支障の無いくらいに戻っている。
退院の日程も大体が決まった。やはり学校への復帰は夏休み前になりそうだ。
いっその事休みたいのだがそうも言っていられない。


後藤 龍野、退院間近。
フェイトに懐かれすぎて大変です。




余生におけるある世界との付き合い方 第六話




龍野の退院が決まった。
それだけでフェイトは嬉しくなる。
目覚めてから龍野の回復は素晴らしかった。
元々傷の治りの早さに医師もなのはたちも驚いてはいたが、起きてからの回復は更に拍車が掛かっている。
それでも左腕が動く気配は少しもなくて、”絶望的”という言葉がよく分かる。

“左手は残念だけど……”
“はい、分かってます”

あの日の事が蘇る。
龍野がずっと意識の無かった龍野が起きた日。
左手が動かないと知った日。
フェイトの中に罪悪感という暗くて重いものが圧し掛かった日。
あれからフェイトは出来る限り龍野の側にいた。
龍野のためと言いながら、それだけと言い切る自信はない。
――自分のせいで人が死ぬのを見るのは初めてだった。
執務官になってからも、なる前もある程度無理をした自覚はある。
だが人の死というものはいつも慣れない。
特に自分が原因で人が死ぬ-しかも魔法関係以外で-経験はしたことがない。

血がたくさん出ていた。
少女の軽い体は容易く吹き飛ばされて、熱を失う。
肌から色が抜けていくのがはっきりと分かった。
絶望とも、喪失感とも違う。
―何かが壊れていく感覚と何かを壊してしまった感覚。
あんな想いはもうしたくない。
思い出した情景を振り切るようにフェイトは軽く頭を振る。
今は明るい話題があるのだ。そちらを進める方が良い。
暗い影から逃げるようにフェイトは頭を切り替える。
冷たくなった手を握り締める。

「何かできないかな」

退院祝いではないが、何かしてあげたい。
左腕麻痺なんて一生の傷を作ってしまったのだ。
ミッドチルダに行けば治るかもしれないが、魔法を知らない彼女に言えるわけも無い。

龍野は静かな少女だった。
今まで話した事は少ないが起きてからの印象はそれに尽きる。
歳より大人びていて、フェイトを責める様なことも一度も言わない。
当たり前のようにリハビリをこなし、当たり前のようにお礼を言う。
そこにフェイトが入る隙間はなかった。
一度尋ねた家に人気がなかったのも関係しているかもしれない。
だが龍野のことを知らないフェイトは何も聞けなかった。

優しい微笑を見る度にフェイトは思うのだ。
―ごめんなさい。貴女の左腕はわたしのせいです。
―ありがとう。こんなわたしにお礼を言ってくれて。
背反する二つの気持ち。
龍野に感謝しながら同時に負い目ができてしまう。
いっそ思い切りなじってくれた方がフェイトは納得できたのかもしれない。
しかし龍野の性格を知ってからそんな事が起こる可能性は低いのは分かっていた。

”龍野ちゃんはね、優しいの”

―そうだね、なのは。たつのは優しいよ。
何時かなのはが言っていた言葉にフェイトは心の中で返事をする。
龍野は優しい。
ただ甘いだけの優しさではなく厳しさも含んだ優しさ。
それはフェイトにとても心地よくて、同時に少し辛かった。


****


「あの、これ」

病室で問題を解いている龍野に声がかかる。
最早日常のようにフェイトがいることに違和感はない。
それに呆れればいいのか、項垂れればいいのか分からなかったが嫌なわけではないので放置する。
問題とは余りにも暇なのでなのは達に持ってきて貰った勉強道具である。
幾ら前世で一度修学した内容とはいえ使わなければ忘れている。
これを機に思い出そうと龍野は思い至ったわけだ。
―まだいける。
寝ている間に進んだ範囲は中々に量があったが、絶望的なレベルではない。
暇つぶしに知識を頭に詰め込むのは思ったより楽しいことだった。

「どうした?」

今日は入ってきたときから様子がおかしい気はした。
そわそわというか、もじもじというか、落ち着かない雰囲気だったのだ。
フェイトの掌の上には小さな箱が一つある。
プレゼントだとありあり分かるそれを龍野はとりあえず受け取った。

「先生に左手の回復には微弱でも良いから継続的な刺激を与えると良いって聞いたんだ」

左手と来て、刺激と繋がる。
その時点で龍野の脳裏には嫌な想像が浮んだ。
何となく、ニヒルな笑みを浮かべる主治医の姿が像を結ぶ。

白い掌から正方形の箱を受け取る。
思ったより重量はない。中身が龍野の考えているものならおかしくはない。
外れてくれないかなと重篤に思うがその願いが叶う可能性は限りなく低い気がした。

「……で、なんで指輪?」

しゅるりと結んであったリボンを解き、包装紙を剥がす。
そうしてやっと出てきたモノに龍野は頭を抱えそうになるのをどうにか堪えた。
予想通りというか、箱の中に入っていたのは指輪だった。
“左手に断続的に刺激を与えられるもの”なんてそう数はない。
プレゼント用の箱からアクセサリーだと見分けがついた上に、腕に付けられるものになるとブレスレットか指輪の二択だ。

「左手に物があるって意識した方がいいんだって」
「ちなみに何処の指?」

主治医がそれを言ったとして、医者の言うことなのだから最善の場所があるはずである。
一応なりとも治療としての効果を建前に-もしかしたら本当に効果があるのかもしれないが-フェイトに伝えたのだ。
一番効果の出る箇所があるに決まっている。

「二つの神経が支配している第四指、つまり――」
「はい、貰えません」

フェイトの言葉を途中で遮る。手で口を塞ぐという半強制的方法だ。
きょとんとした顔で自分を見る友人に龍野は少し頭が痛くなった。

「なんで?」

―一般常識は何処にいった。
左手薬指なんて冗談でも笑えない。
執務官試験に一般常識の欄はないのだろうかと思い、あるわけないかと思い直した。
就業年齢があり得ないほど低くて子供が働くことに疑問を抱かない世界だ。
地球と同じ一般常識や倫理感を求める事自体無駄である。
それにこの場合、素直に言うことを聞いたフェイトよりむしろ焚き付けた医師に問題があるだろう。

「左手薬指に指輪を贈る意味、知ってる?」
「わたしの周りにしてる人いないよ」

そういう問題じゃない。
している人がいない事に意味を感じて欲しい。
可能性として一番身近なのは両親、フェイトの場合は母親だろう。
曲がりなりとも子供がいるわけだから一度は結婚しているはずである。
子供にそういう話をしないのだろうかと少し疑問に思うが、母親たちの顔を浮かべしなそうだと納得する。

フェイトの周りで結婚している人物は少ない。母親は離婚か未亡人。
友人でも、幸せな夫婦といえばぱっと浮かぶのはなのはの両親である高町夫妻くらいだ。
―もしかして贈る習慣自体がないのか?
ミッドチルダの文化など知らない。
前世の記憶でもそういう部分は情報として限られている。
地球でも元々欧米の文化であるし、無いと言われればそうですかと納得するしかないだろう。

一瞬のうちに考えうる可能性を網羅した龍野は悩む。
ミッドチルダ関係のことは尋ねられない。
もし文化の違いだったらフェイトのことを責めるのは筋違いだ。
だが素直に受け取れるかと言えば、そんなわけもない。
受け取った時点で左手薬指に付けることは決まってしまう。
何せ左手薬指に付けてと渡されたのだから、他の指では合わないだろうし、付けなかったらフェイトが傷つく。
そしてその場所に付けてしまえば、知らないフェイトは別にしてなのはやアリサといった地球組にからかわれることは間違いない。
八方塞がりに近い状況だ。

「あー、とりあえず駄目だから」

良い言葉が浮ばなくて辟易する。
中学生に言い訳の浮ばない大人-精神だけだが-はどうなのだろう。
素直に理由を言うのが一番早い解決法であるのは明白だが流石に恥ずかしい。
―知ってて渡したらどうなるんだ?
龍野の頭を有り得ない可能性が過ぎるが直ぐに抹消した。
フェイトに限ってそれは無いだろう。

「どうしても?」
「どうしても」

受け取ってくれないと知ってフェイトの表情が曇る。
霞のように薄く悲しみの色が雰囲気に交じった。
それだけで受け取ってしまうかと思えてしまうのだから美少女は凄い。

「イヤだった?」
「嫌ではない」

伺う視線に首を振る。
龍野のことを思ってプレゼントしてくれた気持ちは嬉しい。
友人からのプレゼントを喜ばない奴はいないだろう。しかもこんなに綺麗な子からだ。

感謝の気持ちを伝えるために龍野は笑顔をつくる。
それを見てフェイトの悲しそうな雰囲気が薄れた。
動く右手を使ってベッドサイドに座るフェイトの髪を撫でる。

「フェイトの気持ちは嬉しい。でも、その…左手薬指に指輪をすることはできない」

じっと真剣な目で龍野の話を聞くフェイトを見ていると酷く年下の子供に言い聞かせている気分になる。
髪を撫でるとフェイトの表情は緩んで幼さが見えるからだろうか。
これはフェイトだけでなく、なのはにも言えることで一度理由を聞いたら”気持ちいいから”と返された。
何でも龍野の手は柔らかくてしかも暖かいのだそうだ。龍野には心当たりがない。
可能性としては能力の一つである内気功だが発動してなくても効果があるのかは不明である。

「理由はなのは、は駄目か。」

口に出した瞬間に途轍もなく嫌な予感がする。
いつものチリチリとした感覚ではない。背筋が粟立つ悪寒である。
龍野になってから危機感知能力のせいか勘は鋭くなっていた。
その勘がなのはに尋ねさせるのは危険だと訴える。
頭の中に出てきたなのはは笑顔なのに、何故か怖い。

「アリサも……」

先ほどよりはマシであるが嫌な予感がするのには変わりない。
こちらは明確にニヤニヤした表情が浮かんだ。
そういう話が大好きなアリサだ。からかわれること間違いない。
同じ理由ではやても除外する。

「うん、すずかにでも聞いてきて」

そうやって絞ると当然のように一人になった。
フェイトの周りにいる人物の中では安全牌だ。
別な意味で心配なところはあるが大丈夫だと信じたい。

「わかった」

素直に頷くフェイトに良い子良い子と頭を撫でてやる。
さっきから触りすぎだとも思う。達信だった頃には絶対無理だった。
だが他ならぬフェイトが頭を撫でてあげると喜ぶのである。
気づいたのは余りに綺麗な金糸に興味が出て、髪を梳いた時だ。
その時のフェイトの驚きようといったらなかった。

がたりとイスが鳴るほど大きく身体を跳ねさせる。
金色の光線が一瞬浮き、次の瞬間に龍野が分かったのはサラサラとした指ざわりだけだった。
紅い瞳はまん丸に開かれて、すぐに白磁のような肌には赤みが差す。
細められた瞳には嬉しさが隠しきれないほど灯っていて龍野は逆に恥ずかしくなったものだ。
綺麗すぎて、可愛すぎて、直視できない。
幼い精神をしているとは感じていたがこんな単純な事でここまで喜ばれては苦笑するしかない。

「する前に調べる癖つけよう、フェイト」
「うん」

幼い笑顔が眩しい。
顔立ち的には大人っぽいと形容されるのに、中身が幼い。
―このお姫様は本当にもう。
もっとしてというように頭を差し出したままの少女に苦笑する。
きちんと人の話を聞いていたのか心配だ。
流石にそこまで抜けてはいないかとも思うが、時々有り得ない天然さ具合を発揮するのがフェイトでもある。

「ま、いいか」
「何が?」

龍野は頭を切り替える。
命に関わるような事態にはならないだろうし、フェイトが幸せそうだから気にしない。
何時だかなのはが言っていたが龍野は基本的に自分のことには無頓着である。
命に関わること以外は深く考え込まない。
それでも反射的に事故を起こすくらいだから、性格的に感情が先行するタイプなのだ。

「何でもない」

フェイトの言葉に肩を竦める。
子供には子供らしく笑って欲しい。
女の子には幸せになって欲しい。
そんな一般的な考えが頭に浮んだ。


第六話 end








感想・誤字報告・指摘感謝する。
今回は突っ込みどころが満載だが、欲望が垂れ流しになった結果だ。
だが妄想で走ってきたこの話にもそろそろ祖語が出てきた。
質問により見過ごせない問題点が出てきたので返答と報告。

オリ主の両親については設定として考えてある。
中々に重苦しい話になるので先延ばしにしていた。
私的好みがほのラブなためだ。
はっきり言って暗い背景なんぞなくても話は成り立つ。
だが突っ込まれたので話にして書こうと思う。
両親についてはその話を読んでからまた感想をくれると嬉しい。
いつできるかは不明だが早めにでかすよう努める。

また自衛隊についての無知をさらけ出してしまい申し訳ない。
指摘された部位は修正、今度からきちんと資料を探そうと思う。

そしてもう一つ。
デバイス、彼らの高性能具合を忘れていたのは完璧に俺のミスだ。
フェイトへの愛が溢れすぎて周りが見えなくなっていた。
かなり無理があるのは分かっているのだが、こう思ってくれ。

フェイトは実際死ぬはずはない。指摘の通りバルディッシュがいるからだ。
だがバルディッシュは起動していない。
念話で注意できても魔法無しに急な動作はフェイトにも辛いだろうし、目の前に実際車が来ていたら戸惑う。
バルディッシュも主の事は守れても、離れた場所にプロテクションを勝手に張ることは難しいとアニメを見た感じ思っている。
そんなわけで、勝手に自動車の前に飛び出した主人公は轢かれましたと。
セットアップに実際どの程度の時間がかかっているかは分からないが、眼前の自動車と比べたら流石に車の方が早いはずだ。
それでどうだろう。

もう一度場面を熟考してから少し加筆して文を載せる。その時は報告する。
それでも違和感があったらできる限り対処しよう。
では、毎回読んでくれている事自体をありがたく思う。
感想指摘、その他諸々を待っている。




[16056] 第七話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/03/14 13:10


フェイトの退院祝いはリストバンドになった。
無難な選択肢にほっとする。
幾ら治療という名目は有っても余り目立つものは付けていられない。
その点フェイトが選んだのはシックな黒のバンドで、デザインもシンプルだ。
何より肌にフィットして邪魔にならない。
――さて、指輪だが当然ひと悶着あった。


後藤 龍野、退院。
……退院しようとしたんです。




余生におけるある世界との付き合い方 第七話




「ありがとう、大切にする」
「う、うん!」

二回目の箱から出てきたリストバンドに頬を緩める。
フェイトらしい選択だ。体にフィットして、色は黒。
これだけ言うとまるでフェイトのバリアジャケットの説明のようである。
そういうものを好んでいるということなのだろう。
受け取ってもらえて嬉しそうなフェイトの頭を撫でる。
ふにゃと更に緩んだ表情が可愛かった。

「よかったやん、フェイトちゃん」
「今度は受け取ってもらえたわね」

二人の様子を見守っていたはやてとアリサから声がかかる。
フェイトを見る顔は微笑ましい。
その視線が龍野へと動いた瞬間に中身が変わる。

「それで、左手薬指に指輪貰った感想は?」

からかいの声が病室に響く。
ピクリとベッドの左隣-フェイトの定位置だ-に座る少女の肩が跳ねる。
この姿が見たくてアリサは言っているのだから性質が悪い。
―分からなくはないが。
天然で素直なフェイトを弄りたくなるのは分かる。
見ていて楽しいのも同意する。
だが自分の身にその一端が関わるとなると話は別だ。
弄りすぎて泣かれたりしたら冷や汗ものである。

「アリサ、しつこい」

明日退院という日、最後のお見舞いとばかりに全員が来た。
フェイトが龍野に指輪をあげようとしたという格好のネタを引っさげて。
そのせいで龍野はさっきから針の筵の気分だ。
ニヤニヤ笑うアリサとはやてに龍野は溜息を吐いた。

「だって気になるじゃない」
「そやな」

アリサとはやては右側に座っている。
丁度龍野を挟んでフェイトとは対面に当たる位置だ。
親友の表情が丸見えの好ポジションに陣取ったのか、たまたまなのかは分からない。
だが龍野を挟んで言葉がやりとりされる状況に代わりはない。
つまり巻き込まれることは必至なのだ。

指輪を受け取ってもらえなかったフェイトは今度はきちんと友人に相談をしたらしい。
左手薬指の理由よりも、とりあえず龍野にプレゼントしたい気持ちが逸ったのだろう。
プレゼント断られたんだけど何をあげればいいかな?と悩む姿が目に浮かぶ。
そうなれば仲の良い五人の事だ。
何をあげようとして断られたかから根堀葉堀聞きつくしたのは間違いない。
身内に甘いフェイトの性格を考えれば拒む事は出来ないだろう。

「あ、あの、た、たつのっ」

わたわたとフェイトは僅かに赤い顔をして落ち着かない。
左手薬指の理由を聞いたからだ。知らなかったにしてもプロポーズまがいのことをしたのである。
彼女の性格を考えれば恥ずかしがるのは予想できる。
今日この病室に来てから噛まずにフェイトが話せたことは一度もない。
赤い顔は心臓に悪い。フェイトは慌てて行動すると何かやらかす。
そしてそれが可愛いのだから、どうしようもない。

「落ち着いて、フェイト」
「で、で、でもっ」

優しく声を掛ける。気にしていないことのアピールだ。
からかいに反応してはこの話は何時までも収まらない。
そういう姿が見たくてアリサ達は言葉を紡いでいるのだから。

「へー…ふーん…」

そして、何より怖いのはフェイトの隣にいる幼馴染の存在だ。
前にも聞いた言葉であるのに伝わる緊迫感は前の比ではない。
じっと龍野を見る目には何とも言えない感情が渦巻いている。
いつもよりアラートが激しく鳴っている気さえした。
―絶対、なのはの方が貰ってるって。
フェイトからのプレゼントに嫉妬するのは甚だお門違いだ。
なのはの方がフェイトから貰ったもの、またあげたものも多いだろう。
プレゼントの中身が指輪というのは少し問題かもしれないが、フェイトは知らなかったのだ。
こればかりは仕方ない。

龍野は勘違いをしている。
なのはは別にフェイトからプレゼントを貰った龍野がうらやましいのではない。
そんなこと今まで何回もしている。
なのはがうらやましい、というより焦っていたのはフェイトが龍野に近づいていることである。
龍野が近づくのを許していること、とも言い換えられる。
なのはが長い時間をかけて縮めた距離をフェイトはこの一ヶ月で同じくらいにしてしまった。

事故に遭う前の龍野はなのはと関わるのを嫌がった。
遊びに誘っても断られることが多かったし-当然、フェイトやはやてもいるからなのだが-学校でもなのはのところに来ることはなかった。
なのはが行けば受け止めてくれるが龍野から何かをしてくれることは数少ないのだ。
―なんか、ずるいの。
その龍野がフェイトには気安い。
プレゼントも内容に問題がなければ貰うようだし、なのはにフェイトの様子を聞くこともある。
確かな変化。それも急速なもの。
なのはが龍野を見つめる理由はそれであった。

「なのは?」

これには当然理由がある。龍野はもう諦めたのだ。
なのはが龍野に懐いているのは小学校に入学して直ぐからだ。
まだ危険が一つも去っていない時期である。
この時からなのはと仲良くしていては魔法関係に巻き込まれる可能性が非常に高いと龍野は考えた。
だから悪いとは思いながらも関わらなかった。
だが今はどうだろう。アニメの時期は過ぎ、仮とはいえ安息の時間だ。
何より事故のせいで龍野はフェイトに関わってしまった。
しかもこれからも付き合いがあるのは間違いないだろう。
それにより龍野は関わらないことを諦めた。

「何でもない」

なのはが顔を逸らす。
龍野はその姿に苦笑する。
拗ねているのが丸分かりの声音だった。
その隣ではフェイトが心配そうになのはを見ていて、どちらにフェイトの心があるかなど考えるまでもない。
―フェイトの始まりはなのはだろうに。
心配する必要性など元から皆無なのだ。
龍野は勘違いしたままの思考で、自分の考えを完結させた。

「大変だね、龍野ちゃん」
「ありがとう」

ニヤニヤが止まらない級友二人に、あわあわしているフェイト。
そして未来の魔王様は今はとても可愛らしく拗ねた顔を見せている。
唯一何も言わず、何も変わらないすずかだけが救いだった。


****


「ま、とりあえず退院おめでとな」

何とか場を納めて、今病室にいるのは龍野とはやてだけになっていた。
なのはとフェイトが飲み物を買いに行き、アリサとすずかは家の用事で帰宅した。
この病院の売店は少し離れた場所にあるからしばらくは帰ってこないだろう。

「ありがとう」

はやてと二人きりというのは実に珍しい。
なのはと二人だったり、フェイトと二人だったりするのは良くある。
元より付き合いのあった幼なじみと事故の当事者であるのだからそれは当然だ。
ただ残りのもう一人の魔法少女、はやてとは繋がりがなくてなのはたち一緒にお見舞いに来たときくらいしか話はしない。

「フェイトちゃんとなのはちゃんは明日も来るって言うてたから、覚悟しとき」
「あー、うん。わかった」

薄々そんな予感はしていた。
今日の状況から少しでも好転していれば良いかと前向きに考える。
何故来るとか、一人でも大丈夫とかはあの二人の前では言わない方が無難な言葉である。
ドモリすぎて会話がまともに出来ないフェイトに、拗ねているなのはなんて手に負えない。
フェイトにいたっては視線も合わせてくれなくて少し傷ついたのは秘密である。

「なぁ、一つ聞いてええ?」
「うん」

窓の外からはもう黒に大分近づいた空が見えた。
幾ら魔法が使えると言って暗がりよりは明るいうちに帰った方がよい。
ましてや地球では充分に子供として扱われる年なのだから。
ぼんやりとそんな事を思う。
入院は部屋で一人の時間が長くて気が滅入ってしまう。
病院の閉鎖的で衰退的な雰囲気に影響を受けているのかもしれない。

「なんで、助けたん?」

二人しかいない空間にはやての声が響く。
凛とした声ははっきりと龍野の耳に届いた。

「なのはちゃんは良く行っとったけど、龍野ちゃんから来たことは一度もないやろ」

はやての言葉に少し驚く。
避けていたことは誰にも気づかれていないと思っていた。
龍野とはやてたちは元々生活圏の重ならない人間なのだ。
避けていると確定するのは難しいはずだ。

「別に避けてたのを責めてるんやない」

動きを止めた龍野にはやてが表情を動かさないで告げる。
大人のような表情だった。聞きたい事があって病室に残ったのだと龍野は合点いく。
それと同時にはやてに対する感心が胸を覆った。
知りたいことのために必要な事を行うのは言うほど簡単ではない。
しかもそれを自然に行えるのは中々技術の要る事である。

「ただ純粋に不思議なだけや」

苦笑する。
さすがに何年か後に自分の部隊を持つだけはある。
はやての観察眼はとても鋭い。そして言い方も心得ている。
中学生くらいの子供に話をさせるなら怖がらせてはいけない。
子供に話をさせるには仲良くなった方が早い。仲間意識というのが特に強い時期である為だ。
仲間と認識させてしまえば口は軽くなる。
今の龍野-外見だけなら-にあった方法である。

「よく、見てる」
「周りが見ないで突っ走る人ばっかなせいや」

はやては肩を竦めた。
確かになのはもフェイトも頑固な所がある。
少し考える。病室に沈黙が漂った。
フェイトを助けた理由、それは龍野にもまだ分からない。

「分からない」
「そうやの?」

はやてが何を聞きたいのか判断できなかった。
裏がないのを確かめたいのだろうか、などと思った自分に龍野は少し幻滅した。
達信としての記憶は人間に対して僅かに疑い深くさせる。
なのはやフェイトのように素直に受け止めるのは難しい。
そう考えると龍野ははやてとの方が性格的には似ているのかもしれない。

「体が勝手に動いた」

分からない事の説明はできない。
龍野ははやてに正直にあの時の感情を吐露する。
はやてはじっと龍野の顔を見て、一拍置いてから再び尋ねる。

「後悔はしてへんの?左腕、動かないんやで」
「問題ない」

自分の身体が動かない感覚をはやては知っている。長年付き合った感覚でもある。
――問題は確かにないかもしれない。
ただ、ままならない身体がもどかしい。助けられないといけない自分が悔しい。
そういった葛藤が確かにあったのもはやては確り覚えていた。

「それに」

言いかけて龍野は少し悩む。
これを言うのはとても身勝手な事のような気がした。
はやての視線が動く。目と目がかち合って、一瞬何かが繋がった。

「それにフェイトには笑って欲しい」
「なんや、それ」

―どんな口説き文句や。
はやては何とも言えない感情を抱く。
歪に笑顔ともいえない形に口角が上がる。
はやてがここに残ったのは龍野の予想通り、裏がないのを確かめるためと言っても良い。

龍野という少女は何処か周囲との関係が希薄だった。
何かをしていても、根本はただ見ているだけ。
傍観者のような立ち位置を基本としているようにはやてには思えた。
特になのは、フェイト、はやてにそれは顕著に現れる。
最近は大分和らいだがはやてが転入したばかりの時など壁があるようにさえ見えた。
極端に言ってしまえば龍野の目の前で事故が起きても見殺しにするだろう、というのがはやての意見だった。

そんな少女がフェイトを助けた。
はやてにしてみれば驚き以外の何者でもない。
何かあるのではないかと考えてしまったのも自然だろう。

「フェイトは君たちといると凄く綺麗に笑う」
「知っとるよ」

龍野の言葉に頷く。
フェイトの笑顔は一ヶ月そこそこの付き合いの龍野より、はやての方が多く向けられている。
その笑顔がとても綺麗なのは龍野に言われるまでもない。

「だから…だと思う。ごめん、私にも分からない」

僅かに眉を顰めて龍野が言った。
はやてはその言葉に嘘がないのを感じ取る。
つまり、龍野がフェイトが助けたのは笑顔が見たかったらになる。
裏など何もない純粋な気持ちだ。

「まぁ、ええわ」

そこまで考えてはやては材料が足りない事に気づく。
判断するには何もかも足りていなかった。
ここ一ヶ月で前より龍野のことを知ったつもりだった。
今日話を聞くことで充分にはならなくても、不足ない情報が得られると判断していた。
だが龍野から聞けた情報ははやてにとって予想外過ぎて、状況が変わったのを知る。
―これからもっと知ればええ。
足りないならば、足すまでだ。
そしてその結果判断しても何も遅くはない。
はやての中で後藤 龍野という人物の観察が決定される。

「そうしてくれると助かる」

龍野は胸を撫で下ろす。
自分の中でもまだ整理はついていない――というより付ける必要性を感じていない。
助けた事実に対応するのに精一杯なのだ。
これから何が起こるか、どう危険が龍野自身に関わってくるか、それらを考えなければならない。
はやてに答えられる何かを龍野は持っていなかった。

「これからよろしくな、龍野ちゃん」
「……こちらこそ」

ちり、と肌が焼ける感覚が増す。
警報を思いっきり踏んだ様だが後の祭りである。
危険――それは知る手段があれば何処にでも何時でも存在しているらしい。
龍野に生まれ変わってから、小学校に入学してから毎日のように思い知る現実に溜息を吐く。
外では夏の暑さを示すかのように蝉が鳴いていた。


第七話 end






はやての口調が分からん。
とりあえず、エンカウント。
龍野とはやては似ている人間だと書いてて思う今日この頃。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
バグッたようで対処法を探してみた。
結果、対処法=追投稿ということでこれで下がってくれと祈る。

更新を期待させてしまった人もいるようなので、お詫びにもう一話乗せる。
いつもより更に駆け足なため可笑しい箇所もあるかもしれん。
では。





[16056] ~前世と現世~
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/05/05 13:00


少し昔の話をしよう。
ここが何処かも分からなかった時期の話。
それでも龍野の物語は始まっていて、達信の人生が終わってから数年経った時の話だ。
龍野と達信の人生が分岐した日。


後藤 龍野、13歳。
それでも生きてます。




余生におけるある世界との付き合い方 ~前世と現世~




「ねぇ、たつの」
「ん?」

龍野の背後から声が聞こえた。
この一ヶ月で急速に耳にする事が増えた人物のものだ。
久しぶりの家に忙しなく動かしていた視線を止め、振り返る。
そこにいるのは金色の少女――フェイトだ。
退院の際にも心配なのは変わらないらしく、態々着いて来てくれた。
ついでに言うとなのはも一緒で今は荷物を龍野の部屋に置きに行ってくれている。
―過保護だ。
最早何回目になるか分からない呟きを落とす。仲の良い親友は何処か似るものらしい。
フェイトが着いて来るのは最早諦めていたがなのはまで来るとは予想していなかった。

「あ、のね……」
「うん」

フェイトの視線が龍野と龍野の背後を反復する。
ちらちらと動く視線には気遣いが伺えて、何となく理由を察した。

龍野の背後には写真立てが置いてある。
写真に写っているのは男性に女性、そしてその間に子供である。
男性の手は女性の肩に回り、女性の顔は子供と良く似ていて説明されなくてもこの三人が家族だろうという事は分かった。
言うまでも無く龍野に、龍野の両親だ。

「その、荷物取りに来た時にも誰もいなかったから」

その時は仕事でいないだけだろうとフェイトは思った。
だが何時まで経っても龍野の両親は姿を現さない。
すれ違っているだけかとも思ったがそうでもないようだった。
なのはに尋ねるとただ言葉を濁された。その様子で余程のことがあるのだろうと何となく感じていた。

龍野は説明していなかった自分に呆れた。
自分にとっては当たり前のことであっても他人にとってはそうではない。
フェイトの中で娘が怪我をしたのに来ない両親というのは考えづらかったのだろう。
実際、まともな親なら龍野が事故に合ったと連絡があった時点で来ている。
フェイトが荷物を取りにきたのが何時かは正確には知らないが、いつ来てもこの家は龍野以外いないので結果は変わらない。

「あー、言ってなかった。ごめん」
「ううん、それはいいんだけど」

ふるふるとフェイトが首を振る。
二つに結んだ髪の毛が揺れて綺麗な金の軌跡を描いた。
覗く瞳は少し心配しているようで、龍野はとりあえずイスを勧める。
少し長い話になりそうだった。

「あの写真、分かると思うけど両親でさ」

記憶を辿る。
この家に一人でいることが多くなってから余りしなくなったことだ。
考えても意味の無いことはしないに限る、特にそれが暗い気持ちを誘う場合は。

龍野と達信は基本的に同じ人物である。
平行世界、端的に言ってしまえばそういうことだ。
どの世界にも達信という存在と=で結べる存在はいる。
あの雪の少女がランダムで世界に生まれ変わると言ったが、リリカルなのはに存在する後藤 達信が龍野だった。

「うん、たつのに似てるね」

フェイトの言葉に笑顔をつくる。
龍野の両親は、達信の両親と同じ人物だった。
達信が龍野であったように、両親は両親だった。

――考えた事はないだろうか。
平行世界といっても、何故人間を構成する要素はそう変わらないのだろうと。
例えば性別が男から女に変化しても性格事態は然程変わらないという事が出てくる。
人間の性格を決定付けるのは、元から持つ性格はあるにしても環境が大きく関係する。
同じ双子でも引き取られた親で性格が変わるというのは良く聞く話だ。
更に言うならばフェイトとアリシアが良い例である。
あの二人は記憶まで同じような根本であるのに、プレシアはフェイトをアリシアと見なかった。
それはつまり環境による差異と極論だが考える事が出来る。

「優しい人だったよ、あんまり覚えてないけど」

写真立てを手に取る。
達信の記憶に薄い両親の顔だ。
それは龍野になってからも変わらない。
結局、親と言うものに縁が薄い人生しか歩めない自分に苦笑する。

「そうなんだ」
「うん……気付いてると思うけど、いなくなっちゃったから」

龍野の言葉にフェイトが眉尻を下げる。言葉を探しているのが分かった。
この手の話は苦手だろうに、優しいと思う。
龍野は少し心配していた。
両親の話はフェイトの琴線にも触れる事になるのは間違いない。
龍野自身が話すには何も困惑はない。あるのは分かりやすさと心配しないようにさせる為の話し口だけだ。

――考えを突き詰めると環境が同じならば同じように育つという事になる。
逆を言えば同じような性格にしたいならば似たような環境で育てればよいという事だ。
勿論、根本が同じという制限はつく。しかし龍野と達信の場合、同じ人間なのだからそれは問題にならない。
この世界と前の世界は龍野と達信に関しては大きな変化をもたらしていない。
両親も家族構成も、過ごした町が変化した程度である。
違いが少ないということは、大体同じ人生を辿っているという事だ。

「交通事故で、結構小さいときに」

達信は両親を五歳で亡くした。
理由は龍野の親と同じ交通事故である。
家族で何処か-ピクニックだったか遊園地だったか-に出かけ、その行きに飛び出してきた子供を避けようとして塀に衝突し大破。
前部座席はほとんど潰れていたらしい。後部座席に座っていた達信だけが助かった。
龍野がそれを思い出したのは事故の後だ。思い出さないように記憶を埋めていたのかもしれない。
達信はその後孤児院に預けられ自衛隊に入る事になる。

早く自立でき寮に入れる。また人を助けられる仕事は天職のようだった。
身体を鍛えることも性に合っていたらしく訓練も苦ではなかった。
そして其処で得た知識は僅かではあるが役に立っている。
―何故だろうな。
龍野と達信の違いはそれ程無い。
同じ性格のまま、同じ両親の元で育ったのだから当然である。
そして同じ道を辿るとしたら龍野が五歳のときに両親も死んでいたはずである。
だがただ一つ龍野が少女から貰った能力が二人の人生を分けた。

その日、龍野は嫌な予感がした。人生で一番大きなアラートである。
今まで生きてきて、なのはと出会ってからさえもあれ以上大きなアラートは感じた事が無い。
初めての感覚に龍野は戸惑った。まだ五歳である。知らない感覚に驚くのも仕方ない。
――龍野は泣いた。
それにより家族で出かける予定は潰れた。
龍野が家から出ようとしなかったからである。
父親は呆れたように自室に戻り、母親はぐずる龍野を宥めようと外におやつを買いに行った。
そこで交通事故が起きたのだ。やはり達信の人生をなぞる様に龍野は片親を失った。
龍野の中に、達信のときに無かった“自分のせいで親が死んだ”という罪悪感を残して。
世界というものについて考え始めたのはそれが切欠だった。

「あ、う……たつの」
「そんな顔しないで、父親は生きてるから」

じわじわ膜を張り始めるフェイトの瞳に苦笑する。
事故で死んだといっても五歳の時である、感傷は程遠い。
折り合いをつけずにやっていけるほど龍野は強い人間ではない。
達信であった頃に肉親がいない事に対する悩みは尽くした。
ついで入学した小学校でなのはに出会い、アラートが鳴りっ放しの人生が始まる。
そうなると毎日が生きる為に必死で忘れている事が出来た。

写真立てを戻して、フェイトの側に座る。
両親には少し悪い気がしたが写真は伏せておく。
今フェイトの涙腺を刺激するものは少ない方が良い。

「ごめん、わたしが…泣くのは変だね」
「フェイトは優しいから」

泣き始めた女の子の対処法は前の人生から考えても分からないものの一つだ。
その姿に放っておけない、一人に出来ないと思うのも変わらない。
隣に座ったことに気付くと直ぐにフェイトの手が龍野の服の袖を握る。
少し伏せられた顔からは表情が伺えない。涙を見せたくないのだろうか。
“家族”が無くなって“一人”になる、というのはどれもフェイトと被るキーワードだ。
知っている分、どう声を掛けていいか分からなくて龍野は動きを止めされるがままになる。
頬を伝った涙が一滴だけ落ちていった。服の袖で拭ってやる。
相変わらずハンカチなど持っていなかった。

「――でも龍野ちゃんのお父さん、ほとんど帰って来ないの!」

唐突に響いた声に顔を向ける。
階段から降りてきたなのはがそこには立っていた。
表情は余り見ないほど真剣で、少し怒っているようだった。
―立ち聞きか?
鋭い言葉は話を聞いていなければ出せないものだ。
だがこの幼馴染が扉の前で待っていたという考えは持ちにくい。
大方階段を下りて居間に入ろうとしたら龍野の「父親は生きている」という言葉が聞こえたのだろう。

なのはは龍野の父親の事が好きでない。
どうやら仕事に感けて放っておく事が気に入らないらしい。
家で一人にされたというなのはの孤独も関係しているのかもしれない。
複雑な幼少期ばかりを送っている友人たちに悲しくなる。
主人公にありがちなバックボーンは一般人には少し重い。

「仕方ない、仕事」

なのはを静かに嗜める。
父親が家に帰ってこないのはいつものことだ。生活費を稼いでもらっているだけ充分だろう。
最初から放り出されたわけではなく、龍野が一人で生活できると知ってから父親は仕事の虫になった。
死んだ母親に似てくる娘-しかも、原因だ-を見ている事は辛かったらしい。
その気持ちは充分理解できる。

「だって龍野ちゃん死に掛けたんだよ?」

なのはが龍野の前に立つ。
見上げた顔はまた泣きそうに歪んでいて龍野は苦笑する。
―俺が二人を泣かせたみたいだな。
前世ではなかった出来事だ。有って欲しくもない。

未だフェイトは龍野を離さない。
宥めるように肩を撫でている右手だけで使える手は塞がってしまう。
思ってもいなかった不便さに、微かにおかしさが込み上げる。
この不便さは日常生活で絶対に感じる事のないと思っていた類のものだった。

「お見舞いにもこないの、変なの」
「父さんが働かなないと私の治療費も出ない」

震える声で訴えられる。
泣きそうなのを我慢しているせいであるのは明白であった。
ぐっと握りこまれた拳には力が入っていて、何故か龍野が遣る瀬無い気持ちになる。
それは優しい、優しすぎる幼馴染が傷ついているからだろう。
龍野の周りにはお節介な人間が多すぎる。
人のことを考えすぎて泣けるのは良い事だが、自分のことで泣く位なら笑っていて欲しい。

「たつの、は寂しくないの?」

フェイトが顔を上げる。
じっと自分を見つめる瞳には見た事がない影があった。
それだけで龍野はフェイトが重ねている過去に気付いてしまう。
彼女の悩みの根は深い。19歳になっても確固たるものが出来ていなかったようだった。
ならばそれ以前の時間軸である現在で解消されていないのも当然だ。

「慣れた」
「……ゃんは、それだからっ」

なのはの押し殺した声が部屋に響く。
心配そうで、泣きそうで、怒りが交じっている。
その姿に龍野は困ったように首を傾げて微笑む。
ちらりとフェイトを見るとなのはと似たような表情だ。
握られた手に手を重ね柔らかく解く。心配しないでと二回指で合図をした。
静かに二人の手が離れて、フェイトが心配そうに見つめる中龍野はなのはの目の前に立つ。

「なのはは、人のこと心配しすぎ」
「だって」

珠を作り始める雫をそっと拭う。
どれ位の力で触れていいのか分からなかった。
前世では女の子との触れ合い-しかもこういう場面-なんて限りあるもので、難しい。
これなら隊で習った機器の取り扱いの方が余程楽だった気がする。

「フェイトもそんな顔しない」

とりあえず二人をソファに座らせて落ちるかせる。
勘違いしている様子だが龍野は本当に寂しいと思った事はない。
前世からずっと龍野は一人の時間の方が多いし落ち着くようになってしまった。
父親が家に帰ってこないのも理解できている。

残念な事に龍野の寂しいと言う感覚は達信だった頃の影響で凍結されたに近い。
なのはやフェイトのように孤独を辛く感じるような精神年齢でなくなってしまったのもある。
そういう元々薄い感情が充分に理解できる理性のせいで更に抑制されて、龍野は父親がいない事に何も感情が動かないのだ。

「寂しくはない、本当に」

膝に手を付いて中腰になる。
ソファに座っているなのは達と丁度目線が一緒になる。
龍野は交互に視線を動かしながら言い聞かせた。

「父親がいなくても、一人じゃない」

入院していた期間、なのはの言うとおり父親は一度も見舞いには来なかった。
だが何もそれを不安に思う事はない。
元より諦め納得している父親のことは勿論だがそれ以外のことでも同じである。
日中一人なのは普通の事であるし、放課後は誰かしら-なのはだったりフェイトだったり-がいた。
世話好きで責任感の強い友人達のおかげで龍野は一人になった事はないのだ。
だから二人が心配する必要は微塵もない。

「平気」

ニコリと笑ってみせる。
前世から笑う事は然程得意ではない。
そう思うも、笑わない限りこの二人は納得しないだろう。

「龍野ちゃん」
「たつの」
「笑ってくれた方が嬉しい」

二人の肩を順に持つ。
目を見つめて言うには骨が折れるセリフだ。
思っている事だとしてもそれは変わらない。
恥ずかしいものは恥ずかしいのである。

「うん、わかった」

言いながらなのはは思った。
―龍野ちゃんを一人にしない。
寂しくなど、ないわけがないのだ。
家族が振り向いてくれない寂しさをなのはは知っている。

龍野になのはがいつもの笑顔を見せた。
目元にはまだ雫が見えるが、見ない振りだ。

「わらう、よ」

笑って欲しいなら笑う。そうフェイトは思う。
―たつのと一緒に笑うよ。
できるなら、それが一番いい。
フェイトにできる罪滅ぼしだがそれとは別に龍野の願いなら叶えたい。
龍野のために笑うなら龍野が笑ってくれないとダメだ、意味がない。
だから笑えるように一緒にいようとフェイトは決意した。

フェイトの声はまだ震えていた。
それでも顔に見えるのは笑顔で龍野は嬉しくなる。
これで、一人でいる事に対して心配を掛ける事は減るだろう。
一人でいれる時間も増えるかもしれない。
龍野はそう思った。

――当然、その目論見は外れる事になる。
この後、更に二人は龍野にべったりになった。
どうしてこうなったのか龍野には理解できなかった。
三人の関係はこうやって作られていくことになる。


~前世と現世~ end






感想・誤字報告・指摘、感謝する。
平行世界観はオリジナルに近いものがある。
自分で書いておきながら三角形が形作られていくのを見ているようで怖い。
そして個人的に言いたい一言。
彼女達との恋はそれだけで命がけ!
そういうわけでアラートは鳴りっ放しだ。龍野は知らないが。

題名は深く考えてなかった。
自衛隊員ということを強調したいわけでもないので、改題を考える。
勢いで決めた題なので変わりが難しい。
候補としては『ある一つの世界との関わり方』『リリカルな世界で百合の花を見る日常』などがある。
センスのなさに絶望だ。
十話を越えたあたりで板移動も考えているのだが、その時にでも変更しようと思う。
思ったより受け入れてもらえる事が嬉しい。
では。




[16056] 第八話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/03/14 13:14


無事、退院し学校に行く。
これで全ては元通りになる。
そんな事を思っていた自分は甘かったとしか言えない。
龍野は今の状況に頭を抱える。
―どうして、こうなった。


後藤 龍野、復学。
この頃フェイトが犬に見えます。




余生におけるある世界との付き合い方 第八話




キーンコーンカーンコーンと久しぶりに聞く鐘の音が響く。
授業が早めに終わった為、龍野はぼんやりとしていた。
一ヶ月と少しぶりに復帰した学校は代わり映えのしないものだ。
内容と高くなった気温くらいしか変化は見られない。
目の前で文字が消されていく黒板だって見慣れたものだった。

大きく息を吐く。
まだ慣れていないせいで体が凝るなんてことは有り難い能力のおかげで感じない。
むしろ感じるとしたら気疲れの方だった。

「アンタも随分懐かれたわね」

目の前から落ちてきた声に顔を上げる。
何時の間にかアリサが側にいた。
以前だったら考えられないことだ。
それが入院中に接した時間によるものだということは考えるまでもない。

「言わないで欲しい」

アリサの言葉に軽く首を振る。
窓際に近い席からは青い空がよく見える。
真夏の日差しが龍野の席ギリギリまで差し込んでいた。
照りつける陽光は容赦なく龍野の体力を奪っていく。
伝った汗を拭おうとすれば隣からハンカチが差し出された。

―こういう女の子らしい気遣いは未だに苦手だ。
女の子に生まれた事に違和感がなくても、服装に嫌悪感がなくても、ふとした時にやはり女ではない自分を知る。
他に苦手なのは女らしい身の振り方-特にアリサやすずかなどのお嬢様という人種から見ると-は見ていられないらしい。
だが勉強しよう等とは生まれてから一度も思ったことはない。
炊事、洗濯、掃除は寮生活をしていた身だ。一通りできる。
そしてそれらができれば生活に問題はない。
とりあえず、問題が出てくるまで龍野はそう考えることにしている。

そんな事を思うのも現実逃避に過ぎないのは龍野が一番よく分かっていた。
ハンカチは”隣から”差し出されたのだ。
目の前で話しているアリサではない。
一番大きな変化で、また気疲れの原因とも言える。
少し顔を動かし左隣を見る。
心配そうな顔をした金の少女がそこにいた。

「たつの、大丈夫?」

龍野の左側、つまり最も窓際にフェイトの席はあった。
辛うじて日の当たらない龍野の席とは違い、完璧に熱気に包まれている。
場所的には龍野より余程暑いはずなのにフェイトの顔からそれを読みとることはできない。
彼女が僅かに顔を動かせばそれに同調して髪の毛が揺れた。
汗の欠片も見えない軽やかで艶やかな動きだった。

「うん、平気」

軽く頷く。
龍野の隣には何故かフェイトがいた。
何故か、など言わなくても良いかもしれない。
理由を聞けば“たつのの手伝いをする為”と返ってくるに違いないのだ。
聞くだけ無駄という奴である。

復学して一つだけハッキリ変わったことがある。席順である。
学期に一度くらいは変更があるのだからおかしくはない。
龍野の左隣にフェイトが来ていること以外は何も。
―誰も何も言わなかったのか?
そう考えるもお人好しの固まりのような学校だ。
私立で恵まれた生活環境の人ばかりいるから、擦れていないとも言える。
フェイトが龍野のためにと言って反対するはずがない。

「あんま無理しちゃだめだよ」
「フェイトに言われたくない」

フェイトは龍野の側にいる事が劇的に増えた。
任務に向かう回数はかなり減っただろう。これだけは龍野も喜んでいる。
だが未だに少ないとは言えない。フェイトが無理しているのは明白だった。

「流石にこのくらいで倒れはしないでしょ」
「でもたつの、病み上がりだし」
「病み上がりとかいう玉じゃないと思うけど」

相変わらずの過保護さを見せるフェイトにアリサが呆れた顔をする。
退院後、アリサは最も普通に接してくれる人物の一人だ。
フェイトは目の前の通りだし、なのはだって似たようなものだ。
しかもなのはの場合任務の回数はさほど減っていない様に思えるから更に質が悪い。

「体力戻ってないから、無理しないようにって」
「あー、そうなの」

フェイトが主治医に言われた言葉を反復している。
―全く、あの医者は余計な事しか言わない。
体力が戻っていないのは事実だが急に倒れるわけでもない。
元々外傷ばかりなのだから当然だ。
それなのにフェイトはそのままの意味で言葉を受け取ったらしく-そうなる事が分かって言った気もする-この状態だ。
退院と同時に過保護もよくなるかと思ったのだが、その目論見は完璧に外れた。

小さく息を吐く。
アリサは同情するように龍野のことを見ていた。
龍野はその視線に瞳だけで感謝を返すと、いい加減この話を切り上げるために次に予定を言う。

「フェイト、次体育」
「わかってるよ。ちょっと待ってて」

龍野の言葉にフェイトが席を離れる。
少し小走りの姿は忠犬が飼い主の言う事を素直に聞く姿に似ていた。
ちなみにフェイトが“ちょっと待ってて”と言ったのは龍野の体育着も持ってきてくれるからだ。
流石にそこまで面倒になるわけにはいかない、と言うよりできるのでその旨を伝えたのだが無駄だった。
最初は抵抗したのだが、なのはと二人で攻め寄られ龍野が折れた。

視線を交互に走らせる。
アリサはフェイトの様子を見つめた後、再び龍野に言った。
現状を最も的確に表している言葉には少しからかいも含まれていた。

「ほんと、随分懐かれたわね」

フェイトがロッカーから二人分の体育着を持って戻ってくる。
龍野はその背後に嬉しそうに尻尾を振る犬を幻視した。
フェイト自身の容姿としては猫なのだが、性格は完璧に犬である。
どうでも良いことだが、なのははあれで中々猫のような性格をしている。
強情な所とかそっくりだ。

「……言わないで」

力が抜ける。
本当に、何故こうなったのか分からない。
机に項垂れた様に突っ伏す龍野にフェイトはまた心配そうに声を掛けるのだった。


****


今日の体育はバレーボールである。
この暑い日にプールでいいではないかとも思うが、変更授業で運悪く日程が重なったらしい。
元々龍野たち生徒に授業内容を選べるわけでもなく素直にバレーに勤しんでいる。
勿論龍野は見学である。水泳なら片手でも何とかなるが球技はどうしようもない。

「えっと、わたしも…」
「駄目、参加する」

そうなるとうるさいのがフェイトだ。
龍野が休むなら、と己も休む覚悟である。
当然、そんなことが認められるはずが無い。
もし周りが許したとしても龍野自身が許さない。
龍野はフェイトの生活を障害したいわけではないのだ。

「フェイトちゃん、流石にそれはあかんで」
「そうよ。アンタ一人でどんだけチームバランスが変わると思ってるわけ」

体育は二クラス合同で、クラス内で5チームはできる。
この場合問題になるのは当然戦力差であり、運動神経抜群のフェイトともなれば引く手あまただ。
体育の時ばかりは、なのはたち五人は綺麗に分かれることが多い。

「でもたつのが」
「平気。見学ぐらい一人でできる」

ちらりとこちらを見るフェイトに参加するように促す。
幾ら何でも見学である。龍野が片手で不自由を感じることはない。
日常生活もできないわけではないのだ。

はやてやアリサから何とかしてくれという視線が来る。
龍野はこの頃良く感じるその手の訴えに言葉を変えた。
フェイトには大丈夫などという言葉は幾ら紡いでも無駄なのである。
それよりも龍野の希望として言った方がそれを叶えようと頑張ってくれるのを学んだ。
つまり、扱い方が分かった。

「それにフェイトが頑張ってる姿を見たい」

言い慣れない言葉だ。
人に何かを要求することに龍野は慣れていない。
しかし効果は抜群だ。

「たつのがそう言うなら、たつのの分まで頑張るね」

フェイトは龍野の言葉に笑顔を浮かべる。
傍で聞いていたら恥ずかしくて仕方ないだろうやりとりをしている自分が分からない。
この純粋な少女はひたすら龍野の心配をしているだけなのだ。
そう分かっているから無碍にすることができなくなる。

フェイトがはやてたちに合流する。
チーム分けを決めるのだろう。龍野は邪魔にならない壁際まで下がって座る。
バレーボールは球の軌道が読みにくい。特に素人がするとなると何処まで飛んでくるかわからない。
逃げる準備だけはしておこうと決める。
ふと視線を上げると真剣な顔のフェイトの背後で良くやったとサムズアップする級友が見え苦笑した。

「……私も見学しようかな」

コートの中では大小グループに分かれて相談をしていた。
バランスが取れるように色々交渉がなされている。
やはりフェイトとすずかに対抗するには如何すべきかが中心議題のようだ。
こういう事は勝負事に熱く負けず嫌いなアリサが仕切る事が多い。

龍野とフェイトのやりとりになのはが呟いた。
なのはは龍野に“頑張って”など言われた事が無い。
彼女がなのはに言うのは大方無理するな、休みを取れといった意味の事だ。
―ちょっと、羨ましいの。
ぽろり零れた本音が見学しようかなという言葉になった。
小さいそれが聞こえたのは側にいたはやてだけだった。

「なのはちゃんなら止めへんよ」

意地悪気にはやてが口角を上げる。
魔法に関わるようになってから、なのはの運動神経は改善されてきている。
それでもすずかやフェイトとは天と地の差である。
なのはがいないくらいなら作戦でどうにかなるレベルだ。

「酷いの!」

親友の言葉になのはは頬を膨らませた。
球技というのは運動神経もだが、経験がものを言う。
任務を優先しがちななのはは、当然他の人よりバレーをした回数が少ない。
バレー部の同級生は言うに及ばず、昼休みに円陣を組んでパスを回している生徒より劣るかもしれない。
はやてはそれを見越してからかいの言葉をなのはにかけたのだった。

唐突に響いた言葉に龍野は首を傾げる。
壁際から音の発生源であるなのはとはやてを見る。
なのはと目が合えば慌てた様子で首を勢い良く振られた。
―平和だなぁ。
目の前の光景に呟く。
この姿だけを見ているととても働いている人間には見えない。
誰もが普通の学生に、女の子に見えた。
それは龍野が一番望んでいる事で、隠し切れない嬉しさに頬が緩んでしまう。

「頑張れ」

コートに入っていく背中に声を掛ける。
とりあえず試合に出られない龍野は級友達を応援する事にした。
振り返った笑顔は少しだけ、罪悪感が薄れていて龍野はまた嬉しくなった。


第八話 end






うむ、日常。
フェイトとなのはの表現は私的好みだ。
はやてに関しては敢えて言わない。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
面白いと言われれば当然気合が入る。
お詫びの一話楽しんで頂けたら嬉しい。
では。




[16056] 第九話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/03/14 13:15


なのは撃墜から二年。
魔法と出会い撃墜までの年数も二年。
つまり、再び疲労のピークは近い。


後藤 龍野、中学生。
相変わらずなのはは無理をしています。




余生におけるある世界との付き合い方 第九話




ことり、と消しゴムが落ちる。
なのはの机から落ちたそれは単に肘に当たって落ちただけだった。
それを見ていた龍野は側まで転がってきた消しゴムを取ると渡す。
なのはは消しゴムが落ちたことに気付き直ぐ側まで取りに来ていた。

ありがとうと笑った顔をじっと見つめる。
付き合いの長さだけならフェイトやはやてより長い。
何より龍野は疲れを読み取るのだけは優れていた。

「なのは」

立ち去ろうとした背中に声を掛ける。
―そろそろ、時期か。
定期的になのはの疲労を取る事はしていた。
命に関わる事件の記憶はないが、何があるかなど分からない。
実際、なのは撃墜については記憶と差異が出た。派生するものも少し変化すると考えていいだろう。
警戒はしないまでも油断する事は出来ない状況なのだ。

「たつの、どうかした?」

少し緊迫感を含んだ声だ。
常に冷静で、怒らない龍野にしては珍しい。
フェイトはそんな声でなのはを呼ぶ理由が分からなくて首を傾げる。
龍野はフェイトには答えずただなのはを見つめていた。
自然とフェイトの視線もなのはに動かされる。

「にゃっ?」

そそくさと席に戻ろうとしたなのはが足を止める。
フェイトには分からなくてもなのはには心当たりがあったらしい。
ピクリと背中を跳ねさせると困った顔で龍野に振り向いた。

「ちょっと、手貸して」
「……はい」

素直に手が差し出される。
以前拒まれた時はその後で思い切り痛く揉んであげた。
少し力の込め方を変えるだけでも中々変化は大きいものである。
勿論、体調を整えるという目的には支障はない。いつもより痛いだけで効果も変わっていない。
その甲斐あってか、なのはは龍野がなのはの体調を見るのを拒まなくなった。
拒めないとも言うがこれだけ無理をする人物になら許されるだろうと龍野は一人納得していた。

龍野はなのはの掌を上にした状態で繋ぐ。親指で掌の中心を押すような状態だ。
微弱に気を流すと、「んっ」となのはの声が漏れた。

「なのは」
「何かな?」

龍野が閉じていた瞼を上げ、なのはを見る。
厳しさを含んだ瞳になのはは誤魔化すように笑った。
―仕方ない。
ここで話していても埒が明かない。
なのはは疲れていることを他人に見せるのを嫌がるし、休ませるためには移動しないといけない。

龍野は席を立つ。
なのはの手は掴んだままである。逃げないようにという措置でもある。
話の展開についていけないフェイトたちはただ二人を見つめていた。

「ごめん、ちょっと保健室行ってくる」
「え?どうかした?」

“保健室”という単語にフェイトが腰を浮かす。
龍野の具合が悪いならば付き添う気なのだろう。その動きを、首を振る事で押し留める。
龍野一人ならば諦めもつくがなのはもいるとなると話は別である。なのはは余り弱さを見せたがらない。
フェイトにはきっと他の人よりは見せているだろうがそれでも見られたくないと言う気持ちに変わりはないと思う。
―難儀な性格だ。
なのはの溜め込む体質に龍野は僅かに顔を顰める。
フェイトにも言えるが困ったものだ。
溜め込んで、溜め込んで限界になると爆発する。
背負うなとは言わないが背負い込みすぎるなとは言いたい。
仕事ならば仕方ない。しかし今は学校で、日常生活の一端なのだ。
それはつまりなのははただの女の子ということで休みが必要なら取れば良い。

「私じゃない」

じとりと隣に立つなのはを見つめる。
僅かに低い位置にある瞳は泳いでいた。
必死で言い訳でも考えているのだろうが逃がす気はない。
なのははいつもこうである。
龍野が無理にでも休ませなければ倒れるまでも働きそうな気がする。
いや、実際一度墜ちているのだから倒れても働いていると言った方がいいのだろうか。

「ほら、行こ」
「にゃはは……」

なのはの手を引っ張る。掠れた苦笑が漏れていた。
余りゆっくりしていてはチャイムが鳴って授業が始まってしまう。
そうなれば悪目立ちすること間違いなしだ。
ただでさえ、なのはは注目されているというのにそんな時間帯に歩きたくない。
色々有名人な幼馴染は慣れているかもしれないが龍野は極普通の一般生徒である。
人の視線を感じないほど鈍くは出来ていないのだ。そして一般生徒のままでありたいと願っている。

教室から出て行く後姿をアリサ達はただ見つめていた。
フェイトは浮かしていた身体を思い出したように戻す。
思ったより力が抜けて、いつもなら出ない大きさの音が出た。
―なんだろ、これ。
フェイトはそっと制服の上から自分の胸に手を当てた。
ぽっかりと空虚な空間が心にできた気分だ。今まで感じた事のないものだった。
喪失感でも、絶望感でも、悲壮感でもない。そんな大きなものではなくて、それでも見過ごせない何か。
分からないのに原因だけははっきりとフェイトにも理解できた。
“置いていかれたから”だ。なのはと龍野に。
あの二人が仲の良いのは前からであるが、事故があってからその場面を目にするのは初めてだった。
思えば龍野とは仕事と自宅以外で離れた事はなくなっていた。
少し-龍野やアリサはこの言葉に猛反対するに違いない-、過保護かなと思うほどいつも側にいて色々手伝ってきた。
それを断られたのは、龍野が優しいのもあってこれが初めてだった。

「アイツも、何だかんだなのはには甘いわよね」
「付き合いも長いし、仕方ないんじゃない?」

アリサが腕を組んだまま呆れたように呟いた。
すずかは僅かに苦笑しながらも、微笑みつつ首を傾げて見せた。
フェイトの耳に二人の声が通り抜けていく。
幼馴染、いつか龍野が言っていた言葉が妙に思い出された。

「あれで助けてるつもりはないって言うんだから笑っちゃうわ」

龍野はなのはを助けている。
それは幾ら龍野が否定してもフェイトたちが判断する事だ。
アリサの言葉にすずかが頷く。
あの二人の関係は昔からこうだったという事のようで、フェイトは更に胸が痛くなった。

「……なのは…たつの」

フェイトの小さな声は授業の始まりを告げる鐘に紛れて消える。
右隣に人がいない。それだけで物足りない気持ちになるなんてフェイトは知らなかった。


****


廊下を歩く。
先ほどチャイムは鳴ったが、教室の前は通り過ぎていたので然程目立つ事はなかった。

「無理しないって約束した」
「無理なんてしてないよ」

保健室へ向かう道すがら小声で話し合う。
龍野の声はいつもより張り詰めていてなのはは苦笑する。
―良く見てるなぁ。
龍野はなのはが任務についている事を知らない。
魔法の存在自体を知らないのだから当然だ。
それなのに誰よりもなのはの体調については敏感で驚かされる。
任務のために少し根を詰めると直ぐに休みを取らされてしまう。

予定を知っているフェイトやはやては何も言わない。
心配してくれているのは分かっているがなのはに任務を減らす気はないのだ。
――自分の力で助かる人がいるならば助けたい。
そう思う事になのはは少しの疑問も持っていなかった。
親友達はそんな気持ちを分かってくれている。だから言わない。
だが龍野は違う。
魔法も、何も知らないから、ただ純粋になのはの心配をしてくれるのだ。

「嘘」
「にゃっ、わざと痛くするのは酷いの!」

ぎゅっと握られて、ずんと何ともいえない痛みが走る。
龍野の手は不思議だ。そんなに力を込められたわけでもないのに痛い箇所を突く。
戦闘の時とは違い、体の奥に響くとでも言うのだろうか。そういう類の痛みなのだ。
逆にどうしようもないほど心地いいことも多くて-むしろほとんどなのだが-なのはは困ってしまう。

「痛いのは疲れてる証拠」

平坦な声で言われてしまい、なのはは言葉を失くす。
疲れてないとは言わない。
それでも龍野に心配を掛けるほどではまだないはずなのだ。
任務のリズムには変化がないし、数が増えたわけでもないのだから。

「うー」

保健室の前に着く。
最後に抵抗にと呻ってみるも龍野には通じない。
今までずっと握られていた手が離されて、扉へと掛けられる。
―あ。
なのはは目の前で扉を開ける背中を見つめる。
離れた温もりが少し寂しい。同時に動かなくなった龍野の左手を今更に思い出す。
彼女は少しも気にした様子を見せなくて、しかも普通に生活をするものだから忘れてしまうのだ。
特に手を使わないものだと気付かない。
なのはの手を握っていてくれた右腕しか龍野は使えないのだ。
そんな当たり前のことを龍野が左手を使わず、右手で態々戸を開けるまで気付かなかった。

「失礼します」

龍野は姿勢良く挨拶をする。
身についてしまった動作とでも言うのだろうか。
こういう目上の人がいる場所に入る時には気が引き締まる。
学校でもそれは変わらなかった。

「なのは?」

動かないなのはに龍野が振り返る。
なのははその視線に小さく頷いてから足を動かした。

「今、行くよ」

歩きながらぐっと拳を握る。
龍野には本当に甘えてばかりだ。
昔からの癖のようなもので、なのはは龍野には無条件に心を預けてしまいそうになる。
―だめ、なの。
頼ってばかりでなのはは龍野に何も返せていないと思う。
出逢いからして甘えていたのだからそれも仕方ないのだろうか。
“振り向いて欲しいなら自分から声を掛ければいい”
龍野から言われた一言は今もなのはの胸に残っている。
誰とでもまずお話しようと思ったのはその言葉があったからだ。
アリサとすずかの間に入れたのも龍野が背を押してくれたからで、それによりなのはは友人を得る事ができた。

この時のなのはの感情を聞いたら龍野は間違いなく否定しただろう。
―助けてもいないし、甘えられてもいない。
そう言い切ったに違いない。
出会いの時の言葉とてなのはが感じているほどの重さは持っていない。
なのはの背中を押したのは事実だが、それからの全てはなのはが全て成した事である。
感謝する事自体存在しないのだ。

「先生、いない」
「そうなの?」
「確かめた」

なのはが入ってくるまで、少し時間があった。
その間に狭い保健室を見回すくらいできる。
ベッドのカーテンも引かれていないし、無人で間違いない。
無用心さに苦笑する。この様子からすれば直ぐに帰ってくるだろう。
だが丁度よかったと言えば丁度良かった。なのはをスムーズに休ませる事ができる。
龍野は何処かぼんやりしているなのはの右手を掴む。
その時ピクリとなのはの肩が震えた気がしたが気にせずベッドへと引っ張る。
睡眠=休息である。
寝ない事には休まるものも休まらないのだ。

「ねぇ、龍野ちゃん」
「何?」

上半身だけ起きた状態で、なのはは龍野を見つめていた。
――珍しくなのはが素直にベッドへと入っている。
それだけで龍野は気分が良くなって、現金な自分に苦笑する。
保健医には自分から上手く言っておこうと決める。

「左手、ごめんね」

なのはの中から出たのはそれだけだった。
ぐるぐる、ぐるぐる回る思考で唯一謝罪の言葉だけが口から飛び出て行った。

龍野はその言葉に虚をつかれる。
まさか今左腕について謝られるとは思わなかった。
何か考える事でもあったかと思うが、とりあえずその言葉は否定させてもらう。

「なのはが謝る事じゃない」

左腕は自分が飛び込んだ代償である。
少なくとも龍野の中ではそうなっている。
なのはに謝られるのはお門違いだ。龍野のほうが申し訳なくなってしまう。

「気にしてるなら、無理しない」

それよりなのはの事だ。
なのはの無理はそれだけで命に関わる。
気を巡らせられるようになってから更に身近に感じられる。

「……わかったの」

返事までの間に苦笑する。
―分かる気なんてないくせに。
結局、無理をする幼馴染に龍野は呆れるしかない。
できる事は何度も言うが休ませることだけだ。
ただゆっくりと流れていく時間が、龍野にはとても大切なものだった。


第九話 end






此処から暫くなのはのターン!
……フェイトは何処行った、おい。
なのフェイが鉄壁なら、なのフェイごと食べてしまえと思った俺が間違いだったか。
この頃なのはに話を食われている気がする。
後悔は尽きないがなのはが思ったより可愛くていいかと思ってしまう。
なのはって魔王だよね、と時々ふと思い出すが仕方ない。
この調子でStSはどうなる事やら。むしろ其処まで続くのだろうか。
甘くなりすぎて、この頃さっさとくっ付けちまおうかと悪魔が囁く。
だがティアナは欲しい……悩む。
ミッドに行っても普通に過ごしていたら一般人なのだろうか。
行かない事にはティアナには出会えないし、というか絶対移住しないだろこの二人。
勢いで進めてきた分、今後の展開で頭の痛い問題が色々増えてきた。
もっとサバサバと関係薄くフェイトに萌える話だったのにおかしい。
鋭意努力しようと思う。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
はやてにはこれから色々暗躍してもらう予定だ。
フェイトの名字については素で間違った。謝罪する。
改題への提案は快く受け付ける。俺にはセンスがない。
また移動の前に、移動する旨と題を報告する。しばらくはここにいる事になると思う。
では、再び感想を待つ。




[16056] ~真夏の大決戦!…なの?~ 前編
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/02/25 23:41


「ふ、やぁ…た、つの…ちゃん…」
「少し我慢」

中から聞こえた声に足を止める。なのはと龍野だ。
常には聞かないトーンとはいえ親友の声を間違えるわけがない。
フェイトは中に入る機会を完璧に失ってしまった。


後藤 龍野、夏休み中。
この際徹底的にやってます。




余生におけるある世界との付き合い方 ~真夏の大決戦!…なの?~ 前編




部屋の中ではなのはがベッドにうつ伏せになっていた。
その背中に乗るのは龍野で、手には道具を持っている。
行われているのは卑猥な情事――では当然なくて、いつものマッサージである。

「やぁ、うんっ…ぁ…」

なのはの背中を揉む。
この間、応急措置はしたが改善はされていない。
夏休みという期間を使って思い切りなのはの疲れをとってしまおうと龍野は考えた。
―止めろとは言えないしな。
なのはが自分で選んだ仕事である。
危険だから止めろなんていうのは職業に対しても、その人に対しても侮辱に値する。
龍野も達信もそう考えている。

「気持ちよくなってきた?」

左手が使えなくなった代わりに、マッサージ器-と言ってもコの字に折れ曲がった棒だ-を使っている。
無機物に気を流しながら使うのはなかなか骨が折れた。
だが使えない左手に文句を言っても仕方ない。
龍野はフェイトがいない日中にこっそりと練習していたのだ。

「う、でも……」
「でも?」

なのはの声は大分楽そうになっていた。
最初凝っていた筋肉が大方解れたからだろう。
棒から伝わる反発は柔らかさを増してきている。
同時に流している気も巡り始めたようだ。

枕に顔を埋めて痛みを我慢していたなのはが顔を上げる。
僅かに染まった頬は少し色っぽい。
段々大人になってきているなぁと龍野は人事のように思った。

「んゆぅ、にゃ…たつ、の…ちゃぁん」

少しくらい痛くても手は止めない。なのはの体は限界だ。
今まで騙し騙し回復させてきたがそろそろ大きく時間を割いてもいいだろう。
龍野となのはたちは最早事故によって固く結ばれてしまった。
自分からは手を出さなかった今までとは違い、ある程度は思い切りできる。
だがミッドチルダに関わるようなことは変わらず避けさせて貰おう。
そう思う龍野に開き直りが入っていないと言ったら嘘になる。

「これ、やだぁ」

枕に半分顔を隠して、なのはが訴える。
起きあがれないのは背中に龍野が乗っているせいでもある。
涙目になるくらいなら転ばしてでも起きればいいのにと思う。
左手が動かなくなったから気を遣っているのだろうかとも考えるが、なのはは前からこんな感じだ。
相変わらず優しい幼なじみに龍野は首を傾げてみせた。

「何が?」
「何がって、その…棒っ…ぅ…だよ」

ああ、と納得する。
今までなのはの体を解す時は龍野の手しか使ったことはない。
良くあるツボ押し器などではまだ幼い体には厳しかったからである。
無機物で押される感覚になのはは慣れていないのだ。

「でも私左手動かないし」

マッサージは左右対称が基本である。
特に背中などの広範な部位を押すときは、同時に揉むことで硬さの違いなどもわかる。
今までの龍野のマッサージもその原則に則り両手で同時に揉んでいた。
だがそこで問題になるのが左腕である。
片手が動かないのでは同時に揉むなどできるわけもない。

「それでも、いいから。龍野ちゃんの…手が良い、のっ」

なのはの瞳に少し涙が浮かぶ。余程痛くて嫌なのだろう。
そんなに可愛く求められては応えないわけにはいかない。
―もうちょっとしたい気もするけど。
嗜虐心からそう思うも本当に泣かれたら堪らない。
龍野はなのはの体からマッサージ器を離す。

「しょうがないなぁ」

じっと睨んで来る瞳に負けた。
なのはが嫌がる棒を側に置いて龍野はそっとなのはの背中に手を当てた。
少しバランスをとる事が難しいが我慢する。
動く右手に体重をかけ、力を入れる。
やはり気を流すのはこのやり方の方が数倍楽だった。

「ふ、ぁあ……」

まるで温泉に浸かったときのような声が出た。
―やっぱり、こっちの方がいいの。
なのははそう思う。
何年か前から定期的に施される龍野のマッサージ。
何故か龍野には疲れが溜まるとバレてしまう。
今回だってそこまで無理をしたわけではないのだが、龍野のセンサーには引っかかってしまったようだ。
柔らかい手に暖かい体温-体温ではなく気なのだが-が心地よくてなのはは頬を緩める。

「た、つのちゃぁん」
「うん、いいよ」

襲ってきた眠気に口が回らなくなる。
癖のように龍野にこうされると眠くなってしまうのだ。
優しい声が嬉しくて、暖かい手が心地よくて、なのはは幸せな気分で目を閉じた。


****


「ふー」

大きく息を吐いて部屋を出る。
片手でやるマッサージは思っていたより難しい。
こういう時だけ不便だなと動かない左腕が恨めしくなる。
なのはは途中で寝たのでそのまま部屋に寝かせてきた。
こういう時でもなければ休まないので丁度良いだろう。
寝ているなら念動を使って両手で揉もうかとも思ったが、両手で揉むのと片手で揉むのでは明らかに感触が違うので諦めた。
起こしてしまっては元も子もない。

「たつの」
「あれ、フェイト」

部屋を出て居間に行く。
するとソファに妙にかしこまって座っているフェイトがいた。
来てたんだと尋ねれば赤い顔に頷かれて、具合が悪いのかと少し心配になる。

「うん」

小さく頷いて、そのまま俯く。
じっと下を向いて一点を見つめるしかできない。
どんな顔で龍野を見ればよいか分からなかった。
―なのはと何してたの?
そう訊くことはたやすいが、帰ってきた答えにどう反応すればよいかがフェイトには分からなかった。

「そっか、ごめん。気づかなくて」
「ううん、いいよ」

どこか沈んだ様子のフェイトに何かしてしまっただろうかと考えるも覚えがない。
待たせていたのは悪いとは思うが初めてのことではないし今更だろう。
だがとりあえず気づかなかったことに謝罪をする。
フェイトは小さく頭を振るだけで気にした様子はない。
これで龍野には完全に原因が分からなくなった。

「その…なのは、は?」
「なのは?部屋で寝てるよ」

ぼっと更にフェイトの顔が赤に染まる。
色白の分、赤が更に目立つ。その変化は良く見て取れた。
今の言葉の何処に頬を染める部分があったのか分からず龍野は首を傾げる。

「そ、そうなんだ」
「うん、疲れ溜まってたみたい」

なのはを見ていると人間が働ける限界について疑問を覚えるときがある。
治癒魔法などもあるようだが、それでも働きすぎは否めない。
―少し、注意するか。
毎回なのはの身体を見た後は思う事だが成果は出来ていない。
溜息を吐きそうになるのを堪えているとフェイトが赤い顔のままじっと龍野を見ていた。
寝ている、というに言葉に心配したのだろうか。
今日寝込んでしまったのはいつもより入念にマッサージをしたせいである。
それを言えば不安も解消されるだろうと思った。

「ちょっと多めにしたせいもある」
「多め?」

ぴくりとフェイトが肩を跳ねさせる。
見えた瞳は忙しなく泳いでいた。
―動揺するほど心配だったんだな。
もちろん、違うが龍野がフェイトの感情を読めるわけもない。
人より感情を読む事には長けているが前提となる情報がきちんとあった場合の話である。
龍野はそれ以上にかける言葉を持たない。素直にフェイトの声に頷いた。

「うん」
「そ、そっか」

再びフェイトの顔が下がる。
――本当に様子がおかしい。
いつもなら気になる事があっても、聞くなり何なりして直ぐに元に戻るのだ。
そう考えてピンと龍野の中に来るものがあった。マッサージである。
フェイトは龍野が降りてくるまで居間で待っていた。
大体そのまま龍野の部屋に訪ねてくる彼女の行動にしては珍しい。
ならばきっとフェイトはなのはがマッサージを受けているのを見て待っていたのだろう。
そしてなのはが受けているマッサージに興味が湧いたに違いない。なのはがしているのだ。
遠慮しがちなフェイトは普通に尋ねるのも躊躇する。
要望となれば更にということは言うまでもない。

「フェイトも?」
「ふぇっ?!」

マッサージをして欲しいなら言えばいい。
だがそれが言えないのがフェイトでもある。
この様子でなのはが起きるまで二人で過ごすのは辛い。
フェイトの動揺を解消するためにも龍野は言葉を紡いだ。

龍野の言葉にフェイトは勢い良く顔を上げた。
驚いている姿に推測を外したように感じるも仕方ない。
そのまま言葉を続ける。

「マッサージ、して欲しかったんじゃないの?」
「ま、っさーじ?」
「うん」

龍野の言葉がフェイトの中で咀嚼される。
マッサージ――身体を揉み解し、疲れを取る行為だ。
種類によってはとても痛いらしい。声が出てしまう事もあるだろう。
自分の知識から情報を引っ張り出す。
そして何となく、フェイトは状況を察した。
たぶん物凄く恥ずかしい勘違いをしていたようだ。

そっと下から龍野を伺う。
龍野の表情は変わらない。冷静にフェイトの様子を見ている。
龍野から言ってくれたのだから、頼んでも困ったりはしないだろう。
何よりなのはがあんなに気持ち良さそうだったから少し興味があった。

「……して貰おうかな」

静々とフェイトは口にした。
こちらを見る瞳に龍野は笑い返す。
そんなに遠慮する必要はないのだ。
龍野自身、彼女達の力になれることは嬉しいし、マッサージ自体も嫌いではない。

「痛いかもしれない」
「たつのなら、大丈夫」

信用されている事に苦笑する。
フェイトの隣に座り右手を出してもらう。
なのはのように全身をするにはスペースが足りない。
時間潰しのようなものだし、最初だからこれでいいだろう。

「そっか。痛かったら言って」
「わかった」

出来るだけ痛くないようにしよう、と龍野は思う。
なのはは今でこそ最初から気持ち良さそうだが、初めて行った時は痛そうだった。
小学生とは思えないほど凝っていたせいもあるのかもしれない。
だがその条件は仕事をしているフェイトにも当てはまるのだ。
ゆっくり、優しく龍野は力を込め始めた。


~真夏の大決戦!…なの?~ 前編 end






勢いでやった。後悔はしていない。自己満足だ。
しかも後編に続く。タイトルは気にしないでくれ。
修羅場を匂わせるのはきっと気のせいだ。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
見逃しているものが多々あったようで助かっている。
ミッド移住までは遠い道のりだが、頑張りたい。
暫くは平和?な百合を楽しんでくれたら嬉しい。
では。





[16056] ~真夏の大決戦!…なの?~ 後編
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/03/14 13:17


「や、たつのぉ……」
「ごめん、痛かった?」
「だいじょ、ぶ」

なのはは扉の前で足を止めた。いや、動かなくなった。
漏れ聞こえてきたのは龍野とフェイトの声だ。
聞き間違えるわけなどない。

「何、してるのかな……?」


後藤 龍野、夏休み中。
もしかしたら最大級の地雷を踏んだのかもしれません。





余生におけるある世界との付き合い方 ~真夏の大決戦!…なの?~ 後編





「ん、あ」

―温かい……。
龍野の手が触れて、不思議な感覚に包まれる。
右手だけを龍野の膝に乗せている状態は初めてだった。
フェイトの手へとゆっくり、やんわり力が込められる。
凄く丁寧に扱われているのが分かってフェイトは嬉しくなる。

「大丈夫?」

心配そうにこちらを見る龍野にフェイトは小さく頷く。
痛くなどない。心地よさに声が出たのだ
なのはは声を漏らしていたがそこまで大きい刺激ではなかった。
初めてだから加減がされていることは容易に想像がつく。

「うん、平気だよ」
「そっか」

嬉しそうな横顔だなとフェイトは思った。
龍野といる時間は増えたが余り見ない表情である。
フェイトには龍野の表情が分かるが同級生には無表情に見える人もいるらしい。
不思議であるが、それを言うとアリサには呆れた顔で見られた事が記憶に新しい。
同じくらいの力で確かめるように触れられた後龍野に顔を上げて言われる。

「もう少し、強くする」
「わかった」

右手だけなのに龍野の手は凄く細かく動いた。
フェイトは真剣な顔をずっと見ていた。
溢れてくる感情は何を示しているのか分からない。
ここ数ヶ月で一気に仲良くなった人物は一緒にいるとただ心地よくて、事故のことなど忘れてしまいそうになる。
そしてだからこそ動かない左手を思い出す度悲しくなる。

「たつの、いつもなのはにマッサージしてるんだ?」

ふとした疑問を口に出す。龍野は“フェイトも”と言った。
なのはにもこれを施しているはずで、しかも口調から一回ではないはずだ。
フェイトとなのはの間に知らないことは多くない。
だが龍野と何をしているかなど、以前のフェイトには興味がなかったため仕方ない事である。

