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[15115] 戦場のヴァキューム  (戦場のヴァルキュリア)
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c4b08d6b
Date: 2010/01/10 10:57
くそっ!自警団に入れば頭も顔も良くなるどころか、かわいい彼女が出来るって言うから入ったのに、
なんで、旧式のライフル片手に帝国の正規軍相手に戦うハメになるんだよ!
俺はアリシアやスージーとハメハメしたいだけなんだよっ!!


「新入り!錯乱してないで本部に伝令に行ってこい!西門はもうだめだ!
 周辺の生き残りと連絡とって残存戦力を纏めて戦線を後退させるってな!」


畜生、簡単に言いやがって!その本部までの間にどんだけ帝国軍がいると思ってんだよ!
まず間違いなく、蜂の巣確定じゃないか・・・

死ぬ・・そう死ぬ・俺は死ぬんだ!畜生畜生!こんな事なら、
ダメもとでブルール中の若い子に告白しまくって彼女作っとけば良かった。
なぁ、おっさんもそう思うだろ?


「いいから!!ごちゃごちゃ言ってないで!伝令で本部までいって死んで来い!!」




ぼろぼろの自警団制服を来た青年は上官からの命令を勇敢にも果たすため、
銃弾が飛び交う戦場の中を誰よりも早く奇声をあげながら駆けてゆく・・・

専制国家、東ヨーロッパ帝国と共和制連邦国家、大西洋連邦機構との間で征暦1935年に始まった戦乱の炎は、
不運なことに情けなくも必死な青年が住まうブルールのある小国ガリア公国も巻き込むことになり、
彼の青春の物語は戦火で彩られていくこととなるのだが、
大国によって火蓋を切られた第二次ヨーロッパ戦争に巻き込まれた小国ガリアと彼の命運は風前の灯で、
5、6ページで『死亡、そして完!』になりかねない状態であった。




「あっ!へっぽこ軍師の奴が逃げてきたぞ!」「ジャン、それはちょっと・・」

余りに酷い物言いを窘める友人を無視して、
年少の自警団員の少年は命からがら本部まで逃げてきた青年を馬鹿にする発言を続ける。

「こんな奴はへっぽこ軍師って呼び名で十分なんだよ!ブルールに流れてきて以来
 自警団の模擬戦でこいつが指揮を採った側が勝った事なんて、一度も無いじゃないか」

「それは確かにそうだけど・・・」


「黙れじゃりっ子コンビ!それは天才軍師様の洗練された華麗な指揮に
 配下が付いて来れなかっただけだ。ふっ、天才はいつの時代も孤独なのさ」
 

少年の言葉に低レベルな反論を返す、自称天才軍師の青年は煤塗れのボロボロ姿で
胸を反らしながら威張ってみせる。
あちこちで街に侵入した帝国軍歩兵による銃声や戦車の砲撃が聞こえているというのに
少し安全な本部に来た途端に気を緩めるとは、なんとも暢気な青年である。


「はいはい、ジャンも落ち着きなさい。今は下らない言い争いをしている場合じゃ
 ないでしょう?それで、天才軍師のクルト・キルステン様は本部まで何用ですか?」

「アリシア、よく聞いてくれた!俺は重要な情報を伝令として伝えるため
 帝国の戦車や狙撃兵から命を狙われながらも、決死の覚悟で本部までやってきたんだ」


手のひらで額を押さえながら、疲れた声で質問する自警団員の若い女性に意気揚々と答えるクルトだったが、
彼のもたらした情報は、つい先ほど言い争った少年が伝えたモノとそれほど大差なく、
戦術的にはほとんど無価値のものだったが、よく出来たアリシアはその労をねぎらい、
彼がこれ以上余計なことをしないように、ラーケン自警団団長が調達してきた避難用のトラックに押し込む。


彼が命からがら逃げ回って自警団本部に到達するまでに、ブルールの街の人々の避難はとっくの昔に終わっており、
自警団も踏みとどまって敵の進撃を食い止める必要は無くなっていたのだ。


こうして厄介者払いのようにブルールの街を避難することになったクルトの初陣はあっさりと終わりを迎える。
特に武勲を立てることも無く、唯一の戦果と言えば揺れる避難トラックの荷台で
バランスを崩して倒れかけたスージーに抱きつけた程度であった。
もっとも、多くの死傷者と負傷者を出した戦いで、転んだときに出来たかすり傷程度で済んだのだから、僥倖であろう。


国境の街ブルールでの戦いはアリシアと英雄ギュンターの息子と養女に操られた
高性能戦車の活躍によって帝国軍が一時的に撤退したことによって終わりを迎えたのだが、
ガリア正規軍は巨大な帝国の攻勢を国境付近で抑えることを不可能と判断したのか、
ブルールの街を放棄することを決定する。
そして、その決定を受けた若き自警団の戦士たちは、再び故郷の地に戻るため義勇軍へと入隊し、戦うことを決意する。



義勇軍の任官および配属辞令を受けるため、任命式に参加したアリシアと幼馴染のスージーは、
ウェルキン・ギュンター少尉を第七小隊隊長に任命すると聞かされたときも若干の驚きを感じただけであったが、
義勇軍第三中隊長エレノア・バーロット大尉の口から、


「クルト・キルステン少尉!第七小隊参謀に任命する」
「えぇえええっ!!」「いやぁあああっ!あっ・・」


信じられない言葉を聞いたアリシアとスージーの二人は大きな叫び声をあげ、
後者に至っては一瞬気を失ってしまう始末であった。


「ま・・まぁ、二人の疑問はもっともかもしれんが、一応、彼は高校では
 戦術学講習を受講し、大学でも幹部候補教練課程を何とか履修済みだ
 参謀といっても指揮権が有る訳ではなく、主任務は小隊長への助言と補佐だ」

ただ、中隊長からクルトの職分が名前だけの参謀であると直ぐに説明されたため、
二人は胸を撫で下ろすこと出来た。
クルトの考えるインチキ臭い作戦やら戦術で戦うことになったら、
死ななくてもいい戦いでも死ぬことになるというのが、アリシアを含めたブルール自警団の共通認識だったのだ。


「なぁ、隊長・・、さすがにこの扱いは酷くねぇーか?」

「うん、まぁ、最初から過剰な期待をされるよりは良いと思うよ」


余りに酷い扱いに横に立つ自分が補佐するべき小隊の隊長にコメントを求めるクルトだったが、
ウェルキンは目を合わそうとせずに、適当な慰めしか返してくれなかった。





くそっ!義勇軍に入れば自警団より頭もよくなるし、なにより女の子にモテモテになれるって言うから入ったのに・・・
何で任官式早々に公衆の面前で酷い目に合わされるんだよ!!

「この辱めをどうしてくれるんだ!!」
「知らないわよ!!ただでさえ、ウェルキンお付きの下士官になった事で凹んでるのに
その上、小隊の参謀が天才軍師(笑)のクルトなんて・・・、なんで私が?どうして?私が・・」

「二人ともどうしたって言うんだい?」

「どうしたもこうしたもない!」
「うるせーよ!!ほっといてくれ」


はぁ、あんな風に言われたら、俺の輝かしい立身出世物語がパァじゃねーかよ。
ほんとはどこにも就職決まらないから履歴書の空白を埋めるために志願しただけなんだが、
ちょっと、期待していた勧誘漫画の展開は無理で確定だし、
とりあえず、前線に行けとかなったら、とっとと除隊してまた就活再開するかな?


「ウェルキン・ギュンター少尉!早速、第七小隊の幹部会合かい?」

「ファルディオ?!久しぶりだなファルディオ!」

なんだ、この爽やかイケ面は?この最悪な気分な俺の目の前に颯爽と登場って、この小銃を抜かせたいのか?
そうか、中隊所属の女性陣は大半がコイツに持ってかれるんだな?
そんで、こっちの一見ぽや~んとマイペースな優男が戦場では頼れる男に様変わりとかしちゃって、
最初はツンツンしてるアリシアちゃんをギャップ効果とかで美味しく頂いちゃうんだろ?



ふ ざ け ん な !!



ほんとふざけんな!マジでふざけんなだよ。全員竹やり持って戦車に突撃させるぞ!!


「キルステン少尉・・・?」

「あ、考え事してただけですから、それに折角の再会のようですから
 俺はちょっと先に部屋に戻りますわ。お邪魔しちゃったら悪いですからね」

「そうかい?悪いね」
「別にそんなこと気にしなくても良いんだけどねぇ」
(・・・クルトの奴、自分だけ上手くにげて・・、こういう所だけは頭回るんだから)



三人の美男美女オ-ラに耐えられなくなったクルトは足早にその場を去る。
フツ面の彼にとって余りにも辛い現実がそこにあったのだ。
ウェルキンの同級生で第一小隊の隊長のファルディオ・ランツァートの放つ輝きは
凡人では直視し難い強い光だったのだ。

義勇軍への参加理由を彼に問われたウェルキンが熱い思いを語り、
ファルディオと一緒に俺たちは今日から戦友だ!と熱血展開を横で座るアリシアに見せてポイントアップする中、
全てにおいて劣っている事を悟ったクルトは部屋で一人体育座りをしていた。




「これより、第七小隊隊長より着任の挨拶を行う!
 それでは、ギュンター少尉、挨拶をお願いします」

「参謀、そんなに堅苦しくしなくても・・・」
「隊長!軍とは統制が取れてこそ軍たる形を保てると小官は考えております
 統制に必要なものは秩序!そして、秩序を担保するものは厳しい階級制度であります!」

「はは・・、まぁ、参謀も最初だから力が入ってるみたいだね
 それでは改めて、ウェルキン・ギュンターです。よろしく」


自分のいる隊だけでもギスギスさせて、ラブコメ展開を防ごうとするクルトの策はまったくの無駄であった。
何故なら、大した実戦経験もなしに隊長、参謀気取りの二人に敵意剥き出しのメンバーがいたのだ。


「けっ、大学出のひよっこ二人が偉そうに隊長と参謀気取りか」
「あぁ、特に参謀のバカの方が気に入らないね」

「心配するな。あっちの馬鹿の方はそのうち勝手にくたばるさ」
「それならいいぇけどねぇ。ゴキブリ見たいにしぶとそうに見えるけど」


クルトの悪口を本人に聞こえるように話すのはごつい体に強面のラルゴ・ポッテル軍曹と
姉御という言葉がぴったり似合うブリジット・シュターク伍長だった。
二人はクルトがピクピクと悪口に反応しているのを全くに気にも留めず、
敵意剥き出しの視線を向けながら、大胆に私語を続けていた。


「おっほん、まず最初にみんなに言っておきたいことがある
 戦闘において一番大切なことは何か、君たちには分かるか?」
「愛と勇気です!!」


「・・・、一番大切なのは君達の命だ」


「甘ったれたことを抜かすが、何気に酷いな」
「あぁ、完全に流したね」


盛大に参謀の言葉をスルーしたウェルキンは戦闘が長引く中で味わう全てのことは
生きていなければ味会うことが出来ない。死ねばすべてが終わるが、生きていれば希望がある。
その希望を守るため、小隊の隊員の命を守るため隊長として全力を尽くすことを誓った。
彼の言葉は、頑なな心の持ち主を動かすことは出来なかったが、数名の隊員の心を打つことには成功していた。







「・・・現在、わが軍は帝国軍の攻勢に押されてはいるが、正規軍および義勇軍の再編を進め
 再攻勢に出る準備を着々と進めている。そして、最初の目標となるのがヴァーゼル市だ!」

小隊長等の尉官クラスを集めた義勇軍第三中隊の作戦会議にウェルキンとクルトも参加していた。
ちなみに、作戦目標とされるヴァーゼル市は交通の要所でそこにあるヴァーゼル橋を押さえられる事は、首都に続く街道を押さえられることを意味し、
ここを帝国に抑えられることは、ガリアにとって首にナイフを突きつけられるのとほぼ同じ意味を持つ。


「ふ~ん、そんなにヤバイなら橋自体を落としちまったらどうです?」

橋自体吹き飛ばして、それより奥の首都を守る。
この策はある意味、劣勢の中での防衛戦では有効な物とも言えるが、
重要施設のヴァーゼル橋を落とすことは、反抗を諦めるだけでなく、
橋の向こうのガリア公国民を見捨てる冷徹な作戦であった。

ただの馬鹿と思っていた男からの利己的で且つ、
自分の保身を第一に考える者にとって最良な策の提案は
作戦会議室をざわつかせるのには十分な力を持っていたようである。


「確かに、キルステン少尉の意見にも一理ある。だが、我々は帝国の侵攻を
 抑えるだけでなく、跳ね返すことを第一の目標としている。そのためには
 橋を破壊するのではなく、確保することが重要だ。各小隊はそれを念頭に
 いつでも出撃できるように準備を怠るな。ヴァーゼルへの進撃は近いぞ!!」


だが、義勇軍の中隊程度に重要拠点の重要施設を破壊する権限など、そもそも無い。
中隊長のエレノアが、出撃の準備を整えるように告げて会議を散会させると、
それ以上、クルトの出した案について考えるものは殆どいなかった。


「参謀、さっきの意見はどういう意図で言ったか教えてくれないか?」

「下手に橋を確保しようとして死ぬぐらいだったら、落とせば良いでしょ?
 そうすりゃ、橋の帝国のいない側の人間は助かる確率が上がるって寸法ですよ」

「それが、その橋の先の人々を見捨て故郷を取り戻すことを諦める事に繋がってもかい?」

「まぁ、そこまで極端に考えては無いけど、そうなっても仕方ないと思ってます
 自分の身が一番かわいいし、故郷がためなら、新しい故郷を見つけりゃ良いでしょ?
 隊長も言ってたじゃないですか?死んだら全部終わりだって、まずは自分たちが
 生きること優先しましょうや?隊長やアリシア達の死に顔とかは俺も見たくないんで」


利己的な意見を平然と言ってのけるクルトに青年らしい真っ直ぐな怒りを感じたウェルキンは、
会議が終わって部屋に戻ろうとする彼を呼び止めて詰問に近い口調で真意を問いただしたのだが、
返された答えは、普段の彼からは想像が付かない重い答えだった。



隊長と参謀の考え方の違い、反抗的な隊員達と被差別民族のダルクス人のイサラの存在・・・
様々な問題を抱えたまま、第七小隊を含めた義勇軍はヴァーゼルを目指して進撃を開始する。



[15115] 戦場のイカサマ師
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c4b08d6b
Date: 2010/01/10 11:07
再編の終わったガリア義勇軍は帝国に対する反抗作戦の狼煙をあげるため、
交通の要所として知られるヴァーゼルを目指して進軍する。
無論、その動員された部隊にはウェルキンやアリシアにクルトが属する義勇軍第三中隊の第七小隊も含まれていた。



「アリシア、クルト」

「なっ、なにっ!?」「何だよ?」

「二人とも今からそんなに力んでると戦いが始まる前に
息切れしちゃうんじゃないかと、少し心配になってね」

「けっ、俺はどこかのぽややんとした隊長様と違って小心者でね
 気を抜いて流れ弾に脳天を打ち抜かれるぐらいなら、戦闘前に
 へばって、後ろの安全なところで偉そうに作戦出す方を選びたいね」

「何それっ!ほんと、あなたって自警団にいた頃と変わらずのサイテーな軍師様ね」


正規軍に遅れて、ヴァーゼルに向かって進軍するガリア義勇軍、
そんな中、厳しい顔をするアリシアを和ませようと声を掛けた隊長のウェルキンだったが、
偶々横にいたから声を掛けたクルトのふざけた発言で、労せずにその目的を達することが出来た。
もっとも、アリシアの手厳しい言葉に、参謀が最前線で戦うようじゃお仕舞いだと反論するなど、
少々、固さが取れ過ぎてしまったきらいもあったが。


「まぁ、隊長の言うように正規軍がとっくの昔にヴァーゼルを制圧してくれたら
 ただ飯ぐらいのクルト様は大喜びなんだけど、あの様子じゃ望み薄だよなぁ・・・」

先発の正規軍がヴァーゼル橋を制圧している可能性を述べたウェルキンだったが、
少し前を進んでいたクルトが立ち止まって発した言葉で、その願望がむなしく散ったことを悟る。
高台から見おろした市街からは黒煙が昇り、そして、そこには強引に橋を渡って制圧しようとした正規軍戦車の無残な姿があった。

爆破されず川に残された橋はたったの一つ、その橋を巡る帝国とガリアの戦いは激しく、
そして、多くの犠牲者を出しながら長期化するだろうと、
義勇軍の兵士の多くはその光景を見下ろしながら、半ば確信めいた感想を抱いていた。

もっとも、その至極全うな予想は、ある男の手によって完全に裏切られることになるのだが・・・
そんな事を現段階では知りもしないクルトは『参ったね』とばかりに顔の半分を手で覆いながら、
最悪、自分だけでも逃げられるように行動しようと非常に利己的で後ろ向きの思考をしていた。



「参謀、この状況を打開できる何かいい策でないかい?」

「ウェルキン!・・じゃなくて、隊長!」
「アリシア、いいよ。無理に堅苦しくしなくても」

「そう?じゃ、ウェルキンに忠告しておくけど、クルトの自警団でのあだ名は知ってる?」

「いや、寡聞にして知らないな」
「そう、知らないなら教えといてあげる。クルトのあだ名は『へっぽこ軍師』よ!
 自警団の模擬戦でも一度たりとも勝利を挙げれなかったし、ブルールでの戦いでも
 じたばたと逃げ回るだけで、ほんと~に運よく助かってしまっただけの能無しなのよ!」


一応、膠着した戦況を打破する手は何か無いかと参謀に尋ねる小隊長を大きな声で制したのは、
彼を補佐する下士官でクルトのこれまでのダメ振りをよく知っているアリシアだった。
ただでさえ、彼に対する不満を持つ隊員がいる中、まるで駄目なクルトの作戦なんかを採用したら、
あっという間に隊は崩壊してしまうとアリシアは考えたのだ。
何だかんだ文句を言いつつも、彼女はちゃんとウェルキンの事を心配しているようである。


「うん、この酷い扱いブルールを思い出すなぁ・・、ちょっと泣いていい?」




ブルールの自警団で適当にやりすぎたのはちょっと拙かったかな?
まぁ、下手に出来る奴と思われて危険な場所に配置されるよりはマシだけど。
とりあえず、基本は駄目な奴で後ろでちょろちょろとみんなの邪魔しないようにしながら、
終戦まで生き残るのが俺の目標さ!帝国とガリアのどっちが勝つかなんて興味ないからな

「ずいぶんと小さな目標ですね」

「まぁ、人間なんて物は卑小で醜くどうしようもないものなのさ
 ダルクス人として心無い言葉を何度も聞いてきた君なら分かるだろ?」

「いいえ、分かりません。悪い人ばかりじゃないって事を私は知っていますから
 何だかんだ言いながら、私のことを心配して話しかけてくれる人も居ますしね」

「どうやら、余計なお節介だったようで」
「そんなこと無いです!その・・、声かけてくれて嬉しかったです」

「そっか、なら良かった。そうそう、隊長殿が何やら壮大な作戦を考えているらしい
 そんで、うちの小隊用の物資集積場所にこのメモに書かれたものが用意してあるから
 それを思う存分にフル活用して『コイツ』を、川を泳ぐカメに変身させてくれってさ」

「キルステン少尉、伝言ありがとうございました」
「あぁ、よろしく頼むよ」



まったく、兄がぽや~としてると妹がしっかりするってのは、万国共通なのかねぇ。
それにしても、ダルクス人という出自故に同僚から虐げられる少女を気遣うとか、
実に俺らしくないことをしたもんだ。
いや、イサラはかわいいから、やっぱり、俺らしいか。


「かわいい女の子をお助けするのが騎士の勤めかい?」
「ランツァート少尉、立ち聞きは感心しないですよ」

まったく、面倒な野郎に見られちまったな。真性のお節介焼きのイケ面と関わっても
苦労することはあっても、楽になることは無いからな。
とっとと必要な用件だけ済まして終わりにするとしよう。





第一小隊を率いる小隊長に『依頼』をした第七小隊の参謀はさっさと話を切り上げ、
自分の宿舎に足早に戻る。作戦前に眠気を残しては生き残る確率が下がってしまう。
これ以上、出来ることもやることも無いなら、来るべき時に備えて体を休めたほうがいい。
明日は、ウェルキンの首を賭けた作戦の決行日なのだから・・・


実は、ヴァーゼル市街に到着した早々に第七小隊はちょっとしたトラブルが勃発していたのである。
どうみてもダルクス人なイサラにブリジットが激しい嫌悪感を示し、
それを直接ぶつける彼女をウェルキンは制止したのだが、
反ひよっこ隊長の中心人物のラルゴが、実践経験の無いウェルキンの言うことを聞けないと、
ブリジットに加勢する形で反発するなど、第七小隊の中は一食触発状態になってしまい。
その事態を収めるため、彼はある賭けを自分の部下に提案したのだ。


『正規軍が制圧できなかったヴァーゼル橋を、自分の小隊だけで二日以内に奪還する』と、


この無謀な提案に反隊長の二人は約束を違えるなよと念を押し、
参謀はわざわざ危ない橋を渡るなボケッと言った感じで頭を抱えながら、
作戦に必要な物資の手配をしながら、表面上、気にしてないといった顔をする少女を気遣ったりしながら、作戦開始時刻に至る。




「戦車で川をわたるだとぉっ!!正気か?」
「そんな馬鹿げた話があるかい!」

自身の持つ知識から霧の発生を予見していたウェルキンはそれに乗じ、
防水処理を施したエーデルワイス、『戦車』で川底を走って対岸に渡り奇襲攻撃を行うと宣言した。

しかし、この信じられない提案にラルゴやブリジット達は驚き、その無謀さを声高に主張する。
鉄の塊の戦車が水の中を走るなど、正気の沙汰とは思えないのだから、そうなるのも無理が無い。


「騒ぐな!奇襲というものは古来より、敵の意表を突くことにその根幹がある
 そして、今回の作戦は味方である者達ですら、驚いて有り得ないと騒ぐモノだ
 隊長の作戦は、この奇襲の第一要件は十二分に満たしている。それに、歩兵の
 上陸および攻撃参加は戦車による奇襲攻撃成功後だ。戦車の上陸が成功すれば
 それで良し、失敗したら無能な隊長と一輌の戦車が永遠に失われる事になるだけだ」

「うん、まぁ・・概ね参謀の言う通りだ。では、これより作戦を決行する
これは第七小隊として初めての任務だ。みんな、必ず成功させよう!」


予想外に明晰なへっぽこ参謀の物言いに静まり返った小隊の隊員たちに、
ウェルキンは再度作戦の決行を宣言し、小隊の隊員達は是非も無しとばかりに
川を渡るためにクルトが用意したボ-トに次々と乗り込む。


「・・・・」「・・・・?」「・・・・!!」
「みんなして、こっち見んな!作戦はもう開始だ!さっさと行けよ!」


「うん、それは良いんだけど?何で、参謀殿はボートに乗らないのかな?」

「いや、アリシアは知らないかもしれないけど、参謀ってのは後方で戦場全体を
見渡しながら指示を出すのが仕事でねって、ラルゴさん!姐さん!ちょっと・・」


一人手を振って決死の奇襲作戦に向かう小隊を見送ろうとした男は、
彼のために用意された玉が一番当たりやすい船首の席へと座らせられる。
第七小隊の勇敢なる隊員の誰一人欠けることなく、ヴァーゼル橋奇襲作戦は実行される!





「始まったぞ!!」
「どうやら、本当にやったみたいだね」

「私達も遅れてられないわね。クルト!上陸して急襲するわよ」

「へいへい、そんじゃ皆さん行きますか、お互い死なない程度にね」


川を何とか渡り終えたエーデルワイス号の砲火は次々と立ち昇り、
橋周辺の帝国軍は突然の奇襲に対応できず、大混乱に陥っていた。
そんな好機を第七小隊の面々は指を咥えて見逃すわけも無く、一気に攻勢をかける。

激しい銃撃と砲火の轟音が鳴り響き、ヴァーゼルを火の色で染め上げる。
そして、その音と色が生まれるたびに何人もの帝国兵士が動かなくなった。
アリシアにラルゴやヤン、彼等が武器の引き金を引くたびに帝国軍人の死体が出来上がる。
狙撃用のライフルで頭を打ち抜かれた帝国兵は壊れたブリキのおもちゃのように、
ヨロヨロと数歩だけ歩いて、二度と立ち上がる事は無い。
エーデルワイスの砲弾を生身で受け、その半身を永遠に失った男は狂ったように叫びながら、死を迎えた・・・

人が人を殺す、戦場の凄惨な光景がクルトの目の前に広がっていた。




「お疲れさん。今日は大活躍だったな」

「いや、第一小隊の陽動と援護あってこその戦果ですよ
 あれで、俺達を迎撃する兵士の数をだいぶ減らせましたよ」


ウェルキンに指揮された第七小隊は戦車で川を渡るという奇想天外な作戦を
見事成功させてヴァーゼル橋を奪還した。
もっとも、その成功にはクルトが援護を『依頼』したファルディオの第一小隊も多少噛んでいたのだ。


「しかし、良かったのか?ウェルキンやアリシアの話だと賭けの条件は
 第七小隊独力で二日以内にヴァーゼル橋を奪還するって話だったんだろ?
 俺たちの第一小隊が助っ人に入ったとなると、面倒なことにならないか?」

「関係ねぇーよ。使える戦力があるなら生かさない手はないだろ?
 少しでも、生存率が上がるなら俺はなんだってやるさ、別に第七小隊だけで
 作戦の遂行が可能だからといって、予備戦力を使って駄目ってことはないだろ?」


あくまで、自分の命が第一と主張するクルトの後姿を見送りながら、
上官に似て頑固な奴という評価を下すファルディオだった。





「よっ、隊長殿と隊員の話し合いはもう着いたか?」

橋の脇で戦いの疲れを癒す第七小隊の元に最後に現れたのは彼等の参謀だった。
彼が見る限り、作戦前の険悪さは無くなっており、多少のぎこちなさはある物の、
命令に従う、従わないといった深刻な対立という問題はひとまず去ったと考えて良さそうだった。


「まったく、『よっ!』じゃないわよ!一体全体どこ、ほっつき歩いてたの!?」

「なに、この作戦のもう一人の功労者殿の所にお礼を言いに行ってただけだよ」

「そうだ!確か、賭けの条件は俺達第七小隊だけでって話だったじゃねーか!」
「そうだよ。あたい達はその条件で賭けに乗ったんだ。イカサマじゃないか」

「やれやれ、クレームが出てしまったな、参謀殿には何か言い分はあるかい?」

遅れてノコノコ現れたお荷物の参謀の姿を見て、
第七小隊だけで無く、第一小隊もいつのまにか作戦に加わっていた事を思い出した
ラルゴやロージーことブリジットは激しくクルトに食って掛かる。
つい先ほどの話で、ウェルキンもクルトの行動を知らなかったと言うことを知っていたのだ。


「そうだな。俺という第七小隊の最高にして最強の力をつかって
 第一小隊の隊員を動かし、作戦の成功に利用したと考えれば問題ないし、
 そもそも、そんな細かいこと関係なしに隊長の事を認めてるんじゃないのか?」

「たっ、確かにそうだけど・・、なんか、釈然としないじゃないかっ!」
「あぁ、納得できないぜ!てめぇは俺達の力だけじゃ無理だと思ってたってことだろ!」

どんな屁理屈だよというクルトの説明を聞いた二人は当然おさまるわけは無く、
もやもやっとした感情を爆発させながら、ふざけた参謀に食って掛かる。
彼の行動が理に適っているとは頭では分かってはいても、
自分達に内緒で動かれたという事実を見ると、どうしても納得できなかったのだ。


「勝手に動いて悪かった。賭けより、生き残りやすい作戦の方を重視しちまった」

「っち、減らず口叩いてないで、最初から素直に謝りゃいーんだよ!
 俺らだって、お前のやったことが正しい事だってぐらいは分かるんだ」

「まぁ、アタイ達も戦争してること忘れて、つまんない意地張ってたし、お互い様だね」


「どうやら、この件については丸く収まったみたいだね
 よかった。よかった。みんな、これからは仲良くがんばるぞぉー!」

「「おー」」「へーい」「やれやれ、先が思いやられるよ」「まぁ、結果オーライなのかな?」


微妙に美味しい所を持っていけない隊長の締めの掛け声に、
ある者は苦笑しながら、また、別の者はゆる~く応じて隊の団結を確認する。
この様子を見る限り、次の戦いからは纏まった小隊に何とかなれるだろう。


交通の要所を奪還し、反攻作戦に移るであろう義勇軍の戦いは、
これから、ますます激しい物となるのは自明の理である。
そんな、厳しい状況下をバラバラの小隊が生き残れる確率はとてつもなく低い。


利己的で自己保身を第一とする男は、そのためなら、何度でも頭を下げることが出来る。
そして、この先生きのこるためなら、彼は仲間を見捨てることすら厭わないだろう。
『仲間の死に顔を見たくないと言うなら、死地から誰よりも早く逃げればよい』と平然と言ってのける、



クルト・キルステン少尉は、誰の命よりも先ずは自分の命を優先する男だった。



[15115] 戦場の二枚舌
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c4b08d6b
Date: 2010/01/04 19:45
ヴァーゼルを奇策ともいえる作戦で奪還した第七小隊と、それを援護した第一小隊の名声は自然と高まっていた。
そして、『奇策』成功させた小隊の『参謀』の名声も隊長に劣らず鰻登りであった。
彼ら義勇軍に手柄を取られた形の正規軍も、この功績の前ではただ沈黙を守ることしか出来なかった。



「ちょっと、何をなさっているの?参謀の職務は『昼寝』とでも言いたいのですか?」

「ネルソン上等兵か、何か用か?」

「『何か用か?』じゃありませんわ!正規軍のダモン将軍が貴方と隊長をお呼びですよ
 貴方に下手に遅れられて、第七小隊の評判、強いてはこの小隊の分隊長である
 私の評判まで落ちては大変ですわ!さっさと、起きて貴賓室までお行きなさい!!」

「へいへい、折角のオフだっていうのに、今をときめく名参謀は辛いぜ」

「な~にが名参謀ですの!この前の作戦は隊長が考えたものですし
 橋を占拠出来たのもわたくし達の活躍とエーデルワイス号の活躍の御蔭で
 そもそも、貴方は後ろの方でウロウロ逃げ回っていただけではありませんか?」

「だが、巷では英雄の息子を補佐する名参謀クルト・キルステンと持ち上げられ
 どっかの自称分隊長の上等兵さんの話はまったく耳にしないから、不思議だねぇ」


親切にも昼寝をする自分のことを起こしに来てくれたツインテールの少女と、
程度の低い毒舌の応酬をしたクルトは起き上がって、制服に付いた土や草を払い落とし、
目の前の少女に鋭い視線を向けながら、ゆっくりと彼女に歩み寄る。


「なっ、なんですの!?ちょっと、階級や評判が上だからといって
 このわたくしが貴方なんかに下手に出ると思ったら、大間違いですわよ!」

「イーディ、わざわざ呼びに来てくれて、ありがとな」

「なっ、べっ別に中隊長から頼まれただけですわ!」


近づく参謀に、強気な口とは正反対にうろたえながら、
後退りした少女は、参謀からの唐突な謝辞にあたふたとした返事をすることしか出来なかった。
そんな、少女のかわいらしい姿に満足したクルトは、すれ違いざまに彼女の肩を叩いて、暢気な欠伸をしながら立ち去る。


「へぇ~、これはイーディさんの完敗だね。あの参謀さん案外やりてなのかもしれないな」

「ホーマー、誰が完敗ですって?まさか、この私があの冴えない参謀もどきに
 劣るなんて言う心算じゃ有りませんよね?少し、向こうでお話でもしましょうか?」


従者のように彼女の後ろに控えていた少年は、ついつい余計なことを口走ってしまい
笑っているけど怒っているイーディに襟首を捕まれて広場の奥に引きずられていく。
ただ、不思議なことに、これから悲惨な運命が待ち受けていると思われるにもかかわらず、
連行されていく哀れな子羊は恍惚とした表情を何故か浮かべていた。

この日は、久々に任務も訓練も無い、平和な休日だった。
過酷な戦いを経験した戦士達はしばしの休息を思い思いに過ごす・・・





「第七小隊隊長、ウェルキン・ギュンター少尉です」
「同じく、第七小隊の参謀、クルト・キルステン少尉であります
 ダモン将軍閣下に直接お声掛け頂けるとは、光栄であります!」

「そうかそうか、君達のヴァーゼルの市街で見せた活躍には私も感心しておる
 それに、礼儀も中々分かっているようで、ギュンター将軍の息子だけでなく
 有望な若者が我がガリアに溢れていると思うと、私も非常に心強いというものだ」

「恐縮です!閣下のご期待に沿えるよう隊長と共に、任務に全力で当たる所存です!」


執務室でふんぞり返りながら座っていた男の名はゲオルグ・ダモン、
ガリア公国の正規軍で大将という高位にあるだけでなく、貴族階級の出身でもあった。
また、ガリア中部方面軍総司令官の地位にも就いており、
義勇軍第三中隊の一小隊の尉官などとは比べ物にならない権力を持っていた。

その事はクルトも良く承知しており、部屋に入った早々、
彼に対して最大限の敬意を示して持ち上げ、恭しく遜って歓心を買うことに腐心していた。
お偉いさんにはケツの皺が見えるぐらい尻尾を振ってみせるのがクルトという男だった。


「うむうむ、実に感心な心がけではあるが、クローデン攻略作戦についてだが
 義勇軍ごときが出る幕は当然無い。今回の作戦は帝国軍の中部戦線を支える
 補給基地を襲撃するという重要な作戦である。そのような重要な作戦ともなれば・・」

「勿論、閣下が率いる勇兵揃いの正規軍以外の何者がそれを成しえましょうか!」


「その通り、キルステン少尉、貴官の言う通りだ。それ故、今回の作戦に
 義勇軍は参加する必要は無い。もっとも、どうしてもと言うのであれば
 従軍を許可し、我が軍略を間近で学ばせてやる機会を与えても構わぬが?」

「過分なお言葉非常に光栄ではありますが、断腸の思いで辞退させて頂きます
 閣下の壮大にして稀有な軍略を解する力量を小官は持ち合わせておりませんので」

「ふむ、それならば仕方あるまい。では、これで話は終わりだ。両名とも下がれ」


終始偉そうな態度のダモンに見ているほうが恥ずかしくなる程ぺこぺこするクルトと、
そっぽを向きながら動物の剥製やらなんやらの置物の観察で夢中なウェルキンの会談は、
さほど時間を要すことなく終わりを迎える。

クローデンの森攻略作戦は正規軍が当たることになり、
義勇軍の束の間の休息はもうしばらく続くことになった。





正規軍の司令部を出るまでの間、クルトとウェルキンは黙っているのも気まずいので、
先ほどのダモンとの会談について話しながら廊下を歩いていく。


「参謀、いくら正規軍の高官とは言っても、ああまで遜る必要は無いんじゃないかな?」

「隊長、豚もおだてりゃ木に登るって言うでしょ。ああいう手合いの自尊心だけは
 傷つけないように気をつけたほうがいいですよ。恨まれるとしつこいですからね」


「はぁ、僕は自己顕示の強すぎる彼のような人間にはなれないと思ったが
 君のような割り切った考え方のできる人間にもなれそうにないと今日確信したよ」

「そうですか?結構、簡単ですよ。プライド捨ててペコペコ頭下げるだけですから
 俺みたいな能無しでも出来る位ですから、隊長ほど頭があれば楽勝だと思いますよ
 あぁ、失礼。そもそも俺みたいな下種になんて、なりたくないって意味ですよね」
 
「いや、僕はそんな心算じゃ・・」
「冗談ですよ。冗談!まぁ、人それぞれの生き方があるって事ですかね
 とにもかくにも、正規軍のお歴々が激戦区を引き受けてくれるお陰で
 義勇軍は安全な後方で休暇を満喫できるんですから、よしとしましょう」

「同感だ。休息を取れるときに取っておくに越したことは無いからね」


自分とクルトの生き方や考え方の違いを話すことで、
ある程度理解したウェルキンはそこで話を終わりにした。
正規軍によって用意された送迎の車に乗りながらする話ではないと思ったのだ。
玄関を出て車の後部座席に乗り込んだ二人は義勇軍の宿舎に戻るまで終始無言だった。




「あら~、いい男が二人で内緒のお出掛け?何だか怪しいわ♪」

「おいおい、軍の公用車で帰ってきたの見れば分かるだろ?軍用で出ていただけだよ」
「そうそう、俺は男の子より女の子の方が大好きだ
 だから、兄貴よりこちらの妹さんの方に興味がある」

「私の方は特に興味はありませんので、兄さん行きましょう」
「あぁ、それじゃ、参謀にウォーカー上等兵、また今度!」


「あらん、もう行っちゃうなんて連れないわねぇ」
「じゃっ!俺もそろそろ・・・って、やっぱり駄目?」

「もちろん、ダ~メ♪こんないい男の私を置き去りにしたら罰が当たるわ
 大丈夫☆イサラに振られてご傷心な参謀殿をたっぷり慰めてあげるから、ね?」


早々に立ち去るギュンター兄妹に対して、取り残されたクルトは悪魔に強制連行されていく。
ヤンやラルゴに各小隊の酒飲みや賭け狂いの相手で、参謀殿の夜は遅くなりそうだった。





くそっ、ラルゴにヤンの野郎調子に乗りやがって、酒を飲ませてる間に絶対山札弄くってやがる。
いくら尉官の給料が多少良いからって、所詮は義勇兵の給料だっつうの!!
食費に家賃もただで生活費がほとんどかからないって言っても、あんだけ鴨られたら、
明日からの、夜の晩酌ひとつも出来なくなるじゃねーか!


