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[14901] 聖闘士星矢 『9年前から頑張って』 (オリ主・転生?モノ)
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2012/10/01 14:30
 チラ裏で細々と、ネタのつもりで書いていたのに今ではこんな場所に……。
 今回更新よりこの『その他版』で書いていきます。
 不定期の更新になるかと思いますが、末永く宜しくぅ。

 あぁ……しかし何と言うかまぁ――――聖闘士ってチートですね。

 ジャンルは何に成るんだろうか? オリ主最強系(?)
 しかし、どう頑張っても最強には成れそうにないこの世界……よく解らん。


 ハーメルンさんにも投稿をしております。あちらでは、ニラです。




[14901] 第1話 此処は聖域! 死ぬって言ってんだろ!!
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/03/22 10:12



 俺の名前はクライオス、生粋のギリシア人です。
 クライオスという名前以外に、二つ名や異名のような物は特に無い。将来的に付けば良いなーとは思うが、今現在ないので仕方が無い。
 さて、俺は『俺という存在を中心とした物語の主人公』である筈なのだが。どうにも普通の人とは勝手が違うようだ。
 普通の人間は『自分が主役のどうなるか解らない物語』を経験するのだろうが、俺はこの先どうなるのかはある程度知っているのだ……。

 要は転生――――とか、トリップ――――とか、憑依――――とかいう奴だ。
 その言葉のどれが一番正しいのか?と聞かれても、残念ながら俺には判別のしようがまるで無いのだが……。
 実際、自分が死んだ記憶は今のところ無い。元々日本で働いていた一企業戦士だったことは覚えているのだが、死んだ覚えはまるで無かった。
 とは言え、『突発的なことで死んだので記憶に無いのだ』とも取れるし『まだ思い出していないだけ』とも取れる。

 そのため、自分が転生したのか憑依したのか、その絶対的な違いに答えを出せないのが現状と言えるだろう。

 とは言え、そんな事は『今の状況』と比べれば些細な事だと斬って捨てる事が出来る。

 前世の記憶?

 過去の自分?

 そんな物は生きていてこそ意味のあることだ。

 つまり――――

「無理ーッ! 無理だってば!! もう限界なんだってさっきから言ってるだろ!!」
「安心したまえ……。君の目指す所は、その『限界』とやらをを超えた所に在る」
「そういう問題じゃ無いんだよ! このままじゃ死ぬって言ってんだ!!」
「その時は私自らが経を読んでやろう……。気にせず迷わず逝き給え」
「ぶっ飛ばすぞシャカ!!」
「――――其れが出来れば一人前だ」




 第一話 此処は聖域! 死ぬって言ってんだろ!!




 俺の発した『シャカ』と言う言葉で気付く奴は気付くだろうが――――そう、シャカとはあの黄金聖闘士・乙女座のシャカの事だ。
 此処はギリシア聖域(サンクチュアリ)内にある修練場で、俺は其処で『今日も』シャカにしごかれていた。

 『聖闘士の育成は聖闘士が行う』

 つまり、どういう訳か俺はシャカの弟子として、苛めのような毎日を強要されているのだった。

『え!? シャカは嘆きの壁で死んだんじゃないの!?』

 と、思う人も大勢居る事でしょう。

 安心して下さい。

 現在の時間軸は原作が始まるずっと前、星矢がカシオスを苛めて天馬座の聖衣を手に入れる約9年前なのだ。
 当然シャカも若く、現在はなんと11歳。
 頼れる兄貴的な存在だった他の黄金聖闘士の方々も、今現在の事を言ってみればちょっと頼れる『小僧共ーー!!』といった所。
 『前回(敢えて前世とは言わない)』の記憶と併せて既に30オーバーの俺からすると、微笑ましいやら扱いが難しいやら……。

 因みに俺は8歳です。


 さて今の状況をより詳しく説明する為に、普段の俺の生活を教えましょう。

 まず日の昇る前から目を覚まし、朝食の準備を行い(肉類は全てカット)、訳の解らん説法を聞かされ(大地に頭を擦り付けて、この私を拝め!!)、精神修養という名の座禅を昼過ぎまで続け、肉の無い昼食を食べ、肉体鍛錬という超過トレーニング(星矢がやっていたのを思い出して頂ければ幸いだが、簡単に言うと筋トレを千回単位で行う)をした後に、『小宇宙を感じろ!!』とその日その日によって違う修行をし、動物性タンパク質のまるで無い夕食を食べてから湯浴みをして寝る。

 ――――そんな毎日を過ごしている訳だが、今現在はそんな中でも一番厄介な『小宇宙を感じろ!!』の修行の最中。

 長々と説明してきたが、俺は足場の悪い切り立った崖の上に一人で立っていて、一歩脚を踏み外せば転落は必至。
 そのうえ下には剣山の如く突き出している岩山が顔を覗かせている。落ちれば最後、昆虫採集の虫のような姿を曝してしまうだろう……。

 だと言うのに――――

「何で俺はこんな場所でこんなポーズをしてるんだ!!」

 俺の心からの叫びが修練場――――まるでムウの家へと続く聖衣の墓場のような場所に木霊した。

 現在の俺の姿勢は、右足一本だけで立ち、身体を前傾にして顔を上げ、左の足は後ろに持ち上げお尻よりも高く、そしてその足首を左手で掴み、右手を真っ直ぐ前に伸ばしている――――所謂、『踊るシヴァ神のポーズ 』というヨガのポーズをとらされていた。

 しかもかれこれ数時間……。

 始めた頃はどうして『シヴァ神? 貴方は仏教徒じゃ無いんですか?』とも思ったが、今はそれど頃ではない!
 注釈(そもそも、仏教徒がアテナの聖闘士をしている点を突っ込んでください)

「クライオス……君が其処でその様な姿勢をとっているのは、君の内に眠る意識……つまりはコスモを感じ取るためだ。
 ……私はそう何度か説明をしたはずだが?」
「今のは質問じゃねーんだよ!! この馬鹿師匠!!」

 シャカの何処かずれた説明に俺はすかさず突っ込みをいれるが、その間も身体はプルプルと情け無い震えを繰り返している。
 そんな俺の窮状を知ってか知らずか――――間違いなく知っているのだろうが、シャカは溜息を吐いて言ってのけた。

「程度の低い雑言を言ってる暇があるのなら、さっさと現状を乗り切る努力をしたらどうかね?
 もうそろそろ限界なのだろ?……其の侭では落ちてしまうぞ?」
「んな事いったって――――!?」
「君がその窮状が脱する方法は、自らの小宇宙に気付き、其れを高める術を行って私に認められるか……。もしくは――――」
「も、もしくは!?」

 悲鳴を挙げる身体に鞭打って、何とかバランスを維持し続けながら俺は言った。
 とは言っても、そろそろ限界です!

「大地に頭をも擦り付けてこの私を拝む事だ!! そうすれば万が一にも――――」
「出来るか! この状況で!!『ガラ…』アッ!?」
「む?」



 ……落ちた。




「うぅ……生きてる。何でだか知らないけど生きてるよ……」
「岩山に突きつけられる直前に、私が拾ってやったのだ。――――感謝したまえ」

 大きな岩を背もたれにして膝を抱えて蹲っている俺に、シャカが上から見下すような視線を向けながら言ってのけた。
 その態度に、俺は少しばかり怒りの気持ちを募らせてしまう。

 大体、どうせ助けてくれるのなら落ちた瞬間に拾って欲しい!

 あんな突き刺さる直前まで放って置くのはやめて欲しい!!

「……そもそも、あんな酷い修行やらなければ落ちる心配も無かったじゃないか」

 ジト眼で睨みつけるような表情で、目の前に居るシャカ少年に文句を言う。
 まぁ、俺も少年なので威力半減。その上、シャカは目を閉じているので更に半減と言ったオマケつき。

「君は強く成りたいのだろう? ならばあの程度の事は『哂って』乗り越えて見せたまえ」
「『笑って』?」
「そう……『哂って』だ」

 フフフ――――と笑みを浮かべながら言うシャカ。
 何やら、微妙にイントネーションと言うか、語意がずれている様な感じがするのだが……。
 とは言え、シャカの言ってる事も『理解』は出来る。納得は出来ないけど。

 そもそも、聖闘士とは人の範疇を越えるような化物と闘うための存在なのだ。……偶に例外があるようだが。
 兎に角、基本的には対化物、もしくは対神々などの超常の者が相手となる。つまりは理不尽が相手な訳だ。ならば此方も常識を超えて理不尽な存在になるしかあるまい。其れは解る……重々承知している。

 だが問題なのは……

「……もう少し段階を踏んで行って貰えると助かるのですが?」

 どう考えても急ぎすぎだろ?と言える様な修行内容だ。
 こちとら20年以上――――下手したら今の人生も含めて30年近く普通の人間をやっていたのだ。
 急に『小宇宙を感じたまえ!』何て言われても出来るわけが無い。

「充分に優しく扱っている積りだ。 そもそも、私が君の歳の時はすでに乙女座の黄金聖闘士だったのだぞ?」
「俺みたいな常識人を、あんた達の様な奇人群と一緒にしないで下さい」

 大体、身体が成長しきる前に『光速で動く』とか馬鹿じゃないのか?
 まぁ身体の成長なんてのは、聖闘士からすれば些細な事なのかも知れないけどさ……。

「やれやれ……、君がこの聖域に来てから何年が経つ?」
「聖域に?……俺の時間感覚がアホに成ってなければまだ1年程度ですけど?」

 眉間に皺を寄せて聞いてくるシャカに、俺は憮然と言って返した。

「違う……もう1年が経過してしまったのだ。
 確かに、神仏からすれば僅か1年の月日など瞬きにも満たない瞬間の出来事であろう。……だが、君は人間なのだよ?」
「……はい」

 要は、有限でしかない人の命なのだから、一瞬一瞬を大切に取り組め――――という事を言いたいのだと思う。
 なんて言うか、シャカの言葉は解り難いよな?

「仕方が無い……陽が落ちるまでにはまだ時間がある。君にはもう一度、コスモとは何なのか? という事について説明をするとしよう」
「え!? あのそろそろ買い出しに行かないと……そろそろ処女宮の備蓄も無くなりそうだし――――」
「その時は断食行に入って、自らの五感を研ぎ澄ます修行を行う」
「でも――――」
「あまり下らぬ口を挟むようなら……要らないのでは無いかね? その口。何なら、暫く閉じて置けるように協力してやっても構わんのだぞ?」
「何を言ってるんですかシャカ? さぁ、説法をお願いします」

 すかさず姿勢を整えて、真面目な顔でシャカに向き直る。
 シャカはそんな俺に溜息を一つ漏らして、向かい合うようにして座禅を組んで説法を始めた。

 俺の変わり身が早い? 仕方ないだろ! 俺は『聖闘士候補生』で向こうは『黄金聖闘士』なんだよ!!
 しかも人生経験は俺の方が上の筈なのに、精神年齢は向こうの方が高そうだし……要は口でも勝てません。

 もっとも、大抵は論争に成る前にシャカの方が力技で押し通そうとするけどさ……。
 そもそも俺の訴えなど、最初から聞く気が無いんだこの男は。だいたい今回だって『口を閉ざす』=『天舞宝輪』って事だろう?

『先ずはその口からだ!!』

 って……このドS聖闘士が!?

 大体自分で『慈悲の心を持ち合わせていない』とか言うような奴だもんな。
 きっと、自分のS心を満足させる為に聖闘士になったに違いないぞ……。

 まぁ、怖くて正面切っていう事は出来ないけど――――

「――――聞いていたかねクライオス?」
「……へ? 聞いてましたよ。小宇宙とは五感を越えた第六感末那識だって言うんでしょ?」

 実際は聞いては居なかったのだが、この話はもう既に耳にタコが出来るほどに聞かされている。
 そのため、特に耳を傾けていなくても大体どんな話をしているのか解るのだ。
 事実、過去に何度かこれで乗り切った事が――――

「……クライオス、私は最強と言われる黄金聖闘士12人の中でも『最も神に近い』と言われているのは知っているな?」
「? えぇまぁ……正直どの神様と比較しての事なのか?って疑問はあるけど」

 急に何を言い出すのだろうかこの人は?
 と、俺は首を傾げながら返事を返したのだが。

「その私にだ……いやそれ以前に、師である私に嘘が通じるとでも本気で思っていたのかね?」
「あれ?」
「私の話を聞いていなかったのだろう?」

 徐々、にシャカから感じる雰囲気が重い物へと変わって行く。
 俺はそれに『何でばれたんだ!!』ではなく、『どうしてそんな神の如き洞察力を、いま発揮するんだ!?』と思っていた。
 サガの事には気づいていないクセに!?

「如何やら私は君に対して、少々優しく接しすぎていたようだ」

 そう言うと、シャカはいつの間にか手に数珠を持っていてゆっくりと立ち上がっていく。

「……そうだな、前々から気には成っていたのだが。君は私に対して敬意が足りないところがあるようだ……」
「いやいやいやいや!!そんな事無いって! 尊敬してま――――」
「先ずはその口からだ!!」
「んな――――!?」




 この日は結局、五感を剥奪されて一晩放置されました。
 俺の第二の人生は、大体こんな感じで過ぎていってます。あぁ……シャカと出会って直ぐの頃の自分を殴り飛ばしたい。

 どうして弟子になんてなったんだ!!と……。







[14901] 第2話 昔の話をざっと飛ばして……
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2009/12/29 13:24



 現在の俺は、シャカに五感を剥奪されて地面に転がっている最中です……。
 大丈夫かって? 大丈夫じゃ無いんだがね……。

 まぁ確かにシャカは人でなしだが、それでも朝になればちゃんと元に戻してくれる――――筈。

 だからまぁ、現状からちゃんと復活できるかについては余り考えない事にする。
 一度悪い方に考えると、そこから加速度的に広がって行きそうだからな。

 さて、どうせ此の侭では何もする事が出来ないので、俺がこの場所――――聖域に来ることに成った切っ掛けと、シャカの弟子になるまでについてお話しようと思う。

 俺が生まれたのはギリシア、聖域(サンクチュアリ)のお膝元にある村で、名前は――――ロドリオ村。
 作品中でも何度か名前の出ている村で、星矢を追ってギリシアへと来た星華(星矢の実姉)が数年間記憶喪失で過ごした村だ。
 まぁ、流石に今のロドリオ村には時期的問題で星華は居ないけどさ。

 でだ、俺はそのロドリオ村で誕生した『生粋』のギリシア人だ。

 事の始まりは俺が5歳ほどの頃、近所の子供達と何も考えずに走り回って遊んでいたのだが、そんな俺に突如鈍器で頭を殴った衝撃が襲った。
 ……事実、近所のおばさんが持っていた水瓶を躓いた際に放り投げてしまい、それが俺の頭部に見事直撃したのだが。

 兎に角、切っ掛けはどうであれ後頭部を鈍器で殴打された俺は、遠くなる意識の中で次々と『自分の事』を思い出していったのだ。
 要は『前世?』という奴の事をだ。

 自身の経験していた記憶が次々と書き加えられ、それに伴って急速に成長をしていく精神。
 元々、二十数年間を日本で過ごして居た事を思い出した俺は――――

「思い出したーーーー!!」

 と、大声を挙げていた。

 頭から血を流しながら……。




 第2話 昔の話をざっと飛ばして……




 記憶が上書きされてから2年。

 子供の身体に成人の知識と精神を手に入れた俺は、其れはもう好き放題に振舞った。
 知識や知恵を使って周囲を驚かせるなんてしょっちゅうだったし、場合によっては大人相手に論争を繰り広げたりもした……。

 周りからは『神童だ』『天才だ』と持て囃されて調子に乗っていた。

 まぁ要は可愛げが無かったのだ、当時の俺は。

 両親は変わらずに接してくれていたが、周囲の大人達の反応は結構微妙な所だったと記憶している。
 何と言うか『凄い、凄い』と言いつつ『厄介な……』とでも思っているような態度だったな。

 まぁ、歳相応の反応をしない様なませた餓鬼が、正論をぶちかますのだから……大人としては面白く無いだろう。

 もっとも、そう思われるだろうと解っていながら、俺も好きに振舞っていたので仕方が無いとは思うけどな。

 さて、そんなある日の事だ。

 近所の遊び友達だった……子供Aが俺にこう言ったのだ。

「なぁクライオス、知ってるか? 今日は聖域から教皇様が来るらしいぜ」

 と。

 その時の俺は、一瞬口を半開きにして呆然としてしまった。

 教皇――――この場合、一番近いのはローマ法王か?
 ローマ法王が、態々バチカンからこんな辺鄙な村にやって来るわけが無いだろう?

 んでこんなやり取り。

「聖域って何だよ?」
「――――へ? 聖域は聖域だよ。
 俺も詳しくは知らないけど、アテナが如何とか父ちゃんが言ってた気がする」

 んで、此処でまた呆然。
 『あぁ、教皇ってそっちの教皇ね』と心の中で呟き、表情は苦笑い。
 まぁ何と言うかさ、その時の俺の感想としては、日本アニメの余波と言うか何と言うか――――良くない電波を一杯浴びた人が、
 それに成りきって騙してるのかな? って思ったんだよ。

 普通の人間だったら『此処は聖闘士星矢の世界か?』って考えには先ず至らないと思う。

 で、まぁ……当時可愛くない子供だった俺は、村にやってくると言う教皇にネタフリをする事にしたのだ。

 んで、村に慰労訪問にやって来た教皇様。
 村中の人間が寄り集まって拝むような事をしていたのだが、そんな教皇に俺はスタスタと近寄って開口一番こう言った。

「教皇様、双子座の聖闘士に会いたいのですが如何すれば良いですか?」

 と。

「……彼は現在行方不明になっていてね、残念ながら会う事は出来ないな」
「――――そうですか。 双子座なんだから、弟でも居れば良かったのにね?
 それとも、居たけどもう別の場所に行っちゃったのかな?」

 瞬間、雰囲気が一変した。
 その時の時間が止ったような教皇の態度を、俺は一生忘れないだろう。
 直ぐに取り付くろうように

「……ハハハ、君は面白い事を言う子供だな」

 などと言っていたが。
 妙な威圧感と同時に肌をピリピリと刺激する感覚を、俺は感じていた。

 其れからの展開は途轍もなく速かった。

「――――少年……君の御両親と話をしたいのだが?」

 と言う教皇に俺は訳も解らず両親を紹介し、俺を除外した3人で話し合いをした結果……俺はどういう訳か聖域に行く事になってしまった。

 後になって父親に聞くと、『教皇様が、お前には特殊な才能があるかもしれないと仰ってな』って事だった。
 何でも俺が聖域に行く変わりに、村や両親には充分な謝礼が支払われるらしい……あれ? それって人身売買じゃね?

 俺としては『怪しい集団に売られるのはゴメンだ!』と言ったのだが、
 いつに無く強気な両親に、半ば無理矢理な形で翌日やって来た使いの人に渡されてしまった。
 去り際に両親が

「立派な聖闘士になるんだぞーー」

 と言っていたのも、今となっては苦笑してしまう。

 そうして俺は聖域に連れて行かれる事に成ったのだが、この時の俺の心境はハッキリ言って最悪だった。

 何せ無駄に知識のある俺だ、この時は教皇を語る犯罪集団に買われたのだと本気で思っていて、この後どんな仕打ちを受けてしまうのかと考えると気が気ではなかった。
 出来れば『アーーーッ!』な事は止めて欲しいと本気で思ったほどだ。
 ならば逃げれば良いのでは?と言われそうだが、その時の俺は皮紐で縛られていて逃げる事が出来ません。

 だがその考えも、聖域に着いたら一気に吹き飛んだ……。

 首が痛くなるほど天高く聳え立つ十二宮。
 誰がどうやって点火しているのか解らない巨大な火時計。
 そして前時代――――どころか、軽く千年単位前のような建築物の数々……。

「……これって、洒落じゃなくて本当に聖闘士星矢?」

 俺の呟きに答えを返してくれる人は居なかった。……残念ながら、隣に居た使いの人も含めて。

 で――――

「ようやくお出ましかね……随分と待たせてくれるものだ」

 気配も何も感じさせずに、その人は俺の背後に現れたのだった。
 その声に一緒に居た使いの人は回れ右をして平伏し、俺は

「そ、その声(三ツ矢雄二)!? ま、まさか!」

 と驚嘆の声を挙げていた。
 勢い良く振り返り、その視線の先に居たのは黄金の鎧を身に纏った一人の少年――ー―

「私は今日から君の師と成る……乙女座・ヴァルゴのシャカだ」

 だった。

 この時の俺の心境が解るだろうか?
 この世界に生を受けて早7年、ついに知らされた(と言うより気が付いた)真実は『この世界が聖闘士星矢だ』という事。
 しかも俺にもその聖闘士になるチャンスが与えられ、その上師となる男があの"最も神に近い男"なのだ!!

 まぁ見た目がまだまだ子供だと言うのは若干の不満があるモノの、それは俺も一緒なので捨て置く……。

 何と言うか突如舞い降りたこの展開に、本気で大声を挙げて喜びを表したいくらいだ――――実際やったけど。

「ぃっやたーーーー!!」

 両手を握り締めて喜ぶ俺の姿にシャカは眉間に皺を作っていたが、俺はそんな事気にもしないでただただ喜んでいた。

「如何したのだね?」
「いやいや、色んな事に納得がいって……それと降って湧いた幸運に感謝」

 つまりだ、村に来た教皇は本当に教皇だったってことだ。犯罪集団でもなんでも無く。

 ……この頃は『ラッキー』程度にしか思ってなかったけど、こうして今になって思い返してみると、恐らくサガは俺が言った言葉に不信感を感じ、聖域で聖闘士候補生として監視をしようと――――あれ? それって拙くないか?
 もしかして妙な動きを見せたら俺って殺されるのでは?……。

 ……なるべく大人しくしていよう。

「――――さて、早速だが君に一つ尋ねたい事がある」
「へ?」
「君は、私の弟子となって良いのかね?」
「勿論!! 黄金聖闘士の中でも、最も神に近いなんて言われる人が俺の師匠だなんて最高じゃないか!!」

「良いだろう、今日から君は――――」
「クライオス、ロドリオ村出身のクライオスだ!」

「今日からクライオスはこの私、乙女座ヴァルゴのシャカの弟子となる。 日々を心して過ごすが良い」
「はい!」
「では取りあえず、先ずは私の管理する処女宮へと行きがてら――――」
「行きがてら? 特訓? 訓練? 早速何かするのか?」

 ワクワクしながら目の前に居る少年シャカに質問をする俺に、

「君の言葉使いを矯正するとしようか」
「は?」

「自らの矮小さを知り、敬う事を知るが良い!!」

 この時、俺は産まれて初めて地面とキスさせられるという事を味わった。






 更にちょっと前の話
 sideシャカ

 大理石で覆われた広い空間に、二人の男が居る。
 一人は玉座の様な仰々しい椅子に腰掛け、ローブに身を包んだ男。顔を覆うマスクの為にその素顔や年齢などは解らないが、男の発する存在感はその人物が只者では無い事を雄弁に物語っている。
 彼は此処、聖域を束ねる教皇である。

 そしてもう一人。
 教皇の前に傅き頭を垂れている男はその全身に黄金色に輝く鎧を身に付けており、同じ様に長く金色の髪をしている。

 彼の名前はシャカ。

 聖域十二宮の中の一つ、処女宮を守護する黄金聖闘士。
 乙女座・ヴァルゴのシャカである。

「シャカよ……お前に一人、聖闘士候補生を預けようかと思う」
「私に……ですか?」

 シャカがこの教皇の間に到着してからどれ程の時間が流れたのだろうか?
 流れる沈黙の中、教皇が口を開いてシャカに告げる。

「ロドリオ村の子供だが、周囲の者達の話では神童と呼ばれるほどに利発な子供なのだとか」
「ロドリオ村と言うと……先日慰労訪問の為に教皇自らが向かわれた時に――――でしょうか?」
「そうだ。その時にその少年と出会ったのだ。数年前にあの村へ行った時には、特に何も感じる事はなかったのだが……。あの子には普通の人間には無い何かを、今の私は感じるのだ」

 重く圧し掛かるような雰囲気を持って教皇は言う。
 瞬間、教皇の小宇宙が揺らぐようにシャカは感じたのだが、それがどういう意味を持っているのかまではシャカにも解らなかった。

「では教皇。貴方はその子供が聖域を――――引いては地上の平和と女神アテナをお守りする力となる……そう言われるのですか?」

「正直……それは解らぬ」
「?」
「私はその少年に『普通の人間には無い何かを感じる』と言ったな? だが、それが善なのか悪なのかまでは判断する事が出来なかった」
「という事は?」
「だからこそ、お前にその少年を託したいのだ。黄金聖闘士12人の中でも、最も神に近いとまで言われるお前に」

 つまりは『監視せよ』と教皇はシャカに言っているのだ。

 神童だなんだと言われるような子供は、それこそ世界中に掃いて捨てるほど存在する。
 『物覚えが良い』『口が回る』『芸術に秀でている』『発想がずば抜けている』考えればきりが無いだろうが、ようはらしく無い子供というのが世間では神童と呼ばれるようになるのだ。
 そういう意味では、シャカを含め他の黄金聖闘士達は紛れも無い神童であったと言える。
 だがそんな彼らの様な本物が、そうそう現れる事など有りはしないのだ。

 大抵は年齢の加算と共に、それらの能力などは平均化されていくものだ。

 ――――だが、そんな在り来たりな神童に、この教皇が何か特別なモノを感じるようなことなど有りはしないだろう。

「解りました。この乙女座・ヴァルゴのシャカ、その役目を心して承りましょう」
「そうか、お前にならば安心して任せておける」

 シャカは一礼してから立ち上がり、踵を返して教皇の間から出て行こうとする。
 だが出口に差し掛かったときその脚を止め、確認するかのように教皇に問いを投げかけた。

「ですが教皇……もし」
「……」
「もしその子供が意に沿わぬ場合は……?」
「無論、その場合は『残念』な結果――――という事になる」

 威圧するでも何でもなく淡々とした口調で言う教皇に、もはや小宇宙の揺らぎなどは感じなくなっていた。

 シャカはその教皇の答えに頷くと、

「畏まりました」

 と、一言だけ残してその場を去って行った。








[14901] 第3話 同期の人?……係わると自分にも死亡フラグが来る
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2009/12/29 13:34



 前回、師匠であるシャカの不興を買って五感の悉くを奪われてしまった俺だったが、幸か不幸かちゃんと朝にはシャカが元に戻してくれた。
 もっとも、眼が見えるように成った時に、周りに菊の花が添えられていたのは引いたけど……。

 五感を奪われるって凄い事なんですよ?
 何せ周りの事が解らないだけじゃなくて、自分が今どうなってるか解らないんだからな。

 例えば誰かが近付いてきて俺に何かをしたとしても、俺には何も解らないって事だ。
 無理矢理に変なポーズをとらせたって俺には解らないし、落書きされても解らない……。

 ……そう考えると凄く怖いな。
 何て事をしてくれるんだ、あの男は? 落書きされて無いよな俺?

 え? でもちゃんと元に戻してくれたじゃないかって?
 ……俺を元に戻したシャカが、開口一番に言った台詞を教えましょうか?

「何時までそうしているつもりだね? さっさと朝食の準備に取り掛かりたまえ」

 だ。



 第3話 同期の人?……係わると自分にも死亡フラグ来る




 朝食を食べ終えると、シャカは教皇に呼び出されたらしく教皇の間へと行ってしまった。
 たぶん、何かしらの任務でも言い渡されるのだろう。

 俺がそう思った理由は、実は聖闘士が教皇から任務を言い渡されるのは珍しい事では無いからだ。……まぁ、シャカが呼ばれたのは初めてだけど。
 地上の平和を護るのが聖域の勤めだとしても、其れをするのは人間なのだ。
 霧を喰って生きる訳には行かない、人を動かすには必要な物がどうしても出てくる。
 詰まりある程度の実弾――――要は金が必要になってくるのだ。

 聖闘士は時折、世界の要人警護や若しくは超常現象などに相対し、相応の謝礼を貰うといった事をしているのだ。

 もっとも、シャカの場合は要人警護などの任務を真っ向から拒否しているので(本人談)、する事といえば専ら超常現象専門だったりする。
 偶に出てくる化物や怪物を相手にしたりするらしいが……本当にそんなUMAが居るのだろうか?

 まぁ、聖闘士も化物と対して変わらないような奴等だしな。
 そういった意味ではUMAと一緒か……。

 しかしだ、そんなのは取りあえず如何でも良い。
 シャカが何処に行くのかは知らないが、恐らく数日は処女宮を空けることになるだろう。
 こういう時に息抜きでもしないとやってられないからな――――と思ったのだが。

《聞こえるかね……クライオス》

 と、頭の中に直接響いてくる声――――ってシャカ!?

「えーー……えぇ!? ちょっとシャカ、何処に隠れてるんですか!?」

 声はすれども姿は見えず。
 俺は突然の事でマヌケな返事をしてしまった。

《私は今、念話を使って君の脳に直接語りかけている》

 あぁ……テレパシーって奴ね。
 というか、脳とか言わないでくれ。何だか怖い表現だから。

「はぁ……シャカってそんな事も出来たんですね? ――――それで、一体なんですか? 教皇に不敬でも働いて投獄でもされましたか?」

 俺は驚かされた事への仕返しとばかりに嫌味を言って返した。
 本人が目の前に居ては言い難い事も、遠く離れた場所に居るのなら言いたい放題だ。

《私を、君如きと一緒にしないでくれたまえ。そんな事よりもだ……私は今日から数日間の間、この聖域を離れる事になった》
「あぁ……やっぱり任務を言い渡されたんですね。――――いってらっしゃい♪」

 予想通りの展開だ。
 と言うか、俺がこの聖域に来てから一度も任務を言い渡されていないのがおかしかったんだ。
 一つ前の宮に居るアイオリアなんて、しょっちゅう何処かに出かけているのに。

《随分と嬉しそうだな……?》

 俺が喜色を込めた声で『いってらっしゃい♪』と言ったのが気に入らなかったのか、シャカの咎めるような声が聞こえてくる。

「まさか! 折角修行にもメリハリが付いてきた所で、凄く残念に思ってるのに!?」
《……ならば私が戻ってくるまでの間、何時もの修練に創意工夫をして過ごすようにしたまえ》
「はーーーい♪」

 上手く誤魔化す事が出来たのだろうか?
 兎に角、シャカが聖域から離れてしまえばコッチの物だ。態々俺の生活態度を告げ口するような奴なんて居ないだろうから、
 何をしていたとしてもシャカに解るわけが無い。

 俺が今日を含めた暫定休暇をどうやって過ごすか考えていると……

《一応……念の為に言っておくが。私が近くに居ないと思ってサボろうなどと思わぬことだ。
 君が何をしているのか程度、私なら喩え地球の裏側に居たとしても感じる事が出来るのだからな》

 なんて、シャカの奴が釘を刺してきた。……でもなぁ、行くら何でも地球の裏側は言いすぎだろう。 

「――――またまた」
《冗談だと思うのかね?》

 ……一瞬、眼を見開いたシャカの顔が脳裏に浮かんだのは気のせいだろうか?
 底冷えするようなシャカの声に、俺の頬を冷や汗が伝う。

「冗談って訳ではなくて……そう! そんな心配は無用だと言いたかったんだ!!」
《……そうか、ならば私が帰ったときにそれなりの成果を期待したいものだな。せめて――――》
「…………え?」

 途中まで言っていた言葉が途切れ、シャカの声が聞こえなくなってしまった。

「せめて? せめての後になんて言おうとしたんだよ!? ちょっ……シャカ!! もしもし? もしもしーーーー!?」

 その後俺は、誰も居ない無人の処女宮で何度か声を挙げて呼びかけたのだが……当然のようにシャカからの返答は無かった。





 折角自主休暇を満喫しようとしていたのに、シャカの去り際の一言に怯えて修行をしている自分が居る。
 超過トレーニングを終え、昼食を取り、横になって寝たい所を堪えながら、現在は小宇宙の燃焼を行う修行だ。

 どうせ誰も来ないだろうと踏んで処女宮の前に座り込み、結跏趺坐の姿勢を保ちながら瞑想をする。

 眼を閉じて、深く、深く……自分の中を探っていくように意識を身体の内側へと向けさせる。

 自分の心と向き合い、意識を手にし、操る。

 小宇宙の燃焼―――――

「燃焼……――――出来ねーーー!!」

 誰も居ない虚空に腕を振るい、反応の返ってこない突っ込みを入れる。
 聖域に吹く風が少し冷たいと感じるが、今はそれ以上に俺の心が理不尽さに憤っている。

「少しは出来そうな気がしたんだけどな……」

 とは俺の呟き。

 実の所、昨夜シャカに五感を奪われて放置されたのが切っ掛けだったのか、俺は『小宇宙とは何ぞや?』という事が少しだけ理解できるようになったのだ。人間は考える生き物だからな、視る、聴く、嗅ぐ、話す、感じる等の感覚を削られた状態では、其れこそ考える事しか出来ないだろ?
 だからなのだが、昨夜は只管に自分の意識に向き合うと言った事をただ延々と繰り返していた。
 それが功を奏したのか、自分の中にある暖かい種火のような存在に気が付く事が出来たのだ。

 もっとも、それに対して如何こうする前にシャカに叩き起され、朝食の用意をさせられたのだがな……。

「しかし……俺が小宇宙を認識する切っ掛けになったのが五感剥奪だとすると。『天舞宝輪』を使えば結構みんな小宇宙に目覚めるんじゃないか?」
 注:普通は廃人になります

「まぁ、それは如何でも良いか……どうせ聖闘士になる奴等は放って置いても成るだろうし。
 そんな事よりも俺の自身の事だ、シャカがどの程度の成果を期待してるのか? ってのが解れば良かったんだが」

 一応先日の分も含めて考えるなら、シャカは俺にさっさと小宇宙に目覚めろ的な事を言っている気がする。
 だったら最低のボーダーラインが小宇宙に目覚めるに成るんだが……。

「『自分の内に燃える物を感じます』――――ってんじゃ駄目だよな……やっぱり」

 『そんな事は初歩の初歩だ』とか言って来そうだし……な。
 いや、むしろ『今まで感じる事も出来なかったのかね?』とか言ってくるかもしれない……。

「あれ? もしかしてコレって王手が掛かった状態なのか?」

 前に聞いた話だと、聖闘士候補生がまともに故郷の地を再び踏む事の出来る確率は、千人に一人とか聞いた気がする。
 最終試練で命を落とす奴も居れば、その前に修行で命を落とす奴、師匠の虐めで死ぬ奴も居る筈だ……。

 つまり――――

「シャカが帰ってくる前に小宇宙の燃焼を出来るようになっておかないと……最終試練や修行云々の前にシャカに殺されるのでは?」


『何時まで経っても芽の出そうにない種に、延々と水をやり続けても仕方があるまい?
 このまま腐ってしまう可能性があるのなら……せめて私の手で摘み取ってやるのも、また慈悲と言えることかもしれん』

 脳裏に浮かぶシャカの声と顔。
 俺はそれに苦笑いを浮かべ……

「ハハ――――……笑えねぇ」

 幾らなんでもそんな事を無いだろう……と思いつつも、絶対に無いとは言いきれそうに無い。

 だってシャカだもん。

「兎に角、修行だ修行!! ……とは言え、このままじゃジリ貧な気もするな。何か、何かもう一つ切っ掛けでもあれば言いんだけど」

 俺は、勝手に想像したシャカによる殺戮劇に恐怖を覚え、修行を続けようと思ったのだが、
 どうにも此の侭では上手く行かないのでは? と、思い始めていた。
 そもそも俺は仏教徒ではない――――筈なのだ。まぁ日本人は殆どが寺での埋葬だから、そういう意味では仏教徒と言えなくも無いが、
 シャカの様に禅を組んで如何こうと言うのは、今の俺にはハードルが高すぎるのではないかと思う。


「また一人で悩み事か? ……お前もよくよく飽きないなクライオス」
「!? お前は――――」

 突然掛けられた声にビクッと身体を震わせ、俺は声のした方に顔を向けて一声……その後数秒間停止した。
 そして眉間に皺を作って嫌そうな表情をめい一杯浮かべてから一言、

「……カペラ?」
「何で疑問系なんだよッ!?」

 其処には修行時代の星矢と同じ様な、みすぼらしい格好をした一人の少年が立っている。
 御者座を守護星座に持つ(本人はまだ知らない)、将来の白銀聖闘士"カペラ"だ。

 実はコイツ、現在の俺の『同期』で前述の通り将来的には白銀にまで上り詰める一応は優秀な男なのだが、原作では一輝に幻魔拳一発でやられてしまう為、どうにも良いイメージが湧かない男なのだ。
 まぁ聖闘士の癖にと言うか、白銀聖闘士の癖に武器(ソーサー)を使うような奴だからな、其れも仕方が無いのかもしれない。

 さてこのカペラ――――に限った事ではないが、ギリシアで修行している同期の連中は、何故だか知らんがこうして良く絡んでくるのだ。

 ……まぁ男限定だけど。

 原作での星矢は、如何やら生まれが日本だからって事で同期連中(カシオス等)から蔑まれていたようだ。

 とは言え、向こうが近付いて来るからといって俺も仲良くしたいかと言うと、決してそんな事は無い。

 俺としてはコイツと仲良くしてると将来死亡フラグが立ったりするのでは? と思ってしまい、どうにも積極的に係わろうという気が起きないのだ。

 なので――――

「何だよ? 何しにきたんだよ……。つか、帰れよ」

 と、
 俺の対応もかなりぞんざいに成っている。
 正直、余り褒められた対応の仕方ではないと自分でも思っているのだが、日頃シャカの虐めにストレスを溜めている俺としてはコレが精一杯だ。

「……お前さ、そういう態度って良くないよ? 仮にも同期なんだぜ俺たちって」
「そーですねー」

 だから、其れが嫌だと言っている。

 カペラの言う言葉に、俺は本日数度目の苦笑いを浮かべた。

 所で皆さん知ってますか? ビジュアル系の白銀聖闘士って、みんなギリシア以外の他所の国が修行地なんだよ。
 蜥蜴星座(リザド)のミスティとか、ペルセウス座のアルゴルとかさ……。

 ギリシアで修行をしてるのって、今現在を例に挙げるのなら魔鈴とかシャイナとかの紅二点。
 男は今此処に居るカペラを始め、ヘラクレス座のアルゲティ、巨犬座(カニスマヨル・大犬座とも言う)のシリウス等だ。
 顔が解らないって人はググッて下さい。

 しかもどういう訳か――――

「それじゃあ、その同期さんは一体何をしに此処まで来たんだよ?」
「いやー、俺は今日休暇なんだけどさ、人伝に今日はシャカ様が居ないって聞いてな、それならお前も休みだろうって思って遊びに来たんだ」

 このように、男連中から不思議と慕われている俺です。子供のときから異様に身体の大きいアルゲティも、態度のでかいシリウスも、揃いも揃って休暇の時は俺のところにやって来ている。

 正直嬉しくないです。

 俺としては、『コレは将来的に、星矢達青銅組にやられる布石なのかな?』とか考えてしまう。

 どうせ来るなら魔鈴とかシャイナに来て欲しい!

 もっとも、そんな心の叫びが具現化されることなど有る訳が無いので、目の前の事にちゃっちゃと対処をする。 

「お前はそうでも、俺は休みじゃねーよ。今日もキリキリ修行中なんだよ」
「そうなのか? 俺には胡坐を組んで休んでるように見えたんだけど――――」
「修行なんだよ! 結跏趺坐を知らねーのか貴様は!!」
「……わ、悪い。知らなかった(けっかふざって何だ?)――――でもよ」
「あ?」
「そ、そんな睨むなよ……。悪かったって言ってんだろぉ……」

 続けて何かを言ってこようとするカペラに、ギロリと睨んで返す。
 正直、聖闘士になった後のカペラにだったらこんな事出来はしないのだろうが、今は同じく候補生だ。
 普段からシャカに苛められている俺に、怖い物など早々無い。

「大体だな、お前等は何かと言うと直ぐに俺の所に来るんじゃねーよ。アルゲティの所にでも行けば良いだろうが?」
「んな事言ってもさ……アイツ直ぐに『修行だ……グフフ』とか言って、俺を投げようとしてくるんだぜ?
 お前が居ない時のアイツの暴走っぷりを見せてやりたいよ」
「そんな物に興味は無い」
「うぅ……」

 姿勢を正して再び結跏趺坐の姿勢をとって言う俺に、カペラは不貞腐れるような呻き声を挙げた。
 因みに、アルゲティの名誉の為に言っておくが、アイツは別に乱暴者って訳でも何でもない。純粋に、人を相手に修行をしたいと言うだけなんだ!!
 
 ……なんで俺がフォローをしてやらねばならんのだろうか?

「……あぁ、もう良いや。
 カペラ、お前は今日一日俺の修行を手伝え」

 うじうじと所在無さげに佇んでいるカペラに俺は頭を掻きながら言った。
 その俺の言葉にカペラはパッと笑顔に変わり、トコトコと俺の方へと歩み寄ってくる。

 ――――可愛くない。

「手伝いって……一体何をさせる気なんだよ?」
「小宇宙を燃焼させる修行だ。俺はここで結跏趺坐の姿勢のままで居るから、お前は少し離れた所から、そこらに有る石を思いっきり投げて来い」
「石!? 当たったら怪我じゃすまないぜ?」
「コレは、シャカの真似をしてみようって試みなんだよ。飛んできたモノを、小宇宙を爆発させて防ぐっていう」
「……はぁ?」

 如何やらカペラには今ひとつ意味が解らないようだが、俺が言ってるのは冥王十二宮編で、サガ、シュラ、カミュの三人の攻撃を防いだあの防御陣の事だ。あの『カーン!』ってやつ。俺は其れを真似て、カペラの投げる石を弾いてみようと言っているのだ。

「良く解らないけど……そんな事できるのか?」

 と訝しげなカペラ。
 ――――そりゃ確かに、普通に考えたらそんな事出来る訳がないだろう。

 作品中だってポセイドンやハーデスなどの神、それにシャカクラスの聖闘士しかやっていないのだ。
 それを、小宇宙もまともに燃やせないような俺に真似出来る訳が無い事くらい良く解っている。

 とは言っても、其れとは別に『もしかしたら……』何て気持ちも持ってしまっている。

 小宇宙の第一段階はその存在を認識する所から始まる。

 幸いな事に――――いや、この場合は不本意な事のついでにか?……まぁどっちでも良いが、俺はその第一段階を通過する事に成功した。
 午後になってから俺がやっていた事は、その次に段階である小宇宙の燃焼になるわけだ。

 でだ、ここで少し星矢達の事を思い出して欲しい。

 『負けるものか……こんな所で。今こそ究極にまで高まれ――――燃えろ! 俺の小宇宙ーー!!』

 ってな具合だ。
 つまり、『追い詰められれば追い詰められるほど、小宇宙は燃焼され易くなるのでは無いのだろうか?』との仮説をたてたのだ。
 まぁ『追い詰める=石を投げる』と言うのは、星矢達と比べると非常に格好が悪いとは自分でも思うのだが……。

 でも仕方が無いだろ?

 ギャラクシアン・エクスプロージョンを食らって生きていられる自信なんか、今の俺には全く無いんだからな。

 俺は悩んだ表情をしているカペラに向き直って、少し威圧するような態度で口を開く。

「出来るかどうか解らないからやるんだよ」
「??……はぁ」
「その、気の無い返事は止めろ。兎に角やるんだよ、コレはお前の将来のためにもなる修行だぞ?」
「将来? 何で、成らないよ」
「絶対なる。其れも聖闘士になった後にな(主にソーサーを投げるのに)」
「でも、聖闘士って武器を使わな――――」
「細かい事は良いから、やるのかやらないのかをハッキリしろ。……やらないのならアルゲティの所にでも行ってしまえ」
「わ、解ったよ、やるっての……だからそんなに睨むなよぉ……うぅ」

 冷たく言った俺の言葉に、カペラは半ばベソを掻きながら従った。
 そして近くに転がっている石を幾つか拾うと、トコトコと歩いて指定した場所まで歩いていく。

「そんじゃ行くぜ…………」
「あぁ」

「本当にやるぜ?」
「……あぁ」

「…………怪我しても怒らないよな?」
「良いから早くやれ!」

 何時まで経っても投げようとしないカペラを怒鳴りつけると、カペラはビックっと身体を振るわせた。

「解ったよ、今投げるよ――――せーの……セイッ!」

 まるで野球の投手がするように、大きく振り被ってから石を投擲してくる。
 流石はカペラも修行をしているだけの事はあって、それなりの速度持っている。

 だが! 常にシャカの動きを視ている俺には何てことは無い!!

「それで全力か! 遅すぎる!!――――カーン!!『ゴヅンッ!』グガぁ!?」

 一直線に飛んできた石が……ものの見事に俺の額に直撃した。
 目の前がチカチカする……。

 俺は数年前に水瓶で頭を割られた時のような衝撃を受けて、その場に倒れ込んだ。

「――――お、オイ! 大丈夫かよ!!」

 狼狽したような声で近付いてくるカペラ。
 心配してるんだろうな、多分。

 だったら成るべく『普通』に接してやろうじゃないか。

「……あぁ、大丈夫だよ。血が出るほど痛いけどな!!」

 ブン!!

 と、起き上がったのと同時に拳を振ってカペラに殴りかかる――――が、元々当てる積りは無いのであっさりと避けられた。

「うわっ!? 何するんだよ! 怒らないって言ったじゃねーか!!」
「言って無い。そんな事は一言も言って無い」

 読み直してみてください。
 俺は、早くしろとは言ったけど、怒らないとは一言も言っては居ないのだ。

「理不尽だそんなの!」
「ほー……理不尽なんて言葉良く知ってたな? でも、世の中なんて理不尽な事ばかりだぞ?」
「だいたい! 俺は危ないって言ったのに、それでもクライオスがやれって言ったんじゃないか!」
「……む? 痛いところをついて来る」

 何時もはこうして適当に言葉で言いくるめてやれば終わるのに、今日は多少の知恵が回るようだ。

 とは言え、元々殴る積りは更々無い。
 ちょっとしたスキンシップという奴か? 主に俺の精神衛生の為のだが。

 だから俺は顔では顰め面をしては居たが、心の方ではニコニコと哂って(誤字ではない)いた。

 だが、カペラの次の言葉にそのニコニコに罅が入る事になる。

「――――だから今回のその怪我は、どう考えても自業自得だろ馬鹿!!」
「は?」

 聞き捨てなら無い単語が耳に入り、俺は顰め面を更に歪めて聞き返した。
 俺の耳は眼とは違って人並みなので、もしかしたら聞き間違いをしたのかも知れない。

「……なんだって?」
「馬鹿って言ったんだよ馬鹿野郎!!」

 顔を真っ赤にしながら言うカペラに、俺はふつふつと怒りを溜めていく。
 如何やら聞き間違いではなかったらしい。

 しかし相手は子供(自分も見た目は子供だが)、この程度の事で目くじらを立てる訳には――――

「そもそも何が『遅すぎる』だ! 遅いのはクライオスの動きの方じゃねーか!!
 俺が投げた石は直撃で喰らってるし、さっきのパンチだってヒョロヒョロだったしな!!」
「ヒョロヒョロ?」

 確かに石を直撃で喰らったのは俺の落ち度でしか無いが、その後の拳はわざと軽く出したんだぞ?
 それを――――

「シャカ様の弟子なんてやってる癖に、あんな事しか出来ないなんて……よっぽど楽な修行しかしてないって証拠だ!!
 現にさっきまでだって座ってただけだしな!!」

 コイツは何て事を言うのだろうか?

 きっと感情に任せて言っているのだろうが、それでも俺の修行が楽だと!?

 俺が今までに何回死に掛けたと思ってるんだ!!

 大体だな、日々の修行にしたって文章にすると『筋トレを千回単位でやります』で済むが、実際はそんなに簡単なものじゃ無いんだぞ!?
 お前も、一度くらいは五感剥奪をされてみれば良いんだ。
 そうすれば俺がどんなに危険な位置にいるのか解るというのに……それを――――

「ハハハハ、座ってただけ……楽な修行か――――全然楽じゃねぇよ!!」

 グバァン!!


 怒りに任せて振るった拳が予想以上の破壊力を持って、処女宮の入り口を粉砕した。

 やった本人である俺も、また見ていたカペラも言葉を失ってしまう。

『小宇宙とは強い心を持って制御し、行使するものだ』

 怒りに任せて振るった拳がその切っ掛けって……おぉ! なんだか一輝みたいだ!! 何だか違う気がするけど。

「……クライオス、お前」
「フフフ、礼を言うぞカペラ。お前との騒ぎを切っ掛けに、俺は聖闘士として次の段階に進む事が出来たのだからな!」

 よもやこんな方法で小宇宙の扱いを身に付けるとは……。
 見ろ! 未だ不安定では在るが、確かに俺の体から燃え上がる小宇宙が感じる筈だ!!

 シャカが帰ってきた時が見ものだな。
 新たに進化を遂げた俺を見て、驚きの声を挙げるが良い!!

「ふははははは――――」
「いや……それは良いんだけどさ」

 俺が喜びに笑い声を挙げていると、不意に其れを遮るようにしてカペラが口を挟んできた。

「――――なんだよ、良い気分の所で口を挟んできて」



「いや、それ……良いのか?」
「それ?」

 と、カペラの指の先には『俺が破壊した』処女宮の入り口が映っていた。

 床には大穴が開いており、柱は数本が崩れ天井も幾分欠けてしまっている。見ると良く見ると、決して小さくは無い罅がそこら中に走っていた。

「……え? これって俺の所為なの?」
「…………」

 俺の質問にカペラは答える事はなく、代わりに崩れ落ちた処女宮の破片が音を立てて返事をするのだった。

 因みに、帰ってきたシャカの反応はというと。

 ver小宇宙を燃焼して見せたとき。

「ほう……遂に此処まで辿り着いたか。私の教えも無駄ではなかったという証明だな」

 と微妙に褒めて(?)くれた。

 続いてver崩壊した処女宮の入り口付近。

「……随分と前衛的な改装したものではないか? クライオス」

 単純に怒声を浴びせられるよりずっと怖かった……。
 まぁ、浴びせられた事なんて無いんだけどさ。いつもこんな感じだから。

 一応言っておくと、この後は当然のように酷いめにあいました。具体的には『天空破邪魑魅魍魎』








[14901] 第4話 修行の一コマ、取りあえず重りから
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/01/06 00:01
 今回は獅子座の黄金聖闘士、アイオリアが登場します。
 とは言え、アイオリアが少し残念な人に成ってるかも知れない。

 それでも良いよって人はスクロールして読んでくださいね。







『勝者、クライオス!』

 名前も知らないモヒカン刈りの男が、俺の目の前で痙攣しながら倒れ込んでいる。
 奴もこの日の為に相当の準備をしていたのだろうが、相手が俺だったのが運のつきだな。

 周りからの喝采を浴びながら悠々と試合場を後にし、教皇の下へと歩いていく。

「良くやったな、クライオスよ。お前がこの聖域に来てからまだそう時間も経っていないと言うのに……良くぞ其処まで己を鍛えた」
「いえ、全てはわが師シャカの指導の賜物です」

 恭しく頭を垂れて、笑顔を称えながら教皇の言葉に俺は答えていく。
 その間も周りからの歓声はやむ事は無く俺はニヤケだしそうな顔を、必死になって押しとどめていた。

 だが、だが……これで俺も晴れて聖闘士として認められるのだ。
 喜ぶなと言う方が無理という物だ。

「謙遜する事は無い、お前は自らの力でこの勝利を得たのだからな。――――さてクライオス、お前には神話の時代より受け継がれし聖衣を授ける」
「はっ!」
「受け取るが良い……今日からお前は雷電聖闘士だ」
「…………は?」

 妙な言葉に俺は目をパチクリ、パチクリと瞬かせてしまう。当然、さっきの『…………は?』と言うのは返事では無い。
 『何言ってるんですか?』という類のものだ。

 だって雷電聖闘士ってなんだよ?
 炎熱とか水晶とかと同じパチモノ? ……俺の仕事は「むぅ……あれはまさしく――――」とかの解説キャラか?

 いやいや落ち着け俺。
 幾らなんでも、そんな恐ろしい結末なんて有る筈は無い。世の中は理不尽だらけだとしても、こんな理不尽は認められない。

「教皇、その……もう一度良いですか?」
「今日からお前は雷電聖闘士だと言ったのだ」
「えぇっ! 冗談じゃないの!?」
「そして、コッチが今日からお前の上司になるギガース参謀長だ」

 俺の言葉を無視するようにして話を進める教皇、そしてその教皇の言葉に従うように目の前に現れた一人の老人(?)

「儂がギガースだ、これからしっかりと働くんだぞ」

 二カッと悪人のような笑みを浮かべている髭面の人物に、俺は数歩後ず去った。

 そ、そんな……そんな馬鹿な。
 なんで? なんでよりにもよってこんな事に? そもそも俺は電気なんて出せないってのに。

「うそだーーッ!?」
「嘘ではない」
「本当じゃ」

 俺の嘆きに非情にも追い討ちを掛けてくる二人。
 俺には出来るのは涙を堪えて、ただただ拒否の姿勢を見せる事だけだった。

「い……いぃ、いや「喧しい」――――ぐぇ!?」

 『メシリ…』と
 嫌な音が耳に届き、シャカの足が俺の身体を踏みつけている。

 って、シャカ?

 俺はガバっと跳ね起きて周囲に視線を巡らした。

「……此処は?」
「日も昇らぬ朝のうちから何を騒いでいるのだね、君は?」

 見ると周りに教皇など何処にも居ない、勿論ギガースも居ない。
 視界には住み慣れた処女宮の部屋が映っている。

「夢?」

 オチ?

 『何ともベタな』と思わなくも無いが、夢でよかったと本気で安堵の溜息を吐いた。

 いや、水晶とか炎熱とかが駄目ってんじゃなくてさ。正直な所、俺としてはそういったのは有り得ないだろ? というか宜しくないと思ってると言うか……

 あれ? 結局それって駄目って事なのでは……?

 兎も角、こんな悪夢から救い出してくれたシャカには万感の感謝をしなければ。

「……うぅ、ありがとうシャカ。貴方は感謝をしてもし足りないよ」

 出来うる限り敬いの心を込めて、俺はシャカにそう言ったのだが。

「何を今更、そんな解りきった事をわざわざ言っているのだね?」

 残念ながらシャカには俺の思いは届かなかった。




 第4話 修行の一コマ、取りあえず重りから




「何ものをも切り裂く大いなる聖剣――――『エクスカリバー!!』」

 バゴォン!!

 掛け声と同時に振り下ろした俺の手刀が、目の前にあった岩を粉々に粉砕する。
 一般人や聖闘士候補生から見れば拍手を貰えそうな光景なのだが、俺からすればとても拍手などは送れない。
 何故なら、とてもでは無いがお世辞にも切り裂いているとは言えない状況だからだ。

「ふー……コレも駄目か」

 そう言いながら、俺は懐からメモ帳を取り出して『エクスカリバー』と書かれているところに斜線を引いていく。
 今日はシャカにしては大変珍しい休日である。
 俺はその休日を利用して『折角小宇宙の燃焼が出来るようになったのだから――――』と、黄金聖闘士の技を真似ている最中だ。

 因みに、

 グレートホーン、スカーレットニードル、スターダストレボリューション、盧山百龍破等を試してみたのだが……。

 グレートホーン→只の押し出し突っ張り。

 スカーレットニードル→岩に穴が開くが如何見ても『針の穴ほどではない』

 スターダストレヴォリューション→そもそも使えなかった。

 盧山百龍破→上に同じ

 と言うように燦々たる結果になった。
 まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが……。

「これは一先ず、流星拳とかライトニング・プラズマみたいな殴る系の技でお茶を濁すか……?」

 呟くように俺はそう言ってから、少しばかし考える。
 で――――それでも良いかな、と思う。

 正直、小宇宙を燃やせるようになったからって、行き成り黄金聖闘士の真似をするなんてのは調子に乗り過ぎだしな。

 一先ずは殴る系の技を鍛えて、将来的にライトニング・プラズマみたいに成る様に日々練習をする。
 んで、後は小宇宙を爆発させて攻撃する技を覚える為に、シャカの使っている『天魔降伏』のやり方でも教えてもらえば良いや。

 で、そうやってある程度形が出来たら、少しづつアレンジを加えていくという方向で――――




「行こうと思ったので、俺にライトニング・プラズマを教えてくれ」
「…………」

 俺は一つ前の宮、獅子宮に居るアイオリアにそう願い出た。
 やはり真似るのなら本物を目にしてから、更に言うのなら本人に教わった方が良いだろう。

 さてそのアイオリアだが、何故だかかなり渋い顔をして俺の事を睨んでいる。
 これはあれか? 礼儀がどうこう言う事か?

「――――教えてください?」

 俺は首を傾げながら言い方を変えて言ってみた。

「口調なんてのは、別にさっきのようなのでも構わない。
 ――――構わないが……何故俺に教わろうとする? お前はシャカの弟子なのだろう? だったらシャカに訪ねるのが筋じゃ無いのか?」

 と、アイオリアが口元を摩りながら訪ねてきた。
 どうでも良いけど、どうにも仕草が11歳には見えないなコイツも。

 俺は一呼吸おいてから、アイオリアの質問に応えるべく口を開いた。

「それはほら、シャカは光速拳を使え――――るけど滅多に使わないでしょ?
 技だって『六道輪廻』とか『天魔降伏』とか『天空覇邪魑魅魍魎』とか『天舞宝輪』とか……
 とにかく、直接蹴ったり殴ったりな技って使わないからさ、修行自体がどうしてそっち方面に偏ってる気がするんだよ。
 だから教えてくれって言っても参考に成りにくいんだよね。
 それに黄金聖闘士の中でも、普通に光速拳を技として使用してるのってアイオリアだけでしょ。だから――――」

 と、俺はそこ迄言ったところで口を止めた、何故なら目の前に居るアイオリアが眉間に皺を寄せて微妙な顔をしていたからだ。

 なんだ一体?
 俺は何か妙な事を言ってしまっただろうか?

「お前……良くシャカの技をそこ迄知ってるな? 俺達黄金聖闘士でさえ他の聖闘士の技は知らないことが殆だって言うのに」

 そっちか!!

 ってか、あれ?
 黄金聖闘士の人達って他の連中の技知らないの?
 冥王十二宮編でシャカが『既に知っているだろうが、天舞宝輪は――――』って言ってたのに。
 つまり、まだ時期的に知られていないって事か……。

 えぇっとフォローフォローと。

「それはまぁ――――弟子ですから」

 俺は視線をアイオリアから逸らして、遠くを見つめながらそう言った。
 こういう態度は自分で怪しいと思うけどね、まぁアイオリアはこう言っておけば――――

「まぁ良いか……」

 大丈夫だった。

「ところでだ、俺はお前に技を教えるのは正直構わんと思っている。
 だが、その事をシャカは知っているのか?」
「あ、それなら問題ないよ。前に休日の日は好きに過ごせって言ってたから」
「それは少し――――まぁ良いか」

 多分一瞬『意味が少し違うのでは無いか?』と思ったのだろうが、元来の性格か再びあっさりと納得してくれた。

 コレで良いのか黄金聖闘士?

「では今から、お前にライトニング・プラズマを教えてやる」
「はーい」
「……最初にお前の実力の程を知りたい。まずは全力で小宇宙を燃やしてみせろ」

 「了解」と一言口に出してから、俺は自身の小宇宙を燃やしていく。
 これがアニメのワンシーンだったら、何かしらの効果音とかBGMが流れるところなのだろうが……。
 残念なことに現実にそんな事が有る訳も無く、俺は無言のまま小宇宙を燃やすことになっている。

 そうして小宇宙を燃やして30秒ほどか?
 黙って見ていたアイオリアが徐に口を開いてきた。

「クライオス、お前がシャカに師事して一年、その期間でそれだけ小宇宙を燃やせるように成った事……正直驚嘆に値する。
 だが、ハッキリ言おう。
 ……お前ではライトニング・プラズマを使うことは出来ない」
「えぇッ!? どうして!」

 俺はその言葉に声を上げてしまった。
 何せ、俺では『連続で突きを放つ技』も使えないと言われたのだから。だが、

「今のお前では、光速拳を放つなど不可能だからだ」
「……はぁ?」

 続いて言われたアイオリアの言葉に俺は暫し硬直した。

 光速拳ですか? しかも今ですか?

「良いか? 聖闘士の闘法とは、その内なる小宇宙を燃やすところにある。
 普通の人間が持っている五感、そしてそれを超えたところに有る六感……これが小宇宙だ。
 だが光速の動きを身につけるにはその更に上、第六感を超えた究極の小宇宙、第七感『セブンセンシズ』に目覚めなくてはならない」
「…………」
「自分に何が出来るのかを考え、それを実践に移そうとする心構え……それ自体は評価に値する。
 だが哀しいかな、今のお前ではそれをするだけの『力』が無いのだ」

 つまりアイオリアはどういう訳か、俺が『ライトニング・プラズマを教えてくれ』と言った言葉を、
 『ライトニング・プラズマを使えるかどうか見てくれ』と勘違いしたと言うことだ。

 ……どう聞いたらそう勘違いするのだろうか?
 俺の発音が悪かったか? 一応、今の俺は生粋のギリシア人なんだが?

「アイオリア違う、そうじゃ無いから。
 俺だっていきなり『むぅ……幾つもの閃光が走ったと思えば――――』みたいな事が出来るとは思ってないから」
「……そうなのか?」
「当たり前でしょう。ってか、俺の回想シーンの話を聞いてた?」

 そう言うと、アイオリアは「む……」と呻くように言葉を漏らしてから腕組をする。

「うむ聞いてはいた。
 要は強くなるために技を見に付けようとしている――――と判断したのだが? 間違ってたか?」
「……いや、まぁそれでも良いけどね」

 俺は溜息を付きたい気持ちを必死で押さえ、かろうじてそう言った。

「……解った。詰まりは、光速拳を放つことが出来るように成るまで鍛えて欲しいと言うことか?」
「……えぇまぁ(初めからそう言っていたつもりだったんだけど……大丈夫かこの人?)」
「そういう事なら任せておけ。幸いシャカの許しも出ているようだしな。
 しかし――――俺はシャカのように甘くは無いぞ」
「え?(アレよりもキツイの?)」

 勘違いや失敗も何のその、アイオリアは笑顔で俺に脅しをかけてきたのだった。




「アイオリア……何コレ?」

 現在の俺の状況。
 怪しい重りを両腕と両脚に二本づつ巻き付けられており、それがやたらと重過ぎるためまともに動けない。

「俺が特注で作らせた重りだ。一つ20kgだから、合計…………120kgある」
「160kgだよ……」
「ふむ……まぁ、細かい事は気にするな。100kg以上だと言い直せば同じだ」
「8歳の子供に、腕一本で40kgとか無茶苦茶だと思わないの?」
「俺も昔やったことだ」
「またその理論か……腕が千切れそうなんだけど?」
「安心しろ、俺は千切れ無かった」

 俺は小宇宙を高め、何とか身体を支えながら、

「……黄金聖闘士ってこんな連中ばっかりなのか?」注:恐らく人選ミス

 等と思っていた。

「さぁクライオス! 小宇宙を高めて拳を放って見せろ!! お前の拳の速度を俺が見届けてやる!!」
「はいはい……やりますよっと――――そりゃあ!!」

 やる気満々なアイオリアに一抹の不安を感じながらも、俺は言われたとおりに拳を繰り出していく。

 おぉ!?
 これは結構早いんじゃないか? こんな重りを付けた状態でこんな馬鹿みたいな拳を繰り出せるとは。
 秒間100発以上は確実に出ているぞ!? もしかして俺は、途轍もなく才能溢れる人間なのではないか?

 これなら重りを外せば――――

 その瞬間、俺の顎先を何かが下から上へと打ち抜いた。

「ゴハッ――――!!」

 そして訳も解らずに車田落ち(要は頭から地面に落下)を決めてしまっている。勿論、その際に地面砕いて中にめり込む事も忘れない。

 何だ? 何が起こった?

 突然のことに、俺は訳も解らず混乱していた。
 そして何とか倒れる身体を奮い起こし、めり込んでいた地面からはい出てくると、そこには腕を上に向かって振り上げているアイオリアが立っていた。

 結論:アイオリアが俺に一撃を見舞いました。

「一秒間に210発……遅い! 遅すぎるぞ!! そんな事ではライトニング・プラズマを身につける事など夢のまた夢だ!!」

 との事だ。
 どうやら俺の放った拳の速度に不満があったらしい。
 だが、それには俺の方だって異議ありだ。

「い、いや……一秒間に210発ってもの凄く早いでしょ? しかもこんな重りつけてるんだよ?」

 と、言う事だ。
 聖闘士として星矢が認められた時、アイツは秒間85発の拳しか繰り出していなかった筈だ。
 それを考えるのなら、俺のこの拳速は決して遅くは無いはずだ。

 それ所かむしろ早すぎる位の筈。

「確かにお前が目指すものが音速の拳、つまりは青銅レベルであるのならそれでも良いだろう」

 えっ秒間200発って青銅レベルなの? 注:既に白銀に片足を突っ込んでます。

「だがお前が目指すものは数百や数千ではまだ足りない、秒間億の拳を放てるようにならねば成らぬのだ!」
「いや、確かに光速拳を目指すのならそうだろうけど、今現在は無理だって――――」
「さぁ立てクライオス! 今日一日をかけて、この俺がお前を一人前の聖闘士に育て上げてやる!!」
「一日って……幾ら何でも一日じゃ――――」
「言い訳など聞かんぞ。そんな奴は聖闘士として……いや、男として認めん!!」
「えぇーーーっ!?」

 アイオリアの無茶ぶりに、俺の非難めいた声が辺りに木霊した。

 その後俺は、休日を丸々一日使ってひたすらに拳を振るっては光速で殴られると言う時間を過ごすことになった。
 顎が痛いよ……。

 一応何度か防ごうとは思ったのだが、全くの無意味。気づいた時には既に俺は空を飛んでいるのだから……。


 今日の成果→拳速が3倍近くに上がった。

 今日の教訓→人選の大切さを身を持って知ることが出来た。
          聖闘士にも初等教育が必要だと本気で思った。


 因みに、アイオリアの扱きが終わった後の彼の台詞

「むぅ、今日一日では無理だったか……だが安心しろクライオス。次のお前の休日には、俺がまた直々に稽古をつけてやろう」

 ロックオンされた。

 更に俺が傷ついた身体を引きずって処女宮に帰った際に、出迎えたシャカが言った台詞。

「随分と遅かったな? 既に夕餉を済ませた私は湯浴みに行くが、お前は『食器の片付け』をしておきたまえ」

 でした。







[14901] 第5話 聖闘士候補生のときって……適用される?
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/01/08 17:25




 毎日をシャカによる地獄のような修行の日々で過ごし、偶の休みをアイオリアによる苛めのような特訓で過ごしているクライオスです。

 前回のアイオリアによる稽古と言う名の苛めの後、何処でどう嗅ぎつけるのか? アイオリアは俺が休みの日に成ると必ず処女宮まで迎に来るようになった。

 勿論その獅子座の奇妙な行動に、

「これはどういう事だね? クライオス」

 と、シャカが冷ややかな声で聞いてきたのは当然と言える。

 まぁ一応その時に『拳速を上げるためのコツを教わってるんです』と説明をし、シャカに納得をして貰っている。
 とは言え……簡単に納得しすぎな気がするので、少しばかり怪しいとは思うのだが……。

 しかし、お陰でメキメキと力をつけているのもまた事実。
 そして同時に、いや『それ以上の速度で身体が壊れているのではないか?』と思ってしまうのもまた事実。

 ……あれ? 今になってふと思ったんだけど、今の俺って休みが無いのか?


 さて、アイオリアに稽古を付けてもらえるようになってから暫くして、師匠であるシャカがこんな事を行ってきた。

「クライオス、今日から君は全ての修行を眼を閉じた状態で行いたまえ」

 話せば少し面倒になるが……要は自らの五感の一つを絶つ事によって、より小宇宙を燃焼させるための行為だ。
 シャカが常に眼を閉じてるのもそういった理由だが、それを俺にもやれと言うことらしい。

 何でもシャカ曰く、

「身体の動かし方はアイオリアに任せる、私の修行は小宇宙を高める事にのみ特化させよう」

 と言うことらしい。

 そして修行の内容もそれに連れて変化した。
 今まで午前中に行われていた説法が無くなり、その時間も含めて坐禅を行う。そして筋トレの間も眼を閉じて行い、その後に行う『その日の修行(前までは小宇宙を感じさせるための修行だった)』も眼を閉じて行うのだ。

 この中で一番辛いのは、相変わらず『その日の修業』だ。
 眼を閉じての修行を行うようになってからと言うもの、その内容は日々過激さを増していった。

 最初の内はまだ良かった。

 何処から連れてきたのか知らないが、他の雑兵の方々との組み手をするだけだったからだ。
 まぁそれでも最初の内は一方的にボコボコにされたけど……。
 『見えない』ってのは予想以上にハンデに成っているのですよ。

 とは言え、それにも慣れてくると次の段階へと移行した。

 その後は禅を組んだ状態でいつ飛んでくるか解らないモノを受け止める修行とか(結局飛んできたのは矢だった)、
 目の前の人物がどんな格好をしているのか当てる修行とか(外れるとシャカに一撃見舞われる)、
 小宇宙に直接語りかけてくる――――要は念話の類の修行とか(出来が悪いとシバかれる)、

 まぁ兎に角、変な修行である事にはかわりない。

 んで、最近の主な内容はと言うと。

「私が多少とは言え、超能力の類を扱えることは知っているな?」
「えぇ、確か牡羊座の黄金聖闘士には劣るんでしょ?」

「その通りだが……君はもう少し言い方を考えるべきだな。――――さて、今私が手に持っている物が何か解るかね?」
「……?
 …………鉄球?」
「その通りだ、私がこれよりこの数個の鉄球を君に向かって旋回させる。
 その鉄球の動きを、君は眼を閉じた状態で把握して避けるといった修行だ」

 まぁ最初の内に眼を閉じた組み手を経験している俺からすれば、鉄球とは言え動きを見切るくらい造作も――――

「因みにどの程度の速度で飛ばすかと言うと……」

 シャカの手元にあった鉄球の一つ(大体直径10cmほど)が宙に浮き、近くにあった柱を一瞬で貫いた。

「……この程度の緩やかな速度だ」

 この時の俺は冷や汗を掻いていたと思うのだが、迫り来る鉄球のために冷や汗なのか運動による発汗なのか解らなくなった。




 第5話 聖闘士候補生のときって……適用される?




 休みの無い日々が既に半年ほど続いている。

 俺は昼食後の休憩を使って処女宮の前で大の字になって寝そべり、空を見上げていた。

「――――疲れた」

 と小さく呟く。

 そう、疲れたのだ俺は。
 毎日毎日身体を傷つけ苛め抜いて――――何故か次の日には回復するが、それでも疲れていることに変わりはないのだ。

 最近では多分小宇宙も大きくなってきてるんだろうけど、シャカの修行で使ってる鉄球の数はひたすらに増えるし(最初は四つだったが今は軒並みに増え続け、30を超えた辺りで数えるのを辞めた)、飛んでくる速度も上がるし(最初は雑兵の方々に毛の生えた程度だったが、いつの間にか音速を超えてる気がする)……。

 休日は休日でアイオリアに殴られて身体のアチコチが痛いし。

 拳速も上がってるとは思うのだが、どの程度の速度に成ってるのか良く解らない。
 最初の内はアイオリアが数えてくれていたので正確に把握出来たのだが、最近ではアイオリアも教えてくれないので良く解らない。

 恐らく数えるのが面倒に成ったのでは? と俺は踏んでいる。

 要はモチベーションが下がっている今日この頃です。

「アテネ市街にユン◯ルとか売ってないかな……?」

 まぁ、ユンケル飲んだからって良くなるとは思わないけどさ。

 でもなぁ……流石にこんな生活を続けていたらノイローゼになってしまいそうだ(ある意味身体が慣れてきたため、壊れるとか死んでしまうという発想が無い)。

 一度本気で息抜き方法を考えて――――

「あぁ……ここに居たのかクライオス」

 ふと、俺の事を覗き込むようにしてシャカが顔を出してきた。
 まぁ眼を閉じているのに『覗き込む』というのも変な表現なんだが。

「……何ですかシャカ? まだ休憩の時間でしょ」

 と、ぶっきら坊に言い放った。
 こんな態度普段なら絶対にしないのだが――――少なくとも半年前なら怖くてしなかったが、今はそこ迄頭が回らない。

「随分と疲れきっているようだな?」
「疲れてますよー……。そりゃもう盛大に疲れてますよ。
 むしろ、毎日毎日休みなく動いてるのに壊れない身体と心にご褒美あげたいです」
「言ってる意味が少々判らんが?」
「大丈夫です。……俺だって何喋ってるのか良く解らないし」

 本当、何言ってるのかワカンネー。
 だからシャカがこの後に言った事も最初は本当に意味が解らなかった。

「ふむ……ならばクライオス、本日の午後の修行は中止にしよう」
「へー…………」
「…………」
「は? 中止?」

 ワンテンポ遅れて反応した俺に、シャカは「やれやれ」と溜息を漏らした。
 しかしそんな事はどうでも良い。

 今、目の前の人物は何と言ったのだ?

『午後の修行を中止?』

 まさか? 有り得ない! あのシャカがそんな慈悲深い事を言ってくる筈が無い!!

 これはアレか? 正史には載っていない何かの侵略か何かで、こうして目の前に居るのはシャカの偽物か何かではないのか!?

 俺はバッと飛び跳ねて間合いを取り、目の前の人物に睨みを利かせる。
 その際に相手は眉間に皺を寄せて訝しげな表情を見せるが、……クソッそんな顔までシャカにそっくりだなんて。

「――――アンタ誰だ!? シャカが俺にそんな優しい言葉掛けてくるなんてある筈が無い!!
 そんな『気持ち悪い』こと言われて、俺が騙されるとでも本気で――――」

 言葉の途中でシャカが動くのが解った。

 『メシリ……』

「大概に失敬だな……君は」

 とは言え、その動きは未だ閃光が走ったのと殆変わらないため、俺に対処することなど出来はしなかった。
 一瞬で組み伏せられ、地面に叩き伏せられる俺である。

 抑えつけるように俺の背中を踏みつけているシャカの足に、グイグイと力が込められていく。
 その際に石床に罅が入るのが目に映る。

 何だか、石よりも頑丈に成っている自分が少し怖い。

「うぅ……これは本物だ」
「当然だ」

 うつ伏せになりながら言う俺にシャカは短く言うと、踏みつけていた足を退けて溜息をついた。
 溜息を吐きたいのはコッチだというのに……と言うかシャカは少し乱暴な気がする。

 悟りきれて無いんじゃないのか?

 俺は服に付いた埃をパンパンと手で払ってから姿勢をただし、シャカに向き直って質問をした。

「――――で、どういう事ですか中止ってのは? もしかして俺ってクビ?」
「何を馬鹿な。五体満足な状態で……仮にも私の弟子である君が、聖域から何も無しに出ていける訳がなかろう」

 微妙に、認められているのかそれとも生殺与奪の権利を握られているのか、判断に困る言い回しをシャカはしてくる。
 とは言え、一応は放逐されるという事では無いらしい。

「実はなクライオス。午後の修業を中止と言ったのは理由があるのだ」
「理由ですか?」
「そうだ。……実はな、アテネ市街へ行き私が懇意にしている服屋で袈裟を受け取って来て欲しいのだよ」
「…………は? 袈裟?」

 袈裟ってあの袈裟のコトか?今現在もシャカが着ている?

「近々インドに行くことになってな、その際に向こうで着るために新調したのだよ」

 若干嬉しそうな表情をしているシャカ。
 俺はそんなシャカに、既にお馴染みになった苦笑い向けるのだった。





 ギリシア共和国首都アテネ

 この街から若干離れた(聖闘士にとっては)場所に聖域が有るため、移動は専ら徒歩に限定される。
 いや、俺も随分早く移動出来るように成ったものだよ。

 因みに聖域周辺はグルッと結界に覆われていて、普通に入る事も知覚する事も出来ないように成っているらしい。

 指定された店で言われた通りに袈裟を購入した俺は(店の主人に聞いてみると、特注で作らせたとのこと)、ついでにとばかりに食料品の買出しをする事にした。『諸事情』の関係で、新鮮な食物を大量に備蓄することが出来ないため、こうして機会がある時はコマ目に買っておかなくてはいけないのだ。

 まぁその諸事情とは、処女宮――――だけに限ったことではないが、聖域にはまともに電気が流れていないのだ。

 その為、基本的に家事などのことは全部アナクロ的な方法、詰まりは前時代的な手法を行わなくては成らない。
 掃除に関しては箒と雑巾で、食事に関しては火を起こすところから始め、洗濯はタライに水を張って手で洗う。

 つまりここまで言えば解って頂けるとも思うが、要は『冷蔵庫が無い』のだ。

 なので備蓄出来る食料にも限りがあり、今現在処女宮に保管されている食料は後3日分ほどしか無かったりする。

 え?
 休日の無くなった俺が、どうやって今まで買出しに言っていたのかって?

 昼食の後の休憩時間や、夕食後の空いた時間に全力で走って買出しに行くんだよ……。


 日持ちのしそうな食品を選んで購入し、それと一番安い栄養ドリンクをダースで買ってリュックに詰め込んで帰路に着く。

 あっさり買い物が終わりすぎ?

 仕方ないだろ、特に事件なんて起きなかったんだから。

 アテネから結界を超えて聖域に入ると、俺は残った休みの時間を寝て過ごすために全速力で戻ろうとしていた。

 山越え谷越え川越えて……。

 ところが、丁度森に差し掛かった時に俺はその足を止めた。

 木々が風以外の音で揺れる音を、俺の耳が捉えたためだ。

 じっと音のした方角へと眼をやり、気配を消して意識を集中させる。すると――――

 ガサ……ガサガサ……

「ウサギ?」

 茂みから顔を出したのは野ウサギだった。
 まぁこれで野ウサギを見つけたのが普通の人ならば、『可愛い』と言うのだろうが……残念ながら今の俺は……ある種普通では無い。

「美味そうだな……」

 だ。

 一年以上……もう少しで二年だが、それだけの期間を俺は肉なし生活で送っているのだ。
 今のような感想が出たって神様(この場合はアテナ)も許してくれる筈だ。

 俺はゴクリと喉を鳴らし、ほんの少しだけ小宇宙を燃やして近くにあった木の枝に手刀を振り下ろす。

 サクッと言うような効果音でも付けたい程、その枝を綺麗に切り落とすことが出来た。
 半年前には岩を『砕く』だけで、とてもでは無いが『切る』なんて事は出来なかった手刀だが、成長を続けている俺の小宇宙は簡単なモノならば切断も可能にまで成ったようだ。

 とは言え、それを喜ぶ暇は無い。あまり時間を置いてしまっては『獲物』に逃げられてしまう。

 ゆっくりと呼吸を整え、期を測って飛び――――

「何やってんだい!?」
「!?」

 と背後から掛けられた声に驚いた瞬間、ウサギは再び茂みの奥へと姿を消してしまった。

「あ…あぁ……」

 俺は居なくなったウサギのいた場所へ手を伸ばしたが、その手は虚空を掴むだけだった。
 全力で追いかけても良いのだけど、それより優先することが有る。

「……クッ、一体何処の阿呆だ! いきなり声をかけやがって!!」
「何処の誰が阿呆だって? 随分な言い草じゃないのさ」
「ってシャイナ!?」

 苛立をもって声のした方へと振り返ると、そこには眼の周りに縁取りの付いたマスクを付けている少女――――シャイナが立っていた。

 シャイナ、将来的には蛇使い座(オピュクス)の白銀聖闘士になる女で、
 物語の主人公である星矢に恋をする――――スケ番? である。

 とは言え、現在は俺と同じく聖闘士候補生でそのうえ"8歳"の少女だ(俺はもう直ぐ9歳)。
 どんな理由でシャイナが聖闘士を目指そうとしているのかは知らないが、この年でこの貫禄は大したものだと言わざるを得無い。

 そう言えば、前に会った時のシャイナは流石に小宇宙には目覚めていないみたいで、毎日を筋トレ中心に鍛えていたようだ。
 だからと言う訳でもないが、下手をするとそこら辺にいる大人よりも力持ちだったする。

 まぁ、俺も力持ちだけどね。

「ふん……クライオス、少し見ない間に随分と感が鈍ったんじゃないかい?」
「煩いな、それだけ集中していたんだよ。って言うか、最後にシャイナと会ったのはもう数ヶ月単位で前だから、『少し』とは言えないんだが?」

 前に会ったのは俺が小宇宙に目覚める前なので、正味半年以上の空きがある事になる。
 その頃と比べると俺は『強く成っている筈』なので、きっとシャイナに気が付かなかったのは集中しすぎた所為だろう。

「ところでクライオス、お前こんな所で何してるんだ?」
「何してるように見えるんだ? お前には?」

 俺は両手を上げて、自分の姿が相手に良く見えるようにしてやる。

「買出し?」
「一応はな……後は肉が――――」
「肉?」
「いや……何でもない」

 駄目だ駄目だ、もっと前向きに考えなくては。
 仮にここでウサギを仕留めて美味しく頂いたとしても、きっとシャカにバレバレなんだ……。だからもし此処で肉を食べてたらシャカに理不尽な怒られ方をして――――

「うぅ……」

 駄目だ……
 前向き(?)な考え方をしても、気落ちする方向にしか働かない。

 俺はガクッと項垂れて、地面に両手を突いて呻き声をあげるのだった。

 その際に、自然破壊も何のそので地面を目一杯に叩いて陥没させてしまったのだが……。
 コレもきっと神様(アテナ)はお許しに~~以下略。

 はぁ……しかし俺は何をしているのか。
 だいたいそうだよな? 喩え同じタンパク質とは言え、仮にも聖闘士候補生が野山の獣を貪り食うわけには――――

 と、俺は何とか平静さを取り戻そうとしていたのだが。

 『ポン……』

 っと、項垂れる俺の頭部に手を置かれたような感触を感じた。
 更にそれは続けて

 『ポン……ポン』

 と、まるであやすように頭部を刺激してくる。

 ……正直なところ、顔を上げるのが非常に嫌です。
 もっとも、そうは言っても動くためには顔を上げないわけにもいかない訳で……

 クイッと上げた視界の先には、まぁ当然と言うか何と言うか、シャイナが立っていた。

 自分よりも遥かに年下(記憶の分も含めれば)の子供に宥められるってどうなのよ?

「すまんシャイナ大丈夫だから、大丈夫だから頼むから……そう言うのは勘弁してくれ」
「落ち着いたかい?」
「あー……ゴメン。肉なしライフが余りにも長くて錯乱した」
「肉なし?」

 きょとんとした反応をしているシャイナに、俺は『我らが処女宮の生活事情』を懇切丁寧に説明をした。
 まぁ……幾分誇張を交えて、『断食の回数が週に三回以上』とか『シャカはお茶一つ満足に煎れられない、生活無能力者だ』とか言ったが……まぁ問題ないだろう。

「まぁ、あのシャカだもんね……。それならクライオス、どれくらい肉を食べてないのさ?」
「俺が弟子になってからだから…………もうすぐ二年になる」
「に、二年か……欧米人でそれは長いね」

 まぁ正確には一年と八ヶ月程だけどな。
 細かく言うのなんて面倒だからな、もうこんなの適当で良いだろう。

 しかし、俺のその言葉にシャイナは口元に手をやってなにやら考え事をしている。
 ――――さっきも似たような事を言ったけど、どうしてこう子供らしからぬ貫禄を持っているのだろうか?

 とは言え、そんな俺の考えなど、次にシャイナが発した台詞によってどうでも良いことに成った。

「クライオス……良かったら肉を食わせてやろうか?」
「え!? 本当!」

 俺は満面の笑みを浮かべて即座に返事を返していたのだった。






 山の中腹に立られてるシャイナの家――――一言で言うのなら石造りの山小屋のような家だが、
 この聖域では十二宮を除く全ての家がこんな感じなので、特に真新しいわけでも珍しいわけでもない。

「いや悪いなシャイナ……年下に集るみたいで」
「『みたい』じゃなくて、事実そうなんだけどね。まぁ良いや、中には入りなよ」

 シャイナに促されて家の中に入ると、まぁ中も普通だ。
 テーブル一つと椅子が二脚、それとベットが一台有るだけの簡素な部屋だ。

 俺はそこに在る椅子の一つに腰をかけると、久しぶりの動物性蛋白に心を踊らせていた。

「そう言えば、肉なら何でも良いのかい?」
「――――毒が入ってないのならな」
「……入れないよ、そんなの」
「だがシャカは前に入れたぞ?」

 あの時は本当に辛かった。
 シャカに言われて家事の一切を俺がする事に成ったのだが、その際に俺は肉料理を出したことがある。
 何ら問題なく調理をし、何ら問題なく完成したかに思えた料理だったのだが――――

 俺はそれを一口食べた瞬間に冥府が見えた。

 どうやら、シャカは俺の認識外の速度で何かをしていたらしい。

「あの時のシャカは『肉を食すと言うことがどれほどに罪深い事か、身をもって知ると良い』とか訳の解らない事を言っていたよ」
「あー…まぁ……『もっとも神に近い』って人だからね、私ら何かとは思考のベクトルが違うのかも知れない」

 違いすぎだろう。
 重なれとは言わないが、せめて同じ方向くらいは向いていて欲しいぞ。

 その後シャイナは苦笑いを浮かべると(仮面を付けてるので、俺の予想)、戸棚の奥から燻製にされている肉を持ってきて俺に放り投げてきた。

 んで、

 咀嚼中……咀嚼中……

「うぅ……少し癖があるけど、久方ぶりの肉だ」

 何と言うか、魚とか鳥に近い味わいだ。
 しかし、作る前の下拵えがうまくできているのだろうか? 不味いなんてことは決して無いので次々に口に運んでしまう。

 よもやこの年で自活が出来ているとは、シャイナ……恐ろしい娘だ。

 星矢の奴もアテナじゃなくて、シャイナとくっつけば普通の幸せが掴めるのにな。
 まぁ、そうすると物語が進まなくなるから駄目なんだろうけど。

「まぁ少ししか無いけど食べて良いよ」
「有難うシャイナ……お前が何か困ったことがあったら、全力手伝うことを誓うぞ。――――ところでこれって何の肉?」
「蛇」
「……へ、蛇?」
「あぁ、蛇だよ」
「…………」
「…………」
「…………まぁ良いや。美味いし」

 食わず嫌いは良くないよな?
 まぁ俺も『蛇の肉だ』って言われて出されたら戸惑ったかも知れないけどさ。

「そ、良かった。魔鈴は『そんなモノ食べられない!』とか言ってさ」
「俺の考えから言うとだ、余程普段から良いものを食べてるんだろうな。魔鈴の奴は」

 実際に、シャイナだって俺よりも食生活は良さそうだし。

「ねぇクライオス、さっき全力で手伝うって言ったよね?」
「あぁ言った。何だ? いきなり困ってる事でもあるのか?」
「いや、困ってると言うか教えて欲しいと言うか……。さっき地面を叩いてただろ?」
「……忘れろ」
「忘れても良いけど……アレ、どうやったんだい?」
「小宇宙を燃やす→殴る→壊れる――――以上」
「…………」

 簡潔に伝えた俺の答えだが、どうやらシャイナはお気に召さなかったらしく無言の重圧を俺に掛けてくる。
 流石にそんな重圧を受けながら肉を食い続けられる程、俺の神経は図太くは無いので手を止めてシャイナの方へと向き直る。

「そんな風に睨むなよ……仮面で良く解らないけど。
 そもそも俺だって、ただの候補生何だからな? その俺に聞くのが間違いだとは思わないのかよ。
 どうせなら自分の師匠にでも聞いた方が手っ取り早いっての」

 これは自分で言ってなんだが本当のことだと思う。

 確かに俺は小宇宙を感じることが出来るし、それを燃やすことも出来るようにはなった。
 とは言え、それを他人に教えられるか? と聞かれれば、答えはNOだ。

 小宇宙を燃やすのに大切な事、それは小宇宙の存在を認識することが必要不可欠。
 残念なことに俺が小宇宙の存在を認識した原因が、シャカに五感を閉じられた事だった。
 その為、一般の聖闘士がどのような段階を経て小宇宙に目覚めるか? なんて事は全く解らないのだ。

 流石に俺と同じように五感絶ちを経験させる訳にも行かないだろうからな……。

「師匠にか……。でも私の師匠は、『最初は体作りが大切だ』って言って、そう言うのは教えてくれないんだよ……」
「もの凄く素晴らしい師匠だな、その人。名前も知らないけど」

 少なくともシャカよりはずっとまともな気がするよ。

 しかしどうするかな?

 シャイナは俺が『教えられません』と言ったら急に大人しくなってしまったし。
 俺としても世話に成った分は恩返しをしたいって思うんだよな。

「――――良し、それなら俺がそれを教える訳にはいかないが、一度だけ俺が音速の拳を見せてやるよ」
「音速の拳?」
「聖闘士の最低限のボーダーラインってやつだ。せめてこの程度は出来ないと、聖闘士とは言えないよってレベルの速度だ」
「それを見せてくれるって……本当かい?」
「あぁ(……まぁ見れないだろうけど)」




 家から外に出た俺達は、現在向かい合うようにして立っている。

 本当は『横で見てた方が良いんじゃないか?』と俺は言ったのだが、シャイナの提案で『正面からの方が体感してるって気がする』との事で、こうして向かい合っているわけだ。

「それじゃあ当てないように寸止めにするから、そこで立ってろ。……絶対に動くなよ?」
「解った!」

 元気よく返事を返すシャイナに俺は『こういった所はまだ子供だな』と思うのだった。

 そして俺は大きく深呼吸を数回行うと、手を正面に向けて構えをとる。

「先ずは心を強く持つ、要は『負けるか!』って気持ちが大切だ。
 そして自身のなかの小宇宙をその思いと同時に燃焼させて、一気に爆発させる!!」

 言葉の言い終わりと同時に、俺はシャイナには当たらないように――――それでも力一杯に拳を繰り出していった。

 おぉ何という軽快さだ。

 最近ではアイオリアの所でしか拳を振るっていなかったが、そこではいつも重り付きだったからな。
 しかもどんどん重くなってるし。

 俺の拳速はー! ……まぁ候補生では一番だと思う。

 時間にしては一秒程度に過ぎないが、俺はその間に数百以上の拳を繰り出すことに成功している。

 しかし俺は一体いつまで候補生を続けるのだろうか?
 実力的は問題ないとは思うのだが……。これはアレかな師匠であるシャカが満足するまで俺は候補生の侭なのかな?

 …………………………まぁひとまずそれは置いておこう。
 今はシャイナの事が重要だからな。

 俺はそう思って気を取り直し、シャイナの方へと視線を向けたのだが。
 そこには見てはいけない物が広がっていた。

「どうだっ……た」

 『パリン……』と、乾いた音を鳴らしそれは地面へと落下する。

 気づいた時には既に遅く、シャイナの顔を覆っていたそれ――――仮面は真っ二つに割れて地面に落ちてしまったのだ。

 その先には当然シャイナの素顔があって……。




 思ったよりも可愛いな……じゃなくてッ!!

「アワワ…アワワワ……!!」

 俺は半ばパニックを起こして妙な声を上げてしまう。

『良いかねクライオス。
 女性聖闘士はその素顔を隠し、自ら女であることを捨てるため、常に仮面を被ることになっている。
 仮に素顔を見られた場合、その見た相手を殺すか一生愛さねば成らないという決まりがあるのだ』

 何故か脳裏に浮かぶシャカの顔と声。
 それが『フフフ――――』と綺麗な笑顔を浮かべているため腹が立つ……。

 コレってマズイ? のかもしかして?

「凄いな……コレが小宇宙を燃やすって事なのか――――クライオス」
「フェッ!?」
「何だい? 人の顔を見るなり失礼な奴だね」

 俺の方へと近づいて来てそんな事を言うシャイナに、俺は情けない声を上げてしまった。
 そんな俺の反応に、なんでも無いかのように振舞うシャイナが少しだけ怖い。

 兎に角……兎に角だ。

「済まないシャイナ、俺は急を要する用件を思い出した。悪いけど失礼する!!」
「あっオイ! クライオス!!」

 俺は一目散にその場所から逃げ出すのだった。

 何も問題有りませんよーに!!

 と祈りながら。






 因みに処女宮に帰宅(?)後。

「シャカ……質問です。女性の聖闘士って素顔を見られたら、その相手を殺すか愛さなければいけないのでしょ?」
「……確かに、そのような決まりごともあるな」
「それって聖闘士候補生にも適用されますか?」
「知らぬ」

 シャカにとってはどうでも良いことで在るらしく、まともにとり合ってはくれなかった。

 そのうえ――――

「そんな事よりもだクライオス」
「はい?」
「私が頼んだ袈裟なのだが?」
「それならちゃんとリュックの中に――――」
「何故? 大根やら人参やらジャガイモの下敷きに成っているのだね?」

 仕舞った順番:(右に行くに従って上になる)袈裟→ジャガイモ→人参→大根→栄養ドリンク

「あれ?」
「それにこれは何だ? 『りぽび◯んD』?」


 その後の俺は、休日なのにも関わらずシャカからの愛情(仕置)を食らうことになった。







[14901] 第6話 これ以上は無理……!!
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/01/14 23:20
「たのもーー!!…………たーのーもぉーー!!」

 陽が地面の下に落ちて既に2~3時間。
 真夜中と言うほどの時間ではないかも知れないが、少なくとも普通ならば騒いで良いような時間ではない。……まぁ、近所に迷惑が掛かるからな。

 だがそんな周囲の迷惑も何のその、俺は構わずに大きな声を張りあげていた。

 何せ1番近いお隣さんは、下へと向かう階段を下って『結構』離れている『磨羯宮』、
 そして反対側には上へ登る階段と真っ赤な『赤バラ(デモンローズ)』が群生している道が、只管に続いている『双魚宮』。

 まぁ要は、聖域の各宮の間はかなりの距離が有るので気にする必要は無い――――と、言いたかったわけだ。

 さて、先程の説明的な言葉でも解ると思うが、現在の俺が居る場所は処女宮ではない。

 この場所は宝瓶宮……の入り口。

 水と氷の魔術師と言われる凍気を操る黄金聖闘士、水瓶座アクエリアスのカミュが居る宮だ。

 俺は夕食の後片付けが終わった後、急いでこの宝瓶宮へとやってきた。
 夕食の準備をしている間に思いついたことが有り、それを実行に移そうと思ったからだ。まぁ、本当なら日を改めて来たかったのだが、残念なことに今

の俺には休日呼べるものが存在しない為(主にシャカとアイオリアと自業自得の所為)、こうやって手の空いた時間に押しかける形を取らざるを得ないのだ。

 非常識だとは思うのだけどね。

 因みにこの宝瓶宮に来るまでの間、

 天秤宮→不在、天蝎宮→不在(張り紙が貼って有り『急用のため宮を空ける』とあった)、人馬宮→アイオロスの宮のため、当然不在、磨羯宮→シュラ在宮(「勝手に通れ」と言われた)。


「留守じゃないよな?」

 一向に返事の帰ってこない宝瓶宮に、俺が大きく息を吸って再び声を上げようとしたその時――――ゆっくり誰かがとこちらに向かってくるのを感じた。

 どうやらちゃんと在宅(?)していたようである。

 近づいてくる相手に俺は頭を下げて

「夜分遅くにゴメンナサイ。実はカミュにお願いが――――」

 たのも束の間。

「誰だお前は?」

 何故か、目の前に現れたのは自身の宮を開けっ放しにしている蠍(ミロ)だった。しかも『青髪(重要)』。

「…………どうしてアンタが居るんだよ?」

 ついつい素の言葉使いで返事してしまった俺は、悪くはないだろう。




 第6話 これ以上は無理……!!




 シンと静まりかえる聖域の宝瓶宮。

 そこで顔を突き合わせているのは俺ことクライオスと、何故か自分の守護する天蝎宮を放ったままにしている黄金聖闘士。

 蠍座スコーピオンのミロだった。

「こんな夜更けに何のようだ? 気ままに訪ねて良いような時間でも無いぞ?」
「…………」

 若干の苛立を込めたようなミロの言葉に、俺は『自分の宮を放っておいて何いってんだ?』と少しだけ思いつつ、
 それとは別に『何してんだアンタは?』と多分に思っていた。

「いやいや、それはそのままそっちにも適用される事でしょうに」
「む、お前口答えを。……俺は良いんだよ、黄金聖闘士だからな。だがお前は聖闘士ですらないだろうが」

 いやいや、黄金だからこそ駄目なのだろうに。
 何やら良く解らない理論を展開して俺を丸め込もうとするミロだが、それが逆に俺の言葉使いを素に戻す原因と成った。

「良いことを教えよう、そういうのを日本では五十歩百歩って言うんだよ」
「……日本で…何だそれは?」

 ――――今のミロの言葉は、『何だその言葉は?』とも取れるし『日本って何ですか?』とも取れるが。
 まぁ、多分日本は知っていると考えて意味だけ教えてあげよう。

「意味は――――」
「――――どちらも大して変わらないということだ」

 フフンと胸を張って言おうとした俺の言葉を遮って、ミロとは違う別の人間が口を挟んできた。
 まぁ宝瓶宮に別の人間と言ったらあの人しか居ないのだが(ミロが居ると言うのは既にヨロシク無い)。

 その言葉通り、宮の奥から顔を出した人物は長く『碧色』の髪の毛をした水瓶座の聖闘士カミュだった。

「出てきたのかカミュ。こんな事は俺に任せておけば良いというのに」
「お前に任せていては火急の用件でも追い返しかねないからな……」

 首を回して言うミロを、カミュは軽く嗜めながら俺の方へと歩いてきた。

「それで、お前が訪問者だな? 確かシャカの弟子をしているクライオスだったと記憶しているが?」

 俺の事を見てそう言って来たカミュに、俺は無言で頷いて返事を返した。

「実はカミュにお願いがあって……。夜遅くに非常識だとは思ったんだけど、この時間以外には身動きが取れなくて。
 自分の都合を押し付けるようで申し訳ないのだけど……」
「ふむ……それでこの時間に私を訪ねてみれば、ミロに追い返されそうになったと」
「はい」
「ちょっと待て!? 俺は追い返そうとはしていないぞ!! ……ただ『夜も遅いからさっさと消えろ』程度の意味を込めてだな――――」

 カミュと俺との会話に割って入る形でミロが乱入をしてくる。
 とは言え、その内容は概ねカミュの言葉を認めた内容に成っているのだが。

「……まぁ、処女宮からここまで来るのは並の人間では大変だっただろう? お茶でも煎れるから中に入って寛ぐと良い」

 カミュはそう言ってから、俺を宝瓶宮へと促す。

 それに一礼をしてから付いて行く俺にワンテンポ遅れて、「ちょ、待てよ!」とミロがカミュに横に並んで歩き出した。

 ……この人(勿論カミュの事)、凄く良い人だな。シャカには無い人間らしさを持ってるよ。
 コレで弟子に対する偏愛がなければ理想の聖闘士なのだが……。

 氷河がカミュの元に弟子入りするのは後2~3年後、その前にアイザックが弟子入りする筈だから――――多分あと2年ちょいくらいでシベリアに行ってし

まうのか。その後は弟子を可愛がるずれた人になってしまうのだろうな。

 等と、そんな事を思いながら宝瓶宮の中へと進んで行く俺の耳に、前を行くミロとカミュの会話が聞こえてきたのだが、

「おいカミュ、 良いのか中に入れてしまって?」
「別に問題は無いだろう。特に見られて困るような物が有るわけでも無し」
「しかしだな――――」
「それから一応教えておくが、日本はユーラシア大陸の東にある島国のことだ」
「へぇ、そうなのか……って! し、知ってるよそれくらい!!」

 ……聞かなかった事にしよう。





 通された部屋は流石に処女宮と全く同じとは言わないが、似たような作りに成っているのは確かだ。
 とは言え、処女宮には殆どないような家具などの調度品が各種揃えられていて、とてもではないがシャカと同じ黄金聖闘士の宮とは思えないような雰囲気を醸し出している。

 まぁ、要は快適な空間だと言うことだ。

「それで、このカミュに用件とは一体なんだクライオス?」

 カミュは俺とミロ、それから自分の分の茶を煎れると其々の目の前にカップを置いてから訪ねてきた。
 俺はその言葉にカップに手を伸ばそうとしていた手を引っ込めると、自分の頬を人差し指で掻く。

「……えーっと。非常に私事で頼みにくい事なんだけど」
「構わん。良いから言ってみろ」
「そうだな、どんな事でも口にしなければ正確には伝わらん」

 よもやミロに後押しをされるとは思わなかったな。
 俺は少しだけ間をおくと、姿勢を正して用件を言う事にした。

「それじゃ言うけど。……俺が今、シャカの弟子として処女宮で生活してるのは知ってる?」
「あぁ、師と弟子は寝食を共にするものだからな」
「で、家事の一切を俺がやってるんだけど、食事の事で少し問題があって――――」
「――――あぁ……そういう事か」
「? どういう事だカミュ?」

 言い切る前に納得したような返事を返してきたカミュとは対象に、ミロはどういう事か解らないといった返事を返す。
 まぁ、これは別にミロが阿呆って訳ではなく、単にカミュの理解が早かったと言うことだけどな。

 その証拠に、

「詰まりだ、クライオスは食材の事で私の『力』を借りたいと言っているのだ」
「――――あぁ、そうか。詰まりは保存か」
「そういう事だ」

 少し言えば、しっかりとこうして理解をしている。 

「そんなの保存食で済ませれば良いだろ? 最近は缶詰も色々あって――――」
「ミロ……お前な」

 …………阿呆じゃないよ?

 俺は気を取り直してミロとカミュの間に割って入るように言葉を挟んだ。

「えーっとカミュの理解が早くて助かる。そうなんだよ、要は――――」
「私に氷の闘技を教えて欲しい……要はそういう事なのだな?」
「――――違うから。パッと処女宮まで来て、フリージングコフィンでも使って『氷の収納箱』でも作ってくれればそれで良いから」

 良からぬ事を言ってきたカミュの言葉を、間髪入れずに訂正する。
 もし此処で流されてしまうような台詞でも言おうものなら、『クライオスは三人目の師匠を手に入れた』ってなりそうだからな。

 幾ら何でもこれ以上は勘弁してもらいたい。

「だがなクライオス、考えても見ろ。……仮に私がお前の要請を聞き、処女宮へと出向き『氷の棺』を作ったとする」
「『棺』じゃなくて『収納箱』ね」
「――――だがその『棺』を私が作ったとして……お前はそこに達成感を見出すことが出来るのか?」
「…………」

 人の話を全く聞いちゃいない……。今の俺には氷の闘技を身に付けているような時間的余裕も、心のゆとりも無いというのに。
 だいたい初めから『作ってもらうこと』が目的だったので、それが成るのなら達成感は十分だと言える。

 此処はもう一度、キッパリと断った方が良いだろうな。

「カミュの言いたいことは何となく解るけれど、今の俺にはそんな余裕はないんだよ……だから――――」
「――――そうだな、確かにあまり無理強いをするものではないな。それに本来、クライオスの師はヴァルゴのシャカ……。
 そこに私が彼の許しも無く勝手なことをして良い訳が無い」

 おぉ、通じた!?

 何事も言ってみるものだな。さっきミロが言っていた『どんな事でも口にしなければ正確には伝わらん』と言うのを実践してみた甲斐があったと言うものだ。流石は黄金聖闘士蠍座のミロ。

 と尊敬仕掛けたのだが、

「あー……それだったら問題ないと思うぞ。そいつ、休日の度にアイオリアにも教えてもらってるみたいだしな」
「ちょっt――――」
「成程、そういう事なら問題は無いか。……良し、ならば時間が惜しい。早速始めるとするか」

 と、カミュはそう言うと、まさに光の速さでティーカップを片付けると俺の首根っこを捕まえて宝瓶宮の広間部分――――要は原作で氷河と戦ったスペースへと連れていかれてしまった。

 その際に、律儀にもミロがカミュの手伝いをしていたのはある意味では流石と言える。

 まぁ俺の意見としては

「な、何でだ……何でこう成るんだーーー!!」







「さて、先ず最初にだが……答えろクライオス。絶対零度とはなんだ?」
「ぜ、絶対零度とは……」

 広場につくなり放り投げられ地面に強かに身体を打ち付けられた俺は、打ち付けた背中をさすりながらカミュの問に頭を巡らせる。

 何だかこのやり取りって、氷河とカミュがやっていたような気がする。

 あぁ、しかし何だってこう黄金連中と言うのは『一直線』ばっかりなのだろうか?

 俺がそんな愚痴めいた事を考えていると、カミュは答えが出ないと判断したのか横で観戦モードに入っていたミロへと向き直った。

「――――ではミロ」
「俺か? ふむ、絶対零度とはな……………………冷たい?」
「さてクライオス、答えろ」

 ミロのギャグ(?)だったのだろうか? さっきの言葉は。
 とは言えそれをカミュはクールにスルーして、再び俺の方へと視線を向けてきた。

「……絶対零度とは、摂氏-273.15度の事をさし、物質を構成する原子核の振動が零に成った状態……だっけ?」
「その通りだ、よく知っているな」
「まぁそれくらいは……。でもカミュ、俺は別に――――」
「そして氷の闘技を使うと言うことは、小宇宙を用いてその原子核の動きを停滞させることなのだ」

 『氷の闘技なんて覚えたくはないんだよ!!』と声を大にして言ってやりたいのに……。
 相変わらず人の話を聞かない。

 拳速を上げる修業と、日々の小宇宙を増大させる修業だけで一杯だってのに。

「破壊の根源は原子を砕くことにある。だが、氷の闘技を身につけるためには原子を砕くのではなく原子の動きをとめるのだ。
 ――――このようにな!!」
「なッ!?」

 不意にかざされたカミュの掌から強力な小宇宙の波動を感じた俺は、即座にその場所から飛び退く。
 すると、今まで立っていた場所に霜が降りて凍りついている。周囲もそれに伴って気温が下がり、少しだけ肌寒さを感じる。
 もし、俺が棒立ちになってあの場所に立った侭でいたら、今頃は身体の一部が使い物に成ら無くなっていたかも知れない。

 コレが氷の闘技……凄い。

 確かに凄いが……

「あんた俺を殺す気か!!」

 何の前触れも無くこんなものを人に向けないで貰いたい!!

「そんな気は更々無いが、仮にあの程度の凍気をくらう様なら――――」
「聖闘士として失格だって言うんだろ……どうせ」
「良く分かっているな」

 この手の台詞は正直アイオリアで聞き飽きたよ。

 俺は溜息を吐きたい気分を必死に堪え、眉間に皺を寄せて抗議したのだが。
 どうやらそんな事ではカミュには通じないらしく、

「さぁ、このカミュと同等の凍気を放ってみせろ!」

 等と言いながら次々と周囲に凍気をばら蒔いていく。

 本当に堪ったものではない。
 今でさえ何とか紙一重で避け続けているが、周囲の足場は次々と凍りついてまともに踏ん張る事も出来なくなりつつある。

 俺は横で静観を決め込んでいるミロに目配せをすると、なんとも憐れんでいるような瞳しているではないか。

 そんなミロに俺はシャカとの修業で身に付けた、『小宇宙に直接語りかける術』――――要は念話を使って助けを求めた。

 正面から眼を逸らすと直撃をくらいそうだからな。

《ミロ! ミロってば!! そんな所で『可哀想に』的な顔をしてないで助けてくれ!!》
「!?」
《『!?』じゃなくてカミュを止めてくれってば!》
《……驚いたな、まさか聖闘士でも無いお前が念話を扱うとは》
《だから、そんなのはどうでも良いんだっての! カミュを止めてくれないと俺が氷漬けになる!!》
《しかしな……》

 と、そこでミロは念話を区切ってカミュの顔を盗み見た。
 そして、

《ああも嬉しそうな顔をされては、それを止めるのは親友として忍びない》
《アンタの発揮してる友情は絶対間違ってるってんだよ!! このままじゃ俺が死ぬって言ってんだ!!》
《ハハハ、幾ら何でもカミュがそんな――――今すぐ止めよう》

 軽い笑いで一蹴しようとしたミロだったが、再び視界に入ったカミュの様子に態度を一変させた。
 注:今まで掌から軽く凍気を出す程度だったものが、小宇宙を高めて拳から繰り出そうとしている(要はダイヤモンド・ダスト)。



「待てカミュ……その、質問なのだが。それは今日一日――――と言うか、今の時間から考えると1~2時間程度やったくらいで身につくような代物なのか?」
「何を馬鹿な……そのような一朝一夕で絶対零度を身につける事など出来るはずが無い。
 そもそも、絶対零度の凍気を生み出すことなど、このカミュをもってしても不可能なのだからな」
「…………(じゃあ、やらせんなよ)それなら何も無理にやらせないでも――――」
「ミロ……君は自分の技を他の者に、後世に伝えたいとは思わないのか?」
「なに?」

 ピクリ……と、ミロはカミュの言葉に反応してしまい、言葉を止めてしまう。

 あー……嫌な予感しかしない。

「私達は地上の平和を守る、女神アテナの聖闘士だ。この世に蔓延る邪悪と戦う使命を持っている」
「……あぁ」
「だがそれと同時に、いつその邪悪との戦いで命を落とすやもしれん身でもある」
「それはそうだ。俺とてアテナの聖闘士、しかも88の聖闘士の頂点に立つ黄金聖闘士だ。その事は十分承知している」
「つまりだ……私達は何時、その身がこの地上から消えうせたとしても可笑しくはないという事だ」

 これはもう駄目かもしれない。
 カミュの言葉にミロは言い包め――――いやいや、聞き惚れ初めて居る。

「ならばこそ、次代担う若い者達に己の技を伝え、自らの生きた証を残したいとは思わないのか?」
「自らの生きた証!?」
「私は今回のクライオスの訪問は、そんな私達へのささやかなるアテナの思し召しでは無いかと思うのだ」
「ア……アテナの!!」

 コレで決定、ミロは完全にカミュの軍門に下ってしまった。
 俺の目の前で二人は――――というよりミロは、『俺が間違っていた』とか『こうなれば全力でサポートしよう』とか『何ならリストリクションで動きを止めるか?』なんて物騒なことを言っている。

 こんな時俺が某青銅聖闘士のS君だったら、『大丈夫か!』と颯爽と駆けつけてくれる兄貴が現れてくれるのだが、残念なことに俺は一人っ子。
 大体助けに来てくれるような人がこの聖域に居るというのなら、今までにだってそんな人が現れてくれても可笑しくはない。
 主に日々の修業や、アイオリアの扱きの時に……。

 要は――――

「自分の力で乗り切らなくてはいけない……そういう事か!」

 覚悟を決めた俺はその場で構えを取り、自らの小宇宙を高めて迎え撃つ準備をした。

「!?」
「これは!?」

 その俺の小宇宙を感じてか、目の前で妙なやり取りを続けていた二人は驚いたような表情を顔に浮かべてこちらへと視線を向けてくる。

「これは……確かにクライオスから小宇宙を感じる」
「このままでは本当に氷漬けにでもされて仕舞いそうだからな」
「良かろう。ならば、見事このカミュの凍気に打ち勝ってみせろ」

 バッと腕を振るってカミュも構えを取ってくる。

 俺は限界ギリギリに、そしてカミュは恐らく俺に合わせた程度にだろうが、俺達は向かい合う形で小宇宙を高めていった。
 とは言え、俺は少しでも凍気を防ぐ術を行えなければダメージを負う。逃げるだけではこの局面を脱する事は出きないからだ。

 思い出せ、氷河はどうやってカミュの凍気を防いだ? 十二宮の闘いで二人の闘いを思い出せば……。
 そうだ、氷河は確か……『カミュと同等の凍気を放って防いだ』筈だ。
 ・
 ・
 ・
 ・
 ・
 あれ? それって凍気を出せない俺には防げないって事か?

 いや、しかし拳圧で無理矢理にでも吹き飛ばせば防ぐことは……。でもそれって最初のカミュの目的である、俺に『無理やり凍結拳を覚えさせる』ってことから大きく外れているのでは?

 ならば一体どうすれば――――

「クライオス……お前――――小宇宙を燃焼させられたのか?」

 俺が小宇宙を燃焼させたは良いが、どうすれば丸く治める事が出来るのかと悩んでいるときに、再び観戦モードに入ったミロがそんな事を言ってきた。

 というかだよ、小宇宙を燃やせないような一般人だと思っていたのか今まで!?
 更に言うなら、そんな一般人が氷漬けに成そうだったのを笑って見てたのか貴様は!?

 とまぁ色々と突っ込みたい気持ちに成ったのだが、そんな俺の一瞬の気の緩みをカミュは見逃してはくれなかった。

「行くぞ! ダイヤモンド・ダスト!!」
「なッ!?」

 繰り出される拳から放たれる凍気の嵐!!
 瞬間初めて氷河がダイヤモンド・ダストを放った際の、ヒドラの市の姿がフラッシュバックした。

 それに驚き、慌てて突き出す掌。
 だが追い詰められた事が功を奏したのか、その瞬間確かに俺は自分が何かを放った事を感じていた。それはカミュの放つ凍気と空中でぶつかり合い、其々の間で押しとどめ――――

「られねーーー!?」

 俺はその叫びを最後に気を失ったのだった。





 次に俺が目を覚ました時は処女宮にある自分の布団の中。
 一応身体に欠損は無く、普通に動かすことが出来るようだ。

 その後、宮の奥で瞑想をしていたシャカに尋ねてみると。
 半ば氷漬けの状態でカミュやミロに担ぎ込まれてきた俺を、シャカが小宇宙を送り続ける事で何とか蘇生させる事に成功したのだとか。

 その際にカミュやミロは鎮痛の面持ちを浮かべ、『如何なる処罰も受けよう』と言っていたらしいが、

「ソレもコレも全てはクライオスが招いた事。言うなれば自業自得と言える」

 といったシャカの説得により、其々納得をして帰っていったらしい。
 何故それで納得してしまうんだ? と思わなくもないが、恐らくシャカ特有の雰囲気と言うかオーラと言うか……兎に角、そういったもので丸め込まれたのだろう。

 帰り際のミロの台詞は

「暫くは弟子を取ろうなどとは思えんな……。シャカ、お前は凄い奴だ」

 との感想を漏らし、カミュはと言うと、

「弟子か……やはり良いものだな。今度近いうちに、聖闘士候補生を受け持つことが出来るよう教皇に願ってみるか」

 と言っていたらしい。

 未来の話ではあるが、氷河の兄弟子であるアイザック(後の海将軍クラーケン)は言っていた。

 『ここに修業に来た奴らは、みんな直ぐに居なくなっちゃうんだ』と。

 多分、この時のカミュの進言のために『みんな』と形容する程の候補生が送り込まれる事に成るのではないだろうか?

 俺は、未だに若干冷たい手足を摩りながらそんな事を思っていた。


 今日の成果
 凍結拳もどきを見に付けた。
 それによって食料の保存技術が少し上がった。
 ただし、それ程に温度を下げられる訳ではないため戦闘には不向き。
 要修行(戦闘用にするのであれば)。

 今日の教訓
 暫く処女宮や獅子宮以外には近づかない方が良いような気がする。






[14901] 番外編 第1話 少し前の巨蟹宮では
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/03/12 12:11



 聖域十二宮、此処はその四番目の宮に当たる巨蟹宮。
 黄金聖闘士蟹座・キャンサーのデスマスクが預かっている宮である。

 本来ならばデスマスクが守護することに成っている宮なのだが、この日は太陽が落ち始めた頃から三人の黄金聖闘士が詰め込んでいた。

 一人は当然、この宮の聖闘士であるデスマスク。
 そして山羊座・カプリコーンのシュラと、魚座・ピスケスのアフロディーテの三人である。

 本来、黄金聖闘士が自身の宮離れることは非常に珍しい。
 何故なら彼等は、聖域の頂点に君臨する教皇と、地上の平和を守る女神アテナの御わす神殿への道を守る存在だからだ。

 その為、余程の事が無い限り各々が任されている宮を空けることなど有りはしない――――と言うのが通説になっている。

 にも関わらず、こうしてこの三人が巨蟹宮に詰めているのはなんの為か?

 それは――――

「む……相変わらずの腕だな」
「へへへ、当然よ。俺を誰だと思ってるんだ?」
「そうだな……これなら喩え今の職(黄金聖闘士)を失ったとしても、料理人として食べていけるぞ?」
「……縁起でもねぇこと言うなよな」

 テーブルの上に並べられた食事の山々。
 彼等三人は揃って夕食を取っているのであった。




 番外編 第一話 少し前の巨蟹宮では




 デスマスクが一人で用意した食事を三人でを食べ、アフロディーテが持ってきたワインとシュラの持ってきたチーズを肴に取留めの無い話をしていた。
 内容は至ってくだらない事が多く、デスマスクなどはアテネ市内の出来事、アフロディーテは日焼けが出来てしまったなどの日々の出来事を楽しげに語らっているのである。まぁ、シュラは普段が真面目すぎるため、どうしても聞く側に回ってしまうのだが。

 さて、そんな三人の談笑が始まってある程度経った時、ふとデスマスクが口を開いてこんな事を言ってきた。

「知ってるかお前ら? シャカの弟子の事」

 今までのデスマスクの会話の内容が『~~の新人店員が』とか『~~の店の娘が』といった内容だったため、
 突然のこの話の内容にシュラもアフロディーテもお互いの顔を見合わせて目を丸くしてしまった。

「シャカの弟子?」
「……クライオスの事だろう」
「知ってるのかシュラ?」
「知ってるも何も……俺達にも挨拶に来たことが有るだろう」
「そうだったか? 私は興味の無い事には、あまり気を向けない質なのでな」

 事実、クライオスは聖域に来た次の日、下は金牛宮から双魚宮までをシャカに連れられて挨拶回りをしていた。
 注:初日にそれを行わなかったのは、シャカに叩きのめされたため。

 クライオスが聖域に来てから既に二年。
 最初の頃に少し顔を合わせただけの相手だ、アフロディーテが忘れてしまっていも仕方が無いと言えるだろう。
 むしろその事を覚えていたシュラが凄いと言える。

 アフロディーテの『興味のない~~』と言う言葉にシュラは軽く息を吐くと、デスマスクの方へと視線を向けて続きを促すことにした。

「……それで、デスマスク。そのクライオスがどうかしたのか?」
「あぁ、実はな。ちょっと小耳に挟んだんだが、何でも最近――――と言っても何ヶ月も前からだが、シャカだけじゃなくアイオリアの野郎もその小僧に拳を教えてるらしいぜ」
「へぇ……アイオリアがね。あの人間嫌いが珍しい」

 と、デスマスクの言葉にアフロディーテが感想を言った。
 とは言え、何の気なしに言った言葉ではあるが、シュラはそれに気持ちを下へと向かってしまう。

「別に、アイオリアは人間嫌いと言う訳では無いだろう。奴は我々黄金聖闘士を嫌っているだけだ」
「けッ……まだあの事を根に持ってやがんのか」

 デスマスクの言う『あの事』といった言葉に、三人は言葉を失ってしまった。

 それはもう五年近く前の事に成る出来事。
 かつての黄金聖闘士、射手座・サジタリアスのアイオロスがアテナの暗殺を企てた事件の事。
 そして教皇の命により、同じ黄金聖闘士である山羊座のシュラが討伐をした事件。

 実の兄を同じ黄金聖闘士に殺された。

 その事がしこりとなって、アイオリアは他の黄金聖闘士との間に溝を作っている状態だった。
 しかし、彼等とて別に血も涙も無い冷血漢と言う訳では無い。

 アイオリアの気持ちも理解できるが、だからと言って女神の暗殺など許せるものでも無いというのもまた事実。

「あれは正当な『理由』の有ることだったじゃねーか。それを何時までもグチグチとよ……」
「そう言ってやるなデスマスク。君とて、アイオリアの気持ちが解らないでも無いだろう?」
「…………」



「あー……辛気くせーな。まぁなんだ、獅子座のガキの事は一先ず置いておくとしてだ、シャカの弟子の事に話を戻すぜ?」
「…………」
「あぁ、そうだな。――――それでデスマスク、そのクライオスだったか? その彼が直接の師であるシャカ以外からも教えを受けているとして、それが何か問題なのかね?」

 暗くなってしまった場の雰囲気を何とか元に戻そうと、デスマスクは話を無理に変え、アフロディーテもそれを後押しする形で話に乗った。
 

「いや、そんな事で『問題だ!』とか騒ぐ積りなんて更々無いがよ。……面白そうだとは思わねーか?」
「面白そう?」
「一体何を企んでいるデスマスク?」

 ピクリ……と、デスマスクの言葉にシュラも反応を示す。
 良くも悪くもシュラは真面目なのだ。

 そんなシュラの反応に、デスマスクはニヤリと笑を浮かべた。

「企むとかそんな大層な事じゃねーけどな。だがよ、考えてもみろ」
「?」
「あのシャカとアイオリアに師事してるガキだ、もし将来聖闘士になったら当然二人に似た技を使うようになるだろ?」
「ふむ……まぁ常識的に考えればそう成るだろうな」

 自分でオリジナルの技を作るものが居ない訳でもないが、その場合はどうしても師匠の技の特性を受け継ぎやすい傾向にある。
 原作では氷河が良い例だろう(ホーロドニースメルチやオーロラサンダーアタック等)。

「そこで俺は考えたわけだ。……『二人も三人も一緒じゃないか?』ってな」
「……何を言っているのだね君は?」
「俺は嫌な予感しかせんな」

 シュラやアフロディーテの反応に気を良くしたのか、デスマスクは『ククク……』と邪悪な笑みを浮かべている。
 それとは逆に、シュラはそのデスマスクの笑みに眉間の皺を深くしていた。

「更に言うのなら『三人も四人も五人も一緒だろう』と――――」
「デスマスク、少し落ち着け。お前は今とんでもなく面倒な事に俺達を巻き込もうとしている」
「そうか? 良いではないか。私は面白そうだと感じるぞ?」
「アフロディーテ!?」
「おぉ!? やっぱり乗ってきたな」

 一応は自分の味方だと思っていたアフロディーテの突然の離反に、シュラは驚きの声を上げた。

 だがアフロディーテは何処吹く風と言うような、飄々とした態度で言ってのける。

「想像しても見たまえ。仮にそのクライオスが、シャカの教えとアイオリアの教えのみを実践して聖闘士と成った場合のことを」

 と、

 そこでシュラとデスマスクは、揃ってその少年が聖闘士に成った場合の事を思い浮かべてみた。

 デスマスクの想像――――

『貴様のような奴はクズだ! 迷わずあの世に行くが良い!!』

『大地に頭を擦りつけ拝め!!』

 等と言いながら、光速拳を放っては周りを吹き飛ばし、妙な理論を打ち立てては小宇宙を爆発させる姿が目に浮かんだ。


 シュラの想像――――

『正義だ悪だと下らない……この世の全ては諸行無常。常に完全な物など有りはしないのだ』

『この身、この生命に変えてもアテナの生命をお守りする!!』

 一見達観したような事を言いつつも、いざと成れば其の身を投げ打ってでも聖闘士の本分を守ろうする姿が目に浮かんだ。


 そして二人は数瞬の沈黙後揃って口を開き、

「ちょっと問題だよな?」
「特に問題無いだろう?」

 と、真逆の答えを口にしたのだった。

「オイ、シュラ。お前ちゃんと考えたのか? どう考えても問題だろうが?」
「お前こそしっかりと頭を使っているのか? あの二人の弟子なのだぞ? 問題な部分など何処にある?」

 まぁ、其々の感性の違いと言うか、もしくは師匠のどの部分をピックアップしたかの違いと言うか……。

「まぁ二人とも落ち着きたまえ。一応訪ねるが、二人の想像の中では『聖闘士として』はどうだったのだね?」
「聖闘士として?――――まぁそれなら問題ねーんじゃねぇか? 黄金二人に師事してるんだ、上手く行けばそれなりの強さをもった聖闘士に成れるだろうよ」
「そうだな、それに関しては俺も同意見だ」

 少しばかり険悪な雰囲気だった二人は、アフロディーテの介入で気を削がれ雰囲気を和らげたのだが、
 それとは逆にアフロディーテは自身の目を細めている。

 どうやら二人の言葉に不満なようだ。

「君たちは…………誰が強さの事を聞いたというのだ? それよりももっと大切な物が有るだろう?」
「アテナへの忠誠ってんじゃねーだろうな?」
「何を馬鹿な……それよりも重要なものがこのままでは欠ける事になる――――それは美だ!!」
「…………」
「はぁ……」

 半ば予想をしていたデスマスクは呆れ顔、シュラに至っては『コイツはもうダメかも知れない』と諦めモードに入りつつ有る。

「平素は勿論、闘いに於いても我々聖闘士は美しく有ることを忘れてはいけない。そうだろう?」
「それはお前だけだ」
「少なくとも、俺はそんな事を考えて戦ったりはしねーよ」
「な、何だと!? 君たちはそれでも聖闘士と――――いや、その最高峰の黄金聖闘士と言えるのか!?」
「少なくとも、そこ迄『美』ってモンに傾倒してるお前が黄金聖闘士ってのは甚だ疑問ではあるけどな」
「な!!」

 一瞬、懐からバラを出そうとしたアフロディーテを、既のところでシュラが押さえて宥めに入る。
 それにアフロディーテは「ふん……」と鼻を鳴らして手を引っ込めるのだった。

「――――でだ、デスマスク。お前の意見は理解はした。要はお前も『クライオスに何かを教えてみたい』と言う事なのだな?
 しかし、いくらお前がやる気に成ったとしても当の本人の意向がある。それ以前に、シャカが許すか? と言う事もな」
「……まぁ、そりゃ確かにな。一つ確実な方法としては、修行中に無理矢理乱入をするってのがある」
「確実な方法かそれは?」
「…………美しくない」

 まともな神経の持ち主であれば、そんな事をすれば確実にシャカやアイオリアとの仲をこじらせ、下手をすれば戦闘状態にまで発展するかも知れない。

 ……まぁそれは乱入をするのがデスマスクで、しかも普段と同じノリで行った場合のことだが。

 しかしデスマスクはそんな事などお構いなしと言わんばかりに、『早速明日にでもやってみるかな?』等と言っている。

「聞け、デスマスク……。俺達とて厳しい修業の果てに、今こうして黄金聖闘士として居られる訳だが……。
 果たして、並の人間にそこ迄の修業を課して良いものだろうか?」

 と、シュラは無駄とは解っていても、取り敢えずは正論をもってデスマスクを諌めようとした。
 こんな奴でも一応はシュラの友人で有る。
 それがシャカと対立し、廃人に成るのは忍びないと思ってのことだった。

 まぁ、シャカと対立することや、その場合廃人に成ることを見込んでいる時点でデスマスクが哀れとも言えなくもないが……。

「これ以上ものを教える人間が増えては、唯の器用貧乏に成るのではないか?」
「ふむ……確かにシュラの言い分にも一理ある。余りにも詰め込めすぎては無理が出るやもしれんな」

 しかし、アフロディーテも加わった説得(?)の言葉だったにも関わらず、どうやらデスマスクには余り意味が無かったようで――――

「お前ら揃いも揃って何を言ってやがる……」
「デスマスク?」
 
 急に勢い良くデスマスクは立ち上がると、力強い言葉と態度をもってシュラとアフロディーテを一喝した。

「器用貧乏? 無理が出る? だったらそうならねーよーに、奇跡を起こせば良いだろうが! 俺達聖闘士は、その奇跡を体現する存在じゃねーのか!!」

 コレが恐らく主人公属性を持つものが言ったのなら絵になる――――もとい、聞いた者の心に響いた事だろう。

 しかし、如何せんここまでの話の流れや、そしてそれを言ったのがデスマスクで有ると言うことがあってどうにも……。

「君がそういった台詞を吐くと、仮に其の積りが無かったとしても嘘にしか聞こえないな」
「んだとぉ!!」
「合わせて言うのなら、今までの会話と決して合うような言葉でも無い」
「シュラもか!? ちくしょう! あぁ解ったよ!! こうなったら俺ひとりでもやってやるよ!!」
「いや、そもそも俺は止めろ言いたいのだが……」
「うるせーバカ!」
「バ、バカ……」
「まぁ、待ちたまえデスマスク。そういきり立つな、そもそも私はやらないとは言ってはいない。ただ、鍛えてやるのはゴメンだがな」
「あん?」
「先程も言っただろう? 今のままでは美しさに欠けると……」

 言うとアフロディーテは何処から出したのか――――まぁ間違いなく懐からだろうが――――真っ白な白バラを手に持って言ってきた。
 その際に花弁を一枚唇で咬むと、『フ…』とそれを吐息で宙に舞わせる。

 まぁ、その仕草が美しいかどうかは疑問だが……。

「優雅さと美しさを併せ持った聖闘士になるように所作振る舞いを教え込む――――と言うのなら、私はやっても良いと思う」
「それを言うのなら今お前の目の前に居る、『この』蟹座の聖闘士に教え込んだらどうだ?」
「おいおい、幾ら何でもそりゃゴメンだ――――」
「シュラ、世の中には可能な事と不可能な事があるものだ」
「何だよそりゃ!?」

「ふぅ……まぁいい、兎も角俺は止めたからな。仮に本人は勿論、シャカの不興を買ったとしても助けたりはせんぞ」
「別に良いけどよ、率先してシャカに言うような事だけはすんなよ?」
「お前らが無理をさせなければ何もせん事は約束しよう」

 シュラはそう言うと、『そろそろ磨羯宮に戻らせて貰おう』と言って席を立ち、何か言おうとしたデスマスクに手を振って制するようにして立ち去るのだった。
 とは言えシュラは思う、『いざと成ったら俺が実力行使をしてでも、この二人を止めなければ成らないのだろうな……』と。

 そうして残される形になったデスマスクとアフロディーテだが、直ぐ様アフロディーテが溜息を一つし、

「ふ、では私もそろそろ双魚宮に帰るとしよう。そのクライオスがどのような人物なのか……私なりに調べたいからな」
「おう」

 と言って、席を立った。
 だが出口に差し掛かったところでアフロディーテは足を止め、その場で立ち止まってしまった。

「――――なぁ、デスマスク」
「何だよ」

 さっきまでの巫山戯た雰囲気を一変させ、デスマスクは姿勢を正してアフロディーテの言葉に耳を傾ける。
 それが軽い話ではないと解ったからだ。

「私は時折考えるのだ……。こうして語らい、友と共に過ごす時間の中に――――何故、何故『あの二人』が居ないのだろうと」
「…………」
「何が……いや、何かが間違っていたのだろうか? かつての私達は――――」

 だがそれに答えることなどデスマスクには出来ない。
 出来る筈がない。

 聖闘士の鑑と言われた二人。

 射手座の黄金聖闘士アイオロス、

 そして例の事件を境に姿を消してしまった人物、神の化身とまで言われた最強の黄金聖闘士だった男、

 双子座のサガ。

 共に尊敬し敬愛した二人の聖闘士。

 何故この場に二人が居ないのか? 何故そんな現実になってしまったのか? そんな事は解るわけが無かった。

「済まない……詰まらない事を言ったな。唯の戯言と聞き流してくれ」

 『悪かった……』

 そう言葉を残すと、アフロディーテは腕を一閃して花霞の中に消えていった。
 バラの香りを残して……。

「何故……か。それこそ俺に解るわけがねーだろ」

 自分以外に誰も居なくなった巨蟹宮で、デスマスクはそう独り言ちたのだが……次の瞬間!?