「時々」

フェイトの疑問に龍野は素直に頷いた。
視線は変わらない。ひたすらにフェイトの手である。
マッサージに一生懸命なのは理解できるが少し寂しく感じた。

「そっか」
「なのはは、昔から疲れを溜める癖がある」

静かな部屋にフェイトと龍野の声だけが響く。
何時訪ねてもこの家は基本的に無音に近い
時折、強く鳴いた蝉の声や通り過ぎる車の音が聞こえるのみだ。
静謐な空間は二人で過ごす分には気にならない。
ただ一人で過ごすとなると寂しくないのだろうかとフェイトは思う。
実際さっきまでの一人の時間は-その前の状況もあるが-フェイトに寂寥感をもたらしていた。

「……無理しがちではあるね」

龍野の言葉に苦笑する。
なのはは自分の目から見ても働きすぎな所がある。
その目的も欲求も分かる為、止める事はできない。
手伝える事は手伝いたいが親友の性格からしてそれも少ない。

「だから練習代わりにしてた」

龍野の言葉に首を傾げる。
練習というのは目的があってするものだ。
なのはの疲労を取る以外の目的があったのだろうか。
―実際この時のフェイトの感想は当たっている。
龍野の目的はなのはの疲労を取る事であったし、フェイトに練習と言ったのは気を遣わせないためだ。
仲の良い親友からなのはに漏れたのでは今まで隠した意味がない。

「練習?マッサージ好きなんだ?」
「必要だった」

淡々と答える姿は見慣れたものだ。
龍野は必要なことしかしないが、それらに関しては手を抜かない。
掃除も洗濯も気づいたときには終わらせられていて手伝わせてもくれない。
動かない左腕で家事をこなすことは大変だろうにフェイトにはそれが僅かばかり不満である。

「そっか…っ…」
「痛い?」

ピリッと少し違う感覚が走る。
痛み、ではない。こそばゆいような感覚だった。
手を止めている龍野に笑顔をつくる。

「ううん、大丈夫」

フェイトの言葉に龍野は押し黙ってしまった。
何か気に障ることをしただろうかと心配になる。
たつの、と声を掛けようとした所で顔が上がる。
見えたのは僅かに眉を顰めた顔だった。
―怒ってる?
そうだとしたらとても悲しくなる。
フェイトにはその原因が少しも分からなくて困惑するばかりだ。

「なのはもだけど、フェイトも結構酷い」

龍野は呆れる。
なのはの身体を長年診て来た。ありえないと思っていた。
あの若さで溜まるべきでない量の疲労が蓄積されていた。
魔法に関わりたくなかった龍野が定期的に回復しなければならないと決心してしまうほどの酷さ。
なのは以外で見る事のないと思っていた出来事が目の前に再び現れたのだ。
自然と機嫌も悪くなる。

「そんな事ないけど」

フェイトは龍野の言葉に首を傾げた。
疲れが溜まっていると言われてもフェイトに心当たりはない。
なのは程働いているわけでもないしはやて程あちこち飛び回っている訳でもない。
執務官という職務は思いの外、融通が利くものだった。
龍野のことで休みを取るようになってから気づいた事実である。

「気づいてないだけ」

龍野はゆっくり気を巡らせる。
急激な変化は何事も体に負荷をかけることになるからだ。
凝り固まっている疲労を一つ一つ徐々に解き解す。
繋がっている腕から体の中心、そして末端へと伝えるイメージだ。

「や、たつのぉ……」

多めに気を回した事で変化に気付いたのだろうかフェイトの声が上がる。
龍野の耳に馴染んだ、心地良さそうな声である。
いつもはなのはから漏れるそれはフェイトでも同じようだ。
少しの恥ずかしさと安心感が溢れる。
この声を聞くのは未だ恥ずかしいが気持ちいい事も同時に証明されているのだ。

「ごめん、痛かった?」
「だいじょ、ぶ」

段々とフェイトの体から力が抜ける。
初めてのことに緊張していた体が馴れ始めたのだろう。
確かめるように垣間見た表情は緩んできていた。

「これくらいが丁度良い?」
「うん、気持ちいいよ」

分かってはいたが一応尋ねる。
身体を解すというよりも気を回すことに意識を集中する。
魔法では直せないような蓄積された疲労を回復することが目的である。
特に成長が止まるまでは肉体を弄りすぎるのは良くない。
そういう面から考えても管理局の就業年齢の低さは問題だろう。
子供の内から働く事が身体へ影響するのは地球でも確認されている。
科学の面も進んでいるミッドチルダがその事を知らないはずがない。

「んぅ、ごめん…なんか、眠く」
「いいよ」

眠くなるのは当然である。
溜まっていた疲れを気で解きほぐしているのだ。
押し留めていたものが普通より多い分、解き放たれれば強い眠気として襲う。
なのはがいつも眠ってしまうのと何も変わらない。
そして同時にフェイトの体にあった疲労が多い事を表している。

「おやすみ、フェイト」
「ん」

密やかに息が静まっていく。
穏やかに一定のリズムを刻むそれは龍野の気持ちも落ち着かせる。
安らかな表情を壊すものがないのを祈るばかりだ。
―言えた立場じゃないか。
その顔を崩し、幸せな日常に重石を投げ込んだのは龍野である。
ただでさえ脆い足場の上に立つ少女に罪悪感なんて錘を科したのだ。
龍野は自嘲するように優しい寝顔に微笑んだ。

フェイトを起こさないようにそっと手を離す。
夏とはいえ薄掛けくらい持ってこなければ風邪を引いてしまうだろう。
足音を出さないように意識をして居間を出る。
昔ながらの木の扉が軋まないように注意を払う。


****


「龍野ちゃん」
「あ、なのは」

布団は龍野の部屋においてある。
この家で使うのはほぼ龍野だけである為問題はない。
一枚ずつではあるが様々な種類のものが置いてあった。
そうすることで収納庫に取りに行く手間を省いているのだ。

龍野が部屋に戻るとなのはは既に起きていた。
ベッドに腰をかけている様子は何処か先ほどまでのフェイトと被った。
俯けた顔に暗さを見て首を傾げる。

「どうかした?」
「フェイトちゃんにも、してたの?」

ぼそりと呟かれた言葉は静かな部屋に充分に響いた。
フェイトに“も”していた。その言葉に当てはまるものを龍野は一つしか知らない。
とりあえず薄掛けの仕舞われているクローゼットを開き、目的のものを手に取る。
夏も盛りの時期であるので薄掛けは多めに入れてあった。

なのははその背中をじっと見つめる。
龍野は人の感情を読むのが得意だ。
文章においても日常においてもそれは変わらないと思う。
的確になのはに色々な事を教えてくれる。

「マッサージの事?」
「うん」

かちゃりと軽い音とともにクローゼットが閉まる。
龍野がなのはに振り返る。その手には涼しげな藍色のタオルケットがある。
普通の色より少し深いそれは龍野に似合うとなのはは感じた。

「してた」
「……そっか」

淡々と答える龍野の声に「やっぱり」となのはは小さく呟いた。
扉の前で聞こえた声はやはり聞き間違いではなかった。
万が一にも間違えるとは思っていなかったが、なのははその可能性を信じたい気持ちだったのだ。

なのはの心情は微妙である。
フェイトの疲れが取れる。それはとても喜ばしい事だ。
この頃は減ってきているとはいえ執務官という職務はなのはより責任が伴う。
判断しなければならないことも多いだろうし、きっと疲労の蓄積も早い。
―フェイトちゃんの方がしてもらった方がいいの。
なのはの理性は確かにそう告げている。
龍野から二ヶ月に一回も無いくらいではあるがマッサージを受けているなのははその効果を実感している。
まず体は軽くなる。魔力の運用もいつもより上手く行っている気さえする。
レイジングハートに聞くと効率よく回せているのは間違いないようだ。
だが、もやもやする何かがなのはの胸には存在していた。

「フェイトもなのはと同じくらい酷い」

僅かに険しい顔で龍野はなのはに告げた。
持っていたタオルケットを左肩にかけた姿は良く見る。
左腕が使えないから布一枚だとこうやって運ぶ事があるのだ。
右手で持ちながら移動も出来なくはないが面倒くさいらしい。

なのはは藍色の薄掛けから視線を下げる。
左手首に収まっているのはフェイトが退院祝いにプレゼントしたリストバンドだ。
律儀な性格の龍野はきちんと毎日それをつけていた。
何故か、それを見ていられなくてなのはは視線を逸らす。

「フェイトちゃんも忙しいから」

なのはは苦笑した。
魔法を知らない龍野に任務とは言えない。
習い事ということになっているが余り重なりすぎれば変に思うだろう。
幸いな事に龍野から疑問を呈された事はないが適当な事は口に出来ない。

「なのはも、フェイトも頑張りすぎる」
「そんなことないの」

龍野がなのはの側に寄る。ベッドに座ったなのはの頭は低い位置にある。
頑張っている事の褒美のように柔らかい手が髪を撫でた。
なのはの表情が少し緩む。
するすると指の間を通る感覚は心地よい。
ある程度の長さを持つ髪だからこそ感じる事のできるものだ。

「このままだったらフェイトもなのはと同じようにしないといけなくなる」
「そう、だね」

龍野の言葉になのはは再び顔を強張らせた。
――分かっていた。
優しい龍野がフェイトの身体を診たらどう思うかなど容易に想像できる。
そしてそうして貰った方がフェイトにとっても良いに決まっている。
どういう能力、または勘なのかは知らないが龍野は疲労というものに関して敏感だ。
分かっていた。分かっているのに何かが同意するのを引き止める。
その意識が表面に出てしまう。なのははいつの間にか龍野の服の裾を握っていた。

「なのは?」

自分を引き止める感覚に龍野は首を傾げる。
視線を下げるといつかのフェイトのように服の裾が確りとなのはの手に収まっていた。
―どうしたんだろ。
心当たりがない。これまた先ほどのフェイトと同じ状況だ。
眠るまではいつもと何も違わなかったし、怖い夢でも見たのだろうか。
頭を働かせるも答えは出ない。

「え、あっ…その、ごめんね」
「別に構わない」

今気付いたようになのはが驚いた顔で手を離す。
龍野はその姿に再び首を傾げたくなるが堪えた。
なのはの様子が本格的におかしいと思ったからである。
じっと見つめると慌てた様子でなのはが言葉を紡ぐ。

「あの、フェイトちゃんそんなに酷いの?」

なのはが苦し紛れに聞いた言葉に龍野は納得する。
親友に疲労が蓄積しているなどと言われて心配しない幼馴染ではない。
言い方を間違ったと自責する。
酷いと言っても命に関わるわけではないし、なのはよりは良い。
恐らく任務数の差と休みを取る頻度の問題ではないかと龍野は推理した。
なのはは変わっていないがフェイトが仕事を減らしているのは目に見えて分かる。
フェイトが今の生活を続けるならもう一度気を巡らせたらする必要はなくなるだろう。
だがそんな事は龍野しか分からない上、先ほどの言い方では誤解するのも無理がない。

「酷い状況だっただけで、今の生活ならたぶん大丈夫」
「そうなんだ」
「うん。フェイトはなのはと違って休んでくれてるから」

龍野の言葉になのはは苦笑しか出来ない。
フェイトが休みを取るようになったのは間違いなく龍野のお蔭だ。
最初は左腕が使えなくなった龍野の世話をするために休みを取っていた。
それはどちらかと言うと義務染みたものであったが、直ぐに自主的なものに変わる。
元々休まない人物だったので有給は溜まっていたのだ。
なのはとてそうしたかった気持ちはある。フェイトに負けず劣らず休みは溜まっている。
だがなのはの中にはフェイトの分まで任務を続けなければならないという感情もあった。
―苦しんでいる人や困っている人を助けたい。
その感情は二人に共通するものだ。
フェイトが休むのは仕方ない事である。また龍野の側にいてくれている事で安心できる。
だから親友の分までなのはは働かなければならないと思っていた。

「もう一回くらいで大丈夫」
「良かった」

なのはは笑顔になる。
フェイトの体調の事もだが一回で済むということに対しても、ほっとしていた。
龍野のマッサージは今までなのはしか知らなかった。
施されるのが龍野を訪ねた時だからである。それが今回初めて知られてしまった。
しかもこれからも続ける必要があるかもしれないというのである。
今まで独占してきたものが奪われる。それは対象が何であれ喜ばしいものではない。
――独占欲。
なのはの胸に渦巻いていたのはそれに違いなかったのだが、この家にいる人間でそれを知る者はいない。
フェイトはなのはにはトコトン甘い上、寝ている。
なのはは感情、特にそういう方面には疎い性質だ。
そして一番鋭い龍野はなのはの胸にそんなものが生まれている等、露にも思っていなかった。


~真夏の大決戦!…なの?~ 後編 end








前後編なので連日投稿にしてみた。
色々種を蒔いておこうと思う。勿論百合の。
さてそろそろ話を進めたい。
自己満足の百合分はこの前後編で大分補給した。
こんなに溜め込むなのはじゃ、いつか刃傷沙汰を起こす気がするが気にしない。
きっと便利で免罪符な非殺傷設定だ、きっと。
……爆発しない事を祈る。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
勢い話だが気に入ってくれたようで嬉しい。
百合の良さとフェイトの可愛さが伝わってくれれば僥倖だ。
魔法のばらし方については悩み中だ。
恋人になれば教えてくれるよな、とか血迷った事も考えたがティアナのためにそれはできん。
頭の中で試行錯誤してみる。
では。





[16056] 第十話
Name: Fath◆282e9af7 ID:4cd174a0
Date: 2010/05/30 07:18


強さに憧れる。
忠誠を貫き通す姿勢に憧れる。
振るわれる剣筋は流麗で、ただ歩く姿さえ凛としている。
そしてその根本を流れるのは炎のように熱い情熱で。
つまり彼の人は龍野の憧れであった。


後藤 龍野、翠屋でお茶中。
現れた人に一瞬で目を奪われました。




余生におけるある世界との付き合い方 第十話




見つけた姿に声を掛ける。
その人を見上げる龍野の瞳はフェイトが見た事がないくらい輝いていた。
少し悔しくなる。龍野と知り合ったのはフェイトの方が先であるのにこんな顔を向けられた事はない。

「シグナムさん」

ハキハキとした声で龍野はシグナムに声を掛けた。
自分より僅かに高い位置にある顔を真っ直ぐに見つめる。
初めて目にした時から憧れの人は何も変わらないままだった。

龍野がシグナムを初めて見たのは実を言うとかなり早い。
シグナムがA‘sの最初の方、剣道場に指導に行っていたのは知っていた。
それが家の近くだったため龍野は何度かその姿を見ているのだ。
ぴんと伸ばされた背筋も、凛と歩く姿も騎士というに相応しく龍野は目を奪われた。
一度、道場の師範に見学までさせてもらった。
その時指導のため振っていた竹刀はそれでも龍野の目にはとても綺麗に見えたのだ。

「ああ、龍野か」
「はいっ」

桜色より濃いピンクが揺れる。
目線があって龍野は大きく返事をした。
シグナムの隣にいるはやてが僅かに呆れた表情を見せた。
だが龍野は気にしない。

「相変わらずやな、龍野ちゃん」
「はやて、お疲れ様」

挨拶は返してくれるものの視線はシグナムに固定されたままだ。
はやては苦笑する。毎回龍野の態度には驚かされる。
龍野がシグナムと話したのははやてと話すようになってからである。
その最初から龍野のシグナムに対する態度は変わらない。
敬愛とでも言うのだろうか。まるで尊敬する上司を見るような憧れの眼差しがあった。

龍野がシグナムの姿を見つけたのは店に入ってくる時である。
休日という事で龍野は一人で過ごす予定だったのだが、フェイトが予定を詰めてきた。
幾ら一人でも大丈夫と言っても聞かない事の一つである。
フェイトが無理ならばなのは、なのはも無理ならばはやて、アリサ、すずかにまで話は行く。
流石にそこまでしてもらうのは申し訳なさ過ぎるので断っている。
というよりはやてやアリサ、すずかは話を合わせてくれるので一人でいる事もできる。
話の分かる友人に感謝だ。

「む、シグナム」

龍野の側にフェイトが歩み寄る。
シグナムの姿にフェイトは僅かばかり頬を膨らませた。
フェイトとて龍野がシグナムに憧れている事は知っている。
だが二人だったのに放っておかれて機嫌を損ねない人間はいないだろう。
彼女は出入り口に近い場所でフェイトとお茶をしていたのだ。なのはは任務でいないため二人である。
一緒にいる時間は増えたが外に出かける事はとても少ない。
二人で遊びに行くということに浮かれていたフェイトだったが、シグナムのせいで機嫌は急降下している。

「テスタロッサ」

可愛く睨んでくる視線にシグナムは苦笑した。
その姿は隣で龍野の姿に呆れているはやてそっくりで、主従が似ると言う言葉の信憑性を増した。
フェイトはシグナムにとって何度か戦った相手である。
シグナムは主のために、フェイトは友達のために刃を交えた。
久しぶりに熱くなれる戦いの相手が龍野のことになると様変わりするのだから驚く。
事件の後、戦闘中とは違う性格も知ったつもりではある。
だがこの数ヶ月で登場した龍野という少女が関わるとフェイトはまた変化する。
その差異にシグナムはまだ慣れていないのだ。

「今日はお茶ですか?」
「いや、土産を買おうと思ってな」

フェイトにシグナムが言葉を返す前に龍野は尋ねる。
丁寧に姿勢よく言葉を交わす姿は周りから見たら堅苦しいだろう。
しかし龍野にはそれくらいが丁度良かった。
周囲にいるのは普通より近づきたがる人物ばかりである。嫌ではないが困る事はある。
そんな龍野にとってシグナムの態度は前世を思い出させてくれる。
シグナムは剣を振るうだけあって立ち居振る舞いが確りしている。
ブレが少ないのが素人に毛が生えた程度の龍野にも分かった。

「フェイトちゃんは龍野ちゃんと一緒にお出掛けか?」
「うん、買い物のついで」

龍野がシグナムと話すのを見てはやては黙っている親友に声を掛ける。
暇つぶしと見つめられている家族を助けるためだ。
じっとシグナムを見ていた視線がはやてに移される。
親友の問いかけにフェイトは素直に答えた。

今日は日常品の買出しに町に出ていた。
龍野一人しか過ごしていない-この頃はフェイトたちがいる時も多いが-家とはいえ、消耗品は減るものである。
そういうものに限って日常に使うものであるため避けることも出来ない。
従って荷物持ちに立候補したフェイトと龍野は外出していた。
今はその帰りであり、龍野がフェイトの疲れを労っていた所でもある。

「家族にですか?」
「ああ」

龍野がにこりと笑う顔は非常に珍しい。
フェイトがその横顔を見る。はやてが二人を見る。
複雑な状況に何となく頭を抱えたくなった。
―面倒くさいなぁ。
龍野がここまで好意-敬愛の類のようだが-を表すのは珍しい。
はやても何年か机を並べているが学校では見たことのない表情だ。
シグナムの何が龍野にそんな顔をさせるか分からないが問題はそこではない。

「お疲れ様です」
「龍野も買出しご苦労」
「いえっ、必要なものですから」

キラキラ輝く視線は憧憬に違いない。
達信も龍野も根本的に正義に篤い。人を助ける事に疑問を感じる人物でもない。
なのはと関わっていたら危ないと知っていたのに交友関係を続けた時点で冷酷にもなれていない。
助けられるなら助けたいと思い、できるならしたいと思う。そういう素直な本質を持っていた。
そして人の縁に薄かった前世で羨ましく思えたのが武士道や騎士道、つまり主人に仕える道であった。
一人のために命を掛けられるというのは凄まじいことである。
少なくとも今まで龍野はそういう人物にあった事がない。
掛けてよいと思ったことは無く、また掛けている人物とも出会わなかった。
それは現代日本において全く平常のことである。

今までいなかった存在、それがシグナムである。
主のために魔力を蒐集する事が良いとは言わない。
だが悪に染まってでも主人の命を助けようとする姿に龍野は心打たれた。
最敬礼をもってしても足りなり敬意を龍野はシグナムに感じていたのだ。
自分には為せない事を為す人物に人間は憧れるものである。

「むー」
「まぁまぁ、いつものことやからな?」

呻るフェイトを宥める。
だが改善の様子は微塵も見られない。
これは早急に撤退するのが一番の状況のようだ。
はやては隣に立つシグナムを見上げると注意を引いた。

「ほら、皆待っとるし早く買って帰ろか」
「はい」

はやての言葉にシグナムが頷く。
龍野は何も言わずシグナムとはやての会話を見ていた。
今日会えただけでも運が良いのだから引き止める気はない。
フェイトとのお茶を中断してしまったことに龍野自身後ろめたさを感じてはいる。
僅かに視線を動かし隣を見れば、変わらず拗ねたような横顔があった。

「テスタロッサと仲良くな」
「はいっ」
「ではな」

龍野が大きく頷く。フェイトもこればかりは頷いていた。
シグナムは軽く手を上げると先に進んでいたはやての元へと向かおうとした。
その背を真剣な瞳で見つめていたフェイトは声を掛ける。

「また会いましょう」

フェイトの言葉に足を止める。
『今度、模擬戦をお願いします』
飛んできた念話は彼女らしからぬほど好戦的だった。
フェイトは戦闘中こそ攻撃的な技ばかり使うが基本的に争いは好まない。
戦闘以外では見せないその性質が覗いたのは龍野が関係しているからだろう。
だがシグナムとてフェイトとの戦闘は数少ない心燃えるものである。
回避する必要はなかった。

「……ああ、楽しみにしている」

去り際に微笑みを漏らす。視線がぶつかり合った。
その意気はシグナムにとって嬉しいものである。
次にミッドチルダで合間見える時が楽しみであった。

「カッコいい」
「たつのはシグナムが好きなの?」

去る背を見つめる。
自然とはやてのエスコートをしていく姿は確かに格好良かった。
その姿がフェイトには少しだけ、気に入らなかった。
龍野の隣にいるのは自分であり、これからお茶を続けるのも自分だ。
視線を遮るように龍野の顔を覗き込む。
そうすれば龍野が自分を見てくれるとフェイトは知っていた。

「憧れる。色々と」

龍野はふと微笑を零す。
好き嫌いで言われれば恐らく好きに違いないが、それより憧れなのだ。
龍野には力がない。前世から変わっていないがこの世界でそれは更に浮き彫りになる。
フェイトを守る力もなのはを助ける力もない。できる事はサポートが精一杯である。
きっとそれだけで充分だと言うに違いないのも分かっていた。
もしシグナムのように信念に従い、己の剣で道を切り裂ける力があったらと考えてしまうのだ。

「うー」

その言葉が気に入らないのはフェイトである。
―わたしだって、模擬戦なら勝つ事あるんだけどな。
内心そんな事を思うが龍野に言えることではないので口を閉ざす。
だが遣り切れない感情は確りと胸のうちに溜まり、拗ねた子供のような声を上げさせる。

フェイトの声に龍野は苦笑した。
画面の中で彼女のこういう姿を見ることは限りなくなかったのだが、今は違う。
表に出す事は少ないが拗ねる事もあるし、怒る事もある。
生身の人間として感じる彼女達が龍野には心地よかった。
誰も彼もが人間だ。短い尺で見えない箇所にはそういうものが詰められている。

「ごめん、急に席を立った」
「……いいよ」

フェイトに謝り座っていた席へと手を引く。
ぴくりと肩が跳ね、僅かばかり空気が緩む。
元からフェイトはこういった怒りが長続きしない人物だ。
素直に謝れば許してくれるし、放っておいてなら構えば機嫌は良くなる。

「お詫びに何かする」

いいと言いつつフェイトの顔は逸らされたままだ。
典型的な拗ねを見せられ納得できるほど龍野の肝は太くない。
憧れのシグナムのことになると抑えが利かなくなるとはいえ悪いのは龍野である。
代替案を提案する事は当然とも言えた。
少しの間フェイトはじっと考え込むが、やがて金の髪を揺らしながら首を振った。

「たつのに負担はかけられない」

龍野にして貰いたいことは実を言うと結構あった。
もっと頼って欲しいとか、手伝わせて欲しいとか、またこうやって出かけたいとか。
色々あるにはあったのだが押し付けるには忍びない。
龍野の左腕はフェイトのせいである。それなのに龍野に何かしてもらうことは違う気がした。

「大丈夫」

フェイトは遠慮しすぎる性質がある。
頼みごとの種類にも寄るが負担になどならない。
それにフェイトがそこまで負担になるようなことを頼んでくるとは考え辛かった。
何より左腕麻痺のことを本人より気にしているのは丸分かりであり重荷にもなっているだろう。
だからこそ、叶えてあげたいと龍野は思う。

「フェイトのお願いなら少しくらい負担でも構わない」
「本当?」
「うん」

言葉を続ける。
正直な性格のフェイトより搦め手には分が有った。
上目遣いに見上げてくる視線に頷く。
パァッとフェイトの表情が明るくなり、龍野も嬉しくなる。

「なら、泊まりにいくね」
「意味がない」

だが告げられた願いの内容はお詫びには到底ならなかった。
むしろ負担になるのはフェイトのほうである気がする。
龍野の家に泊まりに来るのは初めてではないし、得があるものでもない。

ばっさりと龍野はフェイトの言葉を切った。
しかしフェイトは譲らない。一緒にいる時間が増えたとはいえ、ずっとではない。
フェイトとしても為したい仕事はあるので度々ミッドチルダには向かわなければならない。
できるだけなのはと交代するようには組んであるが無理なときも当然ある。
なのはは執務官ではなく隊に所属しているのだから、そこまで便宜を図ってもらうわけにはいかないのだ。
結果として龍野が家に一人という事は多々とまでは言わなくても存在するのだ。
そしてフェイトはそれが気がかりだった。

「あの家に一人はダメだと思うんだ」
「そんな事ないけど」

静かな家、一人では大きな家。
気が紛れるものが少ないあの家では寂しさが増幅されてしまう。
フェイトはそう思う。
フェイトの家にはいつも誰かがいる。なのはの家だってそうである。
一緒に住んでいるのだから当然だ。
龍野の家はそれがない。帰った時に誰もいないのはきっと悲しい事だ。

「ダメ、いつもは何もさせてくれないからわたしがする」

それに手伝いをしに龍野の家を訪れているのに何かをさせてくれた事はない。
家事はいつの間にか終わらせられているし、ご飯だって作ってもらうときが多い。
したいと言っても龍野は駄目と断るだけなのだ。

はぁと龍野は大きく溜息を吐いた。
本当にお詫びにはならない内容ばかりをフェイトは求める。
家に一人でいるのは慣れているし、念動を使えるので別段困らない。
家事だって苦ではない性質なので気にする必要はないのだが彼女にそれは通じないようだ。
今度別に何かお礼を用意しようと龍野は密かに思った。

「フェイトが大変なだけだと思う」
「いいから、させて欲しい」

無駄だろうなと思いつつ言葉を続ける。真剣な目で返された。
ぎゅっと握られた拳には力が入っていて譲る気がないのが分かる。
ちらりと話を変えられるものがないかと周囲を見回すもここは翠屋である。
なのはが飛び込んで来たりしない限り転換は望めない。
そして任務で出て行ったなのはにそれを望むのは酷である。

「それがお願い?」
「うん」

小さく微笑む顔は嬉しそうで、本当に望みであると伝わる。
フェイトの願いならば龍野に断る事はできない。
何より自分のためにしてくれた事に龍野は弱いのである。
しぶしぶと頷く。フェイトの顔がまた明るくなった。

「……わかった」
「ありがとう」

―休んでくれた方が嬉しいんだけど。
この分ではそうさせてくれそうにない。
泊まりに来るのは止めない。もう諦めている。
ただなのはもフェイトも休みに来て欲しいと龍野は思っていた。
泊まりに来られると言うのは任務を休んでいるという事である。
つまりは休日なのに、幼馴染も金の少女も龍野の家で働こうとする。
お節介は酷くなるばかりで収まる様子を少しも見せない。
仕方ないなぁとこの頃多くなった諦めを龍野は噛み締めた。


第十話 end








シグナムのためだけの話のような雰囲気。
だがフェイトは外せない、外さない。二人には本編同様、色々ライバルでいてもらう。
頭の中で、なのフェイルートとはやてルートとアリすずルートが出来ている。
アリすずはアリサとすずかがくっ付くだけなので悪しからず。
はやてルートははやて色々悪巧み。これが一番自然かも。
なのフェイは、甘い話がずっと続く。これは俺が書くのが厳しい。
ま、結局ヒロインはフェイト何だが。今のままで進むとフェイトより先になのはとくっ付きそうで怖い。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
XXX行きの話が実はあったりするが、見たいだろうか。
駄文過ぎてお蔵入りしたのだが気が乗ったら投稿するかも知れん。
では。




[16056] 第十一話
Name: Fath◆282e9af7 ID:596316fd
Date: 2010/05/05 13:01


鳴りっ放しのアラートに危機感さえ覚えなく成り始めた。
人間とは慣れる生き物である。
それは長所でもあるがまた短所、油断にも繋がる。

後藤 龍野、在宅中。
雪の少女との三度の邂逅は夢の中でした。




余生におけるある世界との付き合い方 第十一話




目を開けたら白い空間だった。見覚えはある。
今まで二度しか訪れてはいないが、印象は焼き付いている。
自分が死んだ時に訪れた場であるのだから当然だろう。

「余程お前とは縁があるらしい」

後ろから呆れたような、また可笑しさをかみ殺したような声が響いて龍野は振り返ろうとした。
だが体が動かない。自由になるのは瞳と声だけで身動きは取れなかった。
少女の―忘れもしない雪色の少女だ―声が戸惑う龍野の耳に届く。

「見るな。我の姿を見ていいのは死人のみだ」

淡々とした声に納得する。
確かに達信としても龍野としても少女の姿を見たのは死んだときだけだ。
一回目は達信の終わりに、二回目はフェイトとの事故のときに此処に来た。
今、見たならば自分は再び死んだ事になるのだろうかと思い背筋を悪寒が走る。

「そうか」

冷静に努めようと思うも声が震える。
死が唐突に訪れる事は知っていたつもりだ。
しかし実際にそういう場面に立つとやはり違う。
慣れはじめた世界-しかも暖かな-から放り出されることは今の龍野には恐怖でしかない。

「なに、今回お前はまだ死んでいない。そんなに心配するな」
「それは良かった」

少女の言葉に胸を撫で下ろす。
動ける状態だったら座り込んでいただろう。
金縛りのような状態は龍野の体に直立しか許さない。
動かない身体を、冷や汗が伝っていく。

「焦ったか?」
「当然だ」

くつくつと楽しそうな笑い声が漏れる。
あの無に近い表情で薄い笑顔を浮かべる姿が明瞭に像を結ぶ。
思ったより違和感の少ない光景だった。

突然“死んだ”と言われて焦らない人間がいるだろうか。
前二回は死んだ理由も原因も充分に分かっていた。
記憶の混乱は多少あったが、焦るほどではなかったのだ。
だが今回は違う。普通に家で床に就いた所で記憶は終わっている。
とうとう、侵入した強盗にでも刺されたかと現実離れした思考で考えた。

「中々楽しそうな余生でよかった」
「あー、退屈はしないな……」

今までの日々を思い出し龍野は苦笑した。
アラートが鳴りっ放しで、常に危険が身に纏わりついてはいるがつまらなくはない。
つまらなくても安全な方が龍野としては嬉しいが文句は言えないだろう。

「あの世界に転生させてくれたことには感謝している」

浮ぶ顔は幼馴染に金の少女、級友達だった。
全て生まれ変わったから出来た絆であり、掛け替えのないものだ。
危険と比例する所だけは頂けないが彼女達がいなかったら楽しさは半減していたに違いない。
だから龍野は素直に感謝の言葉を口にした。
達信の終わった人生を龍野として繋げてくれた事をありがたく思う。
生き抜けるかは未知数にしても生き抜くつもりではいる。
そのチャンスがあるだけ恵まれている。

「何も言う必要はない」

龍野の言葉を少女はばっさりと切った。
その雪の色を纏う髪を揺らして首を振る。
白の背景に僅かばかり色の違う線条が舞い、清冽だった。
だが龍野がその光景を見る事はない。

「お前の生きる世界はあの少女と関わった時点で常に危険が付き纏う」
「知っていたのか」
「生き抜く、ということさえ一歩間違えば出来やしないだろう」

トーンを落とした声で告げられる。
それは何よりも龍野自身が感じていた事だった。
龍野は無力だ。魔法を使う事もできず、もし巻き込まれたとしても逃げる事さえ難しい。
なのは達と知り合い、片足を魔法の世界に突っ込んでいると言って良い龍野に危険が迫る可能性は高いだろう。

「見れば分かる。危機感知も役に立ってないようだしな」

ふんと鼻を鳴らされた。
鳴りっ放しのアラートは確かに役に立っているとは言いがたい。
大体が危険に近づいてから大きくなるし、元より鳴っていても飛び込んでしまう龍野の性格では生かしきれていない。
声が近づく。とんと背中側から胸の中心を突かれる。
緊張が龍野の体に走った。

「そんなお前に一つ忠告をしよう」

高らかと白い空間に少女の声が響く。
声だけのはずなのにそれは重さを持ったもののように龍野の胸を打つ。
これは最大級の警報に違いない。
アラートを授けてくれた少女が態々伝えにきてくれたのだから。

「……何かあるのか」

はぁとため息を吐く。
達信の記憶では特に危険な事はないはずだ。
だがそれはあくまでなのは達に限った事であり、付け足された龍野に何が起こるかは不明である。
ましてその世界に転生させた少女の言う事だ。
達信の限られた記憶より余程当てになることは確かだった。

「あるからここにいる。優しい我に感謝するが良い」
「わかっている」

大仰に頷く。白の世界に黒い自分の髪の毛が目立った。
何もない世界に二人だけ。白しかない世界は寂しさが募る。
何時からか色彩の増えた世界に慣れていた事に気付く。
隣を見ればなのはがいて、最近は金色なんて鮮やかな色まで側にいる。
それはとても贅沢な事ではないかと龍野は白のみの世界で思った。

「そう遠くない未来でお前は再び岐路に立つ」
「きろ?」

岐路、道が分岐している地点だ。
龍野が反射的に言葉を繰り返すと少女は言葉を足した。

「分かれ道だ。そこで選ぶものにより得られる人生は間逆に近くなる」

選ぶものなど龍野の回りには一つしかない。
それは魔法に関わるか、関わらないか。原作に介入するかしないか。
力のない龍野に介入という単語は大げさである。
出来て手助け程度であり下手したら邪魔にしかならない。
何より、少女が言ったとおり龍野が生き抜くには厳しい世界である。

思考するために閉じていた瞳を開く。
変わらぬ世界に、少女の存在を確かめたくもなるが動けないのは変わらない。
すぅっと鼻から息を吸って呼吸を整える。

「魔法か?」
「さぁな。決めるのも生きるのもお前だ」

確かに、と納得する。
決めるのも、決めた人生を生きるのも龍野自身だ。
むしろ忠告を貰えた時点で幸福だったといえるかもしれない。
考える時間があるというのは嬉しい事だ。同時に重い事でもあるが気にはしない。
知らぬ内に選択肢も与えられず決められる事など真っ平だ。
そうなる位ならば責任が伴っても自分で選びたいと思っていた。

「忠告、感謝する」

だから龍野は口にする。
情報は大事なものだ。生き抜くためには生き抜くに必要な情報がいる。
特に龍野のように力を持たないものにはとても重要なものになる。
力で世界を帰られないならば情報で世界を渡るだけだ。

「お前の人生は中々に興味深い」
「そうかもな」

少女の声が揺れ始める。
恐らく元の世界に戻ろうとしているのだろう。
体の自由もいつの間にか利くようになっていた。
振り返る事はしない。それは少女の忠告を無にする事だからだ。
背を向けたまま龍野は言葉を返す。

「では、精々生き抜いてくれ」
「そのつもりだ」

二度あることは三度ある。二度出遭った少女と龍野は三度出会った。
もしかしたら縁というものが少女とは繋がっているのかもしれない。
何となく長い付き合いになるような予感がした。
――良縁か悪縁かなど決まっていた。

龍野の姿が白い空間に溶け込む。
雪の少女はただその様子を見つめていた。


****


「たつの?」

耳に飛び込んできたのは金の少女の声だ。
龍野の耳に優しく響くそれにゆっくりと瞼を上げる。
見慣れた空間が目の前に広がった。
少し首を動かすと心配そうな表情のフェイトがいた。

「フェイト」

声を出す。力を込めれば体が動いた。
何も変わらない、変わっていないことに龍野は内心安堵した。
夢とはいえ一時死と近くなったのだ。何か変化したではないかと思うのも当然である。

「どうしたの?魘されてたみたいだけど」
「少し夢見が悪かった」

昨日、フェイトは龍野の家に遊びに来ていた。
この状況からも分かるように泊りがけである。
龍野が一人で暮らしていると分かってから何度かあったことだ。
メンバーはなのはとフェイトだったり、はやてもいたりと様々だ。
流石に一人で泊まりに来るのはなのはとフェイトだけである。

「大丈夫?」

フェイトの手が伸びて汗で張り付いた前髪を掬う。
その仕草で龍野は思ったより寝汗をかいていることに気づいた。
この分だと声も出ていたに違いない。隣で寝るには少し五月蝿かっただろう。
隣といっても布団は二つある。場所は客間-フェイトたち以外は使わない-で並べて布団と敷いていたのだ。
龍野はいつもベッドで寝ているのだが一緒に寝ようといわれるのは容易に想像できたので先手を打った。
最初、布団でも一緒に寝る、寝ないで揉めたが龍野としてもそこだけは譲れなかった。

「ああ、起こしたか?」
「ううん。少し前に起きてた」

睡眠の邪魔をするのは不本意である。
僅かに心配になりフェイトを見ると微笑まれた。
その言葉に安心する。

「そうか」
「……たつの、今日なんか男の子っぽいね」

言われて気づく。
驚いて顔を上げると不思議そうな顔でこちらを見るフェイトと目が合った。
あの少女といると達信だった頃に戻ったような気分になる。
そのせいで微かに口調が変化していた。

「あー、ごめん」
「あ、謝らなくていいよっ」

右手で少し重い髪を掻き揚げて苦笑する。
早く顔でも洗ってスッキリしたい気分だった。
汗で張り付く感覚が不快なのはきっと万国共通だろう。

謝られたことにフェイトは動揺する。
別に謝って欲しかったわけではない。
ただいつもとは少し違う雰囲気が不思議で口に出ただけである。
男の子っぽい、というのは元々少ない口数や口調、表情がそう思わせたのだ。

「夢でちょっと」
「そうなんだ」

龍野は正直に言葉を返した。別段隠す事でもない。
夢で男の子にでもなっていたと思ってもらえたら良い。
何よりこれは夢の残滓のようなもので消えてしまうのは確定だった。
支障がないならば放置しても問題はないだろう。

「ああ、直ぐに戻る」

フェイトの言葉に頷くと、隣に座られる。
初めから近かった位置が更に近くなる。
泊まりに来るようになってから気付いたのだがフェイトは人の体温が好きなようだ。
手を繋ぐ事や頭を撫でられる事が好きなのも、結局はそこに集約する。
そんな性質だからこそ19になってもなのはと一緒の布団で寝たのだろうと龍野は思った。
なのはも似たような感じなのできっと一緒に寝る事に疑問はないに違いない。
それでも今隣に座る理由が分からなくて龍野は首を傾げる。

「どうした?」
「悪い夢の後、一人は嫌だから」

優しい答だ。相変わらずのフェイトに龍野は嬉しくなる。
甘い性格の彼女が仕事で傷つかないことを祈るしかない。
身体的な面もだが、むしろ心の方が心配だった。
心を守る事は身体を守る事よりずっと難しいのだから。

「ありがとう」
「ううん」

心遣いに礼を言う。
夢見が悪いと言っても怖かったわけではない。
心細いわけでもないし、ここで一人にされても龍野は何も思わなかった。
だがフェイトは隣に残ってくれていて、それ自体が嬉しさをもたらす。

「フェイトは――」
「たつの?」

―私と一緒にいたい?
途中まで言いかけて止める。魔が差した。
自分の選択を人に任せるのは間違っている。
何よりフェイトにその問いかけをする事に意味がない。
いたい、と返ってくることが確定しているのだから。
罪悪感で縛ってしまった事に悔いが出る。
フェイトの優しい性質に罪悪感が加わってしまえば“いたい”以外の答が出てくるわけがない。
なのは達は否定しただろうが少なくとも龍野はそう思った。

「何でもない」

龍野は首を振る。
フェイトはまだ不思議そうだったが気にしない。
龍野は右手に体重をかけ-慣れてきた動作だ-支えながら立ち上がる。
気分を切り替えようと思った。

「ご飯、食べようか?」
「うん」

未だ布団の上に座るフェイトに手を差し出す。
そうするとフェイトは嬉しそうに笑って手を取る。
その笑顔に一瞬少女の言葉が過ぎった。
――“お前は岐路に立つ”
どう変化するかなど知らない。
唯一選択のときが近づいているのだけが分かった。

「――選択、か」
「何か言った?」

小さな呟きにそれでもフェイトは反応した。
繋がった手は変わらず結ばれていて、前を歩くのはいつの間にかフェイトである。
扉の開け閉めや足元の注意なども全部行ってくれた。
優しい金の少女のために龍野は何ができるのだろう。

「何も」

生きたいと思う。
しかし一人で生きたいかと言われれば否である。
少なくともフェイトやなのはを犠牲にしてまで生きたいかと言われれば拒否する。
だからこそ次の選択は慎重にならなければならない。
邪魔にならぬよう、巻き込まれぬよう、生き抜くために。
そう龍野は思った。


第十一話 end








イベントフラグ、ゲット。
この話は固定イベントのため回避出来ない。
さて気付かぬうちに十一話も過ぎてしまった。
次の話から公表していた通り改題と板移動をしようと思う。
題としては「余生におけるある世界との付き合い方」でいこうと思う。
助言、提案感謝する。龍野の生き方を無難に纏めた結果だ。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
俺の言い方が悪かったようだ。
xxxの話はあくまでifの短篇になっている。
ちなみに今できているのはなのは編、フェイト編で両方一話。
個人的好みとしてはやてとティアナも入れたいが話が進んでからにする。
だが苦手な人もいるようなのでとりあえずこっちでくっ付いてから載せるようにしよう。
確かにまだ何もしていないのにxxxは飛びすぎるだろう。
それが何時になるかは俺にも分からんが努力はする。百合のために。
では。




[16056] 第十二話
Name: Fath◆282e9af7 ID:1d50d449
Date: 2010/05/30 07:21


憎みあっているわけでも、すれ違っているわけでもない。
ただ向き合い方が分からず背を向けているだけ。
そう知っているから龍野は父の頼みを断る事が出来なかった。
何より実父との関わり方を達信も、龍野も学ばずに生きてきたのだ。


後藤 龍野、お見合い。
親心が痛いです。





余生におけるある世界との付き合い方 第十二話





「お見合い?!」
「うん」

秋も深まり出した季節である。
吹く風も涼しくなり冬服を着ることにも然程抵抗を感じなくなってきた。
その時分に龍野の元を訪れた話は唐突であり、困惑を隠せない。
前世、同僚がお見合いをしたと言う話は聞いた事がある。
女気のない職場だったので家族がそういう話を持ってくる割合も多いようだった。
しかし家族が無く人との縁が薄かった達信にはそういう経験がない。
ましてや今の龍野は女であり、見合い相手は当然男である。
結婚相手になど思えるはずがない。

「たつの、が?」
「会社の人の息子さんとらしいよ」

淡々とした様子の龍野にフェイトが呆然と尋ねる。
大きな目を更に見開く姿は驚きを表している。
龍野は父親から齎された最低限の情報を口にする。
お見合いを知っている事に龍野は意表を突かれたが、後から聞いた話によるとアリサやすずかも似たような話が来たことはあるらしい。
当然二人とも受けるまでも無く断った。
流石はお嬢様と龍野は逆に感心したのである。

「アンタ、まだ中学生でしょうがっ」

アリサがイスから立ち上がって龍野に詰め寄る。
位置関係は龍野の右になのは、左にフェイトで対面にアリサがいる。
アリサの両脇にはやてとすずかがおり六人で少し歪な円を作っていた。
教室に残っている人影は疎らである。
それぞれが思い思いの場所で食事を取っているためこの時間帯は人気がない。

龍野は苦笑した。
中学生なのだが父親の狙いは多分そこにある。
左腕麻痺などというハンディキャップを抱えた娘を放っておく事は出来ないらしい。
だが今更顔を合わせ辛い上に仕事の関係自分が世話をする事もできない。
高校に進学するにしても、進学した後就職が上手くいくとも限らない。問題が先延ばしになるだけだ。
娘の今後に不安を抱いた父親は一番安定した職業―永久就職と言う奴だ―をさせようと考えたのだ。
今のうちに見合いをさせて、16になると同時に結婚してくれるのが理想だろう。
結婚できる年齢までは二年ほどある。その間に恋愛してくれればいい。
確かにある意味よく考えられている。

「左腕、動かなくなったから心配してるみたい」

あくまで軽い調子で龍野は言葉を告げた。
心配する必要など微塵もないのだがその気持ちが嬉しかった。
父親から心配されるなどという経験が無かったためだ。
嬉しいのだが龍野自身、見合い話に発展するなど予想していない。
そして、そんな父親の行動に最も納得がいかない人物が龍野の隣にいる。

「勝手なの!!」

握っていた箸を置いてなのはが机を叩く。
憤りを存分に表現する彼女を宥めるべく言葉を探すも良い言葉が思い浮ばない。
相変わらず、龍野のことになるとなのはは沸点が低い。
出会った頃はそうでもなかったのだが撃墜―この世界では撃墜と言えるほど酷くもない―されてから更にその傾向は強くなったといえる。
龍野は家族の大切さを再認識したからではないかと勝手に推測していた。

「なのは、父さんは私のためを思って」

充分予想できた反応に龍野は言葉を掛けた。
しかしそれで収まる幼馴染ではない。
今にも立ち上がって教室を出て行きそうな勢いである。

「それでも勝手な事には変わらないのっ」

元々なのはは龍野と龍野の父親の関係に納得していない。
家に一人残される寂しさを知っているからだ。
龍野は“慣れている”の一言で済ませてしまうが、寂しいのに変わりはないだろう。
寂しさに慣れるなどなのはは認めたくない。龍野にそんな想いをして欲しくない。
その上見舞いも来なかった事故の後遺症の面倒を見られないから結婚を勧めるなんて。
――認めない、絶対。
だからなのはは声を上げた。

「たつの、たつのは受けるの?」

おろおろしていたフェイトは縋るように龍野を見る。
なのはの激昂も宥めなければと思いながら心情としては似たようなものである。
しかしフェイトは寂しさというより、親の勝手さに憤っていた。
親友である二人は、己の生き様の違いで龍野に共感する部分が僅かに違うのだ。

フェイトは龍野と二人で後藤家にいることが多かった。
だからこそ、なのはより父親の影の薄さや放置の限りは知っている。
ただ龍野がそれらを全く気にしていないのもまた理解していた。
その為、気になるのは父親の事より龍野がそれを受けるか受けないか。
今の生活を続けていけるかどうかの方だった。

「心配しているって知ってるから、受けるつもり」
「龍野ちゃんがそう言うなら止めへんけど」

お見合いをするだけなら吝かではない。
必ず結婚しろと言われたら逃げたかもしれないが、そこまで強要されたわけでもない。
父親の顔をいうものもあるだろうし、心配してくれたなら応えたかった。
はやての言葉に軽く頷いてみせる。この中で一番冷静なのは彼女だ。
龍野ははやてを幼馴染やフェイトよりもある意味信用していた。
状況判断を任せたら上手く回すに違いない。
そして龍野の感情を酌むことにも長けていて時々酷く楽になる。

はやては龍野の顔を見る。嫌なら止める気でいた。
同時に嫌ならきっと自分で何とかするとも思っていた。
はやてならばそうするからだ。周りに心配を掛けるような事は極力しない。
だからこの時間帯-軽いおしゃべりだ-に出された時点でそこまで心配はしていない。

「大丈夫。付き合う気はないから」

なのはを見てフェイトを見てアリサを見る。全員にアイコンタクトを贈り、宥める。
続けざまに上がった声に疎らな人数とはいえ視線を集めていた。
それは龍野にとって余り好ましい事ではない。
立ち上がっていたアリサがストンとイスに座りなおす。
腕を組む様子は冷静に頭を働かそうとしているのだろう。
龍野の感情を考え、龍野の父親の立場を予測し、二人の状況を推測する。
次に出た言葉は非常にアリサらしいものであった。

「まぁ、妥当な判断ね」

無碍に断るよりは一度受けた方が良い。
それはあやふやや曖昧を美徳とする日本の文化のようなものである。
アリサからすれば断ると決めているものを態々受ける意味など皆無に等しいが龍野はそうではない。
あくまでやんわりと物事を進めたい性質であるのは分かりきった事であった。

「私も結婚する気はない」

結婚の前には密かに“一生”という修飾語が付く。
龍野は女である。それは紛れもない事実であるし、違和感もない。
だが趣味や嗜好の部分では前世の影響を大きく受けてしまい、女とは言い切れない。
特に男を恋愛対象として見られるかと言われれば否である。
むしろこの世界に生まれてから生き抜く事に頭を使いすぎて、興味が限りなく薄れていた。
生き抜きたい。不幸にしたくない。幸せになってほしい。
そんな感情ばかりが周囲に動いて細かく個人に執着を持たせない。

「本当だよね?」

言い切った龍野になのはは不安そうに言葉を紡いだ。
なのはにとって龍野は世界を構成する大事な人物である。
特に崩れない日常を象徴するのに幼馴染の彼女以上の存在はいない。
皮肉にも魔法を知らないという事がそれに拍車をかけていた。
その、ある意味要でもある龍野がいなくなるかもしれない。
それはなのはにとって恐怖でしかない。

「うん」
「ほんとの、ほんとに大丈夫だよね?」
「心配しないで、なのは。お見合いっていうのも大げさな位みたいだし」

いつもより心配そうに尋ねてくる幼馴染が不思議ではあったが、正直に答える。
結婚する気は微塵もない。しなくても構わない。
とりあえず前世の記憶の示す山を全て越えたら旅にでも出たい。
見られなかった世界が沢山残っている。達信はそれに死んでから気付いた。
もっとも今の状態では気ままな一人旅などさせてくれそうにないのが悩みの種である。
龍野の願いが叶う可能性は限りなく低い。

「その男の人に一目惚れとかしちゃわないよね」
「しない」

確認のような言葉に瞬時に返す。それだけは断言できた。
―男に一目惚れ?
龍野はなのはの言う状況を頭の中で反復してみる。
何度考えても無い。前世でも一目惚れをしたことはない。
衝動的に誰かを好きになると言う感覚が龍野には分からなかった。
それならばシグナムに会ったときの方が余程一目惚れに近いとさえ思った。

「そっかぁ」

そこまで尋ねて、なのはは初めて安心したように頬を緩める。
安堵した表情は普通の女の子のようで可愛い。
誰がこの裏でばったばったと人をなぎ倒していると思うだろう。
人は外見では分からない事が巨万とある。
龍野がこの世界に来てからその言葉に当てはまることばかりだ。

これでなのはは大丈夫と一息ついた龍野の肩が叩かれる。
軽いそれはこっちを向いて欲しいと言う合図であり、慣れつつある物でもあった。
左隣に視線を動かす。
そうすると予想通り金の少女がじっと龍野を見上げていた。

「どうしたの?フェイト」

予想は着くがあえて知らぬ振りを通す。
フェイトの視線が床と龍野を何回か往復する。
そしてやっと決心のついたというように口を開いた。

「あの、家に行っていいかな?」

出された提案は予想通り過ぎて、龍野は苦笑する。
お見合いと家とがどう繋がるかは分からないがフェイトには繋がる何かがあったらしい。
―いつもだって家に来る確認なんて取らないくせに。
退院してから、フェイトとなのはは後藤の家に約束も無しに訪れる。
というより二人は暇ならば龍野の元に入り浸っていた。
それでも週に二、三日しか来ない辺り忙しさを物語っている。
日数にするとなのはは週一が平均である。
フェイトは本当に区々で週に五日来るときがあれば、来ない時も稀にだがある。
僅かにフェイトの訪問率が高いのは職務の違いだろう。

「今までも来てた」

龍野に二人を拒む意思はない。
お見合いするから来ないでくれなんて言う気も勿論ない。
だから素直に今まで通りを続けられる事を口にする。

「今までと同じように一緒にいていいよね?」
「うん」

念を押すような言葉に微笑む。
するとフェイトもニコッと龍野が綺麗だと思う笑顔を見せてくれた。
いつの間にか力の込められていた身体から力が抜けるのが見えた。

「ならわたしは気にしないよ」

ほっとした息遣いと共に吐き出された言葉が終焉を告げる。
龍野の両隣はやっと元の安寧とした学校生活に戻った。
中断されていた食事を再開させる。
時折、口元におかずを持ってくる二人に龍野はしぶしぶ口を開けた。

「……アイツ、男だったら結婚相手に苦労しないわね」

対面で三人の様子を眺めていたアリサは呆れた口調で呟く。
手元にあるお弁当が何となく甘さを増したような気がした。
いつもと何ら変わらない味であるはずなのに、雰囲気とは凄いものである。

「逆の意味で揉めるんちゃう?」
「あー、確かに」

同じように三人を見つめていたはやてが普段どおりの顔で言った。
少々楽しそうな顔をしているのは状況が面白い方向に転がっているからだろう。
はやての言葉にアリサは頷く。

なのはが龍野に懐いているのはそれこそ昔からである。
だがフェイトの事故からその症状は目に見えて悪化していて、その内離れなくなる様な気さえした。
龍野の意識の無かった間、なのはは普通に振舞っていたが胸中ずっと心配していたのは言うまでもない。
―あんな想い、二度としたくないって所かしら。
なのはは普通の少女ではない。魔法少女だ。
それも聞いた話によると天才の部類に入るらしい。
今度そんな事が龍野の身に近づいたならば万難を排してでも助けるに違いない。
なのはという少女はそういう弱さを伴う強さを持っている人物であった。

「16才になった途端結婚しても二人とも問題ないもんね」
「なのはちゃんも、フェイトちゃんもよう稼ぐし生活の心配はないな」

すずかの言葉は的を射ている。
はやてにはなのはの仕事ぶりもフェイトの優秀さも耳に入る。
ましてや同じく働いている身である。二人の下にどれほどの給金が流れているかなど予想がついた。
龍野の父親が安定した生活を第一に求めるならば二人ほど理に適った人物もいない。
もっとも龍野がそれを望むとは、はやてには思えなかった。

「というか、中学卒業したらあっち行くんだっけ?」
「たぶんな」

アリサが思い出したように言葉を紡ぐ。
はやてはうーんと少し濁らせてから返事をした。
“あっち”――当然ミッドチルダの事である。
はやては地球に執着する必要がない。生まれ育った地ではあるから思い入れはある。
だが何より魔法を使い働くためにはミッドチルダにいた方が便利だった。
自分の力である魔法で人の役に立つ事は三人にとって命題の様なものだ。
元々ミッド出身のフェイトは言うまでも無く、なのはもそうするとはやては思っていた。
――少なくとも龍野の事故までは。

その後の過ごし方を見ると、とても二人に移住する気があるとは思えない。
いや、龍野と離れる気がないといったほうが良いだろう。
ミッドに二人が移住するならばきっと龍野も一緒である。
―困ったなぁ。
なのは、は分からないでもない。ずっと絆を紡いできたようだし、心を分けてきたらしい。
しかしフェイトもこうなるとは微塵も予想していなかった。
事故の事に責任を感じているとしても、フェイトの入れ込み具合は凄い。
人に傾倒しがちな性質を考えても充分にお釣りが来る。
龍野という少女には人誑しの才能があるのではないかとはやては感じていた。

「龍野は事情知らないんでしょ?」

目の前では変わらず、なのはとフェイトに世話を焼かれる龍野がいる。
本来なら龍野の前で迂闊な話は出来ないが今は両隣への対応で精一杯だろう。
ちらりとその様子を再び見たアリサがはやてに言葉を投げかける。

「アリサちゃんもそう思うか?」
「アタシじゃなくても思うわよ。ね、すずか」
「そうだね、なのはちゃんは前からだけどフェイトちゃんも少し心配かな」

すずかが少し困った顔で笑った。
アリサは軽く肩を竦めて目の前の状況を指す。
この状況に対して感じている事に大した差は無かったらしい。

「あれで離れられるのかしら?」

全くもってその通りである。はやては小さく苦笑した。
そしてはやて自身、離れられないに五分以上賭けている。
移住しなくても仕事は出来る。だがそれで済んでいるわけでは勿論ない。
アリサとすずか相手にはやては少し真面目な顔をして声のトーンを下げた。

「……実際、フェイトちゃんの仕事減った事に対して文句が来とらんわけやないんや」

眉を下げる。
はやてとしても出来るだけ情報は止めている。
なのはやフェイトの耳に入らないようにするためだ。
だがいずれ何処かから漏れてしまうのが人の口と言うものだろう。
はやてがカバーできる範囲など限られているのだから。

はやての言葉にアリサは髪を掻き揚げた。
その文句は働くものの立場として当然である。
会社を継ごうと思っている身として人心掌握の術は学んでいる。
つまり働く側としての大衆心理をある程度は理解しているのだ。

「優秀に、勤勉に働いていた人が働かなくなって忙しくなったら、そりゃ文句も言いたくなるわよ」
「その気持ちは分かるけどな」

管理局の慢性的な人員不足はどうしようもない。
ましてやフェイトやなのはクラスの人物は極僅かである。
働く能力があるくせに働かないと突かれても仕方がないのだ。
だがはやてとしては普通の幸せを謳歌している親友を止めるとこはしたくない。
邪魔をさせたくもないが、このどっちつかずな状況がいつまで持つかも分からない。

「色々面倒くさい事になりそうやなぁ」

はやては呟く。
今はまだ良いかもしれない。
だが中学校を卒業するときに問題が起きることは目に見えていた。
どうすべきか、それをはやては考え始める。
親友のために、自分のために――そして何れにしても巻き込まれるだろう龍野の未来のために。
はやてはできる事を始めなければならなかった。


第十二話 end








そろそろ、なのフェイに恋心を自覚してもらう。
幾ら鈍くても中学生だからいい加減気付いてもいい時期だ。
ただ単に恋に慌てるなのフェイが見たくなったとも言う。
龍野はまだだ。というより主人公が鈍いのはデフォだよな…?
私的好みとして百合はじりじり行きたい。
……xxxを書いた人間の言葉とは思えないが、それはそれ、これはこれだ。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
いつも参考にさせてもらいつつ話の筋道を考えている。
百合分を補給するのに役立ててもらえたら嬉しい。
もちろん、作品自体が面白いと言ってくれるのはとても励みになる。
段々思考が染まってきている読者諸君もいるようで、同士が増えることは大歓迎だ。
では、色々ぶっとんだ話ではあるが感想を待つ。





[16056] 第十三話
Name: Fath◆282e9af7 ID:edb67ac0
Date: 2010/03/04 15:16


「今日はこのはやてさんが腕を振るうで!」
「わー、楽しみ」

その言葉は後藤家の居間で高らかに宣言された。
むんと力瘤を作って見せるのは発言をしたはやてである。
何故こうなったのだろうと思うも既に遅い。

「たつの、棒読みになってる」
「龍野ちゃん、嫌なの?」

フェイトは左にいて、龍野の手を握っている。
その顔にあるのははやての宣言に対する期待と龍野に対する苦笑だ。
なのはは右にいて、龍野の手を確保している。
握っているのではない。逃げないように掴まえているのである。

「……自分の状況に呆れてるだけ」


後藤 龍野、お泊り会中。
記憶との齟齬に戸惑いは大きくなるばかりです。





余生におけるある世界との付き合い方 第十三話





「三人とも、泊まりに来るの?」

幼馴染からの提案に首を傾げる。
泊まりに来る事に問題があるわけではない。
ただなのは、フェイト、はやてという忙しい三人の日程が合った事が不思議であった。
もしかしなくても龍野の家に来るために合わせたのだろう。
無理をしている匂いがぷんぷんした。

「うん、ダメかな?」
「駄目ではない」

フェイトが伺うようにこちらを見る。
大きな赤い瞳が微かに揺れながら龍野を見つめている。
その視線はどこか子犬のようである。
―あの瞳はずるい。
そう胸中で呟きながら龍野は小さく首を横に振った。了承の意だ。
今は帰宅途中であり、三人以外の姿は見える範囲にはない。

「良かったぁ」

その動きに幼馴染がほっと息を吐く。
夕日に照らされていつもは茶色の髪が赤味帯びて輝いていた。
なのはを縁取る光が純粋すぎて龍野の目に痛い。

「ま、龍野ちゃんにフェイトちゃん以外の予定があるようには思えんけど」
「はやて」

龍野にははやての言葉を否定する術が無く、睨むに留める。
はやては遠慮がない。それはあの病室での件を越えてからの変化であった。
達信が持つ彼女の印象は表面下で物事を進める参謀というものだった。
何かがあるのだろうと思いつつ、情報のない龍野にはそれが判断できないのだ。

「へーへー」

はやてが軽く言葉を返す。
龍野は何となく今回の仕業ははやてが起こした事のような気がした。
今まで二人が泊まりに来ることは多々あった。ただ三人一度にというのは無く、嫌が応にも裏を感じさせる。
まだ龍野は魔法に関わる決心がついていない。最早、退けない位置まで来ていることは理解している。
ここまでフェイトたちと関わってしまい知らずにいれると思えるほど龍野は楽観的ではない。
だから後は龍野の心情の問題ではあるのだ。

「でも珍しい」

―少し、突っ込むか。
そんな風に思ったのはきっと牽制である。
何が隠れているかは分からないが知らぬ振りを通すのも中々骨が折れるのだ。
放課後、下手すると授業の途中から抜ける生徒達に疑問を持たない者は少ないだろう。
事情を知らない限りそれは奇異なこととしてしか映らない。
そして、龍野は一応“事情を知らない生徒”に分類されている。
これくらいの疑問を呈した所で問題はない。

「何がなの?」
「三人ともいつも忙しそう」

なのはが何を言われているのか分からなくて首を傾げる。
フェイトも似たような仕草だった。
元々この二人にはそういった種の反応は期待していない。
顔に出やすい上、性格からして隠し事には向いていない。
この二人が龍野を巻き込もうとすれば正攻法。それこそどっぷり浸かるまで教えてくれるだろう。
龍野が裏があると睨んでいるのはただ一人はやてだけなのだ。

「にゃははー……」
「あはは……」
「乙女のひ・み・つやで。それは」

誤魔化すように二人が笑う。
はやては茶目っ気たっぷりに返してくれた。
龍野はそれに呆れた風に溜息を吐く。

はやてを厄介に思う理由はその有能さだけではない。
確りとしたパイプがその周囲には張り巡らされている。
フェイトの母親のリンディや兄のクロノがいるだけでも恐らく魔法の世界では心強いだろう。
―クロノはいい。
現役として忙しく働いているフェイトの兄は地球に滞在する事が少ない。
あったとしても態々龍野のことまで首を突っ込んでくる可能性は低いと龍野は思っている。
だがリンディは違う。はやてと似たように笑顔の下で考えを巡らすタイプだ。
その上地球にいる時間も長く、実際龍野のお見舞いにも一度来ている。
娘を庇ってくれた事の感謝と後遺症に対する謝罪の言葉が告げられた。
龍野としては助けたと言うより悪化させた事故だったので気にしないでくれと返した。
だがその後のやり取りは思い出したくない。

――魔法に近づきたくない龍野とミッドの技術を使ってでも龍野の腕を直したいリンディ。
当然二人の話し合いは平行線を辿った。
婉曲的に、オブラートに包みながらそれでも交わされた言葉は危険物に違いなかった。
龍野にとって知りたくない魔法が一番身近になった時でもある。
どうにかリンディを納得させたが、もう一度同じ事をしろと言われたら真っ平御免だ。

「三人とも無理は駄目」
「分かってるよ」

あの時の悪夢を振り払うように龍野は三人に目を向けた。
一番素直に頷いたのはフェイトであり、その顔は少し拗ねているようだ。
任務の数をぐっと減らしたつもりなのに龍野に注意されたためだ。
なのはは苦笑を崩さない。今の勤務を続ける気だからだろう。
そして問題のはやてはニコニコとした笑顔だった。

「フェイトちゃんは龍野ちゃんにべったりやから心配するほどでもないで」

ぴんと人差し指を立てて龍野に解説する。
言われた内容に思わず再度溜息が出そうになったが堪える。
この三人の“普通”がどれ程かは分からない。
だが一般人を大きく逸脱しているのは-特に中学生として-確実だった。
べったりと言っても週の半分も一緒にいたら多い頻度である。
実際は二日がいいところだろう。それ以外は今もフェイトは仕事ををこなしている。
龍野は痛みが走った気がした米噛みに手を当て軽く揉む。
―本気で、呆れる。
正直な感想だった。

「それでも普通より疲労が溜まっている」
「大丈夫だよ、たつの」
「フェイトは……なのはもだけど、そうしか言わない」
「ふぇっ?!」

他人事のように話を聞き流しているなのはに釘を刺す。
実際フェイトよりなのはの方が体を酷使しているのだ。
これ以上、何かされたら限界を超えてしまうだろう。
残念な事に管理局の体制として任務を減らす事は望めない。
周囲から止める声はあるかもしれないが、なのはの性格上振り切ってでも任務を遂行する事が目に見えている。
自分で抑制してもらうしか方法はないのだ。

「それで、いつ来るの?」

この話をこれ以上続ける事に意味は無い。
それこそリンディと龍野の話のように平行線を辿るに決まっている。
魔法、それを持たない龍野がどうこうできる話でもない。
そう分かっていたから龍野は話を切り替えた。

「あ、うん。今週の土日の予定なんだけど」

頭の中で予定を組み立てる。
土日に入っていた用事はいつもの家事と買い物くらいである。
なのは達が泊まりに来る事に支障はない。
――支障があるとしても訪ねて来そうな事は否定しない。
こちらをじっと伺う幼馴染と金の少女に龍野は微笑んだ。

「大丈夫」
「そっか」

二人の顔に明るい笑顔が満ちる。
龍野はただそれを見ていたいだけなのだが、現実はそうさせない。
はやては何も変わらず三人の様子を微笑ましく見つめていた。


****


さて、はやてが腕を振るった晩御飯を食べ終わり、一悶着あったがお風呂も全員が済ませた。
ちなみになのはとフェイトが最初全員で入ろうと言い張り、龍野はそれを大きさからして無理と却下。
次にならせめて二人ずつ入ろうと又もや二人が提案し、再び龍野の精神的面から却下。
理由を言わなかったため揉めたがはやての“私と誰が入るん?”の一言で戦局は一気に沈静化した。

はやてと誰かが入るという事は、龍野と誰かが入るということである。
誰かの部分にはなのはかフェイトしかいないので、龍野と入りたい二人の意見は通らない。
それを見越したはやての言葉に龍野は思わず感服しそうになった。
最後に龍野の世話をすると二人は言い張ったがいつも一人で入っているためこれは丁重に断った。
従って、結局全員がバラバラに風呂に入ることになり全員でお風呂は旅行の時にでもということで片がつく。
龍野としてはその場面が来ない事を祈るばかりだ。

「なんでこうなる」
「いいやんか、全員一緒に寝たって」

最後に風呂から上がった龍野の目に飛び込んできたのは客間全体に敷かれた布団だった。
四人分の布団を横に並べて寝られるほど客間は広くない。
ギリギリで三つという目視であり、それでは龍野の寝る場所はない。
そして元よりこの三人と一緒に寝るつもりはなかった。

はやての言葉に一瞬目を瞑る。
確かに問題はない。友達が泊まりに来たら一緒に寝るのが普通かもしれない。
だが龍野の根本にある倫理観は達信の頃のままである。
女性の裸を見ることには若干恥ずかしさを感じるし、一緒に寝るのも罪悪感に近いものがある。
流石に自分の身体を見ることには慣れたが他人にそれはできない。
何よりこの場にいる三人は何れも整った顔立ちをしている。
隣で寝られたら落ち着かない。

「狭い」
「気にしないの」

入り口に呆然と立っていた龍野の手が取られ部屋の中央-今は布団の中央と言った方が良い-に連れて行かれる。
促されるまま座ってから龍野はもう一度部屋を見渡した。
目の前にいるのは今龍野を引っ張ったなのはで少し離れた位置にフェイトが立っている。
布団の端で無関係な顔をしているのははやてだった。

妥当な問題を口にする。
人数は四人であるのに敷かれている布団は三つであり、ゆったりと眠る事は望めない。
それは客人を持成す側として許せる事ではない。
確実な理論がこちらにはあるのに、それが通じる相手ではない。
なのはは一言で龍野の言葉を切り捨てた。

「たつの、いつもは一緒に寝てくれる」
「あれは二人だから」

肩に掛けていたタオルが後ろに回ったフェイトに取られる。
お風呂から上がったばかりで濡れている龍野の髪を拭き始めた。
その手つきは滑らかで今まで何度かした事があるのを示している。

フェイトの口から漏れたのは少し寂しそうな響きであった。
龍野はそれに弱い。なのはには時々フェイトには甘いと膨れられたりもする。
二人で寝るにしても二つ布団を敷いている。
距離は三つの布団に四人が寝るよりは余程遠い。
そしてその距離があるからこそ龍野は一緒に寝る事が出来ていた。

「二人きりじゃなければ部屋で寝てる」

フェイトもなのはも一人で寝るのを嫌がる性質だ。
幼少の時の事情から寂しいことが苦手と言うのも龍野は知っていた。
だから龍野以外居ない場合は同じ部屋で寝ている。
それはどちらかと言えば甘えん坊の妹に対する仕方ない気持ちに近かった。

「そうだけどさ、偶には大人数で寝てもいいと思うの」

なのはは唇を尖らせた。
龍野は優しい。なのはがお願いした事は大体叶えてくれる。
事故の前からそうではあったが、事故の後から更に幅が出た。
以前だったら龍野個人に深入りなどさせてくれなかったのだ。
一緒に寝る所か、泊まりに来られるようになった事さえなのはは嬉しかった。

「端がいい」

せめてもの抵抗に龍野は言った。
フェイトはタオルドライが終わりドライヤーを引っ張り出している。
泊まりに来るたびに使っているのである場所など分かっているのだ。
何より髪に関心が少ない龍野よりフェイトやなのはの方が余程使用頻度は高いかもしれない。

この部屋で寝る事が免れないならば最善を望む。
両脇をなのはとフェイトに取られる事は回避したい。
そうなれば朝起きたときに想像したくない距離にいることが予想された。
二人きりの時のように布団で一応の仕切りがある内はまだいい。
だが仕切られていてもフェイトもなのはも龍野の布団に潜り込んで来た事はあるのだ。
寝ぼけていたとか寒かったとか似たような言い訳を並べられたが、龍野には同じ頭の痛い事である。
―心臓に悪い。
考えてみよう。朝起きた時、いつの間にか可愛い寝顔が隣にあるのである。
気付けば体温も感じ取れるほど近い距離で、下手すれば腕を抱え込まれていたりもするのだ。
龍野としての意識がハッキリしていない朝である。
前世の記憶が混乱を招いた事も一度や二度ではない。

「壁に当たる」
「身体冷えちゃうよ?」

ドライヤーの音に紛れながらフェイトが言った。
龍野の身体を一番に考える彼女に龍野が不自由を感じる場所に眠らせる思考はない。
なのはも龍野を端に寝かせる気はないようだ。
ドンドン退路が断たれていく。
打開策を探すもこの家にいるのは龍野とこの三人だけであり、救援は望めない。
背水の陣と分かっていながら龍野は主張を続けるしかない。

「……端以外、嫌」

いっその事逃げるという最終手段が頭を過ぎる。
だが前になのは、後ろにフェイトである。
前門の狼、後門の虎と状況はさして変わらない。言い得て妙だ。
きっとこの世界では狼や虎よりなのはやフェイトの方が力を持っているに違いない。
ふと狼の格好をしたなのはと虎の格好をしたフェイトが浮ぶ。
―……可愛い。
もふもふとした毛皮に身を包み、髪色と似たような獣耳をつけている姿は中々似合っていた。
現実逃避に思考を泳がせるには充分な世界である。
フェイトに髪を乾かしてもらっている時点で逃走できる可能性はとても低い。
龍野の中にフェイトを振り払うという選択肢が取れないためだ。
意気を落とす龍野に遠目から見守っていたはやてが側により肩を叩く。
ぽんと気の抜ける音がした。見えた表情はとても晴れやかで龍野は恨めしくなる。

「諦めぃな、龍野ちゃん」
「はやてからも何か言って」

無駄だと分かっていながら救援の言葉を送る。
何時の時代も、無関係な人が一番状況を楽しめるものである。
そしてはやてはこういった騒ぎが嫌いではない。
むしろ好むタイプと言える。
導き出される答など一つしかない。

「私は一緒に寝ても構わんし、場所も拘らんもん」

予想通りの反応に龍野は肩を落とした。
粗方乾かし終えたのかフェイトがドライヤーを片付け、なのはの隣に座る。
じっと見つめてくる瞳が二対に増え龍野は視線を逸らした。

「たつの」
「龍野ちゃん」

真っ直ぐに見つめる視線が刺さる。
卑怯だと龍野は言いたくなった。これでは拒否した自分のほうが悪くなってしまう。
うぐ、と拒否の言葉を飲み込んだ龍野をはやてが部屋の隅へと寄せる。
悪巧みをするかのように肩を組まれ音量を落とした声で言われる。

「二人とも龍野ちゃんの側で寝たいんやから、な?」
「両脇に人がいるのは慣れない」

分かっていた。あの二人を見て自分の隣にはやてが来るなど思わない。
だがそれ以上に龍野には守るべきものがあった。
幾ら、今の体で問題がないと言われても三十年近く育った精神は染み付いているのだ。
ましてや達信としても龍野としても両脇に人がいるという状態に慣れていない。
人との触れ合いが大好きな幼馴染や金の少女とは対照的に龍野は戸惑ってしまう。
そんな龍野の困惑を他所にはやては後ろをちらりと振り返り、睨む一歩手前の視線を送ってくる親友達を見る。
龍野に逃げ場が無く、また同じような状況になればこの問題が出るのは分かりきった事実であった。

「慣れとった方がいいで。たぶんこれから増えるからな」
「そうならないように私は祈る」

最終宣告に近いはやての言葉に龍野は留めていた息を吐き出す。
内心諦めてはいたのだ。
あわよくば逃げたかったがそれも失敗に終わった。

「悪魔と死神に勝てる神様に祈っとき」

にぃっと笑ってはやてが言った。
その言葉に瞬間的にいるんだろうかと思ってしまう自分が悲しかった。
ただの悪魔と死神ではない。可愛くて強い悪魔と死神である。
しかも片方は魔王に進化する事が決まっている。
―未来が分かるって残酷だよな。
時たま聞く言葉に龍野は刹那覚悟を決めるように瞳を閉じた。
龍野の所にいるのは悪魔でも死神でもないただの友人たちなのだから。

「……がんばる」

零された呟きは力を持たない。
なのはとフェイトが待ちきれなくなり、はやてと龍野の間に割り込む少し前のことであった。
結局、龍野は左にフェイト右になのはという、出来てきた位置関係で就寝した。
朝になって目を覚ますと両方から抱き付かれていたのは言うまでもない。


第十三話 end








すまん、風邪で寝込んでいた。
熱に魘されつつ、ティアナにプロポーズ紛いな事をする龍野を幻視した。
中々に素晴らしかったことは否定しない。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
色々疑問はあると思うが魔法をばらす時にはやてが解消してくれる予定だ。
今後の進路もある程度決まっているがネタバレくさいので暫く待って欲しい。
だがこの話のコンセプトは如何にフェイトを美味しく百合でいただくかなので、ある程度そんな感じだ。
エリオはフェイトにすれば優先する事件だろうから、恐らく解決しているはず。
これも後のすーぱーはやてちゃんタイムまで待ってくれ。
では、とりあえずの十三話を終える。
予定では次でなのは恋心自覚だ。





[16056] 第十四話 ~風邪引き龍野ちゃん、なの?~
Name: Fath◆282e9af7 ID:54ec09e9
Date: 2010/03/14 13:18


朝、起きると何処と無く体調が変だった。
足元が覚束ない上視界も揺れる。
まさか、という思いと共に体温計を取り出し脇に挟む。
差し出された結果は“38.4℃”
――風邪に違いなかった。


後藤 龍野、発熱中。
自分のことを疎かにしすぎました。





余生におけるある世界との付き合い方 第十四話 ~風邪引き龍野ちゃん、なの?~





「は、風邪?」
「うん」

ぽかんと口を開く親友になのはは苦笑した。
なのはの元にメールで知らされたのは体調を崩す姿を想像できない幼馴染の欠席である。
理由はアリサに告げたとおり風邪であり、熱もあるらしい。
―心配だなぁ。
ぎゅっと制服の胸元を握る。
そこの下にあるのは愛機のレイジングハートであり、今は待機状態である。

「龍野がねぇ」
「病気のイメージないよね」

アリサがまだ信じられない心地で口に出す。
すずかも病気と龍野が結びつかないようだった。
それも仕方ないとなのはは思う。
小学校一年生から関係を繋げて来たが龍野が休んだ事はなのはが知る限り-事故の時は別として-なかった。
いつも龍野は学校にいてくれた。なのはが訪ねて居なかった事などない。

これには当然理由がある。
龍野は元々体調管理を行う性格であったのに加え、内気功という離れ業まで持っている。
少し具合が悪いなと思えば内気功を使いつつ休息を取ったため免疫機能も向上していた。
風邪など引くわけがないのである。
だが事故にあってから暫く寝たきりという事もあって体力は落ちていた。
その上、今までと変わらずなのはに気を遣ったマッサージを行う事はしている。
何よりフェイトたちといる時間が増え、言うなれば環境の変化が起きていた。
以上のような種々の要因が重なり龍野は発熱・発病してしまったのだ。

「フェイトちゃん、絶対にお世話したかったの」

今は側にいない親友の事を考える。
龍野の側に献身的に尽くしているフェイトなら病気のときこそいたかっただろう。
常日頃から龍野の役に立ちたいと言っているのをなのはは何度か耳にしている。

「でも今の任務やと抜けれへんよなぁ」
「フェイトちゃん自身力が入っている事件だからね」

今フェイトは長期の任務に入っている。
なるべく、地球には滞在できるようなスケジュール調整をしているが二日三日ミッドにいなければならないらしい。
そしてそれが運悪く龍野の病気に重なってしまった。
出来るだけ早く帰るとフェイトは言っていた。
任務に立つ前に見た心配そうな表情をなのはは覚えている。

「お見舞い、どうする?」
「私は行けんよ。お仕事やから」

はやての言葉になのはは頷く。
急なことではあるが休むほどではない。
なのはも仕事が入っていたら、たぶんそちらを優先していた。
今回はフェイトがいない代わりになのはが休みを取っていた。
それが丁度良く働いたと言える。