「あらあら、なんですのその醜態は?卑しくもわたくしの第七小隊の一員でありながら
 酔って宿舎をフラ付きながら徘徊するなんて、嘆かわしくて仕方がありませんわね」

なんだとぉ~!天下の名軍師キルト・クルステン様を馬鹿にすらばぁー!


「ちょっと、お酒臭いから近づかないで下さる!それに、自分の姓名も碌に言えない程
 泥酔するような醜態を晒しておきながら、偉そうに馬鹿にするな何てよく言えますわね」


うるへー!!男には飲んでぇ~飲まれてー飲まねばらりるれろ~♪えへへ!

「ちょっと、抱きつかないで下さいまし!このわたくしを誰だと思って
 きゃっ!変な所を触らないでって、何ですの?蛙みたいに両頬を膨らまして
 まさか・・・、さっ、さすがに貴方でもそれは無いですわよね?やめてぇえっー!!」



  気持ち悪い・・・






深夜に響くうら若き乙女の叫び声は、惨劇の始まりの報せだった。
後に、クルトの逆襲と呼称されるこの事件は駆けつけたラルゴやヤンと言った
少し離れた場所で酒を飲みながら彼をカモにしていた者達に容赦ないダメージを与え、
彼らを被害者にすると同時に、二次災害の加害者へと変貌させるだけでなく三次被害も誘発した。

そして、その中心に位置する哀れな少女は地獄と化した状況に耐えられず、
意識を手放し、地獄の池に顔から崩れ落ちた・・・





「寝ていなくていいんですか?」

「いや、横になるだけで激痛が走るから、こうやって座ってるんだよ」
「そうですか」


顔中に青痣と引っかき傷を作ったクルトは、イサラが整備するエーデルワイス号をぼんやりと眺めていた。
ある人物にぼこぼこにされた体は今も規則正しく悲鳴をあげており、
今日一杯は大人しくしていた方が良さそうだった。
まぁ、自業自得のため文句を言える立場ではなかったが、


「そんなに、戦車を整備しているところが珍しいですか?」
「いや、ずいぶん一生懸命に整備しているなと思ってね」

「私はこれだけが取り柄ですし、それに日々の整備を怠ってはいざと言う時に
 自分だけでなく、小隊のみんなも危機に晒してしまうことになりますから・・・」


手に持った年季の入ったレンチを動かす手を休めることなく、
イサラはクルトの疑問に答えを返す。彼女の献身的な整備が父の形見であるエーデルワイス号の強さを支えているのだ。
煤と油に汚れ、額から汗を垂らす少女の姿を参謀は眩しい物を見るような目で見ていた。


「そんじゃ、そろそろ行くわ。イサラも余り無理するなよ
 何事にも限度はあるし、隊長を心配させたくはないだろ?」

「言われなくても分かっています。・・・でも、心配してくれてありがとうございます」

戦車格納庫を後にするクルトは手をヒラヒラと振りながら、イサラの方を振り返ることなく後にした。
ダルクス人という忌避される民族として生まれながら、それに負けない強さをイサラは持っていた。
そんな彼女の強さを少し羨ましく思いながら、彼女の強さを見習ってクルトは逃げずに行動に移すことを選択した。





「キルステン参謀、何か御用かしら?生憎とわたくし、
 貴方の顔をちょうど見たくないと思っていたのですけど?」

「あれ?イーディさん、さっきまで参謀を探し出して、
 けちょんけちょんにしてやるって言ってなかった?」

「黙りなさいホーマー!!乙女の心は移ろいやすいものですのっ!!」


廊下でイーディを待ち伏せしていたクルトであったが、
茶々を入れるホーマーに激しい叱責を飛ばすのを見る限り、
残念ながら、彼女の怒りはまだまだ収まってはいないようであった。
だが、それで怯むようでは、そもそもここまで来た意味がない。

腕を組みながらジト目で睨むイーディの視線を真っ直ぐに受け止めながら、
クルトは大きく息を吸い込み、決意を込めた目で彼女を見つめ返し、


「ネイソン上等兵っ!!」
「なっ、なに!?仕返しなら受けて立ちますわよ!!」

「昨日は、本当にすみませんでした!」


膝を地につかせ、額を地面に擦り付けながら、全力で誤った。
普段見せる形だけの謝罪ではなく、自分の非を認めた上での誠意ある謝罪だった。


「こっ、こまりますわ!!こんな所で頭を下げられても
 その、もう怒っていませんから、頭を上げてくださいまし」


場所が食堂近くの廊下だったせいか、人目は少なくはなく、
土下座するクルトとその前に立つイーディとホーマーの三人は
好むと好まずとも大いに注目を集める。
そんな異常な状況に突発的な事項に弱いイーディは大いに動揺してしまい
早々にクルトの謝罪を受け入れ、彼を許してしまう。

謝罪の気持ちは確かに本物ではあったが、
彼女の性質を読んで姑息な策を用いた小策士の手に
まんまとイーディは乗せられてしまったようである。


「イーディ、許してくれてありがとう」

「ふんっ、わたくしはいつまでも小さなことに拘るほど
 器の小さい人間ではありませんから、許して差し上げますわ」


まぁ、いささか腹黒い計算も混じった茶番に見える謝罪ではあったが、
小隊内からギスギスした関係がいっそうされたのだから、よしとすべきであろう。

束の間の休息が終わり、どちらか一方が戦場で死の抱擁を受けることになれば、
二度と関係を修復することは出来ないのだ。
義勇兵に限らず兵士たちの明日を誰も保障してくれない・・・





「キルステン少尉、バーロット大尉がお呼びだ。すぐに来てくれ」



ウェルキンに声をかけられたクルトは休暇の終わりを悟ると共に、
再びやっかいな作戦に巻き込まれそうな予感を感じていた。

そして、その予感が直ぐに正しいことを知ることになる。
短くも騒がしい休暇が終わりを迎える不吉な報せは正規軍の屍と共に届いた・・・








[15115] 戦場の屁理屈
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:c4b08d6b
Date: 2010/01/10 11:19
帝国軍少将ベルホルト・グレゴールの苛烈反撃を受けたダモン将軍率いるガリア正規軍は
指揮官を除いて全滅するという大惨敗で、クローデンの森攻略作戦は大失敗する。
この事態に対して、正規軍は戦力の再編成後に再侵攻を行うことを決定するが、
それまでの時間稼ぎのため、義勇軍単体でのクローデンの森侵攻作戦の実行を決定する。


そして、その作戦を実行する捨て駒に選ばれたのは義勇軍第三中隊であった。



「ったく、散々ゴマすって覚えめでたくなったと思ったのによぉ・・・」

「まぁ、仕方ないさ。今日の戦いを避けられても、明日の戦いが避けられる訳じゃない
 誰かが、この作戦を成功させなきゃいけないんだ。今は戦って勝つ事だけを考えよう」

「相変わらず隊長様は前向きで結構なことで、帝国の悪魔に勝つ方法なんか
 俺みたいな似非軍人が思いつくわけないでしょ?とりあえず、適当にやって撤退しましょう」

「いや、それは出来ない。クローデンの帝国軍の補給基地を放置し続ければ
 敵の継戦能力は大幅に強化され、ヴァーゼル奪還以後高まった反抗の機運が再び
 消えてしまう。この戦争に勝つためにも、この作戦を絶対成功させないといけない」


バーロット中隊長が義勇軍にクローデンの森侵攻作戦の実行を命じられたことを聞かされた第七小隊の幹部陣は、
重苦しい表情で廊下を歩きながら、その表情以上に重い話をしていた。
正規軍の中隊が壊滅させた相手に自分達が先陣を切って挑む、実に楽しくない話であった。


「隊員達には何て説明するんだ?正規軍の再編の時間稼ぎのために
 仲良くみんなで死に行きましょうとでも能天気に言うつもりですか?」

「僕が説明するよ。これは隊長の仕事だからね。みんな、きっと分かってくるれる」

「そうだといいんですが・・・、まぁ、俺はせいぜい自分だけでも生き残れる方法がないか
 必死になって頭を回転させて貰いますよ。アリシア、悪いけど隊員を全員部屋に集めてくれ」


自分達の後ろを歩くアリシアに手短に指示を出したクルトと隊長のウェルキンは、
重い足取りを少しだけ速めて、一足先に第七小隊の待機舎に足を運ぶ。





「正規軍のフヌケ達の鼻をあかしてやろうぜ!!」「おう!やってやろうぜ!」
「この私にお任せくださいですわ!」「私もいきます!」「私もっ!!」
「その、私もギュンターくんのためなら、あの・・」


おいおい、マジかよ?こいつら全員、ヒロ○ポンでもやって『裸で何が悪い!!』とか、
ラリった状態で言い出すんじゃないだろうな?まぁ、スージーの裸ならOKだが・・

いや、今はそんな下らないこと考えている場合じゃない。
何で、ぽややん隊長が『生き残るために全力を尽くしてくれ』とか言っただけで、
『やってやろうぜ!』的な中学生も真っ青な展開になるんだよ!
おかしいですよ!ロージーさんっ!!


普通に考えて、正規軍の中隊が全滅してる作戦を義勇軍の小隊が何とかするなんて無理だろ?
ここは普通に『俺達には無理です!』とか、『隊長だけで行ってください』ってゴタゴタの展開で、
バーロット中隊長に無理です!って泣きを入れて、作戦拒否の不名誉除隊が鉄板だろ?
『わたくしに負けずに、貴方もがんばるのですよ』じゃねーよ!!
俺はがんばりたくないんだよ!!って、感じでぶちきれそうになっている所に・・・


「俺たちも一枚噛ませてもらうぜ!」
「ファルディオ!?それはどういう意味だい?」

「俺たち第一小隊も、前の戦いと同様にお前たちの援護をするってことさ」


どっかの爽やかイケ面ボーイのせいで、ますます意気盛んになってしまいました。
そもそも、敵の重要拠点の補給基地を二個小隊だけで急襲するって作戦構想自体おかしくね?
おかしくなくないよな?俺間違ってなくなくなくないよな?


「キルステン少尉、諦めたほうが良いですよ?
 もう、ああなった兄さんは止まりませんから」

「なぁ、イサラって何気にキツイよね」
「そうですか?少し、苦労してしっかりしてるだけですよ」

「いやいや、かなりキツイって」
「しっかりしているだけです。・・・少尉もそう思いますよね?」


もうやだ、ギュンター兄妹!
こいつ等とかかわりが深くなって以来、
俺って碌な目にあってない気がするんですけど・・・





過酷な作戦を前に小隊の隊員達が怖気づき、作戦遂行が不可能状態になれば死なないで済むと
民間人らしい甘く浅はかな考えをまだ持っている参謀の淡い期待は、戦意旺盛な隊員達のお陰で脆くも崩れ去った。

クルトは今日も仲良く隊員たちと森を歩きながら、戦場に向かうこととなる。


「なぁ、一つ聞いていいか?」
「ええ、よろしいですわよ」

「なんで俺がお前の荷物まで持って行軍することになるんだよ!!」

「あら?この前、わたくしにした事をもうお忘れですの?
 貴方にはしばらく、わたくしの荷物持ちをして頂きますわ」

「あぁ、また僕の虐げられる時間が減っていく・・でも、この疎外感もまた・・・」


イーディと『ついでに、これもお願いして良いですか?』と悪魔のように可憐な笑顔で頼んできたスージーの荷物を担ぎながら、
第七小隊の迷参謀は森の道をへとへとになりながら進むことになる。
どうやら、スージーの揺れる尻を見ながらニヤニヤと歩いていたのを、
プイっと横を向くツインテールの少女にチクられていた様である




暢気な行軍を続け、森の中で開けた広場にでた小隊はいったん休憩に入る。
装備を抱えたまま無理な行軍は兵の疲労を増加させ、戦闘時にマイナスに働くため、
行軍速度を犠牲にしなければならないが、定期的な休息は必要不可欠であった。
もっとも、例外もあり、これから相対する帝国の将軍のように、
そんな甘い休憩は許さず、恐怖で兵達に鞭を入れて、
無理やり皇帝陛下のため戦わせる悪魔のような男も存在したが、


「さて、お二人には何か策があるのかな?」

「う~ん、僕のほうは大体定まってはいるんだけど
 決め手がね、参謀の方はなにかいい案が浮かばないか?」

「さっぱり、お手上げ侍!!」

「・・第七小隊の名軍師アリシア殿は起死回生の策はございませんか?」
「えっ、私?そんな、ファルディオいきなり聞かないでよ!」


第一、第七小隊の頭脳部隊は休憩時間を利用した現地作戦会議で揃って頭を悩ませたが、
ついさっきまで出てこなかった名案が、突然出てくるような事は残念ながら無く、
ひとまず作戦会議を中断した四人は他の隊員達と同じように、
最後の晩餐になるかもしれない硬く不味い携帯食のランチを取って空腹を満たすことにする。
腹が減っては戦は出来ないというのは、万国共通なのである。


「ちょっと、それはわたくしの持ってきたクッキーですのよ!
 いくら携帯食が不味いからといって、一人でがっつかないで下さいまし」

「ケチケチすんなよ!しっかりとイーディの分も荷物運んだだろ?
 労働に対する正当な対価って奴だ。それに、これ滅茶苦茶旨いし」

「まぁ、そこまでおっしゃるなら、仕方ありません。残りも差し上げますわ
 わたくしは慈悲深いですから、その代わり、午後もちゃんと荷物を運んで頂きますわよ」
 

形の不恰好さから直ぐに少女のお手製のクッキーだと感づいた小賢しい男は、
それを食す勢いとあくまで気づいてないかのような言葉でベタ褒めして、
少女の機嫌を限界値まで上げていた。
この彼の行動は、高飛車な言葉と裏腹に扱いやすい少女と友好を深めて置けば、
小隊内で自分の意見を通すときや、戦時での援護が多少は期待できると考えた上でのものだった。
逆にすねに傷があって扱いにくそうなロージーや、
ウェルキン第一主義者で、利を持って諭すこともできなさそうな女とはまったく関わろうとしていない。

古株で小隊内に影響力を持つラルゴやヤンといった面々と酒を飲んだりして親睦を深めるのも、
『隊長の妹』でダルクス人として迫害を受ける少女と親しげに話すのも、
自身の立場を安定させるのを第一の目的とした打算に基づく行動であった。


だが、その打算を起点とした関係がどのような結末を自分にもたらすことになるか、
クルトはまったく知らぬまま、多くの隊員たちと親交を深めていく。
近い将来、彼は人と人の繋がりの厄介さと愚かさを、再認識することになるだろう。





「へぇ~、幸運のハネ子豚に教えてもらった獣道を利用して
 正面と側面から補給基地に攻勢を掛けるって作戦か・・、悪くないな」

「あぁ、俺もクルトと同感だ。それで、歩兵中心で編成された
 俺達の第一小隊が敵補給基地の側面攻撃を担うって事でいいんだろ?」

「あぁ、その形でよろしく頼むよ。ファルディオ
 後、アリシアにも其方の部隊に加わってもらうつもりだ」

「えっ、私も?」


突然、話を振られてキョトンとするアリシアは腕に抱いたハネブタを落としかけながら、
ウェルキンの説明を受け、ファルディオ率いる第一小隊に加わり、
獣道を通って敵の補給基地に側面攻撃を仕掛ける別働隊となることを、しぶしぶ了承する。
何やら、彼女は以前から第一小隊の隊長にからかわれており、少々遺恨があるらしい。
もっとも、そんなことは軍事作戦の前では全く考慮すべきではない些事である。


「そんじゃ、残りの第七小隊のメンバーはエーデルワイスを盾と囮にしつつ
 敵の正面からの攻撃に耐えるって寸法だな。それじゃ、隊長がんばって下さい」

「あぁ、がんばって行ってくるよ!」

「ちょっと、お待ち!『頑張って行ってくるよ』じゃ、ないよ!」
「そうですわ!貴方も何をおもむろにテントを広げ始めているのです!」


しばしの別れを惜しむような会話する隊長と参謀を遮ったのは、
珍しく息の合った突っ込みを入れるロージーとイーディだった。
前回のヴァーゼルに続いて、自分だけ作戦に参加しないような動きを見せる参謀に
突っ込みを入れずには居られなかったようである。


「まぁ、二人とも落ち着けよ。今回の作戦は前回ほど単純じゃないんだ
 囮と本体の両方を務める第七小隊と、側面攻撃を担う第一小隊の連携が
 作戦の成否を握っていると言って過言ではない。だからこそ、第一小隊に
 ギュンター隊長の考えが分かるアリシアを配置しているんだ。そうだろ?」

「あぁ、確かに参謀の言う一面もあるにはあるよ」

ウェルキンの返答に満足そうに頷くクルト、
だが、それで静まる二人ではない。そもそも、その回答は彼女たちの怒りに対する何の答えにもなっていないのだから、


「それが、どうしたって言うんだい!そんなのはアンタが
 前線に立たない何の理由にもなっていないじゃないかい」
「そうですわ!また、危ないのが嫌だからと言って、逃げるつもりですわね!」


「燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや・・・、二人とも分かっていないな
 今回は何よりも綿密な連携が必要にもかかわらず、二部隊の共同作戦だ
 歩調をうまく合わせられない場合もある。それを解決するのが後方で
 督戦を行う軍師、そう俺だ!全体を俯瞰するかのような位置に座して
 両部隊の動きが乱れた際は、風の如く指示を出し、乱れた陣を立て直す・・」


ぺらぺらと舌を動かせ続ける男を無視して、テントを畳むオスカーとエミール兄弟、
小人の両脇を抱えて持ち上げるラルゴとヤンのマッスルコンビ、
一連の行動が流れ作業のようになっているあたり、困った参謀の扱いに小隊の隊員達は大分慣れてきているようである。


「なぁ、お前の部隊っていろいろと大変だな」
「大丈夫です。私慣れてますから」

第一小隊所属のラマールに言葉を掛けられた少女は疲れた微笑を返す。
そんな少女を見ながら、少年はダルクス人もただの人間なんだという印象を強く持つのだった。
期せずして、クルトは一人の少年が持つ差別意識をほんの少しだけ薄める働きを為したのだった。





「あの~、マリーナ・ウルフスタン上等兵?ちょっと、当たってるんですけど?」
「・・・・、あててるのよ」


クルトが凍れる美貌を持つ無口な狙撃主に当てられているのは、
残念ながら二つの双丘の感触などではなく、スナイパライフルの銃口だった。

哀れな参謀の前方にはエーデルワイスに乗ったイサラ、
両脇には脱走兵に対するよう鋭い視線を向けてくれるロージーとイーディ、
四方を美女と美少女に囲まれたハーレム状態な参謀は開戦前から涙目状態であった。

「あぁ・・、参謀が妬ましいよ。いつ始末されてもおかしくない空気に僕も浸りたい」
「許せない。あんなに沢山のお姉様達を独り占めにするなんて!」


大半の人の目から見て悲惨な状況に陥った参謀は極一部の人々の嫉視に晒されながら、
作戦開始ポイントまで、何とか到達することが出来た。
四方を囲む鬼たちと比べれば、これから戦う帝国軍の悪魔など案外たいした事はないかもしれない。


別働隊の攻勢に先駆けて、ガリア義勇軍クローデン補給基地攻略部隊の本隊は
基地防衛部隊と接敵し、美しい森林に似つかわしくない激しい砲火と銃撃の轟音を鳴り響かせる。



クローデンの森での戦いが遂に始まった!!






[15115] 戦場の悲劇
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/04 19:45
「馬鹿野郎!!頭下げろっ、死にてぇのかっ!!」

「いち、に、さんっ!!」
「弾幕張りながら、前進しろ!!突撃兵だけで突出するな!的にされるぞ!」

「いたいっ・・いだいよ゛ぉぉ・・」
「衛生兵!!早くけが人回収しろ。敵の増援が来るぞ」


森林を伐採して作られた帝国の補給基地、クローデン補給基地の防御陣は易々と抜けるものでは無かった。
正面に積まれた土嚢に篭る突撃兵に、見張り台から狙撃してくるスナイパー達の抵抗は激しく、
エーデルワイス号の砲撃と歩兵陣が連動した攻勢を幾度となく仕掛けるのだが、
負傷者と無駄弾を増やすだけで、それほど大きな戦果あげることは出来ていなかった。


「ガリアの野郎!!皆殺しだ!!うてぇー!!うてぇー!!」
「敵の戦車の動きを止めろ!!正門を死守しろ!この基地はガリア侵攻の要だ!」

「やらせるな!!数ではこちらが上だ。落ち着いて対応しろ!そうすれば負けはない」


「くそったれ!!ラルゴ、モタモタしてないで敵の戦車を黙らせなっ!」
「簡単に言ってくれるな!そこまで言うならやってやろうじゃねぇーか
 ロ-ジーしっかり援護しろよ!お望み通り戦車の野郎をぶっ潰してやる!」


敵も味方も楽観悲観の入り混じった怒声を好き放題に叫び続ける。
そして、時間が経つたびに、その数は確実に少なくなっていく。
砲弾を受けた兵士の手足が吹き飛び、狙撃兵の銃弾を受けた兵士の脳漿が赤い水溜りを作る。
戦闘開始後、僅か20分足らずで、クローデンの森は恐怖と死が支配する地獄へと様変わりしていた。

土嚢と有刺鉄線や木の策で作られた防御陣を必死で維持する帝国兵、
それを突破する振りを見せながら激しい攻撃を加える第七小隊の隊員達は
別働隊の到着を信じ銃の引き金を引き続ける。


「ギュンター隊長、これ以上は無理だ!数が違いすぎるし、負傷者も増えている
 このまま前進を続ければ、衛生兵の手より先に死神の手を掴む事になる。退こう!」

「だめだっ!ここで僕たちが退けば、遅れて到着するファルディオ達が
 孤立して全滅することになる。もう少しだ!もう少しだけ頑張るんだ!!」

「頑張るだって!!これ以上、頑張ったら、こっちが全滅しちまうぞ!!」

銃弾が掠め、生まれたばかりの傷から血を流すクルトは、これ以上は無理だとウェルキンに撤退を促す。
エーデルワイス号も少なからず被弾しており、いつまでも無尽蔵な活躍は出来そうにない。
また、奇跡的に死者は出ていないもの負傷した隊員の数も多く、限界は近かい。
ガリアの勝利なんて下らないもののために、これ以上、死地に踏み止まる気はクルトには無かったのだが、

撤退を促す進言は隊長に退けられ、ギリギリの戦線を維持するために木の陰から飛び出し、マシンガンを乱射しながら前進するロージーとイーディを狙う帝国兵にライフルの銃弾をお見舞いする!!

「ちょっと!!アタイまで撃ち殺す気かい!」
「わっ、わたくしの髪がパラパラと宙を舞いましたわよっ!!」

「うるせー!!当てたんだから、文句言うな!!こっちは死ぬ覚悟で飛び出したんだぞ!」


保身第一のクルトが死地に飛び込んで銃弾を飛ばす勇ましい姿を見た第七小隊の隊員たちは、
自分達がいつ全滅しても不思議ではない状況にいることを否応なく悟る。




「グレゴール閣下、ガリア公国軍より正面から攻撃を現在受けておりますが
 正面の防御陣を一部突破されたのみで、一次防衛ラインは問題なく機能しております」

「不甲斐ない!!防衛ラインが維持されておる位で満足など出来るかっ!
 立て続けに皇帝陛下より預かりし、帝国の拠点を脅かされるだけでも
 許しがたい屈辱!!それを一部とは言え防御陣を失陥するとは何事か!
 正面に人数をかけて蹴散らすのだ。小隊規模の雑魚に梃子摺ることは許さん!」


怒りに燃える帝国の悪魔は一気に小賢しいガリアの狗達を駆逐するため、
既に限界を迎えかけているクルト達の元に更に戦力を割かんと指示を出したのだが・・


「報告いたします!!現在、基地側面が敵の襲撃を受けております
 正面の攻撃に気を取られ不意を疲れたせいか、兵達に同様が走っております!!」

「何だと!!えぇい小賢しい。防御陣が維持できる兵力を残して正面の戦力を
 側面の対応に充てろっ!いくら前を押し返しても後ろを取られては意味がない!」


「イェーガー、貴様こんな所まで何のようだ!」
「おいおい、俺の任務を忘れたのかい?俺の任務はあんた等の後方支援と援護だ」


「ふんっ、貴様の手など借りずとも私自身の手と戦力にのみで
 ガリアの狗など叩き潰してくれる!!要らぬ心配など無用だ!」

「おーおー、グレゴールあんまり熱くなると碌なことがないぜ」
「ふんっ、私は冷静だ。冷静にガリアの狗共を粉砕してやると言っているのだ!」

「はぁ、あんたらしくないねぇ、敵さんはあんたの裏をかいたんだ
 ここは素直に引いたほう良いんじゃないか?この拠点を失うのは痛いが
 被害をこれ以上拡大させるのも不味いだろう?俺がここに来たのは
 ラグナイトの輸送と撤退を手助けするためで戦うためじゃない。潮時だ」

「くっ・・、ライナス!撤退の準備だ。ラグナイトの輸送を第一優先とする」


自らの非を認めたグレゴールは基地指令官に命じて撤退準備に入らせる。
予期せぬ攻撃に浮き足立つ基地にこれ以上固執して、
戦線を維持するために必要な物資を失う愚を避けることを選択したのだ。
並みの将であれば、自分の失点を認められずに引き際を誤ったであろうが、
帝国の悪魔という異名は伊達ではなく、グレゴールは将として己の非を認め、
戦略物資の搬送が可能な余力を残した内に撤退するという、
残された中で最良の選択肢を採ることが出来た。


そして、この決断はギリギリの状態で何とか生の境界線側に立って戦い続けた
ウェルキンに付き従う第七小隊の面々が命拾いしたことも意味していた。
彼等は、少し離れたところから聞こえる銃声と格段に弱まった敵の銃火から、
自分たちが助かったことと、奇跡に近いと思っていた勝利を手にしたことを理解する。




「敵の攻撃が弱まったところを見ると、別働隊の攻撃は上手く行ってるみたいねん」
「分かったから!くねくねしながら近づくんじゃねぇ」

「もうっ、ラルゴ様のイ・ケ・ズ☆」

敵の戦車を破壊しつくして一先ず仕事をやり終えた対戦車歩兵の二人は
基地の奥へと前進する突撃兵や偵察兵達を見送る。彼らの無事を祈りながら。
ちなみに、基地正面の防衛を命じられた対戦車兵と一部の狙撃兵に混じって
安全な後方に留まろうとした偵察兵扱いの参謀クルトは、
どこかの野球好きの少年のように女性に耳を引っ張られながら、戦闘が続く基地の奥へ引きずられて行った。


「小僧ども、死ぬんじゃねぇぞ。せっかくの勝ち戦なんだからよ」
「あぁ~ん、ラルゴ様渋くてステキ過ぎるわん!痺れちゃう」






「もたもたしないで下さいまし!また、あの方に遅れを取ってしまいますわ」
「俺はずっと遅れてたかったよ!」

銃弾を掻い潜りながら、基地の奥へ奥へと走る男女、
これで二人が恋人同士なら、ちょっとした戦場ドラマなのだが、
男の方は彼女を命賭けて守る騎士のように付き従っている訳ではなく、無理やり引っ張られて来ただけ、
少女の方も、ライバル視する突撃兵のエースに勝る戦果を独力で立てるのが難しいと考え、
言うことを聞かせれそうなクルトを自分の援護をさせるために無理やり連れて来ていただけである。


「何を軟弱なことを、せっかくの武勲を立てる好機をみすみす逃すつもりですの!」
「馬鹿、止まるなっ!!」 「きゃっぁ!なっなんですの?」

「急に立ち止まるんじゃねーよ!!蜂の巣にされた・・いのか・・・」

ブ-ブー後ろで文句を言う男に叱咤を入れようと立ち止まって振り替えった少女は、
当然、ヘッドショット狙いたい放題の動かない的になってしまう。
急に止まれない後ろを走るクルトに突き飛ばされて建物の影に倒れこむことが出来なかったら、
二人揃って目出度く第七小隊初の二階級特進者になっていただろう。
もっとも、超人でも英雄でもないクルトが銃弾の雨、嵐から女の子を格好良く守って無傷なんて美味しい目を見られるわけも無く、
しっかりと被弾して、大尉への階段をゆっくりと登り始めていたが・・・


「ちょっと、しっかりなさって!!しっ死んだら怒りますわよ!!
 お願い!!衛生兵、早く来て!!血が止まりませんの、血が・・・」


動かなくなったクルトの背中から溢れ出る血を、
軍服が汚れるのも厭わずに押さえ続ける少女の悲痛な叫び声が、深い森の奥で木霊する。

戦場ではあたりまえの突然の不幸が、クルト・キルステン少尉の下に訪れていた。





「ほぅ、追って来ないか。中々、敵さんの中にも分かっている奴が居るじゃないか
 よぉーし!ここまで来れば伏兵を置く必要はない。全員で仲良く逃げるとしよう」


煙が立ち昇る基地の方向を見ながら、殿を買って出た帝国軍のイェーガー少将は、
深追いをせず、基地の確保を優先した名も知らぬ敵将に高い評価を与えていた。
曲がりなりにも帝国の悪魔と呼ばれる名将グレゴールを退けるだけでも賞賛に値するのに、
その勝利の美酒に酔うことなく、無理な追撃を控えるという最良の選択をしたのだから・・・


「ウェルキン!大変なのクルトが・・、クルトが撃たれたの!!」
「なんだって?!ファルディオ、済まないが僕達はいったん・・」

「分かってるって、基地の守備は俺達第一小隊に任せておけ」

「ありがとうファルディオ!アリシア、急いで戻るぞ
 僕たちの第七小隊の隊員から戦死者を出す訳にはいかない!」
「うん!」


もっとも、敵の名将からそんな高評価を頂いていることなど知らないウェルキンは、
勝利を喜ぶ以上に、撃たれた参謀を救うことで頭が一杯になっていた。
考え方も違い、相容れない部分も多い参謀ではあるが、自分の大切な部下で小隊の隊員である。
そして、自分を助けたせいだと言って泣きじゃくりパニック状態の少女を
これ以上、悲しませる結果を彼は出したくは無いと強く思ったのだ。

そんな、勝利以上に仲間のことを思いやる隊長のウェルキンの姿は、
アリシアだけでなく、他の隊員からの信頼やら好感度もグッと高めていた。


こうして、攻略した基地の守備を第一小隊に丸投げした第七小隊は
応急処置の終わった負傷兵を医療機関に送り届けるため、
疲れた体に鞭を打ちながら来た道を全速で駆け抜けて行くのだが、
その道中、現実というものが物語のように都合よく行かない事を
彼等は意図的に忘れようとしていた。
女の子を助けたヒーローがあっさり死ぬわけが無いと・・・


だが、搬送された病院の医師の口から
奇跡的に軽傷でしたとか、弾の当たり所が良かったという都合のよい言葉が発せられることも無く、
代わりに与えられたのは『最悪の事態も想定してください』という、
彼等が、血まみれの少女が一番聞きたくない言葉であった。



『ごめんなさい。ごめんなさい・・・』と誰に向かってするでもない謝罪を擦れた声で繰り返す少女の姿は、
戦争の持つ残酷さを周りで力なく立つ人々に深く知らしめていた。


クローデンの森と少しはなれた街の病院は、重苦しい沈黙に支配されていた・・・







[15115] 戦場の晩餐
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/04 19:45
ヴァーゼル橋奪還作戦、クローデン補給基地攻略作戦と立て続けに困難な任務を成功させた
義勇軍第三中隊の声望はガリア公国内で鰻登りのストップ高状態で、
その中核をなした第七小隊隊長のウェルキン・ギュンター等に対して、
ラジオや新聞各社から取材依頼が殺到することとなる。

これに対して、軍上層部はガリア公国民の戦意を高揚させるのに英雄を生むのは好都合と考え、
アマトリア基地に第七小隊に対する取材を希望する一人の記者の立ち入りを許可する。




「なるほど、そう言う経緯でエレットさんはこの基地に取材に来たわけですか
 でも、取材するなら俺みたいな負傷兵より、隊長の取材した方がいいんじゃないですか?
 ギュンター将軍の息子にして新たな英雄、分かり易くネタにしやすいと思いますけど?」

「あぁ、そっちの方の取材も当然進めているんだけど、ちょっとした問題があってね
 それに、ウェルキン・ギュンター少尉に次ぐ視線をガリア国中から向けられている
 貴方、名参謀クルト・キルステン少尉への取材なくして、第七小隊の取材は終わらないわ」


眼鏡とベレー帽の似合うラジオGBSの女性従軍記者、イレーヌ・エレットの取材攻勢は、
隊長のウェルキンだけでなく、先の作戦で一時危篤状態に陥ったものの何とか回復し、
基地内にある医務室で非常に気楽な療養生活を送る参謀のクルトにまで及んでいた。


「そんな大した男じゃないと思いますけどね。今までの作戦の成功もうちの隊長と
 第一小隊の隊長のファルディオの指揮とそれに従う隊員達の活躍あってこそさ」

「ふーん、参謀は功を誇らず、影に徹するものなりってことかしら?まぁ、良いわ
 例えそうだったとしても、この前のクローデン攻略作戦で自身の危険を顧みず
 銃弾に晒された同僚の少女を命を賭けて救った英雄的行為は無くならないしね」

