<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[15378] 東方乱力録 【完結】 
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2011/09/24 20:44
CAUTION!
本作は東方projectの二次創作です。
現実→東方世界オリジナルキャラ転生TS。
主人公以外にもオリジナルキャラが出現。
基本的に主人公最強。ただし無敵では無い。
大筋は東方歴史に沿いますが、特に最初がむちゃくちゃオリジナル。
独自解釈、東方歴史、設定の改変及び消失。
使用される原作設定は星蓮船までです。

以上の事を構わん! と言える方はお読み下さい。













 先程、妖怪と最初の邂逅を果たした。




 何の事はないいつもの帰り道だった。大学入試まで一ヶ月を切ったというのに呑気に部活を続け、コンクールに提出する予定も無いのに彫刻に夢中になったせいで今日も昇降口を出る時には夜の帳が完全に降りていた。暗い。風が寒い。
 友人達とは家の方向が反対なので一人で暗がりを歩く。すきっ腹に民家の窓から漂ってくる夕飯の香りが染みた。コンビニで肉まんでも買っていこうか……
 黙々と視線を落として細い路地裏を歩いていると、何やらもこもこした物が塀の脇に転がっているのに気が付いた。
 外灯も無く、月明りだけでは正体が分からない。
 ……なんだこれ。
 大型犬ぐらいの大きさだが、完全な球体だ。白いもこもこに興味を引かれる。細かい毛が生えていたので丸めた毛布かと思ったが継ぎ目が無い。ぬいぐるみ、な訳ないよな。手足も顔も無いぬいぐるみなんて聞いた事も無い。
 もしかして生き物かと鞄の角でもこもこをつついた瞬間、毛皮が触手の様に伸びて俺の体を飲みこんだ。
「ちょっ!」
 突然の事に慌てて真っ暗闇の中で暴れる。生き物だった! 今、俺喰われてる!? 何か肉壁からどんどんぬらぬらした液がでてくるんだけど! もしかしなくても消化液? 食べる気か!? 本当止めてくれ、俺はまだ死にたくない!
「てめーが何かは知らんが喰われてたまるか!」
 ポケットを探り、ヤケクソ気味に部活で使った彫刻刀を蠢く肉壁に突き刺した。殴っても蹴ってもびくともしなかったが、刃物なら効くに違いない。きっと効く。効いて下さい。
 天に願いが届いたのか、彫刻刀の刃はあっさり突き刺さった。いける!
 刃を捻って傷口を広げてから引き抜き、再び渾身の力で突き立てる。獲物の抵抗を感じ取ったのか肉壁の動きは激しくなり、全身に感じる圧迫感も強くなった。
「負けるか! 美術部の根性ナメんなぁあ!」
 負けじと刺して刺して刺しまくる。オラオラオラオラオラオラオラオラ!
 渾身の連撃でジョジョに締め付けが緩くなり、ラストスパートをかける。スタンドこそ出なかったが胃液ではなく血で全身が濡れるほど滅多刺しにした。
 やがて血で手が滑り彫刻刀をしっかり掴めなくなってきた頃に肉壁は動かなくなり、俺を外に吐き出した。勝利! 見たかUMA!
「ぬぁあ、全身べっとべと」
 消化される前に脱出できて良かったが、胃液で服が溶け、血と混ざって凄い事になっている。月明りを頼りに目を凝らしてみると目の前に真っ赤な毛玉が転がっていた。グロっ。
 ただしスプッラッタ毛玉の下は落ち葉が積もっていた。横には枯れ木。
「あ、れ?」
 勝利の喜びがどこかに吹っ飛んだ。どこだここ。俺、町中にいたはずなんだけど。何で森の中?
 周囲を見回すが鬱蒼と茂った森が広がるばかりで家や街灯どころか人間の気配すらなかった。試しに耳を澄ませても車のエンジン音は全く聞こえない。呆然とする。
 ……毛玉に喰われる次はテレポートですか。超常現象のバーゲンセールだな! あはははははは!
 ……ふう。OK落ち着こう。クールになれ。戦場では焦った奴から死んでいく。ここ戦場じゃないけど。
 まず帰り道で正体不明の白い毛玉を見つける。つついたら喰われた。内側から滅多刺しにして脱出。胃袋から出るとそこは森の中だった。
 よし。いや良くない。結局ここどこだよ。木の種類から見るに日本っぽいけどさあ。北海道だったらどうすんだよ。俺、近畿在住だぞ。
 しばらくぼけーっと突っ立ったまま考えていたが、不意に「くちゅん!」とやけに可愛らしいくしゃみが出た。なんか喉がおかしい、と思いながら手で鼻を拭ったのだがその手がやけにちんまくなっていた。
「おん?」
 あれ? 何か声おかしくね? 周りの木もやけに高くね? 服でかくなってね?
 それにどことなく体の感覚が変わったような。
 嫌な予感がした。鏡は無いのでだぼだぼの服な上から恐る恐る股間に手を伸ばす。
「…………」
 絶句した。
 大型犬くらいの大きさの真っ赤な毛玉に恐々近寄る。うむ、どう見ても死んでいる。いやそれは良い。身長を比べてみるとほとんど同じだった。青褪めた。
 ……ここは叫んでいいよな? いや、駄目って言われても叫ぶ。
「わああああああああ!」
 夜の森にロリヴォイスが響き渡った。










 高校からの帰り道、妖怪っぽいUMAに喰われた。
「ねーよ」
 胃袋から脱出したが森で迷子になった。
「ねーよ」
 幼女になっていた。
「ねーよ。どこのファンタジーだよ」
 俺はぶつくさ言いながら落ち葉を踏み分けて歩いていた。
 あの後一通りパニクってから服を調達した。胃液でボロボロな服を幼女が身に着けていたら危ないおっさんに襲われそうだ。まあこんな森の中におっさんがいたら襲われる前に道を教わるがな!
 脂で切れ味の落ちた彫刻刀でなんとか毛玉を解体し、浴衣モドキの服を作った。裁縫など家庭科の時間以外でやったことはないがどうにかそれっぽい物に仕上がる。
 毛玉はどういう体の構造をしているのか体のほとんど胃袋で、脳と目がもこもこの毛に隠れて申し訳程度にあるだけだった。これは生物学的にありえるのだろうか。
 とにかく得体の知れない怪物? でもこの非常事態では資源に違いない。獲物の有効活用だ。訳の分からん状況だが、いや訳の分からん状況だからこそ使える物は何でも使う。伊達に毎年一人でキャンプしてないぜ。
 毛玉は外側の皮は刃が立たなかったが、内側からは簡単に切れた。変な毛皮だ。
 皮肉にも体が幼女サイズになったおかげで全身を覆う服と前で締めるための帯ができたが、流石に糸無しで下着は作れなかった。腰から下に風が通って寒い。
 彫刻刀は最後の方で刃が折れたので、ボロ切れになった学ランと共に埋めた。所持品は血で赤く染まった毛皮浴衣モドキだけである。まさに着の身着のまま。
 毛皮一枚を羽織って靴も無しに月光が差し込む森を彷徨っているのだが町が近くに無いと冗談抜きで死ぬかも知れない。舗装されていない落ち葉の道を幼女のちまい足で歩くのは想像以上に疲れた。水も食べ物も無い。何故か腰に届きそうなぐらい伸びていた髪も返り血で紅くべっとりしていた。重い。
 遭難ですか、そうなんです、なーんてギャグを思い出したが乾いた笑いしか出なかった。
 せめて明日の朝には町につかないと野たれ死ぬ。既に足がガクガクいってる。体だるい。
 ふらりとよろけ、危うく転びそうになった。近くの木の幹に手をついてバランスを保ち、長々と息を吐く。でこぼこした幹の感触が嫌にリアルだった。
 一度立ち止まってしまうともう一度歩き出す気力は湧かなかった。今日はここまでか……体力が続く内にできるだけ進んでおきたかったんだが仕方ない。凍死の危険がありそうだが寝よう。毛皮の衣もあるしなんとかなるだろう。何より眠い。
 地面の落ち葉を軽く掻き分けて浅い穴を作り、浴衣にくるまったうえで落ち葉をかけて眠った。果たして朝日は拝めるだろうか。









 目が覚めると日が真上に昇っていた。眩しい日の光が目に痛い。
「……おお」
 凍死せずに済んだ。この衣すげえ。一晩野ざらしでも寒いどころか暖かい。
 もそもそと土を除けて起きた。軽く屈伸、伸びをする。体力も回復していた。
「よしゃ!」
 いける! 助かる! 町が近ければだが!
 昨日の夜地面につけておいた矢印に従い、まっすぐ歩く。昨日より体が軽く、腹の感覚がおかしくなっているのか空腹もあまり無い。
 鼻歌を歌いながら小一時間歩くとちょっとした空き地のような開けた場所に出た。と思ったら湧き水発見! うおお神様ありがとう、俺まだ頑張るよ! 俺っつっても今幼女だけどな! 家族の待つ家に辿りついても「誰?」って言われる事請け合いだけどな! いいんだ今は気にしないから!
 変なテンションのまま岩の間に顔を突っ込み、直接水をがぶ飲みした。生水だけどそんなもん知らん。
 ついでに髪も洗う。手でもみ洗いして血が落ちた長い髪はなぜか雪のように真っ白だった。
 え、何この驚きの白さ。恐怖で白くなったとか? まあ確かに毛玉に丸呑みにされた時は思わず串刺しフリークになるぐらい怖かったけどさ。
 ……まあ髪の色ぐらい構わんか。後で染めればいい。
 髪のついでに浴衣も洗おうとしたが、水を弾きやがった。意地になって血を落とそうとしたが徹底抗戦された。むしろ擦った分毛皮全体が真紅に染まる。
「べ、別に諦めたんじゃないからね! 勝負を預けるだけなんだから!」
 折角ロリ声になったのだからと最後まで抗いきった浴衣に言ってみたが、自分の声だと思うと猛烈にキモくて落ち込んだ。もう二度と言わない。
 衣を羽織ったら再出発。水あるところに文明あり。近代はそうでもないが、希望を膨らませながら湧き水の出る岩を後にした。







夕方、村についた。
「まじか」
 村だ。町ではない。どう見ても村だ。
 崖の上の木の陰からこっそり下を伺う。
 ものの見事に竪穴式住居。高床式倉庫。瓦などありはしない。
 それだけなら縄文テーマパークかと思ったが、粗末な麻の服を着た住人が老若男女歩き回っていた。魚が刺さった木な銛を担ぐ者。石臼で木の実をすりつぶす者。極め付けは男女共に上半身裸だった事だ。Oh...

・喰われる
・森で迷子
・幼女になる
・タイムスリップ←NEW!


もう何があっても驚かない事にした。



[15378] 古代編・妖怪警報
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/17 06:22
 故郷の父さん、母さん、元気ですか。息子は娘どころか妖怪になっても頑張っています。








 村を発見したは良いがコンタクトを取る気にはなれなかった。村は高い木の柵で切れ目無く囲まれ、唯一の出入り口には門番っぽい厳つい槍を担いだ兄さんが警戒心を剥き出しにしているのである。なにあれこわい。
 村人は全員黒髪の日本人らしい顔をしていた。俺は……もう私でいいか、女だし。私は瞳こそ黒だが髪は純白。日焼け? 何それ美味しいのと言わんばかりの白い肌。
 どう見ても異邦人だ。門番に会った瞬間に怪しい奴、と斬られかねない。
 村人が話す言語はなぜか現代日本語とそっくりで、彼等と接触を諦めた私は崖の上に身を潜めて毎日盗み聞きをしていた。
「崖の上から」盗み聞きだ。言い間違ってはいない。
 毛玉に遭遇撃退してから五日ほどの間、身体能力が超人的に成長したのだ。しかも一日に森で採った小さなキノコ数本しか食べてないのに元気全開。
 こっちに来てからこの台詞ばっかりな気もするけど、なんで?
 もしかして空気にプロテインの世界に来ちゃった? 嫌だぜそんなの。
 悶々と悩んでいたが、疑問は盗聴十日目に解決した。粗末なござの上に座り木の櫛で脱穀をしていた男二人のぼやきが聞こえる。
「最近妖怪来ねぇなあ」
「いいだろ気楽で」
「まあなあ。能力持ちでも襲って来た日にゃ死闘だからな」
 妖怪……だと?
 この世界妖怪いるのか? 人間離れしたこの体力筋力。もしかして俺、もとい私妖怪になってる? 漁とか狩りの様子を観察する限り普通の人間は崖を垂直に駈け登ったり三十分息を止めたりできないみたいだし。
 それに能力持ちってなんだ? 過去の世界か狩人漫画の世界かと思ったが違うのか。
 能力、能力……と頭を悩ませていると、唐突に理解した。
 あ、私も能力持ってるわ。
 理屈は知らんが理解した。一度気がつけば自分の手足を認識するのと同じぐらい自然に把握できた。今までどうして知覚できなかったのか不思議なくらいだ。
 私の能力は、



「力を操る程度の能力」





東方かよ!









 疑問が氷解して納得した。東方って人型の妖怪が多いし……つーか人型しか居ないもんな。あの毛玉は特殊な妖怪だったんだろう。空間を渡るとか何かそんな感じの能力を持ってたのかねぇ。その割にはたかが彫刻刀であっさり死んだが。
 私の妖怪変化の理由も謎だが気にしない事にした。人間より妖怪の方が長生きで強い。他の妖怪は知らんが私は人間を食べなくても平気。文句なんか無い。
 元の世界に戻る気は無かった。ぶっちゃけた話、部活や家族よりも妖怪パワーの方が興味があった。自分で言うのもなんだが薄情である。相変わらず食べ物は貧相なキノコやら中身がスッカスカの木の実やらで寂しかったが空腹を感じ難くなっていたお陰で我慢できた。
 その物理法則を無視しているっぽい妖怪パワー、元になるのは妖力だ。妖怪が持つ力だから妖力。安直なネーミングだが分かりやすくて良いと思う。
「力を操る程度の能力」を自覚してから、「力」に敏感になった。自分の体からもやもや出ている黒っぽい妖力が見える。人間からは白っぽいもやがほんの少し出ていた。人の力だから人力、と呼ぼうかと思ったが、ややこしいので霊力にした。
 この能力は「力」が見えるだけではない。八雲紫の「境界を操る程度の能力」には負けそうだが、かなりのチート具合だった。
 妖力を霊力に変換したり。
 霊力を電力に変換したり。
 再生力を上げたり。
 防御力を上げたり。
 観察力、記憶力、画力なんてものも強化できる。
 一度に操れる「力」は一つだけ、無から力を出せない、という制限はあるが、応用が効く優秀な能力だ。しかもエネルギー変換効率100%。すげぇ。
 能力を使えば、いや使わなくても人間の百人や二百人一捻りにできそうだが、未だ村には顔を出していない。
 どうもこの世界この時代、人間と妖怪の仲が悪いらしいのである。
 私はまだお目にかかっていないが時折妖怪が村を襲撃するらしく、毎回死傷者が出ているそうだ。ただ家々を破壊し村人を引き裂くだけの時もあれば村の備蓄を奪っていくこともある。どちらにせよ襲撃のたびに働き盛りの男衆が深手を負うので妖怪は非常に嫌われていた。
 死傷者か。スペルカードルール前だな……村の文明レベルから察するにまさか幻想郷もまだできていない? どんだけ昔なんだよ。
 相変わらず崖の上から聴力を強化して観察と盗聴を続けているが、村人達はいつも上半身裸でうろついている。服着ろ。
 この分では幻想郷誕生は当分先になりそうだ。







 こちらの世界に来て早一年が経った。四季が巡って再び冬、私は寝床にしている森の中の小さな岩窟から出て村に向かった。
 毎日毎日朝から晩まで村人を観察していたせいか、最近彼等に愛着が沸いてきた。向こうはこちらを知らないが、私は向こうを一方的によく知っている。名前、趣味、好きな食べ物、片思いの相手まで。ストーカーみたいな……げふんげふん。えー、彼等は文明レベルは低いが愉快な人達だった。
 今日も今日とてこっそりといつもの崖の上に向かったのだが、不意に自分以外の妖力を感じた。
「ん?」
 意識を集中して探ってみたが気のせいでは無い。村に向かってかなりのスピードで妖力が近付いている。
 噂に聞く村を襲う妖怪か。私は走力を強化して駆け出した。
 森の木々の間をすり抜けるように走り、あっという間に崖の上につく。匍匐前進で崖の端に這っていき、下を覗くと丁度村を挟んで反対側の森から妖怪が飛び出したところだった。妖怪は木の柵を紙切れのように吹き飛ばし、易々と村に侵入した。
「鬼がでたぞー!」
「ゴサンの家が壊された!」
「門番早く来い!」
 村はたちまち大混乱に陥った。ドリルのような一本角を頭に付けた茶髪の青年が、半纏に袴姿で村人を引き裂いていく。ああっミラヤ! ソナ!
 時代を無視した服装は置いておくとして、鬼は凄まじい形相で村人を惨殺していく。飛来する矢の雨は周りの土が盛り上がらせ、壁を作って防いでいた。土を操る力か?
 眼下で殺戮劇が繰り広げられているのだが、不思議とショックは受けなかった。
 妖怪化して感覚が変わったのか、ああ悲しいな可哀相だな程度だ。この世界に来る前では考えられない。多少心がざわつくのみで嫌悪感は湧かなかった。
 しかしだからといって村人が殺されるのは黙って見ていられない。私は脚力を強化し、ひとっとびで暴れる鬼の眼前に降り立った。
 ザン、と音を響かせ空から降ってきた私に人妖双方が驚いた。
「助太刀参上!」
 人間の方を見て笑いかけたのだが、顔を強張らせて一斉に弓を構えられた。ちょっ!
「新手の妖怪か!」
「ちっ、妖怪二匹は止めきれん。女子供を逃がせ!」
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。死んでたまるか!」
 イザク、それ死亡フラグだから。
「放て!」
 あ、止めて射らないで!
「待って、私人間の味方だからって痛い痛い、ちくちくする!」
 手で顔を覆ってガードする。幼女が男言葉で話すのも変なので適当な女言葉らしきもので頼んだ。防御力を強化しているが、衣から出ている手足に矢が当たって痛い。痛いで済むこの体に感謝である。
「何か言ってるぞ!」
「耳を貸すな!」
「矢が効かん! 外見が幼くともやはり妖怪か!」
 分かってくれない。こりゃ妖怪=悪って観念が染み付いてるな。駄目だこれ。
 鬼の青年はそちらは任せたとばかりに遠くで暴れていた。彼に近付こうとしたが、村人が必死の形相で立ちふさがる。
「どいてノヤ! あの鬼を止める!」
「何!?この妖怪、俺の名前を知ってやがる! チビで気色悪い奴め!」
 逆効果! 妖怪と人間の仲悪すぎだろ。
 あー、もうやってられん! どうせ妖怪ですよ!
「鬼さん、そろそろ引くよ!」
 一か八か今度は倉庫を破壊している鬼に声をかけるとこちらに走り寄ってきた。
 おお、聞いてくれた。
「何だもう限界か」
 意外と渋い声だった。しかもイケ面。く、悔しくないからな!
「はいはい限界限界。私もう無理。脱出手伝って」
「いいだろう」
 鬼はあっさり頷いた。あ、いいんだ。村を壊滅させるまで止る気は無い! とか言うと思った。
「ついてきて」
 身を翻して走り出すと、鬼は隣を並走した。後ろから村人が矢を射掛けてくるが彼は気にも留めない。
「初めて自分以外の妖怪を見た」
「それは私も同じ。ところで何で村を襲ったの? 時々強襲してるみたいだけど」
 問い掛けながら柵を飛び越え、村の外に出る。鬼は柵を突き破って続いた。豪快。
「ムシャクシャしたからな」
「中学生か!」
「チュウガクセイ?」
 鬼が不思議そうな顔をする。やべ。いやそんなに不味くもないのか?
 ……まあ意味を説明するのにも手間取りそうだし誤魔化しておこう。
「いや何でもない。鬼さん家は?」
「剛鬼」
「どこそれ」
「俺の名だ。剛の鬼、剛鬼。お前は?」
 な、名前? 前世の名前はもろに男名だし……なんかないかなんかないか。
 私の特徴。白髪、幼女、妖怪。白髪だから白とか? いやもうちょい捻って……
「白雪。白い雪」
 咄嗟に考えた名だがこれでいいか。後ろに姫がつきそうだ。
 剛鬼は良い名だ、と言うと黙って私の横をひた走った。森に入ると村はもう見えない。
 村人は追って来なかった。



[15378] 古代編・酒鬼
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/17 06:36
 森を抜けて私が寝床にしている岩窟に着くと剛鬼は感心した声を上げた。
「良いねぐらだ」
「こんな五人入れば一杯になる岩窟が良いって……普段どこで寝てるの?」
「土の上」
 野晒しか。ワイルドだ。
 しかし鬼って単純だ。受け答えもそうだが行動基準もね。村を襲った時に凄い顔をしていたが、今思い返せばあれは満面の笑みだった。自分中心なだけで悪気は無いのだろう。
 適当に腰掛け、秋に蓄えた干し柿を振る舞いつつ話を聞いてみる。
 剛鬼はこの辺り一帯をウロウロして、村を見つけると襲い掛かっては人口を半減させているらしい。理由はムシャクシャしたから。他にやる事が無いから。「土を操る程度の能力」を使うのが楽しいから。
 どうやら中世の鹿狩りのような感覚らしい。
 まあ、妖怪の私達からすれば鹿も人間もあんまり変わらないんだけど感心しない。何より私は元人間なのである。強い妖怪も知恵のある人間も平等に好きだ。
「つまみはあるけど酒は無いからね。勘弁して」
 会話が一段落した所で言っておいた。鬼とくれば怪力の次に酒だ。しかし剛鬼は首を傾げた。
「酒?」
「あー……どぶろく? 焼酎? 飲んで酔っ払う」
「ああ、人間が飲む水か。俺は飲んだ事は無い」
 なん……だと?
「鬼なのに酒の味を知らない!?」
「知らん。何を驚く」
 ああー……この時代ってまだ鬼=酒の公式が成立たないのか? 東方の勇儀も萃香も溺れるように飲んでたし、嫌いなんて事は無いだろうけど。
「飲む?」
「飲む」
「じゃ、待ってて。持って来る」
 剛鬼を岩窟に待たせて村に走った。
 毎日の往復でできた森の道を辿ってあっと言う間に到着。村では夜襲を警戒して篝火が焚かれていた。昼前襲撃したばかりだから当然か。
「だが残念。妖怪なめんな」
 人間の防御網を正面突破し、罠を力ずくで破るのが妖怪だ。未来になって陰陽師やら退魔師やらが出てくれば知らないが、人間の技術が未熟な今はそれだけの力の差がある。
「また出たぞー!」
 一陣の風になり、騒ぐ村人の隙間を縫うようにして倉庫に辿り着く。扉を開くと一抱えほどある大瓶が並んでいた。ぷんとアルコールの臭いが鼻をつく。私は一つ失敬して蓋をした。外に出ると村人が取り囲んでいた。
 竹やりを構えて兄の敵、とか母の怨み、とか言ってくる。そんな事言われても私は殺してないからね。剛鬼に言って。
「あでぃおす!」
 笑顔でサムズアップすると村人は困惑した。そりゃ分からんわ。
 村人が驚き戸惑っている隙に大瓶を抱えて大きく跳躍し、数十メートル離れた崖の上に着地した。
「あーばよー、とっつぁーん!」
 捨て台詞を残してみたが誰も答えてくれなかった。淋しい。







 酒をこぼさないように気をつけていたせいで、帰りは行きの三倍時間がかかった。
「お待たせ剛……鬼……」
「遅かったな」
 岩窟の中の食料が消えている。蓄えておいた干柿と干肉を完食した剛鬼に迎えられてキレそうになった。食べるなとは言って無い。言ってないけどさあ……!
「これは言わなかった私が悪いのか……」
「ん、怒っているのか。なぜだ」
「……いや、いいよ気にしなくても。はい酒」
 まるで分かっていない顔の剛鬼に脱力し、抱え持っていた酒を渡した。
「ふむ」
 剛鬼は蓋を開けてしばらく匂いを嗅いだ後、瓶の縁に口をつけて傾けた。
「…………」
「…………」
 傾きが増していく。口を離す気配は無い。瓶がほとんど逆さまになってもまだ飲み続ける。
「うわばみか」
 結局そのまま息継ぎも無しに最後の一滴まで飲み干してしまった。もう呆れるしかない。鬼の胃袋すげぇ。剛鬼は微妙に赤くなった顔で瓶を突き返してくる。
「っは~、白雪、もう一杯」
 ねーよ。
「人間の村に行かないと無い」
「行って来る」
 すぐさま立ち上がった剛鬼の袴を掴んで止める。流石に一日三回襲撃はね。特に一回目は死傷者が出たし。
 私に攻撃してきた可愛くない村人達だが、私達妖怪相手で無ければ気の良い奴等である。死ぬと悲しい。適当に言って引き止める。
「や、今行っても無いよ」
「そうなのか?」
 嘘だけど。
「来年になればあるよ」
「待てん」
 気に入りすぎだろ。おいこら、ジリジリ出口に向かうな。
「今行って人間を襲うと再来年になるかも」
「なっ!」
 剛鬼が物凄いショックを受けていた。その場で地面に崩れ落ちる。嗚咽まで聞こえてきた。
「……剛鬼が人を襲わなければ半年で持ってきてあげるけど、どうす」「襲わない」
 そ、即答!?
 鬼ってやっぱり単純だな……いや純粋なのかも知れない。私はこの邪気の無い鬼を気に入ってしまった。








初めて友人ができた、そんな冬の日。



[15378] 古代編・決闘と諸問題
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/17 20:00
 剛鬼が私の岩窟に住み着いてから百年ほど経っていた。この百年で身長が10cmほど伸びた。このまま行けば四、五百年でロリっ娘卒業、物差しが無いから分からないが160程度にはなるだろう。
 現時点で私は百歳弱、剛鬼は百五十から二百ぐらいである。鬼は歳の数え方も大雑把だ。
 剛鬼の酒好きはかなりのもので、半年に一度村から強奪する濁り酒だけでは我慢できなくなったのか自分で酒を造り始めた。田圃の草取りをする鬼、というのはかなりシュールだった。ちなみに森の中に水を引いて田圃を作ったのは私だ。水はけの良い腐葉土に延々と粘土を混ぜ込む作業は地味に辛かった。
 最近では妖精と小妖怪が彼の仕事を手伝っている。
 ここのところはどこからともなく妖力が集まり、妖の類が発生するようになっていた。大体年に三、四匹のペースで発生し現在剛鬼配下の小妖怪達は百匹に上る。生まれた妖怪全てが軍門に下っているわけではないが九割以上は剛鬼の下にいるだろう。
 年々発生ペースが上がり小妖怪は子供を作る事もあるので、最初は食料確保が大変だった。森に自生する果物やキノコ類では足りず農作も始めてみたが毎年収支がカツカツだった。
 しかしある年、森の果物と剛鬼の米が不作になった。貯蓄も無くどうしたものかといつの間にか内政をやらされていた私が頭を悩ませていると、空腹でイライラした妖精数匹が村に襲撃をかけてしまった。
 ただでさえ妖怪達の間で原因不明の不調が広がり、更に食料難で一杯一杯だというのにこの追い討ち。人間といざこざを起こす余裕は無い。私はすぐに妖精を追った。
 が、襲撃といっても単なる悪戯で、倉庫の穀物をぶちまけたり水汲み用の桶に石を詰めたり、といった具合だった。
 意気揚々と帰ってきた妖精達はとても生き生きとしていて、驚く事に空腹も収まっていたのだ。
 そこで私は思い出した。東方でも確かそんな設定があったが、妖怪は人間を襲うものだ。生き甲斐、存在意義と言っても良い。
 それを我慢して体が健康でいられる訳が無かった。剛鬼は時折私との「人を襲わない」という約束を忘れて村を襲っていたし、私は暴走する剛鬼を止める課程で人を多少傷つけていたので健康だったのだろう。
 それ以来配下の妖怪に、死なない程度に村人にちょっかいをかける事を許可した。結果食料事情は改善。頻繁に襲撃をかければ食べる必要が無いぐらいである。やらないけどね。村の警戒が厳しくなるから。
 剛鬼の傘下に入っていない妖怪は普通に人間を引き裂いて食べるが、私達が管理監視している村には手を出さない。能力持ちが二人というのはそれだけで大勢力なのだ。並の妖怪では逆らえない。
 能力を持って生まれてくる妖は非常に少なく、剛鬼と私の他には三人しか知らない。人間を含めれば四人だ。東方では能力持ちがゴロゴロ転がっていたが、幻想郷がおかしいのか今の時代がおかしいのか……
 能力持ちはそれだけで普通の妖よりワンランク強い。能力の種類によっては馬鹿げた強さを発揮する。
 百年以上生きた私と剛鬼の強さは、東方基準で中級妖怪の上ぐらいはあると思う。もっとも、私が知る限りこの世界の最強は剛鬼だ。私より五十年は長く生きてるのだから当然だろう。







「……と言う訳で、私は剛鬼には勝てないと思うんだけどなー」
「何をブツブツと。いいから全力で来い」
 散歩してたら剛鬼と決闘する事になりました。あるぇー?






 事の起こりはこうである。
 剛鬼の配下の妖怪は多いが、私には配下がいない。私は剛鬼と違い手下がいてもやらせることが無いからだ。ところがある日配下がいないイコール弱いと勘違いした小妖怪が剛鬼に「大将、白雪さんって本当に強いんですか」と聞いた。
 聞かれた剛鬼は「そういえば白雪が闘った事が無い。よし闘おう」と実に鬼らしい思考をしてみせた。
 小妖怪、余計な事を!
 件の小妖怪は軽くボコボコにしてやったが後の祭り。かくしてやる気を出した剛鬼と森の広場の一画で決闘と相成った。
 剛鬼は邪魔が入らないよう付近一帯を立ち入り禁止にしていた。この鬼、本気である。ショートケーキを前にした子供みたいに目を輝かせてるしさ。
 私はため息を一つ吐いて半身に構えた。ここは腹を括るしかない。
「いざ尋常に」
「勝負!」
 掛け声と共に同時に弾丸のように飛び出して激突した。筋力を強化、体重を乗せた拳で剛鬼と殴り合う。そもそも体格が違うからはじめから全力で行かないと押し負けるのだ。
 剛鬼はストレート、アッパー、ラリアットとローキックしか使ってこなかったが一撃の重みが半端無い。ガードするたびに体が僅かに浮き上がった。
 対してこちらの攻撃は多少怯む程度であまり効いていなかった。
 ぬう、流石は鬼。そこら辺の小妖怪なら一撃で瀕死になるぐらいの力は込めているのに……
 このままでは私の傷が増えるばかりなので、加速力強化に切り換えて後ろに離脱した。
 手近にあった巨岩を地面から引っこ抜いて片手で持ち上げ、腕力強化をかけた上でぶん投げる。剛鬼はそれを真正面から受けて立ち、拳一発で粉砕した。巨岩は小石になって飛び散る。怖っ! 何その漫画みたいなパンチ。いや私もできるんだけど。
 更に距離を取ろうと後ろに下がると、逃がすかとばかりに剛鬼が距離を詰めて来た。しかし直線軌道なので格好の的だ。
「食らえ!」
「!?」
 カウンターで手の平からドッヂボール大の光弾を発射する。光弾は驚いた顔の剛鬼に見事に直撃した。
 実はこの時代、まだ弾幕が無い。弾幕どころか飛行術すらない。妖怪は身体能力に任せた力押しで生きていけるので、弾幕も飛行術も要らないのだ。
 そもそも妖力とは「纏う」もので、「使う」ものではないという考え方が普通だ。
 故に剛鬼は予想外の攻撃をあっさり食らった。
「何だ今のは」
「弾幕。……あまり効いてないか」
 半纏と袴を煤けさせた剛鬼が訝しげに聞いてきた。まあ、一発芸みたいなものだから倒せるとまでは思っていない。
「ダンマク?」
「妖力を丸めて撃っただけ。剛鬼もできるんじゃない?」
「妖力を丸める? そんな事ができるのか」
「できるできる。私は力の妖怪だからね。力の扱いに関しては信用していいよ」
「ふむ」
 剛鬼は顔をしかめて集中し、しばらく唸った後私に手を突き出した。
 手の平からリンゴ大の光弾が飛び出す。光弾は緩い山なりの軌道を描いて木立に衝突し小さな破裂音と共に木肌を削った。
 威力は低いが一発で成功か。侮れない……いや、東方では道中の雑魚妖精すら弾幕使う。出来ない方がおかしいか。
「面白いな」
 剛鬼はニヤっと笑った。笑顔が似合うイケ面だ。私も釣られて笑った。
「よし再開だ」
「あ、やっぱり?」






 結論から言えば決闘の決着はつかなかった。試しに飛行術も教えてみると剛鬼は簡単に習得し、後半は空中で弾幕合戦になっていた。
 最後は互いに妖力切れで引き分け。朝から始めたのに夕方になっていた。
 教えてすぐ使いこなしたあたり、やはり弾幕も飛行術も発想の問題だったようだ。今度は剛鬼配下の妖にも教えてみよう。
 さて、次の日村に日課の観察をしに行くと、私の噂が流れていた。
「昨日の森の事件知ってるか?」
「ああ、西の森の方で光ってたやつだろ。何だったんだ、あれ」
「何でも鬼と紅い衣の妖怪が闘っていたらしい」
「ほー、で、どっちが勝ったんだ」
「遠くてよくわからんかったが、見た限り引き分けだな。朝から夕まで光の弾を撃 ち合ってたぜ」
「そりゃすげぇ。やっぱ妖怪は強ぇな……ここ百年ばかり死人こそ出てねーらしい けどよ、もしかすると力を蓄えてるのかも分からんね」
「ああ、有り得る。すると昨日の闘いは襲撃の演習か」
 ええー……人を殺さなくなって百年経つのに、まだそこまで妖怪を敵視するのか。
 確かに他の村では死人が出てるけどさ、もうちょっと理解を示してくれても良いと思う。技術力の無い人間は妖怪に勝てない。この時代の妖怪はあらゆる面で人間を凌駕する言わば食物連鎖の頂点だ。それなのに人間に手を出すのを抑えているんだからその辺察してほしいんだけど。
 やっぱり人間と妖怪は相容れないのか?
 いや、幻想郷では人里に普通に妖怪が出入りしていた。
 私はせめて今の殺伐とした喰うか喰われるかが無くなるまで諦めない。



[15378] 古代編・文明開化八分咲き
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/17 21:37
 最近村の様子がおかしい。何がおかしいかと言えば発展速度がおかしい。
 剛鬼が現われた次の年には女が胸を隠すようになった。それは良い。だが二十年後には青銅のボロい剣を造り始め、五十年で鉄剣、木造建築に鉄の鍬。百年経ってみれば平安もどきになっていた。最早町である。他の町とも交流が盛んになってきている。
 声を大にして言いたい。
 な ん で ?
 何この超速進歩。百年で縄文から平安って、私が知っている世界の七倍は早い。
 剛鬼などは呑気に人間が造る酒の質が上がったなどと言っているが技術革新の果てを知っている私はいつ火器が出来るかと戦々恐々だ。火器があれば妖精程度は殺せる。
 私は歳を経て妖力が増えたお陰か「力」の二種類同時操作が可能になっておりミサイルでもなければ死なないが、かといって人間と戦争は御免こうむる。
 妖怪大将のゆるい方とまで呼ばれるだけあって私は平和主義なのだ。元人間だし。
「妖怪は人間を襲って食べるものだから仲良くなれとまでは言わないけどさ。もう少しなんとかならないかなあ」
「人間に歩み寄る必要なんぞ無いだろう」
 ある日の夕方、岩窟で剛鬼と石取り遊びをしながら話した。山と積まれた石から交互に1~3つ取っていくあのゲームだ。必勝ルールを知らない剛鬼は胡坐をかき顎に手を当てて悩んでいる。
「今はいいよ。でも後で困る」
「理由は?」
「……勘、かな」
 訳の分からん躍進を続ける世界。平安時代なら紫や神奈子、諏訪子がいそうなものだが噂は聞かない。諏訪大戦なんて大仰な名前がついた事件の話すら聞かないあたり、ここが本当に東方世界なのか不安になってくる。でもまあ人がいる以上歴史は私の知る世界に近いものになるのだろう。妖怪もいるけど。
「人間を侮ったらいけないよ。彼等の知恵と共通の敵を持った時の団結力は恐ろしい」
「知恵なら白雪もあるだろう?」
「言っとくけど、十年間勝負し続けて一回も石取りに勝てないのは剛鬼の頭が弱
 いだけだからね?」
「何を馬鹿な」
 馬鹿なのはお前だ。私は四つ残った石の内、三つを取った。剛鬼が呻き声を上げる。
「なぜ勝てない……まだ石の数が足りないのか?」
「お願いだからこれ以上増やさないで」
 負ける度に剛鬼が石を増やすので既に岩窟の半分近くが小石で埋まっている。そろそろ数えるのが面倒臭い。
 私は肩を竦め、ぶつぶつ言っている剛鬼を置いて森の見回りに向かった。






 それから更に二百年、時代が飛ぶ。
 まだ小さかった町は広がり森は切り開かれ、都心には高層ビルが立ち並んでいた。都心のビルの壁には電光掲示板がかかり、夜になればネオンの明かりが街を照らし、舗装された道路には車っぽいものまで走っている始末。
 ハァ? である。
 三百年で縄文→平成? もうどう反応していいのやら分からない。
 文明レベルは私が知る二十一世紀のそれに概ね一致するが文化の質はちまちま違った。天皇はおらず、科学技術は発達しているが芸術面の進歩はかんばしくない。そして年号も聞き覚えが無い。
 明らかに東方正史と異なる。ここは東方のパラレルワールドだったのか? 既に東方が現実のパラレルなんだが。
 しかし気になる部分もあった。
 この超文明には天皇がいない代わりに「名家」という支配者層が存在する。ここでの「名家」はただの伝統ある家系というだけでなく、各技術のエキスパート的な側面も持っていた。
 やはり開発された銃火器、服飾、建築と専門にする技術は違うが、その中に医療を得意とする名家がある。
 名を「八意家」と言った。
 偶然の一致か? どうしても気になったので監視カメラの警戒網をかいくぐり、屋敷に忍び込んで家系図を調べてみたが、どこにも八意永琳の文字は無かった。むう……
 何かもやもやするがそれ以上調べようも無いので保留にした。他に悩む事はいくらでもある。最近悩んでばかりで頭が痛い。
 例えば人妖問題。困った事に人と妖怪の不仲は油汚れよりしつこく納豆よりねっとりと続いている。
 特に最近は私達が住む妖の森も伐採が進み、住家を追われて街に出た小妖怪が撃ち殺される事件が多発していた。人里に下りたカラスか熊のような扱いである。
 いくらなんでも理不尽なのでこちらも悪人っぽい人間をさらって報復しているが、いまいち効果は上がっていない。善人をさらうのは気が引けるが、そうも言っていられない状況になりつつあった。
「はぁ」
 ため息が出る。






 そんな気苦労が続くある日。爽やかな秋晴れの朝、岩窟に捉えにくい特徴的な妖力が近付いてくるのを感じた。さる名家の執務室から盗んできた書類を置いて立ち上がり、外に出て出迎える。
「久し振り、あやめ」
「私に気付いて出迎えてくれるのは~、白雪ぐらい~」
 間延びした声と共に森の奥から妖怪が姿を現した。「惑わす程度の能力」を持つ友人、楽浪見あやめである。
 彼女は黒髪黒目で浅葱色の着物を着た少女だ。それだけなら純和風だが、赤いリボンのついたシルクハットを被っている。ちなみに中で兎を飼っている。世に名高いZUN帽だ。
「それはあやめが気配と見た目を惑わせてるからでしょうに」
 私は観察力と察知力を上げているので知覚できる。素のままだとそのあたりに何かいる、ぐらいしか分からない。
「これは癖だから~」
 眠たげに半分閉じられた瞳を更に細めた。あやめはこれで笑っている。
 帽子の位置を直してこちらにふらふらと歩み寄り、私を見下ろす。
「白雪、縮んだ~?」
 からかうような口調にイラッ★ ときたので思わず脚力を強化して脛を蹴飛ばしてしまった。
 うるっさい! 百年ぐらい前から成長が止まってんだよ!
 身長は幼女を脱出して少女スレスレ。あやめより頭一つ小さい。この性悪は会う度にそれをネタにからかってきやがるのだ。
「痛い~」
「痛くしてんの!」
 あやめの再生力と回復力を下げてやる。「力を操る程度の能力」は、体外操作の場合効果が相手の妖力や霊力によってレジストされる。あやめは剛鬼や私に匹敵する大妖怪なので、全力で力を下げてやるぐらいで丁度いい。せいぜい痛がるがよい。
 あ、力は同時に五つ操れるようになりました。年齢に比例して操れる数は増えるようだ。
「酷いけど~、そんな所も可愛い~。あ、そう言えばまだ食事してなかった~。
 行って来るね~」
 痛がるだけ痛がって不意に森に消えようとしたあやめの襟をなんとか掴んで止めた。危ない危ない。
「首が絞まる~」
「締めてんの! あそこの町は襲わないって約束忘れた?」
「いいじゃない少しくらい~、あ、苦しい苦しい」
「あやめが襲うと骨も残らないでしょうが!」
 あやめは能力をフル活用して人心を惑わせ、内紛を起こして自滅させた上でのんびりと屍を食らう。えげつない上に質が悪く、私が知る限り町を十は全滅させている。
 とんでもない妖怪である。時々うっかり人を食べようとするだけの剛鬼が可愛く見える。
「い、い、か、ら、酒でも飲んでなさい」
「え~、人間がいーの~」
 駄々をこねるあやめを岩窟に引き摺っていき、口に一升瓶を突っ込んだ。あやめは抵抗していたが、鼻を摘んでやるとむがむが言った後飲み始めた。飲んだついでにアルコールの抵抗力を下げてあげる。
「ふにゃ~?」
 あやめは目を回して倒れた。よし、急性アルコール中毒作戦成功。これで明日の朝までぐっすりだ。永眠するかも知れないが大妖怪だし多分大丈夫。
「全く手間のかかる……」
 あやめが来る度にこんな感じである。隙あらば人間を食べようとする困った妖怪だが、冷酷無比なのは人間に対してだけで妖怪仲間には手を出さない。本能に忠実な妖怪とも言えるのであまり強く出られないのが困りものだ。
 文明開花によって増した妖怪の迫害。彼女のような食欲旺盛な妖怪がいなくなっても、最早人妖共存は難しいのかも知れない……









 その夜、とっておきの酒を飲ませてしまった事がばれて剛鬼にぶん殴られた。体が千切れるかと思った。
 そんなに怒らなくてもいいじゃん! 鬼!
 あ、実際鬼だった。



[15378] 古代編・ヴォヤージュ1970
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/17 21:58
 人妖対立がますます深まり、ギスギスした中で慶事が来た。
 つい先日街の名家八意家に息女が生まれた。言わずもがな、名前は八意永琳。
 確証キタ!
 やっぱりここ東方世界だった! 永琳と言えばあのAAが思い浮かぶがそれは捨て置き、なんといっても彼女は月の頭脳・月の住人である。
 月の民は元々地上の民。彼等が月に移住するのは諏訪大戦より以前だったと記憶している。諏訪大戦が大体紀元前300年だから、私は本当に洒落にならないくらい昔に来ていたようだ。どーりで紫も萃香もいないはずだよ……
 紅魔郷が始まる頃には私は何歳になっているのやら。気が遠くなる。
 今が紀元前300年より前だとすると、この超文明はどこかで崩壊するはずだ。いつかは分からないが少なくとも永琳が成長して月に行ってからだろうし……あと10~30年ぐらい?
 早いのか遅いのか分からん。人間の技術はとっくに平成を通り越してホログラムテレビを作っている。ライトセーバーみたいな光学兵器もあるし警官はレーザー銃が標準装備だ。未だに宇宙開発に手が付けられていないのが不思議なくらいである。








 人間が宇宙進出に足踏みをする間に、人妖の対立は決定的なものになっていた。
 人間は強力な重火器で発展の邪魔をする妖怪を駆逐し始め、私と剛鬼の妖の森、あやめの家がある竹林、あとは数匹の大妖怪が守る猫の額ほどの土地以外に妖怪が定住できる場所は無くなっていた。
 私も四の五を言っている余裕は無くなり、妖怪が住む場所を確保しようと奔走している。
 昔人間と妖怪の和平を結ぶと志したが、そんなもの土台無理だった。文明開花の時点で博霊大結界を張った幻想郷の判断がいかに正しかったか分かる。科学を振りかざす人間と妖力を振りかざす妖怪は溶け合えない。争いたくなければどちらかが引き籠もるしかないのだ。妖怪に虐げられていた人間は技術力という武器を持った時必ず妖怪に牙を剥く。
 今更残っている妖怪の領土に結界を張っても土地が足りず生きていけないので、何とか人間から土地を奪い返すしかない。
 襲撃や強奪などの力技は主に剛鬼とあやめに任せ、私は諜報活動に勤しんでいた。力を操る能力の恩恵で私はあやめの次に潜入捜査に向いている。
 さて、今回の標的は八意家本宅。今日は月面ロケット製造計画会議で大半の住人が出払っている。家に残っているのはまだ幼く会議に出席できない永琳と数人の使用人だけ。
「勝手知ったる家の中~♪」
 何度も侵入しているので構造は把握している。解析力と分析力を上げて裏口の扉にパスワードを打ち込んで開き、ひょいひょいと廊下を進んだ。存在力を下げ、妖力を消しているので誰にも気付かれない。ふはははは、使用人が運ぶ盆に乗った菓子をつまみ食いしても平気だぜ。私はやればできる子なのさ!
「出張予定表は書斎かな?」
 妖怪との戦場では当然怪我人が出る。怪我をしてから医師を派遣するのでは遅い。治療の為に駆り出される八意家の出張予定表を見れば、次に人間がどこを重点的に攻める予定か分かるのだ。直接軍部に潜入できれば良いのだがあそこは警戒が厳重過ぎて面倒くさい。
 クッキーをかじりながら書斎の扉を開けると先客がいた。
 若き八意永琳、十歳。本棚に背をもたせかけ分厚い医学書を読んでいる。五秒で一ページめくっているが、それで読めてしまうのが永琳クオリティ。
 流石永琳、私達にできない事を平然とやってのけるっ! そこに痺れる憧れるぅ!
 永琳は本に集中しているし、どうせ気付きもしないだろ。口笛を吹きながら堂々と書斎を探す。机の上には無いな。引き出しの中か?
「何をお探し? 妖怪さん」
「ドッキーン!」
 ぬおわ、心臓が口から飛び出るかと思った。いやちょっとはみ出た気がする。
 永琳が本から顔を上げてこちらを見ていた。私がそっと右に移動すると、永琳の顔も右に動いた。
「あれ、見えてる?」
「最近屋敷に侵入者の痕跡があると聞いて、五感が鋭くなる薬を飲んでみたの。
 あなたの事は裏口から入った時から気付いていたわ」
 ジーザス。先日あやめから「白雪って迂闊な所あるよね~」と言われてそんな事無いと否定したのだが、訂正の必要がありそうだ。とりあえずこの場は開き直る。
「で、私をどうするつもり? 永琳」
「私の名前は知っているのね。でも偽名よ、それ」
「それも知ってる」
 本当は八意なんちゃらという発音し辛い名前だった。ややこしい名前だったから覚えていない。公の場でも偽名を使っているので、もうそれ本名にすれば良いのにと常々思う。
 つーか永琳って偽名だったんだね。私は知らなかった。五歳頃に名乗り始めるまでちょっと混乱した。あらゆる薬を作る程度の能力を持ってたから間違いないと確信してたけど。
 ちなみに町の人間の名前は全員覚えている。人間観察……もとい人間偵察の成果だ。しかしここ二百年ほどは人の出入りが激しいので数人は見逃しているかも知れない。
「まあ特にどうもしないわ。あなたをここで排除するのは難しいし。使用人を呼んだらその瞬間に逃げるのでしょう?」
「正解」
 永琳は本に目を戻した。現在人間と交戦中の妖怪の首魁がいるのに動じた様子は無かった。何を考えているのか分からないが悩んでも分かる気がしなかったので家捜しを続行する。
 無いなあ……この部屋には置いてない? 先月まで壁に掛けられた電子ブックに書いてあったんだけど電子ブックごと消えている。
 駄目元で聞いてみようか?
「永琳、出張予定表ってどこ?」
「床下に隠してあるわ」
 普通に答えてくれた。え、聞いておいてなんだけど言っちゃって良いのかそれ。
 探求力と観察力を強化して探すと床に僅かなへこみがあった。爪を引っ掛けて開ける。小さな空間には重要書類と電子ブックが束になって入っていた。
「何でまたこんな場所に」
「皆あなたに盗まれるのを警戒しているのよ」
 永琳は本から目を離さずに言った。
 何か言葉に違和感があるな……永琳は盗まれても良いと思っているのだろうか。
「参ったねそれは。今度から気をつけるよ。じゃ、さらばだ明智君!」
 隠し戸を元に戻し取り出した書類を抱えて扉の前で振り返ると、永琳は顔を上げて一瞬首を傾げた後、小さく手を振ってくれた。







 それからも何度か八意家に忍び込んだがことごとく永琳に見つかった。見つかる毎に指摘される進入方法の問題点を直しているのだが、どうも私のやる事なす事先読みされているらしくただの一度も欺けない。毎回行く先々で話しかけられるのだが一向に捕まえようとはしてこなかった。
 永琳まじぱねぇ。おかげでここ数年で私の隠行スキルは鰻昇りである。
 永琳の天才度は歳を追うごとにますます上がり、最近では何を言っているか分からない事も多い。五で神童、十で才子、二十過ぎればただの人とか言った奴ちょっと出て来い。衰えるどころか磨きがかかってるじゃねぇか。人間の新聞に永琳の名が載らない日は無いぐらいだ。
「昨日の会議で月に行く事が決まったわ」
 ある日書斎のコンピュータの電子ロックを外していると、永琳が部屋に入ってきて言った。三十秒以内にパスワードを打ち込まなければレーザーが飛んで来るので、ロックを解除してから永琳に向き直る。双方警戒は無い。
「それはおめでとう、で良い?」
「おめでとうも残念でしたも同じ事よ」
 なんだそれ。
「月夜見家主導の月面移住計画か……月にはけがれが無いから、人の寿命は伸びるだろうね」
「そうねぇ、私は月でも地上でも良いのだけれど、他の名家は命が惜しいみたい」
「いつ出発する?」
「次の満月よ」
 六日後か。
 月人起源を目撃できるとは感慨深いものがある。私が空に浮かぶ衛星に思いを馳せていると、永琳は踵を返した。
「あなたと話せなくなるのだけが残念ね。千年後か万年後か、また会う日を楽しみにしているわ」
 永琳は静かにその場を立ち去った。
 結局、永琳は出合った時から一度たりとも私に敵意を見せなかった。一体私のどこを気に入ったのだろう? あまり知的な会話をした覚えは無いんだけど。
 まあ、私も永琳と再会するのを楽しみにしよう。








 八意家の才女にしばしの別れを。



[15378] 古代編・人妖大戦
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/18 08:37
 多分全話中一番シリアス









 能力とはソフト、妖力や霊力はハードのようなものである。
 生まれたばかりの妖怪は妖力が低い、即ちハードのメモリが少ないため、能力を上手く扱えなかったり使用に制限がかかったりする。最悪発動すらしない。
 歳を重ねたり修行をしたりする事でメモリは増え、能力を正常に動作させる事ができるようになるのだ。
 また単純な能力はメモリをあまり使わなくて済むが、複雑な能力ほど容量を喰う。
 例えば剛鬼の「土を操る程度の能力」。対象は土限定で応用の幅が狭く単純な能力であると言える。実際発生直後に使いこなしていたらしい。
 反対にあやめの「惑わす程度の能力」は対象が`惑うもの´、つまり知的生物全般となっており、それなりに複雑な能力である。発生直後は小動物の方向感覚を惑わせるぐらいしかできなかったそうだ。紫の「境界を操る程度の能力」などはどれほどメモリを喰うのか知れない。
 簡単な能力持ちは生まれてすぐに闘えるので生き残りやすく、厄介な能力持ちは生まれてもすぐに闘えないので生き残りにくい。特に殺伐としたこの時代では尚更な訳で……
「むう」
「やっぱり~、まだ戦力不足ね~」
「便利な能力持ちもいるにはいるけど、まだ小妖怪だから使えないよ」
 岩窟の中、剛鬼あやめ私の三人で首脳会議を開いていた。あやめは帽子を脱いで膝に兎を抱えているので、正確には三妖怪と一匹である。
 永琳と共に名家の大半と多数の人間の能力持ちが月に移住していったので、人間戦力は激減した。名家の連中は地上の人間を見捨てるつもりらしい。残された人間と一緒にするのがためらわれる非道振りなので、これ以降月人と呼ぶ。残された人間は普通に人間。
 さてはて、これを好機と見て大攻勢をかけた妖怪勢力。人間は月人に救援メッセージを送るも、返ってきたメッセージは「てめーらだけで頑張れ(要約)」だった。主戦力なのに逃げ出して残りは放置とか……永琳以外の月人なんて皆嫌いだ。輝夜? ロケットには乗ってなかったからその内月で生まれるんじゃね?
 しかし能力持ちが減ったからと言って人間の科学力は衰えず、戦線は膠着していた。押されなくなっただけマシなのだが。
「むう」
「町に変な結界が張ってあって入れないから~、私が行って同士討ちは狙えないし~」
「結界って言うかバリアだよあれは。小細工じゃ抜けられない」
 バリアとか……無駄に高い科学力してやがる。核爆弾使用を自重しているのだけが救いだ。
「むう」
「白雪~、どうする~? 長引くと数で負けそうなんだけど~」
「うーん、そもそも勝利条件がおかしいんだよね。人間は妖怪を滅ぼせば良いけど、妖怪が人間を滅ぼせば自分達も消えるから」
「それは言っても仕方ないね~。人間がいる限り~、妖怪も生まれ続けるから~……あらら~、なんだか分からなくなってきた~」
「とにかくまずは住むための領土を取り返さないと話にならないね。私達の森とあやめの竹林だけじゃこの先とても生きていけないから……剛鬼、さっきから`むう´しか言わないけどついてきてる?」
 剛鬼はしっかり頷き、自信満々に答えた。
「ややこしい状態だという事は分かった」
 それを分かって無いと言う。
「はぁ……妖怪大将のゆるい方なんて呼ばれてた時代が懐かしいよ。何で参謀なんてやってんだろ」
「白雪、頭良いから~」
「うむ。俺の十倍は良いな」
 いや剛鬼と比べられても。鬼の中でも特に剛鬼はヌケている。腕っぷしは強いけど。
 ぼやいていても仕方ない。私はやれやれと頭を掻き、指示を出した。
「えー、とりあえず敵戦力の分断をしようか。剛鬼、大街道を道の真ん中に山創って封鎖して。壁だとぶち抜かれるし穴だと板を渡されてお終いだからね」
「承知した」
「でも~、人間はひこ~きで山を飛び越えるんじゃない~?」
「撃ち落とせば良いのさ。あやめは妖怪を連れて剛鬼が創った山の上に陣取って。山に近付く人間には弾幕の雨をよろしく」
「分かった~。白雪は~?」
「ちょっと力ずくで町のバリア壊してみる。多分無理だけど、壊せたらそのまま中の奴等をボコボコにする」
「殺さないのね~」
「負傷者がいればいるだけ手当てに人員が割かれるから」
 永琳が残した治療薬も切れたっぽい。これから敵方にベホマもどきの回復は無いと見ていい。
「それじゃ~解散~。私は妖怪集めてくるから~、剛鬼は先に行ってて~」
「任せろ。つまり山を創ればいいんだな?」
 あやめが帽子に兎を入れて被り、ふらふら岩窟を出て行くと、剛鬼がその後ろにのしのしついて行った。
 妖怪側のトップは私達三人……この戦、勝てるのだろうか。









 交通網を寸断したのが良かったのか、物流が滞った人間の抵抗が衰え始めた。工場都市と主要都市を繋ぐ道に一夜にして険しい山が出現したのだ、人間の驚き具合は凄かった。「土を操る程度の能力」も妖力が高い妖怪が使えばこの通りである。均衡は崩れ妖怪が人間を押していた。
「人間が一ヵ所に集まってきた」
「バラバラだと各個撃破されるって気が付いたんだろうね。まあ予測の範囲内」
「お陰でこっちも狙いやすい~」
 人間は戦力を集中しなければ抵抗すらできなくなったのだ。食料の備蓄も武器の在庫もそろそろ尽きはじめているはず。
「手負いの獣は恐ろしい。油断するな」
「剛鬼が珍しくまともな事を……」
「ま~、とにかくあの街を潰せば私達の勝ち~」
「人間の能力持ちは一人しか残って無い。こっちも私達以外の能力持ちいないけど、多分いける」
「決戦の日時は」
 私はいつものように半目で眠そうなあやめを見て、口の端を吊り上げて笑う剛鬼を見た。
「明日」








 奇しくも最後の戦いの舞台は私が初めて辿り着いた村(今は街)だった。逢魔時、私がよく覗き見に使った崖の上に妖怪が集う。
 剛鬼を先頭に百鬼夜行が今か今かと号令を待っていた。身の丈ほどの鎌を持つ者。カチカチと威嚇するように爪を鳴らすもの。興奮して髪から火の粉を散らしている者。腕を組み悠然とその時を待つ者。様々だ。
 人間はこの街以外にもパラパラと残っている。ただしどこも建物は崩れ機械は壊れ、復興は不可能。技術者は真っ先に暗殺してあるので目の前の街を壊せばこの馬鹿みたいな文明は消える。過ぎた文明……妖怪を滅ぼす文明なぞ消えてしまえば良いのだ。
 私は蠢く妖怪の群れを見回した。夕日に照らされざわめく彼らの士気は高い。
 街に目を戻し、無言で右手を上げ……夕日が山の向こうに沈むと同時に振り下ろした。
 爆音の様に時の声が上がる。私と剛鬼は声に押されるようにして同時に疾風の如く飛び出した。
「「おぉおおおお――――」」
 助走をつけ、街を包むバリアの前で大きく拳を振りかぶる。
「「――――らぁっ!!」」
 二つの拳が同時に命中し、バリアは一瞬軋んだ後砕け散った。響き渡る警戒警報。空いた大穴から続々と妖怪が入り込む。
「攻め込め!」
「喰らえ!」
「噛み砕け!」
 人間がレーザー銃片手に慌てて駆け付ける時には、既に街に魑魅魍魎が侵入していた。
「押して参る!」
 筋力脚力腕力速力生命力再生力エトセトラ、強化できるだけ強化してレーザーの雨に突っ込んだ。レーザーは家々の壁を溶かしアスファルトを抉るが、回避力も上げているので私にはかすりもしない。
 車を盾にショットガンを乱射してくる人間数人に数歩で接敵、車ごとぶん殴った。十メートルくらい吹っ飛んでビルの壁にたたき付けられる。まあパワードスーツ着てたし全身複雑骨折ぐらいで済むだろ。
 人間の目には残像しか残らないスピードで動き回り、目についた人間に片端から重傷を負わせた。徹底的に殴り、折り、切り裂き、破壊する。街は悲鳴と怒号に包まれていた。そこかしこで煙と共に火の手が上がる。
 手榴弾を投げようとした兵の防弾チョッキを紙切れのように破って脇腹を抉ると憎悪の目で見られたが、死なないだけマシだと思って欲しい。あんたの背後の奴なんか、小妖怪に生きたまま頭から丸齧りされてるんだぜ?
「人間の数が少なくないか」
 そうして一時間ほど戦うと、いつの間にか背後に来ていた剛鬼に言われた。辺りを見回す。地面に転がる屍は原型を留めていない物が多いが大体の数は分かった。
 確かに人口が一都市に集中しているにしては人が少ないような。
「逃げられていたなんて事は~、無い~」
 事切れた死体を引き摺って現れたあやめが言った。決戦五日前から街を見張っていた彼女が言うのだから間違い無い。
「どこかに隠れている?」
「どこかとはどこだ」
「この街のどこか……うん?」
 急に私達の周りから射撃音が消えた。大通りは人妖の屍体を残して動くものが無くなっている。しかし遠くからは戦闘音が聞こえた。
「なんだ?」
「さあ~?」
「……向こうから人が来る」
 強化した聴力が足音を捉えた。私とあやめは素早く左右に広がり、大通りの真ん中で剛鬼が身構える。
 現れたのは人間だった。フルアーマーで顔は分からない。特殊合金製の黒光りする装甲が不気味だった。
「ほほう、一対一とは鬼の心が分かる奴だ」
「黙れ妖怪」
 嬉しそうに言う剛鬼に人間は吐き捨てた。ヘルメット越しでくぐもっているが、声から推測するに中年の男。
「剛鬼、そいつ能力持ちだよ」
「最後の一人~」
 能力持ちの人間は体から出ている霊力の量が多いからすぐ分かる。
 見破られて男は動揺したようだったが、すぐに腰を落として半身に構えた。銃は持っていない。無手である。
 どんな能力を持っているか知らないが周囲に人気が無くなったのは誤射でこの男に傷を負わせないようにするためだろう。大妖怪相手に一人とは、余程腕に自信があると見える。
「それはますます楽しみだ。いざ、尋常に」
 剛鬼が言い切る前に男が手刀を作って踊りかかった。鬼の拳と人の手刀がぶつかり合う。
 私は弾ける男の腕を幻視した。あやめも同じだったのだろう、予想外の結果に間抜けな声を上げた。
「は?」
「あら~?」
 男の手刀は剛鬼の腕を貫くように刈り取っていた。ぼとりと落ちる右腕。一瞬遅れて傷口から鮮血が噴出す。
 しかし剛鬼もさるもの、即時離脱しようとしたが、その前に逆の手の手刀に心臓を貫かれた。
 唖然とする。鬼を人間の手刀が貫くなんてそんな馬鹿な話があるか。
「よくも剛鬼を!」
 初めて聞くあやめの怒声で我に帰った。あやめが手をかざすと男はびくりと痙攣し、人形のようにがくがく震え自らの手刀で自分の心臓も貫いた。
 鬼の肌を貫く手刀……`貫く´程度の能力。いやそんな事はもうどうでも良い。男は死んだのだ。
「剛鬼っ!」
 私とあやめは地に伏せる鬼に駆け寄った。広がる血溜まりの中で膝をつき、再生力と生命力を操る。が、ほとんど効かない。妖力の強い剛鬼には、良くも悪くも能力が効き難かった。最大出力で能力を使ってもようやく血の流れが弱まるだけ。
「くっそ、死ぬな剛鬼! 死なないで!」
「白雪、剛鬼が何か言ってる」
「え?」
 口元に耳を近付けると、剛鬼は小さな小さな、遠くから聞こえる戦闘音にかき消されそうな程小さな声で言葉を発した。
 それを聞いて私は思わず笑ってしまった。あやめがいぶかしむ。
「あやめ、腰から瓢箪を取ってあげて」
 得心した顔であやめは瓢箪を取り、栓を外して剛鬼の口にあてがった。
 剛鬼の喉がゆっくり動く。一口、二口……
 三口目の途中、剛鬼の「力」が消えるのを感じた。
「あやめ」
 声をかけるとあやめは悲しそうに瓢箪を口元から離した。剛鬼の唇から酒がこぼれる。彼は見たことが無いほど……まるでここが桃源郷であるかのような安らかな顔をしていた。
「剛鬼はなんて?」
「最初で最後の敗北の酒を楽しみたい、だって」
「……剛鬼らしいね~」
 あやめも半分閉じられた目を更に細めて笑った。悲しみはもう無かった。
 私達は無言で立ち上がり、正々堂々と戦い、負け、笑って死んで行った剛鬼に背を向けた。









 戦いは終わりに近付いていた。人妖双方損害は凄まじく、舗装された道路は小さなクレーターと武器の残骸が多く歩きにくかった。月明りは火事の煙で見えず、また火事の明かりで辺りが良く見える。
「三千四十二」
 また一人、手榴弾を投げてきた人間の腕を千切った。
「三千四十三、三千四十四……」
 半壊した建物の陰に隠れた人間を二人、弾幕を放って吹き飛ばす。
「そろそろ終わり~」
「いや、やっぱり人間の数が少な過ぎる。この十倍はいてもいい」
「小妖怪が頑張ってくれたんじゃないの~?」
「…………」
 釈然としないがそうかも知れない。
 あやめは左右から襲ってきた人間に手をかざし、互いに首をはねさせた。
「残党狩りしながら~、生き残りを集めてくる~」
 私は小さく頷いた。煙の向こうに消えていく背中に声をかける。
「最後まで油断しないで」
「分かってる~」








 一時間後、生き残った妖怪・妖精が広場に集まった。全員で三百足らず。突撃時の五分の一までその数を減らしていた。
「かなり減ったね……」
「でも勝ったから~」
 結局私が半殺しにした人間も小妖怪達にとどめを刺されていた。
 この時代の妖怪にとって人間は殺すもの。残念だが人間の自業自得であるとも言えるし文句はない。
 見回すと傷を負った妖ばかりだが、皆満足気な顔をしていた。仲間の死にくよくよしないのもまた妖怪である。
「まあ帰ろうか、森へ。後の事は明日考えれば良い」
 踵を返して帰ろうとしたが、空からの微かな音を聞いて足を止めた。
「どうしたの~?」
「静かに……この音は……飛行機?」
「え~、ひこ~きは工場ごと全部潰したはずだけど~」
 あやめが首を傾げて空を見上げた。他の妖怪達も釣られて見上げる。
 やがて、という間もなく一機の飛行機が壊滅した街の上空に現れた。
「戦闘機……でも飛び方がぎこちない。寄せ集めの部品で組み立てた感じがする」
「あ、何か落とした~」
 今更たった一機に搭載された爆弾で何ができる?
 私は鼻で笑ったが、落とされた爆弾に嫌な力を感じて凍り付いた。
 この力は――――
「原子力!?」
 ちょっ、洒落にならない! 街ごと焦土に変える気か!? ……いやそうか、もう再建不可能なまでに破壊したから構わないのか。ああ畜生、人が少ないと思ったが地下核シェルターに避難してたんだ!
 ここぞという所で人間の最強・最凶兵器を出してきやがった!
「何を驚いてるの~、あんな爆弾一つで私達を」
「殺せるんだよアレは! あやめ、妖怪を下がらせて!」
 あやめはざわめく妖怪達に指示を出し退却させた。しかし自分はその場に残り、私の横に立った。目線で問いかけると微笑で答えられる。逃げるつもりはないようだ。
 遥か上空から落ちて来る恐怖の塊。私は直接原子力を操作して核分裂を止めようとしたが、遠過ぎて能力が届かない。
 あわわわわわやばいやばい!
 こうなったら最終手段だ!
 筋力と体力と回復力、とにかく変換できるものは全て妖力に変換。破壊力・威力・攻撃力・貫通力を最大限まで強化する。生命力さえ死亡ギリギリまで削った。
 力の操作を完了させ、妖力を手の平に集中し、核爆弾に向けて突き出した。原子力の気配はもう開放寸前。爆発前に消し飛ばしたかったが仕方ない。
 まだ思いついただけで試し撃ちはしていなかったが……受けてみろ、これが私の全力全開!
「妖力無限大!」
 空気を揺るがして極太の黒い光線が放たれる。
 一直線に真上に伸び上がった光線は開放された原子爆弾の力に直撃し、攻めぎあった。
 頼む、せめて相殺してくれ!
 実際拮抗は三秒もなかったが、私には一時間にも思えた。
 願いが届いたのか原子力と妖力は互いに打ち消し合い、空中で四散した。
「ああ、良かった――――」
「ひゃあ~、危なかった~。あの爆弾何だったの~? ……あれ、白雪~?」
 文字通り全力を出しきった私は、答える事もできずにその場で気絶した。









 どれだけ時間が経ったのか分からない。私は薄暗い竹林で目が覚めた。さわさわと揺れる葉の隙間から月が見えた。誰かに膝枕をされている。
「あやめ?」
「あ……良かった~、目……が、覚めた~」
 答えた声がやけに弱々しい。私は飛び起きた。
「あやめ!?」
「あはは……」
 目を細めて笑うあやめの腹には風穴が空いていた。流れ出る血の勢いも無い傷口を兎が必死に舐めている。
 私は混乱した。一体気絶している間に何があった!
「ど、どうして……勝ったはずなのに!」
「白雪が……気絶した後……地下から人間が出て来て……私達が生きてるのを見て驚いたみたいだけど……攻撃してきた」
 あやめから感じる生命力はロウソクの灯より簡単に消えてしまいそうなほど儚かった。これではもう、助からない。
 私はあやめを正面から抱きしめる。血を吸った彼女の着物越しに伝わる体温は寒気がするぐらい冷たかった。
「もういい。分かったから……」
「頑張って闘って……全滅させたけど……妖怪も皆死んで……私も深手を負って……けふっ」
 血を吐いた。あやめは袖で口を拭い、兎を撫でる。
「それでもこの竹林に来たのは……私が一番良く知ってる場所だから」
「?」
 何を言っているんだろう?
 あやめは目を糸の様に細めて微笑んだ。
「あなた達を残しては逝かないよ。私の可愛い友達……」
 気づけばあやめの手足が霧になって消えていっていた。
「何を――――」
 私はあやめの力が竹林に広がっていくのを感じた。驚愕して目を見開くとあやめはころころ笑った。
「この竹林にいれば……もう誰もあなた達を襲えない。足を踏み入れた奴は……み~んな私が惑わせてあげる……」
 迷いの竹林。
 私はその言葉を思い出す。
「私の事も……剛鬼の事も……たまには思い出してね?」
「待っ――――」
 手が空をかく。最後の言葉を残すと、あやめは綺麗な瞳をいっぱいに開いた笑顔で霧になって消えてしまった。














 その日、私はこの世界に来て初めて泣いた。






[15378] 人里統治編・神々の時代
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/18 08:50
 人妖大戦の後、竹林に引き籠もって三百年が経っていた。あやめの残した力は効果抜群で、三百年間蟻の子一匹侵入を許さなかった。
 許さなかったのだが……
「どいて。……どけって」
 私は寝ている間に体に乗っていた兎の群を追い払った。
 この竹林、蟻の子は通さない癖に兎は通すのである。
「巣穴にお帰り」
 尻尾を叩いて促したが離れようとしない。足に纏わりつくモコモコ、よじ登ろうとするモコモコ、モコモコモコモコ……
「だー!」
 大声を出して威嚇すると慌てて散っていった。竹に体を半分隠してこちらの様子を伺ってくる。
 私はまた群がってくる前に急いで逃げ出した。
 どこからともなく集まってくる兎達は情報も持ってくるので無下に追い返せない。兎のお陰で私は竹林から一歩も出ずに近況を把握していた。
 結局生き残った人間達は滅びたそうだ。兎の曖昧なイメージではよく伝わらなかったが、生活を支えていた技術が消えてサバイバルも出来ずに死んでいったようだった。
 じゃあ妖怪も消えるじゃねーかと最初は慌てたが、何か凄い奴等が現れて凄い事をやってグワーってなって人間が復活したらしい。
 何だそれはと言う事無かれ。兎の知能ではこの表現が限界である。むしろ能力をフル活用して兎の思考を読み取った私を褒めてくれ。
 凄い奴というのは神様の事だろう。東方は古事記の流れを追っていたような気がするし、妖怪やら能力やらが転がっている世界だ。天地創造があってもおかしくない。
 ぶっちゃけた話人妖大戦以前は土地が狭過ぎた。狭い土地を巡って、というのも人と妖の対立の一端だった。土地を広げてくれるのは歓迎である。加えて人間も復活させてくれたのだから嬉しい。今度の人間は月人みたいな性質じゃなけりゃいいんだけどね……
 天地創造では神様同士の諍いも少なからずあったっぽいし、巻き込まれないように一段落がつくまでは安全地帯でのんびりしていよう。








 天地創造の噂を聞いてからかなりの間竹林に籠っていたが、とうとう限界が来た。
 竹林に籠っていては人間を襲えるはずもなく、妖力が妖精並に衰えてしまったのだ。千年近く人を襲わなくても消滅しない辺り私も大概チートである。
 しかしいくらなんでもいい加減竹林から出て人間に関わらなければ消えてしまう。妖力の問題を抜きにしてもやることも無く退屈で死にそうだ。ここ数千年で無駄に竹細工が上手くなったのだが、最早これ以上極められないレベルに達している。
 そういう事で私は綺麗な満月の夜、兎達に見送られて竹林を出た。
 久方振りの竹林以外の光景は新鮮だった。昔あやめが歌っていた歌を歌いながら霊力を感じる方へ歩く。
「呼ばれてとびでて小妖怪~♪ 呼ばれずとびでて中妖怪~♪ 呼ばれ……おっ!」
 男の人間発見!
 毛皮のぼっろい服着てるな……髪は不揃いだし靴も履いて無い。まだ縄文時代にすらいってない?
「ま、何でもいいか」
 不安そうに辺りを見回しながら霊力が集まる方向(多分村)に急ぐ人間。私は気配を消して後ろから忍び寄った。永琳に鍛えられた隠行スキルなめんなよ!
「裏飯屋~!」
「っぎゃあああぁあ!」
 ぽんと肩を叩いて声をかけると、馬鹿でかい悲鳴を上げて振り向きもせず脱兎の如く逃げて行った。
 ちょ、あんな台詞でそこまで驚かれても……何か今ので妖力完全回復してるし。
「納得いかねぇ……」
 いや別に良いよ? 月人だったら脅かした瞬間振り向いて銃を乱射してくるし、逃げてくれた方が楽なんだけど。
 こんなに簡単にいくと今まで竹林に籠ってたのが馬鹿みたいだ。どうやら新生人間はかなりの怖がりらしい。親しみが沸く。
「今晩は。随分妖力の強い妖怪ですね?」
「っぎゃあああぁあ!」
 男が消えていった方向をぼんやり見ていた私は突然後ろから肩を叩かれて悲鳴を上げた。
「出たー!」
「神様に対して失礼な」
 振り返ると髪を左右で団子にした、古墳時代っぽいスタイルの男が立っ……浮いていた。興味深げに私を見ている。
 ごめんさっきの人間。後ろからいきなり肩叩かれるってかなり怖い。
 それはともかく。
「か、神様?」
「そうですよ。下っ端ですが。それであなたは何者ですか? 最近生まれた妖怪にしては妖力が強過ぎる」
「そりゃ最近生まれた妖怪じゃないから……」
 答えながらよく見てみると、男の体から見た事の無い半透明の力が出ていた。妖力の数十倍は密度が高い感じがする。神の力、神力ってやつか? どうやら本物の神様らしい。
「? ……まさか大乱前の妖怪!?」
「大乱が人妖大戦の事を指しているならその通りだけど」
「あわわ大事件! イザナミ様、イザナギ様ーっ!」
 テンパって飛び去ろうとした神様の襟首を掴んで引き戻した。ぐえ、とうめき声があがったが聞こえないフリをする。そんなに慌てる事なのか?
「まあ少し待って」
「はい待ちます!」
 あれ低姿勢?
「そっちの質問に答えたんだから、今度はこっちの質問に答えて欲しいんだけど」
「はい答えます!」
 ……こいつ本当に神様? 不安になってきたぞ。








 下っ端神様を正座させて聞いた話をまとめるとこうなる。
 神々は遥か昔大地や人間や妖怪を創ったが、過干渉は発展を阻害するという理由で創造後天上界に戻ってしまった。
 黙って見守っていたのだが双方滅びてしまい、やっちゃったぜ☆ と創り直しに来た。現在は再創造の最中である。
「滅びる前に何とかして欲しかったなあ……創り直したらどうするの? また天上 界に帰る?」
「元々天上界に居た神は帰りますが、こちらで生まれた神は残ります」
「なんで?」
「天上界も人口増加で悩んでいるんですよ」
 世知辛い。
「えーと、他に聞く事は……あ、今更だけどそんなに畏まらなくてもいいよ。神様ならもっと堂々としたら?」
「年上の方には敬語が礼儀でしょう」
 え、マジで?
 驚く私に神様は畏まって説明する。
「もちろん最高神の方々はあなたより年上ですけど、今回の創造には人手不足で若い神も駆り出されているんです。本当は私も天上界にいるはずだったんですが……」
「地上に行きたくないって言えば良かったのに」
「そこは公務員ですから」
 公務員って……ほとんど人間だな。
「ではそろそろ」
「ああ、私の事報告に行くんだったね。どうなるの?」
「特にどうもならないと思いますよ」
「大事件って言ってたのに?」
「天上界の教科書と歴史書と新聞に修正が入ります」
 人間臭過ぎる。もうお前ら人間で良いだろ……
 私は夢を壊された気分で星空に消えていく神様を見送った。



[15378] 人里統治編・兎屋敷
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/18 09:05
 神様はあれから世紀に一度ほど竹林の外れにやって来ては私と世間話をしていった。大妖怪の監視という名目でサボっているらしい。それでいいのか神様……
 でもまあ話相手が居るのは良い事なので色々話す。上司の愚痴とか天上界に残してきた彼女の話とか、神様は単身赴任中のサラリーマンのような話をしてくる。お返しにある時人妖大戦の話をしてやると、神様は複雑な顔をした。
「いいんですか、そんな話を私にして」
「は?」
「親友がお亡くなりになったのでしょう?」
「ああ……」
 神様の感性は妖怪より人間に近いらしい。
「妖怪は仲間が死んでもあまり落ち込まないから。そりゃあ友達が誰かに殺されたら復讐するし、泣いたりもするけどさ、人間ほど尾を引く事は無いね」
「では私が死んだら?」
「死ぬの?」
「死ぬ予定はありませんが……」
 神様はそこで言葉をきって私の顔を伺った。何?
「明日から世界法則の調整が始まるので更に忙しくなるんですよ。それが終わればすぐに天上界に戻るので、多分もう合う事はありません」
「ふーん」
「た、淡白ですね」
「いや、生きていればその内また会えるんじゃない? 何千年か前に月に行った友達がいるけど、文明の発達具合から見るにあと二、三千年で会えるし」
「気長ですねぇ」
「妖怪って皆こんな感じじゃないの?」
 神様は首を傾げた。いちいち仕草が人間っぽい。
「さあどうなんでしょう……私はあなた以外の妖怪と会った事は無いので」
 人間の数と共に妖怪の数は結構回復しているので、会えないのではなく会わないだけなのだろう。
 妖怪は発生より子供を作る方に誕生の比重が傾くように修正されたそうだ。発生する妖怪もいるが、親から生まれる妖怪の方が多い。
 当然ながら人妖の関係は良好ではないが、昔と比べるとかなりユルい感じである。先日私が里に行った時などは、





「おや嬢ちゃん、一人かね?」
 しまった見つかった! 誤魔化せるか?
「……旅をしていたんですが親とはぐれてしまって」
「そーかそーか、若いのに苦労してるんだねぇ……泊めてはやれないが、ドングリ煎餅を持ってお行き」
「あ、ありがとうございます」
「ところでどうして髪が白いんだね?」
「若白髪です」
「そうかね」
「そうなんです」






 かなり無茶な誤魔化し方だったのに押し切れてしまった。妖怪だという事すらバレ無かった。妖力隠して霊力出してるからバレるはずないんだけどね。見た目を除けば。
 噂を聞くと妖怪退治も殺すより痛めつける感じらしく、また妖怪も人間が神達に守られているので夜道を歩く人間をさらうぐらいしかできない。さらった人間はしっかり食べているそうだが村を全滅させるのは無理。
 あまりにも人間臭い神々なのでこんな奴等に天地創造やらせて大丈夫かとも思っていたが、案外上手く回っている。
「ではそろそろ」
「うん? ああもうそんな時間か。じゃ、またいつか」
 神様は私の言葉に苦笑して飛び去った。







 さて、一区切りついた事だし竹林の問題を片付けよう。
 兎はあれからまた増えていき、朝から晩まで竹林の地面を掘り返してモコモコしていた。塵も積もれば山となる。兎が大群で穴を掘りまくるので竹の根がそこかしこで切断され、一部枯れてきた。
 どうしようかと悩んだが、そもそも巣穴を掘るからいけないのだ。巣穴以外に住む場所があれば良い。
「迷いの竹林と言えばアレだよね」
 で、永遠亭を建てる事にした。
 とりあえず竹林の外から木材を運び込み、主に群がってくる兎に苦労しながら建ててみた。木材を調達する時には妖力も霊力も無い普通の木に噛み付かれたりもした。神様、早く法則調整して! せかいのほうそくがみだれてる! 気配が無い動く木が紛れる森とか、これなんてRPG?
「……ボロっ!」
 そんなこんなで苦心して建てた家は新築なのにボロかった。私は建築のノウハウなんぞ知らない。できたのは風が吹けば倒壊しそうなボロ屋敷……いやボロ小屋。足元で兎が慰めるように鼻を押し付けてきた。やめて落ち込むから。
 たが! 諦めません建つまでは!
 学習力を限界まで強化して建てては壊し、建てては壊し……何度も再建築を繰り返すとサイズが合わない材木がでてきたので、人里の住民にあげたら喜ばれた。
 何十年も少女の姿なので最近では神様の一種だと思われている。まあ悪っぽい奴しか襲ってないし、山で道に迷ってる人がいれば送ってあげてるし、分からんでもない。
 話がそれた。
 何十回となく竹林に木材を運び込み、瓦を焼いて基礎を作り……とやっていたが、百年くらいでやっとまともな日本家屋が完成した。建築知識ゼロから始めて百年で建ったのだから、専門家が見れば綻びだらけだと思うが私的には満足だ。
 仕上げに「永遠亭」と書いた表札をかけ、耐久力と固定力を上げて全工程終了。兎達と共に木の匂いも新しい玄関を潜った。
 兎と少女が住む屋敷なのだが、将来永琳や鈴仙が住む事を配慮して天井を高くしてある。兎部屋が大量にあり、客室や寝室、人が住む部屋の方が少ない。兎屋敷である。
「畑もあった方がいいかな……」
 兎達は専ら笹の葉を食べているが、人参も食べたいだろう。竹林に漂う薄い妖力の影響か弾幕一発分の妖力はあるし知恵もそれなりについてきた。畑仕事を兎に任せてもいいかも知れない。
「畑作の監督役が欲しいけど、てゐ居ないんだよね」
 竹林の兎達の中に能力持ちはいないし、てゐが永遠亭に来るのは永琳の後だから仕方無い。最初だけ指導して後は自分達でやらせよう。
「はい、整列!」
 強制力を込めた言葉で奔放に跳ねまわる兎達を広い部屋に並ばせた。
「諸君、私は人参が好きだ。
 諸君、私は人参が大好きだ。
 朝鮮人参が好きだ。
 京人参が好きだ。
 黒人参が好きだ。
 (中略)
 諸君は人参を食べたいか?」
 ノリで演説調で問い掛けると一斉に肯定の意思が返ってきた。
「諸君、ここに里で貰った数本の人参がある。
 君達は更なる人参を望むか?」
 また一斉に肯定が返る。
「よろしい、ならば農作だ」
 私は本当はそこまで人参好きじゃないんだけど、演説と一緒に送られた人参のイメージに感動した兎達は我先に屋敷の外に飛び出していった。
 ふう、これだけ焚き付ければ監督役がいなくても真面目に畑を作るだろう。
 兎達を追って永遠亭を出ると、彼らは何をやればいいのか分からないという風情でウロウロしていた。
「まずは竹の無い平らな土地を確保して」
 竹を取り払うイメージを送ると、赤い目を輝かせて竹の根元を猛烈な勢いでかじり始めた。地面を掘って地下茎を噛み切っている兎もいる。
 異様な迫力に気圧される。おお……何か怖いぐらいの熱意だ。
 秋の収穫目指して頑張れ兎達。



[15378] 人里統治編・新米神様
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/18 09:17
 少し前に神々は再創造を終えて天上へ帰っていき、世界の土地も法則も完全に固定された。
 人里近くの日によってあったりなかったりする湖は現れっ放しになり、動く木は動かなくなり、人間を少し脅かして妖力が全快なんて事も無くなった。
 前者二つはとにかく後者は不便である。そのせいで人を沢山脅かさなくてはならない。人間を食べれば効率良く妖力を回復できるのだが、人里の住人は親しみやすく、仲良くなってしまったので心情的に食べられなかった。
 まあなんだかんだで今まで人間食べた事は一度もないし、仲良くならなくても食べられなかったと思うが……
 これでは妖力の採算がとれない。もう少し大きな里に行こうか?
 いやいやイズミに薬草学教える約束してるし、カヤは遊んであげないと泣くし、ホクの酒が飲めなくなるのは嫌だし……
 しがらみが増えてにっちもさっちも行かない。どうしたもんかねぇ。








あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『人間と仲良くしていたら神になっていた』
な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
わたしも何をされたのかわからなかった……
実は神様の子孫だとか 神の力を奪い取っただとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねぇ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……






 私の体から洩れ出る半透明の力。神力だ。
 計画通り……とか言えればいいんだけど、上の文で分かるように寝耳に水だった。
「なんで?」
 山賊もどきを簀巻きにして里の入口に転がしておいたから?
 里の人間を食べようとしてた小妖怪をうっかり半殺しにしたから?
 永遠亭造る時に余った木材をあげたから?
 それとも親しい人間に妖怪避けの護符をあげたから?
 ……思い返せば神様っぽい行動を取りまくってるけど、それだけで妖怪が神になれるもんなのかね。実際なったんだからなれるんだろうけどさ。
 天上界から連絡も無いし上司の神様も居ないし、私は八百万の神という扱いで良いのだろうか? 何の音沙汰も無いと不安になるじゃないか。今まで通り妖力も使える。自分が妖怪なのか神様なのか分からない。
 神力を手に入れた翌日、里に行ってホクと酒を飲もうと思ったら出会いがしらに拝まれた。何を言ってもありがたやだったので気味が悪くなって逃げ出してしまった。なんぞあれ。
 竹林に戻って原因を考えたが、冷静になってみれば神力のせいに決まっている。前回訪ねた時との相違はそれしかない。
 神力のせいで拝まれるなら隠せばいいじゃない、と神力を隠して翌日人里に行くと、今度は普通に接してくれた。
 やはり神力は神の力、面倒な効果がついているようだ。
 密度が高いだけあって大量の妖力や霊力に変換できるが、逆に妖力を神力に変換する事はできない。人間の信仰によって増減し、自然回復しない。
 大量にあれば世界法則書き換えにも使える高品質パワーだが、私は妖力の方が扱い慣れているので神力をそのまま使う事はまず無いだろう。人間を襲わなくても力が衰えなくなったというのが一番嬉しい。
「白雪様、悩み事ですか?」
 応用の効かない力だとため息を吐くと、一緒にいたカヤが心配そうに言った。私は笑って自分より背の高い少女の頭をなでてやる。
「次の遊びを考えてただけだよ。湖に行って水切りをしようか」
「ミズキリ……でも湖ですか? お母さんがあそこは妖精が出るから行っちゃいけないって」
「私がいるから大丈夫だよ。心配なら一度家に戻って一言言っておいで」
「はい!」
 カヤは顔を輝かせて駆けていった。元気な娘だ。里の人間は皆赤ん坊の時から見ているが、あの子はあと数年もすれば里一番の器量よしになるだろう。
 身長も胸もあっという間に私を抜かして……
 ……いやもう諦めてるから。神になってもどうせ幼女スレスレの少女のままだから。多分諏訪子と萃香には勝てるし悔しく無いから。
 …………。
 ごめん嘘ついた。やっぱり悔しい。
 憂鬱なため息を吐くと、丁度走って帰ってきたカヤに見られて心配された。
 カヤの母が供物として寄越した大根とネギを抱え、カヤは飛べないので歩いて湖まで行く。カヤと話しながらも霊力を高めて威圧しているので小妖怪は寄って来なかった。でも妖精は木の影からこちらをそっと伺っている。
 湖に着くといつものようにうっすら霧が漂っていた。氷精はまだ発生していないらしく見掛けない。
「水切りってのはね、こうやって」
 野菜を置いて足元の石を拾いあげ、スナップを効かせて水面に投げた。石は水面を跳ねてとんでいく。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十……十一回か。
「石を跳ねさせる遊び」
「白雪様、凄いです!」
 カヤがキラキラした汚れの無い瞳を向けてくる。や、今ちょっと能力で石にかかる力操ってズルしたから。純粋な目が痛い。
 カヤが石を探し始めたので平らなものが良いとアドバイスをしつつ、しばし水切りに興じる。カヤは器用な娘なのですぐに上達した。
「今度は五回いきます!」
 張り切るカヤを微笑ましく見ていたが、背後に忍び寄る小さな妖力に気付いた。
「気付かれないとでも思ったか!」
 脇に置いておいたネギを掴み、結合力と固定力を強化して振り向きざま一閃。カヤの髪をひっぱろうとしていた妖精に命中し、錐揉み回転をして吹っ飛んだ。気絶した妖精が湖に落ちたのを皮切りに、森の奥からわさわさと後続が出て来る。
 あーあー、妖精は悪戯相手を選ばないから厄介なんだ。腰を抜かしているカヤに伏せているように言い、私はネギを正眼に構えた。
「みっくみくにしてやんよ!」
 群がる妖精を斬る斬る斬る! ネギなのに硬質な音を立てて妖精をかっ飛ばし、湖に落ちた妖精達が大量の波紋を作る。無双状態だぜひゃっはー!
「ラストスパート!」
 更に速度を上げると、妖精を打つ鈍い音が繋がって一つの音のようになった。妖精が小さな弾幕を発射してくるが無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ! 弾幕ごとホームランだ! 私のネギの前に敵は無い!
「これで終わりっ!」
 最後に残った妖精をネギの真芯で捉えて湖の向こうに消える場外ホームランにし、ようやくネギの強化を解除する。ああ良い汗かいた。
 伏せていたカヤを助け起こすと、何かを期待した感じに聞かれた。
「白雪様はどうしてネギで妖精を退治したりできるんですか?」
「……神通力?」
「そうなんですか……じゃあ私にはできませんね……」
 カヤも弾幕撃ったり飛んだりしたかったのか……まさかネギで妖怪を退治したいなんて事はないだろう。
 空を飛んだり弾幕を撃ったりできる人間は滅多にいない。カヤは霊力が多い方だがちょっと足りない。
 私はがっかり顔のカヤを慰めながら里に戻った。




[15378] 人里統治編・社と巫女
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/18 12:34
 妖力は齢を重ねて増える。
 神力は信仰を得て増える。
 霊力は修行をして増える。
 霊力を増やす修行とは幅広く、滝に打たれるも良し、瞑想するも良し、死者に関わったり神に祈ったり妖怪を退治したりしても上がる。
 普通に日常生活をしているだけでもちまちま上がるが微々たるものなので考慮に入れる必要は無い。
 先日カヤに霊力を上げれば飛べるかもしれないと漏らすと、是非とも修行をつけてくれと懇願された。幼女にすがりつく若い娘という絵図は里の中では目立って仕方なかったので私はその場で返事をせず、永遠亭に戻って兎を撫でながら考えた。
 カヤは今年十六になる。里の男に毎日の様に求婚されているが笑顔で断り、いつも白雪様白雪様と私の後を着いて来て可愛い。化粧っ気も無いくせにすれ違ったら十人が十人振り返る楚々とした大和撫子である。
 この時代十六で結婚でも遅い方だ。里では大抵十三、四で結婚する。このロリコン共め! と思うが時代的にはこれが普通なので仕方ない。男もそれぐらいの歳で結婚する。
 要するにカヤは婚期を逃しつつあるのである。修行などしていれば本当に行き遅れてしまう。空を飛びたい、弾幕を撃ってみたいという夢も大切だが、長い目で見れば今の内に男を捕まえておいた方が良いように思う。カヤなら選り取りみどりだ。
「こういう時、お前達は役にたたないね」
 ため息を吐き、膝の上に座って私を見上げる兎の耳をくすぐった。寿命が三十年弱に伸びた竹林の兎達だが、相談役が務まるほど知能は発達していない。心地よさそうに鼻をふんふん鳴らすばかりである。
「全く悩ましい」
 神になっても悩み事は尽きなかった。








 一晩悩み、カヤに修行をつける事にした。後で後悔しても自分で選んだ道である。なんとなく後悔しなさそうな予感はしたが。
「親御さんには挨拶してきた?」
「はい。少し淋しいですけど会えなくなる訳じゃないですから」
 カヤは少ない荷物を背負い、笑って答えた。
 霊力を上げる一番手っ取り早い方法は神に仕える事である。神職に就くのは各種修行法の中で一番伸び率が良い。よって今日からカヤには私の巫女をやってもらう事にした。本人も乗り気だ。
「そう。なら行こうか」
「はい!」
 巫女をやる以上住み込みになるが、永遠亭がある竹林に住まわせると一人になった時に迷いそうなので、いっそ神社を造ってしまおうという話になった。普通神社は人間に建ててもらう物だが、建築技術の未発達な里の人間に任せるのは不安なので私が建てる。永遠亭を建てた経験があるのですぐに建つと思う。
 諸々の立地条件からしてこのあたりが未来の幻想郷には違いない。まだ博霊神社のはの字も聞かないが、後からできるのだろう。神社が二つになると信仰が割れないか心配だけれど守矢一家が越して来ても折り合いをつけていたので大丈夫だと踏んだ。神社二つも三つも変わらんだろ。きっと。
 神社は竹林と里の中間の山の中腹に建てる。時々永遠亭の兎の様子を見たいので竹林から離れてはいけないし、里から遠過ぎると参拝客が減る。両方考えた折衷案だ。
「白雪様、神社が建つまで私はどこに住めば良いでしょう?」
 里から離れてえっちらおっちらと歩き続け、ゆるい傾斜の山肌を登りながらカヤが聞いてきた。
「?」
「いえ、神社を建てるのには時間がかかるのでしょう?」
「かからないよ? 一日で終わる」
「はい?」
 何言ってんの? 神が普通の建築方法を使うと思う?
「まあ見てれば分かるよ」
 ニヤりと笑うとカヤは曖昧に頷いた。
 そして辿り着いた目的地。今日の朝、里に行く途中で木を切っておいたのでちょっとした広場になっていた。建築用の瓦も運んである。
「ここですか? 良い場所ですね。日当たりもいいですし」
「うん。じゃ、少し離れて。神の力の一端を見せてあげる」
 カヤが広場の端に下がったのを確認し、私は両手を掲げた。神力を集めて広場に解き放つ。
 隅に積まれた木材の皮が独りでにはがれ、水分が抜けて一回り縮んだ。次に見えない刃物がサクサク枝を切断して長さを調節。
 木材の長さを整えてカンナをかけている間、土の一部が盛り上がって石化していった。これが基礎部分になる。
「はわー……」
 後ろでカヤが感嘆していた。頭の中に設計図を作っておけばほとんどフルオートだからね。神力建築は楽で良い。
 基礎ができたら土台を造り、更に綺麗に揃えられた柱が見えない大工によって土台の上に組まれていく。ちなみに釘を使わない。釘を使おうにもそもそも製鉄技術が無い。里では未だに青銅を使っている。
 大黒柱を中心に柱と梁が組み上がり、屋根ができたところで永遠亭を建てた時に余った瓦を敷いていく。
「……よし!」
 所々描写をはしょったが、全工程が終わってもまだ日は高い位置にあった。一日もかからなかったな。
「白雪様凄いです!」
 カヤは目を輝かせていた。事あるごとにそれ言うけど口癖?
「神力は割と何でもできるからね。鳥居とか参道とかはまた今度にしようか」
 今ので神力がほとんど無くなった。神力は自然回復しないので信仰を集めなければいけない。信仰は大雑把に言えば神への感謝みたいなものだから、普段から里をよく統治していれば安定して手に入る。でも一晩で全快とまではいかず……神力バージョンのエリクサーとかあればいいのに。
「まあ、ほどほどに仕えてね」
「任せて下さい!」








 カヤと神社で暮らすようになってから、生活が非常に楽になった。
 カヤは朝日が昇る前に起きる。少し離れた所にある山の滝に打たれ、帰って来たら朝餉の用意。準備ができたら優しく起こしてくれる。
 寝起きの私の髪を櫛で丁寧に解かしてくれ、それが終わると一緒に食べる。
 食器の片付け、境内の掃除、洗濯etc……
 カヤはかいがいしく私の世話を焼いてくれた。怠け癖が付きそうで怖いくらいだ。参拝客の相手までしてくれるので私はやることが無い。私が居なくなっても機能するんじゃないかと錯覚してしまう程の働きぶりである。
 少し休めば、と口に出すと悲しそうにするので言えない。もうね、そんな所も可愛くて可愛くて! カヤの惚気話なら半日はいける!
 ……ちょっと興奮した。落ち着こう。
 修行は順調でミカンくらいの弾幕を数発撃てるようになっている。まだ飛べないが、小妖怪退治の牽制程度にはなるので妖怪退治にも連れて行っている。
 初めて同行させた時に真剣な顔をしてネギを構えたのには笑った。ネギに霊的な力があると勘違いしていたらしい。
 顔を真っ赤にして拗ねるカヤをなだめ、翌日霊夢が持っているような御祓い棒を作ってあげると大喜びした。可愛い。
 なーんかスタイルが博霊の巫女と被ってきている気がするが、寒そうな脛見せはしていないし、服もスカートではなく袴。白雪様の衣と髪の色ー、と言って嬉しそうに巫女服を着ている。
 能力持ってないし霊夢や早苗より霊力は低いだろうが、努力家で真面目で私に懐いてくれている自慢の巫女である。



[15378] 人里統治編・山の霧
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/18 12:48
 ある日うららかな春の陽気に縁側で船を漕いでいると、カヤが白湯と相談事を持ってきた。
「妖怪の山に妙な妖怪が?」
「はい。なんでも霧に紛れて現れ、人間を食べるとか」
 昔剛鬼が創った山にいつの間にか妖怪が集まり始め、妖怪の山と呼ばれるようになっていた。強力な妖力の残り香が心地よいらしい。まあ大量の妖力で創られた山だからね。何千年経っても土に染み付いた妖力は完全に消えないようだ。
 能力持ちがうじゃうじゃしているのはやはり幻想郷だけのようで、普通の妖怪は特別な力を持っていなかった。せいぜい飛んで弾幕を出すぐらいである。怪異を起こす妖怪は大抵能力持ちだ。
「霧に紛れて現れる、ねぇ……」
「どうします?」
「今回はいつもより手強そうだ。カヤには荷が重いから留守番」
「白雪様……」
「く……そ、そんな顔をしても駄目」
 カヤは短距離だが飛べるようになり、小妖怪相手なら八勝二敗程度に戦える。しかし能力持ちに勝てるほど強くは無い。
 私は涙目のカヤをなだめすかし、どうにか居残りを納得させた。








 その晩早速妖怪の山へ向かった。雲一つ無い星と満月の綺麗な夜だ。今は春だが夜はまだ肌寒い。闇夜と満ちた月は妖怪を強化するので普段妖怪退治は昼間に行うが、今日はカヤがいないので夜でいい。
 私は神だが能力のせいか妖力も持ち妖怪でもある。満月は霧の妖怪を強くすると同時に私も強くするのだ。
 神社から小一時間飛び、妖怪の山の麓からは地面に降りて徒歩で進んだ。
 何度か小妖怪とすれ違うが気配を断っているので気付かれない。
 疎らな木々を避け、湿った下草で滑らないように注意しながら緩やかな山道を登るとやがて霧が出てきた。風も無いのに生きているかのように私に纏わりつく。
「妖力を帯びてるな……自然の霧じゃない。この辺りか」
 私は神力を消し、妖力を霊力に変えて一般人レベルの量を纏った。これで気配は人間だ。
 囮作戦である。
 良く考えれば夜中に一人で妖怪の山の奥に人間がやって来る訳がないし、少女にしては髪の色がおかしいのだが、ほとんどの妖怪はそのあたり無頓着なので心配しなくて良い。
 演技力を上げて不安そうにきょろきょろしながら進むと霧が濃くなってきた。遠くに割と強めの妖力が現れて近付いてくる。毒入りの獲物に気付いたようだ。食べれるもんなら食べてみな!
 私は心の中で新世界の神のような笑いを浮かべながら表面上は怯えた様にうろついた。足場は草地から岩場に変わっている。
 む、気配が速度を上げて動いた……後ろに回り込んでくる? 背後から奇襲する気か?
 三歩先も見えないほど濃くなった霧に戸惑う振りをしていると、すぐそばまで妖力が近付いてきた。心の中で身構える。
 ひたひた、ひたひた……
 あれ?
 ひたひた、ひたひた……
 足音が重なってるような……
 ひたひた、ひたひた……
 足を止めてみる。後ろの足音は私より一歩遅れて止まった。
 おぉい! どこのオヤシロ様だよ! どちらかと言えば私の方がオヤシロ様だろうが!
 後ろを振り返ると霧が一部晴れ、下手人が現れた。
 紅い衣に長い白髪。身の丈は幼女と少女の中間。草鞋を履いた彼女は黒い瞳でじっと私を見てきた。
 私だ。私が私を見ている。私の目に私が映り、多分私の目も私を映していた。
 ああなるほど……ドッペルゲンガーか。高い山に深い霧。確かに出現要素は出揃っている。
 鏡映しが現れたのに戸惑うどころか薄く笑う私を私が不審そうに見てきた。完全に模倣はできないらしく、ドッペルゲンガーの体からは霊力ではなく妖力が出ていた。
「今晩は。懲らしめに来たよ妖怪さん」
 霊力を妖力に切り換え速力を上げて一気に詰め寄った。抵抗の隙は与えないぜ! 驚く妖怪の衣を素早く掴んで背負い投げをする。
「なふぅ!」
 変な声を上げる妖怪。声まで私だ。私は妖怪を地面に押さえつけそのまま固め技に入った。
「痛い痛い!」
「正直に話せ。お前は人間を食べたな?」
「あなたも妖怪っ、あわやや折れるー! 食べました食べましたごめんなさい!」
 自分の声で謝られるって変な気分だ。素直に白状したので締め付けを緩める。
「正直でよろしい。ところで近くの里から神社に霧の妖怪の退治依頼が入っていてだね」
「ひっ!」
 妖怪の顔から冷や汗がダラダラ流れはじめた。逃げようともがくので妖力を全開にして威圧する。付近の妖怪の気配が一斉に遠ざかっていくのを感じた。格の差を思い知るがいい。
「あうふぇぅう……」
 あれ……気絶した。








 間近で大量の妖力の圧迫を受けて気絶した妖怪はうなされていたが、しばらくすると悲鳴を上げて飛び起きた。
「とわー! ……何だ夢か。良かった」
「どんな夢見てたの?」
「っひゃきゃー! ど、どうか命ばかりはぁ!」
 騒がしい声を上げてガタガタ震える妖怪。そんなに怖かったかな……
「いや、殺したり封印したりはしないから」
「ほわ?」
「最初に言ったでしょう。懲らしめに来たんだって」
「……はふぅ~」
 妖怪はへなへなと崩れ落ちた。感嘆詞のバリエーションが多い奴だ。誤解も解けたようなので話を進めようか。
「とりあえず私に化けるの止めてもらえる? 変な感じがするからさ」
「えやー……どうしてもですか? 誰かに化けてないと禁断症状出るんですけど」
「どんな?」
「逆立ちしたり体をむちゃくちゃに捻ったり」
 それなんて死神リューク?
「あんまり見たくないな。それなら姿はいいか。名前は?」
「煙霧意捕です」
「エンムイドリね。じゃあ意捕、しばらく人間食べれるの抑えて」
「と、突然ですね。でも私食人妖怪ですもん、人間食べないと死んじゃうじゃないですか。えーと……」
「私? 白雪」
「白雪さんも妖怪なら分かるでしょう」
「分かるよ。まあ脅かすぐらいならいいから。私は里の神様もやってるからね、意捕が里の人間を食べると困る。里以外の場所から来た旅人は好きにしていいし、飢え死にはしないと思うよ」
 私は力こそ強いが一人しかいない。分身はできない。守ると決め守れるものは守るが、守備範囲外は関知しない。神とて万能ではないのである。
「んむぅ……」
 意捕は顎に手を当てて私の顔を伺いながら悩んでいる。
 月人文明時代は時々人を脅かせば妖怪は生きていけたが、天地創造以降法則が書き変わった。今では二、三ヶ月に一度人を食べるか頻繁に人を脅かさなければ生きていけない。絶食してもすぐには死なないが徐々に妖力が衰えて最後には消滅だ。
 多分天上界の神様達は食人妖怪を増やし加えてその食欲を増し、かつ人間の妖怪嫌悪を薄くする事で人間の数を増え難くし、文明の発達を遅らせようと考えたのだろう。月人文明は発展が早過ぎて人と妖の折り合いをつける余裕が無かった。
「……分かりました。何か断ったら粉々にされそうなんで」
「まさか。両手の骨を砕くぐらいだよ」
 当分人を襲えないようにね。
 ぞっとした顔の意捕を放置し、私は空を飛んで悠々と神社に戻った。任務完了!



[15378] 旅情緒編・月日は百代の過客にして……
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/16 11:27
 人間は妖怪よりどうしても早く死ぬ。白蓮やら妹紅やらの例を見るに不老化の方法は複数あるらしいが私はまだお目にかかった事が無い。数千年経っても老いの気配が無くむしろ力が増している状況を見るに私の寿命はまだまだ先のようだし、積極的に不老を求める気は起こらなかった。
 しかし人間はそうではない。必然、カヤも私より先に寿命で逝ってしまった。
 その日一日は冷たくなった巫女を前に呆然としていたが、一晩過ぎた翌朝には平静に戻っていた。物言わぬ骸を荼毘にして、黙々と久しぶりに自分で作る朝食をとる。
 妖怪は仲間の死に強い。嫌になるほど簡単に心が死を受け入れる。
 カヤは寿命が尽きる数年前に次の巫女を里から連れてきていた。空を飛び、光の弾を撃って妖怪を退治する神社の巫女は里の少女達の憧れになっている。後釜が見つからずに困るような事は無かった。
 私が神社を建てたのはほとんどカヤのためであり、彼女が居なくなったのなら壊してしまっても良い。しかしカヤと過ごした神社は永遠亭と同じく私の家であり、思い出が染み付いていたので解体は思いとどまった。
 二代目の巫女は大人しい子だった。引込み思案で自分の意見を主張せず、いつも静かに微笑んでいる。それでも私が少し咳をしただけでオロオロする辺りはカヤにそっくりだった。
 時が流れるにつれ妖怪の山や湖に少しずつ増える妖。私は巫女に霊力の操り方を教えて対抗する。飛行も弾幕も結界も封印も突き詰めれば単なる霊力操作である。基本をしっかり教えておけば応用で何とかなる。
 二代目の巫女もやがて老衰で死んでしまった。悲しかったが、それだけ。
 もやもやした。親しい者の死に慣れてしまい、その内何も感じなくなるような気がした。
 三代目、四代目と巫女が代変わりする毎にそれは顕著になる。人間を観察し、適度に関わるのは良い。しかし親しくては心が完全に妖怪になる。儚い命に価値を見出だせなくなる。私はまだ死を悲しむ人の心を持っていたかった。
 そして、









「そうだ、旅に出よう」









 いやー、人間と関わり過ぎるから駄目なんだよね。なら里から離れてしまえばいいじゃないか。
 神社はあるけどそこにとどまる必要無いし? 巫女がいるから私がいなくても里が妖怪に滅ぼされる事無いし? 信仰が無くなってもただの妖怪に戻るだけで死なないし? 永遠亭の兎達も自活できる最低限の知恵がついてるし?
 問題無し! よっしゃあ旅仕度だ!
 諏訪大戦ってまだ起きて無いのか? 起きて無いなら生で見てみたい。えーと他には魑魅魍魎と陰陽師の激戦区平安京とか、名だたる霊山を巡るのも悪くないよね。
 私が口笛を吹きながら自作三度笠を用意して麻袋に竹の水筒やら干物やらを詰めていると、五代目巫女がひょっこり顔を出した。旅仕度をする私を見て不思議そうに首を傾げる。
「あれ、白雪様お出かけですか?」
「ああ丁度良かった。数百年か千年くらいちょろっと旅に出るから後の事よろしくね。死期が迫ったら次の巫女に仕事を継がせる事。里を襲う妖怪を適度に懲らしめる事。妖怪から苦情が出たら聞いてやる事。人妖平等にね。後は……ああそうだ。これからこのあたり一帯を幻想郷と呼ぶ事。それぐらいかな。細かい判断は任せるから適当に頑張って」
「え、白雪様? 白雪様!?」
 慌てに慌てる巫女を捨て置き、私は笠を被って麻袋を紐で背に括ると縁側から大空へ飛び立った。ふはははは、私は風になる! 全速力の私に巫女が追いつけると思うな!
 これマッハいってんじゃね、というスピードで飛ぶとあっと言う間に里が点になった。別に淋しいとも思わない。私は神様兼妖怪なのに少々人間に深入りし過ぎた。このあたりで距離を置くのが懸命である……というのは建前みたいなもので本音は旅に出たくなっただけなんだけど。
 頭脳は(だいたい)人間体は妖怪、纏う力は妖・霊・神力。その名も大妖怪白雪! これを機会に妖怪日本を楽しもう。







 さて、飛べば移動は早いが旅の気分が出ない。私は里が見えなくなったのをしっかり確認してから山に降りた。今代の巫女は口うるさいからね、連れ戻されたらかなわん。連れ戻される気なんぞさらさら無いけど。
 当座の目的地は諏訪湖だ。紙どころか木簡の普及もイマイチな御時世、地図は無い。幻想郷の気候で大雑把な現在地は把握しているので方角だけ決めてふらふら進むつもりである。人か妖怪に会ったら道を聞いてみよう。
 森の中の獣道をのんびり歩く。神力を消して妖力を抑え、野生の獣や妖怪を驚かさないようにした。紅い衣が木の枝に引っ掛けるので帯を締め直す。
 そういえばこの衣、何千年も使っているのにまだ破れない。もとはあの訳の分からん毛玉の毛皮に血がついたものだが、並の刃物は通さない上にレーザー銃で空けられた穴もいつの間にか塞がっていた。血の汚れは月人文明の時に洗剤で落とそうとしたが無駄だった。
 いくら妖怪の毛皮っつっても凄過ぎるだろ。助かってるからいいけどさ。
 獣道をのらりくらりと歩いていたがやがて道は草に埋もれて途切れ、日が暮れてしまった。
 夜通し歩くのも可能だが素直に野宿する事にする。妖術でカマイタチを起こして周囲の草を刈り、腐葉土をがむき出しになった地面に石を並べて焚火の準備をした。
 焚火と言っても木は燃やさない。私は青白い炎を石そのものに灯した。燃料は妖力である。焚火というよりは鬼火だ。
 カチカチに硬くなった干し肉を炙っていると、明かりに惹かれて小妖怪が集まってきた。火は人間が居る印であり、獣を遠ざけるが妖怪を近寄らせる。
「んん? 人間かと思えば妖怪」
「この辺じゃ見ない顔だね」
「それ人肉? ……違うか。人臭くない」
「あんた結構妖力強いね」
 興味津津といった様子で寄ってきた妖怪達に干し肉を振る舞って話をした。僅かばかりの酒を勧めると、もっと寄越せと言われたが五人で飲んだので空である。
「んじゃそのー、幻想郷? って所は人間を襲えないのか」
「いや襲えない事も無いけど怖い巫女がいるから」
「不便なとこだねぇ」
「でも人間もこっちを殺そうとしないんだろ?」
「えんがーとっとー、酒が無いー」
「お前は黙ってな」
「人間に追い回される事があったら逃げ込んだら良いよ。幻想郷は全てを受け入れる」
「たまに強い人間もいるけど追い回さたこたぁないやね。ま、覚えとくよ」
 地味に幻想郷の名を広めておく。面白い妖怪は多い方が良い。
 妖怪ばかり集めるとバランスが崩れるので、人が居る場所に行ったら腕の立つ人間にも噂を広める予定である。
「こっちも聞きたい事があるんだけど良い?」
「あ~いいとも。酒の礼だ」
「どんと聞けー」
「諏訪湖の場所分からないかな。そこを目指してるんだけど」
「スワコ?」
「スワコ……」
「スワコね」
「知らない」
 ふむ……
「それならミシャグジ様は?」
「うん?」
「それはなんか……」
「聞いた事があるような」
「蛇の精がそんな名前じゃなかったか?」
「ああ!あの祟る奴」
「いたねー」
 それだ! ミシャグジ様の知名度は高いのか?
「どの辺りで見掛けた?」
「なんだ、ミシャグジ様探してるのか」
「やめた方がいいよ、祟られるし。私も祟られた」
「そりゃお前が依り代の石を割ろうとしたのが悪い。蛇の精っても神様みたいなもんだから侮ったらいかん」
「最近見たのはどこだったかな」
「どこだっけ?」
「探せば割とどこにもいるけど一番近いのは……西の里のでかい木に宿ってるのがいなかったか」
「東の里だろー」
「多分東」
「東っぽいね」
 東か……良い情報を聞いた。小妖怪にも親切にしてみるものだ。
 それから夜中まであれやこれや語り明かし、夜が開ける頃に妖怪達は手を振って帰っていった。
 幻想郷では退治ばかりであまり妖怪と話さなかったので新鮮だった。
 日が昇ると共に鬼火を消し、落ち葉を体にかぶせて目を閉じる。布団も良いが落ち葉も悪くない、と思いながらぐっすり眠った。



[15378] 旅情緒編・山の怪そこの怪
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/16 11:51
 東に向かって日中ひたすら歩く事三日、人の手が入った道にでた。地面は踏み固められ、頭上の枝は払われている。妖怪達の話を信じるならこの道の東に里があるはずだ。
 この時代はまだ貨幣経済が発生しておらず、里と里の交易は物々交換で行われる。私は道中で猪を狩り、毛皮と肉を確保した。商人偽装の為である。
 いくら強かろうと見た目は年端もいかない少女、一人旅には相応の理由付けが必要だ。神様が里を放置して旅にでているというのは触れ回る事では無い。里中では神・妖力を隠して霊力を出し人間を装い、口減らしで捨てられ泣く泣く商人の真似事をして生計を立てる少女のふりをする。
 山歩きをしていて妖怪に襲われないのかと聞かれたら偶然会った旅人の屍体から頂戴した衣に妖怪避けの効果があったと嘯き、結構価値のある猪の毛皮の入手経路を聞かれたら藁しべ長者的な説明で誤魔化す。バックストーリーに抜かりは無い。
 昼過ぎに里に着いた。早速ミシャグジ様の宿る神木に向かおうとしたが、その前に人垣に囲まれる。旅人は私が思っているよりも珍しいようだった。
「あら白い髪」
「染料じゃなさそうだねぇ」
「実は婆さんとか」
「家のかかぁより白いぞ」
 髪の色を気にする住人達にひたすら若白髪ですと言い張り、説得力を上げて無理矢理納得してもらった。もっと突っ込む所あると思うんだが……
 ミシャグジ様を参りたいと言ったら案内してもらえた。村外れの見上げるほど高い杉の木。幹の辺りにうっすら神力が漂っていた。拝むふりをしてしゃがみこみ、私の神力を送り込むと反応が返る。歓迎と疑問の意思……喋れないんだな。
 交信力を上げて要件を伝えると快く答えてくれた。
 南の方にミシャグジ達を統括する神がいるらしい。名前は分からないが凄い神だという事は伝わった。十中八九、諏訪子だ。
 神奈子という大和の神を知らないか聞くと農耕の神にそんな感じの奴がいるとのこと。まだ諏訪大戦は起こって無いっぽい。
 質問に答えてやったのだから供え物をしないと祟るぞ的な軽い脅しをかけられたので猪の毛皮を供える。同じ神に供物を要求するとは容赦ねぇな……それだけミシャグジ勢力が強いって事か?
 別れ際に近辺の妖怪の話を聞いた。生意気にも自分に従わず、四つ離れた山に住み近くの人間をさらっている奴が居るらしい。つまり自分じゃ負けるから代わりに退治してくれと? 妖怪使いの荒い祟り神だ。
 私は気が向いたら退治しておく、と伝えて立ち去った。
 供えなかった猪肉は地酒と交換し、その日は里長の家の一画を借り、丸くなって寝た。
 翌日朝日と共に起き、里の住民が目を覚ます前に出立した。ミシャグジに逆らっているという妖怪を訪ねてみるつもりである。
 名の知れた祟り神に逆らってまだ生きている妖怪となれば多分能力持ちの中~大妖怪だ。会うのが楽しみだった。
 妖怪の健脚は疲れを知らず、山を四つ程度なら一日で踏破できる。私は草に埋もれかけた道を四苦八苦して進み、霞雲がかかった夜空の頂上に月が昇る頃ようやく次の里に着いた。里の中心の広場で焚火が焚かれていたが、夜も遅いので接触は明日に回す。酒を少しあおり、毛皮にくるまって寝た。人間と違い、狼や熊に襲われる心配が無い(例え襲われても返り討ち)ので心おきなく野宿できる。







 さて次の朝、住民が起き出した頃を見計らって里に入ったのだがどうも雰囲気が物々しい。張り詰めた緊張の気配漂っている。水桶を運ぶ女も弓の弦を張りなおしている男も時折不安げに周囲を見回してした。
「今日は何かあるんですか?」
 通行人を捕まえて聞いてみた。
「む? ……なんだ小娘。見ない顔だが」
「複雑な事情により商人の真似事をし、旅暮らしをしている者です。こちらの里で交易をしたいと思ったのですが、皆さん気が立っていらっしゃる」
「ああ旅人か、なら知らんな。昨日満月だったろ? この里は満月の次の日には鬼が人をさらいに来るんだよ」
「鬼ですか」
「そう、鬼だ。俺の爺さんの代から近くの山に住み着いた奴だ。何度も追い払おうとしたが歯が立たんのでな、今日は流れの退魔師の方に頼んで退治してもらう事になったのさ」
 退魔師ねぇ……
「なら安心じゃないですか」
「まあそうなんだが……里の力自慢十人がかりで敵わなかった鬼に本当に勝てるのかね。お前も今日は商いを諦めてどこかの家に入れてもらいな」
 通行人は首を降りながら行ってしまった。私はそれを見送りながら考える。
 鬼は妖怪の中でも特に強い種族である。私の神社の巫女でも年若い鬼と互角が精々、流れの退魔師ごときに退治できるとは思えない。余程腕に自信があるのか?
 もし強そうなら幻想郷への勧誘を、などと企みながら退魔師を訪ねてみる事にした。
「…………」
「…………」
 里長の家に居た退魔師は老齢の冴えない男だった。霊力の量はまあまあだが能力持ちほどでは無い。力を振り絞って短距離飛行が出来る程度だ。
 これで鬼退治って……無理じゃね?
「何だ小娘。突然来てジロジロ見おって」
 退魔師が不機嫌そうに言う。皆して小娘小娘ってさぁ、見た目小娘でもあんたの百倍は生きてるんだぜ?
「いえ、霊力が高いなー、と」
 常人に比べればだが。
 何気なく言った言葉だが、退魔師は感心した顔をした。
「ほほう、その歳で霊力が分かるとは見どころがある。よし、特別に今日の妖怪退治を手伝わせてやろう。見込みがあれば弟子にしてやってもよいぞ」
 弟子(笑)。こりゃ駄目だ。確かに私は妖力と神力を消し一般人レベルの霊力を出しているが、気を入れていないので少し探れば力を抑えているのが分かるはず。それを見抜けない時点で器が知れる。
「私が退魔師様(笑)の弟子(笑)などとは……(そちらが)足を引っ張らないか心配です」
 括弧内の言葉を口に出さず付け加えて言うと、退魔師は鷹揚に頷いた。
「何、多少枷がある方が対等な勝負と言うものだ。心配せずとも良い。昼になったら鬼の住む山に入るぞ。支度をしておけ」
 その底なしの自信はどこから来るんだ?
 まあいいか。これを機に世の中の広さを知ってもらおう。







 日が高く昇り、里人達に期待半分諦め半分といった顔で見送られ山にわけいる。本人曰く強力な退魔剣だという微かな霊力が籠った剣で草を薙払って進む退魔師。私はその後ろを着いていく。
「どんな妖怪を退治された経験が?」
「うむ、専ら羽根の生えた童の妖怪を退治しておる。稀に人に近い姿の妖怪も追い払う」
 声に自慢げな調子が入ってるけど、あんたが退治してるのは妖怪じゃなくて妖精だからね。しかも妖怪は追い払うだけ。最低限の心得はあるんだろうけどよく鬼退治なんかしようと思ったな。過信って怖い。
 ひたすら草を刈って進む退魔師を見て`お爺さんは山へ芝刈りにー´、などと心の中でナレーションをつけていると、かなり強い妖力が山の頂上から降りてくるのを感じた。
 が、退魔師は気付いた様子が無い。流石にこの距離で察知するのは無理かと思って黙っていたが、あれよあれよという間にもうすぐ目視できる所まで接近してしまった。
「む……妖の気配。童よ気をつけろ」
 だめだこいつ早くなんとかしないと。
 そろそろ呆れを隠しきれなくなってきた顔を引き締め、隠れもせず堂々と現れた鬼と対峙する。
「ほお。二人共里の者では無いな。自ら贄となりに来たか」
 とんでもない美人の鬼だった。顔の造詣は非の打ち所が無く大人の色気がある。藍色の長髪を結って前に垂らし、かんざしを刺している。短い角が髪の間から覗いていた。ワンピースだか着物だかよく分からない半端な百合模様の服を着こなし、下駄を履いている。時代考証も何のそのな出で立ちだ。背が高く胸も……
 凄く……グラマラスです……
 私が自分の大人の魅力に敗北感を感じてうなだれていると、退魔師が剣を掲げて宣戦布告した。
「ほざけ妖怪、ぬしの悪行もここまで! 我が退魔剣の露となるがいい!」
 これだけ妖力を撒き散らしている妖怪を前に怯まないとは、間抜けかなのか豪胆なのか判断しかねる。まあ、鬼の美貌に動じない所は評価できた。
「受けてみよ退魔弾!」
 何か技名を叫びながらごく普通の弾幕を数発撃った。避ける素振りも見せない鬼に直撃し、光に紛れて退魔師が切りかかる。歳の割に俊敏だな。
 キン、と高い音がした。
 回転して飛んでいく折れた刀身。剣を降り抜いた姿勢で唖然とする退魔師。拍子抜けした顔で拳を振りかぶる傷一つ無い鬼。
 まあこうなるよね。剣もナマクラなら使い手も三流。想定の範囲内だ。
 私は脚力を上げて二人の間に割り込み、鬼の拳を片手で受け止めた。鬼が目を見張る。
「選手交代。退魔師さんは退いてて」
「ぬ、ぬぅ、やるな童。だが退魔師たるもの妖相手に退く事は無い!」
 腰抜かしてる癖によく言うよ。目には怯えも無いし、本気で言っているのは分かる。これで実力があればな……
「そういう台詞はもう少し力つけてから言って。幻想郷の巫女を訪ねれば多分鍛えてくれるよ。でも今は強制退場」
 私は退魔師の頭を鷲掴みにして大きく振りかぶった。何か喚いているけど無視。
「飛んでけー!」
 空へ向かって放り投げた。投げる瞬間に防御力を強化してあげたので着地で死にはしないだろう。
「さて一騎打ちと行こうか。そういうの好きでしょ?」
 向き直ってウインクすると、鬼は呆気にとられていたが一拍置いて嬉しそうに笑った。
「鬼の心が分かる人間よの」
「あははっ、果たして人間かな?」
 私は霊力に加えて妖力を出した。
「なんぞ、妖怪だったかの?」
 更に神力をプラス。
「……神?」
「私に勝ったら教えてあげる」
 半身に構えて挑発すると、鬼は口の端を吊り上げて妖艶に笑った。
「面白い。いざ、尋常に」
「勝負!」



[15378] 旅情緒編・両面どころか
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/18 19:37
 鬼が真正面から殴りかかってきた。見切り、紙一重でかわし、腕を捕る。
「せっ!」
 背負い投げをしようとしたが空中で腕を外され逃げられた。そのまま滞空して弾幕を雨あられと放って来る。あの退魔師とは数も威力も桁違いだ。
 回避力を上げて全て避け、私も宙に舞う。鬼は心底楽しそうに笑っていた。
「蛇の祟り神より余程強いのう。それでこそねじ伏せる甲斐があるというもの」
「出来るかな? 逆に跪かせてあげるよ」
 さて、空中弾幕戦と洒落込もうか。
 機動力と速力を上げる。鬼と私は高速で旋回しながら弾幕を撃ち合った。大弾を背面飛行でかわし、小弾を素手で薙払ってホーミング弾を連射する。鬼は数回避けてから誘導性能に気付いたらしく光線系弾幕で相殺した。
 その隙に背後に回って背中をしたたかに蹴り飛ばす。スペルカードルールが無いので体術を混ぜても問題無い。
「小癪な!」
 鬼が弾幕で牽制しつつその場を離脱した。服が所々焦げ、背中には草鞋の跡がついている。対して私は無傷だった。
「なかなか当たらんの……」
 鬼が両手に妖力を集中させながらぼやいた。私は神力で弾幕を作り滞空させる。
「お前に足りない物、それは! 情熱、思想、理念、頭脳、技巧、ひたむきさ、勤勉さ! そして何よりも――!」
 急加速し、一瞬で鬼の真上をとる。
「速さが足りない!!」
 鬼は神力の弾幕嵐をまともに受けてよろめいたが、何とか体制を立て直した。神力の弾幕は高威力の上半透明で避け難いが、自然回復しない力を使うのはもったいないので乱用はできない。しかし今ので倒れないとは……妖力と腕力はともかく耐久力は剛鬼より上か?
「敵に忠告とは余裕やの?」
 不敵に言った鬼は突然四人に分裂した。全く同じ姿の鬼が四人。
「はぁ!?」
 なんだそれ!?
「身を分ける程度の能力よ」
「そちらも能力を使っておるのだろ」
「戦いは全力を尽くしてこそ」
「容赦はせぬ」
 四人は四方向に散り、一斉に溜めた妖力を開放した。次の瞬間私の全周囲を取り囲む滞空弾幕。
「押し潰されよ」
 分身とかもうね……一体一体オリジナルと同じ妖力あるし、天津飯涙目。チート過ぎる。
 しかし鬼の割に頭良いな。確かにどれだけ速い敵でも避ける隙間が無ければ命中する。
 でもさ、私は速いだけじゃないんだよね。
 斥力と反射力と反発力を強化。疑似一方通行モードだぜ!
「何!?」
 弾幕を全て反射した私に鬼が驚きの声を上げる。あくまでも`疑似´なので威力の高い鬼の拳や蹴りは反射できないが、通常弾幕程度なら充分有効だ。
 戸惑った隙に一度距離をとる。一体ずつ片付けるのも面倒だし、久し振りのあの技を使おうか。ただし威力抑えめで。
「華々しく散れ――――妖力無限大!」
 空気を裂いて極太の黒い光線が迸る。四人の鬼は敵わないと見て逃げようとしていたようだが、避けきれず直撃した。断末魔っぽい悲鳴が聞こえる。
 光線が空の向こうに消えると、一体に戻った黒焦げの鬼が力無く墜落していった。
 うわぁ、やり過ぎた……死んで無いよな……








 地面に落ちて虫の息の鬼を回復力と再生力を上げて復活させてあげた。妖力が高く効き目が薄かったが何とかなった。
「負けた負けた、ぬしは強いの。見た目通りの年齢でもあるまい」
 どういう理屈か服まで元通りになった鬼がやや疲れた表情で聞いてきた。妖怪の服って体の一部なのか?
「まあね……えーと……あれ、そういえばまだ名前聞いて無かった」
「私か? 宿儺百合姫という」
 スクナ……聞いた事あるような無いような。有名な鬼か?
「ぬしの名は? ……いや、負けた私に訪ねる資格は無いな」
「別にいいよそれぐらい。私は白雪、字は無い。種族は……妖怪」
 宿儺は首を傾げたが、すぐに考えるのを止めたらしく笑った。女の私でもドキドキするほど綺麗な笑顔である。
「まあ何でもよいわ。白雪、私のねぐらに寄っていかぬか」
「急ぎの用事も無いし行くよ」
 ねぐら有りとな。剛鬼よりは人間的な生活をしているらしい。
 私は足取り軽く山を昇る宿儺を追いかけた。








 宿儺のねぐらは山の頂上に乱暴に巨岩を積み上げて作ったものだった。しかし入口と奥で二つ部屋があり、岩と岩の隙間も小石で埋められている。雑なんだか丁寧なんだか分からない。私が昔住んでいた岩窟の三倍ぐらいの広さだった。
「今日は人さらいは止めにするかの。代わりに酒を奪うとしよう」
 宿儺は一体分身を作った。分身は黙って山を降りていく。便利だ。
 岩屋には幾つか酒壺がおいてあり、宿儺は数本の徳利に移して私に寄越した。ますます剛鬼とは違う。男の鬼と女の鬼では感性が異なるようだ。
 二人で酒を飲みながら話した。日が傾いてきたので鬼火を天井に漂わせる。岩屋の外からは涼やかな虫の音が聞こえた。
「四つ離れた山の里のミシャグジ様って知ってる?」
「祟り神か。従え従えと煩い奴よ」
「ああ、確かに高飛車な所あるよね。そのミシャグジ様に妖怪退治を頼まれてさ」
 宿儺が僅かに硬直した。
「……私を封印でもするのかえ」
「いいや、もう散々痛め付けたからね。殺せとも言われて無いし目的は達した。一応一年程度は人さらいを止めてくれると助かる」
 ウインクすると宿儺は大笑いした。
 しばらく話が弾んだ。私が剛鬼の話をすると興味を示し会ってみたいと言ったが、もう死んでいると告げると残念そうにしていた。
 幻想郷に関しては剛鬼の話題ほど食いついて来なかったが、妖怪が集まる山には惹かれたようだ。里の人間をさらえないのは気に食わないが強い妖怪との力比べはしてみたいとのこと。気が向いたら幻想郷に行くかもしれないと言う。
 宿儺の強さから推測するに、後の四天王かもしかすると鬼神になるのかも知れない。
 酒壺を三つほど干すと宿儺が湯浴みに誘ってきた。少し山を降た場所に温泉があるらしい。
 私は誘いを丁重に断った。本音は行きたいが我慢する。宿儺のナイスバディを直に見たら立ち直れなくなりそうだからね……



[15378] 旅情緒編・ケロちゃん風雨に負けず
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/18 19:50
 宿儺の岩屋には数泊したのだが、毎晩抱き心地が良いとかで抱き枕にされた。鬼の力で抱き締めるので防御力を上げなければ骨が折れていたところだ。
 つーかさ、抱き締められるって事は胸が当たる訳ですよ。でかい胸が。何なの苛めなの? 起伏の無い私への当て付け?
 前世(?)は男だったけど男の期間のウン百倍女やってるから、胸当てられたぐらいでは嬉しくない。ちょっとパルスィの気持ちが分かったよ。
 宿儺と別れて山を降りると、里の人達に幽霊でも見るかのような目で迎えられた。何日も戻らないので喰われたと思ったらしい。そこは適当に言い繕った。
 退魔師はボロボロの服で颯爽と山から降りてきたそうだ。幻想郷の場所を聞いてまわり、
「井の中の蛙とはこの事よの!」
 と高笑いして去って行ったとか。元気な爺さんである。当分死にそうに無い。
 私は根掘り葉掘り鬼から助かった経緯を探ろうとする住人に辟易してすぐ里を出た。
 ただ今の装備は三度笠、衣、草鞋、麻袋。アイテムは宿儺から貰った酒瓶と干柿が少々。諏訪湖への旅の再開だ。









 雨にも負けず風にも負けず雪にも夏の暑さにも負けずに歩き続けた。雨の日は地面がぬかるむので飛んだが。
 里を見つける度に寄って交易をしたのだが予想外に儲ってしまった。
 狼や熊、妖怪がうろつくこの時代に他の里に行くのは命懸けである。護衛を連れて大人数で行動すれば危険が減るが分け前も減る。その点私はむしろ襲う方だし、利益も独り占め。ぼろ儲けだ。
 貨幣が無いので荷物がかさ張って仕方なく、山道で出合った妖怪に酒やら小物やらを無償であげてやっとトントンだった。
 大体二、三の里に一人ぐらい妖怪退治屋がいた。皆好き勝手に称号を名乗っていたが面倒臭いのでまとめて妖怪退治屋と呼ぶ。腕前は下の下~下の上。おしなべて低い。中級妖怪に勝てる奴はいなかった。ちなみに私の巫女は中の上。十把一絡の有象無象とは格が違うのだよ! 大妖怪には勝てないけど!
 一応退治屋連中には幻想郷の話をしておいたが何人来る事やら。
 念の為言っておくが妖怪退治屋が里から消えても割と問題は無い。大半の里ではミシャグジ様など八百万の神が守ってくれている。里の守護が薄くなる事は無い。
 さてはてそんな八百万の神、土着神の頂点と呼ばれる諏訪子の社近くにやってきた。旅立ってから一年が経過していた。
「これはまた……」
 山の麓から湖を臨む社は今まで見てきた中でも郡を抜いて規模が大きく荘厳で、濃密な神力を纏っている。私の神社を無名の足軽だとすると徳川家康クラスだ。比較にならない。
 人間には見えないだろうが、神力を帯びた半透明の動物がちらほら鳥居を潜って社に向かっていた。土着神だろうか。
 周りを見回してみる。社は手入れが行き届いた鎮守の杜で囲まれ、鳥居からしっかりした石畳の参道が伸びていた。参道の向こうに社が見える。鎮守の杜からは里へ続く飛び石の道があり、参拝客が立ち止まる私を邪魔そうに避けて行き来する。
 参拝客多いな……私の神社は日に十人ぐらい。神の格が違い過ぎる。諏訪子ってどんだけ信仰集めてるんだか。
 私はとりあえず社に向かった。名も知られていないただの八百万の神が祟り神を束ねる土着神の頂点に会えるか分からないが、行ってみるだけ行ってみよう。







 一般に社は本殿と拝殿からなる。人々が普段参拝するのは拝殿で、御神体がいる本殿は拝殿の奥にある。
 私の神社は小規模なので小さな本殿一つしかないが、諏訪大社は当然両方あった。祭神である諏訪子は本殿にいるはずなのだが……なんで拝殿の屋根に腰掛けて蛙撫でてんの?
 堂々と神力を出している神様に参拝客は気付く様子は無い。姿を見えなくしているらしい。
 やっぱ神力凄いなと思いながらぽかんと口を開けて見上げていると、諏訪子と目が合った。諏訪子がそっと右に移動したので私もそっと右に顔を動かす……あれデジャヴ?
 諏訪子が瞬きした後二カッと笑って手招きし、蛙を肩に乗せ屋根の向こうに消えた。来いって事だよな……
 私は気配を消し、神力を出して本殿へ向かった。これだけ神力がある場所なら私程度の神力は紛れて分からない。
 誰にも気取られず本殿に着くと、諏訪子が社の石段に腰掛けて待っていた。変な目がついた帽子に蛙が描かれた紫と白の服。やっと永琳に続く原作キャラ二人目である。
「人型の土着神なんて珍しいねぇ、ほとんど動物なのに。歓迎するよ。知ってると思うけど私は洩矢諏訪子。あんたは?」
「白雪、字は無い。あと私は土着ってほど地域に密着してないかな」
「そうなの?」
「社を巫女に任せて旅暮らし中」
「うーん感心しないねー。神は土地を守り、人間を護り、信仰を得てこその存在さ」
「私が手ずから鍛えた巫女だから。諸々全部しっかりやってくれてるよ多分きっと」
「……まあ私の治めて無い土地だしとやかく言う事は無いか。で、何の用?」
「観光」
「あっはっは、人間臭い神だね! そういう事ならゆっくりしていけばいいよ」
 諏訪子は愉快気に笑って拝殿へ戻っていった。すれ違う時にさり気なく確かめたが身長は勝っていた。他は引き分け。`他´が何を指しているかは勝手に想像してくれ。







 諏訪子は私の事を基本放置だった。本殿の中には入るなと注意されたぐらいで、どこに行っても何も言わない。
 近くの里をうろついて分かった事だが、諏訪子の姿形は意外に知られていなかった。本人に聞くと適当な人間を使って神託を下しているとのこと。姿を見せると外見でナメられるらしい。納得である。
 あと数百年もしたら白雪の身長追い越して姿を見せるよ! などと息巻いていたが、可哀相なので二千年経ってもそのままだとは言わないでおいてあげた。まー何かが間違って普通に高身長になる望みも無い事は無いだろうし。
 参拝客の中には貝殻や磨いた色付石の装飾品をごたごたつけた人間もいた。里長とか王様とかそんな感じの立場の人間らしい。諏訪子はその連中には神託を下して統治方針を指示する。すると里長達は平伏して下がる。
 諏訪子凄いな。連合国の盟主的な存在だ。
 昼間はそういう参拝客を見守ったり相手をしたり土着神からの相談に対応したり忙しそうにしているが、夜は比較的時間が空くので酒を酌み交わす。
 ある夜酒の席で私今一万歳くらいなんだよね、とバラすと諏訪子は清酒を吹き出した。もったいないお化けが出るぞ。
「い、一万!? 私七百だよ!? そんなに生きてる神聞いた事無い!」
「神になったのは最近だからね。もともとは、」
 神力に加えて妖力を七割ほど出した。諏訪子が反射的に飛び退く。警戒した様子で手を挙げると、どこからともなくミシャグジ達が集まってきた。
「ただの妖怪。あ、この酒美味しい」
「その妖力の量は何!? 尋常じゃない!」
「長生きしてますから。あと祟るの止めて。少し息苦しい」
 諏訪子が目を丸くした。
「ほとんど全力で祟ってるのに……普通即死だよ?」
「そりゃ色々普通じゃないからさ。確かに私は妖怪だけど人は襲わないし、神でもある。そんなに睨まなくてもいいんじゃない?」
「…………」
 しばらく沈黙した後頷いた。ふっと私の体にかかっていた圧力が消える。ミシャグジ達も退いていった。諏訪子が気まずそうに頬を掻く。
「あーうー、ちょいとやり過ぎたよ、ごめん。白雪は悪さするような奴じゃないもんね」
「いいよ、気にしない。そんな事より酒飲もうぜ」
「白雪は酒が好きだねぇ」
「酒は人妖神その他の潤滑剤だから」
 諏訪子はくすくす笑った。
 十五夜の月の下、私達は気分良く杯を交わした。



[15378] 旅情緒編・土着神話vs中央神話
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/18 20:02
 諏訪大社に厄介になること三年弱、大和の神・神奈子が攻めてきた。
 侵攻の半年ほど前から大和の神々が戦の準備をしているという噂が流れていたが、本当に攻めてくるとは思わなかった。東方知識で諏訪大戦の勃発を知っていても、だ。
 それほど諏訪子の威光は凄かった。逆らえば祟られるし、大人しく従っていればしっかり恵みをもたらしてくれる。無茶な要求はしないので反発する理由が無い。例え反発しても例外無く捻り潰される。
 神奈子もよく挑もうと思ったなあ、と感心しつつ対峙する二柱を少し離れた位置から眺める。時刻は昼、諏訪大社境内での事である。
「洩矢諏訪子。貴方の神社、もらいうけるわ」
 しめ縄を背負った神奈子が堂々と宣言した。私は眼中に無いようで見向きもされない。別にいいけどさ。
 えーとなんだったかな、あの変なしめ縄は……蛇を表し、復活と再生、永遠を意味する、だと思ったけど。ケロちゃん対策だよなあ。土地神の噂話を耳に挟んだだけだからはっきりしない。
 しかしたった一柱で敵陣に殴り込みとは大した胆力だ。ちょっと無謀な気もするが。
「つまり信仰を私から奪おうって事? いきなり来て勝手を言う。あんたの噂は聞いてるよ、八坂神奈子」
 諏訪子がミシャグジ様達を周りに集めて睨みを効かせた。ごめん、神力は凄いけど幼女が睨んでも迫力無い。
 しかし神奈子はそうでもなかったらしく、若干怯んだ。が、すぐに気を取り直す。
「より強く、より多く恵みをもたらす方が信仰を受ける。それが民の為でもある。当たり前の話でしょう」
「図々しい神だね、私を社から追いやろうなんて。覚悟はできてる?」
 諏訪子が最近手に入れた鉄の宝剣を懐から取り出して構えた。双方臨戦態勢。おおい、この場で戦う気? 二人が話してる間に人払いの結界を張ったからいいけどさ。
「白雪、手出し無用だよ!」
「分かった。社は壊れないように私が守っておくから気にせず戦うと良い」
「……そこの神は?」
「あ、どうも。最近ここで世話になってる普通の神です。邪魔はしないから気にしないでー」
 ひらひら手を降ると神奈子は首を傾げ、諏訪子はどこが普通なんだか、という顔をした。いや普通だよ? 神としての力だけ見れば。
 二柱は表情を引き締めて空に舞い上がった。私は社全体に結界を張る。
 そして空中で二言三言言葉を交わし……激戦が始まった。







「一対一なのに`大戦´って凄いよねぇ」
 弾幕に色を付けるのはさほど難しくない。基本的に妖力は黒、霊力は白、神力は半透明だが意識しなければ本人の気質に応じて勝手に色がつく。意識すれば割と自在に変色できる。
 二人共目に痛い極彩色の弾幕をばらまいて飛び回っていた。隙あらば諏訪子は宝剣で切りつけるし、神奈子はどこからともなく出したオンバシラをぶん投げる。
 流れ弾と流れ柱が飛んできては轟音と共に地面にクレーターを作り、諏訪湖の湖面に高々と水柱を立たせる。私は社の結界の側で観戦していたが、一回避け損ねてもろにオンバシラを喰らった。かなり痛くて痣ができた。
 回復力と治癒力を上げて瞬間完治させてからは油断せずに余波をかわしている。
 諏訪子は神奈子を祟っているようだが、しめ縄から出る力がそれを妨害していて堪えた様子は無い。まあそりゃあ何の対策も無しに喧嘩売らないよね。
 世話になったし諏訪子頑張れー、と心の中で応援しながら地面に降り注ぐ弾幕をかわす。妖精程度なら一発で塵になるデッドシャワーをかいくぐり観戦を続ける奴は私ぐらいだった。ミシャグジ様達も地上から諏訪子を援護しているが、弾幕に当たっては次々と伸びていく。気を失ったミシャグジ様は結界の中に放り込んでおいた。
 ホント人(含・妖怪)払いをしておいて良かった。この戦いは激し過ぎだ。
 最初は諏訪子が押していたが、日が沈み月が昇って降り、また朝が来る頃には逆に押され始めていた。ミシャグジ様達が次々とリタイアしたせいでサポートが無くなったのが原因だろう。オンバシラの大質量を宝剣で受ける訳にもいかず、かわして逸らして受け流していた。
 神奈子はここぞとばかりに攻勢に出ている。うーむガンキャノン。
 いちいち流れ弾&柱を避けるのも面倒臭くなったので自分にも結界を張って悠々観戦する。
 もう丸一日戦ってるよこの二柱。アホみたいに神力を使っているのにまだ余裕があるように見える。余程実力が拮抗してるんだろうなぁ、と思いつつまたノックアウトされたミシャグジ様を結界内に引きずり込む。公平をきす為に一度退場したミシャグジ様の再戦は不可である。
 三日三晩続くとか止めてくれよ、結界張り続けるのって疲れるんだ精神的に。MP消費は問題無いんだけど、私は結界ってより力押しが専門だからね。
 私の思いをよそに続く戦い。どちらもようやっと疲弊してきたようだが、弾幕をアクロバットな飛行でかわす諏訪子を野球選手さながらにオンバシラで打とうとする神奈子。長引きそうだ。
 接戦は三日目の朝明けと共に決着した。弾幕に帽子がかすって一瞬動きが止まった諏訪子にとうとう振り回されたオンバシラがクリティカルヒットする。
「うわっ! 痛そう」
 擬音で表せば`カキーン´である。文句なしのホームラン。大丈夫かあれ?
 私は結界を解除して撃墜された諏訪子を回収しに行った。飛行石を持ったシータの如くゆっくり落ちてくる諏訪子を空中キャッチ。気絶していた。帽子の目玉も目を回している。え、帽子も体の一部?
「まさか貴方は攻撃して来ないでしょうね」
 肩で息をした神奈子がふらふら近付いてきて言った。
「思う所は無いでも無いけど手を出すなって言われたし、戦う気は無い」
「そう、なら良いわ」
「諏訪子の介抱は私がしとくから休んだら?」
「……変な神ね。諏訪子の味方じゃないの? 敵に気を遣うなんて」
「私は無所属新人の神だから」
「ム、ムショゾク?」
「いやこっちの話。ほらほら行った行った、本殿は向こうだよ」
 神奈子を追い払って地上に降りた。うなされている諏訪子を抱えて本殿に向かう。
 しかしやっぱ負けたか……私が居ても東方正史にバタフライ効果は生まれないのか? 見えない部分で変化しているのかも知れないが今の所大きな変化は見られない。
「ま、なるようになるか」
 考えても仕方無いので早々に思考放棄した。ケセラセラー。







「白雪~、負けたよ~」
 諏訪子は目を覚ますと泣き付いてきた。帽子は頭からとって脇に置いているが、その帽子も泣いている。帽子と諏訪子の関係が気になるが何か怖くて聞けない。
「泣かない泣かない、神様でしょう」
 えぐえぐ泣く諏訪子の頭を撫でてやる。神奈子は面白そうに私達を見ていた。神奈子にも一通り私の力と立ち位置を見せてある。
「神奈子、ミシャグジ信仰は根強いよ。いくら正面から諏訪子を破っても取って代わるのは難しいんじゃないかな」
「人間も強い神の方につくわよ」
「自信満々だねぇ」
 諏訪子の鼻水を拭ってやりながら、しばらく神奈子が神のなんたるかと信仰について説くのを聞いていた。余程悔しかったのか諏訪子はなかなか泣きやまず、時々怨めし気に神奈子を睨む。
 仲良くしようよ。長い付き合いになるんだからさ。
 その日は諏訪子が泣き疲れて眠ってしまったのでお開きになった。
 翌日、荒れ果てた社の周辺におっかなびっくりやってきた参拝客に神奈子が神の交代を告げた。
 参拝客に動揺が走り、しめ縄を背負った神奈子とミシャグジ様を従えてぶすっとしている諏訪子を怖々見比べる。
 もそもそ相談し始めたが、この場では決められないとの事で一度帰っていった。
 数日後、里長やら何やら代表達が集まり、神奈子は受け入れられないと言ってきた。諏訪子が存命である以上他の神を祭って祟られるのは怖い、と顔に書いてある。
 神奈子は不満そうだったが圧政を敷いていた訳でもない神を殺すのははばかられる。
 その後も少しごたごたしたが、結局は国内で`洩矢様´を`守矢様´に変え、外では別の呼び名で呼び分けるようにした。
 これにより表向きは祭神が変わったように見えるが実は変わっておらず、表面上の神=新しい大和の神(国外では神奈子を指すが国内の民は諏訪子と認識)、実際の神=諏訪子という奇妙な構図が出来上がった。
 人々は新しい守矢神を信仰するのだがその実諏訪子を信仰しており、結果信仰が分かれて神奈子と諏訪子で折半される。
 ややこしい。
 つまり悪し様に言えば神奈子の傀儡政権だ。いや諏訪子の傀儡政権か?
 他の神の信仰を分捕るのはどうかと思うけどせっかく苦労して勝ったのにねぇ……
 諏訪子も可愛い……じゃない、可哀相だが神奈子も可哀相である。



[15378] 旅情緒編・夜が降りてくる
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/22 19:54
 本編とは関係無い話だけど、絶対に「エイリアン」→「エイリン」→「永琳」だと思う







 人間の産業は昔を辿るほど第一次の割合が増える。第一次があるから第二次があり、第二次があるから第三次の余裕がある。
 神は基本となる第一次産業、つまり農耕に関する力を持つ者が多い。有名な神には戦を司ったり厄を集めたりする奴がいるが、八百万の神全体で見れば農耕の神が大多数を占める。
 諏訪子は祟り神、神奈子は軍神だが二人共農耕系スキルがある。
 私は妖力甚大で戦闘力に優れるが、神力は大した事が無く神の格が低い。妖怪退治はできるが民草の生活の根幹を支える農耕の手助けは出来ない。
 そういう話をすると、神としてけしからん、という神奈子が神力講座をしてきた。
 力を操る程度の能力があるので神力の使い方自体は分かっている。ただ絶対量が足りないので起こせる奇跡がしょぼいのである。
 熱弁を振るう神奈子にそれを説明するとがっかり顔で引き下がった。ちなみに一連のやり取りの間諏訪子はふて寝していた。
 真実信仰されているのは守矢=諏訪子だが表に立つのは神奈子に変わった。人前に姿を現してあれこれ行うのは全て神奈子なので諏訪子は暇そうである。社での実務をちょろちょろやるぐらいだ。
 私は大体諏訪子と遊ぶか近くの里を隠行して見て周るかして日々を過ごした。最低でも神奈子と諏訪子の仲が安定するまではここにいるつもりだ。








「それじゃ私が居なくなっても喧嘩しないように」
「分かってるわよ。淋しくなるわね」
「時々自分の社にも戻りなよー」
 三度笠を被り、麻袋を背負って二人に手を振った。居心地が良く百年近く居着いてしまった諏訪大社に別れを告げる。
 ここ十数年で守矢一家の一員になりかけているのに気付いて旅を再開することにした。地域に根をはってしまえば容易に旅に出られない。幻想郷を出てきたような手段を何度も取るのは流石に無責任に過ぎる。
 二人共私の強さを知っているので道中気をつけてなどとは言わない。二人の喧嘩を(力づくで)止めるのはいつも私だったのである。
 また会うのは風神録の時……二千年と少し先か。これだけ栄華を極めている神社も幻想入りするのだから諸行無常とはよく言ったものだと思う。
 互いに姿が見えなくなるまで手を振り続け、百年ぶりの一人旅が始まった。
 友人と千年単位で別れを告げるのは私の宿命なのかねぇ……







 はてさて今日も道無き道を行く。平安京もまだできていないし人間が集まる大規模な都市も無い。里と里、村と村を繋ぐのは獣道を利用した儚い道。数日通らなければ草に埋もれるものも多い。
 名所巡りをしようにも名前がついていない山やら湖ばかりでよく分からん。いや一応ついてるんだけど裏山とか何とかさん家の池とか特定地域でしか使えない名称だった。
 そういう事でふらふらよろよろいい加減に旅をした。
 雪崩に遭って脱出が面倒臭くなり春まで埋もれたり、襲ってきた熊を襲い返して美味しく頂いたり、温泉を見つけたので岩を集めて整備してみたり、猛毒茸を食べてむせたり、妖力を出している時に退治に来た妖怪退治屋をボコボコにしたり、やり過ぎたので癒したり、海岸で大量に貝殻を拾って二メートル弱の貝塚を意味も無く乱立させたり、それを崩しやがったどこぞの鬼を賽の河原か! と叫びながら水平線の彼方へ放り投げたり、湖で水浴びをしていたら近くの茂みで男がハアハアしていたので蹴り回したり、蹴れば蹴るほどますます興奮するのでどん引きしたり、蜂の巣を見つけたので蜂蜜を採ろうと思ったらスズメバチに乗っとられていたので燃やしたり、飛び火して山火事になって慌てたり。
 色々あった。
 そして季節が幾度も巡り過ぎ、村と村が纏まり国の様相を呈してきた頃。
 私はとうとう彼女に遭遇した。
 満天の星空に満月が輝く。満ちた月はルナティック、妖怪に妖気と狂気をもたらす。私は平気だが元々騒がしい妖精などは特に活発になる。
「丸い月にはどうして人間も妖怪も心惹かれるのかな。月が恋しくて移住した連中も居るし……ねえ、何でだろうね?」
 後ろを振り返り虚空に向けて言う。しばしの沈黙を経て空間が揺らぎ、一人の少女が現れた。
「勘の鋭い妖怪ね」
「いやあ、姿は完璧に隠れてたけど妖力駄々漏れだから」
 弱めの妖精程度の妖力でも私にとっては辛口カレーの匂いに等しい。
 紫のドレスを優雅に着こなし扇子で口を隠し、夜なのに傘をさした金髪少女はうさん臭い笑みを浮かべた。八雲紫、神隠しの主犯。個人的には好きな妖怪なんだけど実際に遭うと煙に巻かれてハメられそうな雰囲気が……どうこうされるつもりは無いけど。
「最近変な妖怪の噂を聞いたのよ」
「そうだね、紫ほど変な妖怪はそうそういない」
「あら、私の名も有名になったわね」
「結構有名(未来で)」
「それで人を食べない妖怪がうろついていると。貴方の事でしょう? なぜ食べないのかしら?」
「好み」
 即答すると紫は笑みを深くした。
 途端、私の精神がじわりと浸蝕されるのを感じた。これは……食欲の境界?
 抵抗力と精神力を上げて干渉を弾くと下手人は目を細めた。出合い頭に何しやがる。
「……強い妖怪ね。私では敵いそうに無いわ」
「の、割には余裕そうだね」
「逃げればいいもの」
 あっそう。
 さーて私に人間を喰わせようなんてオイタをした隙間妖怪には……
 フルボッコ
 ぶちのめす
 はったおす
 とっちめる
 やっつける
 →はなしあう
 紫とは友好関係を築きたい。私から見れば妖怪も神も人間も皆年下だ。多少の悪戯は可愛いものである。
 スキマを開いてスルリと身を滑りこませようとした紫にほとんど瞬間移動で接近、腕を掴んで引き摺り出した。観察力を上げてみるとうさん臭い笑みが引きつっている。私は極上の笑顔をプレゼントした。
「さて、`オハナシ´しようか」
 ただしなのは式のな! 人の精神を弄ろうなんて可愛い悪戯の域を越えてるんだぜ!
 そこからは(紫にとって)地獄絵図だった。何とか逃げようとスキマを開くが、妖力が少ないせいかまだ一度に一つしか開けないらしい。更に操れる境界は一つっぽい。
 存在・精神干渉は効かず、飛んで逃げれば追いつかれ……開いた隙間は干渉力と存在力を上げた手で縁を掴んで無理矢理閉じてやった。それを見た紫は扇子を取り落としていた。
 私にちょっかいをかけようとしたのが運の尽きなのさ!
 逃げる、追う、逃げる、先回りする。直接攻撃してこないのは実力差が分かったからだろう。賢明な判断だが私からは逃げられない。
「つーかーまーえーた~」
 空中で襟首を掴んでぐったりした紫を猫の様にぶら下げた。憔悴した紫……レアだ。写真に撮っておきたい。
 地面に下ろすと紫はよろめきながら木にもたれかかった。
「気力も無くなったところで質問の時間」
 尋問の間違いでしょう、と呟かれたが気にしない。
「私に人間を食べさせようとした理由は?」
「人間を食べない妖怪がいるって噂が流れていたのよ」
「それはもう聞いた」
「だから食べさせてみようと」
「……え? それだけ?」
「それだけよ。悪気は無いわ」
 判断力や洞察力を上げてみたが嘘を言っている気配は無い。
 悪意が無いなんてなお質が悪い。そういえばうさん臭さばかり目立って忘れてたけど、紫ってお茶目さんだった。なんか怒る気失せたな……
「はぁ、まーこの事は水に流そうか。話変わるけど紫、私と一緒に来ない? 紫と一緒の旅は面白そうだし。それともここに残る? 幻想郷に行ってもいいけど」
 紫は扇子で口元を隠して思案した。
「幻想郷の噂は聞いた事があるわ。人妖問わず門戸を開いているとか……貴方に関係があるのかしら」
「社がある。幻想郷は全てを受け入れるよ、例え一人一種族のスキマ妖怪でも」
「残酷な台詞ね」
 私と紫の視線が交差した。
「悪人も善人も、大妖怪も神も全てを受け入れる。それでは新参者は後ろ盾も無く血で血を争う闘争が起き、いずれ力関係が崩れて崩壊するわ」
 重々しく言う紫の台詞は肩をすくめてさらりと流した。そりゃ考えすぎだ。
「暗い未来絵図だね。きっと私の巫女が上手くやってくれるよ」
「楽観視するのね?」
「`私の´巫女だよ?」
 ニヤっと笑うと紫も笑った。こんな時もうさん臭い笑みである。
「喜んで貴方に着いていかせてもらうわ。色々と面白そうだし。気が向いたら幻想郷に行くけれど」
「ああ、構わないよ」
 旅は道連れ。私と紫は期間限定で一緒に行く事になった。




[15378] 旅情緒編・人間退治
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/22 20:05
 旅の途中、問答無用で妖怪を殲滅して回っているという妖怪退治屋の噂を聞いた。中級妖怪でさえ重傷を負う腕前らしい。
 で、被害に遭った妖怪から人間退治を頼まれた。害の無い妖怪にまで手を出すのは心無いと思ったので引き受ける。十数年の付き合いになる紫がため息をついた。
「白雪は親切過ぎよ。頼まれて断った例が無いじゃない」
「やるべき事無いし暇だし断る理由も無いし。でもできない依頼は断るよ」
「つまり全て請けるって事ね」
 失敬な。私にだってできない事は……あんまり無いなあ……
 私は徒歩で旅をするが紫は地上付近をふよふよ飛んでいる。時々スキマでどこからか人間をさらってきて食べているが、できれば悪人っぽい奴にしてくれと言っただけで別に止めない。食事は必要である。
 眠る時は紫のスキマの中で寝る。冬眠する時も一緒に寝る。よく分からん目玉や手足が見えるしグニャグニャした境界が曖昧な空間だが温度が一定で快適だ。小妖怪程度なら許可無く対策も無しに入るとその瞬間にピチュる(紫談)怪空間。無論私は問題無い。
「……その人間、この先の里に居るわね」
「あー、確かに何か強い霊力を感じる。能力持ちかな。日も暮れてきたしのんびり行こうか」
 別に台詞を間違ってはいない。妖怪にとっては夜の方が何かと都合が良い。
 だらだら歩いていくと小さな里に着いた。田圃と脆そうな木造家屋が立ち並ぶ一般的な里だ。しかし、
「あら結界?」
「ホントだ、強度は無いけど里全体を覆ってる」
 ほー、ここまで腕の良い人間は始めてだ。私の巫女と同じかそれ以上強いんじゃないか?
 結界を消そうとした紫を止め、明日の朝になったら正面から堂々と行こうと提案した。最初は不意打ちするつもりだったが妖怪退治屋と話してみたい。
 紫が賛成したのでその日は大人しく眠った。
 翌朝太陽が山の向こうから顔を出した頃、里の結界が解除されたので私と紫は中に入った。
 私は妖力を隠して霊力を出し、紫は人間と妖怪の境界を弄っている。二人共少し変な格好の少女にしか見えないだろう。
 里の人間に妖怪退治屋の話を聞くと訝しげな顔をされたが、自分達も同職だと言ったら納得して快く教えてもらった。
 もっとも今回私達が退治するのは妖怪ではなく人間だ。
 妖怪退治屋は里長の家に泊まっていた。結構な歓待を受けているらしい。
 里長の家の前で掃除をしていた男に同職の縁で会いたい旨を告げると、一度中に引っ込んだ後許可してくれた。
 そして里長の家の一室で妖怪退治屋に対面。普通の麻の服を着た普通の少女だ。髪は短めで、顔は真面目そうな印象を受ける。
「初めまして、マナと言います。お二人も破妖士だとか」
 礼儀正しく一礼する少女。破妖士ねぇ……語呂が悪い。
「私が白雪。こっちは紫」
 私は軽く会釈を返し、紫は優雅に一礼した。丸太を切っただけの簡単な椅子に腰掛けて雑談に入る。
「お二方は旅をしてどれくらいに?」
 私達は顔を見合わせた。
「どれくらい?」
「さあ?」
「だよねぇ」
「そんなに長いんですか…」
「マナは? 何で……あー、破妖士なんてやってるの?」
「かれこれ三年ほどになります。私の村は妖怪に襲われて」
 マナが何度も誰かに聞かれた事があるのだろう、順序良く淡々と話した。
 彼女が住んでいたのは比較的新しい村で神様がいなかった。ある夜流れの妖怪がそこに目を付け襲撃し、混乱の中壊滅してしまったそうだ。マナは幸い霊力が高くある程度自衛できたため食べられなかったが、妖怪の姿さえ捉えられず追い詰められ、空を飛んで命からがら逃げ出したと。以来復讐のために妖怪退治をしつつ腕を磨いている。
 話の途中で紫が目配せしてきた。なに? と目を向けると唇を僅かに動かし音を出さず喋った。
 ――それ私
 お ま え の し わ ざ か!
 私が頭を抱えているとマナが話し終わった。
「――だから妖怪なんてどいつも外道畜生なんです。化かされる隙を与えず滅するのが一番です」
 ごめんね、現在進行形で化かしてる。君の仇は目の前に居るんだよ。
 妖怪が人間を襲うのは世の常だし、やり過ぎ感は否めないが紫も私も謝る気は無い。このまましらばっくれて人間のフリをするのが吉だ。
 しかしどうしよう。自分の力を過信した人間だったら痛め付けて終わるつもりだったが、この娘は敵を討つまで諦めないだろう。
「今からこの里の周辺の妖怪を一掃しようと思っているのですが、手伝っていただけますか?」
 一掃……目に付いた妖怪は片っ端から消滅させるんですね、分かります。
「少し相談しても?」
「構いません」
 私と紫は席を外して部屋の外に出るとコソコソ相談した。
「紫何やってんの」
「人間一人見逃す程度良いと思ったのだけど」
「全然良くなかったね。どうしようか?」
「どうしましょう?」
「……楽しそうね」
「貴方が遂に人間に手を下すかと思うと満月が満ちるのを眺める気分よ」
「戯言は置いておくとして」
「あら睦言の方が良かったかしら」
「馬鹿は置いておくとして。……ん? ありゃ、盗み聞きされてるよね、これ」
 気付くのが遅かったが壁の向こうでマナが耳をそばだてている気配がした。瞬間、背後の壁を裂いて私の首を正確に狙う刃。
 余裕でかわせたが良い腕をしている。
「困ったわね」
「実に困った」
 軽口を叩いて互いに妖力を出し、裂かれた壁な穴の向こうでどこから出したのか分からない剣を構える無表情のマナを眺めた。色味を消したかに見える瞳の奥に憎悪が見え隠れしている。
「騙したな妖怪」
「騙される方も騙される方よ。仇の顔も知らずにどうやって仇討ちするつもりだったのかしら」
「姿形が分からないのなら全ての妖怪を絶滅させればいいだけのこと。現にこうして出合った」
 過激だな。口調が変わってる。説得は聞かないし効かないんだろうなぁ……紫か私の能力を使って精神を操れば解決するけど可能な限りやりたくない。向こうもこちらの実力を悟って隙を伺ってるし、叩きのめしても懲りなさそうだ。
「封印すれば良いじゃない」
「遠回しに殺せって? 妖怪でも不老の類でもない奴を封印したら弱って死ぬよ」
 のほほんとした空気を形成して会話する私達だが、マナは切り込めない。ぶっちゃけた話マナが十人いても私達二人には勝てないだろう。それだけの歴然とした差がある。
「んー……あー、そうだねえ……うん? ああ……あ! 紫、幻想郷に行ってもらっていい? 紫が行けばマナも追っかけてくと思うし、あそこなら私が旅の途中で勧誘した大妖怪がゴロゴロしてるはずだから」
 巫女にも――もう何回か代代わりしていると思うが――人妖の均衡を保つように言ってある。仮にマナが見境無く妖怪を討てば捻りつぶすだけの戦力が幻想郷にはあるのだ。紫の力ならマナに退治される事も無い。マナは能力持ちっぽいがこの場で使ってこない所を見るに戦闘向きではなさそうである。
 本人の前で堂々と言う言葉では無いが、紫を餌に幻想郷へ行ってもらう。
「構わないわ。そろそろ旅暮らしにも飽きてきたところ」
 紫はうさん臭い本心かどうか分からない笑みを浮かべて答えた。
何を考えているかは知らないが了承してくれて何より。
「それじゃよろしくー。幻想郷の規則は前に話した通りだから。ああ、マナに拒否権は無いからね」
 私の台詞の最後に合わせてマナの足元にスキマが開いた。咄嗟に飛んで逃げようとしたマナだが、スキマから伸びた腕に足を掴まれ引きずり込まれた。
 悲鳴? アーアー聞こえなーい。
 私が真理の扉を思い出していると、紫も少しこちらに手を振ってスキマに潜り込んだ。
 短い付き合い、あっさりした別れである。紫とはまた会えるからいいけど。
 スキマが閉じて静かになった里長の家。私は若干の寂寥感と共に目の前の切り裂かれた壁をどうしようか思案した。