「そっか」

視線をそのままアリサ達へと動かす。
はやてほどではないが充分に忙しい二人だ。
それは一緒にいたなのはが一番よく分かっている。

「アタシも今日は用事があるから行けないわね」
「アリサちゃんと同じく、かな」

アリサが少し申し訳なさそうな表情で言った。
すずかはもっと分かりやすく困ったような半笑いの表情である。
何となく予想できた状況になのはは天井を仰いだ。

「どうしたらいいかな?」

困った状況である。
本心は行きたい。看病をしてあげたい。
龍野の家にはきっと彼女一人が残されている。
いつもは左手の事を忘れるくらい不自由がなさそうな龍野であっても風邪と言う状況ではどうか分からない。
風邪を引いたからといって看病をするような親でない事をなのはは良く知っている。
下手したら風邪を引いたという事すら知らないかも知れなかった。

「行けばいいじゃない」
「でも、龍野ちゃん寝込んでるみたいなの」

うーんと首を捻るなのはにアリサは呆れたように言った。
なのはが心配している事など聞くまでも無い。
行きたいと思っているのにそれを止める事がアリサの考えにはない。
眉を下げ僅かに情けない顔をするなのはに微かなイラつきが積もる。

「そういう時やから、看病した方がええんやない?」
「うん、うん」

はやてとすずかも同意見だった。
なのはの変な所で遠慮する性格には困ったものだ。
龍野が、たとえ病気であっても、なのはを邪険にする事はないように思える。
フェイトもだがなのはに対しても甘いことを何度も見ていた。

「大体、なのはも心配なんでしょ?」
「……うん」

アリサの言葉に頷く。とても心配だ。
出来るなら授業なんて放り出して龍野の側に行きたいが、メールには授業を受けるように書かれていた。
見透かされていることに少し恥ずかしくなるも書かれてしまっては無視は出来ない。

「なら行く!考える必要は無いわ」
「そうだよ、なのはちゃん」
「フェイトちゃんの分まで確り見といてあげてな」

親友達の言葉に背中を押される。
誰も彼もが笑っていた。
多分任務でいないフェイトも同じ事を言っただろう。

「みんな――うん、わかった。代表で看病してくるの!」

いつもマッサージしてもらっている分、楽にしてもらっている分、なのはは龍野の看病をしたい。
それが自分に出来る恩返しのような気がした。


****


「お邪魔します」

いつもは忘れがちな言葉を口に出す。
龍野以外誰もいない家は静寂に包まれていた。
何となく寂しくなる。
こんな状況で後藤家を訪ねた事はなかった。
側には常に龍野がいるか迎えてくれて、なのはは温かい気持ちでこの家に入る事がほとんどだった。

「龍野ちゃん、入るよ」

龍野の部屋は二階にある。
いつもなのは達が使う居間や客間を通り過ぎ階段を上った。
寝ているかもしれないが礼儀として声をかけノックをする。
そうしてからゆったりとした速度で扉を開ける。
段々と見えた部屋の中にはベッドに横たわる龍野の姿があった。
扉が開いた事に気づいたのだろう。
龍野が緩慢な動きで首を動かしなのはの姿に微かに表情を変えた。

「……なの、は?」
「寝てて。みんなの代表でお見舞いに来たよ」

上体を起こそうとする龍野を笑顔で留める。
龍野の表情は明るくない。
病気で苦しいという事もだがなのはがいる事が気に入らないようだった。

「うつる」
「大丈夫なの、体は鍛えてるし」

じろりと無表情な顔に睨まれる。
だがなのはは退かない。看病をしに来たのだ。
体にも少しばかりではあるが自信がある。
任務で必要な体力はつけているし、龍野にマッサージを受けるようになってから-特に最近は-調子が良かった。
風邪を引く気など微塵もしなかった。

「だめ…んっ…早く帰って」
「ヤダ。こんな状態の龍野ちゃん放っておけないよ」

息をするにも苦しそうな口調で伝えられるが、それではなのはは帰れない。
ちゃんと元気になってもらわないと離れる事など出来ない。
家にも龍野の看病をするため泊まってくると断ってきていた。
それも伝えると龍野は愈々眉間の皺を深くする。
来るだけで機嫌が悪かったのだ、泊まると言われれば怒るのも当然だろう。

「風邪引いても知らないから」
「龍野ちゃんの風邪なら大歓迎だよ」

冗談半分にそう告げれば龍野はぷいと顔を逸らした。
照れているのだと、なのはには分かった。
素っ気無い反応だが小さい頃からの付き合いである。
その裏にある感情はある程度読む事が出来た。

「にゃははー」

龍野の反応が可愛く思えてなのはの顔が緩む。
平生の時こういう面を見る事が無いため、効果は抜群だ。
いつも同い年とは思えない程確りしている龍野だが今ばかりは面倒を見る事が出来る。
それを嬉しく思う事は変だろうか。

「何か飲み物とか持ってくるね。台所借りるよ?」
「いいけど、気をつけて」

勝手知ったる、とまではいかないが訪問の頻度は高い。
台所に入った事も数度はあった。
だから飲み物を持ってくる程度ならば聞かずともできる。
しかし龍野には違ったようで、先ほどまでとは丸きり違う心配そうな顔で告げられた。

「私だってある程度の家事はできるの!」

龍野は泊まりにきた時さえ、なのは達に家事を手伝わせてはくれない。
手伝うといっても強行に座って待たされてしまうのだ。
そのため台所を本格的に使ったのは、この間のはやてが初めてであろう。
二人の間に何があるかは知らないが龍野ははやてに苦手と信頼を半々にしたような感情を持っているようだった。

「ありが、と」
「……ううん、寝てて。ね?」
「ん」

部屋からそっと出る。
扉の隙間から見えた姿は素直にベッドで目を瞑っており安心する。
何かと気にかけてくれる龍野だが病気のときくらい逆の立場をさせて欲しい。
そう思いながらなのはは足を速めた。

「お待たせ」

適当に見繕ったスポーツドリンクとゼリーをお盆に載せて持つ。
零さないように苦労しながら扉を開ければ先ほどまでと何も変わらない部屋の様子が見えた。
ベッドの上に眠る龍野からは汗が出ており、寝苦しそうである。

「あ、寝ちゃってるか」
「はぁ…はぁ、っう」

机にお盆を置いて、小さな声で呟く。
起こしてまで食べてもらおうとは思わなかった。
幸いな事に時間はあるし-忙しい中作ったとも言う-龍野が起きるまで側にいる事が出来る。
なのははそれが嬉しかった。龍野の僅かに紅潮した頬を珠になった汗が伝う。

「汗、拭いたほうが良いよね」
「んっ」
「苦しそうなの」

ベッドサイドにおいてあったタオルを手に取り、熱に歪む顔を拭う。
初めて見る表情になのはは自分が熱に魘されているような気がしてくる。
龍野はよくなのはに無理をするなというが、もしかしたら龍野自身無理を重ねていたのかもしれない。
そんな風に思うもずっと側に居れる訳ではないなのはには確かめる術がない。
フェイトにしたってずっと一緒というわけではないし、アリサやすずかに聞くのが一番情報が得られるかもしれなかった。

「――のぶ」
「えっ?何?」

ぼんやりとなのはが龍野の生活について思いを馳せていると唇が僅かに動く。
そこから発せられた音が聞き取れなくて耳を寄せた。
そして直ぐになのはは後悔に駆られることになる。
聞かなければよかったのだ、絶望に見舞われる言葉など。

「たつ、のぶ」

耳に入った音になのはは動きを止めた。
たつのぶ――明らかに男の名前である。
なのはは知らない。今まで聴いたことのないものであった。

どくんと五月蝿いくらい鼓動が跳ねる。
痛みさえ伴うような動悸はなのはの精神に確かな苦痛をもたらしていた。
龍野の額を拭っていたタオルが震える。
起こさないように離すのが今のなのはには精一杯だった。

「だれ、のこと……かな?」

もしかして付き合っている人だろうか。
今まで可能性としても考えた事は無かったが、有り得なくはない。
なのはが龍野の側にいられる時間など限られているのだ。
知らない内に出会いがあったとして、何処に不思議があろうか。

嫌な汗がなのはの背中を伝った。
ぐるぐると視界が回転している気さえする。
戦闘でもここまでのダメージを受けた事はない。
理由がハッキリしない分だけ性質が悪い。
何がそんなに自分を苦しめるのかなのはには分からなかった。

「龍野ちゃん」

ずっと、ずっとなのはの日常を支えてきた少女。
言葉遣いは淡々としていて、無駄な事はしない。
それでも優しくなのはを気にかけてくれる大事な幼馴染である。
疲労に人一倍敏感で、無理をしているとすぐに叱られる。
その怒りさえなのはには嬉しくて、また時折施されるマッサージの心地よさは体に染み付いている。
龍野の齎すものをなのはが手放すなど考えられないことばかりだ。
龍野との事が一気に溢れかえる。
―これはなに?
なのはには分からない。
ずっとそこにあったものに気付かず今まで過ごしてきたのだ。
唐突な気付きは混乱しか齎さない。

「たつのぶって誰なの?」

光を失った瞳に龍野を映す。
寝ている龍野は返事を返さない。熱により寝苦しいのだろう。
眉間には僅かに皺が寄っており、呼吸もし辛そうだった。
その姿になのはは我に返る。

「ごめん、ね」

今はそういう場合ではないとなのはは必死に精神を落ち着かせる。
収まってと小声で呟けば僅かに楽になるような気がした。
小さい頃から今まで何度かなのはが用いてきた方法だ。
しかし効果は見られない。分からない何かがなのはの心を追い詰める。
ベッドに額を着けるようにして蹲る。早く収まってくれないかなとなのはは願った。

「なの、は?」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」

ベッドに寄りかかったことで振動でも伝わったのだろうか。
龍野が目を開け、ベッドサイドに蹲るなのはに気付いた。
顔だけを横に向けてこちらを見る姿に心配を掛けちゃいけないとなのはは笑顔を貼り付ける。
苦しかった。息ができない場所に閉じ込められた気分だった。
それでも、そのことを龍野に知られてはいけないと思った。

「ど…した?」
「何でもないよ、ちょっと眠くなっちゃって」
「嘘」

大丈夫だってと言うなのはの言葉に龍野は上体を起こす。
漏れた息が決して低くない熱を示す。
なのはは慌ててベッドへと戻そうとした。

「辛そうな、顔…ごほっ…してる」
「龍野ちゃんのほうがよっぽど辛そうなのっ」

「風邪、うつったら、ごめん」

――何を言っているのか理解できなかった。
ぐいっと龍野の肩に置いた手を引っ張られる。
押されはしても引っ張られるとは思っていなかったなのはには対処できない。
片手であるのになのはの体は簡単に龍野の腕の中に収まった。

「たつ、のちゃん?」
「少しは…んんっ…落ち着くはず」

龍野の体から熱が伝わる。
風邪で上がった体温がそのままなのはの体に感じられるのだ。
頭の直ぐ上で途切れ途切れな呼吸音が響く。
同時に自分とは違う落ち着いた鼓動もなのはの耳に聞こえてきた。

「あ、ありがとう……なの」

ぽぅっとなのはの身体を包む温もりはずっと慣れ親しんだものである。
マッサージ中に感じるのと似た心地よさ。
いつの間にか苦しさは波の様に引いていた。

「なのは、は…頑張りすぎるから、無理しないで。なのはは…ごほっ、んっ…自然に笑って欲しい」
「っ、う、うん!」

熱に浮かされているのだろう。
いつもは聞けない口調での聞けない言葉だった。
それはすっとなのはの中に落ちて、感情を溢れさせる。
好意、紛れも無い好きと言う気持ちだった。
―今更、だよね。
龍野が好きなんて出会った頃から思っていたことだ。
昔からずっと何処か特別な彼女がいた。
変化していないのか、変化したのかも分からない。
ただ好きと言う事実だけが残っていた。
―私って鈍いのかな?
だが今のなのはにそんなことは関係ない。
龍野の腕の中で、なのはは暫くの間じっとしていた。
心地よい温もりに今だけで良いから微睡んでいたかったのだ。
前途洋洋といく想いではないのだから。

―好きだよ、龍野ちゃん―

腕の中、小さく小さく呟く。
零れた想いは確かになのはの中に染み付いた。
世界に初めてなのはが自分の感情を吐露した瞬間だった。


第十四話 ~風邪引き龍野ちゃん、なの?~ end








ちなみにこれを書いてから熱を出したので、風邪で寝込んだのは関係ない。
……ちょっとタイミングが良すぎて驚いた事は認める。
本当はこんなに重い話ではなかった。
少女マンガちっくに
風邪って移ると治るって言うよね+キスすれば移るって聞いた

苦しそうだし、仕方ない

きゃー、キスしちゃった
と、なるはずだった。面影もない。
なのはのシリアスっぷりには時々驚かされる。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
次回今更なお見合い本番なのだが分かった事がある。
お見合いはフェイト視点で書いていた。
なのはやフェイト視点にして進むと話が暗い上に重い。
百合百合すぎてちょっと書いている本人が驚いた。想いが重い。
やはり龍野視点が一番フランクで、書き易い。
ティアナ登場はもう少し掛かりそうだ。目標としては五話以内に登場させたい。
そうしないと何時までも出ない気がしている。
では、一歩ステージを進めた結果がどう受け止められるか反応を待っている。





[16056] 第十五話 ~父親との邂逅、です~
Name: Fath◆282e9af7 ID:54ec09e9
Date: 2010/03/08 15:33


優しくて、温かくて、心地よい。
時々撫でてくれる手に知らず頬が緩んでしまう。
彼女はとても大切な人で掛け替えのない人。
そして、わたしが一生をかけて償わなければならない人。


フェイト・T・ハラオウン、尾行中。
なのはと二人あるホテルのロビーに来ています。





余生におけるある世界との関わり方 第十五話 ~父親との邂逅、です~





広い空間を仕切る観葉植物の合間から二人の少女が向こうを覗いている。
幸いな事に昼間と言う時間も相俟って彼女達に注目する人はいなかった。
ぴょんと結っている茶色い髪が植物にぶつかって跳ねる。何秒か振りに顔を挙げ、隣を見た。
もう一人の金と黒の少女は、隣の少女と違いぼんやりと見惚れているようだった。

「うー」

少女――なのはの目に映るのは余所行きの格好をした龍野だった。
いつもは余り着ない装飾性を重視した服にボーイッシュすぎないバックを合わせている。
それはまさにデートをする場合の見本と言えるような姿だった。
結っていない髪は龍野が動くたびに揺れて流れを作る。

「たつの、綺麗だね」

先ほどからこの様子の親友にフェイトは相槌とも独り言とも取れない言葉を零す。
なのはのように食い入るように見ていたわけではない。
それでもフェイトの視線が龍野でほぼ固定されていたのは言うまでもない。
お見合い現場に来てみたのは、親友が行くということに加えフェイト自身も見てみたかったからである。
ホテルに行くという事で目立たないような服装はしているつもりだ。
彼女の趣味からして黒が配色として多くなるのは致し方ない。
なのはも見慣れたものではなく、少し大人びた格好をしていた。

「うー」
「……なのは?」

呻ったままの親友が流石に心配になり、フェイトは声をかける。
幹と幹の間から見ているため二人の間にそんなに距離はない。
何故、こんな位置にいるかと言えば偏に龍野に気付かれないためである。
だがなのはは未だしもフェイトはその髪色だけで充分目立つ要因になりえる。
況してやなのは達二人は龍野の様子を見るために龍野の顔が見える位置に陣取っていた。
それは龍野からも二人が見える位置であるということであり周囲を観察するのが癖のようになっている龍野は当然二人に気付いていた。
―何してんだか。
そんな感想をホテルのイスに座った、いの一番に思ったが二人にそれを知る術はない。

「綺麗だよ、龍野ちゃんは」

なのはは僅かに唇を尖らせて答えた。
それが先ほどのフェイトの呟きに対する返事だと知る。
一瞬、何か分からなくてきょとんとしてしまった。
その一拍遅れた返事がなぜか可笑しくてフェイトは微かに笑った。

なのはは龍野から目を離さない。
聞いた当初は、本当にお見合いに来る気はなかった。
龍野が大丈夫と言ってくれたし、そういう約束を彼女が破った事はない。
だから心配は消えたはずだった。
――自分の気持ちに気付くまでは。
気付いてしまったら、放って置けなくなって。
元々無理を聞かせているスケジュールに更に無理を言わせて貰った。
暫く、頭の上がらない人が増えたが仕方ないとなのはは思っている。
フェイトについて来て貰ったのは一人より二人の方が心強かったからだ。
何よりなのは以上に龍野と一緒にいる時間の多い彼女の情報はとても有益である。

「いつもは着てくれないのに」
「お見合いだから、仕方ないよ」

なのはの呟きにフェイトはんと少し考えてから返す。
龍野はいつも機能性と肌触りを重視した服装を好む。
今日着たような服は少なくとも日常で見たことはなかった。
クローゼットにも入っていなかったから、恐らく買ったんだろうなとフェイトは思う。

目の前で進むお見合いは見たところ順調のようだ。
フェイト自身、お見合いの作法なんて物は知らないが場の雰囲気は分かる。
問題なく、朗らかに顔合わせは進んでいる。
龍野が少し作っているとはいえ笑顔を見せている事からしてそれは明らかだ。
そして白の親友はそれ自体が気に入らないようだ。

「嫌じゃないみたいだし」

じーっとなのはが龍野を穴が開くほど見る。
幾ら見つめてもその顔が変化する事はない。
それは当然の事である。
何より龍野が本意ではない会合であったとしても引き受けたのだ。
一度やると決めた事で龍野が嫌な顔を見せるとはフェイトは考えなかった。
むしろなのはとは反対に嫌な思いをしていなくて良かったとさえ思う。

なのはが龍野に笑って欲しくないという独占欲を抱いているとしたら、フェイトは悲しんで欲しくないと言う気持ちを抱く。
それが気持ちに気付いたなのはと気付いていないフェイトの差であった。
また二人の親友同士の性質の差でもある。

「でも驚いてた」

フェイトがなのはを宥めるように声をかける。
それはなのはほどではないとはいえ、お見合い中の龍野を見ていたフェイトの目に映った変化だった。
龍野は刹那ではあるが本当に驚いたのだと思う。
顔に出るほどの驚きを見せる事など数少ない友人なのである。

「そうなの?」
「うん、あれは驚いてた顔だよ」

なのはがフェイトの顔を見る。
それはこのホテルの入ってから初めてのことかもしれなかった。
龍野のことになると少し様子が違うのはもう慣れた事だ。
二人の間にはフェイトが繋いだ絆とはまた異なる絆があるようだった。
それに少し嫉妬する。なのはに対してか、龍野に対してかはフェイト自身も分からない。
いや、今のフェイトには二人を見ていて発生するもやもやが何かさえ分かっていなかった。

ちなみにフェイトが龍野が驚いているといったことは当たっている。
龍野のお見合い相手は前世の同僚であった。話が合う飲み友達である。
年は二歳上、龍野が16になれば18になるわけだから丁度良い。
思いがけない出逢いだった。だからこそ龍野も予想より楽しく話を出来ていた。

「へぇー…フェイトちゃん、本当に詳しくなったんだね」
「一緒にいるから」

微かに驚いた顔をしてなのはは感心の声を上げる。
長年、クラスメイト付き合いをしてきたなのはにも龍野の顔は読みにくい。
その言葉もぶっきら棒な所があり敬遠する同級生もいる。
だがなのはは龍野の性格を知っているため、そう思った事はなかった。
その分かり辛い龍野の感情がフェイトには分かるらしい。
純粋な驚きがなのはにはあった。

驚く親友を見てフェイトは微笑を浮かべる。
最初は、意識を取り戻して直ぐは分からなかった。
なのはが感じている通り、表情にも言葉にも感情が出る事の少ない少女だったからである。
それでも触れてくれる手は温かかったし言葉には気遣いがあった。
だからフェイトは努力した。龍野の事が分かるように、知る事が出来るように。
その結果が今で、彼女の周囲に気を遣う性格が功を奏したのである。

「あ、離れるよ」
「あとは若い人同士でって奴かな?」

フェイトの言った通り、スーツを着た男性-恐らく龍野の父だろう-が龍野と少し年上に見える男の子を残して場を離れる。
大人が彼しかいないのは、お見合いという言葉が大げさである証拠のようだ。
格式ばったお見合いと言うより顔合わせに近いものを感じる。

「なのは」
「うん」

名前を呼ぶ。それだけで親友は分かってくれた。
なのはは龍野の様子が気になって仕方ないようだ。
だからこの場は任せ、父親を追う。
フェイトには龍野が断ると分かっている相手より、父親の方が重要だった。
―謝らなければならない。
そう考えていた。
周囲の景色はまるで歪んで見えない。
重要でないため脳が処理を放棄しているのかもしれない。
フェイトが見失ってはいけないのは、追いかけるのはただ龍野の父親それだけだ。
歩幅の違いかその背中は中々近くならない。
なんでか動悸が早くなる。緊張しているのだと分かった。
龍野たちから見えない位置まで移動した事を確認してから声をかける。

「あの!」
「……私に用かい?」
「はい」

振り向いた姿は一般的な日本人そのものだった。
スーツをきちっと着こなし髪は邪魔にならないようにワックスで固めてある。
仕事に打ち込んでいるのだろう、靴は僅かに磨り減っていた。

フェイトはこの時初めて彼と向かい合った。
写真で見たことはあったが存在を確認するのは、龍野の父親が家に寄り付かないこともあってなかったのだ。
振り返った顔には疑問が刻まれている。
一瞬何をしたら良いか分からなかったが直ぐに我を取り戻し挨拶をしなければと思った。

「初めまして。フェイト・T・ハラオウンと言います」
「ああ、娘から聞いているよ」

頭に浮んだ言葉を口に出し、頭を下げる。
そうすれば直ぐに納得したような声が聞こえてきてフェイトは一先ず安心した。
憎しみが含まれているわけでもない、平坦な声だった。
恐る恐る顔を上げる。
そこにいたのは微笑むまでではないが疑問は解けた表情だった。

「その、本当にごめんなさい」

もう一度、深々と頭を下げる。
綺麗に磨かれた床がフェイトの顔を映す。
白の大理石に眉根を下げた泣きそうな顔が映し出されていた。
龍野の腕は謝って済むものではない。
左腕麻痺という大きな、大きな障碍である。
地球で治る見込みのないそれはここにいる限り一生ついて回るだろう。
そんな傷を龍野につけてしまったと彼女は思っている。

「謝る必要はない。娘もそう言っていただろう?」
「でもっ」

かけられた言葉は龍野との繋がりを伺わせる。
―“謝る必要はない”
それは正しくフェイトが龍野から受け取った言葉である。
付き合いがなくても血は受け継いでいるという事なのだろうか。

泣きそうな顔で謝る、娘と同じくらいの少女。
それは龍野の父親にしても心地よいものでは当然ない。
愛情の有る無しなどこの際大きな問題ではないだろう。
はぁと息を吐いてフェイトの肩に手を置くと顔を上げさせる。

「私は良い父親ではない。愛情を持っているかも曖昧だ」

フェイトはその言葉に耳を疑った。
良い父親ではない――それは分かっていたことだ。
誰が家に帰ってこない父親を良い父親だと評するだろうか。
フェイト自身、龍野が気にしていないのを含めても余り良い感情は持っていない。

それより、である。そんな些事はどうでもいいのだ。
問題はその後に続いた言葉である。
―愛情を持っているかも曖昧?
理解できない。理解したくない。
自分の娘を-しかも自分のように紛い物ではない血の繋がった実子である-愛さない親がいるだろうか。
世の中に虐待というものがあるのはフェイト自身知っている。
ただそれとこれは全く話が違う特殊な例である。
衝撃に近い何かがフェイトの背筋を走り、ぐっと握る手に力を入れることで堪える。

「だが娘の事は信頼している。あの子は言っていた。君に問題があったとは思えない」

愛しているか分からないのに信頼している。
フェイトは更に混乱した。
だが龍野がフェイトが原因である事を何も言っていないのは様子からして明らかである。
もし、と最悪の想像が頭に浮んでしまう。
――もし本当に愛していなくて、だから龍野を傷つけた事に何も思わないならば。
その時、フェイトは自分がどうなってしまうかとんと分からなかった。

「……たつの」
「そういう事だ。では私は失礼するよ」

―たつの。
まるでそれが世界で一番の呪文のようにフェイトは彼女の名前を呟く。
すっと頭が冴えていくような気がした。
話を終え、龍野の父親が踵を返そうとする。
このまま仕事へと移る事は想像に難くない。
その背中に声をかけられたのは、フェイトの意地のようなものだったのかもしれない。

「あ、あ、あの。もう一つだけ」
「何かな?」
「たつのともっと、一緒にいてくれませんか?」

愛情が曖昧と言っている相手に無意味な事だとは分かっていた。
それでも龍野が喜ぶかもしれないという感情がフェイトの背中を押す。
―たつのの為なら、何でもするよ?
認められないものがあったとしても、彼女のためなら我慢できる。
父親に何の感情も持っていない振りをしているがそんなわけはなかった。
少なくとも自分の身に置き換えたとき、何の感情もない、なんてことがありえるわけがない。
フェイトは実際似たような事件を越えてきているのだ。

「それは」
「たつのは寂しくないって言ってます。でもそんなわけないと思うんです!」

半端に回転していた身体がもう一度フェイトと向かい合う。
初めて困惑に近い表情が見えた。迷っているようにもフェイトには見える。
それならばまだ希望が見えるというものだ。

「できない」

しかし出た言葉ははっきりとした否定だった。
頭を振る動作も合わされ拒絶に近い匂いがした。
悲しみに満ち溢れた顔が印象的である。
いや、その顔に表情らしいものがはっきり浮んでいるわけではない。
言うなれば龍野の顔を“読める”フェイトが同じように父親の表情を読み取っただけなのだ。

「私はね、娘と会うのが怖いのだよ」
「そんなっ」

初めて声のトーンが一つ落ちる。
ビジネスライクな対応が崩れ、本心が覗いているのだろう。
言葉を詰まらせるフェイトに龍野の父親は苦笑してみせる。

「事故の話は聞いたかい?」
「……はい」

龍野から事故については聞いている。
フェイトには龍野と二人でいる時間が他の人よりは多くあった。
元々話すことなどそう転がっているわけでもない。
更に二人とも口数の多い人物だとは言い難かった。

そういう時、龍野は家の中にあるものを切欠にして話題を作ってくれた。
興味を示せばアルバムなども見せてくれたし彼女の事についても教えてくれた。
フェイトにとってはとても感謝する出来事である。
本来なら龍野に気を遣ってもらう事自体情けなく思うのだが、自分の中にある話題は大半が魔法に絡む。
なのはとの出会いも、はやてとの出会いも話せない。
時々シグナムについて尋ねてくる事もあったのだが、これはフェイト自身が話したくなかった。
ワガママと言われて仕方ないかもしれない。
だがシグナムのことを話す彼女の瞳はキラキラし過ぎていて、何だか複雑な感情が湧いてしまうのだ。

「娘のせいではないと分かっている。それでも納得してくれない何かがあるものだ。まして、あの子は妻にそっくり過ぎる」

事故の事も、龍野にすれば日常会話に入るのかもしれない。
だが側で見ていたフェイトにすればそれは自傷行為をしているようにしか見えなかった。
無表情に近い顔の裏に隠れているのは辛さに違いない。
家族の事がそんなの理路整然と整理できるとは思わなかった。

あの写真立て-家族写真だ-を持って一度話してくれた事がある。
なのはと一緒に聞いた事故の顛末より、時間の分だけ僅かに長い説明だった。
その結論として龍野は言ったのだ、母親を殺したのは自分のようなものだと。
勿論、フェイトは直ぐに否定した。
しかし龍野の中にそういうものが住み着いてしまっているのは否定できない。
―龍野は何でも背負い込む。
フェイト自身よく言われる言葉ではあるが、龍野を見ているとよくそう思う。
自分のせいだと思い込んで納得してしまう傾向が強い。
それは個人の力で世界を生きていく強さを持っているが、余りにも悲しい強さのような気がフェイトにはした。

「そんな理由、なんですか」

声が震えた。
子が親に似るのは普通の事である。
普通の親は大体それを喜ぶだろう。
だがこの親子の場合、似すぎる子が失った母親を思い返される。
父親は悲しさの余り直視できないのだ。

「龍野も理解してくれている。あれは理性的な子だ」
「それでもたつのは、まだ中学生です!」

父親の言葉にフェイトは語気を強めた。
今言わなければ、きっともう言う機会はない。
中々姿を見せないこの人を捕まえることは難しいだろう。
何より龍野が望んでいないことをフェイトは出来なかった。

「これまでも、これからも私は側にいる事が出来ない。君のような子が側にいるなら良かったよ」

ふと微笑を一つだけ零して今度こそ、その背中は遠ざかった。
よろしくと残された言葉だけがフェイトに響く。
最後の微笑だけは純粋に娘を心配している父親に見えた。

「言われなくても」

遠ざかる背中が見ていられなくてフェイトは視線を落とす。
そこにはやはり白い床が広がっており、自分の憤怒とも取れる表情を映していた。
唇を噛み締める。
―言われなくても、たつのの側にいます。
そして龍野を幸せにしてみせる。
フェイトの胸を決意が覆った。


第十五話 ~父親との邂逅、です~ end








フェイトはまだ事件から脱出しきれていない。
そのくせ思っていることはなのは並というのが個人的好み。
なのはさん、軽くストーカー。
リリカルのヒロインは全体的にヤンデレ要素を持っていて、ある意味凄まじい。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
自分の名前を呼ぶ夢って?と書いた本人も思っている。
なのはの自覚の仕方が受け止められてほっとしている。
可愛く、可愛く頑張ってみた。
フェイトはもう少し想いが積もらないと無理っぽい。
むしろ生い立ちを打ち明けられるという最重要フラグをまだ通過していない。
軽くジャブを頑張る日々を暫く過ごしてもらう。
理想としては、無自覚でラブいカップルだ……実現するとは限らないので悪しからず。
では。




[16056] 第十六話
Name: Fath◆282e9af7 ID:50f110e6
Date: 2010/05/30 07:26


「フェイト、それはプロポーズって言うのよ」

アリサが呆れたような口調で言った。
腰に手を当てはぁと小さく息を吐く様子は正しくお嬢様だった。

「ふぇっ?!」

その言葉にフェイトは顔を紅くする。
フェイトが龍野に所謂プロポーズ紛いのことをしたのはこれが初めてではない。
なんと言っても左手薬指に指輪を送った人物である。

「無意識、だったんだね……」
「なのはちゃんがいないのが救いっちゃ、救いやな」

すずかが今までも何度か見た顔で困ったように笑う。
なのはやフェイトが龍野と仲良くなってから良く見る表情だった。
はやてが我関せずと青空を見上げる。
冬に近くなった空が綺麗に透き通っていた。


後藤 龍野、お見合いは無事終了。
よく分からない展開に頭を悩ませるばかりです。





余生におけるある世界との付き合い方 第十六話





サンドイッチを口に運ぶ。
片手が動かなくなってから、こういったものを昼食に選ぶ事が増えた。
箸さえ持てれば食事に不自由はしない、なんてことはない。
食器を押さえると言う行為は非常に大切である。
特にこういった人目に着く場所では、物理的倫理的に食べ辛かった。

「父さんと話したんだ?」
「……うん」

一口食べ咀嚼し飲み込む。
左隣にいるフェイトは龍野の言葉に少し顎を引いた。
視線が机より下を向く。いつも眩しいくらい真っ直ぐに自分を見る彼女にしては珍しい。
余り見ることのない横顔は何処か新鮮で、微かな時間ではあるが見とれてしまった。
気まずいのだろうと龍野は思う。
勝手にお見合いについてきて、勝手に父親と話したことがフェイトの中で申し訳なさに変わるのだ。
龍野が余り話していないのに自分だけという思いもあるのかもしれない。
フェイトは-これはなのはにも言える-龍野の親子関係が改善される事を望んでいた。
会話をして欲しかったに違いない。

「何々、とうとう親に挨拶?」
「でも龍野ちゃんお見合いに行ったんだよね?」

そういう経緯を知らないアリサとすずかが首を傾げる。
アリサは好奇心旺盛に突っ込んで、すずかはただ事前に聞いていた予定を思い返す。
どちらも性格が出ていて龍野は知らず苦笑した。
―親に挨拶って。
その言い方だとフェイトが龍野とお見合いをしたようである。
しかし後にフェイトから聞いた内容だと挨拶に近いものだったようで龍野は何ともいえない気持ちになる。
天然で、純粋な少し世間知らずの執務官はそれでも龍野のことをとても考えてくれているのだ。

「気になったから着いてったんよ、フェイトちゃんとなのはちゃん」

事情を知らない二人にはやてが答える。
はやてはお見合いの後フェイトともなのはとも会っていた。
だから事情は大体知っている。というか、お見合いに行くというのも知っていた。
はやてはなのは達と別々に会ったが様子はそれぞれでかなり違った。
フェイトは明らかに怒っていたし、なのははぼうっとした様子で話ができる状態ではなかった。

「あー……予想しなかったわけじゃないけど」
「二人とも龍野ちゃんのこと大好きだもんね」

アリサとすずかの言葉は全くもってその通りで、龍野は対面にいるのに頷きたくなった。
以前からなのはは妙に懐いているなとは思っていたのだ。
しかし、事故があってからはフェイトまでも同じ状況になってしまい戸惑いを隠せない。
本当ならば、前世の記憶通りならば二人はここまで魔法の事を知らない他人に傾倒するはずがない。
―悪影響しなければいいんだが。
龍野がしたのは二人の疲労を少しばかり軽くしただけである。
フェイトに至っては助けた量より錘をつけた量のほうが多いかもしれない。
それなのになのはもフェイトも龍野のことを好んでくれている。
嬉しい事に違いないが、理由が分からないため困惑に近い感情を抱くときも有る。

「大丈夫って言った」

わざと拗ねた口調で龍野は言う。
勿論、本気で拗ねているわけではないし、ちょっとしたジョークだ。
龍野はフェイトの性質をここ数ヶ月で全てとまではいかなくても充分知ることができた。
従って自分がどれ程彼女に気を遣われているか分かっている。
嬉しいが、それが金の少女の負担になっているかと思うと心苦しい。
気を遣い過ぎるフェイトに対する龍野の意趣返しであった。

「で、でもねっ。たつの綺麗だったし、たつのにその気がなくても向こうが――」
「フェイトは私を信じてないの?」

それで焦るのは彼女の性格から考えて当然の事であろう。
あわあわと落ち着きなく言葉を重ねる姿は微笑ましくて、可愛かった。
予想通りの反応に龍野は心の中でほくそ笑みながら言葉を返す。
少々悲しそうな演技をする事は忘れない。

「信じてるよ。たつのが約束守ってくれるのは分かってる」

すっと物腰が落ち着いて、柔らかく微笑まれる。
言葉通り全幅の信頼を置いてくれている態度に龍野がこそばゆくなってしまった。
フェイトという少女は何処かにスイッチを持っているのではないだろうか。
龍野は時々そう感じる。もしかしたら達信の記憶も関係しているのかもしれない。
何が言いたいかというと、この少女は時折切り替わるのだ。
とてつもなく愛らしい笑顔を見せてくれる少女から、凛とした冷静で格好良い少女へと。
それは見ていて驚くほどの変化である。

「はいはい。お二人さん、わかったからな」
「龍野も、フェイトで遊ぶんじゃないわよ。どうせ分かってたんでしょ?」

龍野は微かに肩を竦めてみせる。
図星だったので否定する事はできない。
真剣なフェイトと遊んでいる龍野のやり取りは聞いている方にもくすぐったさを与える。
龍野がこうなる前はなのはとの会話でそうなることが多かったが、この頃は違う。
フェイトの方が無邪気に話を振ってくるのだ。
なのはは龍野に言葉を掛ける際、以前は感じられなかった間がある。
何か考えているようにも見えたが口にされない内容まで理解できるはずもない。
当然、一緒に過ごす時間の長短もある程度関係していた。

「フェイトもなのはも目立つし、隠れてなかった」
「え、そうかな?」
「鮮やかな金は何処でも良く映える」

フェイトは気付いていなかったらしい。
首を傾げる姿に龍野は結っているせいで自分の肩口付近に来ている金の髪の毛を掬う。
その動作にフェイトは自然と頬が緩む。
自分に触れる彼女の手はいつも優しくて、心地よい。
それは神経の通っていない髪の毛でさえ同じであったようだ。

サラサラと流れるそれはまさに錦糸のようで光を反射して眩しい。
これが目立たないと思う人間がいたら見てみたいと龍野は思う。
幹と幹との間といっても髪の毛は見切れていた。
何よりフェイトの金色はとても瞳に残るのだ。

「フェイトは普通に見えてたし、なのはは……声が聞こえる大きさだった」

龍野の正面になのはもフェイトも陣取っていたのだから、様子はよく覚えている。
フェイトの方がなのはより若干ではあるが背が高いため見える面積も大きい。
またなのはに至っては声が聞こえていた。
あの席についていた人物で龍野以外、なのはの声を知る者はいなかったため流されたに過ぎない。
その時点でも呆れていたが、気付いてないと思っていたと聞いて更にその感情が積もる。

「そうだったかな?」

実を言うとフェイトは良く覚えていなかった。
龍野のお見合いの席を見つめていた記憶より父親との会話の方が鮮明だったためだ。
あの時のことを聞くならなのはが適任だろうが今はいない。
―なのはもぼうっとしてたから、覚えてないかも。
それに、とフェイトはあの時の様子を思い返す。
なのははこの頃、時々-特に学校で-ぼんやりとしている事がある。
理由は分からないが任務に行くときの様子に変化はないので何も言わないでいる。
激務をこなす中学校でぼんやりするくらい許容範囲だろう。

「フェイトちゃん……」
「ねぇ、あの子あんなんで本当に仕事できてるわけ?」
「優秀な執務官で、戦闘やって群を抜いてるんやけどなぁ」

間の抜けた返事に肩を落としたのは他の三人である。
すずかは苦笑を隠さないし、アリサなどははやてに情報を確かめている。
はやてにしてみればしょうがない事なのだ。
戦闘中のフェイトは本当に冷静で失敗もない。
だが日常でその姿は余り見られることはなく、そういう人物であるとしか言えないのだ。
あははー…と誤魔化すように笑うはやてにアリサは仕切りなおすかのようにフェイトを見る。
すずかもにっこりとした笑顔で見てきたというお見合いの状況を尋ねた。

「それでどんな様子だったの?」
「龍野の父親の話って聞いたことないから、興味あるわね」

アリサとすずかは余り龍野の親子関係に詳しくはない。
だが家に遊びに来た以上、人気のないそこに違和感があったのは否定しない。
そして龍野の口から親について語られる事は更に少ない。
だからだろう。龍野の父親と話したというフェイトに注目が集まった。

「え、と…事故の事を謝罪して、それで側にてくれてありがとうって」

四方から向けられる期待の視線にフェイトは一瞬口ごもる。
どれを言って良いのか、何を言うべきなのか、判断が難しかった。
―言わない方が、いいよね。
龍野はフェイトと父親の会話を知らない。
全て話してしまって龍野を傷つける事態になることだけは避けたかった。

「謝らなくていいって言ったのに」
「わたしは一度でいいからきちんと謝りたかったんだ」

はぁと溜息を吐く。フェイトが父親に会いたがっているのは知っていた。
薄々事故の事を気にしてだという事も感づいていたが、その通りだったようだ。
―必要ないって言ったんだが。
父親に対して今回の事故についての説明はついている。
フェイトが関係した事は言ってあるし、責任がないこともきちんと伝えていた。
龍野と父親の間に会話が皆無というわけではないのだ。
会わなくとも電話で報告するくらいの事はしている。
もっとも、不定期でありほとんど活用されていない事は否めない。
だが今回のように連絡がある時は確り使われているのだから問題も少ないのである。

「で、側にいてくれて~ってお礼を言われたわけね?」
「うん」

自分なりにフェイトの言葉を咀嚼してアリサが頷く。
常識的な会話であった。
龍野に親らしいことをほとんどしない人物とは思えない。
少なくとも、側にいられない事を申し訳なく思う感性は残っているようだ。

「たつののお父さんに、これからも側にいれるかわからないって言われて」
「ふんふん」
「だから私が側にいますって……聞こえてなかったかもしれないけどね」

フェイトはあの時の状況を思い出す。
背中に向けて言った言葉はきっと届いていない。
悔しくて、悲しくて、怒りが湧いてきてどうしようもなかったのだ。
それに、とフェイトは思う。
聞こえていたとしても、聞こえていなかったとしても龍野の父親は振り返らなかった。
それが答えのような気がした。

「それでね、たつの」

その流れでフェイトは更にあの時感じたことを思い出す。
龍野の側にいようと決めた。
同時に彼女を幸せにしようとも思った。
――自分が事故によって奪ってしまった分も全て返そう。
そんな感情がフェイトの頭に渦巻いていた。

「わたし、たつのを幸せにしようって思ったんだ」

龍野は刹那顔を顰める。
またか、と声に出さずに呟く。
フェイトが自分のために色々犠牲にしようとしてくれているのは分かる。
任務の時間だってその一つだ。あれはフェイトの夢へ一番の近道のはずである。
助けられただろう人たちを見過ごして龍野の側にいてくれたのだ。
充分に埋め合わせは貰っている。
それなのにフェイトは時々多大なものを龍野にくれようとするから困ってしまう。
―わかってないな。
これは後でフェイトと話し合う必要がある。
事故の後も何回か軽くこの話題は触れたのだが、龍野の思いはフェイトに伝わっていなかったようだ。
真っ直ぐに自分のことを考えてくれているから恐らく彼女の思考には彼女自身が入っていない。

その考えは頂けない、と龍野は思う。
幸せ、なんて定義づけが最も難しいものの一つである。
だからフェイトの幸せに口を出すつもりはないし、自分の幸せくらい自分で決める事が出来る。
それが前世の大方を一人で過ごしてきた達信のポリシーのようなものだった。
そして曖昧な幸福の中で一つだけ確定しているのは、フェイトが幸せでなければ龍野も幸せでないという事だった。
誰がこの純粋な少女の犠牲の上で幸福を貪りたいと思うだろう。
なのはにも言えるが、龍野はむしろ彼女達にこそ幸せになって貰いたかった。
被った不幸の量を比べようとは思わないが、過酷さならば明らかに彼女達の方が上だ。
龍野のことを気にする前に自分が幸せを掴んで欲しい。
ずっと、特に事故後は思ってきたことだった。

「んん?」
「フェイトちゃん?」

相槌を打ちながら話を聞いていたアリサの口から声が漏れる。
聞き流しそうになったが今の言葉は意味が違う。
はやても気付いたようで一瞬顔を見合わせた。

いつもなら直ぐに突っ込むだろう龍野は黙ったままである。
これはフェイトとの話し合いについて考えていたからなのだが周囲にそれがわかるはずもない。
つんつんと、偶々近くに座っていたすずかが龍野の肩を突く。
覚醒を促すためだ。
こればかりはアリサ達には-というか当事者以外には-対処しきれない問題である。

「どうかした?」

様子を変えた友人達にフェイトは首を傾げる。
その姿に思考の淵から呼び戻された龍野は、あーと言葉を選んでから告げる。

「思ってることまで言わなくていいと思う」

恥ずかしいしと龍野は付け加えた。
龍野自身、少々麻痺していたことは否めない。
性格なのだろうか、フェイトは中々恥ずかしい事でも口に出せる。
むしろ純粋すぎて恥ずかしいと思っていないことが予想できた。
その上、素直に思ったことを話すから更に性質が悪い。
龍野だったら絶対口に出せない事をさらりと言ってしまうから、いつの間にか流す癖がついていたのだ。
円滑な日常生活を送るために身に着けた特技ともいえよう。

「側にいちゃダメ、かな?」
「駄目じゃないし、私も助かってる。でも」

龍野の言葉にフェイトの思考は幾分巻き戻されたらしい。
確認を取るように悲しげな顔で見つめられる。
どうにもこの顔には弱い。
―あー、そうだった。
フェイトの恥ずかしい言葉を流す癖がついた、と思ったがそれにはもう一つ理由がある。
その言葉に下手な反応を返すとこうなるからである。
泣きそうとも、縋りつくような視線とも違う儚げな表情を龍野は受け止めるしか出来ない。
拒否できない時点で龍野がフェイトに甘いという事は決定されたのだろう。

「でも?」

ダメ押しのように首を尋ねられる。
負けだ、と龍野の中で白旗が上がった。
これがはやてだったら一笑に伏せるのに人間関係とは不思議なものである。
思うようにいかない世の中に嘆きながら龍野は返事をする。

「……何でもない。フェイトが側に居てくれて嬉しい」
「うん!」

泣いた烏がもう笑うという言葉の通り、フェイトの顔に笑顔が戻る。
嬉しそうな顔だった。これを見られるならいいかなと考えてしまうのは毒された証拠だろうか。
元より-事故の前から-彼女達には笑っていて欲しいと思っていたのだから、そう変わったわけでもない。
戦闘中の凛々しい顔もいいかもしれない。
涙だって時には必要になるだろう。
だがやはり笑顔が見てる分には一番である。

この後アリサにそれはプロポーズだと指摘されたり、すずかに苦笑されたり。
はたまたはやてにからかわれたりするのだが、それはまた別の話である。


第十六話 end








お見合い編終結話。
内心、喧嘩フラグと呼んでいる話でもある。
なのフェイと龍野の意見は真っ向対立なわけだから仕方ない。
それともう一つ。なのはが自覚すると怖くてこういう話に同席させられないという弊害が出てくる。
こっちの面でも喧嘩しそうだな。……うむ、その場合は百合的に楽しめそうだ。
というか百合な展開をしてる諸君には、百合分が少なくて申し訳ない。
暫く辛抱させることになるかもしれない。どかっと百合分を注入できそうな話が転がっていなくて困っている。
自分の中の百合分が枯渇したら暴走して関係ない幕間を書くかもしれんが、その時は生暖かい目で見てやってくれ。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
前話は特に誤字が多かったようで面目なく思う。
一応全て直したつもりではあるが直ってなかった時はもう一度教えて欲しい。
父親は色々難しい。何だかんだで話には関わる事になりそうだ。
中学卒業して移住したなのははそういう面でも凄いと言わざるを得ない。
では。





[16056] 第16.5話
Name: Fath◆282e9af7 ID:48284276
Date: 2010/04/11 13:24


寒さを我慢してベランダから空を見上げる。
それは昔シグナムの腕の中から見上げたものと変わりない。
何も知らなかった頃と何も変わらない。
キラキラ輝いて、とても綺麗だった。


八神 はやて、捜査官。
色々なことが世の中には起こります。





余生におけるある世界との付き合い方 第16.5話





はぁと息を吐くと白に染まった。
日中は余り感じないが夜は冷え込む。
もう一枚くらい羽織ってから出るべきだったかと少し反省した。

「冬やねぇ」

まだ初冬に過ぎないが冬は冬である。
冬ははやてに様々な事を思い出させる。
彼女たちと出会ったのも冬であった。
彼女と別れざるを得なくなったのも冬であった。
あと半月もすれば雪が見られるようになるだろう。
だが今はその気配は微塵もない。
いつもの世界がただ広がるだけだった。

「主、はやて。風邪を引きます」
「これくらい平気や」

背後から聞こえてきた声に振り向かずに答える。
心配そうな声音は耳に痛い。
家族に心配を掛けるのははやての本意ではない。
それでももう少しだけ、はやてはこの場所にいたかったのだ。

はやてにそう言われてしまうとシグナムは動く事ができない。
これだけはさせてください、と持って来ていた毛布を掛ける。
すると初めてはやては顔だけで振り返り笑顔を見せた。

「ありがとな」
「いえ、当然のことをしただけです」

相変わらず生真面目な家族にくすくすと笑いが漏れる。
ある程度の年月を過ごしてきたのだからもう少し柔らかくなっても良い。
そう思うも彼女の真っ直ぐな対応は変わらなくて、それでもその優しさはとても温かくて、はやては嬉しくなる。

「何を、考えているのですか?」

微かな沈黙の後、シグナムは疑問を口に出した。
ここ暫くはやては考え込む時間が増えたような気がする。
シグナムとて任務に出かけて、ずっと側にいるわけでもない。
そう感じるのが自分一人だけだったらもう少し様子を見ただろう。
だがヴォルケンリッター四人全てが同じことを感じていた。
これは確かにはやてが何かを考えている事を示している。

「ちょっとなぁ、龍野ちゃんのことを」
「龍野、ですか?」
「うん」

シグナムが意外そうに尋ね返す。
はやてはその言葉に苦笑を交えながら頷いた。

シグナムの言うとおり、はやてはこの頃思う事があった。
半年前の事故から一緒に居る事が劇的に増えた同級生についてである。
なのはは元から懇意にしており、とても心配していた。
フェイトも彼女のために仕事を減らしている。
これは心優しい親友たちの行動のため何も不思議な事はない。
休みをきちんと取るようになったのはいいことであろう。

―でもなぁ。

問題は龍野自身である。
彼女の行動は物分りが良すぎた節がある。
そして、この間使わせてもらった台所は違和感がありすぎた。
あれは左腕麻痺の人には使いにくすぎる。
あの状態のまま、片手で調理しろといわれたら余程器用でない限り無理である。

「龍野ちゃん、左腕動かんはずよなぁ?」

その情報に間違いはないはずである。
フェイトが医師と話しているのを側で聞いていたらしいし、実際-当然だが-動いているのを見たこともない。
事故後直ぐであの状況だったらまだ納得もいく。しかしもう半年近く過ぎているのだ。
日常的なものから変化が起きていても何もおかしくはない。
むしろ変化が起きていない事がおかしい。

「私が見た限り動く様子はありませんでしたが」
「シグナムもやっぱりそう見えるんか」

僅かに顔を顰めてシグナムは記憶を遡る。
龍野が左腕を動かせるのに、動かない振りをしているとは考え難い。
人間というものは反射的な動きと日常的な動きに無意識が一番反映される。
意識しなくても歩こうと思えばバランスをとるように腕が交互に出る。
防御反射ではどんなに我慢してもピクリとくらいしてしまうものだ。
だから麻痺の振りをするということはとても難しい。
シグナムの見る限り、龍野は間違いなく左腕を麻痺している。

はやてもそれは分かっていた。
分かっていたからこそ、不気味さを感じるのである。
そしてなのはやフェイトが愚痴っていた家事をさせてくれないというのもそれに拍車を掛ける。
――家事をしている姿を見られたくないから、手伝いさえさせないのではないかと。
穿ち過ぎだとはやて本人も感じるが感じた疑問は消えない。
ましてそれを無しにしたとしても、台所に疑問は残るのだ。

「龍野に、何か感じる点でも?」
「いやなぁ……」

シグナムの言葉に口ごもる。
真摯な表情ははやての力になりたいと伝えてくれる。
だが、まだはやて自身が行動できる時期ではないのだ。
疑心はあるが確信を持てない。
そして確信を持つ方法は分かっているが、それを取るには決心が付かない。
日常を普通に送る分には龍野に怪しい所などないのだから。

はやてにとって事件の後急に接近した龍野となのは、フェイトの距離も甚だ不思議である。
それまでの龍野は近づいてくる事がなかった。
一緒に遊んだ事もないし、放課後を過ごした事もない。
彼女は自分一人の世界を持っているように見え、また口を出す必要も感じなかった。
なのはが龍野を好んでいるのは知っていた。
アリサやすずかからもなのはが彼女と仲の良いことは聞いていた。
それは事件の後さらに顕著になるが、この時の-小学校の時だ-はやてにしてみればふぅんと流せる程度だった。
魔法の事を知らない彼女が、なのはの特別になっているなんて知らなかったのだから。

「龍野ちゃんって、魔法使えんよね」
「恐らく使えないでしょう、最も余程高度に隠蔽していれば別ですが」
「うん」

龍野から魔力を感じる事はない。
一応、確認-ユーノがなのはとの出会いで使用した魔法だ-もしてみた。
先天的資質があるならば聞こえただろう。
だが反応がなかったのをみると、彼女が魔法を使えないのは確かである。
もしくはシグナムの言うとおり聞こえていたのに無視をしたか。
これは難しい問題だった。

前者ならばただ単に聞こえなかったのだから一般人である。
しかし後者ならば、正反対になのはとフェイト、はやての存在を知りながら潜伏している誰かになる。
余り考えたくはないが自分と親友を含めた三人は管理局においてさえ高ランクに分類される魔導師だ。
管理局に敵対する組織が居たとしたら早めに芽を摘んでおこうと考えてもおかしくはない。
その場合、少々手荒な手段といえどはやては龍野を調べなければならなくなる。

「シグナムから見て、龍野ちゃんってどんな子や?」

はやては龍野を知らない。
彼女の考えも、何をしたいのかも、またどういう性格かさえ。
事故後に一緒に過ごす時間が増えたことで見えてきたものは確かにある。
だが信用、信頼するにはまだ足りない。
左腕のことと合わせて考えると彼女が本当にただの一般人かさえ少々疑問だった。

龍野は魔法をなのはが知る前から、なのはの側にいた。
その事実からすれば敵対組織の一人と考えるのは早い。
だがとはやては瞳を細めた。
――事態を予測する場合は最悪の事を考えなければならない。
指揮官における基本的な考えである。そしてはやてもその必要性は感じていた。
最悪を考えるならば、龍野は敵であろう。
そして更に悪いことを付加するとすれば、組織に利用された敵になる。
なのはとフェイトと仲が良いということはそれだけで狙われる理由になるのだ。
側にいる一般人の彼女を後付で洗脳なり、何なりすればよい。
新しい人員を潜り込ませるよりは余程楽な方法である。
――嫌な考えだ。
はやては心の中で溜息を吐く。
だがそういう事をする組織が存在するのもはやては知ってしまった。

「龍野は、そうですね。とても真っ直ぐな好意を向けてくる人物でしょうか」

「もっとも、理由は分かりませんが」とシグナムは苦笑した。
はやてもそれに苦笑で返した。
確かに龍野はシグナムにとても憧れている。
それこそフェイトが嫉妬するくらいには。
理由は分からない。龍野の口から聞いたことも無い。
はやてと龍野の仲が良いようで関わりあっていない事の証明だった。

―知らん事がまた増えたなぁ。

知ろうとすれば知らなかった事が山ほど見えてくる。
龍野、はやてと互いを名前で呼ぶように成ったのさえ事故後だ。
これはフェイトも同じ事であり、それまでは名字で呼んでいた。
なのはは出会って直ぐに名前で呼び合うようになったらしい。
仲良くなった経緯を余り細かく聞いたわけではないので詳しくは分からない。
アリサやすずかでさえ、名前で呼び出したのははやてが転入した後だ。

これはなのは達が忙しくなって、直接話す事が増えたからのようだ。
なのはの勉強は文系を龍野が、その他をアリサ達が分担していた。
仕事で忙しいことを知っているアリサは龍野ともきちんと話し合った。
分かりやすいノートの取り方について意見交換などもしている。
そういうやり取りをしている内に名字で呼び合う関係が煩わしくなった。
そんな風にはやてはアリサから聞いていた。
つまり、アリサ達でさえ龍野と本格的に話すように-友達といえるくらい-なったのは小学校の四年生になってからという事である。

「疑いたくは、ないんやけどな」
「龍野が怪しいと?」

シグナムの言葉にはやては頷いた。
龍野は学校で見る限り普通の中学生である。
勉強は出来るようであるが、天才と騒がれるレベルでもない。
運動も左腕が麻痺する前は得意としていた。
どの学校でも一人二人はいるだろう生徒であった。

―妙に、時期が合い過ぎるんや。

普通の人と何も変わらない台所が引っ掛かって、はやては少し龍野について調べてみた。
調べるとは言っても改めてアリサやすずかから話を聞いたくらいである。
はやての中でずっと気になっていた違和感-避けられている気がしたことだ-もこの際だからはっきりさせたかった。
出てきた結果は疑問を深めさせるものだった。

まず、龍野の人との付き合い方である。
これははやてが感じていたものと大差ない。
アリサも避けられている気はしたとのことだった。
特に小学三年生まではなのはが何に誘っても一緒に遊ぶ事はなかったようだ。
龍野に断られてしょんぼりするなのはを慰めたのを良く覚えているとすずかも言った。
例外が龍野の家で勉強を教える事であり、これだけは断らなかった。
断られるたび気を落とすなのはが可哀想で、アリサやすずかも誘ったが答えは同じ。
結局、初めて遊びに近いものが出来たのは四年生になってからだそうだ。
これは名前の呼び方の変化と連動している。

次に付き合いが増えだしてからの龍野の様子である。
龍野はなのはの習い事が増えたことに何も言わなかった。
尋ねられた事はあるらしい。
“なのはは放課後何をしてるの?”と。
それにアリサとすずかは習い事と学習塾と答えた。
はやてたちと打ち合わせた通りの答えである。
その返事は“そう”の一言であった。
詳しく尋ねられるかと身構えたアリサ達は拍子抜けをしたと言っていた。
龍野の人に深入りしない姿からは然程変な動作でもない。
だが、一度疑いの目で見てしまえば別の考え方も出来る。

―龍野ちゃん、何しとるか分かっとったんやないかな?

知っていたから詳しく尋ねなかった。
それは、はやてにすれば一番恐ろしい答えである。
龍野が魔法を知っている事になるからである。
この街になのは達以外の魔法の世界の住人はいないはずだ。
何処から知ったかは分からないが、龍野が隠しておくのはどちらにしろ違和感が残る。
無いとは思うがアリサ達のように見てしまったならば言えばいい。
幻だと思ったならば分からないでもないが、あの理詰めの少女が確認しないとも思えない。

はやては溜息を吐いた。
白い息は黒い闇へと消えていく。
何も知らずにいれた頃に戻りたいとは思わない。
魔法は確かにはやてに家族を作ってくれたのだ。
その為に被る苦労がなんだというのだろう。

「知り合いを疑ってしまう私は間違っとるかな?」
「友のために用心深くなってしまうのは仕方ない事です」

自分の心中を察したかのような言葉にはやては一瞬泣きたくなった。
掛けてくれた毛布をぎゅっと握り締め耐える。
そろそろ寒さが体の心まで入り込み始めた。

極めつけは事故後のフェイトのべったり振りだ。
悪い事だとは思わない。
親友の優しい性格を考えれば当然の事だろう。
だが急な変化過ぎた。
高ランク魔導師としてフェイトもなのはも名が売れている。
誰も彼もがフェイトとなのはの人となりまで知っているわけではない。
急に休みを増やせば目に付く上官もいるのだ。
しかも事故の事は知られていない。
フェイトもなのはも、あくまで私事として休みを取っている。

―今はまだええ。

不思議がる人はいれど問題はない。
しかし、もし龍野という一人の少女のためになのはもフェイトも休みを取っていると知られたらどうなるだろう。
彼女は明らかに二人にとってウィークポイントになる。
それも最大級のとつけても問題がない程大きな、である。
その時誰がどう動くかなどはやてにも想像がつかない。
もしはもしである。
上手くいけば、これからずっと誰もそんな事は気にせずに過ごせるかもしれない。
下手すれば、はやてと同じように龍野に疑いを深める人物が出るかもしれない。
はやてより権謀術数に身を浸した人物は遥かに多い。
その人たちがどう思考を巡らすかなど、考えたくも無い。

そして、そのどちらにしても龍野には魔法を知ってもらわなければならない。
最悪が起こらないとしても自分の身に迫る危険というものを理解させるべきである。
一般人だとしても、敵だとしても、はやては龍野と話し合わなければならないのだ。

「なのはちゃんたちには言えんなぁ」

なのはもフェイトも、龍野に心を預けすぎている。
どの結果が出てもショックを受けるだろう。
左腕が動く如何、龍野の敵味方に関わらず。

はやては今更なのはとフェイトの幸せそうな笑顔を思い出す。
自分といる時とはまた違う笑顔はとても綺麗で、疑いなど一片も入らない表情を。
あの顔を壊す事がはやてには考えられない。
全ては知られずに動かすしかないのだ。

「私たちは主に付いていくのみです」
「……ありがとな」

はやては大きく息を吸った。
冬の冷たい空気が思考に熱くなった頭を冷やしてくれる気がした。

「そろそろ、中入ろうか」
「はい」

振り向いて微笑む。
シグナムも柔らかな表情で静かに頷いてくれた。
決心はまだつかない。しかし、見過ごす事もできない。
リンディにでも相談してみようかと思った。


第16.5話 end









色々あるはやての回。
俺が思いつくものを全てはやてに語らせたら悪くなりすぎる。
なので所々省略してみたが、助長している感じが否めない。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
はやては使い易すぎるキャラなのでなるべく使用を控えていた。
だが寄せられたものを見てはやて視点は書かざるを得ないと思った。
そして何人かの方が言っていたが十八話は基本的に最初の話に繋げて書いていた。
繋がるように頑張ってみてもやはり上手くはいかないものだと実感。
色々思うところはあると思うが、最初の話でいこうと思う。
この話で書きたいことは幾つかある。
それは最初の話のほうが上手く繋がるという結果が少し書いてみて出た。

沢山の意見本当に感謝している。
貰った意見は出来るだけ汲み取り反映したいと思う。
だがどうしても反映できない部分もでるかもしれない。
決して読んでないわけでも、無視しているわけでもない。
俺の表現力が及ばないだけだ。
その時は本当に申し訳なく思う。
では長いあとがきを終わる。


追伸
IFは次の更新で消す予定だ。
あと十八話の穴も埋め立てる。
IFが良いと言ってくれた方は陳謝する。
本筋を良かったといってもらえる話しにできるように頑張る。



[16056] 第十七話
Name: Fath◆282e9af7 ID:c5a88549
Date: 2010/03/14 13:20


侮っていたわけではない。
甘く見ていたわけでもないし、年下に見ていたわけでもない。
それを招いたものが何かと言えば龍野には予想以上の有能さだといえるだろう。

後藤 龍野、精神年齢XX歳。
中学生に出し抜かれたようです。





余生におけるある世界との付き合い方 第十七話





「なぁ、龍野ちゃん」
「……なに」

はやての声に龍野は一歩退いた。
腹筋に力を込め背筋を伸ばす。
真っ直ぐに前を見ればはやてが苦笑しながらこちらを見ていた。

「なしてそない構えるん?」

小首を傾げるはやてに龍野は内心舌打ちをした気分だった。
こちらを見る顔は可愛らしい。まさに女の子といったものだ。
だがその裏で張り巡らされている思考の網が存在するのを龍野は知っていた。
―狸。
世の中には狡賢い女性の事を女狐と呼ぶことがある。
だが知っているだろうか、化ける事にかけては狸は狐より上手いとされる。
そしてはやては権謀術数の世界に飛び込んでいる身だ。
化かし合いというのに慣れるまではないが、したことはあるだろう。

「はやてが仕切りなおすと心臓に悪い」
「あんなぁ」

なのはともフェイトとも作れない空気が作られる。
龍野は少し大げさに自分の胸を親指で指して見せた。
じとりと半眼ではやてが龍野を見つめる。
もう一歩、と龍野は考えた。
はやてがこういう雰囲気を作る時は身に迫る話だ。
病室のときの経験がたつのにそれを知らせる。
だから何を話されるわからない今の時点で、なるべく有利な場に立つ必要があった。

「今だってなのはとフェイトがいないからでしょ?」

龍野の踏み込んだ言葉にはやては一瞬目を丸くする。
まさかそう言われるとは思っていなかった表情だ。
龍野が考えた通りのリアクションに効果があったかと考えるもそう上手く行くものでもない。
すぐにはやてはにっこりとした笑顔を浮かべ、肯定した。

「そやな」
「やっぱり、心臓に悪い」

はぁと息を吐く。
思った通りに事を運んでくれないのがこの級友の悪い所である。
だが龍野はそれを悪く思ってはいない――むしろ気に入っていた。
事故にあってから自分に甘い周囲の人物ばかりで、差しで対等に話し合えることはほとんどない。
なのはが幼馴染ならばはやては悪友という言葉が近いだろうか。
似通った部分がある二人-龍野とはやて-は時々何をしたいかが何となく分かってしまうのだった。

「龍野ちゃんが悪いんやで」

完全なる責任転嫁に龍野は首を傾げて見せた。
何を言われるか知らないが、知らないことに責任を取るつもりはない。
いや、知らないわけではない。推測は出来る。
恐らくはやての口から話されるのは左腕のことだろう。
魔法のことならなのはやフェイトがいても差し支えない。
しかしはやては態々その二人がいないときを見計らって話を持ちかけてきた。
従って二人は知らない、または気付いておらず、だが二人には関係する話であることが予想される。
そんなもの龍野の周りには動かない事になっている左腕しかなかった。

「ずっと、何か隠しとるから」
「……はやてに言われたくない」

言葉を口に出してから後悔する。これは悪手に違いない。
隠している事を認めたうえに、はやてが何かを隠している事を露呈させてしまった。
―難しい。
普通の中学生相手だったらここまで気を回さなくてよい。
龍野自身、そこまで頭を使う会話が得意ではない。
ただ転生した事により周囲を観察し、注意し、言葉に気を回すようになっただけなのだから。

「龍野ちゃんは気付いてるんやから言えたもんやないで」

龍野の予想通り、はやては満足そうに笑った。
彼女にしてみれば尻尾を掴んだようなものだ。
あとはずるずると引きずり出せば良い。

「苦労する生き方」

龍野はせめてもの抵抗を口にする。
できる事はどれだけ自分に有利に持っていけるか。
知らぬ振りを通せるなど、この優秀な友人を相手に思ってもいなかった。

「自分の道や仕方ない」

はやてが苦い顔をする。
彼女自身そういう生き方をしたいわけではなかったのだろう。
少なくともA’sまでの様子を見た達信にはそう思える。
龍野として関わったのは事件終了後であったし、その頃には今のはやてが形成され始めていた。
だがその生き方は彼女の強さを表すものに他ならない。

「なぁ、龍野ちゃん。お互い、腹割って話そうや?」

――だから龍野はその言葉に頷くしかない。
はやての選んだ道は尊敬に値する。少なくとも龍野には選べない。
自分の部隊を持とうなど根本の考えが一個人でしかなかった達信とは違うのだ。
例えそれが身内部隊であろうと、身内部隊を作れるだけの力が彼女にはあった。
部隊というのは人員が必要だ。そしてそれを身内だけで構成するとなるとまた中々難しい。
その上きちんとした実働部隊にするには能力を持っていなくてはならず、彼女の身内はそれがあった。
―強い力には強い力が集まる。
それの見本のようなはやてとはやての周囲である。

「率直に言わせて貰うな?」
「ああ」

まずははやてのターンである。
龍野としても何も話さず帰れるとは思っていない。
逆にはやてであれば、ある程度の秘匿も見込める。
なのはやフェイト相手より密談をするには持ってこいの相手なのだ。

「龍野ちゃん、左手動いとるよね」
「どうしてそう思う?」

予想通り、はやての口から出たのは麻痺している左手のことであった。
半ば確定的な口調に龍野は疑問を呈する。
するとはやてはテレビの中で探偵がトリックについて解説するように話し始めた。

「この間、台所使わせてもらったやん」

この間とは三人が一度に泊まりに来た時である。
龍野は基本的に台所を使わせる事はない。
客人に料理をしてもらうわけにはいかない上、なのはやフェイトだと危なっかしくて見ていられない。
出来ないわけではないのだ。ただ慣れていないのが丸分かりなのである。
まして任務で疲れていると知っている龍野としては、自分の家で料理をするくらいなら休んでいて欲しい。
だから台所を本格的に使ったのははやて以外いない。

「龍野ちゃんの家の台所、私んとこの台所となんも変わらんかったんよ」
「それがどうかした?」
「左手、動かんのなら片手で使える器具が増えるはずやない?」

うんとな、と一つ拍を置いてはやてが答える。
龍野には最初それが繋がらなかった。
左腕は変わらず使えているのだから変化がないのも当然だろう。
思えばそれは基本的に小物などに無頓着な性格が出たのだ。
しかし言われてしまえば龍野にも分かる。家事をするはやてらしい着眼点だった。

「あー……」

うっかりしていたとしか言えない。
龍野は家事をする時、大体一人である。
従って念動も普通に使って日常生活をこなしていた。
台所にそういった専用の器具がないのも仕方のない話なのである。

「それなのに何も変わってへん。これはおかしいやろ」
「見えるところに置いてなかっただけ」

白を切る。
苦しい言い訳なのは分かっていたがしないわけにもいかない。
これがあの少女の言った岐路なのかは判別がつかない。
だが一歩踏み外せば間違いなく状況は悪転する。
リンディとの病室でのやり取りが思い返された。
あの時と同じような背中スレスレに魔法の世界を感じ取る。

「そう言うと思ってな、悪いんやけど見させてもらったよ。リンディさんと」

はやての言葉に龍野は瞳を閉じた。
“見させてもらった”――この言葉が示すのは覚悟である。
腹を割って話そうと言った通り、彼女は中々に捨て身だ。
はやてが隠していた事を教える代わりに、龍野の隠していた事を暴く気である。
いや、龍野が魔法に巻き込まれるのは最早決定していたに近い。
魔法の秘匿などできる時間は限られていただろう。
そう考えるとはやてはその時計を少し早めただけなのかもしれない。

「私らには特別な力がある。そう、“魔法”言われるものや」

―タイムリミットか。
鼻から小さく息を吸って口からゆっくりと吐き出す。
冷静さを保ちながらゆっくりと瞼を挙げ、はやてを見る。
龍野はいつも側にあった魔法から逃げ続けていた。
しかし優秀な同級生によって退路は全て断たれ袋小路に追い込まれている。
何よりはやて自身が確信を持って龍野に言葉を告げている時点で手段はない。
踏ん切りのつかない龍野の心情など無視をして彼女は新しい世界に連れて行こうとしている。
それがはやての為なのか、龍野のためなのか、はたまた彼女の仲間のためなのかはきっと彼女にしか分からない。

「魔法?」
「そや、こういうのはリンディさんのほうが得意やから協力してもらったんや」

リンディと聞きたくなかった名前が出て諦観が頂点に達す。
はやてだけならまだしもリンディにも左手が動く事は知られていたわけである。
龍野は大人しくはやての魔法講釈に耳を傾けた。


****


一通りはやての話を聞く。
為された説明は予想通りだった。
何度か質疑応答を交わし、今の状況を整理する。
アニメを見ただけでは分からない情報の穴を埋める作業であった。
フェイトの仕事も、なのはの所属する隊も今のところズレはない。
あるとしたら仕事の量が減ったという一点だろう。

「やっぱり、使わせるんじゃなかった」

聞き終えて出た感想はそれに尽きる。
台所から今まで只管に逃げていた魔法世界への道が開けるなど思わない。
油断と言ってしまえばそうだが、気付かない者は気付かないに違いない。
従って龍野の手落ちというよりはやての優秀さがこの状況を作ったと言える。

「今更やなぁ」
「分かっている」

はやてがくすくすと笑う。
その顔はどちらかと言えば儚げな少女と言った方が良い。
病気をしていたときの雰囲気を保ったまま、こういう知略を巡らすからこの級友は面倒くさいのだと龍野は思う。

「それで左腕動くのになんで隠しとったん?」

はやてが粗方話し終え、次は龍野の番である。
ここで知らないと突っぱねることが出来たらどんなに楽だろう。
勿論そんなことはできない。この取引ははやての方に分がある。
最初から主導権は握られているのだ。
ましてや、魔法の事を仕方がないとは言え説明されてしまったら左手の説明くらいしても良い。
少なくとも龍野はそう思えるくらいの気分ではいた。

「動くわけじゃない」
「どういうことや」

軽く頭を振ってはやての言葉を否定する。
はやては意味が分からないという風に顔を顰めた。
龍野だって自分の身体全てを理解しているわけではない。
今の自分にある能力は白い世界で雪の少女から与えられたものである。
そうなった原因は知っているが、どうやっているかは知らないのだ。

この左腕は完璧に麻痺している。
原理は知らないが動かないという事実さえ分かっていればそう動揺する話でもない。
そして動いているように見えたのは念動の力に他ならず、これも原理を説明できるものでない。
龍野の感覚から言うと文字通り、念じれば動くのである。

「正直に話す」

知らないものを話すことは出来ない。
それでも知りたいと言うなら、はやて本人が推察するしかない。
現時点で龍野ができるのは正確な情報提供だけだった。

「私はあの事故で死ぬはずだった」

はやての顔が僅かに険しくなる。
これがフェイトだったら龍野は素直に話せなかったに違いない。
死んだと言う事実は、龍野が生きている今、彼女に背負わせるには重過ぎる。
左腕だけでも金の少女には充分な足枷だと思っている。
龍野の側にいる事で、彼女の仕事は充分制限される。
それはなるべく多くの人を助けたい彼女の夢からすれば邪魔に近い。

龍野は語り始めた。
先ほどはやてが魔法について話したように。
運良く左腕を代償にして生き返ったこと。
そのため左腕が動かない事は起きた時点で知っていた。
だから動揺する事もなかったし、フェイトを責める気持ちも起きなかった。
そういうった事柄を前世に触れないように説明する。

「だから動かない」

大体はやての疑問に答え、龍野は右手で左手を持ってみせた。
肩と平行な高さまで持ち上げぱっと手を離す。
そうすれば重力に引かれるがまま手は弧を描いて垂れた。
はやてはその動きをじっと見つめる。
嘘がないかを見極めているかのように感じられた。

「でも動いてたよなぁ」
「念動という力らしい」

はやてはリンディの魔法で見ていた。
探査の魔法はベルカ式にも存在するが、こういったものはリンディの方が造詣が深い。
何より龍野のことを気にかけていたのは彼女も同じである。
一緒に、という話になるのも不自然な話ではない。

その画面の中で龍野は確かに左腕を使っていた。
普通というには少々ぎこちない動きのような気もしたが料理には問題のないレベルである。
楽しそうにかは分からないが嫌な様子はなく、淡々と調理を進める姿は一人暮らしそのもののようであった。

「念動?」
「思えば左手が動く。でも疲れるから長時間は使えない」

念動はある程度の意識を回さなければ使えない。
無意識の動き、例えば反射のような動きはからきし無理だった。
思いさえすればある程度は細かい動きにも対応してくれる。
更に使用範囲も左腕に限らない。
身体を起こそうと思えば腹筋を使わなくてもワイヤーで吊られている様な動きで起こせる。
物質も身近なものであったらある程度動かせたが、物を浮かすなどは無理だった。

「普通に使えるのと何が違うん?」

はやての言葉に少し考える。
何が違うと聞かれれば全て違うのだが結果が同じ時点でそこまで重要な話でもない。
体の構造を無視した動きも取れるし、疲れるのも体力というより気力の面である。
端的に必要な情報だけを切り取って文にする。
それから龍野ははやてに言葉を伝えた。

「筋肉を使って動かしてる感覚ではない。直接的でなく、間接的な感覚」
「……なるほどなぁ」

はやてが考えを纏めるために数秒黙り込む。
それからふむと納得とも溜息とも取れない声を漏らし龍野を見た。

「やけど一回調べさせてもらうで。もしかしたら治るかもしれんしな」
「構わない。けど」

もっともな要求である。
言葉だけで信じてくれるとは龍野も思っていない。
いっそ一回ミッドチルダの技術で調べてもらえば、龍野自身知らない事が分かるかもしれない。
そう考え、龍野はすぐに了承の言葉を返した。
だたそれには条件が伴う。
龍野が条件を伝えようとする前にはやてがにやりと笑う。

「フェイトちゃんたちには内緒、やろ?」

うん、と頷き返し龍野は苦笑する。何処までも見通した友人だ。
龍野がミッドに行く事が知れれば理由も耳に入るだろう。
今はやてに伝えた情報は根本的に知られたくない。
そして彼女もその条件は変わらないはずだった。
龍野の見立てでは、はやてもフェイトに余計な負担はかけたくないだろう。
色々知略を巡らす友人ではあるが優しい性格がそれをさせているのは何となく分かっていた。
だからはやてから龍野の事が漏れる確率はとても低い。

「とりあえずはええよ、でも結果によっちゃどうなるかわかるよな」
「その時はその時で考える」

また、もう一つ龍野には理由があった。
なのは達の日常をより長く保たせる事である。
今なのはもフェイトも龍野の前では年相応の姿を見せてくれる。
特にフェイトは仕事を減らしてまで、魔法の事がばれないようにしつつ一緒に過ごしてくれている。
――ここで龍野が魔法を知ってしまったらどうなるだろう。
なのはもフェイトも少なくとも普通の少女という肩書きだけではいられなくなってしまう。
幼馴染や友人といったものと同じように魔導師という肩書きがついてしまう。
龍野が知る事が重要なのではないのだ。
彼女達が龍野が知っている事を知ってしまう事が問題なのだ。

―まだ、早い。
龍野の前に魔法が姿を現すのは中学卒業のときで良い。
卒業後、なのはもフェイトもはやてもミッドチルダに移住してしまう-少なくとも龍野の中に彼女達が移住しないという選択肢はない-。
その時まで、せめて自分の前でくらいただの友人でいて欲しい。
そんな風に龍野は思っていた。


第十七話 end










はやて大活躍の回。
最初に気付くのはきっと彼女だと思った。
じわじわとstsに近づけているようでホッとしている。
俺の予定ではもっと展開が速かったのだが、上手く行かないものだ。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
龍野の考え方やらはなのは達に徐々に感化されるだろう。
現時点でもある程度引っ張られた形になっている。
なのフェイを愛でつつ、全体的に少しでも幸せになってくれとキーボードを打つ。
表現が及ばない所もあるが努力しよう。
では、この展開への返答を期待する。




[16056] 第十八話
Name: Fath◆282e9af7 ID:5624322d
Date: 2010/03/14 13:06


はやてはエリートということもあるのかとても良い病院を紹介してくれたらしい。
裏にフェイトの母親の影も確り見えたが気にしない事にする。
さて、今問題なのはここが魔法の世界ということではない。
慣れた警報も無視できる強さである。
いかに普段自分の側にいる人物が危険の多い人たちなのかを確認できてしまった。
そして今。

「どうしたの?」

目と目が合う。
見たことのある顔立ちにアラートが吹き出した。
それは言うなれば衝撃、つまり龍野は再び危険の階段を一つ上ってしまったのであった。


後藤 龍野、ミッドチルダ来訪。
いつかこういう時が来るのではないかと思っていました。





余生におけるある世界との付き合い方 第十八話





「……あの、すみません」
「いい、気にしないで」

どうせ、次の検査に回されるまで時間はある。
はやてーこの場合リンディかもしれないーが龍野に課した検査の量は中々に莫大で金曜の放課後から土日が丸きり潰れてしまうものだった。
それでも結果が最終日には全て出ると言うのだから権力と言うのは凄まじい。

オレンジ色の髪を持つ女の子にジュースをおごる。
ミッドの通貨は事前に幾らか持たされていた。
お目付け役としてシャマルが一緒に来ているが、彼女はまだ医師と話しこんでいる。
暇をもてあましているというのが事実であった。