ウィンクしつつ悪戯っぽい笑みを浮かべるエレットは、はぐらかされないわよと言外に語る。
そんな彼女を見返しながら、クルトは面倒な女に目を付けられたと頭を抱える。
だが、そのまま頭を抱えているだけでは英雄に仕立て上げられてしまうので、
盛大に勘違いしている活力に満ちた女性記者に真実を説明していく。


「まったく、どこをどう間違えたら、そんな風に伝わるんだか、別に女性兵を命賭けで
 助けた訳じゃないですよ。前を走っている女性が立ち止まったから、後ろを走ってた
 俺がぶつかって、そのまま建物の影に一緒に転がり込んだお陰で助かっただけですよ」

「ふーん、私がそんな子供の読むギャグマンガみたいな話を信じると思う?」
「信じてほしいなぁ~、現実は小説より結構馬鹿げているもん何だけどねぇ・・」

「はいはい、名参謀殿は謙虚で軍事的才能に溢れているけど
 ジョークのセンスだけは欠けていたと、放送させて貰うわね」
 

間違った事実を真実と疑わないエレットが颯爽と病室から立ち去るのを見送りながら、
どこをどう間違ったら自分が英雄になるんだよと欝になるクルトだった。
下手に有名になって、無様に逃げだした時に世間の目が厳しくなってしまうことを
彼は心のそこから恐れていた。




「傷の方はどうだい?そろそろ病室暮らしから抜け出せそうかな?」

「思ったより治りが悪くて、まだまだ戦場には立てなさそうです。不甲斐ない参謀で
 申し訳ありません。せめて、隊長達の武運をベッドの上から祈らさせて貰いますよ」

「兄さん、軍医の方の話では検査後の明後日には、通常の任務に戻れるそうです」
「そうか、それは良かった。これからもよろしく頼むよ」

予備役生活を少しでも伸ばしたいという参謀の淡い希望はイサラの冷たい言葉で消し飛ばされてしまった。
銃弾自体は貫通しており、内臓の損傷も比較的軽かったクルトは失血多量で死に掛けただけであったらしく、
一度、重篤な状態から回復すると生来の傷の直りの早さも手伝って、
医師の見立て以上に早い現場復帰がかないそうであった。
もっとも、この事実は怪我をした本人にとって全く嬉しくない事実であったが・・・


「そうそう、今日は取材に来てくれた記者のエレットさんが第七小隊の
 隊員達に取材のお礼として、旨い肉をたくさん振舞ってくれるんだけど」

「怪我のお加減がよろしくないようですから、仕方がありませんね」

「おいおい、そりゃないだろ!クソ不味い衛生兵の料理をどれだけ我慢してきたと
 思ってるんだよ。ちゃんと復帰するから、久しぶりの肉を腹いっぱい食わせてくれよ」

「へぇ~、私達三姉妹の料理はそんなに不味いですか?へぇ~」

「いや、その・・料理の腕とかじゃなくてさ、病院食ってのが問題なんだよね?ね?」


「うん、あまり長居してキルステン少尉の傷に触ったら悪いし、僕達は
 そろそろお暇しようかな?少尉、準備が出来たら隊の者を迎えに行かせるから」

「キルステン少尉、現場復帰が遅れないといいですね」

同じ顔をした三人に囲まれるという恐怖体験をしている男を見捨てた
ギュンター兄妹はそそくさと医務室をあとにする。
危地に悪戯に留まることなかれという非常に理に適った教えを彼ら二人は実践して見せた。
この世界では、衛生兵だけには逆らってはいけない事を二人はよく知っていた。





「開いてるぜ?入ってくれ」

夕暮れ時、ノックの音にクルトは軽い声を返す。
旨い肉の焼ける匂いが、開いた窓からも入り込んでおり、
彼は宴へのお呼びが来るのを今か今かと待っていたのだが、


「失礼しますわ。宴の準備が終わりましたから、呼びに参りましたのよ」
「何だ、隊長の言ってた迎えってのはお前だったのか」

「ちょっと参謀、『何だ』はないんじゃありませんの?第七小隊のアイドルが
 わざわざ、貴方のお迎えに来て差し上げたのですよ!もっと喜んで下さいまし!」

ただ、迎えに来たのが見慣れすぎた少女だったので、多少ウンザリした気分になった

件の負傷劇以来、イーディは自身の命の恩人であると勘違いした患者の下へ
毎日のようにお見舞いに訪ねてきていたため、クルトは些か彼女の顔を見飽きていたのである。

「冗談だって、毎日、見舞いに来てくれる相手を無碍にしないさ
 わざわざ迎えに来てくれてありがとな。そんじゃ、食いに行きますか」

「まったく、最初から素直にお礼を言えませんの・・」


自分の感謝の言葉に照れて横を向きながらブツブツ言う少女の姿に苦笑いしながら、
クルトはベッドから起き上がり、床に降り立つ。
さすがに本調子とまでは言えないが、日常生活を送る分には問題なさそうである。
この分なら軍医の見立て通り、明後日には行きたくない戦場にも十分立てそうであった


「そうそう、イーディにはまだ言ってなかったけど
 残念なことに、明後日には退院することになりそうだよ」

「退院するのが残念って、どういう意味ですの?・はっ、退院したら・・だからですの?」
「イーディ、・・おーい?考え込んでるとこ悪いけど
 肉が無くなる前に行きたいから、さきに行くぞ?」

「へぇっ?お待ちなさい!そもそも、わたくしが居ないと場所が分かりませんわよ」

危ない場所に行きたくないクルトに声を掛けられた、妄想中のイーディは単純な所がかわいい少女だった。
もっとも、目の前で人畜無害そうな顔をする男が自分を助けようとしたのでは無く、
ただ自分が助かるためだけに、邪魔な自分を突き飛ばしたと真実を知ったら、
そのような妄想など直ぐに雲散させてしまうだろうが。

もっとも、そんな勘違いで生まれた好意を知りながら、敢えて訂正しようとせず
自分にとって都合が良い事実は放置して置けば良いと考える男も男である。
派手に記事にされるのは好ましくないため、エレットには誤解を訂正しようとしたが、
それが叶わないとなると、『味方を命がけで助けようとした』という事実を最大限に利用する方針に素早く転換したのだ。
英雄という虚名を持たざるを得ないなら、せいぜい有効に使ってやろうと彼は考えていた。


偶然死に掛けてヒーローになってしまった男と、ヒロインになったと思い込んだ少女、
全く重ならない想いを持つ二人の関係が、優しくない戦場でどのように変化するのか、
この時点では誰も分からない・・





「おう、死に損ない!傷のほうはいいのか?」
「ラルゴ様のように筋肉をもっとつけないと長生きできないわよん♪」
「クルトさん、今度はちゃんと僕も窮地に連れて行ってくださいよ」


少し遅れてバーベキュー会場にたどり着いた二人に声を掛ける
ラルゴやヤンのような情に厚い隊員達もいれば、


「フヒ、肉・・フヒヒ、肉肉・・」
「アリシアお姉さま~、わたし火傷しちゃいましたぁ~♪」

彼らに気づくことも無く、自分の欲望に忠実に従って行動する隊員達もおり、
様々な境遇を持つ寄せ集めの義勇軍らしい個性的で賑やかな宴になっていた。


彼等の多くは知っていた。

自分たちはいつ死ぬかも分からぬ身なのだと。
だからこそ、最後を迎える時に後悔しないように、好きなように行動しようと・・・

横に立つ仲間が明日には居なくなっているかもしれないことを。
だからこそ、少しでも悔いの残らない絆を結ぼうとしていた。


エレットのカメラに写された隊員達は笑顔に溢れていた。
現像された写真はどこから見ても楽しそうな宴の光景にしか見えなかった。

ただ、不思議なことに、どの写真も悲しい写真に見えた。




「はい。お肉だけでなく、ちゃんとお野菜も食べないと体に良くありませんわよ」
「せっかくの肉パーティだっていうのに、野菜なんか食わなくたっていいだろ?」

「何だとっ!俺の野菜を『なんか』だとぉお!!」
「なに?何ですの?私のラルゴ様に喧嘩を売る気?
 それなら、この私が筋肉の限りを尽くして相手になるわよ!」


「兄さん喧嘩だよ!!」
「面白そうだなエミール!!いいぞ、へっぽこ参謀をぼこぼこにしろ!!」



だが、心配することは何もない。

その写真が見るものを悲しくさせたとしても、
そこに写された人々は決して不幸ではないのだから・・・
彼等の内、何人がその写真を懐かしみ持って見ることが出来るかは分からない。

だが、ひとつだけ確かに言えることがある。
この場にいる人々は、『生きていた』と・・・
漠然とした日々をただ無為に過ごすのでは無く、大なり小なり『夢』を持ちながら、

征暦1935年、戦火で燃え盛るヨーロッパ大陸に住まう人々は、
それ以上に熱い情熱を持って生きていた。明日を、未来を手にするために・・・




[15115] 戦場の離脱
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/10 12:44
ダルクスの災厄、邪法の力で都市を焼き払いヴァルキュリア人に滅ぼされたダルクス人は、
その2千年前の神話なのか、伝説なのか分からない話を理由として、ヨーロッパ大陸で忌避される民族となった。
彼等は存在するだけで不幸を撒き散らすとして、帝国などでは厳しい迫害を受けており、
ラグナイト鉱山で厳しい採掘作業に強制的に従事させられ、酷いときはダルクス狩りと称した虐殺の被害にあっていた。

ガリア公国においては帝国ほど激しい迫害や弾圧は無いが、ロージーほどでは無いにしても、
邪なる者、ダルクスを嫌悪する人々は少なくなかった。





「今回の任務はいったい何なんですの?わたくし、
 埃っぽい砂漠とかに長々と居座りたくありませんわ」

クローデンの森以降、しっかり自分の横をキープしている少女は
スイカに噛り付きながら、風が吹くたびに舞い上がる砂と埃に対する不平不満を溢す。
土の上を歩いている時とは比べ物にならない不機嫌さである。

「まぁ、そう言うなよ。バリアス砂漠の周辺に帝国軍が駐留しているって
 情報の真偽を確かめるだけでOKな、うちの小隊にしては簡単な任務だ
 多少の砂埃ぐらい我慢しろよ。安全で楽な任務なんて最高じゃないか?」

「そんな任務地味すぎますわ!このイーディ・ネルソンが華麗に活躍する
 そういう任務をわたくしは求めていますのに、まぁっったく面白くないですわ!」


強い日差しと砂塵から体を守るために張ったテントに座る二人の意見は
相変わらず重ならないのだが、会話はぽんぽんと続いていた。
このまま何事も無く偵察任務が終われば幸いなのだが、
そうは問屋が卸してくれないのが、第七小隊の悲しいところであった。


「さて、そろそろ一勝負に行ってきますかね。カードの負けはカードで取り返さないとな」

「ふんっ、またカモにされても知りませんわよ!
それに、この前お貸したお金はきっちりと返して貰いますわよ」


「分かってるって、これからバ-ンと大勝負で荒稼ぎして二倍にして返してやるよ」


イーディと一緒にアリシアの焼いてくれたパンをもぐもぐしたクルトは、
かつての雪辱戦を果たすために、ヤンやラルゴ達の待つ決戦場に向かう。
それを見送る少女は賭博なんてと非常に不機嫌そうな顔をしていたが、
強引に阻止するのも不自然と考え、渋々見送った。




「あぁ~、僕は不幸だ。敗北の苦痛を知ることすら出来ない」
「まぁ、負けたら潔く払うのが男ってもんだ。悪いな」

「ほんと、参謀ってよぇーなぁ」
「うふふ、これで私もカモから卒業かしら~?」


糞が!ヤンの野郎、てめぇはカモよりカマから先ず卒業しやがれ!
何で、ついさっきまで潤沢に有った軍資金がもう枯渇し始めているんだ。
理解不能って状態だ。俺はコイツと勝負する前までは、こんなに負け越したことはないぞ。
おかしい、明らかに不自然だこいつら、グル・・・なんじゃ?

「おやおや、どうされました?そんな鋭い視線で・・」
「カロス、参謀殿は痛く負けが込んで不機嫌らしい
 もうそろそろ、いつものようにやられ役になってやれ」

「さすが、ラルゴ様!お馬鹿な子羊ちゃんにも優しいわ~ん」
「ふふ、羨ましいですよ。その絶望に染まった表情・・・すべてに裏切られた顔だ」


こっ、コイツ等を甘く見ていた。いつもカモられるヤンに、
戦場と同じようにやられ役のカロス、
そして、餓鬼らしい稚拙な勝負運びのオスカーと自分の欲望に負けたのかワザと負けてみせるホーマー、

こいつら相手なら楽に稼げると完全に油断していた。そして、知らず知らずレートを上げて、
欲をかいた大勝負を仕掛けた瞬間に、ラルゴの野郎がごっそりと収穫しやがった。
全部、計算づくの流れだったんだ。俺は良いように踊らされていただけだと・・・

「まぁ、博打っての野菜と同じでな。慌てて小さい内に引っこ抜くんじゃなく
 じっくりと愛情を持って大きく育てたところで収穫するってのが大事なんだよ」


勝者と敗者が生まれる戦場で、後者に回った人間の末路は哀れなものである。
空の財布と地面の砂を握り締めながらうな垂れる男は立つことが出来ないまま、
しばらくの間、砂漠の冷たい夜の中、独りその身をさらしていた・・・




「クルト、どうしたの?元気ないわね?」
「アリシア・・・、人って悲しい生き物だな。嘘をつく生き物は人間だけなんだよ」

「ふぇっ?何?クルトまでウェルキンみたいに良く分からない話するの?」

昨晩の件で憔悴する参謀に声を掛けたのは自警団からの同僚のアリシア・メルキオッド軍曹だった。
彼女の自分を労わる言葉に対して、クルトは人の持つ業の深さについて語らずには居られなかったのだ。
だが、そんな傷心の男が取ろうとした行動は、マイペースな隊長殿にあっさりと潰されてしまう。

「キルステン少尉、確かに言葉で嘘付くのは人だけかもしれないけど
 自然界では動物も植物も生きるために別の物に擬態したりして・・・」

「兄さん!生物学の講義はそこまでです!前方に帝国軍の戦車と歩兵が見えます」


ただ、得意げに語るギュンター先生の授業も妹のイサラの伝える
不愉快な事実によって途中で中断させられることになった。
帝国軍がバリアス砂漠の遺跡周辺に駐留しているという情報は残念ながら正しかったようである。

前方の敵を見据えながら、アリシアは勇ましく銃を持ち返し、イサラは戦車に素早く潜り込む。
そして、隊長のウェルキンはいつもとは違う凛々しい表情と声で第七小隊の隊員達に戦闘準備を指示していく。
そして、参謀のクルトはそんな光景をウンザリとした顔で眺めながらガックリと肩を落とす。
気楽な遺跡見学などという甘い幻想は厳しい現実によって打ち砕かれたのだ。




「前方に見える帝国軍に砂漠の起伏を利用しながら接近し、叩く!
 第一小隊は大きく迂回して敵の後方から攻撃を仕掛ける手筈になっている」

「概ね参謀の説明した通りだが、今回の戦いでは敵への接近を
 後方から援護する狙撃兵の働きが重要になってくる。頼んだぞ!!」

「おっしっ!任せてくれ。エミール、がんばろうな!」
「・・・了解した」「援護は任せて、仲間のために頑張るわ」


敵の防御作戦が整う前に接近して強襲するのに加えて、別働隊の第一小隊が別方向から攻撃を仕掛掛ける。
クローデンの森と変わらぬ二番煎じの策だが、
偶然見つけた獣道といった不確定なル-トを使うわけではないので確実性はより高かった。
また、戦況が不利となれば後方に待機した狙撃部隊の援護を利用して、
前進する時と同じように起伏に隠れながら撤退する方法も採りやすく、実にクルトらしい作戦であった。

もっとも、驚異的な命中率を誇る狙撃チームの存在あってこその作戦で、
消して彼の作戦立案力が優れているという訳ではなかった。


「ようやく、やってきましたわ!この、わたくしが活躍する大舞台が!」

「イーディさん、張り切るのは良いんだけど
 あんまり調子に乗って一人で突出すると迷子になるよ」

「ホーマー!!うるさいですわよっ!!そんな心配はする必要はありませんの!」

作戦知らされた隊員たちの反応も個性に応じて様々で、
自分の活躍を信じて疑わない前向きなものもいれば、ネガティブな意見を漏らすものもいる。


「古代の遺跡に、目前には帝国の兵士たち、いいねぇ~、冒険って奴だ!」
「いいねぇ~、また帝国兵を殺れる。ひぃ、ふぅ、みぃ・・皆殺しにしてやるよ!」

同じ言葉でも、それを発した者が違えば意味合いも、大きく異なっていた。
だが、彼等は同じ小隊の隊員で、作戦を成功させるという共通の目的を持っていた。

第七小隊の隊員はそれぞれ武器を手に持ち、自分の役割を果たすため作戦行動に移る!!




「前方よりガリア公国軍の襲撃です!」

「言われなくても分かっている!!殿下がお戻りになるまで持ちこたえるぞ
 全員、正面の敵に備えて陣形を整えろ、後方の遺跡まで突破を許すな!!」


先手を打たれた形になった帝国軍は正面からの攻勢に備えるため、
隊列を慌てて組みなおそうとするが、それは思うように進まなかった。
第七小隊の狙撃兵たちが次々と小隊長や分隊長といった指揮官クラスの頭を撃ち抜いていくため、
指揮系統が混乱して、思ったように命令が全軍に伝わらなかったのだ。




「よし!マリーナいいぞ!オスカー、次はあいつだ!なんか、あの動き偉そうだ!!」

「了解!・・・でも、本当にアイツが上官なのかな?」
「無駄口叩いてないで!脳漿をぶちまけさせろっ!偉いやつに媚を売る天才の
 俺の嗅覚がアイツは一般兵じゃないと教えてくれている!!アイツを撃て!!」


もっとも、その混乱の原因が双眼鏡片手に意味不明なことを喚きながら参謀が生み出していると知ったら、
帝国の指揮官は発狂してしまったかもしれない。

意外なところで役立つ参謀のポテンシャルに助けられながら、狙撃兵チームは味方の援護をしながら、
敵の指揮官クラスを順場に、確実に始末していく。


こうして、前線で自分が得るはずだった筈の戦果を、
迂回して側面から容赦なく帝国軍に襲い掛かる第一小隊の猛者たちと
後方の狙撃チームに根こそぎ奪われた少女はまたしても活躍の場を逃して悔しい思いをすることになる。

砂漠の遭遇戦は新たなアイドルを生み出すことも無く、第七小隊と第一小隊の勝利によって終わりを迎える。





「しかし、でっかい遺跡だねぇ」

「あぁ、二千年前もの昔にこれだけの遺跡を作り上げたヴァキュリア人が
 神の力を持つと言われるのも、様々な伝承によるだけでなく、こういった遺跡が
 各地に遺されていて、その巨大な力の片鱗が確たる証拠として存在しているからだ」

目を輝かせながら、ヴァルキュリア人についての見解を語るのは
大学で考古学を専攻している第一小隊隊長のファルディオ・ランツァート少尉だった。

先の遭遇戦で第七小隊と共闘して勝利に貢献した彼は自分の知識欲を満足させるため、
いったん遺跡のから離れた部隊の駐屯地から抜け出し、
誘ったウェルキンやアリシア達と共に遺跡の入り口の前へ訪れていたのだ。


「まぁ、ここで長話をしていても仕方が無い。入るんだったら早く行こう」

「そうね。また、帝国軍が来ないとは限らないし、急ぎましょう
 でも、なんかワクワクするよね。ウェルキンもそう思わない?」

「あぁ、同感だね。こんな凄い物を間近で見たら、ファルディオじゃなくても心が躍るさ」

「やれやれ、ようやく親友も考古学の素晴らしさを実感してくれたようで
 それでは、ヴァルキュリアの遺跡へ足を踏み入れ、歴史を遡るとしましょうか」


ノリノリの三人を尻目に面倒臭くなってきたクルトは独り遺跡の入り口で待機しようかと考えたが、
『せっかく、来たんだから一緒に行こうよ』と笑顔で誘ってくれる同僚に負けて、
いやな予感を持ちつつ、『神の力』で作られたというバリアス遺跡に足を踏み入れる。






「光が入ってこなくても明るいって事は、壁にラグナイトの結晶が含まれているって事か」

「ご名答、名参謀殿は中々鋭い観察眼をお持ちのようで
 この遺跡自体がラグナイト含有率が高い石で作られている」

「へぇ~全部がそうなんだ。ウェルキン、何かすごいね?」

ファルディオ先生の上機嫌な解説に素直に感心して驚くアリシアは、
クルトの目から見てもクラっとしてしまうほど愛らしかった。
女性に鈍感な小隊長殿ですら『あぁ』とか『うん』とか、
なんともな~な回答しか返せないのだから、中々の破壊力と見てよさそうだった。


そんなラブコメな二人を見て苦笑を溢した未来の考古学者殿は、
二人のお邪魔をするような野暮なことはせず、
壁に書かれた古ノーザン文字をメモに取りながら読み解いていく。
ただ、そこに書かれているのは伝承通りの事ばかりで、
ダルクスによって多くの街と人々が焼かれ、槍を持ったヴァルキュリア人に
やっつけられました。おしまい。・・といった感じで真新しさは皆無であった。
まぁ、彼らより以前に何人もの研究者や考古学者たちが調査にこの遺跡を訪れているのだから、
新事実の発見など『普通』は起こるわけは無いのだ。


「大地を焼いた民族のダルクス人の悪口が壁一杯に書かれているってことか」

「簡単に言えばそうなるな。まぁ、自分達の民族の功績を誇張して遺すなんてことは
 どこの古代文明でも有り溢れた話だから、ここに書いてある事が全て事実とは言えない」

「もしかしたら、まったくの出鱈目ってこともあるのか?」

「さぁ、無いとは言えないが、もしそうなら、
 歴史観がこれまでとは大きく変わることになるな」

「なるほどねぇ。ファルディオ先生、貴重な講義をもう少し聞いておきたいところだが
 もうそろそろ、冷えてきた。砂漠の夜は冷えるのは知っての通りだし、帰らないか?」


一瞬、寒気を感じたクルトがまだ話足りなさそうなファルディオとの歴史談義を打ち切って、
小隊が駐留している場所への帰還を提案すると、第一小隊の歴史大好き小隊長は残念そうな顔をしながら頷いた。
その仕草をみながら、クルトは二度とファルディオの前で歴史の話をするまいと誓っていた。
それほど興味の無い話を長々と聞いてやる慈悲深さを彼は持ち合わせてはいないのだ。




「ファルディオ、クルト!!来てくれ!!」
「扉が急に開いたのっ!!」

完全にお帰りモードになっていたクルトは上官の隊長とその下士官の呼び声に心底ウンザリした顔を見せる。
声のする方に駆け出した男の目の輝きを見て、帰還が更に大幅に遅れることを悟らずには居られなかったのだ。


興奮して扉の奥に入ろうとするファルディオに『自重しろ歴史厨』といった感じで止めるウェルキンとクルトだったが、
アリシアも入って見たいと言い出したため、諦めて遺跡の扉の置くに足を踏みいれることとなる。


「ファルディオ、どうしたんだい顔色を変えて?何が書いてあるんだい?」
「いや、たいした事じゃない」

新たな碑文だ、歴史的新事実の発見だとウザイくらい興奮しながら遺跡の奥に進んだ
親友が押し黙ったのをみて不審に思ったウェルキンは声を掛けるが、
ファルディオはそれにしっかりと答えようとしなかった。いや、驚きのあまり答えることが出来なかったのだ。


「何か、音がする?もうしかして奥に誰かいるの・・?」

更に深い思考に陥りそうな未来の考古学者は止めたのは、この場に導いてくれた女神だった。
直ぐに短銃を抜き放った小隊長の二人組みとライフルを構えるアリシア、
そんな三人を他所にクルトは自分ひとりでも逃げられるように、退路を確保をしやすい後ろにさがる。


彼等が警戒を強める中、かつかつと遺跡の床を叩くような・・・、
自分たち以外の誰かの足音が近づいてくる。
そして、通路の影から現れた人物に四人は警戒の混じった驚きの声を上げる


「帝国兵!?」「何者だっ!!」

「どうやら帝国の蒼き魔女の姿を目にするのは初めてか?」

四人の言葉に冷ややかな返答を持って応じたのは、銀髪の美しい女性だった。
そして、『蒼き魔女』という言葉にファルディオは目を見開きながら彼女の名を呟く。

セルベリア・ブレス・・・、そして、そこから推察される横に立つ金髪の男の名は
ガリア方面侵攻部隊総司令官のマクシミリアンに他ならない。


「くたばれ、帝国野郎!!」
「マクシミリアン様!!」

一番最初に動いたのは意外なことにクルト・キルステンだった。
彼はアリシアが抜くより早く腰の拳銃を抜き放ち、マクシミリアンに向けて銃弾を撃った。

味方の三人すら置いてけ堀にする無節操な攻撃は『蒼き魔女』ですら出し抜き、
その驚異的な神の力を使って彼を守ることを許さなかった。
セルベリアが弾けなかった一発の銃弾、一介の義勇軍に過ぎない少尉によって放たれた凶弾は帝国軍大将の肩を打ち抜いた。


「貴様貴様ぁああっ!!下賎の身の分際でマクシミリアン様を傷つけるとはぁあっ!!」

手に携えた特殊な形状の剣を持つセルベリアは許されない事態を目の前にして、
怒声を上げるに留まらず、明確な殺意を目の前に立つクルトにぶつけ、その身を更に蒼く燃え上がらせる。


「ちっ、もう少し射撃の腕があれば脳天ブチ抜けたのに、ミスった」
「ちょっと、ミスッたじゃないわよ。クルト、相手めちゃくちゃ怒ってるわよ」

「ウェルキン、どうやら、話し合いはもう無理のようだな
 まぁ、ガリアと帝国は所詮敵同士だ。大人しく殺し合いをするしかないか」
「状況が状況だから仕方が無いとは言え、出来るだけ穏便に済ませたかったんだが・・・」


カチカチと二度引き金を鳴らしたクルトは弾切れを呪いつつ、自らの腕の無さに毒づいて汗を垂らす。
余裕こいて無軽快な馬鹿を先制攻撃で始末しようとした目論見は失敗したのだ。
小物らしく大将首を前にして気が逸ってしまったのだ。

もっとも、いくら後悔しても遅そうであった。
目の前で蒼く燃え上がる女性は化け物染みた殺気を自分に
オッパイぷるんぷるんさせながら向けてきており、
それに本能が死を感じとって体が竦み、新たな銃弾を装填することも出来ずに立ち尽くす。
周りの三人も似たようなもので、セルベリアから発せられる圧倒的な殺気を前にして、
銃を構えるのが精一杯で、続けて銃撃を加えることは出来なかった。

完全に蛇に睨まれた蛙状態になった四人だったが、
彼らに対する救いの手は、予想外なところから差し伸べられた。


「ぐっ・・、止めよ、セルベリア」「マクシミリアン様!」

「これは余の慢心が招いたこと。これ以上この神聖な場を血で汚すことも無かろう」

肩を押さえながら、激高するぷるんぷるんを静止する。
目的の情報をこの遺跡で手に入れた彼はこれ以上ここに留まる気も無く、
無駄に争う気も無かったようである。


「貴様、名前は?余の身を傷つけた者の名を、自戒のために覚えておきたい」

「けっ、キザ野郎が、俺様の名はラルゴ・ポッテル様だ!
 帝国に不幸をもたらす男だ!よ~く覚えておくんだな!」

堂々と他人の名前を使うクルトに『ちょっおま・・・』といった視線を向ける三人だったが、
そんなことを知る筈も無いマクシミリアンは『そうか、覚えておこう』と頷き、
未だに歯軋りしそうな位に怒っているぷるんぷるんを引き連れて立ち去る。

ちなみに『ラルゴ、貴様は帝国軍がもっとも憎む敵となった。覚悟しておけ!』と
去り際にセルベリアに告げられたのは四人だけの秘密である。




「さて、この後はどうしますかね?一先ずの危機は去ったし
 もうそろそろ帰った方が良いんじゃないか?もう疲れたぜ」

「悪い。先に三人は帰っていてくれ、俺はもう少しだけこの遺跡を調べてみることにする」


マクシミリアン達が立ち去るのを見送って一息ついたクルトの提案に
他の二人は同意したのだが、マクシミリアンが奥で何を見てきたのかが引っかかったファルディオは、
ここに留まり、もうしばらくだけ調査することを主張したのだが、その目的は、永遠に達せられることは無くなる。


「なにっ!地震!?」
「いや、地震なんかじゃない。これは砲撃の音だ!
 不味いぞ、遺跡が崩れる前にここから逃げ出すんだ」

「お~い!もたもたしてると置いてくぞ?」

マクシミリアンは遺跡を出ると伏せていた自身の本体を動かし、
用済みとなった遺跡を破壊するため、激しい砲撃を立て続けに加える
ウェルキンはその轟音と振動に驚きながらも直ぐに遺跡からの離脱を提案するが、
一人はそんな事を言われる前に出口の方に向かって、既に駆け出していた。


「こらっ!待ちなさーい!一人で逃げるな!」

「逃げ足の速さを褒めるべきか、引き際の判断力を褒めるべきか」
「ファルディオも考えてないで、さっさと外に出るんだ!」

「悪いな。俺はもう少しだけ調べることがある。クルトに続いて先に行ってくれ」


尚も遺跡に居残ろうとするファルディオに足を止めるウェルキンとアリシア、
彼等を余所にクルトは振り返ることもなく、崩れ落ちる壁や天井の石を掻い潜りながら出口まで走り抜ける。




「アリシアを頼む!!」
「『ウェルキン!?』」

懸命な参謀と違って避難が遅れた三人は二人と一人に分かれて生き埋めになった。
上からの崩落に気が付いたウェルキンがアリシアを突き飛ばし、親友に彼女のことを託したのだ。
そして、彼の名を叫ぶ二人も視界から一瞬で消えた彼に遅れること数秒、
同じように遺跡の瓦礫に覆われて閉じ込められる。

無事に出口までたどり着いたのは全力で走りきったクルトだけであった。





「助かったよクルト、君が無線で近くを偵察していたイサラ達を
 呼んでくれなかったら、僕は崩れかけの瓦礫に押しつぶされていたよ」

「隊長、ぼさっとしてさっさと逃げないからですよ。まぁ、助かって良かったですよ」

唯一、無事に遺跡を脱出したクルトは『多分、死んだな』と薄情なことを思いつつ、
助けを呼ぶため、無線で近くに居る隊員に連絡を取ろうとしたところ、それぞれ偵察任務中の
第七小隊のイサラとヤンに第一小隊のラマール・ヴァルト軍曹とモブ・キャラン伍長が捉まったという訳である。

「良かったじゃない!まだ、俺達の隊長は見つかってもいないんだぞ!!」

「落ち着いてください。子供みたいに騒いだからと言って
 アリシアさんや貴方の隊長が見つかる訳じゃ有りません」

尊敬する隊長が生死不明という状態で気が立っている第一小隊のラマールは、
のほほんと会話をするウェルキン達に立腹して大いに声を荒げるが、
イサラにきつい一言をぶつけられる。
横のヤンは『イサラこわ~い』とか言いながら相変わらずクネクネしていた。


「なんだと!お前達ダルクス人がいる小隊になんか関わるから
 隊長が死んだらお前のせいだからな!絶対許さないからな!!」

「ガタガタうるせーぞ!テメェーのところの隊長が死んだら自業自得だ
 さっさと逃げろって言ったのに、遺跡に夢中になってたアホ野郎のな
 ダルクス人がどうとか、イサラは関係ねぇよ。喚いてないで手を動かせ」


一戦終えと思ったらぷるんにビビッてちびりそうになるわ、生き埋めになりかけるし、
その上、逃げ遅れて埋まった間抜けの救助をするために、
瓦礫をどかす重作業までしなくちゃならくなって気が立っていたクルトは
きゃんきゃん高い声で喚くラマールに我慢し切れなくなって罵声を飛ばす。

その後ろでヤンは『あぁ、意外と男らしくてス・テ・キ!』とまた体をクネクネさせながら
誰も持てないような瓦礫を筋肉を盛り上がらせながら、次々とどかしていく。


「大丈夫だ。アリシアもファルディオも無事だ。大丈夫!」
「何が大丈夫なんだよ。そんなことお前に分かるのかよ!」

「大丈夫、二人は絶対に僕が助ける。分からなくても助ける!!」


強い決意を込めて言葉を返したウェルキンに、ラマールを押し黙り瓦礫をどかす作業に戻る。
彼自身も喚いた所でどうにもならない事は分かっていた。
だが、不安で何も言わずに黙っていられなかっただけなのだ。

「ヴァルトさん大丈夫です。一緒に二人を助けるためにがんばりましょう」


ほんの少しだけ距離を縮めた少年と少女のがんばりのお陰かどうかは分からないが、
しばらくして、アリシアとファルディオの生き埋めになった場所は判明し、
二人は無事に救出されることとなる。
彼等の埋まっていた場所もいつ崩れてもおかしくない場所であった。
もしも、クルトが彼らを見捨てて脱兎のごとく自分だけ遺跡の外に逃げ出して助けを呼んでいなかったら、
彼らもウェルキンも、生きて外の空気を吸うことは無かっただろう。


「クルト!」 
「何だよ?」

「助け呼んでくれて、ありがとう」
「あぁ、俺も助かったよ」
「僕も改めて礼を言うよ。ありがとう」


お人よしの馬鹿ばっかだなと思いつつ、『別にいい』とだけ返したクルトは
不思議と悪い気分じゃなかった。少しだけ、感謝される嬉しさに柄にも無く照れていた。

もっとも、彼の本質が直ぐに変わるということは無い。
彼は三人を置いて、自分の命を最優先にして逃げたのだ。

それは動かすことが出来ない事実だし、そんな事は他の誰かに指摘されなくても彼自身が一番良く知っていた。


いろいろな事が起こった長い砂漠の一日はようやく終わりを迎える・・・







[15115] 戦場の遭難者
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/04 19:46
ギルランダイオ要塞、ガリア公国と帝国の国境沿い位置する軍事拠点は、
ガリアから東ヨーロッパへ抜ける際の関所として建設されたものであったが、
現在は帝国軍に占拠され、ガリア方面侵攻部隊の司令部が置かれており。

ここでマクシミリアン達は虎視眈々とガリアの支配を目論んでいると思われていた。




「ファウゼンの攻略は上手く行ったらしいじゃないか。さすがはグレゴールだな」

「あんな簡単な任務など何の功にもならぬ」
「言うねぇ。その簡単なことが出来ないから、多くの兵が死んでいく。違うかい?」

「それで何のようだイェーガー、貴様と世間話をするほど私は暇ではない」


かつての仇敵にして今は同僚として立場を変えた男たちの会話はどうしても散文的にならざるを得ないらしい。
ラグナイト資源が豊富な鉱山都市ファウゼンを数日で攻略したことと、
長年の功績を認められて中将に昇進したグレゴールであったが、その喜びに浸るつもりはないらしい。


「おいおい、お目当ての第七小隊に会えなかったからって、俺に当たるなよ
 今日はいい情報を持って来てやったんだ。調査の結果分かったことだが
 マクシミリアンに鉛弾を食らわした男は、アンタが恋焦がれている第七小隊の
 所属だとさ。まぁ、堂々と偽名を名乗っていたらしく、照合するのに時間が掛かったが」