「――――あの野郎! 誰が片付けると思ってんだ!!」

 部屋中にばら蒔かれた大量のバラの花弁を見てそう叫んだのだった。







[14901] 第7話 必殺技?――――どうだろうね?
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/01/21 12:44




 今回は、おシャカ様が普段以上に出張っています。
 ですが何と言うか『普段以上にヒドイ状態』です。ついでにデスマスクが登場しますが、扱いが可哀想な気がする。

 なのでシャカのファンやデスマスクのファンは見ない回れ右を推奨します。
 『それでも構わん!!』と言う剛の者はスクロールをしてください。








 最近、シャカの真似をして少しづつ髪の毛を伸ばしているクライオスです。
 もっとも、俺の髪の毛はシャカと違って直毛では無く少しクセが入っているため、伸ばせば伸ばすほどに何処かサガやアフロディーテのような髪型に成っている気がするのだが……。
 まぁどちらかと言うと、薄いオレンジ色(萱草色)の髪の毛もあって漫画版のミロに近いのかな?
 しかしそれ程モサッとしてる訳でもないし……表現が難しいな。

 何で切らないのかって?
 聖域にはまともな理髪店が無いのですよ。なので殆どは自分で切るのが普通……。

 シュラの聖剣とか便利そうだよな? まぁ散髪に使ったらバチが当たりそうだけど。


 さて、俺が聖域に身売りされ、修行を開始してから既に2年と3ヶ月。

 今日まで色々な事があった。

 シャカに叩きのめされたり、シャカに五感を奪われたり、アイオリアにぶっ飛ばされたり、シャイナの素顔を見てしまったり、カミュに氷漬けにされたり、シャカに幻術を掛けられたり、シャカに六道に落とされそうになったり、シャカに精神を破壊されそうになったり、シャカに――――あれ?

 やたらとシャカの比率が多いな……。
 まぁ、一応は師匠である訳だし仕方が無いのか? 師匠が弟子を殺しそうに成るのは聖闘士の風習みたいなものなのだろう。良くは解らないが。
 ――――解らないが、きっとデスクィーン島での一輝の修業を思い返してみるにそうに違いない。

 …………ま、その事は今は取り敢えず置いておこう。

 さて、何故俺がこの聖域に来てからの事を思い返したのかと言うと、それは今日一つの事件が起きたからだ。
 とは言え、それは別に『俺の抹殺指令が下った』とか『聖域が何者かに蹂躙された』といったような、危険極まるような内容ではない。

 まぁ心温まる内容か? と問われれば、それは甚だ疑問であるが……。しかし俺にとっては一つの大事件である事に変わりは無かった。
 その内容とは『技』だ。

 アイオリアが、俺の拳に技名を付けてはどうかと提案してきたのだ。

 もっとも、今では『ソレ』も台無しだけど。


 事の始まりは今から少し前のこと。
 今日も朝から迎えに来たアイオリアに連れられて、既に恒例と成っている高速拳の修業を行っていたのだが……

 まぁアレだ、拳速が遅いと殴られるヤツ(とは言え、殴られなかった事が無い)。

 黄金聖闘士に殴られるとか……、
 ハッキリ言って、命の限界ギリギリな修業をしているような気がしないでも無いだが、最近ではそれに慣れ始めている自分が居るからな……本当に慣れってのは怖いものだ。

 だがそんないつもの練習風景も、今日はいつもとは全く違った様相を呈している。

 ……いや、少なくとも最初の内はいつもと一緒だったんだよ。

 ところがそれが現在では様変わり。

 ひょんな事から、俺の目の前では普段よりも遥かにスリリングなことが起きている状態だ。

 それは――――


「さっさと掛かってきやがれ!!」

「クライオス! 『セブンセンシズ』だ!!」
「…………」

 何故か蟹座のデスマスクに拳を放つことになり、それをアイオリアとシャカが見学をするといった状況になっていた。




 第7話 必殺技?――――どうだろうね?




「クライオスよ、お前に稽古をつけるようになってから随分と月日が経った。
 正直、これまでのお前の成長は、他の候補生達と比較しても比べ物に成らない程に目覚しいものがある。
 既にお前のその拳速は、青銅の域を遥かに超えたところに在ると言っても過言ではないだろう」
「えっ? 今の状態でもそんな評価なの?」
「何か言ったか?」
「……別に」

 持ち上げたかと思えば遠まわしにまだ青銅レベルという言われ方をした俺は、ほんの少しだけ落ち込んだ。
 少しは自身が有るのに……俺の拳速ってそんなに遅いか?

 それともアイオリア的には『青銅も白銀も大して変わらん』って事か?

 まぁ余計なことを言って、『当然だろう?』なんて肯定でもされたらショックなので、敢えて何も言わないけどさ。

「いいかクライオス、お前は幸せ者だぞ。黄金聖闘士2人に教えを乞えるなんてな……。常識であれば考えられんほどの幸運だ」
「そう? 自分ではかなり早まった感がするんだけどね」
「お前はいちいち――――まぁ良い。それでだ、俺は『そろそろ頃合なのではないだろうか?』と思うのだ」
「頃合って何のことだよ?」

 目を細めて首を傾げた俺に、アイオリアはスッと眼を閉じると間を置き、次いでカッと眼を見開いて口を開いた。

「今日は、お前の必殺技の名前を決めようと思う」
「な……え、必殺技!?」

 この時の俺の衝撃が解るだろうか?
 聖闘士を目指してはや2年と3ヶ月。俺はついに現役聖闘士に、それも黄金聖闘士に認められたということか!? と。

 まぁ、何だ。
 先日のカミュとの一件では、一応は凍結拳の使用方法を覚えはしたものの、とても戦闘に使えるようなモノではなかったのだ……これが。
 良いところ前もって氷を作って置くとか、デザートを冷やすのに使える程度の凍結能力でしか無い。
 当然そんなものに名前をつける訳にはいかず、冷凍保存や冷やし作業に使うのみ。

 だが今日アイオリアは、俺の拳に一応とは言え『合格』を出したという事なのだ。

 これが嬉しくないわけがない。

 まぁ、実は少し前にも一つの技が使えるよう成ったのだが……それはシャカに怒られたので使わないようにしている。

 おっと、話を目の前の事に戻すとしよう。

「そう必殺技だ。
 今のお前は、その拳速だけなら確実に聖闘士の域に達している。
 これからも修業の日々が続くだろうが、名前をつける事でそれらの励みになるだろう」
「…………」
「ん?……どうした? 嬉しくは無いのか?」

 俺は喜びの表情を浮かべた後、一つの疑問が浮かび上がったためみるみる眉間に皺を寄せて行ってしまった。
 それは――――

「いや、正直なところ認められたってのは嬉しいんだけど――――そういうのって師匠であるシャカに断りも無くやっても良いのかなって……」
「…………」

 と、いう事だ。
 まぁ自分の師匠に『俺の技の名前はこういうのが良いんですが、大丈夫ですかね?』と、聞くのもどうか? とも思うのだが、何せこんな事は生まれて初めての経験だ。 可能な限り憂いは絶っておきたい。

 アイオリアにも俺の考えが伝わったのか? 『ム……』と唸るように声を漏らすと口元に手を当てて考え込み始めた。
 だが――――

「まぁ良いだろう……多分」

 と余り深くは考えてくれなかった。

 その後アイオリアは、『まぁ気にするな、成るように成るさ』と言いながら俺の肩をバンバンと叩きながら言ってくる。
 痛いから止めて貰いたい……本当に。

「ではお前の技の名前だが……さて……良い名前…名前」
「は? なに? アイオリアが考えるの?」
「む……いや何、考えるとは言っても案を出すだけだ。選ぶのはお前だからな」
「……はぁ」

 『選ぶ』のは俺って……俺には『考える』権利は無いって事なのか?
 だとしたら少し憂鬱だ。

 俺が未だ見ぬ自身の必殺技(名前)にちょっとした悲壮感を漂わせていると、当のアイオリアの口からとんでもない『単語』が飛び出してきた。

「ふむ、ライトニング…いやサンダー?……それともアトミック――――」
「ちょちょちょッ――――ちょっと待った!!」
「? なんだクライオス? 突然そんな大声を出して?」

 俺は流石にその『単語』を見過ごす事など出きず、間髪入れずにアイオリアの思考に割って入る。
 だって流石に其の名前は……

「……案を出してくれるのは嬉しいし、感謝もしてるけど――――そういった『電気』を連想してしまうような名前はやめてくれ」
「何故だ? それでは俺に師事したことが解らなく――――」
「少しで可能性は消しておきたいんだよ!!」

 勿論『雷電聖闘士』のである。正夢なんて絶対に嫌だからな!

「ならば、お前はどんな名前が良いと言うのだ? そう言うからには何か良い案でも有るんだろうな?」
「え? あーいやー……急に言われてもなぁ。……金◯寺エクスプロージョンとか?」
「……何だそれは?」
「いや、冗談だけどね」

 でも名前か……。
 実際、急にそんな事を言われても思い浮かぶわけがないんだよな。
 大体自分の技の名前なんて考えていられるほど、俺はゆとりのある毎日を送って等居なかったし。

 毎日が生きるか死ぬかの日々だぞ?
 聖闘士になる前から『ペガサス流星拳』とか、自分で名付けてしまった星矢はある意味ではすごい存在と言える。

「やはりサンダー―――」
「だから嫌だっての!!」

 性懲りも無く、電気を連想してしまうような名前を付けたがるアイオリア。
 俺がそれに拒否の言葉を投げかける(ブツける)と、ほぼ同時に人の気配が増えたのを感じた。

 俺に解ることだ、当然アイオリアにも解ったようで同時にその気配の方へと向かって顔を向ける。 

「やめとけやめとけ、アイオリアにそんな事を考えて貰おうなんてのが、そもそもの間違いだ」
「デスマスク!?」
「……蟹座?」

 何とも嫌な予感しかしないような登場人物だ。
 第一、聖域に来てから一度も話をしたことが無いような人物が、何だってこんな処に来たんだ?

 正直なところ、ついこの間カミュに酷い目に合わされたばかりだからな、成るべくなら他の黄金聖闘士との関わりを持ちたくないんだが……。

 願わくば俺にじゃなくて、アイオリアに用があって来たのであれば良いのだけど……。

「何をしに来たデスマスク? よもや単に声を掛けただけと言うわけでもあるまい?」
「別に、特に何をって訳じゃねー。見学だ見学」

 はい、残念。
 どうやらデスマスクはアイオリアに用が有る訳ではないようです。

 まぁ……それはそうだろうな、この頃のデスマスクは教皇の事を未だ知らないだろうし(恐らく)、
 基本的に正義の為に働く黄金聖闘士様としては『逆賊アイオロス』の弟と仲良くしようなんて奴は居ないよな……。

 『見学だ』なんて言ってるデスマスクの雰囲気だって、何処か喧嘩腰っぽいし。
 もっとも、『あれが普段どおりの態度』という可能性も十分あるが……。

「ほぉー……そっちがシャカの弟子のクライオスとかいう小僧か? 何だか生意気そうな面してるな?」
「……アンタには言われたくない」
「ケッ、鼻っ柱は強そうだな……。おいガキ、何ならこのオレ様がお前に指導をしてやろうか?」
「ぇえッ!?」
「……何だよその反応は?」

 ついつい本音の言葉を使ってしまった。
 しかし……正直その提案は『有難迷惑』という奴だ。今の俺は二人の指導だけで日々を限界ギリギリで過ごしているのだ。
 そこに、また別の人間が指導に入るなんてのは勘弁して貰いたい。

 いや、社交辞令とか世の中には必要だとは思うよ?
 俺だってそれくらいの事は分かっているさ、世の中を上手く渡っていくにはそれなりのお世辞だって必要な事くらいは良く解っているんだ。
 ただ、その結果が『自分の生命を縮める』事にしか成らないと解っていて、それでもそれをする奴なんて居ないだろ?

 ――――いや、まぁそれも絶対に居ないとは言えないけどさ、少なくとも俺はしたくはない。

 だからどうしても『嫌だなぁ……』というのが顔に出てしまうのだ。

「お前な、俺達黄金聖闘士に数人掛りで指導されるなんてのは、普通常識じゃ考えられねーよーな事だぞ?」
「いや、だからって自分の生命を捨てて良いって事には成らないから」
「あん? 何のことだ生命って?」
「だって……仮にデスマスクが俺を鍛えることに成ったら、出来が悪かったり態度が良くなかったら積尸気送りに――――」
「しねーよ! どんな師弟関係だそりゃ!?」

 え? しないの?

 これは驚き。
 だってシャカなんてまんまその通りだし、アイオリアだって問答無用で殴ってくるし、先日のカミュだって暴走したからな……。

 これはデスマスクに対する評価をかえるべきか?

 ……解った。

 つまりは、元から他の黄金の人達よりもズレてるから、逆に常識的な一面が出てくるのかも。
 そしてシャカやアイオリア、カミュなんかは普段が真面目な分、歯止めが効かなくなると……成程。

「待てデスマスク。お前……一体何を考えている?」
「何がだ?」
「とぼけるな! 何の企みも無く、『善意』で候補生の面倒を見るなどと言ってくる訳がない!!」
「……何と言うかな、確かに動機は『面白そうだから』って理由だがよ。お前を含めた周りの、俺に対する評価って酷すぎねーか?」

 まぁそれは俺も感じなくはないが、どうにも『デスマスクだしな……』との感想になってしまう。

 イメージって大切だよな?

「フン……自分の胸に手を当てて良く考えるのだな」
「あーそうかい……ま、テメエらがどんな風に俺のことを見てようと関係ねーけどな」
「おぉ、大人の反応だ」

 感心した。
 俺は感心した。

 デスマスクはもっとキレやすい、チンケな(言ったら殺されそうだが)小悪党なのかと思っていたが、そんな事はなかった。
 アイオリアに大して、年上の余裕を見せることの出来る大人だったのだ。

 コレは本当に、俺の中にあるデスマスクの評価を変える必要が有るかも――――

「つー訳で、此処でお前らがどんな遣り取りをするのか見学させて貰うぜ?
 ――――それとも何だ? 見学すんのに金をとるとか言うんじゃねーだろうな?」
「誰がそんな事を言うか!!」
「なら問題ねーな?」
「ぐ、ぐぅ……」

 ――――やっぱり小悪党かも。

 二人の言い合いを見ながら俺がそんな事を考えていると、

「――――いや、問題だ」

 と、その言葉が耳に届くと同時に『休日には感じないはずの嫌な感覚』が俺の身体を襲った。

 馬鹿な、何で此処にアンタが来るんだ!?
 今日は朝から瞑想に入り、神仏との会話をするって言っていたのに……!!

「シャカ!?」

 そこには、どう贔屓目に考えても聖域の風景とは合いそうも無い、袈裟姿のシャカが立っていた。

「ゲ!? シャカ!! 何だって此処に……」
「不思議なことを言う……この地は我ら黄金聖闘士の護る聖域だ。故に私が何処に現れようと問題なかろう?」
「グ……」
「とは言え、実際はアイオリアに苛められる弟子の様子を見物に来ただけ……なのだがな」
「……悪趣味ですね」
「何を言う? 自らの弟子の状態を、自身の眼で確認しようと言う私の気遣いが解らんのか?」

 『それはどんな気遣いだ?』
 と聞いても良いのだろうか?
 まぁ喩え聞いたとしても、碌な答えは帰ってきそうに無いのだが。

「しかし――――まさかこの場に君まで居るとはなデスマスク?
 一体何の話をしていたのだね? 何やら『金』がどうとか……随分と俗な話をしていたようだが?
 私の弟子の前で、そういった低俗な会話は謹んで貰いたいものだな」
「――――シャカ、俺はそんな話はしてなど居ない。言っていたのはデスマスクだ」
「ほう……デスマスクが。多分に漏れず、俗な男だな君は?」
「チッ」

 シャカが視線(眼を閉じてるのに視線とは変だが)をデスマスクへと向けると、当のデスマスクは舌打ちを一つして不快感を顕にする。

 ――――って何だコレ?
 なんだってこんなに仲が悪いんだ黄金聖闘士!?

 俺は重くなる場の雰囲気に耐え切れ無くなる前に、なんとか好転させようと試みてシャカに話を振ることにした。

「実は、アイオリアが俺の『技』の名前を決めようって話をして……」
「技……?」
「あーいや、アレじゃなくて高速拳の方の」
「そうか……」

 ピクリっと、一瞬だけシャカの片眉が跳ね上がるが、俺が補足を付け加えるとそれ以上の追求はしてこなかった。

「クライオスがお前の所で修業をするようになって既に2年以上、そろそろ何かしらの技名を持っても良い頃合だろう?」
「……とは言え、唯の高速拳なのだろう?」
「別に良いんじゃねーか? 特色があれば唯の高速拳って訳じゃなくなるんだしよ」
「――――なんだデスマスク、まだそこに居たのかね?」
「てめぇな……仮にも俺は三つも年上なんだぞ? ちったぁ敬いの心を持ったらどうだ?」
「君に敬える場所を見つけることが出来たら、その時はそうさせて貰おう」
「……この野郎」
「――――えぇっと、デスマスク。……特色って例えばどんなのを指して言ってるのさ?」

 一瞬、デスマスクの小宇宙が上昇したのを感じた俺は、冷や汗たらたらで間に割って入った。
 シャカも、これじゃ唯のいじめっ子みたいじゃないか。

「あん……そりゃ例えば、俺だったらこの『燐気』だな」

 とそう言うと、デスマスクは指先に小宇宙を集めて燐気を灯してみせた。
 『ボゥ……』と灯るその火は、何とも儚げだが怪しい光を放っている。

「シャカなら小宇宙の爆発や操作、俺の場合は小宇宙で生み出すこの雷だ。だから技名もライトニング・ボルトなんだがな」
「つまりどんな技にせよ、それがどんな技なのか解るような名前が好ましいってこと?」
「そうとも限らん。
 私はそうでもないが、恐らく他の者達は『天魔降伏』と言われても私の技がどのようなモノか……想像することは出来んだろう。
 ……だが考えても見た前、『ロイヤル・デモンローズ』と言いながら、スカーレットニードルを放つミロは些か変だろう?」
「あの人は、酒飲ませればそれ位ノリでやってくれそうです」

 そうか、つまりはノリだけで名前を付けても実際は問題ないが、聞いた人間が『えぇ!?』と思うようではダメだという事か。
 せいぜいが『ん?』っていうレベルでの名前だな。

 まぁ、シャイナなんかは電気を出せなくても、技名は『サンダークロウ』だしな。
 とは言え、アッチは打撃の加え方にコツが有って、まともにくらえば本当に電撃でも浴びたような衝撃を受けるらしいが。

「でもそうなると……本当にただ殴るだけの俺の拳ではまともな名前は難しいのでは――――」
「待て、クライオス。いっその事、技自体を殴るものから違うモノに変化させてはどうかね?」
 確か先日、君は幻術も覚えた筈だが……?」
「ゲ、そんなもん覚えやがったのか?」
「……まぁ一応」

 嫌なことを思い出させてくれる。
 正直忘れていたかったのに。

 ――――あぁ、一応誤解の内容に言って置くが、別に使えることを忘れたかった訳じゃない。
 力技が主体のこの世界では、それこそ非常に効果的なスキルだとも思うからな。

 俺が言っている思い出したくない事とは、それを身に付けた後に起きた出来事のことだ。 

「成程……直接の師であるシャカはその類のものが得意だからな。――――しかしなんだ、『一応』とは? なにか問題でもあるのか?」
「いや、問題とかそういう訳じゃなくて、ちょっとトラウマが……」
「トラウマ?」

 アイオリアの問に、俺は声量が小さくなってしまい返すことが出来ない。
 しかしそんな俺の言葉を代弁するかの様に、シャカはニコっと笑って説明をするのだった。

 あー……有り難くない。

「なに、クライオスが幻術を覚えて直ぐのことだ。事も有ろうに、私に向かってそれを仕掛けてきたのでな……。
 仕返しとばかりに『それをソックリ其のまま返して』、その後に少々の『折檻』をしたまでだ」
「…………」
「………………」
「自分で『やってみろ』って言ったクセに……」
「私にかけろとは言っていなかった筈だが?」

 あの場には俺とシャカしか居なかったのに、他にどうやって見せれば良かったのか?
 まさか、道行く人(雑兵の方々)に幻術を仕掛けろとでも言う積りだったのか?

 ……幾らなんでも其れは無いか、多分。

 恐らく。

「さて、逸れた話を元に戻すが――――クライオス、要は拳を浴びせた相手に幻術を掛けるような技にしてどうか……ということだ」

 俺がシャカの発言に頭を悩ませていると、シャカは笑顔を向けながら俺にそんな事を言ってきた。

 つまり、

 拳を浴びせる→直接小宇宙を叩き込んで幻術を仕掛ける→『奴の神経はズタボロ』

 幻魔拳ですか?

「それはちょっと……『色々』と問題が出そうな気がするので次点と言うことで」
「ム、戦闘中でも拳を浴びせるといったワンアクションを挟むことで、相手を幻術に陥れ易くする事が出来るのだが?」
「まぁ……理解は出来ますがね」

 ただそんな技を身につけると、一輝との『どちらの技が上か――――』的なフラグが立つ様な気がするので……。

「ならば、先日お前はカミュに『殺されかけた』ときに、たしか凍結拳を身に付けた聞いたが? 何ならそれを利用してみてはどうだ?」

 とはアイオリアの言葉。
 成程、随分と建設的な言葉だ。もっとも、

「それは面白そうだけど、今現在ではとても戦闘に使えるレベルで凍らせる事なんて出来ないよ?
 それ所か、やられた相手は凍気を乗せて殴られた事にも気が付かないかも知れない……」

 前述もしたけどコレは本当。
 多分使っても『あぁ、何か一緒に冷たいのが――――』って成る程度だろう。

「それじゃ意味ねーな。……シャカ御得意の、小宇宙を爆発させるタイプの技はどうなんだよ?」
「有るには有るが、現在は使用禁止だ」
「あん? 何でだよ」
「まだまだ実戦で使えるレベルではない」

 と、デスマスクの質問をシャカはあっさりと返した。

 シャカの言っている実戦では使えないと言うのは、俺がサガの『ギャラクシアン・エクスプロージョン』や、シャカの使う『天魔降伏』のような技を目指して独自に練り上げた拳である。……まぁ言ってて恥ずかしいが。

 とは言え、それを使用するには小宇宙が足りない。

 使用可能に成るまで小宇宙を高めているとそれだけで無防備を晒してしまうし、実際小宇宙を高めていざ放って見ても、
 師匠で有るシャカには簡単に止められてしまった。

 シャカ曰く――――

『その技を実戦で使うには、まだまだ小宇宙が足りんな……それと瞬間的な爆発力も弱すぎる。
 そもそも、君程度の実力でそんな大それた技を使おうと言うこと自体――――』

 まぁ後半は置いといて、そう言う事らしい。

 その為、折角作った技であったが其の侭お蔵入り、と成っているのだ。

 もし俺が『セブンセンシズ』に目覚めることが有るのなら、その技も使えるように成るのかも知れないが……そんな日は来るのかねぇ?

「なぁー……そもそもな? その高速拳とやらは、実戦で使えるレベルに成ってんのかよ?」
「それに関しては問題ない。少なくとも青銅や白銀レベルの働きは出来るはずだ」

 デスマスクの問にアイオリアがそう答えると、デスマスクは「フム……」と口元に手をやって考え込み、

「……しょうがねーな。……おいクライオス、お前ちょっとアイオリアに教わった拳を全力で撃ってみろ」

 なんて言ってきた。

「へ?」
「へ? じゃねーよ。何だかんだで俺はお前の拳がどんなもんか知らねーからな。一度ちゃんと見てみないと何とも言いようが無いからな」
「でも――――」
「正直、君が何かを言う必要は――――」
「そうだよね!? いや、すっかり失念してたな俺!!」

 やんわりと断るつもりだった俺だが、シャカの吐く毒を何とか和らげようとして肯定の言葉を言ってしまった。

 はぁ……これでまた気に入らなかったら、アイオリアの時みたいに殴られるのかな。

 俺は溜息を吐きつつトボトボと歩き、誰もいない空間に向かって拳を構えた。

「それじゃコッチに向かって撃てば良い?」
「あー……いや、それじゃちょっと面白くねーからな目標はコッチだ」
「コッチって……デスマスクに向かって撃てって?」
「む?」
「ほぅ……」

 トントンっと自分の胸元を指さしながら言うデスマスク。
 そしてその行動にシャカもアイオリアも興味を持ったようだ。

 ただその興味の持ち方が――――

「面白い……。クライオス構わん、全力でその蟹を叩きのめせ!」
「滅多に無いことだが、私もアイオリアと同意見だ。クライオス、『やって』しまって構わん」
「お前等な……」

 と言うのは如何なものか?

「まぁ、シャカやアイオリアがあぁ言ったとしても、俺の拳は黄金聖闘士に当てられる程の速度は出ないから」
「んな事は解ってる。元々当てられるとは思ってねーよ。
 いくらシャカの弟子だとか言ったって、たかだか聖闘士候補生。そんなガキの攻撃をくらう訳がない」
「まぁそりゃ――――」
「ならばデスマスク……君は私の弟子の攻撃など当りはせんと言うのだな?」
「当たり前だろうが? むしろくらう様だったらその方が問題だ」

 何故だろう?

 面倒事に巻き込まれる予感がする。

 俺は一時撤退をすべきでは無いか? と考え、気付かれぬように出来る限りゆっくりした動きでその場から離れようとしたのだが。

 グイッ……

「どうしたクライオス?」

 俺の行動理由が解ってい無いアイオリアに肩を掴まれ止められてしまった。

「では、少し賭けでもしようでは無いか? もし、クライオスの拳を君が全弾避けることが出きたのなら、それは君の勝ち。
 逆に喩え一発でも触れるような事があれば私の勝ちだ」
「……それじゃ賭けに成らねーだろ? どう考えても俺がくらう訳がねー」
「そうだぞシャカ、確かにクライオスの実力は大したものだと思うが、黄金聖闘士相手にどうこう出来るようなものでは断じて無い」
「そのような心配など杞憂だ、私は自身の弟子とそれを鍛え続けてきた『私自身』を心底信じているからな。
 この『程度』のことなら必ずやってのける」

 何だか微妙に変な言い回しをしているシャカに、俺は首を傾げたが、周りに居るアイオリアやデスマスクはそんな事は感じなかったようだ。
 俺の気のせいだろうか?

「そこまでコケにされるような事を言われたら、引く訳にはいかねーな。
 良いぜ、お前のその下らない挑発に乗ってやるよ」
「フ……後悔せんことだ。クライオスは、君が思っている以上に厄介だぞ?」
「フン! 抜かせ!!
 シャカ! 俺がこの勝負に勝ったら、お前を一日小間使いのように使ってやる!!」
「ほう……ならば勝利報酬は相手の一日小間使い権にするか」

 そやって話を纏めると、シャカは俺の方へ向かって足を進めてきた。

 俺としてはかなり困った状態だ。
 何故かって?

 そりゃ先ず第一に、『黄金聖闘士であるデスマスクに拳を当てられるわけがない』って事

 で第二に、『シャカが余計な約束をデスマスクとしてしまった』と言うこと。

 コレでもし俺がデスマスクに当てられないなんて事になろうものなら、問答無用で『六道落ち』が決定してしまう気がする。
 今だと『修羅道』行きかな?

「シャカ……」
「クライオス、君は何も迷うことはない。ただ全力で拳を振るえばそれで良い」

 震えるような声を出す俺に、シャカは暖かい口調でそう言ってきたのだが……。

 そうじゃなくて、勝手に話を進めないで欲しいのだが?

 って言ってやりたい。
 しかも、今はその優しげな口調が、逆に恐怖を煽る材料に成ってる事に気づいていないのだろうな……。

「さぁ! さっさと撃ってきてみろ!!…………クライオス!!」

 向こうは向こうでハッスルしてるし。

「俺からもアドバイスをしておこう。
 クライオス、仮にも奴は小宇宙の究極である『セブンセンシズ』に目覚めている黄金聖闘士だ。
 今のお前では、まともにやっても勝ち目などあるまい」
「…………」

 そんな事は分かっている。

 だから嫌な雰囲気を感じた時に逃げようとしたのに、それをアイオリアが邪魔したのではないか?

「だが、今こそお前は修業の成果を見せる時だ。俺やシャカの教えを元に、究極の小宇宙『セブンセンシズ』目覚めれば……あるいは」

 と、アイオリアはそこまで言うと言葉を飲み込み、押し黙ってしまった。
 どうせならそんなアドバイスよりも、この賭け自体を止める方向で動いてもらいたものだ。

「全く……簡単に言ってくれる」

 俺は唇を噛み締めながら、目の前のデスマスクに向かって拳を構えるのだった。




 デスマスク視点

「デスマスク! アンタに恨みはないが、シャカやアイオリアの期待を裏切る訳にはいかない」
「…………」
「悪いがこの勝負、勝たせて貰うぜ!!」

 目の前で拳を構えているクラウオスは威勢よく啖呵を切ると、鋭い視線を俺へと向けてくる。

 全く何を言ってやがる。
 こんな事は勝負にも成りゃしねーのにな。

 たかが候補生如きの餓鬼が、喩えどれだけ頑張ったところで所詮――――

 と、俺の思考はそこで停止してしまった。
 何故なら、不可解な事が起こっているからだ。

 熱い……!? 何という熱さだ!!
 目の前に居るクライオスから感じるこの強大な小宇宙は一体に何だ!?

「何だコレは!? これが、これが本当に! 聖闘士候補生の発する小宇宙だってのか? これじゃまるで――――」
「おぉおぉおおおおおお!! 消し飛べ、デスマスクッ!!」
「まッ――――」

 一瞬の間に繰り出される無数の拳。
 それは既に百や二百は勿論、千や万を超えた拳――――

「これは!? クライオスの放つ拳が光の線になって……まるで光速!? あじゃぱーー!!!」

 目の前に光が走り……俺の全身を幾つもの衝撃が貫いていった。





 クライオス視点

「――――シャカ、何だか急に身悶え始めたけど……デスマスクに何かしたの?」

 俺が小宇宙を高めようと拳を向けたのとほぼ同時に、目の前でふんぞり返っていたデスマスクが冷や汗を流して俯いてしまったのだ。
 その後、何やら『何だこれは――――』とか『あじゃぱー』とか呟いていたかと思えば、今では一人で地面をのたうち回っている始末。

 どう考えても普通じゃない。

「何……少しばかり楽しい幻覚を見せてやっただけのことだ」

 あぁ……そうですか。
 『私自身を心底信頼』ってそういう事ですか。

「 それよりクライオス、今の内に一撃いれたまえ」
「えっ!? 良いの?」
「何か問題でもあるのかね?」

 『有るだろう……どう考えても』とは、思っていても言えない俺だった。

「――――じゃあデスマスク……ゴメン!!」

 そうして俺は、限界まで小宇宙を高めてデスマスクの顔を殴るのだった。




「アゴが痛ぇ……」

 アゴを摩りながら言うデスマスクとそれを見ている笑顔のシャカ、
 そして眉間に皺を寄せている俺とアイオリア。

「しかし……俺は全身を撃たれた気はするが、アゴにこんなん成るまでくらったか?」
「記憶が飛んでいるのではないかね? アイオリア、君は見ていただろ? クライオスの拳がデスマスクのアゴを捉えた瞬間を」
「まぁ……確かに見はしたがな」
「…………」

 見ていたアイオリアも、当然それをやった俺も揃って微妙な顔をして言葉を詰まらせた。
 アレは有りなのだろうか?

 既に殴った後では有るが――――

『私は何も騙すようなことも、嘘もついては居ないぞ? 良く聞いていたのかね?』

 との事。
 まぁ確かに嘘は付いてないのだろうけどさ……。
 一体どんな幻覚を見せたんだろうか?

 デスマスクのこちらを見る表情が、何だか最初と変わっているような気がするんだが。

「――――兎も角、この勝負は私の勝ちで良いな? 君には後日、処女宮で働いて貰う。心して待っていたまえ」

 シャカの台詞に舌打ちで返事を返すデスマスク。

 俺はこのとき『雑用でもやらせるのかな?』と軽く考えたのだが、次にシャカから発せられた言葉を聞いた瞬間、開いた口が閉まらなくなった。

「今度、クライオスの小宇宙を高める修業の一環として、何度か『黄泉比良坂』に送ってやってくれ」

 だったからだ。







 そのちょっと後。

 アイオリアは『今日はもう、修業という空気ではないな。名前はおいおい考えるとしよう』と獅子宮に帰り。
 シャカは『私も当初の予定通りに瞑想に入るとしよう』と処女宮へと戻ってしまった。

 その為、その場に残される形に成った俺とデスマスクだったが、デスマスクの提案により軽い技術指導が行われていた。

 単に殴るだけではなく、『特色』とやらを持たせる方法が思い浮かんだらしい。

「――――でな、いっそのこと拳で殴るんじゃなくてだな、こうして……」
「手刀?」
「おう……コイツで突く技にすればどうよ?」

 デスマスクが言う方法とは、手の形(要は握り)の変化だった。
 だが、成程。

 確かにこれは良いかも知れない。

 これなら星矢の使う流星拳と確実に差別化を図ることが出来る。

「小宇宙を高めれば大抵のモンは貫けるように成るんじゃねーか?」
「おぉ……!」

 俺は歓喜の声をあげて腕を一振り――――とは言え一発では無く数千発だが突きを繰り出してみる。

 結果は上々。

 俺の突きが触れた場所は単純に破壊されるのではなく、何かが刺し貫いた様な跡が残っている。
 これは鍛えれば、面白い技に成るかも知れない。

「…………良い。発想が良いねデスマスク」
「そ、そうか?」

 俺の褒め言葉にデスマスクは若干の照れた表情を浮かべた。

 何だか周りにいた黄金聖闘士達が何処かずれた人達ばかりだったものだから、デスマスクが凄く普通の人のように感じてしまう。
 まぁ、良い人では無いのだろうけどな。

 しかし見ろこの拳を! 腕を振れば大地を切り裂き、触れればたちまち貫く狂気の技!!
 そう! まるで南◯聖拳――――……いや、……バイキング・タイガークロウか? これ?

 何だか凍ってないところ以外は『神闘士ζ(ゼータ)星ミザールのシド』が使っていた拳に似ている気がして成らないぞ……。



 …………まぁ良いか。

 後で名前を考えておかなきゃな。





 今日の成果
 高速拳の形が『殴る』から『突く』に変化した。
 クライオスのデスマスクに対する評価が若干変わった。







[14901] 第8話 クライオスの進歩と他所の考え
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/02/04 13:27




 アイオリアとの修業(結局、技の名前を決めるといった話だったので修業かどうかは微妙)の際に、
 突如乱入をしてきた蟹座・キャンサーのデスマスクと乙女座・ヴァルゴのシャカ。
 一同は聖闘士候補生であるクライオスの必殺技の名前を考えるため、また技の質を考えるに頭を捻る。
 しかし、苦心の末に知恵を出すも上手くそれらが咬み合うことは無かった。
 結局、技の名前は決まることは無かったが、尊い犠牲(デスマスク)により二つほどの進展を得るのだった。

 それはクライオスの技に新しい形を与え、また普段の修業に少しばかりの幅を与えた。


 少しだけ、アニメの冒頭部分を意識した感じのクライオスです。

 さて、最初に先ずはご報告。
 実は少し前に、あのアクエリアスのカミュがシベリアに意気揚々と旅立っていった。
 理由は知らない。
 知らないが、もしこれが水晶聖闘士に関係が有るとしたら俺は少しばかり気が萎える。
 いや、嫌いじゃないけどさ水晶聖闘士。
 ただそうすると自分も星座を冠する聖衣は貰えないのでは? と思ってしまって……どうもね。

 まぁ、願わくば……カミュがシベリアに行ったのは唯の勅命――――任務で有りますように。

 でもまぁ、既にタイムスケジュール的には無理っぽいけどな。水晶聖闘士の誕生は……。

 今現在俺が9歳。
 聖域に来てから既に2年と数カ月が経過し、俺は未だに候補生。
 勿論、他の同期連中も候補生。
 ここに来たばかりの時は時期的に『星矢! カシオス虐待!?』といった感じの試合が起きる約10年前。で、今が約8年前。
 そこから逆算すると、残りわずか2年弱で水晶聖闘士が誕生しなければいけないコトになる。

 如何にカミュと言えど、2年弱で聖闘士を作るのは無理だろう。
 少なくともオレの回りの状況を見るに。

 ま、実際は何がどうなるかなんて解らないので、後でミロ辺りにでカミュの事を聞いてみようと思う。

 ん? ギガース参謀長? 居ませんよそんなの。
 ついでに言うと、アーレスさんも居ません。なので、現在の教皇は先ず間違いなく双子座・ジェミニのサガだと思うのだが……。
 しかし、周りに居る黄金聖闘士達の髪の毛の色がどうにも怪しい。

 少なくとも、俺が顔を合わせた黄金聖闘士の面々は皆が皆アニメ仕様の髪色をしている。
 カミュ→碧、
 ミロ→青、
 デスマスク→青、
 アフロディーテ→空色、
 アルデバラン→紫
 と言うように、まぁ何と言うか『聖衣装着時の配色バランス』を考えたような髪の色をしている訳だ。
 なんだかなぁ……と思わなくも無いのだが、俺自身も髪の色はオレンジ(和色:萱草色)の髪の毛をしてるので強くは言えない。

 まぁ、既にこの世界の住人である俺にはどっちでも良い事だけどさ。
 強いて言うなら、俺はアニメ版のオリジナル設定を詳しくは知らないから少し困るって事と、
 あとはこのまま修業をしていても、星座の聖衣を貰えないのでは? との恐怖があるくらいか?


 その時になったらその時だ、深く考えるのはよそう。

 さて、最近の自分の話に戻ろうか。

 先ずは広がった修業の幅について簡単に説明するが、
 要は積尸気冥界波を浴びて『黄泉比良坂』を行ったり来たりをするといった修業をやらされただけだ。
 とは言え、単純に『送られて~帰されて~』では面白くないという事で(デスマスク談)、
 あの世の入り口でデスマスクによる『教育』を受けることになってしまった。

 まぁ全部を全部説明すると『面倒』なのでコレまた省略するが、要は原作における紫龍のような目に合わされたと思っていただければ……。

「さぁクライオス! あの時と同じように、小宇宙を最大にまで高めてみせろ!!」

 な~んて言いながら、蹴るは殴るはしてくる始末。
 聖衣着用はズルイと思う。
 しかも時には、

「お前に黄泉の国への入り口を、拝ませてやる……」

 等と言いながら、死者の国へと通じる大穴へ俺の事を放り出そうとするし……。
 この人も他の黄金聖闘士と同じく壊れた人だったよ。

 もっとも、『前回のアレはシャカの幻術です』なんて正直に言えるはずも無く(言った後のシャカやデスマスクの反応が怖い)、
 デスマスクの教育をただ享受する事になっている俺だった。

 まぁとは言え、シャカやアイオリアの苛めに比べれば死ぬほど辛いと言うわけでもない。
 ……いや、積尸気冥界波で死んでるけどさ。
 それは置いておくとして他の二人と比較すると、
 アイオリアは問答無用で死ぬような勢いで殴り飛ばしてくるし、シャカも問答無用で五感剥奪や魑魅魍魎をけしかける位の事はやってくる。
 そんな二人に比べれば、デスマスクのやってる事は非常に優しい部類入る。
 蹴る、殴るもちゃんと手加減してるし、流石に本当に大穴に落とそうとはしないからな。
 前に落ちそうに成ったときは普通に助けてくれた。

 とは言え、修業をする環境が良いのか小宇宙も上がる上がる。

 ――――で、そんな事を数回繰り返したある日のこと。

「クライオス、お前の技の事だけどよ――――結局アレにしたんだろ?」

 何故か処女宮の台所で鍋をかき混ぜている『デスマスク』が、俺にそう声を掛けてきた。

 ――――? 何でデスマスクがやってるのかって?

 ……どうしてだろう? 何故か昼ごろに現れて、俺が昼ご飯を作るところだと伝えたらそのまま手伝いを始めたのだ。

 もしかして料理好きなのだろうか?
 因みに今日は『肉なし野菜カレー』です。 シャカはインドなので。

「アレって……手刀で突くヤツのこと?」
「……馬鹿かお前は。それ以外にねーだろ」

 デスマスクの『アレ』との言葉に返事を返すと、軽口でそう言われてしまった。
 ……一応は『それ以外』も有るのだが、取り敢えずは置いておこう。

「あー……それがどうかしたの?」
「いや、どうも最近な……最初にお前の拳を見たときと比べて遅いような気がしてんだよな」
「うっ…………」

 痛いところを付いてくる。
 しかし理由を言えないこの状況。

「あの時は光速拳と思うほどの速度が有ったってのに、今ではマッハの拳でしかなねぇからな。少し気になってな」

 ――――シャカの奴め、有る程度の予想はしてたけどそんな幻覚を見せたのか?
 何ていう迷惑。

「それは――――妙に気を揉ませちゃってゴメン」
「馬鹿野郎。『少し』って言ってんだろうが」

 と言いながら鍋を混ぜ続けるデスマスク。

 正直、デスマスクが此処まで普通の人(少なくとも日常は)だとは思っていなかった俺としては、この人のこんな反応には困ってしまう。
 本当の事を言ってやろうか? なんて一瞬頭を過ぎりはしたが、まぁ結局は止めておいた。

 やっぱり自分が大切だからな。仮に本当の事を言ったとして、その結果目の前で千日戦争とか起こされたら堪ったもんじゃない。
 巻き込まれる可能性大!!
 という事で、
 余り深く物事を捉えないように、当たり障りの無い返事でお茶を濁して行こうと思う。

「まぁ……調子の問題だと思うけど」
「確かに小宇宙はそん時のテンションで上り下りするけどな……」
「まーね」
「とは言え、そうならねーようにある程度一定のテンションを維持出来るようにする事も必要だぜ」
「なるほどー」
「でだな、クライオス。その励みに成るんじゃねーか? って方法があるんだがな」
「へー」
「『殴打』から『突き』に変化させたお前なら、かなり有意義に感じると思うぜ?」
「それはそれは」
「ツー訳で、飯を食い終わったら早速その方法をやりに行くぜ?」
「良いんじゃないかな…………………はぁ!?」

 こういうのも後の祭りと言うのだろうか?




 第8話 クライオスの進歩と他所の考え




「うぅ……」

 俺は現在、下から数えて10番目の宮『磨羯宮』に居る。
 目の前には蟹座のデスマスクと、そしてのこの宮を守護する山羊座の聖闘士、カプリコーンのシュラが対峙していた。

 俺は此処で、目の前のシュラから鋭い視線をぶつけられて言葉を詰まらせているのだった。
 注:シュラに睨む積りは更々無いが、元々の目つきの鋭さの為にそう感じささてしまう。

 しかも何やら、余り友好的な雰囲気ではない様子。

 二人はじっと無言のまま暫く視線の遣り取りをすると、シュラがクイクイっと指先を使ってデスマスクを呼び寄せると俺から少し離れた場所へと行ってしまう。内緒話か? まぁ、呼ばれてもいないのにノコノコ顔を出す訳にもいかないからな。
 暫くは此処で待っているとしよう。





「どう言うつもりだデスマスク?」

 二人は――――と言うよりシュラはだが、クライオスから十分な距離を取ったところでデスマスクにそう口にした。
 シュラからしてみれば、『一体何を考えている!!』と大声で怒鳴り散らしたい所だろう。
 恐らく、この場所に居るのが自分とデスマスクの二人だけならそうした筈だ。
 だが今は幸か不幸か別の人物、クライオスが居る。
 アテナの名のもと、地上の正義と平和を守る聖闘士。
 しかもその最高峰に位置する黄金聖闘士である自分が、易々と大声を上げる等という醜態を晒すわけには行かない。
 そんな事も有って、こうして押し殺すようにして声量を抑えた喋り方をしているのだが。
 どうやらデスマスクにはそんな事はどうでも良い事らしく、飄々とした表情をシュラの方へと向けている。

 で、一言――――

「――――何のことだ?」

 とデスマスクは返したきた。
 とは言え、コレでも大声を出したりしないのがシュラの凄いところなのだろう。
 眉間により深い皺を刻むことになりはしたモノの、デスマスクのやろうとしている事に歯止めをかけようと試みる。

「巫山戯るなデスマスク。俺は『やらん』と言ったはずだぞ? やるのなら勝手にやれ、俺を巻き込むな」
「まぁそう言うなシュラよ。第一だな、お前は『嫌だ』とは言ったかも知れねーが『やらない』とは一言も言っていない」
「……それは屁理屈だろう」
「まぁまぁ――――クライオス!」
「オイ!?」

 シュラの訴えなぞ聞く耳持たんとでも言うように、デスマスクは手をパタパタと動かしながら後方に居るクライオスを呼んでしまうのだった。
 それに対して「うっ……」と、妙な反応を示したクライオスだが、それで何をするでも無く、トコトコとデスマスクの元に行くのだった。




 あー……なんか呼ばれてるな。
 二人で奥に引っ込んだと思えば、今度は急に呼び出しか……。
 忙しいな全く。

 決して口には出さないが、俺はそんな事を思いながらトコトコと二人の居る所へと移動した。

「来ましたよー」
「おう、話はついたぞ。今日はコイツに手刀の『鋭さを磨く』稽古をつけてもらえ」

 やたらとニコニコしながら言うデスマスクと、ムスッとした顔のシュラが目に映る。
 俺は、未だ睨みを利かせてくる(シュラ的には睨んでいる積りは無い)シュラの顔を伺うようにしながら様子を伺う。

「――――クライオス」
「はひ!?」
「……お前自身は、俺に学びたいと思うのか?」

 キッと視線を強めて言ってきたその言葉に、俺は間抜けな声で返してしまった。
 ――――しかし、『学びたいのか?』ね……。

 正直な所、俺がシュラの教えを受けたとしても『聖剣(エクスカリバー)が使えるか?』と聞かれれば、答えはきっとNOだと思う。
 腕を振ったらスパ、スパ、スパ、スパ――――まぁ、ヤッてみたくはあるけどね。
 まぁ実際、例の突き技を使う時は聖衣に守られているナックル部分を使う訳ではないので、
 下手をすると当たったら相手の聖衣に負ける事も考えられるし……。

 常識的に考えて、相手の装備品の強度に負けて負傷する――――とかも十分にあり得るからな。
 技を使った所為で突き指とかなったら笑えないし、教えてくれるなら教えてもらいたいけど……。

 ――――ちょっと想像してみるか?

 想像中――――仮想敵:蜥蜴座・ミスティ

『ミスティ、お前の自慢の防御など……俺の拳の前には無意味だと言うことを教えてやる』
『下らん! 貴様の拳など、このミスティの薄皮一枚傷つけることは出来ん!!』
『ならば見るがいい! 自分自身の敗北する様を――――くらえ!!』


『そんなモノ――――バ、馬鹿な!? クライオスの拳が、このミスティの防御を貫いて!!』
『あの世で後悔するんだな、ミスティ!!』
『な、何故だーーーー!!!』

 ミスティの惨殺シーンで想像終了。

 …………良いかも知れないな、コレ。

 ミスティには悪いが、俺はニヤける顔を抑えること無くシュラに顔を向けると、

「是非!!」

 と、力一杯に返事を返した。
 まぁ、シュラの方は

「――――……まぁ、本人にやる気が有るのなら、俺は一向に構わんがな」

 何やら嬉しそうな、それでいて困ったような、何とも微妙な表情でそう言ってくるのだった。



 磨羯宮入口前の広場。
 俺とシュラはそこで向かい合うようにして立っていた。
 一応は言って置くが、シュラは聖衣を着ては居ない。……まぁ、聖衣装着で殴られるとか洒落に成らないからな。
 デスマスクの阿呆が。

「……さて、先ずは久しぶりだなクライオス。俺の事を覚えているか?」
「聖域に……それも十二宮に居て、黄金聖闘士の事を忘れるような奴は居ないと思う。――――まぁ、お久しぶり。カプリコーンのシュラ
 俺としては、逆に『良く俺のことを覚えていたね?』って言いたいくらいだよ」
「顔、名前を覚えるなんてのは、人として最低限の礼儀だ。ところで――――」

 シュラはそこで言葉を区切ると、視線を俺から横の方へと逸らして行く。
 俺もそれに成らって視線を逸らし、その先――――磨羯宮の石段に腰をかけている人物を見つめた。

「あー、俺は此処で見学させて貰うから」

 と、その人物、デスマスクは軽いノリでそう返すのだった。

「――――……まぁ良い。
 ではクライオス、最初にお前の手刀の切れ味を見てみたい。一度なにかを――――そうだな、そこの岩肌にでも斬りつけてみろ」
「……解った」

 シュラに促されるままに俺は岩肌の前へと移動し、ダラリと力を抜いていた腕を上げて構えをとる。
 そして心を、小宇宙を燃焼させていく。

「おおおぉぉぉおおおおおお! 切り裂け!!」

 咆哮一閃、俺は力の限り手刀を振り下ろすのだった。

 まぁ……

「切れてないね……これ」
「あぁ、コレでは『砕いた』だな」

 俺が手刀を振り下ろした軌跡にそって、粉々に崩れ去った岩肌。
 まぁ、破壊力に関しては問題ないか。

 あ、手刀が最初に当たったところは切れてる。

「……クライオス、お前の小宇宙は大したものだ。
 その高まり、とても候補生とは思えないような強大さを秘めている。だが――――」
「才能が無い?」
「いや、才能は有るだろう。
 無才の者では、その年で小宇宙に目覚めるなど不可能だ」
「はぁ……」

 それはつまり、黄金聖闘士の方々は『俺は天才だ――――!!』的な……まぁシュラにそんな積りなんて無いのだろうけど。

「お前に足りないのは研ぎ澄ますことだ」
「研ぎ澄ます?」
「そうだ、小宇宙の高まりもそれを解き放つのも申し分ない。だが高めて解き放つ際の密度が足りない」
「??」
「例えば、さっきのお前の同程度の小宇宙で俺が手刀を放つとしよう」

 シュラはそう言うと、クルリと俺に背を向けて岩肌の方へと向く。
 そして『アッサリと先程の俺と同等の小宇宙』を高めると腕を一閃――――

 そこには一筋の切り口が広がるのだった。

「あ、ちゃんと切れてる」
「そうだ。
 つまりある程度の段階まで行けば、必要なのは小宇宙の大小だけではなく……その使い方に由来するという事だ」
「使い方か……」
「お前はシャカの弟子だからな、『高めて放つ』というのは得意そうだが。
 逆に『高めて使う』はまだまだの様だな」

 そう言うと、シュラは俺の頭の上に手を置いて撫で付けるようにその手を動かした。

 ……長く伸ばしてる髪の毛が絡むので勘弁して欲しい。

「ところでだ。
 クライオス、お前は高めた小宇宙を四肢へ――――要は手や足に集中させる事は出来るか?」
「え? そりゃまぁ、それくらいなら」

 と言うか、それが出来無いと『対象の破壊』何てのは出来無いからな。
 かく言う先程の岩肌破壊も、一応は腕に集中させて振り下ろしのだ。

「ならば今回の、修業はそれを鍛えるところから始めよう。良いか……右手に小宇宙を集中させ、徐々にその範囲を狭めるのだ。
 最初は肩から指先迄を包むように、その後は範囲を狭めていき……腕から先、手首から先、指先へと操作していく」

 と、シュラは俺の目の前で実技指導をして行く。
 俺はその光景に数回頷くと、「よし」と声にだして真似をする事にした。

 しかし、結構辛い。
 何かを攻撃する際に『小宇宙を叩きつける』又は『小宇宙で包んで叩く』等の事は理解していたので、ある程度は解る。
 だが、それが一点集中となると途端に難しくなる。

「コレは……かなり難しいな」
「最初の内はそうだろう……。だが一度コツを掴んでしまえば、後は意識すること無く扱えるようになる」
「要は自転車みたいなものか」
「シャカの扱う技も、基本は『高めた小宇宙を一箇所に集め、それを解き放つ』という物だ。
 高めて放つだけなら聖闘士であれば誰でも出来る。それをどう運用するかで個人差が生まれるのだ」

 成程。
 例えば、アイオリアは小宇宙を高めて雷を、デスマスクは燐気、シャカは圧縮と解放というように。
 黄金聖闘士達は、其々が小宇宙を『用いて』あらゆる効果を顕現させる。

 そしてシュラは小宇宙を集中させる、といった事に特化させているのだろう。
 だからこその手刀、だからこその聖剣なのだ。

「でもさシュラ――――」
「なんだ?」

 ふとある事が頭を過ぎり、俺はシュラの方へと視線を向けた。

「この修業ってもの凄く地味だよね?」
「…………」

 俺のその言葉に、シュラは一瞬固まってしまう。
 しかしだ、現在俺がやっている事は今までにやって来た修業と比べると非常に地味なのだ。
 何せ端から見てる分には、何もせずに立ってるようにしか見えないからだ。

 まぁ小宇宙を感じる聖闘士だったら、『何かをやってるな』程度には理解出来るのだろうけど。

 少なくとも普通の人達からは、

『ずっと立ち尽くして居る』

 様にしか見えないことだろう。
 もっとこう――――もしかしたら死ぬんじゃないか? と言うような修業をしないで良いのだろうか?
 と俺は思ったのだが、シュラの言葉は非常に常識的な内容だった。

「修業とは得てして、こういった小さなことの積み重ねだ」

 ……だってさ。

 それに俺は、眼を丸くして驚いてしまった。

「…………」
「? 何だ?」
「いや、何だか凄いまともな人に出会ったような気がして……」

 シュラの言葉や態度に、俺はある種の感動を覚えてそう口に出して行った。
 今までが『見るんじゃない! 感じるんだ!!』と言うような内容の修業ばかりだった為、
 こうして分かりやすく説明付きで教えてくれる事に感動してしまったのだ。

 俺はシュラへこの感動を解って貰おうと、今までの修業の内容を簡単に説明する事にした。

「今まで俺に『何かを教えてくれる』って人は、必ずと言って良いほど死ぬようなことを――――」
「死ぬ?」
「とは言ってもこうして生きてるんだから、ちゃんと手加減されてるんだろうけど……。
 まぁ最近は少し落ち着いてきてるのも事実だけどさ。でも積尸気冥界波を何度かくらいはしたか……」
「デスマスク……お前」
「ちょっ、ちょっと待てよ! 俺は殺そうとなんてしてねー!!
 ちゃんと手加減してたし、そりゃ黄泉比良坂に送ったりもしたが、それは元々シャ――――」
「だまれ! 言い訳などと見苦しいぞ。
 ――――お前は普段は変でも、それ相応に分別の有る奴だと思っていたのに……」

 急にユラリととシュラが動いたかと思うと、シュラはデスマスクに向かって足を進めてしまう。

 まだ話が終わっていなかったのだが……。
 これからカミュの『暴走』っぷりや、アイオリアの『脳筋』っぷり、それにシャカの『ドS』っぷりの説明をしようと思ってたのに。

「だから違うって言ってんだろうが!!」
「問答無用!!」

 そう一声発すると、二人はやたらと早い速度で追いかけっこを開始するのだった。
 目で追いかけるのも大変な速度だよ……全く。



 10分後、追いかけっこは未だ続いている。
 範囲は律儀にも、磨羯宮前の広場に限定して居るらしくさっきからピョンピョン目の前を通過している。

「黄金聖闘士って何だか元気だよな……。若いからか?」

 俺はその光景を見ながら『身体を右へ逸らして』そんな感想を述べた。

「ただ……ッ! コッチまで被害に合うようなのはッ! 勘弁して――――貰いたい!!」

 念のため言って置くと、別に俺の発声に問題が出ている訳ではない。
 単に、シュラが放っている聖剣のとばっちりを避けているというだけの事だ。

 良く避けられるなって?

 多分、シュラが手加減でもしながら出してるんじゃないか?
 幾ら何でも俺がこの場所に居る事を忘れるほどに、デスマスクとの追いかけっこに没頭するとは思えない。
 ……多分。

 シュラが腕を振る度に、スパ、スパ、スパ、スパと周りのものが切れていく。

「あぁいった柱とか宮の破損って、聖域の予算から修復費用が出るんだろうな……っと!?」

 また一つ飛んできた聖剣を、ヒョイっと上手く避けていく。
 真面目すぎる性格も問題なのかな?

 俺はシュラを見つめながら思うのだった。




 その頃の処女宮

「む……この小宇宙は? デスマスク?
 デスマスクの小宇宙が一瞬大きくなって……――――まぁ、この世の流れから見れば些細なことか」
「突然どうしたシャカ?」

 遠く離れた磨羯宮での異変(?)を感じたシャカ、そしてそのシャカの反応にアイオリアは言葉を挟んできた。

「アイオリア、君は何も感じなかったのかね? デスマスクの小宇宙が――――」
「それなら勿論感じたが……恐らくまた何か妙な事でもしているのだろう。連れていかれたクライオスが心配だが、
 一緒にシュラの小宇宙も感じている。……放っておけばいい」

 ムスッとした表情でそう言い放つアイオリアに、シャカはほんの少しだけ眉をピクリと動かした。
 とは言え、その理由が解らないシャカではない。
 アイオリアが『シュラ』を苦手としている理由……。
 それは『実の兄、アイオロスの討伐を直接行った聖闘士だから……』と言うことだろう。

「ふむ……君は未だに彼が苦手なようだな? そもそも数年前のあの事は――――」
「シャカ……! その事には触れてくれるな」
「……」
「俺のことなどどうでも良い、そんな事よりもクライオスだ。
 何故、アイツをデスマスクに任せたりしたのだ!!」

 諭そうとするシャカの言葉を遮って、アイオリアは声を荒げた。
 そして、元々此処に来た目的である『文句』をシャカへとぶつけたのだった。

 実のところ、今現在の事を言うとアイオリアはそれ程デスマスクの事を嫌っている訳ではない。
 現在こうして怒っているのは……まぁ、嫉妬みたいなモノである。

 元々の師匠であるシャカは兎も角、次いで教え始めたのはアイオリアだ。
 そのためアイオリアにはちょっとした『師弟関係』とでも言うような、クライオスに対する感情があるのだった。
 それが前回、突如現れたデスマスクによって若干変化してしまった。

 確かに以前もカミュの所に修業に行ったり(本人はその積りは無かった)と、自分やシャカ以外に教えを乞う事は有ったが、
 それは結局その場限りで終わっている。
 だと言うのに――――だ。

 前回技名を決めようという段階で突然やって来たデスマスクは、
 事も有ろうにクライオスの拳に難癖をつけてソレに変更を加えてしまった。
 そして現在では修業まで手伝っているという現状。その事が気に入らないのだ。

 ……まぁ『仲の良い友達が他所に行ってしまった~』みたいな感覚なのだろう。

 そんなアイオリアの言葉にシャカは溜息を一つ付き、心底面倒だと言わんばかりの態度を顕にした。

 そして、

「――――任せてなどはいない。ただほんの少し、後押しを手伝わせたに過ぎん」
「後押しだと?」

 との事。
 向かい合うようにして立っていたシャカとアイオリアだが、シャカはゆっくりとした動きで処女宮の外に向かって歩き出した。
 それに倣って、アイオリアもシャカの後を追うように着いて行く。

「正直なところ……最初からその積りがこのシャカにも有った訳ではないが、今では少し興味があるのだよ」
「何のことだ?」

 処女宮の入口付近に到着したところで、シャカは口を開いてそう言ってきた。
 しかし、そんな言われ方をしてもアイオリアには何のことだか解るわけも無い。

「クライオスの事を君はどう思うね?」
「どう? ……それなりに飲み込みは早いが、正直まだまだだと言わざるをえんが?」
「私も『ある意味』ではそう思っているが、君は本気でそう思っているのかね?」
「何だその言い方は?……言いたい事が有るのならハッキリと言え」

 シャカは視線を――――とは言え、眼を閉じたままだが――――十二宮の外へと向ける。
 とは言え、そこには何が見える訳ではなく、有るのは遥か昔に建造された神殿やその跡が残るだけだ。

「何、単純なことだ。
 他の聖闘士候補生の餓鬼達と比べてみれば一目瞭然。
 知っているかね? 現在、この聖域近辺だけでも数百に及ぶ候補生が存在している。
 だがその中で小宇宙に目覚めている者など、僅か数える程度の人数しか居ないのだと言うことを……。
 そして、クライオスはその中でも群を抜いて高い小宇宙を持っていると言うことをな」
「クライオスが? まさか――――」
「冗談ではないぞ。 いい加減、自分や回りの黄金聖闘士を基準に考えるのを止めたまえ」
「む……」
「そして、アレは未だにセブンセンシズに目覚める迄には至っていないが、着実にその場所へと向かって進んでいる」

 『いずれ、私達の居る場所に届くことがあるやも知れん』
 シャカはそう言って一呼吸間を置いた。
 そして、かつて教皇が自分に対して言った言葉を思い出す。

「教皇が私にクライオスを預けると言われた時の言葉も、この事を見越しての事かもしれん」
「教皇が……何と?」
「『普通の人間には無い、何かを感じる』要は私にそれが何かを見極めさせる為に、教皇はクライオスを私に任せたのだ」

 とは言え、その時の教皇――――サガの事だが。
 サガの目論見はそこには無かった。
 誰も知らないはずの、双子の弟カノンの存在。単にそれを仄めかすような事をクライオスが言ったというだけの事。
 本来ならば放っておくか、一笑に付しても良いようなクライオスの当時の発言だが、
 『完璧』を求めるサガには捨て置くことなど出来無い内容だったのだ。

 だからこそ自分の眼が届く聖域に、死亡率の高い聖闘士候補生として置く事にしただけだったのだが。

「だが、それがクライオスの成長ぶりを見越しての発言だったというのなら、
 もしや教皇は『クライオスを黄金聖闘士に……』と考えておるのやも知れんな」
「だが、今現在黄金聖闘士は……」
「姿を消してしまった双子座と、君の兄がその任に就いていた射手座に其々空きがある」
「シャカ!!」
「例えばの話だ。
 私とて、実際にそうなるとは露程も思ってはいない。
 そもそも、射手座の黄金聖衣は数年前に持ち去られたまま行方が知れないからな」

 今にも掴みかからんばかりの勢いで激昂するアイオリア。
 だが、シャカは気にした様子も無く言葉を続けて行く。
 そんなシャカの様子にアイオリアは苛立を隠すことも無く表情を歪めると、ソレをぶつける様に腕を振るった。

「――――ならば、お前の言っている興味とは一体何のことなのだ?」

 ふと、アイオリアはそんな事を思った。
 シャカは確かに興味が有ると言った。小宇宙、セブンセンシズ、黄金聖闘士。
 だが、シャカは『クライオスが黄金聖闘士に成れるとは思っていない』と言っている。

 アイオリアは最初、話の流れからクライオスを黄金聖闘士に準ずる力をもった聖闘士にでもしようと考えているのか?
 とも思ったのだが……。
 どうにもシャカの口ぶりから、そうでは無さそうと感じ取ったらしい。

 そんなアイオリアの質問に、シャカは『フッ』と小さく鼻を鳴らしてから答えた。 

「……我々黄金聖闘士が聖域を守護するようになり、数年前に女神・アテナが誕生した。
 そして、現在は才能のある者達が数多く集まり……もう暫くすれば白銀、青銅の聖闘士も数が揃うだろう。
 それはすなわち――――」
「聖戦が……近い?」
「その時、クライオスが何をやれるか……また何を出来るか? それが私の興味の対象だ」

 空を仰ぎ見ながら言うシャカの顔は、『酷く』晴れやかな笑顔だった。





 初めての後書き。
 今回はかなりの難産。
 その上、笑える場所が余り無いような中身でした。楽しみにしていた人(居るのか?)はゴメンナサイ。
 この後の展開としては未だ登場していないアルデバランや、美の戦士を絡めて登場させる予定では有りますが……、
 それとは別に、シャイナも再登場させる話も執筆中です。

 あと3~4話位かな?
 それくらいの内にクライオスの必殺技の名前、あとは聖闘士の証である聖衣を登場させます。

 因みに、
 作者はアニメ設定で好きな所は多々有りますが、逆に苦手なところもかなり有るため、
 これから先は好き勝手にアニメ設定のキャラクターを出したり出さなかったりして行くと思います。

 では、また次回……。









[14901] 第9話 生命の危険が急上昇。
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/02/25 13:02




 毎日を修業と言う名の虐めに耐えながら過ごしているクライオスです。

 前回の話しだが、どうやらシュラは思ったよりも常識人。
 他の黄金聖闘士――――この場合はシャカやアイオリア、それにデスマスクだが、彼等と比べるとかなり優しい人間のようだ。

 何せ俺は『空を飛ばないで済んだ』のだからな。

 いや、単にあの修業内容では『空に打ち上げる必要が無かった』だけなのかも知れないけどな。

 さて近況報告をするとしよう。

 先日、意気揚々とシベリアに旅立っていったカミュの事を、天蝎宮に居るミロに尋ねたところ

「ん? あぁカミュか……。 アイツ、教皇に願って弟子を取ることにしたみたいでな。
 んで、その『第一号』の面倒をみるために東シベリアに行ったんだよ」

 ってな事らしい。
 『第一号』という言葉に首を傾げる人も居るだろう? 大丈夫、俺も傾げた。
 『初めから何人も候補生を見るつもりでいるのか?』――――と。
 そんな訳でその事をミロに尋ねてみたのだが、ミロから返ってきた答えは何とも納得の行く内容だった……。

「クライオス……お前、カミュが上手く弟子育成を出来ると思うか?」

 との事だ。
 まぁ、正直ミロよりは上手く出来そうだとは思うけど、それでも前回の出来事を鑑みるに――――
 『一体、何人が氷漬けになるのだろうか?』と思わずには居られないな。
 ……しかし、本人が近くに居ないとはいえ、こうもハッキリ言ってしまうとは……。
 ミロはカミュの親友では無かったのだろうか?

 いや、親友だからこそ相手を良く見ているとも取れるか……。
 もっとも、ミロの言った言葉は普通の感性を持った相手なら、誰でも行き着くような答えだと思うのだがね。

 さて、話しを俺を中心とした物へと変えるとしよう。
 それは、ある日の午後の昼下がり――――変な言い回しだな……。

 まぁ兎に角、ある日の午後のことだ。
 俺は『生命の危険』に晒されながらも、やっとの思いで処女宮への帰還を果たしたのだった。
 そして

「助けてくれシャカ!!」

 本当ならばしたくはない事なのだが、そうも言っていられない。
 俺は自分の師匠で有る黄金聖闘士、乙女座・ヴァルゴのシャカに泣きを入れる事にしたのだった。

 だが俺のこの必死な雰囲気が伝わらないのか?
 シャカは眉間に皺を寄せて、まるで『面倒だ……』とでも言いたげな表情を作って俺の方へと顔を向けた。

「なんだねクライオス。……処女宮に戻るなりその慌てよう――――まるで救いを求める地獄の亡者のようだぞ?」
「救いを求めてるんだよ! 助けてって言っただろ!?」

 『やれやれ』とでも言いたそうなシャカの発言に、俺の怒りポイントが一つ増える。
 殴りたい……全力で殴り飛ばしたい。
 だが仮に襲いかかったとしても、確実に返り討ちに合うであろうこの現実……。

「ふむ……それにその格好。 何処ぞの強制収容所から逃げ出したような服装だな?」
「……くぅ、俺だって好きで『こんな格好』に成った訳じゃないのに」

 因みに
 『こんな格好』――――元々着ていた修業着兼普段着である例の服が、所々破れ――――と言うか殆ど無いのと変わらないような状態に成っている。
 上半身は胸が辛うじて隠れる程度、肩半分は破れていて残った方も何とも危うい状態で繋がっている。
 そして下半身の方はと言うと、膝上30cmという言葉でも足りないほどに『上に向かって』ピッチピチであった。

「いめーじちえんじ……と、言うやつか?
 だが、そういうやり方は余り好ましくはないな」
「…………一度、そのぶっ飛んだ頭、誰かに叩いて貰った方が良いんじゃないですか?」

 人の話をまともに聞かないシャカに、俺はそう言ってやった。
 大体、『好きでこんな格好に成った訳じゃない』って言ってるだろうが!!

 全く――――『ゴッ!』

「こういった具合にかね?」
「……そうですね」

 心の中で悪態をついていた俺に、シャカの一撃が頬を『叩いた』。
 ……まぁ、叩いたという表現が正しいかどうかは置いておくが。
 俺は『叩かれた』頬を抑えながらシャカに向き直り、「すいません、聞いてください」と頭を下げた。

「だから、何をだね?」

 俺はシャカの顔を正面から見つめると、周囲を一度見渡して『安全の確認』をする。
 そして何も問題がないことを確認してから一言――――

「黄金聖闘士『達』に生命を狙われてるんだ!!」

 と告げた。
 冗談でも何でもない、俺がついさっき遭遇したことを簡略に答えた。
 だが……

「……そうか」
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
「え、それだけ?」
「他に何を言えと言うのかね、君は?」

 シャカの心には響かなかった。

「可愛い弟子が、修業以外で生命を落とそうとしてるんですよ!?」
「聖闘士に成ればそんな危険は日常茶飯事だ、それが一足飛びで来ただけだろう? 取り立てて騒ぐほどの事でもあるまい」
「黄金聖闘士に生命を狙われる日常なんてないでしょう!?」

 何とか現在の窮状を伝えようと試みるも上手くはいかず、却ってシャカには呆れられてしまった。
 俺が間違ってるのだろうか?

「大方、君が何か……彼等の機嫌を損ねる様な事でもしたのでは無いかね?」
「そんな事無いっ!? 大体、つい最近までまともな接点も無かったのに!!」

 これは本当だ。
 俺はつい最近まで、シャカとアイオリア以外の黄金聖闘士とは接点など無かったんだ。
 ところが今ではカミュ、ミロ、デスマスク、シュラ……そして、今日に成ってこうして泣きを入れる原因になったアルデバランとアフロディーテ。
 何故か(殆んどが自分の所為)知ら無いが、現在聖域に居る黄金聖闘士の全て(サガを除く)と接点を持ってしまっている。

 何でだろうか?
 黄金の方々はそれ程に暇なのだろうか?
 俺みたいな候補生の相手をしてる暇が有るのなら、『海界』にでも攻め込めば良いのに!!




 第9話 生命の危険が急上昇。




 その日の昼休み、俺は処女宮で消費する日用雑貨と食料の買出しの為にロドリオ村にやって来ていた。
 少し前の話しになるが、買出しのためにアテネ市街へ行っている事をデスマスクに話したら

『はぁ? お前バカじゃねーのか? そんなもんロドリオ村で十分だろうが?』

 と、怒りを溜めてしまうような台詞で返され、それ以降はロドリオ村で買い物をする事にしたのだ。
 しかし、ロドリオ村は俺の生家がある村だ。おいそれと顔を出すわけにも行かない。
 その為この村へ来るときの俺のファッションは、全身に怪しさ満点の黒い外套を身に纏い、顎先から鼻の頭迄を布で包み、
 更にはアテネで買った安物のサングラスをして目元を隠すといった風貌だった。

 まぁ、自分でも変だとは思っているのだが、顔を晒すわけにも行かないしな……。

 最初の頃なんて、雑貨屋の『ハルカスおじさん(独身36歳)』なんて開口一番、

「此処が田舎だからって、詰まらねぇ考えは起こさねー方が良いぞ?」

 何て言ってきた。
 詰まらない考え→商品を掴んで逃げ出す。
 と言うことだろう。その事に俺の心はかなりの痛手を受けてしまったが、それも今では笑える話しだ。
 少なくとも現在は『変な格好をした子供が買いに来てる』程度の認識だろう。
 それでも、良い認識ではないのだが。

 ハルカスさんの雑貨屋で保存食(この地域では珍しい乾物)と日用品を買った俺は、
 さっさと荷物を処女宮に届けてしまおうと考えて、足早に聖域に戻ろうとしたのだが……。

「待て!!」

 俺の背後から大きな声で静止を指示する(訴えるではない)声が掛かった。
 その聞き覚えのある野太い声に、俺は若干の嫌な汗を流しながら振り向くと

「随分と怪しい出で立ちをしているな……小僧?」

 『あぁ、やっぱり……』
 そこには黄金聖衣フル装備状態のアルデバランが仁王立ちしていたのだ。
 怪しさと言う意味では、そんな金ピカの鎧をフル装備して人前に出てくる貴方も相当です。
 そう思った俺は、決して間違いではないはずだ。

 そのアルデバランだが、何故かは知ら無いが俺に対して敵意を向けてきている。
 俺は何とか相手を落ち着かせるため、落ち着いたふうに返事を返すことにした。

「オホン――――何か御用ですか? 牡牛座のアルデバラン?」

 だが――――

「む、……貴様、オレの事を。……増々怪しいやつ」

 等と言ってきた。……あぁそうですね、確かにこんな格好をしてる人間が自分の名前を言ってきたら、俺だって警戒するよ。
 だがこの時の俺は『怪しいのはお前も同じだ!』と言ってやりたい気分だった。
 もっとも、それが原因で村の人間が集まり始めたら元も子もないので出来ないのだが。

 俺は何とか場を上手く治めることは出きないか? と頭を働かせて居るのだが、どうにも上手い方法が思いつかない。
 いっそ回りに誰も居ないこの状況だ、顔を晒してアルデバランを落ち着かせ――――

「その内に秘めた強大な小宇宙。 貴様……正体を現せ!!」

 一瞬、空気が振動するかのような感覚に成程の大声が周囲に木霊した。
 俺はそれに咄嗟に耳を塞ぐことで対応したのだが、『耳が潰れなくて良かった』なんて事以上に問題な事が起きてしまった。

「なんだ、なんだ? なにが起きたんだ?」
「あ、アルデバラン様だ」
「向こうのは誰だ?」

 何と困ったことに、村の人間が集まりだしてしまったのだ。
 これは非常にマズイ展開だ。
 村の人間が現れてしまっては顔を晒すわけには行かない。それでは何のために隠しているのか解らない。
 また声を出す訳にもいかない。
 もしかしたら声を聞いた村人が、俺の正体に気づいてしまうかも知れないからだ。

「皆下がっていろ! ……さぁ、正体を現せ!!」

 両手を組んで、一際大きい声でオレを威圧してくるアルデバラン。
 なんだコレは? なんなんだコレは!?

 場の流れについて行けない。

 何故こうも、黄金連中と言うのはその場のノリで行動することが多いんだ?
 それともこれがこの世界ではスタンダードな事で、オレの考えかたが変だとでも言うのだろうか?

「むぅ……黙りか。ならばオレがその覆面を剥ぎとってくれる!!」

 一言そう発すると、アルデバランはオレの方へと向かって歩き出した。
 マズイ……これはマズイ。
 もし掴まれでもしたら、間違いなく素顔を晒すことになる。

 何か……何かこの状況を抜け出す方法は!?

 オレは迫り来るアルデバランに、ジリジリと少しづつ後退しながら方法を模索していた。
 そして

「ムッ……!?」

 その方法に行き着いたオレは、それを行動に移すべく動き始める。
 そのオレの行動――――高め始めた小宇宙に、アルデバランは動きを止める。

 まともに相手をすれば確実にジリ貧、逃げたとしても確実に捕まるだろう。
 だが、逃げると言う選択肢以外は選びようが無い。
 ならばどうするか?

 答えは簡単、『逃げられるように』すれば良い。
 オレは幸いにして、アルデバランの『弱点』を知っているのだから。

 村の者達をオレから庇う様にして立っているアルデバランは、強烈な視線をオレに向かってぶつけてくる。
 正直心が潰れそうなのでヤメテ欲しいのだが、そんな事を言うわけにもいかないオレはその視線に正面から耐える。
 そして手を前に伸ばし、シャカの元で教わった印を組んだ。

「――――……天空覇邪魑魅魍魎!!」

 その掛け声と共に、オレはアルデバランへ幻術を仕掛ける。
 アルデバランは正面からの攻撃には滅法強いが、それ以外の攻撃……要は精神に作用する攻撃や五感に訴えるようなモノには耐性がない。
 海将軍セイレーンのソレントとの対戦や、地暗星ディープのニオベとの闘いが良い例だ。
 それを踏まえた上での行動だ、後は其のまま悠々と聖域に帰ればそれでいい。

 それでいい筈だったのだが……。

「グレートホーンッ!!!」

 仕掛けた幻術とほぼ同時に放たれた黄金の野牛の一撃は、オレの身体を遥か彼方まで吹き飛ばすのだった。
 (注:アルデバランの腕組は居合の構え。普通の状態よりも早く拳を放ちます)


 ※


「いってぇ……。俺は聖衣も何も着けていない『一般人』だぞ? なに考えてんだあの牛は!?」

 オレはボロボロになった身体を引きずりながら、聖域に向かって脚を進めていた。
 当然買った物は途中で空中分解のごとく粉々に吹き飛び、手元に残ったのは雑貨屋でおまけに貰った押し花が一つ。
 コレでは何のために買い物に行ったのか解らない。

 オレはブツブツとアルデバランの悪口を言いながら十二宮の階段を登っていく。
 んで、白羊宮を抜けて金牛宮の前に来たところでその脚が止まった。

「…………」

 そして無人の金牛宮を見て眼を細めた。
 どうやらアルデバランは未だ自分の宮に戻っておらず、現在の金牛宮は無人と成っている様である。
 少なくともオレはそう感じる。

 今頃、飛んで行ったオレのことを探し回っているのだろうか?

 そんなどうでも良い事をオレは考えていたのだが、不意に背後から誰かに『髪の毛を触られた』。
 俗に言う『トリートメントはしているか?』といった状況だ。
 オレは背筋に薄ら寒いものを感じて飛び下がっり、それをしてきた人物へと視線を向けた。

 するとそこにはウェーブの掛かった空色の髪の毛と、目元に泣きボクロを持った女性――――じゃない、
 男が立っていた。

「……魚座のアフロディーテ」

 この時のオレは『何でこんな所にアフロディーテが?』と思うのと同時に、
 『厄介ごとに巻き込まれそう』との直感を強く感じていた。

「お前がクライオスか?」

 そんなオレに対して、アフロディーテは特に気にする様子も無く話しかけてくる。
 と言うか……『お前がクライオスか?』って何だ? 誰かも解らずに髪の毛を触ってきたのかコイツは?

「私は黄金聖闘士、魚座ピスケスのアフロディーテだ」
「知ってるよ。かなり久しぶりに会った気がするけど、聖域に来た次の日に挨拶に行ったからね」

 と、若干無礼気味にオレは言葉を返した。
 もっともそんなオレの態度にアフロディーテは眉をしかめた程度の反応で返し、
 その後は「ふむ」等と言ってオレの事をそれこそ上から下まで舐め回すように見つめてくる。

「――――で……何でアフロディーテがここに居るの?」

 他の候補生達が聞いたら卒倒しそうな言葉使いだが、今の俺にはシャカ以外の相手に敬語は使えそうにない。
 主に見た目と年齢的な問題で。

 だが当のアフロディーテはそんなオレの言葉を無視すると、

「言葉使いは減点。しかし容姿的には磨けば光るかも知れないか……」

 と、訳の解らないことを言ってきた。
 そして

「喜んで良いぞクライオス。私がお前の事を、美と強さを兼ね備えた最高の聖闘士にしてみせよう」
「はぁ?」
「とは言え、私の次にだがな」

 と何処からか取り出したバラをくわえながらそう言った。
 この人も、他人の話しに耳を傾けないタイプの人間なのだろうか?

「それはそうと、コレを君にやろう。お近づきの印という奴だよ」

 言って、オレの鼻先に自分がくわえていたバラを突きつけてくるアフロディーテ。
 正直いらない……。
 オレとしては、アフロディーテ+バラの組み合わせには少しだけ抵抗が有る。
 まぁ、それはオレだけでは無いだろうが。

「コレってデモンローズ?」
「何を馬鹿な、『お近づきの印』と言っただろう? 何処の世界に出会った瞬間に殺そうとする人間が居るのだね?」
「……そういう事なら戴くけど」
「私が栽培しているバラ園で育った花だ……そこら辺に売っているようなモノとは違い、良い香りだろう?」

 実際のところ、オレはバラの香りなんて物は嗅いだことが無い。
 その為、どういったものが良い香りか? と言うことが全く解らない。

 だがコレに関してはアフロディーテの言うとおりなのかも知れない。

 促されるままに吸い込んだバラの香気は、非常に『甘い』感覚をオレに訴えていた。

「正直、俺は薔薇の香りの良し悪しなんて解らないけど、これは良い…かお……り」

 言いながらも力が抜けていき、オレはその場に倒れ込んでしまった。
 何とか四肢に力を込めて、顔面から地面に突っ込むのは防――――げなかった。
 ものの見事に顎が地面を叩く……。

「なんりゃ……こりぇわ…?」
「おや? 誤って痺れ効果のある弱毒性のバラを持って来てしまった。まぁ私には耐性が有るため気が付かなかったようだな……済まない」
「うしょちゅけーーー」

 笑いながら言うアフロディーテに、せめてもの抗議をと声を上げたのだが、
 上手く発音することもままならないオレにはソレさえも出来なかった。
 ヤバイ……少しだけ星矢や瞬の気持ちが理解出来る。

 そして尚もアフロディーテのターンは続く。

「安心したまえ、解毒薬はちゃんと双魚宮に置いてある。
 とは言え、取りに行って此処まで戻ってくるのも面倒だな……。先ずは君を双魚宮に運んでから治療をするとしよう」

 そこまで言うと、アフロディーテは身動きの取れないオレの脚を鷲掴み、
 そして其の侭俺を引きずっていくのだった。

 力の入らない俺はされるがまま、金牛宮を抜けた後は『ゴツン!……ゴツン!』と体中をそこら中にぶつける事になった。

「……いひゃい、……いひゃいっへの!」

 もっとも、そんなオレの抗議の声など聞こえていないのか、アフロディーテは鼻歌まじりの好機嫌だ。
 そのため、結局は金牛宮から双魚宮迄の長い道のり(石段)を、俺はアフロディーテに引きずられていく事に成ったのだった。
 因みに……処女宮を通過するさいには、正真正銘本物のデモンローズを使われて意識が飛んでいた。


 そして双魚宮――――……

「なんて事するんだアンタは!!」

 一応は本当に解毒薬があったらしく、アフロディーテがそれを処方して回復したのだが、
 そんな事でオレの怒りは収まらない!!
 大体、どうしてオレがこんな目に合わなくてはいけないんだ!!
 今日は最近稀に見るほどの厄日だぞ!!(注:昔は良くあったの意)

「だから、間違えたと言っているではないか? 過ぎた事をネチネチと……品性に欠けるな?」

 興奮覚めやらぬオレの抗議の声に、アフロディーテは赤バラをチラつかせながらそんな事を言ってきた。
 ロイヤルデモンローズ……
 ――――……卑怯だ。なんて卑怯なんだ!?
 この世は所詮弱肉強食か?
 力有るモノが無いものを虐げるのは当然だとでも言うのか――――!?

 まぁ、そんなのはこの数年間で身にしみて解ってるんだけどさ……。
 はぁ……これはどうやら泣き寝入りか?
 オレは目の前の人間の所業に、そして自分の不遇に諦めを――――と考えることにした。

「……こ、この件はいずれ決着を付けてやる。今日の所は泣き寝入りだ!!」
「まぁそう急くことも無いだろう、もう少しゆっくりして行けば良い」

 背を向けて逃げ出そうとしたオレの肩を、『グイっ』とアフロディーテが掴んできた。
 と言うか、痛い!、ひたすらに痛い!?
 指が食い込んでる!

「お詫びにローズティーでも煎れよう、心が落ち着くぞ?」

 オレは笑顔でそんな事を言ってくるアフロディーテに、

「……ご馳走になる」

 としか言うことが出来なかった。

 ・
 ・
 ・
 ・

「――――ってな事があって」

 ここに帰ってくるまでの事をシャカに簡単に説明したのだが、どうにもシャカはまともに聞く気がないようだ。
 話しを初めて数分後(アルデバランが出てきた辺り)にはそっぽを向いて、坐禅を始めてしまったし……。

「……それでどうして服がそうなる?」

 だが、それでも一応は聞いては居たらしく、内容の確認(?)をしてきた。

「アルデバランのグレートホーンと、その後のアフロディーテが……」
「?」
「何だか『立ち居振る舞いを矯正する』とか言い出してピラニアンローズを――――」

 大まかに説明するとこうだ。
 突然そんな事を言い出したアフロディーテはオレの回りに黒い花弁――――要はピラニアンローズを舞わせると、

『クライオス……先ずは歩法からだ。其の花弁に触れないように歩いてみた前。
 もし触れるようなら――――食い尽くされるぞ?』

 等と言ってきたのだ。
 え? 何で逃げないのかって?
 ……ピラニアンローズは宮の入り口方向に敷き詰められてたんだよ。
 其の逆方向は教皇の間、つまりはデモンローズが敷き詰められてるからだ。
 どっちがより助かる可能性が高いかは考えるまでも無いだろう?

 そんな訳で、オレは何故かも解らないうちにアフロディーテの『作法修業』を受ける羽目になったのだった。
 歩き方の次は紅茶の煎れ方を、其の次は何故かテーブルマナーを、其の次は――――と延々とやらされ続けたのだ。
 だがそれもある程度迄進むと流石にオレの精神に限界が見え始め、オレは一瞬の隙をついて花弁を吹き飛ばし、脱兎の如く磨羯宮へと逃げ込んだのだ。

 そしてそこでシュラに救援を要請して、此処まで逃走してきた。
 ……まぁ、最初にオレが引きずられている段階で、シュラが止に入ってればこんな事には成らずに済んだのだけどな。
 シュラはまんまとアフロディーテの言葉――――

『クライオスが誤って私のバラの香りを嗅いでしまってね』

 に騙されてしまい、普通にスルーですよ。

「……成程、それでその格好かね?」

 そう言って来るシャカに、オレは無言で頷いて返事を返した。
 何だか今日は、自分でも精神が後退している気がするのだが……まぁそんな事は些細なことだろう。

 オレはシャカの方へ視線を向け続けていたのだが、するとシャカが「ふむ……」と呟いた。
 もしかしてアフロディーテを何とかしてくれるのだろうか?

「――――まぁクライオス、お前の言い分は良く解った」
「じゃあ――――」
「……そろそろ良い時間だ。いい加減夕飯の支度にでも取り掛かりたまえ」

 ――――フリーズした。
 シャカの言った言葉が少しばかり理解出来なかった。
 いやいや、まさかまさか――――幾ら何でもそんな事は……

「シャカ……もう一回言ってください」

 オレは断腸の思いでシャカに言ったのだが。
 当のシャカは眉間に皺を寄せて妙に不機嫌そうな顔をしている。そして――――

「夕飯の支度をしろと言ったのだが?」

 と、再度言い直してきたのだった。

 ……オレは怒って良いはずだ。
 そもそも、最初にこの聖域に来たのだって無理矢理連れてこられたようなものなんだ。
 それでもこの数年間、生命の危険に晒されながらも俺はひたすらに頑張ってきた。
 だと言うのに……だと言うのに何なのだこの仕打は?
 これが88の聖闘士の最高峰である、黄金聖闘士で良いのか!?
 心の奥に沸々と怒りが沸き起こって、オレの心を満たしていく。

 そして気づいた時オレは――――

「シャカッ!!」
「――――何だね?」
「夕飯は何を作れば良いですか?」

 普通にシャカに夕飯の希望を聞いていた。
 ……慣れってのは恐ろしいものだよ、全く。

 オレは『いずれ』黄金聖闘士達に目にもの見せてくれると心に誓い、
 処女宮に残された少ない食材で料理を作るのだった。




 因みに――――後日アルデバランはデスマスク経由で、覆面小僧=クライオスと言うことを聞いたらしく。
 号泣しながら『シャカ』に侘びをいれに来た。オレにじゃない……シャカにだ。

『オレは……オレは! お前の弟子で有るクライオスを殺してしまった!!』

 だってさ。
 シャカがアルデバランを諌めようと、

『クライオスは死んでなどいない』

 と言ったのだが、そんなシャカを半ば憐れむような顔で見ていたアルデバランの表情はかなり貴重と言えた。
 恐らくその時のアルデバランは、『現実を受け入れられないのだな……』とでも思っていたのだろう。
 だが言っておこう

 シャカはオレが誰かに殺されたとしても、決して悲しんだりはしないと思うぞ。

 当然その後にアルデバランの前に姿を表した俺だが、最初は幽霊扱い、その後は何とか話しを続けて生きている事を認めさせた。
 なんでもあの後、俺の幻術は成功していたらしくアルデバランは一日中村で身悶えていたのだとか。
 やっぱり――――この人はそっち方面には弱いようだ。

 ついでに言うと、良くは解らないが随分と気に入られた様で、アルデバランが良く処女宮に顔を出すように成った。
 『土産だ』と言って大量の肉を持ってくるのだが……これは肉を食えない生活をしている俺への嫌がらせなのだろうか?







[14901] 番外編 第2話前編 黄金会議(?)
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/03/12 12:17


 クライオスがアルデバランの攻撃で空を飛んだ(比喩ではない)日から数えて2ヶ月。
 その日、処女宮では一つの会合がなされていた。

「今日君達を呼んだのは他でもない……私の弟子『クライオス』についてだ」

 周囲を見渡し(相変わらず目を閉じているが)ながらシャカは口を開いた。
 周りには、アイオリア、ミロ、カミュ、デスマスク、シュラ、アフロディーテ、アルデバランが座っている。

 場所は処女宮、沙羅双樹の園。
 現在その場所に、聖域に居る黄金聖闘士が集められていた。

「質問!」
「……何だねミロ?」

 『シャカが話し始める前に――――』と、ミロはすかさず手を挙げて口を挟んできた。
 それに若干の間を開けて返事を返すシャカ……。
 どうやら話す邪魔をされたのが気に入らないらしい。

 もっとも、ミロにはそんなシャカの細かい所作など解ら無いようだが……。

「他の連中は兎も角……俺やアルデバランが呼ばれた意味が解らないんだけど?」

 と、ミロは頬を掻きながらそう言ってきた。
 それに対しては他の者達も無言で頷いている。特にアイオリアは頻りに頷いていた。
 この集まりがクライオスに関係する事だというのなら、シャカ、アイオリア、デスマスク、シュラ、カミュ、
 これら5人は『稽古を付けた』という意味では共通していると言えるだろう。
 まぁ、シュラやカミュは一度きりなので付き合いが弱いといえば弱いのだが。

 そしてその後にアフロディーテとアルデバランだが、アフロディーテはクライオスの教養一般(注:クライオスは頼んでいない)、
 アルデバランも……まぁ一度きりではあるが、クライオスと拳を交えるということもやっており、
 少なからず育成という事に関して言えば関係が有ると言える。
 それに最近では処女宮に御布施(主に肉を中心とした食料)を運んでくるため、育ち盛りであるクライオスの助けに成っていた。
 (注:クライオスは肉が食えない事でストレスが溜まっています)

 以上のことを踏まえた上で、シャカは口元に手を持ってくると一言――――

「――――そもそも私は君を呼んだ覚えはないのだが?」
「なっ!?」

 とアッサリとミロに言った。
 その上、続けて「何故、君が此処にいるのだね?」と真面目な顔をして言ってくる。
 ……一応、誤解の無いように言って置くが、シャカには悪気など微塵も無い。
 ただただ気になったからこそ尋ねているのだが、ミロの心を打ち砕くには十分だったらしい。
 「それは……それは……」と、泣き出しそうな雰囲気を出しながら答えを考えていた。

 だがそれはミロの親友、カミュによって救われることになる。
 もっとも、それも直ぐに意味が無くなるのだが。

「すまん……シャカ、てっきり『全員集合』なのかと思ったのだ。それで私が処女宮に来る前に、ミロを誘ってな」
「カ、カミュ……」

 微笑みながら言うカミュの言葉に、ミロは表情を緩めて嬉しさを表現する。
 だが――――

「――――カミュ、私から呼んで置いて何なのだが……。君はシベリアに行ったと聞いていたが、弟子はどうしたのだね? 何故この聖域に居る?」
「うぐぅッ……!?」
「あぁ!? カミュ!」

 続けて放たれたシャカの言葉に、カミュは膝を折ってしまった。
 今度は先程とは逆に、ミロがカミュを慰めている。
 因みに。
 確かにカミュは弟子をとって東シベリアに行ったのだが、その後まもなく弟子に逃げられて聖域に帰ってきたのだ。
 その時のカミュは「……寒いくらいで何だと言うのだ」とか「タンクトップの何が悪い? 動きやすいだろう」と言っていたらしい。

 膝を折って崩れたカミュに、不思議そうな表情を向けるシャカ。
 とは言えこのままでは『話しが進まない』という事で、一先ず捨て置くことにしたらしい。

「まぁ、ミロやカミュの事は一先ず捨て置くことにして話しを戻すとしよう」
「クライオスのことか……」
「そうだ……。アイオリア、君は最近のクライオスについてどう思うね?」
「む、オレか……」

 シャカの言葉に、アイオリアは唸ってから最近の事を思い出し始めた。
 今でも……とは言え、当初と比べれば回数は減ったが、アイオリアとクライオスの稽古は続いている。
 最初の頃は感覚に身を任せて『遅い!』だの『貴様はそんな事で聖闘士に成れると思っているのか!!』だの罵倒をしながら殴り飛ばしていた修業だが、
 最近では少しそれらも様変わりをし、何らかの標的を定めて打ち貫く修業へとシフトされた。
 これは先日、シャカに『 いい加減、自分や回りの黄金聖闘士を基準に考えるのを止めたまえ』と言われて、教育方針を転換したからだ。

「そうだな……悪くないんじゃないか?」
「悪くない、とは?」

 曖昧な言い方をするアイオリアに、シャカが続きを促した。
 それに対して言葉を選ぶべく、アイオリアは少しの間だけ黙考して考える。

「――――流石に俺達、黄金聖闘士と比べるとまだまだだろうが……。
 少なくとも奴の動きは音速を超えている、並の白銀や青銅聖闘士よりは遥かに強いと思うぞ?」

 と、そう言うアイオリアの言葉には皆頷いている。
 実際、クライオスがその事に気が付いているかどうかは解らないが、今の彼の実力は間違いなく並の聖闘士を一蹴するだけの力があるだろう。
 しかし幸か不幸か……まぁ間違いなく不幸だろうが、クライオスの師である黄金聖闘士の面々や彼を取り巻く環境の所為で、その事が非常に解りにくい状況に成ってしまっていた。
 もしこれが他の聖闘士候補生と同じような環境にあれば、既に聖闘士の資格を受けていても可笑しくはないだろう。
 もっとも師匠であるシャカを初め、他の師匠も皆が黄金聖闘士である。
 その為に聖闘士の基準が他よりも非常に高い。
 高すぎる。

 クライオスが聖域に修業に来てから3年。
 その実力が他と比べて高い事は理解しているが、だからと言って合格を出すには至らない理由がそこにあった。
 今回のアイオリアの評価も、自分たち黄金聖闘士を基準に捉えているため『まだまだ』との言葉が入っているのだ。

 しかし

「待てアイオリア」

 その言葉に待ったを掛ける人物が居た。
 牡牛座・タウラスのアルデバランだ。

「お前は今『音速を超えている』と言ったが、アイツは先日……と言っても2ヶ月前だが、このオレに一撃を見舞ったぞ」
『――――!?』

 このアルデバランの言葉には、流石に他の者達も驚いてしまった。
 何故ならそれは、黄金聖闘士に一撃を見舞う=光速の動きと言うことだからだ。
 まぁ実際には、油断していたアルデバランに範囲攻撃(幻術技)を仕掛けたと言うのが真相なのだが、アルデバランの言葉ではそこ迄の推察が出来る筈もない。
 少しだけ、ほんの少しではあるが誇張表現として皆の頭に入っていくことになった。

 更にアフロディーテがそれに続き

「……そう言えば、私のピラニアンローズを『一瞬で消しとばす』等という荒業を遣っても退けたな」
「本当かよアフロディーテ?」
「確かだ」

 と、クライオスの評価が上がる事を止めさせない。

「オレの時はそうでも無かったが――――いや、今にして思えばエクスカリバーを避けていた様な気がする……」

 とはシュラの言葉だった。
 今まで沈黙していたシュラだったが、その言葉に一部のものは尚も『おぉ……』等の感嘆の声を挙げていたが

「シュラ……その内容に関しては、何故クライオスが『エクスカリバーを避け無ければいけない状況』に成ったのか、それが非常に気になるが?」

 とのシャカの言葉に、周囲も含めて固まってしまった。
 まぁ要は勝手にデスマスク=悪の図式を作り上げたシュラが、その場にいたデスマスクへの攻撃の際にとばっちりを受けたということだが。

「……事故だ」
「お前が俺を殺そうとしたからだろうが……」

 『何とか上手く説明をしよう』そう考えて言った言葉は、デスマスクの言葉により打ち消されてしまうのだった。
 そしてシュラはその三白眼でデスマスクを一睨みすると……

「アレはお前が悪いだろう……!!」
「ちょ、解った! 解ったからその腕を止めろ!!」

 その聖剣をデスマスクに対して振り下ろそうとしたのだった。
 もっとも、今回はデスマスクに白刃取りの様にして防がれていたが。

「おい、少し落ち着いたらどうだ? 仮にも此処は他人の宮なのだぞ?」

 ミロはその二人の行動を諌めるように割って入った。
 更には良識派のアルデバランも同じ様に二人を止に入ってくる。
 無論、シュラとてそれは解っている。解ってはいるが、これではまるで自分が快楽殺人者みたいではないか? と思うのだ。
 その為、割って入ってきた二人に対し「しかし――――」と反論をしようとしたのだが

「君達……黄金聖闘士同士のいざこざは御法度だ――――」

 と、シャカによって止められた。
 そう、それは神話の時代より決められてきた取り決めの一つ。
 聖闘士は『如何な場合にあっても私闘を行うことは禁じられている』。
 まぁ、幾分規制の甘いザル法のような気がしないでも無いが。それでも兎に角禁じられている。

 シュラは女神アテナに忠義熱い黄金聖闘士である。
 自身の名誉の為には先程の誤解を解かねばとも思うが、アテナの教えを出されては引かざるをえない。
 シュラは小さく「クッ……」と呻きを漏らすが

「――――等と狭量な事を言うつもりは無いが……。殺るのなら他所で殺りたまえ」

 続いて言われた言葉に疑問符を浮かべてしまった。
 勿論それは、シュラだけでなくミロもアルデバランもカミュもそうだ。
 唯一アフロディーテだけはシャカの言おうとしている事が理解出来たのか、その様子を笑顔で見つめている。

 つまりは

「これ以上暴れて、神聖な処女宮の敷地を下賎な血で汚すことは罷り成らん!」

 との事だ。
 そして一瞬の静寂の後に笑い出すアフロディーテ。
 『流石はシャカだ』とか『言っている事は間違っていないな』等と言っている。
 周りの者達も軽い苦笑を浮かべていたが、ソレとは別に憤慨するものがいた。

「おいコラ! 下賤ってのは俺のことか!? 俺のことなのか!!」

 そうデスマスクだ。
 詰め寄るようにしてシャカに言ってくるデスマスクだったが、当のシャカは一瞥をくれると即座に視線を逸らした。
 まぁ要は無視に近い態度を取ったわけだ。

「――――さて」
「無視すん――――なッ!?」

 尚も何かを言おうとしたデスマスクだったが、シャカが腕を振るうと急に動きを止めて言葉を失ってしまった。
 焦点も合わず、何やら遠くを見つめるような瞳をしている。
 恐らく、嘗てと同様に幻術でも掛けられてしまったのだろう。
 一瞬、この場に集まっている他の黄金聖闘士面々は『シャカの行動は、些か問題ではないだろうか?』と一様に思ったのだが、
 それもまた一様にデスマスクへ視線を向けて『まぁ、良いか……』と思うのだった。

「――――でだ、デスマスクはどうやら疲れ気味のようなので後に伝えるとして、君達には本題を告げるとしよう」

 周囲を見渡しながら(実際はみてないが)シャカはその場に集まっている黄金聖闘士たちに言葉を告げた。
 まぁ最初にクライオスの事を言ってきたのだから、先ず間違いなくそれに関係するだろうことは皆も解ったいたが。

「どういう訳か、アレは人好きのする性格なのか君達とも繋がりが深い。少なからず皆、クライオスに物を教えようとしただろう?
 ……まぁ一部例外が居るが」

 『う……』と呻くような声が蠍座の男から聞こえたが、それはそれ。
 シャカも皆も気にはしない。

「私は『そろそろ良い頃合ではないか?』と思うのだよ。約1ヶ月後……大体その頃に私はアレに試練を与える。
 ……君達にはそれ迄の間、まぁ顔を合わせた時でもいつでも良い。
 アレを死なない程度に鍛えてやってくれ。休ませる暇など与えんようにな」

 このシャカの言葉はある意味では死刑宣告に近いものだが、聞いていた黄金聖闘士達は別の処で驚いていた。
 それは――――

「シャ……シャカが」
「あのシャカが俺達に頼むだと?」
「これは一体どんな幻だ!?」
「いや、シャカとて人の子……礼儀くらいは持っていよう」

 等と言い合っていた(誰がどの台詞を言ったかは想像してみてください)。
 ただそんな中、ただ一人アフロディーテだけは眼を細めて――――

(一言も"頼む"とは言っていないうえに、恐らく自分一人で休む暇も与えないというのは『面倒』だと考えているのではないか?)

 と、考えていた。




 後書き
 今回は此処まで。
 本当ならもっと続く予定だったのだけど、書いてるとやたら長くなってきたので一息入れるため此処で一時停止。
 次回はシャイナを絡めてクライオス無双(?)の話しになります。
 ではまた次回。

 そろそろその他版に行こうかな……。





[14901] 番外編 第2話後編 力を見せろ
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/03/17 18:02


 今回は少しだけ『やり過ぎた』かも知れないです。
 まぁ私の作品は結構、そんな感じが強いのですが……。
 前編の後書きに書いてある通り、今回はちょっと長めです。それとチラ裏から今回より移動です。










 さて、黄金聖闘士の面々が沙羅双樹の園で会議(?)を開いている頃。
 場所は変わってとある山小屋の中。

 そこには一人の壮年男性と、少女が向い合っていた。
 少女は椅子に座って男性の方へ顔を向け、男性は眉間に皺を寄せて少女に視線を向けている。

「良いかシャイナよ……女性聖闘士は自ら女で有ることを捨てるため仮面を付ける事に成っている」
「……はい」
「そして、そこには厳しい仕来りがあるのだ……。
 それはもしその素顔を他人に見られた場合、見た相手を殺すか愛するかのどちらをしなくてはならんのだ!!」
「……」
「…………」
「えぇッーーー!!」

 その日、聖域の極一部に驚嘆の声が上がった。




 番外編 第2話後編 力を見せろ



 シャイナは頭を悩ませていた。
 それは先日師匠から告げられた一言『素顔を見られた女性聖闘士は――――』と言う言葉である。
 修業に入る際、その初日に仮面を付けるように言われていたが……それにそんな意味が有るとは思いもしてい無かったのである。

「どうすりゃ良いかね……」

 と、呟く『9歳児』。

 その言葉の意味は、前にクライオスに強請って『拳』を見せてもらった事に由来する。
 クライオスの放った拳の風圧でシャイナの仮面は割れてしまい、ものの見事に素顔をクライオスに晒してしまっていたのだった。

 その時の自分(シャイナ)は何も知らなかったので気にもしていなかったのだが、思い返してみればクライオスの反応は何か変だった――――
 と、今に成ればシャイナもそう思うのだ。

「クライオスを殺すか……」

 と、物騒なことを口走りながらシャイナは空を見上げる。
 だが、今現在それを実行に移した場合、シャイナは成功するとは思えなかった。

 仮面が割れた時から既に1年近くの月日が経っている。
 その間に、自分自身も小宇宙を感じて操る術を見に付けはしたのだが、それでも勝てるとは思えなかった。

「あの時に感じたクライオスの小宇宙……アレはこんなモンじゃ無かった」

 聖闘士の闘いの基本は原子を砕く事にある。
 そして、それは如何に小宇宙を高めることが出来るかと言うことに帰結する。
 シャイナ自身の感想としては、今の段階でクライオスの生命を狙ったとして討つ事は難しいだろう。という事だ。

 それに加え――――

「出来ればそんな事はしたくないからね――――」

 シャイナはクライオスの事が嫌いでは無いのだ。まぁ、別に異性として愛してるとかそういった事ではなく、
 単に『一人の人間として好きか嫌いかの問題』だが。

 聖闘士発祥の地であるギリシア、聖域。

 確かに神話の時代から女性の聖闘士は存在したし、彼等が称える神も女性神である。
 しかし、どうしても『闘いは男の仕事』といった風潮が抜けず、今なお聖闘士を目指す女性などは軽く扱われる事が非常に多いのが現実で有る。

 勿論それは同年代の候補生達の中にも言えることで、カペラ、シリウス、アルゲティ等も例に漏れず口には出さなくても態度には出ていた。
 だが、クライオスは違ったのだ。
 蔑むようなことはなく、普通に接してくれる。
 むしろ女性であることに敬意を持っているような素振りも見せていた。

 その為、シャイナは同期の中では同姓である魔鈴と同等か、またはそれ以上ににクライオスの事を好いているのである。
 もっとも、実際のところクライオスからすればシャイナが白銀聖闘士に成ることを知っているし、その後の聖戦に於ける貢献度も理解している。
 (主に海界や、アスガルド等の出来事)
 それに加え元々が現代日本の生まれなために、男尊女卑の考えが極端に少ないからなのだが……。
 まぁ、シャイナには知りようの無いことなので置いておこう。

 少なくともこの時のシャイナの思考回路は、

 聖闘士になりたい→しかし顔を見られてしまっている→クライオスを殺す? 恐らく無理→ならば愛するか?→愛に関して今ひとつ→どうしよう?

 といった所だった。
 因みに……『女性聖闘士』は顔をみられてはいけないが、現時点のシャイナは『聖闘士候補生』である。
 ある種の勘違いなのだが、今のシャイナにはそれが解らなかった。

 兎も角、勘違いでも何でもそんなふうに悩んでいると、近場――――森の奥で幾つかの小宇宙が燃えているのをシャイナは感じた。
 とは言え、攻撃的なものではなくただ前を見ているような感じだが……。

 シャイナは自身の悩みを一先ず他所に置くと、その小宇宙の高まりを確認するため現場へと足を向けるのだった。

 走るようにして現場へ行くと、そこには数人の子供が居た。
 皆が皆――――若干規格外も居るが、シャイナと同程度の体格をしている聖闘士候補生達だ。
 因みに規格外とはアルゲティの事。
 アルゲティの横にはカペラが居て、そしてその先にはシリウスとクライオスが向い合って立っていた。
 『成程……この小宇宙はシリウスとクライオスのものか』とシャイナは判断した。
 シリウスから感じる小宇宙は思いのほか大きい。
 シャイナ自身負けるとは思わないまでも、やり合えば唯では済まないと感じる程度には。
 だが一方のクライオスはどうだろうか?

 構えを取り、強い視線をぶつけてくるシリウスとは対照的に、今のクライオスは特に何もしてはいない。
 その場に立ったまま眼を閉じ、ただ身体だけは相手の方を向いている状態だった。
 小宇宙もかつて感じた力強さはなりを潜め、今では燻っているような感覚を感じる。

(……何だ?)

 シャイナがそう思った瞬間に場が動く。
 突如シリウスが拳を挙げて、クライオスに襲いかかったのだ。
 爆発するような突進力で持って襲いかかるシリウス、だが――――

「行くぞクライオス! グレートマウンテン・スマッシャー!!」

 音速を超えて放たれるシリウスの拳を、クライオスは見もせずに紙一重で避けて行く。
 腕はダランと下ろしたままに、上体を動かすだけで対応しているのだ。

 普通なら信じられない光景だ。
 それは当のシリウスは勿論、近くで見ているカペラもアルゲティも同じだろう。
 当然シャイナとてそうだ。

 確かにクライオスは避けている。
 避けているが、時折シリウスの拳は当たっているようにも見える。だが――――

「くぅ……馬鹿な」

 シリウスの呟きが漏れた。
 詰まりはクライオスには当たっていないのだろう。
 直撃したと思えた拳は全てすり抜け、ダメージを与えるには至っていないという事だ。

 シリウスがその結果に呻き声を挙げると、今度はクライオスが動きを見せた。

「それで終わりかシリウス? なら次はこちらの番だな」

 そう言うと一瞬の事、気が付くとクライオスはシリウスの懐に飛び込んでいて

「――――『うろたえるな! 小僧ども!!』」

 言いながら両手を振り上げると、シリウスは声を挙げる間もなく吹き飛んでいった。
 しかしそれを見ていた者達は少しだけ疑問に思った事だろう。

『小僧……ども?』

 と。

「アルゲティ!」
「お、おう!」

 固まっていた皆を尻目に、クライオスはアルゲティに指事を出した。
 既に気絶してしまっているのか、頭から地面に落下していたシリウスを受け止めるためだ。

「ついつい黙って見続けてちまったけど……こいつらはこんな森の奥で何をしてるんだ?」

 シャイナは頭を左右に振ってそう呟いたが、するとクライオスがシャイナに向かって顔を向けてくる。
 見ると訝しむように眉間に皺を作っている。
 それにシャイナは「仕方がないか……」と呟いた。

「そこで見てるのは誰だ? 用が有るならさっさと――――って……シャイナ?」
「あぁ……」

 姿を現したシャイナに、疑問符を浮かべるクライオス――――とその他二名(アルゲティ+カペラ)
 だがそれに構わず、シャイナはツカツカと近づいてきた。

 そんなシャイナにカペラが声を掛ける。

「……シャイナ、何してるんだこんな所で?」
「それはコッチの台詞だよ、アンタらこそ何してんのさ?」

 一応凄みを利かせて言ったのだろうが、カペラのそれにシャイナは気付きもせずに言った。
 するとアルゲティが問に答えるようにして返事を返す。

「……模擬戦か? 一応は」
「模擬戦?」
「あぁ、俺達も小宇宙の扱いをわかってきた所だからな」

 シャイナはカペラ達の言葉に、視線を気絶してアルゲティに抱かれているシリウスへと向けた。
 そして

(模擬戦……と言えるほど、充実した内容には成ってないと思うけどね)

 と心中思ったが、口には出さずに 

「へぇ……お前らも何かと考えてるんだね?」

 と返答を返していた。
 それにしても――――と、シャイナは視線をクライオスに向ける。
 クライオスは一瞬、ビクっと肩を震わせたが、シャイナは取り敢えずそこには触れずに置く。
 現在は先程とは違い、その両眼は開かれている。

「なぁ、クライオス。ちょっと聞きたいことがある」
「ん? ……なに?」
「どうしてお前は眼を閉じてるんだい?」

 シャイナの質問に、カペラやアルゲティも『あっ……そう言えば』と頷き合っている。
 一瞬『こいつら大丈夫か?』とシャイナだけでなく、クライオスも思ったのだがこれまた口にはしなかった。
 クライオスは一度口元に手を持ってくると、「むぅ……そうだな」と思案を始めた。
 そして2~3秒ほど考えていると、ポンッ!と手を叩いてから頷く。そして「マズイな……」と呟いてからシャイナの方へ視線を向けた。

「シャカの教えでな……修業では必ず眼を閉じろって言われてるんだよ。理由は――――秘密だが」

 実はこの時、クライオスは何故自分が眼を閉じて居るのか覚えていなかった。
 初めて目を閉じての修業が開始されてから、実は既に1年以上が経過している。
 クライオスはその間、常に修業と言うと『眼を閉じる』――――という事を半ば強制されてきたと言っても過言ではない。
 まぁ……主にシャカの修業に関してはだが。
 流石に『気合を入れるべき時』や『日常』の中では眼を開けるが、それ以外に小宇宙を使うとなるとこうして眼を閉じる癖みたいなものが付いてしまっていたのだ。
 シャイナの言葉で自分に妙な癖が付いてしまっていることを知ったクライオスは、この後それを取り除くために苦労するのだが……。
 まぁ、それは今回では無いので放っておくとしよう。

 クライオスの返答に半分納得、半分意味不明(理由は秘密のあたり)と感じたシャイナだが、
 恐らく聞いても答えてはくれないだろうと考えて「そうか……」とだけ頷いた。

「じゃあもう一つ、『うろたえるな! 小僧ども!!』って?」

 人差し指を立てながら尋ねてくるシャイナに、クライオスは先程以上に表情を歪る。
 そして「それは……それはな……」視線を泳がせながら返答に窮していた。

「……本当はちゃんと技を使おうかと思ったんだよ。ただそこで気がついたんだ――――俺にはまだ『技名が無い』ことに。
「「「はぁ?」」」
「確かに以前、そんな話しが持ち上がったことが有ったけど……結局その時は何も決まらずじまいだったんだ。
 だから技をだそうにも『技名が無い=しまらない』だろ? だから当たり障りの無いところから持って来たんだけど……」

 聞いていたカペラもアルゲティもシャイナも……密かに眼を覚ましていたシリウスもだが、
 揃いも揃って『大丈夫か……コイツ』と言いたそうな雰囲気を醸し出している。
 もっともクライオスはその事に気付いていないようだが。

「まぁ何処かの誰かが使う、投げ技みたいなもだと思ってくれれば良いよ」

 そう言って締めくくったクライオスは「うん」と頷いていて、非常に満足そうだ。
 シャイナは仮面の下で眼を細めて(愛するのと殺すのはどっちが簡単なのだろうか?)と考え始めていた。

「……そうだ。シャイナ、お前もクライオスと戦ってみたらどうだ?」
「は?」
「えぇッ!?」

 突然のカペラの提案に、シャイナとクライオスは其々声を挙げた。
 因みに「は?」がシャイナで、「えぇッ!?」がクライオスである。

「……ちょ、ちょっと待てカペラ! お前は一体何を言っているんだ!?」

 クライオスにすれば、戦うだけなら別に構わないのだ。
 ただシャイナには以前、素顔を見たと言う負い目がある。そのため、出来るならばそういった(殺す)機会を与えたくは無かったのだ。

 『出来ればそのまま有耶無耶にしておきたい――――』

 と言うのが、クライオスの考えだったのだ。
 仮にクライオスが、

『女性聖闘士』は顔をみられてはいけないが、現時点のシャイナは『聖闘士候補生』

 という結論に至っていれば、このような問題は起きなかったのだろうが。
 だが残念なことに、当のクライオスはそこに行き着いては居なかったのであった。 

 慌てるようにして言うクライオスに、カペラはニヤリとイヤラシイ笑みで持って返事を返す。

「いや何、シャイナも折角来たんだ……観てるだけでは詰まらないだろ?」
「だったらお前がやれば良いだろうが!」
「強いヤツと戦った方が訓練にもなるだろ? それに、俺達の中で一番強いのはお前だからな」
「いや……だけどそれは――――」
「私は構わないよ」

 クライオスが何とか言葉で言いくるめようとしていると、不意にシャイナの方から了承の声が挙がってしまう。

「私だって、自分がどの程度の実力が有るのか気になってるところさ。それを試せる機会があるなら活用するべきだろ?」
「だからそれならカペラ達でも――――」
「クライオス、私はお前に『頼む』と言ってるんだよ?」

 『頼むとは言ってないだろ!?』とは流石に言うことが出来なかった。
 クライオスは空を見上げると、何故か胸の前で十字を切って「アテナ……」と言うのだった。 

 そしてトボトボと歩いてクライオスはシャイナと一定の距離をとった。
 どうやら観念して、シャイナと闘う事を了解したらしい。

「――――よし、それじゃあやろうかクライオス。……手加減するんじゃないよ!」
「……あぁ」

 構えるシャイナの言葉に、力なく返答するクライオス。
 それを横で見ているカペラは、相変わらずイヤラシイ笑みを浮かべている。

 その笑みに気色悪さでも感じたのか、アルゲティに担がれたままのシリウスが問いかけた。

「おい、カペラ。何だってそんな……笑い顔? を浮かべてるんだ?」
「ん? 決まってるだろ。思い通りに事が運んだからだよ」

 シリウスの問い掛けに、カペラは何てことは無いと言うふうに返事を返した。
 ニヤニヤ笑っているカペラは、その嫌な笑顔のまま言葉を続ける。

「お前らだってシャイナ……それに東洋人の魔鈴の事は気に入らないだろ?」
「……まぁ多少はな」
「…………」

 シリウスとアルゲティは言葉も少なくカペラの言葉に同意した。
 少し前にも述べたが、神話の時代より続く聖域は基本的に男尊女卑の世界である。
 例え能力があろうとも、女性であるならばそれだけ低く見られがちなのだ。
 当然周囲がそういった風潮では、そこで生活をしている子供達(この場合は聖闘士候補生)にもそんな意識が根付くのは当然と言える。

 カペラ、シリウス、アルゲティの3人は、クライオスの手前そういった素振りは見せ無いようにしてはいるのだが、
 内心ではシャイナや魔鈴が女と言うだけで嫌っていたのだ。

「だからこうして、上手い具合にクライオスに〆て貰おうと思ってよ」

 言葉の端に含み笑いを浮かべながら言うカペラだが、それを見ているシリウスとアルゲティの顔は妙に冷めている。

「格好悪いぞ?」
「あぁ……それもかなりだ」
「うるさい! 良いんだよ、結果があれば俺はそれで満足だ」

 冷静な突っ込みを受けたカペラはそう言い返したが、却ってシリウス達を落ち着けるだけだった。
 そしてシリウスは腕組をすると、

「だが……果たしてそうそう上手く行くか?」

 と、落ち着いた口調で言ってくる。

「何だよ、クライオスが負けるってのか?」
「いや、幾ら何でも闘ってシャイナが勝てるとは俺も思わないが……」
「じゃあ何だよ?」

 シリウスは視線を一度クライオスへ向けると、その後カペラの方へ戻して言った。

「クライオスは、女性贔屓なところがあるからな」
「…………」






(どうするか……)

 クライオスは悩んでいた。
 目の前で小宇宙を燃やし、構えをとって自分のことを油断なく睨んでくるシャイナ。
 その対応に付いてだ。

 この頃のシャイナは9歳。
 単純に考えるのなら、白銀聖闘士になるのは10歳の頃のはずだ(星矢が聖衣を授かった時が16歳で、6年前からカシオスを育てている)。
 ならば、今のシャイナはそれ程強くはないのではないか? ――――と、クライオスは考えているのだ。
 聖闘士に成った後ならば兎も角、幾ら何でも

 潔くやられる? 当然有り得ない。クライオスは死にたくない。
 適当に相手をする? 無理、クライオスはデスマスクの様な演技派聖闘士ではない。
 本気でヤル? 論外、クライオスは星矢ではないが女性に全力など出せない。
 ならば

(本気で相手をしつつ、全力を出さない……だな)

 クライオスはそう結論づけると、視線をシャイナの方へと向けた。
 依然変わらずシャイナからの睨むような視線は続いており、クライオスは内心――――

(ここで殺る積りなのかなぁ……)

 と、思っていた。

 さて、一方シャイナはと言うと。

(……どうするかね?)