「あの、タツノさんはどうして?」

龍野の隣に座るのは10を過ぎたくらいの年の子である。
実際なのはと三歳差だったはずだから11という所か、と龍野は前世の記憶を引っ張り出した。
変に記憶力の良い自分に苦笑するも、全員暗記していたかと言えばそうではない。
この女の子――ティアナ・ランスターが特別だった。
印象に焼きついたリリカルなのはの世界で、特に印象づいた一人の少女。
ある意味一番共感と遣る瀬無さを齎した人物が達信にとってのティアナだったのだ。

明確な理由は分からない。
天涯孤独というのが自身と被ったのかもしれない。
無力さ-最も龍野はそう感じない-に嘆く所に感じ入ったのかもしれない。
天才ばかりの中で凡人だと努力する所を気に入ったのかもしれない。
ただ達信の感じた特別を龍野もはっきりとティアナに感じている。
そのため、この状態になってしまっては逃げられなかった。

「左腕動かないから、検査」

端的に自分がこの病院にいる理由を教える。
ティアナの理由は聞かない。
あんな暗い表情で病院の端にいたのだ。
初対面の人に言える内容ではないだろう。
また聞き出すという事も龍野は苦手にしていた。
ティアナが話し出さない限り、龍野にできる事は側にいる事だけだった。

「あ、そうなんですか」
「うん」

沈黙が続く。
龍野はなのはに必要なことしか話さないと評される人物である。
初対面のティアナを相手に交わすものなどない。
ただ暗い顔をしているのが放って置けなくてジュースをおごっただけなのだから。

「ティアナ、は」

そしてちりちりする肌を抑えつつここにいるのにも理由がある。
幼い顔に見えたものがなのはとそっくりだった為だ。
何かのために自分のことを省みず生きている表情とでも言えばいいのだろうか。
ずっとなのは達を見てきた龍野には、あれは無理をする顔だと断言する事が出来た。
―実は似たもの師弟なのか?
前世、最もなのはの訓練の効果があったのはこの少女に違いない。
たとえ傷ができたとしてもそれはきっと心の勲章だ。

「はい」
「なんか、無理してるでしょ?」

はきはきと返って来る返事に龍野は言葉を選びつつ尋ねた。
まだこの子となのは達の縁は結ばれていない。
しかし未来において重要になってくる事に変わりはない。
それならば龍野がここで少し介入した所で問題は少ない、はずである。
―ティアナは無理する要素大だしな。
機動六課において周りの才能に置いてけぼりにされてしまうと焦った少女だ。
その上、負けず嫌いと言うのも明文化されているに近い。
きっとそれまでもある程度の努力は重ねていたに違いない。
働き過ぎで墜ちたなのはと同等とは言わないが、無理は無理である。

「はい?」
「知り合いとそっくりの顔してる」

龍野の言葉にティアナが首を傾げる。
当然の反応だと龍野自身も感じた。
自分も初対面の人物に“無理している”と言われたら似たような反応を返すだろう。

「そう、なんですか」
「うん。凄く頑張り屋な子と」

頑張り屋な子-なのはの事である-は今も何処かで仕事をしているはずである。
なのはもフェイトも放課後になった途端に出かけていったのを龍野は覚えている。
相変わらず、習い事ということになっているがいい加減その言い訳は拙いのではないだろうか。
―あんなに大急ぎで向かう習い事は少ないと思う。
少し心配になるが、変だという話はまだ聞こえてこない。
いや、そう思っている生徒はいるのかもしれないが表に出てきてはいない。

「手貸して?」

まさかこの少女に会ってしまうとは予想していなかった。
当然である。どこに偶々決まった日に出会うと思う人がいるだろう。
ティアナが病院にいるということ自体考え辛い。
しかし逆に考えれば、ミッドに来た時点で誰とでも出会う可能性があるということだ。
流石は魔法の世界というべきなのか、龍野は自分の運の無さーいや、この場合は運の良さというべきかーに呆れた。
出会ってしまったものは仕方ない。
その上、ある意味誰より気になっていた人物でもある。
事故以来、諦観と開き直りを重ねてきた龍野はここでまた一つそれを増やした。

「いいですけど、何するんですか?」

ティアナの言葉に微笑を返しながら手を取る。
毒食わば皿までとはよく言ったものである。一度関わってしまえば後は全て同じなのだ。
まして未来において関わる事が決まっている人物ならば尚更放っておくという選択肢は無くなる。
悲しい事が一つでも減るように、付けられる力は付けておくべきである。

「頑張ってる子にご褒美かな」

ならば龍野ができる事は一つしかない。
彼女達の未来が少しでも明るくなるように手を貸すことだ。
意識を集中させる。まずはティアナの身体が壊れてしまわないように手を尽くそう。
自分の中にある流れを感じ、誘導し、繋がった手からティアナの身体へと渡す。
―なんだかな。
龍野は一人心の中で苦笑した。
魔法になんて関わらないつもりだった。
ミッドチルダの地を踏む事なんてあり得ないと思っていた。
そう信じて数ヶ月前までは生きていた。
だがたった一度の事故により龍野の人生は大きく変わった。
関わらないはずだった力が近くなり、今では魔法の世界にいる。
人生とは儘ならないものであると肩を落としたくなった。

「…っ…なんか変な感じです」
「マッサージ。効果は保障されてる」

ティアナの手に伝わるのは温もりである。
マッサージと言いながら先ほど知り合った人物―龍野である―の手は動いていない。
それなのに握られている部分から確かに揉まれた時の様な温かさが感じられた。
共通しない感覚が違和感としてティアナの表情を曇らせる。
幻術魔法という感覚を狂わせるものを使用する彼女だからこそ感じたものかもしれない。
しかしそれも一時的なもので直ぐにお風呂に浸かっている様な感覚に頬を緩ませる事になった。

「疲れてたみたいだから」
「ありがとうございます」

そう時間はかけられない。
龍野は人を待っている時間であり、ティアナとて用事があるだろう。
何より最初からしすぎることは何事においても良くない。
今まで聞いたことはないが、マッサージにおける揉み返しのようなものが来ても可笑しくはないのだ。

「これで暫く大丈夫」

数分に満たない短い時間であった。
なのは達に行った気功よりはとても微弱な、それでも今のティアナには充分な処置を済ます。
ある程度の無理も利くがして欲しくはないのが本音である。
そう思いながらも回復してしまったのは間違いなくティアナに思う所があったからである。

「不思議ですね、タツノさんって」

龍野の力により血行が良くなったのだろう。
少し頬を染めたティアナが薄らと笑顔に近いものを見せる。
それはどんなに薄くても龍野が初めて見た笑顔だった。
思っていた通りの少女らしい可愛らしい微笑みに龍野も普段使わない筋肉を使って笑い返す。

「努力は報われないといけないと思っただけ」

考える。
はやてとの話し合いや自分を突き動かす衝動について考える。
それでも龍野の中にある答えは一つしかない。
人間頭で考えて納得できなければ結局感情に委ねるのだ。
―最早、魔法の世界に関わらないのは不可能。
はやての要求が何かは分からないが上手くすれば龍野の要望も通るだろう。
いや、通らせなければならない。龍野にも譲れない一線はあるのだ。

この後はやてとの交渉があるのはまず間違いないだろう。
彼女が動いていた左腕について何も言わなかったのはとりあえず龍野の左腕の結果が出ていないからだ。
動くか動かないかで龍野の虚実がハッキリするためだ。
その辺りが彼女は本当にきっちりとしており分かりやすい。
―面倒くさい事になった。
龍野の荒唐無稽な身の上話は結局の所、左腕麻痺という障碍しか証明するものはないのだ。
どのくらいこの世界の医療が進んでいるかは分からない。
だが原作におけるなのはの怪我とそれからの復帰具合を見れば地球よりは余程高度だ。
それでも龍野の中では左腕は動かないだろうという推論は出ている。
あの少女が、治る程度の軽い代償で済ますとは思えなかった。
したがって龍野の話の信頼性は保障される。
全てをはやてに持っていかれると言う最悪の事態には成り得ない。

「あー、ティアナはもっと強くなりたい?」

回していた思考回路から意識を浮上させる。
恐らくティアナにこっそりと会いに来る程度はさせてくれるだろう。
はやてにしても龍野が魔法の世界と密になってくれるのは嬉しいことのはずだ。
――あれから龍野は改めてはやての目的について推理してみた。
彼女の考えを正確に予想する事は難しい。
龍野にははやてに協力できる事など皆無に等しいからである。
その事を前提に、それでも龍野が影響する事を考える。

一つ目は、なのはとフェイトのことだ。
龍野が一番関係するものとなるとこれ以外無い。
仕事量を元に戻して欲しいやその為に離れて欲しいなどが考えられる。
しかし、これははやての友達思いの性格からすると相応しくない。
親友達が働きすぎというほど働いている事は彼女も知っているだろう。
そしてなのは達が休みを取るようになったことにほっとしているもの知っていた。
二つ目は龍野個人について用事があるというものである。
こちらだとすると最早何を言われるか分からない。
龍野が彼女たちに伝えていないのは前世の事と、左腕の事である。
左腕の事はともかく前世については知られるわけが無い。
台所のような、目に付く何かが一つもないためだ。
つまり、サッパリ分からないというのが情けないことに本当の所であった。

「ええ、そう思ってます」

ティアナは迷う事無く頷いた。
前世の記憶からしてその返事は充分に想像できる。
彼女は亡くなった-もしかしたらまだ生きているのかもしれないが-兄の分まで強くなりたいのだろう。
執務官という夢も兄のものを継いでのものだった。

「少しなら手伝えるかも」
「本当ですか?!」
「うん、あんまり期待されても困るけどね」

呟くより少々大きい音量で龍野は告げる。
それでもティアナには確りと聞こえたようで、表情も明るい。
後で落ち込ませるのも忍びないと諌めるも彼女の嬉しそうな顔に変化は少なかった。

天秤はとうとう魔法の世界に傾いた。
安寧とした世界からアラートが大きくなる世界へと龍野は心を決める。
――もう逃げるのは止めだ。
なのはと知り合って、フェイトと知り合って、その時点で逃げる事など不可能だったのだ。
しかも彼女達は龍野のために心を砕いてくれている。
命が惜しいからと知らぬ振りを出来る期間は終焉を迎えてしまった。
今からは出来る限り彼女達が悲しむのを少なくしたい。
そう決意した所で、できるのは今までと変わらず疲労の回復くらいだろう。
なのは撃墜のときのように上手く行くかも分からない。
だが僅かな差異がどう変わるかなど誰にも分からないのだ。
龍野はそれに賭けることにした。

「とりあえず、一週間過ごしてみて。効果が実感できればいいんだけど」
「はい」

遠くからシャマルが歩いてくるのが見えた。
その顔はキョロキョロと辺りを見回していて誰かを探しているのは明白である。
龍野は腰を浮かせる。
まだ今日の検査は終わっていない。
なのは達より早く帰るためにものんびりとはしていられない。

「じゃ、また会いにくるよ」
「はい!」

隣に座ったままのティアナに言う。
元気な声に見送られつつ龍野はシャマルの元へと歩を進めた。
はやての権力を最大限使わせてもらおうと思った。
どうせはやても龍野を最大限利用-言葉は悪いが-しようとしているに違いないのだから。
そのために必要なのは、まず証拠と納得させる話力だけだ。
前世の分だけ年は食っているのだ負けられない。
そう考えながら、龍野はシャマルに笑いかけた。


****


龍野がある種運命的な出会いをしている頃、なのはとフェイトは仕事を既に終えていた。
とても重要な事が決意されていたなど知る由もない。
それでも二人の脳裏に浮んだのは、やはりたった一人であり、会話もそちらに流れる。

「龍野ちゃん、今頃何してるのかな?」
「さぁ?土日は検査で家にはいないって言ってたけど」

通信ウインドウの向こうにいるのは数時間前まで同じ教室にいた親友である。
離れた所にいるにしてもこうやって連絡を取る事はよくある。
特に龍野の事故があってからは以前より日程を合わせる事が多くなった。
フェイトもなのはも目的-龍野を一人にしない-は同じであるため、協力は惜しまない。

なのはは僅かに首を傾げると、難しい顔で呻った。
土日とも龍野が出かけるなど非常に珍しいことである。
それについては何も言える立場ではない。
むしろ引きこもりの気のある彼女が出かけたと言うならば嬉しい事のはずなのだ。
だが何か素直に喜べない何かがある。

「なんでかなぁ、嫌な予感するんだ」

フェイトは画面越しに心配そうな表情でなのはを見る。
嫌な予感でフェイトが思い出す-しかもなのはのことで-のは一つしかない。
なのはが任務で怪我をしたことだ。
死ぬようなものではなかったが、あれ程の傷を彼女が負うのは初めてだった。
防御の硬さには定評のある親友だからフェイトは安心していたのである。

「大丈夫?なのは、また無理してるんじゃない?」
「ううん、この頃は前より休みも増えたし」

過去のそういったものがフェイトを心配性にさせる。
なのはは掛けられた言葉に笑顔を見せると首を横に振る。
自分の周囲には本当に優しい人ばかりで、心配してくれる事が嬉しくなるのだ。
同時に心配を掛けて申し訳ない気持ちにもなるがこの際それは仕舞っておく。

「なんか、そういうのじゃないんだよね」
「仕事以外のこと?」
「うん」

任務以外で嫌な予感をさせるものなどあるのだろうか。フェイトには分からなかった。
しかもなのはの嫌な予感をフェイト自身は感じられないのも問題であった。
なのははあの怪我以来こういう勘が鋭くなったように感じられる。
いや、その言葉は適当ではない。
彼女自身が前より注意するようになったという事だろうか。

任務のことではないとなると残るのはそれ以外のことである。
日常生活において心配な事とフェイトが考える。
――出てくるのは彼女の事以外なかった。

「龍野ちゃんに関係してる気がするんだけど」

それはなのはも同じだったようで、困ったような表情を画面は映す。
フェイトも全く似たような思考をした親友に苦笑を返した。

「あはは、まさか」
「にゃはは、だよねぇ」

乾いた笑いが響く。
龍野に一体なんの心配があろう。
彼女は危険とは一番遠い所にいるのだ。
そう思えるからこそ、一人にすることは分かっていてもなのは達は任務をこなせる。

―たつの、困ってないかな。
なのはの言葉に仕舞っていた彼女の姿が脳裏に浮ぶ。
フェイトがいる時は困った様子など見せないが、それは心配を掛けないようにだろう。
ただでさえ龍野は自分の生活を阻害していると思っている節がある。
そんな事気にしなくていいのにとフェイトは思う。
龍野の側にいるのはフェイト自身が決めた事である。
任務の数は確かに減ったがそれは他人に言わせれば働きすぎが普通に戻ったに過ぎない。
優秀な執務官であった彼女の元には人より多くの仕事が舞い込んでくるのである。
―出かけた先で、ナンパとかされてるんじゃ……。
それに比べてなのはの考えはもっと具体的である。
しかも事実に近いのだから恐るべきは女の勘といった所であろう。
もっともナンパされてるのではなく、しているの方が状況的には正しい。
だがそんな事を知る由もないなのはは純粋に心配になるだけである。

「……早く、帰ろうか」
「……私も出来るだけ頑張るの」

刹那の沈黙が空間を覆った。
お互いが龍野のことについて考えていたからである。
さすが、親友というべきだろう。
二人が出した結論も考える時間も見事にシンクロしていた。
――早く帰って龍野に会いに行こう。
結局はそれが一番の解決法であった。


第十八話 end








Ifとも前回とも余り違和感なく繋げたつもりだ。
とはいえ、話の展開が違いすぎる二つのため少々の穴はあると思う。
それはどちらを本筋にするかを決めてから訂正したい。
とりあえずティアナが出せて満足している。

感想・誤字報告・指摘、感謝する。
Ifを作っていたら投稿が遅れた。
自分にはない視点を色々考えさせてくれるので本当に助かる。
はやては私的に好きな人物なんだが、歪んだ愛が発露しているかもしれない。
キャラと話の展開を擦り合わせるのが難しいが楽しい。
では、ずるい戦略への反応を待っている。




[16056] 番外編 ~ある一つの未来~
Name: Fath◆282e9af7 ID:064dc287
Date: 2010/04/11 13:32




今回は完全なる番外編。
本編とは全く関係ない。
百合分が補給したい人は頭を軽くして読んでくれ。












「龍野ちゃん!」
「たつのぉ」
「どうしたの?」


後藤 龍野、夢の中。
未来は無限に広がっていると思います。
……むしろお願いだから広がっていてください。





余生におけるある世界との付き合い方 番外編 ~ある一つの未来~





「あーもー、泣かないのフェイト」
「だって」

部屋に飛び込んできたフェイトの背中を擦る。
その瞳には薄ら膜が張ってあり何かあったことを伺わせる。
とりあえず龍野はハンカチを手渡した。
彼女に泣かれることは相変わらず、最もおろおろしてしまう瞬間である。

仕事はどうしたという言葉は飲み込みながら、もう一人の人物に目をやる。
もう一人――なのははフェイトとは対照的に憮然とした表情だ。
今までだって唐突な訪問がなかったわけではない。
しかし二人一緒に、しかもこのような様子だと話を読む事はとても難しい。

「何があったの、なのは」

龍野は甘えるように身体を擦り付けてくるフェイトを宥めつつ尋ねる。
抱きついて肩に顔を埋めている人物から話を聞き出せるとは思っていない。
何よりこうなった状態のフェイトは暫く口を利かないのである。
―甘やかしすぎた。
そう思うも後の祭りであろう。
だが甘え下手な性格も知っているため止めろとも言えない。
何より彼女がこういう状況になったら受け止めるしか龍野に手段はないのだ。

「話がまとまらなくて」

数秒待つとなのはは重い口を開けた。
言葉を選んで、その上どう伝えればよいのか分からなかったなのはは端的に言葉を告げる。
話がまとまらない――その言葉から導き出されるのは口論である。
しかしなのはとフェイトが口論になる事などないに等しい。
お互いのすることを応援する事さえあれ、反対する事は危険でもない限りないからだ。

「なのはが怒って、フェイトが泣くような?」

龍野は首を傾げる。
この二人が目下の状況になるような懸案は記憶にない。
ましてや、龍野自身に関わる事などなかったように思える。
魔法の力を欠片も持たない龍野は仕事関係には手を出さない。
少し口を添えたのはティアナのことだけであるし、それにしたって相談に乗ったようなものである。

泣き止みはしたもののまだ鼻を愚図らせるフェイトをソファに座らせる。
どうにもこの二人は感情の起伏が激しい。
―もう、仕方ないなぁ。
龍野の側にいるときそれは特に顕著になる。
というより自分のことになると妙に敏感になると龍野は思っていた。
フェイトが服を離さなかったため、龍野も隣に座る。
まるで幼子のような状態にはぁと心の中で溜息を吐いた。

「怒ってはない、よ?」

幼馴染から齎された言葉をなのはは否定する。
しかしその顔は明らかに拗ねていて、龍野は苦笑する。
時々ではあるがなのはは言葉と表情が反対になる。
人によっては子供っぽいという姿かもしれないが、龍野にしてみれば微笑ましい。
大人に揉まれて来た彼女に未だに残るこういう部分は可愛らしいのだ。

「怒ってる顔してる」
「むー」

それを指摘して、つんとなのはの頬を突く。
呻りながらも龍野に構ってもらえる事が嬉しいのだろう。
少し表情が緩んで中々に面白かった。

「それで、内容は?」

袖を引っ張られた感覚に下を向くとフェイトが何とも言えぬ瞳で見上げていた。
はいはいとなのはの頬を突いた手を戻し、抱きついたままのフェイトの頭を撫でる。
気分的には子守であるが同い年に向かってそんな事は言えない。
また彼女達の大人すぎる部分-大半が意志の強さに起因する-も充分に知っている。
何より龍野に幼馴染達を子ども扱いできる器量はなかった。

「誰が龍野ちゃんのお嫁さんか」

頭を撫でて貰っているフェイトを鋭い視線で見つめながらなのはは龍野の問いに答えた。
聞こえた言葉に龍野は動きを止める。
音は確かに耳に入ったのだが意味を理解するまで数秒掛かった。

「はぁ?」

耳に音が入り、脳がそれを処理する。
途中エラーが出てもう一度意味を考え直すもその言葉の意味は一つしかない。
――誰が龍野の嫁になるか。
もちろん、話がまとまらなかったのは“誰が”の部分であろう。

「今日なぁ、あるランキングが発表されたんよ」
「……はやて、ノックくらいして」

呆けていた龍野の背後から唐突に声が掛けられる。
二人と同じくらい長い付き合いになってしまった人物である。
その上、この世界では色々お世話になった-協力したともいう-人物でもある。

いつ入ってきたのかさっぱり分からなかった。
なのはとフェイトが入室した際にいなかったことも確かである。
二人を宥めるのに一生懸命だったため龍野ははやてに気付かなかったのだ。
だがはやてが気付かせようとしなかったのも事実であり、龍野は痛い頭に手を当てる。

「ええやんなー。どうせこの二人もしてへんし」
「プライバシー」
「この世界じゃ、あんま聞かん言葉やなぁ」

―いや、聞くから。
そんな突っ込みは置いておく。今大事なのははやてではない。
悲しい事に親しい友人はノックをせずに入ってくる事も度々だ。
慣れの恐ろしさを実感するも、取りあえず話を進めた。

「どんなランキング?」
「管理局で嫁に貰いたい人ランキング、や」

龍野ははぁと溜息を吐き尋ねる。
はやてが来たことによりなのははだんまりを決め込んだし、フェイトはさっきから口を開く気配も無い。
説明というものは口達者な友人に任せる事がこの二人は多いのだ。
ましてなのはにしてみれば、不快な気分を思い出させる話題である。
フェイトは龍野に甘えられる時間を減らす事はしない。

「管理局勤めの人らで集計してな。まぁ広報の一つやね」

「こんなに可愛い人が働いてますよーってな」とはやてが笑う。
人手不足で悩む管理局である。
人員を募集するために甘い餌を垂らすのは、基本的な広報活動と言えよう。
だからそれについては何も言わない。自分が巻き込まれなければ。

「私は管理局勤めじゃない」

眉間に皺を寄せる。
管理局に龍野は所属していない。
従って自分がそのランキングに載るはずが無いのだ。
しかし、この二人の様子がそのランキングに関係するのは間違いない。
龍野の言葉にはやては頷き、なのはとフェイトに視線を動かした。

「ランキングに乗ったのは龍野ちゃんやなくて、その二人や」
「まぁ、納得できる」

僅かに肩を竦めて、はやてが薄く笑う。
先ほどとは逆に今度は龍野が小さく頷き相槌を放つ。

「やろ?だけど、そこで泣いてるお嬢さんがいつもの調子でぽろっとなぁ」
「なんて……?」

何となく予想は付く。
フェイトの性格は任務以外では出会った頃と大差ない。
むしろ、全てを龍野が知ったため甘えが強くなった気がする。
龍野としても嫌な気分ではないため、何も言わない。
これもなのはとの喧嘩-はやてに言わせれば痴話喧嘩だ-の火種の一つであるが今は関係ない。

「“わたしはたつののお嫁さんだよ?”なの」

はやての言葉を継ぐように、沈黙を貫いていたなのはが口を開く。
少し-いや、もしかしたら結構-力が入っている声だった。
龍野は苦笑する。予想通りに近い答だった。
なんと言って良いか分からず天井を仰ぐ。

「あー」
「なのはちゃんも、対抗してしまってなぁ」

恐らくその場にははやても居たのだろう。
手を頬に当て思い出したように「困ったわぁ」と首を傾げさせる。
確かになのはが居て、フェイトがそれを言った現場に居たら龍野自身も困るに違いない。
もっともその場合は二人で話をする前に龍野に話が回ってくるに違いない。
その為この喧嘩は元からなかっただろう。

「私だけじゃないもん」

はやての言葉になのはが抗議をする。
それは龍野に駄々っ子だと思われたくないからかもしれなかった。
私だけじゃない――その言葉は嫌な予感しか龍野には抱かせない。
なのはとフェイト、はやてがいるのだ。
事態をややこしくさせるもう一人が居ても可笑しくはない。

「そーそー、ティアナもな“タツノさんは私の家族です!”って」
「間違ってはいない」

予想通りの名前が出てきて、龍野は頷いた。
あれ以来色々あって龍野はティアナの家族みたいなものになっている。
言葉としてはなんともあやふやだがそれが一番近い状態である。
フェイトのように保護者ではないし、書類上繋がりはない。
ただ心の繋がりで言ったら父親よりは濃い気が龍野にはした。

「確かにそやけど……相変わらず甘いなぁ。龍野ちゃんは」

はやては苦笑する。
ティアナと仲良くなる切欠は婉曲的には自分である。
その後色々協力しているのも確かな事だ。
だがここまで仲良くなるとは思わなかったのも事実であった。
龍野は本当に予想外の事ばかりをしてくれる。

「それでフェイトちゃんだけなら未だしもティアナまで加わるとなのはちゃんも我慢できへんくて」
「この状態?」
「そや」

十全とはいかないが理解はできた。
フェイトと話が纏まらないだけでこんな状況になるとは思えなかったのだ。
二人の間に何があったのかは知らない。
何か龍野に関する取り決めがあったのは違いないようではある。
一時期張り合ってばかりいた二人は、ある時を境にぴたりと張り合うのを止めた。
それから小さないざこざはあったものの泣き出すようなものは無くなったのだ。

「なのは、フェイト」

龍野はソファに座っているフェイトと少し離れた場所に立ちんぼしているなのはに声を掛ける。
視線が合ってなのはの位置が近づく。
この二人が、こういう話で揉めるのは一体何度目だろう。
そして自分がそれを収めるのは何度繰り返された事なのだろう。
龍野は知らない。途中で数える事を止めてしまった。

「だって、指輪もらってくれた」
「それは一般に旦那さんがやること」

お嫁さんには少しも関係ないと龍野が言うと、なのはは今にもぶーと言いそうなほど頬を膨らます。
指輪とはなのはとフェイトが龍野に対しての取り決めをした際、二人から貰ったものである。
一つずつ、計二つの指輪を手渡された。
当然二人とのペアリングであり、1個を単独で着ける事は許されず。
まるで二連環のようにして着けることになる。

何も言わずに手渡されそんなことを知らなかった龍野はこれで失敗している。
一度、なのはの方だけをしていたらフェイトに散々泣かれた方が良い目にあった。
―本当に偶々だったんだけど。
なのはの方を選んだとかそういう事は少しも無い。
寝ぼけてフェイトの方を忘れたというだけだ。
それからは外すのが怖くなり、滅多な事では外さなくなった。

「たつのはわたしを貰ってくれないの?」
「そういうことじゃない」

なのはをかわしたと思えば、次はフェイトだった。
こちらはこちらで無理なことをサラリと言ってくれる。
この傾向は昔からである。
龍野は気にしない事にした。

「フェイトちゃん、龍野ちゃんは私のだよ?」
「なのは、それはたつのが決めること」

ばちっと二人の間に火花が散る。
一人はソファで龍野に抱きついたままであるため、格好はつかない。
だが挟まれた方としては中々に空気が刺さるようで痛かった。

「まーまー、ここはずばっと答えたほうが早いで。龍野ちゃん」
「何を答える?」

「だから、二人のどっちをお嫁さんと思えるかや」
「嫁、ね」

大体にしてここにいる全員は女な訳で。
誰が嫁だという問題で揉めるのは間違っている。
しかし、龍野の周りの大いに変な環境-いつこうなったかは分からない、気付いたらこうなっていた-でその常識は通用しない。
些細な事と笑ってはいけない。
この対応一つで、嫁候補の二人は本気で喧嘩をするのだ。
口喧嘩などという生ぬるいものではない。魔法込みの真剣な戦闘である。
原因や理由の分かる傍からすると馬鹿馬鹿しくなるようだが真面目な話なのだ。

「考えた事ないわけないよな」

言葉に詰まった龍野に、はやてが追い討ちを掛ける。
にっこり笑顔はこの状況を楽しんでいるに違いない。
フェイトが顔を上げ涙に濡れた表情で見上げる。
なのはは更に龍野との距離を詰めた。

「たつの」
「龍野ちゃん」

二人の迫力に、乾いた笑みを返す。
本当にいつこんな風になったのだろう。
その分岐点があるならば、タイムマシンにでも乗って書き換えてしまいたい。

「勿論、二人ともなんて答えはなしやで」

―はやて、少し黙って。お願いだから。
考える。考える。
二人に角が立たない方法を只管に考える。
なのはを嫁と言った場合とフェイトを嫁と言った場合、更にティアナと答えた場合を仮定する。
どれもこれも上手くはいかない。
この場でティアナなんて答えたら結果は火を見るより明らかだ。
いや、実際火を見る結果になる。

「私の中の答えは決まってる」
「ほう、是非聞かせてもらいたいもんや」

滲む汗を感づかせないように、平坦な声で告げる。
はったりも良い所だがある程度きっぱりと言い切ったほうが良い。
その演技もはやてには無意味のようだが気にしない。
なのはとフェイトにさえ通じれば良いのである。

「私の旦那はなのは、嫁はフェイト、娘というか妹はティアナ」

ごほんと一つ咳払いをする。
逃げたと言われたら仕方ない。
だが龍野の中の感想として、甲斐甲斐しく世話をしてくれるフェイトが一番嫁に近かった。
それに比べなのはは指輪をくれたときの印象が強く旦那になった。
あれは男だった達信でも惚れてしまうくらい清々しいプロポーズだったのだ。
ティアナは彼女も言っていた通り家族、妹に近い。
嫁は一人に絞ったし、なのはも対極だが同じくらいの地位だし、文句無いだろうと龍野は意味も無く胸を張る。

「みんな、大事」

結局はそうなのだ。
分類がどれほどの意味を持つと言うのだろうか。
龍野にとってなのはもフェイトもティアナも、何だかんだではやても大事な存在なのだ。
もちろん、アリサやすずかのような友人たちも。
彼女たちが作る日常に幸せを感じているのだから。

「だからこんな事で揉めない」
「相変わらずやね。龍野ちゃん」

ある意味漢らしいわぁとはやてがからかい半分に笑う。
ほっといてと龍野は髪の毛を掻いた。
大体にして、この質問をしたのははやてである。
そして火を消さずにここまでもって来てくれたのも彼女だ。
はやてが本気になればこんな言い争いその場で鎮められたに違いない。

「一番揉めない方法。はやても止めれるんだから止めて」
「やってこっちの方が楽しそうやったし」

軽く言う。
龍野は反省も何もないその姿に溜息を吐いた。
そして反応を返さない二人に視線を向ける。
見えたのは「龍野ちゃんの旦那さん」と呟くなのはに「わたしがたつののお嫁さん」とうっとりするフェイトだった。
細かい呟きが更に前後についているがそれは聞かなかったことにする。
そうした方が龍野の精神に優しかった。
新婚シミュレートは昔から見られる二人の悪癖である。
誰に迷惑をかけるわけでもないが、主に龍野の精神力が目減りする。

「まぁ、幸せそうだからいい」
「本当やなぁ」

親友二人の姿にはやてがくすくすと小さな笑いを漏らす。
龍野は何とも言えない表情で肩を竦めた。


番外編 ~ある一つの未来~ end









百合分が足りない。
暴走した。
結果これが出来た。

最初に書いたとおり、軽いノリで読んでください。
本編とは全く関係ない話っす。

感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
本編はまだ考え中な箇所が幾つかあるので少しお待ちを。
そろそろ日常の百合に戻りたくてしょうがない。
たぶんそんな話になる予定です。
では、完全なる番外編でした。




[16056] 第十九話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/03/31 01:43

「寒くなったねぇ」
「うん」

すっかり冬らしくなった。
隣にいる友人に頷く。
季節はもう雪が降る頃だった。


後藤 龍野、冬支度中。
なのはの様子がどこか変です。




余生におけるある世界との付き合い方 第十九話




外では雪がちらつく季節になってきた。
白い結晶が空から舞っては世界を雪で覆っていく。
それは綺麗と一般的に言われている光景であり、いつもの友人であったら表情を満面の笑みに変えるだろう。
そう“いつもの”友人-なのは-だったら。

「なのは?」

ぼんやりしている級友に声を掛ける。
場所は最早馴染んできている後藤家である。
冬のお約束としてコタツがこの間から居間に陣取っていた。
―なんか、変。
具体的に何時かは特定する事が出来ない。
ただなのはの様子が変わったことを龍野は何となく感じ取っていた。
それはふとした瞬間、合間に覗くものだったのだ。

「なのは?」

龍野の言葉に何も返さないなのはにフェイトも不思議そうに声を掛ける。
フェイトもコタツに入ってまったりしている人間の一人であった。
位置取りとしては龍野の左にフェイト、角を挟んで右隣になのはがいる。

心配そうにフェイトがなのはに身体を寄せる。
そうすれば当然龍野の体に彼女の体も触れる事になり、少し押された。
左側から押される分にはそう問題はない。
右手で支えられるし、フェイト自身もそう体格が良い方ではないのだから。

「フェイト、近い」

バランス的には平気である。
ただ近づく彼女の顔や体温の方が龍野にとっては大事だった。
金色の髪が龍野の視界を掠めて近さを知らせる。
感覚のみが残る左腕にフェイトは優しく触れていた。
柔らかい感覚は女の子の体という事を意識させる。
また仄かに香る匂いが龍野の鼻腔を擽る。

フェイトに作為がないのは分かっている。
ここで意識している自分がどちらかと言えばおかしいのだろう。
それでも達信という確りとした男の意識を知っている龍野は止められない。

「あ、ごめん」

フェイトは龍野に言われて身体を離した。
遠のく体温に何となく気分が沈む。
龍野の体温はどうにも心地よくて仕方ない。
―どうせならもうちょっとくっ付いてたかったな。
なんて甘えが顔を覗かせるも、龍野のことを考えればそうするわけにもいかない。
彼女の嫌がることをするという考えがフェイトの中から綺麗に抜けているのだ。

「なのは、起きてる?」

離れた体温にほっと息を吐きながら龍野は微動だにしないなのはを見やる。
今の二人のやり取りの最中もぼーっとして何も反応しなかった。
その意識が現実にないのは明白であり、どうしたものかと思う。
具合が悪いならば休ませなければならないがそういう様子でもない。
右手で軽くなのはの体に触る。
とんとんと肩を叩けば、そこでやっと気付いたかのようになのはは龍野を見た。

「あ、うん。龍野ちゃん、大丈夫だよ」
「すごく、嘘っぽい」

ぱちぱちと瞳を瞬かせてからなのはが微笑む。
その笑顔は見慣れたものではあるが、何処か嘘があった。
大体にしてなのはの大丈夫が信用ならないことを龍野は知っている。
体調が悪くても言わないし、疲労が溜まっても休まない。
そんなんだから龍野はなのはを放って置けなくなるのだ。

「そんな事ないの!」

少々慌てた様子でなのはが手を動かす。
誤魔化すような動きは逆に謎を深めるだけだった。

龍野はフェイトと顔を見合す。
どうにも様子がおかしいと感じているのは何も自分だけではないのだ。
目が合ってどうしようかと苦笑すれば、彼女も微苦笑した。

「でもなのは、さっきからぼうっとしてたよ?」

考え事?とフェイトが首を傾げる。
純粋に親友の事を心配しているのが見て取れた。
龍野は休ませる事に特に障害はない。
ここは龍野の家であるし、なのは達専用になってきた客間には僅かなりとも私物が増え始めている。
なのはもフェイトも今日は仕事がない。だからこそする事もなく居間でのんびりとしているのだ。
今すぐにでもなのはを休ませようと思えば寝かしつけられた。

「風邪引いた?」

フェイトの言葉に頭を捻らせる。
なのはの体調に関しては気を配っているつもりだ。
それに彼女自身が以前より体調管理をするようになった。
龍野が口うるさく言った結果と言われれば嬉しいことに違いない。
―この頃は、そこまで疲れてなかったと思うけど。
ぼんやりしていると思ったことはあったが、働きすぎの疲れという雰囲気ではない。
だがなのはが職場でどのように働いているかを龍野は少しも知らない。
体の疲れではなく精神の疲れだったとしたら見逃す事もあるだろう。
従ってストレスから風邪を引くという場合は充分にありえる。

「風邪なんて引いてないよ。元気だもん」

なのははううんと首を振ってフェイトの言葉を否定する。
確かに見る限りで彼女の様子に変化はないのだ。
ただぼうっとしているというその一点だけがおかしな所であった。

「ちょっと、ごめん」

静かに断り手を伸ばす。
龍野の風邪が移ったということはないと思われる。
あれから一ヶ月以上が過ぎている。潜伏期間にしても長すぎると言えた。
どっちにしろ、風邪だとしたら龍野以外にも移る原因はたくさんある。
万病の元といわれるのも結局それほど有り触れた病気だということの証明だろう。

「ひゃ、た、龍野ちゃん?」

伝わってきた熱は高くない。
仄かに温かく感じるが、龍野の低い基礎体温と合わせて考えると高熱とは考え辛い。
冷え性というわけではないのだが昔から体温は低いほうだ。
マッサージを施す時は気功のおかげかどちらかと言えば温かくなる。
その為体温は高いと思われがちであり、なのはやフェイトは手を繋いだときに少し驚いていたくらいだ。

「む」

龍野の手がなのはの額に触れる。
なのはの頬が明らかに体調とは関係なく紅くなる。
それを側で見ていたらフェイトは自然と声が出てしまっていた。
不機嫌そうな声音、それにフェイト本人が驚いていた。

なのはを心配しているのは本当だ。
龍野がそうしなかったら、きっとフェイトが同じような行動をしていた。
そう頭は理性的に考えているのに体が従わない。
―わたし、変だ。
何故素直に心配できないのだろう。
いや、心配自体はきちんとしているのだ。
ただそれより大きいもやもやした感覚が胸を覆ってしまうだけで。
似たような状況にフェイトはなった事があった。
学校で龍野がなのはの手を取って保健室へと行ってしまったときだ。
あの時もフェイトは“置いていかれた”という暗い思考に乗っ取られていた。

「うん、熱はない。気分は?」
「悪くない、よ……さっきから大丈夫だって言ってるじゃん」

龍野はなのはの顔を覗き込む。
顔色自体は先程より紅くなっている気がするが問題はないだろう。
ぷいと逸らされた顔はどうやら恥ずかしがっているようだった。
いつもはなのはの方からこれくらいの接触はしてくるのだが、されるのはやはり恥ずかしいらしい。
それとも心配され慣れていないのかとも考える。
だが親友のフェイトは心配性であるし、アリサもすずかも友人には甘い性質だ。
アリサ辺りは素直にそれを出さないかもしれないが、いかになのはといえど気付いているはずである。
心配され慣れていないというのは何とも考え辛い。

「なのはは無理をするから」

龍野がなのはの心配をする。
それは普通の事だ。何回も見てきたし、不思議に思ったことも無かった。
なのにこの頃自分の胸を覆うのは嫌な感情ばかりで、フェイトは対応しきれない。
そういった感情が何かも、対処の方法も分からない事ばかりだったのだ。

「風邪で寝込んだ龍野ちゃんに言われたくないの」

頬を膨らませてなのはが龍野に反論した。
親友の彼女も龍野の心配をよくしている。
事故の後から特にそれは多くなったようにフェイトは思う。
それはただ単に一緒にいる時間が増えたからなのかもしれない。
そうだとしたらやはり変わったのは自分であり、そして何処が変わったかを把握できていないのだ。
―だからこんなにモヤモヤするんだ。
フェイトは口を挟まずとも淀みなく進む二人のやり取りにそう思った。
何となく見ていられなくて目を伏せる。

「あれは、油断」

龍野は微かに言葉に詰まった。
働きすぎで墜ちたことと風邪を一緒にしないで欲しい。
そんな反論が口を飛び出そうとしたが収める。
なのはが無理する事はともかく、自分が風邪で寝込んだ事は事実である。
内気功なんてものを習得しておきながら病気になったわけで。
疲れが溜まっていた事は否定しきれないものがあった。

「とりあえず、大丈夫だから。ほんとに考え事してただけだし」

数秒見合ってからなのはが顔を逸らす。
若干赤味を帯びた横顔にまた心配が鎌首を擡げる。
だが幼馴染の言葉にそれも押さえつけられる。
これ以上何か言ったら喧嘩になる事は必至だった。

「なのは、一人で悩まないで相談してね?」

フェイトが龍野となのはを見比べる。
そうしてから静かな声でなのはに声を掛けた。
優しい気遣いが感じられて、龍野はやはりフェイトがなのはに甘いことを認識する。

「うん、分かってるよ。ありがとう、フェイトちゃん」

なのはは親友の言葉に素直に頷いた。
その顔にあるのは龍野に向けるよりもさっぱりとした笑顔だった。
これが絆の差なのだろうかと龍野は何となく思う。
言うまでも無く、種類の差―友情と恋情―であるのだが彼女はそれをまだ知らない。

はやての事が終わったらなのはかと龍野は肩をすくめた。
この間検査結果が全て出て、はやてとの話し合いは終わっていた。
その時のことを考えると少し憂鬱だがあれは過ぎたことである。
交わされた内容はほぼ龍野の予想通りだった。


****


「まずは謝らせてもらうわ」

手に持たれているのは数枚の書類。
それに書かれている内容は先ほど龍野が確認したものである。
魔法の事について詳しくないがはやてに分からない事を聞きつつ理解した。
やはり左腕は動かないというのが結論だったようだ。

「ほんま、申し訳なかった」

そして目の前に居るのは頭を下げるはやてである。
何とも龍野は微妙な気分になる。
謝らなくて良いとは言いにくい。
だがそこまで謝って欲しいわけでもなかった。
左腕が治らない事に対する謝罪だと思えたら龍野も素直にそう言えたのかもしれない。
しかしはやてが謝っているのがそれではないと知っていた為、何とも居心地が悪い。

「左腕はミッドの技術でも治らんそうや」
「そう」

頷く。知っていた結果だ。
代償が軽いものとは転生なんてものを体験している龍野でも思えない。
いや、転生しているからこそ分かっているのだ。
この代償を課した少女の凄さというものを。

「なんでも神経やなくて、脳がそこに腕があると認識せぇへんらしくてな」

はやてが訥々とした口調で話す。
覇気の少ない口調はどこか彼女らしくなかった。
―それにしても。
自分の腕はいつの間にそんな特殊な事になっていたのだろう。
龍野は微かに苦笑する。
脳が腕を認識しない。
それは一体どういう状況なのか龍野にはさっぱりだった。
認識できないから信号を送れない。
ただ実際そこに腕はあるわけで、送られてくる信号はある。
それが龍野の腕に感覚だけが残っている原理らしかった。

「治らないものが治らなかっただけ」

さりとて不自由なわけでもない。
状況が変わったわけでもないし、元から諦めていた事である。
龍野は淡々とした声音ではやてに言った。

「一つだけ、お願いがある」
「なんや?」

考えて、龍野は言葉を発した。
とは言っても自分の中にある要望は-特にフェイトたち関連以外で-一つしかない。
龍野からこういったことを言い出すのは非常に珍しい事である。
はやては少し首をかしげてから素直な声音で尋ねた。

「病院である女の子と会った」

浮んできたのは鮮やかなオレンジ。
夕日を髣髴とさせる色彩だった。
自分を見つめる瞳は真っ直ぐでありながら、どこか歪んでいて。
龍野は思ってしまったのだ。
――フェイトに似ていると。
無理する部分はなのはに似ているのかもしれない。
だがその寂しさをひた隠しにする所や精神的に自立しきれない所が彼女に似ていた。
なのはに似て、またフェイトにも似ている。
その上境遇は自分と被っていて、そんな少女を気にせずにはいられない。

「その子に時々会いに行かせて欲しい」
「別にそれくらいええけど、なんでなん?」

龍野の言葉にはやては躊躇い無く肯定した。
検査の結果が完璧に一般人を示していた。
話の整合性もある程度とれている。
はやてが警戒を緩めるには充分といえた。
元より、親友達へ影響が出なければそれで問題はないのだから。

「約束、したから」

龍野はそれだけを口に出す。
理由を聞かれればそれしか今はない。
どちらかと言えば龍野の我侭のようなものなのだ。
はやてもそれ以上何も聞かずに、話を進める。

「フェイトちゃんたちには内緒でってことでええのかな?」
「うん、はやても困るでしょ」

龍野は笑う。はやては苦笑した。
どうにも見抜かれている感覚が慣れない。
それでも龍野の言葉の裏に自分を慮っているのは感じ取れた。
だからそのまま感謝の言葉を口にする。

「……ありがとうな」
「ううん、お互いに言えないことだらけだし」

はやての言葉に龍野は首を振る。
龍野は自分のことを黙っていて欲しかった。
それでも黙っていて欲しいという欲求を比べたら明らかにはやての方が強いのだ。

「確かになぁ」

言葉に持たされた意味にはやては頷いた。
中々どうして、この同級生は鋭い上に的確だ。
物事を言うタイミングと言うものを分かっている。
これからの様々な“日常”を想像してはやては少し楽しくなった。


第十九話 end









まずは謝罪を。すまん、更新がとても遅れた。
そしてこれから週一くらいの更新になると思います。
今回の話は百合分を入れつつはやてのことをどう纏めるかに神経を使いました。
まぁ、纏まってないかもしれないですけど。
とりあえず繋ぎのような話です。
次から不足し始めた百合分の自給自足を暫くしたいと。
従って話的には余り進まない可能性もあります。

感想・指摘・誤字報告、ありがとうございます。
俺がリリなのの百合を見たくて書き出した話という事を思い出しました。
そーなんだよね、百合に邪魔な要素あんまいらんのだわ。
個人的にそれでも必要と思われる所だけストーリーとして書きたいと思ってます。
はやてはその一環だと。

では最後にもう一度。
更新遅くなり本当に申し訳ありませんでした。







[16056] 第二十話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/04/11 13:08


風邪はすっかり良くなった。
だが熱が残した問題は身体的なものでは無く。
むしろ精神的なもので幼馴染に大きな変化を与えていた。
記憶が無い龍野はただ首を傾げるしかない。


後藤 龍野、反省中。
寝ているときまで責任は取れません。




余生におけるある世界との関わり方 第20話




この頃なのはには考えている事があった。
ぼんやりしていると言われてしまっても仕方ない。
いや、実際にはやてからはぼんやりしていると言われたし、フェイトからも心配された。
その時はただ曖昧に笑って誤魔化すしかできなかった。
龍野は気付いていながら放っておいている風だった。
なのはが話さないことを無理に聞き出すような人物でないのだ。

はぁとなのはは小さくため息を吐く。
龍野を好きだなんてどうして言う事が出来よう。
何よりなのはが悩んでいるのは自分の気持ちについてではない。
好きなことは変えられないし、諦められるかと言えば無理である。
それが例え世間一般に認められない想いだとしてもなのはには止められないのだ。
だから悩まないと言い切るまでは出来ないが、今はもっと考えるべき事がある。
―たつのぶって誰なんだろう。
あの後も龍野に聞くことは出来なかった。
風邪が治ってからも中々タイミングを掴めず、尋ねる事が出来ない。
尋ねる事が怖い気持ちがあったことも否定しない。

「ねぇ、フェイトちゃん」

金の髪が揺れて親友が振り返る。
本人に聞けないならば周囲に聞けばよい。
なのはは短絡的にそう考えた。
他に取る道がなかったとも言う。

恐らく龍野と一緒にいる時間はなのはが五人の中では一番短い。
学校という半日を費やす時間を常に過ごすアリサやすずかが何だかんだで時間的には最も長いはずだ。
フェイトはその次だろう。自分ほどではないが時折早退しているのをなのはは知っていた。
しかし放課後や休みの日に後藤家に入り浸っているのも-龍野に言わせればなのはも然程変わらない-事実である。
そういったことを含めて、タイミングが合ったというのもあるが、なのははフェイトに声を掛けた。

「どうかしたの、なのは?」
「うん、ちょっと聞きたい事があるんだけど……」

少し言い淀む。
言ってしまっていいのかが分からなかった。
もし、フェイトが“たつのぶ”という人物を知っていたとする。
そのうえ龍野の恋人であるなどと言われてしまってはどうにもならない。
ショックを受けない自信が無かった。

「たつのぶ、って人知ってるかな?」

だが聞かないわけにもいかない。
なのはに恋心を自覚させた重要な名前である。
あの時、龍野の状態は高熱であり関係ない名前が出るような状態ではないのだ。
恋人という特別な存在でなくただの友人と言う可能性もある。
龍野は必要な事しか話さないため、全くなのは達が知らない事があったとしてもおかしくはない。
この場合、問題になるのは結局自分の心なのだ。
――自分が知らない龍野がいることを許せない。
全てを知りたいという欲が恋になってから出てきていた。
初めての感覚になのは自身戸惑いを隠せない。

「たつのぶ?」
「うん」

フェイトは首を傾げる。
その口調から結果は聞く前に予想が着いた。
親友である黒の少女はとてもよく顔に出るのだ。
特にそれはなのはの前だと顕著である。
もっとも、なのは自身はそれに気付いては居ないのだが周知の事実であった。

「ううん、知らないよ。なのはの知りあい?」

緩やかに金糸が舞う。
聞こえた言葉はやはり考えていた通りだった。
ううん、と小さく答えてからなのははうーんと呻った。

ダメモトだったのでそこまで気落ちはしない。
ただフェイトが知らないとなると、調べる手立てがなくなってしまうのだ。
本人に直接聞くという方法しかなくなってしまう。
そしてなのははそれができないからフェイトに聞いたわけで。
早くも“たつのぶ”の行方は遠くなってしまう。

「龍野ちゃんのね、知り合い、みたいなの」

どう言っていいか分からなくなった。
龍野の看病になのはが行った事はフェイトも知っている。
次の日の朝には任務を終えて帰ってきたのには本気で驚いた。
そんなに早く終わる任務ではなかったはずなのだ。
それでも事実親友は仕事を処理して、帰ってきていた。
凄いなと素直に感心した。

「たつのの?」
「うん」

フェイトの美麗な眉目が顰められる。
記憶を探っているのか、自分の知らない龍野をなのはが知っているのが嫌なのか。
はたまた――男の名前に嫌な予感を覚えたのか。
推測は幾らでもできて、しかし答を知る事はできない。

親友は顎の下に指を当てて考えている。
癖なのだろう。良く目にする格好だった。
その姿はとても様になっていて、なのははじっと待っていた。

「でも、そんな人の名前わたし聞いたことないよ?」

数秒経ってフェイトの声が答えた。
なのははその答えに内心ほっとする。
最悪の場合は回避できたようだ。

「そうなんだ」

安堵の色が思ったより強く出た。
フェイトと視線が重なる。
綺麗な紅い瞳の中に頬の緩んだ自分が映って、なのはは慌てた。

「あ、あのねっ!この間、龍野ちゃんが寝言で言っていたから」

誰に言い訳をしているのだろう。
これでは何か疚しいことがあると言っているようなものだ。
自分でもそう思ってしまい、なのはは内心苦笑した。
龍野が好きという事に気付いてからそれまで普通だった事が分からなくなってしまったのだ。
どこまでが友達に対する感情で、どこまでが恋なのか。
またどこから表に出しても怪しまれないか。
今までこういった経験のないなのはは非常に線引きに困った。

「この間って、熱が出たとき?」
「うん」

フェイトが首を傾げる。
なのはが寝言を聞ける場面など数少ないと彼女は知っていた。
任務の数は自分より多いため、泊まる事自体が少ない。
その上龍野という人物は早起きが基本でフェイトたちに寝ている姿は見せてくれないのだ。
だからフェイト自身龍野の寝ている姿と言うのは余り見た事が無かった。

たつのぶとフェイトは一度口の中で言葉を転がした。
その響きはどこか“たつの”に似ている。
むしろ三文字目まで同じ言葉であり、兄弟と言われれば納得してしまう。

「その名前は知らないけど、大丈夫だと思うよ」

心配そうななのはにフェイトは首を傾げてみせる。
この頃なのはの様子がどこか変だとは思っていた。
ぼうっとしているし、考え事も多い。
龍野に尋ねたりもしたが放っておけとの回答だった。
何でも“なのはは頑固だから話さない時は話さない”らしい。
それについてはフェイトも賛成だった。
基本的になのはは自分のことを話さない上、悩みなどになるとそれは特に顕著だ。

「なんで?」

なのはにはその落ち着きが良く分からない。
フェイトは多くを龍野に預けている。見ていれば分かる事だった。
それに対して思う事が無いわけでもないが、言わない。
親友が魔法とは無関係の存在を作るのは世界が広がって良いだろう。
―心配じゃないの?
だからこそなのはは龍野の放った名前が気になっていた。
もしかしたら自分たちから龍野を獲っていく存在かもしれないのだ。
何故心配せずにいることができよう。

「たつの、大切な人だったら話してくれると思うし」

フェイトは自分の中の龍野について思い返す。
龍野はすごく大人びている。
姿形がではない。思考がだ。
自分にできる事とできない事を理解してきちんと分けている。
できない事に挑戦してみて失敗してもその事に対してイラついたりはしない。
こんなものかと納得するのだ。それからできるようになる対応を考える。
その繰り返しが龍野の中には出来ている。
焦りや失望が少しも見えないのだ。
自分に足りない部分がある-なのはも龍野もこの言葉は否定するだろう-と知っているフェイトにはその姿は清々しく見えた。
あれくらい割り切ることが出来たらという思いが頭から離れない。

「確かに、そうだね」

なのはもフェイトの言葉に頷いた。
龍野にはそういう所がある。
だがなのはにとっては良いところばかりではない。
”大切な人”ができたら言ってくれる。
彼女の性格からして間違いないだろう。
だが龍野は大切になるまで何も言ってはくれないのだ。
それはとても寂しいことではないだろうか。

「だから言わない事ならわたし達に必要ないか、関係ない」
「そう、だね」

すっぱりと言い切るフェイトになのはは逆に感心する。
これは龍野のことを心底信頼していなければできない芸当だ。
人のことを信頼しやすい-一度懐に入れたらトコトン甘い-彼女のことだ。
可笑しくはないが、一年にも満たない短期間でそれを為した幼馴染は凄い。

なのはは何ともいえない微妙な感情を抱く。
嬉しさと独占欲がせめぎあって複雑な心地だった。
龍野が自分の親友と仲良くなってくれたことは嬉しい。
なのはの方へ一歩近寄ってきてくれたということだから。
ただ同時に今までなのはだけが知っていた龍野がドンドンみんなに知られていくのは、どうにもモヤモヤする。

「それじゃ、なんかこの頃変わったことない?」

なのはは親友の言葉に食い下がる。
フェイトが龍野に対して心配性なのは知っている。
これは龍野一人に限ったことではないが。
いくら信用していても、心配なものは心配なはずなのだ。

「そういうことなら……」

フェイトはなのはの言葉に一瞬動きを止める。
そうしてから困ったように表情を歪ませてなのはを見た。
“たつのぶ”という名前に覚えはなくても龍野に変化はあったらしい。

なのはは心の中で身構える。
フェイトが龍野のことに関して敏感なのは言うまでもない。
元々の性格と事故から来る感情がそれを著名にしていた。
先ほどその一片を見せつけられたわけである。
その上なのはは親友のことを信じている。
彼女からもたらされる情報は間違っていない。

「どうかした?」

のどが渇く。
自分の知らない龍野がいるだけでこんなに嫌になるなんて。
――いっそのこと仕事なんて辞めてしまおうか。
そんな感情がふと過ぎるもできない。
龍野の側にいることは幸せなことだ。
出会って最初のときから彼女の視線はきちんと自分の中だけを見ていて心地よい。
隠していたはずの寂しさも、知らない振りをしていた強がりも見抜かれていた。
そして何も聞かずに一緒に居てくれた。とても嬉しかった。
だが自分だけが幸せに浸ってられる-それも何もしないで-状況はなのはにとってストレスにしかならない。
小さい頃に植え付けられた感覚というものは消えにくいのである。

「この頃、たつの、検査多いんだ」

フェイトが真顔に近い表情で話す。
その内容はなのはも知っているものだった。
龍野はこの頃僅かであるが忙しそうである。
なのはが暇なときはいつも一緒にいてくれるがいない時は何かしているらしい。
アリサやすずかがそれを口にしていた。

「確かにそうだね」
「なんの検査か、なのは知ってる?」

なのははきょとんとした表情を浮かべる。
何の検査かなんて考えたこともなかったからだ。
龍野は健康優良児であり、事故まで病院のイメージさえなかった。
だから検査と言われれば事故関係、更に言えば左腕のことしか出てこない。

「知らないけど、左腕のじゃないの?」

素直に思ったことを口に出す。
それ以外の言葉は出てきそうになかった。
フェイトを見ながら僅かに首を傾げる。

「うん、たつのはそう言ってる」
「だよね」

なのはの言葉にフェイトは小さく頷く。
ただその言い方には何か含みがあって、彼女がそう思っていないことを感じさせた。
その表情から良い情報には思えない。

なのはが龍野に救ってもらったとしたらフェイトはどうなのだろう。
ふとした疑問が起こる。
フェイトも事故から助けてもらったのは違いない。
だがどちらかと言えば龍野の手助けをする回数の方が多い。
左腕が麻痺しているのだからそれも当然の流れだ。
なのはとてなるべく助けられるようにはしている。
―なんでなんだろう。
親友の心優しい性質はよく知っている。
ジュエルシードを巡って争っていたときさえ、なのははそう感じていた。
そう考えれば自分のせいで怪我をした龍野を助けるフェイトに違和感はない。

「でもわたしは違う気がするんだ」
「違う?」
「うん」

フェイトは言葉を探す。
感情を表現するのは苦手である。
特に直感に近いものを説明するには骨が折れる。
なのははフェイトの言葉にうーんと呻りながら記憶を探る。

フェイトは優しい。
そして気を遣いすぎる面がある。
そのフェイトが龍野には甘えているようになのはには見えた。
曲りなりとも自分のせいで怪我をしたと思っている龍野に。
フェイトの性格からすると助ける事はあっても、甘える事はしない。
龍野の負担になってしまうと考えるだろうから。

「……もうちょっと、待ってみよう?」

言葉を探して結局出てこなかった。当然である。
フェイトの中にあったのは勘としか言いようのないものであった。
それを他人に説明しようとして、明確な根拠が無いのを知る。
何より龍野のことにそこまで口を出せるとも思えなかった。
龍野には龍野のしたい事がある。
それが危ない事でもない限り自分に口を出す権利はない。
できるのは彼女が話し出すのを待つことだけだ。
結局、フェイトの中で答えはそこに落ち着いた。

「そうだね。それがいいと思うの」

なのはもその言葉に同意する。
フェイトは龍野を信じている様子だった。
ならば自分ももう少し待ってみよう。
“たつのぶ”が誰かは分からないが、重要な人物ならいずれ聞くことになるだろう。
少なくともなのはに龍野から離れるという思考はないのだから。


****


「へくちっ!」
「大丈夫ですか?タツノさん」
「うん、平気」

ミッドの空に龍野のくしゃみが響いた。
ここは屋外であり、街に出てきているのだ。
埃でも入ったかと龍野は鼻を擦りながら思った。
ちなみに指ではなくきちんとしたハンカチを使ってである。
今日、出かけると言った自分にフェイトが持たせてくれたものであった。
こういう小物に無頓着な龍野に任務に行く前に用意してくれたのである。
その姿ははやて辺りから“通い妻”と称されるほど板についてきている。

「冷えてきましたし、中に入りますか?」
「気にしないで」

今日は一日ティアナに付き合うことになっていた。
内気功の成果はきっちりと出ているようで感謝された。
何でも身体の調子が良くて、魔力のコントロールも楽な気がするとか。
そういった知識が皆無に近い龍野には良く分からなかった。
だが役に立っているならば良いかと納得する。
―いい加減この辺の知識はつけるべきかもしれない。
はやてに言えばそういう本も貸してくれるだろう。
なのは達の力になるために情報は必要である。
龍野の能力が魔法の運用にどう関係しているかのデータも欲しかったが、まだ早い。
内気功を施している相手はなのはが主である。
協力してもらうには色々話さなければ無くなる。
何よりはやてにまだこの力はばれていない。
疲労回復のみならまだしも、魔力運用に関係するとなれば大事だ。
知られた瞬間に働かされそうで龍野は黙っていた。

「それより、ティアナ」
「はい?」

基本的に龍野はこの能力を大っぴらにする気はない。
なのはもフェイトも余りにも酷かったから使っただけである。
これを仕事にするとか、そういうことは今のところ考えていない。
いずれなのはたちが戦う時期になってからでも遅くはないはずだ。
――今はまだこのままでいい。
それは龍野の願望のようなものでもあった。

「いい加減、敬語は使わなくていい」
「でも」
「いい」

渋るティアナに念を押す。
三つ上というのは成長期の子供には途轍もない差に見える。
自衛官だった頃の年功序列は記憶に入っているもののティアナにそうしてもらいたいかは別である。
何より彼女に必要なのは精神的な支柱である。
心が不安定だから我武者羅に頑張ってしまうのだ。
そのために年の差など邪魔だった。
―……遅かったみたいだし。
病院で見た暗い顔の理由はやはり兄の殉職だったようである。
ティアナは口にこそ出さないが暫くはとても落ち込んでいるのが目に取れた。
それでも龍野との約束を守ってくれるのは、強くなりたいと言う想いでのみ留められている気がした。

さりとて知っていたからと言え龍野にできることはない。
なのはが墜ちた時と状況はそう変わらない。
ただ幼馴染のなのはは少しだけ手伝えた。
ティアナのいる世界は遠すぎた。
その僅かな違いだった。
積極的に物事に関わると言う意気が龍野には無いに等しい。

「うん、わかった」
「それでいい」

ティアナの通う学校と言うものもある程度、年功序列というものはあるようだ。
だがリンカーコアの差がそのまま魔導師のレベルに繋がるような世界である。
年が下のものが上に立つことも多々あるのだろう。
龍野の言葉にティアナは少し困ったような顔をした後、むず痒そうな口調で話し出す。

「でもタツノ…さんも変なことに拘るのね」

それでも敬称だけは取れなかったようである。
呼び捨てにしようとして、直ぐに“さん”をつける。
口調が変わっただけでもいいかと龍野は思った。
龍野自身いきなり敬語は止めてと言われて止められるはずもない。
そういう融通の利かなさには達信の頃から定評があった。

「変じゃない。普通」
「普通の人はあんなマッサージなんて出来ないから」

ティアナが少し呆れた顔で言った。
そう、なのかもしれない。
何回も言うが龍野にはミッドの世界についての知識が圧倒的に不足している。
治癒魔法が具体的にどういった効果をどうやって持ち出すかも曖昧である。
龍野の内気功の効力が特殊と言うならそうなのだろう。

「ティアナには必要だった」
「感謝してますよ」

元々自分にしか使わない能力だ。
しかもリンカーコアへの影響もはっきり言って分からない事の方が多い。
思ったよりそれは問題なのかもしれないと龍野は思った。
それでもティアナには必要だったのだ。
それ以外の方法が分からなかった。

「友達なら一言で済む」

ティアナの言葉に意地悪く臭く微笑む。
そうするとティアナはきょとんとした顔をして。
それから微かに頬を染めた。
幼い表情ながら、昔見た面影が残っていて龍野は楽しくなる。

「――ありがとう……」
「どういたしまして」

照れている姿ににっこりと笑って言う。
するとティアナはぷいと顔を逸らしてしまう。
子供が照れているのを隠す姿そのものに龍野のツボが刺激される。
年下と関わった事の少ない龍野だったが中々に可愛いものだと感じる。
事故にあってからは世話を焼かれる事が増えたのでこういうのは珍しいのだ。
それが思ったより心地よかった。

なのはとフェイトが何の相談をしているかも知らず、気楽な龍野だった。
後にティアナへの態度が違いすぎると問題になるかどうかは遥か未来の話である。




第二十話 end









ティアナが可愛くて暴走しました。
これも借りてきたDVDを見直したせい、だと思いたい。

感想・指摘・誤字報告、ありがとうございます。
とりあえず百合分自給自足始めました。
次は学校へと久しぶりに戻りたいと思います。




[16056] 第二十一話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/04/29 11:37


「龍野、これは?」
「その上の段」

場所は図書室である。
中学校の図書室は中々興味深い。
そして片手が動かない龍野の手伝いをしてくれているのは、アリサとすずかの二人だった。


後藤 龍野、中学生。
ある年代向けの本ばかり集められているのは面白いです。




余生におけるある世界との付き合い方 第二十一話




図書室に小さな音が響く。
本を出し入れしている音だった。
龍野は動く右手で面白そうな本を取っていく。
中々普通の書店では目にかかれないものも学校には多い。
龍野はそういうものを読むのが好きであった。
一回この時期を過ごしたからこそ、学校という特殊空間の良さを確認できた。

「んー、しかし三人ともいないのは珍しいわね」
「まぁ、お家の事情なら仕方ないんじゃない?」
「確かにね」

龍野から少し離れた位置に二人の少女が立っていた。
金の髪を持つアリサと紫の髪を持つすずかである。
二人ともこの中学校では有名人である。
そして龍野ともっとも付き合いが長い人物でもある。
龍野は一人静かに本を選ぶつもりだった。
しかしこの頃はなのはやフェイトがくっついてくることも珍しくなくなり。
アリサやすずかが一緒にいても別段気にならなくなった。
確実に麻痺してきている自分がいることに龍野は気づいていた。

「アリサとすずかも忙しいんじゃない?」

なのはとフェイト、はやては今仕事でいない。
それを龍野に告げることがないのは今更のことである。
親友思いの二人-アリサとすずかだ-は約束を違えることはない。
口裏合わせもしっかりしているのは会話の通りだ。
その上、頼まれた龍野の世話まできちんとしているのだから大したものである。
―二人とも忙しいだろうに。
魔法三人娘は別にしても忙しいに分類される人物である。
習い事もあるようだし、家の付き合いというものも多い。

「アンタの手伝いが出来ない程じゃないわよ」

アリサが本棚を行き来させていた視線を龍野へと向かわせる。
肩を竦ませ別にとアピールする。
ひょいと気軽に本を取り、捲る。
だが直ぐに興味をなくしたようで本棚に戻した。

「そうだよ」

すずかもアリサに同意する。
なのはたちのノートを取る役割は未だに分担されている。
理系がアリサとすずか、文系が龍野である。
龍野のノートは分かりやすかった。
読み物として完結している雰囲気さえあって、アリサもすずかも感心したものである。
彼女の担当する教科も関係しているのかもしれない。

「それに、なのはちゃんたちがいない時のことは頼まれてるし」

すずかは思い出す。
三人一緒にいなくなることは事故の後そうあることではない。
当然、龍野を思いやってのことである。
すずかの目から見ても三人とも働きすぎであったので考えてくれるのは嬉しい。
その内の二人-言うまでもなくなのはとフェイトである-から龍野のことはとてもよく頼まれていた。
はやてはその様子を呆れた姿で見ていた。

「そうね、龍野は一人だとなんか危なっかしいもの」

アリサも龍野が危なっかしいと思う。
それは左腕麻痺ということもあったし、自分に無頓着というのが見えたからかもしれない。
ただアリサとすずかが親友達と違うのは完璧にお世話しないということである。
あくまで足りないことだけ助けてくれるので龍野としては気楽だ。

「そうでもないと思うけど」

龍野としてそこまで心配される必要はないと思っている。
確かに不便ではあるが過ごせないことはない。
その飄々とした過ごし方がアリサとすずか-別にこの二人に限ったことでもない-に危なっかしさを覚えさせるのである。
フェイトの事故のことにしたってそうである。
龍野が優しい人であるのは何となく知っていたが車から庇うとは思っていなかった。
龍野は自分のことに無頓着であるが、更に周りのことには興味がなく見えたのである。

「いーえ!自覚がないから更に厄介なのよね……」
「基本的に龍野ちゃんは周りに無頓着だから」

龍野の姿に二人はため息を吐いた。
これだから困るのである。
なのはやフェイト程ではないが心配には違いない。
ましてや龍野に何も力がない。その立場をアリサやすずかは一番共感できる。
親友とは違う格好で龍野と友誼を結んでいた。
またなのはたちの様子を見ていると、龍野が魔法に関わるのはそう遠くない未来の気がしている。
そうなった時助けになれるのは-勿論一般人として-自分たちであるはずだ。

「アタシたちのことは気にしなくていいから」
「そうそう、ゆっくり選んでね」

ぽんと龍野の背中を押す。
その勢いで二、三歩足が進んだ。
軽く振り返ると微笑む二人がいた。

「ありがとう」

薄く笑って返す。
そうすれば“いいから”とまた手を振り返される。
本を探しに行こうと歩きだした背中にアリサが思い出したように声をかける。

「あ、でも梯子使う時は言いなさい?」

図書室の片隅にある梯子を指さす。
高い位置にある本を取り出すときに使うものである。
梯子と言うより階段に近い構造だ。
しかしその角度は急であり、確かに片手で上るには少し大変だ。
何より片手で移動させるには重いのである。

「落ちちゃったりしたら危ないから、ね」

すずかも僅かに首を傾げて見つめられる。
だがその瞳には強い力が込められていて龍野は苦笑する。
何だかんだで心配性なのは変わらない。
―似たもの同士。
心の中で呟く。本当に似ている。
ばらばらな個性を持つ同級生たちは根本に流れるものが似ているのだ。

「あー、わかった」

そして頑固なところもそっくりだ。
ここで頷かなかったら本を探しに行かせてくれないに違いない。
龍野が折れる形で小さく頷く。
そうすれば二人は満足そうに見送ってくれた。


****


「しかし、あれよねー」

龍野の姿が本棚に消えた。
聖祥の図書室は私立だけあって量も質も揃っている。
本好きの人物にはうってつけだろう。
それでも足りなくて、市の図書館に行く人物もアリサの身近に何人かいた。

「何がかな?」
「何って、なのはよ。なのは」

すずかも気付いてるでしょ?とアリサはずっと一緒に過ごしてきた親友に言う。
そうすれば分かっているという風にくすくすと小さく声を漏らして。
アリサに向かって視線だけで頷いて見せた。

なのはは感情が読みやすい人物である。
顔に出るし、態度にも出る。
それなのに理由は教えてくれないときが多い。
心配は掛けられないと言う理由からだ。
水臭いとアリサは思うし、うじうじしているのをみると焚き付けたくなる。
―好きなら相談くらいしてくれていいのに。
それができないのがなのはということなのだろうか。
どうにも腑に落ちない。いくら相手が少し特殊-世間一般に、アリサにとっては気になりもしない-だとしても。
恋の話は女の子の相談率一位に違いないはずなのに。
なのはがしてくるのは勉強の相談などばかりであった。

「フェイトちゃんも、だと思うけど」

フェイトで浮んできたのはこの頃良く見る龍野にべったりの姿だった。
あれもあれで問題である。
しかしなのはとフェイトでは決定的な差ができている。
なのはは、自分の気持ちに気付いた。
フェイトはまだ自分の気持ちに気付いていない。
それは気持ちを温めてきた期間の差なのかもしれなかった。

「でもフェイトはまだ気付いてないみたいだし」

頬に手をあてる。
少し頭を捻らせれば悩んでいる人の完成だ。
しかしアリサとすずかの間にある雰囲気は明るい。
内容が暗いものではないと分かっているためである。

自覚の有無は大きな差だ。
なのはは自覚してから明らかに変わった。
時期的にはたぶん龍野が寝込んだ辺りである。
今考えてみるとその辺から段々と様子がおかしくなっていた。
龍野とはやての間にも何かあったみたいで、アリサはなのはの変化を見逃していたのだ。

「昔からべったりだったもんね」
「前はあれほど酷くなかったわ。龍野の事故が原因よね」

すずかの言葉に頷きそうになるも、堪える。
昔からべったりというよりなのはが龍野に懐いているのは間違いない。
それが躊躇無く行えるようになったのは事故によりハンディキャップを負ったためだろう。
そして龍野自身が断る事が少なくなった。
―自分に責任があると思うと断れないのよね。
あの子、とアリサは龍野のことを分析する。
ある意味なのはたちより一緒に居る友人は少し難しい。
基本的に周囲に興味が無いくせに、自分に向けられるものには甘い。

事故がいい例だ。
あれは龍野が自分のせいでフェイトを傷つけたと思っている。
だからフェイトの気が済むように自由にやらせているのだ。
関係なかったらあんなに世話を焼かせないに違いない。

「というか、昔は龍野がなのはを近寄らせなかったわけだし」

龍野は入学当初、なのはを近づけさせなかった。
なのはに近づかなかったと言うのが正確かもしれない。
頑ななまでになのはと-むしろ龍野は誰とも余り遊ばない子であったが-遊ばないし出かけない。
段々と軟化してきたのは小学校の高学年に入る頃であり、その頃にはフェイトやはやても同じ教室で学び始めていた。
ただ時間が龍野の態度を変えさせたということなのだろうか。
ふむとアリサは一つ咳払いをしてみる。

「確かにどっちかっていうとそうだね」

すずかも昔を思い出してか少し遠い目をした。
アリサもすずかも龍野となのはを仲良くさせるためにある程度の努力はしたのだ。
遊びに誘ったり、普段から話しかけてみたりした。
しかし成果は芳しくなかったのだ。

どっちにしろ、今となっては龍野は一緒に居る。
その態度が何による変化かは分からないが悪いことではないだろう。
なのはもフェイトもとても楽しそうに毎日を過ごしている。
アリサやすずかとてそれは変わらない。
人数は多い方がやはり賑やかにはなるのだ。

「それにしても、どうするのかしら」
「うん?」

そしてそうなると問題になるのは、別の事である。
なのは達の進路については聞いている。
龍野の進路とは微塵も被らないだろう進路を。

「なのは達、ミッドに移住する方向で進んでいるじゃない?」
「その方が働きやすいみたいだしね」
「でも龍野は何も知らないわけでしょ?」

なのはの気持ちは分かる。
そして龍野の気持ちも何となくなら分かる。
二人の人物を客観的に見られる立場は自分たちだけだ。
だからこそ分かるものもあるとアリサは思っていた。
龍野と、龍野にべったりな二人-なのはとフェイト-の希望は重ならない。
ほぼ間違いない事実に近い予想である。

「うーん……確かに難しいかも」

すずかは少し想像してみる。
しかし今の状況で龍野から離れて二人が生活するとは思えない。
同時に管理局以外で働くと言うのも考えられない。
高校には行かないで人助けをすると言うのが友人達の希望なのだ。
一番手っ取り早くそれを叶えられる道を逸れるとは考え辛かった。

「そういうのは、はやてちゃんが得意だから」
「はやて、ね。かなり頑張ってもらわないと」

あの二人離れないわよ、とアリサは小さくため息を吐く。
すずかもそれを分かっているので苦笑するだけだ。
はやての口は上手い。そしてそれとは逆になのはとフェイトはそういうものが苦手だ。
上手くいけば丸め込めるかもしれない。
それと同じくらい、丸め込めない可能性もある。
むしろすずかはそっちの可能性のほうが高い気がしていた。
龍野も口数が少ないだけで、思考が回らないタイプではないのだ。

「なのはちゃんは決めたら梃子でも動かないから」

はやてはきっと苦労する。
ミッドに移住しても、しなくてもその道は変わらない。
たとえミッドチルダに移住したとしてもあの二人は地球と往復する生活になるだけだ。
その場合二人の尻拭いのようなものをするのははやてだろう。
親友に甘い彼女が目端を利かせないはずが無い。

「あの二人を説得するくらいなら、龍野を納得させる方がマシだわ」

アリサは顔を顰めた。
なのはは頑固だ。それは昔から知っている。
そして龍野のことになるとフェイトも譲らない。
これは最近知った事であるがれっきとした事実である。
その二人を龍野から引き離そうだなんて骨が折れる。
―龍野のほうが話は分かるわ。
理性的に話を理解してくれる友人はそこら辺、融通が利く。
なのはとフェイト、二人を相手取るよりは余程楽な気がした。
自分がはやての立場ならそこから攻めるだろう。
曰く、「フェイトが泣く」とか「なのはが無理する」とか。
そういったことを言えば案外付いていきそうな気もした。
もっとも粘っこく、ずっと、言い続ける事が肝要である。
それ以前に龍野に魔法について説明しなければならないが、それは仕方ない事だろう。

「何だかんだで、甘いじゃない。龍野って」

アリサの脳裏になのはを心配する姿が浮ぶ。
なのはの疲労に敏感なのも龍野だし、綺麗にノートを取るのも龍野だ。
そしてフェイトを受け入れているのも彼女に違いない。

「なのはちゃんの事サポートしてるもんね」
「そう、フェイトのことにしたって中々我慢できないわよ」

アリサにしてみればフェイトの龍野への尽くし具合は息が詰まる。
それは始終、執事が側にいるアリサだから強くそう思うのかもしれない。
一人になれないというのは、性格にもよるが、ストレスが溜まるものなのだ。

「とりあえず、アタシたちが祈るのは修羅場にならないことだけね」

冗談めかして言ってみる。今のところ表面化していない。
だが魔法の事も全て話して、ゼロの位置に立ったらどうだろう。
きっと状況は目まぐるしく変わる。
―結局、見てるしかアタシたちには出来ないのよね。
背中を押す事は出来る。間違っているなら言う事も出来る。
ただその上で決めた事ならば見守るしかできない。

「あの二人なら半分ことかできそうだけど」

すずかが少し視線を上げて、天井付近を彷徨わせる。
なのはとフェイトの仲が良いのは分かっている。
特にフェイトにとってなのはが特別なのはよく分かる事だ。
そしてなのはもフェイトには特に心を許している。
共有くらいなら出来そうな気がした。

「なのははああ見えて独占欲強いわよ?」
「龍野ちゃんには拘ってるもんね」

なのはは基本的に執着がない。
人を守りたいとか、そういう感情は明確なのに自分のものという主張はとても少ないのだ。
そのなのはが拘るのは魔法と龍野だけであった。
他のものは人の意見に流される事も少なくない。
特に遊びに行く時などは人に合わせる事が多い。

「フェイトは龍野が言えば何でも良さそうだけど」
「フェイトちゃんは独占されたいタイプだから」

アリサの言葉にすずかは肩を竦めた。
“何でもいい”というのは正しくない。
少なくともフェイトは龍野に言われた事でないと納得しないだろう。
“龍野”が“フェイト”に言うから何でもいいのである。
――人に構っていても構わない。自分に龍野をくれるなら。
極端に言えばそんな所だろう。
龍野に縛られながら龍野のために何かをするのが嬉しいのだ。
つまりフェイトは幾ら外に龍野が目を向けても何も言わない。
自分の所に戻ってきてくれさえすれば。

「それを言うなら、なのはは独占したいタイプよ」

それに対してなのはの龍野への態度は違う。
あれは龍野に自分のことを考えて欲しいのである。
気に掛けて欲しい。見ていて欲しい。構っていて欲しい。
――他人を見ていてなど欲しくない。
そんな感情のようだった。

沈黙が二人の間を覆った。
そうなのだ。そのタイプの差が決定的な何かを生み出さずに済んでいる。
これは推測であり本当にあの二人がそう考えているかは分からない。
それでもそんな気がアリサ達はした。

「はやてに、頑張ってもらいましょ」
「うん。それがいいね」

どちらが良いなどとは言わない。結局は形の差なのだから。
だが龍野がどちらを好むかと言われれば難しいところだ。
龍野は人の邪魔をするのを嫌う=人を縛るのを嫌う。
また人に縛られるのも微妙な線だろう。
縛られると言うのは結局縛っているのと同じような事なのだから。