「それは貴様の私兵による調査か?それを私に伝えてどうする腹積もりだ?」
「そう怖い顔しなさんなよ。この件で激昂するのはセルベリアの嬢ちゃんだけで十分だ」

厳しい視線をぶつけるグレゴールの質問には答えず、以前から第七小隊を狙っている中将殿に
『蒼き魔女』もその極上の敵を狙っていることを告げ、イェーガーは飄々と帝国の悪魔を煽った。


「まぁ、良い。この写真の男、クルト・キルステンが
 我が帝国の覇道を阻むというなら私が叩き潰すまでだ!」

「頼もしいねぇ。まぁ、旨い餌は誰もが狙っているモノだ
 せいぜい横から掻っ攫われないように気をつけてくれよ」

こわいこわいと呟きながら立ち去るイェーガーを無言で見送りながら、
帝国の悪魔は写真の男に鋭い眼光を浴びせていた。
クローデンの森で第七小隊から受けた屈辱を彼は忘れていなかった。




「はぁ、何でわたくしが地味な偵察任務なんてしなければなりませんの?
 これは本来偵察兵の役目で、華麗な突撃兵のワタクシがする任務ではありませんわ!」

「そう怒るなって、一応は参謀兼偵察兵の俺が居るんだ。小隊長殿の命令は
 それほど的外れじゃないさ。帝国兵との遭遇戦も考えて火力のある突撃兵と
 組ませたんだろさ。まぁ、俺を危ない任務につけた人選には大いに不満だが・・」


いつもと変わらず元気なイーディと疲れた顔をした参謀は、
偵察任務の順番が回ってきたので、二人仲良く小隊本隊に先行して偵察任務を果たすため、
首都ランドグリーズまでの道のりを並んで仲良く歩いていた。
バリアス砂漠から首都までの道のりは一部が帝国勢力圏であったため、
偵察をせずに気楽に進める道のりでは無かったのだ


「さて、ここら辺の道は敵も見当たらないし、戦車も通れそうだな
 一先ず任務は達成か。そろそろ昼だし、飯にしないか?腹減った」

「中々、よい提案ですわ。腹が減っては戦も出来ないと言いますし
 昼食にしましょう。先ほど通り過ぎた川で水を少し汲んできますわ」

クルトの分の水筒も受け取った少女は、来た道を小走りで駆け戻る。
何だかんだ口で文句を言ったりする彼女の機嫌は悪くないようである。
もっとも、道中で彼女のすばらしい美声を聞かされた参謀は余りいい気分ではなかったが、
残念ながら、イーディ・ネルソンは歌って踊れるアイドルだけにはなれなさそうであった。





人に恐ろしい試練を時として与えるのが自然というものである。
自然の驚異を無知ゆえに甘く見た者や気づけなかなかった者の多くは最悪の結末を迎える。
自分たちの隊長と違って、自然や生物学に造詣の深くないクルトとイーディは、
様々なところから出されているシグナルに気づくことは出来ず、春山の嵐・・・
猛吹雪の中を満足の装備も無いまま前進せざるを得ない状況に為っていた。

「どうなってるんですの?さっきまで雲ひとつ無い快晴でしたのに
 今は前もよく見えませんわ!・・・ちょっと、聞こえてますの?・・少尉!!」

「落ち着け!聞こえてるし、ちゃんと傍に居るから安心しろ!」

「いっ居るなら、直ぐ返事をして下さいまし!
 わたくし、一人ぼっちになってしまったかと思いましたわ」

急に返事が無くなったため、吹雪の中で一人はぐれたと思った少女はパニックを起こしかけるが、
クルトから予想外に力強い返事が返され、胸を撫で下ろした。
もっと、言葉とは裏腹に地図を何とか広げて山小屋の位置を
黙って確認していた男はかなり弱気になっていた。

自分より体力のない女性を引き連れて、この吹雪の中を歩いて山小屋まで辿り着けるのか?と、
吹雪の中で遭難しないための鉄則として、無闇に動かないというル-ル位は知っていたが、
彼等は救助を待てるほどの装備をしていないため、山小屋を目指して動かざるを得ない状況に陥っていたのだ。


「イーディ、少し行ったところに地図で山小屋があると書いてあった!
 今からそこを目指して、歩いていくから俺について来い!分かったか!」
「わっ分かりましたわ!ここは貴方にお任せしますわ!」

「後、はぐれると不味い!しっかり掴んで離すなよ!」
「はい!離しませんわっ!」

激しい吹雪で声すらもかき消されそうなため、二人は怒鳴るような大声で意思疎通を行う。
そして、はぐれない様にお互い手をしっかりと握って、激しい逆風に耐えながら前に進む。
吹雪の影響で彼等の体温は確実に下がり始めている筈なのだが、
何故か少女の体温だけが少しだけ上がっていた。

もっとも、自分と手をつないで前を進む男が、
『最悪足手まといになったら置いて行っても緊急避難で良いよな?』等と考えていることを知ったら、
少し赤くなった表情もたちまち凍ってしまっただろうが・・・




「はぁはぁ・・・、何とか辿り着くことができましたわね
 貴方の先導のお陰ですわ。一応、お礼を言っておきますわ」

幸運なことに、田舎育ちのイーディお嬢様は体力は人並み以上にあったようである。
途中で『わたくしを置いてさきに貴方だけでも行って下さいまし』といった展開や、
『どこですの?キルステン少尉!わたくしを見捨てないで下さいまし!』なんて展開にはならなかった。

もっとも、山小屋に辿り着いた幸運を悠長に喜んでいる暇は彼らには無かった。
軍服は吹雪で叩きつけられた雪でびしょ濡れで容赦なく体温を奪い始めており、
早急に暖を取らなければ、凍え死んでしまいそうであった。


「とりあえず、無事の到着を喜ぶのは後にするね。俺は暖炉の方に
 薪を入れて火を起こすから、イーディは毛布か何かないか探してくれ」

「分かりましたわ」

幸いなことに、暖炉の横にちゃんと薪が置かれており、火を起こすのにはそれほど苦労しなかった。
ただ、残念なことに毛布の方は、埃を被ったぼろぼろの一枚しかなかったのだ。




せっかくの、少尉と・・、その二人きりの偵察任務でしたのに、どうしてこんな事に・・
でも、遭難して山小屋に立った二人・・・、うん、わっ悪くない展開ですわね。
少し、王道でベタベタ過ぎる展開かもしれませんが、これはこれでアリだと思いますわ!


「イーディ、毛布あったかー?こっちは一先ず火は着いたぞ~」
「今、行きますわっ!!」

仕方がありませんわね。無いものは如何しようも出来ませんわ。
ここは、ふっ二人で、仕方なく、ほんとう~に仕方がなく一緒に毛布を使うしかありませんわね。
そうですわっ!これは、あくまで生きるための緊急避難なのですから、何も疚しい気持ちはありませんわ!


「おう、一応毛布はあったみたいだな」

「あっあなた、なっ、なんて格好をなさってますの!!信じられませんわ!
 こっこんな非常事態に、乙女に襲い掛かろうだなんて不潔!不潔ですわ!!」

「ちょっ、いて!物投げるな馬鹿!!体が冷えるから上着脱いだだけだって!!」


盛大に勘違いした少女にランプやら椅子やら机やらを投げつけられた参謀殿は、
危うく任務中に命を落とすことになりかけたが、何とか誤解を解くことに成功し、
暖炉の火の前で、下着姿になった二人は仲良く一枚の毛布を分け合って暖を取ることになった。


「いいですこと!ぜったいに毛布の中を覗いては行けませんし
 体に触れたりしたら、どういうことになるか、分かっていますわね!」

「いや、別にお前一人で毛布使ってくれてもいいんだけど」

「それは許しません!もう、わたくしのせいで貴方が辛い目に会うのは嫌ですの!
 クローデンで、わたくしのせいで、貴方はだんだんと冷たくなっていって・・・」


背中合わせの少女の声が、涙声になるのを聞いたクルトは、それ以上は何も言わなかった。
自分の手を震えながら握る少女の手を振り払う気にもなれなかった。
暖炉の中で薪が爆ぜる音を子守唄にしながら、
二人は王道の人肌で温めあうという、雪山オンリーな経験をしつつ眠りに落ちた。





何とか乾いた服を身に着けながら、クルトは毛布に包まる幸せそうな寝顔の少女をしばし眺めていた。
外の吹雪は治まる様子はいまだ見えず、かといって醜い欲望を気持ち良さそうに眠る少女にぶつける気にもなれない男は、
携帯食のスープをちびちびと啜りながら、眠り姫の毛布が肌蹴てしまわぬように気を使ってやっていた。
招かれざる客が来訪するまでは・・・


「んーっんんーん!?」
「しっ静かにしろ!!騒ぐな」

なっ何ですの!!どういうことですの???
もしかして、わたくしの罪作りな美貌と魅惑的な裸身に我慢できなくなって、
少尉は狼になってしまいましたの!?

だめっ、だめですわ!まだ、そのような事は早過ぎますわよ!
そっそのような事やあんなことや、こんな事までは、しっ、したくはないとまで言いませんが、
少尉を先ずはわたくしの両親に紹介したりと、色々と手順を踏んでからにしなければなりませんのに、
それに、わたくしにも心の準備というものがありますもの・・・


「パニクってる所を悪いがお客さんだ。窓から一瞬だけ見えただけだから
 なんとも言えないが、おそらく帝国兵だ。何人居るのかも正直わからん」


えっ、帝国兵のお客さん?少尉が夜這いをしてきた分けではなくではないですの?
びっくりして損しましたわ。ただの帝国兵の襲撃ですの・・・って!?ぇえ

「んーっんんーん!」
「しっ、だから落ち着けって!!手離すから、絶対に騒ぐなよ」

「ぷはっ・・ハァハァ、状況はだいたい理解しましたわ。どうなさいますの?」
「とりあえず、お前は奥の机の影に隠れて武器を構えとけ、ほら軍服は乾いてる」

「わたくしの方は分かりましたわ。それで少尉は?」
「俺は扉の直ぐ横の死角で待ち構えて、最初に入ってきた奴に銃を押し当てて人質にとる
 無理そうだったら『バン!』だ。その後、敵さんに味方が居れば人質を使って交渉だし
 殺しちまった場合は銃撃戦の開始だな。まぁ、相手に味方がいないことを祈るとしよう」



色々と愉快な妄想をしていた少女は、突然の急展開に頭がついていかず、
そんな少女の様子を見たクルトは、早々に彼女を戦力に入れるのを諦めた。
冷静さを失っている兵士に自分の命を預けて安心できるほど、彼は楽天家ではない。
彼女を少しでも安全な場所に移動させたクルトは扉の直ぐ横の壁にピタリと張り付く。

暖炉の火に暖められている筈の山小屋の温度は不思議と下がっているような気がした。
寒さなのか、緊張のせいかが、容易に判別がつかぬ震えを無理やり押さえ込み、
拳銃を両手でしっかりと握り、扉と窓の双方に注意をしっかりと向ける。

僅か、数分足らずの時間が異常に長く感じられた。
暖炉から響くパチパチという音を何万回と聞いているような気がした。
不安そうに机の影から何度も頭を出す少女に手信号で隠れるように指示する。
背中を何度も伝う汗の滴、しっかりと拳銃を握った両手も汗ばんでいた。

そして、生死を分かつ扉がついに開け放たれる・・・




「二人とも遅いですね。兄さん」
「あぁ、向こう側の雲を見る限り吹雪いているかもしれない」

「何を二人とも暢気な事を言ってるんだい!!アタイ等がいるのは
 安全な味方勢力圏じゃないんだ。それに吹雪に遭っているなら
 さっさと助けに行かないと、二人とも氷漬けになっちまうよ!!」

「落ち着けロージー!俺達の今の装備は悪天候に耐えられる装備じゃないんだ
 下手に助けに行けば俺たちが遭難しちまう。今は二人を信じて待つしかない」

不服そうな顔をするロージーであったが、ラルゴの言葉の方に理があることは痛いほど分かったため、
それ以上は二人の捜索を強行に主張することは無かった。
遭難したと思われる二人とはそれほど親しいとは言えない彼女だったが、
小隊の仲間が危機に晒されている状況で平気な顔をできるほど薄情な人間ではなかったのだ。
さっさと見切りを付けて別ルートからの首都帰還を主張しそうなクルトとは
ある意味対極の位置にいるのがロージーだった。


「そうよ。ウェルキン!あの、しぶとさだけが売りのクルトと一緒なんだもん
 ぜったいにイーディも大丈夫だよ。私達は信じて二人が帰ってくるまで待ちましょう」

「あぁ、アリシアの言うとおりだ。本来なら二人を見捨てて進軍するのが
 正しい選択なのかもしれない。だけど、僕はクルトを、仲間を信じる!
 二人は必ず帰ってくる。それまで、僕たちは彼等の帰る場所を守ろう!」

もっとも、敵地で暢気に消息不明になった仲間を信じて待つウェルキンやアリシア等など、
第七小隊のメンバーの殆どはクルトと対極に位置するお人よしの集団であった。


「でも、一つだけ心配ですね。キルステン少尉が
 イーディさんを見捨てていないと良いんですけど」

「いっイサラ、多分、大丈夫よ!さすがにクルトでも其処までは」
「そっそうよ!イーディは田舎育ちで体力もあるからきっと大丈夫よ」


ただ、イサラの辛辣な一言をアリシアやヤンもフォロー仕切れなかったので、
ウェルキンは天候が回復しだい二人と合流するため小隊を前進させることを決定する。
バリアス遺跡で一人だけ生き埋めにならず、逃げおおせたクルトの話を全員が思い出したのだ。





「あの・・、敵の俺が言うのなんですけど、すんません」

「いや、構わないさ。クルトと言ったか、お前は当然のことをしたまでだ
 俺は帝国兵でお前達はガリア兵、当たり前に殺しあった。それだけだ・・」

クルトは罰の悪そうな顔で体中に傷を負った帝国兵に頭を下げる。
つい先ほどまで殺すか殺されるかの緊迫した雰囲気にあった彼等が、
なんとも言えない空気が漂っているとは言え、友好的に会話していられる理由は、
少しだけ過去に遡ることで見ることができる。


「抵抗はやめっ」
「動くんじゃねぇえ!!脳天ぶちぬくぞ!!」

手榴弾を持った帝国兵が扉を開けて高らかに脅し文句を謳いあげようとした瞬間、
壁に張り付いて死角に隠れていたクルトが拳銃を片手に彼を人質に取ろうと襲い掛かり、
もみ合いになった結果、両者にとって不幸な出来事が起こった。


「あっ!」「あれっ・・?」


二人の視線の先にはピンの抜かれた手榴弾がころころと、扉の外の雪面を少しだけ転がって、直ぐに止まった。


「・・・」「・・・・」
「ぼさっとしてないで伏せろ!!」
「少尉っ!?」

一瞬の膠着の後、クルトが敵の筈の帝国兵に押し倒されて僅か一秒・・・
轟音と共に二人は小屋の出口から一気に奥まで吹き飛ばされていた。




「しかし、俺は戦場の中で華々しく死ぬもんだと思っていたのが
 間抜けにもガリア兵を助けてこんな小屋で死ぬことになるなんてな」

「いや、重ね重ねになりますが、ほんと申し訳ないです」

「かまわんさ、くっ・・、この元々の傷でどの道・・俺は長くなかったんだ
 最後の最後で殺しを・・しなくてすんだんだ。ぐぅっ・・、悪くない終わりだ」


お人よしにも敵兵のクルトを庇って、その死期を更にはやめてしまった男の名は
ミヒャエル・ウェーバー、厳しい階級社会の帝国でその枠を何とか越えようと足掻き軍人の道を進み、
そして、その道に絶望して脱走兵となり、味方に撃たれ・・、敵兵を庇って死ぬことになる哀れな男だった。
戦時下のせいで、ろくな仕事にありつけそうに無く、しぶしぶ義勇軍に志願しただけの
クルトにとって、
目の前で死に逝く脱走兵の話は重たく聞こえた。そして、彼に掛ける言葉も見つけられなかった。


「クルト、イーディ・・、最後にお前達に話だけでも・・グゥッ、聞いて貰えて良かったよ
 ハァ・・ハァッ、お前達も・・・、兵士なんか辞めれるときに辞めておけ、でないと俺みた・・・」


なにも救いの無い死だった。
家族や仲間に看取られること無く、逃げ出して敵兵の前で死ぬ。
自分たちに話を聞いて貰えて良かったと彼は口にしていたが、
そんな事は何の救いにもなっていないことは、まだ、若い二人でも分かった。
動かなくなった帝国兵の悔恨の念に染まった死に顔が、それを言葉以上に雄弁に語っていたのだから。




一人の帝国兵の死とともに、あれだけ荒れ狂っていた吹雪はおさまり、
何事もなかったかのような青く澄んだ空があたり一面を支配する。
隠れていた小鳥たちの囀りは再び訪れた春の陽光を喜んでいるようで、
沈みかけた二人の心を上向かせるささやかな助けになっていた。

ただ、そんな穏やか朝の光景は突然鳴り響く大きな金切り声で終わりを迎える。



「あなたを置いてわたくし一人が行けですって?何を馬鹿なことを言ってますのっ!」

「何って、言葉そのままだよ。昨日吹っ飛んだせいで足を捻挫したんだよ
 何とか墓穴を掘れたけど。これ以上、動いたり歩き回るのはちょっと無理だな」

「それなら、わたくしも行きません。あなたが動けるようになるまで
 この山小屋で待つことにいたします。あなたを、仲間を置いていくなど・・」

自分を置いてイーディ一人で逃げろと言うクルトの提案に納得できないと、少女は猛然と抗議する。
負傷した仲間を見殺しにするなどといった選択を、彼女の強い正義感が許す筈も無かったのだ。
だが、そんな少女の我侭を受け入れるほど、クルトは寛容な男ではなかった。
仲間を見捨てる決断を出来る彼は、滅茶苦茶嫌ではあったが、一応、自分が見捨てられる覚悟もしていたのだ。

彼は意固地になる少女に、昨日死んだウェーバー、脱走兵を追う帝国の兵が
天候の回復を機に動き出す可能性が高いこと、それに補足された際に自分では逃げ切れないことを告げ、
第七小隊が自分達を待っているかは怪しいが、もし待っていた場合のことを考え、
脱走兵を追う帝国軍が近辺に居ることを直ぐに知らせる必要があると少女に理論的に説明し、彼女を説得する。

普通であれば、この説得はきっと成功しただろう。
だが、不幸なことにクルトの前に立つ少女は普通の女の子ではなく、
第七小隊のアイドル、イーディ・ネルソンだった。

「わかりましたわ!わたくしがあなたに肩を貸して差し上げます」
「そうか、分かってくれたか・・・ってぇえ!?お前、さっき俺の話を聞いてたんか!」


「もちろんですわ!全部、聞いた上で決めましたの。あなたと一緒に帰ると
 わたくし、イーディ・ネルソンは誰も見捨てませんし、死なせたりもしません!」


へたり込むクルトに手を差し出す少女は、決意を込めた最高の笑顔を見せていた。



彼等が隊を離れて21時間、普通なら撤退していておかしくない時間であったが、
普通では無い第七小隊は二人を待っていた。
大きな借りを返した少女と大きな貸しを作った男の戦記はまだまだ続きそうである。






[15115] 戦場の叙勲
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/10 15:53
ガリア公国主催の晩餐会、前線で兵士の命が消耗品のように使われるのを余所に
連邦と帝国の貴族や要人達を招いて開かれる華々しい宴、
義勇軍第三中隊第一小隊隊長と第七小隊隊長、それに第七小隊の参謀を加えた三人にとって、
そこは縁遠い場所であったが、勲章叙勲という茶番を理由に招かれていた。
もっとも、当初はファルディオとウェルキン両名の叙勲のみ予定で、たかだか義勇軍の小隊付参謀の出番は無かったのだが、
正規軍のダモン将軍の強い推薦もあり、クルトも叙勲のお零れに預かることになったのだ。

ちなみに、叙勲の表向きの理由はヴァーゼル橋奪還およびクローデンの森攻略の功績に報いるためであったが、
ギュンター将軍の息子や、若き義勇軍の将校を英雄化することで国威発揚、戦意高揚といった狙いがあることはありありであった。




さてさて、くれと言った訳でも無い勲章を貰いにランドグリーズ城の晩餐会へ出席とはねぇ・・・
いつのまにか、俺もだいぶ偉くなったもんだ。
そう思わないか、ファルディオ・ランツァート隊長?


「まぁ、仕方が無いさ。国家のために見世物になるのも軍人の仕事ってことさ」

下手にダモン閣下にゴマを擦り過ぎたのが運の尽きって奴か。
まぁ、それは善しとしても、この晩餐会にはパートナー必須って言うのは独り身に対する嫌がらせか何かか?
ギュンター隊長殿の方はアリシア嬢が居るし、最悪の場合は義妹で手を打つって方法もある。

それで、モテモテのランツァート少尉はどこのご麗人をお誘いになるのかな?

「俺か?ウェルキンに頼まれて、イサラにご同行を願うことにしたよ
 どうしても出たいっていうアリシアに自分のパートナー枠を押さえられて
 イサラをどうするか困っていたからな。まぁ、偶には親友の頼みを優先と言う訳だ」

けっ、モテて余裕のある男はいいねぇ~、こっちは誰に頭を下げて付いて来て貰うかで
頭を悩ましているってのに、今からでも良いからイサラを譲ってくれ!

「おいおい、天才軍師殿には相応しいご婦人がちゃ~んと居るだろう?
 俺は人の恋路を邪魔して痛い目に遭う趣味は無いんでね。誘ってやるんだな」


去り行く第一小隊隊長を見送りながら、『死ね薄情者!馬に蹴られるのは確定だ!』等々、
支離滅裂な負け犬の遠吠えを浴びせるクルトだったが、
晩餐会へのパートナーを誰に頼むかという問題の解決になんら寄与しなかった。

結局、何度か頭を悩ませた天才軍師殿の脳細胞が起死回生の策を思いつく事は、
いつも通り無かったらしく、何だかんだと言いながらも一緒に過ごすことが多い
かわいらしいお嬢さんと晩餐会へ勲章を貰いに赴くこととなり、
晩餐会の当日は、カロスの運転する車の後部座席に苦虫を噛み潰したような式典用の軍服を纏った男と、
薄い水色のかわいらしいドレスを身に纏った笑顔の少女が座っていた。






「おいおい、セルベリアせっかくの楽しい潜入任務じゃないか
 そんな怖い顔をしていたら、上手く行くものも行かないぜ?」

「なぜ、将軍ともあろう方が、このような諜報員紛いの任務をしなければならないのです!」

「そう怒るなよ。潜入は俺の趣味だ。『フィラルドの猟犬』に所属していた頃が
 少しばかり懐かしくなってねぇ。アルセン伯爵夫人にも是非ともご理解頂きたい」

「貴方の趣味で猿芝居に付き合わされる身にもなって頂きたい
 マクシミリアン殿下が命令さえしなければ、どうして私が・・・」

理解できるかといった顔で文句を言いながらそっぽを向く、帝国の人間兵器ぷるんぷるんでは無く、
ヴァルキュリア人にして『蒼き魔女』と呼ばれるセルベリア・ブレス大佐は、
イェーガー少将扮するアルセン伯爵の夫人役として、ある目的を持ってランドグリーズ城を訪れていた。


「しかし、この道の調子じゃ城に着く前に晩餐会が終わっちまうんじゃねぇのか?
 カール、どうだ暇つぶしに一ついい話をしてやろうか?ダンボールと麻酔銃を使って
 どんな困難な潜入作戦も成功させてきたある凄腕の特殊工作員の話だ。面白いぞぉ?」
 
「遠慮しておきます閣下、それに城はもうすぐそこですから」

「なんだなんだ、二人そろって連れないじゃないか?悲しいねぇ
 俺のこの話を喜んで聞いてくれるのは、グレゴールのオヤジだけかい」

「戯言を、グレゴール中将が、貴方の下らない話に耳を傾けるとは思えません」

「閣下、嘘を付くならもっとマシな嘘をついて下さい。これから帝国にも
 連邦にも媚を売るしたたかな、ガリアの狐達が棲む巣の中に入るお方に
 稚拙な嘘を疲れると不安になってきます。ここが敵地であることをお忘れなく」

「カールも言うねぇ~、ついこの間まではヒヨっ子だったというのに
 それにしても、真実を伝えても信じられない悲しさは筆舌に尽くし難いな
 よし。この悲しみを打ち消すためにお前さんの言う猿芝居に精を出すとしよう」


世を儚む仕草をしながら、自重する気が更々見せないイェーガーを
セルベリアと共に頭を抱えながら無視する運転手のカールは、
多分に漏れず彼らと同じ帝国軍人で、普段はセルベリアの副官の任を真面目に務めている。
一応、彼もイェーガーの実力は認めており、敬意も持っているのだが、
上官と同様に彼の趣味にだけは付いていけないようで、
最近では、お目付け役のように、小言を彼に言うようになっている。


「おっと、話をしているうちに狐の巣の方にご到着のようだ
 ちと骨は折れるが、欲望渦巻くダンスを踊りきるとしようか」


車を降りたイェーガーは、カールにドアを開けて貰った夫人に手を差し出し、
今宵のパートナーを紳士的にエスコートする。
式典会場に向けて並んで歩く二人、特に煌びやかな晩餐会に花を添えることになる
美しい夫人は周囲の注目を集めながら、城の中央へと微笑を無理やり浮かべながら歩いていく。

予想外の再会を果たすまで・・・



「ふふ、これですわ!これ!」
「なんだ?なんかあったのか?面倒事だけは勘弁してくれよ」

「面倒ごとなどありません!この優雅にして華麗な晩餐会にあって
 一際強い輝きを放つわたくし!社交界での華々しいデビューを飾りましたわ」

彼女の言う『輝き』に対する周囲の反応は、クルトがどう贔屓目に見積もっても
田舎のかわいいお嬢さんを暖かい目で見守る紳士淑女の皆さんとしか見えなかったが、
わざわざ上機嫌なパートナーの気分を害しても碌な事は無いので、クルトは沈黙を金とする。


「おい、隊長達は先に謁見の間まで行っちまったし
 俺達もそろそろ奥の間に・・って、セルベリア!」
「貴様はあの時、殿下に害をなしたガリア兵、クルト・キルステン!!」


「何だ、知り合いでもいたのか?・・・って、おいおい・・
 頼むからここで蒼き魔女無双なんてマネはするなよ?」

「どうかしまして?・・・なんですの、あの方は?胸、胸なのですね!!」
「ちょっ、お前!落ち着け、確かにそれもあるが!違う!違うんだって!」


急に自分以外の胸が特盛の女性を見つめるパートナーに激怒する少女に、
誰よりも敬愛するマクシミリアンを傷つけた男にマジ切れしてヴァルキュリア化しかける麗人、
クルトとイェーガーは最悪の事態を避けるために、自分たちを注視する周囲の目から逃げるため、
レッドカーペットから外れた場所へと慌てて移る。




往来が無い人気の無い場所に移った四人は、
お互いの妥協点を見つけるべく言葉による交渉を行っていた。


「まぁ、双方言いたいことがあるのは分かるが、今宵は晩餐会だ。互いに
 物騒な話は無しにしようじゃないか・・?結構、分かってくれたようで何より」

話の口火を切ったイェーガーの問いかけに頷くクルトとイーディ、
その二人の様子を見て一先ず安堵の表情を見せた食えない男は、
似合わない式典用の軍服を着た男に『ガルルッ』と今にも噛み付きそうな同僚を宥める。

「セルベリア、落ち着け。マクシミリアン命のお前の気持ちも分かるが
 ここは戦場じゃない。今、自分は誰の命令で何をするためにいるのか
 それを思い出せ。俺の趣味ではあるが、遊びという訳じゃないだろ?」

優しく肩に手を置きながらも、鋭い視線で自分の立場、命令者が誰か、
そして、任務の重要性を否応無く認識させられた女性は不機嫌そうに『分かっている』と答えて、そっぽを向いた。
その仕草は妙に子供っぽく、色っぽいというより、かわいいと思えるものだった。
クルトはそんな恐ろしい魔女らしからぬ様子に思わず笑みを零す。

「貴様、何がおかしい!マクシミリアン様の任務が無ければ
 貴様など八つ裂きにしてやる所だ!そのことを努々忘れるな」

「いや、蒼き魔女って怖いだけじゃなくて、可愛いんだって思ったら
 安心して口が緩んじまった。悪かったな。あと、そのドレスよく似合ってる」

「なっ!?ざっ戯言を言うなっ!」

自分のような男の歯の浮くようなセリフですら、顔を真っ赤にして慌てふためく
初心なセルベリアをクルトは更に褒めて楽しもうと思ったのだが、
目の前で他の女ばかり褒められてご立腹なパートナーに脇の下を抓られて、涙目で追撃を断念する。


「さて、もう少しばかりお喋りに興じていたいところだが、そろそろ時間だ
 俺達は前の通路から、君達はいったん戻って式典の会場へ向かう。その後は
 お互い知らないもの同士だ。君達に危害を加える気は無いから安心してくれていい」

「了解、俺達は会わなかったってことだな。それでいい」
「ちょっと、いいんですの?相手は帝国人なんですのよ」

「別に何人だっていいさ。俺達二人に危害は加えないんだ。そうだろ?」

あっさりとイェーガーの提案を受け入れるクルトに食って掛かるイーディだったが、
自分の身にひとまず危険が無いことを確認した彼は目の前に立つ帝国軍人を
どうこする気も無いし、どうこう出来るとも思っていなかった。
そもそも、単独で中隊以上の力を持つ『蒼き魔女』に自分などが敵う訳が無いのだから。



「約束しよう。俺達が『今日』君達に危害を加えることは無い」
「マクシミリアン殿下の命令だ。見逃してやる」

「だってさ?イーディ、今日のパーティ楽しみにしてたんだろ?」

しぶしぶと言った感じでイーディはコクリと頷いてイェーガーの提案を受け入れる。
相手が何を企んでいるか分からない上に、諜報員でもない自分が出来ることなど高が知れていることを彼女も分かっていた。
何より、せっかくのパーティを血生臭い話で台無しにしたくない気持ちのほうが強かった。


「どうやら、双方が合意に至ったようだな。あと、聞き分けのいいお二人さんに
 俺からのちょっとしたサービスだ。面倒ごとに巻き込まれたく無ければ、今日は
 早めに帰ることだ。俺達以外の誰かさんが、余りよろしくない事を企んでいるらしい」

「へぇ~、猟犬で伝説とまで言われた『蛇』の忠告だ。従っておくよ
 そのよろしくない事が、『誰』にとってなのかが多少は気になるけど
 横の美しいご婦人をこれ以上怒らせても拙いし、聞かないでおくよ」

「賢明な判断だ。次の再会が戦場にならないことを祈っている」
「同感だ。次に会うときは肩のこらない酒場あたりで」


互いに手を握り合って、幸運な再会を祈りあった男二人は別々の方向に向かって歩き出し、
慌てて追いかけるパートナーにそれぞれ文句を言われながら式典会場を目指す。






「ハーイ♪お二人さんコッチ向いて」



勲章を受け取ったクルトとイーディの元に現れたのはGBSラジオ放送局の従軍記者のエレットだった。
彼女も特ダネを求めて、どろどろとした策謀蠢く晩餐会を訪れていたのだ。


「どこかで聞いたことのある声だなと思ったら
 エレットさん、いきなり写真とかは勘弁してくださいよ」

「そうですわ!わたくしを右斜め45度から撮っていただくのが
 一番美しく写ると以前も言いましたわよ!撮りなおして下さいまし」

「ハイハイ、分かったわよ。じゃ、お二人さんにっこり笑って~」

何度も撮りなおしを要求されたエレットは疲れた表情をしながら、
掴み処がよく分からない男に、この晩餐会から見て取れるガリアの置かれた状況を説明する。
一介の軍人、それも義勇軍の小隊付参謀にそんなことを話したところで大勢に何か影響があるとも思えないが、
英雄の息子が持っていない『何か』がクルトには有ると、
エレットは記者の勘で感じていたようである。


「・・・なるほどねぇ。宰相のボルグはコーデリア姫が年少の内に 
 連邦との協調路線を確立して、自分の権力基盤を磐石なものにしたい・・」

「概ねはそういうこと、連邦大使のタウウンゼントがまるで主賓のように
 扱われているのが何よりの証拠ね。舵取りを誤ればガリアは連邦に呑みこまれるわよ」

「それを、宰相殿は理解しているのか、美しい姫君はその難局に立ち向かえるのか
 まぁ、どうでもいいかな?国敗れても山河は在りですよ。まぁ、今以上に住み心地が
 悪化するようだったら、新天地を求めて流れるだけです。一所懸命も程ほどにですかね」


上座のコーデリア姫の横に立つ公国宰相マウリッツ・ボルグ侯爵は強硬な貴族政推進派で、
民主化を押し進めようとした先代との対立も小さくは無く、野心家でもある彼が
自己の権力欲を満たすことより、敵対したこともある先代の娘の擁立に心血を注ぐとは到底思えないと考える者は
エレットやクルトだけでなく、多少の想像力がある人間であれば分かることであった。
また、連邦大使のタウンゼントが何を企んでガリアを訪れたのかも非常に気になる事項であった。
大西洋連邦は秘密条約や威圧外交で勢力を広げてきた背景があり、
帝国の侵攻に晒されたガリアに手を差し伸べるだけに来たと考えられるのは、よほどの馬鹿だけであろう。

ただ、そんなガリアの複雑で危機的な事情もクルトにとって、どうでも良いことだった。
ブルールが焼かれたら、首都へ住処を帰ればいい。ガリアが駄目になったら別の国へ・・・
骨身を惜しまず、お国のためにという考えを利己的で自己保身を中心に考える男は持っていない。


「おーい、いつまでも食ってないで帰るぞ!それじゃ、エレットさん
 まだまだお子様な同伴者が眠くならない内に、失礼させて頂きますわ」

「あら、もう帰っちゃうの?記者の勘がこの後、何かが起こるって伝えているんだけどね」
「だからこそですよ。君子危うきに近寄らずってね」

エレットとそれなりに知的な会話を楽しんだクルトはコーデリア姫の退出を見送ると、
難しい話より食い気な少女を呼んで、晩餐会を後にしようとする。
事前に厄介事が起こると分かっている場に悠長に留まり続けるほど彼は図太い神経をしていない。
慌てて皿の料理を詰め込み、胸をとんとん叩いて小走りで自分に近づいてくる少女を従えながら、
クルトは颯爽と陰謀蠢くランドグリーズ城を後にする。


「おっと、お前さんの恋焦がれる役者の退場だ。手でも振ってやったらどうだ?」
「戯言を、あの男に振るうのはヴァルキュリアの槍のみ!次の戦場では必ず屠る」

「坊やも災難だ。聞き分けのいい奴は長生きするが、女に恨まれる奴は例外だからねぇ」


ガリアを狙う帝国軍の幹部達の鋭い視線に見送られながら・・・





「もう帰るとはどういうことですの?帝国の企みを知りながら
 それをみすみす見逃すつもりですの?ちょっと、お待ちなさい!」

敵である帝国軍の言葉を素直に聞いて、逃げるようにその場を後にするような真似は
少女にとって我慢できないことであったらしい。
何が起こるか分からなくとも、解決するのが自分の役目とどこかで考えているようである。
もっとも、そんな少女の夢想染みたヒーロー願望に付き合って、窮地に身を置く気はクルトには無い。


「まだ、何が起こるかも分からないし、帝国のあいつ等が何か仕出かすとも
 決まったわけじゃない。現状では情報が不足しすぎている。下手に動いて
 今日のパートナーを危ない目に合わせたくは無いんでね。大丈夫、手は打つさ」