 と、これまた悩んでいた。
 悩む内容は唯一つ、『どうすれば勝つことが出来るか?』という事だ。
 シリウスの攻撃に対して殆んど動く事もせずに避けたクライオスの実力は、恐らく自分よりも一段階……いや、数段階は上のはずだ。
 だったらどうすれば良いのか?
 シャイナは産まれてから9年間しか使っていないその脳細胞を、必死になって回転させて答えを出そうと試みる。
 だが――――

(いい策なんて浮かばないか……)

 シャイナはため息一つ吐いて、そう答えを出した。
 恐らく、今の自分の実力はシリウス達と同程度の実力だろう。
 ならば何らかの小細工に意味が有るのだろうか? シャイナはそう考えたのだ。

 仮に多少はやり合えるだけの実力が有るのなら兎も角、詰まらない小細工ではどうしようも無いのではないか?

 シャイナは一言

「考えても仕方が無いか……」

 と呟いてから、闘う力――――小宇宙を燃やし始めた。
 自身に出来る最高の、自身に出来る最大の、そして自身に出来る最強の一撃を見舞うために小宇宙を燃やす。

 その小宇宙の高まりは、周囲で観戦していたカペラ達が息を飲むほどの激しさを見せている。

「行くよ! クライオス!!」

 掛け声と同時がそれより速くか、シャイナはクライオスに向かって駆け出すと自身の腕を振るって拳を打った。
 左右の拳を交互に打ち出し、其々を必殺のつもりで繰り出していく。
 クライオスは眉間に皺を寄せながら、渋い顔でそれらの拳を避け続けた。

 最初は距離を測るように大きく、
 そこから修正するように動きを小さくして徐々に当たるか当たらないかと言うようなギリギリでの回避運動へと変えて行く。
 基本……強大な力を持つ聖闘士とは言え、その身体は生身である。
 強靭な力や、敵からの攻撃から身を守るために聖衣は存在する。
 如何に今のシャイナが未だ聖闘士候補生という立場とは言え、その攻撃を受ければ唯では済まないだろう。
 それを直撃する危険を省みずにわざわざギリギリで避けているクライオスに、周囲で見ているシリウス達は勿論、
 シャイナも驚きを隠せなかった。

 もっとも……当のクライオスは今までのイジメの様な修業の日々と原作の知識から、『聖衣=身を守る防具』というイメージではなく、
 『聖衣=聖闘士の証+見栄え』と、偏った考えを持っていた。
 要は「防御? 小宇宙を高めればどうにでも成るんじゃないの?」――――ということだ。

「……クッ! どうしたクライオス! 打ってこないのか!!」

 一向に当たる気配の無い攻撃に、シャイナは苛立を感じながらそう言った。
 左右の連打から腕を戻す勢いを其の侭に回し蹴りを放つが、それさえもクライオスには見切られて避けられてしまう。
 シャイナの蹴りを避けたクライオスは、『ポーン……』といった効果音でも付くかのようなゆったりした動きで後方へと退った。
 後方に退ったクライオスに、シャイナは舌打ちをして睨みを聞かせる。

 それに対して――――と言う訳でもないのだが、クライオスは先程以上に眉間の皺を深くしていた。
 それは

(思ったよりもずっと動きが速いな……)

 という事だ。
 『それに小宇宙がちゃんと燃えている』というのもプラスされる。
 捌けない事は全く無いのだが、ここでクライオスは自分の今の状態と周りの状態、そして聖闘士の最低ランクについて考えていた。

 一番下の青銅聖闘士……秒間約100発の拳を繰り出す。
 現在のシャイナ……目測でおよそ150発近く。

(……聖闘士に成れるんじゃないのか? 俺も、他の連中も。
 少なくとも6年間修業をしたカシオスよりも、現在の俺達が強いことは確実だな。……それにしても)

 クライオスはそこまで考えたところで、現在の自分がどの程度のものなのか? という事に興味が湧いてきてしまった。
 そして当初の『やりにくい』といった思いなど何処へやら、眉間に浮かべていた皺を緩めると。
 ニコッと笑ってシャイナの方へ視線を向けた。

「クソッ!」

 シャイナはそれを挑発と受け取ったのか、一言そう口にすると再びクライオスに襲いかかる。
 最初は同じ様に避けていたクライオスだったが、それが徐々に危うくなっていった。シャイナの速度上がっていったのだ。
 そして何度目かのシャイナの拳を避けたところで、クライオスの頬が切り裂かれ血が飛んだ。

 クライオスは「――――へぇ」と呟くと、追い打ちとして放たれたシャイナの拳を腕で外側へと弾いた。

 それを境に、クライオスは避けるのではなく攻撃を受け止め始める。
 それを好機と見たのか、避けられていた時以上に力を込めて拳を振るうシャイナは、此処ぞとばかりに攻め立てた。

「すゲェ……」

 攻防を見ていたアルゲティが呟くように言った。
 その言葉はクライオスを攻め立てるシャイナのことか? それとも徐々に速度を増していくシャイナの攻撃を捌き続けるクライオスの事か?
 シリウスもカペラも口を開けて、その光景をただ呆然と見つめていた。

 シャイナの息もつかせない程の攻撃、しかしそれらの攻撃は全てクライオスに防がれ続けている。
 拳を捌き、拳を受け、蹴りを弾き、蹴りを止める。
 クライオスが距離を取るように動けば、逃がさぬように付いて離れず。
 攻撃を掴みとって投げに転じても、空中で身を捻って着地し再びクライオスに詰め寄る。

 共に決定打の無い状況が続いていた。

 そんな状態の中、クライオスは今のこの状況が少しづつ楽しく感じるようになってきた。
 聖域に連れてこられて既に3年程が経過している。
 その間、シャカ(または他の黄金聖闘士)という強大な師匠によって叩きのめされる事はあったが、
 こうして自身の実力がまともに通用する相手と手合わせをする……といった事は、もしかしたら初めての経験なのかも知れない。

 だからこそ……なのだろうが。
 クライオスはシャイナの拳を受けている最中だと言うのに、その顔には笑みを浮かべているのだった。

「ハァッ!!」

 既に何度目に成るのかも解らないシャイナの攻撃、それがクライオスの防御を超えた。

(貰ったッ!)

 その拳がクライオスに触れる瞬間、シャイナはそう確信し……次の瞬間驚嘆した。

「な……に?」

 シャイナは『空を切った』自身の拳を呆然と見つめながら、呟くように言った。
 目の前には拓けた広場が視界に映り、それ以外には特に何も映っていない。
 確かに今しがたまで目の前に居たはずのクライオスが、そこには居なかったのだ。

「――――こっちだシャイナ」
「ッ!?」

 声のした側……要は真後ろから聞こえてきた声に、シャイナはビクっと反応して一息で飛び上がって距離をとった。
 空中で身体を反転させて声のした方へ視線を向けると、そこには確かにクライオスが立っている。

「……何だ、今のは?」

 結果を見れば『避けたられた』という事なのだろうが、あのタイミングと間合い、そして状況で避けたというのがシャイナには信じられなかった。
 確かに自分の拳はクライオスを捉えた筈なのに。
 だがそこで先程のシリウスとの一戦がシャイナの脳裏に浮かんだ。
 そして理解したのだ、『ただ只管に速いのだ』と。

 シャイナは小さく舌打ちをして、そして歯噛みした。
 『まだまだ全力では無かった』と、暗に言われたようなものだからだ。

「流石だねクライオス。正直……此処まで実力の差があるとは思ってなかったよ」
「うん……まぁ、それに関しては俺もある意味同感だけどね」

 『ハハハ』乾いた笑いと一緒にそう言ったクライオスは、続けて「俺自身、どの程度の事が出来るのか知らなかったよ」
 と補足した。

「しかし――――シャイナ、お前はまだ全力を出し切ってはいないよな?
 俺とは違って、必殺技の一つくらい有るんだろ?」

 と、クライオスはシャイナに言った。
 勿論これは『そろそろサンダークロウを覚えているのではないか?」との当てずっぽうで言っただけなのだが、
 当のシャイナにして見れば言い当てられたことは堪ったものではないだろう。

「!?……へぇ、良く解ったね。確かに私にはまだ奥の手があるさ」

 そう口にすると、シャイナはクライオスとの距離を一定に保ったまま構えをとった。
 シャイナの身体の奥底から、小宇宙が噴き上がるように溢れ出す。
 誘導されたようで余り面白くも無いが、シャイナとしても今しがたのクライオスの動きを見た後では仕方がないと腹を括る。
 そして

(集中するんだよ……シャイナ)

 自分に言い聞かせるようにシャイナは心のなかで呟いた。

(確かにクライオスは速かった、それも冗談みたいな速さだ。
 あれが全力だとするなら、今の私では到底勝てそうには無い。けど一撃……そう、一撃与えるくらいなら出来るはずだ)

 『自身に出来る最高の一撃を』

 シャイナはそれを、目の前に居るクライオスに一撃を叩き込む事だけを頭に入れて集中する。

「ヤル気になったか……だったら、俺もそれなりに『役作り』をしないとな」

 クライオスの言葉にシリウス達観戦組は首を傾げたが、目の前に居るはずのシャイナには聞こえていない。
 ただクライオスを睨み続けている。

 そして

「受けな! サンダークロウッ!!」

 シャイナの小宇宙が燃焼し、背後に一匹の蛇が見えた瞬間その拳が振るわれた。
 音速を超えた拳、稲妻の如き衝撃を与えるシャイナの必殺の一撃。
 それを受けた相手は、全身に電流が走ったような衝撃さえ感じる技だ。

 全ては一瞬の事。
 離れた間合いを詰め、最高に最速の一撃を見舞おうとしたその瞬間……クライオスの小宇宙が爆発する。
 その時、シャイナはクライオスが小さく笑ったように感じた。

 耳を劈くような衝撃音が響く。

 そして、その現場の光景に皆が眼を丸くした。

「ク……うぅぐ…!」

 ギリギリと力を込めるシャイナだが、その一撃はクライオスの右手に防がれている。
 腕を伸ばし切ることも出来ずに押さえ込まれているのだ。

「どうしたシャイナ……お前の拳とはこの程度のものか? こんなモノで、俺をどうにか出来ると思ったのなら……随分と軽く見られたものだ」
「あ……あぁッ! なんなんだコレは、何か空気の塊のような物が……」

 そう、クライオスは『受け止めて』などいない、ただシャイナの拳に対して手を飾しているだけだ。
 それだけだと言うのに、見えない何かに押されるようにシャイナの拳は防がれていたのだ。

「そうら、そのままではいずれお前の手の皮が裂け、骨が砕けるぞ。其の次は肉が爆ぜて腕が消し飛ぶ」
「うぅ……あ、ぐぁ――――」

 苦悶の声を挙げるシャイナとは対照的に、クライオスは薄く笑みを浮かべ続けている。
 そしてクライオスの言葉を肯定するかのように、シャイナの手の甲に小さな傷が走りだし血が流れだした。
 グッと力を込めるようにクライオスが腕を押すと、圧力が増したかのようにそのまま押し込まれ、押さえ込まれるようにしてシャイナは膝を付く。
 それを見つめるクライオスは喜色満面で――――

「フフ、フフフ……ハハハハハ――――ハ……って『ゴッ!!』」

 声を出して笑った所で、空いている左手を使って自分の顔を殴りつけた。
 それなりに強い力で殴ったのか、結構な良い音を響かせ口の端からは血が垂れている。

 因みに周りの者達はクライオスのその行動に、シャイナを含めて『( ゚д゚)ポカーン』といった、呆気に取られたような表情を向けていた。

 クライオスは『ブルブルッ』と頭を左右に振ってから手の甲で口元を拭うと「しっかりしろ、俺」と口に出して言い、
 次いでシャイナの両手を包み込むように握った。

「悪い、少しだけ悪ノリが過ぎた、どう考えてもやり過ぎだよな……。シャイナ、手の方は大丈夫か?」
「あ、あぁ……少し血が出た程度だし」

 突然の変わり様……と言うか、元に戻ったと言うか……。
 そんなクライオスの変化に面くらい、また顔を覗き込むようにして手を握られたことで(仮面で見えないが)少しばかりシャイナは顔を紅くしてしまう。

「何と言うか……本当にスマン」
「だ、だから大した事無いって」
「いやもう……聖域に来てからこんな風に身体を動かすのって初めてだったからさ……つい調子に乗ってしまった」
「え、えーと、初めてって……普段はどんな感じなのさ?」

 苦笑を浮かべながら言うクライオスに、シャイナは続きを促すように聞いた。
 因みに、その両手はクライオスに包まれたままだ。

「普段? …………普段ね。簡単に言えば『空を飛ばない日が無い』って感じかな。……はぁ」

 普段の修業内容が基本『黄金聖闘士にぶっ飛ばされる』なクライオスは、その日常を思い出して気落ちしてしまった。
 ズーン……と落ち込むようにして言うクライオスに、シャイナはマズイ事でも聞いたのか? とは思わず、『空を飛ぶ』と言うところで首を傾げていた。
 もっとも、直ぐに先程のシリウスの姿が脳裏に浮かび、「あぁ、成程」と口にするのだった。

「――――オイオイ、もう終わりかよ? 何で良い所で止めちまうんだ?」

 クライオスとシャイナが向い合って(見つめ合ってとも言う)話しをしていると、今まで横で見学をしていた3人がゾロゾロとやって来た。
 先頭を歩いてくるカペラが、不機嫌だと言わんばかりの顔で近づいてくる。

「何で? って……もう十分だろ? 別に倒すことが目的じゃないんだからな」
「でもよー……」

 そう言葉を濁してチラチラとシャイナを見ながら言うカペラに、クライオスはニヤっと笑った。

「何だ? シャイナの手を俺が掴んでるのが羨ましいのか?」
「はぁ?」
「なッ――――そうだ、いい加減離せ!」

 『ブンッ!!』と振るった拳がクライオスの顎を跳ね上げる。その間にシャイナはクライオスから離れてしまった。
 その際にアルゲティが「あ、当たった」と言っていたが……まぁどうでも良いだろう。

 殴られた顎を「いたい……」と摩っているクライオスに、カペラが

「あのなぁ……一応言っておくけどな。俺は別にシャイナの手を握ってどうこうとか、羨ましいとかは全く無いからな」
「じゃあ、さっきの視線の意味は何なんだよ?」
「そりゃあ、アレで止められたら俺が頭を使った意味が――――」
「――――頭を使って……何だって?」
「いや! 何でもない!!」

 一度言いかけた言葉を引っ込めて否定するカペラに、クライオスは眉を潜めて眼を細める。
 外見は10歳の子供なクライオスだが、中身はずっと年をとっている。
 見た目通りの精神構造なら特に気にもしないようなカペラの態度なのだろうが、クライオスはその言い淀んだ態度が気になってしまった。
 そして

「シリウス~……それにアルゲティ~……こっちに来い」

 と、普段ならしないような命令口調で二人を呼び寄せた。
 それに対して二人は「うぅ……」「はい……」と素直に従う。因みにその隙に、

「何しやがるシャイナ!!」
「こうして置かないと、アンタ逃げるじゃないか」

 カペラはシャイナに腕を捻り挙げられて組み敷かれていた。
 その阿吽の呼吸……とはまた違うのだろうが、兎も角その行動力にクライオスは笑みを向けた。

「おぉ、良い行動力だなシャイナ。……さて二人とも、正直に答えるんだ。良いね?」
「了解」
「お、おう」

 笑顔で言うクライオスに気圧されて、シリウスとアルゲティが同時に頷いた。
 
「聞く内容は至って単純な事だ……カペラはなんて言ってた?」
「それは……だな、その」

 シリウスは言い淀みながら、チラリとカペラの方へと視線を向ける。
 するとカペラは必死な形相をしながら『言うな~言うなよ~……』とでも言いたそうな雰囲気だ。
 それを見た後に、シリウスはクライオスへと視線を戻す。

 ……ニコニコ――――

 そう形容するしか無いほどに笑っているクライオスが、今のシリウスには怖かった。
 なので

「……まぁ要約すると、『クライオスを利用してシャイナをしめよう』と言っていた」

 アッサリとその内容を暴露したのだった。

「ちょ――――オマッ!? 俺はそんな直接的な表現はしてねーー!!」
「シャイナ」
「はいよ」
「いででででで!!」

 騒ぎ出したカペラを、クライオスの言葉で動いたシャイナが締め上げる。

「それで? 二人もそれに乗ったんだ?」

 と、一転して笑みを消して尋ねるクライオスに、二人は頬を引き攣らせた。

「違う!! 俺とシリウスはそんな話しに乗っなんかいない」
「そうだ、俺達は『クライオスは女性贔屓だからそんな事には成ら無い』って言ったんだよ。……な?」
「そうそう」
「……」
「…………」
「そっか……いや、解ってるなお前たちは。そうだよな……俺がそんな事するはずないよな?」
「「勿論だ!!」」

 ニコッと微笑んだクライオスは「さて……」と言いながら踵を返すと、その視線をシャイナに押さえつけられているカペラへと向けた。
 一歩一歩近づいてくるクライオスに、カペラは既に涙目に成ってしまっている。

「……ちょっと待てよ、何だこのオチは? なんでこんな事になるんだ? 俺は何もしてな――――」
「ホイっと」

 『トン』とクライオスがカペラの額を軽く小突くように指で叩くと、
 「ガッ……」と声を挙げたカペラは脱力したようになり地面に突っ伏してしまった。

「シャイナ、もう離しても良いぞ」
「あ、あぁ……」

 グッタリとしてピクリとも動かないカペラ。
 その様子に、シャイナも些か不安に思ったようだ。

「殺したのかい?」
「ぶ――――誰が殺すか!!」
「殺してないのか!?」

 とんでも発言をするシャイナに、クライオスは一瞬吹き出して否定した。
 そして思う(聖域関係者の思考回路こんなのばかりか?)と。

「お前ね……いや、シャイナに限らずそうだけどそっちの二人も。良く見ろ、良い寝顔をしてるだろうが?」
「良い寝顔?」
「……これがか?」
「これは苦悶の表情と言うんじゃないのか?」

 うつ伏せに倒れていたカペラを『ゴロン』と仰向けにすると、そこには白目を剥いて口を半開きにしている顔があった。
 どう見ても『良い寝顔』には程遠い顔をしているように見える。

「……いやまぁ。若干の語弊があるように思えるだろうが、今のカペラは『楽しい幻』を見ている最中だ。
 それを考えれば、死ぬことと比べた場合『良い寝顔』と表現しても良い筈だぞ?」

 かなり無茶苦茶なことを言うクライオスだが、皆は「そういうものか……」と何故か納得をしてしまう。

「まぁ、ちょっとしたお仕置きとしてはこれくらいが妥当な所だろ?」
「そうか……いや、俺はてっきりカペラは殺されたものだとばかり――――」
「それはもう良いから」

 胸を撫で下ろして言うアルゲティに、クライオスは手をパタパタと振って言うのだった。
 この時クライオスは

(その内、こいつ等の意識改革をしてやらんと危なっかしいな……幾ら何でも直ぐに殺すは無いだろうに……)

 と、苦笑いを浮かべながら頭の中で思うのだった。






 その後。
 クライオス達は「今日はもう気が削がれたからな……取り敢えず解散にするか」といってバラける事になった。
 一応、怪我をしたシャイナの治療をクライオスが申し出たのだが――――

「コレくらい放っておいても平気……と言うかさ、その……あんまり触られると落ち着かないんだけど」

 既に血は止まっているが少しばかり痛々しい傷跡が残っているシャイナの手を、
 クライオスはもう一度触れて確認しながら申し出たのだが……それをシャイナは断った。
 まぁクライオスからすれば『自分の所為で怪我をさせた』ため、どうにかしてやりたいと思っただけなのだが。

「解った……今日は悪かったなシャイナ。その内、何かお詫びをするからさ」

 クライオスはそう言うと、十二宮の方角へ向かって走り出していった。
 その場所に残されたシャイナはというと、自分の手に付いた傷を一撫でしてから

「――――……取り敢えず、愛するとかそう言うのは保留だね」

 そう呟いてから、自分の住んでいる家へと帰っていくのだった。
 その時、仮面のしたの顔が綻んでいたのだが、その事は本人にも解らないことだった。

 因みに、一応カペラの事はシリウスやアルゲティが運んで行くことになった。




 後書き
 番外編長いな……。
 普段の本編より長いな……。まぁ、次回から本編も長く成るように頑張るか。
 さて、漸く修行編にも終りが見えてきました。
 クライオスはど星座の聖衣を授かることに成るのか……まぁ、きっと想像してる人の何割かは正解を考えている人が居ると思います。
 因みに、流石に黄金ではないですよ?
 着せてみたくは有りますが……。

 さて次回予告ですが……。
 此処まで黄金聖闘士の方々が出張ってると、『何だか物足りない』と思われる方も居るのではないでしょうか?
 次回はそこら辺を埋めようかと思います。
 まぁ、急遽書く気になったのでプロットも出来てませんけどね……。









[14901] 第10話 その素顔の下には
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/03/31 18:01
「はぁ、はぁ、はぁ……何だって、俺がこんな目に」

 痛む身体に鞭を打ちながら、俺は夜の山中を走り回っていた。
 身体の各所に針に刺されたような傷あり、動く度にそこから強烈な激痛と血が吹き出している。

 今までは比較的穏健派だと思っていたのに……何だって急にこんな様変わりを。

「クライオス……何処に居る!!」

 物陰に隠れるようにしている俺に向かって、この傷を付けた張本人が大声を挙げる。
 夜の中でも目立つ黄金色の鎧、そして蒼い長髪と真っ赤な爪を持つ男。
 そう、蠍座・スコーピオンのミロだ。

 何故ミロに狙われているのか?
 それは俺にも理解不能だ。

 本日の稽古が終わった後のことだ、俺は夕食前の散歩に出かけたのだ。
 まぁ、少しだけ考えるところがあってなんだが……。
 その時の俺の悩みは『何故、最近になって他の黄金聖闘士達の襲撃(稽古監督)率が高いのだろうか?』と言う事についてだった。

 先日、俺が少しばかり調子に乗ってシャイナやカペラ達にお痛をした後からだ、
 何故だか『連中(徐々に敬意を払わなくなって来ている)』は時を見計らったかのように登場しては俺を拉致していくようになった。
 修業が終わったかと思えば、アイオリアが、デスマスクが、アルデバランまでもがそんな行動に出ている。
 いつの間にか聖域に帰ってきていたカミュも、さも当然の事であるかのようにそれらと同じ行動をとり、
 俺に『無理矢理』氷の闘技を教え込もうとしてくる始末。

 え、断れよって? 『俺には絶対零度は無理だ!』って言ったら……なんて言ってきたと思う?

『そんな事は気にするな……。忘れたか?
 絶対零度の凍気を生み出すことなど、このカミュにも不可能だという事を。確か、以前にも言ったはずだが……?』

 と言って、全く聞く耳を持ってはくれなかった。
 『それが解ってるのなら人にやらせるな』と言いたいが、この人は氷河にも似たような感じだった気がしたので諦めることにした。

 もっとも、周りの聖闘士がそんな壊れ具合を発揮する中で、唯一アフロディーテだけは今までと変わらずに俺に接してきたのだが……。
 まぁそれさえも、『元々望んでいない所作振る舞いの稽古』であるため、心が休まる事など有りはしない。

 兎も角だ、そんなこんなで睡眠時間もバッチリ削られ。
 今ではここ一週間の合計睡眠時間が、なんと僅か20時間以下と言う悪環境です。
 『この儘では死ぬのでは?』と思い至った俺は、シャカの修業終了と同時に散歩(と言う名の逃走)に出たというわけだ。

 だが、それが今の悲劇の始まりだった。

 夕焼けを見つめながらボーッと考え事をしていた俺の背後に誰かの気配を感じた。
 『何だ』と思ってそちらに視線を向けると、そこには蠍座のミロが立っていて……。
 まぁ何だ、ここ最近の事で少しばかり感情反応気味な俺は、少しだけ顔を引き攣らせてミロを見つめたのだが。

 なんだったかな?
 確か……そう、ミロは俺に一瞥をくれるとこう言ったんだ。

『これも必要な事だと受け入れろ』

 と、そして次の瞬間。

『……ぐぅああああああ!!』

 俺はスカーレットニードルを一度に4発、この体に受けたのだった。

 そんな訳の解らない襲撃を受けた俺だったが、目の前のミロはすかさず次弾を打とうと構えを取っていた。
 当然悠長に『何でこんな事を……』等と言っている余裕など有るわけも無い。
 俺は痛む身体を無理矢理引っ張って、その場から逃走をしたのだった。

 だが、俺としては全力で逃げているのだが、怪我のせいか元々の地力の差か睡眠不足の影響か……まぁ確実に地力の問題だとは思うが逃げきることはままならず。
 5発目、6発目……と打ち込まれ、今では既に12発のスカーレットニードルが身体に直撃していた。

 俺は、身を隠している岩陰から覗き込むようにしてミロの事を確認すると、本人は辺りをしきりに見渡して俺の事を見つけようとしている。

「『出て来い』って……出て行く訳ないだろうが」

 ズキズキと痛む胸を手で抑えながら俺は呟いた。

 ふと、そのミロの姿に秋田県の『ナマハゲ』を思い出したのだが……まぁどうでも良いことか。

 俺は乱れそうになる呼吸を無理に押さえ付け、小宇宙を小さく……とは言え、今にも倒れそうなので、意図せずとも小さく成ってしまうのだが。
 兎も角、そうやってその場から撤退することにしたのだった。



 それからどれだけ走っただろうか?
 距離的にはどうかは分からないが、少なくとも体力の限界近くまで動いたのは確かなはずだ。
 俺は切り立った山々が乱立する場所に到着すると、背中を岩肌に落ち着けて腰を落とした。

「――――今日は、いつも以上に死に直面していた気がするな……」

 荒れている筈の呼吸を整えながら口に出して言っているが、本当に呼吸が荒れているのか怪しく成る。
 だんだんと身体の感覚が麻痺してきているのだ。

「ちょっとマズイかな……コレ」

 瞼も重くなってきて、俺は項垂れるように力なく沈み込んでしまった。
 あぁ……ここに来て既に3年。
 地味にまずいかな……と本気で思う。

 強烈な眠気が俺の身体を襲い、徐々に意識が落ちていった。
 だからなのだろう。
 誰かが近づいてきたことも、その人物が何かを口にしたことも、俺には聞こえなかったのだ。
 その法衣を見に纏った人物の事を……

「誰かと思えば……お前は……確かクライオス? 何故此処に」




 第10話 その素顔の下には




「はうぁッ!?」

 自分が死ぬような夢を見ていた気がした俺は、ガバっと一気に跳ね起きた。
 そして息を何度かつくと自分の顔をぺたぺたと触ってみる。

「良かった……生きてる」

 俺はそう言って大きく溜息をついた。
 いやしかし何だな、地味にぶっ飛ばされたり、凍ったりしてたけど……今回のは本気でヤバかったな。
 なんせ、あぁいった意識の飛び方は初めてだったし。……夢、だよな?

 俺は自分が生きていることに安堵して、「はぁ~」とまた溜息をついたのだが、そこで自分の置かれている状況の不可思議さが解ってしまった。

「なんだコレ?」

 言いながら自分の寝ていた寝床を押すと、程よい反発力が返ってきて俺の腕を押し返す。
 身体の上にはフカフカの掛け布団(恐らく羽毛布団)が掛けられていた。

「何でベット?」

 此処で少し説明をすると、普段の俺が寝ているのは布団……と呼ぶのも憚れるような環境だったりする。
 石畳の上に茣蓙(ござ)が敷かれており、その上で薄布を被って寝ている。
 断じてこんな、フカフカのベットではないと断言出来る。

 ……え? シャカ?
 あの人はベットに決まってるでしょ。

「訳がわからん……しかも無駄に豪華な作りに見えるこの内装……」

 そう、ベットだけではない。
 視界に映る物がもう――――何と言うかロココ調? 『何処の貴族趣味の人だろうか?』って作りなのだ。
 少なくとも聖域に来てから早3年。
 こんな作りの部屋に来たことは、今までに一度も無いぞ。
 と言うか、こんな部屋がある事すら知らなかった。
 俺がそんな風に頭を捻っていると、部屋にある唯一のドアが開き

「……ふむ、どうやら目を覚ましたようだな」
「――――ッ!?」

 何故か教皇(サガ)が姿を現したのだった。
 被り物の所為でその表情を読み取ることは出来ないが、少なくとも俺には優しげな顔を浮かべているように感じられる。

 ……まぁ何だ、ちょっとばかり推察をしてみようか。
 俺は夢を見た……と思っていたが、どうやらミロに襲われたのは現実の出来事だったようだ。
 そして体力の限界に差し掛かり、意識を失った。
 次に目が覚めると、そこは見も知らぬ部屋の中。ざっと自分の事を見渡すと怪我の手当を施されており、
 どうやら『何者か』が俺の事を介抱してくれたらしい事が伺える。
 んで、その『何者か』と言うのが――――

「……ん?」

 今現在、俺の目の前に居る法衣を身に纏った聖域のトップ。
 小首を傾げて疑問符を浮かべている人物。
 つまりは教皇(双子座・ジェミニのサガ)だったんだよ!?

「どうしたのかね? 何か、私の顔に付いているか?」
「いえ、別に……と言うか、被ってる兜の所為で良く見えませんから」

 見つめ過ぎたのだろうか。
 サガ(言葉は兎も角、心の中でまで教皇とは呼べない)が俺にそんな風に返したのだが、

「ほう……そうか、取った方が良いかね?」
「いえ! 別にそういった訳では!!」

 などと恐ろしい返し方をされてしまった。
 まぁ、俺はサガの顔を知らない事になってるから、別段顔を見たとしても問題ないのだが…………あれ?
 ってことは、逆にこんな焦った態度は疑惑を呼ぶ事になるのか?

 ……いやいや、今はこれがベストな筈。そう信じたい。
 いきなり教皇と顔を合わせれば、誰だって驚いたり焦ったりするはずだ。
 必要なことは、可能な限り『普通の候補生』を強調して自分の身の安全を確保すること。
 出来うる限り当たり障りの無い会話に徹し、少しでも速くこの場所から立ち去らなければ……。

 幾ら何でも本気の黄金聖闘士に狙われて生き抜く自身なんて無いし、生き死にの闘いをくぐり抜ける覚悟も有りはしないからな。

 あーでもな……サガが目の前に居るのに、『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を見ることが出来ないなんて。
 ……ショックだ。

 俺はそんな事を考えながらこの場に於ける行動方針を決定し、当たり障りの無い会話を振ることにした。
 そして自身の身体をグルリと見渡し

「あの……これは教皇様が?」

 と、身体に巻かれた包帯をサガに見せるようにしながら聞いた。
 若干の血が滲んでいるが、痛みや痺れは既に感じない。
 恐らく、上手く手当が成されているのだろう。

「あぁ、少しばかり不恰好かな? 一応、昔とった何とやらで、私が手当をしてみたのだが?」

 と、微笑むようにしてサガはそう返してくる。
 俺はそのサガの言葉に、そして仕草や雰囲気に心がザワつくのを感じた。

 ヤバイ……これが仁・智・勇を兼ね備えた、神の化身とまで言われた双子座・ジェミニのサガか。
 言葉の一つ一つに力を、温かみを感じて……一種の安心感を感じてしまう。
 コレを素でやってるとしたらとんでもない奴だぞ。

 シャカも――――まぁある意味では力を感じるのだが、コレとは種類が違うしな。
 むぅ……しかしだ、という事は今は『善サガ』と言うことだろうか?
 だから俺の手当や介抱なんかもしてくれた?

 チラリと視線をサガの背中に伸びている髪の毛へと向けると、成程……。
 髪の毛が黒くもなければ灰色でも無い、淡い青色をしている。
 間違いなく善サガのようだ。

 だがそれは僥倖。
 上手くすれば、問題なくここから帰れると言うことだからな。
 だが俺のその願いは、次にサガが発した言葉で俄然怪しく成ってしまった。

「しかし……何が有ったのか知らないが、もう少し気を付けた方が良いな」
「はい?」
「クライオス、お前が倒れていた場所は代々教皇のみが立ち入ることを許された星詠の丘。スターヒルの入り口だ」
「……スターヒル? …………スターヒルッ!?」

 俺はその名前を聞いて大声を挙げてしまった。
 スターヒル……先程のサガも言ったが、代々教皇が星を読む為に登る地上でもっとも空に近い場所。
 そして喩え黄金聖闘士と言えど、無断で立ち入ることを禁止されている場所である。
 成程、ミロが追跡を止めたのはそういう理由からか……。

 だがそれ以上の問題が今の俺には存在している……。
 それは『スターヒルには、前教皇シオンの亡骸が放置されている!!』という事だ。

 そして俺の目の前にはそのシオンを亡き者にした双子座・ジェミニのサガが居る。

 …………詰んだのか? 俺。詰んじまったのか!?

「突然大きな声を出して……どうしたと言うのだ? ……クライオス」

 ゆっくりとした口調で、俺にそう問いかけてくるサガ。
 今のサガの髪の色から判断するに決してそんな積りは無いのだろうが、一つ一つの所作が俺の事を品定めでもしているように感じてしまう。

 内心冷や汗ダラダラ。
 それでも努めて表情を作り、苦笑を向けてサガに口を開いた。

「あー……いえ、その……教皇のみが立ち入ることを許された場所――――スターヒルの事は師であるシャカからも聞かされていたのですが、
 まさかあの場所がそうだとは思いも寄らなかったもので……。
 ――――あの、もしかして俺って……処罰の対象なのでしょうか?」

 と、俺は怯える子供のようにサガに尋ねた。
 まぁ事実、今の俺は見た目に関しては怯える子供なのだが。

「ハハハ……いや、確かにあの場所は聖闘士なれば誰もが知っている場所ではあるが、未だ候補生であるお前が知らなくとも仕方の無い事。
 その事を咎めたりはしない。
 それに、お前を発見したのはスターヒルの入り口……そこから更に絶壁を登った先が本当のスターヒルなのだ。
 詰まる所スターヒルに立ち入った訳ではないのだから、その心配は無用だ」

 優しくそう言ってきたサガに、俺は「よ、良かった……」と小さく言葉を漏らした。
 後は『黒サガ』が出る前に帰ることが出来れば安全だ。
 俺が胸をなで下ろしながら考えていると、今まで目の前に立っていたサガが俺が腰を掛けたままに成っているベットに同じ様に腰掛けてきた。

「――――クライオス……こうしてお前と話しをするのは初めてだな」
「? えぇ、村で会ったのが最初で最後だったかと……」
「修業はどうだ? 辛くないか?」
「それはまぁ……聖域に来た時からずっっっと辛いですけど、最近は特に。やたらと死にそうに成ることが多くて」

 先程からと変わらずに優しげな口調で聞いてくるサガに、俺はついつい本音を言った。
 要は『最初の頃から死にそうに成ることが多かったけど、最近ではそれに拍車がかかったように成っている』という事だ。
 結構切実な問題だと思うのだが……

「ふむ……とは言え、聖闘士に成るというのは多かれ少なかれ苦行が付いて回るものだよ」

 と、やんわりと諭されてしまった。
 そう何だろうか?
 聖闘士に成るには、皆が皆、俺のように黄金聖闘士に生命を狙われるような責め苦を受けるのか?
 確かに、星矢も修行中にアイオリアと知り合っていたみたいではあるが……。でも、あれ?

「だが解せないな。君の身体についていた傷は、恐らくだがミロのスカーレットニードルだろう? 何故そんな……」
「いえ、何でと聞かれても……突然ミロに襲いかかられたとしか。――――でも、結構黄金聖闘士の人達って俺に技を仕掛けてきますが?」
「…………何だと?」

 俺が言った言葉に、何故かサガは言葉を詰まらせて聞き直してきた。
 何だ? とは思いもしたが、それ以上考えること無く俺は言葉を続ける。

「直接の師であるシャカを筆頭に、シュラ、カミュ、アイオリア、アフロディーテ、デスマスク、アルデバラン……今回の事も含めればミロもですが。
 現在聖域に居る黄金聖闘士の技は一通り受けたことに――――……何で生きてるんだろ、俺」

 指折り数えて思い出したら、急に気持ちが欝になってしまった。
 そもそも、何でシャカやアイオリア以外に色々されてるんだろうか? 俺は……。
 俺が下を向いて『ふふふ……』と呟いていると、話しを聞いていたサガは口元に手を当てて何やら思案している。

「少し尋ねるが、それは本当かね?」
「……? 全部を全部って訳じゃないですが、一人一種類程度には」
「アイツら……」

 呆れたような口調で、サガは頭部を押さえた。
 何やら俺の言葉に感じるところが有ったようだが、俺はそんなサガの反応に感動した。
 今までイケイケと言うような黄金聖闘士たちばかりに囲まれていたが、コレこそが大人の反応、大人の感想なのだろう。
 えー……っと、逆算するとこの頃は……二十歳そこそこ位か?

 …………まぁ、十分大人だ!

 しかし――――と、俺は目の前のサガに視線を向ける。

 『ギャラクシアン・エクスプロージョン』って格好良いよな?
 一度、目の前で見せて貰えないものだろうか?
 いや、他の黄金聖闘士の技も十分に格好良いとは思うんだよ。
 ただその中でも、俺は『ギャラクシアン・エクスプロージョン』が特に好きだというだけの話し。
 此処まで色んな黄金聖闘士の技を見てきたのだから、どうにか見れないものかな……と、どうしても考えてしまう。

 でもなぁ……それをすると死出の旅立ちに直結しそうだしな。

 それにこんな所で小宇宙を燃やすような事をすれば、サガの小宇宙を感じた他の黄金聖闘士が集結してしまうかしれないし……。
 確か表向きには、海界の動向を調べるために調査に出ているという――――行方不明として扱われている筈だからな。
 手詰まりかな?

「どうしたのだクライオス? なにやら難しい顔をしていたが?」
「はい? ……そんな顔をしてましたか?」
「あぁ……何か悩みがあるような顔だったな」

 とはサガの台詞。
 優しさから来た言葉なのだろうが、今の俺にその質問はいただけない。
 当然

『ギャラクシアン・エクスプロージョンを見せてください!!』
『何故それを知っている!!』

 ドカーン☆

 って成るだろうからな。

 むぅ……上手く言葉を濁しながら伝えてみるか? 今は白サガだし、案外上手く行くかも。

「教皇様……実は、教皇様に御教授願いたい事があるんです」
「随分と持って回った言い方を知っているのだな? ……まぁ良い。それで、私に何を聞きたいのだね」

 俺はベットからピョンと飛び降りて、テクテクと歩いてドアの近くまで移動をする。
 何故かって? それは勿論『もしもの時のため』に決まっている。

 そして俺は一泊呼吸を置くと、サガに視線を向けた。

「――――銀河の星々を砕くにはどうすれば良いのでしょうか?」
「…………どういう事だ?」
「いえ、ですから銀河の星々を砕くには――――」
「聞こえている。……私が言っているのはな、クライオス。何故、そんな事を私に聞くのか? と、いう事を聞いているのだ」

 あーあー……やっぱりだ。
 かなり不信感を顕にしてる。
 さっきまでニコヤカに笑っていた顔が、今では訝しむような伺うような視線に変わっている。

 やっぱり軽いノリで『それくらいの事は御安い御用だ』とは行かないか。
 まぁ俺自身、そんな事には成るわけがないとは思っていたけどさ。

「いえ……実はですね、前に第二の師であるアイオリアが
 『小宇宙とは己の体内に宇宙を感じ、宇宙創造のビッグバンに匹敵する力を生み出すことだ。それによって聖闘士とは、銀河の星々をも砕く力を振るうことが可能になる』――――と言っていたものですから」
「第二の師と言うところに疑問を感じずには居られないが……ならばアイオリアに聞けば良いのではないか?」
「所がですね。『お前にはまだ早い……と言うよりも俺に聞くな!!』と言って取り次いではくれないのですよ。
 俺の予想では、アイオリアも良く解って居ないのではないか――――と睨んでるのですが」
「…………」

 俺の言葉にサガは『らしいと言えばらしいな……』と何やら納得した様子だ。
 因みに、今の話は完璧な作り話だ。
 あのアイオリアが、俺にそんな事を話してくれる訳が無いだろう。

 彼は何時だって全力で殴るだけなんだから。

「それで、物の序でに私に聞いてみよう……と?」
「はい――――いいえ! まさかそんな違いますよ!!
 あ……でも、これは序に聞いてるってことに成るのか?」

 幾らか緩んだ表情で聞いてくるサガに、俺はついつい本音をぶちまけそうになったが慌ててそれを正した。
 そして何か良い言い方は無いものかと考えたのだが……まぁ結局は思いつかなかった。

「すいません、何だかそうみたいです」
「全く……まぁ一応だが、私はそれをお前に教えることが出来る」
「本当ですか!!」

 駄目かと思ったのだが、よもや上手く行くとは。
 俺はこの後に見せてもらえるだろう『ギャラクシアン・エクスプロージョン』に表情を綻ばせたのだが。

「だが、私からそれを教えることはしない」
「はれ?」

 アッサリと期待を裏切られた。
 まぁ、そりゃそうだよな。
 さっきも言ったけど、サガは一応は行方不明って扱いになってるんだもんな。
 それが教皇の間から小宇宙を感じたら、誰だって変だと思うだろうからな。

 俺は自分に言い聞かせるようにそう考えたのだが、一度良い方向に考えてしまったためか表情が落ち込んでしまう。

「……そんな顔をするな。簡単なアドバイス程度の事はしてやろう。
 ――――良いかクライオス、聖闘士の闘技の基本は小宇宙だ……それは理解しているな?」
「はぁ……小宇宙を用いて身体能力を底上げしたり。何らかの作用を持たせたり操作したりと多岐にわたります」
「そうだな。
 まぁ私に言えることはだ、その小宇宙を何処に作用させるかと言うことだな」
「何処に? ですか」
「それは自分で考えるんだ。クライオス、何でもかんでも人から教わっていては成長は見込めないと思わないか?」

 サガはそう言うと俺の頭に手を置き

「頑張れ、頑張って立派なアテナの聖闘士を目指せ」

 と激励をしてくれた。
 それに対して、俺は年甲斐もなく嬉しく成ってしまった。
 そして『何でこんなまともな人が、アテナ抹殺とか教皇殺害とかしてしまったのだろうか?』と思った。

 アテナの盾の光を浴びたとき、サガの身体から立ち上る妙な黒い靄……。
 アレが黒サガの原因なのだろうが……何なのだろうか、アレは?

 弟のカノン曰く『サガよ、お前はこの俺同様に生まれながらの悪なのだ』との事らしいが……これが悪か?
 俺自身そこまで人を見る眼が有るわけではないが、俺にはどう見ても善人にしか見えん。しかも超弩級の。
 確かシャカだって星矢達に『私から見た教皇は……正義だ』と言っていたからな。

 だが俺は先程の疑問、『何でこんなまともな人が、アテナ抹殺とか教皇殺害とかしてしまったのだろうか?』がどうしても気になってしまったのだ。
 『二重人格』という事で片付けられた内容ではあるのだが、
 この表に出ている善性が主人格だとするのならどうして悪の人格があぁも強制力を持っているのか?
 それが気になって仕方がない。

 カノンの言うとおり元々が悪だったのか? もしそうならば何故聖闘士に成ろうと考えたのか?
 それともカノンの読みとは別に、何か他の……二重人格とも別の理由が有るのではないか?
 俺はそれに興味を持った。

「あの……教皇様。最後にもう一つお聞きしても良いでしょうか?」
「ん、何だね? 私に答えられることなら良いのだが」

 神妙な顔つきで問いかけた俺に、サガはニコッと微笑んで返した。
 一瞬その笑顔に問いかけるのが憚れたが、俺は息を飲んで質問を投げかける。

「教皇という職は、代々その時の黄金聖闘士の中から選ばれるんですよね?」
「……そうだな」
「ならば『教皇様も元は聖闘士だった』……それを踏まえた上でお聞きしたいのですが、
 ……何故、教皇様は聖闘士に成ろうと思ったのですか?」
「ほう……これはまた」

 ジッと見つめながら言う俺に、サガは「ふむ……」と口元を覆うようにして考える仕草をとった。

「何故……か。理由を言葉にするのは然程難しくはない、この地上の平和を守りたかったからだ」
「地上の平和を……ですか?」
「そうだ。私はこの地上と、そしてそこに生きる人々を愛しているのだよ。
 だからこそ、それらを付け狙う邪悪から守りたいと本気で願い、聖闘士となったのだ」

 俺の見つめる先に居るサガからは、嘘を言っているような雰囲気は感じられない。
 正真正銘本気で言っているように思える。
 まぁ神の化身とまで言われた人物が本気で隠し事をしようとした場合、俺如きが看破出来るとは思っていないが。

 とは言え、コレでは何も解らないに等しい答えだ。
 俺はもう一歩だけ、踏み込んだ質問をサガへと問いかけた。

「――――では、それが今も昔も教皇様の御気持ちなのですか?」
「ッ!?」

 言葉に詰まったような、あからさまに驚いたような反応をサガは見せる。
 まぁ、俺のような子供にそんな質問をされるとは思っても居なかっただろう。
 とは言え、これで少しはサガの反応を見ることが出来るはずだ。

 俺がそう思い視線を向けていると、サガは自身の眉間に皺を寄せた。
 そして呟くように「私は……」と言うと、胸元をギュッと握りしめた。そして搾り出すように

「そう……そうだ。私は……女神アテナと、地上の恒久なる平和の為に『この道』を選んだのだ」

 と言ったのだった。
 俺はその様に『聞くべきでは無かったか?』 と思ったが、とは言えここまで言ったのだからと言葉を続ける。

「その事に、『貴方』は悔いは無いんですか?」
「……悔いが無い――――とは言えないな。
 私が良かれと思いやった事が、万人を幸せにしているとは言い難い……それは世界中の人々は勿論、聖域の下に居る聖闘士達にも言えることだ」

 半ば沈痛な面持ちで言うサガ、俺は『あぁそうか』と納得をした。
 『嘘はついてい無い』という事を。
 そしてサガ自身が今の自分と理想とする自分、また善と悪の二つの心で揺れ動いている事を。

「私は悔いているのだろう。
 今の自分にも、そして数年前の自分にも……いや、それ以前にもだろうが」

 独白のように言うサガに、俺は一つの確信を得た。

 主に『多重人格障害』と言うものは元々の人格とは別個の、完全に独立したもう一つの存在である。
 主人格だから~とか、副人格だから~とか、そういった区別など無い。其々が一つの個人として存在しているものなのだ。
 もしこれが本当に二重人格だとするのなら、サガは自身のもう一つの人格など知るはずも無いし、
 またその人格が行ったことを理解出来るはずが無い。

 にも関わらず、こうして自分のことを良く解っているという事は――――

 などと、俺が調子にのって分析していると……

「だが、私は自分で……自らこの道を選んだのだ。
 ……だから、喩え踊らされたとしても……それが地上の平和に繋……がると――――クッ」
「きょ、教皇……様?」

 徐々にではあるがサガが冷や汗を掻き始め、何やら苦しそうに悶え始めたのだった。
 俺はその反応に嫌な予感をビシバシと感じた。

「私は本当に、真に地上の平和を――――だが」

 それでもサガは何か言葉を告げようとするが、呼吸も乱れだし途轍もない危険信号を発しだした。
 これはそう、これは間違いなく黒サガ降臨の兆し!?
 どうするかを、どうするかを考えなくてはいけない!!

 ここから颯爽と立ち去る? →駄目、絶対に駄目。
 もしそんな事をすれば、きっと黒サガに『クライオスが謀反を働いたぞ!!』とか言われて生命を狙われるようになる。
 と言う訳で、逃げると言う案は駄目。
 だからと言って、当然『ぶっ飛ばす!!』といった選択肢など有りはしない。
 返り討ちが関の山だからな。
 だったら此処は――――

「しかっりして下さい、教皇!!」

 何とか『白サガ』に持ち直して貰うしか無い!
 俺は苦しそうにしているサガの手を掴んで励ましの言葉を投げかける。
 正直こんな事で良くなるかなんて解らないが、今の俺にはこんな事しか出来はしない。

「ハァ、ハァ……だ、大丈夫だ。だがクライオス、私に近づくな……この儘では、私は」

 マズイ、マズイ、マズイ!!
 少しづつ髪の色が変化してきた。
 アニメ版か? 色素が抜けるように灰色に染まっていく。

「教皇! 気をしっかり持って!! 教皇!!」

 だが俺の呼び掛けに反して、その髪の色は変わっていき蒼い部分が殆んど無くなって来ている。
 この儘じゃジリ貧。
 待っている未来は『クライオス死亡・9年前から頑張って:完!!』ってな事に――――ッ!!

 落ち着け落ち着くんだ俺。
 どうやら今のサガは『教皇』と言う単語に過剰反応している節がある。
 ならば、それを言わずに安心させるには……

 俺はそこまで考えたところで苦しそうにしているサガの頭に手を置き、次いで子供をあやすようにギュッと頭部を抱きしめた。
 そして小宇宙を燃やし始める。

「……クライオス、何を……している?」
「――――落ち着いて……少しづつで良いから深呼吸をして下さい」
「うっ……クゥ――――ハァ、ハァ」

 俺の言葉に従い、サガは乱れる呼吸を落ち着かせようと深呼吸をしていった。
 そして少しづつではあるが呼吸が整っていく。
 俺がとった方法とは、要は小宇宙を燃やして相手に安心感を与えようという方法だ。
 何処での事だったか覚えていないが、良くアテナが小宇宙を燃やすことで安心感を得るといった描写が――――

 あれ?

 でも小宇宙を燃やすことで安心感を得るのなら、星矢達がやっても誰がやっても同じ効果が出るはずだよな?
 少なくとも、星矢達の戦闘中の描写にはそんな素振りは見られない……。
 ってことは、あれはアテナ専用の固有スキル?

 つまり、俺のこの行動には余り意味が無いってことか!?
 だったら何で乱れた呼吸が整って――――

「…………」
「あ、あの……教皇?」

 押し黙ったままで居るサガに恐る恐る声を掛け、俺はチラリと視線を髪の毛に向けると……なんと蒼く戻っている!!
  ――――なんてことは無く。
 今ではしっかりと灰色をしていた……。

 灰色!?

「フフフ……まさか子供相手に、こんな無様を晒すことに成るとはな」

 止めてくれ……そんな『曽我部さん』の声で言うのは止めてくれ。
 俺はサガの変化に心臓がドキドキしっぱなしで……イヤ、一応言っておくけども、生命の危険が――――ってことでのドキドキだからな。

「クライオス……もう良い離してくれ」
「はい……その、眼が赤いんですけど大丈夫ですか?」
「問題ない」

 俺が手を離すとサガは身体を起こして立ち上がり、そのニヒルな笑みを俺に向けてきた。

 うわぁ……アニメ版の黒サガだよ。

 灰色に染まった髪の毛、そしてまるで充血したかのようなその眼。
 俺はいつでも動き出すことが出来るように、心の準備だけはしておく事にした。
 全く、毎日を虐めに耐えながら生きているのに……何だってこんな目に合わなくてはいけないんだ。

 神は俺が嫌いなのか?

 ……いや、神はアテナなんだろうけどさ。

「済まなかったな……無様な姿を晒した。コレで教皇だと言うのだから……情けないことだ」
「いえ……全然、そんな事は――――あの……教皇様の具合も余り宜しくない様ですし、俺はコレでお暇を……」

 俺がサガの様子に怯えながらもそう言うと、不思議なことにサガは「そうか……」とだけ言った。
 その言葉に俺は、喜び半分で疑問が半分だった。

 黒サガが、どうしてこんなに物解りがいいのだろうか?

「クライオス、今日は迷惑を掛けた。お前を介抱するつもりが最後は逆にな……。
 お前さえ良ければだが、今度またこの教皇の間まで来ると良い。いつでも入れるようにしてやろう」
「冗談でしょ? 俺は唯の聖闘士候補生ですよ?」
「構わん」

 本来教皇の間とは、黄金聖闘士と言えどもそうそう好きに来て良いような場所ではない。
 それを何だってサガは俺に対して『いつでも~』等と言うのだろうか?

 気に入られた?

 いやいや、有り得ないな。
 気に入られることをした覚えが無い。
 『さっきの事』がそうだったとも言えなくも無いが、それが本当にそうだろうか? と聞かれれば首を傾げるしか無い。

 可能性としては……俺を介抱する際に誰かに見られている。
 もしくは殺した後の処理に何らかの弊害が有る……もしくはその両方か。

 だったらこのサガの言葉は、俺を監視出来るようにという事だろうか?

「覚えておきます。……出来れば今度は、聖闘士になってから会いたいですけどね」

 俺はそう言って返した。
 少なくとも、暫くの間は一対一での会話をするのは遠慮したいからな。

 そう言って部屋から出ようと踵を返すと――――

「――――クライオス」

 と、サガから声をかけられた。
 正直これ以上この場所に居るのは遠慮したい、と言うか……『早く帰って落ち着きたい』と思っている俺としては無視をしたい所なのだが、
 とは言え流石にそんな不敬を働くわけにも行かず、視線をそちらの方へと向けた。

「今回はお前の質問に答えてばかりだったか……最後に私からお前に尋ねておこう。
 ――――お前は、一体何を知っている?」

 両の眼を見開くようにして問いかけるサガ。
 だがそれは問いかけると言うのとは違う、問い詰めると言った方が良いような言葉だった。

 俺の背中に嫌な汗が流れている。
 他の黄金聖闘士達が、普段俺に向けるモノとは違うような……そんな圧迫感が感じられる。

 倒れ込みそうに成る心を無理矢理に奮い立たせ、俺は努めて冷静に言葉を返した。

「……俺が知ってることなんて、有って無いようなものですよ。
 何が本当で、そして何が違うのかも良く判りませんし」
「…………」
「ただ――――教皇が苦しんでいるのは良く分かりました」

 そこまで言ってから、俺はサガから視線を外して部屋を出て行った。
 そして後ろを振り返らずに、一気に階段を駆け下りていく。
 
 後ろを見るのが怖かったからなのだがね……。

 因みに、俺は教皇の間から帰る途中に咲いていたデモンローズを拝借し(一応アフロディーテには一言告げた)、
 それを天蝎宮のミロの寝室にぶち撒けてやった。
 見えるところに数十本、ベットの下にも大量に、そしてベットの隅にも少量配置。
 少しばかりのささやかな仕返しの積りだったのだが、
 後日死にかけたミロが双魚宮に運ばれたと聞いて『やり過ぎた』と反省したのだがそれは別の話。

 一仕事終えて処女宮に戻った俺を待っていたのは

「シャカ、俺はやれば出来る男だ」
「何のことだね?」
「今日はクライオスに『スカーレットニードル』を12発打ち込んでやったぞ」
「…………馬鹿かね君は?」

 とにこやかに言うミロと、それをバッサリと切り捨てるシャカの姿だった。
 この時の俺は、『ミロ……マジ死ね』と思ったのだった。

 これが原因で、シャカが黄金聖闘士達をそそのかし、最近の俺の睡眠時間を削っていることが解ったのだが……まぁ結局解決にはならなかった。

 何でかって?
 シャカに止めさせるように言っても無駄だからだよ。
 先ず間違いなく、俺の言葉になんか聞く耳持たないだろうからな。
 もうそれは、この数年の付き合いで理解したのだよ……俺は。









 教皇の間

 サガは一人、謁見用の椅子に座って虚空を見つめていた。
 とは言え、それは意識を手放しているとか、単純にボーっとしているという事ではない。
 その瞳は確かに宙を見つめているが、それでも何かを見据えているような……そんな眼をしていた。

 そして誰ともない声が教皇の耳に響く。

《何故、クライオスをそのまま帰したりしたのだ?》
「何故とは随分なことを聞いてくるな? よもや殺せばよかった……とでも言うつもりか?」

 サガはニヤリ、と笑いながら嘲笑うように言った。
 だが声はそのサガの言葉に動じる様子もなく、淡々とした口調で言葉を返す。

《私はお前がそのような行動に出なかったことに、心底安堵している。そしてそれと同時に、驚いてもいる》
「ふん、勘違いするな。私が貴様に環化された等とは思わないことだ。今ここでクライオスを殺すのは、割に合わないと判断しただけのこと。そんな事は貴様とて理解している筈だ」

 サガのこの言葉は、先程のクライオスの考えとある程度は合致していた。
 クライオスはサガに保護されるまで、黄金聖闘士である蠍座のミロに稽古という名の虐めを受けていた。
 もしあの段階でクライオスを殺してしまえば、喩え上手く後処理をしたとしても必ずや弊害が出るだろう。
 追跡していたミロの言葉、そこから最後に居たと思われる場所の特定までは自ずと可能だろう。

 そしてその場合、クライオスの状況(スカーレットニードルを受けていた事を考慮に入れた場合)を鑑みて、
 『遠くに行ける筈が無い』との結論に達する。
 ならば、『スターヒルの近くに居たクライオスは一体どうなったのか?』――――と、そうなる訳だ。

 如何にサガとは言えど、そんな状況ではクライオスを手にかける訳にも行かない。
 それに加え――――

「奴は何かを知っているのやも知れんが……それだけで殺すわけにはいかん」
《お前は……一体何を考えている?》
「フフフ、貴様も感じたはずだ……クライオスのあの小宇宙を。
 私はいずれ、海界のポセイドン、冥界のハーデス、天界のゼウス等を退け、遍く世界の頂点に君臨する。
 その為には強い力を持った聖闘士の存在は、必要不可欠」

 そうそれが今のサガにとって、ある意味では討ち漏らしたアテナの捜索と同等か、若しくはそれ以上に重要なことだった。
 現在、教皇の間の奥に有るアテナ神殿には、あらゆる邪悪からの攻撃を防ぐ『アテナの盾』所謂、神話で言うところのアイギスの盾がある。
 数年前、アイオロスによって如何なる戦いに於いても勝利を得るという『勝利の女神ニケ』は持ち去られてしまったが、
 ならばそれに変わる最強の矛が必要なのだ。
 勿論、黄金聖闘士達はその筆頭ではあるが、だからと言ってそれだけで良いとはサガは思っていない。

 更なる聖闘士達の充実化。
 白銀聖闘士は勿論の事、青銅聖闘士やその他の雑兵にも数や質が必要だと考えている。
 それに現在では聖域に……いや、サガに対して叛を示している天秤座・ライブラの童虎、そして牡羊座・アリエスのムゥ。
 この二人に変わるような聖闘士を……いや、理想としては『本当の意味』で代わりとなるような聖闘士が欲しいと思っているのだ。
 
《その為にクライオスを使うと言うのか?》
「その通りだ。クライオスの反応を見る限り、喩え何かを知っていたとしてもそれを何者かに言う事はないだろう。
 もっとも、いざと成れば我が魔拳を使い傀儡とするのみだがな。
 ――――フフフ、フハハハハハハ!!」
《サガよ……お前は……》

 声は一言そう発すると、それ以降口を出さなくなった。
 教皇の間にはただ一人、サガの笑い声だけが響く。

《クライオスよ……頼む。もし、もし何かを感じている……知っていると言うのなら。アテナを、地上を……この私から救ってくれ》

 その声、サガの善性が最後に漏らした最後の言葉は、笑い声を上げているサガの耳には届かなかった。







[14901] 第11話 シャカの試練(?) 上
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/04/21 15:06




 教皇(サガ)にロックオンされてしまった俺には……コレ以外、他の選択肢など思い浮かばなかったんだ。
 例えそれが死に繋がるかも知れない事でも、喩えそれで取り返しのつかない事に成としても。
 簡単な事では何も変えられない、変わっていかない。
 だから俺は――――それを受け入れたんだ。

 と、いう事で。

 黄金聖闘士達の苛烈な虐めを享受しているクライオスです。
 あ、受け入れると言うのは黄金聖闘士の虐めの事だぞ。

 先日、『危うく黒サガに生命を狩られるかも知れない』とあわや思った俺だったが、
 どういう訳かそうは成らずに死を免れるに至りました。

 まぁ代わりにミロが死にかけることに成ったが、アレは自業自得なので問題無し。
 ほんの少しだけやり過ぎた気もするが、その前に俺はスカーレットニードルを12発もくらっているのだ。
 むしろあの程度の仕返しで済ませたのは慈悲深いとも言えるだろう。

 シャカという慈悲を持ち合わせていないような奴と比べれば、俺のこの慈悲深さは聖域に於いて貴重ではなかろうか?

 まぁ……どうでも良いや、そんな事は。

 あぁそうそう、一応だけど睡眠不足の方は多少改善がされました。
 とは言え、完全じゃないがね。

 前回、教皇に回収された時の事を踏まえて、俺はスターヒルのギリギリ近くに避難するという方法を思いついたのだ。
 『もう限界』『もう無理』なんて事になった場合はそこへと逃げ出し、睡眠を貪るようになった。
 もっとも俺が何処かで休んでいることはシャカには直ぐに解ったようで、その後の修業は普段よりも苛烈に成るというおまけ付きだったが……。

 ――――さて事件です。

 多少睡眠不足が改善されたとは言え、眠いものは眠い。
 睡眠欲求に悩まされつつも、何とか日々を過ごしていた俺だったが……。
 そんなある日、シャカに不可思議なことを言われたのが事の始まりでした……。

 今日も今日とて、目覚めと共に朝食の用意にとりかかった俺だったが、

「クライオス……何をしている? 早く準備をしたまえ」

 と、普段滅多ににしないようなシャカの催促が聞こえた。
 勿論『何だ?』と思いもしたが、『シャカだってそういう時くらいは有るだろう』と軽く流すことにした。

「今から作りますから待っててくださいよ。……全く、何時からそんな欠食児童みたいに成ったんですか?」

 と返したのだが、『ガッ』と頭を捕まれ万力のようにギリギリと頭を締め付けられた。

「イダダダダダッ!!」
「君は一体何を言っているのだ? 何時、私が、『早く食事を作れと』言ったかね?
 私は、出かける準備をしろと言っているのだ」
「で、出かける準備ですか?」

 締め付けられた頭部を摩りながら涙目で言う俺に、シャカは短く「そうだ」と返してきた。

「出かけるって……一体何処にですか? 今の時間じゃ、アテネ市街に行ってもまともな店はやってませんよ?」
「アテネではない」
「アテネじゃない? なら、一体――――」

 首を傾げて聞く俺に、シャカは口元を釣り上げてニィっと笑った。
 一応俺は嫌な予感がしたのだが……まぁ今更そんな予感なんて意味がない事

「ニューギニア島だ」
「はい?」

 この時は久しぶりに思ったものだよ。
 この人はやっぱりワケ分からん……と




 第11話 シャカの試練(?) 上




 シャカに言われて訳も分からぬまま遠出の準備をさせられた俺は、
 其のまま何の説明もなくシャカに連れられてニューギニア島に向かって移動を開始した。

 本来なら飛行機なり何なりを使うのだそうだが、時間が勿体無いという事で限界ギリギリまで走っていくことに成ってしまった。
 背中に自分の分の荷物とシャカの分の荷物を担いでいるため走りにくいことこの上ないが、まぁ最悪荷物がバラけない様に気をつけよう。
 結構な量を担いでいるはずなのに、問題なく担いで走れてしまう今の自分が少しだけ怖いな。

 もうアレだな、聖闘士が仮にオリンピックに出たら即座に金メダルを取れるな。
 まぁ……そんな事をすれば、間違いなく粛清の対象に成るだろうけど。
 むしろ銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)だったか?
 城戸沙織――――アテナが聖域を挑発するために開催する聖闘士同士のトーナメントだが、
 あの大会に参加していた青銅連中は、聖域から刺客が送られることを考慮に入れなかったのだろうか?
 もしかして……『刺客? ハッ! そんなの返り討ちにしてやるよ』ってノリだったのか?
 一応『私闘はダメ、絶対』と伝えられている筈なのだが……。

 まぁ……大体にして、刺客として送り込んだ氷河も向こう側にアッサリと寝返っているしな。
 もしかしたら余り深くは考えていないのかも知れない。

 少し話しがそれたな……。
 まぁ、聖闘士の身体能力云々については置いておくとして、今はこの状況について考えるとしよう
 ――――まぁ俺の感想を言うと、『これは何だ』と言うところだろうか?

 黄金聖闘士であるシャカが聖域を出るということは、何かしらの勅命が下ったと考えるのが普通なのだが……。
 だが、それに俺が連れて行かれる理由が理解できない。

 一つの任に二人以上の聖闘士が割り振られたり、また自身の従者を伴って任務に付く者も中には居るが、
 それらは其々が『聖闘士』であったり『従者』であるのだ。
 少なくとも聖闘士候補生が連れて行かれることなど有りはしない。

 だと言うのに、こうして俺が連れ出された理由は一体なんだ?

 教皇から俺の暗殺命令が下った? いやいや、それだったら聖域に居る段階で殺してるはず。
 だったら聖闘士候補生に任務をやらせる? 違うなそれこそ有り得ない。
 聖域は地上に於いて完璧でなければいけない筈だ。
 仮に任務に失敗をしたとしても、それには力を持ったものが行動したと言う――――所謂、見せ看板的な物が必要になる。
 幾ら何でもそれを候補生にやらせると言うことはしないだろう。

 ……ん? でもその為に黄金聖闘士が来てるのか?
 俺が失敗した時の為に、その後処理をするための保険として……。
 まぁ、幾ら何でも考えすぎか。
 一番考えられるのは……シャカが俺を『従者』として連れてきたってところか?
 ……なんだかなー。
 もしそうならば少しだけ凹む。
 社会科見学とかの意味合いも少しは含まれそうだけど、俺の荷物(自身の手荷物とシャカの大荷物)を見る限り違うとは言い切れない。

 あぁそうそう、因みに現在の俺達の服装だが……俺に関しては何時もと同じ服装に、上から外套……マント? それともボロか?
 上手く言い表すことが出来ないが、そんな布をスッポリ被り、シャカも黄金聖衣の上から同じ様に布を羽織っている。

 まぁ、普通に見れば変な格好この上ない服装では有るな。

 さてさて、俺がこうして連れてこられた理由は解らないが、それとは別に今度は任務の内容について説明しよう。
 シャカが言うにはだが、最近ニューギニア島の一地方で不可思議な現象が起きているらしい。
 何でも死んだ筈の人間が昼夜を問わず歩き回り、現地の男性や女性を誘惑しては……まぁ『ナニ』をするらしいのだ。

 そしてナニをされた相手は死んでしまい、またそういった話しが出てくるようになってから妙な病気が流行りだしたとか。

 今回はその話の信憑性を探ることと、そして何らかの手を打つことが可能ならば解決に導く事を任務にしているらしい。

 話を聞くとかなり胡散臭いことではあるが、恐らく『死んだ筈の人間が――――』という所で今回のシャカの派遣が決まったのだろう。
 ……俺が行く意味が解らないが。

 処で知っているだろうか?
 ニューギニア島は、東と西で領有している国が違うのだという事を。
 東をパプワニューギニア、西をインドネシアが領有しているのだ。
 今回俺達は西側のインドネシア方面から島に入り、その後は堺である島中央の山岳部へと向かって移動を開始した。
 最も被害に遭っていると言う集落へ向かうのだとか。その道中――――

「あぁ……言うのを忘れていたがなクライオス、病気に成りたくなければ常に小宇宙を燃やしておけ。
 この辺りは、どんな事で感染するかも解らない病気が有ったりするのでな」
「そういう事は早く言って下さい!」

 ってな事が有ったが……まぁどうでも良いか。

 件の集落に到着すると、……うん、まぁ本当に集落という言葉がピッタリとくるようなイメージ通りの所だ。
 昔からの伝統をしっかりと伝えていると言うような……悪く言えば閉鎖的で発展していないと言うような。
 そこに住む人達は、パッと見る限りでは随分と参っているように見える。

 まぁ、全身をマントで包んだ見知らぬ子供が、急に二人も現れては変な顔の一つもしようという物だが、
 それにも増してこの集落に住む人達は精神的に参ってしまっているようだ。

「――――……お前たち、一体どこから来たんだ?」

 集落の入口あたりで周囲を見回していた俺とシャカに、一人の若者が声を掛けてきた。
 その声には若干の警戒の色が見え隠れしていたが、それもまぁ当然と言える。
 若者の問い掛けにシャカは少しばかり気分を害したのか、眉を一瞬だがピクリと動かすと眉間に皺を作った。

 どうしたのだろうか?
 いつもは同じ聖闘士との掛け合いにも動じずに(むしろ上から目線で)いるシャカにしては珍しい。

 そんな俺の考えなど無視するようにシャカは「ふむ……」と少しだけ間を置くと懐に手をやって

「私達は"インドネシア政府"の要請で、この近辺で起きていると言う現象の調査に来た。
 ――――これが政府発行の指令書になる」

 そう言ってシャカは懐から一枚の紙を取り出すと、それを若者に見せた。
 正真正銘本物の指令書。
 とは言え、まぁその判断はそうそう出来ることでは無いだろうけどな。

「……ちょっと待て。じゃあ何か? 上の連中は此処の調査にお前らのような子供を送り込んできたってのか?」
「…………」
「いえ、あの……子供と言ってもですね、俺達は――――」
「巫山戯るなッ!!」

 俺が何とか鎮めようと声を掛けたのだが、そんなモノは若者の耳には届かないようだ。
 大声でがなり立て、苛立をぶつける様に文句を口にし始める。
 まぁ……こんな態度を取りたく成るのも頷けるけどな。
 人間、先ずは見た目の印象だよ。
 どう考えたって、子供よりも大人のほうが頼りになりそうだって誰だって思うだろうしな。
 俺だってそう思う。

 だが――――

「俺達は毎日毎日を怯えて過ごしているんだぞ! それが、此処に来るのがこんなガキが二人だと!!」

 そんなに『ガキガキ』連呼されると流石にイラッと来る。
 自分が子供なのは十分に解っているし、それはどうしようもない事なのだから言わないでも貰いたい。
 まぁ、そんな俺の考えなんてのは相手には関係ないって解ってるけどさ。

 しかし解っているのと認めるのは別問題で、俺はいい加減目の前で騒いでいる若者を黙らせようかと思った矢先――――

「――――静まりたまえ」

 『無駄』に周囲へ響く声で、シャカが言葉を発した。
 その言葉は小宇宙を乗せて発せられており、聞かずには居られないような……一種の強制力のような物を感じる。
 ……流石に俺は慣れたけど。

「……な、なんだお前」

 先程までの勢いや怒声はどうしたのか?
 若者はシャカに威圧されたかのように後退り、何とかそれだけ口にした。
 すると奥の方から集落の人達が『なんだ、なんだ』現れ始め、周囲を囲むように人垣が作られる。

 ゾロゾロ、ゾロゾロと……

 一体何処から集まってくるのかと言うような数の人がさっきから引っ切り無しに集まってくる。
 俺はその光景に驚きつつ「シャカって本当にすごいんだな……」と、自身の師匠の能力を再確認したのだった。
 まぁ普段が普段、すこし……色々とズレてる処があるシャカだが、やはり『最も神に近い男』という肩書きは伊達ではないらしい。

 いい感じに人が集まりきったところでシャカは再び小宇宙を高め――――

「多くの苦悩と哀しみを諸君等は経験してきたことだろう。
 だが怯えることは無い、悩める必要はない。その為に私達が来たのだから。
 悩みも、苦しみも……その一切を私が掬いとってみせよう。お前たちの苦悩は今日より終わるのだ――――」

 と、小宇宙全開で布教活動を始めてしまいましたよ此の人は……。

 シャカの一言一句に人々は感嘆の声を挙げ、何やら拝み手をする人達まで現れだした。
 『有り難や~』なんて声も聞こえてくる。いや、幾ら何でも拝まれ過ぎじゃないか?
 ――――と、言うかだ。此処の人達感化されすぎだ。
 しかも、さっきまで怒鳴り声を挙げていた筈の若者まで涙を流して手を合わせる始末。

 これはシャカが凄いのか、単に俺が舐められやすいのか?
 まぁ……俺は10歳だしな。
 舐められても仕方がないとは思うけどさ。

 ここに居る人達に、もし普段のシャカの様子を話したらどうなるのだろうか?
 ……きっと信じてくれないな、うん。

 まぁ良いや。
 こうなると暫くはどうしようも無くなるので、俺は俺で勝手にしますか。
 シャカがあぁやって趣味に没頭している間に、俺は他の人から話しを聞いておくとしよう。
 幸い……かどうかは兎も角、流石に集落中の人がシャカを拝みに来てる訳ではないようだしな。

 俺は説法を続けるシャカの邪魔に成らないように、念話を使って一言シャカに告げると集落の奥に進んでいった。




 奥に行くと、流石に全員がシャカの話しを聞きに行った訳ではないらしくて、何人かの住人が居る。
 だがどれもこれも入口辺りで見かけたのと同じ様な、やる気の無い、覇気のない顔をした連中ばかりだった。

「お仕事とはいえ……この人達から話しを聞くのか?」

 と、俺は気が滅入ってくる。
 何度でも言うが、今の俺は子供だ。
 日本人に解りやすく言えば、小学生程度の子供である。
 子供に心配されて困ったことはペラペラ喋るような奴が――――いや、中には結構いるかも知れないが、そうそう居るとは思えない。
 インドネシア政府からの召喚状を持ってれば少しは違うかも知れないが、アレは現在シャカの手の中だ。

 俺にアリエスのムゥと同じ程度の超能力があれば、
 シャカの手の中から瞬間移動させることも出来るのだろうけど……生憎と俺にはそんな能力は備わっていない。
 そう言えば、デスマスクも超能力を使えたんだよな……。
 現在の俺が出来る事って念話が精々なんだよな……何か更に気が滅入る。

 俺が余計なことを考えて更に気落ちしていると、トコトコと俺に向かって真っ直ぐ歩いてくる人影がある。
 そちらの方へ視線を向けると一人の少年?(若いうちは解りにくいことが多い)が、俺に強烈な視線を向けながら近づいてくる。

 そして

「お前、国の命令で来たんだろ? 強いのか?」

 と聞いてきた。
 相手は俺と同じか少し小さいくらいの身長で、ボサボサの髪の毛をしている。
 初対面の相手に聞いてくる内容としてはどうかと思うが、礼儀がどうの言える人間でも無いからな……俺は。

 だから一言

「弱いよ、俺は」

 と、簡潔に事実のみを伝えた。
 少なくとも、聖域には俺より強い連中が大勢いるからな。
 だが――――

「ケッ! なんだよ情けねーな。期待させやがってクソ」

 等と言われては、普段から爆発寸前の火薬庫のように成っている俺には止めることは出来ない。
 主に俺の言動と行動を……

 俺はニコッと笑って拳を振り下ろし――――

 ゴガァンッ!!!

 一気に地面を陥没させた。
 振り下ろした拳を中心にして、半径数mが円形に抉れている。そして俺は目の前の少年を一睨み

「うるせぇな、黙ってろ童(わっぱ)。俺だって好きで弱いわけじゃ無いんだよ」

 と、ドスを聞かせた声で言うのだった。
 何とも格好の悪いことではある。
 自分で言ってて格好悪いな――――と思うのだから相当だ。

 俺は溜息吐きつつその場から去ろうと踵を返したのだが――――グイっと外套を引っ張られてつんのめる。
 何だ? と思って視線を向けると、先程の少年が俯きながら俺の外套を握り締めていたのだった。

「……何だよ童、離せってば」

 俺は引き剥がすように外套を引っ張るが、少年はギュッと力を込めて離そうとはしない。
 何やら嫌な予感がしないでも無いが、俺はその少年に視線を向けたまま待ってみる事にした。

「――――……スッゲェ!!」
「…………」
「メチャクチャにスッゲェよ!!」

 少年はそう言いながら、俺の外套を頻りに力一杯に引っ張って興奮を表している。
 何と言うか……千切れるからヤメテ欲しい。

「解ったから……もう解ったから引っ張るな――――」
「お前なら、何とか出来るかもな!! 違う、絶対なんとか出来るよな!!」

 次第にその表情を曇らせ、羨望の眼差しから懇願のそれへと変化させた少年。
 俺は、その変化に少しだけ心にモヤッとした変な感じを受ける。
 嫌な予感しかしない少年の行動に、俺は眉を顰めながら尋ねることにしたのだった。

「オイ……一体どういう事だ?」
「――――頼むよ、お願いだよ……俺の話を……聞いてくれよ」

 ・
 ・
 ・
 ・

「詰まり、実際今の騒ぎは数ヶ月前から起きていて、政府の命令とやらで此処に来たのは俺達が初めてだと?」
「……うん」

 少年――――テアの説明を聞いた俺は、確認の為にその内容(と言っても、触りの部分だが)を聞き返した。
 そして続けて、「何だそれは……」と頭を抱えたくなる。
 騒ぎは数ヶ月前……要は『死んだ筈の人間が――――』といった現象が数ヶ月前に表面化したと言うのなら、
 実際にその現象が発生したのはもっと前の事だろう。
 それでもインドネシア政府は放っておいて、やばそうな雰囲気になってきたという事で聖域に丸投げしたってことか?

 ……信じられない事をするな。

「俺達は住んでる場所が場所だから……だから上の連中は動かないんだって、家の親が言ってたよ」
「場所?――――……そうか、そういう事か」

 山岳地帯の……所謂、国境付近の集落。
 大きな特産物がある訳でもなく、国の税収にそれ程関係してる訳でもない場所。
 国としては、『こんな未開の土地に一々構ってなど居られない』って事なのだろう。
 だが、その話がインドネシア本国の国民の方にまで飛び火してきてしまった。
 こう成っては流石に放っておく訳にも行かなくなったのだろう。

「――――なぁテア、お前の言ってる助けて欲しいってのはそういう事なのか?」

 俺はテアが『早く何とかして欲しい』といった積りなのか? と聞いたのだが、
 テアの表情は先程のように暗くなり、俺は首を傾げる事になった。

「……それもあるけど……姉さんを、姉さんを助けて欲しいんだ」
「姉さん?」

 尋ねるようにして聞いた俺に、テアは「こっちに来て」と言って手を引っ張ってきた。
 それに連れられるように俺は歩いて行くと、少しづつ鼻に付くような甘ったるい香りを感じるようになってくる。
 視線を這わせて香りの元を探ろうとしていると、テアが先導して行く先――――要は目的地付近に目が止まった。
 そのままその場所へと進み、到着した場所には一人の女性が座っていた。
 但し、目の焦点は有っておらず、何やら虚ろな表情を浮かべてはいたが……。

「あの人は?」
「……俺の姉さんだよ。少し前までさ……姉さんには婚約者が居たんだ。でもその相手が、今起きてる騒ぎで――――」
「そうか……」

 テアの説明を聞いた俺は、その視線を女性のほうへと戻す。
 心が病んでいる、とまでは言わないが、だがこの儘では余りいい結果にはならないかも知れない。
 何やら儚げで、生きている感じが余りしないのだ。

 こういう時、アフロディーテならバラを出すのだろうか?
 シャカなら突き離すようにするのだろうか?
 サガならば優しく諭すのだろうか?
 シュラなら…………困った顔をするのかな?

 俺なら……俺ならば、そうだな。

「どうしたの?」

 テアが無言の俺に問いかけてくる。
 俺はそんなテアにニコッと笑うと、その女性の前へと歩いていき『腕を振るった』。

 振るった腕の先……指先が女性の額に触れると、その女性は崩れるようにして倒れこむ。
 俺は倒れる女性を支えるように受け止めると、ゆっくりと横にして眠らせた。

「な、何してるんだ! 姉さんに何をした!!」

 俺が一連の動作を終えると、テアが激昂しながら駆け寄ってくる。
 あぁ……そうか、説明をしてからするべきだった。
 俺はそう反省してテアの方に手を向けながら制すると、説明をすることにした。

「落ち着け、テア。お前の姉さんは寝てるだけだ。よく見てみろ」

 と言って、テアに女性の様子を確認させる。
 テアは先程の、俺に掴み掛らんばかりの勢いとは違い、ゆっくりとした動作で女性の状態を確認していった。

「――――本当だ、寝てるだけだ」
「今は少しの間だが、『夢』を見て貰ってるだけだ。上手く乗り越えられるようにな」
「乗り越える?」

 俺の説明に、テアは首を傾げて質問をしてくる。
 そんなテアに俺は軽く笑って返した。

「こう言うのはな、回りから何かを言っても駄目なんだよ。自分で区切りを付けて、自分で上手く纏めなくちゃな」

 だから俺はその手助けをしたんだ。
 と言うと、テアは解ったのか解らなかったのか、

「――――うん、そうだね」

 と頷いて返してきた。

 俺はテアの頭を何度か撫でるようにすると、一度シャカの方を見つめ

《シャカ……俺は先に現場を調べに行ってきます》

 と念話を送る。
 シャカからは別に、『気をつけろ』や『無理をするな』との返事は帰ってこなかったが、それでもただ一言

《――――ならば今回の勅はお前に一任することにしよう。私は先に街へ戻っている……クライオス、心して掛かれ》

 と返事が返ってくるのだった。
 俺はそれに対して少しの驚きを感じた。

 今回、この島にシャカが派遣されたのは教皇からの勅である。
 それだと言うのに任務を丸投げ?
 確かにシャカは、普段の生活態度や人に対する接し方などにかなり問題がある社会不適格者の様には思うが、
 少なくともこういった仕事を放っておく様な事はしないと思っていたの――――

《――――クライオス。……何か、私に対して邪悪な意志のようなものを感じたが?》

「えぇッ!?」

 思考を中断するように念話を送ってきたシャカの言葉に、俺は素っ頓狂な声と同時にビクっと身体を震わせた。
 そして『ブンブン』と音が聞こえる位に首を左右に振ってから言い訳を始める。

《いやいやいやいやッ! 何にも変なことは考えてませんから!! ……ただ、ちょっとどうなのかなと――――》
《お前の言っている内容については、後日詳しく問い質すとして……私は任せると言ったぞ? 可能な限りやってみせたまえ》

 そう声が頭に聞こえると、視線の奥の方……集落の入口付近に居たシャカはクルリと踵を返して本当に帰ってしまった。
 何時の間にやらシャカに群がっていた人の群れは消えていて、シャカが歩いていってしまう姿がよく見える。

 俺はそんなシャカの背中を見ながら

「行ってきます」

 と一言告げてテアの方へと向き直った。
 テアは一瞬の俺の言葉に疑問を持ったようだが、それ程気にすることも無く

「じゃあ行こう。騒ぎの現場に案内するから」

 と言うと、俺の手を引いていく。
 その際に一瞬、集落の奥……山肌に面した所に奇妙な洞穴を見つけたのだが、
 「はやく、はやく!!」と急かすテアに負けて、俺はそっちを優先することにしたのだった。






 テアに手を引かれて森の中を1時間ほど、距離にすれば数キロの移動距離。
 到着した場所は幾分拓けたように成っている場所だった。

 一段窪んであるその場所は、森の中なのに植物が殆んど無く、地面は荒れ野のように剥き出しの地面を晒している。

「此処は?」
「最初に化物騒ぎがあった場所だよ」

 回りを見ながらそう言うテアは、何やら悔しそうな表情を浮かべていた。
 俺はこの荒地のような場所を見ながら首を捻る。

 雑草が点々と生えているだけで生い茂るほどの草木は無い。
 何かに吹き飛ばされたと言うほどの荒れ方ではなく、何かがあったけど無くなった……という言い方がしっくり来るような、
 そんな違和感をこの場所には感じた。

 しかし、俺はその荒地を見渡してみるが今一つ答えが出そうには無い。

 なので『仕方がない』と判断してもう一つの気になった点、テアの言った『化物騒ぎ』と言う事の確認をする事にした。

「――――化物騒ぎってのは、死んだ人が歩きまわるって奴か?」
「死んだ人?……うぅん、タウゴウとは別だよ。最初に出たのはヌグとゲスゲス」
「……ヌグ? とゲスゲスってなんだ?」

 何とも妙な固有名詞に、俺は眉をしかめて聞き返した。
 しかし『タウゴウ』『ヌグ』『ゲスゲス』と、他所の国人間である俺にはよく解らんな。
 『口裂け女』とか『お岩さん』とか『トイレの花子さん』のような固有名詞だとは思うが。

「俺は見た事ないんだけど……ゲスゲスは男か女の姿で出てくるんだってさ」
「――――あー……そっちか。まぁ見たこと無いだろうな」

 詰まりは『ナニ』をしてしまう奴ね……と俺は言葉には出さずに理解する。
 俺よりも年下に見えるテアがそういった手合いに出会っていたら、それはそれで大いに問題がある。

 しかし、俺はそこでふと疑問に思うことがあった。
 俺が此処に来る前に知らされていた話は、『死んだ人間が――――』であって、そのゲスゲスとやらがとは聞いていないのである。

「なぁ、テア。さっきのお前の言い方だと、タウゴウってのが死んだ人間の事だろ?」
「……? そうだよ」
「なら、タウゴウとゲスゲスってのは一緒じゃないんだよな?」

 まぁ、余り意味のある確認とも思えないが、俺はテアに質問をした。
 テアはそれに悩む素振りを見せて考え始める。

「うん……。細かく説明しろって言われても、俺もよく知らないから難しいけど……。
 タウゴウとゲスゲスは別々のモノだよ」

 との事。
 事前に話に聞いていた、『死んだ筈の人間が徘徊する』→これがタウゴウで、
 それとは別に居るゲスゲスとか言うのが、テアの言ってる化物の片割れ?
 こっちは俺の予想ではあるけど、恐らく『ナニ』をしてしまう奴だろう……。

 それが、ここいらの集落の人達を襲って被害を出している?

 なら最初に聞いていた『死んだ筈』云々というのは情報の伝達ミスか、それとも途中で混同されたのか?
 またはゲスゲスとは別に、そのタウゴウというのも存在しているのか……。

 俺が口元に手を当てて考え始めた事で、テアは会話の相手が居なくなってしまい手持ち無沙汰に成ったようだ。
 恐る恐ると言った表情で俺の顔を覗き込んでくる。

「えーっと、話しを戻すけど。最初に此処で騒ぎがあったのはもう一年近く前だったかな。
 集落に居たペテナさん(56歳♂)が見たらしいんだ」
「らしい?」
「……ペテナさん、その後に死んじゃったから」

 詰まりは犠牲者第一号って事ね。
 集落での仲間の死に際の話だ、言うのも辛いだろう――――と、俺はこの時までは思ったのだが、

「ペテナさんが言うには、日が傾いてきてもうすぐ夜になりそうだって時間。
 その時間に何かが『ブツかる音』がしたって言うんだ。で、気になって来てみたら此処でヌグとゲスゲスが闘って――――」
「――――ちょっと待った。……一体何だ? そのB級映画のノリは、怪獣大決戦か?」
「……びーきゅう映画?」

 まさか内容が『ゴ◯ラVSキング◯ング』とかそういった類とは思わなかった。
 だがテアの方は至って真面目で、俺の言ってることが理解できない……といった顔をしている。

「良く解らないけど、兎に角ペテナさんは此処でヌグとゲスゲスが争っているのを見たんだってさ。
 だけど、その二匹に気付かれて……」
「襲われたか?」
「……一応は帰って来たんだけど。ペテナさん、最初はニコニコした顔で『女神を見た』って言ってたんだ。
 その時にヌグから助けて貰ったって。でもその後、何日かしたら高熱を出して死んじゃった」
「……それで、ソイツの言ってた『女神』はゲスゲスじゃないかって?」
「うん、そういう事だよ」

 今のテアの話を要約すると。
 夕方――――日本で言うと逢魔が刻位に、この何も無い荒地でペテナさん(56歳♂)は二つの怪異を見た。
 一つは本人曰く『ヌグ』である。
 もう片方はテア曰く『ゲスゲス』だろうとの事。

 で、犠牲者は恐らくゲスゲスにヤラレタ(色んな意味で)と考えられる。
 そうやってヤラレタ人間が、タウゴウになって徘徊してるって事か?

 それじゃあ、ヌグって何?

「――――テア、ヌグってどんなの?」

 俺の問い掛けに、テアはクイッと肩を竦めて見せる。
 所謂『解りません』との仕草だ。

「知らない」
「……いや知らないってお前」
「一応、全身が巨大なワニみたいで、んでヒクイドリみたいな足をしてるんだって言われてるけどね……」

 とのことらしい。
 俺はそのテアの言葉を元に、脳内でヌグの想像図を構築してみた。
 ワニ――――爬虫類で四足歩行、むしろ腹這い。
 ヒクイドリ――――鳥類で直立二足歩行。

「……どんな生き物だ、それは」
「知らないよ、見たこと無いもん。本当はペテナさんも『でっかい鳥を見た』って言ってたんだけど、
 後になって『絶対にヌグだった』て言ったんだし……」
「…………それは普通に、ヒクイドリだったんじゃないの?」

 因みに、ヒクイドリとは世界で3番目に大きな飛べない鳥で、全長1.5m~2m。最も危険な鳥類としてギネスにも乗ってる危ないヤツだ。
 時速50kmで大地を駆け、固い鱗に覆われた脚と鋭い爪の一撃は容易く骨を砕いて肉を裂く。

 まぁ、一般人だと思われるそのペテナさんが、仮にもヒクイドリに襲われたとしてどうやって無事に帰還したのか――――
 例の『女神(ゲスゲス)』とやらに関係が有るだろうか?

 謎なことが多いな……。

「でも……正直な所、見間違いって思わなくも無いけど、ヒクイドリじゃない『何か』が居たのは本当だと思う」

 俺が頭を捻って悩んでいると、テアはそんな事を言ってくる。
 その言葉に俺は「はい?」と視線を向けた。

「俺もそれを見たことあるから」
「はぁ!?」

 俺は格好悪い事に、そんな返答をしてしまった。
 テアの言ってる『それ』とは、当然ヌグの事だろう。
 まぁ何だ、その事に俺は

「何でそれを早く言わないんだよ!!」

 と、ほんの少しの怒りをこめて言ったのだが

「物事には順序って物があるだろ? 急に答えに近づいたら味気ないじゃん」

 テアには全く効いてはいなかった。

 俺は「はー……」と溜息を吐いて肩を落とすと、テアは「どうしたの?」と無邪気に聞いてくる。
 『答えを急ぎすぎるのって悪いことなのだろうか?』

 と、俺はそう自問するのだった。










[14901] 第12話 シャカの試練(中)
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:e2c9db82
Date: 2010/04/28 22:50






 テアからの情報収集を続け、俺に解ったことは多いのか少ないのか……。
 ペテナという人物が見た『ヌグ』とテアが見たモノが同じかどうかも確証が無い。

 なんともまぁ、有意義だったのか無意味な時間だったのか良く解らないな。

 さて、現在は既に陽が沈みかけており、時刻は例の逢魔が刻……。
 詰まりは最初にゲスゲスやヌグが目撃されたらしい時間である。

 現在の俺達は荒れ野を見るように木の上から観察中。

「もうすぐ件の奴等が出てくる時間か……」
「…………」

 俺がそう口に出して言うと、隣に居るテアは何やら沈痛な面持ちを浮かべた。
 その様子に俺は少しだけだが心配をして、テアに声をかけようとしたのだが――――

 ザワ――――ッ

 瞬間、肌に感じる異質感を感じ取った。

 粘着質な、何かが纏わり付く様な、熱くて冷えた何かが有るような、兎に角そんな感覚だ。

 俺はこんなイヤらしい感覚は今まで味わったことは無かった。
 だが、それと同時にそれが何なのかは嫌というほどに良く分かる。

 普段から良く感じている感覚で、それでいて人の物とは違う。

「……これは、小宇宙だ」

 俺はそう呟くと、テアの心配も忘れて視線を小宇宙の元へと向けた。

 最初そこに見えたのは一つの青い炎。
 それがクルクルと踊るように動きを見せると、徐々にその大きさを増して広がり始め、ユックリと人型に形を変えていく。

 炎から輪郭が浮かび、身体を表す凹凸が見え始め、腕が伸び、足が現れる。
 辺りには幾つもの女性の笑い声が木霊し初め、それが合唱のように鳴り響いた。

「――――あ……あれが、ゲスゲス?」
「……違う。アレはゲスゲスじゃない。アレは――――ニンフだ」

 俺はテアの言葉に唇を噛みながらそう言った。
 目の前――――と言ってもそれなりに距離は離れているが、アレは恐らくニンフと同種の奴だ。
 一般的に精霊の類だと言われているが、実際の奴等は魔物と対して変りない。

 歌や踊り、そしてその容姿で人間を誘惑しては生気を奪って殺してしまう。
 それは男女等の性別の隔たりなど存在せず、それら一切を無視して虜にしてしまうのだ。
 まぁニンフ達には悪気はないのだが、だからこそ始末に悪い。

 かくいう俺でさえ、それと認識していなければフラフラと行ってしまいそうだ。……10歳なのに。

 と、俺はそこでハッとして隣のテアを見る。

 そうと解っていて小宇宙による防御をしている俺でさえこの状況だ、
 何でもない普通の人間であるテアにはどうなるか解ったものではない。

「ん? どうしたの?」
「…………いや、何でもない」

 そこには特に変調をきたしたようには見えないテアが居た。
 俺はそれに『何でだ?』と悩むことに成ったが、直ぐに『俺とは違って、身も心も子供だからだろうな……』と納得をした。
 ……少し羨ましい。

 そうして俺は、苦笑いを一つ浮かべて視線を元の方向へと戻す。
 そこには変わらずに、ニンフが独特な踊りを続けてクルクルと踊りまわっている。

「それにしても……こう言った『人外』の奴って本当に居るんだな。……ちょっとビックリだ」

 俺は遠目にニンフを眺めながらそう呟いた。
 聖域で修業をしている関係上、この手の人外の生き物が存在することは承知している。
 ただ『こんなのが居ますよ――――』と言われても、実際はよく解らないことが殆んどだ。
 なんて言ったかな……そう、百聞は一見にしかずってやつだな。
 こうして実際に目にすると、誰かに言われた言葉以上に理解することが出来る。

 しかし――――

「…………もし、これが事件の首謀者(?)だとしたら……少し厄介だよな」

 ニンフは自然界の精霊である。
 ソレは一つの植物に憑いていたり、もっと大きな森や山だったりと様々だ。
 だが、それが出てくる理由の大半は決まっている。

 それは『環境破壊』
 まるでどっかの保護団体みたいだな……。

 まぁそれは兎も角。
 ニンフはやり口はどう在れ、只々自然に対する警告として出てくる場合が非常に多いのだ。
 まぁそれとは別に、単純に気に入った相手を誘惑する為の場合もかなり多いのだが……。
 だが今回のように何度も何度も――――と成れば後者の可能性は無いだろう。

 ただ、本当にこれだけが原因だったら力技で解決しても良いのだろうが……何か引っかかるんだよな。

「仕方が無いかな……」
「どうすんの?」

 息を吐きながら言った俺に、テアが心配そうな顔を向けてきた。
 俺はそれに一瞥を向けることも無く返事を返す。

「そりゃ勿論……直接話を聞きに行く」
「ちょ、聞きにって! だってアレはゲスゲス――――」
「――――じゃない。精霊の一種でニンフだよ、アレは。
 かなり薄れてるだろうけど、一応は神の血を引いてるって聞いたことがあるし。まぁ、いきなり襲いかかるって事はないだろ」
「だって、ペテナさんは!」
「それが本当に『あの』ニンフがやったのかを確認するんだよ」

 指差しながら言ってテアを黙らせると、俺は「よっ」と口にしながら木から飛び降りてニンフの元に向かっていく。
 続いてテアも木から降りてきたようだが、俺は視線をニンフに向けたまま歩き続けた。

 そして距離が5m程になったくらいだろうか? ニンフはそのクルクルと回るようにしていた踊りを止めて、俺の方に視線を向けた。

「……さっきから見てるのは誰かなー……と思ったら、また随分の可愛らしい男の子達ね」
「あー……まぁ『男の子』って事に否定意見を出す事は出来ないけど、そうアッサリと言われると凹むものがある」

 開口一番で言われた言葉に、俺は少しだけ口元を引き攣らせて落ち込んで見せる。
 正直、その事は考えないように普段を過ごしている俺なのだ。出来れば触れないで貰いたい。

 俺は気持ちを切り替える意味も込めて、自分の頭を2~3回程軽く小突いた。

「――――その、どうもこんばんわニンフさん。俺はクライオスって言います」
「あらあら、これは御丁寧にありがとう。――――……私はニンフのオレイアス、一応はこの辺り一帯の精霊ってやつよ」

 「よろしく」と言いながら微笑むオレイアスに俺は頬を染める。
 一応言っておくが、断じてニコポではない。
 俺が照れた理由……それは、目の前に居るオレイアスが『全裸』だからだ。

 いやまぁね……人外の生き物に人の道理を説くつもりは有りませんがね。
 当然というか何と言うか……正直遠目で見てる時よりもかなりの破壊力がある事は確かなようで。
 使い古された言葉だが、正に『ボンキュッボン』と言うような体型。
 白く透き通るような肌に、ゆるくウェーブの掛かった金色の髪の毛等――――まぁ俺の精神衛生上には余り宜しくないような姿形をしている訳だ。

 俺はその自身の照れ隠しをする為に、
 背後で人の背中に隠れるようにしていたテアを引っ張り出してオレイアスの眼前に突き出す。

「あー……ほれ、テア」
「――――ひぅッ…………は、はじめまして」

 訝しげな表情を作り、ぶっきら坊に言うテアだった。

「クライオスちゃんは礼儀正しいけど……そっちの子は?」
「近くの集落に住んでる子供です。俺はこの辺の調査のためにギリシアから来たんですが、ここまでの案内を頼みまして」
「集落に?」

 何か気になる事でもあるのだろうか?
 オレイアスは一瞬驚いたような表情をすると、テアをマジマジと観察するように見つめている。
 まぁ、当のテアは怯えたように俺の背中にへばり付き――――いや、人の羽織っている外套を勝手に頭まで被って隠れている。

 ……マジヤメテ欲しい。

 その様子にオレイアスは人間らしく呆れて見せると「ふーん……まぁいいけど」と呟いた。

「それで? 私に会いに来たのは一体なんの用があってなの?」

 クスっと笑いながら言うオレイアス。
 俺は自身の外套を引っ張って、テアを外に放り出そうとしながら話を始めた。
 テアの奴め、中々にしぶとい……。

「実は聞きたいことが有りまして。……最近、この辺で騒ぎになってる事件は知っていますか?」
「事件……? ――――あぁ、あれはゲスゲスの仕業よ。私は関係ないわ」
「関係ない? それじゃあ此処で何を?」

 尋ねる俺にオレイアスはクルリと回ってみせて、そして腕を広げながら周囲に眼を向けるように促してきた。

 ……テアが邪魔でそれどころでは無いのだが。

 だが、オレイアスの言葉は新しく俺の中に疑問を作ることになる。

「人が居なくなっちゃったからね、代わりに草木が生い茂るように力を注いでいるの」
「……?」

 との事。
 何を言ってるのか解るだろうか?
 俺にはさっぱり解らない。

「どういう意味だろうか」
「……さぁ?」

 一応テアにも尋ねてみたが、俺と同様に意味は解らないらしい。
 言った本人であるオレイアスに「どういう意味ですか?」と聞き返してみたが。返ってくる答えは「秘密♪」って事。
 どうやら正解をそのまま教えるつもりは無いようだ。

 オレイアスがとった仕草は『この場所』を差しての事だ思う。
 でなければ、わざわざあんな動きをしたりはしないだろう。

 ……まぁ、ニンフだから実際はどうかは解らないけどさ。

 まぁこの場所をさして言っていると仮定して考えるけど……。その場合、『此処には人が居た』って事になる。
 この何も無いような、荒地のような場所にだ。

 だが今はご覧の有様。

 俺の沈黙を見て――――と言う訳ではないのだろうが、オレイアスは言葉を続けてくる。

「それにしても、何だかんだであの娘も可哀想よね。好き好んでゲスゲスに成りたい奴なんて居ないでしょうにね……」

 との事だ。
 どうやらオレイアスはそのゲスゲスの正体も、俺やシャカがギリシアから此処に来ることになった騒ぎの理由も全部知っているらしい。
 まぁそれも当たり前といえば、当たり前か。

 元々『オレイアス』と言う名前は、山のニンフを呼ぶ名前なのだから。

「あの……そもそもゲスゲスってのは何なんです?」
「簡単に言えば、無念の死を遂げた女性の霊が浄化されずに……要は冥府へ行けずに留まって、
 地上にある人の想念とか怨念なんかを取り込んだ魔物――――かなぁ、主に結婚前の女や出産前の女がそうなるわよ」

 俺はその言葉にピクッと眉を上げた。
 ニンフの語ったゲスゲスの特徴。
 それは、今回の事を綺麗に纏め上げるには必要な情報に感じるのだ。

 だが今のところ、それに繋がる答えを俺は持ってはいない。

 ……いや、本当は一瞬。
 ほんの一瞬だが、もしかしたらと思った答えはある。
 だがそれは流石に無茶苦茶で、『幾ら何でも』と思わずにいられない。

 大体そんな感じは――――

「……クライオスちゃん、物事はよく見てみないと解らないことって有るわよ」

 俺の悩んでいる様子を思ってか、オレイアスはそう優しく微笑んだ。
 それに対して俺は眼をパチクリとさせたが、その後腹を決める事にした。

「……テア、村に戻るぞ」
「――――え、何で? だって……」

 バサっと今まで以上に力を入れて外套を引っ張ってテアを外にだすと、俺はテアに説明をする。

「オレイアスさんは関係ない……俺の予想が正しいならだけど。……全く、きっとシャカはこの事を知っていたんだろうな」

 と、大きな溜息を吐きながら言った。
 今現在、俺が考えている内容が正しいとすれば、シャカの取った行動も多少は理解できる。
 正直そう有って欲しくはないのだけどな。

 俺はテアの首を引っ掴んでからオレイアスに一度だけ頭を下げ、

「……どうもお世話になりました。俺は、俺の仕事をしに行きます」

 そう言ってから最初に顔を出した集落に向かって駆け出していった。




 第12話 シャカの試練(中)




 オレイアスと話をしている内に陽は完全に沈み込み、辺りは完全に真っ暗になってしまった。
 もっとも、その程度で移動に困ったりなどはしない。
 伊達に今まで、アホみたいな修業をしてきた訳ではないのだ。

 俺はテアを背中に乗せ(おんぶ)ながら一気に森の中を駆け抜ける。
 そして既に寝ている者達も居るのだろうが、喧騒など無いような静かな集落へと戻ってきた。

 到着と同時にテアを地面に放り出し、俺は首を左右に傾けて『ゴキゴキ』と鳴らす。
 落着した荷物(テア)が「――――いってぇー!」と何やら文句を言うが、俺は取り敢えずそれを無視した。

「……つぅ……ったく。あのさ、凄い勢いで戻ってきたけど……これからどうするんだよ?」
「少し、静かにしててくれ」

 俺は尋ねるように聞いてきたテアにそう言うと、村中に視線を這わせるようにして見渡した。
 『違和感』一つ見逃さないように。
 『変なもの』など無いように。

 そうして見渡してみたのだが……

「……ひでぇよ。コレは」

 俺はそう呟くだけで精一杯だった。
 昼には解らなかった事が、今になると良く分かる。
 見えなかったものが良く見える。

「…………」

 もう一度、俺は力無く回りを見渡したが。
 やはり今見えるものはそのままに、昼間のようにそれを見ることは出来なかった。

 今の俺には、この村が常識から外れた異質なモノに見えて仕方がないのだ。
 そしてその異質なモノの中にある、それとは違う異質なモノがあるのも感じる。

 俺はテアに視線を向けてからその異質――――後者の方をテアに聞くことにした。

「テア……あそこ。あの洞窟は何なんだ?」
「洞窟?」

 指差しながら言う俺に、テアはその方向を見て「あれ?」と口にした。

「本当だ、洞窟がある……。何で?」

 と、今気づいたような返事を返してきた。
 俺はそのテアの声に「そうか……」と小さく言ってから

「あの洞窟が何なのか……少し調べようと思う」

 と言い、テアの返事を待たずにその場所へと向かって歩いていった。
 


 洞窟自体は特に隠してあった訳ではない。
 また、逆に何か飾り付けがある訳でもない。ただただ岩肌にポッカリと穴が開いているだけの、変哲のない普通の洞窟だ。
 ただ――――

「――――それ以上近づくな」

 俺達が洞窟へ近づこうと歩いていくと、周囲からゾロゾロと人が集まりだした。
 老若男女を問わずに集まりだし、あっと言う間に俺もテアもその人達に囲まれてしまう。

 俺達を囲んでいる連中を当然俺は知りはしないが、テアは知っている顔らしい。
 まぁ一応『同じ村』に住んでいるのだから当たり前だとも言えるが。

 だが俺はこうして囲まれた事に、少しだけ――――いや、かなり心が苦しく成る。
 自分がやらなければイケない事を再確認したからだ。

「……あ、あの、皆いきなりどうしたのさ? それに近づくなって?」

 急に大人数に囲まれた事で驚いたのか、恐る恐るといった感じでテアは周囲の者達に問いかけた。
 するとその中の一人が一歩前に進みだし、ギロッと睨みつけてくる。

「……近づくな」
「近づくな」「近づくな」「近づく……

 異口同音
 口々におなじことばをひたすら続ける村人達に、テアは「ヒッ……」と小さく声を漏らして縮こまる。
 さり気なく俺を盾にするようにしている様に感じるのは、きっと気の所為では無いだろう。

「……テア、お前はコイツらが言ってる言葉の意味が解るか?」
「――――解らない、解らないよ!!」

 酷く辛くて憂鬱で、だけどそういった物も含めてシャカは俺に任せたのだろう。
 だから俺は……自分に出来る事で対処をしようと思う。

 俺は背後に隠れるようにしているテアを引っ張り出して、背中を押すようにして自分から遠ざけた。

「な、何するんだよッ!?」
「良く見ろ」

 と言う俺の言葉に従うように、テアはゆっくりと視線を村人に向けた。
 視線を向けられた人達は未だ口々に『近づくな』と連呼している。

「どう思う?」
「……だから解らないって――――!」
「――――テア」

 大声を出して怯えを払拭……又は唯そうするしか出来なかっただけかも知れないが、
 そうしようとしたテアに声を掛けてくる人物が居た。

 鼻につく甘ったるい香り、俺達を囲んでいる人達の中で、唯一俺が面識のある人物。
 テアの姉だった。

「……姉さん?」
「テア? 大丈夫だった?」

 優しげな表情を浮かべるその女性は、昼とは違ってしっかりとした眼をしている。
 そして両手を左右に広げるようにしてテアに「さぁ、こっちにいらっしゃい」と微笑んだ。

 普通の10歳にも満たない子供で有るテアだ。
 目元に涙を浮かべながら、自身の姉であるその女性の元に走りだそうとするが……。

「……待った」

 それを俺が押さえ込んだ。

 一瞬『訳が分からない』と言うような表情を浮かべたテアだったが、俺が肩を掴んで動きを封じる。
 そして今度はテアと場所を入れ替わるようにして、俺が前に一歩踏み出した。

 俺のその行動に、女性の視線が強く鋭く成る。

「――――あなた、昼間にも会ったわよね?」
「えぇ……昼間は色々と騙されたよ」

 女性の視線を受け流すように、俺はやんわりと受け答えて返事を返した。
 だが相手はそれで気分を害したのか、より視線を強めて問い質してくる

「何を言ってるのかしら? それにこんな夜中にテアを連れて何の積り? ……どうして此の村に来たの?」

 問い質すように聞いてくる言葉。
 だが俺はその問に無視するように、テアへと声を掛けた。

「テア……お前、俺に言ったよな? 『姉さんを助けて』って」
「……? ――――うん」

 『何故こんな時に、こんな質問をされたのか解らない……』そんな顔をするテア。
 だが俺は、それに良い返事をしてやることは出来なかった。
 言えたのは

「……ゴメンな」

 と言った謝罪の言葉だった。

「良く見ろ! この村の本当の状態をッ!!」

 俺は声を挙げながら体内で燃やしていた小宇宙を爆発させ、

「――――オーム!!」

 それを一気に周囲へと解き放った。

 俺の発した小宇宙が光になって飛び広がり、今まで写していた景色を一変させて行く。

 並んであるように見えた家々は姿を消し、所々に朽ち果てた木々が転がっている。
 辺りには雑草が生い茂り、剥き出しの地面が荒れ果てた大地を表していた。

 しかし何より顕著な変化を示したのは村人達だった。
 ある者は白目を剥き、ある者は喉から血を流し、ある者は腕を失くし、ある者は体から骨が飛び出し……
 マトモに見える身体をしている者など極僅か。
 大体が何らかの怪我や欠損を持っているような……生きた死体のような様へと変わったのだった。

 其の突然の変化にテアは目を丸くして、もはや声も出ないようだ。

 だが俺は、それを半ば無視するかのように口を開いた。

「……これがこの村の本当の姿みたいだな。多分幻術か何かの類だろうけど、よくもまぁ騙したものだよ。
 きっと、シャカはこうなってるのを知っていたんだろうな……だからあんな態度を取っていたんだ」

 今ならシャカの態度が幾分だが理解できる。
 村に来た時の表情、村人との接し方……『何でだ?』と思うことは、結局はこれが答えだったんだろう。

 この場所に来た時から、シャカはこの光景を感じていたんだ。

 普通に目で見ていた俺とは違って、本質を見ているシャカにはそれが解っていたんだろう。

「ここまでで解るのは、テア……お前がさっき案内した場所は現場じゃないって事だ。
 もしアソコが現場なら、コイツらがこうしてこの場所に現れるのはおかしいからな……」

 詰まりは、本当に村があった場所はあのニンフの居たところ。
 テアが現場だと思っていたところだ。
 そう考えれば、ニンフの言っていた『人が居なくなっちゃったから――――』の意味も理解できる。

 何故テアが村のあった場所を現場だと勘違いしていたのか……そう『思い込んでいたのか』それとも『教えられていた』のか……。

「そして……理由はどうあれ、この騒ぎに関係しているのはあの洞窟……御丁寧に邪魔しに来てくれたからな。
 もっとも、それはテアが近づいたから――――じゃなくて、俺が近づいたからなんだろうけどね」

 そこまで言ってからニコっと俺が笑ってみせると、
 例のテアの姉は眉間に皺を寄せ、俺の事を睨んできた。

「駄目よ……駄目なのよ、お願いだからその洞窟には近づかないで……」

 テアの姉――――女性のその言葉に反応するように、周囲の村人達が動き始める。
 大人も子供も男も女も、皆が皆で俺やテアをこの場所から遠ざけようと動きを見せた。

 俺やテアの身体を引っ掴み、無理矢理この場所から遠ざけようと言うのだ。

 わらわらと集まっては俺やテアの身体に纏わりつき、
 四肢を拘束して身動きを封じようとする。

「……な、何? 何なんだよ!? 姉さん!」
「…………」

 テアの訴え掛ける様な声に、女性は一瞬表情を歪めたが……直ぐにそれを正すと

「お願い……テア。この洞窟には近づかないで、そして今日の事は忘れて……」

 と、悲しそうに言った。
 その表情と声色に、テアは声を失ってしまう。

 だがテアはその女性の雰囲気が、嘘でも何でもなく、本当に辛そうにしていると感じたのだろう

「姉さん?」

 と口にして手を伸ばした処で――――

『――――ディバイン・ストライク』

 俺は無理矢理に腕を振るい……拳を振るって、村人達を蹴散らすのだった。
 拳の軌跡が光の様に映って見えるそれは、音速を超えた弾丸と成って襲いかかる。

 全力で――――と言う訳ではないが、手を抜いて放った訳ではない俺の技。
 高速の突きを放つ必殺技だ。
 恐らく、普通の人間には『何かが迫ってきた』と感じることも出来なかっただろう。

 正直……自分の技を最初に使うのがこんな状態でとは思いもしなかった。

 俺やテアに纏わり付く様にしていた村人達は、俺が放った拳で吹き飛び、千切れて、穴を穿たれて目の前から消えていく。

 遥か遠くに飛んで行く者、

 その場で粉々になって崩れる者、

 俺は手に残る肉を裂いて叩く感覚に歯噛みして、ギュッと拳を握りしめた。
 そして力強く腕を一閃して表情を崩したくなりそうな気持ちを抑え込んだ俺は、腰を抜かしたように地面に座り込んでいるテアに声を掛けた。

「立つんだ……テア」

 そう言って腕を掴んで立ち上がらせようとすると、バッと俺の手を払うようにしてきた。

「――――……だよ……やり過ぎだよ! 村の皆が、こんなの!!」
「いいから良く見ろ――――って、昼間に騙されてた俺が言うことでもないけど……テア、良く見るんだ」

 そこに見えているのは死んだ村人の姿では無かった。
 千切れた身体も、倒れた人も、飛び散った血も、何もかもがそこには無く、ただ周囲を囲むように陣取っている者達が見えるだけである。

「テア……俺は最初にインドネシア政府からの要請で、『死んだ筈の人間が、昼夜を問わずに歩き回っている』との話を聞いて此処に来たんだ。
 最初にこの村に来た時、俺はこの村を被害にあってる村だと思ったんだが……」
「なに……言ってるんだよ」
「この村は――――いや、正確には此処も被害者なのかも知れないけど……。
 だが死んだ筈の人間、タウゴウは……この村の住人達の事だ」
「――――嘘だッ!!」

 俺の言葉に反発するように声を挙げるテア。
 だが俺はそれを聞いた上で、そのままに言葉を続けていく。

「ニンフの言葉を思い出せ。
 彼女が言っていたのは、『人が居なくなった』って事と『ゲスゲスが犯人』と言う二つのこと。
 そしてヒントとして『良く見ろ』って事だ。
 昼には気付けなかったが、今では良く分かる事が此の村の『異質』さ。そして現在体験している事としてタウゴウの存在」

 俺は言いながら足を進めて村人――――いや、タウゴウの群れに拳を見舞う。
 一度に数十に近い数が消し飛ぶが、どこから湧き出すのかまだまだ数が居るようだ。

 不意にテアの姉から「……化物」と呟くのが聞こえたが、
 俺はそれを聞き流して手刀突き――――ディバイン・ストライクを周囲に向かって繰り出し続けた。

 そして粗方のタウゴウが片付き、目の前が拓けたところで足を止めた。

「ただ……正直に言うと、未だに解らない事もあるんだ。ペテナさんって人やお前が見たって言うヌグの正体。
 これは今の俺には解らないことだな。……だけど、それ以外は今なら解る。こうして目の前にそれを見ていれば、嫌でもな!!」

 俺はその相手……ゲスゲスである女性――――テアの姉に向かって強く言い放った。

「……何を……何を、言ってるの。そんなの――――そんなの私は知らない!」

 睨むようにして言った俺の言葉に、女性は怯えるような顔を浮かべて反論をしてくる。
 とは言え、実際それは反論になるようなマトモな言い分では無かったが。

「何を言ってるってのは俺の台詞だよ。この状況で、こんな言い逃れの出来ないような状況で……どうしてそんな風に言えるのさ?」

 髪の毛を振り乱し言うゲスゲスに、俺は出来る限り感情を殺すように努める。
 俺は腕を振り上げて手刀を構え、目の前の相手を見据えた。

 そしてゆっくりと距離を詰めながら、構えを取る。

「何を言っても……答えは変わらないよ。だから、俺がすることも変わらな『ヒュッ』――――ッ」

 ――――ズバンッ!!

 風切り音と同時に、横合いから突然の衝撃を受けて身体が宙を舞った。
 俺は其の侭10m以上を飛ばされ地面を転がるが、直ぐさま手を地面に引っ掛けるようにして突いて体制を整える。

 痛い……

 咄嗟に『叩きつけられた何か』をガードはしたものの、何とも無いという事は無い。
 チラリと受け止めた腕を見ると、打ち身や骨折の類は無いようだが打ち付けられた箇所がザックリと裂けて血を流している。

「反撃される前にやっておくんだったな……」

 ボソリと、俺は目の前の相手を目にした感想を口にした。
 そして手をプラプラと振りながら、ゆっくりとした動きで歩いていく。
 見ると相手は腕を振り切ったような姿勢をとっていて、どうやら平手の一撃かな? それで俺を殴り飛ばしたんだろう。
 その指先から血(多分俺の)が滴っていた。

 俺は一瞬「腕長いなぁ……」と場違いな事を考えたが、それが表情に出たのか相手はギロリと睨みを利かせてくる。

「――――貴方に……貴方みたいな子供なんかに! 私の辛さが解る訳ないッ!!」

 まるで叫び声のような咆哮。
 最初に感じた変化は小宇宙の増大、そしてその後には見た目の変化が現れた。
 髪の毛を振り乱し、その双眸が紅く光ったように感じた。

 ……これってどこかの聖闘士とか冥闘士じゃないよね? 唯のお化けだよね?

 正直な所……。
 一応とは言え腹を括っている俺だ、相手を攻撃するのに躊躇う事はない。
 だが、今の俺は相手に対する同情以外の処で攻撃を躊躇っていた。

 一つは徐々に増大して感じる相手の小宇宙。
 さっきまでは特に何とも思わないレベルだったのに、今では『ちょっと驚き』といったレベルに成っている。

 それと他にはさっきの一撃、俺が吹き飛ばされた一撃だ。
 俺自身、特に気を抜いていた訳ではない。
 それなのに、それでも俺がマトモに反応しきる前に攻撃を叩き込まれた。

 自分では、少しは強い積りだったんだけどな……。

「私は人間に戻りたいのッ! だから、その為にはもっともっと……『人をこの場所から遠ざけなくちゃいけない』のよ!!」
「――――なんだって?」

 相手の言葉に俺は一瞬だけ眉をしかめたが、相手はそんな事はお構いなしと一気に襲いかかってきた。
 一瞬で間合いを詰めてくる敵に、俺は「クッ――――」と呻きながら迎え撃つ。

「ディバイン・ストライク!!」

 走りよってきた相手に、迎撃するように放つ『ディバイン・ストライク』。
 取り敢えずは動きを押さえ込んで、さっきの気になる一言を問いただしたい――――なんて、軽い気持ちで望んだの失敗だったか?
 直撃したと思った拳は相手をすり抜け、気づいた時には相手は宙に浮いて飛び掛ってきていた。

「死んでぇーーー!!」

 物騒なことを言う……と頭で思うのが精一杯で、

 ッズガァン!!

 といった音を出し、俺は相手が振り下ろしてきたその長い両腕の攻撃を頭からモロに受けてしまう。
 上から下へと叩きつけるような攻撃を受けた俺は、半壊させて陥没させた地面と一緒に沈んでしまった。

 やっぱり思ったよりも痛い。

 マズイな……さっさと起き上が――――

 ズガァン! ズガァン! ズガァン! ズガァン!!

「あぅがァッ――――」

 立ち上がろうとした俺の背中に向かって、続け様に攻撃が振り下ろされる。
 どういう形で叩き込まれてるのかは良く解らないが、打ち付けられる度に背中に熱を帯びた痛みが走っていく。
 どうやら爪が背中の肉を抉っているみたいだ。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッはぁ――――し、死んだかしら?」
「……死んでな――――」
「死んでってば!!」

 ゴガァンッ!!

 起き上がろうと身体を起こしかけた俺の頭に、踏みつけるような一撃が加えられた。
 その衝撃でより一層深く、俺は地面の中に埋まってしまった。

 そして今度は『ガン! ガン! ガン! ガン!』とストンピングの雨を浴びせられる始末。

 実際黄金聖闘士の攻撃に比べれば大した事ではないのだが、なんだってこんなコントみたいな事をしなければならんのか?
 それに、大した事はないと言っても無傷で済むようなモノでもないし……。

「……いい加減に――――しろッ!!」

 叩き込まれる攻撃を無視して無理矢理身体を起こし、俺は腕を振るって迎撃を行った。
 咄嗟に相手が振るった腕に拳がぶつかり、「キャッ!」なんて言う悲鳴を挙げて距離を取られる。

 ……『キャッ!』って何だ『キャッ!』って。

「うぅ……何で死なないのよ。そんなにボロボロなのに」
「…………」

 俺を睨みつけるように――――と言うか恨みがましい――――と言うか泣きそうな表情で言ってくる。
 実際、俺の身体は今のでそれなりにボロボロになっている。
 背中からは爪で抉られた傷跡から血が流れているし、頭にもさっきのストンピングの影響で結構な傷が出来上がっているらしい。

 聖闘士候補生の身分で、聖衣も無しにこんなに頑丈なのはシャカ達に鍛えられたからだろうか?

 ……嬉しかないけど。

「生憎とね……この程度の怪我で死ぬような『普通の身体』はしてないみたいでね」

 即時対応可能なように、腕を挙げて構えながら俺は言った。

 ……本当に、何時の間にこんな頑丈な男の子に成ったのやら。

「化物――――」

 ――――ドンッ!!

「……どっちがだッ!!」

 俺は相手が何かを言う前に、その懐へと一息で飛び込んで拳を叩き込んだ。
 周囲に打撃音が響き、相手は打たれた腹部を手で押さえ「がっ……あ」と呻きながら後ずさる。

 だがキッと睨むように視線を俺へと向けると、

「ガァッ!」

 腕を振って俺にめがけて攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、俺は其の腕を片手で受け止めて防いだ。
 少しだけ相手の爪が、俺の皮膚に突き刺さって傷を作るが気にはしない。

 ズガァンッ!!

 其の侭に身体を捻るようにして回し蹴りを叩き込むと、相手は「げぅッ!!」声を挙げて今度は水平に飛んでいった。
 そしてさっきの俺と同様に10数mの距離を飛び、地面を転げまわってようやく止まる。

「こんな小さな子供を捕まえてさ……本物の化物が、化物なんて言うなよな」

 蹴りを入れた体勢のまま俺は言ったのだった。
 そのままピクリとも動こうとしない相手に、俺は「あれ?」と口にした。

「死んだか――――」
「死んでないわよ!!」

 俺の言葉に反応して、ガバっと一気に起き上がってくる。
 どうにも、相手が生身ではないからだろうか? 効いているのか居ないのか、少しばかり判断が難しい。
 手応えは有ったんだが、見た目に変化がある様には見えないんだよな。

「さっきのアンタじゃないけどさ……さっさと死んで――――いや、成仏した方が楽だよ?」

 少なくとも俺にとってはね。
 とは言え、このままチマチマとダメージを与えて行けば、その内に相手を倒すことは出来るだろう。
 この世界――――と言うのは変な言い方だけど、この世界は神でさえ死ぬのだから。
 ――――まぁ、中には非常にしぶといのも居るには居るが(主に女神ア◯ナ)。
 兎も角、目の前のモノがどれ程のモノなのかは解りにくいが、少なくとも神以上と言う事はないだろう。

 あーしかし何だな。
 本質としては人じゃないと解ってるとは言え、よくもまぁ女性の形をしてるものをポンポン蹴ったり殴ったり出来るもんだ。

 昔の俺なら先ず出来んぞ。

「……なんで……なんで……さっきより速い」
「本気じゃなかった。……だから無様に地面に叩きつけられた。
 そして、流石に今はそれなりに本気でやってる」

 自身に問うような呟きをする相手に、俺は表情を変えずに言った。
 そして腕をグルンと、一回だけ回して

『ディバイン・ストラ――――ッ!?』
「――――……止めて! もう、もう止めてよ!! これ以上、姉さんを苛めないで!!」

 技を放とうとしたのだが、その瞬間に俺と相手との間に飛び込むようにしてテアが飛び込んできた。
 俺は打とうとして振り上げた腕を、無理矢理引いて内心舌打ちをする。

 危うく諸共粉砕するところだったぞ?