[15378] 旅情緒編・一時帰郷
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/25 14:55
 豊かになるということは格差ができるという事である。
 村に田圃を見掛けるようになるにつれ、田植えの指導者や小川の支流の権利者などの権力者層ができていった。
 自分の田が不作だとそうした権力者から米を借りるが、借りた次の年は権力者にただ働きで返済しなければならない。そうして貧しい者が出て、食い扶持に困り山賊になる。
 村全体が不作の場合は食うに困って他の村に戦を仕掛け食料を奪う。負けた村は勝った村に併合され、勝った村人は優位に立ち。負けた村人は貧しい生活を余儀なくされる。
 その繰り返しで村は曲がりなりにも纏まり国になっていった。
 一方で妖怪退治屋は一貫してある程度優遇されていた。妖怪が襲ってきた時には必須な人材なのだから当然だ。祭神だけでは規模が広がった人間の国を守りきれない。
 幻想郷はそうして国に召し抱えられた妖怪退治屋の間で眉唾ものの噂として扱われている。幻想郷の中心となる里は安全だが、そこに辿り着くには里を取り囲む魑魅魍魎を突破しなければならない。
 あれだけ妖怪が集まっている地域の中心に人間が住む里がある訳無いだろう、というのが衆目の一致する所だった。
 でもしっかりあるんだよね。
 紫は私の所に年に一度スキマを使って文字通り顔を出した。里を包囲する妖怪達は結果的に外部との交流を閉ざしているらしい。囲いを抜けて里に辿り着いた妖怪退治屋は篩にかけられた形になり、里には腕利きが増える。
 妖怪退治は霊力が高く無ければまともにできないので一部の高度なもの以外の技術は簡単に流出し、里の者は誰でも弾幕二、三発は撃てるようになっていた。
 と、まあ紫からの情報はここまでで、彼女が幻想入りした十年ほど後からは藍が紫の代わりに私の所にやってきた。
 なんでもマナがあまりにもしつこく挑んでくるから相手をするのが面倒になり代役の式を作ったらしい。
 そんなに面倒なら殺すなり食べるなりすればいいのにと思ったが、マナは「敵から逃げ切る程度の能力」を持っていて捕まえられないとか。紫から逃げ切るって地味に凄い。
 そんな能力があるのに最初紫に幻想郷に拉致られたのは「スキマ送り=私(白雪)から逃げ切る」という構図ができていたと考えれば納得できる。
 とにかく藍は式になって以来雑用を一手に引き受け、雑用の一部として私へ幻想郷通信を届けてくれる訳だ。
 今日は人気の無い山小屋で話を聞いている。
「私の神社の信仰が薄れてる?」
「はい」
「な、なんだってー」
「……どうして棒読みで驚くんですか」
「いやなんとなく。原因は?」
「里に妖怪退治屋が増えた事は御存知でしょう。彼等が妖怪退治を請負う事で神社の巫女の仕事が減り、それにつれて」
「信仰が下がっていると」
「その通りです。強い妖怪は巫女に任せる習わしが出来ていますが、大抵の妖怪は一般の妖怪退治屋で片が付いてしまいます」
 私は藍の尻尾をもふりながら思案した。藍が物言いた気な視線を寄越すが気付かないふりをした。癖になるもふり心地である。もふもふ! もふもふ!
 幻想郷は面白い奴が多い方が良いと思って目に付いた妖怪やら妖怪退治屋やらを勧誘しまくったが、それが仇になったか。因果応報だ。
「ああ、それと神社に名前が付いていました」
「へえ? なんて名前?」
「博霊です」
「な、なんだってー!!」
「ひゃん!」
「あ、ごめん。尻尾を八本にする所だった」
 不意打ちを食らった。え? 博霊の正体不明神って私なん? マジで?
「その辺詳しく」
「あ、あの、その前に尻尾を離」
「詳しく」
「……はい。えーとですね、今代の巫女は霊力の扱いに長けているらしく」
 今代の巫女は霊力を可視化させることができるそうだ。霊力の色は白。故に人の霊魂が体に纏わりついているように見えると。妖夢の大福みたいなもんか?
 それを見た妖怪退治屋達が白霊の巫女と呼び始め、それがそのまま神社の名前になった。が、祭神の許可も得ずに神の名である「白」の字を神社に使うのはまずかろうということで「博」に変えられたらしい。だから博霊神社。
「なるほど」
「あの、そろそろ尻尾を」
「色々思う所はあるけど……神社の名前はそれでいいか」
「そうですか。あの、尻尾」
「信仰もほとんど巫女への信仰が私に流れてる感じだよねぇ。でも人間の信仰が減った分妖怪の信仰が増えて釣り合ってる。ほとんどの妖怪は信仰というより信頼だけど」
「……尻尾を」
「うるさいな。私の考え事に口を挟むのはこの尻尾か」
「ひゃあん!」
 尻尾を引っ張ってやると可愛い悲鳴を上げる藍。紫も良い尻尾の式を持ったもんだ。
 藍が泣きそうになっているので軽く謝って尻尾を離してあげた。
「まだ旅は続けたいけど一度戻って様子を見てみようかな。藍、スキマ開ける?」
「え? あ、はい。今は紫様と繋がっているので」
 藍が立ち上がり、何か呟くと目の前にスキマが開いた。何度見ても真理の扉っぽい。
「どうぞ」
 促す藍の表情はどこか硬い。彼女は式にされる時にスキマに放り込まれてもにょもにょされたらしく、スキマに良い印象が無い。
 ニヤニヤしていると藍が不機嫌に再度促した。私は肩を竦ませ、あまり心の籠らない謝罪を置いてスキマに身を踊らせた。







「ここどこ?」
「妖怪の山ですね」
 スキマからズルリと落ちて着地する。藍も少し遅れて落ちてきた。
「妖怪の山、ね」
「何か?」
「何でもない。勝手にうろつくから帰っていいよ。ありがとね」
 藍は一礼して飛んでいった。
 妖怪の山でも頂上付近のようで、草木は生えておらず岩肌がむき出しだった。遮るものの無い風が衣の裾をはためかせる。私ははだけないように帯を締め直す。……ああしまった、三度笠と荷物を山小屋に置いてきてしまった。
「まあ二、三日で戻ればいいか」
 愛用の旅具だ。無くしたり盗まれたりはしたくない。
 ふと近くに懐かしい妖力を二つ感じた。かなり強い妖力の付近で弱い妖力が激しく動いている。
 ふむ。まずは妖怪の山を回り、人里、神社、竹林と行こうか。
 のんびり岩道を歩いて行き大きな岩を回り込むと、そこでは宿儺が自分の分身の足を掴んで嬉々として振り回していた。一人SM……いや違う。よく見ると振り回されている方は意捕だ。
「何これどういう状況?」
 投げ縄の様に意捕を頭上で高速回転させる宿儺に声をかけると、私を見て驚いた後顔を綻ばせた。意捕は「ち、ちぎれる~!」とかなんとか叫んでいる。
「白雪! 久しいの」
「ああうん、久し振り。それで意捕はなんで回されてんの? そういう趣味?」
「こやつは意捕と言うのか。朝ねぐらから出ると霧が出ていてな、霧に妖の気配を感じ下手人を探ったのよ。したら私と同じ姿の妖怪がおる。分身は作った覚えが無い。なれば人真似妖怪だと目星がついた」
「ふむふむ」
「そして勝負を仕掛けた」
「ちょ」
 凄い思考回路だ。でも鬼は概してこんな感じだから気にしない。
「それでどうだった?」
「霧が消えた。弱い」
「そうだよねぇ。決着がついたなら降ろしてあげたら?」
「む?」
 宿儺は妖怪を振り回しているのを思い出したらしくぺしんと額を叩いて地面に降ろした。グロッキーになった意捕がふらふらこちらに寄ってくる。宿儺の格好で散々振り回されたので服が乱れていた。
 胸が見えかかってるぞ。しまえ。
「誰か知らないけど、助けてくれてありが……ぎゃふー! 挟み撃ちー!」
 意捕は私の顔を見るなり悲鳴を上げて逃げ出した。失礼な。
「妙な奴よの。白雪、私のねぐらに来ぬか? 最近酒虫を飼い始めたのだが」
「行く。酒虫はまだ見た事無い」
 酒虫はその名の通り酒の虫である。生き物が腹に住まわせれば大酒飲みになり、水を与えれば良質の酒に変える不思議な虫だとか。
 ねぐらに向かう道中、鬼が何人か酒を酌み交わしたり力比べをしたりしていた。宿儺は自分を慕って着いてきた鬼やその他の妖怪を従え、妖怪の山を統治しているそうだ。宿儺に目を留めると皆手を振り、その次に私に目を留めて勝負を申込んできた。
 その全てを断る。一度でも勝負を受けたが最後、全員と戦うハメになるのが目に見えている。
 私がどやどや集まってくる鬼共をあしらっていると、宿儺が「白雪は私に勝ったのだから、私にすら勝てないお前達が敵う筈が無い」などとのたまった。
 その言葉を聞いて大喜びで挑みかかってくる鬼達。てめっ宿儺、後で覚えてろ!
 数十の鬼をちぎっては投げちぎっては投げしているのを宿儺は杯で酒をあおりながら楽しそうに眺めていた。
 妖力無限大を使って一掃すれば楽なのだが、殺してしまいかねないので素手と通常弾幕で全滅させた。死々累々の戦場跡で宿儺を一発殴り、ねぐらに向かう。
 岩を積み上げたねぐらで虫と名がついているのに山椒魚とオタマジャクシを足して二で割った風貌の酒虫を見せてもらい、宿儺と深酒をしてその日は眠った。
 翌日、妖怪の山の滝壺で河童達に会った。
 河童とはスッポンが妖力を持った存在であり、幻想郷のエンジニアでもある。
 にとりはまだ居ないようだったが既に一族はかなりの技術を持っていた。
 独学にしてはやけに系統だった技術進歩を遂げているなと思ったら、驚いたことに河童技術革新の原因は月人の遺産だった。
 妖怪の山の上空では人妖大戦の時に大量の輸送機が撃墜された。その破壊された機体や貨物の一部で腐蝕防止コーティングされたものが残っていたらしい。
 それを発見した河童達はその高い技術力に感動し、バラバラの部品を集めて復元しようとしていたのだ。
 河童は壊れた通信機やらホログラム投影機を正体不明のオーパーツとして見ていたので、それは昔人間が作った物だと教えてやると「人間って素晴らしい! 種族は違うが科学の探求心に溢れている同志だ!」などと騒ぎ出した。
 正確には今の人間じゃなくて月人なんだけど……聞いちゃいない。人間の事を一方的に盟友盟友言うのはこういうバックストーリーがあったのか。
 人間に深い親近感を持った河童に見送られて人里に飛んだ。
 隠行もせず人里を歩いたがほとんど注目されなかった。やはり妖怪退治屋っぽい格好の人間が以前と比べて増えている。試しに妖力を漏れさせると警戒した目線を向けられたが特に何もしてこなかった。人里で争いを禁ずという規則は生きているようだ。
 しかし人気の無い木陰で青年と少女の妖怪が逢引しているのを見た時には流石に驚いた。キスをしてそのままチョメチョメし始めたので慌てて離れた。お前らもう少し場所を選べ。
 何にせよ想像より平和なようで一安心。
 博霊神社は私が旅に出た時とほとんど変わらなかった。姿を隠して覗いてみたが、境内を箒で掃く巫女だけが違う。体の周りを白い霊力が漂っていた。
 声をかけようか迷ったが止めておいた。東方原作では祭神の名前や神社の起源が失伝するほど神の不在が続いたようだし、顔を出さなくても問題あるまい。それに二百年近くほったらかしておいて今更ノコノコ出て行ったら物凄く怒られそうだ。
 巫女が初代の服装と変わっていない事には安心した。脛空けにスカートって絶対寒いよね。夏はいいけど冬は見てるだけで寒そうだ。
 神社を見て回っていると日が暮れたので本堂で夜を明かした。朝目が覚めると本堂の掃除に来た巫女が私のいる辺りを見て首を傾げていた。姿と妖霊神力を消した私の気配が分かるのか。今代の博霊の巫女は優秀なようで何より。
 巫女の横をすり抜け本堂を出て竹林へ飛ぶ。
 懐かしの永遠亭は物凄く兎臭くなっていた。埃の代わりに兎から抜け落ちた毛が厚く積もっている。
 そして完全に妖怪化した兎達。外見は妖精にウサミミを生やし羽を無くした感じである。服の色調は白で統一。毛皮の色だろうか。
 人間らしくなっても無邪気に集まってくる妖怪兎達を指揮して一日がかりで永遠亭の掃除をさせた。寿命的に私を覚えている兎は居ないだろうに、言う事を素直に聞いてくれて助かった。
 積もり積もった兎の毛と埃を拭い去り綺麗になった永遠亭。同じ轍を踏まない様に掃除係を任命しておく。
 この日はふんふんと鼻を押し付けてくる兎に埋もれて眠り、翌朝紫を探した。
 霧の湖の畔でマヤと藍が弾幕合戦をやっているのを眺めていた所を捕まえ、元居た場所に送ってもらった。
 一時帰省後にUターン。旅の再開である。






 山小屋に戻ると三度笠と荷物が持ち去られていた。泣いた。



[15378] 平安京編・陰陽師
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/25 15:06
 時代が進み、道が整備されて歩きやすくなったのは良いが別の問題も発生した。
 私の容姿、内面はともかくいたいけな少女である。しかも白髪。
 そんな可憐な少女が一人旅をしていれば当然すれ違う人は不審に思う。今までは何とかかんとか誤魔化してきたが苦しくなってきた。
 嘘話を信じて心配してくれる連中は良いが中には問答無用でかっさらおうとする輩もいる。人身売買はいつの時代も需要があるのだ。
 そういう不心得者は問答無用でフルボッコにしてやるが、何度も繰り返していると面倒臭くなってくる。隠行で行動すれば大丈夫だが気疲れして仕方ない。
 身長を伸ばすのは残念ながら……本当に残念ながら無理である。もっとも身長が伸びても女には変わりないので襲われただろうが……
 妖力を出せば普通の人間は近寄らないが妖怪退治屋が追いかけてくるし、神力を出すのは拝まれるし好かない。
 で、威嚇手段として刀を持とうと思い立った。
 私に手を出したらタダじゃ済まないぜ、という威圧をかけるための物なので飾りで良いが、せっかくなので気合を入れて自分で鍛えた。
 ……ぶっちゃけ刀の製法なんて知らなかったので、例によって学習力を上げて試行錯誤した。
 うろ覚えな前世の記憶を頼りにたたら製法から焼き入れまで全て手探りで四苦八苦。無駄になった鉄を使えば奈良の大仏がもう一つできると思う。あ、話それるけど刀を鍛える前に奈良の大仏作ってる所を見学した。あんなでかい大仏作らせるなんて天皇の権威って凄いよね。
 地鉄の炭素含有率を小数点四桁単位で微細に変えてみたり原子の結合力を上げたり、鉱山の麓に作った工房に一世紀は籠った。
 サムライブレード、日本人の魂。一欠片の妥協も許さず鍛え上げた刀は、正規の手法とはかなり違う過程を経て出来上がった。
 しかし見た目は見事な日本刀。神力は込めなかったが神々しいまでの出来である。
 以下スペック。


・原子結合力強化
・切断力強化
・耐久力強化
・威力強化
・干渉力強化
・固定力強化
・妖力付与
・霊力付与
・試した限り最強の鋼を使用
・付喪神化防止
・銘は無し
・直刃、刃渡り60cmほど
・鞘は幻想郷で一番長生きをしている木から削り出して黒く塗装、諸強化


 掛け値なしに最強の刀だと思う。楼観剣と白楼剣なんてぶった斬ってやんよ。
 ちなみに銘は村正宗にしようと思ったが止めておいた。下手な名前を付けるより無銘の方が格好良いと思うのは中二病か?
 とにかく会心の出来のマイブレード片手に百年振りの旅を開始したのだが、予想外の展開が待ち受けていた。
 かえって前より狙われやすくなったのである。
 威圧感漂う刀だが、それを帯刀しているのは非力そうな少女。持ち主をねじ伏せて刀を奪おう、という魂胆で荒くれ者が頻繁に襲ってくる。
 刀が怖くても持ち主が弱そうなら奪ってしまえと。少し考えれば分かりそうなものだが、その発想は無かった。
 厄介事を呼び寄せる刀を持つのは本末転倒、泣く泣く手放す事にした。
 譲った相手は商人の用心棒をしていた青年。今まで何かする毎に東方本編に結び付いたので名前を確認したが、魂魄とは似ても付かない名だった。半霊もいないし妖忌ではない。
 青年にはこいつ感激で死ぬんじゃね、というほど感謝されたので刀に費やした百年は無駄ではなかったと信じたい。
 この時既に平安時代に突入していた。妖怪退治屋の間で陰陽師がとりざたされる。
 正式な陰陽師は官位を伴った官人だが、その技術は妖怪退治屋の間で野火の様に広まり一般化した。所詮平安時代、情報統制が緩い緩い。
 辛うじて技術漏洩は妖怪退治屋の間でとどまり一般大衆には普及しなかったが、妖怪退治屋は陰陽術を使うのが当たり前とまでなってしまった。以降、妖怪退治屋を総称して陰陽師と呼ぼうと思う。
 陰陽師は日本各地に散在しているが特に平安京に多い。平安京は風水に基づく四神相応の立地やら周辺に節操無く建てられる寺やら霊力的防御網が敷かれているものの、それでも妖怪が入り込む。霊力の妨害が無ければ妖怪にとっても住みやすい場所らしい。
 私はそんな時勢を利用し、妖・神力を隠して霊力を多めに出し陰陽師に弟子入りした。陰陽師は一種の特権階級。なまじ下手な武士よりも強く得体の知れなさがあるため無法者も手出しは敬遠する。
 人通りの多い街道で張り込んで通り掛かった陰陽師に単刀直入に弟子入り志願したのだが、何も聞かずに一発OKしてくれた。断られたら色々悲劇的な身の上話をするつもりだったのに全部無駄になった。別にいいけどさ、三日かけて考えたストーリーが無駄になっても。
 その陰陽師は麻の服に笠を被ったごく普通の旅装だが背中に太陰大極図が刺繍されていた。太陰大極図は陰陽師のトレードマーク。
 師匠となった陰陽師は気ままで掴みにくい髭の男で、私がこちらに行きたいと言うと簡単に旅の行き先を変えてくれた。願ったり叶ったりだ。私の三度笠に太陰大極図の縫い取りをしたらならず者も近寄らなくなった。
 何も知らないふりをして師匠から陰陽流の霊力の扱いを習ったのだが、まあまあ効率が良かった。陰陽術は霊力変換率70%ほど。一昔前の妖怪退治屋の平均が40%弱だから大進歩である。私は100%なので比べるべくもないが。
 陰陽術は木、火、土、金、水の五要素を基本とし、結界、封印、占い等に優れる。どちらかと言えば攻撃より護りに長けた技術だ。しかしあらかじめ呪符に霊力を込めておく事で火力不足を補える。
 ……というのが師匠の受け売り。
 私が高吸水性ポリマーの様に陰陽術を習得していくので師匠は面白そうに指導してくれた。空も飛べるし中級妖怪とタメ張れる優秀な人だが、驕り高ぶらず自分の出来る事出来ない事を知っている。後はその鬱陶しい髭を剃ってくれれば文句無いんだけどね。







 師匠と五年ほど旅をしていたが、ある日安宿の一室でとうとう私の正体を聞かれた。
「白雪を弟子にしてから何年か経つが……なぜ歳をとらない?」
 一ミリも成長しなければそりゃ人間じゃないってばれるよね……師匠の性格からして正体を明かしても大丈夫だろうけど。現に今も世間話をする調子だ。
「妖怪、亡霊、神、不死人。どれだと思います?」
 霊妖神力を均等に出して聞き返す。師匠は目を細め呪符を片手で弄んだ。
「……まあ人間ではないな」
「そうですね。基本妖怪ですけど、正直に言えば私にもよく分かりません」
 師匠がおもむろに呪符を数枚投げてきた。私は一枚ずつ正確に掴み取り握り潰す。呪符は煙を上げて消滅した。師匠は薄っすらと立ち上る煙を見てふむと頷く。
「強いな。わざわざ俺に弟子入りする必要も無かったろうに」
「陰陽流の霊力の扱いが知りたかったので。人間と偽っていた事は謝りますが」
「白雪も偽名か?」
「本名ですよ」
「字は」
「……博霊?」
「なぜ疑問系」
「自信が無いので」
 師匠はくっくっと喉の奥で笑った。
「まあ良い。白雪が下手な人間より善の存在である事は知っている。人を殺さんし行動に悪意が無いからな」
 師匠はひとしきり笑った後次はどこへ行くか聞いてきた。私が人外なのは気にしないんだ……この人の事だから暇つぶし程度に話題に出したのだろう。いつも飄々としている。そして旅の行き先はいつも私任せである。
「そろそろ平安京に行きたいですね」
「腕の良い陰陽師は引っ張り回されるぞ。あそこは朝から晩まで始終小競り合いをやっている」
「望むところです」
「そうか、それなら次は平安京だな。明日の朝は早く出るぞ。もうお前も寝ておけ」
 師匠は灯していた霊力の灯を消して一枚しかない薄っぺらい布団に潜った。私も師匠の布団に潜り込む。師匠は私のために布団を譲るような人ではないので仕方ない。いつもの事だ。誰かに見られても親子にしか思われないだろう。
 なんか師匠って父みたいだな、と思いつつ背中合わせに眠った。



[15378] 平安京編・妖怪掃討戦
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/25 15:18
 平安京到着まで後一日、私は素泊まりの宿で早起きをして雑穀粥を作っていた。
 昨日摘んだ山菜を入れて鬼火で煮立たせ、惰眠を貪っている師匠の布団をひっぺがす。
「師匠、朝餉できましたよ」
「む……あと半時……」
 一時間じゃねーか。
 私は容赦無く師匠を蹴って布団から追い落とした。呻き声があがる。
「……お前年寄りは大切にしろよ」
「だったら今すぐ私に土下座して下さい」
「前言撤回」
「いいから顔洗ってきて下さいよ。あと髭剃って」
「断固断る」
 ふらふら部屋を出ていき、髭を剃らずに顔だけ洗って戻ってきた師匠と一緒に朝食をとる。
「お前は平安京に行ってどうするつもりだ」
「会ってみたい人がいるんです。一人を除いて生まれてるか分かりませんが」
「なんだそれは」
「友人に会うついでに未来の有名人の顔も覗いて行こうという若干ミーハーな私用です」
「ますます分からん。名前は?」
「言っても分からないと思いますよ」
「言うだけ言ってみろ」
「はあ……えーと、八意永琳、蓬莱山輝夜、藤原妹紅、西行寺幽々子、魂魄妖忌、聖白蓮、封獣ぬえ」
「ほとんど聞き覚えが無いが……蓬莱山輝夜というのはなよ竹のかぐや姫の事か?」
「そうでしょう、分かる訳……え?」
「かぐや姫なら知ってるが、もう百年以上前に月に帰ったそうだ。会えないな」
「え、ちょ、それ、ええ?」
 竹取物語って平安時代の話だよな。今は平安時代に入ったばかりなのになんでもう百年前?
「何を混乱してるんだ」
「いやだってこれ……数千年振りの再会が……師匠、かぐや姫についてどこで聞きました?」
「京から流れてきた旅人がたまに話していたな。粥を喰わんのか、冷めるぞ」
 どういう事だ。平安京に来た目的の半分は永琳なのに……
 …………
 ……ああ、竹取物語が「書かれた」のが平安、「起きた」のが平安以前だったのか。それなら納得がいく。うっかりってレベルじゃねえ。
「師匠、ちょっとここに妖怪呼んでいいですか? 害は無い奴なので」
 懐から通信用陰陽符を取り出して聞くと、師匠は私の粥を食べながら頷いた。
「どうも……紫起きろー! 起きろって! 起床! 起床! 朝だ! 起きろー! あ、起きた? 文句は後で聞くから藍呼んで」
 紫は早朝に大声で叩き起こされて物凄く不機嫌そうに文句を言ってきたが、しっかりスキマを開いて藍を送ってくれた。
「紫様はまたこんな……あれ、白雪様?」
 大根と包丁を持った藍がきょとんとしていた。料理中でしたかすみません。
「藍、ちょっと質問があるんだけどさ」
「また急ですね……あちらの陰陽師は?」
「今は空気だと思えばいいよ」
「はあ」
「おい。目上の者に向かってそれは……いやなんでもない」
「料理の続きがあるだろうからさっさと行こう。竹取物語って知ってる?」
「月人が竹から出てきて、最後には油揚げを残して月に帰ったという?」
 大体合ってる。
「そう。それで最近迷いの竹林に誰か住み着いた?」
「いえ、私の知る限りでは」
 ふむ……永琳達は月人の追手から逃げるために永夜抄まで隠れ住んでいたみたいだし、藍が気付いて無いだけでもう居るのか、それともまだ幻想郷に辿り着いて無いのか……
「里で薬屋を見た事は?」
「無いですね。病にかかれば加持祈祷が主流です」
「分かった、ありがとう」
 結論、永琳は輝夜を連れて放浪中。幻想郷にはまだ着いていない。
 くそ、ニアミスか。刀打ってる暇があればもっと市井の噂に耳を傾ければ良かった。
「それだけですか」
「これだけ。これ紫に渡しといて」
 陰陽術概論をまとめた冊子を土産として持たせ、藍に帰ってもらった。あれで機嫌が直ればいいんだけど。
「話は終わったか」
「うわっ! ……師匠、見事に空気になってましたね」
「陰陽師を舐めるな。食器を片付けておけ、四半時後に宿を出る」
 師匠は空になった椀を二つ寄越した。あー、朝食食べ損ねた……






 永琳との再会はお預け食らったが、乗りかかった舟だし他にも目的はあるので平安京へ向かった。
 羅生門から京入りしたのだが、まず道が広いのに驚いた。優に道幅20メートルはある。四車線道路並の広々した道を牛車がのらくら進んでいく。
「焦れったい乗り物……」
「歩きで牛車を追い抜かすなよ。心の狭い貴族だと怒る」
「器が知れますね」
「無駄な争いは避けた方がいいだろう」
 内裏の陰陽師に挨拶をしておこうと道の端を歩いていると、物陰から飛び出した妖怪が牛車を襲撃し、丸々太った貴族を引き摺り出した。真っ昼間から出没するとは馬鹿なのか自信があるのか分からない妖怪だ。市民は悲鳴を上げて逃げていき、護衛の陰陽師は妖怪と戦い始める。
 私は即座に不可視結界で自分と師匠を周囲から見えなくした。
「妖怪を目にして高見の見物とは陰陽師にあるまじき所業だな」
「師匠も同じ穴のむじなじゃないですか」
「あの貴族、前に平安京に寄った時に護衛をしてやった奴だ。あいつ任務の後俺を殺そうとしたんだよ」
「なぜ」
「今のように妖怪に……大妖怪に襲われた。依頼主には傷一つ無かったが牛車の荷物を奪われた。しかし俺は一人で大妖怪を相手にしたんだ、褒められこそすれ咎められる覚えは無い」
「それはまた……」
「白雪はなぜ助けない?」
「食事の邪魔はしない主義ですから。あの貴族に恩は無いですし、目が濁っているので見殺しです」
「妖怪的思考だな」
 私は死にそうな奴を善悪問わず全て助けるほど善人ではない。
 私にとって妖怪の死と人間の死は等価であり、どちらか選べと言われれば気に入った方を助ける。その場合選ばなかった方を間接的に殺す事になるが、私は全知全能では無いので切り捨てる。
 もっとも両方気に入った時は力ずくで両方助けようとするが。
「あ、貴族喰われましたね」
「丸呑みか」
 暴れていた貴族は深手を負いつつも陰陽師を蹴散らした妖怪に食べられた。妖怪の腹は見た目には膨れていない。質量保存の法則に喧嘩を売っているがファンタジーだから気にしない。あやめなんて街一つ分の人間を完食してもスリム体形を保っていた。
 私と師匠は妖怪が逃げて視界から消えたのを確認して結界を解いた。何食わぬ顔で負傷した陰陽師を見て驚いたふりをし、肩に担いで内裏の陰陽師の所に連れていく。
 そして負傷した陰陽師を引き渡す際に妖怪掃討の命を受けてしまった。
 なんでも最近あのような昼間の襲撃が増えているらしく、腕利きの陰陽師を集めていたらしい。今回の貴族襲撃の報も鑑みて陰陽師総動員をかける事にしたとのこと。
 依頼ではなく命令。断れば陰陽師の名を剥奪され、京を追われる。ため息が出た。
「面倒な事になりましたね」
「腕利きの陰陽師は引っ張り回されると言ったろう」
 とぼとぼと宿に向かう。組織に属するのは私に向いて無いよなぁ……平安時代が終わったら陰陽師やめて幻想郷に戻ろう。








 数日後の早朝、羅生門前に一部の貴族の護衛を除き平安京中の陰陽師が集結した。
 行動開始まで若干の時間があるので師匠は知り合いを見つけて情報交換をしていた。私はというと年配の陰陽師に撫で回されている。
「若いのに偉いのう」
「あ奴の弟子は苦労するじゃろうて」
「めんこい子やの、将来別嬪さんになるで」
 やめて撫でないで、髪が乱れる……やめろってば! ……ブルスコファーブルスコファー。
 揉みくちゃにされている内に時間になり、宮中から来た陰陽師の大家が今回の作戦の事由と意義を語った。ちなみに安倍晴明ではない。爺様方にそれとなく聞いた所によるとまだ生まれてもいないらしい。
 で、作戦開始。地区毎に何組かに分かれて解散したのだが、私と師匠は二人一組で南南東の一区を任せられた。駆け足で現場に向かう。
「一々殺すまでしていたら霊力が切れる。適度に痛め付けて追い払うぞ」
「私は大丈夫ですけどね。ほら」
 走りながら一瞬大量の霊力を噴出すと師匠は呆れ返った。
「お前一人で平安京の妖怪を全滅できるだろう」
「目立つからやりません。師匠が髭剃ってくれたらやりますが」
「拒否する」
「ですよね。まあ普通に退治します」
「そうしろ」
 軽口を叩く内に到着。宮中から前もって御触れがでているので、市民は皆家に引き籠もっている。通りに人影は無く静かなものだ。
 集中すればあちらこちらに妖力が感じられた。隠れるの下手だな。
「行きますよ師匠」
「ああ」
 私は呪符をばらまき、周囲に逆妖怪払い結界を張った。これで結界内に妖怪が吸い寄せられかつ隠れさせない。
 たちまち家の影から井戸の中から積荷の隙間からゾロゾロ妖怪が現れた。逃げようとする妖怪もいたが結界がそれを許さない。相手の力を見切って適度な霊力を込めた呪符を放ち、一枚につき一匹確実に撃墜していく。気絶した妖怪は師匠のぺらい人型紙式神が外に運んでいった。
 私はひたすら妖怪の弾幕をかわしながら呪符を投げて投げて投げまくる。
 逃げるやつは妖怪だ! 逃げないやつは訓練された妖怪だ! ホント掃討戦は地獄だぜ、フゥハハハーハァー!
 ……やばい、少しテンション上がり過ぎた。
 うっかり腕を吹き飛ばしてしまった妖怪を軽く治療し、締め落して放り投げる。それを式神がキャッチして運んでいった。式神便利だ。
 それから少し気持ちを落ち着けてから師匠と背中合わせに撃破数を確実に増やしていった。







 夕方頃には全区掃討が完了したが、あまり妖怪の死体はでなかった。皆追い払っただけである。
 これは妖怪に慈悲をかけた訳ではなく、陰陽師の霊力的問題と死体処理の手間を省くためだった。
 妖怪は妖精と違って殺しても死体が残り疫病の元になるし、力の強い妖怪の死体に触ると呪われる事がある。一度退治された妖怪は当分大人しくなるので数年は平安京も安泰だろう。
 私の今回の活躍は全て師匠のお陰という事にしておいた。しつこく宮中に仕えないかと誘われた師匠は陰陽師見習いのおどおどしたか弱い少女を演じる私を怨めし気に見た。ごめん師匠、私正体妖怪だしあんまり目立ちたくないんだ。
 この日結局宮仕えを断った師匠と宿屋へ向かい、平安京での初戦は幕を閉じた。



[15378] 平安京編・全四種コンプリ-ト
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/01 08:16
 師匠の伝は思いの他広く、さる弱小貴族の屋敷に護衛として住まわせてもらえる事になった。
 私は衣食住を賄ってもらう代わりに屋敷に結界を張っておいた。師匠に「やり過ぎだ」と言われるほど強力に。しかし綿密に隠蔽してあるので、余程注意して探らないと腕の立つ陰陽師でも結界に気付かないだろう。
 事実上平安京で最も安全な場所と化した屋敷の主は師匠と蹴毬をしたり歌を詠んだり割と暇そうである。宮中では藤原氏を中心にドロドロした権力争いが繰り広げられているようだが、木端貴族なので相手にされず気楽な様だった。
 一度知り合いの集まりで開かれた宴で連歌に参加してみたが、師匠に即座に私は歌を詠む才能が無いと言われてしまった。ショックだったので隅でドナドナを歌ってやった。
 囲碁も練習したが全然勝てないし訳が分からない。分析力や思考力を上げてやっと九子ハンデをつけた師匠と互角である。
 蹴毬は逆に私が強すぎて皆相手にならない。蹴毬は勝負するものではない、手加減しろと言われたがイマイチ感覚が掴めなかった。
 その他平安京の娯楽のほとんどが楽しめず、昼間は寝て過ごすハメになった。
 生活は夜型になり、夜な夜な妖怪退治と称して出かけては京に潜む妖怪と世間話をするのが近頃の日課である。
「最近どう?」
「陰陽師が強なってかなわんわー。私は油舐めてるだけで殺されそうになってん、も~人食い妖怪だろーがそうじゃなかろーが見境なしやね」
「逆に考えるんだ、正面からかかってくるだけマシだと」
「鬼みたいな事言わんでや。こちとらしがない小妖怪やで」
「でも隠れるの上手いでしょ」
「白さんにはあっさり見つかったやん。あんときゃ心臓止まるか思たわ」
「私は例外だから……この頃何か面白そうな噂無い? 退屈でさ」
「ん、白さんにゃお世話んなっとるけな、とっときのネタを一つ」
「ほほう」
「富小路のボロ小屋知っとる?人間にゃあ見えんよー結界張ってあんのやけど」
「富小路は行かないから」
「そかそか、とにかくそんな小屋があるんよ。でな、その結界が妙でなあ。霊力でも妖力でもない力で張られてるのな」
「神力?」
「そない神々しいもんやないな。なんやよう分からんボヤボヤしたヤツなんよ。噂まとめるとそれはボロ小屋に住んでる奴が張っとる結界なんだと」
「妖怪? 人間?」
「さあなあ。見た目小娘らしいけどアテにならんわ」
外見少女で一万歳もいるからね。
「そう。明日にでも行ってみるよ、ありがと」
「いやいや、お役に立てたようで何よりですわ」
「これ駄賃代わりに」
「なんですこの瓶?」
「鯨の油」
「やや、白さんタラシやわー! 私の好み心得てらっしゃる!」
「量は無いけどね。それじゃまた今度」
「どーもなー!」



 富小路に面した貴族屋敷の土塀に寄り添う様にボロ小屋が建っていた。小屋というか長さの揃わない木材と布切れでどうにか建築物の体裁を整えただけの代物で、吹けば飛びそうな雰囲気だ。
 地面には小屋を囲むように円陣と紋章が書かれており、ゆらゆらした結界を形成していた。
 円陣……五芒星……ラテン系言語? ……魔法使いか!
 永い事生きていたが魔法使いには始めて会う。あれか、魔法使いは大陸の血が流れてないとなれないのかね?白蓮は見た目ジャパニーズだけど。
 私は知っている力しか操れないので、今まで魔力を使う事は出来なかった。結界を構成している力を読み取ると勝手に体から魔力が溢れ出た。
 あれ……まだ妖力を魔力に変換してないんだけどな……まあいいか、不都合無いし。
 しかしこれが魔力か……性質のよく分からない力だ。どことなく曖昧な感じがする。
 私はひとしきり魔力を分析してから存在力と干渉力を操って結界をすり抜け、扉(らしきもの)をノックした。
「たのもー」
 途端に小屋の中で何かがガタガタ動く音がした。続いて「あっ」という少女の声の後に軽い水音がして最後に爆発音が聞こえた。
 おおぉ……なんかやっちまったぜ的な香り……
 中に飛び込んだら更に酷い事になりそうな予感がしたので罪悪感に駆られながら待機していると扉が細く開いた。紫色の髪の端を焦がした少女が不機嫌そうな顔を覗かせる。
 ……パチュリー? いやショートカットだし顔が違うし右目にモノクルをかけている。別人だ。
「わざわざ結界抜けて、魔法使いが何の用?」
「は?」
「は、じゃないわよ。魔力纏ってるじゃない」
「ああこれね」
 魔力を妖力に切り替えた。ショートパチュリー(仮)が目を細める。
「……変な奴ね。まあ魔法使いでも妖怪でもなんでもいいわ。何の用か知らないけど帰って。研究の邪魔よ」
「あー、さっきの音は……」
「あなたのせいで十日かけて調合した薬が廃液になったわ」
「ほんとごめんなさい」
「謝っても無駄よ。いいから帰って。私は忙しいの」
 モノクルパチュリー(仮2)は俗世には興味が無いとばかりに扉を閉めてしまった。
 ああ、第一印象最悪。どう挽回すれば良いんだろう。
 しばらく扉の前で悶々として、とりあえずもう一度声をかけてみる事にした。
「あのー、紫の人?」
「まだ居たの?白い人」
 尖った声で返事が返ってきたが扉は開かない。ここで選択肢間違えたらバッドエンドだ。
 三択・ひつだけ選びなさい。
 ①頭脳明晰な私は突如解決法をひらめく。
 ②師匠が現れて助けてくれる。
 ③どうあがいても嫌われたまま。現実は非情である。
「ノーレッジ家って知ってる?」
 小屋の中の音が消えた。少し間を置いて扉が半分開く。偽パチュリー(仮3)が片手を出して手招きした。
「中で話を聞くわ。入って」
 よしゃ。選択肢①にして良かった。頭脳明晰って訳じゃないけど。
 小屋の中は一部屋しかなく、中央を占拠して大鍋がどどんと据えられ、壁は薬棚でいっぱいだった。床には羊皮紙が散らばっていて足の踏み場も無い。隙間だらけの小屋なのでしっかり換気されていて空気は良かった。
 パチュリー似の魔法使い(仮4)はナイトガウンとローブの中間の格好をしている。サバト帰りっぽいイメージだ。
「適当に場所作って座って」
「適当って……」
 とりあえず散乱した空き瓶をどかして座る。紫魔女(仮5)は大鍋の縁に腰掛けた。
「あなた姉さんに言われて来たの?」
「姉さん?」
「本家の。まだ継いでないけど」
「何の話?」
「え?だってあなた………………ああ抜かったわ、私とした事が名前だけで勘違いを」
「えーと、そろそろ名前教えてくれないと呼びにくいんだけど」
「今それどころじゃないわ。勝手に呼んで」
「じゃ、ひねくれムラサキ(仮6)」
「……マレフィ・ノーレッジよ」
 マレフィは深々とため息をついた。苛々と大鍋の縁を指で叩いている。
 やっぱりノーレッジか。パチュリーの先祖?
「ノーレッジの名をどこで聞いたの? こんな島国では知られていないはずよ」
「風の噂で」
「正直に答える気は無いようね。力ずくで聞き出すのは……無謀そう」
「やってみる?」
「遠慮するわ」
「私は魔法使いの噂を聞いて見物に来ただけだよ。ノーレッジについては名前しか知らない」
「教えないわよ」
「別にいいよ。代わりに魔法を教えてもらいたいんだけど」
 マレフィはモノクルの位置を直して私をじっと観察した。私も観察し返す。
「本当に変な奴ね。少しだけ気に入ったわ。捨食と捨虫の魔法は教えないけど」
「それ以外は?」
「基礎は教えてあげる。でも魔法運用は十人十色、基礎から発展させるのはあなた自身よ」
「学習力も応用力も自信あるから大丈夫。……チート使用だけど」
 最後に小声で付け加えた言葉は聞こえなかったらしい。マレフィは大鍋から降り、羊皮紙の山から椅子を引っ張り出して腰掛けた。
「まずは基礎の前に実践よ」
「いきなり?」
 マレフィは怖い笑顔で大鍋を指差した。
「作り直してもらうわ」




 その後丸々十日間小屋に拘束されるハメになり、師匠には式神を送ってしばらく帰れない旨を伝えた。
 マレフィはリウマチを患っているそうで、手が強張るので薬品の調合も神経質なまでに慎重に行っていたらしい。私が来て作業が楽になったと言っている。ノーレッジ家の魔法使いは持病持ちがデフォルトなのだろうか?
 マレフィはあれこれ薬品調合について椅子に座ったまま指図しながら魔法について教えてくれた。
 魔法の行使は術者の技量、魂の気質(語弊はあるが血統のようなもの)、道具などの物質、実行する場所の空間、いつ実行するかの時間、(この国で言う)縁起物などによる運の六つの要素が関わっている。これらの要素を総称して魔力と呼ぶ。
 この内、運が最も強く魔法に影響する。運は万物に宿る記憶に基づいており、複雑な由来を持つ物や永い歴史を辿った物ほど強い。
 そして私は運が非常に強い状態にあるそうだ。
 そりゃそうだよね。私以上永く生きてる奴なんて天上界の神様ぐらいだし、なかなか数奇な道を辿ってきたと自負している。
 私ほど魔力があれば力に任せてかなりの魔法が使えてしまうそうだが、技術を学ぶに越した事は無い。天文学、魔法陣、呪文など、魔力操作だけで解決しない技術も多々あるのだ。
 また魂の気質には能力も含まれる。マレフィは土水火風を操る程度の能力、私は力を操る程度の能力。
 能力によって魔力の質が変わるとか。だから魔力って曖昧な感じがするのかねぇ。
 ノーレッジ家について質問してすげなく無視されたりしつつ、私は鍋を掻き混ぜ続けた。






 ※マレフィはパチュリーの曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾祖母の妹






[15378] 平安京編・未確認幻想飛行少女
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/03 00:56
 平安京に住んで二十年余、私は妖怪の血が混ざっているという事で年齢を誤魔化している。聞けば陰陽師には八百万の神や妖怪の血を引く者がちらほらいるそうで、一般民からはともかく同僚には全く怪しまれていない。
 そして師匠も歳をとっていない。
 問詰めても気のせいだろとのらりくらりかわされ教えてくれないので、仕方なく髭剃るぞと脅したらヒントをくれた。不老は能力を使って保っているらしい。
 ……どんな能力かわからない。不老系の能力なんて幾つもある。妹紅とか輝夜とか、咲夜も入るのか?
 まあ落ち着いてみれば不老の理由なんざどうでも良い事だったので尋問は早々に切り上げた。お互い生きていればその内分かるだろう。
 それでまあ、不老だと経験が豊富で力も強い事が多いので妖怪退治の依頼がよく来る。私は屋敷の護衛があるので、と断っているが師匠は請ける事が多い。
 自分の実力を正確に把握している人なので無茶な依頼は請けないが、稀に断りきれない依頼がある。陰陽師のしがらみだったり屋敷の主の頼みだったり。
 そういう場合は決って私にお鉢が回ってくる。師匠は適材適所とか修行だとか言うが体のいい丸投げである。
 今回もそんな訳で夜中に平安京の外を見回っていた。
 こういう依頼で任せられるのは大妖怪ばかりなのだが私にとっては何ら脅威にならない。普段は適当に標的を見つけて適当にボコって適当に追い払う面倒な単純作業だったが今日は燃えていた。
 理由は簡単、討伐対象にある。


「ぬえを退治せよ」
討伐クエスト:☆☆☆☆☆☆☆☆
依頼主:とある上流貴族
依頼内容:
 毎夜屋敷の外から不気味な声が聞こえて来るんだ。あんな声が出せるのはとんでもない化け物に違いない。不安で夜も眠れないんだ、退治してくれ!
報酬:官位



 官位なんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのです。
 とは言っても依頼を断れば私達が居候している屋敷の主が社会的に抹殺される。
 恩を仇で返す訳にはいかないしぬえに会ってみたいので、彼女には史実通り退治後地底に封印されてもらう予定である。
 余談だが幻想郷には既に映姫が配属されている。浄玻璃の鏡で人生を見られるのは嫌なので会っていないが、地獄で忙しく働いているそうだ。地底もまだ地獄に含まれているのでぬえも彼女に遭遇したら説法を受ける事だろう。御愁傷様。
 さて肝心のぬえだが、先程から探知力を上げて探しているのに見つからない。平安京の周囲をぐるりと一周してみたが影も形も無い。
 依頼主の貴族の屋敷は結界で守ってあるのでぬえがそちらに行く事は無いと思うのだが……
 徒歩で探していては埒が明かないので陰陽・魔法混合術式で広域探査をかけてみた。平安京からかなり離れた山に反応が出る。
 む、これは……平安京から離れていってる? ……感付かれたか!
 勘の良い妖怪だ。自分で言うのもアレだが、私と敵対した時の対処法で二番目に良いのが逃亡である。どうやって私の出動を知ったか知らないがぬえはなかなか賢い。でも、
「最善手は降参する事なんだよね」
 これは自惚れでも何でもない。私は今まで不敗だし、ここ数百年かすり傷すら負っていない。私を何とかしたければ紫クラスの大妖怪を五人連れてきな!
 速力、瞬発力、加速力を強化し空に舞った。瞬時にトップスピードに乗ってぬえを追う。見る間に距離が縮んで行き、ぬえがこちらに気が付いた五秒後には進行方向に回り込んでいた。
「そこのぬえ!私から逃げようなんて万年早い!」
 陰陽符を両手に構えて脅しをかけるとぬえが悪戯が見つかった子供のような顔をした。
「あららら、追いつかれた。よく私がぬえだって分かったね?」
 あ、そう言えば正体不明で通ってたんだった。私が顔を知っているのはおかしい。
「えー噂を総合して判断をしてですね」
「嘘ね。私は人によって見える姿が違うのよ」
 そうでした。
「私の目に映ってるのはちっさい普通の少女なんだけどね。誰も彼もに能力が通じると思わない事だよ。私の他にも見破れる奴はいる」
「……今までばれた事無かったのに」
 世界は広いのさ。紫とか映姫とかなら分かるだろ。
 会話をしながらじりじりと間合いを空けていくぬえ。気付いてるよ。指摘しないけど。
「あなた京の妖怪の一部の間で噂になってるわ」
「へえ、なんて?」
「私を差し置いてあろうことか正体不明って!ああ妬ましい!」
 お前はパルスィか。
「それは……なんかごめん」
「ごめんで済んだら陰陽師はいらない」
 あれ、なんかぬえの態度が高圧的になった。
「アイデンティティを取った事は謝るけどさ」
「あいで……?」
「それはそれとして、逃げてたって事は私が今からやる事分かってるよね」
「!」
 ぬえが反射的に逃げ出した。蛇っぽいなにか……正体不明の種だっけ?をばら蒔いていくが判断、観察、洞察、その他諸々の力を上げた私に撹乱は通用しない。
「三分間待ってやる!」
 会ってすぐに地底送りもつまらないので強制追いかけっこをする事にした。頑張って逃げてくれたまえ。夜明けまで逃げ切ったら見逃してもいい。
 きっかり三分後、私はぬえを追いかけた。今度は速度強化無しだから、ぬえにも勝目がある……はず。
 おおー、逃げる逃げる。牽制の弾幕も忘れていない。捕まえるには苦労しそうだ。
 ぬえは通りすがりの小妖怪や妖精を焚き付けながら木に隠れ、岩に潜み、正体不明の種で偽者を作りながら巧妙に逃げた。流石正体不明を誇るだけあって身を隠すのが上手い。
 何度か見失いそうになりながらも追い続け、空が白んできた頃にようやく首根っこを掴んだ。
「またフェイクじゃないよな……うん、今度は本物だ」
「ちょっと!離してよ」
「却下。平安京を騒がせた罪によりスキマ送りの刑に処す。どらえも……紫ーっ!」
 通信用陰陽符で呼ぶとすぐ脇にスキマが開き、ため息と共に紫が顔を出した。ぬえが仰天して暴れたので札を貼って大人しくさせる。
「貴女私を運び屋か何かだと思って無いかしら?」
「……まさか。それよりこれ、地底に放りこんどいて」
「あら、この子ぬえじゃない?」
「そう、面白いでしょ」
「うふふ」
 うさん臭い笑い声を上げる紫。ぬえが顔を引きつらせた。身動き出来ない状態であんな笑みを向けられたらそりゃあ怖いよね……
「あ、これ陰陽的見地から分析した魔術書。お土産にどぞー」
「貴女の本は独特で好きよ」
 紫は本を受け取るとぬえをスキマに引き摺りこんで消えた。
「…………」
 ふと気付いて辺りを見回すと見知らぬ土地。あー……いつの間にか随分遠くまで来たな。方角は分かるけど平安京に戻るまで何時間かかるやら……追いかけっこなんてするんじゃなかった。




[15378] 番外編・脇役達のその後
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/05 14:06
 話の中に名前がチラッと出ただけ。名前すら出ていない。そんな脇役達のその後やバックストーリー。





【妖怪警報】
・ゴサン
家を壊された可哀相な人。建て直した家は前よりボロくなった。

・ミラヤ
剛鬼により重傷を負ったが恋人の必死の看病で何とか一命をとりとめ、その後そのままゴールイン。

・ソナ
剛鬼に引き裂かれた村人。失血死した。

・イザク
死亡フラグを立てたにもかかわらず見事生き残った猛者。重傷の恋人も助かり、めでたく結婚。子宝にも恵まれ無病息災、最後は家族に看取られ自宅で静かに息を引き取った。

・ノヤ
血気盛んな若者。力自慢だったが剛鬼に吹っ飛ばされて右腕を失い、以降は慎重に行動するようになった。



【決闘と諸問題】
・余計な事を言った小妖怪
剛鬼と白雪の戦いを見て戦慄し、白雪を姉さんと呼んで再びボコボコにされた。しかし人妖大戦においてあやめと共に最後まで戦った勇敢な性格。


【文明開化八分咲き】
・あやめの兎
あやめに懐いている兎だが、寿命は普通なので死ぬ度に新しい兎に代わる。この兎は八代目。キューティクルが美しい。


【ヴォヤージュ1970】
・白雪にクッキーを盗られた使用人
借金で身を持ち崩した親に奉公に出された。侵入者に気付けなかったのでクビになるかとびくびくしていたが、永琳のとりなしで丸く収まってほっとした。スレンダーな体型の十八歳女。


【人妖大戦】
・フルアーマーの中年男
貫く程度の能力を持つ男。家族を妖怪に殺された。能力持ちのため月面移住権を持っていたが、復讐を理由に地上に残留。最期は自分が妖怪化したと錯覚して自殺した。


【神々の時代】
・下っ端神様
伝達する程度の能力を持つ。情報通信課に所属していたが、最近係長に昇進した。目指せ憧れのマイホーム。


【新米神様】
・イズミ
里長の愛娘。隣の家の病弱な男の子に気がある。彼の病が少しでも軽くなるようにと薬草学を学んでいる優しい娘。しかし結婚直前に彼は風邪をこじらせて逝ってしまい、生涯独身を貫いた。

・ホク
酒を造っている婆さん。白雪を敬う一方、孫のようにも思っていた。


【月日は百代の過客にして……】
・五代目巫女
真面目な性格の巫女さん。修行でも真面目。妖怪退治でも真面目。料理でも真面目だがポイズンクッキング。本人は努力しているのになぜか全く上達しなかった。白雪はもったいない精神で食べきったが喰えたもんじゃない。


【山の怪そこの怪】
・退魔師
いつも自信満々の老人。持ち前のポジティブシンキングと幸運で何度も大妖怪に襲われたのに百歳まで生き残った。本人は人徳だと主張していた。しかし最後まで三流だったのは御愛嬌。


【一時帰郷】
・チョメチョメしていたカップル
女の方が妖怪。「食べちゃいたいぐらい愛してるわ」と告白し、男は顔を赤らめてキスを返した。冷静に考えればこの女妖怪、割と洒落にならない台詞を言っている。


【妖怪掃討戦】
・美味しく頂かれた貴族
強きを助け弱きをくじく性悪男。ただし彼の息子は彼を反面教師として育ったおかげで非常に良識的。


【全四種コンプリート】
・屋敷の主
細かい事は気にしないマイペースな人。囲碁の腕は現代で言うプロ初段。石の取り合いを得意とする。

・怪しい大阪弁の妖怪
宮中に出没したと言われる油舐め妖怪。害は無い。菜種油が好きで魚の油は好まない贅沢嗜好。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


おまけ



能力はその発動性により三種に分類される。


・常時発動型

 妖力や霊力によらず自動的に発動し続ける力。効果は常に一定。
 運命を操る、人間を幸運にする、老いる事も死ぬ事も無い、紅葉を司る、豊穣を司る、厄をため込む、怪力乱神を持つ、心を読む、無意識を操る、探し物を探し当てる、財宝が集まる、など。


・任意発動型

 意志により妖力や霊力を消費して発動する。消費量は影響を与える事象の程度により変動する。
 また、体外干渉の場合は効果が対象の所持する力により軽減される。最もありふれた型。
 主に空を飛ぶ、魔法を使う、闇を操る、冷気を操る、気を使う、火+水+木+金+土+日+土を操る、時間を操る、寒気を操る、妖術を扱う、魔法を扱う、春が来たことを伝える、手足を使わずに楽器を演奏する、剣術を扱う、死を操る、式神を使う、境界を操る、蟲を操る、歌で人を狂わす、狂気を操る、あらゆる薬を作る、永遠と須臾を操る、歴史を食べる、歴史を創る、密と疎を操る、毒を操る、風を操る、花を操る、距離を操る、水を操る、千里先まで見通す、奇跡を起こす、乾を創造する、坤を創造する、鬼火を落とす、病気(主に感染症)を操る、嫉妬心を操る、死体を持ち去る、核融合を操る、人間を驚かす、入道を使う、形や大きさを自在に変える事が出来る、水難事故を引き起こす、魔法を使う(身体能力を上げる魔法を得意とする)、正体を判らなくする、相手の真似をする、鍵や箱などを開ける、土水火風を操る、力を操る、惑わす、土を操る、歴史を書き換える、など。


・絶対発動型

 基本的に力の消費が無く、防御や軽減をされない。任意発動か自動発動かは能力による。
 ありとあらゆるものを破壊する(※例外。「目」を握り潰す際に一定量の魔力を消費し、防御や抵抗力ごと破壊する。筆者が体験済)、白黒はっきりつける、敵から逃げ切る、身を分ける、貫く、など。



博麗白雪著『不可思議な能力の法則・改訂五版』より抜粋。





[15378] 平安京編・四元素を繋ぐ力
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/04 08:31
 ぬえ退治の件で官位をもらう事になったのだが、師匠も私もいらないので屋敷の主がもらう事になった。
 位一つ上げる為に世の貴族はドロドロした蹴落とし合いを繰り広げてるってのに、私は権力に興味が湧かない。なぜだろう? と、師匠に相談したら余裕があるからだろうと答えられた。
 私は自力で捨食&捨虫の魔法を習得したため正真正銘不老の魔法使いになっている。力も破格でまず死なない。
 大抵の事は能力でどうにかなってしまうし美術への興味もそれほど無いので道具に執着しない。何かを無くしたり誰かと離別したりしても直ぐに立ち直る。
 なるほど余裕の塊だ。妖・魔力は大量にあるし神力も持ち、霊力すらカバーできる。最早存在がチートである。



「白雪、飲んで」
 ある日マレフィの小屋で本を書いていると、毒々しい紫色の液体が入ったフラスコを渡された。鼻にくる異臭を放っている。
「……何それ」
「エリクシールの試作よ」
「効果は?」
「それを確かめるために飲んでもらうのよ」
「自分で飲めばいいのに」
「毒成分が残っていたら困るでしょう」
 私なら毒飲んでもいいってか。いいけど。
ぐいっと一気飲みすると臭いはともかく味はほとんどしなかった。水のような感じだ。
「どう?」
「……トリカブト成分が中和しきれてない。マレフィが飲んだら死んでたね。あと魔力が2、3%回復した」
「そう」
 マレフィは「ありがとう」も「大丈夫?」も言わずに大鍋に薬品を追加し始めた。素っ気無い風を装ってるけど、私は後ろ手に解毒剤用意してたの知ってるんだぜ。ツンデレさんめ!
「何笑ってるの、気持ち悪い」
「いやなんでも」
 不機嫌そうに大鍋の温度を確かめるマレフィをしばらく眺めてから本の執筆に戻った。
 今書いているのは「~程度の能力」に関する考察をまとめた力作である。えーと、
『……能力は藤原妹紅の例に見られるように後天的に発現したり、西行寺幽々子の様に変質したりする。また所持する力の量によって制限が解除されていく。
 著者の「力を操る程度の能力」を例に挙げてみよう。
 最初操れる力は一種類だった。それが約百年毎に一つずつ増え、今では思いつく限り全ての力を強化できる。
 他には体外操作範囲の拡大、物質に対する能力付与数の上昇(刀を打つ時に使用)など。
 しかし相手の能力を操ったり見ただけで能力を判別したりは未だ出来ない。八雲紫の「境界を操る程度の能力」でも能力だけは弄れないらしい。
 この世界において「能力」という力は神力よりも奇妙な特色を持っているようだ。
 全能力に共通するのは基礎力の向上、自覚による能力名及び使用法の会得。
 能力は死後も輪廻転生に組み込まれない限り失われない事や、蓬莱の薬が魂に影響し不老不死と成すものである事などから魂に由来するものであると考えられ……』
 プロットは頭に入っているので淡々と書いていく。ふと顔を上げるとマレフィが本を覗きこんでいた。
「気になる?」
「内容は別に。自動筆記の魔法を開発しようかと思っただけよ」
「ああ……手が震えて書くの苦手なんだったか」
 マレフィは肩をすくめた。大鍋に向き直ってモノクルを押し上げ、銀色の液体の上澄みを試験管に移し始める。
 友人、と言うと顔をしかめられるが、彼女は親しい者には表面上素っ気無くしながら裏で気をつかう友達思いのクーデレ。時代の先取りだ。
「またニヤニヤ笑って……気持ち悪いわね」
「こんな可憐な少女を捕まえて気持ち悪いだなんて」
「中身は年増もいいところじゃない」
 毒舌だが出て行けとは言わない。そんな所がマレフィである。
 でも私だからいいけど紫には年増なんて言わないように。物凄く痛い目に遭うから。



 草木も眠る丑三つ時、マレフィの小屋から屋敷に帰る。妖怪が堂々と道の中央を歩いていたり屋根の上で酒を飲んでいたりするが依頼も無しに退治はしない。私の主観だと人間が歩いていても妖怪が歩いていても大差ないのである。
 知り合いの妖怪と世間話をしていたら屋敷に着くのが夜明け前になってしまった。
 廊下を渡って自室へ向かう途中、師匠の部屋に灯がついているのを見つけた。こんな早朝とも言えない時間に何をしてるんだろう?
 足音を忍ばせて部屋の前に行き、障子の隙間から中を覗く。師匠は鬼火の明かりで文を読んで渋面を作っていた。寝間着ではない。あれは早起きじゃなくて徹夜か……あれ? 鬼火? 霊力で鬼火? よく見ると師匠角生えてね? 妖力まとってね?
「妖怪だったんですか」
 障子を開けて声をかけると師匠は顔を上げ、大して驚いた風も無く頭を掻いた。
「ん、ああ……」
「歯切れが悪いですね?」
 部屋に入って師匠の横に座る。人間のふりをした妖怪。霊力まで偽装するとはやりおる。
「どんな能力で人間のふりしてたんですか? 完璧でしたよ」
「ああ……」
 話し掛けても上の空。目が手に持った文の文章を何度も往復している。
 失礼だと分かりつつも好奇心に負けて横から覗き込む。
 ……ほほう、教養を感じさせる流麗な字だ。
 えー、『養い親から話を聞かされ貴方の正体を……私のためを思ってくれたのは……しかし私は娘として……』あら娘さん? 師匠の娘か、想像つかない。文面からして礼儀正しい娘みたいだけど。
『……陰陽師としての職務が……一方で本分を忘れるのは……ついては私が責を引き継ぎたいと……なにより歴史を失わせないために。上白沢慧音』
「はあっ!?」
 ええええぇええええええええ!?
 慧音? 師匠の娘が? 性格も容姿も全然似て無いぞ! これは今まで生きてきた
 中で五指に入るサプライズだ。
「……師匠、そういえば名前聞いた事無いんですけど」
「ああ……」
「ああ、ではなく。名前!」
「上白沢法徳」
「ハクタクですか」
「ああ……」
 いや、全然分からなかった。能力も歴史関係か?
「要約すると娘さんが師匠の本分を継いで歴史家になりたいから一度会わせて欲しい、って内容でしょう。会えばいいじゃないですか」
「ああ……」
 文によれば慧音は師匠が人間状態の時の子らしい。だから完全な人間で妖怪の血は引いていない。幼子を陰陽師としての遍歴に連れていく訳にもいかず友人の家に預けていたそうだ。
「話聞いてます?」
「ああ……」
 いつまでも惚けているので文を取り上げる。師匠ははっと我に帰り、私を見てぎょっとすると慌てて角を隠した。妖力が引っ込んで霊力が出る。
「どこから見ていた?」
「一から十まで。失礼ですが文も」
「あー……忘れて……はくれないな」
「永久保存しました。大丈夫ですよ、誰にも言いませんから」
「お前は迂闊な所があるからな。ぽろっと漏らしそうで怖いんだよ」
 師匠はまた文に目を通してため息をついた。
「師匠、どんな能力使って化けてたんですか?」
「歴史を書き換える程度の能力だ。妖怪としての歴史を消し、人間としての歴史を上書きした」
 何その反則技。
「私の歴史は弄ってませんよね」
「お前は力が強過ぎだ、書き換えられる訳無かろう。読み取れもしないんだぞ」
 その口振り、読み取ろうとした事があるんだ……まあ気持ちは分かるから見逃そう。
「それでどうして娘さんが歴史家になるのに問題があるんですか?」
 ストレートに聞くと師匠はちらりと私を見た。ガリガリ頭を掻き、これみよがしに特大のため息をつく。
「言わないと付き纏いそうだな……」
「それはもう」
「……ハクタクは歴史を知る獣だろう? 正史を知られると不味い後ろめたい事をする連中に狙われ易いんだよ。それを避けようとわざわざ力を継がせないために人間として生み育てたんだがな……」
「育てたのは師匠じゃないでしょう」
「揚げ足をとるな。暗喩だからお前には読み取れ無かったかもしれないが、この文には言外に力を受け継がせてくれ、と書かれている」
「それは……可能なんですか」
「理論上はな。慧音は能力の無い普通の人間だ。人間としての歴史にハクタクの歴史を書き加えてやれば良い。しかしそれをやれば馬鹿共に狙われる。夢を叶えてやりたいのは山々なんだが……」
 ふむ?
「娘さん……慧音がハクタクの力を受け継ぎかつ人間に狙われなければ良いのでしょう」
「そう上手くいかないから悩んでいるんだよ」
「上手くいきますよ。幻想郷に来れば良いじゃないですか。あそこなら安全です」
 師匠が呆気にとられた。しばらくぽかんと口を開けていたが段々笑みを作り、最後は爆笑した。
「ははははは!そんな事も思い付かないとは! 俺も耄碌したものだ。しかし良いのか? 恐らく人里に住む事になるが」
「構いませんよ、神でも悪魔でもハクタクでも。幻想郷は全てを受け入れる」
「そうか。慧音にはそう伝えよう。助かった」
 師匠が不意に頭を下げたので驚いた。こんな低姿勢の師匠は初めて見る。
「顔を上げて下さい、私は助言しただけなんですから……あー、師匠も幻想郷に?」
「いいや。妻の遺言でな、慧音を幻想郷に送ったら今まで通り陰陽師を続けるさ」
 顔を上げた師匠はニヤっと笑った。んー……
「……師匠、やっぱり髭剃った方がいいですよ」
「何度も言っているだろう。断る」
「娘に嫌われますよ?」
「……………………………………く、やはりそうだろうな……」
 師匠は苦悶していたが、おもむろに小刀を取り出すと意を決した表情で髭を剃り落とした。おお!? まさか本当に剃るとは!
「今まであれだけ言って剃らなかったのに。愛って偉大ですね」
「おい。何を笑っているんだ」
 子煩悩な父親に笑いを堪え、憮然とした師匠に言った。



「男前ですよ」





[15378] 平安京編・西行寺家にて
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/07 09:49
 師匠が慧音に会いに行くと言うのでついて行こうとしたが止められた。
「娘に悪影響は与えられん」
「…………」
 師匠、あなたの中で私はどんなポジションなんですか。
 部屋に引き籠もってどよどよしながら魔術書を書く。そういえば妖術書とか神通力の手引きって読んだ事無いな。まあ神様が本読んで神通力の練習するのも変な話だし、妖怪は本なんぞ読まなくても妖術を使える。書いても誰も読まなさそうだ。
 読まれない本を書く趣味は無いので著者は陰陽術と魔術中心になる。一度「私の考えた格好いい魔術」を作ってみた事もあるが後で読み返したら黒歴史だった。黒魔術だけに。
 以降真面目路線で執筆中。
 この時代の魔術、魔法と言えば白蓮だが、えらく強くて若い女僧侶の噂を聞いて会いに行ってみようと思った矢先に封印の報が入った。人間には恩知らずと言ってやりたい。妖怪の味方だろうが人間を助けてた事は事実なのにねぇ……
 やろうと思えば今すぐ飛倉の破片を回収して復活させてあげる事もできるがやめておく。本編の流れを崩すつもりは基本的にないし、封印直後に復活してきたらますます怖がられるだろう。
 白蓮、可哀相だけどしばらく封印されて。封印されていれば千年くらい一瞬だから大丈夫。
 私も正体が広まれば追われるかも知れない。むざむざ封印されるつもりは無いが、悪意を持って追われるのは嫌だ。
 平安京に来てからの手柄は師匠に押しつけているが師匠も目立っていい人じゃない。私の名もいい加減知れてきた。これはそろそろ潮時かな……



 永琳、輝夜、妹紅は行方不明。ぬえは地底送り。白蓮は封印……あれ、考えてみると平安京で会った原作キャラはぬえだけ?
 これでは何のために平安京に来たか分からない。
 師匠の伝と知り合いの油舐め妖怪の情報網を使って調べると、既に幽々子が生まれている事が発覚した。物思いにふけっているらしいが自害はしていない。
 あっぶないな!また出会いを逃す所だった。いつの間にか原作キャラと繋がりができてたりするのに自分から会いに行こうとすると逃す事が多い。縁ってのは奇妙極まりない。
 昼頃に西行寺家に向かうと、私達が居候している屋敷とは比べ物にならない立派な屋敷が門を構えていた。
 そういえば幽々子ってお嬢様だったよね。
 堀も塀もひび割れた箇所が無いし、ウチとの経済格差を感じる。屋敷の主人は官位をもらったし格安で護衛を雇っているため財政は上向いているがまだ小貴族の域を出ない。
 それはそうとして。
「半霊ってだいふくっぽいな」
 門の前に刀を二本持った門番がいる。初老の男性だが体から半霊が出ていた。どう見ても魂魄妖忌です、ほんとうにありがとうございました。
 先程から建物の影に隠れて様子を伺っているのだが、チラチラ警戒の視線を送ってきている。バレテーラ。
 さてどうするか。フレンドリーに挨拶を……いや、ここは向こうに合わせてみよう。郷に入っては郷に従え。武の心を通わせようではないか。
 私は地面の土の結合力を操って即席の武器を作り、両手に構えて妖忌に歩み寄った。
「あの、ここのお嬢さんに会いたいんですけど」
「来客の話は聞いとらん……その獲物はなんだ」
「見て分かりませんか?武器です」
「ふざけているのか? 斬られたくなければ帰れ」
 妖忌が抜刀して構えた。半霊も些か殺気立った気配を発する。私が見た目小娘だからと油断は無いようだ。
「斬られて喜ぶ趣味は無いなですねー。あれでしょう、門番の仕事は侵入者の撃
退。頑張って抵抗して下さいね……押し通る!」
「そんな刃も無い獲物で何ができるのだ! 西行寺家に押し入ろうなどという血の迷い、我が白楼剣で断ち切ってくれる!」
 斬り掛かってきた妖忌の太刀筋を読み切り、半歩前に前進して懐に入り込む。
「トンファーキック!」
 私の武器にばかり目が行っていた妖忌は、衝撃力を強化した蹴りでド派手に錐揉み回転して吹き飛んだ。
 うわあ、ネタのつもりだったのにクリーンヒットしたよ。妖忌ってあんま強くなかったのかな……
 いたたまれない気分になっていると、前髪の先がはらりと落ちた。
「…………」
 訂正。妖忌はかなり強い。私の体に――髪だろうと――傷をつけるのは生半可な腕や偶然では不可能だ。わざと読みやすい剣筋で白楼剣を振る事で楼観剣の一閃を隠していたのだろう。
 今度散髪やってもらおうかな、などと考えながら中庭で伸びている妖忌の様子を見に行く。頬に草履の跡をくっきり残して気絶していたが、刀だけは離していない。天晴れである。
 半霊は体の中に引っ込んだのか見当たらないので目が覚めるまで刀を調べる。
 白楼剣は短刀だ。微かな妖力と陰陽系の操作された霊力を感じる。切れ味は……普通の名刀ぐらいか。
 続いて楼観剣なのだが、こちらはどこかで見覚えがある形状だ。
「…………?」
「楼観剣は貴女の刀の複製よ」
「うわ!」
 突然横にスキマが開いて紫が顔を出した。私が驚く様子を見て薄気味悪く笑う。
「なんでここに?」
「この屋敷の息女とは友人なのよ」
 へえ? 知らなかった。私の東方知識も完全ではないから、時折予想外の事実が出て来る。
「まあいいか。それで複製って?」
「貴女、二百年ほど前に刀を打って人間に譲ったでしょう」
 スキマから這い出し、縁に腰掛けて優雅に傘を広げる紫。なんで刀の事を知ってんの、とは聞かない。話してはいないが隠してもいなかったので、どこからか情報を拾ったのだろう。
「そんな事もあったね」
「……軽いわねえ。面白いからいいけど。その刀は人から人へ、妖怪から妖怪へ奪い奪われしていったの。ただし刀に宿る力が邪魔をして、流された怨みを吸って妖刀になったり付喪神になったりはしなかった。一振りの刀であり続けたのよ」
「ほほう」
「巡り巡って最後に刀を手にしたのは妖怪の刀鍛冶。彼女は寿命が間近だったのだけど、残りの生涯を懸けて刀の複製を作ったわ。それが」
「楼観剣、か」
 頭を強く揺さぶられたのか未だ目を覚まさない妖忌が掴んだ刀を観察する。オリジナルの一割未満の完成度だが、確かに私が打った刀に似ている。
「その妖怪刀匠は?」
「楼観剣をこの半人半霊に渡したその日に寿命で死んだわ。元になった刀は何者かに盗まれて行方不明よ」
 私の刀は随分数奇な運命を辿っているようで。いつか私の手に戻ってくるのだろうか?
「刀の話は分かった。それで紫、このへたれ門番どうすればいいと思う?」
「普段は一人残らず追い返してるわよ。今日は相手が悪かったわね。放っておけば目を覚ますでしょう」
「放置……可哀相な気も……まあいいか。それじゃ紫の友人に会いに行こうか」
 うなされている妖忌を捨て置き、紫と連立って母屋へ向かった。




[15378] 平安京編・幽雅に咲かせ、墨染の桜
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/07 01:45
 私達が障子を開けて部屋に入ると、幽々子が布団から半分身を起こした。
「紫と……知らない人……」
 血の気の無い顔で呟いた幽々子はいきなり私に能力を使ってきた。
 うえ、これが死に誘う程度の能力か……えげつないな。『死』そのものが`近付こうとしてくる´のが分かる。しかし私をとり殺すには力が足りないようだ。
「初対面の人になにすんの?人じゃないけど」
 能力を弾いて幽々子の頭を軽くひっぱたいたが、幽々子は私をちらりと見ただけで頭を押さえてぶつぶつ言い始めた。
「死なない……殺せない……死なせたくない……殺してしまう……嫌……死?……皆……私は……」
 暗っ! 何この局地的超低気圧。死後性格が明るくなるとは知ってるけど、生きてるときってこんなじめじめしてるのか。
「噂で聞くより暗いんだけど」
「数年前まではもう少し明るかったわ。能力が変質した頃からこんな感じね。幽々子、私が見えるかしら?」
 紫が幽々子の顔を覗き込む。幽々子はぼーと紫を見つめ返し、抱き付いて泣き始めた。それをあやす紫。
 何これ……傍目には麗しい友情だけど、幽々子が紫に対して能力発動してるぞ……
「自分の力を気に病んで情緒不安定になっているのよ」
「おっかないなー」
 私はそう簡単に死なないので大丈夫だ。泣くだけ泣いて落ち着いた幽々子に自己紹介し、紫がスキマから取り出した盤双六で遊ぶ。
 しばらく盤双六に興じ、私が幽々子に八連敗して半泣きになっていると障子が物凄い勢いで開いた。
「ご無事ですかお嬢様!」
「今から九戦目やるからどっか行ってて」
 飛び込んできた妖忌におざなりな蹴りを放ったがかわされる。が、かわした先にスキマが開いて飲み込まれた。
「紫、どこに送った?」
「近くの山の中。半日もあれば戻れるわ」
 ……門番って何だろう。
 私達のやりとりを見て微かに幽々子が笑ったが、すぐにどよどよした目に戻ってしまった。亡霊になってからとは似てもつかない。
「まあなんでもいいか。せめて一勝してから帰る!」
 再び幽々子に挑む。ようやくコツを掴んできたんだ、今度は負けない!
 ……しかしほとんど徹夜したにもかかわらず、結果は全敗だった。私はボードゲームの才能無いのかな……



 幽々子は日に日にやつれていった。紫が境界を操って無理に健康を保たせているが、げっそりした感じである。
 私は妖忌に絡まれるのが嫌なので陰陽術と魔法を駆使してばれないように屋敷に侵入している。一度門から入ったら勘で気付かれたので、以後塀を乗り越えるようにした。
 幽々子とは雑談するか盤双六するかだったが、能力の相談も少し受けた。
 能力は魂に宿る。普通魂は死後能力ごと浄化され輪廻転生によって新たな肉体を得るが、『生まれ変わり』という言葉があるように浄化されず転生される場合がある。通常、生まれ変わりが起こる確率は極端に低いのだが幽々子は`死´に近い能力を持っているので能力を持ったまま転生をする可能性が高い。
 すると魂に刻まれた能力が転生してなお彼女を苦しめる事になる。
 以上は永い年月をかけて集めた統計データと私の推測だが、東方正史と照らし合わせてもはずれてはいない。
 私と紫はこっそり話し合い、幽々子が死んだらその死体を使って西行妖を封じる事で転生しないようにする手筈を整えた。
 平安京で『職業:亡霊』など陰陽師に喧嘩を売っているようなものなので、同時に白玉楼を幻想郷に建設しそこに移り住む算段もつけておく。
 ここで人間なら幽々子に「死なないで」とか「自分の力に負けるな」とか言って励ましそうなものだが、私達は死んだ後に備え、また話し相手になるのみ。酷い言い方に聞こえるが死にたければ死んでも良い。
 怨霊やら自縛霊やらがごろごろしている世界だ。死≠永遠の別れであり、自害を止める理由は無かった。



 幻想郷に白玉楼が完成した年の春。朝屋敷を訪ねると、満開の西行妖の下で幽々子が自害していた。小刀で喉を裂き、既に息は無い。
「……封印は」
 予測していた事だと自分に言い聞かせ、西行妖の枝に腰掛けていた紫に確認する。
「貴女が来るまでにとりあえず成仏しないようにしておいたわ」
 私は頷き、死体の傍を漂う魂を一瞥してから作業に入る。
 まず西行妖の根元に素手で穴を掘った。幽々子の死体の傷を直し、陰陽術・魔術・妖術・神通力で厳重な封印を施す。それを紫が境界を操り力のラインを西行妖と繋げる。
 私が西行妖に集まった春度を封印を継続させる力に変換するよう処理し、死体を埋める。次に紫が境界を歪め魂が死体の傍を離れられるようにした。
 最後に二人がかりで死体を掘り出したり損傷させたり甦らせたり出来ないように西行妖ごと縛り付けた。
 封印完了と共に西行妖の春度が封印の力に回され、花が散った。風が吹き、桜吹雪となる。それは悲しくなるほど綺麗だった。
「…………」
「…………」
 封印の唯一の欠点は西行妖に大量の春度が集まった場合に死体に力が溜まり過ぎ、甦ってしまう事。だがそれはこの先千年は心配は不要である。
 私達が見守る中、死体から離れ、しかし成仏出来ない魂が人型を作っていく。体が、髪が、顔が、服が、帽子が、ゆっくりと再現されていった。……何故か死ぬ前よりも血色が良い。
 生前の姿をとり人間から不生の存在になった幽々子は目を開け、きょとんとして私達を見た。良かった、無事亡霊になっ
「誰?」
 ……記憶保持処理忘れてたー!
 いやでも結果オーライか。過去の暗い思い出を引き摺るよりも良いかも知れない。
 記憶も未練も無いのに現世にとどまる奇妙な亡霊姫に改めて自己紹介。幽々子は楽しそうに初めての友達ね、などと言う。自分の名前は覚えていたようで自己紹介を返された。
「あー、幽々子、記憶は……」
「記憶?無いけど別に困らないでしょう」
「……まあ、ね」
 気にもしていないらしい。物凄くお気楽思考になってる。紫はさっきから大笑い寸前の顔をしてるし……
 なんだろうこのテンション。ほんの数分前の鬱屈した雰囲気が嘘みたいだ。
 私はこんなに面白い事は無いとばかりに上機嫌で幽々子と談笑する紫にため息をつき、ようやく異変に気が付き飛んできた妖忌にどう説明したものか頭を悩ませた。





 ※幽々子亡霊化計画は妖忌を蚊帳の外にして進められたという設定。





[15378] 番外編・村正宗(仮)
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/07 10:18
 我輩は刀である。名前はまだない。
 我輩を鍛えたのは白雪という名の偉大な主である。主は幾多の鉄塊を経て我輩を精魂込めて鍛え上げ、究極の刀に仕上げられた。天割り地を裂く力を持つ我輩に斬れぬものなどなにもない。
 我輩は主が与えられた力により焼き入れの時点で自我を持つに至った。しかし同じく主が与えたもうた枷により喋る事も化ける事もならん。せめて我輩をこうも美しく力強く鍛え上げて頂いた礼を申したいのだがそれもならん。
 口惜しや。我が身に許されたのは思考と周囲の知覚のみ。手も足も出ぬ。
 主は我輩を鞘に納めて腰に下げ、工房を出た。続いて晴れ晴れとした顔で工房を破壊し、意気揚々と人間達の気配が感じられる方向に歩き出した。
 何とも豪快な方である。我輩は、生みの親であり我が身を振るに足る力と気品を兼ね備えたこの主に一生仕えようと決心した。



 しかし世の中無情なり。そうそう上手くはいかぬ。
 往来へ出た日から、主の持つ高貴な気に当てられ手癖の悪い賊共がひっきりなしに我輩を奪おうとやって来た。
 当然物の数としない主だが、我輩を見て始終ため息を吐くようになられた。
 独り言を聞くに、我輩のあまりの名刀振りに下賤な連中が寄ってきて鬱陶しいらしい。
 圧倒的な偉大さには人妖問わず惹きつけられるものである。致し方なし。
 そして主が人の世に出て十日余、我輩は護衛の青年に譲られる事となった。
 何と言う速さであろうか。主が我輩を身に着けたその月日、僅かに十日。悲しみを通り越し尊敬すら覚える。
 我輩を鍛えのに百年かけたというのに使用は十日。その間一度も振るわず。流石我が主、傑物である。
 まあ主が決めた事なら仕方ない、元々拒否権など無いのだ。我輩は青年のものとなった。


 青年は勤勉な気性であった。朝早くおきては我輩で素振りをし、夜遅くまで起きては我輩を振る。
 しかし努力は結構だが腕の方は今一つであった。霊力もさして感じられぬ。我輩を使いこなすには到底足りないであろう。
 実直に仕事をこなしていた青年だが、我輩を持って五度目の商人の護衛において山賊ではなく妖怪に襲われた。
 妖怪、妖怪、人ならざるもの。彼等は往々にして人間より優れた力を持つ。
 場所は深い森の中で孤立無援。危惧した通り、妖怪は我輩を脅威と見たが使い手は貧弱と見た。青年が妖怪に向け我輩を振り抜くが、妖怪はひらりと身をかわし商人に飛び掛かった。動揺しながらも返す刀で妖怪の首を狙う青年。しかし恐れからか緊張からか剣筋が乱れ、はずれてしまう。妖怪はその隙に商人の喉笛を噛みちぎった。
 噴き出す鮮血に呆然自失する青年に妖怪の爪が迫り、その命を刈り取る。青年の手から滑り落ちた我輩は地面に突き立った。
 やれやれ、困った事になった。主が認めた人間は死んでしまった。我輩はもう主以外に振るわれたくは無いのだが……
 青年の死、それ自体には特に感慨も沸かず、商人を咀嚼する妖怪を眺める。
 妖怪は商人の肉を食らいながら我輩を用心深く眺めていたが、やがて青年と商人の亡骸を担いで去っていった。
 地面に突き立ち、さながら伝説の剣のような――伝説級の刀ではある――我輩はぽつねんと取り残された。
 刀身についた血が気持ち悪い。塩水や血糊ごときで錆びる我輩では無いが、不快感は感じる。妖怪め、鞘はそこに転がっているのだから軽く拭っておさめる程度はしても良かったではないか。
 野晒しのまま妖怪に心中呪詛を吐いたが呪う事は出来ず。本当に我輩に出来る事は考える事のみである。


 月が三度満ち欠けする間、我輩の友は虫の音と風だけであった。
 数度の雨が地面に広がった血を洗い流し、我輩の血も大方落していた。
 月夜の晩に我輩を手にしたのははぐれ妖精であった。
 興味津津で我輩の周囲を飛び回り、柄をつついては離れ刀身をつついては離れ。
表向きは何も反応を示さない我輩を害無しと判断したのか、柄を掴んで地面から引き抜いた。
 ここから見る景色にも飽いてきた所である。使い手としては認めようもないが、運び手としては認めてやっても良かった。
 妖精はひ弱で我輩を帯刀する力も無く、柄を持ち切っ先を引き摺るように運んでいった。鞘は置き去りである。刀の本体はあくまで我輩、鞘にも強化が施されているが我輩から離されればやがて朽ちるだろう。主の鞘が失われるのは避けたいが天命と諦める他無かった。
 妖精は霊力が集まっている方向に向かっていく。人間に悪戯をするつもりだろうか。たかが悪戯に使われるのは屈辱であるが文句の一つも言ってやれない。
 妖精はどうにか森の端まで運んでいったが、枯れ葉の間を逃げて行く野鼠を見るや我輩を放り出して追いかけていってしまった。
 所詮妖精、気紛れである。
 我輩が落とされたのは森と街道の境目の草むらであった。近くに町が見え、すぐ隣に小さな祠がある。祠から神力は感じない。大方人間が意味も無く建てたものであろう。
 祠の由来について考えを巡らせる事しばし、月明りを遮って人影が現れた。みなりの良い男で、一心に祠に祈りを捧げ始める。
 口からは娘の快癒を願う言の葉が漏れていた。どうやら娘が怨霊に取り憑かれているようだった。
 人間、その祠に祈ろうと意味は無い。そう伝えようにも我輩は沈黙しかできはしない。
 男は祈りが終わったようで顔を上げた。その時、月光を反射した我輩に目を留める。男は草むらを掻き分けて我輩を見つけた。息を飲み、捧げ持つ。
 どうだ人間。主が創った我が身は美しかろう。
 しかし男から発せられたのは我輩への賛辞ではなく祠の神への感謝であった。阿呆。居もしない神が刀なぞ授けるか。
 男は我輩を退魔の刀と勘違いし、片手に持つや小走りに町へ駆けていった。
 実は我輩、退魔の力もあるにはある。本来争いを避け、安全な旅をせんが為に創られた刀であるが故、持ち主の健康を保ち害意を寄せ付けぬ効果があるのだ。ただし持ち主が戦意を持った時はその限りで無い。
 これは様々な力を付与され混ざりあった福次効果である。
 もっとも害意を弾くのは持ち主に対してのみ、我が身は範囲外。それがために刀を狙う者達が跡を断たなくなったのだが……我が主は迂闊なところがあるようだった。
 さてそういった背景を知らず、男が床に伏せた娘の枕元に我輩を置いた。途端、娘に取り憑いていた怨霊が我輩の力に押され逃げ出した。
 真っ青だった娘の顔は見る間に朱を取り戻す。自分でも驚いた風に起き上がった娘を男……父は力一杯抱き締めた。



 いとも容易く娘を癒した我輩は夢護刀と名付けられ家宝にされてしまった。
 鞘をあつらえてくれたのは有り難いが、主以外に命名されるのは気に入らない。なかごに銘を刻もうとした輩は傷一つつかない我が身に諦めたが、呼ばれるだけでも嫌である。
 ああ我が主よ。いかな理由で名を与えて下さらなかったのか。誇る名があればこのような煩わしい思いもせず済むものを。
 日に一度我輩を拾った男――多少名の知れた武士らしい――が手入れをしてくるが、そう何度も願掛けされようとこれ以上の御利益は出せぬ。どこぞの神でも見つけ、そちらに祈っていれば良いものを。



 年月が経ち、幼かった娘に縁談が来るようになった頃。我輩は夜陰に乗じて忍び込んで来た賊に盗まれた。
 我輩を持ち去った小汚ない男は闇夜に紛れて誰にも見つからず事を成し遂げた。警備の者も露ほども気付かぬ手際である。
 町の外の木立ちで少年が待っていた。盗人と少年の話を聞くには、さる貴族が我輩の噂を聞き付け、手放そうとしない娘とその父に業を煮やし盗ませたとのこと。少年はその貴族の下男、盗人は雇われのならず者である。
 後先考えぬ愚かな行いであった。家宝が盗まれたとなれば近頃いざこざがあった相手を疑うに違いなく、かつ盗品では表に出せぬ。
 更にこのような木立ちで取引を行うのも拙い。夜は妖の時間である。
 我輩はその気配に気付いていたが愚かな二人は報酬で揉めて気付いておらなんだ。
 一閃、煌めく狂刃。二人は背後から一刀の下に斬り倒された。
 下手人は年老いた蛇の妖怪。腰は曲がり、ぼろぼろの麻の服を身に着け、擦り切れた草鞋を履き、肌に浮き出た鱗はくすんでいる。しかし目だけは爛々と輝き、血塗れた刀を片手に我輩を見据えておった。
 老婆はチロチロと二つに分かれた舌を出し様子を見ていたが、おもむろに地面に投げ出された我輩を持つと人間の死体には目もくれず木立ちに入っていった。ふむ、これで我輩に付けられた名は失伝するだろう。
 下草を踏み分け倒木の間をすり抜け、辿り着いた先は山裾の小さな鍛冶場であった。
 我輩は主に創られた時の事を思い出す。原点回帰、我輩は場所こそ違うが鍛冶場に戻ってきた。なかなか感慨深いものがある。
 老婆は我輩を手に鍛冶場に入った。中には誰もおらぬ。老婆一人の工房であるようだった。
 台座に我輩を置き、じろじろ無遠慮に舐め回すように値踏みするように眺める老婆。
 丸三日はそうしていた老婆だが、最後に金槌で我輩を一叩きして唸り声を上げた。
 完璧だ、と。
 見る目はある妖怪らしかった。老婆は翌日どこからか地金を大量に持ち込み、一心不乱に鉄を打ち始めた。
 一振り打ち上げては我輩と比べて炉で溶かし、二振り打ち上げては我輩と打ち合わせ炉に戻す。工房は僅かな睡眠と食事の時を除き、始終熱気と老婆の狂気に満たされていた。
 何が老婆をそこまで駆り立てるのかは定かでなかったが、打ち上がる刀に憎悪や怨念は籠っておらぬ。感じられるのは狂おしいまでの情熱のみであった。
 刀を愛する老婆は数十年の間残る命を削るように刀を打った。我輩はそれを台座の上から眺めるだけだったが、充実した歳月であったように思う。時折工房を覗く視線を感じたが害意は無いようだったので無視した。
 やがて無理が祟り老婆の体も衰え、振り上げる鎚も命を振り絞る様相を呈してきた頃。一人の半人半霊が工房を訪ねてきた。
 何用かと不機嫌に訪ねる老婆に老人は自らの二刀流剣技を見せ、我が腕に足る名刀が欲しいとのたまった。
 老婆はちらりと工房の隅の我輩に目をやったが、僅かに瞑目し十日後に刀を取りに来るよう言った。
 老人が去った後、老婆は我輩の刀身を愛しげに撫でため息を吐く。彼の技量はかなりのものであるが、お前を差し出すには惜しい、と呟いた。
 老婆は倉から一振りの短刀を出して工房の目につく場所に置いた。そして最初の 三日静かに瞑想し、残る七日で魂を注ぎ込むようにして長刀を鍛え上げた。
 約束の日、長刀に銘を刻み終えた老婆は糸が切れたように崩れ落ちる。
 刀を愛し、刀を鍛えた蛇の妖怪の充足した最期であった。
 老婆が事切れてからさして間を置かず、老人が現れた。
 倒れた老婆に驚いた様子で駆け寄ったが、息が無い事を認めると黙祷を捧げ、目立つ場所に分かりやすく置かれた二振りの刀を手に立ち去った。
 工房の隅で布をかけられていた我輩には気がつかなかったようだ。
 青年が去ったすぐ後、我輩の傍の虚空に裂け目ができ、金髪の妖怪がずるりと這い出した。室内だと言うのに傘をさし、うさん臭い笑みを浮かべて我輩を見る。
 我輩は老婆が刀を打ってる間に時折感じた視線の正体を知った。
 突如金髪の妖怪から妙な力が発せられた。我輩は存在の領域が侵される感覚に悶えたが、自らの意志では一切抵抗できぬ。
 我が身に元来備わった守りの力と侵略する力は拮抗し、危うい綱渡りをした。
 一瞬にも永遠にも感じられた時間の後、圧力が消える。心中安堵して金髪の妖怪を見ると、呆れた顔をしていた。彼女の口が小さく動く。
 ――白雪は何のつもりなのかしら?
 主の名を言葉に乗せた妖怪は物思いに耽っていたが、しばしの時の後来た時と同じ様に虚空の隙間に消えていった。


 それから工房に取り残され数年、我輩にかけられた埃の積もった布を取り払う者があった。小ずるそうな顔をした狸の妖怪である。背には工房の工具が詰められた袋を背負っている。今度我輩を手にするのはこの妖怪らしい。やれやれ、主の元に帰るまでに何度持ち主を変える事になるのやら。
 我が主は血や戦乱を求め我輩を鍛えたのではない。むしろ逆である。それが為、我輩の存在は今後も決して歴史の表には出ず、裏から裏へ闇から闇へ渡ってゆくであろう。





[15378] 幻想郷編・再会と邂逅
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/08 12:41
 幽々子が亡霊になってからすぐ、私は師匠とマレフィにだけ行き先を告げて平安京から姿をくらました。妖忌の事やら幽々子自害に関する情報操作やらは紫に丸投げである。
 肩の荷を全て降ろした私はスキマで幻想郷に直通、一瞬で帰郷する。
 時々様子を見に行っていたので懐かしくは無いが安心感がある。ここは私の妖怪としての生まれ故郷なのだ。
 ぷらぷら博霊神社に向かうと巫女さんがまた代変わりしていた。十年くらい前に来た時の巫女は高齢だったからな……
 えーと、ひのふのみ……これで二十三代目? 全員見事に血縁が無いけどよく継承が絶えないもんだ。
 縁側で陰陽符を作っている巫女さんの隣に姿を消して座る。一瞬不思議そうに私のいる場所を見る巫女さん。
 しかし首を傾げて作業に戻った。博霊神社に神様いないって人里で聞くけどしっかりいるよ。時々だけど。
 ポルターガイストー、などと勝手に床の札に退魔紋を書いたら巫女さんが飛び退いて臨戦モードに入った。
 透化した私を見つけようと両手に陰陽符を構えてこちらを睨む。おおこわい。
 見破れるもんなら見破ってみな、と余裕ぶっこいていたら私の顔面に弾幕が命中した。しまった、そりゃあ筆持ってりゃ大体の位置はばれるわ。
 でも別に痛くないしいいかなとそのまま弾幕の雨に打たれつつ退魔紋をびっしり書き込む。すると巫女さんが攻撃を止めてがっくり膝をつき泣き出してしまった。
 正体を見破れず攻撃も効かないのがショックだったらしい。
 あまりにも悔しそうに泣き続けるので罪悪感を感じ、姿を現して慰めてあげた。怯えないよう神力だけ出す。
 背中を撫で頭を撫でしていると巫女さんは泣きやんだ。ぽかんとして私を見る。
「小さな神様……」
 小さい言うな。諏訪子よりは大きい。
「ごめんね、ちょっとした悪戯心だから気にしないで。お詫びにさっき書いた札あげるから」
「あ、ありがとうございます?」
 手に札を握らせる。そこに隙間無く書かれた紋様に目を見張る巫女さん。平安京で学んだ古今東西の魔除けである。
「それ、しばらく留守にしたお詫びも込みで」
「え?あ、あなたはもしや博霊神社の――――」
 最後まで聞かず逃げ出した。私の家は永遠亭、正体ばれして神社に祭られるのは嫌だ。疑われるぐらいなら構わないがはっきり悟られると駄目神みたいな呼ばれ方をしそうで怖くもある。
 迷いの竹林に姿を消して飛びながらふと神の意義について考えたが三分で面倒になった。社の無い神だっているんだから神の居ない社があってもいいじゃないか。
 ……や、こんな所が駄目神っぽいのかな……
 迷いの竹林に着くと相変わらず霧がかかっていた。あやめの力は今も健在である。
 迷わず真直ぐ永遠亭の方向に進んでいくと、途中の畑に大根やら白菜やらが植えられていた。兎が自家栽培しているのは人参だけのはず……
 もしやまさかいや違いないとはやる心を押さえ付け、特急で永遠亭まで急いだ。玄関の前で土煙を上げて急ブレーキ。その辺りでたむろしていた妖怪兎が驚いて屋敷の中に逃げていった。
 ドキドキしながら私も中に入る。廊下は綺麗に掃除されていた。集中して探ると兎の気配に紛れて懐かしい力が一つ、知らない力が一つ。覚えのある方へ向かう。
 廊下を渡り、そっと障子を開けると中で薬草をすりつぶしていた永琳が振り向いた。私の記憶と寸分違わぬ姿で彼女はそこにいた。
「や。一万年振りくらい?永琳」
「あら久し振りね、白雪。ここ貴女の屋敷でしょう?借りさせてもらっているわ」
 別れてから気の遠くなるような年月が経っているというのにお互い昨日会ったばかりと言った調子だ。
 私は構わないよ、と答えて永琳に歩み寄り、黙って抱き付いた。されるがままで薬の調合を続ける永琳。
 しばらくそのままでいたが、満足して離れると永琳は私を見下ろして呟いた。
「白雪は小さなままねぇ」
「永琳は大きなままだね」
 身長も胸も。
「縮んだり小さくなったりしたら困るもの」
 事も無げに答える永琳。心の中で付け加えた言葉も伝わる、それが永琳クオリティ。半端ないです。
「あ、そうだ永琳、大きくなる薬作って。私にも効くやつ」
「嫌よ」
「なんで?」
「あなたは両方小さな方がいいわ」
 脊髄反射で殴りかかったがかわされた。永琳は見て避けるのではなく、的中率100%の予測をして避けるので質が悪い。
「いーよいーよ。私はどうせ一生超合法ロリだから」
 拗ねてみせると苦笑して頭を撫でられた。母子のような雰囲気だが、どちらが娘に見えるかは言うまでも無い。
 カリスマか? カリスマが足りないのか?
「永琳、月の使者を虐殺して蓬莱山輝夜と逃げたんだって?」
「事情は知ってるのね……姫様なら奥の部屋よ」
「ああ、うん……永琳以外の月人は嫌いなんだよね。今の人間と比べると頭はいいけど、格段に冷酷残虐で自尊心が高いわ排他的だわ妖怪を殺し尽くすわ……輝夜もそんな感じ?」
「まだ月での身分を忘れられないようね。でもほとんど地上に慣れているわ」
 良かった、とりあえず出会い頭にレーザー銃で打ち抜かれたりはしなさそうだ。そもそも今地上にレーザー銃は無いけど。
「しかし殺しても死なない人間、か……」
「殺さないで」
「殺さないよ、少し話すだけ。私はあまり帰らないから、屋敷は今まで通り好きに使って」
「助かるわ。姫様の遊び相手になってくれると更に助かるのだけど」
「りょーかい」
 永琳に手を振って別れた。
 屋敷の奥で退屈そうに妖怪兎を弄っていた輝夜は私と会うと嬉々として遊ぶ事を要求してきた。簡単に名乗りあった後、双方弾幕が撃てるのでまずは弾幕合戦。輝夜は不老不死だし私は規格外なので全力勝負をした。
 第一試合、輝夜消し炭。私は無傷。
 第二試合、輝夜粉々。私は無傷。
 第三試合、輝夜真っ二つ。私は無傷。
 以下略。
 ごめん永琳、殺っちゃったぜ。
 五回瞬殺し、七回一方的にぶちのめした所で輝夜が怒ったので中止になった。強過ぎると文句を言われたが仕方ない。戦いの年季が違うのだよ。
 弾幕合戦では圧勝だったが、続く囲碁対局ではボロ負けした。まるで歯が立たない。盤面が一色になった時は泣いた。
 嘘みたいだろ……これで私の囲碁歴百年越えてるんだぜ……
 いかんな。弾幕にしてもボードゲームにしても実力差があり過ぎてて勝負にならない。私も輝夜も手加減する気が無いのだ。
 それでもまた遊ぼうと言うあたり、輝夜の退屈度合いは深刻だと思った。良く言えば深窓の姫だけど悪く言えばNEETだもんね。
 輝夜は弾幕も囲碁も永琳は自分より少し弱いと言っていたが、それ主の顔を立てて手加減されてるから。永琳が本気出したら輝夜が勝てる訳無い。
 ちょっと水橋さん連れて来い、主思いの優秀な従者を持った輝夜への私の感情を代弁してもらう。



 かぐや が あそびなかまになった!
 しらゆき は おんみょうじ から ダメなかみさま に ジョブチェンジした!





[15378] 幻想郷編・怨霊と鬼
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/09 19:13
 最近幽々子が閻魔に幽霊管理を命じられた。「それが貴女にできる善行です」とか何とか上から目線で言われたらしいが幽々子は楽しそうである。能力ゆえか幽霊亡霊人魂はほとんど幽々子の言う事を聞くので楽だと言っていた。
 管理を任されるのに伴い白玉楼が冥界に移された。遊びに行くには少し面倒な手間を取るようになったが仕方ない。
 ちなみに妖忌は幻想入りしていない。西行寺本家の門番を継続していると聞いている。平安京は強い妖怪が多いから剣の腕を磨くにも困らないとのことだ。
 それを言うなら幻想郷も負けず劣らず妖怪だらけなのだが、本家への義理がどうとかこうとか……妖忌頑張れ。超頑張れ。
 まあそれで白玉楼へ行くより紫の家へ行く方が楽なのでそちらに向かって飛んでいるのだが……森の上空でマナと藍がドンパチやっている。
 あれれー、マナさん半透明で禍々しい気配出してるんだけどー。もしかして怨霊になってる?
「藍、マナはどうしたの?」
「あ、白雪様! 今立て込んでいます。しばしお待ちを!」
「邪魔をするな八雲の犬め!」
「私は犬じゃない、狐だ!」
 真剣な顔の藍と憎悪むき出しのマナが弾幕を撃ち合う。互いに小弾をばらまいていたが、藍のレーザー弾幕が命中してマナが逃げて行った。
「ふう。毎日毎日何度も何度も……」
「お疲れー」
「ああすみません。紫様に御用事ですか」
「用ってか遊びに行くだけなんだけどね。マナは何? やけに若い姿のまま怨霊になってるように見えたよ」
「はい、怨霊になりましたね。流行病で死んだと思ったらこうなりました。成仏させようにもいつもあと少しの所で逃げられるんです。私はもう、そういうものだと諦めました」
「紫に相談した?」
「見ていて面白いし片付けるのも面倒だから自分で何とかしなさい、と」
「うわぁ……」
 紫も適当だな……引っ掻き回すだけ引っ掻き回して後は傍観か。収拾つかなくなるような事態は起こさないけどさ、皺寄せは全部藍に行くんだよね。藍も頑張れ。超頑張れ。
「ああそうだ、紫様はまだお休みですが」
「……昼なのに?」
「はい」
「そう。わざわざ起こすのも何だし今日はいいか。また今度にするよ、手間を取らせて悪かったね」
「そうやって労って下さるのは白雪様だけです」
 少し気をつかっただけで感激している藍。彼女は幻想郷一の苦労人なのではなかろうか。出来ない事を出来ないと言えない職場だもんね……御愁傷様です。
 去り際に無理をするなと言って妖怪の山へ向かった。宿儺のねぐらを訪ねるつもりである。
 私は永遠亭(竹林)、白玉楼(冥界)、紫の家(時々場所や構造が変わる)、宿儺のねぐら(妖怪の山)、神社(姿消して本堂)をローテーションして泊まっている。一応永遠亭在住と名乗っているが幻想郷内をふらふらしている。理由は三つ。
 まずは永琳の薬の材料調達。あらゆる薬を作る程度の能力も原料が無ければ意味が無い。永琳は隠れ住む身であり大っぴらに動けないので、私があちこち訪ねるついでに調達している。
 次に竹林に引き籠もっていても退屈だから。輝夜は暇過ぎてワンサイドゲームでもそれなりに楽しんでいるようだが、私は三日で飽きた。色々な場所を訪ねれば色々な体験ができる。ついでに輝夜への土産話もできて一石二鳥だ。
 最後は旅好きだから。
 妖怪の山の頂上に着くと、宿儺が分身して数人の鬼とそれぞれ一対一で組み手をしていた。その中に勇儀と萃香の姿も混ざっている。
 二人とは白玉楼建設の手伝いをしてもらった時からの仲で酒飲み仲間である。私はかなり酒に強い方だが、鬼は皆水のように酒を飲むので飲み比べで勝った事は無い。連中の胃はどうなってるんだ……
 宿儺の下段中蹴→小拳連打→アッパーのコンボを食らって吹っ飛んできた萃香の足を空中キャッチする。
「うーん痛いなー……あれ、白雪発見」
 逆さまのまま瓢箪の酒を飲む萃香。酒臭っ!
「や、酔いどれチビ鬼」
「む、自分も両方小さい癖に!」
「言ったな?」
 足を掴んだまま猛スピードで地上に突っ込み、激突寸前で離してやる。隕石の落下地点のような穴の中心で萃香は地面にめり込んだ。流石鬼、気を失ってはいない。
「スイカ割りって楽しいよね、割ると赤い身が出てきて。今秋だけど」
 気を失った方が良かった、という顔で青褪めたスイカは慌てて霧状の妖力に霧散して消える。
 ははははは、私相手に「妖力」になって逃げようとするとは滑稽極まりない。さてどうしてくれようか。
「余り苛めてくれるな。あの子は四天王の中では一番若い」
 組み手をしていた鬼達を全員捩じ伏せた宿儺が一人に戻って寄ってきた。相変わらずプロポーション抜群の美人さん。身長と胸、私と足して二で割ってくれ。
「いや、本気じゃないよ?」
 陥没ぐらいするかも知れないが割るつもりはない。
「白雪では冗談が冗談に聞こえぬ」
「あー……そうかもね。萃香ーっ、頭カチ割ったりしないから出ておいで!」
 強制的に妖力を萃めて実体化させても良いが、穏便な手段をとる。妖力が拡散している方向へ叫ぶと、両手で頭を押さえたロリ鬼が恐る恐る出てきた。ぷるぷる震えている。
「私悪い鬼じゃないよ」
「分かってる。もう怒って無いし、退治したりしないから大丈夫だって」
 頭を撫でてやるとびくっとしたが、優しくしてやると安心して素直に撫でられた。しばらくそのままだったがはっとして手を払い除けられる。
「子供扱いするなー!」
「私から見れば誰でも子供だよ。年齢的に」
「背は私の方が高い!」
「角を入れればね」
「これは体の一部だもん」
「……折ろうかな」
 ぼそっと呟くと萃香はわたわた宿儺の後ろに隠れた。いつの間にか復活した他の鬼達は私達三人を酒の肴に酒盛りを始めている。勇儀は同じ四天王なのに笑ってばかりで助けない。鬼だ。鬼か。
 結局角が身長に含まれるか含まれないかの口論は、宿儺の仲裁により「全長には入るが身長には入らない」という事で決着した。根本的解決になっていないが萃香は納得したらしい。
 万事丸く収まってから全員で宴会に突入。鬼の酒は美味しくて手が進むが度数が強い。私は真っ先に酔い潰れた。
 で、翌朝起きると宿儺に衣を脱がされて裸抱き枕にされていた。昨日の記憶が無いぞ……私の貞操は守られたよな……




[15378] 幻想郷編・仙人と階段
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/11 10:49
 永遠亭の兎達は人間に近い姿をしているが、精神は兎だ。仕事を頼めば素直にやってくれるのだが手際が悪い。イメージは伝わるが会話は出来ないので複雑な仕事は任せられない。
 妖怪とは言っても元は兎、暇な時は意味も無くぴょんたん跳ねている。それだけで楽しいらしい。兎の思考はよく分からない。
 彼等は兎らしく人参畑は熱心に世話をするのに大根や白菜、茄子の栽培は怠け気味だ。枯れかけたり実が小さかったり虫喰いだったりは茶飯事。兎に意図を正確に伝えられる監督者が欲しいところである。てゐ、早く来てくれ。
 まあ、悩んでいてもどうしようもないので今日も今日とて幻想郷をふらふら小旅行。今は白玉楼への長い階段を登って(飛んで)いる。現世と冥界を隔てる幽明結界は空を飛ばないと通り抜けられないのだ。
 逆に言えば空を飛べば通り抜けられるという事であり、えらく無防備な結界であるといつも思っている。紫は閻魔が指示した通りに張ったので設定変更をする気は無いようだが、飛んで越える事を前提にした結界なのに階段ってどうよ? あの階段が使われてる所を見た事なんて一度も――――
「うん?」
 階段に少女が一人腰掛けていた。
 曲がりくねって途中で一回転した長い木の杖を持ち、うつらうつらしている。赤っぽい黒髪をポニーテールにして、頭に……なんだろう、鍵の形が刻まれたエンブレム? みたいなものをつけ、ゆったりとした紅色を基調とした唐風の衣の腰にはじゃらじゃらと大小様々な鍵束を下げていた。
 興味を惹かれて下に降りる。眠っていた少女は私が目の前に降り立つと緩やかに覚醒した。
「……ああ、こんにちは」
「こんにちは。こんな現世でも冥界でもない中途半端な所で何やってんの?」
「疲れたので憑かれ無いよう休憩を」
「ふーん、霊力は十分あるように見えるけどね……いや、少し変かな?」
 普通の人間は白い霊力が体から蒸発するように漏れているが、この少女にはそれが無い。霊力が体内の心臓付近で塊になっていた。
 霊力を体内にとどめ、塊を――丹を作るのは限られた者にしか出来ない。
「それは仙人ですから」
 少女が静かな語り口で言った。懐からやたらと部品が多く複雑な知恵の輪を取り出し、解き始める。
 仙人、ねぇ。確かに体内に丹を作る内丹術を使うのはほとんど仙人である。
 今まで会った仙人は全員男で老人だ。そして皆考え方が独特と言うか奇抜と言うか、ちょっと変わっていた。この少女もそうなのだろうか? 冥界への階段で一休みしている時点で変わっているが。
「名前は?」
「姑尊徊子」
「冥界に用事?」
「むしろ階段の方に」
「はあ?」
 徊子はマイペースに知恵の輪をカチャカチャ弄りながら言う。顔は上げない。
「仙人ですから」
「いや分からないよ」
 本気で分からない。
「分かりませんか」
「さっぱり」
「……私は鍵や箱などを開ける程度の能力を持っていまして」
 `など´ってまたアバウトな定義の能力を……応用範囲が広いとも言えるけどさ。
「…………」
「…………」
「……それで?」
「分かりませんか」
 分かるか阿呆! これだから仙人は! どいつもこいつも話し難くて困る!
「一から十まで丁寧に説明して」
「十二までありますが」
「なら一から十二まで」
 徊子は急に見えないぐらい素早く手を動かして知恵の輪を解くと、ようやく顔を上げて私を見た。
「私は鍵や箱などを開ける他に扉も開ける事が出来ます。どれも開ける事は出来ますが閉じる事は出来ません。開いたままです。困ります」
 話が長くなりそうなので徊子の隣に腰を降ろした。徊子は視線を私に向けたまま知恵の輪を組み直している。器用だ……
「開いたら閉じる。常識です。私は非常識では無いので閉じられないものは開きません。でも色々開いてみたい。だから閉じる練習をします。練習の為にここに来ました」
 徊子は組み直した知恵の輪を寄越した。この絡んだ毛糸玉みたいな知恵の輪を私に解けと?
「ここは言わば生と死の世界の境界。あの世への扉も現世への扉も開閉し易い。ここまでで十二です」
「つまり扉とやらを閉める訓練をしていると」
「そんな感じです。解けましたか」
「もう少し」
 分析力と解析力と推理力を上げてばらしていく。
 最後の二パーツを外し、全二十四組の部品を徊子に返した。
「はい解けた」
「早い」
「能力使ってるから」
「知恵の輪を解く程度の能力ですか」
 本気か冗談か分からないのんびりした声で言う徊子。一瞬で私がバラバラにした知恵の輪を組み直すと懐にしまい、更に部品の数が多い知恵の輪を取り出した。もはや絡まり過ぎて鉄屑にしか見えない。それを解くのか……
「いや、力を操る程度の能力」
「……なるほど。ところで」
「?」
「貴女の名前は」
「ここで聞くか……博霊白雪だよ」
「シラユキダヨさんは冥界に御用事ですか」
「だよ、は名前に入らないから」
「白雪さんは冥界に御用事ですか」
「御用事です」
「なるほど、なるほど」
 何か知らんが納得された。なんだこのぬるい空気は……嫌いじゃないけど。
「白雪さん、心の鍵が壊れてます。ああ失敗しました」
「はあ?」
 徊子はまた残像が残る速度で手を動かしたが、知恵の輪は絡まったままだった。
「え?もう一度」
「失敗しました」
「そっちじゃなくて!」
 ああああぁあ! これだから! 仙人は! 面倒臭い奴ばっかりだ!
「どっちですか」
「心の鍵が壊れてるって方」
「はい。修理できないぐらい壊れてます。何度やっても開きませんから。鍵穴も見当たりません」
「開けようとしないでよ……それ、力が足りないだけじゃない?」
「え?」
 徊子は手を止め、きょとんと目を瞬かせた。
「能力は相手と実力差があり過ぎると効かないんだよ。知らない?」
「……なるほどなるほど。道理で鍵穴が見えない訳です」
 なんだよ脅かすなよ……心が壊れてるって言われて傷付いたぞ。人間視点で見れば私の心は十分壊れてるんだろうけど、妖怪としては普通だ。多分。
 徊子が完全に自分の空間を作って知恵の輪を解き始めたので私はそっとその場を離れた。
 仙人との会話はほんと疲れる。





[15378] 幻想郷編・因幡と火事
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/13 10:38
 ぴょんたんモコモコしながら熱心に人参の世話をしている妖怪兎達を眺めていたある日、ふらりとてゐがやって来た。我が物顔で妖怪兎達を従えている。
 いきなり私はこの竹林の主だ、屋敷の責任者を出せ!とか言って来たので唖然としながら永琳を呼んだ。
「責任者は貴女でしょう」
「永琳はたまに訳が分らなくなるぐらい口が回るから。こういう交渉は任せるよ」
 永琳は苦笑しててゐと話し始めた。
 てゐの主張は、この竹林は兎のものである。従って兎のリーダーである自分の物である。竹林に居を構えたいなら対価を寄越せ。と、いうものだった。
 なんと言うか図々しい。そして微妙に嘘ではない所がむかつく。
 この竹林は元々あやめのものだが、人妖大戦の最後で私と兎のものになった。特定の兎のものになった訳ではないので確かにてゐのものであるとも言える。私が許可しているとは言え、月人が竹林に居る方がおかしいのである。
 後から来てぬけぬけと所有権を主張するてゐに私が主だと言ってやりたくなったが、考えてみれば追い返すのも悪い。種族が兎なら迷いの竹林はいつでも門戸を開く。てゐも例外ではない。
 黙って見守っていると、てゐは永遠亭に住みながら妖怪兎を統括管理して労働力を提供し、永琳が妖怪兎に更なる知恵を与える事でまとまった。ギブアンドテイク。
 永琳も薬の原料に使う薬草栽培の目処が立って若干嬉しそうだ。今までは収穫前に葉っぱを喰い荒らされるので育てられなかった。兎と正確に意思疎通できるてゐがいれば人海戦術ならぬ兎海戦術で色々できる事が増える。
 交渉が終わって永遠亭の中に案内されたてゐが黒い笑みを浮かべていたが見なかった事にした。永琳が屋敷と私に害が出ないよう上手く手綱をとってくれる……はず……
 輝夜? 囲碁で十八石置きの私をコテンパンにするような奴は落とし穴にでもはまればいいと思うよ。





 東方正史に於ける`本編´は放置できるものとできないものがある。
 永夜抄、萃夢想、花映塚、星蓮船の各異変は放っておけば収束する。
 紅魔郷、妖々夢、風神録、地霊殿は捨て置くと面倒な事になる。
 ただし全ストーリーを通して魔理沙は登場するし、別に異変を解決する霊夢以外でも良い。咲夜とか早苗とか、異変は巫女が解決する必要は無いのだ。
 今も人里の一般陰陽師の手に負えない妖怪退治は巫女に任せられ、逆に妖怪を過剰に追い回す陰陽師に灸を据える役も巫女が負っているが絶対そうしなければならない理由は無い。
 異変解決の象徴は博霊神社の巫女。でも極端な話、私が全ての異変をスピード解決しても良い。
 まああれだ。何が言いたいかと言うと。
「博霊神社焼け落ちてるよ……」
 先程巫女さんが本堂を襲ってきた炎を操る大妖怪と戦い、神社が全焼しました。
 おいおい……本編前に神社焼失とか……
 私が妖怪の山から火災と戦闘に気が付いて駆け付けた時には既に燃え残りしか無く、満身創痍の巫女さんが血を吐いて倒れており、その傍に大妖怪の死体が転がっていた。
 もうぴくりとも動かない見知らぬ妖怪だが、私の神力で守られた神社を焼き尽くすとはやりおるわ。巫女さんも手加減する余裕が無かったのだろう、妖怪は息を引き取っていた。
「巫女さん巫女さん、生きてる?」
「あ……貴女はいつかの……小さな神様」
 巫女さんは焼けただれた左足を押さえて蹲っていたが、私を見てうっすら目を開けた。小さい言うな。
 見殺しにする訳にはいかないので治療してやり、巫女服も神力で修復する。
 あっという間に元気になった巫女さんは私に深々礼を言うと、燻っている焼け跡を見てため息をついた。
「申し訳ありません……信頼の元に留守を任されていたと言うのに社を守れませんでした」
「いやあの、信頼と言うか実は放置……げふんげふん。や、巫女さんが無事で何よりだよ」
「か、神様……なんとお優しい……」
 感激して涙ぐむ巫女さんに居心地が悪くなってくる。私が神社にいればこんな事態にはならなかったろうに……
「あの妖怪はどうして神社を襲ったの?」
「私さえ殺せば幻想郷は思いのまま、と言っていました」
 ……浅はかな。表立って動いて無いけど、巫女より怖い幻想郷の調停者は沢山いるんだぜ? 私とか紫とか私とか映姫とか私とか。
「頂いた退魔紋を使ったアミュレットが無ければ私が死んでいました」
 巫女さんが片手を上げると、焼け跡からバレーボール大の陰陽玉が飛び出した。ふよふよ飛んで私達の前までやってくる。
 ほほう、なかなか上手く組んである。あれか、ホーミングアミュレットって奴か。弾幕誘導性能がついてるっぽいし。
「しかしこれを使ってようやく互角か」
「面目ありません……」
「あ、責めてる訳じゃないよ。手段はどうあれ大妖怪相手に勝ったんだから誇って良い」
 よしよしと背伸びして頭を撫でてやる。誰も彼も私より背が高いので仕方ない。でもやるせない。
「ふにゃむにゃ……むー……あっ、神社の方はどうしましょう?里人総出で再建しても七日ほどかかると思いますが」
「私が建て直せば半日で終わるよ。これだけ完全に炭になってると書物とか家具とかは直せないけど」
 目を丸くする巫女さんを尻目に神力を解き放ち、再生を始めた。木材はほとんど駄目になっていたので八割は周囲の木を使う。
 私は独りでに再建が進む神社を眺めながら思考の海に沈んだ。
 先程東方正史では~、と考えたが、あれはあくまでゲームである。ここは現実であり、ゲームと違って死人も出る。現に巫女さんは死にかけていた。
 この世界がゲームの中とは違う`リアル´である事はとっくの昔に嫌という程分かっていたが、今まで盲目的にゲームの設定を信じていた。それを考え直す時が来たのかも知れない。
 ゲーム中では`博霊襲うべからず´というルールがあったが今日の事件で否定されたし、永琳が偽名だとも慧音が父に半獣化されたとも知らなかった。
 東方正史は参考程度に考えるべきで、なんとかなると楽観視してはいけなかったのだ。
 幻想郷は妖怪と陰陽師の間で危うい均衡が保たれている。例えば今日、妖怪退治・異変解決の代名詞である博霊の巫女が倒れていたら、勇んだ妖怪の群が人里に押し寄せていたに違いない。そこに人里で争いを禁ずという規則があっても、肝心の罰を下す者が不在なら意味は無い。
 差し当たっての急務は`博霊の巫女´の名を妖怪の間で逆らう気が起きないほど絶対的なものにする事か。ネームバリューはそのまま争いの抑制効果を生む。
 ほえ~、と自動建築を感嘆して見ている巫女さんを鍛えるメニューを考えつつ、やっぱり神様の責務をさぼった罰が当たったのかと反省した。これからは真面目に神様稼業をやろう。永遠亭は正式に月人組に譲り渡せば良い。




 しらゆき は ダメなかみさま から まともなかみさま に ジョブチェンジした!






[15378] 幻想郷編・烏と修行
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/26 14:57
 私がデフォルトで持っているのは神力(一般八百万神ぐらい)、魔力(絶大)、妖力(膨大)。ただし神力は密度が高いから妖力換算にすると合計大妖怪十数匹分である。我ながらいかれたチート具合だ。
 そんな馬鹿みたいな化け物パワーがあっても霊力だけは持っていない。が、自在に変換できるの無問題。扱い方と修行法は心得ている。私の能力は力を操る程度の能力。誰よりも力に関する知識は深いと自負している。
 焼け落ちた神社は建て直す際に博霊神社から博麗神社に改名した。`霊´だと妖の気配がするが`麗´だとやってくれそうな感じである。なんかしっくり来るし。……というのは理由の一端で、メインの目的は私の意識切り替え。カヤの為に造って半ば惰性で存続してきた神社ではなく、本格的に幻想郷を守るための神社とする、その区切りを私の中で付けたかったのだ。
 心機一転私は巫女に修行をつける。毎日朝から晩までそれは容赦無く。泣き言を言われるが華麗にスルー。
「諦めんなよ、諦めんなよ、お前!! どうしてそこでやめるんだ、そこで!! もう少し頑張ってみろよ! ダメダメダメダメ諦めたら。周りのこと思えよ、応援してる人たちのこと思ってみろって。あともうちょっとのところなんだから。ずっとやってみろ! 必ず目標を達成できる! だからこそNever Give Up!」
「そんな事言われても天狗に速さで勝つなんて無茶ですよー!」
 だよね。
 ただ今未来の幻想郷最速、射命丸文と巫女さんで幻想郷一周競争をさせている。
 一刻遅れて出発したにもかかわらず背後に迫る烏天狗に巫女さんが弱音を吐いていた。私は神社の縁側でのんびりお茶をすすりつつ、通信用陰陽符で励ます。この位置からは視力を限界まで強化しても豆粒にしか見えない。
「がんばれがんばれできるできる絶対できるがんばれもっとやれるって!!」
「あああぁあ無理です無理無理無理ー!」
 切羽詰まった感じの声に笑ってしまった。
 この競争、御褒美と罰付である。文が勝ったら「河童と共同開発!最新式白黒カメラ十枚撮り!」をプレゼント。巫女さんが勝ったら「採れたて海の幸!新鮮魚介類八種盛り!」を食べさせてあげる(提供:紫)。こちらは負けたら夕食抜き。
 双方必死だ。この時代、カメラは一部の河童によるオーダーメイドでしか手に入らないので文は気合いを入れる。幻想郷は内陸で新鮮な海産物など普通お目にかかれないので巫女さんも気合いを入れる。
 速く飛ぶには霊力操作も重要だが慣れも必要。天狗に追われて全力で飛んでいれば嫌でも空を飛ぶという感覚に慣れるだろう。
 お茶受けのまんじゅうが空になる頃、巫女さんを抜き去った文が私の前に降り立った。
「大勝利です!」
「見れば分かるよ」
 期待に満ちた目を輝かせる文に苦笑いしてカメラを放り渡した。
 写真機写真機と嬉しそうにカメラを弄り回す文は子供の様だ。実際妖怪化して半世紀に満たない。妖怪の感覚だと子供である。
 この時代はまだ新聞(瓦版)の概念が無いため写真撮影はただの彼女の趣味だった。噂好きの仲間内で、集めた情報と一緒に証拠写真を見せびらかして悦に浸っているらしい。ただでさえ天狗なのにますます天狗になっていると聞く。
 妖怪の山の統治者が未だ鬼のままなので天狗の仕事は少ない。それで暇を持て余してネタ探しにうろついていたのを捕まえたのが彼女との出会いだ。
 その時に未来の文屋の速度は如何ほどかと幻想郷や鬼達の昔話を餌に競争を仕掛けたが、私が勝ってしまった。直線飛行なら天魔様の次に速いのに!と打ちひしがれていたのが印象的だった。ごめんね、私は鬼より強くて天狗より速くて誰よりも長生きなんだ。
 わっほいわっほいまだ喜んでいる文に一声かけてお帰り頂き、ふらふらゴールした巫女さんを迎える。
「お疲れー」
「……やっぱり夕飯は抜きですか」
「水は飲んで良いよ」
「あうー……」
 よろよろ水を飲みに行く巫女さん。子供っぽい言動をとるが二十代に入った大人であり、一食抜いてもどうという事は無い。
 巫女さんが小休憩をとっている間に私は陰陽玉を改良する。一度分解して博麗神社に仕える巫女の霊力にのみ反応起動し、自動で敵に弾幕をばらまくように回路を組んでいるのだがなかなか難しい。巫女さんの霊力を消費したのではあっと言う間にエネルギーが尽きるので、現在の私の力の一割を陰陽玉に転送・使用するように調整中である。私がどこに居ようと力のラインが繋がるようにしなければならないので設定が七面倒臭い。
 その分完成してしまえば修行不足の新米巫女でも単独で大妖怪と渡り合える目算だった。
 さて、水を飲んで戻って来た巫女さんを隣に座らせ、陰陽玉の改造ついでに座学の時間。
「ここの紋様の意味は?」
「弱体です」
「具体的に」
「えーと、妖力を拡散させる事で動きを鈍らせます」
「そう。人間とか神様とか魔法使いには効かないから気を付けて。神様対策の紋様はこっち」
「神様対策って……いいんですか?」
「あー……不幸な行き違いで神様と戦う事もあるかも知れないから念のため」
「はあ」
「これは信仰を神力に変換するのを一時的に阻害する機能がある。流石に私でも神力そのものをどうこうはできないからね」
「そんな事していいんですか」
「普通は駄目だけど博麗の巫女の特権だね。アミュレットの構造は絶対に外に漏らさないで。収拾つかなくなるから」
「はい!」
「うん。それでこれが魔法使いとか悪魔用の魔術紋章。西洋術式だから今は使わないけど、段々必要になってくると思う」
「どんな効果ですか?」
「んー……色々混ざってるけど……基本的に嫌がらせかな」
「い、嫌がらせ……」
「極端な話、勝負は相手の嫌がる事をした方が勝ちだからね。精神に働き掛けて魔法族が嫌がる類の現象を幻視させたり、口の動きを狂わせて詠唱の邪魔をしたり」
「…………」
「えげつないって顔してるね」
「い、いえ、そんな事は」
「本当は?」
「……少しだけ」
「何も思わなかったらそっちの方が問題だからそれで良いよ。えー、で、巫女さんは霊力で攻撃する訳だからその邪魔にならないようにその歪んだ黒丸っぽい紋から出た線が……」
「あのっ」
「あ、質問?」
「違います。どうして私の名前で呼んで下さらないのかと」
「ああ、私にも色々あるんだよ。色々ね……」
 巫女さんは普通の人間であり、百年足らずで死ぬのが分かっている。死んだ時悲しみたくないので一線を引いて名前で呼ばない。巫女さんは皆巫女さんと呼ぶ。一種の逃避だが、親しい者が死んで逝くのを見る度に私の心は妖怪になっていくのだ。既に思考回路は妖怪のそれにかなり近付いてしまっているがせめてもの抵抗である。
 もう不死かそれに近い存在以外と深い親交を結ぶ気は無い。
「いいから続きいくよ。ここの私の名前が式神を作る術の一部を元にした霊力供給回路の核になっていて……」
 この日は巫女さんの頭がショートしかけるまで知識を詰め込んだ。霊力操作が完璧なら知識など後からついてくるが、何の能力も無い巫女さんにそれを求めるのは酷だ。
 今はただただ頑張れ、ほんの十年ぐらいで修行は終わるから。





 白雪、若干弱体化。MP一割減。
 白雪の妖力は百年生きた妖怪の妖力をMP1とすると、陰陽玉作製直前時点で(年齢分妖力)+(装備品を含めた魔力)+(信仰による神力)=110+80+10=200。
 その一割だから陰陽玉に使用されているMPは20。






[15378] 幻想郷編・幻と実体
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/26 15:07
 完成した陰陽玉は凄まじい効果を発揮し、小妖怪なら例え群でかかられても一方的に殲滅できてしまった。どんな相手に対しても`こうかはばつぐんだ´になるように術を組み込んであるのでその程度当然とも言える。
 私の力の一割を使用して稼動しているのだが、使用者選定追随飛行や敵性認識機能や耐久力上昇などに割り振られる分を差し引くと、攻撃力は中~大妖怪の通常弾幕ほど。ただし威力制限をかけているのでどんなに弱い妖怪を滅多撃ちにしても殺してしまう心配は無い。あれだ、非殺傷設定ってやつ。
 そんな反則武装と私の修行のお陰で博麗の巫女は代々不敗を誇り、その名は妖怪退治の代名詞になった。
 代代わりの直後、まだ修行不足の巫女を狙って来た大妖怪グループは私と連携して撃滅。寿命が尽きる寸前を狙ってきた不届き者は老いても元気な巫女さんが培った経験を活かして返り討ち。質より数だと押し寄せて来た小妖怪の大群はまとめて結界に閉じ込めた上で怒れる巫女さんがフルボッコ。
 何度も巫女さんが交代し、数百年経つ頃には私の企み通り博麗の巫女に手を出すのは新参妖怪ぐらいになった。まあ名の知れた大妖怪が喧嘩売ってくる事も稀にあったが、どれもお遊びの域を出ない。
 もっとも古参の妖怪の中には巫女を倒してしまえそうな奴もいる。しかしそういう妖怪に限って博麗神社の祭神の恐ろしさを知っているので安心だった。
 正面から来る妖怪の牽制は博麗組が行い、裏で暗躍する妖怪を権謀術数で封殺するのは八雲組が行う。この二段構えを破るのは不可能に近い。完璧な布陣である。





 ……と、思っていたら少しやり過ぎたらしい。ただ今紫とスキマの中で最近発生した問題について密談中。徊子と幽々子も同席している。
「人間の人口が増えてきて妖怪が押され気味、と」
「貴女の所の巫女のせいでもあるのよ? 里内で人間を襲えないというのは大きいわ」
「白雪さん白雪さん、私がここにいる理由は」
「徊子賢そうだからなんとなく。一度スキマに入ってみたいって前に言ってたし」
「私は賢者ではなく仙人ですが。ここは物凄く扉を開け閉めし難いですね。面白いです」
「さっきから弄ってるそれは何かしら?」
「幽々子さんも知恵の輪どうでしょう。これをバラバラにすれば……この通り」
「あら難しそう」
「……三人共真面目に話し合う気ある?」
「ないわ」
「皆無」
「右に同じ」
 あっけらかんと答える幽々子、徊子、私を見て紫はため息を吐いた。
「何の為に集まったんだろうね」
「それは私の台詞よ」
「ま、紫の思う様にすればいいんじゃない?」
「……どういう意味かしら」
「何か考えてあるんでしょ? 任せるよ」
 無邪気に知恵の輪と格闘し始めた幽々子と横からのほほんとアドバイスを送る徊子。探るような鋭い視線を向けてくる紫とそれを見つめ返す私。なんだこの温度差……
 私はここで紫発案の「妖怪拡張計画」が実行されるはずだと踏んでいた。
 何が気に入ったのか紫は幻想郷を非常に愛している。それは母が子を愛するものに近い。紫が何を思っているかは知らないが、幻想郷における人妖のバランスを保つために「妖怪拡張計画」かそれに準ずる有効な対策を施すのは間違いない。
「時々思うのだけど、貴女さとり妖怪の血でも混ざっているの?」
「混ぜた覚えは無いなー。今回の場合は簡単な推測。幻想郷大好きの紫が何も考えて無い方が想像できないよ」
「…………」
 紫は複雑な顔をした。否定しないので図星だろう。紫は煙に巻くような言い方はするが無駄な嘘はつかない。
 彼女は勘違いを誘発させる言い回しで相手を騙すのである。一応嘘はついていないのが嫌らしい。
「幽々子も徊子も紫に任せていいよね?」
「い、い、わ、よ~」
「私は選択権を放棄します。幽々子さん、力ずくは止めて下さい」
 知恵の輪に悪戦苦闘中の二人は話を聞いていないようにしか見えないが普通に返してきた。
「賛成二、棄権一で紫の案を採用。会議終了!」
 私がバンザイして締めくくると紫は扇子で口許を隠して苦笑いした。苦笑はすぐにうさん臭い笑みに変わる。
「内容も聞かずに承諾とは迂闊と言うより稚拙ね。交渉では最も避けるべき事よ」
「でもそうやって忠告してくれるでしょ。紫なら信用できるから」
「……私を信用するなんて言う存在は貴女以外にいないわ。幽々子は信用とは少し違う」
「嬉しい?」
「どうでしょうね」
 紫は傘をくるくる回す。照れ隠しなのか単なる手慰みなのか判別がつかない。照れてる紫か……ちょっと見てみたいが止めておこう。
「ま、なんでもいいや。それでどうするの?」
「幻想郷の外から妖怪を呼び寄せるわ。具体的には――」






 まず私が神力を使って博麗神社を幻想郷の東の端ギリギリに移した。そしてそこを管理起点に幻想郷全体を紫の結界で囲み覆う。
 幻と実体の境界を利用した強力な論理結界である。
 ……ただし妖力は私持ち。
 自分の妖力使えよと思ったがそれをやると生存スレスレの妖力しか残らないらしい。で、紫に私の現在の力を常時二割渡している。普通妖力の受け渡しは不可能だが私達二人の能力を併用したら何とかなった。
 しかしこの流れだと博麗大結界で更に妖力削られるんじゃね? 私はエネルギータンクじゃないんだけど……
 紫にいいように使われている気がしなくもないがそこはそれ。元気玉みたいに幻想郷中の妖怪から強制的少しずつ妖力を集める~、なんてーのも理論上可能はだがそんな暴挙に出たら妖怪大反乱必至。私が全負担するのが簡単だ。紫なら妖力を悪用しないと信じている。まあ万一悪用されても即座に供給を絶てば良いだけなので脅威にはならないだろう。
 それはとにかく。
 この論理結界は外の世界に対して幻想郷を幻の世界と位置付けることで、勢力が弱まった外の世界の妖怪を自動的に幻想郷へと呼び込む作用を持ち、外国の妖怪まで引き寄せる効果がある。妖怪だけではなく生物、道具、建築物なども、外の世界で消えつつあるものが幻想郷で増えることがあるらしい。
 要は鼠取りならぬ妖怪取りだ。これで妖怪の数が増えて人間の数と釣り合う。
 効果はすぐに現れ、人妖の勢力均衡は回復した。元々妖怪だらけの幻想郷が魑魅魍魎の坩堝になったので里の陰陽師も苦労しているらしい。
 里の畑は里の外。狩りも牧畜も里の外で行う。そういう里外で働く職種の人の護衛として陰陽師が飛び回っている。
 私は結界が張られてから知り合いが幻想入りしていないかと定期的に幻想郷を見回っていたが、元々隠者のような生活をしていたマレフィが真っ先に魔法の森にやってきていた。
 精度が増した小屋隠匿結界のせいで数年幻想入りに気がつかなかったが、森に突如化け物キノコが大繁殖したので調べていたら発見。
 森の奥深くでばったり再会した時にマレフィはしばらく硬直し、我に帰ると霊薬の実験台と言って私を小屋に連れ込んだ。不機嫌な顔をしていたが口許が綻んでいるのを私は見逃さない。萌える。
 実験が必要なさそうな薬まで飲まされ、経過観察の名目で小屋に数日引き止められた。会えなくて寂しかったって素直に言えばいいのにねぇ……意地っ張りだ。だがそれが良い。




 白雪弱体化。MP更に二割減。
 白雪の現在の総MP:(年齢分妖力)+(装備品を含めた魔力)+(回復した信仰による神力)=114+86+30=230
 その二割で、幻と実体の結界使用分は46
 実質MPは陰陽玉供給分も引いて230-20-46=164

 
 計算式を書いておいてなんですが、白雪のMPをいちいち覚える必要はありません。なんとなく弱くなったな、程度に理解していただければ問題ありません。





[15378] 幻想郷編・旧都と住人達
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/26 15:09
 妖怪拡張計画により幻想郷に妖怪が増えた。妖怪が増えれば妖怪退治の依頼も増える。必然、(博麗の巫女がいるとはいえ)陰陽師は寝る間も削ってかけずり回る事になった。
 仕事の負担を減らすために陰陽師は否応無く技を磨く。必要は発明の母と言う。それは慨して人間にとってプラスに働くが、今回は裏目に出た。
 増える妖怪に技術が追い付かない陰陽師が騙し討ちを使うようになったのである。
 彼等にしてみれば激務を消化するために行った仕方の無い事。事実、今までどこか騎士道めいていた妖怪との勝負において嘘と騙し討ちは絶大な効果をあげた。
 私は彼等の行いを非難しない。気に入らないが仕方なくもある。必要ならば私でもそうする。
 孫子は「十倍の兵力があれば策は要らない」との言葉を残している。私は大妖怪とでさえ十倍以上力の差が開いているので全て力押しで何とかなってしまう。贅沢にも戦いで手段を選ぶ事ができるのだ。
 数年も経つと妖怪は学習してあまり騙されなくなったが、思考が単純な者、または真向勝負を好む者……つまり鬼は手を変え品を変えの罠に引っ掛かり続けた。
 宿儺や山の四天王は罠を打ち破れるが下の下~中の下程度の鬼は封印され、最悪殺されてしまった。
 妖怪の山を支配する鬼達は人間の視点だと悪の親玉である。鬼が居なくなれば幻想郷はいくらか平和になると本気で思っていた。
 もう一度言うが私は陰陽師の騙し討ちを否定も肯定もしない。妖怪は人に害をなし、人間は妖怪を退治する。その流れは手段がどうであれ自然の摂理である。
 ……だから、卑怯な人間に見切りをつけた鬼が幻想郷を去るのも仕方がない。





 スキマの中の怪空間で私は紫と将棋を指す。
「紫、こうなるって分かってたでしょ」
「確かにあと十二手で詰むと分かっているわ」
「いや将棋じゃなくてさ。妖怪拡張計画の話」
「王手」
「ぎゃ!歩を盾に……あ、二歩になるのか。でも飛車をタダで渡すのは……ああ話逸れた。紫は妖怪拡張計画が招く事態を把握してたとしか思えない。陰陽師が封印した妖怪は不吉な能力持ってる奴とか妖怪の間でも嫌われてる奴ばかり。思い出せば幻と実体の結界を張った時に丁度地底が地獄から切り離されたし、陰陽師は誰とも無く封印した妖怪を地底に放り込んだ。裏で」
「王手」
「うえ!やばい持ち駒歩しか無い。王を逃がすか……裏で手を回してたでしょ」
「角成り」
「……うわぁ、凄く嫌な陣形……映姫とか宿儺と色々相談してたみたいだけど」
「地底の管理の交渉ね。地上で忌み嫌われ封印された妖怪は開放される代わりに地下に暮らす。その妖怪達と怨霊は人間を見限って地底に移住した鬼が地上に出ないよう押しとどめる。鬼のメリットは旧都の居住権と優遇措置ね。ある程度地下の妖怪の数が増えたら地上への道を閉鎖。以降妖怪の出入りを禁じる。これで幻想郷は安定するわ」
「全て紫の手の平の中、か」
「そうね、この将棋も含めて。王手」
「……ああ、本当に十二手で詰んだ」
「白雪異様に弱いわね。私は飛車角金銀桂馬落ちなのに」
「言わないで。傷付く」
 紫はにやにや笑って将棋盤を片付ける。畜生、いつか目に物を見せ……られないだろうな……
「次は囲碁でもどうかしら」
「いじめ反対。ちょっと噂の旧都に行って来るよ。開いて」
「あまり掻き回さないでちょうだい」
「分かってるよ」
 私は開いたスキマから旧都の入口に吐き出された。近くにいたゾンビっぽい妖怪が少し驚いた顔をする。
「はろー。ここは相変わらず一年中夜の町だね。鬼神がどこにいるか知らない?」
「え、と……酒屋にいるんじゃないかな」
「そう。どもー」
 手を振って別れ、町の中心部に向かう。
 ほとんどの家は古式ゆかしい木造平屋で、ちらほら長屋もあった。広い道の端には屋台が出ていて人通りもなかなか多く賑やかだ。浮遊する人魂や鬼火や怨霊の明かりで昼間の様に、とまではいかないものの夕方程度の明るさはある。
「そこの妖怪さん、ちょっと食べていきなよ!」
 屋台の店主に呼び止められて焼き串を渡された。ニコニコ笑う中年妖怪は禍々しい妖力を纏っている。
「これ何の肉?」
「新鮮な人間の肉だよ」
「……やめとく」
「ありゃ、腐ってた方が好みかい」
 真面目な顔で聞いてくる店主。嫌な気配の妖力を纏っている妖怪だが心底親切心で言っているらしい。地底の妖怪……(ある意味)恐ろしい!
 そそくさその場を離れ、道行く妖怪に酒場の場所を聞く。鬼火を従えた妖怪は快く答えてくれた。
「どの酒場?いっぱいあるから分かんない」
「鬼神がいそうな酒場」
「ああ、鬼神探してるの?多分中心街だね。赤い旗が立ってる店」
「中心街って言うとこの道を真直ぐ行けばいいの?」
「そうそう。一本道だから迷わないと思うよ。ところで」
「?」
「ちょっと呪われてみない?」
 即座に逃げ出した。
 地底の住民は皆親切だがネジが外れている。いや、そういう性質の妖怪が集まっているのか。
 気疲れしながら赤い旗が目印の酒場に入ると、宿儺が勇儀と酒を酌み交わしていた。通りの喧騒から離れた静かな酒場だ。
「おや白雪じゃないか。地底くんだりまで珍しい」
「む……白雪ともあろう者が地底に落とされた訳でもあるまい。観光か?酒は余るほどある。飲んでいかぬか」
「お言葉に甘えて」
 二人のテーブルにつくと、宿儺が酒を注文した。頭のてっぺんから毒々しい紫のキノコを生やしたシュールな妖怪が酒を運んでくる。
 店内には鬼二人と私と毒キノコ妖怪しかいなかった。
「静かだねぇ」
「たまにはこういうのもいいさ」
「今日は貸し切りよ。遠慮せずとも良い」
 宿儺の酌で酒を飲んだ。馬鹿みたいに度数が高いが美味しくて困る。二日酔い覚悟でお代わり。
「妖怪の山はー、ほっといてい~の?」
「統治は天魔に代行させてある。まあ実質放棄よの……天狗は調子の良い連中だが鬼よりはまとめ役に向いておる。大事なかろ」
「そ~なのかー」
「白雪、呂律が回ってないよ」
「いやいやぁ、まだいけるまだいける」
「勇儀、止めるな。今宵は心地よく眠れるというものよ」
「大将も好きねぇ」
 なんか宿儺と勇儀がごちゃごちゃ言っているがよく分からん。酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞーっ♪っと。




 はっと起きたら酒場の一角で宿儺にまた抱き枕にされていた。二日酔いで頭痛い。昨夜の途中から記憶が無い……
 水を飲もうと腕から抜け出そうとしたが、すいよすいよと眠る宿儺は怪力で離してくれない。
「これ寝てるんだよね……人間だったら惨殺現場になりそうな力で抱き締められてるんだけど」
「あぁ寝てるよ」
「勇儀、楽しそうに見て無いで助けて。あと今私の前で酒飲まないで。吐く」
「それは困ったねぇ」
 勇儀が手を挙げて合図すると、キノコ頭の妖怪が水を持ってきてくれた。
「んく……ありがと。あと助けて」
「無理です」
 そそくさとカウンターの裏に戻ってしまう。
「一刻もすれば起きるよ。それぐらい良いじゃないのさ」
「良くない!胸がアレなんだよ」
 当たってる。むしろ押しつけられてる。当ててるんですってか。
「胸?」
 一瞬不思議そうな顔をする勇儀の酒杯を叩き割ってやろうかと思った。宿儺と同じくらいあるあんたにゃ分かるまいよ。私にとって現状は拷問だ。
 ステータス? 希少価値? 寝言言うな。大は小を兼ねるという言葉を知らんのか。
 宿儺の頭をぶん殴って起こしてやろうと思ったが勇儀に止められてやめた。
 なんかね、話によれば宿儺にとって私は可愛い妹的ポジションらしい。私の方が年上で強いんだけど。普段の言動もそれっぽくないし。身長差が原因か?
 それで……私が泥酔するたびに姫お姉ちゃんと呼ばせているとか。
 記憶に無い。何やってんの? ねえ何やってんの? 私が酔っ払う度にそんな事してたの?
 まあ私も宿儺だけはなんとなく名字で呼んでるし意識してる事は確かだ。深層心理では姉的認識があるのかも知れないけど……
 それにしたってさ、私がダウンしている隙に着せ替え人形とかさ、猫の様に撫で回したりとかさ、どうなのそこは。
 つーか勇儀もそんな事言っていいのか? 口止めされてないの? されてない? そうですか。
 宿儺のイメージが変わった。もうちょいクールだと思ったんだが……まあ宿儺が望むなら小一時間抱き枕にされるぐらいやぶさかではない。




 地底には日の光が届かないから分かりにくいが、昼過ぎにようやく開放された。
 勇儀が起き抜けでぼんやりしている宿儺に全て話した事を言うと、彼女は頭を抱えて悶えた。今まで言おう言おうと思って忘れていたらしい。他人の口で私に知られるのは恥ずかしいようだった。
「白雪、私を嫌わないでくれぬか」
「いいよ」
 衣の裾を引く涙目の宿儺が色っぽいわ可愛いわでどうにかなりそうだったので反射的に許した。可愛いは正義。宿儺は可愛いと言うより美しいだが。
 宿儺は私が怒っていない事を知ると喜んで藍色の絹の紐を寄越した。前々から後ろに流すだけの私の長髪を気にしていたらしい。
 有り難く頂戴して後ろで髪を束ねてポニテにすると、宿儺はわなわな震えた後私を抱き締めた。
 肋骨がっ……折れるっ! ヘルプ! おいっ! 助けくれって! ……ほんと勇儀は笑ってばっかだな! 助けてと頼んで助けてもらった覚えが一度も無いぞ!
 背骨をへし折られる前に何とか脱出したが、やはり陰陽玉と結界による力減少は地味に効いていると実感した。全開であれば宿儺のホールドぐらいすぐ解ける。
 うーむ……抵抗力も落ちてるだろうな……さとりに会っても心を読まれる事は無いと思うが、表層の感情ぐらいは読まれるかも分からん。わざわざ地獄の中でも悪名高い灼熱地獄まで行くのも嫌だし、地霊殿に行くのは止めておこう。








名称:宿儺百合姫
種族:鬼
属性:白雪


名称:博麗白雪
装備:紅衣、紅帯、藍髪紐(NEW)
備考:絶賛弱化中





[15378] 幻想郷編・西洋妖怪と博麗組
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/18 17:15
 テンション三割増、ネタ増量でお送りします。文章量はいつも通り







 ある日の満月が綺麗な月夜。私は星など関係無いとばかりに水辺の洞窟にいた。
 低い岩のテーブルには設計図が置かれ、それを数人の真剣な顔の河童と共に囲んでいる。
 水辺だというのに湿気は全く無い。湿度は機械の大敵なのである。洞窟からは水分が完全に除去されカラカラになっていた。こいつら本当に河童なのだろうか? どいつもこいつも皿ではなく洒落た帽子を被っている。ちなみににとりはまだいない。
「えー、では第七十三回、写真機開発会議を始めたい。今回の課題は四色写真の実現である。各々知恵を振り絞ってもらいたい」
 議長の河童の厳かな声に一堂頷く。
「尚、技術指導の講師として博麗白雪君を招いている」
私が目礼すると期待してるぜ、みたいな目で見られた。
「ふむ、では最初の課題だが――」
 議長が配られた要綱を読み上げようとした所で私の懐から軽快な音楽が流れ始めた。ため息をつく議長。
「白雪君。会議中は通信符の霊源を切っておくように」
「や、すみません。ちょっと外します」
 慌てて洞窟の外に出て通信を繋げた。
「白雪様、お時間はよろしいでしょうか」
「あんまりよろしくない。巫女さんどうしたの?何か問題?」
 今代の巫女はクールな秘書系である。淡々と要件を告げた。
「はい。ただ今妖怪の山と人里の中間地点において西洋妖怪の一団と交戦中です。私一人では撃ち漏らしが出る規模です。彼等の目的は人里の強襲。満月なのでワーハクタクの守りも強まっていますが、万全を期す為に助力を願います」
 アチャー……よりによってこんな日に。
「あー、西洋妖怪は幻想郷のルールが分からない奴多いからね。吸血鬼はいる?」
「見当たりません。小、中妖怪の集まりで大妖怪が数体紛れています」
 通信符の向こうから弾幕が炸裂する音が断続的に聞こえてくる。戦いながら通信しているらしい。
「分かった、すぐ行く」
 私は通信を切り、一度洞窟に戻る。
「すみません。急用が入ったので抜けます」
「……会議を放り出す程の事かね?」
「人里が西洋妖怪に襲撃されそうになっています」
 河童達の顔色が変わった。議長の爪が岩のテーブルに食い込む。ひびが入った。
「白雪君、退出を許可しよう。代りに盟友を徒に脅かす愚か者共に鉄槌を。これは河童技術部の総意だ」
 怖いぐらいの怒りの表情を浮かべる河童達に頷き、私は洞窟から夜空へ飛び立った。
 キッツイ御灸を据えてやる。






 ちなみに河童技術部の発言力は大天狗並である。






 場所は夜空で色とりどりな無数の弾幕が光っていたのですぐに分かった。
 目標補足、戦闘範囲推定、大規模結界を妖力と魔力にあかせてワンアクション発動。これで内側から外側へは出られない。
 急加速をかけて結界内に飛び込み、巫女服の裾を焦がしながらも涼しい顔をしている巫女さんの隣に浮遊する。突然の結界と援軍に妖怪の群はざわついた。
「遅くなった。ごめん」
「いえ、十分です」
 私と巫女さんは背中合わせに構えた。巫女さんは陰陽玉を傍に滞空させつつ陰陽符を指に挟んで霊力を込め、私は四種の力で大量の弾幕を作り待機させる。
 西洋妖怪は人狼やらカボチャオバケやら髪の代りに蛇を生やした女やら小さなフラスコに入ったミニマム少女で構成されていたが、私を指差してヒソヒソ話し始めた。
「なんでしょう?」
「さあ……」
 聴力を強化すると変な話が聞こえてきた。



【全盛期の白雪伝説】

 白雪にとっての壊滅は殲滅のしそこない
 妖怪千対人間十、陰陽師全員負傷から一人で逆転
 一発の弾幕が三発に見える
 牽制の小弾で撃墜
 戦場に立つだけで相手妖怪が泣いて謝った、心臓発作を起こすドッペルゲンガーも
 あまりにも強すぎるからグレイズも被弾扱い
 グレイズすらしない
 妖精を一睨みしただけでピチュった
 妖怪退治の無い日も大妖怪撃墜
 自分の弾幕を自分で受け止めて極太光線弾幕を撃ち返す
 見学の陰陽師に講義しながら後ろ手に妖怪を一掃
 グッとガッツポーズしただけで五体くらい吹っ飛んだ
 高速飛行で真空波が起きたことは有名
 妖怪賢者の能力も楽々弾き返した


 何を馬鹿な噂を……あれ? ほとんど事実……だと?
 客観的に見た自分の異常性に戦慄していると、西洋妖怪集団の悲壮感漂う殺気が膨れ上がった。
 なんかヤケになってないかこれ。妖怪なのにアーメンとか言ってる奴もいる。何なの? 馬鹿なの? 死ぬの?
「今更後には引けないって雰囲気だ。巫女さん、適当に討ち取るからサポートよろしく」
「了解しました」
 スピード系の力を強化して彗星のように突っ込んだ。「なんて速さだ!」「幻想郷の妖怪は化け物か!」とかほざいている妖怪を挨拶がわりにぶん殴る。
「ショータイムだ!」
 私は西洋の百鬼夜行の中心で高らかに宣言する。ふははははは! 妖精一匹逃がさん!
 黄色い目をした蛇髪妖怪が睨んできて体が若干鈍ったが、釣瓶打ちに弾幕を叩き込むと沈黙した。同時に体調回復。牙をむき出して飛び掛かってくる人狼は頭を鷲掴みにしてボディブロー。ガッシ、ボカ! 人狼は死んだ。ワーウルフ(笑)。いや死んで無いけど。
 指示系統の中心っぽいフラスコ少女の入れ物を掴み、妖怪手裏剣にして投げ直線上の敵をなぎ倒す。敵の強さにブレがある混成集団だと妖力無限大で一掃できないから困るんだよね。
 西洋人魂を侍らせて詠唱していたカボチャオバケは山羊頭の悪魔が持っていたフォークを奪い取り突き刺してやる。ついでに妖術の火でこんがり焼く。誰かに美味しく頂かれるが良い。
 弓を構えたトーガのイケメン妖怪をローストし、貝殻ブラジャーを付けた人魚っぽい奴を三枚に下ろし(すぐ軽く治療した)、カタカタいってる骸骨を魔術で縛って骨格標本にする。妖怪達は弾幕やら呪いやら魔法やらで反撃してきたがそもそも当たらんし当たっても効かん。密集する黒羽妖精達の間を縫う様に高速飛行し、ついでに撃墜。一瞬で眼前に現れた私に動揺する犬耳の耳元で高周波を発生させ、背後に忍び寄った妖怪に後ろ蹴りを喰らわせながらレーザー弾幕を全包囲照射。妖怪は殺虫剤を吹き付けられた蚊の群の如くバタバタ落ちていった。
 世紀末的ハイテンションで斬り付けてくる雑魚は私に触れる前に巫女さんの弾幕で打ちのめされた。撃ち落とされた妖怪達が結界な底に溜まっていく。死々累々阿鼻叫喚地獄絵図、私に向かってくる妖怪達は泣きながら笑っていた。もう笑うしかないといった調子だった。




 程無くして西洋妖怪は一匹残らず撃墜された。プスプス煙をあげている彼等は魔法の森の小屋の前に積み上げておく。ついでに「煮るなり焼くなり好きにして」というメモを小屋の戸に挟んでおいた。
 うむ。これでよし。これだけやれば河童の怒りも静まるだろう。ちょっとファンタスティックな薬の実験台にされるかも知れないが自業自得である。





[15378] 幻想郷編・白沢と不死鳥
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/22 11:06
 昨日師匠と妖忌が幻想入りした。ただし忘れ去られた訳では無く、自力で幻想郷を囲む妖怪の群を突破してきた。
「娘に会うまで死ねん!」「斬れぬものなどほとんど無い!」などと格好いい事言いながら隠匿術と気配消しと小細工を駆使して妖怪達を最小限の戦闘ですり抜けたらしい。自分の実力が分かっている人達だ。正面から突破しようとすれば普通にミンチになる。
 私は幻想郷の端に辿り着いて力尽きぶっ倒れている二人を発見保護、神社に運び込んだ。軽く治療した後喝を入れて覚醒させる。
 巫女さん(今代はヤンデレ)に体力のつく料理を作ってもらう間に事情聴取した。
「二人共どうしてわざわざここに?」
「近頃妖怪が減ってきていてだな、野良陰陽師には仕事が回って来なくなったんだよ」
「すると廃業ですか」
「いいや続ける。幻想郷ならばまだ需要があるだろう」
「それはまあ……慧音の手伝いはしないんですか?」
 慧音は幻想郷に来た当初製本の仕事をしつつ歴史書を執筆していたが、十年ぐらい前からは寺子屋を開いている。師匠は首を横に振った。
「俺に教師は向かん。たまには手伝うつもりだが」
「そうですか。人里の陰陽師に話を通しておきます。それで妖忌は?」
 楼観剣の手入れをしていた妖忌がじろりと私を見た。顔をしかめ、すぐに剣に視線をもどす。
「……なにこの反応」
「妖忌は白雪を好かんらしい」
 師匠が肩を竦めた。あー、蹴り飛ばしたりスキマ送りにしたり仲間外れにしたりしたからねぇ。良い思い出は無いだろう。マゾっ気が無い限り。
「西行寺本家の血筋が途絶えて門番を辞めたんだと。外界では百年ほど前から半人半霊も妖怪に近い扱いになったからな、職にあぶれて浪人をやっているところで会った。そこで意気投合して共に幻想郷に来た訳だ」
 妖忌は仏頂面で今度は白楼剣の手入れをしている。定年退職してそうな年だけど妖怪にも半人半霊にも年金なんて無いからね。この時代人間にも無いけど。
「職の当てはあるんですか」
「白玉楼の亡霊少女と知り合いらしい。そこの庭師になるつもりだとさ」
 史実通りか。
 丁度巫女さんが食事を持ってきたので話を中断する。巫女さんは口を固く引き結んでダン!と音を立てて皿を師匠と妖忌の前に置き、一転恭しく丁寧に私の前に椀を置く。
 この巫女さん、ちょっと危険なぐらい異様に異常に私に懐いている。私と親しげに話す師匠と無礼な態度を取る妖忌が許せないのだろう。視線で人が殺せるなら二人は五、六回死んでいる。バロール並だ。
 先程から巫女さんの殺気に反応して妖忌の腕が痙攣するように刀に伸びては戻りを繰り返していた。危ない。
「巫女さん巫女さん」
「はいっ!」
 呼んだだけで喜色満面。ぶんぶん振れる尻尾が見えた気がする。
「まず殺気引っ込めて。二人の焦げた魚と自分の魚を交換して。味噌汁に下剤入れたでしょ?浄化して。それとさっき懐に隠した呪符をしまってきなさい」
 巫女さんはがっかり顔でしおらしく頷き、ぶつぶつ呪詛を吐きながら二人の食器を下げた。比喩表現では無く本当に呪詛を吐いていたので師匠は陰陽符で軽い結界を張る。妖忌は危険な目付きで鞘を撫でた。料理を持って下がった巫女さんを見送り、師匠が訝しげに言った。
「あれは本当に巫女か? あれほど禍々しい霊力は初めて見たぞ」
「普段は大人しいんですよ。ただ私の事になると見境が無くなると言うか」
「……斬るか」
「やめて」
 ヤンデレ怖い。二人には明日にでも出て行ってもらわなければ血の雨が降りそうだ。