詰め寄りながら文句を言う少女の腰と背に手を回して強引に抱き寄せた男は、
耳元でただ逃げ帰るわけじゃないと告げ、うなじの辺りを強く吸いながら抱き寄せた手に更に力を込めて強く抱きしめ、
あうあう言いながら顔を真っ赤にしていつも通りにパニくる少女を黙らせる。
上等で飲みやすい酒の味にやられて、クルトの酒量は少なくなかったようである。

とにもかくにも、横の五月蝿いのを静かにさせた名参謀殿は運転手として連れてきたカロスに
小隊の動ける隊員を集めて、隊長の指揮下にいつでも入れるようにしろと指示を出した。
ただ、何が起こるか分からない以上、出来ることといったら不測の事態に備えて動けるようにしておく程度であったが、
今回は、その対応が功を奏して事件解決に一役買うこととなる。




「なるほど、カールが見たもう一人というのが、お前さん達のお仲間のようだな」

アリシアをどうした!とファルディオに詰め寄られるイェーガーは、あっさりとネタ晴らしをする。
コーデリア姫が大西洋連邦に誘拐され、彼女がそれに巻き込まれたのだと。

最初は、帝国の陰謀ではないかと疑うファルディオ達であったが、
下手にガリアの姫を攫って大西洋連邦にガリアを守るためといった口実を
与えるつもりは帝国にはないと返され、渋々納得する。
今回の戦争はあくまでガリアと帝国の争いにしておいたほうが、帝国にとって都合がいいのは事実であった。
下手に元首の誘拐などといった非道を行って大西洋連邦に大義名分を与えることには何のメリットも無いのだ。
元首の首を用いて降伏を迫るような下種なマネをするほど帝国は落ち目ではないのだから・・・

「だったら、なんで関係ないアリシアさんが攫われるんだよ!」

「若いというはいいね~それだけで財産だ。まぁ、これは推測になるが
 その場に居合わせてしまったのか、聞いてはいけない事を聞いてしまったのか・・」

「将軍、もう行きましょう。ここで無為に時間を費やす暇はありません」

「お待ちください!!」

若干興奮気味のアマールは鼻に付くぐらい余裕なイェーガーに食って掛かるが、
年季の違いか、役者の違いかは分からぬがあっさりといなされ、
セルベリアが任務を果たすために動くべきだとイェーガーを促すと話は終わりかけたが、
短髪の眼鏡をかけた真面目そうな青年、カロスが割り込み流れは更に混迷を深める。

「申し訳ありませんが、隊長たちの会話は聞かせて頂きました
 また、この危機的状況に迅速に対応する必要があることも理解しております」

「きみきみ、真面目なのはいい事だが、要点を抑えて話してくれないか?」

「申し訳ありません。ぼく、いえ、小官はキルステン参謀の指示を受けて
 不測の事態に対応できるように周辺に第七小隊員を召集しております
 なので、命令があればギュンター隊長の指揮下に入ることが直ぐに可能です」

律儀に帝国の将軍にまで頭を下げるカロスは、姫を攫った不審な場所を
追走する準備が整っていることを皆に焦りながら伝える。
この話を聞いて大きく頷いたウェルキンはイェーガーに向き直り、
事態の解決のために共闘することを提案する。自分達はアリシアと姫を救いたい。
帝国はガリアが連邦に呑み込まれるのを阻止したい。利害が一致する共生の関係ではないか?といって
イェーガー達の力、帝国が持つ情報を貰う代わりに、こちらは第七小隊員という数を提供すると提案した。


「良いだろう。目的は同じだ。それに退場した筈の役者がしっかりと
 お膳立てをしていたのを無碍に扱うわけにも行くまい。追走のルートは・・」

「この無線機を持っていってください。これで車から順次追走ルートの指示を行います」

カールが投げて寄越した無線の子機をファルディオが受け取ると全員が走り出す。
話は着いたのだ。後はそれぞれの役割を果たし、時間と勝負をするだけ。
一夜限りの演目、『ガリアと帝国の共闘』が始まった。




「Bチームはそのままル-トを西進させてください。おそらく違うルートを
 相手は使うと思いますが、人でもあります。念には念を入れておきましょう」

「どうやら、費やした時間に見合った成果が出そうだな。どうした?
 任務は順調そのものだって言うのに、えらく不服そうじゃないか?」


誘拐犯が通る可能性のあるルートを抑えるよう指示を出すカールに、
それに従って、逃走ルートを潰していく第七小隊員達。
事件は半ば解決したのと同然であったが、
セルベリアの表情は『わたし怒ってるんだからね!』状態全開であった。


「ははぁ~ん、憎き天才軍師殿の鮮やかな段取りで
 事が上手く運びすぎるのが気に入らないみたいだな」

「そっ、そのような事はありません!私は油断しないように気を引き締めているだけで・・」

図星を突かれたらしい『蒼き魔女』のかわいい反応に、ついつい噴出した運転手のカールは、
後ろに座った子に頭をポカポカ叩かれていた。

そんな光景を横目に見ながら男は、無理をして不幸な生い立ちの女を
外に連れ出した自分の判断が間違っていないことを確信し、満足そうな笑みを浮かべる。
もっとも、その優しげな笑みはセルベリアちゃんの神経を逆なでしたらしく、
カールに変わって、今度はイェーガーが彼女の容赦ない引っかき攻撃に晒されることになった。




「兄さん、準備が出来ました」
「あぁ、分かった。直ぐに乗り込むよ」

イサラはエーデルワイス号の整備を手早く済ませると、ウェルキンに早く乗るように促す。
帝国軍が国境で姫を受け取ろうとする連邦の人間の排除を担当し、
彼らが姫とアリシアを直接救出する役割を担うことになっていた。


「しかし、クルトの準備が今回は出来すぎで少し怖いな。本当に大丈夫なのか?
 あいつの動きのせいで相手が警戒して、ルートを変えたり、脱出を諦めて二人を・・」

「大丈夫だよ。フルァルディオ!僕はクルトを信じているし、彼が信じた
 小隊員を信じている。相手を警戒させるようなミスは絶対にしていない」

「そうか、隊長のお前がそう言うなら、そうなんだろうな
 俺もそろそろ行く。また合流地点で会おう。じゃーな!」

自分が述べた不安要素に揺らぐことなく、クルトの打った手、その足となった隊員達を
信じて疑わないウェルキンに半ば呆れた溜息を吐きながら、
ファルディオは帝国の情報を信じてウェルキンとは別のルートを採る。





「閣下、向うの方は上手く行ったようです。コーデリア姫も仲間の方も無事みたいです」

「そいつは良かった。それでは、こちらもそろそろ仕上げと行こうか?」

イェーガーに言葉をかけられたセルベリアは黙って頷くと、槍と盾を持ち
哀れな誘拐犯の片割れ共が乗る車を襲撃し、そこに居るものを皆殺しにした。
ガリアから連邦の草を一掃することも彼等の任務に含まれており、
連邦の工作員に情けをかける必要性はどこにも無かったのだ。


「しかし、いつ聞いても断末魔の悲鳴ってのは気分がいいものじゃないねぇ・・」

タバコの煙を空に昇らせながら語る男は何度目になるか分からない潜入作戦を無事に成功させた。
バンダナを頭に巻いた軍服の戦士の姿を、カールはしばらく忘れることが出来なさそうであった。




みんなが夜中にも拘わらず事件解決のために走り回っているなか、
さっさと晩餐会を後にした二人は優雅な夜を送っていた。
招待客のために用意されたホテルのルームサービスはやはり一級品だったのだ。


「やっぱり、勲章貰って良かったな。義勇軍宿舎のベッドとはぜんぜん違うぞ?
 それにホテルでル-ムサービス頼み放題なんて経験はこの先まずなさそうだし
 お前も悔いが残らないように思いっきり頼めよ。一生で一度きりかもしれないからな」

「わっ、わたくしに取ってこの程度のホテルに泊まるなどは日常茶飯事ですわ
 あなたのように卑しく、ルームサービスをがっつくような真似もできませんわ」

「ふーん、じゃっこっちのヤツも、それもお前は食べないんだな」


「お待ちなさい!たっ食べないと言ってはいません!
 それに、食事は二人仲良くしたほうがおいしいですのよ」

「へいへい、分かってますって、そんじゃ、平穏な夜に乾杯!」


上手い料理に上等な酒を食し、ふかふかのベッドで気持ちよく眠ったクルトが、
ガリアでもっとも長い夜と言われたこの日の最大の勝者であった。
もっとも、そのまま酔いつぶれて自分の部屋に戻らず一夜を共にした少女に
何も手を出していないのに責任を取れと迫られ、二日酔いが覚めやらない早朝に
今回の誘拐事件解決の功労者として城に呼び出されたりと、
次の日の朝は、一転していろいろなモノに追い立てられる敗北者となっていたが・・・


こうして、奇縁とも言う繋がりで、帝国軍の高官やガリア王宮の元首とも知己を得たクルト、
その縁が、彼にどのような結果をもたらす事になるのか、非常に興味深くはあるが
その答えが出るのはまだまだ先になりそうであった。






[15115] 黒の断章
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/11 21:16
ランドグリーズの夜の茶番は当然のことながら秘されることとなった。
帝国と交戦状態にある中で、連邦と事を構えることはガリアに取って致命的である。
元首の誘拐未遂という暴挙を犯した相手にすら何も言えない。
吹けば飛ぶような小国は惨めなものであった。




そんな中、昨夜の救出劇のお褒めの言葉を頂いた若き英雄の卵たちは、
それぞれの異なった想いを胸に抱きながら、城の廊下を並んで歩いていた。


「どうした?綺麗なお姫様に褒められ、プライベートビーチの利用まで許されたんだ
 もうちょっと嬉しそうな顔しても良いんじゃないか?それとも、まだ寝不足なのか?」

「クルト、分かっていて茶化すな。帝国の力を借りなければ自国の元首すら守れず
 それを手引きした自国の誰かが裁かれることもない。はっきりと分かっている
 実行犯に対しては関係悪化を恐れ、抗議も出来ない。このままでガリアは良いのか?」

「ファルディオ・・・」
「あんまり、思いつめるなよ。なる様になるさ」

「そうだと良いんだがな・・・」


血を吐くような想いで、この国の現状を語る憂国の士ファルディオ・ランツァートに
かつての大戦でガリアを守った英雄の息子にして、
彼の親友でもあるウェルキン・ギュンターは掛ける言葉を見つけられなかった。
それだけ、帝国と連邦に挟まれたガリア公国の置かれた状況は深刻であった。

先の大公は民主化を推し進める中、はやり病で倒れ、今の元首は若干16歳の小娘である。
それを補佐する宰相を始めとした貴族政推進派はいったん民主化に振られた振り子を戻すことだけを考え、
権力闘争に興じるのみで自国が置かれた危機的な状況にすら気がついていない始末である。
また、軍も似たようなものである。正規軍は能力を重視するどころか、家柄と派閥だけで出世が決まり、
義勇軍はその愚かな正規軍の尻拭いをするか、代わりに犠牲になるためだけに存在している有様で。
その実態はいくら報道管制を敷き、情報をコントロールしたところで隠し通せるものではない。
民衆は軍に、国家に失望し、厭戦気分が蔓延する中、皆兵制度の崩壊を表わす徴兵逃れが横行し始めていた。

少しずつ帝国を押し返し始めたガリア公国も確実に疲弊し始めていた。
素直に反抗反撃ム-ドを喜んで入られない状況に彼らは置かれているのだ。


ただ、もともと流れ者のクルトはこの状況をそれほど悲観してはいなかった。
一度国を捨てて逃げた身、再びガリアという新しい祖国を捨てることになっても
彼の心は露ほども痛みはしない。
フィラルドの『子犬』は『猟犬』になること無く、逃げ出した負け犬なのだから・・・





義勇軍の駐屯する基地に戻ったクルトは『お姫様の粋な計らい』を隊員に伝えるため
基地内をあちこち歩き回って、昨日の夜の疲れを顔に表わしている隊員たちに声を掛けていた。

「ったく、こういう仕事はアリシアとかに任せてほしいぜ
 だいたい、天才軍師の俺様に伝言役なんかやらせんなよな」

「隊員とのコミュニケーションを取るのも重要なことじゃありませんか?」
「そうっすよ!偶には参謀も開発の方に顔と資金を出してほしいっすよ!」

愚痴を言いながら現れたクルトに声を掛けたのは、油の臭いをプンプンさせる技師達であった。
昨日の緊急出動で動かした兵器の整備がようやく終わった所らしい。
イサラだけでなく、クライスやリオンといった目立たない整備担当者達が、
毎日、油塗れになっているからこそ義勇軍は継続して戦い続けることが出来るのだ。
そんな彼らの重要性はクルトもよく理解しており、その献身に報いるべく飴を三つ投げ渡す。

「安っ!飴が一つずつなんて、安すぎるっすよ!」
「しゃーねだろ。借金返してサイフが空っぽなんだからよ!」

あんまりだと抗議するリオンを宥めながら、クライスは第七小隊参謀殿の用向きを確認する。
この後にイサラの飛行機作りの手伝いも控えているため、早く話を済まそうとしたのだった。


「あぁ、今回の件で姫さんから特別休暇が第七小隊と第一小隊に出だから
 それを伝えるために、わざわざ足を運んだわけだ。海行く準備しとけよ」
「まじっすか?まじっすか?いいんですか?ほんとっすよね!」


「クライス、あっちに置いてあるのは飛行機って奴か?」
「はい。実はイサラさんが一人で組み立てていたのを僕達も手伝わさせて
 貰っているんです。もっとも、整備の片手間ですから中々進んでないですけど」

「そんな事はありません。お二人に手伝って貰っているお蔭で今までとは
 比べ物にならない早さで完成に近づいています。本当に感謝しています」


突然の休暇と海に興奮した馬鹿を完全に無視しながら、
三人は組み立て途中の飛行機について話題を移していた。
この飛行機はイサラの亡き実父が残した資料を基に製作されている物で、
最初はイサラ独りで作っていたのだが、自身の技師としての力を伸ばす
良いきっかけになると考えたクライス達も時間が許す限り手伝うようになっていたのだ。

完成したら何番目でも良いから乗せてくれよと言って、その場をあとにする参謀を見送りながら、
三人は甘い飴でほんの少しだけ疲れを癒し、飛行機の組み立てに取り掛かる。
天空を駆ける鳥よりも高く速く飛ぶ飛行機を完成させることは、若き技師達にとって良い目標になっていた。

これを成し遂げたとき、彼らは今より優れた技師に間違いなく成長しているだろう。






肌を焼く強い日差し、どこまでも続く砂浜に打ち寄せる波の音。
元首が所有するプライベートビーチに訪れた義勇軍の若い隊員達は、
その素晴らしい光景に大興奮で、喜び勇んで海へと飛び込んでいく。


「おーおー、みんなガキみたいに飛び跳ねて元気だねぇ」
「キルステン少尉、その発言は年寄りじみてます」

「そうか?まぁ、俺も日々色々と苦労しているからな。年寄り臭くもなるさ
 イサラは泳がなくて良いのか?偶にはガキみたいに遊んでもいいんじゃないか?」
「私もいいです。明日の整備も考えると羽目を外しすぎる訳には行きません」

「そっか、それなら仕方が無い」
「仕方ないです」


「もしかして、カナヅチって事は無いよな?」
「明日、忙しいんです。さっきも言いましたよね?」


木陰で座るイサラとクルトは取りとめもない会話を楽しみながら、
海の中で飛び跳ねる楽しそうな小隊の仲間達を見ながら笑っていた。
もっとも、ビーチバレー大会をやるとなった途端に二人とも強制連行されてしまったが、

泳いで溺れてとふざけ合いながら、思いっきりみんなで体を動かす。
戦争という最悪な非日常を忘れるために全員が全力でその日を楽しんでいた。
明日遊べる保証が無いことを彼らは良く知っていた。


「はい。ラルゴさん自家製のスイカですわ。冷えていてとっても美味しいですわよ」
「おっ、ありがと」

水着の上にTシャツを着た少女に手渡されたスイカに噛り付く。
仲良く岩場で座る二人の近くには誰も居ないのか、波が岩にあたる音と遠くから楽しそうな笑い声が少し聞こえるだけだった。
どうやら、お節介な気を回してくれる人物が誰かいたらしい。


「・・・、そういえば、少尉とこうしてゆっくり話せる機会は初めてかもしれませね」

「そうか?」
「そうですの!」

スイカを食べ終えると特に話すことも無いクルトは沈黙したため、
何を話すべきか分からない少女はしばらく押し黙っていたが、
その空気に直ぐに耐えられなくなり、ダラけた感じで横に座る男に意を決し話掛ける。
その剣幕に少々面食らったクルトだったが、こうなった女性に逆らっても無理だと
今までの経験でよく学んでいたため、素直に彼女の話に応じることにした。


「そんで、何話すんだ?せっかくの休日だし、仕事の話は無しにしてくれよ」

「いざ何を話すかと問われると困りますわね。色々と話すことがあるような気は
 するのですけど・・、そうですわ、一ついいのがありましたわ。身の上話ですわ!」

「はぁ?何でお前に身の上話を唐突にしなきゃなんねーんだよ」
「お黙りなさい!わたくしに話題の選択肢を振ったのは誰ですの?
 女性に決めさせたのですから、ここは男性のあなたが答えなければなりませんの!」

どういう理屈だよ?この女、訳わかんねーよと叫びだしたいクルトだったが、
下手なことをいうと、周辺に落ちている石で殴られそうな気がしたので、
諦めて簡単に自分の身の上話を始めた。


「まぁ、偶には昔話をするのも悪くないか。どこら辺から話せばいい?」
「お任せしますわ。わたくしを退屈させないように気をつけて下さいましね」

「お任せが一番困るってのを何でみんな理解してくれないのかね?
 そんじゃ、ブルールに流れるというか、ガリアに流れる前の話からするかね」


肩を竦めながら、期待満々な目で見詰めてくる少女にクルトは
詐欺師や吟遊詩人も顔負けな滑らかさで自分の過去の話を謳いあげていく。


曰く、元々の生まれは帝国に併呑されたフィラルドで生粋のガリア人では無く、
15のある夜に両親が反帝国活動の濡れ衣を着せられて殺され、
自分も連座しそうになったので盗んだバイクで逃げ出し、遠縁を頼ってガリアに来たこと。

曰く、遠縁の家では居候として肩身の狭い思いをするだけでなく、
その家の家長には酷い暴力を振るわれ続けていた。
そんな状況から逃げ出すために高校卒業を期に、家をでて首都の大学に入学したこと。

曰く、卒業後は居候先に戻ることなくブルールに流れ、
そこで住み込みの自警団員として暮らしていたが、帝国の進行を受けてブルールを離れ、
首都に流れ着き今の義勇軍に入隊したこと。




要約すると大まかな流れは三つに分けられるクルトの身の上話であったが、
苦労苦労のお涙頂戴候の話を身振り手振り、感情を織り交ぜながら、
横に座る少女に説くと聞かせたのである。


少女が家族の最後を問えば、自分を逃がすために父母が命を懸けて自分を逃がす時間を稼いでくれたと涙交じり答え。ベンベン~♪

ガリアへの逃避行を聞かれれば、路銀や食料は直ぐに尽き、盗んだバイクは壊れて
木の根や草を食べながら追っ手に怯えて三千里、ようやく、ガリアへ辿り着いたと。ベンベン~♪

そして、そのガリアではどうなったと涙混じりに聞かれれば、
外面だけ良い鬼夫婦に美人だが意地悪な娘に毎日いびられ三昧の毎日、
泣いて頼んで通わさせて貰った高校で余所者として激しい虐めの雨嵐、
このまま、この地では暮らせぬと高校卒業を期に逃げるように首都の大学へ入学したのである。ベンベン~♪



「もう良いですわ!今までのいっぐっ、辛い日々はヒックっ
 このわたくしの溢れる慈愛の心で忘れさせてあげますわ~!」


最初は上手い事言って同情させてやろうと言った程度の軽い気持ちだったが、
泣きじゃくりながら、自分を抱きしめて頭を撫で回してくる少女の様子に
クルトはやりすぎたことを悟り、心底後悔していた。


ちなみに、両親は無実の罪で殺されたのではなく、
クルトが反帝国組織に関わっていたのが普通にバレたからである。
また、ガリアまでの逃避行は三千里もある訳もなく、
ちゃんと盗んだバイクはガソリンが満タンな物を選び、路銀もしっかり持っていた。
その上、追っ手にも見つからず、楽な逃避行であった。

居候先の世話になった遠縁の人も非常にいい人で、ちゃんと高校に通わせてくれるだけでなく、
首都の大学まで学費を出して通わせてくれる位である。
無論、そんな人格者の娘は顔だけでなく心根も清らかで、
クルトの事を実の兄とも思って、敬意を払い親しくしてくれた。
当然、高校でも教師に怒られることはあっても虐められた事は無い。
大学卒業後、遠縁の内に戻らないのも、あれだけお世話になったというのに
碌な就職を出来ていない状態では合わす顔がないという理由である。




こうして、少女を退屈させないという義務を果たすだけでなく、
水着の少女に抱きしめられるというおいしい状況をクルトは手に入れたのだが、
イマイチ喜べないまま、海の一日は終わりを迎えることになる。


聞く方も、話す方も程ほどにと言う教訓を美しい浜辺に残しながら・・・




[15115] 戦場の後悔
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/17 00:00
ファウゼン・・・、ガリア公国北部に位置する鉱山・工業都市として知られ、
良質のラグナ鉱石が産出される鉱山をいくつも有するこの地は
領有権を巡って帝国とガリアが何度も矛を交える重要拠点であった。

現在は帝国軍北部ガリア侵攻部隊司令官ベルホルト・グレゴール中将によって
ファウゼン防衛の任に就いていたガリア軍は駆逐され、帝国が支配者として君臨している。
また、帝国各地で行われた『ダルクス狩り』で集めたダルクス人を過酷な鉱山作業に従事させることによって、
開戦の目的であった豊富なラグナイト資源を日夜帝国軍本領に輸送しており、
この地を帝国が有することは、ガリアだけでなく別の戦場で戦う連邦にとっても愉快でない事態であった。
そのため、ガリア軍正規軍は何度と無くファウゼン奪還作戦を立案実行していたが、その悉くが失敗に終わっていた。
岩壁に囲まれた天嶮の要害に加えて、帝国より持ち込まれた強力な列車砲によって、
ファウゼンは軍事要塞化し、容易に落ちない難攻不落を謳い上げ始めていたのだ。



そんな中、ファウゼンで悲惨な状況に置かれているダルクス人がレジスタンスを結成し、
外に居るガリア軍に協力を求めてきたことで、ガリアはこりもせずにファウゼン奪還に向けて大きく動くことになる。
もっとも、これ以上自分達の犠牲を増やしたくない正規軍の面々は、
義勇軍の大部隊による一斉攻撃を囮として、正面から攻勢を掛け、
巷で英雄扱いされる義勇軍第三中隊所属の第一小隊と第七小隊を
ファウゼン内部に潜入させ、列車砲を破壊させるという無茶な作戦を採ろうとしていた。
もっとも、『蛇』にでも依頼したほうがいいんじゃないかといったトンデモ作戦であったため、
義勇軍首脳部だけでなく正規軍の良識派もこの作戦に難色を示しており、軍部内の意見は大いに割れ、
実行の可否についてはガリア中部方面総司令官ダモン大将に一任されるという事態になっていた。



そんな危機的な状況の中、その情報をある方面から知った利己的で自分がかわいくて仕方が無い男は、
危険な潜入作戦を避けるため、過日の叙勲への推薦に対するお礼と称して高級ワインを片手に
個人的な知己を得ているダモン将軍の私邸を非公式に訪れていた。



「ふむ、君の考えとしては岩壁に囲まれた陸の孤島、帝国軍によって軍事要塞化した
 ファウゼンに無理に侵攻するのはガリアにとって犠牲が大きすぎると言いたい訳か?」

義勇軍の目端が多少利く若き英雄とやらの非公式の訪問を受けたガリア軍の重鎮ゲオルグ・ダモン大将は
クルトの話を聞いても、そんなことはお前などの若造に言われなくても分かっているというような顔をしながら、
クルトの月給の何倍もするワインの入ったグラスを何度も傾けていた。
もっとも、そのような横柄な態度を崩さない肥太った男に動じるほど
目の前に立つ利己的な男は繊細ではなく、促された続きをぺらぺらと述べていく・

「閣下、ファウゼンは敵将グレゴールの手によって軍事要塞化しており
 そこを奪還するためには、中に潜入して列車砲を破戒する必要がある
 その妥当性については小官も重々承知しております。ですが、それ以上に
 犠牲が少ないファウゼン奪還の方策があるとしたら、それを採るべきでは?」

「ほぅ、そんな都合の良い策があるなら、是非とも伺いたいものだが
 自分の身かわいさ故に出したような稚拙な策などは聞く耳は持たぬぞ?」


ダモンの目が光るのを感じながら、クルトは自分の頭の中で練りに練った言葉を紡いでいく、
自分と同じように打算的な男を説得するためには、より大きな利益を見せる必要があった。
何より、嫉妬深い将軍殿は巷で英雄と持て囃される生意気な若造が揃って死ぬというなら、
ファウゼン奪回作戦が失敗した数が後一つ増えても良いとさえ考えている節があるのだから・・


「閣下、今回の作戦立案の直接の起因は内部からの協力者のダルクス人が
 帝国の圧政からの解放を望み、ガリアを頼った事にあると伺っております」

「少尉の言うとおりだ。ダルクスのような汚い輩と与すというのは
 いま一つ気乗りはせぬが、ファウゼンを落とすためにはいたし方があるまい」

「閣下のご心痛よく分かります。ダルクスの差し出した汚れた手を閣下のような
 由緒ある名門貴族の御方が握ることがどれほどの苦痛か、それを耐えられて
 ガリアが勝利するために最善を尽くされる閣下を小官は心より尊敬しております」


選民思想の強い貴族階級のダモンがダルクス嫌いと踏んだクルトは
今回の作戦がガリアとダルクスが手を取り合うという彼にとってマイナスなイメージを
強く想起させるような話し方を敢えてする。無論、短気な彼を不快感で激発させないように追従を織り交ぜながら・・・


「ただ、報国の心篤き閣下をダルクスと結びつくような決断を採らせることなく
 勝利だけでなく、ダルクスの穢れも避ける方法があるとしたらどうでしょうか?」
「その様な方法があると少尉は申すのか?なんじゃ、どのような方法なのだ?」

「非常に簡単な方法でございます。ファウゼンに対する包囲を緩め
 閣下のお知り合いの信頼できる民間企業の力をお貸し頂くだけでよいのです」

虚栄心と軍財の結びつきで生まれる利権に目が眩みアッサリと喰い付いて来た男に対する失笑を抑えながら、
悪魔の尻尾を揺らしながらクルトは残酷なファウゼン攻略作戦案を目の前の男に教授していく・・・


「ふむ、これならばわが国にも犠牲は少なく、穢れたダルクスの大量の難民を
 ガリアが纏めて面倒を見る必要は無さそうだな。分かっておる、若干の面倒は見る」

「生き残ってしまったモノに慈悲を与えることは、閣下のイメージに必ずプラスと
 なりましょう。無論、そこに生活物資を運び込むのは『信頼できる業者』となります」

「分かっておる。軍部と財界が共に手を取り合う必要性はわしも強く感じておる」

「万が一、偏った人道等を叫ぶ愚か者に邪魔されて、『閣下』の考案された新作戦案が
 通らずに現状の第一案が採られる事になったとしても、難民用の生活物資は必要と
 なります。今の段階から用意した貴重な物資が無駄になる心配はせずとも良いでしょう」

「ふむ、その場合もわしが解放者としてダルクスの貧民に慈悲を与える英雄となる訳か
 正直、ダルクスなどに何も与える必要は無いと思うが、大義のためには致し方あるまい」


圧政に苦しむ無辜のダルクス人を自らの利益のための材料としてしか考えない醜悪な二人の話は弾み、
ダモンはクルトの事を『お気に入り』から『使える男』という認識に改め、
クルトはダモンの事を『動かし易い男』と再認識する。
正規軍と義勇軍という反目しがちな組織に所属する二人であったが、その関係は終始良好であった。


「少尉の『お礼』は若いのに似合わず中々の気が利いておって
 実に満足出来る物であった。返礼とは言って何だが、万が一
 新たな作戦案が通らず、旧案が通ってしまった場合は別の隊に・・」

「いえ、そこまでのお気遣いは無用です。閣下にそこまでご迷惑は掛けられません
 また、その場合も『英雄』を迎える準備をする人間が中に必要となりましょう
 失敗したとしても、取るに足らぬ義勇軍の屍に尉官が一人加わるだけ
 大業を成し遂げるダモン閣下は、そのような些事を気に留める必要は御座いません」

「うむ、失言であった。だが、少尉のわしに対する忠勤の篤さには痛く感じ入った
 帝国との戦いが終わった後も、わしの下で働けるように命を粗末にしてはならぬぞ」


どうせ戦死したら、別の使い勝手のいい奴見つけて直ぐ忘れるんだろ?と思いながら、
クルトは表情を隠すために深々と頭を下げて一礼した後、ダモンの私邸を後にした。
表面上の関係は良好そのものだが、それはお互いに利用価値が有る内だけとクルトはよく分かっていた。
もっとも、忠勤を尽くされて当然と考える貧相な想像力しか持たないダモンは、
頭を下げる男の黒い腹の内に死ぬまで気付くことはでき無かった。





三日後、ダモンが打ち出した過激すぎる『新作戦案』に対する意見は大きく賛否が割れ、
事態の収拾がつかなくなることを恐れた宰相のボルグがコーデリア姫にお伺いを立てた結果、
見事に却下され、代わりに義勇軍の負担が大きいファウゼン潜入作戦が採用されることになった。
ただ、第一案が失敗した場合は、第二案を実行するというダモンに対する配慮もされた裁可だったが・・・




ですよねー。幾らダモンの軍での実力が凄いからといって、
さすがに俺の立てた作戦は非人道的過ぎるからアウトですよねー。
畜生、やっぱ、カッコ付けないでダモンの好意を受けて正規軍とかに転籍しとくべきだったか?


「よっ、仲良く死地に赴くことになったな。ただ、俺達が失敗したら
 ダモンの考えた最悪の作戦が実行されることになるからな、責任重大だ」

「そうだな、がっ頑張ろうな。あはは」

その最悪な作戦を俺が考えましたなんて言えやしない言えやしないよ。
ほんと、死地には行かざるを得ないし、第二案の本当の立案者ってことが
お人よし揃いの義勇軍の奴らにバレたら面倒なことになりそうだし、ほんと判断誤ったな。
こんな事となら、下手に悪足掻きせずに何もしないで居たほうがマシだったぞ。


「そう深刻な顔をするなよ。お前は第七小隊の仲間から信頼されているんだ
 誰よりも命を大事にするお前が、逃げずにこの任務に参加するってことは
 みんなを大きく勇気付ける。参謀としてウェルキンをしっかり支えてくれよ」

「あぁ、分かってるって、下手に逃げたら後ろから味方にズドンだからな」

「そうだったな。俺は第一小隊の連中を集めてブリーフィングに行って来る
 後で第七も含めた潜入する隊員全体でのブリーフィングもやる予定だから頼むぞ」


信頼って、第七小隊の想いなんかとっくに裏切っちゃいましたから、
ファルディオの野郎、俺が第二案の本当の立案者ってことを、
実は知っててワザと爽やかに喋りかけてるんじゃないよな?
たぶん俺の被害妄想だとは思うけど、あいつの発言から見えない悪意が感じられてしょうがないぜ。


「キルステン少尉!第七小隊のブリーフィングの開始時刻はもう過ぎてます
 兄さんも他の隊員たちも皆さん集まっています。あとは少尉だけですよ!」

「・・・イサラか、悪いな。わざわざ呼びに来て貰って、直ぐに用意していくよ」




目の前に現れたダルクスの少女によって、随分と昔に無くした罪悪感というものを少しだけ揺さぶられた男は、
必要の無い用意をすると嘘をついて、彼女を先に行かせて共に歩くことを避けた。
少し前の彼では考えられない行動であった。
イサラも若干様子がおかしいクルトに疑問を持ったが、
わざわざ待って一緒に向かう必要は無いので、参謀がもう少し遅れるということを隊長である兄に伝えること優先した。



イサラが参謀室を出た後に屑籠に捨てられたフゥアゼン攻略作戦案は非常に単純で効果的なものであった。
作戦の第一段階はファウゼンに対する包囲を意図的に緩め、
ダルクス狩りで帝国が集めたダルクス人が楽々とファウゼンに入れるようにし、
帝国兵に対して過剰な数のダルクス人労働者を抱えさせるように仕向ける。
第二段階として、包囲を緩めない地区、岩壁に覆われて水が確保しにくいファウゼンの生命線とも言える川の上流に、
ダモン等の息のかかった建設業者に堰を作らせる作業を行ってお仕舞いである。後は待つだけでガリア有利に事が動く。
駐留する帝国軍の水くらいは確保できるだろうが、ダルクス人に回る水は直ぐに事欠くようになる。
そうなれば、帝国軍にとって不愉快な事態が起こるのは想像に難しくない。
水を求めて暴徒と化す『集めすぎた』ダルクス人の暴動は容易に鎮圧できないであろう。
また、その策に気がついてファウゼンからノコノコと堰の破壊を目論んで出てくるなら、
堰の回りに設けた防御陣で待ち伏せして殲滅するだけである。
また、潜入した工作員によって街にある井戸に毒を投げ込むなどの細かい案などもその中には含まれていた。

ラグナイ鉱石の採掘量を是が非でも上げたい帝国はこの策に乗らざるを得ないのだ。
あくまで、帝国の首脳は皇帝であって、ガリア方面軍司令官のマクシミリアンなどではない。
彼らが優先する事項は豊富なガリアのラグナイト資源を帝国本国に送ることなのだから・・・

救いを求めてきたダルクス人を人として扱わない限り、クルトの作戦は非常にガリアにとってメリットが大きいものである。
暴動が起きた混乱のファウゼンに正規軍の訓練を積んだ工作部隊を潜入させて列車砲を破壊し、
それと平行して正規軍による大火力の総攻撃を掛ければ不落の要塞も陥落させることが出来る可能性が高い。
そして、陥落した街にダモン率いる宣撫班が食料や水を大量に抱えて現れる。
ダルクス人は彼等を歓呼の声で迎えるだろう。帝国の圧政から救う救世主として、
最初に差し出した手を握ってくれなかったことに不満を持つダルクス人など所詮多数派にはなれないのだ。
目の前にあるパンと水をくれるのは不平を言う同胞では無く、
ダモンや彼に付き従う兵士や業者の人間達なのだから・・・


まぁ、クルト自身もシナリオ通りに味方や帝国、それに哀れなダルクス難民が踊ってくれるとは思っていないが、
自分の考えた作戦が通れば、ファウゼン潜入作戦を素人だらけの義勇軍でやらなくて良くなるので、
必死になってダモンに働き掛けた次第である。