 デスマスクなら確実にやってただろうし。

 俺は大きく溜息を吐いて、テアに諭すような事を言った――――が、

「あのなぁ……お前は俺の話しをちゃんと聞いてたのか? 手伝えとは言わないから、せめて邪魔を――――」

 途中まで口にしていた言葉をそこで区切った。
 あぁ……馬鹿だなって思う。
 俺が気を抜いた瞬間に、目の前から叩きつけられていた小宇宙。
 その攻撃的な小宇宙は増大し、膨れ上がり、『俺とテアを一直線で結ぶように』向けられていた。

「――――邪魔だテアッ!!」

 そう叫んだ俺は、咄嗟にテアの前に踊りでて両手を広げて盾になっていた。

 瞬間、目の前に広がる真っ赤な灼熱の炎。

 俺は全身を焼かれる感覚を感じながら

(ピッコロさんかよ……)

 と、心で呟いて膝を折るのだった。









[14901] 第13話 シャカの試練(下)
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:619d3229
Date: 2010/07/27 13:00






『詰まらん情などに流されるな』

 前にそう言ったのは誰だったか?
 シャカ? それともデスマスクか?
 カミュ辺りも似たような事は言いそうだよな? 『クールになれ』って。
 まぁカミュの場合はあの普段の壊れっぷりを見てると、『先ずはお前がクールになれ!』と言ってやりたいが……。

 とは言えだ、『詰まらん情などに流されるな』や『クールになれ』等の考えには賛同したい。
 それらを採用していれば、俺はこんな状態にはなっていない筈だ。
 こんな、全身が焼けるような状態になんか……。

 あーしかしだ、……なんでまぁ俺はこんな怪我をしているのやら。
 いや、『何にやられたのか?』って事じゃない。
 それよりも、もっと前の段階の話だ。
 詰まりは、『どうしてこんな怪我をする様な状況に自分が置かれているのか?』ってこと。

 第二の人生――――かは正確には解らないが、少なくとも初めてではない人生をただ平和に過ごしたいと思っていた。
 静かに幸せに生きて行きたいと思っていたんだが……。いつの間にこんな事になったのか。

 始まりは……多分、知らずにとは言え教皇――――要はサガに対して妙な事を言ってしまったのが原因だろうな。
 『弟~~』って奴だ。あの時正確に何と言ったのか自分でも良くは覚えていないが、確かに暗にカノンの事を聞いてしまったのだった。
 当時の俺は教皇の事を、『ジャパニメーション好きな変な人』だと思ってたからな。
 だが、それが失敗というか下手を打ったというか……。
 兎も角、それからあれよあれよと言う間に聖域に連れられて(身売りされて)、
 気がつけば俺は、黄金聖闘士・乙女座ヴァルゴのシャカの弟子に成っていたのだった。

 最初の内は『聖闘士に成れる』なんていう興味も手伝って修業を乗り切っていたが、
 それが何時からか修行という名の虐めに変わり、気がつけば死なないように努力をするように成っていた。

 シャカに五感を奪われるなど日常茶飯事、
 アイオリアにはぶっ飛ばされ、
 カミュには氷漬けにされ、
 シュラには聖剣でナマスにされそうになり、
 アフロディーテには薔薇を放たれ、
 ミロにはスカーレットニードルをくらい、
 デスマスクには黄泉比良坂へと送られ、
 アルデバランにはグレートホーンで吹き飛ばされる。

 来る日来る日もアホのような修業を続け、黄金聖闘士に囲まれてぶっ飛ばされ、つい先日などは黒サガにロックオンされもした。

 ……なんで生きてるんだろうか?

 …………まぁ、取り敢えずそれはおいておくとしよう。

 兎に角だ。
 俺はただ普通に生きようとしていた筈なのに、いつの間にかこんな事に首を突っ込んでいると言うのが問題なのだ。

 あぁしかしだ……何と言うかだ。

 こんな普通とは違うような状況に今現在の俺は居ると言うのに、

 この状況を自分で嫌だと思ってるはずなのに、

 そんな事を自分でどうにかして遣りたいと思ってしまっている。

 何時から俺はこんなにも良い人になってしまったのだろうか?

「――……ハハハ、全く……本当に馬鹿みたいだな」

 火傷で引きつる身体に力を込めて、俺はゆくりと体を起こしていく。

 大丈夫だ……それ程の怪我じゃない。

 自分にそう言い聞かせながら俺は目の前に居る相手に、

 一人の女性だった人物に視線を向ける。

「フフ……フフフ。良かった……本当に良かったわ。これならもうすぐに殺せそう」

 何とも物騒な事を言っているが……実際に俺の体のダメージはそれなりに深刻だったりする。
 今までにも死にそうな怪我をした事くらいは掃いて捨てるほどの回数を経験しているが、
 それらの時は必ず、何らかの治療によって事なきを得ているのだ。

 だからほら、俺の身体もミスティの如く傷一つ無いような真っ更なボディなんだよ。

 まぁ、今は少し火傷が目立つがね。

「ク、クライオス……?」

 全身を焼かれて倒れ込んだ俺を見て、テアは驚いたような、呆然としたような、気の抜けたような声を挙げる。
 そしてその視線を自身の姉へと向けて

「姉さん……!? どうして!!」

 と、大きな声で叫んだ。
 それに大して相手は少しばかりの間を置くと、慈愛、哀しみ、怒りと、コロコロと表情を変化させて行く。
 そして

「ありがとう、テア。……貴方のお陰で邪魔な奴を殺すことが出来るの。お姉ちゃん、助かっちゃった」

 笑みを浮かべて云う相手の異様さが、ようやっとテアにも感じられたのだろう。
 その仕草や言葉に、テアはビクっと身体を震わせた。

「……どう云う積りなんだよ?」

 俺は相手への視線を弱めずに、ただそれだけを口にした。
 最初は俺が何を言ってるのか理解出来ていないようだったが、直ぐに合点がいったのか「そういう事」と呟くとニヤリと笑ってきた。

「どう云うつもりも何も……私に取って邪魔な存在でしか無い『貴方を』攻撃しただけじゃない? それが――――」
「何でテアを巻き込むようなことしたんだ? 弟だろ?」

 咎めるようにしていった俺の台詞だったが、俺の容姿や現在の状況(片膝付いて蹲っている)では大した効果は無かったようだ。
 相手はニコッと微笑んで返してくる。

「弟よ。でもね、だったら私の事を助けてくれても良いじゃない!!
 テアが傷つくのは嫌よ。でもね、死んだら死んだで大丈夫よ。
 だって、それならそれで、他の奴等みたいにタウゴウにすれば良いんだもの――――構わないわ」

 その言葉に一瞬一気に力を込めて立ち上がろうとするが

「――――動くな!!」

 ゴッ!!

 と、爪先からの蹴り上げを顎に受け、俺は身体を跳ね上げた。
 そして続け様に腕の振り下ろしを叩き込まれ、再び地面に陥没する。

「クライオスッ!?」
「テア、動かないで!!」

 俺の元へと駆け出そうとしたテアを一睨みすると、何らかの作用が有ったのかテアの動きが止まり身体を硬直させる。

「思いのほか……傷が大きいみたいね。さっきまでよりもずっと手応えを感じるわ」

 耳に届く相手の声を聞きながら、『成程な』と自分で自分の事を理解した。
 確かに身体の調子は芳しく無いようだ。
 絶好調には程遠い状態だろう。

 だが――――

「どう? もし貴方が改心して私の為に動くというのなら、特別に綺麗なタウゴウにしてあげるわよ?」
 昼間に来ていたもう一人の男……あれもきっと貴方みたいな奴なんでしょ?
 アイツの始末もしなくちゃいけ無いから、それを手伝ってくれるのなら――――」
「――無理だ」

 相手の言葉を遮るような形で、俺は口を挟んだ。
 一瞬、俺が口を挟んだことに苛立を覚えたのか眉をしかめるが、俺はそれを気にすることも無く言葉を続ける。

「俺如きを倒そうとするのに、こんな体たらくな状態じゃ……喩え俺が全力で手伝ったとしても、即座に揃ってあの世行きだよ……」

 相手はあのシャカだぞ?
 もし俺が何かしらのことを考えていたとしても、それらを全部引っ括めて木っ端微塵に粉砕するに決まってる。
 あの人は自分の考えにブレが無いからな。
 よく言えば一直線、悪く言えば融通の聞かない馬鹿――みたいに真面目な人だな……うん。

 まぁ、そんな人にこんな事で喧嘩を売る積りなんて全く無い。
 それに 

「それに……俺はまだ負けてないからな!!」

 口にして小宇宙を高め、再び身体を起こして立ち上がる。
 全力に、俺に出来うる限界にまで小宇宙を高めて解放する。

「――……無理だって言うのなら。そうだって言うなら! 先に死んじゃいなさい!!」

 小宇宙を高めて立ち上がった俺に向かって、相手は手を挙げて振り下ろしてくる。
 そこから放たれる炎の塊。
 成程、さっきのはこうして出した訳か。
 感じとしては、バベルの使う予定の『フォーティアルフィフトゥラ』に近いのかもな。

 俺は迫り来る炎を迎え撃つべく構えをとったが、

 其の瞬間、

 俺と炎の間に滑り込むようにして『人ではない何か』が入り込んできたのだった。

 炎は其の『何か』に直撃し、少しばかりの爆発と火柱を上げる中で俺はその『何か』を目の当たりにした。

「なッ何で……?」
「そんなッ!? なんで此処に……『ヌグ』がッ?」

 『何か』の突然の乱入に、テア達は驚きの声を挙げる。

 そこには炎に焼かれ、また自身も炎を纏っている鳥型が居たのだ。
 ――いや、果たしてそれを鳥と呼んで良いのだろうか?
 俺にはそれが何であるのか、感覚として理解することが出来たのだ。

 とは言え……よく見れば誰だって、コレが『ヌグ』とかいうモンスターとは違うことくらい解りそうだけどな。

 俺は現れたそれに視線を向けて、口の片側を釣り上げた。

「……ハハ、これがヌグだって? 冗談やめてくれよな。コレの……コレの何処が生き物だよ。
 コレは……コレは――聖衣だッ!!」

 鳥の形を模した、白銀に輝くオブジェ。
 しかし、それ自身が蒼い小宇宙を炎のように纏わせながらそこに存在している。
 大きく広げた翼と、長く美しい羽を持ち合わせた姿。

 まるで生きているように……いや、事実自らの意思が有るかのように『動く』その姿は、
 紛れも無く

「……風鳥座・エイパスの白銀聖衣!!」




 第13話 シャカの試練(下)




 俺の目の前に突如として現れ、そして敵の攻撃を防いだ白銀の『ソレ』は間違いなく。
 神話の時代より受け継がれながらも、今尚その輝きを失わない……世界で最も尊い芸術品にして至高の遺物。

 『聖衣』

 眼前に在るソレは、本来ならば有り得ない事だが、風鳥座の聖衣はその羽根を羽ばたかせ、
 俺にとっての敵である相手を威嚇するような行動をとっていた。

「……ヌグ」

 ふと、テアがそう呟いた声が俺の耳に届く。
 だがコレはヌグでは無い。
 それは間違いなくそう言える。だがこれがテア達の見たヌグだと言うのなら、俺には合点がいくのだ。

 以前、シャカに聞いたことが有る。

 聖闘士の証である聖衣は、その数全部で88。
 黄金聖衣12、白銀聖衣24、青銅聖衣48、そしてそのどの枠に捕らわれない4つの聖衣。
 これらを合わせて88の数と成る。

 黄金聖衣はその強靭さと不変性を持ち合わせ、白銀や青銅はそれに劣りはするものの黄金聖衣には備わっていないような、
 何らかの能力を持つ場合が有ると。

 例えば龍座の聖衣ならば皆が知ってる『最強の盾』。
 アンドロメダ座の聖衣は『最高の防衛本能をもつ鎖』
 白鳥座の聖衣は『永久氷壁のような強靭な硬度』
 不死鳥座の聖衣は他の聖衣を遥かに超える『自己修復能力』

 他にも数え上げればキリがないが、青銅や白銀の聖衣にはそういった何らかの能力が付いている場合が多いのだ。
 ……まぁ天馬座の聖衣とか、一角獣の聖衣とかにどんな能力が有るのかは知らないが。

 そして、このエイパスの白銀聖衣が持ち合わせている能力は――

「自動迎撃能力……!」

 俺がそう口にするや否や、オブジェ形態の聖衣は相手に向かって飛び込んで行った。
 ゲスゲスはそれを押しとどめようと両手を前に突き出すと、正面でぶつかり合う。
 そして其の侭、双方は相手との押し合いに発展した。

 攻撃的小宇宙に反応し、ソレを討ち滅ぼすために動き出してしまう……ある意味での『意志』を持つ聖衣。
 神話の時代、嘗て軍神アーレスとの聖戦に於いて、もっとも多くの狂闘士(ベルセルク)を打ち倒したと言う曰くつき。
 戦いの神であるアテナだが、その『装着者を省みない迎撃能力』に心を痛め、それ以降は禁忌とされていたモノだ。

 それが、今こうして目の前に……

「……そうか」

 俺はその聖衣を理解し、幾つかの疑問が解けて行くのを感じた。

 それはこうだ。

 この地に眠っていたエイパスの聖衣だが、それが何らかの理由――何者かの攻撃的小宇宙により目覚めてしまった。
 恐らく、テアやペテナが見たと言うヌグとはこのエイパスの聖衣の事なのだろう。
 そしてペテナは今と同じ様に、エイパスの聖衣とテアの姉……要は、ゲスゲスが争ってる場面に直面したのだ。

 だからその時の事も、ゲスゲスがヌグから守ったのではなく。
 本当は目撃者を始末しようとしたゲスゲスを追って、聖衣が飛んできたのだろう。
 だがそれも適わずペテナは死ぬことになったが……。

 ならあの洞窟の中に『ある』のは、先ず間違いなく聖衣の――

「――――『あの時から』ずっと……ッ! 何なのよコレは!?」

 ゲスゲスが大声を挙げて腕を振り回している。
 俺はその声に反応して視線をそちらへと向けた。

 エイパスの聖衣がこの場所に現れた理由……それは自動迎撃能力に関係するのは確実だろう。
 だが、それとは別にもう一つ。
 それがあるからこそ此処へ来たんだと……俺は確信して言える。

 正直、もしかしたらこう成る事を、シャカは見越していたのではないか?
 と、一種の脅迫観念に似た感想を持ってしまうが……。

 とは言え――――

「来いッ! 『エイパス』!!」

 周囲には俺の声が大きく響く。
 テアも、ゲスゲスも、そして聖衣さえも。
 どれもが俺の声に反応してその視線を向けてきた。

「エイパスの白銀聖衣! ここに来た役目を果たせ!! ――俺は、此処だ!!」

 俺が小宇宙を燃やし、爆発させて言うと、
 エイパスの聖衣は瞬間、オブジェの形をしていた聖衣が分解させた。
 そして飛来する各部のパーツが俺の身体へと装着されて行く。

 腕、脚、胸、腰、頭。

 順次装着される其の聖衣は、神話の時代から続くモノであるにも関わらず。
 初めから俺の為に造られたかのような、そんな装着感を与えてくれる。

 全身を包むその鎧は、動きの制限になるような事は全くなく、
 だというのに全身を強固に覆い隠しているようだ。

 夜の闇の中でも、なお白く輝く白銀の聖衣。

「これが……」

 俺は自身の身体を包むソレを見ながら、感嘆の言葉を漏らしていた。
 そしてこの時、初めて聖衣というモノを知ったような気がする。

 絶対の安心感と高揚感、
 そして確実の勝利を信じられる充足感。

 それら全てが、この聖衣を身に付けた瞬間から俺の身体を満たしているのだ。

「これが……聖衣!」

 全身に感じていた、火傷、裂傷、擦過傷、打撲等の痛みは消え失せ、
 今では身体を動かすことに何ら支障を感じない。

 否、違う。

 恐らく、今なら普段以上に……絶好調の状態を遥かに超えた動きさえも可能に成っているだろう。

 現に――――

「ソレを『返しなさい』ッ!!」

 『奇妙な事』を言いながら駆け込んでくるゲスゲスを見つめながら、俺は溜息を一つ。
 そして瞬間、相手から回りこむように時計回りに動いた。

 身体が軽い、脚が駆ける、まるで普段の俺は足枷や手枷を嵌めているのでは? と、そう思ってしまうような身軽さだ。

 大きく回り込む俺の動きに合わせてその視線と身体を動かしてくるゲスゲスだが、
 ただそれだけの動きさえも今の俺には遅すぎる。

 相手が視線を向けた先には既に俺は居らず、
 その真後ろ――――詰まりは、ゲスゲスの背後を取るような位置に俺は立っていた。

「――――……速…い」

 驚くような声を出すゲスゲスだが、ソレは当事者で有る俺にも言えたこと。

 自分でも驚くほどに身体が動く。

 俺達のような小宇宙を駆使して戦う者達にとって、其の強さは聖衣の種類では決まらないらしい。
 だが、少なくとも聖衣の有る無しでは決まると思う。

 十二宮編で、デスマスクが紫龍に対して『小宇宙だけでの勝負なら、黄金聖闘士の俺の方が上だ!!』といった事を言っていた。
 ソレは詰まり、聖衣と言うのは単純な防具として以外の何かが有るのではないだろうか?

 現にこうして、今現在の俺はソレを実感出来ているのだから。

「正直、アンタの動きはさっき迄と変わらない――同じ程度には動いているよ。
 ……でも、今の俺にはそれがどうしようもなくスローに感じる」

 偽りの無い正直な感想。
 今なら、何にでも勝てそうな気さえする。

「巫山戯るなッ!!」

 俺の言葉が感に触ったのか?
 ゲスゲスは腕を振り上げ、再度、炎を放ってきた。

 だが、今度は避けるまでもない。

「!?」

 俺は襲いかかってきた炎に手をかざすと、そのまま差し込むようにして腕を突き、
 そして炎を左右に割り開いた。

 裂かれた炎の塊が飛び散って周囲を焼くが、それをした俺には火傷一つ、熱一つ伝わってはいない。

 ここまで変わるものなのか? 聖衣の有る無しと言うのは?

 俺は自分で遣ったことだと言うのに、半ば感動に近い感覚を感じていた。

「――ちょっとだけ、原作のやられキャラ達の気持ちが解った気がするな」

 主に、自分の力を過大評価し、星矢達に負けていった連中の事だ(デスマスクも含む)。
 これだけの力を手にすれば、そして相手が自分よりも格下だとなれば、どうしても舐めてかかってしまうだろう。

 俺は……俺もそうだろうか?

 いや、そう思えるうちは大丈夫だ。

 目の前の敵に、今度は気を抜いたりはしない。

「それじゃあ今度こそ、これで終りだ――ディバイン・ストライクッ!!」

 相手を強く睨みつけ、
 身体を捻るようにして振るった俺の腕からは、前回を優に超える数の閃光が放たれた。
 腕から放たれた光の帯は、ゲスゲス……俺との間に在ったモノも含めて一切合切を吹き飛ばしていった。

 ディバイン・ストライクに撃ちぬかれ、空高く舞い上がり、そしてそのまま落下してくるゲスゲス。
 落下の衝撃で大地が割れ、罅が入る。

 今まで以上の威力と速度を持った攻撃だ、攻撃を加えた俺自身が震えてしまう。

 だが

「ク、あぁ……ガ」
「まだ……生きてるんだ」

 相手は、まだ生きていた。
 身体を撃ちぬかれ、傷を作り、力の入らない腕でその身を起こそうとしている。

「たったの、一撃で……こんな、さっきとは……全然」
「俺も、驚いてるよッ!」

 再び周囲に響く轟音。
 言いながら放った拳が、再びゲスゲスを空高く跳ね上げた。

 元々が負けるような相手ではなかった。
 それに加え、今の俺は聖衣を身に纏っている。
 詰まりは、確実に勝てる戦いだ。

 だが……気分は悪い。

 のたうつ力も既になく、ゆっくりと這って逃げようとしている相手を見ていると、
 俺はどうしようもなく『嫌な気分』になってしまう。

 デスマスクの奴は大したものだよ。

 だが何でだ?
 何で、こんなになってまで生きようとするんだろうか?

 辛くはないのか?
 こうして生き足掻いてる方がツラそうじゃないか?

「――なんで、そんな風に頑張るんだ?」

 気付いた時、俺はゲスゲスにそう質問をしていた。
 突然の俺のその問に、聞かれたゲスゲスは目を丸くして驚いている。
 まぁ、聞いた俺も驚いているのだが。

 ゲスゲスは崩れ落ちそうになる身体を、その両手で支え起こすと

「……わ、私は、人間に戻るんだ」

 と、そう言った。

 だが、そんな事は無理だろう。
 こんな事をしていて、それで人に戻るなんて聞いたことがない。
 そんな奇跡は、それこそアテナやポセイドン等のオリンポスの神々でもなければ不可能な筈だ。

「人間に戻る……か。それはさっきも聞いた。
 だが、死んだ人間は生き返らない。神話の時代にも、化物になった人間は死ぬまで化物だ」

 俺はゲスゲスの言葉に疑問を持った。

 何故、目の前のコイツはそんな有り得ないことを信じているのだろうか?

 と。

 今の状態なら間違いなく、なんの問題も無く相手を倒す事が出来るだろう。
 だが、俺はそれだけではいけない様な気がする。

 聖闘士の闘いを否定するつもりは更々無いが、だからと言って目の前の相手の言った台詞を、
 一切合切無視をして良い事には成らないだろう?

「……何で、アンタはそんな事を信じてるんだ? 誰がそんな事を?」

 一息の間を置いて尋ねた俺に、ゲスゲスは「フフ……」と泣きそうな顔で小さく笑ってきた。

「私は……私だってね、好きでこんな化物に成ったんじゃない……。
 普通に生活して、普通に好きな人を作って、普通に結婚して、
 普通に子供を産んで、普通に年をとって、普通に死んでいくって……。
 …………そう、思ってた!」

 強く言い放つゲスゲスはその感情をぶつけるかの様に、俺へと睨みを利かせてくる。

「だけど、そうは成らなかった……。――私は殺されたのよ」
「ニンフの――この山の精霊から大体の事は聞いたよ。大方、誰かに犯されて殺されたって所だろ?」
「……子供のくせに、随分と嫌な言い方をするのね。でも……そうよ、知ってるんじゃないかしら? ペテナのことを」

 確か、最初にゲスゲスを見つけたってことになってる奴だったか?
 とは言え、元々入ってくる情報自体が色々と曖昧だったから、どこまで本当なのか解りかねけどな。

 ゲスゲスは周囲をグルッと見渡すようすると、その視線をテアに合わせて表情をより曇らせた。

「あの時もそう……丁度この辺りだった。話しが有るって言って私を呼び出してきて……そして―――
 私は、ただ普通に生きたかっただけなのに、そんな簡単な願いも私には叶えられなかったのよ。
 気が付いたら、こんな人とは違う化物に成っていたわ」

 怒りをぶつけるでも無く、ただ淡々と、『そんな事が有りましたよ』とでも言うように、
 ゲスゲスは説明をした。
 とは言え、強い感情をそのままぶつけられても、俺にはどうしようもないのだが。

「死んでから数日は、特に何もする気になれなくてこの場所でぼーっとしていたわ。
 でもそんな時、一人の男がこの場所にやって来たの」
「一人の男?」

 俺は聞き返すようにして同じ言葉口にした。
 少なくともコレは、今まで出てこなかった新しい情報だからだ。

「あの人は言ってたわ
 『無念の内に死を迎えた女よ。悔しいか? 憎いか?
 もしお前が再び輝かしい生を手にしたいと思うのなら……一つ俺と取引をするが良い。
 ――――今お前が居る場所に、特にあの洞窟に一人も人を近づけるな。そうすればしかる時、
 必ずや神がお前の願いを聞き入れてくださるだろう』って」

 俺はその言葉に表情を歪めた。
 マトモに考えれば『なんてアホらしい事を……』と、一蹴してもいい内容だ。
 だが、この世界ではそうも言えない所がある。

 聖闘士と言うものが存在し、神と呼ばれるものが存在する世界では。

 だが、だからこそだ、その男が言った言葉が気になる。

 一つは『神』と言ったこと。
 これは普通だったら頭のおかしい奴とも考えられるが、だが男はその他に『洞窟』と言っている。
 洞窟のことは気になる二つ目にも成ることなのだが、だが少なくとも男は、『洞窟に何が有るのか解っていた』事になる。
 その上で『神』と言う言葉を使ったのだとしたら?

 これはかなり怪しい人物だろう。

「馬鹿みたいな話し――と、思うかも知れないわね……でも、私にはそれが本物に聞こえたわ。
 私にはその男の力が解った、そしてその男が言うことならばそうなのだろうと思える何かを感じていた。
 要はそれからよ……私が此処で、村の人間達を殺し始めたのは……」
「婚約者が居たって……テアが言っていた。何で殺した?」
「話があるって私を呼び出したのはね……その婚約者よ!!
 私が居なくなった村で騒ぎが何も起きなかったのはね、其の婚約者が皆を言いくるめてたってだけ!!
 こんなのが……こんなのが許せる訳ないでしょう!?」
「詰まりは『恨みはらさでおくべきか』って事か」

 俺は小さく口にしながら、涙を流し、怒りを込めた形相で睨みつけてくるゲスゲスに、小さくそう言った。

 もっとも、俺はそんな事よりも先程の会話に出てきた『男』の事が気になっていた。

 洞窟の中……今更隠し立てしても仕方がないが、恐らくは俺が身につけているエイパスの聖衣が在ったのだろう。
 詰まり、男は『聖衣』の事が解る人物。
 そして、神の名を使って事をなし、相応の実力を持ち合わせてもいる悪党。

 俺は、其の人物に心当たりがあるのだ。
 そして、その内容を聞けば恐らく教皇にも……。

 とは言え、その人物が誰だか解ったとしても、それで何かが変わる訳ではないのだが……。
 それに――

「――俺の役目は、この辺りで起きている事件を終息させることだ」

 言って、俺はゆっくりと相手に向かって歩いて行った。
 一歩一歩と俺が近づくごとに、ゲスゲスは何とか離れようと力を込めるが、腕にも上手く力が入らないのか?
 それらは空回りをして地面を掻く程度の役にしか立ってはいない。

 十分な距離に到達すると、俺は身体を捻って小宇宙を燃やす。
 今度はしくじらないように、全力で。

 だが、そうすると何故だろうか?
 今まで逃げようとしていたゲスゲスが、不意にその動きを止めて俺のことを凝視している。
 視線の先は俺の顔? 一体どういう訳だろうか?

「……て…いる」
「何だって?」
「貴方、泣いているの?」

 言われたことで、凝視されている理由が解った。
 成程、確かに変に思われても仕方がない。

 俺は泣いていたのだ。

 悲しいのか、怒っているのか、哀れんでいるのかは解らないが。
 それでも俺は泣いているようだ。

「――……に、人間は、絶えず涙腺から涙を流してるんだ。
 これは、その量がほんのちょっとだけ増えただけだ」
「…………」
「………………ねぇ、クライオス。その言い訳はちょっと無理があるよ」

 と、今まで空気になっていたテアからのツッコミを受けたが、俺はそれに睨みを利かせて黙らせた(泣きながら)。
 気を取り直して、俺は視線ゲスゲスへと戻す。

「泣いてるから何だって言うんだ? だからって俺のやることは変わらないんだよ」

 俺はそのまま、本気で睨み付けたまま、
 涙を流したままにゲスゲスを睨み付けた。

「……アンタの苦しさ、共感は出来ないけど理解はした。
 辛かったってのも、そして幸せに成りたかったってのも解った。
 でも――だからって、それで殺された方も堪ったもんじゃないんだ」
「………そうでしょうね」

 スッと、
 今までの必死だった顔つきが変化をした。
 表情から強張りが消え、穏やかなものに変わっていった。
 身体の方からも力が抜け、逃げよう――といった雰囲気も無くなっている。

「本当は、シャカみたいに出来れば良かったんだけどな。今の俺には、そう言うのは出来そうにない。
 ――……くそ、生の感情に触れたせいだ。
 どんな内容なのかは、理解していたってのに」

 不幸話の一つを聞いただけで、こんな風に泣き出すなんて。
 自分のことながら、情けないにも程がある。

「なんだかなぁ……泣いちゃうなんて。
 嫌な子供って思ってたのに、他人の事で泣いちゃうんだ?」

 俺が自分のことで自己嫌悪に成っていると、ゲスゲスはそんな俺に礼の言葉を言ってきた。
 そして大きく溜息を吐くと、俺やテアへと視線を向ける。

 その瞳には――

「本当は、解ってたのにね。
 こんな事しても、誰も『幸せには成れない』って。
 でも…………幸せに、成りたかったんだぁ」

 その瞳には、涙が浮かんでいた。
 どう言う心境の変化か、ゲスゲスは涙を流して泣いているのだった。

「――テア、ごめんね。
 私は、良いお姉ちゃんじゃなかったね」
「姉……さん?」
「死んだ後に。こうして泣いてくれる家族と、そして見知らぬ他人が居るんだから……。
 私は幸せな方かも、だよね?」
「そうかもな」

 ニコッと、涙を流しながら笑う『相手』に、俺はそう言って返すことしか出来なかった。
 だが、少なくとも一つだけは伝えておこうと思う。

「テアの事は心配要らない。
 俺が責任をもって『聖域』に連れて行き、悪いようにはさせない」

 本当ならば、テアは現地の政府に預けて終わりにすべき事柄だ。
 それに、喩え『聖域』に連れて行ったとしても、それでテアが幸せに成れる保証は何処にも無い。
 精々が何処か……養子に貰ってくれる家族を見つけるのが関の山だろう。

 だが――

「ありがとう」

 そう言って笑う顔を見た俺は、そうしてやった方が良いと思うのだった。
 そして

「――バイバイね、テア……」

 そうやって名前を読んだ瞬間、
 俺の放った『ディバイン・ストライク』の光がその身体を貫いていった。




 ※




 ゲスゲスに止めを差してから半日……要は朝になった。
 騒動が一段落した後、俺は洞窟の中に入ってある物――聖衣箱を発見した。
 どうやら思ったとおり、この場所には聖衣が封印されていたらしい。

 そう、封印だ。

 その証拠に、洞窟内には破られた『アテナの封印』がうち捨てられていたのだ。
 コレは恐らく、聖衣箱を……PANDORA BOXを開けることの無いようにとの事だったのだろう。

 それを何者かが――まぁ、目星は付いているが、『例の男』が破ったのだろう。

 で、たまたまその頃にゲスゲスになってしまったテアの姉に甘言を吹きこんで、
 こうしてここで寝ずの番をさせていた。

 彼女は男の言葉を信じて……いや、信じる事しか出来ずに、
 ここで洞窟に近づく者達を殺し、誤魔化すために街のような物を見せていたのだ。

 誰が悪かったのか?

 まぁ、確実に悪いのはペテナとか言う村人と、そして彼女の婚約者だろうが。
 彼女は被害者で加害者。
 『例の男』はただ言葉を吹き込んだだけで、絶対に悪いとも言えない。
 もっとも、こうなる事を見越していなかった……とは言えないが。

 俺は洞窟に置かれていたPANDORA BOXに、自身の装着していた聖衣をしまうとそれを担いでテアの元に向かった。
 ゲスゲスが死んだ後(既に死体であるのに死んだ後というのは変だが)、テアはその場大泣きをし、
 俺が声を掛けるのも聞かずに泣き続けていた。
 そして今は――

「どうする? テア」

 地面に座り込み、膝に顔を埋めているテアに、俺はそう問いかけた。
 テアは流石に泣き止んだものの、未だショックは抜けきっていないようだ。
 俺の言葉に反応する素振りも見せない。

「――……俺はこれから街に戻って、取り敢えずシャカの事を一発殴ってやろうと思う。
 ほら、俺と一緒に来てたもう一人の奴。……殴れるかどうかは兎も角な。
 その後はまた聖域だな、お前は――」

 俺はそこで言葉を区切ると、相変わらず俯いたままのテアに顔を向けて息を吐いた。
 聞いているのか居ないのか、テアはピクリとも動こうとはしない。

「お前のことは、あの『姉さん』に任せろって言ったからな……。だから」
「ッ!?」

 グイッとテアの首根っこを掴み、俺は無理矢理に立ち上がらせた。
 泣きはらした顔は腫れぼったく浮腫んでいて、目元は赤く成っている。

 俺はテアの顔を正面か見るように向けさせると、

「選べ。自分でこれからどうしたいのか、どうやって行きたいのかを」
「……え、選ぶ?」
「そうだ。このままこの国に残って施設に行くか、それとも全く違う道を自分で選んで行くか……。
 最後に言った言葉だからな、可能な限り……俺はその手伝いをしてやるよ。
 まぁ、自分で選べって……成り行きで今の状態に成った、俺に言えたことじゃないんだけどな」

 俺は当時の――聖域に連れていかれた時の事を思い出して、口元を少しだけ釣り上げた。

「それでも選べる事の中から、そういった選択をするのは自分だ。
 テア……お前は、これからどうしたいんだ?」

 ジッと見て言う俺に、テアは言葉を詰まらせた。
 そして何度か視線をさ迷わせるて、震えるように口を開く。

「ねぇ、クライオス。姉さんは……どうして俺を……」

 そこまで言ったところで、テアは言葉尻をすぼめてしまった。

「さぁな……俺は本人じゃないから解らないけど。
 目的のために動いたのも、闘いの最中にお前を巻き込むような攻撃をしたのも。
 そして――お前だけ生かしておいたのも、全部が全部人間らしい行動だったんじゃないか?」

 人間って言うのは、大抵が深く物事を考えないものだ……と、俺は思っている。
 まぁ、これは言葉通りの意味じゃなくて――『良いと思えるものが有ると、どうしてもそれに流されやすい』って意味だ。
 正常な判断の出来るような状態じゃなかったし、
 最後にあそこ迄ボロボロにやられて、それで考える余裕も出てきたって事じゃないか?

「俺はな……最後に迷惑を掛けても良いのは家族だって思ってる。
 ――まぁ、お前の場合は洒落に成らないような掛け方だった訳だけど。
 とは言えだ……家族だったからって事じゃないのか?」
「家族……か。何だか、すごく辛いね」
「楽しいだけの事なんて、そうは無いんだよ。
 ……俺なんか親に売り飛ばされて、そのうえ毎日殺されかけてるんだぞ」

 一瞬、キョトンとした顔をするテア。
 だが数瞬後に「……それってツマラナイ冗談?」等と言ってきた。
 俺は恐らく、かなり渋い顔をしていたことだろう。

「冗談じゃなくて本当の事だ……。
 毎日、毎日、地獄と言う表現が生ぬるい様な特訓をさせられ、生きてるのが不思議なくらいにぶっ飛ばされる。
 知ってるか? あの世ってのは、変な坂を登るところから始まるんだぜ」

 積尸気冥界波で飛ばされた時とか、リアルに向こうに逝った時の事を思い出しながら、
 俺は本気で身体を震わせた。

「普通の人間には、光速なんて無理なんだよ!!」
「…………何言ってんのさクライオス?」

 普段の修行風景を思い出して一人ガクブルしている俺に、テアは優しくない一言を掛けてきた。
 だがその御陰(?)で平静を取り戻すことが出来たようだ。
 こんな事で、俺は成長していったときに大丈夫なのだろうか?

「――まぁ何だ、俺のことはどうでも良い。
 で、だ……決められそうか?」

 真面目な表情を作ってそう聞いた俺に、テアは

 『コクリ』

 と、ゆっくり頷いてみせた。

「そっか……じゃあ、行くか?」
「うん」

 テアに向かって笑顔を向けてそう言うと、テアも笑って返事を返してくる。
 さて、これからが大変だな。
 やることが一杯ありそうで……なんとも。 
 しかし、だ。
 兎にも角にも先ず最初は――

「シャカの事を絶対に殴る」

 これだろうな。

 呟くように言った俺の言葉に、テアは不思議そうに首を傾げるのだった。










 あとがき

 なんかもー……いっぱい時間を掛けたな。
 最初の半分位を書いてから続きを書くまでの間が、約3ヶ月って……。
 時間かけ過ぎだわ。
 しかしまぁ何と言うか、やっとこさ聖衣が出てきてこれからって所かな?
 原作の聖闘士星矢なんか、最初の方で聖衣が出てるのにね。

 まぁ兎も角、コレで暫くはこんなシリアスっぽい話じゃなくて、
 普通のまったりした(?)話を書いていけそうですよん。

 今度が何時の投稿に成るのかは、解らないですがね。








[14901] 第14話 修行編の終り(?)
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:b1d6ba1a
Date: 2010/09/26 01:10




 前回のあらすじ~

 ギリシアの聖域で修行に励んでいた我等が主人公クライオス。
 どういう訳か師匠である乙女座・ヴァルゴのシャカに連れられて、ニューギニアへと向うことに成った。
 『聖闘士の仕事に、非聖闘士を連れてくるな』とも思ったクライオスだが、そんな常識はシャカには通用しない。
 その上シャカは、自分の仕事をクライオスに丸投げしてさっさと街へと引き返す始末……。
 だがそこは主人公(?)クライオス、見事に件の原因を突き止めるとそれらを一気に解決へと導き、
 しかも聖闘士の証である白銀聖衣までちゃっかりと手に入れてしまうのであった。

 ……細かく知りたい人は、前前前回の話から纏めて読もう。

 で、現在――

 簡単な事後処理を終えた俺は、生き残りであるテアを連れて島への入り口兼出口である、港街へと戻ってきた。
 そして修行によって自身に搭載された小宇宙センサーを駆使し、シャカが止まっているホテル――では無く、
 シャカが説法を行っている広場を特定したのだった。

 ひらけた空き地のような場所で、シャカは数十人の現地人に囲まれながら話をしている。

 いつも思うのだが、アレをもっとこう……聖域の広報方面に活用できないものだろうか?
 まぁその事は、後で機会があれば白サガに上申してみよう。

 今はそんな事よりも――

「シャカーーーッ!!」

 辺り一体に響き渡るような大きな声を張り上げて、俺は自身の師匠の名を呼びつけた。
 突然の大声に驚いたのか、シャカ以外の者達は瞬間的に『ビクリッ』と身体を震わせた。

 ザワザワとざわめきが広がって行き、周囲に集まっていた者達の視線が声を出した人物――
 詰まりは、俺に集中する。

「後味の悪いこと……ヤラセやがって!!」

 シャカの前に群がっていた連中を一足で飛び越し、俺は振り上げた拳をシャカへと向かって下ろしたのだが――

 ガシィッ!!

「クライオス……帰ってくるなり行儀が悪いな?」
「な……な?」

 俺の全力で放った拳は、アッサリとシャカに受け止められたのだ。
 しかもシャカは手をかざしては居るものの、その掌は俺の拳に触れてはいない。

 何かしらの空気の圧力のような物が邪魔をして、俺の拳を押し返しているのだった。

「全く……少しは成長するのかと思えば――」

 ドガァアアン!!

 それが、その時俺が最後に聞いた言葉だった。

 ・
 ・
 ・
 ・

 え?
 どうしたのかって?

 そりゃ、盛大にぶっ飛ばされたんですよ……。

 シャカを殴ることに失敗した俺は、強制的に意識を戻されて事の顛末をシャカに報告した。
 正座をさせられて。
 まぁ『例の男』に関しては報告しなかったが。

「――ほう、白銀聖衣か」

 説明するのに邪魔だからと、地面に置いていた聖衣箱を見つめてシャカは唸るように言った。
 ……まぁ、相変わらず眼を開けてはいないのだが。

「はい。戦闘中に飛んできてそのまま……。
 近くの洞窟に封印されていたらしく、恐らく現地の誰かがアテナの呪符を破ってしまったのではないかと(ぶっ飛ばされたことで言葉使いが戻った)」
「ふむ……」

 シャカは吟味をするように頷くと、次いでその顔をテアの方へと向けた。
 あぁ……そう言えば、まだテアの事を説明していなかったな。

「そいつは、あの村の生き残りで……本人の意志で聖域に行きたいって話です」

 俺が言うと、テアは「お、お願いします」と大きな声で言って頭を下げた。
 シャカはそんなテアに見てるのか見てないのか解らない、閉じた視線を向け続けると――

「この小僧を聖域にか? …………むぅ、まぁ好きにしたまえ」
「あれ? 反対しないんですか?」

 と、予想に反した答えが返ってくるのであった。
 俺はてっきりシャカは「駄目だ……」とでも言うのかと思っていたのだが、
 当のシャカからの返答は意外なことに了承の言葉だった。

「理由はどうあれ、自分で決めたのだろう? ならば私がそれを拒否することはない。
 自分のこれからの道だ、精一杯に生きるといい」
「あの、えっと……シャカ――」
「ありがとうございます! シャカ『様』!!」

 マトモな事を言っているシャカに顔を引き攣らせ、俺がちょっとしたツッコミを入れようかとしたのだが、
 それを遮る形でテアがシャカに感謝の言葉を言ってきた。

 ……しかも『様』付けで。

「シャカ様……俺、この御恩は絶対に――(チョン、チョン)」
「なぁなぁ、テアよ」
「なんだよクライオス。俺は今、シャカ様に挨拶してんだぞ」

 肩を軽く指で突つき名前を読んだ俺に対して、
 まるで噛み付かんばかりの勢いで睨んでくるテア。

 俺はそんなテアに小さな溜息を一つ吐いた。

「――その……なんだ。シャカ『様』って……ってなんでだ?
 お前なんで俺の事は呼び捨てなのに、どうしてシャカのことは『様』付けなんだよ?」

 俺自身、別に『シャカのことを軽んじている――』とかいったことは無いのだが、
 だがこんな差別的な態度はいただけないと思うのだ。

 一応ではあるけれど、あの村で戦ったのは俺なのですよ?

 だが、そんな俺のちょっとした疑問に対して、テアがとった行動は深い溜息だった。

「……クライオス、この全身から溢れる存在感の違いがわかんないの?」
「そ、存在感? ……まぁ、確かにシャカは存在感があるけど――」
「キラキラと輝くような、眩い光を放つその姿! それに、『確実にクライオスよりは強そう』だし」

 遠慮無く言ってくるテアの言葉に、俺は若干ではあるが口の端を『ひく』と釣り上げた。
 そりゃ、確かにシャカは俺よりも強いだろうさ。
 今の今まで攻撃を加えることが出来た試しが無いし、さっき同様ぶっ飛ばされるのがオチだろうからな。

 でもなテア。
 光ってるのは、シャカの着ている黄金聖衣だからな?

 だが何故かうっとりしたような表情で、目の前のシャカを見つめるテア。
 その様子に、俺は自身の眉間に皺を寄せ『なんかムカつく……』と、内心思うのであった。

 まぁいいさ。
 こんな小さいことで激怒するほど、俺は精神修養を怠けたりはしていない。
 というか、この程度の事で怒りを爆発させているようでは、『普段の生活』の中で首を吊ってしまうだろう。

「まぁ言いや。聖域では、黄金聖闘士の事を『様』付けで呼ぶ奴等も多いからな。……同期の連中とか」

 ブツブツと呟くように言う俺でした。
 しかし、何だってシリウスとかアルゲティとかカペラなんかは、黄金聖闘士達の事を様付けで呼ぶのかね?
 あれか? むしろ俺がそう呼ばないのが異常だったりするのだろうか?

 ……でも、作中で星矢達が様付けで読んでるのを見たことは無いしな……。
 良く解らん。

「クライオス、何を呆けている? そろそろ聖域に戻るぞ」
「了~解です」

 名前を呼ばれた俺は、地面に置いていた聖衣箱×2(シャカの分も含む)を担ぎ、手にはシャカの私物を持つ。
 来た時よりも荷物が増えてるんだよな……少しくらいはシャカが持てばいいのに。

 なんてことを思っていると、

「クライオス、その子供を聖域に運ぶのはお前の役目だぞ」
「は? ……運ぶ?」

 シャカの言葉にテアは( ゜Д゜ )ハァ?
 なんて顔で聞き返した。
 逆に俺は 工エエェェ(´д`)ェェエエ工って感じだ。

「シャカ……俺は今の段階でも、既にこれだけの荷物を持ってるんですよ?
 それくらいやってくれても良いでしょう?(黄金聖闘士なんだから)」
「え、ちょ……クライオ――」
「――馬鹿を言うなクライオス、それもコレも全てが修行。……お前は、そんな私の気持ちが解からんと言うのかね?」
「修行云々じゃなくて、今回のは物理的に無理だと言ってるんです」
「物理だなどと下らない。そういったモノを遥かに超越した存在こそが、我々聖闘士だと言っているだろう」
「俺は、常識まで超越する気はないので」

 無茶を言っているシャカに、俺は詰め寄るようにしながら拒否を示す。
 途中にテアが何かを言おうとしていたが、そんな事は後回しだ。

「大体、聖衣箱を二つ担いでるだけでも背中の荷物の高さが頭の上に成るんですよ?
 そのうえ両手まで塞がってるこの状況で、どうやって運べと言うんですか?」
「テレキネシスでも使えばよかろう? その修業もさせたはずだぞ」
「無理ですから。そんなの使えませんから」
「デスマスクやアイオリアでさえ使えるというのに……」

 あの二人は一応、貴方と同じ黄金ですよ?
 俺とは違ってね。

「ならば仕方がないな、私の聖衣箱を自分で運ぶとしよう。
 それならば何ら問題はあるまい?」
「まぁそれなら……。――テア、コッチ来い」

 俺は担いでいた聖衣箱のうち、シャカの分だけ下ろすと困惑顔のテアを手招きして呼び寄せた。
 しかし、何だって困惑顔なんだ?
 話の流れからすれば、俺がテアを運ぼうとしてると理解できそうなものだが。

「ね、ねぇクライオス。一体何を――ッ!?」
「よいっしょ」

 質問を口にしようとしたのか? だがそれを遮るように、俺はテアのことを抱え上げた……脇に。

「ちょ、ちょっと、クライオス!?」
「準備できましたよ、シャカ」
「うむ、では聖域に帰るとするかね」

 シャカの言葉に俺は頷くと、瞬間――

「にッ――にゃーーーーーーッ!!」

 テアの奇妙な声を聞きながら、全力で駈け出していくのだった。




 第14話 修行編の終り(?)




 聖域に戻った後、脇に抱えられた状態で目を回してノビていたテアを見た、俺とシャカは――

「きゅ~~……」
「しまった」「む?」

 と、それぞれ言葉を口にした。

 自分達が非一般人で、テアは一般人だということを失念していた事での悲劇だった。
 まぁ、聖闘士と言うものに慣れすぎたからな、今後はこういう事のないように気をつければ良いさ。

 さて、失神しているテアの事を処女宮に寝かせ(正確には置き去り)、俺はシャカに連れられる形で教皇の間へと行くことになった。
 シャカの話では、今回の任務に関する報告を行うとのこと。
 直接に問題を解決した俺に、その説明をする義務が有るとか。

 正直なところ、教皇の間には近づきたくないのだが……とは言え、それで理由を聞かれでもしたら、
 それはそれで面倒だしな……。
 まぁ、普通にしていれば滅多なことなど起きないだろうし、イザとなったらシャカが助けて……くれる訳が無いか。
 「ふむ……」とか言って見てるか、または率先して攻撃をしてきそうな感じだ。
 とは言え、そんな状況にはそうそう成りはしないのだろうが。……まぁ、腹を括るか。

 で――――……

「――成程、そういう事だったか」
「はい」

 場所は一気に跳んで教皇の間。
 現在この場所にいるのは俺、シャカ、教皇(サガ)の三人だけだ。
 シャカと一緒に教皇の間に入っていくと、教皇が何故か人払いをしたのだった。
 何だか、他の人間が居ないと妙に萎縮してしまう。

 とは言え、それで何か有るということは特に無く、俺のニューギニアでの顛末説明会は問題なく終了した。
 まぁ、幾分真実をぼかして話した上に、『例の男』の事は隠しての説明だったが。
 逆に今の段階でこんな事を話せば、教皇(サガ)の奴がプッツンするかも知れないからな。

「ふむ、分かった。……今回の働き、御苦労だったな。シャカ、そしてクライオスも暫くの間は休むといい」
「休む? いえ、流石にそんな訳には……。それに俺は、また聖闘士に成るための修行を続けなければいけませんし」
「クライオス?」

 今まで休みなく(と言うより、睡眠時間もほとんど無く)修行をしていた俺に対して、教皇は何故か『休め』等と言ってきた。
 休むと言うのは正直嬉しいのだが、とは言えそれは無理、不可能に近いだろう。
 今までの経験上、喩え俺が休みだとして周りがそうしてはくれないのだ。
 だったら、初めから修行だと思っていたほうが、精神的にも楽でいい。

 ……あれ? 俺が最後にまともに休んだのって何時なんだろうか?
 そんな事を思うと、どんどん欝な気持ちになっていく。

 俺が若干に微妙な表情を作っていると、何故か教皇もシャカも微妙そうな顔をしている。

「……クライオス、お前は何を言っているのだね?」
「は? 何をって?」

 内心は兎も角、マトモな事を言ったはずの俺に、シャカは不可思議そうな表情を向けてくる。
 俺はその意味が解らず首を傾げた。
 そんな俺に、一段高い場所にいる教皇が口を開く。

「クライオス、今やお前はアテナの聖闘士なのだよ」
「…………は? 聖闘士? 誰が?」
「お前がだ、クライオスよ。お前は偶然とは言え、その場に居合わせた白銀聖衣に認められ、そしてそれを身に纏った。
 神話の時代より受け継がれる神秘――聖衣が、その自らの意志で己の所有者を決めたのだ。
 聖衣に認められたお前が、聖闘士の資格を手にするのは当然ことだ」
「……聖闘士。しかも白銀」

 シャカや教皇の言葉に、俺は再度同じように呟くと、
 報告のためにこの場へと運んできた『風鳥座』の聖衣箱に眼を移した。
 教皇の間に据え置かれた光が反射して、聖衣箱はその長い年月を感じさせない程の輝きを放っている。
 だが――

「あの……教皇。俺はまだ、シャカや周りにいる聖闘士と同じレベルになったとは思えませんが?」

 そうなのだ。
 俺は確かに聖衣を身に付けたとは言え、とてもではないが近くに居る他の聖闘士と同じレベルになったとは思えない。
 そんなざまで、幾ら何でも聖闘士を名乗ってしまっていいのだろうか?

「――クライオス。お前が基準にしている聖闘士とは……まさかシャカ達の事ではないだろうな?」
「え? そうですよ。他に近くに聖闘士なんて居ませんから」

 さも当然なことを、何故に教皇は聞いてくるのだろうか?
 俺は不思議そうな表情を作りつつ、目の前の教皇へと視線を向ける。

「良いかねクライオス、聖闘士とは大まかに分けて『黄金』『白銀』『青銅』の三種が存在するのは知っているな?」
「それは勿論。上から12、24、48と、どれにも入らない4つが有るのでしょう?」
「そうだ。これは一概には言えないことだが、黄金聖闘士を頂点として次が白銀、そして青銅と強さのランクは下がっていく」
「……はぁ」
「詰まりだクライオス。お前は、黄金聖闘士と肩を並べるまで聖闘士ではないとでも思っていたのかね?」
「あっ!?」

 教皇の丁寧な説明と、補足するように言ったシャカの言葉で合点がいった。

 ――そうだよな、幾要ら何でもそれはあり得ないよな。
 聖闘士の最低ランクは音速越えで、その次がマッハ2以上。
 頭では解っていたつもりだったんだが、どうやら原作の星矢達の働きがインパクトありすぎたらしい。

 だが言われてみれば確かにそうだ。
 前に修行をしていた時も、俺は音速の壁は超えていたように思える。
 ……確か1年以上前に。

 あれ? と言うことは、俺は一年以上を苛められるために過ごしてたのか?

 あー……何だかこれまでの出来事を思い出すと涙が……。
 ヤバイ……欝になりそうだ。

「そういう訳でだ、正式な任は後日に言い渡すが……クライオス、胸を張るといい。
 お前は今日から……『アテナの聖闘士』なのだから」
「あ…………はいッ!」

 ガラにもなく大きな声で返事を返してしまった俺は、ほんの少しだが気恥ずかしい気分になってしまった。
 だが、それも仕方が無いだろう?
 聖闘士星矢をリアルで知ってる人達ならば、誰だってごっこ遊びをしたことが有る筈だ。
 そんな聖闘士に俺は成ることが出来たのだから。

 ……まぁ、その分いつ生命を散らすことに成るのか解らない――といった、危険な仕事がついて回ることにも成るのだが。
 だが、今くらいはそんな事を忘れて喜んでもいいだろう?

「――ところで教皇、じつは今回の事でお話があります」
「む? どうしたのだシャカよ」

 俺が一人で喜びを噛み締めていると、不意にシャカが教皇に声を掛けていた。
 その事で、俺は一瞬『あっ』と口を開いた。……まぁ声は出していないが。

「今回の任で、現地の子供を一人保護しました。
 唯一の生き残りのため身寄りが無く、また本人の意志により聖域に来たいとのことでしたので」
「ほう……子供の保護か」
「はい。連れてきたのはクライオスですので、奴の従者にしてはどうかと」
「……そうだな、下手に聖闘士候補生などにして生命を落としでもしては、何のために保護したのか解らぬからな」

 シャカの言葉にツッコミ1、教皇の言葉にもツッコミ1。
 俺は二人の黄金聖闘士に、大声で文句を言いたい気分に成った。

 先ずはシャカの方だが、
 これは俺の我侭に成るのだが、正直従者とか要らない。
 そんなのは黄金聖闘士にいれば良いだろう?
 中身は兎も角、見た目10歳程度の子供に……その上なりたての聖闘士の俺にそんなの付けるなんて絶対おかしい。
 それにだ、アイツ(テア)は絶対に聖闘士に成りたいとか言い出すに決まってる。
 ……まぁ、なれるかどうかは別問題だけど。

 次~教皇。
 『下手に聖闘士候補生などにして生命を落としでもしては~』って、どの口が言うのか?
 俺が今の状況になる切っ掛けを作ったのは、紛れもなく自分ではないか。
 よもや俺を村から連れ去った経緯(2話参照)を、ものの見事に忘れたのではあるまいな?

 俺がそんなこんなで渋い顔をしていると、何やらシャカと教皇が其々視線を向けていることに気が付いた。

「……なんですか?」
「クライオス、お前はどう思う? 数年間この聖域で過ごしたお前なら解っていると思うが、
 この聖域には子供を育てるような施設など存在しない。居るのは聖闘士を目指している候補生だけだ。
 だが、かと言って聖闘士候補生になれば、ほぼ間違いなく無事では済まないだろう」
「……ま、そうですね」

 教皇の言葉に、俺は気のない返事を返した。

 とは言え、教皇の言っていることは本当だ。
 基本的に俺と面識の有る連中は、それなりに優秀(というか、原作キャラの方々)な奴らが多いが、
 それ以外にも当然候補生というのは大勢いる。
 下手をしたら、聖域だけでも1000人を超える者達がいるかも知れない。
 ちゃんと数えたことがないから、正確なところは解らないがね。

 だが、その中でも聖闘士になれるのは極々わずか。
 数にしてたったの88人(既に聖闘士となっている者も多数居るため、本当はもっと少ない)なのだ。

 その88の聖闘士の座を手にしようと、皆がそれぞれ言葉にするのも酷いような修行を行っている。

 その中には強くなるための修行で生命を落とす者達も居れば、
 模擬戦、試合などで生命を落とす者も決して少なくはないのだ。

(こうして考えてみると、聖闘士っての随分とデンジャーな道のりだな)

 既に成ってしまったから人事みたいに考える俺だが、
 『こうしてる間にも人死が出てるのかも』と考えると若干表情が硬くなる。

「クライオス。話を聞けば、その子供はお前が連れてきたと言うではないか?
 ……どうする? 白銀聖闘士としては異例ではあるが、従者として――」
「いえ、お断りします」

 瞬間、教皇の間が水を打ったように静かに成ったのを感じた。
 横に居るシャカなどは、眉間に皺を寄せてこちらを伺っている。

 だがまぁ……仕方がないさ。
 ハッキリ言って、従者なんてのは今の俺には邪魔以外の何でもない。
 従者ってことは、どこ行くにもついて回るってことだろ? ハッキリ言って、今回みたいな仕事をやらされる任務で、
 自分以外の奴を気にしながら試合をするなんてのはカナリ厳しい。

 連れて行くなら、せめて聖闘士かそれに近い実力を持っているヤツのほうが良い。
 俺はそんなに――強くないのだから。

「ハッキリ言って、俺には無理です。聖闘士に成ったとは言っても、たかだか10歳の子供ですよ?
 人を一人養うなんてのは絶対に無理です」
「別に養うという訳では――」
「どうせなら、もっとまともな人の元に置いた方がいいと思いますよ? 例えばアルデバランとか」

 教皇に言葉を挟ませず、俺は一気に畳み掛ける。
 反撃の糸口を与えてしまうと教皇(サガ)の事だ、きっと『あぁ成程』と納得してしまうように、言いくるめられてしまうだろう。

 アルデバランの名前を出したのは、俺の周りに居る他の聖闘士の中で一番まともだと思ったからだ。
 まぁなんだ、俺の周りに居る聖闘士は黄金ばかりだし、それにそういった連中は……ほら、わかるだろ?

「む……アルデバランか?」
「そうですよ。俺自身何度か世話になりましたが、正直知り合いの中では一番『マトモ』ですし……」

 言いながら、俺はシャカから視線を逸らすようにあさっての方向を見る。
 だが教皇も俺の意見に半ば理解を示しているのか、「それを言われればそうなのだが……」と、
 まるでそれを認めているような意見を口にした。

「それに聖闘士候補生にするかしないかも、ようは本人に決めさせるのが一番ではないですか?
 モチベーションにも影響しますし……それにアイツ、直接戦ってた俺じゃなくて、
 その後に会ったシャカのことを尊敬の眼差しで見てましたよ」
「そうなのか?」

 チラリ……と、横目でシャカの事を盗み見るようにして言うと、
 教皇はシャカに問いかけた。

「さて……あの手の視線を向けられるのは『いつものコト』なので、正直判断に困りますが……。
 とは言え、クライオスが言うのならそうなのでしょう」

 このシャカの発言に、俺は少しだけ『お?』となった。
 聞き様によっては、シャカが俺の事を認めているようにも取れる発言だったからだ。
 今まで、どんな些細なことでも認められるような発言は無いに等しかった。
 そんなシャカが、今回初めてその類の言葉を口にしたのだから、反応もしようというもの。

 まぁ、それ以前に『あの手の視線を~』等と言っているため、顔が引き攣るほうが強いのだが。
 ――どんだけ信者が居るのだろうか?

 俺はわざとらしく、『ゴホン』と軽く咳き込んでみせた。

「……と、兎に角ですよ。何をどうするにしても、先ずは本人の意向も聞いたほうが良いでしょう?
 まぁ、最悪の場合は記憶を消して国に帰すという方法もあるし」
「それもまぁ、ひとつの手ではあるが――」
「――クライオス、君はそれでも良いのかね?」

 不意に、シャカは俺に問い掛けるように聞いてきた。
 だが俺は、それに対してそのままコクリと頷いて返す。

「俺がアイツに約束したのは、『これからどうするのか?』の選択肢を与えることと、
 その為に手を差し伸べてやることです。
 聖闘士にする為に連れてきた訳では有りませんし、元々本人の意向を聞くつもりでしたから。
 まぁ、それでも折り合いがつかない時は、先程言った方法もやむ無し……ですがね」

 酷いって? いや、それでも俺は嘘をついては居ないのだがね。
 俺は沈黙の続く教皇の間で、ニコッと微笑みを向けながら教皇からの言葉を待った。
 すると数秒ほどの間を置いて、教皇は咳払いを一つするとゆっくりとした口調で口を開く。

「よかろう。では今回の事は本人の言葉を優先することにする。
 その子供が従者を望むのであれば従者に、候補生を望むのであれば候補生にするとしよう」
「有難う御座います。教皇」

 教皇の言葉に頭を下げると、俺は取り敢えず自分の意見が通った事に内心『ニヤリ』と喜ぶのであった。





 おまけ 処女宮にて。

「そういう訳で……だ、テアとか言ったな小僧。お前は今日から数日間の猶予が与えられる。
 その間に聖域を見て周り、自身の今後を決めるがいい」
「はぁ?」

 処女宮へ戻るなり、シャカは気絶していたテアを叩き起すとそんな事を言っていた。
 意識の覚醒から間を置かず、急にそんな事を言われたテアからすれば理解不能な事だろう。
 まぁ、それついては後で俺の方から説明でもしてやれば良いか。

 さて、俺はさっさと飯の支度を――

「――待て、クライオス」
「はい?」

 飯の支度をしようと台所へと移動を開始したのだが、それを何故かシャカに止められてしまった。
 なんだろうか?
 まさか俺が聖闘士になったお祝いに、『今日は食事の支度はしなくて良い。私がやろう』とか言うのだろうか?

 ……いやいや、無いよなそれは。

 どうせ何か、面倒なことでも言うのだろう。
 あまり期待せずに聞いておいたほうが良いだろうな。

「今日からお前は、食事の支度をしなくても良い」
「へ?」
「食事の支度をしなくても良いと、そう言ったのだ」
「うそーーッ!?」

 恥ずかしげもなく、大声を出してしまった。
 だが、だがしかしだ。
 コレはある意味、聖闘士になったこと以上に驚くべきことだ。
 あのシャカが、あのシャカがよもやこんな事を行ってくる日が来ようとは!?

 原作ではあの魔鈴でさえ、星矢の事をたいして祝うようなことも無かったのに。
 よもやあのシャカがそんな行動に出ようとは……。

「そんな暇があるのなら、早々に荷物を纏めておきたまえ」
「――……え?」

 固まった。
 あぁ、固まったさ。

 予想外の言葉に俺の思考はフリーズしてしまった。

 まさかよりにもよって、『出て行け』と言われるとは思いもしなかったのだ。

「今のお前は私の弟子ではなく、一人の聖闘士だ。何時までも処女宮で寝泊りをするの可笑しかろう?」
「いや、確かにそうかも知れませんが……」
「何だね?」
「……いえ、別に」

 俺はこの日、聖闘士の称号と聖衣を手に入れ……そして寝床を失ったのだった。




 あとがき
 修行編の仮終了。




[14901] 第15話 そろそろ有名な人が登場です。
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:ac34f2db
Date: 2011/01/15 08:55
「シャカ何処だ!」

 シン……と静まり返っていた処女宮。
 その静けさを破壊するような大声放ちながら、無遠慮に侵入をしてくる一人の男が居た。
 身体を包む白い外套、そして全身を輝かせる金色の聖衣。

 『黄金の獅子』とも呼ばれる彼の名前は――

「何か用かねアイオリア? このような時間に訪ねてくるとは……些か礼儀がなっていないようだが」

 宮内に響くような大声に眉根を顰め、処女宮の主であるシャカは声の主――黄金聖闘士獅子座・レオのアイオリアの前に姿を表した。
 アイオリアは現れたシャカに射るような視線をぶつけている。

 何時もは飄々とした様相であるシャカだが、現在は幾分機嫌が悪そうに見える。
 睡眠時間を削られたことが腹立たしいのだろうか?

「お前に礼儀作法云々を聞くつもりは無い。シャカ……貴様、一体どういうつもりだ?」
「どういうつもり……とは?」

 眉間に皺を寄せ、睨みつけるような視線でアイオリアはシャカを見つめている。
 ただ事ではない雰囲気を発しており、シャカはそんなアイオリアの様子に怪訝そうな表情を向けた。

 もっとも、そんなシャカの態度が更にアイオリアの癇にでも障ったのか、
 アイオリアはより一層表情を険しくしてシャカを睨み付けた。

「惚けるな! クライオスの事に決まっている!!」
「クライオス?」
「そうだ! シャカ……何故クライオスが聖闘士となったことを黙っていた!!」

 今にも掴みかからんばかりの剣幕でアイオリアは言うと、一歩、二歩とシャカに詰め寄ってくる。
 だがそんなアイオリアとは逆に、シャカは気持ちを落ち着かせて息を吐いた。
 まぁ、何をしに来たのかを理解したからであろう。

「黙っているも何も……わざわざ急いて報告するような事かね?」
「――なっ!? 巫山戯るなシャカ!! 『俺達』は今まで、クライオスの成長を共に見守ってきたのだぞ!!
 言わば、俺はクライオスにとってのもう一人の師と言っても過言ではない存在だ!
 ならば師として、己が弟子の事を知りたいと思うのは当然の事ではないか!!」

 強く吠えるようにして言うアイオリアの言葉は、まぁ幾分かの正当性をもった内容である。
 確かに、元々はクライオスが勝手に師事を始めただけの事であるが、その後はシャカ本人がそれを認め、
 アイオリアを含む他の黄金聖闘士に助力を願う形でクライオスの修行を行って来たのだ。
 頭を下げて協力を請うた立場にあるシャカは(実際は下げてなどいないが)、
 礼儀の一つとしてクライオスの事を他の黄金聖闘士に伝える義務が有ると言えるだろう。

 だが――

「アイオリア」
「ム、……なんだシャカよ?」

 表情ひとつ崩さず、普段と変わらぬような落ち着き払った声色で、シャカはアイオリアに向かって口を開く。

「私が今回、教皇より任を受けて聖域の外に出ていたのは知っているな?」
「あぁ、勿論知っている。そしてその任から帰還してすぐ、クライオスが白銀聖闘士と成ったこともな」

 『フンッ』と胸を反らして言ってくるアイオリアに、シャカは小さく溜息を漏らした。

「……あぁそうだ、概ねその通り。君の言うとおりだよアイオリア。
 教皇からの任を受け、ニューギニアから戻って直ぐ……クライオスは白銀聖闘士として認められた」
「ならば――」
「ほんの数時間前にな」

 そう言ったシャカの眉間には、彼にしては珍しく皺が寄せられていた。
 そう、今現在は夜中。
 それもシャカが聖域に戻ってからそれ程時間も経っていない時間なのだ。
 因みにクライオスは、アイオリアが来る1時間前に処女宮を追い出されている。

「成程確かに、君の言い分ももっともだアイオリア。
 君たち他の黄金聖闘士に、クライオスの修業を手伝ってもらったのはこのシャカだ。
 それを考えれば、クライオスの状況を伝えるのは半ば義務なのかもしれん……。
 確かに、それを怠るのは人の道に反するのやもしれん……だがなアイオリアよ。
 遠路より帰ったばかりの相手の住居(?)に、このような夜分に押し入るのは……果たして人の道に反したりはしないのかね?」
「ム……人の道」

 シャカの順序立てての説明に、アイオリアはその表情を曇らせた。
 しつこいようだが、今は夜中なのだ。
 きっとオリンポスの神々とて寝ているであろう真夜中。
 そんな時間に乱入してくる者が居れば、きっと現代のアテナとて怒り狂うに違いない。
 それを眉間に皺を寄せる程度で済ませているシャカは、ある意味できた人間ということか?
 まぁ、普段が問題あり過ぎるのでプラマイゼロかも知れないが。

 因みに、今の時代のアテナは丁度……「星矢、馬になりなさい」なんて時期である。

「で、アイオリア。
 もう一度問うが……コレはそれ程に急いて伝える事だったのかね?」
「ム、ムぅ……」

 勢い込んでやってきたアイオリアは、あっと言う間にシャカに論破されてしまっている。
 まぁもっとも、黄金聖闘士ならば皆が簡単な超能力の使い手で有るため、
 ほんのチョットだけシャカがテレパスを使って報告していれば事足りたのだが……どうやらアイオリアはそこまで頭が回っていないようである。

「――シャカ様、お客さんですか?」

 アイオリアがシャカの言い分に納得して言葉を失いかけていると、不意にそこに割って入るように口を開く者がいた。
 テアである。
 横から目元をこするようにして現れたテアに、アイオリアは訝しげな視線を投げかけた。

「誰だ、この小僧は?」

 相手を威圧するような、強烈な視線をアイオリアはテアへと向ける。
 本来なら黄金聖闘士以外居るはずのない12宮に、見知らぬ人物が居るのだ。
 それが喩え子どもでも、アイオリアの反応は聖闘士として正しい物だと言えるだろう。
 まぁ、確実に大人げない反応ではあるが。

「そう睨むなアイオリア。唯の子供だ。
 今回の任で、クライオスが現地から連れ帰ってきたのだよ」
「ど、どうも……」

 シャカの後ろに隠れるようにして、テアはアイオリアに頭をさげた。
 アイオリアの雰囲気に呑まれてなのか、何故かクライオスの時には見せなかった怯えのようなモノを見せている。

「クライオスが連れてきた……か。シャカよ、それはこの小僧に才能が有ると判断してのことなのか?」
「才能? ……さて、どうかな。正直、才能というものは後のやり用でどうとでも成る気がするが……」
「クライオスを預っていたお前が、そんな事を言うのか?」
「そもそも、私はクライオスを預かった当初、『この小僧……死ぬな』と思ったのだよ」
「クライオスがか?」

 シャカの言葉に、アイオリアは驚いたような表情を浮かべた。
 だが、それもそうだろう。
 かつてのアイオリアは、聖闘士の基準を自分と同じ黄金を基本に考えていた。
 その為、当時はクライオスを『出来の悪い奴』と考えていたが、今では考えを改めて『そこそこに出来る奴』と認識している。
 実際、他の聖闘士候補生よりも早い段階で聖闘士として選ばれたのだ。
 今のクライオスを見るに、『才能がない』とは誰も思えないだろう。

 シャカはアイオリアの言葉に補足するように、続けて当時を思い出して口を開いた。

「そうだ。当初は教皇の命も有ったため、引き受けたのだが……。
 本音を言えば、奴が聖闘士に成れるとは思っても居なかった。――もっとも、直ぐにそれは間違いだと気付かされたがね」

 基礎体力作りに数年間、その後は小宇宙の修練を織りまぜて鍛え続け、今では各黄金聖闘士に師事するようにも成っている。

「確かに……。最近は俺も考え方を改めたてモノを見るように成ったが、奴は他の同年代の奴らと比べても圧倒的だからな」
「才能などと、そんなモノはやって見るまでは解らぬものだ。特に我々聖闘士はな」
「だがそうなると……」

 チラリと、アイオリアはテアを見つめる。
 その視線に、テアはビクっと身体を震わせるとシャカの後に隠れてしまった。

 アイオリアは怯えるようなテアを睨むように見つめ

「この小僧が聖闘士にか?」

 と、首を傾げるのであった。




 第15話 そろそろ有名な人が登場です。




 処女宮でアイオリアとシャカが妙な話し合いしている頃。

 パチ、パチパチ……

 乾いた枯れ木が炎に焼かれ、弾けるような音を周囲に響かせている。
 時間は夜――よ言うよりも真夜中。
 正確な時間は解らないが、少なくとも普通の人間ならば既に床に着いている時間だろう。

 かくいう俺も、何時もだったらもうとっくに寝ている時間の筈だ。

 そう――

「――いつもだったらな」

 呟くように口にした言葉が、そのまま俺の耳に返ってくる。
 周囲には誰も居ないため、俺の言葉を聞くのも自分だけだ。……仕方が無いだろ。
 今の俺は処女宮から追い出され、一人寂しく野営中(良い言い方をすればキャンプ、悪い言い方だとホームレス)なんだから。

 だがどう思う?

 あれよあれよという間に、聖衣獲得→帰還→教皇へ報告→放逐……って。

 シャカの奴は絶対に、一般社会の中に溶け込むとか、人に合わせるとか出来そうには…………まぁ兎に角、
 あの性格は一生治りそうにないよな?

「ふふふ、今頃はテアが代わりに処女宮で寝ているのだろうか?」

 俺は遠い目をしながら夜空を見上げると、『恐らくは今現在そうなっているだろう』といったテアの様子を少しばかり想像して――

「――まぁ、別に羨ましくないかな?」

 と、首を傾げながら言った。
 よくよく考えれば、元々の俺の待遇は床での雑魚寝、精々が布一枚くるまっているといった程度だったのだ。
 外との違いは、たかだが雨風をしのげると言ったくらいだろう。
 それを考えると……

「あれ? もしかして、今の状態の方が『今までよりも』良い境遇なのでは?」

 少なくとも今の状況ならば食生活を制限されることもないし、毎日のようにぶっ飛ばされることもない。
 他の黄金聖闘士に拉致されることもなければ、切り刻まれそうになったり、氷漬けになったり、黄泉比良坂に送られることもない。
 そして妙な礼儀作法を強制されることもなければ、針の様な傷跡を付けられて妙な激痛を味わうこともないじゃないか。

 冷静になって考えてみると、俺の頭には次々と『今までよりも良いところ』が浮かんできた。

 ……そうなのだ。
 喩え雨風は防げなくとも、朝早くに誰か(黄金聖闘士)に拉致(修行?)されることもなく、
 訳の解らない理論を押し付けられたり、あの世の入り口を覗くようなことも無くなる。
 そうだ、そう考えると――

「はは、なんだ。こうして考えて見れば、俺の未来はかなり明るく輝いているじゃないか!」

 思わず起ち上がりながら、俺は大きな声をだした。
 『胸の奥からスッとする』ような、そんな爽快な気分が沸き上がってくる。

「きっとその内に教皇から何か勅命を受けて仕事して、
 適当に毎日を過ごしながら死なない程度にいずれ現れる青銅共の応援役に回れば……この先も安泰?」

 そんな事を口にする俺は、知らず知らずの内に声を挙げて笑っていた……

 それを見つめる一つの影に気づかずに……

「……何をやっているんだ、アイツは?」

 夜の暗い闇の中。
 焚き火の灯りに照らされて大笑いをする一人の少年。
 そして、それを背後から見つめる一つの人影。……まぁ、この時の俺は前述の通り気づいていなかったがね。

 ※

「いやぁ、助かった。本当に助かった。
 俺もいきなり処女宮を放り出されてさ、実際どうしたものかと思っていたところだったんだよ」

 現在の俺は質素な小屋の中。
 暖かい湯気を立てるカップを持ちながら、俺をこの場所に招待してくれた仮面の少女にお礼を言っている。
 因みに、カップに入っているのはお湯ですよ。お茶なんて高尚な物は、そう簡単に手に入りませんので。

 さて、俺に一時の安らぎを提供してくれた少女は誰かと言うと――シャイナ……ではない。

 赤い髪の毛と、そして無駄に落ち着いた雰囲気を放つ白銀聖闘士(未来においては)。
 将来的に天馬座の聖闘士を育てることに成る、鷲座の聖闘士(将来はですよ)。

 その名も

「お前はきっと長生きするぞ、魔鈴」

 そう、魔鈴マリンだ。

 魔鈴は俺の言葉に「フン」と軽く鼻を鳴らすと、奥の棚からカチカチに固まったパンを取り出して俺に放り投げてきた。
 俺はそれを「やた♪」と言いながらキャッチしてむさぼり始める。

「――しかし、何だって魔鈴はあんな所に? 今の時間、普通は森に入ったりはしないだろ?」

 俺は魔鈴から頂いたパン(?)を力任せに、半分に折りながら言った。
 へし折ったパンからは、とてもパンとは思えないような『バキリ……』という音が鳴る。

 魔鈴は俺の質問に顔を向けると軽く肩を竦めた。

「あぁその事か……。実は私もよく解らないんだけどね。
 夜も遅いし、いい加減に寝ようかと思っていたら突然に私の師匠がやってきて――」

『魔鈴。聖域の東の森に、不穏なモノを感じる。行って調査をしてこい』

「ってね。……で、師匠の命令で取り敢えずそこに行ったら、焚き火をしてるクライオスに出食わしたんだよ」
「不穏な『モノ』かなのか、俺は?」
「知らないよ、言ったのは師匠だからね」

 何だろうか? 何か良くない小宇宙でも出てたかな?
 俺は特に、小宇宙を燃やしたりはしてないんだが……魔鈴の師匠さんの勘違い――いや、
 もしかしたら、焚き火を眺めながら腐ってたときに、小宇宙を燃やしてしまってのかかも……。

 俺はチラリと魔鈴に視線を向けるが、

「ん?」

 仮面のせいで良く解らんが、まぁこんなどうでも良いような嘘を付いたりはしないだろう。
 魔鈴は俺の視線に対して、首を軽く傾げて見つめ返してくる。

 しかし―― 

「お前の師匠とかも随分物臭というか……変な奴だな?
 普通、そういった怪しいモノを聖闘士候補生に調査させようとか思わないぞ」

 当然のように言う俺の言葉に、魔鈴は少しだけ驚いたような雰囲気を出すと、
 「そうなのか?」等と聞き返してくる。
 俺はそんな魔鈴の反応に、そういった頭を使う所はまだ歳相応なのかな?
 と考えたりした。

 さて、こんな事は説明するまでもないと思うのだが、まぁ念のため。

 要は怪しい物が何か解らないのに、それを聖闘士候補なんかに調べさせるのはカナリ変だと言うことだ。
 もし、何かしらの敵が攻めて来ていたらどうするのか?
 それを考えると、魔鈴の師匠とやらは頭がオカシイか、それとも平和ボケしてる役立たずのどちらかと言う事になる。
 とは言え、今回の事は敵ではなくて俺のことだったようなので、問題もないだろうが……。

「念のため、明日になったら誰か黄金聖闘士にでも聞いておいてやるよ。
 もし本当にそんな不穏なモノが有るようなら、誰か何かを感じていそうだからな。
 まぁ、あの場に居た俺が特に何も感じなかったから大丈夫だとは思うけど……それでも一応な」

 魔鈴は俺の言った言葉に「そうか……」と、素っ気ない返事を返した。
 そう言って椅子に座る魔鈴を尻目に、俺は再びカチカチのパン(のような物)に齧り付いた。
 俺と魔鈴は互いに無言になり、部屋には『バキ、ゴギ、ベギ』といった、パンを食べる音だけが響いた。

「――なぁクライオス」

 残されたパンも後僅か、残り一口、二口といったところで、不意に魔鈴が声を掛けてきた。
 俺は「ん?」と言って視線を向けるが、内心は『飲み物が欲しいな……』なんて考えていた。

「ちょっとだけ気になったんだが……そもそもどうしてあんな場所で火を炊いていたんだい」
「そりゃ、野宿のためでしょ」
「野宿って……お前は確か、処女宮で寝泊りをしてるんじゃなかったのか?」

 不思議そうに聞いてくる魔鈴の問に、俺は「そういう事か」と言いながら勝手に水瓶から水を掬って飲み始める。
 そうして、一息付いたところで魔鈴に顔を向けた。

「確かに処女宮に住んでたけどさ、『さっさと出てけ』みたいな感じで追い出されたんだ」
「? ……喧嘩でもしたのか?」
「け、喧嘩?」

 俺の説明も悪かったのだろうが……魔鈴の反応もどうかと思う。
 喧嘩して追い出されるって、何処のほのぼのファミリーだよ。

 俺は、若干頬を引き攣らせながら手をパタパタと横に振った。

「そんな訳ないって、単純に弟子じゃなくなったから出て行けって――」
「そうか、破門されたのか」
「……」

 なんだろう。
 魔鈴の中での俺のイメージって、何だか碌でも無い人間になってるのでは無いだろうか?
 こんど、他の候補生達や黄金聖闘士も交えての意識調査でもしようかな……。

 かなり真面目にそんな事を考えている俺だが、
 『まずは目の前で妙なことを口走っている魔鈴をどうにかするか……』と、心に決める。
 何せ俺が閉口してるのをいい事に、『才能有りそうだったのに』とか『それじゃあ明日には聖域を出ていくのか』等と言っているからな。

「――あのな魔鈴、俺は別に破門になんかなってない。
 むしろ修業が終わったから、こうして処女宮を追い出されたんだ」
「…………は?」

 ――コイツは本当に魔鈴なんだろうか?
 なんなんだ今の「は?」って言うのは、余りと言えば余りな反応じゃないか?
 俺たち聖闘士候補生は、日々の厳しい修業に耐えているも全ては聖闘士に成るためじゃないか。
 そんな俺達が、ある日を境の聖闘士になる……。
 不思議な事など何も無いだろう?

「聖闘士? クライオスが聖闘士になったって言うの?」
「そうだよ。……というか、俺が聖衣箱を担いでるの見てなかったのか」
「私はいままで、聖衣箱なんて見たこと無かったからね。……それじゃあ、コレの中に聖衣が?」

 見たことがないから解らなかったって?
 ……まぁそれならスジは通るのかな?
 確かに原作だと、星矢なんかは聖衣という物じたい解ってなかった感じだし。

 しかし――

「これが聖衣か……」

 呟きながら聖衣箱を見つめている魔鈴を見ると、その様子は非常に子供らしく見えてくる。
 まぁ、実際に子供なんだが。

「その箱の中に星座を模した鎧――聖衣が入っている」
「もう開けてみたのか?」
「まぁ……開けたというか、開いていたというか……」

 俺の曖昧な返事に、魔鈴は首を傾げている。
 だが実際、説明をするとそんな感じにしか言いようが無いからな。
 分かりやすくするにはあの時の状況を事細かに説明する必要が有るだろうし、
 しかしアレは一応とは言え任務の一つ、未だ候補生である魔鈴に、おいそれと話せる事でもないだろう。

「しかし――なんだな。俺が聖闘士になったことって、やっぱり知られてないんだな?
 まぁ、聖闘士になってまだ一日も経ってないから、仕方がないと言えばそれまでだけど」

 そもそも、聖闘士間の情報のやり取りってどうやってるんだろうか?
 『聖域新聞』とか『聖域広報』とか無いだろうしな……『~が聖闘士に成りました』みたいな御触れでも出すのだろうか?
 全くもって謎だ。

 まぁ、きっと何か方法でも有るのだろう。
 そもそも俺が気にすることでも無――

「? どうしたんだいクライオ――」
「静かにしろ」

 不意に俺の雰囲気が変わったことに魔鈴が訪ねてくるが、俺はすかさず魔鈴の口元を押さえて声を小さくする。
 ……仮面の上からだけどさ。

「(なにさクライオス。一体何が?)」
「(意識を外に向けてみろ、誰かがこの小屋を見張ってる)」

 言われたことで、魔鈴はその意識を小屋の外側へと向けた。
 すると小さく呻くような声を出すと緊張感を表した。
 どうやら、外に居る『モノ』に気がついたらしい。

「(この小宇宙は……)」
「(若干だけど小宇宙を感じる……。それに、何やら攻撃的な感じだ)」
「(……)」

 囁くようにやり取りをする俺達だが、何やら魔鈴の雰囲気に妙なものを感じる。
 緊張しているのだろうか?
 恐らく、外に居るだろう敵の小宇宙に当てられてのことだろう。

「(――魔鈴……お前、誰かに狙われるような覚えとか無いのか?)」
「(襲われる?)」
「(相手はまるで、この場所をピンポイント狙っているかのような感じだ。
 もし聖域に喧嘩を売りに来た奴らなら、こんな場所に来るのは変だろ?)」
「(そう言われてもね……。シリウスとかアルゲティならそういう事もするだろうけど……)」
「(この小宇宙はあの連中じゃないな……)」

 ヒソヒソ話をしながら俺はシリウスやアルゲティ、そしてついでにカペラの事を思い出した。
 確かにあの連中は女性の候補生――特に東洋人である魔鈴には何か思うところでもあるのか嫌っているふしがある。
 だが、幾ら何でも夜中に押し入って何かをするような、そんな卑劣なことは絶対にしない……はずだ。

 まぁ、そもそも感じる小宇宙は3人とは違うモノなのだが……。

「(魔鈴に襲われる覚えがないとすると……俺の客か)」
「(クライオス?)」

 俺は小さく溜息を吐きながら立ち上がると、やれやれと言った感じに外に出て行った。
 何も妙な任務から戻ってきたその日の晩に、こんな目に遭わなくても良いじゃないかと思うのだが。

 外に出てみると案の定そこには誰も居らず、ただ視線の先にある森から先ほど同様の小宇宙を感じることは出来た。

「――わざわざ中から出てきてやったぞ。さっさと出てこい」

 投げやりのような態度でいう俺だが、中々奥からその相手は姿を見せない。
 一体なんなのだろうか?
 コレが俺じゃなくて黄金聖闘士の誰かだったら、この時点で先制攻撃ものだぞ?

「…………………………」

 待つこと数秒。
 俺の言葉とは裏腹に、返ってくるのは無言だけだった。

 「面倒だ……」と小さく呟いた俺は、近場にあった石ころを一つ拾い上げ、大体の予想を付けて放り投げた。
 投擲した石が『コッ!』と、何かに弾かれる音がする。
 すると狙いが上手いこと行ったようで、森の奥から一人の――

「うわぁ……」

 見るからに怪しい人物が現れた。
 真っ黒のボロのような布を頭の上からスッポリ羽織り、目深にかぶっているためその顔を見ることも出来ない。
 そんな、見からに不審者な人物だ。

 俺が顔を引き攣らせて声を漏らしたのも、ある意味当然と言えるだろう。

「……あの、どちら様でしょうか?」
「魔鈴は何処だ?」

 尋ねるように聞いた俺の言葉を無視するように、目の前の人物はそう言ってきた。
 少しばかり嗄れた、それなりに歳を重ねた男の声に聞こえる。
 まぁ、今の俺と比べればだが。
 20代か30代くらいか?

 俺は相手の分析をしながら、首を傾げて見せる。
 それは『どうして魔鈴?』と思ったからだ。

「魔鈴? それなら小屋の中に居るけどね、魔鈴になんの用が――」
「退いてろ」

 小屋を指さして言った俺だが、そんな俺を無視するように男はさっさと小屋に向かおうとする。
 なので

「待った」
「!?」

 俺は脚を引っ掛けてやった。

 ズザザザアア!! と、盛大に音を出しながら男が前方に転がっていく。

 ……自分でやっておいてなんだが、凄く痛そうだ。

「―――――ッ!? ――――ッ!!」

 声にならない声を上げながら、地面をのたうつボロを纏った怪しい人物。
 俺はその余りにシュールな光景に苦笑いを浮かべつつも、一応声を掛けることにした。

「あーその……夜分遅くに女の子の家に押し入るのは、ちょっとどうかと思うので」
「――……のか」
「は?」
「……何をするのか貴様は!」

 大声で怒鳴り散らしてくる相手に、俺は一瞬だけビクっと身体を震わせた。
 いきなり、なんだろうかこの人は?

 聖域への侵入者? ……だったら、こんな大声を出したりはしないだろうし、
 かと言って普通に聖域の関係者? ……だったら、こんな変な格好はしないだろう。

 判断に困るな……顔は隠れていて良く見えないし。

 とは言え、魔鈴には今回の事で借りがある。
 こんな見るからに怪しい人物を、そのまますんなりと対面させる訳にもいかないだろう。

「……もう一回だけ聞く、魔鈴になんの用だ?」
「貴様の様な小僧には関係無い」
「だから――」
「関係無いと言っている!」

 最低限、相手の目的と素性でも聞き出そうかと思った俺だったが、どうやら相手はそんな些細な事さえも答えるつもりがないらしい。
 まぁ、いきなり脚を引っ掛けてくるような相手の質問に、まともに答える奴も居ないのかもしれないが……。
 どうするべきか?
 やはり此処は無理やりに――

「――しかし」
「?」

 目の前の人物の対処をどうするか考えていた俺だが、不意に男は口を開いてきた。

「お前は一体なんなのだ?」
「は?」

 俺は、まさか自分の聞きたかった内容を、その聞きたい相手聞かれるとは思わなかった。
 だが……この人の話を聞かない性格と態度。
 俺はこういった人種を知っている気がする……。

 もっとも、怪しさ満点な相手に問われてそれに馬鹿正直に答えるほど、俺は頭がおめでたいツモリは無い。

 訝しむように相手に視線を向けていたが、どうやらそれが男には気に入らなかったようだ。
 徐々に身体を震わせていき――恐らくは怒りに震えているのだろうか?

 まぁ大した相手ではなさそうだし、ここは――

「オイ! 貴様聞いているのか!?」
「兎も角――拘束させてもらう」

 俺のつぶやきに男は「は?」と声を漏らしたが、俺はそんな言葉を当然無視した。
 目の前の人物が先程の小宇宙の元だと仮定し、相手が死なない程度に小宇宙を高める。

「――ッ!?」
「カリツォー」

 相手に指を向け、俺は技を放つ。
 途端にキラキラと輝く雪の結晶の様なモノが輪となって、相手をグルリと囲むのだった。

「な、なんだコレは!? 一体何のつもりだ!」
「その技はカリツォーと言って、狙った対象の動きを封じる技だ……と思うよ?」
「お、思う? ――んがぁ、少しづつ輪の数が増えていく!!」
「拘束力が増す程度だ。……一々叫ぶな」

 黄金聖闘士・水瓶座のカミュが操る凍結拳の一つ、『カリツォー』。
 長く辛いカミュの虐めに耐えながら、どうにか真似事が出来るようになったモノの一つだ。
 まぁ……『ダイヤモンドダスト』とかはまだ修練が必要だがな。

 え? 何故拘束したのか?

 もう面倒だから、無理矢理に尋問しようかと思いまして。

 俺は身動き出来ずに立ち尽くすようにしている男の脚を素早く払うと、
 男は受身も取れず(拘束してるので当然)に地面に転がった。

「さて……質問の時間だ」

 俺は相手に舐められないように、それなりにドスを利かせるつもりで相手に言った。
 もっとも、見た目は勿論として声も変声期前のソプラノである。
 正直、余り相手に威圧感を与えられる自信は無いのだがね……。

 だがそうやって口にすることで、俺の中で何かが切り替わるのを感じた。

 俺は地面に伏している男の背中に脚を乗せ、抑えつけるように力を込める。

「まずは最初の質問だ……今の自分の状況を良く理解して答えろ」
「貴様……こんな真似をして――」

 ゴバァンッ!!

「ゲゥ……!?」
「状況をよく考えろと言ったぞ。……子供だと思って舐めるな」

 踏みつけていた脚に力を込め、相手の身体が僅かに地面へとめり込んだ。

 やり過ぎ? いいや、まだまだ優しいと思うね。
 普段の俺なら(自分がされていたことを基準にすれば)、少なくともあと数十㎝は沈んでいるから。

 それに此処は聖闘士星矢の世界で、そのうえ聖域だ。
 俺の記憶の中にも、こんな怪しいボロを纏った連中が作中に出てきたことを覚えているが……。
 それは冥界編とかに出てくる奴らが基本だった。

 この男からはたいして巨大な小宇宙を感じる訳でもないが、
 だからと言ってこんな酷い格好をしている奴を好きにさせておくのは良くないだろ?

 俺は「フン」と鼻を鳴らすと、油断無く相手を踏みつけながら口を開いた。

「では聞こうか。貴様は一体誰だ? 何の目的があってこの聖域にやって来た?
 魔鈴に何をする気だ?……」
「な、何を?」
「答えろ」
「う……」

 背中を踏みつけていた脚を少しずらし、俺は男の頭部を踏みつけながら言った。
 絶えず小宇宙を燃やして相手を威嚇し続け、足元からはゴリッとした感触が返ってくる。

「お、俺は――」
「俺は?」
「いや……私は」

 俺が聞き返したことが、何か威圧的に捉えられたのだろうか?
 男は慌てた様子で自分の事を言い直してきた。
 普段の俺なら笑みを零してしまう所だが、今の俺は本気モードの最中だ。

 男のそんな変化も気にせず、俺はただ男からの返事を持っていた。

「――クライオス」
「……魔鈴、小屋から出てきたのか?」

 不意に背後から声をかけられたが、俺は視線を向けることなく返事を返した。
 『油断することがどんな結果を生んでしまうのか?』
 俺はその事を、身を持って経験しているからだ。

 少なくとも前回……ニューギニアでは、それが原因で負わなくても良い怪我負ってしまった。

 俺は軽く手を振って、背後に居る魔鈴指示をしようとするが――

「下がっていろ魔鈴。コイツはどうやら、お前に用が有るみたいだが――」
「師匠だ」
「…………何だって?」

 小さな声で呟く魔鈴の言葉に、俺は眉を寄せて聞き返していた。
 何だか妙な……そう、『師匠』とか言っていた気がするのだが……?

「その人は私の師匠だよ」

 再度、今度はハッキリと告げてくる魔鈴。
 今度は流石に聞き違えと言うことはなく、ハッキリとした口調で言う魔鈴の声が耳に届いた。

「魔鈴の……師匠?」
「そうだ」
「……コレが?」

 眉間に皺を寄せた俺は、尋ねるように魔鈴に確認する。
 言ってはなんだが、この目の前で倒れているのが聖闘士候補生の師匠だとは思えないのだ。
 奇妙なボロを纏っていて、人の話を聞かないような変な奴が魔鈴の師匠?
 まぁ確かに、『人の話を聞かない』ところや『変な奴』と言うところは、俺の師匠達と同じだが、いかんせん弱すぎるのではないか?

 少なくともシャカや、アイオリア等とは――って、そうだったな。

 俺はこの男が『師匠にしては余りに弱い』と思ったのだが、俺の周りが異常だった事を思い出した。
 みんながみんな、黄金並の実力を持っている訳ではないのだ。

 「はー……」と大きく溜息をついてから、俺は軽く指を鳴らしてカリツォーを解除する。
 そして未だ地面に倒れている男(魔鈴の師匠?)に問い掛けることにした。
 仮に小宇宙が小さくても、仮に魔鈴の師匠だとしても、何故今の時間にこんな場所に来たのか?

「――で、どうしてこんな夜更けに魔鈴の所に?
 まさか人に言えないような事をしにきた訳じゃないでしょうね?」

 年上であろう男に対し、俺は既に一片の敬意を払うことはない。
 そもそも、『不穏なモノ』を感じながら聖闘士候補生に調査をさせようという変人である。
 敬意を払えと言う方が無理がある。

 だが男は、「フン」と鼻を鳴らすと俺を無視して魔鈴の方へと視線を向けた。
 ……なんだコイツ?

「魔鈴、どうして東の森に行かなかったのだ?」
「はい?」
「私はずっと待って――いや、森の近くで観察していたのだ。
 だが、お前は一向に来なかったではないか?」

 男の言葉に、魔鈴は不思議そうに首を傾げるしか出来ない。
 本当になんなんだコイツは?
 近くに居たなら、自分で調査すれば良いだろうに。

「いえ……。私は確かに森に行きましたよ?」
「嘘を――」
「嘘じゃないぞ、俺は東の森の中で魔鈴と会ったんだからな」
「む……」

 横から俺がそう言ったことで、男はやっとマトモに俺の話を聞く気になったようだ。
 もっともフードで顔を隠しているため定かではないが、男の雰囲気から察するに眉間に皺でも寄せていそうだ。

「大体なんだって、『不穏なモノを感じる』だったか?
 何だってそんな事の調査を聖闘士候補生にやらせるんだ。
 どう考えてもオカシイだろ? ちゃんと聖域の上層部に報告しろっての」
「……さっきから失礼な子供だな。君こそ何だ。
 見ためから察するに聖闘士候補生のようだが、もっと年長者を敬うといった気持ちは無いのか?
 ――ったく、いったいどんな師に育てられたのか……」

 言葉は聞いても答える気はないのだろうか?
 何だか少しだけイラッとくる……。

「自分自身、変な師匠に育てられたとは思ってますが……。
 なんなら、明日にでも紹介しましょうか?」
「ふん……! どうせくだらん奴に決まっている。そんな奴に会う価値など無い」

 『うわー……』って思ったよ。本当に。
 後で、アイオリアとかデスマスクとかシャカとかに教えてあげよう。

「真面目な話だ……魔鈴」
「は、はい?」

 男は再び俺を空気のように扱うと、魔鈴に向かって真面目な雰囲気をつくりだした。
 突然の事に、魔鈴は多少驚いている。

「お前には黙っていたが、お前に命じた森の調査……。
 アレはお前の卒業試験を兼ねていたのだ」
「卒業試験? ……クライオスを見つけることが?」
「え? 俺をか?」
「全然ッ違う!!」

 魔鈴からのフリに反応した俺だったのだが、間髪入れずに男がツッコミを入れてくる。
 男はすかさず、今度は俺と魔鈴のあいだに割って入ってきた。
 ……よほど俺に何かを喋らせたくはないのだろうか?

「いいか魔鈴、俺は森の中でお前と戦うつもりだったのだ」
「さきほどから師匠が何を言っているのか解らないのですが……。どうして私と戦うなどと?」
「それを試験にしようと思ったからだ。
 それでお前の成長度合いを測り、十分だと判断したら聖域の上層部に連絡をするつもりだった……」

 俺は魔鈴と男のやり取りを見ながら『なんだかなー……』と思っていた。
 だったら初めから余計なことをせずに、正面からやりあえば良いと思うのだが。
 それとも、何らかの雰囲気作りみたいなものが必要になったりするのだろうか?

 目の前の男が何を第一に考えている人物なのかはサッパリ解らないが、
 とは言え最初に俺が思った感想だけは間違って居ないことが証明されたな。

 コイツは変人だ。

「――そんなに言うならさ、今ここでやってみたら良いじゃないか?」
「む?」
「クライオス?」

 俺の言い分に二人が揃って此方を見てくる。

「元々戦うつもりだったって言うならさ、戦えば良いんだよ。――今ここで」

 俺としては至極まっとうなことを言ったつもりだったのだが、何故か二人の動きは止まっている。
 だがそうだろう?
 この男の言い分は、結局は魔鈴が来なかったことへの文句でしか無いのだから。

「今ここで……か。だが魔鈴のほうは――」
「貴方程度が相手なら、今の魔鈴は負けないよ」
「ちょ、クライオス!?」

 途端、慌てたように魔鈴が動くが、男はそんな魔鈴を手で制して動きを止める。
 そして俺の方へと視線を向けてくる。

「聞き捨てならない言い方だな? それではまるで、俺が魔鈴の足元にも及ばない――みたいではないか?」
「――『みたい』では無く、事実そうだと言っていますが?」

 仮にも魔鈴は、10歳の時は白銀聖闘士になっていた人間だ。
 逆算をすると今は9歳だが、それでも目の前に居るような変なモブキャラに遅れを取ることはないだろう。
 それに、さっき感じた小宇宙もハッキリ言えばてんで大した事はなかった。

 俺の予想では、魔鈴の一撃KOで幕引きの筈。

「……成るほど、成るほど。よーく解った。魔鈴」
「はい?」
「コイツの言い分は兎も角、些細なことで試験をなかった事にするのは問題だ。
 今から試験を行おう……但し――」

 こめかみ付近に青筋を浮かべながら、怪しいくらい紳士的に言う男。
 だが半ば当然かのように、男のその紳士的な態度は怪しいだけのことはあったのだ。

「この小僧の性根をたたき直してからだ!!」

 突如吠えるようにして、俺に向かって振り下ろしてくる拳。
 俺はその拳を避けて、避けて、避けてと数回ほど避けてから後方に飛びさがった。

 男の拳が振られた延長上に在った物は、ドッカン! ドッカン! と破戒されている。

「チッ……素早い。だが所詮は子供、さっきのカリツォーとやらに気をつければ……」

 苦虫を噛み潰したように悪態を付いてくる男に、俺は若干のめまいを覚えてしまった。
 それは今までも何度も思ったことなのだが、コイツは一体何を考えているのだろうか? といった事だ。

 俺は何か、この男を傷つけるような事でも言っただろうか?
 ……少しだけ考えてみるが、全く思い浮かぶことがない。

 そもそも、こんな変な奴が何で聖闘士候補生の師匠なんてやっているんだ?
 いや……デスクィーン島に居るジャンゴとか、かなり変な奴が居るのも知ってるけどさ。

「一応聞きますがね、何考えてんですか? こんな事、誰かにバレたら問題ですよ?」

 俺は男に向かってそう言った。
 成り立てとは言え、俺は紛れもなく聖闘士だ。
 急に襲われたからとは言え、自分よりも格下と思われる相手に簡単に拳を向ける訳にはいかないと思うのだ。
 まぁ、俺の周りにいた他の聖闘士達(黄金の方々)は、余りそんな事を考えていなかったようだが。

 とは言え、一応の事を考えてこうして男に問いかけたのだが。

「なーに……コレはちょっとした技術指導の一つにすぎん。
 結果どうなろうと、それは事故で済まされる範囲内だ」

 等と、男はニヤっと口元を歪めて言うのだった。
 『なんともメチャクチャな言い分だ』と、普段の俺ならば思ったかもしれない。
 だが、この時の俺はまるでハンマーに殴られたような衝撃を受けた。

「技術指導? ……成るほど、それなら問題ない訳だ」

 そう、詰まりはそういった名目があれば許されるのだ。
 シャカがデスマスクに幻術を掛けるのも技術指導――もしくは、技術交換といった名目があってのこと!
 シュラがエクスカリバーでデスマスクをナマスに変えようとするのも、アイオリアとデスマスクが時折喧嘩をするのも、
 全部が全部そういった理由が有ってのことだったんだ!!

 ……まぁ、理由と言うか建前だがね。

 とは言え、俺はそういった建前がなにより大事だと言う事を今知った!

 俺は男に向かって小さく笑みを浮かべた。

「やり返して怪我させたら、『聖闘士は私闘を禁ずる』に反してしまうかと思ったよ」
「何を訳の解らん事を――って、なんだt」

 軽く返した言葉に、一瞬男がなにやら反応してきたが取り敢えずそれは無視することにする。

「二人共良く見ていろ、コレが白銀聖闘士の小宇宙と拳だ!」
「え、ちょ――白銀聖闘士!? 小僧が――」

 腕を左右に広げ、自身の中にある小宇宙を燃やす。
 身体中が、中心から一気に熱くなっていくのを俺は感じていた。

「待て! いや待ってくださ――」
「ディバイン・ストライク!!」

 振るった右腕から放たれる幾つもの閃光。
 そして一瞬の内にそれらが男へと突き抜けていく。

 手加減をしたが、それでも数えるのも嫌になるほどの突きを男の全身にお見舞いした。
 その後、まるで時間がゆっくり流れるかのように、『ディバイン・ストライク』で吹き飛ばされた男が空から降ってくる。

 ――ドガァっ!!

 落下した場所を中心に数m範囲内の地面が抉れ、その中心では男が小さな痙攣を繰り返していた。

「――さぁどうした! 技術指導はまだ始まったばかりだぞ!」

 俺は倒れる男に向かってそう言ったのだが、何故か男のほうからの返答はない。

 どうしたのだろうか?

 幾ら何でも、この程度で動けなくなるとかは無いと思うのだが……。

「クライオス……やり過ぎじゃないか?」
「やり過ぎ? そんな馬鹿な。幾ら何でもこの程度でどうにか成るなんて……もしもし?」

 一向に動き出さない男の様子に、俺は少しだけ危機感を感じた。
 そして念のため、ピクピクと動いている男を指先で何度か突っついてみる。

「…………」

 返事がない。ただの――

「マズイな! まさかこんなにも打たれ弱いとは!」
「クライオス……まさか殺――」
「妙な事を言うんじゃない魔鈴。この人はこんなに元気に動いてるじゃないか!」
「動いてるというか……コレは」

 言いながらその視線を自身の師匠へと向ける魔鈴。
 その間も、男の反応は身体を細かく動かす(ピクピク)だけだ。
 魔鈴の仮面の下の表情は、果たしてどんなものになっていか……。

「あれだ! お前の師匠は――そう、お前の師匠はちょっとだけいい夢を見ているところだ」
「ゆ、夢?」
「そうだ、だからこうして動かずにはいられないんだよ!」

 メチャクチャな事を魔鈴に言いながら、俺はお得意の幻術を気絶している男にかけておく。
 こうしておけば、男の中では俺にやられた記憶がなくなる――かもしれない。
 ……幻術を掛けた瞬間から、男の表情が更に険しくモノに変わったのは気のせいだと思いたい。

 とは言え、根本的な問題解決には至っていない。

 今は一刻も早く、この男をこの世とは違う『向こう側』から連れ戻さなくては――

「……そうだ!」

 俺はふと、『向こう側』に関係の深い男の事を思い出して声を上げるのだった。

「任せろ魔鈴、コイツの事は必ず元に戻してみせるさ」

 可能なかぎりの笑顔を向けて、俺は魔鈴にそう言った。
 いや、別に魔鈴を落ち着かせようとか思った訳ではなく、そうでもしてないと俺の気持ちが状況に潰されそうだと思っただけ。

 俺は地面に半分ほど埋まってる男を引っ張り出して背中に担ぐと、

「間に合えーッ!」

 と大声を上げながら走りだした。
 目的地――『巨蟹宮』へと。






[14901] 第16話 男の行方、クライオスの行方
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:10846e00
Date: 2011/01/17 19:37




「たのもー!! たのもー!!」

 深夜に差し掛かろうかという夜の聖域。
 その中でもアテナ神殿へと続く12宮の4番目……巨蟹宮。
 俺はその入口で大きな声を上げていた。

 背中には奇妙な表情を浮かべて気絶している、魔鈴の師匠なる人物がいる。

 話せば長くなるが、『ちょっとドツいたら』動かなくなったのだ。
 で、この状況を打破するために俺は巨蟹宮の主に協力を要請に来たのだった。

 しかし、いくら呼んでも返事が来ない。

「たのもー……って言ってるだろうが! デスマスクーッ!」

 真夜中に大声で呼び出すのが非常識だとは理解しているが、今はそうも言ってはいられない。
 俺はなりふり構わず大声をあげるとと、必死になってデスマスクへと呼びかけた。

「デースーマースークーッ!!」
「うるせェッ!!」

 ゴギンッ!

 瞬間、突如目の前に現れたデスマスクは、登場と同時に俺の頭を小突くのだった。
 まぁ所謂ゲンコツだ。

 俺は小突かれた頭を摩すりながらも、こうして出てきてくれたデスマスクに感謝の気持ちを持った。
 だが――

「クライオス! お前一体何考えてんだ!? 今が何時だか言ってみやがれ」

 デスマスクが何かを言っているが、俺はその彼の格好を見て少しばかり思考が停止してしまった。
 若草色のマタニティタイプのパジャマに、同じ色の帽子を被った姿。

 ……とてもではないが、一般の雑兵の方々には見せられない。

「……聞いてんのかクライオス?」
「あ、いやぁその前に……何時もその格好?」
「あん?」

 俺に言われて、改めて自分の姿を見直すデスマスク。
 一頻り視線を動かして見渡したあと

「なんか文句でもあんのか?」

 と、何やら凄まれてしまった。

 『文句は無いが、イメージが……』と思わないでもない。

 まぁ、それを口に出したりはしないがね。

「……取り敢えずその事は置いといて。――デスマスク」
「あん? ……なんだよ急に改まって」

 真面目な顔をしながら視線を向ける俺に、デスマスクは欠伸をしながら気怠そうに返事を返してくる。
 俺は一瞬、そんなデスマスクの態度に『らしいな……』なんて思っていた。

「実はお願いが……コレを何とかしてくれ」
「うん?」

 言いながら、俺は背中に背負っていた男をドサっと地面に降ろす。
 少しばかり降ろし方が乱暴だったのか、その瞬間に男が『ゲフッ……』等と声を漏らした。

「…………何だコリャ? 俺に止めをさせってのか?」
「は?」
「悪ぃけど、俺は仕事以外では殺しはしねぇんだよ。そういう事ならシャカにでも――」
「違いますからッ!」

 思わず、少しだけ思考が停止してしまった。
 何を言ってるんだこの男は? 普通、怪我をしたヤバめな人間を見て『止め――』なんて発想をするか?

 ……いや、シャカとかは普通にしそうだけどさ。

「止めが必要な奴なら、わざわざ此処まで持ってこないで俺が自分でやってるよ。
 そうじゃなくて……コイツが冥界の穴に飛び込む前に、コッチに呼び戻して欲しいんだ」
「何でだよメンドくせぇ……。大体、そんな見るからに怪しげな格好した奴、放っておいたって良いじゃねーか」

 まぁ、怪しい格好と言うのは俺自身も激しく同意するところなのだが、
 貴方も今から数年後に、ハーデスの手先になって同じような格好をするんですよ?

「俺としても放っておきたいのは山々なんだけど……これでもし死んだら、俺はいきなり不祥事を起こした駄目な奴に――」
「話が見えねぇな……そもそも、どんな経緯でこんな状況になった?」

 クイッと指さしながら訪ねてくるデスマスク。
 俺はそんなデスマスクに、少しだけ救われた様な気持ちになる。

「デスマスク、聞いてくれるのか?」
「聞かなきゃ解らねーし、どうせ聞かせるつもりなんだろ?」

 おぉ……何という事だろうか。
 俺は今まで、黄金聖闘士というのを誤解していたのかもしれない。

 連中のことを、俺は『ちょっとばかり強大過ぎる力を持った、人の話を聞かない変な奴ら』程度のにしか思っていなかったが、
 此処に居るデスマスクは別格、全くの別格だ。
 このデスマスクとという黄金聖闘士からは、人間らしい温かみを感じることが出来る。

 顰めっ面をしながらも人の言葉に耳を傾ける――シャカに決して出来ない行為だ。

 だが――

「まぁ……殺す殺さねぇは、話を聞いてからでも良いだろうからな」
「…………」

 大丈夫だよな?




 第16話 男の行方、クライオスの行方




「詰まり何だ? この怪しい奴が難癖付けてきて、お前が返り討ちにしたってことか?」
「え? ……えーと、そうなのかな?」

 魔鈴と出会ってからの事を軽くデスマスク説明したのだが、アレ? 前回の出来事って、そんな感じだったっけか?
 ……思い返してみると、そうだったような。

「なぁクライオス、だったら放っておいても良いんじゃねーか? どう考えても、コレはコイツの自業自得だろ?」
「えっ!?」

 デスマスクの言い分に驚きの声を上げる俺だったが、デスマスクはそんな事は無視するように地面でのたうつ男に近づいていった。
 そして男に『ゴッ!』と軽く蹴りを入れながら、続きを口にする。

「相手の実力も解らずに勝手に突っ掛って、その挙句に勝手にやられたんだ。
 そもそも聖闘士としちゃ失格だろ」
「それは、些か乱暴な論法では……」

 デスマスクの言い分は『成るほど』と思ってしまうところがある。
 だが、幾ら何でもその言いようはあんまりではないのだろうか?

「――あのなぁクライオス、お前もいい加減に俺たち聖闘士ってもんが『何なのか』……よく考えたほうがいい」
「聖闘士が何なのか?」

 なんだろうか? 説教モードか?
 取り敢えず話を聞きやすい姿勢(正座)をするか。

「こう言うのは俺のキャラじゃねーんだが、俺たち聖闘士は何のために存在してる?」
「女神アテナの名のもとに、地上に恒久的な平和をもたらすため?」
「……まぁ、一応はそうだな」

 一瞬、言葉を返してきたデスマスクの表情が崩れた気がしたが……どうしたんだ?
 まぁそれを追求しても仕方が無いのかもしれないので、取り敢えず放っておくが……。

「こう言っちゃ何だが、聖闘士ってのは強引なもんなんだ。
 話し合いで物事が解決出来ればそれが良い、だが世の中はそれだけじゃ上手く行かないことが多すぎる」
「それは、まぁ理解してる」

 言葉だけでは上手く行かないことはよく解ってる。
 大体、言葉だけで物事がうまく進むのなら、俺は地獄の用の修業を課せられたりしなかった筈だ。

「言っても解らない相手がいるならどうするか? それは、最終的にはコレしかねーだろう」

 言うと、デスマスクは『パンッ!』と拳を手の平に叩きつけた。
 でもまぁ、言わんとしてることは非常によく解る。
 一応は聖域で修業を続けていた俺だ、その事は嫌というほどに理解しているしある程度は共感も出来る。
 だが、それがどうしてこの男を放っておくことに繋がるのだろうか?

「俺たち聖闘士はアレだ、基本的に訳の解んねー様な化物とかと戦うのが仕事なわけだ。
 神話の化物だったり、変なその場限りの奴だったりとか色々だがよ。
 だけどな、その場合に一番重要なのは何か? 解るかクライオス。
 それは相手の力を推し量るってことだ」
「相手の力を推し量る?」
「そうだ、俺たち聖闘士には敗北は許されねー。それは何故か? 地上の平和ってのに絡んでくるからだ。
 さっきも俺は言ったな、最終的にはコレしか無いって。
 だが最終手段だからこそ、俺達は負けちゃ成らねぇんだ」

 力強く言うデスマスクの瞳は一つの濁りもない、まるで心からそう信じているようなそんな瞳だ。

 …………こう言ってはなんだが、誰だコイツ?
 俺の記憶にあるデスマスクは、もっとこう……変な奴? だと思ったのに。
 まさかこんな尤もらしい事を口にするなんて。

 俺はきっと、自分でも思うほどに不可思議そうな表情を浮かべていると思う。
 だが、そんな俺の変化になど気が付かず、デスマスクは言葉を続けるのだった。

「――そういう意味では、この男は失格だ。
 お前の話を聞くと聖闘士のようだが、相手の力も解らずに突っかかる犬コロと変わらねぇ」
「だから、自業自得?」
「そうだ」

 デスマスクの言っていることは理解は出来る。
 出来るのだが、どうにも受け入れがたい。
 マトモな事を言ってるし、俺自身その通りだと理解も出来ているはずなんだけどな……。

「それにだ、仮にも聖闘士をぶっ殺したなんてのは箔がついて良いんじゃねーの?」
「冗談はやめてくれよ……」

 ニカッと笑って言ってくるデスマスクに、俺は表情を歪めた。
 コレは一応、気を効かせているつもりなのだろうか?

 だが俺の雰囲気を察してか、

「……わーったよ。その代わり、今度からは気を付けろよ」

 と、溜息と一緒にデスマスクは言うのだった。

「メンドくせぇが……」

 デスマスクが小宇宙を高め、その指に妖しい光を灯らせて男へと向ける。
 するとその光が広がり、男の身体を包みこんでいった。

「これでコイツは、向こう側から帰って来るだろう。
 もっとも、その後の事はしらねーがな。……まぁ、仮にも聖闘士だろうから多分平気だろ」
「コレで戻ってくる?」
「あぁ」

 デスマスクに言われて男を見ると、未だ幻術の影響か苦悶の表情を浮かべているが、
 顔色は土気色から血色の良いものに変化してきている。
 どうやら一先ずの峠は超えたようだ。

「有難うデスマスク。
 今まで料理が上手いだけの変な人だと思ってたけど、
 これからはちゃんと『黄金聖闘士デスマスク』として記憶するよ!」
「お前の中での俺の扱いってなんだよ」

 感謝のあまりに言った言葉だったのだが、どうやらデスマスクには何か思うところがあったようだ。
 そんなに変なことを口にしただろうか?

 しかし本当によかった。
 いきなり不祥事を起こして抹殺されるとかだったら嫌だし、それに仮にも魔鈴の師匠だからな。
 これで再起不能とかになって魔鈴の今後が潰れてしまったら、星矢の修業を付ける人間が変わってしまう――なんてことも有るかもしれない。
 そればかりは少し問題だしな。

「いやぁ、でも良かった。聖闘士になって直ぐに不祥事を起こしたかと思って、正直ヒヤヒヤもの――」
「は?」
「ん?」

 急にへんな顔をして横槍を入れてくるデスマスクに、俺は首を傾げた。

「……聖闘士になった?」
「あー……そういう事か。うん、今の俺は白銀聖闘士なのだよ!」

 デスマスクの問いかけに、俺は胸を張って言い返した。
 しかし魔鈴もそうだが、やはりデスマスクもその事を知らなかったか。
 てっきりシャカ辺りが黄金聖闘士たちには教えているとばかり思ってた。

「お前よ~クライオス、いつの間になったんだ?」
「え? 数時間前だけど」

 と、首をかしげて言った俺に、デスマスクは顰めっ面を返すと

「そういう事は早く言えってんだ!」

 と言って軽く小突いてくるのだった。
 そして――

《――――全員よく聞け! クライオスがいつの間にか聖闘士になってやがった!!》

 と、12宮中に響くような大きなテレパス(言ってて変だが)を放ったのだ。

《なッ!?》
《なんだと!?》
《まさかっ?》
《何と……》
《本当か!?》

 デスマスクの念話に反応して、多種多様な返事か返ってきた。
 声の感じからすると、アフロディーテ、シュラ、カミュ、ミロ、アルデバランだろう。
 ……アイオリアが居なかったな。

 まぁいい。
 それにしても、皆してこんな時間まで起きてるのか?

 さて……そこから先はあっという間だった。
 先ずはこの場にアルデバランが現れ、

「聖闘士に成ったそうだなクライオス。
 いや目出度い、そういう事なら祝をせん訳にはいかんな。
 しかし水くさいぞ、そういう事ならば金牛宮を通るときに言えば良いものを」

 なんて俺の肩をバンバンと叩きながら、まるで自分のことのように喜んでくれた。
 ちょっとだけ叩かれた肩が痛いが、まぁ良いだろう。

「チッ、シャカの野郎……俺達に黙っていやがるとは」
「まぁそう言ってやるな、きっと明るくなったら伝えようとしていたのだろう」
「どうだかな」

 フンと鼻を鳴らすデスマスク。
 しかしシャカがどう考えていたか……よく考えればアルデバランと同意見だけど、
 客観的に見ると伝える気がなかったのでは? とも思えてくる。
 どっちが正しいかは解らないね。

「オイ何やってんだクライオス、速く来い」
「はい?」

 頬を掻きながらデスマスクとアルデバランを眺めていた俺だが、
 そんな俺にデスマスクは妙なことを言ってくる。
 速く来いって……何処に?

「これから処女宮に行くんだ。夜遅かろうが関係ねぇ……シャカには一言いってやらなくちゃな」
「俺は文句を言うつもりは無いが、祝い事をするならやはりシャカのところが良いだろう」

 なんて事を二人は言うのだった。
 祝い事……嬉しいことではあるが、こんな時間に?
 因みに今現在の時刻は、大体午前1時を回った頃。

「オラ! 早くしろクライオス!!」
「……うぃっす」

 まぁ俺には拒否権なんて無いのだがね。
 急かすように言うデスマスクの言葉に短く反し、俺は地面に転がる男を担ぎ上げると処女宮を目指して歩き出すのだった。

 処女宮へと向かう道すがら、デスマスクはアルデバランに向かってシャカの悪口を言い、
 アルデバランはそれを苦笑いと一緒に聴いていた。

 そして何故か無人であった獅子宮を抜けて処女宮へと到着、するとそこには

「遅かったな」

 何故か黄金聖衣を見にまとったアイオリアが仁王立ちして待ち構えていたのだ。

「……何やってんだお前は?」

 デスマスクのこの反応は、俺やアルデバランの心の声を代弁したとも言えるだろう。
 何故なら、当のアイオリアの手には蓋の開けられたワインの瓶が握られていたのだから。

「随分と妙なことを聞いてくるな、デスマスク。貴様等がこの処女宮に現れたのは何のためだ?」
「あん? ……そりゃ、シャカに一言文句を言いにだ」
「詰まりは、俺もその一人と言うことだ」

 アイオリアの言い分は成程と、思わないでもない……普段以上に赤く染まった顔をしていなければ。
 そして、蓋の開いたワインの瓶を持っていなければ。

「お前……酒を飲んでんのか?」

 呆れた風に言うデスマスク。
 まぁ、別に俺も酒とか飲むのとは言わないけどさ……何で既に出来上がってるの? と思わずにはいられない。

「馬鹿を言うな! このアイオリア、酒など一滴も飲まん! これはジュースだ……アフロディーテがそう言って」
「騙されてる」
「騙されてるな」
「絶対に、騙されてる」

 デスマスクだけでなく、俺やアルデバランにも言われたことで、アイオリアは若干の思考タイムに入った。
 そして数秒間程沈黙をすると、「この妙な苦味や酸味はジュースのそれでは無かったのか!?」と言うのだった。

 一人落ち込むようにしているアイオリアを尻目に、俺達は処女宮の中に入っていった。
 するとそこには何故か他の黄金聖闘士達が既に居て……

「宴会中?」

 皆が勝手に床に座り込み、チビリチビリとワインを煽っているのだった。
 アフロディーテ、シュラ、カミュ、ミロ、それとシャカも。

 この不思議な現象に、俺はどうにも妙な感覚を憶えている。
 黄金聖闘士の連中って、果たしてこんなに仲が良かっただろうか?

 すると輪の中の一人――まぁカミュだが、俺達が処女宮に入ってきたことを見つけたらしく、
 飲む手を休めて此方へと近づいてきた。
 それに釣られるように、他の皆も揃って此方へとやってくる。
 俺はそそくさと、背中に担いでいる男を地面に置いた。

「聞いたぞクライオス、聖闘士に成ったそうだな」

 最初はカミュ。
 ニコッと微笑みながら言ってくるその笑顔は、とても普段のカミュとは同じに見えない。
 無理矢理に氷漬けにされそうに成ったことは数えきれず、修行中のこの人は正に鬼そのものだった。
 まぁ、少なからず凍結拳の真似事が出来るように成ったのはいい事だったと思う。

「それもコレも俺のお陰だ」

 こちらはミロ。
 この人は……ハッキリ言ってかなり厄介な人物だった。
 まともそうに見えてもカミュが絡むとズレた人間になるし、修業を付けるとか言ってリアルで殺そうとしてくるし……。

「クライオス、聖闘士に成ったからには今まで以上に人の視線には気をつけることだ。
 いつ何処で誰に見られているのか解からんからな」

 アフロディーテ……。
 頼んでも居ないのに無理矢理に俺に礼儀作法を教えようとしてきた人物。
 ただまぁ、そのお陰でできなくても良さそうなダンスは覚えたし、上手いお茶も飲めたからプラスマイナスゼロかな?
 何度かブラッディローズの香りで逝ってしまいそうにもなったがね。

「良くやったな」

 シュラ。
 俺の面倒な願い事を、真っ直ぐ聞いてくれた良い人だ。
 恐らく、聖域屈指の常識人ではないかと思う。
 まぁ……時折に暴走することが有るようだが、とばっちりを受けないようにしてれば問題はない。

「追い出して直ぐにまた此処に戻ってくるとはな」
「シャカ」

 最後にシャカが俺に向かってそう言った。
 他の黄金聖闘士たちにも勿論世話になってきたが、その中でもやはりシャカには一番世話になった。
 俺を殺そうとした回数が、一番多いからな。

 俺はジッとシャカの事を見つめ、

 ペコッと頭を下げた。

「すいませんシャカ。俺のせいでこんな事に成って」

 コレが原因でシャカの怒りに触れ、結果『天魔降伏』なんて事になったら目も当てられない。
 俺としては、少しでもシャカの気持ちを軟化させるために頭を下げたのだが――

「確かに……こんな時間に来られるのは困りものだが。
 とは言え、今回のコレは私が早々に伝えていれば済んだこと、他の黄金聖闘士たちの言い分ももっともだ。
 素直に自らの否を認めよう」

 シャカから帰ってきた答えは、俺の予想を遥かに超えるものだった。
 まさか、まさかあのシャカがこんな、睡眠不足に繋がることを許した上に自らの否を認めるなんて。

 ……もしかして、俺は一生分の運を此処で使っているのではないだろうか?

「今……何やら失礼なことを考えなかったかね?」
「いいえ、決して」

 不機嫌そうに眉間に皺を寄せたシャカに、俺は勢い良く首を左右に振った。
 時折、妙に勘の鋭い時があるから困る。

 俺は何か違う話題は無いだろうかと周囲を見渡した。
 そして「あれ?」と思う。

「ところで、テアはどうしたんです? 流石に寝てるんですか?」

 周りをグルッと見渡してみても、何故かテアの姿が見えないのだ。
 時間が時間なだけに、もう寝てしまっているのだろうか?

「あぁ、あの小僧ならば――」
「――おつまみ出来ましたよ!」

 と、不意に宮内に声が響いた。
 聞こえてきた方へと視線を向けると、そこには小さい体で大皿を運ぶテアの姿がある。

 俺はシャカの方へと視線を向けると、シャカは小さく笑みを浮かべた。

「あぁして、給仕の役をかってでて貰っている」
「なんか変な言い回しじゃありませんか? それ」
「そうかね?」

 『普通はかってでてくれた』であって『貰った』では無理やり臭いところが見え隠れ……。
 俺は一生懸命に動き回っているテアに近づいていった。

「テア」
「あ、クライオス」

 動きながらも、俺の事を確認したテアは元気に返事をしてくる。
 とは言え、急にこんな作業をさせられては大変じゃないのだろうか?

「聖域について早々に大変だな?」
「別に大変なんかじゃないよ。家じゃコレくらいのことは当たり前だし」
「そうなのか? でもこのオツマミ、結構美味そうだぞ?」
「料理は得意なんだよ」

 笑いながら言うテアに、俺は「そっか」と軽く微笑んで返した。
 それは少しばかり、テアがいい笑い方をしているように感じたからだ。

「おーいクライオス、コッチに来い!」
「あの人達は……。すまんテア、俺は向こうに行ってくるから」

 手を振ってから黄金聖闘士の方々の元へと向かう俺だが、テアはそんな俺の裾を掴むようにしてくる。
 クイッと引いてくるテアに、俺は『何だろうか?』と顔を向けた。

「――ねぇクライオス」
「うん?」

 小さく漏らすように口を開くテア。
 だがその顔は暗いモノでは無く、何やら照れているような表情だ。
 少しばかりの間を作るテアに、俺は続きを促すようにして問い掛ける。

「聖域に居る人達って、なんだか良いね?」
「……そうかぁ?」

 俺の返事の意味は、正にそのままの意味。
 此処に居る連中って……そんなに良いか?
 皆が皆、ぶっ飛んだ連中ばっかりだぞ?