アリサとすずかが乾いた笑いを発する。
その時大きなくしゃみをする少女がある世界にいた、らしい。


第二十一話 end











アリサとすずかの回。
状況整理にも近い雰囲気にしてみた。
そろそろフェイトと戯れたいので、次回はそんな話になる予定です。
ちゅーくらいそろそろいいよね?
むしろ修羅場って憧れるよね?
え、俺の気のせい?……百合の道を歩くのみ。

感想・指摘・誤字報告、ありがとうございます。
ティアナには細々頑張ってもらいます。
ただうちの旦那と嫁さんはどうにも勘が鋭くて。
はやても何時ばれるか冷や汗かいてるんではないかと思います。
龍野自身はきっと気付いてもいないさ、うん。







[16056] 第二十二話 ~滑りすぎ注意、なの?~
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/05/05 13:10


雪が積もった。
地面や屋根の上に一層積もった白の結晶はとても綺麗であった。
だが忘れてはいけない。
雪は水分の固まったもの――氷なのだ。


後藤 龍野、休暇中。
ある意味事故が起こりました。





余生におけるある世界との付き合い方  第二十二話 ~滑りすぎ注意、なの?~





「う、あ?」

寒さに身を震わせる。
布団を肩まであげようとして違和感に気付いた。
いや、違和感というほどのものでもない。
布団が少し重いだけなのだから。
―……またか。
龍野はぼんやりとした頭のままそう思う。
隣には一人で寝ているにしては不釣合いな膨らみがあった。
しかも確かな温もりが伝わってくる。

そっと布団を上に上げる。
冷たい空気が隙間に入り、膨らみの原因が僅かに動いた。
見えたのは金糸。龍野の周りには金の髪を持つ人物は二人居る。
だが布団に潜り込んでくるとなると一人しかいない。
そこまで考えなくても、龍野はその鮮やかな金の色合いだけで分かった。

「フェイト」

小さく呟く。
呆れたような声音になってしまったのは仕方ない事だ。
布団に入るなと何度も言っているのだ。
それでも龍野が目覚めて隣に彼女がいる確率はほぼ十割だ。
あの三人娘全員が泊まったお泊り会からである。
やはりあの時夜トイレに行く振りをしてでも逃げれば良かったと思うも後の祭りだ。
最早、フェイトが布団に潜り込むのは習慣のようなものであるし慣れた。
―温もりが寂しい年頃でもあるまいし。
これが小学生の頃ならまだ納得できたのだが今の年齢は中学生である。
体格的にも幼い方では決して無いだろう。
それでも拒否できないのはフェイトの過去を知っている事が多いのかもしれない。

もぞり、と山が動く。
流石にここまで開けっ放しにしていると起きるようである。
龍野はできるだけ柔らかい動きで布団を下ろした。
可愛い寝顔が金糸の間から覗いてもう少し寝かせてやろうと思う。

「…んぅ……た、つの…」

きゅっと服の端を握られる。
まるで赤ん坊のような動作に知らず龍野の頬は緩んだ。
思えば孤児院で年下の面倒は見ていた。
だがこうやって同じ布団で寝る事は余り無かった。
ましてや中学生の女の子の寝顔など見る機会はほとんど無い。
妹でもいればこんな気持ちだろうかと考える。
残念な事に実際に居たわけでないので推測でしかない。
可愛いなぁ、と小さな呟きが口から漏れる。
―今日くらい、いいか。
休みだしと自分を納得させる。
起こさないように注意しながらその細い髪の毛を掬い撫でる。
絡まりもしない手触りが心地よい。
暫く、龍野は静寂な空間でそれを楽しんでいた。

「う……ぁ、れ?」

小さな声が漏れた。
龍野が起きてから既に数十分が経過している。
髪を撫でていた手を止める。
体制的には然程変わっていない。
距離が近すぎたので少し離れただけだ。
勿論、フェイトが服を握ったままなので大した距離ではない。
だがその少しが龍野は欲しかった。潜り込まれる事には慣れた。
朝起きた時寝顔が前にあっても以前より驚かない。
それと肌が触れ合う位置にいれるかは別問題なのである。

「あ…たつの、おはよう」
「おはよう」

ぱしぱしと眠たそうに目を瞬かせる。
横たわっていた体が布団ごと起こされる。
龍野もその動きに合わせて上体を起こした。
ふぁとフェイトが小さく欠伸をする。
まるで猫の寝起きのようで、龍野はふふと小さく笑った。

「まず、顔洗いに行こうか?」

フェイトより一足先に布団から出る。
ひんやりとした空気が伝わる。
身が引き締まる温度だった。

「うん。そうする」

龍野の言葉にフェイトは素直に頷いた。
それでも未だ思考はハッキリしていないらしく、その動きは酷く緩慢だ。
のろのろと動かされた体がぽすんと立っている龍野に埋められる。
そのままマーキングする猫のように体をこすり付けられ龍野は苦笑する。
こんなに朝弱かったか?と少々疑問も起きるが気にしない。

「ほら、フェイト」
「ん」

背中を叩いて再び寝入りそうになっている少女を起こす。
片手を使いどうにかフェイトの体を引き離し、手を繋ぐ。
それから洗面所の方へとゆっくりと歩き出す。
フェイトが泊まった日のお約束のようなものだった。


****


「わぁ、たつの。雪が積もってるよ」
「昨日は冷え込んだから」

朝食を食べ終えてから自室でまったりとする。
別に居間でも良かったのだがあそこは二人だと少し広すぎる。
二人で居るには龍野の部屋くらいがちょうどうよかった。
すると窓の外の様子に気付いたフェイトが顔を綻ばせて言った。
龍野自身は起きてカーテンを開けた時点で気付いていたのだが、このお姫様はそうではなかったらしい。

「なのはもそろそろ来るし、そうしたら外行く?」

うきうきとした様子に龍野は少し考えてからそう言った。
なのははこれから来る事になっている。
土日のどちらかは必ず顔を出すので珍しい事ではない。
特にこれといった予定も入ってなかったため、フェイトに合わせても構わない。
というよりそう言わなかったとしても後々外に行きたいと言われるだろう。
経験としてそれを知っていた龍野は先手を打ったのだ。

「うん!」

窓に手を付いて外を見ていたフェイトが満面の笑みで振り返る。
手を付いた所の周りが白く曇っていて寒くないのだろうかと龍野は思った。
そんなに喜ばれると逆にこちらがどう反応してよいか分からなくなってしまう。
―まったく、素直すぎる。
これで現場に出ていると言うのだから凄い。
傷つくような事も多いだろうに、と思ってそれから何だと納得した。
何てことはない。彼女は傷ついてもそれを見せないだけなのだ。
それは性格から考えても充分ありえる。
そして傷つく事を隠しているうちに仕事は仕事と割り切れるようになった、のかもしれない。
全ては推測で、龍野に確かめる術はない。

「あ、なのはだ」

ぴんぽーんという音と共にフェイトが立ち上がる。
そうしてからスリッパの音を立てて玄関へと向かった。
その後姿を龍野は苦笑しつつ追いかけた。
勿論走ったりはしていない。普通の速度で歩いただけである。

傷つく事をフェイトが隠しているとしたら、実際彼女の中にある傷は多いだろう。
かすり傷のような小さなものだとしても怪我には違いない。
柔らかい彼女の心に沢山の傷があると考えただけで龍野は嫌になる。
―就業年齢が低いのはこれだから……。
頭の中で達信が呟く。
子供のうち心が柔いのは悪いことではない。
むしろだからこそ子供特有の純粋さは保っていられるのだ。
大人になれば自然と-社会に出ればもっとだ-傷は増えて。
子供はいつの間にか大人に“成る”のだ。

「元気だね」

龍野はわくわくとした様子で階段を下りようとしているフェイトに声を掛けた。
龍野の部屋にいた為、玄関に行くには階段を下りて廊下を少し歩かなければならない。
心優しいフェイトは幾ら急いでいても置いていくという行動をしないのだ。
ましてこの家の階段は急であり踏み外したときの事も考えているのだろう。
必ず階段だけは龍野と一緒に下りていた。

こんなに優しいフェイトの心が傷つくのは嫌だ。
まだ彼女の年齢が成人していたら違っただろう。
龍野も仕方ないと割り切れた。
ただ彼女は中学生で、綺麗に割り切ることなどできやしない。
子供を働かせる事を嫌う理由の一つである。

「だって外行くんでしょ?」

にこと機嫌の良さをそのまま表した笑顔を浮かべる。
なのはが来たから外にいける。そんな単純な計算式が頭の中に出来ているらしい。
龍野から言い出したことだし今更反対などしない。
だが一つだけフェイトが忘れている可能性があることがあった。

「外、寒いよ?」

龍野はフェイトを嗜めるように口にした。
風邪でも引いてしまったら大変な事になる。
そう簡単に引くとは思わないが掛からないとも限らない。

雪に浮かれるのはわかる。
雪遊びなんて、仕事に忙しい彼女達はしたことがなかったのだろう。
だから付き合うのも吝かではない。
しかし何もない子供のように遊べるかと言えば否で。
結局、彼女達はもう働き出しているのだ。龍野の感情に関わらず。
そしてその時点で仕事を休むような自体-しかも龍野のことで休みは増えている-迷惑を掛ける結果になる。
いっそ辞めてしまえというのは簡単だ。だが龍野はそうして欲しいわけでもない。
―なんつー、中途半端。
そこら辺の半端さに龍野は自嘲する。
子供には働いて欲しくない――だが働いているのは止められない。
なのはとフェイトには休んで欲しい――だが急に休むのは周りに迷惑が掛かる。
龍野の感情と、昔からよく言い聞かせられた一般常識が背反する。
――なのはが迷惑を掛けないいい子になろうとしたように達信もいい子が染み付いていた。

「気にならないよ」
「そっか」

そんな龍野の様子には気付かずフェイトは微笑んだ。
少しでもこの時間を楽しんでくれているなら嬉しい。
傷が消えるとも思わないが、子供らしい面にはほっとする。

「あ、フェイト」

とんとんと調子よく階段を下りる。
時々振り返って後ろを見る友人に龍野は相変わらず心配性だなと思う。
それが彼女の本分であるのも充分理解している。
そして後ろを見ていた彼女は自分の足元を見ていなかった。

「うん?」

小さく首を傾げる。
その姿は綺麗と可愛いの中間という所だろうか。
いつもより高い所にいるのも相俟って見上げる視線に呆けてしまう。
直ぐに頭を切り替えるも既に遅かったようだ。

「足元――」

この間ワックス掛けをしたのである。
よって床はいつもよりよく滑る。
龍野は言うのを忘れていた事実を今更告げようとしていた。
その上、フェイトの着地点になるだろう場所にはお誂え向きに少しコードが飛び出ている。
物置から物を取り出すときにはみ出したんだろうなと変に冷静に分析していた。

「わっ!」

―遅かったか。
動く片手で顔を覆う。
はぁとため息をついてからフェイトの側に寄った。
運動神経の良い彼女らしく大きな怪我はないようだ。

「もう、はしゃぎすぎだから」
「ごめん」
「謝らなくていい。怪我ない?」

一応の確認のために聞く。
恥ずかしさと申し訳なさが半々になった表情だった。
金と金の間から揺れる紅い瞳が見えて、龍野は何となく恥ずかしくなる。
人間綺麗なものは直視できないようにできているのだ。

「軽く、挫いただけ」

フェイトの白い手が足首を擦る。
少し張れているだろうか。
立ったままでは判断できない。
龍野はフェイトの言葉に少し顔を顰めた後手を差し出した。
とりあえず移動しない事には治療も何も出来ない。
なのはは放っておいても勝手に入ってくるから、然程気にはならない。
それを迎えにいったのは結局金の少女がそうしたかっただけなのだ。

「ほら。引っ張るから」
「ありがと」

龍野の言葉にフェイトが笑って、手が重なる。
何度か手を繋ぐと言う行為はした。
フェイトもなのはもそういう所には容赦が無い。
世話をすると決めたらとことんなのだ。
手を繋ぐ事を拒否する事など何故できよう。

「きゃっ!」

少し勢いをつけて立たせる。
今思えばこの判断が間違いだったのだが後の祭りだ。
フェイトの自覚より重症だったそれは体重を支えられない。
慣性の法則に従い、金の色を持つ彼女の身体は傾いた。

「えっ?!」

龍野の声ではない――ならば誰のものかなど明白だった。
フェイトは家に着いた親友を迎えに来たのだから。
何より待ちきれなくなったのだろうか、扉が閉まる音が龍野の耳には確り届いていた。
その時点で背中からは冷や汗が出ていた。
二人きりならまだ無かった事にできた。
その可能性は今の声で完璧に断たれてしまった。

「ご、ごめん?!あのねっ、わざとじゃないんだよ!思ったより力入らなかっただけでっ」

ちゅっと触れたものは温かかった。
その柔らかさは龍野になってから初めて経験するものだった。
そしてこれから経験する予定もなかったものだ。

「……いいよ。ゆっくりでいいから、どいて?」

―今日は災難続きだ。
わたわたと腕を振り、どうしようもないほどパニックに陥っている友人を宥める。
ショックが無かったとは言わない。いや、ショックと言うより驚きだろう。
だがたかだキスくらいでどうこうする精神年齢はとうに過ぎてしまった。
加えて龍野は性格的にもそういうものに覚めているといって良い少女だった。

「な、何してるの?」

がたんっと荒く靴を脱ぎ、床を蹴る音がした。
なのはである。階段の目の前に玄関はある。
急げば直ぐに駆け寄る事もできる。

龍野はフェイトに押し倒されたままなのはを見上げた。
その顔は見た事が無い位切羽詰っていて内心、何かあったのだろうかと首を傾げる。
この時期そう重大な問題はなかったはずだ。
泣きそうとも怒り出しそうとも見える複雑な表情は龍野に不思議を抱かせる。

「あっ、なのは。これは、その、転んじゃって」

しかし親友のフェイトにはなのはの表情が何を示しているかわかったらしい。
龍野には何が何だか分からないまま事態は進んでいく。
少し慌てた様子でなのはに告げ、先程より慎重に身体を起こす。
それからなのはに身体を支えてもらう。
フェイトさえ退いてくれれば龍野は普通に立ち上がる事が出来た。

「フェイトが足を滑らせた」

服の乱れを直しながら答える。
きょろきょろとなのはの視線は忙しなく二人の間を行き来していた。
フェイトも落ち着かない様子で龍野を見つめる。
その顔は吃驚したのだろう。微かに紅く染まっていた。
――ちなみにフェイトはこの時のことを「びっくりしたけど嬉しかった」と後に語る。
つまり相変わらず龍野の勘違いは重なっていくばかりあった。


第二十二話 end










はじめてのちゅー…という歌が昔あったなぁと思いながらの話。
とりあえず序章。少し乙女乙女した二人が次の話にはびっちり、の予定。
うん、難しい。シュチュエーションも中々出尽くしてきた感じがあるなぁ。

感想・指摘・誤字報告、ありがとうございます。
とても助かってます。そして楽しんでます。
一つだけ言わせて貰えば、そういう方向の自給自足が出来たらこんな話は書かないかと。
そうか世の中には百合をリアルに自給自足できる人がいるんだなと思いましたw
では。







[16056] 第二十三話
Name: Fath◆282e9af7 ID:0c9df667
Date: 2010/05/05 16:47


好き。
それは簡単なようで、凄く難しい感情。
初めての感覚にどうしたらいいのかわからない。

フェイト・T・ハラオウン、自覚?
たつのが大好きです。




余生におけるある世界との付き合い方 第二十三話




ぽーっとする。
フェイトは未だに感触の残る唇に触れた。
すっとなぞり、あの時のことを思い出す。
―たつの。
呟く。それだけで胸が温かくなった。
それは彼女と絆が出来てから度々あったこと。
だが今回は少し違っていて、温かいどころか熱いくらいだった。

「たつの」

たつの、たつの、たつの。と呟いているといつの間にか声に出ていた。
それに彼女は気付いていない。
今部屋に居るのはフェイトただ一人であった。
客間でぼんやりとしているせいで同室であるなのははお風呂に入っていていないのだ。

あの後、場は何とか収まった。
なのはは拗ねるし、フェイトは落ち着かないしで大変だったのだ。
龍野は酷く疲れた顔をしていたがフェイトにそれを気にする思考は残っていない。
起きた事態に対応するだけで精一杯だったのだ。
それでも一応大丈夫か確認した辺り彼女の心配性な所が出ているだろう。
―なんで?
フェイトには分からない。
なんで、こんなにも自分は嬉しいのか。
なんで、なのはは泣きそうな顔をしていたのか。
全ては暗闇の中で答を探しているような気分だった。
一つだけ分かっているのは自分が原因でなのはが泣きそうな顔をしたということである。
龍野にキス-偶々とはいえ立派な一回だ-をしてしまったからだというのも分かる。
ただその間を繋ぐ感情がフェイトには分からない。

客間は二人で使う分には少し広い。
龍野の部屋はこれより手狭であるが二人で居るにはあれくらいが丁度良いとフェイトは思った。
色々自分の物もなのはの物も増えた部屋である。
それらの一つ一つに仲良くなった経過が詰まっているようで頬が緩む。

「キスが、嬉しいのは」

―好きってこと、だよね?
いかにそういう事情に疎いといえど知っている。
学校の同級生はそういう話題が好きなようだし、世の中周りを見回せばよく転がっている。
身近な人で考えれば義兄であるクロノとエイミィが当てはまる。
あの二人もとても幸せそうで、フェイトも気を利かせて家を空けるときもある。

“好き”
それはフェイトにはぴんと来ない感情だ。
もちろん、なのはは好きだし、アルフも好きだ。
その他にも好きな人を挙げればきりはない。
それでも恋愛の好きをフェイトは今まで経験した事が無かった。

「でも」

龍野は女性で、フェイトも女性だ。
一般の恋愛は男女間で行われるものだ。
ユーノがなのはを好きなのは目に見えて分かるし、微笑ましい。
しかしフェイトの直感が当たっていれば彼の恋は成就しないだろう。
少し可哀想だとは思うがなのはの感情を最優先させる親友には仕方ない事だった。
――なのはのことは何があっても応援する。
それはあの日から決めていた事だ。
白の少女が今のフェイトにとっては始まりで、掛け替えの無い人物なのだ。
何があってもフェイトはなのはの味方なのだ。
そう心に決めて生きてきたはずなのに芽生えた感情はそれに反対するものの予感がした。

「フェイトちゃん」
「……なのは」

考え込んでいた背中に声が掛けられる。
いつもは結んでいる髪の毛を下ろしたなのはだった。
長く綺麗な髪の毛が微かに濡れていていつもより大人っぽく感じる。
気づかなかった事にフェイトは苦笑する。
いくら考え事をしていたとしても、しかもそれがなのはだとしても、全く気付かないのは問題と言えるだろう。

フェイトが考え込んでいた隣になのはは座った。
それから親友の方は見ずにただ真っ直ぐ前を見る。
その姿は好きなだけ考えていいよと言っているようにも見えた。
静かにその横顔を垣間見る。なのはの心中を推し量りたかったからだ。
それでもその横顔から読み取れる事はとても少なくて、ちょっとだけ悲しくなった。

「龍野ちゃんはね」

なのはが言葉を区切る。
それは自分の中の気持ちを整理しているかのようだった。
感情を確認するように言葉にする。
フェイトにもなのはにも今一番大切なことである。

「うん」
「すごく、素敵な人でしょ?」
「そうだね」

鮮やかな笑顔だった。
余り見たことのない種類の笑みだった。
充実感と、誇らしさと、フェイトが理解してくれた事と。
色々なものが混ざってとても綺麗な表情として現界していた。
長年一緒に過ごしてきたがこういうのは見た事が無いかもしれないとフェイトは思う。
そして同時に昔から龍野に対する態度だけは違っていたなのはだから、これはそういうものなのかもしれないとも思う。
フェイトやはやてに向ける親愛の笑顔でもない。家族に向けるのともまた違う。
それはきっと“特別”な笑顔なのだ。

「なのはの言うとおりだった」

小さく頷き返しながら答える。
龍野は優しくて、静かで、一緒に居てとても心地よい人だった。
事故の前は何故なのはが時々彼女と一緒にいるか分からなかった。
むしろフェイトにとって彼女は親友を連れて行く人物という認識で。
彼女の良い所を親友がよく口にしていたのを覚えている。
それでも結局龍野からフェイトたちの方へ来ることは無く、真偽も分からなかった。
だが側にいれば分かってしまう。親友の事は大体理解しているつもりだ。
なのはが惹かれる理由はフェイトが惹かれる理由にもなる。
根本で似たような性質を持っている二人なのだ。

沈黙が二人を覆った。
息苦しくなるようなものではなく、眠りに付く前のような穏やかなものだ。
この部屋に居る二人ともが同じ人物について想いを馳せているからかもしれない。
すぅとなのはが小さく息を吸って話し始める。
それは確認の言葉だった。

「フェイトちゃんも、龍野ちゃんが好きだよね?」

直球過ぎる言葉に息が詰まる。
知らずフェイトは少し顔を俯けていた。
親友と同じ人を好きになる事に引け目のようなものを感じる。
何よりなのはの邪魔をすることがフェイトは嫌だった。
―なのは……。
形の良い眉目が乱される。
何とも言えない気持ちだった。フェイト“も”となのはは言った。
その言葉はなのはが龍野を間違う事無く好きであることを表している。
それはとても不味い事のような気がした。

好きと口に出す事は簡単だ。
だがそれによって派生する出来事をフェイトは処理できない。
親友と同じ人を好きになる――良くない事だ。
人造魔導師である自分が人を好きになる――良くない事だ。
なのはやはやては自分を普通の人を同じく扱ってくれる。
家族もそれは変わらない。それでも自分が人とは違うことは否めない。
幾ら周りが否定してもフェイト自身が否定できないのだ。
ましてや龍野は魔法の存在を知らない。
――そういった未知の技術で自分が作られたと知ったら……。
フェイトは黙り込んだまま青くなった。

「フェイトちゃん?」

何も言わない親友になのはは声を掛けた。
覗き込むようにして顔色を見れば、良くない。
心配に表情が曇る。

そんな相手の表情に気付かずに、フェイトはただ俯いていた。
膝の上にある手はぎゅっと握りこまれていて痛そうだった。
血の気が引く位込められた力で何を抑え込んでいるのか、なのはには分からない。
――なのはは逆に少しも気にしていなかった。
龍野が魔法の事を聞いたところで態度を翻すとは思えない。
フェイトの事情が少々特殊だったとして変化はないだろう。
あの冷めているとさえ言える彼女は想像よりずっと冷静に受け止めてくれると思う。
「あ、そう」くらいで済まされてもなのはは不思議に思わない。
それが龍野という人物なのだ。

「事故の事、気にしてるの?」

だからなのはの思考は自然とそちらに向いた。
魔法の事を龍野が気にすることはないと自信を持って言える。
そんな彼女はフェイトが自分の出自を気にしているなんて思いもしなかった。
何故ならなのはにとってフェイトは親友なのだ。
クローンだとか、人造魔導師だとかは関係ない。
ただ親友なのだ。

なのはの言葉にフェイトは反射的に首を横に振りそうになる。
事故の事は気にしていない。
龍野の性格上、気にした態度で接すると逆に苛立たせる。
フェイトはそれを知ってから、あくまで自分がしたいという気持ちで関係を築いてきた。
事実として最初事故の償いで行っていた事は段々と龍野の側にいたいからする事になっていたのだから。

「分からないけど……たつののことは好き、かもしれない」

ぽつんと呟いた声は思ったより響いた。
断定できる自信がフェイトにはない。
しかし好意を否定する気は微塵も起きなくて、言葉を濁すしか出来なかった。

なのははその言葉を受けて微笑む。そうじゃないかと思っていた。
内向的な親友は、特に自分のことに自信が持てないようだった。
そんな様子がなのはは少し不思議に思えた。
―そんなことないのに。
フェイトは綺麗だ。
空を飛んでいるとき舞う金糸も。戦闘の時の凛々しい姿も。
日常で見る笑顔も全て綺麗だとなのはは思っていた。

「同じだね?」
「……そうだね」

ふわっとした笑顔のなのはと割り切れないフェイト。
二人に共通するのは一人の人を好きという事だ。
しかしなのはと自分は決定的に違うとフェイトは考えていた。
最初に龍野と仲良くなったのはなのはだ。
どうして事故というマイナスから近づいた自分が気持ちを素直に認める事が出来るだろう。
龍野が好きだ。恋かどうかは別としてそれは間違いない。
ただ同じくらいなのははフェイトにとって大事な人で。
背反する二つの感情が現実だった。


****


「――タツノさんは大事な人いるの?」

ティアナがそんな話を振ってきたのは、いつものように彼女に付き合っているときだった。
最初の頃はとりあえず街に出てぶらぶらしていた。
だが回数を重ねてくると段々お互いの好きなものも分かる様になり。
ティアナの訓練―もどき、ではある―に付き合うことも増えてきた。
その度に思う事は彼女の向上心の強さであり、その後ろに見える兄の姿だ。
余程尊敬していたのだろう。
両親のいない状態で家族を養うというのは重責である。
ミッドで働く事に年齢が関係しないとしても、育てると言う責任は必ず伴うのだ。

「どうして?」

龍野はジュースを啜りながら首を傾げた。
彼女の記憶では話の流れは学校での生活だったはずだ。
どこから自分の話題に逸れたのか、さっぱりだった。

「だって、時々遠くのほう見てるし」

静かにジュースをテーブルに置く。
思うにそろそろ街のみに会うところを限定するのも難しいだろう。
いい加減、回れるところも無くなって来た。
家とまではいかないが人の目を気にせず話せる拠点くらいは欲しい。
何より龍野の内気功はベッドは設備として欲しい。
手っ取り早くはホテルだが、何となく気が引ける。
何しろ龍野はミッドチルダの紙幣を持っていない。
全てティアナに会いに行く前にはやてに替えてもらっているのだ。
ミッドのホテルの相場がどのくらいかは知らないが記憶にある“ホテル・アグスタ”などはとても高そうだ。
それならば安いところを探せばいいのだが龍野にはその知識も無い。
はやてに「安いホテル知らない?」なんて聞いた日には台風が起こるだろう。
主に金の雷と桜色の雨を伴うものである。

「……流石。執務官には観察眼も大切」
「あ、ありがとう――ってそういうことじゃなくて」

言葉少なに頷いて褒めればティアナは嬉しそうに笑って、直ぐに顔を険しくした。
流されない所にも頭の回転が速い事が現れている。
本当に指揮官向きだ。
なのはが指揮官として彼女を育てようとしていた事はとても良い判断だろう。
龍野は少しだけ頬を緩めた。

なのはやフェイトは確かに強い。
だがあれは個人としての戦闘力だ。個を集団にして扱う強さではない。
その点ティアナはそういうものを扱うことにこそ適正がある気がする。
頭の中で推論を重ねた所で、実際の戦闘を見た事が無い龍野には判断が出来ないのだ。
ただ記憶の中-未来の六課だ-では上手く回せていたと思う。
なのはは一度危険行為としてティアナの指揮を叱っていたが、あれは強者の弁だ。
どうしても倒さなければならない絶対的な強者が居れば危険は避けられない。
悪い手ではない、同時に訓練でする手でもない。

「大事な人、ね」
「そう。大事な人!」

いるか?と頭を捻る。
幸せになって欲しい人ならいる。なのはやフェイトたちだ。
どうにも前世の記憶が影響して彼女達には明るい未来を歩いて欲しい。
龍野自身にできることが極小だったとしても、何かをしてあげたい。
その中にはティアナも入っている。むしろかなり上位だ。

「うん、いるかな」

頭の中に浮んでくる顔を見つめながら答える。
この世界に生まれたから仲良くなった人たちだ。
最初は死にたくなくて避けていたけれど、結局繋がってしまった。
それをお約束という一言で片付けるのは簡単だがそれを成就させたのはなのはの努力があったからなのだ。

「ティア?」
「あっ、ごめん……そっか、やっぱいるんだ」

ぼうっとしているティアナに龍野は声を掛ける。
この時ティアナは龍野の雰囲気に呑まれていた。
いつもは無に近い彼女の顔が優しげに微笑んでいたのだ。
今までも笑顔や怒ったような顔は見た事があった。
だがそれらとは違う何かがあって、ティアナは少し羨ましくなった。
きっとあんな表情で見つめられる人は幸せなのだろう。

「何も、してあげられないけど」

自嘲的にそう呟いてしまったのは、やはり役に立たない事が僅かなりとも堪えていたのだろうか。
龍野自身にもそれは分からない。魔法が使えるとは思っていなかった。
この世界に生まれる前、それを望まなかったのは自分自身なのだから。
世界を変える力ではなくて生き残る力だけが欲しかった。
だから雪の少女から貰った能力に少しも後悔はない。

「それは違うんじゃない?」
「ん?」
「タツノさんが大事にしている人ならきっと何かして貰ってると思う」

段々と言葉が尻すぼみになっていく。
同時に居心地悪そうに身じろぎをした。
それでも龍野を見る目は真っ直ぐであった。
意見を撤回させる事など微塵も感じさせない瞳だ。
―断言するのか。
苦笑が漏れる。
ティアナはこういった事を口にするのを苦手としている。
それでも言ったのは買いかぶられているからだろうかと龍野は思った。
事実、ティアナには何もできてないのだがそれを言ったら更に否定されるだろう。
こういう所に意志の強さが垣間見える。

「そう?」

それでも何かしているというティアナの提案を龍野は受け入れられなかった。
言葉を濁すように尋ね返す。
するとティアナははっきりと一度頷いてみせた。

「龍野さん、一回会っただけの私との約束守るくらいだし」

それは、と龍野は顔を顰める。
ティアナは知らないが事情があったのだ。
龍野はティアナを知っていた。
だから一回会ったというのは正確ではない。
むしろティアナの方が凄いと龍野は思う。
彼女は本当に一回会っただけの龍野との約束を守ったのだから。

「それはお互い様」
「確かに、そうかもね」

ふふっと顔を見合わせて笑う。
穏やかな時間だった。
ティアナにしてみれば、兄が居なくなっても笑える自分が信じられない。
それでも実際今自分は笑っているわけで、これは龍野がいたからに違いない。
だから何もしていないという言葉に自信を持って否定できたのだった。
―して貰ってますよ?
ティアナは心の中で告げる。
口に出すにはまだ少し恥ずかしかった。


第二十三話 終










フェイトが遠い……なのはとティアナは勝手に寄ってくるのに。
やっとラブラブできるかもしれないという淡い願望は打ち砕かれました。
狙ってるキャラに限って攻略が遠回りだったりするのはお約束なんだろうか?

感想・指摘・誤字報告、ありがとうございます。
事件のまま進めてみた話です。
そしてティアナもいるのは龍野のほうも少し進めたかったからだったり。
あと少ししたら話を展開させるつもりです。
では。







[16056] 第二十四話 ~テストは嵐、なの……~前編
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/05/16 11:41


晴れていても波が高い日はある。
同じように雨でも海が穏やかな日もある。
そして一見大丈夫なように見えて下の潮の流れがとても速い事だってあるのだ。


後藤 龍野、テスト直前。
色々目に見える問題が発生しました。




第二十四話 ~テストは嵐、なの……~ 前編




後藤家には年に何回か暗雲が立ち込める。
今回もその季節がやってきた。
それも人数が増えただけいつも以上の規模である。
――龍野の戦い、それはなのはのテストだった。

「フェイトは歴史と古典、なのはは?」

机を挟んで対面に龍野は座っていた。
真剣な顔をしているのはいつもの二人組み-なのはとフェイト-である。
二人の前にあるのは教科書で、聖祥で指定されているものだ。
当然龍野も同じものを使っている。
その教科書と並列しておいてあるのはアリサや龍野が纏めたノートである。

申し訳なさそうな表情でフェイトが縮こまる。
その頬は少し赤く染まっており、恥ずかしいのが見て取れた。
なのはは最早いつものことと割り切っているのか「にゃはは……」と少し乾いた笑いを見せた。

「私も古典がちょっと……」

がんと頭を衝撃が走る。
英数国社理、主要五科目。
主に龍野が助けたのは文系で、中でも国語は力を入れていた。
それが駄目と言われてしまうとやはりショックはあるものなのだ。
小学校三年生から魔法と付き合っているなのははどうしても知識が偏っている。
特に文系が徐々に下がり気味なのは使わないことも関係しているのだ。
ミッドの魔法が数学と物理を元に構成されているらしい。
自然とそちらは使うことになる。英語にいたってはレイジングハートとの会話で使われている。
魔導師は全員が理系なのだろうかと少し文理の差を感じたりもした。

「あんなに、教えたのに?」

声が震える。少し大げさな演技だ。
無力感が龍野の身体を覆った。だからと言って何かするわけでもない。
彼女達の大変さは分かっているから命に関わることを忘れるくらいならこっちを忘れてくれた方がいい。
そういう考えが龍野には存在していて、なのはたちを怒るなんてできるはずもない。

「ごめんなさい」

素直に頭を下げるなのはに肩を落とす。
元々怒る気はない。その上こんなに素直に謝られてしまっては怒るに怒れない。
龍野は軽く頭を振りつつ頭の中を整理する。
フェイトの方が時間がかかりそうだ。
なのはは今までずっと教えてきた分大体のことを把握している。
何に躓くとか、どういう問題を間違いやすいとかを知っているのだ。
対してフェイトは違う。
何が苦手なのか、何を間違うのか。
テスト対策に必要な情報が欠落していた。
家に入り浸る事は増え、同時に勉強を見ることもあったがやはりなのはと比べると少ないのだ。

「いいよ、問題集してて」

なるべく優しくなのはに言ってフェイトに向き合う。
なのはは頷くと真剣な顔をして問題集に取り掛かる。
それを横目で見つつ、龍野はフェイトに尋ねる。

「まず範囲はわかる?」
「うん。それくらいは大丈夫」
「じゃ、やってみよう」

龍野はフェイトにそう言う。
フェイトは「うん」と神妙な顔で頷いて筆を取った。

それを別の場所から見ていたのははやてだ。
はやての前にはアリサが陣取っている。
なのはとフェイトに龍野が付いているように、はやてにはアリサがついていた。
これは龍野が教えられる文系をはやてが比較的できることや全般を教えられるアリサの方が早いことが関係している。
病気により小学校を休学していた彼女は時々穴があるのだ。

「大変やなぁ」

しかしそんな事は微塵も感じさせない口調で言う。
それもそうだ。彼女は大まかになら全てをできるのだ。
文理のどちらかが壊滅的なわけでもない。
ただ全体的に少し問題があるだけで、努力すればそんな穴は直ぐになくなってしまう。
頭の悪い少女ではない事を龍野は良く知っている。

はやての前にはジュースがあり、それをのん気に啜っていた。
出したのはフェイトで龍野の家の持成しは彼女が中心になる事が多くなっている。
そんな友人を龍野は恨めしそうな瞳で見つめる。
本を読む事が好きな彼女の知識量は十分なのだ。

「はやても手伝って」
「無理やわぁ……だって化学教えてもらっとるし」

龍野の申し出をはやてはやんわり断る。
その顔は微笑んでいて、手が空いていたとしても手伝ってはくれないのを予想させた。
なのはやフェイトが龍野に教えてもらえる事で喜んでいるのを知っている。
親友の事をとても気に掛けている彼女にその時間を邪魔する気はないのだ。

「はやては文系できるのにね」

アリサが少々呆れた声で告げた。
なのはとフェイトは理数だけは飛び抜けてできる。
同じ立場のはやてが平均よりは良いが普通の枠に収まっているのが不思議なのだろう。
最もこれはアリサ視点の話であり、龍野からしてみれば彼女の理数は充分できるレベルだ。
そして文系も同じくらい良いのだから本来参加する意味はない。
だが先ほども述べた時々現れる穴のせいではやてはここにいる。
そして、アリサの隣ですずかはニコニコした笑顔で問題集を解いている。
彼女にいたっては皆でこうして集まるのが楽しいのだろう。
学校においてもその雰囲気は見て取れた。

「龍野ちゃん、これ……」

なのはの声に部屋を見回していた視線を戻す。
目の前で、困った顔をしたなのはが問題を指していた。
ちらりと見れば古典の場面説明の問題のようで、龍野は少し身を乗り出す。

「これはもう訳文を暗記した方が早い」

学校のテストでしか使えない技を口にしながら、フェイトをどうしようかと見やる。
早くもテキストに向き合う手は止まりかかっている。
龍野の問題は山積みだった。


****


「フェイトできた?」
「……うん」

自信無さ気に頷く彼女の頭を撫でる。
とりあえず言われた課題を全て解いてきたからである。
こういう所にフェイトの真面目さが現れている。
龍野に頭を撫でられフェイトの頬が緩んだ。
優しい手が大好きで、気に掛けてくれるのが嬉しくて、そこにいるのは年相応の少女だった。

「難しい?」

龍野の問いかけに少し詰まる。素直に言えば難しかった。
学校で普通に使われている問題集ではある。
それでも度々授業を抜け、ましてや母国語ではないのだ。
多くの日本人が感覚で解けるものが解けないのだ。
僅かに思えるその感覚は大事なものである。

龍野にもそれは分かっている。
英語の古典作品を読めといわれたら、日本人のほとんどは嫌だろう。
フェイトが幾ら魔導師といえどそういった感情が湧くのは自然だ。

「ちょっと難しかった」

えへへ、と頬を染めながらフェイトは答える。
できないことを教えるのは恥ずかしかったが今から教えてもらうのである。
正直に答えなければ龍野は困ってしまうだろう。

「そっか。でも、できてる」
「ありがとう」

ちらちと龍野は問題集に目を落とす。
白の余白が黒の黒鉛に侵食されてなくなっていた。
思っていたよりその量は多く、これならば大丈夫だろう。
肩の力が少し抜ける。勉強を教えて欲しいと頼まれた時は身構えたが杞憂だったようだ。

難しい顔でそれを見ていたのはなのはである。
勉強会は小学生の頃から行っていたものだ。
小学三年生の頃なのはが無理を言って龍野に頼んだのである。
魔法と出会って色々忙しく、元から苦手だった教科が酷くなってしまった。
その頃はまだ龍野は遊びに行くのもしてくれなくて、それでもなのはは仲良くなりたくて。
だからこれを機会にどうにか距離を近く出来ないかと行動してみた結果である。
龍野も勉強を教える事くらいは構わなかったらしくその願いは受理された。
その時は本当に嬉しかったのをなのはは覚えている。

「龍野ちゃーん」

それがフェイトの事故から、龍野の変わりようはなんなのだろう。
仲良くなれたことは嬉しい。フェイトが気に病んでいたのが治ってきているのも嬉しい。
ただ親友への接し方が自分のときと違いすぎて少し嫌だ。
自分の時はあんなに拒否したのにと思う事が何度かある。
龍野はフェイトに甘いのだ、なのはの目から見るととんでもなく。

――だからだろうか。態と邪魔するかのように名前を呼んでしまったのは。
ハッキリした事はなのはにも分からない。
あ、ムッてなった。となのははフェイトを見て思った。
これは非常に珍しい事である。年に一二度あるかないかの頻度である。
親友はとても優しく控えめな性格をしていて、余りそういう感情は出さないのだ。

「なのは、また分からないの?」
「にゃははぁ……」

龍野の呆れたような溜息に困ったように笑う。
分からなかったことも少しある。
だがそれよりも魔が差したという表現の方が正確であった。
フェイトから龍野を引き離したくて、ただ呼んだのである。

「あ、ここか」

なのはの手が止まっている部位を見る。
するとフェイトが間違っている所と被っていた。
説明する分には丁度良いと龍野は思う。
同時にフェイトが終わっている部分もまだ終わってない事に少し呆れる。
母国語じゃないフェイトが解けるのに、なのはが解けていないのはどういうことなのか。
歴史もしていたから仕方ない。
そう思うものの、やはりもうちょっと頑張って貰いたい気もする。
ずっと教えてきた自分が悲しくなってしまう。

これをなのはに言えば彼女はこう答えただろう。
――だって龍野ちゃんを見てたからなの、と。
なのはは余り集中していなかった。
どうしても龍野とフェイトが気になるのである。
この間の事故の事もあるし、元々フェイトには優しいと思っているせいもある。

「うん?」

なのはは龍野の言葉に首を傾げる。
予想していたものと少し違う反応だった。
じっと幼馴染の日本人らしい横顔を見る。
視線に気付いたのか、龍野が苦笑した。

「フェイトと同じ」
「あ、そうなんだ」

そう言われて、やはり難しい箇所なんだと思う。
フェイトの優秀さは知っている。
彼女は龍野の側にいるようになってから勉強時間を増やした。
少しでも日常で助けになれるようにという努力である。
仕事が少し減ったといえ、大変だったに違いない。
嫌いな教科の勉強ほど嫌なものはないのだから。

「丁度良かった。フェイト」

龍野がフェイトを呼ぶ。
その呼びかけにフェイトは素直に龍野の横に来る。
少し不機嫌そうな顔になのはは内心苦笑した。

「なに、たつの」
「一緒に教える。だから座って」

ぽんぽんと隣の場所を叩く。カーペットであるため音はない。
フェイトはきょとんとした顔でなのはと龍野の顔を見比べる。
不思議そうな顔をしながら座る。
基本的にフェイトは龍野の言う事はよく聞く。
それが負い目というより、好意からくるものだとなのはは気付いていた。

「なのはも分からないの?」
「うん、苦手で」
「……そっか」

困ったなぁとなのはは髪の毛を弄った。
この様子だとフェイトは気付いている。
自分がこの部分までならまだ解けることを、である。
宿題などを一緒に解いたりしているからある程度、理解できている範囲は把握されているのだ。
それでも何も言わないのはフェイトの性格故だろう。

「とりあえず――」

龍野の講釈が始まった。
昔から思うのだが龍野の教え方は上手い。
まるで一度分からない所を体験したかのようである。
これは成績の良い人-むしろ天才型の人間-には珍しい傾向だ。
教えるというのは、分かっていない箇所を知らなければ出来ない。
それを分からない事が無い天才は理解できないのである。
それを龍野は的確に教えてくれる。
なのはが躓いている所をきちんと知っているのだ。

(なのはちゃん)

龍野の指が動く。
それをなのははぼんやりとした目で追っていた。
何処となく集中できないのは自分のせいであり、龍野のせいであり、フェイトのせいでもある。
そんな思考状況の中、念話が唐突に来たのだ。
ぴくりと少し肩を跳ねさせてしまうのはおかしなことではないだろう。

(わ、はやてちゃん?)
(ほんま、龍野ちゃんのことになると見境ないなぁ)

呆れたような声が頭に響く。
フェイトから龍野を離したくて声を掛けたのを見られていたようだ。
気恥ずかしいような気持ちになるが、それでも機嫌は直りそうにない。
ちらりと横目で見ればはやてと目が合った。
予想していたらしい笑顔になのはは念話で答える。
余り長い時間見ていても龍野が不思議に思うだろうから、刹那の時間しか見ていない。

(だって皆ついてくるし……)
(しゃーないやろ、テストなんやもん)
(それでも)

龍野との勉強会はなのはの“特権”だった
それを奪われて何も思わないほど大人じゃない。
前のように二人で龍野といれる時間は少ないのだ。
一緒にいる時間が増えたのは間違いないが二人では減っていた。
言うまでも無く、フェイトの事で龍野がオープンになった事が関係している。

(フェイトちゃんが離れるわけ無いのは分かってたんと違う?)

少し拗ねたような声音にはやては何とも言えない気持ちになる。
相変わらず依存に近い関係がなのはには構築されている。
それが悪いとは言わない。いや、依存が良いかと言われれば良くはない。
だがなのはの中心で力になっているのだから一概に悪いとも言えない。
何より、好意を自覚した事で彼女の中の龍野の存在は更に強くなった。

(龍野ちゃんがフェイトちゃんに甘いのは確かに気になるけどな)
(はやてちゃんもそう思う?)

はやては少し答えに詰まった。
甘いとは思っている。だがそれでフェイトに嫉妬するような感情はない。
龍野がフェイトに甘い理由も何となく分かっていた。
なのはとフェイトには秘密にしているが、彼女は既に魔法を知っている。
はやて自身が教えたのだ。だから龍野という人物のもう一つの側面は良く知っている。
なのはやフェイトと付き合うときとは少し違う姿がはやての目には見えていた。
それが親友達の持つ像と重なるとは思っていない。
はやての見る龍野という人物と、親友達も見つめる龍野の差はきっと大きい。

(でも、間違いなく龍野ちゃんと一番長く居たのはなのはちゃんやん?)

そしてその差はこれからも埋まる事はないだろう。
最初を違え、続きも違え、龍野に対するスタンスは丸きり反対になってしまった。
これから幾ら龍野に近づいたとしても、なのはとフェイトは自分と反対側にいる。
あたかも平行に続く道のように交わる事はないのだ。
幾ら仲良くなろうともなのはやフェイトが龍野と仲良くなるのとは異なる。
言うなれば質が違ってしまっているのだ。

そんな事を考えながらはやてはなのはと念話を続ける。
龍野は相変わらず真剣な表情でフェイトに問題を教えていた。
自分と会話しているなのはは一応鉛筆を握ってはいるが気もそぞろだ。
自分が邪魔をしているからだという事くらいはやてにも分かっている。
龍野もなのはの様子には気付いているだろう。
だから、そろそろ会話は終わりにしよう。

(それにあれは事故を龍野ちゃんなりに気にしてるからだと思うしなぁ)
(どういう――)

意味?と続けようとした言葉は途切れる。
つんつんと龍野がなのはの腕を突いたからだ。
思考を飛ばしていた状態にその刺激は驚きになる。

「なのは?」
「ひゃい?!」

顔を上げたなのはの前に龍野の仏頂面があった。
まずいなぁ、と心の中で呟く。
集中していなかった事が完全にばれていたらしい。
龍野は優しいから怒る事はない。
それでも怒っている事は充分にわかるから、なのはは怖いのだ。
教えてもらっているのにという罪悪感もある。

「今の説明聞いてた?」
「う、うん」

一応聞いてはいた。
元より分かっていた問題でもあるから、頭には入って来易かった。
それでもどちらかと言えばはやてとの会話に集中していたのも事実である。
後ろめたい所は充分にあった。

じっと黒い瞳がなのはを見つめた。
ばれているんだろうなと思うも口には出せない。
気まずい空気を我慢しながら龍野を見つめ返していると、しょうがないと言う風に表情が緩んだ。
許してくれるんだとその動きだけでなのはは理解する。

「聞いてたなら、いい。それ解いてて」

苦笑に近い表情で龍野がなのはの手元の問題集を指す。
その動きに従ってページに目を落として、それからもう一度龍野を見る。
これ全部?と視線で投げかけたら当然と言う風に頷かれた。
フェイトが出来ているのだから出来ないはずがないという顔だった。
実際、龍野にしてみればなのはの方が古典はできるはずなのだ。
なのは自身も解けない問題ではない。
素直に頷くしか道は残っていなかった。

「ちょっと、フェイトと出かけてくるから待ってて」

龍野の首にマフラーが巻かれる。
それをしているのははやてに“通い妻”と称されるフェイトである。
また不機嫌の虫が出て来そうになるのを押し留める。
――聞いていない。
問題の解説を聞いていなかったことより、出かける事の方がなのはにとって一大事だった。
はやてと話している間にそんなやり取りがあるなんて迂闊だった。

「え?」
「コンビニまで何だけど、一人は駄目だって」

素で吃驚してなのはは動きを止めた。
その表情に龍野は今度こそはっきりと苦笑を顔に出す。
反応したのはフェイトだった。

「だってたつの、調子悪いから」

断定的な口調に龍野は小さく肩を竦めて見せる。
調子が悪いわけではない。
ただここ暫く、睡眠不足に近い状況のだけだ。
テストが近づくといつもの事なので気にしていない。
もちろん、自分のテスト勉強のせいではない。
そこまで成績に拘る性格ではない。

龍野自身、なのはに勉強を教えているという責任を幾ばくか感じている。
魔法の面では助けてやれない自分が唯一助けられるものだからだ。
だからなのは用の勉強スケジュールを作ったりしている。
定期的に教えている分だけ、何となく分かる所と分からない所は理解しているのだ。

「悪くない。ちょっと眠いだけ」
「なら着いてくよ。一緒に行こう」

引かないフェイトにはぁと小さく息を吐く。
自分を見つめる瞳は輝いていて、家で待てと言っても待ちはしないだろう。
無理にでも置いていったら着いてくる可能性まである。
そうなれば悪目立ちすることは決定だ。

「そんなわけで、フェイトの休憩も兼ねて行って来る」

龍野の隣にいる金の少女の様子はとても嬉しそうだった。
ちょっとしたお出かけでも一緒に行ける事が嬉しいのだろう。
その姿になのはは羨ましそうな視線を、はやてとすずかは苦笑を、アリサは呆れを露にする。

「いってらっしゃい」

その言葉を受け、二人は部屋を出て行った。
フェイトが楽しそうに龍野の手を繋ぐ。
なのははそれを見ながら、何でこの問題解いておかなかったのだろうと自責した。
パタンと玄関が閉まる。その音に少しだけ悲しくなったなのはだった。


第二十四話 ~テストは嵐、なの……~前編 end











なのはたちテスト編。
やっぱり、日常を書くなら一度は書きたかった話っす。
このまま後編に行くとは予想してませんでしたけど。
次はフェイトにスポットのはず。

感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
内心を語る前の「―」は善処します。
言われたとおり2つにするか、使わない方向かは未定です。
では。






[16056] 第二十五話 ~テストは嵐、なの……~後編
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/05/30 07:40


「災難やったなぁ」

フェイトと出て行った扉を呆然と見つめる親友に声を掛ける。
間接的とはいえ自分にも責任がある結末にはやては肩を叩いた。

「もう、はやてちゃん」
「堪忍してやぁ。わざとやないし」

ぷくっと頬を膨らませてなのはがはやてを見る。
その姿は怒っているのを端的に表していて、可愛かった。
龍野のことになると本当に幼くなる。
それはなのはに限った事ではなく、フェイトの方にも充分言えた。
この分だと龍野がミッドで約束をした少女と言うのはどれだけ骨抜きにされるか分からない。

「やっぱ、フェイトちゃんに甘いよ」
「とりあえず、その問題といてた方がいいんとちゃう?帰ってきたら見るみたいなこと言ってたで」

念話の続きを蒸し返すなのはに、彼女が聞いていなかっただろう事を伝える。
さすがに怒られる姿を見るのは忍びない。
龍野が怒る場面は想像できないが念のためだ。
あんな事をしたのに―必要だったとはいえ罪悪感はある―龍野は少しも怒らなかった。
それを器の大きさと取るか、何か欠けていると取るかは人それぞれだろう。

「フェイトちゃんも終わらせてるんやし、それやれば休憩なんやない?」

はやてはとりあえず、なのはの機嫌を良くすることにした。
龍野のことで揺れやすいのは彼女だけではない。
もし機嫌の悪いまま浮かれ顔のフェイトが帰ってきたら、万が一喧嘩になる可能性もある。
いつも仲が良い分だけそれは激しいものになりそうで嫌だった。

「うん、頑張る!」

はやての言葉になのはは素直に頷いて問題に取り掛かった。
この分なら平気だろう。
ころっと機嫌を変化させる龍野の凄さにはやては笑いたい気持ちになった。

「龍野ちゃんも罪な女やなぁ」

ちょっとした仕事も終わり、自分の席に戻る。
そこにいたのは腕を組んだアリサと笑顔のすずかで。
変わらない二人にどこかホッとする。
龍野の事故から変化するばかりだった人間関係に疲れていたのだろうか。
それははやてにも分からない事だった。

「アンタ、分かってて遊ぶのやめなさいよ」
「することのないのも分かるけどね」

アリサはこういうこと-惚れた腫れただ-に口を出すのを無粋と感じる性質のようだ。
いや、確定した想いならはやてと同じように弄繰り回す可能性もある。
打ち明けられていないうちは手を出さないということだろう。
そういうスパッとした割り切りは中々できるものではなくはやては感心する。
同時に、打ち明けられていなくても分かるものはある。
そして親友が望む方に事態を転がしてやることも僅かならできる、と考えていた。
特に口下手な友人たちなのだから。

「言葉が少なすぎると思わん?あの三人」

その思いを伝えたくて口に出す。
同じような事を感じていたようで、アリサが言葉に詰まった。
うっと気まずそうに視線を逸らす。
分かりやすい態度に自然と笑顔が零れる。

「だから、すこーしだけ介入してるんよ」

龍野と親友二人の距離感は危険だ。
離れられなくなるほどにくっ付いてしまうのは良くない。
自分が言えたことではないとも思う。
家族―シグナム、シャマル、ザフィーラ、ヴィータ―の為なら何でもできる自分が。
しかしだからこそ、分かることもあるとはやては苦笑した。
はやての知る龍野の性格からすれば無いとは思うけれど――甘いのだ龍野は。
特になのはとフェイトに、それは顕著に現れる。

「……ま、アタシは何も言わないわ」
「はやてちゃんのすることだもん。止めないよ」

ありがとな、とすずかに礼を言う。
信じてくれる友人がいるのはとても幸せな事だ。
そしてそれを知っている自分も幸せだとはやては思う。
同時にあの少女は自分の幸せを願ってくれている人がいることに気付いているのか心配になる。
龍野はどうも人の感情に疎い。頭は回る、裏も読める。
ただ人の好意に反応が薄いのだ。
それは明確な悪意をぶつけたはやての感想だった。
――だから困るんよねぇ。
どうすればいいか、それがとても難しかった。




余生におけるある世界との付き合い方 第二十五話 ~テストは嵐、なの……~後編





フェイトは弾んでいた。
足も、気持ちも、髪の毛も、全てが浮かれているといってよい。
その理由は明快で龍野と外に来ているからなのだ。
隣を見れば彼女がいる、それはとても幸せな事ではないだろうか。

息は白い。
寒さが水滴をすぐに結晶へと変化させてしまうためだ。
何となく、寒くないのだろうかと隣を見ると丁度よく目があった。

「フェイト?」

自分の名前を呼ぶ彼女に笑いかける。
首を傾げる姿は見慣れたものだ。
この半年で、ずいぶんと彼女との仲は進んだ気もするし、反対に少しも進んでいないような気もする。
そういう不思議な距離感が龍野にはあった。
なのははフェイトと彼女の距離が近くなったことに不満を持っている。
先ほどのことだってそうだである。

龍野は気づいていなかった。だがフェイトは知っていた。
あれはなのはに解ける問題であると。
つまり龍野を独占されたくなかったのだ。
親友の行動としては一級に珍しいものである。
そして、フェイト自身もそういう行動をとろうとしていた。

「たつのは、わたしが何か隠してるって知ったら怒る?」

言ってから、意味のないことを聞いたと思う。
龍野という人物は怒らない。
怒りの感情がないかのようなのだ。
全体的に感情が薄い人物ではある。
だがその中でも特に怒りは希薄である。
フェイトに言わせれば無いと言い換えても問題はない。
その姿は何処かなのはと出会った頃の自分を思いだして、心配になる。
――彼女にも何か抱えているものがあるのではないかと。

「隠してるの?」

質問したことに龍野は質問で返す。
まさかそう返されるとは思わず答えに詰まる。
気まずそうに顔をしかめたフェイトに龍野は小さく苦笑する。
その姿はしょうがないと言っているようであった。

「誰にでも隠し事の一つくらいある」

前を向いて言い切った。
龍野の言葉が答えられない自分を庇っての発言だとすぐに分かる。
質問に答えてもらっていないのにフェイトは内心ほっとした。
同時に、やはり抱えているものがあるのではないかと感じてしまう。
疑りすぎだと言われればそれまでだ。
龍野に何もないことは一緒にいる自分が一番よく知っている。
そう、フェイトは思っていた。

冬の風が二人の間を通り抜ける。
寒さに少し身体を小さくする。
金糸が白の空間に鮮やかな軌跡を描く。
もう少し防寒具をつけてくるべきだったかもしれない。
コートは着ているもののマフラーや手袋を要らないと判断したのは間違いだったようだ。
そんな風に少し後悔していると左手に温かさを感じてフェイトは顔を上げた。

「人のことは、完璧にしたくせに……」

龍野の右手がフェイトの手に繋がっていた。
手袋に包まれたそれは温かい。
だがそれより彼女がそういう行動に出たのが珍しくてフェイトは目を丸くした。
「なんでマフラーも手袋もしてないかな」と龍野がぼやく。
その言葉も驚きに耳を通り過ぎていった。

「ありがとう」
「どういたしまして」

――どうしよう。
フェイトは少し顔を伏せた。
さっきまで寒かったはずなのに身体が熱くて仕方ない。
特に顔に熱が集まっているのは間違いなく、今鏡を見れば赤い顔をしているだろうと思う。
龍野の見せるふいの優しさはフェイトの心に突き刺さる。
好きになっていくのを止められない。

「……ずるいよ」

龍野はずるい。
フェイトは小さな声で呟いた。
確かな別れが二人の間には待っている。
フェイトはミッドチルダの出身だ。それに対し龍野は地球生まれで、ましてやリンカーコアもない。
なのはやはやてとは違う――魔導師になれない人間。
自分の勝手で他の世界の存在を知らせるのも、そこに連れていくのも駄目なことだとフェイトは考えている。
だからといって龍野を-自分のせいで片腕が動かなくなった少女を-置いていけるかと言えばできない。
連れていくのも、置いていくのもできない。ならば残る道は一つになる。

だがその道を選ぶことは苦痛に近い。
親友達とは道を違えることになる。
養子にしてくれた今の家族も裏切ることになる。
何より龍野自身がそれを望んでいない。
フェイトは身動きがとれない状況になっていた。

「ん?なにか言った?」
「ううん、何も言ってない」

状況はよくない。
それでも今くらい忘れていても良いのではないか。
幸いなことに期限が差し迫っているわけでもないのだから。
フェイトは自分をそう納得させた。
今だけはこの手に灯る温もりだけを感じていたかった。





「あ、おっそーい」
「もうこっちは終わったでぇ」

玄関を潜ってすぐに聞こえたのは二つの声だった。
少し視線を動かせばアリサとはやて、すずかの順で歩いてくるのが見えた。
迎えに来たのだろうかと少し首を傾げフェイトと目を合わせる。
靴を脱いで家に上がる。
繋いでいた手は玄関の前で解かれている。
それが少しだけフェイトには悲しかった。

「なのはちゃんももう少しみたいだよ?」

ブーブー文句を言う二人は放置する。
少し話をしていたがそこまで遅れたわけではないのだ。
すずかの言葉に龍野は彼女を一瞬見て、それから考えるように目を伏せた。
迎えに来ない時点で終わってないという予想は充分着いていた。

「そう。ありがとう、すずか」
「いえいえ、どういたしまして」

態々教えてくれた優しい同級生に礼を言いながら問題児のいる部屋に入る。
すずかは相変わらずニコニコとした表情で龍野の動きを見ていた。
フェイトはまだ玄関から少し入った廊下でアリサ達に捕まっている。
待っているのも吝かではなかった。
だがなのはが終わってないというのならばそちらを優先させなければいけないだろう。

「ただいま、なのは」

部屋に入りマフラーとコートを脱ぐ。
片手というのに少し手間取った。
この頃はフェイトが全てしてくれたためだ。
甘えてるなぁと自分に小さく呟いて、龍野はそれらをハンガーにかける。

出かけたときと変わらない姿勢で問題集に向かい合うなのはの隣に座る。
手は止まっていた。解けないからなのか、家主の帰還に止めていたのかは判断できない。
しかし龍野の瞳に映った表情が憮然としたものだったことから恐らく後者だろう。
ご機嫌斜めのエースに決まったとおりの言葉を掛ける。

「おかえりなの……随分ゆっくりだったね」
「そうかな」
「そうだよ」

とんとん、となのはがシャープペンの先を問題集の端に叩く。
イラつきが行動にも顔にも出ていた。
ゆっくりだったという言葉に龍野は時計を見る。
今の時間と出かける前に見た時計の位置を思い出し計算する。
大よそ四十分ということろだろうか。
コンビニに行くにしてはゆっくりだったとも言えるし、歩いていった事を考えればそれほど遅いわけでもない。
フェイトが荷物を持たせてくれなくて一悶着あったのも関係している。
どうやって機嫌を直そうか――龍野は原因不明の病に立ち向かうようにそう思った。

「何か話してきたわけ?」

龍野がそう思っている頃、アリサ達三人とフェイトはまだ廊下にいた。
フェイトは龍野の後を追いたかったのだがアリサ達に引き止められできなかった。
はやてはにやにやした表情で、すずかはにこにこしている。
何よりアリサがこうなると答えない限り進ませてくれないだろう。
龍野の手伝いは諦める。
最後に未練がましく部屋へ続く扉を見てからフェイトは答えた。

「ううん、買い物しただけ」
「それにしては遅かったじゃない」

ふるふると首を振る。
その姿にアリサは少し目を細めた。
何かを話したりもしたが歩く足はほとんど止めていなかった。
その歩調がゆっくりだったと言われればフェイトは何も反論できない。
だが家に居たアリサがそれを知ることはないだろう。
結局、買い物をして帰ってきただけというのが事実なのだから。

「アリサちゃん、乙女の秘密に首突っ込まん方がええで」
「なっ!アタシは少し気になっただけよ」

ぽんとアリサの肩に手を置いてはやてが茶化す。
言われた方はといえば少し慌てた様子だった。
友情に篤い彼女は時々踏み込みすぎて喧嘩をすることが度々だった。
相手を思いやっての喧嘩だから後に残ることはない。
しかしアリサからすれば後悔することもあるのだ。
短気な性格は自覚している。

「フェイトちゃんはシャイなんやから、正面から聞かれても答えんと思うよ」

親友の性格は分かっているとばかりにはやてが言う。
その言葉にフェイトは少し首を傾げた。
別に恥ずかしがるようなことは、ない。
何回も言うように話して買い物をしてきただけなのだから。
ただ龍野との話を大声で自信満々として話せるかといえばできない。
そういう意味でははやての言葉は全く的を射ていた。

「どこまで出来た?」

そんな廊下でのやり取りを知らず、龍野は率直に尋ねた。
機嫌が悪い理由は未だ不明であるが今日の目的を果さないわけには行かない。
はやてが推理した通り、この問題さえ解ければ休憩に入ろうと思っていた。
ノルマとしては充分な量をこなした事になるし彼女達の真面目な性格からして根を詰めすぎるのもいけない。
なのはもぶすっとした表情のまま空白になっている問題を指す。

「これだけわかんない――フェイトちゃんの疑問に答えてあげた?」

なのははじっと龍野の横顔を見つめる。
余り感情を顔に出さない彼女だが、読み取れることはある。
何より親友のことを気にしていたのはなのはも同じであった。
そしてそれを解決できるのは龍野だけだというのもわかっていた。

「これか――知ってたの?」

なのはの言葉に龍野は眉を上げた。
少し意外だった。だが二人の関係を考ええればそうおかしくもない。
示された問題を一度読みながら龍野はなのはに返す。
古典にありがちな、主語・動詞の関係を示すものだった。
補語やら修飾語やらがついて面倒くさい。
確かに少々梃子摺るのも仕方ないだろう。

「繋がりが分からないの――聞いてたから、一応は」

問題と会話の並列的な会話を続ける。
なのはは分からないポイントを口にした。
そしてフェイトが悩んでいることについても肯定する。
龍野を巻き込めない、これに関しては同意見だ。
いや、巻き込めないというより巻き込みたくない。
彼女が傷つく結果が出たらきっとなのはは自分を許せない。
だからといってフェイトのように別れだとかを考えるまでには至っていない。
何故なら離れる気が無いからだ――この点ではやての心配は既に当たっていた。
今できている生活が出来ないなど、なのはは考えていない。

「意地が悪い」

龍野はなのはの言葉に苦笑した。
そこまで知っているなら会話である程度遅くなるのも予想できただろう。
むしろそこまで遅くなったわけでもない。
それなのに彼女は“遅い”と龍野を責めていたのだ。
小さな意地悪である。

「フェイトちゃんばっかに構ってるから、なの」

握っていたシャープペンを放す。
パタンと机に倒れる音がして、なのはは龍野の顔を見た。
そこにあるのは少し大人びた幼馴染の顔。
微かに驚いているのがなのはには分かった。

「なのはの、親友だよ?」
「わかってる」

分かっているなら何故という感情が浮ぶ。
なのはは友人を疎かにするタイプの人間ではない。
そして龍野にもそれは言えることである。
フェイトは龍野にとって大切な人だ。
不本意な繋がりだった――それでも彼女の笑顔が綺麗という感想は変わらない。
この頃やっと慣れてきた気配はあるが、ふとした時にその余裕は崩れてしまうのだ。
同時になのはもずっと付き合ってきた友人で、彼女の過酷さも見てきた。

なのはの表情は変わらない。
親友に嫉妬するなんてという感情もある。
それでもこの頃龍野はフェイトにばっかり構っている気がしてならないのだ。

「何だか、よく分からないけど」

機嫌の直らないなのはに龍野は少しだけ眉を顰めた。
それから表情を柔らかくする。笑顔と言うよりは呆れたような顔なのが悔しかった。
「うん?」となのははその表情を見ながら聞き返す。
今日の彼女はよく喋る。
それだけ気にしてくれているのならなのはは嬉しくなる。

「助けられなくても受け止めることだけはできるから」

言葉を探して、投げる。
なのはが思っている龍野が知っていることとの齟齬が出ないように選ぶ。
助けられない。それはずっと思ってきていることだった。
だけど受け止めるくらいならできる。彼女たちのことは下手したら彼女たち以上に知っているのだから。

龍野の言葉になのはは目を見開く。
まるで自分たちのことを知っているような口ぶりだった。
そのままの表情で龍野を見れば、優しく微笑んでいて。
なのはは少しだけ顔を俯ける。

「フェイトも同じようなこと気にしていた」

続いたセリフに気が抜ける。
そうだ、龍野という少女はこういう所があるとなのはは思う。
喜ばせておきながら、直ぐに落とすような、それでいてやっぱり嬉しくなる。
そんな難しいことを難なくやって見せるのだ。

「龍野ちゃんは――――」

――女心を学ぶべきなの。
そんな呟きは溶けていくだけだった。


第二十五話 ~テストは嵐、なの……~後編 end











とりあえず、テスト終わり。
一、二話挟んで時期が跳ぶと思われます。
予定として
①フェイトとなのはの喧嘩
②なのフェイとはやての喧嘩
③アリすずと龍野の心温まる話
の三本がありますが、どれにしましょうかね……
ま、書いてますが基本的に予定は未定です。

感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
こんな百合しかない話をいつも読んでくださり嬉しいです。
長くなってきたと思う今日この頃ですが、まだ続きそうなので暫くお付き合いください。
そして更新が不定期すぎてすみません。
週一目指してるんですが、週によって筆の進み具合が違いすぎます。
週二の時もあれば越えるときもあるのでお暇なときに覗いてやってください。
ではまた。






[16056] 第二十六話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/05/30 07:42


「ずるいの!」
「ずるくない」
「ずるいと思うの!」
「ずるくない」

はぁと龍野が溜息を吐く。
それでもなのはは仁王立ちの姿勢を解かなかった。


高町 なのは、怒り中。
フェイトちゃんの気持ちは応援するけど、それとこれとは別です。




余生におけるある世界との付き合い方 第二十六話




なのはは暴れていた。
そう言っても器物破損などを起こすものではない。
暴れるというより拗ねて駄々を捏ねている。
理由は先日のフェイトが足を滑らせたことによる接触事件だ。

「ずーるーい!」

本を読む龍野の裾を掴む。
腕を掴んだりしないのは本格的な邪魔はしたくないかららしい。
それでもなのはは構って欲しくて離すことはしない。
そんな幼馴染の姿に龍野は辟易していた。

フェイトにとってこの間の事は良くも悪くも切欠になった。
あの後、色々考え込んでいた親友の姿をなのはは見ている。
彼女が龍野を好きなのは何となく分かっていた。そうでなければ仕事を減らしたりはしない。
責任感の強くて優しい彼女だから龍野の側に居るのと同じくらい事件の解決を望んでいた。
償いだけなら、最初で充分だ。フェイトが龍野の側を離れず看病したのを知っている。
一日おきでは会ったがそれでも親友の仕事量を知っているなのはからすれば凄い事だ。
かなり大変だったのだろうと思う、執務官という仕事上。
その後も龍野の側にいたのはフェイト自身が側に居たかったからなのだ。
それ位、鈍いと言われがちななのはにも分かっていた。

「あれは不可抗力」

服の裾を握って揺する。
僅かな力で揺らされているとしても、文字を読む作業をするには邪魔だった。
邪魔だと思いながら振り切れないのは彼女の甘さなのか、優しさなのか、判断は微妙な所である。

はぁと龍野は溜息を吐いた。
意味が分からないというのが率直な感想だ。
何故、完璧な事故で起きた接触をそこまで羨ましがるのだろうか。
これが怒るというまだ動作だったら理解できた。
だが幼馴染が先ほどから訴えるのは“ずるい”という言葉だけで。
怒っている者が言う言葉ではないのは明白である。

「むー……」

それでもなのはの機嫌は直らない。
何が原因かも分からない。意味も分からない。
何よりこの機嫌の悪さが龍野には一番分からなかった。
とりあえず本を閉じる。
なのはの状況が良くならない限り続きを読むことは難しい。

閉じた本を机の上に置く。
そしてなのはの方へ少しだけ身体をむき合わせた。
服を捕まれているので大きな動きは出来ないのだ。
なのはは龍野の動きに何も言わない。
ただ一挙手一投足をじっと見つめていた。

「前から、思ってたんだけど」
「なに?」

服を握ったままだった手を解く。
余り力を入れていなかったらしく、直ぐに服は開放された。
そのまま手を離そうとしたのだがなのはがそうさせてくれなかった。
きゅっと手を握られる。膝の上に落とされ温もりが龍野の手に伝わった。

俯いた顔から表情は読めない。
だが声の色が明らかに先ほどまでとは違った。
子供が急に大人になったような違和感が生じる。
何かしただろうか、と龍野に疑問が湧く。
下手に予備知識があるせいで何か仕事で大変な事でも起こったのではないかと心配になる。

「龍野ちゃんって、フェイトちゃんには甘いよね」

龍野はその言葉に首を傾げる。
ずるいと騒ぎ立てた事も分からないがそれがフェイトに甘いということに繋がるのも分からない。
そしてその口調が今までに無い程、棘に満ちていて困惑した。
好意に疎い割りに龍野は敵意に敏感だった。
それは孤児院に育ったことや周りの目を感じてしまう性格に由来する。

「フェイトには色々面倒をかけているから」
「それだけ?」

龍野の言葉になのはは瞳を細めた。
何かを探る目つきだ。なのはには似合わないと思う。
怒りではないが何か気持ちが冷めるような気がした。
フェイトへの対応の何が気に障ったのか分からない。
ただその遠まわしな聞き方が、その目が龍野の何かに触れた。
なのはには普通に笑っていて欲しかっただけなのだ――せめて自分の前でだけは。

「何が言いたい」

声のトーンが落ち、下から素っ気無いといわれる口調がぶっきら棒になる。
その変化になのはは僅かに勢いを落とした。
龍野がこういう顔をするのを見るのは初めてではない。
昔、それこそ小学校の出会った頃、彼女はこういう拒絶の顔をしていた。
それを崩してきたのはなのは自身だ。
だからこの頃とんと見なくなったことになのはは嬉しさを感じていた。

なのはは唇を噛む――やっぱり、龍野はフェイトに甘い。
少し言っただけでこの変わりようだ。
自分は駄目でフェイトが良いという境が分からない。
事故がなかったとしたら、あったとしても自分だけではこの状況に持ってこられなかったかもしれない。
そんな意味の無い思考がなのはの胸を責め立てる。
IFを考えることに意味はない。この世界でIFが起こることはないのだから。
だからこそなのははいつも多少の無理をしてでも自分の思うままに進んできたのだ。
それでも考えてしまう。

「龍野ちゃん、気付いてない」
「何が?」

小さく零れた声が龍野の耳に届く。
だがそれに答えるものをなのはは持っていなかった。
冷たい声はこの頃、聞くことの無かったものだ。
まるで振り出しに戻ったような気がしてなのはは悲しくなる。

フェイトに甘いことを教える気にはならない。
無意識に特別扱いしていることを感づかせるわけには行かない。
それは自分を苦しめる結果しか生まなくなる。

「……別に」

なのはに出来たのはただそう返すだけだった。
それは聞いたことが無い位、暗い響きを持ったものだった。

この時点で二人の意識は完全にすれ違っていた。
龍野がフェイトに甘いのは事実かもしれない。
ただ自分もそうして欲しいなら言えばよかったのだ。
また龍野が敵意に敏感なのもマイナスに働いた。
普通の状態のなのはだったら彼女の敏感な性格に気付けたかもしれないが、何も見えなくなった状態では無理な話だ。
好意という魔物が生み出す産物に気付かなかった龍野と初めての感覚に戸惑うなのはがすれ違うのは仕方ない結果かもしれなかった。





はやてはこっそりと額に手を当てる。
頭が痛い。端的にそういう動作だった。
目の前に居るのは、今まで見たことが無いくらい機嫌の悪そうな親友だった。

「機嫌悪いなぁ」
「そんなこと、ないの」

漏れた言葉はなのはに聞こえていたらしい。
返ってきた答えにはやては小さく肩を竦める。そして溜息を吐いた。
何があったかは知らない。
なのはは自分のことに-特にマイナスのことは-口に出さない性質だからだ。
だが親友がここまで機嫌を悪くする理由をはやては一つしか知らなかった。

「一回鏡見てから言った方がいいで、その言葉」

龍野ちゃんやなぁ、とここにいない友人を恨む。
こんな状態のなのはを仕事に寄こされても困る。
たまたまアースラへ行く用事で三人一緒だったが、そうでなかったら問題が起こったかもしれない。
いや、とはやては思考を切り替える。
そもそも龍野はなのはのことは良く考えている。
良くないコンディションで仕事に行かせるなんてしないはずだ。
喧嘩でもしたんかな、とはやての思考は自然とそこにたどり着いた。
同時に視線を動かし、一人でぼんやりと立っているもう一人の親友を見る。
その姿は心ここに在らずを体現している。

「フェイトちゃんも、あんなんだし、何かあったんか?」
「ううん。フェイトちゃんは関係ないよ……っていうかどうしたの?」

三人で喧嘩とはやては推測した。
しかしなのはの言葉でそれは崩される。
また、人の様子を気にかけるなのはがフェイトの状態に気付いていなかったのにはやては驚いた。
しかしそれを押し留め、フェイトの状況を説明する。

「龍野ちゃんから離れんといけんって悩んでるらしいなぁ」
「離れないと……?」

はやての言葉になのはは首を傾げた。
離れないといけないとはどういうことだろう。
何か長期任務になる問題でも発生したのかとなのはは思う。

「フェイトちゃん、執務官やから。移住の方向で話が進んでたし」

不思議そうななのはの視線を受け、はやては苦笑した。
やはりなのはには“離れる”という発想自体が無かったらしい。
事情が少々違うが離れないといけないと悩む辺り、フェイトの方がまだ冷静だ。
今の言葉でハッキリした。なのはに移住する気はゼロに近い。
それはそれで仕方ない気もする――はやてに親友の意志を曲げてまで移住させる気はないのだから。
だが、龍野が知ったとしたらまた違う結果を引っ張ってくるだろう。
彼女はなのはやフェイトの進路の邪魔をする自分を一番嫌がる。
そんなことをつらつら考えていたはやては目の前で進行している事態に気付いていなかった。

「何で、そうなるの」

はやての言葉になのはは不機嫌な顔を露にした。
長い付き合いになるがここまで怒っている彼女の顔を見たのはない。
地雷を踏んだらしいことに今更ながら気付く。

座っていた場所から窓際でぼんやりとしていたフェイトに近づく。
確かに物思いに耽っている様子だった。
はやてに言われるまで気付かなかった――いつものなのはなら直ぐに気付いただろう。
それほどなのはの中は切羽詰っていた。

「……なのは?」

近づく人影に気付いてフェイトは顔を上げる。
するとそこには見たことのない顔の親友がいた。
いぶかしむ気持ちより怖いという気持ちが大きくなる。
なのはが一杯一杯のように、フェイトも龍野のことで限界だった。

「フェイトちゃんは龍野ちゃんと離れたいの?」

告げられた言葉に表情が固まる。
それは悩みの中心であり、それでいて直ぐに否定できる言葉だった。
離れたいわけが無い。ただ離れなければならないとは思っている。
親友のために、龍野のために。

「そんなこと、ない」

首を横に振り答える。
空気の違いに悲しそうにバルディッシュが光った。
フェイトが悩んでいるのを一番見ていたのは間違いなく彼である。
何回か点滅する様子はまるで涙を流しているようだった。

「じゃあ、何でそんな事で悩んでるの?」

今のなのはにフェイトは羨ましすぎた。
龍野に特別扱いされて、気にかけてもらって、一番近くにいる権利を貰って――なのに、離れる離れないで悩む?
それは贅沢なことだ。選択という権利を持った人物のすることだ。
全部、なのはが欲しくて、でも事故まで手に入れられなかったものなのだから。
フェイトの事情は理解している。何もかも分け合って来たのだから。
いつものなのはであったら親友が出生のことを気にして悩んでいるといわれれば納得できた。
その証拠に前この話をした時は背中を押す余裕もあった。だが今は違う。
何となく分かってしまったから、自分ではフェイトと同じ場所に立てないことに。

「――そんな事?」

そして、フェイトにしても悩みを“そんな事”扱いされるのは我慢ならなかった。
なのはは良い――フェイトは龍野がなのはのことをきちんと気にしているのを知っていた。
例えミッドに行っても、何の衒いもなく帰ってきて龍野を訪ねられるだろうから。
だが自分は違う。一度離れたらきっと中々戻って来られない。
何故なら龍野が自分を側においてくれるのは事故のことがあるからだ。
それを返し終えたと彼女が判断したら、多分今までのようにはいかない。

なのははフェイトが羨ましい。龍野の一番近くに立てるから。
フェイトはなのはが羨ましい。龍野と一番長く居られるから。
つまりこの親友達はお互いの事が羨ましくて正常な判断が難しくなっていた。

「離れたくないなら、離れなきゃいいの」
「それはなのはだから言えることだよ」

かちんと頭に来たのが擬音化できそうなほど表情が変わる。
なのはにとってそのセリフをフェイトが口にする事は我慢なら無い。
この場に龍野がいたら、今までで最大級のアラートに冷や汗を流していただろう。
空気が軋んでいるような感覚が部屋を満たす。
気持ちの高ぶりに合わせて魔力が暴走しだしてるんじゃないかとはやては思った。

「龍野ちゃんはフェイトちゃんが離れたくないって言えば許してくれるよっ」

気持ちのままなのはは言った。
叫びに近いような声の強さだった。
フェイトが望めば龍野はきっとそれに合わせてくれる。
家に来るのだって、リストバンドだって、全部受け入れてくれたのは誰だ。
なのはの時にしてくれなかったことを全部して貰っていたのは目の前の親友である。
その事実がこんなになるまで嫉妬の炎を燃え上がらせたのだ。