 で、一夜明けて翌日。朝食をとって早々私達は神社を出た。緊急時以外は私と巫女さんどちらか一方が必ず神社に残る規則になっているので巫女さんは留守番。
 歯ぎしりしていたが今日の夜は一緒に寝てあげると言うと途端ににやけ顔になり、鼻を押さえて息を荒げた。
 自分の体を抱き締めて悶える巫女さんを見ていた師匠の憐れむような視線が痛かった。妖忌には鼻で笑われた。私は背筋が凍った。迂闊な発言のせいで今夜は地獄だ。
 小一時間飛んで白玉楼に妖忌を送り届け、その場で幽々子と雇用契約。幽々子は閻魔から給料を貰っているのでその一部が妖忌に渡される事になった。
 他に特筆する事は無い。妖忌の再就職は淡々と終わったし感動の再会も無かった。あら久し振り、で終了。
 お茶の誘いを断って師匠と二人で人里に取って返す。
「慧音は元気にしているか」
「それ聞くの八回目ですよ。どうせもうすぐ合うんだから直接聞けばいいでしょう」
「変な虫は付いていないだろうな」
「それは十五回目。私の知る限り浮いた話はありません」
「慧音は」「うるさい黙れ」
「…………」
 あまりにもしつこいのでつい本音が出た。
 そんなに心配ならもっと早く幻想入りすれば良かったのに。それか通信符を持たせてこまめに様子を聞くとかさ。
 それをやらなかった理由聞いてみると「娘には泰然とした後ろ姿を見せてやりたい」とぬかした。
 残念ながら既に師匠のだらけた日常生活とか失敗談とか情けない逸話を山ほど慧音に暴露してある。見栄を張るのも今更だと言ったら師匠は絶望した!とばかりに意気消沈した。
「まあ良い所も言ってありますから。貧しい人間の依頼は無料で請けるとか、恩義は忘れないとか」
 金持ちからはふんだくり怨みを忘れないとも言ってあるが。
 機嫌を良くした師匠と共に人里の入口に降り立ち、門を潜って寺子屋へ向かう。
「家の造りが古いな。着物も二昔は前に流行したものだ」
「幻想郷は隔絶されてますからね。どうしても発展は一歩遅れます」
「税はどうなっている?武士支配か?貴族支配か?」
「どちらでも無いですよ。民主主義……有力者の寄合いと成人による投票で方針を決定します。税は年収の二割ですね。異様に低いですが里の維持費や災害対策を霊的な――」
 説明しながら歩いている内に寺子屋に着いた。
「ここです。今は昼休みだと思いますが」
 寺子屋の中から子供の笑い声が聞こえてくる。師匠は躊躇無く中に入って行った。
 私も行きたいが、行けば確実に子供達に絡まれるので行けない。恐ろしい事に寺子屋に通う子供達の半数以上が私より背が高いのである。私が博麗神社の祭神だと知っているはずなのに子供らしい無邪気さを発揮してちょっかいをかけてくる。あれは苦手だ。
 私はしばらくその場に佇んでいたが、中から慧音の説教と師匠の情けない声が聞こえてきたのでニヤニヤしながら退散した。これを機にたっぷり叱られて生活態度を改めると良い。
 豆腐屋で油揚げをまとめ買いしていた藍の尻尾をもふり倒したり退魔符用の上質な紙を注文したり団子を食べたり里の柵の修理を手伝ったりしている内に日が暮れる。
 ああ帰りたくない。巫女さんに恍惚とした表情で腹かっさばかれたらどうしよう。殺せば永遠に私だけのモノ的な……そこまで病んでないと思うけど……
 帰宅時間を伸ばそうと用も無く竹林に向かった。夜中まで永遠亭に居よう。
 三日月を眺めながら竹林の上空を飛んでいると永遠亭付近の空に火柱が上がった。
なんだなんだメラゾーマか! それともメラか!?
 なんとなく想像はつくが地上に降りてこそこそ近寄ってみると案の定焼き鳥屋さんと蓬莱姫だった。いつの間に幻想入りしていたんだ。
 全身に炎を纏って特攻をかける妹紅。輝夜は身をかわして反転、レーザー弾幕で動きを制限し小弾を叩き込む。しかし一際強く炎が燃え上がり、小弾ごと驚愕する輝夜を飲み込んだ。炎がおさまった後に輝夜の姿は無くパラパラと灰だけが落ち、それも風に吹かれて消えた。
 妹紅は放送禁止用語で口汚なく輝夜を罵り満足気に帰っていった。
「うわぁ……あいつら毎日こんな事やってんの……」
「先月から月に二、三回はやっているわね」
「ぎゃ!」
 独り言に背後から返事が返ったので飛び上がる。永琳が着替え一式と薬瓶を持ってため息を吐いていた。
「永琳は気配を消すのが上手くて困る」
「あらありがとう」
「褒めてない。それで何やってんの?」
「姫様のお世話」
 永琳は輝夜が焼き殺された中空をじっと見る。目を凝らすと満月のような真円の魂から輝夜が再生する所だった。心臓が現れ、血管が伸びて骨が付き、染み出た液体が内臓になって筋肉が盛り上がり……グロテスクだ。
 目を離して辺りを見回すと竹林は一切焼けていなかった。永琳が術で守ったのだろう。確かに火事になったら厄介だ。
 永琳は再生を終えてぽとりと落ちてきた裸の輝夜を抱き留めると土がつかない様に着替えさせ、薬瓶の中身を口に流し込んだ。咳き込んで目を覚ます輝夜。
 輝夜は永琳の顔を見るなりあの×××!と叫んだ。
「今度会ったら×××して×××を×××してやるんだから!」
「その意気です姫様」
「永琳、教育間違ったんじゃない? こんな品の無い言葉久し振りに聞いたよ」
「あら白雪じゃない。ちょうどいいわ、模擬戦に付き合いなさい」
 元気良く空に飛び上がって手招きする輝夜。楽しそうだ。私は頬を掻き、髪と帯を縛り直した。
「はあ。まあ時間潰したかったしいいけど。輝夜の服が何着無駄になるやら……というか妖の服ってどうなってんだろうね永琳? 身体と一緒に再生したりしなかったりするけど」
「妖怪や神は長年同じ服を着ていると服が身体の一部になるわ。痛覚は通らないけれど体と一緒に直るようになるのよ」
 へえ? 服飾の研究はした事無いから知らなかった。すると私の服も体の一部になってるのかねぇ。
「輝夜は?」
「姫様は人間だもの」
「あれって人間かなぁ……」
 首を傾げつつ私も空に舞い、さっき見た妹紅の妖術を真似て炎を出した。輝夜がぴくりと眉を上げる。
「気が利くじゃない」
「模擬戦だからね」
 機嫌良く七色弾幕をばらまく輝夜を何度もウェルダンにする。
「かえんほうしゃ!」
「だいもんじ!」
「ベギラゴン!」
「メラゾーマ!」
「火遁・豪火球の術!」
 ネタ技で遊んでいたらふざけているのがばれて真面目にやれと怒られた。ネタすら破れない輝夜が悪いと思うんだけどな……




 夜中に神社に帰ると顔をしかめた巫女さんに他の女の匂いがするとか言って揉みくちゃにされた。くんずほぐれつそのまま夜まで……
 朝起きたら布団が巫女さんの鼻血で紅く染まっていた。命の危機とは別の種類の恐怖を感じた。








 名無しの巫女さん達は秘書タイプやヤンデレの他には僕っ娘、純粋無垢、戦闘狂、小動物など種類豊富だが出番はほとんど無し。
 何故か博麗の巫女にはイロモノが多いというあまり意味の無い独自裏二次設定





[15378] 幻想郷編・大結界騒動
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/02/26 15:27
 外の世界で文明開化が起こり、人間が妖怪を畏れなくなった。安定した清潔な生活。夜道を照らす明るいガス灯。怪異を否定する思考。不思議に頼らない科学技術。
 全てが妖怪に不利に働く。
 幻想郷にはまだ文明開化の波が届いていないが放置すれば時間の問題である。人里の人間まで科学に染まれば幻想郷のバランスは崩れるだろう。
 自分達と戦うのではなく否定し始めた人間に妖怪達は憤り、攻勢をかけようとした。
 一度は忘れられた幻想、しかして消えた訳ではない。闇夜の恐怖を思い出させてやる。
 そう意気込んで息巻く妖怪達に私は待ったをかけた。
「人間との全面戦争なんて止めた方が良い」
「何ぃ!?」
「怖じ気付いたか!」
「あんたも妖怪だろう!」
「畏れと共に陰陽術すら捨てた人間なんざ一捻りよ!」
「今はそうかも知れないね。でも人間は妖怪の理解を越える速度で進歩する。昔人間と妖怪が互いに滅ぼし合った事があったんだけど、その時は相討ちで両方滅び去った」
「?」
「滅んでないじゃないか」
「現に今ここにこうしている」
「昔々、陸地が今よりずっと小さくて神が居なかった頃の話だよ」
「…………」
「…………」
「温故知新って言葉がある。あの時はもっと早く妖怪と人間の線引きをしておけば良かったんだ。過ちは繰り返さない。幻想郷は外界から切り離すべきなんだよ」
 過激派の説得には他の穏健派の妖怪より人妖大戦を知っている私の方が向いている。経験者は語るってヤツだ。
 しかし血気盛んな連中が人間勢力への侵攻を諦めようとしなかったので、東方史に倣い紫と協力して博麗大結界を張った。
 博麗大結界は「常識の結界」であり、外の世界の常識は幻想郷の非常識に、外の世界の非常識は幻想郷の常識と置く論理結界だ。物理的なものではないため科学兵器で壊す事はできず、人間が人間の常識を信じている限り如何なる高性能レーダーでも結界とその内部を認識できなくなるのである。
 この結界は幻と実体の結界よりも多目に私の力を消費して維持される。これで力はほとんど半減……まあ使わずに腐らせとくより良いけどさ……
 結界が二つになり管理が大変になったので紫と私の力を組み込んだ結界維持式を博麗神社の地下に配置し、一括制御するようにした。
 幻想郷を形成する二つの結界が私一人で維持される状況になっているが、仮に私が死んでも結界に問題は無い。死ぬ前に魂を削って結界を保つ力を残せばいいのだ。あやめが竹林でそうしたように私も幻想郷にそうする。もっとも死ななければそんな事はせずに済むのだが。
 結界維持式はどこぞの天人に壊されないよう厳重に防御を施しておく。ついでに神社の耐久力も強化。百人どころか千人乗っても大丈夫だ。
 大元の力供給・制御式管理は博麗組が行い、綻びの修復と見回りは八雲組が行う事を確認して結界製作終了。ああ疲れた。








 で。
「やっぱりこうなる訳だ」
 私と巫女さん(今代は盲目の令嬢)は中空から眼下の戦いを眺めた。
 博麗大結界によって幻想郷から外の世界に出るのも困難になり、人間を思うように襲えなくなった妖怪達が暴動を起こした。
 大結界騒動である。
「白雪様、いかがしますか」
「あー、どうしようかねぇ。単に叩いただけで収まるかなこれ」
 妖怪の山の裾で鳩派と鷹派が大規模な抗争をしている。どちらも皆妖怪だ。
 私の言葉を信じ、または経験則で人間の脅威を知り隔離をよしとする鳩派。私の言葉を信じず、または信じてもなお忘れられる事が我慢ならず暴れる鷹派。双方妖怪の未来を憂いているからこその闘争だった。
「喧嘩両成敗でも根本的解決にならないし……今回は結界の有効性が広まるまで傍観の姿勢でいこうか。天狗に広報を頼んであるからその内収まるよ」
「結界は」
「そのまま変更無し。見たとこ人里をどうこうする気は無いみたいだし放っておこう」
「はい」
 暴れると被害が拡大しそうな大妖怪は真っ先に説き伏せてある。小、中妖怪の騒動なら幻想郷に大きな影響は出ないだろう。
 私達は何もせず神社に引き返した。
 それから一年ほどの間は神社に代わる代わる妖怪が来ては結界を消してくれだの鷹派を宥めてくれだの言って来たが、全て巫女さんが丁寧に「今回の騒動に博麗神社は手を出さない、結界は解除しない」と説明してお帰り頂いた。
 力ずくで結界を壊そうと博麗神社を襲ってこなかったのは妖怪達も学習したからだろう。うむ。
 予想通り一年弱で騒動は収束した。もっとも大騒ぎしていたのは妖怪だけである。人間は既に人里内で完結した生活を営んでいたので今更結界で外界と切り離されも痛くも痒くも無い。むしろ妖怪が仲間内で争うのを喜んでいた。勝手に同士討ちしてくれれば妖怪退治の手間が省ける。
 紫はこれを期に反抗的な妖怪をどさくさ紛れてそれとなく始末。幽々子と映姫は妖怪の霊が増えて過労気味に。陰陽師は仕事が減って小休止。
 身近な騒動の影響はそんなものだった。ちなみに地底の連中は地上の結界など知った事かとばかりにスルー。そりゃそうだ。
 食人妖怪のために食料調達係が定期的に外界へ赴き人間をさらってくる事もこの時決まった。妖怪の食料供給内訳は調達係八割、外来人二割(含・紫の神隠し)。計算上妖怪が飢える心配は無い。
 ……計算上は。
 人間を`与えられて´生きるのは飼い殺しに近い。能動的に襲いに行ってこその妖怪である。野生の動物を狭い籠に入れると弱るように、人間を勝手に襲えなくなった妖怪はいずれ弱体化していく。それを解消するためのスペルカードルールなのだが今提案しても受け入れられないだろう。
 スペルカードルールでは人も妖怪も神も対等な条件で殺し合いにならないよう戦う。まだ大結界による弱体化という歪みが現れていない妖怪に、人間とルール付・弾幕のみ・不殺で戦う事を許可すると言っても絶対に「ハァ?」で終わる。
 なんで自分達の方が強いのにわざわざ人間の身を案じて手加減してやらなきゃならんのか。人間襲うのに一々カード枚数決めて景品決めてなんてやってられるか!……という具合である。
 実際やってみれば面白いと思うんだけどねぇ。何事もちょっと縛りがあるぐらいの方が楽しめる。まあスペルカードルールについては百年後に妖怪が弱ってきてから提案しよう。
 こうして遠からず芽吹く不安の種を残しつつ大結界騒動は終幕した。








白雪弱体化。抵抗力、出力半減。

白雪の現在の総MP:(年齢分妖力)+(装備品を含めた魔力)+(回復した信仰による神力)=119+90+31=240
博麗大結界使用分54
実質MPは陰陽玉供給分と幻と実体の結界使用分も引いて240-20-46-54=120


白雪のMPが妙にキリの良い数字になっているのは計算しやすいから。フリーザ様の戦闘力が53万、みたいなもんです。あれも実際は530142とかそういう数字なはず……ピッタリなんて不自然だと思う。


【原作開始時の妖力参考】
※神力の場合は妖力換算

紫・40
宿儺・25
諏訪子・20(最盛期70)
チルノ・0、8
道中妖精・0、05



※装備品魔力の上昇基準は「経験の量」による。倉に百年しまわれているより五十年人の手から手へ渡ったり折られそうになったり祭られたりした方が上昇率は高い。
 白雪は魔力を上げる修行をほとんどしていないので、装備品を抜いた本人の魔力はそれほど高くない。




[15378] 幻想郷編・A day of 巫女さん
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/11 14:52
 私が仕える神様の名は博麗白雪という。神であり、妖怪であり、魔法使いであり、また人の心を知る。幻想郷を覆う二つの結界と陰陽玉への供給で力が半減しているにも関わらず、名実共幻想郷最強の名をほしいままにしている。仕える者として誇らしい。
 そんな敬愛する私の神様は私には想像もできない年月を生きており、世界の成り立ちに詳しかった。
 魂について。能力の法則。冥界や魔界や天界、今は道が消えているという天上界。四種の力にその高率的な扱い方、古今東西の術。
 妖怪賢者よりも知識があるに違いないと私は常々思っている。
 博麗の巫女は自らの死期が迫ると次代の巫女を選ぶ。私を選んだ先代の巫女も言っていたが理屈ではなく直感で後継者が分かるらしい。それは記憶の無い捨て子であったり、商人の子であったり、ようやく言葉を喋るようになった幼児であったり、私のように盲目であったり。
 共通するのは皆それが必然であるかのように後腐れ無く自然に巫女の座につく事だった。
 何故このような仕組みになっているのか白雪様にお聞きした事があったが、`因果係数´`魂の気質´`相反性´などと難しい説明をされ、「なるべくしてなるものである」という事しか理解できなかった。
 それでも偉大な叡智の一部でも身に着けようと真剣に白雪様のお話を聞く毎日だ。修行は一通り終わったもののまだまだ学ぶ事は多い。少女老い易く学成り難し。







 早朝に起き、まず寝間着を脱いで井戸水で体を清める。さっと巫女服に着替えて境内へ向かった。人が来る前に箒で落ち葉をはく。
「おはようございます」
「あーおはようさん」
「今日は洗濯日よりじゃ」
 丁度掃除が終わる頃、法徳さんに連れられて人里から来た参拝客の皆さんに挨拶する。法徳さん一人では道中の警護に限界があるので大抵三、四人、年配の方が参拝にいらっしゃる。
 お賽銭を投げ入れてなむなむと拝む皆さんにそっと軽い御祓いをかけ、少し法徳さんと世間話をした。
 法徳さんは娘さんと一緒に人里の外れで暮らしているのだが、最近その娘さんが女の子を拾ってきたらしい。家も親類縁者も無い子で、竹林の側をふらふらしていた所を見兼ねて半ば無理矢理連れ込んだのだとか。
 女二人に男一人で肩身が狭くなったとこぼす法徳さんに一家の大黒柱ですね、と言うと嫌そうな顔をされた。
 参拝客の皆さんが帰るのを見届け、本堂の扉を開けて中に入る。白雪様はまだすやすやと眠っていらっしゃった。
 私は盲目の身。しかし霊力や妖力は感じ取れるし、自分の霊力が広がる場所なら手に取るように様子が分かる。目が見えない代わりに他の感覚が発達しているのだ。白雪様はさーもぐらふぃーと超音波そなーと霊力探知機と呼んでいるが、色以外なら目よりもよく視える。
 白雪様は私のこうした能力を「ベタだ、ありがちだ」とおっしゃるがそんなにありふれたものなのだろうか?
「白雪様、白雪様。朝ですよ、起きて下さい」
「……むぅ……昼まで寝かせて」
「朝餉は白雪様の好きな山菜の和え物ですよ」
 白雪様の耳がぴくりと動いたが、もぞもぞと布団に潜ってしまった。
「昼に食べる。昼食できたら起こして」
 頑として起きない、と布団にくるまって蓑虫になった白雪様に小さくため息をついて本堂を後にした。
 一人で食べるご飯は少し寂しかった。
 洗い物の後は洗濯。白雪様の紅い衣は一着しかないので洗濯物は私の寝間着と巫女服と下着二人分だけ。水気をきった洗濯物を陰干しして居間に戻る。
 陰陽符と書物を用意して人里へ飛んだ。
 道中ちょっかいをかけてくる妖精達は陰陽符に中ると霧散霧消するが、死んだ訳ではない。彼女達は自然の具現なので基になる自然を破壊しない限り数日で復活する。
 人里の入口で降り、門番さんに挨拶して稗田家に向かう。途中の豆腐屋で藍さんと会った。
「藍さんおはようございます」
「ああ、おはよう博麗」
「お買い物ですか?」
「うん、聞いてくれ。胡麻油で揚げた油揚げなら五枚、菜種油で揚げた油揚げなら六枚買えるんだ」
「はあ」
「どちらがいいだろう?」
 どちらと聞かれても……
 店主は慣れているのか文々。新聞を広げてのんびり待っていた。私は油揚げに顔を寄せてじっと視る。
「博麗、いつも思うんだがそれで見えているのか? 目を閉じているじゃないか」
「形とか温度とか霊力は分かります。こちらの油揚げの方が栄養価が高そうな感じはしますけど」
「ふふん、分かって無いな。油揚げは味と風味と食感が重要なんだよ。栄養が摂りたいなら青汁でも飲めばいい。そもそも油揚げは豆腐を作る段階からだね……」
 演説を始めた藍さんに曖昧な笑顔を向けてこっそりその場を離れた。あの状態の藍さんに付き合っていたら日が暮れてしまう。
 稗田家に着くと女中さんが迎えてくれた。
「博麗の巫女様ですね。お待ちしておりました」
「仲村さん、おはようございます」
 すぐに奥の部屋に通される。障子を開けて部屋に入ると横になっていた阿弥さんが布団から身を起こした。
「お久し振りです、博麗さん」
「お久し振りです。無理せず楽にして下さい」
「いえ、このぐらいなら大丈夫ですよ」
 転生を繰り返す阿弥さんは病弱だ。寿命が短く、軽い風邪でも長引く。今年で三十になる阿弥さんは天寿が近付いていた。
「こちらが頼まれていた書物です」
 私は持って来た白雪様の著書(妖怪の起源――原初の幻想達――)を渡す。
「一応禁書扱いなので他の方には見せないで下さいね。この場で読んで覚えてしまって下さい。あと申し訳ありませんが博麗神社の系図の方は以前の火事で焼失していまして……」
「あぁ構いませんよ。これだけでも十分過ぎる程です」
 阿弥さんは私にお茶とまんじゅうをすすめ自分は書物を読み始めた。ぺらり、ぺらりと頁をめくり、あっという間に読み終える。文字を読めない私には早いのか遅いのかよく分からない。
 阿弥さんから書物を返してもらう。あれだけで覚えてしまえるのだから便利な能力だ。
「大したお返しもできませんが……これ、家で漬けた漬物です」
 阿弥さんが小壺に入った漬物をくれた。有り難く頂く。
 あまり長話をすると体に障るので御礼を言って部屋を出、稗田家を後にした。
 味噌と米が少なくなっていたので買い足し(まけてくれた)荷物を抱えて神社へ戻る。気がつけばもう日が高い。
 神社に降りて台所へ荷物を運び、昼食の用意をする。
 まずは火の通り難い大根、人参から鍋で煮る。阿弥さんからもらった白菜の漬物を一口大に切り、米櫃に朝炊いたご飯が十分残っているのを確認。
 山菜の和え物を出して味噌汁に豆腐を入れてアジの開きを焼いて……
 最後に味噌汁をひと煮立ちさせてまだ本堂で寝ている白雪様を呼びに行く。
 白雪様はとても優しい神力を発している。たまに霊力になったり妖力になったり魔力になったりするけれど、どれも純粋で素朴で心地よい気配がする。白雪様の力なら百里離れていても感じ取る自信があった。
 廊下を渡り一度外に出て本堂に向かう。本堂の扉をそっと開けると穏やかな寝息が聞こえた。
「白雪様、白雪様。昼食の用意が出来ましたよ」
 揺り起こすと白雪様はむにゃむにゃ言った後しがみついてきた。
「しんどいー疲れたー……運んで」
「はぁ、七日も徹夜するからですよ」
「んー」
 私は苦笑して白雪様を横抱きにした。この軽く小さな身体のどこにあれだけの力があるのか分からない。妖怪や神様はえてしてそういうものだけれど。
 白雪様を揺らさないように運びながら聞いた。
「すぺるかーど、でしたか?」
「ん」
「七日も徹夜して作るものでしょうか?」
 白雪様が握っている札からは圧縮された力が感じられる。構成はあまり複雑でない。
「これ一枚じゃないよ。どれだけ構成を単純化できるか試してた。将来的には誰でも使えるようにしないと意味無いから、今の内に研究しとく事にしたのさ」
 白雪様は身動ぎすると懐から様々な魔術、妖術、陰陽術が込められた札を取り出した。
「従来の札とはどう違うのでしょう?」
「威力と出力に制限をかけてある。鍵になる言葉を唱えないと発動しない。命中時に相手の防御力に合わせて威力が減衰する。大妖怪に使っても小妖怪に使っても死なない程度の衝撃を与えられる。ああ、これは投げて使うんじゃなくて宣言して使うものだからね。技名を言うと弾幕が展開される。視たい?まだ試作だけど」
 視たい、と答えて欲しそうなそわそわした気配を感じた。私は微笑んで是非、と答える。味噌汁が冷めてしまうなと思ったが温めなおせば良い。
 白雪様は私の腕から元気に飛び出すと境内に走っていった。
 私は全身に霊力を廻らせ感覚を強化する。相変わらず色彩は無いが、周囲のものの輪郭や微細な力の動きが明瞭に分かるようになった。
「ではお願いします」
「うむ!」
 白雪様は宙に舞い上がり、すぺるかーどを掲げて高々と宣言した。


力符「神の見えざる力」


 神力の弾幕が五芒星を描いて爆発的に広がった。ある程度拡がると今度は潮が引く様に戻って行き、更に密度を増してまた拡がる。
 神力は存在感が強いが視覚では見辛い力。私には分かりやすいけれど目で見て避けるのは難しそうだ。
 弾幕が収まり、白雪様がもう一枚すぺるかーどを取り出す。


暴力「数撃ちゃあたる」


 白雪様を中心に四種の力が渦を巻くように放射された。神力の小弾、妖力の大玉、魔力の光線弾幕、槍を模した霊力の誘導弾幕。
 視界を埋め尽くすようにばらまかれる圧倒的な量の弾幕。でもよくよく見ると一本だけ全てかわしきれる道筋があった。
 岡目八目、弾幕の範囲外から見れば分かるが、あの中に飛び込んでたった一本の道を辿るのは限り無く難しいに違いない。
 弾幕の嵐が収まり、白雪様はまたすぺるかーどを取り出した。同時に紙の人型式神を放つ。


力技「剛よく柔を断つ」


 式神は自動稼動になっているらしく小弾を撃った。が、時計回りに式神の周りを飛ぶ白雪様の弾幕がその小弾を破壊して一直線に飛び、式神を滅多撃ちにした。
 ぷすぷすと煙を上げる式神。威力制限が無ければ塵になっていそうだ。
 また一枚、白雪様がすぺるかーどを取り出した。



全力「妖力無限大」


 白雪様の神力が妖力に変わり爆発的に力が高まったかと思うと、家を四、五件は飲み込んでしまいそうな極太の黒い光線弾幕が発射された。ぞわり、と全身の毛が逆立つ。威力制限があると聞いていても命の危険を感じた。
 白雪様はその光線を縦横無尽に振り回した。光線の端が掠った神社の屋根の先端が煙も上げず消滅する。冷や汗が流れた。
 破壊光線は最後に式神を飲み込んで消える。満足して地上に降りた白雪様は駆け戻ってきた。力を失った式神がひらひらと風に飛ばされていった。
「どう?」
「凄い、としか。最後の光線がかすめた神社の屋根の端が消えましたよ?大丈夫でしょうか」
「……あ、対無機物質威力制限忘れてた。後で直しとくよ」
 たははと笑う白雪様に反省の色は無い。一歩間違えば神社が消失していたと言うのに気にしていないようだ。
 白雪様は行動にあまり計画性が無く、企み事が苦手な方。臨機応変とも言える。白雪様が大きく切り開いた道を整えるのが巫女の役目だ。
 ぶつぶつと修正案を考えている白雪様の手を引いて居間へお連れする。ちゃぶ台にアジの開きと味噌汁、漬物、ご飯、山菜の和え物を並べると白雪様はもそもそ食べ始めた。
 配分良く味噌汁ご飯漬物を食べていく。
「ん?味噌変えた?」
「はい。合わせ味噌にしてみました」
「うん。美味しい」
 白雪様が微笑んでいるのが分かる。こういう時だけはどうしようもなく目が見えない事が悔しくなる。さぞ素敵な笑顔に違いないのに。
 ご馳走さま、と手を合わせ食べ終えた白雪様はその場にくたっと寝そべった。
「食べてからすぐ寝るとにーとになりますよ」
「……どこでそんな言葉覚えたの」
「先日白雪様が留守の間に紫さんがいらっしゃいまして……意味はよく知らないんですけど」
「知らなくていいよ……」
 あんにゃろう余計な事を、とぶつぶつ言いながらも白雪様は寝そべったまま。よほど疲れが溜まっていたのかそのまま寝息が聞こえきた。
 私は毛布を一枚持ってきて白雪様にかけ、食器を片付けて洗い物をする。
 洗い物が終わったら少し休憩。前に楽器が欲しいと言った時に白雪様が作ってくれたハーモニカを吹く。
 白雪様からはたくさん音楽を教わった。おてんば恋娘だとか、魔法少女達の百年祭だとか、ねくろふぁんたじあだとか。
 本当は色々な楽器で合奏するもので、それを一人で吹ける様に簡単にした曲らしい。人里で聞く曲とは随分趣が違うものが多いけれど私は好きだ。
 十数曲演奏すると息が切れて来たので止める。お腹一杯で日差しは温かく適度に疲れ。私も眠たくなってしまったので白雪様の隣で横になった。
 ……そして起きたら空が茜色。慌てて洗濯物を取り込み夕飯の支度を始める。炒め物をしていると香ばしい匂いに釣られて白雪様が起きてきた。
「うん?ちょっと準備が遅くない?」
「恥ずかしながら寝過ごしてしまって……」
「ありゃ、手伝おうか?」
「大丈夫ですよ」
 やんわりと白雪様を追い出した。白雪様は料理上手だが、台所を使うには背が足りず踏み台が必要になる。本人は平気だと言っているが見ている側からすると危なっかしい。
 急いで作ったのでなんとかいつも通りの時間にできた。料理をちゃぶ台に運ぶと白雪様が文々。新聞で折り紙を折っていた。
「文さんが怒りますよ」
「大丈夫、しっかり読んでからなら鍋敷きにしても焚き火にくべても怒らないよ」
「そうなんですか?」
「まあ空から号外~!ってばらまくぐらいだから。新聞そのものよりも新聞に書いてある情報を重要視してるのさ」
 なるほど。
 夕飯を食べ終わったら今日一日の報告。今日は妖怪退治の依頼が入っていないので楽だった。
 それから少し花札で遊んでから一緒に風呂に入る。白雪様の髪は長くて洗うのが大変だ。小さな背中を流していると、急に振り向いて胸を揉まれた。
「ひゃん!」
「……ちっ!」
 舌打ちされた。時々こういう事があるけれど一体なんなのだろう?
 湯船に浸かり百数えて出る。
 白雪様は衣と髪を鬼火に当てて乾かし、癖の無い髪を紐でまとめて縛る。不思議な事に白雪様の衣と髪は生半可な火にさらされても燃えない。まあ白雪様だからなんでもありかなと思う。
 夜は妖怪の時間。白雪様は風呂の後によく外出して妖怪の友人の元を訪ねる。いつも二時ほどで戻るので、それまで私は札を作って待つ。
 札を五十枚ほど作り、最近強い妖怪が出ないので埃を被っている陰陽玉の手入れをする。陰陽玉は博麗の巫女にしか使えない秘宝にして秘法だ。私も何度もこれに助けられてきた。
 しかし白雪様には陰陽玉に頼り過ぎないように、と言われている。精進しなければ。
 虫の音とふくろうの鳴き声に耳を澄ませていると白雪様の気配が近付いてきて砂利を踏む音がした。お帰りだ。
 本堂の扉が閉まる音がしたので札と陰陽玉を片付け、私も布団に入って眠る。
 明日も実り多き日でありますように。












力符「神の見えざる力」
 半透明で見えにくく避けにくい弾幕。時間が経つと段々攻撃が激しくなるので早めに破りたい。

暴力「数撃ちゃあたる」
 一見目茶苦茶にばらまいているように見える密度の濃い弾幕だが、実は一本だけ避けきる道がある。グレイズの稼ぎ所。パターン作り必須、気合い避け不可。初見殺し。プラクティスを頑張ろう。

力技「剛よく柔を制す」
 画面内を時計回りに回りながら弾幕を撃って来る。プレイヤーの通常弾幕を破壊する小弾と、普通の誘導弾を同時に展開する。破壊弾と誘導弾は色も形も似ているが破壊弾の方が若干大きい。

全力「妖力無限大」
 中ると残機を二、ボムを一発削られるふざけきった光線弾幕。画面の半分を埋め尽くす黒い光線をかなりの速さで振り回してくるのでプレッシャーと恐怖感に悩まされるが、当たらなければどうという事は無い。ただし光線ばかりに集中しているとさりげなく配置された小弾に中るので注意。





*感想欄で問題点の指摘を受け修正を入れました。
 白雪のMPについて各話修正。幻想郷の二つの結界、陰陽玉への力供給を割合から定数に変更。白雪が死んだ場合の結界維持対策について挿入。
 結界維持のエネルギーに龍脈や霊脈を使わないのか、というつっこみを受けましたが、原作にそういう記述も無いので、話の都合上「龍・霊脈は存在しない、もしくは存在するが結界維持エネルギーへの使用はできない」という事にさせていただきます。
 修正半日もかからず終わった……






[15378] 幻想郷編・白雪と愉快な仲間たち
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/02 19:53
 紫によるとここ十数年外の世界では戦闘機やら戦車やらが出てきてドンパチやっていたらしいが、幻想郷はどこ吹く風で平和そのものだった。
 二十世紀前半、動乱の時代も結界で隠された幻想郷にはさしたる影響を及ぼさなかった。世界大戦? 何それ美味しいの状態だ。
 そして戦争が終わると軍事目的で急発展を遂げた航空技術が今度は平和利用される。空へ、成層圏へ、宇宙へ。一度科学発展の足掛かりを見つけた人間はあれよあれよと有人宇宙船飛行を成し遂げた。
 すると面白くないのが月人だ。月人的思考でいくと宇宙と月=高貴な月人の領土、地上=卑しい地上の民がはいつくばる領土、である(永琳談)。
 つまり宇宙進出は領土審判、宣戦布告と見られる。一方的勘違いで慌てて月人達は戦準備を始め……戦の匂いに怯えた鈴仙が地上に逃げてきた。あても無く脱走しため身一つで十数年地上を彷徨った鈴仙。最後に辿り着いたのは兎の楽園迷いの竹林だった。これが鈴仙移住の経緯だ。
 永遠亭の管理は永琳に一任しているが、家主は私なので当然鈴仙入居の報が届けられた。何故か履歴書付。スリーサイズまで書いてあるのは何の嫌がらせだろう。
「白雪様、何見てるんですかー」
 鳥居の上に腰掛けて手紙を読んでいると下から巫女さん(楽天家)に声をかけられた。
「手紙」
「そーですか。お客さんが来てますよー」
「うん?誰?」
「烏天狗です。しゃ……写真丸?」
「射命丸じゃない?」
「ああそれです」
「何の用?」
 手紙を畳んで懐にしまい、下に降りる。
「白雪様に勝負を申し込みたいとか」
「えっ?」
「全力で」
「えっ?」
「今から」
「えっ?」
 全力勝負したらどちらがとは言わないけど悲惨な事になるぞ。文ってこういうキャラだっけか? 争いは避けるタイプだったと思うんだけど。
 首を傾げつつ本堂の裏へ回ると文が仁王立ちしていた。真剣な顔で頭に必勝鉢巻きまでしている。
「……長かった……機を待つ事数百年……あなたに敗北して以来努力に努力を重ねてきました。椛をからかいつつ飛び回り、哨戒天狗の訓練では体に錘を付けて飛び回り、椛の着替えを盗撮していたのがばれて逃げ回り、天魔様と賭けで競争して飛び回り、椛の初恋を新聞のネタにしていたのがばれて逃げ回り……」
 お前なにやってんの?
 私が白い目で見ている事に気付かず文は目頭を拭った。
「豪雨の日も嵐の日も飛び続けました……しかしっ! これでっ! あなたの力が半減している今ならっ! 私にも勝目があるっ!」
 文は団扇を私に突き付けて宣誓した。
「勝負です白雪さん!私は今日、あなたに勝つ!」
「あっそう」
「げふぅ!」
 先制して腹に跳び蹴りを食らわせると文は呻き声を上げて吹っ飛んだ。木の幹に叩き付けられて気絶する。なんだ弱いじゃないか。
「白雪様ー」
「何?今すぐって言ってたし、口上終わったんだから先制攻撃は悪く無いでしょ」
「いえ。勝負って飛行速度の勝負の事じゃないですか?」
「……あ」
 文は殴り合いをするなんて一言も言っていなかった。あれか。幻想郷最速の座を奪いに来たのか……それを不意打ちでノックダウン。やっちゃったぜ。
「殺っちゃいましたねぇ」
 のほほんと言う巫女さん。ぴくりとも動かない文を御祓い棒でつついている。
「殺してはいないよ……あー、起こしてあげて」
「はいはい」
 巫女さんが御祓い棒で文の頬をひっぱたいた。文が悲鳴を上げて飛び起きる。
「もう少し丁寧にできない?」
「いいじゃないですか、起きたんだから」
「起こせばいいってもんじゃないよ。えーと、文?ちょっと私勘違いしてたみたいでさ。空を飛ぶ速さを競いに来たんだよね」
 頬を押さえてジャーナリストは暴力に屈しない、とかなんとかぶつぶつ言っていた文はきょとんとした。
「それ以外に何があるんですか?」
 だよね。
 それから気を取り直して幻想郷一周競争をしたのだが、三馬身ほど差をつけて負けた。いやあ流石天狗、速い速い。速度系の力をフルブーストしても追い付け無かった。
 少し悔しかったので今度またやろうか、と言うと全力で断られた。文には背後に迫る私が獲物を追う飢えた肉食獣に感じられたらしい。失礼な。
 なにはともあれ射命丸文、幻想郷最速の座を奪取。おめでとう。







 この世界の輪廻転生システムは妙な具合になっている。
 妖怪や神を含めると面倒なので人間だけで見てみると、まず死んだ後に幽霊と怨霊と亡霊に分けられる。普通に死んだら幽霊(人魂とも言う)になり、強い怨みや怨念を抱いて死んだら怨霊に、生前力が強く転生を拒む意志があれば亡霊になる。
 どれになっても閻魔に裁かれ、罪の重さによって地獄行きの後転生、直転生、成仏して天界に行った後に転生など過程はとにかくいずれ転生する。
 で、最近成仏先の天界が満員になったため成仏を待つ幽霊が現世の外の世界に移住する騒ぎがあった。天上界も土地不足だったし、どの世界も人口増加や土地不足の悩みは根強い。何か切なくなってくる。
 溢れた幽霊を回収するために幽々子や妖忌や最近妖忌に弟子入りした妖夢がしばらくの間飛び回っていたが手が回らないので巫女さんも駆り出されていた。
 後日この事態を重く見た閻魔が対策を講じ、冥界が拡張された。白玉楼を訪ねるといつも過密状態で前後左右上下どこに目をやってもひんやりした大福だらけだったから助かった。
 幽々子に会いに行く度に幽霊の群を突っ切るのはあまり良い気持ちがしなかったので嬉しい。
 ある日御土産の白餡まんじゅうを持って遊びに行くと、妖忌と妖夢が斬り結んでいた。幽々子と一緒に縁側に腰掛けて眺める。
「妖忌妖忌、妖夢の腕前はどう?」
「…………」
「妖忌、聞かれたら返事をしないと駄目よ」
「いや、真剣勝負の最中に観客に返事をするのはもっと駄目じゃないかな」
「ならどうして聞いたの?」
「迂闊に答えでもしたら叱ってやろうと思って」
「叱り損ねたわね」
「うん。腹いせに余ったまんじゅうを一気に一口で……んぐ」
「あら、お茶受けが無くなったわ。妖夢~、何か持って来て」
「今手が離せません!」
「妖夢私の話聞いてた?」
 意識が逸れて出来た隙を突いて陰陽符を投げると、妖夢はもろに食らってたたらを踏んだ。そこに妖忌が刀を突き付け勝負が終わった。刀を納めた妖忌が不機嫌にやってくる。
「白雪殿、余計な手出しは遠慮願いたい」
「これが実戦なら真っ二つだったよ。大して強くも無いのに勝負の最中に気を散らすなって忠告」
 半分は悪戯心だけど。
 強くも無いのに、のくだりで妖忌はぴくりと眉を動かした。悔しいのかそれとも怖かったのかうつむいてぷるぷるしている妖夢を横目で見てため息を吐き、少し離れた所で素振りを始める。
「妖夢~、お菓子はまだかしら」
「は、はいただ今!」
 刀を納めて妖夢が屋敷の中に駆けて行く。庭師だ剣術指南だって言うが、私は魂魄師弟が庭仕事をしている所を見た事が無い。剣術指南も幽々子がのらくらかわすので多分一度も行われていない。
 私の中では妖忌=門番、妖夢=雑用係というイメージである。そしておそらく実際その通りだ。
 妖夢は煎餅を持ってくると庭に戻って妖忌の隣で素振りを始める。熱心な事だ。
「白雪は剣を振らないの?」
「私は振るより鍛える側だねぇ。剣術も使えない事は無いけどさ、使う必要無いから」
 昔から力ずくで押し通す事が多かったので体術や剣術は修めていない。技術的には平均よりはかなり高いが達人には一歩及ばず、といった所か。
 妖忌の技を見て盗もうとも思ったが部外者が居る所では基本中の基本の型しか使わなかったので早々に諦めた。まあ半霊がいない私に魂魄流剣術が使えるとも思えないし別にいい。
 私はしばらく幽々子と談笑しながら鍛練風景を眺めた。







 人里の大手道具屋に霧雨道具店がある。二百年ほど前から続く店で、家系なのか手先が器用な者が多く日用品から微妙な用途のイロモノまで幅広く扱っている。
 陰陽師が里の外に出かけて妖怪退治をした時に時々外の世界から流れ着いた物品を拾ってくるのだが、そうした物もこの店に卸される。
 霧雨店は店もでかいが倉庫もでかい。倉庫の中は用途が分からないが値が張る物だったら勿体ない、と捨てずにおいた外の世界の道具がひしめいている。
 その道具達をなんとかしようと店主が雇ったのが森近霖之助である。店主はいずれ自分の店を構えようと考えている霖之助に商業のノウハウを教え、霖之助は霧雨店のガラクタを鑑定する。ギブアンドテイク。商売の基本だ。
「霖之助、それ弄って面白い?」
 ある日の昼下がり、店番を任されていた霖之助に聞いてみた。ルービックキューブをガチャガチャ動かしていた霖之助は顔を上げた。
「これは全ての面で色を統一させ完成させるカラクリらしいですね。`謎を解く´と`封印を解く´を関連付けた封印用魔法道具の一種だと思うのですが……なかなか難しく」
 私は横を向いてニヤニヤ笑いを隠した。霖之助の`未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力´は使い道が分かっても使い方が分からない。使い道にしても分かる情報は具体性に欠け、今の様に的外れな推測をする。ちなみに丁寧語なのは商売中だからである。普段はもう少し砕けた喋り方だ。
 私は悪戦苦闘する霖之助を放置し、鑑定中の棚に置かれたぼろい電化製品を眺めて感慨に浸った。
 店主の奥さんが今子供を身籠もっている。名前は女なら魔理沙に決めてあるらしい。
 月人時代から生き続け、戦い泣き笑い出会い別れてようやく本編が見えた。私にとっては本編と言っても一つの指標に過ぎず、特別視はしていない。知っているのは紅魔郷から星蓮船までだが、それ以前もそれ以降も異変は起きる。本編も幻想郷の今まで通りの流れの一部なのだ。
 私が記憶している史実とは違い博麗神社の祭神の名前は広く認知されているし、陰陽玉が強化され、慧音の父が幻想郷に居る。大筋は同じだが細部が異なっている。その影響で起きない異変もあるかも知れない。しかしそれはそれで構わないと思った。
 霖之助に目を戻すと、今度は一ドアの冷蔵庫をいじり回していた。ルービックキューブは脇に退かされている。
「解けなかったの?」
「今日中に後八つ鑑定しなければいけないので後回しです」
「ふーん……これ売って貰って良い?」
 ルービックキューブを取り上げると霖之助の目が眼鏡の奥でキラリと光った。考えている事が手に取るように分かる。
 私が欲しがる=有用な物。高く売れそうだが手放すのは勿体ない。
 そんな所だろう。
「じゃ、これ私が解くからさ、中から何か出て来たらそれを霖之介にあげる。箱は私が買う。出てこなかったらただで頂戴」
 霖之助は少し悩んでいるようだった。霖之助は素敵アイテムが中に封印されていると考えている。重要なのは箱=ルービックキューブではなく中の何かだ。解いても何も出てこないならただで良い。
 霖之助が頷いた瞬間、私は解析力と推理力と思考力を上げて高速で解いた。二十秒弱で全面の色が揃ったが当然何も起こらない。


 私は今日も無料で遊び道具を手に入れた。







 白雪はああ言っていますが、本編は全て起こります。




[15378] 幻想郷編・吸血鬼異変
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/03 10:49
 巫女さん(楽天家)も高齢になり、どこからか次代の巫女を連れてきた。捨て子らしく、名前以外何も覚えていなかった。
 その名は博麗霊夢である。
 霊夢はある意味歴代最も変わった巫女だった。
 まず能力が二つある。主に空を飛ぶ程度の能力と霊気を操る程度の能力。
 二つの能力により能力所持の基礎力上昇効果も二倍になり、修行前の五、六歳で既に実戦レベルの霊力があった。霊気を操る程度の能力があるから霊力操作の練習も全く必要無い。
 更に主に空を飛ぶ程度の能力というのが名前に反してチート臭く、ちょっと信じられないくらいの空中機動を可能にする。最高速度から減速無しで螺旋状に回転しながら直角に曲がる巫女なんて始めて見た。私でも弾幕を当てるのに苦労する。スペルカードルールが制定されれば無類の強さを発揮するだろう。制定前でも十分強いが。
 また主に空を飛ぶ程度の能力、というのはあらゆる重さから開放される能力でもある。
 重力も重圧も如何なる脅しも効果を成さない。試しに目の前で私の力を全力開放(半減しているが)しても涼しい顔をしていた。
 そして無重力の能力故か全てを平等に見る。妖怪も人間も神も霊夢の前では等価値だ。私でさえもそれは変わらず、初めて博麗の巫女に呼び捨てにされた。親しみからの呼び捨てではなく全てを平等に見る価値観から来る呼び捨てだ。
 もっともどこまで行っても博麗の巫女であり、一応私にそれなりの敬意は払う。
 それでも一線を引いて関わり過ぎないようにしているのが良く分かった。
 だから私も彼女を名前で呼べる。互いに親交を深める意志が全く無いのだから気負う必要は無い。仮に私が死んでも霊夢は大して悲しまないだろうし、霊夢が死んでも私は大して悲しまないだろう。
 楽天家巫女さんには霊夢と私がどこか似ていると言われた。
 六歳(捨て子なので推定)にして完成された精神、卓越した技術と才能。私の頭に何度も主人公補正の言葉が過ぎる。私もチートだが霊夢も大概だ。
 霊夢は修行が嫌いなようだったしその必要も無かったので、霊夢は陰陽技術を習うだけで異例の二年間で修行を終えた。
 末恐ろしい、と言いたい所だが霊夢は努力を嫌うのでこれ以上の進歩は無い。努力の必要が無い天賦の才である。







 霊夢の修行が終わり半年後、吸血鬼異変が起こった。霊夢が異様な早さで一人前になったので楽天家巫女さんがまだ存命だ。
 妖力の具現である通常の妖怪と違い吸血鬼はカリスマの具現。生まれながらにして統率の才能がある分、鬼より優れた妖怪であると言える。
 吸血鬼異変の前に湖の傍に紅一色の館が現れたので下調べをしたのだが、館にいたのは美鈴、パチュリー、小悪魔、咲夜、スカーレット姉妹だった。よって対象を紅魔館と断定。彼女達以外は誰も住んでおらず、紅魔館移転の数ヶ月後に今回の騒ぎが起きたので異変の首謀者はレミリアだろう。
「現在霧の湖の妖怪と妖精を中心に幻想郷の約三割の妖怪が吸血鬼の支配に入っています。人間を自由に襲えなくなり気力が減衰した中級妖怪もそれなりの数が含まれていますね。天狗と河童、主だった日本の大妖怪は含まれませんが西洋系の大妖怪のほとんどが傘下に入っています。噂によれば、今回の異変には昔白雪様に敗北した西洋妖怪達が吸血鬼を旗頭に復讐を目論んでいる、という側面もあるようです。昔に比べて白雪様は力を制限されていますし、今は吸血鬼がいますから、そこに勝機を見ているらしいです」
 老いて落ち着きが見えたが未だ衰えを見せない楽天家巫女さんが報告書を読み上げた。
 博麗神社の居間で作戦会議だ。霊夢はお茶を飲んでいるし私は胡麻煎餅をかじっている。真面目なのは巫女さんだけだった。
「二人とも聞いてます?」
「聞いてるわよ。どうせ私は留守番でしょ?」
「そうだねぇ。報告を聞く限り今回は頭を叩けば収まりそうだから、私一人で行けるかな」
「幻想郷の全妖怪の三割ですよ。露払いに私達も行った方が」
「いや、全員と戦う訳じゃないから。知り合いに頼んで首謀者の近くに送って貰うよ」
 私は立ち上がり、帯を締めて髪を縛り直した。若干不安+不服そうな巫女さんと泰然とした霊夢を見比べる。六十歳越えより年齢一桁の方が落ち着いてるってどうなの?
「行ってくる」
 私は二人に背を向け、障子を開けて紅い満月が輝く夜空へ飛び立った。
 待ってろレミリア、カリスマブレイクしてやんよ。




 妖忌は香霖堂で無銘の刀を手に入れた数日後に楼観剣と白楼剣を妖夢に譲り行方不明になっている。少し寂しくなった白玉楼に居た紫を捕まえてレミリアの元に送って貰った。スキマに入る直前に紫が吸血鬼の冥福を祈っていたが殺さないからね。
 スキマから落ち、カーペットに着地すると即座に喉に銀のナイフを突き付けられた。
 床から天井、カーテンにベッドに紅茶のカップまで紅い部屋だ。肘掛け椅子に優雅に座った羽の生えた幼女が一言言う。
「ノックも無しに入室とは礼儀知らずね。咲夜、殺しなさい」
「かしこまりました」
「かしこまらないでよ」
 喉に食い込みかけた咲夜のナイフを人差し指と中指で摘みへし折った。驚いた気配がして、直後に周囲の時が止まる。
「だから?」
 止まった空間の中で平然と動く私に咲夜の顔が引きつった。実際は結構しんどいのだがおくびにも出さない。
「何者ですか? ……いえ、何者であってもお嬢様の命である以上、排除します」
 銀のナイフを数本指に挟んで構えた決死の表情の咲夜。近頃のメイドは戦闘もこなすんだねぇ。
 私はため息を吐き、一瞬で咲夜の背後に回って締め落とした。咲夜は抵抗したがナイフを取り落として気絶し、床に倒れる。時間凍結が解除されるとレミリアが拍手していた。
「大した力ね、消すのは惜しい。今の内に私の部下になっておきなさい。悪いようにはしないわ、多分」
「命令?」
「命令よ。私はこの幻想郷を統べる夜の王。逆らう者は神であろうと容赦しないわ、博麗白雪」
 紅茶のカップを傾け、余裕の表情のレミリア。咲夜はあと一時間は目覚めないだろう、まだ床に転がっている。
 なんなんだろうね、その無駄な自信は。いくら最強の種族でかつ最も力を発揮できる満月の夜と言ってもここは常識が通用しない幻想郷なんだぜ? 私の名前を知ってて動じない妖怪は久し振りだけど、私の十分の一も生きて無いのに自分の力を過信し過ぎだ。
「命令は拒否する。私に勝ったら配下に着いてあげるよ、レミリア・スカーレット」
「……そう。良い度胸ね」
「その言葉、そのまま返すよ。いや本当に」
 調子に乗った悪い子は月にかわっておしおきしてあげよう。
 私達は窓から外に飛んで出ると、空中で向かい合った。
「私に従わない妖怪なんていらないわ――――死ぬがよい!」
「舐めるな小娘――――灰となれ!」
 レミリアが視界を埋め尽くす紅の弾幕をばらまいた。言うだけあって一発に込められた力が多く速度がある。私は戦闘系の力を全強化して全て紙一重で避けた。
 お返しに同量の白色弾幕を連射するとレミリアは数個被弾した。しかし傷跡が目に見える早さで回復していく。
 なるほど、不死身の種族バンパイア。弱点を突かなければ殺せない訳か。
 ……都合が良い。
 私は一切の手加減を止めた。
「はははははは!」
 笑いながら拳で弾幕を消滅させ、蹴りで自分の妖力を上乗せして撃ち返し、破壊力と貫通力を上げたレーザー弾幕を複数操る。弾幕の隙間から見えたレミリアは牙をむき出して威嚇していた。まだ戦意を失っていない。
 私は壁と言うか最早雪崩と呼べる高密度弾幕を叩き込み、それに反応した隙にレミリアの頭上に移動した。
 肩に踵落としを食らわせると骨が砕ける感触がしてレミリアは隕石の様に地面に衝突してクレーターを作った。
「お嬢様!?」
 騒ぎを聞き付け門から慌てて美鈴が駆けてくる。
「美鈴、下がっていなさい!」
 強い口調で地の底から出てきたレミリアが怒鳴った。美鈴はねじ曲がった主人の左腕を見て息を飲む。
 レミリアは右腕で左腕を掴んで真直ぐに直すと、顔をしかめて私を睨んだ。
「とんでもない妖怪ね」
「そう思うなら能力を使えば?弾幕と体術だけだと私に勝つのは無理があるよ」
「…………」
 沈黙するレミリア。恐らくまともに使えていないだろう。レミリアの干渉力と影響力はかなり下げてある。運命操る程度の能力が私に及ぼすのは僅かに得体の知れない精神的圧迫だけ。無視できるレベルだ。
「まだやるの?」
「当然よ」
 レミリアは落着き払って言った。これだけ一方的にぼこってもまだ威風堂々とした態度を崩さない。例え虚勢だとしてもなかなかできるものでは無いだろう。少しだけ敬意が沸いた。これがカリスマか。
 しかしそろそろ引導を渡す時間である。
 地上に降り、地面を抉って走りレミリアに急接近する。大きく後ろに引いた拳を見てレミリアはかわそうとしたが、避けきれなかった右肘から先が吹き飛ぶ。視界の隅で美鈴が目を覆っているのが見えた。
 歯を食いしばって痛みを堪えるレミリアの下腹部に掌底を打ち込んで浮き上がらせ、空中コンボで全方向から殴る殴る殴る殴る殴る殴る――――
「レミリアがッ! 泣くまでッ! 殴るのを止めないッ!」
 レミリアの回復よりも私の鉄拳によるダメージ蓄積の方が早い。
 始めはなんとか反撃しようとしていたレミリアだが段々回避に専念するようになり、それも叶わないと悟ると涙目になってきた。
 とどめに両手を組んでレミリアの後頭部をしたたかに打ち地面に叩き付けると堰を切ったように泣き出した。
「ぅわぁあああぁん! さくやぁ! パチェ! めーりん! もうやだぁああ!」
 泣きじゃくるレミリアに遠巻きにハラハラしていた美鈴が駆け寄ってあやし始める。
 ぼろ布になった服も帽子も体も魔力が尽きたのかなかなか直らない。やり過ぎ……てないよねぇ。こうでもしないと今回の異変は収まらなかっただろうし。
 幼女が泣いていると悪い事をした気分になってくる。居心地が悪かったが大泣きするレミリアが泣きやむのを待って声をかけた。
「これに懲りたら無差別に妖怪を力で従えるのはやめる事。幻想郷には幻想郷のルールがある。詳しくは追って連絡するよ。分かった?」
 レミリアはめーりんの服を掴んでえぐえぐいっていたがこくりと頷いた。レミリアの頭を撫でていた美鈴が恐る恐る尋ねる。
「あのー、罰の方は……」
「ああ、もう十分受けたと思うからこれ以上は無いよ。パワーバランスを保つ為にちょっとした条約を呑んでもらうぐらいだと思う」
 美鈴はほっとした顔をした。レミリアの部屋の窓から咲夜が顔を青褪めさせて飛んで来るのが見えたので、私は踵を返して神社へ向かって飛び立った。泣く子を慰めるのもメイドの役目だ。




 その五日後、吸血鬼条約締結。吸血鬼は食料となる人間を優先的に供給される代わりに様々な禁止事項が設けられた。レミリアは特に文句も言わず事態は収束。
 これにて吸血鬼異変終了。








 吸血鬼異変は1998年
 紅魔郷開始時に霊夢13歳
 吸血鬼異変時もパチュリーと小悪魔は図書館に引き籠もっていた



[15378] 幻想郷編・スペルカードルール/射命丸
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/09 11:08
 「東方Project第12.5弾 ダブルスポイラー ~東方文花帖」公開記念。射命丸が主人公で進みます。





 射命丸文は烏から変じた烏天狗である。千年以上生き、大妖怪に足を踏み入れかけた中級妖怪だが、ただ一点飛行速度においては幻想郷随一。
 つまり逃げ足も速い。
 文は部下の椛に仕事を押しつけると、今日も今日とてカメラ片手に意気揚々と取材に出かけた。
 風に乗って風と同じ方向に飛びながら風の噂を聞きつつ幻想郷の空を漂う。天気は薄曇りで、暗過ぎずかつ逆光の心配が無い絶好の撮影日よりだった。
「ふむ?……」
 河童技術部謹製、高性能カメラの予備フィルムを確認していた文の耳がスペルカードルールなるものの噂を掴んだ。風に乗って恐ろしい紅の衣の神と博麗の巫女が話し合っているのが聞こえる。
 近々スペルカード決闘法と呼ばれるものが公布されるらしい。
 吸血鬼異変で強大な妖怪である吸血鬼までがあっさり破れた事により、近頃の妖怪達は慎重を越えて神経質に行動するようになっている。それがストレスになり、妖怪全体の弱体化に拍車がかかっているのだ。文は特に人を襲う必要の無い妖怪であるが、最近の妖怪の山のびくびくした雰囲気は気に入らなかった。
 その雰囲気を払拭し、人間と妖怪の襲う襲われるの関係を取り戻す策として安全な決闘法を作成しているらしい。
 文の記者魂が刺激される。まだ妖怪達にこの話は広まっていない。間違い無く特ダネだ。
 文は方向転換し、他の天狗に嗅ぎ付けられる前に急いで博麗神社に向かった。






 文が一陣の風と共に境内に降り立つと、社務所から白雪が顔を出した。不思議そうに辺りを見回し、文を見つけて嫌そうな顔をする。
「来たよパパラッチが。遮音結界張っとけばよかった」
「酷い言い様ですね。私は常に読者の好奇心を満たすために苦心しているのです」
 文が胸を張って言うと鼻で笑われた。
「よく言う。前に私の取材した時も、記事になったら原型とどめてなかったよ」
「読者は刺激を求めているんですよ」
 白雪が呆れ顔で戸を閉めようとしたので、文は自慢の速さで急加速し閉じかけた戸口に足を挟んだ。
「セールスマンか!足引っ込めないと色々粉砕するよ。今忙しいんだから」
「スペルカードルール、ですか?公布するならお手伝いしますよ」
 内心脅し文句におののきつつ爽やかな取材用スマイルを作った。白雪はぴくりと耳を動かしうさん臭そうに文の顔をジロジロ見ていたが、ため息を吐いて戸を開けた。文は心の中で勝利の踊りを踊りながら喜々として戸を潜る。
 居間に通されると、腋巫女が気怠そうに和紙に朱を入れていた。先代の巫女は心不全で亡くなっている。
「……なによその天狗は」
「初めまして。伝統と格式のブン屋、清く正しい射命丸と申します」
「はん、清く正しい妖怪なんて私の目には見えないわ」
 文が胸を張って言うとまた鼻で笑われた。冷たい扱いを受けて落ち込むが、一流新聞記者は引かぬ! 媚びる! 省みぬ! 一瞬で立ち直って文花帖を開いた。
「新しい決闘法と言う事ですが、どのような経緯で……もとい、具体的にはどのようなものでしょうか」
「非殺傷弾幕を使った勝負。スペルカードって言う札を使って基本的に一対一で戦う。一発でも被弾するかカードを使い切ったら負け。まだ煮詰めてる途中だから詳しくは後でね……霊夢、右から二つ目の髪飾り取って」
「ふむふむ。非殺傷弾幕が使えない妖怪はどうすれば?」
「そんな妖怪にはこれ」
 白雪が手に持った髪飾りと白紙のカードを掲げてまくし立てた。
「この髪飾りを付けるだけで使う全ての弾幕が非殺傷に! 髪飾りが嫌ならワッペン、首飾り、豊富に取り揃えております。こちらの白紙カードには威力制限がかけてあり、髪飾りと同様に込めたスペルが非殺傷に! あらかじめ倉庫に山程作ってあるので在庫は十分。今なら白紙カード十枚組にお好きな装飾品一つお付けしてこのお値段っ!」
 白雪は指を三本立てて笑顔を作った。
「お申し込みは博麗神社まで! 河童販売部でも近日委託予定!」
「白雪さん、文々。新聞の広告欄やってみません? 意外と向いてそうです」
「だが断る」
 白雪はころりとローテンションになるとちゃぶ台に向かって作業を再開した。文は肩をすくめ、速記であることないことびっしり書き込んだ文花帖を閉じる。一次情報から既にねじ曲がっているのは気にしてはいけない。
 ちゃぶ台に並べられた手のひら大のカードの何枚かには絵が描かれていた。首に下げたカメラを構えて数枚撮影。
「これがスペルカードですか。触っても?」
「絵が浮き出てるのは私のだから駄目。白紙のなら良いよ」
 文は一枚手に取って明りに透かした。妖力は籠っていないが、何か補助的な式が込められているようだった。
「作りたい弾幕と技名を念じて妖力を込めればオリジナルスペルができる。絵柄が浮き出たら完成。それあげるからちょっとやってみて」
 乞われて言われた通りにすると、カードに翼を広げた烏の絵が浮かび上がった。上手くデフォルメされた烏に感嘆する。
「凄いですねぇ。どういうカラクリになってるんですか?」
「絵はちょっとした遊び心だよ。それとあんまり凄くは無い。小妖怪でも作ろうと思えば作れるし。スペカは非殺傷なら別にカードを買わずに一から自分で作ってもいい」
「どうやって使うんですか?」
「技名言えば良いよ」
「なるほど……『無双風神』!」
「室内で使うな!夢符『二重結界』!」
「全力『妖力無限大』!」
「ぎゃあぁあああ!」
 超高速で飛び回って弾幕をばらまいた文を間髪を入れず二重結界が拘束し、そこを妖力無限大が障子を突き破って吹き飛ばした。
 文は地面を削って数回バウンドし、木の幹に叩き付けられて止まった。上から落ちてきたちくちくした針葉樹の葉に刺され、呆然とした後まだ命が有る事に気付いて泣いて喜んだ。
 スペルカード、素晴らしい。あれだけのオーバーキルを受けたにもかかわらず生きている。首に下げたカメラも土がついていたが壊れていない。
 スペルカードルールが広まれば危険が減って取材も楽になる。文は感激した。
 新聞に広告を載せる代わりに試供品を何枚か貰えないかと服の埃を払って社務所に戻ると、怒れる巫女が待ち構えていた。冷や汗が流れる。
「どうしてくれるのよ。あんたのせいで障子は破れるわまとめといた書類はばらばらになるわ……」
「あやややや……」
 白雪が書類を拾い集めながら、半分は私達のせいじゃないかなぁ、と呟いていたが巫女の耳には入らない。
「そもそも昼間っから神社に妖怪が居座るんじゃないわよ。霊符『夢想封印』!」
 今度は予測が出来ていたので放たれる弾幕の嵐をかわしきり、距離を取って数回シャッターを切ってから一目散に逃げた。取材対象の不興を買ってしまったら、謝り倒すか逃げるかである。
 博麗神社はネタが豊富だが、二回に一回は逃げ帰るはめになる。それでも訪ねるのは異変やら何やら話題になる話が多いからだ。
 文は早速草稿を考えながらホクホク顔で妖怪の山に帰還していった。





 西の空が茜色に染まる頃、文は上機嫌で書き上げた原稿(新ルール!?速報スペルカード特集)を印刷業担当の山伏天狗に回した。なんだかんだで押し付けられた仕事をしっかりこなしていた椛には現像した写真を焼き増ししてあげた。椛も天狗の例に漏れず噂好きなのである。文ほどではないが。
 幻想郷全体に影響を与える新たな決闘法の制定だ。名前が広まれば多少の尾ひれが付いても目をつぶると博麗の祭神に通信符で許可を得てある。
 文は刷り上がっていく新聞を前に、これで部数は倍増、いや三倍かも知れないと取らぬ狸の皮算用をした。











 魔理沙編とノーレッジ編は二話に分けるか一話に纏めるか悩み中。
 フランは紅魔郷まで放置。
 椛は警備担当、文は広報担当。部署が違うが椛は年長者である文には強く出れない。
 白雪が通信符を渡してあるのは霊夢、紫、藍、幽々子、徊子、師匠、永琳、文。
 マレフィは結界内に引きこもっているので通信が遮断されている。宿儺は地底と簡単に連絡がとれるのもまずいだろうということで泣く泣く諦めた。




[15378] 幻想郷編・病弱二人
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/16 14:11
「はあ、魔法の教本」
「そうだ」
「グリモワールではなく?」
「心構えが分かる程度の内容で良い」
 師匠が神社に本を借りに来た。なんでも寺子屋で必要になったらしい。
「そのぐらいの物ならそのへんに転がってるでしょう」
「巷では外界から流れてきた紛い物が多いんだよ」
「あ~、外界の魔法書は本物の魔法使い視点から見ると笑死しそうなのばかりですからね」
 世話好きの慧音は生徒の職の面倒を見る事があるが、魔法使いになりたい奴でもいるのか。職業魔法使いは金稼ぎに向かないから基本自活、自給自足。お勧めな職ではない。私がしっている魔法使いは日がな一日鍋をかき混ぜていたり人形を作っていたり本を読んでいたりだ。捨食と捨虫の魔法が無ければやっていけない。
「持っていないか?」
「昔私が書いた論文もどきは数冊手元にありますけど、教本になるような物は無いですねぇ。マレフィは本を書かないし、アリスは顔を知ってる程度だから気軽には貸してくれないだろうし。借りるなら大図書館……パチュリーかなぁ……いやパチュリーはまだ面識無いんだった」
「お前が書けないか? 一応魔法使いだろう」
「別にそれでもいいんですけどね、一から書くより借りた方が楽なので。いつまでに欲しいですか?」
「明後日の夕方にはあった方が有り難い」
「了解しました。それまでに用意しておきますよ」
「助かる。すまんな」
「いつも参拝客の送迎やってもらってますから、そのお礼です」
 博麗神社は信仰こそ高いが立地が悪く参拝客が少ない。師匠がいなければ賽銭箱の中が木の葉だけになるだろう。
 ほっとした表情の師匠は明後日の夕方に取りに来ると言い、御土産の菓子折を置いて帰っていった。
「ふむう……」
 パチュリーに本を借りると言う事は紅魔館に入るという事だ。館の主を滅多打ちにした私をそう簡単に通してくれるだろうか? 否。断わられたらどこぞの白黒ではあるまいし無いので押し入る訳にも……ん? 白黒?
 あれ、人里の魔法使い志望? それって魔理沙じゃね?
 ……あー、名前聞いておけば良かった。つーか何で気がつかなかったんだ。
 魔理沙、魔理沙ねぇ。霧雨の親父さんが腕に抱いてあやしてるのを見た事あるけど、もう寺子屋に通う年齢なのか。早いもんだ。
 確か東方正史だと魔法関係のイザコザで勘当されてた気がするけど、ここで師匠に教本渡したら確実に魔法習得フラグが立つ。いいのかなぁ……
「……まあいいか」
 勘当されても魔理沙は家族を恋しがる様子無く頑張っていた。ゲーム内で描写されていないだけで葛藤があったのかも知れないが知った事ではない。ここはゲーム内ではなくリアル。魔法を習得しても勘当されない可能性もあるし、例え勘当されてもそれは魔理沙の選んだ道であり私が気にする必要は無い。
 さて、大図書館で超基本~基本程度の魔法書を見繕うとして……そうだな、マレフィをパチュリーに会わせる名目でくっついて行けば追い返されたりはしないだろう。
 マレフィ外出してる所見た事無いけど大丈夫かな……




「マレフィマレフィ、紅魔館の魔法使いに興味は無い?」
 魔法の森の小屋の中。ただでさえ狭い空間に空き瓶やら薬草の切れ端やらを転がしているため余計に狭い。見た目も匂いも水としか思えない猛毒の液体が入った鍋をかき混ぜていたマレフィは首を傾げた。
「紅魔館?」
「え、知らない? 吸血鬼異変の。結構騒ぎになったと思うんだけど」
「もう何年も小屋から出ていないんだから知る訳無いでしょう」
 ああ、最近は薬の材料調達も私がやってたからね。交友関係が狭過ぎる。お姉さん心配。
「まあ少し前に紅魔館って言う真っ赤な館が湖の傍に幻想入りしてきてですね、ちょっとした騒ぎになったんだけども」
「そこの魔法使いに会わないか、という訳ね。興味無いわ」
 マレフィはあっさり言い、しかめっ面で大鍋から目を離さない。気のせいか人の子供の頭蓋骨に見える物を大鍋に突っ込み、超速でなにやら詠唱した。頭蓋骨がドロドロに融解して底に溜まる。……うわぁ。
 マレフィは続いての棚の奥から蓋の閉まった瓶を取り出し、リウマチのせいでこわ張った指でぷるぷる震えながら開けようとする。私はそっと近付き、耳元で囁いた。
「でもさ、その魔法使いの名前がパチュリー・ノーレッジなんだけど」
 途端にマレフィの手が滑って瓶が丸ごと液体の中に落ちた。ガラスの瓶が一瞬で溶け、中の小さな球根が液体にさらされたかと思ったら次の瞬間に紫の煙を上げて爆発した。衝撃で鼓膜と小屋がびりびり震える。
 咄嗟に結界を張ったので私とマレフィは無事だったが、飛び散った液体がかかった棚やフラスコはジュウジュウ音を立てて溶けていた。あー……久し振りにやっちまったぜ。
 それを気にもせずマレフィは目を瞬かせて私を見る。
「ノーレッジ?」
「そう、ノーレッジ。紫の髪の、なんかこうモヤシみたいでむきゅっとした」
「むきゅ?」
「そこは忘れて」
 マレフィはモノクルの縁を弄りながら考え込んだ。私はその間に結界を解除して風魔法で薄く漂う紫の煙を追い出し、割れた瓶の欠片を片付ける。
「ふうん……その子は私に会いたがってるの?」
「さあ……話に聞いただけで直に会った事は無いから。名前からしてマレフィの縁者かなと」
「はっきりしないわね、使えない。まあ会うだけ会ってみましょうか」
「片付けは?」
「適当でいいわ、後で纏めて掃除するから。たった二か月、希少な魔法素材を注ぎ込んで寝る間も惜しんで作った薬だもの。台無しにされたぐらいで私は怒らないわ。どうしても謝罪したいと言うなら作り直させてあげるけど」
「ほんとごめんなさい。悪ふざけが過ぎました」
 土下座した。
 ねちねち皮肉られながらざっと薬品を浄化し、小屋の外に出る。昼間にやって来たのに事故のせいで日が沈みかけていた。
「館の主は夜行性だけどパチュリーはどうなんだろうね?今から行って失礼じゃないかな」
「知らないわよ」
 私は飛び上がったが、マレフィは少しだけ浮いて戸惑った顔をした。
「どしたん?」
「……長く飛んで無かったから」
「鈍った?」
 マレフィは少しためらったが頷いた。ふむ。マレフィのペースで歩いて行くと一日はかかりそうだ。いや、休憩入れると二日か三日か。
「私が背負っていこうか?」
「……それはやめておくわ」
「なんで?」
「家訓で」
「いくらなんでもそれは苦し過ぎるよ。私なんかに背負われるのは嫌?」
「白雪はチビで大雑把で気分屋で唯我独尊の我が道を行く考え無しだけど嫌ではないわね」
 そんな風に見られてたのか……あんまり否定できない所が悲しい。
「嫌じゃないならなんで?」
「…………」
「…………」
「……は……」
「は?」
「……は、恥かしい、じゃない」
「ぐっはぁああ!」
 今ッ! 何かがッ! 何かが確かに私の胸を貫いたッ! やめてッ! 伏目がちにチラッとこっち見ながら頬染めて言わないでぇ! このッ! 沸き上がる熱い感情はぁああああぁああぁあっもうダメぇ!
 身悶えして地面に落下しもがき苦しんでいると顔面に薬をぶっかけられた。あっという間に頭が冷える。
「落ち着いた?」
「……イエスマム」
 いつもの不機嫌顔に戻ってしまったマレフィが頬を掻いた。
「何を錯乱したか知らないけど、座標も知らず今から転送魔法を使うには手間がかかり過ぎる。私を背負っていくといいわ。嫌だけど」
「あれ、やっぱ嫌なの? 恥かしいんじゃなくて?」
 無言で睨まれたので肩を竦めて背負ってあげた。そのまま宙に舞い、マレフィの負担にならない速度で飛んだ。
「……どうせ引き籠もりのくせに重いとか考えてるんでしょう」
「いや、軽過ぎるぐらいだよ。もっと肉つけたら?」
「大きなお世話よ」
 冷ややかに言われたが何やら悩んでいるような気配がする。
 もうね、背負うだけで恥ずかしがるとかね。口は冷たいし毒吐くけどこっそり労ってくれるしね。マレフィの可愛いさは異常。







 月が出て星が輝き始めた頃、私達は紅魔館の門前に降りた。マレフィは背負われていただけなのにダウンしている。
 珍しく居眠りしていなかった美鈴は、カンテラを掲げて私の姿を認めると顔を引きつらせた。
「なななな何の御用でしょうか? 悪事は働いていませんよでも白状すると今日の昼間居眠りしていましたごめんなさい許して下さい蹴らないで殴らないで撃たないで」
「……いや別にそんな事私に言われてもね。用があるのはこっち」
 私が青い顔で栄養剤を飲んでいるマレフィを降ろすと、美鈴は懺悔をやめて首を傾げた。
「あれ、いつの間に外出なさったんですかパチュリー様? ……でも何か違うよう
な」
「モノクル、帽子、髪の長さ」
「今流行のいめちぇんですか」
「いや別人だから。マレフィ、何か言ってやって」
「何でもいいから早く休ませて頂戴」
「あー……美鈴、この死にそうな魔法使いがマレフィ・ノーレッジ。多分パチュリーの親戚だろうと思って確認に来たんだけど、通してくれない? このまま立たせてるとまずそうだし。ああちなみに私は付き添いで」
 美鈴はおろおろとマレフィと私を見比べた。
「そういう事なら良いですけど……白雪さん、暴れないで下さいね?」
「神に誓って」
「神はあなたじゃないですか」
「小悪魔に誓って」
「かえって不安になりましたがまあいいです」
 美鈴は門を開け、詰所の妖精メイドに何度も丁寧に事情を話して復唱までさせて案内を命じた。妖精メイドは分かったのか分かっていないのか楽しそうに羽をパタパタさせていた。大丈夫かこれ。
 ぐったりしたマレフィを背負って妖精メイドについていった。中庭を通って玄関を潜り、無駄に広いエントランスホールから長い廊下を行く。途中同じ場所を何度か通った気がしたので不安に思っていると、妖精メイドは厨房に入ってお菓子を食べ始めた。
「ちょっと」
「?」
「パチュリーの所に案内してくれるんじゃなかったの?」
「……?」
 マフィンを囓りながら心底不思議そうにつぶらな瞳で見上げてくる妖精メイド。だめだこいつ早くなんとかしないと。
 完全に言われた事を忘れているようだったので諦めて探知魔法を使った。三階に強力な反応が二つ。館全体に細かい反応が大量。地下に封鎖結界、強い反応が一つ、若干強めの反応が一つ。多分それぞれレミリア、咲夜、妖精メイド、フランドール(IN地下結界)、パチュリー、小悪魔だ。
 踵を返して地下に行こうと厨房を出た瞬間目の前に咲夜がいた。心臓が飛び出るかと思ったがポーカーフェイスを保つ。
 意識的に抵抗しなければ私でも時間を止められてしまうから、タネを知らなければ三階から瞬間移動してきたように思える。
「事情は美鈴から聞いているわ。でも館の中で無闇に魔法を使うのはやめて頂戴」
「いやぁ、道に迷って探知魔法をね」
「道に迷った? 案内を付けたでしょう」
「案内を任された妖精メイドならマフィン食べてるよ」
 咲夜は不審な顔で私の背後を覗き、すっと無表情になると厨房に入った。扉が閉まり、直後に悲鳴と共にピチューンと音がする。若干間を置いてまた悲鳴、ピチューン。再び若干間を置き聞いてて切なくなるような悲鳴、ピチューン。更に(略)。
 ……咲夜さん怖いです。
 しばらくして出て来た咲夜は瀟洒な微笑を湛えて何事も無かったかのように道案内を代わってくれた。厨房の扉が閉まる瞬間にナイフで壁に縫いとめられた妖精が見えた気がするけど気のせいだろう。
 終始無言で図書館の入口まで案内すると、咲夜は音も無く消えた。ようやく復活したマレフィを降ろして中に入る。
「雑多な取り揃えね」
 マレフィは見上げるほど高くそびえる本棚の群を見回し、目を細めて呟いた。手近な本を数冊(はじめてのせかいせいふく、近代魔法史1885年版、料理大辞典⑪――肉じゃがの真髄――)手に取り、適当にパラパラめくって崩れた本の山に更に積み上げる。
 そしてそのまま棚の奥にふらふら歩いていった。
 まあ放っておいても大丈夫だろう。迷いはすまい。
 私はパチュリーの姿を探してうろついたが、図書館が広過ぎてなかなか見つからない。
 一時間ほどかけて隅々まで探すと小悪魔は見つかったがパチュリーは何故かいなかった。
「契約者の通信で探せない?」
「契約者念話はパチュリー様からの一方通行なので無理です」
 私の名前を聞いた途端に怯えはじめた小悪魔と一緒に図書館の入口まで戻るとマレフィが崩れた本の山の一角をじっと見ていた。
「何見てんの?」
 マレフィは横目で私を見ると黙って本の山を指差した。本の隙間から紫色の髪の毛が……む、中から咳が聞こえた。
 OK、把握。
「パチュリー様ぁあああああっ!?」
 小悪魔が叫び声を上げて猛烈な勢いで本を掻き分けだした。私が念動魔法で本動かして手伝ってやり、パチュリーは間も無く救出される。
 ひゅーひゅーかすれた息を吐いているパチュリーにマレフィは懐から出した薬を飲ませた。ものの数秒で息が整う。
 病弱紫二人は全く同じ仕草で首を傾げ、小声でぼそぼそ話し始めた。パチュリーもマレフィも生き生きしているように見える。
「わー、お二人並ぶとそっくりですねぇ」
「遠い血縁だから。髪揃えて帽子とモノクル取ったら見分けつかないかもね。ところで小悪魔、魔法の簡単で分かりやすい入門書探してるんだけど」
「え、あ、はい。返して下さるなら貸し出ししますよ。えーと……どこだったかな」
 この日は本を数冊借り、話し込んでいるマレフィを置いて帰った。後日聞いた所によるとマレフィが喘息の薬を提供するかわりにパチュリーがマレフィが使えない属性の魔法研究を手助けをする事になったらしい。
 魔理沙にも(本人と確認した)魔法書を渡したしノーレッジの仲は良好。上手くいったようで何よりだ。




[15378] 幻想郷編・そして紅魔郷へ
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/19 16:58
 スペカ決闘法公布から数年経ったのだが、イマイチ普及率が低い。なんというかあれだ、コンビニ嫌いな御老人的理由で敬遠されている。
 便利には便利だけど、従来のやり方の方がなんとなく安心。喰わず嫌いならぬやらず嫌い。いや嫌ってるってほどでもないか。一々決闘前にカード用意して景品決めて使用カード枚数決めて……とゴタゴタやるのが面倒臭いらしい。
 別にどうしても決闘はスペカで行わないといけない訳じゃないからいいんだけど、余計な怪我や諍いを防ぐ為にも早めに受け入れて欲しい。
 いつの間にか勘当されてた魔理沙とか、博麗の巫女である霊夢は割りと楽しそうに弾幕ばらまいてるんだけどねぇ。ままならないな。




「ふむ……妖怪達も大義名分が欲しいのでは」
「どういう意味?」
 霊夢十三歳の初夏。私は神社に徊子を呼んでスペカ流行の策について相談した。
 珍しく知恵の輪を弄っていない徊子は湯飲み片手に眠そうにしている。ひさしで日光が遮られ、影になった縁側は丁度良い涼しさだった。霊夢は妖怪退治に出かけているので神社には二人だけだ。
「白雪さんはほぼ全ての妖怪達に畏れられています。しかし妖怪達にしてみると唯々諾々とたった一柱の神に従うのは気に入らない」
「ふむ」
「白雪さんの公布したルールに大人しく従うのを癪に思っている妖怪も少なからずいると思います。口には出せないでしょうけど」
「つまり私が公布したものだから、という理由ではない何かがあれば妖怪はスペカを使い始めると見ていいんだよね?」
「はい。白雪さんに従っているのではない、というポーズを取れる理由を差し出せば普通に流行するはずです。ルール自体に問題はありません」
「なるほどねぇ。徊子冴えてる」
「いやぁ」
 のほほんとした顔を変えず声だけで照れる徊子。
「で、どうすればいいと思う?」
「さあ?」
 さあって……そこが重要なんだけど。
 私が動くと駄目だよねぇ。裏から手を回してなんかあれをそうしてこうして……あれってなんだ?
 んー……
 あー……
 うー……
 ……うー! レミリアッ! 紅魔郷!
「異変起こしてその解決にスペルカードルールを使ったらどうかな? 話題性あるし安全性も広まるし、異変とスペカは幻想郷の華って言うし」
「語呂が悪いです。そんな言葉は聞いた事ありませんが」
「今作ったから」
 ナイスアイデアと自画自賛して通信符で紫も呼び、事情を説明して根回しを頼んだ。
 まずレミリアに適当に異変を起こしてもらう。この時出動するのは霊夢。私が行くと即白旗だと思うから、少なくとも表立って動くのは霊夢のみ。
 そして霊夢がレミリアを倒し、スペルカードルールを利用すれば種族的格下(人間)が種族的格上(吸血鬼)に勝てるとの噂を広める。理論上弾幕を当てさえすれば妖精でも神に勝てるのだから、数の多い小妖怪、下剋上を狙う中妖怪を中心に爆発的に広まるはず。
 まあ霊夢ならスペカ無しでも吸血鬼と良い勝負しそうな気がするがそれでは意味が無い。私が異変を解決しても既に一度勝っているので意味が無い。
 霊夢がスペルカードルールで異変を解決しなければならないのだ。割と出来レースだけど。



 数日かけ紫を通じてレミリアと交渉した結果、無事異変を起こす了承を得られた。が、幾つか条件を付けられた。
 紅魔館組はスペルカードルールに則るが霊夢を全力で排除する。
 当然霊夢がレミリアの所に辿り着いてもわざと負ける事はしない。
 霊夢が負けても異変は収束させるが、代わりに吸血鬼条約で決められた吸血鬼に関する規制を一部緩和する。
 私は今回の異変でレミリアと闘わない。
 異変を起こす対価としてフランドールの能力を押さえるか、能力を暴発させない程度に精神を安定させる。
 以上。
 妥当な条件だったので素直に飲んだ。フランドールはスペルカードルールを無視されると危険なので霊夢ではなく私が行く。
 幻想郷の平穏を守る神社の神が、間接的にとは言え異変を起こしたという噂が広まるのは都合が悪いので霊夢には何も知らせていない。
 事情を知っているのは影で調整をしてくれた紫、徊子。紅魔館組の美鈴、咲夜、レミリア。最低限だ。
 霊夢には水面下で何か企んでいるのは勘付かれたが詳しい内容はばれなかった。一安心。
 なにはともあれこれで数日以内に異変が起きる。裏紅霧異変の始まりだ。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

        ―0―

 幻想郷は、予想以上に騒がしい日々をおくっていた。
 謎の来訪者に、夏の亡霊も戸惑っているかのように見えた。

 そんな全てが普通な夏。
 辺境は紅色の幻想に包まれた。

        ―1―

 ここは東の国の人里離れた山の中。
 博麗神社は、そんな辺境にあった。

 この山は、元々は人間は棲んでいない、今も多くは決して足を踏み入れない場所で、人々には幻想郷と呼ばれていた。
 幻想郷には、今も相変わらず人間以外の生き物と、ほんの少しの人間が自由に闊歩していたのだった。

 人々は文明開化に盲信した、人間は生活から闇の部分を積極的に排除しようとしていた。
 実はそれは、宵闇に棲む生き物にとっても、人間との干渉もなくお互いに気楽な環境だったのだった。


 そしてある夏の日、音も無く、不穏な妖霧が幻想郷を包み始めたのである。
 それは、まるで幻想郷が日の光を嫌っているように見えたのだった。


        ―2―

 博麗神社の巫女、博麗霊夢はおおよそ平穏な日々を送っていた。
 早朝に二、三人しか参拝客が訪れないこの神社は、退屈だったり退屈じゃなかったりして、楽しく暮らしているようである。

 そんな夏の日、霊夢は少しばかり退屈以外していた。

 霊夢「もー、なんなのかしら、日が当たらないと天気が晴れないじゃない」

 このままでは、霧は神社を越え、人里に下りていってしまう。
 幻想郷が人々の生活に干渉してしまうことは、幻想郷も人の手によって排除されてしまうだろう。
 こういう時に真っ先に動く祭神は何故か動こうとしない。

 霊夢「こうなったら、原因を突き止めるのが巫女の仕事(なのか?)
    なんとなく、あっちの裏の湖が怪しいから、出かけてみよう!」

 あたりは一面の妖霧。
 勘の鋭い少女は、直感を頼りに湖の方向へ出発した。

        ―3―

 博麗神社の神様、博麗白雪は、なんとなく楽しそうに飛んでいった巫女を縁側から静かに見送った。

 白雪「何も知らせてないのに勘だけで首謀者に一直線か」

 いささか驚いたが、霊夢の勘が鋭いのはいつものこと。放っておいても異変の首謀者を倒して解決してくれそうだ。

 白雪「さて、私が動くのはこの後。頑張れ霊夢」

 白雪は今はのんびりとお茶をすすった。

        ―4―

 数少ない森の住人である普通の少女、霧雨魔理沙は、普通に空を飛んでいた。

 いつのまにか、霧で湖の全体が見渡せなくなっていたことに気付くと、勘の普通な少女は、湖に浮かぶ島に何かがあるのでは? と思ったのだった。

 魔理沙「普通、人間だって水のあるところに集落を造るしな」

 化け物も水がないと生きていけないのだろうと、実に人間らしい考え方である。

 魔理沙「そろそろ、あいつらが動き出しそうだから、ちょっと見に行くか」

 少女は、何かめぼしい物が無いか探しに行くかのように出発した。
 むしろ探しに行ったのだった。


        ―5―

 湖は、一面妖霧に包まれていた。普通の人間は30分はもつ程度の妖気だったが、普通じゃない人もやはり30分程度はもつようだった。

 妖霧の中心地は、昼は常にぼんやり明るく、夜は月明かりでぼんやり明るかった。
 霧の中から見る満月はぼやけて数倍にも膨れて見えるのだった。

 もしこの霧が人間の仕業だとすると、ベラドンナの花でもかじった人間であることは容易に想像できる。

 中心地には島があり、そこには人気を嫌った、とてもじゃないけど人間の住めないようなところに、窓の少ない洋館が存在した。


 昼も夜も無い館に、「彼女」は、いた。








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【裏コマンド入力中……】


【メニュー】

→Start
PracticeStast
Replay
Score
MusicRoom
Option
Quit


【モード選択】

Easy
STGが苦手な方向けです(全5面)

Normal
おおよそほとんどの人向けです(全6面)

Hard
アーケードSTG並みの難易度です(全6面)

Lunatic
ちょっとおかしな人向け難易度です(全6面)

→LimitBreak
人を越えた人向け難易度です(全6面)


【プレイヤー選択】


博麗神社の巫女さん
博麗霊夢
移動速度☆☆☆
攻撃範囲☆☆☆☆
攻撃力  ☆☆☆


東洋の西洋魔術師
霧雨魔理沙
移動速度☆☆☆☆
攻撃範囲☆
攻撃力  ☆☆☆☆


→博麗神社の神様
博麗白雪
移動速度☆☆☆☆
攻撃範囲☆☆☆☆
攻撃力  ☆☆☆☆

【このキャラクターストーリーは紅霧異変の数日後となります。よろしいですか?】

→はい
いいえ

【武器選択】

→妖の御札「パワーショット」
    

神の御札「トリックショット」


【戦闘方式決定】
このキャラクターは三面ボス戦闘において二通りの戦闘方式が楽しめます。

→アクション
シューティング







少女祈祷中……



[15378] 妖怪録
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/13 10:35
丈夫な毛皮の小妖怪

封山 毛玉 -Huzan Kedama

能力:異世界に偏在する程度の能力
危険度:中
人間友好度:極低
主な活動場所:ほとんどの世界、如何なる場所でも



 妖力は低いが能力故にどこにでも出没する。珍しく人の形をしていない、白い毛
皮の妖怪である。

 知能は低く会話もほとんどせず、問答無用で近くにいる生き物を丸呑みにする。
 普段は闇夜に紛れて転がって移動し、昼間は暗がりでじっとしている。
 体温は低く、傍目には生き物に見えないので、油断して近付いて食べられてしま
うケースも多い。
 厄介な妖怪である。
 肉食だが、空腹時は草も食べるので好みの問題のようだ。


◆目撃報告例◆


・いつの間にか寮の部屋に転がってた。つついたら食べられそうになったから浮
 遊術で外に放り出したよ。
 (魔法学校の生徒)

 下手に手を出してはいけない。

・川原で犬の散歩してたんだけど、変な毛玉が坂を転がって川に落ちたんだ。そ
 のまま流されて行ったけど、あれは何だったんだ?
 (匿名)

 あまり移動は得意ではないようだ。

・あいつのせいで死にかけた。でもお陰で面白い奴等と会えたからなぁ……
 (白雪)

 胃袋に入ってから上手く助かれば異世界に移動できる。運が良かった。

◆対策◆


 力は小妖怪か下手を打てば妖精並なので、恐れるに足りない。怪しい毛玉を見ても無視して通り過ぎればまず安心である。
もしも手違いで食べられてしまった場合は、胃液で溶かされる前に暴れてみると良い。
 毛玉の毛皮は外側は丈夫だが内側は弱い。刃物があれば案外簡単に脱出できるだろう。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


妖森の妖怪大将

剛鬼 -Gouki

能力:土を操る程度の能力
危険度:中
人間友好度:低
主な活動場所:妖の森周辺



 半纏に袴姿、茶髪に一本角を生やした大妖怪。昼夜構わず時折村に現れ、人をさらおうとする(※1)。

 短絡思考の単純な性格をした妖怪で、自己中心的。自分が楽しければ良いと普段から言っている。
 また典型的な鬼の気質も持ち合わせており、正面からの力技の多用、約束を破らない(※2)、酒好きなど、本性に忠実である。
 配下の妖怪に酒を造らせ、いつも酒瓶を手放さない。差し出されれば何でも飲むので、酒の種類にこだわりはないようだ。
 酒が不足してくると自分も酒造りを手伝う。


◆目撃報告例◆


・朝森の外れに出かけたら、岩の上で大の字になって寝ていた。
 (匿名)

 月見酒でもしていたのだろうか。

・紅い衣の妖怪を追いかけ回していた。
 (匿名)

 強い妖怪や人間と闘いたがるのも鬼の特徴だ。

・喰われかけたが、謎かけを仕掛けて勝ったら見逃してくれた。悔しそうだった。
 (匿名)

 頭は良く無いので、謎かけ勝負で正解である。力勝負では勝目は無い。

◆対策◆


 襲われた時に喋る余裕があれば、白雪の名前を出すと良い。大概約束を思い出して引いて行く。
 酒があるなら差し出せば上機嫌になって襲うのを忘れる。この時に力仕事を頼むと手伝ってくれる事が多い。
 また何かの事故で決闘を仕掛けられたら、頭脳戦に持ち込む事を勧める。まず負けないだろう。勝てば見逃してくれる。
 何にせよ怒らせると危険だが、対処のしやすい妖怪である。

※1 大抵は白雪に止められる。

※2 覚えていれば。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

人心狂わせる夢幻の瞳

楽浪見 あやめ -Rakuroumi Ayame

能力:惑わす程度の能力
危険度:極高
人間友好度:極低
主な活動場所:人のいる場所


 人間の心を惑わせ、互い争わせる狡猾な妖怪。眠た気に半分閉じられた瞳は底知れない光を湛える。


 人のいる場所にふらりと現れては、人心を惑わせ争いを起こし、自分は高見の見物を決め込む。
 同士討ちで死んだ人間の屍は綺麗に食べ尽くし、彼女が通った村、町には廃墟しか残らない。
 しかし特別人間が憎い訳では無く、食欲を満たしたいだけのようだ。動物や妖怪に対しては食欲が沸かないので、至って友好的である。満腹時には帽子の中に飼っている兎と戯れている。


◆目撃報告例◆


・竹林の側で兎を枕にして昼寝をしていた。気持ち良さそうに寝ていたよ。
 (炭焼き職人)

 起こさなくて正解である。目が覚めていたらその場で食べられただろう。

・行商に出て帰ってきたら、村から人が消えていた。
 (村の生き残り)

 彼女は食糧を無駄にしない。血の一滴まで綺麗に舐めとるので一見神隠しに見える。

・目が合ったけど食べられなかった。なぜだろう?
 (匿名)

 満腹で眠る直前だったと思われる。


◆対策◆


 目と心を惑わされ、ほとんどの場合真正面に居ても気付けない。
 人のいる所にはどこにでも現れるので、遭遇を避けるのは難しい。天災に近いものがある。年齢の割に直接的な力は強くないものの、妖怪基準の話であり慰めにならない。
 役に立つとは言い難いが、普段から心を強く持っていれば惑わせられず助かる……かも知れない。それ程危険な妖怪である。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


お茶目なドッペルゲンガー

煙霧 意捕-Enmu Idori

能力:相手の真似をする程度の能力
危険度:中
人間友好度:低
主な活動場所:妖怪の山


 妖術を使って霧を出し、相手の姿を真似て驚かす妖怪。いつも誰かの姿を真似ているので正体は見られた事がない。


 姿を真似て混乱させ、人間ならあわよくば食べようとしてくる。しかし詰めが甘く獲物を取り逃がす事が多い。反撃を受けて慌てる様子は人間臭く憎めない。
 霧を出すのは真似をしきれない細部を誤魔化すためらしい。


◆目撃報告例◆


・山菜取りに行ったら急に霧が出てきた。不思議だったけど何も起こらなかった。
 (匿名)

 彼女は寝ても覚めても常に霧を出している。偶然睡眠中だったのだろう。

・霧の中で迷っていたら自分そっくりの人が近付いてきた。怖くなって逃げた。
 (匿名)

 霧の中で道が分かれば逃げ切れる。

・濃い霧で迷っとったが、親切な妖怪が麓まで送ってくれたんよ。やけに怯えとったが大丈夫かね。
 (反物屋の老人)

 白髪の人間は苦手らしい(※1)。

◆対策◆


 彼女が出没する前には必ず霧がでるので、それを目安に山を降りるとよい。
 万一霧に飲まれて迷ってしまったら、襲われる前にとにかく真直ぐ走ってみる事を勧める。運が良ければその内外に出られるだろう。
 放っておくと少しずつ霧の範囲を広げるので定期的に退治してやる事も大切だ。


 ※1 白髪なら人間に限らない。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


信仰無き鬼の神

宿儺 百合姫-Sukuna Yurihime

能力:身を分ける程度の能力
危険度:高
人間友好度:中
主な活動場所:旧都


 色男が多い男の鬼達に言い寄られ、しかし全て袖にした美貌を持つ古い鬼である。ほとんど髪に埋もれているが頭頂に短い角が一本生えている。
 鬼にしてはこまやかな感性を持ち、毎日湯浴みを欠かさない。しかし宴会続きで入浴を怠っても珠の肌は変わらない、羨ましい体質の妖怪だ。

 鬼でありながら神と呼ばれているものの信仰は無く、鬼の頭領の意味合いが強い。昔は妖怪の山を統べていたが、今は旧都で半分隠遁生活を送っている。
 地霊殿に顔をだしたり鬼達の宴会に混じったり気ままに過ごしているが、一方で小競り合いの仲裁(※1)なども行っている。
 酒好きで酒器にもこだわり、配下の鬼で気に入った者には地下で飼育している酒虫を利用した無限に酒が湧き出る杯や瓢箪を作る事があるらしい。
 大雑把な部分も多々あるが基本的には面倒見の良い性格である。
 だが人間に対しては冷淡な面を見せ、特に非力な者は家畜以下と見ている節がある。


◆目撃報告例◆


・怨霊と一緒に平然と温泉に入っていた。
 (匿名)

 彼女は永きを生きた大妖怪であり、並の妖や霊では影響を与えられない。

・店に酒を買いに来た事がある。砂金で支払っていった。
 (酒屋の主人)

 人里のルールは守っている。昔貯めた財宝が残っているらしく羽振りが良い。

・三日で服を仕立てないと食らうと脅された。間に合って良かった。
 (呉服屋の菊)


 彼女は人間の技術も認めてはいる。ただし利用するだけで感謝はしない。


◆対策◆


 人里では人間を襲わないので間欠泉の付近で会わないように注意すれば良い。
 もし会ってしまっても逃げてはいけない。彼女は勝負から逃げる者を最も嫌う。
 正面から勝負をしてもまず負けて喰われるが、気概を認めて逃がしてくれる事もある。ほとんど運である。
 間欠泉に用事がある時は姫百合の花を用意して贈り物にすると良い(※2)。しばらくは襲わないでいてくれるだろう。


※1 大体において理由も聞かず両成敗する。やはり鬼である。

※2 姫百合の花言葉は`強いから美しい´。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



人嫌いの魔女

マレフィ ノーレッジ-Malefi Knowledge

能力:土水火風を操る程度の能力
危険度:中
人間友好度:極低
主な活動場所:魔法の森


 右目にモノクルをかけた紅魔館の魔女の先祖。リウマチを患っていて肉体労働は苦手。
 また人付き合いが悪く、極一部の妖怪と魔法使い以外は相手にしない。


 魔法薬精製を得意とする魔女。上手く頁を捲れないので本は好きでなく、魔法陣を書くのも不得手。その代わりに詠唱が抜群に速いらしい。
 植物実験と称して森に魔法薬を散布し、化け物キノコの一大繁殖地に変えた経歴を持つ。
 人嫌いが激しく、魔法の森の小屋からほとんど出ない。小屋の結界を越えて誰かが訪ねて来ても黙殺。いつも不機嫌。不機嫌が普通なのだろう。



◆目撃報告例◆


・大図書館でパチュリーと話してたぜ。二人並ぶとそっくりだな。
 (霧雨魔理沙)

 飛行も苦手なので空間転移で直接紅魔館内に移動する。遠い血縁なので似ている所もあるだろう。


・話し掛けたら無視されたわ。八つ裂きにしてやろうかしら。
 (紅魔館の主)

 何かの要因で気に入られなければ会話を成立させるのは難しい。

・魔法薬の原料を永琳に売り付けてた。あの交換レートはぼったくりじゃないかな……
 (博麗白雪)

 彼女は人付き合いが無いので金銭感覚が鈍い。


◆対策◆


 そもそも遭遇する機会が滅多に無い。魔法の森の奥深くか紅魔館のどちらか以外で見掛ける事は無いだろう。
 不幸な偶然が重なって会ってしまっても慌てる必要は無い。あちらはこちらに興味が無いので、話し掛けなければ危害を加えられる事は無い。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


執念の怨霊

マナ-Mana

能力:敵から逃げ切る程度の能力
危険度:極低
人間友好度:中
主な活動場所:間欠泉付近


 昔自分の村を滅ぼされ、妖怪への復讐に生きた女の霊。死後も憎悪は衰えず怨霊となった。
 妖怪は種族問わず憎んでいるが、今は仇の大妖怪のみを追っている。


 生前は腕の良い退魔師だった。村々を放浪し、行く先々で妖怪を退治しつつ怨敵を探していたが、その仇の手により幻想郷へ連れ込まれた。
 普段は冷静で丁寧な言動をとるが妖怪を前にすると敵意を隠さない荒っぽい言葉遣いになる。
 永い間地底に封じられていたが、間欠泉と共に地上に出てきた。
 人間にはある程度友好的で半霊や半獣は無視する。
 しかし怨霊となった今、自らも退治される対象へ変貌した事には気付いていない。



◆目撃報告例◆

・間欠泉の辺りで狐の妖怪を追い回していた。
 (匿名)

 仇の妖怪の配下だろう。

・道に迷 った所 を家まで案 内をしても らったんだが、帰宅し てから悪寒  が止ま らな い。
 (匿名)

 彼女が親切心で行動したとしても、怨念の影響は免れない。不調が続くようなら御祓いを受ける事を推奨する。

・真っ昼間でもよくみかける。本当に怨霊だよな?
 (匿名)

 彼女は白玉楼の亡霊姫ほどではないものの、力の強い霊である。昼間に動くと疲れるが大事は無い、らしい。


◆対策◆


人間に対してはそれなりに親切なので危険は少ない。しかし幾ら友好的な霊であっても怨霊には違いなく、長時間近くにいれば悪寒や得体の知れない恐怖などを感じる。
 健康的とは言い難いので近付くのはやめておいた方が良いだろう。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


探求する仙人

姑尊徊子-Koson Kaishi

能力:鍵や箱などを開ける程度の能力
危険度:中
人間友好度:中
主な活動場所:冥界



 普段冥界に居るのは扉を閉める訓練をするためである。しかしその割りにはあまり練習風景は見掛けない。大抵知恵の輪を解いているかぼうっと虚空を見つめている。
 腰に下げた鍵束はただの飾り。




 頭は良いらしいがマイペースで会話の調子をとり難く、知恵を借りるのには苦労する。
 師につかず自力で仙術を会得した才女であり、不老では無いが老化は非常に遅い。百年経っても容姿に目立つ変化が無い所から限り無く不老に近い存在であると推測できる。
 魔法使いと同じく食事はいらない。周囲の霊力を体内に取り込んで生きているらしい(※1)。


◆目撃報告例◆


・博麗神社の境内でぼんやり立っていた。一月経ってもまだ同じ位置で立っていた。
 (参拝客)

 考え事をしている間は動かない。しかし話しかければ普通に返事をする。

・知恵の輪?ってヤツを借りたんだがさっぱりだ。一番簡単なものらしいんだが……
 (匿名)

 彼女が持っている知恵の輪はどれも難易度が非常に高い。自作のものもあるらしい。

・よく分からない問答の後、よく分からない内に腰の痛みが消えていた。
 (大工の厳)

 彼女の思考は読みにくい。受け答えの中の何かが琴線に触れたのだろう。


◆対策◆


 基本的に冥界や無縁塚、三途の川など危険域ばかりに姿を現すので滅多に会う事は無いだろう。元は人間なので会っても対策は必要無い。
 時折人里にも姿を現すが実になる会話は期待できない。医術も習得しているが使う事は稀だ。
 特に益も無く、害も無い仙人である。


※1 俗に「霞を食っている」などと言う。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

最古の幻想

博麗 白雪 -Hakurei Shirayuki

能力:力を操る程度の能力
危険度:中
人間友好度:極高
主な活動場所:博麗神社


 遥か昔、人間が誕生する前から生き続けていると噂される神。紅の衣を帯で締め、長い白髪を藍色の紐で縛り一つに纏めている。


 全ての人、妖、神に友好的(※1)で、余程の事があっても殺生だけはしない(※2)。
 博麗神社の祭神であり、幻想郷最強の存在であると言われている。何かの事情で力が半減しているにも関わらず妖怪の間では絶対に敵対したくない相手に真っ先に挙げられる。
 幻想郷を覆う二つの結界にも深い関わりがあるらしい。
 また彼女は能力故かその強大な力を完璧に制御しており、理不尽な理由で振りかざす事は無い。
 巫女と共に幾度も人里や幻想郷全体の平和を守っており、信仰は高い。


◆目撃報告例◆


・この前神社の賽銭箱を覗いて笑ってたわ。賽銭が少ないのは私のせいじゃないわよ。
 (博麗 霊夢)

 信仰は高いのだから、立地を変えれば賽銭も増えると思うのだが。

・妖怪の山を見て遠い目をしていた。
 (匿名)

 何か思い入れがあるのだろうか。想像もつかない。

・茶葉を取りに行ったら倉庫で寝ていて驚いたよ。
 (茶屋の店員)

 稀にふらりと人里にやって来て無断で宿を借りる事もある。そういう時は強力な御札などを置き土産にしていくので(※3)文句を言いにくい。

◆対策◆


 特に対策は要らず、むしろ益がある神なので見掛けたら話しかけてみると良い。
 事情を話せば大概快く病気を治したり御祓いをしたりしてくれる。ただ頻繁に頼むと嫌な顔をするのでほどほどにしておくのが吉である。。
 彼女に迂闊に手を出しトラウマを作った人間や妖怪は数知れない。普通に接していれば安全だが、絶対に怒らせてはいけない。






※1 極一部を除く月人は嫌っているらしい。

※2 つまり敵対した者は生き地獄を味わう。

※3 大抵は性能の高い護符を置いていく。非売品。






[15378] 本編・紅魔郷Stage1
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/11 14:53
紅魔郷【LimitBreak】Stage1
――封印開放ルーミア――










 よく晴れた夜、私は空を飛びながら軽快に妖精を撃墜させていた。月は満月からいささか欠けはじめている。
 紅霧異変は無事霊夢が解決してくれた。魔理沙もちょろちょろしていた様だが咲夜に敗北したと聞いている。
 目論見どおり異変と異変解決のニュースに乗ってスペカ決闘法は新幹線並みの速度で広まっている。これで次からの異変もスペカで平和的に解決される事だろう。
 レミリアは約束を果たしてくれた。今度は私が約束を履行する番だ。
 数日前に霊夢があらかた片付けたので妖精は少ない。やられてからまだ復活していない妖精もいるのだろう。しかし散らされた妖精の薄い妖力を残った妖精が取り込んでいて、雑魚小妖怪程度の弾幕を撃って来た。
 いや燃えるねこれは。ゲームと違い妖精の弾幕に被弾してもどうって事無いんだけど(スペカ決闘では無く単なる悪戯だから)、二次元ではなく三次元――――上からも下からも襲ってくるからスリルがある。
 もっとも木端妖精に負けるはずも無く一匹残らずカウンターで沈め、敵影が途切れた所で手持ちスペルカードを確認する。
 妖力無限大、神の見える力、剛よく柔を断つ、数撃ちゃあたる、それぞれ五枚。
「一人これ一枚で十分な気もするけど」
 妖力無限大のスペカを片手で弄んだ。真っ黒なカードの中心に小さな光が描いてある。意味深に見えるがなんの事は無い、私の思い描いた弾幕のイメージをデフォルメして写しただけである。
 さて、これが紅魔郷当日ならルーミアに遭遇するはずだが日がずれている。案外意捕あたりが出て来るのかも知れない。奴は稀に見る素質の無さで二千数百年経ってもまだ小妖怪をやっている。
 もし意捕が出てきたら速攻で撃墜してやろう。





 私は遠目に不自然に黒い球体が近づいてくるのを眺めた。ゲームと同じ進行をするらしい。この辺りはルーミアの回遊ルートに入っているのか?
 意捕も空気を読んだようだ。そもそもあいつの行動範囲は妖怪の山だからこのあたりに来る事は無いんだけど。
 ルーミアがこちらに気付く様子なく向かってきたので大声をあげた。
「ルーミア! 家の巫女にやられたらしいね」
 ルーミアはびくっと止まって球体を解いた。ぽけっとした顔で私を見る。
「喰えない人間の次は神様」
「まあ霊夢は色んな意味で喰えないけどさ」
「んー、神様は食べられない」
「それしか頭に無いのか」
「お腹すいた」
 私は懐を探って干し芋を見つけた。昼間に食べていたやつだ。少し迷ったが、差し出すとルーミアは呑気に喜んだ。人以外も食べるようだ。
「異変の時は巫女に近付いたらだめだよ」
「うん。あ、あと博麗の神様にも近付いちゃだめだって皆が言ってたんだけど……あんたがその神様?」
「その神様」
「ふうん?」
 ルーミアは干し芋をかじりながらじろじろと私を見た。
「聞いてたより怖くない」
「よほど尾ひれがついた話が広がってるんだろうねぇ」
「万の妖怪にも負けない鬼みたいなヤツだって」
「…………」
 間違ってはいない、か?
「あ、そうだ。神様ならこの御札取れない?」
 ルーミアがポンと手を打って頭のリボンを指差した。何を言うかこの妖怪は。
「封印の御札はとれないな」
「これはふこーな行き違いでつけられたの。私は夜に人を探してただけで巫女に襲われたんだから。神様でしょ、責任とって解いてよ」
「人探してたって食べるために?」
「そう」
 無視して行こうとすると服を掴んで止められた。振り放そうとしてもしがみついて来る。ああ鬱陶しい!
「……封印解いても調子に乗って人里を襲わない事。誰かを力ずくで従えたりしない事」
「解いてくれるの?」
「今言った事を守れば」
「守る!」
 勢い良く挙手して言ったルーミアは怪しかったが、一度解いてやる事にした。性格からして不幸な行き違いで封印されたとは考えにくいが、封印された状態で生活するというのも辛かろう。約束を破ったら今度は今まで以上に強力に封印してやればいい。
 頭のリボンに手をかけ、封印の構成を読み取り破壊してはがす。
 ……おおお、なんか大妖怪レベルまで高まった。紫には及ばないがたいした物だ。
 なんとはなしにはぎ取ったリボンを見てみると何か文字が書いてある。
「安倍……晴明?」
 ……うおおい! これ血文字だ! 安倍さんどんだけ苦労してルーミア封じたんですか!
「アハハハハハハ」
 ご機嫌で笑うルーミア。
「封印さえ解ければこっちのもの。神様だって怖くない!」
 あ、こいつ約束守る気無いわ。
 私が無言でスペカでは無い妖力無限大のチャージをするとルーミアの哄笑が小さくなっていく。
「あ、あれ……さっきはそんなに強くなかったのに」
「そりゃ抑えてたから。小便すませたか? 神様にお祈りは? 部屋のスミでガタガタふるえて命ごいをする心の準備はOK?」
「待って待って待って! スペルカードで! スペルカード決闘で! そんなの撃たれたら私消えちゃうよ!」
 必死に言われて私は考えた。スペルカード決闘が広まっている最中に私が従来のおしおきスタイルを実行するのは不味いのではないか。考案者の癖に使ってねえ! なんて言われそう。
「うん。一理ある。やっぱ弾幕決闘でいこうか」
 ルーミアは地獄で蜘蛛の糸を見たような顔をした。





 幻想郷のパワーバランスを崩しそうな大妖怪と化したルーミアに空中で対峙する。負けるつもりはないし負けるとも思っていない。
「私が勝ったらもう一度封印されてもらう。負けたら放免……開始!」
 合図と共にルーミアは素早く距離を取りながら赤と青の弾幕を乱射した。密度は濃く速いが数が少ないので大きく避け、黒の弾幕を撃ち返す。
 ルーミアは目を見開き宙返りして私の弾幕をかわし、舌打ちしてパチン、と指を鳴らす。
 私とルーミアの間に複数の闇の球体が発生した。夜の闇に紛れた球体は私に向かってくるルーミアの弾幕を隠す。
 しかし案の定向こうからも見えなくなっているようで、大雑把に狙いをつけて弾幕を放つと慌てた声が聞こえて闇が消えた。阿呆か。
 呆れて星空を背後に浮かぶルーミアに照準を定める。姿を現せばこちらのものだ。
 速さを重視した弾幕を放つと、ルーミアは赤い目を爛々と輝かせ、唇を吊り上げた。指でスペカを挟んで宣言する。
「負けないわ、神様――――」




暗夜「ナイトホーク」




 波状に密度の薄い赤と緑の弾幕が押し寄せる。拍子抜けしてなんだこれだけか、と思いルーミアに近付きながらグレイズした途端、弾幕から闇が吹き出た。
「ち!」
 やけに緩い弾幕だと思ったらグレイズが引き金になって弾幕が敵の視界を奪うらしい。えげつなっ!
 一度後方へ下がり闇から脱出しつつ弾幕で反撃。再度大回りにルーミアに接近した。しかし薄い弾幕も余裕を持って避けようとするとなかなか神経を使う。あまり近寄れ無かった。
 そうこうしている内にスペル効果時間が切れ、弾幕が収まる。
 油断していると撃墜されそうだったのでこれ幸いと弾幕を叩き込んだ。
 しかしあちらも避けるわ避けるわ。確実に当たる軌道の弾幕まで避けられたので何かおかしいと思ったら、ルーミアの体の端が夜の闇と同化していた。
 つまり腕や足には当たらない。闇と同化していない体の中心部に当てなければいけないらしい。
「ああ小賢しい!」
「照れるー」
「褒めてない褒めてな……いや、やっぱ少し褒めてる」
「そーなのかー」
 ルーミアは若干嬉しそうにしたが、すぐに顔を引き締めて最後のスペルカードを構えた。





宵闇「明けない夜」




 ルーミアを中心に巨大な闇が広がった。五十メートルは離れていた私まですっぽりと包む。真っ暗闇で何も見えないので妖術の灯を灯そうてしたが闇にかき消された。
「ちょ、この外道っ!」
 何も見えない空間で雨あられと降り注ぐ弾幕を回避するはめになった。五感を研ぎ澄ませ、妖力の気配を頼りに避ける。ルナティックどころじゃねーぞ!このままだといい加減冗談抜きで撃墜されそうだ。
 決着をつけようと広域探知魔法を使い、ルーミアの位置を捉える。私はにやりと笑った。
「チェックメイト、ルーミア」




力技「剛よく柔を断つ」




 無数の弾幕がルーミアの弾幕を破壊しながら一直線に突き進む。わたわたルーミアの気配が動いたが、回避できる訳も無く直撃した。
 悲鳴が上がって闇が消える。酷く煤けたルーミアがげっそりと肩を落としていた。
「あああ、封印解けたと思ったらぬか喜び」
「自業自得としか言いようがない」
 私は苦笑してルーミアに近付き、リボンに封印術を強くかけ直して煤けた金髪を結んだ。妖力がするする引っ込み、数秒後にはちょっと強い妖精並になる。
「あーあ。今度お賽銭入れるから解いてくれない?」
「ダメ」
 落ち込んでいるルーミアに手を振って別れ、私は紅魔館へ向かった。








Stage Clear!


少女祈祷中……



[15378] 本編・紅魔郷Stage2
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/08 08:17
紅魔郷【LimitBreak】Stage2
――永久力凍妖精チルノ――







 私は紅魔館への途中、霧の湖上空を飛んでいた。少し痩せた月はうっすら漂う自然の霧のせいで水面には映らない。
 昼間ならまだ良いが今は夜。月と星の明かりだけが頼りだ。体に纏りつく冷たい霧を妖術で弾きながら、突撃してくる妖精をかわし撃ち落とし薙払う。
 しばらく飛ぶと前方に氷妖精を発見した。流氷? に乗ってぷかぷかと湖を漂っている。
 スルーでいいかな、と通り過ぎようとすると目の前に忽然と緑の髪の妖精が現れた。
「そこのにんげ……神様! あの巫女の仲間?」
 妖精にしてはかなり強い力を感じた。記憶の片隅から大妖精、という言葉を引っ張り出す。そういえばいたなぁこんな中ボス。
「あの巫女が霊夢の事ならそうだけど」
「やっぱり。同じ紅白だしそうだと思ったわ」
「あっちは服が紅白。私は髪と服で紅白」
「似たようなものじゃないの」
「まあね」
「ふん。どうせ負けて落ち込んでるチルノちゃんを虐めようって魂胆でしょう。そうはさせない!」
 見事に勘違いして威勢よく叫んだ大妖精がふっと消えた。直後背後に妖力が現れ、私は咄嗟に垂直降下して奇襲弾幕を回避する。
「瞬間移動!?」
 大妖精は次々と死角に瞬間移動しては弾幕を放ってきた。速度が無いので楽に避けられるが少しドッキリする。
 能力持ちにしては力が弱い。何のトリックだと四方八方から襲いかかる大妖精をいなしつつ注意深く観察した。
 ……ふむ。どうやら瞬間移動は能力では無いらしい。
 大妖精と同質の極薄い妖力が周囲に漂っており、消える時は拡散して現れる時は収束している。
 妖精は自然の具現。基になる自然がある限り死なずに復活する。妖力の流れを見るに大妖精は疑似的に死亡し、場所を変えて瞬間復活しているようだった。妖精にしてはえらく技巧的だなおい。
 小妖怪並の妖力があると拡散復活に時間がかかり瞬間移動として成り立たず、平均妖精程度だと漂わせておく妖力だけで力を使い果たしてしまう。絶妙な量の妖力を持つ大妖精ならではの技だ。拡散範囲と瞬間移動距離は短いから、劣化萃香と言った所か。
 常に死角を取り続ける大妖精。ならば、と目で追わず死角に向けて弾幕を撃ってみたが普通にテレポートでかわされた。
 うおぉい! 正直に言ってくれ。あんた本当に妖精?
 ぽんぽんテレポを連発しては小癪な3WAYショットを撃ってくる妖精に負けはしないが勝てもせず、段々ストレスが溜まってくる。
「だーもう! 鬱陶しい!」
 私はからかうようにちょこまか攻撃してくる大妖精に切れた。一度妖力を全力チャージし、一気に開放。蟻が抜ける隙間も無く放射された全方位小弾幕を大妖精はテレポで回避した。が、テレポート有効範囲は全て弾幕で埋まっている。回避先に出現した瞬間に被弾した。
 僅かな悲鳴とピチューン、という音を聞いて清々しい気分になる。余談だがゲームとは違いピチューンというのは妖精特有の死亡音だった。そりゃ人間が弾幕食らってピチューンなんて音を出す訳が無い。
 喧嘩売られたから買ったが、派手にドンパチやったのでチルノがこちらに気付いて飛んできた。
「あんた博麗の神様?」
 どことなくアンニュイな気配を漂わせたチルノが聞いてきた。
「はあ、まあ」
「そうなのね? 丁度良い、ここで名誉挽回よ!」
 一転、いきなり闘志を燃やしスペカを構えたチルノに私は混乱した。
「ストップ。霊夢に負けたのになんで私?」
「神様倒せば巫女より上に決まってるじゃない」
 いやまあそうだけどさ。
「あ、ほんとは私博麗神社の神様じゃないんだよね。見栄張ってごめん。じゃ!」
 くるりと向きを変えて逃げようとするとチルノに回り込まれた。
「嘘つくんじゃないわよ。紅い衣に白い髪、藍の髪紐黒い瞳。それに身に纏う不自然なまでに揺らがない妖力。あんたが白雪で間違いないわ。大方神力は隠しているんでしょう?」
 ええええぇええ、なんかチルノが⑨じゃない! 好戦的だけど賢いぞ!
「でも普通にやったら勝てないからハンデ寄越しなさい」
 そして図々しい。なにこいつ。
「はぁ、なんか今日はよく絡まれる日だな……ほら、それ使えばいいよ。さっさとやろう。私は行く所あるんだから」
 私は白紙のスペルカードを出し、空気中に漂う妖力の質に出来る限り近づけた力を大量に込めて放り渡した。折角なので発動ワードだけ弄って固定してある。
 それを受け取り、ふわりと浮いてスペルカードに力を込めるチルノ。発動ワードを読み取って首を傾げていたが、使う分には特に支障は無いので何も言わなかった。カードに渦巻く吹雪の模様が浮かび上がる。
「スペカ二枚通常ルールで良いよね……では最強の座を賭けて!」
「ふん、妖精だからってなめてかかると撃墜よ!」
 言葉と共にチルノが鋭く研ぎ澄まされた氷柱弾幕を撃ってきた。身構えていたが妖精は妖精、弾幕は薄いしそこまでの速度も無い。ただし狙いが恐ろしく的確で、偶数弾と奇数弾で上手く私の弾幕軌道を制限し視界を奪うように展開していた。
 この見た目と裏腹な頭脳派プレー。チルノの既存イメージは180度ひっくり返さなければいけないようだ。
 正面から切っ先を煌めかせて飛んで来る弾幕を迎撃していると、背後で水蒸気が結露し小弾を作って襲ってくる。私はそれを振り向かず紙一重でかわした。全く油断も隙も無い。
「流石、噂通りの実力じゃないの」
 チルノは華麗に私の弾幕をグレイズしながらスペル宣言をした。





凍符「パーフェクトフリーズ」





 カラフルな弾幕がばらまかれ、私をとり囲んで氷結、停止。数瞬間をおいて追加の誘導弾と共に動き出した。
 上下左右後ろからも迫ってくるが密度にばらつきがあるのでそれなりに楽だった。余裕で弾幕が薄い場所を選んでかわしていると、突如密集した弾幕に隠れてレーザーが私の心臓目掛けて飛んできたので全力回避。冷や汗が出た。チルノ怖えぇ。
 やがてスペルが終わり、一息つこうとしたら再びチルノがカードを構えていた。ち、休ませず畳み掛けるつもりか!
「あたいの覇道を彩るドライフラワーとなるがいいわ!」






瞬冷「エターナルフォースブリザード」





 猛烈な風が冷気と氷柱、雪玉弾幕を纏って唸りを上げた。暴力的な絶対零度の吹雪が私に向けて牙を剥く。
「くあ、さっむ!」
 弾幕自体はなんとか避けられる規模だったが、吹雪の効果で視界が白く染まり弾幕が見えにくい。更に寒さで体の動きは鈍り、何度か被弾しかけた。ネタのつもりだったが笑い事では済まなくなっている。チルノめ! 予想の斜め上を行きやがって!
 スペルが切れるまで悠長に耐久なんてやっていたら凍え死ぬ。かといってスペルカードで対抗しようにもかじかんだ手では取り落としてしまいそうだ。
 私は妖術で全身から炎を噴き出して寒さを緩和し、弾幕の嵐に突っ込んだ。手持ちスペカは炎対策をしていないので取り出したら焼けてしまう。このまま通常弾幕でカタをつける!
 私の妖力をこれでもかと込めたカードのスペルだけあり、氷柱は炎に煽られても溶ける様子はまるで無かった。目をしっかり開き、服の端をかする氷柱に文字通り冷や冷やしながら嵐の外へ飛ぶ。
 砕くと分裂する氷柱やマトリョーシカ氷塊に苦しめられつつなんとか吹雪から脱出した。
 すると丁度眼下にチルノがいた。
 まさかブリザードを突破されるとは思わなかったのか驚いて上を見上げたチルノに、私はすかさずありったけの弾幕を叩き込んだ。








「やっぱりあんたが幻想郷最強ね。あたいはまだまだ`霧の湖の´最強止まりだわ」
「あ、そういう意味だったんだ?」
 被弾して大人しく負けを認めたチルノは堂々としていた。流氷に座り、いつの間にか復活していた大妖精がかいがいしく世話を焼いている。
「チルノちゃん大丈夫? 痛い所無い?」
「大丈夫よ、なんてったってあたいは最強なんだから。まだまだ修行が必要ね」
「修行するの?」
「妖精だって弛まぬ努力と不屈の精神で強くなるのよ」
「チルノちゃんかっこいい!」
 和気藹々と特訓計画を練り始めた二匹に複雑な心境を抱きつつも私はその場を後にした。







Stage Clear!


少女祈祷中……



[15378] 本編・紅魔郷Stage3
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/06 08:43
紅魔郷【LimitBreak】Stage3
――武術の達人紅美鈴――





 チルノを下し、私は一路紅魔館へ向かった。異変の残り香で軽い興奮状態の妖精達を矢継ぎ早に撃ち落としていく。同じ妖精でもチルノと大妖精とは大違いの弱さだった。あんな奴等が妖精の平均だと困るからこれで良いのだが。
 ほとんど息抜き気分で空を飛んでいると紅一色の洋館が見えた。高い門に美鈴が背をもたせ掛けてきょろきょろしていた。
「や。ごめんねー、うちの巫女は容赦無くて」
 私が目の前に降り立つと美鈴はびくっと背筋を伸ばした。
「あ、白雪さんですか。お待ちしていました。負けたのは私の実力不足ですから誤謝らなくていいですよ」
 困ったように頭を掻く。武術家の美鈴がスペカ決闘で無敗を誇る霊夢に勝てる訳が無い。
 ちなみに私も無敗だ。霊夢と勝負しても良いのだがしんどそうなので闘っていない。私も霊夢もどちらが強いのか、という事に興味は無い。
「白雪さんはお嬢様から許可が出ています。こちらへ」
 ずれた帽子を直して門を大きく開いた美鈴に私は待ったをかけた。
「ああ美鈴、入る前にちょっとしたお願いがあるんだけど」
「はい? なんでしょう」
「私と格闘勝負してくれない?」
「死ねと?」
 真顔で言われた。幼いとは言え妖怪としては最上級の部類であるレミリアをボロッボロにした光景が目に焼き付いているのだろう。レミリアは弱点を突かない限り超再生をするので生きていたが、アレを普通の妖怪にやったら一撃で死ぬ。あの時は若干ハイになっていたし、客観的に考えると我ながら怖かったと思う。
「一応妖も人間も殺した事無いんだけどねぇ……命一杯手加減するからさ。頼むよ」
 能力使って自分の力を限界まで落とせばそこまで圧倒的差はつかないはず。更に能力で美鈴の力を底上げすれば良い勝負になる。多分。
「はぁ、そんな事言われてもですね。なんでまた私と格闘勝負を? 白雪さんは十分強いじゃないですか」
「んー……私とレミリアとの闘いは覚えてる?」
「……鮮明に」
「どう思った?」
「えーと、言っていいんですか?」
「どぞ」
「悪魔かと」
 スカーレットデビルを差し置いて私が悪魔。神なのに悪魔。笑え……ないなぁ。
「それ以外で。身のこなしというかその辺」
「あ、そっちですか。そうですねぇ、速過ぎてほとんど見えなかったですけど、若干荒っぽかったような気がします」
「そう! そこだよ」
「はい?」
「私はさ、昔から力押しでやってきたしやってこれたから技を磨いて無いんだよ。剣技も武術もなっちゃいない」
「はあ」
「剣は使わないから良いんだけど、格闘の方はこの機会に技術を身に着けておこうかとね。今更だけどさ」
「私と闘って?」
「美鈴と闘って。大丈夫、一回闘って全部吸収するから」
 美鈴が頭痛を堪えるように額を押さえた。
 私も無茶苦茶言っていると思う。先人達が何十年も何百年もかけて作り上げたものをたった一回の殴り合いで覚えてしまおうというのだから常軌を逸している。
 それができてしまうのが私だ。学習力観察力洞察力模倣力吸収力エトセトラ強化、見るだけでは無理でも実際に拳を打ち合わせれば即座に真似できる自信がある。
 腕を組んで私をちらちら見ながら悩んでいる美鈴。
 闘ってくれるなら土下座はしないけど頭下げるくらいならしても良い。というかした方がいいのか? 教えを乞う立場なのだし。
「白雪さんそれ以上強くなってどうするんですか」
「え、いやどうもしないけど。単なる趣味」
「異変ではスペルカードルールを使わないといけないと聞いてますよ」
「もう終わったからいいのさ。決闘ってより稽古だし」
「お嬢様と白雪さんは一応敵対しているので敵を応援するのはちょっと」
「十対百も十対二百も変わらないと思わない? ここで私が強くならなくてもレミリアが私に追い付くには何千年とかかるよ。その間ずっと敵対し続けるとも考えられない」
「…………」
 美鈴はそれ以上反論が思い付かなくなったらしく、短く呻いて両手を上げて降参した。
「分かりました。頭砕いたり心臓掴み出したりしないで下さいね」
「しないしない」
 いやあ、美鈴がお人好しで良かった。美鈴が私と闘わなきゃならん理由なんて無いんだから断られたら諦めるしかなかったんだよね。
 私は自分の力を落とし、美鈴の力を強化した。美鈴は目を瞬いて肩を回し、突きを連打して歓声を上げる。
「凄いですねこれ! 身体が軽い!」
「気に入ってもらえて良かったよ。殺し合いになるといけないから時間制限かけていこう」
 私は香霖堂で買った目覚まし時計を門の傍に置いた。
「一時間したら音が鳴る。それまで全力で来て。できる限り沢山技使ってくれると有り難い」
「いくらなんでも一時間で私の拳術を覚えるのは無理があるような……」
「無理なら無理でいいよ、基本ぐらいは身に着くだろうし。よし、んじゃあ開始っ!」





 美鈴は突っ込んでくるような事はせず、心中線を隠す様に半身に構えてじりじりと間合いを詰めてきた。私も半身に構え、学習力洞察力以下略を強化してじっと観察する。
 移動する美鈴の重心は全くぶれていなかった。普通に歩くぐらいの速度で近付いてくるのに隙が無い。
 普段なら隙が無かろうが反応できない速度で接近してぶん殴るのだが、今回はそうも行かない。私は私なりの防御態勢で待ちに入った。
 互いに手を伸ばせば触れ合うぐらいの距離に入った瞬間、美鈴がふらりと前に倒れ込んだ……と思った時には私の腹に拳がめり込んでいた。
 肺の空気が一気に押し出されて悲鳴も出ない。慌てて追撃が来る前に下がろうと右足を下げると即座に左足を刈られ、バランスを崩れた所に肘打ち。手を出して受け流そうとすると急に肘打ちが突きに変わって顎を打ち上げた。
 宙に浮いた私を回し蹴りが襲い、反射的に防御をとるもののガードの上からも強烈な衝撃が体を貫いて吹っ飛ばされた。
 地面にたたき付けられる私をぽかんとして美鈴が見る。
「弱……い?」
「げふう……いやまあ技術は無いから、素の力を下げればこんなもんだよ」
 埃を払って立ち上がり、くいっと手招きした。
「こんな無様見た後だと説得力無いと思うけど、今の私は同じ技は二度と喰らわないからね。さあ時間も限られてるんだから続けて」
 美鈴は納得がいかない様子だったが再び構えをとった。私も内部の筋肉の力の入れ具合から重心まで全く同じ構えを取る。目を丸くした美鈴ににやりと笑い掛け、さっき喰らった突き、足払い、肘打ち、回し蹴りをその場で正確に再現した。
 見開かれた美鈴の目が細められ、ぽわぽわした気配が完全に消える。代わりに沸き上がった殺気と闘気に悪寒が走った。
 こいつは危険だ。
 私は防御力や攻撃力はそのままに再生力と回復力、治癒力を限界まで上げた。
 力強化に気を散らした僅かな隙を着いてするりと私の懐に飛び込む美鈴。
 鋭い拳が鳩尾を打ち、手刀が首に食い込んで滑らかに怒濤の蹴りに繋がる。ガードなど始めから無いかのようにすり抜けられ、終いには防御の為に出した手が邪魔で攻撃が防げないという始末。
 打ち込まれる一撃一撃が体の内部に浸透して内臓を破壊する。鼓膜破りや目潰しは当たり前だ。当然の様に外した関節を捩じってくる。
 徹底的な急所攻撃に何度も何度も皮膚を裂かれ骨を砕かれ、頭蓋骨にひびが入った時は掛け値無しに死ぬかと思った。今なら私と闘ったレミリアの気持ちが分かる。
 血へどを吐きながらもようやく殺人拳を捌けるようになってきた頃、美鈴のスタイルが変わった。私の覚えたばかりの模倣拳を柳のようにひらりひらりとかわし、視界から消えたかと思うとあらぬ方向から衝撃がはしる。
 よろめいた所を隙ありと打ち込めば腕を取って投げられ、ふぬけた掌底を払えば足元がお留守ですよと言わんばかりに弁慶の泣き所を砕かれる。
幻惑する虚実に手も足も出ない。
 そして先程の殺人拳と比べて威力が無い分痛点が集中している箇所を狙い打ちしてくるので気絶しそうに痛い。目玉を抉られた時は気が遠のいた。
 神経を研ぎ澄ませてようやっと虚実に対応できるようになるとまた美鈴の動きが変わった。
 真正面から真直ぐ拳が突き出され、回避する間も無くあばらを折られる。
 これは多分、空手だ。
 裂帛の気合いと共に繰り出される正拳だけでも十分恐ろしいのに、掌で目線を遮られて四方八方から裏拳やら貫き手が飛んでくる。
 体が武術を吸収してきたからか致命傷は受けなくなってきたがこちらの攻撃は嫌になるほど当たらない。避けられはしないのだが徹底的に受け流されてダメージを与えられない。
 最早私の衣もぼろ布になりかけている。しかし美鈴の中華服は綺麗なものだ。
 その後も私がコツを掴んだかと思うところころスタイルを変えて打ちのめす美鈴と打ち合い続けた。的確に急所を突く殺人拳から相手の抵抗を封じる捕縛技まで美鈴の技数は底が見えなかった。
 下手な刃物よりよく切れる手刀やら破城槌の代わりになりそうな突きやらを喰らい続け覚え続け、ようやく攻撃がまともに当たるようになってきたあたりで目覚まし時計が鳴った。私と美鈴は同時に構えを解いた。
「あー、しんどかった!」
 大声で叫んで荒れた地面に大の字になった私に美鈴は苦笑した。殺気を引っ込めて穏やかな気配に戻っている。
「しんどい、で済むなんて恐ろしい。武術家に一時間でこれだけの武術を覚えたなんて言ったら卒倒しますよ」
「あー、まあねぇ。普通できないからね」
 まともにやったら死亡回数がゆうに百を越える。大妖怪十数匹分の妖力を注ぎ込んだ強化があって成り立つ荒業だ。それも致命傷を負っても「ひやりとした」で済ませられる感性と能力があってこそ。
 全て習得しきれなかったのは残念だが、こんなものだろう。私は鳴り続ける目覚まし時計を回収してかけ直し、その場で丸くなって疲労を取るために短い睡眠に入った。







Stage Clear?

少女祈祷中……



[15378] 本編・紅魔郷Stage4
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/19 19:15
紅魔郷【LimitBreak】Stage4
――ダブルノーレッジ――







 目を覚ますと薄雲がかかった月が見えた。ひんやりした夜風が頬を撫でていく。頭に心地よい感触を感じて少し首を逸すと美鈴がうとうとしていた。
 ……膝枕をしてくれていたらしい。
 なんだろうね、この妖怪は。ふざけた手段で少なくとも百年はかけただろう努力の結晶を半ば盗み取っても怒らないし、無防備に寝ていれば膝枕してくれるし。
 私は美鈴を起こさないようにそっと起き上がり、門の前に強力な結界を張って通行止めにした。美鈴も疲れただろうし今は寝かせておいてあげたい。短い間でも師匠になってくれた彼女へのささやかなお礼だ。
 私は抜き足差し足で紅魔館に向かった。





 前に案内してもらって道筋を覚えていたので迷わず進む。事情を聞いていないのか聞いても忘れたのか知らないが妖精メイドが襲ってきたので片端からピチュらせ図書館へ。
 半分開いていた重厚な扉に身を滑り込ませると薄暗い本棚の陰に無数の魔法陣が浮かび上がっていた。
「うえぇ、迎撃システムがONになってやがる!」
 私が来るって言ったはずなんだけど。



 私は自動照準のレーザー弾幕をかわしながらパチュリーを探した。外れた弾幕は本棚に当たると掻き消える。その辺り抜かりは無いらしい。
 迎撃システム迎撃しながら紫を探していると小悪魔が飛び出てきた。
「あ、やっと白黒発見っ!」
「ごめん人違い」
 弾幕を放って来る前に速攻で潰した。
いいとこなしで気絶した小悪魔にビンタをかまして覚醒させ、パチュリーの居場所を聞いた。
「いだだだだだ……あれ、白黒は?」
「魔理沙? 見かけなかったけど。いつ進入してきたの?」
「真昼です」
「今夜中」
「……こあぁ……申し訳ありませんパチュリー様ー」
「あー、どんまい。それより早く迎撃システム切って欲しいんだけど」
「あっ、それなら私の方から操作できます」
 小悪魔が空中に血文字を書くと魔方陣達は短く明滅して消えた。
「パチュリー様は大丈夫でしょうか……」
「あいつは強盗じゃなくて泥棒だから大丈夫だよ」
 心配する小悪魔をなだめつつ本の林を飛ぶと崩れた本の山の上にパチュリーが落ちていた。手にはスペルカード。昼に負けてそのまま放置か……
「パチュリー様ぁああ! お気を確かにっ! 今マレフィさんを呼びますから!」
 悲鳴を上げて飛び付く小悪魔。片手で宙に魔法陣を描きながらにパチュリーを抱きしめた。上司思いだな、と微笑ましい気持ちになる。
 涙ながらにがくがく肩を揺する小悪魔。段々パチュリーの顔が青くなってきたのでそろそろ止めようか迷っていると、完成した複雑怪奇な魔方陣からマレフィが出て来た。流石千年生きた魔女、魔法陣の補助があるとはいえ空間魔術もお手の物だ。
「どきなさい使い魔」
 容赦無く小悪魔を蹴飛ばして退したマレフィは深緑色の怪しい液体をパチュリーに飲ませた。
 途端にぼふん、と音を立てて口から煙を上げるパチュリー。顔色は戻ったが白目を剥いてぐったりしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
 痛々しい沈黙。マレフィはパチュリーを見て、薬のラベルを見て、呆然としている小悪魔と私を見た。
 マレフィは黙ってそろそろと空瓶を懐にしまい、蘇生薬、とラベルが貼られた透明な液体が入った瓶をパチュリーの口に突っ込む。
「げほっ!」
 むせる喘息娘。復活完了。
「三途の川が……」
「危なかったわねパチュリー、危うく白黒のせいで逝く所だったわ」
「あの白黒、今度会ったらただじゃおきません」
「いや今のはマレフィの……まあいいや」
 起き抜けのパチュリーに刷り込みをする二人を生暖かく見守った。マレフィ、劇薬常備するのは止めよう。
 良くも悪くも効果の高いマレフィの魔法薬を飲まされたパチュリーは目をしっかり開けて周りを見回した。
「……鼠は逃げたのね……ああ白雪、行くなら騒がずさっさと行って」
 しっしっと手を振って追い払われた私は大人しく先に進……もうとした所で服を掴まれる。なんぞ。
 振り返るとマレフィが睨んでいた。
「話は聞いているわ。フランドールの所へ行くのね」
「まあね」
「あなたは分かっていない。あの子の能力は異常よ。行っては駄目」
「そうは言っても約束だしねぇ……心配しなくても私は壊されないよ」
「心配? なんの事か分からないわ。私はむざむざ貴重な実験台を壊されたくないだけよ」
 イライラした口調で言うが服を掴む力が強くなった。クーデレさんめ!
 もやしっ娘マレフィの力なら簡単に振りほどけるが心遣いは嬉しい。冷たくできない。どう説得しようか悩んでいると我関せずと本を開いていたパチュリーが口を出した。
「弾幕決闘すれば?」
 マレフィは一瞬顔をしかめた。彼女とは空白期もあったが長い付き合いなので、私の実力は嫌という程分かっているはずだ。が、すぐに名案を思い付いた様にパチュリーに言った。
「二対一で行くわよ」
「小悪魔、出番ね」
「こあ!?」
「使い魔では足を引っ張るだけ。あなたが出なさい」
「戦う理由が無いわ」
「合成魔法の実験がしたいと言っていたでしょう。絶好の機会じゃない」
「…………」
 会話の隙に手を外そうとしたが離してくれなかった。パチュリーが本を閉じて立ち上がったのを見てため息を吐が出た。
 復活したばかりで心配だが、まあ向こうがやる気なら、と思って宙に浮いた。図書館内は平面も広いが高さも無駄にある。弾幕決闘に不都合は無い。
 双子の様にも見えるダブル紫と向かい合い、スペカ枚数(三枚)と景品を決めて決闘が始まった。





 スペカ決闘は二対一、というのも双方合意の上ならアリだ。三対一でも四対一でもいい。
 スペカは私三枚、魔女組は二人で三枚。向こうは私を撃墜すれば勝ちで、私はどちらか一人を撃墜すれば良い。前向きに考えれば二人というのは的が二倍と言う事である。攻撃も二倍だが。
 二人は私を中心に円を描いて旋回しながら十字レーザーと弾幕を放ってきた。決して二人は一ヵ所に重ならない。狙いを分散させる為だろう。
 どちらか一方に集中攻撃しようとすると背後からもう一方が猛撃をかけてくるので回避にまわる内に見失い、かと言って両方攻撃すると余裕で避けられる。
 小悪魔はと言うと下で流れ弾から逃げ惑っていた。どうでもいい。
 レーザーを紙一重でかわしてパチュリーに弾幕を撃つと、十字に展開していた四本のレーザーを一本に纏めて大上段から振り下ろしてきた。それを避けると背後からコンマ数個の差で同じ一撃が来る。
 私は避け切ったが下から哀れっぽい悲鳴が聞こえた。心底どうでもいい。
 レーザーのせいで見失った姿を探すと、二人は手を合わせて一枚のスペルカードを掲げていた。



土水火二乗符「フレアティックエクスプロージョン」




 二人を中心に弾幕が爆発的に展開された。一種一色の弾幕だが数が多い。
そして小さい。
 薄水色の弾幕は普段見る小弾と比べても半分ぐらいしか無かった。この小ささで弾幕を作るにはかなりの技術力と集中力がいるだろう。
 小さい上に速さもあり、よく見れば法則があるのだろうが不規則にしか見えない飛び方をする弾幕に頭痛がするほど神経を尖らせて避ける。何しろ二人掛かりの弾幕だ。反撃する暇も無かった。
 ゲームだったらグレイズがとんでもない事になる極小弾の嵐を耐え抜くと魔女達は驚いた顔をしていた。
 そしてその手に構えられた次のスペルカード。
 ほんと勘弁して下さい。




四+七符「エレメンタルスピリッツ」





 極彩色の弾幕が一面にばらまかれた。全て小弾だが、厄介にも色毎に速さも動きも違った。
 四、五色までならなんとかパターンも掴めるが十色越えは悪夢だ。それを初見で見切れなどというトチ狂った要求に答えなければいけない。
 思考系の力をフルブーストして避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける避ける……
 避けながら脳細胞が焼き切れそうに集中して観察して推理したが結局最後までパターンは掴みきれず、気合い避けになった。気合い避けで乗り切った私は褒められていいと思う。誰か絶賛してくれ。
 いい感じに茹った頭でふらふらしていると、二人が最後のスペルカードを構えているのが見えてなんとか反応した。
「させるか!」




全力「妖力無限大」




 これ以上連続で来られたら発狂する。
 朦朧とした意識でろくに狙いもせず撃ったのですんでのところで避けられたが、その間にクールダウン。びーくーるびーくーる……
 ふう、目が冴えてきた。こっちも二連だ、と次のスペカを取り出そうとしたら弾幕が飛んできた。仕方無くキャンセル、回避。
 私のスペル効果時間が切れ、げっそりといつにもまして体調が悪そうにした病弱達は牽制の弾幕をばらまく。
 そして私がそれをかわす間に声を合わせて最後のスペルを宣言した。




根源「アルケーリゾーマタ」





 先程のスペルと同じ様に目に痛いカラフルな弾幕が一斉に私に向かってきた。
 軌道は直線固定弾。数はあるけど避けるの簡単過ぎてなーんか怪しいなー、と思ったら背後に凄い圧迫感を感じた。直感に従って垂直上昇すると背後からきた弾幕が一瞬前まで居た場所を通り過ぎる。
 この弾幕…折り返すぞ!
 一度通り過ぎた弾幕が潮の様に引いてとって返す。エレメンタルスピリッツと比べるとパターンは楽に把握できたが、前方からの弾幕と後方からの弾幕が重なる数秒が私でも無理だと思うほど密度が上がる。
 重なる前に前方の弾幕に突っ込んで避け、あらかた避けた所で前方の残り弾に注意しつつ後方からの弾を避ける。一度でも前後に移動するタイミングがずれたらアウトだ。
 綱渡りで無駄な力が入らない様に明鏡止水を心に刻む。
 無心で避けていると不意に弾幕が収まった。見ればパチュリーが肩をすくめ、マレフィがため息をついている。
 ああそうだ。双方被弾しなかったがあちらは弾幕を使い切ったのか。
 緊張の糸が切れて目眩がしたが持ち直し、私は勝鬨を上げた。見たかマレフィ!









Stage Clear!

少女祈祷中……


「そして紅魔郷へ」から「紅魔郷Stage4」まで修正。現在、紅魔郷数日後。



[15378] 本編・紅魔郷Stage5?
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/16 10:32
紅魔郷【LimitBreak】Stage5?
――瀟洒なメイド十六夜咲夜――






 創作物では時を止める能力持った奴がちょくちょく出て来る。そいつらが時間を止めると水滴は空中で静止し、走る子供は今にも倒れそうな姿勢でストップする。時間止めた奴以外の全てが止まる訳だ。
 つまり空気も止まるよね。時間止めても身動きできないじゃねぇか。
 とは言っても実際咲夜は動いている。自分の服とその周囲の時は都合よく動いてるんだろうね。時の概念は万年生きててもよく分からんが多分そういう事のはず。時間が経過してもあらゆる変化が停止していれば経過していないのと同義、要は変化こそ時間。
 この仮定が正しいならば咲夜がやっている事は自分の周囲以外の全て、住んでいる星、銀河系、宇宙全域に至るまでの全停止。それをやるぐらいなら絶対に光の速さで動いた方が燃費良いと思うんだけどなぁ。結果同じだしさ。世の中結果論だようん。
 咲夜の能力はホント訳分からん。ありがちな能力だが理解できない。本当に世界の時間を止めているのだとしたらダントツで幻想郷一の広範囲型能力だ。そのくせ霊力消費は雀の涙。
 ナイフ回収とか主の呼び出しとかそんな理由で日に何十回となく超広域能力連発するってお前自重しろよ。
 そこで自重させる為の仮定2。実は時間は平面である。宇宙人未来人超能力者と遊ぶ愉快なライトノベルにそういう考え方があったと薄ぼんやり記憶している。
 時間とはパラパラ漫画の様に微妙に違う無数の平面が重なってできているとする。一瞬一瞬の積み重なりが時間であると。
 で、咲夜の能力はその平面に留まったり平面上のモノの位置を移動させたりするもの。こっちが正しければ仮定1の大河の流れを止める労力に対して一部を変更するだけだから楽そうに思える。比喩の差もあるんだろうけど。
 まー何にせよ考えようによっては咲夜の能力が一番チートだ。時間を操るとかね、ぶっとんでる。一体どういう仕組みになってるんだ。







 と、いう話を咲夜にして返った答えは、
「さあ。特に考えた事は」
 だった。もっと考えようぜ自分の能力。アウグスティヌスとかカントとか相対性理論引っ張ってきて反論されるかと身構えてたから力が抜けた。
 図書館を通過して壁に並んだ蝋燭の灯を頼りに地下の階段を降りていると、いきなり咲夜が現れた。レミリアがフランドールの部屋の結界の解除ワードを伝え忘れていたので言いに来たらしい。いやあ、何も知らされてないのは勝手にぶっ壊して入れって意味だと思ってた。
 要件を伝えて消えようとした咲夜を私は呼び止めた。まだまだ階段は長い。降り始めてから妖精メイドも見掛けないし暇なのだ。話し相手が欲しかった。
 魔術でレミリアの姿に化けて高飛車にお願いすると笑顔で串刺しにされかけたが(全て避けた)、十秒ほど消えてまた現れると了承してくれた。許可を取ってきたらしい。便利な能力だ。
 狭い通路には私と咲夜の話し声だけが響く。咲夜はメイドの習性なのか足音がしないし、私は遥か昔に永琳に隠行を鍛えられてから基本的に無音歩行だ。通路が狭いので飛ばない。
「この階段どのぐらい続いてんの?」
「ほんの三キロ程ですわ」
 長いな。あれかな? 最悪生き埋めにしてしまおう的な。だとしたら不憫な吸血鬼だ。
「フランの食事は誰が運んでる?」
「私が」
「食事以外に誰かと接触する事は?」
「お嬢様が月に数度」
「弾幕決闘は教えてあるんだよね」
「大体は」
「そか。説明の手間がはぶけるな……ところで咲夜って借金したりしてる?」
「全く」
「んじゃ不幸体質か」
「全然」
「つまりフラグメイカーと」
「……さっきから何の話?」
 執事の話。咲夜はメイドだけど。
 しかし完全に一問一答だ。主をメタメタにした私はやはり嫌われているらしい。致し方無し。
「なんだかなぁ……」
「何?」
「んー、咲夜は私に喧嘩吹っ掛けて来ないんだね」
 咲夜は首を傾げた。今夜はなんだかんだで霊夢の後をなぞるように闘ってきた。流れ的に咲夜とも闘う事になるのかと勘ぐっていたのだが、首を横に振られた。
「お客様だもの」
「の、割に紅茶の一杯も出ないんだね」
「血で良ければ出すわ」
「……遠慮しとく」
 澄まし顔で私の半歩後ろを着いて来る咲夜。どうにも会話が続かない。壁に並んだ蝋燭が私達のゆらゆら揺れる影を反対側に映し出し、澱んだ空気が憂鬱さを増長させる。
 吸血鬼には心地よい通路かも知れないけどねぇ……
 私は平気な顔で静々着いて来る咲夜を観察した。ヘッドドレスを見て、銀の髪を見て、碧眼を見て、銀色の髪の癖して人間って何だよと思いながらその下に目線を下げる。
 そこには胸があった。
 うんむ……でかくも無く小さくも無く……そういえばPAD疑惑があった様な気がする。詰め物してるのかね?
 ジロジロ不躾に見ていると咲夜が私の視線を辿り、あからさまに嫌そうな顔をした。片手で胸を隠そうとした瞬間、私の手が勝手に伸びた。
 むぎゅっとね。
 この弾力っ……ハリっ……掴み心地っ……紛れも無い……本物っ……恐らくC…
…妬ましいっ……!
 鷲掴みのまま静止していると頬を染めた咲夜がナイフ乱舞してきたがひらりとみをかわす。甘いな、ギャグ補正で素直に刺されるとでも思ったか!
「以前のお嬢様の命が撤回されていない以上、闘っても構わないのだけど?」
 殺気が籠った目で睨まれた。手にはナイフ、臨戦態勢。
 胸揉まれたぐらいでなんだよ、私なんか揉まれる面積無いんだぜ。
 客観的に考えて悪いのはこちらなのにそう思うと何か怒れてきた。どいつもこいつも私より年下の癖して身長も胸もさぁ……
「ばっかやろー!」
 しかしまあ、八つ当たりしても仕方無いので一声叫んで満足しておく。通路の向こうにエコーをかけて反響していったのがどこか空しかった。
 俯いてぶつぶつ言った後突然叫んだ私に咲夜は引いていたが、素直にごめんただの嫉妬、と謝ると事情を察して許してくれた。
 ……それから咲夜の雰囲気が無味乾燥から同情的なものに変わったのが悲しい。
 人間臭い所を見せて親近感をもたれたのか幾分打ち解け、しばらくうだうだ喋っている内に終点に着いた。狭いホールには両開きの簡素な扉があるだけだった。
 鍵もなにも無いが封印がかけられている。
「どうか」
 私が扉に手をかけるとぽつりと咲夜の声がした。振り返るとそこには深々と頭を下げたメイド長が。
「妹様を、よろしくお願いします」
「任された。仕事の邪魔して悪かったね」
 そう返すと咲夜は少しだけ微笑んで消えた。私は扉に向き直り、解除ワードを唱えて結界を消す。
 さて、決戦だ。








 戦闘抜いたらなぜか階段降りて胸揉んで同情される話になった。いつにもまして短い。
 時間の考察については自分でも穴だらけだと思うので時間の構造について知りたければググって下さい



[15378] 本編・紅魔郷Stage6
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/06 08:55
紅魔郷【LimitBreak】Stage6
――最終兵器フランドール――









 扉を僅かに開け、素早く中に入る。後ろ手に封印をかけ直して部屋を見回した。
 姉と同じく何からなにまで紅い部屋だった。カーペットもキングサイズのベッドも腹から綿が出たヌイグルミもタワーを作っている絵本の表紙も真っ赤。
 広い部屋だが他の部屋に続くドアは見当たらない。家具はベッドと本棚と鏡だけだった。
 その鏡の前にフランドールが立っていた。宝石のような飾りが付いた前衛的な羽をゆっくり動かし、鏡の縁を指でなぞっている。自分を映さない鏡をじっと見つめていたが、ふと鏡に映った私と目が合った。
「だれ?」
 フランドールが振り向いた。紅い瞳が興味深げに私を見る。
「白雪」
「雪なの? じゃああなた雪だるまなのね。初めて見たわ」
「いや、白雪って名前」
「ふうん……人間?」
「違う。良い子の願いを叶えてくれる神様だよ」
「嘘。お姉様が神様は皆悪い奴だって言ってたわ……嘘つきの舌は引っこ抜いていいの」
 レェミリアァアアア! 何吹き込んでんだてめぇ! フレンドリーに近付こうと思ったのに失敗したじゃねーか! お前あわよくばここで私を始末しようとか考えてんだろ!
見ろあのフランドールの笑顔! 超輝いてる! 新しい玩具を買ってもらった子供の顔だ!
「ステイ、ストップ落ち着いて。穏便に行こう。私はフランドールを……長いな、フランでいいよね。フランを外に連れ出しに来たんだけども」
「また嘘ついた」
「嘘じゃない。外に連れ出す、と言うか正確には私の下で能力の扱いを学んでもらう」
 私が地下に通っても能力訓練はできるのだが、フランは精神的に不安定なので、そこを改善するための情操教育を兼ねて博麗神社に住まわせる予定だ。
 将来化け猫飼う事になるんだし吸血鬼ぐらいいいと思う。レミリアの許可もとってあるし。
「嫌よ。吸血鬼は誰の下にもつかないわ。それより遊びましょ。お姉様と咲夜以外と遊ぶのは久し振り」
 ……そんな事だろうと思ったよ。私は肩を竦め、ぱたぱた羽を動かすフランに聞いた。
「何して遊ぶ?」
「弾幕ごっこ」
「パターン作りごっこね。私強いよー。勝ったら言う事聞いてもらうから」
「アハ、壊れないでね!」
 私達は宙に舞った。フランの背後に魔法陣が浮かび、ガトリング式に弾幕を乱射する。魔法陣に描かれているのが誘導を意味する文言だったのでちょん避けすると、背後で何かが壊れる音がした。ちらりと振り返るとベッドが大破している。
 おいこら。
「フラン!非殺傷!」
「え?なんの事かわかんない。当たれー」
 魔法陣を二枚に増やして楽しそうに猛撃を加えるフラン。人間だったら砕け散りそうな威力だった。私でも多分痣になる。
「弾幕使えばいいってもんじゃない!」
「えー、お姉様は弾幕とカード使えばいいって言ってたもの」
 レミリア後でボコる。
 威力を落とした非殺傷弾幕だと相手にならないのでこちらもいささか本気で応戦する。
「楽しいね!」
 楽しくねぇよ。当たったら痛いだろうが。
 幸いフランの弾幕は強力だが単調だった。当たれば痛いだろうが当たらない。495年も閉じ込められていれば戦闘経験を積める筈も無い。力だけの素人に負ける私では無かった。
 さっさと沈めてもいいのだが予期せぬ奥の手で反撃されても困る。ここは確実に勝たなければいけないのだ。私は紅の弾幕を避け、適度に撃ち返しながら機会を伺った。
 そしてその時は来る。





禁忌「クランベリートラップ」






 私はスペル宣言と同時に即座に自らの記憶力を操った。約一万二千年前、妖怪になる以前のゲームの記憶を鮮明に呼び覚ます。
「はっはっは、ぬるいぬるい!」
 弾幕戦においてあらかじめパターンを把握している、という事ほどの有利は無い。名前が同じだからと言ってゲームとパターンが同じである保証は無かったが、予想通り記憶と重なった。
 二次元と三次元では違いがあるが基本は同じだ。私は華麗に弾幕の嵐を抜けるとフランの腹に弾幕を叩き込んだ。
 フラン撃沈。スペカ一枚目にして決着。紅魔郷編、完!







 とはいかず。

 弾幕ごっこに勝てば大人しく言う事を聞いてくれる。そう思っていた時期が私にもありました。
「あんなの卑怯よ!最初から私のスペル知ってたんじゃない!」
 あっさり負けたフランが地団駄踏んでいる。足元を蹴りつける度にカーペットに穴が開いた。
「敵を研究するのも勝利への一歩だよ。良かったね、また一つ賢くなった」
「うるさいうるさいうるさい!」
 今度は癇癪を起こしヌイグルミの腕を掴んでばんばん床に叩き付けはじめた。若干過激だけど負けて悔しがるなんて可愛いじゃないか。物にあたるのも実年齢はとにかく外見・精神年齢的にはよくある事だ。微笑ましいなー、と見ていたが、ヌイグルミの腕が千切れた辺りで止めにはいった。
「その辺にしとこうか。私が勝ったんだし約束通り私の下でしばらく修行だ。大丈夫、三、四年で終わるから」
 おいで、と手を差し延べると叩かれた。ゆっくり私の方を見たフランの瞳に狂気の色を見える。
 悪寒が走った。何か不味い、と身構える。
「約束なんて知らない。ルールなんて知らない。あんたなんか……壊れちゃえばいいのよ」
 不穏な言葉に動けないよう体を縛る術を展開する直前、フランの右手に髑髏の様なものが包まれているのに気がついた。
 フランの唇が吊り上がる。
「馬鹿、止め――――」
「きゅっとして」
 どかん。
















 右目が爆発して脳が揺さぶられる。
「ぐ、あ……」
 右目のあった所からだらだらと血が流れ、紅いカーペットを更に紅く染めた。激しい痛みに悶える。
「アハハハ、神様も壊れるのね。ほら、次は左も」
 無事だった左目がフランの右手に再び浮かび上がった髑髏を捉える。あれを握り潰されてはいけない。
 私は手刀を作り、フランの両腕を素早く切断した。
 フランが小さく悲鳴を上げて飛び退く。
 床に転がった両腕はすぐに灰になり、溶けて消えた。それを一瞥して右目の回復力と再生力を上げようとしたが、強化の元になる力が消滅していた。
 愕然とする。
 フランから狂気を感じた時点で私は防御力と抵抗力を強化していた。これだけで余程の大魔術でも無い限り傷一つつかないのだが、フランの破壊は眼球ごと`防御´も`抵抗´も纏めて破壊した。
 つまりフランの破壊に防御は意味を成さない。加えて再生力も回復力もゼロにされる。なるほど凶悪な能力だった。
 仕方無く魔法で血と痛みを止め、右目を閉じてフランを睨んだ。フランは距離を取って腕を再生させている。
 折角能力を封じたのにみすみす治させるほど馬鹿ではない。回復力を下げてやった。
「んっ……やだ、なにこれ……壊れちゃえ!」
 しかしフランの叫び声と同時に回復力が元に戻った。まじか。
 再生力や治癒力も下げてみたが結果は同じ。自分自身にかけられたマイナス効果なら髑髏を握り潰さなくても破壊できるようだった。
 再生が終わる前に拘束しようとしたのだが、フランの足元から出現した炎の剣に投げた札はことごとく焼き払われバインドは切断される。確かレーヴァテイン、だったか。面倒臭い魔剣だ。
 フランの能力は発動したら最後、防御も回避も回復もできない。眼球ぐらいならセーフだが流石に私でも脳味噌パーンされたら死ぬ。いくら強いと言っても蓬莱人ではないのだ。能力発動前に潰すしかない。
 私は接近戦に持ち込もうと距離を詰めた。が、フランとの間に立ち塞がる魔剣。
「邪魔だ!」
 拳に力を込め打ち払おうとしたのだが、驚いた事に受け止められた。魔剣の炎で炙られ、危険を感じて手を引く。拳が受けた火傷はひりひりと痛み、治る様子がなかった。能力の一端が魔剣にも付与されているらしい。私の速さに対応し、ダメージを通すとは恐ろしい。
 いよいよ不味いな。美鈴との訓練で武術は身に着けたが、対武器の戦い方は知らない。あちらの攻撃は私に通り、受けた傷は回復不可。
「これは死ぬかも分からんね」
 火傷承知で魔剣を何度も殴って砕いたり、妖術魔法陰陽術神通力を駆使して炎を消したりしたが壊れたそばから復活する。
 魔剣を無視してフランを狙おうとしても上手く間に入られた。
 そして魔剣にてこずっている内にフランの腕が完治してしまった。
「ち!」
 手加減している余裕など無い。右手に妖力を溜め、妖力無限大を撃つ用意をする。しかし、
「駄目だよ」
 フランの一言と共に右手が溜めた妖力と一緒に破壊された。チャージした力が消滅し、体から力が抜ける。溜められた力に重点を置いた破壊だったらしく、右手は小指が千切れただけだった。
 魔剣の影からニヤニヤ笑うフランが現れ、その後ろからもフランが現れる。そして二人のフランの後ろからも更にフランが現れた。
 フォーオブアカインド、四人のフラン。最悪だ。
 私は右手で一番避け難いだろう神力の弾幕を撃って牽制しつつ、無事な左手で通信符を起動した。
「紫、緊急事態。何も聞かないで答えて。結界の力供給一時的に止めるけどどのくらい保つ?」
「……10.42秒ね」
「分かった。今から十秒間結界維持を完全に任せる。ああそうだ、失敗したら死ぬけどその場合これからの維持に必要な力は残すから安心して」
 神は死んだら神霊になるらしいが、私は元が妖怪なのでどうなるか分からない。紫が何か言う前に通信符を切り、同時に結界と霊夢の陰陽玉への力供給を切った。









「妖力が漲り身体が動く! すがすがしい気分だ!」
 私は手に髑髏を掴んだ四人のフランの腕を一瞬で切断した。何が起こったのか分からない、という顔をするフランに最高の笑顔を向けてやる。全力全快の感覚は久しく忘れていた。今なら何でもできる気がする。
「こ こ か ら が 本 当 の 地 獄 だ」
 幸運にも初撃が成功し、腕を切る事が出来た。これを防がれたら四人のフランの全員の目に止まらない速度で動きながら闘うハメになるところだった。
 能力が使えなくなれば今度こそ安全。ネタを言う余裕すらある。
 戸惑いながら出された四本の魔剣は破壊力を極限まで上げた拳で一気に粉砕。パパパパン、と連続した音の後がして砕け散り、そのまま復活しなかった。ざまあ。
 そして魔力を大量に注ぎ込んだ魔術で恐怖に怯えるフラン達を一ヵ所に纏めて拘束し、妖術の業炎で火炙り黒焦げにした後神通力で強制的に意識を奪った。
 意識を失い一人に戻ったフランを御札でべったべたにして能力発動に必要な最低魔力すら出力できないようにする。ここまでで九秒だった。
「紫、助かったよ」
「危なかったわね」
 力供給を繋げ直して呟くと隣から返事が返った。空間に裂け目が出来て紫が上半身を出す。ぷすぷす煙を上げている幼い吸血鬼をじっと見た。
「本当に生かしておくつもり?」
「まあ、ね。危険もあるだろうけど」
「危険しか無いわ。この子は今ここで殺しておいた方が良い」
「幻想郷は全てを受け入れるんじゃなかった?」
「それは幻想郷に害を成さない場合の話」
「フランは精神面を矯正すれば大丈夫だよ。ありきたりな言葉だけど力は悪くない。使う者次第ってヤツさ」
「…………」
 紫はしばらく沈黙していたが、やがて大きなため息を吐いた。
「好きにしなさいな。精々しっかりと躾けるといいわ」
「ありがと」
 紫は薄く微笑み、扇子で私の右目と右手をつついた。
「……何したの?」
「破壊と再生の境界を操ったわ。これで三日もあれば自然に治るはず」
「紫大好き!」
 感動の余り抱き付こうとしたが避けられた。スキマに引っ込む紫の頬に朱が差していたのは幻覚では無いだろう。
 私は今度安眠グッズでも送ってやろうと心に決め、うなされているフランを抱き上げた。










Stage Clear!