 俺は……違うと信じたいが。

 だがそんな俺の気持ちなど知らず、テアは笑顔のままに

「そうだよ。俺さ、どうなるのか解らないけど……『此処』で頑張って行こうって思うよ」

 なんて言うのだった。
 まぁ、そう言われては仕方がない。
 本人がそう思って、そう決めたのなら仕方がないさ。

 精々――

「死なない程度に頑張れよ」
「うん!」

 力強く返事をしたテアから視線を逸らし、俺は若干緩んだ表情で黄金聖闘士達の元へと向かうのだった。

 この時の俺は、実際心から喜んでいたのだと思う。
 死ぬような眼にもあってきたが、それでもこうして結果が出て祝ってくれる人たちが居ることに。
 まぁ、それも長くは続かなかったがね。

 それはおよそ30分後……

「さて……皆もいい具合に出来上がったところで一つ訪ねたいことが有るのだが」
「どうしたんだシャカ? お前らしくもないな、そんな畏まった言い方」

 言葉のとおりにいい具合に出来上がっている面々を見渡すようにして、不意にシャカが口を開いた。
 集まっていた者は一様に、何事かと視線をシャカへと向けている。

 かくいう俺もシャカの方へと顔を向けていた。

 で……だ、次にシャカが口にした言葉は何かと言うと。

「そこに転がっている男は誰だね?」

 だった。
 シャカの指差す方角へと視線を向けていく皆。
 そして

「え?」
「ん?」
「は?」
「男?」
「何処に?」
「おぉ、そういえば」
「居たな、そんなのが」
「…………」

 皆の視線の先には、息も絶え絶えな魔鈴の師匠がいたのだった。
 俺はこの時、心の奥で『忘れてたーー!!』と大絶叫をしていた。

 ・
 ・
 ・
 ・

「――話は解った。お前の言い分は概ね理解した」

 現在の俺は正座をさせられ、周囲を黄金聖闘士達に囲まれるといった地獄に身を置いていた。
 魔鈴の師匠の存在が明らかに成ったところで、それを担いできた俺に説明をするように言われたからだ。

 で、説明がひと通り終わったところで今のような状況に成っている。
 説明を終えたところでの皆の反応は、大体がデスマスクの反応と同じようなものだった。

 要は――『コイツが悪い』ということだ。

 だが

「デスマスクの言いようも尤もだろうが……だからと言ってそれで良いとも言えない」

 とはカミュの言葉である。
 コレにも半数以上の黄金聖闘士が賛同をしたのだ。
 『いくら自業自得とは言え、相手の力量を見極める必要が在るのはクライオスも同様』との事。

 全くもってその通り。

 俺を囲んでいた内の数人――シャカ、アフロディーテ、アイオリア、アルデバランは男の方へと向かっていった

「この男はどうする?」
「ギリシア市内の病院の放りこんで於けば良いのではないか?
 ついでに聖闘士の資格を剥奪するように、教皇には連絡しておこう」
「そうだな。いくら白銀とは言え、成り立てのクライオスに一方的にやられるような奴は聖闘士として認められん」
「名前は……ジャンゴ?」

 何やら可哀想なことが、あの男とは関係の無いところで勝手に決められている。
 名前も、シャカの手に掛かれば簡単に解ってしまうらしい。
 しかし……この男がジャンゴなのか。
 この後にデスクィーン島にでも行くのだろうか?

 まぁ、これも良い方に考えれば冥界の冥闘士と戦わずにすんでラッキーだったと思えばいいだろう。
 もっともその代わり、一輝にぶっ飛ばされるのだが。

「この男の後任はどうするんだ? 一応は候補生を預っていたのだろう?」

 4人の会話に割って入るようにしてミロが言った。
 あぁ、それは俺も気になるところだ。
 魔鈴が聖闘士に成れないとあっては色々と困る。
 一番いい方法は、ここに居る誰かに師匠に成ってもらうことだろうか?
 この中だと一番の適任は――

「それならば、俺が代わりに面倒を見よう」
「アイオリア?」

 俺の中では、不適任なのでは? と思える人物が立候補をしてきた。
 シュラとかアルデバランの方が、人にモノを教えるのに適している気がするのだが?

「クライオスを通して、大体の加減というものは掴んだ。
 後は、別の人間でそれを試せば良いだけだからな」

 なんとも不安で一杯な言い様……。
 俺のやったことのせいで、魔鈴が変な聖闘士に成らなければ良いのだが。

「アイオリア」
「うん?」
「魔鈴のこと……頼むよ」

 結構真面目な顔をしながら、俺はアイオリアに言った。
 アイオリアは「任せておけ」と力強く言うと、自身の胸を叩いて返した。

 さて、そこまでの話が纏まった所で皆の視線は再び俺へと向けられる。
 お叱りを受けるのでしょうか?

「さて、クライオスには何らかの罰が必要だと思うが?」
「今回のことは事故として処理してもいい事だが、とは言え何も無しでは問題もある」

 アフロディーテの言葉に、シャカが合わせるようにしてそう言った。

 あぁ……やっぱり俺にも罰が下るのか。
 とは言え、流石に俺だけ無罪放免なんて事になったら後味が悪いからな。
 この流れはむしろ望むところだ。

 もっとも、俺はこの時の『罰』と言う事に対してかなり簡単に考えていたと思う。

「ならば暫くの間、禁固刑として『あそこ』に入っていてもらえば良かろう。教皇への許可は後ほど頂くとして」

 禁固刑は解るとして、俺はシャカの言う『あそこ』に非常に嫌な予感を感じた。
 だがいつだって俺の感じる嫌な予感ってのは、本当にマズイものを感じたときには本当に良く当たるんだ。
 そしてそれは今回も

「スニオン岬の岩牢だ」

 大当たりだった。





 かなりやっつけな感じで書き上げてしまった……。






[14901] 第17話 期待を裏切るようで悪いですが……
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:10846e00
Date: 2011/01/25 19:54




 女神アテナの名のもとに、地上の恒久的な平和を目指す聖域。
 そして、その聖域の中でも最強の12人の聖闘士が守護する12の宮。

 ここはその12宮の一つ……磨羯宮。

 皆さんこんにちわ、俺はテアです。

 クライオスが何故か投獄されてから、今日で一週間が経過しています。

 今の俺は、なんと聖闘士候補生の一人として厳しい修業の毎日をおくっているのです。

 朝になって目が覚めたら顔を洗い、師匠が目を覚ます前に朝食の準備をします。
 俺の師匠は少し遠慮がちな性格なのか、『食事は自分で作るから良い』とか言っているのですが、
 弟子が師匠の世話をするのは当然だ……というのを俺は知っていますから。
 シャカ様とクライオスを見ていて把握しました。

 準備が出来たら、未だ起き抜けのようなシュラ様に俺は出来る限り元気いっぱいに挨拶をする。
 その時の返事はたいてい「あぁ……」だけど、一応弁明のつもりで言っておくと別にシュラ様は無愛想という訳ではない。
 ただ単に、笑うのが苦手なだけなんです。

 その証拠に、俺が作った食事は毎回残さずに食べてくれるし、ちゃんと食後には「美味かった」と言ってくれますから。

 修業の方も、予想していたよりもずっと大人しい感じです。
 なんでもシュラ様曰く「生まればかりの雛鳥に、空を飛ぶように言う親は居ない」だそうで。
 確かに修業は疲れるけど、充実した毎日を過ごしています。

 え、口調が変?

 何というか……黄金聖闘士の人達が近くに居ると、何故か自然とこうなるんですよね。

 クライオスにはタメ口でいけるのに……何ででしょうか?

 食事が終わればさっそく朝のトレーニングが始まります。
 先ずは体力を付けるためのランニング、その後は筋トレを行うのです。
 これらはこの一週間、いつもシュラ様がつきっきりで面倒を見てくれていますが……なんだか申し訳ないですね。

「よく頑張ったな、テア」
「い、いえ……ハァハァ、いつまでも脚が遅くてスイマセン」

 ランニングを終えて荒い息を吐いている俺に、シュラ様は優しい声を掛けてくれる。
 とは言え、俺は仮にも聖闘士の動きを見たこともあるし、間接的とは言え体感したこともあるのです。
 つまり、今の俺がそういった聖闘士の動きからかけ離れていることもよく知っているという訳で……

「ゼハ……ゼハ……クライオスやシャカ様と比べたら……遅すぎますから」
「いや、アイツらと今のお前を比べるのは……幾ら何でもな」
「?」

 若干呆れたように遠くを見つめて言うシュラ様だったが、俺はその意味が良くは理解できなかった。

「あッ!そうだ!」
「うん? どうしたんだテア」

 俺は少し前から聞こうと思っていた事を思い出して声を出した。
 毎日の充実で、聞くのを忘れていたんだ。

「――クライオスの事なんですけど?」
「む、クライオスこと?」
「はい……。その、クライオスが入れられたスニオン岬の岩牢って、どんな所なんですか?」

 岩牢に入れられると聞いたときは「あー……大変そうだな」と思うだけだったのだが、
 自分の生活に余裕が出てくるとその場所がどんな所なのかが気になり始める。

 シュラ様は小さく「む……そうだな」と呟くと、ゆっくりとした口調で説明を始めた。

「話によると……鍛えられた者でも音を上げる過酷な環境で、
 たとえ俺たち黄金聖闘士の力を以てしても内側から開けることは出来ない場所――と聞いている」

 俺はその言語に驚いてしまった。
 自分と比べれば、まるでの雲の上の存在である黄金聖闘士。
 その黄金聖闘士の力を以てしても、抜け出すことの叶わない岩牢……。そんな場所が――

「そんな所に、クライオスが?」
「心配か?」
「? いえ別に」

 シュラ様の言葉に、俺は即座に首を左右に振って返した。
 特に心配などしては居ない。
 少なくともシュラ様は『過酷』とは言っても死ぬような所とは言っていない。
 抜け出せないとは言ったけど、居られないとは言っていない。

 だったら――

「多分、クライオスなら大丈夫ですよ」

 俺はそう思うのだ。

 シュラ様は俺の答えに一瞬キョトンとしていたが、

「ふっ……そうか」

 と言うと、俺の頭に手を置いた。

 ――姉さん、俺は元気です。




 第17話 期待を裏切るようで悪いですが……




「出せ!! 俺を此処から出してくれーーーーー!! 弟の俺を殺す気かーーーッ!!」

 荒々しい水しぶきを上げる岩牢の中、一つの悲痛な叫び声が響いた。
 鍛えられた肉体をしてはいるが、だがこの場所はそれらを飲み込んでしまうほどに過酷なだろう。

「カノン、その岩牢からは、神の力を以てせねば生涯出ることはできん。
 お前の心の中から、悪魔が消えてなくなるまで入っているのだ。
 ……アテナの許しが得られるまでな」

 冷たく言い捨てる男の声、
 それは叫びを上げた人物に対しての罪悪感と、僅かな期待を込めたような言葉だった。
 だが――

「お、おのれサガ! お前のような男こそ偽善者というのだぞ!!
 いつまでも、悪の心を隠しおおせると思うな!!」

 男の口から出たのは呪詛の言葉である。

「力のあるものが、欲しい物を手に入れて何が悪い!
 神の与えてくれた力、自分の為に使って何故いけないというのだ!」

 自分の求めるモノになんの間違いがあるのか?
 それを求めてこそ人ではないのか?
 男には、それを求める自分を否定し――

「サガよ! 俺はいつもお前の耳元に囁いてやるぞ!
 悪への誘惑を!!
 サガよ、お前の正体こそ悪なのだーーーーッ!!」

 それを隠して振舞う兄が憎らしかったのだ。

「サガの愚か者め! お前が大いなる力を持ちながら手を拱いているのなら勝手にしろ!!
 このカノン自らがアテナを倒し、地上を征服してやるわ!
 その時になって後悔をするなッ!!」

 だから誓ったのだ。
 自らの力で全てを手に入れることを、自らの力で兄を思い知らせて見せると!

「――――双子座劇場第一幕・~カノン幽閉される~……こんな感じだったかな?」

 誰も居ない岩牢の中、俺ことクライオスは持て余した暇を『一人双子座劇場』で紛らわせていた。
 もっとも観客は、ときおり牢の中に入ってくる(本物の)蟹くらいしか居なかったが。
 なんとも寂しいことだ。

「しかしどうよ、このひどい環境は」

 一日24時間、休むこと無く押し寄せる荒波。
 休むことを知らない波の音。
 満潮時には、呼吸をするのも儘ならないほどに浸水する牢内。
 普通死ぬぞ……。

「サガって……本当にカノンを更生させる気があったのか?」

 幽閉されて恐らく1週間ほどが経過してると思われるが、その間に俺を訪れる人間は一人も居なかった。
 まぁ、罰として閉じ込められている人間のところに、わざわざ遣って来るというのも変な話なんだけどな。

 俺は足元を横歩きする蟹をムンズっと掴み、そして自分と同じ目線まで持ち上げた。

「此処に幽閉されてから、無駄に俺の一人演技のレベルが上昇したと思うんだが……どう思う?」

 なんて問いかけてしまうが、当然蟹からの返答が在るわけもない。
 あえて言うなら、吹き出している泡が答えだろうか?

「駄目だ……人間孤独だと独り言が増えるっていうが、今の俺は正にそれだ」

 若干凹みながら、俺は小宇宙を燃やして手に持っている蟹に火を通していく。
 もがくように動く蟹だが、俺はそれ以上に鼻腔を擽る香ばしい香りが気になっていた。
 まぁ何だ『焼けてきた、焼けてきた』ってところだ。

「大体、前回の出来事は本当に俺が悪かったのかよ。同考えても事故じゃないか」

 俺は愚痴を漏らしながら、程良く火の通った蟹を手早く捌いて中身を美味しく頂いた。
 此処に来てから、食事がどうしても海産物に偏ってるな。
 いい加減に肉が食いたい。
 ……長いこと食べてなかったから、拒否反応が出るとかは無いよな?

「早く此処から出してくれないかな……冷え症になったらどうするんだ」

 かじかむ手を擦るようにしながら、俺は聖域の方向(と思われる)へと視線を向けた。
 俺を此処に放り込む際、シャカは

『一時的な処置だ、教皇に話を通せば直ぐに別の沙汰が下されるだろう』なんて言っていたが……。

 俺が思うに、教皇――サガがスニオン岬に誰かを入れるなんて聞いたら、直ぐ様に出すように言うと思うのだが……。
 ほら、カノンの存在は聖域にも秘密になっていただろ?
 だからカノンが見つかる――もしくは、死体が出てくるかもしれない場所は、放っておいて欲しいのではないかと。

 まぁ、もしかしたら別の可能性で
 『クライオスをスニオン岬に入れました→カノンが見つかる→クライオスを出すとそれが明るみに→一緒に入れっぱなしにしとけ』
 みたいな思考展開がされてるのかもしれないが……。

 もしそうなら困るよな、ここって内側から外に向かっての小宇宙が上手く働かないんだ。
 だから、岩牢の入り口を破壊するとか出来ないし。

 こんなところで死ぬことになったら、俺の今までの苦労が全て水の泡になってしまう。

 ……波に打たれて水の泡って、何気に上手くないか?

 あぁそうそう、なにか勘違いしてる人も居るようだけど、
 カノンは実際のところ、教皇(シオン)がサガに殺される前に此処に幽閉されて、僅か10日後にはポセイドン神殿に行っています。
 だからまぁ……先ず奴に会うことはないでしょう。
 後ろの岩壁も、何やら誰かに補修されたような跡があるが……もし手を触れて壊れても嫌なので放っておきます。
 きっとあの岩壁の後に、『ポセイドンの三又の鉾』とかが在ったんだろうな……。

「双子座劇場第二幕・~カノン、サガに悪を囁く~でも開幕しようかな……」

 何だかんだでまだ余裕のある俺だった。
 ともかく、いつ出られるのか解らないのであれば暇つぶしは必要。
 俺は頭の中を必死に回転させ、第二幕のやり取りを構築させようとしていたのだが――

「――ライオスーッ!」
「うん?」

 不意に誰かの声が――と言うより、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
 何だろうか? と、俺は牢の鉄柵の部分に捕まるようにして、外へと視線を向けた。

「…………アルゲティ?」

 遠目に見える大きな体躯(ガタイ)、それに似合わぬ歳相応のソプラノボイス。
 あれは間違いなくアルゲティだろう。
 すると、横に引っ付くようにして居るのはシリウスか……それともカペラだろうか?

「何しに来たんだアイツらは?」

 遠目に見える人影に、俺はそう呆れるように口にした。
 先程も述べたことだが、スニオン岬の岩牢は罰を受けている人間が入る場所だ。
 そんな場所に何でワザワザ遣って来るんだ?
 まさか、教皇からの伝聞でも伝えに来たのだろうか? ……それは無いな。
 自分で思っておいてなんだが、それは絶対にないな。

 なんて、俺が考えていると

「あれ? アイツら……」

 視界の遠くに捉えていたアルゲティ達が、ある程度近くまで来たことで俺は眉間に皺を寄せた。
 何故なら、連中は普段観たことがないような格好をしていたからだ。

「あれ? あれあれ?」

 俺は自分でも『どうか?』というような変なつぶやきを漏らしていた。
 とは言え、それも仕方が無いだろう。
 何せ視界に映る奴ら……アルゲティとカペラの二人は、何故か白銀聖衣を身に纏っていたのだから。

「元気かクライオス♪」

 俺と向かい合うくらいの距離にまで近づいてきたアルゲティは、開口一番そんな事を聞いてきた。
 何とも、朗らかな笑みを浮かべるアルゲティである。
 その横に居るカペラも、アルゲティに負けず劣らず良い笑みを浮かべていた。
 もっとも、俺は口元を微妙にひく付かせることしか出来なかった。

「……元気か? って、こんな所に入れられて元気なわけがないだろう」
「おぉ、そりゃそうだな。失敬失敬」
「いやいや、俺の方も気が回らなかったよ♪」

 言いながらも『ムン』と胸を反らしてくるアルゲティとカペラ。
 なんだかな……俺に見せに来たんだろうけど、やっぱり俺が話を振ってあげなくちゃ行けないのかな?

 眼をキラキラさせて、俺からの言葉を待っているような二人。
 俺は内心で大きな溜息を吐きつつ、二人に遠慮がちに聞くことにした。

「あぁ……そのなんだ。二人とも、今日は一段と眩しい格好をしてるんだな?」

 『聖衣を手に入れたんだな?』とは聞かない。
 俺のせめてもの意地というかなんというか……子供っぽいかもしれないが、なんとなく嫌だったのだ。

「おぉッ! 解るか? いや、見せびらかすつもりは全くなかったんだがな」
「俺達もついに聖闘士として認められたんだ!」

 両手を広げて俺に見せるようにする二人、
 こういう仕草は子供らしいのにな……なんて、俺はちょっとだけ思った。

「それはおめでとう。……御者座(アウリガ)とヘラクレス座か?」
「そうだ。俺が御者座で――」
「俺がヘラクレス座だ」

 ヘラクレス座の聖衣も、御者座の聖衣も、まるで元から二人のために誂えたかのようにピッタリと似合っている。
 大きさもそうだが、元々聖衣というのはその時代ごとの装着者に併せてその形状を僅かながら変化させるらしいからな。
 身体の成長毎に大きさを調整する――や、獲得した者に併せて作り直す――なんてことは無いのだが……。

「本当に良く似合ってるな」
「そんなに褒めるなよ、照れるじゃないか」
「うははは♪」

 俺の感想に、二人は照れたように頭を掻いている。
 うん、まぁ、褒めた積りはなかったんだけどな。

 しかし俺は「あれ?」と思った。
 この二人が居るのに

「ところで……お前たちが居るのに、シリウスはどうしたんだ?」

 そう、シリウスがどうして居ないのだろうか? と、そう思ったのだ。
 だが俺の質問に答えたのはアルゲティとカペラではなく、

「――シリウスはまだ候補生だよ」

 会話に入ってくるように声が聞こえる。
 俺は、其の声の主に視線を向けた。
 するとその先には一人の少女、シャイナが居たのだった。

 それもフル装備(聖衣着用済み)で。

 俺は視線の先に居るシャイナを見て、少しばかり戸惑ってしまう。
 だが、シャイナはそんな俺の戸惑いなど解る訳も無く、スタスタと近づいてきた。

「あー、シャイナも来たのか?」
「悪いかい?」
「いや……聖衣を手に入れたんだな。
 へびつかい座(オピュクス)か……似合ってるじゃないか」
「ふん、そんな世辞なんていらないよ」

 若干の緊張をしながらも、短いやりとりをする俺とシャイナ。
 俺の言葉に、シャイナはプイッと他所を向いてしまった。

 正直、俺は未だにシャイナの考えが解らなくて困っているのだ。

 もうそれなりに前のことになるが、俺はひょんな事からシャイナの素顔を見てしまっている。
 『女性聖闘士は、その素顔を見たものを殺すか愛するかのどちらかをしなくてはいけない』なんていう、不可思議な掟が存在する聖域。
 素顔を見たのはシャイナが聖闘士候補生だった時のこと、そのため俺が見たのは無効だ……とも言えると思うのだが、
 とは言え希望的観測は控えたほうが良いと思うのだ。
 だが直接聞くのも気が引けるし、かと言ってシャカに聞いてもまともな答えは得られなかったのも事実。
 その為、俺はシャイナのことを別に嫌ってなど居ないのだが、ほんの少しばかり扱いに困っていると言うことだ。

 しかし――

「ふむ……」

 俺は頷くようにして鉄柵の向こう側、要はこの場に現れた3人の視線を向ける。

 その理由の一つ目、
 揃いも揃って、同じ時期に聖闘士に成ったということ。
 二つ目、
 揃いも揃って、俺のところに報告に来たということだった。

 まぁ一つ目に関しては、
 原作の聖闘士星矢にしても、星矢たち青銅聖闘士の聖衣獲得時期が重なっていることから、
 元々今の時期に一気に試験をやるようになっているのだろう。
 少なくとも聖域的には。
 時期的に行うかどうかを、候補生が知っているかどうかは別問題だがな。
 それにだ、コイツらは元々才能の有る奴らだったからな。
 時間的に考えれば、シャイナ等は来年にはカシオスを弟子に取ることになるのだ。
 今の時期に聖闘士になっていても、何ら不思議はない。

 だが……

「カペラ、アルゲティ……それにシャイナも」

 俺は間を置くように言葉を区切り、3人をジッと見つめた。
 そして

「どうしてワザワザ俺に報告に来たんだよ?」

 ふと思った疑問を口にするのだった。
 俺の問に3人は――と言うよりもカペラとアルゲティは「は?」と声を漏らし、
 シャイナは一際狼狽したように慌てだした。

「――かッ勘違いをするんじゃないよ! 誰がお前に報告なんかッ!!
 私は魔鈴に聞いて、クライオスがこのスニオン岬の岩牢に入れられたって言うから、どんな顔してるのか見に来ただけさ!!」
「……ん? ……詰まりなんだ……見舞いに来たのか、お前は?」
「そうじゃない! ……私も聖闘士になって一段落したから、少しお前の様子を確認にしようと――」
「近況報告じゃないんだよな?」
「私は、違うと言っている!」

 ……正直、支離滅裂で意味不明。
 一体、何を言ってるんだシャイナは?

 聖衣を身につけて聖闘士になったと報告に来たわけでもなく、
 かと言って俺の現状を確認に来た……みたいな事を言ってるくせにそれも否定する。
 どうにも、子供の精神構造は理解に苦しむな。

 思春期だろうか?
 仮面の下の表情を見れば少しは解るかも知れないが、『ちょっと見せてくれ』なんて言うわけにもいかない。

 可能性の話で想像をするのなら、俺を殺せるかどうかの確認に来た――って所なのだろうか?
 だとしたら聖衣を着て現れたことも、報告でも見舞いでもないという言葉にも理解が行くのだが……。

 俺は未だによく解らない説明をしようとするシャイナに

「シャイナ、取り敢えず(理解不能と言うのが)わかった。
 コッチの二人にも話を聞きたいから、少しだけ待っててくれ」

 と言って、アルゲティとカペラに集中することにした。
 正直、此処に二人が居てくれて良かったと思う。

「それで、お前らは?」
「俺達?」
「俺達は、ほら――」

 俺の質問に、カペラとアルゲティの二人は互いに顔を見合わせると、ガシッと肩を組んだ。
 そして二人揃って

「「友達だからな!」」

 と言うのだった。
 この『友達』と言うのは、先ず間違い無く俺も含まれているのだろう。
 しかし、御年10歳の少年たちとは言え……なんとも恥ずかしい台詞を臆面も無く言う。

 だが――何だろうか?

 俺はこいつらの将来を知っているが、
 何なのだろうか?
 ほんの少しだけ、胸の奥がチクリと痛む。

 コイツらは将来、教皇の命令でアテナや星矢達を襲撃する。
 そして少なからず、それが星矢達にとって成長する切っ掛けに成るのだ。

 だが……俺に向かって笑顔を向けているコイツらは、正義の為に聖闘士を目指していたわけで――

「どうしたのさクライオス? 難しい顔をして」

 不意にシャイナが声を掛けてきた事で、俺は思考を中断させた。
 どうやら無意識のうちに、眉間に皺でも寄せていたらしい。

 俺は首を左右に振って、「いや、何でもないよ」とぎこちない笑みを浮かべるのだった。

「――ところで、魔鈴は元気にやってるのか?」

 皆の注意を他所に逸らすため、俺は別の話題として魔鈴の話を振った。
 とは言え、完全にそれだけが目的であったわけではなく、気にしているのも事実なのだが。

「気になるのか?」

 俺の問に対して、カペラが妙な表情を浮かべて聞いてくる。

「そりゃあな。俺があいつの師匠をぶっ飛ばしたせいで、今はアイオリアが師匠をやってるんだろ?」
「あー……そういう気になるね」

 何を期待したのだろうか?
 それ以外にある訳がないというのに。
 カペラもお年頃なのだろうか、妙な邪推が多いようだ。

 カペラは腕組をして、考えるような素振りを見せる。

「一応、魔鈴は元気にやってるみたいだぜ。
 あのアイオリア様も手加減を覚えたのか、あまり無茶な修業はしてないみたいだし――って……」
「どうしたんだクライオス? 急に蹲って」

 心配そうに言ってくるアルゲティだが、
 俺は不可思議な単語を耳にしたことでの衝撃が大きかったために返事をすることが出来ない。

 『手加減』……よもやアイオリア関連でその言語を聞くことに成ろうとは。
 俺は当時の修業風景を思い出して、

「いや、俺の時にその手加減を発揮して欲しかったな……と思ってな」

 そう呟くように言うのだった。
 そして溜息を一つ吐くと、もう一度立ち上がって3人に視線を向け直す。

 しかしアレだな。
 やっぱり俺は、他人との会話に飢えていたみたいだ。
 『一人双子座劇場』も、蟹相手に話しかけるのも、第三者から見れば末期症状に見えるだろうからな。
 久しぶりに会ったコイツら相手にも、不思議と会話が弾んでいるし。

 とは言え、何かもっとこう――

「……いい事を思いついた」

 俺はちょっとしたことを思い浮かび、ニコッと笑みを浮かべた。

「シャイナ――はちょっと待ってろ。アルゲティ、それとカペラ、ちょっとこっちに来い」
「ん?」
「何だ何だ?」

 チョイチョイと手招きをして、俺は二人を近くに呼び寄せた。

「見事に聖闘士になったお前たちに、俺からプレゼントをくれてやろうと思ってな」
「は? お前が――」
「――俺達にプレゼント?」

 不思議なことを聞いたとでも言いたげな、二人の反応。
 正直なところ少しばかり傷付くが、とは言えプレゼントなんて思いもしなかったのだろう。
 かく言う俺も、こんな事をしようなんて今しがたまで思いもしなかったからな。

「あぁ。もっとこう、コッチに手を向けろ。拳を握ってな」
「こ、こうか?」
「なんだよ、何をくれるんだ?」

 未だ若干手の届かない所に居た二人を更に近くに呼び寄せ、拳を前に突き出させる。
 そして

「おめでとさん、二人とも」

 と、言いながら『ゴツッ、ゴツッ』と互いの拳に自分の拳を打ち付けた。
 一瞬キョトンとしていたアルゲティとカペラだったが、

「お、おぉ」
「へへ、サンキュー」

 なんて、照れたような反応を返してくる。

 らしくないかなぁ、今日の俺って。
 きっと、少しづつ世界に順応してるんだと思うけど。 

 さて――と、この二人はこれで良いとして、後はシャイナだ。
 二人にはこんな恥ずかしいことをしておいて、シャイナには何もしないってのは後味悪いからな。

「シャイナ」
「ん?」
「お前もちょっとコッチに来なさい」

 少し離れたところで見ていたシャイナを、俺は先ほど同様に手招きをして呼び寄せた。
 そして代わりに、アルゲティとカペラには下がっているように言う。

 さて……本当にどうしたものか。

 呼び寄せておいて何だが、カペラ達と同じように拳を『ゴツッ』とやるか?
 でも、それは幾ら何でも男っぽいしな……。

「……」
「…………」

 いい考えが浮かばぬまま、無言で見つめ合う(仮面のせいで良く解らん)形になる俺とシャイナ。
 他所からどう見えるのかは知らないが、俺の内心は『何か無いか?』ってことで高速に思考展開がされている。

 そうやって暫く見つめ合う事10数秒、

「あっ!」

 いい考えが思いついたのだった。
 俺はシャイナを手で制して待っているように言うと、
 此処に来てから出来上がってしまった貝塚(俺の食事後)を漁り始める。

 そして目的の貝殻を発見すると、ソレを手刀で削って目的の物を取り出した。

「――シャイナ、お前にはコレをやろう」
「コレ……!?」

 俺がシャイナに手渡したのは、薄いピンク色に光る小さな物体。
 一般的に、コンクパールと呼ばれる真珠の一種だ。
 何日か前に食べた巻き貝の中に見つけたのだが、どうやらまだ残っていたらしい。

 シャイナは言葉少なく、手にした真珠をジッと見つめるようにしている。

「聖闘士就任おめでとう。
 まぁシャイナは女の子だから、カペラ達みたいなプレゼントは何か違うだろ? だから、ソレをあげる」

 俺は笑顔を向けながら、内心で『俺は年上だからな』と付け足した。
 肉体年齢で1歳、精神年齢だと20歳以上年上だからな……俺は。

「……まぁ、貰っておくよ」

 少しだけぎこちない感じで言ってくるシャイナ。
 ギュッと真珠を握りしめるとプイッと他所を向いて岩牢から遠ざかり、近くの岩壁に背中を預けてしまった。
 喜んでる……のか? いやもう本当に、仮面のせいで何を考えているのか良く解らん。
 他の連中は、女性聖闘士達とのコミュニケーションをどうやって取ってるんだ?
 機会が有ったら誰かにその方法を享受してもらおう。

「しかしアレだな。お前らもいずれは仕事とか貰って、どっか行ったりするんだろうな」

 ボソっと、俺は小さくそう言った。
 日本だったら青春真っ盛りとかいう年代で、コイツらは生き死にを掛けた殺伐とした生活を送るようになるのか……。
 それを思うと、ほんの少しだけ不憫に思えてならない。
 俺は――もう青春時代とか終わっちゃったから良いけどさ。

 だと言うのにこの子達は

「どんな任務をもらうのか、楽しみだよな♪」

 なんて、話をしてるのだ。
 俺は……それがちょっとばかし辛かった。

「なぁ、クライオスはもう仕事――」
「――馬鹿! アルゲティ!!」

 不意にアルゲティが俺に話を振ってきたのだが、それを慌てたように制するカペラ。
 俺はその慌てように「?」と首を傾げた。

 カペラはグイっとアルゲティを引っ張るように連れて行くと、耳打ちをするように小さな声で話を始める。

「(あのなぁ、アルゲティ。クライオスは不始末を起こしたから此処に居るんだぞ! そんな可哀想なことを聞くなよな!)」
「(そ、そうだったな。嬉しくてついよ……)」
「(そういう話は、クライオスが出てきてから――)」
「――あんた達、クライオスに聞こえてるよ。それ」
「「えッ!?」」

 驚いて俺の方を見る二人と、呆れたように肩を竦めて見せるシャイナ。
 えぇ、聞こえてます。
 聞こえていますともさ。

 まぁ、聞こえているからってどうするっって事でもないけどな。

「まったく……。しかし、俺はいつまで此処に入っていれば良いんだ?
 シャカの話だと、割と早いうちに出られるって事だったんだが」

 文句を言うように……というか、間違いなく文句を言っている俺の言葉に、
 カペラもアルゲティも、シャイナも顔を見合わせる。

「それは俺達には……なぁ?」
「そうだな、教皇には教皇のお考えがあるんじゃないのか?」

 そうだよな、ここに居る者達(俺を含めて)に解るわけがないのだ。
 ……シャカが未だに報告してない――ってなことは無いよな?

 少しだけ、ほんの少しだけだが不安に成るぞ。
 だが、その答えは不意にその場に現れた。

「――確かにその通りだ。教皇にはお考えが有ったようだな」

 周囲一帯に響くような声を発し、その場に突然現れた人物が居る。
 黄金の聖衣を身に纏い、薔薇を操る聖闘士。

「アフロディーテ!?」
「こ、これは」
「アフロディーテ様!」
「……」

 俺が名前を読んだことでハッとしたのか、3人は各々頭を下げるようにかしづいて見せた。

「フフ……そう硬くなるな。今日の私は、クライオスに用が有って来ただけなのだからな」
「俺に? ……って事は、ついにここから出られるのか!?」
「それはお前次第だな」

 歩くたびに周りに薔薇を撒き散らす……様な雰囲気を持っているアフロディーテ。
 だがお前次第ということは、代わりに何かを――ってことだろう。

 つまり

「クライオス、お前に教皇からの勅命を伝える」
「ハイ」

 俺の始めての任務と言うことだ。
 似合わないかも知れないが、俺はアフロディーテの言葉に背筋を伸ばすようにして聞く大勢をとった。

「……しかし勅命とは言ってもだ、別に『何かを倒せ――』と言うような類の話ではない。
 現在の聖域は安定しているし、その手の件は私たち黄金聖闘士が請け負うことが殆んどだからな。
 お前に与えられた任務とは、教皇の書かれた親書をある人物達に届けるというものだ。フフ、簡単なことだろう?」

 確かに簡単だ。
 むしろ、簡単すぎて怪しいくらいに。
 郵便で送る訳には行かない大切な物……って事は容易に想像がつくが、それなら雑兵でも良いだろう。
 あの人達も、並の人間よりは遥かに鍛えられた身体をしてるんだし。
 だがそれでも、あえて聖闘士にやらせるお使い任務って事は――

「質問があるんだけど?」
「ん、なんだ?」
「それって『やる内容』は簡単でも、『行う』のは大変って類の話?」

 つまりは、やることは親書を届けるってだけの事だけど、届けるのに苦労するってこと。
 現にアフロディーテは、俺の質問に対して「さぁ……私はそこまでは把握していないからな」と言いつつも、口元はニィっと笑っている。

 先ず間違い無く厄介な場所への配達だろう。

 まぁとは言え

「――白銀聖闘士、風鳥座エイパスのクライオス。
 その任務、謹んでお受けします」

 俺は跪くようにして、アフロディーテにそう言った。
 いつ出られるのか解らないこんな場所にずっと居るよりも、
 ちょっとくらい行くのが難しい場所へ行くほうがずっと気持ちも楽だろう。

 つまり、端から選択することなど何も無いのだ。

 俺の言葉に満足したような顔をするアフロディーテは、懐から便箋に閉じられた封書を何枚か取り出すと

「では説明をしようか」

 と言って、カペラとアルゲティ、そしてシャイナの3人を尻目に説明を始めるのだった。

 因みに――

 粗方の説明が終わった後

「なんで黄金聖闘士のアフロディーテが、伝聞係みたいな事をやってるのさ?」

 と聞くと、

「スニオン岬の岩牢は、昔から罪人が入れられる場所だと決まっているのだよ。
 非公式とは言え、そのような場所に入っている聖闘士の元に、経緯を知らない一般人を送れる訳にはいくまい?」

 とのことらしい。

 まぁ何にせよ、『お仕事』開始ってことだな。






 次回予告
 スニオン岬の岩牢から出る条件として、教皇からクライオスに与えられた任務。
 それは、教皇の親書を渡して回るというお使い任務だった。
 しかしクライオスはその任務が、決して簡単なものではないと直感する。

 次回、聖闘士星矢 『9年前から頑張って』 第18話 聖闘士任務編 その1『マイナスイオンが一杯』

 乞うご期待


 注:作品の進行上、題名を変更する可能性が有ります。




 あとがき
 えぇ~っと、最近感想掲示板とかによく『ロストキャンバス』を元にした感想が多いですが、
 筆者はロストキャンバスを全く読んではいません。
 アレは車田先生の作品である聖闘士星矢のオマージュ、または二次創作の類ではないだろうか?
 との思いが強く、それを正史としては捉えていないのです。
 なのでこの作品の過去の聖戦は、ロストキャンバスは全く関係が無いと思ってい頂きたい。
 そもそも車田先生の描いている『聖闘士星矢冥王神話』とでは、登場するキャラの名前も違いますからね。
 そのため、今後『聖闘士星矢G』のネタ、もしくわ設定が出る可能性なら有りますが、
 『ロストキャンバス』に出てきた設定、その他は恐らく出ることはないでしょう。

 それと、私は感想版にレス返しをするのは嫌なのでこの場で一つ返答をしたいのですが……。
 小宇宙の導きによって技を身に付けるのでは?
 との事ですが、作中に一言でも聖闘士がそうやって技を身に付けると言った描写は存在しませんので、
 それは私個人としてはあり得ないと判断しています。
 それならば技の修業をするのが馬鹿らしくなるでしょうしね。
 また、私はクライオスの容姿を取り分け美形だと書いたことはないですが、
 別にシャカの弟子だからと言う事で他の黄金聖闘士に人気があると書いたつもりも有りません。
 誰だって、それなりに付き合いのある人物に良いことがあれば、多少なりとも喜んでくれるのではないでしょうか?

 とは言え、その辺りのことを書き切れていなかった、私にも落ち度あるとは思います。
 今後も作品を良い方向に持って行きたいと私自身も思っておりますので、
 『こうではないだろうか?』との事が有りましたら感想をお願いしたく思います。

 筆者:雑兵A






[14901] 第18話 大方の予想通り……大滝です。
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:221a222a
Date: 2011/11/30 17:18



 中国、江西省九江市の南部にある廬山五老峰。
 清々しい空気と青々と茂る草花。
 深い山々に囲まれた、正に秘境と呼ぶに相応しい――

「――田舎だね~」

 俺は誰に言うでもなくそう呟いた。
 現在の俺のいる場所は中国の山奥、正確な場所もよく解らない山奥なのだ。

 前回スニオン岬の岩牢に入れられていた俺は、牢から出る条件として一つの任を教皇から言い渡された。
 それは特に難しい内容ではなく、単に『手紙を渡してこい』といった程度のことだった。
 だったのだが――大方の予想通りそれは渡す相手が厄介、または渡すまでが面倒といった内容で、
 現在俺が向かっている場所である廬山五老峰も多分に漏れず、正確な地図は存在しないといった不思議ぶり。

 黄金聖闘士の連中は場所を知っているようだから一応聞いてきたのだが、それも参考程度にしか役には立たない。
 まぁ、誰だって他所の国の滝の場所を、事細かに説明しろって言われても困るだろうけどさ。

 とは言え、世界地図に適当に丸を描いたものを渡されて、『行って来い』は無いのではないだろうか?

 何処の特殊工作員だって、こんなのは音を上げると思う。
 まぁとは言え、工作員なんてやったこと無いから知らないがね。

「――にしてもだ……。見事に迷ったよな」

 鬱葱と茂る森を見渡しながら、俺はそう呟いた。
 ギリシアは聖域から、大体の方角を定めて出発したのだが……どうやら俺は海外と言うものを完全に舐めていたらしい。
 先日にニューギニアに行ったときは、ただシャカの後を付いて行くだけだったからな。

 進んできた距離を考えれば既に中国には入っており、最悪でも周辺の省……良くて近くの市、
 奇跡が起きれば九江市の五老峰近くに居ると思うのだが……。

「奇跡はそうそう起きないと思う」

 そもそもそんなに簡単に奇跡が起きるのなら、俺は聖闘士なんてやってないだろうしな。

 一応は一番聖闘士らしい方法として、相手の小宇宙を感じて移動する……という方法が有る。
 天秤座の童虎は、見た目はアレでも中身は18歳。しかもれっきとした黄金聖闘士だ。
 喩え小宇宙を燃やしていなくとも、それなりに身体の外に漏れ出しているのでは? ……なんて事も考えられる。

 俺だって一応は聖闘士の端くれ、当然小宇宙を感じることくらいは容易に出来る。
 だから近くに居さえすれば、一度会ったことのある相手ならば直ぐに特定できるのだ。

 ……そう、一度会った事のある相手ならだ。

 詰まり、会ったこともない相手を特定して探すなんてのは不可能。

「まぁ、老師がいきなり小宇宙を最大まで燃やす――って言うのなら話は別なんだがね」

 少なくとも243年間、雨の日も風の日も雪の日も嵐の日も、基本的に何があろうともその場から動こうとはしなかったという人物だ。
 いきなり意味もなく小宇宙を燃やすことなど有りはしないだろう。

 となると……

「あれ? 俺って遭難したのか?」

 不意に、現在の俺の状況が理解でき始めた。
 まさかこの歳(見た目は10歳、中身は30以上)になって迷子とは……。

 俺は慌てて懐から方位磁石を取り出し、一緒に地図を――

「地図は良いか、出さなくても。どうせ世界地図だし」

 そもそも、今現在の場所がよく解らない俺では、正確な行き道を決めることは出来ない。
 ならばせめて、只管に東へ向かおうと言うことだ。

 そうすれば少なくとも海に出るだろうし、最悪海沿いに移動をすれば人里に出られるだろうと思ったからだ。

「しかしアレだよ……こういう時こそアテナの導きが欲しいというのに」

 スニオン岬は日本の反対側と言っても良いくらいに離れてたから仕方が無いけど、
 今は中国に居るんだし、日本のアテナが何かを感じて小宇宙を飛ばしてくれても――無理か?

「今のアテナは『お嬢様』だからな……」

 ボソッと呟くように俺は言った。

 前にも言ったことだが、今現在のアテナは良くも悪くも『沙織お嬢さん』なのである。
 我侭一杯に育てられた典型的なお嬢様。
 それが今代のアテナ城戸沙織だ。

 養父である城戸光政の教育は間違っていると言えなくもないが、それも後々に人間らしい生活を捨てることになるアテナの為に、
 せめてもの安らぎを……と考えてのことならば否定することも出来ない。
 事実アテナはこれから僅か数年後には数々の闘いに巻き込まれ、
 城戸沙織としてではなく戦の女神アテナとして振舞わなければならないのだから。

 もっとも、それでも一つだけ気になることがある。

「アテナに何が有ったのか……ってことだよな」

 星矢達が修行に出された時は、少なくともお嬢様状態だったはずだ。
 だが6年後に出会った時は随分と様変わりをしていたことに成る。
 時間が経ってそうなったか、それとも城戸光政が死ぬ前に何かをしたか……。

 まぁ、そんな事は俺が気にしても仕方のないことなんだがな。

「それよりも問題は、今の状況をどうするのか――ん?」

 何だろうか?
 俺は何か、変な喧騒のような音が聞こえた気がした。

 ――いよ。
 ―――けて。

「間違いじゃない。人の声だ」

 かなりの距離が離れているのかその言語の内容は良く解らないが、だが少なくとも人の声だというのは間違いなさそうだ。
 それも随分と切羽詰ったような、只事ではないような雰囲気。

「こういうの……首を突っ込まないって選択肢は無いものかな、本当に」

 有ってもきっと、今の俺は突っ込む方を選択するのだろうが、
 ボヤくように言うと同時に俺はその場を駈け出していた。




 第018話 大方の予想通り……大滝です。




「フンッ!」

 ビシッ!!

「ぐ、ガぁ……」

 後頭部に一撃を加えられ、最後の男がその場に倒れ伏した。
 周りには男同様に倒れているのが数人ほど居る。

 現在この場で意識のあるのは俺――クライオスと、数人の男達に拐われそうになっていた少女の二人だけだ。
 先程俺が聞いた声はこの少女が無理矢理に連れて行かれそうになった際の問答であったらしい。

 現場に駆けつけた俺は、颯爽とこの悪人の方々を懲らしめた訳だ。
 一応手加減をしているので生きているが、暫くは頭痛や嘔吐感、目眩などの症状に悩まされる事だろう。
 まぁ知った事ではないがね。

 それよりも

「どうしたものかな?」

 問題はコッチの方だ。
 俺は未だ泣きグズっていおる少女に視線を向けながらそう言った。

 此処は俺にとっては未開の地。
 そしてそんな所で泣いている少女が一人。

 警察に任せるにしても、何処にその警察が居るのかも解らない状態だ。

「ヒック……ヒック……」
「あー……その、大丈夫だったか?」
「うぅ、ヒック」
「あの……」
「うぅぅ……うぅ」

 駄目だ、意思の疎通が出来ない。
 言葉が通じない。
 せめて泣き止んでくれないと、どう仕様も無いではないか。

「あのね」
「うぅっう」
「あの――」
「ううううう」

 …………ちょっとだけイラッと来たぞ。
 なんだってこんな幼女に怯えられなくちゃならないんだ?

 そもそも今の俺は、何方かと言えばヒーローだろ?
 子供のピンチに颯爽と現れたヒーロー。仮面を付けては居ないが。

 俺はチラッと少女を見ると、その子はあいも変わらず瞳に涙を貯めてグズっている。

 駄目だ、深呼吸しよう深呼吸。

 スーハースーハー……よし。

「……ちょっとコッチを見なさい」

 俺は少女の顔を両手で挟み、グイっと無理矢理に顔を上げさせた。
 少女は一瞬『ビクリッ』と身体を震わせたが、俺はそれでも頬に添えた手を離すことなくジッと正面から見つめ続ける。

「良いかい? もう大丈夫なんだ。……もう一回言うぞ、もう大丈夫だ」
「……」
「俺は何もしないし、迷惑を掛けたりもしない。だからもう大丈夫なんだ。良いね?」
「……」
「………」
「…………(コクリ)」

 ゆっくりじっくり話すことで、どうやら少女は納得してくれたらしい。
 少女がグズるのを止めたのを確認してから、俺は頬を挟んでいた手を離して大きく息を吐いた。 

「あー良かった。……このままだったらどうしようかと思ったよ。俺って保父機能って無いんだな」

 まぁまともに考えたら、保父機能に優れた子供ってのもそうそう居ないか。

「あり……」
「ん?」

 不意に少女が上目使いで声を掛けてきた。
 何だろうか? と俺は首を傾げて正面から見つめ返した。

「……ありがとうございました」

 未だ完全に元気なったと言うわけではないだろうが、少女は律儀にも俺にお礼を言ってきた。
 どうやら、ちゃんと教育が行き届いているらしい。

 俺は少女の事を見つめながら

(聖域も教育に力を入れれば良いのに……)

 と、無駄なことを考えていた。
 多分、教皇に上申しても無意味だろうからな。

 さて――と、俺はグルリと当たりを見回した。
 このまま、この少女を放っておく訳には行かないからな。なんとか人里まで連れて行かねばならない。

「家に送ってあげたいけど、でもこんな山の中じゃな……家は何処にあるんだ? 名前は?」

 俺は最悪、先刻考えた『只管に東へ――』作戦の決行も視野に入れながら、少女に声をかけた。
 まぁなんだ、何時までも呼び名が『少女』って言うんじゃ言いづらいからな。

 俺の問いかけに対し、少女は「えっと……」と可愛らしく口ごもりながら答える。

「家はもっと山の中で……名前は春麗(しゅんれい)、です」

 成程、この子の名前は春麗と言うらしい……。
 春麗……?

「春麗?」
「はい」

 確認するように聞く俺の言葉に、彼女……春麗はコクっと頷いて答えた。
 俺は眉間に皺を寄せると「春麗?」と再度名前を呼んでいた。
 春麗は律儀に「はい」なんて返事を返すが、俺の耳は左から右である。

「奇跡か?」

 天を仰ぐようにして呟く俺だったが、何だが未だ見ぬアテナが「オホホホ」と笑っているような感じがした。
 何だろう? アテナに何か思う所でもあるのかな、俺は。

 しかし春麗か……。
 将来の紫龍のお嫁さんが、まさかこんな所に居るとは――って、

「じゃあ、此処は廬山の大滝の近く?」
「あ、はい。そうです」

 やっぱり奇跡か?
 なんだか、より一層アテナの高笑いが強く耳に響く……。
 俺が表情を崩しているとそれを心配したのか、春麗は「あの、大丈夫ですか?」とか声を掛けてくる。
 ……癒されるなぁ。

 俺は将来の紫龍を少しばかり羨ましく思いながら、

「いや、何でもないよ。出来ればそこまで案内してくれないか? 俺は老師に用があって、遠くから来たんだ」

 とお願いをするのだった。

 そして――

「でっかいなぁ……」

 あっという間に廬山の大滝。

 俺が昔居た日本には勿論、聖域にもこんなに大きな滝は無かった。
 一体、秒間何リットルの水が流れ落ちているのだろうか? 滝から落ちる水が霧になって、周囲にモヤを作っている。
 中国滝百選とかってあるのかな?

「老師はあそこに居ますよ」

 廬山の大瀑布に見入っていた俺の頭の上で、春麗がそう言ってきた。
 現在の春麗立ち位置、それは俺に肩車をされた状態である。……立ち位置ってのも変だが。
 まぁ、一緒に歩いて行くよりもこうして移動したほうが早いからな、俺の場合は。

 春麗の言葉に倣って、俺は視線を大滝の前へとスライドさせていく。すると――

「…………」

 居た。
 確かに居た。
 編笠のような物を被った小男。血色の悪い老人が、確かに一人座っている。

 俺はゴクリと息を呑むと、ゆっくりと老師――童虎に近づいていった。
 春麗を肩に乗せたまま。

「――誰じゃ?」

 滝の方を見つめたままの童虎がそう口にして言ってくる。
 水が落ちる音がしているのに、それでも耳に入る不思議な声だ。

 俺は目の前に居る人物に、少なからず緊張を覚えてしまう。

「聖域から来ました。クライオスと言います」
「聖域じゃと?」

 あ、肌で感じるくらいに童虎雰囲気が変わった。
 どうやら『聖域』と言う言葉に反応をしたらしい。

「それで? そのお主が儂に何のようじゃ?」
「はい。実は教皇から手紙を預かってまして――」
「帰るがいい」

 反応早いなぁ。
 俺、まだ手紙も出してないのに。
 やっぱり童虎は、教皇が偽物だってこと知ってるんだろうな。
 だからこうして聖域に対して疑念を抱いているのだろう。

「ですがね老師。俺も一応は任務で此処に来てる訳でして、『駄目でした』って言って帰るわけには行かないんですよ」

 そうなったらまた投獄だからね。
 俺の言葉に童虎は何も答えない、だが少し間を置くと

「此処に任務で来たと言うたな? お主は聖闘士か?」

 と、質問をしてきた。
 俺は「へ?」と目を丸くして言ったが、直ぐに表情を正して

「そうですよ、確かに俺は聖闘士です。白銀聖闘士」

 そう胸を張って言った。
 原作キャラの星矢達よりも、ずっと早く聖闘士になったのは実はちょっと自慢だったりする。
 まぁ、それを言える相手は居ないけどな。
 俺は笑顔で童虎に言ったのだが、だが童虎の反応はというと

「……やれやれ、若いの」

 なんて言ってきた。
 そりゃ、貴方と比べればこの地球上の生き物は皆が若いでしょうよ。

「儂の言っておるのは年齢のことではないぞ。その在り方のことよ。それだけの力を持っておきながら、モノを見る目が養われておらぬ。目の前の物事

がどんな意味を持つのか? その事を知ろうともせぬのではな」

 ……要約すると、その年で白銀聖闘士なんてたいしたモノだ。
 だが教皇(サガ)の使いっ走りをしてるなんて、なんと言う愚かなことか。

 ――と、言っているのか? もしかして。

 とは言ってもな。
 今現在の状態で、サガが何か悪いことをした訳ではないし――いや、教皇の殺害とかアテナ殺害未遂、それとアイオロスの抹殺とかはあるけど、
 それ以外の事では基本的に『善い事』をしてるんだよな、サガって。

 『万物には、絶対的なものなど存在しない』

 この世の中には、完全なる悪も、そして完全なる善も有りはしないのだ……とはシャカの言葉だが、俺もそれは同感だと思う。
 皆が皆で幸せになれる、誰も泣くことのない世界なんてのは不可能だろう。
 そんな物があるのなら、そもそも聖戦なんて起きないからな。

 だからこそ、俺はサガのやっている事はある程度許容しているんだが……

「老師は、現在の聖域に不満があるのですか?」
「不満? そんなモノは有りはせんよ。儂にあるのは、ただただ許せんと言う思いだけじゃ」

 童虎はただ、キッパリとそう言ってきた。
 詰まり、今の教皇――サガを許すことは出来ない……と。
 でもまぁ、きっと今の教皇を必要だと思っているのかもしれないな。
 もしくはこの先に起きる聖戦に向けて、聖域の力が削がれるような――内乱のような事は避けるべきだと。

「まァいいや。では老師、教皇からの親書を預かってますので受け取ってください」
「そんなモノは要らん。持って帰るがいい」
「……だから、そういう訳にも行かないんですよ」
「大方聖域に来いだの、頭を下げろだのといった内容なのじゃろう?」
「さぁ? でもまぁ、多分そうだと思いますよ」
「…………」

 この反応からすると、きっと聖域からの親書ってのは今回が初めてではないんだろうな。
 サガも、童虎に嫌われてるのを理解すれば良いのに。
 あーいや、解っていても対外的な理由で出さざるを得ないのかな?

「じゃあこうしましょう、『渡したけどそれ以外は特に……』って事にしましょう。いや、しちゃいましょう」

 俺は童虎に手紙を手渡すのを早々に諦め、そう提案をした。
 そもそも俺の任務は手紙を届けることであって、手紙を読ませることでも、内容の通りにすることでもないのだから。

「老師も滝の前に座るので忙しそうだし、余計な事に関わりたくないですもんね?」

 うん。
 そうと決まればさっさと――

「待て」

 クルッと反転した俺に、まさか童虎が声を掛けてきた。
 何でだ? と俺は首を傾げる。

 チラリと視線を向けると、何故か童虎は俺の方へと向き直りジッと視線を向けてきていた。

「あ、老師が初めて滝以外の方を見た」

 とは俺の頭の上に居る、春麗の言葉である。
 ? ……先程のやりとりの最中も、ずっと春麗を肩車していましたが、それが何か?

 しかし、何でコッチ見てるんだ童虎は?
 スペクターの監視をしてれば良いのにそんな怖い顔を――ん? スペクターの監視?

「クライオスとか言うたな? 何やら面白いことを言っておったが……『滝の前で座るの忙しい』? それはまた、変わった表現じゃの?」

 確かに変な表現だと言われればそうかも知れないが、そんなのは小さな事だ流してほしい。
 俺は目をパチクリしながら、内心『そんな言葉の揚げ足を取るような反応をするなよな』と思っていた。

「いやぁ……その、そう――デスマスクが」
「デスマスク? 蟹座・キャンサーのデスマスクか?」

 俺は咄嗟にデスマスクの名前を出してしまい、「すまん」と思いつつもその侭に言葉を続けて言った。

「デスマスクが『あの爺さんは、年がら年中滝ばっかり見てる変人なんだよ。滝を眺めるのを日課にでもしてるんじゃねーか?』って」
「……ほう」

 瞬間、童虎の瞳が『ギラッ』と光った気がしたのだが……きっと気のせいだよな?

「……」
「…………」

 無言で見つめ合う俺と童虎。
 何だろう、何だか凄く居た堪れない感じがする。

 俺は無言の状態に耐えかねて、肩の上に居た春麗を下ろした。

「それじゃあ、俺はこの辺で――」

 そう言って五老峰から立ち去ろうとしたのだが、

「待てと言うておる」

 再び童虎から声が掛かった。
 俺はもう何というか、一秒でも早くここから逃げ出したいのに、何だって呼び止めてくるのか?

「まぁ落ち着け。遠く聖域から来たんじゃ、何もそう直ぐに帰ることもなかろう? のう春麗」

 ニコッと微笑んで言う童虎の言葉に、春麗は「はい」なんて元気に言ってくる。
 俺としてご勘弁願いたいですが……
 
「いやいやいや、そんな春麗。急なことだし迷惑だろ?」
「いいえそんな、迷惑だなんて有りませんよ。――老師、クライオスさんは、私の事を助けてくれたんですよ」
「そうか、そうか。ならば尚の事、せめて夕飯ぐらいはご馳走せねばなるまいな?」

 老師が言うと、春麗は「それじゃあ早速、ご飯の準備をしてきますね」と言って、近くに立っている小屋へと走って行ってしまった。
 嫌だなぁ……本気で嫌だなぁ……と、俺は思っている。

「そういう訳じゃ、暫くゆっくりして行くが良い」

 そんな風に言ってくる童虎の言葉に、俺は「は、はぁい……」と微妙な顔で返事をするしか出来なかった。
 出来ることなら、余計なことを言って未来が変わる――なんて事にならなければ良いのだが。

 春麗の向かった小屋を見つめ、……童虎って歯とか有るのかな? と、ちょっとだけ思ったのは内緒である。





 ps
 今回は疲れた……。



[14901] 第19話 燃え上がれ小宇宙! 立ちはだかる廬山の大滝……じゃなくて、老師。
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:221a222a
Date: 2011/11/30 17:20

 かなり久しぶりの投稿に自分で驚く……




 ※





「よいしょ、……ほらしょ、……どっこいしょ」

 あたり一面は広々とした赤土畑。
 元々が固く押し詰められていた大地だったが、今ではその影もなく、柔らかく掘り起こされた盛土が眼に見えている。
 耕し、開墾、開拓……どんな言い方でも構わないが、これらは俺ことクライオスが手がけたものだ。

 中国は五老峰にやって来てはや1週間……いや、もう1週間だ。

 聖域から中国組んだりまでやって来て、黄金聖闘士の童虎に睨まれ、何故かもう1週間もこうして此処に居る。
 俺の任務ってただ手紙を届けるだけで、童虎の身の回りの世話は含まれていないはずだったんだけどな……。

 これも『やる内容は簡単でも、行うのは大変なこと』に含まれる事なのだろうか?

「ふー……こんなもんかな?」

 俺は口にしてそう言うと、今まで振り回していた鍬をヒョイっと肩に担いだ。
 うん、何だか農耕器具の扱いにも慣れてきたみたいだな。結構結構。

 最初のうちは力加減が上手く行かず、鍬の先だけが飛んでいったりもしたのだが……まぁ、それも今となればいい思い出だ。
 というよりも、いい思い出として放っておかないと心が痛む。

 ――……詳しく聞きたい?

 いや、そんなに妙なことが起きた訳でもないんだがね。
 ただ単に、飛んでいった鍬の刃部分が、偶然(ここが重要)童虎に向かって飛んでいったってだけのこと。
 ほら、あの人って皺苦茶でも黄金聖闘士だろ? だからそんな程度の物はアッサリと避けてくれたのだが、それが元できつくお叱りを受けたのだよ。
 そう……お叱りを。

 まぁ、この話はこれくらいでいいだろう。

「しかし……耕したな」

 周囲一帯を見回しながら、俺はそんな感想を口にした。
 本当に耕した。
 地平線の向こうまで……とは流石に言わないが、少なくとも端から端までで『反対側に誰が居るのか見分け難い』という位には広さがある。

「これって俺が居なくなったら、一体誰が管理するんだ?」

 童虎は滝の前から動かないし、それじゃあ春麗? いやいや、確かに春麗にはデスマスクをイラ付かせるくらいの祈り能力があるが、
 だからってこの畑は祈りではどうにもならんだろう。
 じゃあ、アレか? 紫龍が来るまで野ざらしになるのか、ここは?

「…………」

 何だかそう考えると、一気に気持ちが萎えてくるな。
 結局の所俺がやったのは、利用価値がない土をただ掘り返しただけなのでは無いのだろうか?

「ハハ、無意味に土と戯れる1週間でした~」
「クライオスさーん!」

 感慨(この場合は後悔とも言う)に耽っていた俺だったが、不意に誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。
 この場所で俺のことを『クライオスさん』、なんて言う人間は一人しか居ないけどね。
 想像してみなさいな、童虎が『クライオスさん』なんて言ってる姿を。……絶対に身悶えるから。

「よぉ、春麗。一体どうしたんだ?」
「ハァ、ハァ、ハァ、は、はい――ハァ」

 俺の元まで走ってきた春麗は、肩で息をして言葉を話すことも出来ない状態になってしまっている。
 先刻も言ったように結構な広さだからな、此処は。
 「まぁ、これでも飲め」と言って、俺は足元に置いてあった水筒を手渡して春麗に水を飲ませた。
 可愛らしくコク、コク、コクと喉を鳴らして水を飲んだ春麗は

「――あ、ありがとうございました」

 と、これまた可愛らしくお礼を口にするのだった。

「じゃあ落ち着いたところで、どうしたのさ?」
「あ、はい。その、お昼ごはんが出来たので呼びに来ました」

 元気一杯にそんな事を言ってくる春麗。

 あー……なごむな。うん。
 春麗ってこのまま成長していくんだよな、この性格のまま。
 ……紫龍ムカつく。





 第19話 燃え上がれ小宇宙! 立ちはだかる廬山の大滝……じゃなくて、老師。




 春麗の作った料理を美味しく頂いた後、俺は廬山の滝の前に立ってジッと流れる水を見つめていた。
 話によると、この廬山の滝は星の降る場所とか言われていて、宇宙から降り注ぐ星が滝から落ち、
 滝壺に安置されている龍座の聖衣はその星によって鍛えられているとか……いないとか。
 すると……この滝壺深くに、龍座の聖衣が眠ってるのか。

 俺はチラッと視線を滝壺へと向けた。

「深そうだな……」

 紫龍はこの中に潜って、それから聖衣を引っ張り上げたのだろうか?
 俺の聖衣みたいに、呼んだら飛んでくる……って訳には行かないんだろうな、やっぱり。

 紫龍だけでなく氷河や瞬もそうだが、海とか水とかに関係する事が多い気がする。奴等は泳ぎも上手そうだ。
 紫龍は滝壺ダイブ、氷河はマーマに会うために寒中水泳(スウェットスーツを着たほうが良いのでは?)、
 瞬は聖衣獲得のために神話のアンドロメダを模倣する等々。
 ……まぁ、瞬の場合は泳ぎとか関係ないけどさ。
 
「でもコレ……逆流なんて出来るのか?」

 思いの外に大きな水の流れ。
 俺はその光景に、思わずそんな事を口走っていた。

「ふぉっふぉっふぉ。確かにお主には出来ぬかもな」

 不意に背後から声が聞こえる。
 というか……『ふぉっふぉっふぉ』って、バル○ン星人ですか?
 俺は振り向いて、そんな妙な笑い声で登場してきた人物、天秤座・ライブラの童虎に視線を向けた。

「出来ないかも……って、どういう事ですか老師?」

 童虎の方からはどうなのか知らないが、少なくとも俺のほうは童虎を嫌っているわけではない。
 なので俺は、それなりに敬意を込めた応答をするようにしている。

 だがこの目の前に居る200歳オーバーの化物は、俺の事をサガの手先だとか考えているのか? 何かと絡むような言い方をしてくることが多い。
 若年童虎の声(堀内賢雄)とか好きなんだけどな……。

「生半可な小宇宙では、廬山の滝を逆流させるなど不可能じゃと言うておる」
「生半可なって……俺はこう見えても、白銀聖闘士ですよ?」

 確かに『出来るのか?』なんて口にはしたが、そもそも青銅に成り立ての紫龍に出来たことなのだ。
 それを仮にも白銀の俺が、出来ない道理は無いだろう。
 俺は軽く笑うようにして答えを返すと、童虎はそれに対し――

「ふんっ」

 なんて、鼻で笑ってきた。
 瞬間、俺自身の目元がピクリと動いたのを感じる。

「……なんですか? いったい」
「聖衣の色など関係ないわ。お主の小宇宙では無理じゃと言うておるのだ」

 童虎の言葉に、俺は今度は明らかに眉根が動くのが解った。
 何なのだこの爺さんは?
 黄金聖闘士だと言うことは解っている。
 だが、何故にこんなにも喧嘩腰に物事を言ってくるんだ?

「小宇宙とはその者の心じゃ。
 お主のように淀んだ心では、喩え限界まで小宇宙を高めたとしても、この大滝を逆流させることなど出来はせんじゃろう」
「淀んだ心?」

 思わず、俺は首を傾げて聞き返してしまった。
 『淀んだ』とは、いったいどういう事か? サガのように、『邪悪だ』と言うのなら意味も解るのだが……。

「そのままの事よ。お主は何かしら、心の奥に溜め込んで居るものがある。
 それが小宇宙を小さく――いや、心そのものを小さくしてしまっているのじゃ」
「……」

 一気にまた意味が解らなくなったな。
 溜め込んでいるもの――とは、恐らくは俺だけが知っているこの先の未来についてだろう。
 だが、その事が俺の小宇宙や心……要は、成長を止めているとは、いったいどういう意味だ?

「解るぬじゃろう? 今のお主には、到底理解できぬことじゃ。――今のような曇った眼をしていてはな」
「クッ!」

 またそれか!
 何なんだ、いったい!!

 俺は『ギリィッ』っと音を鳴らして歯ぎしりをした。
 曇ってるだの何だの……童虎は俺の何が解ると言うのか?
 そりゃ俺自身、自分が聖闘士らしくはない事くらい良く解っている。
 だが、だからと言って顔を併せて然程時間も立っていないような相手に、どうこう言われるような筋合いは無いはずだ。

 だいたい――今の童虎は本当に強いのか?

 いや、若い時の童虎が強いことは解っている。
 だが若返る前の、今の老いぼれた童虎は、こんなに偉そうにするほどに強いのか?
 ちょっと捻ってしまえば、へし折れてしまいそうじゃないか。

「ほ? これはまた……随分と剣呑な表情をしよる」

 どうやら表情に出たらしく、童虎にそれを指摘される。
 だが俺は「ふん」っと鼻を鳴らし、構わずに小宇宙を燃やした。

「老師も聖闘士だ。……だったら、俺の身体から出る小宇宙が解るでしょう?
 これでも、俺の小宇宙は小さいって言うんですか?」

 俺は怒ってるんだろうか?
 いや、怒っているのだろうな。

 数年前から初めた修業と、今の自分を否定されたような気がしたのだ。
 だから俺は――

「そんな程度で小宇宙じゃと? 片腹痛いわい」

 いくら相手が黄金聖闘士だと解っていても――

「――ッケンナ! 爺ィ!!」

 思い切り腕を振り上げていた。
 聖闘士が大人げない? って、誰だって頭に来ることの一つや二つは有るだろう?
 俺にとっては、コレがそうだったってことだ。

 だが――

「なっ!?」
「ほっほっほ」

 振りあげて突き出した俺の拳は、枯れ木のように貧弱な童虎の掌で受け止められていた。
 手加減をしたのか? いや、そんな感情は起きもしなかった。
 だったらやっぱり――

「元気な小僧じゃな」

 笑ってるのか、それとも怒ってるのか?
 どんな意味のある表情なのかも解らない顔だ、……だが

「ク、グゥ……!」

 拳の先から感じる感触。
 俺はコレと同じ感触を知っている。
 この、まるで空気の塊を叩いたような、そんな奇妙な感触。

 コレは――前にシャカに殴りかかったときに、軽々と受け止められたのと同じ感触だ。

「儂の言葉が頭に来たか? 儂のような老人なら、容易くどうにか出来るとでも思うたか?
 ――そんなことじゃから、小さいと言うのじゃ!!」

 一喝の瞬間、童虎の姿が消えたようになり、そして

「喝ッ!!」
「んなっ!?」

 次の瞬間、俺は童虎の掌底の一撃で数m程をぶっ飛ばされたのだった。
 俺は地面を滑りながらも、何とか体勢を崩さないようにして立っていた。

 童虎は俺に「ふむ」と言うと、その視線を俺から離して滝の方へと向ける。

「今の聖域は、かつての輝きを失ってしまっておる。
 かつての、200年以上前に行われた聖戦のとき……あの時も聖域は輝きを失いかけていた。
 儂は、もうあの時のような思いはしたくはないのじゃ」
「老師……」

 ほろり、と零すように言った童虎の言葉に、俺は思わず声をかけていた。
 考えれば、この人物は長い時間を生きてきて、サガに殺された前教皇とはそれなりに友誼もあった筈だ。
 前回の聖戦がどれほどのものだったのか? それは俺には解らないが、
 自身の欲望によって動いているように見えるサガの行動は、老師には許すことは出来ないのだろう。

 だが――

「俺のことを、まるで悪の手先みたいに扱うのは止めて欲しいんですけど」

 俺は眼を細め、思わず童虎にそう言っていた。
 いや、もう本当に止めてもらいたいのだ。
 どっちかというと、俺はサガ陣営とアテナ陣営の中間に居て、波風立てずに生きていければ一番だと思っているのだから。

 とは言えそれを聖闘士に……それも黄金聖闘士の童虎に直接伝えるわけにもいくまい。
 一番いいのは聖域とかアテナとか全部放って、ムウのように人里離れた山奥に隠れてしまえな良いのだろうけど、
 残念ながら仮に其れをして見つかってしまった時のことが怖すぎて出来そうにない。
 俺のようなタダのモブ以下とも言えるような人間なんか、出来れば放っておいてくれると助かるんだけどな。

 そもそもだ。
 の事の始まりを考えるのなら、俺は聖闘士になんてなるつもりはなかったのだ。
 日本とは違う国で、普通に(幾分調子にのっていた所もあるが)生きていこうとしていたのだ。

 それがひょんな事から拉致同然に聖域に連れられ、そのまま黄金聖闘士である乙女座のシャカに弟子入りさせられてしまった。
 そして自分の身を守るために修行を重ね(主に修行で死なないように)、小宇宙が使えるようになってからは出来ることを増やそうと頑張っていただけに過ぎない。
 まぁ……それで結果的には聖闘士になってしまったのだが、とは言え今でも俺の行動の第一理由は『自身の安全』で有ることに変わりはない。
 だからこそ白銀聖闘士の同期たちとはあまり仲良くなりたくなかったし、死ぬようなことは極力控えていたかった。

 無言で滝を見つめ続ける童虎に視線を向ける俺は、内心で盛大な溜息をついていた。

 暫くの間そうして童虎の後ろ姿を見つめていたのだが、どうやら童虎から返事が来そうにはない。
 先程ぶっ飛ばされたことは頭にくるが、とは言えこれ以上此処にいても仕方が無いだろう。

(畑仕事に戻ろうかな)

 なんて、俺は思い始めていた。

 だがふと、滝を見ていた童虎の肩がピクッと動く。
 そしてそのままゆっくりとした動作で、再び俺の方へと顔を向けてきた。

 なんだろうか?
 もう正直、この人が何かを私用とするたびに、俺の体力と精神力がガリガリと減っていくのだが。

「あの、老師――」
「そこまでじゃ、クライオス」
「へ?」

 雰囲気に堪えられずに口を開いた俺だったが、童虎はそれを遮るようにして口を挟んできた。
 普段は人のことを『小僧』だのなんだの言う癖に、なんだって急に名前で呼んできたんだろうか。
 嫌な予感がヒシヒシと、まるで肌に針を刺すかのような感覚になって感じる。

「クライオス……お主は、今の聖域の事を知っておるのだな? 恐らくは儂と同じ程度に」
「はぁ?」

 この人は何を言ってるんだ?
 ……いやそもそも、どうして今までのやり取りでそういう結論に達するんだ?
 訳がわからないし、理解が追い付かない。
 確かに聖域で起きてることも、その理由や内容も、ヘタをすれば童虎よりも俺は知っているだろう。
 だが――

(この人はなんだって、勝手にそんな結論を打ち立てているのかぁっ!?)

 俺は困って表情を歪め、視線を彷徨わせている俺だが

「……………………」

 童虎はそんな俺に対してジッと無言で視線をぶつけてくる。

 頼む、お願いだから何か喋ってくれ!
 だが俺の悲痛な思いが通じるわけもなく、

「……」

 童虎からは無言が返ってくるだけだった。

 実際、『何を言ってるんですか?』と言うのは簡単だろうけど、とは言え今の状況ではマトモに聞いてくれないかも知れない。
 仮に『知っている』とでも告げた場合、なにやら面倒な事になりそうな予感がヒシヒシと感じられる。
 どうしたものか? どうやって乗り切るべきか?
 グルグルと頭の中で打開策を考えるが、一向にいい考えは浮かんではこない。

(もういっそのこと、”知ってますよ~“とでも言ってしまおうか?)

 そんな風に気持ちが流され始めたとき

「クライオスさーん! そろそろ午後の作業を始めましょー!」

 場の緊張を粉砕してくれる、女神(春麗)の声が辺りに響いた。
 この瞬間、俺の目には春麗が未だ会ったことのないアテナなどよりもずっと神々しく映っていたに違いない。
 俺はホッと一息ついて

「あぁっと、すいません老師。春麗がお呼びなので、俺はこれで失礼します」

 と苦笑いを浮かべてその場所から逃げ出すのであった。
 背中から感じる、何を考えているのか解らない老師の視線に……俺は

「さっさとココから逃げよう」

 そう本気で思うのであった。




 ※




 先日、聖域からの使者だと言って一人の小僧が現れた。
 儂に教皇からの手紙を預かってきた――と言うてな。

 馬鹿馬鹿しい。

 何が教皇からの手紙か?
 儂は知っておる、数年前に何が会ったのかを。
 勿論証拠など何もないが、とは言え儂の予想は間違ってはいないはずじゃ。
 だからこそ、儂は聖闘士の最高峰である黄金聖衣を受けた聖闘士でありながらも、その路に背くようなことをしておる。

 今までも何人もが似たような理由で儂のもとにやって来たが、儂は連中をマトモに相手などせんなんだ。
 どいつもこいつも、偽の教皇に踊らされておることに気付いてはおらん。
 じゃが――

「あの小僧……クライオスというたか?」

 精神的にはまだ未熟じゃが、白銀聖闘士とし見るならば実力は申し分ない。
 それに何より、今までの連中とは違って聖域の内情を知っているような素振りをしておった。

「知っているが……其れを口にすることは出来ない。――と、そういった所じゃろうな」

 『今の聖域の事を知っているのか?』との問いかけに対する、あの妙な仕草。
 儂の予想を裏付けるには十分過ぎる行動じゃった。
 今までにもやって来た、何かを勘違いしたような奢りたかぶった連中とは何かが違う……。
 もっとも、その何かが何であるのかは解からんのじゃがな。
 内面? 精神? 考え方?
 そのどれもが正しいようで、やはり何かが違うようにも感じる。
 僅かづつではあるが、平和を愛する者達が育ってきていると言うことなのじゃろうか?

「……聖戦までは時間がない」

 儂は呟くように言うと、視線を滝壺へと向けた。
 かつてアテナに託された使命のため、儂はこの場を動くことのできない運命。

 願わくば、新たな次代を担う戦士が誕生せんことを。

「ふむ……手紙くらい、受け取ってやるべきか」

 独り言のように呟いた言葉は滝の音に掻き消えて、かつての聖戦で生命を落とした仲間たちを想い、
 儂はホンの少しだけ息を吐いた。








[14901] 第20話 ムウは常識人?
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:221a222a
Date: 2012/03/22 19:21

 ある日突然、気が付くと自分ではない自分を感じることって無いだろうか?
 ……無いよな? そりゃそんな事はそうそう無い。
 でも、まぁ……俺はそんな『そうそうには無い』ことを経験した人間である。

 もっとも、元を正せばそれが原因で自分の人生は狂っているのではないか? とそう思えてならない。

 俺の名前はクライオス。生粋のギリシア人で、現在は聖域に認められた白銀聖闘士。
 未だ10歳という年齢だが、聖闘士としては別に若すぎるという程でもなく、聖域の中では取り立てて珍しくもない人間の一人である。……まぁ、聖闘士である時点で既に変わっていると言われてしまうと、反論のしようが失くなってしまうのだが。
 まぁ、それはいい。問題なのは俺の職業なんかではなく、前述した自分ではない自分ということだ。
 俺自身が5歳の時、頭部に強い衝撃を受けたショックで思い出された前世? の記憶。今になって思えば、俺の不幸はそれを思い出してからだと思えてならないのだ。




 第20話 ムウは常識人?



 中国は五老峰を逃げ出すようにして後にした俺ことクライオスは、現在2つ目のポイントであるチベットの奥地……ジャミールへと向かっている。
 今回の俺の任務は、どうやら聖域にとって『仲良くしておきたい相手』の元への配達が主らしい。
 まぁとは言え、サガの反乱の事を知っている童虎達を何とかしよう――ってのは、正直無茶が過ぎることではなかろうか?
 いやまぁ、サガは自分の所業が誰にもバレてないと思っているからこその行動なのかも知れないがね。

 あぁそうそう。
 一応は教皇《サガ》からの手紙は、ちゃんと小屋のテーブルの上に置いてきてある。
 もうこの際、童虎が手紙を受け取るかどうかは別問題でいいだろう。俺としてはかなり頑張ったよ。……一週間のあいだ、畑仕事をしただけだけどさ。

 ――で。

 周りじゅうを濃密な霧に覆われ、一寸先もまともに見えないような状況に俺はなっている。
 どうやら俺は噂に聞く、聖衣の墓場へと入り込んだらしい。
 一般的に……と言っても聖闘士の間での話だが、俺がコレから向かう先に居るであろう人物は世にも珍しい職種の人間として通っている。
 ……まぁ、聖闘士も一般的には十分に珍しい職種ではあるのだが、その人物の職業は更に珍しいのだ。
 それは聖闘士が闘いのさいに着用する聖衣。その聖衣の修復をすることが出来る、聖衣修復業者である。
 聖闘士の中にもそんな能力を持つ者達が居るらしいのだが、残念なことに俺は未だそんな人物達に出会ったことはない。
 彫刻室座とか彫刻具座……ふむ。
 少し想像してみたが、俺は風鳥座で良かったのかも知れない。
 背中から彫刻刀が飛び出してるような聖衣は勘弁だ。

「引き返せ……」

 ふと、耳の奥に残るような、こびり着くような声が響いてきた。
 声のした方角は自身の前方向。
 俺はホンの少しだけ眉間に皺を寄せると、その方向を睨むようにして見つめた。

「噂の、聖闘士の成れの果てか」

 ボソッとそう呟いたのを合図にしたように、辺りには人魂が浮かび始めた。
 ジャミールを目指して半ばで生命を散らした、過去の聖闘士達の亡霊だ。

「感じる……感じるぞ。貴様は聖闘士だな?」
「この場所に聖闘士が来る理由はひとつだけ……」

 唸るような、怯えるような……どう表現をすれば良いのだろうか?
 辺り一帯から響いてくるその声は次第にハッキリと聞こえるように成り、宙を漂っていた人魂はその姿を亡霊へと変えた。

「此処から先はムウ様のおわす場所。力無き者は通ることまかりならん」

 今にも崩れ落ちそうなボロボロの聖衣を纏った、幾数もの骸骨達。
 ムウの放つ幻術なのか、それとも神の御業か超自然現象か。
 シャカの元で修行をつんだ俺にも、この目の前で起きていることを『不思議なこと』としか認識できない。
 ……まだまだ修行が足りないか。

 とは言えだ。
 俺はこの場所の通過方法を知っているのでたいして問題はない。
 もし問題が有るとするのなら――

「聖衣の墓場について、誰一人俺に教えてはくれなかった――という事実くらいか?」

 『ははっ』と思わず苦笑いが漏れる。
 そうなのだ。俺が今回受けた任務について、何かしらの助言をくれた人物は皆無。
 聖衣の墓場なんて、下手したら生命を落としかねない場所であるにも係わらずだ。

「もしかして俺……思いの外に嫌われてる?」

 首を傾げて自問自答してみるが、当然その事に答えてくれる相手は居ない。
 眼の前の亡霊たちなどは逆に、

「ゲッゲッゲッゲ」
「ふはははは」

 と、どうやって出しているのかも解らない笑い声を上げている。
 俺は亡霊たちを前に腕組をしてみせ、「ふむ……」と考えるようにしてみせた。

「……」
「帰れ、帰れ~」

 亡霊たちは俺の前を漂うようにふらついているだけで、特に何かをして来ようとはしない。試しに一歩だけ足を踏み込むと、亡霊たちは一斉に動き出して一列に並んで縦列陣形で俺の前に整列をした。だがそこから俺が動かずに居ると、連中は何をするでもなく動こうとはしない。
 さて……ここで突然だが、俺が現在いる場所である『聖衣の墓場』についての説明をしようと思う。
 チベットの奥地、ジャミール。
 古くから聖衣修復者の育成を行なっている場所であるらしいのだが、そこへ向かうために必ず通らなければならない場所が、この『聖衣の墓場』なのである。
 この場所、目的の場所に到達するには1つだけ守らなくてはならない決まりごとがある。それは、必ず前進以外の事をしてはいけない――ということである。
 例えば横っ飛び、後退などをしようものならば、こうしてこの場に漂う亡霊たちの仲間入りをしてしまうというのである。
 何を馬鹿な! と、そう思う者も居るだろう。
 だが、そう思った者達こそがこうしてフワフワしている亡霊であるのは、紛れも無い事実。
 だが、俺は聖衣の墓場の正体を知っている。
 この場所は、現在は濃密な霧と何らかの超常力(恐らくはムウの小宇宙)によって判断がつかなくなっているものの、実は底を見るのも恐ろしい崖に架かっている細い足場なのだ。
 その為、横っ飛びしようものならば崖下に、後ろに飛び下がろうものならば、足を踏み外して落下する。
 コレこそが、聖衣の墓場の正体なのである。

 つまり俺が何を言いたいのか? というと

「コレって、元の場所に足を戻す分には問題ないんじゃないか?」

 と、言うことだ。
 どうなのだろうか? 出来るのだろうか?
 俺はドキドキとしながら、するようにして踏み出した足を元の場所へと戻していった。
 すると

「あ」

 眼の前で縦列陣形をとっていた亡霊たちが、ワラワラと再び散り始める。
 なので再び一歩前に足を出すと、先程と同用に縦列陣形。

 戻す→バラバラ
 前進→縦列陣形
 戻す……

「なんか思ったよりも面白いな、コレ」

 ネコにネコじゃらしをチラつかせているような感覚――と言えばいいだろうか?
 何と言うか、目の前で良いように動かされている亡霊たちに、少しばかりの嗜虐心を感じてしまう。
 だが俺がそうして遊んでいると

『いい加減になさい』

 ふと、俺の脳内にそんな言葉が響いてきた。
 最初は気のせいか? とも思ったのだが、まるでそう思ったことさえ解っているかのように

『気の所為ではありません。私は貴方の頭に直接語りかけているのです』

 と、そんな言葉を続けてきた。
 俺はその言葉に

(あぁ……呼んでも居ないのに出てきたよ)

 そう、内心で溜息を吐いた。

「何処の誰かは知らないが、いい加減にしろとは……早くこの場所を抜けろということか?」

 俺は声を上げ、霧の向こうに向って確認するように言った。

『あなたにその力が有るのなら』

 声の主はそう言うと、まるでラジオの電源を切るようにプツッと一方的に言葉をきった。
 俺は大きく溜息を吐くと、自身の目の前に整列を果たした亡霊たちに視線を向ける。

「何と言うか……進まなくては駄目らしい」

 誰に言うでもなく口にした言葉。そのため亡霊たちが

「未熟者如きがムウ様の場所に――」
「我等が蹴散らして――」
「早々に逝――」

 何やら喋っていたが、それらは全部無視をした。
 足を更に一歩進ませたことで、亡霊たちは動きを激化させる。
 聖衣の墓場に完全に踏み込んだ俺のことを、排除すべき敵だと判断したらしい。

「消えるがいいっ!」

 そう言って、駆けこむように迫ってきた亡霊の一体が振りおろしてきた拳は、俺には酷くユックリに感じられた。

 ズバァンッ!

 周囲に響く打撃音と、空気を叩くような衝撃波。
 マトモな人間ならば、今の一撃で行動不能に陥るであろう……それほどの攻撃だ。
 骨の身体しかない彼の、一体何処にそれだけの力があるのだろうか? 甚だ謎である。
 え? 余裕があるって?
 それは仕方がない、何せ先ほどの攻撃は、俺の手の平で止められているのだから。

「お前が生前、どんな聖闘士だったのか? それは知らないが……その程度の攻撃でどうにかなるほど、俺は甘やかされては居ないよ?」

 グシャッ!

 軽く首を傾げて言った瞬間、俺は残った腕を軽く振るって目の前の亡霊を細切れにする。だが直ぐ様別の亡霊が迫ってくるため、俺はそのまま続けざまに腕を振るい続けた。

 ザンッ! グバンッ! ゴンッ! ベギャンッ!

 斬り、潰し、叩き、砕き、破壊する。相手が迫るたびにそれらを駆逐していく。
 相手は弱い、大した強さではない。俺が負ける理由はないのだが

「数が減らないな」

 そう、一向に数が減っているようには見えない。
 それ程に多くの亡霊が存在しただろうか? とも思うが、流石に10や20ではなく100や200もぶっ飛ばして尚も存在し続けるというのは無理があるように感じる。
 俺は視線を僅かに逸らして吹き飛ばした亡霊へと視線を向けると、あろうことか潰れた亡霊は再びその形を元に戻して列の最後尾に並びだしたではないか。

「コレは……一気に駆け抜けるか、一瞬で全てを破壊しないといけない……とかいうことなのか?」

 バシンっ!

 言いながら目の前の亡霊の攻撃を受け止めた俺は、ならばと小宇宙を高め始める。
 そして高めた小宇宙を右の腕に収束させると

「一瞬で全てを消し飛ばす! 吹き飛べ! ディバイン・ストライク!!」

 瞬間、幾百、幾千、幾万にも達しようかという光線が周囲を満たし、その一つ一つが破壊エネルギーとなって亡霊たちに襲いかかった。

「ぐがぁあああああっ!」

 眼前に居た亡霊は勿論、その後ろに並んでいた亡霊達も尽く消し飛ばしていく。
 連中は断末魔のような声を上げながらその存在を消滅させ、そして塵のように消し飛んでいく。
 そのうえ

 ガラッ!

「うぇっ!?」

 元から頼りなく繋がっていた細い足場まで、俺の攻撃は吹き飛ばしていった!

「な、なんとぉ!」

 突然身体に感じた浮遊感に驚き、俺は思いっきり前方へと向って跳躍をはたした。

 ズダン!

 数m? いや、数十m程は跳んだだろうか? 対岸と思われる場所に着地をした俺は、思わず自分が今まで居たであろう場所へと視線を向けた。
 すると其処には、やはりというか何と言うか……見るのも嫌になるような断崖。
 崖下には剣山のごとく突き出た岩山が並び、そこには昆虫採集の虫のように突き刺さった骸を晒す、聖闘士の成れの果てが数多く存在していた。

 もっとも、俺が驚いたのは其処ではない。
 俺が一番に驚いたのは、

「あの一本道……俺のせいで細くなったとか無いよな?」

 パラパラと破片らしきモノを崖下に散らしながら、聖衣の墓場唯一の通行路は今にも崩れそうに風に晒されている。
 俺はその光景を眼にしながら、将来この場所に来ることに成るだろう人物(紫龍)に

「正直、スマン」

 と口にするのであった。

 さて、十分な謝罪を口にした所で、俺は俺の任務に戻るとしよう。
 そもそも、こんな人里から離れすぎた辺鄙な場所に来たのも、元はといえばそれが理由なのだから。

「さてさて、と」

 俺はそんな風に口に出しながら、周囲に視線を回してみる。
 先程、俺の脳内に直接テレパスを送ってきた人物が何処かに居るはずなのだが――

「――貴方が探しているのは、もしかして私のことですか?」
「っ!!」

 不意に背後から声が掛かった。
 そんな馬鹿な! との気持ちを押さえ込み、俺はバッと後方へと振り返ってみせる。
 背後は断崖絶壁、人が立っているわけがないのだ。

「……居ない」

 あたり前のことだが、俺は自分でそう口にした。
 俺が立っている場所からほんのすこし後ろに下がっただけで、そこ足場など無くなってしまうのだ。いくらこの場所に住んでいる人物が非常識な輩でも、ある程度は常識の通じる――

「こっちですよ」

 今度は更に背後――つまりは最初に向いていた方から声がする。
 俺は心臓が跳ね上がりそうになったが、それを表情に出すまいと努めて視線を向けた。

「良く聖衣の墓場の抜けてきましたね? お疲れ様」

 その場に立っていたのは一人の少年。
 シャカやアイオリアと同じ程度の年齢であろう、一人の少年だ。
 紫色の髪、温和そうな表情、だが――やはり普通の人間ではないらしい。

「……初めまして。ジャミールのムウ」
「おやおや、私のことを知っているのですか?」
「直接顔を合わせるのは初めてだけど」

 登場キャラクターを全部網羅してますか? と聞かれれば、声を大にしてそれはないと答えるだろう。だが少なくとも、黄金聖闘士くらいは普通に解る。
 それにこんな紫色の髪の毛に、麻呂のような眉毛をした特徴的な人物……この世界がいくら変人の巣窟であったとしても、そうそう同じような見た目の人は居ないだろう。

 ムウは俺の返答に、ニコッと笑みを浮かべている。

「こんな場所で話も何ですから……どうぞ」

 ムウはそう言うと踵を返して歩き出した。
 スタスタと進んでいくムウに遅れまいと、俺はその後へ続くように着いて行く。
 すると程なくして、階段と入り口が存在しないというムウの館が見えてくる。
 コレを一体誰が作ったのか非常に気になるが、もしかしたらムウが個人で作った物なのかも知れない。
 確か黄金聖闘士の中でも、随一の超能力の持ち主らしいからな。
 そこら辺の岩を加工したりなんてのは、お手の物だろう。

「それで、こんな場所にまで来た理由は何です? 流石に観光と言うわけではないのでしょうが……聖衣の修復でしょうか?」

 丁度、館の目の前付近に着いたところで、ムウは俺にそう尋ねてきた。
 まぁ、聖衣修復者であるムウの元に来る人物なんて、普通は壊れた聖衣の修復を頼む聖闘士くらいしか居ないだろう。

「いや……俺の聖衣は今のところ問題なくて――俺は聖域から、親書を届けるようにとのことで派遣された。風鳥座・エイパスのクライオスだ」
「ほう、風鳥座ですか? これはまた、随分と珍しい聖衣をお持ちのようですね?」
「あ、やっぱり珍しいんだ」

 ムウの言葉に少しだけ優越感を感じる。
 まぁ実際、シャカに教わった内容だと大昔の聖戦の時に頑張った聖衣らしいが、その後はアテナに封印されていたような聖衣らしいし……

 なんだか思い返すたびに、自分の聖衣は碌なものではないんじゃないか? と思えてしまう。

「親書に関しては確かに受け取りましょう。ただし、それに沿う事が出来るかどうか別問題になりますが」
「いや、それでいいと思いますよ? 俺の仕事は言うことを聴かせるじゃなくて、親書を届けるだから、受け取った本人がどうするかは個人の自由だと思うし」
「……クス」
「何故に笑うのですか?」

 今の会話の何処に笑いのツボがあったのか? 黄金聖闘士の感覚は相も変わらず理解不能だ。
 ……アレか? 普段から人と接していないから、箸が転がって面白い――みたいな状態なのだろうか?

「いえ、なに。……ただ随分と面白い人物だな、と」

 笑われていたのは俺だった。
 アレだぞ、面と向かって面白いと言われて喜ぶのは、ギャグをかました時か、芸人さんくらいだぞ。
 シャカにそんな事言おうものならば、確実に宙を舞うことに成る。

「そういえばクライオス。先程の亡霊達にはなった技ですが、一体誰に師事をして身に付けたのです?」
「技って……ディバイン・ストライク?」
「えぇ」

 あぁ、なるほど。
 確かに不可思議に写ったのかも知れないな。
 聖闘士の技は、大抵その星座に関連するようなモノか、もしくは師匠から技を伝授されるかの場合が多い。
 星矢の流星拳だって魔鈴も使えるし、紫龍の廬山昇龍覇、氷河のダイヤモンドダストなんかもそうだ。逆に一輝の鳳翼天翔や瞬のネビュラストームなんかは星座に関連されるような技だといえる。
 そう考えると、俺のディバイン・ストライクは何方にも分類しにくいモノなのかも知れない。

 俺は腕組をして、ムーと唸ってみせた。

「誰……と聞かれると、直接の師がシャカで、あとアイオリア、カミュ、ミロ、デスマスク、シュラ、アフロディーテ、アルデバラン……か?」
「……それはもしかして、ギャグか何かのつもりで言っているのですか?」
「正真正銘本気で言ってる」

 これがギャグならどれだけ良かったことか。
 俺は当時の自分を、『良く生きてるな?』といって、褒めてやりたいくらいなのだ。
 平均住み時間が僅か2~3時間とか、どう考えても10歳の子供にする仕打ちとは思えない。

「あのシャカの弟子と言うだけでも驚きなのですが……。貴方はその他の黄金聖闘士達にまで師事していたと?」
「そうなるのかな? ……うん、結果的にはそうなる」

 俺としては最初は一部の黄金聖闘士にお願いに行っただけなのだが、結果としては聖域在住の黄金聖闘士全員(サガを除く)に目を付けられた。
 ……何と言うか、どう考えてもこうなったのはオレのせいじゃないと思う。
 だがしかし、既に聖闘士となった俺は、もうあのような地獄を経験する必要は何処にもな――

「クライオス」
「はぅい?」

 今現在の自分の状況とかつての自分の状況とを照らし合わせ、心の底から幸せを噛み締めていた俺だったが、ムウに名前を呼ばれたことで現実へと引き戻される。
 思わず視線を向けたムウの表情……なんだか嫌な予感がする。
 俺はこの手の表情を知っているような気がする。

「今から私が、貴方に小宇宙の真髄とは何であるかを、直接教えてあげましょう」
「……はぁ?」

 なんで?
 訳がわからない。この人は一体何を言っているのか? 俺はただ単に、聖域から親書を持ってきただけだというのに。もしかして頭が湧いてるのか?

「小宇宙の真髄とは第六感を超えた先にある、第七感……セブンセンシズ――」

 ムウの行動の意味が解らずフリーズしている最中だというのに、ムウはそんなことはお構いなしだとばかりに、勝手に話を始めていく。
 この行動……少しだけシャカに似たところが有る。というか、シャカとムウが仲がいい理由って、単に似た者同士か?
 そもそも亡霊達に『ムウ様』――とか呼ばせている時点で、この男が普通の人の訳がなかった。

「聞いていますか、クライオス?」
「はいっ! 聞いてます!」

 ムウの言葉に力一杯に返事を返す俺だが、内心では

(俺って……もう聖闘士だよな?)

 と、自問自答を繰り返していた。
 





[14901] 第21話 セブンセンシズは必要?
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:221a222a
Date: 2012/05/29 10:40

 セブンセンシズ
 人間の持つ五感を超えた六感。そして、それを更に超えた先に在るという第七感。
 普通の人間は、視覚・味覚・聴覚・嗅覚・触覚の五感と、霊感や超能力とも言われる第六感の、6つの感覚があるが真の聖闘士はそれらを超えた第七の感覚に目覚めるという。この第七感と言うものは小宇宙の真髄とまで言われるものであり、聖闘士となった者たちはこの第七感によって小宇宙を燃焼させているのだ。
 だが、本当の意味でセブンセンシズに目覚める者は極僅か。現在の聖域関係者に於いては黄金聖闘士の11人しか居ない。青銅聖闘士や白銀聖闘士は確かに聖闘士といった分類にカテゴリーされているのだろうが、セブンセンシズに目覚めては居ない……といった意味では、真の聖闘士とは言えないのかもしれない。

(セブンセンシズか……)

 俺は目を閉じ、座禅を組みながら心の奥で呟いた。
 正直な所、俺はセブンセンシズなど要らない――と思っている。いや、これから先の戦い(将来に起こるであろうポセイドンやハーデスとお聖戦)のことを考えれば、決してあって困るようなモノではないのだろう。
 だがそれは即ち、俺が戦いの矢面に立つことを意味する。

(それをすると……俺は死ぬんじゃないか?)

 実際問題として星矢達の戦いを参考にして考えた場合、相手は確実に人間の手に余るような化物連中となる。ポセイドン然り、ハーデス然り。場合によっては劇場版に登場したような、フェボス・アベルのような神が現れる可能性だってある。
 相手は神だ。セブンセンシズに目覚めている黄金聖闘士でさえ手が出せないような危険な相手。それに正面から立ち向かう可能性が出てくる?
 正直に言って笑えない。苦笑いも浮かばない。
 今の俺にとっての優先事項は、自身の安全の他ならないのだ。
 それを考えるのであれば、自身が目立つような行動は慎むべきではないだろうか?
 それに俺は今後の立ち位置を誤れば、黄金聖闘士と闘うことに成ってしまうかも知れない。……いや、逆に星矢達と闘うような事になるのも正直真っ平御免だ。
 なにせ連中の側には本当の女神アテナが居て、そのうえ『あらゆる戦いに勝利する』と言われるニケの黄金像――黄金の錫杖まであるのだ。
 それはつまり、戦う前から負けるかもしれない……ということ。
 いや、局地的な戦いならば勝てるのだろうが、最終的には負けが確定しているのだ。アテナに敵対するのはどう考えたって悪手に他ならない。
 そういう意味では、サガの側に協力をして星矢たちと闘うのはあまり頭の良い選択ではない。
 いや、アテナの加護を受ける前の星矢たちを始末するというのなら話は別なのだがね。まぁ、流石にそんな事はしない。
 そもそも、全てが丸く収まった――とは言えないまでも、星矢たちは見事に聖戦を乗り切って世界に平和をもたらしている。ならば、俺がわざわざ何かをする必要はないのではないか? 俺が戦わなくても、世界は平和に成るのではないだろうか?

(確かにそれでも世界は平和に成るだろう……だが、丸く収まっては居ない)

 自分のことだけを考えるのならソレもありなのだが、今の俺はそれを選択するには色々と繫がりを持ちすぎている。単純に聖域の中だけでも、死ぬことが解ってしまっている者たちが多数居る。
 放っておく……のか?

(出来れば、考えたくはないな)

 放っておきたくはないが、かと言って俺に何が出来るのだろうか?
 俺が矢面に立って、サガの乱を鎮める? 星矢達を鍛えるために動き出す? あの黄金聖闘士たちが生命を落としてしまうような戦いを、俺が変わってやる?

(……それは無いよな?)

 幾らなんでも其処まで生命の投げ売りは出来ない。だから、もしやるのなら違う方法が必要なんだが。……正直いい方法は思いつかん。
 取り敢えず

「セブンセンシズはあって困るものではないが、だからって『はい、開眼しました』って訳にはいかないよな」

 俺はそう結論づけると、取り敢えず座禅を止めて立ち上がった。
 そして大きく背伸びをすると、それに合わせたように風が吹く。
 現在地はチベットの奥地、ジャミール。相変わらずムウの館に居る俺は、僅かな休憩時間をこうして考え事に当てるといった勿体無い使い方をしていた。

「クライオス」

 そっと囁くような声が耳に届く。
 俺はその声の主、ムウに視線を向けた。
 シャカほどではないが、ムウも何を考えているのか解り難い人物である。

「もうそんな時間なのか、ムウ?」

 俺は頼んでもいない稽古をつけてくれているムウに返事を返す。
 基本的に俺は、シャカと童虎以外の聖闘士は名前を呼び捨てにしているが、正直ムウのな前を呼び捨てにするのは少しだけ勇気がいる。
 貴鬼などは海界で、「ムウ様に叱られる!」なんて言って、海将軍の攻撃を受けるがままになっていたくらいだ。
 今まさに殺されるかもしれないといった状況よりも、どれだけムウが怖いんだ? と俺は思う。

「えぇ、時間です、……そろそろ貴方には、私の持つ技の一つくらいは使えるようになって欲しいのですが?」
「それがクリスタルウォールとかスターライトエクスティンクションの事を言っているなら、俺は正直ムウの脳みそを疑うよ」

 真顔で言ってくるムウに、俺はやはり真顔で返す。
 有ったら便利な技だろうが、クリスタルウォールなどの技を一朝一夕で使えるように成るなら誰だって黄金聖闘士になれてしまう。

「……やれやれ。貴方は少々口が悪い。師であるシャカに何を学んだのですか?」
「主に小宇宙の燃焼とヨガ。それと瞑想に聖闘士知識一般概論?」
「ヨガ?」
「シャカはどういう訳か、修行にヨガのポーズを取り入れてたんだ」
「……」

 確か最初の頃(第01話)は、妙に危険な場所で踊るシヴァ神のポーズを取らされてた。あのポーズ……今の俺なら出来るんだろうか? まぁ、仮に出来たとしても、小宇宙の高まりには関係がないと思う。

「まぁ、似たようなことなら出来るように成るかもだけど。オレも一応、聖域での修行中にシャカの使う天空覇邪魑魅魍魎とか、カミュのダイヤモンドダストなれ使えるようにはなってるからね。もっとも、威力や範囲なんかは比べるべくもないけど」

 もっとも、それがこの先にどの程度役に立つのかは解らないが。
 ムウは俺の言葉に「ほう」と声を出すと、何やら笑顔を向けてくる。……なんだろうか?
 なんだか、面白いものを見つけた子供のような顔をしている。

「クライオス、カミュやシャカの技……一度私に見せてもらえませんか?」
「はい?」
「私に向って、それらの技を放って貰いたいのです」
「……いやだよ。何言ってるの? どうせそれを、クリスタルウォールとかで跳ね返すんだろ? イジメじゃないか」

 賢しくなった俺は、ムウの企みを看破して拒否の姿勢を取る。
 いつまでも話に流されて痛い目にあうような、俺のままではないのだ。

「ふむ、仕方がありませんね。シャカやカミュの扱う技に興味があったのですが……そう警戒されているのであれば今回は諦めましょう」

 出来れば俺が言った言葉の否定くらいはしてくれ。


 聖闘士星矢『9年前から頑張って』 第……21話



 ムウの館での修行は壮絶を極めた。
 小宇宙について――の基本的なことは良いのだが、どういう訳かそこから更に進んだ第七感(セブンセンシズ)についてしつこいくらいに講釈を述べてくる。……まぁ、コレは別に聞いてるだけだから大した事はないのだが、問題はその後。
 俺が「出来ない」と言ってもお構いなしに、超能力を覚えさせようとしたり、前述の技を教え込もうとしたり、挙げ句の果ては

「クライオス、オリハルコンとガマニオン、それとスターダストの在庫は十分ですか?」
「はぁ」

 何故かムウの仕事道具の管理までさせられている。
 そう、仕事道具だ。
 あの聖衣を修復するのに使う、金槌とかノミとかその他の材料。
 正直、何故俺がそんな事をしなくていけないのだろうか? とも思うが、聖域に居た頃と比べれば修行らしい修行をしてはいないので、体力的には余裕がある。
 もっとも、超能力の修行だといって、目隠しした状態で空から降ってくる大岩(ムウの超能力で浮かせた物)を対処させるのは止めて欲しいが。

 それと問題点としては、入り口のない館で寝起きをさせられていることだろうか?

「クライオス、ちょっと下の階まで行って足りない物を取ってきて下さい」

 なんて言われようものならば、開いている小窓から身体を乗り出してフリークライミングを敢行しなければならない。
 ……この館、階段もないんだよ。

 それ以外は割りと……いや、もう一つあった。
 それは家事だ。

 何せこの男、シャカとは違って家事能力はあるものの、俺がいることをこれ幸いとマル投げしてくる。しかもシャカのように力づくで丸投げしてくるのではないのだから、少しばかり始末が悪い。
 例えばこの前も

「クライオス、少し麓の町まで行って、買ってきて貰いたい物が有るのですが?」
「え? 嫌だよ。そういうのは自分でやってくれ。というか、そろそろ俺は次の任地に行きたいんだけど?」
「私は、誰かの壊した館への一本道を修復しなければなりません。これは非常に高度な超能力の制御が必要になります。……貴方がそれを代わってくれるというのなら、私が自分で行くのもやぶさかではないのですが」

 とか。
 まぁ、コレに関しては俺も悪かったと思うので、渋々言うことに従ったのだが。
 しかし帰ってきた俺の眼には、館の中で本を読んでいるムウしか見えず。
 直したはずの道は、生前と比べて然程変わっているようには見えなかった。
 此処から離れるときに、嫌がらせでもう少し細く削ってやろうと思う。

 とまぁ、俺がそんな風に碌でもない事を考えていたある日

「そう言えばクライオス。貴方は白銀聖闘士でしたね? それも風鳥座の。少しだけ、私に聖衣を見せてはくれませんか?」

 夕食の最中に、ムウが俺にそんな事を言ってきた。
 因みに、夕食の用意をしたは俺である。

「聖衣を? なんでまた……俺の聖衣はまだ壊れてはいないんだけど?」
「なに、私も聖衣修復者として、長年装着者の居なかった風鳥座の聖衣と言うものを見てみたい……それだけですよ」

 解ったような解らないような。
 しかし、まぁ見せたからといって何がどうなるという訳でもあるまい。
 俺はムウに「それじゃあ、食後に」と言って、口の中に夕食の芋を放り込んだ。

 そして食後

「これが、俺が身に着ける聖衣だよ」

 食後、手元に呼び寄せた聖衣を俺はムウの前に晒していた。
 現在の風鳥座の聖衣は風鳥の……鳥の形に纏まっており、聖衣箱から出されたそれは窮屈そうにその場にある。

「これが……あの風鳥座の聖衣」

 ムウはそう口にすると、聖衣をマジマジと穴が空くほどに見つめていく。
 まぁ、確かに珍しい類のものだとは俺も思う。黄金聖衣程の神話性を持った物ではないが、この聖衣には遥か昔の聖戦での逸話がある。
 軍神アレスとの聖戦において、その力を発揮した風鳥座の聖衣。
 何もこの聖衣がアレスの軍勢に特別な効力を発揮する訳ではないのだが、風鳥座の聖衣にしかない特殊能力――自動迎撃能力がその聖戦では役に立った。
 自身にとっての敵、攻撃的な小宇宙を持つ者に対して動き出す聖衣。話だけ聞くと、なんとも便利なものに聞こえるかもしれないが、それにも勿論落とし穴がある。
 それは……

「クライオス、貴方はこの聖衣を着て戦ったことがありますね?」
「ん? ……あぁ、確かにこの聖衣を手に入れた時に成り行きで」

 俺はムウの言葉に当時のことを思い出しながら返事を返した。
 シャカに連れられて言った島、そこで起きていた事件、そしてその事件の裏に見えたあの人物の影。
 少しばかり表情が曇ってしまったかもしれない。
 俺は軽く首を傾げると、ムウに向って聞き返すようにした。

「自身の持つ聖衣のことです。既にあなた自身も知っているとは思いますが……十分に気をつけなさい」
「……解っている、つもりだよ」

 ムウの言葉に俺は神妙な面持ちで返事を返す。
 何に気を付けるのか? といえば、それは聖衣が持っている自動迎撃能力のことだ。
 この聖衣が持っている迎撃能力とは、全聖衣中最高の自動防御能力を持つ、アンドロメダの鎖にも匹敵する。
 装着者の身体を省みないほどの迎撃能力。
 だからこそ、かつての聖戦で数多くの敵を打ち倒すといった功を上げることが出来たのだ。もっとも話によると、それが原因で当時の風鳥座の聖闘士は死んでしまったらしいのだが。

「聖闘士の闘いとは、小宇宙を如何に高めることが出来るかが鍵になります。そして、それは聖衣を扱う上でも同様のことが言えるのです」
「聖衣を扱う?」
「その通り」
「例えば、聖衣はそれだけでも十分すぎるほどに強固な物ではあるのですが、其処へ小宇宙が加わることで本来持ち得る重量などが極端に変わります。聖闘士が小宇宙を燃焼させることで、聖衣とはその能力を大きく変容させるのです」
「それは知ってる。小宇宙を燃焼させなければ、聖衣はただの重たい鎧でしか無いってことも」
「すなわち――」
「あー……そういう事か」

 ムウの言葉を遮って、俺は頷いてみせた。
 詰まりはこういう事なのだろう。
 聖衣が持っている能力も、それは使用者がその力を扱いきれるかどうか。
 ようはその者の小宇宙の多寡にかかっていると。

「でもそうか、だからセブンセンシズの事を何度も言っていたのか」
「そうです。聖闘士にとって小宇宙は重要でありますが、それ以上に貴方の聖衣は危険性を孕んでいる。それを正しく使いこなすには、やはり今のまま小宇宙では正直心もとないのです」
「だがムウ、俺は前回戦いの時は何の問題もなく――」
「クライオス」

 遮るようにムウは言うと、ユックリとした動作で風鳥座の聖衣へと近づき触れようとする。
 するとどうしたことだろうか? 何故か風鳥座の聖衣から感じる雰囲気が一変した。それもいい方向へではなく、むしろ悪い方へとだ。
 俺は慌てたように聖衣へと近づくと、心なしか其の雰囲気が和らいだように感じる。

「見なさいクライオス。私が近づくだけで、この聖衣はここまでの過剰反応してしまう。恐らくは何も知らないものが近づけば、それだけでこの聖衣はその者に害を為してしまうでしょう」
「それは……でもそれって」
「えぇ。この風鳥座の聖衣は貴方を選んだのでしょうが、それでも今の貴方には完全に御しきれてはいない」

 そう告げられた言葉は、正直俺にはショックであった。
 自身の持つべき聖衣に、あろうことか認められていないとは。
 だが、こうしてその理由を見せつけられては反論など出来るはずもない。

「聖衣とは聖闘士の証。しかし、ただそれを着るだけならば誰にでもできる。重要なことはその聖衣の能力を十全に発揮し、尚且つその力に振り回されないことなのです」
「振り回されないこと……か。でも、今までの装着者達は振り回された結果として死んでいった……」

 死ぬとの言葉を口にした瞬間、俺は背筋がゾワリと粟立つように感じた。
 だがそれを表に出すわけにはいかないと考え、努めて平静を装う。

「ムウ、セブンセンシズに関しては俺自身も必要なことだってのは解った。けど、聖域で修行をしている時にも正直どうすればセブンセンシズに目覚めることが出来るのか解らなかったんだ」
「セブンセンシズに目覚める方法……ですか。それは――」
「それは?」
「残念ながら教えることが出来ません」
「なんで!?」

 僅かに期待を持たせるような間のとり方をしたムウに、俺は思わずツッコミのような声をあげた。言葉だけで済ませた俺は、それなりに先を見る能力が肥えてきたのだと思う。

「小宇宙の究極、第六感を超えた第七感セブンセンシズ。確かにこれは、本来ならば誰もが目覚め得る可能性を持った力です。ですが、コレは己の内に存在する小宇宙の問題……何をすれば身につくという事でもないのですよ」
「近道はなし……か」

 俺はそう漏らすように言うと、目の前で輝きを放っている聖衣に視線を向けた。
 風鳥座の聖衣は意思でもあるかのように――いや、事実有るのだろうが、何やら暖かい雰囲気を醸し出し、その輝きを増したようにも感じる。

「ふむ……御しきれては居ないとはいえ、貴方がこの聖衣の持ち主と言うのは確かなようですね」

 聖衣の雰囲気が変わったことを、ムウは言っているのだろう。
 しかし――と、俺は少し考える。この聖衣は俺以外の人間が近づくことを極端に嫌っているようだ。俺自身が聖衣を上手く制御できていないことがその理由なのだろうが、とはいえ

「セブンセンシズか……」

 それは言葉にするほど簡単なものではない。
 これから先、俺はどうしても聖衣を纏って戦わねばならないことが増えるだろうが、そうなるとその都度に聖衣の行動に注意を向けなければならないということに成る。
 そして制御に失敗をすれば暴走――

「はぁ……」
「どうしましたクライオス?」
「いや、聖闘士になったらなったで死ぬような危険性が一杯だなぁ……って」

 こんな筈じゃなかったのに――と思うのだが、とは言えそれを口にだしても変わることは何もない。俺は再び溜息を吐くと

「取り敢えずは……慣れることから始めようかな」

 そう口にすると、自身の意識を聖衣へと向けた。
 瞬間、ドギャン! と言うような奇妙な音を立てて聖衣が分解した。
 各々のパーツが宙を舞い、それらが有るべき場所……要は俺の身体を覆うように装着されていく。

「俺もいい方法とか思いつかないけどさ、取り敢えずは常に装着して、この聖衣について慣れていくことにするよ」

 言って、俺は口元を釣り上げた。多分、苦笑いみたいな表情をしていることだろう。
 ムウはそんな俺の言葉に再び小さく頷くと

「そうですね。今の状態で取りうる方法としては、それが一番かもしれません」

 そう言うのであった。



 翌日の朝、朝日が登るよりも早い時間に、俺は自身の荷物一式を担いで館の前に立っていた。中国の童虎の所に居た時もそうだったが、手紙一つ届けるだけの任務としては長く居座り続けた。
 流石にそろそろ先に進むべきだろう。

「行くのですか?」
「あぁ、流石に時間をかけ過ぎたからな」

 それぞれの場所はやたらと離れているとはいえ、たかだか手紙を三通届けるだけの任務に時間をかけ過ぎていると俺は思う。
 コレでは聖域に帰った時に

『この程度のことにどれ程の時間を掛けるつもりだ』

 と、ドヤされてしまうかもしれない。
 それは流石に簡便である。

「クライオス、貴方には大した事を教えてあげる事ができませんでしたが……どうです? 任務が一通り済んだら、再びこのジャミールに来て聖衣修復者の修行でも」
「絶対に嫌だ。そんなのはもっと適正がありそうな奴を見つけてくれば良いだろ?」
「クライオスは適正があるように思うんですがね」

 多分冗談で言っているのだろうが、そういう役目は未来の弟子である貴鬼あたりにやらせてくれ。

「あぁそうそうクライオス、いくら聖衣を身に着けることにしたとはいっても、そのような素のままというのは目立ちすぎるでしょう? 多少傷んでいますが、この外套を羽織っていきなさい」

 スッとムウが手渡しきたのは黒い外套だ。結構大きめのサイズのようで、俺の身体をスッポリと包んでも全く問題はないようである。

「ありがとう、ムウ。正直聖域から着てきた外套を老師の所に置きっぱなしだったから、どうしようかと思ってたんだ」

 感謝の言葉を述べると、俺は外套を頭からスッポリと被ってみせる。
 幸いにもフードの様になっているようで、聖衣のヘッドパーツを付けていても隠すことが出来る作りだ。

「それじゃあ、ムウ。今度此処に来る時は、任務とか修行以外の用で来ることにするよ」
「えぇ、解りました。ですが、そうならないように気をつけて下さい」

 まぁ、聖衣修復者のもとに修行や任務以外の理由で来ると言うことは、必然的に修復を頼むという事だろうからな。ムウの言葉は正しい。もっとも俺は

「いや、遊びに来るって意味だったんだけど……まぁ、良いか」
「遊び――クライオス?」

 何かを言いかけたムウの言葉を振り切り、俺は館に背を向けると振り返りもせずに走りだした。
 今度の任地はかなりの距離がある。行くと決めたら早くするべきだ。
 中国からチベットなんて距離ではない。そこは聖域に帰るよりも更に遠いのだ。

「最後の場所……北欧アスガルドか」

 オーディンを祀る北欧の土地。雪と氷に閉ざされた極北の大地。
 濃密な霧の立ち籠める山の中を駆けながら、俺は次の任地について考え事をするのであった。



 あとがき
 そろそろ一人称に限界を感じ始めた雑兵Aです。
 次の話では一人称を止めてしまうかもしれん……。





[14901] 第22話 アスガルド編01話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:221a222a
Date: 2012/06/08 19:43


 オーディンの治める北欧の地、アスガルド。
 この地はその主神を隻眼の賢神オーディンとし、長きに渡って軍神アテナを擁する聖域と争いを繰り返した歴史がある。しかし現在では過去のような争いはなく、聖域とアスガルドは良好な関係を築いていた。
 基本的には互いに不干渉。
 だが、それは詰まり聖域が何らかの危機に直面しても、アスガルドからの横槍は無いということだ。現在に教皇……要はサガのことだが、どうやらサガがシオンを抹殺して教皇に成り代わってからアスガルドとの不干渉主義が如実になったらしく、何かしらの密約がされたのは間違いないらしい。
 まぁ、それ自体は現在の俺にはさして関係はないのだが……。

 ムウの館を出てから数日。
 俺ことクライオスは、今や雪と氷の世界の真っ只中に居た。

 少し前までそれなりに過ごしやすい気候のなかに居たため、この温度差は流石に来るものがあるのだろう。息を吐く度に、白い吐息が宙を舞う。
 肌を刺すような寒さ――といった言葉があるが、その言葉は恐らくこういったものを言うのだと思う。

「まぁ、カミュの凍気は肌を刺すどころじゃなかったけど」

 ザックザックと雪に足を埋めながらも、俺は只管に前進をする。目指すはアスガルドの本拠であるワルハラ宮殿だ。
 北欧神話では主神オーディンの宮殿として描かれるワルハラ宮だが、当然現世においてはオーディンの居城ではない。
 現世においてのワルハラ宮はオーディンを信奉するアスガルドの民によって選ばれた教主と、そして神の啓示によって選ばれるオーディンの地上代行者の住まう場所らしい。
 まぁ、当然それ以外にも側仕えをする者達や、治安維持を行う兵、国の管理をするための文官などが居るので彼ら以外には居ない訳ではない。
 そこら辺は聖域と似ている。
 聖域十二宮も女神アテナとその代行者たる教皇が住む場所だが、先と同様に側仕えの人間、兵、文官などが普通に居る。
 こういった部分は人が動かす以上、どうしても似る所が多いのだろう。

 さて、話を今の俺へと戻すとしよう。
 俺がムウの館出てから既に数日、アスガルドに到着してからは2日程が過ぎている。その間にこの土地で見かけたものは何か? というと、ウサギとヘラジカと狼。……他にも銀色の髪をした狼少年と、薄い空色のような髪をした狩人の少年なども見かけたが、彼らは俺が道を尋ねようとする前に逃げ出してしまった。

「迷っている……訳じゃない。そうだ、元から場所を知らないんだから、迷ってるわけじゃない」

 自分に言い聞かせるように俺はそう口にすると、現在の状況を無理矢理明るくしようと試みる。まぁ、そうでもしないとやってられないと思っただけなのだが……。
 あぁしかし、アスガルドに来れば人づてに場所を聞けばいいと思っていたのに、こうも人に会わないとは……。この地には本当に、普通の一般人とか居るのだろうか?
 もうこなったら、只管に全力で走り回って運を天に任せるか?
 そんな場当たり的な考えが俺の頭の中で鎌首をもたげた時――

 アオーンッ!

 突然、木霊するような狼の遠吠えが耳に届いた。

 俺はその声に瞬間肩を震わせる。

「狼?」

 アスガルドに入ってからも狼は見たが、しかし今の遠吠えに違和感を感じたのだ。

 俺はシートンではないので定かではないが、遠吠えには縄張りの主張や仲間や群れへの合図といった意味が有るらしい。もっとも現代では、サイレンなどに反応をして鳴き出す犬科の動物も居るが、この場合にそれはないだろう。……そんな文明の利器が有るようには思えないからな。
 となると今のは縄張りの主張か、それとも……

「はぁ……本当に面倒だな」

 俺はそう愚痴を零すと、脚に力を込めて一気に駈け出していった。


 聖闘士星矢 9年前から頑張って 第22話


 side ???

 『私』の住むこのアスガルドという地は、一年を通してそのほとんどが雪と氷に閉ざされている。昔は何故そのような土地に皆住んでいるのか? と疑問にも思っていた。けれども今ではその理由もよく分かる。皆がこの土地が好きなのだ。
 中にはこの土地から離れて行ってしまう者も居るが、それでもこの地に留まる者達の多くはアスガルドが好きで居てくれる。私は――

「ふぅ……ようやく撒いたかしら?」

 雪の積もる草木に紛れ、私は小さく声に出していった。
 法衣の袖から覗く指先が、寒さの影響で悴む。もっとも、流石に生まれた時から付き合っている寒さのため、それ程に影響はない。
 私は近くに人が居ないことを確認すると、躍り出るように隠れていた場所から飛び出した。

「全く、ジークも少しくらいは気を利かせてくれればいいのに」

 この場には居ない相手に文句を言いながら、私は雪道の上をゆっくりと歩いていく。ギュッギュッと、踏みしめる度に音が聞こえて、それがなんだか面白い。
 私はそうやって歩いている内に、少しづつ気分が良くなっていった。肌に冷たい空気も、木々の間から漏れる陽の光も、周りにあるもの全部が私にとって心を踊らせてくれる。

 実の所、私にはやらねばならない事がある。
 だが現在はそれを抜けだして、こうして外の散歩をしているのだ。
 抜けだした時、私を見失ったジークフリートが何か色々と言ってきたのだが、そんな言葉くらいで私は動きを止めたりはしなかった。

「毎日毎日、お勤めと習い事では気が滅入ってしまうわ……」

 そう零すように言うと私は気持ちが下向きになり、ほんの少しだけ俯いてしまう。
 『妹のフレアが少しだけ羨ましい』
 とも零してしまう。
 私には一人だけ妹が居る。その子は私とは違って自分のしたいように振る舞い、そしてそれを許される立場にあった。
 それが正直、私には少しだけうらやましい。

「ふぅ、駄目ね、こんな風に考えちゃうなんて」

 思わず頭の中で思ってしまったことを、私は頭を振って否定する。
 妹は妹、そして自分は自分。
 それぞれ為すべき事をもって産まれてきたのだけれど、それは同じではないのだから――と。
 一頻り散歩も堪能し、私は大きく背伸びをするように手を伸ばした。

「そろそろ帰ったほうが良いわね。恐らく、ジークも慌てているだ――」

 ガサっ

 不意に、私の耳に草木の触れるような音が耳に届いた。私は思わず、その音に驚いて一瞬肩を竦ませる。
 なんだろうか?
 恐る恐るといった風に、私は視線を音のした方向へと向けてみた。緊張しているからか、その方角には何か良くないモノが居るように感じてしまう。

 音がしたのはウサギのような小動物だろうか? それとも枝に積もった雪か? それともただ気のせいか?
 私は不安に思いながらも辺りを見渡してみた。そして思わず、「あっ」と声に出す。
 知らない内に、気が付かない内に私は立入を禁止されている森の奥にまで来てしまっていたのだ。

 ザッザッ――

 今度は雪を踏みしめる音が聞こえ、私は再度肩を震わせた。
 そうして目の前に現れたのは、四足で駆ける獣

「狼……!」

 だった。
 私は声を押し殺すようにして、目の前に現れた狼に眼を向ける。
 気づかない内に、狼の縄張りに入ってしまったのだろうか?

 狼は口元から涎を垂らし、今にも私に向って飛びかかろうと――

「ガァオ!」
「きゃっ!」

 思っている間に、狼短い鳴き声を上げて一気に飛びかかってきた。
 私は無意識に身体を捻るようにして何とかそれを躱したが、狼は着地後すぐにその視線を私に向けてくる。

「い、いや!」

 私は今までこんな直接的な害意に触れたことなど無かった。
 ドクドクと心臓が早鐘を打ち、私は狼の視線から逃れようと一目散に駈け出していった。
 無我夢中で、兎に角全力で駈け出したのだ。

「ハッ、ハッ、ハッ――」

 雪に脚を取られて上手く駆けることが出来ない。
 だが止まるわけにもいかない。
 私の後ろからは、見るまでもなく狼が走り寄ってきているのだから。

 でも

「あ、そんな……」

 何処をどう走ったのか、私はついに逃げ道を失ってしまった。
 底深い渓谷に行き当たってしまったのである。
 目の前に広がる、底の見えないほどに深い谷底に私は呻き声を上げた。
 背後へと振り返ると、其処には最初の一匹だけではなく数を増やした狼の集団がいる。
 どうすれば良いの? なんて、考えることも出来ない。今の私には、ただただ恐怖だけしか感じることができないでいた。

 ジリジリと近づいてくる狼。
 その恐怖のあまり、私の目元からは涙が溢れだした。
 そこへ

「ちょーっと待った!」

 まるでタイミングを計ったかのように、飛び込んでくる人影があった。
 狼の集団を一足で飛び越え、私の目の前に勢いよく着地をする黒い影。
 全身を包むような外套を身に纏い、フードのように顔全体を覆い隠した男の子だった。

 誰? 少なくとも私は見たことのない人物だった。


 クライオスside

 森の中で狼の集団に追われている少女を発見した俺は、そのまま一目散に駆け出してその後を追っていった。
 途中飛び乗った枝が折れたり、雪に埋まって見えなかった穴に落ちたりと散々な目にあったが、どうやら件の少女(と言っても、現在の自分と年齢は大差ない)のピンチには間に合ったようである。
 きっと今日の俺の運勢は、12星座中10位くらいに違いない。

「あ、あの……」

 突然振って湧いてきた俺に、少女は喉を震わせて声を掛けてきた。
 年齢は10歳前後位だろうか? 金糸を使った白い法衣を着ていて、淡く紫がかった銀色の髪と蒼色の瞳が特徴的な少女である。
 はて? この娘のこと……どこかで見たことはないだろうか?