「まったく、無茶な作戦だな。素人の潜入部隊でゲリラの真似事か
 帰れるものだったら、今からでも帰りたいぜ。・・向こうも始まってるな」

「正攻法じゃ、軍事要塞と化したファウゼンを落とすことは出来ないと上層部が
 下したんだ。次の非道な作戦が実行されないために無茶でも成功させるしかないよ」

「はんっ、いつも無茶するのはアタイ達じゃないか?お偉いさんはいい気なもんだよ」
「お偉いさんは下にはいつも無茶を言うものって決まってやがるんだよ」


ファウゼン潜入部隊が帝国に気付かれないようにするため、義勇軍の大部隊が囮として決死の突撃を仕掛ける中、
非道な作戦を実行させないために決意を新たにする隊長のウェルキン、
いつものように不平を口にし、ラルゴに宥められるロージーと、
成功率の高くない任務でありながら、第七小隊の隊員達は取り乱す様子は無かった。
これまで多くの無茶な作戦を義勇軍だけで成功させてきた実績が、彼らに大きな自身を植え付けていたようである。


「っと、列車砲の余波がここまで来てるな。ほんととんでもない兵器だな」
「キルステン少尉はどのくらい被害が出ていると思いますか?」

「さぁね。半分以上生きて帰れれば御の字だろう
 力攻めして落とそうってのがそもそも間違いなんだよ」

第七小隊と共に潜入任務を担う第一小隊のラマールの質問にクルトは投げやりに答える。
桁外れの射程距離と威力を持つ列車砲に近づくことすら間々ならない難攻不落の要塞を
ごり押しで何とかしようとする上層部にさすがに腹を立てていたのだ。

「上層部の腐った作戦がたとえ間違っていたとしても俺達がやるしかないさ
 俺達が失敗すればより残酷な攻略作戦が実行されることになるからな
 それに囮の大部隊が全部囮だと向こうも思わないだろうし、やる価値はある」

「それで俺らが無駄死にする可能性があってもか?」
「それでもだ。すでに俺達のために死んでいった仲間達の死を
 無駄にしないためにも、俺達は街への侵入を成功させなければならない」


皮肉な答えを返すクルトにファルディオは力強い決意を持った答えを返す。
仲間の犠牲、ガリアや帝国に利用だけされて殺されかねないダルクスの人々を解放するという
自分達にしか出来ない使命を果たすため、ファルディオも部下のラマールも
困難な任務を前にして、足を止めるような真似を見せることは無い。
そして、その彼らの真摯な姿はクルトの気をますます重くさせていくのだった。


「なにをモタモタしてますの?わたくし達の活躍に
 ファウゼンの人々の運命がかかっていますのよ!」

「へいへい、分かってますよお嬢様!ほら、手!」

気分と共に足取りが重くなったクルトにすかさず声を掛けた少女に
手を差し出したクルトは彼女を勢いよく岩の上に引き上げてやる。
いつもと変わらない彼女の姿は見た男は、いつもの自分を少しだけ取り戻すことに成功する。

「もう少し丁寧に扱いなさい!そんな強引に引っ張るだけでは全然ダメですわ
そもそも、女性に対するエスコート仕方について、あなたはもう少し覚えて・・」

「ほら、イサラも無理しないで手出せよ。ちょっと、段差が高いからなココは」
「すみません。ありがとう御座います」

「いい度胸ですわね。少尉、わたくしの話が終わっていませんのに
 他の女性とお喋りなんて、もう寛大な心を持つわたくしでも許せません!」

多少は元気なイーディに感謝の気持ちを抱いたクルトだったが、
面倒な方向に、これまたいつものように突っ走り始めたので、
後ろから聞こえる文句を無視し、彼女を残して早々にその場を後にする。
スイッチが入った彼女の相手をしてやる気力はまだ持てそうに無かった。
これからファウゼンで目にすることになるもの、そして思い出すだろう過去の出来事、
とっくの昔に捨てた感情がふつふつと湧き上がるのを必死で抑えながら、
クルトは岩壁を登っていく、今は生き残ることだけを考えろと必死に言い聞かせながら・・






「ウェルキン、クルトあったよ!レジスタンスの人が用意してくれたロープ」

「手際のいい事で、占領された後に出来た日の浅いレジスタンスにしては
 期待できそうな仕事ぶりだな。まぁ、それでも任務の成功は厳しいだろうけど」
「厳しくてもやるしかないさ。そのために僕達はここに来たんだ」

「だな。よし、全員ロープを伝って降りるぞ!崖下で案内レジスタンスと接触する
 まずは第一小隊から降りて周囲の安全を確認後、第七小隊も崖から降りてきてくれ」

登りきった崖の少し下に隠されていたロープの塊を見つけたアリシアは手早くバラして、
潜入部隊のメンバーに渡して行く。ほぼ連絡通りの場所に必要数が目立たぬように用意されており、
クルトの言うように結成から日が浅いわりに良く統制された組織であることが伺えた。
ウェルキンの決意に応じながらファルディオはラマール以下、第一小隊所属の潜入部隊メンバーに簡潔に指示を出すと、
先頭を切って崖をロープを伝って降りて行く。急斜面ではあるが、多少の訓練を積んだ者なら降りられない崖では無かった。
第一小隊に続いて第七小隊所属者たちも次々と崖を降りて、周囲を警戒しながらレジスタンスの案内人が待つ合流地点を目指す。


「なるほど、坑道を使って奥深くまで潜入するって訳か、帝国軍の野郎どもが
 自分で汗水垂らして穴を掘るわけじゃないから、知らない道がたくさんあるって寸法か」

「感心してないでとっとと行くよ!こんな所に長居する趣味は
 アタイには無いからね。さっさと面倒ごとを終わらして戻りたいね」

事前に渡された坑道地図を見て感心しながら歩くラルゴだったが、
横を歩くロージーは溜まりつつある不満が少しずつ溢れ始めたのか、
言葉の棘を隠さず、不機嫌さを全快にし始めていた。そんな彼女の様子に困った顔をした大男だったが、
彼女の事情をそれとなく知っていることもあって、その態度を窘めることはなく
彼女の希望に沿うように、足音を響かせないように注意しながら、少しだけ歩幅を広げて歩みを早くした。


「隊長、ここですよね?」
「あぁ、ラマール合図を送ってくれ」

目配せをして合流地点に来たことを全員にファルディオが告げると、
皆、頭を低くして警戒態勢を取る。レジスタンスがヘマをして帝国兵が罠を仕掛けている可能性も十分あるのだ。
拳銃を握り締めるクルトの掌は既に汗ばみ始めていた。それが緊張に拠るものなのか、
別の荷かが理由なのかは恐らく問われても本人は答えることは出来ないだろうが・・・・


「・・・、案内人だ」

「何とか第一段階は達成・・だな」
「やりましたわね!」

ラマールの石で叩いた合図に、連絡通りの合図で返したのは壁向こうのレジスタンスであった。
ファルディオの言葉で肩の力を抜いたクルトは大きく息を吐きだした。
敵地での危険な味方と接触は何度経験しても慣れることは二度と無さそうである。
慣れによって生まれる油断が生み出す危険の大きさを、彼は過去の苦い経験でよく分かっていた。


「ようこそ義勇軍のご一行様、時化た場所だが歓迎するぜ
 俺がレジスタンスのリーダーのザカだ。まぁ、よろしく頼む」

ダルクス布を頭に巻いた片目を瞑ったダルクス人の男は堂々とした態度で
ファルディオやウェルキンと挨拶を交わしていく。
ぼさぼさな髪に無精髭を生やしてだらしない格好であったが、不思議と風格があり、
彼がレジスタンスのリーダーであることを皆はすんなりと受け入れることができた。

ただ、生粋のダルクス嫌いのロージーはここでもお構いなく、
ザカと名乗る男に食って掛かり、ラルゴやウェルキンに窘められても中々引こうとしなかった。
もっとも、差別的な発言をぶつけられたザカの方は慣れたもので、彼女にココが自分達の街であり、
自分達の力が無ければ何も出来ない事実があることを認識するように忠告すると、
自分達のアジトに案内するために坑道を進み始める。
この対応に立腹したロージーは尚も絡もうとするが、ラルゴに肩を抑えられて渋々黙った。




「支配された街なんてどこも似たようなもんだな」
「活気は無く、人々は俯いて下を向いているか?」

「そんな所だ。まぁ、俺が居たところはあんな物が出来る前に無くなっちまったけどな」

窓から見下ろす街は帝国の支配以後、厳しい管理下におかれてかつてあった活気は失われていた。
そして、クルトが指で示した薄汚れた幾つもの施設は、
鉱山労働を過酷な条件でさせるために帝国各地のダルクス狩りで集めたダルクス人を収容する強制収容所だった。
このダルクス人強制収容所の存在が街により深い影を落とす。


「なぁ、本当に蜂起する必要はあるのか?失敗しても成功しても
 犠牲は考えている以上に大きくなる。俯いていても死ぬよりはマシだろ?」

「同じだよ。アンタも戦ったんだろ?誇りのため、仲間のために、命を掛けてな
 俺達は人間だ。死ぬとしても人間として戦って死ぬって決めたんだ。もう止まれねーよ」

「そうか、そうだな。余所者の俺が口を出すことじゃなかった。忘れてくれ」


ザカはクルトの言葉に首を振って気にする必要は無いと告げた。
目の前に立つ男の後悔を感じ取れないほど、彼の感性は鈍くなかった。
アリシアが作戦会議の招集を告げに来るまで、クルトは沈黙を守ったまま静かな町並みを窓から見下ろしていた。
この街に住む人々すべてを犠牲にしてでも自分達だけ助かろうと足掻いた事実を、
街全体が無言の抗議をしているような錯覚を受けながら・・・


過去の業と現在の業を抱えた男は作戦会議が行われる場所に向かって真っ直ぐに歩いていく、
多くの人にとって、ファウゼンの静かな夜は長い夜になりそうであった。




[15115] 戦場の思い出
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/24 19:44
ガリア公国の最大の工業都市にしてヨーロッパでも有数のラグナイ鉱山を持つ地を
帝国の手から取り戻すため、ファウゼンの地に潜入した戦力はわずか二個小隊。
内部のダルクス人を中心とするレジスタンスの戦力もせいぜい3~4個小隊規模で
ファウゼンに駐留する帝国軍の戦力と比して余りに過少である。
だが、ファウゼン潜入作戦に続く攻略作戦を成功させるためには、
絶望的な戦力差を覆してでも、都市中枢に位置する装甲列車エーゼルを破壊する必要があった。
ファウゼン周辺に展開するガリア公国正規軍の主力部隊が都市部に近づくのを執拗に拒むエーゼルの列車砲が存在する限り、
帝国軍中将グレゴールの支配するファウゼンは難攻不落の要塞であり続け、正攻法での攻略は不可能である。
そして、この潜入破壊工作作戦に失敗すればガリア公国首脳部は正攻法での攻略を諦め、多くのダルクス人を犠牲にし、見殺しにするという非道な攻略作戦を選択する事になる。

ウェルキンやアリシア達義勇軍の面々とザカ率いるレジスタンス達は『許されざる作戦』の実行を防ぐため、
真剣な面持ちで装甲列車エーゼルを破壊するための作戦会議に挑んでいた。
『許されざる作戦』を立案した最低の男が直ぐ傍らに何食わぬ顔をして立っている事に気付くことも無く。




「さて、作戦の説明に入る前にレジスタンスの皆さんには感謝の言葉を述べておきたい
 俺等が死なずに無事に潜入できたのは、貴方達の用意周到な準備の御蔭だ。感謝する」

ブリーフィングのために集まった義勇軍とレジスタンスの面々を見渡しながら、
参謀のクルトは作戦の第一段階、自身を含めた義勇軍のファウゼンへの潜入成功におけるレジスタンスの功を讃える。
正直なところ、結成間もないレジスタンスがここまで組織だって外部の勢力、
自分達義勇軍と連携を取れるとは、クルトだけでなく他の誰もが予想してはいなかったため、
その困難な仕事をやってのけたザカ達に対する敬意が自然と生まれ、義勇軍の多くが素直に頭を下げさせられた。

そして、この真っ直ぐな謝意に忌み嫌われ迫害されてきたダルクスの人々は、
この余り慣れない経験に戸惑い頭を掻いたり、頬を掻いたりと一様に照れた仕草を見せる。
そして、その姿は非常に人間臭さに溢れており、ロージーをはじめとするダルクス嫌いの隊員にとっても
彼らダルクス人に対する考え方に何かしらのインパクトを与えることになる。


「そんじゃ、今回の作戦の目的において設定した目標について確認してくぞ
 まず作戦の目的はこいつだ。装甲列車エーゼルの破壊も若くは奪取だ
 こいつを何とかしない限りファウゼンはいつまで経っても帝国のもんだからな」

模型の鉄橋の上に鎮座まします装甲列車エーゼルを作戦棒で示しながら、
クルトはこの目標の重要性について説明していく。
装甲列車エーゼルの全長は39m、総重量も290t近くもあり、現在確認されている帝国軍の兵器としては最大級の大きさと重量を誇っている。
また、その性能についても歴戦の名将グレゴールが開発・設計に携わっており、
ヨーロッパ広範でその性能が遺憾なく発揮できるように製造されている。
武装は列車砲と呼称される化け物じみた超長距離砲に加えて、接近を図る敵戦力に対する防衛用の対戦車砲一門に20mm2連機関砲が二門あり、
外装の分厚い装甲板と併せて考えれば、歩兵を中心とした部隊による近接攻撃での破壊は非常に困難であると推測される。


「まぁ、こいつの攻略方法については、ザカの方から説明があるから後に回すぞ
 続いて第二の目標はココ敵指令の中枢採掘基地への攻撃および占拠だ
 ここを俺達に抑えられたら、帝国軍の戦争目的でもあるラグナイト資源の確保が頓挫
 することになる。帝国軍は躍起になってここを防衛するために戦力を割いてくる筈だ」

「つまり、ココに対する俺達の攻勢の強さ如何でエーゼルの攻略何度がさがるわけか」
「あぁ、ザカの言う通りで採掘基地への攻撃はあくまでもエーゼル破壊のための陽動だ」

「成るほどね。ここで派手に暴れる俺達第一小隊の責任は重大ってことだな。善処しよう」
「ファルディオ、頼りにしてるよ」

自分の説明を補足するようなザカの質問に頷いたクルトは、
作戦の成否を左右する重責を担う第一小隊隊長ファルディオ・ランツァート少尉に視線を向けると
彼は肩を竦めながら労を惜しまないことを約束する。
その頼もしい言葉にウェルキンも労いの言葉すかさず掛け、二人が固い信頼関係で結ばれていることを改めて周囲に知らしめていた。
ちなみに、そんな二人の友情あふれるシーンに乙女な対戦車兵ヤン・ウォーカーは『漢の熱い友情だわ』といって身悶えていた。


「じゃ、あっちにイッテル筋肉馬鹿は無視して進めるが、第三の目標について説明するが
 ココ、ダルクス人の強制収容所は、はっきり言って優先順位が一番低い作戦目標になる」

「ダルクス人にかまけるような帝国軍は多くないってことかい?」
「そういうこと。帝国軍の目的はファウゼンの支配とラグナイト資源の確保にある
 強制収容所で騒動が起こったところで他の目標地点と違って戦力は割かないだろう」

ロージーやクルトのダルクス人を軽んじるようにも取れる発言に気分を害する隊員やレジスタンスの面々も居たが、
この場のダルクス人代表でもあるレジスタンスのリーダーのザカがそのクルトの見解に賛同したため、不平や不満を口にする者は出なかった。


「作戦の優先順位はエーゼルの破壊を最優先か、俺達強制収用所の解放を担当する部隊は
 目標達成時点で、基地襲撃チームかエーゼル破壊チームに合流しなくてもいいのか?」

「いや、ラルゴに指揮をとってもらう解放チームはそのまま解放された人々の護衛と
 周辺の帝国軍の排除に当たって欲しい。作戦途中で合流は戦力の増加によるメリットを
 もたらす以上に、指揮系統の混乱というデメリットを生みだす危険性のほうが大きい
 装甲列車エーゼルへの攻撃は僕達と、共同して当たるレジスタンスのチームで行う」

優先順位を鑑みて部隊の転進や目標の変更の必要性について確認するラルゴだったが、
作戦の立案者のウェルキンはその必要性を否定する。
少数での潜入工作作戦は敵が事態を正確に把握するまでが勝負である。
その貴重な時間を無駄にすることなく、最大限に有効に活用するためには綿密な連携が欠かせない。
作戦遂行途上での増援は却って連携を乱し、敵に絶対に与えてはいけない時をくれてやることに成りかねない要素は、
この際、排すべきだとウェルキンは考えたのだ。
隊長の返答はラルゴの経験則から言っても至極まっとうなものだったので、それ以上は発言せず、ウェルキン等の言葉を静かに待つ。


「そうそう、俺達が装甲列車を破壊した後に正規軍が侵攻する
手筈だから、ファウゼンの実質的な作戦終了はそれ以降になる」
「っていうと、俺達義勇軍は正規軍のための捨て駒になるってことかよ!」

ちょっと忘れてたみたいな感じにサラっと言葉を付け足す参謀の言葉に
ラルゴは不快感を爆発させて言葉を荒げるが、その怒気は意外な人物に鎮められることになる。


「捨て駒だとか、正規軍に義勇軍といったことは些末な問題に過ぎません!
 この作戦には何ものにも代え難い意義があります。理不尽に虐げられる人々を
 ファウゼンの人々を解放するという何よりも大切な大義が!どんなに言葉や理屈で
 取り繕っても帝国のやっていることは間違っています。困難でもやり遂げましょう!」

イサラは自分が経験してきた以上に酷いダルクス人に対する帝国の人種差別を目にして、
感じた憤り、そして悲しみをそのまま言葉にして作戦を成功させる必要性を説いた。
そして、少女の真っ直ぐな想いにウェルキンやザカ達も頷き、声を出して賛同し、他の多くの人々もそれに続いていく。

イサラの言葉で戦意を固めた面々はザカのエーゼル攻略法に熱心に耳を傾けながら、その成功を確信し、
クルトから作戦終了後に正規軍による援助物資搬入されることを聞けば、レジスタンスの面々は単純に喜び、
義勇軍の隊員たちは帝国ではなくガリアにこそ正義があると確信し、騎士道精神に似た感情によって更に気持ちを高揚させていく。





「だいたい作戦の方は理解して貰えたと思う。後の細かい部分については作戦実行まで
 各チームで確認しておいて欲しい。また、レジスタンスの編成についてはリーダーの
 ザカに一任する。僕の方からは以上だ。質問が無いようなら作戦開始時刻まで解散する」

必ず作戦を成功させるという強い使命感を持った参加者達は会議室を意気揚々と出て行く。
正義の中にいるという心地よさは彼らの足取りを非常に軽いものにさせたらしい。
もっとも、そんな中でも例外は少なからずいるようで、
テーブルに足をだらしなく乗せながら椅子にもたれて座り、会議室に一人のこった男は面白く無さそうな顔をしていた。



大義に正義、間違っているのか、間違っていないのか・・か、実に下らないねぇ~
そんな理由で帝国さんが負けて俺達を勝たせてくれるなら苦労はしねぇんだよ!
ほんと、こんな事になるならダモンの厚意に応じてこの作戦から抜けさせて貰うんだったな。
何で俺はこんなトコに座って臭い三文芝居なんか見てるんだ?

クルト・キルステンって男の座る場所は・・・、そう、最も後方でかつ安全な場所であるべきなんだ。
恥を忘れ、故郷を捨て、己のことだけを考えて今日まで生き延びてきたんだ。
いまさら短い付き合いを気にして、仲間、いや他人に付き合って死地まで来るような男じゃねぇだろ俺は・・・




「ク~ルト!なにボサっとしてるの?オジさんカンカンだったわよ
 家の馬鹿息子は英雄気取りで調子に乗って、畑の手伝いもロクにしないって」

「いいんだよ畑のことなんか!未来のフィラルドの英雄『子犬』のクルト様は
 『フィラルドの猟犬』の英雄『蛇』を超える男だからな。野良仕事はしないのさ」

藁山に寝そべりながら、調子に乗っている自分より一つ年少の少年に対して、
更なる注意を諦めた少女は、ぴょんと跳ねてクルトの横に寝そべった。
その反動で舞い散る藁滓をおまけにしながら、


「ぺっぺっ、ちょっ!飛び乗ってくるなよ藁が口に入ったじゃねぇかよ!
 だいたいユイ姉は16にもなって慎みというか、あふれ出る色気が足り無い
 というか、女にとって重要な、その何というか・・って痛い痛い!叩くなよ!」

「変なとこ見て失礼なコト考えているクルトが悪い!」

少女の残念なまな板を見てがっかりした顔をする少年は直ぐに苦悶の表情を浮かべることになる。
憤慨した少女に脇腹にきついのを何発も入れられたためである。
そして、それだけで怒りがおさまらない少女は寝そべるクルトに馬乗りになると
その髪の毛を両手でくしゃくしゃにしながら頭を撫で回すと、ようやく満足して
少しずつ少年から大人の男のものに変わりつつある胸板に抱きつくように顔を埋めた。

小さな頃から一緒に畑や町を掛け回った二人が恋人同士になったのは、つい最近のことで
お互いどうしてもテレてしまうせいか、抱きしめ合うにも色々と工夫を必要としていた。

「ねぇ、クルト・・、あんまり危ないことしておじさん達心配させたら駄目だよ?」
「分かってる。ダイジョブだって、『子犬』臆病で警戒心が強いだろう?
 危険な場所には行かないし、危なくなったら一目散に逃げ切って見せるさ」

自分の胸元に顔をピッタリと付けた少女が頷いたのを感じながら、
さらさらとして手触りの良い恋人の髪を少年を優しく撫でる。この素晴らしい日々をいつまでも続かせてみせると誓いながら・・・


「ユイ姉、そろそろ『手紙』を貰ってもいいか?受け渡しの時間に遅れる」
「やっぱり行くんだよね?分かってる。フィラルドのためだから仕方ないよね
 受け取りに来るのは『猟犬』の残党で年は30過ぎ、場所と合言葉はいつもの」

「了解。あとは帝国の諜報員のマヌケに気がつかなければ問題なしってことか
 『子犬』と『小鳥』は手紙の内容や行き先を知る必要は無い。いつも通りだ」
「いつも通りでも絶対に油断したらダメだよ!クルトって調子に乗ってると
 昔から危ないことを気付かずにしたり、肥溜めに落ちたり大失敗するんだもん」

「大丈夫だって!もうガキじゃないんだから
 あと、いい加減に肥溜めに落ちたことは忘れてくれよ!」
「だ~め!クルトと一緒の思い出は私にとって宝物なんだもん」

年上ぶって自分のことをからかいながら抱きしめてくる恋人に少々ウンザリする少年だったが、
自分に向けてくれる笑顔を見ると文句も言えず、彼女を抱きしめ返すことしか出来なかった。
ぶんぶんと元気よく手を振って見送ってくれる少女にクルトは頭があがらないようである。




反帝国組織、『フィラルド解放戦線』は簡単に言えば帝国の支配からの脱却を目指すレジスタンスである。
そして、少年らしい英雄願望を持った『子犬』の仕事は手紙やちょっとした荷物の受渡しをする危険な運び屋であった。
もっとも、生来の臆病者と慎重さからか、帝国軍にバレるような下手を一度も打つことなく
『子犬』は仕事を10歳の頃から仕事は100%上手くこなしており、
その成功率の高さから組織からも一目も二目も置かれるようになっていた。
もっとも、その好評価は彼を調子に乗らせて両親や組織の同僚でもある恋人を不安がらせることに繋がっていたが、
『子犬』通り名まで貰って得意満面な少年は仕事を減らす所か、更に増やして目下更なる『上』を目指している有様であった。


「さて、今回も帝国に勘付かれる事も無く。楽々と受渡し場所に来れたぜ
 これは伝説の『蛇』を超える日も近そうだな。ユイ姉も惚れ直すだろうな」


『仕事』のために隣町まで訪れた少年は、にやにやと恋人の顔を浮かべながら、辿り着いた受渡し場所の廃小屋の戸を
二回ノックし、少し間をおいて四回ノックする。そうすると数瞬後に四回、三回と事前に知らされた通りのノックが返されたため、
小屋の中にいる相手が今回の受渡し先であると確信し、合言葉を続けて投げかける。

「リボルバー」 「オセロットォオオッ!!!」

答えると同時に現れた男は怪しげな覆面をしていた。その姿に一瞬だけ言葉と動きを失ったクルトだったが、
直ぐに仕事を思い出し、『手紙』を差し出そうとしたが、妙な違和感を覚えて手をとめる。




相手の男が手を動かした瞬間、クルトは後ろに向かって勢いよく転ぶように飛ぶ。
少し遅れて刀か何かで斬られた額から熱い血が滴るのを少年は感じる。
そして、それに気付くや否や、彼は素早く立ち上がり、わき目も振らずに走ってその場を後にする。
『仕事』は失敗したのだ。自分がヘマをすることは無いという過信が、
相手がヘマをするという可能性を忘れさせていた事に彼はようやく気がつき、全力で走りながら、
自分より正しい判断力を持ち、『仕事』を減らすように忠告してくれた恋人に心の中で謝罪する。

合言葉まで返してきた相手に違和感を覚えて九死に一生を得る事が叶ったのも全て恋人の御蔭であった。
彼女、『小鳥』は、相手は30過ぎの男と言っていた。だが、目の前の相手は覆面をしていて年齢は容易に察することは出来ない。
自分が愛し、信頼する『小鳥』は今まで一度も仕事に必要の無い情報を自分に与えたことはないという実績が、
覆面の男に対する小さな不信をクルトに与え、彼の命を救ったのだ。


マヌケな反乱分子に対する帝国の追跡は絶賛展開中となったのだが、
不思議なことに彼は追っ手に捕まることなく、無事に炎上している故郷に辿り着くことが出来た。







「畜生ちくしょー!俺をわざと逃がしやがったのか」


目の前に広がる凄惨な光景を見ながら彼は自分の犯した幾つ物のミスを死ぬほど後悔する。
なぜ自分は真っ直ぐに故郷に逃げ帰ろうとしたのかと、二、三の町しかない彼の住む地方では直ぐにクルトが向かった先は判明する。
死の恐怖で思わず故郷に向かって逃げた少年の浅はかで大きすぎるミスだった。
そして、帝国に対する彼の認識の甘さも致命的であった。被支配国民に対する容赦なさを話では知っていたが、理解していなかったのだ。
反乱者の住む町を見せしめに焼き討ちをする。ダルクス狩りを平然とやる帝国がフィラルド人にだけ暖かい筈がない。
何も分かっていない少年は自分の責任を超えた火遊びに興じた報いを受けることになったのだ。
結局のところ、『蛇』ですら屈した帝国に『子犬』が身の程知らずに吼えかけて無事で居られる訳がなかったのだ。


「父さん!母さん!!」

少年は自分のせいで殺される隣人や犯され嬲られる友人を見捨てながら、
制裁という名の大義を掲げる帝国軍人達の目を盗んで自宅を目指す。
自分が引き起こした悪夢のような光景に半ば発狂しかけながら、子供は親に縋ろうと走る。
親というものは、どんなに愚かな子供であっても暖かく受容れてくれる、彼はそこに救いを求めた。

「と・・とうさん、母さ・・ん」

幸いなことに火に包まれていなかった家の扉を勢いよく空けると、そこには二度と動かなくなった両親が倒れ伏している。
もう扉の前から一歩も動くことは出来なかった。膝から崩れ落ちるように玄関先で座り込み、
なにやら意味不明な言葉とも取れる音を吐き出し続ける愚かな少年は、失いすぎたショックで思考を停止させる。
無気力な木偶となった彼は凄腕のスナイパーでなくても容易に撃ち殺せる簡単な的であった。
そして、その的の存在に気がついた血に狂う帝国兵が遠慮するわけも無く、引き金を引いて手に持った銃に弾を吐き出させる。


「ぼさっとすんな!!死にたいの!?クルトお願いだから立って、一緒に逃げるよ!」

蜂の巣になりかけたクルトを救ったのは恋人のユイだった。
突然の襲撃で両親を殺された彼女は窓から飛び出し、恋人のクルトを必死に探して彼の家の前に辿り着いたらしい。
彼女は虚ろな表情の少年の頬を二、三発叩いて少し覚醒させると、その手を引いて走り出す。生きるために!


「クルト、しっかりしなさい!今は生き残ることだけ考えよう
 反省するのはあとでいいからさ。死んじゃったら、後悔も出来ないしね」
「俺は・・・、俺がヘマしてみんなを・・・俺のせいで・・」

「そうだね・・ぜんぶクルトと私のせいだよ。調子に乗ってレジスタンスごっこ
 にのめり込んだクルトとそれに引き摺られて、止めることも出来なかった私のせい
 死んでお詫びできる軽い罪じゃないよね。だから、生きて最低な人生を二人で歩もう?」

自分も同罪だ。一緒に罪を背負って逃げよう。生きようと自分の手を千切れるほど強く引っ張って走りながら話しかける少女の甘美な誘いに
情けなくどうしようもない少年は救いを感じたのか、それに縋りつくため走る速度を上げる。
死にたくない。自分だけでも助かりたいという自分勝手な欲望がクルトを生に向かって動かす。
銃声と悲鳴が木霊する惨劇の中では倫理感や罪悪感などといったものはクソの蓋にもならない。
二人は町の出入り口に置かれている帝国軍の軍用バイクを目指して駆ける。
略奪に夢中になった帝国兵が置きっぱなしにしている何台かのバイクを町の出入り口で目撃したことをクルトが思い出したのだ。


「クルト!夫婦そろって最低な無責任人間ってのもきっと悪くないよ
 これから一杯後悔して苦しくなるけど、二人だったら絶対に大丈夫」
「何もかも見捨てて逃げる最低な無責任男の嫁さんになってくれるのは
 ユイ姉以外に居なさそうだから、我慢して結婚してやるよ。クズ夫婦だ」

「何が我慢してやるよ!さっきまでピーピー泣きそうな顔してたくせに」
「うるせー!返り血で真っ赤な鬼女に言われたくねぇよ」

逃げる途中でいつか蜂起するために隠して集めた武器を取り出して手に持った二人は
初めての殺しを体験しながら、興奮した状態で愛の逃避行としゃれこんでいた。
余りにも非現実的な光景と帝国兵の非道さを目の当たりにした二人は完全にぶっとんだ精神状態に陥る。
そして、楽な殺戮と略奪を楽しみ自分の身を惜しむ帝国兵は基地外が銃を持った状態の二人に敢えて関わろうとしなかったため、
彼らは遠くから適当な狙撃をされる程度の攻撃しか受けることなく、目的の軍用バイクが置かれた場所に辿り着く。


「クルト、まだ?早くしないとさすがに拙いよ!帝国兵に勘付かれたら
 蜂の巣にされちゃう。早くカギ弄ってエンジン掛けないと逃げ切れないよ」
「うっせーな!黙っててくれよ。あと少しでエンジンが熱くなりそうなんだ」

「さっきからそう言って音もしないじゃない!もうじれったいわね
 こう言うのは左45℃のトコから蹴りを入れれば動くって決まってるのよ」


ブルンッブルルッ、ブルルーン・・・
癇癪を起こした少女の豪快な蹴りを何ども受けたバイクは痛みに狂う悲鳴のようなエンジン音を上げる。
この信じられない光景にはクルトもユイも『マジで!?』と言った顔で硬直するが、
今はこの場より少しでも早く遠くに逃げることが先決と、一目散に飛び乗りバイクを走らす。
それに気がついた一部の帝国兵が雨あられと銃弾を撃ち放つが、バイクは止まることなく街道をフルスロットルで駆け抜けていく。





「ユイ姉、みんな死んじゃったよな・・」
「そうだね。でも、クルトが死ななくて良かったよ」

「今日の受渡し相手がヘマやってさ。帝国の待ち伏せにあったんだ
 まぁ、それに気がつかずに足がつくような逃げ方した俺も最悪だけど」
「そうだね。ヘマしたね・・・」

「なぁ、さっきから『そうだね』ばっかりじゃねーか?」
「そうだね・・・」
 
自分のせいで両親や故郷の多くの人々が殺された後ろ暗さからか、
町から遠く離れ、追っても見えなくなるとクルトは言い訳染みた情けない自虐的な発言を
ユイに向かって繰り返すのだが、自分の背中越しに返される返事は素っ気無く、時間が経つほど短くなっていく。
そして、それが遠まわしに自分の愚かしさを彼女が責めているのではと早合点した少年は、
バイクを少し乱暴に止めて面と向かって言いたいことがあるならハッキリ言えとつげようとするのだが、

それは、永遠にかなうこと無かった・・・
バイクの停まった際の反動に力を失いつつある彼女は耐えることは出来ず、そのまま地面に崩れ落ちた。
突然起きた理解できない光景にクルトは言葉を失い、何をすれば良いのか分からなくなるが、
彼女の座っていたシートに赤黒いしみが出来ているのと、
立つことも出来ず死人のように白くなった顔を自分に向けながら微笑む少女の姿は、
彼に最悪な状況が訪れたことを報せるだけである。


「い・・嫌だユイ姉、俺だけ残して死ぬなんて、最低夫婦になるって・・」

「へへ・・、クルト・・いい女ってのは嘘つきなんだよっていつも言ってるでしょ
 幾つになっても・・クルトは忘れんぼさんだね。ねぇ・・、クルト手握ってよ・・・」

彼女の言葉に慌てて近づいたクルトは、ユイを抱き起こしながら差し出された手を握る。
握り返される力の弱さが少女の死が現実の物であることを少年に理解させていく、
つい数時間前の喧騒の中での殺戮で起こった多くの理不尽の死には全く現実と感じる事が出来なかったのに、
目の前で静かに薄れ行く生は、死というものが何かを嫌でもクルトに悟らせる。


「クルト、貴方は・・、絶対に生きて・・みんなの、私の命を・・これから、出会う人の
 いの・ち・を奪って、犠牲に・・してでも生き・て、クルトがいきて・だけ・・私、しあわ・・」






「少尉!!キルステン少尉!大事な作戦前に暢気に
 居眠りなんて、一体全体どういう神経をしていますの!」


テーブルに足をだらしなく投げ出して、うつらうつらする青年は昔馴染みを思い出させる元気の良い声で夢世界から呼び戻される。
少しだけ、自分の住んでいた場所と似ているファウゼンは男を珍しく感傷的にさせ、
今では思い出すことも少なくなった過去の夢をみさせたようだ。


「悪い悪い。ちょっと、この椅子のすわり心地が良くて寝ちまった
 もうそろそろ作戦開始時間か、顔洗ってから行くよ。ありがとな」

わざわざ自分を起こしに来てくれた少女に謝罪交じりの謝意を伝えると
男は首をコキコキさせながら、過ぎ去った8年の早さに少しだけ想いを馳せる。
そして、欠伸をしながら軽く伸びをすると乾いた笑い洩らしながら、その場を後にする・・・




やれやれ、この危機的状況が何だっていうんだ。多くの犠牲が出るだって?関係ないね。
俺に死ぬ予定は無い。そう、誰を犠牲にしてでも死ぬことなく俺は最後まで生き続けよう。

そもそも、冥府の門の前に立つユイシア・ベルトラムが俺を通してくれるとは思えないからな。





義勇軍でもっとも生き汚い男、クルト・キルステン・・・
自分が死なない最善の方法を、今までも、これからも必死に考え続けていく。
死を受容れ、生を諦めるという許しが罪深い彼に与えられることは無い。






[15115] 戦場の膠着
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d
Date: 2010/01/31 11:21
深夜のファウゼンは殆ど灯りもなく、深い暗闇にすっぽりと覆われている。
この街を覆う闇は無謀な潜入破壊工作作戦を敢行する義勇軍やレジスタンスを助けてくれる数少ない存在であった。