フランドールが仲間になった!



[15378] 日常編・吸血鬼の妹がこんなに可愛いわけがない
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/03/25 22:09
 キョンシーを凌ぐ御札まみれになったフランを担いで階段を上がり、図書館をパチュマレコアに新種の深海魚でも見るかの様な目で見られつつ通過し、廊下を渡ってレミリアの部屋の前に来た。
「たのもー!」
 右手負傷、左手はフランで塞がっていたので蹴り開けた。優雅にティータイムを楽しんでいたレミリアとその給仕をしていた咲夜が眉をひそめる。
「もう少し静かに……あら、その蓑虫は?」
「あなたの妹さんです」
「はあ!? ちょっと!」
「暴走したから縛った。文句は言わせない」
 私はソファにフランを寝かせ、つかつかテーブルに歩み寄って腕を組んだ。足を肩幅に開き、文字通り上から目線でレミリアを睨む。
「フランが随分愉快な知識を披露してくれたんだけど……何か言う事は?」
「軽いジョークじゃない」
 レミリアは澄まし顔でカップを口に運んだが、紅茶が激しく波立っていた。そうですかジョークですか。そういう事なら仕方無い。
 仕方無く有罪。
「判決、梅干しの刑」
「わぁあああん!」
 両拳でこめかみをぐりぐりしてやった。一瞬でカリスマブレイク、君が泣いてもぐりぐりは止めない。
「さ、さくやあ!」
「なんでしょう」
「たすけっぁあああああ!」
 命令が無い限り黙って控える咲夜さんマジ瀟洒。この人主に忠実だけど融通効かないよね。
 抜け出そうと頭をイヤイヤと捻ったり助けを求めたりする度に力を強めてやる。
 レミリアはポロポロ涙を零して泣き叫びながら暴れていたが、数分でぐったりと動かなくなった。顔を覗き込むと目が虚ろになっていたので開放。
 まあレミリアが正しい知識を教えていても結局最後は殺るか殺られるかになった気がするのでこのぐらいで許してやることにする。ぐてっとしたレミリアは咲夜が姫抱きにしてベッドに運んだ。
 今回は客なので咲夜が淹れてくれた紅茶でクッキーを楽しみながら少し雑談。
「咲夜、フランに飲ませる血は定期的に神社に持って来てね。食事はこっちで用意するから」
「巫女の血を飲ませれば良いじゃない」
「仮にも神職の血を悪魔に飲ませるのはね……」
「悪魔が神社に住むのは?」
「それは居候だからいいんだよ。籍を入れる訳じゃないし……籍か……うむ、博麗腐乱怒尾留とかどうかな」
「名字は残した方が。富覧弩小流寿華安裂斗はどうかしら」
「……人の妹を勝手に改名しないで頂戴」
「あ、復活した」
 レミリアがふらふらベッドから降りた。目の焦点がずれているが口調はしっかりしていた。
「不甲斐ないけど私が手に負えない分野を躾て貰うのだし、教育方針に文句はつけないわ。でもあなたは別に失敗してうっかり爆死してもいいけれど、フランに何かあったら……」
「あったら?」
「……す、凄く怒る……いえ、神に魂を売ってでも貴方を殺すわ」
 おお、ためらったけど言い切った。吸血鬼は魂を買う方だと思うがそれを言うのは野暮だろう。美しきかな姉妹愛。愛はトラウマを越える。
「そりゃ怖い。ま、泥船に乗ったつもりで」
「沈むじゃない」
「沈んだら飛べばいいのさ」
「……はあ。最長で四年よ。四年経ったらあなたの死体かフランを引き取りに行くわ」
「私は死なないよ」
「どうだか……もう行くの? 紅茶のおかわりは要るかしら?」
「こんな真っ赤な部屋にいられるか! 私は神社に戻るぞ!」
 あえて死亡フラグを立て、まだ気絶しているフランを担いで紅魔館を後にした。





 空が白んできた頃、神社の境内に降りると霊夢が本堂の石段に腰掛けていた。ただいま、と声をかけ、日が昇らない内に本堂に入る。
「嫌な予感がして起きてみれば……あんた今度は何持ってきたの?」
 だるそうに立ち上がった霊夢が床に降ろしたフランの顔に貼られた御札を何枚か剥した。現れた少女の金髪と口から覗く小さな牙を見て顔をしかめる。
「妖怪……吸血鬼? レミリアじゃないわね」
「妹だよ。しばらく居候することになったんだけど……あれ、言って無かった?」
「聞いて無いわ。神社に悪魔だなんて何考えてんの?」
 素っ惚けてみたが実はわざと知らせなかった。言ったら反対されるかなと思った。反省はしていない。
 もう連れて来ちゃったんだから突っ返すのも可哀相だしこのまま住まわせてあげよう作戦である。いざとなったら神様の強権で押し通す。
「悪魔がいても御利益が無くなるわけでなし」
「参拝客とお賽銭が減るじゃない。悪魔も追い払えない神社、なんて噂が立ったらどうすんの」
「悪魔も受け入れる神社、なんてフレーズで行こうかと」
 元ネタは命蓮寺。霊夢はフランの頬をつつきながら思案顔になった。ぐにーっと両頬を掴んで引っ張り、このまま半日眠り続けそうな調子のフランが泣きそうな顔になったのを見て頭をかりかり掻いた。
「……ま、なんだかそこはかとなく危険な香りはするけどまあいいわ。御飯は作るけど私は世話なんかしないわよ」
 納得してくれた。世話は始めから私が全てやるつもりなので問題無い。
「かたじけない。あ、夜までに里で布団一組買ってきといて」
「はいはい」
 霊夢は手をひらひら振って退散した。私は本堂の扉がしっかり閉まっている事を確認し、天井あたりに鬼火を灯してフランの御札を剥す。服と身体の傷は完全に回復していたので、背中のツボを押して覚醒させた。
「ひゃ!」
 短く叫んで飛び起きたフランは私の顔を見るなり外に逃げようとした。今外に出ると朝日で灰になるので正面から抱き締めて止めた。
「離して!」
「大丈夫。もう腕切ったり燃やしたりしないから」
「嘘だッ!」
 フォーオブアカインドの連続破壊を破った時の私が余程怖かったのか、暴れるフランを黙って抱き締め続ける。フランの手は私の体に強く押し付けられているので握れない。
 私は黙って蹴られ、噛み付かれ続けた。
 数時間もすると疲れたのか昼間だからか眠ってしまった。狸寝入りでは無いのを確かめ、フランの頭を膝に乗せて私も壁に持たれかかって眠る。疲れたのは私も同じだった。
 ……起きると視界一杯にフランの顔が広がっていた。
「起きた? もう夜だよ」
「……起きた。フラン、落ち着いた?」
「うん……」
 フランは不安そうにもじもじしている。奇妙な宝石が付いた羽は力無く垂れ下がっていた。
「どうしたの?」
「……私、お姉様に捨てられちゃったの?」
 私の衣の裾を掴んで怖々聞いたフランに呆気に取られたが、微笑して頭を撫でてやる。少なからず狂気の吸血鬼も家族の情はあるようで安心した。タガが外れ無ければ結構普通の子だ。
「捨てられてないよ。能力の扱い方を覚えれば館に戻れるし、レミリアも時々会いに来ると思う」
「ほんと?」
「ほんと」
 答えると嬉しそうに抱き付かれた。恐怖体験は十秒足らずだったのでトラウマにはなっていないようだった。まあ怖がられるよりは懐かれる方が良い。
 私はフランと手を繋いで仲良く御飯を食べに社務所に向かった。



















 梅干しの刑は強くやられると本当に痛い。個人的には急所攻撃に匹敵すると思う。



[15378] 日常編・何色魔法使い
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/02 23:06
 紅霧異変から数ヶ月、季節は秋になっていた。山の獣と紫は冬に備え冬眠の準備を始めている。
 フランと霊夢の仲は良くも悪くも無く、事務的な話を除けば互いに干渉しなかった。霊夢は自分から近付かないし、フランは霊夢を`人間´としか見ていない。数年で別れるのだしわざわざ私が二人の橋渡しをすることも無いだろう。
 フランの能力を鍛えてこれ以上手に負えなくなっても困るので、修行は一般教養を中心に魔法講座を交えて行なった。慧音から教科書を借りて算数やら歴史やら国語やら……時々人里に連れて行っては人と触れ合わせて、妖怪の山に連れて行っては河童の工場を見学させた。神社に閉じ込めておいたのでは今までと変わらない。
 フランは地下と紅魔館以外の世界を多く知る必要がある。幾多の経験は精神の成熟に繋がるだろう。
 精神力と忍耐力を強化さているので滅多な事で癇癪は起こさない。もしもに備えてほとんど常に私が傍に居るので神社が吹っ飛ぶような事も無かった。ただしいずれ紅魔館に戻る時のために折を見て強化を弱くしていっている。
 今ではフランは元気で明るく素直な良い子である。
 近頃のフランは夕方日が沈む頃に起き出して夕御飯までの間に神社のある小さな山の中を探検するのが日課になっている。神社周辺に出没するのは精々熊か狼なので好きにさせている。唯一一人になる時間だ。
 495歳でも精神はお子様なのであれこれ興味を持った物を持ち帰ってきては私に見せて鼻高々に自慢する。それは毒々しい色のキノコだったり土器の欠片だったり怪我を`させた´リスだったり色々だ。
 レミリアが様子を見に来ている時はレミリアに渡し、褒めて褒めてと尻尾の代わりに羽を盛んに動かす。レミリアは受け取っても「こんなガラクタ」だの「道端に落ちているものを拾ってくるなんて」だのとぶつぶつ言ってフランを落ち込ませるのだが、決まって最後は「私が捨てておく」と言って持ち帰る。咲夜の話では最近レミリアの部屋になぜかガラクタが増えているらしい。不思議だ。
 まあそんな日々である。







 ある日の夕方、縁側で寝そべってマフラーを編んでいると魔理沙が風呂敷を背負い箒に乗ってやって来た。どうやら玄関という概念を知らないらしく縁側から直接居間に侵入する。博麗神社の外来客玄関未使用率は異常だ。スキマから這い出したり空間転移してきたりする奴も居る。
「実験に失敗して家吹っ飛んじまったぜ!今晩泊めてくれ!」
 挨拶も無しにいきなり要件を告げて明るく笑う魔理沙は明らかに空元気だった。
 白黒の古典的魔女服は端々が裂けて煤けて焦げていて、金髪は縮れて頬には擦り傷があった。派手にやったらしい。
 フランは例によって探索中、霊夢は台所で晩ご飯を作っているので居間には私しかいない。身を起こして魔理沙の相手をする。
「……まあいいけどさ。御飯三人分しかないよ」
「おお泊めてくれるのか、助かった。安心してくれ。飯要求するほど厚かましくは無いぜ」
「本返してくれれば一食付けるけど」
「あんたからは借りてないだろ」
「いや、大図書館の本。パチュリーから回収頼まれてるんだよね」
 魔理沙は口笛を吹きながら居間に上がり込んで風呂敷を解き始めた。
 千年ほど前からちまちま書いていた魔導書の類は全て魔理沙にあげた。強奪されるぐらいなら譲渡してしまった方が気分が良い。自筆なので内容は記憶しているし楽に複製できる。
 もっとも、魔術書の半分は陰陽・妖術・神通力混合魔法だから魔理沙には使えない。更に四分の一は威力や効果が危険であるため暗号化してあり、五分の一は種族魔法使いである事を前提とした魔法書なのでやはり使えない。活用できるのは十冊に満たないだろう。
 魔理沙は風呂敷から毛布一枚、萎びた薬草、干涸びたキノコ、液体が入った薬瓶に羽根ペン、インク壺……と居間の畳にぶちまけていく。私は編みかけのマフラーを脇に置き、傘におどろおどろしい髑髏模様が浮かび上がった紫色のキノコを手に取って眺めた。
「家吹っ飛んだって、本は?」
「そりゃ地下室にあるから無事だ」
「なら地下室で寝ればいいのに」
「入口が瓦礫で埋まってるんだよ……おい、それは私のだ。返してくれ」
「このキノコ何に使う予定?」
「実験に使ったあまりだ」
「あー……爆発する訳だ。このキノコの柄の部分は魔法薬の材料になるけど傘は水で濡らして強い衝撃を与えると爆発する。しかも不味いし猛毒がある」
「ほお……食べた事あるような口振りだな」
「あるよ。なんか肌が緑色になって口痛めた」
「…………」
 魔理沙は私からキノコを受け取ると丁重に布で包んで空瓶に入れた。毛布だけ出して残りはしまいはじめる。
 そこで玄関からただいま、と声がした。ぱたぱたと廊下を走る音がしてフランが顔を出す。
「白雪っ! 見て、変なの捕まえた!」
 哀れっぽい鳴き声を上げる小狸を振り回しながらフランは私に飛び付いた。私の髪で小狸の尻尾を縛って拘束していたが、魔理沙に気付いて首を傾げた。
「……白黒がいる」
「魔理沙だ」
「どうでもいいわ。ね、白雪、これ何? なんて生き物?」
 軽く流された魔理沙は不機嫌そうな顔をしたが、話し声を聞き付けた霊夢が顔を出すとそちらへ行った。
 歳が近いからなのか魔理沙は霊夢をライバル視している。しかし幾度となく弾幕決闘をしているが魔理沙が白星をあげる事は一度も無い。霊夢からはライバルとも友人とも思われていない辺り魔理沙が哀れだった。
 弾幕の才能は全てにおいて霊夢が勝る。回避、スピード、誘導、正確さ、威力も道具無しなら霊夢が大きく水をあける。魔理沙に主人公補正は無かった。紅霧異変で咲夜に負け、何度も再戦を繰り返して先日やっと勝ちを拾ったらしい。
 まあ人間の十数歳の少女が紅魔館の門番や百年生きた魔女に一度で勝つというのは凄い事なのだが……私の周囲がぶっ飛んだ奴ばかりなので大した事が無いように思える。いや強いよ? 強いんだけど。
 小狸は尻尾を私の髪で堅結びされてキュンキュン鳴きながら身をよじっている。それを見てケラケラ笑うフランと魔理沙を見比べ、種族差をものともせず吸血鬼を打倒した霊夢の異常性を改めて実感した。
 それから小一時間して夕飯が出来上がった。四人で卓袱台を囲み、食べ始めた。小狸は開放して逃がしてある。拗ねたフランを宥めるために食後に弾幕ごっこを予定している。
 一人何も食べないのは可哀相だということで結局魔理沙にも食べさせた。捨食の法を身に着ければ楽なのにと言ってみたがそれは嫌らしい。
「やろうと思えば出来るんだけどな」
「やればいいのに」
「……もっと他にやる事があるんだよ」
「ふーん」
 美味い美味いと漬物を口に運ぶ魔理沙をじっと見た。
 魔力、という力は酷く安定しない力だ。身に着けている物や場所、時間で量や質が細く変動する。魔理沙の魔力も多分に漏れずゆらゆらしていたが、色は一貫して金色だった。恋色ではない。恋色がどんな色かは知らないが。
 ちなみにフランは紅、パチュリーは一定時間で七色に変化し、マレフィは四色がマーブル模様に混ざっている。明るい髪の色に似た魔理沙の金色の魔力からはどことなく活発で騒々しいような印象を受けた。霊夢の冷たい無機質な感じがする霊力よりよっぽど主人公っぽいんだけどねぇ……まあ世の中そんなもんだ。
 私は箸とフォークでオカズを取り合う魔理沙とフランを行儀が悪いと叱りながら、明日は魔理沙の家の再建を手伝ってやろうと思った。










 魔理沙が捨食と捨虫の魔法を習得しないのは、いつか霊夢に同じ「人間」として勝つため。種族魔法使いになって勝っても何か負けた気がする、という負けず嫌い。



[15378] 日常編・台所の黒い悪魔
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/05 07:03
微グロ注意















「白雪、見て! カブトムシ!」
 ある秋の終わりの日の夕方、私が居間で霊夢に九子置きで囲碁勝負をしているとフランが勢い良く障子を開けて飛び込んできた。私は一瞬ちらりとフランを見てまた碁盤に目を戻す。
「居間に入る時は靴を脱ぐ」
「あ、ごめんなさい」
 フランは素直に謝り、縁側に戻って靴を脱いだ。手編みマフラーをとって部屋の隅に置き、私の背中に張り付く。そのまま髪に顔を埋めて何やらもぞもぞしはじめた。背中がくすぐったかったが対局の最中という事もあり好きにさせておく。
「もうそろそろ冬なのにカブトムシって珍しいねぇ。弱った奴かな」
 ノビ……ハネて……切る……つぐ……あれ、この石なんかもう死んでる気がする……
「元気一杯だよ!今も逃げようとしてる」
 ……一間飛び……桂馬……ああ駄目だこれ、死んだ。
 碁盤から目を上げると霊夢は退屈そうに碁石を指で弄んでいた。
「往生際悪いわね。もう投了したら?」
「諦めたらそこで試合終了ですよ」
「諦めなくても終わってるわよ。ざっと百五十目は差がついてるじゃない」
 ……ちっくしょう!囲碁覚えて二週間の癖に余裕ぶりやがって!
 歯がみして逆転の一手を探していると霊夢が私の背後を見て変な顔をした。
「ちょっと」
「何?まだ投了しないよ」
「そうじゃなくて。フランドールがあんたの髪に虫結んでるんだけど」
「それはいつもの事でしょ」
 何故か知らないがフランは戦利品を私の髪の中に隠す。私の髪は長いし量は多いし頑丈で傷まない癖はつかないという反則仕様なので物を隠すには向いて……いる気がしないでもない雰囲気が漂っていなくもない。私の髪は四次元空間ではないので隠された物はそれとなく床下に移しておいている。
「いやその虫が」
「んー?」
「油虫に見えるんだけど」
「…………」
 油虫。あぶらむし。ゴキブリの旧名。熱帯を中心に生息し、平たい体型は狭い場所に潜むのに都合が良い。頻繁に比喩表現に使われる程の自慢の生命力と適応力で遥か昔からしぶとく生き残り、生意気にも生きている化石と呼ばれている。
 そして地底の妖怪よりも激しく忌み嫌われる存在。
 そっと振り返るときょとんとしたフランと目が合った。
「フラン」
「何?」
「結んだ?」
「うん」
 フランは眩い笑顔で白い髪で胴を結んだ黒光りする長い触覚のあんちくしょうを私の眼前に突き付けた。
「っぁあああぁああああああ!」










「なにあんた、大妖怪片手で捻る癖に油虫が怖いの?」
 生涯で上位三位に入りそうな凄まじい絶叫を上げた後、私は手刀で髪を切断した。驚いたフランは畳に落ちてカサカサ逃げる奴を素手で飛び付いて捕まえようとしたが取り逃がした。
 霊夢は自分の膝元に逃げてきた奴を碁盤で叩き潰そうとしたが、畳と碁盤が悲惨な事になるので突き飛ばして止めた。そうして三人でゴタゴタしている内に見失い、現状に至る。今は居間の中央で身を寄せ合っている。
「無理。あれは無理。生理的に無理」
 屋外で遭遇したら跡形もなく消し飛ばしてやるのだが、屋内に出現されるとそうもいかない。弾幕系を使うと家具を巻込んでしまうのだ。お陰で凶悪度三倍増。
 奴がなぜ幻想郷に居るのか疑問だが、嫌な意味で世界的知名度を誇る存在が幻想側に来る訳が無い。大方幻想入りした物品にくっついてきたのだろう。幻想郷の冬は凍える寒さなので来年まで生き残る事は無いだろうが、放置する訳にもいかない。
 あんなおぞましい昆虫に神社に居座られてたまるか。被害を抑え素早く確実な殺らなければ。
「白雪、カブトムシ嫌いなの?」
 フランは悲しそうに言った。どうやら何も分かっていないらしい。つーかお前素手で奴を鷲掴みにしてただろ。早く手を洗って……いや、私の髪にも奴の油ぎった羽と手足が……
 そこまで想像して体ががくがく震えた。今、猛烈に風呂に入りたい。さっさと片付けてしまおう。
 リグルになんとかしてもらおうとも思ったが第一居場所知らないし事情を話しても奴の味方をしそうで嫌だ。発見、体液が飛び散らないように半殺し、外に放り出す、滅殺。これでいこう。
 私は二人に方針を告げ、ひとまず自分の髪を鬼火で一瞬炙って殺菌してから探索魔法を使った。探索対象と探索範囲を絞る間に霊夢にフランへの説明をさせておく。しばらく話を聞いたフランは納得した顔で炎の魔剣を出し、刀身に手のひらを押し当てて殺菌していた。
「むむ……発見。敵は台所にあり」
「そういえば流しに野菜出しっ放しだったわ。這い回られたら厄介ね」
「白雪ごめんね。変なの持って来ちゃって」
 三人でぞろぞろと台所に向かう。私は引き戸を細く開けて中を覗いた。フランも私の頭に顎を乗せて覗き込む。
 台所は板の間と土間に分かれている。土間の竈の脇には薪が積まれ、流しには夕食用の大根と人参とネギとジャガイモが小さな山を作っている。板の間の隅には血液保存用簡易魔術式冷蔵庫が置いてあった。他にも食器棚やら水瓶やら、要するに隠れる場所は幾らでもある。
「……いないね」
「絶対いるよ。対象が小さ過ぎて場所を絞りきれなかったけど、ここにいるのは間違い無い」
 百年単位の永い間使っているので部屋全体に煙の匂いと色が強く染み付き、奴のカモフラージュにはもってこいだ。どこかに隠れているに違いない。
「びくびくしてないで中に入ればいいじゃない」
「……それもそうか」
 後ろから霊夢に言われて戸を開けて中に入り、逃げられない様にすぐ閉める。竈の火を熾すために置かれていた文々。新聞を丸めて構えながらおっかなびっくり家捜しした。もっとも緊張していたのは私だけで、フランは宝探し気分なのか楽しそうにしていたし、霊夢は淡々と次々に薪の山を崩していた。
 食器棚の裏を覗き、流しの下を探り、水瓶の陰に目を凝らしたが見つからない。
「いないねー」
「逃げたんじゃないの?」
「そんなはずは……」
 おかしいな。隠れられる場所は全部探したはずなんだけど……
 首を捻って再度探索魔法を使う。すぐ隣の霊夢とフランが強い反応を返したが、やはりもう一つ弱い反応があった。
 その反応は上からだった。
 はっとして天井を見上げると、そこには二十センチ強に巨大化した悪魔の姿が!
「う、あ、え……」
 ガタガタ震える手で梁に張り付いて微動だにしない奴を指差すと、霊夢は黙って肩を竦め、フランは凄い凄いとはしゃいだ。お前らその気楽さを半分でいいから分けてくれ。切実に。
「でかいわねぇ」
「ななななな……」
「狙いやすくなったね!」
 フラン、超前向き。私は失神しそう。何が悲しくてSSS級のグロ昆虫を拡大で見なけりゃならんのだ。てめ、呑気に触覚動かしてんじゃねぇ。
「どうして巨大化したのかしら」
「魔法!」
「油虫は魔法も妖術も使えないわよ」
「じゃあなんで?」
「さあ」
「むー……白雪、なんで?」
「え?」
 あれはただの虫、ただの虫と自己暗示をかけていた私は我に帰った。見たくは無いが嫌々よく見てみると、奴の胴に巻き付いた私の髪から力が放出され、それを奴が浴びていた。観察している間にもまた微妙に大きくなる。
 ……自分の記憶と奴の存在を消してしまいたい。私の髪のせいで拳銃をロケットランチャーに進化させてしまった。数時間放置すれば核爆弾になるだろう。
 あの髪は意図せず体から離れてしまったので発信機代わりにしたり術の起点にして奴を拘束したりは出来ない。ただ巨大化のエネルギー源にされるだけだ。虫酸が走る。
「私の髪が原因で成長したみたいだね。霊夢」
「はいはい」
 新聞紙ブレードを渡すと霊夢はふわりと浮かんだ。私とフランが固唾を飲んで見守る中、霊夢はしきりに触覚を動かす奴にそろそろと背後から近付き、新聞紙を振りかぶった。奴は動かない。
 殺った!
 ……と、思ったがすんでの所で避けられた。羽を広げて飛び立ち、こちらに突っ込んでくる。あわわばばば!
「こっちくんなあ!」
 気持ち悪い気色悪いおぞましい! 私は反射的に横に転がったが、フランは手近な薪を掴んで奴目掛けて振り抜いた。勇者だ!
 ところが奴はそれを嫌らしさ迸る軌道で回避し、壁にびたっと着地。カサカサと巨体に見合わない速度で壁を這い回り始めた。その動き止めろ!
 フランは高速で壁走りする標的を喜々として追い回し、霊夢は台所の食材を結界で堅守している。私? 普通の感性であんなもん追い回せるか馬鹿。鼠よりでかいんだぜ。
「あははははっ! 待てー!」
 戦闘員は狩人の目をしたフランだけ。弾幕こそ使っていないが吸血鬼の力で振り回された薪は壁にひびを入れ床を割る。仮にも神力で建築・強化されている神社なので大破はしない。が、見る間に台所はボロボロになっていった。しかし奴は野生の勘を働かせているのかすんでの所で全て回避していやがる。じわじわと肥大していき的は大きくなるのだが、その分スピードも上がるのでなかなか仕留められない。髪は既に体に同化して白い模様を作っている。あれが元私の髪だと思うと……うぇふ……吐きそう。
「フランッ!」
 木端が飛ぶばかりのイタチごっこを見ていられなくなり呼び止めた。フランが止まると同時に奴の動きもぴたりと止まった。盛んに蠢く触覚がこちらを馬鹿にしている様でムカつく。節足動物の分際で舐め腐りおって。
「何?」
「フラン、このままだと被害が広がるだけだから、落ち着いて、冷静に、狙いをつけて、次の一撃で確実に沈めて。あとこんな物で叩き潰したら体液が飛び散るから没収」
「んー、分かった」
 フランの手からかなり磨り減った薪を取り上げた。ん? あれ、伝統と格式の対漆黒の悪魔用兵器(新聞紙)はどこにやったかな……
「あんたが殺ればいいじゃないの」
 霊夢が竈の縁に腰掛けて言った。奴から目を離さず、かつ顔色一つ変えていない。肝太過ぎだろ。
「武器越しでも叩く感触が残るからやだ。霊夢やってよ」
「野菜に強力な結界張っちゃったからその維持で手が離せないわ」
「あーまあそれなら仕方無い……か? お、あったあった。フラン、これで……」
 新聞紙片手に振り返った私の目にスローモーションで映ったのは、手のひらの髑髏をしっかり握り締めたフランと体液と体のパーツをまき散らしながら粉々に爆砕された巨大ゴキブリの姿だった。
「ら、らぐなろく……」
 ……当然気絶した。










「確かに一撃でとは言ったけどさぁ……これじゃ何の為に慎重に半殺しにしようとしたか分からん」
 神様スペックのお陰か数秒で現実に復帰した私は即座にその場から避難してフランに後始末を命じた。幸い肌にはかからなかったが衣には言葉では言い表せない液体がこびりついている。
 フランはてへっ☆ と可愛らしく舌を出して誤魔化そうとしたが赦さない。可愛いかったけど赦さない。
「霊夢、洗濯よろしく」
「手洗いは私でも気が引けるわ……」
 私は衣を脱ぎ、霊夢に放って下着姿になった。霊夢は奴が砕け散った瞬間自分の周囲に薄い結界を張って無事だった。流石稀代の巫女、狡猾である。
 対して一番酷かったのは奴の正面に居たフランだ。色々大惨事になっていたが自分で自分に火を付けて全身大火傷から再生したら元通り。こんな無茶苦茶な浄化法がまかり通る吸血鬼の再生能力って凄い。
 弱点無視すればほとんど蓬莱人だよなぁと思っていると衣を嫌そうに持っていた霊夢がはっとして顔を上げ言った。
「ん? ……これって白雪の能力でアレの生命力とか速力下げれば楽だったんじゃない?」
…………
…………
「しまったぁあああ! 先にそれ言ってよ!」
「無茶言わないで、私も今気付いたんだから」
 畜生。奴が気持ち悪過ぎるせいで思い付かなかった。もっと早く思考が自分の能力に及んでいれば……いや、もう後の祭りか。
 私は深々とため息を吐いて肩を落とし、台所から聞こえる嫌そうな声をスルーして風呂場に向かった。まずは物理的&精神的汚れを落とさなければ。










 余談だが翌日から一週間ほど自分の髪が黒く染まって足が生え触覚が伸びて以下略な夢を見た。



[15378] 本編・妖々夢・春雪異変
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/06 09:07
 暖い季節は終わり、辺境は白銀の幻想に閉ざされた。人々は、いつ終わるとも分からない長い冬に、大人しくなった。

 しかし、元気な犬と妖怪達には冬など関係無かったのだ。そう、ここ幻想郷は、もとより人間の数は少なかったこともあり、冬は冬の妖怪たちで騒がしかったのだ。

 次第に雪は溶け、白銀の吹雪も桜吹雪へと変化する頃になった。
幻想郷も、例外なく暖かい季節になるはずだったのだ。

 そして五月、春はまだ来ない。





















 そう。春雪異変である。
 情けない事に私が異変に気がついたのは五月の中旬だった。今年はちょっと雪溶けが遅いなーとは思っていたのだが、神社にカレンダーは無いのであまり違和感が無かった。人里に買い出しに行かなかったらもう一ヵ月は気が付かなかっただろう。
 いや予備知識はあったんだけどね? 二年連続で異変が起こるなんて思わないじゃないか。原作のゲームは確か一年一作ペースだったけどさ、あれはゲームだから。現実では異変なんて十年に一度でも多いぐらいだから。
 春雪異変は地味……地味でもないか、派手に迷惑な異変だから事前に潰してしまおうと思ってたのに……まだ慌てる時間じゃない、なんてのんびりしてたら普通に異変発生だよ。
 なんなの? このまま年一で異変が連続するの? 馬鹿なの死ぬの?
 降りしきり降り積もる雪は人を屋内に閉じ込める。人里では農業も狩りも出来ないのでほとんどの人間は春に備えて内職をするのだが、その内職も終わり食料も尽き始め、終わらない冬に皆不安を抱き始めている。春雪異変ってさり気なく被害が大きいよね。幽々子も少しは生きてる人間の事を考え欲しいものだ。
 とにかくこれは炬燵に足突っ込んでぬくぬくしてる場合じゃない……と思いつつ、買い出しから帰った私は神社に戻るなり炬燵に潜った。至福。
「あ~……生き返るー」
 フランと霊夢は炬燵から顔だけ出して蕩けている。寒いもんね。動きたくないよね。私もジャンケンで負け無ければ外に出なかった。
 つまり異変だろうが外は嫌だ。魔術か妖術で炎を纏えば寒くはないのだが炬燵には比喩的意味で魔力がある。魔力稼動だから実際に魔力もあるけど。出たく無い。そしてこういう時のために巫女がいるのだ。
「れ~む~」
「……あによ」
 声をかけると霊夢は寝そべったまま半目で顔だけこちらに向けた。頬に畳の跡がついている。
「里で聞いたんだけどねー、実はもう五月なんだってさ」
「はぁ?」
 雪が降れば冬。つくしが出れば春。セミが鳴けば夏で山が紅葉すれば秋。正月やお盆は里で集まりがあるので分かるが、そういったイベントが無いと博麗神社の時間感覚は非常にアバウトだ。特に冬は新聞を届けに来る文が比較的大人しくなる上に里に行く回数も減るのでそれに拍車がかかる。
「もう五月なの?」
「五月」
「……異変?」
「異変だねぇ」
 私と霊夢は体を起こし、同時に涎を垂らしておねむのフランを見た。
 この子に異変だと言えば大喜びで飛んで行きそうだが、フランに任せると異変を放置するより酷い事になる予感がする。白玉楼半壊とか、幽々子強制成仏で冥界の霊が溢れたりだとか。フランも割と落ち着いてきたのだが時々目を離した隙にはっちゃけるので油断ならない。
「そもそも居候だしこの子は除外するとして……あんた行く?」
「やだ寒い。霊夢行って来て」
「私だって寒いわよ。神様なら吹雪ぐらいどうにでもなるでしょ」
「気象操るのはちょっと……知ってると思うけど私の神徳は恋愛成就(魅力強化)とか無病息災(病への抵抗力強化)とか合格祈願(学習力強化)とかそういうありきたりなヤツだから」
「使えないわねぇ。金運も上げれないし」
 霊夢はやれやれと首を振った。
 あれおかしいな……霊夢って私の巫女だよね。なんでこんなに言われるの? 遠慮無さ過ぎだろ。
 しばらくごたごたと異変解決の押し付け合いをしたが、最後は私が神様命令で霊夢に行かせた。巫女は神様にこき使われる為に存在するのである。
 嫌そうな顔をしながらも全身を覆う鎧のように不可視結界で纏って寒さを緩和し、霊夢は縁側から空の向こうに飛んで行った。去り際に縁側の障子を全開にしていく辺りに神様に逆らえない巫女のささやかな抵抗を感じる。
 私は遠隔操作術で炬燵に潜ったまま障子を閉めた。数秒部屋に寒風が吹き込んだせいで室温が下がり、フランがくしゃみをして目を覚ます。
「んぅ……夜?」
「まだ昼だよ」
「……んー」
 フランはぼんやりしたまま一度炬燵の中に顔を引っ込め、私の横に出てきた。そして私を抱き枕にしてまた寝てしまう。強く抱き締めらて肋骨が軋んだ。宿儺と言いフランと言い、私は抱き枕属性でもあるのか?
 何となくフランの幸せそうな寝顔が癪に障ったので同じぐらいの力で抱き返し、私ももう一眠りする事にした。
 私達は一生懸命惰眠を貪るから霊夢も頑張れ。起きたら雪解けが始まってるのがベストだ。








「……なにこれ」
「お嬢様がどうしてもと」
 起きたらレミリアがフランの背中にくっついて眠っていた。私とフランが抱き合い、フランの背中にはレミリアが。正方形の炬燵の一辺に幼女と言えど三人が無理矢理入っているので狭苦しい。
 吸血鬼姉妹は目を覚ます様子が無く、その寝顔を咲夜が座布団に正座して見ていた。心なしか口許がニヤけている。
「いつ来た?」
「一時間ほど前に。妹様用の血液は冷蔵庫にしまっておいたわ」
 レミリアが訪ねて来たって事はもう夜か。霊夢居ないから夕飯の支度は私がやらないと……
「雪は収まっ……収……収まってた?」
 炬燵から出ようとしたら眠るフランに無意識でしがみつかれ、引き剥がそうと四苦八苦しながら聞くと咲夜は首を横に振った。
 あららまだなんだ。どうせ霊夢は前情報も無しに勘だけで正確に白玉楼に一直線だろう。途中で弾幕決闘を挟みながら進んだとして……ああ吹雪だから飛行速度はいつもより落ちるか……そうだな、不測の事態が無ければあと二、三時間あれば解決かな。
 私はレミリアをフランに抱き締めさせ、炬燵から抜け出した。余程良い夢を見ているのかだらしない笑顔で眠る主人を咲夜はニヨニヨ眺めている。
「咲夜とレミリアは夕食要る?」
「食べて来たわ」
 咲夜は返事をする間もレミリアから目を離さない。そうですかお楽しみ中ですか。邪魔してごめんなさいね。
 私は台所に行き、踏み台を出して夕食を作り始めた。今日は豚汁だ。
土間の水瓶から水を汲もうとしたら薄く氷が張っていた。おおう、通りで寒い訳だ。
 氷を割って柄杓で鍋に水を入れ、竈に置いて火にかける。魔法で自分の周りを暖めつつ人参と大根を切った。料理をしながらつらつらと考える。
 原作では西行妖が満開になりかけていたが、この世界では西行妖の春度キャパシティが大きい。千年前に私と紫の二人がかりで全力封印を施したので、生半可な量の春度で封印は解けはしない。
 春度は`力´とは呼べ無いので紫の協力が無いと操れないが、感じ取るぐらいは出来る。数年前の春度調査から変動が大きな無ければ幻想郷全体の春度を集めても満開には届かないだろう。千年前の出来事なのではっきりとは覚えていないが、西行妖はそれぐらいの許容量はあるはず。
 つまり万一霊夢が幽々子に負けても西行妖が満開になり封印が解ける事は有り得ない。外の世界の春度も集めれば話は別だが、流石にそこまではしないし出来ないだろう。
 幽々子がやっている事は全て無駄なのだ。
 通信符でそれを教えてやろうにも霊源が切られていて連絡がつかない。霊夢にボコられて目を覚ますがいい。
 






 フランと一緒に豚汁を食べ終わり、吸血鬼姉妹がキャッキャウフフしているのを咲夜と並んで眺めていると懐の通信符が震えた。そういやマナーモードにしてたな。
 私は廊下に出て通信符を耳に当てた。まんま携帯電話である。
「はいもしもし」
『あ、白雪? 異変の首謀者はとっちめたわ。でも面倒な事になってたのよ』
 この声は霊夢か。無事幽々子には勝ったみたいだが……妖々夢って幽々子に勝って終わりじゃなかったか? なんだ面倒な事って。
『白玉楼ってとこの亡霊姫が春度集めて妖怪桜を咲かせようとしてたんだけど』
「うん。知ってる」
『は? ……知ってるならあんたが行けば良かったじゃない』
「寒いから」
『…………』
 通信符の向こうから呆れたようなため息が聞こえた。幽々子を撃墜するにしても説得するにしても白玉楼まで出向かなくてはならない。吹雪の道中は寒い。寒いのは嫌だ。炬燵の方がいい。
「それで問題って? 妖怪桜が溜め込んだ春度を開放して終わりじゃないの?」
『それがね、溜め込まれた春度が別の力に変わってんのよ』
「……え?」
 あれ?
『春度を吸ったそばから何かを封印するための力に変えてるみたい』
 ……キャー! 忘れてた!
 春度を封印を継続する力に変換するように仕込んだんだからそりゃ元に戻らない。
『どうすんの?』
「ちょ、ちょっと待って」
 えーと、西行妖を消滅させても一度別の力に変わった春度は元に戻らないよね。そんな事したら幽々子も消えるし。
 春度を封印の力に変える術のベクトルを逆にして封印の力を春度に変えるようにすれば良いか。よし。
「霊夢、その桜にかけられてる術読み取れる?」
『……んー……大体は』
「良かった。なら力の変換を意味してる部分を書き換えて反転させてみて」
『分かった』
 霊夢の声が途切れ、ゴソゴソ音がした後に一拍間を置いて爆発音が轟いた。三人分の悲鳴が上がる。幽々子と妖夢いたんだ。
「何? どしたん?」
『……ケホッ……弾かれたわ。物凄く弾かれた。誰が施した封印か知らないけど外部からの干渉を拒絶してる。私じゃ弄れそうも無いわね』
 アチャー……
 考えてみればもっともだ。千年前のものとは言えトップクラスの大妖怪二人掛かりの全力封印。もしかすると世界一強力かも知れない。いくら霊夢がずば抜けて優秀な巫女でも解除は無理だろう。
「あー分かった、私が行く。一時間ぐらい待ってて」
『はいはい』
 私は霊源を切って通信符を懐にしまった。ため息を吐く。
 どうせ行く事になるなら始めから私が異変解決に行けば良かった。霊夢に任せてだらだらしようと思った罰があたったのだろうか。私は罰をあてる側だけど。
 居間に戻るとまだ幼女達はイチャついていた。畳に転がって羽をしきりにパタつかせながら首筋に甘噛みしたり羽の付根を指でなぞったり……なんかそこはかとなくエロい。
 二人は私に気付く様子が無いので、ハンカチで鼻を押さえてカリスマブレイク中の主人を凝視している咲夜に二、三時間留守にする事を告げた。紅魔館組だけが神社に残る形になるが乗っ取られはしないだろう。
 私は草履をつっかけて玄関から外に出た。幸い吹雪は止んで月が出ていたが肌を刺す様な寒さだった。ああ嫌だ嫌だ。
 吐く息を白く後ろに棚引かせながら空に飛び立つ。私、この異変が終わったら炬燵と結婚するんだ……



[15378] 本編・妖々夢・クリスタライズシルバー
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/12 07:46
 魔法火を纏って冬の綺麗な星空の下を飛んでいたのだが、何分夜空に赤い炎は目立つ。炎に興味を持った妖精が次々と近付いて来ては触ろうとして燃え尽きていった。飛んで火に入る冬の妖精である。
 加えて速度を出すと炎が風に吹き散らされて寒いので保温魔法に切り替えた。保温魔法では完全に冷気を遮断出来ないので冷気がじわじわ染み込んでくる。あべこべクリームが欲しい。
「あ゛ー……」
 鼻を啜り、ふと下を見ると足跡一つ無い雪原に二階屋ほどもある巨大な氷像が直立していた。何あれ。
 少しぐらい寄り道しても異変の大勢に影響は無いと見て速度を緩め高度を落とした。氷像の正面に回り込みじっと見る。
 大きな頭のリボンに手入れの様子が無いショートヘア、勝ち気な目、飾り気の無いエプロンドレス、背中から覗く鋭利な六本な氷柱。腕は胸の前で組んでいる。
 チルノだ。それも今にも動きだしそうなほどクオリティが高い。
「おぉ……匠の技だ」
「これは昼間に氷精が作っていったのよ」
 感心して呟くと氷像チルノの背後から妖怪が顔を出した。幻想郷では割とポピュラーな白髪だ。どこっなくチルノっぽい青と白の服で、スカートからは色気の無いドロワーズが見えている。え、と……
「レティ・アイスロックだっけ」
「ホワイトロック」
「ああそうだった」
 レティは氷像チルノの肩に腰掛けて私をジロジロと見た。
「あんたはこれ壊さないの?」
「は? なんで?」
 傑作じゃないか。チルノの気合いと芸術性がひしひしと伝わってくる。あいつは妖精にしておくには勿体ないぐらい有能だ。
「昼間の巫女は春度が減るとか言って壊してたけど。頭吹き飛ばされて怒った氷精がつっかかって返り討ちにされてたわ」
 おい霊夢……異変の時に手当たり次第攻撃するの止めようよ……
 とりあえず謝っておく。
「家の巫女がご迷惑をおかけしまして」
「! ……博麗の祭神?」
「その通り。大人気ない巫女でごめんね。レティはここで何やってんの?」
 私はレティの隣に降りて腰掛けた。レティはぴくりと眉を動かしたが、横に詰めて私が座るスペースを開けてくれる。良い妖怪だ。
「別に。なんとなく冬もお終いな気がするし雪だるまでも作って待とうかと思ってた所」
「ふーん……」
 なかなか勘が鋭い。流石は冬妖怪、季節の移ろいには敏感らしい。
「あなたの雪だるまを作ってあげてもいいけど」
 星空を見上げながらぽつりと言ったレティの提案に私は首を傾げた。あなたの雪だるま……あなたに贈る雪だるま? あなたに似せた雪だるま?
 いやまあどちらでもいいか。雪だるまなんぞ貰っても困るだけだが冬妖怪が作る雪だるまには興味がある。
「雪だるまなの? 雪像じゃなくて?」
「顔だけ似せるつもり」
 さいですか。
「じゃ、お願いします」
「お願いされます」
 レティが氷像チルノの肩から飛び降り、ぼふんと雪を巻き上げて着地した。私も追って飛び降りる。
 レティは雪を手ですくって拳大の雪球を作って足元に転がした。パチンと指を鳴らすと超局地的吹雪が吹いてそれぞれの雪球をバラバラの方向に転がしていった。
ノロノロ転がりじわじわ大きくなっていく三つの雪球。見ていてもあまり面白く無いので私は私で雪兎を作る事にした。
 人妖大戦から数千年もの間竹林に兎達と共に籠っていたので奴等の姿と特徴は目に焼き付いている。一時期はおにぎりが兎に見えたほどだ。
 気分良く口笛を吹きながら程よく湿った雪を握り固めて成型していく。胴体に尻尾、手足。雌にしておこう。
 耳と目を作ろうと辺りを見回したが、月明りを反射してうっすら光る銀の平原には耳にするユズリハも目にするナンテンの実もありはしない。ふむ……
 わざわざ取りに行くのも馬鹿馬鹿しいし目も耳も無ければ兎とは呼べない。
 そういえば木炭やら木の実やら色を付けるものが無いのはレティも同じだ。どうやって雪だるまの顔を作っているのだろうと目をやって絶句した。手から作りかけの雪兎が滑り落ちる。
 そこには既に三段重ねの雪だるまが三体出来上がっていた。
 いやそれはいいんだ。私が兎一匹作る間に三体出来ていても別に良い。雪だるまは作り慣れているようだし。一体目に不自然なぐらいでかい胸がついていても、二体目が私よりも輪をかけてチビでロリでもいい。クリスタルのように澄んだ氷ね塊を削って器用に目や鼻や口を作っている部分などは賞讃に値する。
 でもね、三体目の顔がさ、ふてぶてし過ぎる。イラッと来る。具体的に言えばゆっくりしていってね!!!
「うっぜぇ!」
 思わず素で叫び、助走を付けた跳び蹴りでゆっくり白雪を粉砕してしまった。顔の形を整えていたレティは呆気にとられて固まる。
 無いわ。ゆっくり霊夢とかゆっくり魔理沙とか笑えると思っていたが こ れ は ひ ど い。
 自分をモデルにされると無性に腹が立つ。なんだろう、醜い訳でも挑発している訳でも無いのにその半笑いが憎たらしい。他の二体からしてゆっくりも意図して作ったんじゃ無いんだろうけど……偶然の産物? 嫌な偶然だ。
 ゆっくり白雪の残骸をゆっくり念入りに踏みつぶし踏み固め、良い汗かいたと振り返る。
「あのさレティ、多少弄ってもいいけどこの顔だけは勘弁……わー!」
 追加で二体、今度は胴無し顔だけの一頭身ゆっくり白雪ができていた。はえーよ! 三頭身ゆっくり壊してから十秒経って無いだろが! ユキダルマイスタか!
「壊す度に倍にするわよ」
 ゆっくり白雪のポニテを作りながら不機嫌そうにレティが言った。
「なんで!?」
「巫女と言い神と言い博麗の所のは乱暴者揃いね。自分で作ってくれって言った癖に自分で壊すなんて」
 霊夢、怪しい奴はとりあえず退治派。
 私、おいたをした奴には体に覚えさせる派。
 フラン、気に入らないものは壊しておく派。
 おおう……反論できない。私も最年長なのだから歳相応に落ち着かなければ。
 妙にディティールが細いゆっくりへの破壊衝動を精神力を上げまでして堪えつつレティに止めてくれと頼みこんだ。機嫌が悪いレティは意地悪くゆっくりを量産しようとしたが、これ以上増殖されたら理性を保つ自信が無いと言うと渋々一つを除いて雪に戻してくれた。
 で、なぜかその残った一つをお土産に持たされ白玉楼へと夜空を飛ぶ私。これを私にどうしろと。こんなものでも熱心に作ってくれたんだから叩き壊したら悪いよな……
 処分に困る荷物が出来てしまった。














アイテム:ゆっくり白雪
特定の者が所有するとストレスが上昇する。



[15378] 本編・妖々夢・人形裁判
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/13 22:20
 小憎たらしいカービィのなりそこないにうざったさを数割ブレンドしたようなゆっくりを抱えて空を飛ぶ。何が悲しくてこんなもんを持ち運ばなければならんのだろう。
 炎を纏って飛んでいた時はワラワラ寄って来た妖精達は私が何か抱えている事に気が付くと例によって近寄って来るのだが、私の腕に収まる半笑いの頭部を見ると形容しがたい微妙な顔をして去っていった。妖精すら避けるこの威力。レティには悪いがいよいよもって分子レベルで崩壊させたくなってきた。
 前を向いて飛んでいれば視界には入らないのだがそれでも腕にかかる僅かな重みが神経を逆撫でする。
 ……もうやってられるか阿呆臭い。このままこれを抱えて白玉楼まで辿り着いたらいい笑い者だ。
 投げ付ける的を探すと丁度雪原が終わり深い森の上空に差し掛かっていた。私はゆっくりを両手に掴み、一際大きい大木目掛けて頭上に振りかぶる。
 そして振り下ろそうとした瞬間に森の一角から空に向けて眩い光線が伸び上がった。一拍遅れて耳をつんざく轟音が空気を震わせた。驚いて思わず手を止める。
 その光線には見覚えがあった。スターライト……じゃない、魔理沙のマスタースパークだ。
 私は誰と闘っているのかと野次馬根性を出して現場へ急行した。感じるのはそこそこ強い魔力が二つ。片方は魔理沙として、もう片方は……マレフィにしては弱過ぎるな。魔法の森に住む魔法使いは三人だから消去法で誰か分かる。
 地面に降りて気配を消しコソコソ近付く。木立ちの影からこそっと覗くと金髪の人形使いが苛ついた様子でぷすぷす煙を上げる人形を拾い上げるのが目に入った。 視線を上に上げれば梢の向こうに箒に乗って飛んでいくこれまた金髪が翻るのが見えた。古典的魔女ルックが一目散に逃げていく。肩に白い袋を担いでいるのがちらりと見えたが、あれはサンタさん的袋では無く盗品を詰め込む袋に間違いない。
 普通の魔法使いは今日も絶好調のようだった。外の世界なら何回逮捕されるんだろうね? 幻想郷でも割合冗談じゃ済まされない感じだけど。まあ噂によれば本当に盗まれたく無い物には手を付けないようだし、そこは魔理沙も狡猾と言うか鼻が効くと言うか……
 どうやら何かを強奪されたらしいアリスは人形の埃を払い、仏頂面で宙に浮かせて森の奥に歩いていく。
 そういえば私はアリスの家を知らない。マレフィの小屋を訪ねる途中で何度かすれ違った事はあるが、ここで姿を現して私を家に連れてって!なんて言って案内してくれるほど親しくも無い。
 私は趣味が悪いと思いながらも好奇心に負けてアリスの後をつけた。我ながら意思力も計画性も無い駄目神だと思う。閻魔に会ったら一万二千年分の細々した罪を列挙されそうで嫌だ。神様に有効か知らないけど浄玻璃の鏡怖いです。
 アリスは落ち葉の上に積もった雪をさくさく踏みながら脇目も振らず森の奥へと分け行って行った。時折微風に吹かれて木々の枝に積もった雪が落ちる。それ以外は静かなものだ。
 体から出る気配も力も完全に消しているので例え探索系の魔法を使われても気付かれない。蛇さんと私と潜入が上手いのはどちらだろうとどうでもいい事を考えていると木の洞から顔を出したリスと目が合った。
 しばらく無言で見つめ合っていたが、無害と判断したのかそろそろと洞から出てくる。埋めておいた木の実を掘り返しに行くのだろう。きょときょと首を動かす仕草が可愛らしい。
 頑張れ今夜中には春を来させるから……と心の中で声をかけてアリスに視線を戻そうとした途端、洞から体を出したリスの頭上に人の頭ほどもあるキノコが降って来て直撃した。
 私が唖然として見ている前でリスに奇襲をかけたお化けキノコは傘の付根の口を大きく開き牙をむき出して足元で暴れる獲物の首に噛み付く。まじか。
 びくん、と痙攣して動かなくなるリス。お化けキノコはリスを丸呑みにすると柄に生えた細い足を蠢かせて木の幹を登って行き、太い枝の付根で停止して見事に擬態した。もうただの巨大キノコにしか見えない。
 肉食キノコってお前……なんてデンジャーな森なんだ。食物連鎖の順位が狂ってやがる。
 弱肉強食の摂理から目を離すと既にアリスの姿は無かった。ありゃ、見失った。
 しかし雪に足跡がしっかり残っているので向かった先は分かる。猟犬にでもなった気分で足跡を辿ると小さな一軒家に着いた。古びたレンガの壁で雪が積もった屋根には煙突があり、ガラス窓からは仄かな明かりが漏れている。家の横手に柵で囲まれたスペースがある所を見るに菜園か薬草畑でもやっているらしい。立地条件に目を瞑ればなかなか住み心地の良さそうな物件だった。
 家の周囲には侵入者避けの結界が張られていたが私から見ればチャチな物。術者に気付かれずに無効化する事など造作も無い。
 私は無意識に抱えっ放しにしていたゆっくりを玄関先に置き去りにしてやろうと足を一歩踏み出した。











「で?」
「すみません、出来心だったんです」
 そして見事に感付かれて捕まった。現在テーブルを挟んでアリスと対面に座り尋問を受けている。マーガトロイド邸はマレフィの小屋とは比較にならないほど整理整頓されていたが、ふよふよ漂って紅茶の準備をしたりランプの油を追加したり布を運んだりしている人形達に見られている気がして落ち着かない。
 確かに魔術的対策は完璧だったんだ。魔術や妖術で私を感知する事は出来ないし、そこに居ると知らなければ私の居る場所を見ても存在を感じ取る事は出来なかった。
 でも鳴子が仕掛けられてたんだよね。侵入者避けの結界ばかりに気を取られていた私はあっさり引っ掛かり、盛大に警報を鳴らしてテンパっている内に玄関から飛び出して来たアリスに見つかり御用心。泣ける。テーブルの端に置かれたゆっくりの半笑いが私を馬鹿にしているように見えた。
「何か目的があって侵入した訳じゃないのね。また魔理沙が来たかと思ったわ。それでその……何?」
「ゆっくり」
「ユックリは何なの? なんで持ち運んでたの?」
「え、私にもよく分からない」
 なんだろう。お土産? 雪像の頭部? マスコットのなりそこない? ストレス増強剤?
 アリスは私の答えにそう、と呟くと人形が運んで来たお盆からカップを取って紅茶を口に運んだ。人形の様にあまり表情の感じられない目線はゆっくりに固定されている。私も人形から紅茶をもらい一口啜った。メイド長のものほどではないが美味しい。
 紅茶に続いて人形がクッキーが盛られた盆をテーブルに置いた。その人形は一礼して下がる。手が込んでるなと感心してクッキーを口に放り込んでまた感心した。これまた美味い。
 極楽気分で試しに誰か肩揉んで、と言ってみると壁の棚に腰掛けていた人形の内の一体が浮かび上がって私の背後に回り、小さな手で肩を叩いてくれた。アリスすげえ。至れり尽くせりだ。
 肩に感じる心地よい振動にほにゃほにゃとリラックスして紅茶をお代わりした。アリスはまだゆっくりを観察している。まさか……
「気に入った?」
「独創的ではあるわね」
 確かに人形屋に並んでいなさそうなデザインだ。何かが間違って並んでいても閉店セールの後まで売れ残って最終的に廃棄処分されそうな雰囲気である。
 アリスは顎に手を当てて少し考えていたがおもむろに針と糸を取り出すと一瞬で針穴に糸を通した。手を横に出すと人形が布を手渡し、それを手慣れた仕草で縫い上げていく。
 人形達で持て成してはいるが私は視界に入っていない様だった。
 クッキーに手を伸ばしながら話し掛けてみる。
「魔理沙は何を盗んで行ったの?」
 私の心です、とか言わないでくれよ。
「マレフィと交換した魔法薬よ」
「マレフィと交流はあるんだ」
「魔法薬を分けてもらう代わりに時々掃除に行くわ」
 ほほう、結構仲良いんだ。あの小屋を掃除するとなると大変そうだが人形を使えば楽だろう。
「気に入られてるんだね」
「そうかしら……会う度に毒吐かれるんだけど」
「マレフィは興味無い奴とは喋らないから」
「へぇ」
 アリスは会話しながらも布に綿を詰め、澱みなく手を動かす。段々と完成型が見えて来た。
「魔理沙はマレフィと仲良いのかねぇ」
「さあ。あの力馬鹿は小屋の隠匿結界を見破れないから、紅魔館以外では会わないみたいね。だから私の所から薬を盗るのよ」
「……なんだかなぁ。魔理沙ってあんまり好かれないよね」
「そりが合わないの。魔理沙はマジックアイテムを盗むし、魔法にキノコ使うし」
「アリスはなんで使わないの?」
「気持ち悪いじゃない」
「……まあ確かにリスを捕食するようなキノコを実験に使いたくはないよね」
「は? あんなの序の口よ。この森にはもっとグロテスクなキノコがウヨウヨしてるわ」
 なん……だと……?
 今不覚にも少し魔理沙を尊敬した。
 アリスは最後に糸をハサミで切り、完成したヌイグルミをテーブルの上に置いた。金髪に黒いとんがり帽子、ニヤけ顔。見紛う事無きゆっくり魔理沙である。
 ……うわぁ……
「どうすんのそれ」
「魔理沙避けに玄関に並べておくつもり」
 言いながらアリスは二体目の製作に取り掛かっていた。
 強烈な嫌がらせだ。ズラッと並んだ自分のゆっくりに「ゆっくりしていってね!!!」なんて合唱されたらゆっくりしていく気も失せるだろう。
「私はそろそろ行くよ。用事もあるし」
 私は盆に残った最後のクッキーを摘んで立ち上がった。本音を言うと増殖するゆっくりに囲まれたく無い。
「そのオリジナルは置いていって。まだ参考にしたいから」
 これ以上クオリティを上げる気か。恐ろしい。
「いいよ、あげるよ」
「あらそう? それなら代わりにこれあげるわ」
 アリスがテーブルを数回指で叩くと上海人形が胡桃割り人形を抱えてやって来た。手渡され、受け取る。
「ありが……とう?」
 ゆっくり白雪よりはマシだがこんな物貰っても困る。人形好きのアリスが人形をくれたのだから善意なのだろうけど……
 私は曖昧な笑みを浮かべて暇を告げ、胡桃割り人形を手にマーガトロイド邸を後にした。











アイテム:胡桃割り人形
何の変哲もない胡桃割り人形。



[15378] 本編・妖々夢・幽霊楽団
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/06 09:16
 魔法の森を抜けそろそろ幽冥結界が見えて来る頃、霊夢から通信が入った。
「はいもしもし」
「ちょっと!あんた何道草喰ってんの?もう待ちくたびれたわ」
 既にまだ夜空が広がってはいるがぼちぼち急がないと日が登りそうな時刻になっていた。寄り道し過ぎたか。
 少々罰が悪くなって誤魔化す。
「ずっと全速力で向かってるって。途中で妖怪に絡まれてさ」
「大妖怪が束になってもかかって来ても蹴散らす癖に嘘つくんじゃ無いわよ。どうせ雪だるま作ったり誰かの家で菓子貪ったりしてたんでしょ」
「う」
 なぜバレた。千里眼は椛の専売特許なのに。
「その反応は図星ね。いいからさっさと来なさい、あと一時間以内に来なかったら玉露買って来てもらうからね!一番高いやつ」
 霊夢は一方的に言って通信を切った。頭を掻き、うんともすんとも言わなくなった通信符を懐にしまう。
 霊夢は私の巫女のはずなのに欠片も敬ってくれない。命令すれば聞いてくれるけど渋々だしさ。私のカリスマはチルノ辺りに吸われてるのかもわからんね。
 霊夢が巫女になってから増えた気がするため息を吐き、私は更に速度を上げた。









 白玉楼の長い長い階段をひたすら飛んでいく。三途の川でもないのに相変わらず無意味に長い。上を目指してふよふよ飛んでいく人魂をいくつか追い抜かし階段の中間地点に差し掛かった時、私は眼下に四人の人影を見つけた。
 トランペット、キーボード、ヴァイオリンを手に観客の回りをぐるぐる回りながらぴっぴき演奏する三人姉妹―――ポルターガイストちんどん屋プリズムリバーと、ねじ曲がった木の長い杖を持ち、赤みがかった黒髪をポニテにした仙人――――ちょっと変わった人間姑尊徊子だった。
 徊子は上を見上げて私に気が付くと微笑んで手招きしてきた。一瞬躊躇し、残り時間を計算してまだ大丈夫だと判断してから下に降りる。
「こんばんは、白雪さん」
 徊子は鍵束を指で回しながらのほほんと言った。目線を下に下げると靴に霜が降りている。またこの娘は……
 私は魔法で周囲の温度を上げながら徊子の隣に腰を降ろした。
「こんばんは。何これ、演奏会?」
「の、帰り道らしいですよ。白玉楼で予定されていたお花見が中止になったらしく」
「ありゃ」
 春度は全て西行妖の封印の力に変わっている。白玉楼に桜の花びらは一枚も無かったに違いない。お呼ばれして花見を盛り上げようとしたが肩透かしを食らい、不完全燃焼で徊子に演奏を聞かせている、と言った所だろうか。
 三姉妹は増えた観客を追い払う事無く、逆にますます熱を入れて演奏する。
 徊子と共に静聴しながらなーんかこの曲聞いた事あるなと思っていたら幽霊楽団だった。いやポルターガイストの幽霊楽団じゃなくて曲の方の。
 幽霊楽団が幽霊楽団を演奏するってのも変な話……でもないか。自分達のテーマソングみたいなものなんだろう。ちょくちょく宴会や祭りやアリスの人形劇に呼ばれて新曲を披露していると聞くしもしかすると客に合わせて色々作曲しているのかも知れない。
 曲が終わり、三姉妹が手を繋いで一礼した。私達は心からの拍手を贈る。
 プリズムリバー は てれている!
「リクエスト良い?」
 私が挙手して聞くと三姉妹は顔を見合わせ、黒帽子が代表して頷いた。名前なんだったか……レイラ? 違う気がする。面倒だしまとめてプリズムリバーでいいや。
「ネクロファンタジア」
 しかしリクエストしてみたが、
「何それ」
 黒帽子は首を傾げ、
「……U.N.オーエンは彼女なのか?」
「オーエンって誰よ」
 白帽子は訳が分からないという顔をして、
「今昔幻想郷は?」
「あなたリクエストする気あるの?」
 赤帽子には不審者を見るような目を向けられた。あれ、私が知ってる曲とプリズムリバーの持ち曲が被るのは幽霊楽団だけ?
「あるんだけどなぁ」
「ボーダーオブライフはどうでしょう? 毎年白玉楼から聞こえてくる曲がそんな題だったと記憶していますが」
 私が悩んでいると徊子が口を出した。三姉妹に目をやると楽器を横に浮かせて演奏の準備に入っている。これは通じるのか。弾ける曲の種類から見るにどうも演奏を依頼された事のある相手の曲は作曲してるっぽい。
「勿論白雪さんが良ければですが」
「私が嫌と言っても始まりそうなんだけど」
「おや、騒霊はせっかちですね」
「騒霊だから仕方無いでしょ」
「ああ、確かに騒霊なら仕方無いです」
 小声だったのだが聞こえたらしい。会話の何かが癪に障ったようで三姉妹は抗議の声を上げた。
「そこ、ボソボソ言わない。演奏はもっと厳粛に聞くものよ」
「幸せに、じゃないの?」
「幻想に浸って、の間違いでしょう」
 しかし言ってる事はバラバラだった。睨みあって火花を散らし、私達そっちのけで言い争いを始める。
「何が幻想の音よ! 聞いても訳分かんなくなるだけよ。音ってのはもっとハッピーなものなの」
「二人共もっと冷静に……」
「はん、姉さんはテンション低過ぎなのよ。年中陰気な音出しちゃってさ」
「どっちもどっちじゃない? つまり私が一番偉いの」
「異議あり!」
「リリカもメルランも落ち着いて。観客の前でしょう」
「何よ優等生ぶっちゃって」
「仕方無いのよ、姉さんは自分の音に自信が無いから他でカバーするしか無いの」
「……弦を鼓膜に刺してあげましょうか」
「あら実力行使?」
「普段大人しい霊ほど怒ると怖いって聞くけど姉さんが怒っても怖くなさそう」
 三姉妹は私達を忘れ去り、騒がしく口論しながらふらふら遠ざかって行った。
 とり残される私と徊子。
「えーっと……」
「斬新な曲でしたね。歌劇でしょうか」
「……徊子、あれは言い争いって言うんだよ」
「イイアラソイですか。変わった曲名ですね」
「いやあのね、そうじゃなくて……あー、やっぱいいや」
 ヌけた反応を返す徊子に説明する気も失せた。もしかしたら徊子なりのジョークなのかも知れないが本気との判別がつかない。
「白雪さんは優しいですね」
 そろそろ行かないと玉露を買うはめになりそうだと立ち上がると唐突に徊子が言った。何の話だ?
「暖めてくれたでしょう」
「……ああ気付いてたんだ」
 考え事をすると場所に関係無く根を張ったように動かなくなる徊子も徊子だが、通年通りに春が来ていれば寒い思いもしなかっただろう。警戒不足で異変を見過ごした私の責任でもあるのだから別に優しくは無い。
 そうやって説明すると徊子はのほほんと言った。
「それでも有り難うございます。危うく凍える所でした」
「こんな所でじっとしてないで別の場所に移動すれば良かったのに」
「考え事をしていたので」
「考えながら動けばいいんじゃない?」
「どうやってですか?」
「…………」
 真顔で聞いてくる徊子。……もう何も言うまい。
 地面を蹴って空に浮かぶとおもむろに徊子が杖を振った。杖の軌跡をなぞるようにして虚空からでっかい鍵が現れ、私の方へ飛んで来た。キーブレード?
「何これ」
「マスターキーです」
 キャッチして尋ねると簡潔な返答が返る。
「何のマスターキー? こんなでかい鍵穴早々無いよ」
「なんでも開けるマスターキーです。望めば縮みますよ」
「あ、ほんとだ縮んだ……ん? 何でも?」
「はい。なんでもです。鍵穴が無くてもそれを持って念じれば鍋の蓋からパンドラの箱まで開けられないものはありません。使えるのは一回限りですが。暖めてくれたお礼ですから遠慮無く受け取って下さい。」
 え、ちょ、それ、えぇ?
 微笑んでいる徊子を混乱して見る。それって使いようによってはかなり危険なアイテムじゃないか? 軽く暖めてあげただけでこんなん渡されても困るんだけど。
 一瞬返そうと思ったが徊子は一度贈った物の返品を受け付けないだろう。そういう性格だ。
 鍵は仕方無くも有り難く頂戴するとして、こんな代物を貰って何も返さない訳にはいかない。何か無いかと懐を探ると硬い感触がした。
 …………。
 これでいいか。
「徊子、代わりにこれあげる!」
「物を投げてはいけません」
 注意しながら徊子は私が投げた胡桃割り人形を受け取った。
「徊子だってさっき鍵を投げてたでしょうに」
「投げてません。飛ばしたんです。これは……胡桃割り人形ですか。返礼の名を借りた厄介払いの気がしますが有り難うございます」
 徊子は一礼して礼を言った。全くああ言えばこう言う……確かに厄介払いだけどさ。
 私はもらった鍵をしまいながら使い道を考えたが、ぐだぐだしている内にまた時間が経っている事に気が付いた。不味い。そろそろ一時間だ。
 私は徊子に手を振り、急いで白玉楼へ向かった。










アイテム:マスターキー
徊子の力が込められた鍵。開けられないものはあんまり無い。



[15378] 本編・妖々夢・さくらさくら
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/22 07:34
 なんやかんやで明け方近く、既に一時間を超過していると知りつつも悪足掻き的に最後は全速飛行になって白玉楼に到着した。地面に着地して誰も居ない開きっ放しの門を潜る。不用心だなと思って何気なく扉を見ると、まるで十代の巫女が剣士を倒した後勢いに任せて空中回し蹴りで蹴破ったかのような真新しい靴跡がついていた。傍若無人な楽園の巫女さんは冥界でも絶好調のようだ。
 ふよふよとまばらに漂うひんやりした霊達を横目にさくさく歩いた。何度も訪ねているので道は分かっている。砂利を踏みしめて立派な日本庭園を横切りその先に見える屋敷に向かうと、葉も花も無い淋しげな巨木が見えた。
 西行妖である。
 顕世にあった頃はこの桜の下で多くの人間が命を絶ち、その精気を吸って妖怪化したと聞く。西行寺家の西行妖と言えば平安京でもそれなりに名が通っていた。
 まー妖怪化したからっても特に祟る訳でも無いんだけどね。封印してあるし。
 西行妖の根本で周囲を見回したが誰も居ない。桜から数十歩離れた白玉楼からは三つの霊力を感じた。三人共そこで待っているようだ。ぼちぼち日が昇るし食事の用意でもしてるのかね。
 そう言えば晩ご飯以降マーガトロイド邸でクッキーを摘んだだけで徹夜で飛んでいた。捨食の魔法身に着けてるから食べなくてもいいんだけどお腹が減った気がする。
 さっさと済まそう。
 木の幹に手を当て、目を閉じる。力を送り込み内部を探ると封印に干渉する力を弾こうと迎撃機能が作動した。ハッカーにでもなった気分で迎撃をかわし、防御網を破って封印の中枢を担う式へ辿る。千年も昔だが私が組んだ迎撃システムなので侵入はそこまで難しく無かった。
 ウイルスを追い出そうとする防御式を潜り抜け書き換えて押し破り、十重二十重の罠を解除していく。罠の他にも認証キーやら暗号やら……我ながら面倒くさい封印にしたもんだ。
 何度か自分でも忘れかけていたトラップに嵌まりそうになりながらも無事春度変換式まで辿り着く。ほっと息を吐いた。
 なんで私はこんなに厳重に封印したんだろう? 一体誰の攻撃を想定したんだってぐらい過剰に守られていた。
 十世紀も昔にどういう心境で封印したかは覚えていない。幽々子が死んでしんみりした空気が何かしらの理由でブレイクされたのは記憶にあるけど。
 思い出に浸っているとまた数時間は軽く経過しそうだったのでちょちょいと春度変換式を逆転させる。タイマーをかけて一日後には元の術式に戻るようにして幹から手を離した。
 次の瞬間西行妖から春度が爆発的に溢れ出した。
「うげ」
 頭の中まで春になりそうな春っぽさの奔流に押され、私は慌てて逃げ出した。よくもまあこんなに溜め込んだもんだと呆れ返る量の春度が西行妖の枝という枝から溢れ、空気に溶けて散って行く。
 西行妖を除く冥界の桜達は一瞬で蕾を膨らませ二秒で満開になり、その根本からはつくしが勢い良く顔を出し、冷たく張り詰めていた空気は見る間に緩んでいった。
 桜前線、リニア並の速度で拡大中。明日の今頃には幻想郷全域春真っ盛りだろう。
「白雪、おっそいわよ」
 背後からの声に振り返ると霊夢が湯飲み片手に白玉楼の縁側から出て来た。眠そうに目を擦り、お茶を啜りながら私の隣に歩いてくる。
「悪いね。これでも随分急いだんだけど」
「ダウト。嘘の匂いがするわ。路上演奏会に首突っ込んで来たとかそのへんでしょ」
「…………」
 だからなんで分かるんだよ。エスパー? ……そうかも知れない。
「冥界の桜も顕界の桜とあんま変わらないのねぇ。拍子抜け」
霊夢は春一色になり競い合う様に咲き誇る花の間を蝶が舞い始めた冥界の様子をぼんやり眺めていた。草葉の陰から顔? を出した霊達も心なしか浮かれて見えた。
 私は霊夢と一緒に揃って桜を見上げながら答える。
「西行妖以外の桜は普通の桜だから。桜の霊もあるけど」
「そうなの? ま、なんでもいいわ。これでやっと花見よ、花見。明日は神社で宴会ね」
「手配しとくよ」
「玉露も」
「……手配しとくよ」
「八女茶ね」
 おまっ、それ最高級じゃねーか!外の世界でさえ馬鹿高いのに幻想郷でいくらすると思ってんだ。現金収入不足気味の神社がそんな金出せると思ってんのか!
 ……とは言えず。人を待たせておきながらあちこちふらふらして迷惑かけたのは私なのだから逆らえず(言質もとられているし)、大人しく頷くしか無かった。
 神社の儚い貯蓄でも足りると思うけどなぁ。足りなきゃバイトだ。
 そもそも現金収入が賽銭だけってのが不味いよね。最近は妖怪退治の依頼も陰陽師がこなせる量だからウチには回って来ないし、食事・日用雑貨代で賽銭は消える。いい加減里の中に分社でも作った方が良いかも知れない。
 やたら勘が鋭く多方面に絶大な才能を発揮する霊夢も金運だけは絶望的で、私も悪くは無いが良くも無い。金策にはいつも頭を悩ませられる。
「はぁ」
「辛気臭いため息吐かないでよ」
「はいはい」
 私達は軽口を叩きながら誰よりも早い春一番を感じつつ白玉楼へ向かった。











 白玉楼の茶の間では卓袱台に突っ伏してくたびれている幽々子と、部屋の隅で体育座りをして刀を抱え虚ろな目をしている妖夢が迎えてくれた。あまりにもどんよりとした雰囲気に思わず障子を開いた姿勢でフリーズする。
 なにこれ、と言おうとした瞬間に幽々子のお腹がキュウと鳴いた。亡霊が腹の虫を鳴らすってどうなんだろうと思うが幽々子の理由は把握。
「妖夢はなんでいじけてんの?」
 妖夢に歩み寄り、目線を合わせてしゃがんだ。半霊は賞味期限が一週間過ぎた大福の様にツヤを失って傍らに転がっている。目の前で手を振り、頬を引っ張ってみても反応は無い。おお、妖夢の頬超伸びる。
「辻斬りに失敗して拗ねてるみたい」
 勝手に急須を持ち出して慎重に湯飲みに注ぎながら霊夢が言った。四人分用意しているのが少し意外だ。
「え、妖夢そんな事したの?」
「出会い頭に切りかかられたから取り敢えずスペカで倒してふん縛ったのよ。そこで萎びてる亡霊倒した後に大人しくなってたから開放したんだけど」
「ずっとこの調子、と」
「そ」
 ろくに修行もしてない年下の人間に負けたのがショックだったのかね。
 妖夢も数十年剣術修行に明け暮れてたから人間に負けないくらいの自負はあったのだろう。それなのに十代の少女に負け落ち込んでいる訳だ。
 メンタル弱いなー。
「タテタテヨコヨコ」
 頬をぐにぐにしていると若干目に生気が戻った。もう一息。
「よーむ~、ご作らないと幽々子餓死するよ」
 もう死んでるけど。
「幽々子様が……」
「……妖夢のほっぺた美味しそうって言ってた」
「……どうぞ御賞味下さい」
 勝手に言葉を繋げると恐ろしい返事を返した。やっぱだめだ、脳が正常に働いていないっぽい。もしも正気で言っているとしたら忠誠心を褒めるべきか行き過ぎを諫めるべきか迷う所だ。
 それから頬が真っ赤になるまで弄り回しても正気に戻らなかったので諦めた。先程からお茶を飲み続けている霊夢を一瞥し、ふぬけた主人二人を放置して台所へ向かう。
 適当な食材で朝食を作ってあげよう。幽々子が復活すれば妖夢も復活するだろ。私の料理でほっぺたこそぎ落としてやんよ。



[15378] 本編・妖々夢・家に帰るまでが異変です
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/25 01:34
 白玉楼にはよく遊びに行くのだが、大抵居間か庭でぐーたらするだけなので実は内部構造をよく知らない。当然台所もどこにあるか分からないので廊下に面した扉を片端から開いていった。
 客間……物置……多分妖夢の部屋……刀部屋? ……幽々子の部屋……
 次々と扉を開いていると何か家捜ししてる気分になってきた。妖夢に台所の場所ぐらい聞いておけば良かったと後悔する。
 脱衣所に首を突っ込んだ後七つ目の扉の前に立つ。扉には「幽々子様立入禁止」と大きく赤字で書かれたプレートがかけられていた。何度か消されて書き直した跡がある。妖夢の涙ぐましい努力が偲ばれた。
 ビンゴ。絶対ここだ。
 私がゆっくり扉を開くと、果たしてそこには台所が広がっていた。
 ……やっぱ訂正。台所の規模じゃない。こりゃ厨房だ。
 広々とした部屋にあるのは蛇口付きの流し台が三つ、コンロ、広い作業台、収納庫、明らかに業務用な巨大冷蔵庫、炊飯器に電子レンジ、オーブン。部屋に一歩足を踏み入れると自動で電灯が点いた。白いタイルの床には埃一つ落ちていない。
 おかしくね? 他の部屋は全部古式ゆかしい純和風なのになんでここだけ近代? 首を傾げてつつ作業台の上に置きっ放しになっていた中華鍋を手に取った。でかい。直径六十センチくらいある。
 使い込まれた感のある鍋を軽く振り、どこのメーカーかと取手を見てみると「有限会社スキマ商事」と刻まれていた。
 あー……なるほど。この近代厨房は紫の仕業か。なんと言うか、よくやるよホント。
 予測の斜め上を行く立派な厨房に勝手に調理して良いものかどうか悩んだが、まずは幽々子を再起動させなければ始まらない。簡単な料理を作って持って行こう。まあ事後承諾で大丈夫だろ。
 壁に掛けてあった妖夢のものらしいエプロンを着て手を洗う。妖夢はそんなに背が高くないのにエプロンはブカブカだった。消沈しながら流し台の下を探る。
 そこにはインディカ米とジャポニカ米が三種類づつ大量に保管されていた。
 うわぁ……これは引くわ。米櫃に「一日二十合まで!」というメモが張ってあるあたり哀愁を誘う。幽々子、普段どんだけ喰ってんだ。
 あまり凝った料理にすると時間がかかるので手軽にチャーハンを作る事にした。
 まずは必要な食材と調理器具を作業台に並べる。幽々子を五人分とカウントして八人前ぐらい作れば皆食べれるだろ。
 生意気にも無洗米だったインディカ米を炊飯器に放り込み、水を少なめに入れて蓋を閉めスイッチを入れる。タイマー表示が「残り40」と出た。
 ご飯が炊けるまでの間にやけに鋭く研がれた包丁で種をとったピーマンを切り、コンロの火を点け中華鍋を温めておく。三分クッキングの曲を吹きながら冷蔵庫を開けて具材を漁っていると背後から短い電子音が聞こえた。
「おん?」
 振り返ると炊飯器から湯気がもうもうと上がっている。換気扇をつけてから炊飯器の表示を見ると「タキアガリマシタ」という文字が点滅していた。
 ……え、故障? まだスイッチ入れてから一分経って無いぞ。
 何かミスがあったかといぶかしみながら蓋を開けるとしっかり炊き上がったご飯が顔を覗かせた。
「は?」
 目を擦ってもう一度見る。……目に映る白い輝きは変わらない。菜箸でご飯を少しとって口に運んでみたが中までしっかり火が通っていた。
「…………」
 炊飯器の側面を調べる。左側面には案の定簡単な注意書きとスキマ商事のロゴが書かれていた。
 そうだね、メイドイン紫だね。なんでもアリだね。40分じゃなくて40秒でご飯を炊くなんて朝飯前だよね。
 物理的には有り得ない現象だが幻想郷なら有り得る。ここは魔法みたいな、なんて比喩表現が比喩じゃなくなる場所なのだ。
 熱した中華鍋に油をしき、微塵切りにしたベーコンとピーマンを放り込む。じゅわっと音がして煙が上がり、厨房に香ばしい匂いが広がった。
 腹へってきた。
 炒めた具材は一度別の皿に移し、ボウルに卵を四つ割って入れる。それを適当に溶いたら油をしきなおした中華鍋に投入。そして卵が固まりきらない内にご飯をほぐしながら入れていく。ここで中華鍋の三分の二ほどの量だ。
 そこにネギとコーンを追加し、鍋を揺すってご飯を宙に巻き上げ受け止める。この混ぜ方なんて言うんだっけ? チャーハンつくるよ?
 ……なんか零しそうだ。縁起でもない。
 大火力で炒めていると背後に誰かの気配がした。あれ、厨房の扉が開く音は聞こえ無かったのに……そう言えば開きっぱにしてたか。
「勝手に使わせて貰ってるよー」
 霊夢なら黙って後ろに立ったりしない。妖夢だろうと当たりをつけて振り返ると、そこには不気味に目を光らせた幽々子がレンゲを両手に構えて亡霊のように立
っていた。
「ぎゃー!」
 死んでいる癖に普段下手な生者よりも生き生きしている分、こういう事をされるとドッキリする。
 私は悲鳴をあげてのけ反り、バランスを崩してしまった。手元が狂い幽々子目掛けて零れるチャーハン!
 その瞬間幽々子の目がキラリと煌めき、両手のレンゲが神速で動いた。飛び散るチャーハンをすくっては食べ地面に落ちかけたチャーハンを救っては食べ水を張ったボウルに着水しかけたチャーハンを掬っては食べ、気がつけば幽々子はリスの様に頬を膨らませてモゴモゴしていた。中華鍋を見てみると米粒一つついていない。 この間、実に三秒弱。
 ( ゜д゜ )
 唖然とした。
 幽々子は喉を大きく膨らませて口の中のチャーハンを一気に飲み込むと不満そうに、
「胡椒が入って無いわ、作り直し。失敗しても全部食べてあげるから安心してね」
 てめーが完成前に喰ったんだろが! 三秒で八人前喰いきってんじゃねぇ。……いや、だから素早く調理できるように厨房が充実してるのか。
 まあどうせ人の家の食材なんだから次行ってみよう。家主の許可も得た事だしここらで料理の勘を取り戻しておくのも悪く無い。
 醤油とみりん、豚肉を取り出して次の料理に取り掛かりながらレンゲを箸に切り替え床で正座待機している幽々子と話した。
「西行妖の根元に封印されてるのが誰か知って解こうとしてたの?」
「もぐらじゃ無いのは分かってたわ。私の予想だと神か神霊か人間か霊か妖怪か魔法使いか半妖か現人神か半霊ね」
「……まあいいけど。もうこんな異変起こさないでね」
「人間も亡霊もお腹一杯になると平和な気分になるらしいわ」
「はいはい」








 その後、調子に乗って知ってる料理を片端から作っていたら復活した妖夢に食材を使いすぎだと怒られた。








 散々白玉楼のお茶っ葉を浪費した霊夢と共に神社へ帰る頃には昼になっていた。
 暖い春風に張り詰めた空気は緩み、雪解けが始まった雪原は日の光を反射してキラキラと輝いている。
 リリーホワイトらしき白い妖精が遠くに見えて春を感じた。春告精って春の季語になってるんだよね。字数多いからほとんど使われないけど。
「あー……眠いわ……あんたがちんたらしてるから結局徹夜じゃないの」
 私の隣を飛ぶ霊夢が眠そうに目を擦りながらブツブツ文句を言っていた。いや申し訳無い。自分が二徹ぐらいなんともないもんだから失念していた。それに霊夢は弱冠14歳にして歴代のどの巫女より強いチートさんなので時々人間だという事を忘れる。
 とにかく色々解決の手際が悪い異変だったが、これで春雪異変も終わ……終わ……り?
「霊夢、先に帰ってて。私は寄るとこあるから」
 私は霊夢に声をかけて停止した。霊夢も一拍遅れて止まる。不審そうに私の顔を見た。
「……異変の続き?」
「と、言えなくも無いかな。余震みたいなもんだから私一人で行くよ。神社に着いてフランが起きてたら寝かしつけといて」
「流石にもう寝てるでしょ。なんだか知らないけどあんたも早く帰って来なさいよ」
 肩をすくめ、手を振って霊夢と別れた。向きを変えて進路を若干変更する。
 行き先はマヨイガである。冬眠している紫を叩き起こして結界の補修をやってもらわなければならない。
 紫は冬になると必ず冬眠し、春になるまで起きてこない。冬の間はただでさえ過剰気味な藍の負担が更に増えて博麗大結界の補修が追い着かなくなるのである。
 過酷な労働環境をなんとかしようと二、三年前に橙を式にしたが、未だ研修中でむしろ足を引っ張っている。猫の手も借りたいのに猫の手も借りられないとはこれいかに。
 通年は春になって目を覚ました紫が冬眠中の穴埋めをするのだが、今年は冬が長引いた上に幽明結界もガタが来ているため藍の仕事量は過労死レベルまで積もっているだろう。
 主に頭が上がらない藍の代わりに私が一言物申してやらなければ。
 八雲家の外観や内装や所在地は気紛れに様変わりするがここ二百年ほどはマヨヒガの森にある。というより紫の屋敷=迷い家であり、森の名前の由来となっている。
 ふと稀に迷い込む人間や妖怪達が段々場所を特定し始めたのでそろそろ場所を変えるつもりだと紫が冬眠前に言っていたのを思い出した。まだあるか?外界に移転していたりしたら探すのが面倒だ。
 私は懐から通信符を二枚取り出した。紫にかけてみるがスキマの中にいるのだろう、案の定繋がらない。予想はついていたのでもう一方の通信符で藍に繋いだ。
「あ、私私」
「その声は白雪様。申し訳ありませんが今立て込んでおりまして……」
 藍は応答したものの忙しそうな、切羽詰まった声音だった。通信符の向こうから慌ただしくバタバタと廊下を走り障子を開ける音が聞こえる。
「悪いけど割と緊急。結界がガタガタだから早いとこ紫に直してもらいたくてさ。私がやってもいいんだけど結界は紫の専門分野だから。まだ冬眠中?」
「え? あ、はい。まだお休みです」
 やけに上の空だな、と眉を顰めていると通信符を手で押さえたらしくくぐもった音で「ちぇえええええええん! 良い子だから出ておいで!」とかなんとか悲壮な叫び声が聞こえてきた。何? 立て込んでるってそういう意味?
「藍、橙に嫌われたの?」
「嫌われていません!」
 通信符越しでも耳鳴りがするぐらいの大声で断言された。いつも冷静な藍が油揚げ以外の事でムキになるなんてよほど私の言葉が癪に障ったと見える。
 藍が紫にぞんざいに扱われるのと反比例するように橙への藍の愛情は強い。文字通り猫可愛がりしている。
「狐は猫を千尋の谷に突き落とすっていうでしょ。何があったか知らないけど放っときなよ、その内帰ってくるだろうし。黙って見守るのも愛なんだからさ」
「そんな事できません!」
「いやだから……ん?」
 マヨヒガの森の木立ちの間に小さな影が見えた。視力を上げてよく見てみると二尻尾に黒い猫耳の少女が魚を加えて走っていた。
「橙発見」
「え!? どどどどどどどこですかっ!」
 私は答えず高度を下げ、橙の後ろ数メートルの地面に降り立った。橙がびくっと肩をはね上げて振り返り、私だと知るとほっとした顔をする。
「白雪さま、おはようござ」
「ちぇえええええええん! もう怒って無いから戻っておいで!」
 警戒を解いて橙は通信符から響き渡った藍の声を聞くやいなや尻尾と耳をぴんと立てて逃げ出した。
「らぁん! お前もう黙ってろ!」
「えぇ!?」
 折角穏便に連れ帰られそうだったのにこの駄狐が!
「ごめんなさいごめんなさい!」
 必死に謝りながら逃げていく橙。私は仕方無く後を追った。
「橙! もう藍怒って無いって!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「大丈夫だから! 魚くすねたみたいだけどなんなら私が擁護してあげるから一旦止まろう! ね!?」
「ごめんなさいごめんなさい!」
 駄目だ、パニクってる。
 お魚くわえた黒猫追いかけて草鞋で駆けてく特に陽気でもなんでもない私。藍が叫んでいる。お日様は笑っている気がしなくもなかった。
 もっとも式になりたての小妖怪が最上級の大妖怪から逃げ切れるはずもなく、私は脚力強化で一気に距離を詰め橙を捕獲した。襟を掴んで猫のようにぶら下げる。
「フーッ!」
 錯乱して毛を逆立て私に爪を立てようとするが、刃物も跳ね返す私の肌を空しくするだけだった。
 そのまましばらくすると借りて来た猫のように大人しくなったので地面に降ろすとメソメソ泣き始める。
「白雪様っ! 橙を泣かさないで下さい!」
 橙を追っている間放置していた藍が難癖をつけてくる。喚くな喧しい。
「今からそっちに連れてくから大人しく待ってて」
 それだけ言って何か抗議が来る前に霊源を切って懐にしまう。ぐすぐす泣きながらもしっかり魚を囓っている橙をひとしきりあやしてから背負い、私は八雲家へと飛んだ。








 幸い転居はしておらず、一時間もかからずに八雲家に着いた。白玉楼に似た作りだが玄関にはチャイムがあり、さり気なく防犯カメラまでついていた。私は背負っていた橙を降ろす。
「お、おこられませんよね?」
「大丈夫大丈夫」
 橙の猫っ毛を撫でて安心させる。私は猫のように目を細めた橙を玄関の正面に置いた。チャイムにそっと手を伸ばす。
 すると案の定指がチャイムに触れるか触れないかのタイミングで藍が玄関の戸をスパーンと開けて飛び出してきた。正面からがっしり抱き合う式二人。
「ちぇえええええええん!」
「らんさまーっ! 夕飯のお魚とったりしてごめんなさい!」
「いいんだ! 私も仕事が溜まって気が立っていたんだ。キツい言い方をしてしまった。橙は私が嫌いになったかい?」
「そんなことありません。私はやさしいらんさまが大好きです!」
「ちぇん! なんていじらしい!」
「らんさま!」
 私はストロベリっている二人の横をすり抜けさっさと中に入った。甘すぎる。ここにいたら空気を吸うだけで胸焼けしそうだ。感きわまってにゃーにゃーこんこん鳴き始めた二匹の鳴き声をBGMに奥の部屋へ向かった。
 白玉楼と同じく八雲家の屋敷の構造もよく知らないが、紫の部屋への道順は分かる。何度も寝込みをスキマに落とされ部屋に連れ込まれりゃ嫌でも覚えるというものだ。あんにゃろ毎回取るに足りない用で連行しおって……そろそろ囲碁や将棋で私をふるぼっこにするのは止めて欲しい。切実に。
 ウグイス張りの廊下を渡って紫の部屋の障子を遠慮無く開く。家具が全く無い殺風景な畳部屋には予想通り誰もいなかった。
 私は春から秋にかけて布団が敷いてある位置に立つ。
 紫は冬眠時に誰にも邪魔されないようにスキマの中に入る。私の能力ではスキマを閉じる事は出来てもこじ開ける事はできない。だから普通に行けば紫が自発的に出て来るまで手を出せないのだが……今回は切り札があった。
 私は懐を探り、小さな鍵を出した。徊子から貰ったマスターキーである。これで多分いけるはず。
「開け」
 鍵を指で摘み、意思を込めて言うと目の前の空間にリボンで端を留められた裂け目があっさり開いた。
「……おお」
 自分でやっといてなんだけど本当に開いたよこれ。徊子すげえ。開けても閉じれないけどそれでも凄い。
 以前私の心を開け無いとか言ってたけどアレは鍵穴が見えないだけで見えれば開けるらしいし、`開ける´という概念の下にあれば何でもありなんじゃあなかろうか。
 徊子が大人しい性格で良かったとしみじみ思いながらスキマに飛び込む。
 抵抗力を上げてスキマに圧されないようにしつつ犬小屋や電柱や電車の吊り革を避けて紫を探す。スキマ内部では探索魔法が使えないのが厄介だ。
 そして小一時間彷徨ってそろそろ方向感覚が狂って迷いかけて来た頃、ようやく見覚えのある金髪を見つけた。
 ああ、ようやく本当に異変終了だ。紅霧異変よりも(精神的に)疲れた気がする。次の異変は絶対に根回し万全で回避してやる。
 私は特に誓うものが無かったのでじっちゃんの名にかけて次の異変阻止を誓い、肩を鳴らして優雅さをどこかに置き忘れてきた様に鼻提灯を膨らませている紫にアイアンクローをかけた。



[15378] 日常編・グッドラックメリーさん
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/04/28 08:25
 長い間大地を覆っていた雪は溶けて小川を作り、農業に欠かせない水源となる。
 冬眠していた動物達は穴蔵から顔を出し草木の新芽を食べ、山はにわかに騒がしくなった。
 遅れた春に農家達は大急ぎで田を耕し水を張り田植えが始まる。田圃以外でも畑を持っている人間達は繁忙を極め、一家総出で耕作が始まるので慧音の寺子屋も一時休業になるほどだ。
 妖怪達も同様で、冬妖怪はなりを潜めるが代わりに春妖怪が騒ぎ始める。代表的なところで春告精や花妖怪の他に河童も活発になり大農園できゅうり栽培を始める。
 一方私達博麗組はと言うとそんなに忙しくない。里の人間は参拝へ行く間も惜しんで農業に励むし季節の変わり目ではしゃぐ妖精達や妖怪連中の退治は毎年の事として陰陽師がやってくれる。
 霊夢は日がな一日玉露を味わいつつ異変後頻繁に神社に顔を出すようになった紫と将棋を指し、このところ分別がついてきたので単独行動を許したフランは日傘片手に霧の湖に遊びに行き、私は里の近くで田植えの手伝いをしていた。
 田植えの手伝いと言っても土を起こしたり苗代を植えたりする訳ではない。畔道にござを敷いて座り込み、田植えをしている里人が疲れないように体力を上げてあげるだけである。
 流石に神様が手ずから農業に従事するのは威信に関わる。今時高圧的なだけの神様は敬遠されるがフレンドリーが過ぎても信仰が失われるのが難しい所だ。
 手持ちぶさたな私は日の出から袖まくりをして田圃に入る里人と一緒に田植歌を歌った。歌唱力を上げて無駄に上手く良い声で歌ってみたり微妙にイントネーションを変えてみたり昼時におにぎりをもらったりつくしを摘んだりしてのんびりと過ごす。
 トラクターが無ければ農薬の臭いもしない、昔ながらの田園風景である。見上げれば青い空に白い雲がゆっくりと流れていた。
 やがて何枚か稲を植えつけ終え夕方になった。空は綺麗な茜色に染まり明日の快晴を予測させてくれる。
 泥だらけの里人達は小川で大雑把に汚れを落とし、遊びに混ぜてタニシやフナを採っていた子供達と共に引きあげていった。途中私を拝んでいってくれるのだが、山菜や草餅のみならず竹トンボやヤジロベエ、手毬まで供物として寄越すのは何か勘違いしてやしないだろうか。
 イマイチ釈然としないがこれも信仰の印である。有り難く頂戴して風呂敷に包み、里人がぞろぞろ里の境界内に入っていったのを確認してから私も帰路についた。









 山の向こうに日が沈み始めた夕暮れの空の下を飛んでいると通信符が軽快な音楽を鳴らした。この着メロはフランだ。春になって私や霊夢の生活リズムに感化され(吸血鬼にとっての)昼夜逆転生活を送るようになったフランは何か珍しいものを見つけると逐一報告してくる。
 私は落ちないように風呂敷を背負い直し、通信符を取り出して耳に当てた。
「フラン、また何か見つけたの?」
「私メリーさん。今無縁塚にいるの」
「……は?」
 二の句が継げずにいると通信は切れてしまった。甲高い少女の声だったが明らかにフランとは違う。
 イタ電? ……違うよなぁ。第一この通信符は一対の間でしか通信できないからイタ電などできようはずもない。フランは通信符を無くしたり奪われたりするほど間抜けでも無いし弱くも無く、そうなると残る可能性は何かの術による霊波ジャックになる。
 つーか凄く聞き覚えのあるフレーズだったんだけど……
 念の為こちらからフランにかけ直してみた。
「フラン?」
「白雪? どうしたの? 今日は何も壊してないよ」
 落ち着いた声で返答があった。間違いなく聞き慣れたフランの声である。
「いやそういう話じゃない。そこは心配してないから」
「そう? ……えへへ」
「特に用があって連絡した訳じゃなくてね……あ、そうだ。今どこにいる?」
「神社」
「なら風呂沸かしといて」
「はぁい」
 素直なフランの返事を聞き、通信を切った瞬間にまたかかってきた。少し迷ったが出る事にする。
「はいもしもし」
「私メリーさん。今魔法の森にいるの」
「そう。お化けキノコに襲われないようにね」
「…………」
 黙って切られた。私はふっと息を吐いて博麗神社に向けてスピードを上げる。
 メリーさんも幻想入りか。都市伝説は広まるのが速ければ廃れるのも速い。発生初期に猛威を振るいあっと言う間に忘れ去られるのは情報社会に生まれた現代妖怪の宿命なのかも知れない。
 確か段々電話をかけてくる場所が近付いてきて最後は背後を取られてもにょもにょ……みたいな怪談だったはず。後期はゴルゴの背後に出て撃たれたり標的が最後の電話の時に壁にもたれかかっていた為壁に埋もれたりとギャグ化された憐れな妖怪だ。そうやって畏れられなくなったんだろう。諸行無常。
 里から神社へは空を飛べば割と早く着く。私は山菜が満載の風呂敷を揺らさないように注意して神社の境内へ降り立った。
 地面に足をつけると同時に着信が入る。今度は迷いなくすぐに出てあげた。
「はいもしもし」
「私メリーさん。今香霖堂の前にいるの」
「そこの店主の蘊蓄は間違ってる事が多いから買い物するんだったら気をつけて」
「…………」
 何か言いかけた気配がしたが無言のまま切れた。
 魔法の森の次は香霖堂か。順調に近付いてるようで。
 境内を抜けて母屋に入り、居間の障子を開けると霊夢が藁半紙と里で買った寺子屋書道セットを広げて御札を作っていた。御札は材料が安物でも作り手の腕が確かならそれなりの威力を発揮する。まあそうは言っても褒められた事じゃないから売ったりはしない。自分用だろう。
 霊夢は少しだけ目を上げて私を見るとすぐに視線を作りかけの御札に戻した。
「おかえり」
「ただいま。フランは?」
「風呂沸かしてるわ」
「夕飯は?」
「どうせあんたが色々貰ってくるだろうと思ってまだ作って無い」
「当たり。山菜中心だから適当に頼むよ。私は先に風呂に入るから」
 私が畳に風呂敷を降ろすと霊夢は筆を置いて中身を覗き込んだ。フキやワラビ、ゼンマイの間に隠れた竹トンボを見つけ、ニヤニヤ笑ってこちらに視線を寄越す。
 私は無視して風呂場に向かった。
 廊下を渡って脱衣所に入り、風呂場の戸を開ける。袖をまくり檜の浴槽の蓋を取って手を突っ込むと丁度良い温度になっていた。
「フラン、も~いーよ」
 風呂場の窓から外へ顔を出して言う。普通薪を入れる場所に火力を抑えたレーヴァテインを突っ込んでいたフランは魔剣を消して欠伸をした。
「ふぁ……おかえり白雪」
「ただいま。一緒に入る?」
「んーん、後にする」
「そう。なら先にご飯食べておいで。今霊夢が作ってくれてるから」
「はぁい」
 私は首を引っ込め、脱衣所に戻って衣を脱いで髪紐を外した。若干土汚れがついた衣は通信符を取り出し水を張った桶に放り込んでおく。
 胸は何もつける必要が無いぐらい真っ平らなので悲しくも上はシャツを脱ぐだけでいい。ショーツに手をかけた所で通信符から音楽が流れた。
「はいもしもし」
「私メリーさん。今人里にいるの」
「人里から出る時は門番さんに挨拶してね。それが礼儀だから」
「……ぅん」
 今度は小さな声で返事があり通信は途絶えた。メリーさん、定型句以外も喋れるんだね。
 役立ちそうもないトリビアを身に着けた所で下着を全て脱いで風呂場に入り、体を流して一番風呂を堪能した。うむ、極楽極楽。
 私はアヒルの玩具が粉々になって隅に寄せられている事に気付いて修理したり、水鉄砲で窓の外500メートル付近でこちらにカメラを向けていた烏天狗を撃ち落としたり、髪を湯船に広げて遊んだりして心行くまで湯につかった。
 そしてのぼせる前に体を洗って出る。脱衣所で水を吸って重くなった髪を魔法で乾かし、桶につけておいた衣も濯いでから魔法で乾かした。髪をポニテにして下着と衣を身に着け、とたとたと台所へ向かう。
 廊下の途中でまた着信があった。イタ電自体は別に怖くもなんともなく、背後に回られたからといってどうこうされるヤワな体は持ち合わせていないが一応警告しておく。
「あのさ、最後に何するつもりか想像ついてるからもうこの辺で止めとかない?」
「……私メリーさん。今博麗神社の前にいるの」
「……そう。靴脱いで上がってね」
「うん」
 小さな声で返事があり、通話が切れる。相手が怖がっていなかろうがオチがバレていようが何がなんでも続行するつもりらしい。
 それがメリーさんのアイデンティティーなのかも知れない。電話しないメリーさんなんてメリーさんじゃないもんなぁ。
 脱衣所の戸を細く開け、そこから廊下に首を出したが玄関からやってくる人影は無い。風呂場の窓格子は子猫がようやく入れるかどうかぐらいの隙間しか無いので、私の背後を取るとしたら馬鹿正直に廊下からやってきて「後ろに回らせて下さい」と言うか、それとも……
 考えている所に着信が来る。これが最後の着信のはずだが廊下にはやはり誰もいない。私は首を引っ込め、風呂場に戻って魔法で湯を沸騰させた。煮えたぎる熱湯を背にして通信符を耳に当てる。
「はいもしもし」
「私メリーさん。今あなたのっキャアアアア!? あつ! あっつ! 何何何!?」
 私の背後に空間転移してきたメリーさんはめでたく熱湯に落ちて悲鳴を上げた。混乱して大暴れする水音が聞こえる。
 人の忠告を聞かないからこういう事になるのさ。幻想郷で―――幻想郷でなくともこういう目にあっていそうだが―――ワンパターン戦法が通じると思うな!
 私はまた一匹幻想郷に愉快な妖怪が増えたようだ、としみじみ思い、後ろを振り返りもせず転移先の確認を怠った迂闊なメリーさんを放置して夕飯を食べに台所へ向かった。
 どんとはれ。



[15378] 日常編・一日家族ごっこ
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/03 00:05
 ある秋の日の事である。私が居間で十五個お手玉に挑戦していると、畳に寝転がって絵本を読んでいたフランが唐突にこんな事を言い出した。
「霊夢はお父さんだよね」
「……おん? 男になった覚えは無いわよ」
 番茶を啜りながら卓袱台に文々。新聞を広げていた霊夢が上の空で答える。無闇やたらと老成した雰囲気を滲ませている巫女は確かにどことなく一家の大黒柱に見えた。しかし、
「なんでいきなりお父さん?」
「これ読んでて思ったの」
 お手玉を脇に片付けてフランが差し出した絵本を受け取った。そこにはファンシーな絵柄の人間の親子が描かれていて、「外界の社会問題・核家族編」というポップ体文字が踊っている。ひっくり返して裏を見ると隅に小さくパチュリー・ノーレッジ著、とあった。
 なにやってんのあの魔女。
「私達は皆血繋ってないけどまあ核家族って言えなくも無いかな。何? おままごとでもやるの?」
「あ、いいね。しばらくやってなかったもの。えーとねー、私が寺子屋に通うお父さんと洗濯物を一緒にするのを嫌がり始めた娘役でー、霊夢が最近歳とって仕事で疲れるようになったから家ではそっとしておいて欲しいお父さん役でー」
 フランが楽しそうに自分を指し、霊夢を指した。妙に具体的だと思って手元の絵本を捲ってみると案の定そういう家庭問題が可愛らしい挿絵付きで山ほど載っていた。
 パチュリー……暇なのか?
 しかしおままごとねぇ。おままごとと言えば砂場が定番だけどそんな所に連れてったら砂食わされそうだから止めておこう。わざわざ砂場に行かなくともここに本物の風呂も包丁も野菜もあるんだから余計な口出しは無用だ。おままごとというより家族ごっこになりそうだった。
 フランが白雪はー、と私に指を向けた所で突然目の前にスキマが開いた。
「面白そうな話じゃない。私も混ぜてくれないかしら」
 うさん臭い金髪がにゅっと顔を出した。ほんと急に現れるなこいつは。
 紫はスキマに肘をついて手のひらに顎を乗せ、我関せずと新聞を捲っている霊夢に流し目を送った。スキマの中の目玉もギョロりと視線を動かす。
「あの子が父役なら、私は当然母―――」
「紫も入りたいの? じゃあ、孫の世話を焼くんだけど反抗期で鬱陶しそうに追い払われるおばあちゃん役!」
 霊夢との擬似夫婦を狙って来たらしいスキマ妖怪はフランの無邪気で残酷な宣告に凍り付いた。
 ひでぇ、何その聞いてるだけで切なくなってくる役。
 注目すべきはババアとは言われていないという事である。あくまでもおばあちゃん「役」。面と向かって罵倒された訳では無く単なる配役なのだから怒れもしない。
 春雪異変以降何かと霊夢に構いたがっている紫はステーキを注文したらイナゴのつくだ煮を出された、みたいな顔をしてフリーズしていた。しかしすぐに我に帰る。いつもより優しさを数割増した笑みでフランに抗議した。
「うーん、おばあちゃんは白雪の方が適任じゃないかしら? 年齢的に。ここは私を母役にして……」
「駄目だよ、白雪はお母さんになるの。紫はおばあちゃん」
「…………ぐ」
「たかがおままごとの配役、あまりムキになるのもみっともない。しかしこのままでは自虐のために首を突っ込んだようなもの。さてどう言いくるめてやろうか……」
「ちょっと、心を読まないで頂戴」
「顔に書いてあるから」
「…………」
 紫は沈黙した。顔に書いてあると言っても読み取れるのは異様に勘が鋭い霊夢か付き合いが長い私と幽々子ぐらいなものだろう。常人には分かるまい。
「白雪はギクシャクし始めた夫と娘を見て自分の若い頃を思い出す事が多くなったお母さん役ー」
 そしてまた楽しそうに微妙なチョイスをするフラン。霊夢や紫と比べれば随分マシな設定なので安心した。私の若い頃ってどんなだったかな……もう遠すぎてはっきり覚えて無い。
 そしてご機嫌で羽根をパタパタさせるフランが嬉しそうに開始を告げる直前、居間に大声が響き渡った。
「話は聞かせてもらったわ!」
「あ、お姉様! ……と咲夜!」
 スパーンと勢い良く障子を開けて咲夜を従えたレミリアが乱入した。咲夜が瞬きする間に散らばっていた座布団を積み上げて作った台に乗り、腰に手を当て薄い胸を張り高い位置から高圧的に要求する。
「フラン、私も入れなさい!」
 言いながら私に傘の先を向けて牙をむき出し威嚇した。いや母役になったからといっても妹さんを取ったりはしないよ。ただのままごとなんだから。
 そうアイコンタクトを送ったのだがどうも挑発している様に見えたらしく、ますます目付きを鋭くした。おお怖い怖い。
 幸いレミリアの熱視線で私に風穴が開く前にフランが役をふってくれた。
「お姉様は妹が可愛くて仕方無いんだけど気恥ずかしくてなかなか表に出せずつい素っ気無い態度をとってしまうお姉さん役ー」
 ……そのまんまじゃねぇか。
 レミリアはほにゃっと笑う妹の顔を驚いて見ていたが、
「そ、そう。そういう役なら仕方無いわね」
 と言いながら座布団タワーから降りてモジモジし始めた。これは素直に可愛がっても良いのかしら、とかなんとかブツブツ言っている。
 そんな主人を斜め後ろに立ってニヨニヨ眺めていた咲夜は何かを期待するようなキラキラした視線を向けてくるフランと目が合うと諦めた顔をして聞いた。
「妹様、私は」
「犬!」
「わん」
 咲夜は真顔で鳴くとその場でお座りをする。私の後ろで霊夢がお茶を吹き出す音がした。
 咲夜の役はシンプルだ。シンプル過ぎて逆に傷つく様な気もするが。
 犬小屋作らないとね! などと恐ろしい事を言うフランに大人しく撫でられる咲夜、まだブツブツ言っているレミリア、ズルリとスキマから這い出て霊夢の後ろに落着する紫、陰陽術で濡れた新聞と巫女服を乾かしていた霊夢。カオスだ。
 でもまあ吸血鬼姉妹と私(零)、霊夢(小)、咲夜(中)、紫(大)。そういう観点で見ればなかなかバランスのとれたメンバーだった。
 んで、
「紫、七時の方向520メートル先に烏天狗」
「天狗は好奇心旺盛で困るわね」
 こんなオイシイ場面をあいつが盗撮しない訳が無いと探索魔法を使うと案の定反応があった。紫はノーモーションで開いたスキマに手を突っ込み、カメラを構えた文を引き摺り出す。
 私は目を白黒させる文の胸を揉みしだいた。
「文(中)追加ー」
「あ、ちょ、やめ、あっ」
「フラン、文も参加したいってさ」
「えぇ!? 私そんな事言ってな、あうぅ」
「んー、文はねー、入歯をふがふが言わせながら盆栽の蘊蓄を孫に語るんだけど無視されるおじいさん役ー」
「なんですかそれ! 絶対嫌ですよ!」
 文は服の下に入れようとした私の手を振りほどき縁側から逃げようとした。ところがそこには両手を広げて立ち塞がるレミリアがいた。額に青筋を浮かべて鋭い爪を見せつけている。
「私の妹を盗撮しようなんて良い度胸じゃない」
「くっ!」
 反転して逃げようとすると前方にスキマが開いて紫が顔を出し、文は急ブレーキをかけた。
「この際道連れは多い方が良いわ」
「……うぅ」
 前門のスキマ、後門の吸血鬼。私は進退窮まった文の背中に手を置いた。
「諦めな、どうせ今日の事を記事にしたらスキマ送りにされるんだからさ」
 文はがっくりと膝をついた。墜ちたな……
 はぁあああ、と深いため息を吐く文を尻目にフランが手を高々と挙げておままごと開始を宣言し、波瀾万丈の一日家族ごっこが始まった。


 一方霊夢は素知らぬ顔で急須のお茶っ葉を換えていた。
















「ばーさん、飯はまだかいのぅ」
「三日前に食べたでしょう」
 ポジションにかこつけてばあさん呼ばわりする文と黒い台詞で切り返す紫。いざ始まってみると文は上手く溶け込んでいた。お前それ今はいいけどさ、明日あたり強烈かつ陰湿な報復受けるぞ……とは言ってあげない。痛い目見て盗撮を止めてくれれば色々楽になる。どうせどれだけ痛め付けられてもめげないんだろうけど。
「お姉様、宿題教えてー!」
「はいはい、フェルマーの最終定理でも双子素数の問題でもどんと来なさい」
 吸血鬼姉妹は卓袱台を囲んで仲良く絵本を広げて宿題ごっこをしている。レミリアは結局甘やかす事にしたらしい。
 というか寺子屋の宿題でそんな難問出ねーよ。しかもそれ片方証明されて無いだろうが。
「それにしても面倒臭い事になったわねぇ」
「わん」
「あんたそんな真似して恥ずかしくないの?」
「くぅーん……」
「そう、妹の方の命令にも逆らえないのね。立派な狗だわ」
「わん!」
 一番シュールな会話をしているのは霊夢と咲夜である。紫につけられた鎖で柱に繋れ(犬小屋は止めたらしい)、犬耳まで装備した咲夜にすれた雰囲気を漂わせる(つまりいつも通り)霊夢が話しかけていた。会話が成り立っているのが地味に凄い。
 そして私は台所で料理をしていた。おままごとだからと言ってそのへんの雑草を抜いてサラダです、なんて言えない。何をしていても腹は減るのだからと私はいつもより重い中華鍋を振るった。白玉楼で料理の復習しておいて良かった。
 豆腐と挽き肉がたっぷり入った中華鍋にスープを注いで塩で味を整え、溶いた片栗粉を投入してとろみをつける。
 麻婆豆腐だ。大勢で食べるなら中華だよね。
 ニンニクが思いっきり入っているが多分大丈夫だろう。レミリアがニンニクを嫌がったらお姉さんでしょ、妹の前で好き嫌いしないの、と言ってやる予定である。
 フランが嫌がったらお残しは許しまへんでー、で行こうと考えつつ中華鍋と皿を持って居間へ行くと、縁側から侵入したらしい魔理沙と一同の間に気まずい沈黙が流れていた。
 Oh……お客が来た時の事考えて無かった。
 魔理沙は犬耳咲夜を凝視して、傍目には仲睦まじく寄り添って座布団に座る紫と文を見て目を擦り、吸血鬼姉妹をスルーして花柄エプロンを着た私に目を留めた。
客観的に考えると平均年齢余裕で千歳超えのメンバーがおままごとって……は、恥ずかしい。
「すまん、間違えた」
 ピッと片手を挙げ、空気を読んだ魔理沙は箒に乗って去っていった。その気遣いが痛い。
「やめよっか……」
「そうね……」
「一生の不覚です……」
「始めっから気付きなさいよ」
 げんなりする私と紫と文に霊夢は呆れて言う。そして何が不味かったか分からないという顔をしている吸血鬼姉妹と終止真顔だった咲夜の同意を得て、それほど波瀾万丈でもなかったままごとはあまり無事じゃない感じで終了した。
 ああ恥ずかしい……



[15378] 日常編・三年Y組白雪先生
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/09 23:08
「まあ面接は形だけだから気楽に答えてくれ」
 私の履歴書を持った慧音が椅子をすすめながら言った。彼女は机越しに私の対面に座っている。窓辺では虫籠に入った鈴虫が涼やかに鳴いていた。ある晩秋の日の夜、寺子屋の一室での事である。
 事の起こりは陰陽師と妖怪の事故だった。里人が護衛を付けて薬効のある花を摘みに花畑へ向かった所、例の花妖怪に遭遇。何をしているのと聞かれて花を摘んでいると答えれば素敵な笑顔で襲いかかってきたそうだ。
 なんとか説き伏せて弾幕決闘に持ち込もうとしたものの聞く耳もたず、人里陰陽師本部に入った悲鳴混じりの救護要請を最後に彼等は連絡を絶った。
 この事件は別に異変ではなく、花妖怪の出没地域に足を踏み入れた里人が悪いとも言えるので私と霊夢は助けに行かない。里人の迂闊な行動を一々フォローしたらキリが無いのである。まあ弾幕決闘でなくとも死にはしない……はず……
 救護(×救援)要請を受けた陰陽師は大至急人材を掻き集めた。大妖怪の中でも上位と言える妖怪を相手取るのだから当然だ。その中には師匠も含まれる。幻想郷の陰陽師の中でも五指に入る実力を持っているのだから動員されないはずが無い。
 で、ここで話は寺子屋へ移る。
 師匠はあれでもハクタク、知識は豊富だ。慧音の寺子屋を一部手伝っている。今回の事件は長引いているため師匠が担当する夜の部の妖怪向けの授業ができない。しかし慧音は出来る限り休講にはしたくない。
 そこで私に話が回ってきた訳だ。徊子やパチュリーにも頼もうとしたようだが徊子は冥界の入口で根を張ったように動かなくなっており、パチュリーは図書館から出るのを嫌がった。
 それで私が臨時講師として建前だけの面接……というか本当に講師としての適性があるかどうかの確認を受けているのである。面倒だが正当な手続きを踏んで欲しいらしい。慧音お堅いね。父に半分分けてやりなよ。
 慧音は帽子の位置を直し、咳払いして履歴書に目を落とした。
「さて、博麗白雪、年齢は約一万二千。女性、博麗神社在住、教師経験は無いが知識には自信有り。特技は……イオナズンとあるが?」
「はい。イオナズンです」
「イオナズンとは?」
「魔法です」
「ほう、魔法」
「はい。魔法です。敵全員に大ダメージを与えます」
「……で、そのイオナズンは寺子屋で働く上で何のメリットがあると?」
「はい。敵が襲って来ても守れます」
「いや、いくら陰陽師が出払っているからと言っても人里を襲ってくるような妖怪は居ないだろう。それに人里で闘うのは規則違反だ」
「でも、大妖怪の軍勢にも勝てますよ」
「いや勝つとかそういう問題じゃなくてだな……」
「敵全員に10000以上与えるんですよ」
「……おい、ふざけているだろう。大体何故敬語なんだ」
「あぁごめんね。言ってみたかっただけ」
 睨まれたので素直に謝った。このままいくと慧音が爆死する事になるし悪ふざけはここまでにしておこう。イオナズン100発分のMPは軽くあるから使ってみて下さいと言われたら本当に使える。
「ふむ……他には特に問題無し、か。歴史の授業をやってもらう事になるが大丈夫か?」
「どの年代?」
「あーすまない、授業計画は父上に一任してあるから分からないんだ」
「なにそれ」
 慧音は頭を書いて申し訳無さそうにした。
「私は大まかな指針を示すだけなんだよ。貴女は幻想郷最古参だろう?何か昔話でもしてやってくれ」
「はあ……別にいいけどさ。結局採用?」
「うん? ああ採用だ。では頼む。あと一時間ほどで始まるから五分前に教室へ言ってくれ。私は人間の組で授業をしているから困った事があれば言いに来てくれれば良い」
「了解校長」
 慧音は立ち上がり、履歴書を机にしまい出席簿を出すといそいそ部屋を出て行った。私はそれを見送り、背を椅子にもたせ掛けて腕組みをする。
 授業、ねぇ……昔話っても教育上よろしくない話を除くとパッと思いつくのはあんまり無い。
 月人時代の話は話し出すと長くなるし、竹林に籠っていた頃の話は面白みに欠ける。慧音の言う「歴史」の授業は当然「幻想郷の」歴史の話だろうから全国行脚の話も平安京の話も抜いて……そうだな、博麗神社が博霊神社ですらない名無し神社だった頃の話からしてやろう。










 私は教壇に立ち、ざわついている生徒達を見回した。
 一番後ろの席に座りぽけっとした顔で私を見ているルーミア。その前列、私に気付かず囀っている名前も知らない小妖怪二名。
 中ほどの席には人形遊びをしているメディスン・メランコリーと思しき妖怪が……あれ、二人?
 いや違う。片方意捕だ。道理で室内なのに視界が微妙に霞んでいると思った……と言うかお前紫に匹敵する年齢の癖して何やってんの?数千年生きて未だ小妖怪のままなのは知識不足が原因ではなく種族的成長限界だと思うんだが。
 最前列にはチルノと大妖精の知略コンビが陣取っている。二人共教科書を机に出して背筋を伸ばした良い姿勢で座り、いつもと違う教師にも動揺を見せず行儀良く私が話し出すのを待っていた。種族として悪戯好きなはずの妖精がここまで模範生だとなんか怖い……
「全員注目!」
 とりあえず大声を上げて視線を集め、黒板に名前を書いた。
「臨時講師の博麗白雪。今日一日よろしく……何か?メディスン」
 メディスンが手を挙げていたので指名した。
「意捕さんが体調悪くして早退しました」
 メディスンの隣を見てみると席が空になっている。教室から霧が消えているので本当に逃げたらしい。はえーよ、まだ自己紹介しただけじゃねぇか。あいつ私を怖がり過ぎ。
 しかし逃げ出したのは意捕だけで、他の生徒は若干ざわついていたものの去る様子は無かった。私は出席簿の意捕の欄に×印をつける。
「では号令」
「起立!」
 チルノの張りのある声で全員立ち上がり、一礼して座った。
「んじゃまあ始めようか。今日は授業進行と関係無い、神様観点で語る幻想郷の昔話。テストには出ないからリラックスして聞いてね」
 そして私は咳払いを一つして話し始めた。








 数千年前、私の巫女が三代目に代代わりした頃の話である。その頃はまだ妖怪も人間も少なく私の名は知られていなかった。
 神と言ってもその力は信仰に大きく左右される為実力はピンキリだ。新米神様は出だしで人間の畏敬を確保しなければずるずるとそれが続き、最終的に他の神に取って代わられ消滅してしまう事も多い。
 八百万の神は特にこの傾向にあった。神と言っても始めは弱いのである。
 さて神の役目は人間に恵みを与え、時には祟る事。恵むばかりではそれが当たり前と思われ信仰が薄れ、祟るばかりでは反感を買いやはり信仰が薄れる。
 この二つの要素のバランスを上手く取れば概ね平穏に統治できるのだが、そこにちょっかいを出すのが妖怪だ。
 神は信仰無くして存在できず、人間を守る。対して妖怪は人間を襲わなければ存在出来ない。妖怪の目から見ると神様は邪魔かつ厄介な存在だった。
 つまり居ない方が良い。
 しかし信仰を集め安定した力の供給を受ける神に逆らうのは自殺行為。ならば安定する前に潰してしまおうと、若い無名の神は頻繁に妖怪の襲撃を受ける。それは私も例外では無かった。
 神では無いただの妖怪だった時から「なんか強い奴が居る」とチラホラ噂になっていたのだからそんな奴が神としての力も付けてしまったら手に負えない。
そういう理由で結構襲われたのだがことごとく返り討ちにした。当時の幻想郷は今の様に大妖怪の巣窟では無かったので強襲をかけてくるのは小・中妖怪のみ、負けるはずもない。
 普通の八百万の神はこの初期の妖怪ラッシュで妖怪に勝ち、人間に「妖怪から守ってくれる」または「妖怪に負けず恵みをもたらしてくれる」存在として認知されれば安定し、妖怪に負け「なんだ神の癖に弱いな」と思われれば消滅する。私は神になった時点で強くてニューゲームだった為、この波を楽々乗り越えて幻想郷の神として無事定着した。
 周辺に他の神が居なかったので信仰割れも起こさず巫女と共に地域に根付き、二百年強の統治期間で私の名は不朽のものとなった。
 その下積みがあったからこそ千年以上巫女に任せきりで神社を留守にしていても私は神で居られたのだ。






「先生」
「何かなチルノ君」
「千年も留守にしてたんですか?神様なのに」
「そう」
「…………」






 千年の旅から帰ってきてみると幻想郷は人外魔境になっていた。私が旅の途中で面白そうな妖怪や腕の立つ妖怪退治屋を見つけては送り込んだのが主な原因だが、それはきっかけでしかない。
 四六時中神と陰陽師対妖怪の構図を取って争いを起こす幻想郷は活気に満ちていて、様々な者達を惹き寄せた。
 既に人里では一切の争いを禁じるというルールがあり博麗の巫女という監視役がいたものの、散発的突発的なイザコザは止まない。人間と妖怪が他のどの地域よりも密着した関係にあった。両者が身近にあると言えば平安京もそうだが、あそこの雰囲気は幻想郷より冷めていた。
 この頃妖怪が集まった事により他の地域と隔絶され、交易が完全に途絶えた。そうなると恐ろしいのが飢饉である。
 里の備蓄もあるにはあるが、それも尽きた時人間は孤立無縁で全滅するしかない。それだけは避けなければならない。
 そういった必要性から幻想郷には生活補助形の神が増えた。
 豊作を約束する豊穣の神。厄払いで払われた厄を集める厄神。他にも雑多な神が現れ今でも里人を助けている。
 一方で陰陽師も増え私も居る為に大戦を避ける抑止力は十分、戦闘系の戦神などは現れなかった。もしかしたら私が戦神の立ち位置を独占していた為横から入る隙が無かったのかも知れない。







「で、今に至ると」
 つらつら話している内に授業の終わりの時間が来たので話をぶった切ると、猛烈な勢いで筆を動かしメモを取っていたチルノと大妖精が肩透かしを食らった顔をした。
 教室を見回すと最後列のルーミアは産卵中の鮭の様に口をぱっくり開けて熟睡、メディスンは人形遊びをしていて自分の世界に引き籠もり、小妖怪二人はノートに落書きをしていた。
 ……慧音、頭突きしていいかな……
 チョーク投げか頭突きかバケツ持って廊下かどれにしようか迷っていると残念そうな顔をしたチルノが号令をかけた。出鼻を挫かれる。
 起立、礼、ありがとうございました。
 そして「た」を言い切ると同時に出口へ駆けていく妖怪達。ものの数秒で教室には三人しか居なくなった。
「あいつら何しに来たんだ……」
 自分でもそんなに良い授業じゃなかったと思うけど……
 私は肩を落とし、質問に残ったらしい真面目な妖精二人に向き直った。まーこの妖精達が例外で向こうが普通なんだろうさ。



[15378] 本編・永夜抄・欠けた月の夜
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/11 08:17
                    -1-

 ここは、幻想郷の境に存在する古めかしい屋敷。その歴史を感じさせる佇まいは、如何なる者の来訪を拒んでいる様だった。この家には何故か人間界の道具と思われるものが幾つか在る。用途のわからない機械、書いてある事がまるで理解できない本、雑誌。

 外の世界では映像受信機だったと思われる鉄の箱も、只の霊気入れになっていた。人の形が映っていた物には霊も宿りやすいのよと、彼女は自分の式神に教える。式神は紅衣の神の魔術書に書いてあった受け売りじゃないかと思ったが賢くも口には出さなかった。

 境界の妖怪『八雲 紫』はここに居た。
 彼女は、幻想郷の僅かな異変に気付き、昼も寝れない毎日を過ごしていた。

 敵の姿は確認が取れなかったが、『こんな』事が出来ると言う事はかなりの強力な者であると想像できた。しかし、普段余り出歩かない彼女にとって自分から動く事は、凄く面倒な事だったのだ。

「そうだ、『あいつ』を唆して『あいつ』にやらせれば良いわ」

 こうして紫は、同じく幻想郷の境に存在する神社を目指して出かけ……ようとしたのだが、丁度いつの間にやら来ていた客が襖を開けて乱入してきた。

「その話待った!」

                   -2-

 不吉な臭いがする。この森は人を喰うといわれる。人間は余り寄り付かない場所である。常に禍々しい妖気で溢れていた。

 魔法の森、幻想郷の魔が自ずと集まった森。

 その森に、小さな人の形を集めた小さな建物がある。
 人間より一回りも小さい人の形。

 七色の人形遣い『アリス・マーガトロイド』は、人形の山の中で読書をしていた。

「何であいつら人間達はこの大異変に気がつかないのかしら」

 このままではいつものアレが楽しめないじゃない。普段は余り出歩くことの無い彼女だったがみんな異変に無関心だった為、調査に乗り出てみる事にした。

 いや、しようかと思った。

「面倒だなぁ、こういうのに慣れている『あいつら』がやればいいのに」

 敵の見当もつかないし、どうすればよいのかわからない。思いあぐねて、同じくこの森に住む人間の処へ向う事にした……そして玄関と戸に手をかけた瞬間、外側から開かれた。そこに居たのは一応魔法使いにも分類されるらしい小さな神様。

「こんばんはー」



                   -3-

「咲夜~、どこに居るの~?」

 ここは湖のほとりにある洋館、紅い建物。今日もけたたましい声が響く。湖の白と森の緑、そこに建つ紅い洋館。どぎつい取り合わせのはずなのに不思議と落ち着いていた。

 この館、紅魔館は時が止まると言う。比喩ではない。

 吸血鬼『レミリア・スカーレット』は、自分のお抱えのメイドを探していた。

「頼んでいたアレはやっておいた?」
「と言われましても、申し訳ないのですが私には良く判らないもので……」

 どうにも、目の前の人間には言葉が通じない。

「もういいわ! 私が行くから咲夜は家の事を……まぁ、好きな様にやって」

 留守番を命じていない事は明白だった。結局メイドはお守り役として付いて行かざるを得ない。日が昇ったら一人じゃ自由が効かない癖に、と思いつつ……

 こんなに平和だし何か起きている様にも見えないし、ちょっと動いたら疲れて戻ってくるでしょう、とメイドは軽く思っていた。もちろん口には出せない。

 そして思った通り一分で戻ってきた。門の前で例の神様に遭遇したのだ。

「あいつらが勝手に解決するって言ってるし任せましょう」

 なんでも無い風を装っていたが背中の羽根は小刻みに震えている。メイドは今日も添い寝かな、と思った。


                   -4-


 幻想郷でもここ程静かな場所も無いだろう。ただ、荒涼としているわけではない。何か魂が休まるような静かさなのだ。荒ぶる者の声も聞こえない、豊かな自然に爽やかな風の音だけが聞こえる。

 冥府。死者の住まう処。

 ここには生気のある人間は居ない。だが、亡霊達は亡霊のくせに生き生きと暮らしていた。

「幽々子様は気が付いていないのかしら?」

 静かな場所の中で一番華やかで広い所。白玉楼。
 庭師『魂魄 妖夢』はお嬢様に異変を伝えようか迷っていた。
 その時、お嬢様がこっちに向ってきた。丁度いい。

「あ、幽々子様……」
「妖夢。アレはまだそのままかしら?」
「え? ……アレ、とは何でしょう?」
「あら、気が付いていないの? これだから庭師は鈍感だって、ぼろくそに言われるのよ」

 そういえば昔、件の馬鹿みたいに強い時々馬鹿みたいな神にぼろくそに言われた記憶がある。それはともかく、どうやらお嬢様も異変に気が付いていたらしい。

「もしかして『月』の事ですか? 気が付いてますってば~。
 突然、アレって言われましても……」
「誰も動かないみたいだし、妖夢、行ってみない?」
「えー? 何でですか」
「嘘よ。妖夢じゃ頼りないしね。
 何時ぞやの人間の方がまだマシだし……、私が行くわ」
「そんな~、意地悪な事言わないで下さいよ~。私が行きますから~」
「頼りないと言ったのは本当よ」

 西行寺家の亡霊少女『西行寺 幽々子』は、妖夢の事をぼろくそに言った。

「って、お嬢様は目的地の当てがあるのですか?」
「勿論沢山あるわ。まぁそんなのその辺飛んでいるの落とせばいつか当たるものよ」
「そんなだから駄目なのです。幽々子様はいつだって、力に任せて狙いを定めないから時間が掛かるのです。もっと、的を絞って攻撃するのですよ。こう……」
「妖夢、後ろががら空きよ。」
「うむ、がら空き」

 お嬢様の言葉の直後、背後から首に衝撃が走った。よろけたがなんとか堪え、振り返ると長い白髪の神様がちょこんと立っていた。

「頼りない半人半霊は大人しくしていてくれたまえ。こっちでなんとかするからさ」



                   -5-

 平和だった。
 平和そうに見えた。

 だが、妖怪達は困っていたのだ。

 そう異変とは、誰も気が付かない内にひっそりと、何時の間にか……、
 幻想郷の夜から満月が無くなっていたのだった。

 本来、満月になるはずの夜もほんの少しだけ月が欠けていて、完全な満月にならなかったのである。普通の人間が気がつかないのは無理も無い、月はほんのちょっとだけ欠けていたに過ぎなかったのだ。

 それでも妖の者にとって、満月の無い月はまるで月の機能を果たして居なかったのである。特に日の光が苦手な者にとっては死活問題であった。

 本来なら人間と神様の二人が夜の幻想郷を翔け出すのだが、神様の方が異変の詳細を既に把握していた。なにやらこそこそ暗躍し、どうのこうのあーだこーだの挙句に巫女が首謀者を叩く事になっていた。

 暇で暇で死にそうになっていた巫女と道案内役の神様は空に舞う。勿論、月の欠片を探し出し、幻想郷の満月を取り返す為である。

             見つけるまで夜を止めたりはしない

        永遠の夜になったかも知れなかった異変は割と穏やかに進む

 ――夏の終わり、中秋の名月まであまり時間も無い頃。
 人間と神様の二人は、月夜を駆ける。



















 と言う訳で永夜抄だ。異変解決に出向きそうな連中には声をかけて出動を阻止した。元々大した理由で解決しようとしていた訳では無かったようで皆白雪が行くなら、とあっさり引いてくれた。これで夜は止まらない。
 永夜異変は欠けた月の異変を解決する為に誰かしらが夜を止めて起きる異変である。異変を止める為に異変を起こすとは本末転倒、幻想郷中を飛び回って永夜異変は無事止める事が出来た。
 しかし月は欠けたまま。私は霊夢を連れて真直ぐ永遠亭に向かう。
 天蓋の運行を止め月を隠す永琳の秘術は月と地上の行き来を妨害し、起こるかも知れない月と地上の抗争を起こさないために行使されている。多分杞憂だろうが争いの目は摘んだ方が良い。欠けた月は必要な異変であるとも言える。
 が、異変は異変、放置しても解決するからほっといていいかなと思っていたらそうでも無かった。
 マヨヒガに行って事情を説明した時紫に諭されたのだが、如何なる理由があっても異変を見逃すのは不味い。あの異変が許されるならこの異変も許されるよね、と済し崩しに異変が連発する可能性がある。異変は例外無く能動的に解決されなければならない。
 いやあ、ほんと私は詰めが甘い。永夜異変を阻止して一晩ほっとけば四方丸く収まるもんだと思い込んでたよ。
 まあそういう事情で霊夢を永遠亭に案内している。私が解決してもいいのだが、事情を知っている以上私情が混ざって手加減してしまいそうだったので霊夢に任せる事にした。
 輝夜はとにかく永琳とは戦いにくい。彼女からは今まで一度も敵意を受けた事が無いし喧嘩した事無いし、戦ったらどうなるか分からない。十重二十重の罠でハメ殺しを狙われる気もすれば開戦直後に降参される気もした。
 話し合いで解決できればそれでもいいんだけどね、今までの異変の首謀者は例外無くフルボッコにしてきたのに永琳(主犯)と輝夜(共犯)だけ見逃すのはアレだから。
 ……よくよく考えてみると異変の首魁をとりあえずぶっ叩く幻想郷の伝統は私が作ったのかも知れない。短絡的に行動してきた結果がこれだよ!
「何ぶつぶつ言ってんの?」
「あ、口に出てた?なんでもないよ」
「そ」
 ちらりと後ろを振り返り、霊夢がしっかり着いてきているのを確認して少しスピードを上げた。目的地が分かっている上にかなりの速度で飛んでいるので、途中で数回弾幕決闘を挟んだとしても今夜中に余裕で到着する。気楽なもんだ。フランは神社で一人でお留守番。帰ったら労ってやろう。
 私達はいつもと違う夜空に興奮してわさわさ沸いてはちょっかいをかけてくる妖精達を片手間に蹴散らしながら一陣の風になった。











――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




究極の幻想チーム(新月・LimitBreak専用機)
境目に棲む人間と神様。
ちょっとずるい攻撃力を誇る


■人間操術 博麗霊夢

移動速度  :☆☆☆☆
特技     :敵の使い魔に当たらない
ショット    :「マインドアミュレット」
スペルカード:霊符「夢想妙珠」
ラストスペル:神霊「夢想封印 瞬」


●神様操術 博麗白雪

移動速度  :☆☆☆☆☆☆
特技     :通常弾幕が一定確率で相手弾を破壊する
ショット    :神力弾
スペルカード:力符「神の見えざる力」
ラストスペル:全力「妖力無限大」

※チームの特性
妖率ゲージが変化しにくい
ホーミング弾の性能が高い










 一応自機性能を書いてはみたものの永夜抄で弾幕決闘を書く予定は無し。ゲームだったらこんな感じ、程度に思って下さい。



[15378] 本編・永夜抄・交通事故多発
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/13 07:58
 一々速度を緩めては妖精の相手をするのも面倒なので雑魚は無視して猛スピードで飛んだ。私は素でぶっちぎりに速いし霊夢は主に空を飛ぶ程度の能力があるからかなり速い。
 空気抵抗も何のその、霊夢は前方に槍型結界を張るなどという器用な事をして向かい風を散らし私に着いてきていた。全速力の六割は出してるのに着いて来るとか……十五歳の人間の少女とは思えん。
 さて、妖精は異変時は興奮状態になり普段よりも強くなる……のだが所詮妖精、弱い弾幕一発で霧消するほど脆い。チルノは強めの弾幕使わないとピチュらないけどあいつは妖精じゃなくてYOUSEIだから例外だ。
 Q.そんな貧弱な妖精の群に結界付き高速飛行で突っ込んだらどうなるの?
 A.巫女と神様は急には止まれません。
 私達は妖精達を轢きながら適当に弾幕をばらまいて進んでいた。弾幕決闘だと敵に体当たりなんて真似出来ないけど、悪戯妖精相手なら突貫でOK。出合い頭に撥ね飛ばされた妖精達に合唱。妖精ごときに衝突しても痛くも痒くも無いもんね。
「なんか高速道路走ってるみたいだ。弾幕と蛍の光が凄い勢いで流れてく」
「ちょっと、ここまで急ぐ必要あるの?」
「あんまり無い。でも異変解決は早い方が良くない?」
「急がば回れ」
「拙速は巧遅に優る」
「急いては事を仕損じる」
「善は急げ」
 チラッと後ろを振り返ると霊夢はやれやれと両手を肩の所で広げていた。そんな欧米の仕草どこで覚えたんだ。
「ちょっとあんた達! 蛍の光をっキャアアアア!」
 最近の霊夢はどこから仕入れるのか変な知識をつけて来たが、身長も胸も急に成長し始めていた。成長期だ。
 妖怪や神様には無いこの時期を見ているとやはり霊夢も人間なんだなと思うと同時に些か淋しくなる。成長するということは老いるということ。少女は時と共に女になり老女になる。
 霊夢は老いが迫ったらどうするのだろう?
 あれだけの才能があれば仙人にだってなれるし、紫に頼めば多分境界を弄って不老にしてくれるだろうし、今夜会う事になる永琳に依頼すれば蓬莱の薬を作ってくれる可能性も無きにしもあらず。霊夢ならどうにかして魔法使いになってしまえるような気もする。大穴で私の神社から独立して信仰を得て神様になるという選択肢もアリだ。
 まあ何にせよ私は霊夢の選択を尊重する。歴代の巫女と霊夢の扱いを変えるつもりは無い。
 普通に人としての天寿を全うしようが人外になろうが私の神社に居る限りは私の巫女である。何かあったらその時に考えればいいのだ……
 ……ん?
「さっき何か轢かなかった?」
「気のせいじゃない?」
 首を捻る。蛍の群に紛れて人型の何かが飛び出して来た気がしたけど目の錯覚かな。錯覚だよね。
「それにしても最近蛍が多いわねぇ。外の世界がちょっと心配だわ」
 霊夢が手に持った御札を投げ尽くし、懐から追加の束を取り出しながらぼやいた。確かに妖精と同じぐらいわさわさと蛍が飛んでいる。蛍の光で明滅する絨毯が出来ている所もあった。
「心配するなんて霊夢らしくない」
 確かにこれだけ多いとなると幻想郷で繁殖している以外に外から流れて来た蛍も多いのだろう。蛍を見た事も無い都会っ子が増えてるんだろうなぁ……もう外界では田舎は田舎でもド田舎じゃないと見掛けないらしいしさ。
「あ、久しぶりのヒトネギっキャアアアア!」
 蛍は水辺に居る訳だけど、水質が良過ぎても居なくなるんだよね。餌になる巻貝と産卵場所になる水辺が無いといけない。更に街灯があっても駄目だ。蛍の光は雌への求愛行動だから、街灯の白々とした人工光があるとそれに紛れて蛍の儚い光なんぞ分からなくなる。懐中電灯片手に蛍探したりなんて馬鹿の極みだね。
 幻想郷の子供は皆竹箒を片手に蛍を捕まえに行く。竹箒を蛍の群に突っ込むと勝手に箒にひっつくから、それを担いで家に帰るのだ。逃げようとしないから虫籠は要らない。
 箒を持ち帰ったら一晩明滅する淡い光を楽しんで、翌朝起きてみるといつの間にか蛍は居なくなっているという寸法だ。穏やかなキャッチアンドリリース。
 気合い入れて探さなくても蛍は里のすぐ外で飛び回ってるんだから、光を見たくなったらその都度捕まえに行けば良い。そういう蛍火の楽しみ方を現代っ子は知らないんだろうな……
 ……あれ?
「また何か撥ねたような……」
 振り返っても撃墜された妖精の霧っぽい残滓以外見えない。妖精に紛れて行く手を遮った若干大きめの何かにぶつかった気がする。さっき鳥っぽい羽が一瞬視界に入った。
「あんたが見逃したのに私が見える訳無いじゃない。人間の目は月明りだけで妖精とそれ以外を判別できるように出来て無いのよ」
「なら心の目で見れば良いのに」
「無茶無理無謀」
「んなこたぁ無い。心眼を使える盲目の巫女さんだって居たんだから」
「そんなイロモノと私を一緒にしないでよ」
 それをお前が言うか。歴代の巫女の中で一番ふてぶてしくて一番才能があって一番無礼で一番強くて一番努力してない癖に。霊夢も同じ穴の貉だよ。
「ところでどこに向かってんの?」
「言って無かった? 迷いの竹林だよ」
「はぁ? あんな場所に兎以外誰か住んでんの?」
 疑問に思う気持ちは分かる。
 迷いの竹林はあやめの力が未だ強く残っていて人間は元より大部分の妖怪も一度入れば出られない。視覚的では無く心理的に迷うので目印を付けても意味を成さない凶悪さ。幻想郷縁起で危険度は極高に分類されており、兎以外入るべからずと書かれている。
 ただし私は竹林に入る権利があるし、永琳と輝夜は最初に薬を服用してウサ耳を生やして侵入したらそれ以降自由に出入り出来るようになったらしい。妹紅は……そういえば妹紅は何故出入り出来るか知らないな。今度聞いてみよう。
「住んでるよ。昔私が建てた屋敷があるのさ」
「…………」
 霊夢は色々突っ込みたそうな雰囲気だったが何も言わなかった。別に聞かれりゃ普通に答えるけど話しだせば長くなるから聞かないでいてくれた方が手間が無くていい。
 そしてその後も一種の天災の様に妖精を撒き散らして進んだが結局妖怪には一匹も遭遇せず人里上空まで辿り着いてしまった。この分だと日付け変更前に永遠亭に着きそうだ。
 残りの道程は早くも半分。
















幻想郷に飛行速度制限はありません。空には車線も信号機も無いので衝突事故はそれなりに起こります。
今回事故ったのはリグルとミスティア。保険も降りないから泣き寝入りするしかない。



[15378] 本編・永夜抄・懐かしき東方の血
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/16 10:43
 私達は高速飛行で人里に着いた。後ろを見れば霧散した妖精達の妖力が霞のように薄く広がり川を作っている。これが人間だったら大量虐殺だ。
 人里付近では昔から特に活発に妖怪(妖精)退治が行われているため、いくら物覚えの悪い妖精でも若干自重するようになる。奴等も人間の百分の一ほどは学習能力があるのだ。私達は妖精の攻勢が弱くなったので速度を落とした。
 欠けた月に照らされた人里の家屋はさしたる異常も無く静まり返っている。もう夜も遅く、油を節約する倹約家の人間達の家の灯は消えていた。唯一光が漏れているのは二十四時間営業の陰陽師事務所だけだ。
 陰陽師事務所の灯は消える事が無い。いつぞやの花妖怪事件で陰陽師が九割重症を負った時も普通に開いていた。というか事件終了の一時間後には全員無傷になって元気に働いていた。
 師匠の仕業である。
 慧音の能力は「歴史を食べる」即ち隠す能力であり、一時的に怪我が無かった事にできても起きてしまった歴史は消せない。それに対し師匠の能力は怪我が起きたという「歴史を書き換え」て完全に無かった事にできる。半獣と妖怪、娘と父の能力差だった。師匠マジパネェ。その能力も私には通用しないけど。
「人里は相変わらず平和だねぇ」
「は? ……相変わらずって……あれ、ここって人里がある場所じゃないの?」
「はぁ?」
 ぽつりと呟くと霊夢が妙な事を言った。空中停止して下を見下ろす。
 見慣れた木造家屋の群。それを囲む木の柵。広場では河童製作の石像が月明りを反射していた。うむ、人里だ。
「あるじゃん」
「どこに?」
「目の前に」
「え?」
「え?」
 お互い首を捻る。どうも会話が噛み合っていない。私に見えて霊夢に見えて無い? なんで?
 霊夢が嘘を言う理由は無いし見えていないのは事実だろう。そうなると常識的に考えて幻術かまやかしだろうけど一体誰が何の為に?
 私の巫女やっていてある程度の幻術耐性がある霊夢を欺き、人里全体を見えなくする事が出来る誰か…………あー、そういや永夜異変でそんな出来事あったな。忘れてた。確か下手人は、
「お前達か。こんな真夜中に里を襲おうとする……ん?」
「や、慧音」
「また変なのが出た」
「上白沢慧音だよ。ほら、寺子屋の」
「ああ半獣ね」
 私達を発見して下の方から文字通り飛んで来た慧音を見て霊夢が無礼な事を呟いたので紹介しておく。欠けた満月のせいで人間形態のままの慧音は私と霊夢を交互に見て眉を顰める。いつもより三割増し堅っ苦しい雰囲気だった。異変でピリピリしているらしい。
「この異変を起こしているのはまさかお前達なのか?」
「んにゃ、私達は例によって解決する側」
「あんたの方が起こしてんじゃない?里を消すなんて。退治するわよ」
 異変の時の霊夢は二言目には退治退治で困る。
「私は異変など起こしていない。この不吉な夜から人間達を守っているだけだ」
 慧音は憮然として答えた。慧音は人間大好きだもんね。過保護なぐらい。人間を守るためなら多少の無茶はするだろうさ。
「理由なんてなんだって良いわ。里を元に戻しなさい、心配無いから」
「それは出来ない。月が戻るまでは隠しておく」
「分からない半獣ね」
 おお? なんか険悪な雰囲気になってきた。普段は大人の対応をする慧音も今夜は気が短くなっているようだ。
 別にここで霊夢が慧音を弾幕決闘で負かして里を元に戻させても良いが、異変で浮かれた賢くない小妖怪や妖精がもう若くないのに飲み屋を梯子したおっさんの如くふらふらやってる可能性もあるっちゃある。隠してあるなら隠したままの方が良い。
 つーか異変の度に慧音は里を隠してんのかね? ……やりそうだ。
「霊夢、慧音は里の歴史を食べただけだから吐き出せばすぐ元通りになる。害は無いんだからここは放置してさっさと竹林に行こう」
「はあ。歴史を食べた?変わった食癖ね……胃もたれしないの?」
「言葉通りに食べる訳無いだろう」
 慧音は呆れて言った。私の言葉で霊夢の臨戦体制が解除され、それを見た慧音も少し躊躇したが手に持ったスペカをしまう。うむ、聞き分け良い子は好きだ。
 能力の使用範囲、というものは個人差が激しい。紫や徊子の能力は言葉そのままに「境界」「開けられるもの」を自由自在にできるが、レミリアは運命の方向性を大雑把に見たり変えたりするぐらいしか出来ないしフランは一々髑髏を握り潰さなければ対象を破壊出来ず、ルーミアは概念的な「心の闇」は操れない。
 慧音も然り。食べられても消化は出来ず、食べられる許容量を越す前に吐き出さなければならない。
 でも食べるのも吐き出すのも一瞬だから咄嗟に何かを隠すのには向いている。師匠は慧音より応用が効く分「歴史を消し」「上書きし」「書き換えた部分の前後とある程度整合性を持たせる」という手順が必要で戦闘中はとても使えない。ハクタクの能力も一長一短だ。
「さて、行こうか」
「……まあいいけど」
 私が促すと霊夢は若干不服そうに頷いた。よし、戦闘回避。なんか知らないけどリグルともミスティアとも遭遇しなかったし、今回の異変で闘うのは永遠亭主従だけになりそうだ。
 私は再び竹林に向かって飛びだした霊夢を追おうとして、ふと思い出し振り返った。
「ああそうだ、今度里に分社を建てたいんだけど」
「うん? ああ分かった。腕の良い大工を手配しておこう。しかし白雪は分社を造る気が無いのだと思っていたが……」
 慧音は小さく首を傾げたが頷いた。不思議そうな顔をする慧音に肩を竦めてみせる。
「私の力に耐えるだけの依り代が無かったからね」
 神は自分のための神社であれば分社としてその場に瞬間移動できる。便利なのでちょくちょく訪ねる人里に分社を置こうと思った事は何度かあったが、丁度良い依り代が見つからなかった。
 神社や分社は建物や神棚が無くても神が宿る器さえあれば充分その機能を果たす。しかし逆に言えば神が宿る器が無ければ機能を果たさない。
 幻想郷有数の神格を持つ私の器を許容できるだけの物が見つからなかったのである。まあそれほど熱心に依り代探しをしなかったから見つからなかったんだろうけどさ。
 しかし先日、香霖堂で昔私が鍛えた刀を見つけた。霖之介が言うには一度剣士に売ったのにまた戻って来たらしい。
 千年ほど前に全力を込めて鍛え上げた刀は余程数奇な運命を辿ってきたらしく、店の隅に積まれた鉄屑に混ざっている草薙の剣すら凌駕する力を纏っていた。気のせいか手にとると刀が喜んでいる気配を感じ、すぐに気に入った。元々私のものなのだから嫌う道理は無い。
 そして銘が無く、「所持する事で争いを避け、安全な旅をする為の威嚇手段」という虚仮脅しみたいな用途しか分からなかった霖之介からそこらの模造刀よりも安く買い上げた。霖之介に刀を見る目は無いようだった。実際試し切りしてみれば異常性に気付いただろうに。
 申し訳無いと思いつつも色々安く買わせて貰うのはいつもの事だから気にしない。
 とにかくその刀を器にする予定である。あれだけの力を持ち、かつフランのレーヴァテインと打ち合わせてもびくともしない刀なら武器としても器として一級品だろう。
 私は慧音と分社について軽い打ち合わせをし、案内役を置いて先に行ってしまった霊夢を追った。霊夢の勘の鋭さなら竹林までは案内役要らなさそうだけど、竹林で迷うだろうからね。



[15378] 本編・永夜抄・百兎夜行
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/22 07:57
 人里を離れ、途中で霊夢と合流して再び暴走列車の如く妖精を撥ねながらあっという間に迷いの竹林の入口に着いた。今夜は今までの異変で一番妖精の撃墜スコアが高いのではなかろうか。無差別に轢いてるし。
 風に揺られてザワザワとさんざめく竹林を見ると安心する。なんだかんだで私は竹林暮らしが一番長く、ここに居るとあやめに守られている気がして落ち着くのだ。
「霊夢、ここからは歩いて行こうか」
「なんでよ。さっさとこの先の黒幕しばき倒せばいいじゃない」
「いや時間調節」
 弾幕決闘を一度もしなかったので予定よりも早くなり過ぎた。
 永琳には通信符で弾幕決闘で異変の原因を叩きに行く旨を伝えてある。向こうも色々準備しているらしいからもう少し遅い方が良い。
 どうせ対霊夢迎撃準備だろうから早く行っても異変は問題無く……むしろ楽に解決出来るが、付き添いの私のお茶菓子の用意が出来て無いと困る。何が困るって主に私の舌と胃袋が。
 永琳ってさり気なく料理上手いんだぜ?輝夜を連れて放浪している時に腕を磨いたらしい。たまに薬品入ってるけどそれを差し引いても旨い。
 とにかく不純な動機でも今夜中に片付けりゃモーマンタイなんさ。
「異変解決に時間調節って……んじゃなんのために急いでたのよ」
「だからうっかり早く着き過ぎたの」
「……まあ白雪のうっかりは今に始まった事じゃないけど」
 なんでそんな馬鹿にしたような憐れむような目で見るの? 良いじゃん別に誰か損する訳でなし。霊夢も飛んでばかりいないで少しは歩いたらいい。
 私は肩を竦め、御祓い棒を指先で器用にくるくる回す霊夢を連れて竹林に足を踏み入れた。












 一歩歩けば竹の根元から兎が一匹。
 二歩歩けば巣穴から兎が二匹。
 三歩歩けばどこからともなく兎が三匹。
 十歩歩けば後ろに行列が出来ている。
 竹林を歩いているとウサ耳の小さな妖怪兎達がぴょんたんゾロゾロ着いて来た。汚れの無い赤い瞳で楽しそうに跳ねながら追って来る。
 こいつはくせえッー! 兎のにおいがプンプンするぜッーーーー! 環境で妖怪になっただと? ちがうね! こいつらは生まれついての妖怪兎だッ!
 実際博麗大結界が張られてから竹林に新しい兎は参入せず、迷いの竹林の妖怪兎達はてゐを中心とした閉鎖的で独特な社会体制を確立している。今や普通の兎から妖怪化した個体よりも両親共に妖怪の妖怪兎の方が多い。黒兎や茶兎は居らず、何故か白兎のみだ。リーダーはあんなに(腹)黒いのにねぇ。
 私の横を歩いていた霊夢はぴょこぴょこ跳ねる兎の群を興味深気に見ていたが、私の髪にぶら下がる兎を見て首を傾げた。
「こいつらなんで着いてくんの?」
「そりゃ私が懐かれてるから」
 私の肩によじ登ったり衣にしがみついたり足元にまとわりついたり兎まみれだ。兎フル装備。LUCK上がりそう。
 しかし皆霊夢とは微妙に距離を開けていた。流石に初対面の人間に飛び付くほど人懐こくは無い。
 特に兎好きでも何でも無い霊夢は距離を取られても気にした様子は無かったが、ぼそりと「兎鍋……」と呟いて二倍離れられていた。私は普通に兎肉食べるけど自分から絞めてさばこうとまでは思わない。出されたら残すのが勿体ないから食べるだけだ。
 ぞろぞろ行進していると不意に兎達が止まった。耳をぴくぴく動かし、一斉に引いて行く。一跳びで十数メートル跳びあっという間に夜の闇に溶けて姿を消した。足元も聞こえなくなる。
「なに?」
「親玉かな」
 霊夢は若干ワクワクした風に御札を構えて立ち止まり私も立ち止まった。
「親弾ね」
「……それ字が違う」
 霊夢弾幕ごっこ好きだよね。
 そして数秒後、笹の葉を踏む音と共に小柄な兎のリーダー……てゐが顔を出した。私達を見ると人の良さそうな笑顔を浮かべる。
「こんばんはー、大家さん」
「こんばんはウ詐欺さん」
 私は爽やかな笑顔で手を差し出し、てゐは爽やかな笑顔でそれを払う。私はわざとらしく悲しげな表情を作って手をさすった。突き刺さる霊夢の視線を感じるがとりあえず無視。
「握手もしてくれないなんてお姉さん悲しい」
「手の骨粉々にされたくないから」
「失礼な、私そんな事しないよ」
「……耄碌したかババア。歳とると記憶力が落ちて困るわー」
「アレはちょっと関節外しただけでしょー」
 はっはっはと上っ面で笑い合う私達を霊夢がうろん気な目で見ていた。
 てゐは人を見て嘘を吐く。妖精相手にはド外道な嘘を吐くが、鈴仙には尾を引く嘘は吐かないし月人主従には偽らない。嘘を吐く相手は選ぶのである。
 そして私には遠慮無く嘘を吐く。嘘がバレても命は取られないし、後遺症を残す様な折檻もされない事を知っているからだ。そもそもてゐと話す時はいつも観察力判断力分析力etcを上げてるから滅多に騙され無いんだけど。
 ちなみにババアと呼ばれて怒るのは紫である。私は平気だ。代わりに幼女と呼ばれるとイラつく。
「まあいいや。ついて来なよ大家さん……と、お客さん。師匠から話は通ってるよ」
 手招きされたが私は動かない。霊夢は微笑を浮かべる私とウサ臭くうさん臭い笑顔を浮かべるてゐを見比べてふむと唸った。
「白雪の呼称には突っ込まないとして……怪しい兎ね」
「まさか~。私は何時だって人の言うことを良く聞く、幻想郷で最も賢くて可愛い兎って呼ばれてるのよ」
「誰に?」
「手下に」
 手下以外からは狡賢くて空世辞を言う兎って呼ばれてるよね。
 人畜無害な顔で手招きするてゐを怪しそうに見ながらも霊夢は一歩足を踏み出し、
地面を踏み抜いた。
「うぇ!?」
 嫌らしくも泥水が張ってある穴に落ちかけた霊夢は慌てて飛んで脱出し、少し離れた地面に着地……しようとするとそこも落とし穴。三度目は無いと空中待機すれば頭上から降って来たタライに頭を強打され落とし穴に突っ込みかけた。おおう、ナイスコンボ。
 怒れる霊夢が体勢を立て直すが既にてゐの姿は無い。私は口許を隠して小さく笑った。竹林はてゐのトラップフィールドだ。私も最初はよくかかった。
「あんの兎~!皮ひん剥いて鍋にしてやるわ!」
「鍋好きなの?」
「丸焼きも可!白雪、どっちに逃げた!?」
「向こう」
 霊夢は棘付鉄球やら投網やらに襲われながらも狩人の目でてゐを追って行った。私はそれを地上から見送る。
 霊夢はああ言ってるけど亡霊姫じゃあるまいし人型妖怪を捕食する事は無いだろう。もし捕まってもてゐなら口八丁手八丁で鍋は回避する。
 私はてゐが何か仕掛けていたのは気付いていたので手招きされても動かなかったのだが正解だった。代わりに霊夢がかかったが、罠があると知り警戒体勢に入った霊夢をハメられる罠なんぞ早々無い。てゐは永遠亭に逃げ込むだろうし私の道案内はここまでである。
 私はあちこちから顔を覗かせ様子を伺っている兎達に手招きし、彼等の先導で罠を避けながら悠々と永遠亭に向かった。



[15378] 本編・永夜抄・うさぎたちの夜
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/26 07:45
 霊夢が破壊したトラップの跡を兎を供に辿り、私は竹林の若干開けた場所にある永遠亭に着いた。名残惜しげに何度も振り返りながら各々の仕事に戻っていく兎達に手を振り、見事に大破した玄関に向き直る。思わずため息が出た。
 霊夢はなんで扉や戸を蹴破るんだよ。普通に開けろよ。永遠亭の玄関には鍵ついてないんだし。これ修理するの私なんだぜ?
 私は頭を掻き、神力を込めて自動再生させる。歪んだ木は見る間に真直ぐに戻り散乱した木片は元あった場所にはまっていった。
 なんか神の力なのに大工仕事にばかり使ってるような……別にいいけどさ。
 完全に直った扉をくぐり、私は永遠亭に入った。
 真新しい弾幕の焦げ跡が目立つ長い廊下を修理しつつ奥へ向かう。普段廊下でちょろちょろしている妖怪兎達はまるでどこかの巫女にやられたかのような表情で隅に転がっていた。硬い木の床の上で非常に寝苦しそうにしている兎達を適当な兎部屋に放り込んでいく。
 本来一分もあれば最奥まで着く廊下も今夜は鈴仙の能力で同じ場所をぐるぐる回る対侵入者仕様催眠廊下に変わっている……はず。私には全然効かないからよく分からん。
 耳を掴んで数匹まとめて収穫しながら霊夢はどこまで行ったかと探知魔法を使えば、輝夜の部屋のすぐ外で激しく飛び回っていた。そのすぐ近くで同じく――ただし規則的に――飛び回っている永琳の気配。もう闘ってるのか。
 永琳はしばらく危なげ無く闘っていたが、私が輝夜の部屋の障子に手をかけた所で急に不自然な動きをした。一瞬動きが止まり、外から霊夢の快哉が聞こえる。
 ははあ、これは永琳わざと負けたな。
 輝夜も最近妹紅と殺し合って無いみたいだし、退屈凌ぎをさせてやろうって魂胆だろう。輝夜はあまり暇にさせておくとフラフラ出かける。竹林からは出ないから安全だがそれでも過保護な従者からしてみれば自分の目の届く所にいて欲しい。多分そんな感じの心境。
 私が障子を開けてどことなく寝殿造っぽく内装された部屋に入ると、窓枠に足をかけて外に飛ぼうとしていた輝夜が振り返った。
 目が合い、ちょっと笑って楽しそうに飛び出して行く。幻想郷の少女はすべからく弾幕合戦が好きだ。輝夜も例外ではない。
 そして輝夜と入れ違いに永琳が折れた弓を片手に窓から入ってきた。当たり前の様に輝夜の部屋にいる私を見ても当たり前という顔をして弓を手渡し、弾幕合戦でよれた服を整える。
「台所に用意してあるわ」
「うん、ありがと」
 何も言わなくても私が永琳の手料理をいただきに来た事を察してくれた。さすが永琳! 私に出来ない事を平然とやってのける! そこに痺れ(ry
 私はちょちょいと木のような金属のような妙な材質の弓を復元して返す。
 肩を組……もうとしてあまりの高低差に諦め、私達は並んで台所へ向かった。
 ……永琳、何も優しく微笑みながら頭を撫でなくてもいいじゃないか。
 途中で簀巻きになって気絶しているてゐを担いで医務室に向かう煤けたブレザーの鈴仙と遭遇。引き連れて進む。
 鈴仙の話によると、永遠亭の入口を守っていたら何の前触れも無く竹林から霊夢が飛び出してきたらしい。
 しかも簀巻きてゐの耳を掴んでぶら下げて。
 まさかのシチュエーションに驚き戸惑う鈴仙に霊夢はてゐを投げ付け、慌ててキャッチしたらそこに弾幕の集中豪雨。一発も反撃する事無く撃沈。
 なんと言うか……忍びねぇな。
 二人と二匹で近代的な台所、というかキッチン(霊力→電力変換装置を備えつけてある)に入ると弱火のコンロにかけられた鍋がコトコト煮えていた。台所一杯に食欲を刺激する美味しそうな匂いが漂っている。
 永琳は慣れた手つきで鍋に入ったスープを深皿によそい、他数品と共に私の前のテーブルに並べた。
 しかし鈴仙の前には霊夢を五秒も止められなかった罰なのかは知らないがパンの耳。てゐは隅に転がせられてまだ気絶しているので何も無し。
「こっちの料理は何? これはコンソメスープだと思うけど」
「マガモ胸肉のグリエ塩漬けレモンとソースアンディーブ添え。それは白雪の言う通りコンソメスープ」
「ふーん」
 私はスプーンで熱々のスープをかき混ぜた。隣に座った鈴仙が自分の皿に乗ったしなびたパンの耳と私のできたてスープを見比べ、悲しそうにウサ耳を垂れさせている。
 永琳は頬杖をついて私と鈴仙の対面に座り心なしかニヨニヨしていた。
嫌な事を嫌と言えない鈴仙の代わりに抗議の目線を送ると永琳は優しげな顔になって爆弾発言をする。
「実はね、そのスープには体を大きくする効用を持たせてあるのよ。あなたいつも背を伸ばしたい、大きくなりたいって言っていたでしょう?」
「……はぇ?」
 え? ま、ままままマジで!?
 一度は背を伸ばす薬は作らないと断られたのに! 永琳に何か心変わりが!?
 まさか万年の時を越えて悲願が成就すると言うのか!
 そう思うと急に目の前のスープが超神水を凌駕する神聖な液体に見えてきた。
「永琳っ! 大好き!」
「あらあら」
 がっしり抱き付くと頭を撫でられた。胸の奥から温かいものが溢れ、永琳が後光差す神様に見えた。もー私の信仰半分あげてもいい。
「まあ少し薬物も入れてあるけど」
「大丈夫! 無添加の単なる料理で身長が伸びる訳無いのは承知してるから! ちなみに何入ってんのこれ」
「コカインとかモルヒネとかペンタゾシンとか」
「なんか明らかにダメ絶対な名称だけど私人間じゃないからいいよね! いっただっきまー……」
 ……ん? ちょっと待て。薬物入りコンソメスープ……だと?
 急激に頭が冷えた。私は言い知れない危険を感じて口に含みかけたスプーンを方向転換、横でウサついていた鈴仙の口に突っ込んだ。
「むぐ!?」
 鈴仙はむがむが言って吐き出そうとしたが、鼻を摘んでやると顔が真っ赤になるまで息を我慢してから観念したように飲み込む。
「あら、コンソメスープは嫌い?」
「好きだけど……嫌な予感が」
 素っ惚けた顔をした永琳としきりに胃の内容物を吐き出そうとする鈴仙を見守る。変化はすぐに表れた。
 おや? れいせん の ようすが……!
 苦しそうな呻き声と共に膨れ上がる筋肉。ボタンを飛ばし張り裂けそうにピッチピチになるブレザー。赤黒く変色する肌に浮き出る血管。
 ムキムキになった鈴仙はクシャッと皿を潰して立ち上がった。
 強制的に成長したんだ……! 永琳を倒せる筋肉まで!
 じゃなくて。
「大きくなりたいってそういう意味じゃねーよ! いや一応あってるけど!」
 ドーピングコンソメスープじゃねぇか! 生で見るとグロいぞ! 元が華奢な鈴仙だから正影シェフの三倍酷い!
「私が白雪の身長伸ばす訳無いじゃない」
 キッと睨むと永琳は涼しい顔で受け流した。
 鈴仙は私の反応を見て不思議そうにしていたが、張力限界スレスレの服とグロ的意味でR18指定になりそうな自分の体に気付いて泣き出した。
 どう収拾をつけたら良いものかオロオロ迷う私。カルテを出してペンを走らせながら憐れな筋肉さんを観察する永琳。そしててゐは気絶していたはずなのにいつの間にか復活・縄抜けしてカメラのシャッターを切っていた。
 どうすりゃいいんだこれ。えーと筋肉、筋肉、筋肉、筋肉……駄目だ筋肉しか思い浮かばない。まずは目の毒にしかならない筋肉をどうにかしないと。つーか永琳、こんなもん私に喰わせようとしたのか。
 筋肉がゲシュタルト崩壊するまで無駄に悩み、てゐがフィルムを使い切る頃に筋力を下げる事を思いついた。目を背けながら命一杯下げ、恐る恐る見てみるとしおしお萎んで元通りになっていた。ただしブレザーは無残に伸びきり、よれたスカートから覗く生足は微妙に筋肉質になっている。かつてない醜態を晒した鈴仙は自分の体を抱き締めてガタガタ震えながら泣いていた。
 やだもうなにこれ……
「永琳」
「何?」
「もう私の身長伸ばそうなんて考えなくていいから」
 普通の薬物が私に効くとは思えないけど、永琳製でしかもDCSだからね。
 もう身長伸ばすのは諦めた方が良いかも分からん。














 そしてコンソメ騒動の間に輝夜は破れ、永夜抄終了。
 なんだかなぁ……



[15378] 本編・すいむそう
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/05/31 07:39
 結局仁王立ちする鈴仙の姿が印象的過ぎてそれ以外思い出せなくなった一夜が終わり、ゲームよりも規模を縮小して勃発・解決した異変は永夜異変では無く欠月異変と呼ばれていた。そりゃまあ夜は止まらなかったんだから永夜なんて名称になる訳無い。
 満月が欠けていたのは精々三、四時間。妖怪の間でも異常な月はあまり騒ぎにはならず、むしろ高速飛行する何かに誰それが轢かれた、という噂の方が広まっていた。幸い死者は出なかったものの重軽傷者がわんさと出ていたらしい。
 ……気付かなかった……マジごめん。もうやらないから。
 永遠亭組は異変後から時々人里に降りてくるようになった。専ら鈴仙が薬を売りに来るだけだが稀に永琳やてゐも現れる。
 相変わらず外に出してもらえない輝夜は不満そうだったがあれやこれやと永琳が持ち帰るお土産に一応は宥められていた。最近のお土産としては香霖堂に入荷したパソコンが挙げられる。勿論ネットには繋らないが何やらプログラムを組んでいた。ゲームを作っているらしいが良く分からない。完成したら見せてくれるようなので気長に待とうと思う。
 異変が終わり一段落ついたので、私は分社を作りに刀を片手に人里へ向かっていた。横を分社作りを見学したいと駄々をこねたフランが飛んでいる。霊夢は留守番。巫女より悪魔の方が神様に懐いてるってどうなんだ。
「分社ってどうやって作るの?」
「んー、まずは核になる物に自分の分霊――神様の性質みたいなもの――を宿して……まあこれはもうやってあるんだけど。それを私のために作って貰った分社に安置する。で、後は刀が分社から持ち出されないようにちょちょいと術をかけてお終い」
「へぇ、意外と簡単なんだ。私にもできる?」
「神様じゃないと無理だよ」
「んー……」
 私は苦笑して悲しそうに羽根を垂れさせるフランの頭を撫でた。なんでも壊せば良い訳ではない、という事を学んだフランは基本的に好奇心旺盛な良い子である。できればこのまま成長して欲しい。姉のような偉っそうな性格になられたら悲しい。
 私は頭を撫でられて嬉しそうに私の背中に張り付き髪を弄り始めたフランの将来を案じつつ人里へ飛んだ。












「おお?なんだ、分社作るって白雪だったんだ。久しぶりだねぇ」
「萃……香?」
「わー、角が生えてる! 鬼だ鬼だ! 酒臭ーい!」
 慧音の紹介で棟梁の家に居候しているという腕の良い大工に会いに行ったのだが、ノコギリ片手に戸口から顔を出したのは萃香だった。
 如何にも私が鬼だ! と薄い胸を張り、無邪気にじゃれつくフランとキャッキャウフフしている。
「え、ちょ、おま」
 なんで人里で大工やってんの? 萃夢想は? 三日置きの宴会は?
 ……いや落ち着け。原作ズレぐらい今まで何度もあったじゃないか。まずは素数を数えるんだ。2、4、6、8、10、12、14……あ、間違ったこれ偶数だ。1、3、5、7、9、11、13、15……
 ……ふう。
「萃香、何やってんの」
「大工」
 萃香は大工道具が入った箱をフランに見せながら簡潔に答えた。見りゃ分かる。
「地底に居たんじゃないの?」
「あー、旧都は桜が咲かないから時々地上に出て花見の宴会に参加してたんだけどさー」
 萃香はフランに金槌で角をガンガン叩かれながら滔々と説明し始めた。
 まず春雪異変で花見の宴会を眺めて楽しめる期間が短かった事を不満に思い、宴会を何度も行わせるように仕向けた。これは原作と変わらない。
 しかし博麗神社に人妖を萃めると確実に私にバレる。バレたらあんな事やこんな事やそんな事をされる。冗談じゃない。
 そこで神社で宴会を起こすのを諦めた萃香は第二候補の人里に人妖を萃めて宴会を始めた。当然私は呼ばれ無いから耳にも入らない。
 そうして最初の二回は何事も無く宴会が行われたのだが、三回目で誤算が起きる。
 ハクタク親子に勘付かれたのである。
 二人がかりで歴史を弄られ姿を現さざるを得ない状況に追い込まれた萃香は宴会の続行を賭けて二人と闘った。萃香の希望により弾幕ではなくガチの闘いで。
 幻想郷から鬼が消え、同時に鬼退治の手法が失われて久しい。人間は元より大部分の妖怪に優る種族である鬼を倒すには弱点を利用して追い詰める技が必須である。
 故に現代では一部のチート組を除いて弱点を突かずに真正面から鬼を妥当するのは不可能に近い。鬼が消えた千年の間に幻想郷では節分すら行われなくなっていたのだ。
 弾幕決闘では無くドツキ合いに持ち込んだ萃香は二対一でも勝利を確信していた。
 そこで萃香、二度目の誤算。
 まずその日は満月だった。慧音、ハクタクモード。
 ハクタク状態の慧音は幻想郷の全ての知識を持つ。当然鬼退治の知識も持っていた。
 加えて師匠は人間に化けているとは言え昔からハクタクであり、鬼退治を実践した経験があった。
 その結果どうなるか?
 萃香フルボッコである。
 毎度毎度力ずくで鬼をのして来た私はよく知らないが、徹底的な弱点攻めで成す術も無くやられたらしい。鬼にとっては散弾銃に等しい炒った豆から逃げ回る内に瓢箪を奪われ簀巻きにされて猿轡をかまされ……憐れ寺子屋の軒に逆さ吊りにされた。それも丸三日間。
 歴戦の陰陽師と人里の守護獣に弱点を攻め立てられたら流石の妖怪の山四天王も無力だった。
「ほとんど生まれて初めて素面になったよ」
 素面なんて大将にも見せた事無いのに、と恥ずかしそうに頬を赤らめる萃香。萃香の中で素面はどう分類されてんの?
「実害無いし別に人里で宴会ぐらいいーかなと思ったんだけどさ、騒乱罪? だかなんだかになるらしくてハクタクの娘の方が五月蠅くてねぇ」
「それで罰として大工仕事を?」
「うん。負けは負けだし」
 萃香はフランの手から金槌を取り上げ、角を叩かれた仕返しなのか無造作にフランの羽根の宝石に振り下ろして一つ粉砕した。粉々になって地面に散らばった破片を見て目を丸くし、楽しそうにケラケラ笑うフラン。宝石は壊れた直後にまた新しく生え始めていた。
 うーむ……神社の宴会で萃香の気配を感じたら速攻叩けば良いと思ってた。宴会が始まる気配が無いからおかしいなーとは感じてたんだけどこういう事だったのか。
 まあ結果オーライ。私がでしゃばらなくて済むならそれはそれでアリだ。
「私の知らない間に色々あったんだねぇ……とにかく萃香が分社建ててくれるんだよね」
「そだよ。ほらちびっこ、どいたどいた」
 萃香は角を操縦桿代わりに肩車していたフランを降ろし、代わりに大工道具を担ぎ上げた。瓢箪から酒をがぶ飲みして酒臭い息を吐く。
「任せときなよ、凄いの建ててあげるからさ……でもその前に」
 萃香はニヤっと笑って鼻をひくつかせた。
「久しぶりにやらないかい?」
「ウホッ」
いい鬼。
「?」
「いやゴメン。殴り合いだよね」
「そう、喧嘩さ喧嘩!大将に鍛えられた鬼の剛腕見せてあげようじゃないか!」
 萃香は機嫌良く腕にしがみついたフランを振り回しながら町外れに千鳥足で歩き去っていった。
 私はその後ろ姿と置き去りにされた大工道具を見比べる。
 先に分社建ててもらえば良かった。喧嘩で重症負わせたら分社作る所じゃないもんなぁ。でも手を抜いたら怒るだろうし……
 どうしようか。












 遠くに人里が見えるススキ原。一面に茂る茶色く枯れたススキを風魔法で円形に広く刈り、私は簡易闘技場を作った。刀と大工道具は慧音の家に預けてある。
「さて」
 二十歩ほど離れた対戦相手に向き直った。木枯らしが枯れ葉を巻き上げ私達の間を通り過ぎていった。
 先刻から酒を無尽蔵に飲み続け顔を真っ赤にしてふらついている萃香……と、萃香の肩に陣取り左手で角を掴みレーヴァテインを構えるフラン。
「ちひっこー、おりぃろー」
「やだ!合体攻撃するの!」
 呂律が回っていない萃香のグラグラ揺れる頭にしがみついてフランが駄々をこねている。なんか萃香にくっついていると思ったらそれか。幼女が幼女を肩車しても合体には見えないぞ。むしろお遊戯みたいで弱そうだ。
「わらしはー、しらゆきとけっとーするんらからー、じゃまするなー」
「私もするからいいの!ね、白雪、二対一でもいいでしょ」
「……私はいいけどさ。萃香は?」
「ん~、あ~、もうなんでもい~や。いっくぞー!」
 首を傾げ首を捻り、首を振って思考放棄した萃香がよろよろ近付いて来た。
 ……なんかぬるっと決闘始まったな……
 萃香は今にも崩れ落ちそうながくがくの膝で寄って来る。フランは憧れのロボットに搭乗した少年の輝く瞳で炎剣をぶんぶん振り回している。
 一軒隙だらけに見えるが私は油断無く構えをとった。中国拳法っぽくなるのは美鈴の影響だ。
 幼女二人の組体操と思えば微笑ましいが実際かなり危険である。
 萃香は酔えば酔うほど強いから泥酔しているあの状態が最も強い。昔は前後不覚になった萃香が勇儀を一方的に攻めているのを見た事がある。
 加えてフランのレバ剣は強化していてもダメージを食らう。戦闘経験が少ないから太刀筋は本来単純なはずだが、ぐらっぐらの萃香を掴んでいるため剣尖が乱れに乱れて避けにくくなっている。振り回す速度は並の妖怪では手が消えて見えるだろうと推測されるほど速いから尚厄介だ。
 対抗策としては妖力無限大ぶっぱ……したら怒るよな。殴り合いの意味無い。拳と剣を捌きって抑えつけるのも面倒だし……
 ここはあれだな。集中して懐に潜り込んでの一撃必殺。殺さないけど。
 私は深々と息を吐き、ゆっくりと全身の気を丹田に集める様に吸い上げた。近付いて来る二人を視界の正面に入れ腰を深く落とす。両拳を握りしめ、左手と右手が背中越しに滑車で繋っているイメージをつくった。
 間合いを図る。もう不規則に揺らぐ炎の剣と無数の軌道が幻視される拳の予測線しか目に映らない。ススキ原を駆け抜ける風の音が遠のいた。
 あと二歩……一歩……半歩……四半歩……ここだ。
 左手を引きつつ右手を前へ。重心を前方に移動させ拳に体重を乗せる。紙一重でレーヴァテインを頭頂にかすらせながらも無駄に力まず真直ぐ前へ、狙いは萃香ではなく萃香の向こう側に――――
「破!」
 空気どころか空間すら引き裂きかねない音を置き去りにした渾身の正拳突きが萃香の腹に突き刺さった。衝撃が後方へ貫通し、表面と内臓に甚大なダメージを与える。
「っ、ぁ」
 萃香は声にならない声を漏らし、踏ん張りきれず口から血を吐きながら遥か彼方に吹っ飛んだ。そのまま空の向こうに消えて見えなくなる。視界と音が元に戻り、一拍遅れて拳圧で突風が吹いてススキ原が割れた。
 一撃だ。審判は居ないけど多分判定勝ち。
 突然跨がっていた乗り物が消えたフランはぽかんと口を開けて地面に落ちた。
「……流石に堅いなー」
 私は痺れた拳を振った。硬化かけとけば良かったかな。
 今の感触は内臓が逝かれて肋骨にヒビが入っただけだろう。折れてはいない。
 鬼は吸血鬼のような再生力が無い分防御が高い。これがレミリアだったら原型をとどめないスプラッタになっていた。
 鬼相手でこれなら力押しでなくとも体術だけでも結構いけそうだ。今度美鈴に差し入れ持って行こうかね。
「あれ? 何が起こったの? 鬼は? 合体攻撃は?」
 地面にぺたんと座り込んだフランが剣を握ったまま不思議そうに辺りを見回した。
 早過ぎて見えなかったらしい。萃香が居ないのに気付くと指を咥えて不満そうに土を引っかく。
 私は苦笑して屈み込み、フランを肩車してやった。
「ほら、これで我慢」
「……うん、分かった!」
 不機嫌から一転、キャアキャア嬉しそうに莫大な熱量と凶悪な力が込められた破壊剣をぶん回すフランを可愛いと思うあたり私も大分毒されているらしい。
 ちょっとじゃれつくだけで命の危険がある子だけど別にいいよね。殺っても殺れない様な連中と以外遊ぶなって言い含めてあるし。遊ぶにしても加減してるし。遊び以外では大人しいし。レミリアに返すのがちょっと惜しいぐらいだ。
「ねぇ白雪っ」
「何?」
「早く分社建てるの見たい!」
 ……あ、やべ。萃香が居ないと分社の建築が進まないわ。
 ……やっちまったぜ!