 俺はほんの少しだけ目の前の少女に視線を向けて、その顔を覗きこむように見つめていたが、直ぐ様に周囲の状況を思い出して自身の後ろへと向き直った。

「さてさて、野生の狼が大挙して……20くらいか?」

 指を動かしながら大雑把に数を数えるた俺は、『やれやれ』と思いながらも鼻を鳴らす。
 そして軽く腕を振るってみせると

 ズンッ!

 と音を鳴らして地面(雪)に一筋の線が走る。
 ……存外に普通の人間ではなくなってきたようだな、なんてシミジミ思う。

「野生の生き物なら俺の実力も解っただろ? 痛い目に合いたくなければ、早々に立ち去ったほうがいい」

 俺は睨みを効かせるように、強めの口調で狼に言う。人の言葉を理解出来るとは思わないが、しかし小宇宙を伴って告げられた言葉の意味は本能で解るだろう。

 だが――おや? と思う。

 一瞬俺の言葉に臆したように見えた狼たちであったが、だがその場所から立ち去る素振りは見せない。
 もしかして雪面が割れたことに驚いただけで、実際は全く伝わっていなかったのだろうか?

「さっさと退けっ!」

 今度は先程とは違い、小宇宙を僅かとはいえ燃やしながら声を上げてみる。
 するとそれが効いたのだろうか、狼たちは道を開けるように横に外れていった。どうやら小宇宙の込め方が甘かっただけらしい。しかし動物を退かせることも満足に出来無いとは……俺は本当に白銀聖闘士なのだろうか?
 これくらいの事は、並の青銅でも簡単にやってしまうイメージがあるのだが……

「まぁ、良いか」

 あまり深く考えても仕方がないだろう。
 そういうのもきっと、得手不得手が有るに違いない。
 俺はそういい方向へと解釈をして、後ろに控える少女へと向き直った。

 少女はビクッと身体を震わせる。
 俺はその様子に最初は「なんだ?」と首を傾げたが、直ぐ様に「あぁ、そうか」と理解した。主にそれは、俺の格好の問題だろう。顔を出しているとはいえ、全身を外套にスッポリと包、フードを被っているため顔も見えない怪しい人物。俺が聖域に居る間に何処の誰だが解らないそんな格好の人物がいれば、間違いなく通報するか攻撃を加える。

「あー……あはは」

 自分で達した結論に軽く落ち込み乾いた笑いが口から漏れるが、取り敢えずはこの少女を安心をさせてやらねばなるまい。そうでなければ、俺はこの少女に道を聞くことさえも出来ないのだから。

 ……助けた理由? 道を聞くためだよ。

 前にも説明したけど、見かけた人間は皆が何処ぞに逃げ出していったので。
 もしかしてアスガルドと言う土地は、閉塞的な風習が色濃く残っていて他所の人間には冷たいのだろうか? なんて考えもしたが、なんてことはない。
 用は俺の格好が怪しかっただけだと今しがた判明した。

 なのでこうして道案内を頼めそうな人物を、わざわざ怯えさせて要件を済ませられないなどといった愚は犯さない。

 俺は自身の被っているフードに手をかけると、それをパサッと後ろへとやった。
 ……首元が若干冷えるが、許容範囲だ。

「取り敢えず、此処から離れようか?」

 可能な限りの笑顔を向けて、俺は少女に向ってそう言った。
 少女は再びビクッと身体を震わせたが、暫く俺の事をジッと見つめてくるとオズオズとした動作で手を伸ばしてきた。

 ……正直、顔出してビクッと震えられるとか、かなり凹んだ。

 とは言えアフロディーテのもとで所作振る舞いを習わされた(誤字にあらず)俺は、そう簡単に表情に出すようなことはしない。

「え、えと……はい」

 なんて蚊の泣くような声で言って伸ばしてくる少女の手を、俺はスッと握りしめて引き寄せた。
 手が冷たい……かなり冷えている。
 俺は少女の手を挟みこむようにしながら、自身の小宇宙を燃やしてその手を暖めようとする。

「大丈夫だったか? どこか怪我したりは」
「だ、大丈夫です。どこも怪我をしたりは」
「んー……本当みたいだね。いや、怪我をしてないようで本当に良かったよ」

 少女の言葉を聞きながら、俺は一応とばかり上から下まで眺めてみる。
 どうやらその言葉に偽りはなさそうで、怪我らしい怪我は特にしていないようだ。
 俺は内心で大きな安堵の息を吐いた。

「いや、なんだか今日の俺は運勢が悪いらしいからさ。もしかしたら間に合わずに怪我を――なんて思って。でもまぁ、折角の綺麗な肌が傷物にならなくて良かったね」
「え、あ……ありがとう、ございます」
「ん? なにが?」

 少女が何故に感謝を述べたのか解らず、俺は首を傾げた。
 あぁ、そうか。普通に助けたことに対してか。
 教育が行き届いているようで結構、結構。聖域も初等教育にバシバシ力を入れるべきだよな?

 だがそうやって、俺が勝手にアスガルドの基礎教育に感心をしていると、

「――っ後ろ!」
「ッ!?」

 少女の声にはっとした俺は、自身の背後に向って蹴り足を上げた。

 ドンッ!

 といった鈍い音と同時に、狼の鳴き声が「キャン!」と響く。
 背後から襲いかかった狼がはじき飛ばされて、雪の上を滑るように転がっていった。
 何があったのだろうか? 先程まで服従ムード満載だった狼達は、揃いも揃って牙を剥き出しにして闘志がムンムンとなっている。

「聖衣の能力が役に立ったな。しかし何なんだ、いったい。……この辺の狼ってのは、こんなに凶暴極まる生き物なのか?」
「い、いえ……普段なら決して、こんな事はないはずなんですけど」
「普段なら……か。それじゃ――危ない!」
「きゃっ!」

 俺は言葉の途中で慌てたように声を出すと、少女の腕を引いて抱き寄せた。そして同時に庇うようにして、少女の体を腕で覆い尽くす

 ザクッ!

 熱い感覚が頬を伝う。遅れてヒリヒリとした感覚が広がってきた。見えはしないが、どうやら頬を裂かれてしまったらしい。
 まさか、狼の攻撃で傷を負うとは思わなかった。
 いや、何も肉食動物を舐めているのではなく、単に普通の牙や爪で傷を負うとは思いもしなかったのだ。

「どうやら、普通の狼じゃなさそうだな」

 俺はそう呟くように言うと、腕の中に居る少女に視線を向けた。少女は今の状況が恐ろしいのか、胸元をギュッと握りしめながら沈んだような表情で俺の顔を見つめてくる。
 何とかしてやらければならない……だろうな。

「ったく!」
「え、ちょ……待って、キャ!」

 小さく言葉を漏らした俺は、少女の身体を抱きかかえたままに動きまわった。
 狼達の攻撃を回避する。十分に動くためにも、先ずは開けた場所に出る必要があるだろう。
 動きまわる度に腕の中から「キャー、キャー」声がしたが、一先ずは無視をする。
 だが、たかが獣――と思っていたコイツらは、思いのほかに統制がとれていた。左右からの挟撃だけでなく、上下同時の攻撃、時間差などを駆使して襲いかかってくるのだ。恐らくアスガルドに住む狼特有の動き……という事はないだろう。

「なんで、宮の近くにいる子達がこんな」

 ボソッと、俺に抱きかかえられたままの少女がそんな事を口にした。
 その言葉に、俺は一瞬「なんだって?」と聞き返す。

「宮? 宮っておまえ――って、またかぁ!」

 落ち着いて話を聞く訳にはいかないようである。

 飛びかかってきた狼を再度弾くように払った俺は、抱き上げていた少女を下ろして後ろに下がらせる。そしてキッと視線を正面に向けると、目の前でうなり声を上げている狼達を負けじと睨み返した。
 背後は未だ崖だが、しかし狼達と向かい合うようになったためコレは好機と言える。

 俺は小宇宙を高め、腕を勢い良く振り上げた。
 こうなっては仕方がない――

「恨むんじゃないぞ、ディバイン――」
「駄目っ!」

 不意に、俺が腕を振り抜こうとした矢先に少女が飛びかかってきた。
 ガシッと力強く、腕にしがみつくようにしてきたのだ。
 思わずバランスを崩す俺だったが、とは言え其れ処ではない。小宇宙を込めた腕にしがみつくなんて、一体何を考えているのか!?

「な、何考えてるんだよ! 危ないだろうが!」
「だって! 今何をしようとしたのですか!」
「なにって、それは」
「可哀想ではないですか!」
「かわ……っ! 何を言ってるんだお前は!」

 さっきまでの雰囲気とは違い力一杯に声を出して、叱ってくる少女。
 何なのだろうか? と言うよりも、今しがた俺が何をしようとしたのか何故解ったのだろうか? ……兎も角!

「このままじゃ危ないと言ってるんだ! 離せ!」
「駄目です! 絶対に駄目です!」

 あまりのことにギリッと歯噛みをしてしまう。
 そんな事を言っている場合か?

(暫く眠っていてもらうしか無い)

 俺は少女の顔を覗き込むように見ると、開いている手で少女の意識を断つべく指拳を放とうとした。だが――

 ゾワ――っ

「――っなんだ!?」

 ハッとしたように急に声をあげた。
 意識を少女の方へと向けた瞬間、今までに感じたことのないような気色の悪い小宇宙を感じたのだ。
 ネットリとした、纏わりつくようなイヤラシい小宇宙だ。

(なんだ今のは? 此処には俺達しか居ないはずなのに、それ以外の強大な小宇宙を感じた)

 それは好意的に考えれば、この少女を救助に来た人間である可能性も有るだろうが。……その可能性は低いだろう。
 もしもそんな奴が放つ小宇宙ならば、こんな攻撃的――とまではいかないまでも、まるでこの様子を見定めるような……悪く言えば見物でもしているかのような感覚を撒き散らしたりはしないはずだ。

(何処に――!)

 狼の猛攻を避けながら周囲へと忙しなく視線を巡らせた俺は、此処から遥か遠くに離れた山肌に違和感の元をを見つけた。

「あそこか!?」

 小宇宙を抑えて鳴りを潜めたのだろうが、間違いない。
 恐らく今の俺の視線の先に、『狼達を操っている奴』が居るはずだ。

「何処の誰だかは知らない……けど、余計な真似は止めて貰うッ!」

 声を張り上げ、睨むような視線を向けた俺は『本気』で小宇宙を爆発させる。

 ゴゥバッ!!

 身体から溢れだした小宇宙が空気と地面を激しく叩き、辺りを衝撃波のように吹き飛ばした。狼の群れはそれだけで弾き飛ばされてしまったが、今の俺にはそれらはどうでもいい事に思えている。

「あなた……また!?」
「離れていてくれ」
「キャっ!」

 再び何かを言いかけた少女を無視するように、俺は無理矢理に腕から引き剥がした。尻もちを突きながらも少女は何かを言いたげに見上げてくるが、目を向ける暇も惜しい。

 狙うは正面の遥か向こう――

「吹き飛べっ!」

 握りしめた拳を一気に振りぬき、目標へと向って拳撃を飛ばした。
 ギュンッ! と空気を裂くような音を鳴らし、俺の放った一撃は音速を超えて目標地点に着弾する。
 雪が一瞬煙のように舞い上がるが、上手くいったのか向こう側からの反応はない。

「……やったか?」

 問いかけるように俺は口にしたが、だが周囲の狼達から敵意が激減しているの感じる。どうやら、何らかの操作から放たれたようだ。

「グ、グゥ……」
「行け、本当に蹴散らすぞ」

 小さく唸るようにしている狼に、俺は再度強く命令口調で言った。
 その言葉が決定的だったのだろう。
 狼達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行った。

 中には先ほどまでのやり取りでヒョコヒョコとしながら去っていく狼もいたが、とは言えソレのことまでは面倒を見きれない。

「しかし、何処の何奴だ! こんな巫山戯た真似をするのは!」

 思わず声を荒げて言ってしまったが、しかしそれも勘弁してほしい。
 ちょっとした人助けと、そして案内役の獲得程度のつもりで首を突っ込んだわけだが、なんとも面倒な事に巻き込まれた感が激しくするのだ。

 拳撃を打ち込んだ場所を調べてみるか? ……いや、恐らくは既に姿を消しているだろう。

「クソッ!」
「あ、あの……」
「うん? なんだ?」

 口汚く文句を口にした俺に対して、少女は声を掛けてきた。そう言えば、無理に振りほどいてそのままだったな。……忘れていた。所々に払い切れていない雪を被ったままになっている。
 俺は首を傾げるようにして少女に視線を向けると、少女はジッと俺を見つめた後

「その、有難うざいました。お陰で助かることができました」

 と、頭を下げてきた。
 俺はその少女の言葉に、ホンノちょっとだけポカンとした。いや、感謝をされるのは良い。ただ何というか、釈然としないだけだ。

「まぁ……『ありがとう』と言われて悪い気はしないけどね、アンタが余計なことをしなければ、もっと簡単にことは終わってたんだぞ」
「邪魔? 邪魔とは何のことですか?」
「俺が狼を追い払おうとした時に、無理矢理に邪魔をしたじゃないか?」

 指を突きつけて少女に言う俺だが、別に言うほど頭に来てるわけじゃない。ただ面倒な真似をしてくれたのは確かだし、相手が少しでも『悪かった』と思ってくれればそれで良い――と、思っていたのだが

「その事なら私は謝りません」

 少女は困った顔の一つもせずにそう言い放った。
 思わず「は?」と声を漏らした俺は、きっと悪くはない。

「確かに貴方は、私を救おうと尽力してくれたのでしょう。ですが先程の狼達は、明らかに普通の状態とは言えませんでした。私を襲ったことも、きっと何かしらの理由があったはずです」
「へぇ……何かしらって?」
「それは、私にも解りませんが……」

 強目の口調で問いかける俺に、少女は口籠るように言葉を小さくした。
 まぁ、解るわけがないだろう。
 可能性としては……聖域から来た俺の所為か、それともこのアスガルドで何かが起きようとしているのかだろう。
 もっとも。そう思っていながら聞いた俺は、ちょっとばかり意地悪だったかもしれない。
 しかし、この少女は随分と博愛主義だな。……この頃のアテナ(城戸沙織)にも見習わせたいものだ。

「だけど、良く狼達が『普通じゃない』って気が付いたな?」
「いえ、何処がどう……とは言えないんですが。ただあの子達から感じる雰囲気が、なんだか禍々しく感じたものですから」
「雰囲気?」
「先程の貴方からも感じましたよ? 禍々しいとは感じませんでしたけど」

 その言葉に俺は衝撃を覚えた。
 なにせこの少女は、聖域で修行を積んだ俺よりも先に狼達からの異常な小宇宙を察知し、そのうえ俺の小宇宙の高まりを感じた上で邪魔をしてきたというのだから。
 時折、一般人の中にも小宇宙を感じ取れる者が居ると聞くが、この少女はその類なのだろうか?

「うーん」
「?」

 マジマジと見つめる俺の視線を感じてか、少女は不思議そうに首を傾げている。
 ほんのちょっとだけ、もしかしたら強大な小宇宙を秘めているのでは? と考えたのだが、少なくとも今の俺にはそんな様子は解らない。

 本当に小宇宙を感じるだけの一般人? 

 しかし……やはり何処かで見たことがあるようにも思える。

「ちょっと良いか?」
「はい?」
「いや、何処かで会ったことって無いか?」
「え? ……多分初めてだと思いますけど」
「そうか」

 やはり気の所為なのだろうか?
 まぁ、世の中には似た顔の人がゴマンといるだろうし、俺もかつて町中で全く見も知らない人に親しげに声を掛けられて困ったこともある。何処かで見たことがありそう――なんてのも、きっと気の所為か何かなのだろう。

「ところで、君ってアスガルドの人だよね?」
「え、えぇ、そうですけど。あの、私のことを知らないんですか?」
「……会ったことは無いって、さっき自分で言わなかった?」
「それは、確かにそうなのですが」

 元々の救出理由である、ワルハラ宮までの道を聞こうすると、少女は何故か奇妙な言い回しをしてきた。
 会ったことはないと自分で言っておいて、自分のことを知らないの? とはどういうことか。

「自分を知らないの? とか、どれだけ有名人なつもりか、お前は」
「イタッ!?」

 眼の前の少女の額に向って、俺はズビシッ! とチョップを振り下ろした。
 小気味良い音が耳に届き、少女は「うぅ」と額を抑えている。

「しかし、此処はいったいアスガルドのどの辺なんだろうか? 随分と奥まった場所な気がするけど」
「此処はワルハラ宮の近くにある、立入を禁止されている森の奥です」
「ワルハラ宮の近く? ……またか」
「また?」
「こっちの話」

 一瞬、五老峰での出来事を思い出した俺だった、しかし立ち入り禁止区域に入り込むとかどんな運勢だ? ……やっぱり今日の運勢は悪い気がする。

「ワルハラ宮の近くだって解るなら、そこに戻ることもできるんだろ? 出来れば道案内をして貰いたいんだけ――」
「待って下さい」
「へ?」
「……何か聞こえませんか?」
「何か?」

 喋っていた言葉抑え、俺は少女の言葉に首を傾げた。そして耳を澄ますようにしながら眼を閉じる。

 ゴゴゴ……

 成る程、確かに何か妙な音が聞こえる。
 空気が揺れるような、地面が揺れるような……、土砂崩れみたいな

「土砂崩れって、何考えてんだろうな――雪崩ぇえっ!」
「な、雪崩!?」

 眼を開けると、山肌から大量の雪が白い煙のように吹き上がって迫ってくる。
 それが徐々に大きな音となって

 ゴゴゴゴゴッ!!

 一気に俺たちに迫ってきた。

「こ、コレって、まさかさっきの一撃が原因じゃないだろうなっ!」
「さっきの? あ! 山に一回何かをした。そ、その可能性もあるのでは――」
「って、そんな場合じゃ――あ」

 慌てた声でやり取りをしていた俺と少女。
 だが無常にも、そんな俺達の視界いっぱいに広がった大量の雪は、そのまま俺達を飲み込むように降り注いできた。
 正面には雪崩、後方には底の見えない崖。こういうのを前門の狼、後門の虎と言うのだったか?
 まぁ少なくとも、この時の俺はこんな風に余裕など無かったことは確実である。




 あとがき
 感想を読んで、初めてΩの存在知った雑兵Aです。そう言えば前にそんな事を聞いたな――とは思っていたのですが、感想に触発されてwikiを見てみてビックリ! 『マ、マルスだと!?』と、本気で驚いてしまった。
 この先書き続ける上で、Ωの設定が生きていくことに成るか……自分でもよく解らぬ。
 しかし何だ、今回は早めのアップに漕ぎ着けられて良かった。もっとも、本当に早い人なんてその日の内に次話をアップするのでしょうが、雑兵Aはただの雑兵なので勘弁して下さい。


 では次回、また早くに上げられると良いなと思いつつ。
 アスガルド編02話で。
 暫くはアスガルド編が続きます。





[14901] 第23話 アスガルド編02話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:221a222a
Date: 2012/06/19 19:43


 side:??

「ッチィ……あの小僧、よくもあんな距離から俺に手傷を」

 然程大きな傷ではないが、それでも出血をする程度に怪我をした腕。何処の誰かは知らないが、よもやあんな奴が現れるとは。

「万が一を考えて狼だけに任せていたのが裏目に出たか? ……いや、仮に正体がバレてしまった場合を考えるとそうとも言えないか」

 確かに初めから俺が直接に手を下していれば、こんな面倒なことは起きなかったかもしれない。だがあの小僧……

「クソっ、もし生きていたら八つ裂きにしてやる!」
「随分と荒れているな?」
「ルングか?」

 上から影を刺すような大男が、俺の背後から現れた。
 俺は苛立ちを隠そうともせずに声を荒げ、その大男――ルングに返事を返す。

「どうやら失敗をしたようだな? え?」
「煩いっ! そもそも俺は、こんなまだるっこしい事には反対だったんだ!」
「計画を立てたのは俺達ではない。そう文句を言うな」

 ルングの言い分は解っている。だが、俺からすればこんな取るに足らない内容の仕事を、あんな訳の解らない奴に邪魔された事が腹が立つ。
 ついでに――

「なんだ、ロキ?」
「貴様の濁声が癪に障ると思っただけだ」
「んな、なんだとロキッ!」

 ロキ……俺の名前をルングの奴は気安く呼んでくる。
 クソっ、何もかもが苛立たしい。
 こんな気分になったのは、やはり邪魔をしてくれたあの外套の小僧が原因だ。

「作戦は失敗だ、俺は戻ってその事を伝えるぞ」
「フンッ! 好きにしろ! ……俺は元々、もしもの場合の貴様の尻拭いだからな!」

 唾を撒き散らしながら声を荒げるルングに、俺は一瞬だけ眉をしかめたが、何も言わずにこの場を去ることにした。やはり、決して俺達の相性を良いとはいえないらしい。

 俺は性格の合わないこの同僚を無視するように、この場から『ワルハラ宮』へと戻ることにするのであった。



 聖闘士星矢 9年前から頑張って アスガルド編02話



 side:クライオス

「……ぅおりゃあッ!」

 ズガァオーンッ!!

 気合一声。
 自分たちの上にのしかかっていた大雪を、力一杯に拳で打ち上げることに成功した。流石にちょっとばかり重かったが、この程度のことは聖域での修行と比べればどうということはない。……どんどん人間離れをしていっているようで、少しばかり憂鬱だ。

「と、いかんいかん。物思いに耽っている場合じゃない。……おい、大丈夫か?」

 抱きかかえるようにして居る少女に、俺は声を掛けた。
 現在俺達がいる場所は崖の下。
 ほんの少し前まで居た場所を、首が痛くなるどに見上げる下の下だ。

 あの一瞬、迫ってくる雪崩に俺は少女を担ぎ上げ、一気に崖下に向って飛び込んでいった。本当は雪崩を吹き飛ばすなどのことが出来れば良かったのだが、もしものことを考えて避難をする事にしたのだ。
 それに崖下に落ちたといってもソレはソレ。上手く無傷で済む可能性が高いと判断し、結果としては上手くいったのだ。問題はないだろう。
 とは言えこっちの少女の方は、急なことだったために気を失ってしまったようである。

「オイ、オイってば」

 ペシ、ペシと、軽く頬を叩いて声をかける。一応何処もぶっては居ないし、呼吸もしているから生きているとは思うのだが。

「う、うぅん」

 若干心配事が頭をよぎったが、その瞬間に少女は身じろぎをし始めた。
 良かった。どうやら無事らしい。

「……ぅん、ここは?」
「起きたか?」
「貴方は……さっきの」
「どうやら記憶はシッカリしてるみたいだな。立てるか?」
「え? あ、スイマセン! す、すぐに自分で立ちます」

 目を覚ました少女は自身の状況に驚いたのか、少しばかり頬を赤くして俺から距離をとった。どうにも扱いが難しそうである。
 俺は少女が離れてから外套をバサッと翻すと、視線を上へと向けた。

「上を見てくれ。あそこが俺たちの落ちてきたところだが、戻るにはかなり登らないと駄目みたいだ」
「あんなに上から落ちてきたのですか?」
「あぁ。多分、高層ビルの屋上くらいはあるかな?」
「こうそう?」
「いや、解らなきゃいいけどね」

 どうやらアスガルドの人には、高層ビルといった言葉は通じないらしい。まぁ、こんな辺鄙な場所ではしかたが無いのかも知れない。
 何せ、まともな交通機関も存在しないようなところだ。グラード財団の城戸光政も鉄鋼聖闘士なんて馬鹿なものを造らないで、こういった所の開発でもすればいいのに。

「ところで……」
「はい?」
「……いや、君の名前は? 俺はクライオスっていうんだけど。いつまでも、お前とか君とかじゃお互いに言い難いだろ?」
「そう言えば、私たちはお互いの名前も知らなかったのでしたね」
「そうだぞ。名前も知らない相手に無茶をさせずぎだ、お前は」
「ふふ、すいませんでした」

 少女は顔を綻ばせて笑みを浮かべる。
 その表情に、俺はシャイナの素顔を見た時とは違う意味でドキッとした。
 随分と可愛らしい笑みを浮かべるものだ。

 すると少女は歳に不釣り合いな咳払いの仕草をすると、今度はニコッとした笑みを浮かべてきた。

「自己紹介が遅くなって申し訳ありませんでしたね、クライオスさん。私の名前はヒルダと申します」
「は?」
「あ、すいません、聞き取りにくかったかしら。名前は――」
「いや、そうじゃなくて。……ヒルダ?」
「はい」
「……むぅ」

 聞き間違いか? とも思って聞き直した俺だったが、当の少女――ヒルダから返ってきたのは元気の良い肯定の返事であった。
 この時の俺は、少しばかり頭の中が混乱していた。それは

(何故、ヒルダが居るんだ?)

 とのことからだ。
 確かに俺の任務は教皇からの親書を各地に届けることで、その最後の任地がアスガルドであった。ならばヒルダが居て然るべきなのかもしれないが、俺がこの手紙を渡す相手は『ドルバル教主』なのである。

 そう、劇場版の聖闘士星矢『神々の熱き戦い』に登場した敵の親玉だ。

 そのため、てっきりヒルダは存在しないと思っていたのだが……どうやらこうして目の前に居る以上、それは俺の勘違いだったようだ。
 しかしそうなると現在のアスガルドの統率者がドルバルで、神に選ばれたオーディンの地上代行者がヒルダ。現在はまだ小さなヒルダに代わって、ドルバルが全権を担っている……ということだろうか?

「えと、ヒルダ……様?」
「貴方も私をそう呼ぶのですか、クライオスさん?」
「だって、ヒルダ……様は、オーディンの地上代行者でしょ?」
「確かにそうですが、様などと付けなくて構いません。貴方は私の恩人ですし、何よりアスガルドの民ではないのでしょう? でしたらどうぞ、私のことはヒルダと呼んで下さい」
「それは強制?」
「……いえ。私の、お願いです」

 名前の呼び方に、何か拘りがあるのだろうか? 俯くような仕草をしながら、ヒルダは俺に呼び方の訂正をしてきた。……いや、もしかしたら気安く声をかけてくれる相手に飢えているのかもしれない。
 この少女が本当にヒルダだとしたら、恐らく回りにいるのは堅物のジークフリードと、ヒルダの妹であるフレア。そしてそのフレアしか見ていないハーゲンの3人しか居ないだろう。
 妹のフレアは其処まで畏まったことはないだろうが、恐らくジークフリードとハーゲンは『ヒルダ様』なんて呼んだりするはずだ。

 ヒルダの立場を自分に置き換えてみて、例えばカペラやアルゲティなんかが俺のことを『クライオス様』とか言ってきた場合を想像してみる。

(うあぁ……軽く鳥肌モノだ)

 恐らく自分が感じているものとは種類が違うのだろうが、ヒルダのソレは酷く窮屈で息の詰まるような状態だとは理解が出来た。

「解った。それじゃあ一先ず、ヒルダって呼ばせてもらう」
「――っありがとうございます!」

 呼び方一つでこの喜びよう。もしかしたら、思ったよりもずっと窮屈な生活をしているのかも知れない。
 俺はヒルダの反応にそんな考えを浮かべるが、即座に現在の状況を思い出して視線を上へと向けた。

「ヒルダ、さっきも言ったけど此処から出るには直接此処を登っていく必要がありそうだ。だけど……まぁ、無理だよな」
「はい。私の力では登れそうにありません」
「となると、他の方法か。俺が担いで登っていくってのも、一つの手だが……」

 俺はそう言って眼を細めて上空を見つめる。
 もし、先程の襲撃が『聖域から来た聖闘士』に対するものではなく、『オーディンの地上代行者である、ヒルダ』に向けて行われたものだとしたらどうだろうか?
 幾らなんでも友好関係にある聖域の聖闘士に、いきなり攻撃を加える――とは考えにくい。まぁ、それを言うのなら国の超VIPであるヒルダを襲撃すること自体が考えにくいのだが……

「俺が背負って登ってもいいけど、雪で足を滑らせる可能性もある。このまま渓谷沿いに進んで行こう」
「はい。……私も、そこまでクライオスさんのお世話に成る訳には行きませんし」
「まぁ、どの程度の距離を歩けばいいのか解らないが、行き止まりという事はないだろう。……多分」
「そうですね」

 俺は肩を竦めながらおどけてそう言うと、ヒルダは笑みを浮かべた。
 なんとも気恥ずかしい。
 その感情を悟られまいと、俺は踵を返して

「じゃあ、早く行こうか」

 と、口にしてその場から歩き出した。
 後ろからヒルダが「あ、待って下さい」なんて言って、パタパタと急ぎ足で付いてくる。
 ……何と言うか、久しぶりに普通の人間に接しているような気がするよ。

 単純な雪道とはいえない、ゴツゴツとした岩場を俺たちはひたすらに歩く。
 当然、その足場の悪さは通常の平地とは比べ物にならない。
 雪で足は埋まるし、岩場のために足場の本当の高さも解り難い。

「……」
「…はぁ……はぁ…」

 動き始めて30分程経っただろうか? 無言で前を見続け移動をする俺達だが、やはりというかヒルダの動きは芳しくはない。激しい運動など普段はしないだろうし、こんな状況下に落とされるなんてのは初めての経験だろう。
 チラッと視線を向けると、ヒルダは辛そうな表情を無理矢理に笑みへと変えて

「どうしました、クライオスさん?」

 なんて、小首を傾げて聞いてくる。
 俺はヒルダのその様子に頭をガシガシと掻いた。

 当然、ヒルダが辛そうだということに気が回らなかった訳ではない。今になってこうして気にし始めたわけではないのだ。
 だが俺が、『あまり無理をするな』なんて言葉をかけると、ヒルダは決まって『私のことなら気になさらないで下さい』と、そう返事を返してくる。
 そのため、俺には行軍速度を抑えながら歩く事以外に選択肢が無いのだ。

「いや、日が落ちて辺りが暗くなってしまった。これ以上進むのは逆に危ないだろ」
「あ、……でも、それなら一刻も早く移動し切ったほうが――」
「ゴールがちゃんと見えている訳でもないのに、無理はできないよ」

 空を見上げると、既に空の色は夕焼けのそれになっている。
 このままでは谷間で有るこの場所は、ほんの20分もしない内に暗闇へと変わってしまうだろう。そうなれば、俺は兎も角としてヒルダには移動することも出来なくなる。

 苦笑を浮かべながら嗜めるようにヒルダに言うと、何故かヒルダは申し訳なさそうな表情を浮かべて

「すいません、クライオスさん」

 そう小さな声で謝罪を述べてきた。
 正直、その言葉が何についての謝罪なのかは理解が出来なかったが、しかし俺はその言葉にニコッと笑みを返していた。

「謝らなくてもいいよ。……兎に角、先ずは今晩のねぐらを何とかしないと」

 俺はそう言って、ヒルダに待っているように手でジェスチャーをすると、ねぐらを作れそうな場所を探す。
 確か、ビバークだったか?
 雪に穴を掘って、一時しのぎの空間を造るアレである。

「この辺なら良いかな?」

 手頃な広さの場所を見つけた俺は、そこをザクザクと掘り始めた。
 当然スコップやツルハシなんて言う高尚な物は持ちあわせては居ないので、その作業は本当の意味での手作業になる。

 手を使ってザクザクと掘り進めている最中に、

「あの、クライオスさん。一体何を?」

 俺の行動が理解できないのか、ヒルダが聞きづらそうにそう問いかけてきた。

「何って、寝床を造るんだよ。こんな場所で野ざらしじゃ、流石に風邪を引くだろ?」
「寝床? それで穴を掘るんですか?」
「まぁ、雪だから心配かもしれないけど、所々凍らせれば多分大丈夫だろう」

 実際雪穴に入って一夜を過ごすなんてしたことはないが、要はカマクラみたいなものだと思えば問題はない。
 掘り出した雪を丁寧に盛り付け、それを只管に固めたり凍らせたりしながら形成作業を進めていく。

「まさか保冷用の凍結拳が、こんな形で役に立つとは思わなかったな」

 聖域に帰ったら、カミュに礼を言うとしよう。
 ペタペタと雪を盛るような作業をすること十数分、一応はそれなりのモノが出来上がった。人間二人が入るくらいなら問題なさそうなサイズだ。もっとも、流石に雪国の人に見せるには自信のない出来だが。

「出来たぞ、ヒルダ。多分これで、外で寝るよりは幾ぶんマシに成るはずだ」
「クライオスさん。何ですか、コレ? 丸くて穴が空いてる」
「うん? お前、雪国の人間なのにカマクラを知らないのか?」
「……あぅ。すいません。私は普段からあまり外には出ないものですから」
「ふーん……そういう意味じゃ、地上代行者ってのも大変だな? 教皇も思いのほか気苦労が多そうだし――っと、まぁ話は後だ。先ずはさっさと中に入ろう」

 話を途中で遮って、俺はヒルダを促しながらカマクラへと入る。成る程、吹きつけられる風が無くなるだけでもかなり楽になるな。

「ここなら大丈夫だろ?」
「……えぇ」

 横並びに座りながら、俺はヒルダにそう問いかけた。
 床も雪で出来ているため少しばかり冷たいが、我慢するしかあるまい。

「なぁ、ヒルダ。聞きたいんだけど、普段から外に出ないっていうなら、なんだって今日は外にいたんだ?」
「それは……」
「言いたくはないけど。外にでさえしなければ、今日みたいなことは起きなかったんじゃないのか?」
「すいません」
「いや、怒ってるわけじゃないんだ。ただどうしてなのか? って、そう思ったからね。言いたくなければ別にいいよ」

 隣で膝を抱えるようにしているヒルダに、俺はやんわりと訪ねてみる。もしかしたらヒルダからしてみれば、この質問は責められているようにも感じるのかもしれない。
 まぁ、ちょっとだけ確認したかったと言うのは確かではあるが、別にどうしても知りたいと言うわけではない。

「クライオスさんは、どちらからいらしたんですか?」
「俺? ギリシア、聖域から」
「さんくちゅあり? では、あのアテナの?」
「そう」
「そうでしたか。では、クライオスさんは聖闘士なのですか?」
「よく聖闘士なんて知ってるね? アスガルドでは有名なのか?」
「いえ、有名というより、この地にも神闘士(ゴッドウォーリアー)と言うものが居りますから」

 『成る程』と、ヒルダの言葉に俺は頷いてみせた。
 とは言え、アスガルドが存在してドルバルやヒルダが居るのなら、神闘士が存在しても何ら不思議ではない。

「やっぱり、神闘士になるには修行なんかをしなくちゃいけないのか?」
「私は詳しくは知りませんが、ジークやハーゲンが言うには――あっ、ジークやハーゲンと言うのは、私や妹の警護を任されている者達で……私は彼らの眼を盗んで、外に出てきてしまったのです」

 パッと明るい表情を浮かべたかと思えば、今度は一転して気落ちしてしまった。しかも幾分、顔色も悪く感じられる。

「私はオーディン様の地上代行者として選ばれた巫女です。そのため、それに相応しい生き方をしなければいけません。勿論、それが嫌だとは言いません。私自身も名誉なことだとも思います。ですが……」
「時折、窮屈に感じてしまう?」
「えぇ」

 そう相槌を打ったヒルダは、心なしか物悲しい顔をしていた。

「ほんのちょっと息抜きをしたい……そう思っていたのですけど、普段はジーク達が一緒ですから」
「それならなんで、今日に限って」
「偶々、ジークにウルが声を掛けていて、その隙に。あ、ウルと言うのは神闘士の一人なのですが」
「神闘士……」

 やはりというか、神闘士は居るようだ。もっともドルバルがいる時点でその可能性も考えていたが。しかし、なんとも不可思議な状況ではないか。

「前々からロキと言う神闘士から外の世界の話も聞いていましたし、それで偶々今日は外に出てみようと思ったのですが」
「色々な偶々が続くね?」
「えぇ」

 俺たちは互いに苦笑を浮かべながら言ったが、幾らなんでも偶々が続きすぎだ。
 ロキの言っていた言葉に触発されて、偶々警護の眼が離れてその隙に外へ行くと、偶々何者かに操られた狼に襲われる? ……幾らなんでもないだろう、それは。

「やっぱり、厄介事かな」

 零すように俺はそう口にした。
 正直巻き込まれたくはないのだが、もう既に手遅れのような気がしないでもない。
 今日の運勢は10位くらいかと思っていたが、どうやら今日も含めて暫くの間は最下位のようである。

 兎も角、自分は聖域から親書を持ってきただけの人間だ。
 出来る限り面倒事から遠ざかって、安全と無事に帰還することを第一に――

 コテッ……

 考え事をしていると、不意に横川から重量を感じた。チラッと視線を向けると、どうやらヒルダが倒れこんできたらしい。
 疲れて眠ったのだろう……と、瞬間俺は思ったのだが

「うん? ヒルダ?」
「……はぁ、はぁ、はぁ」

 顔が赤く、息が荒い。
 疲れ? いや違う。

 即座に手をヒルダの額に当てると、ジワッと熱が感じられる。

「熱を出してる!? 動きまわって汗をかいて、それで冷えたからか?」

 しまった。
 正直本当にしまった。
 一般人と自分の違いを失念していた。
 なんだってこんな大ポカをしてしまうのか。
 体力面のことは眼が行っていたのに、よりにもよって初歩的なミスをするなんて。

「おいヒルダ! おい!」
「あ、はい……クライオスさん…」
「どんな具合だ? なんだってこんな風に成ってるのを黙ってた?」
「だって、そんなご迷惑を掛けるわけには……結局ご迷惑を掛けちゃいましたけど」

 無理に笑みを浮かべてそんな事を言うヒルダ。
 ……この子は、一体何だというのだろうか? 迷惑を掛けたくない? それで辛いのを黙ってた? コレは本当に子供か? 辛いなら辛いと言えば良いのに。嫌なら嫌だと言えば良いのに。
 ヒルダは普段から、それが許されないような生活をしてるということなのか?
 正直俺には、あまりに不憫に思えてしかたが無い。

「この際だ、迷惑云々は於いておく。具合は? 気持ち悪いとかは無いか?」
「…はい。でも身体が寒くて、頭がボーッとします」
「風邪を引いたか……何かのウイルスとかじゃないと良いけど」

 もし何らかのウイルス性のモノだったら、病院に運ぶ必要があるが。そうでないのならば、先ずは体力を回復させる必要がある。

「汗が酷い……このままじゃカマクラの中に居ても体が冷えて、体力が減らされてしまう」

 荒い呼吸を繰り返すヒルダ見ながら、俺はどうするべきかを真剣に悩んでいた。
 もしこの場でヒルダが死にでもすれば、それは聖域とアスガルドの間に大きな溝を作ることに成る。下手をすれば、両者による聖戦のようなことさえ起きるかもしれない。
 ……それだけは避けなければならないだろう。

 いや、それだけじゃない。目の前で苦しんでいるヒルダを助けてやりたいという気持ちが、俺の中では非常に大きくなっているのだ。

「コレしか無いか」

 俺は眉根を寄せて、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
 どうにも、他にいい方法が思い浮かばないのだ。

「ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、我慢してくれよ」
「え?」

 俺はそう言うと、ヒルダの返事も待たずに額に指拳を当てた。

 ピシィッ!

 何かが走るような音が聞こえると、ヒルダは力を無くしたようにガクッと倒れこんでしまう。俺は倒れてきたヒルダを抱きとめ、そして

「本当にスマン」

 そう言って、ヒルダの着ている法衣に手を掛けた。
 今みたいな状況で、濡れている服を着ていて良い訳がない。
 急いだほうが良いと判断してヒルダには眠ってもらい、俺は不慣れな手つきで服を脱がせていく。

「脱がせた服はどうにか乾かすとして、ヒルダを裸のままにしておく訳にはいかないよな……」

 脱がせた服の上に横たわるようになっているヒルダは、まっ裸――とは言わないまでも、肌着だけのそれに近い状態である。このまま放置しておけば、まず間違いなく凍死してしまうだろう。

「それじゃ、よっと」

 俺は狭いカマクラの中で胡座を掻くようにすると、ヒルダの身体を持ち上げて自身の足の上に載せた。羽織っている外套を防寒具にして、更には

「これで俺が小宇宙を燃やせば、ヒルダの身体も治るだろう」

 ユックリと小宇宙を燃焼させて、膝の上のヒルダに活力を与えていく。

「今思い出したが、確かアンドロメダ瞬が、天秤宮で氷河に似たようなことをしていたな」

 あの時はカミュに凍りつかされた氷河を救うためにそのようなことをしていたが、まぁやっていることとしては同じだろう。
 どうにか回復してくれるといいのだが……

「っと、少し呼吸が落ち着いてきたか?」

 腕の中に居るヒルダは現在顔だけを外套から出している状態だが、先ほどど比べると僅かに呼吸が落ち着いているように思える。

「この場合は、確か相手を思う心が必要だと聞いたことがあるな」

 相手を思う……か。
 チッポケな身体をして、無理をしているであろうヒルダ。ほんの数時間前に会ったばかりだが、どうやら俺はヒルダの事が気になっているらしい。

「ペットの心配する飼い主か、もしくは妹を心配する兄か、はたまた娘の心配をする父親か」

 まぁ、感覚としては恐らくはそんな所だろう。
 とは言え、心配に思っていることに変わりはない。
 このまま朝までに回復をしてくれれば、取り敢えずは俺がおぶって移動をすることも出来るようになる。

「問題は、やっぱり無事にワルハラ宮に着いてしまった場合だな」

 どうするべきか? またどうなってしまうのか?
 少なくとも相手の出方次第でしか行動を起こせない今の状態は、非常に拙いとしか言いようが無い。

「……すぅ…すぅ…」
「本当に……なんとも厄介な状況だよな」

 場合によっては戦争に成るか? それだけは考えたくはないが、可能性としてはそれも視野に入れるべきだろう。
 やることをやって逃げる……というのも選択肢としては有りだが――

「俺って、もしかして気が多いのかな?」

 今もギリシアに居るだろう同期の仲間、黄金聖闘士、そしてテア。
 守りたいと思う相手は、既にこれだけの数が居る。
 だというのに、今度はこうして弱っているヒルダもその中に入れようとしている。

 どうやら俺は、自分で思っているよりもお人好しの分類に入るのかもしれない。

「なんだか自分の分を弁えないな、俺は」

 誰に言うでもなく口にした言葉だったが、俺はその呟きに苦笑を浮かべていた。




 side:フレア

「お姉さまが行方不明っ!?」

 日が傾いて夕暮れになろうかとしていた頃、私はお姉さまの警護にあたっているジークフリードからその事を聞いた。
 まるで冗談か何かだと思いたいけれど、このジークフリードがそんな冗談を言うとは思えない。……アルベリッヒならば違うかもしれないが。

「はい。私がウル様と警護のことで話をしている隙に外へと出ていかれてしまったらしく、その後に行方を眩ませてしまったのです」
「そんな……でも、直ぐに見つかるのでしょう?」
「……ヒルダ様が居られないことに気づいて直ぐに、禁忌の地で雪崩が発生しました。考えたくはありませんが、最悪の場合――」
「お姉さまっ!?」
「フレア様っ! お気を確かに」

 私は思わず倒れてしまいそうになるが、それを横から伸びてきた手が支えてくれる。アスガルドの民としては珍しい、褐色の肌をした人物……ハーゲンだ。
 ハーゲンは私を支えるようにしながら、倒れないように椅子へと促してくれる。
 するとハーゲンはキッと視線をジークフリードへと向ける。

「ジークフリード、貴様……それが解っていながら何故このような場所にいるっ!」
「私とて、今直ぐにでも飛び出していきたい! だが……ドルバル様が」
「ドルバル叔父さまが?」

 辛そうに表情を歪めたジークフリードが、私達にとって叔父にあたる人の名前を口にした。

「捜索はするそうですが……二次遭難の危険があるため、俺たちには出るなと」
「何だと! それではヒルダ様が――」
「何を騒いでおる」

 思わず大きな声を貼り上げたハーゲンだったけれど、その声を遮るように割って入ってくる人が居た。大柄な身体、色素の抜けたような白い髪の毛、そして柔和そうな顔をした人物――

「ドルバル教主……」
「……」

 叔父さまが其処には立っていた。
 ドルバル叔父さまは、ジークフリードやハーゲンに視線を向けると小さく息を漏らしている。

「叔父さま……ジークフリードからお姉さまの事を聞きました」
「……そうか。よもやこの様な事になってしまうとはな。現在は捜索隊を組織して、ヒルダの事を探させている最中だ。彼らの報告を待つしか無い」
「失礼ですがドルバル様、捜索隊の指揮は誰が?」
「ジークフリード? ……まぁ、良かろう。捜索隊の指揮はルングが執っている」

 叔父さまの言葉にジークフリードが小さく「ルング様が……」と呟くように言った。
 ルングという人のことは私も知っている。
 身体の大きな、それこそドルバル叔父さまよりもずっと大きな身体をした神闘士の一人。前に会った時は、ちょっとだけ怖いと感じた人。

「あ奴もアレで、れっきとした神闘士の一人だ。手ぶらで帰るということはなかろう」
「ドルバル様! どうか、どうかこのジークフリードめも捜索隊にお加え下さい!」
「ならぬ」
「何故でございますかっ! このジークフリード、確かに未だ修行中の身ではありますが、決して邪魔になるような真似は致しませぬ! 何卒、何卒ヒルダ様の捜索にお加え頂きたい!」

 床に両方の膝を付き、頭を強く下げてジークフリードは叔父さまに願いをしていた。私も、気持ちはジークフリードと同じだった。叶うのであれば、今直ぐにでも飛び出していきたい。でも私はジークフリードやハーゲンとは違って、何の力も持っては居ない唯の子供だ。それがとても辛く、そして歯がゆく感じる。

 叔父さまはジークフリードの願いを聞いてくださるのだろうか? 優しい叔父さまなら、お姉さまを思っているジークの願いを聞き届けてくれるとは思うけど――と、そう思ったのも束の間、叔父さまはユックリと首を左右にユックリと振った。

「ジークよ、お主が今回のことに責任を感じているのは良く解っておる。だが、だからと言ってお前を捜索隊に入れてもしもの事があればどうする? 仮にそれでヒルダが戻り、お前が居なくなったとなれば……あの優しいヒルダはその事をどう思う?」
「――っ!? そ、それは」
「恐らくあの娘の事だ、その様なことになれば自らを一生涯攻め続けてしまうことだろう。もしそうなれば、それはアスガルド全体の危機とも言える」
「……ですが、ドルバル様。私は」
「祈れ、ジークよ。我等が神、オーディンにヒルダの無事を。あの娘はオーディンに選ばれた巫女だ。お前の願いが届きさえすれば、必ずやオーディンはその言葉に答えてくださるだろう」

 そう言うと、叔父さまはクルッと向きを変えて私たちの前から去っていった。私たちはその後ろ姿見つめながら、ただ自分達の力のなさを嘆き、そしてお姉さまの無事を祈ることしか出来ない自分達に哀しみを感じていた。

「フレア様、今はルング様を信じて待ちましょう。雪崩の報告が有ったからといって、何もヒルダ様がその場所に居たとは限らないのですから」
「えぇ……」

 ハーゲンが心配そうな表情を浮かべながら、私をなんとか落ち着けようとしてくれる。
 優しい気遣い。
 でも、ハーゲンの言葉は解るけれど、それで楽観視なんて出来るわけがない。
 重い返事を返した私を他所に、ジークフリードはスッと立ち上がる。

「フレア様、私も失礼させて頂きます」
「ジークフリード、何処に行くの?」
「歩哨に立とうかと思います。せめてヒルダ様が戻られた時に、直ぐに御迎えが出来るよう」
「ジークフリード……よろしくお願いしますね?」
「はい……」

 顔を俯かせたままに返事をしたジークフリードは、そのまま足早に去っていった。
 何故こんな事になったのだろう? これもオーディンの課した試練の一つだというの? だとしたら

「……私は、オーディンを恨みます」

 小さく囁くように言った私の言葉に、返事を返す者は居なかった。横に控えるハーゲンも、私の言葉に否定も肯定もせず、唯其処でジッと立っているだけだった。






[14901] 第24話 アスガルド編03話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:a68ccd21
Date: 2012/09/26 17:17


「ここは何処なのかしら?」

 暗くて、音もなくて、寂しい場所。
 何故、自分がこんな場所にいるのだろうか?

「フレア? ジーク? ハーゲン? 何処に居るの?」

 辺りを見渡して声を出してみる。だけれど、その返事を返してくれる相手は何処にも居なかった。視界いっぱいに広がるのは何もない、黒く染まった景色だけ。その中に浮いているような感覚で、私は存在していた。

「……寒い」

 まるで全身を氷付けにされたかのような感覚が、全身を覆っている。
 寒い、心も身体も寒かった。
 自分一人しか居ない世界で、誰も助けなどない世界で、私は孤独なまま消えてしまうのだろうか? そんな考えさえ浮かんでしまう。

 自分で自分の体を抱きしめ、今こうしている恐怖に怯える自分をどうにかしようとするけれど、弱い私はそれ以上にどうすれば良いのかが解らなかった。

「……ダ」

 ふと、蹲っていた私の耳に声が聞こえてくる。
 それは聞いたことがある、最近になって聞いた声だった。

「誰?」

 声の主を探すように、私は視線を周囲へと向けたけれど、でも視界に入るのは変わらずに黒い世界だけだった。
 聞き間違い? そう思った。でも

「ヒ…ダ」

 間違いない。やっぱり声が聞こえる。
 もしかしたら、私の名前を呼んでいるのだろうか?
 ……この声は誰だっただろう? この声の主はいったい誰だっただのだろうか?

 声の主を、声の聞こえた方向を探そうと、私は頻りに首を動かして辺りを見渡すようにしてみる。何処に? いったい何処に? 理解の出来ない場所にいるからだろうか? 私は自分でもハッキリと分かるほどに焦っている。

 目尻にジワッと溢れるモノを感じ、呼吸も次第に荒くなっていく。
 あぁ、自分はこんなにも弱々しい人間だったのか……。
 普段から周りに見せている私は、本当はこんなにも情けない人間だったのか。

「ヒルダ」

 今度はハッキリと、私を呼ぶ声が聞こえた。
 そう感じた瞬間、暗かった辺りにボゥっと微かに光る何かを見つける。
 ……違う。目を凝らしてみると、ソレは何かじゃなくて光を浴びた人影のようで――

「ヒルダ!」
「ハ、ハイっ!」

 ビクッと身体を震わせて辺りを見渡すようにすると、先程までの視界や感覚から一転して私の身体は地面に向かって引っ張られ、暗がりしか見えなかった周囲は白い雪――カマクラだったかしら? の壁が映っていた。
 キョロキョロと視線を動かす私に対し

「……やっと起きたか」

 と、若干の溜息を含んだような言葉が私の頭の上から聞こえてくる。
 何? と思って後ろに向かって首を回すと、其処には少し前に知り合った顔があった。

「クライオスさん?」
「あぁ、クライオスさんだよ」

 若干尋ねるような聞き方になったからだろうか? クライオスさんはそんな返し方をしてきた。だけど……どうして私の真後ろに、クライオスさんが居るのだろうか?

「あの、クライオスさん」
「うん? なんだ?」
「どうして私の真後ろに……私はどうして、クライオスさんの膝の上に乗っているんでしょうか?」

 言葉の途中で訂正をする。
 目に映る内容と身体に感じる感覚から考えると、私はクライオスさんの膝の上に乗せられていて同じ外套でグルっと覆うようになっている。
 昨日の内に何か有ったのかもしれないけれど、私にはその理由が思いつかない。

「ヒルダは昨日の晩に熱を出して倒れたんだよ。だから身体が冷えないように、こうして外套で包んでるんだ」
「まぁ」

 言われて思い出してみると、確かに話をしている最中に記憶が飛んでいるように思える。どうやらクライオスさんとの会話の最中に眠ってしまったらしい。そう言えば、その時は少しだけ身体の調子が悪かったように思える。

 何やら身体がポカポカと感じるのは、こうして外套に包まれているからかしら?

「その、重ね重ね御迷惑をお掛けしてしまって……」

 何とも申し訳ない気持ちになってしまい、私は後ろを振り向くようにしながら頭を下げた。本当はちゃんと正面を向いて頭を下げるべきなのでしょうが、どういう訳かクライオスさんの腕が私を抱きしめているので身動きが取れにくいのです。

「いや、別に迷惑とかじゃないから」
「ですが……」
「いいよ。……それよりも」

 クライオスさんの言葉に私は恐縮……だったかしら? そんな気持ちになってしまう、けれどもそんな私とは別に、クライオスさんは僅かばかり気まずそうな表情を浮かべると抱きしめるようにしていた腕を解いて何やらゴソゴソとし始めた。

「クライオスさん? なにを――」
「うん? いや……なんだ。温めるついでに『乾かして』おいたからさ、起きたのなら着替えたほうが良いだろ?」
「着替え?」

 良く解らない言葉を口にしたクライオスさんは、動かしていた腕を外套の外に出して私の目の前に持ってきた。
 その手には何か、見覚えのあるものが握られている。
 白を基調とした布地に、黄色いラインや装飾の入った……法衣?
 私はその握られているものを見つめると、少しだけ。本当に少しだけ動きが止まってしまった。

「え?」
「乾いてるはずだけど?」
「……え?」
「うん?」

 首を傾げ、私はクライオスさんに疑問を投げかける。そしてそれをしながら、自身の腕を使って身体をまさぐってみると……有るべきはずの感触が感じられなかった。よくよく考えれば、目を覚ましてからの身体全体に感じる感覚がいつものそれとは違うことに気が付いた。
 そしてそれに伴って、クライオスさんが言っていることが少しづつ理解できていく。

「……き」
「き?」
「きゃあああああ!」

 パーンッ!

 飛び跳ねるように立ち上がった私は、勢い良く右手を振りぬいていた。



 アスガルド編 03話



「痛ぇ……」

 ジンジンと痛む頬を抑えながら、俺は現在の感想を口にする。
 よもやヒルダからこのような一撃を貰うことになろうとは……露にも思わなかった。随分と速い一撃だったが、音速超でもしていたんじゃないかと思う。

「す、すいません」

 不意に、俺の隣を歩いていたヒルダから謝罪の言葉が聞こえてきた。あぁ、どうやら先ほどの俺の呟きが、ヒルダの事を咎めているように聞こえたらしい。

「いや、別に怒ってないから」
「ですが」
「本当に怒ってないから。……むしろコレは俺の自業自得だろうし」

 うむ。
 思い返してみると、ヒルダの行動は実に当たり前のモノであったように思える。俺の中身が歳相応で無いせいだろうか? どうにもヒルダを女性ではなく、女の子として扱ってしまったようである。
 ……まぁ、俺にデリカシーが無いとか、気遣いが足りないと言われればその通りなのだろうが。

 現在の俺達は、昨夜に作ったカマクラから抜けだして再び雪中行軍を行なっていた。上手くこの谷底から抜け出せる場所を探すためだが、正直この様な場所から開けた所に出られるのか甚だ疑問である。

「まぁ、多分大丈夫だろう。ポッカリと地面が割けてるって事もないだろうし」

 いざとなれば、小宇宙を無理にでも燃やして氷の階段でも作ればいいだろう。そうでなければ、左右の断崖の高さがもう少し下がればヒルダを抱えて飛んでも良い。それまでは安産策を取るってことで良いさ。

「そう言えばヒルダ。体の方はもう大丈夫なのか?」
「あ、はい。不思議と昨晩に感じた体調の悪さは無くなっています」

 俺の問いかけに元気よく返事を返すヒルダ。
 実際のところ、足取りは完全とはいえないが顔色は悪くない。気を使って嘘をついている……と言うわけでも無さそうだ。
 どうやら小宇宙を燃やして活力を与えるというのは、思ったよりも効果的な方法であるらしい。
 その内にどの程度の症状までなら改善させられるのか、色々と調べてみるのも面白いかもしれない。

「あ、そ、そのクライオスさん」
「なに?」

 僅かに呼吸を乱れさせながら、ヒルダから俺に声を掛けてきた。……少しばかり急ぎ過ぎたかもしれない。少しづつ歩行速度を緩めて、ヒルダの負担を減らしてやらなくては。

「クライオスさんは聖域から来られたとおっしゃいましたが、アスガルドにはどの様な用向きだったのですか?」
「アスガルドに来た目的?」
「はい」

 無垢な表情を浮かべて聞いてくるヒルダ。しかしその質問に、俺は「あぁ……そう言えば、俺は任務の一つとして此処に居るのだったな」と、思い出した。
 そしてほぼ確実に、ヒルダを送り届けた後に面倒な事に巻き込まれるだろうことも思い出して溜息を吐きたく成る。

 そんな俺の雰囲気を察したのだろうか? ヒルダは「クライオスさん?」なんて、小首を傾げてくる。俺は出来る限り表情を変化させないようにしながら、「そうだな~」なんて、軽い口調で間繋ぎをした。

「一応は任務なんだけど……教皇から親書を届けにな」
「親書? ですか?」
「そう……って、あれ? 任務ってことはコレって話しちゃ拙いのか?」
「ふぇ? えぇっと、どうなのでしょうか?」
「あーまぁ、ヒルダはアスガルドのお偉いさんだし問題はない……のかな?」
「そ、そんなお偉いさんだなんて」

 首を傾げながら尋ねるように言った俺の言葉に、ヒルダは頬を赤らめて照れてみせる。正直、どうしてそこで照れてみせるのか理解不能である。

「まぁ手紙の内容を読んではないけど、多分『今後とも宜しく』的なことが書いてあるんだろう」
「仲が良いのは素晴らしいことですよね♪」

 朗らかに言うヒルダの顔に軽く笑みを浮かべた俺は、

(本当に、仲が良いってのは良いことだよな)

 と思っていた。

 こう言ってはなんだが、未来に起こるであろう聖戦等のたぐいは皆がそれを出来ないから起こるのだ。神だの代行者だのが自分勝手に物事を決めて滅茶苦茶なことをしようとするから戦争が起こる。

 まぁ、そんなことは神々だけじゃなくて普通の人間にも言えることだから、此処で文句を言ってもしかたが無いのだろうが。

「あ! ――なぁヒルダ、ドルバル教主について教えてくれないか?」

 ふと、俺は教皇からの書簡を渡す相手である、ドルバルについてヒルダに尋ねることにした。少しでも良い方向へ話を繋げるために、情報を集めようと思ったのだ。

「どるばる? ……叔父さまについてですか?」
「……叔父さま?」
「はい。ドルバルは私の叔父に当たる方です。叔父さまは未だに至らない私に変わって、アスガルドの平和を守るために日夜励んでいる方なんです」
「オーディンの地上代行者補佐ってこと?」
「実際は、叔父さまがアスガルドを運営しているのと変わりません」
「血縁者か……」

 と言うことは、権力欲しさにヒルダを――と言う訳じゃ無いのか? アスガルドの実質の支配者的な立場にあるドルバルが、態々そんな計画を立てたりするだろうか?
 いや、人の欲望というのは計り知れないモノがあるだろうし、そんな事を言うのならそもそも聖域ではサガの乱などは起きたりしないだろう。
 神の化身とまで言われる人間が、普通に謀反を起こすんだぞ?

 ドルバルという人間が果たしてどんな人物なのか? 俺の持っている知識同様に世界制覇企むような人物なのか、そうでないのか。後者ならば血縁者の情を期待することは出来ないだろうし、前者ならばこの件にドルバルは無関係ということになる。

 ……その場合は神闘士の独断か?

「いや、有り得ないよな。それは流石に」

 一番、自分にとって好意的な状況を思い浮かべるが、そんな可能性は間違いなくゼロだろう。状況が状況だが、聖域から親書(内容は知らない)を持ってきた人間を、問答無用で捕らえるような事はしないだろう。
 とは言え、いつでも動けるように身構えるべきではあるだろうが。

「あの、クライオスさん。先程から何を言っているのですか?」
「え? ……俺、何か言ってた?」
「はい。『有り得ない』とか、『身構える』とか」
「うわぁ、独り言を口にしてたか~」

 聞いてきたヒルダに、俺はわざとらしく戯けるようにして口を濁した。
 危ない危ない。
 幾らなんでも『お前の身内が悪いことを考えてるぞ』――なんて、真っ正直には言えないからな。
 しかし自分で言うのもなんだが、かなり態とらしい。
 もっともヒルダは空気の読める子供らしく、その事に対して特に突っ込んでくるようなことはなかった。

 しかし代わりに、

「……」
「……」

 俺達は無言になってしまった。
 どうにも話しかけづらい状態、と言うやつだ。
 そのうえ原因は俺に有るのだから更に居た堪れない。

 しかしだからと言って、俺が考えていた内容をそのまま口に出して言うことはできないだろ。
 俺だって『実は、全ての元凶はお前の師であるシャカにあるのだ!』なんて言われれば、ショックを隠せ……いや、案外受け入れてしまうかもしれん。

 いっその事、今朝方のヒルダが放った平手打ちの話でもして無理にでも盛り上がるべきか?

 なんて、かなりアレな事を考えていると

「あ、クライオスさん! あそこって出口じゃないでしょうか!?」
「え?」

 考え事をしていた俺とは違い、ちゃんと前を向いていたヒルダが前方を指差して俺に言う。スッと目を細めて先を見てみると、確かに左右に広がっていた断崖の切れ目が視界に入る。

「おぉ、本当だ! ……ヒルダ偉い! 褒めてやろう」

 ワシワシと頭を撫で回すと、ヒルダは「あう、あうぁ」なんて声を漏らしながらされるがままになっている。

 ……うーん、これは聖域にはなかった反応だ。
 かなり貴重な反応である。癒される。

 歩きながらタップリと堪能をした俺は、疲れたように息を荒げるヒルダを伴って出口へと向かった。上記したような表情を浮かべているヒルダを見ると、少しばかり頭を左右に動かしすぎたか……なんて思う。

「――開放感っ!」

 裂け目から抜けだした俺が、最初に言った言葉である。
 横にいるヒルダの視線が少々痛い。

 しかしようやっとまともに陽の光が当たる場所に出てこられたのだ、これくらいの事は大目に見て欲しいモノである。

 もっとも、出てこられたと言っても視界に広がるのは鬱蒼とした森への入り口。
 今度はこの森を踏破しなくてはいけないのかと思うと、些か面倒にも思う。

「でも、無事に出られてよかったですね」
「無事? ……無事じゃないだろ」

 頬を指先で掻きながら俺が言うと、ヒルダは「あぅ」と呻いて表情を曇らせる。
 一晩で回復したとはいえ、熱を出して倒れたのは確かなのだ。どう考えても無事にとは言えないだろう。

「そ、その……クライオスさん。今朝は私も本当に申し訳ないと……」
「うん? ……いや、だからそれは気にしてないから」
「で、ですが! あのような事があったとはいえ、お世話になったクライオスさんあのような仕打ちを」
「だからいいんだってば! ソレは俺が悪かったんだって!」

 まったく、何だって蒸し返すのか?
 そりゃ女の子にとっては大事件だったってことは解る……が……?
 うん? これってつまり、

『私にあのような仕打ちをしたのですから、まさかただで済むとは思っていませんわよね?』

 的な、暗喩なのだろうか?
 ……可能性は無いとはいえないが、しかし――

「ジィッ」
「な、なんですか?」

 覗きこむようにヒルダの表情を読み取ってみる。
 驚いたような反応をするヒルダは顔を左右に揺らして所在なさ気なはんをうする。しかし尚も見つめ続ける俺に何を思ったのか、『ニコ』っと笑みを向けてきた。
 うーむ、子供らしい普通の反応である。

 まぁ普通に考えて、この歳の子供がそんな奇妙な思考回路を持っているとは思えないしな。

 なんだろうかなぁ。俺ってば聖闘士になって――というよりも、聖域で生活をするようになってから色々と黒く染まっちゃったのだろうか?

『何を言う。人の有り様など早々に変わるものではない』

 ――あ、一瞬シャカの声が聞こえてきがする。

 ちょっとだけブルーになった俺は、ヒルダに苦笑いのような物を返すと、視線の先の森をどうやって抜けるのかを考えることにした。

「崖下から抜けだしたわけだけど、今度は元の場所に戻れるように歩かなければならない」
「そうですね。……私も此処がどの辺りなのか良く判りませんし」

 それ程に期待していた訳でもないのだが、やはりヒルダは此処からワルハラ宮までの道のりは知らないらしい。

 出来るだけ早くワルハラ宮には行きたい。

 俺はいいのだが、ヒルダは飲まず食わずでは拙いだろう。

「何か食べられるものでも捕まえるべき……ん?」
「どうしました?」
「いや、あっちの方角」

 ヒルダの声に俺は指をさして返事をする。
 向けられた指先の向こう。その方角に、一瞬だけだが小宇宙の高まりを感じたのだ。

 神闘士――としては、おそらく弱い。……誰だ?

「ヒルダ、とにかくこの方角に進んでみよう。もしかしたら人が居るかもしれないから」
「はい! 頑張ります」

 グッと握りこぶしを作ってみせるヒルダの頭に軽くポンポンと手を置き、俺は「頑張れ」と言うと歩き出した。
 とは言え、距離にしてそれほど歩くわけでもない。
 時間にして10分。それもヒルダの歩幅でだ。

 しかし

「誰だ、アイツ?」

 俺は視線の先に居る人物を見てそう言葉を漏らした。

 其処に居たのは現在の俺の優に3倍異常はあろうかという身長、子供位なら軽々と乗せてしまいそうな大きな肩、そして動くたびに左右に揺れる長い髪……。
 見るからに違和感を感じてしまうような大男が、雪の積もった森の中でクマを相手に相撲をとって(取っ組み合いをして)いた。

「金太郎?」
「狩人さん?」

 俺とヒルダが互いに異なる言葉を口にする。
 当然のことながら、『金太郎』と口にしたのは俺である。

 しかし狩人? 普通の狩人とは、罠を張ったり弓を射たりするものだと思うのだが……。俺にはアレは、到底狩人には見えない。
 どちらかと言うとウォーリアー?

「ヒルダの知り合いか?」
「いえ……。ですが森で捕らえた獲物を貧しい方々に分けて回っていると聞いています」

 捕らえた獲物を分けて回る?

「あぁ、そうか」
「クライオスさん?」

 ポンっと手を叩いて、俺は小さく呟いた。クマと死闘を演じるウォーリアーの正体に気がついたのだ。

 恐らく今はまだ違うのだろうが、奴は未来の神闘士、γ(ガンマ)星・フェクダのトールだ。

「アイツに聞けば、ワルハラ宮までの道のりを教えてくれるかも」
「あ、それは良いアイデアです。早速聞きに行きましょう」
「あぁ。でもまぁ、あのクマとの相手が終わってから――って、ヒルダ!」

 柏手を打つようにして反応をしたヒルダは、気づくとトコトコとトールとクマの元へと歩いて行ってしまう。

 ……何考えてるんだ!

 一瞬――いや、数瞬ほど呆けてしまった俺は、慌てて後を追うため駈け出した。

「申し訳ありません。少々お尋ねしたいのですが」
「ぬっ!?」

 横合いから突然声を掛けられたことで驚いたトールは、肩をビクッとさせて視線をヒルダへと向けた。しかし、その僅かな動きが拙かったのだろう、両手で抑えこむようにしていたクマへの注意が逸れてしまい、結果――

「ガァアアアっ!」

 トールの拘束から逃れたクマが、ヒルダへと向かって飛びかかったのだ。

「しまっ――!!」
「あら?」

 慌てたようなトールとは違い、場違いな言葉を漏らすヒルダ。
 もう、本当に――

「何考えてるんだ! お前はーーっ!!」

 ッドッゴォオオオン!!

 叫び声を上げながら、俺は思い切りクマに向かって飛び蹴りを放つのであった。




 あとがき?

 感想掲示板にて、Lost Campusのssを書いて欲しいとか……。読んだことがないので即断し兼ねますが、一度読んでから、前向きに考えてみようかと思います。



[14901] 第25話 アスガルド編04話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:a68ccd21
Date: 2012/10/02 13:36



 前回のあらすじ

 クライオスの献身的な介護により、体調不良から復活したヒルダ。現在の状況(崖下)から脱しようとしたクライオスとヒルダは、その足で長い道のりを進むことを決意する。
 漸くのこと開けた場所へと抜け出ることに成功した二人だったが、其処で何者かの小宇宙のざわめきを感じ現場へと急いだ。その先に居たのは数年後にγ星の神闘士となるであろう巨漢、トールである。
 野生の熊と格闘中であったトールに『後ほど』道を尋ねようとしたクライオスであったのだが、ヒルダの行動はそんなクライオスの考えを粉微塵に粉砕するものなのであった。

「……とまぁ、こんな感じな訳ですよ」
「そうか」
「はぅ……」

 蹴りを入れることで打ち倒したクマの上に腰を降ろし、俺は目の前に居るトールにコレまでの出来事をザッと説明した。因みにヒルダは反省をしているのか、俺の横側で正座(?)をして項垂れている。

 あーしかし……トールってば大きいな!

 本当にでかい! アニメ設定だと、身長160台の星矢と比べても、大人と子供くらいの差があった。今現在トールの年齢がどれほどかは解らないが、俺やヒルダからすれば大人と子供どころか『巨人と小人』くらいの身長差である。

 ……首が痛い。

「話は解った。だがヒルダ様といえば、ワルハラ宮に居られるオーディン様の地上代行者の筈。その方が、何故このような場所に?」
「うーん……一言で言うのなら、不幸な事故? かな」
「事故?」

 内容を暈すようにして言う俺の言葉に、やはりトールは不可思議そうに首を傾げた。
 まぁそうだろう。
 この国ではヒルダは有名人である。姿を見たことがなくともその名前や年格好、それに見た目の雰囲気程度は伝え聞いたりするはずだ。トールからすれば、恐らく目の前の少女がヒルダなのだろう――との合点は行くものの、何故そのヒルダがこんな場所に? との疑問を持つのは仕方が無い。

 俺は顎先に手を当てて考える素振りをすると、

「えーっと、トールさん。ちょっと」

 そう言って、軽く手招きするようにしてトールを呼び寄せる。
 するとトールの巨体がユックリと俺の前で膝を曲げ、近く声を聞くようにして耳を近づけてきた。

「(あのですね、正直なところ細かいこと言い難いんですよ。大雑把に言えば、困ってるヒルダを俺が救けたってだけの事なんですが、どうにも『そうなった理由』がきな臭いもので……)」
「む……」

 トールは眉間に皺を寄せると、チラリとヒルダを横目で確認する。視線の先に居るヒルダは先ほどの反省から未だ立ち直っていないのか、両手をついて項垂れている。

 ……しかし、ヒルダ。そうやって手を付いているのは俺が蹴り飛ばしたクマの上だってこと。ちゃんと理解しているのだろうか?

「(こうしてヒルダ様を見ていると、とてもそんな大変なことに巻き込まれているようには見えないのだが?)」
「(まぁ……それは俺も同感なんですがね)」
「(それに君はその……もしかして神闘士なのか?)」
「へ?」

 思わずキョトンとした反応を俺はしてしまう。とは言え直ぐに再起動を果たし

「いやいやいや! 全然違いますよ!」
「そう……なのか? しかし、その格好は」
「格好? ……あぁ」

 言われて俺は自身の格好を眺めてみる。外套を羽織っているものの、その下からチラチラと覗くのは紛れもなく何らかの鎧。この国の人間からしてみれば、神闘衣(ゴットローブ)に見えても仕方がにだろう。
 とは言え、正直に『いえ、俺は聖闘士です』などと答えてしまっても良いものだろうか? 逆にヒルダを連れ去ろうとしている悪漢――などと思われてしまうのでは?

「いや、これは――」
「クライオスさんは神闘士ではなく、聖域から来られた聖闘士です」
「ヒっ、ヒルダ!? なにを……」
「せいんと?」
「はい!」

 首を傾げるトールに対し、ヒルダはニコッと微笑んでピョンっとクマの上から飛び降りた。そしてその小柄な体をムンっと逸らして、何故か自慢げに聖闘士についての説明をし始める。

「ギリシア……聖域?」
「そうです。クライオスさんはその様な遠路から、はるばるこのアスガルドへやって来た方なのです」
「えぇ、まぁ。そういう事になりますかね」

 内心では『余計なことをしてくれたなヒルダ!』なんて思いながら、苦笑いを浮かべてトールを見る。トールはそんな俺を眉根をしかめながら見ていると、

「ふー……」

 と、大きく息を吐いた。
 そしてスッと立ち上がると、

「解った。ワルハラ宮までの道を教えよう」

 そう言ってきた。
 ヒルダなんかはトールのその言葉に「うわぁ、ありがとうございます!」なんてコロコロと笑みを浮かべながら言っていたが、しかし俺は「え、どうして?」なんて口にしていた。

 例えば逆の立場で、見知らぬ聖衣のような格好をした人間が良く解らない人間を連れてきて『こちらは教皇の親族の方だ。教皇の間まで案内して欲しい』なんてのが現れたら、問答無用で連れて行くぞ……シャカの所に。

 なのでどうにも、トールがこうもアッサリと道を教えてくれると言うのが信じられないのだ。訝しげに表情を歪める俺とは裏腹に、ヒルダなんかは

「良かったですね、クライオスさん!」

 と、本当にいい笑顔で言っている。
 これが普通の子供と、中身がドロドロな俺との違いなのだろうか?
 ……まぁ、ヒルダは普通とは言いがたいと思うが。

「安心しろ。クライオス……と言ったか? 何もお前をどうにかしようとは思わん。悪人には見えんからな」
「あ、その……顔に出しすぎました?」
「あぁ」

 苦笑いをするようなトールの言葉に、俺は「あら」と言って苦笑いを返す。そしてグニグニと頬を揉むようにすると「すいません」と謝ってみせた。

「まぁ……君がそう警戒するのも理解できる。逆に言えば、他所の国から来たであろう君のことを無警戒に案内しようと言う私の方こそ変だということもな」
「いや、変だとまでは言いませんが……不可思議だなくらいには」
「クライオスさん、多分同じ意味ですよ」

 そうなのか?

「フフフ。まぁなんだ、私が君のことを悪人には見えないと言ったことは本当だ。だからこそワルハラ宮への道案内をするのも吝かではないし、それに――」
「それに?」
「……正直に言えば、私はワルハラ宮での問題には関わりたくはないのだ。だから早々に居なくなってくれるならソレが一番いい」
「ハッキリ言いますね」

 成る程。
 確かトールは、禁猟区で狩りを行なっている。それは自分の食い扶持を稼ぐためではなく、貧しい者達に与えるためにやっていることだが、しかしだからと言ってこの国の法的には見過ごせるものではないのだろう。
 此処が禁猟区の森なのかどうかは解らないのだが、トールは仮にヒルダを捜索しに来た者達と顔を合わせた場合に、何らかの面倒に巻き込まれることを危惧しているのかもしれない。

「でもまぁ、そういう事ならお言葉に甘えます」
「あぁ、そうしてくれ」

 トールの考えが少しだけ理解出来た俺は、ピョンとクマの上から飛び降りて「じゃあ行きましょうか?」と声をかける。しかしトールはそんな俺の言葉をてを翳して遮ると

「ちょっと待て」

 そう言って「ゴホンっ!」と軽く咳払いをした。
 なんだろうか? と、俺とヒルダは互いに首を傾げる。するとトールは少しだけ気恥ずかしそうに

「そのクマ……私が獲物としてもらってしまっても構わんだろうか?」

 その巨体に似つかわしくないような照れを見せて、そういうのであった。


 第25話 アスガルド編04話


 トールに案内をされて雪道をザクザクと歩く俺達一行。
 現在はトールを先頭にして、その後ろを俺が付いて行くようになっている。
 因みにヒルダはトールの肩の上、クマは紐で縛って俺がズルズルと引っ張っている。本来ならばトールがクマを担げば良いのだろうが、ヒルダを余り長い時間雪の中で歩かせるのは良くはないだろうと判断してこうなった。

「見えてきたぞ」

 今の隊列に変更してから20分ほど。森を抜けて山を超え、俺達は眼前に巨大な石造りの建築物を目の当たりにしていた。

「あれが、ワルハラ宮」

 小さな声で呟いた俺は、その視線の先にある宮殿を見つめて背筋がゾクリと成るのを感じていた。成る程、これがボスダンジョンの雰囲気か。
 これから先に、恐らく俺が巻き込まれるだろう出来事を考えると苦笑いしか浮かばない。正直なところトールが手伝ってくれれば嬉しいのだが、恐らく今の段階のトールでは神闘士とは戦えないだろう。

「トールさんはこの後?」
「む? 私はコイツを持って帰って処理する」

 コイツ――とは、当然クマの事である。此処までズルズルと引っ張ってきたクマだが、歩いてきた場所に綺麗な一本の引き摺られた後が出来ていた。

「そうですか。此処でお別れしてしまうのは少々残念なのですが……よろしければ、お茶をご馳走しますけれど?」
「いや、流石に宮殿の中にクマを運び込んでは皆が驚くだろう? 私は遠慮するよ」
「残念です」

 本気で残念そうに言うヒルダである。
 これくらい邪気が無い人間というのも珍しいものだ。……本当、このまま成長する訳ではないのだろうが、こんな人間が急に地上支配を宣言するとか……近くにいる奴ら変だと思えよ。
 ビフォア・アフター並に解りやすいだろうが。

「ではな、クライオス。私が言うのもなんだが、ヒルダ様を宜しく頼む」
「ソレは勿論。俺はヒルダを護ってやるって決めたかな」

 トールは俺の言葉に満足したのか「フっ」と軽く笑みを浮かべると、俺の引き摺ってきたクマをヒョイっと持ち上げて肩に担ぐ。
 ……アレ、俺が持ち上げようとすると身長的な問題で難しいんだよな。

「それではトールさん、縁がありましたら、またお会いしましょうね」
「縁があるのなら」

 ペコッと頭を下げて感謝を口にするヒルダ。トールはそんなヒルダに返事を返すと、元きた道を今度は一人で帰っていった。世話になったトールが見えなくなるまで、その後ろ姿を見つめていた。

「さて、それじゃあ行こうかヒルダ。ワルハラ宮に」
「はい」

 頷いて返すヒルダ。
 俺はこの先に待ち受けるだろう出来事に内心ビクビクとしながら、一歩一歩重い足を前へと進めるのであった。


 side:フレア

 お姉さまが行方不明になってから一晩が過ぎました。
 ドルバル叔父さまが捜索隊を出したと言ってはいたけれど、その捜索隊からの連絡は未だにない。ジークは心配で夜も眠れなかったらしく、目の周りに隈をつくりながら今朝方私に挨拶をしてきた。

 かくいう私も、正直なところ眠れてなどいない。

 眠れるわけがない。
 私にとって、たった一人の大切なお姉さまが居なくなってしまったのだから。

 侍従の一人が淹れてくれた紅茶が私の目の前に置かれているけれど、どうにも体が動いてくれない。アスガルドでは珍しい種類の紅茶だと、今の私のことを気にかけてわざわざ淹れてくれたというのに。

「ヒルダ……お姉さま」

 ボソッと小さく呟くように言うと、私の頭の中に笑顔を向けてくるお姉さまの顔が思い浮かべられた。その瞬間、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、私は思わず

「う……うぅ」

 声を押し殺して胸元で手を握りしめていた。

「――フレア様!」

 バンッ!

 力強く扉が開けられ、外からハーゲンが部屋の中へと入ってくる。

「ハ、ハーゲン!」

 私は直ぐに自身の頬を拭って体裁を保とうとしたけれど、……見られてしまっただろうか?

「も、申し訳ありませんフレア様。ですが捜索に出ていたルング様が戻られました!」
「ッ!! 本当ですか! ……それで、ルングは何処に!?」
「は、はい。現在はドルバル様の元に――フレア様っ!」

 聞いた瞬間、私は部屋の外に向かって駈け出して行った。
 叔父さまは言っていたのだ、『手ぶらで帰るということはなかろう』……と。
 大丈夫。ルングは、彼もオーディンに仕える神闘士の一人なのだから。きっと、きっとお姉さまを探し出してきてくれたはずなのだから。

 廊下を走る私に侍従の者達が慌てて声を掛けてくるけれど、ごめんなさい。
 お叱りな後で幾らでも受けます。今はソレよりも、少しでも早く――

「叔父さま!」

 走るなんて言う慣れないことをした所為で、私の肩は自分でも解るくらいに上下している。その場所はドルバル叔父さまの執務室。丁度叔父さまと向かい合うようにして、大柄な体をしたルングが跪くようにして伏せている。

「ん? フレアか……。どうしたのだ? その様に慌てて」
「どうした? ではありません! 捜索に行っていたルングが帰ってきたのでしょう?」
「うむ……だが」
「ルング! お姉さまは何処に居るの!?」

 少しだけ大きな声を出したからだろうか? ルングは表情を歪めてバツの悪そうな顔をすると叔父さまの方をチラリと見た。

「まぁ良かろう」
「はい。……フレア様、私は一晩かかってワルハラ宮の周辺を捜索しましたが、その際に発見できたのは」
「発見できたのは?」
「コレだけです」

 そう言って、ルングが私の目の前に見せてきたのは小さな布切れだった。
 でも、でも私にはソレが何であるのか解ってしまった。
 それはお姉さまがいつも身に着けている、白い法衣の一部。

「そ、んな……お姉さま……。嘘でしょ、ルング?」
「……残念ながら」

 冗談だと言って欲しかった。けれどもルングが口にした言葉は私にとってショック以外の何でもない言葉で、私は自身の目の前が急激に色あせ始めてように思えてくる。

「フレア。突然のことでお前も辛いとは思うが、今は部屋に戻って休んでいないさい」
「叔父……さま」
「もし、もしもお前にまで何かがあっては、私は其れこそどうにかなってしまうよ」

 あぁ、なんてことだろう。そうなのだ。
 私だけではない。叔父様だって、そしてこんな哀しいことを伝えなくてはならなかったルングだって、きっと私と同じく苦しいに決まってる。それを私は、自分だけが辛いかの様な態度をとって……。

 こうして見れば、叔父様は何かに耐えるように辛そうな表情を浮かべているように見える。

「申し……訳、ありません……叔父さま。……私、部屋に戻ります」

 何とか。そう、何とか震える声でそう言った私だったけど、溢れ出す涙を堪えることは出来ずにポロポロと頬を伝ってしまう。
 それでも叔父さまは、そんな私にただ

「あぁ、ゆっくりと休みなさい。フレア」

 そう優しく声を掛けてくれた。
 部屋に戻っても休めるとは思えない。でも、それでも今は部屋に戻ろう。
 そう、私が思った時

「ドルバル様ーッ!」

 私の部屋に飛び込んできたハーゲン以上の勢いで、ジークが飛び込んできた。
 その肩は息せき切ったようになっていて、ここまで急いでやってきたことが良く分かる。きっとジークは、私と同じくルングが帰ってきたことを誰かに聞いたのだろう。
 そして先ほどの私と同じく、捜索内容を確かめるためにこうして……

 叔父さまはそんなジークに眉根を顰めて、ゆっくりとした雰囲気で口を開いた。
 けど――

「ジークフリートか。お前にも伝えなければならなかったな。ヒルダは――」
「そのヒルダ様のことで御座いますッ!」
「ん? どうしたのだ、そのように慌てて?」

 ジークは声を張り上げて、叔父さまの言葉を遮った。
 よく見ればジークの表情は、今朝方に見た時とは何かが違う。
 一体何があったのだろうか? 私は大きく息を吐いているジークが何を口にするのかを気にしながらその言葉を待った。

「お歓びくださいドルバル様! ヒルダ様が、ヒルダ様がお戻りになられました!」
「なっ……なんだとッ!?」

 満面の笑みを持って報告をしたジーク。そしてその言葉に心底驚いたような表情を浮かべた叔父さまとルング。
 でもその言葉を聞いた時の私は、きっとジークと同じく満面の笑みを浮かべていたともう。きっと間違いない。


 side:クライオス

 ワルハラ宮に到着した俺達は、直ぐ様に付近を警邏していた兵士に声をかけた。要は「ヒルダが戻ったぞ」と伝えるためである。
 流石に一晩だけだったとはいえ、ヒルダが行方を眩ませたのは大きな騒ぎになっていたらしい。事実そう告げられ、ヒルダが「只今戻りました」と、告げたところでその兵士はパニックを起こして、大慌てで責任者を呼びに言ってしまった。

 もっともそうやって呼ばれてきた責任者が

「ヒルダ様ーーっ!」

 ジークフリートだと知った事で、俺は思わず口元を釣り上げて

「ははは……何だかなぁ」

 なんて言葉を漏らしてしまったが。

「あぁ……ヒルダ様。よくお戻りになって下さいました」
「ジーク、心配をかけましたね?」
「いえ。ヒルダ様の実を安じればこその悩みです。……本当に、ご無事でよかった」

 ジークフリートはヒルダの前で跪き、そしてヒルダも俺と一緒にいる時とは違って何やら『威厳』のような雰囲気を身に纏ってジークフリートに接している。
 ……あぁ、成程。確かにこれは疲れそうだ。

 一頻りヒルダの無事を喜び、オーディンへの感謝の言葉ツラツラと述べたジークだったが、此処に来てようやく俺の存在に気がついたようである。
 ヒルダの隣に当然のように立っている俺をチラリと見ると、

「……ヒルダ様、この者はいったい?」

 なんて、眉をを吊り上げながら――より正確に言うと、俺のことを睨みつけながらそんな事を口にする。
 ……俺も相当だとは思うが、ジークフリートってわかり易い奴だな?

「ジーク、その方は私が危険なときに身を呈して救って下さった方で、クライオスさんと言う方です」
「クライオス? ……このあたりでは珍しい響きの名前ですね?」

 ヒルダは笑顔で俺の事を紹介するが、そんなヒルダとは対照的にジークの表情はさらに険しいものになる。其れが証拠に、首を傾げるようにしながらもその視線から俺が外れることはないからだ。
 どうやらヒルダもそんなジークの反応は面白いらしく、僅かに笑みを浮べている。

「クスっ……クライオスさんのお名前が珍しいのは仕方がないわ。だってクライオスさんは――」
「待った、ヒルダ。今は其れよりも先に、他の連中にも帰ってきたことを伝えるべきじゃ――」
「貴様! ヒルダ様を呼び捨てにするとは! 一体どういうつもりだ!」

 ギリシア出身だと知られれば、また説明が面倒だと思った俺はヒルダに待ったをかけたのだが、しかしギリシア出身だと知られなくとも、どうやら面倒な事になったらしい。

 もう本当に何なんだよ。ジークフリートは!

「何処の誰かは知らないが、ヒルダ様を救ったことに関しては礼を言おう。だが! 一体誰の許しを得てヒルダ様のお名前を軽々しく――」
「私が許可をしたのですよ、ジーク」
「ヒ、ヒルダ様!?」
「クライオスさんは私の命の恩人なのです。ですから特別に許可をしました。いけませんか? ジーク」
「……いえ、ヒルダ様がそう仰るのでしたら」

 『ぐぬぬぬ』とでも言いたげな表情を浮かべて居るジークフリート。俺がヒルダの事を呼び捨てにしていることが羨ましいのだろうか? しかし、正直ヒルダを呼び捨てにしているジークフリートなんて、違和感がありすぎて全く想像することが出来ない。

「なぁヒルダ、さっきも言ったけど」
「あ、そうでしたわね。……ねぇジーク、お願いがあります。私が戻ってきたことを、叔父さま達に知らせてきてくれないかしら?」
「わ、私がですか?」
「えぇ」
「ですが……」

 ヒルダの頼みならば、普段は二つ返事で熟しそうなジークが口ごもるようにして俺を見てくる。きっと俺のことが信用出来ないため、ヒルダと俺を残して行く事に抵抗が有るのだろう。

「ジーク、俺はヒルダに危害なんか加えないから、パッと行ってこいよ」
「貴様にジークなどと、愛称で呼ばれる筋合いはないわっ!」
「ジーク! 今はそのようなことを!」
「そうだぞジーク!」
「ぐ……ヒルダ様、しかし」

 ヒルダがこう言っても動こうとしないとは、余程に俺は警戒されているのだろうか? しかし、俺としてもいつまでもこんな寒空の下に居たいとも思わない。
 俺はヒルダにそっと顔を近づけると耳打ちをする。当然のようにその瞬間、ジークフリートが「んなっ!?」と絶句したようになったのだがそれはあえて無視をする。

「あのな……」
「……え」

 耳打ちが終わると、ヒルダは「そんな事で良いのですか?」と、俺に聞き直すように言ってきたのだが、まぁ恐らくはジークフリートはそれで問題なく動き出すだろう。
 ヒルダの問いかけに軽く頷いて返すと、ヒルダは真っ直ぐにジークフリートを見つめだした。

「ジーク、お願い。叔父さまに一刻も早く、クライオスさんを紹介したいのです。それに他の者に頼むより、ジークのほうが早く伝えに行けるでしょう?」

 俺がヒルダに言ったことは、至極単純な内容である。それは優しい口調でジークフリートにお願いするように言ってみろ――と伝えただけだ。まぁプラス、ジークフリートの手を取りながら言うようにも言ったが。
 酷く単純な手ではあるが、しかし

「も、勿論です! お任せくださいヒルダ様!」

 ジークフリートには凄まじい効果を発揮したらしい。

「それではヒルダ様! このジークフリートめがドルバル様への報告の任、しかとお受けいたします」
「えぇ、宜しくお願いね。ジーク」
「ハッ!」

 深々と一礼をし、ジークはそれこそ煙を吐き出すかのように駈け出して行った。あの様子では、マトモにノック一つ出来ずに突入しそうである。

「いつもジークは元気ね」

 走り去っていったジークフリートを眺めながら、ヒルダはそんな感想を口にした。
 いや、十中八九、舞い上がってるだけだと俺は思う。
 そしてこの予想は、ほぼ確実に的中していることだろう。

 まぁ、あの速度ならば本当にあっという間にドルバルへの報告は直ぐにでも終わりそうである。もっとも、だからと言ってジークフリートが駆けていったのと同じようにドルバルが駆けてくるとは思えないので、まだ暫く時間は掛かるだろう。

 何分くらいかな?

「――クシュンっ!」

 不意に、ヒルダから聞こえたクシャミに俺は慌てて顔を向けた。
 ヒルダはクシャミをしたことが恥ずかしかったのか、若干照れたような表情を浮かべている。

「す、すいません。驚かせてしまいましたか?」
「驚いたっていうか――」
「はい?」

 病み上がりなんだよな、ヒルダってば。
 昨晩に熱を出して、そして今日は熱が下がったとはいえ完全じゃないんだった。

「ヒルダ、こっちおいで」
「ふぇ?」
「そんなんじゃ寒いだろ? ジークフリートが戻ってくるまでだってまだ時間がかかるだろうし」
「こっち……って?」
「外套の中に入れてやる」
「外套の中!?」

 ヒラヒラと外套をはためかせながら、俺はヒルダに手招きをする。
 しかしヒルダはそんな俺の言葉に頬を赤くして「うぁ……うぅ」と、何やら躊躇するように呻いてみせた。……あぁ、どうやら今朝の出来事を思い出したらしい。

「いや、何もしないから」
「うぅ……」
「外は寒いんだから、待ってる間にまた体調が悪くなるかもしれないだろ?」

 また体調が――との言葉が効いたのか、ヒルダの肩が一瞬ビクッと動いた。
 卑怯な言い方だっただろうか? しかし、また熱を出して倒れられても困るのも事実である。ヒルダは暫く悩むように「うー、でも……」なんて口にしながら悩んでいたが、タイミングよく再び

「クシュンっ!」

 とクシャミを漏らした。

「……」
「……」

 ほんの少しだけバツの悪そうな表情を浮かべるヒルダであったが、わざとらしく「コホン」と咳払いをしてみせる。
 恐らく照れ隠しなのだろうが、残念ながら子供がやっても余り効果はないように俺は思う。

「そ、それでは、ジークが戻ってくるまでの間だけお邪魔させてもらいます」
「はいはい、いらっしゃい」

 プイッとソッポを向くようにしながら外套の中に入り込んでくるヒルダ。
 今朝とは違って抱きかかえている訳ではないが、それでも俺が後ろから覆いかぶさるような格好になっていることには変わりない。多少は居心地が悪く感じるのかもしれないな。

「……あ」
「ん? どうしたヒルダ?」
「いえ、暖かいなと思いまして」

 温かいのは当然である。
 外套一枚だけでもそれなりに断熱効果は有るだろうし、俺自身が寒くはないように小宇宙を燃やしているのだから。
 本当、小宇宙って便利だよ。
 上手く使えれば、それこそ色々なことが出来そうだしな。

 暫くそうして、特に何も話すこともなくジークフリートの帰りを待っていた俺達だったが、互いに何も口を開かずにただボーっとしていた俺達であるが、不意にヒルダが笑みを浮かべた。

「ふふふ」
「なんだヒルダ?」
「いえ」
「うん?」

 此処で笑みを浮かべる意味が解らない。思わず首を傾げる俺ではあるが、ヒルダは緊張が解けてきたのか少しばかり俺の方へと体重を預けてきた。
 俺はそれを、上手く抱き止めるようにして両手で支えている。

「クライオスさん。何だか、いいですね」
「うん? ……そうだな」

 相変わらず言っている意味が理解不能であるが、しかしここは同意しておいたほうが無難であろう。
 しかしこうしているヒルダは、ジークフリートの相手をしていたさっき迄のヒルダとは随分と違うように思える。これが本来のヒルダなのだろうか?
 自分の意思でそれらを使い分ける――なんて、この年齢の子供に出来るわけがない。それを考えると、やはりヒルダは普段から無理をして生活していたのだろう。

 ヒルダを護る……か。

「なぁ、ヒルダ」
「はい? なんですかクライオスさん」
「俺は、お前のこと――」
「――ぁあああッ!?」
「「!?」」

 ジッと見つめるようにしてヒルダと向かい合っていた俺だったが、劈くような大きな声にビクッと身体を震わせた。
 見ると其処にはいつの間に戻ったのか? 先ほど駆けて行ったジークフリートがフレアを背負って睨みつけている。
 因みにその後ろには、トールに負けず劣らずに巨大な大男と、紫色の法衣を身に纏った怪しげな男。

 一瞬、射抜くような視線をぶつけて来たことを考えると、どうやらあまり友好的な人物では無さそうであ――

「な、なななな、何をしているのだ! 貴様は!」
「おぉう!?」

 素早い歩法で詰め寄ってくるジークに、俺の考えは中断を余儀なくされる。 
 ジークフリートって、こんなに面白いキャラクターだったのか?

「おかえりなさい、ジーク」
「はっ! 只今戻りましてございます! ……ではなくて! ヒルダ様! これは一体!?」
「寒かったものですから、つい」
「つい!?」
「ヒルダが風邪を引いたら大変だろ? ……ねぇ?」

 なにやら激しく反応をするジークを他所に、俺はその視線を奥にいる法衣を纏った男へと向けていた。
 その男――ドルバルは一瞬だけだが眉をピクリと動かすと、何くわぬ顔を浮かべる。

「おぉ、確かに。昨日の今日でヒルダも大変であっただろう。体を壊すようなことがあっては大問題であるからな」

 奥底に、何やら単純ではないドス黒い小宇宙を渦巻かせながら、ドルバルは笑顔でそう返すのであった。





[14901] 第26話 アスガルド編05話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:d4316d0f
Date: 2012/10/15 19:17


「遠く聖域よりよくぞ参った、若き聖闘士よ」
「いえ、教皇からの勅により参じただけですので。……それよりも、オーディンの地上代行者であられるヒルダ様の危機に、この力を振るうことが出来たことを嬉しく思います」
「……うむ。我々としても昨夜から捜索を行なっていたのだが、行方は杳として知ることが出来なかったのだ。そなたには幾ら感謝をしても足りぬ」
「いえ、そうお気になさらず」

 ワルハラ宮へと戻ってきたヒルダと俺であるが、現在はそれぞれ別行動となっている。ヒルダは疲れが溜まっているだろう――と、早々に部屋へと押し込められ、俺はこうして任務の続きとしてドルバルに謁見をしている最中である。

「して、聖域の教皇殿より賜った任というのは?」
「はい。ドルバル教主に、親書をお渡しするようにと」

 深く一礼するようにしながら、懐から丸められた手紙を取り出す。俺はソレを目に見える場所まで差し出すと、部屋に居たもう一人の人物――神闘士のルングがソレを受け取った。

「ふむ……これは」

 ドルバルはルングから受け取った親書の封を解くと、内容に目を走らせながら頷くようにしている。何か変わったことが書いてあるのだろうか? 当然のことだが、その内容を俺は知らない。ただ渡すように言われている手紙を、届ける最中に盗み見るわけにもいくまい。

「フフフ……教皇め」

 ふと、一瞬だけドルバルが小さな声で言葉を漏らす。俺はそれを耳聡く聞き、僅かに眉がピクリと動いてしまった。

(……嫌な予感しかしない。なんだ? 何が書いてあった?)

 イジメのような修行のさなかに培われてきた俺の勘が、現在の状況に警笛を鳴らし始める。しかし、それがどの様なたぐいのものなのか? それが判断しにくい。

「聖闘士よ……確か、クライオスと申したな? 教皇殿よりの親書、このドルバル確かに受け取った。追って返答の書をしたためようと思うが、それまでこのアスガルドの地でゆっくりと静養でも如何かな? 何もない国ではあるが、貴殿はヒルダの恩人でもある。精一杯のもてなしをするが」

 俺は最初、『返答の書?』と内心で首を傾げたが、しかしよくよく考えればドルバルの反応は当然といえば当然のことである。
 聖域とアスガルド。
 世界的な認知度で言えば圧倒的に聖域の方が上なのだが、しかしあくまで聖域とアスガルドは対等の立場。教皇からの親書に対して、同様に書を用意するのも納得がいく。

「解りました。そういう事でしたらお言葉に甘えさせて貰います」
「うむ。……それでは――ルングよ、聖闘士殿を客間へと案内して差し上げよ。くれぐれも丁重にな?」
「はっ! 畏まりました!」

 ドルバルの言葉にビシッと敬礼めいた仕草をして、返事をするルング。
 こう言っては何だが、あまりにも不釣り合いな行動のように見えてしまう。

「ドルバル様の命令だ。客間に案内をする……ついて来い!」

 口調も荒くそう言うと、ルングは大股で部屋を後にする。あぁ、うん。人によって対応が変わるのは解るけれど、これは幾らなんでも極端過ぎるのではないだろうか?

 一瞬チラリとドルバルを見たのだが

「では、ごゆるりと」

 ドルバルとしては、ルングのあの態度は問題ではないようである。俺は更にきな臭さを感じつつも、

「では、失礼します」

 ドルバルに一礼をすると、先に部屋を出ていったルングを追いかけることにした。
 ……あぁしかし、トールにも劣らない巨躯を持ったルングの大股に追いつくのは、正直かなり面倒そうである。


 第26話 アスガルド編 05話


 side:ロキ

 イライラする。
 あぁ、全く以って本当にイライラする。
 理由は何か? ――決まっている、自身の腕に巻かれた包帯が原因だ。
 昨日、雪原に居た小僧によって遠間から放たれた一撃。それによって、俺は腕を負傷しているのだ。神闘士である俺の存在に気づき、そのうえ一撃を見舞ってきたあの小僧……。恐らくはアスガルドの人間ではあるまい。
 となれば、此処より程近いブルーグラードか?

 だがブルーグラードの氷戦士(ブルーウォーリアー)は、現在その殆どが死に絶えてしまっているはず。ならばいったい

「ん?」

 ふと、俺は普段感じたことのない小宇宙を感じて脚を止めた。
 目の前の廊下、角の向こう側に2つの小宇宙を感じる。

 一つはよく見知ったモノ――これはルングだな。この感覚からすると、随分と荒れているようだ。ルングは気性の荒い男だ。何かしらに対して心を荒立てていることは決して珍しいことではない。しかし

「……この小宇宙は」

 ルングと一緒に歩いてくるこの感覚。
 俺はその小宇宙の持ち主が誰であるのか? それを理解できる。

「ん? おぉ、ロキ」

 廊下の角から現れて、俺の事を確認したルングが小走りに俺の元へとやってくる。それに合わせて、隣を歩くようにしていた人物もこちらへと歩いてきた。

(あの長く伸びたオレンジの髪……この小僧は……っ!?)

 内心、俺は目の前に現れた小僧を睨みつけてしまいそうになるが、それを堪えて浮かべたくもない笑みを浮かべる。

「あぁ、ルング。戻っていたのか? ん……そちらの方は?」

 柔和な口調を心がけ、俺はルングに小僧の紹介を促した。
 流石に俺があの時、あの場所にいた事までは解っていないのだろうか? 小僧は俺とルングのやり取りをに対してさして感情を表していはないないようだ。

「ロキ、この男は聖域から教皇の新書を持ってやってきた聖闘士だ。名は確か――」
「クライオスです。ロキさん」
「クライオス? ……これは御丁寧に。私は其処のルングが呼んだだろうが、ロキと言う」

 ニコリと笑みを浮かべてくる小僧――クライオス。
 自分の中での苛立ちが、沸々と湧き上がっていくのを嫌でも感じてしまう。
 だが駄目だ。いまそんな感情を顕にしては、余計な問題を抱えることになる。
 もう少し……もう少し自身を抑えなければ。

「しかし聖域から……聖闘士の方でしたか。成程、こうしていても只者ではないことが良く解る」
「いえそんな……俺なんてたいした事はないですよ。この国の神闘士の優秀さに比べれば」

 殆ど表情も変えず、能面のような顔を浮かべてクライオスはそんな切り返しをしてきた。まさか……気付いているのか? ヒルダを襲撃した実行犯が俺だということに。

 クソっ!

 まさか『この時期』に、よりにもよって聖域から聖闘士が来ることになるとは思いもよらなかった。しかも、それが俺の腕に傷を負わせた相手だと? どんな冗談だ!

「ロキ、この男はヒルダ様を救って下さったらしくてな、ドルバル教主が此処にお泊り戴くようにとのことだ」
「ドルバル様が?」
「本当は親書を渡せば帰るだけなのですが、是非にとのことなので」

 相変わらず表情を変えようとしない……だというのに、言ってることは随分とノホホンとして――解からん。コイツはいったい何を考えてるんだ?
 だが、わざわざ聖闘士を懐に招くということは、ドルバル様には何かしらのお考えがあっての事なのだろう。
 そう考えれば、こうして居るクライオスの表情も気にはならないか。

「ヒルダ様を救ったというのであれば、ワルハラ宮にて持て成すのは当然といえる。ルング、くれぐれもドルバル様の御顔に泥を塗るような事だけはするなよ?」
「解っておるわっ!」
「フッ……そうか。では聖闘士殿、ごゆっくり」
「有難う、そうさせてもらいます。貴方も……その腕は怪我をしているのでしょう? お大事にしてください。『神闘士』のロキさん。行きましょう、ルングさん」

 腕の怪我について触れられた時、思わず目を見開いてしまいそうになった。それをやった本人が、一体どの顔で。

 だが俺のそんな感情など関係なしに、クライオスはルングと一緒になってさっさとこの場所か去っていってしまう。

 ドルバル様は、いったいどの様なつもりであんな小僧を招き入れたのか?

「あ、あのーっ! 待ってください!」

 なるべく苛立ちを表に出さないように務めていた俺だったが、そんな俺の耳に聞き慣れた甲高い声が響いてくる。
 俺だけではなく他の二人もその声の方へと視線を向けると、……あぁ、全く。
 なんとも面倒そうなお姫様が走ってやってくる。

 しかも、目の前で盛大に足を躓いて見せて。

 全く、アスガルドの神であるオーディンは、余程に俺の機嫌を損なわせるのが好きらしい。



 side:フレア

 お姉さまが帰ってきた。
 叔父さまが最初に叔父さまが口にした内容を聞いた時には、目の前が真っ暗に成るような衝撃を受けたけれど、でもこうしてちゃんと戻ってきてくれた。
 余程疲れが溜まっていたのだろう。今は自室で眠っているけれど、目を覚まされたら思い切り抱きつこう。
 でもそれよりも、まずはお姉さまを救ってくれたという聖域から来たお客様に挨拶をしなくてはならない。

 一体、どの様な人物なのだろうか?
 神闘士の様に、人知を超えたような力を持っているのだろうか?

 他所の土地から来た人のことだからだろうか、私はその人物のことが気になって仕方が無かった。

「叔父さまの仕事部屋(執務室)に居ると聞いたけど……」

 丁度入れ違いになっていて、叔父さまが言うにはルングが客間に案内をしているらしい。私はパタパタと廊下を駆けて、恐らく宛てがわれることに成るだろう客間へと急いでいた。

 すると、ふと目の前に(と言っても距離はありますけど)大きな身体をしたルングが見えた。隣に居るのが、聖域から来られたお客様でしょうか?

 ルングの影になって見えないけれど、どうやら誰かと話をしているように見える。

 そんなふうに考え事をしていると、ルングとお客様が同時に歩き出してしまう。
 ルングの影から出てきたのは……ロキ?
 あぁ、いけない。早く追いかけないと

「あ、あのーっ! 待ってください!」

 私が声をあげて走り寄ったからだろうか? 3人は驚いたような顔をして私の方を見てくる。はしたない行動だっただろうか? けれど気付かれないでそのままと言うよりずっと良かったと思う。

 自分から声を掛けたのだから、急いでその場に行かないと――

「あっ!?」

 ガッ

 急いで駆けたからだろう、私は躓いて前のめりの倒れこんでしまった。
 けど――

 ふわり……

 そう表現する事が正しいような、優しい感覚に私は包まれた。

「危ないぞ?」

 耳元から聞こえてくる言葉に、私は一瞬ビクッと身を震わせる。
 見上げるようにして顔を動かすと、其処には聖域から来たお客様の顔があった。
 透き通ったような瞳、そしてフワリとした薄いオレンジ色をした髪の毛。

「あっそ、その」

 驚いたせいだろう。
 私は上手く言葉を出すことが出来ずにシドロモドロになってしまった。

「怪我はしてないよな? えっと……」
「フレアです。私の名前はフレアと申します」
「フレア? ……成る程。俺の名前はクライオスだ」

 失礼かもしれないけれど、なにやら変わった言い回しをする人だな……と、私は思った。けれども、驚いてしまってまともに感謝も述べられない私にはそんな事を口に出来るはずもない。

 私が返事も出来ずにワタワタとしていると、クライオスさんはヒョイッと私を立たせてくれた。一見すると私よりも年上のようだけれど、思ったよりも力はありそうだ。

「大丈夫ですか、フレア様?」

 横から覗きこむような視線をロキが向けてくる。
 クライオスさんの顔を見た時とは違う意味で、私は身体を震わせた。
 ロキの瞳を、私は好きにはなれないのだ。

 けれども、だからと言ってロキが何かをしてくるとことはない。この苦手グセも、いずれは治さなければならないと思っているのだけれど。

「えぇ、こちらのクライオスさんが受け止めてくれましたから。何処も怪我なんてしていないわ」

 その場でピョンピョンと跳ねてみせて、無事であることをロキやルングにアピールしてみせる。ロキは私の言葉に「そうですか」と、短い返事をすると

「今回は無事でしたでしょうが、次はどうなるか判りませんよ? 走るなとは申しませんが、もう少し落ち着いて行動してくださいますよう」

 そう私に苦言を言って、その場からスタスタと去っていってしまった。
 今回のことは私が悪いのだろうけど、やっぱりロキのことは苦手。
 でも、今は良い。
 今はそんな事よりも優先することがあるから。

「ねぇ、ルング。クライオスさんを客間に案内するのでしょう? 私も一緒していいかしら?」
「フレア様もですか?」
「なんだったら、私が代わってもいいわよ?」

 いつもなら決して言わないような台詞だけれど、それだけ興味があるということを私はアピールしてみる。普段ならばこんなことを言うと『その様な雑事、我々が――』とか言ってくる、きっと今回もそう――

「そういう事でしたら、フレア様にお願いしましょうか?」
「解ってるわ、それならせめて一緒に行く――え?」
「いえ。ですからフレア様にお任せしますと」
「え? ……本当に? 私がやってもいいの?」
「えぇ。俺もワルハラ宮の見回りなどの仕事がありますかな」

 ルングの言葉に少しの間だけ目をパチクリとしてしまったけれど、私は直ぐに勢い良く首を左右に振って気持ちを確りとさせた。
 そしてムンっと背筋を伸ばすようにしてみせてハッキリと言ってやることにした。

「大丈夫よ! ルング! 私がちゃんとクライオスさんを案内してみせるから!」
「そ、そうですか。まぁ、案内をするのはいつもの客間です。俺はドルバル様へ伝え忘れたことがあるので、先に失礼します」

 きっと私の熱意がルングにも伝わったのだろう。
 お姉さまが、オーディンの地上代行者となってる影響からか、私もあまり『何かをする』ということが出来ないでいる。
 だからこうして、何かをすることを任されていることが単純に嬉しい。

 ルングは一度クライオスさんをチラリと見ると、其のままドスドスと足を鳴らして歩いていった。今のはきっと、お客様の心配でもしたかな?
 大丈夫よルング、私はちゃんとお勤めを果たして見せるから。

「……よっぽど嫌われてるのかな?」
「え? 何か言いましたか? クライオスさん」
「いや、別に何も」

 クライオスさんが何かを口にしていたけれど、初めてのことで舞い上がっている私には上手く聞き取る事ができなかった。クライオスさんはニコッと笑みを浮かべていることから、私の案内が嫌だと言うことはないはず。

 大丈夫。ちゃんと上手くやってみせる。

「それじゃあ行きましょうか。クライオスさん」
「あぁ、うん。もっと肩の力を抜いてな」

 若干、苦笑をするようにしながらそう言ったクライオスさんの言葉に、私は少しだけ恥ずかしい気持ちになるのだった。



 side:ジークフリート

 現在、私の隣にはこの世の者とは思えない、最高の尊さを美を併せ持ったお方がいらっしゃる。白く透き通った肌、流れるような銀色の髪、穢れを知らぬような純粋な瞳をした我が主――ヒルダ様だ。

 ワルハラ宮に戻られてからのヒルダ様は随分とお疲れだったようで、部屋に入られるとそのまま就寝なさってしまった。
 とは言え昨日は一昼夜外で過ごされたのだから、その事を思えば致し方無いであろう。だがこうして目を覚まされて、最初にこのジークフリートを呼んで下さったことには感謝の念を禁じない。

 自らの主と仰いでいる方に必要とされる……それはなんとも心に響くことであった。
 そう、例えそれが

「ねぇ、ジーク。クライオスさんはまだ起きているかしら?」
「ど、どうでしょうか?」

 他所の男の元に向かうための同伴だったとしても。

「でも良かった。疲れの余りに眠ってしまいましたが、その間にクライオスさんが聖域に変えられてしまったのではないかと心配でしたから」
「そ、そうでしたか。なんでもヒルダ様の危機を救った人物を、そのまま帰す訳には行かない――と、ドルバル様がお引き留めしたそうで御座います」
「叔父さまが? ……そうですか。後で叔父さまにも感謝しなくてはいけませんね」

 私の横で話すヒルダ様の表情は、それはもう華やいでいてここ最近では見ることのなかったほどに輝いていらっしゃる。

 あぁ、しかしなんという事だろうか? それをしているのが私ではなく、どこの馬の骨とも付かない聖闘士だとは。

「どうかしましたか? ジーク」
「いえっ! 私は至って平常です」
「そう?」
「はいっ!」

 いかんいかん。ヒルダ様に余計な心配をさせてしまうようでは、従者としては失格だ。常に平常心を保ち、いつでもヒルダ様に為に動けるように心がけなければ。

「む、ヒルダ様。クライオスとやらが宛てがわれている部屋は、確か此処のはずです」
「あ、着いたのねですね。……ジーク、私の髪の毛は変になっていないかしら?」
「――ッ!? ……大丈夫です。美しく纏まっておられますよ」
「ありがとう、ジーク」

 ニコッと微笑んでくださるヒルダ様。
 あぁ、やはり美しい。
 しかし自身の身嗜みに気遣うその理由が、聖闘士に会うため……クッ! 何とも遣り切れぬ。

 コンコン

 そうこうしている内に、ヒルダ様はドアをノックしてしまう。
 一瞬、『不在だったりしないだろうか?』などと、後ろ向きなことを考えてしまうが、だがその考えを否定するかのように返事が返ってくる。

「(はい、開いてるよ?)」
「あ、クライオスさん! 私です、ヒルダです!」
「(……ヒルダ? ちょっと待って――)」

 扉越しに聞こえるクライオスの声。それは相変わらずヒルダ様に対して敬意の欠片も見えないような、まるで近所の友人にでも話しかけるような気安さを含んだ返答だった。

 思わずムッとしかけてしまうが、その気持を抑え込んで私は成り行きを見守っていた。

 ガチャリ

 ドア独特の開閉音が聞こえ、開かれた先には現在の部屋の主である聖闘士――クライオスが立っていた。初めて見た時とは違って外套は脱いでいるようで、これは聖域の服装だろうか? 薄手の布服に、革製の腕帯などを身に着けている。

「いらっしゃい。ヒルダ――と、……ジーク?」
「気安くジークと呼ぶなと言っただろう!」
「もうっ! ジークっ! クライオスさんは私の恩人なのですよ?」
「で、ですがヒルダ様」
「良いよヒルダ。本人の了解も取らずに俺が勝手にしてるのが悪いんだから。これからはちゃんと『ジークフリート』って呼ぶさ」
「ですが……」
「お前も、それなら良いだろう? ジークフリート」
「むぅ……」

 人好きのするような表情で提案をしてくるクライオス。これではまるで、私が融通の聞かない我儘な人間みたいではないか?
 ……やはりコイツは好きになれない。

「まぁ、何か用があってきたんだろう? 2人とも中に入れよ」
「はい、お邪魔しますね」
「失礼する」

 スッと身体を移動させて、中へと入るように促してくるクライオス。ヒルダ様はそのまま中へと入っていってしまったが私がそのまま廊下という訳にもいくまい。クライオスに一つ睨みを効かせるようにして一瞥し、私はヒルダ様の後を追うように続いた。

 部屋はワルハラ宮にある一般的な客室用のそれである。普段から国内の貴族が来て良いように掃除の行き届いた部屋だ、此処も十分に手入れは行き届いているようで、目立つ汚れは何処にも見えない。

 このアスガルドという土地では今尚領地を経営する貴族が存在し、それら貴族とアスガルドを収めるワルハラ宮の支配者――現在ではヒルダ様だが――とで国を動かしている。もっとも、今現在の国の実質的な指導者は幼いヒルダ様ではなく、実の叔父であるドルバル教主がなされている。かくいう私も古くからアスガルドに根を張る貴族の一人であり、そのような伝手からヒルダ様の護衛といった大役を仰せつかることになったのだ。

「ん?」
「あれ?」

 私、それから次いでヒルダ様も同じように声を上げた。恐らくは同じもモノに気が付かれたのだろう。

「クライオス。そのベットの膨らみは何だ?」

 若干の警戒を孕んだ口調で、私はクライオスに詰問をする。
 何かしら、危険な物を隠し持っているのではなかろうな? だとすれば唯では置かない。早々に何らかの制限を加える必要があるだろう。

 だが私のそんな緊張感など何処吹く風。
 クライオスは我々の視線の先に目を向けると、

「あぁ、それ。フレア。ほら」
「へぇ、フレアだったのですか」
「成る程。フレア様か」

 フレア様が寝ているのだったら、あの盛り上がりも納得がいく。
 クライオスがバサリっと被っていた毛布を少しだけズラすと、確かにそこにはフレア様の寝顔があった。
 成る程、成る程……

「……は?」
「何故フレア様ここに居るのだ!」

 思わず流されてしまいそうになったが、とんでもない話だ!
 何故! どうしてフレア様がクライオスなどの部屋にいて、しかもグッスリと眠ってらっしゃるのだ! ハーゲンは何をしている!

「いや、なんでって……ルングが俺をこの部屋に案内する役目をフレアに丸投げしてな。案内してもらった後に、フレアが聖域の話を聞きたいって言うからそうしてたんだが」
「だが?」
「昨日からよく寝てなかったらしくて、暫くするとパタリっと」
「……そういえば、フレア様も余り眠れなかったと仰っていたか」
「私の所為で、フレアにも迷惑を掛けてしまったのですね」

 ヒルダ様はそう言うと、ゆっくりとした歩調で横になっておられるフレア様に近づいていった。そして優しくフレア様の頬を撫でられる。
 フレア様は僅かに身動ぎをするが、しかし目を覚ますことはなかったようだ。

「まぁ、フレアのことは後でジークフリートに運んでもらうとして、……話があるんだろ?」

 む、確かにこの部屋にフレア様をずっとその儘と言うわけにはいかんか。

 クライオスは言うと部屋に備え付けられている椅子をヒルダ様に差し、自分はそれに向かい合うように別の椅子へと腰掛ける。私は咄嗟の時に反応が遅れてはならないと考え、ヒルダ様の斜め後ろへと直立することにした。

「まず、クライオスさん。今回は本当に有難うございました。私、ヒルダはアスガルドの代表として心より感謝を伝えます」

 凛とした態度でをもって仰られるヒルダ様。
 あぁ……なんと素晴らしい。
 クライオスめが何やら目を見開いた顔になっているが、恐らくはヒルダ様の雰囲気に圧倒されているのだ――

「いや、まぁ。それはもう良いから。それに今更そんな風に取り繕っても、本当のヒルダとのギャップが凄すぎて逆に変だ」
「い、いえ。クライオスさん、一応はこれも素の私なのですが」
「だとしても、そういった畏まったのは今は良いよ。そういうのは然るべき時に、してくれれば」
「そ、そうですか?」
「ヒ、ヒルダ様! 何を仰っておられるのですか!?」
「でもジーク、クライオスさんは砕けた方が良いと」
「それは……いやしかし! ――クライオスっ! 貴様の存在はヒルダ様に悪い影響を与える!」
「何言ってるんだ、お前? ヒルダだって、蝶よ花よと接してばかりだったら疲れてしまうだろうが?」
「なっ、そんなこと……ヒルダ様?」
「いえ、その、ジークの忠節にはとても感謝していますよ?」

 おぉ、ヒルダ様!
 その御言葉だけで、このジークフリートめの心は洗われるようです。
 どうだ! との意味を込めてクライオスを見るが、やはり奴は堪えた様子は見られない。逆にヒルダ様を指さしていて、

「でもジーク、偶には私も息抜きをしたいな……と」
「そ、そんな! ヒルダ様!?」
「い、いえ! 本当に貴方には感謝をしているのですよ? でも……」

 困ったように俯いて言うヒルダ様。
 その様な仕草も可憐だと思ってしまう自分がいるが、しかし今ではそれよりも『自分行動がヒルダ様の重荷になっていた』事のほうが重要だ。

 目の前が真っ暗に成り、私は思わず膝をついて倒れそうになるが、それを止めたのもまたヒルダ様だった。

「でもねジーク。貴方に私への接し方を変えてとは言いません。貴方は貴方らしく、出来る事をして欲しいと思います」
「私の出来る事?」
「そうです。何も無理に、クライオスさんのような態度を取る必要はありません。もし無理にそんな事をすれば、ジークはジークではなくなってしまうでしょ?」

 なんとお優しいのだろうか、ヒルダ様は。長年に渡り不出来であったこの私を、このように微笑んで諭してくださった。

「ヒルダ様! このジークフリート、この生命が尽き果てるまでヒルダ様にお仕えすることを誓います!」
「そ、そうですか。いえ、その気持は有りがたく受け止めておきます」
「ハハッ! 勿体ないお言葉です!」

 騎士が主君にするように、私は片膝をついてヒルダ様へと頭を垂れた。
 やはり私がお仕えするべき主は、この方を於いて他には居ない。
 たとえ何が起きようとも、私はこの身が朽ちるその時までヒルダ様をお守りすると此処に誓おう。


 side:クライオス

 何やら目の前で寸劇めいた事が行われているが、しかしジークって振れない奴だな。この頃からこんな事では、そりゃTV版のアスガルド編でもあぁ成るよ。

 しかしニーベルンゲンの指輪だったか? こんなヒルダを、あぁまで性格矯正させる効力があるとは。企んだのはシードラゴンか、それともポセイドン本人なのかは知らないが、しかし凄い効力とだけは言えるな。

 っとと、ジークがある程度の落ち着きを取り戻したようで、再びヒルダの斜め後ろへと移動した。
 ……なにやら随分とヒルダへの忠誠度が上がっているように思える。

「申し訳ありませんでした、クライオスさん」
「いや、別に気にしてない」
「そう言っていただけると」

 ニコッと笑みを返してくるヒルダに、俺は僅かながらドキッとしたが。
 うん。
 やはり笑っている方が良いな。

「ですが、クライオスさんがこのワルハラ宮にお泊りになっていて良かった。てっきり、寝ている最中に帰られてしまったかと」
「いや、最初はやることが終われば帰るつもりだったんだけどね、ドルバル教主にゆっくりして行くように勧められたからね・それに気になることも在ったし」
「気になること?」
「ん、内緒」

 軽く小首を傾げて問われるヒルダだったが、しかし相変わらず俺が気にしている内容は言えないだろう。
 だがヒルダには言えないが――

「ん、なんだ?」

 ふと、俺は視線をヒルダではなくジークフリートに向けてみる。視線を感じ、ジークフリートは目を細めて(睨みつけて)問いかけてきた。俺は口元に手をやると、まるで値踏みでもするかのようにジークフリートをマジマジと見つめてみる。

「ジークフリードは、ヒルダの護衛……なんだよな?」
「何を当たり前なことを言っている?」
「ちょっと良いか?」

 ヒルダではなくて、ジークならばどうか?
 勿論、真っ正直に伝えるつもりはないが、しかしある程度暈した言い方をしておけばもしもの時に何らかのアクションを起こしやすく成るのではないだろうか?