ぐっとフェイトが何かを堪えるような表情をする。
親友と喧嘩したくないのは間違いなかった。
なのはの言葉は尤もだった。
確かに龍野はフェイトのいう事を受け入れてくれる。
離れたくないといえば、家に居させてもくれるだろう。
ただそれとは別の懸案事項が彼女にはあった。

「だって、たつのは知らないんだよ?」

フェイトの声が震える。
人は自分と違うものを嫌う。
それは違う方にだって当てはまる。
何故他人と同じではないのかと思い悩むのだ。
ましてや、生まれは一生変えられない。
フェイトがこれからずっと付き合っていかなければならないものなのだ。

「何を?」
「魔法を、わたしがどうやって生まれたかを!」

結局フェイトの中にあるのはそれだけだった。
龍野が好きだから彼女に拒絶される事が怖い。
なのはのように諦めずにぶつかる事なんて出来そうに無い。
最初から優しく受け入れられてしまったから、態度が変わるのが怖いのだ。

「龍野ちゃんが、受け入れてくれないって思ってるの?」

思わずフェイトの腕を掴む。
細い彼女の身体が壁にぶつかる。
その振動で綺麗な金の髪が揺れた。
間近で覗き込んだ瞳には水の膜が張っていて、泣きそうなのだと分かる。
我慢強い親友が泣くのを見るのは珍しい。
撃墜され、心配を掛けたとき以来だと変に冷めた思考が考える。
だが気持ちは少しも止まりそうに無かった。

今のは龍野を馬鹿にしているとなのはは思った。
自分が好きになったのはそこまで懐の浅い人じゃない。
魔法も、フェイトの出生もきちんと全て受け入れてくれる。
それを一番分かってないといけないのは、一番近くに居る彼女のはずなのだ。
それなのにこの親友は自分が受け入れられないと思っている。
率直に言えば、妬ましかった。特別な場所に居るのに気付いていない彼女が。
何よりなのはは龍野が以前言った言葉を覚えていた。
――「助けられなくても受け止めるだけならできる」
その時の優しい顔が浮んで、すぐに今日の冷たい顔が思い出される。
温度差に胸が詰まる。

「龍野ちゃん、ちゃんと言ってくれたよ?何でも受け止めるって……」

怒っているのに情けないような気持ちに包まれる。
フェイトの涙を見たからだろうか。
なのはの瞳にもいつの間にか雫が溜まってきていた。
腕を掴む力も弱くなる。

「……言ってくれた」

親友の言葉にぽつんと小さく呟く。
フェイトの方にも思い当たることは幾らでもある。
半年、側で見てきたのだから性格だって分かっている。
表情を読むのだってなのはより得意になったほどだ。
だからフェイトは龍野が自分を拒絶する可能性が1%も無いことを知っているに近い。
それでも尚心配になってしまうのが恋という普通ではない状態なのかもしれない。

「なら信じようよ!フェイトちゃんでしょ、龍野ちゃんを、信じてるって言ったの」

なのはの脳裏にお見合いの光景が蘇る。
そして未だ分からない“たつのぶ”という名前について話したときのこともである。
あの時、フェイトは確かに言った――龍野を信じていると。
だから心配なんてしないんだと、確かに口にしたのは彼女だった。
その時の表情まではっきりと思い出せて、なのははまた悲しくなった。

「信じてる」

小さな声だった。
フェイトは少しだけ顔を上げてなのはを見た。
その瞳は真っ直ぐで、強くて、それでいてやっぱり自信が無いようだった。
――龍野のことは信じている。でも自分のことは別だ。
そんな事を言っているようになのはには感じられた。

「信じてないじゃん」

するりと腕が解かれる。
解いたというより力が入らなくなったような動きだった。
親友の顔を見ていられなくなったなのはが顔を背けると雫が一粒、宙を舞った。
フェイトは苦しげに唇を噛む。
沈黙が二人を覆った。

「はい、そこまでや!やめぃな、二人とも」

気まずい雰囲気にはやてが割り込む。
この二人の喧嘩-しかもこれだけ激しいもの-は初めて見た。
お互いを思いやる二人にしては“らしく”ないのかもしれない。
しかし原因が龍野という辺りとても“らしい”様なきもした。

「はやて」
「……はやてちゃん」

はやての声に、二人の視線が動く。
二人ともほぼ泣いているような状態だった。
こんな風になるなんて、龍野は何をしたのだろうと頭を抱えたくなる。
またこの状態を改善できるのも彼女だけだった。

「何があったのかは知らんけど」

はやてはなのは、フェイトと顔を見る。
そして一息吐いてから、ゆっくりとしたテンポではやては言った。

「とりあえず、龍野ちゃんは二人に笑ってて欲しいと思うんよ」

何があったかは知らない。
だが龍野がこの状況を望んでいたとは思わない。
そうはやては考えていた。だからそのまま言葉にする。
龍野は泣かれるのは嫌だと口に出していた。

はやての言葉に黙り込む二人。
その姿を見ながら、難儀やなぁとはやては一人呟いた。




第二十六話 end











感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
とりあえず続きます。
龍野を大きく動かすのは初めてかもしれない。
喧嘩は必要だと思う自分です。
はやて頑張ってーと若干彼女に負担を投げてます。
では。





[16056] 第二十七話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/05/30 07:11


なのはと喧嘩して一週間が経った。
未だに彼女は臍を曲げている。
これほど話さなかったのは久方ぶりと言ってよい。
フェイトも釣られてか、元気が無い。


後藤 龍野、喧嘩中。
どうにも嫌な予感がします。




余生におけるある世界との付き合い方 第二十七話




昼休み、なのはが席を立つ。
龍野はそれを少し離れた位置から見ていた。
いつもならそのまま龍野の机に来て、お昼ご飯へと突入していただろう。
フェイトの目が気遣わしげに動く。
なのはの姿を見つめる姿は痛々しくて、龍野は見ていられなかった。

「なのは、早退?」
「うん。ちょっとね」

フェイトが目の前を通り過ぎようとした親友に声をかける。
僅かに足取りが鈍るが止まりはしない。
そのままなのはは教室から出て行ってしまった。
元気そうな彼女が早退する意味は一つしかない――任務である。
同じ管理局で仕事についている分フェイトにそれは良く分かった。

そんな親友同士の少し気まずげな様子を龍野は脇目で見る。
どうやら喧嘩したことは知っている。
それも龍野となのはが口論になった日のようだ。
恐らく機嫌が悪いまま仕事に行ったなのはとフェイトがぶつかったのだろう。
それくらいは容易く推理が出来た。
元々自分に突っかかってきた理由もフェイトだったのだから。
責任を感じないわけでもないが、なのはが怒った理由が理解できない龍野にアドバイスはできない。

「はやて」

なのはを追うように歩く同級生を龍野は呼び止めた。
振り返った顔は苦笑いを浮かべていて、手の掛かる友人に苦労しているのを示している。
龍野は椅子から立ち上がるとはやての側によった。
ちらりと確認したフェイトの様子はまだなのはの出て行った扉を見ていて、こちらに気付く様子はない。

「龍野ちゃん」

教室の真ん中で話すには少し気まずくて、移動する。
はやてはなのはを早く追いたいようでそわそわしているのが見えた。
それを手で押し留める。
龍野が言いたいことは一言なので、直ぐに済む。

「なのはは仕事?」
「そや。この頃八つ当たりのように仕事増やしてなぁ」

頷く姿に龍野は眉を顰めた。
なのはは元々働くのが嫌いではない性格だ。
仕事に打ち込む理由-この場合は龍野との喧嘩だ-があれば傾倒するのは目に見えていた。
良くない傾向だ――たとえ自分のせいだとしても龍野はそう思った。
だが何も知らないことになっている龍野にできることはない。
それもまた事実だった。

「なのはのことお願い」

従って龍野は口に出す。
なのはが墜ちるのは一度きりのはずだ。
その記憶に間違いはない。ただ世界の修正力が働かないとは言い切れない。
鳴りっ放しのアラートは、それでも多少の変動を龍野に伝えるのだ。

「わかっとるよ、親友やからね」

龍野の言葉にはやては快く頷いた。
彼女に言われるまでもなく、なのはのことは見守るつもりだ。
自棄になったように仕事を増やしたのは龍野やフェイトと一緒に居る時間が欲しくないからである。
かといって仕事以外のことでそれを埋めることも出来ず、この結果になったのだろう。
はやてはそう見ていた。また無理を突き通してしまう親友の性格も理解している。

それにしても――はやては目の前で心配そうな表情を浮かべる龍野を見る。
なのはは彼女がこんなにも心配していることを知っているのだろうか。
詳しいことを聞いたわけではない。だがはやてはあの場に居た。
口論の内容は声の大きさも相俟って充分耳に入る。
龍野がフェイトに“甘い”。
それがなのはの中心で、嫉妬の原因で、あの怒りの始まりだ。
フェイトに龍野が最初から甘かったのははやても認める所である。
しかし、龍野が日常的に心配するのはむしろなのはであるのも知っていた。
だからこの三人の喧嘩がどれもすれ違いなのも分かっていた。

「はよう仲直りしてな」
「……わかってる」

言い淀む龍野が微笑ましい。
相変わらず変なところで素直に感情が出る友人だ。
はやてがフェイトを見れば不思議そうに首を傾げていた。
あの喧嘩のあとも彼女は龍野の側にいた。
離れなければと思っても結局離れられないのだろう。
何もおかしくはない。素直な親友達が好ましくて仕方ない。

「――でないと、こっちが持たんわ」

だから、はやては最大限の好意をもってそう返した。
早く仲直りしろという意味を暗に強調する。
龍野もそれが分かったのか苦笑しつつ頷いた。

「ありがとう。……お願い」
「はやてさんにお任せや」

ひらひらと手を振ってはやては教室を出る。
龍野はその頼もしい背中をその場で見送っていた。





家に帰って、粗方のことをし終え本を読んでいた。
なのはと口論になったときのものではない。
あれは既に読み終わり図書室に返却していた。

「たつの?」

きぃと小さな音がして、部屋の扉が空く。
ベッドに座り本を読んでいた龍野に声がかけられる。
其処に立っていたのは枕を持ったフェイトだった。
その姿を確認した龍野は本から顔を上げ、栞を挟む。
明らかに自分に話があるのは間違いない。

「どうしかした、フェイト?」

もじもじと枕を持ったまま話し出さない。
龍野と床の間をフェイトの視線は何回も移動していた。
余り自分の意見を主張しない彼女らしい動きだ。

「あの……」
「ん?」

フェイトが顔を上げた。
踏ん切りがついた様子に龍野は苦笑しつつ尋ね返す。
時計の針が進む音が聞こえる。
二人しか居ない家は相変わらず静かだった。

「一緒に、寝ていい?」
「あー」

もうこんな時間かと思っていた龍野の耳にフェイトの言葉が入る。
ぎゅっと枕を抱く手に力が入る。その姿は客観的に可愛いといえるだろう。
龍野は言葉を濁した。一緒に寝るのは嫌じゃない。
何だかんだでフェイトが泊まりにくると同じ布団になっていることが多い。
ただこの状態の彼女を最初から布団に入れるのは違う気がした。

「だめ?」

上目遣いに覗き込まれる。
どうにもこの視線には弱い――こういう所がなのはに甘いといわれたのかもしれない。
今更ながらにそう思うも、あの時と今は状況が違う。
説明されなければ分からないことは五万とある。

龍野は息を吐いた。
それからフェイトに向けて笑顔を作る。
こんなに自分の意見を言う彼女は珍しかった。
その意思を尊重したかったのかもしれない。

「いいよ、こっちおいで」
「っ……ありがと」

龍野は身体の位置をずらした。
二人で寝るのに充分とは言えないベッドに空間が出来る。
フェイトは少し緊張した様子で龍野の隣に滑り込んだ。
その姿に何となく理由が分かってしまう。
彼女の心優しい性格は分かっている――周りを気にする世話焼きな面も。
幾らなのはと喧嘩したとはいえ、気になることには違いない。

「なのは、ね」

フェイトが龍野の隣に座る。
一人分、少しベッドが沈み込んだ。
寝る前の綺麗な金糸が白に映える。
とても綺麗な光景―フェイトに対してはそう思うことは多い―だと龍野は思った。

「うん」
「この頃、凄く頑張ってる」

ゆっくりとした口調でフェイトが話す。
龍野はそれを静かに聴いていた。
内心、内容に少し苦笑していたが顔には出さない。

なのははあれ以来家に来ていない。
学校ではあの調子だし、きっと働きすぎなほど働いているのだろう。
それは充分予想の範囲内だ。幼馴染の思考を理解すればおかしなことではない。
ただ一つだけ気になるとすれば働きすぎるということで。
はやてに頼むといったものの心配は消えない。

「そうなの?」
「うん。たつのと顔合わせるの気まずいからだと思う」

龍野は仕事のことなど知らない振りで答える。
フェイトはそんな様子に気付かず話を進めた。

「無理してるって?」
「無理かは分からない。たつのの事故までと同じだから」

力なくフェイトは首を振った。
何となく予想できていた答えである。
はぁと大きなため息を一つ吐く。フェイトがそれに肩を跳ねさせた。
――事故の前と同じ仕事量というのは充分無理に入る。
少なくとも龍野の中ではそうなっていた。
内気功もしていないためこの分だと直ぐにでも疲労は蓄積され、再び墜ちるなんてこともあるかもしれない。
それほどなのはの仕事量は多いのだ。

「でも、このままは良くないと思うんだ」

おずおずと切り出された一言はとてもフェイトらしかった。
なのはのことが心配なのだろう。
そしてその原因は自分と親友の喧嘩ときている。
その後彼女が取ろうとする方法など龍野には分かりきったことだった。

「だから」

綺麗なルビーの瞳が龍野を見る。
枕を持っていた手に力が入った。
その瞳だけで、龍野は自分の考えが大方あっていることが分かる。
同時にそれは間違っているとも思った。

「フェイトが離れればいいとかいう問題じゃない」
「っ」

龍野の口からフェイトの言葉を遮るように音が出る。
まさに言おうとしていたことを言われフェイトは息を呑んだ。
なのはが龍野の所に来ないのは喧嘩をした自分が居るせいだ。
まして龍野となのはの喧嘩の原因はどうみも自分のせいらしい。
そして、なるべく顔を合わせたくないから任務を増やしている。
それなら自分が離れればいい――そんな風にフェイトは考えていた。

「なのはは、フェイトに離れて欲しいわけじゃないと思う」

困ったように龍野は少し首を傾げる。
なんと言って伝えればよいかが分からなかった。
あの幼馴染がフェイトを大切にしていないかといえばそれは否だ。
離れて欲しいなんて思っているはずもない、と龍野は思っていた。

そっと手を伸ばして俯くフェイトの顔の輪郭をなぞる。
その感触にフェイトは僅かに肩を跳ねさせた。
だがすぐに身を預けるように頬を摺り寄せる。
甘えた猫のような仕草に龍野の表情が緩む。

「でも、喧嘩したんでしょ?」
「それは対応を間違った」

細められていた瞳が開かれ龍野を見上げる。
龍野は言葉に詰まる。喧嘩をした、しないで言えばした方に入ってしまう。
それくらいは充分に理解している。だが同じくらいその喧嘩がフェイトのせいではないのも理解していた。

「フェイトのせいじゃない、私が原因」

心配そうな顔に龍野は微笑んでみせる。
それから手を離して布団を叩く。
もう寝ようと合図しているのがフェイトには分かった。
最初にコロンと龍野が寝転がる。無防備なその動きにフェイトは一瞬戸惑った。
ベッドに潜り込んだことはあるが最初から寝るのは初めてに近い。
どうしていいか分からず、動きを止める。

「たつの……」

心細い声音で呟かれた自分の名前に龍野が反応する。
ん、と首を傾げる視線がフェイトを貫いた。
かわいいと胸の奥で何かが感じ、痺れてしまう。
そんな様子をまだ考え込んでいると思ったのだろう。
龍野が余り上手くない作り笑顔で言う。

「仲直り、必ずするから。フェイトは気にしなくていい」
「ありがとう」

大好きだよ、とフェイトは心の中で呟いた。
少しだけ顔を俯けて返事をする。
今自分の顔は真っ赤だろうから見られたくなかった。
抱いている枕と一緒に龍野の隣に飛び込む。
ふわりと彼女の香りがした。

「フェイトも仲直りして」
「うん」

明かりが落とされた部屋に龍野の声が沁みる。
優しい音に眠気が誘い込まれる。
――安心しすぎて、なぜか涙が出てきた。
すぐに拭おうとしたのだが龍野がそれを止める。

「いい子」

龍野の手が再び優しくフェイトの頬を撫でる。
瞳に溜まっていた雫も同時に掬われる。
これが零れてしまったら龍野はおろおろしてしまうことが分かっていた。
すぐにフェイトの顔が緩んで、えへへと幼い声が漏れる。

久しぶりに幸せな夜を過ごしたフェイトと龍野。
その元に、なのはが倒れたという一報が入ったのは翌朝フェイトが任務に立ってからだった。
龍野の嫌な予感は的中したことになる。


第二十七話 end











感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
少し短いですがupしてみます。
次がとりあえずの正念場です。
甘えん坊なフェイトに自己満足してたりしますw
では、あとがきまでいつも読んでくださり嬉しく思います。






[16056] 第二十八話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/06/06 23:54


あれ、私、どうしたんだっけ。
龍野ちゃんと喧嘩して。
あぁ――お仕事、してたの。確か。
また、怒られちゃうかなぁ。
……怒ってくれると、いいな。


後藤 龍野、予感的中。
はやてからの連絡に心臓が止まりそうになりました。



余生におけるある世界との付き合い方 第二十八話




荒々しく扉を開ける音がしてはやては振り向いた。
そこには息を切らした同級生の姿。
余り見ない様子にはやては内心目を丸くする。

連絡をしたのは先ほどと言って良い。
なのはが仕事中に倒れたのではやてが連れて帰ってきたのだ。
網を張っていたとはいえ余り欲しくない連絡であった。
こちら―地球―に着きそれから心配していた龍野に連絡をした。
フェイトも一緒にいるとはやては考えていた運悪く入れ違いになったようだ。

「なのはの様子は?」

ある程度息が整ってから龍野は口を開いた。
つーっと汗が額を滑っていく。
走ってきたのだろうとはやては思った。
龍野の言葉にはやてはベッドで眠る親友に目を移す。
穏やかに眠る表情がそこにはあった。

「疲労が溜まったことによる失神……のはずなんやけど」

龍野がなのはの側により、その頬にそっと触れる。
優しい触れ方だった。その表情はとても心配そうである
やはり龍野はなのはのことをとても大切にしている。
なのはが気にするフェイトと同じくらい、下手したらそれ以上に。
――この顔を見せれたら、そんな想いがはやての頭を掠めるができないものは仕方ない。
現実的に考えて仲直りするというのが今のなのはには一番嬉しいことだろう。

「起きないの?」
「そういうこっちゃ。多分、急に増やした仕事の分、疲労が多いんやろって話でな」

はやては小さく肩を竦める。
なのはの家へはまだ移していない。
彼女の家が忙しい商売なのは知っている。
何よりなのはは家族に心配をかけるのを嫌がる。
診断名が過労なだけにその内起きるだろうというのがはやての考えだった。

「それでな」
「うん?」

一つ息を吸う。
倒れた親友を前にこれを言うのは薄情かもしれない。
だがはやて自身も仕事であっちに渡っていたのだ。
無理をしているなのはをヴィータに頼んだのは正解だった。
素早く行動できたし、解決法も用意できたのだから。

「私、まだ仕事があるんよ」

なのはが無理する原因は間違いなく龍野である。
だから元のなのはに戻ってもらうには仲直りしてもらうほかない。
そしてそれは彼女が気付いたときに一番素直に行われるだろう。
なのはちゃんも頑固やからなぁと少しはやては苦笑する。

「わかった。私が側にいる」

そして勘の良い友人は一言で分かったらしい。
相変わらずの鋭さにはやては微笑を浮かべる。
同時にこの鋭さを少しでもなのはやフェイトに向けてやればいいのにと思ったりもしなかった。
なのはもフェイトもはやてからすればとても分かりやすい。
それは親友という事も関係していたが、彼女達が素直な性分である事の方が大きな理由である。
つまり普通の感性なら気付くのだ。

「話が早くて助かるわぁ。悪いけどお願いな」
「うん」

言葉少なに部屋を去る。
本当は側にいてやりたかった。
だが仕事ではそれは出来ない相談だ。
何よりこの二人が仲直りするにははやては邪魔だろう。

「フェイトちゃんはとりあえず、どうにかなったし」

なのはが倒れたと聞いて仕事を放り投げ出しそうになったのはフェイトも変わらない。
それを押し留めたのは他ならぬはやてだった。
たとえ喧嘩していようとなのはのことで冷静になどなれない――それが親友の性格である。
龍野との事故があってから少々関係性は変わったがはやてにしてみれば、フェイトは未だ“なのはちゃん馬鹿”なのである。





はやての足音が遠ざかるのを聞く。
その音を聞きながら龍野はベッドで眠る幼馴染に視線を向けた。
息はやっと普段どおりに吸えるようになっていた。
龍野の家からはやての家までは少々距離がある。
全力で走る分にはきつかった。

「なのは」

今の龍野の胸にあるのは後悔だった。
何故もう少し早く仲直りをしなかったのだろうか。
何故無理しているのを止めなかったのだろうか。
――こうなる可能性が僅かでもあると知っていた。
そしてその可能性を潰すことができたのにと胸を責め立てる。

龍野は握っていた拳を解く。
その掌には爪の痕が強く付いていた。
大きく深呼吸をし、ベッドサイドへと歩み寄る。
一週間しか経っていないのにその寝顔を見るのは随分久しぶりな気がした。

「ごめん」

自責するように呟く。
それからそっとその手に触れた。
はやてが言うには過労で寝ているだけ。
それならば龍野にもできることがある。

「起きて、なのは」

力を練る。
自分の中にあるものを意識して動かす。
なのはの疲れを治す事はできない。だがその回復を手伝うことは龍野にもできる。
恐らく、泣きそうになりながら仕事を続けているだろうもう一人の少女のためにも頑張らなければならない。
龍野は久しぶりに内気功を行った。





なんか温かい、というのがなのはの正直な感想であった。
視界は暗い。ここがどこかも分からない。
ただ先ほどまでの底冷えするような寒さは消えていた。
一人の世界に、まるで誰かが触れたように。

「誰か、いるの?」

この感覚をなのはは知っている。
温かくて、安心できて、気持ちよくなってしまうもの。
だが何だったかまでは思い出せない。

“一人は嫌い”
この世界にいて思い出すのは遠い、幼い頃の自分だけだった。
何も出来ない自分も、何もさせてくれない家族も、家族に必要とされない自分も全てなのはは嫌いだった。
はっきりとした想いが確かにこの胸にはあるのに誰にも届かない。
そんなもどかしいことはもう嫌なのだ。

「ねぇ!」

ただ闇しかない世界になのはは叫ぶ。
何か返って来ることをただ祈りながら。
――帰らなければならない。
その気持ちだけが今のなのはを支えていた。今の自分には待っている人がいる。
フェイトに、はやてに、アリサにすずか、魔法で知り合った全ての人――それに龍野。
一人だったなのはの背中を押してくれた人。
今のなのはの始まりとなった人に逢いたかった。

「返事、してよ」

ぽつりと呟いた声は闇に吸い込まれる。
自分の泣きそうな声がなのはの記憶を揺さぶった。

最後に見たのは冷たい顔だ。
いや、それからも学校でその顔をみることは出来た。
それでも自分へと向けられたはっきりとした表情はあれが最後なのだ。
悲しくないといったら嘘になる。
だって大好きなの――なのはは自然と想っていた。
彼女がフェイトに甘いと知っていても、それに妬いてしまっても、結局なのはは龍野から離れられないのだ。

「龍野ちゃん」

暗闇に彼女はいない。
先ほどまでの冷たさはなのはに何も齎さなかった。
黒は黒で、この場所が何処なのかも分からない。
だがこの温かさは違う。家族や友達のことを思い出してしまう。
何だか急に寂しくなってなのは龍野の名前を呟いた。

「なのは」

返ってきた声になのはは顔を上げる。
しかし其処に見えるのはやはり何処までも続く黒だけであった。
なのはは僅かに落胆する。だが諦めることなどできない。
この世界にも龍野の声があるというのを知ってしまったから。

「龍野ちゃん?」

もう一度確認するように呟く。
何となくこの温かさが何なのか分かった気がした。
気付いてみればそれはいつもなのはが感じていたものだった。

「なのは」

返ってきた声になのはは確信する、龍野がいることを。
この世界、ではないかもしれない。だが確かに側に彼女はいるのだ。
そうなればこんな所で立ち止まってなどいられない。

なのはは大きく息を吸った。
静かに目を閉じる。やはり音は何も聞こえない。
いや、耳を澄ませばきちんと聞こえた――自分の音が。
トクントクンと動く鼓動を聞きながらなのはは彼女の姿を思い浮かべる。

「会いに行かなきゃ、なの」

目が覚めたらきっと龍野は側にいる。
会えたら言いたいことがある。
仲直りだってしたいし、彼女の笑った顔を見たい。
冷たい顔が最後に見た表情なんて嫌なのだ。

「待ってて。龍野ちゃん」

なのはは静かに世界を飛び出した。
白に溢れる世界へと。





「つっ――」

龍野は額の汗を拭った。
室温が高いというわけではない。
内気功を長時間操るのはどうにも体力を消耗する。
元々龍野自身にしか使われない能力だからそれも仕方ないのかもしれない。

自分に出来ることはしたと龍野は思った。
内気功がどれだけ効くかは分からないが疲労は大分軽くなったはずである。
あとはなのは自身に残っている体力の問題だ。
はやてから命に問題は無いと聞いていても心配に変わりはない。
何より世界に修正力があるならば一番割りを食うのはなのはに違いない。

「なのは」

静かに名前を呼ぶ。
それは確かな刺激となってなのはに伝わる。

「…っ…んぅ…」

静寂に包まれていた部屋に声が漏れる。
龍野は伏せていた顔を上げた。
じっと卵が孵るのを待つようにその顔を見つめる。
出会った頃より大人びた顔立ちが時の流れを感じさせる。
長い睫に今更ながらに“女の子”なのだと龍野は想った。

「……なのは」

龍野はゆっくりとその名前を口に出した。
少し怖かった。
しかし望んでいた答えは返ってきた。

「たつ、のちゃん?」
「うん」

起きた、と小さく呟く。
それはなのはに言ったとも独り言とも取れる大きさだった。
ぼんやりと天井を見つめる幼馴染を龍野は見ていた。
まだ思考がはっきりしていないのだろう。
その瞳はいつもより弱いように感じた。

「やっぱり、いてくれたんだ」

すっとなのはの顔が動く。
龍野を視線が射抜き、それから微笑んだ。
まるでそこにいるのを最初から知っていたかのように驚きはない。
龍野はそれに少し首をかしげながら疑問を口にした。

「やっぱり?」
「龍野ちゃんが名前呼んでくれたんだよ」

暗い世界で、となのはは口にする。
龍野は要領を得ないが幼馴染の言葉を聞いていた。

「会いたいなぁって、戻ってきたの」

ふわりと微笑む顔は見たことが無い位、綺麗だった。
なのはの手が伸びベッドサイドに立つ龍野の手を握った。
嬉しそうになのはが笑う。
固まった思考が、龍野に動くのを許さない。

「喧嘩したままはやっぱり、ヤダよね」

何があったのかは分からないが、なのはに変化があったのは分かった。
それが喧嘩したという大きな壁を全て取り払ってくれたようだ。
龍野は止めていた息を大きく吐き出す。
仲直りをしたかったのはなのはだけではない。
龍野自身もそう思っていた。

「フェイトに甘いのは、確かにそうかもしれない」

こくりと小さく頷いてから龍野はなのはを見る。
なのはにそう言われてから少し考えた。
フェイトに甘いのは自覚している。はやてにも言われるからだ。
だがなのはに言われて認められなかったのには理由がある。
それが何かが喧嘩の時は曖昧だった――だから冷たい態度しかとれなかった。

「龍野ちゃん?」

とられた手を始点にしてベッドに座る。
なのはの方に顔を向ける。正面きって言うのは恥ずかしかった。
龍野の行動に今度はなのはが不思議そうな表情をする。
それを見て龍野は一つ咳払いをした。

「私は、フェイトに甘いのと同じくらいなのはにも甘いつもりだった」
「え……?」
「だから、なのはが怒る意味が分からなかった」

龍野は苦笑する。
なのはは間違いなく一番長い付き合いだ。
そして事故まで龍野に構ってくるのは彼女だけだった。
自分に出来る範囲のことで助けられることはしてきたつもりだった。
フェイトに甘い――なのはのその言葉を否定することは出来ない。
ただ同じくらいなのはには甘いつもりで龍野はいたのだ。
はやてだけではなく、アリサやすずかにもなのはに甘いというのはよく言われる。
だから龍野にはフェイト“だけ”に甘いつもりはなかった。

「でもなのはがそう感じていたなら、謝る。ごめん」
「え……あ、ううん!いいの、私も悪かったしっ」

素直に頭を下げる龍野になのはの身体を熱が伝っていく。
いつの間にか欲しかった特別は手に入っていたのだろうか。
そこまでは分からない。ただフェイトと同じくらいには想っていてくれたらしい。
それが嬉しくて、嬉しくて、訳が分からなくなるほど体が熱くなった。

「だから――」
「龍野ちゃん?」

龍野の顔が伏せられる。
なのははそれを覗き込むようにしてみた。
元よりベッドに寝ていた為視点は低いのだ。

「心配させんな、ばか」

零れたのは涙か、言葉か。
それは龍野自身にも分からなかった。
なのはは唐突な事態に目を丸くする。
長い付き合いではあるが、龍野が泣く所をなのはは見たことがない。
それに加え“ばか”と言われるのも初めてかもしれなかった。
しかしその効果は抜群で――なのはは可愛いと震える唇で囁いた。

「無理、しないで」
「っ、うん!」

ぷいと顔を逸らされる。
なのははそれに何度も大きく頷いた。
幼馴染の恥ずかしがり屋な性格は知っていた。
好きだなぁなんて想いが溢れそうになっていた。

「仲直り、だよね?」

確認するように言ったなのはの言葉に龍野は頷く。
なのはは再び嬉しそうに笑った。
やっと、元の生活に戻れそうだった。




第二十八話 終












視点がコロコロ変わってすみません。
そして筆が暴走しました。
えー、色々反省すべきものがありますが、後悔はしてません。
楽しかったとしか言えないです。

感想・指摘・誤字報告、ありがとうございます。
とりあえずこんな風になりました。
はやてとなのはが大活躍な感じです。
少々忙しくて来週は更新できないかもしれません。
では。







[16056] 第二十九話
Name: Fath◆282e9af7 ID:ab7b77f0
Date: 2010/07/28 22:09


好きも、嫌いも。
楽しいや悲しいも。
結局、一人より二人がいいと思うんだ。


後藤 龍野、いよいよ腹を括ります。




余生におけるある世界との付き合い方 第二十九話




「あ、たつの」

聞きなれた声だった。
足を止めて振り返る。
そこにいたのは龍野の予想通り綺麗な金の髪を持つ少女。
微かに心配そうに歪められた表情は彼女の性格を十二分に表している。

「フェイト」

龍野の言葉にフェイトが近づく。
何かに耐えるようにキュッと結ばれた口元が想いの強さのように見えた。
揺れる服の裾が青い空に眩しい。
肌の白さが彼女の好む黒い服とのコントラストをハッキリさせていた。

「大丈夫、だった?」

フェイトは一瞬躊躇した。
何と聞けばよいかが分からなかったためだ。
さすがに、仲直りが出来ていないとは考えていない。
なのはも龍野もそこまで意固地な人物ではないがそれは“起きたら”の場合だ。
なのはが目覚めていなかったら全てできないのだ。
そしてそれはフェイトが一番怖いことに他ならない。

「うん。なのはも元気そうだったし、問題は無いみたい」
「そっか……良かった」

ホッと息を吐く姿に苦笑する。
フェイトの事だ、なのはの側に行きたくて仕方なかっただろう。
それなのに仕事を放り出して来なかったのははやてが説得上手というのが大きい。

「ね、フェイト」

龍野は苦笑をかみ殺しつつ、フェイトを呼ぶ。
すぐにその顔は振り向いた。

「なに?」

小首を傾げる姿に頬が緩む。
大人びた容姿とは反対にフェイトはどこか幼い。
それが彼女の過去に起因しているのか、なんて知らない。
過去も全て内包して今の性格になっているのだ。
龍野にできるのはそれを受け止めることである。

「何か隠してない?」
「な、なにがっ?」

龍野の言葉にフェイトが動揺する。
直接的過ぎたかなとも思うが言い放った後だ。仕方ない。
揺れる紅い瞳を見つめながら言葉を続ける。

「なのはとかフェイトとか疲れすぎ」

呆れたように言う。
いい加減、習い事という言い訳では苦しい。
そんな事くらいフェイトにも分かっていることだった。なのはも気付いているに違いない。
それでも変わらずそう言い続けたのは、なのはが龍野に教えたがらなかったからである。

「それは色々忙しいしからで……」
「習い事?でも倒れるくらいなら減らした方がいい」

来ると予想していた言葉に龍野は間髪入れずに返した。
なのは達が言い訳にしている習い事は倒れてまでするものではない。
それは正論であり、フェイトは何も言えなくなってしまう。
そういう彼女の性格まできちんと把握した上での発言だった。

「そうかも、しれないけど」

フェイトが困った風に眉根を寄せる。その理由も龍野には分かっていた。
言い出せない理由がある彼女から自分は無理にでも聞きだそうとしている。
とても駄目な事のように感じたが必要な事だ。
――ごめん。
だから龍野は心の中で謝った。
彼女達にこれ以上隠させるのは酷な事だと思う。
特に性格からしても隠し事が苦手なこの二人には。

「なのはが“習い事”で怪我するのって初めてじゃないし」

苦笑をかみ殺しつつ言う。
そう大きな怪我こそ無いが、疲労が溜まった体は反応が鈍くなる。
元々反射神経としてはそこまで良くないなのだ。
習い事が続いて、日常生活で寝そうになっていたり転んでいたりするのを龍野は見ていた。
そういうものを含めればなのはは中々の数、怪我をしている。
勿論、怪我なんて言ってしまうのも馬鹿げた軽いものがほとんどだ。

「たつの……」
「どうしても言いたく無いなら聞かない」

でも、と龍野は言葉を続けた。
フェイトの瞳を真っ直ぐに見る。
そうでなければきちんと伝わらないような気が龍野はした。

「できるだけ聞きたい。ふたりの事」

言ってから少しズルイ言い方だったかもしれないと思う。
フェイトもなのはも優しいから龍野がお願いすれば大体教えてくれる。
それが分かっていたから龍野も余り何かを口にすることは無かった。
ただでさえ負担をかけている自分がどうして更にわがままを言えるだろうか。

「っ、わかった。ちょっと行ってくるね」

龍野の珍しい“お願い”。
それはフェイトに確かな効果を齎した。
滅多に無い分、叶えてあげたくなる。
龍野は自分の要望を口に出すことはほとんど無いのだ。
真剣な顔でこちらを見る視線に顔に熱が上がりそうになるのを必死で堪える。
それでも生理的な反応はどうにもなら無いらしく、フェイトは自分の顔に熱が集まっていくのを感じた。
仕方なしに少し顔を俯ける。視界の端で彼女が微笑んだ気がした。

「うん。いってらっしゃい」

宵闇に浮ぶ彼女の笑顔はフェイトの瞼に張り付いた。
ざわりと何か良く分からないものが胸のうちで蠢く。
それがいつもと様子の違う彼女への心配なのか、判断できなかった。





「なのは」

唐突な訪問にも高町家の人たちは優しかった。
一応なのはの携帯電話に連絡を入れていたが、急だったため伝わっているか心配だった。
――たつのは何であんな事を言ったんだろう。
そんな想いばかりが頭を巡る。

「あ、フェイトちゃん」

何回も入ったなのはの部屋。
そのベッドの上で親友は上半身だけ起こし何かを読んでいた。
膝の上のそれは仕事の書類か、学校の勉強か。フェイトには分からない。
しかし倒れて起きたばかりだというのに休む気の余り無いなのはに溜息が出そうになる。
それでもベッドから出ていないだけマシなのだろうとも思う。
昔は起きたら直ぐに任務へ戻ってしまうことがほとんどだったのだから。

「その、あの時はごめんね」

笑顔でフェイトを見るなのはにまずは謝る。
彼女に会って最初言うべきことはやはりこれしかなかった。
詰まって出てこなくなりそうだった声を息を吸うことで押し出す。
――友達と喧嘩したらお互いに謝って仲直りする。
そんな当たり前のことを教えてくれたのは目の前の親友だった。

「ううん。わたしも悪かったし」

ふるふるとなのはが首を振る。
その姿は喧嘩する前より何処かスッキリした様子を感じさせる。
喧嘩したことで溜まっていたものを全て吐き出せたのかもしれない。
それならば良かった、とフェイトは少しだけ口の端を緩めた。

「でも無理はしないで欲しいな」

そして直ぐに彼女が倒れたことを思い出して厳しい顔を作る。
今回は本当に心配した。
なのはが喧嘩中に倒れるということ――親友と喧嘩するのも珍しいのだ――は今まで無かった。
その上任務が入っていて側に行くこともできなかった。
同じような思いは二度としたくない。
だからフェイトは頑張って怖い顔を見せようとしている。

「倒れたって聞いたとき、仕事全然手に着かなくなっちゃった」

フェイト自身驚くほど集中できなかった。
なのはのことが心配で、その責任が自分にあるのは間違いなかった。
親友の無理する理由を知っていたのだから。
知っていながら何もしないのは知らなくて何もできないよりも酷い。
ましてや自分は二人の仲を取り持たなければならない立場にいた。
そんな思考がフェイトの頭の中をぐるぐると回っている。

「龍野ちゃんと同じこと言ってる」

少し驚いた顔でなのはが苦笑する。
それはフェイト自身も知らない情報で、びっくりする。
でもなのははこんな事で嘘を吐かないし、むしろ嘘自体が苦手な性格だ。
だから龍野と同じ事を言ったというのは本当のことなのだろう。
彼女と一緒と言われただけで嬉しくなると同時に悲しくもなった。
――やっぱり、たつのはなのはのことをとても大事にしているのだ。

「え、そうだった?」
「うん。目を覚まして最初に謝られて、無理しないでって怒られちゃったの」

にゃはは、と照れたように笑う姿にもう影は無い。
龍野との仲直りが上手くいった証拠だ。
先ほど会った時の様子から上手くいったとは思っていた。
それでもやはり目の前で確信するのは違う。
なのはの表情が明るい。その顔を見ているだけでフェイトは良かったと感じてしまう。
自分がどうなろうとなのはと龍野が笑っていてくれることが一番いい。

「――フェイトちゃん今自分のことないがしろにしたでしょ?」
「ふぇっ?」

そんなフェイトの心を読んだかのようになのはが目を細めた。
図星を突かれたフェイトは驚くしか出来ない。
驚く親友を前になのはは更に突っ込む。

「“やっぱり、身を引こう”とか、考えてないよね?」
「っ……」

フェイトの顔色が変わった。
それはなのはの言葉がやっと意味として浸透したことを表している。
やっぱり、と大きな嘆息を吐けばフェイトは慌てた表情で話を変えた。

「そ、れより!なのは」
「どうかしたの?」

若干、無理やりな感じがする話題転換にそれでも微笑む。
それはこの話を続けなくても結果が分かっているからだ。
――まぁ、無理だよね。
フェイトは龍野から離れられない。
好きだと認識してしまえばどうにもならないものなのだ。
今だってきっと龍野の側から離れることを想像して、嫌過ぎる感覚に顔を青くしたのだろう。
そこまで好きなら結局変わりやしない。
少なくともなのはは周りから何を言われようと離れはしない。

「たつのがいい加減、隠していることに気付いたみたいなんだ」

少しだけフェイトの声のトーンが下がる。
龍野のことになると慎重になるのは事故のことを未だに引き摺っている証拠なのだろうか。
それとも龍野には隠しておいてと願った自分のことを気にしてくれているのか。

「龍野ちゃん、何か言ってたの?」
「習い事にしては疲れすぎだから、何か隠してないかって」

なのはは「にゃはは……」と僅かに肩を落とす。
その姿にフェイトは少し気まずそうに言葉を続ける。
床となのはの間をちらちらと視線が動き、小動物のようだった。

「どっちにしろ倒れるくらいの習い事なら考えたほうがいいって」

確かに、となのはは苦笑しつつ頷いた。
友人が習い事のし過ぎで倒れたならなのはも止めただろう。
目の前の親友もそれはきっと変わらない。

「うん。お稽古事で倒れるって問題なの」
「たつの、勘が鋭いから」

なのはの言葉にフェイトは渋い顔をしていた少女のことを思い出す。
龍野はフェイトたちが「習い事」という言葉を出すのを嫌っていたのかもしれない。
それは彼女達が無理をする前兆とも言えるものだから。
嫌な顔はしても、口には出さない。龍野の姿勢は一貫していた。
今回が初めて直接的な苦言だったのだ。

「今まではわざと聞かなかったのかな?」
「たつのなら有り得ると思う。今日も“どうしても言いたくないなら聞かない”って」

すごく、龍野ちゃんらしい。となのはは思った。
言われるまで聞かない。止めない。
友人の決めたことに口を出すことを彼女はしない。
ただ無理を嫌って、普通が好きで、どうしても見逃せないときだけ強硬になる。
なのはを時折押し倒すのがいい例だ。ベッドに寝かされて休ませられてしまう。
大丈夫と思っているなのはは最初起きようとしたのだが彼女の瞳を見て諦めた。

その龍野が「どうしても言いたく無いなら聞かない」と前置いてまで尋ねてきたのだ。
何かしらの変化があったのだろう。
それはきっとなのはの目の前にいるフェイトのことであるし、自分が倒れたせいもある。
――相変わらず優しいの。龍野ちゃんは。
となのはは心の中で付け加えた。
自分が優しいことを頑なに認めない幼馴染には言わない。

「どうする?なのは」
「言おう」

フェイトからの問いかけに、なのはは即答した。
決めていたのだ。龍野が大切な人から好きな人になったときに。
そしてその感情をどうやら抑えられないと理解してしまったときに。
――自分の全部を知っていてもらいたい。
少し唇を噛む。ぐっと伝わった力がなのはの意思を奮い立たせた。

「え?」
「そろそろ、無理だって何となく分かってたの。それに、この有様だしね」

言い訳も出来ないでしょ?となのははフェイトに微笑む。
倒れるのは二回目である。一回目はまだ誤魔化せた。
しかし二回ともなると誤魔化すことはできないだろう。
はやてからもそろそろ突っ込まれるだろうと言われていた。
何より龍野は分かって知らぬ振りをしているように感じる。

「でも、なのは嫌だったんじゃ」
「うん。危ないことも一杯ある世界だから」

リンカーコアを持たない龍野にミッドチルダを知る利益は余りない。
平穏無事に暮らすにはこのまま地球で生きるのが良いだろう。
勿論、魔法のことを説明したらミッドの進んだ医療体系で見てもらう気ではいる。
彼女の動かない左腕が動いたらと思うと嬉しくなった。
不安そうに眉間に皺を寄せるフェイトになのはは笑顔を作る。
危ない、かもしれない。
でも自分たちにはそれを吹き飛ばす力があるのだ。

「わたし達で龍野ちゃんを守ればいいんだよ」
「なのは」
「ね?フェイトちゃん」

――わたし達にはその力がある。
そう伝えてくる瞳にフェイトは一瞬驚き、それから同意した。
なのはの力は困っている人の力になるためのものだ。
フェイトの力は困っている人を助けるための力だ。
ならば大切な人を守るくらい出来ないわけがない。
そう思った。

「うん。そうだね」
「じゃあ、今度二人で説明しに行こうか」
「はやても誘わないと」

ふふと笑いあう。
そこにいるのはいつもの彼女達だった。


第二十九話 終












更新の遅れ、本当に申し訳有りません。
忙しくなると言ったもののまさかこんなに長引くとは思ってませんでした。
見通しの甘さが原因です。言葉も無いとはこの事です……。
とりあえず、二ヶ月ぶり近い更新でした。
また一週間に一度くらいのペースでいけたらとは思います。
ですがどうにもごたごたしてるので不定期気味になりそうです。
こんな話を楽しみにしてくださる方には申し訳ない気持ちで一杯です。

感想・指摘・誤字報告、いつものように待ってます。
更新できない間も感想だけは見てました。
待ってますといってくださった方、本当にありがとうございます。
百合分の欠片もない話になってますが少しでもお返しになれば幸いです。



[16056] 第三十話
Name: Fath◆282e9af7 ID:bc72d297
Date: 2010/08/11 21:15


――魔法。
いわゆる不可能を可能にして奇跡を起こす力。
しかしそれは本の中での話で。
ここ、ミッドチルダに存在する魔法は列記とした技術体系である。


後藤 龍野、一般人。
正式に魔法について知ったことになりました。




余生におけるある世界との付き合い方




「魔法?」

龍野の声は良く通る。大きいわけではない。
ただ独特の重みのようなものがあって自然と聞き入ってしまうのだ。
そんなことをなのははふいに考えた。
目の前では“魔法”というファンタジーな単語に龍野が動きを止めている。
適応力の広い彼女でもさすがに受け止めるのに時間が掛かるらしい。
ぼんやりとそう思いながらなのはは幼馴染兼好きな人の様子を眺めた。

実際のところ、龍野は魔法を知っている。
だから動きを止めたのは演技ができない自分の性分からしてそうするのが一番自然だろうと考えたからだ。
変なリアクションをすればすぐにばれてしまう。ならば何もしないでいよう。
単純かつ明快な行動基準だった。

「うん」
「二人、はやても入れると三人はそれが使える?」

頷くフェイトに龍野は更に質問を重ねた。
魔法について主体となって説明しているのはフェイトだった。
どうやらなのはがベッドに縛り付けられている間にはやてにも話を通していてくれたらしい。
はやてとフェイトの二人で考えられた説明はなのはが付け加えるようなことは一つもなかった。
説明上手なはやてに、元々魔法世界出身のフェイトである。
口下手と龍野に言われるなのはが言うようなことは全て含まれていた。

「そうなの。今まで隠しててごめんね」

トーンの低い言葉は少し怖く感じる。
一瞬言葉に詰まったフェイトに代わりなのはが答える。
全ての説明を彼女に投げてしまった分これくらいはしたかった。
今の龍野にきっとフェイトは慣れていない。
なのはのように定期的に疲れ過ぎと怒られることもないだろう。

「倒れた原因もそれ?」

聞かれると予想していた言葉だった。
龍野は元々友人のすることに口を出さない少女だ。
そんな彼女が少々無理にでもなのはに言うのは体のことだけであった。
だからなのはとフェイトはこの展開が来るのを確信していたと言える。

「わたしとなのはは管理局で、魔導師として働いてるんだ」
「魔法の力でお仕事させてもらってて」

それが原因で倒れたんだよね、というのなのはの言葉は段々尻すぼみになっていく。
自分を見る龍野の視線が先程よりとても鋭いことに気付いたからだ。
怒ってるなぁとまるで他人事のようになのはは思った。
それでも怖いとは思わなかった。龍野の理由がわかるからだ。
――龍野ちゃんは無理すると怒るの。
そしてその無理のラインが自分とは大きく違うのだ。
だから怒られてしまう。分かってしまえば簡単な事だった。

「なのは。この間、私言った」

はぁと呆れたような吐息が吐きだされる。
それをただ見つめる。
今なら何を言われても前のような事にならない。
そういう確信があったからだ。

「……何をかな?」
「心配させるなって」

言われた。
ばか、という可愛らしい言葉と涙目が付いてはいたが事実だ。
初めて龍野がさらけ出した感情がなのはには嬉しかった。
今までも包み込むように、大人が子供にするように見守ってきてくれているのは分かっていた。
それはそれで嬉しいし感謝している。自分には真似できないことだ。
でもやはり感情をぶつけてもらえた方がなのはには喜びだった。

家に一人でいることで龍野の冷めた精神は養われた。
――龍野の前世分大人びた精神をなのははそう考えていた。
同時にそれは背伸びしているからで、無理をしている事にならないだろうかとも思っていた。
そんな風に感じ始めたのは小学校を卒業するくらいである。

「あ、あのねっ!なのはは沢山の人を助けたくて」
「それとこれとは話が別」

言われたのを思い出して、だけどそのことを言いたくなくてなのはは黙っていた。
広がる沈黙にフェイトが焦った様子で言葉を口に出す。
だが一蹴されてしまい、成す術がなくなる。

「というか、フェイトもだから」

すっと鋭い瞳がフェイトを見る。
何となく「いいなー」となのはは心の中で呟いた。
龍野の色々な顔を見られる彼女が羨ましい。

「ふぇ?!」

それに驚いたのはフェイトだった。
唐突に向けられた話の矛先に戸惑う。
全ての視線が刺さったからだろうか、彼女の頬は僅かに赤くなっていた。
自分は倒れたことは無い。働きすぎという事も、きっとない。
龍野には疲れ過ぎと言われたのを思い出しフェイトはほんの少し自信がなくなった。

「管理局で働いているのはわかった……けど」
「う、うん」
「働きすぎて倒れたら意味ない」

倒れたことはないもんというフェイトの反撃の言葉は黙殺される。
怒っている龍野に真正面から何かを言う豪胆の持ち主はいなかった。
龍野は元が感情を表に見せない性質なので時たまに見せる怒りは本当に恐ろしい。

「これからはもっと厳しく見る」

腕を組んだ体勢で龍野は一人うんうんと頷いた。
それに驚いたのはなのはとフェイトの二人だ。
龍野に言われるから仕事は極力減らしたつもりなのだ。
それでも半月に一度くらいは怒られている。
――これ以上厳しくされたら毎日叱られる事になってしまうかもしれない。
割と本気で二人は思った。

「えー、龍野ちゃんは充分疲労に厳しいよ」
「それでも倒れた人に言われたくない」

反論できない二人がそこにはいた。
互いに顔を見合わせる。
浮んでいた表情は似たようなものだった。

「事情はわかった」

こほんと龍野は一つ咳払いをした。
初めて聞いた設定として一応怒ってはみた。
だが今までの頑張りやらを知っている――前世の知識も含め――身としてはそこまできつく怒れるはずも無い。
むしろ褒めなければならない場面なんだろうと龍野は思っていた。
すごいね、頑張っだんだねと一言声を掛けるだけで人は楽になる。
――認められるって嬉しいから。
何よりこの二人にそれが一番欠けているような気もしていた。
才能の高さに、凄さが薄れて、褒められるという場面を余り見ていないように思えたのだ。

彼女達が成したことは本当に凄いことなんだろう。
それが傷つきながらだとしても、彼女達は成したいことを成したのだ。
龍野の傷ついて欲しくないという感情に関わらず、凄いことは凄い。
ならば褒められなければならない。
そう龍野は思っていた。

「それに、二人が頑張ってるのもわかった」

在り来たりな言葉を口に出す。
少しわざとらしかったなとも思ったが仕方ない。
気持ちを言葉にするのは得意でないのだ。それに輪をかけて演技をするのは無理である。
知っていた事実を知らなかったことにして、その上で感じたことを言葉にするなんて難しすぎた。

「仕事と学校、両立させてるのは偉い」
「……たつの?」
「龍野ちゃん?」

突如変わった風向きに二人が不思議そうに龍野を見る。
何を言い出したのかまだ分かっていない表情だった。目をぱちくりとさせ、首をかしげる。
そんなに驚かなくてもと思うと同時に確かにこうやって褒めることはとても少なかったとも思う。

「魔法で人を助けられるんなら、それも凄いこと」

でも、と龍野は息を吸う。
二人が偉い、凄いというのは本当だ。
働いて欲しくなかったというのも確かにあった。
ただ龍野が言ってどうにかなる問題だとも思っていなかった。
なら自分ができることをするだけである。

「休みはきちんと取ること」

龍野が少しだけ微笑んだ。
僅かなものではあったがそれは確かな変化になのは達は感じた。
また龍野が考えていたように自分たちがしたことを受け入れ、認めてくれたことも嬉しかった。

「なのは達がしたいことなら、すればいい」
「うん……うん!」
「ありがとう。たつの」

二人の笑顔にほっとする。
甘いかなと少しだけ思うもこの笑顔が見られるならば構わないとも思う。
結局、龍野にできることは少なくて。
それでも彼女達のほんの些細な支えのように成れたならそれでいい。
龍野はこの頃そんな風に思うようになってきていた。





「相変わらずやなぁ」
「人のこと言えない」

そやな、とはやては頷いた。
龍野という少女は昔からこうだったし、はやても自分が何か変わったとは思わない。
人が変わるには何かが必要である。そしてそれは来ていない。

「左手は、治ったことにしてええんやね?」
「うん、ミッドの技術で治ったって言えば疑問も残らない」

龍野の言葉はもっともだとはやては思う。
彼女は誰かを縛るのを嫌がる。そして、自分も縛られたがれない。
つまりは一匹狼みたいなものなのだがそんな人物がべったりのフェイトのことを気にしないはずが無い。
――左腕麻痺という大きな障碍は確かに親友の心に傷をつけた。
それははやてにも分かっている。
だからミッドチルダに行った時点で治ったことにしてしまうという方法を取る理由は理解できる。
罪悪感を失くす、もしくは軽くするためなら最適の方法と言えよう。

「……なんか釈然とせぇへん」

それでもはやてが諸手を挙げて賛成しないのは負担が大きいからだ。
念動で腕を動かすというのは疲れるらしい。
治って無いならば治ってないと素直にそのままにしておくのも手だとはやては思う。
治ってない物を治っていると言うのは結局だましている事になるのだから。
だが龍野は意見を変えない。自分の我慢でどうにかなる罪悪感なら少しでも無くしたいと言うのだ。

「はやては変な所拘る」
「龍野ちゃんがズレてるんやと思うけど?」

渋い顔をする級友にはやては呆れたように返す。
変と言われるほどおかしな考えのつもりはなかった。
どちらかといえば龍野のほうが余程一般からズレた存在である。
本人にその気はないかもしれない。
だが事故の前も後もはやての中の評価は変わらない。
龍野は普通とは僅かに違う何かを持っている気がしていた。

はやてと龍野がじっと見つめあう。
いや、それはどちらかと言えば睨み合うと表現した方が近い。
ぴんと空気が緊張感を持って肌を刺激する。
それを断ち切ったのは龍野だった。

「それはいいから、ちゃんとしてね?」

視線を逸らす。
大人気ない、と自嘲するがどうにもはやてに対してだとこうなってしまう。
それは目の前の彼女が自分と同じくらい老成していると思っているからかもしれない。
はやてはその基本的なあり方が他の二人とは違う。
なのはもフェイトも魔導師としては個人、己のみである。
だがはやては闇の書の主というのが入り口であり、これからも騎士が付き従う。
つまり最初から個ではなく集団として、その長としてはやては有ろうとしている。
そんな気が龍野にはしていた。

「わかっとるよ。龍野ちゃんもな」
「約束したら破らない」

左腕を治ったことにする。
その代わりに龍野は二人の移住に協力する。
――それがはやてと龍野の間で話し合われたことだった。
はやては龍野のミッドでの生活を助ける事になっていたし、ティアナのことも含まれている。
彼女の進路を考えた上で魔法の勉強は必要である。だが龍野にそれはできない。
はやてにしても親友の欲求を満たせるならば言う事は無い。

「フェイトちゃんのことよろしく頼むで」
「そっちの方が余程大変」

気にすることはないと龍野は首を振った。
自分とはやてでは明らかにはやての方がしなければならないことが多い。
そしてばれた時に非難を受ける割合も彼女の方が多いだろう。
だからこれは割かし不公平な契約だと思っていた。

「別に大丈夫や」
「そう」

それでもはやては頷いている。
ならば龍野に言う事は無い。
お互いに隠していることを飲み込んでいるのだ。
下手に何かに触れば出てくる埃もある。

「これからも宜しく」
「了解や」

にっと笑う少女に薄く微笑む。
共有された秘密はまだ長い関係になりそうだった。


第三十話 終











****


はやてとのやり取りは書いてて楽しいです。
なのはとフェイトの可愛さを出せる話も大好きなんですが。
時折こういうものも書きたくなります。

感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
またもや遅くなりましたが更新です。
次らへんでやっとこそこそとではなく、堂々とミッドに上陸できるかと。
デート編も書きたい、と思いつつ予定は未定です。
では。






[16056] 第三十一話
Name: Fath◆282e9af7 ID:13d4a557
Date: 2010/09/17 23:01


「ほんとっ?」
「うん」


こんな事で嘘吐いてどうする。
そんな内心は口には出さず隠しておく。
目の前で顔をキラキラさせている友人にそんな事を言える人物がいたら見てみたい。
龍野は喜色満面のフェイトに一つ頷いて見せた。
――腕が治るのは二週間後になった。


後藤 龍野、病院に来てます。
念動の練習をしなければならないかもです。
……ついでに意味の無いアラートを切る方法も模索したい。




余生におけるある世界との付き合い方




ぐっぱ、ぐっぱと手を動かしてみる。
それを側で見ているのは綺麗な金髪をそのまま流したフェイトだ。
今回行われたのは左腕の手術――という事になっている。
実際は手術室の中で時間を潰していただけなのだが、それはフェイトたちの知らぬところだ。


「どう、痛かったりとかは?」
「大丈夫。ちょっと変な感じはするけど」


こちらを心配そうに見るフェイトに龍野は答える。
手術の段取りを決めてくれたのははやてだった。
約束はきちんと守られた事になる。
――ま、あの二人にとってもその方が良いだろう。
フェイトは繊細な少女だ。だからこそ後から突かれるような傷は少ない方がいい。
リンディがフェイトを可愛がってるのは見たままだし、はやては前に言った通りだ。
念動という便利な力があるなら左腕は動くという事になった方が良い。
はやては龍野の負担を考えてくれていたようだがいらぬ心配という奴だ。

未だに心配そうなフェイトをそのままに龍野は窓の外に目を向けた。
そこに広がるのはミッドチルダの街である。
話を逸らす話題には事欠かない。


「ここがフェイト達の世界なんだ?」
「うん。そうだよ」


曖昧な問いにフェイトは頷いた。
龍野はそれに少しだけ目を細めると外を見続ける。

フェイトは手術に着いてきてくれていた。
手術前はこれから行く世界について説明してくれた。
手術後はこうして他愛も無い話に付き合ってくれている。
龍野の不安を減らそうと話してくれているのは充分に分かった。


「フェイトは、ここ出身なんだよね?」
「正確にはもっと違う地域だけど、世界的にはそうかな」
「そっか」


この世界の知識はほとんど無い。
だから深く聞くことはしなかった。
聞いても場所を思い浮かべる事が難しいと龍野には分かっていたからだ。
何よりフェイトは9歳から地球に住んでいる。
こっちでの思い出を聞くのはきっと余り良くない。
彼女の生い立ちを前世の記憶という反則的なもので知っている龍野はそう考えた。


「魔法か……」
「どうかした?」


ぽつりと呟く。
魔法――龍野が避けていたもの。
幼馴染であるなのはが手に入れた力。
とても危険なそれは龍野のアラームの元だ。


「ううん。本当に凄いなって」


それでも、確かに魔法は希望の力でもある。
なのはの世界を広げて、地球では助けられない人も助けられる。
そういう凄い技術に違いないのだ。


「手も動くようになったし」


龍野はわざと手を大きく動かす。
まだ念動を長時間使うのには慣れない。
ただでさえ普通に動かしているのとは感覚が違う。
早めに慣れねば、と思いつつ細かい動きは難しいといわざるを得ない。
幸いにもリハビリの期間がある程度取られているのでその間に練習するつもりだった。


「ありがとう」


――手が治った事に感謝を込めて。
普通の少女だったら言うであろうことを口に出す。
フェイトはずっと龍野の側にいてくれた。
それ対する感謝でもあった。


「そんなっ、いいよ!それはわたしのせいなんだし」


フェイトの発言に龍野は困ったような表情を作る。
手は治った。治った事になった。
ならばフェイトが気に病む必要は既に無い。
そのためにはやてやリンディは手を回したのだし、龍野も協力したのだ。
いや、協力という言葉もおかしいかもしれない。
何故ならば龍野自身もそれを願っていたのだから。


「手は治った。誰のせいとか関係無い」


龍野はふるふると首を振る。
元々フェイトのせいとは思っていない。
助けたのは龍野の意思で、したがってその結果も龍野の責任である。
ただフェイトが性格的にそういう考え方ができないのも分かっていた。
だからこそ“治った”という体面を作ったのだ。


「ありがとう、フェイト」


その事を伝えるため龍野は御礼を言う。
帰って来たのは少しだけはにかんだ、綺麗なフェイトの笑顔だった。





「それで、動くわけね」


粗方の話を聞き終えたアリサは大きく頷いた。
夏休みも半ばのこの時期、久しぶりに会った友人の手は動いていた。
ぎこちなさは残っているが確かに物を掴み、腕を振っている。
その事に感動と嬉しさがこみ上げたアリサだったがすぐに教えてくれなかった事に腹が立った。
――なのはに比べれば確かに遅いかもしれないけど。
龍野と知り合ったのは自分たちの方がフェイトより早いのだ。
例え友人といえるような間柄ではなかったとしても、それは変わらない。


「そう。フェイトたちのおかげ」


変わらないはずなのに、この差は何なのだろう。
そんな感情がアリサのへそを少しだけ曲げてしまっていた。
しかし彼女の機嫌など関係無しに話は進む。


「良かったね。龍野ちゃん」
「もうちょっと練習が必要だけどね」


すずかの言葉に龍野は柔らかく微笑み返す。
昔は見られなかった光景だ。そう考えるとこの少女はこの少女なりに変わってきているのかもしれない。


「でも動くようになって本当によかったよ」


その光景を見ていたアリサの隣でなのはが胸を撫で下ろした。
親友の心配性は充分に分かっている。そして責任感が強すぎることも。
だから腕が動くようになったと本人より喜んでいる姿にも違和感は少ない。


「なのはやフェイトの方が気にしていたものね」


くすりとアリサは笑った。
龍野の様子は気になるが友人達の心配事が減ったのは良いことだ。
それくらい素直に喜べる度量の大きさがアリサにはできていた。
自分の感情だけで癇癪を起こすのは小学生までだ。


「気にする必要はないって言ったのに」
「それでも気にするのが普通よ」


「相変わらずね、あんた」とアリサは龍野に言い放つ。
入院していた時から感じた事だがこの友人は少し人と価値観がずれている。
それはなのはに言わせれば“自分に無頓着”という事になり、フェイトに言わせれば“優しい”の一言にまとめられる。
だがそのどちらも違うのではないのかとアリサは思っていた。

――優しいから気にしなくていい。
その論理は間違ってはいない。
――自分に無頓着だから気にしなくていい。
そういうこともあることだろう。
だが龍野という少女の姿は『“全て自分のせいだから”気にしなくていい』と言っているようにアリサには見えた。
それがまた気に入らなかった。しかし口に出すことは出来ず次の授業へと時は流れていく。


「ちょっと、龍野」
「なに?」
「いいから!こっち」


次の休憩時間、アリサは龍野を連れ出した。
フェイトやなのはは相変わらず心配そうな視線を向けていたのはわかっている。
特に金の少女などはそのまま着いてきそうだったのでアリサは視線で釘を刺さなければならなかった。


「あんた、無理してない?」


単刀直入に尋ねる。
まどろっこしいのは苦手だった。
昔からそれは変わっていない。


「どういう意味?」


アリサの言葉に龍野は静かに聞き返す。
表情に動きは無い。元から顔の動きが少ない人物である。
そこから何かを読み取ることはできなかった。


「ん…なんか、わざとそっちの手使ってないかしら」


龍野の利き手は元々右である。
左手を使うのはノートを抑えたりするような補助的なことにおいてが多い。
それなのにアリサは今日一日で随分左手を使っているという印象を受けた。
リハビリといわれればそうなのだろう。
しかしついこの間まで使えなかったものを多用しては逆に問題になりそうだった。
龍野の左隣はフェイトである。
わざと心配させないようにその手を使っているというのも有り得る話だ。


「それはたまたま」


しかしその言葉はあっさりと否定される。
アリサはじっと龍野の瞳を見つめる。
――やはり、そこには何かがあるような気がした。
あるような気がしたもののそれを問い詰めることがアリサにはできない。


「うそね」
「どうして?」
「勘よ、勘」


だって彼女は何も言わない。
出会った時から変わらない彼女の立ち位置だ。
そのくせ自分のことはとことん追い詰めるらしいから性質が悪い。それも突発的に。

なのはの魔法との出会いも、そのあとの色々も何も知らない。
むしろその時は関わるのを拒否していた。
日常には協力したが非日常の気配には鋭すぎるくらいであった。
そうやって生きていくんだろうと思っていた。
だからなのはが龍野を気にする理由は余り理解できなかった。


「でも勘だから龍野が否定するなら聞かないことにするわ」


くすりと笑う。
勘だけど、勘だから――アリサは龍野が何をしているかは気にならなかった。
無関心を貫いていた人物ではあるがなのはに害をなすことをしたことはない。
そういう意味では信頼していた。


「アリサ」
「だってアンタは言わないと決めたら言わないもの」


アリサの発言に龍野は少々驚いたようだ。
いつもは変わらない瞳が見開かれている。
内心すっとしながらその表情を見つめつつアリサは言葉を続けた。

フェイトやなのはが龍野に何を見たかは知らない。
はやてが龍野に何を思ったかも知らない。
けれどアリサはアリサなりに彼女について知っているのだ。


「これだけは聞かせて?」


ん、と龍野が顎を引く。
それは言葉を促しているのだとアリサは分かっていた。


「――それはフェイトのため?」


ぴんと空気がまる弓に張られた弦のように強ばる。
龍野は否定も肯定もしなかった。
『龍野ちゃんは真っ直ぐなひとだよ』
いつかに聞いたなのはの言葉がこの時アリサの耳に蘇った。


「まぁ、いいわ。ありがとう、付き合ってくれて」


予想通りの反応にアリサは場を切り上げる。
龍野が無理しているかもしれない。
それは事実かもしれない――が、アリサが心配することでも無い。
何故なら彼女の両脇にはアリサの数倍お節介な親友達が雁首を揃えているのだ。
彼女達――なのはとフェイトだけで充分だろう。


「ううん。アリサは心配してくれたんでしょ?」
「そうね……そうともいえるかも」
「なら私が口にできるのはありがとうだけ」


気恥ずかしさにアリサは少しだけ顔を背ける。
それから龍野を伴って教室に戻った。
どうせそこには心配顔した親友達三人と、にこにこ笑顔の一人がいるはずなのだから。

龍野の左腕が治ったことはこうして日常に浸透していく。
彼女が願ったとおりに、そしてはやて達が思った通りに。
それが良い事かは別に時間は進んでいくのだった。




第三十一話 終












ということで、あっさり左手治癒(したことになりました)。
余り絡んでこないアリサに話させたら思ったよりすらすら話してくれました。
そしてやっぱり次くらいで時間軸が飛びます。
やっとミッド編ですが、やっぱり戦わないかも。
というより闘えません。
相変わらずの龍野を見守ってやってください。

感想・誤字報告・指摘、ありがとうございます。
設定の甘さやら身に沁みる想いです。今更ですが。
感想を見ていて「そうなんだよねー」と納得してしまいますw
とりあえず、初心を忘れず(フェイトとイチャイチャ)頑張りたいです。
ではまた、今度こそ週一ペースに戻れることを願って。






[16056] 幕間 ss1
Name: Fath◆995c8f6d ID:a6103bee
Date: 2011/03/14 20:33


桜が咲く。
それは色々あった一年の終わりを意味していて。
また新しく始まる彼女たちとの一年でもある。
――大きく吸い込んだ空気は春の匂いがした。

後藤 龍野、進級。
ちょっと今日はおでかけです。




余生におけるある世界との付き合い方 ss1




淡い色が木々を彩る。
冬を越えたばかりの葉はまだ夏の鮮やかさを見せない。
それは常緑樹といわれるものでも同じであった。

「たつの?」
「うん?」
「どこに向かってるの?」

閑静と言える静かさ。
その中をフェイトと龍野は歩いていた。
見慣れない街だが二人で歩けば不安はない。

「明日出かける」

そう言われたのは昨日の朝だった。
余り外に出るという事をしない龍野にしては珍しいことだ。
だが家から出るということをしてくれるのは嬉しくて、フェイトの機嫌は昨日から下がることはない。
なのはは相変わらず仕事であり、龍野と二人で出かけることを羨ましがっているようだった。

「うん、まぁ、けじめをつけに」

電車に揺られてこの街まで来た。
海鳴とは少し雰囲気が違う。
それが何かまではフェイトには表現できないのだけれど。
ただいつもの街とは違う場所でいつもとは違う龍野と歩いているというのは不思議な感じがした。

「けじめ?」
「そう。この頃行ってなかったから」

龍野の言葉にフェイトは首を傾げる。
けじめをつける。
それは物事をはっきりとさせることだ。
龍野の場合、誰かに報告することでそれをしようとしているのだろうか。
余りそういう場面を見たことの無いフェイトには分からなかった。

けじめで身に覚えるがあるのはいくつかある。
進級したというのもそうだし、龍野の場合ミッドへ行ったという事もそうだろう。
そして左手が治ったことも一種のけじめかもしれない。
しかし最初のものはともかくあと二つは報告にしては遅い気がする。
特に彼女の性格を考えるとそう思えて仕方ない。

フェイトは時々ふと怖くなる。
龍野は優しい。それは間違いない事実だ。
だけどその分わからなくなる。
なんで、優しいのか。どうして、優しくしてくれるのか。
彼女の事を知らない自分は時折不安に襲われてしまう。
それがとても失礼な事だとフェイトは知っていたし、思ってもいた。

龍野に連れられて着いた場所は、ひんやりとした空気に包まれていた。
ちょっとした路地を曲がって直ぐに人目にはつかないようにそれはあった。
少しだけ陰湿な雰囲気を受けるのはその場所の性質上仕方ないのかもしれない。
唐突に目の前に広がった景色に頭は、余りまともに動いてくれなかった。

「フェイト?」

お墓の前で手を合わせていた彼女が立ち上がる。
その顔に浮ぶのは不思議そうな色だった。
フェイトは何も言えず、ただ首を振った。

いわゆる日本式の墓地にフェイトは初めて足を踏み入れていた。
立ち並ぶ石達には漢字で家名が彫られている。
今、フェイトの目の前にあるそれにも後藤家とあった。
龍野は小さい頃に別れた母親に何を言ったのだろう。

手が動かなくなった事だろうか――そうだとしたら、わたしは謝らなければならない。
手が動くようになった事だろうか――それでも、わたしは謝らなければならない。

それとも、魔法について知った事だろうか。
浮いては消える思考。
色々考えてみてもフェイトは何を言えばいいのかわからなかった。

「……わたしも、挨拶していい?」
「うん。いいよ」

そっと座って手を合わせる。
龍野の立てた線香の煙が鼻を掠めて独特の匂いを放つ。
奥の粘膜を刺激するそれは少しだけ涙をひっぱってこようとした。
泣いてはいけない。とっさに留める。
涙の残滓が頭を熱くした。

「お父さんは高校卒業したらいいって」
「え?」

唐突な話にフェイトは顔を上げる。
そこにはまるで風のない日の水面のような表情をした龍野がいた。
その表情に自分の聞き間違いではないかと思う。
何も言っていない、何も起こってない。
そんな表情にフェイトには見えた。

「ミッドだよ」

くすりとおかしそうに龍野が微笑む。
フェイトはそれでも今言われた言葉が理解できなくて、頭の中で何回か反復した。
――高校を卒業したら、いい。ミッドが。
言われた言葉を繋げる。すぐに意味は出てきた。
龍野は高校を卒業したらミッドチルダへと移住すると言っているのだ。

「え、でも、たつの、嫌だったんじゃ」

フェイトが驚きを隠せない声で龍野に尋ねる。
その瞳はただ真直ぐに龍野の事を心配していた。
フェイトの言葉に龍野は小さく苦笑する。

「う、ん……気は進まない」
「なら、無理しなくても」

気は進まない。それは事実だ。
だが家を離れられるという事に心が軽くなっているのも事実で。
それにフェイトたちのことが絡まれば、自然と龍野はミッドに行くのを選んでいた。
この世界に生を受けて十数年。母親が死んで十年弱。
父親との関係は一向に変わらない。

「けじめだから」

逃げるようだと龍野自身思っていた。
父親と向き合うのが嫌で、否定されるのが嫌で、別の世界へと向かう。
そう言われればそうなってしまう。
それでも龍野は苦しめるとわかっていながら父親の側にいるよりも、必要とされている方へと行きたかった。
――意気地が無いな。
家族との付き合い方なんてわからない。
だがこれが正解だとは思えなかった。

「この手の定期健診とかもあるし、あっちの方が便利なんだよ」
「でも、お父さんは」

フェイトの言葉に龍野は目を細めた。
定まらない視線が自分の映らない遠い所を見ている気がしてフェイトは怖くなる。
龍野の世界に入れてもらえないことが恐怖だった。
だが勇気を出して一歩を踏み込む。

「いいの。フェイト」
「よくないよ」

穏やかな声をなぜ出せるのだろうか。
龍野と父親の問題はそんなに簡単ものでも、納得できるものでもないはずで。
それをこの恩人は"いい"の一言で済まそうとしている。
フェイトの事を考えて軽く言ってくれているのかもしれない。
そうだとしても、いや、そうだからこそ、龍野には良く考えて欲しかった。

「家族と分かり合えないまま離れるなんて良くないよ!」

フェイトに血の繋がった家族はいない。
龍野もそれは知っていた。だから彼女が家族という枠に拘るのもわかる。
ましてや自分の事を考えて言ってくれた言葉である。
でも家族にしかわからない蟠りというのも確かに存在するのである。

「……フェイトは優しいね」

龍野は表情を和らげた。
もちろん父親と一通りの話はした。
こう、こう、こういう事情でこの世界を離れなければならないかもしれない。
その世界は日本よりは余程危険で、一歩間違えば死ぬ可能性もある。
だけど自分は友人達に着いていきたいと思っている。
そんな感じで大筋を話していた。
結果返ってきたのが「高校を卒業したら良い」というものであり、だから分かり合えていないわけでもない。
ただ変化が無いだけなのだ。

ちらりと名字の刻まれた墓石を見る。
落ち着いた黒のそれはひんやりとしたものを伝える。
母さん、と小さく呟いた声は静かに吸い込まれていった。



ss1 終













[16056] 幕間 ss2
Name: Fath◆995c8f6d ID:a6103bee
Date: 2011/03/14 20:33


家族の定義は難しい。
ただ家族と思ったら、家族と親友が言うようならば。
きっと自分の家族に彼女は含まれるんだろうなと思った。

後藤 龍野、お茶中。
ティアナはいい子です。




余生におけるある世界との付き合い方 ss2




ふぅっと声を出す。
今日は久しぶりに外での会食になっていた。
ティアナの要望で中心部からは少し外れた場所に来ていた。
新しい店が出来たらしく行ってみたかったと説明され、それを拒む必要が龍野にはない。

「へぇ、じゃあ、もうすぐこっちに来るのね?」
「顔を出しやすくなるだけ」

「似たようなもんじゃない」とティアナは返す。
その姿に龍野は苦笑した。その通りだ。
移住こそしないが来る回数を増やすならば同じことだろう。
そういう意味ではティアナの言葉は全くの正論だった。

「友人が移住する」

龍野は抑揚の少ない声で答える。
ティアナもそれを受け、なるほどと頷いた。
その顔には明るい色があり嬉しさが滲んでいる。
龍野と一緒にいる時間は知らないことを知れる。
ましてや家族を失ってしまった彼女にとってその代わりだった。
会える回数が増えるというのは純粋に嬉しくなることなのだ。

「その友達に会いに来るわけだ」

龍野の友人想いの性格を知っている。
特にその魔導師だという友人の話は良く出ていた。

「そう。だからティアナともっと会える」

自然な話の流れで龍野がそう口にする。
意味を理解する前に目と目が合ってティアナは頬を赤らめた。
直情的な言葉は苦手とするものだ。

「そ、そうね」

相手のことを気にしていたのは龍野も同じである。
なのはやフェイトは側にいる。その上、無茶をする所は大方過ぎ去ってしまった。
だから気にかけてはいるがそこまで心配はしていない。
だがティアナは違う。今からが彼女にとっての正念場なのだ。
加えてティアナの居場所はミッドで、側にいれるわけでもない。
はやてに言ってこっそりミッドに来るのにも限界がある。

フェイトは勘が良い。
龍野が前より家を空けるのを不審がっている。
その心中にあるのは龍野を慮る気持ちであった。
他人の好意を無碍にできない龍野が取れる行動など決まってしまう。

「友達の力になりたいんだ」

そう言って龍野は少し目を細める――はやてから聞いていた。
なのはとフェイトが中学を卒業すると同時に移住する予定だと。
最初はなぜそんなことを自分に言うか龍野には分からなかった。
しかし少し考えればすぐに分かった。
龍野のことを気にして二人が移住を渋る可能性が出てきているのだ。
だからこそ結べた契約だった。

「魔導師なのよね?」
「うん。二人とも働きすぎ」

働けるというのはそれほど優秀だという事だ。
それをこの世界――ミッドチルダだ――に住むティアナはよく知っている。
兄も忙しそうにしていた。
働いて、その合間にティアナに会いにきて、プレゼントまでくれた。
幾ら罵る者がいようとも最高の兄だった。

「心配?」

少々悪戯な顔でティアナが尋ねる。
そうすると龍野はきょとんとした顔をした後、柔らかく微笑んだ。
出会った時より大人びた顔はこの人と過ごした年月を確実に感じさせる。
家族がいなくなってから、その代わりになろうとしてくれたのは彼女だけだった。
ティアナにとって週に一回の会合はとても大切なものなのだ。

「心配だから、来るんじゃない」
「それもそうね」

龍野は小さく肩を竦める。
カランと二人の間に置いてあったグラスが音を立てる。
外では強い風に吹かれて木々が揺れていた。

この人に心配される友人とはどんな人なのだろうとティアナは考える。
龍野は二つしか違わないとは思えないほど確りとした人物だった。
そして少し過度なほど心配性である。
だからティアナからすれば心配する必要が無い位の人なのかもしれない。
微かに顔を伏せる――龍野に心配してもらえるその人が羨ましかった。

「ティアナも」

テーブルに引かれた白いクロスを見ていたティアナの耳に音が入る。
名前を呼ばれ龍野を見るとそこには先ほどとは逆に悪戯が成功したかのような顔の彼女がいた。
その顔と名前を呼ばれた事が繋がらない。
聞き返すように自分を見返すティアナに龍野はもう一度笑った。