結局大工重症につき分社建築は三日後になった。



[15378] 番外編・村正宗(哀)
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/02 10:05
 我輩は刀である。名前はまだ無い。
 我輩を鍛えたのは白雪という名の偉大な主である。主は幾多の鉄塊を経て我輩を精魂込めて鍛え上げ、究極の刀に仕上げられた。天割り地を裂く力を持つ我輩に斬れぬものなどなにもない。










 工房から狸の妖怪に持ち出された我輩は風呂敷に雑多なガラクタと共に詰め込まれ、巣穴へと運ばれた。深い森の大木の根元にある薄汚いねぐらには我輩の他にも種々様々な盗品がひしめいている。
 渦巻紋様が彫られた香炉、束になった銅銭、古びた壺、藍色の反物、大振りの金槌、欠けた茶器。見た目通りのガラクタもあれば名の知れた名品であろうと推測するに足る力を備えた物もあった。玉石混交である。所詮畜生に目利きは出来ないようだった。
 狸が丑三つ時にコソコソ出かけては何かしらを盗んでくるのを我輩は一月ばかり眺めていた。我輩も目が利くとは言い難いが、反物の上に石像を投げておくのが不適切な保存法である事は分かる。多少乱暴に扱われた程度で痛む我が身では無いものの不愉快には違いない。
 ああ、主の腰に下がっていたあの時の居心地の良さよ。
 ある日の事、主の元に戻る日を夢想していた我輩は狸に巣穴から持ち出された。我輩の他にも数点――気のせいかも知れぬが――値の張りそうな品が風呂敷に包まれている。
 狸の背に揺られて数時、我輩は市に並べられていた。
 人間の気配が無い真夜中の廃村に化狸やら化狐やら化猫やらが集まり、茣蓙の上に並べられた商品を指差しては僅かでも安くしようと値切っている。
 どうやらここは妖怪の盗品市らしい。
 狸は我輩を客引きに使っていたが、興味を持って寄って来た者共は付けられた値札を見るや去って行った。
 書かれた値はあまりにも高過ぎた。小さな屋敷が一軒建つ程である。客引き用の刀が売れては困る、しかしこの値なら売っても良い、そういう考えであろう。
 夜明け近くまで晒し者にされていた我輩を救ったのは老いた男の付喪神だった。ひょろりと長い体躯で長い木の杖を持ち、長い白髭を撫でながらじっと我輩を見る。杖の付喪神であろうか。
 しばし我輩を眺めていた付喪神は盛んに嘘八百の商品紹介をする狸を遮り、黙って小さな薄汚れた袋を渡した。狸が訝しげに逆さにすると中から砂金が零れ落ちる。
 狸は途端にへりくだった態度になり……我輩は付喪神の物になった。











 付喪神は大河の様な広い心を持つ者であった。
 我輩を手に諸国を遍歴し、大抵は人里離れた洞窟や山小屋に泊まる。稀に杖を持った、ついた人間に近付くと使い方や心得の講釈をした。
 妖怪にも人間にも決して怒らず責めず罵倒せず静かに受け答え、どんな悪党とも乞食とも富豪とも武士ともよく語り合い友となった。
争い事とは無縁の御仁である。
 一方で我輩は専ら腰に下がるお荷物となっていた。付喪神は痩せていたがひ弱には見えず、悟りきった落ち着きを見せる眼光は武芸の達人のそれに似る。我輩を身に着けていて襲われる事は無かった。
 付喪神はふらりふらりと旅をする。
 東に病気の妖怪あれば行って看病してやり
 西に疲れた母あれば行って杖を貸し
 南に死にそうな人あれば行って安らかな成仏を約束し
 北に喧嘩や戦があれば徳と法を説いて回り早期の収束を図る。
 そして旅の間、我輩は相も変わらず一度も抜かれる事は無かった。これはこれで良いのだが、大枚をはたいて我輩を買った理由が分からず今一つ釈然としない。
 長らくそのような退屈をしない日々を送っていたが、やはり別れの時は来た。
 梅雨の季節、寂れ荒廃した古寺での事である。付喪神は雨漏りのしない隅の方で我輩を脇に置いて人間と話をしていた。
 人間は武士であった。刀狩が行われ農民の帯刀が許されぬ世で刀を下げる人間は武であると相場が決まっている。
 武士は我輩を語彙の限りを尽くして盛んに褒め、しきりに欲しがった。我輩、刀を持つ者にとって――しばしば持たぬ者にとっても――垂涎の一品である。無理無からぬ事であった。
 付喪神は武士の熱心な言葉を聞きつつしばらく無言で我輩の鞘を撫でていたが、一言、小さく呟いた。
 お前はなぜ付喪神とならないのか、と。
 無論我輩は答える事など出来はしない。沈黙を返すのみである。
 本来とうの昔に自我を持ち自律行動を可能としている筈のこの身は他でもない主により付喪神化を封じられている。それは祝福であり呪いであり、我輩を我輩たらしめる重要な要素であった。
 それを知らぬ付喪神は我輩に動き出す気配が露ほども無い事を疑問に思っている様であった。思い返せば行く先々で後輩に当たる付喪神達に薫陶を与えていた。
 通常付喪神はまず自我を持ち、更に年月を経て行動を始める。恐らくはあの盗品市で我輩が自我を持っている事を何らかの手段で――同族の勘か――感じ取り、動き出すまでの間の世話をするつもりで買い取ったのだろう。
 しかし一向に変化を起こさぬ我輩に疑心を抱いている。
 夜が明けるまでじっくりと長考していた付喪神だが……
 これからも付喪神になる事は無い、と判断したらしく、我輩を手放した。










 武士の手に渡った我輩は久方振りに獲物として扱われた。
 素振りをされ、巻き藁を斬り、戦では敵を斬り、無礼討ちにも使われた。
 真っ当な使い方をされているというのに違和感を感じる自分を奇妙に思う。まともに振るわれるのは……主に手渡された青年以来であろうか。主の下に居た短くも輝かしき日々が懐かしく思い出される。
 武士は剣士としてなかなかの腕前であったが、生憎霊的資質は皆無。それではいつの頃からか魔力すら帯びるようになった我輩を使いこなすのは至難、いや不可能と断じて間違いは無い。
 妻を娶り家臣を増やし、武士は我輩を振るい勢力を増した。破竹の如き勢いで敵対する者を打破して行く。厳格ではあるものの民草の事もよく気にかけていた。大衆からの人気は高い。
 それが周囲の勘に触ったのだろう。
 勢いがあるとは言え新興の者、武士は因縁を付けられ包囲を受け攻め立てられる。武士は手勢を引き連れ奮闘したが徐々に領土を削られ、追われ追い詰められとある河に差し掛かった。
 昨日の雨により水かさを増した急流。背後には敵方の武将が迫る。武士は玉砕を覚悟した。
 生き残った僅かな配下の者に自らの不手際を詫び、それに対し口々に返る忠誠の言葉に目の端を拭う。そして我輩を高々と天に掲げ、大音声の名乗り上げと共に敵陣に突撃した。
 しかしやはり兵力差は覆し難く、結果は言うまでも無い。三人の首を取り、五人の心の臓を裂き、十人に致命傷を負わせた武士も最後には手から我輩を弾かれ命を失った。
 一方で弾かれた我輩は天を舞い、背後の河に落ち呆気なく流されて行った。












 冷たい水底に沈み藻に付かれ。

 沼の主に飲み込まれ澱んだ空気の腹の中で幾歳月。

 網に捕われた沼の主と共に陸に上がる。

 漁師から漁の神に捧げられる。

 大平の世、力は弱くも神の下で緩やかな時代の流れを感じ。

 やがて参拝する者が消え、信仰を失い消滅した神の社でつくねんと取り残される。

 偶然迷い込んだ旅の者に見つけられ。

 道中病を患い山中にて倒れ伏す旅の者の傍らにて、死の気配を感じ寄り集まる死霊共を祓う。

 幸運にも回復し、村に降り居を構えた旅の者に家宝とされ。

 三代受け継がれたものの大飢饉で血筋は途絶えた。

 骨と皮になった物言わぬ骸に抱かれた我輩は何かに引き寄せられる。

 気が付けば名も無き墓石がそこかしこに見える暗い墓地にて紫の桜の根元にいた。

 数日を置いてぶつぶつと薀蓄が煩い青年に拾われ、道具屋の雑多な品々の間に並べられる。

 店内に微かに残る我が唯一の主の気配に歓喜するも、主が現れる前にどこの馬の骨とも知れぬ半人半霊に買い上げられ泣く泣く店を離れる事となった。












 ああ、主の元に帰るのはいつの日か。今一度在るべき場所に戻る、それだけが我輩の望みである。



[15378] 日常編・パーティー
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/09 08:30
 分社を建てたら賽銭がガッツリ増えた。参拝客は増え神徳も増し人里へ瞬間移動できるようになり、さして厳しくも無かった生活が更に楽になった。
 ぶっちゃけた話出費なんぞ野菜ばかりの供物では賄えない肉・調味料などといった食品と下着と紙ぐらいしか無かった訳だが(霊夢の巫女服は私の手製。光熱費水道代は言うに及ばず。諸々の日用品は大抵自力で修理できる)、嗜好品の類が充実した。
 外の世界の書籍やボードゲームが増え、神社が狭くなってきたので空き部屋がありあまっている永遠亭に預けたり古本は大図書館に寄贈したり。
 人里のカフェーでちょっとお高い創作パフェに手を出してあまりの不味さに吐いたり。
 アリスの人形劇の特等席チケットを買ってみたり。
 賽銭なんだから娯楽にばっか使ってねーで神社関係に使えよ、という声が聞こえてきそうだが、社とか御祓い棒とかそういう物は下手に新調するより昔からあるものを大切に使った方が良いのである。霊的意味で。
 何でも新しければ良いなんて現代っ子の物質依存思考はけしからん。そんなんだから魔法や霊から遠ざかって科学に突っ走り挙句の果てに自業自得の公害に苦しむんだ。そもそも足る事を知る精神的豊かさをだね……いややっぱどうでもいいや。外は外、内は内。幻想郷の住人と外界の住人で思考回路が違うのは当たり前だ。
閑話休題。
 で、要するに色々余裕ができた訳で……その分フランの教育に力を注いだ。
 日中幻想郷中を遊んで歩いて帰って来るフランに夕方から禅問答めいた講義をする。
 まずは神社に来てから積み上げてきた無数の経験、体験を基に常識的な倫理観を教え込んだ。倫理観は口で説明してもなかなか納得出来るものではないが、実体験を例に挙げて解説すれば理解は早い。あちこちで遊び回っていたフランは参考事例に事欠かず、安定し始めていた精神面は飛躍的な向上を見せた。霊夢が私よりもフランを信用し始めたのが嬉しいのか悲しいのか分からない。
 そりゃ私はいい加減に生きてますけどね。ミスっても取り返してるからいいじゃん。私は策謀タイプじゃないんだからさ。
 フランは魔法が使えるが、私の様な魔力量と魔力操作の技巧で押し切る外道では無く呪文やら魔法陣やら天体の運行の力を利用して自らの性に合った魔法を使う正当派だ。手法は違えど延々と知識を溜め込み続ける魔法使い達の例に漏れずフランの魔法知識もなかなかのもので、知識を使いこなすだけの頭脳もある。正直私より頭良い。チェスで一度も勝った事無いし……私が弱いだけかも知れないけど。
 幻想郷の頭脳派は裏で糸を引く神算鬼謀権謀術数タイプが多い気がするが実はそうでも無く、アリスは保身的な性質だから周囲を罠にハメたりしないし、チルノが人の裏を掻き騙し討ちをするのは弾幕に限った話で、徊子は何考えてるのかよく分からんけどとりあえず悪さはしていない。
 情緒が不安定なせいで隠れていた頭の良さを発揮し始めたフランだが、紫タイプにはならないで欲しいと切に願った。
 秋の始め、フランが小妖怪数匹を引き連れて妖怪の山を探検しているのを目撃してカリスマの片鱗を感じる。今までは一人でウロチョロしていたのに。すぐ壊れそうな相手には関わろうとしなかった――そう言い聞かせていた――フランの成長が一層印象付いた出来事だ。
 この頃、フランに掛けていた精神力強化を全解除する。若干心配だったが楔から解き放たれても精神がグラつく事は無かった。興味を持ったものには首を突っ込んでみる子供っぽさは消えないが引き際を心得る賢さを持ち合わせ、私を安心させてくれた。
 精神が安定すれば後は楽なもので、続く肝要な能力訓練も上手く行った。破壊するためには相変わらず髑髏を握り潰さなくてはならなかったが、片手に二つづつ合計四つ同時にロックして壊せる様になった。あと破壊に伴う爆発を意識的に増減させられる。
 ……なんか前よりも凶悪度を増した様な……アカインド使ったら四掛け四で十六連発? うっげぇ。えげつな。
 そして晩秋、フランと会って会話をしたらしい藍から躾を褒められて教育の成功を確信する。教育と言っても割と放任だったが無理に押さえ付けたらこうはならなかっただろう。レミリアとの約束で四年前経ったらフランを帰す事になっていたが、これなら三年足らずで帰せる。我慢強さなら既に我儘な性格のレミリアを上回っていた。無邪気さはそのままに思慮深さを垣間見せる様になったフランの笑顔は吸血鬼なのに太陽の様だった。
 強く明るく可愛く賢い。最強じゃね?
 トドメはその年の冬。雪の日にフランがルーミアを手下にして神社に帰り度肝を抜かれた。ルーミアの金髪に封印リボンは着いていない。何大妖怪屈伏させてんのお前。
 フランが言うには「ルーミアに遭遇して封印を解いてくれと頼まれ、リボンを破壊したら襲って来た。返り討ちにしたら配下になった」という事らしい。ルーミアに聞けば「千回は殺せたはずなのに私の気が済むまで正面から闘ってくれた。惚れた」とのたまう。
 ……惚れたんだって。
 惚れたんだってさ!
 私がボコった時はぐったりするだけだったのに! フランがやると軍門に下るって畜生これがカリスマか!
 もう色々負けた気がしてその日の内に卒業を言い渡した。きょとんとしていたフランだが、もう教える事は何も無い、と言うと理解の色が浮かんだ。
「まだ、白雪から色々教えてもらいたいのに」
「もう充分だよ。一部では私より上だし、能力も自在に使える様になった。早く館に帰ってレミリアを安心させてあげた方が良い」
 フランは俯き、頬を伝わせ数滴雫を落とした。しばらく静かに肩を震わせていたが目の端をぐしぐし拭って顔を上げる。
「ね、白雪」
「ん?」
「今までお世話になりました」
 フランは気品を感じさせる優雅な淑女の礼をした。












 ま、卒業っても神社に来たければ好きに遊びに来れば良いんだけど。
 私は紅魔館の広い前庭でワイングラスを傾けながらレミリアと手を繋いで楽しそうに喋っているフランを眺めた。視線を落とせばワインの水面に三日月が浮かんでいる。
 丁寧に刈り込まれた芝生の庭には長テーブルが数卓出され、肉中心の和洋中が山を作り重みで脚を軋ませていた。そしてそれをガヤガヤ騒ぎながらつつく雑多な妖怪達。
 フランドールお帰りパーティーである。
 パーティーはフランが館に戻った当日の内に始まった。瞬きする間に料理も飾り付けも全て完了していたのはメイドの面目躍如だ。日が落ちてすぐは紅魔館のメンバーと招待客しかいなかったのだが、月が登って行くにつれて小妖怪から大妖怪まで無節操にどこからともなく沸き出した。
 綺麗に整えられた優雅な庭で月を見ながらタダ飯が喰えるとなれば祭り好きな幻想郷の少女達は呼ばれてもいないのに喜々として首を突っ込む。今日は雪が振っていない上に比較的温かく、冬妖怪もそうでない者も元気だ。私の顔見知りも多く来ている。
「紫は?」
「冬眠中じゃない?」
 テーブルの端でビーフストロガノフを頬張っていた幽々子に聞くと口の中の物を飲み込んで答えた。そう言えばそうだったな。奴がパーティー如きで起き出すはずも無い。
「よーむー、あそこのテーブルの端から端まで全部持ってきてー」
「はい、ただ今!」
 それなんて大人喰い?
 私は紅魔館の食料庫が空にならないか心配しつつもいつにもまして生き生きしている幽霊から離れた。
 それにしても赤ワインが旨い。ヴィンテージワインお土産にテイクアウトしたら怒られるかな? 今日は結構無礼講っぽいけど……ああそうだ。そんな事しなくてもフランから貰えばいいんだ。
 代わりに御神酒でも送ってやろうと画策しながらぶらぶら歩いていたが、いつの間にか妖怪達が幾つかのグループに分かれている事に気付く。
 隅のテーブルに固まるアリス、魔理沙、パチュリーの魔女組。
 ヒソヒソ話し合いながらテーブルクロスに赤ワインを使って呪文やら魔法陣やらを書き綴っている。研究してないでなんか食べろよパーティーなんだから。
 中央のテーブルを占拠して合奏しているミスティア、プリズムリバーの音楽組。
 この曲は……オーエン? フランのためのパーティーだからか。
 主人達から数歩離れて和やかに話している永琳、咲夜、ルーミアの従者組。
 喋りながら時折咲夜とルーミアが首を傾げていた。そりゃ知能上中下だから話噛み合わないだろうよ。
 で、レミリア、フラン、輝夜、チルノのカリスマ組。
 ここはなんかオーラが凄い。空気が違う。通り掛かりの小妖怪が反射的に四人に深々と頭を下げた後、数歩離れてからはっと我に帰り首を捻っていた。無意識だったようだ。
 つーかチルノのポジションはやっぱそこなんだ……別にいいけどさ。
 萃香と霊夢が居なかったが探してみると時計塔の天辺で月見酒をしていた。二人共ワインより日本酒派だ。
 私はふらふらテーブルを渡り歩きながら料理を摘んだ。肉はどれもレアばっかだ。ミディアムもウェルダンも無い。
 個人的にはもうちょっと焼けてた方がいいんだけど吸血鬼パーティーでそれを言っても仕方無さそうだ。門の辺りでは焼き鳥を囓りながら全身から炎を吹き上げている妹紅の前に肉串を持った妖怪達が列を作っている。焼き足りなければ勝手にやれと言う事だろう。
 妖怪達は皆好き勝手に飲んで飲まれて騒いで。浮ついた空気にあてられ調子に乗って紅魔館の窓を突き破った妖精達は木の陰で美鈴に叱られションボリしている。メディスンはアリスの回りをふわふわ飛ぶ人形達を見て大興奮。時々同じ顔の妖怪が肩を組んで歌を歌っているのを見かけたが多分意捕だろう。
 そうしてドンチャン騒ぎが最高潮に達し空に無数の弾幕花火が上がり始めてすぐ、私の隣に小さな影が立った。
「楽しんでいるかしら?」
「普段の五割増しで楽しいよ、レミリア」
 数十体の妖怪達が大乱戦を繰り広げ真昼の様に照らし出されるパーティー会場。空を見上げていた顔を横に向けると、視線に気付いたレミリアが飲みかけのグラスを寄越した。そういう意味では無かったが有り難く貰い一息に飲み干す。
 ……ん?
「これ血じゃん。変なもん飲ませないでよ」
「誰も赤ワインとは言って無いわ。RHマイナスO型のレア物よ……と言うか結構平然と飲んだわね、人間は食べた事無いって聞いてたけど」
「そりゃ妖怪でもあるから」
「そう」
 記憶を辿ってみるが今まで血を飲んだ覚えは無い。これが初めての食人(?)になるのか。
 ……んー……
 特に何とも無いな。旨くも不味くも無かったし。やっぱ血だけだと意味無いのか? 自分で襲って肉ごと食べたらまた違うのだろうか。流石に興味本位で食人をする気は無いけど……あやめとか凄く美味しそうに食べてたよなぁ。外界の人間は化学物質漬けで不味そうだけど人里の人間なら……いや顔見知りは喰えん。
 何にせよ長い年月で風化しながらも僅かに残った人間の感性が拒否する。共食いみたいでさ。
 共食いみたいだと感じると言う事は人間を同族だと意識しているのかそれとも
「博麗白雪」
「……うん? 何? 改まって」
 レミリアの声に思考の海から引き上げられる。
 声をかけておきながら私の顔をじっとて何やら悶々としていたレミリアだったが、決心した様な表情で一歩後ろに下がった。
「当家の者の教育に多大な貢献をなされた貴女に感謝を」
 レミリアは気品を感じさせる優雅な淑女の礼をした。
 それがあまりにもフランにそっくりで思わず笑みが零れる。
 私にこれをするに当たってプライドとの壮絶な葛藤があったのだろう、顔を真っ赤にしたレミリアがぶんぶん手を振り回した。
「わ、笑わないでよ! 何笑ってるのよ! 殺されたいの!?」
「そんな物騒な……」
「うー!」
「無理無理、グングニル出しても私は殺せないよ」
 牙をむき出したレミリアに追われて空に舞い弾幕合戦に加わる。マスタースパークと賢者を同時にかわしたり妖力無限大で小妖怪を纏めて十数匹撃ち落としながらも、私は離れていても変わらない吸血鬼姉妹の仲の良さに心温まる思いを感じていた。














「あれだけ騒いでも翌朝には皆通常営業している辺り幻想郷の宴会慣れがよく分かる」
「あんた泥酔してダウンしてたじゃない。誰が神社まで担いで来たと思ってんのよ」
「ごめんなさい。調子に乗って紅魔館のワイン倉半分空にしました」



[15378] 日常編・夢の中で
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/21 19:34
「あんたってどのぐらい強いの?」
「……いきなり何?」







 フランが居なくなって少し寂しくなった食卓でアジの開きをつついていると、湯飲みを手のひらに包みぼんやりと私を見ていた霊夢が唐突に言った。一口茶を啜り、ほふうと息を吐いて続ける。
「今まで負けた事無いのは知ってるわ。でも白雪はいつも手加減してるでしょ」
 手加減……弾幕勝負で手加減はしないからガチ戦闘の話だな。
「本気出したら皆死ぬじゃん」
「だから本気出したら具体的にどれぐらいの強さなのか聞いてんの」
「えぇー……」
 そんな事聞かれても困る。私はアジの開きの小骨を丁寧に外して身をとった。ご飯と一汁一菜をバランス良く口に運びながら考える。
 百年生きた妖怪の妖力の平均値を1として120。その基準で魔力を妖力に変換すると……100ぐらいか。神力は最近分社建てて更に上がったし40は堅い。本気って事は結界と陰陽玉供給で差っ引かれる分を考慮しないんだよねえ。すると合計260だ。
 霊夢は人間の癖して12か13ぐらいあるから――――
「単純計算で霊夢の全力全開砲撃を二十回は相殺できるね」
 実際は力の運用効率が違うから二十五から七程度はいけるだろう。能力の恩恵、力変換効率100%は地味に効く。
「そう。見てみたいわね」
「え?」
「白雪の全力を」
「なんなの馬鹿なの死ぬの?」
「自殺願望は無いわよ。あーあ、誰か全力の白雪と闘ってくれないかしら」
 ずずっとお茶を飲み干して言う。そんな無茶な。
霊 夢は空の湯飲みにお茶を注ごうとした。が、急須の中が空になっている事を知ると気の抜けた顔になってくてっと後ろに倒れる。
「こら、食べてからすぐ寝ると牛になるよ」
「なる訳ないでしょ」
「食べてからすぐ寝たら牛にするよ」
「…………」
 霊夢は嫌々起きた。魔法を使えば多分牛に変身させるぐらいできる。やんないけどさ。
「はぁ……私が二十人居れば勝てるかしら」
「相性的に無理だと思うよ。霊夢だと攻撃力が低過ぎて当たってもダメージ通らないし」
「んじゃ誰ならいけるのよ」
「筆頭はフランだね。次点で鬼の四天王とか宿儺……鬼神とか幽香とか。紫とかハクタクの干渉はほとんど効かない」
「その連中に一斉に来られたら?」
「作戦次第だと思うけど……」
 最上位の大妖怪達に包囲されたら流石に勝てるか怪しい。私は確かに最強だが無敵では無い。
 つーか霊夢、やけにこの話題引っ張るね。まさか私の全力を見たいって本気?
「ああつまんないつまんない」
 霊夢は覇気の無い声でもそもそ言うと卓に顎を乗せ箸で椀を叩く。十六歳とは思えない子供っぽい仕草だった。
 こいつ……さては暇なだけだな?
「霊夢、そんなに暇?」
「お茶が無かったら暇過ぎて死んでるわ」
「ああそう」
 カテキン中毒め。いくら最近妖怪退治も弾幕ごっこもしていないからと言って暇つぶしに祭神を使おうとするな。
 居間には弛緩した雰囲気が漂っていた。ぐてっとしたまま動こうとしない霊夢の代わりに私が食器を下げ、ヤカンでお湯を沸かしお茶っ葉を換えて霊夢の湯飲みにお代わりを注いでやった。幻想郷産の一番茶である。それなりにお高い。
 霊夢の手がゆるゆると動き湯飲みを掴んだ所で私は神社に向かって急速に近付いて来る気配を感じた。
 あんにゃろう、まーた引っ掻き回しに来やがった。
 数秒後、縁側に続く障子が勢い良く開く。
「ネタを求めて三千里!こんにちは清く正しい射命ま」
「帰れ」
 私は余計な首を突っ込み来た烏天狗にヤカンの熱湯をぶっかけて出迎えた。








 幻想郷には電子機器が原則存在しないが、例外はある。
 永遠亭には永琳が輝夜の暇つぶし用に集めたドルアーガの塔とかインベーダーゲームの筐体が置いてあるし、医療機器もある程度ある。白玉楼のキッチンも該当するだろう。河童などはお手製発電機を日夜稼動させている。
 そういう連中は決まってゲームに興味を示す。だがアクションゲームには見向きもしない。
 チートが普通の幻想郷の住人達に言わせれば反応鈍いわ隙だらけだわ技数が少ないわロクなもんじゃないのである。シューティングも似たようなものだがこちらは弾幕ごっこに通じるものがありそれなりに人気があった。
 皆造詣が深いとは言い難いもののそれなりにゲームに親しんでおり、紫の体感RPGを喩えにした説明で大体納得していた。
 文と暇を持て余した霊夢が意気投合した結果……あの、なんかあれ、皆で仮想空間に入って闘う事になっていた。どうしてこうなった……っても要はちょっとした退屈凌ぎのお祭りなんだけども。
 霊夢が通信符で、文が自慢の速さで幻想郷を駆け巡って参加者を募ったこのイベントは総勢十六名を神社の居間に集めていた。
 メンバーは霊夢、文、幽々子、妖夢、紫、藍、レミリア、フランドール、ルーミア、美鈴、萃香、鈴仙、魔理沙、チルノ、大妖精と私。
 紫が夢と現・現実と虚構の境界を操り睡眠状態の者を仮想空間に移動させ、そこで私vsその他全員というアレな感じの殺し合いが行われる。ただし私には諸々減少分の力を取り戻した状態に修正するパッチがあてられる。
 ルールは簡単。死んだら現実に帰還。私が死ぬか私以外の全員が死ぬかで勝負は決まる。
 無論仮想空間だから死んでも現実の体には傷一つつかない。フランなどはこれで遠慮無く死ねるねっ! と笑顔で言い切っていたがそれでいいのか吸血鬼。
 ちなみに文は取材要員として参加する。紫は能力行使の都合上現実待機だ。
 現在私は霊夢が張った遮音結界の中に入り、寄り集まってヒソヒソ作戦会議をしている皆を眺めている。
 永琳が作戦立てたら負ける気がするけど永琳居ないし勝て……るかなぁ。微妙。まあ何故か私と敵対しようとしない永琳はとにかく、
「輝夜は? この手の行事は見逃さないと思うんだけど」
「永遠亭で妖怪兎に食中毒が起きて忙しいみたいよ」
「……永遠亭で食中毒?」
 あの台所そんなに不衛生だったか? いくらてゐでも手下に痛んだ食べ物を食べさせるとは思えない。
「筋肉の発達に異常を起こす病だとかなんとか。立ち入り禁止になってたわ」
「…………」
 永琳、兎の食べ物に薬物混ぜるのやめて。可愛い兎達が筋肉の塊になってるのなんて見たく無い。
「あれ? じゃあなんで鈴仙はいるの?」
「偶数人里に薬を売りに行ってて無事だったみたい」
 そこを霊夢に戦力としてさらわれた訳か。運が良いのか悪いのか分からない。
「幽香は?」
「あいつが来たらバトルロワイアルになるじゃない」
 ……あー、確かに誰彼構わず殴り飛ばしそうだ。
 他にも誘ったが乗り気じゃなかったり用事があったりした奴がいるらしいがそれでもこれだけ集まるって幻想郷の住人は皆暇なんだねぇ。景品も何も無いのにさ。
 ちなみに咲夜は美鈴の代わりに門番をやっているとか。
 私にはザ・ワールドが通用しないから、能力のアドバンテージを失った咲夜は戦力を激減させる。ならば確かに美鈴の方が役に立つだろう。
 そうしてしばらく霊夢と話していると額を寄せ合ってもにょもにょ口を動かしていたチルノが振り返って手で合図した。霊夢が結界を解く。
 やれやれ、やっとか。
 レミリアがあんたの運命もここまでね! と言って脇腹をつついて来たが、果たして本当に勝てるだろうか、という自信なさげな目をしていた。いや私は最強だけど不死でも無敵でもないから。
 恐れられてるなーと感じつつ皆と一緒に居間で雑魚寝。十六人も居ると狭苦しかったが霊夢と萃香が立って寝たのでギリギリ入った。
 紫に睡眠と覚醒の境界を操られ皆一斉に眠りに落ち……落ち? あれ、皆寝てるのに私は眠くならない。
「白雪、抵抗力」
「うん? ……ああごめん」
 こいつはうっかりだ。
 私は自分の力を下げ、深い眠りに落ちた。




――――――――――――――――――――




 八雲紫は畳の上で静かに眠る面々をじっと見つめていた。扇子でちょいと霊夢の頬をつつき、反応が無いのを見てとると苦笑する。
「信用し過ぎじゃないかしら……」
 日頃から笑顔が怪しいだのひっつくなだのつれない事を言う巫女もこうなれば無防備なものだった。この状態ならばあんな事やこんな事をしても起きないだろう。にもかかわらず――安らかな寝顔とは言えないが――何も外敵への対策をせず横たわっているのは口には出さない信頼なのか信用なのか。
 自分を信用しているか、と問えばこの巫女は率直な答えを口に乗せるのだろうがそれはしない。否定が怖いのではない。言った所で何も変わりはないから言わないだけ。
 歴代で最も捻くれていると祭神に言わしめる巫女は誰かの言葉で他人の評価を変える事は無い。
 数百の妖怪、人間、神を煙にまいて化してきた紫にはどれほど揺さぶりをかけようと軸をずらさない霊夢が好ましく思えた。
 紫は霊夢の隣で眠る白雪に目を移す。
 こちらは巫女と違い簡単に欺ける。時折鋭い事を言うが普段は……何と言うか間が抜けている。全ての可能性を洗い出す、という作業が苦手な様で、作戦を立てるのが下手。その癖魔法妖術陰陽術等の論文にはなるほどと思わせる物があり興味の問題かとも感じられる。
 そんな彼女を手八丁口八丁で丸め込み手駒にしてしまおうという気が起きないのは、失敗した時のしっぺ返しが複数の意味で痛過ぎるから。自分を信用できる友人と言い切った存在だから。
 ……胸中に占めるのは双方半々と言った所か。
 博麗白雪。
 最も昔から付き合っている古い友人。強く、強く、ひたすら強く、馬鹿では無いが詰めが甘い。恐れるもの等何も無いと突き進み、人も妖も平等に愛する。最も最近は寿命が短い人間と親交を深めるのをためらっているようだが……
 紫は優しく白雪の純白の髪を手で梳いた。彼女には味方も多いが敵も多い。普段は絶望的な実力差から襲って来ないが今の状態はあまりにも無防備。力を下げているとは言え中妖怪までならば傷一つ付けられないだろうが、大妖怪を含めれば害し得る存在が幾つか思い当たる。
 それを指摘すれば「紫が守ってくれるから」と混じり気の無い笑顔で言い切るのだろう。何千年経っても代わり映えしない小さな姿が容易に想像出来た。
「…………」
 その彼女が――――初対面で自分を悪戯猫扱いしてみせた彼女が、今目の前で白い喉を晒している。
 髪を梳いていた紫の手が白雪から離れ、虚空を撫でた。スキマが開きそこに手を入れる。スキマ越しに繋った先に張られた防御を解除し、目当ての物を掴んんだ。
 取り出したのは一振りの刀。博麗の分社に安置されていたものだ。特殊な能力以外で博麗白雪を殺し得る――紫の知る限り――唯一の武器でもあった。
 紫は能面のような無表情で刀を鞘から抜き放つ。
 そして刀を振り降ろし、首筋でぴたりと止めた。
 静寂な空気が張り詰める。先程まで障子を小さく揺らしていた風も止んでいた。
 ……起きる気配は無い。微かな寝息は規則的で乱れておらず、狸寝入りで無い事が分かった。
 ほんの少し、刀を下げる。
 刃が白い肌を押し、一筋の傷を作った。滲み出た紅い液体が珠を作る。
 ――――このまま押せば殺せる。簡単に。邪魔をしそうな者はすぐには来れない程度に離れた場所に居るかここで眠っているかだ。
 紫は眉根に皺を寄せた。
 禁じられた事はそれが危険であるほど魅力を増す。紫にとって白雪の力は幻想郷のバランスを保つ為に欠かせない唯一無二のものであり、同時に壊してみたくて仕方の無いもの。
 破壊衝動とはどこぞの吸血鬼妹ではあるまいに、と思うが、それは昔から振り払っても決して消える事の無い衝動だった。
 幽々子には感じた事の無い奇妙な感情は理性の天秤をぐらりぐらりと揺らす。内心を表すかの様に刀身も微かに揺れていた。
「…………」
 紫はふっと息を吐き、刀を持ち上げた。もう一度スキマを開いて鞘に納めた刀を放り込み、破れた分社の防御術を掛け直す。白雪の傷が見る間に治っていくのを眺めながら呟いた。
「馬鹿馬鹿しい……」
 今殺せば明らかに犯人は一人に特定される。そうなれば彼女と親しい大妖怪級の者が幾人も仇討ちに血眼になるだろう。閻魔よりも直接的な抑止力を持つ彼女を害せば幻想郷のバランスは大幅に崩れる。
 紫は理性と感情の境界を操り衝動を消した。一時的な感情に身を任せ破滅する程八雲紫は愚かでは無い。
 衝動が消えてしまえば目の前にいるのは得難い友人。彼女の存在の危機となれば片腕程度は差し出してもいいとさえ思っている。
 にもかかわらず時折先刻の様な感情の波に襲われるのは――考え難い事だが――自分を圧倒的に上回る力を持つ者への嫉妬なのかも知れなかった。
「紫さんは優しいですね」
 気を抜いた所に突然背後から声をかけられ、驚いて僅かに肩を揺らしてしまった。
「……あら、いたの」
「いませんでした。今来ました」
徊 子は自分の頭の上に開いたスキマを指差す。むむむ、と彼女が唸りながら手を翳すと開いたスキマがゆっくりと閉じていった。また腕を上げた様だ。
 どこから見られていたのだろうか? ぽわっとした微笑を浮かべ鈴仙の腹を踏んで立っている徊子の顔からは何も読み取れない。
 言葉から推測するに刀を引いた所は見られていたに違いない。不覚だ。この仙人をこの状況から丸め込むには骨が折れる。さてどう誤魔化そうかと並列思考であらゆるパターンを高速で検証していると先に徊子が口を開いた。
「殺しても彼女は許してくれると思いますよ。命が惜しむ性格をしていればフランドール・スカーレットの教育は請けなかったはずです。だからと言って自分の命を低く見る節が見られる訳ではありませんが、高くも見ていません。誰かに殺されても恨みを残さない事は確かです。根が優しい人ですから」
「……それで?」
「優しい人は好きですよ」
 紫は最初の発言と今の発言から徊子が誰かにこの事を漏らす事は無いだろうと判断した。徊子は口が固い。無理な口止めをする必要は無い。
 紫は問題は解決したと判断し、今更「おじゃまします」と眠る白雪に声をかける徊子を見ながら夢と現の境界維持に集中した。






全く、白雪と付き合っていると退屈しない。





――――――――――――――――――――






 目を開けると現実と変わらず居間で仰向けになっていた。身を起こして部屋の中を見回したが私以外の姿は無い。障子が開いているのを見るに皆外に居るっぽかった。
「んー……」
 全身に力が溢れている。仮初とは言えここまで全力の感覚を再現できるってすげぇ、と感心しながら私は縁側から外に出た。
 頭上には太陽が輝き、風も吹いている。仮想空間とは言え全て現実と変わらないらしい。
 正直今なら相手がフリーザでも負ける気しない。冷静に考えれば星ぶっ壊して宇宙空間で生き延びる奴に勝てる訳無いんだけど気分的にね。
 皆は境内に集まっていた。私が力を全く抑えずノコノコ出て行くと顔を一斉に引きつらせる。
 うん。私も自分の十倍ぐらいの力を迸らせてる奴が敵として現れたらそんな顔をする。気持ちは分かる。
 でも容赦しない。
「絶好調みたいね」
 一人だけ平然としていた霊夢が代表で声をかけてきた。私は首をすくめる。
「まあね。さっきからなんか首筋が痒いんだけど」
 まさかのL5?
「そう? 私達は何とも無いけど。この時期に蚊なんていないわよねぇ。夢に入る時不具合が出たんじゃないの?」
「紫に限ってそんな事は……ん? あ、治った」
「そ。ならいいけど。烏天狗は成層圏あたりで待機してるわ。あんたは作戦考えた? こっちは作戦タイムとったし十分ぐらいなら時間とってもいいわよ」
「大丈夫。サーチアンドデストロイで行く」
「……つまりいつも通りね。考え無し」
「いやいや流石に今回は少し考えてるよ。詳しくは言わないけど」
 何その目。どうせ白雪の作戦なんて穴だらけなんだろ、みたいな……言いたい事あるなら言えよ。
 霊夢は後ろを向いて全員に目で確認をとった。
 魔理沙は箒に乗り、ミニ八卦炉を持った手を挙げた。
 幽々子は扇で口許を隠し周囲に金色の蝶を回せている。
 幽々子の横で妖夢が刀を正面で合わせ持ち目を閉じて精神統一しているが半霊が自信無さ気にオロオロしているせいで様になっていない。
 藍は耳をぴくぴく動かして主との接続を確認していた(藍は紫の許可と命令があれば紫の端末として境界を操る能力を行使できる)。
 今回敵方の約三分の一を閉める紅魔組筆頭レミリアは尊大に胸を張っていたが体は半分美鈴の後ろに隠れている。
 その美鈴は苦笑しながらレミリアに日傘をさしていた。
 一方フランは力を抜いた自然体で堂々と大地を踏みしめ微風に金髪を靡かせている。
 フランの一歩後ろにはぽけっとした顔で主の後頭部を見ているルーミア。
 鈴仙は永遠亭組が自分一人だからか肩身が狭そうにキョロキョロしているが肩からかけたそのライフルは一体どこから持って来たんだ?
 萃香はいつも通り酒に呑まれてふらっふら。
 大妖精とチルノが最後の一秒まで、と手話っぽい手記号で作戦会議をしているのにはもう呆れるしかない。
 全員用意が整っている事を確認すると、霊夢は懐から十銭硬貨を取り出し……ちょっと迷ってから懐にしまいなおして足元の小石を拾った。
「これが地面に落ちたら始めね」
 ……そこはコインで行こうよ……
 私の白い目を無視し、霊夢はスタンバイしている面々の所に戻ると石を高く放り投げた。
 落ちて行く小石がスローモーションに見える。焦れったいほどゆっくりと地面に近付いて、近付いて……地に落ちて軽い音を立てた。










 開始と同時に全員が四方八方に散った。開始直後の妖力無限大で一掃を避ける為だろう。速攻は私の十八番だ。
 もっとも速攻を恐れているのは私も同じ。妖力無限大は使わず、即座にこちらを振り返りながら鎮守の森に走るフランの認識力と把握力を思い切り下げた。
 一拍置いて私の周囲の空間が連鎖爆発する。爆風で髪が煽られた。あっぶねぇ……開始直後に爆死する所だった。
 ヒヤヒヤしながらも読みが当たってほっとする。
 さてと、まずは一人、確実に仕留めようか。
 私は空の向こうに遠ざかっていく霊夢を視界に入れた。フランも確かに危険だが、まだ理解できる範囲の「危険」だ。霊夢は闘いの中で急激に成長する、とか新技を編み出す、とか普通にやっちゃう子だから早めに片付けた方が良い。思わぬ反撃を喰らう前に完全に戦闘不能にしておく必要があった。
 私は死角から来たマスタースパークを反射力と斥力を操って跳ね返しながら飛び立つ。が、直後に体に何か強烈な負荷がかかった。ほとんど条件反射で抵抗力を上げたが完全にはレジストできない。体がずしりと重くなる。
 脳裏に過ぎったのは死と、運命と、境界。奴等三人がかりで私の動きを鈍らせる事に集中したな?良い判断だ。
 しかしこれだけ強い負荷をかけるとなると能力行使だけで手一杯だろう。あの三人からの攻撃はとりあえず考えなくていい。
 結構離れた位置まで飛んで行った霊夢に照準を合わせ、手を翳した。横から銃弾が飛んで来てコメカミに当たったが特に痛くも何とも無いのでそのまま神力弾幕を発射。妖力無限大は力の消費が激しいから複数人が固まっていない限り使わない。
「目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……目標をセンターに入れてスイッチ……」
 指でピストルの形を作り、並の中妖怪程度なら一撃死する誘導弾を十数発射出した。霊夢は誘導性能に気付くや回避から迎撃に切り換えようとしたが、霊力弾幕で神力弾幕を撃ち落そうなんざ無理な話。被弾する直前に結界を張ったようだが結界を突き破った弾幕に滅多撃ちにされ空中で塵になった。
 スペルカードルールが無ければさしもの霊夢もこんなもんか……まあアレに耐えたらほんとに人外だよね。
「ふむ」
 不安要素を消した所で辺りを見回した。見える範囲には誰も居らず、攻撃は止んでいる。境内を囲む鎮守の森は風に揺られてざわめき、敵の気配を隠していた。様子見か?
 どーしようかなー。一撃死を防ぐ為にはフランをリタイアさせるのが先決だけどそれは向こうも承知だろうし。フランを狙えば絶対罠が待ってるよねぇ。私は大抵の罠を押し破れるけど三種の負荷がかかった今の状態で知将チルノの罠にはまると脱出できるか不安が残る。
 ……認識力と把握力の操作が効いてる限り遠距離から爆殺は無いだろうから、先に敵の頭数を減らした方が良いか。人数が減れば罠も機能し難くなる。
 とは言ってもまずは居場所を把握しなければ話にならないので広域探索魔法を使った。が、別の魔力に妨害される。
 ははあ、この魔力は吸血鬼姉妹だな? 迂闊にサーチアンドデストロイなんて口走ったせいか居場所を知られるのを警戒しているらしい。
 私は魔力を二倍込めて再度探索魔法を使った。しかしやはり妨害される。
「……三倍だー!」
 っしゃ、発動した!……けど神社のある山全域に濃い妖力が漂っていて他の気配をぼかしている。誰がどこにいるのかイマイチよく分からない。
 萃香の仕業か! 濃い目に拡散して全員の位置を悟られないようにしてやがる。全く余計な力使わせおって……
 私は頭を掻き、拡散した妖力を操り無理矢理目の前に萃香の姿を現させた。
「おおっと見つかった!」
 萃香は即座に殴りかかって来たが、拳を見切り腕を取って背負い投げ。地面に叩き付けて馬乗りになり神力弾幕零距離発射を喰らわせた。私の能力で縛られて霧にもなれず塵なる萃香。チョロいね。萃香の拳は当たったら痛そうだけど当たらないから大丈夫。
 萃香を片付けても依然として境内は静かなままだった。不気味な嵐の前の静けさだ。
 あいつら何を企んでいる? もう二人削ったのにまだまともな反撃をしてこない。時間稼いで消耗戦に持ち込むつもりか?それだと先に力尽きるのは向こうだと思うが。それが分からない連中でもあるまいに……
 何にせよ時間は与えない方が良い。私はもう一度探索魔法を使った。
 今度は大妖精が萃香と同じ手法で邪魔してきたが妖精如きが私の行く手を遮ろうなんて千年早い。コンマ数個で萃めて神力弾幕で吹っ飛ばしてやったぜ。瞬殺!
 話逸れるけど妖精と幼女って似てるよね。見た目も言葉も。
 んで、問題無く発動した探索魔法によれば皆さん私を取り囲む様に円形に配置していらっしゃる。
 ……円ってのは魔法的要素が強い形状だ。太陰大極図然り満月然り。そう言えば錬金術師漫画にもあった。
 うん。なんかやばい。そもそも開始からずっと一ヵ所にとどまってるって私は阿呆かと。
 急いで離脱しようとしたが図ったようなタイミングで――実際図ってたんだろうけど――足元に私を中心とした巨大魔法陣が浮かび上った。その複雑怪奇な紋様が意味する所は捕縛と拘束と目印。キャー!
 あばばばば動けない! この魔法陣どんだけ出力高いんだよ! 今までのはこの魔法陣を組む為の時間稼ぎか!
 魔力を逆流させて壊そうとするがあと二秒はかかる。
 たかが二秒、されど二秒。私は首だけ動かして上空に開いたスキマから投擲されるレーヴァテインの雨を見た。え、なんなのレバ剣の「雨」って。足元の目印目掛けて超高速で落ちて来やがる。
 直接`目´を捉えて破壊できないなら間接的にって訳か。レーヴァテインにもフランの能力の一端が込められているから、あれだけの数が当たったら致命傷だよね。
「う、ご、けぇえ!」
 歯を食いしばって力を入れ破ろうとするがあちらもこれに賭けているようで破るまであと1.3秒かかる。
 そして動けない私の眼前にレーヴァテインが一杯に広がった。










\(^o^)/











「し、死ぬかと思った……」
 ギリギリで右腕だけ動いたお陰で私は一命を取り留めていた。冷や汗だらだら、肩で息をする。命中する直前に「やったぜ!」みたいな声が聞こえたからそれがフラグになったのかも分からん。
 頭に当たるのだけは避けようとガードしたから、右腕の肉が抉れるどころか肩まで爆砕されて肩甲骨が見えていた。
 一縷の望みに賭けて回復力を上げてみたがウンともスンとも言わず、仕方無く止血だけしておく。頭に響くズキズキした痛みが集中を削いだ。
 もう容赦しない。最初からしてなかったけど更に容赦しない。今から本気出す。さっきまで本気じゃなかったんだよ嘘じゃないよほんとだよ。
 ……などと下らない事を考えながらも体はスムーズに動いた。真上に向かって空を飛ぶ。上空のスキマは魔理沙とチルノを吐き出して閉じていた。作戦の失敗を悟ったのか四方八方から弾丸やら弾幕やらが飛んで来ていた。
 ちょっとヤケになってるっぽい。そんなポップコーン、当たっても痛くないよー。しっかり力を充填して高威力の一撃を撃った方がいいと思う。それをしたところで避けるか跳ね返すか完全防御するかなんだけどさ。
 マスタースパークかファイナルスパークかドラゴンメテオかよく分からない光線弾幕の中を突っ切って魔理沙の眼前に飛び出る。即回し蹴り、スプラッタ。
 人間では反応できない一瞬の所業だから痛みも無かろう。現実に帰還して首を傾げるが良い。
 次はさっきから特大のアイスランスを創っているチルノ。
 私と目が合うやいなや氷のカタパルトに乗せて打ち出して来た。器用な真似をするYOUSEIだ。
 私は例によって心臓を真直ぐ狙うランスに妖力を変換した炎を吹き付けて溶かした。そのまま体に炎を纏って殴りかかる。氷の弱点は炎。これ常識。
 拳が命中する直前、私はチルノの唇がしてやったりとばかりに吊り上がったのを見た。しまった罠か! と慌てて背後を振り返る……が、誰も居ない。あれ?
 首を傾げて向き直るとチルノは一目散に逃げ出していた。
「…………」
ハ メ ら れ た!
 演技派過ぎるだろ、と高めだったチルノの評価を更に上げながら逃げる背中に追いすがり拳一発、粉砕。ピチュッたチルノはざまぁ!みたいな顔をしながら空気に溶けて消えた。
 あっさり騙されただけにイラつく。イラついたが置き土産に真上から降って来た特大の氷柱は回避した。
 また時間を稼がれたが同じ手は喰わないぜ。この私に二度同じ手を使うことは、すでに凡策なんだよ!
 でも同じ策は使ってこないよね。私だったら使わない。
 にしてもあいつら完全に攻撃役(フラン)と足止め役(その他)に分かれてるな。よくもまああれだけ短時間の作戦会議でこれだけの連携がとれるもんだ。
 五人減らしたがまだ半分以上残っている。体勢を立て直す隙を与えてはいけない。
 地上に降りて鎮守の森に踏み込む。依然として身体には三人分の能力がかかっていて重いがこちらもフランに枷をつけているからお相子だ。
 さっきの魔法陣トラップで分かったが、罠を張った所で結局メインアタッカーはフランだ。フランを抑えれば致命打を与えられる奴はいない。
 対象指定型の探索魔法でフランをロックオンして森の下草を蹴散らし走っていると木々の間から妖夢が飛び出して来た。
 死を覚悟した剣士の目をしている。わあ怖い。
「断命剣――冥想ざ」
「遅い」
 刀身が振られる前に踏み込んで腕を押さえた。妖夢はやっぱ半人前だねぇ。妖忌の方が五倍ぐらい疾い。多分今の妖夢では私の髪すら斬れないだろう。
「手本を見せてあげようか? ……いや見えないかな」
 私は剣技が得意では無いが、しばらく妖忌を観察していた時期があったので基本ぐらいは出来る。加えて良い武器を使えば……
「召喚」
 私は分社から魔法で刀を喚び出した。忠実に再現された仮想世界だからか問題無く呼び寄せられる。私は妖夢に反応する隙を与えず左手だけで鞘を払って抜刀、胴を凪いだ。
「……?」
 しかし何も起こらない。攻撃が見えなかったらしく当惑する妖夢。
 あるぇー、確かに斬ったはず……あ、やべ、速過ぎて戻し斬りになってたのか。
 私は素早く刀を構え直し、今度は若干速度を落として妖夢が防御しようと正面に構えた二本の刀ごとばっさり両断した。
 うむ、しっかり斬れた。
 片腕を無くした上に慣れない刀まで使ったら動きが鈍るだろうと判断して私は刀を分社に転送した。また走る。フランは先程の位置から動いていない。
「む」
 あと五秒ほどでフランにたどり着く、という所で美鈴が立ち塞がった。普段の居眠りしている姿からは想像もつかない闘気と殺気を滲ませている。
 迂回という選択肢が頭をかすめたがやめておく。フランはすぐそこだ。それに敵は倒せる時に倒した方がいい。美鈴の目も「私の屍を越えて行け」って語ってるしさ。気のせいかも知れないけど。
 考えながらも油断無く構えをとる私に美鈴は左の突きを放ってきた。私から見て右側。腕が無い方だ。私はそれを左ストレートで迎え撃った。
 クロスカウンター。防御力の問題で倒れるのは美鈴だろう。
 よし、美鈴カウンターで撃沈……しない!?
 私は驚愕と共に頬に拳を受けた。吹っ飛ばされはしないが突っ込んだ勢いのせいで首の骨がミシミシ鳴る。私の拳を空を掻いていた。
 しまった、スタイルは同じでも体格から来るリーチが違った。クロスカウンター狙いじゃ私が一方的に当てられるのは道理。
 私は素早く体勢を戻し、頭上から降り注いだ銃弾をかわしつつ追撃に備えて防御体勢に移行……
 ……しようと思ったら美鈴は地面に倒れて目を回していた。
 え? こっちの攻撃当たって無いのに? まさか拳圧? 拳圧だけで倒れたの?
 釈然としなかったが都合が良いので動かない美鈴に神力弾幕を十発ほど叩き込んでリタイアさせた。
 んん……なーんか一々誤算があるなぁ。一つ行動する度に誤算誤算誤算。死と運命と境界の能力のせいでジワッと失敗方面に引き摺られてるのかも知れない。
 ま、考えても仕方無い。私は疾風の様に森を駆けた。
 特に妨害も無く開けた場所に出る。正面にレーヴァテインを構えたフランがいた。その後ろに幽々子とレミリアと藍が固まっている。
 えっ、何この妖力無限大で一掃して下さいと言わんばかりの布陣。誘ってんの? 誘ってんの?
 撃っていいのかな、と迷っているとレミリアが一歩前に踏み出した。腕を組んで堂々と立ち、紅い唇を開く。
「もしも私に降参すれば世界の半分をやろう」
「……レミリア最近ドラクエやった?」
 びくっと肩を上げるレミリア。他の面々は呆れ顔で小さな吸血鬼を見ている。
 何を言うかと思ったらそれか。勇者よりも竜王に憧れたんですね分かります。
 緩くなった空気は生暖かい気分になった私に不意打ちで斬りかかってきたフランによって壊された。迷い無い太刀筋だ。でも微妙に狙いがズレてるような……
 あ、そか。
 私は脚力を上げて背後から気配を消して組み付こうとしたルーミアを蹴り飛ばした。骨が折れる感触がする。奇襲失敗、ルーミアを狙っていたフランの剣筋が乱れた。そこにすかさず渾身のボディブロー、バックステップで距離をとり、倒れ伏すルーミアも射線に入れて左手に妖力を集中させる。
 撃つ直前、あちゃあ、みたいな顔をした幽々子と肩を竦める藍とフランを庇おうと前に飛び出るレミリアがちらりと見えた。
「妖力無限大!」








 森の木々が直線上に跡形も無く消失して見通しが良くなった。
 念の為探索魔法を使ったが藍、幽々子、ルーミアの反応は完全に消えていた。スキマを開く時間も無かっただろう。開いたとしてもスキマごと吹き飛んでいる。体にかかる負荷が消えているし現実に帰ったと見て間違い無い。
 しかし吸血鬼姉妹の塵は風も無いのに不自然に舞って一ヵ所に集まり出していた。
 そうだね。君達は弱点突かないと殺せないんだったね。妖力無限大ならいけると思ったけど無理だったか。もう一手間かける必要がある。
 私は地を蹴って上空に舞った。幸い今は昼だ。雲一つ無い青空に太陽が輝いている。
 さて。
 天津飯! 技を借りるぜ!
「太 陽 拳!」
 本家の技の原理ははっきり知らないが、今回私が使ったのは太陽光が持つ魔術的要素を増幅させついでに光量も増して閃光として放出する技である。
 スカーレット姉妹はは吸血鬼の中でも日の光に強い部類らしいが、通常の十倍近くまで高められた日光に貫かれ一瞬であえなく蒸発した。
 ふはははは、ネタ技も案外馬鹿にならないんだぜ?
 私は空中で一息ついた。えーとこれでひのふのみ……あと一人か。右腕、という右肩痛いしさっさと行こう。残りは誰だ? ……鈴仙? さり気無く最後まで生き残るあたり流石は逃げるのが得意な兎さんだ。
 この数分で何回使ったか数えるのが面倒な探索魔法をまた使うと遥か上空に一つ、レミリア達が居たのとは反対側の森の中に一つ反応があった。上空は文だから森の中が鈴仙。
 私は視力を強化して鈴仙を探した。木の葉が邪魔で見えにくいが……見っけ。ライフルの銃眼越しに真っ赤な目で私を見ている。
 目線をしっかり合わせて手を振ってやると眉を潜め、耳をぴくぴく動かした。キョトキョト不安気に周囲を見回してから半信半疑、という顔で自分を指差す。私は笑顔を作って頷いた。
 れいせん は にげだした!
 笑いかけたのに逃げるとは失礼な奴だ。
 はい追います。近付きます。追い越します。先回りしてやります。
「やあ」
 優しい笑顔を作ってやったのに踵を返して逃げられた。いくら私の笑顔が魅力的だからってそんなに恥ずかしがる事無いじゃないか。照れ屋さんめ。
 また回り込み、今度は逃げない様に左腕で抱き締めてやった。
「師匠助けて!」
 泣きながらジタバタ暴れるがもう逃げられない。
「泣くぐらいなら参加しなけりゃいいのに」
「巫女に囮ぐらいにはなりそうだって拉致られたんですよ!」
 ひでぇ。結局囮にもならなかったのが哀愁を誘う。せめて痛むが無いようにしてやろう。思考力と意識力を下げる。
「わがうでの中で息絶えるがよい!」
 私は鈴仙をギュッと抱き`締めて´心臓を含む内臓を破裂させた。








 現実に戻ると何故か宴会になっていた。皆好き勝手に台所に入って料理を作ったり(美鈴)畳の下から秘蔵の酒を引っ張り出したり(萃香)している。
 皆擬似的にとは言え死んだばかりなのにまるで気にした様子は無い。要は騒げればいいらしい。幻想郷にはお気楽思考に誘導する気質でもあんのかね。
 文はレミリア他数名に「何がこの人数なら勝てるだ、嘘つきめ」みたいな事を言われてぼっこんぼっこんにされていた。
 事件は現場で起きてるんじゃない、現場で起こすんだと言わんばかりのその姿勢に少し感心する。でも尊敬はしない。
 萃香が喜々として栓を開けようとした秘蔵の酒を奪い返す。これは私のだ。宿儺に昔貰った千年モノ。しばらく忘れてたら五百年くらい経ってて、どんな味になってるか怖さ半分興味半分で未だ手をつけていない。
 酒を元通りにしまいなおして顔を上げると目の前に徊子の顔があった。
 うお、驚いた。私達が夢の中に居る間に来たのか?
「そだ、紫が何か変な事しなかった?」
 霊夢にちょっかいをかけているかも知れないと思って聞いてみた。徊子は目を瞬かせる。
「誰にでしょう?」
「んー、ここにいる全員」
「いつの話ですか」
「私達が寝てる間!」
 文脈で分かれよ!
 相変わらず会話を面倒な方向に持っていく徊子は手に持った杖をくるりと回し、チラッとうさん臭い笑みを浮かべる紫を見てから言った。
「私は途中から来たので良く分かりませんが」
 そこで一呼吸置いて続ける。
「私の視点では何も妙な事はありませんでした」
「そう? まあそうだよね。紫は私達が寝てる隙に何かするような奴じゃないし。折角だから徊子も飲んでいきなよ」
 杯を渡して酒を注ぐと徊子はちょっと笑う。
 なぜかとても優しい笑顔だった。



[15378] 本編・花映塚・隣のフラワーマスター
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/22 17:53
 春になり、幻想郷に花が咲き乱れた。ただしそれは夏の花だったり秋の花だったり節操が無い。
 六十年周期の大結界異変だ。
 これは六十年に一度の間隔で外の世界で発生する幽霊の増加と、六十年に一度の幻想郷の還暦で発生する結界の緩みが原因で、幻想郷の全ての花が通常の開花季節とは関係無く突然咲き始め、妖精達が騒ぎ出し、更に幻想郷に幽霊が大量出現する異変である。
 博麗大結界が緩む異変は二度目だが、六十年周期の幽霊の増加による花の異変自体は何度も繰り返されている。私からすれば何十回も見てきた親しみのある異変だった。この異変は自然現象の一種なので当然ながら首謀者は居らず、異変と呼ぶのも微妙だ。
「だからこれは毎度の事なんだって」
「あー、確かに先代がそんな事言ってた気がするわ」
 私は異変だ異変だと慌てて飛んで行こうとした霊夢を引き止め、幻想郷縁起を片手に事情を説明した。先代巫女から聞いた話を思い出したらしく霊夢が納得顔になる。
「でも異変なんでしょ?」
「……まあ一応」
「やっぱりね。で?誰を退治すればいいのよ」
 あ、納得してなかった。
「誰も退治しなくていいって」
 私が窘めるように言うと霊夢はそんな馬鹿な、という顔をした。こっちがそんな馬鹿なだよ。これだけ説明したんだから分かれよ。
「先代も出動しなかったんだし霊夢も大人しくしてればいいの」
「なんで白雪はそんなに私を引き止めたがるのよ。さてはあんたが黒幕?」
「どうしてそうなんの? そう思うなら自分の勘に聞いてみな」
「……違うわね」
「当然」
「妖精も騒いでるし神社から見える景色も辺り一面花だらけだし、こんな分かり易い異変放置したら私がサボってると思われるじゃない。異変は全て能動的に解決されなければならないって欠月異変の時に言ったのはあんたでしょうが」
「…………」
 何こいつ面倒臭い。完全に頭の中に異変=妖怪退治の公式が出来てる。ほんと捻くれちゃってこの娘は……昔はあんなにかわい、くなかったなそういえば。最初からこんな感じだ。
 もういいや。面倒臭い奴は面倒臭い事を面倒臭くやってればいいと思うよ。霊夢が出動した所で遭遇した通りすがりの妖怪を理不尽に退治するだけだろうし特に何がどうなる訳でも無いんだ。
「はぁ。んじゃまあ三途の川に行って来な。そこで死神がだらけてると思うから早く霊を運べってせっつけば良い」
「つまり死神の尻を蹴り上げればいいのね」
 ターゲットをロックオンした既に御祓い棒と陰陽玉でフル装備の霊夢は春爛漫の幻想郷の空に飛び立って行った。行っちゃったよ。
 死神を追い立てるのは例年巫女がやらなくても閻魔がやるからほっとけばいいんだけどなぁ……霊夢も三途の川に着く前に映姫が小町を説教終えてたら完全に無駄足になるのに。
 ま、血気盛んな若者は失敗して学べば良い。老人は茶でもしばいてのんびり解決を待つのさ。









 と思ってたら神社に霊夢と入れ違いにフラワーマスターが現れて何故か私の対面に座ってジャスミン茶を飲んでいる。先生、この妖怪素敵な笑顔なのに殺気が凄いです。
「お茶菓子は出ないのかしら」
「お前に食わせるお茶菓子は無ぇ!」
「…………」
「あ、ごめんやっぱある」
 無表情になられたので素直に謝った。台所にまんじゅうを取りに行く。
 普段は花のある場所にしか現れないから神社には来ない幽香だが、今は幻想郷中に花が咲いているので行動範囲を幻想郷全体に広げている。しかしよりにもよって博麗神社に来るなよ。マジ勘弁。
 前に一度弾幕決闘で負かして以来会う度に無言の圧力かけてくるんだよね。
 あの時は負けた方が勝った方に一日服従って条件で勝負をした。折角勝ったんだからと色々パシりとして有効活用させてもらったんだけどそんなに機嫌を損ねる事? 靴舐めろとか跪けとか命令しなかっただけマシだと思って欲しい。
 それももう二、三百年前の話だ。懐かしい。
 私は粒餡の安いまんじゅうを出し、三つほど幽香の前に置いた。
「それ食べたら帰ってね」
「あら、鬼は良くて私は駄目なのかしら? よく入り浸っていると聞くけど」
「萃香は友達。幽香は客」
「客はもてなすものでしょう」
「客は客でも招かれざる客だから」
 私の言葉に幽香は笑みを深くした。手がゆっくりと脇に置かれた傘に伸び、途中でぴたりと止まってそろそろ膝に戻る。
 よしよし良い娘だ。室内で暴れたら鉄拳制裁が待っている。幽香一人ではまだまだ私には勝てないだろう。
 幽香は生粋のSだけどMっ気は無いから勝目が無いと分かる勝負はしない。一度闘って実力差が分かってからは喧嘩を吹っ掛けられる事は無かった。だからってプレッシャーかけるのは止めて欲しいんだけどなー。
 幽香はわざとゆっくりまんじゅうを食べていた。私は絡み付く殺気を無視して畳に寝転んで外の世界で買って来たラノベを読む。幻想郷に住んでると上条君もヴァリエール嬢も大した事無い様に思えてくるから不思議だ。二人共あんなにチートなのにね。
「白雪」
「……うん?」
「巫女は出かけているのかしら」
「三途の川に行ってるよ。何? 霊夢に用事だった?」
「用と言えば用ね」
「何の用?」
「いじめは私の趣味、日課よ」
 なにそれこわい。
「目についた妖怪を片端から虐めてここまで来たの。でも誰も彼も虐め甲斐が無いのよねぇ……でも巫女なら」
 はいはいバトルマニアバトルマニア。霊夢逃げてー。逃げなくてもいい気がするけどとりあえず逃げてー。
「でも巫女はここに居ない。代わりに神の方が居る……さっきから体が疼いて仕方無いの」
「…………」
 ここまで話を聞き流していたが、最後の言葉に背筋がぞわっとした。ラノベから目を離しす。見上げると幽香はうふふと上品に笑っていた。それはエロい意味じゃ無いよね? 殺り合おうぜ的意味だよね? いやどちらの意味で言われても困るんだけどさ。
 やだなぁ。なんで自宅でこんな食獣植物の化身みたいな奴と一緒に居ないとならんのだ。私はのんべんだらりと異変解決を待ちたいだけなのに。
 あれか? てめぇの殺気なんて軽い軽い! みたいな態度が幽香の神経を逆撫でしてるのか?
 怖がるフリをするのは癪だし今更過ぎる。弾幕決闘を持ち掛けてと追い出そうにも今は神社に来るまでに使い過ぎてスペカが切れてると言っていた。「まんじゅう食べ終わったら帰る事」なんて言わなければ良かったよ。こいつさっきから口をつけて無い。
 畜生、ほんとSだな幽香。虐めと居心地の悪い空間を作る事に関しては天下一だ。
 このまま居座る心積もりっぽいし逃げようか? でも幽香を一人神社に放置したら何をされる分からない。まいったねこれは。
「おー白雪ーっ! 今日は花見酒日和!一等の酒持って来たよー!」
「ナイスタイミング萃香! 後任せた!」
 私は都合良く顔を出した萃香の肩を掴んで幽香の方に押した。萃香なら幽香のストレス解消にうってつけだ。
「え? 何?」
「あら鬼っ娘じゃない」
「む。えーと、そう言うあんたは花妖怪? ……喧嘩の匂い! と花の匂い! ついでに酒の匂い!」
 どこで覚えて来たのか荒ぶる鷹のポーズをとる萃香に闘うなら外でね、と声をかけ、私は読みかけのラノベを手に空へ飛び立った。
 数秒後に背後から二つの強大な妖力がぶつかり合う気配を感じたが無視する。神社は壊さないでくれよ。
 さて、紅魔館にでも行ってのんびり続きを読もうか。



[15378] 本編・花映塚・花咲く幻想郷
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/27 21:13
 神社を出て異変で興奮している妖精を落としつつ空を飛び、紅魔館に着いた。門の前には珍しくルーミアが立っている。
 美鈴は紅魔館の門番と言えど当然食べたり寝たりする必要があり、二十四時間門の前に居る訳では無い。しかし食事睡眠小休憩その他諸々を入れても十八時間は門の前に控えている。幻想郷に労働基準法は無いのだ。
 代わりに給料は高いらしいが使う時間は無いだろう。
「はろールーミア」
「……おー、白雪が来た」
 地面に降りて挨拶するとルーミアは懐からごそごそ小冊子を出して捲り始めた。表紙には「妖精でも分かる紅魔館門番マニュアル!」と書かれている。横から覗き込むと挿絵も無く細かいルールが細かい字で頁一杯に羅列されていた。これは妖精には分からないんじゃね?
「えーと……主の招待の無い客の場合……招待あったかな……覚えて無いわ……パターン非侵入者……侵入者かどうかなんてどう判断すればいいんだろ……」
 眉根を寄せてぶつぶつ言い始めたルーミアの目の前で手を振ってみるが反応が無い。横をそっと通って門を潜った。数歩進んで振り返るとまだ小冊子と睨めっこをしている。私に気付いていない。駄目だこりゃ。
 まあどうせ紅魔館に門なんてあって無い様なもんだからいいんだけどね。魔理沙もいつもほとんど素通りしてるらしいしさ。
 門から正面玄関に続く前庭には花壇があるのだが、多分に漏れずここも百花繚乱だった。私も女だから花に囲まれて悪い気はしない。
 スイセンもチューリップも朝顔もパンジーも競い合う様に空に向かって花開き、それぞれの芳香を微風に漂わせて色とりどりな……おお?青薔薇まで普通に咲いてやがる。流石幻想郷。
 もっとよく見ようと花壇に近付くと背の高い花の間を動き回る美鈴の帽子が見えた。門を離れて何をやっているかと思えば花の世話か。そういや忘れがちだけど美鈴って紅魔館の花壇の管理人も兼任してたよね。
「美鈴、この青薔薇ってどこで手にいれたの?」
「その声は白雪さん? 青薔薇……ってそれも咲きましたか! あわわわ」
 美鈴が剪定鋏片手にいそいそと花をかき分けて出て来た。ちょっと帽子を上げて私に挨拶をし、青薔薇の根元にしゃがみ込んで花とツボミをいくつか切った。切った枝付きの花はすぐに水を張ったブリキのバケツに活け、次の枝に取り掛かる。澱みない手際だった。
「忙しそうだね」
「何故か花壇の花が一斉に咲きまして……また異変ですかね? 咲夜さんがお嬢様の命で調査に出かけたんですけど」
「うん? ……ああ、美鈴はこの異変体験するの初めてか。幻想郷では六十年周期で花が一斉に咲くんだよ。今年が丁度その年」
「はあ、なるほど……」
 分かった様な分からない様な顔をする美鈴。
「フランもやっぱり出かけてる?」
「いえ、お嬢様と一緒に寝ていますよ」
 良かった、夜型生活に戻ったらしい。神社に居候させている間に昼型生活などという吸血鬼らしからぬ変な癖をつけてしまったので心配していたが杞憂なようだ。一安心して話を戻す。
「で、この青薔薇はどしたん?」
「ああこれですか? パチュリー様の実験用に栽培していた物です。入手経路はよく分かりません。開花まであと三十年はかかるはずだったんですが咲いちゃいました」
 ふむ。
 この異変では霊が憑いた花を問答無用で咲かせる。大多数の者にとっては花が咲いて妖精が大騒ぎするだけの異変だが、花屋や魔法使い、薬師にとってはラッキータイムである。
 この異変中は優曇華(not鈴仙)とか扶桑とかザックームとかバロメッツなど、貴重な植物・木の花が満開になる(西行妖は除く)。永琳やマレフィはこの異変時に採取した花の露や蜜や花弁などでほとんど六十年分の薬の材料を賄うほどだ。
 前回は何故か私が二人の採取代行に駆り出されたが、今年は永琳も大っぴらに動ける様になったしマレフィもアリスをバイトに雇うみたいな事言ってたから呼び出しは無さそうだった。
「はいどうぞ」
「ん?」
 魔理沙は雇わないのかな、とぼんやり考えていると美鈴がニコニコ笑って私の髪に手を添えていた。頭に手をやると何かモシャッとした感触。
「青薔薇?」
「似合ってますよ」
 青薔薇を髪にさしてくれたらしい。
 私は独創的な格好の奴が多い幻想郷の住民の中でも比較的シンプルな装いをしている。ゴテゴテした装飾品を付けるのが好きではないからなのだが、折角の貴重品プレゼント、少し嬉しい。
「ありがと」
「いえいえ。妹様がお世話になりましたからこれぐらいは」
 礼を言うと美鈴は人好きのする笑みを浮かべた。つくづく人間臭い妖怪だ。
 私はちょっとニヤニヤしながら手近なパラソルを勝手に組み立ててラノベを広げた。美鈴はチラッと視線を寄越したが特に何も言わない。
 門からようやく我に帰ってわたわたやって来たルーミアに紅茶を頼み、私はしばし午後の優雅な一時を満喫した。











 マレフィから珍しく念話魔法が入ったのはラノベを読み終わってすぐだった。
 なんでもバイトに雇ったアリスが殊更に凶暴凶悪な魔法花に逆に狩られたらしい。幸い命に別状は無いものの人形は七割破壊され、本人もすぐには動けない怪我を負ったとの事。
 なるほど確かに花相手に弾幕勝負なんて出来ないからそういう事も有り得るだろう。アリスも人を相手にした弾幕決闘ばかりで対怪物戦の勘が鈍っていたのかも知れない。
 とにかく重要なのはアリスがバイトを継続出来ないという事と、アリスの代わりに私が召集されたという事だ。
 呼び出しから十数分後、大図書館にラノベを寄贈した私は魔法の森の上空に差し掛かっていた。普段うっすらと黒い障気に覆われている深い森の空気も今は黄色く染まっている。
 全て花粉の色だ。あの中に花粉症の人が突っ込んだら悶え死ぬんじゃないかと思う程濃く渦巻いている。
 加えていつもは静かな森の中からはキシャーとかグギョエーとか好戦的な甲高い鳴き声が聞こえてきていた。信じられるか? アレ、化け物キノコと魔法花が闘ってる音なんだぜ?
 この時期の森に足を踏み入れると漏れなく二足歩行のラフレシアとマンドラゴラが編隊を組んで熊とか狼に寄生した冬虫夏草(冬獣夏草?)と噛み付きあっているシーンを目撃できる。もうやだこの森。
 これは最近マレフィに聞いた話なのだが、この時期はいつも魔法の森を支配しているキノコ達に魔法花が反乱を起こすらしい。
 恐ろしい事に魔法の森では化け物キノコがヒエラルキーの頂点に君臨している。擬態と傘に隠した牙を巧みに使い分け動物を捕食する知性は他の追随を許さない。菌糸類の分際で非常に生意気だ。
 流石にマレフィも私も植物と会話できる程器用では無いのではっきりとは分からないが、魔法花達は一斉に仲間が咲き揃うこの時に集結団結してキノコ達に下剋上を狙っている、らしい。少なくとも状況的にはそう見える。
 真偽はどうあれ現在の魔法の森が破裂した伏魔殿になっている事に間違いは無く、主に視覚的意味で近寄りたくなかった。
 ぬらぬらした粘液でテカる触手を操るフジの花とかね。上半身美女なのに下半身ウツボカズラの植……物?とかね。黒板を爪で引っ掻いたような奇声を上げるアルラウネとかね。
 ねーよ。てめぇら自重しろ。
 しかしまあここでマレフィの頼みを断ったら次にあった時に致死性の高い猛毒を口に突っ込まれるのは間違い無く、私は仕方無く頭に文字通り花が咲いた緑肌の幼女――アルラウネの大群を蹴散らしてマレフィの小屋へ向かった。
 友達付き合いも楽じゃない。










 ※文中の優曇華は月の植物ではなく三千年に一度咲く方



[15378] 本編・花映塚・魔女と使い走り
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/29 08:12
 マレフィの病気は彼女の祖母が悪魔と契約した事に起因する。若かりし頃の祖母が契約したのはパチュリーが契約している小悪魔の様な弱い者では無く、しばしば伝説に顔を出す高位の悪魔だった。
 祖母は悪魔と契約し、莫大な知識と魔力を得る代償に子子孫孫永劫に受け継がれる血の呪いを受けた。その影響でノーレッジ家の者は皆例外無く何らかの病や身体的欠陥を抱えている。
 一方でノーレッジ家の者は優秀な能力持ちの割合が非常に高い。能力を抜きに考えても魔力量に優れる。悪魔の契約は魂の契約。能力が魂に由来するものである以上このような現象も起こり得るのだ。
 そんなメリットとデメリットを代々抱えていたノーレッジ家だが、マレフィは生まれつき背負わされた病に不満を抱いていた。しかもそれが通常の治療法で解決できない魂に刻まれた病となれば尚更我慢出来ない。
 悪魔との契約は呪われた時点で既に完結しており、呪いを解いた所でメリットが消える事は無い。呪いさえ解ければメリットだけが残る。
 マレフィは自分の得意分野である魔法薬精製を活かして呪い解除の研究を始めた。
 魔法薬の中には魂に作用する物がある。蓬莱の薬も魔法薬の一種だ。
 しかし魂に影響する魔法薬の作製は材料集めも調合も並の難度では無く、北欧で手に入る知識と材料だけでは完成は不可能と判断したマレフィは姉の制止を振り切って日本へ渡った。
 そして日本へ来て約千年。未だマレフィの病気は治っていない。
「で、どこまで進んだの?」
 私は口から涎を撒き散らせて飛び掛かってきたマンドラゴラの根(足)を掴んで引き千切りながら小屋の傍の切り株に腰掛けているマレフィに聞いた。飛び掛かってきたのは一匹だが木々の間から幾つもじっとりした視線を感じる。
「全体的な進捗は85%って所ね。あの子が賢者の石の研究を進めてたから予定よりかなり早まったわ」
 マレフィが目指しているのは万病に効くとされる霊薬、エリクシールだ。
 マレフィ自身の病のみを治す魔法薬ならすぐに完成するが、一族全員に効かなければ意味が無いらしい。全く身内と友人にだけは優しい魔女である。
 マレフィは私が放り渡したマンドラゴラの根をキャッチすると脇の籠に入れた。羽根ペンでメモ用紙に一本横線を引く。ペンの先で頬を掻きながらマレフィは難しい顔をしている。
「後何が残ってる?」
「食人木の雌花、受粉を終えたアルラウネの花冠、満月草の花の蜜」
「全部魔法の森で採れるね」
「森の外の採取はアリスが終わらせたから」
「そりゃ良かった」
「じゃ、よろしく」
 私に向けて手をひらひらと振った。
 確かにマレフィを連れ歩くより私一人で行った方が早い。かと言ってそれは人に物を頼む態度じゃないと思うんだけどなぁ……
 まあいいか。頼めば大体何でもやってくれる便利な奴だと思われてる気がするけど間違ってない。
 私は肩を竦め、マレフィに背を向けて木立ちへ分けいった。










 食人木の触手を掻い潜って花を分捕り、アルラウネを締め上げて花冠をもぎ取り、探索力を上げて満月草を探し当てた私は戦利品を手にマレフィの元に帰還した。
 切り株に座ってうつらうつらしていたマレフィは顔を上げ、私を睨む。
「遅い」
「途中魔理沙に会ってさ、キノコ狩りを手伝ったから」
「……魔理沙?」
 マレフィは誰それ、という顔をした。
「あれだよ、古典的魔女ルックの職業魔法使い」
「知らないわ」
「あ、そう」
 マレフィは興味が無い奴の記憶は頭から消去するからなぁ……
 魔理沙は箒に乗って空からキノコの群を狙い撃ちにしていた。キノコも花も空は飛べないのである。ある程度の高度を保っていれば一方的に攻撃できる。
 しかし倒した後は死骸を拾いに地上に降りなくてはならない訳で、魔理沙は倒しても倒しても沸いてくるキノコのせいで地上に降りられず辟易していた。
 そこにノコノコ通り掛かる無双神様。
 頼まれる、手伝う、解決。
 お人好しだと言われたが褒め言葉と受け取っておいた。
 戦利品を手渡すと、マレフィは一つ頷いて当然の様な顔で私の袖を引っ張り小屋へ連行しようとする。試しに踏ん張ってみるとあからさまに舌打ちされた。
「こんな薄汚いボロ小屋には入りたくないって訳ね……」
「いや入るよ。確かにボロいけど」
 私は肩を竦めて足を動かし、立て付けの悪い戸を潜った。やれやれ、まあ特にやる事も無いからいいんだけどさ。
 小屋の中は相変わらず雑然としていた。天井には真新しい焦げ跡、床には薬品の染みで変色した羊皮紙な束。壁際の棚には所狭しと並ぶガラスの小瓶。部屋の中央の大鍋を覗き込むと珍しく空だった。綺麗に磨かれ匂いも残っていない。
「じゃ、よろしく」
「またぁ?」
「手順はあなたの頭でも分かる様に書いてあげるわ」
 マレフィは部屋の隅に埋もれていた椅子を発掘してそこに座り、早口で詠唱した。羊皮紙が一枚宙に浮き羽根ペンが紙面を高速で往復する。
 自動筆記魔法かな? 昔開発しようか、みたいな事を言っていた記憶がある。
 私は書き上がってふよふよ飛んで来た羊皮紙をキャッチした。裏表にびっしりと隙間無く文字が書き込まれている。ざっと流し読みしたが全工程で三年はかかりそうだった。
 ……三年も拘束する気ですか。
「上二行の工程だけやっとくよ。それなら一時間ぐらいで終わるし」
「……まあいいわ」
 マレフィは不承不承といった風だったが頷いた。私は早速調合に取り掛かる。
 まずは籠の中から紐でがんじがらめに縛った触手の塊……手乗りサイズのモルボルっぽい植物を鍋に放り込み、杵で押し潰す。ブギュエッと聞き苦しい悲鳴が聞こえたが無視した。
 次に棚に並んだ小瓶から何かの緑色の貝殻を投入する。貝殻はモルボル汁に触れるとじゅわっと煙を上げて溶解し、太陽の様な微かに発光するオレンジ色になった。緑に緑を入れてどうしてオレンジになるのか分からん。
 異臭を放ち始めた液体にマレフィが魔法で精製した純水を入れて薄め、鍋の下に魔法火を熾す。
 後は温度を一定に保ちながらひたすら撹拌だ。掻き混ぜて掻き混ぜて掻き混ぜ続ける。
 雑な造りの小屋は隙間風が入るので火を使っていても熱は篭らない。かと言って涼しくも無く、延々同じ動作をしていると眠気が襲って来る。
 私は頭を振って睡魔を祓い、暇つぶしにマレフィに話し掛けた。
「いい御身分だねマレフィ。自分は座ってるだけで良いんだからさ」
「…………」
「マレフィ?」
 鍋を掻き混ぜる手を止めて振り返るとマレフィは私の頭……正確には髪を凝視していた。
 私の輝く美髪に見とれた、とは考え難いからこれはあれだな。青薔薇だ。いつもと違うのはそれしかない。
 マレフィは私の視線に気が付くと目を逸した。
「欲しいの?」
「そんな事一言も言って無いわ」
「でも欲しいんでしょ?」
「決め付けないで」
「いや決め付けじゃなくてさ、単なる確認。それで?欲しいの?」
「…………」
 沈黙。チラッと私を横目で見る。優しい笑顔を返してあげた。
「……ほ、しい」
「よく言えました」
 憮然としながらも頬を赤らめるマレフィの髪に青薔薇をさしてあげた。髪が紫だから青薔薇もあまり目立たない。でも似合っている。
 可愛い可愛いと髪を撫でてあげると手を噛まれた。しかし顎の力が弱いのでまるで痛く無い。甘噛みか。
 ニヨニヨしながら噛まれていると背後で爆音が上がった。振り返ると鍋から黒い煙が上がっている。
「…………」
 恐る恐る目を戻すとマレフィの冷徹な瞳がやり直し、と語っていた。











「無縁塚で紫の桜が咲いたらしいわ」
 合計二時間近く掻き混ぜ続けるハメになり、次は絶対に全自動攪拌機か撹拌魔法を開発しようと思いながらぐったりしているとマレフィが呟いた。
 薄目を開けて見るとマレフィの周囲に蜂サイズの風の精霊が回っている。風魔法か。こうやって情報を集めているらしい。
「あ、そう」
「何かに使えそうね」
「…………」
「何かに使えそうね」
 二度言わなくても分かるわ。ただ二度手間を踏んで気力が減衰して返事をするのがダルいだけ。
「代わりにさぁ……私の血液あげるから止めない? それも使えそうだと思うけど」
「千年ぐらい前に使えないって分かったでしょう。痴呆?」
「そうだった……」
 私の血は魔力が濃過ぎて他の材料の魔法的性質を打ち消してしまうらしい。使えねぇ。
「ほら立って。いつまで寝てるの?」
「えー……」
 映姫の所にはあんまり行きたく無いんだけどなぁ……説教長いし逃げると神社まで追って来るし。紫も幽々子も映姫は苦手だと聞いている。
「つべこべ言わない。あんた一体今まで何回私の薬台無しにしたと思ってるのよ」
「その分色々手伝ってるでしょー」
「失敗分と合わせて差し引きゼロね」
 それを言われると痛いな。しゃーない、今日はこき使われてあげよう。
 私は肩を鳴らし、気力を強化して無理矢理やる気を起こして小屋を出る。神社に居るより疲れるかも知れないとため息を吐きながら空に舞った。



[15378] 本編・花映塚・四面楚花
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/06/30 18:11
 無縁塚に行く前に、負傷したというアリスが心配だったのでマーガトロイド邸に寄った。建物をぐるりと囲む黒魔女帽子の一頭身が私にニヤけ面を向けてくる。時折ゆっくりしていってね!と鳴く個体もあった。
 うわぁ……近寄りたくねぇ……
 近寄りたくないのは植物も同じらしく、ここ周辺だけキノコと花の気配が無い。もう防犯グッズとして販売すれば良いと思うよ。多分喜びの声と苦情が殺到する。
 木の影から遠巻きに目を細めて窓を覗くとベッドの上で半身を起こしている顔色が悪いアリスが見えた。そして隣にアリスの口に匙でキノコシチューを運ぶ魔理沙の姿が。
 はっはーん?
 デレ期か?
 ついに伝統と格式のマリアリか?
 犬猿の仲でも弱ってると優しくしちゃうのか?
 私は野次馬根性を出して気配を消し隠密魔法を使い姿も消し、鳴子を跨いでマーガトロイド邸に近付き窓を覗き込んだ。
 お、遠くからだと死角になって分からなかったけどメディスンも居る。
 アリスの膝の上で破れた人形の服を繕っている。アリスと比べると格段に下手だが悪く無い手際だ。人形が人形を縫う光景はシュールだった。
 まあアリスは人形を大切に使うからね。戦闘にも転用してるけど基本家事用らしいし。どうせ今回の負傷も人形を庇ったとかそんなんだろ。メディスンが懐く理由も分かる。
 私は足元のゆっくりを蹴飛ばして退し、聴力を強化して聞き耳を立てた。
「魔理沙、「ゆっくりしていってね!」の?」
「心外だな。いくら私でも「ゆっくりしていってね!」だぜ」
「そうかしら?とても「ゆっくりしていってね!」のだけど」
「私だって「ゆっくりしていってね!」なんだよ」
「……そう。今日だけは「ゆっくりしていってね!」わ」
「こうやって「ゆっくりしていってね!」は嫌か?」
「……嫌いじゃ「ゆっくりしていってね!」」
 二人は顔を見合わせて微かに笑った。
 ちょ、ゆっくりうるせえ! ほとんど聞こえ無かっただろうが!
 折角の和解シーンを台無しにされた腹いせに手近なゆっくりを踏みにじるとぐにょんと潰れた。シリコンでも入ってんのか。「ゆっぐりじでいっ……あ"あ"あ"あ"!」と顔を歪めて鳴き叫ぶゆっくりは無駄にクオリティが高い。燃やしてやろうか。
「誰だっ!」
「しまった!」
 おっとバレちまったぜ。気配を消していたのにゆっくりの悲鳴が聞こえたらしい。窓が勢い良く開いて後頭部に直撃した。
 しかし私のアイアンヘッドにこぶが出来る訳も無く窓の方がぶっ壊れていた。
「……あん? 白雪?」
「人違いです」
「いやその魔力は間違いようが無いだろ……覗きは良く無いぜ」
「いやいや実は急にゆっくりを踏みたくなってだね」
「その気持ちは分かるけどな。じゃあ窓の下に居た理由はなんだよ」
「…………」
 う、うろたえるんじゃあないッ! 博麗の祭神はうろたえないッ! 考えるんだ、逆転の策を!
「戦略的撤退!」
 しかし思い付かなかったので逃げた。
 本当はアリスの回復力とか治癒力を上げてあげようと思ってたんだけど止めた。
 せいぜい傷が治るまで魔理沙と親交を深めておくが良い。フハハハハ!










 魔法の森を抜けて再思の道に出た。とりあえず衣に着いた花粉を払っておく。黄色い粉がしこたま宙に舞ってむせた。
 魔法の森固有のキノコや魔法花は魔法の森の瘴気無しには生育できない。いくら花粉や綿毛や胞子を飛ばした所で発芽する事は無いから安心だ。
 花粉を粗方払い終え、黄色くなった手を周囲の水分を凝縮させて作った小さな水球に突っ込んで洗う。すっきりした所で私は歩き出した。
 道の両側には彼岸花が咲き誇り、春なのに秋の気分にさせられる。紅い花の道を紅い衣が進む。空から見れば私の白髪はさぞ目立つ事だろう。
 彼岸花は異名が多く、死人花、地獄花、幽霊花、捨子花とも呼ばれる。どれも不吉な名前なのは仕方無い。量次第では死に至る毒がある上に墓地に多く植わっているのだ。
 墓地に植えるのはその毒性を利用し動物が死体を掘り返さない様にするためだ。死肉を食べる動物にとっては墓地は餌場である。毒性の強い彼岸花を墓の上に植える事で動物が墓荒らしをする事を防ぎ、死者の眠りを護る。未だに土葬の風習が続く幻想郷では重宝されている植物だった。もっと良い名前つけてあげればいいのに……
 力に敏感な私は彼岸花に宿る貧弱な霊もはっきり見る事が出来る。
 彼岸花に憑いている霊は憂鬱な感じの暗い霊力だ。向日葵に憑く霊なんかは「死んじゃったぜハハハ!」みたいな霊力してるんだけどねぇ。花によって憑く霊の種類が違うらしい。
 こうして暗い霊力を纏う花を見ていると不吉な渾名にも納得できる気がした。
 花の名前の由来について考えていると向こう側から霊夢が飛んで来た。私を見つけると高度を落として横に並んで飛んだ。一仕事終えた清々しい顔をしている。
「あんたも結局来てるじゃない」
「私は別件だよ。小町を二度ボコるとか不憫過ぎるからやらない」
「もう私で一回、メイドで二回ボコったわ。今は閻魔に説教食らってる所」
 ……ど、どんまい小町!
「あんなにサボってても給料出るんだから良い職よねぇ」
「でも死神は年中むきゅーらしいよ」
 休日をとりでもしたら霊が河の前で待惚けを食らう。死神と閻魔は本来毎日が地獄の様な忙しさである。
 小町がサボったり霊と小話しているから必然的に映姫の仕事も減っているが、映姫としてはもっとフル稼動で働きたいらしい。前にワーカーホリックとサボタージュでバランス取れてるねと口を滑らせたら小一時間正座で説教をされた。
 でもまあ私は小町は良い死神だと思っている。陰気な顔して黙々と舟を動かす死神よりは仕事をサボりがちでも明るく気前の良い小町に運ばれた方が霊も幸せだろう。
「無休と無給は御免こうむるわ。私は先に帰るからあんたもほどほどで帰って来なさいよ」
「はいはい」
 私は霊夢を見送り、無縁塚へ歩を進めた。映姫が小町の説教に夢中になってる間にさっさと採集してさっさと戻ろう。










 因みに田圃の畔の彼岸花はモグラ除けです。あと題名に特に意味は無い



[15378] 本編・花映塚・集中砲花
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/04 14:05
 ひんやりとした空気が漂う無縁塚には名前の無い墓石がぽつぽつと立っている。人の気は無く、死と妖の気ばかりが広がるうら寂しい墓地だった。
 苔むして手入れされた事があるかどうかも分からない墓石の影からはこちらの様子を伺うべったりした無数の視線を感じた。迷い込んだ人間を食べようと狙う妖怪達だ。
 この辺りは地理的に結界が弱くなっている箇所であり、外の世界の自殺志願者がよく迷い込む。また外の世界の物が落ちて来る事も多い。
 無縁塚は冥界や三途の川とも繋る事があり、非常に`死´に近い立地であるため、出現する妖怪の陰険さと数の多さもあいまって文句無しの危険度極高に認定されている。
 もっとも危険度極高とは人間の視点での話であり、私が神力を少し開放すると妖怪の気配はあっと言う間に遠ざかって消えた。ふははは、幻想郷で私が行けない場所など無いのだよ。
 墓石の間の割れた石畳の道をしばらく歩いていくと紫の桜が見えた。普段は葉も付けず物哀しく裸の枝を晒している桜には紫の花が咲いている。その根元では小町が正座して映姫から説教を受けていた。やってるやってる。
 悔悟の棒を片手に延々と忙しく口を動かす映姫にバレ無いよう、姿と気配を消してそろそろと桜に近付く。花びらを採って……蕾も数個……樹皮もちょろっと削っておこう。
 こっそり採取を終えて立ち去ろうとすると、丁度小町への説教を終えた映姫とばっちり目が合った。
「さて、次は貴女の番ですよ。博麗白雪」
「うぇ!?」
 驚いて足を止めてしまう。なぜバレた!今回はヘマしてないのに。
「そんなに驚く事も無いでしょう。閻魔の目は何者にも誤魔化せません」
 映姫は堂々と薄い胸を張った。小町はターゲットが変わったのを見るやさっさと逃げて行く。
「んな馬鹿な」
「裁きを下す者が偽りの情報に惑わされては困るでしょう。閻魔の能力は全員同一にして絶対。その力を使えば……そう、例えばこんな事も」
 映姫が悔悟の棒を私に突き付けた。途端に体から力が抜け出る感触がして神力が吹き出る。
 おお? なんぞこれ、痛くは無いけど。とりあえず何か知らないけど神力を引っ込めて……ん? あれ……神力が抑えられない。つーか妖力も魔力も使えなくなってる!
「映姫、私に何をした!?」
「何を言っているんですか? 貴女は神でしょう。神である以上使用出来る力は神力のみであるべき」
「……はぁ?」
「つまり今の貴女は単なる八百万の神の一柱です」
 映姫は当然だという顔であっさりと言い腐った。
 私は自分の力を探り、映姫の言葉が真実であると悟り愕然とした。まじかよ……いや一瞬にして私の力をガリッと削った映姫の能力にも度肝抜かれたんだけど、神力だけでもその辺の大妖怪三、四体分はあった事に驚いた。分社は思ったより信仰を高めてくれていたらしい。
 でも映姫の能力で使える力が減ったのは事実。この状態が続けば博麗大結界の維持に支障が出る。
 不安が顔に出たのだろう、私の内心を正確に読み取った映姫は少し表情を和らげた。
「正規の手続きを踏んだ裁きではありませんから、心配せずとも他の力は三日ほどで戻ります」
「今戻せない?」
「戻せますが戻しません。戻したらまた逃げる気でしょう?神社まで追って行くのは手間ですから」
 さらっと図星を突かれて言葉に詰まった。
 小町がしっかり働いていれば映姫も俗世に顔を出す暇が無い程度には忙しくなるはずで、ここで上手く逃げれば仕事に忙殺されて私の事は忘れてくれるかな、と儚い望みを抱いていたのだがお見通しらしい。
 映姫は悔悟の棒で口許を隠しながらなにやら思案していた。
「ふむ。先程巫女とメイドが来ていた様ですが、まさか貴女は今回のこれが異変だと思って解決に乗り出した訳では無いでしょう?」
「私はただのお使いだよ。日、月、星の三精。春、夏、秋、冬の四季。木、水、火、土、金の五行。三精、四季、五行をかけて六十。自然の物を全て表す組み合せの数になる。だから自然は六十年で一度生まれ変わり、幻想郷は蘇生する。それは雨が降り風が吹くのと同じ自然の流れの一部であり、今回のこれは異変では無い」
「分かっているじゃないですか」
「私は人間の言う干支理論の六十年もあながち間違って無いと思うんだけどね。今 映姫が言った理屈は日本風の――日本の地獄風の捉え方。ヨーロッパの閻魔職に聞いたら別の答えになりそうだし、要は解釈の問題なのさ。六十って数字に意味があるのは確かで、それに皆が好き勝手にもっともらしい理屈をつけてるだけ。理屈に矛盾が無い限り信じる者にとってはそれが真実になる。映姫の理屈で言えば……まあこんな話どうでもいいか。口論しに来た訳じゃないし」
 途中で講釈を垂れるのが面倒になって切り上げた。
 そのまま流れる様に帰ろうとしたが肩をがっしり掴まれる。
「逃がしませんよ。良い機会ですから貴女も話を聞いていきなさい」
 くそ、誤魔化せ無かったか。
 私は渋々その場に正座した。三途の川の河を一往復して次の霊を連れに来た小町が私を見て気の毒そうな顔をする。でも助けてくれない。シット。
 映姫は私が傾聴の姿勢を取っている事を確認して滔々と話し始めた。
「貴女はこの地の神として力を得ながらも神社を巫女に任せ自分は目的も無くふらふらと(中略)更には目についた力ある妖を片端から送り込み、」
 長ぇよ。
「直接的な殺害はしないまでも見殺し放置無視して間接的に殺害した数は優に五千を越え(中略)自らの主観と好みで大きく対応を変え、力を以て力を制するその姿勢は、」
 まだか。
「行き当たりばったりでいい加減な(中略)決死の覚悟で挑む者にふざけた言動を(中略)そう、貴方は少し強すぎる」
 映姫はそこまで喋ってようやく言葉を途切れさせた。とっくに私の脳みそは停止状態になっている。わぁ……始まったのは昼過ぎなのにもう日が落ちかかってる……
「弱いよりは良いでしょ」
「そういう問題ではありません。強い力はそこに在るだけで周囲に強い影響を及ぼす。貴女はそれを自覚して慎重に行動しなければならない。今の内に(後略)」
しまった、言い返したばっかりに説教が伸びた。そろそろ足が痺れて来たんだけど……
 クドクドと説教が続く。分身を作って逃げようとも思ったが映姫は一瞬で見破るだろう。もうお家に返して。
 涙目でひたすら耐えていると映姫はおもむろに懐から手鏡を取り出した。
 ……浄玻璃の鏡?
 私に向けられた鏡には疲れた顔をした少女が一瞬映り、すぐにどこかの山中の光景に切り替わった。
「自覚が無い様ですね。自らの過去の行いを見て思い出すと良いでしょう……『見ろ! 妖怪がゴミの様だ!』……『汚物は消毒だー!』……『来い。お前の全てを否定してやる』……これは酷い」
「なんで最悪のばっかり引っ張って来るの!?」
 おお嘆かわしい、と悲しそうな顔をする映姫に抗議した。次々と切り替わる浄玻璃の鏡の景色はどれも見覚えのあるものばかりで、調子に乗って吐いた恥ずかしい台詞がわんさと出て来た。
 もう穴があったら飛び込んで埋めて踏み固めて上に彼岸花でも植えてもらいたい気分だ。
 しかし映姫は成歩堂君ばりに容赦無く罪の証拠を突き付けて来る。
「一万二千年の罪は重いですよ?それなりに善行も積んでいるようですが到底足りない。死後の世界を見据え――――」
「映姫様」
 生き生きしている映姫の背中をここ数時間で三途の川を何往復もしていた小町が大鎌の柄でつついた。映姫が説教を中断され不機嫌そうに振り返る。
「小町、鎌で人をつつくのは止めなさい」
「すみません。それはそうとそろそろお仕事に戻った方が良いですよ。もう向こうに大分運びました」
「あら、そうですか。話し込み過ぎましたね。では常日頃から自分の行いを悔い改め善行を積む様に」
 映姫はそう締めくくって去って行った。私はほっと息を吐いて姿勢を崩す。足の痺れを我慢して小町に抱き付いた。
「小町ありがとー!」
 仕事優先の映姫だから霊が裁きを待っているとなれば説教を止めざるをえない。せっせと働いてくれた小町のお陰で早めに開放されたのだ。
 小町はちょっと頭を掻いて苦笑した。
「何、困った時はお互い様さ。私が困った時は助けておくれよ」
「十倍返しにしてあげる!」
「いやいや普通に返してくれれば充分」
 小町はのほほんと言った。くっはー、ほんと良い死神!
「じゃ、私はそろそろ行くから。今日は助かったよ。私が死ぬかどーにかしたらまた会おう!」
「ああ。あんたを舟に乗せる日は想像できないけどねぇ」
 小町と手を振って分かれ、私はマレフィの小屋へ戻った。
 戻ると小屋の外に居たマレフィに遅いと怒られたが、小屋の内ではなく外に居たという事は帰りが遅いので心配して出て来たという事だ。無愛想な顔の下に隠した気遣いが光る、そんな所が可愛い魔女である。








 夕日が山の向こうに落ちきる前に神社に帰ると幽香と萃香が神社の境内に出来た無数のクレーターを埋めていた。
 湯飲みを片手に監督をしていた霊夢に聞くと、二人が殴り合って疲労困憊していた所に不意打ちをかけて漁夫の利をさらったらしい。現在強制奉仕中。
 私は穴だらけの境内と瓦が数枚割れているだけの神社を見比べ、昔神社の耐久力を上げておいて良かったと心底安堵した。


















 実はチートな映姫様。その能力故に相手が曖昧な存在であるほど絶大な力を振るう。
 紫だって小指でちょいと一捻り。境界?スキマ?そんなモノの使用は許可しない。
 幽々子も小指の先でちょいと一捻り。死を操る?死に誘う?亡霊は生者に干渉する事を許さない。
 レミリアも小指の先でちょいと一捻り。運命?定め?妖怪如きが天の采配した運命を変えようなどとは笑わせる。
 しかしフランは別に曖昧な存在でも何でも無いから映姫でもてこずる。
「ありとあらゆるものを」破壊するってなんだよ……もうお前破壊神シドーを名乗れよ……と作者は常々思っている。
 あと題名に特に意味は無い



[15378] 日常編・時の流れは
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/09 16:02
 花の異変から数ヶ月、命輝く夏が来た。
 里の子供は冷たく澄んだ小河に入ってフナやタニシを捕り、大人達は麦藁帽子を被って畑仕事に精を出す。赤く熟れたトマトや瑞々しいキュウリがお供えとして現れる様になり神社の食卓に彩りを添えた。山の蝉もまた例年通りの賑やかさだ。
 今年は適度に雨も振り、渇水の心配も無く田圃の稲は順調に育っている。秋の収穫が楽しみだった。
 そして俺の時代が来たと言わんばかりにぐんぐん生長する草木とは反対に霊夢は萎れている。夏バテにやられたらしい。
 居間の風通しが良い畳の上を独占して寝転がり、指一本動かしたく無いと主張する霊夢は昼のワイドショーを観賞する主婦を彷彿とさせる力の抜けっぷりだった。昨日はチルノを捕まえてきて枕代わりにしていたが今日は座布団枕である。
「白雪ー」
「ん?」
「私にも冷風」
「断る」
 魔法を使い自分にだけ冷風を当てて快適に読書に勤しんでいた私は霊夢の頼みを断った。普段私を雑に扱う罰だ。
 霊夢は花異変の神社修理も手伝わなかった。まあ瓦が割れただけで大した損傷じゃなかったし私一人で充分手は足りたからいいんだけどさ、普通「私がやります」か、せめて「手伝いましょうか?」ぐらい言うだろ。それが巫女ってもんじゃないか?
「心狭いわねぇ。少しぐらい良いじゃない」
「霊夢が冷房病にならないように気を使ってるのさ」
「あんたは良いの?」
「私が罹る可能性がある病気は一つしかない」
「へえ、どんな病気?」
「えーと、封印された右腕が暴走の兆候を見せるのが初期症状。病が進行すると近くの患者と共鳴を起こす様になって加速度的に悪化する。邪気眼に目覚めてカノッサ機関に追われる様になると末期だね。んで、最後はくぎゅううううううう! って断末魔を上げて死に至る」
「なにそれこわい」
 霊夢は全く怖く無さそうな声で言った。最近は霊夢にネタ耐性がついてきたから困る。
 それから毒にも薬にもならない会話を読書をしながらぽつりぽつりと続け、二、三冊積み本を消化したあたりで霊夢の腹がキュウと鳴った。動かなくても腹は減るらしい。
 視線を向けると期待を込めて見返して来る。
「冷麦が食べたいわ」
「自分でつくりなよ」
 私は本来食事をとる必要性は無く、三食全て単なる嗜好と割り切っている。別に数ヶ月断食しても口が寂しいだけで餓死の心配は無い。
 従って神社の食事は基本的に霊夢が自分の好みに合わせて作るのである。私の分はついでだ。
 霊夢はごろごろ転がって私の積み本を一冊手に取った。題名を読んで顔をしかめまた腹を鳴らす。
「はらぺこあおむしってあんた……」
「名作じゃん。たまに読みたくなるんだよね」
「あ、そ。私は絶対に作らないわよ。このままだと三日ぐらいで餓死するわね。巫女を飢え死にさせた神様なんて噂が立ってもいいの?」
 自分を人質にとりやがった。
 私はテコでも動かないと挑発的に怠ける霊夢に戦慄した。全力でだらけるその姿勢に畏敬すら感じる。
「作ればいいんでしょ作れば」
「流石白雪! 今だけ惚れるわ」
 何か納得出来なかったがとりあえず本を置いて立ち上がった。台所へ行く途中で霊夢の腹を踏もうとしたが転がって避けられる。霊夢が日増しにに図々しくなってる気がした。
 台所に入り、踏み台を出して流しの前に置く。水を張った鍋を竈に設置して火にかけていると不意に横にぬっと大きな影が立った。
 また紫が遊びに来たかと横を見ると……霊夢だった。
 気怠げに柄杓で水瓶の水を飲む霊夢をぽかんと見上げる。
 驚いた、いつの間にこんな背を伸ばしていたんだろう? こうして隣に並んでみると伸び具合が良く分かる。踏み台込みの私の目線が霊夢の顎の高さだった。
 考えてみればもう霊夢も十五歳、外の世界なら高校に入る年齢だ。顔つきも幾分大人びてきている気がした。
「……何?」
 私が見上げている事に気付いた霊夢が首を傾げる。
「いや……背、伸びたなと思って」
 並の妖怪では手も足も出ない異変時限定暴走特急霊夢だが、身体は人間だ。私とは違い成長し、老いる。
「白雪、ちょっと踏み台降りてみて」
 少ししんみりした気分に浸っていると霊夢が言った。
 なんだなんだと思いながら降りてみると霊夢が私の頭に手を置いた。ふむ、と得心した顔で一つ頷き、そのまま撫で始める。
 撫でる。撫でる。無心で撫でる。
「あの……霊夢さん?」
「今気付いたわ。白雪の頭、もの凄く撫でやすい位置にある」
 なん……だと?
 永琳とか宿儺が私の頭を撫でてくるのはそれが原因か!?
「何うなだれてんのよ。あんたの能力なら身長伸ばすぐらいできるでしょ」
「神通力とか魔法で身長伸ばしたり体格変えたりは出来るけど成長とは違う。効果が切れれば元に戻るから、PADつけたりシークレットブーツはいたりするのと変わらない」
「難儀ねぇ。ま、それはどうでもいいから冷麦よろしく」
 霊夢は最後にひと撫でして去って行った。畜生ッ! 私の身長と冷麦どっちが大事……なのかなんて分かりきってますよねごめんなさい。涙ちょちょ切れそうだ。









 微かに塩辛くなった冷麦を食べ終わり、しつこく冷風をねだる霊夢に冷魔法を付与した団扇を与えて私は魔法の森へ向かった。
 手には餡パン男の絵本他数冊。メディスンへの贈り物である。
 メディスンはマーガトロイド邸に住み着いていた。人形の自立について研究しているアリスと人形の開放を目指すメディスンは気が合ったらしい。
 長い間鈴蘭畑に打ち捨てられていたメディスンはアリスに手入れをしてもらえるので満更でも無く、アリスはアリスで自立行動を実現した人形を間近で観察出来るので満足そうだった。上手く噛み合っている。
 しかしインテリ派のアリスにとって精神面が未熟な新米妖怪は会話相手として不足な様で、教養を高める本……まずは絵本が欲しいと考え知り合いに声をかけた。
 マレフィは本を持っていない。魔理沙が持っている本は魔導書のみ。大図書館に絵本はわんさとあったが、書籍は外の世界の物の方が質が高いという理由で私がフラン用に買っていた絵本を譲る事になったのである。
 私はマーガトロイド邸の付近で地上に降りた。花粉が消えいつも通り瘴気が漂う魔法の森は静かなものだ。蝉の声もしない。ただし異変前よりも木の根元やら灌木の隙間やらに小さなキノコが増えている。魔法花は敗北した様だった。
 文字通り散って行った花々の冥福を祈りつつ、抗争中どこかに隠れていたらしい狼が木陰から顔を出すのを見つけてほっとした。菌糸類に負けるなよ動物達。
 心の中で声援を送ったが、背を向けて去って行く狼の背中に寄生したキノコの傘を見つけて合掌した。これは動物の巻き返しは無理かもわからんね。
 少し歩いてマーガトロイド邸に着く。家を包囲していたゆっくり達は撤去されたのか居なくなっていた。
 魔理沙とは和解した様だ。理由はどうあれアレが無くなったのは嬉しい。
 ベルを鳴らし、人形にドアを開けて貰って中に入る。アリスは下着姿のメディスンにメジャーを当てて採寸していた。テーブルには裁縫道具が広げられている。
「本もってきたよ」
「いらっしゃい。そこに置いて」
 テーブルの空いた所に絵本を置いた。シャンハイが椅子を引いてクッションを置いてくれたので遠慮無く座ると、別の人形がティーセットを持って来て給仕してくれる。
 メディスンは採寸が終わると服を着ててこてこ近付いて来た。絵本を一冊とる。そしてアリスの膝に腰掛けて読み始めた。
 アリスは手際良く服を縫っていく。私は人形が持って来たチョコクッキーを囓りながらブレイクタイム。うめぇ。アリスはメイドとしてもやっていけると思う。しばらくアリスが布を切る音とメディスンがページを捲る音だけが部屋を支配した。
 やがてメディスンが本を読み終わり、ほふうと息を吐く。
「自分の頭食べさせるなんて頭どうかしてるよね」
「どうかしてるからこそできる荒技なんだよ」
「ふぅん……」
 メディスンは読み終わった絵本を放り投げて次の絵本を読み始めた。投げられた絵本は人形がキャッチして本棚に入れる。汎用性高いな……
 私は人形の指圧マッサージで癒されながらふと思って聞いた。
「そういや表のゆっくりはどうしたの? 処分? 販売?」
 売るならストレス解消用としてコアなファンがつきそうだ。
「野生化してどこかに行ったわ」
「野生……化?」
 ちょっと待て。
「人の形をした物には力が宿り易いの」
「それは知ってるけどゆっくりは人の形してなくね? 生首じゃね?」
「一頭身の人間と考え……」
「……るのは無理がある」
「確かに。まあ理由はとにかく妖怪化したのよ」
 そうですか。作られて間も無いのにこんな短期間で妖怪化とは……よほど森の愉快な仲間達から畏れというかなんというかこう説明し難いアレな何かを一身に集めたんだろう。
「仲間が増えるよ! やったねメディスン!」
「やめて! あんなの人形と認めないわ。サンドバッグよサンドバッグ」
 メディスンはもの凄く嫌そうな顔をした。その気持ちはよく分かる。
 ……霊夢と言いメディスンとアリスの関係と言い幻想郷の住民は確実に変化してきている。勿論今までも緩やかな変化は起きていたが、紅魔郷以降の異変の連続で加速している様に思えた。
 スペルカードルールが広まり人と妖の交流が盛んになったからか人間のみならず妖怪達にも至る所で変化が見られる。
 橙は藍の下で結界管理について着実に知識を蓄えているし、人里の陰陽師では爆殺女とかノッポロボットとか変な新人が入って世代交代の波が起きている。永遠亭組が人里に顔を出す様になったのも変化の一部。
 うつろう時代の流れに一抹の寂しさを感じたが、変化するのが人間の欠点であり美点である。
 願わくばこの変化が良い方向に向かん事を。













 釘二病:感染力が非常に強く、青年期に罹り易い。致死率は低いが高確率で後遺症を残す



[15378] 日常編・収穫の秋
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/15 19:13
 秋になり、稲の収穫が始まった。早朝から夕方まで里人はせっせと鎌を振るう。
 私が風刃で刈ればあっという間に終わるのだが、そこまでしてやる事は無い。人間にあまり楽を覚えさせるとろくな事にならないのである。
 しかしいつも供物として野菜やら餅やらコケシやらをどっさり貰っている訳で、何もしないのも気が咎めるのでいつものお返しとしてコソコソ稲を狙う害鳥退治をやっていた。幻想郷には鳥類による食害を防ぐ反射テープなどない。
 今日も私は大人が一人入る大きさの麻袋を片手に分社に転移し里の外の田圃に向かう。空はまだ白みはじめたばかりで里の家々は静まり返っていた。
 気配を消し、里の入口で寝ずの番をしていた門番の横をすり抜けて外に出る。
 冬が近付いて冷え込んできた朝の空気を吸い、口笛を吹きながら畔道を歩いた。一人の散歩も悪くない。遠目に見える山々の紅葉が目を楽しませてくれる。
 まだ収穫が済んでいない田圃に着くと、案の定雀がワラワラ集まって稲穂を啄んでいた。いつものように追い払う。
「(「・ω・)「  がおー」
 軽く威嚇すると半数は逃げて行き、残り半分はその場で気絶して落ちた。フフフ、神のプレッシャーの前では鳥公なんざこんなもんよ。
 妹紅に渡して焼き鳥にしてしまおうと痙攣している雀を拾い集めた。そのための麻袋である。冬に向けて脂肪を蓄えている鳥共は丸々太って美味しそうだ。
 せっせと雀を袋に詰めているとミスティアが落ちていた。口から泡を噴いて痙攣している。
「…………」
 一応拾っておいた。
 三反回ると袋が一杯になったので撤収する。いつもは四反回れるが今日はデカいのが取れたから仕方無い。
 ホクホクと重くなった麻袋を担いで里に戻った。人々が起き出す音を聞きながら里の外れの慧音の家へ向かう。
 で、気配を消すのを止め、戸をノックする直前にミスティアが起きて騒ぎだした。
「え? 何これ……えーとんーと……む!? あんたは近頃噂のバードハンター! 私を袋に詰めてどうする気!?」
「油でカラリと」
「揚げるの!?」
 頷いてあげるとがっかりしてメソメソして泣き出した。
 まあ妖怪を焼き鳥にするの趣味は無いので冗談だと言って開放してあげた。すると鳴いて喜ばれる。
 しばらくチュンチュン鳴いていたが袋の中の雀の群れに気付くと顔を青ざめさせた。
「この子達も返してあげて!」
 ドゲザされた。鳥類のよしみか? まあ同じ雀だからなぁ。
「でも害鳥だしさ」
「そこを何とか!」
「そもそもなんで米を狙うの? 今年は山の実りも悪くなかったと思うんだけど」
「いや、人間の米は美味しくて。それに汗水垂らした苦労の結晶を横からさらうの所になんとも言えない優越感が」
「…………」
「…………あ」
「有罪」
「ごめんなさい!」
 軽そうな頭をガンガン地面に叩き付け始めたので焼き鳥は勘弁しておいた。いい加減通行人の視線も痛くなってきたしね。
 今度屋台で奢ってもらう約束をしてミスティアを開放した。鳥頭ですぐ忘れそうだから覚えていたら御の字だと思っておく。
 さて分社から転移で戻ろうと大通りを歩いていくと対面から成人男性ぐらいの大きさのロボットを担いだにとりがカパカパと駆けて来た。今日は光学迷彩の調子が良いのか完全に透明になっていた。私からしてみれば妖力駄々漏れの丸見えだけど。
「にとり、それ何?」
「ん? おお! 誰かと思えば頼れる河童の技術アドバイザー、白雪じゃないか!」
「ああうん。最近開発会議に顔出して無いけどね。お父さん元気?」
「元気も元気、三徹して全自動油虫捕り機の図面引いてるよ」
 にとりは快活に笑った。
 にとりの父は河童技術開発部のリーダーを務めている。優秀なエンジニアで、光学迷彩の原案を作ったのも彼だ。
 そんな親父さんの遺伝なのかにとりも役に立つのか立たないのかイマイチよく分からない発明を乱発している。のびーるアームとか高い枝に実った柿をもぐために作られたんだぜ? それぐらい飛んでとれよと思うのは私だけだろうか。
「で、そのロボットは?」
 質問するとにとりの顔がよくぞ聞いてくれたと輝いた。
「収穫用ロボット電撃伐採ビジリアン二号さ!プログラミングした特定の作物を認識して自動で収穫してくれるスグレ物! 今日は稲の収穫実験をしようと思ってね」
「二号って、一号は?」
「爆発した」
 にとりはあっけらかんと言った。おいおい大丈夫かよ……
「まあそういう事ならさっさと行こうか。傍目からすると私は空飛ぶロボットに話し掛ける怪しい神になってるから」
 私はにとりの背を押して再び里の外へ向かった。今日はよくよく変な目で見られる日だ。










 ロボはガンダムに草刈り鎌を持たせたようなデザインだった。背中のスイッチを入れるとガシャッウィーンガシャンとカクカク動き、目を光らせて田圃に入って行った。そして唸る草刈り鎌! すげぇ刈り速度だ! 稲の束がどんどん積み上がっていく。
「ゆっくり刈っていっあ"あ"あ"!」
「あれ? 今何か稲穂の間から飛び出して真っ二つにされた様な」
「気のせいでしょ」
「そうかなぁ……」
 ビジリアンの足元に目を落とせば藁に紛れて白い綿と黒い布の残骸が飛び散っていた。
 魔法の森からはるばるここまでやってきたのか饅頭もどき。しかし台詞も言い切れず両断とは哀れな。とりあえずここから見える範囲に居たのはこの一体だけのようだが、なんとなく他の個体もこんな感じで殺られている気がした。
 可哀相に……ゆっくり絶滅していってね。
 軽快に稲を刈っていたロボだが、五分でバッテリー切れを起こして動かなくなった。再充電には五時間かかるらしい。河童の発明は七割欠陥品ができる。今回は爆発しなかっただけマシかな。
 にとりは実験結果に満足すると農作業に乱入したロボにやんややんやと歓声を送っていた野次馬に手を振り、ロボを担いで飛んで行った。にとりは終始光学迷彩をオンにしていたので里人の目にはロボしか見えず、活動限界時間が来て帰って行くウルトラヒーローに見えなくもないだろう。
 ……さて、そろそろ私も変な噂が立つ前に朝ご飯を食べに帰ろうか。
 今日も幻想郷は平和です。













幻想郷のゆっくりは魔理沙種のみ。
……秋姉妹の出番? ごめん誰の事か分からない



[15378] 本編・風神録・3+0.5柱
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/14 22:26
文花帖はスルー












 花の異変が起きたのは第120期、日と春と土の年。外の世界の暦で2005年の春だった。
 秋が来て冬が過ぎ霊夢が一つ歳をとり(元旦を誕生日として扱っている)、また春が来て……特に何事も起こらないまま冬になってしまった。
 花映塚の次は風神録。その年は大晦日まで毎日そわそわ妖怪の山を見ていたのだが、日付が変わっても変化は見られなかった。天狗に聞いても異常無しと答えが返る。
 私は不安になった。
 守矢一家が越して来るのは初秋だったはず。もう冬になり年も越してしまった。
 紅霧異変からこっち年一のペースで異変が連続していただけに尚更不安が募る。毎年毎年息吐く間も無く異変が起こる方が異常なのだが、突然何も起きない空白の年ができるとそれはそれで変な感じがした。
 まさか神奈子は外の世界に固執し幻想入りを選択しなかったのだろうか?
 有り得る。有り得るが諏訪子を打倒してまで信仰集めをし、神の仕事に熱心だった神奈子が信仰不足による消滅を選ぶとは考え難い。何とかして信仰の回復を狙うはずだ。
 ……まあ何かの事情で幻想入りが遅れているだけかも知れない。外の世界は科学万能時代、年を追う毎に不可思議の存在は住み辛くなる。多少の誤差はあってもその内やって来るだろう。万一外の世界での消滅を選んだとしても私はその選択を尊重する。干渉はしない。
 そう考えて気長に待つ事にした。神奈子が来なければ地霊殿も星蓮船も起こらないから異変の騒ぎに気を遣う必要は無い。気楽なものだ。










 百年単位でのんびり待つつもりだったのだが、第122期の秋の始めに守矢一家はやって来た。花の異変から二年後である。
 突如妖怪の山に現れた神社と湖に山に住む妖達は上へ下への大騒ぎらしかった。夕方、文からの急報で事態を知った私は妖怪の山へ向かう。何やらしめ縄を背負った神が私の名を出し居住権を主張しているらしい。
 記憶を探ると確かに昔「いつでも来ていいよ。幻想郷は全てを受け入れる」と言った覚えがあった。それは嘘じゃないけど天狗の縄張りのど真ん中はちょっとねぇ……神社だけならまだしも湖もとなると敷地をごっそり使う訳で……
 困ったもんだと頭を掻き、私は懐かしい気配がする方へ一直線に飛んだ。
 山の麓で哨戒天狗が寄って来たが顔パスで通してもらい(話が通っているのではなくどうせ止められないから)、中腹まで一気に上る。夕日を映して茜色にきらめく澄んだ湖と古びた神社が見えた。神社の周囲の地面に神奈子がザクザクオンバシラを突き刺し、天狗が数人それに付き纏って文句を言っている。私は自分の縄張りにマーキングする犬を思い出した。
「かーなこー、久し振りー」
「ん? おお、白雪! 懐かしいわねえ! 随分と力を付けたそうじゃない」
 声をかけると神奈子は手を止めて嬉しそうに振り返った。
 私が地面に降りて歩み寄ると天狗はわたわた散って行く。しかし姿は見えなくなっても好奇の視線は痛いほど感じた。
「まあね。日頃の行いが良かったから」
「違いない」
 神奈子の二歩手前で足を止めると、奴は伸ばしかけた手を残念そうに引っ込めた。
 やっぱり撫でようとしやがったな。私の方が数倍年上なんだから子供扱いは止めて欲しい。警戒して距離を保ったまま早速本題に移る。
「積もる話は後にして、まずは移住の件だけど」
 神奈子は私の言葉に大きく頷いてどこからともなく取り出したオンバシラを地面に突き刺した。振動で地面が揺れる。
「白雪、それよ。妖怪が――特に天狗が文句をつけてくるのよ。どこか別の所へ行けとかなんとか言って。というか白雪、この山異常に妖怪が多いわね? 妖怪退治も神の責務の一つよ。あなたは昔から神の義務をサボってばかりで――」
「待った! 回想は待った! もう改心して真面目にやってるから。えーとね、この山は方々で追われた妖怪が集まったり有力な種族の妖怪が群れで住み着いたりし
てるんだよね。幻想郷の人間は人里に固まって住んでてさ、人間は人間、妖怪は妖怪で住む場所を分けてんの。ここは天狗の居住区にすっぽり入ってるから神奈子は不法侵入したと捉えられてるのさ」
「私だって本当は人里付近に出たかったわよ。でも距離も結界もあったし細かい狙いをつけて転移なんか出来ない」
「うん。神奈子が好き好んで人里離れた山の中に移動する訳無いからそんな事だろうと思ったよ。まーなったものは仕方無いしとりあえずオンバシラ刺すの止めない?」
「……妖怪を退治して場所を空けさせるのは不味いの?」
「共存共栄が望ましい」
 否定するとふて腐れた顔をした。そりゃあんた、後から来て我が物顔は不味いって。蕎麦でも持ってご近所に挨拶回りがほんとだよ。昔からそうだったけど神奈子は少し侵略姓があるよね。
「ならどうしろってのよ」
「天狗のボスに挨拶しに行って上手く折り合いを付ける事だね」
 神奈子は渋面を作って唸り出した。神としての自覚が強い神奈子は妖怪に頭を下げるのが気に食わないのだろう。神は本来人間を妖怪から守るものであり、妖怪は敵だ。
 しかし時代は変わり幻想郷では神と友誼を結ぶ妖怪も珍しく無い。外の世界では違うのだろうか? そもそも昔ながらの妖怪が残っているのかはなはだ疑問である。
 神奈子は腕を胸の前で組んで悩んでいた。腕に押し上げられ、デカい胸が強調されている。思わず舌打ちしてしまった。
「山の妖怪と縄張り争いしたいってなら止めないけど、私は交渉で平和的に解決した方が良いと思う。とりあえず妖力無限大で私に退治されとくって手もあるよ?」
 その重そうな脂肪の塊削ってあげようか?
「明日に天狗の頭領に会いに行くわ」
 両手に妖力を集中させると若干顔色を悪くした神奈子はあっさり態度を変えた。分かってくれて何より。
 神奈子はオンバシラを一定間隔で地面に立てる事で神域を安定させていたらしい。妖怪の力が染み付いた土地で神社を機能させる為に必要な措置なのだと言った。
「で、ついでに山から妖怪を追い払って霊山にしようと企んでた訳か」
「もうやらないわよ」
 守矢神社の本殿へ私と並んで歩きながら神奈子は苦笑した。山の妖怪は天魔だけでも神奈子と互角ぐらいだから、天狗一族が寄ってたかって守矢神社を襲えば二柱と二分の一柱だけでは多分処理しきれない。敵対しないのが賢明だ。
 第一守矢一家は幻想入り初日でまだ段幕ごっこ経験ゼロ。今挑まれたらチルノにも負けるだろう。言わんや天狗をや、である。
 風祝は人里へ偵察に行ったらしく今はいなかった。後で紹介してくれるそうだ。
 地面は持ってこれなかったのか砂利も敷かれていないむき出しの土を踏み締め少し歩くと本殿の前に着いた。私の本社の数倍でかくて立派な拵えだった。嫌味にならない程度の金の装飾が見事だ。ここで諏訪子が休眠している。
 私は神奈子の目配せに頷き、神力を本殿の中に送った。今こそ眠れる蛙を起こす時!
「甦れ諏訪子!」
「寝てるだけよ」
 分かってるって。
 私の神力に反応して本殿の神力が動き出した。しばらくゆらゆらと動き、ぴたりと止まる。次の瞬間強烈な勢いで扉が開き弾丸の様に諏訪子が飛び出した。
「白雪ーっ!」
 私はみぞおちに体当たりした諏訪子をしっかり受け止め抱き締めた。思う存分ハグしてからどちらからともなく離れる。
「懐かしい気配がして起きてみれば。あれから全然遊びに来てくれなかったじゃん」
「待ってればその内幻想郷に来るかなと思って」
「……それもそうだね」
 諏訪子はあまり気にしていなかったらしく納得した。気が長いねえ、私もだけど。
 振り返ると神奈子が不満気にしていた。
「何?」
「私には近付かなかった癖に諏訪子とはスキンシップをとるのね。友人だと思っていたのは私だけ……」
「いや抱き合うのはいいんだけどさあ、頭撫でられるのはちょっと。仮にも幻想郷最年長なんだから」
 れでぃ~として扱えとは言わない。せめて見た目通りに扱うのは止めて欲しい。
 あと二十センチは伸びて欲しかったとため息を吐いていると、諏訪子がニヤニヤしながらつつっと神奈子に寄って何か囁いた。
 神奈子はそれを聞くや無言でオンバシラを諏訪子にフルスイングした。かっ飛ばされた諏訪子をキャッチするとわざとらしく泣き付いてくる。
「白雪ー、神奈子が苛めるー! 耳の穴にオンバシラぶち込んで奥歯ガタガタ言わせるぞって」
「神奈子何も言って無くない?」
 諏訪子は頭を強打されたはずだがケロりとしていた。
 この二柱、喧嘩癖は治っていないらしい。しかし神奈子に怒った様子は無いしじゃれあいの様なものなのだろう。
 私は肩をすくめ、諏訪子と肩を組み神奈子と手を繋いで社務所へ向かった。今日は酒盛りだ。












 遠き山に日は落ちて、帰って来た早苗に私達の古い友人だと紹介され、酒盛りに突入した。
 私は博麗神社の床下から喚んだ千年モノの酒を振る舞ったが日本酒に牛乳と納豆を突っ込んだ様な味がして三人共吐いた。マジごめん。なんでこんな味になったか分からないけど熟成にも限度があった。
 少し液体を胃に入れてノックアウトされた神奈子は早苗の膝枕で介抱されている。早苗は未成年だからと飲まなかったのである。真面目さんだ。
 幻想郷の人間は十五、六で飲み始めるから気にしなくていいのに。ちなみに早苗は十七歳。霊夢と同い年だった。
 信仰を得て神になった元人間なのになんで髪と目が緑なんだろうと思ってジロジロ見ていると酒が入って頬を赤くした諏訪子が不思議そうに聞いてきた。
「白雪は現人神に会った事無いの?」
「んにゃあるよ。幻想郷にも何人かいる。でも皆見た目中高年だからこんなに若い娘を見るのは始めてだね」
 早苗は鼻高々で胸を張った。別に褒めてない。しかし……ふむ。胸の大きさも身長も年齢も職業も霊夢と同じ。
「2Pカラー……」
「はい?」
 首を傾げた早苗になんでも無いと手を振る。私は誤魔化しに外の世界から持ち込まれたビールを飲んだ。んん……駄目だな、舌が酒とワインに慣れてて旨くない。
 私達は真夜中まで姦しく昔話に花を咲かせた。



[15378] 本編・風神録・守矢さん家の風祝
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/16 23:17
 私は差し込んだ日の光と雀の鳴き声で目が覚めた。かけられていたブランケットを退して起き上がり、周りを見回す。あれ?見慣れない部屋だ。
 博麗神社の居間に似た畳部屋に神奈子と諏訪子が空の酒瓶と一緒に転がっていた。二人共幸せそうな寝顔だった。
 ……ああそうだ、昨日酔い潰れてそのまま寝たんだった。
 霊夢に外泊連絡するのを忘れていたが、私が時々人里や知人の家に泊まる事はあの子も知っている。数日無断外泊したところで心配するような性格でもない。
 早苗の姿が見えないが多分朝食の用意でもしているのだろう。ご相伴に預ってから帰ろうと考えぼんやり座布団に座って待つ。耳を澄せば外から河童の工場が稼動する低い音が聞こえてきた。
 ……暇だ。
 何か暇つぶしになるものは無いかと探すとテレビがあった。スイッチを入れてみるが砂嵐も映らない。まあそうだよね。電気通ってないし。
 他に何か無いか探すと諏訪子の頭の横に置かれた帽子が目に入った。帽子の目は横線になっている。これは……寝てる?
 好奇心が刺激された。長年の疑問、あの帽子は何なのか?
音を立てない様にゆっくりはって近付き、真近でじっくり観察する。
 材質は布なのか木なのかよく分からない。光沢は無かった。若干蛙臭い。よーく目を凝らすと微かに脈動している気がする。
 生きて……いる、のか?
 まさか私の衣のもとになった毛玉の様な、独立した特殊な妖怪なのだろうか?それとも諏訪子と連動している身体の一部? 一応感じられるのは諏訪子のものと同じ神力である。
 ごくりと喉が鳴った。
 帽子にそーっと手を伸ばす。緊張で指先が震えた。
 しかし帽子に手が触れる寸前、ギン! と瞳孔が開き血走った目で睨まれた。っはぁあ"!
 余りにも驚き過ぎて声も出なかった。今絶対口から魂が出かかった。喉まで来てた。
 帽子は充血した目玉をギョロギョロ動かして私を舐め回す様に見た。目玉以外はぴくりとも動いていないが一種異様な迫力がある。私は帽子が足を生やし牙をむき出して襲って来る様な錯覚に囚われた。
 冷や汗を流しながら硬直する。殺られる前に殺るか? 得体が知れない帽子でも妖力無限大なら多分消せる。しかし諏訪子の帽子を勝手にデリートするのは……
 私が迷っている内に帽子は観察し終えたらしく目を横線に戻し沈黙した。威圧感も無くなる。
 へなへなと強張っていた体の力が抜けた。
 ……諏訪子には帽子の正体は聞かないでおく事にしよう。実は帽子が本体なんだよ! とか言われたらどんな顔をすればいいのか分からない。
 あー、無駄に疲れた。
 それから空き瓶を魔法で洗浄したり空き瓶を積み上げてタワーを作ってみたりしたがなかなか早苗が来ない。ひょっとして別の部屋でまだ寝てるとか?性格からして神様ほったらかしてどこかに出かけてるなんて事は無いと思うけど。
 二柱はまだ寝ているので寝かせておく事にして、様子を見に廊下に出る。板張りの廊下はよく掃除され埃一つ落ちていない。
 ウチの神社よりきれいだなと感心していると別の部屋から物音が聞こえた。早苗は起きているらしい。
 音がした部屋の戸をノックすると、どうぞと返事があったので中に入った。
 そこは台所だった。近代的な台所で、冷蔵庫も電子レンジも電気コンロもある。弱った顔で炊飯器をいじっていた早苗は私が入ると顔を上げた。
「おはようございます。すみません、まだできて……あ、白雪様でしたか」
「おはよう。別に催促しに来た訳じゃないよ。どしたん? 故障?」
「いえ、電源が入らなくて」
「入らないよ。幻想郷には電気通って無いし」
「え?」
「え?」
 何をそんなに驚いた顔をしてるんだろう。早苗は人里にも行ったはずだが昨日の夕方に来て今まで気付かなかったのか?
「幻想郷は江戸時代でストップしてる。そもそも神社と湖を持ってきただけなんだから電話線も水道管も切れてるんじゃない?」
「……でも神奈子様はなんとかなるって言ってたもん」
 もん、じゃねーよ。ちったあ下準備してから来い。
 私はため息を吐き、とりあえず妖力を電力に変えて炊飯器に送った。ついでに妖術で疑似的なバッテリーを作り電気を貯めておく。他の電子機器にも同じ処理をしておいた。
「これで二、三日は使える」
「やっぱりなんとかなったじゃないですか」
「なんとかしたんだよ……」
 早苗は神奈子を信じきっているらしい。鼻歌を歌いながら流しの下からペットボトルのミネラルウォーターを取り出した早苗に背を向けて私は台所を出た。冷蔵庫がぬるいー! と叫び声が聞こえたが無視した。










 四人で食卓を囲みご飯とハムエッグとコーヒーというなんとも言えない朝食を終え、会話は弾幕ごっこに移った。
 弾幕合戦、弾幕決闘、弾幕ごっこは全て同じ意味である。本来妖怪と人間の平和的決闘法として広まったスペルカードルールの意義は神には理解し難かったようだが、お手軽な神遊びだと説明すると納得していた。
「なるほど悪く無い遊びねえ」
「妖精でも神に勝つってホント?」
「ほんとほんと。去年の冬氷精が秋の神を凍らせてたし」
 神の中でも短い季節しか信仰を得られない秋姉妹は弱い。
「幻想郷では神様を冷凍保存するんですか?」
「それはない」
 不思議そうな顔をした早苗の言葉はしっかり否定しておく。
 私は一連の出来事を(面白かったので)静観していたが、凍った秋姉妹は通り掛かった妹紅に解凍されていた。火加減を間違え香ばしくなっていたのは御愛嬌である。スイート(芋)
 それから三人に弾幕ごっこの詳しいルールを説明したり、携帯していた白紙のスペカを試供品として渡したり、配線や配管は河童に頼めとアドバイスしたりしている内に昼になってしまった。朝の残りものをちょっとつまみ、神奈子は天魔に会いに出かけていく。
 諏訪子は押し入れからスーファミを引っ張り出して一緒に遊ぼうと誘って来たが、早苗は弾幕ごっこがしてみたいと言った。
「私は諏訪子とゲームがいいな……霊夢でも呼ぶ?」
「誰ですか?」
「私の巫女」
「呼んで下さい!」
 早苗は目を輝かせて勢い良く答えた。さあ呼んで下さい、ほらほら早くと催促してくる。私は若干引いて諏訪子に耳打ちした。
「なんであんなに嬉しそうなの?」
「白雪が神奈子より強いって教えたら不満そうでさぁ。巫女だけでも負かしたいんじゃないの?」
「うん、それ無理」
「だよねぇ。まあ負けても良い経験になるし、呼んであげなよ」
 私は頷いて懐から通信符を出して霊夢にかけた。
「あ、霊夢? 私私。いきなりだけど今から妖怪の山の中腹の神社に来て。霊夢と戦いたいって子がいてさぁ」
「……私今からお昼なんだけど。それに妖怪の山に神社なんてあんの?」
「昨日引っ越して来た。さー早く、四十秒で支度して」
「あー、はいはい。行けばいーんでしょ。支度は四十秒で済むけど到着までは四千秒くらいかかると思うわ。妖怪の山には入った事無いからよく分かんないけど」
「OK、待ってる。柱が乱立してるから場所は見れば分かると思う」
 私は通信を切って懐にしまった。諏訪子からコントローラーを受け取ってテレビの前に陣取る。足の指でプラグをつまんで電気を流すとテレビは問題無く映った。早苗はまだかなーと呟きながら霊夢とデザインが違う御祓い棒を片手にそわそわしている。
「ふふふ……いくら強くても巫女なんて現人神の手にかかれば一捻り」
「返り討ちに百円。あ、私2P?」
「そうだよー。その舌出した黒い奴が白雪」
「諏訪子様は弾幕ごっこやらないんですか?」
「後でやるよ。白雪、そのマキシムトマトはとっちゃダメだよ。ダメージ食らったら後で引き返してとる」
「やりこんでるねー」
 私は早苗におざなりに返事をしながら敵キャラを生きたまま吸い込んで丸呑みにして腹の中で圧縮して殺し、能力を奪い取る残酷なゲームを楽しんだ。
 しかし一面の中ボスと戦っていると、早苗は遅いじゃないですかと言い出した。
「一時間ぐらいで来るよ」
「待てません。こちらから行きます。諏訪子様、朗報を期待して下さい!」
 早苗は障子をスパンと開け放ち嵐の様に出て行った。早苗風の子元気な子。余程自分の神様が負けているのが悔しいと見える。私に直接突っ掛かって来ないのは神だからか実力差が歴然だからか。
「それが彼女の最後の言葉になろうとは、この時は誰も思わなかったのである……」
「嫌なフロッグ立てないでよ」
「フロッグじゃなくてフラグね。あ、倒した」
「中ボスは倒すと吸い込めるよ」
 さてはてゲームクリアが先か早苗が泣いて帰って来るのが先か。そもそも早苗は霊夢の風貌知ってるのかね?