 ジークフリートを手招きして呼び寄せて、俺はジークと壁際に移動する。
 その際にヒルダが「二人で内緒話とか……ずるいです」なんて言っていたが、そこは我慢をしてもらう。

「仮の話だが、心して聞いてくれ」
「……む」
「ジークフリードという一個人に聞きたい。アスガルドという国の幸せと、ヒルダの生命と……天秤に掛けられた時、お前はどっちを優先する?」
「なんだと!」
「声を荒げるな、ヒルダが驚く。だいたい、仮の話だと言っただろう」
「クッ……!?」

 ジークは直情傾向が強いな。
 頭が悪い訳ではないだろうが、しかしヒルダの事になると暴走しがちだ。
 しかし、そんなジークだからこそ味方になるかもしれない。

 唇を噛み締めるようにし、ジークは俺の言葉の意味を理解しようと視線を彷徨わせている。

「そんな事を聞いて、お前はいったい何を考えている?」
「……俺は、お前が国を優先する人間なのか? それともヒルダのための闘士なのか? その見極めをしたいんだ」
「国のための人間か、ヒルダ様の闘士か……だと?」

 一瞬だけ目を見開いたジークだったが、直ぐにその視線をヒルダへと向ける。ヒルダは上手いタイミングでジークに微笑んでみせる。

 ……あれを天然でやっているのだから、凄い才能だと思う。

「貴様の質問の意図は読めんが、だがこれだけはハッキリと言える。ヒルダ様失くしてアスガルドに平和など有り得ない」
「は? ……いや、そうではなく。良いかよく聞けジークフリード、もしヒルダを救うことでアスガルドに不幸が訪れるとしたら――」
「貴様こそ何を言っているのだ? ヒルダ様を失うこと以上の不幸など、このアスガルドに存在する筈がなかろう」
「…………」

 唖然としてしまったが、しかし形は若干違うとはいえ俺の望むこ答えを引き出せたと考えて良いだろう。
 ジークはいざとなれば、何を於いてもヒルダの為に動く。

『なぁ、ジークフリート。お前に話しておきたいことが有るんだ』

 俺は笑みを浮かべたまま、念話を送ってジークに伝えることにした。
 所謂、内緒話と言うやつを。







[14901] 第27話 アスガルド編06話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:4c566951
Date: 2013/02/18 10:02


「それじゃあヒルダ、それとジークフリートもお休み」
「はい。お休みなさいクライオスさん」
「……」

 俺の言葉に元気の良い返事を返したヒルダとは違い、ジークは呻くように言葉を濁している。恐らく、念話を使って伝えた内容が原因なのだろう。

 しかし、俺がジークに告げた内容は大したモノではない。
 精々がヒルダが襲われた時の事と、恐らく近いうちに……最低でも数日中に再びヒルダに危機が迫るだろうこと。そして、ヒルダが襲われた迄の経過(プロセス)――と言った内容だ。

 それ以上のことは告げては居ないが、しかしジークは直情的とは言っても馬鹿と言うわけではない。俺が伝えた内容だけでも、恐らくはその答えに到達することだろう。
 その際にもしかすれば苦悩に苛まれるかもしれないが、しかしジークのヒルダへの忠誠心はそれらを補って余りあるはずである。
 何らかの異変が起きた時には俺の思い通りの行動を取ってくれるはずだ。

 後はそれらが、上手く良い方向に向いてくれれば良いのだが……。

 ジークは背中にフレアを背負い、そしてヒルダを途中まで護衛していくらしい。
 俺は去っていくヒルダたちを見つめながら、明日には既に居るだろうハーゲンとも話をしておくべきだな――と、『ノンビリ』したことを考えていた。


 第26話 アスガルド編 06話


 side:ヒルダ

 ジークと別れ、私は一人で自身の部屋に戻ってきた。
 先ほどまでの喧騒が嘘のように、部屋の前に戻ってくると悲しいくらいの静けさを感じてしまう。あのように、自分をだして時間を過ごすというのはいつ以来だろうか?
 残念ながら、今の私には思い出すことができそう居ない。

 気づいた時には、私は既にオーディンの地上代行者だったから。

 それらしい振る舞いと行いを求められ、私はそれに答えようと必死になってきた。
 でも、クライオスさんはそうしなくても良い――と、私の我儘に付き合ってくれる。うぅん、違う。もしかしたらジークたちでも、私が言えばそうしてくれたかも知れない。けれど、でもきっとそれは無理をさせてしまうことだろう。
 それは、クライオスさんのそれとはきっと違う。

「駄目……ですね。何だか色々と考えすぎてしまうわ」

 私は軽めに頭を左右に振ると、目の前にある部屋の扉を開けた。
 ガチャっと音がして開いた部屋に入り込むと、私は其処に居る人物に驚いてしまう。

「邪魔しているぞ、ヒルダよ」
「叔父さま?」

 部屋に入ると、其処にはドルバル叔父さまが椅子に座っていた。
 どうしたのだろうか?
 いえ、それよりも何も出来ない私に変わって多忙日々を過ごされている叔父さまを、私は結果的にとは言え随分とお待たせしてしまったようです。
 私はとても申し訳ない気持ちで一杯に成り、そそくさと叔父さまの目の前にまで移動をする。

「このような時間にどうしたのですか?」
「なに、お前にちと用があってな」
「私に?」

 あぁ、やはり私に御用があってのことでした。益々申し訳ない気持ちが広がっていきます。叔父様は私がそんな風に思っているのを知ってか知らずか、尚も優しい笑みを向けてきています。

「それにしてもヒルダ、今まで何処に居ったのだ?」
「申し訳ありません。叔父さまが来られると知っていれば、もっと早く戻ったのですが」
「ふむ……あのクライオスとかいう聖闘士の元に居ったのか?」
「は、はい」
「いや、その様に畏まる必要はない。何もそれを咎めようと言うわけではないのでな」
「そう、なのですか?」
「うむ。そもそも、儂はお前の様子を確認しに参ったに過ぎんのでな」

 ジークフリードなどは、アレほどにクライオスさんと打つかっていたものだから、もしかしたら聖域とアスガルドは仲が悪いのかも――と、心配していたのです。
 ですが、叔父様がこう仰るのでしたら問題はないのでしょう。

「叔父さまにも御心配をお掛けしました」
「よいよい。気にするでない」
「ですが……」
「今日はまだ疲れも完全には取れておらぬだろう? もう休むと良い」
「……はい」

 優しげな口調で私の肩を撫でると、叔父様は用は済んだとばかりに部屋からでて行こうとする。私はそんな叔父様の後ろ姿をジッと見つめていると、不意に

「そうそう、ヒルダ。実は儂には夢があってな」
「夢、ですか?」

 叔父様はドアへと視線を向けたまま、何故かそのようなことを聞いてきた。
 どういう意味なのだろうか? 私は理解ができずに首を傾げてみせる。

「そう、夢じゃ。近頃はどうしてもその夢を叶えたくて仕方が無い」

 クルリと向き直り、私の表情を……いいえ、私の反応を期待して、叔父様は様子を伺っている。ゆっくりと、再び私に迫りながら。

「どう思うかね?」

 私は一瞬、叔父様の雰囲気に言い知れない不安感を覚えました。でもそれは気のせい、勘違いだろうと思い、少しの間を開けてから問いかけに答えたのです。

「私にはその夢の内容が解りませんが、ですがそれが叔父さまにとって大切なことで、そして人を不幸にしないことであるならば叶えるべきではないかと」
「フフフ、そうか。叶えるべきか」
「はい」

 コクリと頷き、叔父様の問に私は答えた。
 夢を持ち、その為に努力をするのは人ならば当然のこと。私はそう思うのです。
 例えそれが、私や叔父様のように立場ある人間であったとしても、夢を叶えたいと思う心を否定することなど出来ません。

 叔父様は私の言葉を真っ直ぐに受け止めると、深く目を瞑って何やら思案に耽るような表情をみせる。私は叔父様の反応を待つべく、ジッとそのまま待っていた。

 カッ!

 突然見開くように目を開けた叔父様は、それは私の知るドルバル叔父様では無い別の何かに思えた。
 思わず一歩、脚を下げようとするけれど、不思議なことに私の脚は凍りついたように動かなくなっていて――

「ヒルダよ、儂の夢は唯一つ。このアスガルドを完全に我が物とし、そしてゆくゆくは地上界の全てを我が物とすることよ」
「あ、アスガルドと、地上を? 叔父さま、その様な戯れ言は――」
「戯れか……確かにそうかも知れぬな。……だが戯れかどうか、事がなった後で考えるがよい!」

 瞬間、叔父様を中心に得体のしれない圧力が周囲に解き放たれる。私はその感覚に背筋がざわめくのを感じ、辺りに視線を彷徨わせた。
 色彩が、色が、感覚が、次々と私の持つ感覚が狂わされていく。

「コレはっ!?」
「この部屋は既に儂の小宇宙が支配しておる、さぁ受けよ! オーディーンシールド!」
「――ッ!?」

 その瞬間、叔父様から放たれた小宇宙が私の身体を貫き、そして意識と感覚を別々に分けられるような違和感を私は感じた。

 いけない

 このままではいけない

 私は何とかその場から走りだそうと力を込める、
 でも、その意志が私の身体に伝わることはありませんでした。
 身体は私の頭と別に、そのまま力なく倒れていってしまったのです。

「自らの意思を完全に封じられ、このアスガルドが儂のものと成るさまを見届けるがいい。……もっとも、それまでお前の命が続けばだがな。フフ、フハハハハ!!」

 動かない身体、それでも意識だけは残る私は、頭上から告げられるその声をただ聞いていることしか出来ないのでした。


 ※


「開けろ! ここをさっさと開けるんだ!」

 ドンドン

 無遠慮に叩かれる扉の音。
 久しぶりに熟睡をしていた俺は、その耳障りな音で目を覚ます事になった。

「なんだよ……いったい」

 文句を口にしながらも、俺は部屋に在る唯一のドアを開けるべく移動をする。
 その間もドンドンと喧しく、ドアを叩く音は鳴り止まない。

「まったく、朝からなんだって。……今開けるよ!」

 そう声を上げて簡素な鍵を開けると、その瞬間

 ドガッ!

「なっ!?」

 バタバタバタ

 と音を立てて、アスガルドの兵士(雑兵)が雪崩れ込んでくる。俺はその連中の鬼気迫る雰囲気に驚き、ピョンっと後方に飛び下がっていた。

「……え~っと、何の騒ぎで?」

 俺は、目の前で剣呑な表情を浮かべている兵士に問いかけた。切っ先鋭い槍をコチラに向けており、非常に危なっかしい。
 刃物を人へ向けてはいけません……そう習わなかったのだろうか?

 すると、兵士の中の一人がズイッと前に踏み出してくる。
 俺は思わず、眉間に皺を寄せて「む」と唸っていた。

「何の騒ぎ……だと? しらばっくれるな! この大罪人めがっ!」
「大罪人……?」
「人の姿をした悪魔め!」
「え?」
「我々のヒルダ様を返せ!」
「は?」
「貴様を牢屋へとぶち込んでくれるわ!」
「なんでだよ!」

 思わず声を上げて突っ込んでしまったが、一体何だというのか?
 朝からサッパリ訳が解らない。
 困惑の表情を浮かべながら、俺が兵士たちから事情を聞こうかと考えていると

「貴様には、誘拐犯の容疑が掛かっているのだ」

 声がすると、兵士たちはザァっと左右に分かれてその声の主が歩く道を確保する。俺に対してそんな碌でもないことを言ってきたのは

「ロキ……?」

 神闘士の一人である、ロキであった。
 相も変わらず他人を値踏みするような、イヤラシイ視線を俺に向けてくる。
 ロキは俺が名前を呼ぶと、首を左右に振って自身の髪の毛を揺らしてみせた。

「フンっ、気安く私の名前を呼ばないでもらおうか? ……下賎な犯罪者風情が」
「下賎!?」

 思わず言い直すように反応してしまったが、もしかしたらロキにとっては随分と気持ちのいいリアクションだったのかもしれない。
 何故なら、先程以上にロキの雰囲気が良い方向へ鰻登りだからだ。

 しかし本人は何の気なしに使ってるのかもしれないが、『下賎』とか言うのは結構心に来る言葉である。

 ロキはそんな俺の考えなど知らずに、再び首を左右に振ると、続けて肩を竦めてみせた。

 何とも苛立たしい態度である。
 俺は眉間に皺を寄せて、ムッとした表情を造る。

「良く解らないんだけど、俺は昨日ヒルダを連れてきた人間だぞ? なんでそんな俺が、誘拐犯なんてことに成るんだ?」
「確かに貴様は昨日、お隠れになっていたヒルダ様をこのワルハラ宮へとお連れした」
(……お隠れって言うよりも、アレは家出だけど)

 ロキのその言いように、俺は思わず苦笑を漏らしてしまった。だが、ロキはそんな俺の反応には気が付かなかったようである。

 しかし、その後に続いて口を開いたのは俺でも、そしてロキでもなかった。

「お戻りに成られたヒルダ様のお姿に、我々は歓喜に打ち震えたほどだ!」
「そうだ!」
「ヒルダ様は我らの太陽!」
「女神だ!」

 槍を片手に大きな声で主張をする兵士達。その所作は大仰で、寸劇か何かのようでもある。

(……うぅ、すごい熱気だ。コイツ等、まるでジークの予備軍みたいだぞ)

 もっとも、俺にはそれを微笑ましく見ることなどできそうにはないが。
 しかし問題は、何故そんなジーク予備軍が俺のもとに大挙しているのか? と言うことだろう。

 寝起きの俺に迫ってきた兵士達、そしてその時に発せられた言葉。更にフラリと現れたロキの台詞……。
 正直なところ、楽観視出来る要素が何処にも無いように思える。

(嫌な予感しかしないな)

 頭を抱えたく成るような雰囲気ではあるが、しかしそういう訳にも行かないのであろう。

「それで、結局何だって俺のところに? それに誘拐容疑って」
「ヒルダ様を、貴様はこともあろうに昨夜連れ去ったのではないか!」
「連れ去った?」
「そのとおりだ!」
「……え? 昨夜?」
「…………何度も言わせるな」
「……はぁ、もうなんなんだよ」

 ジロッと睨むような視線を向けたまま、なんら表情を崩そうとしないロキ。
 それに対して先に折れたのはコチラの方だった。

 幾らなんでも早すぎる。ヒルダが戻ってきて昨日の今日だというのに、こんなにも早く行動を起こすのか?
 もう少しくらいは余裕があると踏んでいたのは……どうやら間違いであったようだ。

 ガクッと力を抜くようにして項垂れると、ロキはそんな俺のことを『観念した』とでも思ったらしく「フフ」なんて笑っている。
 とは言え、確かに『相手側』に優勢な状況であ在るらしい。

 しかしだ、ここに居る神闘士はロキ一人だけ。不意を付けば、逃げるくらいのことは出来るだろう。まぁ、その場合の兵士達の生命は保証しかねるが、其処までを気にする義理が俺には無い。

 しかしそうなった場合、恐らく俺はアスガルドだけではなく聖域をも敵に回すことに成るだろう。そうなった場合、神闘士は兎も角として黄金聖闘士にも生命を狙われるようになる。

「それは流石に生きた心地がしないな」

 思わず口に出た言葉に、ロキを始め周囲の兵士達が首を傾げる。
 俺はそんな彼等に苦笑を浮かべた。

「……どうぞ」

 俺は両腕を前に差し出してみせ、要は手錠を掛けられる犯人の姿勢をしてみせるのだった。

「観念したか? オイ、この小僧に枷を嵌めろ!」
「ハイッ! 只今!」

 ロキの声に従い、キビキビと動く兵士達。

 ガゴ、ガゴ

 なんて、あっと言う間に俺の身体は首と両腕を木の枷で押さえつけられてしまった。サイズ的にはまるで専用に作ったかのように、俺の手首や首周りにフィットしている。

「よ~ッシ! それじゃあ早速地下牢に連れて行って拷問だ! ヒルダ様の居場所を吐かせるんだ!」
「オォーっ!!」
「キリキリしっかりゲロってもらうぞ!」
「オォーっ!」

 ある種珍妙とも取れるような掛け声を上げる兵士達。
 俺はそんな彼等に鎖で引かれながら、ワルハラ宮の地下に作られている牢獄へと連れて行かれるのであった。

 正直、ここ最近になって牢獄というものに縁が深いなぁ――なんて思えてしまう。

 流石にスニオン岬ほど酷くはないと思うのだが、とはいえ余り楽観視して良いものでもなかろう。とは言え、俺が大人しく縛についたからか、ロキは俺の連行自体には同行しないらしい。ドルバルにでも報告に行くのか? 「フッ」なんて笑みを浮かべると、さっさと何処かへと行ってしまった。

 もっとも、俺からすればそんな事は好都合以外の何物でもない。
 今後の俺がするべき事は、意味があるのかどうか解らないが、尋問を受けながらの情報収集。コレしかないだろうな。

 あとは

「ジークフリートが上手く動いてくれるかどうか……だな」

 昨夜のうちにジークへの種まきは終わっている。
 その種が上手く芽吹いてくれれば良いのだが、場合によっては全部を独りですることにも成りかねない。

 『誘拐された』らしいヒルダが、今現在どのような状況下にあるのかは解らないが、持恐らくは保って1日。子供だということも考えれば、半日といったところだろうか。

「なぁ、聞いていいか?」
「なんだ! この大罪人が!」

 相変わらずもキツイ口調を向けてくる兵士。
 俺は確かに容疑者で聖域からきた聖闘士かも知れないが、それと同時に10歳そこそこの子供だということは理解しているのだろうか?

 思わず苦笑いを浮かべてしまいそうになるが、口元をギュッと結んでそれを堪える。

「いや、どうしてこんな風なスピード解決に至ったのかなーってさ」
「白々しい事を。まぁ、いいだろう。ならば牢に着くまでの間に、我々が如何にして貴様が犯人だと断定するに至ったのかを事細かに説明してやろうではないか!」
「……よろしくお願いします」

 相変わらずの妙なテンションで喋る兵士に辟易しながらも、俺も軽く頭を下げて御願いをする。兵士はそれで機嫌を良くしたのか、饒舌にことのあらましを語り出した。

「昨晩、ヒルダ様のお部屋の周りを、怪しい黒ずくめの人物が彷徨いていたのが目撃されている」
「黒ずくめ?」
「そう、……まさに今のお前のような、な」
「これ?」

 ツイっと持ち上げるようにして、俺は現在も着込んでいる黒いローブを見た。
 コレは一応は聖域から支給品であるのだが、とはいえ何らかの特別な品という訳でもない。極一般的な材料を使い、極一般的な製法で編み上げただけの、何処にでも有るような唯のローブだ。

 俺は一瞬「え?」と首を傾げてしまった。

 まさかコレが決め手だという訳ではないだろうな? ――と。

「朝方になって、侍女がヒルダ様のお部屋をお尋ねになったさい、ヒルダ様からのお返事がなかったそうだ。不思議に思った侍女は近くを通った神闘士であるルング様に相談をしたらしい」
「ルング? ……あの大男か」
「……昨日の今日だ、ルング様は即座に中の様子を確認すべきだと押し入ったそうだが、其処にはヒルダ様の御姿はなかった」
「一晩で、消えた?」
「その後直ぐに、ワルハラ宮の中に戒厳令が敷かれ捜索が開始されたのだが、その際に兵士の一人がこう証言したのだ」
「どんな証言だ?」
「先程も言ったであろう? 昨夜、怪しい黒ずくめの人物が彷徨っていた……とな」
「……」
「…………」

 一瞬……いや、たっぷり10秒ほどはそのまま沈黙を続けただろうか?
 しかし一向に次の言葉が出てこないことに、俺は表情を曇らせる。

「え? それだけ?」
「それだけとは何だ! 十分過ぎる証拠だろうが!!」

 まるで鬼の首をとったが如き言い様をする兵士。
 俺は何度か口をパクパクと動かすと、

「それで良いのか、アスガルド?」

 と、小さな声でボヤくように言うのであった。

 そして、

「本当に頼むぜ、ジーク」

 そう続けて口にしていた。






[14901] 第28話 アスガルド編07話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:c3034815
Date: 2013/11/30 08:53
 朝、普段目覚めるよりも早すぎる時間に、私は意識を覚醒させられた。

「一大事でございます! フレア様!」

 そう、大きすぎる声を出してきたのは、私の側仕え兼、護衛をしてくれているハーゲン。真っ直ぐな金色の髪の毛と、そしてこのアスガルドでは珍しい褐色の肌をもった少年です。

「むぅ……どうしたのよ、ハーゲン? 朝から大きな声を出して、相変わらず無駄に元気ね」

 未だ意識のハッキリとしない私は、気怠い身体を起こしながらハーゲンに問いかけます。そう言えば、私はいつの間に部屋に戻ってきたのでしょうか?

「どうしたでは有りません! 一大事なのですフレア様!」
「ん……一大事?」

 尚も大きな声で捲し立てるようなハーゲンの声に、私は眉間に皺を寄せて唸り声を上げます。一大事……と言われても、お姉さまが居なくなった事以上の一大事など早々には有りません。そもそも、そのお姉さまだって昨日ちゃんと帰ってきたのに。

「あのねぇ、ハーゲン。昨日に行方知れずだったお姉さまが戻ってこられたばかりなのよ? このアスガルドで、お姉さまが居なくなること以上の一大事なんて、そうは無いでしょ? 少しは落ち着いて」
「そのヒルダ様が、再び行方知れずなのです!」
「…………なんですって?」
「ですから、ヒルダ様の行方が昨晩から――」
「また、お姉さまの行方が?」

 焦れるようなハーゲンに、私はユックリと諭すようなツモリだったのですが、しかしその後に告げられたハーゲンの言葉は、そんな私の意識を一気に覚醒させました。

 何故?
 どうして?

 そんな疑問めいた単語が、頭の中でガンガンと反響するように渦巻いています。

「ハーゲン! いったい何が? どうしてそんな!?」

 まともな言葉にもなっていないような、そんな台詞を私はハーゲンにぶつけます。ハーゲンはそんな私に嫌な顔一つせず、軽く息を吸うと説明をはじめました。

「残念ながら私も、詳しい事情は把握しては居ないのです。ですが聞く所によると、昨日の聖闘士が犯人として投獄されたと」
「聖闘士? ……まさかクライオスさんが!?」
「はい」
「そんな……そんなの有り得ないわ!」

 昨日の今日で、再びお姉さまが行方不明になった? それは私を驚かせる内容だったけれど、その犯人がクライオスさんだと言うのは更に私を驚かせる内容でした。

 そもそも、仮にクライオスさんが犯人だというおなら、何故お姉さまを一度このワルハラ宮に連れ帰ったのでしょう。誘拐の犯人がクライオスさんならば、そんな必要は何処にもなく、最初の誘拐騒ぎの時にコトを済ませてしまえば良かった筈。そんなことは子供の私でも解ります。

 それに、昨晩にあったクライオスさんからは、その様な姑息なことをするような嫌な感覚は受けなかった。

「ハーゲン」
「はっ!」
「直ぐに支度をします。先ずはジークに会わなければいけません」
「で、ですが、ジーフリートは現在ドルバル様の命により自室での謹慎中でして……」
「謹慎? 叔父様の命令で?」
「はい」
「……謹慎中の者に会ってはならない訳でもないでしょう。準備をして、ハーゲン」
「畏まりました」

 お姉さまが昨日の今日で行方知れずになり、そして犯人として捕まったのは昨日に現われた聖域の聖闘士・クライオスさん。そして居なくなったお姉さまと、謹慎させられている護衛のジークフリート。

 私はこの状況に、嫌な予感を感じずには居られなかった。



 ※


 ジークフリード

「私は……こんな所で何をしているのだ」

 ヒルダ様と別れ、フレア様を私室へと御運びした私は、一人でクライオスに告げられた言葉の意味を考えていた。それはヒルダ様が襲われた時の状況や、そうなるに至ったまでの経緯などだ。

 奴の――クライオスの言葉が本当であるのなら、それは一つの可能性を示すことになる。正直、『何を馬鹿な』と一笑に付したい気持ちもあるのだが、しかし逆に考えれば、『そうであるのなら辻褄が会う』というのもまた事実。

「そして何より、今のこの状況」

 早朝、クライオスの言葉に悩まされて一睡もできずにいた所、突然言い渡された謹慎の伝。
 しかも、ヒルダ様が再び行方不明になり、その犯人としてクライオスが捕まったという。 私は、ドルバル様に、『心身を休めるように』と今の謹慎を言い渡されたが、それが更に私の疑念を増すことに成ってしまっている。

 ドルバル様のあの時の表情は、普段から眼にしている慈愛に満ちたモノであった。だが、だからこそなのだろうか? クライオスの言葉を聞いた今となっては、それを心の底から信じることが出来ない自分が居る。

「――ジーク、ジークフリード。私です、フレアです」

 コン、コンと、控えめなノック音と同時に、外からフレア様の声が聞こえてくる。私は慌てて扉に駆け寄ると、フレア様を招き入れるべくソっと開いた。

「フレア様!――と、ハーゲン?」
「なんだジークフリード? 俺が居ては不満なのか?」
「いや、そんな事はない。それよりもフレア様、中へどうぞ。ハーゲン、お前も」
「ありがとう。ジーク」

 私が中へと促すと、フレア様は返事をしつつ中へと入られる。
 とは言え、その様子は私から見ても焦っているような、焦燥感を滲ませていた。

 部屋へとフレア様を招き、私は来訪されたフレア様の言葉を待つ。
 何かしらの御用が、今の状況ならば先ず間違いなく、ヒルダ様に関することで参られたはず。
 そう予測を立てて、私はジッとしているのであった。

「聞かせて頂戴、ジーク。昨晩、クライオスさんの部屋からお姉様を送っていったのは貴方なのでしょう?」
「は、はい……」

 フレア様の言葉に、再度自身の情けなさが浮き彫りに成ったようで言葉が詰まる。私自身がヒルダ様の不寝番でもしていれば、此のような事にはならないはずだった。

「勘違いしないで、ジーク。私は貴方を怒りに来たわけじゃないわ。ただ聞きたいの部屋に帰った時のお姉さまの様子と、それから……貴方から見た、クライオスさんの印象について」
「ヒルダ様の様子と、クライオスへの印象……ですか?」

 ヒルダ様に関してのことは、私から言えることはそう多くはない。
 いや、ヒルダ様の素晴らしさを語れというのであれば、それこそ一昼夜語ることも出来るのだろうが、フレア様が聞きたいことはそういう事ではないだろう。

 そのため私から言えることは、『普段とほぼ変わらず、戻られたことに安堵しているようだった』としか答え用はない。

 しかし、クライオスに関しては

「正直、よく解りません」
「解らない?」

 クライオスに関しては、何を考えているのか? 何をしようとしているのか? それらがどうしても曖昧になってしまう。
 アスガルドと聖域の相互関係も、私がこのような思考に陥ってしまう原因の一つなのだろうが、それでもよく解らないのだ。

「良い奴――かも知れない、とは思うのですが」
「……」

 私の曖昧な返答に、フレア様は表情を曇らせた。
 それはそうだろう。今の状況を打開するための情報集めと考えれば、このような何とも取れるような言葉を快く思うわけがない。

 だが

「フレア様、少々お耳を拝借しても」
「ハーゲン?」
「コレはですね」

 フレア様の斜め後ろに控えていたハーゲンが、何やらフレア様に耳打ちをし始める。
 『フフン』とでも言うように、見透かすような態度が見え隠れするハーゲンに、何故だか無性にイライラが募る。
 そのうえ

「あ~、そういう事でしたか」

 と、何やら妙な納得をしたフレア様が、観察するような視線を私に向けてくるとなれば尚更だ。

「あの、フレア様?」
「良いのです、ジーク。それ以上は言わなくとも」
「は、はぁ」

 私の言葉を手で制するフレア様。
 しかし、どうにも何か勘違いをされて居るように思えてならない。

「ジーク、先ずは貴方の思いがどうであるかよりも先に、お姉さまの救出を優先しなければなりません。良いですか?」
「それは勿論です。ですが私は」
「謹慎中だというのでしょう? それでも何か、ほんの些細なことでも良いのです。……幾らなんでも、クライオスさんを犯人とするのは無理があることくらい、ジークにも解っているでしょう?」
「それは……」

 フレア様の言うとおりだ。
 幾らなんでも昨日の今日で、そのうえヒルダ様を保護した人物が犯人というのは無理がある。
 それこそ可能性がゼロという訳ではないが、一考するほどでも無いだろう。

 私は昨晩に帰られたヒルダ様の『表情』とクライオスの『言葉』、そして今朝方に顔を合わせることと成ったドルバル様の『笑み』を思い起こし、口を開く決心を固めたのだった。

「お聞きください、フレア様。コレは、クライオスから持たらされた情報なのですが」

 そう、最初に断って告げる言葉に、フレア様は耳を傾けていった。



 ※



 クライオス

 アスガルド、ワルハラ宮の地下に作られた牢屋。
 今現在、俺ことクライオスはその牢屋内で鎖で繋がれ、両手を固定されて壁際に半ば吊るされた様な状態になっていた。

 今朝方にアスガルドの雑兵連中に捕縛された俺は、そのまま宮内の地下であるこの場所に引き立てられて、つい先程まで拷問官のような筋肉男に鞭打ちをされていたのだ。

 手枷の嵌められた場所は擦り切れて血が滲み、鞭打ちをされた場所は肉が裂けて血が流れている。

(尋問って、これかぁ……拷問の類じゃないのか)

 と、内心で思った俺だが、とは言え今の尋問官(かれ)には恐らく理性的な話は出来ないだろう。なにせ尋問官は俺を拷問するということに躍起になり、俺という存在(もしくは聖闘士)にかなりの怒りを顕にしていたから。

 基本的に聖闘士や神闘士などの神々の尖兵と言うのは超人の分類に入る『変態』な訳だが、その肉体のレベルは常人と然程変わりはないと言われている。
 自らの身体能力を小宇宙によって飛躍的に上昇させることで、俺達聖闘士は超人的な戦闘能力を得ている訳なのだが、それに対して肉体の防御能力というのは然程高まりはしないらしいのだ。
 そのため、そんな肉体をカバーするために聖衣が存在するのだが……。当然今の俺は、風鳥座の聖衣を身に付けては居ない。

 もれなくアスガルド側に没収され、現在は聖衣箱に詰められて地下牢に転がされている。

 生身の状態の俺だ。
 常識的な観点で言えば、鞭打ちと言うのはそれなりの効果があげられる拷問方法といえるだろう。しかし彼等にとっては残念なことに、いまの俺は『鞭打ち程度の攻撃』では何も感じないのだ。

「ゼハぁ、ゼハぁ!」
「……」

 嬉々として鞭を振り下ろしていた拷問官は、今では肩を上下に動かしながら大きく息を切らしている。何度鞭を振り下ろしても、俺が一向に反応を示さないことでムキになりすぎたのだろう。

 ……こうして考えると、聖域で何度もぶっ飛ばされた修行時代も無駄ではなかったのかもしれない。更に付け加えるのなら、つい最近に投獄されたスニオン岬の岩牢。あそこの環境に比べれば、今現在状況は大した事はないように思えてくる。

 人間、何が後々の役に立つかは解らないものである。

「なぁ、そろそろ良いんじゃないか? 鞭打ち程度じゃ、俺が声一つ上げないような変人だって、もう解っただろ」
「自分で……変人とか、言うな」

 ギロリと睨みつけながら言ってくるが、その表情には疲れが滲んでいるためか幾分迫力に欠ける。しばし俺と尋問官は視線をぶつけ合っていたが、尋問官はプイッと顔を逸らしてしまった。

 休憩にでも入るのだろうか?

 唾を吐き捨ててから牢屋を後にする尋問官を眺めながら、俺は今後のことに付いて考えることにするのであった。

 世界にとっての最高の結果は、ドルバルを倒してそれに加担する神闘士を排除すること。
 劇場版だろうが、TV版だろうが関係なく、今現在の状況ではそうすることが最良な方法であろう。

 次点としては『アスガルドを滅ぼす』――や、『一人でさっさと逃げ出す』――などが有るが、それは後々の事を考えると最悪手だ。
 アスガルドは元より、聖域さえ敵にしかねない。

 ……まぁ、今の時点で既に、最初の方法以外では聖域から見捨てられそうでも有るんだが。

「しかし……ドルバルが一連の首謀者だというのは間違いはないだろうが、急に行動を起こした理由は何だ? それに、幾らなんでも昨日の今日でまたこんな馬鹿げたことを……」

 しばし俺は黙考すると、嫌なことに直ぐ様その原因らしき事が思い浮かんできた。実際それが原因だとは余り考えたくはなかった、一度考えてしまうとそれ以外に原因らしい原因が思い浮かばない。

「……はぁ。溜息が増える」

 腕を釣り上げられているため自由の効かない肩を、気持ちだけでもガクッと落とした俺は、何とか先に蒔いておくことが出来たジークフリートの行動に期待するしかなかった。

「イザとなれば、此処から抜けだしてゲリラ行動かな……」
「――ゲリラ行動ってなんです?」

 天井を眺めながら呟いた俺に、上手い具合に合いの手が入る。俺はその声に一瞬驚いた物の、直ぐ様に視線を自身の隣――壁へと向けた。

 俺が視線を向けたと同時に、壁の一部がズズズッと音を鳴らしてズレていく。どうやら物語などでも良くある、秘密の抜け道があるようだ。
 ……正直、牢屋に抜け道を作ってどうするんだ? といった疑問もあるが。

 僅かにずれた壁の奥からは、見知った相手の気配を感じることが出来る。まぁ、知らない相手も一緒のようだが。

「お迎えに上がりました。クライオスさん」
「待ってたよ、フレア」

 壁の奥からヒョコッと顔を出して言うフレアに、俺は笑みを浮かべながら返事を返すのだった。
 しかし、どうしたことか

「――っ!?」

 フレアは俺と視線が合った瞬間に目を見開いてしまう。
 悪どい表情にでも成っていたのだろうか? 

「ク、クライオスさん……その怪我」
「え? ……あぁ、コレのことか。多少気にはなるけど、今はそれは後にしよう」
「あ、それでしたら、鍵を探して――」
「大丈夫だよ。ちょっと待っていてくれ」

 成る程。鞭打ちをされた怪我を見て、フレアは驚いていたのか。
 怖がらせる表情を作っていたとかではなくて、本当に良かった。最近、どうにも思考が黒い方向に流れていくような気がしてならないからな。

 俺はそんな事を考えながら、鎖で繋がれている両腕に力を込めていく。

 バキン!

 周囲に金属が破壊された、甲高い音が響く。手首を固定していた鎖は、何ら変哲のない鎖だったのだろうか? 力を込めて引っ張ると、思いの外にアッサリと鎖は千切れてしまう。

「まぁ、アスガルドだと言っても、流石にグレイプニルみたいな神話級の道具を使うことはしないか」

 若干拍子抜けな感は否めないが、俺は残る手枷も無理矢理に破壊して外していった。
 囚われていた間は確かに多少不便な時間ではあったが、それでも聖域での修行(イジメ)に比べれば大したものではない。

 ストレッチするように手首や足首を回してみると、幾分違和感が有る用に感じるが……まぁ、ソレほどの問題では無いだろう。

「待たせたな、フレア。だが来てくれてありがとう」
「いえ、クライオスさんには、アスガルドの民として申し訳ない気持ちで一杯で――」
「フレア様、お早く。尋問官が戻ってきてしまいます」
「あ、そうでしたね」

 眉根を寄せて、申し訳なさそうな表情を浮かべていたフレアを制したのは男の声だった。
 もっとも、未だ少年というようなボーイソプラノであるが。

 俺は相手を確認しようとすると、その相手からは胡散臭い物を見るような視線をぶつけられる。

「クライオスさん、こちらはハーゲンと言って私の護衛をしてくれている者です」
「ハーゲン?」

 あぁ、コイツが――と、俺は内心で零していた。
 ベータ星メラクのハーゲン。
 幼い頃よりフレアと共にしていたことで、彼女を愛するようになり、それが元で視野狭窄に陥った挙句、氷河の事を逆恨みしてしまう奴……だったか?

「なんだ?」

 ジッと見つめすぎてしまったか、ハーゲンが怪訝そうに眉根を顰めて尋ねてくる。

「いや、なんだっけ? 劇か何かに出てきそうな名前だな……っと思って」
「…………」

 咄嗟のフォローであったが、上手くはなかったのだろうか? ハーゲンは眉間の皺を更に深いものに変化させている。

「あー、なんだ。まぁ、よろしく頼む。俺は――」
「挨拶などいらん。それよりも急げ、解っているだろ?」
「……そうだな。解っているよ」

 ツッケンドンなハーゲンの言い様に、

(今の時点で、既にフレアに御執心か……)

 俺は思わず、そう思ってしまうのであった。



 ※


 ドルバル

「お前達ぃ、もう間もなくだ。もう間もなくで、此の儂がアスガルドを完全に支配する時が来る」

 ワルハラ宮の奥に位置する謁見の間。
 今現在のこの場所には、我が意思に賛同する現代の神闘士等が臣下の礼を取っている。

 ロキ、ウル、ルング

 皆がそれぞれ当千の力を誇り、此のアスガルドを護る為に技を磨いてきた男たち。
 されど、だからこそ今の現状が許せず、儂の考えに同調した者達だ。
 その中からロキが、儂に顔を向けたまま尋ねてくる。

「それでは、やはり今朝方の失踪事件は?」
「フフフ。ヒルダの奴め、未だ生きては居るだろうが……既に儂の手中よ。如何にオーディンの地上代行者といえど、今のヒルダは唯の小娘に過ぎぬわ」

 今朝方にあの聖闘士の元へと、儂はロキを向かわせた。
 『ヒルダを連れ去った犯人として、奴を囚えろ』とな。
 それなりに頭も回り、そのうえ元々聖域に対しては敵対心の強いロキだ。儂の言っている事がなんであるか? どういう意味があるのかを理解し、上手く行動に移していった。

「当初は事故に見せかけ始末をするつもりであったが、よもや今回のような機会が巡ってくるとは思わなんだ」
「ドルバル様、それでは……?」
「うむ」

 尋ねるようにして聞いてくるロキに対して、軽く頷きながら返答を返す。それだけで、神闘士達は色めくような表情を浮かべた。

「数日のうちにアスガルドを平定し、ゆくゆくは聖域から全世界へと我等が威光を知らしめてくれる」
「おぉ!」
「ついに我ら、アスガルドの民が立つ時が来たのですね!」

 目の前で声を上げる神闘士達を。儂は目を細めながら見つつ、昨日に聖闘士から手渡された『手紙』の内容を思い出していた。

 差出人は聖域を治める女神アテナの補佐官――教皇。

 内容の前半は挨拶を含めた、アスガルドに対する礼を尽くすような言葉の羅列だったが、問題は後半部分。
 それは聖域の教皇めが、儂の本心を知っているといった内容だった。その内容に一瞬ザワツキを覚えはしたが、続く言葉の内容に口元を緩ませてしまった。

 『聖域は、その際に何らかの干渉を一切しないことを約束する』

 この一文だ。
 儂は神闘士の力を信じているが、だからと言って地上を治めていると言っても過言ではに聖域の力を軽んじてはいない。
 アテナを護るという聖闘士。その中でも、黄金聖闘士の力は十分に脅威となりうるものであろう。
 その聖域が、今回の出来事には一切の手出しはしないと言ってきているのだ。

(教皇にどんな腹積もりが有るのかは判りかねるが……好機であることに違いはない。あの聖闘士は何も知らぬようだが……とは言えたかだか白銀聖闘士の一人。敵対したとしても程度が知れる)

 と、そこで思考を打ち切る。

「ふふ、ふふふ、フハハハハ!」

 思わず内から込み上げてくる思いが漏れだし、口から笑みと成って溢れていた。

「ヒルダよ。そこで、座して見ているがいい。変わりゆくアスガルドをな」

 もはや誰にも止められぬ。
 それこそ、神でも居ない限りはな。

「ハハハハハハ――!!」



[14901] 第29話 アスガルド編08話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:ad4dd3cc
Date: 2014/05/28 19:11


「成る程。ワルハラ宮の外に通じているのか」

 薄暗い場所から出てきたためか、直接の日差しが眩しく目に痛い。地下牢に迎えに来てくれたフレアやハーゲンに促され、地下牢の抜け穴から狭苦しい洞穴を突き進んでいくと、到着した先はワルハラ宮殿の外壁部分であった。

「丁度、ワルハラ宮の建っている外周部分に辿り着くようになっている」
「へぇ……。本当に、落ち延びるための隠し通路みたいだな」
「なにぃ?」
「なんでもない」

 耳ざとく睨みつけるようにしてくるハーゲンに、俺は手をパタパタと振って気にしないようにと言う。軽く流してくれれば良いのだが、未だソレが出来るほどに、俺という人間に心を許しては居ないと言うことなのだろう。
 まぁ、聖域は元々が潜在的な敵なのだ。
 ソレも仕方が無いのだろう。

 そう思った瞬間、ふと、俺は奇妙な気配を感じた。
 視線の先に広がっている森、木の奥に誰かの気配を感じるのだ。
 この感覚は……あぁ、ジークフリードか。

「出てこい、ジークフリード。追手は居ない」
「……思っていたよりも遅かったからな。用心に越したことはない」

 隠れていたジークフリードに声を掛けると、少しばかりの間を置いて木陰から姿を現してくる。流石に神闘士(ゴッドウォーリアー)ではないため、ハーゲンと同様に私服姿であるが、恐らく戦力にはなるのだろう。
 小宇宙が使えないとしたら、今のジークフリードやハーゲンの服装は自殺行為に等しいくらいに薄着だからな。

 俺は柔らかく見えるような笑みを浮かべると、ジークフリードに声を掛けた。

「昨日ぶりだな、ジークフリード。一晩の間、確りと考えたか?」
「あぁ」
「答えは出たんだ?」
「……あぁ」
「そうか」

 表情は優れないままであったが、ジークは此方からの問に頷いて返す。しかし、俺はその答えに取り敢えずは満足であった。先ず間違いなく、ジークフリードはヒルダのために動くと解ったからだ。
 ……もっとも、ソレが必ずしも『俺』の考え通りかどうかは解らないのだが。

「クライオス、ともかく移動をしよう。此処にいては、巡回の衛兵に発見される可能性もある」
「ん? ……それもそうか。俺は余所者だからな、其の辺の事情とか地理には疎い。任せるよ」
「その、フレア様も宜しいですか?」
「えぇ。ですが、余り時間は掛けられませんよ、ジーク」
「心得ております」

 フレアの言葉に会釈をしながら恭しく答えると、ジークフリートは先導するように歩き出した。俺達は其の後ろから、後を追うように付いて行く。
 歩く道の雪は深く、俺やハーゲンには問題ないが、フレアには少しキツイのではないだろうか?

「フレア様、足場が不安定ですので、どうか御気を付け下さい。なんでしたら、オレが御運びします」
「ハーゲン……。今はそんな事は、どうでも良いですから」
「……畏まりました」

 フレアとハーゲンの判りやすい遣り取りが無事に終わり、俺達は森の中へと歩き続ける。とは言え、目的地は俺には解らない。完全に先導するジーフリードに丸投げ、任せた状態である。

「歩きながらでも、少し話を詰めておこう。途中過程は兎も角としてだ、最終的な目標としてはヒルダを救い出す――ってことで問題はないよな?」

 ジークフリードが何処に向かって進んでいるのかは解らないが、持てる時間を無駄にする必要はないだろう?
 俺は黙々と歩いている面々に、確認をするように尋ねてみる。

「当然だ。ヒルダ様はアスガルドに於ける神、オーディン様の地上代行者であられる。このままで良い訳がない」
「ハーゲンも同じ考えか?」
「あぁ。ヒルダ様をお救いするということに、異論はない」
「……そうか」

 俺は頷いて返すが、正直不安で仕方がない。
 ジークフリードはヒルダの事を考えるに、相手側に裏切る可能性は低いだろうが。しかし、ハーゲンはフレアという抑え役が居なくなった場合、相手側に廻る可能性も否定出来ないのだ。
 とは言え今の俺には、この二人以外に味方が居ないことも事実である。

(難しいな。こういうのは)

 ヒルダは救う、俺の生命も救う、……ついでにコイツラのことも活かす。
 ……何というか、相手のことが信用出来ていないのに、信頼を求めるとか……。俺はつくづくダメな奴だな。

 とは言え、そんな事を此処で吐露しても仕方がないか。

「フレアとハーゲンは、ジークフリードからどの程度のことを聞いているんだ?」
「どの程度のこと?」
「敵についてのことだよ」
「それでしたら――」

 最初は首を傾げたフレアとハーゲンだたが、言い直した後で其の説明をしてくる。しかし、其の内容は

「――おそらく、ワルハラ宮の内部に敵が居る……と」
「それだけか?」
「え? あ、はい。そうですけど?」

 内容的には期待通りとは行かないものだった。
 聞き返した俺の言葉に、フレアは逆に困惑するかのような聞き返しをしてくる。

「……おい、ジークフリード?」
「仕方がないだろう」

 恨みがましい表情を浮かべながら俺はジークフリードを睨みつけるが、しかし当のジークフリードは、ただ困ったような表情を浮かべるだけである。

 どうやら思っていたよりも、ジークフリードの奴は踏ん切りが付いていないのかもしれない。

「しょうがないな、ジークフリートの説明では誰が敵なのか解らなかったようだから、俺が代わりに説明をしよう。……敵はドルバル教主と、3人の神闘士(ゴッドウォーリアー)だ」
「なっ!?」

 ハッキリと告げた言葉に驚いた声をあげたのはフレアではなく、隣で聞いていたハーゲンであった。フレアの方はと言うと、特に表情にも変化は見られない。どうやら、ある程度の予想は付いていたようである。

「細かい部分は一度ジークフリートにも説明をしたから省くが、少なくともドルバルや神闘士の手引きがなければ、最初の行方不明騒ぎは状況的に在り得ないからな」
「……」
「ついでに言うと、仮に俺が犯人だとしたら――だが。流石に、こんなズサンな計画は立てないな。其の場合はもっと慎重に、自分の容疑が掛からないようにしてから事を起こすね♪」

 ちょっとだけオチャラケて言葉を付け加えてみるが、どうやらそれは失敗だったようだ。3人の視線が痛く、俺は態とらしく咳き込んでみせる。

「あ――さて。それで、フレア? 君は、これからどうするつもりなのさ?」
「どう、とは?」
「何かしらの目的があって、俺のことを助けに来たんでしょ?」
「お姉さまを、お救いします。其のためにも、クライオスさんの御力を貸して頂きたいのです」

 ペコリ――と頭を下げてくるフレア。
 小さな子供が、真摯に御願いをしてくるのを見ると、まるで自分が悪いコトをしたのではないか? と、変に勘ぐってしまう。
 フレアは下げた頭を正面に戻すと、ジッと視線を投げかけながら思いをぶつけてきた。

「ジークもハーゲンも、修行を重ねているとは言っても未だ見習い。神闘士に正面から立ち向かって太刀打ちが出来るかどうかは判りません。ですがクライオスさんは、聖域(サンクチュアリ)に認められた聖闘士です。どうか、御力を」
「フレア様!? そんな! こんな奴の力をなど借りずとも、我等だけでも!」
「ハーゲン。今の貴方とジークだけで、本当にロキ達と戦えるの? 本当にお姉さまを救うことが出来るというの?」
「っ!? ……そ、それは」

 1~2歳程度であろうが、自身よりも若輩であるフレアの的確な言葉に、ハーゲンは言葉を続けることが出来なくなってしまう。将来的には問題ないのだろうが、しかし今現在に置いては神闘士と戦えるレベルではない様だ。

 ……だからと言っても、俺が神闘士と戦えるレベルに有るのかどうかも判らないがね。

「まぁ、フレア。その辺にしておきなよ。俺は手伝わない――なんて言ってない。ヒルダのことは護るって誓ったし、それに……」
「それに?」
「いや、兎も角ヒルダを救うことに、皆で全力を尽くそう」

 思わず、『此の侭だと、聖域から逆賊呼ばわりされかねない』と、言ってしまうところであった。弱音を吐くのは嫌いじゃないが、吐いて良い場面と悪い場面が有る。今は悪い時だ。

「この辺りまで来れば良いだろう」

 ふと、ジークフリードは足を止める。
 着いてみると其処は、森の中で上手い具合に開けている場所であった。誰かが切り倒したのか、中央には大きな切り株が一つだけある。
 俺は周囲に軽く視線を向けると、「あぁ」と頷いてジークフリードへと返した。

 そして全員を見据えるように向き直ると、再び口を開く。

「一番良い解決パターンは何か? だけど、それはドルバル達が改心して良い奴になることだな」
「良い奴って……」
「お前、それは」
「解ってるよ。まぁ、それは多分無理だろう。一般人が相手なら、俺でも無理矢理に改心させられるだろうけど……相手は一般人とはいえない奴らだからな。なので改心案はボツ。第2案として、ヒルダを救うことを第一に考えた行動をとる――ってことだけど」
「お姉さまの救出を、ですか?」
「あぁ」

 コクリと頷き、俺はフレアの問に答えていく。

「衛兵達はワルハラ宮の中を隈無く調べたんだろ? それでも、ヒルダは見つからなかった」
「そうだな。俺が聞いた話では、侍女がヒルダ様の不在を知ってから、10分もしない内に宮内の捜索がされている」
「その後で、捜索範囲を変えてワルハラ宮の外周部を探している」

 ハーゲンの言葉を繋ぎ、ジークフリードは衛兵の動きを説明してくる。俺は満足気に頷き、口元を緩めていった。

「そうだ。中に居ないのなら、普通は外部へ連れ去ったと考えるべきだからな。……もっとも、ソレは有り得ないことなんだ」
「有り得ない?」
「だって昨日の晩、この辺りでは雪が降っていなかったんだからな」
「あっ!?」
「……」
「……?」

 俺の言いたいことに気が付いたのか、フレアはハッとしたように声を上げた。しかし、ハーゲンとジークフリードはソレがどうしたと言わんばかりに首を傾げている。

「……普通に考えれば、外に出るには雪を踏む。雪を踏めば、足音が残るだろ? 何せ昨夜は雪は降っていなかったんだ、仮に昨晩から朝の間に外部へと連れ去られたとしたら、其の痕跡が必ず残る」
「しかし、衛兵達からはそんな報告は――あっ!?」
「普通は、そんな足跡があれば直ぐに解るはず。だが、そんな足跡の存在をだれも報告してなど居ない。……となれば」
「ヒルダお姉様は、まだワルハラ宮内に居る?」
「先ず間違いなく、な」

 答えに辿り着いたフレアに満足をし、俺はコクリと頷いた。
 ……元から答えを知っているような俺とは違い、第三者的な立場であるフレア達を上手く誘導する方法――なんて言うと、俺が悪人みたいだが。しかし、上手く言葉巧みに納得させることが出来て良かったと思う。

 今の説明には、基本的に穴はないだろう。
 容疑者が普通の人間であれば――だが。

「ちょっと待て、クライオス。流石にヒルダ様がワルハラ宮内に居るというのは、些か無理があるんじゃないのか? 衛兵達はそれこそ、各部屋は勿論のこと、家具の中に至るまで捜索していたのだぞ? ……幾らなんでも、見落としが有るとは思えん」

 腕を組み、首を傾げているハーゲン。
 しかし、その疑問も尤もだろう。自分達の身内から報告ではあるが、隈無く探して何処にも居ない。だからこそ、外部を疑ったのだ。
 コレでは互いの主張が、夫々を食いつぶし合ってしまうだろう。
 だが

「だけど逆に、探せていない場所も在るだろ?」
「探せていない場所?」
「もっと頭を使えよ、ハーゲン」

 俺はそう言いながら、外からワルハラ宮を見て憶えた地形と、内部を歩いて身に付けた構造とを組み合わせて簡単な見取り図を雪の上に描いていく。

 まぁ、図面が雪、筆が俺の指では、精巧な物には成らないが。

「まぁ、こんな所だろう。この図面の中でも、一般人が入ることが許されない場所があるだろ? ……少なくとも聖域じゃ、似たような場所には教皇以外は入ることも許されない」
「……まさか、それって」
「そう、此処だ。ワルハラ宮の奥。オーディン神像の立っている、祭壇のある場所だ!」

 強い口調で言い放った俺は、図面の中でも最奥に位置する場所。オーディンの巨大神像が置かれている場所を指さした。

「確かに、其の場所はワルハラ宮を抜けた先。切り立った崖の行き止まりになっている場所だ」
「衛兵たちも、『逃げた』犯人を捜索していたからこそ、探していない。そして此処に向かうには」
「ワルハラ宮の、謁見の間を抜ける必要があるんだろ?」
「……そうだ。そして其処を抜けるには、ドルバル様の許可が居る」

 一連の説明に対し、次第に表情を崩していくハーゲンとジークフリード。やはり、心の何処かでは身内を疑いたくはなかったのかもしれない。
 しかし俺にしてみれば、二人のこの反応は『上手く仲間に引き込めた』とも言える状況である。

 今後のことを考えるのであれば、ドルバル一派は壊滅させる必要もあるのだが、現実的には戦力不足だ。
 何とかジークフリードやハーゲンと陽動作戦を行い、その隙にヒルダを救出。その後に聖域に救援を要請――といった流れになるだろうか?

 ……救援、来るかな?

「ヒルダを救うために俺達が取る行動は、先ずは陽動をかけ――危ないッ!? フレア!!」
「え? きゃあ!?」

 一瞬にして高まった攻撃的な小宇宙に、俺は咄嗟に駆け出していた。
 走りだした先にいるのは、この中で最も戦闘力のないフレアである。突き飛ばすような形になってしまったが、俺はフレアを目指して飛来してきたソレを、間一髪で身代りになることに成功する。

「ぐぁあああああああああ!!!」

 真っ直ぐに伸びてきた一筋の煌き。
 それは斬撃と成って俺の身体を、そして周囲の木々を容赦なく蹂躙していった。

「クライオスッ!?」
「クライオスさんっ!?」

 周囲の木々が両断され、音を立てて倒れていく最中、俺の身体は炎に包まれていくのであった。

 ※

「――フレア様。よもや聖域のドブネズミの言葉を、信じる訳ではないでしょうな?」

 ザクザクと雪を踏みしめる音を鳴らし、その男は現れた。
 神闘士(ゴッドウォーリアー)の証である、神闘衣を身に纏い、手には炎を纏った無骨な剣を握りしめている。

「ウルッ!?」

 相手の名前を、神闘士(ゴッドウォーリアー)ウルの名前を私は呼んだ。
 それは、もしかしたら……信じたくはない最後の部分が、アッサリと覆されてしまったからなのかもしれない。

「フレア様。此度の1件は、そこのドブネズミが企てたこと。既に其のように、御達しも出ているはず……。如何にヒルダ様の妹君といえど、余りに勝手な振る舞いをされては身を滅ぼすことになりますぞ?」
「あなた、何故この場所が……!?」

 ニヤリと笑うウルの言葉と態度に、私はクライオスさんの言葉の正当性を認識してしまった。反逆――反乱だ。
 これはヒルダお姉様を亡き者にして、アスガルドを手に入れようとするドルバル叔父様――違う、ドルバルの企てだ。

 私は沸々と湧いてくる怒りに、下唇を噛み締めていた。
 でも、ウルはそんな私にはお構い無しに視線を横へと反らし

「フン。御苦労だったな、ジークフリード」
「……」

 あろうことか、ジークに声を掛けていた。
 でも、なんて? 御苦労だった?

「ジーク、貴方!?」
「どういうことだ! ジークフリード!!」
「……」

 ハーゲンも私と同様に、その言葉の意味に気が付いて声を荒げる。けれど、ジークは申し訳無さそうに表情を顰めるだけで、何も返事をしてこない。

「ジークフリードは、我等と取引をしたのですよ。聖域の人間が逃げるようなことが有れば、私達に伝えるようにとね」
「そんな……ジーク、貴方と言う人は!」

 声を荒らげてジークを非難するけれど、ウルはそんな私達の様子を楽しそうに眺めている。

「フレア様、もう諦めなさい。元々アスガルドは、既にドルバル様が支配していたようなものだったのですから。それが正しく、ただ形となっただけに過ぎませんよ。……それとも此処で私と敵対して、聖域のネズミと同じく無様な死に様を晒しますか?」

 クイッとウルは指をさして、倒れ伏して炎が燻る、クライオスさんを蔑むように言う。私は其処に視線を向け

「え!?」

 驚きの声を上げた。
 居ない、居ないのだ。炎に包まれ、倒れていた筈のクライオスさんが。

 私の声で、ウルもそのことに気がついらしく、目を見開いて周囲に視線を向けていた。

「――誰が、死んだって?」

 そう、声が聞こえてくる。
 私はその声に従って目を向けると、視線の先――樹の枝に座るようにして、クライオスさんが居た。
 多少は煤コケているようだが、怪我らしい怪我はないように見える。

「貴様……あの攻撃を受けて、いったいどうやって!?」
「あの攻撃でって、あの程度でどうにか成るほど、聖域の修行は軽くはないんでね」

 クライオスさんは言うと、口元にニヤリと笑みを浮かべている。

「フレア、安心しろ。ジークフリードは、裏切ったりはしちゃいないよ」
「え?」

 クライオスさんの無事に喜んでいた私に、本人からジークフリードを擁護する言葉がでてきた。

「コイツが出てきたのは、もっと単純な理由だ。単に足跡を追ってきただけさ」
「足跡を!?」
「あの手の抜け道を、ドルバルが知らないわけがないだろ。だったら、出口周辺を見張らせておくさ。俺が行動を起こした時のためにな」

 ウルを睨みつけながら、クライオスさんは説明をしていく。
 私はその内容に、小さく「あっ!」と声を出していた。
 更にクライオスさんは、ウルに向かって指を突きつけると強い口調でウルのことを糾弾していく。

「そして! そいつは、フレアやジークフリードの間に仲違いを起こさせて、自分達に対して手を組まないように不和を埋め込もうとしただけなんだよ!」

 私がジークを観ると、ジークは居た堪れないような表情を浮かべていた。

「――余計なことを言ってくれるな、このネズミが!」
「ネズミ、ネズミって五月蝿い奴だな? そういうお前は、いったい何様のつもりなんだよ」
「黙れ!」

 ウルは激号すると、手にしていた剣を横薙ぎに一振り。
 剣から発せられたモノなのか、クライオスさんの居た枝が綺麗に斬り落とされる。けれども、その場所には既にクライオスさんは居なくなっていて、

「さっきのが全力じゃなかったとしても、俺は負ける訳にはいかないんでな!!」

 空高く舞い上がったクライオスさんは、フワリっと雪の上に舞い降りると、睨むような視線でウルを威圧する。

「来い! 風鳥座(エイパス)の聖衣!」

 そう声を発したクライオスさんの元に一条の光が降り注ぐのは、その直ぐ後の事だった。





[14901] 第30話 アスガルド編09話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:ad4dd3cc
Date: 2014/05/28 19:11



 俺の身体を包み込んでいく、白銀に輝く風鳥座の聖衣。
 暫く放置してあったためか、少しばかり聖衣が怒っているのかもしれない。普通の聖衣とは違って攻撃的な意志の塊である風鳥座の聖衣は、戦うということに関しては敏感に反応してしまう。

 今、こうして持ち主である俺の身体を包んでいる最中でも、目の前に立っている神闘士(ゴッドウォーリアー)に対する敵愾心が全くと言って良い程に消えていない。

「それは……まさか、聖衣!? 何故だ、その聖衣はワルハラ宮に……」
「並の聖衣とは違って、俺の聖衣には意志がある。『悪を倒せ、正義を行え』といった、強い意志だ。俺が悪と戦う決意をすれば、例え何万光年と離れた場所であろうとも、この聖衣は直ぐ様に俺の身体を包んで戦いに備える」

 指をさして、相手に言い聞かせるように強気な台詞を口にする。
 実際に『何万光年――』なんて事は解らないが、即興の口上としては上出来だろう。

「……フ、フフフフ」
「なんだ?」

 突然笑い出したウルの反応は、俺の予想とは違うものだった。てっきり、『……クッ!? だがそんな程度で――』なんて、言う。悪役臭の漂う台詞を口にしてくると思ったのだが。

「面白い。正直、丸腰のネズミや候補生共の始末などという下らん任務に、少々鬱憤が溜まっていた所だ。貴様が戦う力を持っているというのなら、精々俺の苛立を沈める役に立ってもらおうか」

 言いながらウルが剣を軽く振るうと、その剣圧で足元の雪が吹き飛んでちょっとした溝を作る。流石は腐っても神闘士と言うことだろう。しかし、ハッキリとフレアの事を始末するつもりだった――と宣言したな。

「やっぱり、フレアの事も始末するつもりだったのか」
「ドルバル様の治められるアスガルドに、既に命脈を絶たれたヒルダの妹など何の役に立つというのか」
「何だと! 貴様、よりにも依ってフレア様にまで手を掛けるつもりだったと言うのか!!」

 鼻で笑うように言ってくるウルに、当事者であるフレアもそうだが、ソレ以上にハーゲンは反応を示す。

「当然の流れだ。……貴様も、仮にも神闘士を目指す候補生であるのなら、そんな一人の人間に固執などせず、もっと大きな視点で物を見るようにするのだな」
「黙れッ!!」

 ウルの態度が、ハーゲンには腹に据えかねたのだろう。怒りに身を任せて、ウルへと跳びかかっていった。それでも唯襲い掛かるだけではなく、小宇宙を燃やしているのは大したものだといえるだろう。

 だが……それは、相手が一般人程度の実力であったのならばだ。

「愚か者めが」

 迎え撃つウルの方には、何ら気負った様子はない。
 ユラリと流れるような動きで剣を構えると、飛びかかるハーゲンに向かって躊躇いのない一撃を見舞うのであった。

 とは言え、ソレはこの場に俺が居なければ、だ。

「貴様……」

 振るった剣に手応えを感じなかったウルの視線は、睨むようなモノへと変化して俺へと注がれた。
 俺はその視線を受け止めながら、腕の中で呆然としているハーゲンを地面へと放り出す。

「あいたッ!」
「お前ね、無闇矢鱈と飛び込むんじゃあ無いよ」
「フ、フレア様に対して、あのような事を言われて――!」
「それをカバーする、俺のことも少しは考えろ。馬鹿者」

 何ていうことはない。
 ウルの剣がハーゲンを捉える前に、ハーゲン自体を横から掻っ攫っただけだ。
 俺はハーゲンを放って一歩前に踏み出し、ウルの視線を受けながら問いただす。

「大きな視点で見た結果が、今回のクーデター騒ぎなのか?」
「クーデターではない。これは、より良い状態へと変化を促す……言うなれば浄化だ」
「浄化ね。ヤる側の理屈ってのは、勝手なものだな」
「力を持って正義を成す。貴様ら聖域(サンクチュアリ)の連中が、今までやって来たことだろうが」
「そうだな、それは確かにそうだ」

 言い分としては、ウルの言葉は間違ってはいない。
 聖域は、今まで『地上の愛と平和のため』に、それを害する存在と戦ってきた。それは神話の化け物や神であったり、場合によっては人であったりと様々である。しかし総じて言えることは、それらを討ち倒すために使ったものは、ソレ全てが力だということだ。

 まぁ、そういう意味では、アスガルド行われようとしていることと、今現在の聖域(サンクチュアリ)が行っていることとでは、然程の違いはないのだろう。

「でもな、聖域(サンクチュアリ)がそうだからって、お前達のやろうとしてる事を、俺が黙認する理由にはならないんだよ」
「何だと?」
「究極的には、だ。聖戦だろうがなんだろうが、要はその当事者達が気に入るかどうかなんだよ。俺は今の聖域(サンクチュアリ)も結構気に入ってるから、ソレをどうにかしようとは然程思わない。もっとも、お前は今のアスガルドが気に入らないから、ドルバルの側に付いたんだろうがな」
「まさか、ソレが許せない――等と、言うつもりではないだろうな?」

 睨むと言うよりも、呆れるといった方が正しいような表情を、ウルは俺へと向けてくる。とは言え、そんな風に思われるだろうことは、自分自身良く解っている。それに

「そんな事を言うつもりは、更々無い。ただ俺は、俺の平穏を邪魔する奴等は許さないし、気に入らない奴には絶対に味方しようなんて思わない。そもそもドルバルよりも、ヒルダのほうが好感が持てるんでね。言っただろ? 『究極的には、気にいるかどうかだ』――って」
「聖域(サンクチュアリ)から来たドブネズミ風情が……随分とイキの良いことを口にする。既に賽は投げられたのだ! もう1日もせずに、ヒルダの小娘は死に絶える!」
「そんな! お姉さまが!」

 俺に対しては嫌悪感を、そしてこの場に居る他の者達に立ちしては優越感を醸しだしながら、ウルはとうとうヒルダの情報を口にした。
 その内容にフレアは勿論だが、ジークなども声には出さずとも狼狽えた表情に成っている。
 だが俺は、その言葉にほくそ笑んだ。

「へぇ……じゃあ、後半日は大丈夫ってことか。貴重な情報、どうも有り難う」

 そうなのだ。
 ウルの言葉を何処まで信用して良いのか? ということに関しては疑問が残るが、少なくともフレア達を纏めるのには十分に役立つ。
 俺はウルを挑発する意味も込めて、ニヤリと笑みを浮かべた。案の定、ウルはその表情に反応して顔色を変化させる。

「ふん! 今ここで死ぬ、貴様には何の意味もない情報だ!」

 瞬間、ウルの身体から小宇宙が立ち上る。
 俺は一歩踏み出して、その攻撃に備えて動き出した。

「ノーザンエッジ!」
「させるか!」
「ヌゥ!?」

 振り上げた剣を、ウルは勢い良く振り下ろそうとするが、俺は振り切ろうとする腕を掴んで抑え、その動きを制限する。

「小僧! 離せ!」
「誰が離すか! 馬鹿者が!」

 力を込めて、無理矢理に剣を振るおうとするウルの動きを、力を込めて何とか抑え続けるが、当然こんなことをズット続けようとは思ってもいない。

「ハーゲン! ジークフリード! 何をボサッとしてる!! サッサとフレアを連れて避難しないか!」
「ひ、避難?」
「フレアが近くに居たら、満足に戦えないんだよ!」

 怒鳴るように発した俺の言葉に、漸くハッとしたハーゲン。
 直ぐ様に慌てるような動きで走り出すと、フレアの元へと駆け寄った。

「フレア様、此方へ。クライオスの邪魔になってしまいす」

 そう言うハーゲンはフレアの腕を取ると、引っ張るようにしてこの場から避難をしていく。しかしジークフリードは? と言うと。何度か此方を盗み見るようにするものの、結局はフレアやハーゲンの後を追って行くのだった。

 全く……面倒な奴だな。ジークフリードは。

「いい加減に……離せ!!」
「クッ!」

 ギリギリと力を込めるウルの剣を、俺は横に逸らして自分自身もソレとは反対の側へと身体をずらす。振られた剣はそれでも威力の有るものらしく、鋭い剣圧が雪と前方に有った木を両断した。

「ハァッ!」
「フンッ」

ウルは更に返すように腕を翻すと、横薙ぎに剣を振るって此方を狙う。
 隙かさずウルの腕を抑えていた手を、パッと離した俺は、大きく跳躍をして後方へと跳ぶ。そして「ふぅ……」と息を吐きながら、プラプラと手を振るった。

(流石に……単純な腕力なら向こうが上か)

 簡単な分析をする俺だが、当然腕力以外にも身体的な差――要は、手足の長さなども向こうの方が上なのだが……

(コイツに負ける気は、しないな)

 目の前に居る人物の敵意と小宇宙を感じながらも、俺は薄っすらと笑みを浮かべていた。

「何を笑っている? 気でも触れたか?」
「どちらかと言えば、気が触れてるのはソッチの方じゃないか?」
「何だとぉ」
「いや、ある意味、本気で忠告するけどな。……諦めた方が良いと思うぞ? 俺が思うに、ドルバルの企みは、アスガルドを平定するだけじゃ終わらないんだろ? どれだけの戦力を用意するつもりなのかは解らないが、俺程度を始末することも出来ない体たらくじゃあ……とてもとても」
「なら安心しろ、今直ぐに貴様は殺してやる!」

 俺を殺せたらどうこう――といった話ではないのだが。どうやら、理性的な話し合いは無理なようだ。とは言え、元々話し合いに期待していたわけではない。

 フレア達が、ある程度の距離まで離れる時間が欲しかっただけ。
 そして、そのある程度の距離も今の時間だけで十分に稼ぐことは出来た。

 剣を構えて駆け込んでくるウルは、俺を一刀の元に斬り捨てようと大きく振りかぶってみせる。コレは

「聖闘士には、一度見た技は通用しない」

 この台詞を使う場面だろう。

「ノーザンエッジ!」

 小宇宙を高め、力強く振り下ろされたその一撃は、速度も威力も前回までの比ではなかった。縦一直線に走る剣圧は数十m先にまでその威力を伝え、大地と木々を両断して突き進んでいく。
 とは言え……

「遅い」

 既にその程度の速度では、俺を捉えるには遅すぎた。

「なっ!?」
「遅すぎる」

 自身の背後から聞こえた声にウルは驚いたように飛び上がり、そして自身の放った剣の衝撃と、アッサリと背後へと回った俺とを交互に見比べている。
 流石に黄金聖闘士の様に『身動き一つ見せずに避けきる――』といった芸当は不可能だが、ウルが剣を放つよりも早く回避をするくらいのことは造作も無い。

 ……恐らく、ウルの実力は青銅聖闘士に毛が生えた程度なのではないだろうか? さて、他のルングやロキはどの程度なのか。とは言えアスガルドの神闘士は、聖域の聖闘士以上に層が薄いように感じる。

 数少ない神闘士の一人であるウルが、俺程度をどうにも出来ない事実を見るに……連中は黄金聖闘士の実力を、過分に過小評価しすぎなのではないだろうか?

 もしくは……教皇(サガ)と、ドルバルの間で何らかの密約が――と、

「舐めるなァ!」

 余計な考えに没頭している間に、ウルが吠えながら突撃をしてくる。
 今まで生活環境が、物事を深く考えるタイプの少ない状況かに有ったため、妙な考え癖が付いたのだろうか? 戦闘中は、少しくらい自重する様に心がけなくてはいけないな。

「取り敢えず、ここまで情報を引き出せれば、後は十分」

 迫るウルに対して、俺は指を突きつけて言葉を漏らす。
 そして体の奥で渦巻く小宇宙を燃焼させ、指先から相手に向かって技を仕掛けた。

「氷結輪(カリツォー)」
「なに――グッ!?」

 言葉と同時に技は発動し、指先から現れたキラキラと光るリングがウルの身体に纏わり付くように拘束していく。徐々に身体の動きを鈍くさせるウルは、駆ける足も動きを止め、自身の体を包む氷結輪(カリツォー)の輝きに視線を巡らせた。

「ぬ、ぬぅ……何だ、この俺の体を包むリングは」
「便利な技だろ? 相手の動きを封じるための技だ。お前はそこから、一歩も動くことは出来ない」
「巫山戯るな……!」

 呆れたように溜め息を吐く俺を他所に、ウルは身体に力を込めて氷結輪(カリツォー)の呪縛から逃れようとする。しかし徐々に氷結輪(カリツォー)は数を増し、その拘束力を増大させていく。

「諦めた方がいい。その氷結輪(カリツォー)から逃れるには、アンタじゃ少し時間がかかる」
「おぉおおおおおおおおお!」
「そして、その時間を放っておくなんて事は、俺はしない」
 
 動けない相手に強がる俺も相当だと思うが、しかし手段を選ぶには、時間と戦力が極端に此方側には少なすぎる。
 どうか、悪く思わないで欲しい。

「彼の世で来世を待ちながら、ただ只管に後悔を繰り返せ。――デヴァイン――ッ!?」

 腕を振り、拳を放とうとした矢先に、俺は嫌な感覚に動きを鈍らせる。
 ……見られている。
 そう感じた瞬間、俺は拳を引いて歯軋りをする。
 この現場を遠間から見ている人物に、正確に言えばこの場を眺めている陰湿な小宇宙に憶えが有ったからだ。

「ハァアアアアアア!」

 俺が拳を引いたその間は、相手にとっては十分な時間だったようだ。
 氷結輪(カリツォー)の呪縛を無理矢理に引きちぎる様に粉砕したウルは、僅かに肩で息をしながら口元を吊り上げる。

「何が時間が掛かる――だ。アレくらい、少し本気に成れば何ということもないわ! そもそも、この極寒のアスガルドで生まれ育った俺に凍結拳を放つなど……愚かにも程が有るぞ!」
「チッ!」

 思わず舌打ちをしてしまうが、当然その理由は見当外れなことをウルが口走っているからだ。ウルはどうやら、自分が唯の捨て駒にされていることも解っていないらしい。

 どうする?
 この場を監視しているのは、間違いなくロキだろう。
 ロキの監視など無視をして、ディバインストライクを放つか? しかし、ソレをすれば手の内がバレてしまう。ディバインストライクは俺の拳、俺の技だ。コレ以上に上手く扱える技は、今の俺には無い。

 うん? それを――使わなければ良いのか? ハハッ、なんだ。単純な話だったじゃないか。

「フフフ」
「うん?」
「フハハハハハハ!」

 出来るだけ大きな態度に見えるように、俺は大きな笑い声を上げた。
 そして大胆に、不敵見えるように口元を釣り上げて笑みを浮かべる。

「面白い! ならば俺の持つ『最大の凍結拳』で、お前のその傲慢な表情ごと凍りつかせてやろう!!」

 小宇宙を高め、腕を振るうことでキラキラと煌く氷の結晶の様なオーラを出現させる。それに依る影響だろう、周囲の温度は更に一段と温度を下げる。
 ウルは俺の行動、そして周囲の変化に片眉を持ち上げるが、直ぐに挑戦的な表情へと変化した。

「言った筈だぞ! 凍結拳など、俺には通用しないとな!!」
「ソレはこの拳を受けてから言うんだな!!」

 俺も、そしてウルも、互いに構えを取り小宇宙を高めていく。ウルの小宇宙は剣へ、そして俺の小宇宙は拳へと集まっていく。

 渦巻く様な凍気の塊。
 それが掌の上で十分な形となると、俺はソレを一気に握り潰した。

「ダイヤモンド……ダスト!!」
「ノーザン・クロスエッジ!!」

 拳に纏ったっ凍気を一直線に打ち出す、水瓶座AQUARIUSのカミュ直伝の凍結拳――ダイヤモンドダスト。ソレに対してウルの手にした剣は炎を纏い、音速を超えた剣戟で襲い掛かってくる。

 目前の対象を尽く凍て付かせる氷の拳。
 そして炎を纏い、敵を滅ぼす炎の剣。

 此等2つが宙空でぶつかり合い、瞬間の交差の後に俺とウルの立ち位置は真逆になっていた。

 ダイヤモンドダスト……。俺の扱える最大の凍結拳を、確かにウルの身体に叩き込んだ。しかし

「――ッ!?」

 ピィ――と、線が走るように、俺の身体の上を十字の光が駆けると、その場所から炎が吹き上がった。

「ぐ、ガァ!?」

 流石に、熱い。
 全身を覆う炎が呼吸を遮り、酸素の供給を邪魔しようとしてくる。

「言ったはずだぞ。……この俺に、貴様の凍結拳など効かんとな」

 勝利を確信したのか、ウルは饒舌に成りながらほくそ笑む。
 だが、舐めるな!

「今直ぐに止めを――なッなんだ!?」

 自身の肉体に起きた変化に戸惑い、ウルは慌てた声を出す。
 何故なら、バキバキと音を立てながら体中が凍り始め、全身が氷に覆われだしたのだから。

「残念だったな」
「おのれッ! 貴様!!」

 俺は腕を振るって自身の身体を覆っていた炎を吹き飛ばすと、殆ど氷像と言っても良いほどに固まり、身動きの取れなくなったウルを睨みつけた。

「言っただろ? 『この拳を受けてから言え』ってな」

 凍りついているウルに、俺は余裕を見せてニヤリと笑ってみせた。顔以外を殆ど氷に覆われている状態で、ウルは尚も噛みつかんばかりの視線を俺にぶつけてくる。

「この、程度の拳で……!」
「ダイヤモンドダストの威力は、最初に放った氷結輪(カリツォー)の比じゃない。諦めろ」
「諦めろだと? ……巫山戯るな! 今まで虐げられてきた、我等アスガルドが立つ時が今なのだ! それをこんな事で、お前のような子供に邪魔をされて堪るか!」
「……ッ! 嫌な言い方をする奴だな」
「俺達はアスガルドを、ドルバル様ならば更に素晴らしき国へと導いてくださると確信している! それを、その思いを、こんなことで諦めて――」
「お前、思ったよりも純粋な奴だったんだな?」

 声を荒らげ、非難するような言い方をするウルであるが、主の他に強い愛国心を持っていることに、俺はただ驚かされた。
 しかし、コイツの選択した方法というのは、残念なことにヒルダと、そして何より俺という人間を犠牲にすることを絶対条件として考えられている。

 残念なことに、俺はアテナのように慈しみや自己犠牲の精神を持った慈悲深い神ではない。あの、もっとも神に近い男にして、慈悲の心など一切持たないと公言する、乙女座ヴァルゴのシャカの弟子である只の人間なのだ。

 考えさせられることはあれど、それで俺が目の前の神闘士の意見を汲むことは有り得ない。

「でもな、俺はヒルダの味方なんでな。お前のその考え方、立場が違えば共感したかもしれないが、国を良くするという思いをヒルダの下で形にする――と考えなかった時点で、お前たちは唯の悪党なんだよ」
「くそ! くそーーーーーーー!!」

 言い切った後で俺は一瞬で相手の元へと踏み込み、再びダイヤモンドダストをゼロ距離で叩き込んだ。拳は相手を覆っていた氷を砕き、神闘衣を破壊し、ウルの体ごと大きく吹き飛ばした。

 弾かれるように飛んでいったウルは、何度か地面をバウンドするよう跳ねると、樹の幹に打つかって力なく倒れこむ。そして倒れたその体は、ダイヤモンドダストの影響により凍てつくような氷に覆われて行くのであった。

「先ずは一人目……か。流石に黄金聖闘士程には強くはなかったが、コイツ……思ったよりも強かったな」

 殴り飛ばした相手の小宇宙が完全に消えたのを確認した後、俺は溜め息を吐きながら小さな声でボヤいていた。

 自身の記憶にあるウルという神闘士は、アンドロメダ瞬には強かったが、フェニックス一輝には一瞬で負けた、所謂『最弱の神闘士』といったイメージしかなかった。
 それが思いの外に強く、完全に無傷と言うわけには行かなかったのだ。俺が一輝よりも弱いとも考えられるが、それよりも問題なのはこの先、ヒルダの救出が予想以上に困難そうであると言うことだろう。

 そこまで考えた所で、俺はこの場を監視していた小宇宙の事を思い出して意識を向ける。

「……消えた、か」

 周囲を隈無く探ってみるが、どうやら相手は俺の索敵範囲から離れたようだ。上手い具合に、ちゃんと騙されてくれると良いのだが。

 前途多難、先行き不安、色々なネガティブワードを頭に思い浮かべながら、俺は避難していったフレア達と合流するべく、移動を開始するのであった。






[14901] 第31話 アスガルド編10話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:ad4dd3cc
Date: 2014/06/16 17:48


「皆は、大丈夫でしょうか」

 小さな溜め息を零しながら、私は一人で窓の外を眺めていた。
 部屋の中には暖炉の熱が広がっていて、外と中とを違う世界のように変えてくれている。
 でも、違う世界ではない。

 私は此処で、ただ護られているだけでしか無い。

「気になるのか?」

 背中越しに声を掛けられた私は、若干ビクッと肩を震わせたけれども、その声の主が自身の居る小屋の主だと気がつくと笑みを浮かべた。

 振り向いた視線の先には、一人の大柄な男性が立っている。長い髪の毛に穏やかな瞳をした人物で、名前はトール。アスガルドの森の中で、猟師をしている人物らしいですが……私よりもはるかに大きな其の体は、中に何が詰まっているのでしょうか?
 クライオスさんが言うには――『ドッチの派閥でもないから、頼めば助けてくれる』――との事だったけれども……。

「トールさん。気にならない訳が、ありませんよ」

 心の奥に感じている、悔しい、哀しいといった思いが、表に出てきてしまったのだろうか? 私の声色は、いつも以上に落ち込んでいた。
 トールさんはそんな私に

「そうか」

 と、短く返事をすると、私にスープの入ったカップを渡してきた。
 不器用そうな動きだけれども、私は其の動きに返って好感を感じてしまう。
 私は渡されたカップに息を吹きかけて、熱々のスープを少しだけ冷ますようにしてから口付けた。

「おい」

 暫くそうやって、私は目の前のスープに集中をしていると、不意にトールさんから声が掛かる。

「……お前が何を心配に思っているのか、関係のない俺には解らないが。今はただ、アイツを信じて待っていろ」
「アイツ? クライオスさんのことですか?」
「あぁ。確か、そんな名前だったな。アイツなら、お前の心配を丸ごと綺麗にしてくれるだろう」
「なんで、そんな事が解るんですか? トールさんは、クライオスさんとは」
「先日、たまたま顔を会わせただけの関係だな」
「それなら、どうして?」

 私の問いかけに、トールさんは不思議そうに、だが若干困ったように表情を崩す。そして少しだけ悩むような素振りをすると、

「うむ。悪いが、言葉にするのは難しいな。俺は余り、学のある人間じゃないのでな。だが、お前も俺がアイツに感じる何かを解るからこそ、アイツに託したんじゃないのか?」

 眉間に皺を寄せながら聞いてくるトールさんの姿格好は、外から見ていると幾分怖い雰囲気があるのでしょうが、ですが今のこの状況では、不思議とそうは感じはしなかった。
 私は何度か目をぱちくりとさせると、自然と

「……はい!」

 そう、力強く返事をしていた。
 私はもう一度、窓から外の雪景色を眺める。

 今度は先程のような、物悲しい気持ちにはならず、ただ信じて皆を待とうと心に決めるのだった。


 ※


 走る、走る、走る!

 ただ只管に、俺は雪の敷き詰められた道を走り、敵の本拠地であるワルハラ宮へと向かっていた。
 神闘士のウルの言葉により、ヒルダが生きている――といった言質を取ることには成功したが、だからと言って残された時間に余裕が有るわけではない。

 フレア達と合流を果たした後、俺は今後の大まかな流れを3人に説明をして一人でワルハラ宮に特攻を掛けることにしたのだ。
 ソレもできるだけ、目立ち、人目を引くように。

 ワルハラ宮が徐々に近づくと、俺の進行方向に向かって多数の雑兵が配置されている。急ぐ=小宇宙を燃やす必要が有るため、それを感じ取った神闘士の誰かがこうして配置をしたのだろう。

 ……有り難いことだ。

「聖域の聖闘士、クライオス! 脱獄した後に再び戻ってくるとは愚かの極み! 神妙にお縄に付け!!」

 視界の先の捉えた俺の姿に、一部の雑兵が声を上げる
 神妙にお縄に――って、お前は何人だよ。

「かかれー!!」

 内心の俺の溜息を他所に、敵の雑兵軍団は行動を開始する。
 ある程度は指揮系統が確りとしているのだろうか、神妙に云々――と宣った人物の号令に併せて、多数の雑兵が一目散に突撃を開始してきた。

 非常に良い傾向である。
 俺は迫り来る雑兵達に対して僅かな笑みを浮かべると、左右の手に凍気を纏って群れとなる敵軍へと飛び込んでいった。

「大人しく」
「お縄に」
「頂戴」
「しろ!」

 奇妙な喋り方で先陣を務めるのは、朝方に俺のことを捉えに来た兵士諸君のようだ。ヒルダのことが大好き過ぎる連中だったが、基本的には悪党ではなかったように思える。

 とは言え、スマン。

「黙って、凍ってろ! ハァッ!」

 迫る一団に向かって拳を放ち、同時に凍気を叩き込むことで彼等を足元から凍らせる。左右の拳、ソレに蹴りまで放ち、俺は雑兵に対して無双をするのであった。

 その拳は空を裂き、その蹴りは大地を砕く。
 聖闘士と一般人の能力の違いを、まざまざと見せつけることになった結果である。周囲には死屍累々とした雑兵達が足元を凍りつかされ、または拳や蹴りの余波で吹き飛ばされて転がっているが――それだけである。

 流石に、直接ドルバルに与したわけでもなく、国を思う気持ち、ヒルダを思う気持ちを利用されているだけであろう者達にまで拳を叩きつけるのは、流石に躊躇われる。

 こんな所を見られたら、デスマスクには『甘い事を抜かすな!』とか、言われてしまうのだろうな。

「居たぞ!」
「逃すな! 捕まえろ!!」
「ヒルダ様の居場所を吐かせるんだ!!」

 若干のモノ思いに耽っていると、アスガルド製雑兵軍団の第二陣が到着したようだ。俺は周囲を見渡すと、流石に先程の第一陣の者達が気絶している場所で戦うのは忍びなく感じて、自分から第二陣へと向かっていく。

「もっと、もっと、盛大に目立たなくちゃな」

 手加減をしながら無双をしなければいけないと言うことに、ほんの少しだけの気疲れを感じた、俺ことクライオスであった。
 とは言え、それだからといってやらない訳にも行かない。

「フハハハハ! もっと盛大に掛かってこんかい!!」

 大声を上げて、出来るだけ目立つようにと変な人物を演出する。
 両方の腕を振り上げ、

「せーの……オゥラ!!」

 ドスン!!

 勢い良く地面を叩くと、それに合わせて

 ドドドドドドドドド!!!!

 足元の雪が勢い良く舞い上がって敵方の雑兵集団、第二陣を飲み込んでいった。突発必殺技、人工雪崩だ。

 体の半分ほどを雪に埋もれた雑兵と、その前の凍りついている雑兵とで、辺りは一種異様な庭園のような状態である。もっとも、こんな場所で優雅にお茶をしようとは思えない。

 俺はその場から勢い良くかけ出すと、ワルハラ宮の中へと入るのだった。


 ※


 崖に面した雪道を、俺とジークフリードは無言で只管に歩いている。
 丁度ワルハラ宮に向かって、グルリと迂回するような道順を進んでいるのだ。

「急ぐぞ、ジークフリード」
「解っている」

 俺の言葉に憮然とした態度で返事を返すジークフリードは、幾分に気持ちが落ち込んでいるようだ。自身の御守すべき、最大の主として仰いでいたヒルダ様が、よもや身内の手によって亡き者にされようというのだ。
 その悔しさ、惨めさは俺にも良く解る。

「ジークフリード、もう少し気を確りと持て。俺達がヒルダ様の救出をしなければ、全ては水の泡なのだぞ?」
「解っていると言っているだろう!」
「ならば何なのだ! その締りのない顔は! 貴様、本気でヒルダ様をお救いする気があるのか!」
「当たり前だ! この生命は既にヒルダ様に捧げたモノだ! ヒルダ様を救うに、この方法が一番だということはよく理解している……!」
「だったら、何をお前は」
「……」

 コイツらしくもなく、随分と悩みを抱えた顔をする。
 俺とジークフリードは、殆ど同期といってもいい間柄だ。俺がフレア様の付き人になると同時に、ジークフリードはヒルダ様の付き人に成った。
 最初は主神オーディンの地上代行者であるヒルダ様付きとなったジークフリードに、俺は随分と対抗心を燃やしたものだが……。しかし、ジークフリードにはソレを任されるだけの能力が有ったのも事実なのだ。

 忠誠心に関しては俺も負けはしないと自負しているが、その冷静な頭脳、小宇宙の習得、立ち居振る舞いや強靭な精神力。
 俺は奴の、そういった能力を客観的には評価していたのだ。

 だが、今のコイツはなんだ?
 この男は本当に、俺の知っているジークフリードという男なのか?

 クライオスが神闘士のウルと戦ってから、俺達と合流した後に語った作戦。それは作戦と呼ぶにはありきたりで、そして簡単過ぎる内容であった。

 クライオスがワルハラ宮の正面から敵の注意を引き付け、俺やジークフリードにヒルダの捜索と救出を一任するということだった。神闘士の一人を倒して戻ってきた事も考えると、クライオスの実力は本物だ。
 その本人が言うには、正面切って闘うには戦力差が大きすぎる――というのだ。

 もっとも、それは俺も理解している。
 いくらクライオスがウルを倒したと言っても、一人で他の神闘士と連戦というのは難しいことだろう。

 本来なら俺達がその戦力としての実力を持っていれば良かったのだが、今は無い物ねだりをしていても仕方が無い。クライオスが陽動として動いている間に、俺達がヒルダ様を救い出し、最悪の場合は聖域に亡命をすることになるだろう。

 しかしソレもコレも、全ては俺達の働き如何にかかってくる。
 だというのに……お前は、ジークフリードという男は、一体どうしてしまったというのだ?

 無言で俺の横を歩いているジークフリードに、ただただ不安を感じずにはいられなかった。


 ※


 歩きながらではあるが、ハーゲンの言い分は理解が出来る。
 そして、そんな風に成ってしまう自分の弱さと、馬鹿さ加減が今の俺の状態に関係があった。

 ヒルダ様を救出するにあたってのクライオスの提案……。普通に考えれば、今の俺達の戦力では、コレ以上を見込むのは難しいだろう。つまり俺とハーゲンの二人が、作戦の要であるということは良く解っている。しかし俺は今、ヒルダ様に顔を合わせることを恐れているのだ。

 ひと通りの作戦説明を、クライオスがした後の事だった。

「ジークフリード、話がある」

 クライオスはニンマリとしたような表情を浮かべたまま、俺に声をかけてきた。俺はクライオスに声を掛けられたことで、幾分自身が緊張するのを感じていた。ソレは、自分のことを見透かされているのではないか? といった意識からだ。 クライオスは俺を半ば無理矢理に引っ張ると、フレア様やハーゲンと距離が取れた所で開口一番に、

「ジークフリード。此処から先は、余計なことはするなよな」

 そう、言ってきたのだ。
 俺はその瞬間、背筋が総毛立つのを感じていた。
 クライオスは解っていたのだ。ウル様――いや、裏切り者のウルが言っていた言葉が、正しい内容であったということを。

 そう、俺はヒルダ様の助命を条件にして、他を切り捨てる選択をしていたのだ。ウルの言っていた内容は狂言でも何でもない、偽りのない事実だった。
 俺はクライオスが笑顔でそう言ってきたことに、正直に言おう――恐怖を覚えたのだ。

 俺がどう動くのか? どんな選択をするのか? それら全てを把握されているのではないだろうか? と、そう思えてしまったのだ。
 ヒルダ様のことも、そしてドルバル教主のことも、もしかしたらクライオスにはその全てがお見通しなのではないだろうか?

 今の俺は、情けないことにそういった猜疑心、いや恐怖心といったほうが適当だろうか。クライオスのことを、恐ろしく感じているのだった。

 小さな注意を促すクライオスに対して、俺はしらを切ることなど出来なかった。言葉を詰まらせ、情けなく肩を震わせているだけだった。クライオスはそんな俺の内心を知ってか、

「今回の件に関しては、俺は誰にも言わないし、何も言うつもりもない。だが、お前はヒルダを救いたいのだろう? ぞれなら此処に居るジークフリードと言う人間が、果たしてどちら側に付かなくちゃいけないのか? それは、考えるまでもなく解るよな?」

 優しく、それこそイタズラをした子供に諭すような口調で、クライオスは俺にそう言ってきた。俺はこの時、クライオスという人間に心底に恐怖をした。身震いに近い感覚が、身体を震わせたのだ。
 クライオスの瞳の奥に感じた、底知れない奇妙な色。それはまるで、人成らざる魔物のような輝きだった。

 そもそもクライオスは、仮に俺やハーゲンが離反したとしても、何ら困ることはないのだろう。
 いや、クライオスがヒルダ様の救出を目指している間は違うだろうが、最悪クライオスは、このまま聖域へ帰るという選択肢だって有るはずだ。今回のことは、アスガルドの御家騒動のようなもの。
 そもそも聖域(サンクチュアリ)の人間であるクライオスは、言ってしまえば巻き込まれただけに過ぎないのだ。
 自分のことだけを考えるのならば、クライオスは早々にアスガルドより消えることが、何よりの方法。
 となると……クライオスが聖域に帰らない本当の理由は何だ?
 本当に、ヒルダ様を案じてのことなのだろうか? それとも、、ソレ以外の何かが? 例えば、ヒルダ様をお救いした後に何か――

「……解らん」

 思わず口を付いて出てしまった一言。悩みに悩んでみても、クライオスが単純な善意のみで今回のようなことをしているのか? それとも腹に何か後ろ暗いことを抱えているのか? 判断のつけようがない。

「何が解らないって?」
「む……いや、なんでも――無いわけではない、か」
「何を言ってるんだ、お前は」

 俺がこぼしてしまった一言に反応をしたハーゲンは、怪訝そうな表情を浮かべたままに俺に問いかけてきた。反射的に『何でもない』と答えそうになったが、しかしソレを途中で翻して言葉を言い換える。まぁ、どのみちハーゲンの反応を見るに、眉間に皺を作らせることには成ったようだが。

「いや、クライオスのことでな」
「あの男か」
「あぁ。アイツの目的は何なのか? と、それを考えていた」
「目的? ヒルダ様をお救いすることではないのか?」
「今現在の、一番の目的はそうなんだろうがな」

 言い方が悪かったのだろうか、ハーゲンは不思議そうに首を傾げている。
 どうやら俺とは違い、然程深くは考えていないようだ。ほんの少しだけ、そんなハーゲンが羨ましく思う。

「貴様が何を悩んでいるのかは解らなんが、少なくともアイツは悪人ではないぞ」
「む……悪人ではない、か」
「あぁ。100%の善意だけで動いているかどうかは、俺には判断がつかないが。少なくとも良からぬことを企んでいる――と、言うことはないだろう」
「オマエのその根拠はなんだ?」
「勘だ、俺とフレア様の」
「勘……か」
「まぁもっとも、だからと言ってアイツと仲良く出来るかどうかは別だけどな。……俺はアノ男が嫌いだ」

 フンっと鼻を鳴らしてそっぽを向く様にしたハーゲンに、俺は苦笑を浮かべた。
 恐らくはフレア様が頻りにクライオスを頼ったので、それで対抗心を燃やしているのだろう。

 ふと、苦笑を浮かべながらそんな事を考えた瞬間、俺自身も

「ふむ……」

 と、考えさせられた。

 対抗心……。
 もしかすると、俺がクライオスに何かを感じるのも、その対抗心が原因だったりするのだろうか?
 ヒルダ様を救うことが出来なかった自分に対する苛立と、クライオスを特別に扱おうとする、ヒルダ様の言葉に対する。
 だとすれば、俺は何とも浅ましく、そして見苦しいことをしているのか……。
 そう思うと、俺は何とも居た堪れない気持ちになってくる。

「今度はどうした? ジークフリード」
「いや。……済まない、ハーゲン。俺は、余計なことを悩みすぎだったのかもしれん」
「急に何を言ってるんだ、お前?」
「少しだけ、お前と話をしていて気が晴れたということだ」
「はぁ?」

 自然と口元が緩み、笑みを浮かべる。
 だがハーゲンはポカンとしたような、何とも微妙そうな表情を浮かべていた。そして次第に目を細め、眉を顰めた後に大きく溜め息を吐く。

「――まぁ、お前はそうやって、無駄に自信たっぷりな顔をしている方がそれらしいがな」
「おい……なんだ、その随分と無礼な言い方は」
「あぁ、そうだ。随分と元に戻ってきたじゃないか。お前が自分でも言ったように、余計なことを考え過ぎなんだよ。ヒルダ様を救う為に、俺達は最善をつくす。先ずは、それで良いじゃないか」
「あぁ、確かにそうだな」

 正直、クライオスに対して不安がない訳ではないが、しかし今の状況に於いては奴の言葉を信じるしかあるまい。俺達だけでどうにか出来るほど、ドルバル派は容易くもなければ、また時間もないのだから。

「グフフフ、ヒルダの小娘を救い出すだと? 愚か者共が!!」
「ナッ!?」
「跳べ! ハーゲン!!」

 瞬時に左右へと散る、俺とハーゲン。
 するとその瞬間に、先程迄立っていた場所に巨大な投擲物が通り過ぎて行く。
 あれは――

「ミョルニルハンマー!?」

 通り過ぎた投擲物――ミョルニルハンマーは、背後の岩壁を削り、抉るように飛来した後に戻ってくる。戻ってきたミョルニルハンマーを手に掴んだのは、神闘士の一人――ルングだった。

「貴様らのような小僧共に、どれほどの事が出来るというのだ?」

 大柄な身体で、更にお大きく胸を反らしたルングは、俺やハーゲンを馬鹿にしたような、見下したような視線を向けてくる。

「ルング、様……いや、ルング!」

 視線の先には、巨大な体躯揺らしながら歩いてくる一人の男、神闘士のルングが居る。ほんの少し前ならば、敬意をもって『様』付けで呼んでいたのだろうが、ヒルダ様の生命を奪わんとする企みを知った今となっては、怒り以外の感情は浮かんではこない。それはハーゲンも同様のようで、怒りのこもった瞳で相手を睨みつけていた。

「候補生程度の小童が! 随分な態度ではないか? なぁ、ジークフリード?」
「黙れ! オーディンの地上代行者であるヒルダ様を支え、アスガルドの大地守るべく使命を帯びた神闘士でありながら、その使命を忘れて謀反を企てた大罪人め!」
「ぐふふ、言いよるわ」

 俺やハーゲンを前にしながら、ルングは落ち着いた表情のままに此方を値踏みしてくる。俺やハーゲンは目の前の神闘士に怒りを覚えているが、ルングはだからどうした――と、そう思っているのだ。

 俺やハーゲンの二人程度、候補生でしかない俺たちなど、どうにでもなるだろう……と。

「ワルハラ宮の正面からクライオスが攻め入っている状況で、なぜ此処に貴様が」
「ふん、ロキの奴よ。貴様らの頼みの綱である聖闘士の小僧がワルハラ宮へと来るのなら、貴様らが背後より潜入してくるだろうとな」
「クッ!?」
「忌々しい話だが、ロキの読みは当たっていたな」

 ロキ……ドルバル派の神闘士の中でも、特に実力を有している男。
 俺はあの男の力には憧れたが、その内面は好きにはなれなかった。いずれ、こういう時が来るのでは? と、危惧するだけの荒々しさを持ちながら、此方の動きを読むだけの頭脳を持った人物。

 苦々しそうに俺は歯軋りをするが、今はこの場に居ないロキのことよりも、もっと別の違うことを考えなければならない。

「さぁ、どうする! 諦めてドルバル様の軍門に下るか? それとも、此処でこの俺様に殺されて死ぬか?」

 左右の手に持った投擲武器であるミョルニルハンマー(と言っても、形はブーメラン)を、ルングは軽々しく振り回しながら降伏勧告のような台詞を口にしてくる。

 何とも、馬鹿馬鹿しい台詞か。
 今の俺達に、そのような問がどれ程の意味が有るというのだろうか?

「ハーゲン」
「あぁ」

 隣に居るハーゲンへと声を掛け、互いに頷き合うと、俺達はルングに向かって構えをとった。

「……ほぅ」

 関心したような呟きを漏らすルングだが、そんな余裕のある態度も直ぐに凍りつかせてみせよう。

「俺達は、貴様を倒して先へと進む!」
「アスガルドの事を思えば、当然の選択だ!!」

 既に迷いは吹っ切れた。
 俺は、俺達は、アスガルドの未来の為に、ヒルダ様をお救いすると決めたのだから。

「ルング! ヒルダ様のこと、そして其の妹君であるフレア様の生命をも狙った、ドルバル教主に加担するその所業、決して許さん!!」
「俺達が憧れた神闘士とは、貴様らのような私利私欲に塗れた存在では断じて無い!」
「神闘士といえど人間だ。貴様らの下らぬ幻想に、巻き込まれる謂れはないわ!」

 一投!

 ルングの手にしていたミョルニルハンマーが、その豪腕に依って勢い良く投げ放たれる。
 俺も、ハーゲンも、その一投を大きく跳躍して交わしながら、目の前の敵を打ち倒すべく拳を固めたのだった。





[14901] 第32話 アスガルド編11話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:ad4dd3cc
Date: 2014/06/16 17:49



 ワルハラ宮の中は思いの他に広い。
 正門から入った後は東西に伸びる別館への道と、正面に向かって伸びるただっ広い廊下が続く。ここまでの大きさになると、廊下というよりも回廊だな。
 俺はそんな回廊を、正門を潜った後に急に無くなってしまった敵の攻撃を訝しみながらも、前に前にと進んでいた。

「アスガルドだしな……普通に人手不足か?」

 幾分失礼な物言いかもしれないが、しかし聖域のように人海戦術を取るには限界があるだろう。そう考えると、後はルングやロキを相手取れば良いのだが、ドルバルが出張ってくる前に全てを終わりにしたいものだ。

 聖衣を着込んでいる影響で、歩くたびにコツン、コツンと音が響く。
 静かだ。
 つい先程まで、外で戦闘行動をとっていからかも知れないが、静寂がどうにも耳に痛い。

「静か過ぎないか?」

 俺が捕まっていた時には、もう少し人の営みというか、生活を感じることが出来たのだが、今現在は余りにも大人しすぎる。ワルハラ宮には、侍従などの職に付いている者達がそれなりに居るはずなのに、その反応がまるで感じられない。

 感覚が鈍った? ということも、まさか無いだろう。
 幾らなんでも、普通の人間を見逃してしまうなんてことは有るわけがない。

「……謀られたか」

 眉間に皺を寄せ、口をついた言葉だったが、その瞬間に俺の感覚が小宇宙を感じ取った。これは、ルング?

「確かにあの、無駄に身体と態度のデカイ大男の小宇宙だ。だが、ワルハラ宮じゃないな……外?」

 首を動かし、小宇宙を感じる方角へと視線を向ける。それは壁の向こう側、ワルハラ宮の外側に向かっていた。

「ジークフリード、それにハーゲン。彼奴等」
「――人の心配をしてる場合か?」

 意識をルングの小宇宙へと向けて小さく声を漏らした瞬間、回廊中に響く声が聞こえる。オーディン神像の前までは出てこないかと、高をくくっていたんだが。
 どうやら相手は、そこまで待つつもりはないらしい。

「……ロキ」
「思いの外に速かったな。もう少し時間がかかるかと思ったぞ?」

 この場面で声を掛けて来るような人物を、残念ながら俺はアスガルドでは一人しか知らない。ロキは名前を呼ばれたから――と言うわけではないのだろうが、律儀に柱の陰から姿を現してくる。
 相変わらず、此方を侮ったような嫌な表情だ。

「そうか。ワルハラ宮の中に誰も居ないのは、お前の指示っだったのか」
「これから賊が侵入してこようというのだ、一般の役立たず共が居ては存分に戦えんからな」
「へぇ……」

 ロキの言葉に、俺は薄っすらと笑みを浮かべていた。
 この男の発言は言葉通りの意味で、何も一般人の被害を考えて避難させた訳ではのだろうが、しかしその御蔭とはいえ余計な心配をしないで戦いに集中できると云うのは、俺からしてみれば大助かりでしか無い。

「貴様は正門で我々を引き付け、その隙にジークフリード達を使ってヒルダを救い出そうとでも思ったのだろうが……残念だったな」
「……」

 得意気に言ってくる相手に、俺は何も言わずに無言で対応をする。
 元から、そんなに大した作戦でもないのだ。此れ位のことは、始めから予測済みである。

「ヒルダを救い出そうとする愚かな候補生共はルングが、そして貴様は……此処でこの俺に殺されるのだ」
「……」
「黙って聖域に逃げ帰っておれば、少しは寿命も伸びただろうに。アスガルドの事情に、無駄に首を突っ込んだ結果がコレよ」

 口元を吊り上げながら、得意げに成っているロキ。
 しかし正直な所、あのまま聖域に帰るのは途轍もない悪手である。
 聖域は地上の愛と平和のために、その力で持って対応をする組織だ。一応はその組織に属していることに成っている俺は、仮にこのお家騒動を見過ごした場合、何らかの理由で粛清される可能性もある。
 その可能性を考えれば、安易に聖域に戻る事は出来ないのだ。

「ふむ……」

 自信たっぷりのロキを他所に、俺は周囲に向かって視線を向ける。
 現在の回廊は薄暗く、そのうえ周囲には身を隠すのに充分な物陰(柱)が多数存在している。無いとは思うが、ドルバルが何処かで見ているのではないだろうか? と、少しだけ疑念を感じたのだ。

「クライオス、貴様何をしている?」
「周囲の確認だ。何処かの誰かみたいに、コソコソと隠れて人の戦いを覗き見る奴が居ないように、な」
「チッ……減らず口を」

 ロキは聞こえすぎるくらいの舌打ちを鳴らすと、腕を大きく広げて構えを取る。それに合わせて、俺自身も掌に向かって凍気を集め始めた。





「ハーゲン! ジークフリード! その程度の動きでは、この俺のミョルニルハンマーをくぐり抜けることは出来んぞ!」

 縦横に飛来するミョルニルハンマーを、俺達は近づくでも、遠のくでもなく躱し続けていた。とは言え、ソレは余裕があってのことではない。正確に言えば、近づくに近づけない――という状況なのだ。

「クッ!? 流石は腐っても神闘士! 隙がない!」
「しゃがめ! ハーゲン!」
「ヌァ!?」

 愚痴るように零しているたハーゲンは、慌てたように身を屈める。それに依って背後から迫って来ていたミョルニルハンマーを、間一髪で躱す事に成功した。

 徐々に息が切れてきた俺達とは違い、神闘士であるルングには未だに充分な余裕の色が見える。

「くそ! あの巨体でどうしてアレだけの動きができる! 明らかに可怪しいだろう!?」
「落ち着けハーゲン! 今はもっと、目の前の事に集中をするんだ!」
「集中した上での言葉だ!」

 確かに――と、思わず唸ってしまう一言が返ってくるが、笑いを誘う場面ではないことも確かだ。このままではジリ貧になってしまい、俺やハーゲンは目的を達することも出来ないままに終わってしまう。

「フフフ、歯応えがないぞ! ジークフリード、ハーゲン!」
「ほざけ! 直ぐに地面を舐めさせてやる!!」

 ブンブンと空気を引き裂きながら、ミョルニルハンマーを振り回すルング。ハーゲンはそんなルングに強気の発言を返すものの、既に肩で息をしている状態に成っているため、ルングには子供の強がりと言う程度にしか写っていないかもしれない。

 ……まぁ、かくいう俺も、既に疲れが見え始めているのだが。

 しかしハーゲンの意志は勝利するという一点にのみ向かって居るらしく、一向にその瞳の色に陰りは見えない。当然、それは俺も同じだ。

 ハーゲンは其の萎えることのない闘志のままに、俺へと視線を向けてきた。

「ジークフリード、こうなったら仕方がない。俺が囮になるから、その隙にお前が――」
「何を言うんだハーゲン! 危険だ!」
「仕方がなかろう。癪だが、俺よりもお前のほうが……」

 ハーゲンの言葉に、思わず声を詰まらせる。
 まさか、ハーゲンがそこまでヒルダ様の事を思っていたとは思いもしなかったからだ。自らの身を犠牲にして、俺を……。

「しかし、お前を見捨てていくなど、俺には出来ん」
「は? 見捨てる?」
「む?」

 途端に眉間へと皺を寄せたハーゲンは、怪訝そうに表情を顰めて俺を睨んでくる。どうしたのだろうか? といった思いも有るものの、俺は首を傾げながらその視線を受け止めた。

「おい……誰が見捨てて行けと言った? その隙に攻撃をしろと言っておるのだ!」
「……む? 攻撃?」

 戦闘中にもかかわらず、掴みかからんばかりの勢いで襟首を持ち上げようとするハーゲン。俺は、目をぱちくりと何度かさせた後で、『あぁ、成る程』と、思い直した。
 これはきっと、俺の考えとハーゲンの考えに若干の違いが在ったから起きた出来事だろう。

「大体だな、何が悲しくて、俺がオマエの為に生命を投げ出さなければならんのだ!」
「いや、しかし……話の流れ的にはそういうことかと……」
「生命を投げ出すのなら! フレア様の為に投げ出すわ!」
「お、オマエ、結構正直な奴だったのだな」
「フ、フン! い、今はそんな事はどうでも良かろう!」

 急に『しまった』といった表情になったハーゲンは、視線をプイッと他所へと向ける。恥ずかしかったようだな、どうやら。
 なんとなく、ホンワカといった雰囲気に成ってしまうが

「貴様ら、今がどういう状況なのか……本当に解っているのか?」
「あ――」
「う……」

 呆れたように言うルングの一言に、俺達の意識は現実へと戻された。

「少しばかり、悪巫山戯が過ぎたか」
「ハーゲン……任せて良いのだな?」
「あぁ、信じろ」

 前方を睨みつけながら確りと返事をするハーゲンに全てを任せ、俺はただ其の時を待つべく準備を始める。しかし俺達の作戦など、初めからルングに筒抜けの状態である。

 ルングはギリッと、歯軋りをすると、腕を大きく振りかぶった。

「このルング様のミョルニルハンマーを、例え命がけに成ったところ止められるものではないぞ!」
「止められるか否か……演ってみなければ解るものか!!」

 ハーゲンの言葉に触発されたのか、ルングの視線は唯の一点、ハーゲンだけを注視する。どうやら、神闘士としてのプライドもあって誘いに乗ることにしたようだ。

「ならば粉々になって吹き飛んでしまえ! ミョルニルハンマー!」
「おぉーーーー!!」

 勢い良く放たれた其の一撃は、正しく音速を超えた必殺の一撃。
 高速で回転しながら飛来する其の一撃に対して、ハーゲンは両の腕を突き出して正面からぶつかって行った。

「ぐ、がああああああああ!」

 最早、投擲物ではなく光る光弾のようにさえ見える攻撃を、ハーゲンは身を削り、生命を掛けて押さえつけようとする。
 ミョルニルハンマーの威力に押され、ハーゲンの身体勢い良く後退していった。
 だが

「フフフフ――なっ!? なに!?」

 ルングの驚嘆する声が響く。

「……う、くぅ」
「ミョルニルハンマーを止めた? ……ハッ!?」

 そう、ハーゲンは止めたのだ。
 血を流し、身体を擦り減らしながらも隙を作ったのだ。
 ならば次は、俺の出番だ。

「貰ったぞ! ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!!」
「し、しまった!?」

 隙を突いて放たれた必殺の拳。
 神闘士に放つには稚拙な一撃なのかもしれないが、だが今この時は外さない。

「うぉおおおおおおおおお!?」

 打ち付ける。ただ只管に打ち付けた。

 ルングの身体が徐々に氷付き、その表面を覆い尽くして氷の彫像が出来上がった頃、俺は漸く拳を収める。

「やった……」

 肩で息をしながらルングを睨むが、途端にハッとしてハーゲンへと駆け寄った。

「ハーゲン! 無事か!」

 雪の上でへたり込んでいるハーゲンに、俺は慌てて近づく。
 近くで見ると腕全体に細かな裂傷が見え、とても軽い怪我とはいえないレベルだった。

「ジークフリード……」
「ハーゲン、オマエは此処で暫く――」
「――ハッ!? 後ろだ! ジークフリード!!」
「なに!?」

 ハーゲンの声に驚き後ろを振り向いた俺の眼前に、迫る一つの物体――ミョルニルハンマーがあった。

「ぐぁあああああああああ!!」

 ミョルニルハンマーは俺の身体を抉り、引き裂いてその持ち主の元へと戻っていく。ミョルニルハンマーに弾き飛ばされ、雪の上を転がっていった俺は、そのダメージの深さに顔を歪めた。

 悠々と歩いてくる神闘士ルング。歩くたびにバキ、バキ……と、身体を覆っていた氷が砕け散る音が聞こえる。

「ぐ、ぐぅ、馬鹿な、何故?」
「貴様如きの拳が、神闘士であるこの俺に通用するものか。……とは言え、さっきの一撃は随分と肝が冷えたがな」

ヨロヨロと立ち上がる俺とは対照的に、ルングは口元に笑みを浮かべていた。足が重い、身体に力が入らない……。

 睨むことしか出来ないでいる、俺に対し、手を伸ばして

「ナッ!? が、ぁあああ!」

 ルングはその巨大な手で俺の頭を掴み上げると、万力のように力を込めて締め付けてきたのだった。

「冥土の土産に教えてやろう、俺やロキ、ウルが何故神闘士と呼ばれるのか。それはこの身に付けている防具――神衣の御蔭なのではない。全ては体内に存在する小宇宙のためよ」
「小宇宙……?」
「そうだ。俺達の闘法の基本は、如何に小宇宙を燃やすか? その一点に集約される。貴様らとて其の片鱗を扱うには至っていようが、こと小宇宙を使った戦いとなれば、神闘士である俺のほうが遥かに上よ。……つまり、貴様らに勝機など、万に一つも有り得んのだ。フハハハハハハ!!!」

 小宇宙。
 体内に存在する、第六感。それは俺にも解っている。ヒルダ様のために小宇宙をも燃やす俺が、私利私欲のために闘う奴に負けると言うのか?

「ジークフリートを離せ! ――ユニバース・フリージング!」
「ふははは、心地良い涼風だな!」

 ルングに捕らえられている俺を救出しようというのか、ハーゲンは自身の凍結拳をルングへと浴びせている。……浴びせているが、

「良いのか? 俺が捕まえているジークフリードは生身なのだぞ?」
「な、貴様!?」

 ルングの指摘通り、俺は生身でその凍気に晒されていた。
 ハーゲンは慌てたように驚きの声を上げるが、果たしてちゃんと理解をしたのだろうか?

「クッ! ならば直接!」
「はははは! そんなズタズタな拳で、俺の身体に傷を付けられると思っているのか!」

 技を放つ事が俺を苦しめる要因に繋がると考えたのか、ハーゲンは直接の拳打をルングに叩きつける。とは言え、この身長差だ。ハーゲンの拳はルングの足にしか届かず、そのうえ打てば打つ程にハーゲンの拳から血が飛び散っていく。

「ハ、ハーゲン!?」
「待っていろ、ジークフリート! 今直ぐに助けてやる!」

 尚も執拗に拳打を放つハーゲン。
 だが打てども打てども、その攻撃がルングに効いているようには見えなかった。

「今すぐに助ける――ならば望みどおりに、ジークフリードを離してやろう!」
「ガッ!?」

 ルングはそう声を上げるとハーゲンを蹴り飛ばし、そのハーゲンに向かって俺を投げ飛ばした。

「グァ!」
「ガァ!」

 互いにぶつかった俺達は、勢い良く雪の上を転げ回る。
 タップリと10mは転がっただろうか?

「すまない。ハーゲン」
「謝る暇があるのなら、奴を倒す方法でも考えろ!」
「しかし……」
「悩むなジークフリード! ……ウグぅ!?」

 突然に苦しむように呻きだすハーゲン。見ればその両腕は酷いぐらいに血塗れになっていた。

「ハーゲン、お前、腕が!?」
「ちょっとばかり、無茶をし過ぎたかもな」
「ハーゲン……!」

 ハーゲンはこうなる迄に身を削り、戦おうとしてるというのに……俺は一体、何をしているのだ? 結局のところ、一番物事を正しく理解して居なかったのも、覚悟が足りなかったのも、俺だったんじゃないのか?

 ハーゲンの怪我は深い。
 俺自身、ミョルニルハンマーを受けた傷があるが、それでも今のハーゲンよりはずっとマシだ。

「――任せろ、ハーゲン。俺が、例え刺し違えてでもルングを倒してみせる」
「策を思いついたのか?」
「いや。だが言っただろう? 刺し違えてでも倒してみせると」

 グッと力強く拳を握る。
 俺は乱れる呼吸を整え、自身の足に力を込めた。

「ほう、まだ立ちあがるか? 潔く負けを認めれば良いものを。貴様らさえその気なら、俺からドルバル様に取り立てても良いのだぞ? もっとも、その場合はフレアの生命と引き換えだがな」
「ドルバルのような大罪人と取引をするなど、これから先も含めて決して在り得ない」
「ほぅ」
「俺は今、必ず、お前を倒して先に進ませてもらう!」
「出来るのか? そのボロボロの身体で?」

 相変わらず上からの物言いを続けるルングだが、俺は既に腹を括ったのだ。その程度のことでは、最早揺らいだりはしない。

「俺のような人間を信じて、ハーゲンは自らの身体が傷つこうとも囮を買って出てくれた。クライオスは俺達を信じて、こうしている間にも敵地の只中で闘っている。それに、俺は決めていたのだ。これから先、己の生涯の全てをヒルダ様へ仕えすると! ならば此処で立ち上がらなければ、戦わなければ男じゃない!」
「何を言うかと思えば、ヒルダの小娘に仕える? バカも休み休み言え! あの小娘の生命など、もう既に無いようなものではないか。クライオスとかいう聖域の小僧もロキが始末を付け、そして貴様らも今此処で死ぬのだぞ!」
「勝つために小宇宙が必要だというのなら、俺は高めてみせる! 貴様を超えるほどに!」
「これ程に言っても解らぬか、良かろう! ならば今度は、貴様の身体を八つ裂きに引き裂いてくれる!」

 ルングを睨み、ルングは俺を睨み返してくる。
 小宇宙が必要だというのなら、今のこの時に神闘士のくらいにまで自分の力を高めるだけのことだ。

「擦り潰せ! ミョルニルハンマー!」
「竜の息吹よ! 全て蹴散らせ! ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!!」

 両の腕から放たれた一撃が、ルングの放つミョルニルハンマーを正面から迎え撃つ。その攻防は一瞬のことだった。

「ぐ!? ……」

 ルングから放たれたミョルニルハンマーは、その勢いのままに俺の身体の後ろへと飛んで行く。

 痛みが身体を駆け抜ける。
 最初の一撃とは別に、新しい傷から血が吹き上がった。

 足元がふらつき、思わず膝を着いてしまう。
 だが

「フ、フフフ……ッグ、グォ、グォアアアアアアアア!!!」

 手応えはあった。
 笑みから一転、ルングが悲鳴のような叫びを上げると、その身体を覆っていた神闘衣(ゴッドローブ)が砕けていった。

「ば、馬鹿な、俺が、このルング様が、候補生ごときに敗れる、だとぉおおおおお……!? ―――ガハェア…!!」

 前のめりに力なく倒れこんでいくルングを眺めながら、俺はしばしジッと様子を窺った。無いとは思うが、急に立ち上がったりするのではないか? とも考えたからだ。だが、ルングは色の失った瞳で倒れるだけで、ピクリとも動こうとはしない。

 どうやら今度こそ、本当に打ち倒したようだ。

「一時的にとはいえ、俺の小宇宙は貴様と同等にまで高まった。だが、お前の敗因はその脚にこそ有る。お前が侮ったハーゲンの拳は、貴様の足を凍りつかせ、その動きを奪っていたのだ」

 既に躯と成っているルングに、手向けとしてそれだけを告げた俺は、悲鳴を上げる身体に鞭を打ってハーゲンの元へと移動をする。

「ハーゲン、無事か?」
「無事な訳がなかろうが。だが……やったな、ジークフリード」
「あぁ」
「だが、まさか本当に神闘士を倒してしまうとわな」
「俺自身、驚いているが……。小宇宙とは何なのか? それがほんの少しだけ解ったような気がする」

 手を握りしめて、内側から強く燃え上がった小宇宙の感覚を思い出す。
 今までに感じたことのない力の唸りを、自身の奥深くから感じることが出来た。

「……ジークフリート、急いでヒルダ様の救出に迎え。俺はまだ、暫く動けそうにない」
「ハーゲン、お前」
「後から俺も直ぐに追いつく。急げ、ジークフリート。今のお前ならば、衛兵たちとて物の数ではないだろう」

 ハーゲンの言うとおり、今の俺ならば例え鍛えた衛兵たちが束になって掛かって来たとしても何ら問題では無いだろう。
 しかし、ハーゲンをこの場に置いていくのか?

 俺はハーゲンの身体を心配して様子を窺うが、直ぐにソレは必要のないことだと悟る。

「解った。だが、お前が追いつく頃には、ヒルダ様の救出も何もかも、終わっているかもしれんぞ?」
「吐かせ。ならばそうなるように動いてみせろ」

 俺はハーゲンに小さく笑みを浮かべた後で、その場から一気に駆け出していった。目指す場所はただひとつ、オーディン神像の元……ヒルダ様の救出だ。




[14901] 第33話 アスガルド編12話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:6e6e9e42
Date: 2015/01/14 09:03



 ワルハラ宮の回廊内を、目まぐるしく駆けまわる俺とロキの二人。
 互いに並みの人間には見ることの出来ない高速戦闘を繰り広げている訳だが、その内容は互角――とは言い難い状況になっていた。

「何度同じことを言わせるつもりだ? 貴様の拳など、俺は既に見切っていると言っているのだぞ?」

 調子に乗ったようなロキの言葉に、解っていたこととはいえ歯軋りをしてしまう。
 だがそれでもバカの一つ覚えのように

「ダイヤモンド・ダスト!!」

 と、凍結拳を打ち続けるのだから、俺も相当だろう。
 まぁ、意地に成ってしまっている部分もある。
 放つ凍気を避けられ、同時放っている拳も相手には届かない。

 要は、ちょっとした劣勢を強いられている訳だ。
 そんなか、何度目かの『ダイヤモンド・ダスト』を外された隙をついて、ロキが動きを見せる。

「同じことを何度も、しつこい小僧めが!! 受けてみよ! 襲撃群狼拳!」

 技の打ち終わりを狙ったロキの動きに、俺は数打ちのような拳を数発打ち込む。しかし、それで相手を止めるには威力が弱すぎたらしい。

「ぐ、ぬぅ!」

 ロキの胴体部分を拳が叩くが、そんな事はお構い無しにロキの腕は俺の首元へと伸ばされてくる。俺はソレを大きく跳躍することで回避するが、ロキは今のやりとりで口元に笑みを浮かべていた。

「既に見切った拳だ。打点を逸らしさえすれば、例え正面から受けたとしても然程の傷にもならんわ」

 口元を伝う血を拭い、ロキは自慢気に言ってきた。
 ……なんだって、此処(アスガルド)の闘士連中は、こんなにも自信が過剰にテンコ盛りなのだろうか?
 有り得ないことではあるが、一度文化交流とか題して、聖域の黄金聖闘士に揉まれた方が良いんじゃないか?

 思わず呆れたような雰囲気に成り、一瞬気を抜いてしまう。
 ロキはそんな俺の気の抜け具合を感じ取ったのか、勢い込んで襲いかかってきた。

「襲撃群狼拳!」

 颯爽と襲いかかる狼の如く――というと、まるで狼牙風◯拳のようだが、ロキから放たれる拳打が俺の身体を蹂躙していく。
 高速で放たれるその一打一打によって俺の身体は宙を浮き、遥か高く地面から浮き上がっていった。

「そしてェ!! ――オーディン・テンペスト!」

 最初の連打だけで終わらせるつもりなど無かったのだろう、中へと浮いている俺に追撃を掛けるロキ。同じように跳び上がってくると、空中で死に体を晒していた、俺の胴体へと勢い良くハンマースローを叩きつけてくる。

「ぐぁあ!」

 思いの外に思いダメージに驚き、口から情けない声を漏らしてしまう。
 重力にプラスして勢い良く床へと叩きつけられた俺の身体は、大きなクレーターを石畳に刻んで深々と沈んでいった。

「聖域の聖闘士といえど、この程度か」

 ロキは吐き捨てるように言うと、まるで虫ケラでも見るような視線を向けてくる。……因みに言っておくが、俺は本気で戦っているが全力ではない。ロキの動きと、そして能力の多価、そして遠くで感じるジークフリートやハーゲンの小宇宙のゆらぎを確認しながらの戦闘行動。

 ……考えながら闘うというのは、思ったよりも簡単じゃないな。

 俺は瓦礫に埋まった身体を持ち上げると、ソレ合わせてガラガラといった音が響く。

「チッ、まだ生きていたか」

 ロキは解りやすいくらいに表情を顰め、舌打ちをしてきた。それは本当に、まるで俺のことなど無視か何かとでも思っているような、そんな侮蔑の篭った視線である。

 俺はユックリと深呼吸をすると、目を細めて冷たい視線をロキへと向ける。

「仲間である神闘士を見殺しにしておきながら、よくもまぁ。それだけ偉そうなことが言えるな? お前は」
「見殺し? ふん、実力的に劣る奴の生命を、この俺が有効的に使ってやったに過ぎん。奴自身も今頃はヴァルハラで、自分の死に様を誇らしく感じているだろうよ」

 生きている人間が、死んだ人間の事を勝手にあれこれと――。本当に、何とも嫌なタイプの人間である。

「……まったく、無駄に頭が回って力がある奴ってのは、本当に」
「思えば、雪山の時に貴様に付けられた傷……アノ傷の礼がまだだったな?」

 呆れたように言った俺の言葉を、ロキは負け惜しみの一つとでも受け取ったのだろうか? ニヤリと口元を吊り上げて踏み込んできた。

「そらそら! 攻めてきてみろ! 聖闘士の小僧!」
「調子に乗って!」

 迫る攻撃を避けつつ、俺自身も少しづつ、目の前の相手に対する怒りが湧いてくるのを感じていた。
 音速を超える拳を小さな動作で躱しつつ、視線の先に在るロキの顔が少しづつ愉悦に染まる様子に苛立っているのだ。

 ……別に、ウルが不憫だ――等と思っているわけではない。
 友好関係を築いていたらどう思っていたかは解らないが、少なくともアイツはロキと同様に敵だったのだ。
 だから、ウルが可愛そうだとか、哀れに思う気持ちは更々無い。

 ただ、何と言うのだろうか?
 ロキの、この『してやったり』といったふうな態度や表情。
 それが俺の心に、ゲシゲシと無遠慮に蹴りを入れてくるのだ。

「吠えるだけでは、痛くも痒くもないぞ! 喰らえ、襲撃群狼――」

 何度目かの拳を避けた所で、ロキは大きく腕を振りかぶると腰を落として構えを取る。また先程と同様に、襲撃群狼拳→オーディンテンペスト……と、技を繋げるつもりなのだろう。

 だが、それを態々放っておくほど、流石に俺も優しくはない。

「なぁ、お前はさ――」

 言いながら、前へと一歩を踏み出して、ロキの拳を躱していく。
 一つ、二つ、三つ――と、実際は数えるのが馬鹿らしいほどの高速拳なのだが、其処はそれ。一般人から半歩程、人外の領域に踏み込んだ俺である。

 既にロキの戦闘力の把握も、ある程度は終了しているのだ。

「――本気で、世界をどうにかなんて、出来ると思ってるのか?」
「なっ!? くっ!」

 ロキの拳を掻い潜りながら、肉薄するほどに接近を果たすと、ロキはその表情を硬化させて驚きの色を浮かべる。
 首を傾げながらの問いかけに、ロキは返答もせずに跳躍をして後退をした。

「まぐれだ……」

 距離をとったロキは、自身に言い聞かせるように小さく言葉を漏らす。その呟きは当然俺の耳にも届き、思わず溜め息を吐いてしまった。

「お前達はさ、確かに小宇宙に目覚めた神闘士なんだろうな。だが、聖域には同じように小宇宙に目覚めた聖闘士が全部で88居て、それぞれが階級分けされてる。下は青銅で、そこから白銀、黄金って具合にな。俺はその中でも中級の、白銀でしか無いんだぞ?」
「何を言っている?」
「……だから、俺ごときに梃子摺っているようで、その上の黄金聖闘士に勝てるつもりなのか? ――と、聞いてるんだけど?」

 指を立てて説明口調で続けるのだが、それをされるロキの精神状態は如何程のものだろうか? ピクピクと、瞼を痙攣させるように苛立つロキ。
 とは言え、先程俺が口にした言葉には何ら偽りはない、聖闘士の最高峰である黄金聖闘士に比べれば、今の俺など塵芥と何ら変わらない様な存在だろう。
 もっとも、88人の聖闘士が居ると言うのは大法螺だけどな。話によると、神話の時代から全ての聖闘士が揃ったことはないらしいから。

「俺の説明に納得がいかないなら、今度は質問を変えるぞ? さっきの動きが、限界一杯の速度なのか?」
「なに?」
「さっきの動きが限界いっぱいの速度だって言うんなら、時間が勿体無い。さっさと終わらせて、先を急がせてもらうぞ?」

 挑発も兼ねての言葉だが、急ぐ云々と言うのは俺の本心の部分も関係している。ウルの奴の言葉から、ヒルダはあと反日は大丈夫だろう――と予測を立てたのだが、しかしその事自体には何ら確証など無いのだ。もしかしたら、ヒルダの体力的な問題で、反日も立たずに死んでしまうかもしれない。
 もしかしたら、こうしている間にも気変わりを起こしたドルバルによって、息の根を止められてしまうかもしれないのだから。

「ぐ、くぅう! 舐めるな! 偶々俺の拳を避けた程度で調子づきおって! 言ったはずだぞ! 貴様の拳は既に見切ったのだと!」
「……そうかよ」

 小さく呟くように、俺はロキの言葉に合わせて言う。
 丁度、その言葉を境にして、俺は気持ちの切り替えを行ったのだ。

 呟いた次の瞬間に、俺は離れていた距離を一気に詰め寄っていく。
 ロキは俺の動きに驚き、反応を返そうとするが

「な、なに……!? ぐ、離せ!」

 身体が動き出した時には、既にその両手首を俺が確りと掴みとっていた。

「何処までの事を見越して、今回の行動に出たのかは知らないけどな……諦めたほうが良いんじゃないか? 詰まらない野心なんて捨てて、潔く元の鞘に収まった方がいい」
「黙れ! 今更、そんな情けない真似が出来るか!」

 腕を押さえつける俺に対して、無理矢理に振りほどこうとするロキだが、俺はその動きに合わせて立ち位置や姿勢を変化させてその動きを制限する。

 まぁ、体重が軽い分、ブンブンと振り回されたように成ってしまっているのだが、一向に離れない俺にロキは苛立を増していった。……ここまで来ると、まるで俺が嫌がらせをしているかのような感覚になってくるな。

「サッサと離せ、小僧!!」
「はいよ」
「――ッ!?」

 ロキが再び力を込めようとした瞬間に、俺は掴んでいた腕をパッと離す。すると、抵抗が一気になくなったことが原因なのだろうが、ロキは振るった腕に振り回されて姿勢が崩れてしまう。

 それに合わせて

 ドンッ!!