「え?」
「ティアナもこの頃大変そうだから、心配」

きちんと繋げられた文章はすぐに効果を表す。
顔に熱が集まってくるのが分かる。
それを誤魔化すようにティアナはグラスのジュースに口を付けた。

「そ、んなこと、ないわよ」

ティアナの目が泳ぐ。
実際この頃は少し忙しかった。
魔法学校を卒業する時期が近づいてきているためだ。
希望として士官学校に行きたいのだがどうにも難しい。
空を飛ぶということが出来ないに近いのだ。兄は空士で執務官を目指していた。
兄弟ならばある程度魔法資質も似るはずだと思い、訓練を重ねている。
そしてその分の疲労は確実に蓄積されている。
龍野がそういうものに敏感だとティアナは長い付き合いの中で知っていた。

「嘘つくとわかる」

そっと手が伸ばされて額に手が当てられる。
すぐに温かい何かが流れ込んでくるのが分かった。
「んっ」と小さな声が漏れる。それに龍野は小さな笑いを漏らすだけだった。
温かいものが全身を巡る。
龍野の手が離れる頃にはティアナはとろんとした目をしていた。

「ほら、疲れてる」
「ずるい……眠くなる、じゃない」

龍野との付き合いも長いものになった。
その間に彼女の能力についてティアナも少しは知ることが出来た。
特によくお世話になる内気功は仕組みはともかく効能は身に沁みている。
疲れていると、この力は気持ちよすぎて眠くなってしまうのだ。

「ちょっと出ようか」

龍野の言葉に従って店を出る。
眠さに瞳をまどろませながら手を引かれる。
自分より少しだけ大きい背中は安心感をティアナに齎す。
ぼんやりしている間に龍野の足は止まっていた。
それと一緒にティアナの足も止まり顔を上げる。
目立たない建物だった。
一人でここに来いと言われたら確実に迷ってしまうくらい。

「ここは?」

何も知らないティアナは龍野に尋ねる。
すると彼女は少し困ったように笑いながら、そっと壁に触れた。
ぽんぽんと感触を確かめるようにしてからティアナに答える。

「こっち用の拠点みたいなもの」

複雑そうなのは分かった。
もともとこの世界が好きでないのは何となく感じていた。
それでもこっちに顔を出すのは自分のせいだとティアナは自惚れ交じりに思う。
幾ら魔導師の友人が居ても龍野がミッドまで訪ねてくる必要は無いのだから。

「いつの間に」
「お節介な友人がちょっと、ね」

龍野が扉の鍵を開け、中に入る。
ティアナはそれについていった。
中は必要最低限のものしかない部屋で、特に目に付くものはない。
何だかとても彼女らしくてティアナは心の中でくすりと笑みを零した。

「寝ていいよ?」
「でも……」

龍野の言葉にティアナは渋った。
龍野と会っていられる時間はあまり無いのだ。
幾ら疲れているからといって寝て過ごすのは勿体無さ過ぎる。

「大丈夫、また直ぐ会える」

渋るティアナに龍野は優しい表情で言った。
柔らかく頭を撫で、ベッドへと誘導する。
そこに座らせるとティアナは諦めたかのように自ら横になる。
龍野を見上げる顔は何処か幼くなっていた。

「うん」

ティアナが小さく頷いた。
龍野は上掛けを肩までかけて、ベッドから離れようとした。
くんと自分の服の裾を引っ張る感覚があった。
龍野が振り返るとティアナが顔は反対方向に向けたまま服をつかんでいた。
ティアナは何も言わない。だけど龍野にはわかった。
困ったなという顔をしつつ、その顔は微笑んでいる。
そしてそのままベッドの端に座り、そっとティアナの頭を撫でる。
優しい時間がそこには確かに流れていた。



ss2 終













バレンタインでー記念ということで。
ホワイトデーにはsts編を始められると思います。
こんなに更新の無い話を見てくださったり、感想を下さった方、本当にありがとうございます。




[16056] StS 第一話
Name: Fath◆995c8f6d ID:0d4dcead
Date: 2011/03/14 20:31


足取りは軽い。
心配はほとんどしていない。
ティアナを信頼しているからだ。

後藤 龍野、19歳。
ティアナのお迎えをしています。



余生におけるある世界との付き合い方 StS第1話



バ、バ、バ、バ、バとヘリコプターの羽が回る。
それを龍野は少し遠くから眺めていた。
乗っているのは見慣れた幼なじみたちである。
なのはは相変わらず茶色の髪をサイドポニーにしている。
フェイトも緩く金の髪をまとめていた。
――結ばない方が好きだけど。
見慣れた姿なのに、ふとそんな感想が出るようになってしまったのは長年一緒に居てきたせいだろうか。

「もう、終わった?」
[あー、龍野ちゃん]

通信機――携帯電話のようなものだ――を介して、腐れ縁になってしまったはやての声が聞こえる。
魔法が使えない龍野しか持っていないアイテムは周りの人から見れば少々奇異に見えたかもしれない。
耳に入ってくる音は聞き取りにくい。
ヘリコプターの近くなどという騒音の元で話しているのだ。
至極当然の事である。

龍野はヘリコプターに向けていた視線をわずかに下げ、その下にいるティアナに目を向ける。
達信の記憶は大分掠れてきている。
それでも、目に映る映像が少しでも明るく見えるのは贔屓目という奴なのかもしれない。
龍野は特別に入れてもらった演習場で、そんなこと考えていた。

[大体、終わったで。今はまとめ、ってとこやな]

なのはの背中が見える。
ティアナ達と向き合っている様子からして、恐らく何か伝えているのだろう。
そういえば名目上、今日は試験ということになっていた。
ティアナの能力ははやてからもお墨付きを貰っているし、龍野は少しも心配していなかった。
――あの頃よりは大分能力も伸びたはずだしね。
本来ならばAランクを受けていてもおかしくないと言われた。
それでもティアナが未だBランクを受けているのには当然、理由がある。

一つは訓練学校で出会ったスバルと馬が合ったこと。
もう一つは元から目をつけていたはやてが部隊に引き抜く都合である。
ティアナの向上心の強さは知っていた為、反発するかとも思ったがすんなりとそれは受け入れられた。
実はこの時、龍野も関係する条件が動いていた。
元々依存傾向の高い性格をしているティアナの泣き所など、はやてにはとっくにばれている。
彼女がティアナに何をもって説得したかが龍野に漏らされることは一生ないだろう。

「合格?」
[言う必要はあらへんなぁ]

性急に龍野は尋ねる。
帰ってきた声にはクスクスと小さな笑いが含まれていた。
いつも冷静な龍野の焦った雰囲気がおかしいのだろう。
相変わらず、鋭すぎて困った友人だ。
からかいを含む声に、龍野はいつものように返す。

「そっか。それじゃ、迎え行ってくる」

龍野ははやての答えを合格と解釈した。
それだけで十分だった。ティアナの訓練をずっと見てきたわけではない。
だが成長する姿は見て取れたし、時折見る訓練の様子は高度なものだった。
落ちるわけがないのだ、ティアナは。
通信機を耳から離し、ポケットに突っ込む。
わずかにはやての声が漏れていたが気にしないことにした。

[あ、ちょ……聞こえとらんし。フェイトちゃんたちびっくりするで]

まだ会話は終わっていない。
切れてしまった通信に、はやては呆れ半ばに親友二人が居る場所を見る。
龍野ちゃん大好きの二人がどんな反応をするか多分の興味と共に眺めることにした。

「あ――」

一番初めに龍野の姿を見つけたのはフェイトだった。
黒い制服に身を包みながらも、その表情は満面の笑みで。
はやては遠めにも分かるその変化に笑いを抑えきれない。
なのははまだスバルたちと何か言葉を交わしていて、景色が目に入っていなかった。

龍野に向かい大きく手を振るフェイト。
彼女の内心は自分を迎えに来てくれた友人への愛情で溢れている。
もっとも、それは勘違いであり数秒もしない内に崩れ去るのは決まっていたことだった。
フェイトの動きになのはも龍野の存在に気付いた。
やはり笑顔になり、すぐにでも駆け出しそうな表情だった。
互いに牽制する親友二人の姿に龍野は疑問を覚える事もなく、自分の用事へと目を向けた。

「タツノさん!」

なのはとフェイトの隣を風が通り抜ける。
びっくりしたのは二人である。
龍野とティアナが知り合いだなんて誰が思うだろう。

「え?」
「ふぇ」

きょとんとした顔は見ものだった、とはやては後に言った。
管理局に入り、エースと呼ばれることも増えた。
親友たちは凛々しい顔はあっても、こういう可愛らしい年相応の顔を見せてくれることは少ない。
あまり見ることのできなくなった表情だ。
これが見れるだけでも、龍野をつれてきた甲斐はある。
未だに事態を飲み込めていない二人の顔にはやてはそう思った。

「ティアナ、お疲れ様。どうだった?」
「うん。ばっちり!」
「そっか。それは良かった」

元気に返事をするティアナの頭を撫でる。
するとふふっと照れくさそうな笑いが漏れて、龍野は頬を緩めた。
原作より陰の少ない表情に嬉しくなる。

「まぁ、ティアなら大丈夫だと思ってた」
「ありがとう」

出会った時まだ小さかった少女は、この年になって龍野の記憶と重なった。
それは嬉しいことであったが同時に始まるものを思い出すと気が重いのも事実だった。
けれど龍野はそれを顔に出さずティアナを見つめる。

「怪我は?」
「ないよ。かすり傷くらい」
「……それは怪我」

龍野の眉に少し力が入り、拗ねたような表情になる。
ティアナは無理をしがちで、怪我を怪我とも思わないと気が多々ある。
それを言うと「タツノさんには言われたくないわ」と呆れられた。
自分でも心配性かなとは自覚していたがどうにも女の子というだけで、心配の範囲に入ってしまうのだ。

「もう、心配性なんだから」
「女の子は身体を大事にしないといけない」

ティアナもそれを分かっているのだろう。
呆れたような顔をしていても、そこにあるのは笑顔で。
龍野もつられたように表情を柔らかくしてしまうのだった。

「あの、さ」
「ちょっと、いいかな?」

そんな二人の親しげなやり取りを遮ったのは白と黒の二人だった。
どっちの顔にも訝しげな、不思議そうな色が強く出ている。
ティアナはなのはとフェイト――上官の出現に少し緊張している様子だった。

「ん、どうかした?なのは、フェイト」

龍野はあえて普通に言葉を返す。
この対応はわかっていたことだった。
ちょっとしたドッキリのようなものである。
ティアナの試験にそれを被せたのはただ単に接点ができたからに他ならない。

「なんで、たつのとその子がそんなに仲いいの?」
「そうだよ。ミッドにも病院以外ほとんど来た事ないのに」

苦笑する。相変わらず仲が良い。
そして詰め寄るタイミングまで一緒となると答えられることも答えられない。
ティアナと仲が良いのは付き合いが長いからだ。
ミッドにはなのはたちに内緒で何回か来ている。もちろん、はやて経由だ。
それに龍野がこっちに拠点を持ってから一年が過ぎている。
その間に仲良くなったという可能性を考えないのがなのはらしい。
龍野はどう答えようかと考え、それで全てのことに一度に答えられる答えを見つけた。

「ティアナの住所、うちだけど?」

ね、とティアナを見る。
すると「はい」と照れつつ頷く。
龍野がこちらに住所を持ったときから、ティアナの連絡先はそうなっていた。
だがティアナは寮暮らしなので一緒に住んでいるというわけではない。
ティアナの部屋はある。そこにある程度の荷物も置いてある。
たまに食事を一緒に取ったりもしているがそれだけだ。

「ふぇっ?」
「うそ……」

固まる友人二人に龍野は首を傾げた。
そこまでおかしなことを言った気はなかった。
けれど何かが思ったよりの衝撃を彼女たちに与えてるらしい。

「お互い、この世界じゃ身内なんていないし」

その一言になのはとフェイトが表情を硬くしたのをティアナは見ていた。





「こっちにちょくちょく来てたなんて知らなかったの」
「そうだよ。教えてくれればいいのに」

場所を移して、龍野の部屋に三人は来ていた。
はやては忙しいからといち早く逃げ出した。
ティアナはスバルと一緒にいる。
なのはとフェイトの追求を龍野は一人で受けなければならなかった。

「ティアナとの約束で来てただけ。あと病院」

だから必要最低限、と龍野は言った。
その表情は涼しく何とも思っていない事を表している。
納得いかないのはなのはとフェイトの二人だった。

「むー」
「んー」

微妙に声は違えど呻っているのには変わりない。
しかし龍野には今言った以上の事を言う事が出来なかった。
黙ってコーヒーを口にする。
苦めのそれは沈黙に最適のアイテムだ。
ソファに座っているなのはとフェイトにはそれぞれの飲み物がおいてある。
龍野は立ったまま二人の相手をしていた。

「何?」

なのは達が何を気に入らないのか、わからない。
何かが気に入らないのは、わかる。
この数年で確かに身に着いた経験則だった。
――違う。
本当は龍野も何となく気付いている。
ティアナの事を黙っていたのが気に入らなかったのだろうと。
わかっても対処の仕方を龍野は知らなかったのだ。

「別に、何でもないの……コーヒー好きだね?」
「そうかもしれない」

なのはが拗ねた顔のまま尋ねてくる。
フェイトはさっきから服の裾を放してくれない。
龍野はただ苦笑した。

コーヒーは好きだ。
苦いそれは龍野が彼女たちに隠しているものを思い出させる。
龍野は言えない。巻き込めない。そして、戦えない。
そのどれもが相互に互いを縛って、龍野の口を更に重くする。

龍野に戦える力があったら、彼女たちを巻き込む事を承知で前世の事を話せたかもしれない。
彼女達を巻き込める覚悟があったら、きっと全てを話して楽になってしまったかもしれない。
最初に全てを話せていたら、こんなにも今悩まなかったかもしれない。
どれも事実で、どれもできなかったことだ。
だから龍野はコーヒーの苦さで全てを内側に押し込んでしまう。

「たつのは、ティアナしか、いらないの?」

ぎゅっとフェイトが龍野の腰に顔を埋めた。
聞こえてきたのは意外な言葉で、龍野は飲み終わったカップを机に置く。
なのはを見ればぷいと顔を逸らして知らん振りという感じだった。

「フェイト?」

動かない身体を捻らせてフェイトの頭に手を置いた。
龍野より背は高いのに、未だに龍野はフェイトを見下ろすことが多い。
それはフェイトがこうやって甘えてくることが多いせいでもあった。

ぽんぽんと顔を挙げるように合図を送る。
しかしフェイトは嫌だというように顔を更に埋める。
流石にこの体勢ではどうしようもなくて、龍野は回された腕をなるべく優しく解く。
この状態のフェイトは子供と変わらない。下手に相手をすればとても傷つけてしまう。
正面から向かい合う。紅い瞳は微かに潤んでいた。

「この世界でも、わたしは、たつのの家族になれない?」
「フェイト」

揺れる瞳に龍野は何も言えなくなる。
"この世界でも"――ミッドチルダでも自分は龍野の家族になれないの?
フェイトの真直ぐな言葉はいつも龍野の虚を突く。

「いつだって龍野ちゃんのこと家族だと思ってたの」
「なのは」

言葉を失くしていた龍野にまた言葉が掛けられる。
強い視線が龍野を包み込んでいた。
二人を交互に見る。

「ごめん。それに、ありがとう」

ただ、ただ、微笑む。
それが龍野にできる唯一の返事だった。


StS第1話 終











一ヶ月お待たせしました。
地震のこともあり、投稿をずらそうかとも思いましたが、これ以上お待たせするのも……と思い投稿します。
次の話は一週間以内に更新できる予定です。

感想、誤字報告、指摘、ありがとうございます。
誤字は全くもって、誤字だったので、素早く直させてもらいました。
そして場面設定があやふやなのは勢いで書いたミスであります。
これも訂正しました。
では、これからもよろしくお願いします。




[16056] StS 第二話
Name: Fath◆282e9af7 ID:30e9c7dc
Date: 2011/04/03 15:58


風にはためく髪を押さえる。
強く吹く風はまだしばらく収まりそうに無かった。
今日はティアナと出かけてきます。

後藤 龍野、休暇。
なのはたちは海鳴へ帰るようです。




余生におけるある世界との付き合い方 StS 第二話




「なに、そんなこと言ってたわけ、アイツは」

アリサは目の前で沈んでいる親友を見る。
隣にはぶすっとした顔をしたもう一人の友人とさらに苦笑している友人がいる。
この三人の話を同時に聞くのは余りある機会ではない。
ミッドチルダへと移住したことで忙しくなったからだ。
だからこうやって向かい合うのをアリサは楽しみにしていた。
それは隣にいるすずかも変わらないだろう。

「……うん」
「ダメねぇ。相変わらず何もわかってないわ」

それでも出るのは中学から変わらないアイツ――龍野の話題だった。
アリサは小さく苦笑する。
少しは何か変わったかと思えば、三人は何も変わっていないらしい。
落ち込んだ様子のフェイトを見ながらアリサは思う。
カランと目の前のジュースが音を立てた。

「ううん、たつのは、優しいから」

フェイトが小さく首を振る。
アリサは静かにストローからジュースを飲んだ。
小さな否定だった。
――龍野は優しい。
相変わらずその認識で親友たちはいるようだ。
冷たい感触が喉を滑り落ちていく。

「こういうのも、何だけどさ。龍野は本気で鈍いわよ」

「言わなきゃ、絶対に気付かないわ」とアリサは言葉を続ける。
高校時代アリサとすずかは龍野と同じ学校に進学した。
ミッドチルダで仕事をしていた親友たちの代わりに龍野を見ていた。
小学校、中学校と段々人付き合いは増えた。それはなのは達のおかげだろう。
同時にアリサとすずかは龍野の鈍さにも気がついた。

「う、ん。龍野ちゃんは、たぶん真直ぐに言っても分からないかも」

少し言い辛そうにすずかは言葉を続ける。
なのはとフェイトから龍野の話を聞いたのは、中学を卒業するときである。
とっくに気付いていた二人にしてみればやっとかという感じであった。
それからアリサとすずかは親友達の恋路に協力している。

「そやね。私も同じ意見」

はやても似たようなことを思っていた。
龍野は龍野。彼女の本質は変わらない。
人のことには聡いくせに、自分の事は鈍感。
それが後藤龍野という人物である。
はやてはそれをこの中の誰よりも分かっていた。
龍野はもう完成された人格といっていい。
中学の、あの事故の時にすでに"大人"だった。
そんな気がはやてにはしていた。

「家族だと思って欲しいなら、こっちからアピールせんと」
「うん」

こくりとフェイトは小さく頷いた。
はやての言うとおりだと思った。
龍野にそういう話をしたことはない。
家族という単語は余り触れたい話題ではなかったからだ。
それでもフェイトは龍野の家族になろうと努力してきたつもりだった。
だから身内がいないと言い切られてしまうと悲しい。

「はやてちゃんも、何で隠してるかなぁ」

一端区切れた話の流れ。
それに乗じて、なのはがはやてを突く。
ティアナの事を隠している時点で、いつか問われると思っていたことだった。

「堪忍なぁ」

微苦笑をしながら、なのはは目の前のストローを動かす。
からからと氷が音を立て涼しげな空気を運んでくる。
しかしそれとは反対になのはとフェイトの機嫌は低空飛行のままだった。
はやては相変わらず龍野のことになると態度が違う二人に肩を竦める。
弁解するように小さな微笑を浮かべつつ言葉を続ける。

「ティアナとは病院で会ったらしくてな」

その時の龍野の様子を思い出すように少し視線を動かす。
思い出すのは見たことが無いほど真剣な顔で、ティアナとの約束を告げる龍野。
今でもはっきり思い出せる様子にはやてはくすりと微笑む。
なのははそれに気付いて、普通ならわからないほど僅かに表情をむっとさせた。

「腕の検査の時?」

フェイトが首を傾げ尋ねる。
基本的に龍野がミッドへと行く時は誰かが付き添っている。
なのはやフェイトは龍野を一人にさせるのが嫌だったからだ。
本来ならばミッドチルダに関係のなかった人物。
彼女を一人にさせることなど出来るはずも無かった。
そんな龍野が一人で病院に行ったことは数えられるくらいしかない。
フェイトはその数少ない一つを口にした。

「そやね」

はやてはフェイトの言葉に頷く。
それは嘘でもあり、本当でもあった。
腕の検査というのは本当である。
しかし、フェイトが脳裏に描いている場面とは違う。
わかっていながら、はやては説明しなかった。
それが龍野との約束だった。

「初めて龍野ちゃんから頼まれたことやったから」

龍野という人物は頼むということをしない。
約束はするし、取引もするのをはやては知っている。
冷静に物事を見つめる瞳は、常に対等な立場でのやり取りしか行わないのだ。
もちろん、頼まれることは別である――頼みはしないが、頼まれはする。

龍野のそういう面をはやては良く目にしていた。
自分との話し合いもそうだし、なのはやフェイトの甘いのにもそれは現れる。
だから、初めて聞いた龍野の願いを叶えないわけにはいかなかった。

「黙ってないわけにはいかんやろ?」
「それでも……」

ふっと笑みを形作るはやてになのはは拗ねた顔を変えない。
なのはも、内心、既にわかっている。
龍野が頼むというのは、とても珍しい行為だ。
はやてが、頼まれたから断れなかった、という気持ちも理解できる。
なのは自身、龍野に頼まれたら大抵のことを呑んだだろう。
したがって問題なのは、はやてが黙っていたことではない。
――龍野がなのはではなく、はやてに頼んだ。
その一点だけが拗ねた表情を作らせる原因であった。

「龍野ちゃん、なのはちゃんの負担になりたくなかったみたいやで」

そして、それに気付かないはやてでもない。
なのはの不満が何処にあるのかは分かっていた。
というより、龍野に頼まれた事を呑んだ時点でこの展開は読めていた。
龍野自身にも言ったくらいだ。
フェイトちゃんはまだしも、なのはちゃんは絶対拗ねるで、と。
返ってきた答えは苦笑交じりの、わかっているという一言だけだった。

はやての言葉になのはは押し黙る。
自分が拗ねている事は自覚していた。
その上、そう言われてしまっては何も言えなくなってしまうのだ。
この話は終わりとばかりにアリサが肩を竦める。
話は直ぐに別のものへと移り変わっていった。





なのはとはやては一足先にミッドへと帰っていった。
フェイトは腕時計を見る。今日は一日休みだった。
龍野と過ごそうと思っていたのだが、ティアナと出かけると断られてしまい、すっぽり空いてしまった。
さて、どうしようかと考えているときに、その声は掛けられた。

「フェイト!」

耳に響く声。
高めのハキハキとした口調。
その二つだけで、フェイトは自分を呼び止めたのが誰か分かった。

「ん、なに? アリサ」

その友人の名前を呼びながら振り返る。
ゆっくりと振り向いたフェイトの視界で、自分の金色とは違う金の髪が光を反射する。
はっきりとしたその色は、そのままアリサの性格を表しているようで。
フェイトは僅かに頬を緩めた。

「龍野のことなんだけど」
「うん」

龍野のこと――アリサから齎された名前に素直に頷く。
予想できる事ではあった。
アリサは基本的に何も言う事はない。
フェイトやなのはのことを応援してくれたし、今もしてくれている。
もっとも、素直に言わないと水臭いと怒られることもあった。
そんな彼女がフェイト達に言う事は、大半が龍野のことである。
それは側にいることができないなのは達が頼んだことでもあった。

アリサはフェイトに追いつくと、微かに困ったような顔をした。
この友人としては珍しい表情にフェイトは首を傾げたくなる。
しかし、その表情も一瞬で消えてしまい、出てきたのは何か決意した顔だった。

「アンタ、龍野が好きよね?」
「うん」

尋ねられた事に、まるで脊髄反射のように答える。
自分の口から余りにも滑らかに出て行った言葉にフェイト自身が驚いていた。
龍野が好き。いつからか持っていた感情は、いつの間にか勝手に出て行くほどに染み付いていた。
進展も後退もしない、させる気も余り無くなっていた関係に波風が立ったのは先日だ。

「即答ね」
「自分でもびっくり」

フェイトの返事の早さにアリサが呆れたように笑う。
歪められた口端に苦笑を読み取れた。
フェイトは自分でも驚いている事を示すように言葉を続けた。
しかし返ってきたのは、やはり呆れたような空返事だった。

「はぁ。まぁ、聞くまでも無かったってことかしら」
「それで、たつのがどうかしたの?」

これ以上生暖かい視線を向けられるのは耐えられない。
フェイトはやや強引に話の筋を元に戻した。
アリサもこれ以上引っ張るつもりは無かったらしく。
すぐに表情を引き締め、フェイトへと向き直る。

「ああ、うん。……ちょっと言いたいことがあって」

こほんと一つ咳払いをして、アリサが言葉を区切る。
言いよどむような姿は珍しく、本人も分かっているのか。
その頬は少し赤く染まっていた。

「言いたいこと?」
「そう。龍野が好きなフェイトに」

先ほどまでとは違う。
言ってしまえば、空気に重さがあった。
その雰囲気に知らずフェイトは身構えてしまう。
管理局という戦場に立つ執務官としては当然の反応である。

「あいつのこと、ちゃんと捕まえてた方が良いわよ」

フェイトの反応を理解してか、どうなのか。
アリサはじっと実直にフェイトを見つめ言った。
あいつ、というのは当然龍野のことである。
しかし捕まえるというのは、どういう意味なのだろう。

「どういう意味?」
「言葉のままよ。離さないでおきなさい」

幼い子供のような問いにアリサは更に言葉を続ける。
髪を払う仕草は彼女がイラついているのを示している。
こういう場面は何度か見たことがある。
フェイトは目の前で怒気を発し始めた友人を見つつ思う。

「もしくは、さっさと好きって言いなさい」

ずばっとした一言にフェイトは胸を押さえた。
胸に刺さるという表現通りの威力だった。
そう、いつまでもハッキリしない龍野との関係にイラついている時。
アリサはこういう顔で、なのはやフェイトの尻を蹴るのだ。

「じゃないと、あいつ、死ぬわ」
「――――」

何でもないことのように告げられた一言にフェイトは息を呑んだ。
死ぬ。龍野が、いなくなる。
刹那訪れた暗闇にフェイトは座り込みそうになる。
それを必死に耐え、アリサの言葉を待った。
こういう冗談を言う友人ではない。
また、根拠も無く人に何かを言う性質でもない。
アリサがこうもハッキリとフェイトに言うからには確信があるのだ。

「龍野は、アンタが考えてるより無鉄砲よ」

くらくらする頭にアリサの声が響く。
無鉄砲――そんなことはない。
龍野はきちんと理性的に動く人だ。
否定しようとするフェイトの脳裏に、出会いの事故が思い出される。
否定したい、フェイトは唇を噛んだ。
だが、そうできない事も回る頭は教えてくる。

「何で、わたしだけに?」

搾り出した言葉は疑問だった。
龍野を好きなのはフェイトだけではない。
付き合いの長さから言えば、その情報はなのはに言うべきである。
アリサの瞳とかち合う。ふっと表情が和らいだ。

「フェイトは龍野のこと怖いって思ったこと、あるでしょ」
「……うん」

戸惑いがフェイトを覆った。
それを口に出したのは殆どない。
まさか、アリサがそんな些細な事まで覚えてるとは思えない。
ならば態度で気付いたという事なのか。だとすれば、とんでもない観察眼である。
――龍野のことが怖い。
龍野に助けられたくせに、そんな事を感じた自分をフェイトは好きではなかった。

龍野は優しい。優しすぎるのだ。
以前は理由がわからないから怖かった。
ほとんど見ず知らずだった自分を命がけで救ってくれたから。
今は、龍野がいつそういう行動をとるかが怖い。
赤の他人の自分を助けたように、フェイトの知らない誰かを助けようとするかもしれない。
その時、龍野が、龍野の命が失われるかと思うと怖くて仕方ない。

「だからよ」

ぎゅっと組んだ己の腕を掴むフェイトにアリサは小さく笑った。
親友の恋路だ。二人とも応援している。
相手が龍野というのが、少々お勧めしないが、そこは個人の意思だろう。

「なのはは気付いてない。あいつの怖さに」

できるならば、アリサとて平等に力を貸したい。
なのはにも龍野の危うさに気付いてもらいたかった。
ただ龍野の怖さに気付いていない人間に、この話をしても無駄なのだ。
フェイトは気付いている。なのはは気付いていない。
その差は、そのまま二人の経験の違いによるものである。
いつもより小さく見えるフェイトの姿に、アリサは困ったように言葉を続ける。

「それはたぶん……あの二人が似てるから」

ぽそりと、声を落とした。
常に自信に満ち溢れたアリサにしては珍しい声音だ。
なのはも龍野も人を守ることに自己犠牲を厭わない。
――違うのは力の有無と範囲。
アリサの目にはそう見えていた。

静かな時間が二人の間を流れる。
フェイト自身にも分かっていたからなのかもしれない。
龍野がいなくなる。
アリサの一言は予言めいた重さで、フェイトの身体を縛り付けた。


StS 第二話 終












感想、誤字報告、指摘、ありがとうございます。
予定通り一週間で上げられて、ほっとしています。
今回はフェイトプッシュプッシュです。
ま、なのはも一緒に押しているような気もしています。

本編にどれだけ関われるかは、まだ曖昧ですが大筋は変えないつもりです。
龍野に止めるだけの力も、止めようとする気も余りないので。
話数としても余り多くなく、多分12話前後で終了すると思います。
本編をざっくり飛ばしますがご容赦を。

大分環境も元に戻り、あとはできるだけ早く載せて行けたらいいなと思います。
では、ここまで目を通してくれて感謝します。




[16056] StS 第三話
Name: Fath◆282e9af7 ID:780956ff
Date: 2011/03/24 15:13


「これで終了です」
「おう。ありがとよ!」

後藤 龍野、お仕事中。
どの世界にいても、できることは変わりません。




余生におけるある世界との付き合い方 StS 第三話




今日の最後のお客さんを見送る。
それから休憩所に戻ると見慣れた人影がそこに立っていた。
龍野がミッドに移住してから始めた仕事。それはマッサージ専門店である。
元々こういうものに特化した能力を持っていたため、顧客はすぐについた。

「お疲れさま、龍野ちゃん」

にっこりと仕事終わりの龍野に微笑んだのはなのはである。
はやてに紹介してもらった場所はすぐに親友達に伝わったらしい。
週に何回かある唐突な訪問に驚くこともない。

「なのは。来てたの?」
「うん」

龍野は少し呆れ気味に尋ねた。
ティアナたちが入隊してそう日は経っていない。
何事も慣れるまでが大変であるというのに、その忙しい時期に態々ここまで足を伸ばしたのを考えると溜息が出る。

今でもなのはやフェイトに対する内気功は続けている。
というかしないと心配になってしまったので、せずにはいられない。
その上、彼女たちの口コミによる客も何人か来ていた。
さすがエースオブエース、二つ名がつく人物は違う。
彼女達の人の心を掴む魅力は相変わらずのようで、憧れているという話も何度か耳にしている。
もっとも龍野にそんな評価は関係なく。
なのはたちに思うことは安定した集客が得られることに感謝しているくらいであった。

「で、その後ろの子たちは?」

なのはの訪問は気にしない。
長い付き合いである。最早慣れたといってよい。
龍野は次の来客に供えて手を洗い、部屋の準備をしようかと思っていた。
しかし、なのはの後ろにまるで団子のようにくっついてきている人物たちを見て諦める。
ティアナは今は寮暮らしとはいえ元々一緒に住んでいたのだ。忘れ物でも取りに来たのかもしれない。
この場所にいることに違和感はない。
だがそれ以外の人物、スバルにエリオ、キャロまでいてはある程度の対応をしなければならないだろう。

「すいません、タツノさん。スバルがどうしても着いてきたいって言って」

申し訳なさそうな顔でティアナが謝る。
それに龍野は顔を振ることで答えた。
別に迷惑なわけではない。
ただ、わざわざここに足を運ぶ理由がわからなかっただけだ。

「だってタツノさんのマッサージって凄く評判いいから」

龍野と六課のメンバーの顔合わせは済んでいる。
元々なのはとフェイトの体調管理を任されているような立場だからだ。
週一で六課へと足を運び、健康診断をしているに近い。
だからスバルたちは龍野の仕事内容は知っていても、実際にその姿を見たことがなかった。
そこになのはとティアナが龍野の元に行くと知って、じゃあと着いてきたのである。

「フェイトさんも気持ちいいって言ってました」
「それに疲れも取れて効率も上がるって……なので気になって」

エリオとキャロのきらきらとした瞳が龍野に刺さる。
期待されるほどのものではない。
それにそのほとんどは内気功のおかげであり、特別な技術を持っているわけではないのだ。
そんなべた褒めされては背中がむず痒くなってしまう。

「ただのマッサージ。大したものじゃない」
「また龍野ちゃんは」

そんな龍野の言い分に唇を尖らせたのはなのはである。
わずかに顰め面をして小言を始める。

「ダメだよ、自分を過小評価しちゃ。龍野ちゃんのマッサージは凄くいいの」
「なら、受けてく? なのは、あんま休んでないでしょ」

龍野の言葉になのはは動きを止めた。
図星であることは確かめなくてもわかっていた。
根が真面目ななのはが始まったばかりの教導で手を抜くとは考えづらい。
睡眠時間を削ってでも教導メニューを考えているのは明白だ。

すっと細められた龍野の瞳は怖いとなのはは思う。
何もかも見抜かれて、いつの間にか周りを囲まれて逃げ道がなくなっているのだ。
心配してくれているのはわかっていた。それでも仕事の手を抜かないとなのはは決めている。

「にゃはは、今は、いいかな」
「そう。まぁ、なのはは明後日検診日だしね」

龍野はなのはから視線をずらす。
他にと見て、真っ先にティアナが飛び込んできた。
改めてみると内出血やら、擦り傷やら細かい傷が増えている。
センターガードというポジションを考えれば仕方のない気もした。
気はしたが、気になるものは気になる。
それが妹のように可愛がっている人間となれば尚更だ。

「じゃ、ティアナ。部屋、入って」
「えぇっ! あたし?」

急に矛先を向けられて驚いたのはティアナである。
完全に蚊帳の外で、なのはと龍野のやり取りをまたやってると見物していたのに急のご指名だ。
驚かずにはいられない。
それとは対照的になのはは龍野にばれないように胸を撫で下ろしていた。

「うん。仕事見たいらしいし」
「あー……タツノさんのマッサージ、確かによく効くんだけど」
「いいから」

問答無用の勢いで龍野がティアナの手を引っ張る。
相変わらず、疲れに対しては敏感な友人だとなのはは龍野を見て思う。
ティアナには悪いがここは代わりにマッサージを受けてもらおう。
そうすることが一番いい回避方法だとなのはは考えた。

「なのはさん。何でマッサージ嫌なんですか?」

スバルは不思議そうになのはを見上げた。
龍野のマッサージの話は六課では有名だ。
はやてやなのは、フェイトと仲の良い一般人というだけでも注目の的である。
その一般人がなのはやフェイトを言い込めているのだから、更に視線を集める結果になる。

「すぐにわかるよ」

スバルの問いになのはは苦笑した。
嫌なわけではない。むしろ龍野に触れてもらうことは全般好きである。
龍野は性格的にスキンシップが少ない。
フェイト辺りには相変わらず甘くて、二人きりだとベタベタだ。
逆に甘えベタななのはにそんなことはできなかった。
だからマッサージはして貰いたい。けれど、ちょっとした事情があるのだ。

『あっ……ちょ、タツノさんっ』

隣の部屋から声が聞こえてきた。
個室同士はそうでもないのだが、休憩室だと声は筒抜けに近い。
龍野が言うには呼ばれたときなど直ぐに行けるようにという配慮だそうだ。
彼女以外の店に行ったことの無いなのはには良くわからなかった。

「これ、ティアの声?」

ん、と小さく首を傾げる。
聞こえた声が誰のものなのかなどスバルには直ぐに分かった。
長年ずっと一緒にいた相方のものなのだから当然である。
ただ余り聞いたことのない種の声だったので一瞬判断に戸惑ったのだ。

『何?』
『ひゃ、ん。き、急過ぎです』
『だって、ティアナの体、硬いから』

どうやら連れて行かれた時の勢いのまま始まったらしい。
人の嫌がる事を強制できる人には見えなかったが、疲労には人一倍厳しいとティアナが零していたのをスバルは思い出す。
そしてティアナが人一倍訓練を頑張っているのもスバルは知っていた。
それを合わせて考えると、少々無理やり気味になるのも仕方ないのかもしれない。

「龍野ちゃんのマッサージはね」

今にでも隣を覗きに行きそうなスバルをなのはは引き止める。
龍野のマッサージは本当に気が抜けるのだ。
――自分だったら絶対に見られたくない。
ティアナの性格を考えてみても結果は同じだった。
むしろ、なのは以上に嫌がるかもしれない。

『うっ、ん。はぁ……まっ、んんぅ』

それにしても、となのはは溜息を吐きそうになるのを押し留める。
部下の気持ち良さそうな声を、しかも自分の好きな人が出させているものを、聞くのは心地よくない。
じくじくと胸の奥が火傷したように痛む。
ティアナと龍野の関係は理解したつもりだが、それでも納得しきれないなのはが何処かにいた。

「すごいね。そんなに気持ちいいんだ」
「うん。フェイトさんも声出ちゃうって言ってたもんね」

エリオとキャロが感心したように言う。
純粋な子供には何も感じない声らしい。
なのはは親友そっくりの純粋培養の二人を感心して見ていた。

『やっ……んぅ……ふっ、タツノ、さん』
『ここでしょ?』
『っ、う、うん。そこっ』

段々と龍野のマッサージにも熱が入り始める。
ティアナの身体は余程疲れていたようだ。
ああなると龍野は手を抜かない。
下手するとなのはたちのことも忘れているかもしれなかった。

「すっごく、気持ちよくて、効果もあるんだけど」

堪えていた溜息が漏れ出す。
放って置かれるのには慣れていた。
それでも、いじけ心がわずかに顔を出してしまう。
つまり半分拗ねていた。

『ひゃっ、あ、あ、ちょ』

ティアナの声が響く。
恥ずかしがっていたティアナも今は龍野のマッサージに夢中のようだ。
これは長丁場になるかもしれない。
なのはは少し顔を俯けているスバルを見る。
その耳は微かに紅く染まっていた。

「人がいる時は受けたくないんだ」
「……なるほど、納得しました」

苦笑するなのはにスバルは深々と頷いた。
――確かにこれは少し恥ずかしいかもしれない。
年頃の女の子としてそんな事を思うスバルであった。





「もう、タツノさん!力入りすぎ」
「ごめんごめん。思ってたより酷かったから」

しばらくして龍野とティアナが出てきた。
ティアナの頬は少し赤く染まっている。
しかし先ほどよりは余程健康的な顔色になっていた。

「お疲れさま、ティアナ、龍野ちゃん」

なのはは微笑みながら二人を迎える。
龍野はこくんと小さく頷き、ティアナもぺこりと頭を下げる。

「気持ち良さそうだったね、ティア」
「うっさい、スバル」

髪の毛を結びなおしていたティアナにスバルが声を掛ける。
からかいが含まれたそれに横目で返事をする。
軽く睨んでおくのも忘れないのは、やはり恥ずかしいからなのだろう。

「そういえばフェイトは?」

龍野はなのはの側によると姿の見えない人物の事を尋ねる。
今気付いたのだろうかとなのはは苦笑する。
龍野は集中すると周りが見えなくなることが多い。

「フェイトちゃんは仕事だって」
「え?でも、今日は――」

なのはの言葉に龍野は首を傾げる。
もっとも、その角度は極僅かであり、なのはのような人物にしか分からないものだ。
何か知っているらしい龍野の様子にどうかしたのかと口を開こうとした。
その時、丁度良く飛び込んでくる人影があった。

「ごめん、たつの。遅くなっ……」

言うまでも無くフェイトである。
綺麗な金の髪を見間違えるはずも無い。
急いできたのだろう。その肩は僅かに跳ねていた。
フェイトは部屋の中の様子が視界に映るとその瞬間に動きを止める。
なのはは気まずさに動きを止める親友の心内が分かるような気がした。

「あ、フェイトさん!」
「お仕事ご苦労様ですっ」

フェイトの様子には気付かずにエリオとキャロが声を掛ける。
明るく響く声に止まった空気が動き出した。
フェイトは状況を確認するようにぐるりと周りを見る。

「あ、あれ?皆、どうしたの?」
「フェイトちゃんこそ、今日仕事って言ってなかった?」
「仕事は今してきたよ」

えっと、と頭に言葉をつけてからフェイトは言った。
その様子に嘘はない。仕事があるといっていたのは間違いないようだ。
もっともフェイトは嘘を吐くのがとことん苦手な人なので疑ってもいない。
なのはも嘘下手だと良く言われるため、この二人は良く似ているといえた。

「ふーん、龍野ちゃんと何約束してたの?」

わかっていても納得できない事はある。
なのはは胸の中に発声した刺々しい感情をそのまま言葉に乗せてしまっていた。
びくりとフェイトが身を竦める。
やってしまった、となのはは直ぐに苦いものを食べたような気分になる。
こんな風に聞くつもりはなかった。それでも龍野のことになると制御できないことが多くて。
なのはは自責の念に駆られた。

「フェイトとはご飯食べる約束してただけだよ」

そんな二人の空気を知ってか知らずか、龍野が割って入る。
フェイトはあからさまにホッとした顔をしたし、なのははむぅとイラつきを飲み込んだ。
ティアナとスバルは様子見といった感じで、エリオとキャロは状況を把握していない。

「皆来るから、ご飯も一緒に食べるんだと」

なるほど、となのはは納得した。
龍野はフェイトと元々食事の約束をしていた。そこになのは達が来た。
その状況に龍野は全員でご飯を食べると思ったようだ。
何とも彼女らしい勘違いの仕方である。
龍野はフェイトのほうを振り返った。

「違うの?フェイト」
「あ、うん……そうだよ」

龍野の言葉にフェイトは頷くしかない。
二人で、と思って誘った食事だったのは否定しない。
それでも龍野がそれを望めば主張することなどフェイトにはできなかった。
唯一フェイトの考えを読めたなのはとティアナだけが苦笑していた。


StS 第三話 終













日常パート。
時々働いてるといいと思う、龍野は。

感想、誤字報告、指摘、ありがとうございます。
次の話が出来たので早めに挙げます。
では、ここまで読んでくださって感謝します。



[16056] StS 第四話
Name: Fath◆282e9af7 ID:bc950141
Date: 2011/03/28 17:25


「ホテル?」
「うん。警備するってことらしいけど」
「へー」

龍野は気の無い振りで頷いた。
だが頭の中では色々なことが現れては消えた。
ホテル・アウグスタ。
ティアナにとっての正念場である。

後藤 龍野、ミッドチルダ。
最初の山場が来ました。




余生におけるある世界との付き合い方 StS 第四話




「大丈夫だよね?」

龍野は目の前の人物に確認する。
問題はないはずなのだ。
ティアナは前ほど力を得ることに焦っていない。
だから誤射するようなこともないと龍野は信じていた。
――それでも心配してしまうのは、自分に何も出来ないから。
もやもやする心のうちを龍野はそう思っていた。

「龍野ちゃんが心配するなんて珍しいなぁ」

へぇと小さく感心したような吐息を漏らす。
はやては含み笑いをしつつ答えた。
龍野がこういう事をはやてに尋ねるのはとても珍しい。
珍しすぎて思わず目を疑ったほどだ。

今日この店に寄ったのはたまたまだった。
龍野の店の売り上げに貢献できるよう、はやては知り合いにここを勧めている。
効果も実証済みなので評判はうなぎ上りである。
疲れたときは、はやて自身足を運ぶことも珍しくはない。
しかし龍野に引き止められるのは珍しいことだった。

「……はやて」

茶化すような言葉に龍野は顔を顰めた。
この友人の癖のようなものだとわかっていたが今の龍野は付き合える気分ではない。
人をからかって遊ぶ癖があるのは良くないことである。少なくとも龍野には。
イラつきやら不安やらを込めてはやてを見つめる。
じっと自分を見つめる視線にはやては苦笑した。

「わかっとるよ」

ひらひらとはやては掌を返す。
龍野が何を聞きたいのか、はやてにも分かっている。
ティアナを猫かわいがりしていた龍野のことだ。心配するのも当然である。
今度の任務は危険度がとくに高いわけではない。
あくまでもオークションの護衛のようなものである。
来ない可能性もある。しかし、はやての勘では十中八九来るとも思っていた。

「まぁ、何があるかわからんのが本音やけど」

管理局の任務で油断は大敵である。
だから気を緩める事はできない。
何時でも、何にでも対応できるように備えておかなければならない。
それは一種の心構えであった。

はやては飾られている写真に視線を移す。
そこにあるのは海鳴で撮った一枚とティアナと龍野の写真であった。
どちらも笑顔で幸せそうな写真である。
龍野の表情は相変わらず薄いが、前に比べれば大分表に出ている。
変化は少なくとも確実に訪れているのだ。

「でも私は信じとる」

なのはと、なのはの鍛えた子達を。
まして今度の任務はフェイトとはやても一緒に行く。
余程の事で無ければ大丈夫だろうというのがはやての考えだった。

「龍野ちゃんは違うんか?」
「わかってる。それに信じてもいる」

はやては半ば分かっていながら問いかけた。
返ってきた答えはやはり考えていた通りのものであった。
龍野は困ったような、戸惑っているような難しい顔を浮かべていた。
その表情にはやては滲み出る嬉しさを隠そうとせず笑う。

「それでも心配やって?」

はやての言葉に龍野は小さく頷いた。
不安を隠しきれない行動はティアナがいるからだろうか。
それともなのはかフェイトか。はやてには決めることができない。
龍野の感情はわかりづらい。
だがこの頃はやてはなのはが言う龍野が優しいという事をわかり始めていた。

「ふふ、そか」

はやてが小さく子供のような純粋な笑みを浮かべる。
仕事の時には見ることのできないものであった。
龍野はそれに気付き、僅かに首を傾げる。

「何?」
「何でもないで」

じっとこちらを見る視線に微笑む。
それから小さく肩を竦めて何でもないと表す。
龍野は良い方向に変わり始めている。
きっとなのはやフェイトが望んだ方向へと。
それが嬉しいのだとはやては思った。





いくら心配していようと月日は確実に過ぎる。
もう少し足踏みをして貰いたい気分だったが時間は待ってくれなかった。
大丈夫、と龍野は確信している。
任務へ行くティアナの姿に別段変わったところはなかった。
精神面も特に追い詰められているわけではないようだ。
龍野の存在が六課におけるティアナの疎外感を和らげていた。

任務から帰ってきたなのは達を龍野は六課で待っていた。
なのはとフェイトの体調管理という名目を持っている龍野はある程度自由に出入りが利く。
その権限を活用する事は余りなかったが、この時ばかりは感謝した。
心配はいらないはずだった。
自分自身でも、はやてと話しても分かっていたことだ。
それでも心配が募って、今日ばかりは六課に待機することにした。

「ティアナ」

遠くから歩いてくるのが見え、龍野は壁から背を離した。
どこにいようと落ち着かなかった。
ならばいっそ、ということでこの場所にいたのだ。

「あ、タツノさん」

龍野の姿を見つけたティアナが小さく微笑む。
その身体に大きな傷も、落ち込んだ様子も見えなくて。
やはり杞憂だった、とほっとしながら手を挙げ答える。
駆け寄ってくる姿は幼いときから変わらず、龍野は頬を緩めた。

「おかえり」
「うん、ただいま」

穏やかな龍野の声にティアナは嬉しそうに返した。
龍野が六課にいるのは珍しい。
特にこうやって任務終わりに待っていてくれるのは初めてで、ティアナは微笑まずにいられなかった。

手を伸ばせば触れられるほどの距離になって、龍野は改めてティアナを注視した。
その顔にあるのは任務前に見たのと変わりない表情。
――どうやら誤射は起きなかったようだ。
安心したのも束の間、近くで見ればやはり細かな傷がついている。
諦めていた事とはいえ嫌な気持ちは拭えず、少しばかり機嫌が下降した。

「……怪我はない?」
「大丈夫だって」

そっと撫でるように龍野の手がティアナの頬に触れる。
くすぐったい感覚にティアナは小さく肩を竦めてみせる。
龍野の手が触れている部分は仄かに温かくて、顔が勝手に緩んでしまうのだ。
それをスバルやエリオ、キャロに知られるのは気恥ずかしかった。

「なんや、ティアナには心配性なんね」

いつから見ていたのか、はやての茶化すような声が聞こえた。
龍野は余計な事を言うなという感じではやてを見つめる。
こういうテンションの時、この部隊長は碌な事をしないのである。
中学からの付き合いである龍野はなのはやフェイトを通して、それを嫌になるほど経験した。

「タツノさんはいつもこんな感じですよ?」

不思議そうな声音でティアナが言った。
小首を傾げる姿は、龍野の行動に微塵も違和感を覚えていない。
ティアナにとって龍野が心配性なのは小さい頃からで。
出会った時から常に心配されていたに等しいのだ。
だから今更、任務帰りに傷の心配をされることくらい慣れていた。

「ティアナに甘いのは知ってたけど……」

はやてがいれば当然彼女もいる。
ティアナの言葉になのはは苦笑を堪えきれない。
龍野が心配性なのには全くもって同意する。
ある意味なのはが一番そのことを身をもって知っていた。
小学生時代から叱られた回数は群を抜いているのだから。
そう、叱られた回数である。
ティアナのように不安気に尋ねられたことなどほとんどない。
それが少しだけ気に入らなかった。

「でも贔屓が過ぎるんじゃないかな、たつの」

フェイトにいたっては完全に拗ねが入ってきている。
執務官がそんな顔を職場でしていいんだろうか、と思いながら回りを見れば、ちらほら驚いた顔が。
やっぱり、ここでもフェイトは冷静で完璧な執務官振りを発揮しているようだ。
その事実に龍野は少しばかり呆れつつ二人に言った。

「ティアナは年下」

同い年の二人と同じ対応になるわけが無い、と追撃をかける。
正論すぎる言葉になのはとフェイトは押し黙る。
それでもなのははむぅっと唇を尖らせていたし、フェイトは八の字眉になっていた。
はぁと溜息を吐き、ティアナの側から離れ二人の下へと歩く。

「お疲れ、なのはも、フェイトも」

手を伸ばし頭を撫でる。
滑らかな髪の感触が両手に広がる。
同時になのはとフェイトの表情も花が咲くように柔らかくなった。
龍野は、仕方ないなぁ、と口の中で呟くも、表情は微笑んでいる。

「違ったわ」

三人の姿にはやては大げさに肩をすくめ、やれやれと手振りをふった。
見慣れない光景に目を点にした六課のメンバーが立ち尽くしていた。
いつも凛々しい顔しか見たことのないフォワードの面々である。
ある意味仕方ない事であろう。

「――龍野ちゃんはなのはちゃんとフェイトちゃんにも甘いんやった」

くすりと微笑む顔はからかいと親愛を織り交ぜたものだった。
中学時代から変わらないやり取りにはやては胸が温かくなるのを感じる。
ぴくりとはやてのことばに肩を跳ねさせた人物がいた。





「あのっ、なのはさん」
「ん、どうしたの? ティアナ」

たたたたっと走り寄ってきたのは今の教え子。
実力も十分だし、教え甲斐もあるとなのはは聞いていた。
実際にその話に嘘は無く、教導も順調に出来ている。
一つだけ不満があるとすれば、龍野の知人だと知らされなかったことだ。
もっとも、はやてには苦笑されたし、龍野に至っては無反応だった。


仕方ないことだと分かっていたから理解はしている。

「タツノさんのこと、なんですけど」

見上げられた視線に含まれているのは、こちらを伺う感情である。
なのはやフェイトが龍野の話に敏感なのは知れたこととなってしまった。
もちろん、ティアナも分かっており、それがこの表情に繋がっている。
それを別にしても上司に対して私的なことを言うのは緊張するものである。

「龍野ちゃんの?」
「はい」

ティアナの言葉になのはが小さく首を傾げると、さらりと茶色の髪が揺れた。
龍野の、と言われてしまえば、なのはに聞く以外の選択肢はなくなってしまう。
それが良くも悪くも意志の強い性格を表していた。
聞く姿勢のなのはに気付いたティアナは、大きく息を吸い込んで。
それからはっきりと言葉を発してきた。

「タツノさん、たぶん」

しかし、その言葉はすぐに尻すぼみになる。
言葉を探しているとも、言って良いのか戸惑っているとも。
どちらにも取れる態度であった。

「たぶん?」
「一番心配しているのは、なのはさんたちのことだと思います」

促すなのはにティアナは言葉を続けた。
凛々しい瞳がなのはを見る。
龍野の事を理解しているのがわかる、優しい瞳だった。

素直な心配がそこには含まれていた。
龍野となのはの関係を考えてくれているのだろう。
年下の部下に気を回されていることに苦笑が浮ぶ。
それでもするりと言葉が出てしまうのは、ティアナが龍野の家族だからなのだ。

「そうかな?」
「昔から、タツノさんは言ってました。心配な友人がいるって」

なのはにとって、龍野と心配という言葉は余り結びつかない。
心配されないというわけでは決して無い。
ただ龍野がなのはに面と向かって心配と言う言葉を口に出す時は、大抵怒っているような表情で。
叱られているという雰囲気はあっても、心配されているという感じにはならないのだ。

「だから大丈夫です」
「ティアナ……」
「フェイトさんにも言っておいてください」

にこりと笑ってティアナは話を締めた。
フェイトにも、と付け加えた辺り、先ほどの場面を見ていたのだろう。
――出来た子だ。龍野が可愛がるのも分かる。
なんとなく、そう思い、なのはは頬を緩めた。

「それだけです。出すぎた真似をして、すみませんっ」

勢いよくティアナが頭を下げる。
床に平行になるほど深く身体を折り曲げる。
清々しいと言えるほど、綺麗な謝意の表れ。
元々気にしていなかったなのはは、ふるふると首を横に振る。

「ううん。ありがとう、フェイトちゃんにも伝えとくよ」
「はい!」

顔を上げたティアナの表情は明るい。
元気の良い返事に、なのははうんと一つ頷いた。
フェイトはきっと喜ぶだろう。
親友の、龍野絡みのときだけ見せるふにゃりとした笑顔を思い出す。
それはとても心が温かくなるものだった。


StS 第四話 終













余裕があるうちに、ぽんぽん載せておこう。
そういう考えの下投稿してます。
そろそろ甘い話が見たいので、次は甘くなる予定です。

感想・誤字報告・指摘ありがとうございます。
ざっくり飛ばし進んでいく話です。
本編は管理局が大体舞台なので、余り関われません。
後半はそうも言ってられなくなりそうですが、今のところ影もないという。
では、ここまで読んでくださり感謝します。




[16056] StS 第五話
Name: Fath◆282e9af7 ID:8ece5fa3
Date: 2011/04/03 15:54



食卓の上に並ぶのは目玉焼きにトーストという一般的なものである。
それを見つめる龍野の表情は何とも複雑だった。
嬉しいような、困ったような曖昧な苦笑を浮かべている。
――二人分か。
龍野の表情の理由、それは未だ起きてこないお姫様が原因だった。

後藤 龍野、家事万全。
一人暮らしに家事スキルは基本です。



余生におけるある世界との付き合い方 StS 第五話



金の髪がベッドに広がる。
長さや仕事の割りに痛みの少ないそれは輝きを放ち。
白いシーツに溶け込みそうな色彩を見せていた。

龍野はいつの間にかベッドの上にいることに違和感を感じなくなった友人を見る。
仕事が忙しいからだろうか。その瞳が開く気配はない。
穏やかな寝息とともに胸は上下し、その睡眠がまだ深い事を知らせた。

「フェイト、朝ごはん」

小さく溜息を吐いて龍野はフェイトに声を掛ける。
寝かせておいてもいいのだがフェイト本人から朝起こしてくれるように頼まれていた。
義理堅い性格の龍野としては起こさないわけにもいかない。

「んぅ……たつの?」

龍野の声に反応してぴくりとその体が跳ねる。
その表紙に僅かにずれたシーツから肩が覗く。
朝日に眩しい綺麗な肢体を想像させるには十分の光景だった。

「はいはい。龍野だから、起きて」

ごしごしと目を擦る姿は変わらない。
変わらないのだがフェイトにはこの数年で面倒くさい癖がついてしまってした。
ぱさりとその体からシーツが落ちる。
その下から出てくるのは雪のように白い肌であり、下着のみをつけた身体だ。
――精神に毒。
悲しい事に見慣れてしまった自分はともかく他の人にしたら大変なことになる。
龍野は相変わらず危機感の少ないフェイトにそう思っていた。

「その下着で寝る癖、直しなよ」

ついと視線を逸らしながら龍野は口にした。
その頬は僅かに朱に染まっている。
ここ数年で幾らか慣れたとはいえ、人の身体を見るのは恥ずかしい。
ましてやフェイトは美少女で直視などできるわけもない。

龍野に言われてフェイトは半分寝ぼけた頭のまま視線を下に下ろした。
すると下着しか身に着けていない自分の体が目に入る。
落ちたシーツは臍の辺りまでしか隠していなかった。
やんわりとした羞恥心が徐々に顔を熱くさせる。

「あー……たつの、シャツ貸して」
「はい」

フェイトはとりあえずシーツを引っ張り身体を隠した。
それから龍野に着れる物を頼むと、既にシャツを片手に立っていた。
フェイトが泊まった時、このやり取りは最早慣例とかしている。
素直にそれを受け取り羽織る。
龍野がフェイトにいつも貸してくれるYシャツだった。

薄い青に染まったシャツは肌触りが良い。
だからフェイトはこの服を着るのが好きだった。
何より龍野の体温がすぐに感じられる気がして嬉しかった。

「それパジャマにしていいから」

龍野の言葉にフェイトは龍野を見上げた。
探すまでも無く、龍野はすぐ近くに立っていた。その頬は少し赤い。
手を伸ばせば届きそうな距離である。
それでもベッドから腰は上げない。まだ寝ぼけた頭では危ないからだ。
普段一人で寝起きする時はここまで酷くはない、とフェイトは思っている。
甘えなのか、どうなのか、わからないが、龍野の家でのみ酷くなるのだ。

「え、いいの?」
「うん」

きょとんとした表情のフェイトと目が合い、龍野は苦笑した。
フェイトの匂いが染み付いてしまって着れない――なんてことは当然言えない。
来る度に貸していたもんだから移ってしまったのだろう。
それ自体に疑問はない。
問題があるとすれば下着で寝るフェイトの癖であり。
諦めてパジャマを買わなかった龍野である。

「ふふ、嬉しいな」

フェイトは表情を緩めた。
それから自分のものになったシャツの感覚を確かめるように頬を擦り付ける。
ふわりと柔らかい生地の上を金糸が滑っていく。
綺麗な光景に龍野はとくんと鼓動が不規則に跳ねるのを感じる。

「何処にでもあるYシャツだけど」

龍野は首を傾げる。
そんなに喜ばれるものではない。
むしろ古着を着せることが申し訳なかった。
不思議そうな龍野にフェイトは微笑む。

「たつののだから」

龍野が着ていたものだから、こんなにも嬉しい。
龍野がくれたものだから、こんなにも違う。
フェイトは今の幸せをそのまま取り出したような笑顔を浮かべた。
花が咲いたような幼い笑顔に龍野はふいと顔を逸らした。

「相変わらず、恥ずかしいことを」

フェイトの笑顔が眩しすぎて頬が熱くなる。
龍野は誤魔化すようにフェイトの頭をくしゃくしゃと撫でた。
目の前でフェイトが気持ち良さそうに瞳を細める。
その表情は飼い主に頭を撫でてもらった犬のようであった。
手の中で絹糸のような金の髪が通り抜けていく。
龍野は密かにこの感触が好きだった。
自分の髪にはないものであり、フェイトによく似合っていたからだ。

「本当のことだもん」

髪を手櫛で梳かしながらフェイトはベッドを降りる。
大き目のYシャツだからだろう、ボタンの隙間から下着がちらちらと顔を覗かせる。
龍野とフェイトの体格に大きな差はないものの、同じというわけでもなく。
やっぱり、目に毒だと思いながら龍野は先を歩く。

フェイトと向かい合うように席に座る。
ここに着くまで何度か壁にぶつかりそうだったのを目撃した。
途中から結局手を引いて歩いたため、対面にいるフェイトの顔は緩んでいる。
執務官として職場に出ている時とは真逆の顔だ。
龍野が見るのはこういう顔ばかりなので、管理局での姿の方が変に感じる。

「今日はどうする?」

いただきますと手を合わせ、フェイトと龍野は食事を開始した。
目玉焼きに箸をつければとろりと黄身が流れ頬を緩ませる。
龍野自身褒めてよい出来の半熟だった。

「んー、たつのは?」

フェイトは小さく首を傾げて尋ねてくる。
最低限しか止められていないYシャツから溢れる肌色の面積は多い。
正面を向くにも躊躇しそうな光景に龍野は苦笑する。
この姿を見たいと望む管理局員は多々いるだろう。
だが残念な事に代わる事はできないのだ。

トーストを一つ齧る。
フェイトの言葉に何かすべきことがあったかを考える。
今のところ不足しているものもない。買い物に行く必要はなさそうだ。
だからといって家の中でごろごろするのも、どうだろう。
フェイトの偶の休みを無意味に過ごさせるのは可哀想である。
龍野はんーと小さく呻りながら食事を続ける。

「特に無い」

少しの間考えて、龍野は素直に口に出した。
したいことはないし休みだからといって何か予定があるわけでもない。
何しろ休日は大体がなのはやフェイトと共に過ごす事になる。
特にその事に不満があるわけではないが余り自分の予定を入れないようになっていた。

「じゃ、たつのの話が聞きたい」

ぼんやりとしていた龍野の耳にフェイトの甘えるような声が聞こえる。
ふと目の前へと視線を向ければ幼い笑顔がそこには待っていた。
出会ってから二桁に近い年月が流れた。
小学校から見てきた容姿は大人びたものになっている。
なのに向けられる笑顔の質は絆が結ばれた頃から少しも変わっていない。

「私の話、ね」

龍野は視線を天井辺りで泳がせる。
話す事は構わなかったがネタが無い。
何せ小さい頃の話はほとんどないし、ある程度大きくなってからはフェイトが一緒にいた。
彼女の知らない龍野の話となると少し難しい。

「だめ?」

潤んだ瞳で上目遣い。
背はほとんど同じくらいなのに器用に見上げてくる。
申し訳なさそうに下げられた眉毛にふるふると震える睫。
それら全てがきらきら輝いていて、龍野は苦笑と困惑を半々にした表情を浮かべる。

「というか、話すことが無い」

頭を小突いてみるもフェイトが喜びそうな話は出て来そうにない。
ぽりぽりと頭に当てた手でそのまま掻いてみる。
フェイトは困った様子の龍野に、一回顎を引いて考える。
こういう所は優しいのだろう。しかし気を回しすぎともいえる。
出会った時から変わらないフェイトの姿である。

「小さい頃の話とか」
「なのはにでも聞いて」

んーという小さな声の次に聞こえてきたのは、そんな言葉だった。
龍野は即答に近い速度でフェイトに言い返していた。
条件反射といってもいい。
幼い頃、小学生の頃の龍野の姿はきっとなのはが一番知っている。
そして、フェイトが知りたいだろう、他人から見た姿も同じである。
フェイトの望むような答を返せる自信が龍野には無かった。

目に見えてフェイトの表情がむっとした。
フェイトは龍野の事を知りたかった。
それも人づてでなく、彼女の口から語られる後藤龍野という人物を知りたかった。
アリサから言われたときにも出た、龍野の怖さ。
――なんで、そんなに自分の価値が低いのかを知りたかったからだ。
もっとも龍野がフェイトの心情を読めるはずも無い。

「たつのから聞きたいんだよ?」
「そう言われても」

小さく龍野は肩を竦めた。
フェイトの言いたい事は何となくわかる。
龍野の事を龍野自身の口から聞きたいという気持ちは理解できる。
だが残念な事に龍野は自ら話せる程の事を覚えていなかった。

皿の側に置いてあるコップを取る。
こくこくと喉を鳴らせば、牛乳の独特の風味が広がる。
トーストだからという簡単な理由での選択だった。

「小さい頃は、人と会うのが嫌でした。今でも少し思ってます」
「……たつの」

つらつらと流れるような口調で話す。
龍野にしては珍しい茶目っ気が出た結果であったが、フェイトには受けが良くなかったようだ。
胡乱な瞳で自分を睨む友人に龍野は掌を振ってみせる。

「冗談だから。目が怖い、フェイト」

半分は本気である、ということを龍野は胸に留めた。
しかしフェイトには既に見破られていたようで。
龍野を見る視線には心配な色が見えた。
小さく口元を緩める。こういう所が、この少女は優しい――甘いのである。

「たつのが言うと冗談に聞こえないから」

それは、龍野の事を知っているからこそ出るセリフである。
なのはに引っ張られて、嫌々付き合っていた頃を知っているから。
冗談と言う事が出来るのは、その後に和らいだ龍野の態度があるからこそである。

「なんで、わたしを助けてくれたの?」

くるくるとフェイトが金の髪を弄る。
その指先の動きを龍野は目を細めながら見つめる。
龍野の髪は短いため、フェイトのそういった仕草を好んでいた。

胸に去来するのは、なぜ今更こんな事をフェイトが言い出したか。
その一転だけだった。彼女が一人でこういうことを考えるのは少ない。
誰かに突っつかれたんだろうな、と考えるまでも無くわかった。

「今更だね」
「そうだね」

ふぅと息を吐き出す。
乾いた言葉は、真直ぐな視線に跳ね返される。
こういう類のお節介を焼くのはアリサか、はやてである。
すずかは見守るスタンスを崩しはしない。

「前も言ったと思うけど、偶然」
「じゃ、わたしじゃない人が、同じような状況だったら?」

フェイトじゃない人が、フェイトのような状態だったら。
そう言われて、その場面を構成して、その状況に身を置いて、龍野は動けなくなる。
フェイトは魔導師だ。龍野はそれを知っていながら助けた。
しかし、そのフェイトじゃない人物が、魔導師かはわからない。
その場合、結局自分はその腕を引っ張ったんじゃないだろうか。

事故に遭う前の龍野ならば、即座に「助けない」と言っていただろう。
助けた、助けないは別にして、口に出す答えは一つだっただろう。
それが出来なくなったのは性格が丸くなったのか。
はやてが口に出すように確かな変化が見え始めているのか。
どちらにしろ、龍野は事故当時とは変化し始めていた。

「――――」

押し黙る龍野の姿をフェイトは静かに見つめていた。
何を考えているかなんて分からない。
彼女の事を完全に分かりたい、と思いつつ、そうすることが最善でない事も何となくわかっていた。
ただ、龍野がいつまでも自分の優しさを自覚しないのはマズイと思う。
やっぱり、とフェイトは軽く溜息を吐いて、最後の一口を口に運ぶ。

「きっと、それが答えなんだよ」

龍野は怖さと紙一重の優しさを持っている人だった。
それに気付いたのは、フェイト自身、割と最近だった。
その考えはアリサとの会話で背中を押される。

龍野は答えられなかった手前、何も言う事が出来ず。
ただフェイトの言葉を聞いていた。
ゆっくりと視線が絡まり合う。
一瞬、泣いているのかと思うほど、潤んだ瞳だった。

「龍野は優しいね。怖いくらい」

そう言って、泣いてる瞳で微笑むフェイトが、とても、とても印象的だった。
少し様子が違うことに龍野も気付いていた。
しかし、なぜ、そんな顔をするかまでは分からなかったのである。


StS 第五話 終















少し遅れましたが五話です。
甘く甘くと呟きながら書くのは難産でした。
次らへんでヴィヴィオが登場すると思います。

感想、指摘、誤字報告、ありがとうございます。
次から龍野が唯一原作と絡んでる時期の話になります。
ちょっと甘さは控えめになるので、今のうちに補給してくださると。
百合のためにざっくざっく原作を飛ばした自分ですが、さすがにヴィヴィオは飛ばせません。
では、ここまで読んでくださり感謝します。





[16056] StS 第六話
Name: Fath◆282e9af7 ID:2d268445
Date: 2011/04/17 19:18


「一日休暇か」

ふぁと小さく欠伸をする。
目の前には朝早くから訪ねて来てくれたティアナの姿があった。
なんでも今日は一日休暇で、スバルと出かけるのでその前に顔を見せに来たらしい。

「スバルと出かけてくる」

玄関に座って靴紐を結んでいるティアナの姿は、いつもとは大分違っている。
龍野の家に置いていた服から余所行き用に着替えたのだ。
六課で着用されている制服とはがらりと違い、活発なティアナらしい可愛らしさを持っている。
龍野は丸きり妹の成長を喜ぶ姉のような眼差しで見つめる。

どうやら靴紐は結び終わったらしい。
とんとんと靴先を床に当てティアナが立ち上がる。
見送りくらい笑顔でしようかと、龍野は笑顔を作った。
込める心は一つだけだ。

「気をつけて。楽しんできて」
「うん!」

元気よくティアナが頷いて、扉から出て行くのを龍野は手を振って送り出した。
ぱたんと扉が軽い音を出して閉まる。その音とは反対に、今日という日は特別だった。
暫くの間、龍野は微苦笑を浮かべて閉まった扉を見つめていた。

「ヴィヴィオ、連れてくるんだろうなぁ」

深い溜息が漏れ出た――しょうがない事だ。
しょうがない事なのだけれど、ここから急転直下していく物語を知っている分、どうしても不安が大きくなってしまうのだ。
目の前に現れた運命の切れ端に龍野は諦めたように肩を竦めた。

後藤龍野、休暇……のはず。
ヴィヴィオが来ることに複雑な感情を抱いています。



余生におけるある世界との付き合い方 StS 第六話



ティアナを見送って暫くしてから龍野自身も出かける準備を始めた。
店は休みになっており、目立たない店先には閉店中の文字が掲げられている。
元々この世界での龍野の仕事、本職はなのは達の体調管理である。
管理局に顔を出す都合により普通の店よりは休みが多く取られていた。

六課を仕事で訪ねる時は大体同じ服を着ていた。
毎回違う私服で行くのが面倒くさかったというのと、仕事ということを友人達に知らせるためである。
ちなみにこれを選ぶ時も着せ替え人形のようにとっかえひっかえされた嫌な思い出がある。
鏡の前で襟元を正しながら龍野は浮んできた記憶に蓋をした。
どうせ、これから会う友人達にもみくちゃにされることが分かっていたからである。

「よく似合ってる」

果たして龍野の予想は当たっていた。
目の前に出されたものを一瞥して、感想を口に出す。
六課に着いて龍野はすぐに友人二人に囲まれることになった。

この間の任務であるオークションの護衛のためにドレスを着たとは聞いていた。
仕事の話はお互いにしないのだが、今回は少し違った。
ティアナから齎された情報は次のようなものだ。

曰く、会場には正装でしか入れなかったから隊長たちはドレスアップした。
その時、なのはとフェイトは画像をデータとして撮っていた。
だから絶対に龍野は見せられることになると思う。
その時は褒めてあげるのが普通である。
――以上の事をまとめて言われ、龍野は耳にタコができるかと思った。
ティアナが言うには自分は女心がわかって無さ過ぎるらしい。

「そ、そう!ありがとう、龍野ちゃん」

なのはは照れたように笑いながら礼を言ってきた。
ティアナが言った通りの流れに、呆れ半分、感心半分で対応する。
六課を尋ねてから、画像を見せられるまでの期間は余りにも素早くて。
入り口で捕まってから、あっという間に囲まれてしまっていた。

「た、たつの、私はどうかな?」

とんとん、と肩を突かれ、龍野は身体を反転させた。
そこにいたのは、なのはと同じような表情をしたフェイトである。
聞かなくても、言わなくても、フェイトは綺麗だよ、と内心の言葉を押しつぶす。
思っていても言えない事は百とあるのだ。特に本人には。
頭の後ろで、呆れた顔のティアナが、言わなきゃわかんないわよ、と呟いた。

「うん。フェイトも綺麗」

龍野の一言にフェイトもぱぁっと表情を明るくさせた。
そして、浮かれているなのはの元に行き、二人で話し始める。
とても楽しそうな姿に龍野は堪えていた溜息を、やっと吐き出した。

「相変わらずやね、龍野ちゃん」
「はやて」

いつものように傍目から見ていただけの知人に龍野は半眼を返す。
相変わらずと称されるような状況であっても、疲れることには変わりない。
止められるだけの機転を持っているくせに止めてくれないはやてを、龍野は少し恨めしく思っていた。
しかし、そんなことははやてに関係ない事でしかなく、ほんわかとしている親友を隅に話を進める。

「この間のホテル行った時の奴でしょ?」

僅かに声を潜めてしまったのは癖のようなものだ。
はやてと話す事は余り多くなく、その数少ないうちの多くが声を潜めなければならない内容だった。
小さく肩を竦めつつ、龍野ははやてを見やった。

どこかへトリップしてしまっているフェイトたちには聞こえない。
分かっていながらも聞かせないように配慮する。
ティアナから情報を流した事は秘密ね、と言われていたからだ。

「なんや、知ってたんか?」
「ティアナが言ってたから」
「そか」

拍子抜けしたような顔ではやてが詰まらなそうに口を尖らせる。
きっと、なのは達に詰め寄られてわたわたする姿を期待していたに違いない。
人をからかうのが好きな性分は、特に龍野に対して発揮されるのだ。
長くなった付き合い上、それくらいのことは分かっていた。

「で、今日はどうしたん?」

はやてが話を切り替えるように言葉を紡ぐ。
フォワードが休暇になっているとはいえ、六課に人がいる事に変わりはない。
遠くのほうではデスクワークに励む音が微かに聞こえてきていた。

龍野は六課の体調管理を本職にしている。
仕事という物に龍野はとても真摯であり、予定がずれたこともない。
だから六課にいる事事態におかしな所はない。
今日が予定された日ではない、ということを除けば。

「六課に行ってって言われた」

僅かに龍野は瞳を細める。
今日は仕事の日ではない、けれど、仕事として龍野は来ていた。
それはヴィヴィオが来る日であるのを知っていたからに他ならない。
ティアナが言ってくれた言葉は良い体裁となった。

「ティアナか?」
「うん。わたし達だけ休暇は悪いからだって」

小さく頷く。ティアナは本当に、真心で気を回したに過ぎない。
それを利用したような立場に少しだけ胸が痛む。
ティアナに非常に甘いと認識されている龍野。
その龍野がこの場にいる事を誰も不思議と思っていなかった。

「……ティアナはいい子やなー」

苦みを含めてはやてが笑う。
ティアナは観察、分析をすることに長けていた。
なのはやフェイトが誰を好いているか、気付いているのだろう。
ただでさえ感情が分かりやすい親友たちのことだ。
そう考えると、ティアナの気の回し方は天下一品といえる。
はやてはそんなことを考えていた。

「その言葉には全面的に同意する」

龍野は少しだけ表情を和らげる。
ティアナが褒められる事が素直に嬉しい。
正しく妹を見守るような感情で龍野はそう思っていた。

「龍野ちゃん、シスコンは早めに治した方がいいで?」

シスコンのわけではない、と龍野自身は思っている。
それでもフェイトやなのは、またははやてから、その形容詞を貰うことは多くなって。
龍野は苦虫を噛み潰したような気持ちではやてを見る。
自覚していないものを直すのは難しいものである。
何とも言えない気分で龍野は息を吐いた。

「努力してみる」
「はは、まぁ、ええけど。嫉妬されんようにな」

こくんと小さく頷いた龍野にはやては笑いを堪えきれないように口元を緩める。
それから軽く手を振って、龍野の肩を叩いた。
伝わる振動に龍野は軽く肩を竦めて答えてみせる。
嵐の前の静かさに似た平和な空間がそこにあった。

しかし、まったりした空気は余り長く続かなかった。
龍野が知っている通り、ティアナたちから連絡が入る。
ほわほわとしていたなのはやフェイトの雰囲気が引き締まる。
その辺りは流石だなぁと思いながら、龍野は六課の動きを眺めていた。

「龍野ちゃん、悪いけど」
「うん。気にしないで」

気遣わしげに向けられた視線に、分かっているという風に首を振る。
ヴィヴィオが来るまで一騒動あるのだ。大きな流れの変革がないとはいえ心配になる。
龍野はただ静かに眺めているしかできなかった。





「この子がヴィヴィオ?」
「そうなの……ヴィヴィオ、龍野ちゃんだよ」

なのはが自分の後ろに手を回し、二、三度ぽんぽんと動かす。
するとほとんど見えなかった人影がわずかに見えてくる。
綺麗な金色の髪が流れて、龍野はフェイトを思い出した。

「タツノ?」

なのはの後ろから半分だけ顔が覗いている。
色の違う瞳はそれぞれが赤と緑に輝いていた。
人見知りの性質なのだろう。お互いに顔を向け合っているはずなのに、視線が合うことはほとんどなかった。
龍野も余り人付き合いは得意ではないが、ここは年上の分、接し方を心得ていた。

「こんにちは、ヴィヴィオ。私は龍野。なのはの友達」

できるかぎり笑顔をつくって挨拶をする。
はやてやアリサがその顔を見たら余りのぎこちなさに笑っていたかもしれない。
普段使わない筋肉がひくひくしてくるのを感じながら、気合で表情を保たせる。
ただでさえ泣きそうな顔をしているヴィヴィオの前で表情を崩すことはできなかった。

「なのはママのお友達?」
「うん。小さい頃から、そうだね、ヴィヴィオくらいのときからのお友達なんだ」

ヴィヴィオがなのはを見上げて尋ねる。
ずっと服の裾を放さないのは不安からなのだろう。
なのはを見上げる視線は心細さに揺れていて――何処から見ても普通の少女だった。

龍野は知っている。
この少女――ヴィヴィオがスカリエッティの"忘れ物"である事を。
そして、これからの物語の中心に位置させられる事を。
位置するのではない。位置させられてしまうのだ。
それを感じ取ったからこそヴィヴィオは不安を感じているのかもしれない。
そんな事を龍野は思った。

「時々ここに来るから、よろしく」

しゃがみこんでヴィヴィオと同じ目線になる。
名前を言ってしまえば何をすればいいか分からなかった龍野なりに考えた結果だ。
仲良くしようと手を差し出し、ただ待つ。

するとその手の意味を考えるかのようにヴィヴィオがじっと龍野を見た。
それから「どうしていいの?」となのはを見上げる。
なのははヴィヴィオの視線に苦笑を零すと、なのは自身もしゃがみこんで教える。

「これはね、仲良くしようって意味なんだよ?だから、ヴィヴィオが好きなようにしていいの」
「……好きなよう?」
「仲良くしたいなら、手を握ってあげて」

なのはに促されるような形で龍野とヴィヴィオの視線が合う。
こちらを伺うような視線に龍野は自分にできるかぎり優しく微笑んだ。
――残りの一週間はもう笑えないかも。
頭の片隅でそんなことを考えつつ、事態が進むのを待つ。

「タツノは、ヴィヴィオと仲良くしてくれる?」
「うん」

恐る恐る尋ねてくる言葉に龍野は答える。
考えてみれば、今まで自分は仲良くして欲しいという言葉を遠ざけてきた。
そのとばっちりを一番喰ったのは間違いなくなのはで。
未来でなのはの娘になるヴィヴィオに"仲良くしてくれ"なんていうのは図々しいのかもしれない。
――だからだろう。