 グーイってスーファミで出て来たかな……
 以前東方が美少女がナイフを投げて敵を殺す残酷なゲーム?とかなんとかって批評を受けた事を思い出した。東方が残酷なら今発売されてるゲームの半数は残酷だろと思う



[15378] 本編・風神録・あらひとがみのいげん
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/22 19:39
 神の動体視力と反射神経をもってすれば初見の敵の攻撃も後出しで回避できる。今のところノーダメージ、私と諏訪子はタイムアタックに挑戦していた。雑魚敵共を蹴散らしながらどんどん進む。
「諏訪子はアクションゲーム派?」
「アクションもやるけどRPGが好きだねー。あと育成シミュレーションかな。白雪は?」
「何でもやるよ。知り合いはシューティングばっかやってるけどね」
「それってやっぱ弾幕ごっこの影響?」
「だと思うよ。輝夜なんかは――これも私の友達なんだけど、自作のシミュレーションソフト作ってるぐらいだし」
「そのドアの先二ボス」
「はいはい」
 輝夜は滅多に永遠亭の外に出してもらえないので必然的に弾幕ごっこの相手が限られる。あまりにも退屈過ぎて暇を持て余した輝夜は、しばらく前に永琳が持ち込んだパソコンで3D弾幕ごっこシミュレーションソフトのプログラミングしていた。最近起きた異変に関わった妖怪、人間を中心に弾幕を再現している。まんま東方じゃねーかと思ったが3Dだし食らいボムも無い。
 問題点としては情報量が多過ぎて起動できない所だろうか。まあ音声も着いてるししょうがないよね。ちなみに声のサンプリングは永琳が声真似で済ませてた。超似てた。
「白雪ー」
「んー?」
「早苗って幻想郷だとどれぐらいの強さ?」
「それは弾幕決闘での話だよね。何? 心配?」
「まあ神奈子の風祝だけど私の子孫でもあるし」
「そうだねぇ……ん? ちょ、そこ詳しく」
 早苗が諏訪子の子孫ってどういう事だ。諏訪子いつの間に子供作ったんだおいコラお父さんそんな話聞いてないぞ。
 コントローラーを放り出して問詰めたが、諏訪子はちょっと頬を赤らめて黙秘した。後ろから羽交い締めしてなんとか夫とは大人の姿でつきあっていたとだけ聞き出したがそれ以上は沈黙するばかり。
「言えない様な事してたの?」
「…………」
 ううむ……まあいいや。気にはなるけど昔の話だし本人が話したくないなら無理に聞き出すのはやめておこう。
 私は諏訪子を開放して質問に答える事にした。
「レベル分けするとこんな感じかな」
 手近にあった広告の裏の白紙にボールペンで簡単な表を書く。



Lv0……スペルカードを持たない妖精
Lv1……木端妖怪と一部の妖精
Lv2……大多数の小妖怪
Lv3……一部の小妖怪、中級妖怪、非常に特殊な妖精
Lv4……多くの中級妖怪、平均的な陰陽師
Lv5……一部の中級妖怪、大妖怪
Lv6……名の知れた大妖怪
EX……最上級大妖怪
計測不能……不敗伝説



「神は信仰に寄って激しく力が上下するから妖怪基準にしてみた。まあ理論上弾幕を当てさえすればレベル1でも計測不能に勝てるんだから目安でしかないんだけどね。弾幕ごっこは割とセンスが要求されるし」
 魔理沙は5、ルーミアは6、チルノは3に食い込んでいる。計測不能は今の所私と霊夢だけだ。
 興味深げに表を覗き込んでいた諏訪子が首を傾げる。
「それで白雪の見立てだと早苗は今どのあたり?」
 私は2と3の中間を指した。
「……博麗の巫女は?」
 計測不能を指す。
「うわぁ……」
 諏訪子はティラノサウルスと対峙した子兎を見た様な顔をした。
「ぼろ負けか完敗か惨敗かどれだろうね」
「どの道無残に負けるのね」












「おおさなえよ、まけてしまうとはなさけない」
 諏訪子は髪と服を焦げ付かせ、勝者の肩に担がれ帰って来た早苗を見てオーバーアクションで嘆いた。
「新種の霊夢かと思ったぜ」
 気絶した早苗を運んで来た魔理沙が肩をすくめて言う。山の神社の噂を聞き付けて野次馬根性を出し偵察に行ったのだが、麓に着いた途端に襲われたらしい。巫女の格好をしていたので新しい神社の巫女だと当たりを付けて運んで来たのだ。
 しかし霊夢と闘う前に魔理沙に負けてくるとは予想の斜め上を行ってくれる。百円儲け損ねた。
「誰さん?」
「職業魔法使いの霧雨魔理沙。人間ね。魔理沙、こっちは蛙のケロちゃんの異名を持つ洩矢諏訪子。神様ね」
「運んだ礼はマジックアイテム一つでいいぜ。神様ならそういうもんたんまり持ってんだろ」
「神器はたんまりあるけどマジックアイテムは無いなー」
「なんだつまらん」
 魔理沙はがっかりした顔をした。箒の柄で早苗の頬をつつく。早苗は小さく呻き声を上げて目を覚ました。身を起こして自分を取り囲む三人を見ると状況を把握してがっくり落ち込む。
「私がただの巫女に負けるなんて……」
「巫女と間違えられたのは始めてだな。私は魔法使い兼何でも屋だぜ」
 早苗はきょとんとして魔理沙の格好を見直した。まず帽子に目がいき、手に持った箒に視線が移る。はっと何かに気付いた顔をして目を輝かせた。
「変な格好の巫女だと思ったらそのいかにもな風貌……魔女っ子ですか!?」
「魔女っ子……まあ間違って無いな」
「変身してみて下さい!」
「無理だ」
「そんなぁ……」
 ばっさり切られて早苗はまた落ち込んだ。浮き沈み激しいな。
「ねぇ、貴方早苗を倒したんでしょ?」
「ああ、楽勝だったぜ」
 落ち込む早苗の隣では諏訪子が魔理沙の服を引っ張っている。
「ふーん? そこそこ強いみたいだね。それなら早苗としたように私とも弾幕祭りをする必要がある」
「こっちにその気は無いぜ。新しい神社の秘密も少し分かったしな。じゃ、わたしゃこのへんで」
「おっと、逃がすもんか!」
 諏訪子は箒に乗って逃げて行く魔理沙を追って飛んで行った。
 弾幕ごっこはしてみたいけれど神奈子とは喧嘩し飽きた。早苗とは少々実力差がある。私とやるのは無謀。ならば早苗を倒した魔法使いなら丁度良い、そういう思考が諏訪子の中で働いたと見た。放置していたせいでテレビ画面がゲームオーバーを映していたからかも知れないけど。
 一方早苗は諏訪子が居なくなった事にも気付かずぶつぶつ言っている。
「変身しない魔女っ子なんて……でも魔女がいるなら……白雪様、幻想郷に宇宙人とかいたりします?」
「いる、かな」
 私は永遠亭の住人達を思い浮かべた。月に住んでいたのだから宇宙人だろう。
「キャトルミューティレーションを起こしたり人をアブダクトしたりは」
「しない」
 早苗はアニメや特撮の世界が幻想郷とイコールで結ばれるとでも思っているのだろうか? それからも幾つか聞かれたが私が早苗の先入観を潰す度にがっかりしている。
 ……ちょっと面白い。
「妖怪の中に吸血鬼はいるよ。十字架は効かないけど日の光とか流れる水には弱い」
「西洋の妖怪もいるんですね。やっぱりWRYYYY! とか言っちゃうんでしょうか」
「んにゃ、吸血鬼はがおーと鳴く」
「なんと!」
「死神もいるよ」
「死神ですか! 黒い着物で刀もってたり?」
「服は黒くない。でも大鎌は持ってる。本気出すと禍々しく変形するってもっぱらの噂」
「ひえぇ」
 早苗は恐れおののいた。ふふふ、無垢な子に微妙に曲解した知識を植え付けるのは楽しい。













 月人は地上人と喉の構造が違うため皆声帯模写が上手いという裏設定。白雪は永琳の本名を発音できるが肝心の名前を覚えていない。



[15378] 本編・風神録・行列のできる信仰相談所
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/23 10:39
 早苗にあることないこと吹き込んでいると遠くから霊夢の気配が近付いて来るのを感じた。
 早苗に鬼巫女襲来を伝え戦うか聞くとちょっと迷ってから首を横に振る。そりゃそうだ。魔理沙にも負けたのに霊夢に勝てる道理は無い。
 私は玄関から表へ出てオンバシラの上に飛び乗った。そして哨戒天狗の首根っこを掴んでぶら下げて飛んでくる霊夢に手を振る。霊夢は私に気付いて寄って来た。
「それで? 誰を退治すれば良いの?」
 道案内に捕まえたらしい白狼天狗を離し、霊夢はイライラした様子で言った。私は言葉に詰まる。
 やばい。呼び出しておいてごめんやっぱいいやなんて言えない。昼食をとっていない霊夢は不機嫌そうだ。ふふ、呼んでみただけ♪とか言ったら絶対殴られる。
 目を逸すと白狼天狗が盾と剣を抱えてよろよろ去って行くのが見えた。私も逃げたい。
 不審そうに私の言葉を待つ霊夢に内心焦りに焦りながら平静を取り繕い何を言おうか迷っていると、白狼天狗と入れ違いに神奈子が帰ってくるのが見えた。
 し め た!
「神奈子ー!」
「ぅぐ!」
 一直線に神奈子に飛び付く。勢いを付けすぎて二メートルほど吹っ飛ばしてしまい、慌てて助け起こす。
「体当たりされるような事した覚えは無いわよ?」
「ごめん不可抗力。それで急な話で悪いんだけどさぁ、今そこにウチの巫女が来ててね」
 肩越しに親指を向けて霊夢を指す。
「守矢家の皆さんと戦いを所望していてですね」
「はあ? 巫女なら巫女同士早苗が戦うべきでしょう」
「いや、早苗はさっき負けて来たばかりで」
「諏訪子は? こういう遊び好きじゃない?」
「早苗を負かした奴を追っかけてどこか行ってる」
「……なんか怪しいわね。嘘は言って無い、しかし真実も言ってない。そんな匂いがするわ」
 神奈子は疑り深く私の顔をジロジロ見ていたが、演技力を上げた私からは何も読み取れはしない。
「諏訪子も早苗も弾幕ごっこやったんだし神奈子もやってみたら?」
「ふむ……まあそうね」
 害になるような裏は無いと見たのか神奈子は頷いた。こちらの様子を伺って空中待機していた霊夢の方に飛んで行く。
 思わずほっと息を吐いた。結果オーライ。神奈子の弾幕ごっこ演習のためと考えれば霊夢を呼び出したのも無駄ではない。
 いかんなー、もう少し先の事を考えて行動しないと。深く考えず動いて後で帳尻を合わせるのは私の悪い癖だ。
 何やら二言三言問答をして弾幕を展開した二人を眺めながら考える。三つ子の魂までもと言うけれど、それは意識が芽生えてからのカウントなのか妖怪になってからのカウントなのか。どちらにしろ昔過ぎて記憶力を操らないとよく思い出せない。私に人間の性質はまだ残っているのだろうか? 自分ではよく分からない。残っていなくても困りはしないが無くなったら少し寂しい。
 ……あ、神奈子落ちた。十秒保たなかったな。











 神奈子は霊夢に秒殺され、何が起きたのか分からないという顔をして部屋の隅で呆然としていた。霊夢は卓袱台でチャーハンを掻き込みながら早苗に私が教えた嘘知識をもごもご訂正している。早苗は真実を知る度に非難がましい視線を私に送っていた。ごめんねー。
 そして一人だけ魔理沙と十戦し六勝四負の戦績を上げて来た諏訪子は私と信仰の相談をしていた。自失した神奈子を横目で見てはニヤニヤしている。魔理沙は捨て台詞を残して魔法の森に帰ったらしい。
「本当は私は裏方担当で表の信仰集めは神奈子担当なんだけどね。今は神奈子使い物にならないから」
「ああしてると威厳無いよねぇ。てか守矢対博麗で博麗圧勝だけどいいの?」
「戦力的意味で? 実際に闘って博麗に負けたの神奈子だけじゃん。早苗が負けたのは魔理沙だし私は魔理沙にも負けてないし。そもそも白雪の神社とは敵対する気無いんだから守矢と博麗どっちが強いかなんてどうでもいーよ」
「まぁ確かに弾幕強けりゃ良い神様って訳でも無いから、別に戦力として守矢が麗に劣ってても信仰は集まるかな」
「そもそも白雪に勝てる奴がどこにいるってのさ。弾幕初心者が白雪と白雪の巫女に勝つとか無理無理。変な事言いなさんな」
 守矢の神は博麗の神より強い(凄い)って噂が立てば信仰も集まり易いと思ったんだけどね。わざと負けるのはフェアじゃないし、負けても何百年と続いた博麗信仰がそう簡単に守矢に移るか分からない。
「するとあれかな。強い神様アピールが駄目なら便利な神様で押してく?」
「便利な神様って表現なんかやだなー。いいように人間に使われてるみたい」
「それは言葉の綾。生活補助型って言い換えても良い。戦神のポジションは悪いけどほとんど私が占有してるから……神奈子と諏訪子は天地を操れるんだったかな」
「そう。神奈子が天、私が地ね。大地を動かしたり台風を呼んだりは無理だけど……雨降らせたり風吹かせたり作物を腐らせたり水害を抑えたり、昔はそういう事やってた。白雪も見てたでしょ」
「ふむ……」
「白雪の御利益は?」
「うん? ああ、交通安全(注意力)とか合格祈願(学習力)とか疫病鎮圧(免疫力)とか恋愛成就(恋愛力)とか。他にも色々やってる」
「なにそれ万能じゃん……」
「んにゃ、安産とか金運とか厄除けは受け付けてないから万能ではない」
 御祓いぐらいはするが本格的な厄祓いは雛の領分だ。厄祓いというか祓われて飛散した厄が再び誰かに憑かない様に集めてるらしいんだけど。
 諏訪子は難しい顔をして帽子に指を入れくるくる回す。
「安産、金運、厄除けかー……できるっちゃあできる、かな」
 通常信仰によって神が本来持つ神徳が増大し、それが御利益になる。本来持つ神徳というものは要は自身の性質であり、大雑把に能力と同じと考えれば良い。従って私の御利益は「力」関係である。
 対してスワカナの能力は「坤を創造する程度の能力」と「乾を創造する程度の能力」。
 諏訪子は生誕、農作、軍事などの祟り神であるミシャグジを統括していており、当然それらの適性がある。また八卦における坤つまり地を操る事が出来る事から大地の恵みも守備範囲。
 神奈子は乾、つまり天を操る事が出来、風雨や天候を動かす。幻想郷は一次産業主体だから頼もしい。
 少なくとも農耕分野については私より二人の方が適性が高いだろう。
 加えて天地創造という言葉があるように天と地の神性があれば割と何でもできる、らしい。もっとも農耕分野以外では神格と神力の量の問題で御利益はそれなりと言った所。
「博麗と守矢で欠点を補い合って信仰補完計画始動」
「使徒に注意しなきゃね。こわやこわや……えーと、それじゃ今まで通り神奈子を表に出して」
「いや、ここは幻想郷だし一から再出発するなら二柱両方表に立ったら? それで信仰対象が混乱する事は無いはず。厄神も浄化の神とセットになってるしさ」
「そうなの?」
 諏訪子は帽子を回す手を止めて首を傾げた。帽子の目玉は目を回している。
「厄神――雛だけだと厄を溜める事しかできないから」
「なるほど」
「あと立地条件を活かして妖怪からも信仰を集めるってのは?」
「妖怪が神社に、というのはちょっと……それに妖怪が集まると人間が来なくなるんじゃない?」
「幻想郷の住民はおおらかな気性だから大丈夫。博麗神社に悪魔を居候させても信仰に変動は無かったし」
「白雪なにやってんの……」
 そんな調子で途中復活した神奈子も加えて今後の方針について相談した。
 幻想郷に神多しと言えど神社は二社のみ。仲良くしていきたい。既に仲良いけどね。











 おかしい……秋姉妹と厄神を出す予定だったのにいつの間にか話が終わっている……
 厄神については独自解釈です。延々と厄を貯め続けるだけってのは考え難い。



[15378] 本編・風神録・信仰は儚き人間のために
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/27 22:04
 第一回博麗守矢会議の結果、互いの神社に分社を置き合う事になった。分霊を宿す器には守矢神社がしこたま溜め込んでいた神器を使う。過去に大勢力を誇った栄華の名残か曰く有り気な矛やら銅鏡やら勾玉やら、私の器を許容できる神器も数点あった。
 宝物殿に整然と並べられた数々の神器から青銅の占い板を譲り受け、天魔と神奈子の和解を嗅ぎ付けて取材に来た文に頼み人里の――奉仕期限が切れているため萃香ではない――腕の良い大工に依頼を出しておく。依頼も出せて厄介払いもできて一石二鳥だ。
 そして夜になる。私も霊夢も帰らず、今日は泊まって明日の朝帰る事にした。早苗の料理は結構美味いから楽しみである。
 霊夢は一度溶けて固まった形跡のあるアイスを囓りながら扇風機であ"あ"あ"あ"をやっていた。私も横に行って一緒にあ"あ"あ"あ"。扇風機の首振りに合わせて体を斜めにしながらあ"あ"あ"あ"。
「二人が扇風機の魔力にやられた……八月の終わりに片付けとけばよかったよ」
「諏訪子、この扇風機絶対チャームかかってる」
「白雪に効くチャームとか無いわ。扇風機ハーレムじゃん」
 夏場は愚民共を跪かせて臣下を睥睨する扇風機様です。パネェ。でも冬は要らない子。
「ばーさん飯はまだかいのう」
「千年前に食べたばかりじゃない」
 ネタを振ると座布団に胡座をかいて座り胸の鏡を磨いていた神奈子がいつぞやの紫より酷い答えを返してきた。つーかなんで皆辛辣な返事をするの? ばーさんって呼ばれるから?
「にしてもちょっと早苗遅いね。電気はまだ保ってると思うけど……一応見て来る」
「いってらー」
 諏訪子の見送りを受けて台所へ向かう。廊下に出て、漂う芋の香りを嗅いで不吉な予感が。まさか……
 そっと台所の戸を開けると巫女服の上かエプロンを着た早苗が豊穣の神を頭から大鍋に突っ込んで火にかけていた。足が鍋の外にはみ出し、赤と黒のスカートが捲れて下着が見えている。全く嬉しくないサービスシーンだ。なにやってんのこの子。
「あ、すみません。まだできてません。芋がなかなか煮えなくて」
「うん、それは見れば分か……分からないなぁ。何やってんのホントに」
 早苗はおたまで穣子を押し込みながら不思議そうに首を傾げる。
「何って……煮っ転がしを作ろうと思ったら芋を切らしていたので、訪ねて来た芋を捕獲しました」
「……芋って自分から訪ねてくるもんだったかな……」
「幻想郷で常識に囚われたら駄目だと学びました。神様は嘘吐くし巫女は巫女っぽく無いです。脇出してますし。私もですけど。あと今朝天狗が当たり前の顔で朝刊をポストに入れてました。常識に囚われていたら精神が崩壊しますよ。幻想郷なら人型の芋がチャイム鳴らしてもいいじゃないですか」
 穣子……芋の香水なんてつけるから……無茶しやがって。
「既に崩壊の予調が見えるね。大丈夫?」
「失敬な。学校の先生にはいつも真面目で順応性の高い生徒という評価を頂いたんですよ。見事幻想郷で生き抜いてみせます」
「それ真面目の前にクソがついてたんだよきっと」
 霊夢の修正でも間違った感覚が治りきらなかったようだ。順応性が高い=染まり易い、とも言える。このズレた早苗と会話するのはちょっと楽しかったが、穣子がホックリ茹であがるのは忍びなかったので、今煮てる奴神様だぜと教える。
 目を凝らして稔子を注視し、神力に気付いてなん……だと、と驚愕する早苗。大慌てで鍋をひっくり返して穣子を救出した。飛び散った熱湯は私が魔法で操り流しに流しておく。
「か、かかか神様を食べようだなんて、笑止千万、ふ、不届き千ば……うふぅ……」
「申し訳ありません。幻想郷固有種の動く芋かと思いました」
 煮られてクラクラしている穣子に早苗は失礼な謝り方をした。土下座してるし神妙な顔してるし本心で謝ってるんだろうけど台詞が駄目だ。
 回復力やら何やらを上げて穣子を復活させ、水を飲ませる。
「白雪? ……助かったわ」
「穣子、時々喰われかけてるけどその香水付けるの止めたら? 神が捕食されて死んだとか冗談じゃないよ」
「香水を止めるなんてそれこそ冗談じゃないわ……ああ、そこの現人神は顔上げていいわよ。もう怒ってないから」
 早苗はほっとした様子で顔を上げた。
 茹でられておいて罰も無く許すとは穣子は心が広い。私だったら茹で返している所だ。
 うーむ……食べられ慣れているのかも知れない。秋姉妹は戦闘向きの神じゃないから下手すると小妖怪にすら負けるんだよね。
 穣子は新しく出来た神社に偵察に来たらしい。信仰の種類が被っていれば一言言ってやろうと思っていたようだ。
「それならなんで昨日来なかったの?」
「……天狗に追い返されたのよ」
 ……どんまい。
 幸い昼過ぎに天狗の警戒体制が解除されたため来られる様になったそうだ。様子を伺っていた神は他にも居たがやはり追い返されていたらしい。天狗の警戒網をぶち破って(黙認されてはいたのだが)その日の内に守矢神社にたどり着いたのは私だけだ。
 果たして穣子の言葉通り神奈子諏訪子の所へ案内する短い間にチャイムが連続で鳴り出し、ぞろぞろ神がやって来た。穣子の姉の静葉も居れば雛も居て、貧乏神に滝の神に浄化の神に浄火の神にと……煮た様な、もとい似た様な神が詰め掛けた。
 まさか八百万の神が全員来てるんじゃあるまいな。守矢神社は博麗神社より格段に広いけどとても入らないぞ。
 その後私の不安が的中したのか守矢神社には幻想郷の五分の一近くの神が押し寄せ、晩ご飯を食べる余裕も隙間も無く神様博覧会の様相を呈した。神様が幻想入りするだけなら珍しくも無いが、神社と湖ごと――それも大規模な――となると話は変わってくる。ましてや天狗の縄張りのド真中である。話題性も問題性も大きい。
 先に幻想郷で恐らく最も信仰を得ている神である私と取り決めを終えていたのが功を奏したのか話し合いは比較的スムーズに進んでいたが、玄関から神社の境内まで列を作っている八百万神を見るにとても今日中に終わる気はしない。
 私と霊夢は先に退散する事にした。他の神との交渉取り決めも神奈子なら上手くやるだろう。









 余談だがこの数日後に早苗が普段は普通だけど思い出した様に奇行に走る様になったと二柱から苦情が入った。
 そんな事言われてもね……
 確かに私が色々吹き込んだせいでもあるけど、染まり易い早苗の事だから遅かれ早かれだっただろう。口が軽く話に尾ひれ胸びれ尻びれをつける天狗に影響されるよりは余程マシだろうさ。
 そう言うと二柱も一応納得していた。幻想郷では変な所がない方が変だという言葉も効いたのかも知れない。



[15378] 日常編・チルノのパーフェクト弾幕教室
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/07/30 12:28
「東方Project第12.8弾妖精大戦争 ~東方三月精」公開記念。チルノが主人で進みます
真面目注意










 チルノは普段霧の湖で眠る。全身を周囲の水ごと凍らせ、氷塊となって水面を漂うのである。そうしなければならない理由は無くどこかに居を構えても良かったのだが、こちらの方がなんとなく気楽だった。
 ある朝早くチルノが目覚めると、厚い雲に覆われた白い空からちらちらと粉雪が舞っていた。初雪だ。思わず口許がほころぶ。今日は良い日になりそうだった。
 自分を包む氷を割って抜け出し、欠伸を一つして湖の端へ向かって飛ぶ。
 湖のほとりでは大妖精がどんぐりを広い集めていた。チルノは大妖精の隣に降り立つ。
「おはよう」
「あ、おはようチルノちゃん。一緒に集めよ?」
「ん。どっちが多く集められるか競争ね」
 大妖精はにっこりと笑った。
 大妖精が拾っていたどんぐりを半分分けてもらい、勝負開始。動物達が冬の蓄えに粗方食べるか隠すかしてしまうのであまり見つからなかった。
 チルノは氷で小さなバケツを作り、大妖精は前掛けをたくしあげてそこにどんぐりを集めた。
 何か目的があるわけでも無い。ただ拾い集めるだけだが充分に楽しかった。チルノも強かろうが賢かろうが妖精には違い無いのである。
 チルノは十数年来の友人と共にしばしどんぐり集めに興じた。
 小一時間二人で夢中になり、バケツが一杯になりどんぐりも見つからなくなったので終了となった。
「いーち」
「にーい」
「さーん」
 運動会の玉入れでそうするように、声を揃えて集めたどんぐりを一つずつ湖に投げ込んでいく。
「ひゃくさーん」
「ひゃくよーん……私もうないよ」
「ひやくごー、ひゃくろく! ……あたいの勝ちね!」
 二個差でチルノの勝ちだった。負けた大妖精は悔しがる訳でもなく手を叩いて凄い凄いとチルノを褒めた。
 大妖精はチルノの補佐的立場についていたが勝負に手は抜かない。二人は何事にも――遊びも弾幕も常に真剣だった。だから勝てばいつでも嬉しい。
 空は変わらず雲に覆われていたが、日が昇りいくらか明るくなっていた。妖精二人はどちらからともなく顔を見合わせ、頷いて飛び立つ。空の向こうにまだ見ぬ強者を求め、勝ちも負けも己の糧にするために。
 二人が去った後湖に投げ込まれたどんぐりはしばらくぷかぷかと湖面を漂っていたが、やがて水中から顔を出した魚に飲み込まれて消えた。









 霧の湖から今日は北へ、妖怪の山へ向かう。霧の湖の妖怪妖精では最早チルノの相手は務まらなかった。霧の湖でチルノは既に最強だ。
 勿論それは弾幕決闘に限った話であり、殺し合いとなれば一妖精に過ぎないチルノは中妖怪にも瞬殺される。偶然霧の湖に住む中、大妖怪が揃って肉弾派であり、弾幕決闘を好む者は小妖怪か妖精だけであった、それだけの話。
 チルノに慢心は無い。自分が種族として弱い妖精である事を自覚し、妖力や霊力ではなく創意工夫により大きく勝敗が左右される弾幕決闘が唯一の幻想郷最強への道だと理解していた。
 幾度の敗北にも挫けず、学習し考え決して諦めない不屈の精神こそが自分の最大の武器だとチルノは思っている。
 しかし、と後ろを飛ぶ大妖精に気付かれない様に小さくため息を吐いた。
 自分は異様な妖精だ。
 普通の妖精は寺子屋へ行かない。
 普通の妖精は悪戯を我慢しない。
 普通の妖精は大妖怪に挑まない。
 普通の妖精は戦術を分析しない。
 仲間の妖精は妖精としてあるまじきチルノを排除しようとはしなかった。それどころか時々知恵を借りに来る。森で採れた蜂蜜を分けてくれたりもする。
 その仲間の普通の態度が、気楽さが、チルノには辛い。知恵をつけてしまったばかりに妖精本来の軽さ気楽さが薄れ、人間の様に要らない事で苦悩してしまう。チルノの悩みは仲間に相談した所で分かってはもらえない。精神構造が違うから。
 仕方無い事だと思っていた。妖精なのに妖魔がひしめく幻想郷で最強を目指す自分がおかしいのだと。自分は一人なのだと。
 だから、自分の様に高い知性を持つ大妖精に会った時、チルノは心底安堵した。
 ああ、同じ妖精にも理解者はいたのだ。
 自分の話に、遠大な野望について来てくれる大妖精の存在はチルノの大きな心の支えだった。彼女が居なければ自分の異質性に思い悩み苦しみ、もしかすれば努力を放棄し何も考えない少し強いだけの妖精となっていたかも知れない。それも今となっては分からず、また考える必要の無い事だった。
「チルノちゃん、あれ」
 大妖精の声で物思いから覚める。眼下を見下ろすと湿地帯に作られた石の小道で長いウサミミが揺れていた。
 あれは永遠亭の化け兎だ。二、三年前に博麗神社で行われた模擬戦で会った事がある。
 あの時なんのかんので最後まで生き残った彼女とは一戦交えたいと常々思っていたが、今まで会う機会が無かった。チルノは頭の中から必要な情報を呼び出す。
「永遠亭の兎ね。名前は鈴仙・優曇華院・イナバ。狂気を操る程度の能力」
「……幻惑タイプ?」
「だと思うわ」
 喋りながら下に降りる。鈴仙は身の丈の倍はあるギチギチのリュックサックを背負ってのをびり歩いていた。重くは無いのか不思議だ。
「あ、丁度良い所に。大ガマの池ってこの方向で合ってるわよね?」
「合ってるわ。仕事中?」
「そう。薬の配達」
 鈴仙の横を飛びながら会話をする。鈴仙は頷き、リュックを背負い直した。
「あたいと弾幕勝負しない? あんたが勝ったら運ぶの手伝ってあげる」
「自分で運ぶから遠慮しとくわ。ちょっと重いけど」
 ちょっとで済むのか。
 鈴仙の華奢な生足を観察すると筋肉がしなやかに引き締まっているのが見てとれた。あまりにもバランスがとれ過ぎていてどことなく人工臭い。薬物でも使ったのだろうか?
 さっさと歩を進める鈴仙の横を飛びながら思案したが、穏便に弾幕決闘に持ち込む手立てが思い付かない。振り返ると大妖精も首を横に振った。
 普段なら無理矢理喧嘩を吹っ掛けるのも視野に入れる所だが、大ガマの池には友人のガマ蛙が居る。強引に闘って薬の配達に支障が出たら彼に申し訳が立たない。
 チルノは鈴仙と今闘う事は諦め、別の相手を探す事にした。









 対戦相手が見つからないまま妖怪の山の麓に着いてしまった。妖怪の山に踏み込めば妖怪も神様もわんさといるが、チルノの実力では入山する前に哨戒天狗に問答無用で斬り捨てられるのがオチだ。一度試してみて懲りていた。
 妖怪の山と平地の境界線をぐるりと飛んでいると二柱の神を見つけた。
 博麗の神と、もう一柱は特徴的な帽子の守矢の神。
 なぜか両生類の神様は片手剣と盾を持ち、白髪の神様はランスを担いでいた。服装もどういう訳か軽鎧である。
 チルノは首を傾げた。この二柱に武器防具など必要無いだろうに。
 ……まあ博麗の神がおかしな行動をとるのはさして珍しくも無い。友人を誘って外の世界のコスプレとやらでもしているのか。
「なにやってんの」
 二柱に近付いて声をかけた。這いつくばって地面の土を掘り返していた彼女達は顔を上げずに答えを返す。
「リアルモンハンごっこ。……採集クエストだけど」
「本当は冬眠したいんだけどさぁ、引っ越したから寝床無くなってるの忘れてて」
「んで、ここの土はどう?」
「んん……もう少し粘土質の方がいいなー」
「下まで掘ってみようか」
 寝床の材料を集めているらしい。巣穴を掘る兎の様に土を掻き出していく二柱。私達は眼中に無いらしい。
 こちらは二人、向こうも二人、弾幕決闘にはちょうど良いけれど博麗とは以前戦った事がある。再戦には時期尚早……
「大ちゃん、守矢の方と戦う?」
「うん。私もそう思ってた。守矢なら幻想郷に来て間もないし、勝ち目があるかも」
 大妖精も同じ考えだった。冬眠中の蛙を掘出してしまい謝りながら穴を埋めている守矢の神に決闘を申し込む。
「洩矢諏訪子! あたい達と決闘よ!」
「……んー? 弾幕決闘?」
「当たり前じゃないの」
「いいよー。二対一でもなんでもどんと来な!」
 守矢の神はあっさり承諾した。服の土を払って片手剣を博麗にパスする姿からは蛙と弾幕好きの匂いがする。強者独特の気配にぞくぞくした。
「でも普通にやったら勝てないからハンデ寄越しなさい」
 博麗がやっぱりか、とか呟いているが無視する。いくら幻想郷新参でも神は神。それもかなり長生きをしているらしい経験豊富な神。
 チルノはボコられたいのではない。勝負をしたいのだ。
 要求された守矢はケロケロ笑って快諾した。守矢はスペルカード一枚、チルノと大妖精はスペルカード三枚、と取り決めを交わし、空に舞い上がる。
 そして博麗の合図で決闘は火蓋を切った。









 が、数秒で負けた。
 博麗が何か入れ知恵したらしく、距離をとって氷柱で狙撃するチルノを無視して瞬間移動で撹乱をかける大妖精に高密度広範囲弾幕をばらまかれたのだ。
 一定範囲内で驚異的な回避率を誇る大妖精のテレポートも、種が割れていればテレポート可能範囲を弾幕で埋められて簡単に負ける。
 通常、高密度弾幕を使われたら距離をとって密度が薄くなった所で回避するのが定石。しかし基本スペックで小妖怪にも劣る大妖精はスピードが足りず距離を取る前に被弾してしまうのだ。
 弾幕決闘において前もってパターンを見切られていたというのは致命的だ。ハンデがあったとは言え負けるべくして負けた勝負だった。
 ピチュって霧散した大妖精は博麗の能力で即復活させてもらい、今はチルノの横を疲れた様子で飛んでいる。
 二人は二柱と分かれて新たな敵を探していた。空からの粉雪はいつの間にかみぞれになっていた。
 それからしばらく妖怪の山を一周したが良い相手が見つからず、今日は帰ろうかと思った時、黒っぽいもやを纏ってくるくる回る神様を見つけた。
「厄神?」
「鍵山雛。厄をため込む程度の能力」
「うーん……ちょっと近付くのは危なくないかな? 私にも分かるぐらい厄いよ」
 大妖精は困った顔をした。あの厄を見てみると確かに近付き難い。
「最終的には誰が相手でも勝たないといけないんだから、厄いからって逃げられないわ。我が覇道に逃走の二文字無し!」
「チルノちゃん格好良い!」
 しかし挑む。戦略的撤退と弱腰逃げ腰には明確な差がある。ここは逃げずに勝負をするべきだとチルノは判断した。トルコ行進曲を口ずさみながら厄神に突撃する。
「そこの厄神、あたい達と勝負よ!」
「え、何?」
「あんたに弾幕決闘を申し込むわ!」
「はぁ……あなた妖精よね?」
 厄神はくるくる回りながらチルノを観察するという器用な真似をした。じろじろ眺め回し、チルノの返事を待たずに勝手に納得して頷く。
「それならまあいいわ。人間ならとにかく妖精はちょっとぐらい厄に当てられても死んで復活すれば元通りだし。私も厄のせいで誰も近付いて来なくて退屈してたの。そうね、スペル三枚で……そっちは二人?」
 チルノは肯定しようとしたが、大妖精に服を引っ張られた。
「ごめんチルノちゃん……今日はもう妖力がほとんど空で戦えないの」
「そっか。無理しないで大ちゃんは応援してて……こっちは一人よ」
 大妖精が離れていくのを見ながらチルノはスペルカードを確認した。今回ハンデは要求しない。神力を見る限り地力は小妖怪の上か中妖怪の下ほど。弾幕の才能にもよるが作戦次第で勝てる相手と見た。
「私も神の端くれ、舐めない事ね!」
「それはこっちの台詞よ、妖精だからって侮ると氷漬けよ!」









 厄神との弾幕戦は拮抗していた。
 厄神は弾幕経験が浅いが実力で勝り、チルノは弾幕経験で勝るが実力で劣る。
 チルノは敵弾を最小限の動きでかわしながら計算した。
 季節と天候により冷気が増した事による自弾の速度・威力上昇、妖力消費軽減。厄神の通常弾での神力消費速度。弾幕の種類の使い分け、回避行動の熟練度。しかし厄神の厄による自身への悪影響は未知数。
 諸々の要素を考慮してチルノは最も勝率が高い手順を脳内で構築した。
 まずは回避のみから攻撃の割合を増やす。急に密度を増した弾幕に応じ、予想通り厄神はスペルカードを使った。




疵痕「壊されたお守り」




 展開された弾幕をチルノは冷静に避ける。目の前の弾幕を避けるだけではなく広い視点で全体を俯瞰し、数種の弾幕パターンで構築されたスペルを見破った。パターンが分かればこちらのもの、数と速度のある弾幕でも安定して避けられる。薄紅色の弾幕を受け流す様に避け、チルノもスペル宣言をした。ここでは持続時間よりも密度と速度に重点を置いたスペルを選択する。





凍符「パーフェクトフリーズ」




 冬の冷気の力を借り、いつもよりも密度が高い。相手に直進し一度止まってランダムに動き出す弾幕を厄神は必死に気合い避けしていた。
 やがて弾幕が収まり、視界が晴れた所でチルノはもう一枚スペルカードを出して掲げた。
 それを見た厄神は連続であんな激しいスペルをまた使われてはかなわないと慌てて次のスペルを宣言する。



悲運「大鐘婆の火」



 厄神がスペルカードを使ったのを確認し、チルノは掲げた自分のカードをしまい回避に専念した。
 スペル連続使用のハッタリをかけ、相手に警戒させてスペルを使わせる。スペルカードは使い切ったら敗北なのだ。
 ここで厄神のスペルに対しスペルで反撃しなかった事により、チルノはスペルカード一枚分のアドバンテージを得る。
 チルノは厄神のスペルを継続時間終了までかわしきり、不敵な笑みを浮かべた。反して厄神は焦りの表情を浮かべる。厄神はもう通常弾幕か次のスペルで仕留めるしかない。しかしチルノはまだ二枚のスペルを残しており、攻撃より回避の割合を多くしていたため妖力にも余裕がある。
 後が無い、という状況は厄神に確実にプレッシャーを与えていた。
ここぞとばかりに攻勢に転じ、雨霰と弾幕を打ち込む。厄神も撃ち返して来たが精彩を欠いた弾幕から焦りが透けて見える。
 計画通り、とチルノは薄く笑い、仕上げに背中の羽に手を当てた。
 チルノの背中の羽は冷気と妖力が多く込められている。殊更に暑い夏の日などはこれに込めた冷気を消費して涼をとる事もある。弾幕にもなるスグレものだ。
 三対六本の氷柱状の羽の内、チルノは四本を切り離し研ぎ澄ませて撃ち出した。六発しか使えないとっておきの弾幕だ。小妖怪の下の者なら一発で確実に命中させられる程度の速度と威力が籠っている。
 それをチルノは敵の動きの制限に使った。チェンジ・オブ・ペース、今までの弾幕より数段速さを増した氷柱が動揺を誘う。
 わざと狙いをずらし時間差で撃った四本の氷柱で避ける方向を限定し、そこに特大のアイスランスを打ち込む。チルノはこの戦法を成り立たせるためにアイスランスの高速生成を三年かけて完成させていた。
「これで――」
 妖精にあるまじき精密な妖力操作と冷気操作、更には降りしきるみぞれさえも利用して瞬時に三メートルほどもあるランスを創り出した。それを同じく瞬間構築したカタパルトに乗せて射出する。
「――終わりよ!」
「チルノちゃん上!」
 しかし発射直後に大妖精が悲鳴に近い叫び声を上げた。
 上? 何が? 厄神が反撃弾でも使った?
 チルノはいぶかしみつつも上を見上げ、自分に向か一直線に落ちて来るそれが紅の槍であると認識した直後――




ピチュン、と軽い音を立て、槍に貫かれ霧散した。












「あ、起きた。チルノちゃん大丈夫?」
「う……ん? 何がどうなったのよ」
 目を覚ますと心配そうに自分の顔を覗き込む大妖精が居た。状況が掴めないチルノに大妖精が丁寧に説明する。
 チルノと厄神は弾幕を撃ち合う内に徐々に霧の湖に近付いていた。それだけなら何という事も無かったのだがその日は紅魔館の吸血鬼姉妹が上空で弾幕ごっこをしており……つまりは彼女達の流れ弾(槍)に当たってしまったのだ。不運と言う他無い。狙い澄した様にチルノに命中したのは厄の影響か。
 妖精の耐久力で流れ弾と言えど吸血鬼の弾幕に耐えられるはずも無く、呆気なく飛散して今は被弾の二日後とのこと。
「妹の方……フランドールさんが謝ってたわ。勝負の邪魔してごめんなさいって」
「謝った? 妖精に? 吸血鬼はもっと傲慢なものだと思ってた」
「姉の方はそんな感じだったよ」
 同じ種族でも性格は違うらしい。
 まあ……それはそれとして場外からの事故死により引き分け。どうせなら勝ちたかったけれど仕方無い。この事故死が厄神の厄によって誘発されたものならチルノの負けと言えなくもない、か。
 それなら。
 場外からの流れ弾もかわせる様に更に強く。更に速く、注意深く。
「今度は負けない――修行よ修行!」
 チルノは過去にこだわらず、未知の可能性が広がる未来に目を向けて拳を天高く突き上げた。










 チルノはどこまでも進む。ゆっくりと、しかし確実に、親友と共に最強を目指して。



[15378] 日常編・愛されいむ
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/02 09:43
 外の世界では季節の変わり目には変な人が出ると言う。変質者は揃いも揃って季節の移ろいに敏感なのだろうか?
 外の世界では季節の変わり目には風邪を引きやすいと言う。幻想郷でも言う。多分外国でも言う。
 さて、冬から春へと移る三月、人里では悪質な風邪が大流行していた。少し熱が出たりくしゃみが出たりするぐらいなら私の分社にお参りするなり民間療法なり置き薬(永琳製)で楽に治るのだが、厄介な事にこの風邪、初期症状が軽い。
 なんとなーく怠いかなー、という軽い倦怠感が初期症状で、熱も咳も無い故に身体が丈夫な幻想郷っ子は仕事疲れか俺も歳かと適当な理由で納得してしまう。そして突然高熱を出し倒れるのである。
 感染力も強いらしく風邪は瞬く間に人里全体へ広がり、子供からじーさんばーさんまでそれはもうばったばった倒れた。文が風邪流行の記事に純然たる事実のみを記し、いたずらに不安を煽らない様にしたほどだと言えば深刻さは分かるだろうか。
 各家庭に置かれている置き薬はどれもこれも超万能薬という訳では無く、普通の薬より効き目は高いが瞬間完治はさせられない。数日かけて無理無く治す類の物である。私の分社の御利益も症状の進んだ重い風邪を見る間に治すほど強力ではない。ある程度の風邪は仕方の無い事だった。
 しかし結果として体力の低い子供も老人も死んだり後遺症を残したりする事は無く緩やかに風邪は収束していった。何百年か前にペストが流行った時も死者はほぼゼロだった人里だ。病魔対策はきっちりしている。
 私も病原菌の感染力を下げたり、病人を一人一人訪問するのは面倒なので人里の生物の免疫力を一括して上げたりして手助けをし、四月の終わりには人里の最後の患者の完治が確認された。
 一ヵ月近く西へ東へてんてこ舞いだった鈴仙と慧音は安堵の息を吐いていた。









 ……で、人里でカタがついたと思ったら霊夢が風邪を引いた。
 布団に潜り込んでげほげほやっている霊夢の額にデコピンを喰らわせる。
「阿呆。あれだけ風邪に気をつけなって言ったのに薄い布団で寝るわ風呂出てから遅くまで起きてるわ」
「うるさいわね……」
 この風邪の症状は霊夢も知っていたはずなのに、今まで一度も風邪を引いた事の無い霊夢は私は大丈夫と高を括っていたらしい。なんか体が怠いなあと思いつつも無理をしていたら悪化して倒れたのだ。馬鹿かお前。
 才能の塊に手足が生えて動いているような霊夢は、昔から何事も努力せずなんとかしてしまえたばかりに今回風邪対策もしなかった。そのせいで感染、発症。自業自得である。
「白雪、免疫力なり回復力なり操ってよ……」
「断る。治るまでたっぷりうなされて反省する事だね」
 霊夢は文句を言おうとして咳き込み、鼻をすすって顔をしかめた。
「意地の悪い……けほ……あー……風邪ってキツいわね……熱出てるはずなのになんか寒いし」
「手でも握ってあげようか?」
「いらない」
 霊夢は不機嫌そうにもそもそ布団の外に出た手を引っ込めようとしたが、霊夢の横にぱっくり開いたスキマから伸びた手にがっしり捕獲された。ひぅ、と小さく声を上げる。
「霊夢、風邪ですって?」
 いつもより三割増しでうさん臭い笑みを浮かべた紫がぬるりと現れた。霊夢はあからさまに嫌そうな顔をする。余計な世話を焼こうとするな、引っ込んでろ、とでも言いたげだ。
「余計な事しないで引っ込んでてよ……今はあんたの相手したくないわ」
 そしてそれを口に出してしまうのが霊夢だ。この巫女、誰が相手でも清々しいまでに遠慮をしない。
 霊夢は軽く咳き込んで額に乗せた氷嚢の位置を治した。紫に掴まれた手をくいくい引っ張り、離れないと見るや逆の手で紫の手の甲を抓った。
「……デレないわね」
 やっぱり離さないで、みたいなシチュエーションを期待していたらしい紫は不満そうに手を離す。霊夢は目を閉じて反応を返さない。眠りに入ったらしい。流石ツン100%と評判の巫女だ、風邪で弱っていても全くデレない。
「お腹は空いて無いかしら? 卵粥でも作りましょうか?」
 紫が不気味なほど優しく聞いたが、霊夢は無言で布団から指を出し、私を指差してすぐに引っ込める。
 紫が目で問い掛けて来たので肩をすくめた。霊夢の食事は私に頼まれている。
「こんな美少女の看病を断るだなんて」
「美少女(笑)」
 よよよ、と泣き真似をする紫にちゃかしてみたがぴくりと肩を揺らすだけで何もして来なかった。
 紫は本当に霊夢を気に入ってるよね。藍が風邪引いても放置するくせに霊夢が風邪引くとこれだ。藍憐れ。
 永琳製の風邪薬は在庫が切れているので霊夢は普通の薬湯やら薬酒やらを飲んでいる。それでも霊夢なら二日もあれば治るだろう。









 昼前、私が盆に卵粥とお湯で割った焼酎乗せて運んでいると、霊夢が寝ている部屋からガヤガヤ話し声が聞こえて来た。なんだ。
 両手が塞がっていたので足で襖を開ける。すると霊夢が見舞客に包囲されていた。
「春ですよー!」
「聞いたよ聞いた、風邪引いたんだって? 巫女でも風邪引くんだねぇ! あっはっは!」
「春ですよー!」
「お前臥せってても仏頂面だな……笑えとは言わんが」
「Springtime has come!」
「霊夢、これはお嬢様からの果物よ」
「春ですよー!」
「病気で死にそうだって聞いたんですけど大丈夫ですか?」
 鬼と魔法使いとメイドと現人神がわいわいやっていた。一匹見舞客じゃないっぽいのが紛れ込んでいるがそれは置いておくとして、見舞客が病人の横でわいわいやっていたら不味いんじゃあなかろうか。
 私が盆を持って行くと用は済んだとばかりに咲夜はこちらに会釈して縁側から飛び去って行ったが、他の面子は賑やかに話している。
 霊夢の溶けて水袋になった氷嚢を魔理沙は宙に指で魔法陣を書いて再氷結させていた。
「魔理沙、腕上げたね」
「お? 白雪か。こんぐらいチョロいぜ」
 私が卵粥を霊夢の枕元に置きながら言うと魔理沙は胸を張ってひくひく鼻を動かした。照れているらしい。
 魔理沙ももう十八歳か……早いもんだ。ちょっと前まで赤ん坊だったと思ったらもう大人になってる。魔法少女と言うよりは魔女という言葉が似合う風貌になって来た。金髪に金色の魔力、悪い魔女ではなく気紛れに祝福を与える感じの魔女だ。
 そういえば霧雨の親父さん、男が産まれたら魔理沙ではなく魔理雄と命名する予定だっな……一歩間違えば今頃配管工になっていたかも知れない。
 有り得なくも無さそうなIf世界を考えていると早苗と魔理沙は突然足元に開いたスキマに落ちて行った。きゃあとかわあとか聞こえる。
「魔理沙っ! そこであの悲鳴!」
「どの悲鳴だ!」
 魔理沙はドップラー効果を残して落ちて行った。あの悲鳴っつったらマンマミーヤだろ常識的に考えて。駄目な奴だな。
「は、春ですよー……」
 スキマの縁に掴まってもがいている春告精は一応助けておいた。
 邪魔者を排除した紫は蓮華に卵粥をすくい、吹いて冷まして手ずから霊夢に食べさせている。霊夢に恥ずかしがる様子は無い。顔が赤いのは単に熱のせいだろう。霊夢マジぶれない。
「あいつら何しに来たの……」
「見舞いじゃない?」
「霊夢、もう一杯食べられるかしら?」
「もういらないわ。見舞いって騒ぐだけ騒いで帰っただけじゃない……萃香と早苗なんてほんとに何もしてないし……」
「春だからね」
「そうね、春なら仕方無いわね……」
「春ですよー!」
 春という単語に反応して元気良く踊り始めた春告精は霊夢の氷嚢に触れるとヒャア! と悲鳴を上げて開きっぱなしの縁側から逃げて行った。またどこかに春を告げに行くのだろう。
 春を宣言して去って行った春告精は毎年あんな感じである。幻想郷では春の季語にもなっているほどだ。ハルツゲセイって長いからあんまり使われないけど。
 私は俳句や詩のセンスが皆無だと昔師匠に宣告されていたが、空の向こうに飛んで行く春告精を見てつい一句詠みたくなった。




病人の
隣で踊る
春告精(字余り)




「そのまんまね」
「白雪、あんたもう黙ってた方がいいわよ……」
 不評だった。



[15378] 本編・悲壮天
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/09 08:47
タイトルは誤字に非ず












 霊夢の風邪も無事に治りそこはかとなく夏になった。今年も例年通り俺の時代だとばかりに自己主張をする太陽が晴天の空に輝いていたのだが、ここ数日どうにも妙な天気が続いていた。
 涼みに行こうと白玉楼に遊びに行くと雪が降って夏なのに暖をとるはめになり、魔理沙と会うと急に霧が出る。
 神社に居る時は快晴で、一人で散飛に出ると雲も無いのにちらちらと小雪が舞う。
 異常気象が始まって数日、私はこれが地震の前兆だと気が付いた。
 緋想天だ。
 天人が緋想の剣で幻想郷の住民の気質を雲に変えてうんたらかんたら、地震を起こして博麗神社倒壊、どうのこうので神社再建するも天人が神社を別荘にしようとしている事が発覚して再び倒壊、あとはもにょもにょして萃香あたりが再再建、とかなんとかそんな感じの流れだったと思う。
 あやふやな記憶だったがここで注目すべき重要なキーワードは「神社倒壊」である。繰り返そう。「神社倒壊」である。
 ふざけんな。なにしてくれるんじゃワレコラ。私の神社だぜ? 由緒正しい幻想郷と外界の境界を司る神社だぜ? 異変を起こして騒ぎたいからってそんな理由で壊すなよ。
 まぁ局地的大地震で倒壊の危険があると分かっていて放置するほど私は馬鹿ではないから、以前焼失した際にガッツリ耐久力やら何やらを上げて建て直している訳だけども。ちょっとやそっとの地震ではビクともしないだろうさ。いや、ちょっとやそっとじゃない規模でも大丈夫。
 確か神社を壊す目的は霊夢を確実に異変解決に出動させるためだったか? マゾいよなあ。
 Mっ気でもあるのかね。それともゲームで一周目から難易度HARDにするタイプ? 壁は高い方が燃える! みたいな。どうでもいいか。
 とりあえずはいくら強烈な地震を起こしても倒れる気配の無い神社に愕然とするがいいさ。









 天人の計画破綻を想像してうひひと笑った更に数日後、やはり地震は起こった。
 私は守矢神社の縁側で諏訪子と並んでスイカの種を遠くに飛ばす競争をしていた。分社のおかげで移動が一瞬で済むため守矢神社には良くお邪魔する。
「タネマシンガン!」
「ホウセンカショット!」
 弾丸の様に口に含んだ種を飛ばす。メートルでは無くキロメートル単位で空の向こうに飛んで行っていた。天気は私の気質を反映した風花。良く晴れた空にちらちらと粉雪が舞っている。
「うん?」
 弾丸補給にスイカに囓りついていると懐の通信符が夕焼け子焼けを流し出した。この着メロは霊夢だ。私はスイカを緑の部分だけ残して綺麗に食べ、皮を盆に置いてから通信符を取り出し耳に当てる。
「もしもし?」
「白雪? 今起きた地震なんか変じゃ無かった?」
「……いや、こっちは地震なんて起きてないけど」
 通信符の向こうで襖を開ける音がした。
「怪しいわね。デカい地震が二分ぐらい続いたからすわ異変かと思ったんだけど。地震が起きたのはここだけなのかしら……や、それはそれで変ね」
 ははーん。緋想天、発動か。やっぱりと言うかなんと言うか。
「神社の被害は?」
「箪笥が倒れて食器が落ちて割れたくらいね。外はここから見える範囲だと……境内に小さい地割れが出来てる。鳥居は無事」
 ああ、神社は強化したけど他は特に対策とらなかったからなぁ。仕方無い。神社が無事なら神社の地下の結界管理式も無事だろう。やってて良かった神社強化。
 あと天子ざまあ。私の神社を別荘にはさせない。
「どしたん?」
「博麗神社で局地的大地震が起きたっぽい」
 首を傾げて尋ねてきた諏訪子に簡潔に説明し、霊夢に指示を出す。
「ここ最近の変な天気もそうだし、多分異変だと思うけど単なる自然現象って可能性も無い事無いから霊夢はひとまず被害範囲の確認。原因を探るってか確認するのは私が――ぬわ!?」
 説明の途中で突然地面が揺れた。激しい揺れに縁側から落とされ、諏訪子と二人で地面をコロコロ転がる。
「あわわわわ!」
「すわわわわ!」
 しかしいつまでも大人しく地面の揺れに翻弄される事は無いので空に飛んで安定を得た。そして二人で空中から下を見下ろして呆然とした。
 地響きと共に守矢神社が激しく揺さぶられ、崩れ落ちていく。瓦が宙を舞い、障子が飛び、倒れた柱に賽銭箱が押し潰される。境内に乱立したオンバシラも折り重なって倒れて行った。荘厳な構えの神社は見る間に威厳を失う。
「白雪っ! 見てる場合じゃない!」
「え? ああ!」
 諏訪子の叫びで我に帰り、神社の崩壊を止めにかかった。神力を放出し、神社全体を包み込みこれ以上崩れるのを防ぐ。生憎既にほぼ全壊状態だったがやらないよりマシだ。諏訪子が拳に神力を込め、降下する勢いに乗せて地面に叩き付けると揺れは収まった。
「応急処置はOK! 神奈子は下敷きになったぐらいじゃくたばらないから先に早苗助けるよ!」
 諏訪子は言うや瓦礫の山を掻き分け始めた。私も下に降りて発掘を手伝う。折れた柱を後ろに放り投げながら混乱した頭で考えた。
 守矢神社、倒壊。明らかに博麗神社の地震と無関係では無いだろう。どういう事だ? 博麗神社を倒せなかった腹いせに守矢神社を狙ったのか? それとも最初から二社共狙うつもりだった?
 ……分からない。分からないがこれが不良天人の仕業であるという事はほぼ確実だ。
「早苗っ!」
 考えている間に諏訪子が早苗を掘り出した。頭にでかいこぶを作り目を回している。奇跡の力が働いたのか現人神の頑丈さか、死んではいない。ほっと息をつく。
 私は早苗を介抱する諏訪子を横目に握りっぱなしだった通信符を耳に当てた。
「霊夢、えーと……」
「通信入りっぱなしだったから大体事情は分かったわ。守矢にも地震が来たのね?」
「ああうん。そう。異変確定」
「神社を狙ったテロかしら……まあなんでもいいわ。細かい理由は犯人を叩きのめしてから聞けばいい話だし。犯人の心当たりある? あるわよね?」
「なんで決め付けるの?……あるけどさ」
 空を見上げると緋色の雲が集まっている。いつからか山の上には地震雲の代わりに緋色の雲が漂っていた。さっきより薄くなってる気がするが超怪しい。あからさまに怪しい。隠す気も無い様だ。
「やっこさん妖怪の山の上に居るみたいだね。逃げも隠れもしないからかかって来いやぁ! だってさ」
「良い度胸じゃない。頭は悪いけど」
 通信符の霊源がプツンと切れた。はい、怒りの鬼巫女霊夢入りましたー。
 私が十字を切っているとほとんど全壊した神社の一角が突然吹き飛んだ。瓦礫の下から神奈子が這い出て来る。埃と木屑まみれになっていたが怪我をした様子は無い。私達に目を止めると頭を掻きながら歩み寄って来る。
「やーれやれ、まさか幻想郷赴任二年目にして神社が倒壊するとは……耐震補強でもしておくべきだったわね」
「神奈子ー、これ神社を狙った人為的な地震らしいよー」
 諏訪子の言葉に神奈子は埃を払う手をぴたりと止めた。うなされている早苗を見て、諏訪子を見て、私を見る。
「神社を狙った地震?」
 神奈子が無表情に低い声で言った。どうなんだ、と目線で問い掛けられたので少し迷ってから頷く。博麗だけでなく守矢まで狙われた理由ははっきりしないが、神社が狙われたのは確かだ。
 神奈子はもごもご自分の名を呼ぶ早苗の頭を慈愛に満ちた仕草で優しく撫でた。
「とんだ命知らずがいたものね……白雪、これは異変ね?」
「異変だね」
「異変の解決は誰が行なっても良い、そうね?」
「そうだね」
 神奈子は一旦息を吸い込んでから山全体に響き渡る怒声を上げた。
「血祭りだぁ!」
 般若の気迫に当てられて野次馬に集まり始めていた天狗が逃げていく。大声に飛び起きた早苗に殴り込みだー! と楽しそうに説明している諏訪子に祟神の本質を見た。やべえ、オーバーキルの予感。
「あ、じゃあ私は留守番してるよ」
「何を言ってるの? 白雪も来るのよ。神社壊されて黙ってるなんて神失格よ」
 辞退しようとしたが失敗した。
 まあ……うん。私も天子に良い印象は無いんだけどね、会った事無いのに半端な事前情報を持ってるからか微妙な気分だ。博麗神社倒壊未遂→計画破綻ざまあ→霊夢を出動させる→軽くボコってたしなめる、みたいな流れを想定してたのに大事になりそうで困惑中。なんでか守矢にまで手を出した天子の自業自得と言えなくもないけど……
 ちらりと目をやれば喜々として鋭い刃のついた鉄輪を磨く諏訪子に、溢れる怒気を抑え込み破裂寸前の爆弾の様な気配を出している神奈子が見える。早苗は倒れた柱の下敷きになった御祓い棒を引っ張り出そうとしていた。
 ……これは私と霊夢が出る幕も無く天子死ぬんじゃね。加害者に可哀相なんて気持ちを抱くとは思わなかったわ。









 霊夢の到着を待ち、妖怪の山を軽く壊滅できそうな戦力で上空の雲の中に突入する。緋色の雲は濃霧の様に視界を遮ったが上へ昇るだけなので問題は無い。緋色の雲を抜け雷雲に入ると龍宮の使いがウロチョロしていた。私達を見つけて近付いて来たが、神奈子の顔を見るなり血相を変えて逃げ出そうとする。
「逃がすか!」
「わぶ!?」
 神奈子がぶん投げた怒りのオンバシラを背中に受け、龍宮の使いは墜落して行った。それを諏訪子が拾いに行き、神奈子の前に連行する。後ろからはがいじめにされ首筋に鉄輪の刃を当てられた龍宮の使いは困惑三割諦観二割恐怖五割の表情で震えていた。散歩していたら突然虎の口に咥えられた兎の顔だ。
「あんた、名前は?」
「……永江衣玖です。あなた方の目的は知りませんが害意はありません。あと地震が起こります」
 衣玖はこんな状況でも落ち着きを取り戻した。職務に忠実でもある。
 神奈子はイライラと指で胸の鏡を叩いた。
「地震ならもう起きたわ。手遅れよ」
「そうですか? ならもう一度起こります」
「三度も?」
「え?」
 三度、と聞くと衣玖は困惑顔になった。
「……地震は二度起きたのですか?」
「そう言っているでしょう。で、あんたが黒幕?」
「いいえ、違います。私に地震を起こす力はありません。……ふむ、言われてみれば確かに緋色の雲の濃度が薄くなっている……」
 考え込んだ衣玖を前に私達は顔を見合わせた。この龍宮の使いは犯人では無さそうだが、何らかの情報は持っているように見受けられる。
「ごめん、こっちの勘違いだったみたい。詳しく話を聞かせてくれない?」
 諏訪子は素直に謝って拘束を解いた。
 情報を交換して事実確認を行なった所、一度目の地震は比那名居の天人が「大地を操る程度の能力」で起こしたものであり、二度目の地震は緋色の雲を消費して起こしたものである事が分かった。衣玖は比那名居の方でこんな事をするのは総領娘様――天子だけだと語る。
「その要石ってやつを刺せば地震は鎮められる訳ね」
「そうです。でも比那名居の方はやりませんよ」
「抑え込んだっていつかは爆発するのだから分からなくも無いけど、神社に被害を集中させるのは頂けないわね。私達に恨みでもあるのかしら」
「それは分かりませんが総領娘様は口癖の様に退屈だ、退屈だ、下界の異変は楽しそうだとおっしゃっていました」
「…………」
「…………」
「…………」
 もりやのいかりのボルテージがあがっていく!
 博麗神社はそれほど守矢神社に比べて被害を受けていない。霊夢と私は通常の異変解決のテンションだったが、守矢組からは何か黒いオーラが出ていた。折角幻想郷生活が軌道に乗って来た所で神社を破壊されたのだ、無理も無い。
 神力で建物自体は建て直せるが、霊的要素までは修復できない。オンバシラで作った神域は作り直し。紫のスキマ対策に厳重に張り巡らせた結界も張り直し。
 幾度も河童と相談し、天狗と交渉し、何ヵ月もかけて整えた快適な環境を面白半分に壊された彼女達の怒りは計り知れない。
「これからしばらくは地震の心配は無いのね?」
「守矢神社に集中してかなり発散されたので……後二十年ほどは安泰でしょう」
「なるほどあい分かった。それでその馬鹿天人はどこに居る?」
「この真上に。私も総領娘様には少々手を焼いていまして……灸を据えて頂けますか」
「当然」
「……殺さないで下さいね?」
「それは保証しかねるわ」








 オンバシラを釘バッドの様に肩に担いで上へ上へと飛んで行く神奈子。鉄輪を肩にかけてドラクエ3の戦闘曲を吹いている諏訪子。二柱の後ろを頭のこぶを気にしながら黙々と着いていく早苗。そして私と霊夢は少し守矢組から距離を離して着いて行っていた。
「霊夢、あんまり乗り気じゃなさそうだね?」
 珍しく異変だと言うのに霊夢のテンションが上がりきっていなかった。心なしか帰りたそうにすら見える。
「連中が張り切ってるからよ。私の出番が来ない気がするわ」
「異変の解決は巫女の役目とか言って無かった?」
「早苗も巫女みたいなもんじゃないの。それに私達よりも守矢の方が頭にきてると思うのよね」
「霊夢が他人に獲物を譲る……だと?」
「私だっていつまでも分別無く敵に特攻したりしないわよ。道理はわきまえるわ」
 霊夢はそう言って肩をすくめてみせた。霊夢ももう十八歳、仕草に大人の余裕が滲み出ている。
 単に齢を重ねて落ち着いたのか、はたまた風邪で紫に看病されている間に何か思う所があったのか。どちらにせよ異変時に理不尽に暴れ無くなったのは良い傾向だ。
 霊夢の頭をよしよしと撫でようとしてかわされ、照れなくて良いよと言えば無表情無言で返される。あー、やっぱあんまり変わって無かった。霊夢は急には変われない。
 やがて厚い雲を抜け、雲海の上に出た。何故か着地できる雲の上に降り、周囲に目を凝らす。桃付き帽子を被ったあん畜生はすぐに見つかった。衣玖から特徴を聞いているので見間違いは無い。
 神奈子はあちらは不意打ちで地震を起こしたのだからこちらも口上を述べてやる必要は無いと主張し、退屈そうに雲の上をうろついていた天子に接近するなり掛け合いもせず即戦闘に入った。
 いきなり弾幕やらオンバシラやら御札やらを雨霰と放って来た三人に天子は驚いていたが、異変ごっこがしたかった、というのは嘘ではないらしく心底楽しそうに応戦する。たちまち天界に弾幕の嵐が吹き荒れた。
「それなりに使えるみたいだけど、いつまで保つかしらねぇ」
「なんなら賭ける?」
 私と霊夢は巻き込まれない様に距離をとってのんびり観戦していた。天子は大口叩くだけあって(叩いてないけど)善戦している。防戦一方だが。
「白雪は何分保つと思う?」
「んー……三分?」
「じゃ、私は二分五十九秒」
「せこ!」
 馬鹿話をしている内に戦局は傾いていく。
 怒り心頭の守矢組は全員非殺傷設定を切って攻撃していた。
 異変解決では弾幕決闘が推奨されるが強制ではない。そもそも今回は霊夢や早苗が神社の下敷きになって死んでいた可能性もあったのだ。これも因果応報と言うかなんと言うか。
 手加減抜きの苛烈な攻めを受け、天子の顔に怯えの色が走る。勝負はビビらせたら勝ちだ、と言ったのははて誰だったか。
 大上段にオンバシラを振りかぶる神奈子の覇気に一瞬圧され、半歩足を下げたせいで天子は諏訪子の鉄輪を捌き損なった。一筋、肩に傷が出来る。
 そこからはもう一方的だった。
 首をざっくり逝ったり心臓を抉ったりはしなかったものの、一思いに息の根を止めて上げた方がいいんじゃなかろうかという散々なボコりっぷりだった。殴るわ蹴るわ潰すわ捻るわ斬るわ焼くわ。もうやめて!天子のライフはもう0よ!
 リンチから目を逸して横を見ると霊夢が淡々と秒数をカウントしていた。こっちもこっちで恐ろしい。
「ごめん! 白雪の分残しとくの忘れてた!」
 やがて思う存分なぶって満足したらしく、良い汗かとばかりに笑っている諏訪子は最早誰というか「何」なのか分からなくなっている天子を持って来て私の前に転がした。霊夢が小さくうわぁ、と声を漏らす。
「二分三十二秒……コレ生きてるのよね?」
「一応微弱な生命力は感じる」
 グロ的意味でR18になった天子は虫の息……いや虫でももうすこし大きく息をすると思えるほど弱い息をしていた。ボロ雑巾の方がまだ綺麗だろう。正直生きているのが驚きだ。
 諏訪子と神奈子の信仰があんまり回復してなくて良かったね……全盛期の力でリンチにされたら絶対に死んでた。
「白雪、殺んないの?」
「字がおかしい」
 素敵な笑顔で首を傾げる諏訪子。モンハンの通信プレイで痺れ罠に嵌めた飛竜のとどめを私に譲った時と同じ笑顔だった。
 流石は祟神だ、これぐらい涼しい顔でできなければミシャグジの統括なんてやっていられなかっただろう。
「私達はいいよ。もう二度と異変を起こそうなんて気にならないだろうし。これだけやられて反省しない奴なんて居ないよ」
「そう? 白雪は優しいねぇ」
 私は本気で言っているらしい諏訪子にどう反応していいものか悩んだが、とりあえず本当に死んでしまう前に天子の治療に取り掛かった。









 後日聞いた話によると天子は博麗神社が壊れなかった八つ当たりに守矢神社を狙ったらしい。救えねぇ……
 あと異変後天子の我儘は鳴りを潜め人が変わった様に真面目になったが、代わりに家から一歩も出なくなったそうだ。これはめでたし、でいいのか?



[15378] 日常編・プロジェクトD~減量者達~
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/11 07:03
 幻想郷にはリアルメイドが存在する。見えそうで見えないミニスカを履き、メイド服のそこかしこナイフを隠し持つ見た目二十歳の銀髪美人さんである。広い館の隅々までを一人で清掃し、主の添い寝から買い出し料理戦闘までそつなくこなす瀟洒な完璧超人だ。
 ついでに言えば独身。その名も十六夜咲夜。
 咲夜は基本スペックが高い人間だが普通にやっていては膨大な仕事は到底こなせないため、時を止めて仕事をしている。休憩も時間を止めてする。以前聞いた所によると一日三十時間ぐらい働いているらしい。ハードってレベルじゃない。
 フランが私の元に来てからは二十五時間程度に一度減り、フランの帰還で二十七時間になり、フランが連れて来たルーミアの従者教育が加わり現在三十三時間。
 咲夜は犬だもんね。こき使われるのは仕方無い。本人も今の職場満足してるみたいだし。
 そしてここからが本題。
 一日三十三時間も働いていれば三食では足りない訳で、仕事の合間にちょっとした間食をとる。パフェ作ってみたりドーナツ食べたりクレープ食べたり。甘い物ばっかだけどそこはまあ女だから仕方無い。
 今までは摂取した糖分は仕事でせかせか動いて消費していたが、ルーミアが来てから従者教育に時間を取られる様になったものの手分けして仕事をするようになったので実質的な仕事時間は減った。ところが勤務時間は長くなったので腹は空く様になり間食は増え……
 つまりあれだ。
「太ったんだね」
「無駄な脂肪がついただけよ」
 ズバリ言うと咲夜は無表情で答えた。
 紅魔館の大図書館。紅茶カップを片手にパチュリーと賢者の石の純度を上げる魔法理論の構築について話していると咲夜が相談に来た。メイド服で誤魔化されているのかも知れないが、腰回りは言うほど太く見えない。とすると……
「胸を見ないで」
「あ、ごめん。その中には脂肪じゃなくて夢が詰まってるんだったね。と言うかそもそもなんで私に聞くの?他に居るでしょ、知識人が目の前に」
「いえ、パチュリー様に尋ねたら、」
「痩せ方より太り方を知りたいわ」
「……とおっしゃったので」
 パチュリーは羊皮紙を片手に指で羽根ペンを弄びながら言った。病弱で食が細いパチュリーは体も細い。魔法使いは捨食と捨虫の魔法が完成した時点で原則体型が固定されるから、ふとましいパチュリーを見る日は来ないだろう。
「なら永琳の痩せ薬とか」
「一日一粒で見る見る痩せるっていう、あの?」
「そう。……改めて聞くと怪しいキャッチコピーだよね。効果は本来にあるらしいけど」
「それなら売り切れてたわ」
「あ、そう」
 買いに行きはしたのか。
 永琳は花の異変で薬の材料はわんさと溜め込んだはずだけど、慈善事業じゃないから余計な薬はあまり作らない。風邪薬や傷薬だけ売っていれば充分収入は確保できるのである。幻想郷に薬屋は一件だけだから競争相手を警戒する必要も無い。
「じゃ、普通に運動すりゃいいんじゃないの?食事減らすとリバウンド怖いし」
「仕事以外の運動すると甘い物が食べたくなるから、無限ループになりそうなのよ」
 面倒臭っ!
「我儘だな……ああそうだ。イチジク、人参、サンマの尻尾、ゴリラの肋骨、菜っ葉、葉っぱ、腐った豆腐を煮込んで食べれば痩せるらしいよ」
「本当に?」
「いや嘘」
 冗談のつもりで言ったのに信じられかけたので否定した。裏切られた!という顔をする咲夜になんとも言えない気分になる。このメイド、普段パーフェクトなくせにたまに惚けた反応をするから困る。
 実際下痢で痩せるかも知れないけど下痢メイドとか無いわ。瀟洒の気配が欠片もしない。サル目ヒト科ヒト属メイド、兼犬。常に完璧な体型を保つのも咲夜の宿命……なのか?
 ううむ。マレフィに聞くのもパチュリーと同じ理由で無駄だろうなぁ。この前、前を横切った小悪魔を突き飛ばして歩こうとして逆に突き飛ばされ尻餅をついていた。貧弱だ。
 マレフィ、パチュリー、永琳×。私も痩せさせる能力は無い。残る便利な奴と言えば……紫か? いや、無いな。ゆかりん、私痩せたいの!なんて咲夜は言えないだろう。仮に頼んでも紫の事だ、からかうだけからかって結局何もしない気がする。
 そもそも幻想郷の住民で太ってる奴なんて見た記憶が無い。基本的に妖の類は太らないから……あ、そうだ。
「早苗に相談してみたら? 外の世界の無理の無いダイエット法色々知ってると思うよ」
 年頃の娘さんだし。
「早苗?」
「新しい神社の風祝の名前」
 咲夜はふむ、と頬に手を当てて思案し、音も無くその場から消失した。大図書館は途端に静かになる。パチュリーが羽根ペンを走らせる音だけが聞こえていた。
 言葉からして咲夜はあんまり太ったって知られたくないみたいだけど、ダイエット法を尋ねる時点で贅肉つきましたと喧伝するようなものだという事を分かっているのだろうか?
「レミィはね、」
 咲夜は何を考えいるんだろうと考えているとパチュリーがぽつりと言った。
「咲夜をメイドにする時、『常に完璧であれ、瀟洒であれ、忠実であれ。さもなくば消え失せろ』と言ったのよ。咲夜はそれを気にしているのね」
「太ってるメイドは完璧じゃないから?」
「そう」
 なるほど。紅魔館を追い出される、と怯えている訳か。しかし言われ観察しても太ってるかどうか分からない程度の肉付きまで気にするか?
「……レミリアはそれ本気で言ったの? 咲夜を手放す光景が想像できないんだけど。いないと紅魔館回らなくなるし」
「昔の話よ。本人も言った事忘れてるんじゃない?」
「レミリアはもう手放す気無いのに咲夜はずっと覚えてて気にしてるのか。少しぐらい肩の力抜いても大丈夫だって教えてあげたら?」
「嫌よ。放置した方が面白いじゃない。白雪、月光に当てる周期は長くした方が良いかしら?」
「面白いってお前……いや、確かに面白いな、うん。月光に当ててる間は作業が滞るから、それをするよりも他の工程に力を入れた方が――」










 数時間パチュリーと額を突き合わせていたが、昼頃お暇した。今日は白玉楼にお呼ばれしている。入手経路は知らないが新鮮な鯛が手に入ったらしい。
 相変わらず無駄に長い階段を上り白玉楼に着いた。門を潜り砂利道を歩いて勝手に屋敷に向かう。妖夢の出迎えは無かった。料理中か?
 玄関でおじゃまします、と一応声を放ってから草鞋を脱ぎ、ひんやりとした廊下を渡って居間の障子を開ける。
 中では幽々子が座布団を枕にして仰向けにくうくう寝ていた。腹はぐうぐう鳴っている。傍らに置かれた盆には空の湯飲みと菓子の包み紙が乗っていた。
 ……ふむ。
 腕をとって脈を見る。冷えきった手首は全く脈動しない。着物を押し上げている胸はしかし上下せず、静止している。瞼をそっと開け、手で光を遮ってみたが瞳孔は拡大したままだった。
「綺麗な顔してるだろ。死んでるんだぜ、これ……」
「うらめしやー」
幽々子は私の手を退けてむくっと起き上がった。
「ぎゃあ甦った!」
「わざとらしく驚かないの。いらっしゃい、白雪。でもごめんなさい。あなたの分は無いかも知れないわ」
 幽々子のお腹がキュウと鳴る。自分から呼んでおいてそれは無いわ。
「私の分も少しは残してよ。最近鮮魚食べて無いんだからさ」
「……そういえば白雪って美味しそうな名前してるわよね。白餡と雪見大福でしょう?」
「ちょっ」
 妖夢早く! 私食べられそう!
 幽々子は優雅な仕草で扇子を広げて口許を隠したが、隠す寸前に涎が出ているのを見てしまい何とも言えない気分になる。幽々子は食べるために生きてると言うか食べるために死んでるよね。亡霊なのに喰うわ喰うわ、死んでから健啖になるってどうなの。
「世の中にはほんの少しの体重を気にして甘い物の誘惑と葛藤する奴もいるのにさ。ほんと幽々子は遠慮容赦無く食べるよねぇ」
「死ぬと太らなくなるのよ」
「知ってる。でも体重のために死ぬ奴は居ないよ」
 ダイエットの必要があるってのも生きた人間である証拠なのかね。頑張れ咲夜。



[15378] 本編・地霊殿・霊知の太陽信仰
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/14 07:38
 外の世界から幻想入りする神のほとんどは力のほぼ全てを失っている。幻と実体の境界が「勢力の弱まった幻想を引き寄せる」という機能を持っている以上それは必然だ。神奈子達の様に能動的に結界を超え、それなりの力を保ってやって来る例は珍しい。
 かつて日本全土に渡り一大勢力を誇った諏訪子でさえ幻想入りする事になったのだから、それなりに名の知れた神でも幻想入りからは逃れられず……
 今日、弱り切った八咫烏が神奈子に発見・保護された。
 日本神話にも登場する太陽の化身の幻想入りに外の世界の信仰はかくも低くなったのかと悲しくなる。太陽の化身なのだから太陽の構造が科学的に解明されるにつれて神秘性を失い弱まった、とかそういう事だろうか。
 その辺りの細かい事情ははっきりしないが、事実八咫烏はこうして艶を失った羽を弱々しく動かし、枯れ枝の様に力の無い三本足をだらりと本堂の床に投げ出している。ゆっくりと僅かに上下する羽毛に覆われた胸には幾つもの傷跡が見えた。
私は八咫爺さんの治療の為に守矢神社に来ていた。
 地震の後河童の手により再建された神社は、見た目は普通だが無駄なギミックがそこかしこにつけられたカラクリ神社になっていた。玄関がオートロックになっていたのにはビビったがそれはひとまず置いておく。今は目の前で浅い呼吸をしている烏の話。
 八咫烏とは昔馴染みらしい神奈子に何とか回復させられないかと頼み込まれたが、いくら私でも性質の違う神力は補給できない。他三種の力とは異なる神力補給は紫の助けを借りても無理だろう。
 それに八咫烏は今から信仰の回復に奔走した所でどうにもならないほど弱っている。保って後一日、良くて二日。
 私が首を横に振り、事実上の死亡宣告をされた八咫烏は静かに頷き、しわがれた老人の声で言った。
「八坂の。ぬしには最後まで迷惑をかけたが……老いぼれジジイの頼み、もう一度だけ聞いちゃあくれんか」
「……言ってみな」
「うむ。ぬしは怒るかも知れんがな、儂は神として人間を導くのはもう疲れた。奴等儂の神徳も科学にすり替えよるようになりおった。祟ろうと夢枕に立とうと事故やら明晰夢やらで片付けおる。もう沢山だ。最後は眷属の――烏の一部となって散りたく思う。それもどうせなら化け烏が良い」
「それは、」
 つまり妖怪を助けて死にたいと言っているのだ。信仰は人間のためにと信じるが故にためらう神奈子に八咫烏が言葉を重ねる。
「後生だ八坂の。儂は最早神霊となるだけの力も残しておらん。永き生の果てにただ消滅するのは淋しいのだ。聞き届けておくれ」
「…………」
 神奈子は眉に皺を寄せ迷っていた。神奈子の中の神はこうあるべきという像と知己の願いが食い違っている。
 意見を求める様に目線を向けて来た神奈子に諏訪子は軽い調子でいいんじゃないかな、と答えた。諏訪子は神奈子よりも気楽に生きているから質問した時点で否定しない事は分かっていただろう。神奈子はそうだと思ったという顔をし、八咫烏の深く赤い瞳をしっかり見て頷いた。
 八咫烏はほうと息を吐き、控えていた諏訪子と私に声をかける。
「洩矢、恩に着る。博麗、治療の試み感謝する。……八坂は良い奴だ。二柱共良くしてやってくれ」
「まー悪くはしないかな」
「言われなくても」
 私達の言葉を聞き、人間に疲れ切った古い神は安堵するように静かに目を閉じた。











 さて、三柱で社務所の居間に集まり、八咫爺が御所望の化け烏を見繕う。
「化け烏って言うと……烏天狗が最初に思い浮かぶよね」
「却下」
「無い」
 私の第一案はコンマ数個で二柱に却下された。
 まあ私も言ってみただけだから。文が神の力を手に入れるとかねぇよ。口が軽く性格も軽い烏天狗に力を付けさせたらろくでもない事に活用するに決まってる。
「じゃあ烏天狗は除いて。妖怪の山に烏妖怪って他にいる?」
「私は聞いた事無いわねえ」
「白雪が知らないなら居ないんじゃない?天狗に聞けばはっきり分かると思うけど」
「尋ねたら最後余計な首と嘴突っ込んで来る事間違いなし」
「だよね」
 三柱揃ってため息を吐く。痩せても枯れても八咫烏。彼の力は強力だ。下手な者には渡せない。
 相手の力を取り込む方法の一つとして生き肝を喰らう、というものがある。八咫烏がやろうと(やってもらおうと)しているのはそれだ。
不死人の生き肝を主原料として作られた蓬莱の薬には魂を変質させる効果がある。 また西洋には殺した竜の生き血を浴び肝を喰らう事で不死身の肉体を得た男の伝説がある。他にも生き肝を取り込み力を得た、という逸話は多い。
 粉々になった蓬莱人が心臓から再生する事や、吸血鬼の弱点の一つが心臓である事などから分かる様に心臓は肉体的だけでなく魔法的にも重要な要素だ。魂が最も強く影響している器官である。心臓を喰らい力を得るのは当然の理なのだ。
 しかし何故力に飢えた人間や妖怪が片端から心臓を引き摺り出して喰らいつかないかと言うと簡単な話。無理矢理やると呪われるから。
 不本意に奪われ喰われた心の臓の持ち主は普通相手を怨む。そうなると喰った奴は怨霊を体に取り込む様なもんだから良くて弱体化悪くて発狂。従って肝を喰らうには双方同意が常識だ。
 そして今回八咫爺は種族的にそこそこ近い妖怪烏の血肉になろうとしている。種族が近ければ力の吸収効率も良かろう。迂闊に天狗には渡せない。妖怪の山の勢力図が書き変わり争いの種になる可能性もある。
「丁度良い野良烏の一匹や二匹いるでしょう?」
「ああ、まあ……うーん。心当たりが無い事も無いけど……」
「はっきりしないね。なんか問題あんの?」
「雄の弾幕決闘が嫌いな烏ばっかりでさ。そういう連中に力を付けさせるのはちょっと」
「あー……」
 肝を喰えば能力が変質する可能性もある。弾幕ルール抜きで八咫烏の――核の力を振り回されるのはいただけない。
 三柱で記憶を探るがこれだという烏が出て来ない。
「はぁ……なかなか適任が居ないわねぇ」
「もう天狗で妥協する? 弾幕決闘を守る最低限のモラルがある奴なら、力を付けたって幻想郷壊滅! なんて事にはならないでしょ」
「ふむ。下手な野良妖怪に力を渡すよりも、社会的な力の管理が望める天狗の方がまだ良いという訳ね?」
「そーそー」
 ……なんか話の流れが危険域に入ってきた。何?射命丸文フュージョンフラグ?やめてよこわい。
 私は仕方無く頭の隅に追いやっていた候補を引き揚げる事にした。今までの経験からしてこれをやると異変になる可能性が高いが、背に腹は変えられない。天狗よりマシだ。多分。
「あのさ、地底に比較的扱い易そうな雌の烏の心当たりがあるんだけど――」










 爺さんはそれなりの知性を保った烏であれば文句はつけないとの事だったので、結局お相手は霊烏路空に決定した。
 地底は地上の妖怪の出入りが禁止されているから妖怪でもある私は行けない。しかし神の出入りが禁止されている訳では無いから神奈子か諏訪子が八咫爺さんを連れて行けば良い。
 が、早苗たっての頼みにより彼女に任せる事にした。どうも何か巫女っぽい事をやりたかったらしい。よくわからん。
 私達は早苗の実力ならまあ地底に行っても大丈夫だと判断し、守矢神社の境内で準備万端の早苗に最後の確認をしていた。カナスワは地底に行った経験が無いので主に私からのアドバイスになる。あ、ちなみに霊夢は放置中。別に言う必要も無いし。
「旧都には鬼がいるから絶対に避けて通る事」
「はい」
「今回は護送任務だから、背中の八咫爺に負担をかけないためにも自分から攻撃はしないこと。自衛は良し」
「大丈夫です」
「地底の連中は気の良い奴等が多いけどね、油断はしない事。あんた美人だね!って褒めちぎった直後に顔の皮剥ごうとしてくる奴とかゴロゴロいるから」
「……大丈夫、だと思います」
「地図あるから迷わないよね?地霊殿に着いたらさとりに菓子折りと一緒に私の紹介状渡して。灼熱地獄跡に案内してもらえるはずだから」
「分かってます」
「空に札かけて爺さんの肝を喰らわせたら燐って名前の化け猫に通信符渡してね。緊急時に私に連絡を寄越す為の手段だから絶対に忘れない事」
「肝に銘じます」
「ハンカチ持った?」
「持ちました」
「良し、行ってらっしゃい」
「はい! 行ってきます!」
 八咫爺を背負った早苗は元気良く地底へ続く縦穴を目指して飛んで行った。
 空には『かりょくをおさえる』と書いた耐熱加工札を首から下げさせる。いくら鳥頭でも自分の首にかかった札の存在を忘れはしないだろう。文字を読む度に自重するはず。念の為に私がその札に出力制限効果をつけたし、何らかの事故で空が調子付いて暴走したとしても燐が即座に通信符で私に知らせてくれる。わざわざ怨霊を地上に送って警告信号を出す必要は無い。二重の暴走防止策だった。
 そして空が八咫烏の核融合の力を継承したとしてもしばらくは試運転の予定。様子を見て、空が力を使いこなしているようなら地下核融合発電所建造に着手する腹積もりである。
 勿論、空が妖力を増すだけで能力を変質させない可能性もある(現在は死肉を火力に変える程度の能力、らしい)。その場合は特に地底への干渉は行なわない。
 そういう手筈になっていた。
 ……で、来た見た終わった。
 まったり茶をしばいてる間に早苗は何事も無く帰って来た。しかもさとりからお土産のまんじゅうを貰って来たらしい。何仲良くなってんのお前? 良い事じゃねえか褒めてつかわす。
 早苗の分のお茶を淹れながら聞いた所によると全て上手く行ったらしい。八咫烏の生き肝をかっ喰らった空は能力を変質させ「核融合を操る程度の能力」になったと言う。その他も滞り無く。
 神奈子によくやったと撫でられ照れている早苗を見て私は不意に不安になった。うーむ、何事も起こらなければいいんだけどなぁ……
 私は死亡フラグはバッキバキに折れると言うかそもそも立ちすらしないんだけど、異変フラグはなかなか折れないんだよね。異変は起こるべくして起こっていると言うべきか。
 空、異変起こすなよ? 絶対起こすなよ? あれだけ予防線張ったんだから。

 ……あ、地獄まんじゅう旨い。



[15378] 本編・地霊殿・天災は忘れて無いのにやって来る
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/16 19:28
 第123季、初冬の事。燐からの定期報告が途切れた。こちらから通信符にかけてみたが繋がらない。通信符に不具合が出たのか、霊波が届かない様な場所にいるのか。
 早苗の話だと燐は基本真面目に仕事をこなすが時々ふらりと遊びに(死体を探しに)行く癖があるらしく、今回もどうせそれだろうと思った。異変かとも思ったがほんの少しの不具合で一々騒ぎ立てるのも馬鹿らしい。
 それでも大事をとって二、三日様子を見て連絡が無いようならこちらから出向こう、と、考えていたのだが……
 その二、三日の間に地底に続く縦穴の付近で間欠泉が怨霊と一緒に何本も沸き出した。
 ガッデム、二重に予防線張って警戒してたのにこれだよ畜生。
 やっぱあれかな、通信符が何かの事情で使えなくなったから仕方無く怨霊を使って異常を知らせたって事か? それぐらいしか考えられない。
 わざわざこんな事しなくてもこっちから行く予定だったんだけど……連絡が途絶えたらこっちから見に行くって言っておくべきだった。こういう所が迂闊だ迂闊だって言われる所以なんだろうな……
 空暴走、通信符機能せず。三重に対策立てていればこんな事にはならなかったのかも知れないが、三重でも四重でも起こった可能性があるし第一もう起こってしまったのだからIFの話をしても詮無き事だった。過去より未来に目を向けよう。
 さて、間欠泉付近には噴き出した当日から早速温泉目当てに妖怪やら人間やらが集まっていた。しかし怨霊がうろついている中気楽に温泉を満喫できている奴なんて……まあ幽々子ぐらいか。それ以外は大量の怨霊を前に二の足を踏んでいるらしい。
 旧地獄跡の(恐らく)空による温度上昇が原因で沸いた間欠泉だから、空が火力を抑えれば収まる訳だけどこれはどうなんだろうね。怨霊さえ居なけりゃこれはこれでアリかも知れない。
 神奈子は核融合発電所建造計画を立ててるけど、幻想郷に電気いらなくね?
 あまり灼熱地獄の火力を上げ過ぎると発電施設を作ってもオーバーヒートして機能しない。しかし発電所が機能する範囲に火力を抑えれば間欠泉が止まる。
 発電所か、温泉か。
 幻想郷には今まで温泉が無かった。人里に小さな銭湯があるだけだ。温泉と電気、どちらを取るかと聞かれたら私は温泉をとるね。温泉好きだし。それに個人的に幻想郷に電気は似合わないと思う。
 そう考えて神奈子に計画変更の相談をした。幻想郷配電計画には守矢の信仰集め、という側面もあるため最初は渋っていたが、電気が通る事で人間の暮らしが科学寄りになり、神に頼らなくなる可能性を提示すると悩んだ末引いてくれた。
 これだけ妖怪が密集し、超常が日常になっている地域に住む人間が電気が通った程度の科学で神や妖怪を否定し始めるとは思えないが、電気の利便性に惹かれて一部の信仰が低くなる事はまず間違いない。それに月人も高度な科学を手に入れた途端妖怪に猛攻撃を仕掛けて来やがったからね。不安の芽は摘んでおいた方が良い。
 科学を否定しろ、幻想だけを頼れ、とまでは言わないけれど、科学を発達させたいのなら人間が自発的にそうするべきだと思う。わざわざ幻想側から発展を促進してやる事は無い。下手を打てば自殺行為になるから。










 はてさて、間欠泉が噴き出した日から一夜明けて翌日。神奈子の説得に時間がかかったため、昼前にようやく異変解決に動く事になった。
 博麗神社の境内には霊夢と早苗がスタンバイしていた。並んでみるとますます1Pと2Pっぽい。色的に。
 一方私と神奈子と諏訪子は縁側に並んで腰掛け、頭のこぶをさすっていた。
 霊夢の奴、私が事情を説明するとアンタらが原因かと拳骨を落としてくれたのだ。既に霊夢の背は神奈子より高い。私達は巫女に怒られる神ってどうなんだろうと疑問に思いつつも素直に頭上からの拳を貰っておいた。今回の異変勃発の遠因は確かに私達にある。
「霊夢、今回は通信符を陰陽玉の中に組み込んで、更に映像をこっちに転送する機構を付けたからフリーハンドで会話できるよ」
「会話する必要あるの? いつも通り適当に退治して適当に解決してくるわよ。目標も目的地もはっきりしてるんだから道案内の必要も無いでしょ、地図も暗記してあるし」
「いやいや、地底の妖怪には厄介な能力持ちが多いからさ。いくら霊夢でも事前情報無しで闘うのはキツいかな、って。私は解説役だと思って」
「あ、そ。建前は分かったわ。本音は?」
「……久し振りに地底の様子が見たくなって」
 本心を吐くと霊夢はやれやれと肩をすくめたが、何も言わなかった。陰陽玉に会話機能がついた所でプラスはあってもマイナスは無い。
 霊夢の隣では蛙の髪飾りに音声・映像通信機能を仕込んだ早苗が諏訪子から説明を受けていた。早苗のサポートは諏訪子が行い、神奈子は早苗を見送ったら河童の所へ発電所計画の中止を知らせに行く予定だ。
 霊夢達の仕事は燐に怨霊を地底に戻させる事と、空を軽くボコってから封環を付ける事である。
 封環は出力を抑える三つのリングで、一度つけたら肌に癒着する様にしてある。これを空の両足と右手にはめて盛大に噴き上がっている間欠泉の規模を抑えさせるのだ。温泉が欲しいとは言え十数本も高々と熱水が空に噴き出していると管理に困る。一、二本で充分だ。
 封環を外すには手足を切断するしか無く、手足を切断すれば空は(両足と右手が制御機構を兼ねているため)核の力を使えない。
 火力を抑えろ、と言って聞かせるよりも、全力を振り絞っても異常が起こらない様に外れない枷をつけてしまった方が良い。取り外し可能な札を首から下げるだけでは甘かった。
 人のペットに外せない枷を着けるのはどうかと思うが、そこはさとりと仲の良い早苗が上手く説得してくれるだろう。
「じゃ、気をつけて行ってらっしゃい。ああそうだ――」
「ハンカチは持ったわよ」
「――ハンカ……うん。なんかごめん」
 台詞を先取りされしょんもりする私を鼻で笑った霊夢は早苗と一緒にさっさと飛んで行ってしまった。
 巫女服をはためかせて良く晴れた冬空の向こうに遠ざかって行く霊夢の後ろ姿には貫禄があり、本当は白雪の手助けなんていらないんだけどね、と背中で語っている気がした。なんか悔しい。
「……ねぇ神奈子、巫女交換しない? ウチの巫女使え過ぎて困る」
「良い事じゃないの。さて、と。私は河童の所に行くから、二人共真面目にやりなさいよ」
「はいはい」
「あいよー」
 私と諏訪子は生返事を返した。










 陰陽玉から送信された映像が正面に一メートルほど離して展開した長方形モニターに映っている。ちらりと隣に目をやれば、諏訪子の正面にもモニターが展開され、似た様な景色を映していた。
 しばらく、無言。枯れた草原と葉を落した森、青い空ばかりが広がる。妖精も散発的にしか現れなかった。退屈な道中だ。
「諏訪子、お茶飲む?」
「飲むー。安いやつでいいよ」
 立ち上がりながら聞くと諏訪子はモニターから目を離さずに答えた。小さな気遣いにぐっとくる。霊夢だったら五月蠅く細かい注文をつけただろう。
 お茶を淹れて戻ると画面に小さく間欠泉が見えていた。頂上で水飛沫を上げて散る間欠泉の上には綺麗な虹がかかっている。
 私は湯飲みを渡しながら諏訪子の隣に座り直した。
「あれ、妖精増えた?」
「間欠泉が近付くにつれてわらわらとね」
 異変を嗅ぎ付けて興奮状態の妖精達を軽快にピチュらせながら霊夢と早苗は飛んで行く。まだ私達が口を出す必要は無い。
 私は煎餅をかじりながら足をぷらぷらさせて画面を眺めていたが、画面下部を流れていく景色の中に人間を見つけた。興味を惹かれそこの部分をロックしてズームをかける。
「あ、何その機能! ずるい!」
「そう思うなら諏訪子もつければ?」
「そだね」
 文句をつけた諏訪子はあっさり引いて画面の術式を弄り始めた。私はその間に見つけた人間を観察する。
 服装から察するに陰陽師を護衛につけた里人の様だった。各々タオルと木桶を持って楽しそうに話しながら草原の小道を歩いている。
 日帰り温泉ツアーだろうか? 昨日沸いた温泉(間欠泉)に今日入りに行くとは気が早いと言うかなんと言うか。
 縮尺を戻し、フリーカメラでぐるりと周囲を見回してみた。すると今度は弾幕を放って来る妖精に紛れて遠くに何かが見える。
 再び対象をロック、拡大すると猫が怨霊に追いかけられていた。二匹とも見覚えがある。橙とあれは……マナだ。地底から出て来た怨霊の中に混ざっていたらしい。
 何か鳴きながら必死に逃げる橙を修羅の顔をしたマナが明らかに殺傷力のある弾幕をばらまきながら追いかけている。八雲に連なる者は特に憎いと見える。
 んー……橙、死ぬかも。
 数百年前ですら藍が苦労して追い払っていたのだ。歳若い式である橙がこの数百年で更に恨みを募らせたであろうマナに勝てる訳が無い。逃げ切るのも無理だ。
「諏訪子、諏訪子。紫の式の式が粉微塵のグチョグチョに殺されそうなんだけど」
「これでよし、と……え、何? 今なんか言った?」
「言った。かくかくしかじかで猫がヤバい」
「いや分かんないよ。漫画や小説じゃないんだから」
 設定変更をして聞いていなかった物分かりの悪い諏訪子に事情を説明する。話を聞いた諏訪子は渋い顔をした。
「あのスキマの式の式を助ける? スキマはあんまり好きじゃないんだけどな」
「貸しを作ると思えば? 橙も最近は結界管理に携わる様になってきたみたいだし、折角役立ち始めた式を潰すのはねぇ。あとここで見殺しにしたら藍が怒り狂うよ」
「うーん……まあ……助けてもいいかな」
「そりゃ良かった。ま、諏訪子早苗が助けなくても私と霊夢が助けるんだけど。とかなんとか話してる内に追いつかれそうになって半泣きの憐れな猫に愛の手を。霊夢ー」
『知ったこっちゃないわ。弱肉強食ね。自分の式から目を離した藍が悪いわ』
 霊夢は底冷えする答えを返しおった。言ってる事は間違って無いけど冷たい、というか無関心だ。助ける気は無いらしい。
 妖怪が妖怪に殺されたり人間が妖怪に殺されたり、という事件はスペルカードルールが普及してから格段に減りはしたものの無くなってはいない。今現在の事態もそうした少し珍しい――かと言っておかしくもない光景の一つなのだ。
 霊夢には知人だから特別に助ける、という感情が無い。普段はふてぶてしくも割とまともな言動をとる霊夢だが、こういう時にその異常性が身に染みて分かった。
 それでも巫女だから神として命令すれば嫌々やってくれるんだろうけど……
 さっきから早苗の危ない! とか下に避けて! とか猫の身を案じる声が漏れ聞こえている。ここは早苗の方が適任か。
「諏訪子」
「はいよー。あーあ、地底一番乗りは博麗かー……ま、いいや。早苗ー?」
『はい。会話は全部聞こえていました。任せて下さい!』
 けがれの無い早苗の声が心地良い。
 それに比べてウチの巫女と来たらひねくれちゃってまあ……
 はぁ。












 マナ? 誰それ? という方は妖怪録を参照の事。



[15378] 本編・地霊殿・地上と過去を結ぶ深道
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/25 19:56
 地底へと続く縦穴を下へ下へ降りていく。穴が微妙に湾曲しているせいで上からの明かりはすぐに届かなくなり、陰陽玉に煌々と岩肌を照らす白い灯を灯して更に下へ。
 地下には妖精がいない。代わりに怨霊がつっかかって来るかと思えばそんな事は無く、下から吹き上がるどこか淋しげな風の音しか聞こえなかった。
 はて、と私は首を傾げた。縦穴は既に地底の領域だ。私の記憶が確かならこのあたりに住む妖怪は蜘蛛や釣瓶落としを代表とした二十数名。既に彼女等の洗礼があってもおかしくないのだが……
『白雪、全然敵に会わないんだけど。地底ってこんなもんなの?』
 霊夢もおかしいと思ったらしく退屈そうに声をかけてきた。
「そんなはず無いんだけどなあ」
『実際人っ子一人妖怪一匹居ないわよ』
 フリーカメラで周囲を確認してみたが確かに上下前後左右どこにも人影は無い。鬼巫女襲来を嗅ぎとって逃げ出したか?
 ……いや、それは無いな。地底の奴等は逃げるよりも大抵当たって砕ける方を選ぶ。陰気臭い場所に住んでいるからこそ陽気な奴は多いのだ。
 おかしいとは思ったが激しい攻撃を受けるよりは攻撃が無い方が余程良い。何かの罠だとしても霊夢なら回避するだろう。そのまま先に進む事にした。
「白雪ー、猫助けたはいいんだけどさ、なんかこの怨霊異様に逃げ足早いんだけど」
「あ、ごめん言って無かった。その怨霊は逃亡用の能力持ってて対策練らないと捕まえれないから適当な所で切り上げて」
「それを早く言ってよ……早苗、聞いたよね? 進路変更、地底に行きな」
『諏訪子様のおっしゃる通りに』
 守矢チームもその内追いつく。このまま障害も無く進めば縦穴を抜ける頃には合流できそうだ。









 そろそろ延々と続く縦穴も終点に近付いて来たかという時、縦穴の壁にぽつぽつ開いている小さな横穴の一つに人影を見つけた。
「霊夢」
『はいはい』
 この静けさの理由を探ろうと霊夢を促す。
 霊夢が陰陽符を数枚指で挟み警戒しながら横穴を覗くと、泣き腫らし赤い目をした緑髪の幼女が見返して来た。小樽に入ってべそをかいている。キスメだ。その横ではヤマメがキスメの頭を撫でながら手首から出した糸でバラバラになった木桶を繋ぎ合わせていた。
「キスメとヤマメじゃん」
『誰よ』
「釣瓶落としと土蜘蛛。おうおうヤマメさんやい、やけに縦穴が静かだけどどうしたん?」
『おお? また人間。今日は千客万来だねぇ。縦穴が静かなのは先に来たお客さんが暴れてったからさ……というかどうして私の名前を? あんた何者?』
 霊夢を見て一瞬身構えたヤマメは不思議そうに首を傾げた。
霊夢は答えず陰陽玉越しに私に話し掛ける。
『千客万来ですって。もう先行してる奴がいるじゃない。どうすんのよ、あんたまたポカやったの?』
「またとか言うな。先に行ってそうな奴には何人か心当たりあるけど、今回の霊夢の仕事は封環をつける事なんだし問題無し。露払いしてくれてると思えば?」
『……それもそうね』
『お、私を無視して腹話術かい? 寂しい人間め。まあいいわ。胡散臭いからこの場で倒してあげる。キスメ、ちょっと待ってて』
『ほら白雪のせいでまた闘うハメになったじゃないの』
「言い掛かりだ!」
 そして私の抗議を無視して壮絶な弾幕決闘が――――始まった途端に終わった。
 ヤマメは先行した侵入者達との弾幕決闘で消耗していたらしく、霊夢の弾幕を受けスペルカードを使う間も無くあっさり沈んだ。私の記憶では一面のボスを張っていたはずだが、妖精もかくやという弱さに悲しくなる。余程先に来た連中にべっこんぼっこんにされたんだろうなぁ。キスメなんか桶壊れてるし。
『その強さなら先に行っても大丈夫ね。地底は今お祭り騒ぎよ。誰も拒みゃしないから楽しんでおいき』
 敗北したヤマメは一仕事終えた清々しい顔で霊夢の肩を叩くとキスメの桶修理に戻って行った。
 霊夢はそれを見送り、なんだかなぁ、と呟いて先に進む。
『ジメジメしてる所に住んでる割には随分あっさりした妖怪ね』
「そんなもんさ。でも次はこってりした妖怪が来る予感」
『こってり?』
「べっとり……いやねっとりかな?」
『油汚れみたいね』










『地上の光が妬ましい。巡る風が妬ましい。地底の妖怪に物怖じしないその態度が妬ましい。ああ妬ましい、妬ましい、妬ましいぃぃ!』
「説明しよう! 水橋パルスィとは! 嫉妬心を操る橋姫である! また自らも嫉妬狂いであり、楽しそうにしてる奴や悩みが無さそうな奴は特に激しく妬む! 霊夢とかね」
『また色モノが来たわね』
 縦穴を抜け大空洞とでも言うべき広大な地下世界に入った途端、縦穴直下の橋の欄干に座って爪を噛んでいたパルスィが霊夢を睨んで猛烈にぱるぱるし始めた。
 やはりパルスィの服も所々ボロボロで痛め付けれた感があったが、本体は元気なものだ。
『霊夢さん』
『遅かったわね』
 そこへ早苗が合流する。余程急いで来たのか少し息を切らせていた。
『妖怪退治が楽しくてつい深追いしてしまいました』
『気持ちは分からないでも無いわ』
 それなりに親しげに話し始める二人を凝視し、除け者にされたパルスィが爆発する。
『その上巫女仲間、仲間ですって! 私をどれだけ妬ませれば気が済むの!?』
 嫉妬の雄叫びと共にパルスィの妖力が急激に上がっていく!
「戦闘力1000……1500……1800……馬鹿な、まだ上がるだと!?」
『白雪何言ってんの』
「陰陽玉の妖力計測装置はボンッてならないからつまらないって話」
『良い事じゃない』
「私は白雪に同意。ロマンだよ。それで何あれ、また怨霊?」
「んにゃ橋姫」
「橋姫、橋姫……あー、聞いた事ある。うん、早苗やっちゃえ」
『ガッデームユゥゥゥゥ!』
 早苗が返事をする前にパルスィは歯をむき出して絶叫し、上位の中級妖怪レベルまで膨れ上がった妖力を弾幕に変えて撃ち出して来た。
 即座に反応して二手に分かれ、華麗に避ける霊夢と早苗。怒りで短絡的な直線軌道になった弾幕はいくら速度と密度があっても恐れるに足りない。掠りもせず悠々と避ける巫女二人に歯ぎしりするパルスィの弾幕は更に激しくなった。しかし頭が沸騰しているのか戦略性に欠けている。
 余裕かな、と思って静観していると背後で爆発音が聞こえた。視点変更してみると大空洞の壁に流れ弾が当たって岩肌を削っている。
 おい、殺傷設定になってんぞ。奴め嫉妬で我を忘れてやがる。
 私はモニターから目を離し、諏訪子と顔を見合わせた。
「弾幕決闘じゃないよね、これ」
「私も思った。スペカ枚数決めて無いし、さっきから橋姫の奴何度も被弾してるし」
「こっちも非殺傷切って行動不能にするしかないか。早苗ってスペルカードルール抜きで妖怪退治した事ある?」
「無い無い。スペカ無しの妖怪退治のノウハウは教えて無い」
「んー、なら物量作戦で」
「出たよ白雪の十八番」
「ほっといて」
 私はぺそんと諏訪子の頭をはたいてモニターに顔を向けた。霊夢達は結界で敵弾を防ぎながらほどほどに撃ち返していた。
「霊夢、霊力しこたま送るから吹っ飛ばしちゃって」
「早苗、神力送るから吹っ飛ばしちゃって」
『了解』
『分かりました』
 妖力を霊力に変換。陰陽玉と私を繋ぐ回路に送り込んだ。
 一拍おいて画面一杯に広がる霊夢の御札と早苗の緑色弾幕。
 パルスィは「何よその数は! 妬ましい! 妬ましいわ!」とかなんとか最後までぱるぱるしていたが、呆気なく弾幕の暴風雨の中に消えた。まあ死んではいないだろう。なむー。
「もう少し緩めで良かったかな?」
「いや、パルスィはキッチリ倒さないとパワーアップして復活するから。オーバーキルぐらいが丁度いいのさ」



[15378] 本編・地霊殿・旧都にて
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/08/25 20:05
 パルスィを下ししばし飛んで行くと、淋しげな岩の道が途切れ賑やかな町並みが見えてきた。
 木造平屋の建物群が広い通りに面して立ち並び、骸骨やらゾンビやらが生き生きと往来を闊歩している。軒先に出された屋台からは香ばしい焼肉の匂いが漂っていた。何の肉かは知らないが。
 そんな昔と変わらない活気と喧騒に包まれた旧都だったが、今は上空に派手な弾幕花火が上がっていた。
 見覚えのある懐かしい藍色の髪の鬼がこれまた見覚えのある銀髪メイドにこれでもかと弾幕をばらまいている。数百年振りに見る宿儺は相変わらずのナイスバディだった。妬ましい。
『咲夜と……あれは鬼かしら』
「宿儺百合姫。鬼神」
 霊夢は私の言葉を聞くと面倒臭そうにため息を吐いた。最上級の大妖怪だ。勝負になれば一筋縄にはいくまい。
「鬼の宿儺、ね……」
「どうかした?」
「聞き覚えあるような無いような」
 諏訪子は名前を聞いて首を傾げていた。
 あー、あれかな。私も忘れていたが宿儺は昔ミシャグジの従属要求を突っ撥ねている。その関係で名前を聞いた事があるのかも知れない。しかしわざわざそれを言っていざこざを起こす事も無いので黙っておく。
 距離を取って様子見をしていたが咲夜は終止劣勢だった。
 ザ・ワールドで背後をとって不意打ちをかけたり大量のナイフで半包囲したりしていたが、基本スペックが違い過ぎて後出しで全て避けられている。逆に咲夜は基本に忠実ながらも思い出した様に不規則な動きを挟む宿儺の弾幕に苦戦していた。
 煌めく銀のナイフ。光る弾幕。屋根に登ってやんやの喝采を送る旧都の住民達。弾幕決闘は地底でも人気を博していた。
 その決闘も長くは続かない。段々飽きてきたらしく面倒臭そうな顔をした宿儺が何かのスペル宣言をした。くわん、とその姿が揺らぎ、四体に分身する。分身した宿儺は四方から咲夜に弾幕を一斉に放ち、いきなり四倍の攻撃に曝され驚く咲夜を数秒で沈めた。
 強いですねぇ、と呑気に諏訪子と話している早苗と反対に霊夢は眉根を寄せて難しい顔をしていた。
『幻術、じゃないわよね?』
「うん。全部本物」
 咲夜は乱れたメイド服を整えながら側を飛ぶ小さな蝙蝠に面目無さそうに頭を下げていたが、宿儺に追い払われ渋々こちらに引き返して来た。途中霊夢達と目が合った、が、特に何も言わず目線を逸す。そしてそのまま黙って去って行った。紅魔チーム、咲夜脱落。残念相手が悪かった。
『全部本物? なにそれ』
「ほんとなにそれだよね。あ、分身数の上限は二十体らしいよ」
『なにそれ』
 ただでさえ恐るべき強さを誇る鬼の親玉が身体能力から妖力に至るまで完全なコピーで増殖するのだ。あまり応用が効く能力ではないものの、チート具合で言えば紫とどっこいだと思う。
 宿儺の分身は全員本物だが、一応司令塔の様な役割を果たす者もいる。宿儺はその身体を基点にして分身するため、分身した身体から更に分身はできない。基点は一体のみだ。
 ならその基点となる母体を潰せば分身を封じられるじゃないか、と言いたい所だがそうは問屋が卸さない。
 母体は分身の起点となる以外は分身体と全く同じで見分けがつかない。加え母体を倒しても別の分身体に起点が移るだけ。
 一体や二体倒しても倒したそばから増殖し、なおかつその一体一体の強さがラスボス級。ムリゲーだ。
 宿儺を弾幕抜きで打倒したければ分身全員を巻き込む広範囲・超高威力の攻撃で一撃必殺するしかない。フランの必殺十六連爆破でも十七体以上に分身されていれば仕留められないのだ。
 そのあたりを懇切丁寧に説明すると霊夢は顎に手を当てて考え込み始めた。情報を整理して対策を立てているのだろう。
「諏訪子、迂回か直進さあどっち?」
「直進。あの鬼超こっち見てる。今更迂回しても追って来るだろうね。白雪と霊夢がもたもた喋ってるから気付かれたんだよ」
 モニターには手招きする宿儺がしっかり映っていた。また私のせいか。私のせいだけど。
「そこで私の華麗なる交渉術の出番ですよ。無血開城してみせようじゃないか」
「華麗なる(笑)」
『交渉術(笑)』
 てめ霊夢! 息合わせてんじゃねーよ! 早苗ー! 早苗は私の味方だよね!
『え? すみません、聞いてませんでした』
 ……その申し訳無さそうな顔だけで救われるよ。
 おかしいなあ、私って幻想郷一の信仰を誇る神だよなあ、と威厳の無さの理由を考えていると痺れを切らした宿儺が手招きを止めて近付いて来た。
『ぬしらはかかって来んのか? 嫌だと言おうが付きおうてもらうが』
「嫌だ」
 私が言うと宿儺の耳がぴくんと動いた。霊夢の体をじろじろと見る。
『その愛らしい声は白雪か? 随分と様変わりをして……まるで人間の巫女の様な姿ではないか。だがそんな白雪も好ましい』
『知るか。あんたが話してる相手は私じゃないわ』
『む? 白雪は何処に行った?』
『あいつは地上にいるよ。何? 白雪と知り合いなの?』
『地上? ああ、その珠から聞こえてきているのか』
 宿儺は一つ頷き、耳朶をくすぐる艶っぽい声で陰陽玉へ囁いた。
『白雪、ぬしが居らんと寂しゅうてかなわん。萃香に遊びに来いと伝える様言付けたはずだが……つれないのう』
 甘い囁きに背筋がゾクゾクした。宿儺は無駄にエロくて困る。
 早苗がちょっと顔を赤らめて遠慮がちに言う。
『えーと……百合な方ですか?』
「いや、名前は百合姫だけどそっちの気は全く無い。エロい仕草は全部無意識」
 服の上からでも同性すら魅了しかねない身体つきをしていると言うのに、脱げば更に凄い。スタイルにルックスに、私の長い人生の中で見て来た人妖全ての中で間違なくトップを張るとんでもない奴だ。
 宿儺を見てからアイドル雑誌を読むと石ころ眺めてる気分になる。大袈裟では無く本当に。
 天狗が発行している妖怪用の春画本では地底に引っ込んでからウン百年経っているにもかかわらず未だ時折宿儺特集が組まれている。
も うね、お前鬼じゃなくて美を司る妖怪かなんかだろと突っ込みたくなるわ。
『ふむ、そちらも白雪の使いか? いかにも私は百合姫よ。白雪ならば百合姉と呼んでも構わぬが』
「ちょ、違う違う! 名前の話じゃなくて! そこで胸張ったら駄目!」
『では何の話だ?』
『女の子同士でイチャコラする方々の話です』
『ふむ。私と白雪は昔よく絡み合った仲、ならば百合というものであろ』
『白雪様……』
「やめてそんな目で見ないで! 違うから! 絡み合うって絡み酒の話だから!」
『大丈夫ですよ。趣味は人それぞれです』
「優しく微笑むな! 諏訪子も何か言ってやって!」
「お幸せに」
「おおい!」
 ニヤニヤしている諏訪子と阿呆らしそうに欠伸をしている霊夢はともかく早苗は素で勘違いをしている。ああああ、常識に捕らわれないモードに入った早苗を軌道修正させるには骨が折れる。明日の朝刊に「博麗の祭神、同性愛疑惑!」と大見だしで載っている光景を想像してゾッとした。
 頭を抱える私は宿儺側からは見えない。こちらの意を汲んだ会話が成り立たず早苗の曲解はどんどん進んだ。
『話の筋が分からんようなって来たの。まあよい、結局ぬし等は何をしに来た?』
 誤解を引き摺ったまま宿儺は話を戻しやがった。正面で組んだ腕に押し上げられ、胸の双丘がなんとも悩ましげに着物を圧迫している。私と早苗と諏訪子は同時に舌打ちした。クソが。
『異変の解決に来たのよ。地上に温泉と一緒に怨霊が出てきたから下手人を成敗しにね。白雪の見立てだと地獄烏のせいらしいけど』
 一人冷静に会話の推移を見守っていた霊夢が代表して答えた。それを聞いて宿儺は首を傾げる。
『怨霊は地霊殿の主が配下を使ってとどめているのではなかったか』
「の、はずなんだけど。まーそのへんの調査も兼ねてさ、放って置くと不味い事になりそうだし私じゃ内密に動けないから巫女に任せてんの」
『ほう? それは白雪の巫女という意味で良いのだろ?』
「そう」
『ふふふ、久し振りの強敵の予感よ。さあ巫女共、どこからでもかかって来るが良い!』
 あれれー、宿儺が拳を構えて臨戦体勢に入ったぞ。
「あの、宿儺? スペルカードは?」
『白雪の巫女ならば弾幕決闘でなくとも死にはせぬだろ。そんなもの要らぬわ』
 要るっつーの。霊夢が無敗を誇っているのはスペルカードルールがあるからだ。いくら霊夢が優秀だと言ってもそれは人間の範疇にギリギリ収まる程度の優秀さであり、鬼神の拳を喰らえば確実に一撃で頭吹っ飛ぶ。
『私は別にいいわよ。誰かが無血開城とか言ってた気がするけどそれは置いといて、誰が相手でも負けるつもりは無いわ』
『その意気や良し。流石は白雪の巫女よ』
「馬鹿霊夢! 死ぬよ? 一発でも攻撃喰らえば死ぬよ? 止めときなって!」
『当たらなければいいのよ。早苗、あんたにはまだ荷が重いわ。下がってなさい

 あああぁああ! 落ち着き払って言うな! いくら霊夢でも限度があるわ! 殴り合いで鬼神に挑むとか正気の沙汰じゃない!
『いざ尋常に――――』
 わー! 時間が無い! もう仕方無い、ここは必殺!
「姫お姉ちゃん、お願いやめて!」
『勝――――良かろう! 巫女共、地霊殿へ案内しよう、着いて来い!』
 宿儺は途端に態度を一転させた。意気揚々と鼻歌を歌いながら先導して飛んで行く。早苗と霊夢は突然の変わり者に唖然としていた。
 はぁ、現金だなぁ……私はかなり恥ずいぞ。ああ諏訪子の驚愕の目線が突き刺さる。
『え、あんた達姉妹なの?』
「いや、血縁関係は何も無い」
『……妹プレイ?』
「……うん、まあ……そう、なのかー?私も良く分からん」
 宿儺が何を思って私を妹扱いしたがるのかいまいち分からない。
 宿儺は強い奴が好きだから、自分より強い私は大好き。男だったら恋人になる所だが同性なので家族扱いをしている……んだと思うけど自信無い。違う気もする。
 私は妹プレイと聞いて引いている早苗にどう説明したもんかと悩みつつ霊夢に宿儺の後に着いて行く様指示を出した。



[15378] 本編・地霊殿・小五とロリの向こうに
Name: クロル◆010da21e ID:d5c075d0
Date: 2010/09/04 14:39
 道中宿儺は数百年の空白を埋める様に喋り続けた。酒虫の品種改良に成功しただの、着物はやはり人間製に限るだの、行きつけの酒場の店主が代代わりして時代の流れを感じるだの、よくもまあ息が続くもんだと思う。
 私は宿儺の四方山話を聞いている内に段々と懐かしさが込み上げて来た。ああ地底行きてぇ。鬼連中と居酒屋梯子してぇ。出店冷やかして回りてぇ。一度火がつくともう止まらなかった。どうにもこうにも地底に行きたくて行きたくて。しかし……
「くそ、彼の地はあくまでも私を拒むと言うのかッ!」
 orzを作って床を叩くと諏訪子はのんびりお茶をすすった。
「別に行っても良いような気がしないでもないけどね」
「え、なんで?」
「要するにさぁ、怨霊を地上に出すな! 私らも地底に行かないから! って契約で地底へ行けなかったんでしょ? 怨霊地上に出てるじゃん。向こうが契約反故にしたならこっちも守ってやる事無くない?」
「……おお」
 確かに言われてみれば。お、お燐ちゃんが先に約束破ったんだもん! 私悪くない! みたいな! ちょっとセコい気もするけど。
「やだなケロちゃん、それ先に言ってよ。私が出ればこんな異変三分で解決したのにさ」
「まーいーじゃん。早苗の良い経験になるし」
「そう? 経験値稼ぎならメタル狩りでもしたら? 幻想郷にメタル系居ないけど」
「えっ、居ないの?」
「えっ、居ると思ってたの?」
『白雪、聞いておるか』
「聞いてる聞いてる。聞いてるよ」
 ごちゃごちゃ話している内に地霊殿に着いた。でけぇ屋敷だなぁとモニター越しに眺めていると玄関から勇儀が出て来る。勇儀は欠伸をして首を鳴らしていたが、霊夢達を――正確には宿儺を見て目を見開いた。門の前に着地した宿儺に心底驚いたような声をかける。
『なんだい、まさか大将まで負けたのかい?』
『それこそまさかよ。負けてはおらんが白雪の頼みでな』
『ああなるほど。今日は千客万来だねぇ』
 勇儀は満足気に腕を組んで頷いた。強調された勇儀の胸と宿儺の胸を見比べ、早苗が幻想郷の鬼は化け物か、と呟いている。大丈夫。ロリと美人で均せば普通だから。
「勇儀は誰に負けたの?」
『黒い奴さ。今日はゴロゴロ強い奴が来る。いやはや地上も捨てたもんじゃないねぇ』
 負けた割に勇儀は嬉しそうだった。名残惜しそうに霊夢(陰陽玉=私)を振り返る宿儺を引っ張って帰って行く。去り際に今度遊びに行くよ、と声をかけると大喜びしていた。
「白雪、次は覚り妖怪だっけ?」
「そそ」
『さとりさんは良い妖怪ですよ。話せば――――話さなくても分かってくれます』
『なんでもいいから行くわよ』
 霊夢は御祓い棒で肩を叩き、玄関をヤクザキックで蹴り開けた。またそれか!
『霊夢さん!?』
『玄関は蹴って開けるものなのよ。幻想郷では常識よ』
『あ、なんだ。そうだったんですか』
 おい早苗! そこであっさり騙されるな!
『`相変わらず扱い易いなぁ´ですか。早苗さん、気をつけた方が良いですよ』
 破壊音を聞きつけたのか廊下をひたひた歩いて現れたさとりが第三の目をギョロつかせていた。出たよさとりん。意外に身長高いな。少なくともロリじゃない。
『およ? 出たわね黒幕! ……の飼い主!』
『`ペットぐらいちゃんと管理しときなさいよ´ですか。すみませんね放任で』
 さとりは反省した様子も無く言った。あまり表情が変わらない奴だ。
『早苗さん、お久し振りです……ええ、お茶菓子は用意していますよ。そちらの方は……そうですか。博麗の巫女。では異変の解決に……あら違う。温泉目当てですか』
 さとりは心を読んで勝手に話を進めた。こいつぁ楽だ。説明の手間が省ける。
「さとり、ウチの巫女が悪いね。玄関は弁償するから」
『おや、心にも無い事を言うのですね……違う? ……そう、地上に居る神と話しているのね…………流石に地上は遠すぎてその神の心は読めないわ』
「会話要らずだねー。楽だ。直接会おうとは思わないけど」
「第三の目で心読んでるらしいからアレ引き千切れば安全だよ」
『止めて下さい』
「読まれた!?」
『口に出ていましたよ……漫才は良いから早くしろ? そんなに急かさずともご案内しますよ。灼熱地獄は中庭から行けます』
 さとりは踵を返して静々と廊下の向こうに歩いていく。その後ろに霊夢と早苗が続いた。話通ってると無駄な争い無くていいな。地底に入ってからまだ二戦しかしてない。
「そういや二人はさとり怖く無いの?」
『会話が要らないなんて楽じゃない』
『小学校の先生は人の気持ちが分かる優しい人になれって言ってました。さとりさん優しいです』
 霊夢単純。早苗馬鹿正直。二人共思った事を素直に口に出すからなぁ。さとりはどんな妖怪怨霊からも恐れられてるって聞いてたけど早苗も霊夢も宿儺も勇儀も全然恐れて無い……あれ? もしかして誰からも恐れられてない?
「諏訪子、やましい事考えてなくても心読まれるって怖いよね?」
「大丈夫、私も怖い。白雪の感性は正常だよ」
 良かった。
 地霊殿の廊下にはさとりのペットらしき妖獣がウロウロしていた。猿もいればイグアナもいる。足を生やしたクロマグロが平然と歩いているのを見た時にはお前それは色々とどうなんだと思ったが、さとりを見るとどいつもこいつも嬉しそうにぞろぞろ後に続く。懐かれてるならいいのかな……哺乳類(燐)に鳥類(空)に魚類、節操が無い。
「諏訪子が入れば……いやなんでもない」
「どうせ両生類もコンプリートとか考えてたんでしょ」
「何故バレた」
「白雪の心読むのに第三の目なんて必要無いよ。顔に書いてあるから」
 顔に書いてあるそうです。演技力上げないとそんなものかね。
 早苗は陸亀が甲羅に乗せて持って来たまんじゅうを食べながらさとりと楽しげに話している。裏表の無い早苗はさとりにも心地良いのだろう。仲良くなったのも頷ける。
『既に先に行った方がいますが』
 中庭に出てからさとりが言った。
『誰よ』
『黒い方でした』
 魔理沙かな。普通の魔法使いは今日も絶好調だ。
『でも心は比較的白かったですね』
 流石白黒、やりおるわ。
 霊夢達はさとりに見送られて灼熱地獄へ続く穴へ飛び込んだ。さてさて魔理沙が既に空を倒しているか、黒焦げにされているか、それとも。












 さとりは書くのが楽です。会話させる必要が無くトントン拍子に話が進む。でも会話が無いとそれはそれで寂しいジレンマ……字数も稼げないしなあ……



[15378] 本編・地霊殿・地獄極楽メルトダウン
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/09/11 14:51
 先に進めば進むほど熱気が凄くなってきた。地上に居る私達は冬空の下でまったり茶を飲みながら指示を出しているだけだが、霊夢と早苗は汗をかいては吹き付ける熱風に乾かされ地獄の行軍になっている。二人共目が虚ろだ。ふと思い付き思わず口が滑らせる。
「どうして頑張るんだそこで! ダメダメダメ頑張ったら。周りの事思えよ! 神社で高見の見物してる私達の事思ってみろって! まだまだ先は長いんだから。私だって保温魔法で程よく涼しい中お茶っ葉そろそろ換えないとなって和んでんだよ! だからこそ、もっと! 冷たくなれよおおおおおおおおお!」
『むしろ熱くなって来たわ』
 あれれー逆効果。いや本来の効果なのか?熱い台詞を反転させながらも熱い口調のまま応援を……んん? 分からなくなってきた。
『戯言言ってる暇あったら水……せめて涼風』
「さっきから送ってるんだけど」
『送ってこれ?』
「送ったそばから熱風になってんの。お忘れかも知れませんがね、陰陽玉は本来攻撃補助オプションなんですよ。冷房性能に期待する方が間違ってる」
 陰陽玉の向こうから隠そうともしない舌打ちが聞こえた。チルノでも連れて行かせりゃ良かったのかね。溶けて水になりそうだけど。
『…………』
「さ、早苗?」
『……あっ、大丈夫です起きてます。なんでしょう神奈子様』
「諏訪子だよ」
 守矢チームもそろそろやばい。これは空にたどり着く前にミイラになって死ぬんじゃなかろうか。
「ここでこれなら中心部はどれだけ高温になってるんだか」
「間欠泉を噴き出させるぐらいだから阿呆みたいに熱いんだろうね。霊夢、まだ行けそう? 一度引き返す?」
『……なんとかなりそうな気がするわ』
「OK、なら行けるとこまで行ってみよう」
 霊夢がなんとかなるっつったらなんとかなるだろ。霊夢の勘は下手な予言より当たるからなぁ……
 ほんとこの巫女なんなんだろーね? やたら滅多にスペックが高い。安倍晴明の生まれ変わりとかかも分からんね、会った事無いけど奴も凄かったらしいし。
「諏訪子は安倍晴明に会った事ある?」
「この前公園のベンチにツナギ着て座ってたよ。あれは良い男だったねぇ」
「そのアベじゃねーよ。字が違うだろが」
「冗談だよ。私はほとんどずっと社に籠ってたから知らないなー。参拝に来た事あるかもしれないけど外交関係は神奈子に丸投げしてたしさ」
「諏訪子も真面目な神じゃないね」
「`も´って何さ。白雪は丸々全部巫女に投げて千年逃亡してたじゃん。私はしっかり内政やってたもんね。あなたとは違うんです」
 益も無い雑談をしているとモニターの向こうに人影が映った。向こうから段々と近付いて来る。私達は話を切り上げてサポートに戻った。
「箒に黒猫を乗せた魔女……キキだ」
『デッキブラシじゃないですけど』
「いや普通に魔理沙じゃない? 人形侍らせてるのを見るにサポートはアリスかな」
『魔理沙水』
 ひそひそ話す私達を余所に霊夢は出会い頭に早速要求した。腕捲りをした魔理沙は霊夢の前で止まり苦笑する。箒の柄には燐らしき黒猫が尻尾を巻き付けてぶら下がっていた。
『どうしたんだ、随分しわしわじゃないか』
『しわしわ言うな』
『天下無敵の巫女様もこうなりゃ形無しだな』
『うっさいわね……』
 魔理沙はなんだかんだ言いながら懐から小さな水筒を出し、蓋を開けておもむろに霊夢に中身をぶっかけた。うおお勿体ねぇ! と思ったがどうやらマジックアイテムらしく、逆さまにするとドバドバとまではいかないがチョロチョロ清らかな水が流れ出す。霊夢と早苗は歓声を上げて水筒に飛び付いた。
『対策立てずに無理矢理進む奴があるか。陰陽玉の向こうに居るのは白雪か? 紫か?』
『白い方。いやぁ悪いね魔理沙、熱対策してなくてさ』
『んなこったろうと思ったぜ。人間はあんたらと違って環境の変化に弱いんだ。気をつけてくれよ』
 魔理沙は水筒を奪い合う霊夢と早苗を面白そうに見ていた。
「魔理沙はどこまで行ったの?」
『ん? ああ、今回の異変の話か?地獄烏の前まで行ったんだけどな、熱過ぎて近寄れ無かった。ありゃあ弾幕決闘以前の問題だな』
「マジで」
『大マジだ』
 魔理沙は神妙な顔で頷く。やべえ。冷属性か炎属性が必要だったのか。どうしよう……陰陽玉には27℃設定の冷房機能しか付けてないぞ。
「うーむ……魔理沙、冷属性の魔法エンチャントできる?」
『今ここでか? 下準備無しじゃしょっぼいヤツしかできないぜ』
「充分。陰陽玉にかけて。魔力大量に使って効果増幅するから」
『……まあ別に良いけどな……白雪と話してると地道な魔法研究が馬鹿らしくなるぜ。シャンハイ、補助してくれ』
 魔理沙は横で浮いていたシャンハイ声をかけた。コクリと頷いたシャンハイがふよふよ飛んで陰陽玉の上に陣取った。魔理沙が両手を広げたシャンハイを中心に指で魔法陣を描く。一瞬金色に発光した魔法陣は陰陽玉に吸い込まれていった。
 陰陽玉に冷魔法が付与される。
「よっしゃ、ナイス魔理沙!」
『気にすんな、貸し一だ。あとで貸した分取り立てるからな』
「あれー、なんか昔魔導書あげたり家の再建手伝ったりした様な気がするけど気のせいだったかな」
『……やっぱ今の無しだ。サービスにしとくぜ』
 魔理沙はばつが悪そうに頬を掻いた。誰にでも親切にしとくもんだ。情けは人の為ならずってね。
「それで今更だけどその猫は?」
『こいつか? お燐って名前の化け猫だ。弾幕決闘で軽く捻ってやったら勝手に着いて来た。さっきまで人型だったんだけどな、こっちの方が楽だっつって戻っちまった。なんか通信符をマグマに落としたとか言ってたが……』
 魔理沙に耳をくすぐられた燐はうにゃあんと気持ち良さそうに鳴いた。二本の尻尾でしっかり箒の柄に捕まり、全身の力を抜いてぶらぶらしている。魔理沙と一戦して疲れているのかも知れない。そうか、通信符は落したのか……持ち歩かないで地霊殿に置いときゃ良かったのに。
 あと燐リラックスし過ぎ。
 最近の魔理沙は万能型に進んでいるらしい。勿論攻撃魔法にも磨きがかかってはいるのだが、生活に役立つ細かい魔法習得を優先させている。もう霊夢に勝つのは諦めたのか、それとも先に生活環境を整えてから攻撃魔法研究に集中する事にしたのか……まあどちらでもいいか。魔理沙の好きにすれば良い。









 たっぷり水を浴びて生き返った霊夢と早苗は水筒を返し、魔理沙と別れて先に進んだ。陰陽玉から景気良く噴き出す凍える風を背中に浴びて快適に飛ぶ。
『なんだか寒いぐらいです』
「灼熱地獄で凍えるとか……白雪、温度上げたら?」
「段々熱くなるから大丈夫。一々調節するのは面倒臭い」
 二人はモニターの向こうで御札と弾幕をこれでもかとばらまいていた。周囲には怨霊が視界を埋め尽くすほど溢れいる。今まで道中楽をした分のツケが回ってきたらしい。
 しかし数が多くても怨霊は怨霊。妖精よりは強いが巫女コンビを相手取るには力不足だ。さして時間もかけずに怨霊の群は半壊し、逃げ去って行った。
 そして開けた視界の向こうに見える黒い影。やってきました鳥頭。おしおきの時間だよ!
『空さん、首に札かけてませんね』
『何かの拍子に外れたんじゃない? 外れない様な封印をかければ良かったのに』
「その為の封環です」
「霊夢さん、早苗さん、懲らしめてやりなさい!」
 諏訪子の言葉で二人は空に向かって突貫した。制御棒を振り回して機嫌良さそうに何か歌っていた空が気配を察して振り返る。
『またなんか来たわ。今度は二人四組? 間欠泉ならもう止められないわよ』
『あんたが止められなくたって関係無いのよ。何にしても封環つけるんだし』
『生意気ね。貴方達を倒した後はいよいよ地上にこの力を試しに行くつもりよ。うふふ、哀れ地上は新しい灼熱地獄に生まれ変わる』
『そのいかにもな台詞、悪者ですか? 悪者ですよね? というか空さん私の顔も忘れたんですか?』
『忘れたもなにも会った事無いじゃないの』
 不思議そうに首を傾げる。完全に忘却しているようだった。何かが原因で首の札が外れたが最後、暴走一直線って訳だ。
『うだうだ話して無いでさっさと片付けるわよ。早く地上に戻ってお茶飲みたいわ。真冬に熱い所へ行って冷房を効かせてるなんて阿呆らしい』
『残念でした。もう地獄の釜からは帰れない。究極の核融合で身も心も幽霊も妖精もフュージョンし尽くすがいい!』
「ちょっと諏訪子さん聞きました? フュージョンですって」
「そりゃやばいね、ジョブも体格も同じだし成功しそう。でも戦闘力が違うんじゃない?」
「それもそうか」









 臨戦体勢に入った空から更なる熱気が押し寄せる。早苗と霊夢は焦がされる前に慌てて後退した。空の周囲があまりの熱に歪んで見える。こいつぁすげぇや。確かに弾幕決闘以前の問題だ。いくら弾幕決闘が距離をとって闘う決闘法だからと言っても限度ってものがある。冷魔法があってようやくギリギリ弾幕射程範囲内に近付ける恐ろしい熱量だった。流石は八咫爺さんの炎、パネェっす。
『白雪、もっと温度下げて』
「もう限界まで下げてるよ。これ以上魔力送ったら魔法陣が保たない」
『……まあ急造だものね。仕方無い、か。早苗、一番速度のあるスペカを用意。同時に行くわよ』
『はい!』
 スペルカードを挟みながらちまちまちまちま遠距離から弾幕を放つ。向こうが近付いてくれば近付かれた分だけ離れる。距離がありすぎるため密度のある弾幕も相手に届く頃には広がって隙だらけになってしまい、簡単に避けられる。お互い大量の弾幕の応酬を繰り広げていたがどうも温かった。どちらも被弾の気配が全く無い。
 しばらくアレコレ指示を出して空を落とそうと頑張ってみたが、グレイズさえしない空を見ていたら嫌になってしまった。
 あ、駄目だもう面倒臭い。まだるっこしい。やってられるか。
「霊夢、私が行くわ」
『は?』
 陰陽玉を基点として遠隔操作で転送魔法陣を起動。座標把握。あとは魔力にあかせて諸々の手順を省略し強引に転移した。全行程二秒の荒技だ。ちなみに万全の状態のマレフィでも三十秒はかかる……うわ、何これ熱っ!
「ちょっと白雪何してんの?」
「選手交代。ぼっこぼこにしてやんよ」
「あんたって奴は……まあいいわ。任せる。早苗、何ぼーっとしてんの?逃げるわよ」
「え? え?」
『早苗、いいから逃げて。とりあえず全力で逃げて。巻き込まれたら死ぬよ』
 霊夢は驚き戸惑っている早苗の手を引っ張って全速力で逃げて行った。全身に保温魔法をかけて適温を保ち、追いかけようとした空の前に立ち塞がる。
「何よ新手?」
「真打ち登場! 仕切り直しを要求する。あとスペカ決闘無しで良い? いきなり来たから私スペルカード持ってないし」
 本当は常備してるけどスペカ決闘だと一発被弾で終わるから嘘をついておく。一発じゃあ物足りない。
「はあ……さとり様にはなるべくスペルカード使えって言われてるけど……無いなら仕方無いのかな。スペルカード無しでどうするの?」
「そりゃ勿論殴り合いの燃やし合いさ」
 ファイティングポーズをとると空はキョトンとした。それから段々と笑みを作る。
「いいわねそれ。私が飲み込んだ神の炎! 誰だか知らないけど核エネルギーで跡形も無く溶けきるがいいわ!」
「いいぜ、
 てめえが何でも思い通りに出来るってなら、
 まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」
 華麗にポーズを決めて私は能力を発動した。
 核融合も要は原子力だ。太陽の力だろうが八咫烏の神徳だろうが「力」である以上操るのは容易。
 原子力低下。火力減衰。出力減少。ついでとばかりに飛行力も下げておく。完・全・封・殺! 何が核融合は究極の力だ。千年後に出直して来い!
「いくぞ地獄烏――――妖力の貯蔵は十分か」
「え? ちょっと待って、なんだか急に身体の調子が」
「聞く耳持たん!」
 速攻で空の胸の赤い目玉を抉る様にボディブロウ。空は驚愕を顔に貼り付けて吹っ飛んだが手応えは硬かった。目玉では無く装飾品か何からしい。
 岩壁に叩き付けられながらも制御棒をこちらに向ける空。制御棒に妖力が集中し灼熱の炎球がゆっくりゆっくり膨れ上がっていく。空は顔を真っ赤にして集中しているがなかなかチャージは進まない。馬鹿めが、原子力は九割九分封じてあるわ。普段通りに行くわきゃあ無い。
 それに私がそんなチンタラ溜めるのを大人しく待っているとでも思ったか。
「喰ら――」
「――う訳ねーだろ」
 集中力と制御力を下げて暴発させた。自分の核熱を至近で喰らい、爆発音と共に熱波が吹き荒れる。
 反撃の隙なんか与えるか。とことん大人気なく逝くぜ!
 空は熱耐性は高いらしく煤けて背中の羽がよれよれになっていたがあまり堪えた様子も無い。
「ちょっと! まともに闘いなさいよ!」
「闘ってるじゃん」
 ワンサイドゲームだけど。
 怒って元気にカーカー鳴く空の目の前に少量の水を喚び出した。次の瞬間水蒸気爆発が起き、再度空を岩壁に叩き付ける。
 立て続けに爆発を喰らい、しかしまだ立ち上がる空の瞳は敵意に燃えていた。指を鳴らして水を再召喚、爆発。はい鎮火。
「知ってる? 知的生物ってのは感情と共に記憶すると物事を忘れ難くなるのだよ。それは喜びだったり怒りだったり……痛みだったりね」
 髪をぼっさぼさにさせた空の顔が引きつる。
 魂に記憶させてやろう。図に乗って核の力を振り回したらどうなるか!
「ヒャッハー! 汚物じゃなくても消毒だー!」
 炎魔法発動、火力と威力UP。白く輝く大炎弾を空に叩き込んだ。空は反撃に弾幕を撃とうとしたが、発射する前に炎弾が着弾して爆炎に飲み込まれる。小さく絶望的な悲鳴が聞こえた。
「ファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイアファイア――――」
 一発で効かないなら十発。十発で効かないなら百発。百発で効かないならいくらでも。敢えて相手の耐性が高い属性で延々と攻撃し続ける。熱は通らなくても痛みは通るだろう。
 ふははははははは!
 まだだ! まだ終わらんよ!
 ずっと私のターン!
「ドロー! スペルカード! 力符『神の見えざる力』!」
「ドロー! スペルカード! 暴力『数撃ちゃ当たる』!」
「ドロー! スペルカード! 全力『妖力無限大』!」
「ドロー! 割引き券! 人里反物屋一着半額!」
「ドロー! スペルカード! 力技『剛よく柔を断つ』!」
「ドロー! スペルカード! 乱力『人妖大戦』!」
 岩が砕かれて舞った砂埃やら煙やらで空の姿は見えなくなっていたが、妖力を探ればどこにいるか正確に把握できる。一度煙に紛れて逃げようとしたが即座に回り込み殴り飛ばして爆心地に戻した。逃がしはしない。
 蹂躙ッ! 正に蹂躙ッ! 手も足も出させないッ!
 私は地獄烏が焼鳥になるまで容赦無くなぶり続けた。








「あんたが来れるなら最初からそうしなさいよ……」
「いやあ、私が地底に行っていいかどうか確証無くてさ。異変解決は巫女の仕事だし」
 OSHIOKIが終わり、巫女二人が恐る恐る戻って来た。霊夢はぴくりとも動かなくなり地面に転がっている空を足の先でつついている。早苗はあまりの惨状に目を覆っていた。誰だか分からないくらい黒焦げになってるからなぁ……
 まあ封環つけたし、これだけやれば二度と暴走する事もないだろう。











 だらだらスペルカードルールに則って書くのが面倒になったので必殺白雪無双を発動。ムシャクシャしてやった。反省も後悔もしていない。



[15378] 本編・地霊殿・湯煙ハプニング
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/09/11 14:50
ポロリは無いよ!








 空を地霊殿に担ぎ込み、なんとか動ける程度に回復させた私はそのまま単身旧都へ向かった。霊夢と早苗は地霊殿でしばらく休憩してから帰るらしい。
道中通信符で紫に確認をとったが、私が地底へ入った事は恐らく問題にはならないだろうとの事だった。
 地底側が怨霊を地上に出してしまっていた事もそうだが、既に地底は地底で独自のコミュニティを築いている。地上への道を開放した所でわざわざ住み慣れた住居を捨てて地上を侵略したがるような奴は……いなくなったし、後日正式に国交正常化? が発表されるそうだ。
 紫との通信を終えると、提燈や人魂で明るく照らされた旧都の町並みが見えてくる。
「うーむ、何百年経ってもあんまり変わらな――――おぶ!?」
「白雪ー!」
 私は神速で飛んで来た宿儺の体当たりをもろに喰らって吹っ飛んだ。さっきまで飲んでいた茶を吐きそうになる。そのままホールド、豊満な胸に顔を押し付け正面から熱烈に抱擁された。
「ちょ、宿儺、骨が、骨がミシミシってあ゛あ゛あ゛あ゛!」
「ああ白雪、白雪白雪白雪白雪! 悪戯に姉を寂しがらせる小憎い奴よ! もう今夜は――いや三日、一年は返さん!」
「一年!?」
「さあさあさあ! 酒と宴会が待っておる!」
 興奮状態で私を連行しようとする宿儺。よっぽど会いたかったんだなぁと申し訳無くなった。もう少し早く会いに行けば良かったかね。
 私はお詫びにちょっと抱き返し、筋力と腕力を上げて脱出した。宿儺は哀しそうな顔をする。
「なぜ逃げる? 私の胸では不満か?」
「骨が悲鳴上げてんの!……それに恥ずかしい」
 お互い何歳だと思ってんだ。
 しばらく私の胸に飛び込んでおいで、だが断る、のやり取りを繰り返していたが、肩車に落ち着いて二人で旧都へ向かった。これはこれで恥ずかしいがなにせ代案が横抱きだ。仕方無い。ちなみに普通に手を繋ぐとか隣を歩くという選択肢は無いらしい。
 高身長の宿儺に肩車され、周りより頭二つ高い目線で旧都の大通りを歩いていく。
 祭り囃子に似た笛の音と人々のざわめきに包まれ、旧都は地上よりも余程明るく楽しげな雰囲気を醸し出している。宿儺が買い与えようとする仮面や綿菓子を断りつつ、時々見掛ける知り合いに手を振りながら私達は馴染みの居酒屋に入った。入る際に暖簾に頭をぶつけたが気にしない。
 そして一歩店に踏み込んだが最後、後はもう飲むか飲まれるかだった。









 拘束一年は流石に長過ぎるので三日で妥協してもらった。宿儺は渋ったが。
 萃香や勇儀も交えた大騒ぎを超え、例によって目が覚めると裸で宿儺と抱き合っていた。毎度毎度鬼と酒宴をする度にこれだとそろそろ諦めの境地に入ってくる。何故か私の衣は萃香が着ていたので引き剥がし、代わりに宿儺手縫いの着物を着させておく。サイズは同じだ。
 神力をほんの少し消費して酒臭くなった衣の匂いを消し、あられもない格好で転がって寝ている宿儺を揺すって起こす。
 私は362日分の短縮と引き換えに宿儺と一緒に温泉に入る事になっていた。昔入浴の誘いを断った事をしつこく覚えていたらしい。いつの話だよそれ……
 しかしまあなんだ、宿儺とは長い付き合いだし、裸の付き合いも悪くは無い。非の打ち所の無いプロポーションを生で見て敗北感に打ちひしがれるのも今更だ。
あーあ、宿儺と私を足して二で割れたらいいのになぁ。見事な平均体格の美少女が出来上がる事だろう。
 私は宿儺に着物を着せ、窮屈そうに胸をしまうのをイライラしながら見ていた。
「さて、白雪」
 宿儺は着替え終え、周りで熟睡している鬼達を起こさない様に小声で言った。私は宿儺のわくわくした顔を見て断りきれず頷いてしまう。
 背中をよじ登って肩車体勢へ移行、私達は頭に毒々しいキノコを生やした店主に見送られ店を出た。
 店から出る時また暖簾に頭をぶつけた。








 肩車で空を飛ぶというのも間抜けな絵図なので、宿儺は地底をその駿足で駆け抜けた。土煙を巻き上げ音を置き去りにし、橋の上でもくもくお握りを頬張っていたパルスィを危うく轢きそうになったりしながら先へ先へ。前から吹き付ける風が髪を後ろにさらっていく。
 地上へ続く縦穴を垂直に駈け登った私達は朝日が眩しい地上へ出た。
「はて、地上はこれほど光に溢れていたかの?」
「夏はもっとギラギラしてるよ」
「それはいかん。私の目はもう地底の灯に慣れてしまった」
 私達は乱れた髪を整えて今度はのんびり歩き出した。
 間欠泉が噴き出して一週間と経っていないにも関わらず、既に高い竹の敷居で隔てられた男湯と女湯が整備され、立派な二階屋の温泉宿が建っているのが見えた。仕事が早い。
 周りの湯治客の視線が痛かったので宿儺に懇願して肩から降ろしてもらい、手を繋いで歩いていく。間欠泉の熱で積もった雪は溶けており、むき出しの土の地面はほのかに温かい。所々に残った泥水の水溜まりからはうっすら湯気が上がっていた。
 自然に踏みならされてできた道を老若男女人妖問わず木桶に手ぬぐいを持って行き来している。温泉は大盛況な様だった。
 丁度足元に文々。新聞が落ちていたので土を払って拾う。新聞から脚色と思われる部分を抜いて読むと内容が五分の一になったがそれはともかく。
 守矢は温泉を沸かせたのは私達だと声明を発表したが、特に使用料を取るでも無く、下手に慣れない温泉経営に手を出すよりは民間に任せた方が良いだろうと考えたらしい。実際温泉整備も温泉宿経営も妖怪と人間が協力して行っている。
 守矢は「温泉を沸かせた気の良い神様」という評価を得て一定の信仰増大を達成。間欠泉付近の温泉は全てひっくるめて親しみを込め「洩の湯」と呼ばれる様になった。
 とのこと。
 神奈子も諏訪子も上手くやった様で一安心。
 なんか幻想入りしてまだ数年なのに守矢の信仰拡大ペースが早過ぎてその内博麗のシェアを乗っ取られそうな気もしたが、それはそれで良いだろう。神力を失っても個人的には特に困らないし、結界維持は神力抜きでもなんとかなる。人間にとっても職務に熱心な神様が上に立ってくれた方が良いだろうさ。
 しかし幻想郷の土台が出来る前から三千年近くかけて根付いた博麗信仰を本当に越えられるかは疑問だ。神奈子がミシャグジ信仰を覆せなかった様に博麗信仰も幻想郷がある限り崩れないと私は半ば確信している。
「どうした眉を顰めて」
「いや、なんでも」
 ま、なるようになるさ。
 私は新聞を丸めて投げ、女湯の暖簾を潜った。









 板張りの脱衣所で無造作に着物を脱ぎ去った宿儺は他の客の目を一身に集めていた。ボンッキュッボンとは宿儺の為にある言葉だ。淫魔の様な妖しいエロさでは無く究極的な媚びないエロス。艶やかな藍色の髪を払うその仕草一つ一つが絵になる。
 肌の手入れも髪の手入れも滅多にやらないクセにここに居る誰よりも輝いて見える。
 それに比べて……
 私は自分の身体を見下ろした。上から下まで一直線にストンと落ちている。曲線にもなっていないこの虚しさ。
 髪は……まあ負けて無いと思う。
 肌は荒れて無いしきめこまやかだけど、これは単に幼児なだけだ。つつくとふにふにしてるし。
 総合評価C+。宿儺のAAAオーバーには遠く及ばない。ベリーシット!
 揉んだぐらいで大きくなりゃあ世話無いよなぁ、と思いながらも揉む面積すらない平地を未練がましく触っていると宿儺にひょいと小脇に抱えられた。
「自分で歩けるんだけど」
「分かっておる」
 分かってるなら降ろせよって言っても無駄なんだろうなぁ……
 こんな威厳もへったくれも無い姿を知り合いに見られたらやばいなと思って見回すと牛乳瓶を片手に持ったてゐとばっちり目が合った。よりにもよってお前か詐欺兎詐欺。
 にまぁあ、と何かを含んだ笑顔を向けられたので迷わず記憶力を下げる。忘れろ。
 他に知った顔は無かったのでこれで噂は広まらないだろう。どいつもこいつも私をスルーして宿儺のないすばでぃを羨ましそうに見ている。
 黒っぽい岩を組んだ大雑把な作りの掛け流し温泉で、洗い場は凸凹しているが一応平らな石で覆われていた。雑な所がかえって雰囲気を出しているようないないような。
「白雪、背中を流してやろう」
「自分でできますー。ほらできた」
「むう……」
 私はさっと身体を流して湯船に足を入れた。おおう丁度良い湯加減。
 宿儺はがっかりした様子だったがいそいそと身体を流して私の隣に滑り込んだ。頭の上に手ぬぐいを乗せ、ご機嫌で鼻歌を歌い出す。さっきから宿儺のテンションが高ぇ。
 私も宿儺に合わせて鬼の宴会でよく唄われる唄を口ずさみながら空を見上げた。
 当たり前の様に人妖問わず空を飛ぶ幻想郷だから、一見何も無い様に見える頭上にはマジックミラーの様な結界が張られている。中からは良く晴れた冬空が見えるが、外からは真っ暗で何も見えない。竹の敷居も穴が空けられない様に幾重にも妖術や魔法がかけられている。覗き対策はばっちりだ。
 しかしその割に男湯と女湯が竹の敷居で隣り合わせに分けられている辺りに男衆の執念を感じた。いや覗くのは無理なんだけどさ、音と声は聞こえるんだよ。女湯は結構キャッキャウフフ騒がしいけど男湯は気味が悪いほど静かだ。
 試しに竹の敷居を手の甲で叩いてみると向こう側からばちゃばちゃと慌てた様に離れていく水音が聞こえた。つまりはそういう事なのだろう。
 白く濁った湯を手ですくって水面に波紋を作っていると入口の戸がカラリと開いた。羽をしまった文がのほほんとした表情で入ってくる。いつもの野次馬オーラが感じられない。今日はオフらしい。
「文ー」
「おや、白雪さんも温、泉……に」
 声をかけると文はこちらを見て固まった。正確には宿儺を凝視して目を見開いている。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な……なぜこんな所に……消えろ私の体……気取られたら終わり……」
 文は顔を青褪めさせてぶつぶつ言いながらゆっくり後ずさってピシャリと戸を閉めた。宿儺は私の髪を弄るのに夢中で一連のやり取りに気付いていない。
「……鬼ってさぁ、天狗にそんなに怖がられてんの?」
「何を突然。天狗は盟友、怖がられる覚えは無いわ……ふむ、三つ編みはあまり似合わんの」
 宿儺は上の空で答えた。
 鬼の事だからどうせ自覚しない所で畏れられてるんだろうなぁ。天狗は上下社会を築いているし、文の上司(広報活動総括)の上司(大天狗)の上司(天魔)の上司(鬼)の上司(四天王)の上司だから地位で言えば天と地の差がある。宿儺の一声で社会的にも物理的にも首が飛ぶのだ、そりゃあ会いたくは無いわ。
 文は逃げ帰ったのだろうか、悪い事したかなと探知魔法で様子を探ると真後ろから強い妖力反応が反ってきた。
「うえ、痛っ!」
 驚いて振り返ると髪が引っ張られてハゲかけたのでゆっくり後ろを向く。そこには頭の上に閉じた目玉を乗せた少女が宿儺と一緒になって髪を弄っていた。
 ……こいし?
「あら、気付かれちゃった」
 まじまじと見つめるとこいしは私の髪を結んであやとりをしながら困った風も無く言った。
「いや、今の今まで気付かなかった」
「そう? ほらホウキ」
 こいしは少し嬉しそうに笑ってあやとりのホウキを見せてきた。
「えーと……凄いね?」
「お姉ちゃんに習ったの。八段はしごも作れるわ」
 マイペースに手を動かすこいしに呆気にとられる。何してんだ。それに何考えてんだこの娘は。いや何も考えてないのか。
「白雪、誰と話しておる?」
「あ、見えない? 正面にいるよ」
「正面……む、誰だこやつは」
「お姉さん胸おっきいねー。揉ませて」
「断る」
「ケチ」
 宿儺はこいしとキャッキャウフフし始めた。湯が跳ねて他の客が迷惑そうにしているので私が代わりに頭を下げておく。
 そこに居ると意識すれば認識できるが、意識しなければ視界に入っていても「気付かない」。要するにあやめの能力みたいなものだろう。周囲に自分を認識されない状態になっているのだ。こうして一度気付けば普通に見えるし、探知魔法にも引っ掛かった。完全に感知不可と言う訳でもない。
 こいしの目玉から出ているコードは一体どこに繋がっているのかと宿儺に水鉄砲を乱射しているこいしを目で追っていると、胸の前で見覚えのある札が揺れているのに気が付いた。湯煙で見えにくいが目を凝らすと「かりょくをおさえる」と書いてあるのが読み取れる。
 ……おい。
「二人共ストップ。こいし、その札どうしたの?」
「え? これ? さあ?」
 こいしは言われて始めて気付た様に不思議そうに札を引っ張った。無意識につけていたらしい。無意識で空から盗って無意識で装着したのか?それとも落したものを無意識に拾って装着したのか。どちらにしても迷惑な話だ。
 意図的にやったのならフルボッコだが無意識でやった事を責めるのもどうなんだろう? 寝言で言った事を責めるようなものだ。
 結論、無意識なら仕方無い。便利な言葉だ無意識。
 まー既に解決している異変だ。後腐れ無く争いを収めるためのスペルカードルールなのだし、今更責任がどうのこうのと掘り返すのは駄目だろう。最後の最後で肉弾戦になったけどスペカも一応使ったし。
 私は肩をすくめ、いつの間にか弾幕戦に突入していた二人の頭に拳骨を落とした。湯船で騒がない。これ鉄則。



[15378] 日常編・さんぽ
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/09/16 07:47
小話集









 私は基本的に昼に活動して夜に寝る人間型の生活をしているが、気が向いた時は夜にも動く。友人の大部分が夜行性なのでちょくちょく夜中に遊びに行くのだ。
 まー昼型なんだか夜型なんだかよく分からん無茶苦茶な生活リズムの奴もいるけどもとにかく夜に遊びに行く。
 今日も私は晩御飯を食べ終え気紛れに夜の散歩に出掛けていた。まだまだ寒さは続き、空からは私の髪の色によく似た白い雪がちらほらと舞っている。
「どーちーらーにーいーこーおーかーなーはーくーれーいーさーまーのーいーうーとーおーり! ……あ、博麗様って私だった」
 くるくる回って方角を決める。人里の数え唄や子守唄にはナチュラルに`博麗様´が入っているから時々自分で自分に祈ってしまう。困ったもんだ。
 ぷらぷら飛んで行くと人里が見えてきた。人里の灯は居酒屋と24時間営業の陰陽師事務所以外消えている、と思いきや寺子屋からも光が漏れていた。満月でも無いのに残業とは珍しいと下に降りてみる。地面に降り立ち、私は寺子屋の戸を叩いた。
「けーいねさーん、あっそびーましょ!」
 声をかけてしばらく待つ。ぱたぱたと足音がして戸がガラリと開いた。
 ちょっとよれた感じの慧音が私を見て渋い顔をする。夜分遅くにすみませんね。
「白雪か……悪いが他を当たってくれないか? 今は忙しいんだ」
「何? 仕事?」
「そうだ」
「なら手伝うよ。暇だし」
「それは……あー、そうだな、頼む」
 慧音は少し躊躇していたが頷き、手招きして中に引っ込んだ。書斎に案内されると机の上にテストの答案が山と積まれていた。うへぇ。
「白雪はその束を採点してくれ。これが解答だ」
「はいはい。でも職員でも無いないのに採点任せていいのかね」
「自分から志願して何を言う。それに私は白雪を信用しているよ。生徒の個人情報を吹聴するような性格ではないだろう?」
 慧音は少し私に笑いかけてガリガリ採点を始めた。私は肩をすくめて赤ペンを取り、そのへんの椅子を引き寄せて座り丸つけを始める。
 えーと、問一○、問二×、問三○……ん?