 床石を踏み砕くように一歩進み、その反動をそのまま突進力に変えて拳を叩き込んだ。

 ゴボンッ!!!

「ヌ、グゥ!?」

 その一撃で、足が宙に浮くロキ。
 そこから間髪を入れずに拳の連打を叩きつける。

「フンッ!!」

 数十に及ぶ拳をロキの身体に見舞ったのだが、しかし――

「――く、ふふふはははは! 軽い! この程度の攻撃で!」

 僅かに蹈鞴を踏み、口の端から血を流すも、その表情には余裕の色が見て取れる。流石に倒せるとは思わなかったが、思っていた以上に頑丈な造りなようだ。

 だが――

「思ったよりも頑丈なんだな、アンタ。 結構本気で打ったんだぞ?」
「見切ったと何度言えば――」
「で、見えたのか?」
「なに?」
「俺の攻撃が、ちゃんと見えてたのかよ?」
「フンッ! あの程度の攻撃、見えずとも虫が纏わり付いたのと変わらん!!」

 尚も此方を馬鹿にしてくるロキだが、虫が纏わり付くと変わらない――って。それで口から血を流してるんだから、それじゃ神闘士って脆すぎるだろ。……もっとしっかりと、考えて喋くれよ。

 そもそも

「見えないって時点で、もう詰んでるじゃないか」

 軽口を叩きつつ、俺は口の周りをペロリと舐める。
 そして開いた距離を埋めるべく、足に力を込めて急接近をした。

「舐めるなぁ!」

 ソレを迎え撃とうとするロキは、上から振り下ろしの拳を放つ。とは言え、俺にはそれは『見えて』いる。

 懐に入りながら拳を避けると、そのまま腹に一撃――

 ドンッ!

 更に腰の回転を使って左右の連打――

 ドンッ! ドンッ!!

 そのまま回転数を上げて連続の突きを打ち込んでいく。
 耐久力は兎も角として、ロキは此方の速度について来られない。
 良いように叩かせてくれる、まるでサンドバッグだ。

「だから、軽いと言って――」
「そこ」

 此方の攻撃対応するべくロキが動き出した瞬間、俺は軽く跳躍をして顎先に向かって回し蹴りを放つ。

「ガッ!?」

 衝撃で仰け反るロキ。
 だが、今度はそれだけで済ませることはせず、更に追撃を掛けるべく駆け出した。

「舐めるなぁ!!」

 ロキは俺が駈け出したのを見えずとも感じ取ったのか、地面を叩くようにアッパーを放って床を抉り飛ばした。

 礫と成って飛来する床石。
 俺はそれを避けながら移動をするも、若干のタイムラグが生じてしまう。

「チッ――」

 思わず漏れた舌打ち。しかし次の瞬間、視界内に捉えていたはずのロキを見失ってしまう。俺は視線をスライドさせながら、消えたロキを探すが――

「ここだぁ!!」

 丁度、視線を反らした反対側から衝撃が走る。
 ミシミシ――!! といった嫌な音を鳴らしながら、俺の身体は宙を舞い、酷い速度でワルハラ宮の壁へと直撃した。

「馬鹿正直に突っ込んでくるしか能がないのか? そんな程度の戦術で、よくもまぁ偉そうな事を言ってくれたものだな?」

 ロキの動きは戦術――と呼べるほど大した事ではなかったと思うが、しかし成る程。俺よりもしたたかな考え方をしているのは確かなようである。

「――っ痛ぅ」

 瓦礫の中から起き上がった俺は、自身の脇腹から走った痛みに表情を崩す。意識してみれば、聖衣に罅が入っていた。恐らく、無防備に攻撃を受けたからなのだろう。

「流石に、ゲスゲスよりは強いか……」

 初めて戦った怪異との戦闘を思い出し、小さく零すように口にする。ダメージ的には大した事はないだろう。この程度の怪我は、聖域に居た頃は日常茶飯事だ。

「未だ立ち上がってくるのは褒めてやるが、次の一撃で終いだ。確実に息の根を止めてやる」
「……」

 息巻くロキを視界に捉えながら、俺は少しばかり冷静さを取り戻していった。アスガルドに来て……いや、正確には聖域に居る頃から、俺は自分と、黄金聖闘士以外の人間を侮っていたんじゃないか?
 今現在、アスガルドを牛耳ろうとしているドルバルを、並の聖闘士以上の存在だと捉えつつ、それでも黄金聖闘士より下だと楽観的に考え、ドルバル側に付いている神闘士達を星矢ら青銅に負けた連中――と、自分よりも遥かに格下だと馬鹿にして居たんじゃないのか?

「……いや、格下なのは事実か」

 ロキやウルの実力を思い出すと、俺は先ほどの自分の考えをアッサリと否定した。ドルバルはどうかは知らないが、少なくとも目の前の相手が黄金聖闘士に匹敵する事はない。

 が、だからと言って巫山戯ていられる状況でもない――か。

「済まなかった、ロキ」
「なんだ? まさか、今更に命乞いか?」
「それこそ『まさか』……だ。そんな事を、する訳が無い」

 首を左右に振り、相手を見据えるようにジッと視線を向ける。

「どうにも俺は、闘う――ってことに真摯に成り切れてないみたいだ。だからこんな風に、受けなくても良いダメージを受けてしまう」
「受けなくても良い……だと?」
「あぁ」

 いい加減に確りとしなくてはいけない。こんな、悪癖みたいなものは、さっさと治してしまうべきなのだ。
 ロキの言葉にハッキリと口にした後で、俺は――

「その証拠を、今直ぐに見せる」

 今の自分自身に出来ること、つまりは、小宇宙を最大にまで高めてみせた。

 身体から、オーラのように立ち昇る小宇宙。
 黄金聖闘士のソレと比べれば弱々しいのかもしれないが、かと言って早々に負けるようなチッポケな小宇宙ではない。

「な!? なん……だと。この小宇宙は!?」
「今からが正真正銘、本当の本気だ。覚悟は良いか?」

 拳から貫手へと変え、ユラリと腕を動かして構えを取る。
 意識を切り替え、油断をなくし、慢心を捨てる。自分の中で、何か……そう、目に映るモノの価値がこの瞬間に変化していくのを感じた。

「覚悟……覚悟だと? この俺に、よくもそんな――舐めるな……舐めるなよ!! 俺はロキだ! 神闘士のロキだ!! 貴様、小僧が……聖域の聖闘士如きに、侮られたままで居られるか!!」
「上等だ。なら、掛かって来い」

 ギリッと歯軋りを鳴らし、怒りを込めた瞳を向けて睨んでくるロキ。しかし今の俺には、その動きも一連の中の動作の一つとしてしか映らなくなっていた。

「はぁああああああっ!!」

 腰を落とし、全身に力を込め、地震の内側から小宇宙を捻り出そうとするロキ。力強い攻撃的な小宇宙が全身を覆い、それが徐々に此方側へと向けられてくる。

「襲撃群狼拳ッ!!」
「――ディバイン・ストライクッ!!」

 敢えて、遅出しに放った『ディバイン・ストライク』は、ロキの放つ襲撃群狼拳の衝撃を打ち消し、弾き、貫いて突き進んでいく。

「な、が、ぐああああああああああああ!」

 全身に拳撃を打ち込まれたロキ。
 衝撃により奇妙な踊りを踊ろうように全身を震わせながら吹き飛ぶと、ロキはワルハラ宮の壁へと吸い込まれるように吹き飛んでいく。

 ――ガゴォオオオン!!!

 ロキの身に纏う神闘衣を粉砕し、当のロキは壁に大穴が空くほどに強かに打ち付けられる。

「ガ、ハァッ!?」

 ガラガラと音を立てる瓦礫と共に、ロキは崩れるように倒れこみ、そのまま膝を付いた。

「――ば、馬鹿な。な、何だ、何なのだッ、この力は、その技は!?」
「ディバイン・ストライク。コレが、俺の本当の技だ」
「なん、だと?」
「いつ、俺が凍結拳を得意としている――なんて言ったんだ?」

 目を細め、眉間に皺を寄せながら、俺はロキに例の事実を伝える。

「アレはなぁ、元々、食材保存用に憶えた技なんだ」
「しょ、食材……だと!?」
「強くなって戦闘に使えるようになっただけで、元々は俺の本分じゃ無いんだ。そういう意味では、ウルの奴には可哀想なことをしたかな?」

 俺が向ける憐れむような視線の先で、愕然といった表情を浮かべるロキ。いっそ哀れに感じなくもないが、今のダイヤモンドダストは、技として使える程度の威力を有している。其のため完全に食料保存用と言うわけではないのだが――まぁ、其処まで説明をする必要は無いだろう。

「巫山戯る……な。俺は、俺はロキ……ロキだ……」
「まだ立ってくるのか?」

 プルプルと震える脚に力を込め、怒りの形相をより深くしながらロキは立ち上がってくる。このガッツは、果たして何処から来るのだろうか? 俺のような子供に負けられないという虚栄心か? それとも単純に怒りの感情か? はたまた自身の夢見た支配欲からだろうか?

「襲撃……群狼――」

 腕を持ち上げ、既に風前の灯とも言える小宇宙を技へと注ごうとするロキ。だが、もう

「もう、諦めろ」

 ソレをするだけの力は、残されては居なかった。
 無言で放ったディバイン・ストライクに全身を打ち付けられたロキは、神闘衣を粉々に砕かれ空高く宙を舞う。
 ロキはその一撃でこと切れたようで、頭から真っ直ぐに落下をしたのだった。

 床に放射状の罅を入れて沈んでいるロキを軽く一瞥した俺は、

「ふぅ……ここまでは順調だが、完璧に計画失敗だな」

 と、この先に待ち受けているであろうドルバルを思って溜め息を吐くのであった。





[14901] 第34話 アスガルド編13話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:6e6e9e42
Date: 2015/01/14 09:01


 可怪しい。

 と、俺は謁見の間を前にしながら、そう考えていた。
 ロキの手が回っていたため、ワルハラ宮の中では雑兵すら配置されていないザル警備であったのだが、コレは明らかに可怪しすぎる。

「この先、小宇宙を感じない。……待ち構えてないのか?」

 大方、完全武装のドルバルが居るのかと思いきや、不思議とそんな感覚は全くしない。念の為……と考えて、扉に手を当ててソっと意識を集中してみるが、

「……やっぱり、ドルバルは居ない、か」

 先ほど思っていた通りに、やはりそれらしい人物は居ないようだ。
 とは言え、ドルバルが姿を消した――と言う訳ではないらしい。眉間に皺を寄せながら、更に広い範囲を調べるように感覚の手を広げていく。

 そうすることで、ドルバル自体の反応を確認することは出来るのだ。
 まぁもっとも、その反応は謁見の間よりも更に奥。当初の最終目的地に設定していた、

「オーディン神像の眼の前、か」

 狭苦しい謁見の間よりも、広々とした場所で待ち構えることを選択したのか? それとも、端からロキ達神闘士を信頼しきっては居なかったのか? はたまた隙を突いての、ヒルダ救出を警戒でもされたのか……

「まぁ、全部かな?」

 可能性の話をするのであれば、上記の3つはドレもが当て嵌まるだろう。
 しかしそうなると、作戦の成功確率は極端に低下したと見なければならない。
 何せ、現在のアスガルドにおける最大戦力と、少なからず拳を合わせなければならないからだ。

 果たして、俺に、ドルバルと闘う事が出来るのだろうか?
 悩むように口元に手をやりながら、思わず漏れる溜息。眉間には皺が寄ってしまい、それだけでこれから先の事が不安で一杯に成ってしまう。

 とは言え、前向きに考えれば広い場所でドルバルと相対出来るのは、自由に動き回る事が出来るといったメリットが有る。
 時間を稼ぎつつ、ジークフリード達の到着を待ってヒルダの救出を行う。要は、囮役を俺がヤレば良いのだ。
 ……まぁ、出来ればヤリたくはない役だが、ヤラない訳にもいくまい。

 落ち込みそうに成る気分を無理矢理に押さえ込み、眼の前の扉に手を掛ける。
 ドルバルはオーディン神像の場所に居るため、一枚隔てた隣の部屋には人の気配も何も――

「……あれ? 人は、居る?」

 部屋の奥……と言っても、壁に寄り添うような形でだが、中に誰かが居ることだけは解った。しかし、それは恐らくドルバルではないだろう。小宇宙を感じないし、一般人か?
 不思議に思い首を傾げるが、こんな状況下で、こんな場所に、何故人が居るのだろうか?

 ギィっと音を鳴らし、ユックリと扉を開けた俺は、中を覗き込むように顔半分だけを部屋の中へと向ける。

「居な――居た」

 グルっと視線を彷徨わせた後で、謁見の間の奥、壁に掛かっているビロードに隠れるように、一人の人物が居る。
 見つけた後でも、こんな所に、何故? と、思わずにはいられない。
 俺は周囲を警戒しつつ、ゆっくりと中へと入ることにした。

「其処の人、隠れてないで出てきて下さい」

 色々な疑問が尽きないが、たとえ今のような状況下でも、誰かれ構わずに攻撃的になる必要はないだろう。
 俺の声に反応してか、隠れるようにしていた人影が姿を表した。

「だ、誰ですか?」

 怯えるように声を震わせて現れたのは、一人の女性――その格好から見るに、恐らくは侍従だとでも言うのだろうか? 俺やヒルダよりは歳上なのだろうが、それでも十分に少女と呼べるような年格好である。
 相手に妙な感情を抱かせないように、落ち着いた表情を崩さぬように努めて、相手の質問に答えていくことにする。

「聖域(サンクチュアリ)から来た聖闘士、クライオス」
「聖闘……士?」

 言葉の意味を考えているのだろうか? 女性は眉根に皺を寄せながら、尚も訝しげな表情を浮かべている。

「こ、ここは、教主様の謁見の間ですよ……。な、何をしに来たのですか?」
「広い意味で答えるのなら、ドルバルに会いに来た――とも言えるけれど、何故と言うなら貴方の方もそうじゃないですか? 何故、こんな時にドルバルの謁見の間に? そもそも、貴女は誰なのですか?」
「わ、わたし!?」

 柔らかい口調を心掛けたつもりだったが、よもや逆に質問をされるとは思わなかったのかも知れない。女性は此方の質問に慌てたように、肩をビクッと震わせた。

「わた、私は、ヒルダ様の侍従です。ヒルダ様の捜索状況を、教主様にお聞きしようと思って、この場所に……」

 ヒルダの侍従? 自己紹介としては普通だが、その言葉が本当ならば、この眼の前にいる人物が、俺が今朝方に捕らえられた切っ掛けを作ったということになるな。

「ヒルダの安否を聞こうとして、ドルバルの所に――で、そのドルバルは?」
「そ、それが、この場所には居られないようでして」
「ん、そうですか」

 どうやら先ほど感じたように、ドルバルはこの先に居る可能性が高いようだ。
 しかし、此処に来た理由が、ドルバルに御伺いに、ね。随分と行動的な人物なようである。

「ヒルダはまだ、残念ながら見つかってませんよ」
「そ、そんな……ヒルダ様!? あぁっ何故こんなことに!?」
「安心してください。ヒルダは救出しますから」
「ホ、本当ですか! 本当にヒルダ様を――っ」

 感極まった様な素振りで、此方に駆け出そうとしてくる女性だったが、その動きは急にピタッと止まる。先程までの表情が嘘であるかのように、目を細め、此方を伺うような瞳でジロジロと見つめてきた。
 俺が自己紹介で口にした、『聖闘士』という言葉が何であるのかを思い出したから、か?

「あの、聖闘士ってまさか……。ヒルダ様を攫った罪で投獄されたっていう」

 あぁ、ソッチに飛ぶのか。
 と言うか。攫った『容疑』じゃなくて、攫った『罪』に確定してるわけ?

「まぁ、色々と否定したいところですが、概ねソレであってますよ」
「ッ!?」

 肩を跳ね上げ、解りやすいくらいにオロオロとしだす女性。
 半ば、『こんな反応をするだろうな――』と理解はしていても、いざされると若干心に傷を負う次第。

「そ、それじゃあ、貴方が」
「一応言っておきますけど、俺はヒルダを攫ってなんか――」
「ヒルダ様を手篭めにしたという、悪童っ!」
「手篭めってなんだ、オイ!」
「ひぃッ!?」

 聞き流す訳にもいかない言葉が耳へと入り、ついつい声を荒らげてしまったのだが。しかし、『手篭め』って……俺は、まだ数えで11歳だぞ? いくら早熟な聖闘士だって、そんな発想しないっての。

「……取り敢えず、手篭めにはしてません。する予定もありません」
「だ、だって……ワルハラ宮で働いてる人達の中では、結構有名な話で」
「俺と、ヒルダの年齢を考えてから、モノを言うようにして下さい」
「……え? えぇっと……うん、それは確かに、その通りですね」

 口元に手をやりながら、チラチラと此方を見つつ納得をする女性。これはアスガルドという、周囲から隔絶された閉鎖空間故に起きた事件なのか? それとも、この世界に於ける必然ゆえの出来事なのか? 一度自分の身辺お含めて調査するべきかもしれない。

 説明が功を奏して、奇妙な誤解を解くことに成功した俺ではあるが、だからと言って何がどうしたという訳もない。
 此処で油を売って時間を無駄に費やし、ヒルダの命を危険に晒すわけにも行かないだろう。

「さて、誤解が解けた様で何よりなんですが、今ちょっと急いでましてね。スイマセンけど、俺は先に行かせて貰いますよ」
「先にって……この先には、オーディン神像の在る、広間が存在するだけですよ?」
「其処に、恐らく俺の探している人物が居ますから」
「それって、ドルバル様のことですよね? だったら、私も一緒に行ってもいいでしょうか?」
「……は?」

 一瞬、本気で、『何を言ってるんだこの小娘は?』と思ってしまい、表情がピシリ――と硬化してしまった。
 しかし、直ぐにドルバル=今回の悪玉といった考えをしていなければ、当然の反応かもしれないと思い直し、表情を繕うようにする。

「いや、いやいやいや、出来れば遠慮して貰いたいんですが?」
「で、でも、ドルバル様に会いに行かれるんですよね?」
「えぇ。それは確かにそうなんですが」
「だったら、私も行きますよ。ヒルダ様の事を、直接お伺いしたいですし」

 何を思ってか、ムン胸を反らす様にしながら力強く言ってくる女性。
 ソレをすれば、貴女の命が危ないですよ――と、直接に言ってあげた方が良いのだろうか? しかし、例え言ったとしても、ソレを素直に聞き入れるかどうかは解らないし、な。

 いっその事、昏倒させてしまうべきだろうか?

「――あ、でも……貴方はヒルダ様の救出の為に、ドルバル様に会われるということは、その報告か何かでしょうか? となると、私に教えてくれた内容は、現在の最新状況ということに?」
「……え、えぇ、まぁ、そうなりますね」
「だったら、潔くヒルダ様の部屋の掃除でもしてるべきかしら」

 物騒なことを考えた俺が言うのも何だが、どうにも調子が崩れる。独特のリズムをもった、ちょっと変わった人物なようである。
 途端に自身の言葉を翻し、ブツブツと普段の仕事に思いを回し始めている。

「まぁ、そうして頂けると助かります。どうであれ、今日中には結果が出ますから」
「ほ、本当ですか!? ヒルダ様は、本当に!?」
「えぇ、このままと言うことは、決して無いでしょう」

 言いながら、俺は内心で『どんな結果になるにせよ』と、繋げるのであった。

「――そうですか。でも、そういうことでしたら。今の私に出来ることは」
「ただ、待つことですね」
「待つ?」
「ソレ以外には何もやりようが有りませんよ」

 正直、今直ぐに避難をして欲しいのだが、無為に恐怖感を植え付けるような事を言う必要はないだろう。

「……解りました。正直手持ち無沙汰な気がしますけど、我慢して待ってみます。私、コレで失礼させていただきますね。……今のうちに掃除でもしようかしら?」

 アッサリと納得をしてくれたのは幸いだが、妙に切り替えの早い人物なようである。
 顎先に人差し指を当てながら、女性は「むむむ」と唸って歩き出す。
 だが直ぐに

「あ」

 と声を出すと、クルッとこちらへと向き直ってニコッと微笑んできた。

「すいません、申し遅れまして。私、侍従のイーリスです」
「……クライオスです」
「いやですねぇ、ちゃんと覚えてますよ♪」

 まるで近所のおばさんのように、手をパタパタと動かして笑みを浮かべるイーリス。俺は何やら違和感を覚えずにはいられなかったのだが、どうにも言葉にすることが出来ない。
 眉間に皺を寄せて考え込もうとするが、

「――では、こんどこそ失礼致します」

 イーリスはそんなこと等お構いなしであるかのように、ニコニコ笑顔を向けたままに謁見の間より退室をしていく。

「兎に角、変な人……だったな」

 と、そう小さな呟きを漏らすのであった。
 もっとも、俺はこの時の自身呟きの内容と、そして現状に些かの疑問も感じていた。まぁ残念なことに、その疑問が何であるのかに関しては、考えている余裕もないため放置することに成ったのだが。

 侍従との会話は、取り分け進展が在るわけでも、いい話が聞けたわけでもなかった。言ってしまえば、時間の無駄でしか無かったとも言える。
 対して時間を食った訳でもないが、とは言え囚われのヒルダにしてみれば一分一秒を争うような状況だろう。
 自身の先行きに不安を感じながらも脚を動かし、唯只管に前進すること意識を向ける。
 謁見の間の奥にある連絡扉から、更に長い廊下を抜けた先。
 薄暗さが、外からの陽光で徐々に明るさを取り戻していく、その先で

「待っておったぞ。聖域の聖闘士よ。確か、クライオスとか言ったかな?」

 予想の範疇であったが、完全武装のドルバルがその場所に立ち尽くしていた。神闘士としての闘衣を身に付け、肩から白い外套を纏っている。

「完全武装でお待ちとは、ロキ達が勝つとは思ってなかったのかな?」
「ロキか……。ヒルダの暗殺を命じた折、貴様に手傷を負わされたと聞いてしまってはな。配下の神闘士が総出でお前を襲うのならば話は変わるであろうが、一対一に拘るようでは勝てはせぬと思っておったわ。――とはいえ」

 薄っすらと笑みを浮かべた状態で、ドルバルは力強く一歩足を踏み出してきた。その瞬間、突き抜けるような威圧感が俺の頬をビシビシと叩き出す。

「よもやウルやロキだけではなく、ジークフリード等を仕留めに向かったルングまでが敗れるとは、思いもせなんだがな」
「ジークフリード達を舐めすぎだ。それに、信念って奴の違いも在るだろうさ」
「ほう、信念とな?」
「彼奴等は、ヒルダこそがアスガルドに必要な人間だと、心の底から信じている。ただ単に、今現在の状況に文句を言って、ソレに反発するだけのルングでは、心の置き場所も、ソレを支える強さも違って当然だろう」
「信じる……か。詰まらぬことを申す奴よな、貴様も」

 ドルバルは途端に、ガッカリしたように眉間に皺をよせる。

「ルングの敗北は、ただ奴が弱かったに過ぎん。心の強さ? 愚かしいことを申すな。仮に貴様の言が正しければ、今のこの状況をどう見る? どう解釈をするのだ?」

 腕を大きく振りかぶり、ドルバルは俺にその存在を教えるかのように背後のオーディン神像に腕を向けた。

「ヒルダは儂に捕らえられ、もはや自らの意志で動くこともままならぬこの状況を。――見るが良い!」

 指し示された先、オーディン神像の眼の前だが、その場所には虚ろな瞳をしながら薄手のローブを身に付けただけのヒルダが居る。

「ヒルダ……ッ!」

 極寒の地であるアスガルド、そのアスガルドの寒空の下で半日?
 アレでは、とても一日なんて持たないぞ?
 ウルの奴の言葉をそのまま信用したつもりもなかったのだが、しかしこの状態はあんまりではないだろうか?

「ドルバル! ヒルダをこんなッ!」
「今のヒルダは、我が術中に落ちて五感の全てを失っておる。但し、このアスガルドで何が起きているのか? それだけは理解出来ているのだろうがな」
「五感を?」

 ドルバルの説明に、俺は自分の修行時代のことを思い出した。
 ……まぁ、ほんのチョット前まで修行時代だったのだが、その頃にしょっちゅう五感を奪われていた事を思い出したのだ。
 脳裏に薄ら笑いを浮かべるシャカの顔と、当時の感覚が思い出される。

「一応は予想出来ていたことだけど、お前……ヒルダみたいな普通の子供に、そんな酷いことを……!」

 右も左も上も下も判らなくなり、匂いも音も光も味さえも感じなくなる。
 自分がそうなっていた時の事を客観的に見たことはなかったのだが、もしかしたらヒルダは、五感を奪われる以上のことがされているのではないだろうか?

「予定は多少狂いはしたが、貴様を始末してしまえば後はどうとでも成る。元々、直ぐにどうにかなると考えての計画ではないのだ。未熟以前のジークフリード等や、白銀聖闘士程度の貴様に敗北する神闘士など不要。新たに次代の神闘士を育成し、アスガルドを、世界をこの手に収めてくれるわ!」
「悪いけど、そんなことはさせない」
「ほう。この儂を止めるか?」
「思い通りには、させる訳にはいかないからな」

 腰を落とし、構えを取り、ギュッと拳を握りしめる。
 ジークフリード達が現れる気配は未だにない。理想は、俺がドルバルと対峙した時にはジークフリード等に何処かで隙を伺っていて欲しかったのだが、残念なことに今の状況ではソレを確認することも、待つことも難しい。

 そもそも、ヒルダの状況的に待つ訳にもいかないだろう。

 肌に感じる威圧感だけでも、ドルバルの実力がヒシヒシと伝わってくる。
 戦わなくても解る。奴は強い。
 この世界で生活する中で薄れていた恐怖感が、体の奥からジワジワと顔を覗かせようとしているのが嫌でも感じてしまう。

 しかし、逃げない。
 大丈夫、大丈夫なはずだ。

 ドルバルの強さが本物だったとしても、俺は毎日聖域に居る黄金聖闘士の動きをこの眼で見てきたのだ。あの、化物とも形容できる連中の動きに比べれば、ソレ以外のことなんて何てことはない。

「見るんだ、よく見――」

 瞬間、閃光が走った。
 遠間からドルバルの拳が、光のように放たれる。
 俺はその光の如き拳を、確かに目で捉え……

 ゴォオオオオオオン!!!

 為す術もなく盛大に吹き飛ばされていった。

 ――あぁ、空が白い。




[14901] 第35話 アスガルド編14話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:6e6e9e42
Date: 2015/01/14 09:02



 グルグルと視界が回り、脚が大地から引き離される上昇感が全身に負荷をかける。するとその後に一瞬の浮遊感が身体を覆い、そして一気に襲い掛かる落下という重力の反撃。

「ゲヘァッ!?」

 ゴシャッ!!!

 受け身をとり損ね、頭から真っ逆さまに落着をした。
 ……何故、何時もこんな落下の仕方をするのだろうか? なんて、今の現状には関係のない疑問だったか。
 しかし、何とも酷い。
 酷い結果である。

「――ング、っくはぁ!」

 不本意ながらも自分の体が作った床の瓦礫から這い出すと、視線の先には『ニヤリ』と口元を緩めているドルバルが居る。

 これは、非常に不味い。

「見えても、対処できない」

 ドルバルの拳は、『良く見る』ことで確かに見える。
 ……見えるのだが、目の前から突っ込んでくる自動車とでも言うのか? 見えているからどうにか成る――といった、そんなレベルではないようだ。一般人的感覚で説明するなら、20~30km程度の速度だったら何とか成るのだろうが、体感的に説明するなら至近距離からアクセル一踏み時速200km……といった具合だ。

「どうした、聖域の聖闘士? よもやこの程度のことで、匙を投げるのではあるまい?」
「ハハ……当たり前でしょう。始まったばかりだぞ」

 一瞬、ドルバルの言葉に考えてしまった俺であるが、匙を投げるといった選択肢は存在しない。
 それは最後の最後、本当にどうしようも無くなった時に選ぶものだからだ。

「――よいしょっと……っつぅ」

 声を出して起き上がる。
 ダメージは……結構酷い。聖衣が無事な所を見ると、ドルバルはまだ本気ではないということだろうが、殴られた場所はズキズキと痛む。

「貴様には――貴様には少しばかり期待をしている」
「は? 期待?」
「そうだ。余の期待を裏切るなよ?」

 ――何を言っているのだろうか? 正直意味が解らない。
 しかし、ソレとは別にしても、今のこの状況をどうにかする方法を考える必要がありそうだ。どうやって? ……どうにかしてだよ。

「訳の分からないことを言われても、俺がヤルことには変わりはない」

 構えを取り、表情を強く保ってドルバルを睨む。小宇宙を高め、必殺の一撃に備えて準備をすすめる。

「そうだろうな。貴様のすることは変わらない。オマエは、今此処で余を打倒し、そのうえでヒルダを救い出す以外に道はないのだからな」
「へぇ……よく解ってるじゃないか?」
「一応とはいえ、聖域はアスガルドとの共存を考えている。余がアスガルドの長として貴様をヒルダ殺しの犯人だと宣言すれば、聖域は貴様の首を差し出さぬ訳にはいくまい」
「……あぁ、そうだろうな」

 当然、其の可能性はゼロではないだろう。
 正面から遣り合えばアスガルドの敗北は確実だろうが、少なくとも白銀聖闘士の一人の生命と引き換えに、教皇が事を構えるとは思えない。

「いっその事、聖域など見限ってアスガルドの神オーディンに忠誠を誓ってはどうだ? ロキ達を打ち倒した貴様だ。その実力は買うぞ?」
「悪いな、俺は泥船には乗らない主義なんだ」
「ならば死ぬぞ」
「――――ッ!?」

 一瞬にして膨れ上がったドルバルの怒気に反応して、俺は身体を動かしていた。

「ディバイン・ストライク!!」

 駆けるようにして突き出された手刀、ディバイン・ストライク。光の筋と成った拳撃はドルバルの身体へと吸い込まれ――

「微温いぞ! 聖闘士の小僧!!」

 ドルバルはいともアッサリと拳を振り払った。

「クッ!?」
「神闘士を打ち倒したと言っても! その程度か!!」
「ガァッ!!」

 間合いを詰めてきたドルバルに殴り飛ばされ、俺は地面の上を滑空するように転がっていく。無理矢理に身体を捻って立ち上がるが

「ハァっ!!」
「ンガァッ!?」

 直後に膝蹴りを顔面へと叩きこまれる。
 何とか踏ん張って拳を放つも、

「甘いわ!!」

 ドルバルに腕を取られ、吊るしあげられてしまったのだった。

「グッ! は、離せ!」
「聖闘士と言えど、所詮はこの程度かぁ? コレでは、余の期待に答えるには程遠いぞ? ――ヌンッ!!」

 言いながら、掌を俺の腹部へと押し当ててくる。
 ドルバルの纏う攻撃的な小宇宙が、俺の身体を内側と外側から激しく暴れまわった。

「――――ッぐぁああああああああああああ!!!」

 気づけば、俺は再び空を舞っていた。
 全身に痺れるような違和感をと、締め付けられるような激痛を感じながら。

 ドガァアアンッ!!!

 地面を大きく粉砕するほどの衝撃で、体ごと落着する。
 聖衣は今の一撃で所々が破損してしまい、既に罅だらけの状態へと成ってしまっている。本気にもなっていない、そんな攻撃を数回受けただけで、既に俺の聖衣はその役割を果たせなくなりつつ在る。

「ゲホッ! ゲホッ! ――クッ!」
「思いの外に元気そうだな? もう少し力を込めるべきだったか?」
「グッ……クソ! ドルバル!」
「フハハハハハ!! そうら!!」

 ドルバルが手をかざすと、そこから小宇宙が荒々しい奔流となって襲い掛かってくる。相変わらず見えていても避けることの出来ない俺は、

「がぁああああ!!!」

 其の一撃をまともに喰らい、岩肌へと強かに叩きつけられるのだった。

 崩れそうに成る体を何とか支え、此方に向かって迫ってくるドルバルから視線を逸らさずに睨みつける。
 薄ら笑いを浮かべているドルバルが果たして何を思っているのか解らないが、しかしこのまま死んだふりをしていれば良いという訳ではないようだ。
 先ず間違いなく、そんなことをすれば俺の首を落としにやってくるだろうから。

「ハァ、ハァ、ハァ――くそっ、なんて強さだ。圧倒的……過ぎる」
「力の差が身に沁みたか? どうだ、今ならまだ考えを改める時間をくれてやっても構わぬぞ」
「生憎と、俺はこんなのでもアテナの聖闘士なんでな」
「今更何がアテナか」

 ドルバルの言葉に僅かな疑問を感じるが、ソレを検討している暇はない。
 ふらつく脚に力を込めて、相手が間合いに入ると同時に、俺は跳躍をしてドルバルへと襲いかかった。

「うぉおおお!!」
「遅い、遅いすぎるぞ!」

 飛びかかるようにして拳を振り上げる。
 自分でも解るくらいに身体が疲弊しており、普段の半分以下の力しか出ていない。ドルバルは簡単にそれを避けてしまい、逆に俺の方は脚がもたついてふらつく始末だ。

「そうら、もう一度吹き飛べ――ヌッ!?」
「ハァアアアアアア!」

 ドルバルが俺に向かって拳を放とうとした瞬間、上空から掛け声とともに蹴りを放つ人影が降ってくる。俺はそれに視線を向けながら、

(やっと来たか……)

 と思ったのだが、しかし、この登場の仕方は完全に作戦の失敗ではないか? とも思えてしまう。

 ドルバルは空から降ってきた人影――ハーゲンの一撃を受け止めると、ハーゲンは其処こから宙返りをするようにして間合いを広げた。

「ふむ、ハーゲンか? 今更、何をしに来たというのだ?」
「ドルバル教主! コレ以上の無法な振る舞いは!」
「無法の振る舞いだと? 馬鹿めが、今やアスガルド余の手中に有るのだ。アスガルドの支配者たる、余に逆らう事こそが無法そのものよ」
「そんな勝手な理屈で!」
「愚か者が!」
「止めろ! ハーゲン!」

 飛び出したハーゲンに、ドルバルは容赦の無い拳撃を見舞う。

「ぉ、うぉおおおおおおお!?」

 ハーゲンはそれに対応できず、酷い形相になりながら吹き飛ばされていった。

 ガゴォン!

 生身のままで、岩壁にめり込むほどぶっ飛ばされてバウンドするハーゲン。無茶をする――とは思うも、済まないがハーゲンを気にかけている余裕はない。

「余の行いこそが、真にアスガルドの平和のために成るということが何故解らぬか!」

 ハーゲンを睨みつけながら、吠えるように言うドルバル。俺は笑うように揺れる膝に力を込めて、ユックリと立ち上がった。

「ほぅ……、まだ立ち上がるか? 流石に聖衣を身に付けているだけのことは有る。多少は頑丈なようだな」
「ドルバル……ッ! 」
「貴様も、ほんの幾分だけ命が永らえたに過ぎぬ。――そうであろう、ジークフリートよ」

 ドルバルが視線を横へとずらすと、其処にはジークフリートが立っている。ハーゲンがこの場へと来たのだ。当然一緒に行動をしていたジークフリートも到着しているだろう。

 だが……どうして其処で止まっているんだ、お前は!
 コレでは、俺やハーゲンが文字通りに身を削っている意味が無いだろうが!?

 お前の役目は、今のうちにヒルダを救出することだぞ!

「クライオス、ハーゲン……!」

 俺やハーゲンの状態に歯噛みをするジークフリートだが、俺は奴の行動にこそ歯噛みをしたい気分だった。
 しかし、ジークフリートはそんな俺の内心など知らずに、強い視線をドルバルへと向けるのであった。

「ドルバルよ、何がアスガルドのためか! アスガルドの為を言うのであれば、ヒルダ様を支えることでもそれは出来るはず! ソレをせずに、自らの野心のために行動する貴方は……最早教主ではない!」
「ふん。優れたものが上に立とうというだけのことだ。それの何が悪いというのか?」
「そこに愛が無ければ、そんな平和にどれ程の価値があるというのだ!」
「下らぬことを申すな、ジークフリート!」
「ドルバル! 覚悟!」

 構えをとって小宇宙を高め始めるジークフリート。そして、ソレに対して受けの構えを取るドルバルの両者。

「ジークフリートッ! お前、それじゃ!?」

 ルングとの戦いからか、小宇宙を高いレベルで扱っているジークフリート。だがそれじゃ、その程度の小宇宙ではドルバルには通用しない。

「ドラゴン・ブレーヴェストブリザード!」

 小宇宙を十分に高めたジークフリートは、その両腕から凍気の渦をドルバルへと叩きつける。

「ふん! その程度の凍気では、余の薄皮一枚凍りつかせることすら――ぬ、ハーゲン!?」

 不意にドルバルは岩壁の方へと視線を向ける。其処には先程、ドルバルに依って弾き飛ばされたハーゲンが、重症を負いながらも小宇宙を高めているのだった。

「グレート・アーデント・プレッシャー!」

 技を放つハーゲンによって創りだされたのは、ジークフリートとは異なる炎である。

 全く……こいつらは――ヒルダの救出をしろッ!

 最初の計画では、俺が暴れている隙にヒルダの救出だろう? 何だって、こんな……まさか、俺を助けるためとか、そんな事が理由じゃないだろうな?

 ゾク――ッ!

 もしかして……なんて考えた瞬間、奇妙な感覚が背筋を駆け抜けた。そして、良く解らない気持ちが胸の奥に灯っていく。
 何だというのだ? コレは?

 ジークフリードとハーゲンが、必死になってドルバルを攻撃する姿を見た俺は、内心で

 ――あーっ! クソ! 何だかもぅ、コイツ等ってば本当に!!

 と、叫び声を上げていた。

「馬鹿共め! 貴様らが何人集まろうと、余に傷ひとつ付けることすら出来ぬと」
「なら、3人ならどうだ」
「き、貴様!」

 ジークフリードとハーゲンに追随する形で、俺自身も小宇宙を高める。……もう、こうするしか無い。
 と、言うより、このチャンスを逃すわけには行かない。

「ドルバル!  ぉおおおおおおお、打ち穿け! ディバイン・ストライク!!」

 限界まで高めた小宇宙に乗せて、ディバイン・ストライクでドルバルの身体を打ち抜いていく。最初の一撃とは違い、今回は確かな手応えを俺の腕は感じていた。

 ジークフリードの凍気と、ハーゲンの炎を纏った『白銀の槍』が、次々とドルバルの身体へと吸い込まれていく。

「うぉ、おぉおおおおおおおおおおお!!!!」

 突き抜けていく衝撃、腕に残る痺れ、ドルバルは俺達の攻撃に耐えかねたのか、空高く吹き飛ばされていった。

 ドルバルは叫び声を上げながら、回転するように落下する。

 ゴシャッ!!!

 床板を大きく陥没させて落下したドルバルに、俺は視線を向けながら、肩で大きく息を繰り返していた。

「かは、はぁはぁはぁ……」

 思っていたよりも、ずっと俺の身体は疲弊していたようである。膝に手をつき、俯くようにしている俺とは違い、

「勝った……のか?」
「本当に、俺達が。ドルバルを?」

 ジークフリードとハーゲンは、なんだかんだで余裕そうだ。……俺、体力ないのかな?

 聖域に戻った後で、本気で体を鍛えようかと考えたその時、

「――ッ!?」

 突如膨れ上がった小宇宙に身震いをする。

「油断……す、するなッ!?」

 掠れる声を張り上げて、ジーフリードとハーゲンを叱責するも、

「愚か者どもが! あの程度の拳で、余を打ち倒せるなどと本気で思っていたのか? 片腹痛いわ!!」
「なっ!?」
「ドルバル!?」

 神戦衣に多数の破損は見られるものの、ピンピンとしたドルバルが勢い良く立ち上がった。手応えは十分だったのだが。コレでもまだ、ドルバルを倒すには力不足だったか。

「一度でダメなら、何度でも――」
「愚か者がッ!」
「うぉ、うあぁあああああ!!」
「なッ!? ぐあああああ!」

 さすがにドルバルトて、先程と同じことをむざむざヤラせたりはしない。ハーゲンとジークフリードが動き出す前に攻撃を見舞うと、二人は岩壁にめり込みピクリとも動かなくなってしまう。

「残るは貴様だけだぞ、本当に貴様だけだぞ小僧」

 死刑宣告のような台詞を口にしてくるドルバル。
 いや、まさしくそのつもりで言ったのであろう。奴の纏う小宇宙が、それを雄弁に物語っている。

「ディバイン――」
「遅いぞ」

 兎にも角にも先手を! と、拳を放とうとした俺であるが、気づけば一瞬で正面へと移動してきたドルバルに首を捕まれ、そのまま宙吊り状態へと持って行かれてしまう。

「あ、がはぁ!?」

 ギリギリと締め付けられる握力に呼吸がままならなくなり、僅かに漏れる悲鳴だけが俺の返事のように木霊する。

「ク……ッがあ!」
「お前は良くやった。だが、余を敵に回すには、些か力不足であったな?」

 ニヤリと笑みを浮かべるドルバル。
 敵に回すというよりも、ソッチが勝手に俺を敵に認定したのがそもそもの始まりなのだが――って、こんな状況で余計なことを考えさせるな!!

 なんとか、この腕を解かないと……!

 ドルバルの腕を掴み、何とかソレを引き離そうと試みる。
 ベアー激のネック・ハンギング・ツリーを力任せに引き剥がした星矢の姿が脳裏に映った。

 だが、ソレが良くなかった。
 星矢が外したのは、青銅聖闘士の首絞めだ。対して俺の首を絞めているのはドルバル教主。比べる相手が悪すぎる。

 血の回らない脳みそが、次第に考えることを放棄し始め

「このまま、貴様の首の骨をへし折ってくれるわ。如何に頑丈とはいえ、首の骨を折られてまで生きていることなど出来はすまい」

 ドルバルが何かを口にしたのとほぼ同時に、俺の意識は真っ黒く塗り潰されてしまうのであった。


 ※


 クライオスの両手から力が抜け、全身がダラリというように弛緩したのを、ドルバルはその腕で感じていた。

「窒息したか? ……うん?」

 思いの外に呆気無い。
 初めからこうしておくべきだったか? と、ドルバル思った時だ。ダラリと力をなくしていたクライオスの身体に変化が起き始める。

「こやつ!? まだこれだけの小宇宙をっ!」

 そう、それは小宇宙だ。
 吹き出すように、爆発する火山のように、クライオスの身体から尋常ではない小宇宙が溢れだしたのだ。

 ドルバルはその小宇宙に表情を曇らせるも、クライオスの首を絞めている手に更に力を込めていく。

「このまま、捻り潰してくれるっ!」

 ベキョリ……!

 クライオスの喉元から、気色の悪い音が響く。何かが潰れた音だ。
 ドルバルはその音に口元を吊り上げるも、クライオスの小宇宙は萎えるどころか、更に激しく増大していった。

「バ、馬鹿な!? コレは一体!?」

 燃えるように熱くなっていく、クライオスの身体。それに直に触れているドルバルは、その異様さに狼狽える。
 クライオスはそんな状態の侭、虚ろな表情をドルバルへと向けていた。そして

「(スカーレット……ニードルッ)!」
「ングぅッ!!」

 慄きを口にしていたドルバルの一瞬の隙を突き、クライオスの指先から真紅の閃光が放たれる。閃光はドルバルの体幹部分に数発ほど突き刺さると、その場所に小さな針穴のような傷跡を作った。

「なんだ、この小さな穴は? ――――グゥ!? ぐぉ、な、なんだ! なんなのだ、この痛みは!?」

 突如、自身の身体を襲う激痛に、ドルバルは脂汗を浮かべて悶だす。捉えていたクライオスを離すと、自身の身体を掻きむしるように身体を押さえ込んだ。体の奥の奥から猛威を振るうその攻撃、クライオスの放った『蠍の毒』が、ドルバルを苦しめているのだ。

「――(スカーレットニードルは、針の穴ほどの小さな傷跡しか残さないが、この一撃は相手の中枢神経を破壊し、筆舌に尽くしがたい激痛を与える)」

 虚ろな表情を浮かべたまま、クライオスはドルバルに向かって歩を進めていく。間合いを詰めようというのだろうか? しかし、その動きは余りにも無防備で構えも何も無い。自然体の状態なのだ。

 だが、だからこそ異様でしか無い。

「お、おのれ。よもやこの程度のことで、余に勝てるとは思うてはおるまいな!? 喰らえ!!」

 吠えるように拳を放つドルバル。しかし、今のクライオスはその攻撃に動じるようなことは無かった。高まっている小宇宙はそのままに、『左腕』に込められた力を開放する。

「――(ライトニングプラズマ)!」
「ぬぉ、ぬぐぉおおおおお!?」

 一瞬の溜めの後、右拳から放たれる超光速の拳の数々。光の線としか認識することの出来ない拳が、ドルバルの放つ拳を圧倒していく。

「馬鹿な、何故、急にこのような――!」

 ライトニングプラズマに依って弾かれたドルバルは体制を整えると同時に腰から剣を抜き放った。ウルの持っていた剣と同種のものなのだろうか? ソレよりもズット上等そうでは有るが。

「まぐれ……か? 満身創痍になっていながら、余の攻撃を上回るなど!」

 蜻蛉のように剣を構えたドルバルは、一気に駈け出してクライオスへと襲いかかる。それに対して、クライオスもドルバルに向かって駆け出していった。

「やらせはせぬぞ! 小僧ッ!」
「(エクスカリバー)!」

 互いが交差するその時、またも増大したクライオスの小宇宙は右手へと集まっていき、その手刀を聖剣へと作り変える。

 カイィーーン!!

 耳を劈くような金属音がすると、それと同時に大地に深く長い亀裂が走って行く。

 クルクルと宙を舞う、ドルバルの剣の欠片。
 斬り落とされた剣の欠片が音を立てて地面へと落下すると、ドルバルの表情からは完全に余裕の色が消え去ってしまっていた。

「な、何故だ! ……こんな、馬鹿なことが許されるものか!? 余は、余はオーディンの地上代行者成るぞ! 貴様如き白銀聖闘士に!」
「(クリスタルウォール)!」

 振り向きざまに拳を放つドルバルだが、クライオスの動きはソレを読みきっている。小宇宙で形創られた半透明の膜、黄金の羊が持つ、絶対防御の壁である。
 ドルバルの拳はその壁に吸い込まれていくと、そのまま鏡に反射されるようにドルバル自身を衝撃が襲いかかる。

「ぐぅおぁああああああ!!」

 弾かれるように地面を転がるドルバル。
 コツン、コツン、コツン――と、ユックリとした歩調でクライオスはドルバルへと近づいていく。ドルバルは、ユックリと近づいてくるクライオスに恐怖を感じた。

「白銀聖闘士のはずだ、奴は。なのに、何故!?」

 慌てるように周囲へと視線を向けると、ドルバルはその視線を意識の無いヒルダへと向けた。

「ヒ、ヒルダ? ……く、ぬぅんッ!」

 ドルバルは腕を振るうと、クライオスに対して衝撃波を放った。
 クライオスはそれを腕を交差するようにして防ぐが、ドルバルはその隙にヒルダの元へと駆け出して行った。

「こうなれば、ヒルダを使ってでも――」

 ヒルダに向かって手を伸ばすドルバル。だが、その動きが既の所でピタリと止まる。動きが鈍くなっていき、結局は後少しというところでつんのめる様な格好で動かなくなった。

「な、に……脚が、動かぬ!? ……こ、これは!」

 縫い付けられたように脚が前に出なくなったドルバルは、自身の足元に目を向けると、其処で驚愕の表情を浮かべる。自身の脚の半分以上を覆う、氷の塊。それがドルバルの脚と、床を縫い付けるように縛り付けていたのだ。

「……(フリージングコフィン)」

 クライオスは小さく呟くと、ヒルダを庇うようにドルバルの前に移動する。そして虚ろな表情のままに、ジッとドルバルを睨んでいた。

「グヌッ!? ク、クゥ――!」

 ドルバルは歯ぎしりをして脂汗を流す。そしてクライオスと、その後ろにいるヒルダを視界に捉えながら、大きく拳を振り上げるのだった。

「こ……小僧ッ!!」
「(グレートホーン)!!」
「グホゥ!? グハァアアアア!!」

 殆ど身動きをしない状態から、最速の一撃を見舞う黄金の野牛の一撃。振りかぶってクライオスを襲おうとしたドルバルは、再び弾き飛ばされていく。
 床を抉り、転げるように飛んで行くドルバル。

 クライオスはドルバルに視線を向けながら、更に小宇宙を増大させていく。

「ゴホッ! ゲホ! ガハッ!! ふざ、巫山戯るな! ……余は、長年このアスガルドのために、己を殺して生きてきたのだ! それが、こんな小僧に!? 余の野望が、目的が、こんな白銀聖闘士の小僧に!?」

 ドルバルは小宇宙を高め、クライオスをギロリと睨んだ。
 そんなドルバルの表情とは裏腹に、クライオスはその表情に変化らしい変化が見られない。

「おぉおおおお!! オーディーンシールド!!!」

 両腕を広げたドルバルの身体から、紫色に輝く光が溢れていく。
 ヒルダの意識を奪った、ドルバルの奥の手である。

 だがクライオスはドルバルの放ったオーディンシールドの光に、ユックリと手を動かして自身の眼の前で両の掌を向け合うようにする。極限にまで高められた小宇宙がその小さな空間に集められ、そこに小さな世界を作り出していった。

 それは小さな、光り輝く世界の煌き、そしてそれ等が集まり内包されたモノ。クライオスは両手の内に包み込まれた世界――宇宙を、力の限りに開放していく。

「(転法輪印、三千世界の彼方を見るが良い……天魔降伏ッ)! (オーム)!!」

 込められた小宇宙を解き放ち、クライオスを中心に、周囲一帯を覆い尽くすような眩い光が放たれる。
 その光はオーディンシールドの閃光を呑み込み、衝撃波と成ってドルバルの肉体を激しく揺さぶり破壊していくのであった。



 ※



(何が有った……?)

 眼を覚ました俺が、最初に思ったことがその言葉だった。目の前には何かしらの方法で吹き飛ばしたかのような、大きな破壊痕が痛々しいまでに広がり、その先には神闘衣を粉々に砕かれて息も絶え絶えな状態のドルバルが転がっている。

 訳が解らずに周囲へと視線をやるが、どうやら俺の疑問に答えてくれそうな味方は居ないらしい。ジークフリードもハーゲンも、揃いも揃って岩壁にめり込んだままで意識を失っているからな。

「(ドルバル)ッ――!?」

 声を出そうとした瞬間、激しい痛みが俺の喉を襲う。するとソレを切っ掛けにして激しい痛みが自己主張をし始めた。
 何度か声を出そうとするも、ソレに合わせて痛む喉。どうやら意識を失っている間に、俺の喉はドルバルによって潰されてしまったようだ。

(……一応、喉頭部の減痛点を押しておくか)

 応急処置としては十分であろう、痛みを減らすための経穴を押しておく。心央点などの経穴もそうだが、この辺りは聖闘士にとってはある意味常識的な応急処置法の一つである。

 声が出せないのは辛いが、聖域の修行にてテレパスを扱えるように成ったのが幸いだ。今の状況で然程困るということはないだろう。もっとも、その内にちゃんと治療をして、声を出せるようにしなければならないが。

 その場合は、カノン島の火山だろうか?
 でなければ、杯座(クラテリス)の聖衣で注いだ水か? ……しかし、今の時代に杯座って居ただろうか?

 ……イカン。まだ何も終わってはいないというのに、こんなノホホンとした気分になっては。だが――

(本当に、何があったんだ?)

 何度見ても解らない。
 意識を失う直前までの記憶では、俺は既に止めを刺される寸前だったように思える。眼を覚ました直前の状況から見るに……俺がやったのだろうか? この惨状は。

(火事場のクソ力的な何か、不思議な力でも働いたのだろうか?)

 首を傾げて、どういう事かを考えてみる。
 しかし、何度考えても俺の状態と、この状況が結びつかない。
 強いて言うのであれば、シャカの天魔降伏でも炸裂したような状況である。もっとも幾らなんでもアホな発想すぎるので、ソレはないと断言するが。

(……と、考えこんでる場合じゃないな)

 悩みは尽きないが、しかし今は優先順位を守って行動するとしよう。
 俺の後ろに跪いているヒルダを、直ぐにでも此方側へと呼び戻さなければならない。

「(ヒルダ)……」

 喉が痛むのを一瞬忘れ、ヒルダの名前を呼ぶ。
 振り向いた先には、やはり虚ろな表情のままのヒルダが居る。
 ドルバルによって五感を奪われ寒さを感じないとはいえ、体の機能が失われた訳ではない。僅かに動く胸元から、辛うじてだが呼吸をしているのが解る。
 しかし、それは酷くか細く、弱々しいものでしか無い。

 自身の怪我によって血まみれの手を伸ばし、ヒルダの肩へと置いた。

 触れてからも何の反応もないヒルダ。反応のないヒルダに、少しばかり表情を曇らせてしまうが、初めからこれだけで目が覚めるとは思っていない。

 死にかけた相手を目覚めさせる方法、意識を失っている相手を呼び起こす方法。それは――小宇宙を高め、相手の心に呼びかけるしか無いのだ。

(戻って来い、ヒルダ)

 小宇宙を燃やし、自身の身体から手を通してヒルダを包み込むようにしていく。攻撃的な意思を排除し、ヒルダのことを思うようにしながら呼びかけるのだ。

(ヒルダ――……)

 心の奥から声を発し、ヒルダの名前を呼んだ瞬間、俺の意識はヒルダの内面世界へと入り込んでいった。




[14901] 第36話 アスガルド編15話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:6e6e9e42
Date: 2015/01/14 09:02


 そこは、周囲一帯が銀世界だった。
 雪が振り続け、風が舞い、何時止むことのない吹雪となっていた。

 周囲の山々、森、そしてワルハラ宮。

 此処は間違いなく、ヒルダの内面世界なのだろう。
 あの世に向かう黄泉平坂とは違い、内面世界と言うのはその人それぞれの形が在るようだ。

「デスマスクに彼の世送りを体験させられた時に行った、黄泉平坂よりはずっと平和的な風景だな」

 肉体的な状態ではないからだろうか、俺の喉からは普段通りの声が出る。美声だと言うつもりはないが、やはり声が出るというのは良いものだ。

「ワルハラ宮がコッチだが……さて。ヒルダは中にいるのか?」

 ワルハラ宮から抜けだした実績を持つヒルダのことを考えると、果たして中に居るのかどうか。
 とは言え、森の中を分け入っていくにも情報は何も無い。寧ろこの中で、捕らえられているような状況を考えたほうがソレらしいか?

「まぁ、良いや。この中じゃ、ヒルダの小宇宙を感じるとかも出来ないんだからな。手当たり次第に行くしか無い」

 自分に言い聞かせるようにしながら、俺は雪の中をワルハラ宮へと歩き出す。内面世界とはいえ、よくもまぁ、此処まで精巧に作られているものだ。

 ワルハラ宮の中は、実際に俺が見て廻った物と殆ど大差はない。あえて言うのならば、『明暗がはっきりしている』ということだろうか?
 生活の基本となる居住スペースの色合いは明るいのに対して、主にオーディンの地上代行者としての実務を行う政務スペースは全体的に暗い。

 これは、ヒルダが地上代行者としての責務に疲れているということなのだろう。

 念のため――と言うことで、居住スペースを一通り調べてみる。
 とは言え、表面的な部分、ヒルダが眼にしたことの有るような部分は綺麗に作られているのだが、ソレ以外の部分はポッカリと穴が開いていたり、違うものが詰まっていたりと色々だった。

 例を上げるのならば、タンスの中には衣類が入っていない――とかだ。

 自分が寝泊まりした部屋、その他の者達の部屋も含めて覗き込み、人の気配は何処にもない事を確認した。そうなるとやはり残るのは政務エリアと成るのだろうが、

「ドルバルの執務室……とかじゃないもんな」

 未だにワルハラ宮の内部構造を把握しきれていない俺には、手当たり次第といった言葉しか思い浮かばない。しかし、幾らなんでもコレ以上歩きまわったのでは疲れるだけだ。

「――ヒルダッ! 何処に居る!!」

 大きく息を吸い込み、あらん限りの声でヒルダを呼ぶ。声は宮内に虚しく響き、返事は何処からも聞こえない。だが

「あぁ、コッチか」

 俺は通路の奥へと視線を向けながら小さく呟いた。
 声を上げてヒルダを呼んだ瞬間、向こうが俺を認識したのだろう。通路の奥から、妙な違和感が強くなったのだ。

 嬉しさと、喜びと、拒否感?

 不思議な感覚だが、ヒルダ自身もどうして良いのかが解っていない――といった感情のようだ。

「今からそっちに行く。……逃げるなよ」

 違和感の増大した通路の奥を目指し、俺はユックリと歩を進めていった。通路の奥への道は暗いものであったが、しかし距離自体は大したものではなかった。歩き始めてモノの数分もしない内に、俺は木瀧の人物、ヒルダを見つけることに成る。

「クライオス……さん」

 か細いヒルダの声が、その口から漏れる。
 その場所はバルコニーである。通路からそのままなんてのは。構造上に有り得ないと思うのだが、それも全てが本物ではないから出来るのだろう。

 石作のバルコニー。
 しかし其処から広がる景色は黒い幕がかかったような状態で、周囲一体にはアスガルドの風景が映像の様に幾つも映しだされている。言ってしまえば、中途半端な映画館といった具合だ。

「ヒルダ」
「――ッ!?」

 名前を呼んだ瞬間、ヒルダは怯えるように肩を震わせる。……はて? 今の俺は精神体だ。血塗れとか、そんな事もない筈なのだが。

 何に怯えているのだろうか? ソレを確かめる必要もあるのかもしれないが、先ずは伝えるべきことを伝えよう。

「――取り敢えず一段落した。帰るぞ、ヒルダ」
「帰る。帰って、どうするのですか?」
「どうする? ……何言ってるんだ?」

 不意に返された質問に、俺は首を傾げて問い返す。
 ヒルダは一体、何を言っているのであろうか? ヒルダはアスガルドの神、オーディンの地上代行者だ。俺の様な一般聖闘士とは違い、やらなければならないことは山程あるだろう。

 聖域にしてみれば、アテナのような存在だからな。

「私は、今までドルバル叔父様に全てを投げ出してきていました。自分のしたい事、やりたい事の要求だけを口にして、このアスガルドの事を二の次に考えていたんです」
「……だから?」
「――だから! ……私は、オーディンの地上代行者には相応しく有りません。私なんて、居なくても、ドルバル叔父様ならきっと」
「ドルバルならきっと、アスガルドを平和に導いてくれる?」
「…………」

 聞き返すように尋ねた俺の問に、ヒルダは無言であった。流石に、子供だった自分のしてきた事と、大人としてアスガルドの運営をして来たドルバルとを対比すると、自分の不甲斐なさでも痛烈に感じてしまうのであろう。

 まぁ、余計なことを考え過ぎだと俺は思うのだが、ね。

「それで、お前はこのまま此処に閉じこもり、ドルバルはアスガルドを良いように作り変える。――それでも、お前は良いって言うのか?」
「叔父様は、私などよりもずっと優秀な方です。……きっと、アスガルドの平和を第一に考えて……」

 俯きながら、徐々に小さな声になっていくヒルダ。
 それに比例するように、徐々に眉間の皺が深くなっていく俺。――正直、ヒルダがそんな風に思ってしまうのも解らないでもないのだが……仮にそれを肯定すると、俺の命は風前の灯と成る。

 説得、するしかあるまい。

「ヒルダ、お前……そう思い込もうとしてないか?」
「……」
「お前がドルバルの事を肯定しようとしているのは、アイツの行ってきた一部を美化して、これから先の事を目隠しで覆っているのと同じことだぞ」

 ドルバルが、アスガルドの平和のために貢献してきたのは確かなことだろう。子供でしか無い今のヒルダでは、アスガルドという国を纏めるには無理がある。ドルバルという人間が居たからこそ、今のアスガルドがあると言っても過言ではないのだろう。

 しかし、だからと言ってヒルダが死なねばならない理由は何処にないだろう。……いや、勿論ドルバルとしては、ヒルダに生きていられると邪魔なのかもしれないが。

「でも、私ではアスガルドを平和には……」
「出来ないなら助けてもらえ。何でも自分だけで出来る奴の方が、世の中では圧倒的に少ないんだからな」

 何でも自分で出来そうな知り合いは、今のところサガくらいだろうか? 尤も、サガは現在教皇に扮装しているため、好き放題に振る舞うことが出来ない状態では有るが。

 え? シャカ? あの人は駄目だ。
 家事能力が皆無に近い。

「助けてもらう? でも、私はアスガルドの導き手として、皆の先頭に立ち――」
「何を難しいこと言ってるんだよ、ヒルダ。お前はオーディンの地上代行者かも知れないけど、まだ子供だろ。子供が変に気負ったようなこと言うんじゃないよ」
「こ、子供!?」

 ショックを受けたように目を見開くヒルダ。何がショックだったのかは解りかねるが、このまま一気に押し切らせてもらおう。

「子供だ。俺だって、年齢的にみれば子供だしな。出来る事なんてたかが知れてるよ。だからお前も、出来る事からやって行けばいいんだよ。解らないことが有ったら、それを知ってる人間に尋ねれば良い。出来ないことが有るのなら、出来る人間に助けを求めれば良いさ」
「クライオスさん……」
「そうやって、少しづつ出来る事を増やしていけば良いだろ」

 言いながら一歩づつ近づいて行き、俺はヒルダの頭に手を置いた。そして軽く撫で擦るようにして腕を動かす。

「ちょ、あの……! クライオスさん」
「どうもこの世界、子供の内から妙に張り切ろうとする奴等が多くて駄目だ。俺の居た聖域でも、上は黄金聖闘士から下は候補生までな。どいつもこいつも妙に気負って、歳相応には全然見えないし」

 最初は子供をあやすようにしていたのだが、途中から興が乗ってグリグリと力を込めていく。最初は何やらビックシリして目を細めたりもしていたヒルダであるが、俺の力の込め方に比例して徐々に髪の毛がボサボサに変わってくる。

 ちょっと、愚痴っぽくなってきたか?

「あ、あの……ク、クライオスさん? そんなに強くされると、私の髪の毛が凄いことに成るんですが!?」
「うん? まぁ、そうだよな、ボサボサだもんな。でもな、お前がさっさと戻ってこないと俺がもっと凄いことに成るんだよ」
「クライオスさんが、凄い?」
「何でもない――兎に角! 戻るぞ! 良いな!!」
「は、はい!」

 気圧された結果でしか無いのかもしれないが、ヒルダがそう返事を返した瞬間世界が大きく変わり始める。
 黒い幕が掛かっていたようバルコニーからの景色に罅が入り、其処から徐々に光が漏れだしてきたのだ。

「取り敢えずは一段落、か。――あ、ヒルダ」
「な、何でしょうか、クライオスさん?」

 精神体だというのに、自身の髪の毛を直しながらヒルダが首を傾げている。俺はそんなヒルダに半眼を向けながら、バツの悪そうな顔を作った。

「まぁ、なんだ。目を覚ましたら、風邪引かないようにな?」
「え? それは、どういう――」

 俺の台詞に疑問で返そうとした瞬間、視界全体が真っ白く染め上げられていく。また、オーディン神像の前に戻る時が来たようである。



 ※


「――イオスさん! クライオスさん!!」

 正面から揺さぶられる感覚と、耳に入る名前を呼ぶ声に意識がハッキリとしていく。視線を前へと向けると、徐々に合っていく焦点の先には涙でくしゃくしゃになったヒルダの顔があった。

 どうやら俺よりも先にこちら側に戻ったようであるが、その様子ではとても健康とはいえないようだ。真っ青な顔、極寒のアスガルドで長時間外に居た所為だろうか、肌のあちこちで霜焼けのような状態になって血が滲んでしまっている。

 もう少し、自分の体を労るべきではなかろうか、ヒルダの奴は。
 解った、解ったから人の体を揺らすな。

「……(おはよう)」
「――ッ!?」

 しまった!? と思うが、もう遅い。ザラザラの奇妙な声で、思わず挨拶をしてしまった。瞬間、ヒルダは目を見開いて人の顔を覗きこんでくる。

 仕方がない。コレは俺も知らないうちに起きてしまった不幸な事故でしか無いのだから。

『あまり、思いつめるなヒルダ。その内に治る』
「――! クライオスさんの声!?」
『まぁ、幸い、俺は聖域で簡単なテレパスを扱えるようになってるからな。ちょっと痛いだけで、それ程には困らないよ』
「ですが! そんな、そんなにボロボロに成って! 血だらけではないですか! 傷だらけではないですか! どうして、そんなにボロボロになってまで、私のことなんて……!」

 内面世界で、『俺が凄いことに成る』とか言ってしまったのが良くなかったのか? それとも、もっと単純に俺の格好が良くないのだろうか? ……まぁ、少なくとも、お姫様を迎える格好良い王子様には程遠い。

 風鳥座の聖衣はボロボロで、所々に穴が空き、露出している肌には青痣や裂傷、擦り傷が目立って血塗れ状態なのだから。……成る程、こんな刺激的な装いでは、ヒルダがこうなってしまうのも頷ける。

 なにせヒルダは、聖域には居ないタイプの女の子だからな。
 あそこに居るのは、基本的には字面通りに血気盛んな連中ばかりだ。シャイナとか、マリンとかな。

『……ヒルダ、あまり自分のとこを下に見るような事言うなよ。お前の位置からじゃ見えないかもしれないけど、向こうの岩壁にはジークフリードとハーゲンが埋まってるんだぞ?』
「ジ、ジークと、ハーゲンの、グス、二人?」
『あ、あぁ。お前を助けるために、結構な無茶をしたんだよ、彼奴等も』

 涙をボロボロに流したままに顔を向けてくるヒルダに、俺は少しだけ台詞を詰まらせる。……鼻水が出始めているのを言うべきだろうか?

『お前を助けたいって事で、少なくとも俺以外にも何人もが体を張ってるんだから、全員に先ずは《有難う》って言ってやれよ』
「……はい! はい!」

 勢い良く、何度も首を縦に振るヒルダ。
 思わず、

(そんなに、強く首を振ってるとモゲルぞ……)

 と、苦笑を浮かべてしまう。
 しかし、コレで取り敢えず俺の首の皮は繋がった――

 ガラ……ッ!

 安堵の息を吐こうとした時、それに合わせるように物音がする。俺とヒルダは揃って音の方へと視線を向けると、其処には俺と同等に満身創痍なドルバルが立っていた。

「ドルバル……叔父様!」
『やっぱり、生きてたか』

 ドルバルが生きているだろうことは、半ば予想通りである。とは言え、まさか今の状態から続きをやろう等とは言わないと思うのだが。

「……目覚めたか、ヒルダ。それに聖域の小僧――いや、クライオスだったな。よもや、よもやこのような結果に成ろうとは」

 空を仰ぎ、何やら住んだような表情をしているドルバル。しかし、何を考えているのか判らない以上、俺としては気を抜く訳にはいかない。ヒルダを背中に庇うように立つと、俺はドルバルの動きを見逃さないようにジッと睨んでいた。

「――これで、本当に何もかもが終わりか。余の夢も、野望も、その全てが消え失せるとは……」

 遠い目をしながら、ブツブツと呟き続けているドルバル。なんだ? 自害でもしようと言うんじゃないだろうな?

「……ドルバル叔父様。今回、叔父様の野望のために何人の人が巻き込まれたのですか?」
『ヒルダ?』

 ふと、泣き腫らしたままの顔のままで、ヒルダはドルバルを問い詰めるような質問をする。上の空に近かったドルバルは、ヒルダの言葉に反応して顔を向けてくる。

「今更、それが何だというのだ」
「答えて下さい……いいえ、答えなさい! ドルバル!」

 途端に、場の空気が変わった。
 ヒルダが、ドルバルのことを『叔父様』ではなく、『ドルバル』と呼びつけたのだ。睨むように、叱責するように。

 あまり気負うな……と、そう言ったばかりだというのに。ヒルダはコレが、自分のしなければならないことだと判断したのだろう。

 ならば俺は、それを助けるとしようではないか。

「巻き込まれた人間の数……か。そうさな、ワルハラ宮に詰めていた人間全てと、国内の貴族連中は直接には何も無いだろうが、今回のことで多少なりとも面倒を掛けたと言えるだろう。……直接の被害は神闘士か? ジークフリードやハーゲン、それに其処に居る聖闘士の小僧に全滅させられてしまったのだからな」
「神闘士達が……」
「この国を護るべき神闘士が、よもや白銀聖闘士の一人に壊滅させられるとはな。最早この国に未来は有るまい。聖域から兵が派遣されれば、アスガルドは瞬く間に聖域に呑み込まれよう」
『ドルバル、そうは成らないだろう?』
「……ヌ?」

 不安を煽るように次々と口にしていくドルバルの言葉を、俺は横から口を挟んでぶった斬った。――まぁ、正確には精神感応(テレパス)に依る言葉なので、口を挟むとはいえないかも知れん。

『現在の聖域には、聖闘士の数がまだまだ足りない。そもそも聖域は、聖戦に備えて力を蓄える必要があるんだ。そんな準備期間中に、アスガルドと事を構えるのは得策じゃあない。教皇からの親書には、相互不可侵に関しての内容とか書いてあったんじゃないのか?』
「小僧……貴様」
『教皇は、恐らくはアンタの内面を理解してたはずだ。あの人は、色々な意味で普通じゃないからな』

 コレは俺の勝手な予想だが、教皇――サガは、アスガルドの内情と、其処に居る人間の関係性を見抜いていたのではないか? と思う。

 俺が持ってきた親書。
 内容は封蝋がしてあったため当然知らないが、しかしそれを読んだ際のドルバルの反応。一通り読み終えた後に口にした、《フフフ……教皇め》といったあの台詞。

 アレは、単純に教皇がアスガルドやドルバルをヨイショする内容が書かれていた訳ではないだろう。もっと別の、例えば

 アスガルドで謀反を起こしたとしても、聖域はなんのアクションも起こさない――

 等といった、密約めいたことが書いてあったのではないだろうか? そう考えれば、ヒルダが戻ってから直ぐ様に行動を起こしたことにも説明が付く。まぁ、そうすると聖域側の人間である俺にちょっかいを掛けた理由が希薄になるのだが、コレも粗方の予測はついている。

「ドルバル……。貴方の野望に便乗し、神闘士としての責務を忘れて私欲に走ったロキ達には何も言いません。ですが、これからのアスガルドを導くには、今の私には足り無い物が多すぎます」
「……何を言っている、ヒルダ?」

 怪訝そうな表情を浮かべるドルバルに対して、ヒルダは決心したような強い眼差しをしている。足りない部分があるのなら、助けて貰えば良い……か。

「貴方が、今回の出来事に対して少しでも後悔しているのなら、その贖罪として貴方の能力をアスガルドのために使ってください」

 ドルバルに手を伸ばしながら、ヒルダは説得をする。アテナもそうであったが、罪を赦すということが如何に大切かということだろう。

 もっとも、罪を赦すという愛だけでは、この世界は変わらない。
 だからこそ、俺の様な聖闘士等といった職業が存在するのだ。

「ヒルダ……余が、それを受け入れると思うか?」
「解りません。ですが、私には貴方の力が必要です」
「……」

 ドルバルは困惑しているのだろう。
 目の前に居る、ヒルダの変わり様に。確かにまだまだヒルダは子供で、考え方も幼く、また理想を実現させるだけの能力も持ちあわせては居ない。

 しかし、今こうして、自分に課せられた使命に正面から向きあおうとしている。その為に、自分の命を狙ったドルバルを許そうとしているのだ。

 二人の間に流れ静寂。
 とは言え、それが何時迄も続くことはない。

「フ、フフフフ、フハハハハハ! 甘い! 甘いな! ヒルダよ!」

 声を上げ、ボロボロの身体で小宇宙を高めだすドルバル。
 俺はヒルダに視線を向けるが、ヒルダは只々ドルバルの行動を見詰めているだけだ。

「言ったはずだぞヒルダよ! 余の望みは、このアスガルドを我が物とし! 地上界の全てを手に入れることだとな!」
「…………」
「今更、再びお前の下になどっ!」

 声を荒らげて駈け出したドルバル。
 向かうのは勿論、一直線にヒルダに向かってだ。
 ソレがどれ程の量であろうとも、小宇宙を伴った一撃だ。ヒルダがその身に受けでもすれば唯では済まないだろう。

 だから、俺は

『ドルバルッ!』

 奴に向かって踏み込み、

 ズォン!!

 自身の右の手刀を、

「――う、ぐぅお……!」

 ドルバルの胸へと突き立てたのだった。

「ドルバル……叔父さ」

 突き刺した手刀を胸から抜くと、傷口から周囲に血飛沫が舞う。雪の舞う石床に、真っ赤な斑点を撒き散らしていった。

 崩れるように、後ろ向きに倒れるドルバル。ソレを尻目に、俺は腕を振るって血を払っていた。

「――ガハッ! ゲホ! ガホ!! は……見事だ、聖域の聖闘士よ」

 口から血を吐きながら、ドルバルこんな時にまで偉そうな口調を崩そうとはしない。とは言え、どうして《態々こうされる事を望んだのか》? ドルバルの持っているプライドが原因なのか、引くに引けない訳でも有ったのかは知らないが、余計なことをさせる。

 ――あぁ、いや。ケジメの意味もあるのかな、コレは。

 これだけの騒ぎだ。
 例え何が有ったとしても、ドルバルが犯人だったということを公表せずに収めることは出来ないだろう。しかし、もしヒルダの提案にのって元の鞘にドルバルが収まれば、それは下の連中に対する示しがつかなくなる。

 ドルバルの存在は、そういう意味では毒としての作用が強すぎるのだ。……まぁ、だからと言ってその止めを俺にやらせるのは、やはり勘弁して貰いたかったが。

「これで終わりだ。余はアスガルドを我が手にせんと謀反を起こした、大罪人としてこのまま死んで逝く」
「ドルバル……貴方は、どうして?」
「……何時からだったか。今となっては解らぬが、余は自らの内側にドス黒い感情が有ることに気がついた。それは日増しに大きくなり、お前の補佐をすればする程に歯止めが効かなくなっていったのだ」

 アスガルド治め続ける毎日、そうして自らの力を確信して行く日々の中で、ドルバルは人間らしい選択をしてしまったのだろうか?

「一度壊れてしまっては、二度と同じようには出来ぬ。仮にお前の言う通りに手を貸したとしても、余は必ず、再びお前を裏切るだろうよ」
「私は、それでも……」
「今度は、聖闘士が何人現れようとも盤石な最強の布陣を敷いてな」

 ドルバルは弱々しい笑みを浮かべて、軽口を言う。
 聖闘士が何人来手も――と言うのは、あの黄金の連中が攻めてきても、と言うことだろうか?

 少なくとも俺は、アレを止めるのは人間のカテゴリーから外れた連中を用意しない限り、不可能だと思う。

「しかし……何か、切っ掛けが有ったようにも思えるのだが、な。今となっては、余りにも意味のないことか。フフフ――ゴホッ! ゲフ!」

 自笑するように小さく笑うが、直ぐに苦しそうな咳をする。
 段々に力が入らなくなってきたのだろう、瞼を開くのも辛そうになってきていた。

『ドルバル、アンタに聞きたいことがある。アンタを其処までボロボロに傷めつけたのは、俺なのか?』
「……なに?」
『誰かが出てきて、お前を倒したとかじゃないのか?』
「何を言っておるのだ?」

 俺の質問に、ドルバルは本当に意味が分からないといった雰囲気で聞き返してくる。どうやら誰かの乱入が有ったとかいう訳ではなく、本当に俺が知らないうちに倒したらしい。

 ……聖衣が暴走でもしたのだろうか?
 しかし、仮に自己防衛が働いたとしても、元々の俺の実力に変化はない筈である。やはり、火事場のクソ力的な――あぁ、そうか。
 喉か。

 五感の一つである声。いわゆる喉を潰されて使えなくなったことで、俺の小宇宙が一時的に増大したのではないだろうか?だからこそ、圧倒的な強さを持っていたドルバルを、こうも一方的に叩くことが出来た……。

 これは、聖域に帰ったらシャカを見返すチャンスでは!?

 どこまで信じて良いのか解らないが、星矢はドルバルの実力を《黄金聖闘士並》――みたいなことを言っていたはずだ。

 ヤバイ……急に聖域帰ることがワクワクし始めたぞ!

『…………』
「クライオスさん?」
『――あ、すまん。ちょっと考え事をしてた」

 急に無口になった――まぁ、実際は声が出ないのでずっと無口な侭なのだが――俺の様子を心配してかヒルダが声を掛けてきた。
 とは言え、何かあった訳ではないので気にしないように伝える以外はない。

 ヒルダは俺の返事に少しだけ首を傾げそうになるが、しかし直ぐに視線毎ドルバルへと向けてしまう。

「ドルバル、私はアスガルドの神であるオーディンの地上代行者として、これからは自らの為すべき事に全力を注いでゆきます」
「……そうか」
「今の私には足りない部分が数多く存在しますが、誰かに助けを乞うてでも前に進んでいきます」
「……あぁ」

 何かに耐えるように唇を噛みしめるヒルダは、何度か言葉を口にしようとするが中々それが出来に出いる。俺はヒルダの肩にそっと手を置くと、――頑張れ――と念じる。

 ヒルダは身体を震わせながら、

「……ドルバル……叔父様、今まで、ありがと……う、ございました」

 声までも震わせて、ドルバルに別れの言葉を口にした。
 ドルバルからの返事はなかったが、しかし、これで今回の事件は一段落だろう。

『ヒルダ』
「ぅライオス、さん」
『取り敢えず、今は泣いておけ。誰も、咎めたりはしないから』
「うぅ、う、……ぅあああああああああ!!」

 泣きじゃくるヒルダを抱きしめて、優しく頭を撫でていく。
 小宇宙を燃やして、少しでもヒルダに暖を取れるように、僅かにでも安らげるようにするとしよう。

 自身の命を狙った相手だとはいえ、ヒルダが肉親の死を初めて体験した出来事だったに違いない。小さな子どもに背負わせるには、余りに辛い。願わくば、この土地に住む者達がヒルダの心を癒してくれるように……

 うん? この土地に住む者?

 自分で思ったことに対して、不意に疑問が頭をよぎる。
 何か忘れていないか?

 忘れてしまっている何かに対して思考を巡らせると、困ったことに直ぐにその何かに思い当たってしまった。

 自身の胸でヒルダが泣いている状態で、俺は口元を《ヒクリ……》と動かす。その視線の先は崩れ去った岩壁、その更に奥である。

 瓦礫の中からフツフツと燃えている、怒り……だろうか? 兎に角そういった類の小宇宙を感じる。――ジークフリードとハーゲンのことを、少しばかり忘れてしまっていたようだ。

 何故に、この状況でそんな小宇宙を燃やすのかが理解に苦しむが、しかしあの二人は思いの外に良く頑張ってくれた。実際、俺だけでは間違いなくドルバルに負けて死んでいただろう。

 俺は、恐らくはジークフリードが埋まっているであろう瓦礫に向かって、

 ニコッと

 良くやってくれた、ありがとう――といった意味を込めて、笑みを浮かべる。だがどういう訳か? ジークフリードから返って来たのは更に怨念めいた、ドス黒い小宇宙であった。

 ……何故だ?




[14901] 第37話 アスガルド編最終話
Name: 雑兵A◆fa2f7502 ID:6e6e9e42
Date: 2015/01/14 09:04



 疲れた……。

 自身の体温に依るものだが、適度に暖められた布団の中で俺は只管に惰眠を貪っていた。1日の間に神闘士2人と、他称黄金級のドルバルト戦ったのだ。疲れが無い――なんて訳が有る筈もない。

「はぁ……」

 ベッドの上で転がると、溜め息を吐いて天井を見上げてみる。
 俺としてはさっさとギリシアに帰りたいところだったのだが、誠に残念なことに戦闘後の俺の身体は正にボロボロ。
 歩くだけでも激痛が走るといった有り様だったため、こうして休養をしているのだが……まぁ、それも、もう直ぐ終わりになりそうである。

 何故? それはまぁ、怪我が治りつつ有るからである。
 ビバ、健康! 素晴らしき回復力。
 子供のうちは治りが早いモノなのだろうが、こうも早く治ってくれるとは嬉しい限りである。

 もっとも、声の方は相変わらずである。
 潰れた喉の痛みは引いているが、声はまだ上手く出せそうにない。

 ――もっとも、溜息の理由は当然『怪我をしてたから辛い』なんてことではない。修行時代は怪我なんてのは日常茶飯事、怪我をしていない時のほうが珍しい――いや、奇跡のような状態だったのだ。
 だからまぁ、良くはないのだろうが怪我自体は慣れっこだから問題には成らない。

 問題は、

 ドルバルが教皇から受け取った親書、か。

 そう内心で思い、懐から取り出したのは教皇からドルバルに宛てられた親書である。ドルバルの騒ぎが一段落した後、俺は(勝手に)ドルバルの私室をガサ入れし、この親書を回収しておいたのだ。

 まぁ、今回のドルバルの行動はこの親書に何らかの理由があるのでは? と、そう思ったからの行動だったのだが。
 答えはもう、真っ黒。黒も黒のドス黒いクロであった。

 教皇――サガは知っていたのだ。ドルバルの野心と、ヒルダの現状を。ソレを踏まえた上で、親書には『アスガルドでの出来事に、聖域が何らかの手を入れることは決して無い』とか、暗にクーデターを起こしても構わないぞ――といったニュアンスが多数盛り込まれていたのだ。

 そのうえ酷いことに、『この度、そちらに送った聖闘士は未だ成り立てゆえ力不足。とは言え、その力量不足故に起こった事故に関しては、前述のとおり聖域からの見聞は一切行わない』といった文言まである。

 これはもう、な。
 サガの奴は、俺を出汁にしたのだ。
 始末しようとしたのか、それともアスガルドの内乱を助長させたかったのか、その正確な判断はしかねるがな。

 とは言え、この親書はアスガルドに置いてはおけないだろう。
 もしこんな物が誰かの目に止まっては、アスガルドの聖域に対する不信感が増大することにしか成らない。

 中身はともかく見た目は子供の俺が、どうしてコンナことで悩まなくては成らないというのか? しかし、こういったことも含めてアスガルドの平和とやらに貢献していく必要があるのだろう。

 ……本当、俺ってアテナの聖闘士なんだけどね。どうしてアスガルドのことを、こんなに考えなくちゃならんのか。

 はぁ……と、溜め息を吐いて親書を封筒ごと懐にしまうと、丁度いい具合に

 コンコン!

 と、ドアがノックされる。
 なんぞ? と首を傾げると、

「クライオス殿! お時間よろしいでしょうか!」

 ドアの外から、随分の元気のいい声が響いてきた。これはワルハラ宮にて務めている、雑兵Aの声だろう。

「(――何かようか?)」

 本当は、大方何の用であるのかを把握している俺ではあるのだが、こうやって聞いたのは会話のキャッチボールと言うやつだ。
 もっとも、声が使えずに専ら|精神感応《テレパス》による返事であるため、会話のキャッチボールと言えるかどうかは疑問だが……。

「お疲れのところ、申し訳ありません。――クライオス殿にお会いしたいという貴族が来ておりまして……」

 幾分だけ、申し訳無さそうに声を尻すぼみにさせていく雑兵。……まぁ、ここ2~3日の俺のスケジュールを知っているコイツにしてみれば、多少は同情を誘うような状態なのだろう。最近の俺は。

 ヒルダの救出から程なくして、俺に待っていたのは完全なオフタイム――等ではなかった。ドルバルの1件を耳にしたアスガルドに住む有力貴族というやつが、こぞって駆けつけてきたからだ。
 皆が皆、『何らかの理由』でヒルダの心配をしている者達なのだろうが、その連中は揃いも揃ってこう宣うのだ。

『聖域から来られたという、聖闘士殿にお会いしたいのだが?』

 と。

 聖域とのパイプでも欲しいのか? それとも個人的に俺との繋がりが欲しいのだろうか?
 まぁ、そういった連中には残念なことに、俺にとっては幸運な事に、俺ことクライオスは聖域に於いて然程重要なポストに居る訳でもない。そのため、俺との繋がりから聖域に打診する――みたいなことは不可能である。

 ……まぁ、個人的には聖域の最大戦力(黄金聖闘士)と関わりがあるのだが、俺との関係が有るから――と、あの連中が動いてくれるとは到底思えない。

 故に、そういった下心で近づいてくる連中は敢え無く撃沈しているというわけだ。もっとも、中には本当に感謝の言葉を言いたくて呼びつけている奴なんてのも居るがね。

「(――解った。直ぐに行くから、向こうにはそう伝えておいてくれ)」
「ハッ! 畏まりました!」

 ドアの向こうで敬礼でもしたのだろうか。元気の良い返事をして、雑兵Aは去っていった。俺を捕まえて地下牢に連行した時からそうだったが、何とも騒がしい人物である。

 まぁ、それにしても……だ。今回、俺に会いたいと言ってきた貴族はどんな奴なのか? 多少はまともな奴だと良いのだが。


 ※


 ……はぁ。

 思わず漏れる溜め息。
 貴族なんて連中と話すのは、どう考えても俺の仕事ではないな。この日に相手をしたのは比較的にマトモな分類に入る人間だったが――まぁ、頭が硬いというか、ジークフリードに近いタイプの奴だった。アスガルドのことだけを考えれば優良貴族なのだろうが、その分だけ融通は利かなそうである。
 人材……不足してるな、アスガルドは。

「お疲れですか? クライオスさん?」

 ふと、横合いから声が――って、フレアか。
 部屋へと帰還中の俺に、後ろから駆けてきたフレアが声をかけてくる。しかし疲れてるのかって? 何を聞くのか。

「(フレア? ……ハハハ、疲れてるって誰が?)」

 この程度のことで疲れていては、俺はとっくの昔に聖域で衰弱死しているだろうよ。

「でも、随分とゲッソリした顔してますよ?」
「(……はい……すいません。本当は結構疲れています)」

 俺はアッサリと意見を覆した。
 仕方がないだろう? 溜め息が漏れるくらいに大変なのだ。そもそも、俺のことなんて放っておいてくれれば一番良いのだが、この国の連中からすればそういう訳にも行かないのかもしれない。

「申し訳ありません。皆、今回のことで必死らしくて」
「(必死……ね。まぁ、そうだろうな)」

 フレアが何処までその言葉の意味を理解しているのか解らないが、少なくとも貴族連中からすれば本当必死そのものだろう。
 ドルバルの暴走に何の対処もできなかった。場合によっては、それに同調しようとしていた連中だって居たかもしれない。
 ヒルダが国のトップという訳ではないのだろうが、それでも、少なくとも教義のトップでは有るのだ。もし、そんなヒルダに敵視でもされようものならば、この国では生きていけなくなるだろう。

 そういう意味では、彼等も彼等で必死なのだ。
 ただ――

「(――ただ、その必死さを俺の方にまで回すのは止めて貰いたい。俺、こう見えても怪我人なんだけどね)」
「元気そうに見えちゃうから、じゃないですか?」
「(……そりゃ、死ぬような状態ではないけどさ)」

 とは言え、少しくらいは労りが欲しいこの頃である。
 声が出せないという部分で、少しくらい察してくれても良いのではないだろうか?

 スタスタと廊下を歩き続けると、その後をトコトコとフレアが付いて来る。何処まで行っても不思議なことに、トコトコとフレアは付いて来る。

 おや? っと、フレアを見てみると、何やら言いたそうな……言いにくそうな表情をしている。
 ……何か変なところであるだろうか?

「あの……クライオスさんは、いつか聖域に帰ってしまうんですよね?」
「(む……いつか?)」
「は、はい……」

 再び、何やら凹んだように俯くフレア。
 しかし、いつか――なんて言われても

「(正直、明日にでも帰ろうと思ってるんだけど?)」
「えっ!?」
「(え?)」

 正直に告白をすると、何やら酷くビックリしたような表情に成るフレア。……何か驚く内容だったか?

「明日って……そんな急すぎるじゃないですか!」
「(と、言ってもな。俺って一応は聖域の聖闘士だし、今回は親書を届けに来ただけの人間だからな。早く帰って別の仕事をする必要があるんだよ)」
「で、でも! 怪我だってまだ完治してないではないですか!」
「(これくらいの怪我は、聖域に居た時なら日常茶飯事だったから……)」

 と言うよりも、徐々に回復しているので、体の方はもう大丈夫だ。それに、実際に此処で療養するよりも、カノン島にでも行ったほうが良いような気がする。

「でも……それじゃあ、お姉さまは……お姉さまの気持ちが……」
「(ヒルダ? どうして其処でヒルダが出てくるんだ?)」
「なんでって……」

 再び言いづらそうにするフレアだが、俺にしてみれば『ナンノコッチャ?』といった具合である。俺が帰ることと、ヒルダの気持ちにどの様な繋がりがあるというのか?

「(まぁ、ヒルダが心配じゃないと言ったら嘘になるけど、俺が居なくても今のところ何の問題もないだろ? ……防衛的な話なら、今はジークフリードやハーゲンが居る。寧ろ他所の人間である俺が、いつ迄も|此処《アスガルド》に居ないほうが良いだろ)」

 これは、本気で俺が思っていることだ。
 確かにヒルダは心配だが、心配の種だったドルバルが既に居ないのだ。当面の問題は、クリア出来ていると言っても過言では有るまい。

 寧ろ、|聖域《サンクチュアリ》からの配達人でしか無かった俺が、いつ迄もこの国でジッとしていることの方が問題が有る。
 もしかしたら、|教皇《サガ》に更に目をつけられる原因に成るかもしれないからな。
 つまり、今現在に於いてアスガルドに居続ける理由が、俺には無いのだ。
 ……さっさと帰って|教皇《サガ》への任務完了の報告と、それから休暇の申請をしたいものだ。

 と……あら?
 フレアが不思議と、それはもう酷く睨んでラッサル。

「クライオスさん、一応聞きますけど」
「(うん?)」
「……お姉さまには、帰ることを伝えたんですか? ……いえ、仮に伝えていたとしても、納得してくれたのですか?」
「(……わっつ?)」

 思わず妙な返事をしてしまったのだが、……はて、この娘っ子は何を言うておるんだ?

「(ヒルダには帰ることをまだ伝えてないけど、そもそもどうして其処にヒルダの許可が必要に成るんだ?)」

 首を傾げ、眉間には深い皺の谷間を形成しつつ、フレアに疑問をぶつけてみる。俺は|聖域《サンクチュアリ》の人間であって、ヒルダの配下じゃないんですよ? ――と。

「許可? 許可ってなんですか? そういうことじゃありませんよっ!」
「(……何故怒るんだ?)」
「怒ってませんよ! 呆れてるんですよ!」

 何故に呆れられなければならないのか理解不能であるが、それは呆れつつ怒りが沸騰しているのでは? と、結構冷静に考えてるな、俺は。

「(少しだけで良いから、ちょっと落ち着けフレア。……大体だな、今のヒルダは朝から晩までドルバルが抜けた穴を埋めるために公務に勤しんでいるじゃないか?)」
「そうですけど、それが何か?」
「(何かって……まともに合うことも出来ない状態で、話をするでもないだろ?)」
「は?」
「(え?)」

 冷静に説明をしていたはずなのに、急激にフレアの雰囲気が悪化していく。言ってしまえば

『何言ってるんだ、コイツ……』

 といった感じで……もう、本当に訳がわからない。
 思春期の子供の面倒を見る親御さんって、こんな感じなのか?

「(フ、フレア?)」
「――クライオスさん」
「(!?……な、なにだね? その、な……普段ニコニコしてる子に睨まれると、ちょっと怖いんだけど?)」
「アスガルドの|神闘士《ゴッドウォーリア》を打ち倒し、ドルバル叔父も倒したクライオスさんなら、私みたいな小娘に睨まれたくらい何でも無いでしょ」
「(言葉に凄い、刺を感じるんですが?)」
「そんな、どうでも良い事は気にしないでください」
「(それって、どうでもいい事なんだ……)」

 目の前の空間が歪むのではないか? という程に、強烈な視線を叩きつけてくるフレア。血管切れるぞ? なんて、そんな軽口を挟むことさえ躊躇してしまうような凄みを、俺は今のフレアから感じている。

 まぁ……変な言い回しをしても、結局のところは、

 フレアがやたらと睨んでる――と言う部分に終着するだけなんだがね。

「(――兎に角、今のフレアが何を考えているのか良く解らないけど、俺がいつ迄もここに居るのは良くない――ってことだけは、理解しておいてくれ)」
「良いとか悪いとか、そういう難しい話じゃなくて!」
「(然らばゴメン)」

 恐らくはこれ以上の建設的な話し合いは困難であろう――と、俺は勝手にだが判断を下す。睨むフレアにそう告げると、そそくさとその場所から逃げ出すことにした。

「あ! クライオスさん!」

 足早に立ち去っていく俺の背中からフレアが声を上げるも、俺はそれを無視するように部屋へと逃げていく。
 スマン。今のフレアの視線は、ある意味ではドルバルよりも怖い。

 流石に全力で駆ける訳でもないが、|一般人《フレア》に追いつかれない程度には足を早めている。……寧ろアッサリと追いつかれたら、ソレはソレで問題な気がする。

 ――しかし結局、フレアは何を言いたかったのだろうか?
 ……良く解らないが、ヒルダに会っていなかったことは、フレアが特に気に入らない事の一つだったように感じられる。

 明日、帰還前にヒルダには顔を見せるようにしておこう。
 まぁ、流石にソレくらいは当然か。
 明日は早い内にヒルダに挨拶に行かなくては成らないな――と、そうなると早く寝ないといけないな――と、そんな風に考えるのだった。

 ――が、


 ※


「クライオスさん」

 世界はやはり、俺に対して優しくはないようだ。
 部屋の前にはあろうことか、件のヒルダが陣取って俺の帰りを待ち構えていた。
 言い方が悪いって? ……それはきっと、フレアの所為だろう。

「(どうしたんだ、ヒルダ? こんなところで?)」

 首を傾げてヒルダに尋ねると、ヒルダは少しだけ困ったような表情を浮かべて此方を見返してくる。

「クライオスさんと、御話をしたいと思ったものですから……」
 
 少しだけ、影を持ったような言い方をしてくる。
 やはり、疲れが溜まっているのだろうか? ……側に仕えているはずのジークフリードは、そういう部分に気を回すことが出来ないタイプだろうからな。

 そう言えば、ヒルダの侍従をしていると言っていたイーリスはどうしたんだろうか? ドルバルとの戦闘前に初顔合わせをしてから、一度も顔を合わせていない。

「(……まぁ、それなら部屋に入ると良い。俺も丁度、ヒルダと話さなくちゃいけないと思ったところだからな)」
「良いんですか? その、お部屋にお邪魔しても?」
「(此処はワルハラ宮だぞ。ヒルダが入ってはいけない場所なんて、そんな所無いだろ)」

  何やら遠慮するような言い方をするヒルダに入室を促すと、何故か少しだけ寂しげな表情を浮かべながらヒルダは部屋の中へと入ってくる。

「(少し外に出てたから、部屋の中が寒いな。ヒルダ、毛布を被ってた方が良いぞ)」

 と、俺は布団から毛布を引きずり出してヒルダに手渡した。
 ヒルダは小さく「有難う御座います」と告げると、ソレでグルリと全身を覆う。

 ……うん。可愛らしいもんだ。

 俺はヒルダには部屋に備え付けられている椅子を勧め、俺は対面になるようにベッドに腰を落ち着ける。

「(――さて、ヒルダ。こんな時間にどうしたんだ? お前だって、公務で疲れてるだろうに)」

 ズルいかもしれないが、先ずは此方からヒルダの来訪の意図を確認する。俺が|聖域《サンクチュアリ》に帰る事を伝えた後では、聞きそびれる可能性があるかも知れないからな。

 しかし、ヒルダは俺の問いかけに

「え?」

 と漏らすと、何やら言い難そうにソワソワとし始めた。

「――えぇっと、その……どうしたと言いますか……」

 しどろもどろと言うのだろうか? 何故か理由を今考えているような雰囲気をヒルダから感じてしまう。
 ……もしかして、単純に俺に会いに来たかっただけか?

 ……まさかね。
 仮にそうであったとしてもストロベリー的なことではなく、気分転換的な意味合いが強いだろう。

「(ヒルダ、公務の調子はどうなんだ? やってみて、大変だって感じはしないか?)」

 上手い『この場所に来た理由』を考えていたヒルダに、俺は続けて違う質問をする。どうにも、このまま考えさせていたら先に勧め無さそうに思えたからだ。

 ヒルダは俺の言葉に目をパッと開くと、思い出すようにしながら話しだした。

「――はい。やはり、大変ですね。初めて行うことが多く、沢山の人達に助けてもらっています」
「(文官みたいな連中か?)」
「えぇ。今まで、私の知らないところで、沢山の人達がアスガルドのために働いてくれていました。今回のことで、私はその事をよく知りました」
「(そうか……。良かったな、ヒルダ)」

 思わず上から目線というか、保護者的な視線からヒルダに笑みを向ける。精神的に年をとってるからな……俺は。
 とはいえ、ヒルダは嬉しそうに満面の笑みを浮かべて

「はい!」

 と返事を返してきた。
 本当に、こんな娘を殺すとか何を考えてたんだか、ドルバルの奴は。……まぁ、アスガルドの掌握と、世界征服を考えていたんだろうけどな。

 俺は笑顔を浮かべているヒルダに少しだけ照れながら、自分の髪の毛を少しだけ掻き上げた。
 |魚座《ピスケス》のアフロディーテの命令で短髪にすることを禁止されているため、時折コレが邪魔に感じて仕方がない。

 ――と、俺の動きが怖かったのか、ヒルダが目を見開いて此方を凝視している。いかん、いかん。相手が子供だってことも有るが、俺とは違ってヒルダは一国のトップである。
 俺の振る舞いが原因で、|聖域《サンクチュアリ》との関係に傷が出来ては大変だ。

 俺はベッドから立ち上がると、ヒルダに向かって歩み寄る。
 そして――

 ポスっ……!

 と、ヒルダの頭に手をおいて、優しく、軽く撫で付けた。

「……あ」
「(なんでもかんでも独りで――っていうのは、余程の完璧超人じゃなければ不可能だからな。前にも言ったけど、出来ないことは、出来る奴に助けて貰え。まぁ、そういった完璧な奴を目指すのは良いけど、今はユックリ頑張っていけば良いさ。お前を助けてくれる奴ってのは、結構いっぱい居るんだからさ)」

 正直、うろ覚えだから何とも言えないのだが、ヒルダは完璧超人になれる可能性はあるのではないだろうか? と、思う。
 真の|神闘衣《ゴッドローブ》に在るオーディンサファイアを捧げることで現れる、オーディンローブ。それをヒルダが身に付けることが出来るのかどうか疑問だが、少なくともアスガルドに安定をもたらすだけの|小宇宙《コスモ》を有するに至るのは事実だ。

 適正もあるのだろうが、あのアテナでさえ1日保たせるのがやっとだった事を、ヒルダは軽々とやってのける。

 恐らく、単純に|小宇宙《コスモ》の過多だけで見れば、ドルバルに匹敵するほどの強さを身につけることだろう。
 ……なんだかズルい気がするが。

「――イオスさんも……」
「(うん?)」

 脳内シュミレーションをしていると、不意にヒルダが何かを言ってきた。その声に耳を傾けると、ヒルダは頭を撫でていた俺の手を取ってギュッと握りしめてくる。

 なんぞ?

 と、急なことに驚く俺だが、真っ直ぐに視線を向けてくるヒルダにお巫山戯で返すことは出来そうにない。

「……」
「…………」

 ヒルダからの言葉を待ち、当然の訪れる静寂。
 この空気は……なんか非常に居づらい!

「……クライオスさんも、『私を』助けてくれますか?」

 俺の内心を読み取った訳ではないだろうが、意を決したのか、じっくりと時間を掛けてヒルダが口にした言葉はそれだった。
 真っ直ぐに、懇願するのではなく、願う様に尋ねてくるヒルダ。
 ……チョットばかり驚いたが、そういう質問か。
 しかし、そういうことならば俺の答えは決まっている。

「(当たり前だろう。俺は、お前をどんな時でも助けるさ)」

 前々から決めていたことだ。
 でなければ、わざわざドルバルと戦ったりはしない。
 俺は、その事を再び、今度は口に出して――まぁ、正確には声が出せないので|精神感応《テレパシー》でだが、そのことを笑顔と一緒にヒルダへと伝える。

「あ――っ……」

 小さく声を漏らすようにするヒルダ。
 嬉しかった……のだろうか? ヒルダは握りしめていた俺の手に、更に強く力を込めてくる。
 ちょ、痛い!
 思ったよりも握力が強いよ、この|娘《こ》!
 その後、続けざまに、感極まったように俺の手を抱きしめるヒルダ。……なにか、俺は選択肢を間違えたのであろうか?

 ウットリとしたように、目元を蕩けさせているヒルダに、俺は少しだけ困ってしまう。

「クライオスさん……」
「(――あー、なんだ、少し落ち着けヒルダ。まだ、俺から聞きたいことが有るんだ)」
「……え? ――あっ!? は、はい! すいません!」

 慌てたように俺の手を離し、ヒルダは勢い良く頭を下げてくる。
 ……いや、まぁ、良いけどね。

「(えーっと、そう、ジークフリードだ。アイツは、今何をしてるんだ?)」
「ジークですか? ……頑張ってくれています。私の護衛だけではなく、執務の方も手伝おうと夜遅くまで勉強をしているようで」

 へぇ、流石はジークフリード、だな。
 アイツなぁ……どう考えても、ヒルダを崇拝以上の気持で見てるとしか思えないんだよなぁ。……まぁ、それが別に悪いとか言う訳じゃないけど。
 ただヒルダの方は、きっとそう云うつもりはないんだろうな。

「(アイツも、それなり大怪我してたはずなのにな……)」
「本当に、彼には申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 顔を俯かせるヒルダであるが、ジークフリードはきっと、ヒルダが笑みを浮かべるだけで簡単に元気一杯になるんだろうな。

「ハーゲンはフレアの護衛をしていますし、フレアも私のことを気遣ってくれて……」
「(フ、フレア?)」

 部屋に戻る前にフレアに色々と言われたこともあって、ちょっとだけ言葉を詰まらせる。

「はい。今日も私の仕事を手伝うと言って、いつもより早く執務を終えることが出来ました」
「(……そ、そうなんだ)」

 こうして此処にヒルダが居るのも、全てはフレアが原因ということか。
 まぁ、ヒルダが居て困るということではないから別に良いのだが、フレアは俺に何をさせたいのだろうか?
 俺に対しても、何やら怒っているような感じだったしな。

「……クライオスさん。クライオスさんは、|聖域《サンクチュアリ》の|聖闘士《セイント》ですよね?」

 ふと、急にどうしたのだろうか? ヒルダは既に解りきっているだろう事柄を聞いてくる。俺はその質問の理由が解らずに、首を傾げた。

「クライオスさんは、私のことを助けてくれるって言ってくれました。でも、クライオスさんは……|聖域《サンクチュアリ》に、帰ってしまうのですよね?」
「(……あぁ。俺は元々、親書を届けるためにアスガルドに来た人間だからな。用件が済んだなら、|聖域《サンクチュアリ》に戻らなければならない)」
「そう……ですよね」

 ずっと此処にはいられない。それは、元々決まっていたことだ。そもそも、聖闘士である俺がいつまでもアスガルドに居ることは出来ない。何せ聖闘士は元々女神アテナの為に闘う者なのだ。その聖闘士が、オーディンの治めるアスガルドに入り浸っていてはバツも悪くなろうと言うものである。

 それに、

「(もう一つ理由が在る。残酷な言い方かも知れないが、此処にいては俺の喉は治らない)」
「――あッ!?」

 自分の喉を手で抑えて伝えた言葉に、ヒルダはハッとしたように成って俯いてしまった。ドルバルトの闘いで潰された喉の事を思い出して、自責の念に駆られてしまったのだろう。

 まぁ、声を出さないというのも、一応は修行に成るようだからそれほど気にはしてないのだけどな。

「(ヒルダ、俺がお前を守ってやる――と言ったのは嘘でも何でもない。俺の本当の思いだ。だが、だからと言って俺だけがお前の味方という訳じゃないんだぞ? それは、もう解っていることだろう?)」
「……はい」

 返事はするが、しかしやはり落ち込んでいるようなヒルダ。
 俺は苦笑を浮かべ、再びヒルダの頭に手を置いた。

「あぅ」
「(フレイもそうだが、ジークフリードにハーゲン、それと文官の連中に、それとイーリスだってお前の手助けをしてくれるんじゃないのか?)」
「それは……ジークも、皆も私を助けてくれ――……イーリス?」
「(どうした?)」

 不意に言葉を止めて、眉間に皺を寄せるヒルダ。
 なにやら疑念と攻撃的な意思を伴った|小宇宙《コスモ》が、ヒルダの奥底から感じる。

 ……なんで?

「クライオスさん。イーリスとは、誰のことですか?」
「(……なんだって?)」
「イーリスとは、何処の誰のことなのですか?」
「(何処の誰って……。ワルハラ宮で働いている侍従のことじゃ――)」
「私は、そのような人物は知りませんけれど?」

 なんだって? ヒルダはイーリスを知らない? そう言ったのか?
 だってアイツは、自分をヒルダの侍従だと言って――あぁ、いや、ちょっと待て……。

「(なにか、可怪しいぞ)」

 不意に、俺の中にも疑念が浮かび上がってくる。
 確かにあの女、イーリスは自分のことを『ヒルダの侍従だ』と言っていたが、そのことに関して俺は、一切確認も何もしていなかったのだ。

「――あ」

 口元を押さえて、それでも嗄れた声が漏れだしてしまう。
 そもそもあの時、どうしてあの場所に侍従何かが居られたんだ? 敵だったロキの言葉を全部信じる訳じゃないが、奴は一般人はワルハラ宮から遠ざけたと言っていた。

 なら、イーリスは? アイツは一般人じゃなかったというのか?
 ……いや、そうじゃない。一番の問題は――そもそも、アイツは本当にアスガルドの人間だったのか?

 そう考えた瞬間、俺の中で焦燥感が膨れ上がる。

「(――ヒルダ、お前の侍従に、イーリスって奴は居るか?)」
「え? ……いえ、そのような人物は居ません」
「(……そうか)」

 一瞬だけムッとした表情を浮かべたヒルダだったが、俺はソレを上手くフォローしてやる余裕が無くなってしまった。
 俺が頭の中で考えた事柄、イーリスかヒルダの何方かが嘘を付いたのでなければこのような考えは浮かんだりはしない。
 なら何方が嘘を付いたのか? となれば、それは確実にあのイーリスと名乗った女のほうだろう。……少なくとも、こんなことでヒルダが俺に嘘をつく理由など在るわけがないのだからな。

「クライオスさん?」

 未だにヒルダの奥底から奇妙な感情が内混ぜになった小宇宙を感じるのだが、どうやら急ぐ必要が出来てしまったらしい。

「(ヒルダ、俺は今直ぐにでも、|聖域《サンクチュアリ》に帰らなければならいみたいだ)」
「え? ……ど、どうしてですか!?」

 イーリスと言う女のことが気がかりだ。
 どれだけ意味があるかは解らないが、教皇にこの事を伝えて置かなければならない。黒サガではなく、白サガの方であれば、何かしらの防衛策を講じることもしてくれるであろう。……いや、世界征服を考えている黒サガの方も、イーリスという第三勢力の存在を上手く誇張して伝えることが出来れば動いてくれる可能性は大いにある。

 ……まぁ、その場合。
 俺が出来うる限り、サガにとって有用な人間であるということを納得して貰わなければならないのだが。

「(ドルバルの今回の行動の理由。単純に奴が持っていた不満感だけが原因じゃない可能性がある。俺はソレを、教皇に伝えなくてはならない)」

 ……イーリス。
 ここまで考えて、その挙句に奴は味方だ――なんて考え方は絶対にできない。
 アイツは、間違いなく敵だ。

 だが何処の勢力に入る奴なのかを考えると、一番可能性が大きいのは|海王《ポセイドン》配下の|海闘士《マリーナー》だ。聖闘士星矢でアスガルド編が発生する切っ掛けとなったのは、|海王《ポセイドン》側からヒルダにニーベルンゲンの指輪を付けられたからである。

 その流れの1つとして、今回の出来事に絡んでいる――とも考えることは出来るだろう。……まぁもっとも、今の時期に其処まで活動範囲を広げているとは思えにくい部分も在るため、絶対とはいえないのだが。

 俺は其処まで考えると、部屋の入口であるドアに向って歩き出した。もっとも、何も其処から出ていこう――と思ったわけではなく、

「(……お前らも入って来い)」

 外に居る人物たちに|精神感応《テレパス》を送りながら、勢い良く扉を開ける。

 ガチャッ!!

「――あっ!?」
「し、しまった!」
「……!!?」

 ドアの前には、まるで部屋の中を伺うように耳を傾けていたフレイと、簀巻きにされながらも暴れているジークフリードを押さえつけているハーゲンが居る。

 ……いや、何をしているのかは直ぐに解ったが、ジークフリードの格好がどうにも笑いを誘ってくる。

「違いますからね!」

 と、此方が何かを言う前に、フレイは俺を制するように手を翳してくる。
 何がどう違うのか? それをジックリと問い詰めてやりたい所であるが、残念ながらそんな時間さえも今の俺には惜しく感じてしまう。

「(お前たちが何かしらの目的で出歯亀しようとしていたことに関しては、この際目を瞑る。そんなことよりも、伝えておかなくちゃならないことが出来たからな)」
「伝えて置かなければ成らないこと、ですか?」

 疑問を浮かべて首を傾げるフレア以下2名。
 ……ジークフリードは猿ぐつわをさせられたまま、此方に視線を向けてくる。
 怖いわさ、ジークフリード。

「(……内容自体は大した話じゃない。単純に、ヒルダを支えてやれと言うだけのことだ)」
「そんな事は、当たり前のことじゃ無いですか。私はお姉さまの力になることを。拒んだりはしませんよ」
「フレイ様がこう言っているのだ。無論、俺もそのつもりでは有るし。此処に転がっているジークフリードも同じだろう」

 顎をシャクるようにして、床に転がっているジークフリードに話を促すハーゲン。ジークフリードはもぞもぞと動きながらも首をコクン――と動かした。

「(――ソレならいい、俺は、今直ぐに|聖域《サンクチュアリ》に帰ることにしたんでな》」
「えっ!? ど、どうしてです! なんで!?」

 先程のヒルダ以上に驚きの声を漏らすフレア。フレアは直ぐに視線をヒルダへと向けるが、ヒルダはソレに対する答えを持ってはいない。
 まぁ、こんな夜中に出立する等と言われれば、普通は驚くか。

 しかし、ある程度の誤解は解いておく必要があるだろう。

「(別に、アスガルドが嫌だとか……そんな事が理由じゃない。確かに此処は住みやすい土地とはいえないかもしれないが、それでもヒルダを始めお前たちが居る場所だ。俺はヒルダのことも好きだしな)」
「え――!」
「――っ!!!」

 不意に声を挟んでくるヒルダと、簀巻きジークフリード。
 何故驚く? 其処によっぽどの利益でも絡まない限りは、嫌いな相手を助けようとは思わないぞ、普通は。

 二人の反応に内心で首を傾げつつ、俺は説明を続けていく。

「(だが、出来るだけ急いで身体を復調させることと、|聖域《サンクチュアリ》とアスガルドの関係をより良くするために、教皇に会う必要性が増したのだ。……それも。早急にな)」

 イーリスという女が何者で、そしてどういうつもりでアスガルドに居たのかは解りかねるが、このままでは完全に後手に回る可能性が高い。
 少しでも先手打てるように、教皇に会うのは速いほうが良いのだ。

 それに、仮に何かが有った場合、今の俺ではアスガルドを守り切ることは出来ないだろう。

 俺の説明が終わってから、ヒルダは勿論、フレアもハーゲンも何も言わずに黙っていた。いまいち、俺の言っている言葉の重要性が理解し難いのかもしれない。

 ……それも仕方がない、か。
 ドルバルの反乱という、一つの出来事が終わったばかりなのだ。
 それなのに、急にこのような話をされても受け入れ難いだろう。
 ――と、そんな風に思っていると。

「行かせてやれ」

 ――と、そう言ってきたのはジークフリードだった。
 どうやら自力で簀巻き状態から脱出をし、猿ぐつわを外したらしい。
 フレアとハーゲンはジークフリードに視線を向けるが、フレアは眉間に皺を寄せて、なにやら噂好きなオバちゃんの様な表情を浮かべている。
 見ればハーゲンも似たような表情をしていた。

「ジーク……? あのね、それは、貴方はクライオスさんを余り好いてはいないでしょうけど」
「今回の監視に関しても、サッサと突入して二人を引き離すべきだ――とか言っていたしな」
「あ、のなぁ……! ハーゲンは兎も角、フレア様も何を言っているのですか! そういうことでは有りません!!」

 二人の言葉に、唸るようにして返すジークフリード。
 どうでも良いが、ヒルダの俺に対する思いはそういったモノとは違って、恐らくは依存に近いと思うのだが?
 まぁ、此処で俺が言葉を挟むと話しが泥沼化しそうなので、取り敢えずは黙っているとしよう。

 ジークフリードは『コホン』と咳払いを一つすると、フレアとハーゲンに言い聞かせるような声色で話を始める。

「私は、クライオスのことを認めています。その実力は元より、先を考えるということに関してもです。そのクライオスが必要なことだと言うのならば、我々はその邪魔をすべきでありません。我々がアスガルドのことを、本当に思うのであれば」
「ジーク、貴方は……其処までアスガルドのことを」
「む、無論です」

 感動したように言うヒルダの一言に、若干口ごもりがちに成るジークフリード。

 とはいえ、俺に対する過大な評価、どうもありがとうございます。
 しかし、別に俺は頭が回るわけではないぞ? 単にこの世界における人間関係を少しだけ知っていて、尚且つこの先数年間のちょっとした時間を断片的に知っているに過ぎない。

 だから色々と考えることが出来るという程度のことで、実際は対して頭が回るわけでもないのだ。

「信じて良いのだろう、クライオス? お前のその行動は、自分の為ではなくアスガルドの――ヒルダ様の為にしなければならないことなのだと」

 ジッと視線を向けてくるジークフリード。
 ……俺はそんなに頭がいい訳じゃないのに。
 正直、そんなに期待を向けられても困る。……困るが、

「(あぁ、信じろ。俺はヒルダを護ると言ったんだ。その言葉は嘘でも何でもない)」

 この言葉は嘘ではない。
 出来る限りの事はやってみせよう。
 俺の生命を護る、気に入っている連中の生命を護る、ついでに地上の平和を護る。流石に最後のやつはチョットばかり盛大なので、星矢たちに任せたいが。

「(ジークフリード、ヒルダを守ってやれよ。今のアスガルドで、一番の実力を持っているのはお前だ。お前がヒルダを護るんだ)」
「……ジークだ」
「……?」
「俺のことは、ジークで良い。俺は、お前のことを認めている。お前にならば、ジークと呼ばれても良い」

 |海将軍《ジェネラル》クラスの敵が来れば手も足も出ないだろうが、しかし当分其処までの脅威はないだろう。それまではジークフリードが率先してヒルダを始め、アスガルドの平和を守らなければならない。

 その為の意思の刷り込みだったのだが……
 何があったんだ? 急にジークフリードがデレたぞ?

 あぁ、いや、ジークフリードじゃなくて、今度からはジークで良いんだったな。
 俺はジークの言葉に笑みを浮かべ、

「解った、ジーク」

 と返事をする。
 これで、ヒルダを補佐する奴等への説明は十分だろう。
 後は――

「(ヒルダ。フレイとジークの事を信じろ。あの二人は、お前に近い場所に居る。ジークフリードは苦言を呈することもしないかもしれないが、フレアはその辺りは上手く立ち回りそうだからな)」

 ジークとフレアの大凡の性格を考えて、ヒルダに今後の対応方法を説明する。
 ジークは耳に痛いのか、「うぐっ……」などと言っているが、フレアは

「なんでしょう……。クライオスさんに、私は酷く強かな女と思われているのでしょうか?」

 なんて、結構余裕のある発現をしていた。
 ほら、間違いではないだろう?

「(ヒルダ。俺は、またアスガルドに必ずやって来る。いつに成るかは、正直なところ解らないけどな)」

 教皇への説明が上手く言っても、それがどういった結果になるかまでは俺にも解らない。理想としては誰か実力のある聖闘士を派遣して欲しいところだが、だからと言って|黄金聖闘士《ゴールドセイント》が派遣されるなんてことは絶対に在り得ないだろう。

 |黄金聖闘士《ゴールドセイント》は|聖域《サンクチュアリ》の最大戦力。
 他所の土地の防衛に、わざわざ駆り出す――とは、正直思えないのだ。

 かと言って、俺がアスガルドに赴任するとも思えない。
 俺は、ドルバルを撃退してしまった人間だ。
 黒サガとしては、出来る限り目の届く場所に置いておきたいだろう。実力的には黄金に届かないとはいえ、俺が今回の出来事を解決するとは黒サガも思っては居なかったはずだ。

 だからこそ、親書の内容もあんな物になっていたのだ。

 そんな俺をわざわざ遠くへ置いて、『何か画策されるのではないか?』 といった、心配の種を作ることは決してしないだろう。

 まぁ、結局のところ、|聖域《サンクチュアリ》とアスガルドにおける相互扶助協定を結ぶ……といったところで落ち着くはずだ。
 サガとしてはアスガルドが滅びても痛くも痒くもないだろうが、もしもの場合には味方にしておきたいだろうからな。

 とは言え、だからと言ってズット此処に来ない――なんて事は絶対にない。
 俺は必ず、またアスガルドに戻ってくる。

「(だからソレまで――)」

 ジッとしているヒルダに近づいた俺は、ユックリと手を伸ばし

「(泣かずに頑張れよ)」

 ヒルダの目元を軽く指で拭った。
 僅かに溢れようとしていた涙が俺の指によって払われ、しっとりとした感触が指先に伝わる。

「……は、はい!」

 ヒルダは一瞬目を見開いたが、直ぐに何かに堪えるように肩を震わせて返事をしてきた。
 って、駄目だな。やっぱり既に泣いているし。
 ヒルダに思わず苦笑を浮かべてしまうが、ふと

「(――あぁ、そうだ)」

 1つ、いいことを思いつく。

「(コレを、お前に預けておこう)」

 俺は自分の聖衣ボックスから、1つの白銀色の欠片を取り出し、ソレをヒルダへと手渡した。

「コレは、クライオスさんの|聖衣《クロス》の一部?」
「(あぁ、俺の聖衣である、風鳥座の白銀聖衣の欠片だ)」

 不思議そうにしているヒルダに、俺は頷いて返した。

「(ボロボロに成ったそんな欠片でも、一応は本体との関連性が多少はある。ソレむかってに小宇宙を流し込めば、遠く離れた場所でもその事がが俺にも伝わる筈だ。――だからもし、本当にどうしようもないくらいに困ったことが有ったら、ソレを使って俺を呼べば良い。その時は音速で助けに来てみせるから)」

 そこ迄の機能が風鳥座の聖衣に在るかどうかは甚だ疑問ではあるのだが、あながち在り得ない話でもない。

 ヒルダは俺から手渡された聖衣の欠片を握り締めると、

「それじゃあ、寂しくなったら使わせてもらいますね」

 と、イタズラっぽい笑みを浮かべながら言うのだった。
 ――いや、そこは限界まで困ったときにしろよ。

 と、俺の考えが顔に浮かんだのか、

「ふふ。冗談ですよ」

 と、これまた上手い具合に返されてしまう。
 ヒルダは、コレで大丈夫……かな?

「(――それじゃあ、そろそろ俺は行かせて貰う。元気で頑張れよ?)」

 最後に、俺はその場に居た皆に向けて挨拶をする。
 皆は夫々が返事をしてきたのだが、その中には一様にこういった言葉が含まれていた。

『また、会おう』

 と。

 俺はその言葉に満足な笑みを浮かべ、ワルハラ宮から外へと飛び出していった。
 目指すは|聖域《サンクチュアリ》。
 今となっては故郷とも呼べる場所に成った、土地である。

 ……しかし。親書を届けるだけの簡単な仕事だったはずなのに、随分と大変だったな。帰ったら、何かしらのボーナスとか在るのだろうか?
 そういった旨味がないと、そのうちストを起こしかねんぞ。


 ※


「お姉さま?」

 クライオスの去った室内で、最初に言葉を発したのはフレアだった。
 誰も何も言わず、ただその場に立ち尽くすようにしていた中で、フレアは姉であるヒルダの事が心配だったのだ。

「良かったのですか? クライオスさんを行かせてしまって」

 残酷な質問をしている――と、フレア自身にも自覚は有った。
 しかし、聴かずはいられない。
 オーディンの地上代行者としてみれば、ヒルダがクライオスを見送ったのは当然の行動なのだろう。だが、一人の人間としてはどうなのだろうか?

 もしかしたら、こんな自分の考え方はタダの邪推でしか無いのかもしれない。
 だけどもしかしたら、そうではなく、正にその通りのことであるかもしれないのだ。

 ヒルダは口元に小さく笑みを浮かべると、

「良いのですよ。クライオスさんが仰るとおり、アスガルド全体のことを考えるのなら、今は一刻も早く|聖域《サンクチュアリ》に戻っていただかなくて行けませんからね」

 そう、普段と変わらないような口調と声色で、自分の立場に沿った回答を口にする。手にした聖衣の欠片を強く握りしめながら。
 フレアはそんなヒルダの内心を理解して、

「お姉さま……」

 と、ただそう呼ぶことしか出来ないのであった。
 思わずフレアは、ジークが余計なことをわなければ――なんて考えも持ってしまうが、それは完全に八つ当たりである。

「――って、どうしたのハーゲン?」

 ふとしてみれば、隣に居たハーゲンが何やら考え込んでいる。
 珍しいことも在る――なんて、チョットばかり酷い感想を思いうかべるフレア。

「え、あ、いや……大したことではないのですが」
「ないのだけれど――なんなの?」

 言いにくそうにしていたハーゲンに、フレアは続きを言うように促す。
 すると、

「クライオスの奴は、どうやって|聖域《サンクチュアリ》の教皇に話をつけるつもりなのか、と」

 ジークフリードも、フレアも、ヒルダも、そのハーゲンの言葉に首を傾げる。
 そうなのだ。そもそも、クライオスは親書を届けると言う名目でこのアスガルドにやってきたのだ。では、その返事は?

 内輪揉めがなければ、ドルバルがソレを用意していたのであろうが、しかし今やドルバルは既に存在しない。そうなると――

「……それは、ヒルダ様に一筆書いていただいて――」
「一筆……書いたのですか?」
「え?」

 ジークフリードが口にした言葉に、ハーゲンが質問としてヒルダに返す。
 しかし、ヒルダはどうやら初耳――といった内容だったようである。

 不意に訪れるシーン……とした空気。

 どうやらクライオスの前途は、この先もまだまだ暗いようである。



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