「よろしく、タツノ」
「こっちこそ、よろしくね。ヴィヴィオ」

伸ばされた手が重なって、ヴィヴィオの子供らしい体温が伝わってきた瞬間。
ほとんど意味をなさなくなっていた警報が大きく鳴り響いた。
ご丁寧に赤い色の明滅までも視界についてきた。

なのは達に冷たくしていたことのツケなのか。
それともヴィヴィオが聖王だからなのか。
最大級のアラートに「やっぱりな」と龍野は納得してしまったのだった。


StS 第六話 終














遅くなりました。
申し訳ないんですが、次も現実世界の物事で少々遅れると思います。

感想、誤字報告、指摘、ありがとうございます。
ヴィヴィオ登場で、話も少しずつ進んでいきます。
では短いですが後書きを終わります。




[16056] StS 第七話
Name: Fath◆282e9af7 ID:5059affa
Date: 2016/11/03 03:02



高町なのはは忙しい。
エースオブエースという称号からしても仕方ない事である。
そんな彼女が子供を引き取った。
どうしても仕事に行かなければならない場面は出てくる。
したがって、こうなることもある意味必然であった。


後藤 龍野、保母さんは肌にあいません。
それでも幼馴染の面倒くらい見ます……ここまできたら。



余生におけるある世界との付き合い方 StS 第七話



基本的にヴィヴィオはなのはと行動を共にする。
なのはがいない時はフェイトが世話をする。
――ここで問題が生じる。
なのはが多忙ということは最早言うまでも無い。
フェイトも執務官という職務に就いている。
こちらも負けず劣らず、下手するとなのはよりも忙しい職である。
つまり、二人ともいない、という事態が頻発するのである。

「ごめんね、龍野ちゃん」
「いい」

まさに今がその時だった。
フェイトは違う世界に出張中であり、なのはは六課の教導がある。
申し訳なさそうに眉を寄せる幼馴染に龍野は溜息を飲み込んで頷いた。
片手には久しく感じたことのない感覚――ヴィヴィオの温もりがあった。
自分より小さい子供の面倒を見ることは、どこか懐かしく不思議なものであった。

「ヴィヴィオ、すぐに戻ってくるから、待っててね」
「……うん」

俯く顔は言葉と全く違う表情をしていた。
龍野は小さく肩を竦める。この分では十分と持ちそうになかったからだ。
なのはを見るとどうしたらいいのかわからないという表情だ。
余り小さいこの相手などしたことがないから仕方ない。

「なのはママは優秀だから大丈夫」

ヴィヴィオと視線を合わし、あやすように言葉を紡ぐ。
膝に手を当て屈むという行為自体久しぶりで龍野は少し懐かしくなる。
孤児院である程度の子供の世話をしていたとはいえ、この世界では初めての経験だった。
なのはも微かに驚いた顔で龍野を見ていた。

「ほんと?」
「本当。すぐ帰ってこなかったら、私が怒ってあげる」

大きな瞳に涙を溜め始めたヴィヴィオに確りと頷く。
子供は大人の感情に敏感だ。
本当か分からない事でも、本当だと思って頷かなければ納得させられない。
理不尽ともいえる龍野の言葉になのはが苦笑した。
――怒られるのが嫌なら、さっさと戻る事。
視線だけでも、そう言えばなのははこくりと頷いた。
こういう意思疎通ができる辺り、幼なじみというのを感じる。

「だめ。なのはママを怒っちゃ、ヤ」

ヴィヴィオはぎゅっと手にしていたぬいぐるみを抱きしめる。
真剣な顔は小さいながらも自分の母親を守ろうとしていた。
その姿が微笑ましくて、龍野は少しだけ頬を緩めた。

「じゃ、怒らない。だから一緒に待ってようね?」
「うん」

かなりしぶしぶの返事だった。
なのはが怒られるのは嫌だが、待つのも嫌。
そういう素直な感情が滲んでいる。

しぶしぶでも返事は返事だ。
なのはは少しだけほっとした顔をした。
子供を待たせるという行為が自分と重なって嫌なのだろう。
なのはは待つということを幼少時に嫌というほど味わっているのだから。
そんな幼なじみを安心させるためにも、龍野は大丈夫だからとなのはの背中を押した。

「龍野ちゃん。お願いね」
「分かった」

時間が近づいてきたのだろうなのはがちらりと時計を確認した。
龍野に向ける顔は申し訳なさに染まっている。気にするなと微笑んで答える。
するとなのは幾分かマシな顔になって、仕事へと足を向ける。
きゅっと握られた手からはヴィヴィオの不安が伝わってきた。
それを打ち消すように、ぽんぽんと頭を撫でる。

去っていく後姿はあっという間に無機質な扉に阻まれれた。
さて、どうしようかと龍野はとりあえずヴィヴィオを見た。
こういう時には本人に何がしたいかを聞いてしまうのが一番だ。

「なのはママ、お仕事に行っちゃった……」
「そうだね」

肯定と同時くらいにヴィヴィオの瞳に再び涙が浮かび始める。
小さく胸の中で溜息。何ともなのはらしい去り方だと龍野は思う。
まだ慣れてないせいもあるだろう。それにしても素っ気無い出て行き方だ。
最後にちょっと微笑むだけでもかなり違うだろうに。
変なところで不器用な幼なじみに龍野は苦笑した。

「色々あるけどヴィヴィオは何がしたい?」

幼なじみのフォローのためにも、ヴィヴィオが泣く前に素早く抱きかかえる。
イメージはよくフェイトがしていた抱き方だ。
念動で動かしている左手には負荷が大きいがこの際、目を瞑る。
子供と遊ぶには最初が肝心なのだ。

「ふわぁっ」

慣れない浮遊感に声を零すヴィヴィオ。
幼い反応に龍野は気分を良くする。
やはり無邪気な反応ほど心を安らかにしてくれるものはない。

「たかい」
「ん? フェイトもしてくれるでしょ?」

フェイトと龍野の身長は大体同じくらいだ。
子煩悩な彼女だったら、たぶん同じ事をしているはずだろう。

「んーん。初めて」
「そっか」

記憶の中じゃ結構頻繁にしていた気がする。
龍野は首を傾げるも、まぁいいかと流す事にした。
ヴィヴィオの初めてをもらったと聞いたらきっと羨ましがる。
少し涙目のフェイトの顔が浮かんで、龍野は面白くなった。

「ヴィヴィオは高いの苦手?」

怖くないように安定させて、それでいてしっかりと目を見つめて尋ねる。
色の異なる綺麗な瞳に自分が映っていて不思議な感覚だった。
腕から伝わるのも自分とは違う高い体温でありまるで湯たんぽを抱いているかのようだ。

「ううん。へいき」

きゅっと服を掴まれる。
少し強がりなのも、可愛らしい。
人見知りの気は強そうだが素直な性格の分、仲良くなるまでには時間がかからなそうだ。

「それじゃ、しばらくこうやって周り見ようか」
「うん!」

なのはが居なくなってから一番元気の良い返事だった。
自然と龍野の顔も綻んでいた。

++

お絵かきをして、絵本を読んで、話をして。
とりあえず二人で遊べる事はほとんどしてみた。
すると流石に眠くなってきたのか、ヴィヴィオの頭が船をこぎ始める。

「そろそろ寝よっか?」
「やだ、まだ起きてりゅ」

既に呂律が回っていない。
龍野は苦笑しつつ、その身体をそっと支えた。
ふらふらしている体は小さい分危なっかしい。

「まだ寝たくないの?」
「ママがくりゅまで、待ってる」

もう半分閉じているかのような瞳でヴィヴィオが答える。
意識も夢の中に片足を突っ込んでいるような雰囲気だ。
それでもなのはを待っている姿に子供の意地を見た。

「なのはに早く会いたいの?」
「うん」

素直に頷く。
――自分にもこんな時があったのだろうか。
そう考えて、すぐに打ち消した。
少なくともこんなに素直に両親を求められたことは記憶にない。
それは前世の記憶のせいだったり、またあの事故のせいでもある。

「そっか。じゃ、一緒に待ってようか」
「いいの?」

龍野が許すとヴィヴィオは不思議そうな顔で見上げてきた。
くりくりとした瞳が龍野を見る。小さい頃のなのはを何故か思い出した。
出会った頃のなのはもよくこうやって自分を見上げてきた。
その瞳はいつも真っ直ぐで、そう思うと三つ子の魂百までというのはあながち間違いじゃないだろう。

「いいよ。でも疲れちゃうからこっちに寄りかかってね?」

くすりと小さな笑みが漏れた。
子は親の鏡というけれど、似てくるにしては早すぎる。
でも、なのはとヴィヴィオの仲の良さが表れている気がして龍野は嬉しかった。

今までは隣に座るような形でいたが、これではヴィヴィオが寝てしまった時に転んでしまう。
その小さい体をひょいと抱き上げて自分の足と足の間に座らせる。
これだったら太ももで横に崩れるのは支えられるし、後ろに寄りかからせればそのまま寝てもらってもいい。

「ありがと、たちゅの」
「どういたしまして」

呼ばれた名前はまるでフェイトみたいで、二人の娘になることがもう予想できて。
龍野は珍しく声を出して笑い出したい気分に襲われた。
今、二人が揃って目の前に来たら噴出す自信が有る。

「ママ、まだかなー……」
「もう少しだよ」

時計を見ればなのはから言われた時間まで三十分程度だ。
龍野にとっては少しだが、幼いヴィヴィオにしてみれば長いだろう。

「うー、たつの。なんか、お話して」

眠そうに瞼を擦るヴィヴィオ。
このままでは寝てしまうと思ったのか、龍野にそうせがむ。
ゆっくりと動く体をタツノは軽く抱きとめた。

「なんのお話がいい?」
「ママの話」

即答だった。
なのはの話は大なり小なりたくさんある。
話に困ることはないが、ヴィヴィオに話すには選択を迷う。

「ヴィヴィオは本当になのはが好きだね」
「うん! 大好き」

キラキラした笑顔を崩すような話はできない。
かと言って戦闘面の強さの話をして、将来に影響を与えても困る。
うーん、と少し悩んだふりをして龍野は口を開いた。

「そんななのは大好きなヴィヴィオには、なのはの小さい頃の話をしてあげる」
「小さいころ?」
「そう、ヴィヴィオと同じくらいのときの話だね」

きょとんと首を傾げるヴィヴィオの頭を撫でながら話す。
腕の中にある顔がキラキラした瞳で龍野を見た。

「聞きたい!」
「じゃあ、まず、なのはと――」

ゆっくり、ゆっくり自分に出来る最大限のわかりやすい言葉を選んで話し出す。
なのはと出会った頃から、どうやって仲良くなったのか、どんな喧嘩をしたか。
自分の記憶を遡るように話した。

「あれ、寝ちゃったか」

いつの間にかヴィヴィオは寝ていた。
これを狙っていたのだけれど、実際途中で寝られると微妙な気持ちになる。
――まぁ、子供にそんなことを言ってもしょうがない。
近くに置いてあった毛布を手繰り寄せ、ヴィヴィオと自分にかける。
時計を見れば予定の時間はもう過ぎていた。

「ごめん、龍野ちゃん。遅くなっちゃった」

噂をすれば影ではないが、なのはがタイミングよく帰ってくる。
慌てた様子で入ってくる幼馴染に龍野はしーっと人差し指を立てた。
ヴィヴィオが寝ているのに気づくと忍び足で近寄り、そっと顔を覗き込む。

「よく寝てる。ごめんね、この体勢つらいでしょ?」
「んー、別に大丈夫」

ヴィヴィオは軽いし、さほど長い時間だったわけでもない。
久しぶりに子供をみるとあって、気疲れの方が大きい気がした。

「でも意外だな。龍野ちゃん、子供に好かれるんだね」
「いや、好かれるわけではないと思うけど」

ヴィヴィオも最初は警戒していたし、どちらかといえば「なのはの友達」といったのが効いた気がする。
ヴィヴィオが好きななのはの友達だから受け入れてもらえたようなものだ。
あとは悪戦苦闘としか言い様がない。

「そうなの?でも良く似合ってるよ」
「……ありがと」

自分の腕の中で眠るヴィヴィオの顔は緩んでいて、まさに幼子の顔だった。
むにゃむにゃ動く口も、軽く握られる服も可愛らしい。
ふと見てみればなのはも似たような顔をしており、思うことは一緒だということだ。

「ずっと」

ぼろっと言葉が溢れた。
それはいつもの明るいものではなく、噛み締めるような声だった。

「うん?」
「――ずっと、こうやって暮らせたらいいのにね」
「そう、だね」

泣きそうな声に聞こえた。
だけど、なんで泣きそうなのか龍野にはわからない。
わからないから、なのはが泣きそうなのだが。
それでも龍野自身もこういう安寧の時を過ごせるのであれば、絶対そっちの方がいいと思えるのだった。



第七話 end







[16056] StS 第八話
Name: Fath◆995c8f6d ID:ba5169b7
Date: 2016/11/18 15:45



地上本部襲撃。
龍野はその事を知っていた。
機動六課が襲われることも分かっていた。
ならば、龍野がすべきことはそこに近づかないこと。
わかっていた。それでもそうすることはできなかった。

――何だかなぁ。

甘くなったというのか、何というか。話の筋書きは知っている。
色々あっても最後には終結するのを知っている。
放っておいても問題はないはずなのに。
――龍野は何故かヴィヴィオの手を引きながら逃げていた。

「タツノ?どうしたの?」
「ここが襲われてる。ヴィヴィオがここにいると危ない」

襲撃はすぐに気づくことができた。
何せ自分には便利なアラートがついている。
いつもは役に立たなくとも、今日は活躍することは予想済みだ。

一直線に転送ポットへと向かう。
龍野なりに考えた結果、ヴィヴィオを逃がすことにした。
聖王のゆりかごはこの少女がいなければ発動しない。
スカリエッティのアジトが発見されるのは時間の問題だ。
ここでヴィヴィオさえ捕まらなければ、負担はぐっと減るのだ。

「タツノ?やだっ、タツノ!」

転送ポットの近くには幸いにも誰もいなかった。
襲撃を受けている最中なのだから全員が戦闘配置についているからだろう。
とにかく、龍野がしたかったことは上手く行きそうだ。
まだ混乱しているヴィヴィオを転送ポットに入れる。
涙が瞳に溜まり始めている彼女を宥めるように頭を撫でる。

「ごめんね、ヴィヴィオ。でも、君だけでも」

笑ってみせる。ヴィヴィオと知り合ってから上手くなったといわれる笑顔だ。
スバルたちはもう戦っているだろう。
彼女達はそれが仕事だから止めることはできない。
でもこの少女は、ヴィヴィオは違う。完璧なる被害者なのだ。
そして襲撃者の目的も彼女で、捕まったら母親と戦う破目になる。
余りにも可哀想ではないかと龍野は思った。
ヴィヴィオとは一緒にいる時間が多かったから、情が移ったのかもしれない。
それでも龍野は自分の行動に疑問を持っていなかった。

「向こうには私の友達がいるから。助けてって言うんだよ?」

時間がない。
必要最低限の事をヴィヴィオに伝える。
向こうにはすずかがいるはずだ。少なくともここよりは安全である。
すずかがいれば、アリサに話が行く。そうなればなのはにも連絡が取れる。
海鳴の場所がバレるのは時間の問題だが、それよりも早くなのはがヴィヴィオを保護するだろう。
だから、今さえ乗り切れればヴィヴィオが連れ去られることはなくなる。

「タツノも、一緒に」

転送ポットから手が伸ばされる。
ヴィヴィオの片手にはお気に入りのぬいぐるみが掴まえられていて。
必死に握っていたからだろう。少しだけ皺が寄っていた。

涙目で自分を見上げるヴィヴィオの手を取る。
そっと握ってから、転送ポットの中に戻す。
龍野はいけない。
転送ポットを起動させるスイッチを押さなければならないからだ。
それでも自分を心配してくれた小さい子が可愛くて、龍野は自然と微笑んでいた。

「後でなのはたちが来たら、すぐそっちに行くから」

なのははきっとヴィヴィオを放っておけない。
だから、無理してでも海鳴に迎えにいくだろう。
だから、その言葉はまるきり嘘というわけではなかった。
ただ、全て本当というわけでもない。

――あとで、怒られるんだろうなぁ。

龍野は親友達に怒られたり泣かれたりしている自分の姿を思い描いた。
不思議な事に、余り嫌な気はしなかった。

「タツノ」
「ばいばい。ヴィヴィオ」

呼ばれた名前に微笑む。
どうか、この子が無事に事件が終わりますように。
そんなことを願って、虫が良すぎる願いか、と龍野は苦笑した。



余生におけるある世界との付き合い方 StS 第八話



アリサはその日大学も早めに終わり、家に帰ってきていた。
することもなかったので、すずかに連絡を取ると家にいるとの返事が来る。
それならば久しぶりに家でお茶でもしようかとアリサはすずかの家にいた。
アリサの家に行こうかとは言われたのだが、何となくすずかの家に行きたかった。
何となくは何となくでしかない。
しかし、どこか虫の知らせのようなものが働いたのも否めない。

「なんか胸騒ぎがするのよね……」

カップをソーサーに置く。
カチャリと陶器の澄んだ音が響いた。
アリサは額に手を当て小さな溜息を吐く。
すずかは静かに微笑んでいた。

「アリサちゃんの勘は当たるものね」
「半々よ。大体、勘なんて勘以上のものではないわ」

ひらひらと手を振り大したことじゃないと示す。
勘に頼るつもりはない。
自分に出来る努力をして、状況を把握すれば大抵のことは乗り切れるのだ。
あやふやな直感に頼るよりも余程確実な方法だとアリサは思っていた。

「それでも、あるとないとじゃ違うんじゃない?」
「そうかしら」

小さく首を傾げるとすずかは微笑したまま頷いた。
そんな彼女に流されるようにアリサも微笑んだ。
微苦笑としか言えないそれは、それでも笑顔だった。
――何もない方が良いに決まってる。
アリサとすずかの親友たちは命のやり取りをする職場に勤めている。
それも小学生の頃から。けれど心配が薄くなることはないのだ。
どんなに強い人でも倒れることはある。
それは他ならぬ親友が撃墜されたことで証明された。

「なのはちゃんたち、元気かな」
「大丈夫じゃない?教え子もできたとか言ってたし」
「元気そうな子達だったね」
「龍野に妹ができてたことの方に驚いたわ」

なのはが休暇にこっちへと戻ってきたことがある。
その時、今教えている子たちと紹介された四人の姿を脳裏に思い浮かべる。
そして人嫌いに近い友人が一人と知り合いだったということも。
また隠して、とその時はイラつきもしたが、今その炎はほとんど鎮火されている。
それでも残り火が燃えているのは、きちんとした説明を龍野から受けていないからだった。

「確かに。あの時は驚いたね」
「聞いたら中学校からとか言うし、全く」

再び溜息を吐いたアリサの視界の端で何かが輝いた。
いや、今のはなのはたちが転送してくるときに見える光だったはずで――なのはたちが今日来るとは聞いていない。
アリサは席を立つ。
胸騒ぎは胸騒ぎのまま終わってくれるのが一番だ。
しかし、起こってしまった何かには対処しなければならない。

「すずか」
「アリサちゃん」

お互いの顔を見合わせて頷きあう。
お茶会は残念ながら中止にしなければならないようだ。
二人はすぐに転送ポットへと向かった。

転送ポットの側には見知らぬ人影があった。
金の髪に左右で色の違う瞳を持つ少女だ。
記憶の中に当てはまる容姿を持つ人物はいない。
そう思い――そういえばなのはが子供を保護したと言っていた事を思い出す。
アリサはまだその子供を見たことがなかった。
誰とも重ならないこの子こそが、保護した子供ではないか。
その結論にたどり着くのにそう時間は要らなかった。

「タツノの、友達?」

その子供から龍野の名前が出た時、アリサは嫌な予感に襲われた。
ぱっと見た雰囲気では身奇麗にしてあり観光に来たといわれれば納得してしまいそうだった。
しかし、あの冷静な龍野が子供を一人で寄こす筈がない。
ましてや親友達の心配性をアリサは良く知っていた。

「そうよ。アタシはアリサ」
「私はすずかよ。あなたのお名前は?」
「ヴィヴィオは、ヴィヴィオ」

一瞬ヴィヴィオが目を伏せた。
その顔にあるのは焦りか、悲しみか。
どちらにしろ嫌な予感が当たりそうでアリサはは身構えた。

「タツノを助けて」

ぎゅっとお気に入りのぬいぐるみを抱きしめながらヴィヴィオはそう言った。
強い視線は身に覚えがある。
――なのはが何かを決めた時の顔にそっくりだった。
ああ、とアリサは自分の体から力が抜けていくのを感じた。
だがここで腑抜けになるわけにはいかない。
アリサは自分の身体に気合をこめた。





「あんっのバカっ!」
「タツノ、バカじゃないよ」

なのはが保護した子供――ヴィヴィオは激昂するアリサに冷静にそう返した。
その瞳は幼いながらに怒っている事を伝えてきて、言葉を飲み込む。
龍野はバカじゃない。知っている。あの友人の頭の良さをアリサは分かっていた。
そして時折顔を出す無鉄砲さも充分に知っていた。
だからこそ、今出るのはバカという言葉だけだった。

「龍野はバカじゃない。それは確かね。でもね、ヴィヴィオ、よく覚えておきなさい」

アリサは怒りに燃えていた。
とりあえず庭からすずかの部屋へと場所を移した。
ヴィヴィオから聞いた事情はアリサ達にしてみれば最悪のもので。
今、すずかはなのはたちに連絡を取りに行っている。
龍野への怒りで今一冷静に成り切れないアリサよりは適役だ。

「自分を犠牲にして何かを助けるのは"大バカ"っていうのよ!」

苛々する。全くもって、苛々する。
原因はわかりきっている。龍野である。
アリサは荒い手つきで前髪を握った。

昔から龍野にはその気があった。
自分を省みないで、自分を過小評価しすぎている。
世の中で自分などちっぽけな存在であるという態度をアリサは改めさせようとした。
何回も注意した。何度も、何度も。
アリサだけではない。なのはもフェイトもはやても、すずかだって。
口調は違えど、龍野のズレを直そうと努力してきたのだ。

「でも、タツノ、ヴィヴィオのこと助けてくれた」
「そうね。昔からそういう奴よ」

いつもは「周りなんて関係ない。自分が一番大切」という顔をしている。
怏々の事態もそうやって乗り越えてきたのだろう。
だが龍野は突発的に、致命的な人助けをする。
一度目はフェイト。
二度目はヴィヴィオ。
基準がどうなっているのか、アリサには少しも理解できない。
少なくない代償を払っているくせに、まだ龍野は懲りていない。
その行動が周囲の人を悲しませるのを理解していないのだ。

「ヴィヴィオは龍野のこと好き?」

アリサは決めた。今度会ったら龍野を一発殴ってやると。
平手打ちくらい安いものよね、と自分自身を納得させる。
親友達を心配させたことにアリサは怒っていた。
そして、何より自分を大切にしない龍野に怒っていた。

「うん」

アリサの問いにヴィヴィオはすぐに頷いた。
後から聞いた話では、なのはやフェイトが仕事で忙しいため龍野といる時間が長かったらしい。
龍野も仕事が入っている場合は寮母さんに預けられていたらしいが詳しくは知らない。
ただ大半を龍野と過ごしていたことで、かなり懐いていたというのが重要だった。

「なら、龍野がいなくなったら悲しいわよね」
「……うん」

ヴィヴィオの顔が曇る。
感情が顔に出やすい子のようだ。
その姿はなのはの小さい頃を思い出させる。

――なのはの子供っていうのも、あながち間違いじゃないかもね。

ふっとアリサは口元を綻ばせた。
いい子ねとヴィヴィオの頭を撫でる。
大切な人がいなくなったら悲しい。
こんな子供でもわかることだ。
それを龍野は微塵も理解していない。

「龍野は鈍いの。それも飛び切り」
「にぶい?」
「そう。だから、言わなくちゃわからないわけ」

アリサはヴィヴィオに視線を合わせる。
左右色の違う瞳が真直ぐにアリサを見つめていた。
にっこりと微笑む。それから秘密の呪文を教えるようにヴィヴィオに伝える。

「"勝手にいなくなったら許さないんだから"って」

わかった?と聞くアリサにヴィヴィオは素直に頷いた。
それに答えるようにアリサはもう一度微笑む。
龍野は直球でぶつけられる感情に弱い。
特にヴィヴィオのことは可愛がっているようだし、効果は抜群だろう。
アリサが一つ龍野対策を打った時に丁度良く部屋の扉が開き、すずかが戻ってきた。

「どうだった?」

顔を見た時点で大体の答えは予想できたが一応尋ねる。
するとふるふると首が横に振られ、アリサの一縷の望みは絶たれた。
すずかは悲しそうな悔しそうな微妙な表情で状況を口に出す。

「ダメみたい。まだ仕事中なんだと思う」
「そう。まぁ、襲撃されたってヴィヴィオも言ってたし、仕方ないか」

襲撃も戦闘もピンと来ない言葉ではある。
それは平和な日本では当然とも言えた。
だが親友達の世界の危険さは充分に分かっている二人は一刻も早く連絡を取りたかった。

「なのはママたち、まだお仕事?」
「そうみたい。もう少し待ってようね」

不安げな顔で自分を見上げるヴィヴィオ。
すずかと一瞬顔を見合わせた後、優しく言い聞かせる。
今できることは待つことだけだった。



第八話 終



[16056] StS 第9話
Name: Fath◆995c8f6d ID:ba5169b7
Date: 2016/12/25 07:03



「気分はどうだね?」

目を開けた瞬間に映ったのは、一番見たくない人だった。
ぎりっと痛む関節たちに龍野は自分が囚われたのを知る。
視界を埋める無機質なコードや機械。

「最悪」
「ふふ、ようこそ。後藤 龍野くん、君を歓迎しようじゃないか」

これ以上ない程悪態を着く。
龍野の前に射たのは何度か見たことのある人物。
フェイトが長年追ってきた相手だった。
――やっぱりか。
諦念と共に龍野は口の中で言葉を押し殺した。



余生におけるある世界との付き合い方 StS 第九話



「私を連れ出しても意味はない」
「いや、十分に意味はある」

にやにやとした顔が龍野の全身を眺める。
半ば分かっていたことだとはいえ、こうなると愉快なものではない。
今の状態は手も足も繋がれ身体を捩る程度しかできない。
顔を近づけられても逸らすのが精一杯なのだ。

「それに君には聞きたいことがあるのだよ」
「聞きたいこと?」

見ず知らずの犯罪者に聞かれる覚えはない、と言い切りたかった。
しかし残念な事に龍野はこのマッドサイエンティストに興味を持たれる覚えがあるものが一つだけあった。
当然、フェイトたちには治った事になっている左手である。
こればかりは聞かれたとしても上手く言い逃れができるかわからないのだ。
そして同時に左手以外のことを聞かれない予感もあって。
龍野は表情に出さないようにしながら考える。

「そう。その左手と、君の仕事で使われている能力についてだ」

何の事だろう、と龍野は首を傾げてみせる。
左手はまだしも仕事で使われている能力――内気功は誰にも話していない。
漏れるわけも、ばれるわけもなかった。
じわりと背中を嫌な汗が伝っていく。

「その様子じゃ、教えてくれる気はないようだね」
「むしろ、何を言っているかわからない」

龍野は白を切りとおす。
この相手に自分の事を話す気は微塵も無かった。
ましてや左手はフェイトやなのはにも関わってくる。
言うわけにはいかないのだ。

「ふむ、ずばり言わなければわからないかな?」

そんな龍野の反抗をあざ笑うかのようにスカリエッティは口角を上げた。
確かな証を手に入れているような表情は感情を逆なでする。
これがわざとならば、やはり油断なら無い人物だ。
元より天才と言われる人物に自分が向かい合っているのは変な感じがした。

「君の左手はあのプロジェクトFの遺産のせいで動かなくなった」

合っているね?というジェイルの言葉に龍野は頷く。
書類の上でも事故は書かれているし、その結果の左腕麻痺も記載されている。
だからこの情報程度ならば知っていても何もおかしくないのだ。
龍野が恐れているのは、その奥を知られることである。

これ以上フェイトたちに負担をかけるわけには行かない。
なのはを泣かせる事も、フェイトを縛ることもできない。
だから龍野はこの場をどうにか切り抜けなければならなかった。

「それなのに、君のその左手はなぜ動いてるんだい?」

ねっとりとした視線が龍野の左手に集まる。
視線に重さがあるのを嫌でも知らされるものだった。

「手術をしたから」

ふいと顔を逸らす。
なぜそんな当たり前の事を聞くのかわからない。
そういう態度を示すことが重要だった。
龍野が全て知らないとスカリエッティが取ってくれれば龍野の勝ちだ。

「ふ、君の手はこんな手術程度で治るものではない」

龍野の返事にスカリエッティは鼻で笑った。
ぱさりとその手に握られた書類が音を立て机に放られる。
字が細かいため細部までは見えない。
だがどうやら龍野のカルテの複製のようだった。

何故そんなものがここにあるのかと龍野は眉を顰める。
しかし相手が相手であり、龍野のカルテ程度驚くに値しないのかもしれない。
同時にそこまでされるほどの何かが自分にあるとも思えなかった。

「君の検査結果は興味深かった」

龍野の表情にスカリエッティは笑みを深める。
まさに興味深い被験者に出会ったときの科学者の目だった。
そこに一欠けらの理性があれば、彼は非難されることなく頂上に立てただろう。
ふとそんなことが龍野の頭を過ぎるが既にそれを討論する時間は過ぎてしまっている。
相手はフェイトがずっと追ってきた犯罪者。
それ以外の何かは邪魔になるだけなのだ。

「この結果が示すことは一つ、脳が腕を認識していない。つまり、障碍があるとすれば脳にだ」

とんとんとスカリエッティが自分の頭に指を当てる。
龍野自身データなんてものを見たのは初めてに近い。
それでもスカリエッティがいう事が間違っていないのも知っている。
自分の身に起こっている事など数値を見なくても分かる。
なにせ一対一で告げられたのだ。分からない方がどうかしている。

逆にカルテに書かれている事を説明されて理解できない気がした。
医学的な知識、特に研究面のものなど無いに等しい。
ましてやミッドチルダは地球より段違いの発展をしている場所である。
データを見せられ説明を受けたとしても理解できるとは思わなかった。

「それなのに、君が受けたのは腕の神経移植手術だけ。これでは動くはずが無いだろう」

スカリエッティがぴっと龍野の左腕を指差す。
今も念動の力で変に思われない程度に動かしている。
手術した日から半ば癖になっているような行為であった。

「でも私の腕は動いている」
「だから"なぜ"動いているのかと私は尋ねているのだよ」

マズイな、と龍野は思った。
スカリエッティは生体については本物の天才である。
いかに狂っていようとその事実は変わらない。
救いとしては人の機微に疎いということだろうか。
この様子ならば、何とか龍野が知っているとばれずに済みそうだった。

「ま、調べればわかることだがね」

くくっと愉快そうに笑う姿に龍野は息を潜めて視線を逸らす。
記憶は曖昧だが、ヴィヴィオ誘拐からアジト発見までに間はそれほどなかったはずだ。
だからヴィヴィオを逃がした。自らが代わりになった。
自己犠牲の精神などない。少し負担を負っただけなのだ。
そんな風に龍野は自分を納得させる。

「さて、言う気が無いなら勝手に調べさせてもらうよ」

いつの間にかスカリエッティの手には注射器が握られていた。
龍野は大人しく目を瞑る。抵抗は無駄だ。
何より死にはしないだろうという推測があった。
龍野の身体を調べたいのならば殺すのは得策ではない。

それでも。
視界から光が消え、意識が闇に沈むその瞬間。
龍野は小さく声を紡いだ。
――フェイト。
こんな時でも浮ぶのは笑顔の姿だった。
龍野は自分勝手な願いに苦笑した。





「たつのが誘拐……っ?」

はやての元で聞いた話にフェイトは身を硬くした。
――龍野が誘拐された。
最初に思った事は"なんで"ということだった。彼女は一般人である。
なのはやフェイトなど仲の良い友人に管理局の人間が多くてもその事実は変わらないはずだった。
だから言ってしまえば、一番予想していないことで、一番聞きたくなかったことでもあった。

体から血の気が引いていくのをフェイトはとてもはっきりと実感していた。
龍野は今日ヴィヴィオに会いに来てくれていた。
少なくともフェイトはなのはからそう聞いていて、龍野が誘拐されたと聞いて次に浮んだのはヴィヴィオの顔だった。

「ああ、ヴィヴィオは海鳴にいるみたいなんやけど」
「海鳴に?」

くるくると表情を変える親友の内心を読み取ったのだろう。
はやてはヴィヴィオが海鳴にいる事を告げた。これは確定された情報だった。
フェイトは意外な答えに思わず顔を挙げる。
聞いた時ははやて自身も驚いたが、なのはがすずかたちから連絡があったという。
疑問が無いわけではないが、側に龍野がいたとすればある程度は解消される。

「うん。龍野ちゃんが逃がしたらしい」

苦笑しながらはやては言った。
ああ、やっぱり、とフェイトは僅かに顔を伏せる。
龍野の性格は良く知っている。緊急事態にどういう行動をとるか。
それは事故から庇われたフェイトが最もよく知っているのだ。

「今日帰るって言ってたしな。許可は下りてたんや」

龍野の予定をフェイトは頭に思い浮かべる。
全てを知っているわけではないがある程度は把握している。
龍野は聞けば素直に教えてくれたし、心配性なフェイトは度々尋ねていた。
記憶に間違いが無ければ、今日龍野は海鳴に帰る予定だった。
自分が行くはずだった転送ポートに彼女はヴィヴィオを乗せたのだ。
何も言えないくらい、龍野らしい行動である。

――胸が痛い。
龍野が考えそうなことじゃないか。
なんで、もう少し早くこの事態を予想できなかったんだろう。
自責の念がフェイトの胸の奥をちくちくと責め立てる。

「じゃあ、なのはは」
「そや、ヴィヴィオの迎えにいっとる」

フェイトは零れそうになった何かをぎゅっと押し留め前を見つめる。
止まっている場合ではない。泣いている場合でもない。
龍野を助けに行かなければならない。
それからでも止まる事はできる。泣く事もできる。
龍野を助けて、その胸に飛び込んで、それから思いっきり泣けば良い。
フェイトの目が一点に定まった。

「なのは、大丈夫かな」

頭を切り替える。
何より今しなければならないことを考える。
それから、いつもは人一倍強い親友の事が思い浮かんだ。
フェイトは浮んだ事をそのまま口に出した。

「なんや。龍野ちゃんの心配はせんの?」
「心配、だよ。すごく」

意外そうにはやてがフェイトを見つめる。
その視線にきゅっと唇を噛んでから答えた。
はやてにもフェイトが心配していることは分かっていた。
分かっていたが、それでもここで切り替えられることに驚いたのだ。

フェイトは優しい。それも底抜けに。
ちょっとしたことでも心配するし、それが龍野となれば更にである。
なのはに対してもそれは言える。けれど、なのははまた別の柱が心の中に立っている。
それは自分の力の大きさを自覚した上で人のために奉仕する気持ち。
つまり皆を守りたいと思う心があるから、彼女はエースオブエースの称号を頂いているのだ。

「だけど、たぶん、たつのがいたら自分よりなのはを大切にして欲しいと思うんだ」

龍野の事は心配だ。その気持ちに一欠けらの嘘も無い。
しかし、龍野がこの場にいたら、自分の心配よりなのはを支えてやってくれ、という気がフェイトはした。
どこまでも自分を後回しにする彼女だから、恐らくそうだろうとフェイトは思っていた。

フェイトの言葉にはやては確かに龍野の考えそうなことだと思う。
自分が一番大切だというくせに人のことを気に掛けすぎの彼女は。
きっと誘拐されたのもヴィヴィオを確実に逃がすためなのだろう。

「……なのはちゃん、泣いてへんで」

ぽつりとはやてが呟いた。その視線は窓から外へと向いている。
表情を読まれたくなかった。はやては自分がどんな顔をしているか自覚していた。
たぶん、管理局員の顔はしていない。普通の友人を心配する表情が浮んでいるはずだ。
そしてその顔は今見せるべきでないのも理解していた。

脳裏に浮んだのは龍野がいないと知ったときのなのはの表情だった。
ヴィヴィオを迎えに出て行くまでの数瞬なのははとても複雑な顔をしていた。
喜んでいいのか、悲しむべきなのか。
ごちゃ混ぜになった感情は自分への苛立ちへと形を変えていた。
それは違う、間違っているとどうしてなのはに言えるだろう。
はやてはただ見送るしかできなかった。

「泣けないんだよ」

フェイトは親友の事に思いを馳せる。
龍野を好きななのは。自分より前から龍野に惹かれたなのは。
そしてヴィヴィオを可愛がっていたなのは。
きっと彼女が受けたショックは計り知れないほどで、守れる力を持っている分だけそれは大きくなる。
フェイトは今すぐ傍に行って、なのはのせいじゃないよと言ってあげたかった。

「なのはは、泣けないんだ」

なのはという人物は泣けない。
泣くことが人に心配を掛けると思っている彼女は泣けない。
無理に連れ出さなければ休みもとろうとしない人物だ。
今思えば龍野の傍でだけ、なのはは素の自分を見せていたのかもしれない。
フェイトの前さえなのはが泣いた事など数少ない。
それほど強くて、脆い少女だった。

「だから心配なんだって、たつのも言ってた」
「そか」

そして、それをフェイトに教えてくれたのは龍野だった。
フェイトはここにいない少女にただ祈った。
なのはを守って、と。



第九話 終





[16056] STS 第10話
Name: Fath◆995c8f6d ID:facee20f
Date: 2017/01/01 22:10

えー、一応。
この話は百合的にハッピーエンドで終わる予定です







なのはが六課に着いた時には全てが終わっていた。
守れなかった。何もかも。
日常の象徴のような友人さえも。
何も守れないエース――そんなものに意味はあるのだろうか。
なのはは唇を噛んだ。



余生におけるある世界との付き合い方 StS 第10話



ざわざわする心をどうにか治める。
龍野のことが心配だ。何もできなかった自分が口惜しい。
けれどヴィヴィオを迎えに行かないなんて選択肢はなかった。

「大丈夫、大丈夫なの」

なのはは小さく言い聞かせる。
それから何度か笑顔を作る練習をした。悲しい顔は見せられない。
ヴィヴィオだって急な襲撃にショックを受けているだろうから。
なのはは一度全身を確認してから海鳴へと出発した。

転送ポートの直ぐ前にヴィヴィオたちはいた。
連絡を入れていたから、わざわざ待っていてくれたのだろう。
なのはは気を遣ってくれた親友達に笑顔を向けた。

「ヴィヴィオ!」
「なのはママっ」

駆け出してくる姿になのはは手を広げて向かえた。
すぐに軽い衝撃と共に確かな温もりが腕の中に広がる。
間違えるはずも無い。ここまで迎に来た大切な存在だった。
――良かった。
なのははほっと息を吐いた。
聞いていたとしても、やはり腕の中にいるのとは違う。
今ヴィヴィオに触れることで、なのははやっと無事を実感することができた。

ぐりぐりとヴィヴィオがなのはに甘えるように頭をこすり付ける。
その様子に小さく微笑みながら頭を撫でる。
フェイトやアリサとはまた色合いの違う金の髪が手の中をすり抜けていった。

「お疲れ、なのは」
「大変だったね、なのはちゃん」

しばらく親子の感動の再開を眺めていた二人はキリの良い所で声を掛ける。
その声になのはは顔を挙げて二人と顔を会わせる。
お互いの顔に浮んだものは笑顔になりそこねた苦笑だった。

「アリサちゃん、すずかちゃん」

一瞬何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
言葉を詰まらせたなのはをアリサ達は静かに待っていてくれた。
長い付き合いの二人にはなのはの心境などバレバレなのかもしれなかった。

「ありがとう、ヴィヴィオのこと見ててくれて」

どうにか感謝の言葉を口に出す。
龍野のことが喉の奥から飛び出しそうになったのを堪える。
アリサやすずかの顔を見ると龍野の顔も一緒に浮んでくる。
それは三人がなのはにとって日常、故郷の象徴になっていたからで。
龍野がいない今を強調されているような気になってしまった。
――龍野ちゃん。
小さく呟く。苦い何かを胸に差し込まれたようだった。

「なのはママ?」

何時の間にか、ぎゅっとヴィヴィオを抱く力が強くなってしまった。
涙に潤んだ瞳がなのはを見上げていた。
不安そうな表情になのはは微笑んで見せる。
大丈夫だよ、と耳元で囁けば漸く安心した顔を見せてくれた。

「いいわよ、それくらい」
「そうだよ。龍野ちゃんから任されたんだしね」

アリサが何てことはないと肩を竦めた。
すずかもお礼なんていいと笑う。
余りにも予想通り過ぎる反応だった。
変わっていない二人にキツク縛られていた心が僅かに緩んだ。

「それで龍野はどうなのよ?」

アリサが髪の毛を払うように手を動かす。
心配していないというスタンスを貫こうとしているのだ。
これがいつもの会話だった。龍野について話す時アリサは大体がこんな感じだった。
けれど、いつもと同じように返すことが今はできない。
なのははそれが悲しかった。

「……うん、連れて行かれたみたい」
「そう」

ありのままを伝える。
どんなことを言われるのだろうとなのはは少し身構えた。
龍野を守れなかったのは自分の咎だ。
何を言われても受け止めようとなのはは思っていた。
だが返ってきたのは相変わらず淡白な返事だけで、拍子抜けする。

そんななのはの反応を予想していたのだろう。
アリサはふんと鼻で笑うと腕を組んで胸を僅かにそらした。
自信に溢れた瞳がなのはを真直ぐに見る。

「龍野は大丈夫よ。だって、なのはが助けに行くんでしょ?」

違う?と笑うアリサになのはは一瞬反応ができなかった。
すぐに意味が身体に染み込んできて大きく頷く。
連れて行かれたんなら助ければいい。
尤もな意見になのはは救われた。

「タツノ、いなくなっちゃったの?」
「ううん。今は出かけてるだけだよ」

アリサとのやり取りにヴィヴィオがなのはの服をくいくいと引っ張る。
柔らかな引力になのはは身体を折って、視線を合わせた。
不安そうに揺れる色の違う瞳がなのはを見つめている。
ヴィヴィオは龍野にとてもよく懐いていた。
過ごす時間が長かったせいもあるのかもしれない。
だから、今泣いていないことになのはは少々驚いていた。

「帰ってくる?」

泣き虫なヴィヴィオの涙を止めているのは、龍野なんだろうか。
なのははふと湧いた疑問に少しだけ微笑を零す。
きゅっと込められた力がなのはの服に皺を寄せた。

「迎えに行かなきゃダメみたいなの」

ヴィヴィオの言葉になのははそっとその頭を撫でる。
金色の髪が手の中で滑らかに動いた。
戦闘中に逃げ出してきたとは思えない綺麗さだ。
龍野がいかに素早く逃がしてくれたのかがわかる。

なのはは気付いた事実に唇を噛んだ。
ヴィヴィオを逃がす時間があるならば自分も逃げられたはずなのに。
なぜ、龍野は逃げなかったんだろう。
あんなに面倒くさい事を嫌って、管理局に関わるのも嫌がっていたのに――なのはの疑問は尽きない。
その答を聞くためにも龍野を助け出さなければならない。

「だからヴィヴィオ、一人で待ってられる?」

本当は一緒にいてあげたい。
今回の襲撃がヴィヴィオを狙ったものではないかという話も聞いている。
だから再び魔の手が及ぶとしたら、今なのはの目の前にいるこの子に対してで。
自分の手で守ってあげたいとなのはは思っていた。
しかし状況からしてそれはできない相談だ。
なのははエースだ。エースが守るべき者は一人ではない。

「待ってる。タツノに言わなきゃいけない事があるから」

ヴィヴィオは泣きそうな瞳に、強い意志を込めてなのはを見上げていた。
今まで一度たりとも見たことがない強い光。
それは甘えん坊のイメージが強いヴィヴィオを変えるには十分な色だった。

「言わなきゃいけないこと?」
「うん。アリサに教えてもらった」

なのははアリサへと視線を動かす。
そこにいたのはこんな状況にも関わらず、いつもの不機嫌そうな表情を前面に押し出す同級生の姿だった。
いつもこんな表情を見ていた気がした。
小学校も、中学校も、世界が離れた幾ひと年さえ、アリサは龍野を話すときにこの顔をする。

「ちょっとね、アイツにお灸据えるためよ」
「もうアリサちゃんは相変わらず龍野ちゃんに厳しいね」
「アイツがバカだからよ」

尖った唇から出るのは優しい言葉。
なのはにはできない関わり方で龍野に関わるアリサの言葉。
それは、きっと龍野にとって僥倖だった。

「物分りが悪い奴には直接言うしかないの」

――自分を顧みず、身を捨てる奴には、自分の背中にどんだけの人が載っているかを自覚させなければならない。
それがアリサがある年齢を超えた時から、常に頭の片隅にあったことであったし。
また、龍野を変えるために必要な全てである気もしていた。





――龍野、起きよ。

響いてきた声に龍野は瞳を開ける。
そこに広がるのは三度目の白の世界。
またか、と呆れにも似た感情が胸に広がる。

「お前は、能力というものの意味を分かっていないのではないか?」

声のみが響く空間。
もはや、苦笑さえでない。
危険だと知っていて、飛び込んだ。
それはきっと今までの龍野であれば、ありえないことだ。
ただ、母親と子供が戦うということが龍野の琴線に触れてしまったのだ。

声の主を探すように首を動かすと、自分の手足が塞がれていることに気づく。
重そうな銀の鎖がどこから伸びているかわからないほど遠くより去来し龍野の手足を縛っていた。

「今の状況は?」

白の少女の言葉を遮るようにして、尋ねる。
不敬かもしれない。
そんなことは百も承知だ。
だが、今の龍野に必要なものではない。
――自分の生き死によりも先に、フェイトやなのはの様子を知りたかった。
それは龍野という人間の歪さが結晶と化した欲求だ。

「なに、お前はその姿のとおり捉えられておる。薬で眠らされておるが、命に問題はない」

それはよかった。吐息のような言葉が漏れる。
薬を打たれたところまでは記憶がある。
スカリエッティは困ったことに、左腕と内気功に気づいていた。
どこから漏れたかなどわからない。
それでも、龍野の仕事柄漏れたとしてもおかしくないものでもある。

「ヴィヴィオは?」
「お主の希望通り、母親と会えたようだ」
「そう、ならいい」

あとは待つだけだ。
ヴィヴィオがなのは達と合流できたのなら、聖王のゆりかごは発動しない。
そうなれば、なのはとヴィヴィオが戦う運命も避けられるし、なのはの負担も減る。
龍野が望んだことは叶えられる。

「余生というものは」

思考の海に沈もうとしていた。
白い世界は夢みたいなもので、この世界は白の少女のものだ。
凛と響く声に龍野ははっとした心持がした。

「”余った生”である」

ぼんやりと目の前が歪み白の空間から、さらに異質な白を持つ姿が現れる。
それは囚われの罪人を助けに来たようにも見えたし、逆に断頭台へ引き連れに行く看守のようにも思えた。
久方ぶりに目にした姿は、最初の出会いより少しも変わっておらず、異質なものに慣れてきた龍野でさえ緊張感を強いられる。

――余った、生。

その単語に引っ掛かりを覚えずに今まで来れたのは、その結果たどり着くものから目をそらしたいと思う人間的本能のせいかもしれない。
口の中で一度緩やかに言葉を転がして、考える。
白い姿が何も浮かばない、浮かばせない顔で龍野を見下ろしていた。

「ともすれば、余生は普通より短くなるもの」

――この姿の意味を分からぬことはあるまい。
少女の言葉はあまりに的確で、残酷な現実を龍野に知らしめる。
いつから、思っていたのだろう。
一度死んだときからだろうか。
そのことを考え付かなかったのは甘えとしか言いようがなかった。

「今?」
「現実と照らし合わせて説明すれば、救助された後目覚めることなく」
「わかった」

それ以上聞く必要はないと龍野は言葉を遮った。
くるくる、くるくる、回るのは友人たちの顔ばかりで。
じくじくと胸の奥が痛くなる。

「世界はいつだって、こんなはずじゃなかったことばっかり、か」

白い世界が開けようとしていた。



第十話 終



えー、一応、この話は百合的にハッピーエンドで終わる予定です



[16056] STS 11話
Name: Fath◆995c8f6d ID:ba5169b7
Date: 2017/01/11 20:14



ぼんやり、ぼんやり、光が見えてくる。
真っ白な光の中で、もはや顔なじみになった少女がいる。
そんな気がした。



余生におけるある世界との付き合い方 StS 第11話



最初に聞こえたのはざわざわとした雑音だった。
ノイズが含まれたような音は覚醒し出した聴覚器によって選別され始める。
段々と現実の世界が近づき、龍野はゆっくりと瞼を上げた。

「んっ」

眩しい。
久しぶりに浴びる光に龍野の視界は白く染まった。
反射的に細めていた瞳に柔らかな人影が見え始める。
いつも、そうだった。
この世界に来てから、龍野が白の次に目にする色は決まってこの鮮やかな金色。
いつからか日常の色になっていた。

「たつのっ」
「龍野ちゃん」

ベッドに横になっているのだろう。
見慣れない清潔感にあふれた天井が見える。
そこに顔を突き出すようにして、幼馴染二人がこちらを見ていた。
耳が痛いのは、出された声にいつもとは違う悲壮感が漂っていたからだろう。

「――れ、フェイ……なの、は?」

声がかすれて、音にならなかった。
何度かはくはくと口を動かし、やっと望んだ言葉を紡ぐ。
あつい、いたい、おもい。
世界は不快感で満ちていた。

「うん。うん、うん、うん、そうだよ」
「ずっと起きないから、心配したの」

すごい勢いで頷きながらフェイトが涙をこぼす。
ぽたぽたと白い肌を伝った滴はそのままベッドへと吸い込まれ、その動きを龍野はただ見つめるしかできない。
拭ってあげたくてもピクリとも動かない。苦しい。

なのはの方はまだ冷静を顔に張り付けていた。
それでもその声は震えていたし、変に力が入った体は見ているだけで肩が凝りそうだった。
泣かせてあげたい。ただそれもこの状態では無理な話だ。

「ずっと……?」

かろうじて動く首を動かして、見えるものを確認する。
窓から見える街並みは、見慣れないミッドチルダのものだった。
まだ青い空は朝の爽やかさに満ちている。

「二週間だよ」
「そんなに?」

頭に靄がかかったようにハッキリしない。
いや、わかっていることも確かにある。
生きていた。
龍野は確かに生きて、息をして、この世界に戻ってきた。

「ヴィヴィオは?」
「元気なの。龍野ちゃんのおかげ」
「そっか、良かった」

満足そうに微笑む。
自然と気になることを減らしていた。
――それがある人の防波堤を壊すような行為だったとしても。

「違う、違うよ。たつの」
「フェイト?」

金色の髪が空間を舞う。頭を振るごとに揺れる様は涼やかな音まで聞こえてきそうだ。
龍野の顔を覗き込むようにベッドサイドに立っていた彼女の足は、いつの間にか力を失い縁へへたり込む様に座っていた。
震える手が伸びて、龍野の頬に触れる。冷たい指先であった。
「助けられたわたしが言うのは間違ってるかもしれないけど」とフェイトは前置きをした。

「なんで、一緒に逃げなかったの?」

ぎゅっとフェイトの手がシーツを握った。
余程強い力で握っているのだろう。ただでさえ白い肌がさらに青ざめている。
――逃げる。
逃げてしまいたかった、本当は。
何も知らないふりをして、全てから逃げてしまえば、きっと一番楽だ。
そして、今まで逃げいていた分のツケが龍野に重くのしかかっていた。

「たつのが優しいのは知ってるよ」

いや、優しさなんかじゃない。
――これはエゴで、逃げで、臆病なだけだ。
そう思う龍野の胸に、真っすぐすぎるフェイトの言葉は深く突き刺さる。

「たつのが他人を優先するのもわかってる」

くしゃりとフェイトの顔が歪んだ。
治まり始めていた涙が再び堰を切ったかのように溢れ出す。
今日龍野はフェイトの泣き顔しか見ていない。

「でも、でもっ! わたしはたつのが生きてくれてるのが――それが、一番、嬉しいんだよ?」

叫び。
人の、心の底からの、願い。
それは時として、何より雄弁に人にわからせる。
自分の罪を思い知らされる。
フェイトはこの時、確かに龍野の戸を叩いた。

「フェイトちゃん」

肩を震わせ始めたフェイトの背を支えるようになのはが手を回した。
優しく親友の肩を抱き、なだめるように撫でる。

「たつのが、いなくなるのっが……それがっ、一番、怖いの」

いつの間に、そうなってしまったのか、フェイト自身にもわからない。
龍野は、魔法とは無縁で、戦闘にも出ていなくて、一番安全な人で。
そうだったはずなのに、一度目の前から消えてしまった。
手を伸ばしても、届かないかもしれない。
もう戻ってこないかもしれない。
何より、物言わぬ姿で横たわる姿は最初の記憶を揺さぶった。

「だから、無理しないで。無茶しないで。わたしを置いてかないで」
「フェイト」

おいてかないで。
こぼれる言葉はもう音でしかない。
ぼろぼろとぶつけられた感情が龍野の中で反射する。

「ごめん……ごめんね、フェイト」

知らなかった。知っていた。
生きるということがどれだけ難しく、それでいて奇跡的なことなのかを。
けれども、自分の生にその重さがあるとはついぞ気づかぬまま今まで生きてきた。
だが、もし自分の生きる意味が少しでもあるのだったら、今度はそれを確かめながら生きたい。
――私はこの子を置いていくところだった。それも無意識のうちに。
龍野はひたすら謝ることしかできなかった。



パンッと乾いた音が部屋に響いた。
場所は龍野の入院している個室であり、ベッドの上だ。
もう龍野自身は筋力の低下以外、特に問題ないと言われている。
それでも、まさかここまで思い切りよく叩かれるとは思っていなかった。

「バカ、あほ、無鉄砲、無茶しすぎ、何考えてんの」
「アリサちゃん、落ち着いて」

鼻息も荒く、すずかが落ち着かせていなければ、もう、2、3発は叩きそうな勢いだった。
言葉を選んでいるのか、選びすぎた末になくなったのか、ぶつけられる言葉は単語だ。
じーんと衝撃が収まり、地味に痛みへと変わり始める。
その間もアリサの言葉がやむことはなかった。

「だめ、無理。ほら、ヴィヴィオも」

ぶっきら棒な優しさが一番効く。
フェイトは目を覚ました時に泣いた。
なのはな何も言ってはこなかった。
逆にその扱いを怖く思っている。

アリサの言葉に部屋の隅に隠れていたヴィヴィオが顔を出す。
怒りが爆発している間、じっと我慢してくれていたらしい。
ひょこりと小さな体を出して、とことこと歩いてくる。
龍野のベッドサイドまで近寄るとつぶらな瞳で見上げる。

「いなくなっちゃ、だめだよ?」

抱きしめられたぬいぐるみに皺が寄る。
素直な言葉は、何よりもヴィヴィオの望みを龍野に伝え、言葉に窮した。
くしゃくしゃとフェイトとはまた違う髪色の金を撫で不甲斐なく笑う。
手のひらから伝わる感覚が、これ以上ないほど優しくて、なんだか不思議な気持ちになった。

「うん、もういなくならないから」

ヴィヴィオは嬉しそうに頬を緩めた。
すんなりと言った龍野に、アリサとすずかが目を見張る。
子供相手だからだとしても彼女が自然とそういうことを口にするのは珍しい。
龍野自身は何も言わない。
それでも、確かに何かが変わっていた。

「退院したら、もう一発殴るから」

アリサの言葉に龍野は小さく頷く。
きっと、その時は今よりも強く殴られるのだろう。
アリサのことだからと思い、少しだけ笑ってしまった。

「アリサ」
「何よ?」

名前を呼べば、ようやく落ち着いてきた眦を再び釣り上げる。
臨戦態勢に入るのが早い。
喜怒哀楽が激しいのは昔からの性格だ。
そして、それは大方、友人の優しさによるものだと龍野はわかっていた。

「ごめん、ありがとう」

素直に口にする。
今までの万感の思いを込めた、複雑なごめんとありがとうだった。
込めた意味の何分の一が伝わったかなど龍野にはわからない。
それでも伝わったことは、今度こそ大きく目を見開いたアリサの表情と、すぐそらされた顔の赤さでわかる。
さらに言えばそんなアリサと龍野を楽しそうに見つめるすずかが一番穏やかな顔をしていた。

「……あたしじゃないわよ」

横顔しか見えない状態でアリサは龍野に告げた。
正面を向くことができないのは、まだ頬の赤みが引かないからであり、少しだけ不機嫌そうな顔を作る。

「それを一番言うべきなのは、誰に対してか、わかるでしょ?」

アリサはずっと見てきたのだ。
龍野もなのはもフェイトも。
交わると思っていなかった関係が交わり、絡まっていくのを見ていた。

「そうだね、ずっと言ってないから」

――言わなきゃいけないことがいっぱいあるみたい。
そう口にしたのは、無意識だったのか。
龍野の視線はここではないどこかを見ていた。

それはアリサの嫌いな視線の一つ。
自分を切り離しているときの仕草に似ていた。
ただ、それでも今の龍野に何か言うことは間違っている気がして。
アリサは言葉を飲み込んだ。

「なら、言ってあげなさいよ」
「よろしくね、龍野ちゃん」
「うん」

静かにうなずいた龍野の顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
それはまるで覚悟を決めた人の表情であり。
ざわざわとした。





時間は少し巻き戻る。
なぜ、龍野は生きているのか。
生きるものすべてが持つ生存欲求。
それを一番強く持つのが人間だった。

「いやだ、死にたくない」

はっきりと口にした。
この世界に生まれてから初めてこの少女に逆らう。
自分を生かしてくれた存在に、こんなことを言うなんてふてぶてしいのかもしれない。
神様に死にたくないと願う人は数えきれないほどいるだろう。
そうわかっていても、言わないわけにはいかなかった。

「なのはを、フェイトを、皆を残して死ねない」
「そう、幾億の人が望んだろうな」

白の少女は冷徹に告げた。
龍野は唇を噛む。
今ほど動かない手足が悔しかったことはない。

「何より、お前が生きていたとして何になる?」

冷たい言葉と視線が龍野を刺す。
白の少女が口にすることはいつも正論で、反論を封じ込められてしまう。
抵抗するように動かした手足の先に括りつけられた鎖がちゃりちゃりと音を立てた。

「一番初めの友人を助けるわけでなく」

なのはを見捨てた。
それは確かに龍野の罪だ。

「金の魔導士をむやみに助け、傷つけ」

罪悪感がなかったと言えば嘘になる。
自分のために、人を切り捨てた。
その罪の意識が、あの無駄な事故につながるのだろう。

「家族を失った少女に偽の家族を与え、いなくなろうとしている」

希望を与えてから絶望に突き落とすのは、きっと救わないより酷いことだ。
一度、手に入れたものだから人は喪失感を覚える。
失くしたことがない人は、失くしたものの大切さにさえ気づけない。

「そんな、お前が生きていても邪魔なだけではないか?」

嫌な汗が背中を伝った。
どきどきと動悸が激しい。

一言、一言が突き刺さる。
今、龍野の心を具現化できるとしたら、きっと刃が突き刺さっているのが見えただろう。

「それが」

血を流して、それでも、抗わねばならなかった。
でなければ龍野は二度と彼女たちに顔を見せられない。
これ以上、彼女たちに傷を増やすわけにもいかなった。

「それがどうした! 私はだからこそ、絶対に死ねない」

なのはには助けられてばかりで、何も返せていない。
フェイトを傷つけてばかりで、笑顔にさせてあげていない。
ティアナに支えてもらってばかりで、守れたこともない。
だからこそ、龍野は死ねなかった。

「傷つけるとわかっていても、生きるのか?」
「その分を返すために」

死ねない、死にたくない。
生きたい、生き延びたい。
強い決意と共に、瞳を燃やす龍野に白の少女は破顔一笑した。

「ふふっ、くっくっく、あっはっは!」

二人しかいない空間に少女の笑い声が響く。
あっけにとられた龍野はそれを見つめるしかできない。
少女の感情に合わせるように、白の世界が明滅した。

白は眩しい色だ。
それ一色だけだと、何も分からず、目もくらんでしまう。

「おかしな話よのぉ、人の子」

笑いすぎて出た涙を拭きながら白の少女は声を出す。

「お主は最初から、生へ対しての執着が薄かった。だからこそ、最初の転生がありえたのだし、二度目の余との邂逅もあった」

生へと執着する性格であれば、あの場にいることもなかった。
運命通りことは進むはずだった。
そこにイレギュラーが入ってしまった。
龍野の生物として低すぎる生存本能だ。

「そのくせ、生きたいと表面では言って能力もそれを望む」

ちらちらと空間が明滅しているのかと思った。
そう思っていたら、まるでペンキがはがれるかのように、白い何かが降ってきていた。

「今の世にはそういう人間ばかりが多い」

表面だけで生きる薄っぺらい人間。
生きるのが簡単になってしまった弊害かもしれない。
少女は少しだけ表情を暗くさせた。

「だから、死なせてしまいたかったし、死なせたくなくなってしもうた」

生きる気がないなら、死を。
生きる気がないなら、死に等しい生を。
そして、いつか生を渇望する人生を。

「やはり人は生に執着して、望みを抱いて、わがままを言わねばならん」

かかっと笑う姿は老獪で、そのくせ少女で、龍野は憎らし気に唇を噛む。
つまり、踊らされていたに違いない。
この神様は龍野を試したのだ。

「どうせ、人は人を傷つける。であったら、好きに生きるがよし」

にっと人の好い表情を浮かべ、とんでもないことを言う。
神様が言うのだから、そういうものなのだろうと変に納得してしまった。

「だましたの?」

龍野が気になるのは別の事だ。
生きていいのか、生きていけるのか。
やっと、龍野としての人生を踏み出せるのか。

「嘘は言っておらん。お主の命は終わっている」

余生はすでにない。
神であっても、人の命を伸ばすことはできない。
それは世界を変えることと同じなのだ。
拘束された状態のまま、龍野は少女を見上げる。

「その無意味なアラートの代わりに今、想われている分だけの命を与えよう」

ぽんと小さな手が龍野の頭に乗った。
冷たくも、温かくもない、温度。
わかるのは、自分の命がいつ消えるか分からないことだけだ。
いや、もうすでに消えている。
それを人の想いの力でどうにか伸ばそうとしているだけなのだ。

「余とて人の命をどうにかすることはできん」

悲しいような、笑っているような顔で少女は言った。

「そういう無茶を起こすには人の馬鹿みたいな想いの力が必要なのじゃ」

――努々、忘れるでないぞ。
――すべての人は人に生かされているのだ。

龍野の人生はこうして一度終わりを迎えた。



StS 第11話 終





[16056] 最終話
Name: Fath◆995c8f6d ID:ba5169b7
Date: 2017/03/19 22:17



ずっと、隠していたことがあった。
ずっと、想っていることがあった。
それは全て、間違っていると思ったからで。
私は今、その瀬戸際に立っている。

後藤 龍野、九死に一生。
すべてを清算させる時です。



余生におけるある人生との付き合い方 最終話



龍野がやっと退院できたのは、目が覚めてからひと月が経った時だった。
元々大きな怪我もなく、リハビリに集中していた。
日常生活に問題ないと診断されたため、家に帰ることができたのだ。

「あー、やっと着いたぁ」

ミッドチルダの家に戻るのも久しぶりだった。
スカリエッティの影響で、様々な場所に傷跡が残っていた。
管理局から近くなかったおかげだろう。家の損傷自体はないに等しい。

「ほんと、久しぶりね」
「ティアナも来るの久しぶりでしょ?」
「まぁ、ね」

今日一緒に退院したティアナもこの家に入るのは久しぶりだった。
なのはとフェイトは急に入った仕事のせいで、この場にはいない。
この仕事の件で、はやてが泣きそうな顔をしていたのは龍野は知らぬことだった。

仕事場と家が繋がったような作り。
ティアナの部屋もしっかりと確保されている。
あとはほとんど使われない客間があるだけの家だ。
フェイトとなのはは、客間ではなく龍野の部屋で寝るため、そんなことになっていた。

「ティアナがいてくれて、助かった。ありがとう」

一か月の入院荷物となれば、ある程度大きくなる。
退院が決まったばかりの龍野には重く、一人だと大変だった。
龍野はお茶の準備をしながら、ティアナに礼を言う。

「う、ん。気にしないで」

むず痒いような顔で、ティアナはそう言った。
隠すようにお茶を飲んでいるが、少し頬が赤い。

「なんかさ、タツノさん、変わった?」
「そう?」
「うん。前より、なんだろ……柔らかい、かな?」

言葉を選んで口に出す。
何かを変えたつもりは、龍野にはない。
しいていえば。

「うーん、大切なものに気づいたからかな」
「え、どういうこと?」

慌てたようにティアナがお茶を置く。
少しだけ波だったお茶がこぼれた。
それを、また優しい顔で龍野が見てくるからティアナとしてはたまらない。

「ないしょ」

ふわりと柔らかく笑う。
それが、まさしく女性の微笑みで。
ティアナは普段とはまた違う気配に息をのむ。

「でもね、今回助けられて、色々考えた」

落とされた視線に温度があるならば。
ティアナはふと考える。
前までの龍野は冬の色を抱えていて、今の龍野は春の色を抱えていた。

一人でいるのが好きな人だと思っていた。
なのはやフェイト、ティアナがいくら近づいても、どこに距離がある。
なのはに入り込ませているスペースと、フェイトに入り込ませているスペース。
ティアナが入らせてもらっているスペースは別なのだ。
そして、龍野の周りには誰も入れない領域がある。

「ティアナにも言いたいことがあるから、二人でちょうどよかった」

ぶつかる視線が温かい。
ティアナはこの人に寄り添って”もらって”いた。
途中から、龍野も自分と似たような感情を抱いているのがわかった。
だから、さらに寄り添うようになった。
家族になりたくて、寂しいのが嫌で、寂しそうなのが嫌で、傍にいた。
龍野に好きな人ができたとしても、離れるつもりはない。

「これからも、家族でいさせてください。ティアナに大切な人ができるまで」

龍野の口から出た願いに泣きそうになる。
涙腺が緩む。
初めて、龍野自身の口から求められた。
そんな気がティアナにはした。

「こっちこそ、よろしくっ」

言葉にならない音。
それでも確かに二人にはその音が聞こえていた。



なのはが龍野を訪ねられたのは、退院してから3日後だった。
これでも早めに仕事を終わらせてきた。
親友であるフェイトはまだ、仕事が終わっていない。
きっと誰よりも龍野の傍に居たかっただろう。
わかっていても、譲れない。
なのはだって、その気持ちはあるのだから。

「龍野ちゃん?」
「ああ、なのは、いらっしゃい」

珍しく龍野が料理をしていた。
エプロンもしっかりとつけて、様になっている。
作っているのはお菓子のようだ。
いつもはしない甘い匂いがなのはの鼻をくすぐった。

「ちょっと待ってて、荷物はいつものように置いてくれていいから」
「うん、わかった。何か手伝う?」

今日は泊まる予定だ。
泊まるとき、いつも龍野と一緒の部屋を使わせてもらっている。
客間を使えばと何度も言われていたが、広い客間を一人で使うより、少し狭くても龍野と一緒が良かった。

「大丈夫、ありがとう」

感謝がこぼされた口元に笑みを見つける。
いつもと変わらないはずの表情に、一瞬動きを止めてしまう。
――なんだろう。
何かが違う。
入院中、何度も足を運んだ。
退院こそ付き添えなかったが、久しぶりというほどの期間でもない。
変わっていないはずなのに、何かが違う。

「龍野ちゃん」
「なに、なのは?」
「……ううん、なんでもないの」

それが、少しだけ、心を騒がせた。

「はい、なのは」

荷物を置いて、戻ってきたなのはの前に皿が差し出される。
綺麗な白い皿。
その上に載っているのは、定番のショートケーキだった。
皿とタツノを何度か見比べる。
苦笑いが返ってきた。

「作ったの。なのはに、食べてもらいたくて」

龍野が、なのはに作った。
このショートケーキを。
衝撃的な出来事に頭がとまる。

「え、あ、うん。すごく嬉しいよ、でも、なんで?」

龍野は家事ができる。
でもわざわざケーキを作ってくれたことはない。
一緒に食べに行ったことさえ、数えられるほどだ。
わからない。
なんで、こうしてくれるのか。
それは、一種の恐怖に近いものをなのはに齎した。

「今までの感謝と、ごめんねって意味」
「謝られるようなこと、したの?」

じっと白いケーキを見つめる。
自分の家が喫茶店をしているため、見慣れている。
そのなのはから見ても、とても美味しそうなケーキだった。

かたんと音がして、龍野がなのはの対面に座る。
困ったように少しだけ首をかしげる仕草にどきっとした。
いつの間にか知らない人、知らない女性になってしまっているような気がしたからだ。

「なのはとは、一番長い付き合いだよね」

血の流れが変だ。
熱くなったり寒くなったり、暇がない。
背中を冷や汗のようなものも伝っている気がして、なのははお腹に力を入れた。

「そう、だね」

龍野と一番付き合いが長いのは、自分だ。
それをある種の誇りに思っている。
龍野を最初に好きになったのも、友達になったのも、自分。
フェイトでもティアナでもない。

「私さ、最初から間違ったんだと思う」
「え?」
「なのはとの関係」

ざっと血の気が引いた。
鏡を見なくてもわかる。
今の自分は蒼白だろう。

音が遠くなって、光が遠くなる。
ぼやける景色の中で、龍野が立ち上がるのが見えた。

「ちがう、違うから、なのは」

隣に座る龍野の手が温かい。
ふらついた体を支えられるように、龍野の胸へなのはは顔を埋めていた。
龍野の匂いと温もりに包まれる。
それに自分を拒絶するものは何もなかった。

「最初、なのはは友達になろうって言ってくれた」
「うん」

自分の頭の上で龍野の声が聞こえる。
心地のいい体験だった。
もう少しだけ温もりが欲しくて背中に手を回す。

「だけど、私は距離を置いた」
「うん」

龍野の声がじかに響く。
心臓の音がした。

「それを謝りたくて」
「いいのに」

律儀な性格だ。知ってはいた。
謝られる必要があるとは思わない。
だって、嫌がっている龍野にぐいぐいと近づいたのも自分なのだ。

「だめ。あと、ありがとうって」

なのはが顔を上げると真面目な顔をした龍野がいた。
思ったより近い距離に顔が熱い。

「あらためて、私と友達になってください」
「うん……うん!」

この後食べたショートケーキは一生忘れられない味だった。



もう遅い時間になりつつあった。
急に入った仕事を、どうにか終わらせて、退院後、初めて龍野の家に足を運んだ。
夕飯時にお邪魔することになったフェイトは、龍野が作ってくれたご飯を食べた。
何も変わらない穏やかな時間だった。

誰の場所よりも通いなれたベッドの上で、フェイトは一人、緊張感に包まれていた。
龍野のいる場所でこんなに緊張するのは初めてかもしれない。

――嘘みたい。

龍野が救出されたとき、大きな外傷は何もなかった。
検査結果も異常値は出ず、なぜ目覚めないのかわからない状態だった。
だから、もう一度龍野が目を開けてくれたときは、本当に奇跡だと思った。
筋力の低下のためにリハビリが必要ではあったが、今の龍野は依然と何も変わらず生活をしている。

「フェイト? 寝てても良かったのに」

お風呂から上がってきた龍野が目を何度か瞬かせた。
その表情はフェイトが見たことがないくらい柔らかい。
「何も変わるはずのなかった生活」が確かに変化を遂げている。
それが何かフェイトにはまだつかめていない。

「あ、ううん! タツノと話したかったから」
「そっか、ありがとう。待っててくれて」

ふんわりと口の端を上げる龍野。
言わなきゃいけないことも、伝えなきゃいけないことも、いっぱいあった。
たくさん、たくさん、準備してきた。
それでも、いざこの場面になると少しも口から出て行ってくれなかった。

「あのね、タツノ」

捕まえておけと、自分に言ったのは誰だったろう。
はやてだったか、アリサだったか、もしかしたら、すずかかもしれない。
龍野を死なせないように、この世界に縛り付けなければならない。
ある時からずっとフェイトの中の一部を占めていた感情は、この間の事件でパンクしてしまった。

――嫌われてもいい。
――もう、この場所に来れなくなってもいい。
――タツノに死んでほしくない。

「わたしは、タツノのことが好きだよ」

たくさん、たくさん用意してきた言葉の、一番最後に言うはずだったそれを、フェイトは最初に口に出してしまっていた。
理由をいっぱい考えた。
言い訳もいっぱい考えた。
逃げ道もいっぱい考えた。
それほど言うのが怖かったはずなのに、フェイトの気持ちが我慢してくれなかった。

「ありがとう。私もフェイトのこと、好きだよ」

どっくん、どっくん鳴っていた心臓に邪魔をされるも、その言葉ははっきりと聞こえた。
嬉しかった。それと同時に少し悲しくもなった。
やっぱり、微塵も伝わっていない。

「違う、そうじゃない。そうじゃなくて」

友達としても好きだ。
だけど、そうじゃない。
家族としても好きだ。
だけど、それじゃ足りない。
フェイトの中で一番大きくなってしまった願望は、きっとあの時のベッドサイドで全てこぼれてしまっていた。

歪む視界の先に龍野の姿だけが輝いて見えた。

「フェイト」

ゆっくりと近寄ってきた龍野に優しく抱きしめられる。
立っている龍野のお腹に顔を埋めるような形になった。
ほんのりと暖かくて、涙が一層強くなる。

「私は、まだわからない。好きだとか、嫌いだとか」

ぽんぽんと頭を撫でられる。
それは遠い記憶がよぎる、暖かい手だった。
頭の上で響く龍野の声がひたすらに優しい。
――自分の事を少しも否定することなく、優しく受け止めてくれている。

「でも、わかってることもある」

「なぁに」とこぼれた言葉は幼くて甘い。
まるで自分が子供だった頃に戻ってしまったかのようだった。
少し恥ずかしくて、でも心地いい。
龍野がいつもくれる温かさだった。

「それは私が生きているのはフェイトたちのおかげってこと」

ぎゅっと抱きしめられる手に力がこもる。
どういうことか聞きたくて、顔を上げようとした。
それでも龍野の腕は振り切れなかった。

「もうちょっと待ってくれる?」

優しく、柔らかく、すごく大切な宝物を扱うように龍野の手がフェイトの頭を撫でた。
龍野は――龍野は酷い人だ。
わかってないなら、まだしも、わかってからも待たせる。
フェイトは少しだけ微笑んだ。きっと誰にも分からない程の微かなものだ。

「タツノは、ひどいね」
「……うん、ごめんね」
「いいよ、そういうところも、好きみたい」

息を吸い込めば龍野の香りが体中に広がった気がした。
優しくてあったかい匂い。
きっと、そう待たされることもないとフェイトは思った。
どちらにしろ、今は答えをもらうこともできない。
親友に抜け駆けをしてしまったことも言わなければ、と色々なことを考えて。
それからフェイトはそっと目を閉じた。



カチャンと茶器と皿がぶつかる音がした。
いつもなら絶対一人で訪れることのない場所に緊張が拭いきれない。
目の前にいるのは友人であるはずなのに、この様だ。

「なぁに、アンタ、結局逃げてるの?」
「いや、そういうわけじゃ」
「逃げてるでしょ。また、一発貰いたい?」
「もう十分だから」

アリサの語気に、慌てて首を振る。
龍野がここにいるのは理由がある。
しかし、それは叩かれることではない。

「幸せにしたいと、思ってる」
「ふぅん」

アリサの相槌が突き刺さるようだ。
まるきり信用されていない。
龍野は心を決めて顔を上げる。

フェイトから告白されて、その返事を保留した。
その後、なのはからも似たようなことを言われ、それも待っていてもらっている。

「好きなんてね、後でいいのよ。特に、なのはたちには」

なのはとフェイトはきっと龍野が傍にいるだけで喜ぶ、とアリサは言う。
自分で言うのもあれだが、そんな気はしていた。
あの優しい二人のエースは、そう言ってくれるだろう。

「二人とも本気なら、私も本気で応えたいから」

好きじゃなくても、好きと言うことはできる。
好きじゃなくても、できることはある。
それでも、龍野は本気で二人に応えたかった。
なぜなら自分の命がいつ尽きるかわからないからだ。

「半端に付き合って、半端に喜ばせて、大きく傷つけるのは嫌」
「よく言うわ」

アリサがほとほとあきれ果てた顔で龍野を見る。
ずっと三人の関係を見てきたアリサにしてみれば、それこそ今さらの言葉だった。

「また、危ないことするつもりなの?」
「そのつもりはないけど、何があるかはわからないから」
「それもそうよね」

本来ならば龍野よりもフェイトやなのはに命の危険がある。
ただ、今の自分は命のカウントダウンが始まってしまっている。
うかつに手を出すことはできないと龍野は考えていた。

「人間、誰だっていつ死ぬかなんてわかんないわよ」

「あたしも、あんたも」とアリサはお嬢様らしくなく指をさす。
白い指先が動くのを龍野はじっと見ていた。

「もしかしたら、明日死ぬかもしれないし、ずっと先かもしれない」

誰にも分からない。
龍野にも、フェイトにも、なのはにも。
龍野の命がいつ消えるかわからないように、なのはとフェイトの命も今消えている可能性があるのだ。
その想像だけで龍野は背筋に氷を差し込まれたような気がした。

以前ならわかった。
何が危ないのか、いつ危ない時期が来るのか。
しかし今の龍野にその能力はない。
できるのは疲れをとることくらいだ。

「どうしよう」
「だから、さっさと決めて、目いっぱい幸せになったら、って、あたしはずーっと言ってるのよ」

煮え切らない龍野に、アリサが面倒くさそうに答える。
龍野の言うことはわかる。
わかるけれど、ひどく面倒くさい。
いらいらをごまかすようにアリサは前髪をかき上げた。

「死ぬとか考えてないで、さっさとあたしの友達を幸せにして」

ぼそりと呟いた一言がアリサの本心を何よりも表していた。
危なっかしいところはまだある。
それでも以前よりは、なんというか、人らしくなった。
フェイトとなのは、龍野の関係がどうなるかは分からないが、きっと悪いことにはならない。
そんな予感がアリサはしていた。

「わかったら、人生相談に来る前にさっさと行動!」

アリサの言葉に龍野は小さく頷いた。
何杯もお代わりしていた紅茶を飲み切り、席を立つ。
今日はなのはとヴィヴィオと遊ぶ約束をしていた。
明日はフェイトが泊まりに来る。

死にたくないなと龍野は思った。
いつか死ぬとはわかっていても、今は死にたくない。
人として生まれて、人生二回目にして、初めての感覚だ。

見上げた空は、いつもと変わらず青かった。




最終話  終了



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