【問四.下線部二を参考に次の□を埋めて四字熟語を作りなさい。□肉□食】
【答.焼肉定食】

「慧音、問四良い問題だね」
「……そうか?」
 丸にしておいた。










 神様パワーを発揮して早送りで採点を終え、私は慧音に見送られて寺子屋を離れた。魔法の森に向かって飛びながらお土産に貰った煎餅をバリバリ囓る。当然ボロボロ屑が落ちたが、零れた欠片は私と同じ様にふらふら飛んでいた数匹の妖精が下でキャッチしていた。三枚貰って二枚目食べ終わったので残りの一枚を丸ごと落とすとキャアキャア騒いで取り合いを始めたが、取り合いはいつの間にか煎餅フリスビーごっこに移行していた。うむ、平和だ。
 ひとしきり和んでから先に進む。しばらく飛ぶと魔法の森の入口付近の雪原でフランとチルノを見つけた。スコップを両手に持って猛烈な速度で積もった雪をかきあげ雪山を作っている。
「何やってんの?」
「あ、白雪!」
 下に降りるとフランが嬉しそうに駆け寄ってきて飛び付いた。抱き留めて頭を撫でるとくすぐったそうに笑う。ああ可愛い、もう悪魔返上して天使名乗っちゃえよ。
「あのね、今冬の別荘を作ろうかと思ってるの。お姉様にプレゼントしようかと思って」
「雪で別荘……カマクラ?」
「うーん、近いかな」
「フランドール! サボって無いで働きなさいよ!」
「あ、ごめん今行く! 白雪、良かったら見ていって。もうすぐできるから」
 フランはチルノに呼ばれて作業に戻った。今度は四体に分裂してザクザク雪をすくっては放り投げ、みるみる内に雪山を大きくしていく。私は少し離れて見学だ。
 フランとチルノはいつの間に仲良くなったんだ? でも新進気鋭のカリスマ同士違和感が無い。ちょっとカリスマ分けてくれないかな。
 チルノはフランのパチュリーポジションなのだろうかとぼんやり考えている内に作業が一段落したらしい。二人はスコップを突き刺して一息ついていた。
 二人の隣から雪山を見上げてみたがけっこうな大きさだった。大きめのビルを横倒しにしたような感じで横に広い。私は首を傾げる。
「これをどうすんの?」
「それは勿論こうして」
 チルノが両手をかざし、開いた手のひらをぐっと握り締めた。雪山は圧縮され、一回り小さな氷山になる。氷は良く澄んでいて中まで透けて見えた。
「こうするの」
 続いて一体に戻ったフランが両手に灯した髑髏を慎重に正面で合わせ、一つの髑髏にした。それを三、四回繰り返し、倍ほどに大きくなった髑髏を握り潰す。
 途端に氷山が氷の破片を飛び散らせて爆発した。
 そしてダイアモンドダストの様な氷の散華を煌めかせて現れたのは美しい氷で出来た紅魔館。実物の半分ほどの大きさしかないが門から塀、窓の少ない館、時計塔に至るまで完璧に紅魔館だった。
 マジか。
「名付けて氷魔館よ! あたい達ったら一級建築士ね!」
 チルノは無邪気に笑ってフランと手を打ち合わせていた。ホント器用だな……お姉さん開いた口が塞がらないよ。フランもますます能力の使いこなしに磨きがかかってるし、この二人は一体どこまで突き進むのか想像もつかない。









 ざっと氷魔館の中を案内され、シャンデリアまで細かく作り込まれているのを見て驚きを通り越し呆れた気分になった。
 これならレミリアも喜ぶとフランに保障し(フランのプレゼントならなんでも喜ぶが)、私は二人に別れを告げて歩きで魔法の森へ入った。
 外は寒いし温かい紅茶でも頂いて一息着こうかとマーガトロイド邸に向かう。途中で命知らずにもズラリと並んだ鋭い歯をむき出して襲ってきたキノコを襲い返した。傘を囓ってみると少し甘い。
 柄の方は苦かったので傘だけもぎ取って食べながら歩いていくと、マーガトロイド邸から小さな人影が飛び出して来るのが遠目に見えた。
「アリスの馬鹿! もう知らない!」
「待ってメディ!」
 アリスは勢い良くドアを開けて逃げるメディスンを引き止めようと手を伸ばしたが、メディスンはその手をかいくぐって走り去った。
 メディスンは森の中に消え、アリスは戸口で呆然と立ち尽くす。唇を噛み締めたアリスの顔には後悔の色が浮かんでいた。
「喧嘩かね、若人よ。追いかけた方が良いんじゃない?」
「……ああ、白雪。みてたの?」
 傘を捨てて声をかけるとアリスは取り繕った顔で振り向いた。
「見てた見てた。どう? 良かったら相談に乗るけど」
「余計なお世話よ。どうせ寂しくなったら帰ってくるわ。白雪はまた紅茶でも飲みに来たの?」
「そう」
「なら早く入って。暖房かけてるんだから」
 私はアリスに続いて中に入った。中は暖炉に火が入っていて温かい。テーブルに着くと言わなくても人形がふよふよ寄って来てアンティークなカップに温かい紅茶を入れてくれた。
 クッキーを頬張りながら私今晩食ってばっかだなとぼんやり思う。紅茶のお代わりを貰いながらちらりとアリスを見ると、テーブルに転がった毛糸玉をイライラ指でつついていた。時折窓の外に目が行き、小さくため息を吐いている。
 素直じゃないねぇ。何があったか知らないけど見栄張らないで探しに行けばいいのにさ。
「……何よ」
「別に」
 アリスは睨んで来たがさらりと流し、私は何気なく窓の外に目を向けた。
「外は雪が降ってるね」
「…………」
「今日は寒いよ。防寒具が無いと凍える、かも」
「…………」
「温かい所から急に寒い所に出ると風邪を引きやすいんだよね」
「……あの子は人形だから風邪なんか引かないわ」
「おや、私はメディスンの話なんかしてないけど?」
 アリスは押し黙った。
 それきり会話は無く、時折暖炉の火がはぜる音だけが聞こえていた。
 やがてクッキーが二皿空になり、アリスがそわそわとテーブルの下で手をこねくり回し始めた時、玄関の方から小さな音がした。目をやるとドアの隙間からメディスンがびくびく中を覗いている。アリスは私の目線に気付き、すぐさま立ち上がるとツカツカドアに歩み寄って開け放った。
「あ……」
 メディスンは怯えた様に半歩後ずさった。無表情のアリスはじっと雪まみれのメディスンを見下ろしている。
「あ、あの、私、」
 メディスンが意を決して何か言いかけたが、その前にアリスはその場にしゃがみこんだ。メディスンの服と髪についた雪を払い、きつく抱き締める。メディスンは驚いた顔をしたが、すぐに泣きそうな表情になって抱き返した。
「アリス、ごめんなさい」
「……馬鹿。心配させないで」









 二人の邪魔をしないように私は窓からそっと抜け出した。両方の意味でご馳走さまです。
 甘い物の後には酒が欲しくなる。もう日付も変わった遅い時間だし、〆にミスティアの屋台で一杯ひっかけて行く事にした。
 聴力を強化して耳を澄ませると、遠くから特徴的な歌声が聞こえてくる。私は歌を頼りに再び雪の夜空を飛んだ。
 竹林の傍の分かりやすい場所で開いていたので近くまで行くとすぐに見つかった。提灯をつけた屋台でミスティアが鰻を焼いている。
 私はブレザーを着た長い耳の先客の隣に座った。ミスティアが威勢良く声をかけてくる。
「いらっしゃい! 何にする? 八目鰻とか鰻とかウナギとかあるけど」
「おすすめは?」
「ウナギ」
「じゃあ夜雀の丸焼きで」
「……おおおお客さん、ひ、ひ、冷やかしはこまるわー」
「そんなに怯えなくても冗談だから大丈夫。取って喰やしないよ。熱燗と何か適当につまみ頂戴」
「良かった……」
 ミスティアはかなりほっとした様子で呟くと徳利を温め始めた。待っている間に隣でカウンターに突っ伏している鈴仙の耳を引っ張る。
「鈴仙、どしたん?」
 声をかけても反応が無いので耳の中に息を吹き掛けてみた。鈴仙の肩がビクンと揺れる。しかし起きない。
「お客さん、そっとしといてあげてよ。鬱憤溜まってるみたいで随分飲んでたからさ、当分起きないと思う」
 ミスティアが慣れた様子で毛布を取り出し、鈴仙の肩にかけた。普段の軽薄な鳥頭とはかけ離れた優しい顔をしている。
「繁盛してる?」
「固定客も着いて来たし、割とね。でも私の屋台に対抗して焼鳥屋もメニュー増やしやがったから良いのか悪いのか悩むわ……熱燗おまち」
 ミスティアから徳利を受け取り、まずはお猪口で一杯。温かい酒が五臓六腑に染み渡る。しんしんと降りしきる雪を眺めながらポツポツとミスティアと世間話を交わし、もう一杯、もう一杯とついつい酒が進む。
 結局明け方近くの店仕舞いまで居座り、それから鈴仙を永遠亭へ送って行ったので神社に着く頃には日が昇っていた。
 霊夢にどこ行ってたのと聞かれ、その辺りをふらふらと、と答える。ついでに朝まで飲んでたから朝食は要らないと言うともう作ったわよ馬鹿となじられた。
 ま、こんな日もあるさ。



[15378] 本編・星蓮船・宝船とネズーミン
Name: クロル◆c734d6fd ID:1785e933
Date: 2010/09/21 18:42
 春先、フキノトウが溶けた雪の下から顔を出す頃。神社の境内で残雪を使って八頭身諏訪子を作っていると、雪の中に強い霊力を帯びた何かの欠片を見つけた。
 なんだこれ、と拾い上げて雪を払って観察してみる。木と金属の中間の様な肌触りで、見た目は陶器に近い。形状から察するに何かの破片の様だ。
「ふむ……」
 再現力を強化して元の形状をホログラムで再現しようとしてみたがたった一つの欠片から再現するには無理があったらしく失敗。
 ううむ、破片でさえこれだけ強い霊力が籠ってるなら結構名の通った道具のものだったと思うんだけどなぁ。壊れるとは勿体ない。破片を集めてくっつければ物によっては直るかも知れないけどどうだろう。
 ……まあどうでもいいや。神器の類は間に合ってる。
 そう思って投げ捨てようと手を振りかぶった直前にハッと気が付いた。
 あれ、これって飛倉の破片じゃね?時期的に。
 もう一度よく見ようと手を戻して顔を近付けると突然欠片からニュッと小さな蛇の様なものが顔を出した。そのまま浮かんで飛んで行こうとする。
「逃がすか!」
 私は欠片を取っ捕まえて蛇を摘み取り握り潰す。すると破片は飛ぶのを止めて大人しくなった。ふう、これでよし。
 私は欠片をとりあえず懐に入れて八頭身諏訪子の帽子部分の調整作業に入った。どうやら星蓮船は始まっていたらしい。地霊殿から三ヵ月ぐらいしか経っていないのに忙しない事だ。
 この欠片は飛倉の破片。七つ集めると白蓮が封印された法界への道が開ける。七つじゃなかったかも知れないが。
 そして破片についていた蛇みたいなヤツは見覚えのある正体不明の種。これはぬえがばらまいたものだ。決まった姿が無い飛行体で、ぬえ以外が見るとその人が持っている知識で認識できるものに見える。私には通用せず普通に見えるけどね。
 飛倉の破片があるって事はそれを探す聖輦船ももう飛んでいるのだろうか?
 諏訪子の帽子の形を整え、空を見上げてみると雲の切れ間に巨大な宝船っぽいものが飛んでいるのがばっちり見えた。おおう……ゴリアテだー!真上にいるぞ!なんつって。
 今度外界に行った時ラピュタのDVD借りてこよう、と考えながら私は懐の飛倉の破片を船に向けてぶん投げた。視力を上げて見上げると、飛倉の破片が正確無比に飛んで行き、甲板でキョロキョロしていたセーラー服の少女の脳天に命中するのが見えた。セーラー服の少女は目を回して昏倒する。
 ……よし。配達はできたしどこにも問題は無い。
 私は現実から目をそらして八頭身諏訪子の出来栄えを確認し、境内へ向かった。









 境内では早苗、魔理沙、霊夢の三人娘が何やら姦しく話していた。いい歳した若い娘が三人集まって話す事と言えばさて色恋か、と聞き耳を立てて見れば宝探しがどうの宝船がどうの。
 なんだつまらん。そんな想定の範囲内の会話を聞いても面白くない。
「あの中に宝は無いよ」
 ざくざく砂利を踏んで歩いていくと早苗は会釈をした。魔理沙は軽く手を上げ、霊夢が訝しげに聞いて来る。
「どういう事よ。あんなお宝満載してそうな外見しといて。なんなのあの船は」
「あれは宝船じゃなくて聖輦船って船なんさ。昔は宝もあったみたいだけど今は失われたとか」
 私も霊夢の隣の縁側に腰掛け、急須で湯飲みに茶を注いだ。なんだこれ、ほとんど出涸しじゃないか。
「全部?」
「さぁ……少しは残ってる、かも」
 聖輦船自体が一種の宝だ。
「マジックアイテムはどうだ?」
 私は味の薄い茶を啜りながら飛倉の破片と宝塔を思い浮かべた。
「あると言えばある」
「宝船……七福神……神様が乗っていらっしゃったり?」
 今度は鼠と虎を思い出す。奴等は毘沙門天の遣いだったか。
「掠ってるかな」
「……あんたはなんでそんなにあの船の事情に詳しいのよ」
「博麗白雪だから」
「なるほど白雪じゃ仕方無いな」
「白雪様なら仕方無いですね」
 適当に返したら深々と納得された。えっ、自分で言っといてなんだけどその反応で良いの?
 巷の博麗の評価が気になる所だったが、三人は金銀財宝だの珍しいマジックアイテムだの新参神様なら守矢に挨拶をするべきだのと喧々囂々の会議を始め口を挟む隙が無かった。女が三つで姦しい。私も女だけど。
 お茶っ葉を換えながら足をぶらぶらさせていると、どうやら全会一致で宝探しの決行が決まったようだった。霊夢はそのままお宝目当て。魔理沙はマジックアイテム探し。早苗は物見遊山と神様探し。
 別に異変でも無いし、霊夢達が割り込んでも割り込まなくても命蓮寺組が勝手に手筈を整えて白蓮を復活させるだろう。
 てか白蓮、封印されっぱなしだったな。徊子にでも頼んでさっさと法界への道をこじ開けて貰えば良かった……いやいや徊子は閉じられないものは開けない主義。頼んでも無駄だろう。どうせ今日もどこかで棒立ちしてるんだろうけど今はどこに居るか知らないし。
 うむうむと頷いていると三人は聖輦船を追って飛び立って行った。まあ好きすれば良いと思うよ。今の内に命蓮寺への挨拶に持ってく菓子折りでも用意しとこうかね。幻想郷に神社はあるけど寺は無い。仲良くしたいものだ。









 人里の分社に転移し、和菓子屋でちょっと高めの菓子折りを買って戻って来た。しばらく縁側でうららかな春の日差しを浴びて茶をどんどん消費していたのだが、いつの間にか菓子折りの包みを開いて中身が半分ほど無くなっていた。なん……だと……
 犯人は誰だ。私か。
 んあ~あやんなっちゃた、んあ~あ驚いた、と口ずさみながらも開けてしまったものは仕方無い、完食してもう一度買いに行った。和菓子屋の店主には変な顔をされてしまった。
 菓子折りを縁側に置き、ふと溶けない様に保冷魔法でもかけておこうと思い立ち八頭身諏訪子像の所に戻ると、灰色の丸耳をぴくぴくさせたネズミ妖怪が諏訪子像をダウンジング棒でつついていた。ネズミが入った籠を引っ掛けた尻尾がユラユラ揺れている。
 出たな著作権ギリギリ。
「こらつつくな!」
「うわあ!」
 後ろから怒るとナズーリンは飛び上がった。尻尾をピンと立てて飛び下がり、私を見てほっと息を吐く。
「なんだ、ただの神か。脅かさないで欲しいな」
「折角人が暇つぶしで作り上げた芸術作品をつついたりするから……ナズーリンだったかな?」
「ああ、その通り。そういう貴方は博麗白雪か」
「そそ。ナズーリンはダウザーだったよね。今日の探し物は何? 見つけにくいもの? カバンの中は探した? 机の中は?」
「探したけれど見つからないな」
 ……探したのか。冗談のつもりだったのに。
「探し物が宝塔なら……えーとどこだったかな……確か古道具屋にあったと思うけど」
「……どうして貴方がそれを知っているんだ?」
「神のお告げ」
「自分の職業を思い出してみると良い」
「ごめんやっぱ風の噂」
 ナズーリンはうさん臭そうな顔をしたが追求はしてこなかった。幼女をこじらせて頭をやられたのか、と呟いていたが聞こえなかったフリをする。変な事言うな。一万年以上幼女やってるけどこじらせた事は多分一度も無いぞ。コンスタントに幼女だ。
「しかし……まあそうだな、幻想郷随一の神のお告げには違いない。古道具屋を中心に探してみるとするよ」
「良いからさっさと夢の国に帰れ」
 私はシッシッとネズミを追い払い、つつかれて崩れた諏訪子像の修復を始めた。











白雪、宝船に興味無し



[15378] 本編・星蓮船・霧傘
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/09/26 22:41
 ボンキュッボンの八頭身諏訪子の隣に出来る限り可愛らしくつるぺったんな三頭身神奈子を作って並べ悦に浸っていると、冬眠あけのケロちゃんが分社転移で遊びに来た。
「白雪おはよー。早苗がこっちに来、て……」
 諏訪子は仲良く並んだ二柱の雪像を一目見るなり腹を抱えて爆笑した。ちなみに三頭身神奈子はフィーバーポーズをとっている。キャーカナコサーン!
 笑い過ぎて窒息しかけた諏訪子は目の端を拭って息も絶え絶えに言った。
「白雪上手すぎ。なんでこんなにクオリティ高いの?」
「再現力とか創造力とか創作力とか操ったから。竹細工は素でバンブーシェンロンとか作れるけどね」
「なんで竹細工?」
「数千年竹林に引きこもっ……警備してたから上手くなった」
「流石博麗は格が違った。これウチに飾りたいんだけどいいかな?」
「どうぞどうぞ」
 諏訪子がえらく雪像を気に入ったのであげる事にする。別に目的があって作った訳でもないし。
 諏訪子は諏訪子像を、私は神奈子像を担いで妖怪の山へ飛んだ。途中興奮状態の春告精とすれ違って弾幕勝負になりかけたが神二柱とやり合おうなんて狂気の沙汰、コンマ数個でピチュらせた。
「別に神社に雪像飾っても信仰は増えないと思うけどなぁ」
「誰が信仰のためなんて言ったのよ。神奈子をおちょくるだけ」
「……喧嘩するほど仲が良いってね」
「否定はしないよ」









 守矢神社に雪像を運び込むと、諏訪子は喜々として神奈子をからかい始めた。売り言葉に買い言葉ですぐさま弾幕決闘に発展する。
 私はしばらくオンバシラと弾幕の激しい応酬を眺めていてたが、すぐに飽きて下山を始めた。神奈諏訪の喧嘩は見飽きている。ありゃ喧嘩ってよりじゃれあいだよ。夫婦喧嘩は咲夜も喰わん。
 帰るついでに妖怪の山の様子を見ていこうと私は分社転移では無く普通に飛んで山を降りる。
 のんびり残雪の中から目を出し始めた緑を眺めながら降りていった。周囲の気配を探ると多分天狗のものだろう、監視の目線を感じたが無視しておく。触らぬ神に祟り無し、奴等は基本的に私が天狗の縄張りを侵犯しても気付かないフリをするのだ。冷静に考えれば私は鬼神の強力強烈な後ろ盾もあるし、動く治外法権みたいだ。なんかごめんなさいね。
 中腹まで降りると急に霧が出て来た。このあたりは山裾から吹き上げる風で霧など出ない。つまりは妖怪の出した妖霧。
 一瞬萃香かとも思ったが霧が帯びる妖力が貧弱だったのでそれは無い。
 ……ドッペルゲンガー、かな。
 あいつとは仲が良いとは口が裂けても言えないけど昔からの知り合いだ。一応あんなんでも妖怪の山最年長のはずなんだけどねぇ。力も無ければ威厳も無い。相手の妖力とか能力まで真似できれば私に匹敵する驚異の存在として幻想郷に名を轟かせていただろうに残念な奴だ。
 ぼんやり考えながら濃霧の中を飛んでいると元気な会話が聞こえてきた。声質は全く同じでやもすれば独り言の様に聞こえるが、感じられる妖力は二つ。
 地面に降り、霧で湿った下草を音が出ない様に踏み分けて音源に近付くと二人の少女がそれぞれ切り株に座って話し込んでいた。
 水色っぽい髪。青と赤のオッドアイ。長い舌を重そうに垂れ下げた紫の傘を持っている。
 ……と、いう外見の少女が二人。妖力までほとんど同じだ。片方小傘でもう片方は意捕なんだろうけど……たかだか百年二百年の小妖怪と同等とは情けない。そういう種族なんだから仕方無いんだろうけどさ。
 初めて退治した時から苦手意識を持たれているようなので少し距離をとったまま耳を澄ませてみる。覚えの無い妖力の妖怪、即ち小傘は指を立てて講釈する意捕の話を熱心に手帳に書き付けていた。
「――つまり、人間は未知を恐れ怖がるのね。痛みや何かを奪われる事も恐れるけどスマートなやり方じゃない。分かる?」
「はい、先生」
「偉い偉い。見込みあるわー。どっかの神はそりゃもう暴力主義でね。私なんか初対面で粉々にされそうになったのよ。小傘はそんな力で恐怖を与える様な奴になっちゃだめ」
「はい!」
 意捕は元気良く返事をする小傘に満足気に頷いた。
意捕、根に持ってるなぁ。妖怪退治は世の常、特別酷い事をした覚えも無いんだけど。そんなに怖かったのかね?
「まあ未知って言っても人間はあーだこーだ理屈つけて納得して怖がらなくなっちゃったんだけど。今じゃ私が霧を出しても山の天気は変わりやすいから……とかなんとか言って怖がってくれない。ああ、昔は良かったわー」
「先生、話がそれてます」
「ほむ? ああごめんごめん。それでなんだったかな……そう、怖がらせ方。いや驚かせ方? まあ似たようなものよね。えーとね、とにかく人間はくるぞくるぞと身構えてるから驚かないし怖がらないのね。幻想郷は妖怪の存在が未知じゃないから、小傘がいきなり飛び出して来たぐらいじゃ何も驚かないの。なぜなら小傘を知っているから」
「ええぇ……そんなぁ……」
「こら、そんな顔しないの。今のご時世人間に知られていない正体不明の妖怪なんて……知り合いに一人いるけどあんまりいないわ。まずは受け入れる。ただの唐傘お化けを見ても誰も驚かない」
「……はい」
「よろしい。そこでどうするかって言うとね、そもそも驚かせるのに身一つじゃなければならない理由は無いでしょ。つまり?」
「……道具を使う!」
「正解! 私の場合は霧を出して周りを見え難くして孤独感と不安を煽ってるわけ。道端で自分のそっくりさんに合っても`この人私に似てるな´くらいにしか思わないでしょ? 演出次第で怖く無いものも怖く見える。驚かせるのも同じ。料理中にコンニャクが滑って飛んできてもあんまり驚かないけど、夜道でいきなりコンニャクが顔にぶつかって来たらそりゃもう驚く。大事なのは小道具としちゅえーしょん、自分を魅せる演出なの!」
「なるほど! 流石先生!」
 小傘の尊敬のまなざしを受けて意捕は鼻高々だった。
 聞いているとなんだか思いの他理の通った講釈だった。伊達に長生きはしていないらしい。ちょっと意捕の評価を上方修正した。
 私も拝聴する事にして姿を消し小傘の隣に忍び寄って座った。同じ顔の教師と生徒は気付く事無くいかにして人間を驚かせるか講義を続ける。
「小傘は元が傘なんだから傘に化けれるでしょ? それを使うのもアリ」
「え、でも傘の状態だと動けないです」
「それでいいの。例えばね、」
 意捕はそこで一端言葉を切り、声をひそめた。
「暗い暗い、雨降りの日の夜……仕事帰りに傘を忘れた人間が丁度地面に落ちていた傘を拾う。ボロボロだけどまだ使える、無いよりましだと人間は無警戒で傘を開く……それが恐ろしい化け傘とも知らずに……」
 小傘はごくりと息を飲んだ。私はすぐにオチの予測がついたが口は挟まないでおく。
「傘で雨風を遮り、一人で急ぎ家へ向かう人間。人間はその途中で違和感を抱く。はて、傘をさしているはずなのに妙に背中が冷たい。雨以外の何かが背を撫でているような……不吉な予感に恐る恐る振り返る人間。するとそこには! 傘から伸びた大きな長ーい赤い舌で人間の背中をぬらりと撫でる唐傘お化けが! うらめしやー! ぎゃー!」
 最後の人間の悲鳴を意捕は大声で叫んだ。地の語りが小声だった分悲鳴は大きく響く。私は予測していたので平気だったが小傘はビクンと肩をはねあげて切り株から落ちそうになっていた。
「ひぇえ! ……うーん、それなら腰を抜かすぐらい驚いてくれるかな」
「もちろん。出たー! なんて台詞を頂いたら最高ね」
「せんせー、今時出たー! なんて古典的な驚き方する奴はいないと思います」
「古典的でどこが悪……ふみょろっ!? で、で、ででで出たー! 博麗っ!」
 私が姿を現し挙手して発言すると意捕は大声を上げて飛び上がった。全身を使ってこれでもかとばかりに驚く。そして即座に身を翻し、覚えてろー! と叫んで脱兎の如く霧の中に逃げて行った。
 小傘はあわあわ言いながら突然現われた私と意捕が逃げて行った方向を見比べていたが、
「こ、これで勝ったと思うなよー!」
 と捨て台詞を残して意捕の後を追った。
 私はやれやれと肩を竦めて見送る。古臭い奴等だ。
 端役二人組の未来はイマイチ明るくなさそうだった。



[15378] 本編・星蓮船・船頭多くして船寺になる
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/02 09:00
 妖怪の山を降り、途中人里に寄って分社の点検をしてから神社に戻ると夕方になっていた。神社に霊夢の姿は無く、守矢に通信符で聞いてみれば早苗も帰っていないとのこと。今頃三人は法界だろうか。
 まあ流石に朝帰りなんて事は無いだろうと予想をつけて私は霊夢の分の夕食を作る。お腹空かせて帰ってくるだろうからご飯の量は多めに、野菜炒めにはちょいと奮発して牛肉を混ぜた。
 踏み台を使って台所に立つのが面倒臭かったので、鬼火を宙に灯して土間で中華鍋を振るった。魔法・妖術万歳だ。
 中華の達人気分で調子に乗って何度も具を宙に投げて受け止め、を繰り返して若干焦がしてしまった肉と野菜の炒め物を居間に運ぶと、タイミングよく霊夢が帰って来た。珍しくよれている。
「お帰りー。ご飯にする? お風呂にする? それとも――――」
「ご飯一択。白雪にしては気が利くじゃない、言い方は馬鹿みたいだけど」
「そんな事言うと片付けちゃうよ」
「嘘嘘、感謝してるわ」
「ホントかねぇ」
 卓袱台にご飯と炒め物を出すと霊夢は一心にガツガツとかき込み始めた。霊夢も人の子、動けば腹は減る。
 私は霊夢が箸を置いて一心地ついた所で今回の異変の話を振った。炒め物は綺麗に無くなり、米櫃も半分空になっている。
「どうだった? 宝船は」
「どうもこうも骨折り損のくたびれ儲けよ。お宝なんて欠片も無かったわ。船に乗り込んだら甲板で船長っぽい妖怪が頭にたんこぶ作って目を回しててね、これ幸いと早苗に看病を任せて家捜ししてたら尼入道が喧嘩売って来たから返り討ち。飛倉がどうの姉さんがどうの、事情を聞いてる内に勝手に魔界の法界って所に運ばれてたわ。船長が気絶してても船って動くのね」
 霊夢は番茶をずぞぞと啜って大きく息を吐いた。
「法界って幻想郷じゃないから雑魚が殺傷弾幕を撃って来るのよね。いつもと勝手が違うからもう面倒で面倒で……魔理沙は喜んでたけどね、法界は魔法使いの修行の場らしいから。それで途中で虎と鼠妖怪がちょっかいかけて来たけどそれは置いとくとして、封印されてたボス……白蓮だったかしら? との御対面。妖怪と人間の友愛を主張してたからとりあえずはっ倒しといたわ」
「はっ倒したって弾幕決闘で?」
「まさか。法界にウン百年……千年ぐらい? 封印されてた奴がスペルカードルール知ってる訳無いでしょう。実力行使よ。割と手強かったわ」
「ふぅん?」
 霊夢をして手強いと言わしめるとは白蓮やりおる。幻想郷の少女達は概ね弾幕決闘に慣れてしまい通常の無制限戦闘技術が鈍る傾向にあるが、そのあたりのハンデは封印開け直後に戦うハメになった事と相殺されるだろう。決め台詞はナムさん!だったかな? 誰だよナムさん。ドラゴンボールか。
 満腹になって眠たそうな霊夢から続きを聞けば、哀れボコられたひじりんは船を着陸させる場所を探しているらしい。妖怪も仏の加護を得られる様に寺を建て腰を据えたいのだそうな。
「立地の良い場所があったら教えてくれって言ってたわ」
「あれ、まだお寺建てて無いって事?」
「当たり前じゃないの。守矢みたいに天狗の縄張りのド真ん中に寺造る訳にもいかないでしょ? 当たり障りの無い場所を探してるのよ」
「なるほど、そりゃそうだ」
 前評判の通り争いを好まない人道的な御仁の様だった。
 霊夢はざっと話すと白蓮に渡しておいたという符と対になった通信符を私に投げ渡し、座布団を枕に寝てしまった。
 私は食器を片付けながら考える。
 遠い記憶に残っている知識は東方星蓮船まで。この次は何が起こるか分からず対策の取りようも無い。次があるのかも不明。
 まあ未来ってのは元々不確定なもので、今までの異変についても原作知識(笑)みたいに目安程度の認識だった。ちょいちょい人間だった頃にやったゲームとズレてるしさ。慧音とパパンが一緒に住んでたり、チルノがカリスマ化してたり……あれ、チルノって元からカリスマだったか? なんか分からなくなってきた。
 うん、要はあれだ。現実と空想をごっちゃにしちゃいけません。今私の居るここが現実。ゲームはゲーム。それは何百回と無く認識してきた厳然たる真実である。
 ここ数年何かが狂った様に異変異変異変異変異変異変異変と連続していたが、そろそろ打ち止めなのかまだまだ続くのか……
 その時になったら考えれば良い。
 私は流しで食器を魔法の水流に当てて洗いながら取り敢えずは明日寺の敷地を手配しようと考えを巡らせた。









 明けて翌朝、そこかしこに通信符で問合せ縄張りや勢力均衡などの確認をした所、人里近くの草地に建てるのがよろしかろうという結論に至った。
 なんと言っても寺である。白蓮は妖怪の為に寺を開くつもりのようだが、人間にとっても寺というものは必要な要素だ。特に新しいホトケさんが出た時。
 今までは人里で死人が出ると陰陽師が弔っていた。本職では無いが寺が無かったのだから仕方が無い。墓も共同墓地である。
 随分長い事その体制で通して来たし、人里の人間達もそういうものだと考え不満も出ていないのだが、やはり寺があるのならそちらに任せた方が良いに決まっている。ぶっちゃけた話、ここ何百年かは師匠が一人で法事をこなしていた。あんなんでも一応「仁獣」なので死者の弔いも受け付けていたのだ。私もお経ぐらいよめるけど神がお経をよむってのも妙な話なので葬式には関与していない。神道と仏道は基本的に反するものなのだ。かと言って私に仏道を攻撃する心算は無いんだけども。幻想郷は神も妖怪も飽和してるから今更毘沙門天(の代理)の一人や二人構いやしない。
 話がそれた。
 とにかく人間の墓の管理や法事全般を任せてしまおうという訳だ。だからあまり人里から離れた場所に寺を建てられると困る。
 私は諏訪子に連絡して人里近くの草むらを刈り、土を固めて建築の準備をしてもらった。土の扱いは私よりも諏訪子の方が長けている。
 そして分社に転移、人里の大工連中を訪ねて仕事を頼んだ。
「へぇ、寺院ですかい?」
「そ。毘沙門堂になるのかな? 人里から南西にちょっと行った所に空き地作ったから、そこに建てて欲しいんだけど」
「はあ……うーむ、他でも無い博麗様の頼み、聞きたいのは山々なんですがね。生憎と俺達ぁ寺なんぞ建てた経験はありませんでね。それに第一木材が足りませんや」
 棟梁は申し訳無さそうに白髪の混ざった頭をガリガリ掻いた。大工の厳さん五十三歳、人里で最も腕の良い彼が渋るのだからなかなかに難しそうだった。
 私が寺院の構造を知っていれば神力建築で直ぐに建つが、残念ながらそんな知識は持っていないし持っていたとしても「神」が「仏」を祠る寺を建てるのは憚られる。人間に任せるのが一番だ。
 寺院の建築法は紅魔館の大図書館から資料を引っ張ってくるとして木材は……聖輦船、確か結構でかかったよな。
「寺の建築資料はこっちで用意するよ。で、木材だけど最近雲の上を飛んでた船、知ってる?」
「……ああ、あの宝船」
「そうそれ。アレを改装してなんとかできないかな? あれだけでかけりゃ結構な木材になると思うんだけど」
「……実際見てみん事にゃ分かりませんが、なんとかなるかと……ひょっとして依頼主は?」
「あの船の持ち主。昔は結構活躍した高僧」
「ほほー、それはそれは……そういう事ならやってみまさぁ」
「悪いね、急な頼みで」
「いやいや、若いのの良い経験になりますよ」
 親方はガッハッハと豪快に笑い、他の大工に声をかけて慌ただしく仕事道具の用意を始めた。
 私は白蓮に通信符で空き地の場所を伝えてから一度紅魔館に寄って小悪魔に本を見繕ってもらい、すぐに人里に取って返した。
 準備を終えた厳さん達を連れて空き地に移動し、雲の間からぬっと姿を現した聖輦船に手を振る。聖輦船は空き地に大きな影を作って停止し、近くの畑で鍬を振っていた人間達の目線を独り占めにしながらゆっくり降りてきた。
 地響きを立てるでもなく静々と着陸した船からは御一行が次々に地面に飛び降りて来る。タラップは無いらしい。
 聖輦船から降りて来たのは危ないシルエットのナズーリン、雲と友達雲居一輪、ちょっぴりシャイな雲親父雲山、額に包帯を巻いた船幽霊村紗水蜜、阪神ファンかどうかは知らない毘沙門天の遣い虎丸星、私を見てあからさまに嫌そうな顔をした自称正体不明の封獣ぬえ、そしてどの角度から見ても僧侶に見えない大魔法使い聖白蓮。大工達も僧侶はどこだとキョロキョロしている。
 寺のシステムについては詳しくないが、白蓮は髪剃らなくていいんだろうか。剃って無いどころか長い髪がウェーブしてる上に紫から金にグラデーションかかってるぞ。
 まあ多少気になるが髪の色と服装については細かく突っ込まないのが幻想郷の不文律である。私は代表して一歩前に出て来た白蓮と握手を交わした。
「白蓮、ようこそ幻想郷へ。私は博麗神社で神をやってる博麗白雪」
「御丁寧に有り難う。聖白蓮と申します。昨日は貴方の巫女にお世話になりまして」
「……ごめんね」
「え? あ、すみません、他意は無いのです。考え方が人それぞれ違うのは当然の事。彼女に恨みはありません」
 そう言って微笑む白蓮の背中には後光が差して見えた。何この良い人……
「あー、事後承諾で悪いんだけどさ、聖輦船を改装して寺にする事になったんだけどいいかな? 駄目なら駄目で構わないけど、その時は木材の切り出しに時間がかかるからちょっと寺が建つの遅くなるよ」
「構いません。あちらの方々が建てて下さるのでしょうか?」
「そう。費用は利息つけないからゆっくり返してくれれば良いってさ」
「助かります。幻想郷には優しい方が多いのですね」
「かも知れない」
 白蓮は私に一礼すると大工達に挨拶に行った。
 白蓮の代わりにナズーリン達が寄って来る。
「やあ、先日はどうも。お陰で探し物はすぐ見つかったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「……あんた凄く見覚えあるわ。陰陽師だったと思ったけど神だったの?」
「兼業してるけど大体神かな。リベンジしてみる?返り討ちにするけど」
「やんないやんない。でも新月の夜に気をつける事ね」
「楽しみにしてるよ。水蜜、ちょっと頭見せて」
「か、解剖ですか!?」
「中身じゃなくて傷だよ……ん……これでよし。治ったよ」
「は? ……あれ? ホントに治ってる! ありがとー!」
「いやそんなに喜ばれても原因はそもそも……げふんげふん」
「雲山が頭を撫でたいと言っています」
「断るッ!」
「貴方も妖怪が信仰を受けた存在なのでしょうか?どこと無く私に似た気配がするのですが」
「ああ、まあそんなとこ。年季が違うけどね」
 ごちゃごちゃ話していると星が白蓮に呼ばれた。大工、白蓮、星が額を付き合わせて寺の設計の相談を始める。はてさてどんな寺になるのやら。








 寺の図面を引いて細部を煮詰め、大工が着工したのは空き地を作った三日後だった。
 私は前回渡し忘れて少し古くなった菓子折りを持って見学に行く。白蓮達は僧房(僧衆の居住区)が出来るまで人里の外来人長屋の空き部屋を間借りしていたが、建築現場に行くと白蓮が居たので菓子折りを渡した。
「わざわざすみません。何から何までして頂いて」
 恐縮する白蓮。レミリアだの紫だの幽香だの、強い奴は大抵アクが強いけど白蓮は謙虚だ。ああ癒される。
「良いって事よ! こっちの都合で場所指定したんだし色々注文つけたんだから。ギブアンドテイクだと思っといて」
「そう言っていただけると気が楽ですね」
 しばらく二人で建築現場を眺める。大工達は鋸やノミやトンカチ(大工はゲンノウと言うらしい)を振るっては聖輦船を解体し木材を切り揃える。またある大工は寺の基礎を作り、ある大工は石と木を組み合わせ漆喰を塗り込んで塀を作っていた。なかなかに手際が良い。
 ふと美味しそうな匂いを嗅ぎ取り、目線を落とすと白蓮が重箱を持っているのを見つけた。大工への差し入れか……絵に描いた様な良い人だ。流石聖の名は伊達じゃない。
「ああそうだ、白蓮、鐘撞き堂って造る予定ある?」
「鐘楼ですか? 今の所はありません。鐘も費用も無いですし、最低限の体裁を整えるだけの予定です」
 最低限ってーと堂塔(神社で言う本堂)と僧房だけか。簡素だなー。
 でもそんなもんだよね。幻想郷生活が軌道に乗ってから追々設備を追加していけば良い。
 個人的に寺には鐘がつきものだと思うんだけどなぁ。夕焼け小焼けで日が暮れて、山のお寺の鐘が鳴るー、ってさ。
 鋳掛屋でも流石に寺の鐘は無理かなぁ……私が手を貸せば小さ目の鐘ぐらいなら造れるだろうか。
 うんうん悩んでいるとぽつりと白蓮が呟いた。
「妖怪は妖怪であるだけで退治される……この幻想郷でもその理不尽さは同じなのでしょうか」
「さてね。スペルカードルールが出来てから妖怪退治も随分穏和になったとは思けど」
「……そう、ですか」
 見上げると白蓮は遠い目をして人里の方を見ていた。
 人間と妖怪の平等を掲げる白蓮だが、妖怪と人間には決定的な違いがある。
 人間は妖怪を必要としないが、妖怪は人間が居なければ存在できなのである。それでいて対等になれるはずもない。歩み寄る事は出来ても絶対に平等にはなれない。鉄壁と言うにも生温い閻魔も崩せぬ壁がそこにはある。
 古代、私は散々人間と妖怪の共存に骨を折ったがあえなく失敗。両方滅びた。現生人類は月人とは違うが、基本的な関係に変わりは無い。
 人と妖は、絶対に、平等には、成り得ない。
 どれほど近付いても壁は無くならない。壁を無くすには妖怪は妖怪である事を捨てなければならないが、白蓮はそういう事を望んでいるのでは無いだろう。
 人間なのに妖怪にも慈愛を惜しみ無く与える博愛主義には恐れ入るが、私は手を貸すつもりなどさらさら無かった。その目標は決して達成できないのだから。それは白蓮も薄々勘付いていると思う。
 一体どこに落としどころをつけるのか、私はそこに興味があった。手伝わないけど応援ぐらいはしておこう。
「頑張れ、白蓮」
「はい」









 星蓮船、終了。短くまとめ過ぎたかも分からん
 日常編を挟んで最後のオリジナル異変へ続きます



[15378] 日常編・グルメ幻想郷
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/07 20:08
 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 博麗神社
 本日夏真っ盛り、洗濯日和である。霊夢が面倒臭そうに洗濯物を物干し竿に通していくのを私は縁側で足をぷらぷらさせヴァニラ・アイスを舐めながらのんびり眺めていた。傍らには先程読み終えたジョジョ三部が積んである。やっぱ書籍は外界モノに限るよね。
 ちなみに衣も久し振りに天日干しているので私は今百合模様の着物姿だ。あの衣は一着しかないかんね。巫女服着ようにもサイズ合わないし宿儺の贈り物を有り難く着させてもらっている。採寸された記憶も無いのに気味が悪いぐらいピッタリだった。
 風に揺られてはためく紅の衣。莫大な魔力とかなりの防御力、再生機能を持つ特級のマジックアイテムでもある。盗まれても最早私の体の一部と化しているため念じれば手元に戻る。こうして開け広げに干していても盗難の心配は無かった。
 洗濯物を干し終えた霊夢が籠を小脇に肩を回しながら霊夢が戻ってくる。手を突き出されたので食べかけのほとんど無くなったアイスを渡すとはたき落とされた。お前……食べ物は大事にしろよ。
「イチゴがいいわ」
「はいはい」
 巫女の要求に従順に答える神。悔しい、でも従っちゃう……なんて事は無いけども、霊夢は自分じゃアイス作れないからね。大した手間じゃないから作ってあげる。
 台所で魔法を使いアイスを作って居間へお届け。霊夢は畳に仰向けに寝転がって葉団扇を動かしていた。
「はいよお待たせー。その団扇どうしたの?」
「パパラッチからぶんどっ……譲ってもらった」
「ええぇ……いいのかなぁ……」
「丁度新調するつもりだったらしいわ」
 それならいいか。








 日も真上に昇りむあっとした風が激しい直射日光と共に吹き付けてくる中、私は命蓮寺の入口でナズーリンを待っていた。一緒に食材ハントをしに行く約束をしているのだ。
 命蓮寺は人間も妖怪も平等に受け入ている。そのお陰か順調に檀家を増やし御布施も少ないながら入り始めたが、六人が食べていくには到底足りない。白蓮も正式な捨食・捨虫の魔法は習得しておらず、妖怪の力を借りた亜流の術で若さを保っているので食事を必要とする。
 空いていた土地を耕して畑にしてみたもののまだ収穫時期は遠く、命蓮寺は食料難に陥っていた。断食という手もあるが無闇にやれば体に毒である。
 そこで山菜や野草の類でやりくりをしようと考えたが生息域が分からず、ナズーリンに探させようにも食べ物は探しても手下達が食べてしまうため私に教えてくれと頼んで来た。今回はナズーリンが代表で取り敢えず場所だけ覚えておくつもりらしい。
「すまない、待たせた」
「ううん今来たとこ」
 門からダウンジング棒を持って出て来たナズーリンに笑顔で返すとうさん臭そうな顔をされた。ほんとは五分ぐらい待ってたんだけどね。
「んじゃ行こうか」
「ああ、宜しく頼む」
 私はナズーリンに神社から持って来た小さめの竹籠を背負わせて目的地へ飛んだ。後ろにナズーリンがついてくる。
 幻想郷には妖怪や神ばかりではなく「幻の食材」も多い。
 化学汚染されていない清らかな空気や土や水が豊かな自然を育む。トキも日本カワウソも日本オオカミも普通に住んでいるぐらいだ。外の世界では見られない特殊な食材も当たり前に存在する。
「今日は魔法の森に行ってみようか。あそこはキノコ類が豊富だね。虫もちらほらいるかな。でも動物は少ない」
「なぜ」
「だからキノコ類が豊富なんだって」
「…………?」
 ナズーリンは訳が分からない、という顔をした。なんたって冬虫夏草ならぬ冬獣夏草がいるからねぇ。動物はコソコソひっそりと命を繋いでいる。
 私達は魔法の森の入口に降り立った。森の境界に渦巻く瘴気をナズーリンは気味悪気に見る。尻尾が不安そうに揺れていた。
 ……なんで妖獣の類は尻尾が素直なんだろう?
「やめとく?」
「……いや。食材が採れる場所は把握しておきたい」
 尻尾を捻ってモジモジさせながらもキッパリ言ったので続行する事に。森に足を踏み入れる。
 薄暗い森に入るとひやりとした空気に包まれた。日が当たらない森の中は気温は低いが湿度は高く、じっとりとした嫌な汗が肌にまとわりつく。私は自分とナズーリンに保湿魔法をかけて湿度を一定値まで下げた。魔法は陰陽術や妖術と比べて使い勝手が良いから重宝する。
 森に入ってすぐに私は足元の背の低い草の間に茶色い傘の小さなキノコを見つけた。もぎ取ってナズーリンに見せる。
「このキノコは一応食べれるよ。魔法の森なら結構どこにでも生えてる」
「ほほう」

【マジックマッシュルーム:捕獲レベル1以下】

「……幻覚作用あるけど」
「駄目じゃないか」
 お気に召さないようなのでポイと捨てて先に進む。まあ幻覚作用抜きにしてもあんまり美味しくないし、半分冗談だ。命蓮寺の連中がラリッても困る。
 道に迷っても空を飛べばいいので森の中心部に向けてざくざく歩いた。ナズーリンは小鳥の囀りや獣の鳴き声が聞こえない森に不審そうにしながらも私の後ろをちょろちょろ着いて来る。
「仏教は肉が駄目だったかな」
「その通りだよ」
「魚は?」
「魚も駄目だ。果物はいい」
「そう? なら森の入口付近にイチジクがあるから秋になったら採りに来ると良い」
「覚えておく」
「うむ。品種改良されてなくて甘味が少ないから、食べる時は干して――――お」
 私はトネリコの木の根元に赤い傘のキノコを見つけた。シイタケぐらいの大きさだ。
「これも食べれる」
「……幻覚作用は?」
「無い無い」
 私はしゃがみこんでキノコに手を伸ばした。柄を掴んで折り取ったその瞬間、傘が小さな火柱を上げる。ナズーリンは小さく悲鳴を上げた。

【メイジマッシュルーム:捕獲レベル2】

「採る時に火傷注意。辛味があって美味しい」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうなっているんだこの森の植生は」
「どうなってるって言われても……」
 私は周囲を見回した。丁度都合良くトネリコの幹に紫斑のキノコが生えていたので指先でつつく。
 途端にキノコはキシャア! と鳴いて傘を振り、小指の爪くらいの火球を投げ付けてきた。
「こうなってるとしか言いようがない」

【ウィザードマッシュルーム:捕獲レベル4】

 傘を握り潰され断末魔の悲鳴を上げたキノコを見てナズーリンは頭を抱えていた。
 気持ちは分かるけど受け入れないといかんよ。常識は投げ捨てるもの。
「こいつはちょっとアクが強いから長時間茹でないと食べれない」
「……食べるのか、それを」
「食べるさー。好き嫌いはいけない」
 物凄く嫌そうな顔をしながら反論の言葉を探しているナズーリン。しかし言葉が出る前に頭上の枝から飛び降りたキノコが奇襲をかけてきた。
 キノコは鋭い牙がズラリと並ぶ口をぐわっと開き、ナズーリンの丸耳に齧り付く。
「うわぁあああああ!」
 叫び声を上げてナズーリンは耳を食いちぎろうとするキノコに爪を立てた。パニックを起こして落ち葉の上を転げ回り、ようやくキノコをズタズタにして降り払った時には耳から血を滲ませてぐったりしていた。

【肉食エリンギ:捕獲レベル2】

「傘は甘いけど柄は苦い。樹上からの奇襲が得意技の肉食キノコ」
「私の知っているキノコと違う」
「残念これが現実です」
「キノコが嫌いになりそうだよ……」
「それならキノコ以外も探そうか」
 ナズーリンの要望でキノコを除外して採取を続けた。
 魔法の森はキノコが印象的だがそれだけでは無い。ハチミツ、果物、ハーブ、探せば結構色々見つかる。
 ナズーリンは野生のパイナップルにハチミツをかけて食べている内に冷静さを取り戻し機嫌を直していた。なぜ南国でもないのにパイナップルがあるんだ、などと突っ込んではいけない。幻想郷では常識に囚われてはいけないとどこかの巫女も言っている。
 小さな籠も芋や野草で一杯になる頃、私達は魔法の森の奥深くに入り込んでいた。
 キノコの襲撃を警戒して油断無く周囲に気を配っていたナズーリンが私の肩を叩き、蔦が絡まった木々の奥を指した。紫色の何かが蠢いている。ほほう?
「よく見つけたねぇ。あいつは滅多に外に出てこないのに」
「また動くキノコかい?」
「んにゃ、もっと可愛い奴だよ」
 私はナズーリンを待機させて気配を消し、紫色の背後に回った。そーっとそーっと忍び寄り、背中から口を押さえて抱き締めた。
 いきなり襲われたマレフィはびくんと痙攣して暴れ始める。耳元で私だよ、と囁くと顔を真っ赤にしてますます暴れた。うん、口と「胸を」掴んで拘束してるからね。ガリガリの癖に意外とでかい。
 私は呆れ顔のナズーリンの元へマレフィを連行した。
「こうやって口塞いで詠唱できなくすれば簡単に捕まえれる」
「どう反応すれば良いのやら分からないよ」

【マレフィ・ノーレッジ:捕獲レベル20】

 マレフィはもがもが言いながら手足をばたつかせていたが、ほんの十数秒で疲れきって動かなくなった。体力無さ過ぎ。
 手を離して解放すると荒い息をついてよろよろと木の幹にもたれかかった。
「……こ……この……へん……たい……」
 切れ切れに言うマレフィはフルマラソンに挑戦して途中で動けなくなった引き籠もりの様な顔色だった。
 同性に胸掴まれたぐらいで変態言うな。相変わらずマレフィは初で困るよ……だがそれが良い。
「マレフィ、もっと肉つけなよ。肋骨浮いて無い?」
「余計な……お世話……よ……」
「ナズーリン、これが野生の紫モヤシ」
「煮ても焼いても食べられそうに無いな」
 マレフィが毒舌ならナズーリンもなかなか毒舌だった。



[15378] 日常編・人恋し神様
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/11 20:00
 近代に入ってから神の人口……柱口?は減るばかりである。新しく生まれる神もなくは無いが減る方が圧倒的に早い。八百万の神も定員割れして百分の一以下にまで落ち込んでいる。
 出雲大社で神在月に行われる八百万の神の集会の出席率も下がるばかりだとか。
 特に博麗大結界が張られてからは幻想郷在住の神が出席しなくなり、神々の集まりも有名無実のものに成り下がっている。
 ちなみに私はわざわざ出雲に行くのが面倒だったので一度も出席していない。どうやら古代の妖怪が神に成った存在だという事が一部の神に知らされていたらしく、彼等が遠慮して無理に誘っては来なかった。
 まあ確固たる強力な信仰を得ている極一部の神以外はあらかた消滅すりか幻想入りするかしている訳で、八咫烏までもが力を失って幻想入りした昨今、出雲の集会が取りやめになる日も近いだろう。
 人間が石器を使い神々に頼りきりだった時代から生きている身としてはなんとも淋しい気分になる。手のかかる子が独り立ちをしてしまったような……違うか。遊び相手が減ってしまった感じだ。どちらにせよ淋しい事に変わりは無い。
 しかし出雲の集会ばかりが神の交流手段ではない。大して広くも無い幻想郷では探す所を探せば神ぐらいゴロゴロしている。人間が祈りを捧げればこちらから顔を出したりもする。有り難みも薄れるってなもんだ。
「だからって秋だけ信仰するのもどうなのよ……」
「紅葉が茶色く枯れ落ちるのなんて見たくない……」
「なんで秋の後に三つも季節があるのよ……もう秋冬秋春秋夏秋冬で良いじゃない……」
 私はとある山裾の古びた祠の中でじめじめ蹲っている秋姉妹を訪ねていた。季節は冬。二人はとことんダウザー……もといダウナーになっている。
「あー、お二人さん、諏訪子と神奈子がさ、そろそろ一周年って事で神を洩の湯に招待して回ってるんだけど」
 私はその遣いだ。表向きは神同士親交と信仰を深めようって題目で、その実宴会目的。元々軽いノリの諏訪子はとにかく真面目な神奈子も大分幻想郷の空気に毒されてきている。良い事だ。
「……温泉……また熱湯で煮られるの? 煮っころがしにされるの?」
「そして私は紅葉まんじゅうにされるんだわ……」
 二人は揃ってウフフと自虐的な笑い声を上げた。反応が悪い。そして暗い。私はなんとか気持ちを上向かせようとしてみる。
「神が神食べたら共食いじゃん。大丈夫だって。こんな所でクヨクヨしてる方がよっぽど体に悪いよ」
「……もういいの……もうほっといて……そっとしといて……」
「一年中信仰に溢れたリア充に私達の気持ちは分からないわ……」
 リア充て。そんな言葉どこで覚えた。
「稔子も静葉も秋は結構祈られてるじゃん」
「秋はね……今は冬だもの……」
「もう雪に溶けて消えてミネラルウォーターになりたい……」
「冷凍みかんになって食品売り場の片隅で忘れ去られたい……」
 すんげぇ願望だ。相当自棄になっていると見える。毎年の事だしなんとかかんとか越冬するとは思うけど、結界でも張って防御を固めておかなければ弱った所を野良妖怪に捕食されそうだ。
 体は信仰で出来ている
 血潮は芋で
 心は紅葉
 幾たびの冬を越えて腐敗――――
「ちょっと……今変な呪文考えてたでしょう……」
「なぜばれた」
「鬱だ死のう……」
 ちょっと思い付いただけなのに読まれた上にこの反応。何を言っても無駄か?
「ああなんかもう喋るのも疲れたわ……心臓動かすのも怠い……瞬きも怠い……冬眠して春眠して夏眠すればすぐに秋……それまで我慢我慢……」
「……そういえば姉さん、二次元の中は常に秋だったりするらしいわ……」
「そうなの? なら現実なんかやめてやるわ……今が冬だなんて有り得ないもの……そう、ここはきっと夢の世界……目が覚めればまだまだ秋に決まってるわ……」
 わぁ末期。目が虚ろだ。
 私は説得して連れ出すのを諦め、ミネラルウォーターになったり冷凍みかんになったりする前に活力と気力を上げた。膝を抱えて体育座りをしていた二人の肩がぴくんと動き、目に微かな生気が戻る。
 未だどよどよした空気を纏っていたが取り敢えず迷走した台詞は吐かなくなったのでその隙に肩に担いで洩の湯へ向かった。向こうに着いたら厄神のお世話になろう。おお厄い厄い。


















 そんな出来事から数ヶ月後、ある夏の日の深夜。縁側に腰掛けおぼろ月をぼんやり眺めていると神社に強い魔力と妖力が近付いて来た。この気配はフランとルーミアだ。
 何か相談に来たのかそれとも単に遊びに来たのかと目を細めて闇夜を見通すと、フランが血まみれのルーミアを背負っているのが見えた。
 ……何事?
 神社の境内に降り立ち駆け寄って来るフランは随分気が動転しているらしく、頬には涙の跡が見えた。
「白雪っ! ルーミアが、ルーミアがどかんって!」
「あー、ひとまず落ち着こうか。大丈夫だから」
 フランの背から気絶しているルーミアを降ろし、縁側に仰向けに寝かせた。脇腹が無残に抉れてだらだら血が流れている。こりゃ重傷だ。
 私は治癒力、回復力、再生力を上げようとしたが、強化する元になる力が消失している事に気付いた。この症状は……
 横目でフランを見れば泣きそうな顔でオロオロしている。わざとなのか事故なのか。十中八九事故だろう。
「だ、だめ?」
「大丈夫大丈夫」
 手を止めた私を不安そうに見つめるフランの頭を撫でてやり、居間の薬棚から永琳特製の回復薬を呼び寄せた。小瓶の蓋を開け、中の銀色の粉を傷口に振り掛けると一瞬で出血が止まった。見る間に血管が再生し肉が盛り上がり皮膚が出来る。
 能力も相性次第。フランの能力による負傷は私では治せないが、永琳や紫なら治す事が出来る。
 血色を戻しすやすやと寝息を立て始めたルーミアを見てフランはほっと息を吐き、ぐしぐしと顔を拭った。普段は冷静沈着でカリスマに溢れていてもまだまだ子供だ。
 私は薬瓶をしまってフランに問い掛けた。
「それでどうしたの? 能力の暴走……なんて事は無いと思うけど」
 日々能力の使いこなしに磨きをかけているフランが今更能力を暴発させたり、`目´の把握を誤ったりするとは考え難い。フランを操って間接的にルーミアを攻撃できる様な奴も早々居ないだろう。
 答えるフランの歯切れは悪かった。
「うん……あ、あのね、日が暮れてからルーミアと一緒に探検に行ったんだけど、そこで――――」



[15378] 東方乱力録~The ancient lost fantasy~
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/11 20:12
 命蓮寺が建立され一年弱が経過したある初夏の日の事、幻想郷を包む二つの結界が弱まった。
 結界の構成自体に問題は無かったが、力の供給元に異常が出たのだ。八雲紫は自らの式を博麗神社に遣わせたが肝心の神の姿は無く、巫女も行方を知らない。
 結界への力供給は半日ほどで絶たれてしまった。
 異常事態である。
 幸い結界の異変の前兆から力の供給が完全に絶たれるまで時間的猶予があったため雑ながらも対策を取る時間があり、結界が破れるような事態には陥らなかったものの、供給役を引き継いだ隙間妖怪は身動きが取れなくなった。
 二つの結界を平常に維持出来るのはおよそ一日。それ以上は保障できないと彼女は言った。
 期限内に博麗の神を探し出し、供給ラインを戻さなければならない。さり気ない――いや、あまりさり気なくもない幻想郷の危機だった。








「まずいんじゃないか?」
「何が?」
 神の居ない神社で巫女――博麗霊夢が渋い顔で陰陽玉をつついていた。コレへの力供給も絶たれている。
 騒ぎを嗅ぎ付けて顔を出した霧雨魔理沙は言葉を繋げた。
「今回の異変だよ。あの白雪が誰かに操れるなんてこたぁ考えられん。つまりこの異変の犯人は白雪だ。巫女が神に逆らっていいのか?」
「ああそんな事? いいのよ、神を窘めるのも巫女の役目。異変解決も巫女の役目」
 霊夢は陰陽玉の機能が完全停止しているのを確認すると後ろにポイと放り投げ、押し入れを漁り始めた。
「ざっと見回って来たんだが……守矢は勝てる気がしないって諦めてるぜ。まあ白雪の事だからギリギリで幻想郷を壊すのは避けるだろうって信じてる節もあるけどな。天狗はパニクってる。人里は結界の異変に気付いてる奴は居ないみたいだったな。分かりにくい異変だし無理も無い」
 一応現在も結界は正常に作動しており、傍目には異常が分からない。この異変に気付いているのは白雪と親しい者か結界に関与している者だけだった。
 魔理沙は押し入れの奥から「特製」と書かれた箱を引っ張り出した霊夢に尋ねる。
「ぶっちゃけた話、勝てるのか?」
「大丈夫よ、白雪は馬鹿だから。勝目はあるわ」
 霊夢は箱から御札を取り出して懐にしまいながら事も無げに言った。魔理沙は顔を引きつらせる。
「自分の神に向かって馬鹿ってお前……」
「事実よ。確かに白雪は強いし、計算力があって思考速度が早い。判断力もある。でもね、大元の性質は結構単純。いくら強化を重ねても騙されるしミスもする」
「……ああ、まあな」
 魔理沙は以前夢の世界で戦った時、チルノのハッタリに白雪が引っ掛かっていた事を思い出して頷いた。
「でもそれを補う馬鹿げた強さがあるだろ? 一撃貰ったら威力十倍で三回殴り返すような奴だ。特に今はいつもの強さの倍になってる。私にゃ勝てる気がしないぜ」
 負けず嫌いの魔理沙だったが、敗北という言葉が最も似合わない女白雪との相対は勝つとか負けるとかそういう次元ではない。勝負にすらならないのだから。
 太陽を破壊できないからと言って悔しがる思考回路を魔理沙は持ち合わせていなかった。
「その為の弾幕決闘よ。ルール無しの殴り合いで白雪に勝てる奴なんてこの世に存在しないわ。弾幕決闘に持ち込めば勝率は一割。優秀なオプションをつければ三割ってとこかしら」
「高いのか低いのか……まぁ高いんだろうな」
 こんな時でもいつもと変わらない霊夢を魔理沙は複雑な心境で見ていた。初めて父に連れられて博麗神社に参拝に行った時、同い年だと言う幼い巫女が悠々と空を飛んでいるのを見た。ぽかんと見上げていると彼女はこちらに少しだけ目を向け、すぐに興味を失った様に逸した。
 その時感じたのは少しの羨ましさと、強烈な悔しさ。あの子にできるなら私だって、と。
 まだ魔法の森に住み始めて間も無い頃、いつも背中を追うばかりだったライバルは遠くに行ってしまった。
 天賦の才能。最強の人間。一般人が死に物狂いで努力を重ねても届かない高みに彼女は居た。
 それでも魔理沙は千の努力で足りないなら万の努力で、と追いすがろうとしたのだが。
「世界ってのは残酷だな……」
「何か言った?」
「いや、なんも」
 魔法使いの手が巫女に届く事はついぞなかった。まだ少女と呼べる年齢だった頃は勝負を挑んで負ける度に悔しくて悔しくて仕方の無かったものだが、今はそれほどでもない。
 子供の頃の熱意は失っていないが、視野が広がったとでも言おうか。巫女と自分だけの世界にはいつの間にか魔女の友人と妖怪の知り合いが増えていた。
「魔理沙は行かないの?」
「ああ、今回はやめとくよ。面白いモンが待ってる訳でも無さそうだしな」
「あ、そ。んじゃ行ってくるわ」
 御祓い棒を片手に飛んで行く霊夢を縁側から見送る。魔理沙はその姿が空の向こうに消えてから脇に置いた箒をくるりと回して肩に担ぎ、立ち上がった。愛用の黒魔女帽子をぐいと被り直す。
 異変解決は巫女の仕事。魔女は大人しくマジックアイテムでも作っていよう。
 種族魔法使いになるのも悪くないと最近思い始めた、そんな星魔法の使い手だった。









 八雲藍は動けない主人の代わりに紅魔館に来ていた。彼女は万一博麗の巫女が敗れた時の為に予備戦力を確保しておけと命じられている。
 今回の異変は未だ表沙汰になっていない。結界が消滅する危険性がある、などと吹聴して無駄な混乱を招く事も無い。一部の強大な妖怪は察知している様だったが賢明にも口を閉ざしていてくれている。
 その危うい均衡を崩さぬ様、慎重に動かなければならない。
 藍は門の前で目を開けて寝ていた美鈴に要件を伝えて主に取り次いでもらい、怪我をしているのかどこか動きがぎこちないルーミアの案内でレミリア・スカーレットの部屋に通された。
「失礼します」
 自分の方が歳上だったが一応礼をとる。顔を上げると姉妹で紅茶を飲んでいる所だった。アンティークな丸テーブルを挟んで向かい合い、背もたれのついた椅子に座って談笑していた。椅子もテーブルもカーペットも全て真紅。
 藍は目がどうにかなりそうだと思ったが当然口には出さなかった。レミリアに手で三つ目の空いた椅子を勧められたので有り難く座らせて貰う。
「状況は理解されていると思いますが」
 許可を得て足を踏み入れたとは言え紅魔館は言わば敵陣。藍は単刀直入に、しかしある程度の敬意を払って言った。レミリアは顔を上げ、紅茶のカップを置いて赤い目を細め藍を見る。
「結界の異変でしょう?外の世界との運命が混線し始めている」
 藍は小さく頷いた。
 彼女は運命を操る吸血鬼。幻想郷の異変を察知していてもなんら不思議は無い。
「それで私達に何の用かしら?」
「……人間に忘れ去られ、受動的に幻想入りした者にとって結界の消失は不都合であるはず。幻想郷の`幻´と外界の`実体´の境界線が消えれば幻は恐らく実体に飲み込まれ消滅するでしょう」
 藍は言外に神退治の必要性を示した。
 ここで紅魔に「頼み事」をして借りを作るのは好ましくない。後々それを盾に何を要求されるか分からないのだ。紅魔側から自発的に動くように誘導しなければならない。
 こういった交渉事は主が得意とする分野だったが、今は藍の手に委ねられている。
 レミリアは首を傾げて答えず、代わりに黙って思慮深く藍を観察していた悪魔の妹、フランドール・スカーレットが藍の言葉を聞いてくすくす笑った。
「それって霊夢が負けた時のスペアになれって事でしょう?」
 実も蓋も無くいきなり核心を突いたフランドールに藍は肝を冷やした。賢い娘だ、とは思っていたがまさかここまでとは。単純に藍の言い回しが拙かっただけかも知れないが。
 出足を挫かれた藍はなんとかポーカーヘフェイスを保つだけで精一杯だった。
「……そういう捉え方もできるでしょう。しかし弾幕決闘最強と名高い巫女を下した者を倒せば貴方達にも利益がある」
「かも知れないわ。でもそれは私達が判断する事よ。私達は誇り高い吸血鬼、貴方の指示にはいそうですかとは従わないわ。動く時はこちらの判断で動く」
 フランドールの言葉にレミリアがうんうんと頷く。どっちが姉やら分からない。
 藍は吸血鬼にこれ以上何を言っても無駄だと悟った。妹が鋭過ぎて誤魔化しが効かない。
 参ったな、と内心でため息を吐いているとレミリアが不思議そうに首を傾げた。
「あいつが一人居なくなるだけで大結界に支障が出るなんて、少し不用心じゃないかしら? 普通こういう重要なモノは複数人で押さえるものでしょう」
 確かにレミリアの言う事は正しい。一人が結界維持の全てを担えば、その一人が消えた時容易く瓦解する。何人かに分散して力の供給を行うのが用心深さと言うものだろう。
 しかし一見間抜けに思える管理方式にもそれなりに事情はあるのだ。
「大結界が張られてから幻想入りしたあなた方には分かり難いかも知れませんが、当時は外界と幻想郷の隔離に反対する妖怪ばかりだったのです。好き好んで人間達に広い世界を受け渡し、狭い箱庭に籠りたがる者はいませんでした。結界維持に協力するという事は自分で自分を閉じ込めるという事です。これもまた進んで手伝いたがる者はいません」
 白雪が真っ先に大妖怪に大結界の利便性を説いていなければ血で血を洗う大暴動に発展していたかも知れない。
「二つ目は距離の制約です。結界に力を供給するとなると普通は結界のすぐ側に居なければなりません。行動の自由が奪われ自身の力も低下する訳ですから、誰でも嫌がります。白雪様はその能力故に距離の制約が無く、また半減しても問題無い絶大な力がおありですから適任でした」
 レミリアがげんなりした顔になる。その力が半減した相手に一方的になぶられ泣かされたのだ。彼女は今でも白雪が苦手だった。
「最後の理由は機密保持です。管理する者が増えれば増えるほど結界の秘密は漏れ易くなる。結界は――――特に博麗大結界は非常に強力ですが、どこまで行っても論理結界。紫様の組んだ論理式を崩せる者は早々居ないでしょうけど、結界の構成を読み取り破り去る者が出る危険性はあります。故に結界を維持管理する者は信頼に足る少数であるべきなのです。今回はそれが裏目に出ましたが」
 藍の言葉にフランドールは眉をちょっと上げて反論した。
「危険なのは皆同じよ。私だって結界維持に関わってなくても結界を破る可能性を持っている。私が知らないだけで他にも居るのかも知れないわ。今回はたまたま白雪が行動に出ただけ」
「そうですね。この様な結界の異変は遅かれ早かれ誰かが起こしていたでしょう」
 藍はさらりと流した。
 フランドール・スカーレットは結界維持のために一度殺されかけている。彼女の能力はその気になれば容易に結界を破壊するだろう。幻想郷を愛する藍の主人がそれを見逃す筈も無い。
 結局危険の芽を摘もうとした紫は白雪の主張を受け入れフランドール抹消から手を引いたのだが、この小さな吸血鬼はそれを理解しているのかいないのか白雪を擁護する口振りだった。自分を導いてもらった恩義も感じているようだし、フランドールの参戦は期待できそうもない。
 ……しかしやる事はやった。主ならば上手く言い包めたのだろうな、と藍は普段寝てばかりの主人に久し振りの尊敬に似た気持ちを抱いた。
「……大分脱線しましたが、今は異変が起きている事を頭に留めておいて頂ければ結構です」
 藍は紅茶カップを置いて立ち上がった。
「あら、もう行くの?」
「まだ用事が残っているもので」
 残る訪ねるべき相手は花妖怪と、閻魔と……心当たりは難物ばかりでうんざりした。
 弾幕決闘に限定すれば彼の神に対抗し得る存在はほぼ巫女のみだが、他の者の勝率もゼロではない。妖精でも神に勝てる、それが弾幕決闘。
 ルール無しの力ずくで倒そうと考えればどれほどの犠牲が出るか想像もつかない。実力行使に出れば戦に勝って勝負に負けるのが目に見えている。
 苦労性の式は小さくため息を吐き、紅魔館を後にした。
 いつだって道を大きく切り開くのは博麗で、細かい調整をするのは八雲なのだ。
 あの良識的な神が何を思って異変を起こしたのかは定かでは無いが、理由はどうあれ現状で分かっている情報を元に対応するのみだ。

















 昔懐かしいその地で、全ての力を取り戻した彼女は一心に祈っていた。
 どうか届け、この力よ。
 それは幻想郷を揺るがしてまで望むものなのだから。

――――――――――――――――――――
【東方Project第13弾(偽)・東方乱力録~the ancient lost fantasy~】





【メニュー】

→Start
PracticeStart
Replay
Score
MusicRoom
Option
Quit


【モード選択】

Easy
STGが苦手な方向けです(全5面)

Normal
おおよそほとんどの人向けです(全6面)

Hard
アーケードSTG並みの難易度です(全6面)

Lunatic
ちょっとおかしな人向け難易度です(全6面)

→LimitBreak
クリアさせる気の無い難易度です(全6面)

【プレイヤー選択】

→楽園の無敵な巫女さん
博麗霊夢
移動速度☆☆☆☆
攻撃範囲☆☆☆☆
攻撃力☆☆☆☆
初期オプション:無し
特技:当たり判定が小さい
スペルカード:神霊「夢想封印」
ラストスペル:「夢想天生」







普通の黒魔女
霧雨魔理沙
移動速度☆☆☆☆☆
攻撃範囲☆
攻撃力☆☆☆☆☆
初期オプション:イリュージョンスター
特技:アイテム回収範囲が広い
スペルカード:恋符「マスタースパーク」
ラストスペル:魔砲「ファイナルスパーク」







少女祈祷中……



[15378] 東方乱力録Stage1
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/11 20:24
 霊夢は神社を出て真直ぐ妖怪の山へ飛んだ。
 まずは仲間を――――補助役を揃えなければならない。
 霊夢が使っている術の大部分は白雪に教えられた物かその応用であり、手の内が知られている。白雪の知らない弾幕を使う者の援助は必須だった。
 ただし殺し合いや殴り合いで使う技と弾幕の技は違う。かつて白雪と闘った事がある者でも弾幕決闘をした事が無ければ許容範囲だ。
 というか「白雪と闘った事がある」「白雪と知り合い」という定義で除外していくとサポートにつけられる戦力になりそうな妖はほとんど消える気がした。白雪は非常に顔が広いのだ。伊達に長生きはしていない。
 妖怪の山へ向かったのは半分打算で半分勘。天狗混乱中、守矢不干渉とのことだったが他にも使える妖怪の一匹や二匹いるだろう。
 そこはかとなく異変の香りを嗅ぎ付けたのかいつもより若干強く活発な妖精達を撃ち落としながら森と草原を越えて妖怪の山に入る。
 中腹まで登った所ではて哨戒天狗が居ないなと首を傾げた。縄張り意識が強い天狗が哨戒を怠るとはそんなに混乱しているのだろうか。
 面倒臭いなぁ、と御祓い棒で肩を叩く霊夢の前に一陣の風と共に烏天狗が現われる。射命丸文は霊夢を見てこれまた面倒臭い、という顔をした。
「あややや、霊夢さんですか。この忙しい時に」
「この忙しい時だからよ。天魔呼んで来なさい」
「はぁ、何用で?」
「この異変の黒幕退治に同行を要求しようと思って。あんまり隠れてもいないけど」
「例の白幕ですか。すみません、ちょっと今その件で上の方がごたついてまして。連絡がとれません」
「んじゃあんたでもいいわ」
「ですからごたついているんです。緊急招集かけられたはいいんですが、その後の指示が出ていないので迂闊に動けないんですよ。この異変の報道を規制すべきという慎重派と、公開すべきという行動派で揉めているらしいです。大規模組織の弊害ですかね?」
 おお嫌だ嫌だと肩を竦める文。こういう時に真っ先に嘴を突っ込みに行きそうな文もお上には逆らえないようだった。
「その騒ぎも異変を解決すれば収まるでしょ。誰か暇な奴いないの?」
「河童もてんやわんやらしいですし、こんな時に暇してる腕利きの妖怪なんて……」
「もたもたしてるとあんたをしょっぴくわよ」
「そんな横暴な! えーとそうですね……あー……ややや……ああそうだ、一人適任がいました」
「誰よ」
「妖怪の山に古くから住んでいる方です。天魔様より年上ですよ」
「ふうん?」
 そんな妖怪が居たとは初耳である。
 霊夢の頭の中に「天魔よりも年上=妖力甚大=強い」という単純な公式が浮かんだ。思わず口の端が吊り上がる。
「そいつで良いわ。どこに居るの? どんな奴?」
「あちらにいらっしゃっいます。行けば分かりますよ」
「そ。ありがと」
「いえいえ。あなたが勝つにしろ負けるにしろ良い記事になりますから」
 霊夢は厄介払いが出来たという顔をしながらもしっかりカメラのフラッシュを焚く文にひらひら手を振り、指された方向に飛んで行った。






 しばらく飛んでいると急に霧が出て来た。視界があまり効かなくなったため飛行高度と速度を落として妖怪の山の古参とやらを探す。
 霧からは薄い妖力を感じた。萃香のものと比べると儚げで薄い。文の示した方向に飛んで出て来た霧なのだから件の古参妖怪に関係する霧なのだろうが……
 霊夢はなんだか嫌な予感がしてきた。こう、牛肉ステーキを頼んだら厨房で鶏を焼き始めたのを見てしまったような……
 良い勘も悪い勘も良く当たる霊夢は引き返そうかと考えたが、前方に人影が見えたので取り敢えず御札を投げた。ひぃ!とどこかで聞いたような声色の悲鳴と共に人影は御札を回避する。
 一撃でやられない最低限の強さはあるようだ。さてはこいつが文の言っていた妖怪か、と霊夢は人影に近付く。
 するとそこには紅白の巫女がいた。腋を出し、スカート姿で、御祓い棒を持っている。
 自分と瓜二つの妖怪は霊夢を見てニマァっと笑った。
「あぁ……会いたかったわ、もう一人の私……」
「あん? 何言ってんの? あんたただのドッペルゲンガーでしょ」
 何やら小芝居を始めたのでバッサリ斬り捨てるとドッペルゲンガーの笑顔が凍り付いた。


なりきれない自己像
【煙霧意捕】


「えっ? そん、いきなりばれて、なに、えっ?」
 正体を見破られた程度で思いっきりキョドる意捕。
 天魔より年上=妖力甚大=強い、という公式を立てていた霊夢は頭を抱えた。最初のイコールからして間違っていたのだ。
 謀られた。文は古参とは言っても強いとは一言も言っていない。霊夢は投げやりな気分になった。
「あーもー嫌。今更別の妖怪探しに行くのもなんだし、この際あんたでもいいわ」
「わぁ初対面でこの暴言。なんなのあなた」
「しがない巫女よ」
「なんだただの巫女か……巫女? えっ、博麗の?」
「それ以外に何があるのよ」
「守矢とか」
「あっちは風祝。巫女みたいなもんだけど」
「つまり?」
「私は博麗の巫女よ」
 途端にひょわ、みたいな悲鳴を上げて意捕の顔が青褪めた。落ち着かない様子で盛んに周囲を伺う。
 霊夢は情けない気配がプンプン漂う自分の写し身を見て複雑な心境になった。
「あ、あなた一人?」
「一人よ。あんたを入れて二人になる予定」
「ほふぅ助かった……ふふ……ふふふ……ふははは! 巫女一人なら怖く無いっ! コテンパンにのしてやるわ!」
 敵が単騎だと分かるや急に意捕のテンションが上がった。自信満々でびしりと霊夢を指差す。霊夢はひょいと肩を竦めた。
「弱っちい癖に良く言うわね」
「弱っち……ふふん。妖怪は妖力の大きさだけじゃ計れないのよ?つい昨日、能力が進化したの。雌伏する事二、三千年……全てはこの時のために違いない!」
「どーでもいいわ。さっさとやる事やるわよ。私が勝ったら神退治に全面協力してもらうから」
「その自信がいつまで続くか見物見物。進化した私の能力、その目に焼き付けるがいい!」








 意捕は赤と青の妖力弾をばらまいた。霊夢がちょいと体を移動させると青弾だけ弾道が変わる。赤が固定弾、青が誘導弾の様だ。非常に判りやすい。
 眠っていても避けられそうな弾幕を軽くかわし、指に挟んだ御札を十数枚一気に投げた。意捕は殺到する御札に物凄く慌てたが、慌てている割にはするりと避ける。まるで御札の方が避けたかの様だった。
 霊夢はそれを見て眉を顰めた。何か挙動がおかしい。
 しかし霊夢が違和感の元を探り当てる前に意捕がスペル宣言をした。


恐歩「ずれる足音」


 緑色の弾幕がそこそこの密度で展開された。弾幕は一様に真直ぐ霊夢を狙って飛ぶ。
 あまりにも芸が無く怪しげな弾幕だったので距離を取って避けると、緑弾幕が一時停止し、ブレて青と黄色の弾幕に変わった。二色の弾幕が重なっていたらしい。
 二色になった弾幕は複雑な軌道で動き始めるが余裕を持って弾幕から距離を開けていた霊夢には関係無い。緩い弾幕だと思ってグレイズしようとした所で不意を突く弾幕なのだろうが、そんな姑息な手は一定レベル以上になると通用しない。
「ちょっと! 避けたら当たらないでしょー!」
 阿呆な事を喚く意捕を撃墜しようと今度は三十枚ばかり御札を投げてみたが、やはり避けられた。それも最大速度から急停止、直後にトップスピードに乗って後方離脱、その際に背中に当たりそうな札を見もせずに避けるなど回避力が普通ではない。
 自前の回避能力にしては慣れた様子が無く、避ける度にキャアキャアと煩い。進化した能力の恩恵とやらか……
 霊夢はふと思い付き、更に数枚御札を投げてみた。スルッと避ける意捕の一挙一投足を観察する。
「ああ――――なるほどね」
 霊夢は意捕の避け方を見て納得した。確かに厄介と言えば厄介な能力らしい。
「なんか分かったみたいだけど無駄無駄無駄ァ! 私は九割九分九厘無敵よ!」
 意捕はハイテンションで再びスペル宣言をした。


別人「二重人格」


 霊夢を取り囲む様に赤青黄色の弾幕が広がった。上下左右弾幕に覆われていたが、簡単に脱出できそうな隙間が所々に空いている。
 怪しい。
 とても怪しい。
 見え見え過ぎて実は罠に見える本当の隙間なのかと疑いかけたが、意捕の言動を思い出してそれは無いかと考え直す。奴はそこまで賢く無い。
 わざと避け難い狭い空間を選び、身を捻って包囲を狭め押し潰そうとする三色弾幕から脱出。霊夢は驚愕に目を見開く意捕に一気に肉薄した。
 意捕の能力は恐らく「姿と能力の模写」だ。あの避け方は霊夢の「主に空を飛ぶ程度の能力」を使ったものと酷似している。そうなると遠距離からの撃墜は困難だろう。知覚された弾は全て回避されると解釈して良い。なにせ「あの弾幕に当たりたくない」と思うだけで体が勝手に最適な「飛び方」をして避けるのだ。弾幕決闘においてこれ以上の能力は早々無いだろう。
 しかしそこは稀代の巫女、その能力も踏まえた意捕の倒し方は既に思い付いている。
 両手に御札を挟み、急接近する霊夢に意捕は怯えた声を上げた。
「あぶぁひぇえ! 来るなー!」


疑惑「フーアーユー?」


 展開中のスペルを破棄しての次のスペル。ルール違反では無いのだが……悪く無い能力を持っているのに戦い方が残念過ぎた。
 霊夢は黒色弾幕を半ばすり抜ける様に避け、意捕の背後をとった。
「一、技術までは模倣できない」
 弾幕決闘では回避の他に位置取りも重要になる。弾幕を見切り、安全地帯を見つければ必死に避ける必要も無いのだ。
 霊夢は弾幕が薄く、かつ意捕の死角になっている位置から怒濤の連撃を放った。
 意捕はあわあわ言いながら回避に手一杯になる。
「二、霊力も模倣できない」
 意捕は中堅小妖怪レベルの妖力を纏っている。即ち霊夢のもう一つの能力、「霊気を操る程度の能力」は模倣できていない。同じ姿を取っているのだから、霊力を自在に操り身体制御や強化に効率良く当てている霊夢の方が全てに於いて上回る。スペル攻撃に対し通常弾幕で応戦しようが霊夢に戦況が傾くのは自明の理。
 現に霊夢の御札がテンパった意捕の巫女服の袖にかすり始めていた。
「三、あんたの相手が私だった」
 霊夢は攻撃速度を一気に上げた。意捕のスペル弾幕の隙間を縫う様にして四方八方を飛び回り投げる投げる投げる。
 そこで錯乱せず落ち着いて一端離脱すれば良かったものを、能力に頼って無理にその場で回避しようとした意捕は無数の札に囲まれ回避する隙間を無くし悲鳴を上げて被弾した。
 意捕、スペル三枚使用。霊夢、スペル未使用。圧倒的な才能の差による決着だった。
 霊夢は自分の双子の様にしか見えないドッペルゲンガーの襟を掴み御祓い棒で頬をつついた。
「以上三点。あんたの敗因ね。まあそのへんの十把一絡の能力も持って無い雑魚よりはマシかしら。この際贅沢は言わないわ、着いて来なさい。負けたんだから」
「そんな殺生なぁ……」
「私の姿で泣くな!」








サポートキャラクターが追加されました。
煙霧意捕[姿と能力を真似る程度の能力]
霊撃強化:夢想封印・双……ボムの威力と持続時間が上昇






※何も言わなければスペカは三枚という暗黙の了解でいきます。

少女祈祷中……



[15378] 東方乱力録Stage2
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/17 13:52
 意捕を連れて次の目的地、冥界へ向かう。
 出来れば亡霊姫を確保したい所だが、別に最近半人前から四分の三人前にランクアップしたらしい庭師でも良い。霊夢はもう四、五人集めてから白雪に挑もうと考えていた。
「やめようよ~危ないよ~」
「うっさい」
 弱音を吐く意捕を適当にあしらいながら長い階段を登っていく。何を言おうと弾幕決闘で負けた意捕に拒否権は無い。
「肋骨粉砕されて頭蓋骨粉々にされたらどーすんのよ~」
「心配性ねぇ。そんな事されないわよ」
「嘘だッ!」
 意捕は声を張り上げて否定した。嫌に確信が籠った声色だ。実体験でもあるのか。
「あんた怯え過ぎ」
「霊夢が落ち着き過ぎなの!博麗の神よ?ぶっちぎりの最強よ?あんなの相手にするなんて想像しただけで……」
 あ゛あ゛あ゛あ゛、と呻いた意捕は自分の体を抱き締めて震えた。
 大袈裟な気がしたが一般的な小妖怪の反応としてはこれで正しい気もした。白雪の圧倒的実力を証明する事例は幻想郷の歴史を紐解けば枚挙に暇が無い。あのフラワーマスターが勝負を控えるという時点で激しくおかしい。
 私は別に怖くも無いけどなぁ、と首を傾げた霊夢は、長い長い階段の先をふよふよと飛んでいる人間を見つけた。幽霊では無い。人間だ。こんな場所――冥界に繋がる死の気配が濃い場所――に居るのだから、そこそこの実力はあるのだろう。霊夢は声をかけてみる事にした。
「ちょっとそこの怪しい奴!」
「……はい? 私ですか?」
 振り返って首を傾げたのは十五、六の少女だった。赤みがかかった黒髪をポニーテールにし、鍵の形のエンブレムの様な髪留めを付けている。紅色を基調とした唐風の衣を着て、腰には用途不明の鍵束が重そうに下がっていた。手には曲がりくねった長い木の杖を持っている。
 霊力が心臓付近に集中しているので仙人だろう。


理の探求者
【姑尊徊子】


「ちょっと手を貸してもらうわ」
「私は今忙しいのですが」
「ぷらぷら飛んでるだけじゃない」
「飛びながら考え事をしています」
「考えるの止めればいいでしょ」
「死ねと?」
 真顔で言われて流石に理解が追いつかなかった。お前は何を言っているんだ。考え事を止めたぐらいで人が死ぬか。思考停止しろと言っているのでは無いのだから。
 霊夢は仕方無く分かりやすい様に噛み砕いて徊子を諭した。
「誰が死ねなんて言ったのよ。一旦考え事とやらをやめて思考を私に振り分けてくれって言ってんの」
「それは幻想郷を覆う二つの大結界維持に必要な要素の復帰、つまるところ博麗白雪の説得もしくは調伏を行う為の協力要請と言う事で宜しいでしょうか」
「……分かってんじゃない」
 まともに会話も出来ない馬鹿かと思ったら全て理解していた。静かに微笑むその表情に悪意は見られないが何も読み取れず、どこまで本気か何を考えているのか分からない。
 うさん臭く無い紫の様だ。侮れない。
「そちらの方は?」
「あ、私? もう沈みかかった舟だし着いて行くしかないかなと思い始めた哀れな妖怪。慰めて」
「なるほど、なるほど。ご苦労様です」
 徊子は乗りかかった舟の間違いは指摘せず、杖をくるりと回してのほほんと言った。緊張感はまるで無い。意捕は労われただけで感涙していた。
「それで? 協力するのしないの?」
「誰が誰に?」
「あんたが私に!」
 素っ惚ける徊子に叩き付ける様に言った。こいつは面倒臭い。会話のリズムを取りにくい。霊夢は図らずも祭神と同じ印象をこの仙人に抱いていた。
「そうですね……私はあまり戦いが好きではないのですが」
 徊子は首を傾げ、思慮深気にまた杖を回す。
「事情が事情ですし、手助けするのも吝かではありません。もっとも力を貸すに足る力量を持っているか見極めてからとなりますが」
「弾幕で?」
「勝負法はお好きに」
 にこにこしている徊子を一瞥し、さっさと弾幕決闘でのしてしまおうと口を開こうととした霊夢は後ろから袖を引かれるのを感じた。振り返るといつの間にか徊子の姿に変身した意捕が渋面を作っている。
「何よ。あんたはサポートに回ってくれれば良いわよ。私が闘うから」
 弾幕決闘において「サポート」は概ね能力での行動補助と攻撃オプションを指す。
 能力補助の場合は半ば観戦者の立ち位置になり、弾幕もスペルカードも使えず弾幕が飛び交う戦闘域から離れていなければならない。その位置から味方の指示や自分の判断で能力を使い、味方のサポートをするのだ。
 攻撃オプションの場合は専ら何かの道具に――陰陽玉や人形など――力を込め、予め決めておいたパターンの固定弾、誘導弾を発射できる様にする。オプション弾の発射タイミングは戦闘を行う者の任意か完全自動で、サポート役は霊力、妖力などの供給のみを行う。これも戦闘域から離れていなければならない。
 そしてどちらの場合もサポート役は被弾しても退場にならない。結界か何かの中にでも入り被弾の危険無くぬくぬくと手助けをしていれば良い気楽な役どころだった。
 しかし能力の射程や力供給の距離制限の関係上、大抵サポート役は戦闘役に同行する。遠距離サポートを可能にする能力や術式もあるが、霊夢は生憎そんな能力は無く、そんな術も覚えていない。
 臆病なドッペルゲンガーに端から共闘など求めていない霊夢は安全を保障する意味も含めてサポートを命じたのだが、意捕は首を横に振った。
「そーじゃなくて。いや当然能力サポートに回るけど。あのさ……私と霊夢の心がさ、開かれてる」
「……は?」
 なんだそれ。
「多分、あの杖を回した時にやられたんだと思う。今こっちの考えてる事思ってる事、あっちに筒抜けよ」
 霊夢は何気無い仕草で徊子が杖を回していたのを思い出した。あの時か。
 キッと素知らぬ顔をした仙人を睨み付けたが微笑むばかりで反応は無い。
「外しなさい」
「ああ、失礼しました」
 徊子は悪びれず、ぺこりと一礼して杖を降った。意捕に目をやると頷きが返される。しっかり閉じられた様だ。
 喰えない奴だった。
 弾幕決闘の最中に敵に直接干渉する事はルールで禁じられている。さもなければメディスンの毒で相手を動けなくして滅多撃ち、白雪の敵の回避力や行動力を下げて動けなくした上で撃ち落とす一撃必殺、などという最早弾幕決闘と呼べ無い暴挙が成立してしまう。
 特定の能力のあまりにも圧倒的過ぎるアドバンテージを抑える意味で相手への直接干渉は禁止になっているのだ。
 しかしそれは決闘の最中の話。決闘前に干渉されても文句は言えない。無論決闘が始まれば自動発動能力でも無い限り干渉は解除しなければならないが、事前に心を読まれたと言うのは大きい。
 そこまで考え、この仙人の行動には一つ一つ意味があるのだ、と霊夢は確信した。一見して意味不明な行動、言動にも計算し尽くされた裏がある。
「おや、私に双子の姉妹は居なかったと思いますが」
「ふふふ、実は私、徊子の生き別れた姉なんだ。さっきの巫女のは世を欺く仮の姿」
「なんと!」
 ……買い被りだろうか。
「意捕、あいつの心開き返せ無い?」
「無理無理。馬鹿みたいに厳重に鍵が掛かって封じられてるから、開けようと思ったら半日かかるわ」
 対策は万全の様だ。
 霊夢は肩を竦め、ぐだぐだ考えずに闘う事にした。勝負の前にこちらの思考を読まれてしまったのは痛いが、臨機応変に戦えばなんとかなるだろう。
「んじゃ弾幕決闘で。私が勝ったら協力してもらうわよ」
「はい、了解しました。封鎖した勝利の道、開けてみて下さい」









 徊子は速攻をかけて来るかと思えばそうでも無く、やる気の感じられない鍵型弾幕を放って来るだけだった。霊夢が放つ札をゆらゆら揺れて避け、思い出した様に撃って来る。何がやりたいのかさっぱりだった。通常弾幕の応酬で受けに回る意味は無い。
 霊夢はそれでもしばらく警戒していたが攻めない事には終わらないと判断し、ちょっと本気を出して札に霊力を充填して投げる。倍近い速度で飛来した十数枚の札を徊子はやはりゆらゆら避けた。
 いささかイラッと来た霊夢は更に倍の霊力を札に込めようと構えたが、のろのろ飛んでいた弾幕が突然速度を上げて殺到してきたので攻撃をキャンセルして回避行動を取った。慌てず騒がず冷静に避ける。
 遅い弾幕に目が慣れた所でいきなり加速。いやらしい手だが霊夢には通用しない。
「良い目してますね」
 嘘か本当か感心した声音で言った徊子はさらりと追撃のスペル宣言をした。


開門「禁断の扉」


 霊夢の頭上の空間がピシリと軋んだ。途端に全身の毛が逆立ち悪寒が走る。何か拙いモノが上にいる――――
「霊夢ぅうう! なんかやばいのが開いた!」
 どこからか意捕の声が聞こえた。黙れ言われなくても分かってると叫び返す余裕も無く、霊夢は全速力で後ろに離脱した。あそこに止まるのは危険過ぎる。
 案の定軋んだ箇所はほんの一瞬円形に開き、スキマの様な蠢く不気味な空間から紫紺のレーザーが真下に放たれた。ボッ、と空気を押し潰す音と共にちょっとした屋敷程度なら飲み込んでしまいそうな太いレーザーが直下の白玉楼階段に衝突する。一応非殺傷らしく階段は壊れなかったが、命中した場所は不気味に鳴動していた。非殺傷でなければ間違なく階段程度チリも残さなかっただろう。
 いっそ阿呆らしい威力、範囲、速度。ロックオンから発射までにタイムラグがあるのが幸いだった。威力はどこぞの神が使う滅殺光線に近いものがある。
「また来る!」
「ハァ!?」
 意捕の声で我に帰れば、開いたスキマは既に閉じ再び頭上に開きかけていた。慌てて全速で飛ぶ。撃たれる。するとすぐに頭上にスキマが開く。その繰り返しだ。霊夢は常に全速で飛び回らざるを得ない。
 しかし逆を言えば全速で飛びさえすれば避けられると言う事あり、七、八発撃たれた時点でレーザー発射のタイムラグを掴んだ霊夢は飛行速度に乗せてぼんやり滞空している徊子に向かって札を投げた。
 が、札に反応したのか進行方向真正面に剣の様な形をした鍵型弾幕が忽然と現われた。思わず息を飲む。
 何しろ全速を出しているから相対的に見て鍵型弾幕が迫る速度が異様に速い。速度を緩めれば躱せるが、それを実行すると真上からのレーザーに撃ち抜かれる。
 普通の人間ならここで正面に突っ込むか無理に回避しようと速度を緩めて頭上からの一撃を貰う所だ。が、そこは勿論色々と普通の範疇を越えている鬼巫女である。全く減速せず当然の様に正面の弾幕を紙一重で滑らかにかわし、至近から目を見開いている徊子に札を数十枚一気にばらまいた。









「これは参りました。歴代最強の博麗の巫女の名は伊達では無いようですね」
 あっさり被弾した徊子は堪えた様子も無く手を叩いて霊夢を褒めた。邪気の無い笑顔に複雑な気分になる。
「……あんた本気出して無かったでしょ」
 最後の一撃、この仙人ならばなんとか避けられたはず。それなのに動く素振りも見せなかった。
「滅相も無い。私はいつでもその時々に応じた最善を選択していますよ」
 微妙な答え方をする徊子。霊夢は頭を掻いてため息を吐いた。恐る恐る寄って来た大して役に立たなかった意捕と見比べ、この二人を足して二で割れば丁度良くなるのでは無いかと思案する。
 ……まあ、こちらが勝ったのだから手を抜かれてどうこうと言う事は無い。
「負けた以上は協力してもらうわ」
「勿論です……ああ霊夢さん、幽々子さんと妖夢さんは閻魔様の所に契約の更新に行っています。今白玉楼へ行っても誰も居ませんよ」
「こんなタイミングで……なら閻魔も駄目かしら」
「閻魔!? やだよ怖い! あんなの仲間にするなら私逃げるからね!」
「……まあ強けりゃ良いってものでも無いわね。別の所当たるわ」








サポートキャラクターが追加されました。
姑尊徊子[鍵や箱などを開ける程度の能力]
オプション付加:仙弾……前方直線軌道、一秒間隔で一発発射されるオプション。威力は高い




※徊子未使用スペル

開封「パンドラの箱」
開心「オープンユアハート」






少女祈祷中……



[15378] 東方乱力録Stage3
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/20 10:22
 女三人寄れば姦しいと言うが、専ら喋るのは徊子と意捕の二人だった。姿形が同じ二人だが、意捕はなんとなく賑やかな気配がするので区別がつく。
 霊夢は二人を勝手に喋らせながらなんとなく強い奴が居そうな魔法の森へ飛んでいた。
 魔理沙は意地でも自分のサポートにつかないだろうし、アリスは勝算の薄い勝負はしないから白雪戦を断固拒否するのが目に見えている。が、魔法の森に住んでいる魔性の類が二人――毒人形を入れれば三人――だけとは思えず、また「あんな」場所に住んでいる以上は一定ラインを越える実力を持っているのはまず間違い無い。
霊夢は気負わず適当に御祓い棒を振って弾幕を飛ばし、散発的に攻撃を仕掛けて来る妖精達を仕留めていく。楽な道中だった。
 本来御祓い棒には主に結界展開を補助する機能しか持たせていないが、徊子のオプションにより弾幕発射機能が追加されていた。直線軌道の弾幕しか撃てないものの霊力消費は徊子持ちで、威力精度速度諸々申し分無い。白雪相手でも……まあ……牽制程度にはなる……はず。
 白雪は霊夢を高く評価しているが、霊夢も実の所白雪を高く評価している。凄い凄いと騒ぐ性格ではないので自然に悪態ばかりが表に出ているだけだ。特に敬ってはいないが評価は正当だと自負している。
 そしてその「正当な評価」から導き出された勝率が良くて三割な訳で。
 霊夢はままならないなぁ、とため息を吐いた。
 しばらく飛ぶと眼下に深い森が広がる。相変わらず濃い瘴気が渦巻いていた。
 魔法の森付近の妖精は平地の妖精よりも強い。とは言っても霊夢からしてみればドングリの背比べであり、何の苦も無く撃ち落としながら誰か手頃な奴は転がっていないかと森の木々の間に目を凝らす。時折蠢くキノコの傘や全身を菌糸類に浸蝕され痙攣する大型哺乳類の姿が木の葉の隙間にちらついたが努めて無視した。
 そして動くもの動くものキノコばかりでうんざりして来た頃。ようやく背後で徊子が声を上げた。
「人影です」
「どこよ」
 振り返ると徊子は真上を指差していた。見上げれば雲海に紫色の点が飛び回っている。霊力を操り、陰陽術の一種で視力を強化し目を細めると魔女っぽい少女が見えた。紫髪のショートカット、右目にモノクル、シンプルな厚手のナイトガウンの様な服。背格好と顔立ちはパチュリーによく似ていたが色々と違う。
 一々上空まで飛んで行って声をかけるのも面倒だったので霊夢は注意を引く意味で軽く御札を投げた。御札は一直線に上空へ昇って行き、魔女の進行方向を遮る様に飛び出し――――
「……え? ちょっ」
「あー! いーっけないんだーいけないんだー!」
あっさり魔女に直撃した。しかも大した威力も無かった筈なのに衝撃で気絶したの か真っ逆さまに落ちて来る。脆い。脆過ぎる。耐久力が紙だ。
 魔女の予想外の無警戒さと脆さにほとんど驚愕しながらも霊夢は落ちて来る魔女を受け止めた。ローブ越しに伝わる感触としては肉付きの悪さと弱々しさ。見た目の割に非常に軽い。
 このまま死ぬんじゃなかろうかと思いつつも取り敢えず頬を軽く叩いてみた。ひぅ、と小さな声を上げて魔女は目を開く。生きていた。
「……………………………………誰」
「巫女」
 やけに長い沈黙を挟んだ問い掛けに霊夢は端的に答えた。魔女は顔をしかめジロジロ霊夢を観察していたが、途中でハッと自分が横抱きにされている事に気が付いてわたわたと腕から逃れる。
「私に札投げた馬鹿はあなた?」


【不機嫌な古い魔女】
マレフィ・ノーレッジ


「私よ。馬鹿じゃないけど」
「返事したって事は馬鹿なんじゃない。まあどうでもいいわそんな事」
 マレフィは霊夢の後ろでアルカイックスマイルを浮かべ事態の推移を見守っている徊子を品定めする様に見て興味なさ気に息を漏らし、いつの間にか自分の姿をコピーしていた意捕に数秒目を留め、やはりどうでも良さそうに視線を外した。そのまま背を向けて何事も無かったかの様に立ち去ろうとする。
「ちょっと待った! ……こら! 待ちなさい!」
 霊夢は制止の声を無視して飛んで行くマレフィを追いかけ、肩を掴んで捕まえた。マレフィは心底嫌そうに振り返り冷徹な瞳を向ける。
「何」
「今ちょっと戦力を――――」
「興味無いわ」
「せめて最後まで聞きなさいよ。私今諸事情で強そうな奴等に神退治にちょーっとご協力願ってるのよね。手、貸してくれない?」
「……神退治?」
「そ。博麗の祭神よ」
 マレフィは目を瞬かせた。驚いている様に見えるがおののいた様子は無い。まず好感触だ。
「ふぅん……あなたごときが白雪に勝てるとでも思ってるの?
 バカなの? 世界トップクラスのバカなの?
 風邪気味だから永遠亭に行ったら『バカにつける薬はありません…』って泣かれるほどなの?
 道を歩いてたら『チリンチリン』って音がして『風流だな』って思ったら、あなたの頭が鳴らしている音でガッカリするの?
 頭が軽くてちょっとした風で天高く舞い上がるの?
 その飛距離の秘密はタンポポの綿毛も参考にしたほどなの?
 バカなの? 空洞の頭が浮き輪代わりになって、夏は重宝するの?
 頭を叩くと良い陶器のような素晴らしい音色なの?
 プリズムリバーに『新手の打楽器として頭を使わせてくれませんか?』って頼まれるの?
 蟻が一匹で余裕で運べるくらいに頭が軽いの?
 バカなの? 『ピザって十回言って』『ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ』『ここは?』『膝』『やーい肘でしたー』ってやり取りの意味が理解できないくらいの馬鹿なの?
 古い文献が見つかって『バカ』って文字があった時、全学者が『ああ。博麗の巫女のことか』って思うほどなの?
 救いようが無いわね」
 無闇やたらと滑舌良く矢継ぎ早に最後まで言い切ったマレフィに霊夢は呆気にとられた。徊子は苦笑していて、意捕は爆笑している。
「……あー、まあ勝目が薄いのは確かだけど。私があんたに頼むのはサポートなんだし、負けた所であんたにゃ実害無いから良いじゃない」
「そうね……実はついさっきずっと研究してた霊薬が完成して持病が治ったのよね。パチュリーの分の薬を届けに行く所だったのだけど……そう、少しぐらい頭悪い人間と遊んであげてもいいわ」
「負けたら従ってもらうわよ」
「構わないわ。言っておくけど私に負ける程度の実力で白雪に勝とうなんて一万年早いから」
「あんたは白雪の回し者か」
「違うけど。さて、四精霊の魔女長年の悲願の集大成、あなたの体で実験してあげる!」








 開始直後にマレフィの唇が震えた。高速詠唱で風の精霊を身体に絡み付かせ、その場を離脱しながら茶青赤緑の四色弾を放って来る。
 霊夢はそれを軽く躱しながら御祓い棒を振って弾幕を飛ばし、御札を投げて反撃した。弾幕と御札はその軌道上に間違い無くマレフィを捉えていたが、命中する数瞬前にマレフィが再び高速詠唱をする。上から吹き付けた風に押されたマレフィは弾幕の射線から外れ悠々と霊夢との距離を確保し向き直った。
 詠唱が恐ろしく速い。色々とパチュリーに似ている魔法使いだが喘息では無いらしい。病気が治ったとか言っていたし。
 さてどう攻略しようかと霊夢が勝利への筋道を組み立てていると、マレフィはカードを掲げてスペル宣言をしてきた。


水+火符「煮沸済水精霊」


 なんだかなぁ、というネーミングだったがスペルカードは得てしてそういうモノだ。霊夢は落ち着いて弾道を見切り、パターンを分析し、避けに避ける。
 親指の爪ほどの極小水色弾と握り拳ほどの赤色弾で構成されるスペルだ。水色弾は通常の小弾の半分ほどの大きさしか無い。発光する派手な赤弾に紛れて見え難い事この上無かったが、霊夢の注意力や動態視力をもってすれば容易にとまではいかずとも回避は可能だ。細かい弾幕であるという事はそれだけ避ける隙間も潰されるという事である。ハッとする不意打ちは無いがその分堅実で厄介な弾幕だ。
 少々神経を使う弾幕の上に途中で一度パターンが変わったため、あまり反撃できないままスペルが終了する。
 さてこちらも攻めるか、と御札に霊力をチャージすると、マレフィは一息も入れず連続してスペル宣言をした。


土+風符「庭小人の空中舞踏会」


 宣言と共にどこからともなく髭面の茶髪チビ親父が数体沸いて出た。仏頂面で手を繋ぎ、宙で軽快にステップを踏みながら雨あられと茶弾幕を撃ち出して来る。
 絵図的にも鬱陶しかったのでチビ親父に向けて御札を放つとくるくる踊りながら避け……ようとして避けきれず、被弾して消える。消える直前にハードボイルドに口の端を歪めサムズアップしてきたのが癪に障った。
 しかし消しても消しても沸いて来るチビ親父の群。いちいち踊りのステップが違い、弾幕のパターンも違う。消滅間際にどいつもこいつもガッツポーズをとったり茶化す様に口笛を吹いたりと鬱陶しい事この上無い。精神的に攻め立てる弾幕の様だったが、パターンの方もしっかり組まれているだけに苛立ちを誘った。これもまた意表を突く要素は無いが威力も速度も数もあり厄介な弾幕だった。
 霊夢は御祓い棒と御札を駆使して立て続けにチビ親父を屠っている内に踊りのステップと弾幕パターンの関連性に気付いた。よくよく見れば親父達の足が宙に何か紋を刻んでおり、その紋に応じて弾幕の威力を増幅しているらしい。さり気なく芸が細かい魔女だった。
 しかし法則が掴めればこちらのもの、霊夢はステップとパターンを対応させ瞬時にスペルの全容を解析。くるくる踊る親父達のばらまく弾幕を完璧に見切ってすり抜け、ぶつぶつ詠唱していたマレフィに御札を全力でぶち込んだ。







 撃墜されて咳き込むマレフィは意捕に手を掴まれぶんぶん振り回されながら不機嫌な顔をしていた。しかし霊夢を見る目から小馬鹿にした様な色合いは抜けている。お眼鏡に叶った様だった。
「まさかこの私が頭に花が咲いた巫女に負けるなんて……」
「あんたにゃ花どころか芽すら出ないわ」








サポートキャラクターが追加されました。
マレフィ・ノーレッジ[土水火風を操る程度の能力]
オプション追加:四精霊ホーミングショット……自機攻撃時に敵追尾性能の高い
ショットを自動で撃つ




※マレフィ未使用スペル

霊薬「エリクシール」




少女祈祷中……



[15378] 東方乱力録Stage4
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 06:43
 腹が減っては戦はできぬ。
 太陽が真上に登り、神社を出てから動きっぱなしだった霊夢は洩の湯の温泉宿の屋根に腰掛けておにぎりを頬張っていた。
 豪雪地帯の幻想郷の家々の屋根の傾斜は基本的に急だが、洩の湯の宿は地熱の影響で雪が積もらないため、のんびり笹にくるんだ弁当を広げられる程度には緩やかである。
 霊夢が腹拵えをしている間、三人の供は好き勝手に動いている。マレフィは捨食の魔法があり、徊子は霞を食べており、意捕は妖怪だ。今食事をとる必要は無い。
 温泉客にセルフサービスで提供されるお茶を啜り、霊夢はけふっと息を吐いた。下を見下ろせば温泉街を談笑しながら行き来する妖怪、人間、時々神。大結界の異変に欠片も気付いている様子は無く呑気なものだ。
 霊夢は鬼神を味方につけようと考えていた。
 強力な妖怪種族の代表格は鬼、吸血鬼、天狗。プライド最優先のレミリアは一時的とは言え巫女の下にはつかないだろうし、フランドールは恐らく白雪に牙を剥くのを嫌がる。天狗は混乱していて使えない。その点鬼は捩じ伏せれば快く仲間になるから楽な物だ。
 どうせ味方につけるなら最上級の鬼神が良い。それが失敗しても四天王なら確保できるだろう。
そんな魂胆で地底、旧都へ向かう予定だった。








「予定だったんだけどねぇ……」
 霊夢は目の前に立ち塞がる怨霊にため息を吐いた。
 一風呂浴びて来た三人と合流してさあ行こうと空に舞った矢先、橙が怨霊を引き連れて逃げて来た。そのまますれ違えば問題は無かったのだが、あろう事か橙は言葉巧みに霊夢に追手をなすりつけ尻尾を巻いて逃げて行ったのだ。上司に猫可愛がりされている化け猫だが、大ボスの影響もしっかり受けていると見える。
 その結果がこちらを睨む怨霊。粗末な麻の服を着た昔風の少女で、少々不揃いなショートカットの黒髪に艶は無く、顔色も宜しくない。些かやつれた病人の様な青白い顔に冷徹さを貼り付けたその表情はなかなか迫力があった。


消えない執念の業火
【マナ】


 その身に纏うのは見た事も無いほどドロドロした禍々しい霊力だったが量は多い。余程長い間怨み辛みを溜め込んで成長したのだろうと推測される。あまりお近付きになりたくない種別の人間……いや霊だが、厄介な敵ほど味方につけた時に頼もしい。
 霊夢はこの怨霊を勧誘してみる事にした。
「なんで橙を追ってたか知らないけどちょっと――――凄く時間貰える?」
「凄くは無理ですが少しなら。あなたは人間の様ですが……あの猫の仲間でしょうか」
「ただの知り合いよ。仲間になった事は一度も無いわね。それで本題」
 霊夢はこの世全ての闇を封じ込めた様な暗いマナの瞳を真正面から見据える。
「下剋上に付き合ってくれない?」
「……見た所あなたは博麗の巫女の様ですが。神殺しになるおつもりで?」
「ハァ? なんで殺すのよ物騒ね。パパッと弾幕で退治すりゃ良いだけの話じゃない」
「ふむ。彼女には私も多少の恨みがあります。協力するのは吝かでは無いですが……しかし……後ろに連れているのは妖怪か?」
 マナはがらりと口調を変えた。低い寒々しい声で脅す様に言う。霊夢は雰囲気からここで肯定するとマナの機嫌を損ねる事を察したが、だからどうという事も無く率直に答える。第一妖力を纏っている奴を妖怪じゃないと主張するには無理があった。
「妖怪、仙人、魔法使い。それが何?」
 マナは答えず突然意捕に向かって弾幕を放った。
「ひぁあ!」
「私の姿に化けるな下衆が!」
「そんなっ! 私のアイデンティティーを否定するの!?」
「問答無用!」
 何やら済し崩しに弾幕が始まってしまった。呆気に取られている霊夢の前で意捕が必死に禍々しい霊力弾を避けている。
 徊子は困りましたねぇなどと言いつつ手を貸す気配は無く、マレフィに至っては空を流れる雲を眺めていて意捕に目もくれない。双方助ける気は無いらしい。
 霊夢はどうしたものかと頭を掻いた。
 弾幕決闘は不意打ちをしてはならず、不意打ちで始まった以上これは弾幕決闘とは呼べ無い。更に殺気の籠ったマナの弾幕は明らかに殺傷設定だった。
 しかし弾幕決闘でなければこれは単なる生存競争の闘い。弾幕決闘ならばルール上横槍は拙く、弱肉強食ならそれもまた霊夢の関与する所では無い……が、今回襲われている意捕は自分のサポート役だ。見捨てるのは拙かろう。
 思考を纏めた霊夢は半泣きの意捕を二重結界で囲み、護った。マナの弾幕は全てあっさり結界に阻まれ弾かれる。
 ちゃちゃを入れられた怨霊は突如現われた結界の強度に目を見張り、ギロリと霊夢を睨んだ。
「神に仕える者が妖怪を庇い立てするか。貴様それでも巫女か?」
「失礼ね、これでも巫女よ。博麗の巫女は必要なら妖怪でも悪魔でも護るわ」
 幻想郷の平和と境界を護る為の巫女なのだから当然だ。
「幻想郷の巫女も地に墜ちたか。もっとも村を滅ぼす妖怪に肩入れするような神の配下、元より腐っていたのやも」
「酷い言われ様ねぇ。あんた妖怪に怨みでもあんの? 怨霊だし無い訳無いんだろうけど」
「千年の昔、私の故郷は一夜にして妖怪に滅ぼされた。妖怪共を根絶やしにするまで私は止まらない」
「うわぁ後ろ向きー。もっと前向いて生きればいいのに」
「好くも憎むも第三者が口出しする物では無いと私は思いますが」
「なんでもいいから早くして頂戴」
 見事に足並みが揃わない三者三様の声に押されて霊夢はため息を吐いた。
「どいつもこいつも捻くれてるわねぇ。ま、あんたの事情はどうあれ揉め事は弾幕で片付けるのが幻想郷の流儀よ。そっちが勝てば煮るなり焼くなり好きにしていいから負けたらこっちに従ってもらうわ」
「ふ、妖怪に魂を売った神職にあるまじき巫女よ。我が積年の怨念、その器に収まるか!」








 意捕に使った結界を見てそれなりに霊夢の実力は分かっていたのだろう、マナは最初から手加減抜きで弾幕を放って来た。妖力弾よりよほど妖力弾らしい怨念が詰まった霊力弾をグレイズしながら霊夢は小手調べに御祓い棒を振る。四色と仙人の弾幕をマナはぎこちないながらも確実に躱し、更に弾幕を返す。
 数十秒通常弾の応酬を繰り広げた二人だが、霊夢が早々にマナの弾幕の癖を見破り押し始めた。時間を追う毎に宙を飛び交うマナと霊夢の弾幕の比率は偏っていく。
 しかし漫然と撃ち合うだけでは押し切られると判断したのだろう、マナは通常弾を休止しスペル宣言をした。


怨符「ここで会ったが千年目」


 霊夢は身構えたが、スペルによくある「宣言直後の猛攻撃」は無かった。確かに通常弾幕より密度は増し押し返されたものの避けながら撃ち返すだけの余裕がある。
 意捕が言っていた様に必ずしも霊力量と弾幕の強さは結び付かないが、この程度の弾幕がマナの全力だとは思えなかった。
 しかし恐らく罠だと分かっていても手を緩める事は無い。霊夢は右手で御祓い棒を振るい牽制の弾幕を飛ばしつつ左手に挟み持った四枚の札に霊力を充填。鋭く息を吐くと共に殺りに行くつもりで投げる。
 牽制の弾幕に紛れて空気を裂き自分を狙う御札をマナは紙一重でかわした、が――――
「うん?」
 グレイズした瞬間にマナの纏う霊力が脈動した。目を凝らせばマナが弾幕を掠るたびに霊力が蠢き少しずつ少しずつ増幅している。
 ……霊夢は御札を投げる間に牽制に大量の弾幕をばらまいていた。あくまで牽制、その弾幕はグレイズも容易く、気がつけば膨張した霊力は弾けんばかりになっている。
 スペルカード効果時間は最大六十秒間。現在四十秒弱が経過しており、残り十数秒であの膨れに膨れた霊力を弾幕に変えて解き放つとなれば、
「まっず!」
 通常弾幕では対応しきれないだろう。霊夢は一際大きく収縮するマナの霊力が解放される前に急いでスペル宣言をした。


神霊「夢想封印・双」


 予想通り宣言直後に数瞬前とは比較にならない圧倒的な弾幕が牙を剥いて襲って来た。怨もうぞ祟ろうぞと狂おしい負の念が籠った弾幕が、纏わりつく様に絡み付く様に殺到する。亡者の憎しみが生者を奈落に引き摺り落とそうとするように弾幕一発一発に猛執を感じる。一般人ならグレイズしただけで発狂するんじゃないか、と霊夢は背筋を這い上がるような怨念に眉を顰めた。
 通常弾を放つ暇も無く回避に専念する。スペルカードの多くは一度宣言すれば制御の必要は無く自動で弾幕を展開する。
 マナも霊夢も全力で避けてかわして見切って受け流す。それはスペルとスペルの戦いだった。
そもそもスペルカードは必殺技の代名詞。どちらのスペルが上手く組まれているか、それが勝敗を分ける事は少なくない。今日の三戦で霊夢が一枚もスペルを使わなかった事こそ異常なのだ。
 しかしマナの方が霊夢よりも早くスペル宣言をしており、当然の帰結としてマナのスペルが先に切れる。
 スペル効果時間が切れたマナは無抵抗に霊夢のスペルに曝される事になり、素早く次のスペルを宣言するのだが――――


猛執「八代先まで祟ろうぞ」


「馬鹿じゃないの? 私のスペルはそんなに甘く無いわ」
 稀代の巫女の必殺技が敵にスペルの息継ぎを許す訳も無く。
 二枚目のスペルを宣言した直後、横から強襲した札の嵐がマナを飲み込んだ。







「よもや私の執念を飲み下すとは……」
「阿呆らしい。弾幕ごっこに恨みもへったくれもあるもんですか。あんたは負けたの、大人しく従いなさい」
「……む……う。承知、しました……」












サポートキャラクターが追加されました。
マナ[敵から逃げ切る程度の能力]
自機補正:当たり緩和……当たり判定が若干小さくなる




※マナ未使用スペル

怨霊「怨み晴らさで」





少女祈祷中……



[15378] 東方乱力録Stage5
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/10/30 19:13
 マナを下した霊夢は温泉地帯を抜けて地底に繋がる縦穴に入った。
 途中例によって土蜘蛛が攻撃して来ようとしたが鎧袖一触して降りていく。どこかに殴り込みにでも行くのかという戦力過多メンバーに律義に地底流の歓迎を行ったヤマメに意捕が敬礼していた。
 その意捕も地下深くに降りるにつれて顔色が悪くなっていく。
「うなぁああ、なんだかゾクゾクするぅ」
「鬼神に嫌な思い出でもあんの? あんたトラウマだらけね」
「それもあるけど……なんかこう……飢えた虎に背後をとられたいたいけな兎の気分」
「ああそういう事。マナ、前に行きなさい」
「……はい」
 不服そうにしつつもマナは大人しく前に出た。敬語で喋っているので理性は保っているようだが目付きが危険だった。霊夢は千年間も何かを恨み続けて疲れないんだろうか、と不思議に思ったが恐らく無我の境地ならぬ執念の境地にでも達しているのだろう。ようやく齢二十に届く自分が何を言っても無駄だろうし、言う気も無かった。
 縦穴を抜け、橋の上でハンカチを噛んで何やらを妬んでいた妖怪をすれ違い様に撃ち落とす。弾幕で手荒い歓迎をする地底の住人達を景気良く撃墜しながら飛ん行くと薄暗い大洞穴の先に町明かりが見えた。
 地底の楽園、旧都である。
 霊夢達は人魂や鬼火のぼんやりした灯に照らされ賑わう町に降り立った。広い大通りには露店が建ち並び、肉の焼ける香ばしい匂いや装飾品を客に進める呼び声が満ちている。正直人里よりも活気があった。
「さてと。鬼神はどこかしら」
「赤い旗が目印の居酒屋に居る事が多いと聞きます」
「へぇ? その居酒屋どこ?」
「さあ」
「だめじゃん」
 半端な知識を披露した徊子に呆れる。しかし他に心当たりも無い訳で、誰かに居酒屋までの道を聞こうと周囲を見回した霊夢は露店の群に見覚えのある鬼が紛れているのを見つけた。いつぞや地底でみかけた鬼、星熊勇儀だ。
 どどんと頑丈そうな木箱を正面に据え、そこに肘をついて挑戦者と手を組み腕相撲をしている。ばったばったとチャレンジャーを叩き伏せていくが手加減はしているらしく怪我人は出ていない。霊夢は側に歩み寄って声をかけた。
「ねえちょっと。鬼神の居場所知らない?」
「ん? なんだいあんたは。どこかで見た様な面だけど」
「博麗の巫女よ。ちょっとめくるめく異変解決の旅にご招待しようと思って鬼神探してんの」
「なんだ大将に用事なのかい。まあなんでもいいけど聞きたい事があるなら私に勝っていきな! 勝てたらそれこそスリーサイズでもなんでも答えてやるよ」
 勇儀は二カッと笑って木箱に手を構えた。霊夢は勇儀の大して太くも無い二の腕を見て霊力で腕力を強化すればいけるかと一瞬考えたが、白雪が以前零していた能力を思い出して止めた。策も無く真っ向勝負するには分が悪い。
「意捕、行きなさい」
「えぇー……」
「お、なんだい妙な奴が来たね。変身能力かい?」
 霊夢は早速勇儀に化けていた意捕を前に押し出した。足を踏ん張って抵抗したが足払いをかけて勇儀の前に出す。
「鬼が来るまでは妖怪の山は私の天下だったのにさ……引っ掻き回すだけ引っ掻き回して地底に引籠もっちゃってまあ……ムカつくけど強いのは事実だから質が悪いのよねー」
 乗り気では無さそうにぶちぶち小言を漏らす意捕に霊夢はこそっと耳打ちをした。それを聞いた意捕は少し首を傾げ、ぱっと笑顔になってがっちり勇儀の手を掴む。
「どんと来い!」
「おっ、威勢が良いねえ! 三つ数えて始めるよ。一、二の、三!」
 意捕が模写できるのは姿と能力だけであり、妖力も身体能力も写し取れない。従って本来ならば~程度の能力に依存しない基礎能力に優れる鬼に挑むなど狂気の沙汰だが、勇儀に限ってはそうでも無かった。
 勇儀の能力は「怪力乱神を持つ程度の能力」
 怪異と勇力の総合強化能力である。
「おお!?」
「ひぃ! やっぱ無理! ごめんなさい!」
 両者の力は完全に拮抗していた。中央で組み合ったままびくともしない。意捕はなんだかんだ泣き言を言いながらしっかり食らいついている。
「計画通り……」
「あら、ただの雑魚妖怪じゃなかったのね」
「意捕さん、無理はせず」
「両方潰れるがいい」
 鬼の勝負に横槍を入れると命が危ないので顔を真っ赤にして唸る二人には手を出さず傍観。そして十分ほどで双方疲れ切ってドローになった所で霊夢はヌケヌケと二番手を名乗り上げ、体力を消耗しきりぷるぷる震える勇儀の手を容赦無く木箱に叩き付けた。








 消耗した所を狙われたとは言え負けは負け。むしろ知恵を駆使して打ち負かされるのは(騙し討ちで無ければ)鬼の感性からしてみれば好ましいらしい。
 ご機嫌な勇儀に連れられ、霊夢達は居酒屋の暖簾を潜った。
 ちらほらと客が杯を傾ける店内をざっと見回した勇儀は首を傾げて毒々しいキノコを頭に生やした店主に声をかける。
「大将は?」
「宿儺様ですか? 先程勘定を払っていかれましたが」
「あちゃあ」
「ほとんど入れ違いですよ。地霊殿に行くとおっしゃっていました。今から追えばすぐに追いつくかと」
「……って事らしいよ。どうする人間」
「当然行くわ」
「案内は要るかい?」
「前来た時に道は覚えたから」
「そう。んじゃ何をするつもりか知らないけど気をつけて行ってきな!」
 勇儀は霊夢の背中をばしんと叩いて店の外に送り出す。霊夢は咳き込みながらも地霊殿に向かって飛び立った。
 町明かりと喧騒を背に旧都を後にする。言われた通りに地霊殿に向かって数分も飛ぶと前方に人影が見えた。
「あれが?」
「間違いない。人を投げ縄みたいにぶんぶん振り回すのが趣味ないけ好かない鬼だよ」
「そんな事されたの? あんた本当に年齢と威厳が反比例してるわねぇ」
 軽口を叩く内に追いついた。気配を察したのか鬼神が振り返る。
「なんぞ、ぬしらは」


艶やかな鬼の総大将
【宿儺百合姫】


 小首を傾げる動作一つにも妙に色気がある鬼だった。深い藍色の髪を結って前に垂らし、大粒の黒真珠をつけたかんざしを刺している。髪の間からは短い角が覗いていた。起伏に富んだ長身を百合模様の着物に包み、全身の凹凸が強調されなんとも悩ましい。
「んー、神様討伐隊」
「神を? ……ふむ……なにやら見覚えが……白雪の巫女、か?」
「そう」
 博麗では無く白雪の巫女と言うあたりまた祭神の昔馴染みかと思いつつも肯定すれば、百合姫の顔が喜色満面になる。
「やはりそうか! いや素晴らしい。数年前は戦い損ねたが今日は手合わせに来たと見える。胸が高鳴るわ!」
「高鳴る? 胸で栽培してるメロンが?」
 背後でボソッと呟いたマレフィの声をスルーして勝手に戦闘モードに移行しようとしている百合姫に釘を刺しておく。
「そろそろこの台詞も言い飽きたけど、私が勝ったら白雪退治に協力してもらうかんね」
「なんと。私に妹の様に思っておるあの子と戦えと言うのか?」
「妹ってあんた、白雪の方が年上でしょうが。見た目はアレだけど」
「仕方無かろ、一目見た時から妹としか思えんのだ。昔は私の方が年上だったしの」
「あんた馬鹿? 時代溯っても年齢差は変わらないわよ」
「む? ……然り。なんとなくそんな気がしたのだがの」
 はて、と首を傾げる百合姫。何やら白雪と因縁があるらしい。
 右を向いても左を向いても多かれ少なかれ白雪の関係者であるという所に嫌でも奴の顔の広さを感じさせられた。幻想郷の住人の半数以上は何かの形で白雪に関わっているに違いない。流石は幻想郷の表玄関の神だ。
「はぁ、話がそれたわね。それで駄目かしら? 協力の件」
「いいや、喜んで戦おう。しかし弱者に従う気などさらさら無い。私を使いたくば力で屈伏させるが良い!」
「はいはい戦ればいいんでしょ戦れば」








 弾幕決闘はスタンダードに通常弾幕の撃ち合いで始まった。御祓い棒の弾幕と御札を飛ばす霊夢に対して百合姫は小刻みに光線弾幕を連射して来る。
 光線系の弾幕は基本的に直線軌道で弾道が見切り易く、代わりに速さがある。使う者が鬼ともなれば光った当たった、ぐらいの速度は出ていたがそれでも霊夢は悠々と避ける。基本スペックがどこまで行っても人間である霊夢は元から大妖怪の弾幕を目で見て避けるなどという愚行はしていない。
 しかし誘導と見切り、パターン読みを駆使して避ける霊夢とは反対に百合姫は目で見て避けていた。
 通常弾とは言え巫女が放つ強力な弾幕を目で見て、目で追い、引きつけ、躱す。ずば抜けた動態視力に任せた変態的な回避法だった。真似できる気がしない。
 ひたすらに怒濤の勢いで撃ち合ったがお互いの弾幕はスカートや髪に掠るばかり、決定打にはなりそうもない。痺れを切らし先にスペルを宣言したのは百合姫だった。


逆襲「桃太郎退治」


 キビ団子に見立てたのだろう、白い小弾が散弾の様に撒き散らされた。速さと正確さが重視される弾幕決闘にもかかわらず無駄に妖力が込められている。本来なら威圧感を感じて然るべき所だが能力由来の圧力完全耐性を持つ霊夢は何も感じない。
 妖力で猿犬雉を模した揺らめく偶像がやたら滅多に白小弾を投げ付けて来るのはまさか桃太郎に見られているからなのか。キビ団子一つで散々こき使いやがって! なんて声が聞こえて来そうだなぁ、などとゆるゆる思考を流しながらも回避に専念。シュールな弾幕だが激しさは一級品だった。
 やがてスペル効果時間が切れる。連続スペル使用はせずに通常弾幕を挟んで来た百合姫に霊夢もスペルで応えた。


神技「八方鬼縛陣」


鬼符「人は外、鬼は内」


 霊夢の宣言に被せる様に百合姫も宣言して来た。
 霊夢のスペルは高密度の御札を自分中心放射状にばらまく圧殺スペル。自らを閉じ込める様に球形に大量の札を周回させる事で敵の接近を防ぎ、更に四方八方に札を射出。また背後で札を交叉させる事で退路を絶ち、相手に暴風域に止まる事を強要する。
 百合姫のスペルは細いレーザーの雨。上下前後左右から網の目の様に細い光線が放たれ移動を制限、そして蜘蛛の巣に掛かった蝶を仕留める大弾がとどめを刺しに来る。
 双方比較的判りやすくパターン化されてはいるもののそれでも反撃の余裕が無い速度と密度。特別奇を衒う事はせず、それ故速く力強く避け難い、そんな弾幕だった。
 二人のスペルはほぼ同時に切れる。霊夢は深呼吸して乱れた息を整えるが、鬼神は愉快愉快と高笑いして疲れた様子は無い。基礎体力が違うのだ。
「さて巫女よ。三枚目、最後のスペルの覚悟はついたかの?」
「あと十秒は休みたいわ」
「ははは、知らぬわ!」


鬼遊「幻想鬼遊戯-増鬼-」


 百合姫は霊夢の返事を蹴ってラストスペルを発動させた。無視するなら最初から聞くなと突っ込もうとしたが、分裂した百合姫を見て口を噤んだ。馬鹿の一つ覚えの様に馬鹿みたいに速く鋭い杭形弾幕を馬鹿げた密度で乱射してくる。役十秒毎に二体、四体、八体と分身していき、それに比例して弾幕も倍々ゲームで激しくなる。
 二倍で増えて行くなら次は十六体。最上級大妖怪十六体分の弾幕。
 無理だ。次に分裂されたら避け切れる気がしない。もしや早く撃墜しなければ負けが確定する、そういうスペルなのか。
 霊夢は自分を縫い留めようとする杭弾を紙一重で躱しながら特製札に霊力を最大充填。全部本物なのだからどれを狙っても良いのだが、視界の端に捉えた微かに意識が地上で結界を張って呑気に観戦しているサポート達に移っている一体を見つけ全力で投げ付けた。






「ほ、強いの。人間としては破格の強さ。そなたに着いて久々に白雪と弾幕を交えるのも悪く無かろうよ」
「はぁしんど……アレでギリギリ掠って被弾ってあんた……」
 辛うじて十六体になる前に仕留める事が出来た霊夢は深々と息を吐く。できれば二度と相手にしたくない相手だった。






サポートキャラクターが追加されました。
宿儺百合姫[身を分ける程度の能力]
機能追加:変わり身……低速時下ボタン二連押しで分身をその場に作る。自機狙いの弾は全て分身へ向かい、一定数被弾すると消滅する。分身は画面上に一体しか作れない。







少女祈祷中……



[15378] 東方乱力録Stage6
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 06:55
 時は満ち、準備は整った。
 あまりサポート役を増やし過ぎても使いこなすのが難しいし、集めて周る内に紫の限界が来て大結界が崩れてしまえば本末転倒。五人くらいで丁度良い。霊夢は頃合良しと見て攻めに入る事にした。
 さてはて地底は旧都から縦穴まで来た道を逆戻りし、地上へ出る。傾き始めた日の光の眩しさに目を細めながら霊夢達は南へ向かった。
 目指すは文字通りの人外魔境がごまんとある幻想郷の中でも危険度最高峰の難所、迷いの竹林である。
 白雪が本気で身を隠そうと思えばそれを見つけられるのは閻魔くらいなもの。藍がその閻魔――四季映姫・ヤマザナドゥ――と接触を図り、百合姫との勝負が終わった直後に連絡を寄越してきたのだ。敵は竹林にあり、と。
 よりにもよって嫌ぁな場所に陣取ったものだ。あの場所は基本的に兎以外が侵入すると迷って二度と出られなくなる。下手をすればウサミミを着けて戦う事になるかも知れない。それは勘弁願いたい。いい歳した巫女にウサミミなどおぞましいだけだ。
 霊夢はちらりと後ろを振り返った。
 宿儺に化けている意捕は暗い表情で行けるイケる逝かない死なない大丈夫……とひたすらぶつぶつ呟き自己暗示をかけている。もう開き直ったかと思っていたがキツそうだ。でもまあなんとかなるだろう。
 徊子はごちゃごちゃした金属片の塊(知恵の輪?)を弄りながら飛んでいるがどこか上の空。何を考えているかは読み取れない。
 魔法で追い風を作り自動飛行しているマレフィは傍目にも分かるほどそわそわしていた。しかし目が合うと仏頂面になる。素直じゃない。
 マナは……何か呪詛を吐いている。効くとも思えないが精々呪えば良いと思う。
 宿儺は艶やかな髪を手櫛で梳きながら悠然と殿を勤めていたが、時折何か思い出した様にニヨニヨしていた。
 頼りになるような、ならないような、そんな面子だった。使う者次第で名刀にもナマクラにもなるだろう。
 しかし最大限に力を発揮した所でやはり勝率は三割弱。幻想郷の存続に関わる勝負をするには心許無い。
 何しろ相手は嘘の様で本当な伝説を幾つも打ち立てている神兼妖怪兼魔法使いである。霊夢は弾幕抜きで殺り合えば瞬きする間に塵も残さず消滅させられる自信があった。
 霊夢が弾幕で打ち負かせばそれで良し。しかし霊夢が失敗し、かつこれ以上悠長に弾幕決闘の手順を踏み穏便に調伏する猶予が無いと判断された場合、閻魔も含め集められる限りの戦力を緊急召集した上での総力戦となる。しかも殺してはならず、力を消費し尽くさせてしまえば倒した所で結界への力供給は戻らないため消耗戦にも持ち込めないという超高難易度の戦い。
 ……出来るなら弾幕で片付けてしまいたい所だ。さもなければ血の雨が降る可能性大。
 それは避けなければならない。元はと言えば人間と妖怪のいざこざを殺傷沙汰に発展させないために作られたのがスペルカードルールなのだから。
 そう思った霊夢は少々気持ちを締め直そうとしたがやっぱりやめておいた。下手な緊張はまずい。あくまでもマイペースにいつも通りに。









 やがて霊夢はそこに辿り着く。
 昼と夜、陽と陰、人と妖が交叉する逢魔時。燃える様な西日にその純白の髪を煌めかせ、彼女は竹林の入口に立っていた。
「やっぱり来るなら霊夢だと思ってたよ」


悠久の大幻想
【博麗白雪】


 いつもと同じその姿。身長が伸びているだとか、髪が金色になって逆立っているだとか、そんな様子は無い。
 しかし小さな体から溢れ出る莫大な妖力はやはり半減した力が元に戻っている事を示していた。
「あんた自分が何やってんのか分かってる?」
「分かってるよ。幻想郷がやばいんでしょ」
「…………」
 サラッと答えた白雪に悪びれた様子はまるで無い。ただ霊夢の後ろに控える五人を見てほうほうと感心している。
 霊夢は駄目元で言ってみた。
「結界を戻しなさい」
「ところがどっこい、そうはいかんのだよ。言われてはいそうですかって戻すぐらいなら最初からやらんわ。これ見てみ?」
 白雪は親指で後ろを指した。そこには通常営業で薄い霧を漂わせ微風に吹かれてさんざめく竹林が……いや、いつもより霧が濃い? 違う、霧が徐々に一ヵ所に集まってきている。
 これは……
「気付いた? ここには私の友達が居るのさ。死んだと思ってたけど死んで無かった。良く考えれば分かりそうなもんなのにね、`あなた達を置いては逝かない´って言ってたのに」
「……はあ、そう。それが今回の異変とどう関係してるってのよ」
「察しが悪いねぇ。要は眠るお姫様を起こそうって事。能力とは魂から発生するもの。竹林を覆う惑いの力は私の友達の能力、能力が残っているのなら魂も残っている。魂が残っているのなら――」
「――復活もできる?」
「御名答! もっとも一万年以上半分休眠状態だった魂を揺り起こして体を戻すのは並大抵の事じゃなくてね。結界と陰陽玉に回してた力を切ってようやくって所」
 霊夢はどこか楽しげに言う白雪から目を離し、不気味に蠢く霧を見つめた。
 白雪が全力を出さなければ干渉力が足りない存在。白雪にそこまでさせる存在。自分の五百倍も生きている白雪の出自や交遊関係は半分も把握していない。長い生の中でそんな存在の一人や二人居ない方がおかしいのかも知れない。
 しかしそれなら、
「やるならやるって予め知らせておけばこんな騒ぎにもならなかったでしょうに」
「あはは、竹林で交信力上げたら早く会いたいって急かされてさ。正直私もこんな強引な手は本意じゃないんだけど、なんだか悪い事してる気がしなくてね。私もまた惑わされてるのかも」
 そう言って微笑む白雪は一見正気に見える。しかし誘惑だか煽動だか知らないがそういう能力の影響下にあるらしい。いや、自分で自分を惑わされていると自称しているのはおかしいか?
 もしも自分の意思では無く誰かに操られているのならぶっ飛ばして正気に戻す必要がある。
 正気でこんな事をしているのならぶっ飛ばして止めさせる必要がある。
 結局やる事は同じだ。
 それに白雪に有効なレベルの精神干渉が使える妖怪が復活したら面倒臭い。さっさとやってしまうが吉。霊夢は懐からいつもの藁半紙を使った投げやりな札では無く、上質な紙と専用の墨を使い特殊な呪いを施した特製札を取り出した。
「まあ事情はどうあれやる事はやるわ。おしおきの時間よ」
「おしおき? おしおきねぇ。弾幕で?」
「殴り合ったら私死ぬじゃない」
「……まあ、うん……それでもいっか、負ける気しないし。でも」
 白雪はついと霊夢から目を逸し、背後で渦巻く霧を見て小首を傾げる。
「んん、もう少し――――そうだね、あと半日もあれば完全に戻してあげられる。これが終わった結界は戻すからそれまで大人しくしててくれない?」
「半日ってギリッギリじゃない。駄目」
 紫が言った結界維持期限はおよそ一日。しかし戦力を集める過程で既に半分過ぎていた。
 霊夢のキッパリした台詞を聞いた白雪は瞑目し、しばし間をおいて言った。
「そう……そう。霊夢の言い分は分かる。でもここまで来たからには邪魔なんてさせない――――かつて人間を滅ぼした古代の幻想の力、その身にとくと刻みつけよ!」








「意捕!」
「ひっ、ふぁい!」
 霊夢は空に舞いながら意捕に指示を飛ばした。打ち合わせ通り白雪の能力をコピーした意捕が霊夢に回避力、命中力の強化をかける。
 妖力の問題で二種類しか強化できないが有ると無いとでは天と地の差がある。弾幕決闘は相手への直接的能力行使を禁じているためあちらのステータスは下げられないが、こちらのステータスを下げられる心配も無かった。
 意捕の強化を受けた直後、白雪を中心に爆発的に弾幕が放射される。
 馬鹿げた量の弾幕が嵐の様に渦を巻き霊夢に襲いかかった。視界には弾幕10、空0。最早弾幕しか見えはしない。
 分かってはいたがとてつもない腕前だ。全くのノーモーションでこれだけの弾幕を展開できる者は世界広しと言えど一人しか居ないだろう。凄いを超越して理不尽の域に達している。
 色は白黒二色だったがだからと言ってパターンが二つ、という事は無い。最低で八種の軌道が組み合わされていると見え、それぞれ速度が違い緩急が着いている。
 霊夢は耳元で唸りを上げる狂った弾幕の漠布を紙一重で避けながらパターンを掴もうとした。しかしあまりの量、速度、正確性。意捕の補助を受けてなおほぼ全精力を回避に費やさなければならない。
「ほらほらほらぁ! さっさと落ちな!」
 白雪の声と共に更に速度が上がった。
 霊夢の顔が引きつる。冗談じゃない。
 もうパターンがどうの、位置取りがどうのと言っている余裕は無い。ひたすらに避ける避ける避ける。いや、既に避けるという感覚すら無い。霊夢は本能と勘で身体を動かしていた。
 決闘開始十数秒、未だ被弾していないのが奇跡に思える。
 霊夢は背中に冷たい物を感じた。冷や汗をかいたのは生涯でこれが初めてである。
 無心で避け続け、永遠にも感じる時間を二十秒弱。霊夢はほんの一瞬、微かに空いた弾幕の隙間を見逃さなかった。
 肩と腕を連動させ鞭の様に使い、指に挟んでいた霊力最大充填特製札を手首のスナップを効かせて鋭く投げる。弾幕の壁で標的を目視できない為気配と勘を頼りに投げていた。
 猛烈な速さと精密さを持って投げられた札は投げると言うよりも撃ち出すと言った方が正しい。
 事実、霊力で身体を最大限に強化し最高のモーションで投げられた三枚の札は音速を越えていた。並の大妖怪でも避けられて二枚、三枚目で被弾は免れない。
 しかし生憎的は並の大妖怪では無かった。
「おっと!流石最強の人間。油断したらやられそうだ」
 楽しそうな笑い声。渾身の一撃をあっさりかわすのが白雪だ。頼むから油断してくれという願いも虚しく、白雪のスペル宣言が響き渡った。


暴力「数撃ちゃ当たる」


「ち!」


夢境「二重大結界」


 スペル宣言の瞬間に若干通常弾幕の制御が緩んで生まれた間隙を縫い、霊夢もスペル宣言をした。辛うじて間に合ったカウンタースペル、その直後に弾幕の壁が迫って来た。
 壁である。完璧な。
 神力の小弾、妖力の大玉、魔力のレーザー、槍を模した霊力弾。それぞれが複雑に絡まり合い壁を作っている。
 迂闊に突っ込めばハエタタキに捉えられたハエの如く叩き落とされる事確実、前進は無謀だ。
 これは一度下がって距離を開け、弾幕が広がって出来た隙間を抜けるしかないと背後を向いた霊夢が目にしたのはまたもや勢い良く迫りくる弾幕の壁だった。
「え、ちょっ」
 避けろと。アレを正面から避けろと。
 活路を探して素早く周囲を見回せば前後ばかりではなく上下左右からも阿呆みたいな密度の弾幕が霊夢を完全包囲して進撃して来ている。
 白雪のスペル宣言から霊夢が自分の置かれた立場を理解するまでにかかった時間はおよそ0.5秒。驚異的な状況判断力だったが、それでも導き出された答えは「気合い避け」だった。
 恐らくただの超高密度弾幕ではなく、気合い避けせずともしっかり避けられるパターンもあるにはあるのだろう。しかしこんな常軌を逸した弾幕のパターンを悠長に見破ろうとモタモタしていたら一瞬で滅多撃ちにされる。
 スペル宣言から0.8秒後、そんな無茶苦茶な、と唇をひくつかせる霊夢を情け容赦無く数の暴力が襲った。
 ……さて。
 博麗白雪は基本性能が異様に高い。性格的なものが原因なのか不意打ちやトラップの類は一応通用するが、後出しで回避し、学習し、適応する。同じ手は二度と食わない。ただでさえ化け物じみた性能を持つモノが戦闘を重ねる毎に更に強くなる。敵対する者にとっては紛れも無い悪夢だった。
 しかしまた一方で――――
 彼の神と同じ字を頂く博麗霊夢もまた破格の基本性能を持っていた。
 霊夢は戦いの中で凄まじい速度で、際限など無いかの様に天井知らずに成長する。多くの空想物語で挙げられる人間の特性、「適応力と可能性」を体現した存在だった。
 魔法を得れば魔法使いに。
 信仰を受ければ現人神に。
 霊力を練れば仙人に。
 人間は可能性に満ちている。
 目的を叶える為に自己を進化させる、という意味に於いて霊夢は限り無く「人間」だった。
 弾幕の波濤に飲み込まれた霊夢は依然冷静さを保っていた。
 勘と経験則で辛うじて気合い避けしつつも視界は広く持つ。弾幕を単体で捉えるのでは無く全体を俯瞰する様に、一つの映像として脳内に記憶する。
 濁流に無理に逆らわず、微かな流れの緩い箇所を見つけ、なんとかその位置を保った。服を掠っていく弾幕。肌を掠める弾幕。紙一重の回避を意識する必要は無かった。避けられる道筋をとればそれが自然と紙一重となる。
 身体の軸を微かにずらし、それに伴い軌道を変えた弾幕を誘導弾と判定、百合姫のサポートで一ヵ所に誘導。同時に蓄積した弾幕の映像を重ね合わせパターンを解析。
 思考をパターン解析に取られ僅かでも回避を怠れば即座に被弾する所だが、霊夢は自分でも驚く事に半ば無意識的にそれを行っていた。危機的状況により開花した才能か、それとも今までの異変解決で積み重ねた弾幕決闘の経験がそうさせたのか。
 四十秒前まで死に物狂いで避けていた弾幕を今では予定調和の如く滑らかに躱し、洗練された動きは一種の美しささえ感じる。
 物理的・霊的に本当に人間の範疇に収まっているのか疑わしいほどに霊夢の動きは鋭く、流麗で、的確だった。
 危機が急速に霊夢を成長させる。一秒前より速く。二秒前より無駄無く。三秒前より余裕を持って。
 努力せずとも大妖怪を打ち負かす天賦の才。学習を重ねれば果たしてどこまで登り詰めるのか。
 そして双方のスペル宣言から六十秒後、暴力的な数押し弾幕はかき消え、霊夢は未だ被弾せず宙に浮いていた。頭のリボンとスカートが煤けて何年も使い込んだ様によれているが、それだけである。
 白雪は驚愕に目を見開いて霊夢を見ていた。忌々しい事にあちらもスペルを避けきったらしい。
「人間がアレを避けきるなんてそんな馬鹿な話が……いつの間に人間辞めたの?」
「まだ辞めてないわよ」
「それ語尾に辛うじてって付けた方がいいって。私より霊夢の方がよっぽどチートだ、よっと!」
 言葉と共に白雪は腕を振るった。その一動作で頭上に大量の弾幕が発生し、霊夢を墜とさんと雪崩れ落ちる。
 が、いかんせん軌道は一つ、一様に下へ向かう一直線。速過ぎて一本の線に見える弾幕の雨だったが、先程のスペル攻略で感覚が研ぎ澄まされていた霊夢は難無く躱す。更には躱しながら陰陽術と勘とフィーリングを用いて念を込め、御祓い棒に改造まで施した。これによりわざわざ振らずとも握りしめるだけでオプション弾が発射できる様になる。ちなみに幻想郷の一般的な陰陽師が御祓い棒に同じ改造を施 そうと思えば優に三時間はかかるだろう。
「ありゃ、ホントに避けたよ……差し向けた四天王を倒して成長した勇者を見る魔王の気分。弾幕決闘にしたのは失敗だったかな」
「後悔先に立たず、ね」
「まあねー」
 軽口を叩きながらも互いに弾幕の応酬は止めていない。白雪は下手な大妖怪のラストスペルを凌駕する桁違いな通常弾幕を、霊夢は数は少ないながらも既存の人間の領域を踏み越えた霞むほど鋭く速い御札とオプション弾を間断なく放っている。
 しかしお互い被弾の気配は無い。霊夢が成長するのと同じ様に白雪も成長していたのだ。霊夢が的を貫き穿たんと放つ御札を完全に見切ってゆらりと避け、三倍返しで反撃。弾幕の応酬は激化の一途を辿る。
 そして先に音を上げたのは霊夢だった。


神技「八方龍殺陣」


 スペル宣言をして白雪がスペル攻略にかかりきりになっている間に精神統一、霊力の回復を図る。
 あれだけ激しく延々と通常弾の撃ち合いをしていれば先に力尽きるのは霊夢の方だ。通常一枚一枚はそこまで霊力を消費しない御札だが、性能が高い分霊力消費も多い特製札をあれだけ無節操にばらまけば力の目減りも相応に激しい。それに御札の枚数も無限では無いのだ。あまり戦闘が長引いても不利になる。
 白雪を丸々四十五秒間御札と小弾の猛撃に釘付けにする事に成功した霊夢のスペルだったが、やはり墜とす所まではいかなかった。ポニーテールを手で整えながら余裕しゃくしゃくで宙に浮いている。霊夢はげんなりした。
「あーもー、素直に墜ちときなさいよ」
「いやいや、結構危なかったよ」
 嘘っぽい。
 手加減抜き、渾身の力で叩いても叩いてもケロリとしている白雪を見ていると戦う気が失せる。実際に戦ってみると本当にこの世に「白雪の敗北」という事象が存在し得るのか疑わしくなってくる。
 霊夢は理論上はこちらにも勝ちの目はある筈、と自分に言い聞かせた。白雪=無敵、という幻想郷の公式はただの錯覚だ。実力差が開き過ぎていてそうは思えないだけで。
 さして長くも無い休憩で霊力をある程度回復させた霊夢に今度は白雪がお返しだとばかりにスペル宣言をした。
「やられたら殺り返せってね!」


全力「妖力無限大」


 白雪と戦い始めてから鳴りっぱなしの霊夢の警鐘が一際甲高くガンガンと鳴り響いた。どこか下の方で複数の「逃げてー!」という悲鳴が聞こえる。
 無理も無い。一体どれほどの妖怪、神、人間その他がコレを喰らってズタボロになったのか分からない、悪名高い破壊光線だ。
 言われずとも霊夢は逃げる。白雪が突き出した手から軌道を予測し全力でそこから離れると、コンマ数個前まで居た場所を空間を軋ませる漆黒の光線が貫いていった。全身からどっと嫌な汗が吹き出る。
 抗う気力を根こそぎ奪い去りすり潰す絶対的な暴力の塊。非殺傷とは言え当たればただでは済まないだろう。激痛とショックで気絶ぐらいはしそうだった。
 そんな代物を白雪は縦横無尽にホイホイ振り回して来た。人里の家の三件や四件軽く飲み込みそうな極太の光線が全力で逃げの一手を打つ霊夢の背中に追いすがる。
 当たったら終わりだ。色々と。
 霊夢は御祓い棒で反撃するのも忘れて逃げ回った。勿論札を投げる余裕も無い。
 さり気なく逃げた先に配置された小弾を無理矢理方向修正して避け、急加速による負荷に軋む全身の骨に顔をしかめながら猫に追われる鼠の様だ、と思う。いや、窮鼠猫を噛むという諺があるだけまだ鼠は良い。人間が振り上げた足の下に居る羽虫と言った方が正確だろう。それでもまだ踏み潰されていないのは霊夢が普通の羽虫よりも能力が高くしぶといからだ。
 霊夢は瞬間的に出せる霊力の全てを飛行速度強化に回していた。意捕も空気を読んだのか速力と加速力強化に切り替えているのが感じ取れる。
 そうして射命丸と同等かそれ以上の高速で飛び回り、ようやく引き離せはしないものの追いつかれずに済んでいた。つまり最低条件として幻想郷最速レベルの飛行速度を要求するスペルなのだ。頭がどうかしているとしか思えない。
 霊夢は心臓を鷲掴みにされた様な感覚に苦しみながらもそんなスペルの効果時間が切れるまで逃げ切る事に成功した。
 背後に迫っていた破壊の象徴が消え去り霊夢はいつの間にか止めていた息を深々と吐き出す。生きているって素晴らしい。
「でもまあ……」
 霊夢は汗ばんだ手を袖で拭いながら考える。
 被弾こそしなかったものの気力も霊力もほとんど底をついていた。率直に言ってもうこれ以上やり合いたくは無かったし、やり合おうとしてもすぐに燃料切れになるだろう。
 霊夢はチラリと白雪を見た。ぐたっとしている霊夢を見てほー、へー、新人類だー、などと呑気に感嘆している。しかし纏う力は全然減っている様に見えない。
 この圧倒的な地力の差、やってられない。
 弾幕を撃たず回避のみに霊力を振り分けたとしても戦闘を継続できるのは精々二分弱。霊夢はふっと息を吐いて肩を竦め、袖に仕込んでおいた最後のスペルカードを手に取り出した。
 出発前、対白雪用に修正を加え組み直した取って置きのスペル。これでも駄目なら自分の負けだ。
「ラストスペルよ、白雪」
「あー、もうそんなになるのか……んじゃ私も」
 白雪も応えてスペルカードを取り出した。双方これが三枚目、ラストスペル。正真正銘最後の大一番だ。
 合図は無かった。打ち合わせなどした訳も無い。しかし不思議と二人の呼吸、カードを掲げる動作、全てが一致していて、
 二人は全く同時にスペルを宣言した。








「乱力『人妖大戦』!」
「『夢想天生』!」




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「うん……あ、あのね、日が暮れてからルーミアと一緒に探検に行ったんだけど、そこで急に気が遠くなって……意識を取り戻したらルーミアが血塗れになって倒れてたの。私が能力を使ったと思うんだけど、そんな記憶は無いし何が起きたのか良く分からないわ」
「ふぅ、ん……それどこで起きたの?」
「迷いの竹林の東の入口」
「んー、まさか永琳とか輝夜の仕業なんて事は無いと思うけど、それ以外にあの辺りでフランをどうこうできる奴いたかな……まあ事情は把握したし、こっちで調べとく。フランは館に帰っていいよ、何か分かったら知らせるから」
「分かったわ。有り難う」
「いやなに、可愛い弟子の為だからね」
 フランとそんなやり取りをした私は竹林の調査に向かい、そこであやめの魂がまだ現世に止まっている事を知った。フランは半覚醒になったあやめの能力にアテられたらしい。
 そして交信力を上げてあやめとの意思疎通を図った私はあやめから送られた能力を乗せた熱烈な「会いたい」という欲求に惑わされ、大結界への力供給を切って全力で復活処置を始めたのだ。
 あやめは私が力の半分を幻想郷の維持に回している事など知らない。私もまさかあやめが生きて――魂が存在して――いるとは思いもよらず、また惑わされるとは考えもしなかった。
 私にもあやめにも悪気は無かった。今回の異変は事故の様なものなのだ。
 事故とは言えやってしまった事は可愛い悪戯では済まない大事なのだが、心を惑わされあやめを復活させる事しか考えられない私に罪悪感は湧かず。
 結界が崩れかけ奔走しているであろう紫や藍達に気を留める事も無く黙々と竹林に広がった霧を収束させ肉体を再生させる下処理を行う私の元に最初に来たのは永琳だった。
 何をやっているの、と問われてあやめ復活、と答えると永琳は虚を突かれた様子で目を瞬かせていたが、
「それなら邪魔はしないわ」
 と言って何をするでもなく再び竹林に戻って行った。
 その背中を見送った私は次に誰かが来るとしたら霊夢だろうな、と漠然と予想し、実際その通りになる。
 当初は結界にでも閉じ込めて復活完了まで大人しくしていて貰おうと思っていたのだが、思いの他オプション役らしい面々が優れており、閉じ込めておいても脱出される可能性が僅かながらあった。
 ならば半殺しにして簀巻きにでもすればいいか、と思った私に霊夢はスペルカード決闘を提案。私は勝負方法はどうあれ負ける気はしなかったし、弾幕決闘で正面から破れば後々ごちゃごちゃ言って来る事も無かろうと考え受諾。
 そして弾幕決闘は始まり――――
 霊夢の三段飛ばしの急成長のせいで予想外に長引いた勝負の最後の最後で、私はスペルを受けて被弾してしまった。















そう、














私は、














負けたのだ。














Stage Clear!



[15378] 東方乱力録ExStage?
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:01
 被弾した私は呆然としていたが、霊夢はもっと呆然としていた。
 目線で不信そうに「本当に被弾した?」と問い掛けて来たのでホールドアップして頷く。負けたよ紛れも無く。
 霊夢は胸の前で腕を組んで私の顔をじっと見つめた。
「……実感湧かないわ」
「そう? あっちは狂喜乱舞してるけど」
 地上で待機していた意捕が無表情のマレフィの腕を掴んで振り回しながら小躍りしていた。私の姿で私の敗北を喜ばれるとなんかムカつく。自嘲してるみたいだ。
 負けたには負けたが不思議と悔しさは感じなかった。こと戦闘に於いては生涯初黒星な気がするが別に感慨深いものがあるでも無し。後からジワジワ来るのかも分からんけど取り敢えずはああ負けたな、なーんて淡々とした気持ちだ。ううむ締まらない。
「ちょっと、負けたんだからさっさと結界戻しなさいよ」
「うっ」
 そうだった……負けたらあやめ復活を諦めないといけないんだった。畜生!
 普通はアレだろ。魔王が大魔王を復活させようとしてる所に勇者が来たらさぁ、魔王は倒したけど大魔王復活は防げなくて「一足遅かったか!」みたいな展開になるのが王道だろうに。何を復活失敗してるんだ私は。
 ……いや待てよ?
 そもそも肉体が無いんだから今強引に起こしても早過ぎて腐ってやがるなんて事にはならないはずで。
「霊夢、結界の力供給ラインを戻せば文句無いんだよね? そういう取り決めで弾幕決闘やったんだし」
「まあそうね」
 霊夢が頷いたので私は半端な状況でも現界させてしまう事にした。
 結界に力の供給を戻してしまえば干渉力が足りなくなり、あやめの復活は当分先になる。しかし一端中途半端にでも肉体を戻してしまえば後は療養みたいなもんだから完全復活まで楽に行くだろう。
 半端な覚醒によるデメリットは恐らく行動範囲制限や睡眠過多、能力行使の不具合程度と予想され、致命的な不都合は起こらないと思われる。
 よし。やっちまえ。
「何モタモタしてんのよ。早く戻しなさいって」
「やるやる、しっかりやるからあと三十秒ぐらい待ってて」
「白雪ー! まさか本当にぬしが負けるとは思わなんだわ! 慰めてやろう!」
「おふぅ! ちょ、宿儺、あと三十秒待って! すぐだから! すぐ終わるから!」
 宿儺の突進&抱擁コンボを背中に食らいながら私は能力を発動させた。
 半日かけてひたすら集積力、圧力、結合力、固定力、存在力を上げて馴染ませておいたあやめの霧に、構成力、維持力、生命力、活力、体力、意思力、記憶力の強化を最大出力で重ねがけする。ゆっくり渦巻いていた霧が静止し、心臓の鼓動の様に脈動を始めた。
 次に私は髪を縛っていた藍色の紐を解いた。自慢の白髪がさらりと風に流れる。
「宿儺、使わせてもらうよ」
「む? ……状況が分からんがそれは白雪に贈った物。好きにすると良かろ」
「ありがと。でも耳朶甘噛みするのはやめて」
 紅衣ほどではないがこの髪紐もそれなりに長期間私と共にあり、かなりの力を宿している。ふわりと宙に浮かんだ髪紐を触媒として再現力と再生力を強化した。
 竹林の霧が、ずっと私と兎達を見守って来たあやめの力が、一ヵ所に集まるのを万感の思いで見つめた。
 まずはすらりとした体躯が形成される。身長は霊夢と同じぐらいで、私と宿儺を足して二で割った様なボディラインを描いている。
 頭頂から一気に伸びたセミロングの黒髪は楚々とした和風美少女の雰囲気を醸し出した。
 さらに魔法少女の変身シーンの様に発光しながら裸体を浅葱色の着物が覆っていく。
 最後に頭の上にポンと煙を上げて現われた赤いリボン付きシルクハットが乗っかり、楽浪見あやめは再び大地に足をつけた。
 閉じられていた瞼が半分開き、懐かしい眠たげな半目の奥の黒い瞳をキラキラさせて私を見る。懐かしい、昔と変わらない掴み所の無い気配が溢れでる。そして薄紅色の唇を開き――――
「久し振りの白雪も可愛い~」
「え、あ、そ、そう?」
 第一声はなんか反応に困る台詞だった。
 永琳もそうだったけど私の再会に感動が伴わないのはデフォなのか。シリアス(笑)なのか。それとも今のは感涙するべき所?
 なんだか釈然としないながらも約束は約束なので力のラインを大結界に繋げ直す。すると途端に体からごっそり力が抜けて行った。うぇぇ、第二形態に戻ったセルの気分だ。
 あと、
 ……馬鹿やったなぁ、私は。
 無事復活を果たしたからかあやめの能力が解除され、正常な思考が戻った私はため息を吐いた。一段落ついたら紫に遠回しにねちねち小言言われるんだろうなぁ……そこに閻魔の説教もプラスされたらもう……はあ。
 あやめと再会できた嬉しさ半分。今回の異変の後始末への憂鬱さ半分だ。
 しかしまぁ、結界も戻した事だしひとまず感情に身を任せてあやめに飛び付いた。あやめは私を優しく抱き留めて頭を撫でてくれる。会えばまず頭に手が伸びるあやめの癖は変わっていなかった。普段なら子供扱いすんなと気炎を上げる所だが今日ばかりは大人しく撫でられておく。
 正面にあやめ、背後に宿儺のサンドイッチ。あやめの着物に顔をうずめているので視界は効かないが、なぜか頭上で飛び散る火花を幻視した。
「この泥棒猫~」
「そちらこそ横から急に沸いて来おって……いや、白雪好きに貴賤は無い!」
「…………」
「…………」
 もがもがとサンドイッチから抜け出すと二人は無言で固く握手していた。すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
「白雪好かれてるわねぇ……理解できないわ」
「だまれいむ。ゆっくりぶつけんぞ」
「…………」
 黙った。ゆっくりをぶつけられるのは嫌らしい。
「嘘嘘、別にぶつけないから……あれ? いつの間にか宿儺以外のサポート連中の姿が見えないんだけどどしたん?」
「白雪が挟まれてる内に意捕が戦勝パーティーに引っ張ってったわ。マナは橙の追っかけに戻ったみたい」
 ああそう。淡々としてるなぁ……いや他の異変もこんなモンだったか。
 黒幕探して叩きのめしたらそれで終了。今回叩きのめされたのは私だったけど。一体どこで負けフラグ立てたんだろうな。いつもなら仮にフラグが立っても割り箸の様にへし折るだけなんだけど今回の割り箸はオリハルコン製だったらしく折れなかった。
 ぼんやり敗因を考えているとくいくい袖が引っ張られた。あやめだ。
「白雪~」
「ん、何?」
「私また竹林に住む事にしたけど~、お腹空いたから~、とりあえず食事に行ってくるわね~」
「ああうん、いってらっしゃ……ん? いや駄目だ! 待った待った!」
 フラッと人里の方へ飛んで行こうとしたあやめの襟首を間一髪で捕まえた。あっぶねぇ! 人里が内乱起こして廃墟になったら私でも責任とれんぞ!
「え~?半端に復活したから存在を安定させるためにもお腹一杯食べたいし~……白雪は食べちゃいたいくらい可愛いけど食べる訳にもいかないし~」
 指を咥えたあやめのお腹がキュウと鳴る。音だけは可愛らしいが意味する所は人間大量虐殺だ。洒落にならん。
「あやめ、地底に人間の屍の蓄えがあるが」
「私は生き餌がいいの~。一匹だけじゃ足りないし~」
 あやめはハンバーグを見る少年の目で霊夢を見た。霊夢は身震いしてさっと私の背中に隠れる。
「何その反応。いつもならふてぶてしく言い返すのに」
「今白雪のせいで霊力尽きてんの。あんたが復活させたんだからあんたがなんとかしなさいよ」
「あー……」
 私は頭を掻いた。ごもっとも。でもどうすりゃいいんだ? 人里で妖怪に食べられてみたい人を募っても誰一人引っ掛からないのが目に見えてるし。万一何かが間違って誰かが応募して来ても一人や二人であやめの腹は膨れない。
「スペカ決闘で腹の虫抑えられないかなぁ……」
 弾幕決闘には様々な側面がある。異変の穏便な解決法、美しさを競う芸術性、そして擬似的に妖怪退治と人間襲撃の関係を作り出す妖怪の気力回復。
「スペルカードルール? なにそれ美味しいの~?」
「美味しい、かも」
「ならそれでいいわ~、白雪の言う事だし~」
 あやめはあっさり承諾した。人妖大戦の時は私が妖怪勢のブレインだったから、指示とお願いには結構従ってくれるのだ。あの頃はあやめも剛鬼も好き勝手やるから手綱とるのが本当に大変で毎日頭を痛めていた。懐かしい。
 私は一つ頷いて霊夢と宿儺に手招きした。
「OKやってみよう。んじゃ霊夢、戦闘準備。宿儺もこっちへ」
「あいわかった。強者と三連戦とは今宵は鬼の血が騒ぐわ」
「私今さっき霊力無いって言ったでしょうが」
「私達だけじゃ妖怪vs妖怪にしかならないからさ」
「……それはそうだけど……はぁ。手間がかかる祭神ね。いいわ、やってやろうじゃないの」
「それでこそ私の巫女だ」
 私は霊夢の回復力を上げ、目を糸の様に細めているあやめと対峙した。
 ゲームになぞらえれば私は6ボス、さしずめあやめがExってとこか。
 よかろう! ここまできたらとことんやってやんよ!
 私達の戦いはこれからだ! かつてない強敵との戦いが待っている!