自分に前線指揮の能力は無いといってラルゴの指揮するチームに参謀役で入ったクルトは
ザカが率いるレジスタンス達と共にファウゼンの谷の最下層部に位置するダルクス人強制収容所の解放を目的に動くことになる。
もっとも、ザカの指示で銃器を極力用いずナイフによるサイレントキルで帝国兵の数を可能な限り減らすことになったため、
そんな暗殺スキルを持たない天才軍師殿は後ろで敵に見つからないように、
レジスタンスの手信号に従ってちょろちょろと動き回るだけであった。


レジスタンスと合同での作戦行動は出来過ぎなほど順調に進んでいく。
度重なる激戦を生き抜いてきたクルト以外の第七小隊の面々は指揮官達の予想以上に大きな成長を遂げていたらしい。
彼らは作戦行動と作戦目標をよく理解し、上官であるウェルキンが自分に求めていることを遂行するだけの力を身に付けていた。
もっとも、歴戦の勇士たちと比べるには些か心もとなく、
まだまだ、徴兵されたばかりの新兵臭さというか、民間人らしさも多く残してはいたが・・・
そして、その一例としてレジスタンスの雑で早い手信号の理解が出来ないという問題が早くもラルゴ率いるチームで噴出し始めていた。


(敵 歩兵あり 右 下がれ)
「ん?なんだい、早すぎてよく分かんねーよって、ちょっ・・んむむ」

ザカの手信号に反応できないロージーをクルトが奥に引っ張り込むのと同時に
帝国軍の歩兵が別のレジスタンスの持つナイフで言葉を永遠に失う。
生きるために必死で手信号を覚えざるを得ない劣悪な環境下にいたレジスタンスや
一応、もとテロリストの小間使いを少年時代から経験して手信号に慣れ親しんでいる参謀や前大戦に参加していたラルゴと違って、
ロージーをはじめとする新規に徴兵された若い隊員の中には、早い手信号をよく理解できない者が少なくなかったのである。


「おい!お前ら義勇軍の士官以下は手信号も分からないのか!?」
「なんだって!あんなチマチマしたのやられたって
 分かるのはこすい性格してるこいつ位なんだよ馬鹿!」

「うわー、理解して助けてやったのに凄い言われよー」
「うっさい。ごちゃごちゃ文句言ってないでささっと行くよ!」

そして、それを指摘されてギャク切れしたロージーは丁度当たりやすいクルトに暴言を吐くと、
ダルクス人強制収容所の更に奥へとプリプリしながら潜入していく。
彼女は自身の未熟さを理解するだけの潔さを持ち合わせてはいたのだが、
自分にとって憎むべきダルクス人のザカからの指摘を素直に認めることは出来なかったようだ。


「いや、なんというかスマン。とばっちりに遭わせちまったな」
「まぁ、良いさ。お宅らほどじゃないが、理不尽な扱いには慣れてるんでね」

ザカはある意味自分のせいで巻き込まれた形になった参謀殿に謝罪をしたが、
その受け手は小さく笑って頭を振り、彼女に遅れずに進もうと『素早い』手信号で返す。
レジスタンスのリーダーはそれにニヤリと笑って頷くと、先を進み始めた彼女が孤立しないようにクルト共に奥へと進んでいく。
まだまだ未熟な戦場の後輩の世話をするのは先輩の務めである。




採掘場周辺部で一発の銃声が鳴り響くと大音量のサイレンが鳴り響き、照明が潜入者を求めて首を大きく揺らし始める。
タイムリミットを刻む時計の針が動き出したことを悟った第一小隊中心の採掘場『襲撃チーム』や
クルトの属する強制収容所『解放チーム』も派手に銃弾をばら撒いていく、
彼らは装甲列車『破壊チーム』から帝国の目を逸らさせるための陽動。
事が起こればその姿を晒して実数以上の活躍をしてみせなければならない。
帝国軍に正確な数を悟られ、冷静な対応をされたら寡兵である彼らに勝算は無いのだから・・・



「オラオラーどうしたぁー!私の店をやった時はこんなものじゃなかっただろう?
 弱い!弱い!弱すぎるっ!!もっといい悲鳴をあげておくれよ。皆殺しにしてやる」

「ジェーンさんは相変わらず飛ばしていますわね・・。少尉、わたくし達はどうします」
「とりあえずは照明を優先的に狙ってくれ、この暗闇を利用しない手は無いからな
 後は、突撃兵を狙撃兵でサポートしつつ、何とか帝国軍の攻勢に耐えしのびながら
 先に進んだラルゴのおっさん達が上手いこと強制収容所を解放するのを待つだけだ」

「了解・・」 「派手にぶち抜いてやるぜ!エミール、頑張ろうな!」
「僕、がんばるよ」「ラルゴ様にいいところみせるわよー!!おらぁああっ!!」


収容所の解放に向かったラルゴやザカを支援するため、狙撃兵が少し多めの急ごしらえの分隊を率いることになったクルトは
よく言えば王道、悪くいえば誰でも考え付くとも言える指示を出しながら、
集結しつつある帝国軍兵士の攻勢に何とか耐え続けてみせる。
だが、鉄橋が爆破され装甲列車が破壊されたことを報せる信号弾を
自分が打ち上げなければ正規軍の増援は見込めないという状況は依然として続いており、
いつまでも独力で帝国軍に抗し続けられるという保障はどこにもない。
もっとも、例え装甲列車エーゼルの破壊が確認できなくても、本当にやばくなったらクルトは
迷わず独断で装甲列車を破壊したという合図の信号弾を打ち上げて、
その合図を信じて侵攻してくるガリア正規軍を、自分達が脱出するための囮にする腹積もりだったが・・・、
もともと、自分達を捨て駒のように扱ったのは正規軍であり、
生き残ることを最優先に考える彼からしてみれば、正規軍の輩を犠牲の皿の上に乗せることを躊躇するような理由も必要もない。


この時点で、装甲列車エーゼルの破壊という作戦目標は、
義勇軍やレジスタンスだけでなく、ファウゼンを攻略するために時を待つガリア正規軍の命運も握るものになっていたのである。





「そっちの方はどうだ?お前が暢気に見学に来られるようだし、問題は無いか」
「あぁ、今はラルゴのおっさんに指揮を採って貰ってる。一先ずは解放おめでとうかな?」

「気がはえーよ。まだ何も終わっていない。作戦全体が失敗すれば元の木阿弥だ
 それに、成功して街が解放されても、俺達ダルクスへの差別が無くなるわけじゃない」
「長い道のりだな・・・」

クルトが悠長にザカとお喋り出来る理由は、あらかた収容されたダルクス人を逃がした義勇軍やレジスタンスが、
脱走防止のために作られた収容所の柵や見張り台を利用しながら、
帝国軍の攻勢を防いでいるからである。一応、守勢に必要な施設を押さえたことと、
熟練のラルゴや地の利があるレジスタンス達の指揮の上手さもあってか、比較的優位に戦線を維持することが出来ていたのだ。
もっとも、逃走するダルクス難民を護衛する戦力と収容所に篭って帝国軍の攻勢に耐える部隊に分けて戦えるほど、
義勇軍やレジスタンスの戦力は充実しているわけではなく、ある程度の時間を稼いだら収容所を放棄して難民達を守りながらの
過酷な逃避行に移らなければならず、余裕でいられる時間は実のところ多くは無い。


「それにしても、酷い臭いだ。まぁ、帝国らしいとやり方と言えばそれまでだが
 ロージーやウチの若い隊員達には、ちっとばかし重い光景だったかもしれないな」

「違いねぇ。もっとも、こんな光景を見なくて済むなら、それに越したことは無いさ」

強制収容所の臭いは酷いものだったし、薄汚れた毛布に割れた電球と備品や設備は劣悪である。
また、そこに住まわされるダルクス人達は、ろくに食事も与えられず、体を洗うことも出来ずに死ぬまで強制労働を強いられる。
地獄のような毎日をダルクス人というだけで、ここに囚われた人々はそれを強要されるのだ。

先祖が欲深き者であったという根拠の無い伝承による差別の根深さを、この薄汚れた施設が現していた。





「ウェルキン、早くしないと皆も長くは持ちこたえられないよ!」

「分かっている。でも、焦ってここで動けば全てが駄目になる。皆を信じて今は待つんだ」
「うん!」

ウェルキンにアリシア、それに二人の熱々ぶりに『ケッ』と唾を吐いているレジスタンスの三人は
車庫からエーゼルが出て鉄橋まで来るのを辛抱強くじっと待っていた。
鉄橋に仕掛けた爆弾の有効射程範囲まで列車が出てこなければ、この作戦は頓挫してしまう。
歩兵の持つ装備程度では装甲列車エーゼルを完全に破壊することは不可能なのだ。
敵の真打を舞台の上に引っ張り出すためには、
列車砲を使ってでも攻撃をしなければファウゼンに潜入したガリアの部隊を駆逐できないと思い込ませる必要がある。
そして、それは彼らが潜む地点から見る限り、概ね上手く行きそうな流れであった。


ダルクス人強制収容所はラルゴやザカ達の解放チーム活躍で落とされ、今現在も優勢に戦いを進めている。
また、これに加えてファルディオ率いる襲撃チームも激しい攻撃を採掘基地に仕掛け続けるだけでなく、
潜入発覚前にウェルキンの指示を受けたラマールとイサラが帝国から奪取した戦車を有効に活用しながら、
ファルゼン中腹部に駐留する帝国軍を大いに混乱させ苦しめていた。
ラグナイト資源の確保を至上命題としている帝国軍は、これに対して必死に増援を送って反撃を試みてはいるものの、
どうしても機先を制された感が否めず、最初の襲撃以降、終始苦戦を強いられ続ける。

また、自分達を鉄橋付近まで送り届けるための陽動として戦っている自分の指揮下にある破壊チームも
レジスタンスの支援を受けながら、彼方此方と転戦しつつ的を絞らせずに良く戦っている。
ウェルキンの意図した戦術を彼等は及第点とも言える動きで実行し続けていく。

ただ、上の全ての状況も『今は』という限定がつく優勢である。
これ以上の作戦が長期化すれば兵は疲弊し、やがて、弾薬は不足する。敵に情報を分析する時間を与えることになる。
このまま装甲列車エーゼルは車庫から動かなければ、徐々に追い詰められ全滅するのは明白ある。


苦しい状況を誰よりも理解している総指揮官のウェルキンは、
奥歯をかみ締めながら、その苦悩や不安を誰にも悟らせずに装甲列車エーゼルが動くのを待ち続ける・・・





「採掘基地司令部との交信途絶から30分経過、敵ゲリラの襲撃によって沈黙した模様!
 今現在、敵はわが軍から奪取した重戦車を用い、暗闇に乗じた攻勢に出ております!!」

「馬鹿者っ!ゲリラ如きがわが軍の戦車を奪って運用などできるか!
 この巧妙で用意周到な作戦行動はガリア軍の手によるモノに違いない
 全軍に通達しろ!『索敵を優先し、敵の戦力の把握に注力しろ』と
 数はわが軍の方が上だ。敵にファウゼン陥落させるだけの兵力は無い!」


ファウゼン内である意味重要拠点でまるラグナイ鉱山採掘基地司令部が陥落した事実は、
帝国一般兵だけでなく、ファウゼンを支配する帝国軍中将グレゴールすらも驚愕させる。
だが、名将として敵味方に畏怖の目で見られ続けてきた男は、驚き竦むことなく指示を部下に立て続けに出していく。
夜陰に乗じて攻勢に出てきた時点で敵の戦力が此方より過小なのは明白である。


そして、奇襲による先制による混乱など時間が解決してくれることを彼は知っている。
グレゴールの指揮官として、今為すべき仕事はそれを早める努力を怠らないことであった。
彼は兵達を叱咤し、指示を与え、増援を的確な位置に送り続けるなど名将と呼ばれるに足る働きを見せるが、
不逞なガリア軍とダルクスのレジスタンス共は彼の指揮能力を上回るかのような戦果を次々と挙げて行き、
彼等と遭遇した帝国兵の報告が悲鳴に変わるのに然して時間を要しようとしなかった。


「第二防衛中隊第四小隊、ファウゼン中腹から最上部に向けて進軍中とみられる
 新たガリア軍およびゲリラ部隊と遭遇し、突破された模様、被害大きく追撃も不可能と」

「任地も死守せず、追撃も出来ぬとなら何を持って皇帝陛下の恩顧に報いるのだ!
 交戦した際に判明した敵戦力や編成すらまともに報告すらできぬのか!無能共め!」


敵の動きから、相手がゲリラのような素人手段などでなく、ガリア軍と睨んだグレゴールの眼力はさすがと言える物であったが、
ガリア軍がゲリラの助言を受け入れて彼らの持つ地の利を上手く生かしながら、
帝国軍の裏を突きながら、目まぐるしく転戦しようなどとは予想できなかったようで、
戦闘開始初期に彼の命を受けて動いた増援部隊を含めた帝国軍のファウゼン防衛部隊は、いいように翻弄され続けていたが、
これはグレゴール中将の失策として責めるのでは無く、
むしろ、ガリア正規軍や帝国軍高官達と違ってゲリラを見下したりせずに、
その力を公正に評価して有効に用いたウェルキンの才覚を褒めるべきであろう。

ただ、グレゴールを初めとする帝国将兵達は敵の才覚を悠長に褒め称えている余裕は無い。
彼らは自身に与えられたファウゼンを死守し、ラグナイト資源を確保するという責務を果たさなければならない。
グレゴールは杖を強く床に叩きつけて苛立ちを一旦鎮めると、再び得た情報を元に最善と思われる指示を部下に出す。
依然として、彼我の戦力差はこちらに有利なのだ。浮き足立つ必要は無いと部下に言い聞かせ、
ウェルキン達がもっとも恐れる持久戦をグレゴールは挑もうとする。


報告されたダルクス人の脱走や、遊撃部隊の出現、採掘司令部の壊滅など、
この時点では些少のことであるとグレゴールは既に理解している。
不正確な情報ながら、敵のおよその戦力を判断し終えた帝国軍が誇る歴戦の名将は、
不遜な攻撃を仕掛けた者達の目的が、自身の乗座する装甲列車エーゼルの破壊若しくは奪取にあると看過し、
それを為すために何かしらの罠を仕掛けていることも見越していたので、
『帝国の悪魔』とも称される男は装甲列車エーゼルの圧倒的な助けを渇望する無能で情けない帝国将兵の援護要請を冷酷に跳ね除ける。

エーゼルを動かさずとも帝国軍は十分に持ちこたえることが可能なことを知る名将は
侵入者の激しい攻勢を耐え、時が経ち闇夜が終わる反撃の時を待ち続ける
その姿は、奇しくもエーゼルが動くのを待ち続ける敵指揮官のウェルキンと酷似したものとなっていたが、
前者が優位なのは戦力さなどの条件から火を見るよりも明らかである。
いま、ファウゼン潜入破壊工作作戦はグレゴールという一人の男の力量で、破綻の危機に瀕していた。


そして、それを打開するような戦力はウェルキン率いるガリア義勇軍にも、
ザカ率いるレジスタンスにも残されてはいない。
六度に渡ってガリア正規軍の侵攻を跳ね除けてきた難攻不落のファウゼンを守る守護神を
義勇軍の二個小隊と結成間もないレジスタンスの混成部隊で破壊若しくは奪取するなどという作戦はやはり無謀だったのだろうか?


愚かな作戦に参加した哀れな者達の命のタイムリミットの夜明けは、少しずつだが、確実に近づいてきていた・・・






[15115] 戦場の虐殺
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:f2180761
Date: 2010/01/31 16:49
帝国に支配された街ファウゼン、虐げられるダルクス人、
そして、絶望的な現実に挑むレジスタンス達の決意・・・
己のことしか考えられなくなった利己的な男に、否応無しに苦い過去を思い出させる街での戦いは、
夜明けを待つことなく終わりを迎えることになる。横たわる肉塊と立ち尽くす咎人を残して・・・




「耐えろっ!帝国軍人なら耐えて見せよ!この攻防に祖国の興廃がかかっていると心せよ!」

「耐えるんだ!ファウゼンを解放し、ガリアに平和を取り戻すんだ!」


通信機越しに聞こえる指揮官の言葉からは、両軍の置かれた苦しい状況が読み取れる。
潜入破壊工作部隊は奇襲によって始まった攻勢を緩めることなく帝国軍の防御陣を突破し続けていくも、
帝国軍は穿たれた穴を埋めるべく増援すぐさま呼び寄せると、新たな防御陣を再構築するだけでなく、
彼らに比して圧倒的な戦力と火力を有効に用いて、包囲殲滅せんと反撃を試みるなど決して楽をさせてはくれない。
ただ、衆寡敵せずといった風に帝国軍有利に天秤が傾いている訳ではない。
ガリア義勇軍は、解放したダルクス人難民を守る一隊を除いて、
レジスタンスが持つ地の利を最大限に生かしながら、帝国軍の予想だにできない移動を繰り返しながら襲い掛かってきているため、
襲撃を受けた帝国軍は効果的な反撃をすることが出来ないまま、混乱させられ、焦燥の思いを募らせており、
グレゴールの叱咤で何とか戦線の崩壊を防いでいる体たらくで、支配地である筈のファウゼンを良いように荒らされていた。





「このままじゃジリ貧だぞ?帝国軍の俺らに対する優先順位が低いっていっても
 相手の方が戦力は圧倒的に上だ。お荷物の難民を抱えながらじゃ、いつかやられる」

「そんなことは言われなくても分かってんだよ!難民を見殺にでもしろっていうのか?」

少しずつ流れ弾などでダルクス人の難民に被害が出始める中、クルトの危惧を聞いた解放チーム指揮官のラルゴは彼を一喝するのだが、
続く打開策を打ち出すことは残念ながら出来なかったようだ。


ファウゼン最下層のダルクス人強制収容所の襲撃に成功したラルゴ以下の『解放チーム』の面々は
ダルクス人難民の非難を援護しながら、中腹に位置する窪地にレジスタンスが秘密裏に構築していた簡易な防御陣地に踏み止まって、
追い来る帝国軍の攻勢を何とか防いでいたが、それが突破されるのも時間の問題という状況であった。

未だに帝国のエーゼルが破壊された光景を目にすることなく、作戦開始時間からは三時間以上経過している。
日の出までの時間はそう多く残されていないし、正規軍がファウゼン市街に突入してくるのにかかる時間を考えれば、
エーゼル破壊に供することが出来る時間はもうほとんど残っていない。
作戦の失敗イコール死という最悪の結末を彼らは迎えようとしていたのだ。




「ラルゴ、5人ばかし人貰っていいか?」
「・・あぁ、それは構わんが、貴重な戦力を割くだけの価値はあるんだろうな?」


唐突に分隊の編成をクルトに要請されたラルゴは即座に返事は出来なかったが、
このままジリ貧で全滅するくらいなら、妙な所でだけは頭の回る男に賭けてみるのも悪くないかと思い彼の提案を受容れる。
ただ、彼が欲しいという戦力が10人を超えていたら即座に却下していただろう。
既に大人数の戦力を割けるよう余裕が『解放チーム』には残されていなかったのだ。


「もちろん、動くだけの価値はある。イーディ付いて来い。ひとまず戦える奴を連れて
 坑道の裏道を通って移動する。ザカ、悪いけど道案内を頼めるか?上層部を目指したい」

「来ましたわね!このイーディ・ネルソンが困難な任務を華々しく解決するときが!」
「了解。何を考えているかは知らんが、面白そうだ。乗ってやるよ」

クルトは偶々近くにいたのか、狙って寄り添っているのか判別できないリーダーシップのある少女と、
地の利にもっとも明るいレジスタンスのリーダーを務める男に協力を要請する。
協力依頼を受けた二人もこの膠着した状況を好ましく思っていなかったようで、二つ返事で参謀の要請を受容れる。


「ホーマー、わたくしと少尉に同行する栄誉を与えます。いいですわね?」
「いいですわね・・って、そんなこと急に言われても・・」

「急だから何ですの?わたくしが付いて来いと言ったら、黙ってそれに従う!
 あなたには拒否権というものは最初からありません。ちょっと、何で泣くんですの?
 わたくし、そんな無理は言っていませんわよね?あなたは、『はい』か『YES』かで
 返事をすればいいだけですわ。・・・そう、納得してくれましたの。ありがとうホーマー」

強引な勧誘でその分隊に入ることが一番に決定したのは第七小隊のアイドルの一の子分として知られるホーマー・ピエローニ。
最初に彼女から指名を受けた彼は、何か妙な嫌な予感を感じて同行を渋る素振りを見せたのだが、わがままな彼女がそれを許すはずも無い。
その様子を横で見守ったクルトの方も、分隊には一人ぐらい支援兵を入れたいと考えていた事も有って、特に口を挟まずにそれを是としたため、
彼は急遽編成された分隊のメンバーとして組み入れられることとなる。


「アタイも参加させて貰うよ。防戦一方ってのは性に合わないんでね」
「別にあなたは参加して頂かなくてケッコーですわ!」

「ロージー、そっちの方は頼んだぞ」
「まぁ、少数精鋭で行くならロージーは外せないからな。期待してるぜ」
「ほっ、ロージーさんが来てくれるなら、ぼくも多少は安心できるよ
 不幸も悪くないけど、度を越して死んでしまっては元も子も無いからね」

「何ですの!この扱いの差は!訴えますわよ!」


分隊のことを頼むラルゴや分隊長クルトに子分のホーマーまで憎きライバルをちやほやするため、
イーディさんの機嫌は急転直下の勢いで悪化していたが、敵意を向けられる方は馬鹿の相手はするだけ無駄といった態度で返し、
彼女の怒りの炎に油を盛大に注いでいた。


「・・・私も行こう。少し・・不安がある」
「確かに、スナイパーの一人ぐらいは居なくちゃ、行動に幅を持たせられないからな」
「・・・、行こう」

最後の一人は有る事を憂いた孤高のスナイパー、マリーナ・ウルフスタンに決まるのだが、
彼女の加入の動機を小隊員ではないレジスタンスのザカは読み取ることはできなかったらしい。






既に使われなくなった廃坑の坑道を使いながら進む急増の分隊は、
土地勘に明るいザカの御蔭で一度も戦闘を行うことなく前進し続けており、他の作戦参加者と比べて格段に『安全』であった・・・

そう、クルト・キルステンのもっとも望む『生の安全』が分派行動によって生み出されたのだ。
彼の狙いをラルゴは問う必要など無かったのだ。彼が常に狙うのは自己保身のみ。
そして、ファウゼン上層部を目指す理由は侵入経路に一歩でも近づいて安全に街を逃げ出すためであった。
全ては計画通り、俯きながらほくそ笑む男は薄暗い坑道を足取り軽く進む筈であった・・・



「あの・・マリーナさん、また、当たってるんですけど?」
「・・・そう、また当てている」


歩くたびに揺れるクルトの首筋や後頭部は、最後列を歩く美しい女性が持つ銃口と何度も熱い接触を交わさせる。
この奇妙な遣り取りにザカは違和感を覚えたのだが、他の分隊員が何も口を挟まない以上、
部外者である自分が口を出す必要は無いかと考え、それを問いただすことなく道案内役に徹していた。

クルト・キルステンの姑息な逃亡劇は幕を開ける段階から、早くもトラブルが噴出し始めていた。






「閣下、敵は義勇軍第三中隊の第一、第七小隊であると判明しました」

「ふんっ、今更だな。だが、クローデンでの借りを返せる好機が到来したことは重畳だな」

自分に苦杯を舐めさせた第七小隊の隊長にマクシミリアンに手傷を負わせた参謀、
憎き敵ではあるが、侮れぬ強敵を己の手で葬れるチャンスにグレゴールは人知れず気を昂ぶらせ、笑みを人知れずこぼす。




「隊長!これ以上は弾も持ちません。犠牲も増えて来ています」

更に戦意を高めた帝国軍の指揮官と違って、危機的状況に置かれつつあるのは採掘基地司令部を破壊後、
奪取した帝国軍戦車を弾除けにしながら、無謀ともいえる突撃を繰り返しているファルディオ率いる『襲撃チーム』だった。


「なんだなんだ、ラマール?弱音を吐くのが少しばかり早いんじゃないか?
 そんな情けない事言ってると、横のかわいい女の子に愛想を尽かされてしまうぞ?」

「隊長!そんな冗談を言ってる場合じゃありません!
 もう夜明けだって近くなっているんですよ。このままじゃ・・・」
「そうです。夜が明けてしまえば私達の所在は容易に判明してしまい
 帝国軍に包囲される危険性が高いです。何とかしないと、まずいです」

軽口でラマールの不安を解消させようとするファルディオだったが、
それで笑って済ませられるほど彼らが置かれた状況は楽ではない。
奪った帝国軍戦車もイサラの操縦手腕とラマールの砲術の腕で何とか敵戦車の攻勢を防いでいるが、
相手の数に抗せるとはお世辞にも言いがたく、事実、何名かの戦死者や重傷者がチームから出始めている。


「あぁ、分かっている。だが、今の俺達はそんな事を話して不安がる前に
 目の前の帝国軍を派手に倒して、篭ったままのキングを一刻でも早く
 引きずり出させる必要があるんじゃないか?イサラ、ラマール、違うか?」

「了解」
「そうですね。泣き言なら後で幾らでも言えます
 今は私達に出来ることを精一杯しないと行けませんね」

だが、困難状況だからといって彼らは諦めることは許されない。銃を捨てて逃げ出すことなど出来ない。
彼らが、ラルゴ達が、ウェルキン達がこの作戦を投げ出してしまえば、この街に住まう人々は再び地獄のような日々を送ることになるのだ。
無謀な潜入破壊工作作戦を担う彼等はたった一人の例外を除いて作戦の成功を諦めていなかった。






真っ暗夜空をしゅしゅると音を立てながら、一筋の信号弾が天空へと昇った・・・



「何するだぁっーですわ!!」
「何するって、信号弾を打ち上げただけだよ」

「アンタって奴は・・・」
「・・・撃とうかな?」
「ふふ、大変なことしてしまったよ。あぁ、僕達はきっと終わりなんだ」

坑道を利用してファウゼン上層部の岩壁に辿り着いたクルトは懐から取り出した信号銃の引き金を躊躇無く引いた。
この暴挙にイーディはパニックを起こして彼の襟首を締め上げ、さすがのロージーも絶句して言葉を失う。
普段は冷静沈着なマリーナもうっかりしたことにして、引き金に掛けられた指に力を込めようか本気で考え、
ホーマーは一人メルヘンの世界に旅立とうとする中が、
一人だけその放たれた信号弾の意味を理解できないザカが、疑問を口にする。


「おいおい、話がみえねぇーぞ?その信号弾は何を報せるやつなんだ?」
「ケホッ、コホッ・・痛、あぁ、信号弾の意味は『ワレ作戦ニ成功セリ』だ
 一時間もすればエーゼルがぶっ壊されたと信じた正規軍がやってくる訳だ」

「訳だって、お前・・まだ、エーゼルは姿も見せてねぇーじゃないか!どういう心算だ!」

「どういう心算って、もう正規軍を動かさなきゃ三時間後の夜明けに間に合わないだろ?
 どの道作戦が失敗するにしても、俺は死ぬ気はないんで逃げるのにも『囮』がいるだろ」


正規軍が装甲列車エーゼルや帝国軍の餌食になっている間にファウゼンから逃げ出す。
この余りにも自分のことしか考えていないクルトの説明にレジスタンスの、
多くのダルクス人達の運命を背負おっているザカは激昂してクルトを岩壁に叩きつける。



「どういうことだ!仲間も街の人間も見捨てて尻尾を巻いて逃げるってことか!?
 ここまで登ったのも、脱出しやすい場所に自分だけ先に辿り着くためだったのか!!」

「ってぇ・・、落ち着けよ。どの道このままじゃ作戦は失敗だ。現実を見ろよ
 いつまでも未練がましく足掻き続ければ、帝国になぶり殺しにされるだけだ
 どこかで線引きして引く必要がある。この作戦を崩壊させる信号弾を見れば
 他のチームも頭を冷やして撤退の準備をするだろ。俺達だけじゃ無理だったんだ」

「無理だっただと?取り残された難民はどうするんだ?見殺しにしろっていうのか?」
「それも覚悟の上の蜂起だったんじゃないのか?『これ』は誰が選択した結果だ?」


放るようにクルトを離したザカは『畜生畜生・・・』と壁を拳でニ、三度叩きながら崩れ落ちる。
厳しすぎる現実を前にして、他の隊員達もザカを慰めることもクルトに反論することも出来ない。
無力な彼らに許されることは、足元で起こるむなしい戦闘を見守りながら呆然と立ち尽くすことだけであった。一人の例外を除いて・・・


「そんな現実はクソっ食らえですわ!まだ、作戦は成功したとは言えませんが
 失敗した訳でもありません。わたくし、途中で諦めることが一番大嫌いですの!」

「諦めない・・・か、イーディ、この絶望的な状況下をどうやって何とかするんだ?」

拳を握りしめながら諦めるなと力説する少女に、クルトは頭を抱え、眩しい物を見るような視線を向けながら問う。


「それを考えるのが、少尉、参謀である貴方の仕事ですわ!」

「うわぁー、大口叩いてイーディさん人に丸投げだよ・・」
「お黙りなさい!!うるさいですわよっ!!」

満面の笑みと共にクルトに返された答えは、清々しいくらいに無責任で滅茶苦茶な答えになっていない答えだった。
その彼女の無茶振りに他の面々は大いに呆れたのだが、直接答えを受け取った利己的な男は声を立てながら笑い、彼女の望むものを与える。


「はぁ、まぁ、どうなるか分からんが、しばらくココで座って待とう
 イーディの言う通り、完全に失敗した訳じゃないのは確かだからな
 尻尾を巻いて逃げるのは、その答えを見てからでも遅くはないしね」

「おい、どういうことだ?」
「一体なんなんだい!アタイにも分かるように説明しな!!」


「お黙りなさい!!分隊長でもある少尉が待てば答えが出ると言ったのです
 部下であるわたくし達は、その指示を信じて待つべきですわ!違いまして?」

少女の自信満々な様子を見て、渋々押し黙った面々は、それほど時を待つことなく『答え』を知ることになる。





「ウェルキン見て!装甲列車が動いたよ!!」
「あぁ、参謀の御蔭だな。彼はやってくれたよ」

「ふぇ?どう言う事?クルトは勝手に信号弾を上げて、
 とんでもない事を仕出かしただけでしょ?何でクルトの御蔭なの?」

「アリシア、それに付いては跡で説明するよ。今は線路の下に仕掛けた爆薬を
 爆破させるタイミングを合わせることに集中しよう。絶対にミスは出来ないからね」


突如動き出した装甲列車エーゼルを見て、打ち上げられた信号弾の意図を悟ったウェルキンは
頭に疑問符をたくさん浮かべながら首を傾げるアリシアに苦笑いをしながら、
目の前にある任務に集中するように促す。どんな奇策も作戦の成功に繋がらなければ意味は無いのだから・・・



「閣下、ここに来て今まで動かさなかったエーゼルを動かされるのですか?」

「では、貴様はどうするというのだ?例え、罠の可能性があろうとエーゼル動かさねば
 ファウゼンは陥落するぞ!!忌々しい、罠を匂わせてエーゼルの動きを封じて
 散々内部を撹乱しておきながら、今度は外の大兵力を用いて出さざるを得ない状況に
 我らは追い込むとは、動かなければ外から落とされ、動けば罠が待ち受けているか・・」

ギリギリと奥歯を噛み締めながら、グレゴールは帝国軍の置かれた厳しい状況に毒吐く。
彼の下に装甲列車のエーゼルの脅威をまったく考慮しないよう見える形で前進してくる
ガリア正規軍の大軍が迫っていることが報告されたのは、ほんの少し前のことであった。


「我がエーゼルはガリアの姑息な罠ごときに敗れるほど軟弱ではない!
 まずはガリアの狐と身の程知らずのダルクス共を刈り取ってくれるわ!」


杖で床を強く叩いた指揮官は最終兵器を遂に動かす、最初の狙いは小賢しくファウゼンの中央を跋扈するファルディオ率いる第一小隊、
彼らの息の根を止め終えたら、同様に街の中を暴れまわる不逞の輩を列車砲で薙ぎ倒し、
返す刀で外のガリア軍の息の根を止める!!グレゴールは小細工に対し、圧倒的な戦力で当たることを選択する。




そして、それが彼の敗北を決定付けることになった・・・






多すぎるくらいに見える支援車両や戦車に護衛された装甲列車が鉄橋の中央部に到達した瞬間、
何百発もの花火が爆発したような轟音がファウゼンの谷を揺れさせた。

そして、その轟音と共にあがった煙が風引き飛ばされた後に残されていたのは、
所々から炎と火の粉を飛び散らす、無残な姿に成りつつあるファウゼンの支配者だった。


この衝撃的な光景は街のあちこちで行われている戦闘にも大きな影響を及ぼす、
虎の子でもある装甲列車が今にも息絶えようとするその姿は大いに帝国軍の士気を挫き、
逆側の陣営にたつ者達をこれでもかという位に奮い立たせる。
また、その状況を加速させる情報が帝国軍の間を駆け巡る。『ガリアの大軍が迫っているぞ!』と
ファルディオ達が帝国軍の一般将兵を揺さぶるために放ったこの流言というか事実は、
帝国軍を絶望させるに十分な力を持っていた。

すでに勝敗は決していた。後はエーゼルに止めを刺せば作戦は終わる。
ウェルキンだけでなく、この作戦に参加した義勇軍とレジスタンスのメンバーの多くはそう確信していたが、
その確信は『帝国の悪魔』の執念によって破られることになる。





「「ファウゼンに侵入せし、ガリア義勇軍よ・・・、今すぐに投降せよ・・・
  さもなくは、列車砲をもってダルクス難民を焼き払う!これは脅しではない」」




「何だって!!帝国軍の奴ら非戦闘員を盾にするつもりなのか?」


装甲列車から放送された警告を崖の上層部で聞いたロージーは怒りを露にする。
いくら過去の経緯があって憎いダルクス人であっても、目の前で虐殺されそうになっていれば止めずにはいられない。
彼女は崖を駆け下りながら、煙と炎に包まれるエーゼルに向かって走り出す。
そして、その無謀な突撃を止めよとする分隊員と頭に銃を突き付けられた分隊長は彼女に遅れて崖を駆け下りる。


ウェルキンとアリシアも陽動と奇襲攻撃を繰り返し行っていた自分の『破壊チーム』と合流し、
その暴挙を止めようと、不発だった鉄橋に仕掛けた残りの爆薬を銃撃で爆破させようとエーゼルを目指して走る。
ファルディオ達もイサラとラマールの乗る帝国軍戦車を戦闘にして鉄橋を・・装甲列車を葬ろうと走る!!


その、みんなの思いが一つになった瞬間・・・、エーゼルから断末魔の咆哮がダルクスの難民に向けて放たれた・・・



「やめろぉおおー!!どうして、どうしてこんな事が出来るんだ!!」

虐殺の事実を前にして、自分の両親がダルクス狩りに巻き込まれて死んだ瞬間を
フラッシュバックのように思い出したロージーは怒声をあげながら、装甲列車に向かって突っ込むが、
無駄死にする気かと飛び掛るザカに取り押さえられ、『離せ!離せよっ!』と喚きながら暴れる。
そんなクルトの分隊が大騒動している中、イサラの駆る戦車がようやく鉄橋の下に辿り着き、
なおもダルクス人に向けて列車砲を向けるエーゼルに砲撃を加えて、残りの爆薬を誘爆させて止めを刺す。




征暦1935年8月5日、『帝国の悪魔』と恐れられたグレゴール中将は、その乗座するエーゼルと共に爆煙の中に消える。
この瞬間、帝国軍は自らの敗北を悟り工業都市ファウゼンから撤退を開始し、
街は解放され、再びガリア公国の支配する街へと戻った。多くの犠牲を糧にして・・・




「おーし、そんじゃ、ヤンの班は残敵の確認と掃討を頼む
 必要があればラルゴの班を増援にだすから無理をするなよ?」
「了解したわ。がんばるわよ~うふっ♪」


空が白み始める中、憔悴しきって項垂れるロージーを余所にクルトは淡々と戦後処理を進める。
爆撃でバラバラになった死体を片付け、銃撃で死んだ兵士やダルクス人達を機械的に埋葬し、
帝国軍が自分が考えたように井戸に毒を放り込んだりしていないか、レジスタンスのメンバー達に確認させ終えると、

援助物資を山ほど持って訪れる『英雄』ダモン将軍の出迎えに忙しく動き回るなど、
作戦行動中以上の勤勉さをみせ、一部の義勇軍の隊員達から白けた視線を向けられていたが、彼自身は特に気にしている様子を見せなかった。

結果的に困窮するダルクス人の難民に援助物資が渡るのであれば、好悪等の感情は些細なものに過ぎないことを参謀は知っていた。



「ウェルキン・・・、クルトは強いね。クヨクヨしてちゃ駄目だって
 私も分かってるんだけど、今はあんなに動けないよ。だって酷過ぎるよ・・」

「アリシア、後は正規軍や他のみんなに任せて休んでくるんだ
 君は十分すぎるほど頑張ってくれたよ。今は疲れを癒すことを優先してくれ」


砲撃の犠牲になったダルクス人の少女の墓の前にコナユキソウの種を蒔いたアリシアは
赤くなった目を擦りながら、彼女らしくない弱音を吐く。
それだけ、非戦闘員のダルクス人難民に犠牲が出たことは大きなショックを与えたのだろう。
彼女以外の隊員たちも戦歴が浅いこともあり、似たように憔悴した表情を見せていた。

アリシアを臨時宿舎に送ったウェルキンは戦いの残酷さに想いを馳せながら、深い溜息を吐いていた。




「おーい、お前らも疲れてるだろうから、無理しなくていいぞ。休んで来いよ」

「全然問題ありませんわ!こういう辛い時こそ、アイドルの踏ん張りどころですの
 私の百万ボルトの笑顔で悲しみに暮れるみなさんを勇気付ける!これは、第七小隊の
 アイドル足るわたくしにしか出来ない責務ですわ。簡単に音をあげる訳には行きません」

炊き出しのオニギリをせっせと作る少女は、髪はぼさぼさで目の下には深い隅をこさえて、どこがアイドルだよという感じであったが、
悲嘆に暮れていたダルクス人難民達にとって、どこの着飾ったご令嬢よりも魅力的に見えていたし、
そんな彼女に勇気付けられた人々はけが人の手当てや、食料の配給にと自主的に参加し始め、復興作業を進めさせていた。


「まぁ、倒れない程度にほどほどにしろよ」




聖女様(笑)に別れを告げたクルトは、戦後処理の指示に加えてダモンへの尻尾振りも行っており、
さすがに疲れたので仮宿舎で休息を取ろうと、重くなった足に鞭を打って歩いていたのだが、
悲しい顔をしたかわいい女の子に捕まってしまう。


「キルステン少尉・・・」
「やれやれ、俺はカウンセラーでも、お悩み相談室の相談員でもないんだけど・・
 イサラ、何があったか知らないけど、さっさと寝ろ!疲れたときは何も考えるな」


「少尉、どうして・・・、どうしてこんな酷い事が起こってしまうんでしょうか?
 ここに眠る人たちは故郷から無理やり連れてこられ、無理やり働かされて
 何も悪いことをしてないのに殺されました。ただ、ダルクス人だったというだけで」


人の話を完全無視かよと突っ込みたい気持ちを抑えながら、
クルトは悲劇のヒロイン(爆)な少女の問いに面倒くさそうに答える。


「運が無かったんじゃねーの?」
「しっ・少尉!!こんな時にふざけないでください!!」

「怒るな怒るな。まぁ、そんだけデカイ声出せるなら大丈夫そうだな
 落ち込むのも悩むのも良いけど、ほどほどにしとけよ。兄貴が心配するぞ?」

「やっぱり、少尉はふざけています。でも、少し元気でました。ありがとうございます」


背中越しに聞こえる少女の謝辞に肩をコキコキ鳴らしながら応えるクルトは、
今度こそベッドを目指さんと、仮宿舎を目指して早足で進む。
これ以上、自分の眠りを妨げる奴が現れては堪らないとばかりに・・・




「よっ、ファウゼン攻略の新の功労者にして、
 稀代の名参謀殿はどこにお急ぎですかな?」
「うっせ!」


「おいおい!それはないだろ?ちょっと待てよ」
「うっせ、ファルディオうっせ!!」


憂国騎士団m9(^Д^)プギャーの相手を盛大に無視して、目的地を目指す寝不足のクルトだったが、
不幸なことに相手の腕力が上で、逃げる途中に羽交い絞めにされて捕らえられてしまう。


「悪いな、お疲れのところを話につき合わせて」
「そう思うんだったら、首に回した腕を外して解放してくれ
 こっちはマジで寝不足で死にそうなんだよ。いい加減泣くぞ!」

「そうしたいのは山々何だが、外したら油断も隙もない参謀殿に逃げられてしまうからな」
「何が聞きたいんだ?探りあいする気力はもうねぇーよ」

ファルディオのすかした言葉遊びに付き合う体力も趣味も無かったクルトは本題を離せと促すと
祖国の行く末を強く憂いる第一小隊の隊長は、捕らえた掴み処の無い男が、
ガリアにとって益を成すか、害をもたらす男かを判別せんと、正規軍を囮に使うような真似をした理由を問いただす。
彼は親友のウェルキンほど人が好くは無く、
楽観的にクルトの独断専行とも言える行為が作戦の成功に繋がったと喜ぶ気にはなれなかったようだ。


「では、単刀直入に訊かせて貰う。上手く行く確証があって信号弾を撃ったのか?
 もし、俺達がエーゼルの破壊に失敗していたら、正規軍の主力の多くが失われ
 ガリアの命運が尽きたかもしれない。その可能性を知らずに撃ったとは言わせないぞ?」


ぎりぎりと締め付けが厳しくなる腕、下手な答えを、ガリアに害を為すような返答をすれば首をへし折られる。
そんな恐怖をクルトに感じさせるほどファルディオからは重く危うい空気が放たれていた。
それを敏感に感じ取ったクルトは渋々、ふざける事無く憂国の士に答えを与えた。


「どんな事でもやる前に確証はねぇーよ。それでもやらざるを得ない時がある。違うか?」
「そうだな。祖国を守るためなら、非常な選択をしなければならないときもある」

ファルディオの思いつめたような呟きに、内心で『祖国』ではなく『自分の命』だと修正を加えながら、その場を後にした男は、
多くの人からの呪縛から解放され、ようやく仮宿舎のベッドに辿り着き眠ることが出来た。




ファウゼンの長い夜は、義勇軍に属する多くの者達に色々なことを考えさせる一日になったようである。



 



[15115] 戦場の犠牲
Name: あ◆3bba7425 ID:4bac883e
Date: 2010/10/11 17:35
ファウゼンの攻防から数日が経ち、首都に戻った義勇軍第三中隊第一小隊並びに第七小隊の隊員達は
困難な任務を達成した喜びに心を躍らせる事も無く多くの人々を戦火から救えなかったことを気に病んでいた。
そのため、ラウンジや食堂といった普段は騒がしい場所もどんよりとした暗い雰囲気に包まれ、
普段の喧騒さはすっかりと失われてしまっている。
ただ、何事にも例外はあるもので、普段と変わらず日々を過ごし、
昼休みには暢気に中庭の芝生の上で昼寝をし、一日の大半を執務室での読書三昧に供する者もいたが・・・




「キルステン少尉、愛しのダモン将軍が俺達をお呼びだそうだ」


木陰で涼を取りながら昼寝をするクルトに声を掛けた第一小隊隊長のファルディオ.ランツァート少尉の顔には
濃い疲労の色が張り付き、常日頃感じられる精悍さが失われているようであった。
どうやら、先のファウゼン攻略作戦において幾名かの隊員を永久に失ったことが、
彼の表情に影を落とさせる大きな原因となっていたようである。
もっとも、掴みどころの無い参謀殿に皮肉交じりの言葉を投げ掛ける程度の気力は残っているようであった。



「辛気臭い顔しながら、面倒そうな事で起こすなよ。寝覚めが悪くなるだろ」


欠伸をしながら、口ほどにダモンとの面談を嫌がっていなさそうな男に、
短い謝罪の言葉を口にしたファルディオは手を差し出す。
クルトはそれを必要ないとばかりに顔の前で犬を追いやるような動きを利き手にさせながら、よっと小さく呟きながら立ち上がる。
背や腰に付いた芝や埃を無造作に手で払い落としながら、軽く伸びをする男はマイペースそのものである。

ファルディオはその姿を見ながら、この男はきっと自分の隊で戦死者が出たとしても、
仲間の死を悼む気持ちや自責の念などを持つことなく、それに払い落とした埃以下の価値しか見出さないのではないか?
そんな推測に過ぎない思いが自分の胸の内の奥深くから浮かび上がるのを抑えることが出来なかった。
許容しがたい凄惨な現実を前にして苦悩し、悲嘆に暮れる第一、第七の両小隊にあって、
クルト・キルステンただ一人が、日々の日常と変わらぬ生活を見せていたことが、
彼の胸の奥深くにそんな想いを生み出す土壌となったようである。



「どうした?余り待たす訳にはいかないから、態々呼びに来てくれたんじゃないのか?」
「あぁ・・、そうだな。ウェルキン一人に相手をさせるのも忍びない、行こう」

仕方のない奴だと言った風に話しかけるクルトに、確たる答えの出ることのない思案を中断させられた憂国の士は、
自分とは正反対の国家に対する帰属意識が著しく低い男を伴って、
首を既に長くしながら、第七小隊の長が待つ貴賓室へと足を向ける。






「おぉ、二人とも待っていたぞ。ファウゼン攻略の『前哨戦』でお前たちも
 それなりに活躍したらしいではないか?これからも精々、正規軍の邪魔にならぬように
 義勇軍という立場に見合った活躍を期待しているぞ。これからもセコセコと励むがよい」

「・・・、・・」「・・・・・」「ちっ・・・」


ファウゼン攻略の功の大半が正規軍にあることを知らしめるために、
わざわざ義勇軍第三中隊が駐屯する基地を訪れたダモンの尊大な態度と発言に対し、
先に貴賓室に入っていたバーロットやウェルキンは眉を顰め、
彼らに遅れてクルト共に部屋を訪れたファルディオは舌打ち洩らし嫌悪感を隠そうとしなかった。
 


「ダモン閣下から直々に労いのお言葉を頂けるとは、感激の極みであります
 今後も我ら義勇軍は閣下が指揮する英兵、正規軍の補佐に励む所存であります」

だが、不満の色を隠すのに苦労する三人を余所に、
クルトは歯の浮くような謝辞と世辞を舌の根が乾く間すら与えずに立て続けに吐き出す。
軍の重鎮ダモンの心象を良くしておけば、様々な便宜を今後も期待できると考える彼は、
属する組織を同じくする三人の心象が悪化することには目を瞑ったようである。
現状を鑑みて、自分により大きなメリットを齎すことが出来るのは、
目の前で偉そうに頷きながら、巧言令色に直ぐに惑わされる単純な男だとクルトは冷静に判断していた。


たとえ目の前で自分に取って最高に余計なことを口走ろうとも・・・


「ダァハッハッハ!いかにもいかにも、全てはワシ達正規軍の力である!
 まぁ、少尉が考案したファウゼン攻略作戦の第二案の方が通っておれば
 あの薄汚いダルクスの数を減らすことが出来たのだがのぅ。実に惜しい」


ダルクス人をゴミくずの様に見殺しにする腐敗した正規軍らしい作戦が、
平然と澄ました顔でテーブルに置かれたコーヒーで喉を潤している男が立案していたという驚くべき事実を知った三人は、
怒りや侮蔑、失望といった様々な思いをないまぜにした視線をクルト・キルステンに向けるのだが、
視線を向けられた男は、たいして気にした風を見せずに、
ダモンに誘われるまま財界とのパイプ作りが期待できる社交の場へと、彼等を残して意気揚々と向かう…






ガリア最北部に位置するギルランダイオ要塞にて、ファウゼン失陥とグレゴール中将の戦死の報を届けられた
帝国軍ガリア侵攻部隊総司令官のマクシミリアンと彼に忠誠を誓う二人の指揮官は、
侵攻戦略の修正の必要性について討議を行うべく、総司令官室に集まっていた。


「こうも容易くファウゼンが落ちることになるとは…」

「容易くというわけでもないさ。ガリアの度重なる攻勢の結果だ。犠牲は小さくない
 無論、ファウゼンを失った此方の損失の方が重いがね。どうする、マクシミリアン?
 本国のお偉方が、ファウゼン失陥の報せを聞いて大人しくしているとは思えんぞ」


セルベリアは整った形の眉を顰めながら、グレゴールの敗北に驚きを隠そうとしない。
イェーガーもセルベリアの発言に一部訂正を加えつつ、
帝国本国に数多く存在するマクシミリアンの政敵の蠢動を危惧した発言を行う。
ただ、彼等が忠誠を誓う総司令官は焦燥した様子を見せることも、泰然とした態度を崩すことも無く、二人の危惧や不安を一笑に付す。



「フッ、後方にて口煩く喚くだけの無能な本国の輩など考慮するには値せぬ
 ファウゼンが失陥したのも些事に過ぎん、我が計画を何ら滞る事無く進んでいる」


「ほぉ~、ガリア侵攻はラグナイ資源の確保を至上命題にしたものだと
 俺は思っていたのだが、それ以上に重要で別の計画があるとは初耳だな」

「時が来ればすべては明らかになり、我が力を世界が知ることになろう
 それまでは課せられた任務をこなしながら待つが良い。その日は近い」

「ほお、俺を蚊帳の外って訳か?一応は仲間だっていうのに水臭いねぇ」



皇帝の息子でありながら、その母親の身分低さゆえに准皇太子と言う地位に押し止められた野心家は、
その才覚に見合った地位を手に入れんとガリアに駒を進め、帝国ではなく、自分の覇業のために、ある計画を進めていた。
そして、その計画の全容を知ることが許されるのはマクシミリアン唯一人。
目の前の二人ですら、彼にとって計画を進める上で有用な手駒に過ぎないのだ。


この若き覇王に祖国の再興を賭けた男は、その事を敏感に察したのか、その計画の内容について訊こうとはしなかった。
フィラルドの降将イェーガーは、総司令官のマクシミリアンに忠誠を誓う代償として、
ガリア攻略が成った暁にはフィラルド独立の働きかけを本国に対して行うという契約を結んでおり、
ガリアの攻略が成るのであれば、マクシミリアンの描く遠大な戦略とやらの仔細を知る必要は無い。


イェーガーの悲願とマクシミリアンの野望を成就させるための贄として選ばれた
不運な小国の受難の日々は、まだまだ続くことになりそうである。







軍産官の相互理解を促進するというお題目の元で開かれる『清廉紳士懇話会』というご大層な名を冠する会合に参加した小物は、
軍や政府の高官達に対するご機嫌伺いと併行して、
年間休日や各種手当が充実している優良企業関係者に対し、銃後の転職活動の一環とばかりに、猛烈に自分をアピり捲くっていた。
上手く立ち回れば、危険と隣り合わせの立場の不安定な義勇軍から、安定した優良企業に移ることが出来るのだ。
ただ大人しく、食事を取るだけで済ますのは勿体無いというものであろう。



「いや、キルステン少尉は若いのに機を見るのに敏で、私も感心させられましたよ
 我がロティリア食品も今回のファウゼン復興では特需に近い利益を上げられました」

「それもこれも、皆、ダモン閣下の御蔭で御座いましょう。祖国を想う志高き皆様の
 ご協力を得るための一案を少しばかりご提案した程度、今回の件に関しては全て
 閣下のご深慮あっての物でしょう。私の功など取るに足らぬ瑣末なものに過ぎません」


「何をご謙遜される。ダモン閣下の遠謀深慮の一端を知り、
 その偉業を助ける少尉はまことガリアの至宝と申すべき存在」

「アンティーノ会長の言うとおりですな。フーゴ・リベルダン重工としては
 ダモン閣下だけでなく、少尉への助力も惜しみなく行いたいと考えております
 今後とも、祖国繁栄のため手に手を取り合うような関係を構築して参りましょう」


「非才の身にそのような過分なお言葉頂けるとは、今後もダモン閣下の偉業を助け、
 皆様のご期待に応える為、祖国の栄光のために粉骨砕身の覚悟で励む所存であります」


歯の浮くような芝居がかった台詞を交わしながら、他人の血で超え太る吸血鬼達の前で何度もダモンの名前を出し続けるクルト、
執拗に繰り返される彼の発言は薄っぺらな追従と謙遜を主成分にしていたが、
ダモンというの名の旨味たっぷりの調味料を巧みに用いることで
あたかも、自分がガリア正規軍で絶大な権力を握る男の懐刀であるような印象を周りの者達に与えていた。
もっとも、海千山千の商売人がそうそう簡単に自分の狙いに乗ってくれる筈がない事をクルトも知っていたため、
美辞と酒に溺れ酔ったダモンの下に彼等を誘って再三訪れ、その度にアホを煽てて上手く躍らせ、
『自分が一番ダモンを上手く使えるんだ!』と彼等に実演して見せる。

この光景を、論より証拠とばかり見せられた損得勘定が得意な者達は、クルトに利用価値があることを否応なしに認めざるを得なかった。

正規軍でなく、義勇軍から繋がるダモンへのこのルートは
既にパイプを構築して既得権益を得ている者には脅威を感じさせ、
未だパイプを持たず、少しでも繋がりを持ちたい者には魅力的に見える。


小賢しく利に聡い商人達に自分の価値を知らしめたクルトは、ダモン以外の目ぼしいカードを手札に加えることに成功する。
このカードで上手く役を作りながら、効果的に場に出せば、
ダモンの力との相乗効果を生み、より巨大な力を手にすることが出来る可能性も十分あった。
だが、クルト自身の資質というより、その志向に難があったのか、
手札に加えられた何枚かの強力なカードはその力を大きく発揮すること無く、ゲームは終わりを迎えることになる。


彼が望むのは虚飾に飾られた栄達や権力などではなく、
銃後の安全で安定した待遇のいい転職先という小さな望みだったのだ。











血の味がまだする唾を地面に吐き捨てながら、クルトはライフルに弾を込めなおす。
既定の訓練時間をこなす為、射撃場で的を相手にしているようだが、
命中率はそれほど高く無く、その結果は今一つのようであった。



「兄さんが、すみませんでした」
「別にイサラが謝る必要は無いさ」


昨夜、ダモンと共に欲望渦巻く社交界に参加し、アマトリア基地にほろ酔い気分で帰って来たクルトは
採用はされなかったが、非道なファウゼン攻略作戦を立案した事に対し、
ウェルキンから激しく詰問され、それを全く取り合わずに適当に流そうとしたため、
興奮した彼に最終的に殴り倒されていた。

その騒動の結果、アマトリア基地に居る義勇軍のほぼ全ての隊員達に
クルトが大量のダルクス人を見殺しにしようとした事を知られることになっていた。



「でも、兄さんのせいで、キルステン少尉が基地で孤立する事になってしまいました」

「まぁ、確かにそうだが、俺が自分の身かわいさに、あの作戦を立案したのも事実
 いまの状況は身から出た錆とも言えるし、仕方がない事だよ。それより、
 同胞をゴミ屑のように犠牲にしようとした俺に対して、文句は言わなくていいのか?」


今一つ当らないライフルを置いたクルトは、ダルクス人のイサラに静かに語り掛ける。
ダルクス人である彼女の言葉なら、真っ直ぐに受け止める心算だった。
少し前のクルトからは考えられない考えだったが、
お人好し揃いの第七小隊の面々と少々長すぎる時を過ごしたせいで、固くなとも言える彼の心境に小さな変化が生まれていたのかもしない。

ただ、イサラは彼が予想していた言葉を発することは無かった。
彼女は小さく首を横に振って、クルトのことを兄の様に責めようとしなかったのだ。



「私はキルステン少尉、クルトさんの事を責める気は全くありません」

「へぇ、俺はお前の同胞を大量に見殺しにしようとしたせいで
 今やダルクス人以外の隊員からも嫌悪の的にもなってるんだぜ?」


「確かに、クルトさんの立てた攻略作戦が実行されていたら、
 多くのダルクスの人々が犠牲になったでしょう。でも、その代わりに
 兄さんや私を含めた第七小隊の皆が危険な目に遭わずに済んだ筈です」

「違ぇーよ。俺は自分の助かり易い作戦を選んだだけだ」

「ふふ、昔のクルトさんなら、そんな風に答えなかったと思います
 もし、今の考えが私の勘違いでも、自分にプラスなると判断したら
 きっと訂正しようとせずに、そのまま勘違いさせたままにしてます」


そっぽを向いたまま答えを返さないクルトと、
自身に満ちたかわいらしい笑顔を見せる少女、
どちらが勝者であったかは言うまでもないだろう。

何も言い返せない情けない男に、イサラはより確実な勝利を得るために
攻撃の手を緩めようとはしなかった…


「クルトさん。貴方は最初から私の価値をちゃんと認めてくれました
 ダルクス人のイサラじゃなくて、今は整備の技術だけかもしれませんが
 いつかは、貴方の前に立つ一人の人間として…その、あの、何て言うか・・」


・・だが、まだまだ、詰めの甘さが残るようで、一気に勝負を決めるには至らなかった。
そんな少女らしい未熟さは、彼にかつて失った大切な人を思い出させるものであったらしく、
自分で言っといてあたふたとする女の子なイサラの頭を優しく撫でさせる。
クルトにしては珍しく自然で素直な行動であった…








極一部を除いて、非道な参謀に対する不信と嫌悪が吹き荒れる中、
義勇軍第三中隊はガリア北部奪還の橋頭堡となるマルベリー海岸攻略を命じられる。

マルベリー海岸の狭い岸壁にある道では戦車の通行は困難であり、
唯一と言ってもよい戦車が通行可能な場所は遮蔽物が無く、そこを進むことは
海岸沿いにある防衛陣地に陣取る帝国軍銃弾の的になる事を意味していた。


ガリアの人々が浮かれる精霊節を前にしながら、
義勇軍の面々は何度目か分からぬ重苦しい気分に陥ることとなっていた。



「いったい正規軍の奴等はアタイ達のことを何だと思ってるんだい!」

「幾らでも補充の利く弾避けとでも思ってるんだろうさ
 正規軍の義勇軍に対する扱いは昔から一向に変わって無い訳だ」


椅子を蹴りあげて言葉を荒げるロージーに、苦虫を噛み潰したような顔でぼやくラルゴ、
いつもいつみ正規軍の代わりに犠牲を強いられる立場に彼等は怒り、心底うんざりしていた。



「だが、いくら目の前に困難な状況であっても、立ち止まることは出来ない
 ガリアの人々を帝国から守るためにも僕達は逃げ出す訳にはいかないんだ!」

それでも、第七小隊を率いるウェルキン・ギュンター少尉は立ち止まろうとしない。
祖国を守るために自分が何をするべきか考え、全力でそれを為す。
近い将来、絶対的な英雄として多くの人々に知られる事になる彼は、強い意志を持っていた。

そして、その男と真反対な考えを持つ男が第七小隊にはいた。



「別に俺は逃げても良いと思うけどね~、国破れて山河あり
 たかだか、小国の一つが地図から消えても大して困らないと思うぜ?」

「はんっ!アンタは何だって捨てちまうから平気かもしれないけど
 アタイらは違うんだ!アンタみたいな卑怯な真似は死んだって御免だ」

「そうですわ!少尉は間違っていますわ!私達は戦って勝利し、ガリアを救う
 このイーディ・ネルソンは正々堂々戦って、見事、勝利を手にして見せますわ!」


珍しく意気投合して戦う事を主張するイーディとロージーの様子に苦笑いしながら、
クルトは逃げると言ったのは冗談だと謝罪して作戦の概要を淡々と説明する。
彼に対する厳しい隊員の視線を特に気にした様子を見せること無く。


「まぁ、作戦を要約すると真っ直ぐに敵に突っ込んで基地を攻略する
 遮蔽物の無い状況では相当数の犠牲が予想されるが、これも命令だ」

「けっ、参謀のお好きなダモンの野郎の命令だろ!」
「兄さん!」

ハッキリと不平の言葉を投げ掛けるオスカーとそれを心配そうに止めるエミール、
オスカーの言葉はある意味隊員の大多数の気持を代弁した物であったため、
兄が軍上層部に睨まれないか心配した弟以外はそれを止める者はいなかった。

随分と嫌われたたなと自嘲の笑みを漏らすクルトを心配そうに見つめるのは、
最近、夜更かしがちなのか、目の下に隈を作っているイサラだけであった。










「相変わらず精が出るねぇ、夜も遅いって言うのに
 一人でそんなに一生懸命頑張ってどうするんだ?」

「いいんです。私が好きでやっていることですから。それに私がコレを
 作っている事を知っているから、今回の作戦を止めなかったんでしょう?」


「さてね?俺は完成の目処も付いていない煙幕弾をアテにして
 作戦の遂行を決めちまうほど命知らずじゃないつもりだけどな」

「ふふ、じゃ、尚更頑張って完成させないとクルトさんに迷惑掛けちゃいますね」


煤で汚れた顔を拭う事もせず、目の前の作業に没頭する少女は、
自分の腕に対する信頼をクルトの言葉から確かに感じ、本当に嬉しそうな笑みを溢していた。
そんな様子に満足そうに頷いたクルトは話題を明日に迫った精霊節へと転じる。

ちなみにガリアの伝統行事の一つでもある精霊節では、懇意にしている人に贈り物をする習慣があり、
最近ではそれが長じて、恋人や好きな相手に贈り物をするのが主流になっている。


「ロージーに、その横に置いてあるダルクス人形を渡す心算なんだろ?」

「はい。受け取って貰えるかは分かりませんが…」

「詳しくは知らんが、ラルゴの口振りからすると姐さんも過去に色々あったらしいからな」


かつてダルクス狩りから逃れようとするダルクス人を匿ったせいで
両親を失ったロージーの憎しみは根が深く、理屈ではないものであった。
それ故に、ダルクス人であるイサラに対しても辛くあたっていたのだ。


「まぁ、頑張るんだな。互いが生きてる内だったら、案外何とかなるもんだ」

「はい!私、頑張ります。あと、少し早いですけどクルトさんにコレを…」


クルトに渡されたものはイサラに似たロージー用のとは色違いのダルクス人形だった。





「へぇ、夜中に何かコソコソやってたと思ったら、そんなものを作ってた訳かい」

「ロージー!せっかくイサラがアタシ達の為に
 頑張って作ってくれたのよ。そんな風に言わないの!」


作戦当日、イサラから煙幕弾の完成及びそれを利用した作戦をクルトから聞いたロージーは
ヤンから窘められる程嫌みたっぷりな言葉を発する。
素直になれないのは精霊節であろうと変わらないらしい。




「イサラの作ってくれた煙幕弾を利用して前進、敵の基地を一気に陥とす!!」

「おう、やってやろうじゃねーか!」
「えぇ、私達の活躍で絶対に勝ってみせるわ~ん、うふ♪」




「少尉、ちょっと時間は頂けるかしら?」

「いや、作戦前で忙しいって…おい!引っ張んなって…」
「いいから、黙って貴方はわたくしに着い来てなさい!」


精霊節であってもツインテールの少女の強引さは相変わらずらしい。
そして、その好意は少しの悪評程度で揺らぐような柔な物ではない。

手渡されたピンク色のかわいらしいラッピングで包まれた贈り物には
少女の変わらぬ想いが込められていた。
もっとも、それを受け取る相手は素直にそれを喜ぶ素振りを見せるほど
かわいい性格をしていなかったが…



「・・にしても、俺はいまや隊内で憎まれ者の悪の参謀だぞ?」

「それが、どうした!…ですわ!このわたくしが、
 そのようなことを気にするとでも少尉は思っていましたの?」

「思わないな。貰っておくよ。イーディ、ありがとう」


真っ赤な顔をした少女が凄い勢いでホーマーなどを吹き飛ばしながら走り去るのを見送った男は、
もう一度作戦図を確認し、マルベリー海岸防衛陣地への最短ルート、
歩兵部隊の散開ポイント、狙撃チームの援護ポイントなどを確認し、
より効率的な配置を模索しながら、自分に対する嫌悪感を隠そうとしない隊員達に
指示を淡々と出していく。

どのような状況下であっても、自分の生存確率を上げるための労は惜しまないのがこの男の性分であり、
彼に対する不平不満を持つ隊員達も、それは良く知っているため
ウェルキンの立てた作戦の細部を補足する臆病で卑怯な参謀の指示に異を唱えることはなかった。

長引く戦いを生き抜く中で、第七小隊の隊員達も生きる術を最優先する習慣がいつの間に身に着いていたようである。
もっとも、その歴戦の戦士が持つような感覚を素人同然の義勇軍がこうも早く身につけられたのは、
誰の功に帰するのか、気付いている者は殆ど居なかったが…



 




「これより、マルベリー海岸防衛陣地に対する攻撃を開始する。総員前進!!」

「おぉおお!!」「やってやろうじゃないか!」「わたくしにお任せなさーい!」
 

隊長のウェルキンの言葉に皆が応え、遮蔽物の殆ど無い岸壁の道へと歩兵たちが駆けて行く。
イサラの開発した煙幕弾を信じているからこそ、彼等は前に進む事が出来た。
ダルクス人嫌いの隊員達も、これまで完璧な整備の腕を見せて来たイサラの力を疑う事は無かった。



「煙幕弾を発射!!先行するエーデルワイス号を盾にして
 一気に敵第一防衛ラインを突破するぞ!!全員遅れるな!!」

「続く順番は偵察兵、突撃兵!対戦車兵、狙撃兵はその後だ。工作兵は最後方だ」

隊長、参謀が次々と指示を出し、第七小隊は戦車を盾にしながら煙幕を隠れ蓑に前進していく。
これに対し、帝国軍は狙いを定めることが出来ないまま、闇雲に発砲するだけで、効果的な攻撃を加えることが出来ない。
こうなっては機関銃の銃座やトーチカの防衛力も意味を為さない。

後輩部に攻撃口の無いトーチカはその前を煙幕に守られて突破した第七小隊の手によって易々と破壊され、
銃座の兵達も陣地内の帝国軍の手によって作られた防御陣を安全な狙撃ポイントとして利用する
マリーナやオハラといった優秀な狙撃主の餌食になって、物言わぬ屍と化していた。


張られた煙幕を最大限に有効活用しながら、先行する第七小隊は快進撃を続け、
後続のその他の義勇軍部隊も最小限の犠牲で敵陣地の攻撃、制圧を行なって行く。
マルベリー海岸攻略は順調そのもので、陣地を陥落させるのも時間の問題であった。



「ロージー!大丈夫かっ!!」「ロージーさん!早く手当てしないと」



そんな状況下であったが、流れ弾がある『モノ』を拾おうとしたロージーの腕を掠め、
この作戦における第七小隊最初の負傷兵が生まれた。
負傷した本人はある『モノ』ものの御蔭で命拾いしたし、怪我は大したことは無いと言い張り、戦闘を継続しようとしたが、
ウェルキンに強く諌められ、後方での待機を渋々と認めさせられる。






「ったく、何でアタイがアンタら何かと一緒にこんなトコで待機しなきゃならないんだ」

「ロージーさん!無茶は言わないで下さい。今は怪我をしているんですから」

「そーそー、命の恩人のお守りの製作者には素直に従わないと
 ちゃんと受け取ってるなんて、姐さんも大分大人になったようで」


「うっさいよ。イサラがどうしもっていうから、アタイは・・痛っ!」

「クルトさん!!ロージーさんは、今は怪我をしているんです!
 興奮させるようなことはしないで下さい。傷に響いてしまいます!」

「悪かったって、もうしないから、そんなに怒るなよ」


ダルクス人形を何だかんだ言いながら受け取っていたロージーを暇つぶしがてらからかったクルトは
イサラから手厳しく叱られ、早々に謝罪をして大人しくさせられていた。

どうやら、後方で待機する三人組みで一番強い力を持っているのは、
一番階級が高い者でも、軍暦が長い者でも無く、誰よりも優しい心を持った少女のようだった。

後方の三人は衛生兵の三姉妹の誰かが来るまでダラダラと会話を楽しんでいるだけで良い筈だったが、
戦場という過酷な場所では、後方と言えども決して安全地帯ではないと身を持ってしることになる。
崩れたトーチカで死後の世界に片足を突っ込んだ帝国兵が彼等にライフルの狙いを定めていたのだ。




「全員伏せろ!!」




最初に気付いたのは危険察知能力、隊内では保身に関しては右に出る者がいないクルト、
彼にしては手際よく構えたライフルを死に掛けの帝国兵に向ける。



「ロージーさん!!」


次に動いたのは戦いには向かない小さな少女だった。
彼女は怪我で動きの鈍ったロージーを押し倒して伏せさせる。


帝国兵に先んじたクルトの放ったライフルの銃声が鳴り響き、帝国兵の放つライフルの銃声が続けて音をあげる。
そして、もう一度だけクルトがライフルに仕事をさせると、銃声がなり止んだ。
皮肉なことに、前線ではマルベリー海岸の防衛陣地は既に陥落しており、
クルト立てた銃声が、この戦いにおける最後の銃声であった。



「うっ、嘘だろ。何だってアンタが…、イサラ、アンタ馬鹿だよ
 アタイになんか渡してて、自分のモノを持っていなかった何て…」


「ロージーさん、わた・・し、ロージーさんの歌・・好き、でした」
「あぁ、歌がいいのかい!何度だって何だって歌ってやるさ
 だから、だからしっかりするんだよ!もうすぐ衛生兵がくるからさ」

「ロージー、最後だ。静かに聞いてやろう」
「アンタは黙ってな!!アンタが最初のを外してなきゃ、イサラはっ!!」

「止め・・て下さい。誰も、はぁ・・うっ、悪くありません
 クルトさんに、お願いがあります。聞いてくれ・・ますか?」

「まぁ、聞くだけならな」 「アンタはっ!!」

「どう・・か、兄さんのことを、よろしくぅっ、お願いします
 兄さんに無い力・・を、クルトさんは・・持ってぇ、その・・力で・・」

「分かった。善処はする。絶対とは約束できないけど、出来る範囲でな」



「ありが・・と、う・・」



「イサラ・・?おい、嘘だろ?なに黙ってんだい。いつものように
 真面目で、強がってアタイを怒らせるようなことをいっておくれよ・・」




崩れ落ちるロージー、無言で無表情のクルト、二人に見送られて一人の少女の命は戦場に散った。
マルベリー海岸攻略作戦に置いて第七小隊は僅か一名の戦死者を出すのみで、見事作戦の成功に貢献、
この困難な作戦を成功した事によって、義勇軍第三中隊、取り分け第七小隊のガリアにおける勇名は更に高まることになる。


もっとも、第七小隊の隊員達の多くはそれに喜ぶ事は無く、
大切な仲間の死によって深い悲しみに支配されることとなる。

勝利のための犠牲は少なくとも、決して小さく無かった…



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