 と思ったけど別にそんな事は無かった。
 流石にブランクが長過ぎたしあやめは弾幕決闘初心者、あっさり勝利。そして思惑通り飢餓感も多少緩和された様で、上手く行き過ぎて怖いぐらいだった。
 冷静に考えてみれば当然の結果だけど肩透かし食らった気分だ……



[15378] 後日談
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:34
 異変を起こした白雪の信仰は減るかと思われたが、結果的に大した被害は無かったためお気楽な幻想郷の住民は気にしなかった。
 第一水面下で起こり、そのまま水面を波立たせる事無く収束した異変である。幻想郷縁起にも載らない、秘密裏の異変。
 しかし発覚した所で何がどうと言う事も無い訳で、異変の後、巫女も神も素知らぬ顔で通常営業に戻った。
 そんな博麗神社と幻想郷の、その後の顛末。











 私の異変を最後にあれだけ続いた異変はパタリと止んだ。
 霊夢は成長し、老い、人間として天寿をまっとうした。後継者は霊夢ほど溢れる才能は無い普通の巫女。霊夢の死後博麗の巫女となったのだが、あまりにも圧倒的であった先代と何かにつけ比べられ不満そうである。
 魔理沙は二十代半ばで捨虫と捨食の魔法を習得し、種族魔法使いとなった。人間として霊夢と張り合い続けるよりも仲間の魔女達と同じ時を歩む事を選択した。
 しかし魔女になっても霊夢に勝つ事はついぞ無かった。
 身長は白蓮=魔理沙>アリス>パチュリー=マレフィ。一見すると魔理沙が一番年上に見えるが実際は最年少だ。
 早苗は変わらず現人神として常識をドブに捨てて生きている。風祝として神奈子に仕えながら自身の信仰もそれなりに獲得している。人里でも人気の歌って踊れる現人神だ。
 咲夜は能力によって老化を停止させていたが、超長期に渡る能力継続行使に無理が来ていた。霊夢が逝った三日後、レミリアと契約を交わし正式に吸血鬼の眷属となる。寿命が飛躍的に伸びた代わりに外出時に日傘を持つ様になった。レミリアと出かける時は一つの傘に一緒に入り幸せそうである。
 フランはレミリアで言うパチュリーのポジションにチルノを迎え、紅魔館のすぐ隣に分館を建て引っ越した。しばらくは紅魔分館と呼ばれていたが後に虹魔館と改名。やはり館は紅く塗られている。
 フランはカリスマを発揮し配下を充実させている。少数精鋭嗜好で配下数は未だ数人。レミリアとの仲は非常に良い。
 竹林にはあやめが住み着くようになった。兎達はあやめ派とてゐ派に分かれてよく抗争を起こしている。そして永琳は時折あやめに物理的に食べられている。
 永琳はあれでいて義理堅い。自分のせいで輝夜が月を追われた事に責任を感じて従者をやっているぐらいだ。古代、その医術を駆使して間接的に妖怪を何千と殺した事に負い目を感じているらしく、あやめの捕食に抵抗しない様にしているらしい。
 永琳は蓬莱人なので丸呑みにされても全身を噛み砕かれても再生する。無限の食料だ。なんともまあ献身的だと思う。お陰で人里があやめに襲撃される事も無い。
 ちなみにデザートにちょいちょい輝夜も喰われているとか。もっともこちらは抵抗しているらしいけれど。
 八雲家は上二人は変化無いが橙の成長が目覚ましかった。水に触れると虚弱にはなるものの式が剥れる事は無い。結界管理も一割程度任される様になったそうで、そのまま藍の肩凝りをほぐしてやって欲しい。
 白玉楼専属庭師、妖夢は少し背が伸びた。半分は人間なのでゆっくりとだが成長していくのだ。真実は斬って知る! と叫ばなくなったあたり精神的な成長も見られたがぶっちゃけ剣の腕はあまり代わり映えしない。1/2~3/4人前ぐらいの半人半妖だ。
 ……ふむ。めぼしい変化はこれぐらいだろうか。
 ああそうだ、ミスティアの八つ目ウナギ屋台に反対したウナギ妖怪が対抗して何か屋台を出し始めたと聞く。今度行ってみよう。どんな奇抜な料理が出て来るか楽しみだ。









 振り返れば妖怪になってからの足跡が点々と長々と続いていて、我ながらよくもまあこれだけ歩いてきたものだと思う。
 今まで私は何を成して来たのか。
 これから何を成すのか。
 説教臭い人生談義は苦手だ。
 私は私の思う様に生きていきたいと思う。















 東方乱力録、
 これにて終幕。



【完】

































































































































































































































































































































































































































































































―あとがき―



 一年近く連載を続けましたが自分でも呆れるほどあっさり終わりました。実も蓋も無く言えば「俺達の冒険は終わらない!」ENDです。
 シリアス風にしんみり終わらせても良かったんですが、無理に感動をとりに行っても白けるだけになる予感がしたので取り敢えず終わらせれば良いかな的な感覚で大して捻りもせずパパッと書きました。
 そんなもんです。この作品は。
 長々とスクロールさせてちょっとしたオマケを期待させた挙げ句に言う事はこれだけしかないと言うね。がっかりさせて申し訳無いと思いつつも反省も後悔もしない。
 ではこんな末尾のあとがきにまで目を通して下さった読者様に締めの言葉を。


 御愛読有り難うございました。

2010/11/8
クロル



[15378] 番外編・恋せよ青年
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:10
 あとがきまで書いておいて「小説家になろう」に投稿していたPV番外編をヌケヌケと投稿。内容は同じです
















 俺が初めて彼女に会ったのは茶屋での事だった。一目惚れ、だったと思う。
 十代も後半にさしかかり親に結婚をせっつかれていたのだが、彼女に会うまで男友達とつるむばかりで女には全く興味が持てなかった。家業である反物屋を存続させるためにも早く嫁をとった方が良いと分かっていても、その瞬間までまるでその気は起こらなかった。
 彼女を目にした瞬間に俺の世界は変わった。
 小動物のようにかわいらしく団子を頬張る彼女の長い髪は美しい白色。日の光に反射して輝いていた。
 紅い見た事も無い材質の衣から覗く白磁の肌はその辺りの里娘と違い荒れる事を知らない。
 歳の頃は八、九に見えるが体型は良く、全てを魅了する可愛らしさが絶世の美しさに変わる過程を容易に想像できた。
「おっちゃん、おかわり!」
 少女特有の澄んだ高い声で彼女は言った。幸せそうな横顔に胸が締め付けられる。
 ああ、俺はこの瞬間の為に生きていた。歳の差など関係あるか。幼女趣味と蔑まれても彼女が笑いかけてくれるなら甘んじて受けよう。
 俺はふらふらと茶屋に吸い寄せられ、彼女の隣に腰を降ろした。
 店主に茶と団子を頼み、彼女の顔を盗み見る。夢中で団子を食べる姿は昇天しそうに愛らしい。
「……なに?」
 視線に気付いたのか、彼女がこちらを向いた。不思議そうに見上げる無垢な瞳に動悸が早まる。里に来た外来人が言っていたが、これが萌えというものなのか。
 あの時は感覚が理解できず戯言と鼻で笑ったが、今なら良い酒が飲めそうだ。
「よく、食べるな」
 辛うじて絞り出すように言った。何かが溢れ出して止まらない。まあね、と串を振って笑う彼女を抱えて家に連れ帰ってしまいたくなる。
「食べても太らないのはいいけど、身長も伸びないんだよね」
 憂いを帯びた顔も可愛い。どうやら俺はもう骨抜きにされてしまったらしい。幸せでとろとろになった頭を必死に働かせ、会話を繋げる。
「何、その歳ならまだまだ伸びるだろ」
「うん? ……ああいや、私人間じゃないから伸びないんだよ」
 驚いた。普通人間と妖怪の区別はなんとなくつくものだが、彼女は人間にしか感じられなかった。
 しかし種族の違いでこの思いが消える事は無い。恋は多少の障害があった方が萌え……燃える。里の外れには何組か人と妖の夫婦が住んでいるのだ。彼女への思いを成就させるのは不可能ではない。
「おっちゃん御勘定ー! あと三皿包んで。御土産にする」
 俺の団子を持って来た店主に彼女は言った。ああ、行ってしまう。どう引き止めようかと迷っている内に彼女は支払いを済ませ包みを受け取った。
 団子を食べ残して追いかけようと僅かに腰を浮せた瞬間、彼女はふわりと宙に浮いた。
 絶望した。彼女は妖怪なのだ。飛んで行かれたら追えない。
 せめて名だけでも……
「嬢、名は」
 尋ねた俺に彼女は訝しげに振り返ったが、短く答えてくれた。
「白雪」
「博麗の神様と同じか。良い名だな」
「……ありがと」
 拙い褒め方をすると彼女は何故か笑いを堪える様な顔をした。
 俺に軽く手を振り、あっという間に飛んで行き見えなくなる。
 俺は今聞いた名と声を脳に刻み、帰宅したら幻想郷縁起を調べようと思った。









 幻想郷縁起には博麗白雪の名は載っていたが、同名の妖怪は載っていなかった。
 名の知れていない妖怪なのかと首を傾げたが、よくよく読んでみると博麗白雪と俺の知る白雪は特徴が見事に一致している。
 なるほど御忍びで来ていたのか。どういう術を使ったのか神の威光が感じられなかったので分からなかった。
 彼女が博麗の神であるなら博麗神社へ行けば会える。確か陰陽師が早朝に博麗神社の参拝客を引率していたはずだ。
「親父、ちょいと陰陽師んとこに行ってくらあ」
「なんだどうした、妖怪退治ならこっちで手配するぞ」
「そんなんじゃねぇよ」
 下駄をつっかけて陰陽師の事務所へ行くと、冴えない男が一人だるそうに帳簿をめくっていた。太陰大極図が縫いとめられた羽織りを着ている。俺が入って来ても反応しない。
「博麗神社へ参拝に行きてぇんだが。ここで受け付けてんだろ」
 ずずいと身を乗り出し、顔を近付けると男は顔を上げた。
「……なんだ、客か」
「それ以外に何があるってんだよ」
「無いな」
 男は帳簿を閉じると肩を鳴らし、俺に向き直った。
「参拝客の引率は俺の担当だが、生憎満員でな。お前を連れて行く余裕は無い。それでも行きたければ自分で行け。道中命の保証はしないが妖怪避けの札ぐらいは売ってやる」
「ああ、それで良い」
 俺は即答した。彼女に会うためならどんな危険も乗り越えてやる。
「……若いのに信仰熱心な奴だ」
 男は一度奥に引っ込み、数枚の札を持って戻ってきた。
「最近スペルカードルールってのが出来てな、ある程度弾幕が撃てれば命の危険もまず無いんだが。お前、撃てるか?」
 首を横に降ると、だろうな、と言い札を差し出してきた。
「安いので銀二匁。高いので十両」
「たけぇなおい」
「高いだけの効果はあるぞ。一番高いヤツなら中級妖怪からも逃げられる。大妖怪相手でも数秒は時間稼ぎが出来る」
 財布を開いて手持ちを確かめていると、突然横から手が出て陰陽師の男をぶっ叩いた。驚いて振り返ると怒り心頭の寺子屋の先生が立っていた。
「父上、あなたは何をやっているんだ」
「商売に決まっているだろ」
 しれっと言った男に先生は今度は頭突きをした。ゴガン、と凄い音がして男が沈む。
 俺は思わず額を押さえた。アレは痛い。
「全く……む、君は」
「お久し振りです、先生。お元気そうで」
「君も健勝なようだな。恥ずかしながらこの男は私の父なんだが、金持ちと見るとぼったくられるから気をつけた方が良い」
 貧しい者にはタダ同然で売るのだが、と言って先生はため息を吐いた。そして帳簿で男の頬をはたく。普段真面目な先生も家族には余り遠慮が無いようだ。
「先生はどんな用でここに?」
「弁当を忘れて行ったから届けに来たんだ……ああ父上。起きたなら彼に希望の品を適正価格で売ってやってくれ」
 適正価格で、を強調する先生。額に痣を作って起き上がった男に二両払って一番高い札を売ってもらい、礼を言って事務所を出た。
 背後から先生の説教が聞こえ、自然に早足になった。








 それから俺は毎日神社に足しげく通った。彼女は大抵本堂の中に居て会えないが、週に一度ほどは巫女と話している姿を見る事が出来た。
 何度か顔を合わせていると彼女から名前を呼ばれて心踊ったが、里の人間の名を全員覚えているだけで俺が特別という訳ではなかった。それでも嬉しい。
 巫女は俺の恋心を察しているようだが妨害も手助けもしない。全てあるがままに、である。
 俺は独力で頑張った。彼女の好みや趣味を聞き出し、贈り物をして、賽銭は欠かさず。
 友人達からは付き合いが悪くなったと言われた。悪いとは思うが今はそれどころどはないなだ。
 家族や親しい友人の内何人かは俺が誰かに惚れた事に気付いていたが、相手は博麗の巫女だと勘違いしていた。まあ競争相手が増えても困るので勘違いさせたままにしておく。
 博麗の巫女にしてもようやく十代になったばかりと若く、生暖かい目で見られる。
 対して彼女は昔からの神である以上見た目とかけ離れた年齢であるのだろう。彼女から見れば俺は小童もいいところだ。もう一年近く通っているが未だ他の参拝客と変わらない扱いをされる。しかし思いは募るばかりだ。









 彼女に会って三年目の春。俺は花束を持って神社を訪ねた。巫女は妖怪退治に出ているらしく居ない。神社には俺と彼女、二人きりだ。
 俺は今日求婚するつもりだった。
 妖怪や神様は恐ろしく気が長い。振り向いてくれるまで待っていたらジジイになってしまう。もう我慢ができなかった。
 花束を抱え直し、本堂の扉を叩く。澄んだ高い声で返事があり、内側から開かれる。
 寝起きだったのか眠たそうに髪を藍色の紐で結ぼうとしていた彼女は俺の持った花束を見て目を見開いた。
 爆発しそうな心臓を押さえ、親友になった外来人に教わった通りに膝をつき花束を捧げる。
「好きだ、白雪。短い俺の一生だが、共に歩んでくれないか」
 数ヶ月悩んで考えた挙句、親友の言うしんぷるいずざべすとに従い捻り出した告白。
 俺の言葉を受けると、彼女は薄紅色の唇を開き――――












「ごめん、年上が好みだから」













泣いた。












※白雪の告白対応パターン
「年上が好みだから」
「幼女趣味の輩に興味は無い」
「私に勝てたら付き合ってあげる」



[15378] 番外編・カレーが食べたい!
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:11
 俺が住むアパートの近所には寂れた神社がある。風雨に晒され手入れをする人もおらず、雑草は伸び放題落ち葉は溜まり放題。鎮守の森の根は石畳を崩し、境内まで侵略している。
 何を祭る神社かも定かでは無く御利益など到底期待できなさそうなその名前は、博麗神社といった。










 大学でレポートを提出した帰り、俺はコンビニで買った週刊誌と缶コーヒーを片手に博麗神社へ向かっていた。
 防音対策を頭から無視した安アパートではゆっくり読めない。昼間から隣の部屋の奴がロックミュージックをガンガンかけているのだ。
 一度文句を言いに言ったがスキンヘッドの刺青兄ちゃんが出て来たので、以後は関わらないようにこちらが退散している。夜は決まってどこかにでかけるので安眠が保証されるのは救いだった。これで夜中も音楽垂れ流されたら発狂する。
 古びた鳥居を潜って境内に入ると、いつも静かで閑散とした神社に人が居た。変な帽子を被った黒髪と金髪が何事か言い争いをしている。彼女達の顔と言うか特徴的な帽子は大学内で見掛けた記憶があった。同じ大学の大学生だ……しかし他人には違いない。挨拶の必要も無いだろう。
 内容は見当も付かないが人が論争をしている隣で週刊誌を広げる訳にもいかず、少し遠いが公園にでも行こうかと迷っていると二人がこちらに気がついた。
 俺が手に持っている週刊誌と缶コーヒーを見て事情を察したのか、黒髪は頭を掻いて金髪はため息を吐く。
 互いに目配せして仕方ない、と言う顔をすると、二人は俺の横を通り過ぎ足早に去って行った。
 なんだったんだ。
 首を傾げたがよく分からない。珍しい参拝客? に頭を悩ませるよりも手に持った週刊誌の方が気になったのでさっさといつもの定位置に座って傍らに缶コーヒーを置いた。
 本堂の扉前、石段の最上段。ひさしが木漏れ日を遮り完全な影を作り、風通しが良く雨の翌日でも乾いている。
 さてじっくり読むか、と表紙をめくって巻頭カラーを目に入れた瞬間、前触れも無く背後の扉が強烈な勢いで開いて俺の頭を強打した。









「ババーン!」










 もんどりうって石段から転がり落ちた俺は幼い声を聞いた。無様に落ち葉が散乱する地面に転がり、逆さまになった視界が捉えたのは小さな女の子。幼女か少女かは意見が分かれそうな微妙な身長と顔立ちだった。
 何故か自然に馴染んで見える白髪。黒い瞳。時代錯誤な紅の衣。アニメで見る様な堂に入ったポニテ。靴では無く草鞋。
 女の子は本堂を「内側から」両手で開けた姿勢で目を丸くして俺を見ていた。
 誰だこいつ。変な衣装だがこの神社の巫女……なんて事は無いか。いくらなんでも幼な過ぎる。の割には偉く似合っているが……
「や、ごめん少年!」
 女の子は年上にも臆する様子無く拝むようなポーズを取って簡単に謝った。どこに目をつけているんだこいつは。俺が少年に見えるならお前は胎児だ。
 女の子は石段を降り、俺の手を掴むと外見に見合わない力で助け起こしてくれた。驚いてまじまじと見つめるとにやっと笑う。不思議な事にその顔が一瞬老獪な婆さんに見えた。
「いやぁ、悪かったね。まさか扉の前に人がいるとは思いもしなくてさ、うっかりうっかり」
 あっけらかんと言い放つ女の子に悪びれた様子は無い。
 ……今気がついたが扉を開く衝撃で大の男を転がすというのは凄くはないか。この歳で格闘技でもやっているのだろうか?
「本堂の中で何をやっていたんだ? 勝手に中に入って怒られないのか」
「私を怒る奴なんていないよ」
 服についた落ち葉を払いながら聞くと女の子は妙な答え方をした。
「君は博麗神社の関係者なのか?」
「関係者? 関係者と言うか……そんなとこかな」
 曖昧に答える女の子。役場も権利者を把握していなさそうな古びた神社にもまだ縁の者は居たらしい。大方神社の巫女服を着て巫女さんごっこをしていたとかその辺りだろう。
 髪の色がおかしいがそういう年頃だ、仕方ない。アニメのヒロインに憬れて魔法を唱えてみたり、母の香水を持ち出して真っ暗な部屋で恋の黒魔術に手を出してみたり。
 正直白髪というチョイスはどうかと思うが銀色にしたかったのかも知れない。俺は服と髪には触れないでいてあげる事にした。誰もが通る道だ、温く見守ってやろう。
 和やかな表情になった俺を女の子は不思議そうに見ていたが、何でもないと手を振って週刊誌と缶コーヒーを拾い上げた。プルを開けなくて良かった。危うく118円が無駄になる所だ。
 再び石段に腰掛けて週刊誌を広げると、横にちょこんと女の子が座った。目を向けると視線が絡んだ。
「…………」
「…………」
 少々の沈黙の後、花が咲くように微笑を浮かべる女の子。年上好みの俺でもくらりとくる笑顔だった。
 ロリの道に引きずり込もうとする魔眼を渾身の力で振り切って週刊誌に目を戻す。NOロリータノータッチ、変態紳士の仲間入りは御免だ。
 しばらく、コーヒーを飲みながら集中して週刊誌を読む。少年達のバトル漫画はいくつになっても俺の胸を熱くさせてくれる。それが死神だろうと忍者だろうと狩人だろうと、現実では決して叶わないファンタジックな大活劇には心踊る。俺はギャグよりもバトル志向だ。
 日が暮れて弱くなってきた明かりに目を細めつつこの漫画は落ち気味だ、こっちは来週が山場だな、などと評価しつつ読み終えて閉じると、横からそっと覗き込んでいた女の子と目が合った。
行儀が悪いと叱ってやろうかと思ったが泣かれても困るのでやめておく。躾は親に任せる。俺は知らん。
「君は家に帰らなくていいのか?親は?」
 残ったコーヒーを飲み干して尋ねると女の子はひらひら手を振った。
「大丈夫、同居人には断って出て来たから二、三日戻らなくても心配されないよ」
 大人びた話し方をする子だ。しかし同居人とは、また複雑な家庭の事情がありそうだ。保護者がどんな奴かは知らないがこんな小さな子に一人旅をさせるとは正気を疑う。
 関わらない方が良さそうだと判断して帰ろうとしたが、踵を返す直前に服を掴まれた。無邪気な笑顔を浮かべた女の子が俺を見上げてのたまう。
「少年、私はカレーを食べたいんだ」







 どういう成り行きか自分でもよく分からない。女の子に言葉巧みに丸め込まれ、俺はいつの間にか野菜が詰まった買い物袋片手にアパートの前に立っていた。辺りは既に夜の帳が降り、子供が出歩く時間ではない。
「少年、ぼろい所に住んでるんだねぇ」
 反対の手を握った女の子が失礼な事を言う。なんでもこの女の子、わざわざカレーを食べるためにある意味遠い所? とやらからやって来たらしい。それでなぜ神社にいたのか聞いたがはぐらかされた。謎だ。
 今の御時世カレーぐらいどこでも食えるだろ、と言ったら女の子の住んでいるあたりにはスーパーもコンビニも無いとの事。どんなド田舎だよそれ。
 女の子の友達にそういう嗜好品や娯楽を提供してくれる奴がいると言っていたが、生憎今は冬眠中だそうで……冬眠てお前蛙か熊でも友達にしているのか。絶対人間じゃないだろ。
 もっと普通な人間の友達はいないのかと聞いたら少し考えていないと答えが返ってきた。悲しい子だ。虫や動物に名前をつけて一緒に遊んでいる所を想像すると泣けてくる。きっと愛と勇気も友達なのだろう。
 色々怪しい部分もあったがはるばるカレーを食べたいがためにやってきた可哀相な女の子を無下にはできず、自腹切ってカレーの材料を買ってやった親切な俺。アパートのキッチンは狭いが二人分のカレーぐらいなら作れる。
 俺はこの時間帯に少女を家に連れ込む姿を知り合いに見られたらアウトだなと思いながらドアを開けて変わり者の女の子を部屋に入れた。
「おじゃまします……汚な……くはないねぇ。意外」
 草鞋をきちんと揃えて上がったのでしっかりしているな、と思ったらまた失礼な事を言った。一人暮らしの男大学生が皆部屋を散らかしていると思ったら大間違いだ。
 女の子は俺から買い物袋受け取ると狭い台所に移動し、ゴソゴソ料理の準備を始めた。料理するのは女の子、俺は台所を貸すだけ。包丁を使えるか心配だったが本人は大丈夫だと言っていた。よくわからない説得力があり頷いてしまったので、全て任せてパソコンの電源を入れてのんびり待つ事にする。俺の分も作ってくれるらしい。あの歳で食べられるものが作られれば儲け物だろう。
 インターネットを立ち上げてネットサーフィンをしていると不意に肩を叩かれた。振り返ると女の子がジャガイモ片手に困った顔をしている。
「包丁も鍋も上の棚に入ってるぞ」
「いや、あのね……」
「ガスの元栓は入ってるはずだ」
「そうじゃなくてね、身長があの、足りなくてね……踏み台になるものない?」
 俺は情けなさそうにしている女の子と台所の高低差を見比べ、黙ってジャガイモを取り上げた。








 まな板を出し軽く水洗いし、玉葱を一個微塵切りにする。ニンニクもひとかけ微塵切りにして玉葱と一緒にサラダ油をしいた深鍋で炒めた。
 香ばしい匂いが漂ってきて鼻と腹を刺激するがここからが長い。玉葱がしんなりしてきたのら蓋をして、約40分間あめ色になるまで弱火で炒め続ける。
「パソコンやっていい?」
 台所追放令を受けて手持ちぶさたな女の子がベッドに転がりながら言った。気楽なもんだ。にしてもなんで俺が初対面の女の子のために手間暇かけてカレー作ってんだ……せめてレトルトにすれば良かった。
「駄目だ。漫画でも読んでろ」
 お絵描きソフトを立ち上げてやっても良かったが、下手に設定を弄られても困るので却下した。少女漫画は無いが少年漫画の種類は豊富なので適当に気に入ってものを読むだろう。
 ipodでお料理行進曲を聞きながら同時進行でトマトのヘタをとり、反対側に十文字の浅い切れ目を入れて熱湯に放り込む。一分経ったら冷水に移して冷やして皮を剥き……早くも面倒臭くなってきたので適当に種を取って適当にぶった切った。喰えりゃいいだろ。
 他の具材も皮を剥くなりなんなりして乱雑に切る。見た目はアレだが良く言えば漢の料理だ。気にしない。
 やがて良い具合になってきた玉葱の深鍋にジャガイモ、ニンジン、赤唐辛子、ローリエ、カレー粉、ターメリックをぶち込んで炒めつけ、水を加えて蓋をした。
 そのまま弱火で15分放置。
 随分前に駅前で貰って本棚の奥にしまっていた聖書を引っ張りだしてニヤニヤしながら読んでいた女の子は、部屋を支配したスパイシーな香りに腹をキュウと鳴らして顔を赤らめてた。
「ま、まだー?」
「大人しく待ってろ」
 レンジでパック御飯を温め、皿に盛って出来上がったカレーをかける。福神漬けを乗せてウーロン茶と共に卓袱台に運ぶと女の子は目を輝かせた。
「いただきます!」
 行儀良く手を合わせた女の子は美味しい美味しいと連発しながらがつがつカレーを掻き込んだ。ウーロンにはほとんど手をつけず、俺が一杯食べる間に三杯完食した女の子に唖然とする。こいつの胃袋はどうなってんだ。
 けふっと息を吐いてスプーンを起き、ウーロンを一気飲みした女の子はおもむろに立ち上がった。
「ご馳走さま。帰るよ」
「あん? もうか? もう少しゆっくりしてけよ」
 俺はまだ食べ終わっていない。食べるだけ食べてあっさり言った女の子に思わず引き止めた。女の子は目を瞬かせ、つつっと寄ってきて俺の背中に張り付いた。
「なんなら今日は添い寝してあげてもいいけど?」
「やっぱ帰れ」
 もうテレビのゴールデンタイムが始まる時間だが、なんとなくこの子は危ない目に遭ってもなんとかしてしまう気がした。スプーンを置いて女の子を玄関まで送る。
 草鞋を履いた女の子はふと気がついたように懐に手を入れ、小指くらいのニンジン飾りがついた携帯ストラップのようなものを俺に渡した。
「なんだこれ」
「昔悪友から買った予備の幸運の御守りの首飾り。それ持って宝くじでも買ってみるといいよ」
 首飾りなのか。こんなものを首にかけて大学に行く蛮勇は持ち合わせていない。ストラップにしよう。
 首飾りをポケットにしまい、目を上げると女の子は消えていた。玄関から首を出して外を覗いてみが、夜の闇が広がるばかりで人の気配は無かった。
 俺が女の子から目を離したのはほんの二、三秒。その間に居なくなってしまった。
「これはホラー、なのか?」
 カレーを食べに来る妖怪なんぞ聞いた事が無い。女の子と会った場所を思い出し、あの子は巫女ではなく神様だったのではないかという考えが脳裏を過ぎったが、すぐに馬鹿馬鹿しいと否定した。こんなフレンドリーな神様がいてたまるか。
 俺は玄関をしめ、卓袱台に戻って残りのカレーをもくもくと食べた。


















この年、俺は宝くじで一千万を当てた。



[15378] 番外編・懐かしきかな我が母校
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:14
 私は人気の無い木工室の戸を開け、静まり返った室内を見回して分かってはいたけれどため息を吐いた。
 高校の美術部に入部してから一ヵ月、一人しかいない最上級生の先輩は始業式の帰り道で車に撥ねられ入院中、まだ会った事も無い。二年の先輩達は軒並み幽霊部員。今年誰も入部しなければ休部……実質廃部だったらしい。
 結局一年は私が一人入ったものの焼け石に水、来年はまた部員不足に悩まされるのだろう。
 私は鞄を隅の工作机に置き、準備室に入ってセーラー服を脱ぎジャージに着替えた。
 美術部と言っても私は絵は描かず彫刻をしている。木片が制服につくのは防がなくてはならない。
 誰も居ない木工室の電気を点け、昨日削りかけのまま布を被せて隅に寄せておいた木材を作業台に持って来る。私は下に新聞紙を敷き、鞄から自腹で買ったマイ彫刻刀と見本の木彫熊を取り出し削り始めた。
 私は部員が少ないのは美術部の顧問の先生の不真面目さにも起因するだろうと推測している。現にこうして六限後の掃除が終わり三十分も経っているのにやってくる様子は無い。大抵いつも下校時刻直前に鍵を閉めにやってくるだけで、早めに来る様な事があっても教卓に書類を広げてひたすら仕事をしている。
 顧問との少ない会話から察するにどうやら適任が居らず消去法でかなり強引に任じられたらしく、それならばこのやる気の無さも納得出来るというものだ。
 やる気の無さは興味の無さとも言い換えられ、入部届を出す際に彫刻をやりたいんですけど、と言うと二つ返事で許可が出た。俺は彫刻なんぞ知らんから独学で何とかしろ、希望すればコンクールに出品してやってもいい、彫刻コンクールが存在するかは知らんがな、と顧問とは思えない無責任極まりない台詞が後に続いたが私は気にしない事にしている。まともな教師ならここまで好きにさせてはくれないだろうから。
 窓の外から聞こえる吹奏楽部の途切れ途切れの演奏と野球部の威勢の良い掛け声を聞きつつ私は黙々と彫刻刀を動かした。木材を削る度、ほんの少しずつ形が整っていく。
 全体の外観がはっきりした所で一度彫刻刀を置き、木屑を払って出来を確認した。
 どう贔屓目に見ても不格好な仕上がりになってきた木彫熊を角度を変えて眺めたが、どの角度から見ても犬か猫かすら判別できない新種の哺乳類がビーフジャーキーを咥えているようにしか見えず嘆息した。見本があるとは言えズブの素人がいきなり木彫熊、というのはハードルが高かったかも知れない。
 家族で北海道旅行へ行った時に見た土産物屋のおじさんは手のひら大の熊を易々と一時間足らずで彫り上げていたので簡単に思えたが、私には敷居が高かったらしい。ヒトデあたりからはじめるべきだったか。
 それでもこうして何かを彫っているだけで楽しいから良いのだけれど。
 生き物に見えるだけでも上出来だと前向きに考え、取り敢えず完成させてしまおうと彫刻刀を取り上げた所で木工室の戸が開いた。珍しく早めに顧問が現れたかと思い私は顔を上げた。
「おお? ここ美術部だよね?」
 入口に立ち、彫刻刀を片手に静止する私を怪訝そうに見たのは小学生ぐらいの小さな幼……少女だった。特注としか考えられないサイズの制服に身を包み、ずかずかと中に入ってくる。
 歩くたびに不自然なほど真っ白な長い髪を纏めたなポニーテールが左右に揺れた。瞳は日本人らしい黒だったから髪は脱色か何かしたのだろうが、それにしては色がはっきりしている。色素が抜けているようには見えない。
 ゲームの中から抜け出して来た様な整った幼い顔立ちはどこか人外めいていた。
 高校のセーラー服を着てはいるものの恐ろしく似合っていない。立ち振る舞いが堂々としていなければ小学生が忍び込んだと思う所……いや、こんな目立つ子、この高校にいたか? いたようないないような……
「えーと……入部希望?」
「んにゃ、強いて言えば見学かな」
 六月にもなって入部希望は有り得ないと分かりつつも聞いて返った言葉は否定とも肯定ともつかなかった。
 女の子は私の横に立ち、彫りかけの熊と私を交互に見て首を傾げる。
「これ君が彫ったの?」
「……一応」
「ふうん?」
 喉に小骨がつっかえたような顔をして熊を見て、私を見て、熊を見て。あまりの下手さ加減に私が美術部だと疑っているように見えていたたまれなくなってきた。 会話をして彼女の気を逸らそうとなんとか話題を探す。身長の事は言わない方がいいんだろうな……高校生でこの背丈というのは気にしてるだろうし。
「今顧問の先生いないけど……」
「知ってる」
 一瞬で会話は途切れた。気のせいか女の子から威圧感のようなものを感じて身を縮める。
 しばらく無言で熊を鑑定していた女の子は徐に私の瞳を覗き込んだ。のけ反ろうとしたが体が金縛りにあったかのように動かない。
「ねぇ、ここの一年部員って君一人?」
「そう、だけど」
「男子部員は居ないんだよね?」
「同学年には……」
 静かな、厳かな口調の女の子の問いに勝手に口が動くような気すらした。得体の知れない目の前の存在にじわりと恐怖が滲み出る。
 女の子は見透かす様に私の瞳の奥を覗き込んでいたが、ふっと目を逸らした。私の全身を舐め回す様に観察し、ジャージの胸に刺繍された私の名前に目を留めた。何故か驚いた顔をする。
「君、両親の名前は?」
 妙な質問に戸惑いつつも素直に答えると、女の子は何度も頷いた。
「なるほどね、この世界ではデフォで女なのか」
「……はぁ」
 何の話だろう。不思議ちゃんだろうか? だとしたらあまりお近付きになりたくない。
 私は無神論を支持している。この世は物理法則が全てだと思っているからファンタジックな思考回路の人種とはそりが合わない。
 私がうろんな目で見ている事に気付いたのだろう、女の子はちょっと気まずそうに彫りかけの熊を片手で弄んだ。
「……言っても意味無い気がするけど――――」
 女の子の手が一瞬ぼやけた。カシュ、と乾いた音がして熊から木片が剥がれ、パラパラと床に零れ落ちる。瞬きする間に見本と瓜二つに削られた熊を女の子は空いた口が塞がらない私の手に握らせた。
 え……今、何が起きた?








「白い毛玉には気をつける事だね」







「おい、何をぼーっとしてるんだ? もう閉めるぞ」
「……え、あ、はい」
 いつの間にか居眠りしていたらしい。私は顧問の声で目を覚ました。窓の外を見るともう暗くなってきている。
 私は慌ててジャージについたゴミを払った。掃除用具ロッカーから箒を出して木片をはき、塵取りですくってゴミ箱に入れる。新聞紙も丸めて捨て、机の上の彫りかけの――――
「あれ」
 見本が二つに増えている。彫りかけの自作熊は?
 思い出そうとしたが木工室に入り彫り始めてからの記憶に霞がかかった様になっいる。誰か……他に誰か……居たような?
「おい、早くしろ。下校時刻過ぎるぞ」
「あ、はい! すみません!」
 私はイマイチ釈然としないまま急いでセーラー服に着替えようと準備室に飛び込んだ。





















【白雪使用能力】

・周囲の認識力減衰(美術室までの道のりですれ違う生徒や教師に認識されないようにする)
・説得力強化(高校生である事に疑いを持たせ難くする)
・記憶力操作(遭遇した事を忘れさせる)






白雪の異世界同位体は平凡な女子高生だった、という話。



[15378] 番外編・外来人の憂鬱
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:15
 正月を間近に控えた冬の日、大学のコンパ帰りにダチと夜道で熱唱しながら帰宅していたらなぜか寒風吹き荒ぶ雪原に居た。前触れも無ければ誰の何の解説も無く。
 ほろ酔いで体が暖まり薄着になっていたのが災いしてただただ寒かった。雪の小さな結晶が頬に叩き付けられ痛いのなんの。
 うぉお異世界迷い込みktkr、と馬鹿の様にはしゃぐ馬鹿を殴って黙らせ、俺はとりあえず吹雪に飲まれて凍死しない内に遠くにうっすら見える灯を目指した。どんな状況がイマイチ把握できないがじっとしていたら死ぬ事だけは分かる。いつも現実はシビアだ。










 なんかマジで異世界召喚……のようなものらしい、と知ったのは民家に入ってすぐだった。日本昔話に出てきそうな古い木造家屋に快く迎え入れてくれた三人家族の奥さんっぽい人が懇切丁寧に説明してくれた。
 早々都合良く不思議世界に召喚なんてされる訳ねー、どーせ網走とかアラスカとかその辺に睡眠薬かがされて置き去りにされたんだろ理由は知らねーが、などと捻くれて考えていた俺はとても信じられず詳しく確認をとる。
 はぁ、外の世界と隔離された幻想郷。妖怪妖精神様がゴロゴロいると。最近は空飛んで光弾でドンパチやるのが流行ってるんですかそうですか。
 信じらんねぇ。
 確かにあんた髪の毛真っ白で変な帽子被ってますけどね。娘さんも……娘じゃない?同居人?そっすか。同居人さんも白いし旦那さんはさっきから……旦那じゃない?父?そっすか。親父さんはさっきから怪しげな御札弄ってますけどね。それだけでここは隠された幻想世界だっつって信じろっても無理な話ですよ。髪ぐらい脱色すれば済みます。囲炉裏はド田舎行けばありますし。
 俺は吹雪の中留め置いてくれるのは有り難いですがからかうのは止めて下さい、と言った。すると隅で味噌汁啜りながら黙っていた同居人さんが立ち上がった。
「こうすれば信じるか?」
 言うや沢庵を切っていた帽子の人から包丁を奪って自分の腕をざっくり切り落とした。唖然と吹き出る鮮血を見る俺とダチ。
 ちょ、おまっ、なん、え? それ……あぁ? ……ぅおおい目の錯覚じゃねぇよな。切れた腕が生えてきやがった。
 ファンタジーハンパないな! と大騒ぎして同居人さんの再生した腕をベタベタ触る頭スッカラカンの阿呆に渾身のボディーブローを打ち込んで黙らせ、説明を求める。
 はぁ、老いることも死ぬことも無い程度の能力? それ絶対「程度」じゃ無いと思いますが。
 同居人さんがまだ証拠が足りないかと手のひらから炎を出し、酒を飲んでいた親父さんがニョッキリ角を生やすのを見るに至り、俺も頭痛を覚えながらここが超常現象がそこかしこに転がっている世界だと認めざるを得なくなった。こいつぁ大学のレポート提出期限の心配なんぞしてる場合じゃねー。
 ちなみにびっくり人間御家族は全員千歳超えらしい。幻想郷の中には一万二千歳も居るとか。それなんてアクエリオン?







 帽子の人……慧音さんに外の世界に戻りたいか聞かれたが俺とダチは首を横に振り、幻想郷に定住する事になった。
 俺は立て続けの不幸で去年最後の家族を亡くし、唯一の友人は一緒に幻想入りした。外の世界に心残りは無い。職と住居の面倒も見てくれるって話だしな。ダチも大体事情は同じだ。
 冬の間は慧音さんと法徳さんに幻想郷のぶっとんだ常識をレクチャーされつつ飯と寝床を頂いた。後で働いて返します、と言うと構わん好きでやっている事だ、と笑って答える慧音さんマジ美人。満月になると角生えるけどな。
 春が来て俺とダチは外来人用だと言う人里の長屋に移り住む。俺達の他にも数人住んでいて初日は歓迎会を開いて貰った。最初は大変だろうが住めば都だ、と語る爺さんに頑張ります、と答える。
 長屋の住民は口々に言うのだが、幻想入りした外来人の九割強はその日の内に野良妖怪に喰われて逝くらしい。お前達は運が良かった、拾った命は大切にしろと。
 言われなくとも自殺願望はありませんから大丈夫ですよ。
 着る者も数着支給され、衣と住が安定すれば次は食。流石にいつまでも働かずタダ飯を許される程甘くは無く、俺は農作業を手伝う事になり雪解け水を引き込んだ田圃で延々と苗を植えた。まだ若いとは言え文化系のサークルに入ってた大学生に農作業はキツい。折角紹介して貰った職業だと弱音を吐かず無理をして腰を痛めたりもしたのだが、里に設置された博麗神社の分社にお参りしたら半日で完治した。
 ここに若干の賽銭を入れて参れば軽い怪我や病気がすぐ治ったり告白や試験などの成功率が高まったり短時間なら里の外に出ても安全な護符と同じ効果が得られたりする、とは法徳さんの談。神様が普通に人間の前に姿を現す世界は神社のレベルが違った。
 一方ダチの方はなんか変な能力を開花させて陰陽師になっていた。「魔力を爆発させる程度の能力」らしい。
 テメー、俺は霊的資質絶無で慣れない農作業に腰さすりながらひーひー言ってんのに何ファンタジー満喫してやがんだ。エンジョイしてんじゃねーよ。
 就職して数日の間はダチは研修期間でムカつく程楽しげだった。対して俺は筋肉痛と日焼けでガッタガタ。
 農家舐めてたわ。朝早く起きて延々仕事していつの間にか夜。夜遊びする体力も残らねぇ。
 それも数ヶ月ばかり続けると楽になった。人間何事も慣れだな。土地っ子の人と比べるとやや貧弱だが随分見られる体格になったと自分では思う。長屋の爺さんにも面構えが良くなったと褒められた。
 反してぐったりし始めたのが研修が終わり実務が始まったダチ。幻想入り半年記念で行った居酒屋で愚痴を吐かれた。
「異世界召喚でチート能力ゲットオリ主蹂躙! だと思ったら周りはもっとチートだった。な、なにを言って(ry」
 知らねーよ。俺はこれっぽっちも特殊能力付いて無いんだぜ?ファンタジックパワー手に入れただけでも感謝しとけや。出来れば半分寄越せ。
 幻想郷では基本弾幕決闘でゴタゴタを解決するが中には(主に男妖怪)ドツキ合いをしたがる奴等も居るらしく、陰陽師はそういう連中を退治する戦闘班と弾幕班に分かれていた。ダチは弾幕班だ。
 弾幕の基本ルールを習った後浮かれて無敗と名高い博麗神社の神様に挑んだら瞬殺され。悔しかったので近くにいた二本角の酔いどれ幼女に勝負を持ち掛けたら秒殺。腹立ち紛れに里へ帰る途中青っぽい服を着た氷精に喧嘩吹っ掛けたらそれにすら負けて弾幕に自信を無くしたらしい。
 あいつら人間じゃない、と愚痴られたが実際人間じゃないんだろ。俺にしてみりゃ空飛んで手から弾幕出す時点でテメーも人間じゃねえ。
一般ピープルの俺には分からんが弾幕合戦にはセンスが要るらしく、離れて見ればスカスカの誘導弾も いざ間近で避けようとするとなかなか避けられないと言う。ダチは「小妖怪ならとにかく大妖怪なんて視界の九割を埋め尽くす交叉弾幕撃ってくる。グレイズ? 無理無理! 避けられる訳が無い」と一升瓶を逆さにしてくだをまいた。
 いや、だから知らねーよ。弾幕用語並べられても分かんねーっつーの。
 人里で普通に生きてりゃ弾幕合戦を見る事はそう無い。月一でチラッと見掛けるぐらいだ。
 俺はなんだかんだで店仕舞いまで酒臭い息と共に愚痴を吐き出すダチに付き合い、酔い潰れたダチを背負った長屋に戻った。背中が重かったが支払いはダチの財布から出したので苦にならない。タダ酒うめぇ。陰陽師は高給取りらしいからこれぐらい構わんだろ。








 ある日の夕方、茶屋の店先で店主に取材していた烏天狗が去り際に何か落として行った。本人が気付かず飛びさって行き、しばらく見ていたが誰も拾わないので俺が拾った。
 埃を払って表紙を見ると扇情的な格好をした短い角を生やした美女がカラーで描かれている。なんだこの妖怪。すんげえグラマラス。
 裏返すとR18、と注が入っていた。どうやら妖怪のエロ本……春画本らしい。興味が沸いて頁を捲ろうとすると後ろから手が伸びて春画本を取り上げた。
 しまった真っ昼間から往来で広げるモンじゃなかったと焦りつつ一体誰だと振り返れば慧音さんが春画本を片手に俺をじっと見ていた。顔を見る限り怒ってはいないようで安心する。
「これは君が読むにはまだ早い」
「俺二十一ですよ」
「……ああ、勘違いしているみたいだな。裏面をよーく見てみると良い」
「?」
 言われてよくよく見てみれば18禁ではなく180禁だった。
「そんな馬鹿な……」
 桁一つ増えてやがる。
 俺が流石妖怪、と変に感心していると慧音さんが続けた。
「こんな話をしに来た訳ではない。理解したら私の話を聞いてくれ。君の友人が重症を負って陰陽師事務所に運び込まれた。うわ言で君の名を呼んで」
 全てを聞く前に俺は走り出していた。
 道端で鞠をついて歌を歌っていた子供達をはね飛ばし、大工の源さんにぶつかりながらも最短距離を行く。
 あんの馬鹿が! 俺には分かる、どうせ何も考えず面白そうな事に頭突っ込んで噛み付かれたんだ。散々良く考えてから動けっつったのに聞いて無かったのかあいつは。それにそもそも弾幕班は怪我をしないはずだ一体何が起きた?
 陰陽師事務所に込み、受付をしていた婆さんに手短に事情を話してダチが居る治療室に案内してもらう。
 俺は治療室の前で深呼吸をした。血なまぐさい大怪我か腕が無いのか腹に風穴か……何にせよしばらく働けないような傷だろう。
 どんな大怪我だろうと治るまで……治らないなら一生養ってやる。俺のたった一人のダチだ。
覚悟を決め、ゆっくりと戸を開けるとそこには――――
 寝台でツヤツヤと血色の良い顔をしたダチが眠っていた。横では法徳さんが火のついていないキセルを咥えながら帳面に何か書き込んでいる。
「あ゛あ゛ん?」
 ちょっと待て。重症じゃねぇのか。あからさまに健康体に見えるんだが。
「ん?ああ来たか」
 俺に気付いた法徳さんが顔を上げて言った。寝台の隣の椅子をすすめられそこに座る。
「重症って聞いたんですが」
 ん!? まさか傍目には分からんが死に至る呪いを受けたとかそういう……
「上半身と下半身が泣き別れになっていたな。確かに重症には違いないがもう完治した」
「は? ちょ」
「そういう能力だ。俺のな」
 ……あー……幻想郷の住人のイカれ具合を失念していた。やべぇよこの人。どうやれば真っ二つの人間が元に戻るんだ。
 俺は脱力した。寝台に眠るダチの髪を撫でる。お前一応女なんだからちったあ体を大切にしろ。
モゴモゴと俺の名を呟くダチと深々と安堵の息を吐く俺を見比べていた法徳さんが呟いた。
「恋愛とはツンデレとクーデレとヤンデレである――――ソレナンティエ=ロゲ」
「それで法徳さんは何言ってんですか」
「いや弟子がな。昔似た様な場面で言っていたのを思い出した」
「そのお弟子さん一発殴っておいて下さい」
「……考えておこう」
 俺とダチは恋人ではない。悪友だ。専ら悪い事……と言うより馬鹿な事してんのはダチの方だが分類するとすれば悪友だ。毛布が足り無いという理由で互いの布団に潜り込み、何事も起こらず朝になる程度には異性として意識していない。
 ダチが目を覚ますまでに法徳さんに事情を聞いた。
 なんでも仕事で妖怪の山へ行った帰りに河童の集落に寄り道し、電撃伐採ビジリアン、とか言うロボットのスイッチを勝手に入れて唸るチェーンソーにバッサリやられたらしい。
 ……前々から思ってたが馬鹿過ぎる。いや馬鹿ってレベルじゃねぇ。こいつを馬鹿と呼んだら馬鹿の人に失礼だ。
 俺は頭痛を覚えながらも体を斬られたショックで眠っているダチが目を覚ますまで半日ほど看病をした。
 幻想郷は昔より平和になったらしいがまだ危険が多い。行く所に行けば文字通りの地獄を見る。ダチにはもう一度釘を刺しておかなきゃならんな。

















足を引っ張られながらも助け合って生きて行こう、この厳しくも優しい幻想郷で。



[15378] 番外編・がんばれ天魔さん
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:16
 幻想郷を一望するある山の頂上の楠木の枝に、一人の天狗が立っていた。
 年の頃は人間で言う四十程。山伏装束に身を包み、一本歯の高下駄を履き、葉団扇を持っている。腕を組み赤ら顔で眼下を睥睨するその様は天狗と聞いて万人が想像する典型的な姿であった。
 ただし鼻は短く頭はつるりとハゲていた。
 彼の名を天魔と言う。
 彼は遠く離れた南方の地に於いて五つの山を治めていた大妖怪である。永らく大過なく山々を一族と共に統治していたのだが、大地震で山が崩れ住家を失い、それを期に最近妖魔が集まっていると噂の幻想郷へと移住した。幻想郷への旅程は短く無く、道中周辺の同族を配下に加え、天魔の群は更に大きくなっている。
 鬼が群れて住むというこの山だが、天魔はさして畏れておらず、彼等を屈伏させ再び自らの縄張りをここに復活させようと目論んでいた。以前治めていた地にも数回鬼が侵入した事があるが、天魔はそのことごとくを追い返している。
 鬼は強い。が、決して勝てない相手ではない。
 山下から吹き上げる心地よい風を感じながら獲物を探していた天魔は山の中腹で独り杯を傾けている鬼を見つけ、まずは小手調べと行く事にした。







 鬼相手に話し合いはさしたる意味を持たない、と天魔はとうの昔に学んでいた。口合戦で鬼に要求を飲ませる事は難しく、口の勝負から始まろうと結局は拳の闘いとなる。
 従って天魔は見つけた鬼に声をかけ、会話もそこそこに一対一での決闘を申し込んだ。正面から闘い、打ち負かせば鬼は非常に友好的になる。天魔はこの鬼を倒し山の鬼について情報を引き出そうと考えていた。
 一本角の鬼は朱色の大杯を片手に持ったまま天魔に殴りかかる。天魔はひらりとかわして宙に舞い、葉団扇を一振り。その豪傑振りは強烈な突風と風刃を創り出す。
「はん、小賢しいね!」
 鬼は正面から風の中に突っ込み、天魔の真正面に飛び出し拳を振りかぶった。天魔は葉団扇をもう一振り。妖術の風が横殴りに鬼の身体を押し、拳の軌道を逸した。
 舌打ちをする鬼の肌には傷一つ無い。服のそこかしこに切れ目が入り肌が覗くばかりであった。
 ……天魔はこれのせいでよく妻と娘に助平ジジイと罵られる。風刃の妖術が得意であるからこの攻撃を多用しているだけで、誓って服を裂き着物をはだけさせるのが目的では無いのだが、悲しいかな信じては貰えない。
「あんたは服を切るしか能が無いのかい?」
 やはり一筋縄では行きそうも無いと距離をとり、どう攻めようかと考えていると鬼にまで言われた。鬱になる。
「喧しいわ、手前は黙って儂に倒されりゃあええのだ」
「そいつは無理な相談だね!」
 鬼は大玉の弾幕をこれでもかと撃ってきた。直線に進む単純な弾幕だったが、速さがあり力強く一発一発に込められた妖力が半端では無い。
 やはり鬼相手に正面切ってやりうのは愚作……しかし逃げ回って消耗を待ち勝ちを拾っても鬼は良い気がしないだろう。
 天魔は葉団扇をくるりと回し、竜巻を生み出して向かって来る弾幕を巻き上げた。その竜巻を突破り馬鹿の一つ覚えの様に突っ込んで来る鬼。いつの間にか大杯は小さく縮め腰に括りつけていた。
 馬鹿の一つ覚えだが、鬼ともなるとその馬鹿が恐ろしい。何せ掠っただけでも痺れを残し、命中すれば骨折は確実。
 天魔は能力を発動させ、葉団扇を振るう。雷撃が折れ曲がりつつ鬼へ伸び、直撃した。
「が!?」
 鬼は雷を受け一瞬怯んだ。雷を操る程度の能力である。
 天魔は連続で雷を放った。雷は全て鬼に命中し、痺れさせ空中に縫い止める。いかな耐久力を持つ鬼とは言え雷を喰らい続ければいつかは倒れる。
 雷は射程を伸ばすと命中率が下がるため、天魔は雷が確実に当たりかつあちらの攻撃が届かない距離を作り出していた。この距離さえ保てれば勝ちは揺るがない。
 ……と、天魔は思い込んでいた。
 天魔が今まで闘った鬼とこの鬼は格が違った。かつて打ち負かした鬼達は皆能力を持たず、齢百数十年の年若い鬼であった。対して今連続電撃をジワジワと破りつつあるのは妖怪の山の四天王、星熊勇儀。怪力乱神を持つ程度の能力をその身に備えた鬼である。
「洒落臭い!」
 雷を何十発と喰らい、服と髪を焦げ付かせていた勇儀は腹の底から咆哮を轟かせた。全身から力強い妖力が吹き上がり、雷を打ち消す。
「何!?」
「私を撃ち落としたけりゃ天の雷三本持って来なぁ!」
 驚愕する天魔に一瞬で接敵した鬼は拳を振り抜いた。避けられる間合いではない。
 咄嗟に防御しようと掲げた葉団扇を粉砕し、山伏装束を突破り、鬼の鉄拳は天魔のあっさりと腹に突き刺さった。









 薄曇りの、風の強い日であった。血反吐を吐いて倒れた天魔は鬼に担がれ山道を行く。
「お前さん、なかなか強いじゃないか」
 星熊勇儀と名乗った鬼は大層機嫌が良さそうだ。口笛など吹いている。反比例して天魔の機嫌は悪かった。小手調べのつもりで挑んだ相手に負けたのだ。良いはずが無い。星熊が先程から天魔の光る頭をつるりと撫でてはケタケタ笑っているのも機嫌を悪くさせていた。ついでに言えば体調も悪い。
「儂を何処へ連れて行く?」
「大将んとこさ。今宴会中でね、あんたも付き合って行きなよ」
 腹に強烈な一撃を貰い、血を吐いた直後に酒を飲めと言う。そんな無茶なと思ったが断っても無理矢理飲まされる事請け合い。天魔はため息を吐き、身を捩り筋肉を動かして自力で折れた肋骨の位置を直した。ちびりちびりと飲める程度には回復させておかなければならない。鬱になる。
 妖力を集中させ回復を早めている内に宴会会場に着いた。そこではむき出しの岩に腰掛け茣蓙に寝そべり木の枝にぶら下がる鬼達が数十人酒盛りをしていた。
 天魔は絶句する。これだけの数の鬼をどう打ち負かせば良いと言うのか。一族総出で挑みかかっても四分の一削られれば良い方だろう。
「勇儀おかえりー。んで何さそいつは」
「新参の天狗。大将への土産にね」
 瓢箪を持った二本角の鬼がふらふら近付いて来て問うた。事も無げに答えた勇儀の言葉に肝が冷える。
土産とはなんだ。喰らう気か。鬼は負かした相手の肝でも喰らうのか。
「今大将は忙しいよ」
「なんだ、組み手中かい?」
「んにゃ白雪」
「ははあん……ま、会わせるだけ会わせるさ」
 勇儀は天魔を担ぎ直して鬼の輪の中を進んで行く。天魔の低い鼻が辺りに充満する酒の匂いを吸い込み、それだけで酔いそうになった。何をされるか分からん、と逃げようともちらりと考えたが万全の状態なら話は別としても手負いで逃げ切れはしないだろう。
 辞世の句を考え始めた天魔は地面に下ろされる。
「大将、新参の妖怪だよ。なかなか強かった。四天王の真下ぐらいかな」
 天魔は立ち上がり、勇儀が大将と呼んだ鬼を見た。
 そして美しい、と見惚れる。藍色の長髪を結って前に垂らし、大粒の黒真珠をつけたかんざしを刺している。百合模様の着物に包まれたその体は出る所がでて引っ込む所は引っ込んだ美の結晶とも言うべきスタイルを誇っていた。
 天魔はくらりときて手を伸ばしかけたが妻の顔を思い出し踏みとどまる。心頭滅却。心頭滅却。心頭滅却。
 心を鎮め、再び観察する。鬼の大将は膝に幼女を乗せその艶やかな白髪を慈しむ様に撫でていた。勇儀の声もまるで耳に入っていないようである。
 紅の衣を着た幼女は柔らかそうな膝の上で丸くなりゴロゴロと甘えていた。
「すくなー、すくなー」
「姫姉と呼んでおくれ」
「ひめねぇちゃん、すきー」
「はぁああぁ……」
 幼女にぽわっとした笑みを向けられ鬼の大将は恍惚とした表情を浮かべる。天魔は眼中に無し。
「し、白雪、白雪のために人間に着物をあつらえさせたのだが……」
「んん、どれー?」
「用意はしてある。これよ」
「んー、ひめねぇちゃんとお揃いー、着るー」
 天魔はホワッとした笑みを浮かべ衣を脱ぎ始めた幼女と身悶えしている鬼から目を逸した。目の毒だった。致死性の猛毒だ。
「勇儀殿、儂に何をせよと言うのだ。姉妹の艶姿を眺めていろとでも言うのか」
「姉妹じゃあないよ。小さい方は客人さ。角が無いだろ?」
「大将殿も無いようだが」
「大将の角は短いから髪に隠れて分かんないのさ。それと目を逸したのは正解だね。男が白雪の裸なんか見たら大将に頭吹っ飛ばされるよ」
「…………」
「さ、顔見せは済んだし飲もうか!」
 勇儀が戦友よ、という態度で天魔の背中をばしんとはたいた。治癒途中の傷口がばっくり開く。天魔は心の中で絶叫を上げた。
「あん? なんだいシケた面しちゃって」
「……いや。勇儀殿、酒盛りの前に我が一族の縄張りについて相談があるのだが」
「縄張りぃ? 適当にすりゃいいよ。自分の領土が欲しけりゃ自分で分捕りな。あ、デカい喧嘩をするなら呼びなよ。呼ばれ無くても首突っ込むけどね!」
 勇儀はあっはっはと豪快に笑い、天魔の肩に腕を絡ませへべれけに酔っ払っている鬼の中に連行して行った。
 天魔は座らされ酌をされながら考える。
 鬼は山を統治しているというよりは象徴的に君臨しているだけらしい。勿論実質的な権力も持ち合わせているが、勇儀の口振りから察するに振りかざしてはいない。
 山には規則も何も無いようだが風に含まれる血の匂いは薄く、戦乱状態という訳でも無さそうだ。これも勇儀が言った様に鬼の存在が抑止力となっているのだろう。大きな戦いを起こせば鬼が寄って来て双方甚大な被害を被る。ならば鬼が興味を抱かない程度の小競り合いか、交渉で片付けるのが良策。
 鬼の威光を笠に着るのは憚られるが、上手く立ち回ればこの山を天狗一族の里として機能させる事は難しく無さそうであった。







 一夜空け、翌日。天魔は頭痛と共に目を覚ました。見回せば鬼は皆潰れて地面に雑魚寝をしており、起きている者は天魔一人……いや、もう一人居た。
 鬼神の腕に抱擁された白髪の幼女が呻き声を漏らしている。
 天魔は幼女に近付き声をかけた。
「童、大丈夫か」
「あんまり大丈夫じゃない……つーか誰?」
 幼女がしかめっ面で聞いて来た。昨夜と大分雰囲気が違う。酔いが覚めているようだ。
「儂か。儂は昨日この山へ越した天狗の頭領、天魔と申す」
「天魔ぁ? 天魔ねぇ……んー、ま、どうでもいいか。おりゃ!」
 気合い一声、幼女は自分を締め付ける鬼神の腕を振りほどいて抜け出した。自分が着ている着物を指で摘んで首を傾げ、地面に落ちている紅の衣を拾い上げた。
 そして着物に手をかけた所でジッと自分を見ている天魔を睨む。
「こっち見んなエロハゲ」
 娘と同じぐらいの年齢の幼女に言われ、天魔はハゲしく落ち込んだ。
 背を向けて衣擦れの音を聞きながらさて帰る前に鬼神に挨拶をしていくべきかと考える。……やはり眠る鬼を挨拶のためだけに起こすのは不味かろうか。起こしてそのまま再び宴会を再開されてもかなわない。天魔の内臓は色々と限界だった。
「お先」
 天魔に声をかけ、幼女は空の向こうへ飛んで行った。無闇やたらと強い気配を出していた妖怪だが、山に住んでいる者では無いらしい。
 天魔はその場で幼女を見送り、肩を鳴らし麓で待っている妻子と一族の元へ飛び立った。新しい縄張りの割り振りに特技に応じた役割分担など、これから忙しくなりそうであった。
 麓に着いた後、妻に服の匂いを嗅がれ浮気者と頬を何十発も叩かれたのは余談である。娘の蔑んだ目が痛かった。



[15378] 番外編・墓参り
Name: クロル◆010da21e ID:1785e933
Date: 2010/11/08 07:17
 しんみり注意











 ある春の日の事。上白沢法徳はいつもの様に自室の布団で惰眠を貪っていた。大口を開け無防備に間抜け面を晒すその姿には仁獣の威厳など欠片も無い。窓の桟に乗った数羽の雀が騒がしく鳴いていたが起きる気配はまるで無かった。春眠暁を覚えずと言うが、法徳は夏秋冬も朝は布団で粘る。
 日が山の向こうから顔を出し、里に生活音が満ち始める。法徳はまだ起きない。
 窓の格子の隙間から烏天狗が顔を覗かせた。雀が驚いて逃げていく。
 配達に来た射命丸文は寝相だけは良い法徳を発見し一瞬陰陽師の馬鹿面を撮ってやろうかとカメラを構えかけた。が、これは別に珍しい光景でも無い。新聞に載せた後の報復を考えて思い直した。
 新聞を窓の格子の隙間から放り込み、文は何もせず去った。法徳はまだ起きない。
 夢の中で弟子に髭剃りを持って追いかけられていた法徳が目を覚ましたのは里人が農作業に出掛け、店を開けてからだった。
 上白沢慧音がそっと部屋の障子を叩いて声をかける。
「父上?」
 へんじがない。ただのハクタクのようだ。
 いつも起こされるまで必ず寝続けているのでこの確認は無意味に等しいかったが、慧音は毎日欠かさない。同居人からは呆れ半分に真面目だねぇと言われていた。
 慧音は入ります、と断ってから障子を開けて中に入り、畳に落ちている新聞を拾い文机の上に置いた。それから多少乱暴に法徳の肩を揺する。
「父上!」
「おい馬鹿眉毛はよせ! ……む? ……慧音か」
「父上、たまには自分で起きてくれないか」
「その内な」
 百年単位で続いているやりとりをし、法徳は大きな欠伸を一つして起きた。慧音はため息を吐いて部屋を出ていく。法徳はしばらくぼーっと壁の染みを眺めていたが、やがて服に手を入れて腹を掻きながらのっそり立ち上がった。妙に体に疲れが残っている。
 廊下を渡る途中で法徳は今日一日休みを取るために昨日の夜中過ぎまで仕事をしていた事を思い出した。道理でいつにもまして肩が重いはずだ。
「そうか、もう一年経ったか……早いものだ」
 法徳は誰に聞かせるともなく呟く。
 寺小屋は盆と正月を除けば年に一度の休みの日。今日は上白沢一家の墓参りの日だった。











 朝食を食べ終え、身仕度をして妹紅に留守を任せた二人は博麗神社へ向かい飛んでいた。
 慧音は清楚な白と水色のワンピースに身を包んでいる。特徴的な帽子は外界では目立つため仕方無く外し家に置いていた。裕福な家庭の若奥さんと言った雰囲気だ。
 対して法徳は一張羅のスーツ。ノリは効かせてあるはずだが法徳が着るとどうにもくたびれて見える。こちらは終電で帰宅しレンジで温めた夕食を一人寂しく食べる勤続二十年のサラリーマンの様な雰囲気だった。
 疎らに構って欲しそうに弾幕を撃ってくる妖精がいたが容赦なく一撃で撃墜していく。運良く妖怪に会う事も無く二人は博麗神社の境内に降り立つ事が出来た。
 博麗神社の敷地内は絶対安全地帯。二人はリラックスして本堂へ向かう。
 本堂の扉は開け放たれており、入口の石段の上で博麗白雪が待っていた。膝の上に八雲の化け猫を乗せこしょこしょ顎をくすぐっている。
「ここか、ここがええのか」
「にゃ、にゃうん……」
「ふん、良い声で鳴きやがるぜ。ほらほら」
「にゃあん!」
 化け猫は蕩けた鳴き声を上げて身を捩った。しかし白雪はがっしり掴んで離さない。
 法徳はまた妙な事をやっているな、程度にしか思わず助ける気も無かったが、黙って終わるまで待っているのも馬鹿馬鹿しいので声をかける。
「おい、白雪」
「うん?」
 手を止めて顔を上げ、法徳のスーツ姿を見た白雪は途端に腹を抱えて爆笑した。ハッと我に帰った化け猫は膝から飛び降りて一目散に逃げて行く。
 法徳は憮然として転げ回る弟子を見た。自分でも見栄えが良い格好だとは思わないが、こうも真正面から笑われると良い気はしない。
 笑い過ぎて息が止まり、涙目になっていた白雪は慧音の不機嫌な顔を見てようやく転がるのを止めた。息を整え立ち上がる。
「いらっしゃい。準備できてますよ万年係長」
「黙れ」
 まだ笑いを堪えた顔をした白雪にイライラと返す。
「白雪、あまり笑わないでやってくれ。服に着られた冴えない容姿なのは本人の意思ではないんだ」
 そして娘のフォローに傷ついた。悪気が無いのは分かっているので何も言えない。
 白雪はニヤッと笑い、一歩横に下がって二人を本堂に招き入れた。白雪は外に残り、扉に手をかけている。
「師匠、髭剃った方が素敵ですよ」
「……お前はそれを会う度に言うな。剃らん」
 法徳は今朝方の夢を思い出し顔をしかめた。一時期は毎日剃っていたが二、三年で挫け今では二週に一度形を整えるだけになっていた。
 白雪はひげひげひーげひげダルマ~、と楽しそうに節をつけて歌いながらゆっくりと本堂の扉を閉めた。パタンと小さな音がする。
「全く、あいつは無駄に歌が上手いな」
「……歌唱力?」
「だろうな」
 二人が身動きせずじっと待っていると唐突に歌が止んだ。本堂に静寂が広がり、窓から差す日の光が微妙に変化する。
 慧音が窓から外を覗き、法徳に頷く。法徳が扉を開け放つとそこには荒れに荒れて雑草が伸び放題の境内が広がっていた。
 外界に来たのだ。
 二人が参りに行くのは法徳の妻、慧音の母にあたる女性の墓だった。彼女は幻想郷で死んだのではない。外の世界の博麗神社から電車で二時間ほどの距離にその墓はある。平安時代の墓だったが由緒正しい古い寺が脈々と管理を受け継ぎ当時の墓石が現存していた。
 二人は一年毎に目まぐるしく変わる街の景色に感心半分呆れ半分の声を漏らしながら駅へ歩いた。道行く人々は慧音の白髪をちらちらと見ていたが、染めているとでも思ったのだろう、不審がる様子は無い。
 昔は慧音の髪を染めていたが最近では気楽なものだった。幻想郷の住民ほど色鮮やかでは無いが、茶髪紫髪金髪の人間をちらほらと見掛けるようになった。白髪程度なんでもない。堂々としていれば良いのだ。
 二人は何事も無く駅に着き、あらかじめ両替しておいた紙幣で往復切符を買った。改札口を通り、駅のホームで待つ事数分。時間通りやって来た電車に乗り込んだ。
 法徳は二人掛けの座席に慧音と共に座った。向かいの席にはうたた寝をしている金髪と黒髪の少女。法徳は男を娘と同席させるつもりは露ほどもない。
 やがて電車が動き出す。法徳は三駅か四駅過ぎるまでは起きていたが、延々と続く電車の単調な振動に揺られ、いつしか夢の世界に入っていた。











 遠い昔の記憶が甦る。











 法徳は元々大陸の生まれだった。歴史を司る仁獣ハクタクとして生を受け、生まれたばかりの頃は専ら獣形態で活動していた。
 歴史を書き換える能力の他に法徳は種族としての能力で歴史を読む事ができる(そもそも読めなければ書き換えなどできない)。行く先々で歴史を読み、学び、身に着けた叡智を以て人間を導く。若い頃はそこに何の疑いも持たなかった。
 悪政を敷く統治者の元に赴き、辛抱強く教え諭し仁君へと変えた。
 徳が高いと噂の王の元に赴き、知識を分け与え更なる発展を促した。
 人間の為に。ただ人間の為に。
 その行動原理に疑問を抱き始めたのはいつの頃からだったか。
 国は戦争を起こし敵国を打ち負かし巨大化する。その際に先勝国は自国の都合の良い様に歴史を改竄し、あたかも敗北した国が悪であったかのように装った。事実敗北国が悪であった事もあるが、多くはどす黒い権力欲を満たすためのものであったり、あるいは私怨であったりした。
 勝った方が正義だとは誰が言い出したのか。大義銘文があり、勝者の正義を肯定する歴史を見せられれば民はそれが偽りと気付かず納得してしまう。
 国主に民に誠実であれと説いた法徳の言葉は遠回しに否定された。確かに勝者が卑怯な騙し討ちと裏切りで勝った、と公表しいたずらに不安を煽るよりは嘘だろうが民衆を安定させる聞こえの良い英雄譚を広めた方が良い。人心が傾き易い戦乱の世なら尚更だ。
 それは理解していた。しかし納得はできない。歴史が無残に塗り潰され消されていく事には耐えられなかった。
 数十年数百年と時を重ね、人間の国は分裂併呑を繰り返しながらも巨大化していく。その中の名の通った国のどれもが真実の歴史をないがしろにしている。一方で歴史の真実を包み隠さず記録していた国家は国情が安定せず軒並み寿命が短かった。
 法徳はそこに至り仁と徳のみで国を収められる時代は終わったのだと悟った。
 法徳の中から何かが抜け落ちる。自分をつき動かしていた熱意を失った法徳は、人間の姿に化け裏に表に政治の助けをした最後の国に分かれを告げ、一匹の妖獣として流浪の旅に出た。最早たかが一匹の獣が政に口を出す段階ではない。人間は自らの力で平和共存を目指すだろう。自分は過去の遺物だ。
 そう、思っていたのだが。
 甘かった。あまりにも。
 自分は神の子孫だの、天命を受けた由緒正しい王だの、捏造した歴史を掲げる諸王は皆ハクタクを疎ましく思った。歴史の真実を知る、ひいては自らの権力基盤を揺るがす妖獣だ。放ってはおけない。
法徳は執拗に追われた。なまじ仁獣として名が通っていたのが災いし、どこへ行こうとすぐに見つかる。法徳には既に歴史の闇を暴く心積もりなど無いと言うのに。
 法徳は長きに渡る逃亡生活にほとほと嫌気が差していた。ハクタクなりに人間の為を思い行動した結果がこれだ。獣への戻り方も忘れ、人型をとるのが常になっていた法徳はハクタクとしての生を捨てる事を決意する。誰も困りはしないだろう。
 かと言っても散々人間の為に働いて来たこの身、今更妖怪の群に混ざるには気が引ける。
 法徳は追っ手から逃れる為に海を渡り、東の島国に入った。そこで人間に成り済まし、妖怪退治という消極的な人助けをして暮らし始める。国を動かす為政者ほど大量の人間を幸福にできる訳では無かったが、確実に人間の為になっていると自覚できる。大陸と比べて人間の気質が穏やかであり戦乱も少なかった事も気に入り、法徳はすぐに妖怪退治屋として島国に順応していた。
 気ままに里を村を渡り歩き、妖怪を退治する。中には法徳では敵わない妖怪もいたが、その時は無理に調伏せずほどほどで手を打った。
 若かりし頃は真面目一辺倒だった法徳もやがて俗っぽい処世術を覚える。酒を飲む様になり、悪人を見つけてもやたらに説法をしなくなり、着物を着崩す様になる。旅をしている間に人脈も増えた。
 東へ西へふらりふらりと旅をして多くの歴史を眺める。かつての様に介入はしない。ただ眺めるだけだった。
 冴えない顔に無精髭を生やし、妖怪退治の依頼が無ければ無職に等しい。昔自分には嘆かれるだろうか。だが心地良い日々だった。











 知人の一人の薦めで平安京へ赴き、陰陽師の資格をとった。数年の間都でこき使われたが、仕事をこなす内にどうも権力のどろりとした手が自分にかかっている予感がしてアレコレ理由を付け逃げ出す。政はもう御免だった。
 陰陽師という肩書きが加わっただけで以前と変わらず妖怪退治の日々。そして京を出て数年が経ったある日、ある街の市で法徳はスリに遭った。
「なによ、離しなさいよ!」
 粗末な服を着た、十かそこらの童女だった。法徳に腕を掴んでぶら下げられ歯をむき出して暴れている。
「スッた財布を出せば離してやる」
「知らないわよ財布なんて! 離してよー!」
 しらばっくれる童女にため息を吐き、法徳は少々歴史を読んだ。そうか、腰布に隠したか。
法徳が服に手を突っ込むと童女は変態! と叫んで暴れたが、気にせずまさぐって財布を抜き出した。
 中身を確認し、今度はスられない様に懐の奥にしっかりとしまいこんだ。
「今度からスるなら金持ちで無防備な悪人からにしろ」
 法徳は腕を離して踵を返した。数歩歩き、今日の宿の確保に頭を巡らせていると服がちょいと引っ張られた。
「む?」
 振り返り、目線を下に落とすと哀れっぽい顔をした童女が居た。本人は隠しているつもりだろうが小狡そうな小悪党の臭いがぷんぷんする。
「おじさん、スッたりしてごめん。でも私一昨日から何も食べてないんだ」
「ほう?」
 法徳は眉を吊り上げた。先程一瞬歴史を読んだ時に三日ほど前の行動まで読み取っていた。こいつは盗んだ金で三食しっかり食べている。
 どうやらスリを咎めず見逃したせいで調子に乗ったらしい。
「だからお情けだと思ってどうか私に一食一飯のお恵みを。絶対恩は返すから」
 器用にも目を潤ませて服の隙間から胸が見える角度で拝むようにしてくる童女。色仕掛けは十年早いと思ったが口には出さないでおいた。法徳は手持ちの銭を脳内で計算し、頷いた。
「構わん」
「ほんと!? ありがとー!」
 童女が大喜びで抱き着いてきたが口許がニヤリと歪んだのは見逃さない。随分悪党根性が体に染み付いていると見える。しかしまだ小悪党、一食奢るぐらいはしても良いだろう。
 法徳は童女の手を握って市の外、宿場へ向けて歩き出した。
 歩いている間に童女は聞いてもいないのにペチャクチャとよく喋る。法徳は八割聞き流し、ある程度話させた所で話を切る。
「ところで」
「だからそこで私は言ってやった訳よ。あんたみたいな――――え、なに?」
「昨日の晩に喰った握り飯は旨かったか?」
「……だから一昨日から食べて無いんだってば」
「草餅も麦粥もニボシも食べて無いのか?」
「…………ちぇ、なーんだバレてたんだ。どうして分かったの? 心読めるの? 人間に見えるけどそういう妖怪なの?」
 不利を悟った途端に童女は体に力が入っていないようなふらついた動作をやめ、俊敏な動きで法徳の背中に飛び付いた。飯の種は逃がさないとばかりに肩をがっちり掴んでいる。
「妖怪、だな。今は人間だが。読心術と言えば読心術だろう」
「ふーん。よくわかんないわ。でも嘘はつかないわよね? 一食一飯、頂くまで離れないから」
心 を読んだと言うのに気にした様子も無く笑う童女の笑顔は、食い意地が前面に出ていたがそれ故に純粋で――――









「……え……上……父上!」
「……む?」
「もう次の駅になる。降りる準備をしておいた方が良い」
 慧音に肩を揺すられ目が覚めた。いつの間にか寝ていたらしい。昨日の疲れが残っていたのか。
「…………ああ」
「……私の顔に何か?」
 法徳がじって見つめるので慧音は頬を手で触った。法徳は小さく笑う。
「いや。お前は母似で美人だな」
「…………」
 慧音は無言で照れ臭そうに頬を掻いた。
 慧音は自分を産んですぐに死んでしまった母の事をほとんど知らない。妻の犯罪歴は話していない。紆余曲折の末に真人間に戻った後の姿しか語らなかった。
「それで性格は俺似だ」
「……は?」
 今度は真顔になってしまう。法徳は苦笑して冗談だと誤魔化した。「昔の」俺に似ているのだが、わざわざ言う事も無いだろう。
 法徳は娘と共に停車した駅から降りた。降りる客は二人以外居ない。プラットフォームに人影の無い淋しげな駅だった。
 駅を出てすぐ右にある花屋で花を買い、過疎が進んでいるらしく人気の無いアスファルトの道を歩いた。土の道から砂利の道。そしてアスファルトへ。もうどこにも食い逃げをした彼女を店主に謝らせ、手を繋いで帰ったあの道の面影は残っていない。
 小道を数度曲がり、緑のトンネルを抜けて坂を上り寺に着く。門前で箒を動かしていた老いた住職が会釈をした。二人も会釈を返し、中へ進む。
 二人は住職が少年の頃から毎年変わらない容姿で墓参りに来ていた。住職が二人をどう思っているのかは知らない。
 親子は雑然と並んだ墓石の中でも一際古いそれの前に立つ。墓石には小さく風化しかけた文字で上白沢、とだけ刻まれていた。
 法徳が柄杓を使い水をかけ、慧音が花を置く。そして二人は短い黙祷を捧げた。この墓石の下に法徳の妻はいない。彼女は現在生前犯した罪を償うために閻魔(ヤマザナドゥではない)の下で働いていた。それが済めば記憶を持ったまま転生する事ができる。
 幻想郷の阿礼の子などは百年程度で勤労を終えるが、彼女は生前多くの罪を働いたため必要な償いが多く、百年や二百年ではとても終わらない。平安時代から今に至るまで未だ償いは続いている。
 彼女は死後閻魔の元へ行く直前、法徳に転生をするつもりだと明かしていた。


 全く母らしい事をしてやれなかった慧音へ今一度生を得て愛を注ぎたい。その時あなたは陰陽師で、私はその手伝い。また、一緒に。













 黙祷を捧げる法徳の目には光るものがあった。
 彼女が罪を償い現世に戻る日をいつまでも待っている。



[15378] 番外編・剛鬼
Name: クロル◆bc1dc525 ID:69c456d1
Date: 2011/02/01 08:10
 剛鬼はとても自分に正直に生きていた。
 寝たい時にいつでも寝て、襲いたい時に人間を襲い、食べたい時に喰らう。気ままにふらふらと移動して暮らしていた。
 幸い剛鬼は強かったため拙い武装をした人間ごときに傷をつけられる事は無く、人間を狩る時は圧倒的な蹂躙となったのだが、それをつまらなくも感じていた。
 会う者は貧弱な人間ばかり。人間を狩るのは楽しいのだが、もっと血湧き肉踊る全力の戦いをしたいと常々思っていた。
 そんな燻る闘争本能を晴らそうとふらふらと歩いていてたまたま見つけた人間の集落に襲撃をかけたある日、初めて剛鬼は自分以外の妖怪と遭う。
 なんだかちんまい奴が狩場に乱入してきたのだ。白く長い髪のそいつは何やら喚きながらオタオタし、もたついている間に人間に矢の雨を降らせられて剛鬼に撤収の合図をかけてきた。
 狩りは初めてなのだろうか、一人も狩らずに撤退とは。今度妖怪のよしみで狩りのやり方(襲いかかってぶん殴って時々能力を使う)を教えやろうと思いつつ白いのと連立って撤収した剛鬼だったが、その夜飲んだ「酒」の衝撃で全て頭から吹き飛んだ。
 白い妖怪、白雪は頭が良かった。
 雨露を防ぐ丁度良い広さのねぐらを持ち、人間から酒をくすねて来たり、なんだか賢そうな台詞を言う。石取りげえむとやらには勝てた試しが無い。
 色々と剛鬼の行動に口出しをしてきたが、それを含めて白雪と一緒に暮らす毎日は一人暮らしの頃よりも確実に充実していた。一度戦ってみたが引き分けに終わり、強さも一級。良い女だった。
 しかし残念な事にちまい身長は何十年経ってもほとんど伸びず、身体つきは貧相な幼児体型。もっと大人の身体なら迷わず嫁にしていたものを、とがっかりしたりもした。アレでは欲情しようもない。
 結果、自分の方が年上と言う事もあり、剛鬼は白雪を頼れる妹のようだと思っていた。喧嘩を持ち掛けると顔をしかめて逃げ出すケチ臭い所などはあっても剛鬼は白雪をとても好ましく感じていた。守ってやろうという気はさらさら無かったが。守るまでもなく強いし。
 それでも物陰から白雪を興奮に濁った目で覗きながらハァハァしていた男妖怪にイラッときて地下深くに生き埋めにする程度には白雪のために動いてやろうと言う意思はあり、喧嘩はしても敵対をする気は毛頭無く。
 ……自然、自分が妖怪と言う事もあり激化する人間の戦いで白雪の指揮を受け暴れる様になった訳で。
 人間が武装を強化し始めた頃から頻繁に会う様になったあやめという妖怪がいたが、白雪ほどは興味を惹かれなかった。からめ手の代表格の様な妖怪で、殴り合いが弱い(剛鬼基準)のがその最もたる原因。容姿はまあまあ好みだったが嫁にするほどでも無い。剛鬼は身体に容姿に強さにと、全てが好みに合致していないと嫁をとる気にならない一種わがままな所があった。
「白雪、身長伸ばせ。胸を育てろ」
 と言って殴られたり、
「あやめ、俺と勝負しろ。強くなるには実戦が一番だ」
 と言って兎を身代わりに逃げられたり、
 そんなやり取りは日常茶飯事だった。剛鬼はなぜ二人がそんな反応をするのか理解出来なかったので、性懲りもなく何度もそういった言葉を投げ掛け、その度に同じ反応を返されるのだ。自重しなければ反省もしない。
 時代が進むにつれて妖怪の数も増え、豪快過ぎる性格を考えず顔だけを見ればいけめんな剛鬼は多数の女妖怪から幾度と無く誘惑を受けたが、三分の一は誘惑されている事に気付かず、三分の一はバッサリと一刀両断に断り、三分の一は腕試しをしたら比喩表現ではなく本当に一刀両断してしまった。理想が高い剛鬼のお眼鏡にかかる妖怪は居なかったのである。仕方が無いので白雪とあやめの成長を期待していた。
 なんだかんだで三人はつるんで行動し、いつしか妖怪勢力の代表としての立場に立つ。
 剛鬼は白雪の指示した場所で、時々指示されない場所でも、本能の赴くままに人間と勝負し勝ちをもぎ取る事を繰り返していただけなのだが、まあタダより安いものは無いので妖怪大将の名は貰っておいた。そして妖怪大将を名乗る様になってから人間に命を狙われる事が多くなり、
「流石白雪だ、戦う機会を今まで以上に増やしてくれるとは」
「いや、あのね…………あー、まあいいか、剛鬼が満足してるなら。結果オーライ」
 と白雪に達観した顔を向けられた一幕もあった。
 しかし剛鬼とついでに白雪、あやめに人間の狙いが集中してなお妖怪側の被害は増えていく。が、負けた方が悪いのだから、と剛鬼は別段気にしない。あやめは自分と兎と剛鬼と白雪が生きていれば良いと考えている様だったし、頭を抱えているのは白雪だけ。
 人間から盗んできた情報資料と頭を付き合わせてウンウン唸る白雪を、剛鬼は大変だな、と人事の様に酒を飲みながら眺めていた。正面から力一杯戦い、負けたら負けたで満足できる剛鬼は八方手を尽くして勝ちに行こうとする白雪の感性がいまいちよく分からなかったのだ。
 そんなよく分からない行動をする白雪はよく分からない戦略を打ち立て、そのよく分からない戦略を剛鬼なりに単純解釈して実行した結果、押されていたはずの妖怪の戦力が人間とほぼ対等になるという快挙を果たす。
 最初から最後まで白雪のやっている事はよく分からなかったが、終止戦いに身を投じる事が出来た剛鬼は白雪に着いて正解だった、と満足していた。単純である。
 そして、
 その日その時その場所で、
 最後の決戦。
 白雪と共に渾身の拳を一発、結界を破り人間が引き籠もっている最後の町に文字通り殴り込んだ剛鬼は思う存分に暴れる。
 ほんの数百年で人間の装備は著しい進歩を遂げ、かつて弓矢を使っていた頃とは比べ物にならない戦い甲斐。剛鬼は必死の抵抗をする人間との全力の戦いが楽しくて楽しくて、我知らず笑っていた。
 殴って殴って殴られて。蹴って撃たれて押し潰して。
 なるほど人間を舐めるなと言った白雪の言葉は嘘では無いらしく、退路を断たれた人間達の牙は剛鬼に痛みを与えるものすらあった。被虐趣味は無いが、その痛みすらも剛鬼は昂揚に変えて戦う。戦う。
 荒ぶる鬼神の如く猛威を振るう剛鬼は人間を木の葉の様に吹き飛ばしていったが、なんだか数が少ない気がした。妖怪大将たる自分を相手どる人間達はこの程度の数なのか?
 分からない事があったら取り敢えず白雪、という習慣が身に着いていた剛鬼は白雪と合流。同時にあやめとも落ち合い、人間が少ない原因について二人に頭を捻ってもらう。剛鬼は考えるつもりなどない。
 答えが出る前、いつしか不自然に静まり返ったそこへやってくる一人の人間。叩き付けてくる敵意と殺気が心地よい。無手であるのも評価が高い。
 あやめと白雪は言われずとも左右に分かれて場を開け、人間との一対一の状況を作ってくれた。剛鬼はふっと笑う。全く良い女達だ。
 そしてただ一人で鬼に挑むその勇気に敬意を表し、剛鬼は前口上を言っておく。しかし口上の途中で人間は手刀を作って踊り掛かってきた。剛鬼は苦笑し、手刀を片手で受け止め、反対の手で反撃をしようとして――――
 防御に回した手が男の手刀に刈り取られ、ぽとりと地に落ちる。一瞬遅れ、鮮やかな切断面から噴き出す鮮血。
 愕然としたのはコンマ数個にも満たない時間だった。戦闘時は通常時よりも若干回転が早い剛鬼の思考回路が、男が何らかの防御貫通能力を持っていると推定。土を操る中・遠距離攻撃に切り替え様と離脱しようとする。
 ところが一歩下がる前に男の逆の手が正確無比に心臓に迫った。
 何かの能力が発動しているらしい異様に鋭利な手刀を見て、ああ、避けられないなと諦観する。回避行動の途中でバランスが崩れ、身動きがとれなかった。
 それでも最後の一瞬まで勝ちに行こうと拳を振り上げる剛鬼だったが……反撃を加える前に人間の一撃が無情にも心臓を貫いた。
 剛鬼の拳は、届かない。
「ははっ」
 剛鬼は血を吐き、ゆっくりと地に倒れながら小さく笑う。
 ああ負けた。
 完敗だ。
 正面から、全力で。
 弱い弱いと思っていた人間に。
 ついに負けた。
 負ける、というのはこんなに清々しいものなのか。
 痛みは気にならない。
 身体から力が抜けていく。
 心地よい、全力で能力を使った後の疲労感の様な。
 こんな時は酒を飲みたいなぁ。
 飲んで、出来ればほろ酔いになって。
 すると気持ち良く眠れる。
 おお、二人共、丁度良い所に。どうした、そんな顔をして。
 まあいい。悪いが瓢箪を取ってくれ。力が抜けて手が動かないからな。
 最初で最後の、敗北の酒を楽しみたい。
















嗚呼、















気に入った奴等に囲まれて、















上手い酒を気分良く飲んで、















こうして幕を引くならば、














良い鬼生であったと、俺は思う。


















執筆時間:二時間(深夜)
プロット:皆無
推敲:皆無
執筆時のテンション:MAX
オリキャラの小話を時系列順に書いていく予定。きまぐれ投稿。



[15378] 番外編・楽浪見あやめ
Name: クロル◆010da21e ID:69c456d1
Date: 2011/03/15 12:26
 楽浪見あやめは兎が好きだった。これは彼女が妖力の澱みから発生した時、偶然目の前に居たのが兎だった事に起因する。
 人里離れた竹林で発生したあやめは当初とても力が弱かった。あやめ固有の力「惑わす程度の能力」は優秀な精神干渉能力であるがその分あやめ自身の直接的身体能力は低い。当時の妖怪平均を下回り、精々下の上と言った所か。
 あやめは人間が食料的意味で大好きで食べたくて食べたくてたまらなかったのだが、竹林は人間の群から離れた場所にあったので獲物が向こうからノコノコやってくる事は滅多に無く、自分から人間の群の中に襲いに行くと返り討ちに遭う危険性が高い。年若く妖力の低いあやめはネズミやイタチ程度の小動物の方向感覚を惑わす程度しかできなかった。
 従ってあやめは基本的に時折群からはぐれて竹林に迷い込む人間に奇襲をかけて狩っていた。迷い込むのは精々が年に一人か二人程度なので、一年の大半は兎と戯れている計算になる。もふもふの白い毛皮はいつでも触り心地が良く、愛くるしい紅い瞳で見つめられるとちょっと胸がキュンとした。シルクハットに入れて連れ歩き、暇な時は可愛がる。
 やがて年月が経ち、あやめの能力が人間を発狂させられるレベルまで成長し、狩りが楽になってきた頃。竹林に小さな妖怪が訪ねてきた。
 新雪の様な汚れ無き純白の長い髪。あやめの胸に届くかどうかという背丈で、人間で言う少女と幼女の中間ぐらい。暖かそうな紅の衣の裾を弄りながらきらきらした黒い瞳でキョロキョロと辺りを見回していた。
 可愛い。兎と同じくらい可愛い。
 一目で小さな妖怪が気に入ったあやめは、早速思いっ切り撫で回そうとノコノコ近付いて行った。
 常時五感を惑わす力場を展開しているあやめは早々発見されないが、小さな妖怪は歩み寄るあやめをしっかり見て言った。少し驚く。
「浅葱色の着物モドキにシルクハット……その時代考証ガン無視の服装、楽浪見あやめ?」
「そうだけど~、何か御用~?」
「ああちょっと交渉に。私は白雪って言うんだけど、あのさ、あやめは片端から人間の集落を襲ってるみたいだけど、ここから東に行った森の近くの村の……ちょ、この手は何?」
「可愛いものを撫でるための手~。うーん、ちっちゃい~」
「おい馬鹿やめろ」
 柔らかな髪を撫でくり回していると凄い形相で手をはたかれた。
「なんで嫌がるの~?」
「子供扱いされるのは誰だって嫌に決まってる。あやめも嫌でしょ?」
「私はいいよ~?」
「嘘つくな。やられてみれば分かる」
 白雪はぽむんと煙を上げて大きくなった。ボンキュッボンの長身美女になった白雪は、よーしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし良い子だー、とあやめを徹底的に撫で回した。するとあやめはなすがままにされて気持ち良さそうに細い目を更に細くする。白雪はなん……だと? と驚愕した。
 大きく舌打ちし、またぽむんと煙を上げて小さくなる。
「くそ、信じられん……とにかく私は嫌だから。ぅゎょぅι"ょ小さいって言われてるみたいでさ」
「それならずっとさっきみたいに大きくなってれば良いのに~」
「結構妖力消費するから。それに実際背が伸びた訳じゃないからシークレットブーツ履いて高い目線に感動しつつもどこか虚しい気分になるのと同じ感覚に、って言わせんな恥ずかしい。あー、話が逸れてるなこれ。東の森付近にある村なんだけど」
 要するに白雪が見守っている村の人間には手を出さないでくれ、という交渉だった。
 あやめは意味が分からず首を傾げる。
 あやめは捕食者であり、人間にどういう態度をとられても気にしない。人間は食べ物である。それ以上でも以下でも無い。
 鯛の活け作りに恨めしげな目線を向けられたからと言って箸を止めるだろうか?それと同じだ。止める者もいるだろうが、少なくともあやめは該当しない。
 あやめには捕食者が披食者を慮る意味が分からなかった。
 心底不思議に思ったあやめは白雪の言った意味をうんうん唸って考え、ぴこんと思い付いた。
「なるほど、養殖場で保存食なのね~。白雪頭良い~」
「え? いやそうじゃなくてさ、ずっと見てる内に親近感が沸いたからあんまり死んで欲しくないと言うか」
「人間に……親……近……感?」
「あ、もう保存食でいいや。好きに捉えて」
 別に白雪の管理下にある村を襲撃しなければならない理由もないあやめは白雪の要求を飲んだ。他に餌場はいくらでもある。
 それから白雪と付き合いが始まった。あやめの方から遊びに行く事もあれば白雪が遊びに来る事もある。白雪の友達だというえらく格好の良い男妖怪も紹介されたが、色気より食い気なあやめが異性として意識する事は無かった。親友止まりだ。
 やがて時代は進み、人間の科学が発展し妖怪に反撃し始める。
 妖怪は肉体よりも精神の比重が大きい存在であり物理攻撃の通りが悪いが、それでも強力な攻撃を受ければ死ぬ。増える一方だった妖怪は徐々に減り始めた。
 あやめは精神攻撃を得意とする妖怪だ。精神攻撃は科学での防御が難しく、科学が発展しても狩りにさしたる影響は出ない。基本的に人間達の心を惑わせ同士討ちをさせる狩り方をしていたので、むしろ殺傷力の高い武器を持つ様になった分狩り効率が高まったとすら言える。あやめは時々白雪の指示を受けながらも好きな時に食欲に身を任せ人間の村や町を滅ぼしていた。
 ところがどっこい、更に時代が進むとあやめも自重せざるを得なくなってくる。人間がますます勢い付き、あやめの友達の妖怪を無節操に殺していくのである。
 これにはあやめもちょっと怒った。食物のくせに生意気だ。
 もう殺されてしまった妖怪は仕方無いが、このままいけば白雪や剛鬼や兎も殺されてしまうかも知れない。二人に限って人間ごときに殺されるとも思えなかったが想像してみるとちょっと怖くなった。
 あやめは白雪の指揮で人間を殺戮する。奇襲だの夜襲だの補給線切断だの要人暗殺だの、どういう意図で白雪が指示を出しているのかは分からなくても人間を食べれて妖怪が安全になるらしかったので割と頑張った。
 ある日、とある研究所に堂々と表玄関から忍び込んだあやめはターゲットを探していた。研究所主任が今回の標的だ。
 隠れもせずふらふら廊下を歩くあやめに研究員は誰一人として気付かない。
 研究員の顔を一人一人覗き込み、白雪に渡された写真と見比べていたあやめはすぐに標的を見つける。黒髪で小太り、眼鏡をかけた小男だった。銀髪の変な服を着た女と喋っている。
 女の顔を見たあやめは白雪に言われていた事を思い出して困惑した。この女は八意××だ。△△だった気もするけれどどちらでも良い。白雪に殺さないで欲しいとお願いされている、その一点が重要。
 目標を補足したら後は能力を発動させて研究所を壊滅させようと思っていたが、今それをやると××も巻き込んでしまう。あやめとしてはターゲットの男より美味しそうだなぐらいの感想しか抱かないが、かといって食べてしまうと白雪に叱られる。××とは友達だと言っていたし泣いてしまうかも知れない。
 ターゲットだけさらって食べようかな~、でも一人だけ食べてもお腹膨れないし~、と悩んでいると、ターゲットと話し込んでいた××が不意にふと首を傾げ、辺りを見回し自分の真横で悩んでいるあやめを発見した。
 ××は目を見開き、頬をひくひくと痙攣させる。その顔は一気に血の気が引いて青褪めていた。
 白雪が言っていた。××は桁外れにハイスペックな天才だと。どうやら何をしたのかは分からないがあやめを認識しているらしい。
「見つかっちゃった~。どうしようかな~、食べるしかないかな~?」
「やめて頂戴。……え? ああ、なんでも無いわ。ただ少し調子が悪くなったの。先に上がらせて貰うわ、いいわよね? お疲れ様」
 ××は心配そうに声をかけてきたターゲットに一方的に言うと足早にその場を去った。
 ××が研究所を出た十分後、研究所の人間は全員あやめの腹に納まっていた。















 肉体を捨て、霧になったあやめはまどろんでいた。この竹林に通すのは白雪と兎だけ。他は全て惑わせる。
 竹林の霧はあやめそのもので、霧に包まれるという事はあやめに包まれるという事に等しい。それは強力な守護を竹林にもたらした。
 肉体を失い自我も限り無く薄くなったあやめはぼんやりと長い年月を過ごす。時折意識がはっきりする時もあったが、すぐに眠くなる。
 その内白雪が復活させてくれるかな~、と思っていたがなかなか復活させてくれない。でもまあいいや、気長に待とう、とあやめはひたすらうつらうつらしていた。
 それからどれだけの年月が経ったのか。竹林の中の兎が妖怪化したり、白雪が建てた屋敷に月人が住み着いたり、白雪がどこかへ行ってしまって寂しくなったり、結構色々あったからまあ……たくさん月日は流れたはず。
 月夜の晩、妖怪が二人竹林の入口にやってきた。その時は偶然意識がはっきりしていて、追っ払ってやろうと能力を強く発動させる。羽の生えた方の妖怪がビクンと痙攣し、虚ろな目で相方の黒服の金髪を見て手に髑髏を灯す。
 何かが爆発する音を聞くと共にあやめは再び眠気に誘われて意識を落とした。ああ眠い眠い。













 あやめは白雪に誘われて洩の湯に来ていた。百合姫も一緒だ。半端に復活して能力が本調子では無いので、惑いの力場は展開していない。
 三人は体を流し、並んで湯船に浸かった。白雪は百合姫の胸と自分の胸を見比べあからさまに溜め息を吐き、次にあやめと自分の胸を見比べて微妙な顔をした。
 その様子が可愛いかったので抱き締める。殴られた。
「なんで私だけちまっこいの? 不公平じゃない?」
「そんな事言われても~」
「なんでさ!」
「可愛いから良いでしょ~」
「なんでさ!」
「可愛いは正義だから~」
「なんでさ!」
「百合姫、白雪がおかしくなった~」
「うむ、では私の膝の上に」
「百合姫もおかしくなった~。白雪は私の~」
 百合姫と白雪の取り合いをする。なんとなく懐かしい気配がする百合姫の事は好きだったが、白雪は譲れない。烏天狗がその光景をどこからともなく取り出したカメラで撮っていたが、ワーハクタクにその場で叩き壊されていた。銭湯の中では撮影禁止らしい。
 それからハッと我に帰った白雪に湯船で騒ぐなと拳骨を貰う。
 白雪に二回も殴られてしまった。悲しい。永遠亭に帰ったらてゐとウドンゲに慰めてもらいながら××と輝夜をお腹一杯食べようと思った。
 楽浪見あやめの頭の中は今日も平和だ。




[15378] 番外編・煙霧意捕
Name: クロル◆010da21e ID:69c456d1
Date: 2011/03/16 07:50
 その頃、確かに妖怪の山は煙霧意捕の天下だった。
 意捕は山で唯一の能力持ちだったのだ。どんな姿にも自在に化け(誇張有)、霧の妖術を操る意捕に山の妖怪の誰もが尊敬の目を向けてきた。
 妖霧を出し、道に迷った旅人や里の人間と同じ姿で近付き、混乱している所を襲いかかって美味しく頂くのが意捕の手口だ。失敗する事もあったが成功率は高く、妖怪の山の妖怪達を配下にした意捕は大勢力(主観)を築いていた。
 近くの里には神社があり、妖怪退治をする巫女がいたが、苦戦はするかも知れないけれど負ける気はしない。なんと言っても自分は天下無敵のドッペルゲンガー、煙霧意捕なのである。総力を挙げれば巫女どころか神も殺れるだろう。強い。私強い。
 しかし無駄に大きくなっていた意捕の自信は里の神、白雪によって炭化した小枝の様にあっさり折られすりつぶされ粉々にされて川に流された。
 なにあれ怖い。意捕の膨れ上がった自信は一晩にしてそのままそっくり消えないトラウマに変わった。あわやややぅ。弱い。私弱い。
 井の中の蛙、大海を知らず。神はあんなんばっかりなのか。それともアレか。白髪の妖怪は皆あれぐらい怖いのか。ひょぇえ。
 ねぐらに引っ込みガタガタ震えている意捕に下剋上をかけてきた妖怪もいたが、
それは何とか撃退した。別に意捕が特別弱い訳では無く、白雪が特別強いのだ。妖怪を返り討ちにして再度手下にしていく内に意捕は自信を取り戻していく。
 なんだ、やっぱり私強いじゃないか。あれは何かの間違いだったんだ。あんな馬鹿強い奴がいる訳無い。強い。私強い。
 数年かけてようやく立ち直った意捕は再び活発に活動する様になる。霧の範囲を広げ、山に迷い込んだ人間を襲い、迷い込んでいない人間も襲う。
 が、調子付いて里まで食指を伸ばしたら今度は成長した巫女にやられた。そんな馬鹿な。私が弱い……だと? ひょよよ。弱い。私弱い。
 歴史は繰り返すと言うが、意捕はこんな感じで数年おきに私TUEEEEと私YOEEEEを繰り返した。懲りない女、煙霧意捕。でもあの恐ろしい白髪のトラウマが頭から離れないので白雪にリベンジはしない。
 十年が経ち、五十年が経ち、やがて妖怪の山にも意捕以外の能力持ちが少しずつ現われ始めた。
 妖怪の山のトップの座を脅かす小癪な妖怪達に意捕は今まで築いたコネと自身の力を以て果敢に立ち向かう。
 速き事微風の如く。
 徐かなる事木の如く。
 侵略する事たき火の如く。
 動かざる事砂山の如く。
 そりゃあもう頑張った。意捕なりに頑張った。種族的要因で歳月を経ても小妖怪のまま成長出来なかったが、手勢を率いて何とかかんとか頑張って妖怪の山のトップに辛うじて君臨し続けた。
 これは結構凄い事である。自分よりも格上の妖怪達を相手取り、何百年も妖怪の山の頭領の座を死守し続けたのだ。ハッタリをかましたり上手く同士討ちをさせたりおだてたり宥めたり、色々と正面衝突を避ける小細工はしていたが、それでも数百年も凌いだのは意捕の指揮能力が本物だったからであると言えよう。
 これが最も輝いていた時期だったと意捕は後に語る。妖怪の山の覇権争いにぴいぴい言っていたが、毎日がとても充実していた。
 そんな日々に終止符を打ったのが鬼の軍勢である。
 各地をフラフラしている神社の神がそこら中から節操無く種族問わず幻想郷を紹介し勧誘してくるせいで毎年じわじわ神やら霊やら妖怪やらが増えていたのだが、とうとう大妖怪が団体さんで御越しになりやがったのだ。
 鬼の群は意捕が弄した数々の策を紙の様に破り、交渉にも聞く耳を持たず正面から妖怪の山に殴り込んで来た。
 意捕は確かに指揮能力はあったが、それは絶望的な戦力差をひっくり返すほどのものでは無かったし、大局を見て次善で手を打つ戦略眼に欠け、問答無用で相手を跪かせるカリスマがある訳でも無い。個人の勇に優れているという事も当然無い。
 結果、意捕が指揮する旧勢力は千切っては投げられ千切っては投げられ、メタメタにされた。
 死ぬかと思った。死ななかったのはできるだけ弱そうな鬼を選んで突っ込んで逝ったためである。
 妖怪の山をたった一日で完全制圧され、進退極まった意捕は一か八か鬼の大将に化けて撹乱を試みたが、即座に見破られて散々な目にあった。
 その日を境に転がり落ちる様に意捕は転落していく。
 手下は解散した。元々意捕の求心力は高くない。友達的立ち位置でかなりの小・中妖怪との繋がりは残ったが、自分の下につく妖怪は消えた。
 ねぐらは見晴らしの良い妖怪の山の頂上から山裾の端の風の流れも景色も悪い狭い岩屋に変えざるを得ず。
 にわかに沸いて出た陰陽師連中のせいで人間を襲うのも上手くいかなくなる。
 意捕はねぐらで独り枕を濡らす。あんちきしょー、それもこれも全部鬼が悪いんだ! あと白雪も悪い!
 意捕は鬼神と白雪に丑の刻参りをして呪いをかけたが、白雪にかけた呪いはどうやったのか即座に察知され呪い返しを受け、鬼神は数十年呪い続けてもケロッとしていた。九十九年呪い続けてようやく効いてきたと思ったらあっと言う間に意捕のせいである事がバレてけちょんけちょんにされた。むせび泣いた。
 鬼がやって来たのを皮切りに天狗やら河童やらもわらわらと山に集結し、社会を築いていった。それで元来の妖怪の居場所が無くなる様な事は無かったが以前ほど幅を効かせられなくなったのは間違い無く、かと言って実力行使で復権は不可能。謀略を練っても簡単に天狗に阻止される。意捕は自分の無力さを痛感した。
 年齢としては余裕で千歳オーバーだと言うのに未だ小妖怪のまま。何なの? このまま一生年齢だけ重ねてくの? 負け犬人生なの? 馬鹿なの死ぬの?
 いじけた意捕は大結界騒動やら吸血鬼異変やらを完全スルーした。自分が首を突っ込んだ所でどうにかなる物では無いと思ったからである。
 妖怪の山を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して地底に引っ込みやがった鬼に一生引き籠もってろと心の中でこっそり小声で罵倒したり、鬼が去った後にちゃっかり山を統べる様になった天狗に先輩面をしようとして軽くあしらわれたり、当たり障り無く日々を過ごしていく。
 能力持ちが珍しくも何とも無くなった昨今、意捕はいつしかすっかり一小妖怪としての暮らしに慣れていた。
 山の新参巫女にフルミッコにされて倒れていた唐傘の付喪神を介抱した所懐かれたので妹分にし、一緒に人間を驚かそうと頭を捻ったりもした。意捕は本来人間を捕食する妖怪であったが、長い事人間を食べていなかったし、弾幕ごっこで憂さ晴らしをすれば腹の虫も大人しくなるので精々食べれたらラッキー程度に思う様になっていた。
 初々しい弟子に長年培ってきた人間の驚かし方を講釈するのは楽しかった。なんだか妖怪の山の頂点に君臨していた頃を思い起こし嬉しい様な物哀しい様な複雑な気分にもなる。
 そもそものケチの付き始めはあのおっかない白髪のあんちくしょうに伸された時からだった気がした。あそこで負けていなければもしかすると今頃…………でもリベンジはやっぱり怖い。
 時折二人で連立って山を降り、通り掛かりの人間を驚かしていた意捕は、ある日唐突に自分の能力が進化した事に気付く。
 今までは外見しか真似られなかったが、なんと能力まで真似できる様になったのである。
 意捕は感動に打ち震えた。永きに渡る歳月を経てようやく、ようやく成長したのだ。妖怪は人間よりも成長も変化も緩やかであるものだが、一般的な妖怪と比べてさえ成長しないにもほどがあった。
 誰かに化けるというのは能力を使わずとも妖術や陰陽術で代替できるが、「能力をコピーする能力」は古今東西他に類を見ない。意捕の自信は天井知らずに膨れ上がり、いつもより妖霧の範囲を広げて獲物がかかるのをワクワクしながら待ち、
 そして…………博麗の巫女にあっさり叩きのめされたのである。
 進化した能力を見せつけてやろうと思ったら白雪討伐隊に加わっていた。な、なにを(ry という混乱から復帰した意捕はかつて白雪に相対した時の恐怖を思い出しガタガタ震えた。わざわざ全身の骨を砕かれに行く巫女の気が知れない。大丈夫だとか言っていたが絶対嘘だ。弱い。私弱い。半殺しで済みますように! 済みますように!













 と思っていたのに何が間違ったのかうっかり勝ってしまい、意捕の喜びは有頂天。その歓喜はとどまる所を知らない。他の面子を巻込んでぶち上げた宴会は三日三晩続いたとか続かなかったとか。



[15378] 番外編・宿儺百合姫
Name: クロル◆010da21e ID:69c456d1
Date: 2011/04/01 16:18
 宿儺百合姫は人間を実に奇妙な生き物だと思っていた。
 個体差が激しいのは妖怪と変わらないが、貧弱な個体が驚くほど短期間で強くなる事がある。寿命が短い故か太く短く生き世代交代が早い人間は文化の発展も早く、その器用さ技術力芸術性は宿儺も認める所だ。
 しかし弱い個体は本当に弱く、駄目な個体はとことん駄目な種族でもあり、人間という種族全体を見た際の評価は低くせざるを得ない。
 その点鬼は強い。最強の人さらいである。弱い鬼などいない。故に宿儺は妖怪の中でも自らの種族である「鬼」に誇りを持ち、いつも堂々としていた。
 ねぐらの近くの村に入って行き酒蔵から酒瓶を運び出していたら、何を勘違いしたのか村の男が性的な意味で襲ってきたので軽く殴ったら即死した。その光景を見た他の男が恐慌状態になり今度は物理的な意味で襲ってきたが軽く殴ったらやっぱり即死した。
 通りがかった旅人に襲撃をかけたりもした。獣や妖怪が跋扈する山道を行く旅人はおしなべて実力が高いので、良い暇つぶしになった。襲撃ついでに金品を巻き上げるのでねぐらの倉庫部屋には財宝が貯まっていく。
 月に一度村から面白そうな人間を見繕ってさらい、ねぐらに連れ込んで色々と楽しんだ。大抵三日もしない内に壊れてしまうのだが、一ヵ月耐え切った人間はその気力と根性を称え財宝を持たせ解放した。
 ミシャグジとやらから居丈高に従属要求をされたが、私を従わせたいなら力で捩じ伏せてみろと言ってやった。すると何やら祟って来たが、祟りなぞに負けるほど宿儺はヤワではない。効かないまでもそれなりに強い祟りだったので実力はあるはず、直接かかって来ないものかと期待していたら妖怪退治屋が釣れた。
 月に一度の人さらいの前日の昼、根城にしていた山を年老いた人間の男と連れが登ってくる。気配からして霊術の類を扱うと見え、従者らしき小さな気配が男についてきていた。
 感じ取れた霊力は二人共大して強くない。しかし地の力が低くとも創意工夫で実力差をひっくり返すのもまた人間だ。宿儺は油断せず、しかし絶対の自信を持って返り討ちにしようと迎え撃った。
 老人が放つ速度も中身も威力も量も無いガッカリ弾幕を避けるまでもないと体で受け、弾幕の光に紛れての剣閃をこれまた避けるまでもないと防御すらせず自然体で受ける。
 あまりにもしょぼくれた攻撃だったため更に追撃が来るか、と身構えたが、老人はポキッと逝った剣を振り抜いた姿勢のまま唖然としている。なんだ、この程度か。
 拍子抜けした百合姫は軽く殴り殺そうと拳を振りかぶ(中略)神やら妖怪やら何やらよく分からない童女が(中略)分身して包囲し放った弾幕は反射されあさっての方向に(中略)とんでもない威力の光線が絶望と共に襲いかかっ(後略)。
 そして惚れた。
 可愛く美しく凛としていて愛嬌があり強く人情に溢れ賢い上に広大な心を持ち欲は無く決して怒らずいつも静かに笑っている。勝負の後数日泊まっただけで再び旅に出て行った白雪は大変な物を盗んで行った。宿儺の心です。どうやら白雪は窃盗まで上手いらしい。恐るべき早技で骨抜きにされたから接骨もきっと上手い。貧弱な妖怪退治屋が来たと思ったらまさかの超ド級大妖怪光臨、海老で鯨を釣った気分だった。
 そんな白雪こそ我が妹に相応しい。なぜなら彼女もまた特別な存在だからです。白雪は私の妹。白雪は正義。異論は認めない。白雪なら許される。可愛いさすが白雪可愛い。どんな状況になろうとそれでも白雪なら……白雪ならなんとかしてくれるという絶対の安心感、さすが白雪は格が違った。白雪の寝顔でご飯三杯いける。白雪の事なら私に任せろーバリバリ。白雪が裁判にかけられたら可愛すぎて有罪になるのは確定的に明らか。まさに白雪。可愛さ余って強さ百倍。一万年と二千年前から愛してる。べっ、別に白雪の事なんて好きじゃ…………大好きなんだからね! ああお姉ちゃんと呼ばれたい。白雪に上目遣いでもじもじしながらお姉ちゃん大好きと言われたい抱きしめて頬ずりしたい。白雪と一緒に温泉に入りたい。あの小さな手で背中を流してもらいたい。温泉から上がった後大きな枕を胸の前で抱えて恥ずかしそうに頬を赤らめながらお姉ちゃん、一緒に寝よ?と言われたい。勘違いしないでよね、服を脱いで添い寝するだけなんだから! いあ! いあ! 白雪! 私の想いよ白雪に届け! 旅路の途中の白雪に届け!
 ……とかなんとか考えながらなんとなくぶらぶらと幻想郷を目指して自分も旅をしていたらいつの間にやら鬼の軍勢ができていた。旅の間は行商人の真似事しかしていなかったはずなのにどうしてこうなった、とつかの間思ったが商っていたのは「喧嘩」だったのでどこもおかしくはない。つまりは出会い頭に殴り合って片端から軍門に下して行ったのだ。
 幻想郷に着き、どこか心安らぐ妖力が漂う妖怪の山を占領すると都合良く白雪が訪ねて来た。嬉しさと愛しさがこみ上げる。話したい事は山ほどあったがまずは幻想郷への旅の途中で入手した酒虫を見せてやろうとねぐらに案内する。
 途中妖怪の山の制圧が終わって暇そうにたむろしていた鬼どもが白雪の覇気に惹き付けられて集まり喧嘩に発展したが、宿儺ですら勝てない相手に宿儺に負けた鬼が勝つ道理は無く、皆木の葉の様に吹き飛ばされていた。
 白雪は妖力のみを使い数人の鬼を一方的にぶちのめしてから不敵に笑う。
「私はあと二種類の力を残している……その意味が分かるな?」
「なるほど、分からん」
 白雪の言葉に深く頷いて言った鬼は「このKYが!」と叫んだ白雪に天高く蹴り上げられていた。意味不明かつ理不尽、だがそれが良い。
 その日は枯渇した白雪分をたっぷり補充した。
















 時の流れは残酷だと言うがそれは専ら変化が激しく生き急ぐ傾向にある人間に限った話で、宿儺にとっては別にそうでもなかった。
 妖怪は良くも悪くも変化が緩い。白雪は千年経ってもつるぺったん幼女だ。宿儺にとってはご褒美だった。幼女だから白雪が好きなんじゃない。好きになった白雪が幼女だったんだ。
 最近白雪に恐らく生涯初であろう敗北を味わわせた巫女はなかなか好印象だった。人間なのに素晴らしい力を持っている。弾幕限定の勝負とは言えあの白雪を負かすとは、やはり人間は面白い。何やら昔の友人らしいあやめも気に入っている。白雪の友人に悪い奴はいない。
 宿儺の周囲に居るのは良い奴ばかり。生半可な悪意は一蹴してしまう力と精神力と人柄があるからこそ胸を張って言えるのだ。
 我が眼前に敵は無し。白雪可愛い、と。









※宿儺にさらわれた人間の死因:
溺死、出血死、憤死、腹上死、凍死、窒息死、自殺、急性アルコール中毒、ショック死など



[15378] 番外編・マレフィ・ノーレッジ
Name: クロル◆bc1dc525 ID:caf54e57
Date: 2011/08/06 21:37
 マレフィ・ノーレッジには家族が一人いる。
 魔法の名門ノーレッジ家の長女で、魔法の才能はそれほどでも無いがマレフィと真逆で社交的な性格をしている美人な姉。誰からも好かれ、多才で、歴代党首が研究にばかりのめり込んだためピサの斜塔ばりに微妙な角度で傾いていたノーレッジ家の財政を立て直した立役者でもある。
 マレフィは自分よりも遥かに魔法の面で劣る姉を表面上は小馬鹿にしていたが、内心では尊敬していたし慕っていた。しかし表立って好きなどと言うのは恥ずかし過ぎるからしない。
 姉はすらりとしたスレンダーな長身で、胸はとても残念。いつも誰もが安らぐ柔らかな微笑を浮かべ、人当たりが良く、褒め上手で、金回しも上手い。
 対してマレフィは元来小柄な上に早々に捨虫捨食の魔法を修めてしまったため少女体型のまま成長の見込みも無い。胸は一見大したことが無いように見えるが実は着痩せするタイプなので以下略。いつも不機嫌そうな仏頂面を浮かべ、人当たりが悪く、毒舌で、金銭感覚が壊れている。
 紫の髪だけが共通点の正反対な姉妹はしかし仲が良かった。
 マレフィは毎年姉の誕生日に寝室に忍び込み枕元に手作りプレゼントをこっそり置いている。本人はバレていないと思い込んでいるが、実のところ姉の方は毎回狸寝入りで枕に顔をうずめてニヨニヨしていた。
 姉は魔女集会や表社会のパーティーに出席する機会が多い。その集会やパーティーでマレフィの陰口を叩いた者は、不思議な事に近い将来必ず何らかの不幸にみまわれ社会的に破滅する。
 マレフィは興味の無い相手は完璧に無視するため、毒舌は一種の親愛表現であるのだが、マレフィがまともに会話をする相手と言えば両手で数えられる程度しか存在せず、更にその中でマレフィに好意を抱いているのは姉のみ。ずっと研究室に引きこもり大鍋をかき混ぜているマレフィは屋敷の使用人達にも煙たがられていた。
 そもそも本人が人嫌いであり、嫌われやすい性格でもあった。話し掛けても無視するか毒を吐くかしかしない者を好くのは難しい。マレフィは不器用で恥ずかしがり屋だ。誰かと手を繋ぐだけでも崖から飛び降りるぐらいの勇気が必要で、キスなんてしたらきっと死んでしまう。
 好意を示すのが恥ずかしいから自然に照れ隠しの罵倒ばかりが表に出るのだ。更に言えば、好意を示すのは恥ずかしいのだが、恥ずかしがっていると知られるのはもっと恥ずかしいので好きな人の前でも全力で不機嫌を装う。勿論興味が無い相手に対しては素で仏頂面である。結果的にマレフィは傍目からするといつも不機嫌そうだった。












 マレフィは大鍋をかき混ぜる手を止め、額の汗を拭った。ゆらゆらと薄い湯気を立ち上らせる真緑の液体は呪いの解除薬……の試作品だ。
 ノーレッジ家の者は子々孫々に受け継がれる呪いを受けており、皆病弱だった。マレフィはリュウマチを患っているし、姉は白血病。普通の病なら魔法で容易く治せるが呪いが付加された病はそうもいかない。
 故にマレフィは呪いの解除する魔法薬を研究していた。幼くして種族魔法使いとなったその才能は伊達ではなく、研究十数年目にしてぼんやりとだが完成型が見えていた。
「……遠い……」
 マレフィは鍋の中で風も無いのに不気味に揺れる魔法薬を見下ろし、小さな声で呟いた。唇を噛み、内心の苛立ちを蹴りに変えて大鍋にぶつけ、しかしぽこんと軽い音を立てて跳ね返される。マレフィは涙目になってつま先を押さえうずくまった。引きこもりもやし魔女の貧弱さをナメてはいけない。
 ……まあそれはともかくとして、解除薬完成への道のりははあまりにも遠すぎたのだ。
 完成形の魔法薬の材料を作るための材料を精製するための器具の材料を構成する部品を保護する膜の材料を得るのにすら恐らく八方手を尽くしても数十年単位でかかる。
 マレフィはころんと仰向けに床に転がり、魔法薬の煙で変色しオレンジの斑点模様を浮かべている天井を見上げた。
 薬が完成する頃には魔法が使えるとは言え肉体的には人間である姉は寿命で死んでしまっているだろう。なんとかして工程を短縮しなければ。いや、全てが奇跡的に上手く進んだとしても二百年は確実にかかる。呪いの完全解除は無理でも緩和程度なら……そちらの方が現実的か? 短期的には緩和を目指して、姉の子孫に受け継がれるであろう呪いを解くために長期的には完全解呪を。魔法使いの性として完璧な解除薬一本に絞って徹底的に探求してみたくもあるけれど……だ、だだだだだ大、大好きな、あ、姉のためでもあるのだし……
 病が治り、自分を抱き締めて頭を撫でてくれる姉の姿を想像し、マレフィは口元を緩めた。いい。凄くいい。あわよくば経過観察の名目で一緒のベッドで寝たりなんかしちゃって。
 マレフィは茹だる様に熱くなった顔を両手で隠し、床をゴロゴロ転がった。恥ずかしい! 恥ずかしい! 私はもう子供じゃないの! 姉のベッドに潜り込む年齢じゃ――――
 そこまで考えたマレフィは廊下から微かに聞こえる足音を捉えピタリとローリングを止めた。
 四元素の精霊使いであるマレフィは素早く呪文を唱えて風の精霊を使役し、足音が誰の物か探る。……姉のものだった。しかもこの部屋に近づいてきている。
 マレフィは俊敏な動作で立ち上がった。ローブについた埃を払い、緩んでいた頬をぐにぐに引っ張って引き締める。眉根に力を入れて若干眉間に皺を寄せ、素早く大鍋に駆け寄り、へらを手にとって攪拌を再開する。
 丁度その瞬間、部屋の戸がノックされた。ドキッとしたが、そこでマレフィは戸に鍵をかけていた事を思い出す。取り繕う意味が無かった。
「マレフィ、いるかしら?」
「私がこの部屋以外に居る訳無いでしょう」
「ホラ、衣装部屋とか」
「あんな下らない部屋行かないわ。それで何の用?」
 マレフィはことあるごとに姉から流行りの服を山ほど贈られていたが、自分のスタイルに自信が持てず着こなす自信も無かったため全てクローゼットの肥やしにしていた。
 しかし折角の贈り物、姉の外出中に衣装部屋に忍び込んでは贈られた服を必ず一回は試着している。そしてその様子が使用人伝で姉に知られている事をマレフィは知らない。
 姉はマレフィの返事におかしそうにクスクス笑い、夕食よ、とだけ告げて戸の前から立ち去った。
 なぜ笑われたか分からないマレフィは首を傾げたが、結局分からず、大鍋の中の魔法薬を小瓶にすくって袖に滑り込ませてから蓋をして、焚いていた火を消し部屋を出た。









 マレフィは捨食の魔法を修得しており食事をとる必要は無いのだが、姉の強い要望で(表向きは)渋々テーブルにつく事にしている。
 マレフィが部屋に入ると丁度姉が席につく所だった。部屋のドアの脇に立ちマレフィのためにドアを開けた使用人が丁寧にお辞儀するがスルーする。マレフィの目には姉しか映っていない。
 人形操りの魔法の応用で足を動かしている姉は車椅子や杖を必要とせず、一見何気なく日常動作をこなしているように見えるが、その実魔法の助けを借り続けている。その気苦労は推して知るべし、だ。
 姉が微笑んで自分のすぐ隣の椅子を軽く叩く。マレフィは一瞬硬直したが、そもそも椅子は二脚しかなく、そこに座るしかない。
 マレフィが椅子に腰掛けると肩が少し姉の腕に触れた。モジモジするマレフィに気付かないフリをして、しかし微笑みを強めながら姉は食事を始める。マレフィもほんの少し身体を姉の方に傾けながらナイフとフォークを手にとった。
 マレフィも姉も女性である事を差し引いても小食だ。テーブルに乗っている料理は野菜中心な軽めのもので、量も少ない。が、品数が多く何皿にも分けられているためかなり場所をとっていた。自然、手の届かない料理も出てくる。
 本来ならばそういった料理を取り分け、給仕するために使用人が控えているのだが、彼等は皆壁を背に直立不動で沈黙している。
 しばらくカチャカチャとナイフとフォークが食器にぶつかる音がするのみだったが、姉がワインに手を伸ばしているのに気付き、マレフィは黙って念動魔法でボトルを姉の前に移動させた。
 姉はボトルを受け取り、逆の手で一つの繋がった動作であるかのようにマレフィの頭を撫でた。マレフィの口の端がほんのわずかに下がり、すぐに不機嫌そうに引き結ばれる。
 これがやりたいがためにマレフィの姉は使用人達に下がらせているのだ。
「ありがとう。マレフィは良い子ね。最近は呪いの解除薬を作ってくれているのでしょう?」
「……別に姉さんのためじゃないわ。単なる学術的興味で作ってるだけ。何? 私が姉さんのために薬を作ってるとでも思った? 自意識過剰よ馬鹿じゃないの?」
「あらごめんなさい。自惚れていたみたいね」
 実のところ、姉はマレフィが半分以上自分の病を治すもしくは軽減するために魔法薬を作っていることを知っていた。情報を握る者は全てを握る。観察力と推察力に優れた姉は、妹が袖の中に魔法薬の試作品を忍ばせている事にも気づいていた。マレフィの事ならなんでもお見通しなのだ。
 姉は先程からマレフィが自分の様子をチラチラ伺っている事に気付き、その意図を読んで内心苦笑する。さり気なく手をテーブルの下に入れ、壁際に控えた使用人に合図を出す。勿論マレフィから見えない角度でだ。
「あら、流れ星」
 姉はいかにも偶然視界に入りました、という風な自然な仕草で窓の外に目を向けた。釣られて使用人達も―――こちらは多少わざとらしかったが―――窓の外に注目する。
 マレフィはテーブルから全員の注意が逸れた事を察知し、素早く袖から小瓶を取り出し中身を姉のスープに垂らす。緑色の液体は一瞬でスープに溶けて分からなくなった。
 小瓶を袖にしまい、何食わぬ顔でマレフィが食事を再開すると、妙に長い間窓の外に気を取られていた姉がテーブルに目線を戻した。
 姉が警戒する様子も無くスープに口をつけるのを横目で確認し、マレフィは小さく満足気に頷く。まだ試作品もいいところだが、数日の間身体の調子を整える程度の効果はある。
 窓ガラスに映っていた自身の犯行をいつもの五割増し柔らかい微笑を浮かべた姉がしっかり見ていた事を、やはりマレフィは気付かなかった。









 次の日の朝食でテーブルにズラリと並んだ自分の好物を見たマレフィは、訳が分からず首を傾げた。
 数年後、マレフィは魔法薬の材料を求めて東の島国に渡り奇妙な神と出会う事になるのだが、そこからは本編参照という事で割愛させて頂く。











 あ、ありのまま(中略)マナの話を書いていたと思ったらマレフィの話が(後略)
 マナの話はこの次の次か次の次の次



[15378] 番外編・東方水遊び
Name: クロル◆bc1dc525 ID:b9c1d778
Date: 2011/08/06 22:01
冬に書き始めて書きあがったのが夏だった











「リーダー! 夏です! 夏が攻めてきました!」
「なんですってー! 総員迎撃体制! クールビズとUVカットを!」
「駄目です! 押さえ切れません!」
「最終防衛線突破! シグナル猛暑! ルナティック級です!」
「リーダー! ご決断を!」
「ぐぅう……やむを得ないわ! リーサルウェポン、最終作戦M発動!」
「英断ですリーダー! どこまでもついて行きます!」
「ヒャッハーMIZUABIだァ!」
 場所は守矢神社の裏の湖。私が湖岸の砂浜にビーチパラソルを立てていると、少し離れた岸辺で妖精達が軍隊ごっこをしながら次々と湖に飛び込んでいた。キャーキャー言いながら水を掛け合って遊び始める。カラフルな薄手の服が濡れて肌が透けて見え……ん? はいてない……だと?
 究極のクールビズに驚愕していると妖精達がこちらに気付きピタリと動きを止めた。
「リーダー! ロリババァ発見! ロリババァ発見です! おっきなお花を浜辺に突き刺していやがります!」
「少尉、あれはパラソルというのよ」
「流石リーダー博識!」
「リーダー !リーダー! きゃつめ、こちらを見ています! ガン見であります! あの眼光! 私の身体は今にもピチュりそうです!」
「ふむ。軍曹、私達はなにか答えなさい」
「フェアリーであります! マム!」
「ではフェアリーとはなにかしら?」
「ネイチャーの具現であります! マム!」
「そう! ここは湖! 大自然! 私達も大自然! 相乗効果で今の私達は無敵状態!」
「なるほど! なんという慧眼! 一生ついて行きますリーダー!」
「ふふふ……総員弾幕用意! くらえエターナルロリータ! 構え! ……発射!」
 なんかムカつく単語と共に小弾をばらまいてきたのでとりあえず神力弾幕の掃射で返礼しておく。神力弾は貧弱な弾幕をあっさり弾き飛ばして妖精に殺到した。
「ちょっ、リーダァァァァ! 私達は無敵だって言ったじゃないですかァー!」
「私だって間違う時は間違うのよ。妖精だもの」
 ぴちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅーん、と小気味良い音がして妖精達は塵になった。しかし微妙にチルノの影響が伺い知れる妖精達だったな……
 静かになった湖畔でパラソルの下に茣蓙を敷き、風で飛ばないように四隅に石で重石をしていると神社からガヤガヤと残りのメンバーがやってきた。
「白雪ー、騒がしかったけど何かいた?」
「いや何もー」
 諏訪子が両手に抱えた西瓜を湖に投げ込みながら聞いてきたので首を横に振っておく。妖精撃退は日常茶飯事、何かあったの範疇には入らん。
 見上げれば良く晴れた青い空の遠く向こうに見える入道雲。蒸し暑い微風にギラギラ輝く真夏の太陽。
 本日は絶好の水浴び日よりだ。










 真夏のある日、神社で魔法涼風をきかせながらくてっとしていたら諏訪子から通信符でヘイ彼女ー、ちょっと湖で水浴びしな~い?と誘われた。
 幻想郷には海が無い。川や沼はあるが。たまには広々とした湖で泳ぐのも良かろう、と私は二つ返事で承諾した。
 そして適当に暇そうな連中に声をかけてあれよあれよという間に水浴び大会と相成る。
メンバーは守矢神社に忍び込んで御神酒を勝手に飲んでいた所を捕獲された萃香、普通に誘ったあやめ、あやめについてきたてゐ、チルノ・大妖精・フラン・ルーミアの虹魔館組。
 神奈子は人里に布教しに行っていていない。霊夢は朝からどこかに出掛けていた。
 諏訪子と一緒にサイダーを湖にポイポイ沈めている内に全員パラソルを立てめいめい木陰で水着に着替えはじめる。それじゃ私も……ってしまった。
「まずった諏訪子、私水着持ってない」
「一着も? 今まで水浴びどうしてたの?」
「そりゃ人気の無い所で素っ裸さ」
「今ここでマッパは流石に不味いよね。んー、私一着しか持ってないから貸せないよ、ごめん。神社に白雪サイズの水着がないか探してくる」
 諏訪子は神社に駆けて行った。私は蛙模様の浮き輪を膨らませながらのんびり待つ。まあ水着無くても最悪サラシに褌でなんとかなる。
 浮き輪を膨らませ終え、砂で大阪城を作っていると天守閣を作ったあたりで諏訪子が黒い布切れを片手に戻ってきた。
「おお、あったのか。誰の?」
「早苗の。小二の時に着てた水着だけど入るかな」
「ハハハ、流石に入る訳」









入りました。









「白雪、あれだよ、早苗は早熟な子だったしさ、小二の時はクラスで一番背が高かったし」
「慰めは、要らない……」
「持ってきといてなんだけどごめん……」
 胸に「こちや」のワッペンがついたスク水。悲しい事にピッタリだった。御神酒の造り直しで神社に残っている早苗に聞いて、箪笥の奥にしまってあったものを引っ張り出したとか。
 泣ける。私は小二か。一万二千年生きてて小二か。
「で、なんで諏訪子もスク水なん?」
「需要あるかなと思って」
「ねーよ、と言い切れない所が恐ろしい」
 砂浜で体育座りする私と蛙座りする諏訪子の視線の先では他の面子がキャッキャウフフしていた。
 サラシに褌の萃香とあぶないみずぎの大妖精は水上で熾烈なビーチバレーをしている。二人共瞬間移動しまくりだ。全力でアタックするとボールが破裂するため萃香が力加減しており、なかなか良い勝負になっていた。
 一方フランはチルノが創ったアイスクルーザーの甲板にルーミアの闇パラソルを立て、ティーセットまで持ち込んで優雅なバカンスを楽しんでいる。溢れるカリスマ、なんというお嬢様。傍に控えるルーミアも堂に入っている。チルノはサングラスをかけて船縁に腰掛け釣り糸を垂らしていた。
 こいつらは水浴びというか水遊びというか……庶民とは違うんです、な雰囲気がプンプンしやがるぜ。
 しかし一番おかしいのはあやめだ。何も身につけておらず、一糸纏わぬ身体の局部にモザイクがかかっている。
 いや水着持ってないのは分かるよ ?能力でなんとかしようという創意工夫も認めよう。
 でもそれはないだろ。むしろ全裸より犯罪臭が酷い。
 突然あやめが水中に引きずり込まれ代わりに潜水していたてゐが水面に顔を出した所で諏訪子が立ち上がった。
「白雪、泳がないの?」
「泳ぐよ。向こう岸まで競争しようか」
「忍びねぇな」
「構わんよ」
 二人で波打ち際に立ち、足先で線を引く。屈伸、伸脚、柔軟は忘れない。
 さしてどちらともなく目で合図し同時に湖に飛び込んだ。蛙跳びで一気に三十メートル近く跳んだ諏訪子は滑らかに水をかいてぐいぐい泳いでいく、くそ、私も脚力強化してスタートダッシュかければ良かった。
「見さらせケロ流古式泳法!」
「それただの平泳ぎ! 甘いわ泳力強化! 水力操作!」
「ちょっ!? すわわわわ!」
 強化重ねがけで見る間に諏訪子に追いすがる。必死に逃げ切ろうとしているがヌルいヌルい! 私の能力の汎用性舐めんなよ!
「まだまだいくよー! 推進力強化! 浮力操作!」
「ぬわーーっっ!!」
 強烈なバタ足で起きた津波に呑み込まれ諏訪子は流されていった。
 反対岸にタッチしてゴールし振り返ると諏訪子が仰向けになってぷかぷか浮いていた。なんとなく用水路を流れていく蛙の死体が思い起こされる。物悲しい。
 波にあおられぐらぐら転覆しそうになっているクルーザーを横目に湖底に潜りサイダーを拾って水面に上がると突然フラッシュを焚かれた。見上げると滞空する文がカメラ片手に爽やか笑顔を向けてくる。
「おおっとこれは水着大会ですか! しかも外見年齢層的にその手の方々が見たら発狂モノの! 購読者激増の予感ですな!」
「てめーもちょっと行水してけやパパラッチ」
「な、なにをするだー!」
 重力を操り鴉を落とす。旅は道ずれ世は情け容赦なし。一蓮托生、私達の写真を撮りたくば自らも水も滴る良い女になるがよい。
 水柱を上げて叩き落とされ、浮かんできた文は水に濡れて服が透けていた。しかし、
「こんな事もあろうかと!」
「ああっ! 貴様ァ!」
 こいつ服の下に黒いビキニ着てやがった。なんという……なんという!
 見えるぞ! 汗で服の下に透けた下着のラインをこっそり見ようとして水着でガードされ涙を流す文の同僚の男天狗が私にははっきり見える! これはこれで悪くない、と新しい感覚に目覚めた男天狗も見える!
 濡れて邪魔な服を脱ぎ去り防水カメラ片手に意気揚々と飛び回り撮影を始める文。たくましい奴だ。
 ま、別に今回は勝手に撮影する分には放置でいいか。
 その後は湖から冷えたスイカを引き揚げスイカ割りを楽しんだり、昔スイカ割りネタでからかったのを覚えていたのかスイカが棒で叩き割られるたびに青い顔をする萃香に苦笑したり、ビーチフラッグトーナメントをしたり、素潜り勝負をしたり、煙を上げながら日光浴を断行するフランを宥めすかして木陰に押し込んだり、とにかく一日中遊び倒した。









 夕暮れ時になり神社に帰るとちょうど霊夢がぺいっと縁側に隙間から吐き出される所だった。
「おかえり霊夢、朝からどこ行ってた?」
「紫にスキマで攫われて南国のプライベートビーチに行ってたのよ」
「なん……だと……」
 奴め、諏訪子に水浴び計画そそのかして私を排除しやがったな? ……楽しかったからいいけどさ。
 今度また宿儺あたりを保護者役に据えて外界のプールにでも行くかと思った夏の日。



[15378] 番外編・マナ
Name: クロル◆bc1dc525 ID:b9c1d778
Date: 2011/08/31 14:23
 マナが生まれた山あいの村は、小さく、土地が肥えているわけでもなく、他の村との交流もあまり無かった。沢から引いた水を使って細々と稲を育て畑を耕すこの時代どこにでもあるような村だ。
 水源の確保のため、勢力の拡大のため、また食料を奪うため時折付近の村と交流という名の小競り合いを起こしていたが、どちらが勝つという事もなく毎回痛み分けで終わっている。幸いにして霊術を扱う才のある者が数人いたため妖怪からの守りもしっかりしており、マナの村は概ね平和と言って良かった。
 あるうららかな春の日、マナは沢で汲んだ水を入れた大瓶を両手に抱えよろよろと村へ続く森の小道を歩いていた。十歳になるのと同時に毎朝の日課である水汲みの水瓶も大きくなり、朝露に濡れた小道の木の根や小石を踏むたびに転びそうになる。
 転んで水をこぼしてしまうともう一度汲みなおしなので慎重に慎重に進んでいくが、段々腕が疲れてぷるぷる震えてくる。マナは水瓶を地面に下ろしちょっとだけ休憩する事にした。
 さわさわと揺れる木の葉の音に囲まれて息を整えていると、小道の村の方から一人の少年が駆けてきた。水瓶を捧げるように持った少年は滑りやすい足場をものともせず凄い勢いで森の奥へ走り去っていき、一分もしない内に戻ってきた。
「マナ、どしたん?」
 マナの前で急ブレーキをかけて止まった少年の名はリシュウ。銀髪に中性的な顔立ち(美形)、赤と蒼のオッドアイというアレな顔をしている。が、性格の方は言動が少々妙なのを除けば割と普通だった。マナの幼なじみである。
「つかれたから休んでる」
「あ、そう。ちょっとそれ貸してみ? 持ってやんよ!」
「え、いいよ。二つも持てないでしょ」
「元気があればなんでもできる! どりゃ!」
 リシュウはかけ声と共にマナの水瓶を持ち上げて自分の水瓶の上に乗せた。マナの水瓶は危なっかしくぐらぐら揺れたが不思議と一滴もこぼれない。
  リシュウの「気合いでなんとかする程度の能力」のおかげだ。リシュウは気合いがあればけっこうなんでもなんとかできてしまう。アバウト過ぎて本人も何ができて何ができないのかよく分かっていないのだが、なんとかできるんだからまあいいか、と軽く流している。そんな性格が能力のあやふやさに繋がっているのかも知れない。
「さっさと終わらせてケイドロやろうぜケイドロ」
 きびきび歩きながらリシュウが楽しそうに言った。マナはニヤッと笑う。
「負けないから」
 マナの能力、「敵から逃げ切る程度の能力」があれば絶対につかまらない。強力な結界に閉じ込められても狼の群に方位されてもそれとなく逃げ切る事ができる。追いかけっこ(逃げる側)でマナは無敗を誇っていた。
「マナはケーサツな」
「そんなっ」
 しかし一度燕のように凄い速度で一直線に逃げていき五日も戻って来なかった事があり、以降リシュウはできるだけマナを追わず追わせないようにしていた。
 やいのやいのと言い争っている内に村に着き、一端分かれて水がめを自分達の家に運び込んだマナとリシュウは村はずれの空き地に集合した。まだ他には誰も集まっていない。
 リシュウはマナに指示を出して空き地の端から侵食を始めた草をむしって整備をさせた。自分は木の棒で陣地を地面に陣地を描いたり手ごろな石を集めさせたりしている。
「いたっ!」
「どした?」
 マナが声を上げると地面に棒を突き立て石で支えていたリシュウが寄ってきた。マナは草の汁でべとべとになった手に滲む赤いスジを見せた。
「……切った」
「なんだそんな事か。んなもん気合で治る」
 素っ気無いリシュウの反応にマナは頬を膨らませた。もう少し心配してくれてもいいのに、という不満が口をついて出る。
「私だって女の子なんだからもっとたいせつにしてよ」
「そういう台詞は乳揺れするようになってから言え。まだ膨らんですらいないだろこれ」
 リシュウはおもむろにマナの平らな胸を揉んだ。顔をしかめ、なんだ揉む体積ねーな、ととんでもない事を言いくさる。マナの顔が一瞬で真っ赤になり、リシュウに平手を見舞った。
「ばかぁ!」
「気合いガード!」
 しかしリシュウの周囲によくわからない力場が展開され、マナのビンタはなんとなく無効化された。理不尽極まりない。
 漫才をしている内に三々五々他の子供達が集まってきて、二人は仲間と一緒にいつものようにきゃっきゃうふふと追いかけあった。ちょっとしたレーシングカーぐらいの速度が出ていたが。










 その夜の事だった。
 マナは微かな物音で目を覚ました。風の音とも、ネズミが走る音とも違う、何か不吉な……
 土間に藁をしいて仰向けに寝ていたマナがまず目にしたのは天井だった。何かが張り付いて見下ろしているとか、大穴が空いているとか、そんな事はない。首を左に向けた。出入り口の戸があったが、閉まっている。つっかえ棒もしてある。泥棒が入ったわけでもなさそうだった。首を右に向けた。
 暗闇に浮かぶ無数の目玉がぎょろりとマナを見つめていた。
「きゃー!」
 間一髪だった。絶叫と共に横に転がるとコンマ数秒前まで体があった場所をどこからともなく伸びてきた長く黒い腕が薙いでいった。
 心臓が爆発しそうだった。全身から一気に汗が噴出す。地面にはいつくばったマナは目玉がまだ自分を見つめているのに気がつき、恐怖で脱力状態の体を根性でなんとか動かし、足をもつれさせながら駆けだした。振り返らなくても背後であの不気味な腕と目が自分を狙っているのがまざまざと感じられた。マナは戸を開けるという面倒な事はせずに目を瞑って家の壁につっこんだ。マナの体は壁をすり抜け、外に出る。逃げている時のマナは物理法則を超越するのだ。
「皆起きて! 妖怪よ! 妖怪が出た!」
 マナは裸足で村中を走り回り、懸命に叫び、家の戸を叩いて回った。マナは自分の両親はもう手遅れだろうと断腸の思いで見捨てている。まだ無事な寝ている他の村の皆を起こし、立ち向かうか、逃げるかしなければならない。
 村の端から端まで叫んで回ったマナははたと気づいた。
 叫ぶのを止めると、村は不自然なほど静まり返っていた。虫の音も、ふくろうの鳴き声も、風の音すら絶えている。ひんやりとした夜気が今夜に限って殊更にマナの肌に鳥肌を浮かばせる。
 異様な静寂がマナを蝕んだ。静か過ぎる。これだけ大声で叫べば絶対に目を覚ますはずなのに……
「まさか、もうみんな」
 マナは震える声で呟いた。もう足は止まっていた。声を聞きたい。誰でもいい。人の声を聞きたかった。こんな世界で私を一人にしないで――――
 その時、叫び声が聞こえた。遠くくぐもってはいたが確かに人の声だった。
 マナは反射的に声が聞こえる方へ走り出した。全身が心臓になったように体全体が熱く脈打っていた。限りない恐怖と一縷の希望をもってマナは走る。足の裏を尖った小石で切っても痛みを無視して走った。
 どんどん声が近づき、次第に叫んでいる内容が聞き取れるようになってくる。それは聞きなれた男の子の声だった。
「――――ぉおおおお! もっと! 熱くなれよ俺ぇえええええ!」
 明らかにリシュウだった。
 しかしその声がらしくない焦りを帯びている気がして、マナはリシュウの家の戸をほとんど体当たりするようにして開け、中に飛び込んだ。
 そこには地面にできた空間の亀裂(なぜかリボン付)にまさに飲み込まれようとしているリシュウがいた。既に胸まで飲まれていて、片手だけ亀裂から出して地面をバンバン叩いている。
「がんばれがんばれやればできる絶対できるがんばれもっとやれるって! うおマナ!? ごめーん今取り込み中! ぬぅぅぅぅうぁあああああっしゃあオラァ! 諦めんなよ! 諦めんなよ俺ェ! …………あ、ダメだやっぱこれ強過ぎ」
 さらにずぶりと引きずり込まれるリシュウの体。もう首から上しか残っていない。マナは焦りに焦る。
「リシュウ! 大丈夫!?」
「だいじょばない。ゲート☆オブ☆ゆかりんで俺の寿命がマッハ。俺は物理的に喰われて骨になる。性的なら喜んでたべられるんだけどなー、なんか足元でぐじゅるぐじゅる言っイテェ! 親指食われた! 後で利子つけて返せよ! トイチだからな!」
「…………」
 マナは困惑した。なにこの余裕。
「え、えーと、引っ張るからつかまって?」
 マナが差し出した手をリシュウはじっと見た。ゆっくりとマナの顔に目を移し、ニカッと笑った。
「ここは俺にまかせて先にいけ」
「こんな時までなに言ってるの!? いいから!」
 マナは強引にリシュウの手を掴もうとしたが振り払われた。驚愕してリシュウの顔を見れば悟りを開いたような穏やかな顔をしている。マナの目にはなぜかそこに色濃い死相が見えた。
「俺に構ってたらマナまで食われるぜ。ほら志村後ろ」
 マナは背後から伸びてきた腕を横っ飛びに跳んでよけた。じりじりと腕から距離をとりながらマナは泣き声を出す。
「やだよリシュウ、いっしょに逃げようよ! わたしを一人にしないで!」
 リシュウは顎まで飲まれながらのほほんと言った。
「マナ一人なら能力で逃げ切れるんじゃねーの? 俺がいたらお荷物になる事は確定的に明らか」
「リシュウはそれで良いの!?」
「元々ボーナスステージみたいな人生だったからな、悔いなんてこれっぽっちもありゃしねー。もー良いからさっさと逃げとけって。あと三秒も保たねぇし。あ、やべマジでもう無理だわむしろここまで保った俺に乾杯そんじゃグッバイマナ!」
 リシュウはぐっと親指を立てた手を突き出し、ずぶずぶと裂け目に飲み込まれていった。
 信じられない思いでぼうっとしていたマナは足をぬるりとした何かに踵を触られ我をとりもどす。
 逃げないと。逃げないと。一心にそれだけを考えマナは駆けた。何よりも速く、迫り来る触手を置き去りにして、歪んだ境界をすり抜け逃げに逃げた。頬が濡れている。口からは悲鳴とも嗚咽ともつかない音が漏れ続けていた。
 逃げるのを止めたのは朝日が昇ってからだった。どこか深い森の中で、マナは糸が切れた人形のようにふっと足を止め、その場に崩れ落ちる。気力も涙も枯れ果てた生き残りの少女はそのまま昏々と眠り続けた。











 その日、とある村の住人達が、一夜にして忽然と消え去った。人はそれを「神隠し」と呼んだ。











 目を覚ましたマナは妖怪を憎むようになった。逃げる事しかできなかった自分が情けなくて、霊術の腕も磨いた。マナの心を占めているものはいつも同じだ。
 ああぁあぁあ! みんな死んだんだ! あいつのせいで! あいつが! 憎い! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いぃいいいぃいぁあの妖怪がぁ……邪悪の権化が、醜い化生がぁあぁあ……
 長い年月憎悪に駆られ、恨み続け、怨念で動いていたマナが死後怨霊となったのは必然だったのだろう。
 その時代、どこにでもいるような少女の、哀れな行く末だった。





マナ「八雲は絶対許早苗」
↑本当はこの台詞が書きたかった。ちなみにオリ主→オリシュ→リシュウ



[15378] 番外編・外来人の暴走
Name: クロル◆bc1dc525 ID:b9c1d778
Date: 2011/08/31 15:50
 色々と常識が狂った幻想郷もあまりに狂い過ぎて一回りして元に戻っているのか四季は普通に巡る。ちょっと冬が長引いたりもした事があったらしいが最近は冬もでしゃばらず素直に春にポジションを譲り普通に巡っている。
 普通……良い言葉だ。ダチの脳内辞書に書き足して赤線引いてやりたくなるぐらい良い言葉だ。
 外の世界の暦に直せば2011年の秋。里では毎年恒例の収穫祭が行われていた。
「飲みねぇ喰いねぇ! 今日は無礼講だー!」
「お前は毎日無礼講だろ」
 中秋の名月に照らされた人里は人妖神魔入り乱れてのどんちゃん騒ぎだ。秋の神はくるしゅうない、くるしゅうないと笑いながら慧音さんの酌を受けているし、狐妖怪はくそ真面目な顔して油揚げをテイスティングしているし、魔理沙は爆笑しながら怪しげなキノコを馬鹿喰いしている。大丈夫かおい。
 一方俺は隅の方で月を眺めながら一人静かに杯を傾けていたのだが、案の定騒がしい悪友が賑やかに賑やかしにやってきた。
「ほらほら焼酎もってきたからドンドン飲みねぇ!」
 機嫌よく俺の杯に酌をしてくれるがダバダバ溢れている。そして続いてラッパ飲み。お前半分以上口から溢れて服ぐしゃぐしゃじゃねーか。色気のない下着透けて見えてんぞ。
「騒ぐのはいいがもうちょい落ち着け」
「これぐらいが普通さぁ! そっちが落ち着き過ぎなんさ!」
「まあ否定はしない。俺とお前を足して割れば丁度いいぐらいだろ」
「あれあれ足しちゃう? 合体しちゃう? 構わんよ! ぬわっはっはっは!」
 こいつ泥酔してやがる。
 冷水ぶっかけてやろうと桶を探していると絡み付いて密着してケタケタ笑いながら息を吐きかけてきた。酒臭ぇ。
「離れろ酔っ払い」
「グヘッ!」
 ボディを一発ぶち込んで引き剥がす。酔っ払いは始末に負えん。
 リバースしないように手加減したせいかすぐに復活した酔っ払いは通りがかった子鬼を小脇に抱えてどんちゃん騒ぎの中心地に突撃していった。
 やれやれ。明日の朝は酔い醒ましでも用意しておいてやるか。











 明けて祭りの翌日、まだ空も白み始めたばかりの早朝。俺は長家の自室で布団に突っ伏して頭痛をこらえていた。完璧に二日酔いだ。
 普段は次の日に尾を引くほど飲まないのだが、昨日は最後の方でデロデロに酔っ払ったダチが何が面白いのか爆笑しながらやれ飲めそれ飲めと口に一升瓶を突っ込んで来たので泥酔せざるを得なかった。すぅっと意識が遠のいた時は割と本気で急性アルコール中毒で死ぬかと思った。
 匍匐前進で卓袱台まで移動し、なんとか昨日眠りに落ちる前に用意できた酔い醒ましを飲む。そのままorzの体勢で停止、薬が効くのを待つ。
 流石メイドイン永遠亭、ものの数分で楽になってきた。
 プラシーボ効果も入ってるのかも知れないが、博麗の巫女曰く「二日酔いぐらい気合いで治る」らしいので幻想郷ではプラシーボ効果が嘘から出た真になっている可能性も否めない。なんて所だ。
 しばらくして頭痛がほとんど引いたのでそのまま二度寝に入ろうかと布団に這っていくと廊下から足音が近づいてきて部屋の戸が高速でノック連打された。キツツキか。
 誰かは分かるがさて何事かと戸口に顔を向けると、ダチがスパンと戸を開け興奮した様子で抜き身の刀をぶんぶん振りつつ入ってきた。お前昨日はぶっ倒れるまで酒浴びてた癖になんでそんなに元気なんだ?まあ元気の無いコイツってのもなかなか不気味だが。つーかその刀どこから持ってきた。とりあえず振り回すのやめろ、良い子だから。
「見てコレヤバい! パない! キタ! 私の時代ktkr!」
「それはお前の脳味噌よりヤバいのか? まあ落ち着きたまえ」
「……凄く落ち着いた」
 するっとテンションを下げたダチは卓袱台の前にどっかり座り、刀を脇に置いて、昨日の祭の残り物から失敬してきた料理をもしゃもしゃ勝手に貪り始める。
「いやさ……んぐ……さっき祭の後片付けを手伝いに行ったらさ……んぐ……博麗様が分社の前で腹出して寝ててさ……んまいんまい……分社の扉が開いててさ、そこに安置されてた……うっ!」
リスの様に頬を膨らませ喉を押さえたダチに湯のみを渡す。
「……ふう。そこに安直されてた刀を見て直感したね。最強武器キタ━(・∀・)━!!」
「何を根拠に」
「最初の村に伝説の武器が封印されてるとかRPGの定番じゃん。ものすんごいオーラ出てるし」
 オーラ? ……目を凝らして見てみたがさっぱり分からん。ま~た才能が無い者には見えない類の不親切なファンタジックパワーか。うぜぇ。そして羨ましい。
「ん? 待て、安置されてた物がなぜここにある」
「拝借してきた。ダイジョブ、ちゃんと借りていきますって言ったし」
「……返事は?」
「『う~んムニャムニャまだまだ食べられる』だってさ。つまりイエスですね分かります」
 何がどう分かったんだ。
「事情は把握した。今すぐ返してこい」
「だが断る。ごっそさーんっ、いってきます! あ、一緒に来る?」
「どこへ? あと今すぐ返してこい」
「妖怪の山に弾幕決闘ふっかけてくる。あとしばらく借りても何も問題はない! 返す時に十分の九殺しぐらいで済むって! 博麗様だし!」
「…………」
 カラカラ笑うコイツが時々単なる馬鹿なのか途方もない大物なのか分からなくなる。
「うおおお今の私は絶好調だぁあああ! ヒャッハー! 爆死したい奴から前に出ろ!」
「おい待ていいから刀返して来い! 冗談抜きで九割殺しされんぞ! ……だめだ聞こえてねー」
 ダチは刀をひっつかんで疾風のように去って逝った。自重しろ二十代。
 まぁ博麗様なら案外笑って許してくれるかも知れないが……あいつは野放しにしておくと何しでかすか分からんからな。一応俺も妖怪の山に行ってみるか。










 博麗神社の分社に賽銭を投げ込み、妖魔退散と健脚のお祈りをしてから里の外に出た。
 分社の御利益は半日ぐらいしか保たないし相手が中級妖怪以上になると効果が怪しくなるが、陰陽師を護衛に雇うより安上がりでいい。つーかあいつも曲がりなりにも陰陽師のはずなんだが今日仕事いいのか。
 ジョギングで草原に一直線にできた踏み鳴らされた土の小道を行く。妖精が草むらでちょろちょろしていたが襲ってくる事もなく(襲ってきても妖精程度なら俺でも殴り倒せるが)、スタコラ走って二、三時間、妖怪の山の麓にたどり着いた。なんか見慣れた陰陽師が天狗数人と派手に弾幕をばらまきあっている。妖怪としては相当強い方に分類されている天狗を数人同時に相手取れるのはやっぱり刀のおかげだろうか。よくわからんが。
 俺が見ている間に爆殺魔は刀を大上段から振り下ろし、お得意の爆発弾幕を雨あられと放った。ぼかんぼかん爆音と共に景気良く炸裂する弾幕を天狗達は急旋回して大回りに避けていく。
「爆符『桃色ツンデレ娘』!」
 自分の周りを円を描くように飛び回る天狗達を一網打尽にしようとしたのか、ダチはスペル宣言をした。奴のスペルは大体見たことがあるが、確かに普段のスペルより明らかに強化されている。弾幕の展開速度が数段上がっているし、速度も威力も大きさもレベルが違う。
 汚い花火をあげて天狗を撃墜したダチ公は地上から見上げる俺に気づいたらしい。高度を下げて滑空してくると俺の脇に手を入れてさらってきた。ぶらぶらとぶら下げられて高度ン十メートルの空を飛ぶ俺。どうしてこうなった。落ちたら死ぬぞこの高さ。正直漏らしそう。
「なんで俺はさらわれてるんだ」
「え、弾幕ごっこ見たいから追いかけてきたんじゃないん? 特等席だよここ」
 特等席と書いて爆心地と読む。
「下ろせ」
「死ぬよ?」
「落とせじゃねーよ下ろせ地面に」
「構わんよ、もう目的地に到着したから」
「マジで」
 はえーよ。飛行速度も上がってんのか。
 砂利が敷かれた境内に下ろされた俺は周囲を見回した。でっかい柱が林立していて、立派な神社と綺麗な湖が見える。守矢神社か。
 あいつぁどこ行きやがった、と上を見上げるとなんか注連縄背負ったおねーさんな神様と対峙していた。真下から見上げているのに不思議とスカートの中は見えない。幻想郷の婦女子はスカート率高いのにどいつもこいつもこんなんだ。そういう魔法でもかかってんのかね。
 アホなこと考えている間に二人の弾幕ごっこがはじまった。宙から取り出した柱をぶん投げてくるミス注連縄を爆発弾幕で迎え撃つ。
「そおぃ!」
 掛け声と共になぎ払った刀の軌跡に大量の弾幕が生まれ、雪崩をうって飛んでいく。
「あ、あれは白雪の刀!」
「知っているんですか諏訪子様!」
 いつの間にか隣にいたちっこい神様と緑色の髪の人がダチの、というか博麗様の刀を見て何か騒ぎはじめた。
「十全に使いこなせば二、三発で幻想郷が焦土になるぐらいの神秘が秘められてるとんでもない刀だよ。白雪の分社に安置されてたはずなんだけど……」
「え、それだと幻想郷は滅亡するんじゃ」
「そんなキバヤシ展開には流石にならないって。でも一応白雪に知らせておこうか」
 ちっこい神様がステテテテと可愛らしくかけていった。それを見送り、横に目を向けると緑の人がすんごくニコニコしていた。
「参拝客の方ですか?」
「あ、いや俺は……あーはいそうです」
 否定しようとしたら傷ついた顔をされたので思わず肯定してしまった。
 緑の人、早苗さんはここぞとばかりに信仰の勧誘をかけてきた。外界の胡散臭い壷買わされそうな宗教ならケツ蹴飛ばして追っ払ってやるところだが、幻想郷の神様は拝むと本当にご利益があるので真面目に聞いておく。なんだか手馴れた感のある勧誘を聞き、なるほど守矢信仰悪くないかも知れん、確か長屋の人にも信者がいたはずだし、などと思い始めていると上空で一際大きな爆音と悲鳴が上がった。見上げると白い髪のちまい神様、博麗様がダチを真正面からぶん殴った所だった。博麗様は手から離れくるくる回転して落ちてきた刀を片手でキャッチし、気絶して落ちていくダチにちらっと目をやって一声叫んだ。
「カモンしまっちゃうお姉さーん!」
「悪い子はどんどんしまっちゃいましょうねぇ?」
「はっ!? 私は……え? ちょまっ……アッーーーーー!」
 ダチは真下に開いたスキマに落ちる直前で目を覚まし逃げようとしたが、博麗様のドロップキックを顔面に喰らってにゅるんと飲み込まれた。南無。やっぱこうなったか。
 刀を担ぎ地面に降りてくる博麗様。親しげにちっこい帽子の神様、洩矢様と話し始める。ちょっと邪魔な蠅を叩き落しましたといわんばかりの表情だ。俺の目から見てE:刀のあいつはかなり強くなっていたと思うんだが……上には上がいるもんだ。
 弾幕決闘は別に悪くはないが刀をちょろまかしたのはまずかった。自業自得とは言えぬっ殺されるのは忍びないので
「あのちょっとお話中すみません。えーとですね、あいつも悪気があって刀持ってったんじゃないんですよ。ちょっと頭のネジが七、八本抜けてるだけで。仕置きは手加減してやっちゃくれませんかね」
「そう? まあ今回は私のうっかりのせいもあるしちょっとお仕置きするぐらいだよ。内容は紫任せだけど」
 それなら大丈夫……なのか?
「それで君は、えーと外来人長屋の面白コンビの良識的な方だっけか」
「あ、やっぱりそういう認識なんですか」
「それなりに有名だよ、性格真逆の凸凹夫婦」
「夫婦じゃないですけどね。ただの友人です」
「そういうのいいから。照れなくていいから」
「照れてません」
 俺が真顔で言うと博麗様はふ~ん?と意味ありげな含み笑いを漏らして帰って行った。幻想郷の住人は神様も例外なくマイペースだ。というかマイペースじゃない協調性ある奴の方が少ない気がする。
 そして協調性あるまともな奴はみんな苦労人になる運命なのだ。自分で言うのもなんだが俺とか。
 しかし好き勝手やる幻想郷の住人達を仕方ねー奴らだなと軽く受け流せるようになったあたり、俺もいつのまにか幻想郷に染まっているのかも知れなかった。



[15378] 番外編・姑尊徊子
Name: クロル◆010da21e ID:b9c1d778
Date: 2011/09/24 20:45
 姑尊徊子は大陸の貧しいの農村にで三女として生を受けた。母譲りの赤い髪で、丸々とした、とは言えないがまあ虚弱児ではない赤子だった。
 その時代、農村において生まれる女は三人目となると、実も蓋も無く言えば「ハズレ」である。まともな労働力にならないからだ。食い扶持>労働による生産量、の公式が成り立つため、生まれて早々に野山に捨てられるのは茶飯事で、作物の実りがよく運良く少女と呼べる年齢まで育っても今度は人買いに売り払われる。売られた先の境遇はまあお察しだ。少なくとも明るい未来は待っていない。
 幼い頃、まだ徊子という名では無かった少女は、村の同年代の誰よりも早くハイハイを卒業し、誰よりも早く喋りだし、誰よりもよく質問した。誰よりもよく考えた。その成長の早さは五歳になる頃には村の大人と同等の知識を身に付けていたほどだった。男であれば将来間違いなく大国に三顧の礼をもって招かれるほどの才女である。
 ところがどっこいこの頃の大陸では女の地位が非常に低い。家に引きこもり大人しく夫を支えるのが良しとされ、度を過ぎた利発さを示すとかえって嫌われた。何より女はどれほど賢くとも官吏にはなれない。
 幼い天才幼女は頭は良いが身体はごく平凡で、身体能力が優れる訳でなし、霊術を扱える訳でなし。一応「鍵や箱などを開ける程度の能力」を持ってはいたが決して戦闘向きの力ではなかった。妖魔退治の戦力にはならない。従って彼女の評価は盆百の少女と何も変わらない、どころかあまりの利発さに恐ろしがられてすらいた。頭の良さを褒められるのは男の特権なのである。
 で、まあ、少女が六歳になった時飢饉が起き、サラッと人買いに売られた。
 自分を売り渡し僅かばかりの銭を受け取る両親の顔が「厄介払いができて清々した」というものであったのを見て、少女はああこの連中は最早親ではないなと思った。親を、年長者を、祖先を敬うよう教えられてきた少女だが、敬うべきかどうかは自分で判断しなければならないと考えていた。
 曲がりなりにも両親に対して自分を生み育ててきてくれた恩を感じていた少女はここで泣いてくれたなら大人しく売られようと考えていたが、コレである。少女は人買いに連れられて村を離れたその夜、焚き火にくべられていた太い薪をごく自然な何気ない動作で持ち上げ、おもむろに人買いの頭をぶん殴って逃走した。
 勿論鍛えてもいない少女の腕力で人買いをノックアウトできるはずもなかったが、不意をついた事と、薪の火が人買いの髪に燃え移りパニックを起こした事でまんまと少女はトンズラに成功した。少女が逃げた事により家族だった者に迷惑が行くかも知れなかったが、もう知ったこっちゃなかった。どうにでもなーれ。
 さて一目散に逃げた少女だが、早速死にかける。
 飢饉のせいで売られたのに、山に食べられるものが残っているわけがない。飢え死にの危機。更に飢饉のせいで餓えた獣が山には跋扈している。喰い殺される危機。
 豊富な知識と鋭い観察眼、獣の痕跡を知る術を生かしなんとかかんとか毒物以外のしかし食用でもない野草を食べて命をつないだ少女だが、腹を壊し、動けなくなり、いよいよもって死にかける。
 少女はイチかバチか能力を使って空間を開いてみる事にした。理論上はいかなる空間にも霊的境界線があり、その境界は物理的空間を越えて連続しているはずである。よーするに空間の切れ目を広げるとどっか別の場所に繋がる。繋がった先に食べ物が、せめて水があれば御の字である。
 少女が虚空に手を伸ばし撫でるように引くとくぱぁと黒い亀裂が入った。端にリボンは無く、ビシリビシリと軋みながら勝手に広がり、衰弱した少女を飲み込む。
 少女は上下が分からないぐらぐらした暗い空間に落ちた。よく分からない絵の描かれた看板(道路標識)や妙なマークの書かれた円筒(核爆弾)、目玉に触手、空間に漂っているものは節操がない。空間は完全な無音で、生命の気配がない。長時間いると発狂しそうだった。
 と、少女の目の前を漂っていく雑多な物品の中に香ばしい匂いのする焼き菓子があった。うまい具合に湯気の立つ茶まである。
 少女は反射的に飛びついた。どういう訳かできたてのような気配がしたが、少女もこの不思議空間の全容を把握している訳ではない。皿に山盛りになっている焼き菓子を一心不乱にがっついた。涙がでるほど美味しかった。
 皿を綺麗さっぱり空にして一心地ついた少女は高級そうな枕やら掛け布団やらが漂ってくるのに気付いた。統一感のないこの空間で寝具がまとまって流れてきている。しかも触ってみるとまだ体温が残っていた。こんな奇妙な場所に誰か住んでいるのだろうか? と少女は疑問に思う。
「ちょっと藍ー? クッキーが見あたらな……あら?」
 背後から聞こえてきた声に少女が振り返ると、ナイトキャップを被った金髪の美女が目をクマのぬいぐるみを片手に寝ぼけ眼で少女を見た。
「……え?」
「失礼しました」
 即座に一礼し、足元に外へ繋がる亀裂を開き少女は脱出した。
 開いたものの閉じれない。少女はスキマを開きっぱなしにしてその場から逃げた。なんとなく嫌な予感がしたので。
 スキマから出た少女だが、しばらく歩いている内にまた餓えた。もう一度亀裂を開いて大冒険するのは怖かったので、村々の穀物庫を開けては食料を失敬した。定住しようにもツテがない。放浪は続く。
 一年ほど経った頃、いつものように夜陰に乗じて穀物倉庫の厳重な鍵をちょいと開けて侵入した少女は仙女に捕まった。なんでも少女が開けたものを開けっぱなしにしていくので各地で騒ぎになっているらしい。宝物庫も穀物倉庫も空間の歪みも異世界の扉も少女は開けるだけ開けて放置していたのである。
 仙女は少女に三日三晩滔々と説教をし、能力あるものの責任を説いた。簡単に言えば後片付けをしっかりしなさい、である。少女は開きっぱなしにした様々な門や亀裂や封印が程度の差はあれど災禍を生んでいた事を聞かされ恥じ入った。能力に頼る前に能力を制御しようと決心する。
 仙女は少女の目の確固とした光を見てもう大丈夫だと思い、帰っていった。
 少女は能力に任せて開けるだけではなく、閉じる訓練を始めた。少女の能力に開けられないものは無かったが、閉じる事はできない。「閉める」には純粋な技術が必要だった。
 が、訓練している内にまたもや餓えた。こう頻繁に食べ物を探してウロウロしていたのでは訓練にならない。
 少女は以前会った仙女の霊力の流れと術を思い出し、うろ覚えで再現する。少女は能力行使以外で霊力を扱った事がなかったので、日照りで枯れかけていた老木に川から水を汲んできてかける事を対価に木の精に霊力を扱う触媒となる杖を貰った。
 流石に即座に完璧に真似る事はできなかったが、少女の天才具合を舐めてはいけない。一年足らずで仙女の術の一部をアレンジを加えて再現し、餓えず老いない体を手に入れてしまった。
 最早少女は食い詰めて流浪していた人間ではなく、仙人のはしくれ。以前の自分と決別し、名を変える事にした。
 導いてくれた仙女の名から一字もらって苗字にし、姑尊。
 杖をくれた木の精の名から一字もらって名前にし、徊子。
 かくして少女は姑尊徊子と名乗る様になった。


 ちなみに知恵の輪は手が寂しいから暇つぶしにやっているだけである。特に意味はない。 


感想掲示板 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
1.7790870666504